ちょっと焚きつけた彼女が最強で笑う。 (ジャミトフの狗)
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ちょっと焚きつけた彼女が最強で笑う。

学園黙示録で一番ヤンデレ適正あるの毒島先輩だと思う。


 経済大国、日本は呆気なく崩壊した。

 

 春のある日、唐突に発生したパンデミック。感染者は物言わぬ骸と化し、生きる人を貪るようになった。そして『奴ら』に噛まれた生者もまた、『奴ら』へと成り代わるという負の連鎖。サブカルチャーの造詣が深い者ならば、もしかしたらそういった()()は馴染み深いかもしれない。ただ問題なのはこの世界は紛うことなく現実であるという事だ。

 

 パンデミック当時、俺は高校生だった。周囲の者たちと違う所と言えば、中身が前世の知識を持ち合わせただけの元おっさんであるという事くらいか。それ以外は本当に何でもない、ただの高校生だ。もしこんな事態にならなければ、あるいは前世の反省を踏まえた人生を歩む事も出来たのかもしれないが。

 

 まぁそんな事はどうでもいい。大事なのは現在の日本は国家としての機能を失い、自分の身は自分で守らなければならいないという状況にある事だ。

 

 よくあるパニックホラー物の登場人物のように俺は武芸を嗜んでなければ、銃を扱えるわけでもない。というか、銃なんて日本ではそうそう手に入らないだろう。だからただ金属バッドを振り回すことが、文字通り俺の精一杯である。

 

 しかし幸いなことに、俺には心強い相棒がいた。

 

 名を毒島冴子、剣道全国大会で優勝した経歴を持つ女性である。地毛だという紺色を帯びた頭髪に切れ長の目、美しく整った容姿は学園の憧れであり、文武両道を地で行く属性てんこもりの才女である。しかし元来人を傷つける事に至上の喜びを見出していた彼女は、周囲の大和撫子という評価とは裏腹に潜在的な社会不適合者であった。

 

 加えて、その凶暴性はこのパンデミックを経てより鋭敏になっていた。ぶっちゃけた話、彼女は存分にこの状況を楽しんでいた。危ない奴だとは思うが、頼もしくもある。

 

 

 ―――だがそれで、俺がこの先生きのこれるかどうかは別の話である。

 

 

 「あーマジいてぇ」

 

 ()()()左肩を抱くようにしながら、ぐったりと壁にもたれかかった。先ほど、食料調達中に『奴ら』に腕を噛まれた。そして感染を防ぐために、日本刀を持つ冴子にその噛まれた左腕を切断してもらったという次第である。

 

 応急処置は行ったが、出血多量でそのうち死ぬかもしれない。それに病巣を絶ったとしても、死んだら『奴ら』になる可能性は未だに残っている。付け加えれば、仮に出血死かつ『奴ら』にならなかったとしても、あらゆる意味で俺の価値は激減するのだ。

 

 「しんどいなぁ」

 

 死がそう遠くない事を自覚して、そんな事を呟く。今日までなんだかんだ生き残っていただけに、その気持ちは一層強かった。

 

 「もし君が死んだら、私も後を追うよ。だから安心してくれ」

 

 健在な俺の右肩にそっと頭を乗せながら、冴子はそう告げた。俺が『奴ら』になったらほぼ間違いなく襲われるだろうに、それでも彼女は俺の隣にいてくれる事を選んでくれた。それは俺に依存してしまったからか、それとも単純に死なない自信があるからか。

 

 何にせよ、情けないという気持ちがあった。前世から数えれば俺はもう50を過ぎたオッサンである。それが精神的な物の過ぎないと言われればそれまでだ。だが当人である俺としては、30以上も年が離れた女子高生に何度も命を救われているため、なんとも言い難い心情であった。ましてや死後の()()()すら、彼女の手を煩わせることになれば猶更だ。

 

 「自分の命を粗末にするなよ。そんな無意味な死に方するぐらいなら、せめて『奴ら』を撲滅してからにしてくれ。お前にならソレが出来るだろうさ」

 

 口から言葉を出すことが、ここまで億劫になったのは初めてかもしれない。たったそれだけの言葉を伝えたいだけなのに、息が随分と上がった。

 

 「……それは酷い言い草だ。焚きつけたのは君だろうに」

 

 顔を見なくとも分かる。彼女は怒っていた。それはそうだろう。冴子を完全な享楽主義者に仕上げたのは、間違いなく俺であるのだから。

 

 毒島冴子という女性が潜在的な社会不適合者、言ってしまえば犯罪者予備軍である事に間違いはない。しかし、それでも彼女はその強固な精神で内包する狂気を抑えつけ、()()である事を己に律した。だからパンデミック当初、彼女は『奴ら』のとどめを差す事に抵抗を示していたし、戦闘も最小限にするよう心がけていた。

 

 そんな彼女の柵を解き放ったのは俺だ。

 

 殺す理由がないのなら、俺のために『奴ら』を殺せ。俺は死にたくないから『奴ら』を斬り殺せ。その本性がどれだけ穢かろうが、俺だけはお前を見捨てないでやる。

 

 ———だから殺せ。

 

 俺は厚顔無恥にもそう言い放った。だからこそ、彼女はずっと、それこそ生まれてから抑え続けたその欲求を存分に発露した。それこそ獣の如き働きを見せつけてくれたのだ。

 

 俺は、今もその判断が間違っていたとは思わない。人としてその判断が間違いなく誤りである事は認めるが、それは日常が約束されている場合のみだ。互いが生き残れる可能性を少しでも上げられるのであれば、ソレが誤りである筈もない。

 

 「はは、それもそうだ。もし約束を破ったら、ごめんな」

 

 とはいえ、こうなってしまえば謝罪するほかない。約束を違える気は毛頭ないが、それもこの様では説得力もないだろう。

 

 「許さん。もし私を置いて逝くのなら、その首をもらい受けた上で死ぬよ。私は」

 

 どうやら俺の焚きつけた女は俺が思っていた以上に俺に厳しいらしい。もしくは狂っているというのかもしれない。いや、そうさせたのは俺なのだが。それにしたって、彼女の発想は随分と猟奇的だと思う。

 

 「……そうかい。ならもう何も言わないさ」

 

 「ああ、後悔すると良い。己が見捨てないと決めた女はこんなにも醜いかったのだと」

 

 声音に喜色を混ぜながら彼女は言った。嬉しそうで何よりだ。とはいえ、聞き捨てならない言葉が聞こえたのでもう一度、重くなった口を開く。

 

 「いいや、後悔なんかしない。むしろ看取ってくれる人が冴子で良かった」

 

 嘘偽りなくそう思う。今日まで死線を共に乗り越え、互いに命を預けた仲だ。毎日似たような日々を過ごしていたサラリーマンだった俺にとって、多分、冴子は前世を含めても最も信頼している人物だ。

 

 だから、最期になるのなら、それだけは伝えたかった。

 

 

 

 「———ああ。知ってるよ」

 

 

 

 冴子の安心したような声が聞こえる。

 

 意識が次第に遠くなっていくのが分かる。

 

 だから静かに目を閉じた。

 

 右手が何かに包まれて、ほんのり温かくなる。

 

 静かな世界で、たった二人。

 

 目覚めることを夢見ながら、俺はか細くなった意識をそっと手放した。

 

 

 

 

 

 ★

 

 

 

 生 き て た。

 

 なんと、俺は朝を迎える事が出来たのである。なんか良く分からないが、出血も止まっているようで。痛みはまだ感じるが、体を動かすのに支障はなさそうだ。

 

 右の方を見れば、昨日と変わらず冴子が俺の肩に寄りかかっていた。なんなら俺の右手を強く握りしめている。

 

 穏やかに寝息を立てながら、ちょこっとよだれを垂らしている彼女にはどこか愛嬌すら感じる。でも知ってるかい。こいつ、重度の殺人快楽者なんだぜ。

 

 「……おーい。起きろ、朝だぞー」

 

 そう言いながら、左手で彼女の頭に触れようとして、昨日己の身に何が起こったのかを思い出した。したがって、右肩を軽く動かすだけに留めた。というかそれしかできない。

 

 「……ん、うん? ゆ、うき?」

 

 だらりとよだれが彼女の口元から糸を引く。メッチャエロくて笑う。

 

 「おう。どうやら約束はまだ守れそうだ」

 

 俺の言葉に寝ぼけていた彼女の瞳は見開いた。そしてそのまま―――

 

 「裕貴っ!!」

 

 勢いよく抱き着いた。あまりに唐突だった上に左腕を失っている俺はバランスが取れず、彼女に押し倒されてしまった。どしんと強く倒れてしまい、切断面から鈍い痛みを感じたがソレを堪えて彼女の顔を見る。そこにはその美しい顔をくしゃくしゃにして笑う、一人の女がいた。

 

 長く美しい頭髪が俺の鼻先を撫でる。くすぐったくなって少しこすりながら、おはようと、そんな何気ない挨拶をした。すると冴子は目元に水分をため込んで、感極まったように口を開いた。

 

 「おはよう、この言葉が言えて。本当に良かった」

 

 




・主人公
 前世の記憶を持ったただの日本人。同じ日本に生まれたので、前世よりもいい暮らしをするために資格や受験の勉強を張り切っていた。しかし転生先がゾンビ物だったので、その夢はかなわず。
 同級生が毒島パイセンだったので二人で協力して学校を脱出。原作主人公はバスで先に脱出をしてしまったため、彼らとは合流出来ていない。

・毒島冴子
 皆大好き毒島先輩。クッソエロくて強い人。
 主人公に覚醒させられたので、多分彼が死んだら本当に後を追う。日本刀は毒島家で仕入れており、スーパーで主人公を守り切れなかったことを悔いている。でも腕を斬った時はすさまじい快感を受けたとの事。


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