王道ファンタジーのお姫様ポジションになりたかった (エテ皇)
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姫だって攫われるなら抵抗はする




ドラクエ久々にやったら面白かったので初投稿です。






 

 

 

 

 

 ある日、起きたらめちゃくちゃ豪華な感じの知らない天井があった。

 

「…………なにこれぇ」

 

 思いのままに吐き出された言葉と、自分の知る自分の声とは真逆の高く澄んだ舌っ足らずな声だった。

 部屋も普通のアパートと言った感じではなく、豪華な装飾のある日本人が想像した中世の豪華なお城みたいな感じの内装になってる。

 まさか、と思って自分の体を確認するが、やはりというかなんというか色々小さい。肌の色が日光なんて浴びたことの無いくらい白くなり、ついでに指は子供っぽいフニフニとした感じながらも細くしなやか。ちょっと体のラインが見える寝巻きには、残念なことに股間の盛り上がりが存在していない。

 

 

 

 

 

 

 日本で生きているものなら知らないものは居ないと言っても過言ではない大人気王道ファンタジーゲームシリーズ『ドラゴン・オブ・ザ・ワイルド』。通称ドラワイ。

 シリーズによってシナリオは異なるが、俺の好きなドラワイⅣのシナリオは王道中の王道。魔王によってさらわれた姫を助けるために、一人の青年が勇者となり仲間を集め、魔王を倒して姫を助けるというストーリーだ。

 テンプレと言われればそうではあるが、そのテンプレはこのゲームが作り出した流れ、即ち王道なのだ。ラーマーヤナから脈々と語り継がれ、日本のゲーム界に旋風を巻き起こしたこのゲームのシナリオが面白くないわけが無い。

 主人公はとある国の騎士であり、幼い頃から親しい仲であったフロリア姫の専属騎士となることを約束していた。

 しかしこの世界で唯一魔王を封じることが出来る姫の力を知った魔王は、彼女を誘拐してその力を悪用して自身の力を強化しようと企んだのだった。

 偶然、現場に居合わせなかった主人公は姫を助ける為に旅立ち、苦しい戦いを仲間と共に乗り越え、最後は姫を救い出し協力して魔王を封印し世界は平和になり二人は結ばれハッピーエンド……単純だが分かりやすく爽快感のあるストーリーだ。

 

 俺はこのゲームが大好きだし、主人公も仲間の重戦士とかも好きだ。あとフロリア姫も単純にビジュアルが可愛くて好き。やっぱ囚われの姫様っていいよね。

 

 

 うん、姫様にそんなこと思ってたからバチでもあったのかな? いや、フロリア姫を邪な目で見なかったやつなんてこの世にいるわけがない。彼女が主人公の最大のライバルにして魔王の直属の配下の六大魔公の一人のデミルトにNTRされる展開は一大ジャンルになったレベルだ。フロリア姫は主人公と幼馴染であるという点とビジュアルが可愛いという点だけで人気になったも同然のレベルの可愛さなのだ。

 いや、俺は魔王軍の拷問にも屈さず主人公を信じ続けた姫の意志の強さとかも含めて好きなんだからね? その意志の強さがあったからこそ、主人公とぶつかったデミルトが人間の強さを知って最後に助けてくれたりしたんだからね。嘘じゃないよ。ホントだよ。

 

 

 

 

 

 とりあえずね、どうやら俺はそのフロリア姫になっちゃったみたいだ。

 

 何度も鏡の前で確認してほっぺをぶっ叩いたり、髪の毛引っ張ったり、とりあえず服を全部脱いで確認したりしたけど現実だった。

 むしろ潤いタマゴ肌とでも言うべきモチモチの肌の感覚と、枝毛ひとつないサラサラのブロンドへアーと、まだロリっ子とはいえ女の子女の子した体を思い知らされて余計現実だと思い知らされた。

 

 初めのうちは超混乱してね、そんな俺の様子を見てメイドっぽい人が「姫様がご乱心に!」とか言って僧侶っぽい人達に囲まれて色々されたりもしたけど、なんだかんだで三ヶ月もしたら慣れてしまっていた。

 

 そりゃ一国の姫様であるから躾とかは超厳しいし、女の子としての礼儀作法とかはまだまだ出来てないけど現状に対する理解はもう完全に追いついた。

 

 理由はわからないけど俺はフロリア姫になってしまったのだ。

 どうしよう、となってもどうにも出来ない。なっちまったもんは仕方ないと思うようにして生きているが、意外と不便というものはしてない。ファンタジー世界だから魔法があるからスマホとかゲームがない以外は現代より便利な感じのポイントが多いし、何より周りの人達がみんな優しい。

 これは俺が姫様だからとかじゃなくて、単純に善人ばかりが周りにいるのだ。

 

 これはゲームでも同じなのだが、フロリア姫の父のレオダス王は国民からも慕われている善き王だ。娘との描写はゲームではあまりなかったが、かなり子煩悩な父親と言った感じだった。だからと言って甘やかす訳ではなく、時には厳しい時もあるが基本的に優しいパパって感じ。

 

 メイドとか執事の人達もめっちゃ優しい。姫としての勉強とかの合間に遊んでくれたりするし、魔術の勉強がしたいとか言うとしっかり教えてくれた。

 あまりにも良い人達過ぎて、正直生きてるだけで罪悪感が湧いてきた。だってこんなにも皆に愛されているお姫様に朝起きたらなっちゃっていましたなんて、もう色々と申し訳ない。

 けれどなってしまったものはなってしまったのだ。戻る方法なんてわからないし、ならば俺は俺に出来ることをするべきだろうと考えた。

 お父さんや付き人達には出来るだけ迷惑をかけないようにしたし、勉強とかも真面目に取り組んだ。めんどくさかった身だしなみにも気を使うようにしたし、とにかくお姫様らしくを意識してめちゃくちゃに頑張った。

 

 そんなある日、最近我が国の領土でも魔王軍の被害が出始めていると耳にして俺は一つピンと来た。

 魔王退治! 

 原作では俺ことフロリア姫が攫われた後に、姫の近衛騎士であったセイト(デフォルトネーム)が姫奪還の旅に出て、その途中で聖剣を引き抜き各地で仲間を集めて成す偉業であるが、この国にその未来の勇者がいるのなら、わざわざ俺は攫われるのを待つのではなく、未来の勇者と共に力をつけて魔王退治の旅に出れば良いのでは!? 

 確かに魔王はとんでもない敵だ。しかしこの体は魔王を唯一封印できる聖なる力があるばかりか、魔法に関するスペックは天下一品。さすがはお姫様兼聖女の体といったところか。

 加えて俺にはその実力は未知数と言われている魔王直属の六大公爵の情報を始めとした原作知識を持っている。

 

 魔王を退治して平和な世界を取り戻せば、俺も攫われて酷い目にあったりしないし、少しでも世界の被害を減らせる。これこそこんな俺にも優しくしてくれるこの国のみんなに返せる最大の恩返しと言っても良いのではないだろうか? 

 

 そうと決まれば善は急げだ。

 魔王軍が俺を攫いに来るのは17歳の誕生日。今現在6歳の俺がどこまで強くなれるかはあと11年の努力にかかっている。頑張れ、俺! 

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 時間というものは案外あっという間に過ぎるものだ。

 

 俺は16歳になっていた。ここまで来ると美幼女であったフロリア姫もゲーム本編の美少女っぷりを見せる見た目になってくる。

 ブロンドの髪は全て純金と言っても信じられるような輝きを持ちながら枝毛ひとつなく、純白の肌は触ると信じられないくらいモチモチしていて産毛すら見当たらない。

 顔のパーツも黄金比という言葉がぴったりで、瞳は相変わらず宝石のよう。これで自分の顔じゃなければ惚れていたのだが……

 

 

 強くなりたいから鍛えて欲しい、と口に出した時は初めは優しめに断られて、しばらくしたら割と本気目に諭された。騎士には騎士の、姫には姫の役割があると父さんにも言われてしまったがこればかりは譲れないと俺も猛抗議。

 自慢ではないがわがまま一つ言わないとてもよく出来た姫であった俺が駄々をこねるという異常事態に一同困惑。そして一週間ほど愚図った結果、父さんも渋々ではあるが承諾。だがこれは始まりでしかなかった。

 

 父さんも諦めて欲しかったのか、それともやるなら本気でという感じだったのかは知らないが、俺に言い渡されたトレーニングの内容はその方面に詳しくない俺でも10歳にも満たない女の子には厳しい内容だった。

 それでもこれで泣き言をいえば俺は守られるお姫様に甘んじることになってしまう。俺が目指すのは戦えるお姫様だ。その一念でトレーニングに望んだ。

 この肉体のスペックは高く、鍛えれば鍛えるほど強くなっていく実感もあったし、筋肉痛とかもすぐ治ればそもそも元の体力から一般的な日本人の女子とは一線を画すレベルだった。

 

 それでも、俺は毎日ひいひい言いながら、泣きごとが漏れそうになるのを我慢してひたすらに鍛え続け、その合間に王族として必要な座学と魔術の勉強にも取り組んだ。これでこちらが疎かになれば、勉強の方に専念してもらうというのも父さんとの約束だったからだ。

 そしてこの世界は基本的に魔術で出来ることが多いというか、剣と魔法の世界らしく魔法剣士が一番強い。

 お姫様で聖女だからって僧侶とか聖職系で味方を援護、だなんて生温い事はしない。やるからには己が魔王の首を叩き切ってやるくらいの気持ちでだ。

 

 

 ちなみにそんな中で実は主人公で未来の俺の近衛騎士であるセイトにも出会っていた。デフォルトネームのまんまで見た目も未来の面影があるから割とすぐにわかった。

 設定では幼い時から大人相手に十人抜きとか、デタラメ地味た強さを持っていた設定ではあったが、実際に目で見たら驚いた驚いた。

 俺がひいひい言いながらこなしたメニューを、男女の差があるとはいえ倍近く行いながら涼しい顔でいて、魔術についても物覚えがよくマジで大人の騎士十人抜きをしたのを見た時は目を疑ったよ。主人公ってやべぇ。実際にチート転生者とか見たらこんなものなのかなって気持ちになった。

 

 これはRPGの主人公の宿命なのかもだが、セイトは基本的に無表情無口でなんかちょっと怖かったりする。だが俺も強くなるためには手段を選びたくなかったので強さの秘訣とかを聞き出そうとしたらこれまた意外。喋ってみると意外と気さくな少年だったりした。

 一緒に訓練してるとはいえ、お姫様相手だから子供ながらに拙い敬語を使ってぎこちない笑みを浮かべるその姿は不覚にもちょっとときめいた。

 これが各地で仲間を作って魔王を倒す男のコミュ力……! やっぱり惚れてメンバーに加入した女の子が姫様との婚約を心から祝えるような男は幼少期からそういう魅力が一段階違うなと感じたよ。

 

 一つ誤算だったのは原作における関係性がちょっと変わっちゃった事だな。

 本当はお転婆な姫様が森でちょっとした高さの崖から落ちそうになってしまい、そこに颯爽とセイトが現れて助け、そこから親しくなるというのが原作のフロリア姫とセイトの関係なのだ。

 

 けれど俺達の場合、強くなりたいからと話しかけた俺にセイトが快く応じてくれて、二人で秘密の訓練をするような、男女関係なしの幼馴染みたいな感じになってしまった。

 二人にとって思い出の場所である森も、俺たちにとっては秘密の訓練場的な意味で思い出の場所になってしまったが、まぁこれくらいは誤差だろう。

 

 それはそれとしてセイトのおかげもあって俺はメキメキと実力を上げて、本来は俺を守る為にいる兵士達よりも強くなっていつの間にかこの国二番目の強さを持っているとまで言われるようになってしまっていた。

 もちろん一番はセイトであるが、魔術についてだけで言えば俺の方が扱いが上手い自信がある。

 なんて言ったって聖女だから? もう生まれつき光の加護があるからビーム撃てるし。やっぱビームは正義。

 

 騎士に混じって辺境の地に魔王の影響で湧き始めた魔物狩りの遠征にも参加したりしたけど、もう圧勝だ。やっぱビーム使えると強いよ。遠距離から剣振ってビームソード的に相手を切り刻んで、近づかれたら普通に切って、ちょっと違うけどやっぱ文武両道は大事だね。

 そんな俺の横で特に魔術使わずに魔物の群れを秒で全滅させるセイトはちょっと次元が違うね。化け物かな? 

 

 

 

 原作の時間軸で魔王軍が俺を攫いに来るまであと半年。そろそろ父さんにも魔王討伐についての旨も話しておくべきだろう。

 俺もセイトも十分に強くなった。切磋琢磨し合ったおかげか多分原作のスタートよりも強い。レベル1スタートのはずが30くらいでの状態でスタートになってるはずだ。旅の途中で得る秘められた聖剣の在り処もしっかり覚えている。

 セイトには既に話をしており、彼からは承認を貰っている。さすがは勇者になる男。その目には確かな正義の炎を感じられた。

 

 完全に原作の展開をぶち壊していたり、セイトと恋仲になれるような雰囲気が微塵もなかったりするがそこは仕方ないだろう。中身が男である俺じゃセイトのことを好きにはなれないし、もう俺は魔王をどんな手を使ってでも倒すと心に決めてしまっている。

 

 ありがちな原作ブレイクのごとく、徹底的にぶっ倒してやるから首を洗って待っていやがれ魔王! 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 王女様……フロリアと初めて会ったのは6歳の時、いきなり彼女が俺達騎士見習いの訓練に加わりたいと言い出した時だった。

 正直、俺はその時彼女に良い印象を持たなかった。自分くらい自分の力で守れるようにしたいだとか言っていたが、それは姫や王といった王族を守るために命をかける騎士への侮辱にも等しい言葉だと俺は感じていた。

 そもそも、その自衛の力を持つ為に魔術を学ぶというのに、わざわざ騎士達と同じように身体まで鍛える必要が感じられなかった。

 

 どうせわがままな姫様の一過性のものだろうと俺は気にしていなかったが、なんと王は姫が訓練に加わるのを許可し、あろう事か姫はその訓練の内容に付いてきていたのだ。

 俺は追加メニューをこなしているが、この訓練の内容は同世代の男達でも音を上げて諦めるようなレベルで、故にこの国の騎士達のレベルは高いというのにそれに姫が付いてきたのが驚きであり、そこまで騎士が信用ならないかと姫への不信感は更に強まった。

 

 そんなある日の事だった。

 なんと姫が直々に俺に稽古のお願いをしてきたのだ。

 

「セイトくんが一番強いってみんなから聞いたから、どうか私にも稽古を付けてください!」

 

 騎士見習いであり、この国に命を捧げた身である俺に、王族が頭を下げてまでしてきた願いを断れる理由はなかった。

 だが正直嫌だった。騎士への信頼のない姫への稽古なんてやる気が出なかったものの、ここで手を抜くのはそれこそ王に対する不忠だと思い俺は渋々、姫を秘密の訓練場へと連れていった。

 

 姫だからと言って訓練ならば俺は容赦したりはしなかった。強くなりたいと言ったのだから、強くなれるようにメニューを考えて姫に指導を行っていた。

 本当ならすぐに音を上げると思っていた。俺との自主トレを始めてから、勤勉な姫が座学の時間に居眠りをしたという話を耳にしてもうすぐ騎士ごっこも終わりになると思っていた。

 なのに、姫は俺の出すメニューをこなし、しっかりと力量をつけた上に居眠りをした分以前よりも一層真面目に座学に取り組むようになったのだ。

 

「何故、何故フロリア姫はそこまで強くなりたいのですか?」

 

 俺は遂に直接姫に問いただしていた。

 自分を守るためだけならそこまで過剰に強くなる理由もないだろう。この国には優秀な近衛騎士達が居て、将来俺もその一人になるつもりだ。

 なのになんでそんなに努力が出来るのか気になった。俺は最強の近衛騎士になるという目標があるから努力出来ているのに、一体姫は何故ここまで努力できるのか。

 

 姫はしばらく悩む様子を見せ、やがて意を決したように誰にも言わないことを約束してきた上で口を開いた。

 

 

「私は、いつか魔王を倒したいと思っています。私を育ててくれたこの国の人々を脅かす魔王を、この手で退けたいのです」

 

 

 なんの冗談を言ってるのか、その言葉が喉元まで出かかっていた。

 魔王は俺達にとって夢物語のような存在だ。諸悪の根源ではあるが、絶対に倒すことは出来ないという共通認識の恐ろしき悪夢。それを倒すだなんて、とても正気で口にできるようなことではない。

 だが姫の目は本気だった。どこまでも真っ直ぐで、どこまで本気だった。

 

「もちろん私の力だけでは無理でしょう。だからこそ私は強くなりたい。貴方となら、魔王を倒すことも夢物語ではなく、私達の手の届く未来に収められると思うのです」

 

 姫は俺の目を真っ直ぐ見てそう言いきった。

 冗談なんかじゃない。本当に魔王を倒せると思っているんだ。

 俺には自分が強いという自覚はあった。大人相手にだって負けたことは無いし、既に強さだけならこの国一番の騎士だとは思っていた。

 けれど、だからといって魔王を倒せるなんて夢にも思っていなかった。

 

 この時俺は己の矮小さを心から恥じた。

 姫は己を守る為の力を欲したんじゃない。俺のように自分の限界を決めてせめて手の届くものを守ろうとした訳でもない。

 視界の先の世界まで守ろうとして、ひたすらに自分を鍛えていたのだ。それは俺にはない強さ、絵本の中の伝説の聖女のような、慈愛の心だった。

 

「……さすがにちょっと馬鹿らしい話でしたね。今のは忘れ──」

「そんなことありません!」

 

 思わず恐れ多くも俺は姫の言葉を遮ってしまった。

 けれど叫ばずにはいられなかった。馬鹿らしい話だって? そんな訳が無い。

 

「姫の夢は、俺が聞いた言葉の中で一番綺麗だった。俺は貴方の夢を夢のままにしたくない」

 

 漠然と、騎士になってこの国を守ることしか考えていなかった俺の強さの中に一本の筋が通った瞬間だった。

 俺の強さの全てを、この尊い人に捧げる。近衛騎士として魔王を倒すこの姫を、例え魔王相手でも絶対に守り抜く。それが俺の目標になった。

 

「───ありがとうございますセイト。では、私がいつか魔王討伐の戦いに赴く時、隣で共に戦ってくださいね?」

 

「もちろんです! この身はこの国の王族を、貴方を守る剣です。命に替えても守り抜き、その悲願を成し遂げましょう」

 

 姫が華のように笑い、それを見て思わず俺も頬を綻ばせてしまった。

 騎士としてあれ、と自分に言い聞かせていつも不必要に力んでいた顔から力が抜けて、笑うのなんていつぶりだろうかと考えたら、また頬が緩んでしまった。

 

「そう言えば私達同い年ですよね?」

 

「はい。そのはずですが……それが何か?」

 

「…………同い年で騎士として先輩である貴方に、そんな改まられるとちょっとむず痒いです」

 

 そうは言われても俺は騎士であり、姫は姫だ。騎士として姫に無礼を働くなど言語道断。

 

「私のことは姫、とかじゃなくてフロリアという名前で呼んでください」

 

「そ、そんなこと出来ません! 一介の騎士にそんなことを言うなど、もっと一国の姫たる自覚を持ってください!」

 

 少し声を荒らげたが、それでも姫は不満そうに唇を尖らせていて、やがて名案が思いついたとばかりにちょっと悪戯っぽく笑った。

 

「それならこの場所だけです。このセイトと私の秘密の訓練場の中でだけでは、私のことを姫ではなくフロリアと呼んでください」

 

 それも恐れ多いのだが、意外と姫は頑固なところもあるようでこれ以上は譲歩のしようが無さそうだ。

 

「ふ、フロリア……?」

 

「はい。私はフロリアです、セイト。これからもよろしくお願いしますね、私の騎士」

 

 

 

 

 

 

 

 あの日から十年近くの月日が流れた。

 遂に姫から魔王討伐の旅に出るということを伝えられた。王から許しがそう簡単に出るとは思えない。しかし、姫ならば必ず自らの意思を押し通すだろう。と言うか、押し通せるまで諦めないのがあの人だ。

 

 しかし何も問題はない。例えどんな困難があろうとも、俺は必ず姫を守り抜き魔王を討つ。夢物語としか思えなかった話は、確かに俺達の手の届く話になっているような気がした。

 

 

 

 

 

 







お姫様なんだからさすがにそれらしく喋るよねって






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姫様戦記

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

 雨の降る森の中を俺は必死に走っていた。泥濘に足を取られて何度も転びそうになってしまう。

 もう既に靴なんて脱ぎ捨てたから足からは冷たい水の感覚が直に伝わってきて、指先は何だか感覚がない。

 

 ──なんで、俺はこんなことをしているんだっけ? 

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 

 バタフライエフェクト。

 蝶の羽ばたき程度の誤差が、遠くの土地で嵐を巻き起こすみたいな感じの話だったはずだ。

 

 俺が本来のフロリア姫とは別の行動をしたせいか、この世界でもそれが起きて原作にはない展開が始まってしまったのだろう。

 

 

 

 俺が魔王討伐について父さんに相談しようと思った、まさにその日だった。

 なんの前触れもなく魔王軍が俺達の国を襲撃してきた。

 

 狙いはもちろん俺。

 抵抗するものは容赦なく殺すと勧告されたが、心優しいこの国の兵士達はもちろん応戦を選択。俺も返り討ちにしてやる心意気でセイトと共に戦いに臨んだ。

 

 

 ───どこかで慢心があったのかもしれない。

 あったとしたならば、原作にはない展開について少しは考えるべきだった。

 魔王軍は原作と違い、最高戦力の六大公爵の全員を引き連れて俺を誘拐しに来た。いくら屈強な我が国の兵でも、人智を超えた力を振るう怪物である六大公爵の前には成すすべもなかった。

 最高戦力である俺とセイトも疲弊し、もはや取れる選択肢は逃げることだけだった。

 

 幼い時から俺を気にかけて育ててくれた騎士長が目玉の怪物の熱線を浴びて溶かされた。

 いつも俺の髪の手入れをしてくれた歳の近い侍女が時間を稼ぐために強靭なゴーレムの前に出て呆気なく踏み潰された。

 俺に魔術を教えてくれて、もう完全に自分を越えたと褒めてくれた先生が苦悶の顔を浮かべた氷像に変えられた。

 

 

 本当なら俺は最後まで戦いたかった。元々魔王を倒すのだってみんなの為、この国の為だったのに、それが奪われたら俺は何をすれば良いかわからなくなってしまう。

 

 それでも、姫だけでも生きて欲しいとみんなに願われてしまった。

 俺に出来るのは歯を食いしばって逃げることだけだった。

 

 けれどここで逃げたからと言って決して諦めない。みんなが俺とセイトを逃がしたのは、俺とセイトが魔王を倒せる希望だからだ。

 だから、みんなの願いの為にも私は絶対に魔王を倒す。その為にはまずは生き延びる。血が出るほど唇を噛み締めながら俺は雨が降る中をひたすらに走っていた──────

 

 

「フロリア。この先に抜け道があります。体力の方は大丈夫ですか?」

 

「ええ。みんなが……魔王軍を止めてる間に……急ぎ、ましょう」

 

 

 

 

「全く。人間は貧弱だと言うのに、逃げ足だけは一丁前とは鼠のようだ」

 

 

 

 突然、逃げる俺とセイトの前に人影が現れた。

 その声は忘れるはずもない声だった。『原作』て何度も聞いた声であり、同時に今しがた俺の魔術の先生を殺した男、魔王直属の幹部である六大公爵の一人、『氷魔のデミルト』だ。

 

「何故貴方が此処に……? 皆が足止めしているはずでは……」

 

「皆? ああ、コイツらの事か。たかが人間程度、他の魔公ならまだしもこのデミルトを止めるには役不足も良いところだ」

 

 そう言ってデミルトは麻袋をこちらへと投げつけてきた。

 中からは氷の塊が幾つか転がり出して、俺はそれをマジマジと見て、『ソレ』の正体に気がついてしまった。

 

 

 首だ。

 凍らされた人間の首だ。

 幾つもの知った顔が死の瞬間の絶望の顔のままに固められ、その中には父さんの、王の首も────

 

 

「貴様! よくも王を!」

 

 俺の制止も聞かずにセイトは剣を抜いてデミルトへと斬りかかった。本当は挑発に乗らずに逃げるのが正しい選択だとわかっていた。

 だが、父親のこの死に様を見せられて、俺も内心激昴していた。疲弊した体から魔力を絞り出して魔術でセイトを援護して、ここでデミルトを殺すと決めた。

 

「──なるほど。人間にしては鍛え抜かれた剣技、それにそちらの姫は噂に聞く聖なる力を持つ魔術師か。…………だが!」

 

 首筋に冷たい風が走り、直後デミルトの姿が消えた。

 俺は急いでその姿を見つけようとしたが、それよりも早くある異変に気が付いた。

 

「……寒い?」

 

 手足が震えて、腹の奥から冷えるような感覚に立っていられずにその場に倒れ込んでしまう。

 それでもデミルトを探そうと首を動かした私の目に入ったのは、血溜まりに沈むセイトの姿だった。

 

「セイト!」

 

「だが、あくまで人間にしてはです。六大魔公である私には遠く及ばない。……今何をされたかもわからないような未熟者では、魔王様を倒すなぞ夢のまた夢」

 

「セイト! セイト! しっかりして! セイト!」

 

 ピクリとも動かないセイトに必死に声をかけるが、彼は指先すら動かさずに沈黙していて、雨の音だけが痛いくらい私の耳に響いていた。

 

「無駄ですよ。彼の体内の魔力を凍らせました。もう二度と起きることの無い彫像となったのです」

 

 デミルトは何事も無かったかのような口ぶりで私に近づき、軽々と体を持ち上げてその場を後にしようとする。

 

「離せ、俺を離せクソ野郎! セイト! しっかりしろセイト!」

 

「……姫と聞いていましたが随分と粗暴な口調ですね。少し、静かにしてください」

 

 必死過ぎて姫としての口調が外れて思わず素で叫んでしまっていた俺の意識が、急速に冷水の中に沈んでいった。

 最後まで俺はセイトへと手を伸ばし続けたが、血の海に沈むその体が動き出す事は終ぞなかった。

 

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 檻の中で目を覚ました時、俺は心底絶望というものを味わった。

 監視達の話を聞くに、俺の国は城にいた者は皆殺し、民も奴隷にされたと聞いた時は本当にもう死んでしまおうかと考えた。

 

 けれど俺は死ねなかった。みんなに魔王を倒してと願われたのだから、こんなところで諦めて死ぬわけにはいかなかった。

 

 幸いにも俺の収監されているところにはどうやら六大魔公がいる訳でもなく、多くの者が俺を無力な姫様と侮っている様子だった。

 

 しかも幸いな事に俺にも味方がいた。

 魔王は魔族達にも結構な圧政を敷いていて、反抗の意志を持っている魔族も少なくはない。原作でも勇者のパーティに一人魔族が加わるし、デミルトも原作では最終的に味方になる。

 まぁ今の俺はあの冷血クソ野郎が味方になるなんて展開反吐が出るが。父さんとセイトを殺したあんなやつが味方になるくらいならこの手で殺している。

 

 とにかく監視の何人かが俺の聖なる力が魔王を封じる鍵であることに気がついたらしく、俺を脱走させてくれる計画を練ってくれたのだ。

 

 正直魔族と協力なんて絶対にしたくなかった。兵士達を殺したのは紛れもなく魔族であり、俺にとって魔族はもう全員が恨みの対象だ。一人残らず殺し尽くしてやりたいが、魔王を殺す為には手段を選んでなんていられない。

 

 

 ……そう思ってたらね、見事に裏切られましたよ。

 脱走できたと思ったらThe・悪党と言った感じの見た目の方々に囲まれてヒャッハーされましたね。もう目ん玉飛び出るほど驚いた。

 魔王が求める力を秘めている俺の力を利用して、自分達が魔王に成り代わってやろうなんて野望を秘めた魔族の皆さんだったというオチだった。

 

 もう魔族はダメだね。

 なんで魔王が聖なる力を持つ私を自身の強化に使おうとしたかと言うと、長年の研究により『反転術式』というものを生み出してそれで俺の聖なる力を反転させた上で自分の力にしようとしたと言うのに、俺を騙した馬鹿共はそんなことも知らずに俺さえいれば魔王を越える力が手に入るとか思い込んじゃってる系の奴らでもうこれは救いようがないなってなった。

 

 皆殺しにしてやりましたよ。

 結果的に言えば俺の方が相手を騙して皆殺しにしたド外道みたいになってるけどもう構うものか。魔族死すべき慈悲なし。赤子だろうが老人だろうがもう魔族は嫌だ。目に入ったら全員殺す。ルックアンドデストロイ。

 もう俺がこの世界で守りたかったものは何ひとつとして残っていないし、そう考えたらなんだか一周まわって気が楽になってきた。

 勇者もいないし聖剣もない。そんな状態で魔王を倒せるなんて思ってはいない。けれど、一人でも多く魔族を殺す。ただその為に生きると俺は誓ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 その後、俺がまず最初にやった事と言えば手頃な盗賊に体を預ける事だった。

 どこまで逃げようとも魔王は俺の聖なる力を探知して追ってくるし、それがある限り俺は隠れてコソコソ魔族殺しもすることが出来ないので、要は聖なる力を堕とすために穢れまくったということだ。

 人間の盗賊はその後ちょっと手伝って時期を見て抜ける。止めるようならボコる。

 魔族の盗賊は好きなだけ体を弄らせてやったらその後ぶっ殺す。これを繰り返したらあら不思議。元は聖女とまで言われた俺の聖なる力も、せいぜい足元を明るくする光を出せる程度まで堕ちた。

 元々一番得意だった光属性の魔術がほとんど使えなくなってしまったが、その代わりにもう魔王も俺を簡単に見つけ出すことは出来ない。

 その上で顔に深い切り傷を入れ、それを治癒で無理やり治すを繰り返して人相もかなり変えた。変装としてはかなり上等な代物になっただろう。

 

 

 そうして俺は、魔王や六大魔公の領地には近づかず魔王達からしたら辺境の地で少しづつ魔族を殺しながら機を窺うことにした。

 魔王の首に刃を届かせるのは恐らく不可能。聖なる力のない俺ではどれだけ頑張っても六大魔公の一人と刺し違えるのが精一杯。しかしそれでも構わない。どうせ殺すなら父さんやセイトを殺したデミルトだ。あの氷結クソ野郎のツラだけは恐怖でぐちゃぐちゃに歪ませた上で殺さなきゃ気が済まない。

 

 

 俺はある時、魔族共の野営の場を見かけた。

 どうやら近くの村に略奪に向かう途中のようで、下っ端の下っ端。死んでも上の魔族達は誰も気にしないような連中だ。

 殺す理由以上に生かす理由がない。放っておけば略奪を始めるのだから今のうちに殺しておこう。

 

 突然、何者かが背後から俺の口を抑えた。

 引き離そうとしたが予想外に力が強い。魔族達にバレるかもしれないが、仕方なく無詠唱で魔術を放とうとした時、背後の何者かが耳打ちしてきた。

 

「奴らは先遣隊だ。強さよりも狡猾さや速さに注意を払うべきだ。一匹でも逃せば直ぐに上に報告に行く」

 

 低くくぐもった声は、それだけを伝えると俺の体を後ろへと放り投げた。

 その姿は黒い鎧に紅が染み付いた剣。まるで彷徨う鎧のような風貌の男は、俺を放り投げると同時に魔族の群れへと走り出した。

 

「────シャッ!?」

 

「まずは一匹」

 

 見張りの魔族の首を一瞬で撥ね、それから目にも止まらぬ速さで眠っている魔族達の首を的確に刺し貫いていく。

 無論、隣で仲間が刺殺されれば気付く者の方が多い。飛び起きることが出来た七体のうち、三体が怒りのままに黒鎧の男に飛びかかり、四体が逃げ出した。

 

 しかし黒鎧の男の動きに焦りは生まれなかった。

 綺麗、とすら思ってしまう太刀筋で魔族三体分の臓物が瞬きの間に辺りへとばら撒かれた。

 その太刀筋を見て、俺は一瞬セイトを思い出してしまった。確かに太刀筋は似ているが、荒削りというか、根本的な術理が違う。

 誰かを守る為に磨かれた剣ではなく、誰かを殺す為に磨かれた剣。それなりに剣技については訓練したからこそ、その剣がセイトのものではないものの、同じくらい研ぎ澄まされているものだとわかった。

 

「──燃えておけ」

 

 黒鎧の男がそう言って魔術を唱えると、男の目の前に現れた炎が蛇のように細長く伸ばされて、魔族たちが逃げた方向へと走っていき、数十秒ほど経ってから四つのくぐもった悲鳴が俺の耳に届いた。

 

「……終わりか」

 

 黒鎧の男は剣に付いた血を払い、それを鞘に収めた後に何事も無かったかのように俺の横を通り過ぎてその場を……

 

「いや、待てよ黒鎧野郎」

 

「どうした。生き残りがいたか?」

 

「そうじゃねぇよ」

 

 男が放った炎は恐らく逃げた魔族四匹を確実に焼き殺すことになるのだろう。まぁそんなものを森で放てばどうなるかなんて一目瞭然。現在進行形で炎がどんどん木々に燃え移っていき、目を閉じていてもこの後の森林火災の光景が思い浮かぶ火勢だ。

 

「…………何か問題が?」

 

「大ありだよ。この程度の魔族を殺すのに森を一個焼き払うつもりかよ」

 

「それについては心配ない。予めコイツらの周りだけに燃え広がるように計算し糸を張り巡らせておいた。不幸な火事で死んでもらったことにするのが都合が良いからな」

 

 糸か……器用な魔術の使い方をするものだからてっきり相当高位の術者かと思ったがその手があったか。

 と、一瞬感心してしまったが、それ以前にコイツに聞いておかなければならないことがあった。

 

「お前、な──」

「フンッ!」

 

 頬を刃が掠め、一筋の血液が頬を伝う。

 コイツいきなり俺の顔に向けて剣を投げてきやがった。さすがに頭がおかしいやつだと思ったが、背後から甲高い悲鳴が聞こえてきてコイツの行動の意味を理解した。

 

「……死んだフリ、か?」

 

「いや、恐らく最初に俺に気が付いた個体だ。隠れて隙をうかがっていたんだろう」

 

 黒鎧の男は息絶えた魔族にに近づいて剣を引き抜き、その死体に火をつけてからそこらへと放り投げた。

 

「……じゃあ、俺はこれで」

 

「だから待てって! 質問の途中だったろ!」

 

 黒鎧はフルフェイスで、表情なんて一つも伝わってこないもののはずなのに、何故かその形が歪んで「心底めんどくせぇ」と顔をしているように見えた。

 

「お前、何者だよ。今のご時世で魔族に逆らう人間なんて、そうそうお目にかかれるものじゃない」

 

 それもコイツみたいに明らかに殺し慣れている人間は、だ。

 原作では割と平和な村とかあったりしたが、俺がいるこの世界は如何なるバタフライエフェクトなのか、かなり荒んだ世界観になっている。

 人間は魔族によって支配され、徐々にその領土を奪われていき、今俺達がいる地域も直に完全に魔族に支配されるであろうと予測ができる。

 はっきり言って人類側に一切希望がない。原作で魔王を倒すことになる勇者のセイトも殺され、聖剣も何処にも見つかっていない。

 

 そんな世界で魔族を倒そうなんて考えを浮かべるやつの方が異形なんだ。大抵のやつは自分達を守ることで精一杯。どちらかと言うと奴隷にでもなんでもなるから命だけは、な考えの人間が多いのだ。

 

「──俺は何物でもない。ただ魔族に全てを奪われたから、奪い返しているだけだ」

 

 黒鎧の言葉は酷く平坦だった。

 感情が籠っていない、と言うよりは込めるつもりもないと言った感じだ。悲壮な覚悟を感じさせる言葉とは裏腹にその行為は半ば作業的で生気を感じさせない。

 

 だがこれはチャンスだとも考える。

 はっきり言ってこの男は強い。そして魔族を積極的に殺す人間の仲間。こんな優良物件このご時世中々手に入らない。コイツが手伝ってくれれば、六大魔公を二人くらい殺すことができるかもしれない。デミルトを殺してお釣りが来るなんて最高じゃないか! 

 

「魔族を殺したいなら、俺と手を組まないか? これでも腕には自信があるんだ」

 

「そう、なのか。…………なるほど」

 

 黒鎧の男は俺の体をマジマジと見つめてきた。

 もう男と何人も経験したとはいえ、今の体を男に見つめられるのはなんだかむず痒い。邪な視線、という訳ではなく本当に武器を見定めるような感じの視線というのが微妙に腹立たしくもある。今はボロボロとはいえ超絶美少女の元お姫様の体だぞ? 興奮の一つくらいしておけや。

 

「……なるほど。どこぞの皇家の令嬢が家族を殺された復讐にでも来たのかと思っていたが……それなりに強いみたいだな」

 

「令嬢みたいに弱っちそうで悪かったな。これでも俺は火力だけならお前に負けることは無いと思うが?」

 

「そうか。なら必要な時は頼む」

 

 それだけ言うと黒鎧は俺に背を向けて歩き始めた。

 

「…………え、終わり?」

 

「お前が嘘をついている訳でもないのに、他になにか話すことがあるか? ここに居たら炎に巻き込まれるぞ」

 

 薄々気付いていたがコイツあれだ。漫画とかによくいる復讐以外なにも目に見えなくなってるタイプのやつだ。

 多分魔族さえ殺せればなんでもいいんだろうなぁ。俺も割と魔族を殺すために色々捨てたつもりだったが、コイツはコミュニケーション能力まで捨ててるっぽい。

 

「お前、俺を仲間にして一緒に魔族を狩るって提案には同意したのか?」

 

「そうだな。これから頼む」

 

「なら仲間として色々互いに知っといた方がいいと思うんだよ。名前とかさ」

 

「…………確かに、名前を知らなければ連携が取れないな」

 

 やっぱコイツ、ネジが外れちゃってる系だ。俺も結構外れてると思っていたが、本物を相手にするとこんな状況になってるのに意外と俺って冷静なんだとわかり、何となくちょっと嫌な気分になる。

 家族も、民も、友人も殺されたというのになんだか平然としすぎている気がする。

 

「俺は─────」

 

 ここで一考。

 フロリア、という本名を名乗るべきではないな。どこからこの名前が漏れてまた魔王に追われることになるかは分からん。ここは偽名を使うべきだろう。

 

「俺は、アリアだ。得意なのは魔術全般だが、光属性は訳あって使えない」

 

「そうか。俺はザン。得意なのは剣術だが、魔族を殺すためなら手段は問わない。そして……」

 

 黒鎧の男改めザンは鞘に収められた剣を引き抜き、手甲で何度か雑に叩いた。甲高い金属音が響いた後、急に剣の姿が蜃気楼のように歪んだ。

 

『雑に扱うなザン! …………あー、この魔剣の精霊の……真名は言えないけどエナって呼んでくれ』

 

 剣から小さな女の子の半身が飛び出してきて、俺に向かってそう名乗ってきた。

 呆気にとられてる俺を他所に、ザンは剣をしまって俺に背を向けまたスタスタと歩き始めてしまった。

 

 いや、サラッと流されたけど魔剣? 剣の精霊? 

 俺は原作をそれなりにやりこんだプレイヤーだが、そんな設定微塵も出てきた記憶が無い。

 それを話し始めたらザンもだ。見る限り勇者であるセイトと同じくらいまで鍛えた俺と同等かそれ以上に強い。そんなキャラクターが魔剣なんてものを持ちながらストーリーに関わってこないとかそんなことあるか? 没設定も一通り知っているが、その中にもザンや魔剣に関する記述は一つとしてなかったはずだ。

 

 俺は今まで、俺というイレギュラーによるバタフライエフェクトで世界に大きな影響が出たのかと思っていた。だが、もしかしたらこの世界。俺が『ドラワイⅣ』の世界だと思い込んでいただけで、もしかしてそっくりなだけの全く別の世界の可能性があるのかもしれない。

 

 そうなったら俺の持つ知識が何一つとして活かせなくなるという悲しい点もあるが、逆に考えればもしかしたらこの世界には勇者に頼らなくても魔王を倒す方法があるかもしれない! 

 

「アリア。そのままそこに居たら焼け死ぬぞ」

 

「……あ、悪い。今行く」

 

 もしかしたら案外、このThe・ダーク系主人公と言った感じのザンと言う男が魔王を倒す手がかりになるのかもしれない。

 お先真っ暗闇の世界に差し込んだ一条の光に胸を躍らせつつ、俺は新しい仲間と共に魔族絶殺への新たなる一歩を踏み出した。

 

 

 

 

 



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世紀末救世主伝説





バトル描写苦手侍。義によっては読み飛ばすも吉。






 

 

 

 

 一応言っておくが、『ドラワイ』シリーズは国民的人気RPGだ。武器が割と簡単に買えたりとか、敵を倒すとお金が落ちるみたいなそういうアレに突っ込むのは無しな感じのゲームだ。

 魔王が復活したりしてんのに割と平和だなーとのツッコミもなしのゲームだ。

 

 

 

「おじさん、その剣いくらだ?」

 

「150000Gだよ。買うか?」

 

 なのに私の世界はなんというか、色々シビアだ。魔王軍が目を光らせている地域で人間が武器を買うためには必ず闇な取引に身を投じることになる。

 武器だってずっと使えるわけがなく、割と簡単に使えなくなるし『はやぶさのけん』みたいなのを装備してもなにか強くなる訳では無い。唯一聖剣のみが魔族に対して特攻を持つという不思議ソードだったのだが、その剣は今現在行方知れず。魔族を殺す為にはまず人間から高い金を払って武器を買わなければいけないとはなんとも世知辛い。

 

「…………こっちのナイフをくれ」

 

「……チッ。10000Gだよ」

 

 舌打ちから察するに多分粗悪品だったのだろう。

 何が悲しくて人間から粗悪品の剣を売りつけられたせいで魔族に殺されなければならないんだ。本当にこういうのには注意しなければならない。

 買ったナイフはどうやら良くも悪くも普通のナイフで、よく切れる訳では無いが小回りが利くし、切れ味は魔術でカバー出来る。

 

「買い物は終わったか? なら行くぞ」

 

「ザンはいいよな。その魔剣はどんなに切っても刃こぼれしないんだもんな」

 

 先程聖剣だけが特別、と言ったがそれは間違いだった。

 ザンが持つこの魔剣とやらも決して刃こぼれしたり切れ味が落ちたりしないと言う優れもの。正直めっちゃ欲しいのだが、どこで手に入れたものなのか教えてくれないし、剣の精霊のエナちゃんもそれについては黙秘だ。ちくしょう羨ましい。元お姫様として盗賊から巻き上げた金で買い物、というのはちょっと心苦しかったりもするんだぞ。

 まぁ魔族を老若男女血祭りに上げているやつがどの面下げて心苦しいとか言うんだ、ともなるがそれはそれだ。魔族とか俺にとってもう動くゴミみたいなもんだし。

 

 

 

 

 話は変わるが、俺はあれからザンと一緒に何回か魔族と戦闘を行なった。

 互いに自分達のような人間が少ないのもあり、なし崩し的に組んだチームではあるものの割と連携というのは悪くない。

 

 ……と言っても、俺がザンに合わせているからだが。

 ザンは非常に優秀で俺よりも魔族についての知識がある。得意属性とか、不得意属性とか、ゲームやってても覚えきれない雑魚キャラのような奴らの情報をゲームではわからない部位的な弱点まで細々と教えてくれる。

 その上頭が切れる。俺一人じゃ逃がしたり仕留め損なっていたようなやつも、ザンと組んでからは逃がすようなことがなくなった。用意周到に辺りに罠を張り巡らせたり、相手を行き止まりに追い込んだり。

 

 ここまで聞けばザンくん良い奴じゃん良かったね。ってなるが、ザンには一個致命的なポイントがある。

 

 コイツとにかく遠慮が無い。

 初対面の森林エンチャントファイヤーから初めて、洞窟に水を流し込んだり、捕らえられてる人間ごと爆破しようとしたり、魔族の死体を被ったりとやり方がえげつない。

 そりゃ俺だって魔族にはできるだけ惨たらしく死んで欲しいが、コイツの場合魔族どころか世界すら滅ぼさん勢いで色々ことを進める。

 そんな遠慮がないのに

「ここに水を流し込んでも生態系に大して影響はない」

「この爆破ではせいぜい手足の一本持ってかれる程度だ」

「無駄に仲間意識が強い奴らは死体を見かけたら無警戒に近寄ってくるからこの手段は楽でいい」

 とか妙なところでしっかり考えているからタチが悪い。特に爆破に関しては手足の一本は一般的に重症って言うんだよ。その後の人生の明暗分けてるんだよその手足が。「俺は手足が欠けても魔族を殺し続ける」ってお前みたいなキリングマシーンにはみんながなれる訳じゃないんだよ。

 

 あと仲間だからって俺に遠慮が無い。

 そりゃ今は元の美貌も台無しの傷だらけ男口調のボロ女だよ? でも水浴び中に裸をみても「…………お前の国の鍛錬の特徴か? やけに胸筋が張っているな」とか言い出すんだよ。

 どうやらザンは魔族に故郷を滅ぼされて、それ以前の記憶が曖昧らしい。それにしたって人間の性別くらい覚えてんだろと言ったら「……ああ、女は胸に脂肪がつくんだったな。忘れていた」って勝手に納得してどっかいったよ。

 

 ナメてんの? 

 一応女の子の裸見たんだからごめんなさいの一言くらい言えや。せめてもっとなんか反応しろや。なんで男女の体つきの差について勝手に納得されなきゃいけないんだよ。おっぱい見たんだから慌てて顔を隠しながらもチラ見しちゃうくらいの男見せろや。

 鈍感系主人公って言うかトンチンカン主人公だよ。エナちゃんに相談したら「ご主人はこういう人なんです……」って遠回しに諦めろって言われちゃったレベルだよコイツ。

 

 

 

 

 閑話休題。

 

 

 俺たち二人、剣の精霊のエナちゃん合わせて三人はRPGで言うパーティを組んで魔族相手に日夜戦闘を行なっているのだが、この戦いは完全に俺達不利の戦いだ。

 まずこの世界の力関係は完全に魔族>人間だ。魔族に支配された世界だから宿とか武器屋とかRPGあるあるの勇者様支援施設なんてものは一切ない。むしろ俺達は魔族に対して反逆を行う犯罪者であり、素性がバレて人間に追われることすらある。

 

 なんとも世知辛い話だが、何度も言った通り魔王を倒すなんて話は多く人間にとって夢物語であり、普通は少しでも魔族の御機嫌を取ろうと俺達のような犯罪者を突き出すのがこの世界の人間なのだ。

 

 こんな世界でも武器が買えるのは、魔族の影響を受けて変化した獣──魔獣が湧いてくれるからだ。

 基本的に俺らのような荒くれ者の日銭稼ぎは魔族ではなく魔獣の討伐によるものだ。むしろ魔族を殺すための金を魔獣殺しで稼ぐ……なんて始末だ。

 

「……っぅ。まだ腕が痛むな」

 

「この前のオークの時のか。まだ痛むのか?」

 

「あぁ。俺って自分に回復魔術かけるのは苦手なんだよ」

 

 買ったばかりのナイフを軽く振りながら、俺は鈍い痛みのある腕に目を向ける。

 筋肉はついているが女の細腕だ。男のものと比べれば頼りないことこの上ない。そんな細い腕には、結構派手な新しめの傷跡が一つ刻まれていた。

 

 そう、あれは先週の事だ。

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 繰り返すが、俺達は基本的に魔獣を殺すことがあんまり好きじゃない。だって嫌いなのは魔族であって魔獣じゃないし。これがまだ俺の国があった頃なら民のためにもやる気出せたけど、もう国は滅んで民も皆殺しされてしまったし。

 

 でもオークは別だ。オークはそこそこ知能があり、鍛えればそれなりに強くなるためにたまに魔王軍の下っ端にされたりする魔獣なのだ。けれど魔王軍に入っていないオークはただの害魔獣。つまり殺してもお咎めなし。

 オークはハイオークやらオークキングに進化したりすれば六大魔公の正規軍の前線を張ったりする厄介者にもなるので、間接的に魔族共の進行の妨げをしながら金を稼げるオーク退治はいつになくやる気が出るという訳だ。

 その他にも魔族が人間の国への侵攻のためにために作り出した生物兵器系の魔獣の討伐も心躍るが、こういうのは派手にやると魔王軍にバレる。

 

 この日も俺達は依頼を受けてオーク退治に出かけていたのだ。

 ただ、オークの住処に侵入した時に事件は起きた。

 

 

「これは……どういう事だザン!」

 

「……なるほど、いつものやつだ」

 

 俺たちが侵入した巣は、事前の調査ではハイオークが統率する小規模の群れで、危険度で言えばそこまででは無いが、近隣の村や街を襲えばそれなりの被害が出るだろうから駆除してくれと依頼を承ったもの……のはずだった。

 

 だが実際に侵入してみればそれはかなり大規模な群れだった。

 どこに隠れていたのか際限なく洞窟の穴から湧いてくる通常のオーク、更にそれを分隊敵に分けて指揮するハイオーク、そしてオーク系の最上位種で明らかに人為的な教育を受けている魔術すら使える凶悪なオークキングが三体。

 

 こんな凶悪な群れ、それこそ魔族が手を加えなければありえない。

 

「俺達は嵌められたということだ。大方、人間側からの密告だろう」

 

 認めたくはないが、それ以外には考えられない。

 密告を受けた魔王軍が、軽いオーク退治でノコノコやってきた俺達をすり潰せるように、野生ではないオークを配置しておいたのだろう。

 

 

「…………そうか、それは──」

 

「ああ。────最高だ!」

 

 

 数で優っているためか様子見するように俺達を囲っているオークの向こう側にいる一体のハイオークの喉めがけ、ザンは木製の槍を投擲する。

 油断していたのだろう。ハイオークのそこそこ厚い皮膚もザンの渾身の投擲は突き破り、即死とはいかないもののかなりの重傷を与えた。

 

「よし、燃え尽きろ」

 

 だが、ザンの攻撃はそれで終わらない。

 投擲した槍に糸を結びつけておき、慣れた手つきでそこに炎を引火させる。

 糸を伝って炎は槍に、そしてそれが突き刺さったハイオークを焼き始める。

 

 オーク達は何が起きたのかわからず呆然としながら、一匹のハイオークが焼死するのを眺めていた。

 そして、少し間を置いて一体のオークキングが怒号をあげる。それを合図オーク達十数体が怒りを顕に俺達に飛び掛ってきた。

 

「ここからは半々だ。キングは一体ずつと、残り一体は対処出来る方がするで構わないな?」

 

「分かった。じゃあハイオークは俺が全部殺してもいいんだな?」

 

「……出来るものならやればいい!」

 

「よっしゃ! どっちが多く殺せるか勝負な!」

 

 俺達は互いに背中を合わせながら殺到するオークに立ち向かう。

 普通なら最悪とも思える状況。なぜ俺達にとって最高なのかと言われれば答えは単純だ。

 

 コイツらは野生のオークではなく、魔王軍のオークだからだ。

 つまりコイツらを殺すことは魔族に痛手を与えること。オークキングともなれば結構な戦力として数えられることもある。

 前金だけではあるが報酬を貰った上で、魔族関係者をぶち殺せるなんていつものやる気の出ない魔獣殺しに比べたらボーナスステージも良いところ。

 

「よっしゃ! とりあえず死ねオーク! 『ドルマゲス』!」

 

 放ったのは闇の上級呪文。聖なる力を失った俺にとって一番使いやすい属性の魔術だ。

 練られた魔力が黒色の槍の形になり、前方から迫っていたオーク共を背後にいたやつらごと串刺しにする。

 

 しかしそれだけでは終わらない。更に俺は黒色の槍に魔力を込める。するとその周りに避けたオーク達が引き寄せられて、その肉体がまるで粉砕機にかけられるように音を立てながら砕けていく。

 

 仮にも俺は『勇者』になるはずだった男と鍛え合った男(精神は)だ。正直言ってオークやハイオーク程度に手こずるようなことは無い。

 

「グガァ、『ドル、マグス』!」

 

 詠唱と共に放たれた黒色の槍が俺の目の前に迫る。慌てて身を捻らせて避けるが、僅かに掠った肌が酸でも浴びたかのような痛みとともに溶ける。

 厄介なのはオークキングだ。魔術を使い、ハイオークとは比べ物にならないほど硬い鱗を持ち、そして訓練された奴の指揮は有象無象のオークを洗練された兵士に変える。

 

「同じ魔術を使うなんて、意趣返しのつもりかよ?」

 

 俺の言葉にオークキングは下卑た笑みを浮かべるだけでまた遠方から魔術の詠唱を始める。

 あまり魔力を使いたくはないので、剣を抜いてオークの集団へと斬りかかる。俺の死角から何度も何度も別のオークが襲ってくるのこそ面倒ではあるが、技術自体は俺の国の騎士の方が100倍は優れている。簡単に斬り殺すことができる次元だ。

 

「『ドル、マゲ──』」

 

「また同じ呪文か。芸がな……っ!?」

 

 飛び退いて避けようでした時、俺の足が誰かに掴まれた。

 さっき斬り殺したはずのオークの数体が俺の足にしがみついていたのだ。

 

 だがオークは生き汚い事で有名な魔獣だ。こんなまるで「自分ごとやれ!」みたいな事はほとんどすることが無い魔獣なのだ。

 オークキングの指揮能力を甘く見ていた。いや、このオークは普段狩っている野生のオークではなく、『軍人』として指導されたオークなのだ。代わりの効く雑兵が命懸けの特攻をするくらい想定しておくべきだった。

 そしてこの作戦を可能にさせたのは相手の数の多さだ。俺は基本的にオークの急所を斬って殺していたが、数が多すぎて血脂で刃の切れ味が落ちたのだろう。それで仕留め損なった死にかけが、俺の足を掴んだのだ。

 

「ヤバっ! 『サンドアス』!」

 

 放たれた黒槍を土の盾で受け止める。その隙に足を掴んでいた死に損ないにトドメを刺し、体勢を整えようとしたがそれよりも早くオーク達の攻撃が来た。

 

 もう一体のオークキングが、巨大な棍棒を俺目掛けて振り抜いていた。

 回避できる速度じゃない。魔術はさっき使ってしまってすぐには使えない。

 

 なんとか避けようとはしたが足が上手く動かせず、結果として轟音と共に俺の体が空へと舞い上げられた。

 

「────!」

 

 痛みで視界が点滅する。

 右腕の骨が砕けて、潰れかけた肉の中から見えちゃいけない体内のあれこれが見えそうになってる。

 利き腕を潰された。剣が触れない。着地をどうする。ザンは助けに入れるか。

 

 

 そんなことよりもオークぶち殺したいわ。

 

 

「『イオナズア』!」

 

 唱えたのは雷属性の魔術。上から広範囲に高圧の電流を撒き散らし、ハイオークもオークもみんな焼豚に変えてやる。

 打ち上げてくれたおかげで有効範囲にザンが居ないことも確認できたし、いやーラッキーラッキー。腕が痛くて意識飛びそうだし、着地どうしようもないけど。

 

「うげっ! い゛っ゛!?」

 

 予想通り地面に転がるように着地したせいでめっちゃ痛い。もう気絶して楽になりたいところだけどそれをしたら俺は死ぬ。

 

 同族を殺されたのと自分も電流を食らったので二体のオークキングがブチ切れながら俺を見ている。

 一体は遠距離から魔術を、一体は近距離で棍棒を振り上げている。

 

「こん……ちくしょう!」

 

 頭を砕こうと横薙ぎに振られた棍棒に、左手を使って真下から拳を叩きつける。

 

「『ドルマギアス』!」

 

 同時に魔術を使う。目の前に闇属性の塊を練り上げてそれをオークキングの顔にぶつけてやる。

 闇属性ってのは重力とかそういう類のものを生み出す不思議な力があり、そんな魔力の塊を励起させればどうなるかは簡単な話だ。

 

「グギャッ────?」

 

 肉が潰れる音と同時にオークキングの体から力が抜け、棍棒は軌道がそれて俺の側頭部を掠める程度で済んだ。

 

 いや、本当は俺の真上を通り抜ける予定だったんだけどね。

 頭皮えぐられてものすごい痛いし、高速の棍棒にパンチしたせいで左腕いかれたし、高位の魔術ズンバカ撃ったせいで魔力ほぼ空だし最悪だ。

 しかも頭打ったせいか意識も朦朧としてきた。

 

 そう言えば、もう一体のオークキングが魔術の詠唱してたな。

 それが完成したのか、俺の目の前に黒槍がまた浮かんできたけど、これはどうしようもない。

 

 やばい。これ死んだわ。

 そう思ったけど頭部の怪我のせいで思考が回らない。ふわふわした思考の中で俺は目の前の槍が俺を串刺しにするのをポヤポヤと待って──

 

 

 

「ッ、アリア! しっかりしろ!」

 

「────あ、ザン……?」

 

 槍は俺を貫くことはなく、割り込んできたザンの黒鎧に突き刺さって、その脇腹を抉っていた。

 

「ほかの、オークは?」

 

「後はこのキングだけだ。……ハイオークの討伐数勝負、お前の雷撃のせいで俺の負けだ」

 

 キングオークはまた魔術の詠唱を始めた。

 属性は炎。使い勝手より純粋な殺意で必ず俺達を殺すつもりのようだ。

 

「だが俺は負けるのが嫌いだ。キングの討伐数は俺が勝たせてもらう──ッ!」

 

 ザンは自身の主武装である魔剣をキングオーク目掛けて投擲した。

 

 しかしそれを読んでいたのか、キングオークは手頃なオークの死体を使ってその一撃を弾く───

 

 

「──ナイスパスだ。クソ魔獣」

 

 弾かれた魔剣を、飛び上がったザンが掴んでそのまま振り下ろす。

 キングオークはその一撃で頭を真っ二つにされ速やかに絶命した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………腕痛い、頭痛い、全身痛い」

 

「治癒は苦手なんだ。俺も腹が抉られてるから我慢してくれ」

 

 ザンにおぶられて俺はオークの巣穴を後にした。

 本当ならこのまま拠点の町に帰って一休み、と行きたいところなのだが、密告されたということは街の人間はもう信用が出来ない。

 つまりまた拠点にできる街探しから初めというわけだ。

 

「ここから西に行ったところに事前に良い感じの街を見つけてある。治療はそこでだな」

 

「痛いー……俺の腕の傷これヤバいやつだよ……エナちゃん治療してー」

 

『私は剣の精霊であって、専門は契約でそれ以外はさっぱりなのよ。そもそも私、ザンにまたぶん投げられて今傷心中なの』

 

 見てると痛くなるのであんまり見たくないのだが、傷を確認すると確実に骨がイカれてる。

 感覚もないし、もしかしたら剣をもう握れなくなるかもしれない。魔術は便利だけど、あくまでそれは剣を使える前提での話だからもしも剣を使えなくなっていたらこれから先かなり不便だ。

 

「…………ザン」

 

「なんだ。治療なら何度も言うが出来な──」

 

「さっきは助けてくれてありがとな」

 

 そう言ってから、俺は自分のセリフが小っ恥ずかしくて思わず赤面してしまう。

 剣が使えなくなったらセイトとの繋がりが消えてしまう。そう思ったら急にセンチメンタリズムになって、オークキングに殺されそうになった時にザンがかばってくれたのを思い出してなんとなーくお礼を言いたくなってしまった。

 

「気にするな。俺にはお前が必要だからな」

 

「……へ? え、え、────え!?」

 

 突然の口説き文句に赤面どころか、体の内側で火属性の魔術をぶちまけられたみたいになってしまう。

 

「お前は強いからな。魔王を倒す時にお前が居てくれなきゃ困る。ついでに治癒が得意なのと、作る飯が美味い。いると便利だ」

 

「…………そーですか」

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 ……思い出したらまた恥ずかしくなってきた。

 あの時は腕が動かなくなるかもしれない恐怖と、頭を打ったせいで色々混乱していたのもあって不覚にもザンにときめいてしまった。

 

 ちくしょう。俺は男だぞ。いや、今は体は女の子だけど、性自認は完全に男だ。

 そもそもザンは俺が女だったとしても惚れるような要素一切無いぞ。デリカシーの欠けらも無いし。

 

 

「おい。大丈夫か? 早く行くぞ」

 

「ん、悪い。今行く」

 

 いつの間にかザンが俺のだいぶ前を歩いていた。

 コイツの気遣いできないポイントの一つに、俺とだいぶ身長差があって一歩がデカいにも関わらず全く歩く速さを合わせようとしないところがある。

 

 うん。あれだな。

 

 俺へのコイツの感情は基本的に世話の焼ける弟みたいな感じだな。

 基本的に今までよく一人で生きてこれたと思うくらい生活力ないし、コイツのスキルは全部魔族殺しに振られてる。

 だからやたら戦いの時はかっこよく見えるんだ。ギャップってやつだな。気の迷い気の迷い。

 

「……おい、本当に置いてくぞ」

 

「いや、もう置いていきかけてるじゃねぇか。ちょ、待てよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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お姫様兼聖女の穢れ溜めメソッド


スケベ苦手侍。義によっては読み飛ばすも吉。





 

 

 

 俺ことフロリア姫──現在は偽名のアリアと名乗っているが、俺は『聖なる力』という特別な魔力を秘めている。

 あらゆる魔術が魔族に特攻効果を発揮し、光属性の魔術の威力を高めてくれるようになるが、あまりに強大なため基本的に魔王に居場所がバレる。

 

 こそこそ魔族を殺しながら、六大魔公&魔王討伐の機を窺う俺にとってそれはかなりのデメリットになる。

 

 なので俺はこの貴重な聖なる力を捨てることにしたのだ。

 

 方法は簡単。処女を失えばいい。

 

 いや、全然簡単じゃないよ。捨てた時は色々追い詰められていたから他に方法が思いつかなくて浮浪者捕まえて散らしたんだけど、めっちゃ痛かった。痛かったけど、ちょっと気持ちよかった。

 

 とにかく聖なる力を捨てるには性行為という方法が手っ取り早い。

 処女を失った時点で大分ランクダウン。そしてそこから体を重ねまくって魔族でも全く気づけない程度に俺の聖なる力は減衰したのだ。

 

 だが、それでも俺の聖なる力は時間を置くとだんだん復活してきてしまう。つまり定期的に俺は精神が男でありながら、男に体を委ねなければならないのだ! 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん……結構高いなぁ……」

 

 俺は男娼のリストを眺めながらため息をついた。

 こういう店って魔族の支配下だと結構貴重で、その分お値段が中々高い。以前みたいに浮浪者とか盗賊捕まえてヤれって話かも知れないが、マジで痛いんだよそういうのに頼むと。

 しかも俺ってば結構な美少女ちゃんだからね。今は顔も体も傷だらけだけど、盗賊とかはそんなの気にしないで膨らみだけでものを見るから俺が一回でも体を預けると自分のものにしようとしてくる訳よ。

 そうなったら適度にボコボコにしなきゃならないし、色々めんどくさいのだ。

 

 あと盗賊って下手くそだから痛い。

 

 

「……毎度思うが、これは必要経費なのか?」

 

「説明しただろ? 俺はこれやんないと魔王に居場所掴まれちまうんだよ」

 

「しかし、高くないか?」

 

 なんでお前が男娼のリスト眺めてんだよ、とかそういうツッコミはザンには無意味だ。

 しかしザンの言う通り結構お値段が高い。この前のオークの時に武器がダメになって新調したせいで今は金欠なのだ。正直この出費は痛い。

 

「……アリア。一つ質問いいか?」

 

「なんだよ」

 

「それって、男なら誰でも良いのか?」

 

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 部屋を借りている宿の壁は正直言って薄い。たまに隣に止まったヤツらの喘ぎ声とか聞こえて眠れない夜とかがあるが、そこはこの俺の万能魔術の使い所。

 重力のようなものを作り出す闇属性の魔術を利用すれば、防音魔術というものが作れる。これで室内の音が外に漏れ出すことは無い。

 

「その……お前、本当にいいのか? だって俺達ってそういうのじゃ……」

 

「これで出費が浮くのだろう? 何か問題があるか?」

 

 俺は薄布一枚を纏ってベッドの上に寝転がっていた。

 そう。これから俺はザンとそういうことをする。エッチなことをするのだ! 

 

 決して互いにやましい気持ちがあってとか、日々の疲れの発散とかでは無い。本当に必要な事なのだ。でもまさかザンとそういうことをしようとは今まで思わなかった。

 

「よし。準備出来たぞ」

 

「俺の方の心の準備はいつまでも出来る気が────」

 

「どうした? 俺の顔に何か付いているか?」

 

 俺は初めてザンが兜を外すところを見た。

 コイツは基本的にいつ寝ているのかわからないくらい寝ないし、全く鎧を外さない。だから割と長い付き合いにも関わらず、俺は顔を見た事なかったのだが、その顔を見て言葉を失った。

 

 ──似ている。

 髪の色が黒ではなく真っ白で、瞳の色が赤ではなく青という違いこそあるものの、その顔はセイトの顔とそっくりだった。

 

 もしかしてセイトが生きていたのか、とも一瞬考えたがそれはありえない。

 この世界では魔力の『色』で瞳の色が決まる。基本的に得意属性の色が魔力の色で、俺の場合は元々金色だったが今はハイライトすらない真っ黒になってしまっている。

 つまり俺のように得意な属性が変わるような特別な体質でもない限り、瞳の色は不変なのだ。セイトの瞳の色は赤であり、その時点で顔が似ていてもセイトとザンは別人だと分かる。

 

「俺の顔になにかついているか?」

 

「あ、いや、なんでもない。知り合いに似てたもんでな」

 

「そうか。なら始めるぞ」

 

 ザンは仏頂面のまま俺の上に覆いかぶさってきて、俺がせめてもの抵抗とばかりに纏っていた薄布を剥ぎ取った。

 これで俺達は互いに全裸。こうなっては覚悟を決めるしかない。ザンは魔剣を握りしめてそれを俺の股間に……

 

 ん? 

 

『ザン? なんで私を握ってるの? このままじゃアリアに私が刺さっちゃうよ?』

 

 さすがにこの奇行は剣の精霊のエナも予想外だったのか、少し焦ったようにエナがそう言ったが、ザンは特に反応せずにそのまま剣を俺の股間に突き刺……

 

「危なっ!? おま、お前なにやってんの!?」

 

「何故避ける? さっさと済ませないと魔王に居場所を突き止められるんじゃないのか?」

 

「馬鹿死ぬわ! そりゃしなきゃいけないことはあるが、剣を体に刺したら死ぬだろうが!」

 

 俺は当たり前の事を言ったはずなのに、何故かザンは「何言ってんの?」って感じの目線でこっちを見ている。

 何? 俺が間違ってるの? この世界での一般的なそういう行為は、男性が女性に剣を突き刺す行為なの? どんな修羅の世界だよ。女性の命軽すぎだろ。

 

「どういう事だエナ。アリアに怒られたぞ」

 

『なんで私が悪いみたいに言ってんの!? 私としても伝説の魔剣である私を仲間の股間に刺そうとしたザンの奇行に混乱中なんだけど!』

 

 じーっと、ザンは光の無い目でエナを見つめたあと助けを求めるようにこっちをじーっと見てきた。

 いや知らんよ。100%お前が悪いと思うよ。というかこっちをガン見するな。今の俺は裸なんだよ。女の子の裸をガン見するな。

 

「だって、エナがさっき言ってた」

 

『何を?』

 

「男の剣を、女の子に突き刺すのがアリアが望んでる行為だって」

 

 まあね。エナってちょっとイタズラっぽいところあるからね。そういう知識に疎そうなザンをからかう感じでそう言ったんだろうね。男の剣って完全にアレの隠語だよね。

 

 

「なんでそのままの意味で受けとんだよ! ちょっと考えれば分かるだろ!?」

 

 そもそも剣を突き刺したら死んじゃうだろ。なんでそこまで発想が至らないんだよ。ザンの知力が魔族殺しにガン振りしちまってるのはわかってるけど、ここまでとかよく俺に会うまで生き残れたなってレベルだよ! 

 

「いや、女は股間限定で剣を刺しても大丈夫なのかと……限定とは言え斬撃無効は羨ましい」

 

「そんな訳ねぇよ! 羨ましいって、仮にそうだったとしても何が悲しくて股間で斬撃を無効にしなきゃならねぇんだよ!」

 

 俺のツッコミに対しても相変わらずザンは無表情でぽけーっとしてる。なんだコイツ。一桁のガキでもさすがにこれが間違いだってわかるだろ。

 危うく俺の股間に刺されそうになったエナも、いくら主人とはいえさすがにこれにはドン引きしている。

 

 

「じゃあ、俺はどうすればいいんだ。説明してくれ」

 

「…………」

 

「アリア。何故黙る。早くやらなければならないのだろう?」

 

「…………」

 

「アリア。おいアリ────」

 

「お前の×××を俺の△△△に突っ込んでお前が気持ち良くなってなんか出るまで腰を振り続ける! 以上! 終わり! さっさとやるぞ! もう俺は準備出来てんだよ!」

 

 まさか俺が女として男に一から行為の指導をする羽目になるとは。

 これなら高い金を払ってでも男娼に頼んだ方がマシだったか……

 

「……分かった。不慣れではあるが、善処しよう」

 

 そんなことを思っていたら、ザンが俺の上に改めて覆いかぶさってきた。今度はその手に剣は握られていない。……と言うか、改めて見るとコイツ結構体でかいし、イケメンだな。

 イケメンなのはそりゃセイトにそっくりだから当たり前であるが。あと体がでかいと感じるのも今の俺が小さいのもあるかもしれない。

 俺の身長は今は大体160cmくらいだ。女としてらそこそこあるかもしれないが、190cmはあるザンと比べたら大人と子供みたいな身長差だ。

 

「アリア。俺はやり方がわからないから、頼んだぞ」

 

「……あ、ああ。そうだよな。じゃあ俺が、その……リ、リードするから、な?」

 

 別にやましいことをする訳じゃない。必要だからするわけであってそういう事じゃない。

 頭ではわかっていても、やっぱりザンとそういうことをするのはちょっと抵抗があった。

 

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 やっっっっっっっばい。

 

 ものすごく気持ち良かった。

 いやもうホント、極端な話今までの行為は全部気持ち良くなかったんだよ。特に必要に迫られて魔族とやった時はもう吐き気を抑えるのに必死で、行為の最中のこととか何も覚えていなかったレベルだったんだよ。

 

 ……ザンすごい。

 初めてとは思えないくらい上手だった。しかも乱暴な感じじゃなくて、何というか俺を気遣っているというか……思わずザンの背中に引っ掻き傷作りながら思いっきり声を出してしまった。いつもは抑えられるんだけど、今回は無理だった。

 本っ当に気持ち良すぎた。朝起きてしばらく久しぶりにお姫様口調が抜けなかったレベル。

 

「…………アリア」

 

「ザ、ザン……その、昨日は……いや、背中とか悪かったな……」

 

 そりゃ想定はしていたけどものすごく気まずい。

 そういう目で一切見てなかった仲間と、そういう気持ちがあった訳では無いとはいえ行為にまで及んでしまったのだ。むしろなんでザンは表情一つ変えずに無を湛えた瞳で俺を見れるんだよ。やっぱコイツ人間じゃねぇんじゃねぇの? 

 

「アリアは……どっちの話し方が素なんだ?」

 

「…………へ?」

 

 

「昨晩はずっと『や、やめてください! 私の頭おかしくなっちゃいます!』とかみたいな口調で、いつもと全然話し方が違ったからな」

 

 …………顔面から火が吹きでるかと思った。

 え、俺そんな女の子っぽい感じの事言ってたの? ザンに? ザンに対して? 

 

「あと、声がとてつもなく大きかったし、引っかかれまくった背中が痛い。しかも一回出せば良いって言ったのに、俺のことをびっくりするくらいの力で掴んだせいで結局お前が意識を失うまで付き合わされたせいで背中が真っ赤…………」

 

「忘れろぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

 枕を使って思いっきりザンの顔面を殴り付ける。だが防御力の高いこの男は枕程度では身動ぎ一つとることは無い。ただ何で殴られたかを疑問に思いながら、その答えを俺に求めるような目でじっと見つめてくる。

 

「いいか! あれは俺であって俺じゃない! なんか、こう、第二人格的なあれだ! だから俺には一切記憶が無い! だからお前も忘れろ!」

 

「……そうか。分かった。しかしこの背中の傷はしばらく消えなさそうだな」

 

「分かった! 速急に治癒してやるからほんと忘れて! 頼むよ! ホント頼む!」

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 私の名前は……いえ、真名は契約者以外には言えません。仮の名はエナ。とある魔剣の精霊をしています。

 

 私のご主人の名前はザン。魔族を殺すことしか頭にないはっきり言ってちょっとイカれてる人です。

 非常に腕は良いのですが、魔族に対する容赦のなさはヤバいですし、ついでに言えばそれ以外に対する興味の薄さもやばいです。まぁ出会いが出会いでしたからね。まともな人格は期待していませんでした。

 そもそも、私と契約する人間がまともなわけがないんですよねー。

 

 さてそんなご主人だったのですが、最近なんと仲間ができたのです。

 名前はアリアちゃん。まぁ偽名なんですけど、本名はわかりません。こんな時代に魔族殺しなんて酔狂なことをやってる主のご同僚なので、どんなやばいやつだと思ったらなんとこれもびっくり超可愛い女の子でした。

 

 顔や体には痛々しい傷跡が幾つもあるものの、生来の美貌というものを隠すのは非常に難しい。ハイライトのない漆黒の瞳はそれでも宝石のような怪しい魅力があり、短く切られた髪も肩口程度の長さでそのサラサラさが伝わってくるほど綺麗。しかも胸もそれなりでよく鍛えられた肢体が眩しい……はぁ、こんな子に使ってもらいたい。そう思えるくらい可愛い子でした。

 

 こっちの子も魔族に対する認識は結構ぶっ壊れてますけど、ご主人と比べるとだいぶマイルドですね。アリアちゃんは常識ありますし。

 

 

 アリアちゃんの右腕が潰されかけたりとか、色々アクシデントはあったものの割と上手くやってきていたんですが、そんなある日めっちゃ面白そうなイベントが起きました。

 

 詳細は省きますが、なんとご主人とアリアちゃんが同衾するとの事なのです! 

 いやー面白そう。そう思ってご主人をからかってたらこの人アリアちゃんの股間に私をぶっ刺そうとしたんですよ。

 

 マジでイカれてますよコイツ。女の子の股間に魔剣を刺すとか魔剣にも女の子にも失礼な行為ですよ。普通仲間にしねぇよ。どこの陵辱趣味のサディストの悪魔かと思いましたよ。

 

 そんなご主人の行為に呆れていたら、アリアちゃんがなんか言ったらしくなんだかんだでおっぱじめましたね二人共。

 ぶっちゃけアリアちゃんご主人に割と好意全開だったんですよね。どんな事情があったかわかりませんが、アリアちゃんってば相当な苦労人なご様子で、本当なら自殺してもおかしくないところを恨みだけで突っ立ってるような人格をしてるんですよ。

 

 そんな女の子に顔だけはイケメンでなんだかんだ言って魔族狩りなら頼れる男であるご主人が会ったらコロッと……とはいきませんが、仲間という存在がどうも彼女にとって大分精神的支柱になってるようで、結構依存してるんですよ。

 なので久しぶりに面白そうなのが見れるなーとちょっと期待してたんですよ。はい。

 

 

 

 やっべーっすよ。

 ご主人もアリアちゃんもあれケダモノでしたよ。ぶっちゃけ夜の二人の方がオークなんかよりずっと魔獣ですよ。

 

 アリアちゃんはキンキン喘ぎ声が煩いし、そのくせ意識飛ぶまでご主人をたっぷり搾り取るとかなんなんですかあの子。

 ご主人も初めてのはずなのに頭おかしいテクニックでアリアちゃんを大泣きさせてましたよ。

 もうヤバい。ちょっと迫力ありすぎてビビりましたよ。歴戦の魔剣で血濡れの戦場をいくつも見てきたこの魔剣の妖精、『永劫の死』を冠する私ですら涙が出そうになりましたよ。

 

 何が言いたいかって言うと、人間ってやばい。

 

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 あれから一週間経ったが、あの夜の事は思い出すだけでも火属性が暴発する。本当に本当に気持ち良すぎたが、それ以上にザンとやる事やってしまったという事実が恥ずかしい。

 それでいてザンは何も気にしないのだからこっちがひたすらやりにくい。アイツ、いくらなんでも神経図太すぎるだろ。

 

「アリア。ちょっといいか?」

 

 いきなり後ろから話しかけられて心臓が止まるかと思った。

 本当にコイツはタイミングが悪い。なんでよりによってコイツのことを考えてる時に急に話しかけてくるんだ。

 

「な、なんだよ……」

 

「この前の気持ち良いヤツ、あれはどれくらいの頻度で行えば良いんだ」

 

「あーあれは二週間に一回くらい……」

 

 そこまで言いかけて、俺はあることに気がついた。

 今コイツ、気持ち良いヤツって言ったか? 

 言った。確実に言った。

 そう思ったら、なんだか急に心の重荷が取れた気がした。コイツでもそういうの感じるのかってことと、なんか俺だけ一方的に意識しちまってるわけじゃなかったってことに安心した。

 

 いや気持ち良いよな。ぶっちゃけ俺もあんなのされたらもう他のじゃ満足できないと思うもん。

 

 

 …………二週間じゃちょっと聖なる力溜まっちゃうんだよな。

 いや、別に気にするほどではないが、一週間くらいで聖なる力は再充填され始めるのだ。魔王にバレるレベルになるには一ケ月程だと思っていたけど、冷静に考えたらもしかしたら魔王ってば俺のことを必死に探していて、捜査の精度を上げてるかもしれないよな。うん。上げてるよ絶対。

 

 なら頻度を上げるべきだよね。万が一のことを考えて、体に聖なる力はほとんど溜め込まない方が良いよね。

 そう、これは魔王に絶対に見つからない為の作戦であって、俺が気持ち良いからこうする訳じゃない。

 

 

「…………週一でやった方が良いから、今夜お願いできるか?」

 

 

 この後めちゃくちゃ聖なる力を堕とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 








あんま深く考えてなかったけど多分アリアはショートカットで、格好はへそ出しシャツとショーパンにボロ布ローブの不審者スタイルだと思う。






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魔剣と契約するということ





沢山の評価等ありがとうございます。あと、感想貰うといっぱい嬉しいので感想いっぱいください(感想乞食)
質問でもいいよ(話したがり)






 

 

 

 

 

『んっ……やだ、だめっ、……そんな激しくしちゃ……』

 

「変な声出さないでくれないかエナ? もうお手入れしてやらないからな?」

 

『えー。穢れ溜めてる時のご主人とアリアの方がうるさ……ごめんごめん! だから刀身を熱さないで! 熱い!』

 

 俺はザンの主武装である魔剣の手入れをしていた。

 魔剣というのはその性質上切れ味が落ちたり、刀身が欠けたりしないので手入れは必要ないのだが、手入れをしてやらないとこの剣の精霊であるエナちゃんが色々うるさいのだ。

 

 エナちゃん見た目は甲斐甲斐しい感じの世話焼き美少女って感じなのに、実態はめっちゃイタズラ好きのめんどくさい精霊なんだよなぁ。

 まぁ俺よりも長くザンと付き合ってる時点で人格面にどうこういうつもりは無い。そもそも喋る武器程度の存在だ。魔族を殺すのに役立ってるのだから文句を言うつもりは無い。

 

 ……それでもぶっちゃけエナちゃんやたら小言が多いから手入れとかしたくないのだが、今の俺には彼女のお世話をしないといけない理由がある。

 

『ご主人、まだ起きませんね』

 

「……傷自体は治したから、命に別状は無い……はずだ」

 

 簡単に言えば現在ザンは生死をさ迷っているところだ。なんでこんなことになっちゃったかと言うと、まぁ魔族との戦闘が原因だ。

 六大魔公直属の部下でこの辺りを仕切っている獣人ミノタウロスの砦に乗り込んで片っ端から魔族ぶち殺してミノタウロスの首級を上げることには成功したのだが、代償としてザンが瀕死の重症を負った。

 

『可愛そうですよねーご主人。貴方を庇った結果死にかけるとか。というかご主人が死にかける時の原因、いつもアリアちゃん庇ってじゃないですか。今回は内臓がちょっとはみ出しちゃってましたし』

 

「気にしてんだから言わないでくれよ……」

 

 ミノタウロスはかなり強力な魔族だった。

 強靭な筋肉が魔術も剣も弾くし、振り回される大斧は掠っただけで体がミンチにされるような勢い。領地の指揮も任されているだけあって頭も切れる。

 上手く部下を分断して水攻めにして一気に減らし、更に戦闘しながら適度に傷を与えたら城を俺の魔術で爆破。全員生き埋めにしてやったと思ったらまさかそこまでしても普通に生きてるとか魔族の身体構造どうなってんだよ。肋骨が体突破ってんのに平然としてた時は絶望でしかなかったよ。

 本当にRPG式のターン制でどんどんHP減らしてく感じのシステムがどれだけ羨ましいと思ったか。どれだ傷を与えても死なない怪物相手にオワタ式バトルとか、どれだけ繰り返しても永遠に慣れる気がしない。

 

「……さすがに、アレは死んだと思ったよ。俺がじゃなくてザンがな」

 

 ミノタウロスとの戦闘はかなり長引き、その中で大規模な魔術を連発していた俺は集中力が切れて、五秒くらい失神してしまった。

 そして目が覚めたら振り切られたミノタウロスの斧と、腰が笑ってしまうほどにひん曲がって壁に打ち付けられていたザンの姿だった。

 

 その後はもうひたすらミノタウロスに剣を突き刺しまくった。

 持参したのは折れてしまったので瓦礫の中から無事なのを探して、ミノタウロスの眼球とかの柔らかそうな部分に突き刺しまくって、最後は自爆同然に残った魔力で魔術をぶっぱして辛勝。

 

 そしてまた気絶して、目が覚めてはザンを背負って移動して気絶してを繰り返して何とか逃げ延びてきて今に至るという訳だ。

 実は言うと俺も見た目にないだけで結構重症。魔術を魔力がないのに無理やり使おうとすると、本来はガス欠の車みたいに普通に機能不全で終わるんだけど、本当に無理してやろうとすると体内で搾り取るように魔力を作り出せるんだけど、それって内臓を雑巾絞りするかのような暴挙なわけで、今の俺は赤子と相撲しても負けるくらい体が弱っている。剣の手入れをすることすら億劫な程に。

 

 一回庇われたけど俺めっちゃ頑張ったよ。雑兵水攻めにしたのも俺だし、砦吹き飛ばしたのも俺だし、ミノタウロスにトドメさしたのも俺だし。

 だからもうちょっと褒めてもらいたいけど、残念ながら俺のことを唯一褒められる同僚は現在意識不明だ。

 

『ホント、こんなご時世に魔族狩りとか二人共頭おかしいですよね。無駄に強いから良いけど、本当は何回死んでるか分からないような事ばっかりじゃないですか』

 

 それは俺自身よくわかっている。

 何度も幸運とザンに助けられて、ギリギリの綱渡りをしながら魔族を狩ってようやく六大魔公の直属の部下を一人倒せる程度。

 

「でもそれでいいんだよ。幸運でもなんでも、使えるものは全部使ってでも一人でも多く魔族を殺せれば、俺はそれ以外に何もいらないからさ」

 

『……それ続けてたら、いつか本当に呆気なく死にますよ』

 

「まぁ、その時は六大魔公の一人くらい殺せてれば満足はするかな。こんな俺程度の命でそれが出来たら、結構すごいことだと思うし」

 

 でも、ザンと一緒ならいつか魔王を殺せる気がする。

 なんの根拠もない希望的観測だけど、本当に殺れる気がする。いや、殺ってやる。それくらいの気持ちでいないと、うっかりどこかで頭砕かれて死ぬ。

 

『はぁ……類は友を呼ぶ、ってやつですね。正直ご主人とどっこいどっこいですよ』

 

 エナちゃんは呆れたように空中で大の字に寝っ転がってぷかーっと浮かんだ。短いスカートの中身が絶対に見えるはずの角度になったのに、何故か中身が暗黒空間に飲み込まれて見ることが出来ない。

 

『闇属性の魔術で光の屈折率を弄って見えないようにしているんですよ。なんて言ったって精霊は履いていませんから』

 

 心を読まれた!? 

 ただでさえ元々原作にいなかったから情報が無い精霊だが、まさか読心まで出来るなんて便利すぎる……

 

『いえ、顔に出てるんですよ。スカートの中見えねぇ、とか。心を読まれた、とかが』

 

 ……良かった良かった。

 心が読まれていたとしたら俺が度々心中で口にする『原作』とかの言葉も聞かれているところだった。

 

 けれどやっぱり不思議だ。

 魔剣、剣の精霊。こんな言葉はドラワイに一切出てきた記憶が無い。それでいてザンの扱い方を見るに、不壊の概念があるらしく、それ以外にも特別な力があるようだ。

 

「エナちゃんと言うか、魔剣って一体なんなの?」

 

 単刀直入に聞いてみると、エナちゃんはちょっと勿体ぶるような仕草を見せるが、やめたやめたと呟いて思ったよりすんなりと口を開いた。

 

『魔剣は魔剣。ただ関わったものがみんな口に出すのも恐ろしい様な目にあって、聖剣のように口伝されることのなかった特別な武器。代償を持って願いを叶える……それが剣の精霊、契約を司る『永劫の死』たる私の力ですよ』

 

 サラッと言ったが、今願いを叶えると言ったのか? 

 

「契約すれば俺の願いも叶えてくれるのか!?」

 

『他にもっと聞くことない? 関わったものが口伝することすら恐れた魔剣なんですよ私?』

 

 別に今更誰かに口伝とかするつもりないし、恐ろしい目にあって死ぬとかなら別に構わない。もう失うものは自分の命くらいしかないし、それで魔族が殺せるなら代償なんて好きなだけ払ってやれる。

 

『やっぱ狂人との契約って面白くないから嫌いなんですよね……一応言っとくと契約者は常に一人。ご主人が死ぬまで待って欲しいし、そもそも私はそこまで万能じゃない。基本的にハイリスクローリターン。弱みにつけ込んで法外な契約を迫る邪悪な精霊ってわけ』

 

 自分でそこまで丁寧に説明してくれたり、日頃ザンに二つの意味で振り回されている姿を見るにそこまで邪悪さを感じないのだが、まぁ本人が言うなら邪悪なんだろう。未遂とはいえ、乙女の股間の血を啜りかけた魔剣だし。

 

「じゃあ、ザンはエナちゃんとどんな契約をしたんだ? アイツは俺と違って、簡単にハイリスクに突っ込むやつじゃない」

 

 ザンは確かに時としてかなり危ない賭けに出るが、それは絶対にリターンが大きいからだ。アイツは本気で魔王を殺そうとしている。つまりローリターンの賭けに乗るようなヤツでは無いはずなんだ。

 

『……対価は契約の都合上話せませんが、ご主人は今私と三つの契約をしています。まず一つは、「魔族が嘘をついているかどうか分かるようになる」という代物です』

 

「魔族が……?」

 

『いや、魔族限定でも言葉の真偽が分かるってものすごい事なんですよ!? 対価もそれなりに重いですし』

 

 それは分かっているが、ザンがそんなことを契約したというのが意外だった。

 だって魔族なんて信用するだけ無駄な畜生な訳で、嘘ついてるか本当のことを言ってるかとか関係なくぶち殺すか拷問して吐かせるかすればいい。

 確かに便利かもしれないが、『それなりに重い対価』とやらを払ってまで契約することとは思えない。

 

『これだから頭蛮族は……魔族を殺すことしか脳にない方にはそりゃ必要ないでしょうね! ──気を取り直して、ご主人の二つ目の契約は『身体能力の底上げ』です!』

 

 これは前から気になっていた。

 俺が魔術かけなくても内臓こぼしたり、体に穴が空いても行動したりするザンのことはせいぜい、意志の力で突っ立ってる程度に思っていたがそんなカラクリがあったのか。治癒力や意識の維持も身体能力の一つという訳だ。

 それを考えると本当に便利だなこの魔剣。俺も契約して身体能力を底上げしたり、体力の向上とかに使いたい。

 

「それで、三つ目は?」

 

『────知りたいのですか?』

 

 突然エナちゃんの雰囲気が変わった。

 それを聞いてはいけないと忠告するように、先程までのイタズラっぽい少女の口ぶりは完全に抜けて、機械的な平坦な声とカメラのような作り物めいた瞳で、エナちゃんは俺に問いかけてきた。

 

「ここまで聞いたなら、そりゃ最後も気になるよ」

 

『…………分かりました。ご主人と私の最後の契約、それは──』

 

 

 

 

 

 

 

「そこまでにしておけ、性悪精霊」

 

 薄ぼんやりとした実体を持ったエナちゃんの口が大きな手によって塞がれた。

 

『むぐっ!? ご主……ザン! 起きたならすぐに言ったらどうなんですか!?』

 

「今起きたところだ。…………アリア、何故そんな目で俺を睨みつける?」

 

「別に。まず俺に言うことがあると思わないか?」

 

 ザンは周囲を見回して、それから包帯まみれの自身の体、俺の体を順番に見た。

 

「ミノタウロスはどうした」

 

「バッチリ俺が倒した。残党も残ってないし完全にあそこの砦は潰したよ」

 

「そうか。正直予想以上にミノタウロスが強かった。お前が踏ん張ってくれなければ、絶対に勝てなかった。助かった」

 

「別に、俺だって魔族を殺したかっただけだからな。…………それに、庇ってもらったからこそ、二人で生き残れたわけだしな

 

「待て。今なんて言ったんだ。もしかしたら俺の聴覚に異常があるかもしれん。昏倒による一時的なものか?」

 

 もうコイツの鈍感系主人公みたいな対応は慣れてきた。慣れてきたけどホント腹立つ。

 世のラブコメのヒロインの方々は寛大な心をお持ちだよ。俺だったら一世一代の告白をこんな流され方したらぶん殴ってるよ。その上色々はぐらかされた挙句に振られたらもう刺すわ。

 

「……それはそうと、ミノタウロス討伐から今は何日目だ」

 

「丸五日だが、それがどうしたのか?」

 

 ザンは地図を開いて、幾つか印をつけてからそれとにらめっこを始めた。

 しばらく経ってザンが口の端を吊り上げて、にらめっこがザンの敗北で幕を閉じた。

 

「三日後に此処を出る。それまでにアリアは自分の魔力と相談しながら俺の治癒に専念してくれ」

 

「わかった、けどな。三日後に一体何を始めるつもりだ?」

 

 この街は比較的魔王に対して否定的な街であり、俺達を半ば匿うような姿勢を見せてくれているかなり都合の良い宿だ。わざわざ離れる理由は普通は無い。

 あるとすればそれは、なにかでかい事をやる必要がある時だ。

 

 俺が言いたいことを組んだのか、珍しくザンが明確に笑った。

 笑う、と言うよりも威嚇のようなその顔に、俺も吊られて犬歯を剥き出しにして笑ってしまう。心の奥底の魔族への殺意が溢れだしてくる。

 

「ここ一ケ月で近隣の魔王軍の施設や先遣隊を徹底的に潰してきた。ここまで派手にやられれば魔王軍も黙っていない。近々犯人を殺すために大規模な調査隊が送られてくるだろう」

 

 だからそれを襲う、なんてつまらない話じゃない。そんなのはいつもと変わらない。その程度では魔族達に致命的なダメージを与えられない。

 ハイリスクハイリターンを好むザンが出す提案は、いつも俺の殺意を満たしてくれるものなんだ。

 

「当然、調査隊はこの辺りを仕切る六大魔公の所から派遣されるだろう。その間に手薄になった城の主、六大魔公『妖魔のジェリル』を殺す!」

 

 六大魔公の討伐。

 いつか、と語るような話であったはずのそれを突然聞かされて正直困惑した。

 だが、困惑を超える感情がその他の全てを食らい尽くした。

 

「勝てる見込みが、あるんだな?」

 

「ここで殺らねばどの道ジリ貧だ。ちまちま魔族を殺していてもいずれ勘づかれて追い詰められる。ならばここで俺達の悪名ごと『希望』を人間の間に振りまく必要がある」

 

 賭けなんて呼べるようなものでは無い。

 要は追い詰められて打つ手なし、状況を打開する為の一か八かの特攻のようなものだ。

 

 だがこれ以上に心躍ることはこの世にない! 

 どんな理由であれ、俺達の刃が憎きデミルトと並ぶ六大魔公の一人に届く可能性がある。しかもこれで勝てば事態が一つ好転する。

 やらない理由は一切ない。

 

 

「……作戦の詳細を語る前に、一つ言っておきたいことがある」

 

 そう言うとザンは吊り上げていた口角を下ろして、おぼつかない足取りで立ち上がって魔剣を手に取った。

 

「エナ。俺が何を言いたいかわかるな?」

 

『……ハイハイ。わかってますよ。私は意地悪い剣の精霊なんだから、本当は隠したかったけどさ』

 

 俺にはなんの事だかわからない二人だけのやり取りをした後、エナちゃんは少し残念そうにこう語った。

 

『魔剣と契約するということは、代償を取られるだけじゃない。魔剣と契約した人間の魂は決して苦悶から解放されず、その命運はこの世で最も凄惨な末路となる』

 

 嘘偽りの無い言葉が俺を突き離した。

 

 俺が死んでも魔剣と契約をするな。

 

 俺のようになるな。

 

 ザンがそう言いたかったと感じ取ったのは、俺の自意識過剰なのだろうか? 

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 封印されてからどれだけの月日が経ったのだろう。

 

「魂を汚してでも叶えたい願い」を叶えてやっていただけなのに、そんな優しい精霊に対してこの仕打ちとは、全く人間は救いようがない。

 

 そんなことを考えながら永劫の時の中を漂っていると、数千年ぶりに生気を感じ取った。

 

 いや、おかしい。何故生気を感じとれる。

 人間共が私に施した封印は至って単純。森の奥に特殊な空間を作り、そこに私を突き刺した。それだけで施された二つの封印により、私はほぼ確実にもう二度と人間の世界に伝わることの無い代物になったはずだった。

 

『貴様は、一体何者だ? なぜこの場所に辿り着いた?』

 

 私の質問に男は返答をしなかった。

 そして男が更に数歩、私に近づいてきてからようやく気が付いた。

 

 この男は死んでいる! 

 いや、死にながら生きている。本来死ぬはずの体が、何かによって無理やり突き動かされているのだ。

 全身が無惨に裂け、死の冷気を放ちながら彷徨う生者の瞳は、永久凍土の氷のようでありながら、同時に万物を焼き滅ぼさん火勢で燃え上がっていた。

 

「分からない、何も分からない。俺は誰で、なんでここにいるかなんて分からない。なにか大切なものがあった気がするが、何もかも凍って、砕けて、溶けてしまった」

 

 ただ、と付け加えて男は魔剣の柄を握り締めた。

 

 

 

「俺にはやらなければならない事がある。果たせなかった誓いの果てに────必ず魔王を殺すという使命が!」

 

 

 

 そうして男は魔剣を引き抜いた。

 

 死者しか辿り着くことの出来ない空間に封印された、想像を絶する様な悲惨な運命が約束された『人間』のみが引き抜ける悪趣味な魔剣。

 その封印が解かれた時、生まれたのは妄執で動く一つの殺戮人形だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 







・アリア
自分のことを中距離魔法剣士と思い込んでいる歩く対魔族殲滅破壊兵器。破壊した魔族の建造物の数は18棟。
好きな食べ物はめっちゃ林檎っぽい果実。

・ザン
魔族殺すマン。メイン盾(内臓露出)。
好きな食べ物は限りなくリンゴに似た果実。

・エナ
無駄に美少女な剣の精霊。普段はザンのことを呼び捨てだけど、本人が居ないところだとご主人って呼ぶ。真名は多分気づいた人も多いけど某ポケモンと被った。
好きなものは人間の破滅する様。




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窮鼠猫を噛む 上



戦闘描写苦手なのに冒険・バトルジャンル書くとか馬鹿じゃないの?
でもどうしても書きたいところのために戦闘描写が必要なの。でもバトルはホント苦手。キンキン金属音書くだけで終わりにしたい。





 

 

 

 とある魔族の男は、その日何故か胸がざわついて仕方がなかった。

 長年魔王軍の一員として人間相手に戦ってきた功績が報われ、最近遂に六大魔公の城の衛兵という立場に成れた彼には相応の実力が備わっていた。

 

 そんな彼の経験で鍛えられた直感が、どうしようもないくらいに何か悪い予感を伝えてきている。

 

 先日、この城の主である六大魔公『妖魔のジェリル』様の直属の部下であるミノタウロスが統治を任されていた土地で突然砦ごと吹き飛ばされて死んだとの報告があった。

 それ以前にもジェリル様の領地で魔族の不審死が相次いでおり、お気に入りの部下がやられた事で遂にジェリル様も重い……比喩的には重いが物理的には軽い腰を上げて大規模な調査隊を送ったというわけなのだが……

 

 まさか人間どもが反乱を? 

 いや、それはありえない。脆弱で矮小な人間達ではどれだけ頑張ってもミノタウロス程の魔族を倒せるわけが無い。けれど胸のつっかかりは決して消えない。

 一体これはなんなんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 背後からとんでもない程の殺意を感じ、男は慌ててその場を飛び退く。

 自身が数秒前まで立っていた場所にクレーターが生まれひしゃげている。

 そしてその後ろには、目深にフードを被った身軽そうな装備の女が立っていた。

 

「貴様、何者だ」

 

 兵士の勘が告げている。

 この女は良くないものだ。詳細は分からないが、この女が今回の事件の元凶だと分かる。剣と言うよりはナイフと言った刃渡りの武器も、距離感の掴みにくい独特の足さばきも、確実にただものでは無いと言う雰囲気がある。

 

 何より、この女は人間だった。

 

 

 一歩、全力で踏み込み手に持っていた槍でその体を貫く。

 そのつもりで放ったが、女は外套を残して消えていた。どこに消えたか? なんて初歩的な思考は男にはなかった。隠れる場所のない廊下で相手が消えたとしたら、即ちそれは────

 

「上だ!」

 

 甲高い金属音。

 ナイフと槍が鍔迫り合いになるが、こうなれば大きい武器を持ち力も強く足腰を地面に着けている男の方が圧倒的に有利。全霊を持って女を弾き飛ばし天井に叩きつける。

 

 女の口から空気が漏れて、力が緩みその手に握られていたナイフが離される。あとは思いっきり跳んで槍で串刺しにすれば男の勝ちである。

 だが、男は兵士だ。敵兵を殺せば兵士は良いというものでは無い。この他にこいつの仲間は? こいつの目的は? 今回のミノタウロス達の事件との関連性は? 

 聞かねばならないことがある。槍の握り方を変え、串刺しによる殺害ではなく、殴打による意識の剥奪を目的として男は跳んだ。

 

 

 その一瞬の思考が、男の命運を分けた。

 

 

 女の体の筋肉に突然力が戻り、男に向けて何かを投げた。男は冷静にそれを槍で払うが、同時に何かの液体を被ることになった。

 女が投げたのは何かの小瓶だったようで、払い除けた衝撃で中身が飛び散ったのだろう。酸の類ではなかった幸運に安堵したが、その匂いを嗅いだ瞬間、男は槍を手放して女と距離を取った。

 

「『メラミア』!」

 

 女が呪文を唱えると、いつの間にか槍に結ばれていた糸を伝って炎が男の目前まで襲いかかってきた。あと一瞬、槍を離すのが遅れていたら浴びた油のこともあって今頃火達磨だったろう。

 

「チッ、『ラレイ』!」

 

 初歩の水属性魔術を使って炎を鎮火する。

 槍から炎が消え去り、飛び退いた男と天井に張り付いていた女の丁度中間の場所にあるそれに向け、男と女はそれぞれ床と天井を蹴った。

 落下の関係で条件がやや女の有利であるが問題は無い。人間の女の脚力なぞ、重力の加速があったとしても自身の方が上である自信が魔族の男にはあったからだ。

 

 

「『ドルマ』!」

 

 

 男は、それが間違いであったことにその言葉を聞いてようやく気が付いた。

 槍を手放した時点で自分の負けだったのだ。槍の後ろに黒い玉が現れる。それは闇属性の魔術の影響。重力を発生させる闇属性の魔術は応用すれば斥力を発生させることも出来る。

 

 今更後ろや横に跳ぶことも出来ず、男は弾かれた自身の槍に頭部を貫かれその意識は永遠に霧散させた。

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 

「これで強そうなのは全部だろう。あとは呼ばれても大差ないか、逃げ出すような雑魚ばっかだ」

 

「こっちもあらかた片付いたな。──行くか」

 

 いつの間にか城の内部構造に関する地図を手に入れていたザンの後ろに続いて、周囲を警戒しながらジェリルの部屋へと足を進める。

 

 城の兵士達は六大魔公の警備担当だけあってどいつもこいつも一筋縄ではいかない様な奴らだったが、ここまで何とか怪我らしい怪我を負うことなく来ることが出来た。

 

「ジェリルは他の六大魔公と比べ純粋な力量は劣るが、精神干渉の魔術を巧に操る。事前に対策の護石やらを揃えはしたが、はっきり言って無意味だろう」

 

『妖魔のジェリル』は原作でも主人公達が最初に戦うことになる六大魔公だ。攻撃力自体はそこまで高くないが、混乱などと言った状態異常を振りまいて翻弄してくる「ゴリ押ししてるだけじゃ勝てないぞ」という感じの序盤の難関……であるが、この世界だとそうはいかない。

 

 まずこいつの幻惑系の魔術。基本的にかかったら最後だ。対策しようにも六大魔公の魔術なんて人間が用意できる防御策を簡単に突き破ってくるし、薬飲んだからってすぐに混乱が治るとかそんなものは無い。

 加えて身体能力だってまともに喰らう=即死の世界じゃ他と比べてそこまで高くない程度じゃ変わらないんだよ。

 

「もう既に奴の術中に嵌っている可能性もある。気を引き締めて──」

 

 

 

「そんな強ばらないで。私に身を委ねていいのよ?」

 

 声が聞こえると同時にザンが虚空に向けて魔剣を振った。

 すると目の前の空間が捻れて、長い廊下だと思っていた場所が広い部屋に変わっていた。

 

「一応聞いておくが、お前がジェリルか?」

 

 部屋の奥の豪奢な椅子には一人の女が座っていた。

 生気のない白い肌に灰色の髪の毛。扇情的な黒いドレスに身を包んだ美女であったが、その頭には血で濡れたように赤い角が生え、爪や牙は獣のように鋭く尖っていた。

 一目で人間ではないことが分かり、それから少し遅れてこの女が纏う噎せ返る程の血の匂いにも気が付く。

 これだけの『死』を纏った生き物、それこそ六大魔公でもない限りありえない。

 

「えぇ、そうよ。六大魔公『妖魔のジェリル』。城の主として勇敢なる客人を歓迎しましょう。生憎今は兵士達が出払っていて、残っていた子もみんな何故か死んじゃってるから大したもてなしが出来ないけど、ゆっくしていきなさ……って、あら?」

 

 剣を抜いた俺達を前にしても一切余裕を崩さないジェリル。

 ふと、彼女の視線が俺に向けられた時、驚いたような顔を見せた。

 

「その顔立ちに匂い……もしかしてそちらの女の子、ブランク王国の子じゃないかしら!?」

 

 ブランク王国。

 それは俺がこの世界で生まれた国の名前だ。

 あの日、魔王軍によって滅ぼされて無くなってしまった俺の故郷の。

 

「あの国は本当に良い国よね。特に女はいいわ。見た目は不細工だけど血は良い味してたからみんな絞り尽くしてあげちゃったもの。あんまりにも美味しかったから記念に干からびた死体を取っておくことにしたんだけど、この城の地下にあるからちょっと一緒に見に……」

 

 嬉嬉として俺が守りたかった民の末路を語るジェリルを前に、頭の中で太い血管が切れるような音がした。

 

 

「それ以上喋るな、屑が」

 

 

 そんな俺よりも速くザンが動いた。

 魔剣による一閃がジェリルの玉座を両断するが、既にそこにジェリルの姿は無かった。

 

「あらあら。もう始めちゃっていいの? 遺言とか残す時間をせっかく用意させてあげてた──」

 

「『ドルマギアス』!」

 

 闇属性の魔力を獣の顎の形に生成する。

 重力の顎に挟まれたその体がひしゃげ、風船が破裂するような音と共に辺りに臓物と鮮血が撒き散らされた。

 

「アリア!」

 

「わかってる! 幻覚だ!」

 

 飛び散った血が蒸気となって辺りに充満し、視界が赤色の靄で覆われる。

 用意していた布で口元を縛り、可能な限り吸い込まないようにするがそれでも気休め程度。

 ジェリルの血液は人間には猛毒。正常な判断能力や五感を徐々に奪われ物言わぬ人形にされて無抵抗なまま彼女の餌となる。

 

「鎧の男の子はその鎧のおかげかもだけど、女の子は妙に魔術への耐性が高いわね……もしかして……まぁ、お人形にしてから確かめればいいわね!」

 

 ザンと背中合わせになり声の発生源を探すが、赤霧が音の響き方を奇妙にねじ曲げて辿ることが出来ない。

 ここは最早ジェリルの胃袋の中同然。一秒後には自分の首が繋がっているかもわからない現状に冷や汗が止めどなく流れ、瞬きすら恐怖ですることが出来ない。

 

 ナイフを握る手に力を込め、全てを失った日の惨劇と今しがたのジェリルの言葉を思い出す。

 

 もう震えも恐怖もどこにもない。ただ怒りだけが脳を支配して、純粋な殺意が視界を赤よりも紅く染め上げる。

 

 

「『ブラッドレイ』」

 

 

 俺の目の前に女の手が現れた。

 その手首がパックリと裂ける。いや、それは裂けたのではなかった。

 

 口だ。

 鋭く尖った牙の生え揃った獰猛な口が手首に浮かび上がり、そこから血液が高圧で吹き出される。

 

「ザン、避けろ!」

 

 ザンの鎧の脇腹に蹴りを入れながら俺も全力で身を捻る。

 頬を掠めた鮮血が体内に入り込み、視界が一際大きく揺れた。ザンの方は咄嗟の行動で無傷で済んだが俺はまずい。

 と言うか想像以上に血液の毒性が高い。かすり傷でも喰らえば平衡感覚が持ってかれる。

 これはやばい。一旦距離を取ろう。

 

「あらあら、私かわいい女の子の方が好きなのよ。もっと一緒に踊りましょう!?」

 

 その言葉通りの意味なのかそれとも俺の方が仕留めやすいと睨んだか。ジェリルがそうはさせまいと、手刀を俺の喉元めがけて突き刺してくる。

 

「悪いが俺と踊ってもらおう」

 

「いいわね。情熱的なのは好きよ!」

 

 間に入ってきたザンの魔剣と手刀がぶつかり合う。

 どうみたって筋肉の無い美しいだけの女の肢体のはずなのに、魔族の身体構造は人間と全く違うため恐ろしい速さと力強さ。体格で優るザンが一撃撃ち合う度に競り負けている。

 

「アリアは魔術でサポートしてくれ!」

 

「わかってるけど、霧が……」

 

 濃い赤霧は5m先の視界すら殆ど見えなくしてしまう。

 この状態で高速の戦闘を繰り広げるザンとジェリルの間に魔術を放てば、ザンに当たってしまう可能性も十分にある。

 

 しかしこのままではザンが押されるだけ。

 ならば、と狙いを定めようとした俺に対し、ジェリルが一瞬だけ視線を向けた。

 

「『ブラッドウェイブ』」

 

 まさか、と思ったが悪い予感は簡単に現実になってしまう。

 四方八方から鮮血で編まれた投網が俺を捕まえようと虚空から現れてきた。

 

「『メラギオス』! 『イオナ……ぐぁ!」

 

 魔術で打ち消そうとしたが消し切れずに背中の肉が削ぎ落とされた。

 俺の全力の魔術でも打ち消しきれない様なものを、ザンと戦いながらついでのように放つなんて、これまで戦ってきた奴らとは次元が違う。

 

「『ブラッドサイズ』」

 

 今度は血で出来た巨大な鎌が俺の首めがけて飛んでくる。

 もう転がるようにして逃げ回るしかない。血で編まれた剣、槍、そして合間にはあの手首からの血液のレーザー。

 回避に専念しているからこそギリギリ避けられているが、それでも完璧にとはいかずに細やかな傷が作られて、そこから入り込んだ血毒があらゆる感覚を蝕んでくる。

 

 しかもこの間、ザンは休むことなくジェリルと打ち合い続けている。援護すらさせて貰えずほぼ一方的にザンが攻められているのを避けながら見守ることしか出来ない。

 このままでは俺は毒でやられ、その後か先かにザンも倒されてしまう。

 

 何か打つ手はないかと考えていると、転げ回っていたせいで少しザン達と距離が空いていたことに気がついた。

 

 霧が薄くなっている。

 先程まで突然虚空から現れていた鮮血で編まれた術式の数々。あれは空気中に撒かれていた自身の血液を媒介に発動していた魔術だったんだ。

 連発すれば俺達の行動の枷になっていた霧も薄くなる。

 

 そんなことを考えていたら、ジェリルがザンの腹に重い蹴りを入れてザンと距離を開けた。鎧が砕けるほどの蹴りを受け、ザンはすぐには立ち上がれないのかぐったりしてしまった。

 

 本来ならそこでザンにトドメをさしても良いはずだ。

 だが、ジェリルは手首の口を大きく開いてそこから血を垂らし始めた。間違いない。アイツはもう一度霧を濃くしようとしている。

 

「『エンチャント・メラギオス』!」

 

「なっ…………ッ!」

 

 距離を詰めてその手首を切り落してやろうとナイフを振るった。

 ジェリルは驚いた顔を見せながらもかすり傷すら負わずにその攻撃を避けてみせた。多分、驚いたのは魔術ばっか使ってた俺がナイフで切りかかってきたからだろう。

 

「あら、アナタ魔術ばっかの女の子だと思ってたけど、存外良い動きするのね」

 

「これでも騎士として鍛えてたからな。それなりに剣にも自信はあるぞ?」

 

「騎士……? アナタ、例の脱走したお姫様だと思ってたけど、騎士の生き残りだった……いや、戦闘要員は全員殺したはず」

 

 まぁ、お姫様が騎士に混じって鍛錬していたなんてそうそう思わないよな。特にコイツ人間の女に対して随分と弱いというイメージを持ってるみたい、と言うか六大魔公の中でもジェリルは一際人間に対して侮蔑の感情がでかい奴だ。

 それに問題があるわけじゃない。油断してくれるのはありがたいし、そういう奴ほどぶち殺しがいがあるってものだ。

 

「うん。やっぱりアナタ達は直接手を下さずに、毒で倒れるのを待った方が良さそうね」

 

 ジェリルは手首から血液を溢れさせまた霧を作り出そうとする。

 不意打ちでなければ俺の攻撃は多分全て躱されてしまう。魔術は隙が大きく、下手したらフリーになってる足で蹴りを入れられて鎧のない俺では上半身と下半身がサヨナラすることになるかもしれない。

 

「……俺じゃ、無理だ」

 

 ナイフを地面に落として俺は俯いた。

 くすり、とジェリルが笑ったのが前を向かなくても分かった。そこに込められた感情がどんなものでも構わない。俺が俯いたのはジェリルとは一切関係ない理由だからだ。

 

 

 

 

 俺は表情に出やすいらしいから、出来るだけ笑ってるのがバレないようにしなきゃならないからな。

 

 

「ああ、だから俺がやる」

 

「────え」

 

 

 炎を纏いながら爆発的に加速したザンの魔剣がジェリルの右手首を斬り裂いた。

 ようやく与えられた傷は、相手の腕一本を切り落とす中々の結果。堪えていた笑みを抑えきれずに俺は目を見開いてジェリルを視界に収める。

 

 エンチャントは俺のナイフにしたものじゃない。ザンの魔剣にしたものだ。

 ザンなら火属性のエンチャントで爆発による加速と熱による切断力の強化さえあれば、ジェリルの強靭な肉体も切り裂いてくれると信じていた。結果はもちろん大成功だ。

 

「チッ、小癪な手を──」

 

 流石に不利を悟ったのか、ジェリルは飛び退いて距離を取ってからまた霧を作り出そうと構えるがそうはさせない。

 

「『エンチャント・メラギオス』! 『ドルマ』!」

 

 斥力を発生させながら、俺は足元のナイフを蹴り飛ばす。その刃は先程のザンの魔剣と同じエンチャントを施した。

 ジェリルの腹部に突き刺さり、肉が焼ける匂いが俺の鼻にまで届いた。

 

「クソッ! 人間の癖に、この私の体に二度も、二度も!」

 

 余裕の無くなってきたジェリルの顔を見てから、俺達は表情で言葉を交わす。

 俺もザンも結構毒が回っている。決めるなら霧が満ちていない今の内に短期決戦で決めるしかない。

 

「『ドルマゲス』!」

 

 俺が放った黒色の槍と共にザンがジェリルに切り込んでいく。

 片腕を失ったとはいえその実力はそれでもザンを上回っているだろう。軽く払うように俺の魔術をかき消し、ザンの刃も素手で受け止めた。

 

「『バギマス』!」

 

「めんどくさい女ね……『ブラッドシャワー』!」

 

 風の刃と血の槍雨が激突し、互いに霧散する。ジェリルも余裕が無いのか俺の魔術を消すのに手一杯。それで一瞬でも意識を俺に向ければ、ザンの猛攻が追い詰めていく。

 間違いなく流れは俺達に来ている。ここで勝負を決める為に俺もかなり少なくなってきた魔力を補うように、全身から生命力とでも言うべき何かを搾り上げる。

 

「『サンドアス』!」

 

 敵の背後と横に三つの土の壁を作りだし逃げ道を塞ぐ。

 壊す時間も、上に飛んで逃げる時間も与えない。威力と痺れによる拘束を目的とした雷属性の魔術を間髪入れずに放つ。

 

「『イオナズア』!」

 

 直撃、だが倒れない。

 俺はもう一本買っておいたナイフを抜いて近接戦に出る。魔術は高威力だが確実性がない。やはりトドメは首が心臓を突き刺すに限る。

 相手の方が体格が大きく、まともに剣と打ち合いになればこちらが弾き飛ばされてしまう。

 だからこそ雷属性の魔術で痺れさせた。せめてもの抵抗にと振るわれた大振りの一撃を避け、懐に一発切り込む。

 

 ガキィンと、金属音と共にナイフが弾かれる。

 やはり硬い。鋼鉄のような装甲を前にエンチャント無しのただのナイフでは刺さりもしない。

 

「────ッ!」

 

「い゛っ、やりやがったな……テメェ!」

 

 空いている片方の手で思いっきり顔を殴られた。

 鼻っ柱が折れて、鼻の中で血が詰まって呼吸が鈍る。だが本来なら魔族の殴打を顔に受ければ即死してもおかしくない。

 こいつも弱っている。ならばもう終わりだ。

 

「『エンチャント・ドルマギアス』!」

 

 刃に漆黒を纏わせる。

 重力であらゆるものを砕き裂く闇属性の刃を相手の腹へと突き出す。

 鎧を砕き、その刃が腹を貫き発生させる重力で臓物にもダメージを与える。

 

 ──手応えあり。

 刃を引き抜くと、相手の体が力なく倒れてそのまま動かなくなった。

 

「や、やった……?」

 

 戦闘の高揚というものが冷めていく。

 アドレナリンが切れて全身の痛みがだんだんと知覚できるものになってくると同時に、『六大魔公を倒した』という事実の実感が確かに俺の手の中に湧いてきた。

 

「やった、やった! 倒した! あの六大魔公の一人を、遂に!」

 

 思わずその場で飛び跳ねてしまう。

 本当にギリギリの綱渡りの戦いだったが、どうにか勝利することが出来た。

 

「────アリア」

 

 その声を聞いて俺は振り向いた。

 そう、この人がいなければ俺は勝てなかった。俺は戦友へと駆け寄って、その片腕を掴んだ。

 

「本当に頑張ったね、()()()()()()

 

 ジェリルさんに褒められる、ただそれだけで脳内麻薬が溢れ出して幸せの絶頂に達した。

 六大魔公の『ザン』を倒してジェリルさんと…………あれ、なんで六大魔公を倒そうとしてたんだっけ? 

 ジェリルさん……ジェリル様が倒せって言ってたからだけど、なんかもっと大事な理由があった気がしたんだけど……

 

「やっぱまだちょっと緩いかな? もう少し強めに……やっぱり洗脳は調整が難しいなー。上手くやらないとしばらくしたら解けちゃうし、強くしすぎると廃人になっちゃうし」

 

 ──────────何か、書き変わったような気がします。

 おれ、ぼく? 私。

 私の中で何かが変わった気がしますけど、どうでもいいですね。だって私はジェリル様の為に生きる人形であって、ジェリル様以外のことは考える必要が…………違う、何かがおかしい。何かおかしい! 

 それにわかっているのに、何がおかしいのか気付けません! 

 

「さぁさぁアリアちゃん、とりあえず怪我の治療をしてから勝利のお祝いをしましょうか?」

 

 ジェリル様の命令なので、勝利の祝いをしなければいけません。

 

「はい……ジェリル……様?」

 

 倒れ伏す六大魔公の『ザン』の体を後目に、私はジェリル様の傷を癒すために自らの首にナイフを押し当て──────。

 

 

 

 

 

 

 

 







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窮鼠猫を噛む 下

10000UA突破しました。応援してくださった皆様に感謝。
とても嬉しいので更新します。






 

 

 ジェリル様は吸血種であり、生きる為に血が必要で、潤沢で新鮮な血さえあれば手足の欠損すら治ります。流石は高潔な魔族です。手足の生え変わらない劣等種の人間とは格が違います。

 今から私はジェリル様の体を癒すための血液を捧げるという、大変名誉な役をさせて貰えるのです。とても誇らしいです。

 

 誇らしい、はずなのに。

 ナイフが全然動きません。体が嫌だと叫んでいます。ジェリル様の為なら命を投げ出すことも惜しくないはずなのに、何故? 

 

「んー、やっぱりすぐに自殺まではさせられないかー。すり替えとかは得意なんだけど、意志に反することは難しい……もしも本当にお姫様だったら、私が魔王様に怒られちゃうしね」

 

 そう言ってジェリル様は私からナイフを取り上げて、頭を撫でてくれました。

 

 なんて尊い方なのでしょう。

 己の役目も果たせない劣等種の人間である私ごときの頭をその高貴な手で触れてくれるなんて、ジェリル様はとても素晴らしい方です。私はジェリル様の為ならどんなことだって出来るでしょう。

 たとえ命を失うことになっても、ジェリル様の為になるのならばそれが誇らしい程に。

 

「そう言えばアリアちゃんってさ、実は本名じゃなかったりする? 本当の名前教えて欲しいなー?」

 

「私の本名ですか? フロリアですが、それが何か……?」

 

「フロリアねぇ……やっぱりお姫様だったか。どうやって聖なる力を堕としたか知らないけど、こんな拾い物出来るなんて私ってばラッキー!」

 

 どうやらジェリル様は自身の幸運をお喜びになってるようですが、それはきっとジェリル様の日頃の行いが良いからこそのもの。因果応報と言うやつでしょう。

 日頃から愚かな人間の虐殺や支配に励み、そんな者達の有意義な使い方を模索する努力家なジェリル様だからこそ、天の神も微笑むというもの。

 

「そうと決まれば、さっさと洗脳を終わらせちゃおうかフロリアちゃん」

 

「せんのう……? 一体どういう意味ですかジェリルさ────」

 

 私の唇がジェリル様の唇と重なり、その先の言葉は声にならない声となって全て吸い込まれてしまいました。

 一息で快楽物質が全身を駆け抜け、思考も感覚も感情も全てただ幸福だという現実が吹き飛ばしてしまいます。

 何も考えられない。ただ幸せだ。ジェリル様に全てを委ねられる幸せ、全てを吸い取られる幸せ。嬉しさで涙がこぼれてしまいました。

 

「貴方の口は、何の為にあるの?」

 

 ジェリル様の声が脳に直接聞こえてきます。

 一体何と答えれば正解なのか分からず法悦としていた私の口内を蹂躙する舌が、そのまま脳の中まで掻き乱していく。

 

「お前を殺す為だ」

 

 何かが上書きされて、私の頭は正しいはずの答えを紡ぎ出す。

 

「ジェリル様のためにあります」

 

 その答えに満足したのか、ジェリル様の舌の動きは激しさを増して何かを必死に隠そうと逃げ惑う私の舌を蛇のように絡めとり、倫理という倫理、道徳という道徳が搾り取られていく。

 

「貴方の手足は、何の為にあるの?」

 

「お前を殺す為だ」

 

 正しいはずの答えが霞んで消えて、ジェリル様の望む答えが私の答えになる。

 それが嬉しくて仕方なかった。

 

「ジェリル様のためにあります」

 

 最後の仕上げとばかりに、ジェリル様の攻めが激しさを増す。

 もう骨抜きにされてしまった私はただ全てをジェリル様に委ねていた。

 

 心臓の鼓動も、胸の高鳴りも。思考も感情も呼吸も何もかもをこの方の望むままに。

 それが私の幸せであって、それが私の生きる理由であって、それが私の存在価値なのだから、何もおかしくは無いはずだ。

 

 

「貴方の命は、何の為にあるの?」

 

 

 それはもちろん、ジェリル様の為に。

 

 

「お前を殺す為だ」

 

 

 

 

 

 

「────ごぼっ!?」

 

 私の口から突然何かが吹き出してきた。

 驚いたジェリル様は私から飛び退いてしまいました。

 ジェリル様が離れてしまったのと、私がジェリル様を驚かせてしまったことがとても悲しくて私は自分の舌を噛み切ってしまいそうになりますが、口から溢れ出る液体がそれを許してくれません。

 

「……あれ? ……これ、何……?」

 

 一体何が出てきているのか確認すると、それは黒色の液体でした。

 鏡で見た私の瞳とそっくりな真っ黒な液体。粘つきもあってまるでコールタールのようなそれは、私の口だけとは言わず目からも鼻からも、果ては耳どころか全身の穴という穴から吹き出していました。

 

 大切なものが全て流れ出るかのような虚無感。

 私の中を満たしていた幸福感が流れ、流れ──────。

 

 

 

 

 俺は正しい感情を思い出した。

 

 ザンを刺し殺したこと。

 ジェリルに心酔し、完全に部下になりきっていたこと。

 怒りだとか、嫌悪感だとか悔しさだとか。感情全てが胃液と共にせりあがってきて床にぶちまけてしまった。

 しかしその胃液も同時に溢れてきた黒色の液体に呑まれ、あっという間に見えなくなってしまう。

 

 

「何よ、これ? まさか自身の体内の魔力ごと私の洗脳を吐き出したと言うの!? そんなのただの自殺と変わらないじゃない!」

 

 驚くジェリルの声でようやく俺はこの黒色の液体が、俺自身の魔力であったことに気がついた。

 魔力は有限であり、本来ならジェリルとの戦闘で俺はその殆どを使い切ってしまい今は空っぽのはずだった。

 

 ならばこの大量の魔力はどこから? 答えはもちろん、生命力を搾りあげて作り出している。

 止まれ、止まれと念じても魔力の流出は止まらない。それが続く度に内臓を雑巾絞りされるような激痛が体に走って、手足の先の感覚が麻痺していく。

 気道を魔力の逆流が覆い、呼吸すら許されない。

 感覚器官が全部魔力の逆流でまともに働かない。これじゃ本当に自殺と変わらない。この先にあるのは限界まで魔力を搾りあげて、本当に絞りカスのようになって死ぬ未来だけだ。俺はそんな風に死ぬために戦ってきたのではないのに。

 

 

 じゃあ、なんの為に戦っている。

 決まっている。魔族を全て殺す為だ。

 

 

 

 

 

 殺す。そうだ、殺すんだ。

 魔族を殺すんだ。

 

 

 俺の意識が、俺の感情に呑み込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、何よ、これ。何が起きてるの!?」

 

 私の目の前には二つの信じられない光景が生まれていた。

 

 一つはフロリア姫だ。

 完全に洗脳が上手くいっていたはずなのに、突然自殺のように魔力を吹き出したと思ったらそれを纏い黒泥で出来た怪物のような姿に変貌した。

 禍々しいまでの濃厚な闇属性の魔力は、闇を糧とする魔族にですら毒となり得る。これ程の闇属性、それこそ魔王様でもなければ有り得ない。

 

 

「…………おい、アリア! ……ダメそうだな。これどういう事だ? なんでアリアがこんな怪物みたいに?」

 

『呑気に観察してる場合!? アレ明らかにやばいよ! 精霊の私にはわかるけど、アレはただの殺意の塊! 人格とか思考のない殺戮兵器だよ!』

 

 

 もう一つの信じられない光景とは、私の視界の隅で黒泥の怪物を見上げる黒鎧の男だった。

 この男は確かザンという名前で、フロリア姫の仲間だった男だ。

 

 私への殺意と仲間への信頼。

 その二つを入れ替える私の術に嵌り互いに殺し合い、フロリア姫に殺されたはずだ。

 

 内蔵がひしゃげ、大量の血を流し、呼吸も心音も止まったのを確認してからそこらに放っておいたというのに、何故か当たり前のように立ち上がって何も無い虚空に話しかけている。

 

 

「オ、オオオオオォォォオォォォォォォ!!!」

 

 

 黒泥の怪物が咆哮を上げ、同時にその体を構成する魔力を練って重力の槍を放つ。

 誰かを狙って撃っている訳では無い。それでも意識してよけなければ串刺しになるほどの圧倒的な物量! 

 

「『ブラッドボム』!」

 

 血液を励起させて爆発を引き起こす。

 ギリギリ打ち消せたが明らかに先程までと威力も量も桁が違う。

 

 リミッターが外れている。

 生命維持に必要な魔力を、なんてレベルではない。全身の機能全てを魔力を生み出すために使い、死ぬまで自身から魔力を吸い上げる自爆兵器だ。

 例え同じようなことをしたからと言って誰でも出来るような業では無い。文字通りに命を使い切っても良いほどの『執念』。それが無ければ自身の意識が完全に失われた状況でも、殺意のみで自身も周りも全て殺す為に動か続けるなんて不可能だ。

 

『──ザン! やっぱりアレはもうアリアちゃんの意思はないよ! ザンにまで攻撃してくるなんて……』

 

「いや、アレはアリアだ。アイツがいつも内に秘めていた殺意が、溢れ出ただけだ。だから────」

 

 

 私は一歩、後ずさりをした。

 生まれた時から他の魔族とは一線を画す力があり、当然のように六大魔公の一人となったこの私が、生まれて初めて人間に対して恐怖を覚えたからだ。

 

 

「俺も、奥の手を使う」

 

 

 暴力的な魔力の怪物と、死んだはずなのに動く黒鎧。

 もう私にはこの二体が人間とは思えなかった。

 激情に駆られ、動くはずのない肉体を動かし続ける二体の怪物に対して、私は恐怖による拒絶からその力を振るった。

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

『わかっているとは思いますが……二分です。それ以上使えば確実に死にます』

 

「わかっている、十分だ!」

 

 全身が熱い。

 血液がマグマになり、皮膚が鉄板と化したかのように熱を放つ。

 エナとの契約によって生まれた『熱』を励起させて飛躍的に身体能力を向上させる奥の手。

 使えばそれだけで全身の筋肉が焼け焦げ、少なくとも継続戦闘は不可能な程の重症。二分以上の使用は確実な死をもたらす。

 

 これを使ったということは、戦闘の勝敗に関わらず二分後には俺はもう立ち上がることも出来ない。

 アリアも……あの状態から生きて元に戻れる確証はない。そうなれば敵地で二人揃って完全に行動不能になり、戻ってきた魔族に気絶しているところをあっさり殺されることになるかもしれないし、そもそもここまで出し切ってもジェリルには届かないかもしれない。

 

 だが、そんなことは今考えることではない。

 俺は魔王を倒すまで死なない。ただそれだけだ。それまではただひたすらに、目の前にいる魔族を殺し続ける───! 

 

「この死に損ないが! 『ブラッドソード』!」

 

 切断された傷口から吹き出した血液が刃の形になり、火炎を纏った俺の魔剣を受け止める。

 疲労しているならば奥の手を使えば上を取れると思ったがこれは予想外だ。

 ジェリルは搦手に特化している分、純粋な戦闘力では他の六大魔公に劣ると判断していたが、その読みは甘かった。

 

 他の六大魔公に劣るからと言って、人間が勝てる道理はない。

 人の領域を飛び越えた怪物に、人が全身全霊を賭けた程度ではまだ届かない! 

 

「……ッ」

 

「どうした人間? 威勢が良いのは最初だけか!?」

 

 速さと力の両方、まだ向こうが俺を上回っている。

 俺自身疲労と負傷により動きが鈍っているのもあるが、それは相手も同じのはずだ。

 

「終わりにするぞ。『ブラッド────」

 

「オオオオオォォォオォォォォォォ!!!」

 

 ジェリルが魔術を行使しようとした瞬間、黒泥の怪物が吠えた。

 それと同時にジェリルの赤霧を真似たような黒色の霧が充満し、その中に紛れて幾つもの黒色の棘が俺達を貫かんと迫ってきていた。

 

「鬱陶しい! 『ブラッドサイズ』!」

 

 ジェリルはその対処の為に魔術を放った。

 

 その瞬間ジェリルは俺を視界に入れなかった。ただそれだけの事実に、この状況を打開できるかもしれない希望を見いだした。

 

『──ザン! 棘が、アリアの攻撃が!』

 

 黒泥の怪物──アリアの攻撃はジェリルに向けられたものでは無い。

 ただ辺りに平等に殺意を振りまく災害だ。

 当然、何も防御策を取らなかった俺の体は黒色の茨に至る所を貫かれた。

 

 高濃度の闇属性の魔力で編まれた茨は、刺さった箇所を巻き込むように重力を生み出して傷口を抉ってくる。

 

 だがそんなものは関係ない。

 俺の目に映るのはその対処の為に隙を見せたジェリルの姿だけだ。

 

 ジェリルは強い。強い故に、奴にとって負傷とは全て等しく『負傷』なのだ。

 擦り傷も、手足を貫かれる傷も、致命傷も、全て平等に受けないように対処する。

 対して俺は致命傷以外の全てを無視する。当然怪我によるパフォーマンスのダウンもあるが、そんなもの気力で補うしかない。神経や筋肉の動きを阻害する一撃だけは避けて、痛みだけを生み出す傷なら我慢すればいいだけの事。

 

 その怪我への認識の差が、俺とジェリルの力量差を覆す。

 

 

「ジェリルゥゥゥゥゥ!!!」

 

「貴様……狂っているのか!?」

 

 

 どのような理由があろうと、対処の遅れたジェリルの足を全力で蹴飛ばす。

 僅かに体幹がぶれたその瞬間、そのまま張り倒して馬乗りになる。

 

『残り30秒! このままじゃザンの方が…………』

 

 エナの忠告に一切耳を傾けず、俺はただ渾身の力で魔剣をジェリルへと振り下ろす。

 魔族は人間とは身体構造から異なる種族が多い。だがしかし、基本的に脳は頭部にひとつ。心臓は胸部に一つ。そこを潰されれば死ぬという点は人間と変わりない。

 

 狙うは心臓。

 細かな傷ではこいつは永遠に倒せない。一撃で致命傷を与えなければ。

 

「貴様……させるか!」

 

 ジェリルも俺のやろうとしたことに気が付いたのか手を伸ばして止めようとしてくる。

 俺はそれよりも速くジェリルの胸部に魔剣を突き刺し────

 

 

「なん……だと!?」

 

「この私が、六大魔公である私が、貴様ら程度の雑魚に負けることなぞ、あってなるものか!」

 

 俺の魔剣が心臓に到達する前に、ジェリルの手が俺の腕を掴んで切っ先を押し返し始めた。

 本来なら心臓を貫く方が早かったはずだが、一つ俺は計算を間違えた。

 

 こいつは女だ。

 女であったがゆえに、胸部の脂肪の塊が僅かに俺の魔剣の勢いを削いで心臓への到達を遅らせた。

 そんな下らない理由で、一転して形勢が逆転する。

 単純な力較べではジェリルには勝てない。だが、ここを逃せばもう後は無い。

 

『ザン! 残り10秒! もう限界だよ!』

 

「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

「させるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 全力で剣を押し込む俺と、それを押し返すジェリルの力が拮抗する。

 力の限り叫んで腕と脳の血管がどんどん千切れていく。火事場の馬鹿力としか言えないような力が発揮できたのか、ほんの僅かであるが切っ先が更に深くジェリルの胸部を抉る。

 

 あとほんの僅かにでも剣が進めば、ジェリルの心臓に修復不可能な傷を与える。

 俺は最後の力を振り絞り、魔剣をジェリルの胸に押し込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

『ごめん、ザン…………セーフティー起動。『怨炎の心臓』機能、一時停止』

 

 全身から力が抜けた。

 何故、とエナに語りかけようとしたがそんな声すらも出せない。

 泣きそうな彼女の顔が見え、それはこの事が本意ではないということを表していた。

 

 契約。

 彼女は契約で俺を生かさなければならない。

 あと一秒、俺が動けていればジェリルを殺せていたかもしれないが、同時に俺も死んでいた。

 だから仕方なかった。エナは悪くない。悪いのは、剣の精霊にそこまでさせても六大魔公の心臓に刃を届かせらなかった俺だ。

 

「はぁ……はぁ……人間にしてはよくやったと、褒めてあげましょう。褒美に生命の、一滴も残さず殺してあげる」

 

 ジェリルの掌に魔力が収束する。

 正真正銘今度こそ打ち止めだ。もう手札は残っていない。

 

 

 

 

「オオオオオォォォオォォォォォォ!!!」

 

 

 

 黒泥の怪物が再び吠え、辺りに漂う黒霧に魔力が伝う。

 それはジェリルが自身の撒いた赤霧を媒介にして使った魔術の真似事。黒霧の中から闇属性の魔力の塊が至る所に現れ、斥力を発生させて至る所であらゆるものを弾いていた。

 

 

 そして、その玉が俺の目の前にも現れた。

 

 

「────え、ちょっと待」

 

 

 ジェリルが何か叫ぶ前に斥力が発生して俺の体は吹き飛ばされた。

 腕が完全に巻き込まれて骨が内部でひしゃげて力が入らず、受身も取れずに地面に転がされる。

 

「……あ、そんな、…………こんな……最期……みと……め────」

 

 俺の目の前に斥力が発生したということは、ジェリルの真上に発生したという事。

 それはアリアの意思が起こした必然か、それとも殺意が起こした偶然か。斥力に弾かれた魔剣はジェリルの胸を深々と抉り、その生命を完全に断ち切った。

 

 

「オオオオオォォォオォォォォォォ!!! オオオオオォォォオォォォォォォ──────────」

 

 

 同時に黒泥の怪物が溶けていった。

 恐らくは殺意によって動く怪物の近くから、()()()()()()()()()からだろう。

 黒泥が魔力の形を維持出来ずに霧散したことで、ようやくアリアの姿が確認できた。

 

「……アリ、ア」

 

 遠目からでもアリアの状態の危険さが分かる。

 あれだけの魔力を無造作に生み出し、振り回したのだ。代償とでも言うようにその肌は水気を吸い取られて爪が剥がれ落ち、髪の毛は老婆のように艶を失っている。

 肌の色は血の通ってない土気色となり、開いた半目から覗く黒色の瞳は水分を失って体積が縮み、眼窩から零れ落ちてしまいそうだ。

 

「……くそっ、ジェリルを倒せたというのに、これでは……」

 

 無限にも思える距離を這い、ようやくアリアの元に辿り着いてその肌に触れるが、事態は俺の想像を超える程に最悪だ。

 肌はもう死後何時間と経ったかのように冷たく、既に呼吸は停止していて心音も聞こえなかった。

 

「アリア……! 目を、開けろ……まだ六大魔公の一人を、倒せただけだ!」

 

 もはや心臓マッサージをする程の力もない俺は、仕方なく出来る蘇生法のみを行う。

 顎と鼻を抑え、起動を確保してから唇を重ねて息を送り込む。記憶にはないが、俺は以前どこかでこの蘇生方法を誰かに教わっていた。

 誰に教わったか、どこで教わったかは思い出せないし今は必要ない。

 

「死ぬな、死ぬなアリア!」

 

 ただ今は、目の前の仲間を助けられる手段に縋るだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 






ザンの必殺技集
・周囲一帯カムチャッカファイヤー
・水責め
・拠点爆破
・内臓出し(出すとアリアが頑張る)
・ローキックからの馬乗り心臓刺し←New



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祝勝と暗黒円卓会議




一旦区切り的なとこなので説明回。

暗黒円卓会議……それは古代より悪役達がやけに暗い場所で円卓で会議をするカッコイイシーン……OPに影だけで登場するような人達が集まるところ。







 

 

 

 

 

 

 思い出される記憶は全てこの世界に来てからのものだった。

 

 とてつもなく辛かった鍛錬とか、何気ない日常のワンシーンとか、とにかく走馬灯ってものは案外長く鮮明なものだと感心するような内容だった。

 セイトと一緒に訓練してる時とか、セイトと一緒に森のリンゴっぽい美味しい果実を食べたりとか、戦うこと以外は苦手なセイトに心肺蘇生法とかを教えたりとか……なんかセイトとの思い出ばっかりな気がする。

 まぁそれは俺にとって一番親しい人間が誰だったか、と聞かれたらセイトなのだから仕方ない事だろう。

 

 

 

 ────もう決して取り戻せない光景を見て、俺はただ静かに涙を零した。

 

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 目を開けたら知らない天井だった。

 十年以上前に見た豪華な感じの知らない天井じゃなくて、木製のちょっと年季が入った天井。

 

 記憶があやふやで、何故自分がここにいるかも分からない。確か俺は六大魔公のジェリルと戦おうとして…………

 

 駄目だ。

 そこから先が何一つとして思い出せない。せめてここが何処なのか確認をしようとしたが、何故か体が全く動かない。指先すら動かせずただ天井を見ることしか出来ない。

 

 ジェリルはどうなったんだ? ザンは何処にいるんだ? 

 

 期待と不安がごちゃ混ぜになって動かない体の中から溢れそうになっていると、右耳に誰かの足音が聞こえてきた。

 床の軋む音、響き方から考えてザンでは無いが、中々に戦い慣れた歩き方だ。誰なのかはわからないが敵だとしたらかなりまずい。今の俺が出来る抵抗はせいぜいまばたきをする程度のもの。悲鳴を上げて助けを呼ぶことすら出来ない。

 

 

「おっ、目覚めたか嬢ちゃん」

 

 

 誰だよ。

 いや、本当に誰だよ。

 めっちゃ髭面の眼帯のおっさん出てきたよ。敵か味方かドキドキしながら待ってたらおっさんだったよ。

 

 だが油断するにはまだ早い。恐らくは人間の男性ではあるが、もしかしたら魔族に突きだすために俺を捕らえた人間かもしれない。

 

「おーいザンの旦那ー! 連れが目を覚ましたぞー!」

 

 おっさんがそう叫ぶと何処からかドタドタと誰かが走ってくる音が聞こえてきた。

 ああ、この足音はザンだ。そう思ったら安心してしまってまた眠くなってきた。

 色々聞きたいことはあるが、とりあえず安全っぽいし今は……寝ると……しよ…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ザンから割と強めに雑な治癒をかけてもらったり、輸魔力(輸血の魔力版みたいなやつ)をしてもらって何とか起き上がれるくらいに回復した俺は、ざっくりと何があったかを説明された。

 

 とりあえず色々あったものの、俺達は六大魔公の一人『妖魔のジェリル』の討伐に成功したらしい。

 らしい、と言うのは俺は何も覚えていないからなのだが。

 なんかザンに殴られたり、ザンに魔術をぶっ放したり、ゲロを吐く程気持ち悪い経験をした気がするが思い出せないので仕方がない。

 でも倒せたならそれでいい。なんか本当に色々あった気がするけど、倒せたなら全部OK……という訳にはいかない。

 

 六大魔公を倒した代償というのは結構大きかった。

 ザンはちょっと内臓が潰れたり焼けたりしたけど治癒でどうにかなる範囲で、潰れた腕もなんとかなるレベルの怪我だったが俺は違う。

 

 よく覚えていないのだが、俺は所謂暴走状態みたいな感じになっていたらしい。

 それで本来はありえない程の魔力を絞り出した結果、本当に絞りカスになって一回心臓が止まった。

 また器用なことにどこで習ったか心肺蘇生法まで知っていたザンがその場で処置してくれたおかげで一命は取りとめたが、それでも二週間目を覚まさないほど重傷だったそうな。

 

 そう、二週間だ。

 ザンは得意では無いものの治癒の魔術を使えて、それを俺にかけてくれていたらしいのに、二週間経っても俺は指先すら動かせなかった。

 今はなんとか起き上がって話を聞けるレベルだが、筋力も相当落ちたのかそれだけで背筋とか腹筋が痛んでくる。

 

 外見でもなんかミイラみたいになっていたらしく、髪の色は元に戻らなくて綺麗なブロンドカラーだったのが染めた茶髪みたいな色になってしまったし、ついでとばかりに味覚がやられていた。

 視覚や聴覚をやられるよりは何倍もいいが、食べ物の味を感じないというのは、人生の数少ない楽しみを奪われてしまった。内臓も相当ダメージを食らったのでお粥レベルのものしかまだ食べれないが、それでも味がわからない食事とは本当の意味で味気ない。

 

 それでも、本当は俺達が10回死んでもおかしくない程の強敵であるジェリルを、たったこれだけの代償で倒せたというのは運が良いのだろう。

 

 

 

「しかし、本当に六大魔公を倒すようなやつが現れるとはな……生きてる間にこんな光景に出会えるなんて夢みてぇだ!」

 

「それもこれも貴方のおかげですよマルドフさん。貴方がいなければ俺達は今頃生きてはいなかったでしょう」

 

 珍しくザンが敬語を使って横で笑っている髭面の眼帯のおっさんに話しかける。

 

 ジェリルとの戦いの後、心臓が止まった俺は当然としてザンも殆ど行動不能なレベルの負傷をしていて、城からは脱出できたが魔族の追跡を振り切るのはほぼ不可能だったという。

 そこを助けてくれたのが、この髭面の眼帯のおっさんことマルドフさんだと言う。

 

 魔族討伐に関することでは本当に頭がキレるザンは、事前に魔族討伐に対して協力的な人間達と何度か交流し、今回の作戦の事を打ち明けていたらしい。

 その中でも信頼出来るマルドフさんに万が一の時の救援を頼んでおき、その結果として俺達はなんとか今は魔族達の捜査の目の届かない辺境の地まで逃げることに成功した。

 

 普段はコミュニケーション能力が半分くらい死んでるくせに、ザンは本当に魔族が関わると変なバフが入ってんじゃないかってくらい全ての能力が上昇する。

 そんな知らない繋がりを大量に築けるなら、俺との会話を「そうか」か「そうだな」だけで終わらせるのをやめろ。

 

「何はともあれ、お前達の行動が人間側に与えた影響は大きい。今各地ではジェリルの死に乗じた魔族への反乱が起きている。特にジェリルの支配地域は統治者を失って混乱してる魔族達が撤退も始めたって噂だ。他の六大魔公が動けど、一朝一夕で解決出来る話じゃねぇ」

 

 ザンの目論見通り、俺達の悪名ごと『希望』を人間の間に振りまく、という当初の目標も達成したわけだ。

 

 新たな協力者に、更にそのような人物が増えるかもしれない状況。混沌とした今の時勢ならば、魔族達もそう簡単に俺達を特定して襲うことも出来ない。

 一転攻勢、と言えるほどではないが圧倒的不利だった人間と魔族の対立の状況を、少なくとも一時的なものだが凌ぐことが出来る程度までに好転させることが出来た。

 

 もう夢物語じゃない。

 同じことをあと五回繰り返す、なんて簡単な話ではないが、六大魔公を倒し魔王の首に刃を届かせることは、もう簡単には夢物語だと笑わせない。

 

「とにかく今は怪我を治すことに専念しろ。…………これからの事や、お前の暴走に関してはおいおい話して……アリア? どうして泣いているんだ?」

 

 ザンに指摘されて俺は初めて自分が泣いていることに気がついた。肌の感覚も鈍っているのか、頬が濡れていることにも気がつけないとは、我ながら情けない。

 

 なんで涙なんて流しているんだろう、と思ったが多分これは嬉しさと悲しさが混じった、そういう涙だ。

 ジェリルによれば、アイツは俺の国の民を何人も殺した。もしかしたらその中には俺の顔見知りもいたかもしれない。

 単純計算でもまだ六分の一であり、一番憎いデミルトとは奴はあまり関係ない。

 それでも、俺の守りたかった国民の仇を討てたことが嬉しくて。仇を討ったところで俺の手には何も戻ってこないことが悲しくて泣いてしまった。

 

「……何故お前が泣いているかは分からない。だが、お前は常に最善を尽くしている、と俺は思う」

 

 ヘッタクソな慰めの言葉と共にザンは俺の頭を撫でた。

 包帯でぐるぐる巻きにされたその手からは温かさとかは感じなかった。けれど、大きさも形も全然似ていないはずなのに、昔父さんに撫でられた時の感触を思い出して、俺は声を出して泣いてしまった。

 

 

 

 

 

 

「落ち着いたか?」

 

「…………うん」

 

 マルドフさんは俺達に気を使って退室してくれたが、この歳になって大泣きして慰められるという経験は結構恥ずかしい。まともにザンの顔が見れない。

 相変わらずザンは彷徨う鎧みたいなゴツイ鎧で顔まで隠しているが、この下にはセイト似のイケメンの顔があり、さっきまでそいつが俺を慰めていたと考えたらどんどん恥ずかしさが増して来た。

 

「…………ザン」

 

「どうした。まだ体力はほとんど回復していないのだから寝ているべきだろうが……何か聞きたいことがあるのか?」

 

 別にもう疲れたから寝ようと思っていたが、どうしてもザンに言っておきたいことがあった。

 まだまだ先の長い道のりの第一歩。けどこの一歩は絶対に一人では踏み出せない一歩だった。それを助けてくれた最高の相棒に、まだお礼を言えていなかった。

 

 

 

「───まだまだ至らぬ身である私を助けてくれて、本当にありがとうございまし……た……?」

 

 

 

 しばらく沈黙が続き、少し間を置いてから思いっきり剣の中のエナちゃんが吹き出す声が聞こえた。

 

「……その、なんだ。実はそっちが素なのか? だとしたら今まで変に気を使わせていた……のか? すまなかったな……」

 

「いや、これは違うんです! 私は別に無理して男っぽい口調をしてる訳ではなく……ああ! 本当に煩わしいですねこの口調!」

 

 俺は本当は「助けてくれてありがとな」程度のことを言おうとしたのだが、何故か意志とは反して口が動いてしまった。

 否定しようにも続く言葉全てが何故かお姫様時代に、姫を演じてた時の口調になってしまう。

 

 ここで俺の脳が一部の記憶を取り戻す! 

 

 そう、俺はジェリルの術中に嵌り結構危ないところまで洗脳されかけていたのだ。

 多分その影響がほんのちょっと残っていて、言語機能に変な影響を与えて俺の話す言葉をお姫様語に自動変換してしまっているのだろう。

 さすが六大魔公。死してなおこんなめんどくさい置き土産を残すとかもうホント死ね! もう死んでるわ。

 

「無理しなくていいんだぞアリア。今はゆっくり休め。俺から言えるのはそれだけだ」

 

「なんでこんな時だけ変に私に優しいんですか! この……バカ! バカバカ!」

 

 本当なら「なんでこんな時に限って気持ち悪い優しさ見せるんだよこの××野郎!」と罵ったはずだったが、お姫様の語彙にそんな下品な言葉なく、せいぜいバカくらいしか罵倒のレパートリーがないのだ。

 めっちゃ気持ち悪い。自分の口から意識せずに女の子の口調が出てくるの本当に恐ろしい。

 

『アハハハハ! 何その喋り方面白っッ! 夜にザンに攻められてる時の口調まんまじゃないですか! なんですか? 今もしかしてそういう気分なんですか!?』

 

「もう怒りますよエナ!? 確かに二週間もセッ……エッ……ごにょごにょしてないのはまずいかもしれませんけど、今したら私本当に死にますからね!」

 

「安心しろアリア。俺はいつでもOKだ」

 

「もう……二人共いい加減にしてください!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 少し時間を遡って、魔王城のとある一室。

 大きな円卓が置かれた部屋に、魔族達がぞろぞろと集まり何かを設置し、それからまた部屋を後にする。

 

 

 誰一人としていなくなった時、突然座席の一つに何者かが腰をかけた。

 

「……重要な話があるって聞いたけどさ、俺達が話し合わなきゃ行けない事態って何事よ、リグバルフ?」

 

 軽薄そうな声の男が視線を向けた席に、また一人別の者が腰をかける。

 

「焦るなマヒュズ。我もまだ詳細については知らぬ。直にグリム様から詳細が話されるだろう」

 

「全く……私達の時間とて有限。ジェリルはまだ来ないのですか」

 

 鎧越しなためか少しくぐもった声に、神経質そうな冷ややかなの声が苛立ちを隠さずに続いた。

 

 

「ジェリルは来ない。イゾウも現在魔王様から直々の命を受けているため不参加だ」

 

 

 荘厳な声が響き、三人は口を閉ざした。

 その声の主は『剣魔のグリム』。魔王直属の最高幹部である六大魔公の事実上のリーダー。漆黒の外套を纏った赤色の巨大な反魂騎士(スケルトン)だ。

 

「ジェリルちゃん来ないの!? 紅一点のあの子がいないとかやる気出ないなー……」

 

 少しオーバーリアクションに落ち込むのは『炎魔のマヒュズ』。赤色の粘液で構成された顔を泡立たせながら、手足の代わりの触腕を纏めて人の手足の形にしたり解いたりを繰り返している。

 

「口を慎めマヒュズ。……しかし、何故ジェリルは来ないのですか? 奴は姦しさだけは随一。会議ともなれば直ぐに飛んでくる輩でしょう」

 

「彼女の事だからどうせくだらない理由であるだろうが、何故来ないのか聞きたいですなグリム様」

 

 マシュズの五月蝿さに溜息をつきながら冷ややかな視線を送るのは『氷魔のデミルト』。

 くぐもった声でデミルトの言葉に同意したのが『岩魔のリグバルフ』。

 比較的人型に近いデミルトに対し、リグバルフは見かけこそ鎧を纏った騎士だがその実態は岩人間──ゴーレムである。

 

 

「単刀直入に言おう。───ジェリルが死んだ。いや、人間によって殺された」

 

 

 グリムの言葉に他の魔公達の間に衝撃が走る。

 六大魔公とは魔王軍の力の象徴。その位が生まれてから決して負けることなくその力を示し続けた。

 それが人間によって殺された、なんて簡単に信じることは出来ない。魔族にとって人間とは等しく脆弱な下等生物なのだ。

 

「どういう事だぜグリムさん!? ジェリルが、死んだァ!? 何かの間違いじゃないんすか!?」

 

「落ち着けマヒュズ。イゾウによる調査なのだから間違いは無い。確かにジェリルは人間に殺された」

 

 頭部に大量の目玉を生み出して激昴するマヒュズを、グリムは声色一つ変えずに窘める。

 うなだれて悲しみを表現するマヒュズに対し、デミルトは舌打ちした。

 

「悲しむ演技だとするなら三文芝居にも程がある。つまらん感情の猿真似はよせ」

 

「…………ありゃ、バレちった? デミルトは相変わらず冷たいねぇ。紅一点のジェリルちゃんが死んじゃって悲しくないのか?」

 

「少なくとも貴様よりは事態を重く受け止めている」

 

「ひゃー! デミルトは相変わらず冷血だねぇ! 血液まで凍っちゃってんのかなぁ!?」

 

「年中頭の沸いているお前と一緒にするな」

 

「言われちゃったか! 確かに俺の頭部は年中沸いてるな! ギャハハハハ!」

 

 大声を上げて笑うマヒュズを無視してリグバルフはグリムへと質問した。

 

「その人間というのを詳しく言うとどのようなもので? 容姿は? 数は? 戦闘における特徴は?」

 

「詳しくは未だ調査中。だが、恐らくは二人。一人は黒鎧を纏った男、もう一人は奇妙なまでに濃厚な闇属性を操る女、と予測されている」

 

「二人……たった二人にジェリルが負けたと言うのですか?」

 

「然り。……我らとてどうやら長きに渡る強敵の不在に油断が生まれていたのかもしれぬな。今回のジェリルの死は恐らくはその後に起きる動乱までを計算に入れてのもの。これから先、人間側の反乱が相次ぐだろう……くれぐれも儂に貴様ら誰かの訃報が耳に届かぬよう、気を引き締め直しておけ。以上だ」

 

 部屋からグリムの姿が消え、それに続くようにデミルトも無言で姿を消す。

 

「グリムさんってば相当不機嫌だなありゃ。リグバルフはどうする? ジェリルを殺した人間ってのは気になるけど、どう対応するつもり?」

 

「イゾウがいずれもっと正確な情報を出すだろう。だが、油断しなければ魔族である我らが人間に負ける事なぞあるはずがない。依然として自らの領地の統治と拡大を続けるまでだ。では、我は鍛錬に戻る」

 

 リグバルフの姿も消え、一人残されたマヒュズは誰に向けるわけでもなく呟く。

 

「人間ねぇ……ジェリルちゃんを殺すようなやつが俺を殺しにくるかもしれないのかぁ……楽しみだ! きっとそいつらなら俺を楽しませてくれるに違いねぇ! そうと決まれば人間焼くか!」

 

 

 

 

 

 

 

 







暗黒円卓会議は大体ホログラム的な何かで会話をしているよ!細かいことを考えるのはやめよう!




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仲間になりたそうにこちらを見ている



黙って書けと言われたので書きました。
あと健全さをアピールするために投稿時間も変えました。





 

 

 

『オオオオオォォォオォォォォォォ!!!』

 

 俺の目の前には怪獣映画みたいなのが映し出されていた。

 コールタールみたいな黒い液体で体を構成された化け物が咆哮を上げ、周囲に闇属性の魔力で作りあげた茨をばらまいている。

 

 怪獣映画でも見ているのか? と聞かれたらそれは違う。そもそもこの世界に映画なんてものは無い。

 

「…………これ、本当に俺なの? ちょっと誇張し過ぎじゃない?」

 

『私の記憶をそっくりそのまま光の魔術で映したものです。正真正銘、これが暴走した時のアリアちゃんですよ』

 

 エナちゃんにそう言われてもう一回見てみるが……やっぱりなにかの冗談としか思えない。

 映像だけで見てもありえない魔力量だ。術としてじゃなくただ吐き出した魔力が実態を帯びてここまでの質量となるなんてありえないし、純粋な破壊力も普段の俺とは桁が違う。

 こんなことをしたら干からびて心臓が止まるのも納得するしかない。むしろよく生きて帰ってこられた。

 

「しかし、アリアにこうなる事の心当たりとかはないのか? 秘められた力が目覚めた、なんて簡単に纏められるようなものでは無い。少なくとも、下手に扱えば死んでいたものなのだからな」

 

 ザンに言われて記憶を辿ってみるが心当たりはない。

 フロリア姫は原作において非常に重要なポジションであり、聖なる力を持つ聖女であるが、こんな禍々しい形態を持っているとかなんて聞いたことないし、没案にもなかったはずだ。

 

 この世界は魔術なんてものがあるのに妙なところでリアルな世界だ。限界を超えれば普通に人は倒れるし、魔族はそういう上限が人間の遥か上にある。

 だからこそ、俺のこの黒泥の怪物の力はあまりにも異常な力だ。こんなものを持って生まれる人間はこの世界には普通いない。

 

「分からない……けど、なんとなく想像はつく」

 

 映像の中で咆哮を上げる黒泥の怪物を見て、俺はそれが映像の中のモノだとわかっているのに身震いしてしまった。

 アレは多分俺の『殺意』そのものだ。俺が人生で最も殺意を抱いた国を滅ぼされたあの日に出てこなかったことから、単純に俺の殺意が高まると出てくるという訳では無いだろう。

 けれどあの怪物は間違いなく俺の殺意がトリガーであり、それに応じて目の前の生き物を殺し尽くすまで止まらない存在なのだろう。

 

「ともかく、コレの使用はしばらく禁止だ。発生条件がわからない以上どうしようも無いかもしれないが、コレが出そうになったらどうにかしろ」

 

「簡単に言ってくれるなぁ……コレが無かったら俺達二人共死んでいたかもしれないんだぞ」

 

「そうかもしれないが、使っていてもお前が死んでいた可能性は十分にあった。正直今生きているのは奇跡と言ってもいい。──全てを賭けて魔族を殺すのは俺も賛成だが、気軽に命を賭けるな。それを勝負に出さなくちゃいけなくなった時点で九割俺達の敗北だ」

 

 ザンらしくない少し安全思考な話ではあるが、確かにこの力には不明な点が多く、何より使えばほぼ確実に俺が死ぬというデメリットが多すぎる。

 今回は城の中で使ったことでジェリルが逃げなかったからどうにかなったが、もしも屋外で使って敵が逃げたら? この怪物は敵を追うのか? それともただひたすらに生き物を追うのか? とにかく不明な点が多すぎる。

 以前、まだ国が魔族に滅ぼされる前に魔術の先生から教わった言葉を思い出す。

 

『感情に動かされて魔術を振るう魔術師は二流』

 

 感情は確かに魔術に大きく影響をし、激情に駆られればそれだけ出力も上がる。

 だが、そうやって作られた魔術は必ず己の大切なものを傷付ける。昔からの教訓だ。

 ここ最近はずっと魔族を殺すことだけを考えていたが、六大魔公を倒すという一つの大きな節目に辿り着いて少し頭が冷静になってきた。俺はもしかしたら感情的に動きすぎているのかもしれない。

 

 その結果があの暴走だとしたら、少し反省しなければ。

 

 けれど、もしも俺はデミルトと戦うとなった時、果たして殺意に振り回されずにいられるだろうか。

 その自信は正直、全くと言っていいほどなかった。

 

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 

 

「アリアちゃん。もう今日はおしまいだから掃除して終わりにしちゃって」

 

「はーい」

 

 さて、ジェリル討伐から早いもので一ケ月とちょっと。

 俺は今、住居を提供してもらってるマルドフさんの店の手伝いをしていた。

 

 この街はシーラという名前で、魔族の領地からも遠く俺達が今まで見て回ってきた街とは比べ物にならないくらい平和な時間が流れている街だ。

 マルドフさんの食事処は街でも結構人気なのもあって、結構な人と話すことになったが普通に人間が笑顔で食事しているところなんて久しぶりに見たかもしれない。

 街の人は俺達のことは傭兵だと認識してるらしく、魔獣退治の依頼をよくザンにしている。

 

 こんな平和な場所がまだこの世界にあったという事実だけでちょっぴり泣きそうだ。

 

 ちなみに俺が店の手伝いをしているのは世話になってるマルドフさんへの恩返しもあるが、未だに体調が万全ではなく、落ちた筋力も戻ってないのではっきり言えばお留守番ということだ。

 もどかしくはあるが、店の手伝いはなんというか元気が出る。

 魔族との戦闘で顔も身体も傷だらけだし、髪の毛もちょっと汚い感じの色になってしまったがそれでも俺は元の素材が良い。見た目が良いと無条件に人ってのは優しく話しかけてくれるもので、可愛い可愛いと言われるのはなんか複雑だけど持て囃されるのは悪くない。

 

 と言うかね、もう密告に脅えたりとか寝てる時に殺気感じて飛び起きたら周りに武装した魔族がいたりとか、そんなことが無いだけでかなり精神的な疲労が抜けた気がする。

 あまり緩みすぎるのもいけないが、常に気張るというのもあまり体に良くはないだろう。

 

「帰ったぞ」

 

 そんなことを考えていたら常に気張ってるヤツが帰ってきた。

 血塗れのザンは、ほのかに火薬の香りがするのと怪我らしい怪我をしてなさそうな様子から、多分俺がよっぽどでないと禁止にしていたコイツの奥義、魔獣の巣の爆破を行ったのだろう。

 

「出来るなら裏口から入ってくれないか。ここ、みんなが食事する場所なんだよ」

 

「もう店じまいの時間では……」

 

「掃除は誰がすると思ってんだよ! いいから鎧洗ってこい! 血腥いところで誰も食事なんかしたくねぇだろ普通!」

 

 俺は別に構わない、とかなんとか言ってるザンを追い出して俺は掃除をし直した。

 ザンは物事を自分基準で考えたり、空気が読めなかったりするきらいがある。アイツは凄い奴であることはわかってはいるが、みんながアイツみたいになれる訳では無いのだ。

 

「あのー……」

 

「だ・か・ら! 裏口から入れって言ってんだ……」

 

 ザンが懲りずに入ってきたと思ってつい怒鳴ってしまったが、店の入口を見ると一人の女の子が俺に怒鳴られて涙目になって震えていた。

 

「す、すいません……裏口とか知らなくて……」

 

「あ、いや、ごめんね。君の事じゃなくて……」

 

 女の子は少なくともこの辺りでは見かけたことの無い子だった。

 髪の色は綺麗な青色で、瞳の色は金。

 オレンジの全身タイツ風の衣装の上からワンピースタイプの法衣を被った姿は、かつて青少年の性癖を捻じ曲げたことに定評のある特徴的なドラワイシリーズの女僧侶の衣装だ。

 幼さを残す見た目は精々12か13歳ほどにしか見えない。

 

「どうかしたのかアリア」

 

「ザン……って、なんでお前パンツ一丁なんだよ! 服を着ろ!?」

 

 俺の怒鳴り声が聞こえたのかザンもこっちに来たが、何故か鎧を全部脱いでパンツ一丁になってる。筋肉質で傷だらけのなんとも逞しい体を惜しげも無く、と言うか恥とかそういう感情無しに晒している。

 仮にも女子二人の前にこの格好で出てくるとか、コイツやっぱ頭おかしいんじゃないの? 

 

「鎧は血腥いと怒られたから裏で洗ってたんだが……そっちの女は誰だ?」

 

 ザンが女の子の方に視線を向けると、なんと女の子は目を輝かせてザンの体をガン見していた。

 え、何? この子僧侶っぽいのに、ザンの事をそういう目で見ちゃうタイプなの? 

 

「あ、貴方があの六大魔公の一人を倒したというザンさんですか? 自己紹介が遅れました。私はエーシャと言います。歳は12歳で……出身はイススです」

 

 そう言ってエーシャと名乗った女の子は丁寧に頭を下げる。

 イススと言うのは確か鉱山資源が豊富な国だ。それに目をつけられて魔王軍に侵攻され、現在は六大魔公『岩魔のリグバルフ』に占領されていると聞く。

 それに、ここからはかなり距離がある場所だ。12歳の女の子が一人で踏破できるような道のりだとは思えない。

 

「イススは今は魔王軍に占領されてるはずだが、まさかその中で隠れて女神信仰を続けていたのか?」

 

「あ、出身がイススなだけで育ちは殆どその隣国です。そこで神官をしていたのですが、魔王討伐を目標にしているという貴方達の噂を耳にして、是非お手伝いがしたいと思ったんです。どうか私を仲間にしてくれませんか?」

 

 そう言ってニッコリ笑うエーシャちゃん。

 ザンが嘘をついているかどうかわかるのは魔族限定だが、少なくとも俺はこの子が嘘をついているようには思えなかった。多分ザンも同じなのか少し悩んでいる。

 

 はっきり言って俺達の手助けをしてくれる人間ってのは意外と少ないから非常に助かる。

 六大魔公を一人倒した、と言っても人間達はみんな内心は喜んでいるが表面上は無関心。頑張って欲しいが関わりたくはないという人間が大半で、マルドフさんのように直接手を貸してくれるような人は少ないし、仲間になりたいなんて言う酔狂な奴は、俺達自身魔王軍の追跡を逃れるために基本顔を隠してたのもあり今まで一人もいなかった。

 話によれば神官であるエーシャちゃんは光属性の魔術を得意としていて、俺は光属性が一切使えないので非常にパーティのバランスとしても欲しいところだ。

 

「……けど、流石に危なすぎる」

 

「ああ。俺たちのやってる事は遊びじゃない。明日には死んでいるかもしれないし、はっきり言って過酷だ。子供についていけるようなものでは無いぞ」

 

 パッと見でもエーシャちゃんはかなり生まれつきの魔力量が豊富で、相応の実力が備わっているのは分かる。けれど魔族との戦いはゲームのような生易しいものでは無い。

 どんな手段を使ってでも相手を殺して自分は生き残る。神様に向かって正直に言えないような非道な策だって繰り返してきた。とてもでは無いが、12歳の子供を仲間にしようとは思えなかった。

 

「私とて命を賭ける程度の覚悟、とうの昔に出来ています! ですから……」

 

「ならば尚更駄目だ。命を賭ける事を、程度だなんて言う奴は自己満足して死ぬから居るだけ迷惑だ。帰れ」

 

 ザンはそれだけ言い残すと鎧を洗いにまた外に出てしまう。

 俺とエーシャちゃんの間になんとも気まずい沈黙が流れ、彼女は頭を下げ「また別の日に来ます」と言って出ていった。割と強めにザンに断られたのにそう言える辺り、彼女も中々肝が据わっている。

 

 

「お前、俺の時となんか対応違くないか? 俺の時は二つ返事で了承したくせに。今時俺達みたいに魔族と真正面からやり合おうなんて輩、滅多に居ないぞ?」

 

「だからと言ってお前は12の子供を俺達の戦いに連れていく気か?」

 

 コイツにしては変な反応かと思ったが本音はそれか。

 ザンという男はやっぱり読めない。効率的だと思えばそれこそ100人を切り捨てて魔族を殺すような思考をするくせして、こうして子供だからという理由で戦場から遠ざけたりもする。

 

「使えるものはなんだって使う。あの子だって言葉の綾でああ言っただけで、命を粗末にしようなんては考えないだろうさ」

 

「随分とあの子供の肩を持つな。何か気になることでもあるのか?」

 

 俺だって本音を言えばあんな小さな子を巻き込むのは出来ればしたくない。

 でもそれで魔族を倒す効率が上がるなら俺は普通にOKしてしまうくらい感覚がおかしくなってしまっていたし、何より俺はあの子に自己投影してしまっていた。

 

 目が、鏡で見る自分の瞳に似ていた。

 色は昔の自分とそっくりなのに、その瞳の中の輝きは今の俺のように暗く濁っている。激情を必死に押しとどめようとしている目。あんな行き場のない瞳を見たら、少なくとも俺は彼女を突っぱねることは出来なくなってしまった。

 

「目、か。確かに俺もあの目が理由かもしれない」

 

 ザンは何かを思い出したかのようにポツリと呟いた。

 

「あの目の色を見てると、かつて守れなかった大切な何かを思い出す。それがなんなのか分からないが、それに似た目をした子供を巻き込みたくないと思ってしまうのは、やはり甘いのだろうか?」

 

 そう語るザンはいつものような鉄面皮ではなく、悔しそうに僅かに眉を顰めていた。

 見たことの無いザンの顔を見た俺は、それ以上話しかけることが出来なかった。

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 

 次の日、俺は久しぶりにザンと魔獣狩りの依頼に同行した。

 シーラの街から馬車で二日ほどの場所で、

 身体もだんだん治ってきて、マルドフさんとリハビリもしたので久しぶりに軽めの実戦で感を取り戻すことにしたのだ。

 

「楽な依頼だからって油断はするなよ。一ケ月も戦って無かったんだ。簡単には感覚は戻らんぞ」

 

「わかってるよ。俺がそう言うので油断するやつだと思うか?」

 

「思ってはいないが、アリアにこんな所で死なれては困るからな。次の六大魔公の討伐もお前の力は存分に借りる予定だ」

 

「言われなくても好きなだけ貸してやるさ……って、なんか向こうから聞こえないか」

 

 結構森の深くまで歩いてきていて、普通ならこんな所に人が出歩いているはずはないが俺の耳に誰かの声が届いた。

 

「…………これは、戦っている音だな」

 

『魔力反応もありますね。魔術ぶっぱしてる感じですねーこれは』

 

 人が魔獣に襲われているのかもしれないと考え、俺達はなるべく静かに、かつ素早く音のする方へと向かった。

 近づくにつれて小さな女の子の声と複数の野太い声が聞こえてきた。恐らくは少女が魔族に襲われている可能性が高い。

 

「魔族の声だ。アリアはまだ本調子じゃないなら下がっていろ。ここは俺が────!?」

 

「ザン? どうしたんだよ急に固まって」

 

 ザンは何やら信じられないものを見たように、鎧越しでも分かるくらいに目を剥いて驚いていた。

 これ程ザンを驚かせるものなんて六大魔公が護衛も連れずに呑気に昼寝でもしているのか。それくらいの事が起きなければコイツは驚かなさそうだなと思いながら俺もザンと同じ方を向き、同じように声を失った。

 

 

 

 俺の予想通り、一人の女の子が複数の魔族に囲まれていた。

 魔族達の格好はまるで忍者のようで、それは六大魔公『風魔のイゾウ』の諜報部隊である証だった。

 イゾウは六大魔公の中でも調査や研究を担当する頭脳派であり、今の混乱とした状況を考えれば各地に諜報部隊を送っているのは別におかしくはない。じゃあなぜ俺達が驚いたかと言うと、その原因は囲まれている少女の方にあった。

 

 

「ち、ちくしょう! 『バギマ』!」

 

 男が放ったのは風属性の魔術。魔力で編まれた風の刃は少女の柔肌なぞ骨ごと断ち切り、辺りを血に染めてしまうことは難なく想像が出来る。

 

「はぁ…………『バギマス』!」

 

 だが、少女の方は動じなかった。

 ため息をつきながら風の上級呪文を詠唱し、自身に向けられた風の刃ごとその詠唱者を唐竹割りにしてみせた。

 

 少女を囲んでいた男達の間にざわめきが生まれ、少女はそれを見てくすりと微笑んだ。

 

「どうしたんですか? まさか、魔族ともあろう方々が劣等種の人間の小娘相手に複数人でかかって勝てないとでも言うつもりなんですか?」

 

 安い挑発であるが、それがあまりにも幼いソプラノボイスともなればその煽りの強さはかなりのものとなる。

 

 男達は見た目通りの素早い動きで少女を翻弄しながら囲い込む。

 連携を上手く組みながら遠距離からナイフを投擲し、少女はそれを避けるが様々な方向から同時に投げられるナイフに次第に逃げ場を失っていく。

 

「『メラギ──』」

 

 そして完全に少女が逃げ場失ったその瞬間、一人が炎属性の魔術を詠唱しトドメを刺そうとした。

 やはり諜報部隊と言えど兵士だけあって練度が高い。俺ならば対抗策が四つ程思いつくし、負けるつもりは毛頭ないが普通の少女ならこれで殺されているだろう。

 

 

「そこです。『バルシルド』」

 

 

 魔術を撃とうとした男の目の前に透明な壁が現れる。

 光属性の物理障壁を生み出す魔術だ。勢いよく顔から障壁に突っ込んだ男は、鼻から血を流しながら足を止めた。

 そしてそれとほぼ同時に胴体が風の刃で切断されて絶命する。

 

 その犠牲が生んだ僅かな隙を突き、ナイフを持った二人の男が少女へと飛びかかった。

 あの距離では魔術を放っても一人は倒せるがもう一人に対して間に合わない。

 俺は飛び出して魔術を使おうと思ったが、ザンに引き止められる。

 

「お前が想像するような事は起きない」

 

 

 

「『エンチャント・ヒャルド』」

 

 少女が唱えたのは先程の風の刃を作る魔術でも、物理障壁を生み出す魔術でもなく、武器に氷属性を纏わせる魔術だった。

 

 少女が手に持っていた杖の先端が氷を纏い、それは少し柄の長いメイスのような見た目になる。

 少女はそれをまるで生き物のように巧みに振るい、自身の右側から飛んできた男の顎へと叩きつけた。細腕から繰り出されたとは考えられないような重い一撃が、男の頭蓋骨を正面から粉砕する。

 そして素早く持ち手を変え、今度は反対側から飛びかかってきた男の鳩尾へと棒の先端を叩き込んだ。

 

 一連の動作は足捌きから杖の持ち替えまで全てが流れるようで、かなり熟練された技であることを感じさせた。

 

「ゲホッ……くそっ、こんな小娘に…………」

 

「『バルシルド』」

 

 鳩尾を突かれて地面に倒れて悶えている男に対して、少女はその真上に物理障壁を生み出してからそれをゆっくりと下ろしていく。

 バルシルドで生み出す障壁の硬度は術者依存ではあるが、あの少女の作り出すものは相当固くナイフ程度では勢いをつけた大振りでもなければ及ばないようで、男は地面と挟まれて体を徐々に潰されていく。

 

「聞きたいことがあるんですよ。なんでこんな所に貴方達のような方が来ているんですか?」

 

「だ、誰が貴様なんかに……グェッ! い、言う! 言うから潰さないでくれ! ……俺達はイゾウ様の命令でジェリル様を殺した犯人の捜索と、それに乗じた人間の反乱を抑える為に改造魔獣を各地にばら撒いていて……」

 

「ふんふん。へぇーそうなんだ。で、何か良い情報あった?」

 

 少女の問を受けて魔族の男はニヤリと笑った。

 

「ああ。ジェリル様殺しの犯人の名前と姿がな! これが六大魔公の方々に知られればお前達人間の希望は潰える! お前もどうせジェリル様が死んだからと言って調子付いて魔族に勝てるなんて夢を見ているのかもしれないが、あの方々が本気で動けば貴様ら人間なぞ皆殺しだ! その生意気な顔があの方々にどんなふうに歪められるかたのぢぎぃ!? ────」

 

「…………チッ。虫けらのくせに聞いてもねぇ事までペラペラ喋ってんじゃねぇよ。これだから脳みそにゴミ詰めてる低脳魔族は」

 

 魔族の男は全て語り終える前に、少女の作り出した障壁と地面に挟まれて潰された。

 少女はその様を見て特に思うことは無いのか、冷ややかな目線を一瞬向けたが、すぐに自身の服の方に注目した。

 

「はぁ……汚ったない血が付いちゃったよ。ホント魔族なんて百害あって一利なし。生きてる価値がありゃしない」

 

 

 

 一連の戦闘をみて、俺は素直に少女を『強い』と思った。

 細い見た目とは想像もつかない力強い動き、魔術の練度。何よりも戦いに慣れている。命を狙われる事に対する同様もなく、命を奪うことへの抵抗もない。

 

「……ザン。あれどう思うよ」

 

「同じだ。俺やアリアと一緒だ」

 

『私は初めて会った時から思ってましたけどね……あの子、ザンやアリアと一緒で、イカれちゃってますよ』

 

 何が一緒なのか、なんて事は聞くまでもない。

 残酷で効率的で上手い彼女の技を見れば、そこに込められた感情は自ずと知れてくる。

 

 

 先日の女僧侶、エーシャちゃんの戦闘の光景を見て、俺はその少女が抱えているであろう激情を思わず自分と重ねてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 







エーシャちゃんの格好はほぼドラ〇エⅢの女僧侶ですね。タイツが上半身までで法衣がワンピースみたいになってるので、聖職者のくせして無駄に太ももを晒しています。





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メスガキエレジー



いっぱい評価ついていっぱい嬉しいのでいっぱい書きました。






 

 

 

 神様を信じていれば救われる。

 お父さんとお母さんのその言葉を信じて、私は毎日欠かさず神様にお祈りを捧げていた。

 

 お父さんとお母さんは優しくて、お兄ちゃんはとても頼もしくて、弟はまだまだ小さいけれどとっても可愛い。

 こんな幸せな生活が送れるのは神様のおかげ。私はそう信じて疑わず、必死に勉強もした。私はすぐに魔術を使いこなせるようになって、みんなが私の事を天才だとか色々な言葉で褒めてくれた。

 みんなが好きだったから色々なことを頑張れた。聖職者は刃を持ってはいけないから、棒術を学んで年上相手でも無傷で制圧出来るくらいに腕を磨いた。

 

 みんなが喜んでくれて、みんなが笑ってくれて、私はとっても幸せだった。

 

 それもこれも神様のおかげだ。だから私はその日もお祈りを捧げていた。

 

 

 

 

 何もかも失うのは本当に一瞬だった。

 お父さんとお母さんは降ってきた岩の下敷きになって色々なものを飛び散らせて死んだ。

 魔王軍がイススを占領するのに対した時間はかからず、私達は結果として身寄りをなくして孤児になった。

 

 幸いにも家族離れ離れになるようなことは無かったが、お兄ちゃんと私と弟が何とか辿り着いた孤児院をやっている教会での生活は酷いものだった。

 イススが占領されて主産業であった鉱山資源による売上を失った周辺国家は軒並み経済難に陥り、私達のような孤児が一日の内に口に出来るのはカビの生えたパンの欠片とコップ一杯の汚れた水くらい。

 孤児院の人達はストレス発散のために私達を殴り飛ばし、私の一個上の子が大人達に犯されるのも見てしまった。

 

 それでも私は神様に祈った。

 どうかみんながまた笑えるようにしてください。私も可能な限り頑張ります。だからどうか、どうかお願いします。

 

 

 次の日、弟が突然高熱を出した。

 流行病だ。何人もの人がそれで死んだと聞いていたけれど、孤児院の人達は弟を監禁するだけで治療は何も受けさせてはくれなかった。

 

 このままでは弟が死んでしまう。そう思って泣いている私の手を取ってくれたのはお兄ちゃんだった。

 お兄ちゃんが言うに、隣町に腕の良い医者がいてその人ならまともな治療を受けさせてくれるかもしれないらしい。

 私達は弟を連れて孤児院を飛び出した。子供の足では隣町までの道のりはとても険しく、弟の容態も考えて一刻を争う状況だった為に仕方なく森をつっ切るルートを通ることにした。

 

 その途中で、私達は運悪くオークの群れと会ってしまった。

 必死に逃げて洞窟の奥に隠れたが、すぐ近くからオーク達の声が聞こえてきて怖くて怖くて仕方がなかった。

 あの強靭な腕で掴まれればそれだけで私の体は折れてしまうだろうし、引っ張られればそれでちぎれてしまうだろう。

 

「お前達はここで隠れてろ。俺がアイツを引き付ける」

 

 お兄ちゃんは護身用に持ってきていた棒を持ってそのまま飛び出していった。

 

 心配するな、引きつけるだけで戦うつもりは無い。適当に引き離して戻ってくるからそれまで待っていてくれ。

 

 その言葉を信じて、私は洞窟の中でどんどん呼吸の弱まっていく弟を抱えながら神様に祈った。

 

 神様どうか弟を助けてください。どうかお兄ちゃんを助けてください。弟を助けてください。

 

 

 

 ────それが、私の最後の祈りになった。

 

 

 

 

 洞窟から出てすぐの所にぐちゃぐちゃになった子供の死体があった。

 服もボロボロで顔もズタズタ。誰かもわからない死体を見て、私は冷たくなってしまった弟の体を落としてしまった。

 その死体がお兄ちゃんのものだったのかは分からない。分からないほどその死体は凄惨な見た目になっていた。

 

 ただ事実として、私が家族に会うことはもう二度となかった。

 

 

 

 祈りは何一つとして届かなかった。

 私はもう神様なんて信じなかった。そんなものがこの世に居たとして、私の家族を誰一人として救ってくれなかった神に対して祈る気なんてもう無かった。

 

 祈りなんて無駄だ。そんなものをする時間があるなら私はひたすら強くなることを心に決めた。

 

 恵まれた容姿も、魔術の知識も、磨いた武術も、女という性別も。何もかもを武器にして私は生き延びる事に全てを捧げた。

 生きて、生きて生きて強くなって、その先で私から全てを奪ったものを潰す。その為ならどんなことでも苦しくなかった。

 

 変態共に体を弄られた事も、盗みに失敗して仕方なく正しい怒りをぶつけてきた人達を返り討ちにした事も、捕まって売られて慰みものにされた事も、内臓を吐き出してしまうんじゃないかってくらい殴られた事も、腐った飯を食べて腹を下して死にそうになった事もあった。

 あれだけ祈りを捧げていた神に仕える神官の死体から衣服をはぎ取ったりもした。神官だと思われることは都合の良いことが多かったからだ。

 結果として私は強くなって、私は今日まで生き延びてきた。

 誰一人として他人を信じず、ただ強くなることで生き延びた。

 

 10年程度の人生の中の楽しい記憶の全ては、今の辛い現実との差で常に私を苦しめる枷になっていた。

 苦しくて苦しくて、私はひたすら魔族にどうしようもない怒りをぶつけた。

 お父さんとお母さんを殺した恨み、お兄ちゃんを殺した恨み、弟を助ける邪魔をした恨み。どれだけ私が必死になって、身を削りながら魔族を殺しても何も満たされない。

 今日も魔族は平気で笑いながらその規模を広げ、私のような人間が増えて、その死体が路傍の石のように並んでいる。

 

 ひたすら魔族を殺して、追われては追跡者を殺して見た目と性別を使って相手に取り入って、なんなら体を使ってまでして金を貰って、また魔族を殺して。

 光の見えない日々にいよいよ心が折れそうになった時、六大魔公の一人が殺されたというニュースが耳に届いた。

 

 信じられなかったけれど、私は嬉しくて涙を流した。

 希望がある。この世界にはまだ希望がある。同業者や体の関係を持った協力者を伝手に私はその偉業を成した人物を見つけ出した。

 

 ザンさんにアリアさん。

 この二人を使えば私の夢を叶えられる。

 魔族の全てに絶望的な死を与えると言う、途方のない私の八つ当たり(ユメ)を。

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 

「あ、ザンさんにアリアさん! こんなところで会うなんて偶然ですね」

 

「流石に白々しいぞ。俺達の先回りをしたんだろ」

 

 エーシャちゃんへのザンの言葉は僅かなら苛立ちを含んでいて少々トゲトゲしかったが、そんなこともお構い無しに彼女は満面の笑みを浮かべてザンに擦り寄っていく。

 

「見てましたよね? どうですか、私結構強いでしょう?」

 

「……ああ、お前強いさ。仲間に一人は欲しいと思うくらいはな」

 

「じゃあ……!」

 

「それはこの依頼が終わってから考える」

 

 ザンは絶命している魔族の死体を漁り、その荷物の中から見るからに怪しそうな液体が入った注射器を取り出した。

 

「デビルバイパー……強力な毒性を持つ大蛇の魔獣の名前が書かれてる。依頼にあった大蛇も恐らくはコイツらが放ったモノだろう。急がなければ繁殖するかもしれん」

 

「では私もそのお手伝いをしますね!」

 

「元からそのつもりだ。その結果でお前については考える」

 

 魔族関係の仕事だと判明したのに妙にテンションの低いザンと、対照的に嬉しそうなエーシャちゃんに挟まれて俺は微妙に居心地が悪い。

 そもそもデビルバイパーってサラッと言ったけど、デビルバイパーは凶悪な毒と強靭な巨躯であらゆる生命を蹂躙するかなり高レベルの魔獣だぞ。今の俺ならうっかり毒を貰って死ぬとか有り得なくもないレベルだ。

 

「心配するな。俺とエーシャで討伐するから、お前は遠くから援護してくれ」

 

「ザンさんの言う通りです。私も頑張りますので、アリアさんは心配しないでください」

 

 ザンは当然として、エーシャちゃんも実力的には遅れをとるようなことはないだろうが、なんというか二人はあまり相性が良くなさそうなのでちょっと心配だ。

 

 

 

 

「さて、恐らくここが巣穴だが……エナ、どうだ?」

 

『あーこれは三匹くらいいますね。なんかちょっと変な感じですけど多分デビルバイパーです』

 

 巨大な洞穴の奥に何かが蠢いているのは確かに俺も感じる。

 デビルバイパーは巨大とは言え蛇なので巣穴を爆破して圧殺で終わりと行く可能性はかなり低い。

 

 けどザンは明らかに手に爆弾持ってるわ。

 

「待て待て。流石にデビルバイパーに対して爆弾は……」

 

「安心しろ。これには洞穴を崩すほどの破壊力はない」

 

 そう言ってザンが爆弾を全力投球して、洞穴の中で何かに当たった音と同時に中から炎が飛び散らされた。

 

「威力はないが高熱と炎を撒き散らす代物だ。狭い洞穴からな堪らず飛び出してくるだろう…………来るぞ!」

 

 ザンは洞穴の入口の上部に素早く飛び乗る。

 それから数秒後、体の節々を焦がして悶えるデビルバイパーが巣穴から首を出してくる。それと同時にザンはその頭部に飛び下りながら頭部に魔剣を突き刺した。

 いくら巨大な化け物でも急所を串刺しにされれば一溜りもない。

 

「もう二匹来るぞ! 油断するな!」

 

「はい! 『バギマス』!」

 

 続く二体目の首をエーシャちゃんの繰り出した風の刃が深く切り裂く。いや、深くというか完全に一刀両断。一瞬首だけになったことに気が付かずにデビルバイパーは突撃を続けたが、すぐに頭部を失ったことに気がついて動かなくなった。

 

 そして最後の一体が飛び出してくる。

 コイツの担当は俺だ。久しぶりの戦闘なので外さないかどうか少し不安であるか、躊躇しても気を逃すだけ。意を決して俺は詠唱を始めた。

 

「『ドルマ───」

 

「『バギマス』!」

 

 俺が魔術を放つ前に、風の刃が最後の一体のデビルバイパーの首が切断された。

 

「ふぅ……三体とも完全に絶命していますね。これで終わりですかザンさん?」

 

 エーシャちゃんは可変な笑みを浮かべて順にデビルバイパーの死体を確認した後に言った。

 俺の担当のはずのデビルバイパーの首を切断したのは、彼女が放った風の刃だった。

 

「おい、何故勝手な行動をした?」

 

「アリアさんはまだ本調子じゃないと聞いたので、私が倒した方が良いかなーと思いました」

 

「アリアならあの程度失敗はしなかっただろうし、アリアが失敗した場合は俺が殺ると最初に話し合ったはずだ。予定外の行動はするな」

 

「はーい。以後気をつけます」

 

 ザンとエーシャちゃんの間にピリピリした空気が流れて間に挟まれるのが辛くなってくる。

 

「ま、まぁまぁ二人共。俺も正直ちゃんと出来るか心配だったしエーシャちゃんに代わってもらったのは正直ほっとしたよ。でもエーシャちゃんもそうするなら事前に言って欲しかったかな?」

 

 俺がそう言うとザンは明らかに不満そうだが表向きは納得したと言った感じになり、エーシャちゃんは素直に謝ってきた。

 だが、笑顔が貼り付けられたような作り物にしか見えないし、なんなら既に目の奥が笑っていない。色は金なのに奥底が真っ黒だこれは。

 エーシャちゃんは魔族に対してとてつもない程の恨みを抱いているのだろう。それは俺も同じだし、多分ザンも同じだ。

 けれどエーシャちゃんは目的が『殺す』という事になってしまっている。自分の命すら換算に入れず、ひたすらに魔族を、その関係者を殺したいと言う感情を根本として動いてしまっている節がある。

 

 これは危険だ。

 彼女の戦いの中には生への執着がない。ただ相手の死しか見ていないのだ。その上ひとりよがりというか他人を信用しきれていない。

 12歳の子供がこんな風に達観と言うよりは強い人間不信のような精神状態で一人旅をしていたとなると、一体どんな人生を歩んできたのか気になってしまう。

 

「…………ん、何だこの揺れ」

 

 ふと、足元が揺れている事に気がついた。

 地震かと思ったが、この世界に生まれてから地震というものが発生した覚えはない。そうなれば可能性は一つ。

 俺は全力でその場から飛び退いた。

 

 それとほぼ同時に、足元から巨大な何かが地面を突き破り現れた。

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 

『ザン! 複数の魔獣の反応が一体に……』

 

「なるほど。魔族達が持っていた妙な薬品はこいつ関係の品だったという訳か!」

 

 突然地面の下から現れたのは、先程の個体達よりも一回り大きなデビルバイパー……のように見える魔獣だった。

 肌の表面が本来あるはずのない粘液のようなもので濡れていることから、コイツがただのデビルバイパーでは無いことが一目で分かる。

 

 合成魔獣。

 魔族達が発明した忌々しい生物兵器だが、様子からして完全なコントロールができておらず、私が殺したアイツらはコイツの調整も兼ねてこの辺りに来ていたのだろう。

 

「エーシャちゃん! そっちに行ったよ!」

 

 アリアさんが忠告をしてくれたが、私とて呆然としていた訳では無い。

 観察をして体の動きを見ていた。大きく素早いが単調。動きを読むのは簡単。大きな口を開けて私を丸呑みにするつもりのようだ。

 

「『バルシルド』!」

 

 その口が私を喰らおうとした瞬間、物理障壁を生み出して口を開かせた状態で固定する。デビルバイパーは強力な毒を持つ代わりに顎の力が少々同系統の魔獣と比べて弱い。簡単には破壊することが出来ないだろう。

 

 あとはお留守になった胴体に向けてバギマスを撃って胴体を両断する。なんてことの無い今までに倒してき魔獣や殺した魔族と同じだ。

 

 

「馬鹿野郎! 油断するな! ソイツは合成魔獣だぞ!」

 

 

 ザンさんの声を聞いて私は自分の勘違いに気が付いた。

 切断したはずの胴体がくっついた。いや、そもそも切断という行為がこの個体に対しては殆ど意味をなさない攻撃だったのだ。

 

「スライムとの合成獣でしたか……!」

 

 スライムは液体の体を持ち、中枢核を破壊されない限り絶命しない厄介な魔獣だ。光属性の魔術や風属性とは相性が悪く、物理的な攻撃は核以外に対しては意味を成さない。

 そしてデビルバイパー並の巨体の中から気を探し出すのは一苦労で、体を構成する粘液は恐らく猛毒で出来ている。厄介な上に私と相性が悪い。

 距離を取ろうとした一歩下がった時、私の体から力が抜けてその場に膝から崩れ落ちてしまった。

 

「何をしている! 避けろ!」

 

 ザンさんの声がなんだか遠く聞こえる。

 多分これは麻痺毒だ。いつ注入されたか分からないが、私の油断が招いた事態だ。

 

 まぁ仕方ない事だ。

 私が弱いから死ぬだけのこと。結局私は弱い私のままだったってことだ。悪いのは私なのだろう。

 ザンさんやアリアさんと一緒ならもっと沢山の魔族を殺せると思っていたが、どうやら私ではその資格がないようだ。

 

 何も守れないような弱い私じゃ、誰からも奪うことは許されない。

 

 視界の端で魔獣の胴体部分から小さな首がこちらへと伸ばされた。

 多分あれに噛まれたら、体格の小さい私では助からない様な猛毒が入っているのだろう。今体に流されている麻痺毒もこの後どんな効果を及ぼすか分からないし、どの道絶対助からない。

 

 

 

 

 

 

「──痛っ……っぅ……ッ!」

 

「あ、ありあさん……なに、して……!」

 

 アリアさんが私と魔獣の間に割って入ってきた。

 腕に深々と魔獣の牙が突き刺さり、その牙から体内に猛毒が侵入していく。

 まずい。アリアさんも体がそこまで大きいわけじゃない。このままじゃ毒で死んでしまう。

 

「捕まえたぜスライム蛇。『ヒャルド』!」

 

 けれどアリアさんは焦ったりする訳ではなく、むしろ魔獣の伸ばしてきた首を氷属性の魔術で凍らせて自分の腕と完全に繋ぎ止めた。

 魔獣も何か危険を本能で感じたのかその首を切り離そうとしたが、それよりも早くアリアさんが詠唱を行う。

 

「『イオナズア』!」

 

 魔獣の体を構成する粘液の中に電流が流れ込む。様々な器官が沸騰するように泡立ち魔獣は一時的にその体の動きを止めた。

 

「エナ、コアの位置は分かるか?」

 

『見つけました……ってコイツのコア体内を動き回ってます!』

 

 その隙にザンさんがコアを破壊しようとするが、握りこぶし程度の大きさの球体はその巨大な粘液の体の中を動き回り抵抗する。

 このままではザンさんがコアを捉えるより先に魔獣がまた動き出してしまう。

 

 どうすればいいか考えていると、私の視界に魔獣のコアが動き回っているのが確認できた。

 全身が痺れて力が入らず、ろくに詠唱をすることすら叶わない。

 

「『ば、う、しうろ』!」

 

 キチンと詠唱出来なかったからだろう。

 発生した物理障壁は私の手のひら程度の大きさで、硬さも恐らくは赤子が遊ぶように壊せるようなものだ。

 

 けれど、魔獣の体内に発生させたそれにコアが衝突し、一瞬だけだがその動きが止まった。

 

「──ッ! ナイスだ、エーシャ!」

 

 ザンさんはその隙を逃さず、何かを魔獣の体目掛けて投擲した。

 次の瞬間、閃光と熱波と共に魔獣の体がそのコアごと爆発四散した。

 

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 その後は万が一の為にザンさんが用意しておいてくれた血清のおかげで私はすぐに動けるようになったけれど、アリアさんは違っていた。

 

 だいぶ強烈な複合毒を入れられたようで、すぐに治療を始めましたが全身の穴という穴から血を吹き出したり、痙攣や混乱と言った症状も酷く血清もあまり効果がなく大変だったけれど、何とか私が覚えていた浄化の魔術と、ザンさんの用意周到な道具の数々。そしてアリアさんの生命力もあって何とか命を繋ぐことだけはできた。

 

 

 

 

「その……この度は私のせいで本当にご迷惑をおかけしました」

 

「いやいや、そんな気にしなくていいよ。俺だって前に油断してオークに頭砕かれかけたし、スライムとデビルバイパーの合成魔獣とか想像つかないよ」

 

 そう言って笑って許してくれましたが、アリアさんはつい数時間前まで猛毒の引き起こす激痛で失神しては意識を失い、痛みでまた目覚めるを繰り返していた。

 もしかしたら死んでいたかもしれないし、私が居なければそんな激痛を味わうこともなかったはずだ。

 

「私が未熟だから、未熟なくせにあんなに前に出るから、アリアさんが……」

 

「それは違うよ、エーシャちゃん」

 

 アリアさんは私の頭の上に手を置いた。

 一瞬、なにか痛いことをされるのではないかと身構えたが、アリアさんはただそのまま優しく私の髪を撫でてくれた。

 

「俺はただあの時あれが最善だと判断したから、ああいう風に行動しただけ。エーシャちゃんよりも体の大きな俺の方が噛まれた時に死ぬ確率が低かったし、俺ならカウンターで雷属性の魔術を叩き込めた。そして、エーシャちゃん程の光属性の使い手なら浄化で俺を治療してくれるって信じてたから」

 

 だからと言って死ぬ可能性のある猛毒の牙に対してあんなに躊躇なく向かえるものか? 少なくとも私には出来る気がしない。

 

「……俺は出来るだけ多くの魔族を殺したい。多分それはエーシャちゃんも同じだと思うんだ」

 

 でもね、と言ってアリアさんは私を撫でる手とは別の手を固く握り締めた。

 

「それ以上に俺はアイツらに何かが奪われるのが許せない。だから俺は何も奪われない選択肢を取った。結果は大成功。こうしてみんな生きて帰ることが出来た。……って、え!? な、なんで泣いてるの!? 俺、変な事言ったかな!?」

 

「……ちが、うんです。本当に、本当にごめんなさい……」

 

 私はアリアさんとザンさんのことをせいぜい『道具』としてしか認識していなかった。

 そして、私は自分自身も道具の一つと思っていた。役に立たない、使えない誰からも必要とされない道具。壊れるまで使い潰して、壊れたら仕方ないと諦める程度の存在。

 

 けれど、アリアさんはそんな私を守ってくれた。

 魔族に全てを奪われた私から、もう何も奪わせない為に自分が苦しむことを何一つとして躊躇わなかった。

 

 この人は綺麗だ。見た目の話なんかじゃなく、その魂がまるで大昔に魔王を封印したと言われる聖女様みたいだ。

 本当に、本当にこの人なら魔王を倒せる気がする。魔王から何一つとして奪わせない為に。

 

「──俺もね、別に自分の命なんてどうでもよかったんだよ。六大魔公の一人さえ倒せれば、正直死んでもいいと思っていた」

 

 横目でアリアさんは壁を見つめた。

 確か隣はザンさんの部屋だ。

 

「けれどどっかの馬鹿が魔王を倒すなんて夢物語を語ってきてさ、意外と上手くいっちゃうもんだからもうちょっと自分を大切にしないとなーって。アイツとなら、なんか出来る気がするんだよ。だから、さ……」

 

 アリアさんは私に手を差し伸べてくれた。

 その手は傷だらけで、何度も骨にまで影響する怪我をしたのか形も少し歪だったけれど、私が見てきたどんなものよりも綺麗だった。

 

「魔王を倒す為に俺達と君自身を守って欲しいんだ。どうかな?」

 

 こんな醜くて弱い私に、彼女はそんなとんでもない殺し文句を吐いてきた。こんなこと言われたら私に答えなんて一つしかない。

 

「ひとつだけ、条件を出してもいいですか?」

 

「ん、簡単なものなら」

 

 私は口元だけで小さく笑って、ベッドに寝かされている彼女の隣に寝っ転がった。

 

「今夜、私と──────────」

 

 

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、どういう事だアリア」

 

 ザンは怒っていた。

 いや、怒ってると言うより呆れてるというか、呆然としているというか、なんかもう訳わかんねって感情が溢れてきてる。

 

「という訳で私ことエーシャはザンさんとアリアお姉様の魔王討伐のメンバーに加わることにしました。以前のような迷惑はかけませんので、どうかよろしくお願いします!」

 

 華のような笑顔でゴリ押してくるエーシャちゃんに、流石のザンも少し押され気味だ。

 やがて諦めたように大きなため息を一つついて。

 

「アリア、お前はどう思う?」

 

「別に。いいと思うけど」

 

「はぁ……アリアが良いと言うなら俺はなんでもいい。だが、下手な独断行動は許さないからその辺は頭に叩き込んでおけ!」

 

 ちょっと不機嫌そうだったが、多分アレはザンなりのエーシャちゃんを危険な戦いに巻き込むことへの葛藤なのだろう。本当にアイツが拒絶するなら、ノータイムでパンチくらいはやっている。

 俺とてエーシャちゃんを巻き込むのはあまり気が進まない。

 

 けれどそれ以上に、昨晩話してくれた彼女の覚悟を聞いて、俺は彼女の意志を尊重したいと思った。

 多分俺は人でなしなのだろうが、もとより俺は魔王を倒す為なら魔族以外の何にだってなってやるつもりだ。

 

「これからよろしくお願いしますね、お姉様!」

 

 ……ただ、その呼び方はちょっとやめて欲しいなエーシャちゃん。

 

 

 

 

 

 

 







一体夜に何があったのかはご想像にお任せします。





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頂上決戦!キノコVSアリア 〜悪霊の茸々〜




1万UA記念とかほざいてたら2万UA突破してましたよ。
嬉しいので投稿しちゃいます。ありがとうございますねホント。
とりあえず作者はタイトルの関係でスクエニに謝ってきます。





 

 

 

 

 

「キノコ狩りに行くぞ」

 

「は?」

 

 ある日、ザンがいきなりそんなこと言い出してきた。

 

「キノコ狩りに行きましょう!」

 

「エーシャちゃんも待って。二人共どうしたの?」

 

 基本的に二人とも魔族殺すか魔獣殺すくらいしか脳みそに選択肢がないはずなのに、なんか突然キノコ狩りに行こうとか誘ってきてもう俺は困惑することしか出来ない。

 

「次の六大魔公の討伐にキノコが必要……とか?」

 

「いや、六大魔公がキノコで倒せるわけないだろ。疲れているのか?」

 

 ザンにめっちゃまともなこと言われた。

 そりゃそうだけどコイツが突然キノコ狩りとか言い出すんだからそう思っちゃっても仕方ないじゃん! というか何常識人みたいな事言ってんだよお前。

 お前は普段から常識外れな事言ってみんなを驚かせる側だ。いや、現に今俺はコイツの発言に驚かされているのだが。

 

「いいからキノコ狩りに行くぞ」

 

「え、ちょ、待って今から!? ま、俺下着だからせめて服を着させろバカ!」

 

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 

 

「よし。この山は魔獣もレベルが低いし危険も少ない。三人で別れてキノコを探すぞ」

 

「分かりました! お姉様待っていてくださいね! このエーシャがこの山の全てのキノコを狩り尽くして見せますので!」

 

 二人はそれだけ言うと各々の道を猛スピードで走っていってしまい、後には困惑する俺だけが残された。

 

「…………なんなんだよ」

 

 まぁたまにはキノコ狩りなんてのも悪くは無いかもしれない。

 ここのところ次の狙いの六大魔公『岩魔のリグバルフ』の討伐に向けての作戦建てや準備やらで疲れが溜まっていたし、森林浴気分でキノコでも探すか。

 

 これでも一時期は野草でもなんでも食えるも食って生き延びた経歴持ちだ。全く自慢出来る経歴ではないが、とにかくその生活のおかげで毒耐性が俺はやたら高くなった。

 毒キノコとか毒のある野草とか区別つくわけないじゃん。毒食って苦しんで耐性付ける方が早かったよ。

 

「あ、これ多分食えるキノコだな。色とかヤバいけど前食った時は三日間下痢になっただけで済んだし」

 

 ふと、俺は現状に対して色々と考えていた。

 エーシャちゃんと言う頼れる仲間が加わって、色々と俺の負担が減った。

 俺が使っていた治癒の魔術の属性は炎だったが、一番効率の良い治癒の魔術の属性は光だ。その点エーシャちゃんは光属性の適正が高く、俺の使えない魔術のカバーをしてくれるし、普通に肉弾戦も強い。

 物理障壁とかもザンに使わせれば色々悪用された。思い出したくないくらい悪用された。まぁこれに関しては元からエーシャちゃんが敵を押しつぶすという中々えげつない使い方をしていたのでまぁ、正しい使い方なのかもしれない。

 

 エーシャちゃんは魔族に故郷を奪われ、家族を奪われ、一人で生きていくしなかった子だ。初めはその寂しさをせめて埋め合わせてあげようとか思っていたけど、俺が思うよりも何倍もあの子は強かだった。

 戦いの中でも何度も助けられたし、また助けることもあった。それに彼女は料理も出来るので何かと助けになる。

 

 ───以前は料理がてんでダメなザンの代わりに俺が料理をしていたが、味覚がやられてしまってからイマイチ味の調整が出来ず下手くそな飯しか作れなかったからこれは非常にありがたい。

 

 別に味覚がやられたくらい大したことないと思っていたが、時間が経つにつれて味覚の大切さが身に染みてくる。

 

 あの『黒泥の怪物』になる暴走状態。やはりアレは危険過ぎる。リスク対効果が見合ってない。

 見合ってはいないが、強力な切り札であるのは確かなのだろう。どうにか使いこなす方法がないかと考えてみる。

 

 たしかあの時はとんでもない殺意をジェリルに向けて、気が付いたらアレが発動していたんだ。

 

「ちょっと、試してみるか」

 

 目を閉じて、俺がこの世で一番憎いものを思い浮かべる。

 父さんを、国の民を、セイトを殺した六大魔公の一人『氷魔のデミルト』その顔を想像しただけで、唇を噛み切ってしまいそうな程の怒りが込み上げてくる。

 

 殺す。絶対に奴だけは殺す。殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す! 

 

「───何だ、これ?」

 

 気が付いたら口から何かが垂れてきていた。

 血ではなく、その液体は粘ついた黒色の液体だった。俺の体から離れるとしばらくしたら蒸発するように消えてしまうその液体が、俺の魔力だと気がつくのにそこまで時間は要らなかった。

 

 それを理解した瞬間、心の奥底のピン留めが音を立てて破壊された。

 

 

 

 魔族全てが憎い。奴らを可能な限り苦しめて殺したい。その為ならなんだって使って、なんだってしてやる。殺してやる醜く無惨に生まれてきたことを後悔するほど泣いて許しを乞うても絶対に許さずつま先からゆっくりゆっくりと体をばらばらにして親の目の前でゆっくり子供をバラして種を根絶やしにして殺してやる殺してやる殺してやる。

 

 

「──ッ! ガァッ!? ────はぁ……はぁ……」

 

 

 一瞬完全に呼吸が止まった。

 俺じゃない俺のような『ナニカ』に何もかもが呑み込まれるような錯覚だった。呼吸をするという当たり前の機能すら、憎しみを体現するために奪われるのではないか、そんなことが思い浮かぶほど、今しがたの衝動は衝撃的なものだった。

 

「こりゃ、実験すら、気軽にやるのは、危ないな……」

 

 残念だがひとまずは『黒泥の巨人』については置いておくしかない。

 これを本格的に使ったら、きっと俺が生きていた証すらこの世界に断片一つ残さず全て消え失せる。そんな予感がした。

 

 殺意を抱くために嫌な記憶を思い出したせいか気分が悪い。

 せっかく森林浴気分で来たというのにこれでは台無しだ。ここは楽しい事を何か考えよう。

 

「………………無いな」

 

 楽しい想像ってのが思いつかない。

 あるにはあるがあまり昔のことを思い出すのは逆に辛くなるし、最近の楽しい事ってのはだいたい作戦が上手くいって魔族を滅☆殺できた事とかだからなんかちょっと違う。

 

 そう言えば俺、何が楽しくて生きてるんだろう。

 別に楽しい事なきゃ生きていけないわけじゃないし、そもそも何かを楽しむことなんか随分と前に諦めてしまっていた気がした。

 

 俺はただ魔族を殺す事だけを原動力に生きていた。

 今だってそれは変わらないし、俺の体は憎悪の炎で動く機械のようなものだ。

 

 けれどザンと出会ってからは少しだけ違ってきた気がする。

 根本的な事は変わってないのだが、明日というものに希望が持てるようになった。閉塞のど真ん中に風穴を開けてしまうのが、俺にとってのザンという男だった。

 強力な魔族を倒して、六大魔公も一人倒して、また人間と普通に話せるような日が訪れて、仲間が増えて。相変わらず辛くて苦しくて投げ出したくなる時だってあって、その度に煮えたぎるような怒りが俺を繋ぎ止めるような時だってもちろんある。

 でもそれはそれとして、俺は今の日々がそれなりに気に入ってるのだろう。ザンやエナちゃんにエーシャちゃんにマルドフさんにシーラの街の人々。みんなの事を大切だと思えている。

 また大切だと思えるものが増えていく。これはこれで悪くは無い。

 

 

 ズキリ、と胸の奥の古傷が痛む。

 大切なものが増えていくのは悪いことじゃない。けれど、俺はもしもまたそれを失ったとしたら一体どうなってしまうんだろう? 

 そんなことはさせない。もう二度と奪わせない。その為に俺は強くならなければならない。奪われる前に、六大魔公と魔王を倒す。ただそれだけだ。

 

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 

「キノコ狩り、って言ってなかったか?」

 

「そうだな」

 

「その背に背負ってるのなんだよ」

 

「デカいイノシシだが?」

 

 たった二言の会話で矛盾してんじゃねぇよ。

 会話のキャッチボールでも魔剣とか爆弾とか投げつける様な脳みそ持っている男はこれだから……。

 

「安心してくださいお姉様! 私はしっかりキノコを狩ってきました!」

 

「オノレ……ユルサヌ、カナラズニンゲン、ホロボシテクレル……」

 

 ニッコニコのエーシャちゃんも背負ってるのは確かにキノコなんだけど、なんかやたらデカいし手と足と顔ついてるし、めっちゃこっちに向けて呪詛吐いてきてるしでキノコと認めていいのか微妙なラインの生き物だ。

 これじゃあ普通に(俺基準で)食べられるキノコを採ってきた俺が馬鹿みたいじゃないか。

 いや、実際のところ馬鹿は現在俺の目の前にいる二人なのだが。

 

「なかなかやるなエーシャ。お前のことを侮っていたようだ」

 

「ザンさんも流石は六大魔公を討った方です。私の予想を遥かに超える大物ですね」

 

 なんなの? ツッコミ待ちなの? 

 侮ってたってのは俺のセリフだよ。完全にザンのネジのハズレっぷりを侮ってたよ。どんな脳みそしたらキノコ狩りに行くって言ってイノシシ持って帰ってくんだよ。キノコの一つでも摘んで来てたらまだキノコ狩りの途中でイノシシに襲われたから狩ってきたって言い訳が通じるけど、コイツ完全にイノシシオンリーで帰ってきたもん。完全にキノコ狩りじゃなくてイノシシ狩りに来てるじゃん。

 せめてキノコじゃなくてイノシシ狩ってきちゃったみたいなリアクションをしてくれ。そうでなきゃお前がイノシシとキノコを勘違いしてるアホみたいに見えてくるから。

 

 エーシャちゃんも俺の予想を遥かに超えるボケっぷりだよ。

 なんでそんな呪詛吐いてるキノコを採ってこようと思ったの? 毒キノコとかそういうの以前の問題だよ。呪詛キノコだよそれ。

 

「よし。じゃあ料理するか。アリアは今日はそこで見ていてくれ」

 

「今日の料理は私とザンさんで作るので、楽しみにしていてください」

 

 バカの1号(ザン)アホの2号(エーシャちゃん)は俺を残して早速調理を始めてしまった。

 どうせ俺は味覚がいかれてしまって料理が上手く出来なくなっているので参加するつもりはなかったが、こういう時の蚊帳の外ってのは意外と寂しいものだ。

 なのでザンに置いていかれた魔剣の中にいるエナちゃんと喋ることにした。

 

「今日の二人さ、なんかおかしくないか?」

 

『エーシャちゃんはともかく、ご主人っていつもあんな感じですよ』

 

 確かにそうだと納得する。

 ザンっていつも頭おかしいわ。

 

『ですが、あんな風におかしくなったのは最近です。以前のご主人は、なんというか本当にもっとおかしかったんです』

 

「以前って、俺と会う前ってことか?」

 

『はい。あの時のご主人はもうホント色々酷くて……自分の名前すらしょっちゅう忘れるような人でした……思い出したくねぇ……』

 

 本当に嫌そうな顔をしているエナちゃんの反応から、今の数倍色々酷い感じのザンを想像してみる。

 ……うん。無理。流石にこれ以上酷かったら付き合いきれる気がしない。

 

 

「エーシャ! キノコが逃げるぞ抑えろ!」

 

「チッ、往生際が悪いなキノコのくせに! 大人しく私達に食べられろ! 死ね! 『セイン』!」

 

「オォォォォ……ニンゲン……ホロボス……」

 

 

 調理の方は物騒なことを言い始めたキノコとこれまた口調が物騒になってきたエーシャちゃんの戦闘が始まってる。

 光属性の魔術を受けたキノコの呪詛が霧散し始めている様子から、あのキノコ本当になんか呪いを持ってたっぽい。なんでそんなキノコが自生してるかも不思議だが、エーシャちゃんはなぜそんなキノコを採ってきたんだ。

 

 

「キノコのくせに何抵抗してんだテメェ! さっさとお姉様の食べやすいサイズにカットされろや!」

 

「ヒィィィィィ! コワイ! ヨウジョコワイ!」

 

「落ち着けエーシャ。このキノコは怖がらせると味が落ちる」

 

 だいぶ口調が物騒になってきたエーシャちゃんがキノコに殴打による暴行を加えている光景がかなりシュール。

 

 

 

 そのあとも俺はキノコの呪詛で復活したイノシシとザンの殴り合いとか、ブチ切れたエーシャちゃんが魔術使ってキノコをミンチにしたりとか、そんな料理風景を遠い目で眺め、気が付けばかなり長い時間が経っていた。

 

「ふぅ……何とか完成したぞ……」

 

「途中イノシシがキノコと合体して新生物が生まれた時はどうなるかと思いましたね……」

 

「ホント、料理風景を眺めているだけとは思えない緊張感だったよ」

 

 ともかく召し上がれと出せた完成品は、イノシシとキノコの鍋だった。

 あれだけのおかしな調理だったのに、見た目はおかしな所があるどころかむしろ綺麗な感じになっている。

 ちょっとインスタ映えとかしそうな感じだ。

 

 さっきまでエーシャちゃんに関節をキメられていたキノコの怪物がこんな美味しそうになってしまうとは、一体彼女の調理技術はどうなっているんだ? 

 

「よし。とりあえずアリアがまずは食え」

 

「え、なんで俺が……」

 

「まぁまぁそう言わずに。お姉様からどうぞ」

 

 なんか今日の二人は態度がおかしい気がする。

 疑いながらも一杯よそってまずは香りを確かめてみた。

 

 いい香りだ。謎の具材達から織り成されたとは思えないほど食欲をそそると言うか、香りだけで満足できるくらいの芳香。

 

 いや、いくら何でも香りが強すぎる。これちゃんと食えるキノコ入れられてるのか? 

 

 …………一つの考えが頭に浮かんだが、まさかそんなことある訳が無い。

 無いけれど、一応聞いておくか。

 

「なぁ、もしかしてだけどさ。二人共味覚がダメになってる俺に気を使って香りが強めの料理を作った、とかって訳じゃないよな?」

 

 

「………………なんの事だ? 別に、そんな事ないよな、なぁエーシャ?」

 

「そ、そ、そ、そうですよ! そんなことあるわけないじゃないですかアハハー…………はは……」

 

 

 呆れるくらいわかりやすい嘘をつかれて思わずため息が零れてしまう。

 なんだか変な気を使わせてしまったみたいで少し申し訳ない。

 確かに食事が味気なくて最近ちょっとだけ気分が落ち込んだりしていたが、別に味覚が無くて困ることは他の五感と比べれば全然少ない。

 

「だからと言うか、そこまでお前達が気にするような事でも……」

 

「いや、気にする事だ」

 

 ザンが俺の言葉を遮った。

 その顔はただ似ているだけだ。髪の色も瞳の色も違うし、何よりもうセイトは死んでいる。

 だけど俺は、随分と昔の事を思い出してしまう。

 

 

 二人っきりの秘密の特訓場でセイトが俺に渡してくれた果実の味。

 リンゴみたいな果実は驚くほど甘くて、俺は思わず頬を綻ばせてしまった。

 それを見たセイトもクスリと笑って、その後にこう告げたんだ。

 

 

「食事は、皆で楽しんで食べた方がいいからな」

 

 

「────そう、だな。ありがとなザン、エーシャちゃん。すっげぇ元気出たよ」

 

 もう思い出すことしか出来ない果実の味が、確かに口の中に広がってきた。

 イノシシの硬い肉と軟骨が食感で俺を楽しませてくれる。味はしないけど、久しぶりに美味しいものを食べることが出来た。

 

「……アリア、なんで泣いているんだ?」

 

「は、はぁ!? 別に泣いてねぇよ! ただちょっと、湯気が目に染みただけだ! いいから二人も食え!」

 

 俺は無理矢理二人の口に鍋を流し込む。

 はっきり言って照れ隠しだ。今のはもの凄く胸の奥にガツンと来た。色々な感情が複雑に入り乱れて、つい涙を流してしまった。

 

 ザンの言葉を聞いて、一瞬だけトキメキと言うものを感じてしまった。

 

 俺とザンの関係は決してそういうのじゃない。確かに週一で体の関係を持ってるけどそれはやらなければいけないから仕方なくであって、別にそういう気持ちがあるわけじゃないし、決して俺は──

 

「…………ぐふっ」

 

「オェェェェェ……」

 

 俺がぐるぐると思考を巡らせていたら、突然二人が鍋を吹き出して倒れた。エーシャちゃんに至っては思いっきり吐いてる。12歳の女の子がしちゃいけない顔で思いっきりゲロを吐いてる。

 

「予想、外だ……香りと食感と栄養の三点を意識しすぎて、味に全く思考が及んでなかった……ぐはっ!?」

 

「空腹で死にかけの時に食った腐った残飯の方がマシな味です……この世の呪いを全て煮込んだみたいな味が……オェぇ……」

 

 …………うん。

 

 やっぱりザンはザンだな。

 それ以上でも、それ以下でもない。俺の仲間のザンだ。頼りになるくせにそういう時以外はとことんダメな変人だ。

 

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 

 そんなことがあった日の夜。事件は起こった。

 

 

 

「はぁ……く、そっ……なんだ、これぇ……」

 

 

 俺が眠ろうとし思ったら、突然体の奥底が熱されたかのような衝動に襲われた。無理矢理全身の触覚を過敏にされたかのような不快感で思考が纏まらない。高熱に浮かされたような感覚がどうしようもない『渇き』を訴えてくる。

 

「ザン……ザン……んっ、ざんっ!」

 

 頭に浮かんできた言葉をそのまま叫びながら俺は廊下を歩いていた。

 

 一歩が遠い。

 足を動かす度に切なくて切なくて涙がこぼれそうになる。心の中の空洞の真ん中に太陽が生まれてしまったみたいだ。暑くて切なくて、そこに色々なものを入れてどうにか埋め合わせたいのに、渇きが全部を溶かし尽くしてしまう。

 ザンの部屋の前に辿り着いた頃には、もう理性だとか人格だとかそういうものも火照った体を伝う汗と一緒にどこかに流し去ってしまった。

 

「アリアか。こんな時間にどうした……おい、なんだか顔が赤いぞ。風邪か? ……って、おい!」

 

 気が付けば俺はザンのことをベッドに押し倒していた。

 もちろん、力でザンに勝てるわけがないが突然押し倒してきた俺に対してザンは抵抗することはなく、ただ怪訝な目を向けていた。

 

「突然どうした。四日前にしたからまだする必要は無──」

 

 ごちゃごちゃと何かを呟くザンの唇に自身の唇を重ねた。

 もう言葉は意味のわからない鳴き声にしか聞こえない。ただただ、俺は渇きを訴える本能に従って行動を続けた。

 

「俺、なんだか寒いんだよ……とっても火照ってるのに、心の奥が空っぽで切なくて、寒いんだ……ザン……触ってくれ……」

 

 無骨なザンの手は表面が傷跡でざらついていてお世辞にも良い肌触りとは言えない。

 けれどその人肌の温かさだけが火照った体を冷まして、同時に凍える心を温めてくれる。

 

 嗚呼、寒くて仕方がない。

 体の奥が、下腹部の奥底が寒くて暑くて狂ってしまいそう。

 

「────ザンッ! ザン、ザン、ザン! ザン!!!」

 

「待てアリア! なんだかお前おかし────ッ!?」

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 

 全身のどこもかしこもむず痒い。

 人生の中でこんな奇妙な感覚を味わったのは初めてだった。

 

 お腹の奥にある扉がノックでもされてるみたいなもどかしさが神経を突き抜ける。

 腹の奥で虫が何かを求めているみたい。

 

 お腹が減っているのか? 

 似ているけれど多分違う。

 これはきっと、それよりもずっと原始的な欲望だ。けれどその名前が思い浮かばない。思考能力が体の熱を維持するために吸い取られていってしまう。

 

「水……喉、渇いた……」

 

 真っ暗な廊下を歩きながら、アンデッドみたいに水を求める。

 その途中、ある部屋の前で私の足が止まった。

 磁石に引き寄せられるみたいに手がその部屋の扉に伸ばされる。頭でこれが間違いとわかっていても、脊髄は思考とは別に体を動かす。

 

 

「────え、なに……これぇ……?」

 

 

 扉の向こうでは信じられない行為が繰り広げられていた。

 ザンさんと、アリアお姉様が獣のように交わっていた。

 いつも凛々しいお姉様が、生娘のように嬌声を上げてザンさんの上で淫らに体を動かしてはたくましい体にしがみついて快楽に震えていた。

 

 ずっと体格の大きなザンさんが、お姉様にまるで子供のように扱われている。

 

 私の中のお姉様のイメージに少しヒビが入る。

 幻滅してしまったのかもしれない。お姉様のあられもない姿を見て、嫌悪を抱いたのかもしれない。

 

 けれどそれが違うとわかってしまった。

 

『綺麗』だ。

 

 幸せそうなお姉様の顔が、この世界のどんなものより美しく見えてしまった。

 お姉様にあんな風にめちゃくちゃにされたい。お姉様みたいにめちゃくちゃになってみたい。あんな風に愛し合うことをしてみたい。

 私とて生きる為に何でもしてきた身。そういう行為の経験はもちろんあったが、あんなに愛の溢れる行為はしたことがない。

 

 私は獣ように交わる二人の姿を見て、溢れ出る欲情を沈めるように自分の体に手を伸ばして────

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 

 完全に搾り取られて干からびたご主人。

 その横でツヤッツヤになって幸せそうに眠るアリアちゃん。

 そして扉の前で二人の激しい行為をみて自分を慰めて果て疲れて眠ってしまったエーシャちゃん。

 

 控えめに言って地獄絵図ですね。本体が剣なので目を背けるどころか耳も塞ぐことも出来ずにひたすら仲間達の痴態を見せつけられてました。

 

 

 なんでこんなことになっちゃったかと言うと、ご主人達が食べたキノコの中に『メッチャドシコルデダケ』と呼ばれるキノコが混ざっていたからなんですよね。

 香り、食感、味。その全てが最高のキノコで結構高値で取引されるんですが、そのキノコは女性が食べることは一般的には禁止されていました。

 

 何故かって? 何故かこのキノコはあらゆる種族のメスのみを発情させる世にも奇妙な性質を持っているのです。

 そんなことも知らずに食べてしまったアリアちゃんとエーシャちゃん。結果は見ての通り、六大魔公を前に一度心臓が止まっても立ち上がったご主人が殺されかけましたね。人間の性欲って恐ろしいですね。

 

『──でも、随分と人間っぽくなりましたね。ご主人』

 

 

 

 

『ご主人。そう言えばまだご主人の名前を聞いていなかったのですが、なんと言うのですか?』

 

『…………すまん、ちょっと待ってくれ。今思い出す……いや、無理だ。思い出せん。なんでもいいからそちらで決めてくれ』

 

『……はぁ。本当に魔族を殺すこと以外興味が無いんですね。じゃあザン。今日からザンって名乗ると良いですよ』

 

『そうか。ではご主人じゃなくてこれからザンと呼んでくれ』

 

『えーなんでですか? 女の子には名前で呼ばれたいとかですか?』

 

『いや、定期的に呼んでもらわなければ多分忘れる』

 

 

 

 

 出会ってすぐの時は、『ザン』と呼んでも自分が呼ばれてると気が付かなかったことが何度もあった。

 

 なのに、今では私以外の人にもその名前を呼ばれ、すぐに振り返るようになった。

 

『本当に、人間っぽくなりましたよ。ふふっ……』

 

 

 

 

 

 

 







読者様の中にお医者様はいませんか!この作品のタグのダークファンタジーのダークの部分が息をしていません!どなたか人工呼吸をお願いします!





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岩の街と少女の記憶 1



死に神の化身と呼ばれてるお医者さんのおかげでダークファンタジーのダークの部分が死んでしまいましたが、次のダークは上手くやってくれるでしょう。

あとR18版が完成したのでURLとか貼ろうと思ったけど色々めんどっちかったので、見たい方は匿名解除したんで作者ページから飛んでください。




 …………しばらくめちゃくちゃ気まずかった。

 俺もハッキリ意識があったけど完全に欲望に負けた形だったし、さすがにアレはザンに謝った。

 ついでに何故かしばらくエーシャちゃんの様子がおかしかったけど、彼女に何があったかは俺の知る由もないことだ。

 

 元々週一でそういうことをしなければならない関係でもあったので、そこまでギクシャクが長引くことは無くいつも通りの関係に戻り、俺達は魔族の討伐に力を注いでいた。

 

 

 

 

 

 そして、遂にザンから二人目の六大魔公の討伐に関する話が上がった。

 

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

「俺達が次に狙う相手はイスス周辺を領土とする『岩魔のリグバルフ』だ」

 

 ザンの言葉を受けてエーシャちゃんが僅かに体をふるわせた。

 彼女から聞いた過去話によれば、リグバルフは間接的にエーシャちゃんの両親を殺害し、故郷から追いやった彼女にとっての憎悪の対象。俺から見たデミルトのようなもの。

 

 握りしめられた杖がへし折れてしまうのではないかと言うくらい、彼女の拳には力が入っていた。

 

「……話を続ける。イススは現在魔王軍に占拠され、多くの人間が奴隷として鉱山地帯で働かされている。その上リグバルフはゴーレムを大量に警備として出し、はっきり言って下手に攻めれば人間だけ殺して向こうへのダメージはゼロなんて結果もありえる」

 

 だから、と付け加えてザンは弓矢を取り出した。

 

 

「奴との交戦は最小限だ。電撃戦とでも言おうか。俺とイスス出身で土地勘のあるエーシャで素早くリグバルフの懐に潜り込み、人質やらを取られる前にトドメを刺す。それだけだ」

 

 確かにザンの言う作戦は理にかなってる部分もあるが、同時にどうにもならないだろうと思う部分がある。

 まず素早くリグバルフの懐に潜り込んで倒すって辺りだ。簡単に言うが、前回のジェリルの時のことを考えたらそう上手くいくものとも思えない。

 

 六大魔公『岩魔のリグバルフ』。

 ネットでは『みんなのトラウマ』と呼ばれるような類の存在だ。原作において四番目に相手になる六大魔公であり、その体は岩で構成されている為にイススの街の鉱山と同化。超巨体から高威力全体攻撃を連発し、みんなにコントローラーを投げさせた敵キャラだ。

 

 ゲーム上では高い攻撃力と体力を持った厄介な敵、ってだけで収まるが現実はそうもいかない。

 単純に岩石の硬さを持つ体が、山の大きさでこちらを押し潰しに来るのだ。ちょっとした事で即死するような状況だし、ゲームみたいにこちらの攻撃が届く訳でもない。

 

 ハッキリ言ってコイツを倒すにはろくに岩石のない場所に誘い込んで、足が地面と設置していない状態にした後にコアをぶっ叩く事だが……六大魔公に数えられるやつがそう簡単にそんな状況を許すはずもないし、やつは普通に戦っても強い。

 通常形態でも接地状態ならほぼ無敵と呼べる再生力と、鉱山資源をエネルギーにした『オブシディアンキャノン』と呼ばれるビームのような攻撃があまりにも危険過ぎる。

 

 自分で言うのも腹立たしいくらいの高スペック。これではやつの太鼓持ちの部下のようではないか。

 だいたい弱点の『地面から離されれば再生できない』ってなんだよ。空中に打ち上げられたら羽根でもない限り誰だって死ぬわ。空中じゃ身動き取れないから攻撃避けられないし。

 設定上も軍事都市でもあったイススを一晩で制圧した実績を持ち、更には岩砕拳という拳法を嗜む武人でもあり隙がない。

 

「アリアの言う通りだ。はっきり言って真正面から俺とエーシャがどれだけ策を練ろうと、イススに陣取るリグバルフを倒すことは不可能だ」

 

 そう言い終えた後、ザンは俺に向けて弓を投げつけてきた。

 別に弓は使えないこともない。一通りの武芸は嗜んでいるが、弓矢なんて岩石の体を持つリグバルフに効くわけがないだろう。

 

「だからアリア。お前にしか頼めない役割がある」

 

「……一応言ってみろよ。出来る限りのことはやってやる」

 

 

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここが、私の故郷のイススです」

 

 高台から見る街の風景は、随分と変わり果てていた。

 降り注いだ岩石で潰された居住区はそのままになっていて、未だに濃厚な死の気配が全体を包み込んでいる。

 少し遠くに見える鉱山では、魔族によって人間が死ぬまで奴隷として働かされているのだろう。

 

 そして、その奥にリグバルフは陣取っている。

 

「しかし、本当にそんなに都合の良い道があるのか?」

 

 ザンさんが疑うのも無理がないだろう。

 事前に入手した地図でリグバルフが陣取っている鉱山の中央地帯を確認した時、私は思わず声に出した。

 

『ここまでの隠し通路を、私は知っています!』

 

 確かに笑ってしまうほど都合が良い。

 偶然仲間にしたただの女の子が、敵の本拠地への隠し通路を知っているなんて。

 

「昔、まだこの街が魔族に占拠される前に、兄とこっそりお父さんの仕事場に見学しに行ったんです。その時に使った隠し通路があるんです」

 

「……そうか。辛いことを思い出させたな」

 

 ザンさんのその言葉に、緊張した状況なのに頬が緩む。この人は仏頂面で感情がなさそうだけど、他人を気遣うことが以外にも上手い人だ。こういうひねくれた優しさというのは、どちらかといえば私は好きだ。

 

「いえ、大丈夫ですよ」

 

「そうか。……だが、この隠し通路が敵に察知されている可能性は?」

 

「それは無い、とは言いきれません。ですがこうして道自体が存続してることからその可能性は低いと思います。奴らにこの道を残していくメリットはありませんから」

 

 何より、私はこの道を二度も使っているが未だに奴らに察知された事がない。

 

 一度目は魔族達から逃げる時。この道を使ったことで私達はリグバルフの部下達に捕まること無く街から逃げ出すことが出来た。

 ──もしかしたら捕まって奴隷になった方がマシだったかもしれないが、それでも過去は戻らないし、奴らの奴隷となっていいように使われるなんて今更想像もしたくない。

 

 二度目は、ここで死のうとした。

 街に入るのは魔族に捕まる可能性があったから、この隠し通路の中で、故郷で死のうと思ったのだ。

 本格的に魔族に対して復讐をしようと思ったのもこの場所だ。この場所で、お兄ちゃんとの楽しい記憶を思い出して、それから私は本格的に魔族を殺す為に動き出したんだ。

 

 だが、二回も使っているのに状態が風化以外に変化が見られない。つまりは使用されていないし、気付かれてもいないのだろう。

 

 けれど、確証がある訳では無い。あくまで推測で罠である確率だってある。それを想像したら少し足が震えてしまう。

 

「安心しろ。これが罠だとしても、別に案はある」

 

 私の不安を察知したかのようにザンさんが言葉をかけてくれる。けれど不安が収まらない。もしかしたら、また私のせいで迷惑をかけてしまうかもしれない……。

 

 

 

 

「ん、出口か?」

 

「そう、みたいですね。この先は使われてない廃坑になってるはずです。そこを使えば、かなり深い場所にまで辿り着けるはずです」

 

 隠し通路を抜けた先に広がる坑道も以前のままで手が加えられていない。崩落の危険はあるが、敵に気付かれる心配はなさそうで私は胸を撫で下ろした。

 

 

「────いや、この臭いはまずい! エナ!」

 

『熱源を遠方に感知。衝撃に備えてください!』

 

 これでも鉱山の街に生まれた人間だ。

 廃坑、臭い、熱源。この三つが言葉に出されたらこれから起きることが目を瞑っていてもわかる。

 

 

「────爆発が来るぞ!」

 

 

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

「……どうやら、ネズミが罠に引っかかったようだな」

 

 リグバルフは罠に引っかかった哀れな人間の末路を思い、込み上げてきた笑いを抑えきれずに声に出して笑った。

 

 数ヶ月前、六大魔公の一人であるジェリルが殺された際にリグバルフは鉱山の点検をしたのだ。

 その結果いくつかの抜け道を発見し、そこに罠をしかけておいた。何者かが忍び込もうとすれば即座に出入り口を封鎖し、引火性のガスを誘爆させて侵入者を殺す。

 作動すればもう逃げるすべは無い。炎熱に焼かれて死んだ侵入者のことを思うと笑いが止まる道理は無い。

 

「人間ごときが我らに逆らうからこうなる。大人しく奴隷として働いていれば良いものを……」

 

 リグバルフの鍛錬場に彼の笑い声が木霊する。

 鉱山の中心地にある開けた場所は、土と岩しかないがその空間こそが彼にとって最も心安らぐ場であると共に最高のコンディションを発揮できる場。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんな場所で構えているとか、本当は私達にビビり散らしちゃってるのかな?」

 

 

 

「何──ッ、幻聴……? いや、違う!」

 

 

 振り返った先には何者もおらず、リグバルフは幻聴かと一瞬考えた。

 しかし、この状況でそんな短絡的な結論を出すほどの馬鹿ではなかった。

 

 

「後ろか──ッ!」

 

「ご名答だ。リグバルフ!」

 

 

 現れたのは黒鎧の騎士。

 情報にあったジェリルを殺した男の外見と一致する。

 

 魔剣と岩拳がぶつかり合い、戦いの火蓋が切られた。

 

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

「ふふ、あはは、あはははははは!!」

 

 あまりにも上手くいってしまって笑いが止まらない。特にしたり顔で敵を仕留めた気になっているリグバルフを眺めていた時は、笑いを堪えるのに必死だった。

 

「いやぁ、六大魔公ともあろう方が、懐にまでこんなちんけな人間二人を侵入させちゃうとかもうその称号は誰かに譲った方がいいんじゃないんですか?」

 

「ッ、煩わしいぞ、小娘」

 

 ザンさんと切り結ぶ中で私に向けて岩石を投擲してきたが、予め用意しておいた物理障壁がそれを防ぐ。それでも一撃で障壁が破壊される辺り、六大魔公の名は伊達ではないということだろう。

 

 私とてただ煽ってるだけではない。ザンさんの作戦通りに相手の集中力を削ぐために煽りを入れてるのだ。まぁ、本音を言えば憎きリグバルフを思いっきり煽り倒せるまたとない機会だから、せっかくなので全力でやらせてもらっているが。

 

「小娘ですか。そうです私は小娘。お前の暴虐で家族を喪ったただの小娘だ!」

 

 けれど私はただの小娘じゃない。

 私はお前を殺すことに心血を注いできたんだ。

 

 あの日、故郷を追われてから私は何をしていたと思う? 

 必死に生きる手段を探しながら、何度も何度もイススの街に戻っきていた。

 別に郷愁に囚われたわけじゃない。単純な話だ。

 

 

 私は幾つも、元あった道を利用してリグバルフの本拠地への隠し通路を作っていたのだ。

 隠し通路の中に隠し通路を仕組み、隠し通路を隠し通路で隠し、複雑化した目に見えない迷宮をこの街周辺に作り上げていた。

 

 12個作った隠し通路の内、11個はバレて罠が仕掛けられていたが、それでもたった一個見逃した。私の執念を前に、コイツは決定的なミスを犯したのだ。

 

 これは作戦なんかじゃない。そう呼べるほど頭を使った知略じゃない。

 罠のある道に捕まえて痛めつけた魔族を放り投げて、リグバルフに助けを求めるように促して進ませてその間に私達は奴にバレていない道を使う。

 笑ってしまうくらいに卑怯でゴリ押しで、自分を優秀だと思って護衛も付けていなかった馬鹿にはよく効く作戦だ。

 

「面白くて仕方ない! リグバルフ! お前はお前が小娘と侮った女の執念の懐刀に見事刺された! その油断、慢心が毒となりお前を蝕む! 最期の戦いをせいぜい楽しむんだな!」

 

「────よく吠えた小娘。貴様を敵と認め、葬ってやろう」

 

 リグバルフの大振りの拳がザンさんを捉えて、その体を大きく後方へ吹き飛ばす。

 そして同時に懐から宝石を取り出してそれを飲み込んだ。それは奴の必殺技の一つの予備動作。

 信じられないくらいの圧縮された魔力が奴のコアに集まり、岩鎧が開きそれが解き放たれる。

 

「『オブシディアンキャノン』!」

 

「『バルシルド』! ────って嘘ッ!?」

 

 放たれた熱戦は辺りを引き裂きながら私へと迫ってくる。それを物理障壁で防ぐ──はずだったが、奴のこの攻撃の威力は私の予想を超えていた。

 一瞬すら熱線を止めることが叶わず、そのまま私の体が焼かれ……

 

「させるかッ!」

 

「グッ、しぶといな、人間!」

 

 直前でザンさんがリグバルフにタックルをした事で僅かに熱線が逸れて、私の髪の毛を掠めてタンパク質の焼ける嫌な匂いと共に、背後の壁を爆発で砕いた。

 アレが直撃すれば良くて即死、最悪消滅だ。次からは別の対策を練らなければ。

 

 下手に距離を取って隙与えればまた熱線が繰り出される。

 

「『エンチャント・ヒャルド』!」

 

 ならば接近して叩くのみ! ザンさんと鍛えた連携で、リグバルフを追い詰める! 

 

「なるほど。良く鍛えられている。男の剣筋も、女の足運びも簡単に身に付く技ではない」

 

 ザンさんの剣を避けた瞬間、私の杖の一撃がリグバルフの片足を砕く。

 確かな手応え。再生が出来るからと言って片足を失えば一瞬でもバランスを崩す。

 

 

「だが、無意味だ! 『岩刑・千年地獄』!」

 

 砕けた足の破片が私の顔めがけて高速で射出されてきた。咄嗟に腕で顔をかばうが、当たった腕は肉が抉られて骨にまで衝撃が達する。

 

「『岩砕拳──」

 

「させるか!」

 

 私に向けて拳を放とうとするリグバルフの背中にザンさんが切りかかる。確かにその背中は一見隙だらけだ。でも、用心深いこの男がそんな隙を戦闘中に簡単に晒すわけがない。

 

「ザンさんダメ!」

 

「『流紋』!」

 

 私に向けられていた拳が、肩から180度回転して背後への向けられてザンさんの腹に放たれる。

 鎧が砕け、肉が潰れる音が鮮烈に響き、同時にザンさんの体がゴム鞠みたいに簡単に吹っ飛んだ。

 

「ザンさ──『バルシルド』!」

 

「『岩砕拳・閃緑』!」

 

 再生された足が飛び出す勢いと共に放たれる強烈な蹴り技。

 咄嗟に城壁を生み出したが、それは呆気なく破られて強靭な岩で編まれた足が私の体を捉える。

 

 内部で小さな爆発が起きたような衝撃。その少し後に攻撃を受けた腕が砕け散って、その下にあった胴体の骨がヒビ入る感覚の後に体が宙を舞って壁に叩きつけ、いや、思いっきりめり込まされる。

 

「──ッァ、ガッ、ァ……」

 

「どうした女。先程までの減らず口はどうした?」

 

 ──強い。

 分かってはいたが想像以上だ。ザンさんと二人で攻めても攻略の糸口が全く掴めない。変形自在な岩の体と高威力の体術。更に岩の操作による状況への適応能力にあの熱線。

 

「お前は楽に殺さない。我を愚弄した罰として手足をひきちぎりその上で見せしめにしてやろう」

 

「ハッ、そういうのが甘いんだよリグバルフ。私ならそんなことも喋らずにお前を殺してるよ」

 

「そうか。口で言ってわからぬなら、体に教えるしかあるまい!」

 

 リグバルフが跳んでくる。

 今の私では避けることも出来ないし、だからと言って障壁は奴の全力攻撃には破られてしまう。

 

「『バルシルド』!」

 

「それは無駄だッ!」

 

 岩の巨体が僅かに揺らいだ。跳ぼうとした瞬間、足元に発生した物理障壁に足が引っかかったのだ。

 全力攻撃では確かに容易く破壊されてしまうが、移動する余波だけでこの障壁を割るのは流石の六大魔公でもありえない。

 

 そしてその瞬間生まれた僅かな隙をザンさんは見逃さなかった。

 

 

「エナ、魔力励起!」

 

『了解です! 怨炎駆動率65%、『メラギストラッシュ』!』

 

 ザンさんが遠くで炎熱を纏った魔剣を振った。

 刃の届く射程とは全く思えなかったのに、その瞬間炎熱を纏った刃が確かにリグバルフの胴体を両断した。

 原理はわからないけど、エンチャントの要領で剣に炎を纏わせて斬撃ごと熱波を飛ばしたのだろう。

 一体どうやればそんなことが可能なのか、私の頭では思いつかないがとにかく胴体を両断されたリグバルフの足が、地面から離れた! 

 

「『バギマス』!」

 

 二つに分けられたらリグバルフの体を風の刃が更に二つに分け四等分。そして胴体の中に光り輝く球体が一瞬見えた。

 

 コアだ。

 あれさえ破壊すればリグバルフは絶命する。

 激しい痛みを訴える全身に強めの治癒をかけて無理やり体を動かす。急速に傷を癒すことで体力がかなり削がれるが、それでも今の一瞬の隙を見逃す訳にはいかない。

 

 

「トドメだ、リグバルフ!」

 

 

 私の杖は確かにその翡翠色のコアを捉え、それを粉砕した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ……ハァ……ザン、さん。やりました……」

 

「ああ、よくやった。立てるか?」

 

「はい。ちょっと気が抜けちゃいまして」

 

 倒れそうになった私の体をザンさんが支えてくれた。

 倒した。リグバルフをこの手で倒した。そう思うと急に体から力が抜けてしまったのだ。

 

「どう、ですかね?」

 

「……まぁ、これで上手くいけば俺達としてもありがたいんだが。───そう上手くはいかない、か」

 

 突然、地面が大きく揺れて私は杖をついて何とか転ばないように自分の体を支える。

 地震と言う訳では無い。このタイミングで地面が揺れるということは、つまりそういう事だろう。

 

 

「行くぞエーシャ。第二試合の始まりだ」

 

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 人間達は空を見上げた。

 リグバルフによって捕らえられ、イススの鉱山にて奴隷として働かされていた彼らが空を見ることはほとんど無かった。

 

 理由としては二つ。

 一つは常に坑道で労働を強いられる彼らにとって、空というものは縁が無さすぎる。

 もう一つは、空を見上げることにすら疲れ果ててしまっていたからだ。希望の一切ない日々は、夢を見る気力すら人から奪ってしまったのだ。

 

 

 だがこの日は違った。

 彼らは空を見上げた。それは希望が芽生えたからではない。むしろその逆、絶望の顔を浮かべながら空を見上げた。

 

 

『全く人間共め……我が端末を破壊するとは中々やってくれる……これは我も久方振りに本気を出すしかあるまい……』

 

 

 鉱山そのものが唸り声を上げながら立ち上がった。

 忘れもしないあの日、瞬く間にイススという街を滅ぼした六大魔公『岩魔のリグバルフ』。その本当の姿。

 イススの街の鉱山そのものを自身の体とした超質量兵器。動くだけで撒き散らされ降り注ぐ岩石が人を虫けらのように殺し、片手を薙ぐだけで街を粉砕する本物の大災害。

 

「────これは、予想以上にデカイな」

 

「……えぇ、アイツはかつて鉱山を乗っ取ることでイススの戦力をたった一撃で再起不能にしました」

 

 かつてイススに住んでいたエーシャはハッキリと思い出した。

 父と母を潰した岩石を降らした岩の巨人。その正体をハッキリと認識した。

 純粋な怒りが恐怖ですくむ足に力を与える。多くの人々が絶望で顔を歪ませながら逃げ惑う中、黒鎧の男と神官姿の少女は背中を向けることなく敵の姿をその目に捉えていた。

 

 その目に絶望などない。

 そんなものとうの昔に死ぬほど味わい、全てを噛み砕いて飲み干した。

 

「頼んだぞ、アリア」

 

 

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

「……マジかよ。デカすぎだろ」

 

 遠方の高台に陣取っていたら、なんか突然山が動き出したなーって思ったらリグバルフだった。何を言ってるかわからねーと思うが俺も大困惑だよ。

 ああいうサイズの敵はRPGだからやっていいんだよ。リアルな世界では質量兵器ってのは強すぎるんだよ。

 

「だからこそ、こうやって俺がいる訳だがな」

 

 俺がザン達が侵入している間にやっていたことは、まず一つは警備の引き付け。迫り来る警備用ゴーレム相手に坑道中を駆け巡り、解放出来そうな奴隷をリグバルフの本気に巻き込まれないように解放してきた。

 

 そしてもう一つは、イススにあった旧式の兵装達の制圧だった。

 単純な魔力砲やらで威力はリグバルフの巨体相手には雀の涙過ぎるし、そもそも射程がここからでは届かないものばかりだった。

 

 けれどそれは普通に使ったらだ。

 全機能をオーバーロードさせて、更にその上で俺程の優秀な魔術師が魔力を込めて全部の兵装を同時に使えば、一撃だけリグバルフに攻撃を届かせられる。

 幾つも並べられた魔力方砲の中には俺が使える闇属性の魔術で最も威力の高い『ドルマギアス』の魔力塊を込めてある。

 これを十数個、作るだけでも魔力が持ってかれるのに、発射まで含めた維持と制御とか正直やってるだけで意識が飛びそう。目を瞑って耳を塞いで遠くの針の穴を撃ち抜くような気の遠くなる作業だ。

 

「エーシャちゃんが頑張ってんだからな。俺だって、かっこ悪いところは見せられねぇ」

 

 立ち上がったリグバルフの巨体に標準を合わせる。

 リグバルフの岩の体という性質は、長所でもあり同時に弱点でもある。

 奴は魔術攻撃への耐性が他の六大魔公より低い。他の奴らに同じように遠距離からの大質量魔力砲撃を行えば勘づかれて対処される可能性があるが、奴の強さは良くも悪くも物理攻撃にある。

 俺の全魔力を使った砲撃で、奴の体の7、8割を削り取る。残りはザン達に頑張ってもらうしかないが、上手くいけば一撃でコアを削り取り殺しきることが出来る。

 

 

「行くぞ! 全魔力装填、『ドルマギアス・キャノン』!」

 

 

 幾つも並べられた砲台から闇属性の魔力が溢れ出る。

 それは一点に凝縮され、巨大な魔力塊となって遠方のリグバルフめがけて一直線に突き進んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






ブ〇ーンみたいな敵って実際出たらヤバいですよね。いや、RPGでもやばいんですけどねブオ〇ンさんは。

それはそうとこの作品は健全な作品です。イケナイ要素なんて一切ありませんよ?




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岩の町と少女の記憶 2



ダークさんが命振り絞って頑張ってるんだ……こっちも負けていられない!





 

 

 

 

『────なるほど。全て貴様らの手の内だったわけか』

 

 発射された魔力砲を分析し、リグバルフは冷静に思考する。

 子機を破壊されこの本体を引きずだりしたあとで、大質量の魔力攻撃で粉砕。物理的な攻撃には高い耐性があるが、魔力防御の低い自身の体にはとてつもなく有効な攻撃。

 鉱山と一体化しているが為に自由に歩き回ることが出来ない。下半身の形成は間に合う訳もなく、そもそも自重を支える事のできる下半身を生成、制御することは流石の自分でも不可能。

 

 つまり、目の前の攻撃は不可避。

 命中すれば52%〜87%の構成材質の損傷及び、32%の確率でのコアの損傷による存在消滅。

 一度に半分以上の構成材質を損傷すれば、最低でも三分以上は制御が自由に効かなくなる。そうなればどの道コアを破壊される可能性が高い。

 

 

 リグバルフは自身の行動を決定した。

 

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 

 

「────嘘、でしょ?」

 

 リグバルフの体の中心に物凄いエネルギーが集まっていくのが感じとれる。

 この翡翠色の輝きと肌が焼け付く熱波。何をしようとしているのかは分かったが、それを認めてしまいたくなかった。

 

 私達の想定ではリグバルフは鉱山との一体化を行うとその制御にリソースを使い、そこに鉱山資源のエネルギーも使うと考えていた。

 つまり、高威力の『オブシディアンキャノン』はその形態になると使えない。そう考えていたのに────。

 

「なんで、なんでアイツ使えるんだよ! ふざけんなよ!」

 

 六大魔公『岩魔のリグバルフ』。

 その実力は私達の想定以上のその上を行っていた。

 

 

 

『『オブシディアンキャノン』!』

 

 

 

 

 最後の希望が、翡翠色の閃光と衝突し消え失せた。

 

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 

「……そんなの、ありかよ」

 

 俺の全身全霊の魔力掃射はリグバルフの砲撃で相殺された。

 体内の鉱山資源を消費させるくらいは出来ただろうが、ダメージらしいダメージは与えられていない。

 

 ゲーム原作では巨人形態になったリグバルフは『オブシディアンキャノン』を使ってこない。もちろんこんな情報だけで結論を出した訳では無い。

 単純にこの世界の魔力の変換効率とか、術式のアレコレといった複雑な理論から考えて、リグバルフは巨人形態で『オブシディアンキャノン』を使えないと結論が出たはずだ。

 

 これでも俺は魔術の知識については一国の姫としてかなり学んできた。エナちゃんも手伝ってくれたおかげでこの計算に間違いはないと完全に信じていた。

 

 

 計算事態に間違いはなかっただろう。

 普通に考えて、リグバルフはこの一撃で倒せるはずだった。

 

 俺達は油断していた。

 一度同列の存在を倒せたからと言って、六大魔公という正真正銘のバケモノを自分達の基準で考えてしまっていたのだ。

 

 リグバルフは、六大魔公は俺たち人間はもちろんとして、同族の魔族達から考えてもありえない強さを誇る存在だ。そいつらに俺達の考えた常識が通用するだなんて、そんな考えが甘かった。

 

 俺達が不可能だと考えていた事が出来る。

 そこに小細工なんてない。ただ純粋な生物としてのスペックの差。それだけで俺達の作戦は真っ向から打ち砕かれてしまったのだ。

 

 とりあえずザン達を助けに行かなければいけないと考えたが、体に力が入らずにその場に倒れ込んでしまう。

 出し惜しみなんて出来なかったから、俺は可能な限りの全力を先程の魔力砲につぎ込んでいた。魔力切れを起こした体は鉛のように重くなってしまう。

 

 

『敵性反応確認。これより排除します』

 

『排除します。排除します。排除します。排除します…………』

 

 

 しかもそれだけではなく、リグバルフの部下らしきゴーレム達がいつの間にか俺の周囲を取り囲んでいた。

 その数はざっと見ても数十、下手したら百単位の可能性すらある数だ。死ぬ寸前まで魔力を絞り出して戦っても、これだけの数相手となるとどうなるか分からない。

 

「……くそったれ!」

 

『排除、開始!』

 

 その号令と共に、視界を埋め尽くす無数のゴーレム達が俺一人を潰す為に殺到してきた。

 

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

「ザンさん……私達、どうすれば……」

 

 私達が共有したのは勝利の喜びなどではなく、ただ溢れんばかりの絶望だった。

 短いながらも私の今までの人生の全てを賭けた奇襲作戦。そしてそこからのアリアお姉様の全力砲撃。そこまでしてリグバルフに与えられたダメージはほぼゼロと言ってもいい。

 文字通り山のような巨躯は私達をもはや敵としてではなく、邪魔な虫けら程度の視線しか向けてこない。

 

「逃げるぞ、エーシャ」

 

「に、逃げる? でも今回を逃したら……」

 

「分かってる! だが……ッ!」

 

 ザンさんだって逃げたくてそんな言葉を言ったんじゃないことくらい分かる。

 私達の中で最も高威力の魔術が使えるお姉様の正真正銘の全力が打ち砕かれた今、リグバルフを倒す手段は存在しない。

 今はお姉様を回収して逃げることだけを考えるべきだ。

 

 だけど逃げたからと言ってどうなる? 

 もう二度とリグバルフに奇襲は通用しないだろうし、そもそも二度目の奴を倒すチャンスは訪れることは無いだろう。

 ここでの撤退すれば私達は本当の意味で負ける。だからと言って既に勝負に負けている私達に何が出来ると言うんだ? 

 

 

『そもそも、貴様達を我が逃がすと思うか? 少々惜しいが、奴隷どもごと皆殺しだ!』

 

 

 大岩の拳が空から私達をすり潰さんと迫ってくる。

 

「走れエーシャ!」

 

「──ッ、はい!」

 

 その拳が地面にぶつかると同時に凄まじい風圧が背後から迫り体が吹き飛ばされる。

 建物が砕かれその破片が飛び散り死の流星となって辺りを更に破壊し尽くす。

 

 直撃しないでもこれだ。

 幸いにも拳の射程からは逃げられたが、奴は自身の体を伸ばすことだって出来るし、体の一部を投げ飛ばされただけでも運が悪ければ避けられずに潰さて死ぬ。

 最悪なのはもう一回オブシディアンキャノンを撃たれることだ。

 

 

「誰か助けてくれ! 足が! 挟まれて動けないんだ!」

 

 

 巻き込まれた奴隷として働かされていた人達の声が私の耳に届く。

 構っている暇はない。逃げなければ死ぬのは私達だ。降り注ぐ岩石は気まぐれでいつ私達を捉えるかわからない。ひょっとしたら一秒後には運悪く小石が頭にぶつかって意識を失うかもしれない。

 

 

 この光景は何年も前に一度見た。

 リグバルフがイススの街を占領した時、運悪く飛んできた岩にお父さんとお母さんがすり潰された。

 近所のおばさんや友人、私のよく知る人物から知らない人達までみんなが死んでしまったり、助けを求めたりしていたのに、私はそれを必死に無視して走って逃げたんだ。

 

 

 ああ、そうだったんだ。

 なんでこんなにリグバルフが、魔族が憎いのかようやく気が付いた。

 

 私はただ守りたかったんだ。

 当たり前の私の幸せを、大切なものを守れる強さが欲しかった。

 けれど私は弱くて、それが悔しくて悔しくてどうしようも無い怒りが魔族への憎しみになって溢れていた。

 

 

 

 私は踵を返してリグバルフに向かって走り出す。

 

 

 

「なっ……エーシャ! 戻ってこい!」

 

 ザンさんの制止を振り切って私はリグバルフの方へと走り出した。

 コイツはここで倒さなきゃもうチャンスは無い。何より、ここで倒さなきゃイススの街と奴隷にされながらも生き延びた人達は今度こそ完全に殺される。まだ残っていた私の大切な故郷の全てが、魔族によって奪われる。

 

 今度こそ、今度こそ奴らからその全てを守ってみせる! 

 

『愚かな娘だ……『星岩・玄武衝』!』

 

 超巨大な岩石が私達に向けて放たれる。

 通常の魔術の規模では歯が立たない様なスケール。ならば、と私は自身の体内から無理やり魔力を搾り取って、無理やり魔術の規模を拡大する。

 何もかもが無理やりな行為に全身を流れる魔力が抑えきれずに私の体を傷付け、制御しきれない風の刃が節々を切り裂く。

 

「っぅ……『バギア、クロス』!」

 

 それでも私は魔力を練り上げて巨大な風の刃を大岩へと撃ち込む。

 風の刃、大質量の空気を押し込まれた岩石は内側から破裂し、更に刃の形を取った空気によって粉々に切り刻まれていく。

 けれど岩を消せたわけじゃない。拳大の石だってあの巨体の高さから落とされれば人を殺すには十分な殺生能力がある。

 

「エーシャこっちに来い!」

 

 いつの間にか戻ってきていたザンさんが私を呼んだ。

 瓦礫の中に出来た隙間に隠れていて、そこならばきっと私の攻撃で威力の削がれた落石くらいなら防げるだろう。

 

 ああ、クソ。

 ちょっと無理したせいか膝が笑っちゃってる。けれど別に大した距離はないから全然間に合────

 

 

「待ってろ! 今助けるからな!」

 

「お兄ちゃん逃げて! 私に構ってたら岩が……」

 

「お前を置いて兄ちゃんだけで逃げられるかよ!」

 

 

 ふと、瓦礫に挟まれて動けない妹を助けようとする兄の姿が目に入った。

 周囲では同じような光景がいくつも転がっていた。誰にも助けて貰えない人や、完全に死んでいる人を涙を流しながら引きずってる人、目の前の兄妹と同じように大切な人を助けようとする人。

 

 

「────『バルシルド』!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全身の痛みで意識が戻った。

 確か私はリグバルフと戦っていて、降ってきた岩に魔術をぶつけてその破片から身を守ろうとして……

 

 視界が赤くぼんやりとしていてハッキリしないけど、見える範囲の人はみんな呆然としながら私に視線を向けていた。

 

 良かった、どうやら守れたみたいだ。

 戦力的には間違った判断だった。何百人集まっても私と同じ魔術を使えないような人を守るより、私自身が身を守っていた方がリグバルフを倒せる可能性は限りなくゼロに近いが多少は残っていただろう。

 

 けれどもどうしても見捨てられなかった。

 その結果自分を守る分の障壁が作れず幾つか岩石が直撃して、ついでに無理して視界内の人全員を守れる障壁を作ったせいで魔力もすっからかん。

 

 抉れた腹から溢れるものは、赤と白と黄色が混じった粘つく液体。普通に真っ赤じゃない当たりが私の命の根本をどうしようもなく抉ってしまった。早めに治癒しないと本当に死ぬだろうけど、無理に魔力を絞り出せばこのまま死ぬ気がする。

 そんな事考えてたらお腹痛いし頭痛いし腕痛いしで最悪の気分なのに、何故だかだんだん眠くなってきた。

 

 

「おい! 誰か治癒魔術使えるやついないのかよ!」

 

「私は元神官です。任せてください!」

 

「頼むぞ、絶対にこの子を死なせるな!」

 

 

 ……傷口の辺りから痛みが引いていく。

 どうやら誰かが治癒魔術をかけてくれてるみたいだけれど、ザンさんでは無いみたいだ。

 

「エーシャ……エーシャ! ……ふぅ、意識が戻ったか」

 

「あれ、ここ何処ですか……リグバルフは?」

 

 痛みが引くと同時に自分が何処かの坑道に居ることに気がついた。

 ザンさんも鎧がそこらじゅう凹んでるし、隙間から血が出てるしで結構重傷そうだけど一応大丈夫そうだ。

 

「目覚めたか嬢ちゃん……さっきはありがとな。おかげで命拾いしたよ」

 

「え、あー……はい」

 

 頭に傷を負ったからかいきなり話しかけてきたオジサンが誰だかわからなかった。

 

 いや、このオジサンのことを私は知らない。確実に初対面だ。なのに私の手を握って涙を流している。

 

「お前がリグバルフの攻撃から守った奴隷の一人だ。と言うか、この坑道にお前を運んだのもお前の治療も皆お前が助けた奴らがやってくれた事だ」

 

 改めて周りを見ると視線を向けるたくさんの人はみんな優しい目をしていた。

 まだリグバルフを倒したわけじゃない。私がしたのはただ飛んでくる瓦礫からみんなを守っただけだ。それでも、確かな感謝の気持ちが伝わってくる。

 

「すげぇよ嬢ちゃん。まだ小さいってのにあんだけ魔術使えるなんて! アンタが居なきゃ俺たちゃ今頃みんな揃ってあの世行きだったぜ!」

 

 名も知らぬ人の暖かな言葉がどんなものよりも優しく傷口を癒してくれる。

 良かった、私は今度は間違えなかった。少なくとも後悔する選択肢ではなく、後悔しない選択肢を選ぶことが出来た。

 

 

「……だが、はっきり言って状況は最悪だ。上ではリグバルフが俺達を探して至る所を攻撃してるだろう。この坑道がいつ崩れるかもわからんし、リグバルフを倒す手段も思いつかん」

 

 

 ザンさんの言葉にみんなの間に少し重苦しい空気が流れる。

 坑道を掘るために使った爆弾を使うだの、奴の体を気付かれないように掘り進めるだの、あまりに当てにならなそうな意見が出てきていたが、それは長く続かなかった。成人もしていなさそうな青年が手を挙げてザンさんに意見をした。

 

「あの……リグバルフの体を見て気がついたんですけど、奴の体には俺達が使っていた坑道も組み込まれていると思うんですよ」

 

「ふむ、それがどうかしたのか?」

 

「だったら奴の身体の中には血液が流るみたいに『アレ』が満ちている可能性ってありませんか? そりゃ全身とまではいかないだろうけど」

 

「────! それだ! なるほど、その手があったか!」

 

 青年の言葉にザンさんは納得したみたいだったけど、私は一体『アレ』が何を指すかわからなかった。

 

「良くやったぞエーシャ。お前が助けた命が、俺達の道を拓いた。────この勝負、必ず勝つ!」

 

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 人間達はどこに消えた? 

 疎らな生命力を未だに感じることから恐らくは地下に広がる坑道に逃げ込んだのだろう。無駄に坑道に詳しい奴隷達の手を借りて、ネズミのように逃げ回っている様が見ずとも思い浮かぶ。

 

 オブシディアンキャノンはあと一度だけ撃つことが出来る。しかしそれをしたらこの巨体の結合が解け、一時的に子機程度の大きさの岩石しか操れなくなるだろう。

 即ち、使うとしたらそれは確実に敵にトドメを刺す時。

 

『地下から出てこないというのなら、地盤ごと押し潰してくれる……ッ!』

 

 もう一度拳に力を込めて大地を叩こうとした刹那、視界の隅に黒い鎧が地下より這い出てくるのを見つけた。

 その男はこちらへと手を突き出し、挑発するように招く仕草をしている。

 

 罠か? 

 罠だとしてもこの岩の体の中から我がコアを見つけ出して破壊する手段は奴らには無いはず。

 ならば策に乗せられた上で真正面からそれを砕くのみ。

 

『よかろう。望み通り地面のシミに変えてや────』

 

 熱を感知。

 視界をずらすと、掲げた拳が融解しながら半ば程斬られていた。

 切断までに至る傷でもなければ、核に届いた訳でもない一撃。

 

 だが、決して刃の届かぬこの距離から我が拳を切り裂くなぞただの人間が出来ることだと言うのか? 

 

 この絶望的な状況で、何故まだ諦めないというのだ!? 

 

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 

 

『ザン、わかっていると思いますが……』

 

「ああ、二分だろう? それまで俺から全てを吸い上げろエナ」

 

『まったく……後悔しないでくださいよ! 怨炎駆動率100%『メラギストラッシュ』!』

 

 エナの声と共に魔剣を振るう。

 剣から放たれた熱波が空から降り注ぐ岩石とリグバルフの体を切り裂いていく。

 だが切り裂くだけで両断には至らない。致命的な傷は付けられない。しかしそれで十分。元から俺の役割は致命傷を与えることではない。

 だが、そうだとしても付けられる傷が浅い。嵐のように降り注ぐ攻撃への対処で大振りの一撃を叩き込めない。

 

『ハハハ! 撫でるだけではこの我を倒すことは出来ぬぞ?』

 

「ほざけ。針の刀で倒された悪鬼の逸話を知らないのか?」

 

『ッ、残り一分……熱量、肉体限界を超えます!』

 

 自身の発する熱で体の内側が焼かれるのを感じる。

 このままではただ倒れるだけだ。だがまだ、まだ俺達には手札が残されている。

 

 ──そう思考した時、真横から飛んできた岩石が俺の体を跳ね飛ばした。

 

 まさかあの状態でも岩石をある程度まで精密に操作するとは、一体コイツはどこまで俺達の予想を超えてくるつもりだ? 

 

『前、前! 岩が来てますよ!』

 

「ぐっ……力が……」

 

 エナの注意が飛んでくるが血が呼吸に絡みついて上手く力が入らない。

 そうこうしてる間に俺の眼前にまた巨石が迫ってきていた。本当にコイツの攻撃に底は無いのか。流石にこれは避ける方法が思いつかない。

 

 

 

「────『ドルマギアス』!」

 

 

 

 突如現れた闇属性の魔力塊が岩石を粉砕した。

 

「……遅いぞ、アリア」

 

「こちとら魔力切れの中ゴーレム百体ぶっ倒してきたんだ! 文句言うんじゃねぇ!」

 

 どうやらギリギリ間に合ったみたいだ。

 向こうも全身血だらけで今にも倒れてしまいそうな程に疲弊していたが、まだしっかり呼吸している。

 

『馬鹿な! あの数のゴーレムを全て倒したのか!? だが! 所詮疲弊した人間が何匹集まろうと結果は変わらん!』

 

 リグバルフがまた大技を出すためか大きく拳を振り上げる。

 

 アリアが俺を守り、リグバルフが拳を振り上げる。それだけで俺が大技を出すだけの隙が確かに生まれた。

 

「エナ、出し惜しみは無しだ!」

 

『そっちこそ死ぬんじゃねぇですよ? 怨炎駆動率120%オーバー。『メラギオストラッシュ』!』

 

 全身全霊の熱波がリグバルフの巨体の脇腹に届く。

 

『ぬぉぉ……だが、だが! 我が体を両断することは──!』

 

「ああ、そんなことする必要は無い。お前は今から地に這いつくばることになる」

 

 

 エーシャが助けた奴隷達が言っていたこと。

 奴の体には坑道が組み込まれていて、脇腹の辺りに見える建物の真下にある坑道は、彼らの話によれば以前に封鎖された場所に当たるそうだ。

 

 何故封鎖されたかと言えば簡単な話だ。

 可燃性の毒ガスが発生して人間が作業出来なくなったからだ。

 

 

 

 リグバルフの胴体の三分の一程度まで刃が到達した時それは起きた。

 轟音と共に奴の体の至る所から煙やら何やらが吹き出し、爆発がその体を砕いていく。

 

『き、貴様! 何をしたァッ!?』

 

 一際大きな爆発の後、胴体の半ばからその体が真っ二つになり支えを失った上半身が地面へと倒れ込む。

 

「アリア、後は任せたぞ……エーシャが向こうに待機している」

 

「分かった。お前はそこで休んでろ」

 

 ハイタッチをした後、俺は駆けていくアリアの背中を見送った。

 その背中は随分と前にどこかで見た覚えがある誰かと重なって見えた。

 

 その既視感の正体は思い出せない。

 けれど、少なくともアリアに任せれば心配はいらない。

 俺の頼れる仲間達を疑う理由なぞ、一片だろうとあるわけないのだから。

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 

 

「アリアお姉様! こっちです!」

 

 エーシャちゃんは右腕が完全に折れていて、至る所から血を流していた。特に腹部の傷はかなり大きく、下手に動いて傷が開けば確実に死んでしまうくらいだ。

 

「ごめん。俺が失敗したから……」

 

「お姉様は何も失敗していません。だって、私達はこれから勝つんですから!」

 

 微笑むエーシャちゃんに逆に元気付けられてしまった。

 こちらの方が大人だと言うのに情けない。けれどその通りだ。俺達が勝てばそれは失敗じゃなく成功だ。エーシャちゃんの執念を、ザンの作戦を無駄にしないためにはもう突き進むしかない。

 

「足場は私が作ります。だから、駆け抜けちゃってください! 『バルシルド』!」

 

 物理障壁が空中に何枚か作られて、俺はそれを次々に足場にして空高く飛び上がっていく。

 辿り着いたのはリグバルフの巨体の真上。ここから俺の使える最大の魔術を使ってリグバルフのコアを破壊する──と言うのが多分ザンが考えたシナリオだ。

 

 けれど改めて見て分かる。

 それは無理だ。コイツの体の大きさでは今の俺の全力の魔術でもコアを確実に破壊できる保証がない。

 

「いきなりで悪いが、約束を破らせてもらうぞザン」

 

 遥か上空からイススの街を見下ろす。

 そこら中に降り注いだ岩石が何人もの人をすり潰し、街全体から死臭が立ち込めている。人々が心血を注いで作り上げた街が一瞬にして瓦礫の山になる。

 

 俺の国が滅んだ日の事を思い出す。

 侍女がゴーレムに踏み潰されたのを思い出して、俺の中のリグバルフへの殺意が止めどなく溢れ出した。

 

 

 

 

「オオオオオォォォオォォォォォォ!!!」

 

 

 

 

 全身から溢れ出た黒色の魔力が俺を呑み込む。

 同時に意識も殺意の水底に沈んでいく。確実にリグバルフをここで殺す為、俺はその衝動にただ身を任せた。

 

 

 

 

 

 








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岩の街と少女の記憶 3

 

 

 

 

 

「オオオオオォォォオォォォォォォ!!!」

 

『な、何だこの魔力量は……貴様、人間か!?』

 

 我が巨体の上に人間が降ってきたかと思ったら、突如その体から信じられないほどの魔力が溢れ出て我に負けず劣らずの巨大さを誇る黒泥の怪物と化した。

 

『くっ、『岩砕──』

 

「オオオオオォォォオォォォォォォ!!!」

 

 黒泥の怪物が我に馬乗りになりその腕を振るう。

 発生した重力塊が我が腕を呑み込み、一瞬にして粉微塵に粉砕してみせた。

 これ程の魔力量、保有魔力では六大魔公最大であるジェリルですら放出すれば命に関わる量だろう。

 その筈なのにそれを人間が操るだと? ありえない。そんなこと有り得て良いはずがない! 

 

『『岩砕拳・輝緑』!』

 

「オ、オオオォォォォ────!」

 

 我の体の上に乗った黒泥の怪物の腹部に向けて、自身の腹部から生やした拳をめり込ませる。

 奴の発生させる魔力に巻き込まれるだけで拳にした岩石が削り取れ、体の体積が少なくなるが仕方がない。

 

『どれだけ策を弄し、限界を超えようと、人と魔族の力の差が覆ることは決して無い!』

 

「オ、オ、オオオォォォオォォォォォォ!!!」

 

 押し倒された黒泥の怪物を上から殴り飛ばす。

 完全にマウントを取った形になり相手はただ防御しているだけであるが、それでも攻撃の度にこちらの体が削られる。

 それに対して相手の魔力は無尽蔵。空気に魔力が霧散した端から泥となってまたその体躯を覆い始める。

 

 無限を相手に有限では敵う道理がない。ならば、その無限の始原を焼き払うのみだ。

 

 

「オオオオオォォォオォォォォォォ!!!」

 

 

 黒泥の怪物は魔力を収束させて巨大な魔力塊を作り出して我を消し去るつもりのようだ。

 だがあまりにも動きが単調かつ予備動作が大きい。恐らくはこの怪物は感情によってのみ動く破壊兵器のようなもの。複雑な思考が出来ずただ目の前のものを壊そうとするのだろう。

 幾ら力が強くても、その持ち主が知性なき獣では宝の持ち腐れというもの。

 

『敵の眼前にて無策に無防備な姿を晒すとは、所詮は猿の浅知恵! 消え果てるが良い!』

 

 黒泥の怪物が魔力を収束させている間にこちらもコアに鉱山資源のエネルギーを収束させる。

 やはりこの怪物は知性が低い。我の攻撃の方が速く収束が終わり放てるのは明白であるのに、未だに術式の構築を続けている。

 もう一度これを撃てば巨体の結合が一時的に解けてしまうが、目の前の怪物さえ消せば人間達の戦力はもう残っていない。

 奴隷達なぞ子機サイズの我であっても簡単に蹂躙できる。イスス程の土地から魔力を搾り上げてしまうのは少々惜しいが、この黒泥の怪物はここで確実に消し去らなければならない。

 

 

『────『オブシディアンキャノン』!』

 

 

 熱線が黒泥の怪物を呑み込み、そのまま大地に突き刺さる。

 

「オオオオオォォォオォォォォォォ──オ、オ、オ────」

 

 全てを蒸発させる高熱を前に高速再生で一瞬対抗するが、すぐに破壊が再生速度を上回り泥が蒸発していく。

 

 しばらくして残ったのは全身黒焦げとなった一人の人間の女だけだった。

 呼吸しているかどうかは分からないが、少なくとも我が奥義を受けて消滅、或いは炭化していないというのは些か疑問があった。

 恐らくは攻撃の瞬間、命の危機を悟った本能が全ての魔力を防御に回したのだろう。それでも泥のような魔力は蒸発し、残されたのは戦闘不能の小娘一人。

 

(だが、やはり巨人形態でのオブシディアンキャノンの連発はまずかったか……)

 

 岩山が崩れ、弾き出されるようにコアを中心にした子機程度の体が形成される。

 反動からか魔力量もかなり少ない。しかし烏合の衆を殺し尽くすにはあまりに十分。

 

「まずは黒泥の怪物の女、その次は黒鎧と神官姿だ。奴らさえ確実に息を止めれば、人間は────」

 

 

 倒れている女に近づこうとした時、背後から何者かの足音が聞こえた。

 

 奴隷達が我を殺せるなどという勘違いを起こしてここまで来た? 

 部下のゴーレムが残っていた? 

 

 違う、違う違う! 

 こんな15にも満たない人間の子供のような足音が、何故こんなところに────

 

 

 

「久しぶりですね、『岩魔のリグバルフ』。

───お前を殺せる日を楽しみに待っていたぞ」

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 一対一。

 状況は未だリグバルフが有利と言うしかない。

 

 ザンさんは完全に行動不能、アリアお姉様もよく分からない黒泥を体から吹き出してリグバルフと交戦したけれど、オブシディアンキャノンを受けて生死不明。

 この形態のリグバルフでも、まともにやれば私どころかザンさんと一緒に戦っても勝率は三割程度。

 加えて私は右腕がへし折れて腹部からの大量出血。更に足も多分ヒビが入ったのか左足が強く踏み込めず、出血多量で今にも倒れそうだ。

 

 けれどこれが最後のチャンス。

 リグバルフは恐らくもう巨体に戻ることが出来ないし、コアを逃がすことも出来ない。皆が繋いでくれたモノを、イススの街のみんなの仇を、私が果たす最後のチャンスだ。

 

「我を殺す? 貴様がか? 黒鎧の剣士と組んでようやく我が子機を一つ破壊できた程度の小娘が我を殺す? ハハッ! 冗談は休み休み言え。その夢見がちな頭蓋の中身、大地の潤いにしてくれる」

 

「長ったらしく喋るのはいいけどさ、お前人間相手に追い詰められてること自覚してるの?」

 

 私達は互いにのみ意識を集中させる。

 杖を握りしめ、拳を構え、大きく深呼吸を繰り返す。

 

 それから一秒も経たなかったのか、或いは数時間そうしていたのか分からない。

 けれどある時、私達の呼吸が重なってそれが最終ラウンドのゴング代わりになった。

 

「『岩砕拳・雲母』!」

 

 リグバルフの体が跳ぶ。

 文字通りの山の様な巨体に比べれば随分と小さくなったが、それでも岩石で構成された2mを越す体躯はただかするだけで人を殺す純粋な質量の暴力だ。

 関節というものを無視した裏拳が私の頭蓋に迫り来る。

 

「『バルシルド』!」

 

「またその技か! 守るだけでは勝てんぞ!」

 

 何とかバルシルドでも攻撃を防ぐことが出来たが、衝撃で吹き飛ばされて体が宙を舞う。

 見かけには見せないが奴も相当弱っている。全力ならば物理障壁ごと私の頭を砕く事が出来たはずだが、それが出来ないほど弱っているんだ。

 

 なのにそれ以上に私の体がボロボロになっている! 

 

 魔術を一回使っただけで臓腑が焼ききれたと思う程の痛みが体内を駆け巡り、腹の傷口が開いて体温が急激に下がる感覚がする。

 

「『岩砕拳──」

 

「うぅ、『バルシルド』!」

 

「『藍閃』!」

 

 ロケットパンチのように飛ばされた拳を、空中に発生させた物理障壁を足場にして何とか避ける。

 その時踏み込んだ左足の中からめちゃくちゃ嫌な音が体内に響いてきて、痛みで着地も出来ずに転がることになってしまった。

 

「『岩砕拳・紅簾』!」

 

 倒れ込んだ私に対してリグバルフの全力の蹴りが襲いかかってくる。

 もう障壁も貼ることが出来ず、ただ腕をクロスして顔だけは守ろうとした。

 

 

 

 腕の骨が砕けた。

 リグバルフは「重心がズレたか……」とボヤいていたけれど、そうでなければ腕を貫いて私の頭をボールのように蹴り飛ばしていただろう。

 力が抜けた腕は杖も握ることが出来ず、足腰はもう限界で貧血からか平衡感覚も体から消えようとしていた。

 もう立ち上がることも億劫だ。私はその場に項垂れて座り込んでしまった。

 

「……ここまでだ小娘。これから貴様の四肢をもいで人間達の見せしめとする。だが、ここまでの非礼を詫びて自身の愚行を涙ながらに反省すれば、まず最初に殺してやろう」

 

 リグバルフは手刀で私を捉えながらそう言ってきたけれど、もう喋ることも辛いのだ。

 出来れば早く楽になりたい。私は必死に渇いて口に張り付いてしまった口を動かして言葉を編もうとした。

 

「……さ、い……」

 

「聞こえんぞ。死力を振り絞り許しを乞え。それとも苦悶野中で死ぬのが好みか?」

 

 

 

 ああ、もう! 

 口を動かすのも辛いんだ。私は早く楽になりたいんだ。

 

 だから、頼むよリグバルフ。

 

 

 

「さっさと死んでください、このマヌケがァッ!」

 

 

 

 私は杖を立ち上がると同時に振り抜いてリグバルフの胴体にめり込ませた。

 

「なッ、貴様何処にそんな力が!」

 

 お前が長々喋ってる間に腕に全力で治癒をかけて、何とか杖が持てるまで回復させたんだよマヌケ。さっさとお前を殺して、私は肩の力を抜きたいんだ。

 ギリギリ繋がっていた生命線をぶった切ってまで魔力を煉りだしたので、多分私はもう長くないだろう。

 

 けれどこの一撃で、なんとしてもリグバルフだけは道連れにしてみせる! 

 

「ハ、ハハハッ! 残念だったな小娘。貴様の一撃は、我には届かん!」

 

 そこまでして打ち込んだ最後の一撃は、奴のコアの手前で止められてしまっていた。

 悔しいなぁ。やっぱり私だけじゃリグバルフを倒せないし、大切なものを守る事が出来ないみたいだ。

 

 リグバルフが手刀を私目掛けて振り下ろしてくる。

 頭をカチ割るか、肩口から裂かれるか。どうなるか分からないけど直撃すれば死ぬのは確実。

 

 

「でもさ、私は一人じゃないんだよ」

 

「──────まさか」

 

 

 カチリ、という音が杖の先端から響いてくる。

『エンチャント・ヒャルド』で杖の先端に隠していた小さな坑道用の爆弾にスイッチが入る。

 この意見をくれたのはザンさんだ。坑道用の爆弾を使う、という奴隷の一人の意見から思いついて、万が一の為にと用意してくれた最後の懐刀。

 杖の先端からの爆発範囲から、私が巻き込まれて死ぬかは五分だと言っていたが……

 

 

「コアの至近距離で放たれれば、確実にお前は助からない威力だよリグバルフ」

 

 

 リグバルフが何かを叫びながら手刀を振り下ろした。

 けれどそれが私のチンケな体を引き裂くよりも早く、ほんの小さな閃光と衝撃が私達を包み込んだ。

 

 直撃でもなければ人一人も殺せないような小さな爆発。

 

 

 

 それに呑まれて六大魔公の一人は完全に消滅した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 辺りから騒がしい声が聞こえてくる。

 てっきり死後の世界ってのは静寂が包み込んでいるのかと思ったけれどそうでも無いらしい。

 もしかして死者の魂が行列でも成しているのだろうか? それともここは地獄で聞こえてくるのは悲鳴だろうか? 

 

 生きる為とはいえ善良な人から騙して金や食料を奪ったこともあったし、そもそも数えきれない程の魔族を殺している私が天国に行くわけないと思ってたけど、こんなにうるさいならもうちょっと善行を積んでおくべきだったかな。

 

「嬢ちゃんしっかりしろ! くそっ、出血が多すぎる……それに腕もギリギリ繋がってるレベルだ。お前元神官だろ! どうにかしろよ!」

 

「やってますよ! ただ生命力の損失が大きすぎる……治癒に専念したら生命力が削がれて死んでしまうし、だからと言って何もしなければ出血で死んでしまう!」

 

「輸魔力すりゃあいいんじゃねえのかよ!? 魔力は元は生命力なんだろ?」

 

「光属性の魔力持ちは光属性の魔力しか受け入れられないんですよ! ただでさえ光属性はレアだって言うのに……」

 

 どうやら私はまだ生きてるみたいだ。

 この声は私が助けた奴隷のオジサンと元神官さんのもののようで、多分体の具合から私の治療をしてくれているのだろうけれど、もう私はダメだ。自分のことなのだからわからないわけが無い。

 

「この子は俺達の恩人だぞ! この子達がいなけりゃリグバルフを倒すことなんて絶対出来なかったのに……なんでこの子が死ななきゃならねぇんだよ! あとの二人はどうなんだよ! 彼らなら治療ができるんじゃないか?」

 

「二人ともまだ昏睡中だ……女の子の方はあっちはあっちでかなり危険な状態だし、俺達でどうにかするしかない」

 

 良かった。

 リグバルフは倒せたみたいだ。あれだけやって逃がしたとなったら死んでも死にきれなかった。

 ザンさんもアリアお姉様もなんとか無事みたいだし、イススの街の人も全員とは言えないけれど助けることが出来た。

 それがたまらなく嬉しくて、もう未練はなくなっていた。私は今度は取りこぼさなかった。大切なものを守る事が出来たんだ。

 

 

「ちょっと……通してください! その子の顔を見せてください!」

 

 

 一人の男性の叫び声を聞いて、手放しかけていた意識を手繰り寄せる。

 聞いたことの無い声だ。そのはずなのに、その声を聞いた瞬間体の奥で何かが震えた。

 まるでその声が鍵になっていたみたいに、私の意識が急速に現実に引き戻される。

 

「誰だお前は。今この子は本当に危ない状態でだな……って、その目の色!」

 

「頼む退いてくれ、その子に合わせてくれ!」

 

 声の主が私の寝ているベッドへと近づいてきた。

 それに合わせて私は錆び付いた扉みたいに固く閉ざされていた瞼をこじ開ける。

 本当はもう永遠に寝てしまいたいくらい疲れていた。けれどここで開けなきゃ私は死んでからも後悔する。そんな予感がしたのだ。

 

「エーシャ……エーシャなんだよな、その髪の色に、その目の色……エーシャ!」

 

「──────お兄、ちゃん」

 

 そこにいた青年は随分と疲れ果てた顔をしていたけれど、幼い頃最後に見た兄の顔の面影をしっかりと残していた。

 私と同じ色の髪と目に、笑うと柔らかい印象を受ける顔立ち。

 何年も見ていないくらいで間違えるものか。この人は私のお兄ちゃんだ。ずっと死んだと思っていた、私の家族だ。

 

「輸魔力の準備をしろ! それでも助かるかわからないが……やらないよりはずっとマシだ!」

 

 周りの人が慌ただしく動いて、私の体とお兄ちゃんの体を管のようなもので繋げた。

 

「お兄ちゃん、なんで、生きて……?」

 

「オークから逃げてる途中で足を滑らせて崖下に落ちてな。その後魔王軍の奴らに捕まって奴隷にされていたんだ……」

 

 言いたいことは沢山あった。

 まず弟は助けられなかったこととか、すぐに気づいて助けに行ってあげられなかったこととか、辛かったことを共有したかったし、楽しかった思い出をまた語りたかった。

 

 けれど今は、たった一言の言葉が溢れるだけだった。

 

 

「……今度は、守れたよ。私、大切なものを守れたよお兄ちゃん」

 

「あぁ、本当に頑張ったよ。お前は自慢の妹だ、エーシャ」

 

 

 お兄ちゃんの手が私の手を優しく握ってくれた。

 随分と肌触りの悪い手になっちゃったなと思ってたら、私の手の方がボロボロなことに気がついた。

 肌触りが悪いと思ったのも、ちぎれかけて感覚が麻痺していたせいだ。

 

 でもそんなことはどうでもいい。

 今はただ、守る事が出来たという喜びを噛み締めていたかった。

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 

「痛い……この馬車めっちゃ揺れる……痛い……」

 

「自業自得だ。せいぜい苦しめ」

 

 リグバルフ討伐から一週間ほど経って、俺達は馬車でシーラの街へと戻ろうとしていた。

 全員未だ重症ではあったが、イススの街にずっと残っていても魔族の襲撃に会う可能性があったからである。

 

 そのため俺とかは未だに指先一つ動かせないし、全身包帯ぐるぐる巻きで馬車に荷物のように積まれる羽目になった。揺れる度に主に全身が痛い。

 

「なんかザン怒ってないか? お前を怒らせるようなこと俺やったかなぁ?」

 

「自分の胸に聞いてみろ。またあの黒泥を使ったと聞いたが?」

 

 ……返す言葉も無い。

 今回は記憶がはっきりしているが、使った結果俺はリグバルフのオブシディアンキャノンを真正面から食らって全身火傷の重症を負うことになったし、ついでに髪の色が元は金だったのに今じゃ灰色になってしまっていた。

 幸い火傷は軽度のもので済み、跡も体中に残る事にはなったが生命に関わるレベルじゃなかったし、何より顔は殆ど跡が残らなかった。

 顔に跡が残ったらマルドフさんの店の手伝いが出来なくなっていたから割とこれは助かった。

 

「お前今度こそ死んでいたかもしれないんだぞ?」

 

「だけどな……あそこで使ってなきゃ絶対に勝てなかったって! だいたい今回俺めちゃくちゃ頑張ったからね!? 魔力全部使い切ってからゴーレム百人組手してその後リグバルフと対マンだよ!? 死ぬわ! 輸魔力しこたまやって貰っても臓器機能おかしくなってて穴という穴から魔力を漏らすという辱めまで受けたんだぞ!?」

 

「自業自得だな」

 

 せっかく辛勝であろうともリグバルフに勝ったというのにザンはだいぶカンカンのようだ。

 これじゃあ勝利の気分が台無しではないか。気分の話をしだしたら勝利の祝いの中でベットの上で自分の漏らした魔力を拭くことも出来ずに放置プレイされた悲しい事件のせいで、もう気分だだ下がりであるが。

 

「まぁまぁ。お姉様のあのよく分からない黒泥が無ければ本当に勝てなかったんですから、ザンさんも落ち着いてください」

 

 両手包帯ぐるぐる巻きで、俺に負けず劣らずの重体であるエーシャちゃんが俺のフォローに入ってくれた。

 ちなみにエーシャちゃんは全身の骨が砕けて内臓が溢れかけたりしたので全身固定されていて、俺と同じく寝たきりの運搬になっている。

 

「しかしだな……もしかしたら死んでいたのかもしれないんだぞ?」

 

「お姉様の活躍が無ければ私もザンさんも熱線で溶かされていたかもしれないんです。褒められる行いでは無いにしろ、責められることでもないと思います」

 

「……だが……むぅ」

 

 なんとあのザンがエーシャちゃんを前に口で負けてしまった。

 と言うか今日のザンは全体的に歯切れが悪い。なんか言いたいことを隠しているというか、会話のテンポが少し遅れている。

 ……こういう時のザンは、唐突に鈍感系主人公みたいな言葉をぶち込んでくるから注意せねば。

 

 

 

「本当に死んでいたかもしれないんだぞ……アリアが死んでしまったら、俺はとても困る。

 ───アリアは俺の、大切なパートナーだからな」

 

 

 

「……な、おまっ、そ、そういう事を真顔で言うな! この……えっと……あー! バカ! とりあえずバカ! バーカ!」

 

 別にザンは変な意味を込めて言ったんじゃないだろうし、俺だってそんな変な意味に捉えたわけじゃない。

 訳じゃない、けど! けれど真顔で平然とそんなこと言われたら、ちょっと照れてしまうだろう。そしてここで俺が思わず照れて顔を赤くすると自体がややこしくなるのだ。

 

「ザ、ザンさんとお姉様はやっぱりそう言う関係だったのですか……!?」

 

 ほらエーシャちゃんが変な勘違いした。

 顔真っ赤にしてグイッとくるその感じは、ちょっとおマセな小学生のようだ。

 年齢的には小学生でも全くおかしくないが、エーシャちゃんは生きる為にそういう行為は経験済みの筈なのだが、何故か反応が一々ウブな感じなのだ。

 そんなこと言ったら俺もザンには生娘みたいな声で鳴かされるけど。

 

『そんな……ザンは私と熱〜い契りを結んだじゃないですか! まさか私とは遊びだったのですか!?』

 

 面白い遊び道具を見つけた、って感じの顔でエナちゃんが乱入してきたよ。

 もうこっからはだいぶ話がめんどくさくなりそうだから寝たフリでもしていようかな。

 

「ザンさんはエナさんともそういう関係なんですか!? 重婚はイススでもシーラでも認められていませんよ!」

 

「? 俺が契りを結んだのはエナとだけだぞ。アリアとは確かに週一で〇〇〇〇してるが、契りは結んでいない」

 

 お前12歳相手に普通に放送禁止用語ぶち込むなよ。

 そりゃ気心知れた仲間だし、エーシャちゃんだってそんな言葉聞き慣れてるかもしれないけどさ、空気読めよトンチンカン野郎。

 

「つ、つまりお姉様とは体だけの関係だと……?」

 

「いや…………アリアとは魂の深いところで繋がった仲というか、とにかく大切な存在だ」

 

 もちろんエーシャとエナも大切な仲間だがな、という付け加えられた言葉をエーシャちゃんは聞いていなかった。顔を真っ赤にしてブツブツと呟いているが、多分これは耳を傾けたら頭が痛くなるタイプの一人言だろうからもう寝よう。

 

 俺、実は死ぬほど疲れてるんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう言えばさ、エーシャちゃんはお兄さんと一緒に行かないでなんで俺達に付いてきたんだ?」

 

 しばらくして落ち着いてから、俺はそんなに疑問をエーシャちゃんに投げかけてみた。

 彼女は目をぱちくりさせて驚いていたが、俺的には家族といる方がエーシャちゃんも幸せであると考えたのだ。

 

「そりゃ、少し考えましたね。ずっと会えなかった分お兄ちゃん一緒に居たいですし、もう二度と離れ離れにならないように傍に居たいです。大切なものを、もう二度と失いたくないです」

 

 じゃあ、と言葉を挟もうとした俺の口をエーシャちゃんの指が抑えた。

 彼女の方もまだ力が殆ど戻っていなくて弱々しくはあるが、しっかりと抑えられていて俺は言葉を飲み込んでしまった。

 

「けれど、魔王を倒さなきゃ根本的な解決にはなりません。だからお兄ちゃんと一緒に暮らすのは魔族を全て倒してからですね。それに──」

 

 エーシャちゃんは眠っているザンの方を向き、その後俺の顔をじっと見つめてくる。金色の瞳がこちらに向けられて吸い込まれるような錯覚を抱かせる。

 

 エーシャちゃんの笑顔は今まで何度か見てきた。

 本当に楽しそうに笑う子で、周りの人を笑顔にするような笑い方をする子だと思っていた。

 

 けれど、今見せたエーシャちゃんの笑顔は違った。

 儚くて、悲しげで、それでいて非常に強い鋼のような強い笑顔。俺はその笑顔を見て、非常に強い安心感を覚えるような凛とした笑顔。

 

 

「ザンさんもエナちゃんもアリアお姉様も、私の守りたい『大切なもの』なんですから!」

 

 

 

 

 

 

 






ようやく二人目……先はまだ長いぞ……
ちなみに六大魔公は全員アリアの黒泥の怪物とまともにやり合っても勝てます。


ダークちゃんが頑張り過ぎてまた過労死しました。どなたか臓器提供をお願いします。主に心臓と脳が必要です。
アリアがなんでもするんで助けてあげてください。





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