『かみさま』にはなれなくても (夢の理を盗むもの)
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挑戦の始まり
新暦1013年 迷宮1層 『帰還』の日
昔、一次ですぐに筆を折った俺が書いてるんだし皆も書きたいものがあるなら書いてみようよ(奈落に引きずり込む手)
この物語は異世界迷宮の最深部を目指そう《最終章》並びに9章までのネタバレがあります。危険だと思った方はブラバしてください
誤字脱字あったら教えてください
──薄暗い回廊を一直線に進む。
既に『正道』を外れてどれくらいだろうか。
必要最小限の灯しかない石床を迷うことなく進んでそれなりに時間が経ったと思う。
やろうと思えば距離も時間も簡単に計れるが、今はそれすらも惜しかった。急がなければ最後の確認が出来ない。
「こうなるんだったら予め《コネクション》を用意しておけばよかった……!」
用意周到なつもりで案外抜けているのは自覚しているつもりだったが、これでは今から目を覚ます友人の事をとやかく言えないだろう。詰めの甘さを自嘲しながら足は止めない。
今日、目を覚ます彼を影ながら上手く誘導しなければこの世界は滅びる。
ぼくが何かせずとも大まかには知っている流れには沿うだろうが、稀に別の結末を迎えることもある。それだけはなんとしても避けなければならなかった。
その為に拙いコミュニケーション能力を使って人脈を作った。手頃な師を見つけてその過程にある危険をやり過ごすための力も得た。
後はいつでも動けるようにスタンバイしておくだけだった──が、直前で急用が入り本土に向かう羽目になったため急いであちらでの用事を終わらせて戻ってきたらコレだ。『
帰ってきて早々知人の『胡散臭い騎士』から話を聞いて急いで『迷宮』に潜り込んだため、正直なところ色々と準備不足だが文句を言ってる暇はない。
ここが重要な分岐点だ。この世界の命運を大きく左右するこの『帰還』の日に起きる出来事を把握しなければ、予定外の
思考しながら移動方法を小走りから全力走行へ移行、丁度いい通路は
既に目的地までの道程は観測済みで周囲を徘徊する「モンスター」の位置は捕捉してある。後は
「──ッ、やっぱりそう上手くはいかないか……!」
そう吐き捨てるぼくの目の前に立ち塞がったのは人の大きさ程の虫。クワガタに近いが一緒くたに語るにはあまりにもふざけた大きさのソレが、石柱に何匹も巻き付きながらこちらをその複眼で見つめている。
こうなっては戦闘は避けられまい。少なくともあちらは既に攻撃対象として此方を捕捉していた。
巨大な虫の群れという生理的嫌悪感を催す光景で震える足を止めようと、心を落ち着けながら敵を見据える。
──ここは第一層。『管理領域外』とはいえ驚異的なモンスターではないだろう。
少なくともこの『迷宮』を創った者は王道を好む。序盤に訪れる可能性がある場所に規格外の敵を配置することはない筈だ。──多分。
「いや、どうだろう。先輩なら脇道にFOEとか置くかも……?」
『ちょっとしっかりしてよぉ……。君が死んだら困るのはボクなんだよ?』
「彼なら案外やらかすかもしれないなー?」と疑っていると、脳裏にオドオドとした同居人──厳密には違う──の小さな声が響いた。
声は女性、年齢はハッキリとは分からないが年配ではない。そもそも
彼女こそはこの世界で生き延びるための力を授けてくれた親愛なる(?)我が師。
普段は黙りこくってアクションを起こそうとしない癖に、身の危険を感じるとこうしてこっそり声をかけてくれるので鉱山の金糸雀くらいには頼りにしているが……流石に今の発言には物申したかった。
「いやいや、流石にそれはあんまりじゃないですかね? お師様はまさかこんな低層にいるモンスターにぼくがやられるとでも? 貴女の薫陶を受けたどこに出しても恥ずかしくない自慢の弟子ですよ?」
『そう言うんだったらせめてその足の震えを止めてくれないかなぁ? ボクには君の心が伝わるんだよぉ……?』
「ふ、震えてないですよ! この程度なんとか出来ますから! ええ!」
『本当だね……? 君のようなもしもの
「あ、心配するのはそこなんですね……」
珍しく会話に乗ってきてくれた師とじゃれ合いながら彼我の立ち位置を調整していく。
相変わらずのビビリだな……と呆れながらもこの会話で少し落ち着けたのか足の震えは止まっていた。
そこは感謝しなくてならないだろう。口には出さないが。
傍目から見ればモンスターと遭遇して発狂したのか一人で叫んでるように見えるだろうが、ここに他の人目は無いしそもそも今更そんな事は気にしない。
気を取り直して相手を注視……うん。距離は十分、これならば一息に詰め寄られることはないだろう。最悪、接近されてもやりようはある。
問題は数だ。ざっと目視で数えただけでも30を越える数の虫が辺りの石柱から這い下りて少しずつこちらに向かってきていた。
全てを一々相手にするのは若干骨だが、難しいわけではない。が、そもそもそんな時間はない。既に別の視界には『
急がなければ彼が起きてしまう──その前に
「──大丈夫、ぼくは死にませんよ。死ねない《未練》がある。ご存知でしょう?」
『……うん。知っているよ。君がその《未練》を遂げるのはボクたちの《契約》が終わるその時だ。その時まで君は死なない。絶対に』
「ええその通りです。だから心配しなくても平気です。ぼくを──」
言葉を発しながら戦意を装填し、全身から魔力を放つ。いつでも魔法を使えるように。
その魔力の色は紫。
そのままイメージの通りに術式を構築する。想像するのは爛漫と咲き乱れる紫の花園。
「──ぼくを殺せるのは『彼女』だけですから」
踏み入れた者を捩じり殺す、美しくも悍ましい処刑場だ。
「──《
瞬間、ぼくの身体から魔力が堰を割ったように噴出して虫たちのいる方向へ向かっていく。
その尋常ならざる様子に本能的に危険を察知したのか此方へ向かう動きを止める虫たち。
足を止めた虫たちの身体が捩れ弾ける。食事中に見てはいけないスプラッターな光景の後に残されたのは捩れた空間が生み出す紫色の魔力の花だ。
更にそれだけでは終わらない。弾けて飛び散った
飛び散った肉片そのものを種子・苗床として魔力の花が寄生繁殖・連鎖爆発するかのように範囲を拡大して更なる虐殺の版図を広げていく。
それはまるで無尽に咲き誇る毒花の庭園のような光景だった。
「……ごめんね」
あっという間に周囲のモンスターは一掃され、庭園に足を踏み入れる事が無かった幸運なモンスターも恐れをなしたのか周辺から遠ざかっていく。
ぼくは苗床として死して尚利用されながら魔力の粒子として『迷宮』へと還っていくモンスターに謝意を示した。
かつて友人が開発した攻撃手段に乏しい次元魔法の中で、比較的扱いやすく殺傷性の強い魔法をぼくなりにアレンジしたものだがこれでも本家本元には遠く及ばない。『彼』はアレンジせずともこれくらいの性能で発動できるだろう。
とは言え現代においてこの魔法は御覧の通り強力だった。だがぼくの精神衛生上においてはあまりよろしくない。
師が先程ぼくを心配したのもぼくのこういう面を理解してくれているからだ。ぼくの
なにせ今の行為にさえなんとも言い難い不快感を味わっているのだ。かつて《契約》の一環で
『……大丈夫ぅ?』
「ええ。なんとも」
だからこんな強がりも伝わってしまっているから本来意味なんてない。意味なんてないが彼女に強がる事自体は意味がある。
出逢って間もない頃ならばともかく、もう長い付き合いだ。中途半端とはいえ『親和』もしたのだし彼女の心の傷が何なのかは何となく当たりをつけている。
そしてその傷はぼくとは
ぼくはこの人には期待しない、願わない、捧げない。彼女の心は、そういったもので押し潰されているのだろうから。
「さあ、行きましょうか。あと少しで例の祭壇です」
『……分かった。なら見届けに行こう、ボクたちを救ってくれる《救世主》の目覚めを。いつか世界の《最深部》に至ってくれるみんなの──全ての人の《理想》の《世界の主》になってくれる人の目が開くその時を』
「ええ……でも酷いですねお師様。さっきも言ったでしょうに」
『うん?』
程なくして
まず視界に飛び込んできたのは暗い回廊。
奥に小さな、今にも崩れそうなほど風化している祭壇のようなものが鎮座している。
小さな石舞台に、二本の燭台。
石舞台には動物の皮のようなものが供えられており、それには古びた矢が刺さっていた。
祀られなくなって既に久しい、寂れた祭壇だった。
次にこの周辺にモンスターが湧き出てくるまでに暫く時間を必要とするだろう。その間に『彼等』が『迷宮』に足を踏み入れれば『彼』が目を覚ます。
多くの人を救う《英雄》が。
この世界を救う《救世主》が。
《未練》を抱えた亡霊が全てを託していける《理解者》が。
この『物語』を紡ぐ運命が選んだ《主人公》が。
「《救世主》ではぼくを
だけど、そう──
何故ならば──
「──ぼくを
──ぼくが真実求めるものは、理解ではなく断罪なのだから。
ずっと、ずっとずっと、ずっとずっとずっと、そのまたずぅっと昔に、ぼくは未来を見た。
見た、というには語弊があるかもしれない。正確に言うならば、ぼくは未来を知っていた。
それは心が苦しくなって、悲しくなって、辛くって、吐き出しそうで、泣きたくなるようで、目を背けたくなるような絶望と悔恨に塗れた、そんな物語
それは心が熱くなって、嬉しくなって、前向きになれそうで、笑いたくなるような、ずっと見つめていたくなるような希望と明日に満ちた、そんな物語
だからいつかそんな物語の舞台に立てるのだとその頃のぼくはとても興奮した。
魅力的な登場人物、心躍る冒険劇、切なくも哀しい悲劇、心折れて道を間違えてしまった人たちをカッコよく救う英雄譚。
……訂正。英雄様はカッコよくはなかった。むしろ情けなくてヘタレで何度も同じ間違いを繰り返しては、その度に痛い目にあうバカだった。
まあ、バカがバカだったのは理由があったし、とても辛いものだった。だから彼は何度同じことを繰り返そうとも読者に愛されるバカだったのだ。
勿論ぼくはそんな彼が大好きだった。ぼくがその物語の事を知るのは
きっと彼はこれからもバッキバキに心を圧し折るだろうし、むしろその清々しい表情をした彼の心は、ぼくの知る限り過去最大の精神的ダメージを受けてると言っても過言ではなかった。
けれどもきっと彼はハッピーエンドをその手に掴むだろう。彼は独りではなく、彼の周囲には一癖も二癖もある個性的な仲間がいるのだから。
また彼が道を間違えても首根っこを引き摺り回してその手を掴んでくれるだろうから、彼の幸せについては安心していた。
だから──ぼくが思ったのは終わってしまった人物たちの事。
最期まで英雄様を振り回した物語の黒幕。情状酌量の余地あれど多くの人たちを巻き込み、苦しめてしまった悪女たちの事だった。
果たして彼女たちはああまでならなければ救われることはなかったのだろうか? と。
彼女たちの人生は壮絶だ。
片やプロメテウスのように生きながら死にも等しい責め苦を受け続け、心を凍てつかせてしまった生まれつき特別過ぎた少女。
片やイカロスのように天上に光り輝く光に向かって羽ばたき続け、燃え尽きてしまいながらもその手に光を掴んだ普通のお姫様。
彼女たちは、その結末こそハッピーエンドだがそこに至るまで多くの人を苦しめた。
片方は望まずともそれしか手段がなかったが故に全てを捨てた。
片方はそれしか手段がなかった故に望んで全てを捨てた。
けれども、けれども彼女たちは望もうとも望まなくとも捨てたくて捨てたわけではないのだ。
だから、だからそう──きっとどこかに彼女たちが何も失わずとも幸せになれるハッピーエンドがあるのではないかと夢想した。
今にして思えばなんたる傲慢、思い上がっているにも程がある。
例え物語であろうともあの結末は彼女たちが瞬間瞬間を必死に生きて掴み取ったものに変わりはないのに、それを上から目線で「
それがどれだけ愚かなことでどれだけ罪深いことなのか、ぼくはまだ知らなかった。
幸せ──誰かの理想の終わりを選ぶという事は結局のところぼくには出来なかった。
なにかを選ぶということは、結局のところなにかを選ばないという事になるということにぼくは気付いていなかった。
それこそ『かみさま』にしか、全てを救うことは出来ないのだと。
──
ぼくがその事実に気付いたのは全てが手遅れになった時。
ぼくが未来を変えられる唯一にして最後のチャンスを、目の前で見送ってしまった瞬間だった。
──そして
『
転がり落ち始めた運命の車輪は止まることなく、やがて『
そして、ぼくの
『彼』の物語を始めたのも、ぼくの物語が始まったのも全て『彼女』からならば。
『彼』の
だから──だから最期に君に聞かせて欲しい。
ぼくは──『かみさま』になれなくても、君を救えたのだろうか?
一応連載って事にしてるけどもしかしたらモチベ続かなくてここで終わるかもしれんね?
その時はその時だけど取り敢えず今は少しずつでも進めていく所存であります。
お師様って誰なんです?さあダレダロウネー
原作でまだ掘り下げられてない重要キャラと一時的にとはいえ若干『親和』してトラウマを「なんとなく分かったわ」とか言ってる奴がいるらしい。大丈夫か?だいじょばないよ。
だってしょうがないじゃないか…最初はオリ主君に戦闘能力持たせる気はなかったけど、どう考えたって主要登場人物に関係持とうとして戦えませんなんてキャラすぐにおいてかれるじゃんか……あ、シアちゃんだけは別です。
だから最低限今後の活動に必要な力を手に入れる必要があって、上手く話を通せばその力を教えてくれるかもしれない最適な人がいて、目的も過程は近いし取引材料になるかもしれない知識はオリ主君持ってるんだもん。使うじゃん普通。
でもお師様ヒロインじゃないから。割とビジネスライクな関係だから。お師様にとってのオリ主君はいざという時のサブカメラ兼セーフハウスだから。
性格違くね?って言われるかもだけど色々とお互い《契約》で縛ってるから嫌々渋々でも面倒見てくれてるのが当作のお師様です。許せ、ユニバースが違うのだ。
あと物語としての『ヒロイン』は『彼女』でオリ主君にとっての『運命の女』も『彼女』だけど、『彼女』の『運命の相手』はオリ主君じゃないよ。
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新暦1013年 迷宮1層 『出逢い』の時
犯人は相川渦波です(やっぱりカナミさんが悪いんじゃないか!)
また、崩壊したプロットに替わる新たなプロットが生まれました。
創ったのは相川渦波です(なんなんだお前)
そういうわけでオリ主君、前回君は「今日この日を上手く誘導して乗り切れば後は大体流れに沿うだろう」と言ってたがすまない。最終章まで残業です。
大変長丁場になるが、最終章分の仕事が終わる暁には長期有給休暇(成仏)を与えるから。
「──っ!!」
「なにこれ……」
祭壇にその身を横たえていた少年は、
恐る恐る自分の周囲を見回しながら状況を飲み込もうと苦心している姿はまるで誘拐された子供のようで。
全く知らない場所で目を覚まし困惑している様を見て、彼こそがこの『
覚醒する前の記憶と現在の状況の違いに現実感がないのか、ぶつぶつと独り言を漏らしながら彼は蒼褪めた顔で口許を押さえ嘔吐感を堪えていた。
このまま幾ばくかの時が過ぎれば彼は理解できないながらも恐怖に震えつつ、今の状況を説明できる「何か」を求めて行動を始めるだろうが──
「────、──────ッッ!!」
その時間すら与えないというかのように、石造りの回廊に殺意と怒りに満ちた獣の咆哮が響き渡った。
「な、なに!? 今の……」
身体を強張らせて不安げに呟きながらも状況理解に努めようとする少年。
頭の中は既に混乱と恐怖で一杯である筈なのに、落ち着いて自分に出来る事をしようというのは立派な事だった。
だが。
「……?」
先程の獣の咆哮は何なのか? どちらから聞こえたのか? 耳を澄ませて確かめようとする少年の耳に今度は何かが這い回るような音が聞こえた。
今度は先程の叫びよりも聞いたことのあるような音だった。だが少年の表情に安堵の色はない。むしろ次第に恐怖が染めていった。
何もかもが未知のこの状況の中では既知の事柄は歓迎すべき事なのに? だがしかしその考えは浅はかだ。
何もかも未知の環境だからこそ、時に既知の事象こそを恐れなければならない。
少年は怯えに引き攣った顔を動かして視線を周囲に立っている石柱──正確にはその上部とそこから繋がる天井へと向けた。
天井は高いのか闇に隠れて見通せない。しかしこの回廊に点在する仄暗く光る石の光が何かに反射しているのか幾つかの輝く光点があった。
石柱の上部には
──
「────、──────ァ」
果たしてそれは
まるでこちらをじっと見つめているようなその輝きに息を止める少年。しかし恐れるべきはそれだけに終わらない。
その彫刻は一つではなく複数、柱に巻き付くように存在していた。今、少年が視線を集中させている柱一本だけではなく周囲の柱全てに。
──ああ、さっき天井に光ってたのもあの目だったのかな? などという呑気な思考は少年の脳裏には浮かばなかった。
柱の影から彫刻が動いてきた。それも先程の這い回るような音と一緒に。
その瞬間に、少年の脳はようやく現実を呑み込み──
「あ、ァァ、ぅ、うわぁああああああああああああ!!!!!!!!!!!! 」
──その身体で出せる全速力でその場から走って逃げた。
「流石先輩だなぁ。ねぇお師様、見て下さいよあの速さ。レベル1であの速さは中々出せる速度じゃないですよ。陽滝ちゃんに勝つために雨の日も風の日も雪の日も必死に走り込んだあの苦しい思い出は、全てこの日の為にあったんですね……」
『
緊張感を解す為に放った冗談でドン引きされてしまった。解せぬ。
確かにバカにしたような言い方だったかもしれないが先輩の──相川渦波さんの事は本当に尊敬しているのだ。
なにせ
何度負けようと、何度泣こうと、何度転けても──立ち上がってまた走れる人は……凄い。
ぼくでさえそう思っているのだから、あの時代あの兄妹の周囲にいた人たちはもっと強くそう感じていただろう。
特に、相手が
──果たして彼等の両親もそう思っていたかは分からないが。
何度か近所付き合いで顔を合わせたけど、あの人たちが碌でもない人種なのはそれだけで良く理解できた。
お父様は分かりやすい方だったがお母様は今でも分からない。
まあ、もう二度と会うこともない方々だ。思い返す必要はないだろう。薄情かもしれないがぼくと彼らは殆ど接点がなかったし。
「──取り敢えず後を追いましょう。追い付けなくなることはないでしょうが、変なイベントをこの日に起こされると未来が大きく変動する恐れがあります」
『う、うん……』
「……そんなに引きました? 今の冗談」
『……き、君の本心がジメジメとしてしつこいのは良く分かったよ……ボクには負けるけどね』
そっかぁ……そうかも……。ジメジメとしてしつこい、というのは良く分からなかったが師の言い回しは時に単純だし時に分かりにくい。まだまだ精進が足りないのかもしれない
確かに本人が聞いていないとはいえこういう冗談はあまり宜しくない……いや、こういう冗談だからこそ、か。
本当に凄いとは思っていても言ってはいけない言い方というものがある。久々の再会(一方的)で興奮していたとはいえ少し羽目を外し過ぎたのかもしれない。
「反省します。……ところでお師様?」
『……今さっきボクには負けるとは言ったけど、あまり聞いてて良い気分じゃないから手短にね』
疑われてしまった。もう冗談のストックはないのに。
いやまあうん、今思い出したことだがそもそもぼくはユーモアのセンスがないのだ。
だから代わりにさっきから気になっていることを聞いてみた。
「いやぁさっきの先輩、起きた時に鼻を効かせてたら気分悪くして吐きそうになってたじゃないですか?
『──────』
「お師様?」
『──なんかボク、疲れちゃったみたいだ。ちょっと休むからまた後で……』
そう言って師は黙ってしまった。
……いや、ちょっと待ってほしい。質問の答えにはなっていない。……そもそも休むって貴女の寝床は休めるような環境だっただろうか?
前に視界を借りて見せてもらった時はひどく殺風景(かなり善処した言い方)だった気がする。石の玉座のような椅子は論外としてまさかあの
ちょっと、いやかなり羨ましい。何処で手に入れた椅子なのだろう? 売ってる場所があるなら教えて欲しい、買いに行くので。
「座り心地良さそうだったんだよなあの椅子……」
また運よく会話ができるようなら聞いてみよう。
どんな感触がするのだろうかと想像を膨らませながらぼくは先輩の後を追った。
先輩を追って辿り着いたのは丁度狼型のモンスターがその命を散らして『迷宮』に還る瞬間だった。
息を潜めて辺りの警戒を行う。
ここから先、先輩はあの『白虹の少女』と出逢うまで誰とも会ってはいけない。
あの運命の出逢いこそが、たった一つの未来を手繰り寄せる大前提の条件なのだ。
先輩が使えそうなものを探している間にこちらで乱入者にはお帰りいただかなければ。
「……《ディメンション》」
呟くように魔法名を唱えた。構築したのは次元魔法の基礎にして秘奥。
ぼくではその真価を発揮することは永劫不可能だろうが、そもそもそこまでのものは初めから望んではいない。
必要なのはここに向かってくる人間、或いは「会話が可能なモンスター」の情報だ。
特に後者がいただけない。このタイミングで来るとしたら恐らくこの『迷宮』において最も悪名高いモンスターだ。
とある事情からぼくとの相性はいいがそもそもぼくは戦うのが得意ではない。
なのでこちらに近づくのなら
逃げる、隠れる、時間を稼ぐ、そもそも戦わない。どれもぼくの得意分野だ。
先輩にさえこの分野では暫くは負けるつもりがない。それもあと数年の問題だろうが……
「居た」
こちらに向かってくる黒い影──恐れていた
まだ先輩に会わせるわけにはいかない。もし彼に出会ってしまえば……出会ってしまえばどうなるのだろうか?
知ってはいる。知ってはいるが……あの未来に待つ結末は果たして……何だ?
個人的には酔っ払った陽滝ちゃんを見てみたい気持ちがあるが……諦めるしかないだろう。
そもそもそんな資格、ぼくには無いのだから。
「こっちに来るなら仕方ない……悪く思わないでくれ『ティーダ』」
こちらに向かってくる古い友人──向こうはぼくの事を覚えているだろうか──に謝りながら、ぼくは時間を稼ぐためにもう一つ魔法を使う。
「《ディフォルト・ディミヌエンド》」
今使った魔法は空間に干渉して距離を操る《ディフォルト》。先程から移動に何度か使っているとても便利な次元魔法だ。
自慢ではないがぼくはこの魔法が大の得意である。攻撃能力は皆無だが非常に応用性が高く使い勝手がいい。
今回使ったのはその《ディフォルト》を時間稼ぎ用に改良した魔法だ。
実はつい先ほど、先輩が目覚める前に周囲一帯に次元魔法を補助する次元魔法《フォーム》をばら撒いてきた。
この《フォーム》、他の次元魔法と組み合わせる事で色々と悪さが出来る。
この《ディフォルト・ディミヌエンド》は《フォーム》と《ディフォルト》を組み合わせたもの*1で、本来術者と対象の距離しか操れない《ディフォルト》の術者判定を《フォーム》に行わせることで遠隔空間干渉を可能とした魔法だ。
そしてこの《ディフォルト・ディミヌエンド》の真価は空間伸縮速度を非常に緩やかにすることで、対象に空間操作を勘付かせない事にある。
《フォーム》があるA点から対象のいるB点の距離を一気に伸ばしてしまえば、何らかの空間操作を行われた事は誰の目にも明白。
なのでA点からB点の距離が一歩分縮まる毎に一歩分距離を伸ばす。それも対象の移動速度に合わせて、だ。
素晴らしいのはもし相手が空間操作に気付き攻撃を仕掛けても、攻撃を受けるのはぼくではなくA点にある《フォーム》だという事。
つまり安心! 安全! この魔法を開発した時は、なんとあの師もかなり評価してくれていたのでその有用性は師のお墨付きである。
この魔法でこちらに向かってくる彼には暫くの間足踏みをしてもらおう。
「さて、先輩の様子は……?」
見ると剣を杖にしながら歩いていた。
どうやらぼくがティーダの妨害をしている間に『持ち物』を整理して『迷宮』の外を目指し始めたらしい。
もうここまでくれば後は先輩がこの先で受ける毒で死なないように陰で見守りつつ、
簡単な仕事だ──簡単、そう簡単なんだ……。結局ぼくはあの頃から何も変わっていない。
『運命の女』が『迷宮』に足を踏み入れ『主人公』は目を覚ます。本気で生きようだなんてこれっぽっちも考えてない。
『運命の赤い糸』が彼等を導き、物語の第二幕が始まる。でもそれでも構わない。
転がり落ちていく運命の車輪が行き着く先に、ハッピーエンドがある。彼女に答えが貰えるならば、例えそれがどんな答えでも構わない。ただそれだけでいい。
そして──その時にようやく。だから、陽滝ちゃん。
ぼくの物語も──終わるんだ。ぼくを──
「ならば『正道』で休めばいいだろう。すぐに分かる嘘を吐くんじゃない」
まるで『物語』の主人公とヒロインのように。
「せ、『正道』で休めない理由がありました……。害意はありません。信、じてください」
「……ふむ。確かに。待ち伏せするにしても一人ではな」
そう、この出逢いは千年前から決まっていた。
「あ、あの──」
「──あなた、面白そうですね」
何故なら『彼女』はこの為に生まれてきたから。
「どうもこの方……毒にかかり体力も少ないようです。回復魔法を、と思いまして」
『ヒロイン』には多種多様な役回りがあれど、多くの場合『主人公』と恋をするものだ。
「──『撫でる陽光に謡え』『梳く水は幻に、還らずの血』『天と地を翳せ』──」
『彼女』もまた、その例には漏れない。
「またね、『アイカワ・カナミ』。私の名前は『ラスティアラ』。覚えててね」
『
そして彼等は出逢った。千年前からすっと伸びている『運命の赤い糸』に導かれて
(なお稀に運命の赤い糸は切れてしまう模様)
一番難産だったのがカナミさんが目を覚ましてから虫の大群見て逃げるまでだったんだけど、俺虫嫌いなんですよね……じゃあなんでお前そこに時間かけて原作に無いレベルの詳細な描写を?いや、うん……それが分かったらこんなに遅くならなかったよ
お師様の口調が中々掴めないね…頭の中じゃしっかり喋ってくれてるんだけど俺がアウトプットすると途端に「誰だお前」になってしまう……許せよお師様
お師様と言えばカナミショック(相川渦波の所為によってプロットダイーン!した件)でオリ主:トール君との出会い方が大幅に変わってしまい、それに伴いトール君も色々変わったから、初めてトール君とお師様が出会った時のお師様の反応が「なんだこの怪物!?」になってしまった事をお師様に深く謝罪しなければならない。許せよお師様
なんかずっとコイツ謝ってばかりだな、ホントゴメン
トール君、最初の構想が「いぶそう最終章まで読んだ読者がハッピーエンド目指して挫折した奴」って感じだったから割と一般メンタルで書く予定だったんだ
そう、「だった」
お師様との出会いエピソードが大幅に変わった事でコイツのメンタルなんか異次元方向に進化したから、「読者代表オリ主」みたいな看板を掲げさせるつもりが「こんな俺ら(読者)がいるか!」って感じになってしまって大変困惑している
でもこれってある意味キャラクターとして真に生を受けたって感じがするのでむしろ嬉しい気持ちが強い
これも全部アイカワカナミって奴の所為なんですよ!
おのれアイカワカナミ!
お前は、お前は何なんだー!
…………ふぅ。いぶそうってのは、なんて素晴らしいんだ!(鳴滝感)
俺が鳴滝でアイカワカナミがディケイド
またヤツにプロットが破壊されないように頑張っていきます
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新暦1013年 迷宮1層 『秘蹟調査官』トール・ヘルブスト
書いてるうちにあまりにも都合が良すぎる展開がどんどん文章となって表れていく。
な、何が起こっているのか分からない……!
まさか。またお前の仕業なのかアイカワカナミ!?
少年と少女は束の間の邂逅の後、正反対の方向へと歩き出していった。
少年は『正道』を辿り『迷宮』の外へ向かう。
少女はその反対に『迷宮』の奥へと向かう。
それを『正道』の外から身を隠しつつ確認をしたぼくははぁ、と息を吐いた。
これで今日の僕の仕事はお終い。いや、『今日の』ではない。
この命が尽きるまでに残された殆どの仕事が、今終わった。
これよりあの先輩は仲間を集め、『迷宮』に潜り、その魂が重ねた数多の因縁と向き合いながらその『未練』を終わらせていく。
その果てにぼくが目指し続けた終わりがある。師が求めたたった一つの未来がある。
『彼女たち』が共に歩む『最後の頁』が。
だからあとはゆっくり待とうと持った。
もうずっと──ずっと歩き続けてきた。苦しくても辛くてもずっと、ずっと。
足が折れても砕けても崩れても、止まってしまう訳にはいかなかった。
止まってしまったら、もう動けなくなることを知っていたから。
ぼくが何もしなくたって未来は変わらない。
そうずっと心に言い聞かせてきて、だけどもしこの始まりの日に前提が狂ってしまえば求めた未来には辿り着けなくなると思って。
だからせめて今日この日の為だけはお節介かもしれなくても頑張ろうと思った。
そしてそれももうお終い。
『運命の出逢い』は滞りなく行われ、これでもうやるべきことはない。
そんな、ぼくにとっての達成感が多く含まれた溜息だった。
「──、まだ誰か潜んでいたのか!?」
そしてそれがミスだった。
先程先輩を発見した金髪の騎士──ハイン・ヘルヴィルシャインが叫ぶように声を上げながら、警戒を強める。
その声を聞いて素早く他の騎士たちがラスティアラ・フーズヤーズを中心に円で囲み、護るように周囲へと意識を傾けていた。
「ハイン」
「間違いありません。極僅かにですが今、風がもう一つの呼気を感知しました」
風──そうか、風を用いた探知術!
確かさっき先輩を見つけたのも、この術で先輩の呼気を探知してその居場所を突き止めたのだったか。
流石は『
「警戒を。先程まで全くこちらにも気づかせないほどの巧妙な隠形でした。今も、正確な場所までは掴めてません」
「ハインの風を潜り抜けるほどの手合いだと……!」
その言葉を聞いた騎士たちは更に警戒を強めてしまう。おかげでここから立ち去るのが少々難しくなった。
逃げるのは簡単だ。ぼくはこの世にただ一人のあの人の弟子だから。
この程度の警戒網から逃げる事なんて容易い事だし、100回やっても100回逃げられるという自負がある。
だから今ぼくが逃げの一手を打たないのは逃走の可不可が問題なのではなかった。
問題なのは「今、ここから逃げる事で未来が変わってしまうかどうか?」だ。
もしぼくが今すぐここから逃げたとしよう。当然ながらラスティアラ・フーズヤーズの周囲の警戒が強まる。
ハイン・ヘルヴィルシャインも今日の不覚を忘れはしまい。幾ら本人が『ラスティアラ・フーズヤーズを運命から解放』したくても、一度ここまでの警戒をしたからには目を離して
もしくは彼の『趣味』で同じ流れになる可能性もあるが……その場合、他の『天上の七騎士』の先輩に対する態度は強硬なものになるだろう。
何せ序列二位が至近距離に近づかれるまでその存在に気付かれなかった何者かが、今も彼等の大事なお嬢様に危害を与えようとする可能性が消しきれないのだ。
本来の流れのように態々『決闘』などというルールでその行動を自縛しようなどとせず、最初から全員で先輩に会いに行こうとする事もまたあり得るのだから。
というより──
〝少年が働く酒場に大挙して押しかける人類最高峰の騎士たち。
彼等のその殆どが、焦燥の色を隠せない表情で少年に詰問する。
だが少年は彼等が求める答えを持っていない。それを金髪の騎士と、どことなく胡散臭い商人のような風体の騎士だけが知っていた。
かくして痺れを切らした騎士の一人が声を荒げて少年に詰め寄る。
「お前がお嬢様を拐かしたのだろう!」そう叫ぶ女騎士の目は鬼気迫っていた……〟
ぼくの拙い『読書』力ではその流れをこのようにしか読み取れなかったが……まずい。これはまずい。
ぼくの中には「
しかしそれは「
ぼくのこのミスにより生じる歪みを、他の誰かに解決させるわけにはいかない。
これはぼくの生んだ
この流れを──ぼくが書き換える。
「──ま、待って下さい! ぼ、ぼくです! 騎士ヘルヴィルシャイン!」
だからぼくは敢えてこの身を晒す事にした。
普通に考えてデメリットは甚大だ。何せ今、『盤面の外』でぼくの存在を知る者は師とぼくの『後輩』だけ。
そしてぼくが何をしているのかを知っているのは師だけ。
『彼女』は
だが今ぼくが正体を晒せばその努力は全て水泡に帰す。ここは迷宮1層。この程度の深さならば『糸』は容易く届く。
『後輩』はぼくの『行動と目的』を知り、何時ものようにあの笑い方をするだろう。
そして『彼女』はぼくの『
それが何を齎してしまうのか、それが分からない。それが──怖い。
だけどここは逃げてはならない時だ。
ぼくが未来をずらすなら、それはぼく自身の決意をもってして行われるべき『改竄』でなければならない。
変えた未来に対する覚悟と、変えてしまった未来に対する責任がなければ行ってはならない。
ただ単にこちらの不覚で変わる未来など許してはならない。
もうぼくは──
不幸中の幸いにして、ぼくはハイン・ヘルヴィルシャインと面識があった。与えられた物にすぎないが一応の公的な地位もある。
なら後はぼく自身の問題だ。即席で書き綴った台本は頭の中に、最後までやり遂げる決意は心にある。
さあ、今日最後の大仕事だ。
端役にすらなれなかった大根役者だけど……それでも精一杯演じてみよう。
ぼくは敵意がないことを示す為、両手を挙げつつ隠形を解きながら物陰から彼等の前に出た。
──出てきたのは殆ど黒に見えるこげ茶色の髪をした少年だった。
背は低く、体格も然程良くはない。
羽織っているカーキ色のレザーコートの上にはブレストプレートを取り付けており、コートの下には薄手の黒いシャツ。
下半身には黒いズボンと金属製の脛当てとレザーブーツ。ブーツには幾つか金属板が取り付けられ、靴底に鋭利な棘が幾つも付いている。滑り止めとしての機能を要しているようだ。
両手には皮手袋。かなり頑丈そうで掌の方に何か細工しているようだった。
顔立ちは思ったより幼い。もしかしたら私の肉体年齢より若いだろうか? ラグネちゃんと同い年ぐらいなのかもしれない。
その表情には怯えがあった。騎士に敵意を持たれているというのもあるだろうが、それだけではないような感じもする。
あとは──目。そう、目だ。さっきのあの『アイカワ・カナミ』と同じ黒い目。
彼のように真っ黒な髪ではないが黒い目も中々珍しい為、どことなく彼と重ねてしまうところがある。
それと何か違和感がある。深い井戸に蓋をしたような何かを隠してるような感じ。それに少しドキドキしている自分がいた。
全体的な印象としては怯える小動物という感じで、今にも歯をガチガチと鳴らして泣き出してしまいそうにも見える。
「君は……」
ハインさんは彼を見るといつでも動けるように臨戦態勢に入っていた身体を普段通りに戻していた。
知り合いなのだろうか? 先程彼が出てきた時もハインさんに声を掛けながら現れていたし、顔見知りではあるのだろう。
ハインさんは手で他の騎士たちに警戒を解くように伝えながら彼と会話するために一歩前に出た。
ただ、今のハインさんの顔には納得と困惑の二つの感情があった。敵意はないのでただ単純に困惑しているのだろうか?
「何故身を隠すような真似を? 『
「ああいや、すみませんでした……先程の『彼』に気付かれるわけにはいかず……」
先程の『彼』? もしかして──?
「よろしいですか? ハインさん」
「お嬢様……ええ、彼は危険な人物ではありません。信頼できる人物です」
「お嬢様……? 騎士ヘルヴィルシャイン、もしやその方が?」
私がハインさんに話しかけると、彼は私に気付いたのか視線を向けてきた。
……やはりどこか落ち着かなくなる。先程はドキドキすると思ったが今の私はむしろ「怖い」と感じるようになっていた。
嵐が起きる前の凪いだ水面のように、必死に何かを抑え込んでいる気がする。
「お嬢様。紹介します、彼は──」
「騎士ヘルヴィルシャイン。どうかその先はぼくに言わせていただけないでしょうか? 自己紹介くらい、自分で行ってみたいのです」
「あ、ああ。分かった……すまない」
ハインさんはそう言うと一歩横にずれて彼を私の正面に立たせた。
彼は軽く礼をしながら自己紹介を始める。
「略式ですが失礼します、『現人神』ラスティアラ・フーズヤーズ様」
その時、私は遂に彼の『目』を見た。
「ぼく──私はフーズヤーズが元老院直属、秘蹟調査官の『トール・ヘルブスト』と申します」
それは──例えるなら地平線を埋め尽くしながらもなお燃え盛る焔だ。
それは──例えるなら嵐で荒れ狂い全てを呑み込む大津波だ。
それは──例えるなら一瞬たりとて雷鳴が鳴り止むことのない暗雲が無限に広がる空だ。
それは──例えるなら千年の時を経て成長した天に聳え立つ巨大な樹だ。
それは──例えるなら果ての無い奈落の底へと誘う深い深い闇だ。
それは──例えるなら、例えるなら、例えるなら、例えるなら──
「お会いできて、光栄です」
──『怒り』だ。
彼は怒っている。今の一瞬でさえ私にそう思わせるくらいずっと、強く、殺したいと思う程に。
それは『世界』だとか、『人類』だとか、そういう不特定なものに対してではない、もっと単純に、「誰か」に対してずっと怒っていた。
人は、人はここまで誰かに対して『怒り』を抱けるものなのか? まるで『世界』を燃やし尽くしそうなほどの熱量を誰かに向けていられることに驚く。
この熱量に比べたら私が抱いた感情の炎は
あの『アイカワ・カナミ』に会った時、私の中から湧き出たような熱さとは比べ物にならない。
あれは私を熱しながらも暖かい熱だった。これは熱すぎて炙られていると感じる。私に向けられているものではないのに、それどころか逆に寒気までした。
怖い──何よりもこの熱を彼が隠せていたことが怖い。
間違いなくこんな目をしている人は全力で、本気で生きている。
これが──これが、『本物』……。
……『羨ましい』
「──アラ様? ラスティアラ様?」
「……ぁ、はい」
いつの間にか目の前には彼とハインさんがいた。
今感じていた熱はもう失せてしまって、彼の表情はもう先程のようにどこか怯えたようなものになっていた。
「何か失礼をしましたか……?」と不安げに聞いてくるその姿からはさっきの印象はまるで幻のようで。
──それでも、その『目』だけは燃えるように黒く輝いていた。
「それで……ええと、その『秘蹟調査官』? というのはどのような仕事なのですか?」
あの後──ラスティアラ・フーズヤーズに自己紹介をして
ハインさんや自失していたラスティアラのお陰で何とか緊張した空気は取り除かれ、今は『正道』を辿りながら奥へと進んでいる最中だった。
何故ラスティアラがしばし呆然としていたのかについては上手く要領を得なかった。自分でも上手く分かっていないんだとか……。
正直『後輩』が何かやらかしたのではないかと焦っていたがどうやらそうではないようだった。
その事実に安心するぼくは、現在場の勢いで彼等の一団に加わりながら話をしていた。
ぼくとしては回れ右するタイミングを計りたかったが、こうなってしまってはどこかで一区切りしなければ抜け出せないだろう。
今はぼくの表向きの職務についての話題になっていた。
「ええと……『聖人ティアラ』様が伝承で様々な『奇跡』を起こしていたのはラスティアラ様も勿論ご存知かと思います」
「はい。『レヴァン教』の教えについてはこれまで学ぶ時間がとても多かったので……」
「それらの『奇跡』は今となってはどのようになされたのか、何かが捻じ曲がって伝わったのか、そもそも本当に実在していたのか、ハッキリと分かってはいません」
「そうですね……『聖人ティアラ様が天をも貫く巨木を縦に切り裂いた』なんて話も大真面目に伝わっていますし、現実的に考えればあり得ませんが無いとは言い切れませんね」
そう言いながらラスティアラの目はキラキラと輝いている。
余程この『レヴァン教』、特に『聖人ティアラ』についての話が好きなのだろう。
早く続きを話せと目で訴えてくる。
この話って具体的にどこまで続ければいいのだろうか? ぼくはチラリと隣のハインさんを見た。
目が合う。すかさずアイコンタクト──「そ・の・ま・ま・つ・づ・け・て・く・だ・さ・い」? マジかよ。
ぼくは一旦咳払いをして話を仕切り直す。
「ラスティアラ様の言う通りです。現実的に考えれば『あり得ない』。しかし伝承としては残っている。そしてそれらが『ある』ことの証明は出来ない。しかし逆を言えば『ない』ことの証明もまた出来ません。今ラスティアラ様が例に挙げた様に『ティアラ様が巨木を指先一つで縦に切り裂いた』ことの真実は歴史の闇の中です」
「もし仮に、ですが。これらの伝承が真実だと仮定します。
国一つ踏み潰せるほど巨大な動き樹も、
大陸を覆う暗雲全てが身体の不死人も、
触れるもの全てを凍らせる大氷蛇も、
その全てが実在したと仮定して、それら全てを『聖人ティアラ様』が指先一つでダウンしたことも、それら全てを仲間に引き入れたことも何もかもをです。ここまでは宜しいですか?」
「は、はぁ」
『聖人ティアラ』は予言という形で死後の多くの未来を的中させている。ならばこそ荒唐無稽なこれらの伝承もまた、やはり真実なのではないか?
そういった声は常に上がるし無くなることはない。しかし、そうなると大変困った事になる。
「これら全ての伝承が事実だった際、その殆どが遺失していたとしても何処かにこれらの『奇跡』が残っている可能性は否定できません。多種多様な化け物を指先一つでダウンさせる『魔法』或いは同じ結果を齎す『何か』は勿論の事、あの最悪の『魔法陣』が現存していると考えればとてもではないですが気が気ではありません」
「『魔法陣』……あの、戦争の最後に敵味方に戦死者を9割出したという?」
「ええ。もしその『魔法陣』が現存していたら? 或いは『魔法陣』ではなくても同じ結果を齎す『何か』があれば? 危険極まりないでしょう。もし、そういったものが心無い輩の手に渡ってしまえば……」
「…………」
「お分かりいただけましたか。これら現代においてあまりにも強大すぎる古代の遺物、魔法などを調査・発見して二度と使用されないように封印をするのが『秘蹟調査官』の仕事になります」
それ故に、古代の遺物が発見されることが多い『迷宮』にいても何ら不思議もない職、それが『秘蹟調査官』だ。
ところでお分かりいただけただろうか。
これらの職務内容に関する発言は『全て真っ赤な嘘』である。
いや、事実として元老院からは確かにこの仕事を与えられているがコレ、実質フリーライセンスのようなものなのだ。
何せそもそも件の『魔法陣』は既に管理状態にある。目下最大の捜索対象が既に手元にあるのにそんな真面目に仕事する必要性はない。
それ以外の危険な術式について書き込まれた魔石や遺物も、そもそも『迷宮』に潜る者の為に用意されているのだから回収する必要がない。
なのでこれは元老院からの「取り敢えず公的な立場は与えてあげるから好きに動いて良いよ」というお達しに過ぎない。
まぁ、詰まるところ『後輩』からのプレゼントである。
「だから『迷宮』に……それは大変なお仕事ですね。危険もたくさんあるのでしょう?」
だからそんなキラキラした目で見ないで欲しい。心が痛む。
別に何も大変ではないんだ。誰かに突っつかれないように適当にお仕事してます感出してればそれだけで充分な仕事なんだよ……
「あー、いや……そうでもないのですが」
「えっ?」
「先ほども言いましたように『あり得ない』ものが本当に『ある』か『ない』かを探す仕事ですから、『ある』ならそれでよし、『ない』なら『ない』事を証明するまで探し続けるのが仕事です。そしてそういったものを探すにはラスティアラ様の推察通り『迷宮』に潜るのがベストではありますが……ラスティアラ様、何か気づきませんか?
「…………あ」
どうやら気付けていただいたようだ。そう、この仕事はそもそも致命的な問題を抱えている。
「これって……いつ『ない』ことが証明されるか全く分からない?」
「ご名答、その通りです。この仕事、どちらかというと浪漫派なものでして」
『
突き詰めるまでやるなら何時まで経っても終わる事の無い、いいや終わらせてはならないそういう仕事だった。──嘘なんだけど。
「というわけで
「え、ええぇ……?」
「幻滅されました?」
だからフリーライセンスなのだ。
危険な古代遺物を調査するという名目で高い独立性と権限を持ち、それでいて『迷宮』など様々な場所にいたって何ら疑問を持たれることのない実態のない職業。
それが『秘蹟調査官』。聖人ティアラ──『後輩』ティアラ・フーズヤーズがぼくの為に用意してくれた「設定」だ。
「まあそういう訳でして。今日もお歴々に報告をでっち上げる為に『管理領域外』でフィールドワークをしていたのですが……そこで『彼』を見かけまして」
「──ッ!」
なのでここでぼくの自己紹介はおしまい。
君が一番聞きたかった事を教えてあげよう、ラスティアラ。
君の──『
「あの『少年』の事ですか……毒を受けているのに態々『正道』の外で休んでいるなど不自然だとは思っていましたがやはり何か?」
「ええ……よくある事です。一つのパーティーが『管理領域外』で強力なモンスターに遭遇、その場から撤退するために一人の少年を囮にしました」
「それは……なるほど、大方『荷物持ちでついてきたパーティーに見捨てられて、極度の人間不信に陥った』のがあの時の『少年』の反応なのですね?」
何も間違ったことは言っていない。そもそも『少年』はパーティーの一員ではなく、その場に現れた乱入者だった事を言ってはいないだけだ。
だからハイン・ヘルヴィルシャインは『読み間違える』。嘘というのは真実だけでも作ることが出来るのだ。
「……え?」
だけど、そう。君にはこの嘘は通じない。
何故なら君は『アイカワ・カナミ』の『異常』を知っているから。あの年齢で
なにより君には見えていたから──《異邦人》の三文字が。
「お嬢様?」
「トールさん、今の話は本当なのですか?」
「ええ、この目で見た事実です。確かに見ました──逃げていく一団と炎に包まれて叫ぶ少年の姿を」
「そう……ですか」
「何かおかしなところがありましたか?」
「いいえ、何もおかしいところはありませんでした」
そういう彼女の顔はぼくの言う事を疑ってはいないようだった。
ここまで真摯に接してきたのが功を奏したのだろう。ぼくが語っていない真実があるとは露知らず、ぼくが認識していない事実があるのでは? と想像の翼を広げている。
「そんな場面を見てしまったのでなんとか助けになってやりたいと思っていたのですが、彼はその時のショックで極度の不信状態に陥ってしまったようでして迂闊に声を掛けることも出来なく……そうこうしているうちに彼が毒を受けてしまいまして」
「解毒してやりたいが今近寄れば狂乱する可能性があるから何も出来ずただ遠巻きに見てるしか出来なかった、と」
「ええ、恥ずかしいあまりです。なので助かりましたよ、騎士ヘルヴィルシャインが彼を見つけてくれた時は」
これは事実だった。もし万が一見つけてくれなかったら何もかもが狂うところだった。
『彼女』も『後輩』もそんなヘマをするわけがないがそれでも不安は不安なのだ。
「彼はかなり怯えていましたから気配にとても敏感で……ぼくも隠れるために必死に息を潜めていました。彼が『正道』に沿って『迷宮』から出ていく姿を見てホッとしたところで気が抜けてしまって」
「それを私が発見した、と。なるほど……筋は通っている。それにしても見事な隠形でした」
「争いごとが苦手でして。『迷宮』では不意の戦闘があるので自衛手段がないわけではないのですが、基本そうはならないように心掛けているのです」
「……? そう言えばハインさんとトールさんは何時出会ったのです? どうやらそこまで親密であるようには見えないのですが……」
ああ、と相槌を打ちながら思い返す。
あれは確か──ええっと……?
「確か3か月ほど前でしたか。『本土』から『開拓地』にやってきた彼を私が案内しまして」
「ええ、ええ、確かにそうでしたね。あの時の事は本当に感謝しても足りません」
ぼくが正確な時間を思い出そうとしているとハインさんが助け舟を出してくれた。
助かった。正直時間間隔が狂って当てにならないのだ。
「そういえば……以前から『パリンクロン』とは面識があったのですね」
「騎士レガシィですか。ええ、『秘蹟調査官』の職務上レガシィ家とは懇意にさせていただいているので」
本当はレガシィ家の始祖と懇意にさせてもらっていた、が正しいが言う必要のない事だった。
さて、と足を止める。丁度十字路の回廊に出たようだ。この辺りでお暇させてもらおう。
「では私はこちらに行かせていただきます。今日はありがとうございましたラスティアラ様、騎士ヘルヴィルシャイン。それとお付きの騎士様方」
「ええ。貴重なお話、ありがとうございましたトールさん」
「出来れば今度は『迷宮』ではなくもっと落ち着ける場所でパリンクロンも交えて話しましょう。あいつも喜びます」
「ええ。それでは──『聖人ティアラ様』の
深く礼をして回廊の闇へ融け込むように進んでいく。
暫く進んで風の探知網から抜けたことを確認してからふぅ、と息を吐いた。
「ハードな一日だった……」
途中まで順調だったが最後の最後にケチがついてしまった。
やはりぼくは詰めが甘い。昔もこんな感じでよく『彼女』に笑われていたっけ。
「『陽滝』ちゃん……」
祈るように、捧げるようにその名前を口から出す。
まるで名前を呼ぶことそれ自体が『詠唱』であるかのように、ぼくの内側から
その喪失感を、ぼくは心地よいと思った。
「……終わりだ。これでもう何もかも、ぼくがやるべきことは終わった」
『…………』
「この後どうしようか。『最後の頁』までまだまだ時間は余ってるし……」
『………………』
「……畑でも作ってみるかな? それともどこか土地を用意してお店でも開いてみるとか」
『……………………』
「小洒落た喫茶店とかどうだろう……この世界にはコーヒーは無かったはずだしもしかしたら流行るかもしれない」
『…………………………あの、トール君? まだ終わっては──』
「まずは豆を用意しないといけないかな。この世界でコーヒー豆っぽいものを用意して……あと何か軽食があればいいか。ぼくは料理得意だしこの辺りは問題な──」
『──それはダメだ!!!!!!!』
「のわぁッ!?」
ぼくが「最後の頁」に至るまでのささやかな未来を思い描いていると脳裏に……正確にはぼくの『領域』に声が響いた。
「お、お師様? 目を覚まされたんですね、もうほとんど終わりまし──」
『それよりも! 君が料理とか、そういうのをやるのは無しだ! 絶対に!』
「えっ」
『ダメ! これは師匠特権だからね!』
「アッハイ」
「もうこれ以上犠牲を出すわけにはいかない……あんな目にあうのはボクとレガシィとティアラだけで十分だ……」などと呟く師に困惑しながらも取り敢えず今思い描いていた喫茶店経営案は破棄した。
はて? 以前に出した料理に何か問題でもあっただろうか……? 師も『先生』もティアラも、何も言わずに黙々と食べてくれていたような気がするが。
……もしやぼくの料理の腕に問題があるのだろうか? 他人様に出せるものではない半端なものを出してしまった?
だとしたら一度、腕を磨き直さなければならないだろう。どこか飲食物を取り扱うところでバイト募集していたらやってみよう。
そして磨き直したその腕で師にも納得してもらえる至高の一品を出す。
「決まったな……見えたぞ、ぼくの『
『う、うう……と、止めてあげないといけないのに……でも珍しく前向きになってるところに水を差すのも……な、なんでボクを裏切ったんだよぉ、レガシィ……』
未来への宣誓をしていると師が『先生』に対して恨み言を言っていた。
やはりあの謀反はショックだったのだろう。『先生』に言わせるのなら「俺はやりたい事を見つけた」だから『先生』を応援してあげたい気持ちもあるが……ぼくは師の気持ちもなんとなく分かるのだ。
もし裏切る方に罪悪感が無いのなら、そもそもその関係性は信頼ではなかったのだ。
真に一方通行でもない限り、裏切りというのは両方に癒えない傷を与える。──ぼく等がそうだったように。
『……ゴ、ゴホン。ト、トール君? 何かもう全部やり切った感出して未来に想い馳せてるところ悪いけど、まだ君の仕事は終わってないよ?』
「──はい?」
師が何か分からないことを言っている。
いやだってもう先輩は、ぼく達が望む未来への流れに沿って落ち始めたではないか。
このまま順当に落ちていって『代償』を支払いきり、彼は完成する。
あとはティアラが書いた筋書きに沿って『彼女』の『最後の頁』を加筆し、勝利するだけだ。
ぼくはこの『未練』を果たし、ティアラと『彼女』は一緒に旅立ち、師は念願の『救世主』を得る。
そういう『契約』だった。その最大の難所ともいうべき分岐点が今日だった筈だ。
「な、なんでです? もう今日の分岐はない筈」
『……ティアラが『ヒタキ』に勝利する未来は限りなくか細く、奇跡の釣瓶打ちをしてようやく手が届く確率しかない。それ以外の未来は9割強がヒタキの勝ち、残りがそもそもヒタキもティアラも勝利できない特殊な未来だ』
「ええ、分かっています。その特殊な未来をぼく等は今日、未然に芽を摘むことで取り除きました。だからあとはティアラがやり切って……」
『
「──、──」
『今はまだ、ヒタキの方が遥かに優勢だ。確かにボク等はティアラの勝利の可能性を見ている。けれどもそれがちゃんと起きる保証は持てていない。ヒタキもティアラも、
例えばお互いにとってイレギュラーな事があった時、本来の流れに戻す為お互いがコストを支払って修正をする。これが何度も続くことはそう無いかもしれない。けれどもその一回がティアラにとって致命的な損失を招く事だってあるんだろう。実際君も、二人の意にそぐわないカナミ君の結末を知っているだろう?
そこから修正するのにティアラが切り札を切らざるを得なくなったら──? ティアラの戦い方は最後の最後に今まで隠し持っていた手札を一気に注ぎ込んで、瞬間的に圧倒するものだ。ヒタキの『最後の頁』に届くまでその残弾が切れてしまったら? 今残ってる可能性の中で殆どのティアラが負けるのは
そうして師は、ごく当たり前のことを弟子に教えるかのように、なんてことのない口振りで言った。
『──
「──────────『かみさま』じゃ、ない」
その言葉は、ぼくの中に雷鳴のように降り注ぎながらも、渇いたスポンジが水を吸い込むように染み渡った。
『だからボクたちは今後も、カナミ君やその周囲に目を配りながらティアラの筋書きにない出来事が起きないようにしないといけない。ティアラの筋書きはとても懐深く何にでも対応できる柔軟性がある。ボクから見ても凄いものだ。でもだからといって何にでも対応させて良いわけではない。今のボクの言葉は全て杞憂なのかもしれない。「
「『こうはならないだろう』……でも、『だから放っておいて良い』わけではない」
『分かったね?
「……はい」
ああ、つまるところまたぼくは思い上がっていたのだ。
『かみさま』じゃないのに、『かみさま』になったかのように思い上がって、それで危うく失敗するところだった。
それに気づかせてくれたこの人には感謝してもし尽くせない。
この人には期待しない、願わない、捧げない。そう決めたからこそ、この人に与えられるものがぼくには無いことが悔しい。
だからせめて、決意だけは持とう。
『──あぁぁぁぁ、どうしよう。つ、つい熱くなって偉そうに長々と説教してしまった。ボクがそんな事言えた義理ではないのにも、もしこれでトール君が「契約」の破棄を申し出たらどうしよう? いや「契約」の破棄そのものはボクにとっては悪い事ではないけれども失望されたい訳じゃないんだ。ああやっぱりもう駄目だ何も考えたくない。だ、だから今の話がなかったことになればいいよね? うん、そうだ。なかったことにしよう。ボクとトール君は、こんな話をしなかった。今のボクたち二人の会話は全部、全部全部全部、なかった。そういう事にしよう。なかったことにするんだ。「なかったことに」』
「お師様」
『「な──」え?』
「──『最期までお供します』。『ぼくの命は彼女にあげた』けれど、『ぼくの魂と身体と人生は、貴女と共に』。『これは供物でもなければ願いでもない』。『ぼくがそうすると決めて、そうしたいだけ』です。だから『
『──えっ、えっ?』
「さあ、そう決めたのなら早くここから出て次の行動を決めましょう。ぼく等次元魔法使いが言えたことではないですけど、時は無慈悲に流れていくものですから」
『ちょ、ちょっと待ってトール君、今のなに!?』
「あっはっはっはっは」
『トール君ー!?』
《コネクション》で『迷宮』からの出口を作りながらぼくはふと思う。
『秘蹟調査官』──『ある』か『ない』か定かではないものを『ない』と証明するまで続く終わりのない仕事。
それは『ある』か『ない』か定かではない可能性の芽を摘み続けて『ない』と証明する今のぼくと重なって──ああ、つまりあの貪欲で優秀な『後輩』は、最初からこうなる事が分かっていたのだろう。
本当に……本当にぼくは優秀な『後輩』を得た。
ならばその期待に応えてみせよう。君の為に、彼女の為に、師の為に、先輩の為に、世界の為に。
──誰よりも、何よりも、自分の為に。
さあ、未来を変えていこう。可能性を消していこう。
真っ白な頁ではなく、真っ黒な頁でもなく、地獄に一筋の光が射すような、そんな未来を目指して。
お師様はヒロインではない(真顔)イイネ?
なんでトール君いきなり口説き始めてんの……?君にはもう心に決めた人がいるでしょ?そんなところまで先輩をリスペクトしなくていいのよ?
そんなわけでようやく第三者からのオリ主君――トール・ヘルブスト君の事を書くことが出来た
なんかやたらとらすちーちゃんがヤベェヤベェ言ってるけど当てにしなくて良いぞ
人生経験少ないお子様が目だけギラギラしてる中身が全く成長してないショタジジイに恐れ戦いてるだけだから
それよりか『秘蹟調査官』の設定書きながら思いついたものなのにトール君にぴったしの職業になってしまったのあまりにも恐ろしくて作為的なものを感じました
この肩書を用意したのはティアラ……やっぱりあのお姫様ヤベーわ
俺の天敵リストにアイカワカナミと一緒に名前載せておきますね?
師匠と一緒で嬉しいでしょう?喜んでいいぞ?
そんなこんなでチュートリアルはおしまい
ここからがトール君の本当の戦い、起きるかどうかわからない未来をそもそも起こさないために暗躍する終わりの見えない地獄のデスマーチの開幕です
正直原作は上手く行き過ぎたというか、くろまくーズが頑張りまくってあの結末に行ったんだろうなというのが俺の感想です
でも守護者IFだとか異世界学院の頂点√、マリアIFにスノウIFの存在を考えればあの二人の盤面統制も完璧ではないことが明らかです
そこから巻き返す力はお互い持っていますが、そもそもその力の総量の差は明白です
ティアラが原作で勝てたのは切り札を最後まで温存しておいて、陽滝の読みを上回り、致命的な時に全ての残弾を使い切った事で瞬間的に圧倒して押し切ったのが理由でしょう
ですがイレギュラーに対して自分の流れに巻き返そうと力を使ったり、イレギュラーを自分の流れに巻き込んでいけば少しづつ、ティアラの余力は削れていきます
これは陽滝も同じですがあちらは最終的には力で強引に全てをひっくり返す地力があります
原作でティアラの書いた筋書きはどんなイレギュラーも受け入れる柔軟性があると評されていましたがそれはイレギュラーを受け入れる理由にはなりません
使えるものはどんどん取り込んでいくべきでしょうが、それで消耗して最後に負けてしまえば意味がないです
なのでトール君とお師様はティアラが勝てるように添削していかなければなりません
勿論起きるかどうかは分かりません。ですがやります
前から流れがあった可能性もあれば、急に流れが生まれてきて事故を起こす可能性だってあります
その全てを未然に防ぐか、影響を最小限にします
いつ終わるか分かりません。『悪魔の証明』を『最後の頁』まで続けなければなりません
困難ですがそれは「やらなくて良い」理由にはなりません
例え全てが杞憂で、意味の無い空回りになるかもしれなくても
と言っても恐らく7-1章、或いは7-3章までいけばもうほとんど杞憂は無いと言っていいでしょう
あれが「運命」なのでもうあそこまでいったらジェットコースターです
なのであそこまでいけば俺も安心ですトール君も安心、お師様も安心、皆安心
まぁ、まずはガチガチにスケジュールが詰まってる1・2章を乗り越えない事には始まらないのでそういう意味でもここからが本当の戦いですね
最後にらすちーちゃんが『擬神の目』で見たトール君の詳細を載せようと思いましたがまだ整理できてないので次回の「爆誕!新人アルバイター『キリスト・ユーラシア』」でキリストさんの注視とまとめておこうと思います
それでは
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新暦1013年 迷宮連合国ヴァルト 『同窓会』
既に提示されているIFを潰すのがメインでそれ以外の「あるかもしれないIF」については「アレコレああなりそうだったので色々あってなんとかイベントを潰した」とかそういう感じになる。
かといって既にトール君という異物は存在しているのでそこそこ変化は起きる
というか既に変化は起きているから頑張って影響が最小限になるように、最後には自分でそのずれを修正しないとね
今話半分くらいはカナミさんの近況報告会みたいな感じになってるからちょっと今後の視点比率を考えたいなぁと思う所存
昨日あの『ラスティアラ』という少女に助けられた後、なんとか僕は『迷宮』から生きて外に出ることが出来た。
その後何とか情報を集めつつあの『迷宮』で手に入れた品々を換金することで、何とかフーズヤーズの安宿に一泊するだけの金銭を得て宿泊する。
だがその夜、例の『ラスティアラ』に寝込みを襲われて意識を失い強制的な『レベルアップ』をさせられてしまう。
そして意識を取り戻した翌日、僕は換金所の人に教えてもらった同じ迷宮連合国であるフーズヤーズ東の『ヴァルト』へ向かった*1
国境越えというイベントに少々緊張していたが、意外にもあっさりとヴァルトに入国することが叶う。
ここからこのヴァルトで、僕の『帰還』の道程が本格的に始まる。
この国で迷宮探索にリトライするにあたり現状を整理した。
まず僕の第一目標については確認するまでもない事だが元の世界への『帰還』だ。
ゲーム染みたシステム、命のやり取りが身近にある物騒で不可思議なこの世界で暮らしていれば僕は直に狂ってしまうだろう。
なによりも元の世界には妹──陽滝がいる。
陽滝は病弱な子だ。両親のいないあの家で、今も僕の帰りを待ち続けているに違いない。
もしかしたらこの世界と元の世界には時間のずれがあって、帰ってみれば何事もないように「お帰りなさい、兄さん」と声を掛けてくれるかもしれない。
でも、だとしても、たとえ一瞬であろうとも
僕たちにはもう他に家族がいない。だから何があろうともお互いを支え合って生きていくと──僕が絶対に守るのだとあの日そう誓ったんだ。
だから早く戻らなければならない。こんな、訳の分からない世界から、早く。
その為に必要な物がある。──お金だ。
知識を得るのにも、衣食住を整えるためにも、迷宮探索に必要な物を揃えるにも、何にしてもお金が必要になる。
正直手持ちのお金は心許ない。何らかの手段で金銭を稼がなければならないが迷宮に潜るのはしばらく控えたい。
まだ、あの命のやり取りや毒で死にかけた恐怖が心に残っている気がする。
謎の「???」というスキルで何度か冷静さを取り戻せてはいるが、その度に「混乱」の値が加算されているのを思うにこれは多用してはいけない類のものだ。
ハッキリ言えば迷宮になんて潜りたくもないし見たくもない。
だから間を開けて他の方法でお金を稼ぎたい。その方法を今、僕は探していた。
だが中々ピンとくるものが見つからない。ヴァルト中を歩きながら考えを巡らせていると、迷宮入り口近くにある酒場がふと、目に止まった。
「──? ここは……?」
そして僕はその酒場にて「従業員募集中」の張り紙を見つけ、試しに嘘の設定を固めてから面接を受けたところ一発合格してしまう。
その際、昨晩あの『ラスティアラ』に名前を知られている事、本名で活動を続ければ再びあの少女に遭遇してしまう可能性を考えて偽名を名乗ることにした。
名前を聞かれ、時間が無かったので即席で考えたその名前は──。
「キリストくーん、これお願い!」
「はい!」
──『
『それで、どんな設定で行くのかはもう決めたのかい?』
「ええ。
『ふーん? ……なるほどね。確かにこれなら興味は持たれるけど……分かってるよねぇ?
「勿論分かっています。それでも既に迷宮で
『背後関係が明らかになっていない現在、面通しを済ませておいた方が後々初対面になるより介入がやりやすくなる……そんなところかな?』
「はい。それだけじゃあないんですけどね」
『そこに関しては理解しているから安心してほしい。……頑張って』
「はい。それじゃあ、ちょっと早い同窓会に行ってきます」
僕がこの世界で目を覚まして早『四日目』。
今日の日中は迷宮へのリベンジをしてきた。
ソロでは心許ない為、誰か協力者を募ろうとしていたのだが酒場で働き始めた日、僕はとんでもない逸材と出会う。
『ディアブロ・シス』という名の、剣士になる事を目指す少年だった。本人は「ただのディアだ」と名乗っていたため僕はディアと呼んでいる。
三日目に試して気付いたことだが、僕は『表示』で個人の名前やレベル、スキルやステータスを視認することが出来る。
それを指標に一緒に迷宮を潜れる人を探していた際にディアの『表示』を見たところ、彼は一日目の僕と同じレベル1でありながら数多くの高数値スキルと高い魔力のステータスを持っていた。
僕は仕事が終わった後彼となんとか交渉することに成功し、明朝二人で迷宮に挑む約束を取り付けることが出来た。
そこでディアの『魔法』の強力さを目の当たりにすることとなった。本当に凄かった。《フレイムアロー》という初級の魔法らしいが、アレは『火の矢』というよりは『レーザー銃』だった。
僕も接近戦用に改良した《ディメンション》──《ディメンション・
活躍したいという気持ちが無かったかと言えば嘘だが、『帰還』を目指す僕の方針は安全第一。僕の索敵とディアの狙撃があれば一層の殆どの敵は倒せていたので、感謝こそすれ不満はない。
そうして快進撃を続けるうちにMPが切れてしまったので僕は撤収を提案したが、僕はそこでディアの抱える事情に少し触れる事になってしまう。
その人間的交流がトドメだったのか迷宮から引き上げる頃には僕はディアを、『帰還』の為の道具としてではなくこの世界で初めて得た同年代の知人、友達として認識してしまう事になった。
その事について心に一つ重しが加わる事になってしまったが、気を取り直してその夜は酒場で仕事をしていた。
とはいえ迷宮帰りの客はもう殆ど帰ったのか、酒場はしん……と静まり返っており直に店じまいというところだ。
「もう客は来ねぇだろうな……キリスト、店じまいだ」
「分かりました」
そうして店長と先輩従業員のリィンさんが帰った後、僕は作った賄いを食べながら明日の計画を練っていた。
──僕の経験値の伸びが思ったより悪い。
この調子ではレベル5になるまで6日ほどかかるだろう。それでもこの世界の常識から考えたら驚くべき速さなのは他の人のステータスを見れば一目瞭然だった。
ただし、僕が目指すのは早期の『帰還』。悠長に6日かけてチマチマとレベルを上げるわけにはいかない。
もっと早く多くの経験値を稼がなければならなかった。その為の情報は先程店長から聞いている。
あとはどれを、どのようにして倒すかを検討している時に──
「……?」
店に張った《ディメンション》が外に人がいる事を感知した。
前にもこういう事があったなと思いつつ、《ディメンション・
背は低く、体格も良くはない。コートのようなものを羽織ってその上からすっぽりとローブで体を包み込んでいた。
性別は男、少年のように見える。だが、僕は初対面の際にディアの事を少女だと勘違いしていた。*2
この人物の性別にも確証が持てない。
痩せているので身体つきが悪く、性差が分かりにくいという事もある。
取り敢えず少年という事にしておいてそのまま彼の動きを観察した。
彼は店の大扉の前までのそのそと歩いてくるとその右腕で扉をノックを──しようとして前のめりに倒れた。
「って、ええぇぇぇ!?」
急いで扉を開けようと駆け寄る。
だが閂を外そうとした瞬間、僕はこれが「衰弱者を装った物取り」ではないかという可能性を考えた。
彼は痩せているしヴァルトはあまり治安が良いとは言えない。
浮浪者が一夜の暖を欲しがると見せかけて売り上げや食料を盗ろうとやってきたのかもしれない。
ここを開けて彼が襲い掛かってきても即座に取り押さえる事が僕には出来る。
問題はその後、どうするかだ。多分、どういう結末になっても僕は……。
閂を外そうとしたまま5秒、いや10秒程経っただろうか。
ふと僕の耳に扉越しに大きな音が聞こえた。
この音を僕はよく知っている。それどころか人であるならば誰だって知っているだろう音だった。
オブラートに包むのを止めて明言するのなら腹の虫が鳴る音だった。
扉越しに微かに唸る声が聞こえる。
「……ぉ、ォォぉ…………し、死ぬ……」
「…………」
僕は閂を外した。
「いや、ありがとうございます、これ旨い!? すご、これ本当に賄いなんです……?」
「あ、あははは……そんなに焦らなくても無くならないよ……」
店内にあげて賄いの残りを差し出すと彼は飛びつくように掻き込み始めた。
余程空腹だったのだろう、既に4回目のお替りを完食している。
まるで腕白な弟を見ているような気分になってちょっと面白かった。
「いやー、ご馳走様でした。店じまいしているのは外からでも分かっていたんですが、灯がついているから誰かいるかもと思って……」
「お気に召したらなによりだよ。……しかしこんな時間まで外を歩いていて大丈夫なのかな? ご両親とか心配しているんじゃ……?」
「あ、ぼく孤児なのでそういうの全くないから平気です」
「えぇ……?」
そういうものなのだろうか。確かに僕も両親はいないし陽滝と二人暮らしだけど、ここは僕の世界より危険な異世界だ。
親という保護者がいないというのをここまであっけらかんと語れるのだろうか? それとも親がいないからこそここまでタフなメンタルを育むことが出来るのだろうか?
水を一杯飲みながら彼は溜息を吐く。そして「あっ」と声を漏らしながらこちらに真っ直ぐ向き直った。
「すみません、命の恩人だというのにフードをしたままで。今外すので少々お待ちを」
「ああ、いいよ気にしないで────!?」
そう言いながら外したフードの下から出てきたのは、黒に近いこげ茶の髪をした年若い少年だった。
年齢はおそらく15歳ほど。印象としては小動物のように感じるが、目に「何が何でも生き延びてやる」というような強い意志を感じる。
だが僕の頭にはそんな印象は入ってこなかった。まるで脳が漂白されたかのように頭が真っ白になって何も考えられない。
気を抜けば僕の身体そのものがバラバラになってしまいそうな程の驚愕。何より不可解なのは、僕自身何故ここまで驚いているのかが分からないという事だった。
まるで
僕が自身の感情を整理しようとしていると、少年はこちらの顔を見てギョッとした表情になった。
「泣いてる……!? す、すみません! ぼくの顔、なにか不快感を与えてしまいましたか!?」
「な、泣いて……?」
彼のその言葉に慌てて目尻を拭うと、確かに僕は泣いていた。
分からない……何も分からない。何故僕はここまで驚いているのだろうか? 何故彼を見て泣いてしまったのだろうか?
何故──
……知りたい。彼が一体何者なのか知りたい。僕が忘れているだけで昔会っている? もしかしたら偽名を聞いてやってきた僕の同郷なのかもしれない。
「な、何でもないよ。それよりも自己紹介をしないかな? 僕はキリスト・ユーラシア。昼は迷宮探索、夜はこの酒場で働いているんだ。君は?」
「自己紹介、良いですね。ぼくはトール・ヘルブストって言います。貴方と一緒で兼業で迷宮探索者をやっています」
お互い名乗り合いながら僕は彼を『注視』して視る。
名前:トール・ヘルブスト HP100/173 MP34/67 クラス:導者
レベル16
筋力2.67 体力4.55 技量10.28 速さ3.25 賢さ8.12 魔力4.32 素質2.00
先天スキル:次元魔法2.11
後天スキル:投擲3.57 隠れ身2.98
──違った。僕の同郷ではなかった。
だが収穫がゼロという訳ではなかった。むしろ落胆した分を補って余りある。
次元魔法。僕よりも数値は低いがこの世界で初めての、僕と同じ次元魔法使いだ。
それにレベルも店長より高い。もしかしたら迷宮についてもかなり知識を持っているのかも。
クラス名がよく分からないが……『導者』? 導く者……という意味だろうか? 気にはなるがあまり深く探りを入れると警戒されるかもしれない。
僕は内心の昂揚を務めて隠しながら、彼から次元魔法について聞き出すための話題を振り直す。
「……君も? すごいな、何層まで潜ったんだい? 僕はまだ仲間と1層を周るので精一杯なんだ」
「んー、10層辺りまでですかね。ぼくはソロで潜ってるし戦闘もあまり好きじゃないので、逃げ隠れしながらだとこれ以上行く気にはなれなくて……」
「へぇ……? ソロでそこまで潜れるなんてすごいね。逃げ隠れしながらって言ってたけど何か見つからない為のコツとかがあるのかな?」
「うーん、昔から足は遅いんですけど隠れるのが得意で……あとマイナーなんですけど敵の位置とかが分かりやすくなる魔法がありましてそれで」
その発言を聞いて僕は内心でガッツポーズをとった。
ここだ。この話題から次元魔法について聞き出す。
取っ掛かりとしては苦肉の策だが僕も次元魔法を使える事を明かそう。あまり情報をバラしたくはないがその方がスムーズに進みそうだ。
「敵の位置が分かりやすくなる魔法……? 奇遇だね、僕もそういう魔法を持っているんだ。《ディメンション》って言うんだけれど……」
僕がそう言うと、彼はテーブルに勢いよく両手を突きながら僕の方へ身体を乗り出してきた。
一瞬、触れ合うような距離で彼の目を覗き込んでしまう。
力強い、強い目だ。絶対に死んでなるものか、と生への執着が滲み出る様に燃え上がっているような。
そのまま見つめ合っていると、今度は彼の目に涙がにじみ出した。
「い、いたんだ……。ぼく以外の次元魔法使いが、この時代に……」
「え、えっと……?」
僕が困惑していると、彼は「ご、ごめんなさい」と言いながら目を拭って離れる。
「さっきも言った通り次元魔法使いってマイナーなんですよ。大昔には殆どの人が扱えたらしいんですけど今じゃ魔法屋でも中々見かけない上に品揃えが悪くて……」
「そ、そうなんだ……」
マイナ―……しかも魔法屋でも品揃えが悪い……。事前に情報を集めていたため予想は出来ていたが、その答えを聞いて僕のテンションは下がっていた。
ゲームや物語では一人しか使えないオンリーワンな固有属性なんてものは、大抵有用だったりパワーバランスがおかしいくらいに強力だったりするものだ。
だが現実となればそこまでいいものではないというのが良く分かる。《ディメンション》は有用だが、次元魔法そのものを使っている人自体が少ないのであれば常に活用方法は手探りになってしまう。
既に《ディメンション・
三人寄れば文殊の知恵という奴だ。僕一人での発想ではそのうち限界が訪れる。なので彼から他の次元魔法使いについて聞き出せれば、と思ったがこの様子では彼も他には知らなそうだった。
それならそれでも構わない。むしろ今日彼という同類を見つけられたのは幸運だった。
彼から他の次元魔法についてや魔法の応用法などの情報を得ることが出来る。
仮に今僕が把握できている事しか知らなくとも、お互いの魔法についての所感や実践する際の不満点なんかを話し合えば改良点も見つかるだろう。
魔法はイメージだ。いきなり全ての問題点をカバーできなくても、個々の問題点それぞれに特化した魔法を想像して適宜使い分けていけば対応力が上がる筈だ。
「トール君……でいいかな? もし君が良ければなんだけど次元魔法について教えてくれないかな? 僕、あまり詳しくは無いんだ」
「構いません。ぼくも初めて同じ次元魔法使いと会えて嬉しいので、答えられることならなんでも答えますよ」
そう言ってトール君は微笑んだ。
──まただ。また胸がざわつく感じがする。
彼は僕と同じ世界の人間ではない……筈だ。『表示』に出ている名前からそう思う。その筈だ。
内心に湧き上がる不安を抑えながら「???」が発動しないか気にかける。
不穏なところもあるが今まで僕を何度も救ってきた謎めいたスキルは、しかしこの場面においては不気味なほど沈黙している。
その事実に一段階、「???」への警戒を強めながら僕はトール君と話を続けた──。
「それじゃあぼくはこれで帰ります。ありがとうございました!」
「ううん。ちょっと作りすぎて僕一人じゃ食べきれなかったし丁度良かったよ。今晩は家に帰るのかい?」
「いいえ、ぼくの家は本土のフーズヤーズにあるので……三か月前に来てからずっと宿暮らしです」
「そうなんだ……。また何かあったら来なよ。出来ればお店が開いてる時間帯に」
「アハハ……。その時は今日の分も含めてたっぷりとお金を落としていくので楽しみに待っててください」
「期待してるよ。それじゃあお休み」
「お休みなさい」
酒場を出て真っ直ぐと歩いていく。当然だが《ディフォルト》は使わない。
なんなら何時でも使っていたい便利な魔法だが、今はこの気分のままゆっくりと歩きたかった。
「~♪ 、~~♫」
すっかり記憶から薄れてしまった懐かしいメロディを鼻歌にしながら、酒場近くの裏路地に向かって歩いていく。
久しぶりに先輩の手料理をいただいた。味だってぼくが先輩に料理の基本的な事を教えたのだから
なんなら師にも分けてあげたかった。
理論上領域を介した物々移動は可能なのだし、手元にタッパーがあればそれに分けてもらって《ディスタンスミュート》でタッパーごと胸に腕を突っ込めば領域内のバックドアから渡せたのだが、この世界には残念なことにタッパーもジップロックもない。
「……さて」
出不精且つ対人恐怖症でビビリで引きこもりな師にどうやって料理を与えるか考えながら裏路地に到着。
空を見れば白い魔力の粒――ティアーレイがゆっくりと降り注いでいた。
懐かしい気持ちになりながら、気持ちを奮い立たせて背中を伸ばし覚悟を決める。
これから来る光景に足を竦ませることはないが、視覚的にはインパクトが強いのでちょっとビビっていた。
だがこれが久しぶりの再会となるのだ、せめてカッコつけたいと思うのは男のサガなのだ。
「機を窺わなくても平気だよ。ぼくはここから動かないし逃げるつもりもない」
ぼくのこの言葉も、恐らく『彼女』には届かないだろう。
今の彼女の受容感覚は先輩のを借りなければたった一つしかなく、それはぼくには効果がないものだからだ。
それでも口にしたのは、ぼく自身に言い聞かせる為だったのかもしれない。
ぼくは両手を広げながら振り向き、
「久しぶり、陽滝ちゃ」
白い津波に呑み込まれた。
今回のトール君の仕事
カナミさんが億が一全く関係ないところで死なない様に次元魔法についてのチュートリアルをする
今後2章で覚えるだろう次元魔法の基礎魔法(フォーム)他、上級魔法(コネクション)について軽く説明する
異なる魔法の合成については一旦置いて今使える魔法をちゃんと扱いこなせるようにした方が良いとアドバイス(《次元の冬》などの合成魔法習得タイミングを調節)
道中あり得ない事ではあるが事故死しないように次元魔法の理解度を高めつつ、1章ボス戦が楽になってしまわない程度の些細な強化イベント
正直1,2章はガチガチにスケジュールが埋まっているので本当にやることがないのだ
カナミさんが変なイベントに顔を突っ込まない様に注意しておきながら、訳分かんないところで事故死しない様にほんのちょっと強化して、予定通りティーダに苦戦してもらうのが目的
次回、散々匂わせてきたコイツのこの世界で生きていくために必須だった前提チートについて語るけど大体もう分かってるでしょう
取り敢えずヒントは「『彼女』の情報戦での強みは全てにおいて『例のアレ』ありき」という事ですかね
勿論それを扱いこなすための馬鹿げた能力も大変危険ですがそれも『例のアレ』あっての事でアレが無ければ盤面も制御出来ないし、4つのあれらもその真価を発揮できないでしょう
なのでアレが通じなければ、『彼女』は過去と未来が視えて滅茶苦茶頭の回転が良すぎて最終的には何でもかんでも凍らせて力技で解決できてしまうだけの何処にでもいる普通の女の子です。お水飲んでフラフラするような可愛い子ですから
とはいえ「はい、いぶそうにおける最強チート能力の一角を無効化ー!」と簡単にはならない様に弱点も用意しています
トール君と『彼女』ではまさに「生まれ持った違い」で情報戦の優劣がありますがそれも不安定なシーソー状態です
気を抜けば、アレでどうにかできなくともやりようがあるというのは原作でも既に明らかですね
その辺り俺も注意していきたいです
ところでこのss読んでくれてる人なら言うまでもないと思うけどトール君のステータス全部嘘ですからね
カナミさんの視点を信用している人は勿論いないでしょうけど
トール君は次元魔法使いで、当然カナミさんに覗かれるのも分かっているので対策はちゃんとしてますよそりゃ
次回更新は結構遅れます
ちょっとキャンピングカーで全国世直しの旅に行ってこようかと思いまして
また世界救ったら書き始めるんでしばらくお待ち下さい。
誤字脱字訂正はいつでもおkです
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