ジョニィ・ジョースター、杜王町で撃つ (澱粉麺)
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ジョッキー、杜王町に来るの巻

 

 

「バカなッ!!まさかッ!あれは!!

アイツはッ!!」

 

 

彼の師でもあり、親友でもあり、仲間である男、ジャイロ・ツェペリ。その背に、全ての元凶である巻き毛の男…

ファニー・ヴァレンタインが近づいていく。

 

遠巻きにそれを見ていた青年…

ジョニィ・ジョースターは、絶叫する。

 

 

「ジャイロ!?何してるッ!?後ろだッ!!

後ろからも近づいてくるぞォォーーッ!」

 

 

しかし、その叫びが聞こえていないのか、

ジャイロは前方にいる敵へと向かっていく。

 

「ジャイロォォォォォォ!(何故気付かない!?)」

 

 

すると、ジョニィは自らの身体が影に隠れた事に気づく。…人影によるものだった。

 

その影に気がついて、振り向いた時には、もう遅かった。

 

 

「はッ!」

 

 

リボルバーによる銃撃。

銃撃により頬を撃ち抜かれたのだ。

 

 

「(何だ…?僕に…何が起こった?

う…撃たれた…!僕が…?こ、これは…)」

 

倒れ伏せながらも腕を向け、銃撃をしてきた相手に向かって爪弾を放つ。が、無情にもその腕をも撃ち抜かれ、狙いがずれる。

 

「お…おまえ……は…よくも……

…この『スタンド』は……」

 

防衛するために再び指を向ける。だがそれを嘲笑うように、更に二発の弾丸を無慈悲にも撃ち込まれた。止めのつもりであろう銃撃は、act3で回避する事が出来た。が、そこから先の意識は、ジョニィには残っていなかった。

 

ただ一つ記憶に焼き付いている事といえば、場に不釣り合いな程大きい国旗がたなびいていた事だけだった。

 

 

「(ジャ…イ…ロ……すま…ない…)」

 

 

 

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「永遠に供養しろ、アンジェロ!

俺の爺ちゃんも含めお前が殺した人間のな!」

 

仗助のスタンドが、極悪人の片桐安十郎を岩と一体化させていく。

『治す』能力によって岩と人体を癒着させてしまっているのだ。

 

そんな状態でもアンジェロは見苦しくあがき、そして少年を人質にした。が、仗助の逆鱗に触れる行為を……髪型を貶してしまったのが悪運のツキだった。

 

ギリギリ喋る事が出来るくらいだった身体が、更に粉々に砕かれて、『治さ』れてしまった。

 

雨が止んだ空の下で、東方仗助と空条承太郎は佇み、思案していた。

 

アンジェロが言っていた、『矢』とは?

その『矢』を使い、アンジェロをスタンド使いにした者は一体何者なのか?と。そんな時である。

 

雨によって出来上がった水溜まりに、黒みがかった赤色が紛れ込んできたのは。

 

 

「じょ、承太郎さんッ!?

これは…!まさかッ…?」

 

「ああ、間違いなく血だろう…だが、一体誰の…」

 

 

承太郎がその先の言葉を言う必要は無かった。

 

赤色が濃い方へ、濃い方へ。

視線を移していく。それだけで良かった為だ。

 

その先には人間が倒れていた。

今でもおびただしい流血をしながら。

 

星をかたどったアクセサリー、馬の蹄鉄をつけたその華奢な青年に、意識は無いようだ。代わりにあるものは、四つのぽっかりと空いた穴。その穴からは血が止めどなく流れている。

 

 

「この傷は…銃創だ!誰がこんな事を…」

 

「んな事よりも、早く治さねぇと!!

まだ、ほんの少し息がある!」

 

仗助は自らの『スタンド』でその青年の傷を治した。幸いにも、ギリギリ命の灯火が消える寸前で治すことができたらしく、呼吸も問題無くしている。

 

しかし、ここで仗助は一つ異変を感じた。

 

 

「(…?この人、下半身が動かないのか?

いや、その事よりも…治せない…?

この下半身を治す事が出来ない…何故だ)」

 

 

「仗助…ひとまず、お前の家に運ぶぞ。

雨は止んだとはいえ、身体が冷えると万が一があるかもしれない。」

 

「あ、ああ…わかったっス…」

 

実際は建物であれば何でも良かったのだが、 一番近くにある建物という理由で、この傷だらけだった青年を仗助の家に休ませる事となった。

 

 

 

 

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夢を見ていた。

今迄、何度見たかもわからない夢だ。

 

僕の兄のニコラスが、馬に乗って走っている。

そして、落馬する。

 

…誰かが言った。

「白いネズミに驚いて、馬が暴れたんだ」

 

白いネズミ…ダニー。

 

 

僕がダニーを逃したから。

ダニーが僕の元に戻ってきたから。

兄さんは…還らぬ人になった。

 

罪の意識からだろうか…僕は、兄さんの分も必死に頑張った。…頑張ったつもりだった。

それでも、父さんは全く褒めてくれない。

 

そして、ある日起こってしまった。

兄さんのブーツを借りようとして父さんがそれに反対をした。

 

だから、僕はついカッとなって、

「兄さんはもう死んだんだ」と喧嘩になった。

 

力が入りすぎて、僕は父さんを突き飛ばしてしまう。そして、それで割れたガラスが、父さんにキズを負わせてしまった。

 

もちろん、ワザとじゃあなかった。

 

 

そして、父さんはこう言うのだ。

 

 

『おお、神よ…

  貴方はつれていく子供を間違えた…』

 

 

最初は、何を言っているのか解らなかった…

…いや、それは嘘だ。

 

僕は解ろうとしなかったのだ。

解りたくも無かった。

 

だが、この悪夢を幾度も見る。

他でも無い僕自身が理解させてくる。

 

運命は兄さんではなく僕を…

ジョニィを連れていくべきだったのだと。

 

神様は間違えたんだ。

僕は死ぬべきだったんだ。

 

 

間違った宿命は僕を囲む。

そして、最後には皆僕を見捨てる。

見に来る事すらしない。

 

それが、当然の事だった。

 

 

だけど最近この悪夢に、新しいヤツが増えた。

 

そいつの名はジャイロ。

『ジャイロ・ツェペリ』

 

彼は、変なヤツだ。

変な考えで、変なセンスで…

そして、変な程お人好しだ。

 

彼は僕に『回転』を教えてくれた。

 

そして、僕を認めてくれた。

 

そのせいで…

いや、そのおかげと言うべきか。

色々な事が解った代わりに、色々な事が分からなくなってきてしまったんだ。

 

 

僕は死ぬべきでは無かったのか?

 

…僕は、この世界に生きていていいのか?

 

 

僕は一体『何』なんだ?

 

 

ジャイロ、君と一緒ならば分かったのか?

 

 

 

僕は…

 

 

 

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「う…ここ…は…」

 

 

 

僕は、夢から目をさます。

 

横たわっていた場所は恐らくベッドだろう、

ともかく柔らかいものだ。

 

そして、傷を確かめる為に身体に触れてみる。

 

 

「(…!?キズが全く無い?

治療して貰ったとはいえ傷痕はあるはず…

…あの銃撃は現実には無かったのか?

そんなはずは無いハズだが…)」

 

 

「お、目覚めたか。」

 

 

そう思案してると、誰かが入室してきた。

 

その、何と言うか…

……面白い髪型をしている男だった。

 

 

この状況からすると、恐らく、彼はここの家主か何かであり、彼が僕の事をこの家で匿って、治療をしてくれたのだろう。

 

そして、その男は、人懐っこい笑みを浮かべて話しかけてくる。見た目こそ威圧的だが、その性格は温厚そのものらしい。

 

 

「あんた、一体どうしたんすか?

覚えてるかどうかわからないけど、血まみれでそこにぶっ倒れてたんすよ。

そんで、今迄五時間くらい寝っぱなし。」

 

 

血塗れで倒れていた…それは何故かって?

 

後半の台詞は聞き流していた。

僕が重症を負った理由…そうだ、それは…

 

 

 

「…僕は大統領に…撃たれて…

…待て、ここはどこだ!?」

 

 

今現在、僕がこんなに能天気に休んでいられてるここは一体どこなんだ?

 

そうだ!その事を今迄考えてはいなかったが、かなり重要な問題じゃないか!

 

ジャイロは…遺体はどうなっている?

 

 

「おいッ!お前!ここはどこだ!

フィラデルフィアの中の何処かか?

ヴァレンタイン大統領はどうなっているッ!」

 

 

咄嗟に男に掴みかかる。

 

男は今迄大人しかった僕の豹変に驚いた様だ。

 

 

「ど、どうしたんだよ!急に慌ててッ!

フィラデルフィア?大統領?

一体何言ってんだ!ここは『杜王町』だ!」

 

 

「…モリ…オウチヨウ?…聞いたこと無いが…

アメリカの何処の事だ?」

 

 

「アメリカって…ここは日本だろーが。

なに寝惚けてるんすか?」

 

 

 

…こいつは一体何を言っている?

僕は今、日本にいる?あの小さな島国に?

 

 

…何か…よくわからないが、嫌な予感がする。

 

 

その予感に身を任す様に、僕は窓を遮断しているカーテンを引き千切るようにして開けた。

 

するとそこには……

 

 

 

「…!?こ…れは……!?」

 

 

 

気が狂いそうな程の光景が広がっていた。

 

 

岩(少し違うみたいだが…)で覆われた地面、彩り鮮やかで、尚且つ堅固な様相の家、道を走り回る、車に似たようなもの…

いや、あれは車なのか?

 

 

ともかく、一言で表すならば、

『ありえない』光景だった。

 

 

 

「(何だッ…なんなんだ、これは!?

…まさか、これが大統領の能力?

異世界に送り込んだり、自由に出入りできる…

そんな能力だとでもいうのか!?)」

 

 

 

そう考えれば、辻褄が合わない事も無い。

 

奴が急に僕の背後に出てこれたのも、

こういった世界を経由して移動してきて…

 

そして僕がこんな所にいるのも、辻褄が会う。

 

 

しかし、自分で考えておいて何なのだが、頭で理解できても心では理解できそうに無い。

 

 

そしてさらに、もう一つ異変に気付く。

 

 

「(爪が回らない…!タスクが使えない!

これも大統領の仕業なのか…!?)」

 

 

恐ろしい事に、スタンド能力が使えないのだ。

 

能力が使えないとなると、途端に心細くなる。

 

だが、こんな時こそ落ち着かねば…

 

ジャイロの様に、タフなセリフを吐くんだ。

そう、見かけだけでも、彼の様にタフに…

 

 

「い、いや…すまない、錯乱してた。

ホームシックにもかかっててね…

その分取り乱しちまった。…悪かったな。」

 

 

「い、いや…それなら、いいんすけど…」

 

 

咄嗟にそう取り繕う。

あまりにも馬鹿馬鹿しくふざけた言い分だが、一応は納得してくれたようだ。

 

 

「…そうだ君、僕を保護してくれてたんだろ?

そういえばまだ礼も言ってなかったな…

えっと、君の名は…?」

 

 

話題を転換させる為、そして情報をほんの少しでも集める為に質問をする。

 

 

「あ、ああ。俺は東方仗助。

えっと、アンタは?」

 

 

「僕かい?僕は……

 

 

……僕の名前はジャイロ。

『ジャイロ・ツェペリ』だ。」

 

 

 

 

嘘を吐いた。

…本当はジョニィ・ジョースターなのにな。

 

相手が信用できなかった訳ではない。

それでも、嘘の名前を言ったのは…

 

『願掛け』の様なものだったのかもしれない。

 

この異世界で僕は、否応無しに生きていく事になるのだろう。

 

僕の中の直感と経験がそう言っている。

 

僕の師であり、友でもある彼の名を借りて、

ほんの少しでも気休めが欲しかったのだ。

 

 

 

「ジャイロさん…何があったんです?

あんな…言っちゃ悪いが、死にかけの状態で…あんな所にぶっ倒れているなんて…

ぶっちゃけ、普通じゃあないですよ。」

 

 

「敬語なんて使わなくていいさ。

……すまないが、その事はショックのせいか、

全くと言っていいほど覚えていないんだ。

ご期待に添えなくて悪いな。」

 

 

 

また、嘘を吐いた。

しかし、これにも理由はある。

 

さっきの反応からして、大統領だのなんだの言っても信じはしないだろう。

それなら、しらばっくれた方が楽だ。

 

この世界の中で知らない事も、

『ショックで記憶障害なんだ』

とでもしておけば、自然に教えてもらえる。

 

それにもしも僕が事実を言い、相手がそれを信じたら、僕に対して警戒が強くなるだろう。

 

 

…それは少し不都合だ。

なぜなら……

 

 

 

 

「(例えこれが大統領の仕業でも、そうでなくとも…僕は元の世界に戻ってみせる。)」

 

「(そう…絶対に…どんな手を使おうと…

誰を利用しようと…!)」

 

 

 

 

殺人だろうと厭わない強い意思…

旅のガンマン、リンゴォが言っていた、

『漆黒の意思』とは、この事だろう。

 

 

今、初めて自覚する事が出来た。

 

 

 

 

 

 

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ジョニィ・ジョースター

 

---身元が分からないものの、

 金銭は持っていたので、

 今現在はホテルに泊まっている。

 

 

 

東方仗助

 

---たまにホテルの方に顔を出して、

 ジョニィの様子を見ているらしい。

 仗助曰く、友好関係は上々のようだ。

 

 

空条承太郎

 

---杜王町に滞在する事に。

 片手間にだが、ジョニィの事を

 調べているようだ。

 

 

 

⇒to be contenued…

 



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ジョニィ、虹村兄弟と出会うの巻

 

「あれ、ジャイロさんじゃねえスか」

 

佇んでいた僕に僕が名乗った偽名で話しかけて来たのは、 命の恩人である男、仗助だった。

相も変わらずに人の良い笑みを浮かべて、彼はこちらに近づいてくる。

 

 

「うっす。何やってんすか?こんな所で」

 

 

仗助がこんな所と言っているのも無理は無い。

僕は今、ボロボロの空き家の前に居るのだ。

 

 

「いやね…いつまでもホテルにいるもんじゃああっという間にカネが尽きちまうと思ってね。

どこか安い空き家でもないか探していたんだ」

 

 

今、僕は承太郎と同じく杜王グランドホテルで寝食を行っている。

 

こうして僕が暮らしていられる理由は、何故かはわからないが、かなりの額のこの世界での金銭を所持していた為だ。

 

だが、暮らしているだけでも思いのほか出費がかさんでしまう。これでは近い将来、使い果たしてしまうだろう。

 

そうなると、下半身不随の僕は働く事すらも出来ないので、住む場所が無くなってしまう。最悪、そのまま餓死してしまうだろう。

 

だから、多少不便でも住まいを探す必要があった。だからここにいるのだ。(勿論、電話やチラシも考えたが、そういうので紹介される物件というのは多分に漏れず高価だ。それじゃあ意味がない。)

 

 

「で、だ。仗助。さっきから気になっていたんだが…ここの物件、荒れ具合からして、ずっと空き家なんだろう?」

 

「ん…ああ。住んでる人は見た事ないな。

こう荒れてちゃあ売れる訳もねーし」

 

「僕もさっきまでそう思ってたんだが…

なあ、誰かが引っ越して来たんじゃあないか?

さっき、チラリとだが人影が見えたんだ」

 

仗助は眉を顰めて首を捻り、うーんと唸る。

 

 

「いや…そんな筈は無いなぁ…俺ん家、あそこだろ?引っ越したってならすぐわかるぜ。不動産屋が浮浪者対策に見回りもしてるし…」

 

 

と、彼には珍しく断定して否定する。

そう言われて改めて家を見ると、扉には南京錠もおりているし、何よりもその荒れようから、住めるような場所では無い。

 

…僕の気のせいだったのだろうか?

 

まだ納得がいっていない僕は、怪訝に思い、車椅子から身を乗り出して扉の間に顔を入れる。

 

その瞬間だった。

 

ガァンという衝突音と共に、その鉄扉が勢い良く閉まる。扉の間から頭を戻す隙も無かった僕は、その勢いのまま首を挟まれてしまう!

 

「な…!……ガぁッ……!?」

 

「…!?てめえッ!何してんだ!」

 

 

仗助の声が遠雷の様に遠くに聞こえる。

酸素が届かず、耳が上手く働いてないらしい。

 

仗助と、僕を圧迫している男–ガラの悪く正に不良って感じの男だ–が睨みあっている間、僕は意外にも冷静に自分自身の状態を観察していた。

 

…だが、その観察も僅かな間だった。

 

次の瞬間には矢が僕の方へ飛来。

そして、激痛と共に僕の首へとブチ刺さった。

 

 

「(!?い…痛いッ…!何だッ?これは?

矢?矢が刺さっている?何故いきなりこんな…

……クソッ…意識が……)」

 

「(死に…たくない……)」

 

 

そう思いながらも僕の意識は成す術も無く、

ゆっくりと、確実に。黒く包まれていった。

 

 

 

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「ハッ!」

 

 

次に僕が意識を取り戻したのは、見知らぬ屋根の下だった。薄暗く、ズタボロの屋根の下だ。

 

そして横たわっている僕の横に、安堵した表情で仗助が佇んでいた。怪我をしている。

 

そして仗助の後ろに僕を扉で挟んだ男がいた。

(後から聞くと、そいつは億泰というらしい)

 

 

首に触れると、矢で射抜かれた筈の傷は無い。

 

 

…どうやら僕はまた彼に命を救われたようだ。

 

 

仗助は僕の無事を確かめた後、直ぐまた険しい表情となる。

 

 

「悪いが、まだ安心するのは早い…

あん時のヤバイ状態はまだ続いている…

俺たちはまだ『攻撃』されてるンすよ」

 

「『攻撃』だと…!?」

 

 

そう聞いた途端、身体中にアドレナリンが回り、血が昇る様な気がする。

 

ほぼ反射的に、今やタスクを使えない両手を突き出し、構える。

その一連を見て、仗助は思う所があったのだろうか、顔を顰める。

 

「(やっぱ…どこか裏がありそうだ。こいつ…『ジャイロ・ツェペリ』。普通攻撃されているなんて言われても理解出来ねぇか、もしくはパニックなるのに。こいつはまるで『慣れている』かのように警戒をしていた。こんな事が、何度もあったみてえに…)」

 

 

何か考えている様だが、僕には知る由も無い。

 

と、そんな時だ。どこかからか音が聞こえた。思い当たる節があったらしい仗助はおもむろにライターを取り出し、薄暗い部屋を照らす。

 

するとそこには、大量の小人がいた。

そして、その小人は皆、武装をしている!

 

 

「(! これは、まさかッ…!)」

 

 

僕が思案している間にも、小人は攻撃を行い、仗助の身体にとても小さな、しかし手深い傷を与えていく。

 

彼のスタンド、筋骨隆々の男性の様な姿の『クレイジー・ダイヤモンド』も(実は、僕が全体像を見たのはこれが初めてだった)反撃するが、ダメージを受けた様子は無い。

 

すると、小人達…否、呼び方を変えるべきだ。

その『小さな軍人』達は、編隊を組み、僕らを完全に包囲する。

 

そして、どこかから男の声が聞こえてくる。

 

「億泰のやつが余計な事をして…そのジャイロとか言う奴を助けたから…ほんの少し!作戦が狂った!

しかし!この館からは絶対に出さん!」

 

 

その編隊の本体がそう言い放つ。

そして…

 

 

 

「狙えェェ〜〜!筒!」

 

 

 

…一斉射撃を行ってくる!

 

仗助は僕の事をスタンドで抱え、窓に向かう。

 

 

「クソッ!ここは二階だが…

窓をぶち破って飛び降りるぜ!」

 

 

だが僕は、先に空中に光る何かが飛んでいる事を目の端で捉えていた。

 

 

「いや!多分だが…それは無理だッ!」

 

 

その発言に、仗助の窓へと向かう足が止まる。

そして、眼を凝らすと…

 

 

「…あ、甘かったか。

グレートだぜ…ヘリコプターまでいんのか?

こりゃあ『アパッチ』じゃあねーか…」

 

 

「!! 横を見ろ、仗助ッ!

戦車が襲ってきているぞッ!」

 

 

突き飛ばそうとするが、この身体は動かない。

本当に、なんと不便な身体だろう。

 

仗助は驚きながらも戦車に向かい、ヘリからのミサイルを全て叩き落とす。そして、こう言った。

 

 

「…あんた、見えるのか…?あれが…『スタンド』が…!」

 

「ほう…そいつ…

スタンドを使える様になったのか…!」

 

 

後半のセリフを言ったのは仗助ではない。軍隊の後方、物陰から出てきた男が発した言葉だ。その尊大な態度、軍隊に襲われていない事から彼がこのスタンドの本体である事は明白だ。

 

 

「そこにいたんスかー?勇気あるじゃんよぉ〜

本体をさらすとはよォー!」

 

 

そう言って、引き抜いた釘を投げつける。が、釘は本体に当たるより先に射撃で粉々になる。

相手は嘲る様な視線でそれを見つめてから、

さらに続けて話しかけてくる。

 

 

「そこの貴様!スタンドを出してみろッ!能力によっては貴様を生かしておいてやるッ!」

 

 

そう言って、待機する。

スタンド?スタンドと言ったのか?

それは僕の知ってるあの『スタンド』なのか?

 

動かない僕をどう思ったかは分からない。ヤツは舌打ちを一度すると、ナイフを持った軍人を差し向けてきたのだ!

 

その軍人はナイフで僕の首を突き刺してくる!

(大きさこそ小さいが鋭さは本物だ!)

 

 

痛い!恐い!止めてくれッ!

 

 

「うおおおおおおおッ!!」

 

 

考えてはいなかった。

ただ本能的に、叫び、そして…

 

 

「爪が…回っている…!」

 

「ほほう…それが貴様のスタンドか…」

 

 

…本能的に、スタンドを発動していた。

それはこの世界に来てから今まで、発動する事が無かった『タスク』だった。

 

最早、迷う必要は無い!タスクが右手を『軍人』の本体へと向けて…

…発射する!

 

「なるほど…爪を回転、射出する能力か…」

 

が、悠然と立ち尽くしながら、彼のスタンドは僕の爪弾を対空射撃にて粉微塵にしてしまう。

 

 

「(このまま殺してしまってもいいが…何となくだが…ヤツの『爪』。

まだ伸びしろがある、そんな気がするな…少し、生かしておいてみるか…)」

 

 

 

何を思案していたかは分からないが、彼は僕の居る方から軍隊を撤退させる。本体の彼は仗助の方へ向いた。それと同時に規則正しく軍人もそちらを向く。戦車も、アパッチも、歩兵も、全てがだ。

 

そして、仗助のみに武器を構える!

 

 

「全隊ィィ〜〜!撃…て…!?」

 

 

 

だが、弾丸が撃ち出される事は無かった。

背から胸にかけて、穴が空いていたからだ。

 

…先程左手で撃っておいた『穴』が移動。そして、その穴から出現した僕の右手が、彼を撃ち貫いていた。

 

遠隔攻撃を銃撃で無効化していたが、やはり見えない所からの一撃はどうしようも無かった様だ。

 

 

「(成る程…act3も使えるのか…

…完全に戻ったってところかな…)」

 

 

確かめる様に手を握り、開く。

これで目の前の敵は排除できた。

 

 

 

 

 

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仗助は『軍人』のスタンド本体(聞いた話によると、虹村形兆と言うらしい)に駆け寄り、僕が作った銃創を治す。

 

心臓に当てたつもりだったが、少しズレていたという。

その、形兆は生きていた。

 

何とか一命を取り留めさせた後に、仗助はこちらを睨み、そして、こう言い放つ。

 

 

「アンタ…殺そうとしたのか!?コイツを!」

 

「ああ、殺そうとした。

そうじゃあなきゃ僕らが殺されていたからな」

 

 

正直、仗助がわざわざ治した事も理解し難い。

すぐに立ち上がり、襲いかかってくる可能性だってあるじゃあないか。

そうしたら、act3の事を知った形兆は、もう僕達には手に負えない敵となる。

 

今からでも止めを刺した方がいいのでは?

 

そういった思考を読んだかの様に、仗助は更に強くこちらを睨みつける。だがどれにせよ、あの状況ではこうでもしないと僕達のどちらかが死んでいたかもしれない。

 

そういった事実を鑑みてか仗助が僕をそれ以上批難する事は無かった。

 

 

「……なあ、僕がスタンドを使える様になった元凶の『矢』は何処に行ったんだ?」

 

 

重苦しい雰囲気を変える為に、咄嗟に別の話題を話す。

 

さっき聞いた話によると、僕がタスクを再び使えるようになったのは僕を貫いた、あの『矢』が原因らしい。

 

そして、虹村形兆はそれを使ってこれまでにも幾人かを貫いてきたようだ。当然、それで死者も出ているはず。

 

 

「ん…ああ、そうだな。

アレも確保しなくちゃあいけねぇか」

 

 

そういって、返事も待たずそそくさとその場から離れていった。

 

 

無理もない。図体がでかく、強力な能力を持っているとはいえまだ高校生だ。戦いは相当に心の負担になったのだろう。

 

 

そう思いながら、這って仗助に追いすがる。

 

 

 

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二階には、驚愕に満ちた出来事しか無かった。

 

化け物に成り果てた虹村兄弟の父。

そして彼らの目的。

 

『DIO』(あだ名が被るなんて珍しい事だ)

 

そして本題である、『矢』の行方。

 

 

今、僕達の前には弟を庇った末に。

電線の上で感電死している形兆がいる。黒焦げになっており、クレイジー・Dでも最早どうする事も出来ないだろう。

 

そして、僕はここで初めて、大きな『流れ』に巻き込まれてしまった事に気づく事となった。

この町の『異常性』という『流れ』に。

 

 

「(『レッド・ホット・チリペッパー』だと?

一体、何者なんだ?『矢』は何処へ?

……僕はどうすればいいんだ?)」

 

 

自分自身に問いを投げかける。

当然ながら、それを答える者はいない。

 

そして、いつしか思案する事も止めた。

誰かが言った言葉だ。

 

「『流れ』とは比喩だが。

逆らわなければ、必ず目標へと辿り着ける。」

 

 

ならば、僕はこの異常なこの街の流れに、

身を任せる。ただ、それだけだ。

最早、それしか無い。

 

 

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ジョニィ・ジョースター

 

---結局住居を探すのは諦め、ホテルの質を落として暮らす事にした。

 

 

 

東方仗助

 

---ジョニィに対し、彼は何かを隠しているのでは無いかと警戒心を抱く。

 

 

 

虹村億泰

 

---仗助らと和解。

何事も無かったかのように味方になった。

 

 

⇒to be contenued…



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飢えた男、イタリア料理を食べに行くの巻

 

信頼できる仲間が出来、衣食住もまあまあ安定した。そうなると人間は欲が出てくるものだ。

 

そしてその欲が最も向けられたもの…

つまり、僕が一番欲っした物。

それは嗜好品だった。

 

嗜好品というと一見それといった意味も無いような物に思える。だが、そうじゃない。むしろ、士気を落とさずに何かを成し遂げるには必須といってもいい物だという事を、僕は最近よく思い知った。

 

……つまり、何が言いたいのかと言うと、

『ジャイロのコーヒーが飲みたい』

と言う事である。

 

コールタールのようにドロドロのあのコーヒーは、SBR中での殺伐とした日々の格別の楽しみだった。苦く甘く、それでいて信じられない程香りが良い。正に『大地の恵み』だった。

 

だが今、当然、杜王町には彼はいない。

(彼の名を騙る自称友人ならここに居るが)

 

更に、この町にはそもそもイタリアンコーヒーを置いてある所自体少ない。ホテルに置いてある物も、アメリカ式の物だけだった。自分で淹れればいいかとも思ったが、結果は金と豆とを無駄にしただけだった。

 

そんなこんなで悶々としていたある日の事。

トレーニングを兼ねた散歩をしているさなか、

ある一つの看板が目に入った。

 

 

「……イタリア料理、『レストラン・トラサルディー』?」

 

 

最近出来た店なのかは判らないが、看板は真新しい物だった。

その看板によれば、この道を200mほど先に行けばある店らしい。

 

「…成る程…」

 

お誂え向きだ、と思った。

ここらは急な斜面も無く、その上、200mなら車椅子の僕でも通える距離だ。そしてイタリア料理店なら当然コーヒーもあるだろう。カネは余り持ってきていないが、まあ足りない事も恐らくは無いはずだ。

 

 

(ま、どうせ暇な身だ。

冷やかしにでも行ってみるか…)

 

 

と、言うことで。

僕はそのレストランへ行く事にした。

 

 

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 

 

 

 

10分ほど車椅子を漕ぎ、

『レストラン・トラサルディー』へ着いた。

 

店自体はあまり大きく無く、見た目もちょっとボロい。店の隣に霊園がある事も手伝って、雰囲気は少し不気味だ。

 

しかし、窓には光が灯っており、入り口にも営業中との看板があるので、やっていない訳ではないらしい。

 

 

それでも少し入るのを戸惑っていた、そんな時だった。中から悲鳴が聞こえて来たのは。

 

 

幸か不幸か僕はその声を知っていた。

 

 

「…ッ!?今の声はッ…オクヤス!?」

 

 

間違いない。あのダミ声は確かにそうだ。

店内ではスタンド使いが悲鳴をあげるような、

そんな事態が起きているのか?

つまり…スタンド攻撃が起こっているのか!

 

 

そう思った途端、肌がピリつく。

 

 

(助けに行くか?

正直ここから立ち去ってもしまいたいが…

いや、ダメだッ!行かなくてはならないッ!)

 

 

そう考えた僕は、『タスク』を発動させて、

周りを見渡し…そして、店内に飛び込んだ!

 

 

そこで僕が見たものは…!

 

 

 

 

 

「うンまぁ〜〜い!」

 

 

 

 

 

…いかにも幸せそうなアホ面でプリンを食べているオクヤスの姿だった。

 

 

「あれ?ジャイロじゃあねえかよ?どうしたよそんな怖え顔して。ひょっとしてトイレか?」

 

 

彼はそう言って、ぎゃははと笑った。

 

 

心配と極度の緊張下にあった僕はその能天気な物言いとツラについムカッと…いや、ブチッとキてしまって…

 

 

まあ、その、何というか…

 

 

…一発撃ったのはやりすぎたと思う。

 

 

 

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 

 

 

 

「ジャイロさんも来たんすか…『スタンド使いはスタンド使いに惹かれ合う』か…最近、ほんと実感するぜ」

 

 

三角巾にエプロンとの似合わない格好で仗助が話す。隣にはオクヤスが座る。笑いながらその格好の事を聞くと、かれは顔をリンゴのように赤くしながら顛末を話した。

 

要約すると、彼は店主を敵だと思い込み、厨房に突撃をかまし、結果こうなったのだという。最初こそ笑いがこみあげたが、もし僕がこの店に最初に来ていたらと思うと、笑えなかった。

 

 

 

「お待たせいタしました、カプチーノです」

 

 

そうこうしていると、店主…『トニオ・トラサルディー』がコップを片手に厨房から出てきた。

 

 

どうも、彼もスタンド使いらしいのだが、オクヤスや仗助曰く、ただ善意で能力を扱っているという、『良い人』だそうだ。

 

…正直言って信じられない。まるで壮言大語だ。

そう思った上、実際に仗助達にもそう言った。

 

 

だが、オクヤスはそんな事を言った僕に対して言い聞かせるでもなく、否定するでもなく、ただ、にやけてこう言った。

 

 

「料理を頼んでみなって」 と。

 

 

結局、コーヒーだけ頼むつもりだった僕はその謎の圧力に負けてしまい、フルコースを食べる事になった。

 

 

 

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 

 

 

この味を作れる料理人というのは、天使に違いない。そう思う他は無い。美味しいという言葉で足りない程には美味しいと思った。有り得ない味覚の衝撃だった。

 

成る程オクヤスが言ってたのはこういう事か。

 

その美味しさもさることながら、何より凄いのは、食べていく内に身体の不調がどんどんと治っていくということだ。

イエス様が槍で突かれた際、その血を浴びたロンギヌスは、不自由だった目が治ったと言う。この現象はまるでそれだ。

 

もしこれが『スタンド能力』と解っていなければ、僕は本当に彼を天使か何かと勘違いしてしまっていたのではないだろうか。

 

一つ一つの料理に感銘を受けながら、僕は身体の不調を治していった。

それは、慣れない生活による胃の荒れ、頭痛やめまい、寝不足などを嘘のように解消させしめたのだ。

 

そんな中の事、一つだけハプニングがあった。

 

四品目のデザートを食べている最中の事。

ゼリーを頂きながら、コーヒー(本来の目的はここでようやく果たされた)を飲んでいた。

 

それまでと同じ様に何かしらの変化が起こるのだろう。そう思っていた。

 

しかし、幾ら待っても何も起こらない。

 

それまで得意げな表情で傍にいたトニオも、困惑と怪訝をありありと浮かべていた。

 

 

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 

 

 

結局、フルコースは

「お代を頂く事ができません」との事で、料金を払う事を許されなかった。彼の中のプロとしての自信や矜持がそうさせたのだろう。

 

少しでも不完全な物に対しては妥協を許さないその厳しさこそが彼をこの境地に立たせたのかもしれない。

 

 

そんな事を思いながらも、僕は帰路についた。

 

 

(本当に、信じられないほど美味しかった…

こんな料理を、ジャイロにも…

……ニコラス兄さんにも…)

 

 

墓地が近くにあるからだろうか?

ついセンチメンタルな気分になってしまった。

 

 

(ダメだ、こんな事。

僕らしく…否、『ジャイロ』らしくない。)

 

 

そう思いながら、目元の雫を拭った。

一度流れた雫は止まらず、暫くの間、自分でもよくわからないままに泣いてしまっていた。

 

 

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 

 

「仗助サン、お掃除お疲れ様でス。

もういいですよ。アリガトウゴザイマシタ。

お礼と言ってはなんデスが…警告を」

 

 

 

「…?いきなり、何を言っているんすか?」

 

 

 

「……ワタシの『パール・ジャム』は確かに、外傷などを治す事は正直難しいでス。しかし全く反応しないというのも考えにくい」

 

 

「待て、トニオさん…何を言っている?」

 

 

「ジャイロさんの事です。イエ、あの人の脚の事と言った方が良いでしょウか。…仗助サン、貴方。あの人の脚を

『クレイジー・D』で治そうとした事は?」

 

 

「…ある。…なあ、何が言いたいんだ?」

 

 

「結果は?」

 

 

「あの車椅子を見ればわかるだろ?」

 

 

「…ワタシはそれが言いたいのです」

 

「外傷を全て治す事の出来るスタンドと、病気のような内面的症状を治せるワタシのスタンド。この二つが揃い、治せない傷とは一体、何なのデショウか?」

 

 

「……ッ!」

 

 

「…先程、何が言いたいのかと言いましたネ、仗助サン。それは、ワタシにもわかりませン。

…しかし、これだけは言っておきたいのでス」

 

「彼のあの脚…ひいては彼は、相当に異常である事を」

 

 

「…つまり、何か?ジャイロは敵だとでも?」

 

 

「イイエ、とんでもない!…ただ、何か、変な感じがするのです。得体の知れないというカ…」

 

 

「…解ったよ、トニオさん。ありがとう」

 

 

「…スミマセン、適当な事ばかりを」

 

 

「いや、いいんだ…ありがとう。

…それじゃあな、トニオさん」

 

 

「…ええ、またのご来店をお待ちしてオリマス」

 

 

 

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 

 

 

帰路の中、仗助は考える。

 

 

(ジャイロは信頼できる人間だと思っている。だがトニオの言うように謎が多いのも事実だ。…そして、億泰の家でのあの残虐性…)

 

 

彼は、当然のように殺しをするつもりだった。

それを忘れてはいなかったか?

 

 

(だが…クソッ!)

 

 

 

足元にあった石を蹴り飛ばす。

苛立ちは、増す一方だった。

 

(あの笑顔が…あの楽しそうな顔が嘘であってたまるか?騙そうとすれば、人はあんな顔を嘘でも出来るのか?そんなの…わからねえ!)

 

 

苛立ち、そしてやるせなさを胸に空を眺める。

 

そして仗助は、こう呟いた。

 

 

「ジャイロ、アンタは何者なんだ?」

 

 

問いは誰にも届かず、ただ静かに町へ溶けていった。

 

 

 

 

⇒to be contenued…

 

 



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牙持つ男、杜王港を訪れるの巻

 

「仗助ッ!左だ!今度は左の穴から来ているぞッ!」

 

「ッ!『ドラァ!』」

 

叫んだ僕の声にリーゼント姿の男…仗助と、そのスタンド、『クレイジー・ダイヤモンド』は反応し、その拳を繰り出した。が、しかし、その恐るべき速度を持つ一撃は嘲笑われる様に『ヤツ』に避けられる。

 

 

そして、それを避けた『ヤツ』…『レッド・ホット・チリペッパー』は、お返しと言わんばかりに一撃を仗助に喰らわせた。

 

 

彼はそれを何とか受け止めるが、このままでは仗助が斃れるのも時間の問題だろう。そしてチリペッパーは、石畳に空いた排水口(正確にはその中に張り巡らされた電線)へと再び潜行してしまう。相手がこの戦法を取り始めてしまってから、仗助は一度も有効打を当てれていない。

 

その光景を、僕はただ歯噛みして見ている事しか出来なかった。

 

「クソッ!いくら『クレイジー・D』でも!

電気のスタンドに速さで敵う訳が無い!」

 

 

「泣き言を言う暇があるなら、あいつが何処から来るかを指示しろってんだよッ!」

 

 

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 

 

 

『レッド・ホット・チリペッパー』の本体を見つけ出す方法がある。

承太郎が皆を集め、だしぬけにそう言ったのは、まだ数十分程前だ。

 

彼の祖父であり、仗助の父でもある人物。その人が、念写を行う事の出来る『スタンド』を持っているのだという。

 

証拠も残す事なく、故に行方が杳として知れないチリペッパーの本体を、それならば突き止められる。そして、本体を見つけ出す事が出来るのならヤツを止める事が出来る。

 

そこまでは良かった。

 

が、しかし。僕たちは迂闊にもこの会話をチリペッパーに聞かれてしまったのだ。それを聞いたヤツは、念写される事を死に物狂いで阻止しにくるだろう。…最悪であり、尚且つ確実な、暗殺という形で。

 

億泰の必死の追跡をも躱したチリペッパーの、念写のスタンド使いの暗殺の阻止。僕たちはその為に杜王港に来ていた。

 

そして承太郎は、億泰と共にボートで、仗助の父…ジョセフ・ジョースターが乗った船へと向かい、そして、僕と仗助には待機を命じた。

 

彼は、本体がここの港へと来て、そこからの暗殺を用心したのだ。故に、それを阻止するために僕たちをここに留まるよう言った。

 

果たして彼の言った様に、チリペッパーの本体…音石明はここへと来た。なんとしても暗殺を阻止し、音石を捕らえる為に、仗助と僕は闘いを始めたのだが…

 

 

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 

 

 

「ッ!今度は右から!」

 

「ぐっ…!」

 

 

今度は拳を繰り出す事すら出来ず、ただ防御のみを行う。

当然の事だが、ダメージを負う度、仗助の反応は鈍くなる。しかし相手の速度が弱まる気配は無い。(寧ろ早まっている様にも見える)

 

故に、防戦一方だ。時間が経つにつれて、この戦いはより仗助に対して不利なものへとなっていくだろう。

 

 

「(…最早、同士討ちの可能性なんてのを考えている暇も無い…!)」

 

 

僕は今になってようやく、タスクact2を発現させ。

右手を音石へと向けた。

 

 

「(今、ヤツが仗助に付きっ切りになっている今がチャンスだ。

…不意打ちで射殺するッ!)」

 

 

迷っている猶予も無い。チャンスは今!

 

 

「喰らえッ!『チリペッパー』!!」

 

 

音石へと向けた指先から、爪弾が飛んだ!黄金長方形の力を込めたその爪弾は、いい気になりギターを弾いている音石の横顔に当たる。

…筈だった。

 

だがしかし、爪弾は炸裂する直前にその実体を忽然と消してしまった。

何が起こったかは、直ぐに解った。

 

電気のスタンド、『レッド・ホット・チリペッパー』。電気の権化であるヤツは、そのまま稲妻の速さをモノにしている。それは、弾丸の速度など、のろまな亀の歩み程度のものでしか無いという事だ。

 

チリペッパー…ヤツはその爪弾を叩き落すでも避けるでも無く、キャッチしたのだ。ちょうど、子供が戯れにキャッチボールでもするかのように。

 

それを、今地面にただ落ちている元爪弾…

僕の爪から理解する事が出来た。

 

そして『チリペッパー』は、出来たにも関わらず、僕を攻撃しない。

 

…仗助を倒す事さえ出来たのならば、僕などあっという間に殺してしまえるからだ。わざわざ今、一瞬の隙を作ってまで僕を殺す必要などないのだ。

 

 

「そう焦るなよジャイロ!

お前は仗助の次に殺してやるぜッ!」

 

 

その僕の予想を裏付けるかのように、音石は仗助を嬲り続けながら騒ぎ立てる。

 

 

「…なら、僕は殺される事は無い訳だ」

 

「あぁ?」

 

「解らないか?お前は仗助を殺す事なんて出来ない。お前は『僕たち』に負けるんだ」

 

 

音石明の後方に『穴』が蠢く。

あの穴は、先程不意打ちの爪弾を右手で放った時に、もう片方の手の爪弾で僕がいま居る石畳を穿った物だ。

 

黄金長方形が生み出す回転は、穴になっても死なない。だから、穴が相手を追尾する。そして、act3はその穴に身体を巻き込む事が出来たのならば、自由にその部位を移動させる事の出来るスタンド。

 

今やっている事は、考えも、行ってる事も、虹村形兆と戦った時と同じだ。スタンドが強いのならば、そのスタンドは避け、無防備な本体を狙い、射ち殺す。

 

人間の視界には限界がある。その視界外から撃てば、スタンドで爪弾に対処する事も出来ない。僕の左の手は、音石の背後に移動した、コンテナに空いた穴の中から覗き出る。

 

 

「(音石はこちらを見ていない…

これなら殺しきれるッ!)」

 

そして、今度は声も上げず、3発。

頭、胸、脚へとそれぞれ狙いをつけ撃った。

 

 

だが、それでも誤算が一つ。

…『電気の速さ』について。

甘く見ているつもりは無かった。

それでも、その速さは僕の想像を遥かに超えていてしまったのだ。

 

本体と視覚を共有するスタンドである

『チリペッパー』は…恐らく、視界の端に弾丸を捉え得たのだろう。

瞬間、排水口から出て仗助へ強烈なあびせ蹴りをかました。そして、仗助が痛みで硬直してるその一瞬に本体の真後ろへと移動。

 

爪弾を、再び、嘲笑うように掴み取った。

 

 

「……ッ!!」

 

 

完璧に、失敗だ。

 

「おいおい、もしかしてとっておきの秘策だったか?

こりゃあ、悪い事しちまったかな?」

 

 

音石は嘲り、笑う。

…攻撃は無い。

 

…ならば仕様がない。

 

確実に倒してしまえる方法であるこちらで終われば良い、とも思っていたが、こうなってしまっては作戦を選んでる余裕なんて無い。

だから、頼れる仲間に…

仗助に頼る他無い。

 

 

 

「…仗助ッ!君から見て右前方を殴れ!」

 

「ッ!…ドラァッ!」

 

 

仗助は急にされた命令に一瞬戸惑いながらも、それに従った。そして、その半ばやけくそ気味に放ったその拳は…

 

 

「!?げふっ!」

 

 

攻撃をしようと穴からまろび出てきていた

『チリペッパー』にぶち当たった!

 

致命打では無い。が、攻撃されるなど全く思いもよらなかった音石にとって、この一撃は隙を作るのに充分過ぎる物だった。

 

 

「良しッ!今だ、仗助ッ!」

 

「…ああ、解ってるぜッ!」

 

 

地面に倒れこむチリペッパーに、クレイジー・Dは拳を振り下ろし、プレス機のような激烈な一撃を放つ。

チリペッパーは身を翻し、それを何とか避ける。避けられた一撃は石畳に直撃し、その石畳を破砕せしめた。

 

 

「ぐっ…面食らっちまったが!だがな、この一撃だけだぜ!てめーらが当てられるのはな!偶然は二度も続かねぇぞ!」

 

「ッ!まずい、仗助!とどめをッ…!」

 

 

そう僕が言うや否や、チリペッパーが再び排水口へとへと潜りこんでしまう。

 

仕留め損ねた。そう思った。

だがしかし、仗助は違った。

彼は既に、勝利を確信した顔をしていた。

 

 

「いいや、もう終わってるぜ。

既に『治しておいた』からな…」

 

 

治した?何を?そう思ったのも束の間。

彼の意を、結果から読み取る事が出来た。

 

さっきの地面への大振りの一撃。

あれは敵を狙ったものじゃ無かったんだ。

 

 

「さっきまではよぉー…

殴られ続けてたせいで、こんな簡単な事すらする余裕が無かったが…

少しでも隙があんなら…!」

 

 

気がつくと、殴りつけられた石畳…いや、訂正するべきだろう。その『コンクリートの地面』は。クレイジー・Dによりその原料にまで

『治さ』れ、コールタールと化していた。

 

そして、それは油膜となり、チリペッパーが利用している排水口を覆っている。薄い油膜程度では、あの穴から出てくる事自体を防ぐ事は出来ない。

 

だがあの油膜があるのなら…!

僕が見やるその先、排水口に、油膜の膨らみが出来る。それはつまり…!

 

 

「ッ!見えたッ!君の丁度真ん前だ!

叩きつけろッ!」

 

「いや、殴るよりも…もっといい攻撃があるぜ。それは…」

 

「…『治す』ッ!」

 

 

油膜により、先程よりも一歩先に相手の場所を突き止める。そして仗助は、その場所に、いつのまにか持っていた破損したタイヤを置いた。

 

 

「クレイジー・ダイヤモンドッ!!」

 

 

渾身の叫びと共に、そのタイヤを細切れにし、それを、チリペッパーが出て来たタイミングで、恐ろしいスピードで治す。

 

すると…

 

 

「ああッ!テメェ!た、タイヤをッ!

しまった、これじゃあパワーが来ねえッ!」

 

 

なんと、あのチリペッパーをタイヤの内へと閉じ込めたのだ!

 

タイヤはゴムで出来ている。

そしてゴムは絶縁体!電気を通さない!

つまりこれでヤツは…!

 

 

「…なーんて、嘘だよぉ〜ん。本当はパニクったふりをしただけだったりして…」

 

「何?」

 

「けっ!厚さが1mあるならいざ知れずよぉ〜〜!笑わせんな!こんな薄っぺらいゴム如き…」

 

「破れないとでも思ってんのかボケェッ!」

 

 

 

バム、とくぐもった破裂音が響く。

それはゴムタイヤを突き破った音、捕らえていた絶縁体を壊した音だ。

 

だが…

 

「グレート…幸せだったのによぉ〜 タイヤをぶち破るパワーなんて無かった方がよーーッ」

 

 

繰り返すが、タイヤはゴムで出来ている。

 

だが、車等に付けられているタイヤは当然、ゴムのみではない。合成ゴムの混ざり物、他のパーツ…そして何より、内に空気が必要だ。

そんなタイヤを、無造作に拳で、一部分だけ破ったのならどうなるか?

 

 

「げぇッ!!」

 

 

次に響く音はバシュゥという空気が強い勢いで漏れ出す音。パンパンだった空気が、空いた穴から我先にと漏れ出す音だ。そして、漏れ出した空気はそのタイヤごとチリペッパーを飛ばしていく。

 

その飛行の先は…

 

 

「ぎ…ぎゃああああぁッ!海は!海はまずいんだよおおおおお!! ち…散る!!」

 

 

港には当然ある場所、海。

 

 

チリペッパーは電気の化身。

電気の性質を全て持つ、電気そのものなのだ。

 

つまりは、海水へと浸っていった電気。

塩水は電気をみるみるうちに拡散させる。

 

 

その末に起こる事は…

 

 

 

「スタンドがバラバラに千切れて、拡散していってしまった…

という事は…」

 

「…やはり、死んでいる。

立って、ギターを持ったまま…」

 

 

 

…本体、音石明。その死だった。

 

 

 

 

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 

 

 

 

 

「億泰が音石を倒して捕まえたらしい。

…今度こそ一安心だな、仗助」

 

 

音石の死体が消えた。

それに気づいた時−−ついさっきだが−−はとんでもなく驚いたし、何より、とんでもない不覚をとってしまったと思った。

 

阻止をする為にここに留まったのに、みすみす暗殺を成功させてしまうなんて!と。だが、一足先に船へと辿り着いていた億泰が今度こそ本体を打倒し、暗殺を阻止。これで、やっとチリペッパー事件は終幕を迎えた訳だ。

 

後はただ(最早、念写の必要も無いが)

ジョセフ・ジョースターの上陸を待つのみだ。

 

 

「ん、そうか…」

 

 

仗助は、心ここにあらず、といった風に生返事を返す。死闘で負った傷が痛む、という訳でもなく、ただ疲れたという訳でもない感じだ。

 

 

「…仗助、どうかしたのか?随分と上の空じゃあないか」

 

「…少し気になってる事があってよ」

 

「気になってる事?」

 

「ええと…さっき、あんた…ジャイロ。俺が油膜を貼る前に既にチリペッパーの出てくる排水口を当ててたろ?アレ、どうやったんだ?」

 

 

「ああ…何、単純な事さ。

ただの『偶然』だよ」

 

 

「…は?」

 

 

「…流石に少しは手を打っておいたけどな。

音石をact3で狙撃する前に細工をしてた。act2の追尾する穴。あれで、排水口の穴を纏めておいたんだ。…ちょうど、スープに浮いた油を、食器で合わせるように」

 

「それで母数を少なくする事で、勝ち目の無い『賭け』を、少しでも当たる見込みのあるものにしておいたのさ。…正直、一発で当てれたのは運が良いと言う他無いが…」

 

 

「…おいおい、何だよそりゃ!それって、アレで当てて無かったら俺、けっこう…いや、スゲーヤバかったって事じゃあねーか!」

 

「…まあ、他にどうしようも無かったからな…

本当に、ギリギリの戦いだった」

 

「うへぇー…なんだかそれ聞いて余計に疲れた気がするぜ…」

 

「…なあ、仗助。君、やっぱりさっきから少し変だ。一体、どうしたんだ?」

 

…先程から、違和感が止まらない。

 

そんなに彼との付き合いが長いという訳でも無いから、そんな確実にモノを言えないが…

 

それでも、彼にしては妙にしょぼくれている。

落ち着き過ぎているというべきか…

ともかく、やけに大人しいのだ。

 

 

「変、か…そうかもしんねーな。

…本心を言うとよ。音石の野郎に殺されなかったのは嬉しいよ。メデタシってやつだな」

 

「でもよ、俺、実はあんまり会いてぇとは思わねーんだよ。このまま帰ってくんねーかなって。そう思ってんだ」

 

「……父親、なのにかい?」

 

「…ジャイロ、あんた多分感動の体面を期待しているんだろーけどよ。

父親っつったって、今まで一度も会ったことも無い人間なんだよ。親子の情なんて無いぜ」

 

「……」

 

「別に恨んでる訳じゃあ無いぜ。

でも、今更会ったところで気まずいだけなんじゃあないの〜ッ …お袋もどう思うかだし」

 

 

(…感動の、体面か。確かに僕は無意識にそれをイメージしていたかもしれない)

 

 

僕は手前勝手に抱いていた理想を頭から打ちはらう。

 

 

「…これはただの独り言だが」

 

「?」

 

「僕は、あまり親子仲が良くなくってさ。いや、最悪の部類かもしれない。母は既に他界し、父は僕に死ねばいいとも思っていた。…実際、僕がこの足になった時も見舞いにすら来なかった」

 

「…笑える話だな。僕にはもう父に会う機会なんて無い。感動の体面なんてのはなおさらだ。いや、寧ろ。だからこそさっき、僕はそれを理想として思い浮かべたのかもしれない」

 

 

「…何が言いてーんだ?」

 

 

「…ただの独り言だと言ってるだろ?

僕には誰かに話をするような器量も、資格も無い。それを出来るような人間じゃあないしな」

 

「……」

 

「ええと。何だったか。ああそうだ。

だから、僕が言うのはだな。

…クソッ、自分でも良く解らなくなってきた。

その、なんだ。君はさっき言った通り、父を恨んでは無いんだろう?」

 

 

「ああ。まあ、な」

 

 

「今こっちに来ている君の父も、君へと良い感情を持ってるかはともかく、悪い感情は…恐らく持っちゃあいない筈だ。だから…」

 

「会っといて損は無いって事かよ?」

 

 

「…まあ、大体そういう事さ。

それで改めて絆が結ばれる可能性だってある。

不幸自慢じゃあないが、僕よりは可能性はあるはずさ。やる価値はあると思わないか?」

 

 

そう言うと、仗助は急に笑い始めた。それは、嘲笑などの暗い想いを含むものではなく、屈託の無い、彼らしい笑いだった。

 

 

そして、一通り笑うと、こう言った。

 

 

「全く、ジャイロ、お前。ずいぶん人を励ますのが下手なんだな。元気付けんならよ、もっとシンプルに『親父に会ってみろ!』とか、簡単なもので良かったんじゃねぇか?」

 

「…」

 

 

励ますのが下手くそ。

その言葉は、何だかちょっと…

いや、結構傷ついた。

 

 

「…でも、サンキューな。その下手な励ましで、なんかちょっと吹っ切れたよ。確かに、そりゃあまだどうしても親父とは思えねーけどさ。やっぱり少し、顔を合わして見る気にはなったぜ」

 

「…そうかい。それは良かった」

 

「おめぇの『独り言』のおかげだぜ。

じゃなきゃ、俺はこのまま合わないままでここを去ってたかもしれねぇからな…」

 

 

そう言っている彼は、紛れもなくいつもの明るい仗助だった。

やはり彼には、元気なのがよく似合う。

 

 

 

 

 

 

……………………

 

 

 

 

…本当は。

 

 

 

…本当は、別に、彼がそう思っているならば。

わざわざ僕の考えを押し付ける必要も無いと。

さっきまで、そう思っていた。

 

彼が父にどう思おうと、所詮は個人の事だし、誰かが介入したり、理解したフリをしても、只々不快なだけかもしれないと。

 

…でも、何だか。

 

僕の親友なら。

僕の旅の仲間だった彼なら。

…あの、お人好しなら。

 

何だか、こうやって、話して、誰かの想いを変えたりしてしまいそうな気がしたんだ。そうして、誰かの心を救ってしまいそうな気がしたんだ。

 

そして今の僕は、彼の名を借りている。ならばこそ、彼のような事をやらなければと思った。

 

だから、柄でも無い事をやってしまったんだ。

 

 

(…きっと、この行動は正しかったな。

なあ、ジャイロ)

 

 

僕は、上陸したジョセフ・ジョースターに、照れくさそうな顔で肩を貸している東方仗助を見て、そんな事を思っていた。

 

 

 

⇒to be contenued…

 

 



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不随のガンマン、狩りに行くの巻

 

 

「ジャイロ…これから狩りに行く。

一緒に来てくれ」

 

「…何?」

 

 

急にそう言われたのはついさっき。

承太郎が僕を呼んだ場にてそう言った。

 

 

「狩り…かい?随分とまた唐突だな…

…それに、必要性も感じないけど。」

 

 

正直言って。

僕はこの空条承太郎という男をよく分かってないし、知ってもいない …いや、知る機会が無かったというのが正しいだろうか。

 

僕がこの男と関わる時は、基本的に仗助達と一緒の時だ。

…詰まる所、僕と彼には会う理由というものが無い。スタンド使いの仲間だから何か事件があった際には呼ばれるが、あくまでそれ以上に交流はほぼ無い。

 

…だから、ただ一つ。僕が彼についてわかっている事といえば、彼が恐ろしく優秀だという事のみ。

 

 

「それに、この国では銃を持ったりだとか…そもそも野生動物を狩る事自体すらかなり面倒くさい事になるんじゃあないのか?そこまでして、狩りなんてする必要があるのか?」

 

「…チリペッパーの音石明が昨日、財団にて自白した」

 

「財団…またSPW財団かい?」

 

 

話は聞いている。承太郎が属し、そしてスタンドに理解を示し、協力する財団。彼らの、ジョースターの。強力な後ろ盾。 気にしてもいなかったが、成る程、音石はその後そこに護送されていたのか。

 

「ああ。最も信用できる団体だ。…話を戻そう。音石は俺たちに正体がバレる前、一匹の鼠にあの『矢』を射っていた…」

 

「…ネズミ?」

 

「そしてその鼠は射られても死なず、もがきながらも刺さった矢から自力で脱出し、逃げ去ったという…」

 

「…!という事は…!」

 

「その鼠は確実に『スタンド』能力を身につけている事になる。どんなスタンドかは判らないが、何かが起こる前にその鼠を狩らないとならない」

 

「…成る程、そういうわけで僕を呼んだのか。確かに、僕の『スタンド』能力は、狙撃して、動物を殺すなんてのにうってつけだもんな」

 

 

「そういう事だ。悪いが、拒否権は無い。

是が非でも協力してもらう」

 

「…やれやれ、この『狩り』…

スゴク危険な物になりそうだな」

 

「(…出来れば断りたいが、拒否権は無い、とこうも言い切られちゃあな……しかし、スタンドを身に付けた動物か…)」

 

 

動物(それも恐竜に!)へ姿を変えるスタンドならば出会った事があるが、スタンドを身に付けている動物なんてのは初めてお目にかかる。

正直、人間相手よりは楽だろうが、それでも手強い相手である事に変わりはないだろう。

 

「…後でそれ相応の報酬は払ってもらうよ。

…そうだな、暇つぶし用の本なんてどう?」

 

「わかった。手配しておこう」

 

 

…ジョークのつもりだったんだがな。まあいい、それよりも僕は、さっきからずっと疑問に思っている事があるんだ。

 

 

「…ところでなんだが。

僕は見ての通り脚を動かす事が出来ない。

下半身不随ってヤツだ。そんな僕が鼠が居る場所に移動できるのか?」

 

「心配するな。俺が『スター・プラチナ』で車椅子ごと君を運んで行く」

 

…何?

 

「…はは、君にも冗談が言えるんだな」

 

「悪いが冗談じゃ無い。これでも結構切羽詰まっているんでな。

こうしている間にも鼠が民間人へと危害を及ぼす可能性もある。なりふり構ってる暇は無い」

 

 

そういうや否や彼は…彼のスタンドは、僕を肩の上へと担ぎ上げた!

 

 

「お、おいッ!」

 

「悪いが、少しの揺れは我慢しろ」

 

「そういう問題じゃあないだろう!一般市民に見られたらどうするッ!杜王町の七不思議に僕らが加わる事になるぞ!!」

 

「ここらは人通りが少ない。大丈夫だ。

…多分な」

 

「多分!?今アンタ多分って言ったな!?」

 

…訴え虚しく、僕はそのままスター・プラチナの雄大な肩に揺らされながら、目的地まで運ばれる事となった…

 

 

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 

 

 

「…アンタ、割と破茶滅茶やるんだな」

 

「仕方がなかったからだ」

 

「…まあ、そう言うことにしておくよ」

 

10分程肩の上で揺らされ、運ばれて行った先は用水路。移動中に承太郎から聞いた話によると、音石はこの用水路にてネズミを射ったらしい。

 

 

「間違いなくこの排水口の奥に巣がある。

ここに罠を仕掛けておこう。君はビデオカメラの準備をしていてくれ」

 

 

その洞察力、周到な準備、そして迅速な行動に只々驚かされながら、言われた事を行なっていく。

 

「(この様子なら、この『狩り』もかなり早く終わりそうだ。…というか、僕がいなくても良かった気すらするな)」

 

そんな風に油断をしていると、ふと蝿が顔に止まる。

僕は、うんざりとそれを払う。

 

そして、その時初めて気づいた。

…その蝿の数の異常さに。

 

ぞくり、と何かを感じ、僕はその蝿を手繰るように辿っていった。

するとそこには…

 

 

「…なッ!承太郎ッ!これはッ!!」

 

「…!何だ、こいつは…!」

 

 

 

…『異常』があった。

肉、肉、肉。

その箱にも見える物は、その全体が赤黒い血肉の色。

唯一残っている赤以外の色は、鼠の毛皮の薄汚い灰色と、尻尾の穢れたピンクのみ。

 

そこにあったその『異常』。それは即ち、鼠が一度溶かされ、そして固められた、おぞましい物体であった。

 

 

「皮膚の内側から溶かされて死んでいる…

こいつは、俺たちの追っている鼠の仕業と見ていいぞ、ジャイロ」

 

「こ、こいつらは一体何をされたんだ…?

いや、どうすればこんな事になるんだ!?」

 

「…スタンドの正体はわからんが、この排水口の奥にヤツがいるのは確実になった。」

 

ただそれだけを言うと、承太郎は再び僕を担ぎ上げる。排水口の先へ行こうというのだろう。

 

 

「(…人間相手じゃないから楽、だって?

僕はとんだマヌケだったようだ…)」

 

改めて考えれば、ネズミなんて生き物は『食う』『寝る』『繁殖する』の三つしか無いような生き物だ。人間のような複雑な煩悶に気をとられる事も、その必要も無い。

 

だからこそ、スタンドもシンプルな筈。

 

…そして、スタンドはシンプルな程強い。

そんな簡単な事を忘れていた。

 

 

「(この鼠のスタンドは手軽な相手かも、なんて予想は止しておいた方が良さそうだ。…厄介で、害意に満ちている能力でなければ、あんな死体は出来ない筈だからな)」

 

 

おぞましく、そして、正直言ってかなり怖い。

 

ただそれでも、心の救いなのは、彼が…

空条承太郎が居てくれている事だろう。

 

彼が居るならば何とかなる。

そんな確信じみた予感を胸に、僕は再び肩の上で揺らされ続けた。

 

 

 

 

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 

 

 

 

「人の気配が無いな…」

 

「…それは、『もうあの家の住人は生きてないって思った方がいい』って事かい?」

 

「…ああ。その可能性は高いだろう」

 

「…クソッ!」

 

「取り敢えず家の中に行くぞ。…悔やむのはその後だ」

 

 

そうして、その家の中へと乗り込んでいった。

 

 

家の中を、僕をずっと肩に乗せて歩き回る訳にはいかなかったらしく、承太郎は一人で別の部屋に歩いていってしまった。

「もし発見したら声を上げてくれ」と言われはしたものの、それでも少し心細い。

 

ふと。

カリカリという音が聞こえた。

ビビっていた僕はその音を注意深く聞く。

 

すると、その齧るような音だけではない。

地鳴りのような呻き声までもが聞こえた。

 

 

「…ッ!」

 

 

承太郎を呼ぶか?いや、まだ鼠がいると決まった訳では無い。それで彼を呼び出して彼を邪魔してしまったら…

…手伝う為に呼ばれた僕が邪魔をしちゃ、元も子もないだろう。

 

ならばせめて、確認をしてから彼を呼ぼう。そう思い車椅子に手をかけ、その二重の音が聞こえてくる台所の方へ歩を進めた。

 

 

 

当然ながら、その現場へ向かえば向かうほど音は段々と大きく、ハッキリしたものになっていく。増幅していく恐怖を振り払うようにして僕は確実に、しかしゆっくり台所に入る。

 

 

そこに居たのは汚れた灰色の体毛を持つドブネズミ。…ターゲットだ。

カリカリという音はコイツが飯を食べている音だったのだ。

 

 

じゃあ、あの呻き声は?

 

 

その答えは鼠のすぐ近くにあった。

鼠の近くの冷蔵庫の中身。そこに…

 

 

「…ッ!承太郎ッ!鼠がいるッ!ここに敵がいるぞッ!!」

 

 

そう叫ばずにはいられなかった。それを…

冷蔵庫に入っている、住人達の末路を見て。

 

ドロドロに溶かされ、冷凍保存され、ゆっくりと身体を削られ、食われ…そして、哀れにもまだ生きている彼ら。死ぬ事すら許して貰えていない彼ら。僕は、その悪意の塊を見た悲鳴の代わりに承太郎を呼んだ。

 

鼠はその声に当然反応し、その音源を…

僕を、見た。

 

 

「くッ…!」

 

 

その目を、僕も見る。その、感情を読み取れない害獣の目を。

 

 

(普通の鼠ならば人間を見ればそそくさと逃げ出す…が、それは自分より強い奴に殺されない為だ。なら、人より強い力を持ったコイツらがやる事は…)

 

鼠は威嚇のようにフゥッと息を吐くと、その場に腰を据えた。

…そして、背後に不定形の何かを発現させ始めた!

 

「クソッ!やっぱりかッ!」

 

負けじと『タスク』を発現させ、鼠に構える。

そしてヤツが攻撃をする前に…

二発、爪弾を撃った!

 

その二発はヤツが机の陰に隠れていた事もあり、ただ床と机に穴を開けるのみで終わってしまう。そうしている間にも、鼠の背後のシルエットは既に不定形では無くなっていた。

 

そこにあるのは、動物にしてはやけに機械チックな見た目の

『スタンド』。

 

スコープが付き、支えがあり、そして先に付いている円筒…

まずい。あの見た目、まさか…!

 

 

「何かを打ち出すタイプの『スタンド』かッ!」

 

 

僕の発言を合図にしたかのように、ヤツは円筒を…

否、銃身をこちらに構え…

 

そして次の瞬間、針の様な物が発せられた!

 

 

「(どうする!?受けるか?

…いや、ダメだ!何が条件で溶かされるかわかってない今、ヤツの攻撃は絶対受けてはならないッ!ならば撃ち落とす?馬鹿か!そんな事は出来る筈が無い!)」

 

 

下半身が動かない僕には、腹部の辺りを飛んできたそれを避ける術が無い。走り、投げることが出来ないのだ。

 

 

「…クッ!!」

 

苦肉の策。僕は上半身を横に乗り出して、自分から『転んだ』。

それは何とか功を奏してくれて、ヤツの『針』を何とか避けることが出来た。

 

(だが、僕はもうこれで全く動く事が出来ない! …攻撃を避ける事は…!)

 

鼠がその目をギラつかせて僕を見る。

 

そして身体を、砲身を。

再びこちらへと向けた!

 

「…ッ!!」

 

…ヤバい。ヤバい!

 

(どうすれば生き残れる!?

考えろ、考えるんだ!!)

 

僕は冷蔵庫の中の被害者を横目で睨み、考えた。

何発喰らえばあれくらいドロドロに溶ける?

一発だとするなら僕はもう終わりだ。だが、数発の必要があるなら!頭や首などの重要な器官だけ守れれば、或いは…!

 

僕は目を閉ざし、頭を腕で庇う!そして、執行人の合図を待つ死刑囚のような心持ちで、ただ攻撃を待った…

 

 

…だが、二発目の針が飛んでくる事は無かった。恐る恐る目を開くと、鼠は既に絶命していた。その身体には、二つの穴。

 

『タスクact2』

 

『黄金の回転』爪弾は、回転が穴になっても死なない。その回転は穴となっても敵を追尾して、敵を確実に穿つのだ。

 

(ぎりぎり、穴が到達するのが間に合ったのか…それとも、ヤツは致命傷を負った状態で僕に一撃をかましてきていたのか…何にせよ、助かったみたいだ。)

 

そこに、ようやく(といっても、僕は戦っていたから長く感じていただけで、実時間はかなり短いものだったらしい)承太郎が来た。

 

彼はまず、心配をした。その、不器用な態度で。怪訝な顔をしたのはその後だった。

 

 

「…ジャイロ…君は」

 

「…?どうしたんだ?」

 

「…いや、何でもない。

…これで任務は完了だ。ご苦労だったな」

 

「ん、ああ。…すまない、取り敢えず手を貸してくれないか?車椅子に座らせてくれ」

 

「…ああ」

 

 

…こうして、僕の奇妙な狩りは危険な目に遭いながらも、何とか無事に終わった。

 

被害者の人々も、仗助のクレイジー・Dで治してみるらしい。心の傷は残るかもしれないが、身体の傷は恐らくは治るだろう。

その効果は僕の身体が実証済みだ。人間が生み出した公害って感じで複雑ではあるが、何とか円満に収まり良かった。

心からそう思う。

 

 

 

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 

 

 

「……」

 

 

 

ホテルの、自分の部屋。

そこにて、空条承太郎は考える。

奇妙な『彼』を。

…ジャイロを名乗るあの少年を。

 

あの少年が戦った後の奇妙な現場を。

 

 

「(彼は本当に脚が動かないのか?)」

 

 

…ジャイロの悲鳴を聞いた承太郎は、彼の元へ急いで駆けつけた。

そして、着いた承太郎は彼を見た。

彼と、その周りの状況を。

 

埃が被った部屋の中。そこでの少し破損した机、椅子。冷蔵庫の中の被害者。床に倒れた車椅子。

 

そして、真新しい、脚を這いずった後。

 

 

「(…あの場に人間の脚を持つ物はジャイロしかいなかった。なら這いずり跡を残したのはジャイロしかいない)」

 

「(それなら、彼は脚が動くのか?動くのに、動かないフリをしているのかだけか)」

 

 

そう考えたが、それは違うと思った。

何故なら、彼は本当に死にかけたのだ。

鼠に襲われ、銃身を向けられ。

 

そんな状況で、脚が動かないフリをしているだけの人物ならば脚を動かして当然だ。だが、そんな状況ならば這いずるでもなく、立ち上がり、走り逃げる筈。

では何故、這いずった跡が付いたか?

 

 

「…彼もまた、脚が動く事に気がついていないのか」

 

 

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 

 

ホテルの、自分の部屋。

そこで、僕は頭を悩ませる。

 

 

「…確かに本を寄越せとは言ったさ。

だけど、こんな大量に送られてもなぁ…」

 

 

僕の部屋に、一区画小山が出来ていた。

その山は全部本で出来ている。小説、絵本、参考書、漫画まで。本ならば何でもと言った風な本の山だ。

 

「…ま、いいか。どうせ暇な身だ。これ位の本なら案外読み切れるかもしれないな」

 

そう独り言を言いながら僕は、その山の一番上に置かれていた本を一冊、手に取った。

 

 

『ピンクダークの少年』。

そう書かれた漫画を。

 

 

 

⇒to be contenued…



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ジョニィ・ジョースターは漫画家の元を訪れるの巻

 

ここは一体何処だ?

 

僕はある一軒家の前に立ち尽くした(車椅子に座っているのだが)ままに、考え込む。

 

と、いうのも。

この家は一体、何の家だったか?

…それを思い出せなくなってしまったのだ。

 

(…おいおい、しっかりしろよ僕。物忘れなんてレベルじゃあないぞ、これは)

 

 

…こういう時こそ冷静に。

ゆっくり考え直してみよう。

思い出せる、最近の記憶を思い出すんだ。

 

僕は最近、『鼠』を狩りに行った。

そしてその報酬としてSPW財団から大量の本を貰った。

 

…ここまでははっきりとしている。

 

だが問題はそこからだ。

 

その本の山に手をつけ始め、何かを読んだのだ。…その『何か』がハッキリしない。ハッキリしないし、思い出せそうにない。

印象にも残らないようなつまらない本だったからか?

 

嫌、それは違う。

それは確実に面白かったのだ。それも衝撃を受けてしまう程に。

 

その感じた情動を覚えており、その時だってハッキリ覚えてる。なのにその本、それからの記憶を…そして僕が今、中にいるこの家の事を全く思い出せない。

 

 

…『僕が今、中にいる?』

 

 

そこまで思案をし、始めて気がついた。

僕がさっきまで立ち尽くしていた一軒家。

そこに僕は『無意識に』入り込んでいたのだ。

 

 

「な…何をやってるんだ、僕は?

こんな、勝手に他人の家に上り込むなんて」

 

 

こんな事をしてはいけない。

そう思いながら僕は…

…更にその家の奥へと進んでいった。

 

 

(僕は何をやってるんだ!?

こんな事をしちゃあいけないッ!

こんな、こんな…)

 

(…この家から出ようとするなんて!)

 

 

…気づけば僕はある部屋へと来ていた。

 

 

そこに居たのは、奇妙な服装をした20代前半の男。横に流した髪と、前衛的なファッション。その手にはペンが握られている。

手元には一枚の紙。

 

 

「…やあ、待っていたよ。ジョニィ君」

 

 

その男は僕を呼んだ。

僕はそれに頭を擡げて、ゆっくりとそっちに向かおうと…

 

…待てよ。僕を、呼んだ?

馬鹿な、有り得ない!

僕はここに…杜王町に来てから。

一度でも『ジョニィ・ジョースター』と名乗ってはいないのだ。

 

なのに、この男は易々と僕の名前を呼んだ!

 

こいつは一体何だ!?

いや…そもそもッ!僕に何が起きている!?

 

 

「お前は…お前はッ!」

 

その男の手元にあるもの…

原稿を見た途端、僕に雷が落ちたかのような衝撃が走る。

ああ、そうだ。こいつは…この男は…!

 

「そ…そうだ!

思い出した…思い出したぞッ!!」

 

この男は『岸辺露伴』!

『ピンク・ダークの少年』の作者である漫画家であり…

そして、『スタンド使い!』

 

『天国の扉』を持つ、スタンド使いなのだ!

 

 

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−–

 

 

「煩いね、そう叫ぶなよ…もうそろそろペン入れが終わるから、大人しく待っててくれないかい?」

 

「黙れッ!」

 

僕は指先を露伴に向ける。

それは『脅し』では無い、明確な敵意と害意を持っての行動だった。

…が。

 

 

「何度やっても無駄だよ…君も、そんな事を分からない人間じゃあないと。僕はそう思ってるんだけどね。ジョニィ君」

 

「…ッ!」

 

…そう。僕は分かっていた。

ついさっき、僕は全てを思い出していたから。

 

それはつまり、岸辺露伴の家へ僕が行った時の事。家へ上がり、その先で『スタンド攻撃』を受けた事を。そのスタンド…

『ヘブンズ・ドアー』のその恐ろしい能力を。

 

全てを本にし、その身体に染み付いた記憶の総てを読み取るスタンド、『天国の扉』。

だから僕の本名を知っていた。

だから僕の能力も知っていた。

…それだけじゃあない。

彼は、その本に何でも『書き込』める。

 

そして、生き物に書き込んだ文字。

それはその生物が絶対に逆らえない命令となる。

 

例え、生命の危機に瀕しようと、人間の身体の限界を超えた行動であろうと、全てを実行させてしまう。

 

だから僕は『牙』を射てない。

だから僕は…

 

 

「クソッ!」

 

 

咄嗟に車椅子に手を掛けて部屋を…家を出ようとする。

だがそれが出来ない事は分かっている。

 

…イヤ、正確には出来ないのでは無く、しても意味が無いのだ。

何故なら…

 

 

「そう。僕は既に書き込んである。

『私は漫画家、岸辺露伴を攻撃出来ない』とね」

 

 

…攻撃とは。

 

それはもちろん暴力を振るったり、それこそ『タスク』を放つ事も含まれるだろう。…だがそれだけでは無い。

 

攻撃とは。

 

例えば僕がここを出て、頼れる人物に…承太郎や仗助に。この話をしたとしよう。そうなったならばどうなるか?この男を…岸辺露伴をどうにかして無力化しようとするだろう。

そしてそれはつまり『攻撃』という事に他ならない。

 

ならば、それを許さない僕の脳髄の文字は…僕の頭をラクガキ帳にして書かれたその命令は、僕に一体どんな作用をもたらすか?

 

答えは簡単だ。忘れるのだ。

露伴に不都合な事、全てを。それが分かるのは、さっきまでの忘れていた自分を明確に覚えているから。

 

この家から出たら最後、僕はまた全てを忘れ、能天気にこの家を訪れるのだろう。そして、また思い出すのだ。何度も、何度も…

…どうする事も出来ないままに。

 

…無敵だ。

これに抗う術は、無い。

 

 

「……ッ」

 

 

絶望感に歯噛みする。

 

 

(…僕はここでお終いか?嫌だ。まだ何も成し遂げていない。僕はジャイロの元へ戻る。そして遺体を手に入れて…)

 

 

僕は、こんな状況にあってもピクリとも動かない自分の足を恨めしげに見つめる。

 

 

(…僕の『マイナス』をゼロに戻すんだ!

諦めてたまるか…ッ!)

 

 

僕のその決意は無駄なものだ。

どう決意しようと、記憶が文字に克つ事は出来ない。チェスや将棋でいう『王手』の状態…いや、『詰み』を目前にただ足掻いているだけだ。

 

だが、その足掻きは奇跡を呼んでくれたようだった。

 

 

「!!誰かがこの屋敷内に…入っている!

ジョニィ君!何をやって来たッ!!」

 

「おお〜っと…

振り向くんじゃあねぇぞ、テメェ〜ッ!」

 

「!!」

 

 

その聞き覚えがあるしゃがれ声。

今の僕には天使の福音のようだった!

 

半ば信じられないような心持ちで声がした方を…窓を見る。そこには…

 

 

「お…億泰ッ!!」

 

 

仗助の友達であり、スタンド使いである男…

虹村億泰が悠然と窓枠に足を掛けていた。

 

 

 

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−–

 

 

 

「何処ぶっ飛んで行きやがったァ!

出て来やがれコラァッ!」

 

「ば…馬鹿な?仗助は完璧に原稿を見てしまったじゃあないか。

一体、何故…」

 

「い…いや。ありゃあ見えてねーよ。

目は空いちゃいるが…見えてねぇぜ」

 

「…つまり、仗助は目の前の物すら見失うくらいにキレてるって事か?髪型を貶されたくらいで?」

 

 

…あの後、岸辺露伴の魔技により『ヘブンズ・ドア』の術中に嵌ってしまった億泰。億泰と共に僕を助けに来てくれていた仗助は、目を閉じて近づくという苦肉の策を行ないながら露伴を倒そうとしていた。

 

だが、髪型を貶され。

目を見開いた彼は間違いなく原稿を見た。

見てしまったのだ。

 

 

…だが、そのキレ具合。

それは彼の…いや、彼が『読ん』だ、僕の予想を超えていた。

結果として、今、岸辺露伴は棚に押しつぶされ、ボロ切れのようになりながら『殴られた体験』を書き記している。

 

 

……

 

 

……仗助は前が見えない程にキレて。

億泰も、仗助を止めようとしている。

今なら、岸辺露伴を殺しても誰も気付かないだろう。

 

僕は、そっと指先を向ける。…

 

 

(…いや、やめておこう)

 

 

殺す事を辞めた理由は3つある。

 

1つは、彼は僕の事情を知った。つまり『違う世界の人間』だと知ってくれたのだ。それが重要だ。

 

2つめは、仗助だ。

…確かに殺した後、弾痕の穴を『act2』で何処か別の場所に移してしまえば、僕が殺したなんてのはバレない。完全犯罪になるだろう。

 

だがそうすると、仗助は、『自分が岸辺露伴を殺した』と思ってしまうだろう。それは、高校生の…心優しい、彼の十字架になってしまう。それも無実の罪で。

 

それは…それだけは避けたかった。なにせ彼はこれで3度も僕を助けてくれたのだ。その恩を仇で返す事はしたくない。

 

さて、そして3つ目は…

 

 

「そこにいやがったなァ、漫画家ッ!

まだ殴りたらねぇぞコラァッ!!」

 

 

僕の思案は、仗助の怒声に遮られた。

見ると彼は既に再起不能に見える露伴を更に殴ろうとしているのだ!!

 

 

(コ…コイツッ!ひょっとして殺しても負い目なんて感じないんじゃあないのか!?)

 

 

…結局、僕と億泰は怒り狂う彼を止め、僕らを再起不能にまでしようとしていた男の為に救急車を呼んでやるのだった。

 

 

 

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−–

 

 

 

「525号室…あそこか」

 

 

僕は今、病院に来ている。

というのも、風邪を引いた訳では無い。

足が悪い…のは事実だが、要件はそれじゃない。

 

受付で聞いてきた。彼が…

岸辺露伴が入院している部屋は525号室。

僕はどうしても彼に会う必要があった。

その為に今日、ここにいるのだ。

 

車椅子を漕いで、やっとこさ着いた時には少し日が暮れ初めていた。

早めに、要件を済まさなければ。

 

 

「やあ、岸辺露伴。」

 

 

部屋へ入ってみると、彼は窓から見える景色のスケッチをしていた。

その姿はある種荘厳であり、そこには、彼の譲れないプロフェッショナルな部分の発露を見られた気がした。

 

 

「ようこそ、来訪者。ええと…ジャイロ君、だったかな」

 

彼は僕に気づくと、余裕たっぷりといった風に、

キザな挨拶をかました。

それに構わず、話を進める。

 

 

「…アンタに聞きたい事が有って来たんだ」

 

「聞きたい事…?僕の『天国の扉』ならもう効力は切れているぞ。

だから安心して––」

 

「…惚けるな。僕が言わんとしている事、わかっているんだろう」

 

 

岸辺露伴は、心底愉快そうに笑った。

 

 

「…ああ、良く分かってるさ。『ジョニィ・ジョースター』君」

 

 

「…ッ」

 

 

「…本名、ジョナサン・ジョースター。高名なジョッキーの家に生まれ、英才教育を受けて来た、正真正銘天才ジョッキー。幼い頃事故が原因で兄を亡くしており、それに対して負い目を持っている。親との不仲のせいから自暴自棄になり自堕落な生活を送っていた所、銃に撃たれ下半身付随に。」

 

「…そして、超大規模な大陸横断レースを観に来た際、その動かぬ下半身を治してくれるかもしれない男に出会う。その名前は…」

 

「…もういい。僕が言いたいのは…」

 

「解っているさ。…君が19世紀の人間だっていう事だろう?」

 

「……今。ここ杜王町には僕のその事情を知っているのはアンタしか居ない。仗助も、億泰も。知っちゃいない」

 

「まどろっこしいな。つまりは君は『僕に協力しろ』と。そう言いたいんだろう?」

 

「…ああ」

 

 

「断る」

 

 

「ッ!!」

 

 

「と、言いたい所だが…いいよ。OKだ。協力してやる。君とは是非とも、個人的な付き合いを続けて行きたいからね…」

 

 

「…ああ、僕も是非ともそうしたい」

 

 

「資料としての面白さだけじゃあ無い…

君を『ヘブンズ・ドアー』で読んだ時。僕は君に同じ波長を感じたんだ」

 

 

「……」

 

 

「『目的の為なら何でもする』…フフ、なんか君とは気が会う感じがする。そう思わないかい?」

 

 

「…そうかもしれないな。そうだったら、嬉しい。」

 

 

僕は車椅子に手をかける。

見ると、外はもうすっかり夕暮れ。

付随者である僕に夜道は辛すぎる。

そろそろ帰らないといけない。

 

 

「ただ、岸辺露伴。…一つだけ言っておく」

 

「…僕がアンタ以外に喋っていない。それがどういう事を意味するのか?良く考えろ」

 

「へえ。君に不利益が生じるような事を喋ったら。

僕はどうなるのかな?」

 

 

「…何処であろうと追いかけて、殺す」

 

 

 

少しの、間。

 

 

「ハハ、成る程、殺すと来たか。…脅しじゃあ無いね。

マジで言っている。君はそういう奴だ」

 

「にしても殺す、か…。死ぬっていうのはどういう気分か。ちょうど体験してみたかったところだ」

 

 

「…!!」

 

 

「が、…遠慮しておこう。つい最近死ぬような思いをしたところだし、何より。死んじまったら漫画が描けないからな」

 

 

「…僕だって、そんな手荒な真似はしたくない。それさえしなければ、僕はアンタに、僕の居た時代のどんな情報だって与えるよ。…それこそ、僕の頭の『ページ』を破っても構わない」

 

 

「…」

 

 

「…契約成立だな。」

 

 

…その言葉を最後に、僕は病室を出た。

 

…悪魔との契約。

そんな言葉が脳裏をかすめた。

もしかしてこの契約は、僕の身を滅ぼすものだったのかもしれない。

でも。それでも決めたんだ。

 

僕は例え悪魔に全てを渡すことになろうと、元の時代へ戻る。

戻って、もう一度君達に会うんだ。

スロー・ダンサー。ヴァルキリー。

 

そして……

 

 

「あ、忘れてた。」

 

 

僕は、Uターンで病室に戻る。

しまった、こっちのがメインの目的だったのに。

 

 

「おや?どうした。まだ何か用かい?」

 

「ああ、一番大事なのを忘れてた」

 

 

そうだ。いつか言い忘れた、彼を殺さない理由の3つ目。

それは至極単純だ。

 

 

「ええと…その、腕を怪我してるアンタにお願いするのは申し訳なく思うんだが…」

 

「けど、どうしてもして欲しくってな」

 

 

 

その理由…それは、そう。『彼の漫画を見れなくなる事があまりにも惜しいから』である。

 

そもそも、僕が彼の家を訪れたのだってそれが目的だったんだ。

しかし、まさかこんなに時間がかかるなんてなぁ…

 

 

「岸辺露伴…いや、露伴先生。

僕にサインを描いてくれないか?」

 

 

 

僕は万感の思いを込め、そう言った。

 

 

 

⇒to be contenued…

 



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ジョニィ・ジョースターは幽霊が怖いの巻

 

 

一つだけ先に申し開きをしておきたい。

別に僕は奇天烈な状況に身を置く事を楽しんでいるわけではないし、突飛な事を言って、行う事によって悦びを得てる訳でも無い。

 

ただ、たまたま。陥ってしまって、説明せざるを得ない現状が突飛なものになってしまっているだけなんだ。と、先んじて言い訳をしておいたところで僕の置かれている現状を説明しよう。

 

僕は今、『決して振り返ってはいけない小道』に『幽霊』と共にいる。

…事の顛末は漫画家、岸辺露伴。彼に、街角で出逢ったことから始まる。

 

彼はどうやら幼い頃にその街角の近くで暮らしていたらしい。

まだ例の件において負った傷も癒えていない為、資料の獲得ついでにノスタルジーな気持ちを持とうかと思っていた…らしい。

 

まあ、そこまでは良かったのだ。

問題は彼が『地図の違い』について言及し始め、関心を抱いた事だ。

 

たしかに地図は異なっているようだった。店の横にある小道が丸々書いていないんだから…だが問題はそこでは無く、彼が、岸辺露伴が好奇心を抱いてしまったという事実。

彼は好奇心、関心を一度抱くと暴走するきらいがある。

実際に被害を受けた身としては、もし彼がまた暴走したら…と、彼に付いていかない訳には行かなかったのだ。

 

という事で僕は露伴と共にその地図に書かれていない小道に入ったのだが、それが悪かった。その道から出られなくなった。

そして、終いには『幽霊』と来た。

 

…まるで安っぽいスナッフ・ビデオのように少女の姿をしているのが一人、そしてその愛犬が一匹。

捨て去った『過去』が形をとり、襲ってくる…そんな『スタンド』と過去に闘った事があるが、そんなものとはまた明確に異なる本物の幽霊。

 

未練から留まる、ゴーストに僕らは出くわしてしまったのだ。

 

ただ(本当に!)ありがたい事にその少女の幽霊は害意がある訳では無いようだった。

 

むしろ彼女…『杉本鈴美』と名乗った…僕らをこの小道から出してくれるのだという。

(申し出る様子もそこには悪意は無いようであり、彼女は善良だったのだと分かる)

 

…その道案内の途中。出し抜けに彼女はこの小道に留まる理由を。彼女の未練をぼくたちに説明し始めた。

 

 

「…15年前。あたし達が殺された時の『犯人』…まだ捕まっていないのよ。この杜王町の何処かにいるわ」

 

 

この街に潜む殺人鬼。殺された彼女。

…その殺人が未だに続けられている事を。

 

 

「貴方達生きてる人間が町の誇りと平和を取り戻さなければ!一体誰が取り戻すっていうのよッ!」

 

 

そしてその話の中で知る事が出来た。

…彼女の中にある、強い正義の意思を。

 

 

「…レイミ。僕はその殺人鬼、何とかしてみようと思う」

 

 

「!!本当?」

 

 

「フン、良い子ぶるなよジョニィ君。

しんどい目にあう事になるぞ」

 

 

「良い子ぶってなんか無いさ…僕はどうせ異邦人だからな。この町を守らなければ、何て意識は薄い。…彼女には悪いが」

 

「…だから僕が申し出たのはそいつに…

殺人鬼に狙われないようにだ」

 

 

「ふぅん…専ら狙われているのは女性だって言うぜ?」

 

 

「専ら…って事は男も殺されているって事だろう?僕は障害者だからな。しめしめと狙われてしまうかもしれない。だからこの手で先に…」

 

 

「ハ、つくづく物騒だな君は。どちらにせよそういった事は一人でやってくれ。こちとら一応全国の少年に夢を与えている身でね」

 

 

「……」

 

 

「…でも『犯人』を追って取材をするのもいあかもしれないな。面白そうな漫画が描けるかもしれん」

 

 

「…!!」

 

 

露伴がそう言うと、曇った表情を浮かべていた杉本鈴美はようやく笑顔を見せた。これから困難な事があるかもしれないが、出来る限り彼女には笑顔でいてほしい。

 

何故だか、柄にも無くそんな事を思った。

 

 

 

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−–

 

 

 

「さて…あたしを殺した『犯人』の話はおいといて…いよいよこの先に出口があるわ」

 

 

いよいよ僕らはこの道…あの世とこの世の狭間から現世に戻らなければいけない。

その為の道は鈴美から教えてもらい、到着する事が出来た。

てっきり僕は道案内はそこまでと思ったのだが、どうやら彼女は出口まで付き合ってくれるらしい。

 

そうして僕らは三人で出口の麓にまで来た。

 

 

「!あそこか!…良かった。

ひょっとしたら此処から出られないかもなんて思ったよ」

 

 

「慌てないで、ジョニィ君!あの『ポスト』から先を通るには一つ、ちょいとしたルールがあるの」

 

 

「…『ルール』?」

 

 

固まってしまった僕の代わりに、露伴が訝しげに問う。問われた鈴美は一言、言う。

 

 

「あのポストを超えたらすぐ先に出口があるわ。…そこまでは何が起ころうと『決して振り向かない』と約束して。」

 

 

何故、という理屈は通じない。

太陽が東から昇り西に沈む。

一日は24時間。

そんな、『決まって』いる物事の内の一つ。それが『振り向いてはいけない』という事だというのだ。

 

 

 

(……)

 

 

 

ゴクリ、と生唾を飲む音が響く。

露伴のものかは分からない。自分の心音で聞こえなかったからだ。

…だが、怖くともここで止まる訳には行かない。

 

急に心細くなりながらも、露伴は一歩。

僕は一漕ぎでポストを超えた。

異変は、すぐに起きる。

 

 

「…ッ!な、何かが僕の近くを通り抜けていった!

僕をかすめていったぞ!」

 

 

「振り向いちゃダメよ。ゆっくりと…落ち着いて歩いて!」

 

 

…ひたり、ひたりと何かが僕らを付けてくる。耳元にかかる荒い息が、そこにある『何か』の存在を証明している。

 

 

(…落ち着け。気をしっかり持て。

振り向かなければいいんだ。これは、全部まやかしなんだ…ッ)

 

 

そう考えている僕の首筋に何か生暖かい液体がかかる…更に荒くなった息とともに。『何か』がさっきより近づいているのだという、その事実に全身が粟立つ。

 

 

「…ッ!」

 

 

…僕は堪らなくなり、できる限りの力で車椅子を漕いだ!全速力で、少し先の出口に向けて、光に向かって!

 

 

「!あわてないでッ!転ばされるわよ!」

 

 

その声は既に耳に届いていなかった。

考えている事はただの一つ。

 

(僕はこんな所でこんな道なんぞに囚われている訳には行かないんだ)

 

 

僕は…

ジョニィ・ジョースターは!

 

 

 

 

 

 

『ジョニィ…こっちだ。

俺は、こっちに進むぜ』

 

 

 

「…え」

 

 

「ッ!?ジョニィくん!?」

 

 

気がつけば、振り向いていた。

振り返らずには居られない、という訳では無い。その声を聞き、考えるより先に身体が反応してしまったのだ。

 

何故ならその声は…

そして、その手は…!!

 

 

「…あ、ああ!

…!わあああああッ!!」

 

 

 

僕の驚愕の叫び声は、

ほんのコンマ数秒でゲドゲドの恐怖の悲鳴に変わる。

 

 

手が、襲ってくる。

無数の、無機質な、無情な、長く白い腕。

手が、僕を此岸と彼岸の合間から『あちら』に持って行こうとする。

四肢を、身体の全てを掴んでいく!

 

 

「フン!何だか知らないが…

見なきゃあいいんだろ?僕と一緒で良かったな」

 

 

ふと、停電でもしたかのように何も見えなくなった。手、どころでは無い。それこそ視覚情報が何も無くなるくらいの完全な暗闇。

それが、露伴の『天国の扉』によるものだと分かるのは、そのまま身体が背後に吹っ飛んでいった後の事だった。

 

 

 

「…ッ!ハァーッ、ハァーッ…!!」

 

 

「落ち着けよ。すぐ見えるように書き込む」

 

 

 

目が見えるように『書き込』まれて気付いた時には小道に入る前にある店頭だった。そこに、小道は無い。

 

 

 

『あたしたちずっと、ここにいるわ…

犯人が捕まるまで…」

 

『何か聞きたい事がある時はいつでもここに来てね。

露伴ちゃんに、ジョニィくん…』

 

 

声がした方向には鈴美が、身体の輪郭をぼやけさせながら佇んでいた。その輪郭は、話し終えると同時に空気と同化し、見えなくなっていった。

 

 

「杉本鈴美、か。あの幽霊の生き方には尊敬するものがある。生きてる人間のためにたった一人で15年も闘っていたとはな…」

 

 

「……」

 

 

「…おいおい、随分と無口になったな。

幽霊に会ったなんていう体験にショックを受けたのか?」

 

 

…あまり無駄口を叩ける気分では無かった僕は、ただその憎まれ口を無視していた。

 

 

 

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−–

 

 

 

「…僕は。

ここは僕のいた時よりも未来の世界なんじゃあないかと考えていた」

 

「へえ…成る程?」

 

 

「きっと、それ自体は正しいんだと思う。

ニューヨークやアメリカとかの地名はそのまんまだから…だけど」

 

 

そこで、言葉を切る。その先を言葉に出来なかったのだ。だから代わりに、目の前にいる漫画家に問いた。

 

 

「…どうだった?」

 

「ああ。君の予想通りだ。…ジョースターなんて苗字は結構ありふれている。だから絶対に、とは言えないが…」

 

「…『ジョッキーの家系の』

『ジョナサン・ジョースター』という男は…

『この世界のどこにも居ない』。」

 

 

…最悪の予想が、現実になってしまった。卒倒しなかったのは、これまでの経験で精神が強靭になっていたからだろうか。

 

この僕…『ジョニィ・ジョースター』は、あの、SBRの行われていた世界から遥かな未来に飛んだのだと思っていた。

 

あまりにも様変わりしていたから、この世界を別の世界と勘違いしてしまったのだ、と。そう考えていたのだ。

 

だが、そうでは無い。

そうでは無いと、事実が告げている。

 

 

「…つまり、僕が元々居た世界は。明確にこことは異なる世界…って事になる、な」

 

「フン、まるで三流のSF小説だな。

…だがそうとしか考えられないみたいだ」

 

 

…僕は、あの小道での出来事を思い返していた。

 

 

(『ジョニィ…こっちだ。』)

 

 

 

声に反応して、振り返った時に見たものは腕のみだった。

手というのは場合によっては顔よりも見る機会が多い部位だ。

 

ましてや僕は彼に『回転』を教わった。

故に彼の手を飽きる程見ている。

 

何が言いたいのかというと、あの手の中に『彼』のものは無かった。

…当たり前の事かもしれないが。

 

ではならば、あの声は何なのか?

僕を誘き寄せる為のただの罠?

 

…それとも。

 

 

「…なあ、露伴…」

 

 

「何だい」

 

 

「…僕は。あそこで『連れていかれる』べきだったんじゃあないか?」

 

 

 

…『宿命』はいつか追いついてくる。

気づかないうちに取り囲んで。

 

小道のあの『声』は…この世界に…杜王町に一つ入り込んだ僕を取り除こうとする、正しい行動だったんじゃあないんだろうか。あの声は、この世界には居ない彼の、思念の様な物だったのでは無いのだろうか。

じゃあ、取り除かれるべき…あそこで振り向くべきだった僕は何なんだ?

 

 

…僕こそが、幽霊なんじゃあないのか?

 

…怖い。

僕は今、何よりも自分自身が恐ろしい。

 

 

「さあね。そんな事は僕にとってどうでもいい。

僕にとって大事なのは…」

 

 

「『それが漫画のネタになるかどうか』か。

…全く、見上げた漫画家魂だな」

 

 

「そいつはどうも」

 

 

岸辺露伴は座ったまま動かない。

ただ、興味無さげに何かのスケッチをしている。僕のその仮説は彼のその脳髄の震わすような話では無かったという事だろう。

 

がっかりした反面、それを…僕が消えるべきという事を否定された気がして、少し嬉しくなった。

 

 

 

「…ああ、そうだ。話は変わるけど。

ちょっとした余談がある」

 

 

「?何だい。『読む』かい?」

 

 

「いや、世間話さ。

…今、この町にはジョースターという姓を持つ人がいるだろ」

 

 

「ああ、ジョセフさんだったな。偶然の一致って話だったが…」

 

 

「君の苗字を調べている内に気になって、片手間に調べてみたんだが…あのジョセフの祖父の名前…『ジョナサン・ジョースター』というらしい」

 

 

「…!!」

 

 

「面白いと思わないかい?」

 

 

「…何が言いたいんだ?」

 

 

「言っただろう、世間話だよ。ただの、ね」

 

 

 

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−–

 

 

 

空条承太郎は調査の結果を手元に考える。

 

 

『ツェペリ』という姓。

あまりありふれたものではない、寧ろ珍しいものの筈だ。それでも自分は何度も聞かされた事がある。自分の祖父に。彼の戦友だと。

 

…亡くなった、戦友だと。

 

 

(じじいは、子供も居ないと言っていた。

その為に、家系は潰えてしまったと…)

 

 

『ツェペリ』は既に存在しない。

この世にはもはや無い姓なのだ。

問題はそこなのだ。現在、彼の近くに『ツェペリ』姓が一人いる。

 

 

(…『ジャイロ・ツェペリ』)

 

 

下半身不随の、車椅子の青年。

記憶を無くした身元不明の…

 

…ただの偶然という可能性もあるだろう。

だが、そうは思えなかった。

 

 

(あれは偽名…それは確かだが。それよりも考えるべき事は『ツェペリ』を知っている上で名乗っているという事についてだ)

 

 

何故、知っているのか?

何故、それを名乗るのか?

 

問えば答えるだろうか。

偽名を使っているような男が?

 

本当は疑いたくなどは無い。

…だが、やらねばならない。

 

 

「…やれやれだ」

 

 

空条承太郎は一つ、溜息をついた。

 

 

 

⇒to be contenued…







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ジョニィ・ジョースター、殺人鬼と会うの巻

 

 

「ああ、承太郎か。どうだい進捗は」

 

 

「…ぼちぼち、だな」

 

 

「そうか」

 

 

僕たちはそのまま並んで歩き始める。

 

 

 

––––––––––––––––––––––––––––––

 

 

 

…この町に潜む殺人鬼。その片鱗に触れることになってしまったのはほんの少し前だ。仗助の友人になったのだという『スタンド使い』…まだ、中学生だったという。その子が、殺されたのだという。

 

あの日突然呼び立てられ、僕はあの少女…杉本鈴美の小道の前に向かった。そこには幾人ものスタンド使い。そして彼女は言った。

 

 

「間違いないわ…彼は死んでる」

 

 

寝耳に水、としか言えなかった。

疑問は幾らでも湧いてきたし、質問したい事だって山のようにあった。それにそもそも、その被害者の子供だって僕は知らない。

 

それでもそれを言わなかったのは、この集会が死の情報を共有する事…そして、危機を共有する為だと分かっていたから。

一人一人の疑問を解消する事が目的では無いとわかっていたからだ。

 

…いや、分からざるを得なかったのだ。

「殺人鬼の鎌は、思った以上にその首の近くにあるのだ」と。

 

被害者の友人だった仗助達、そして悪人(それも凶悪なスタンド使いだ)を野放しには出来ない承太郎は、率先してこの犯人を追う事にした。

 

前述の通り僕はその死んだ子とは接点が無い。が、仗助達は僕の恩人だ。だから僕も出来る限りはそれを手伝おうと考えていた。

 

 

そんな最中に、承太郎に道端で出会った。

図らずも情報共有が行えるかもしれないな。

 

 

「ぼちぼち…か。僕らもだ。ぼちぼち、犯人が何も証拠を残してないって事に気付き始めた」

 

 

「…」

 

 

「…考えてみれば当然だ。不用心に証拠を残すような犯人ならもう既に捕まってるからな。…それに、死んだ仗助の知人はスタンド使いだ。それを殺せるとなるとそいつもまたスタンド使い…尚更、証拠は残さないハズ」

 

 

「…」

 

 

「唯一の手がかりはその被害者の…

『重ちー』だったか?が残してくれたボタンだが…その様子からするとそっちも手がかりは得られなかったみたいだな」

 

 

「…ああ」

 

 

 

…会話が終了してしまった。

参ったな、あまり沈黙は好きじゃあないんだが…

 

 

 

「あー…そういえば鼠の件はどうだい?

あの後、滞りないみたいだけど」

 

 

「…ああ、大丈夫だ」

 

 

「そうか、そりゃよかった」

 

 

「……」

 

 

…?

気まずさよりも、不審を感じた。

確かに以前においても彼は無口ではあったが、ここまででは無かった。

 

…と、いうより。今の彼はまるで敢えて黙っているようにも見える。まるで、気心を知れた風になる事を否定するような。情報を話す事を嫌っている、ような…

 

 

……

 

 

「…なあ。もしかして、偽名って事がバレたかな」

 

 

「…」

 

 

「…もしそうなら、安心してほしい。確かに僕は本名を言ってないし、諸々のせいで過去も明かす事が出来ない」

 

「だが君たちに恩を受けてるのは確かだ。

僕はそれを無下にするような人間じゃあないつもりだからな」

 

 

「……そうか」

 

 

「ああ。…つっても信用できないか」

 

 

「…」

 

 

彼はまた、おし黙る。

…怖いな。身長が大きく、顔も整ってるとはいえ険しいから、黙ると かなり恐ろしいんだ。何とかして話を続けたいんだけど…

 

 

「あ、そういえば仗助達はどうして…」

 

 

と、隣を見るとそこに承太郎は居ない。周りを見てみるとそこには、後方である店の前で立ち止まっている彼の姿があった。

 

『靴のムカデ屋』…そんな店だ。

 

 

「…?どうしたんだ?靴が欲しいんなら別に良いけど、そう一言言ってくれてもいいんじゃあないか」

 

「…杜王町近くの洋服屋は全て聞いたが、こういった所には聞き込みをしていなかったな」

 

 

「…何?」

 

 

…話についていけない。手がかりを探そうと、彼が立っているところをよく見る。するとそこにはある張り紙があった。

『簡単な洋服の仕立て直しいたします』と。

 

 

「…!『ボタン』の聞き込みか!唯一の『犯人』の証拠品!!」

 

 

「ああ。…確かに一言聞くべきだな。この店に入ってもいいか?」

 

 

「…わざわざ聞かなくっても良いよ。

そうだな、早速聞き込んでみようか」

 

 

––––––––––––––––––––––––––––––

 

 

 

 

「うああああっ!!こ…『これ』はッ!」

 

「!下がれ、ジャイロ!」

 

 

刹那。ドグォォンと、重い爆発音が目の前を埋め尽くす。その爆炎は周りを焼くというよりも『消しとばす』形で発現する!

 

 

「…ッ!『爆弾』か!これが…

これがヤツの、殺人鬼のスタンドか!!

クソッ、まずい!逃げられるぞ!」

 

 

「イヤ、あれは追わなくていい」

 

 

…何?何を言っている?

 

呆気にとられて、焦りもあって咄嗟に怒鳴りそうになってしまった。

 

が、敢えて静かにして追うのをやめた。

承太郎が…聡明な彼はきっとなにかを考えてそう言ったに違いないと思ったからだ。

思った通り、承太郎が話す。

 

 

「…追うなというより、追えないんだ。

どこかにさっきの『爆弾スタンド』が潜んでいるからだ」

 

 

「!!…み、見た…のか?」

 

 

「見てはいない…が、いるハズだ」

 

「ハズ、だって?」

 

「ああ。犯人が店の主人だけを始末して逃げるような男なら15年以上も逃げ延びてる筈はない。証拠は全て消す奴だ。

…つまり、俺たちも始末する気だ」

 

 

…成る程、一理ある。

もしもだが、僕がスタンドを利用した殺人を犯すなら。僕も目撃者全てを殺してその証拠を全て無くすだろう。

 

 

「だが、その…本当はいなかったらどうするんだ?そうなると僕らは居ないものにビビって犯人を逃した馬鹿になるが…」

 

「そうなったら俺のせいにしてくれていい。

だから今は用心をしておけ」

 

 

生唾を飲む。緊張で身体が火照り、脂汗がツツっと流れる。

…あのスタンドはあまり大きく無かった。

潜むことは簡単だろう。

 

そう、例えばこのディスプレイされている靴の中に潜む事も…

 

 

 

『コッチヲ見ロ』

 

 

 

「ッ!!うわあああああッ!!」

 

 

 

 

ほ…本当に居た!居てしまった!!まずい、爆発する!この至近距離じゃあコイツを引き離す手段が…無い!

 

 

 

「…『スター・プラチナ!!』」

 

 

 

…その目にも止まらぬ動きは、僕の目では捉えきれなかった。

 

音で、ようやくわかった。彼のスタンドが圧倒的なパワーで爆弾戦車のスタンドをボコボコに殴り潰しているという事が。

 

 

「す…凄い!でもダメだ!

触っているとそいつはすぐに爆…

 

 

 

…発してしま…」

 

 

…その爆発寸前だったスタンドは、次の瞬間には床に埋まっていた。

少しの間考えが止まってしまったが、どういう事かはすぐにわかった。

 

 

「…!時を止めたのか!

やったぞ、コイツを仕留め…!」

 

「…下がっていろ、ジャイロ」

 

 

「…え?」

 

 

僕のその間抜けな声は承太郎の忠告よりも、目の前の景色に向かって飛ばされていた言葉だ。そう、目の前では…

 

 

「ば…馬鹿なッ!まだ破壊されていない!?

『スター・プラチナ』のパワーで!」

 

「…まどろっこしい事は嫌いなんでこのままぶち壊しちまおうと思ってたが。…やれやれ、初めてだぜ、こんな頑丈なヤツは」

 

 

見れば、承太郎の拳からは血が出ている。本体に反映され、その拳が裂けるほど全力で、止まった時の中で殴ったのだ。なのにヤツはまだ…

 

 

「…ッ!いくら固くても!

元々空いている『穴』ならば問題無いだろうッ!」

 

 

僕は『タスク』を発現させる。そしてその指をその『スタンド』から少し横に照準を合わせ…そして、撃とうとした。

 

ギャルル、と履帯が回る音が響く。

そして、その音は真っ直ぐこっちに。

 

 

(…!?な、なんで…なんでこっちに向かってくるんだ!

どうして!!)

 

 

照準のその先。恐ろしい爆弾はその目標を僕に変え、

僕を殺すべく向かってきていた!

 

 

「…ッ!ジャイロ!」

 

「う、あああああッ!!」

 

(撃つ?撃ってどうする!撃っても弾かれるだけだ!穴を作って追尾させて…ダメだ!間に合わ…)

 

 

 

「…やれやれだぜ」

 

 

 

…また、時が止まったのだろう。

気がつけば承太郎は位置を変え、そしてその横には炎が燃えていた。

すると不思議な事に、爆弾は僕を避けてその炎へと向かっていく。

 

「…温度だ。ヤツは温度を探知して俺たちを襲ってきていたのだ。さっき俺ではなくそっちに行ったのは緊張から体温が上がった為…

だから別の熱源があれば…」

 

「…ターゲットは移る!」

 

「…!!なら、待てよ!新しい熱源が出来たってんなら、ソイツはそっちに向かって!」

 

 

きっと、対処法があるのだと。心の中では期待していた。いつものように余裕とも無表情ともとれない顔で事もなげに解決するのだと。

 

だが…彼の頬には冷や汗が垂れていた。

 

「…ああ。コイツはちとマズイぜ…」

 

それがこの場で聞こえた、最後の彼の言葉だった。

 

 

 

瞬間、爆発音が響く。

 

さっきよりも更に大きいその爆発は僕に目を開けたままにする事を許さず、次に開けた時には…

 

 

「……〜〜ッ!!承太郎ォーーーッ!!」

 

 

爆風をモロにくらい、

木の破片が身体中にぶっ刺さった血塗れの承太郎があった!

 

なぜだ、なんで!

 

 

「どうしてだ!

…どうして、僕を助けたッ!僕なんかをッ!」

 

 

そうだ、たしかに破壊は出来ていなかったが、『スター・プラチナ』ならあの爆風から逃れる手段ならいくらでもあった筈だ!

咄嗟に距離を取ればよかっただろう、投げれば良かっただろう、時を止めれば良かっただろう。…それをしなかったのは。いいや、出来なかったのは!僕を助けたからだ!

 

放っておけばよかったのだ。偽名を使い、真実も語らない正体不明の怪しい人間の事なんて。それで爆死してくれれば、あの爆弾のオトリにもなるし、怪しい奴は死ぬで一石二鳥じゃあないか。

 

 

「…いや、違う」

 

 

多分直感で、僕は分かっていた。

 

 

『彼らは』そうなのだ。

例え何だろうと、そいつが怪しかろうと。

誰かを見捨てる事なんて出来ない。

その選択肢が浮かぼうと絶対に選べない。

 

きっと今回も今迄も、損得勘定じゃあない。

これが彼らの普通なんだ。

 

 

 

「…今の爆発ハ人間ジャネェ〜」

 

 

爆弾戦車はそう言うと、こっちを向く。

承太郎の考えが正しいなら、残りの体温である僕に向かってくるのだろう。そして恐らく、彼の推測は正しい。

 

 

(…僕には、そんな事は出来ない。)

 

 

足が動かないから、じゃない。仗助や承太郎。彼らのような、誰かの為にその身を費やす事は。黄金のようなその行動は出来ないと思った。

 

爆弾がこっちへと向かっている。

だがさっきと違って、頭は不思議と冷静だった。

 

 

(僕は誰かを助けるなんて柄じゃあない。

だが、ジャイロなら絶対に…)

 

 

…いや、それは言い訳だ。本当は、目の前の爆弾に対して僕の心に何かが燻っている事を感じたのだ。

 

自分の目的の為ならば殺人をも厭わない。

そんなおぞましい感情を。

 

 

 

「……『タスク』」

 

 

 

発現させると、僕の心はすっかり凪いだ。

 

アレもスタンドなのだ。穴ぼこにすればその使い手も死ぬだろうか?

 

 

構うものか。

 

 

指を構えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––––––––––––––––––––––––––––

 

 

 

 

「…ああ頼む、靴のムカデ屋だ!

今にも死んじまいそうなんだ、早く!」

 

僕は備え付けの電話で東方仗助に連絡をしていた。要請はケガ人の治療。ケガ人とは勿論承太郎の事だ。

 

 

「敵スタンド?それなら大丈夫だ。消えちゃあいないから死んではないが…少なくともそいつが僕を殺す事は無い」

 

 

そう言って、チラっと『そいつ』を見る。

 

脳天に風穴を開けてもまだ動いた時はかなり焦ったが…

それなら動けないように脚を潰すだけだ。

 

いくら硬かろうが、『act2』には関係ない。穴そのものが追尾して攻撃をする。穴という事象そのものは頑丈さじゃあ何ともならない。

 

床に打ち込んだ爪弾の弾痕は、そのままヤツのキャタピラ…車輪部分を全て削るように移動した。めでたくコイツは動く手段を無くしたという訳だ。

 

 

「コッ…チ……ヲ…」

 

「…ああ。一度切るぞ。

場所も教えたから、直ぐに来てくれ!」

 

 

…しぶといな。

電話を切り、這うように動こうとしている爆弾戦車へと向く。

 

そして少しだけずらして、フォーカスを合わせた。

直撃すれば傷一つつけられないから。

さっきまでと同じだ。床を、壁を撃つ。

 

 

(…これで、今度こそ殺人鬼は死ぬかな)

 

 

 

「それくらいに、しておいてくれないかい」

 

 

「ッ!!」

 

 

声がした。

声は風変わりなものでは無かったが、それがまた恐ろしかった。

あくまで普通な、そんな声の人物が。野次馬という訳でも無く、この爆発した現場に訪れて悠々と話し始めるだろうか?

 

生唾を飲み込みながら、バッと振り向く。

 

 

 

「いや…しかし、無敵だと思っていた『シアー・ハートアタック』がこんなにまでやられるとはな。私と同じ様な能力を持っている者が居る事はこの前知ったが…こんなにまで『相性』の悪い敵が居るとは思わなかった」

 

 

その見た目も、普通だった。普通のスーツで、少しスカした感じではあるし、ネクタイも派手かもしれない。だが、それ以外は全く目にはつかない。

その平凡な男は、左腕を抑えながら、僕の事をごく自然に敵だと言ってのけたのだ。

 

 

 

「…〜〜ッ!『タスク』ッ!!」

 

 

迷ったら撃つな、だ。

だからそこに迷いは無かった。

迷わず、そいつを…

 

…僕の目の前の殺人鬼を。

殺すつもりだった!

 

 

 

「…『キラークイーン』」

 

 

「なっ…!?」

 

 

 

…気がつけば僕は踏みしだかれ。

地に伏せていた。少し遅れて、激痛が走る。

 

 

「成る程…これではシアーハートアタックに傷はつけられない…が、実際に私の左腕はボロボロだ。って事は他に何かあるんだろうが…それは着弾した場合のみみたいだな」

 

 

そう言われて、ようやく気がついた。こいつ、いつぞやの『チリペッパー』のように僕の爪弾をキャッチしやがった!

 

 

「馬鹿なッ…スタンドは一人に…」

 

 

…そこまで言いかけて、解りかけて来た。

怪我をしているあの左腕が事実を示してくれている。あの『戦車』は、奴のスタンドの付属に過ぎないのだ。そして、そのスタンド本体は僕の爪弾を受け止められる程に強靭!

 

 

「しかし…フゥ〜〜…

肝を冷やしたよ…『全く躊躇が無い』とはね」

 

「ともすればサガの為に仕方なく人殺しをしているこの吉良吉影よりも。君の方が『人殺し』に向いているんじゃあないか?」

 

「…いや、そもそも今の躊躇の無さは初めてって感じじゃあ無かったな。君は一体、どれだけ殺してきたんだ?」

 

「どうした。答えてくれてもいいじゃあないか、ん?」

 

 

 

返答はしなかった。いや、出来なかった。

胴体を、腕が貫通している苦痛に、喘ぐ事で精一杯だったのだ。

 

 

「…フゥ〜〜…本当はもっといたぶる予定だったんだが…思いの外ここに来るまで時間がかかってしまってね。あまり構っていられないんだよ」

 

 

…殺人鬼は、そう囁く。出血、痛み、極度の疲労。そのいづれもが僕の意識をブラックアウトさせていく。

 

…だが、そのブラックアウトの最中。最後の最後に絶望から救われた。

最後に聞こえた、あの声が…

 

 

…『オラァッ』という渾身の気合が。

僕が次に、また目を覚めさせられるだろうという事を予感させた。

 

 

––––––––––––––––––––––––––––––

 

 

 

気づいたらそこは見慣れない病院だった。

目覚めた時は横に誰も居なかったが、数時間後にはどこから広まったのか、仗助を始めとして幾人かがお見舞いに来てくれた。

 

 

「殺人鬼には逃げられちまったのか」

 

 

「…ああ。済まない」

 

 

「…悪い。折角の手すら治しちまって」

 

 

「よしてくれ、僕が生きてるのは承太郎、仗助。君たちのお陰なんだ。謝られる筋合いは全く無いよ」

 

 

仗助が申し訳なさそうに頭を下げる様子を、おかしな気分で見る。今この場には僕と仗助、億泰と承太郎がいる。情報共有の為の集会だった。

 

 

「しかしよォ〜〜…

手がかりがなンもねぇってのはなぁ〜…」

 

 

億泰がそう、皮肉などはこもってない、心底残念そうに一言言う。…たしかに、あんな死ぬ思いをして手がかり0ってのは流石に納得がいかない。何か、何かないだろうか。手がかりらしいものが…

 

 

「…これが手がかりなるかは判らないが…僕をすぐに殺すと思って油断していたんだろう。奴は自分の名前を口にしていた」

 

 

「!そうか。何と名乗っていた?」

 

 

「『吉良吉影』と。そう言っていた。」

 

 

「…解った。こちらで調べてみよう。仗助、億泰。今日は解散だ」

 

 

「あ、うっす。

んじゃな、ジャイロ。ゆっくり休めよ」

 

 

「おお。明日も見舞い行っからよぉ、それまでグッスリ寝てろよ!」

 

 

「ああ、二人ともありがとう」

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

「やあ、ジョニィ君」

 

 

「…露伴か。仕事はいいのかい?」

 

 

「とっくに終わらせてきたよ。それよりも君に報告しておきたい事があってね。わざわざここに来たって訳さ」

 

 

「ふうん…それなら仗助達と一緒に来れば良かったんじゃあないか?」

 

 

「ハ、冗談はよしてくれ。

あのクソッタレどもと『一緒に』なんてヘドが出る」

 

 

…肩をすくめるしかない。

まあ、一度ボコボコにされてるんだ、仕方ないかもしれないな。

 

 

「で?僕に伝えたい事って?」

 

 

「ああ、その…件の殺人鬼だがな。

本格的に僕も追うことにしたよ」

 

 

「!そうか…そりゃまた意外っていうか」

 

 

「…何だ、ムカつく反応だな」

 

 

「いや、すまない…だが、なんで急にまた心変わりをしたんだ?」

 

 

「…僕にも色々あるのさ。そこに立ち入る権利は今の君にはないがね」

 

 

「ふうん、勝手だな。僕の秘密は洗いざらい知っておいて」

 

 

「妙な言い方をするな。それじゃ、僕はもう帰るからな」

 

 

「あ、待ってくれ。僕も言いたい事が」

 

 

「?」

 

 

「最新刊、面白かったよ。

もしよければだが、その最新刊にサインくれないか?」

 

 

「…サインならもうしたよ。ほら、そこに」

 

 

「うわ、いつの間にッ!」

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

「……」

 

 

殺人を目撃された、となれば。

ヤツはいよいよ僕を殺そうと躍起になるだろう。

 

…僕がヤツを何とかしようと思っているのは義憤心なのか、危機を排除しようと思う身勝手さなのか。それはもう判らない。

 

が、確かな感情は胸にあった。

 

 

 

「…今度は、ぶっ殺してやる」

 

 

燃え上がるような殺意。

それだけは確かだ。

殺人鬼の才能。奴の言葉が頭に浮かび、すぐに掻き消えた。

 

 

 

⇒to be contenued…

 



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ジョニィ・ジョースター、忙しい日々を送るの巻

 

 

キラヨシカゲ。その名前こそがヤツの慢心、油断から僕の記憶に残る事になった、殺人鬼の唯一の手がかりだ。

 

最早この街…いや、この世界には『そいつ』は存在しない。だがそれでも『そいつ』が過ごした残穢は確かにあるのだ。そしてそれには、ヤツに辿り着ける手がかりがあるかもしれない。

 

そんな藁をも掴む思いで僕は今、殺人鬼の元私邸に来ている。勿論僕だけじゃあなく他の皆…仗助、承太郎、億泰も居る。

 

 

「ふぅん……」

 

 

思わず、そんな声が出る。家自体は中々に立派でデカい代物だったからだ。両親はすでに死んでいながら…いや、死んでいるから、かもしれないが、のびのびと暮らしていたようだ。

 

「冷蔵庫とかに何かねぇかな。

よくあんだろ、殺人鬼とかが肉とかを入れてよォ〜」

 

 

「…いや、そんな物は残さないんじゃあないか。

残しておく必要もなさそうだしな」

 

 

「?」

 

 

…物的な証拠をわざわざ『残す』というのは、主に二つの理由がある。

一つは示威的に、誰かに何かをしたということを自慢したい気持ちがあるから。もう一つは、上手く『エモノ』が手に入らない場合、それで自己を慰めるためだ。

 

そして、『キラ』にはどちらも噛み合わない。ヤツの消しとばす能力は見せびらかすだとかの思いとかとは無縁のもの故だろう。

エモノが手に入らないなんて事は、更に無縁だ。ヤツはこれまで何食わぬ顔で、自由気ままに、思うがままに殺人を行なっていたのだから。

 

 

「しっかし、全然なんもねぇなぁ。

ひょっとして何も手がかりなんて残ってねぇんじゃねぇか?」

 

「ま、泣き言はもーちょい探してからだな」

 

 

それを言ったのは僕じゃなかった。

 

 

 

「おお、仗助。どーよそっち」

 

「全然だぜ。一応まだ承太郎さんが探しちゃあいるが、少なくとも俺がさっきまで探したところは何も無さそうだ」

 

「あれ、というか仗助。君だけこっちに来たのかい?」

 

「承太郎さんにあっち手伝ってもいいすかって聞いたら許可貰えたからな。多分必要ねぇんじゃないと思ったんだろうぜ」

 

「おお、んじゃあ俺が代わりにあっち行ってみっか。承太郎さんが見落とすこたぁねぇと思うけど一応見ときてぇしよぉ」

 

 

そう言うや否や、億泰はそのまま行ってしまう。

仗助と、僕だけが残った。

 

 

「…で、その様子からしてそっちもみてぇだな」

 

 

「ああ、ボウズも良いところさ。突発的にこの家を出なきゃいけない羽目になったんだから全てを処理している筈は無いとは思うんだが…」

 

 

「ったく、幽霊でも出そうで気味わりぃぜ。 こちとらちゃちゃっと見つけて帰りてぇっつーの」

 

 

幽霊。その言葉に少し、どきりとする。

無論そういった意味でなんか言っては無い。

だが、それでもどこか…

 

 

「ジャイロ?」

 

 

心配そうに、仗助が声をかけてくる。

 

 

 

「…すまない、何でもないんだ。しかしそれより…」

 

 

今、ふと違和感を感じた。

『僕の名前』を呼んだだけなのに、何か不自然なような。

 

それを本人も分かったようで、バツが悪そうに頬を掻く。

 

 

「…悪りぃ、承太郎さんから聞いたんだ。それが偽名だって」

 

 

「やっぱり、そうかい」

 

 

…反射的に、タスクの発現準備をする。だが、やめた。敵意は感じないし、何しろこの距離での勝負となったら勝ち目は0だ。

 

 

 

「いや……それで別に疑うって訳じゃあ勿論ねぇんだけどよ。俺あんま頭よくねぇからさ、なんつーかキチンと教えてほしいんだよ。名前とかそういうの」

 

 

「…そうだな。君、母親にポルノ紙の場所、教えたりしてるかい?自分の性癖とかは?」

 

 

「…はぁ!?何言ってんだよ、教えるわきゃねぇだろ!一体なんのこった…」

 

 

「親しい人にも教えたくないプライベートな部分は、誰にでもあるはずだ。それが僕には、『本名』とか『来歴』とかも含まれているんだ。だから、すまない」

 

 

仗助はぐっと、おし黙る。あまり納得はいってないようだが、これ以上聞いてはこなかった。

 

…少し前であったなら、言ってしまっても良かった。ただ験担ぎの為に、警戒のために偽名を…ジャイロを名乗っていた頃なら。

 

だが今は、名乗れない理由がある。

それを露伴との邂逅により知ってしまった。

 

ジョニィ。ジョナサン・ジョースター。

その僕の名前は、今や新たな混乱を呼びかねない。

 

別にそれは、大した事じゃあないかもしれない。それならそれでいい。だが今はただでさえ皆が一つのことに集中しているんだ。そんな中に新たな問題を出したら、予期せぬトラブルが起こるかもしれない。

 

それだけは避けたい。

せめて、あの殺人鬼を斃すまでは。

…僕の今の状況がわかるまでは。

 

 

「…わぁーったよ、んな顔されたら納得しねぇ訳にはいかねぇな」

 

 

と、溜息をつきながら仗助は言い、片方、手を伸ばした。

 

 

「それじゃ名前とかは今は聞かねぇけどよ。

お前が味方っつーのは確かでいいんだよな」

 

 

「…ああ、勿論。君たちに拾われた命だ、精々役立ってみせるさ。」

 

 

 

僕も手を出す。そうして、握手をした。

納得はまだいってないかもしれない。

それでも彼は人懐こい笑みを浮かべていた。

 

釣られて僕も笑う。

…何だかすっかり毒気が抜かれてしまった。

 

 

 

–––––––––––––––––––––––––––

 

 

 

 

この後、本物の幽霊がここに出る事になる。

仗助と承太郎、僕と億泰のコンビに戻って家捜しをしていると、何とキラの父親だという幽霊が彼らを襲ってきたのだ。

 

が、そいつは承太郎の機転であっさり敗北。

閉じ込めているうちに改めて調べるとそこには……

 

 

 

「…ッ、これは、『弓と矢』!?」

 

 

 

あの、忌々しい弓と矢があった。

成る程、アイツもまたこれで『スタンド』を身につけたのか。

 

そう思っていると、閉じ込められていた筈のキラの父親…写真のおやじが、執念により捕縛から抜け出してその矢をひったくっていったのだ!

 

それは、これから始まる数日間が、奴が息子を守る為に生み出した『敵スタンド使い』により、戦闘に次ぐ戦闘の、苛烈な日々になるという事を意味していた。

 

だが僕はその時、その事よりも逃げ去った写真のおやじの事を考えていた。死してなお(歪んでるとはいえ)愛情を向ける父親。ほんのちょっぴり、殺人鬼が羨ましく思えてしまっていたからだ。

 

 

 

–––––––––––––––––––––––––––

 

 

 

 

 

必死に車椅子を漕ぎ、猛スピードで走る。

向かう先はぶどうヶ丘病院。

目的はスタンド、『ハイウェイ・スター』…その捜索だ!

 

 

……あの時、逃げ出した写真のおやじ。

ヤツはやはり、息子を守る為になりふり構わず矢で『スタンド使い』を増やしていた。そしてそれは結果的に、奴の思惑通り。僕たちを次々と襲ってきていたのだ。それが今回襲撃しているのは、仗助だ。(どうやら露伴も既に襲われているらしいが)僕は襲われていない。

 

じゃ、何で病院に急いでるかって?答えは簡単だ、仗助に助けを求められたから。

 

というのも今回彼を襲っているのは『自動操縦型』のスタンド。いくら攻撃してもフィードバックがないそれを倒す為には、本体を狙うしか無い!最近の事故情報から本体を推測した僕達は同時に、その本体がいると思われる場所、即ちぶどうヶ丘病院に向かっている、というのが今走ってる事の顛末だ。

 

 

(良し、着いた!)

 

 

仗助はやはりまだか。よし、この間にせめて本体の居るだろう病室を確かめないと。

 

 

「なあ、すまない!その…2日前に杜王トンネルで事故を起こした少年の病室が知りたい。何処か教えてくれ!」

 

 

受付へと、そう言葉をかける。

だが返事は帰ってこない。

 

 

「…おいッ!」

 

 

「…あんたねぇ。そこに書いてあるのが見えない?『本日の面会は終了してます』。」

 

 

「見舞いじゃなくて、だ!病室を知りたいだけなんだ!」

 

 

「あなた、少年の家族?

ま、違うわよねェ〜〜、どう見ても。

ご家族以外にはお教えできません〜」

 

 

「クソッ、必要なんだよ!頼む、教え…」

 

 

「いいから帰んなさいよ。あんたみたいなくだらないガキはメーワクなのよ、カタワ仲間だからって親近感でも湧いたの?頭は最初から沸いてるみたいだけど」

 

 

……ッ、ラチが明かない。

しかし諦めるわけにも、これ以上時間を費やす訳にも行かない。ならどうする?

周りを少し見渡した…

 

……

 

「…病院にしちゃ、相当無用心だな。もしそれでトんでる奴が暴れたらどうすんだ?」

 

 

「は?」

 

 

刹那。僕は目の前のカウンターに、無造作に置いてあったハサミを手に取り。

 

そして、思い切り僕の脚にぶっ刺した!

 

 

 

「グッ……痛ッ…!」

 

 

「ッ!?な…何してんのよ!?イカレてんじゃないの!?」

 

 

 

勿論その脚からはドクドクと血が流れ出す。

この怪我自体は、後で仗助に治してもらえればそれで構わない。この痛みも必要経費だ。

 

 

「…これを、もし君がやったと言ったらどうなるかな」

 

 

「はっ?」

 

 

「どうにもならないかもしれないな。ただの頭のおかしいバカが急に錯乱して自傷しただけ…そうなるかもしれない」

 

「だが、そうならないかもしれたいぜ。僕は見ての通り社会的弱者だからな。言ったらそのまんまロクすっぽ調べられないで通る、かも」

 

 

「…なっ…」

 

 

「そうでなくとも、出血沙汰が起きた病院なんて相当噂になるだろうな。それも悪い意味で…そうすりゃ病院はかなり損をする。それを引き起こした君はクビか、いや、運が悪けりゃ、それとも…」

 

 

「ご、525号室よ!言やいいんでしょ!?

何なのよまったく…!」

 

 

…脅すというよりは気味悪がられたようだが、まあいい。部屋番号は知れた。

 

 

その瞬間、エンジンの音が病院の入り口をブチ破った。仗助だ!確認し、すぐに叫ぶ!

 

 

「525号室だッ!

本体の場所は5階の525!」

 

 

「サンキューッ、ジャイロ!」

 

 

そのままバイクは轟音をあげながらエレベーターへと突撃する!そしてそれを追うのは、不気味な黒々とした足跡!あれが、『ハイウェイスター』か!

 

 

「『タスク』ッ!」

 

 

スタンドを発現させ、即撃つ!

弾はその足跡と共にエレベーターのドアに阻まれてしまう。だが、それでいい!

 

 

『足跡』はそのへばりついたエレベーターのドアの隙間から入ろうと蠢く。が、その内の1つに穴が空き、それはぼとりと落ちる。

act2。穴が攻撃をする!

 

まだ終わらない。その穴から僕の左腕を出し、更にへばりつく足跡を爪弾で撃墜した。

act3!

 

だがしかし、その合わせ技をしようとそれはまだまだ無数に飛び出ていく。

換気口を通り、彼を追っていく!

 

 

「クソッ!」

 

 

それを追おうと、車椅子を漕ぐ!

さっき刺した脚の痛みに耐えながらなんとかエレベーターに向かっていこうと…

 

 

(……待てよ)

 

 

 

今、何と考えた。

今も、いや、思い返せばさっきも。

 

 

『脚の痛みに耐えて』?

 

そんな筈は無い。だって、この脚には、もはやなんの感覚もないのだから。

 

なのに。でもしかし、今僕は、痛い。

確かに脚は痛みを伝えてくる。

 

 

 

(……!!『これ』は……!まさかッ!)

 

 

 

「あぶぎゃうううーーっ」

 

 

…思案は、その悲鳴によってかき消される。

 

聞き覚えの無い声だ。恐らくは例の本体。

その後に聞こえる、バシャーンと、水の音。

 

仗助、彼は相当派手にやったらしいな。

 

 

……しかし、早くこの傷を治してもらわなければ。

どうしても試したい事が出来てしまった。

 

 

 

 

 

–––––––––––––––––––––––––––

 

 

 

 

……一人。ホテルの自室に居た。

 

心臓がバクつく。

 

心の準備が必要だ。ぬか喜びかもしれない。もし、そうだった場合に心が折れてしまわないように、心の準備を。

 

 

(……)

 

 

脚に力を込めた。

そう、『脚に力が入る』のだ。

 

これはそれまでとは間違いなく違う。

これが意味することは恐らく…

 

…この脚が、動くようになっている。

 

その証明をしようと、手すりを前に立ち上がろうとする……

 

 

 

…その時だった。

 

 

パリン。音がした。

窓の方からだ。何の音だ?割れるような音。

 

不審に思い、見に行く。

窓ガラスが割れていた。侵入者か?

しかし、ここは3階部分だぞ?

 

 

 

「『恐怖を感じない人間はいない』…」

 

 

「なッ!?」

 

 

 

振り向くと、そこには一人の少年が居た。

褐色の肌を持つ精悍な…いや、そんな事はどうでもいい。

こいつ、いつのまに此処に居たんだ?

さっきまで居なかっただろ?

 

 

 

「怖い、という態度や表情を隠そうともダメだ。心の奥底の恐怖っていうのは取り除く事は出来ない。誰だろうとね」

 

 

「だ…誰だ貴様ッ!どこから入ったッ!」

 

 

「……今見て分かったんだが。君、怖がった時に『息が荒くなる』ね。過呼吸気味になるというか。どんな人間でも、無意識のサインをビビった時は出すものだ」

 

 

 

…今分かった。コイツは敵だ!

躊躇いなく指を向け、撃つ!

 

 

 

「……なッ!?」

 

 

馬鹿な。あれはなんだ?ただの紙じゃあないのか?わからない。ただ、あれに僕の爪弾が吸い込まれるように行ってしまった。

…僕の攻撃を、無力化できるのか?

 

 

 

「…ほぉら。今また、息が荒くなっている。

やはりそれが君のビビった時の『サイン』だッ!」

 

 

 

まずい。逃げないといけない。

動け。脚が震えてる。

そうだ、歩ける。走って逃げろ!

 

 

 

「そしてそのサインを見つけた時!

我が『エニグマ』は攻撃を完了するッ!」

 

 

 

 

–––––––––––––––––––––––––––

 

 

 

 

……僕の意識はそこで途切れている。

 

一つ覚えているのは、紙に『挟まれ』た事。

挟まれ、一つの紙と一緒になり…

 

 

(…ああ、そういえば。ここに来る時。 

僕は星条旗に挟まれたんだったな……)

 

 

 

この期に及んで何故か、そんな関係のない考えが頭を支配していた。

 

 

 

 

–––––––––––––––––––––––––––

 

 

 

 

エニグマの紙。

開けば中身は出てくる。

 

 

エニグマの紙。

紙そのものが死ねば、中身も死ぬ。

 

 

 

じゃあ、『その紙すらなくなれば?』

 

 

それはきっと、誰にもわからない。

死んでるのかも、生きてるのかも。

 

 

それが、『どんな世界にいるのか』さえも。

 

 

 

 

………

 

 

………………

 

 

………………………………

 

 

 

「……おいッ、吐けよ!言えッ!!

これ以上殴られてェかッ!」

 

 

「よせ、仗助!もう話せる状態じゃねえ!」

 

 

「噴上ッ!

探せよ、無ぇはずがねぇんだよ!」

 

 

………………………………

 

 

 

「クソッ!あいつは…

ジャイロを、何処にやりやがったァーッ!」

 

 

 

 

 

⇒to be contenued…

 



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ジョニィ・ジョースターの人生の巻

 

「……」

 

 

シュルシュルと、鉄の玉が回転を行う。

それはソナーのように、波紋のように、あるモノの場所を突き止めるべく伝播する。

 

その鉄球の持ち主…ジャイロ・ツェペリは静かにマンホールの蓋を開けた。

 

そこに彼の探し人、友人は居た。

 

 

 

「…ジャ、イロ…」

 

 

「…喋るなジョニィ。この出血は回転で取り敢えず止めてやれるし、ゾンビ馬の糸でもある程度は治せる」

 

 

「……ああ…」

 

 

 

返事では無く呻きに近いその声を、ジョニィ・ジョースターはあげた。

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 

「ジョニィ、しっかりしろ、ジョニィ!」

 

 

 

ああ、懐かしい声がする。

それに、この呼ばれ方も久々だ。

 

 

目を開けた。そこには、僕の恩人、師匠、友人…そのどれでもある、彼がいた。

 

僕の偽名の元である、彼が。ジャイロが。

 

 

 

…夢、だったのか?

悪い夢…いや、いい夢だったか。

 

 

この出血、銃撃のダメージは間違いなく、あのファニー・ヴァレンタイン大統領にやられたものだ。あの時、治された筈の。

 

では、何故今その銃創がある。答えは、あの杜王町の出来事が泡沫の夢にしか過ぎなかった、という事だろう。

 

 

運命は残酷だ。

あんな、希望を持たせるような事を見せておいてそれを取り上げるなんて。

 

友人が出来た。色々な経験も出来た。

…この脚が、動くかもしれなかった。

 

それらを何もかも、奪われた。

いや、奪われるようなものすら本当は無かったのかもしれない。

 

自嘲するように、出来ないだろうと諦めながら自らの脚に力を込めようとした。

それが出来ないならあれは何もかも、夢であったと諦めがついたから。

 

 

 

……脚が、動いた。

 

 

 

 

(………ッ!)

 

 

 

動く。動いたんだ。そう、あの時、『エニグマ』といっていたあの少年に襲われた時。

僕は動く事が出来たんだ。

 

 

 

「なあ…ジャイロ…!

『さっき』僕の足が動いたんだ…!」

 

 

 

『いつ』『どこで』かの説明は、するつもりは無かった。錯乱してるだけだと思われる。

 

 

 

「見てくれ…!移動、出来たんだ!

見てくれよ、動いたんだ!」

 

 

 

血塗れでも、身体に何も力が入らなくとも、立ち上がる。立ち上がらなきゃいけない。

そうじゃなきゃ、まるで仗助たちの存在まで全部嘘だったみたいじゃないか!

 

 

しかし、ああ、それは途中で崩れ落ちる。

僕にまだ、立ち上がる力は、無い。

それは精神論だとかそういうのではない、もっと無慈悲な『現実』だった。

 

 

 

「…くそッ!もう少しだッ!

あとほんの少しなんだッ!どうしてもこの脚を動かしたい!『生きる』とか『死ぬ』とか誰が正義で悪だなんてどうでもいいッ!」

 

 

「僕はまだマイナスなんだッ!

ゼロに向かって行きたいッ!自分のマイナスを、ゼロに戻したいだけなんだッ!」

 

 

 

心を全て吐き出すような、吐露。

いつからかずっと溜まり続けていた感情がもはや止まらずに濁流となったようだった。

 

 

こんな事ならば、何も知らなければ良かった。『遺体』も、『杜王町』も、自分に希望を与える存在全てを!

 

 

 

「……なあ、知ってるか?鐙が発明されたのは11世紀だ」

 

 

「……?」

 

 

「鐙は単に脚を乗せるためだけのものじゃない、馬のパワーを下半身から吸収し闘う技術の為に発明されたんだ」

 

「……何を」

 

「お前さんが脚を踏ん張っていられるなら。

馬から得た回転で、大統領の未知の能力に立ち向かえるチャンスがあるかもしれない」

 

「……!」

 

 

 

…ああ、そうだ。やはり、そうだ。

彼はいつも僕に勇気をくれる。

 

縋りたくなるような弱々しい勇気ではない、心を奮起させられる、とても、強い。

 

 

ジャイロは、諦める事は考えてない。

さっきまでならまだしも、『誰かの為に』という事ならばもうそこに諦念はあり得ないのだ。

 

 

 

「…ありがとう。ジャイロ…」

 

 

「ああ。…ジョニィ。お前さんが何を見たのかは後でゆっくり聞くことにするが…」

 

 

「…」

 

 

「俺はお前に協力する。だからお前も俺に協力しろ。つまり、いつも通りだぜ」

 

 

 

なんて、お人好しだ。

彼にとってはもう、遺体は無くともいい。恩赦のためにこの争奪戦は、関係がないのだ。

 

それでも彼はそう言うのだ。

それもきっと、本心から。

 

 

……本当に、今更だが。

僕はジャイロと逢えて、良かった。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

馬の走る足音が夜闇に響く。

 

バカラ、バカラと。

 

 

 

……今でも、昨日の事のように思い出せる。

あのレース、SBRの事は。

 

 

結局のところ、僕はあのレースを失格になった。どうしようもなかったから、まあ仕方のない事だ。

 

 

ユリウス・カエサル・ツェペリ。彼が教えてくれた、ジャイロの本当の名前。

 

もうこの世には居ない。

それでも、忘れた事は無い。

 

 

 

 

 

馬の音。バカラ、バカラ。

 

 

 

 

 

里那と知り合い、愛し合い。彼女の産まれた故郷の名前を聞いた時。僕は運命だと思った。

 

『杜王町』。二度と、忘れられない地名。

当然その光景は違っていたがそれでも、僕はただ、感慨にふけた。

 

里那との暮らしは幸せだった。

子供も出来て、幸せな何たるかを知れた。

それほどまでに。

 

 

 

 

バカラ、バカラ。

 

 

 

 

後悔は無いかと問われれば、むしろ取りこぼしたもので脳髄が揺らぐようだ。

それでも、この瞬間を、今立っているこの僕を恨み、無かった事にしたいと思った事は無い。出会いすら否定する事はもう、出来なかった。

 

親友に出会えた。

最愛の妻に出会えた。

 

そして、ジョージ・ジョースター。

お前に出会えてよかった。

それだけで、いいんだ。

 

 

かっこよく、微笑んでそう言えたらよかった。でもダメだ。どうしても、泣いてしまう。後悔も悔しさも悲しみも、拭いきれはしないから。

でも、それでもこの幸せは、間違いのないものだから。

 

 

 

バカラ、バカラと馬が走る。

僕の乗っている、馬が。

 

 

 

黄金の長方形。

馬が、自然に産まれた事を感謝する、その形が生まれるまで、待っていた。

 

『タスクact4』。

 

僕の持つ、『スタンド』。

それはきっと、その回転さえ乗せてしまえば、僕が望む行動をさせてしまう事のできる、強力無比なスタンド。

 

 

僕は、それを使いこなすような事は出来なかった。だからこそ、今、愛する者の為に使える事がこんなに嬉しいと思わなかった。

 

 

…聖なる遺体よ。

里那の病気を、僕がお前に飛ばさせた時、ジョージに移したのが僕に対する罰だったなら。ようやくこれで許されるかな。

 

 

 

タスクact4。

その指向性を持って、このジョージの病気を、絶対に僕の元へ持ってこい。

 

聖なる遺体による、『押し付け』を全て、僕の元へ。

 

それで二人が助かるならば、きっとそれは幸せの形だ。

 

 

 

「……タスクッ!」

 

 

 

…最愛の息子の頭を、射抜く。

 

その傷は、ほんの少しすぐに消える。

病を表していたその硬質化した頬も、可愛らしいピンク色に戻る。

 

 

その光景を、既に消えかけた意識で見ていた。良かった。これで、何もかも。

 

 

 

身体から、切れてはいけない決定的な何かが切れた感覚がする。激痛すらも最早感じなくなってきた。痛みは、身体が生きる為に出す危険信号。身体がもう、必要ないと判断したのかもしれない。

 

 

ああ、act4。最後の最後に、こんな事の為に使わせて済まない。

そして、申し訳ついでに。出来れば一つ頼みたい事がある。

 

 

未だに残り続ける悔いを一つだけ、終わらせたい。もう、無理かもしれない。

だけど、どうしても、まだ終わっていない気がしてならないんだ。

 

 

『杜王町』。今、此処ではない、あの。

 

僕は彼らにまだ、恩を返しちゃいないから。

あの殺人鬼に、借りを返しちゃいないから。

 

 

未だに、僕はあの光景を思い出す。

そして未だに、あれは僕の弱い心が生み出した幻想だったのかもしれないと思う事も。

 

杜王町という名前も、ただの偶然だったのかもしれない、と。

 

 

それでも。僕は…

あの夢を追っていきたい。夢みたいな幸せをこの人生で掴む事が出来たのなら、夢のようなあの景色を願う事もいいだろう。

 

マイナスからゼロに、今なれたのなら。

ゼロからプラスを望むのは、分不相応かな。

 

 

極度に鈍化した、時間感覚。

これがきっと、走馬灯ってヤツか。だが、それもいよいよ終わるようだ。

 

ふと、悲しそうなジョージの顔が見えた。

出来れば、これからずっと笑顔で。

 

ここに居ない、里那を想う。

すまない、先に行く。

 

 

そして、これは果たして本当の出来事か。

漂うように、僕の分身が…

タスクが立っていた。

 

その無機質な表情は分かりづらかったが、しかしきっとあれは、寂しげなんだ。

 

ずっと一緒に居たのだ、それくらい判る。

 

で、どうだい。最期の願いくらい、聞いてくれたかい?

 

 

そう心の中で問いただした。

 

…ああ、大岩が頭に迫ってくる。

イチョウの葉が、聖なる遺体、act4。その神秘たる力を乗せて、それが起きた。

 

ありがとう、タスク。

君のお陰だろう。

 

 

大岩が、僕を潰そうとする。

僕を、地面と岩で、『挟もう』と。

 

 

初めて来た時は、星条旗。

戻った時は、『エニグマ』。

 

 

…二つとも、不思議な、次元を超える力を有しているからこその移動だった。世界を超える力と、三次元と二次元を行き来する能力。

僕には、それを持ち得ない。

 

だが、今はそれの代わりになるもの…

聖なる遺体が存在する。

 

だから、きっと。

 

 

…いずれにせよ、僕は死ぬ。

 

考える時間は幾らでもあったのに。

それでも、悔しいし、もう少し生きたかったって思ってしまう。

 

 

ああ、ああ……

 

 

 

 

………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

⇒to be contenued…

 

 



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ジョニィ・ジョースター、小道に戻るの巻






 

 

 

 

 

「…まさか、キサマ…!」

 

 

『…ねっ。あんたが動物を簡単に本に出来るなら。ぼくだって会話できるのは人間だけじゃあないんだ……』

 

 

 

猫、猫、猫、時たま犬。

 

一面を埋め尽くす動物達。

飼い慣らされたものではない、野良のそれたちは今一つだけを痛めつけようとその気持ちを一緒にしている。

 

 

 

『ああ、そうさ!ぼくがこいつらを呼び寄せたのさッ!ぼくがこいつらに犬猫を殺すのが好きな奴だと今教えてなァーッ!!』

 

 

「……ッ!『ヘブンズ・ドアーッ!』」

 

 

 

『背中を見られてはいけない』。

ただそれだけのルールを課す、亡霊のようなスタンド、『チープ・トリック』。

前略。

岸辺露伴は、今それに取り憑かれていた。

そしてまた、その対処に追われている。

 

チープ・トリックは、その名の通り、陳腐で安っぽい罠。能力だ。背中を見せられなくなる、というそれだけ。そしてそれ以外の能力は、ただ『話す』のみ。

だがそれがまずい。否、まずくなった。

話す能力とは、逆を返せば『話せる』という事。何とでも話し、意志の疎通ができるという。そういう事になる。

 

人は人と話せる。猫は猫と話せる。

そして普通は、同じ種族としか話せない。

そういった種族の垣根など、エネルギー体であるスタンドに何の意味があろうか?

 

如何に『ヘブンズ・ドアー』であっても、膨大な数の犬猫には、単純に手数が足りない。例えそれがクレイジー・Dの拳よりも早く漫画を描ける露伴であっても、その全てに能力を発揮する事などは到底出来ない。

 

 

『アハハァーッ、勝ったッ!!』

 

 

チープトリックが勝利を確信した哄笑をかます。その状況は確かに、『詰み』であった。

それを覆せる手札も無かった筈なのだ。

そう、その場には。

 

 

 

ドン、ドン、ドン。

 

 

重厚な発射音と共に、コンクリートの地面、壁に穴が空く。そしてまた、群がっていた内の一体の猫の前足に風穴が空いた。

 

びくり。臆病風が吹いた。それを機に、命の危機を感じた犬や猫は一目散に去っていく。怒りは、それ以上の怯えの前では無力になるのだ。

 

 

「……動物には罪は無い。だからどっかに行ってくれればそれでいいよな」

 

 

前足から出血していた猫もしかし、奇怪な事に、『穴が移動をし』、傷そのものがどこかへ消えてなくなる。多少の出血と、かなりの痛みだけが陽炎のように残ったその現況を目の当たりに、不気味そうにその猫は逃げていった。

 

 

 

「どうやらマズイ状況みたいだったから勝手に助けたが…大きなお世話だったかな」

 

 

「…お前、いや、君は…!

その、スタンドはッ!」

 

 

そう。その姿は、死人の姿。

ここでありここで無い場所で自殺をし、頭部を岩に潰された死人。そうして、何の因果かまたこの場に戻ってきた、並行世界の囚人。

 

 

 

「……『ジョニィ・ジョースター!』ッ!」

 

 

「ああ。…その喜びようからすると、思ったよりギリギリだったみたいだな」

 

 

 

 

その姿は確かに、それだった。

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 

 

僕がまず、目を覚まして見たものは、犬と猫に群がられる漫画家先生の姿。

 

その説明だけだと微笑ましいようだが…皆、牙と爪を剥き出しにしていたし、何より露伴そのものの様子がおかしかった。

 

その背中を壁に当てて微動だにしようとしない。まるで何かを守っているかのようだった。まあ彼に限ってそれは恐らく有り得ないが。

 

 

だから、何発か撃ってそれらを撃退する。

背中に喋る何かを見る事も、容易かった。

 

 

 

「…『チープ・トリック』。

この場でお前は振り向いた。もっとも、もしここが何処かわかっていたにせよ…

お前は自身の能力ゆえに、ジョニィ君の方を向かざるをえないけどな」

 

 

 

そうして一度手助けすれば、あとは早いものだ。彼はもう既に、対処方を持っていた。ゴールを既に決め、そこに邁進していたのだ。

 

 

 

『う……うおおおっ!離せッ!

どこへ引っ張ってく行く気だ!?ねッ!』

 

 

「さあな。天国とか地獄とかあるのかは知らんが…描いといてやるよ。念のためにな」

 

 

 

彼がその背の『敵』に、何かを書き込む。

瞬間、怖気がするような『手』の気配が消えた。あれは、僕が生身だった頃よりよほど恐ろしい物に感じた。

 

 

 

「……ふぅ…喋る以外は何もしないが…

恐ろしい奴だった。ジョニィ君がいなければ僕は死んでいたよ」

 

 

「それは良かった。死なれちまったらかなり悲しいしな」

 

 

「…まあ、礼は言っておくよ」

 

 

 

 

露伴は、ふと。そう語る僕の身体をマジマジと見た。会話をし、先程の戦いを終えた今になってふと、違和感を覚えたのだろう。

 

 

「…しかし、君、何処に行っていたんだ。

クソッタレの仗助が噴上を使って血眼になって探していたぞ。君が何処かって……」

 

 

世間話のように軽口を叩きながら、彼は僕に触れようとした。そしてそのまま。腕は静かに僕を通り過ぎていった。

 

 

「…ッ!」

 

 

予想はしていた。

だが、そうであって欲しくなかった。

…そんな顔を、していた。

 

 

 

「ジョニィ…君…まさか…ッ!」

 

 

「ああ、違う!アイツに殺されたわけじゃあないよ。だから、露伴が気に病む必要はない」

 

 

「それなら尚更問題だろうッ!

何故君が今こんな事になってるッ!」

 

 

 

彼らしくもない、汗をかいた顔。

なんだか珍しい物を見た気分になり、状況にそぐわないとわかりつつ、少し笑っちまった。

 

 

 

「なんて説明するべきか…正直、未だにこれは僕の夢なんじゃないかと思ってるくらいで」

 

 

と、軽く話していく内に、どんどんと露伴は冷静さを取り戻していっているようだった。

 

ただ、その中でも、僕が『幽霊』になっている事については、常に怪訝に思っているようだ。

 

 

 

「ふうん…随分とキャラが変わったな

それに、少し老けたかい?」

 

 

「ああ、だから、それについての説明は今…」

 

 

 

ぴたり。

露伴の指先が、今度は僕に触れた。

露伴の。違う、彼の『スタンド』の指だ。

だから今度は、すり抜けない。

 

 

「『説明』?説明なんて要らないさ。

……どうやら、忘れちまったみたいだな。

僕のスタンド能力を」

 

 

 

「……『ヘブンズ・ドアー』。

心の扉は開かれる…」

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハッ!」

 

 

次に目を覚ました時には、そこには頭を抱えてぶつぶつと独り言を言っている露伴と、心配そうにこちらを眺めている鈴美がいた。

 

 

 

「……にわかには信じられないほどだ。だが僕のヘブンズドアーはその人物がそれまで知ってきたリアリティを読み取る能力だ」

 

「……なんて、スゴい体験だッ!僕は『また』!漫画家として最高のネタを掴んだぞッ!」

 

 

 

興奮して喚き立てる、露伴。それの対応に鈴美が困っている、という事もありそうだ。

その興奮具合にふと不安になってくる。

 

 

 

「…露伴。君、僕のページを破り取っちゃいないだろうな」

 

 

「取れなかったさ。手がすり抜けてしまってね!クソッ、幽霊なんてのは不親切なもんだ」

 

 

 

取れなかったってことは、つまり取ろうとはしてたんだな。

…まあ、取られてないなら良いが。

 

 

 

「久しぶりね、ジョニィくん。えっと…露伴ちゃんからこれまでの事を聞いたけど、その…」

 

 

「信じがたい、かな?」

 

 

「フン、信じないならそれでいいさ。

ただ、僕は誓って真実しか言ってないぜ」

 

 

ヘブンズ・ドアで本となった人間は彼以外にも見ることが出来るはず。ただ鈴美は、それを見るのは忍びないと、きっと目を逸らしてくれたのだろう。

…まあ、話されてしまっている分大して変わりはないが。

 

 

 

「…つまりは、君は元の世界に戻り。

そして『死んだ』んだな。

何やら満足しながらの『自殺』か」

 

 

「ああ。」

 

 

「フン。それを可哀想とは言わないぞ。

読ませてもらった上で言うが、君のそれは鼻から先まで全て自己満足であり、周りのことなんてまるで考えてない身勝手な行動だ」

 

 

「……そうだな。反省しているつもりだ」

 

 

「いいや、懺悔なんて僕が一番嫌いなものだ。

僕が聞きたいのは『そんなの』じゃあない」

 

 

「…」

 

 

「だからなあ。僕がする質問は、一つだ。

『何故、君はここに来た?』

どうやって、だとかそういうのは良い。

何故わざわざこの杜王町に来たかだけ、答えてもらおうじゃあないか」

 

 

「キミは、何をしに此処に戻ってきたんだ。

回答によっちゃあ、このまま君のページを全部奪って資料にさせてもらうぜ」

 

 

一度、読んだ上での発言。

彼はその答えがわかっている筈だ。だがその上でこれを聞いている。それはつまり、僕が、この口で言うべき事だからだ。

 

 

一度目を閉じ、そして口を開いた。

 

 

 

「僕は一つ、この町でどうしてもやらなくちゃいけないことがある」

 

 

そうだ。

この町にどうしても来なければならなかった。それは仗助達にその身の安否を伝えるだとか、この街の平和を取り戻すだとか、それもある。

 

 

 

「僕にはあのイカれた殺人鬼に借りがあるんだ。それを返しに来た」

 

 

 

だが、それよりも。何より。

そういった、黄金の精神よりも。

 

 

(「…今度は、ぶっ殺してやる」)

 

 

 

…あの病室で思った、思念。

漆黒の意思を、奴にぶつけてやらねばならなかった。あの時に貫かれた腹部の借りを、お前にとって最悪のタイミングで返してやる、と。

しかるべき報いを与えてやる。

 

 

 

「……フン、取り繕おうともしないんだな」

 

 

「一度読まれているんだから、ウソは吐いても意味がないだろ」

 

 

「いいや。君はもし僕がそうしなくても、そのままの答えを言った筈だ」

 

 

 

倦厭するように、嫌悪するように彼が此方を見る。それはさっきまで最高のネタを掴んだと喜ぶ漫画家の姿ではなく、ほんの一握り残った良心がある人間、岸辺露伴としての姿だった。

 

 

「とは言っても…

ジョニィくんはもう、わたしと同じ幽霊だから此処から出ることは出来ないわ。この小道の近くから。だから、借りを返すと言っても…」

 

 

鈴美が、困った顔をしながらそう問いかけてくる。それについては、全く持って考えていなかった。だが、それも問題は無い。

 

 

 

「大丈夫さ。僕は信じてるよ。彼らなら…

仗助達なら、僕が居なくとも、奴を追い詰めることが出来る」

 

「だから僕がやるのは。

『最後の一押し』だけだ」

 

 

 

本当は、この街の住人じゃあない僕が奴を仕留めてしまうのもあまり良くないとも思うしな。

 

此処に、この杜王町に久しぶりに来て、思った。僕の暮らした杜王町と、この杜王町は似ているようで、限りなく遠い。

僕が親しんだ杜王町はこの、ここではないんだ。だから、きっと。

 

 

 

「……っと。

そこで一つ頼み事があるんだけど」

 

 

「…キミィ。随分厚かましくなってないか?」

 

 

「色々あったからな。

…一つ借り物をしたいんだ」

 

 

「モノによるぞ」

 

 

「その…なんていうかな。

あの時…『ハイウェイ・スター』と戦った時に仗助が乗っていたもの、あるじゃないか」

 

 

 

 

「えっと…バイクって言うんだったかな?

あれ、貸してくれないかい?」

 

 

 

 

頭を傾げる二人に、僕は静かに微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

⇒to be contenued…

 



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ジョニィ・ジョースター、杜王町で撃つの巻






 

 

 

「来るか!承太郎…ッ!バイツァ・ダストはお前に出会いたく無い一心で発現した能力だ……

この私をもっと追い詰めろ!その限界のギリギリさが!再びバイツァ・ダストを発現させるッ!」

 

 

 

ぞくりとするような執念を纏った言葉。声、顔、その全て。

『世界を征服』するだとか、『絶頂のままでいる』だとかの大それた事ではない。ただ生き残るために。この殺人鬼はそれは恐ろしい気迫を醸し出す。

 

『時を吹き飛ばす爆弾』そのスイッチを手に。

 

 

 

「『スイッチ』を押させるなァーッ!!」

 

 

「いいやッ限界だ!押すねッ!」

 

 

 

 

瞬間。

時が止まった。

 

承太郎によるもの。それは確か。

だがこの時止めは、悪あがきにしか過ぎない。

 

あの距離では、何をやっても届きはしない。スイッチを押させてしまう。

だがそれでも、止めて奔れば、間に合うかもしれない。そんな一縷の希望に賭けての、『スタープラチナ・ザ・ワールド』であった。

 

 

 

(…間に合わねえッ…!)

 

 

 

時は過ぎていく。無慈悲にも、止まった時間は不平等に、且つ平等に過ぎていく。

 

 

その刹那のことだった。

 

 

 

『チュ……

ミミィィィン……』

 

 

 

ぞっ。と、背筋に寒気が走る。

その音とも声ともつかない小さな音。

 

 

彼は、空条承太郎は歴戦の勇者。

生中なものでは驚きかない。それほどに闘いと死線に、見知らぬスタンドの存在に、その感覚の全てに慣れている。

 

その承太郎が、反射的に、身じろぎをするほどの異物感。それはまるで、『他の世界の殺意』そのものが入り込んできたような。

 

 

何故。どうして止まった時の中を動く。

同じタイプの力でない事のみは、経験に基づく直感が知らせてくる。であるならば、何故。

 

彼は知らない。知るよしも無い。それが、重力をも支配する、回転の力の極地が生み出した、恐ろしい死の力である事を。目的の為には妨げる障壁の全てを突き崩す力を持つ、崩壊の力。

 

 

それはまさに、全てを貫き、命を穿つ。

『牙』そのものだった。

 

 

動きは、緩慢。ずいと手を伸ばす、その死神よりも死神じみた姿を吉良吉影は当然の如く、見はしない。

 

指を掴む。そして、ゆっくりと捻った。

バスタブの蛇口を捻るように、果実を捥ぎ取るように。その、時を操る爆弾の、その点火を司る指を、いとも容易く亡きものとした。

 

 

「……ッ!」

 

 

 

時が、動き出す。

 

 

 

「…ッ!?ぐお、おおお……!?」

 

 

 

何が起きたか分からず激痛に身を捩る殺人鬼。

 

指が削げ落ちた感覚。さっきのほんの一瞬までにはこのような傷は無かった。それが瞬間にこの有様。

 

承太郎が時を止めたか?その間にどのようにこの傷を付けた?何故私はこのようなまでにボロボロなんだ。どうしてここまで追い詰められた!何故、この私が!

 

 

 

「…この…ッ」

 

 

こいつら。こいつらの全てが。

この奴らどもが!

 

 

 

「…このクソカスどもがァーーッ!!」

 

 

捥げ落ちた親指の代わりを、他の指で補おうとする頃には。

既に一呼吸分ほど時間が経っていた。

それは即ち、再び「それ」を発動出来るほどの時間が経ったという事。

 

 

 

「…『スタープラチナ・ザ・ワールド』!」

 

 

 

 

静止した殺人鬼が目の前にある。

さっきまでは手の届かない距離にいた、それが、目の前に。ちらりと見るが、既にあの謎の『スタンド』は存在しない。

 

疑問は残る。だが今はそれよりも。

 

 

すぅ、と息を吸った。

 

 

 

「オラオラオラオラオラオラッ!」

 

 

「……オォォォラァッ!!」

 

 

 

 

時は再び、刻み始める。そこにさっきまでは存在しなかった運命を刻印しながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

–––––––––––––––––––––––––––

 

 

 

 

 

 

「…思い出したようね…

あなたが既に『死んでいる』事にッ!どうやって死んだのかッ!」

 

 

「うわあああああああ!」

 

 

 

殺人鬼の悲鳴。魂だけになってもそれはただどす黒く、そして甲高く響く。

 

 

 

「…お、お前…確か、『杉本鈴美』…

キサマッ!15年もここでなにをしている!」

 

 

 

グイ、とその腕を掴み引き寄せる。

そして向き直ろうと、『背後を向こう』としたその瞬間。ピタ、と止まった。

 

 

 

「…お前…なぜ正体まで明かし私の前に姿を見せる?そうまでして、『私にさせたい事』があるんじゃあないだろうな?」

 

 

「…!」

 

 

「私の親父が言っていたよ…ある場所に絶対に振り向いてはいけない道がある、とな。

そこに女の幽霊も居るとも…

その時はバカバカしいと思っていたがッ!」

 

 

 

更に、グイと引っ張る。

その手はしかし、さっきまでの動きとは違う。もう片方の腕を少女の顎に当て、力を込める。振り向かせようと。

その場で何が起こるかを確かめようと。

 

 

 

「『お前が振り向いてみろ』。

ン?どうなるか見てみたい…」

 

 

殺人鬼の顔が変化していく。

『川尻浩作』の顔では無く。

『吉良吉影』の顔に。

 

 

 

「さあッ!振り向けッ!

お前が振り向くんだーーッ!」

 

 

 

 

「…やはり、ね。

こうすると思っていたわよ。

そしてそれは『彼も』予想していた」

 

 

「……『彼』?」

 

 

「私たちは15年、あんたが来るのを待っていたのよ。予想をしなかったと思う?

…そして、あんたの地獄行きが確実になるなら…どんな手だって使う」

 

 

「何を……!?」

 

 

 

鈴美を掴んでいたその手に、ひんやりとなにかの存在が手を触れた。

否、ひんやりとはしていない。それは生き物にあらず、ましてや非生物の物体ですらない。

 

それは、精神の力。心の像。ある特別な才能が特別な機会によってのみ目覚める力。

スタンドの、像だ。

 

その大きく、荒々しい腕が素っ首を掴む。

ギリギリと、鈴美から引き離すように。

 

 

 

「…バカなッ…こんな…

なんだこの力は…『キラークイーン』ッ!

こいつを爆破し…ッ!」

 

 

あり得ない。なんだこの力は。

あり得てはならない。

こんな、こんな理不尽な力は!

 

 

 

 

「……この乗り物は、大地を駆ける生き物に敬意を払われて作られたものだ。

馬が、彼らが最高の力で走る姿を模倣したこれには、『黄金の長方形』が存在する」

 

 

 

「ハッ!」

 

 

 

声が聞こえた。何処からだ。

その声は聞いたことがあった。一度。忌々しい記憶と共に思い出される。自分が顔まで変えて逃げ出さなくてはならなかったあの時の記憶。

 

何処から。何処から聞こえて来る?

 

 

 

「そして。黄金の長方形を地から授かった先には無限の力がある。どんな次元も突き抜けていく、誰も見たことのない『現象』…」

 

 

 

居た。杉本鈴美のその後ろ。

人のシルエットではない。何かに乗っている。耳障りなエンジン音。あれは、バイクか。

 

 

 

「……タスク、act4だ。

殺されるのは…どっちになると思う?」

 

 

「まさか…これは…ッ!『こいつ』はッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

–––––––––––––––––––––––––––

 

 

 

 

 

 

…未だに少し考える。何故僕は此処にいるのだろうか。未練がここに連れてきてくれたのか、はたまた自分の意思で来たのか。遺体の力と僕のスタンドの力で来れたというのも、思い込みではないのか?それすら分からない。

 

 

だが確かなのは僕は今、此処にいる。それだけだ。確かめるように手を握り、前を向く。

 

ぐいとエンジンを握る。操縦方法は少し複雑だが、慣れてしまえば簡単なものだ。

 

 

ドルン。エンジンがかかる。

その力が身体に漲る。

 

 

「さあッ!振り向けッ!

お前が振り向くんだーーッ!」

 

 

 

顔を上げて声のした方向を見る。

そこには往生際の悪い殺人鬼がいる。

ブロンドの、スカした見た目のヤツが。

見間違う筈もない、ヤツの姿があった。

 

 

見るからに、此処に留まる気満々といった風情だ。確かに、あの小道さえ気を付ければこの場所はヤツにとっての理想、平穏な暮らしに最も近しい場所かもしれない。

 

 

 

「……行くぞ」

 

 

 

だが、ならば僕が教えないといけない。

 

お前は死んだ。死人はさっさと地獄へ。

僕のような、おまえのような殺人犯は地獄の奥底に行かねばならないのだ、と。

 

 

知らしめるために速度を出し始める。

近づかなきゃアイツをぶちのめせないから。

 

 

 

『チュミミィ〜ン…』

 

 

タスクは僕の傍に居てくれる。ありがたい。流石に自力のみじゃほんの少し恐ろしい相手だ。

どうやらまだ、スタンドも使えるみたいだし。

 

 

 

「…『牙』ッ!」

 

 

指を前に向け、起動音のようにそう言う。

爪は僕の指を軸に回り出す。

 

黄金の回転の力が、地から、足に、腿に、胴に、腕に、全身に漲る。

その長方形の真なる力は、永劫に続く完璧な回転の力。全てを滅ぼし、穿つ重力の力だ。

 

 

 

さあ、行くぞ。

 

殺人鬼を今度こそ殺すため。

この町の守護霊を守るため。

そして、僕の未練を晴らすために。

 

 

 

僕は、ジョニィ・ジョースターは。

杜王町で撃つ。

 

 

 

 

 

 

⇒ to be epilogue…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

 

【エピローグ】

 

 

 

 

 

「…ジョニィ君、ほんとに良いの?」

 

 

「ン…」

 

 

小道の横で、鈴美が僕に聞く。

彼女の言わんとしている事はわかっている。

『彼ら』と最期に話さなくても良いのかっていう事だ。この町に来てからの、僕の友達と。

 

 

「…うん、いい。

僕は元々、此処にいるべきじゃあないんだ」

 

 

「それを言ったら私もそうよ」

 

 

「イヤ、君はみんなに祝福されて惜しまれながら逝くべき人間だ。でも僕はそうじゃない。それどころか、別の世界から来た『異物』なんだ」

 

 

「そんな事…」

 

 

「それに、僕に今更来られても困るだろう。

ようやくひと段落ついたんだし、これ以上悩みの種に居られてもね…」

 

 

「フフ。

…でも、みんなはそう思ってないみたいよ?」

 

 

「?」

 

 

鈴美がホラホラ、と、指を指す。

その方向を見てみると…

 

 

 

「…あッ!マジに居るぜっ、仗助!」

 

 

「グレート!ようやく見つけたぞッ!」

 

 

 

…騒々しく近づいて来る二人の姿。そしてその後ろにはぞろぞろと列を作る杜王町の人々がいる。なんでだ?僕は誰にも知らせてなんて…

 

はっ、と思い当たる。鈴美の顔を見ると、いたずらな笑みを浮かべていた。

 

 

 

「…鈴美、キミィ〜〜〜…」

 

 

「エヘ。前、私がお別れの言葉を伝える時にちょっとね。だって、一人で旅立つのなんて寂しすぎるじゃあないの」

 

 

 

…結局のところ、僕の別れは酷く賑やかなものになってしまった。本当は静かに消えるつもりだったんだけど…

…ただ、嫌な気はしないのも確かだ。

 

 

さて、僕への反応も、人それぞれだった。

 

 

 

「…あー、マジに死んじまってるんだな。クソッ、俺がもっと早く見つけてやれりゃあ…」

 

「いや、僕が勝手に死んだだけだ。仗助が悔やむようなものじゃあないよ」

 

 

僕の死を悲しんでくれる人。

 

 

 

 

「幽霊ってコトはよォ〜…

この道にずっと居るって事か?」

 

「そういうわけにもいかないさ」

 

 

いまいち、よくわかってない人。

 

 

 

 

「……やれやれ、『別世界』とはな。

…通りで幾ら調べようとわからねぇ筈だ」

 

「はは。

気苦労ばかりかけてしまってごめん」

 

 

真相を知って、一息を吐く人。

 

 

 

 

「これくらいファンサービスさ。

スペシャルサンクス」

 

「うわッ、ドリッピング画法…

最後に観れてよかったよ」

 

 

ファンサービスをしてくれる人。

 

 

その他にも、仗助の祖父…違った、父親のジョセフ。そしてトニオさんまで姿を見せてくれた。

それぞれがそれぞれの言葉を掛けてくれる。

 

そして皆が皆、それぞれがそれぞれなりに、僕との別れを惜しんでくれているのは、嬉しくありながら、辛い事でもあった。

 

僕がさっさと去ろうとしたのは、こうなって、『去りたくなくなる』弱い自分を抑えようとしたからだったんだ。

 

 

 

「いいんじゃねえのかよォ〜…

鈴美さんも、アーノルドまで居なくなっちまうんだし、一人くらい…」

 

 

そう、話しかけて来る仗助に、『そうだな』。と返してしまいたかった。

しかし、それだけはダメなんだ。

ぐっと、堪える。そして言う。

 

 

「ありがとう、仗助。でも…それでも僕は去るべきだ。それに、すべき事は無い。ずっと居ても災厄を持ち込むだけだ」

 

 

 

ぐっと、下唇を噛む仗助を前に一人。

僕は少し微笑んで、彼に言う。

 

 

「仗助。僕は…」

 

 

「…僕の本当の名前は、ジョニィ。

ジョナサン・ジョースターだ」

 

 

 

ジョースターという名前に、一瞬ぴくりと反応した。ただ、仗助は口を挟まなかった。

 

だから、言った。

 

 

 

「君と友になれて、誇りに思う」

 

 

 

「ああ…俺もだぜジャイロ。

いや、ジョニィ」

 

 

 

もう言葉は要らない。

ただ、代わりに握手をした。

 

 

 

「………さようならだ。

僕の友達。そして、杜王町」

 

 

静かに空に溶けていく自分の身体を、他人事のようにただ、少し見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

–––––––––––––––––––––––––––

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 

「フン…なあ仗助。あの世に天国だの地獄だの、あると思うか?」

 

 

「?なんだよ、急に。

…あるんじゃあねえかなって思うけどよ」

 

 

「ちょっとだけ前、読む機会があった時に書いておいたんだ。あるかどうかは知らないが、念の為にな。あの忌々しいチープトリックとは逆の…」

 

 

「…なんの話だ?」

 

 

「…あればいいなと思うって事だよ。じゃあなきゃ、無駄になっちまうだろ」

 

 

「……僕が、『天国に行く』と書いたのがな」

 

 

 

 

 

–––––––––––––––––––––––––––

 

 

 

 

 

 

……ここは何処だろう?

座っている自分に気がつく。

 

此処が地獄だろうか。

いや、にしては穏やかだ。

これは、どういったことだろう。

 

 

 

 

「おいおい、なんだよ…

ゆっくりと上から見てたけどよォ…

オタク、随分楽しそうだったじゃねえか」

 

 

 

背後から、声がした。

振り向いては行けない道の声を想起した。

そしてまた、心の中で首を振る。

これは、あれとは違う。

 

 

 

「……そうかい?」

 

 

「何はともあれ、お疲れさんだな。

O・2・かれェ〜〜…って、のはどうだ?

いまいちパクリっぽいけどよ」

 

 

「…いいねェ〜、凄くいい。指の動きと表情が絶妙に噛み合ってないのがすごくいいッ」

 

 

「だろッ!ギャップってやつよ。

お前さんやっぱセンスあるぜ、ジョニィ」

 

 

 

振り向いて、顔を見る。

声をかけた人物。

ああ、確認するまでもなかった。

 

 

 

「ニョホッ!

…ま、言いたいことは山ほどあるがそいつはまた後でだ。立てるんだろ?」

 

 

「…ああ」

 

 

 

差し伸べられた手を取り、立ち上がる。

まさか、君に手を引かれて、「立ち上がる」時がくるなんてな。

 

 

 

 

「……しかしあれだな。てっきり地獄に行ったもんだと思ってたよ。君、人妻と不倫してたりしたからな」

 

 

「ニョホッハッハ!

そりゃこっちのセリフだぜッ!

お前さん、なんでこっちに来てるんだ?」

 

 

 

互いに、軽くどつき合いながら歩いていく。

階段を登っていく。どこに向かっている階段かどうかはさっぱりわからない。

 

 

 

「…なあ。君、全部は見てなかったろ。

だから聞いてくれよ。

僕の…もう一人の親友の話さ。

それと、僕がファンになった漫画の話」

 

 

「ヘぇ…

暇つぶしにはちょうど良さそうだな。

いいぜ、ちょうど退屈してたしな」

 

 

 

階段を登っていく。光刺すそこには、きっと何かがあるわけではない。

だからこそそこは、綺麗な場所だった。

 

 

 

そう。

 

これは、僕が杜王町で撃った話だ…

 

 

 

 

 

 




『ジョニィ・ジョースター
杜王町で撃つ

完』


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