11代目の大空へ〜next generation REBORN〜 (くぼさちや)
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標的001「は? 俺がマフィアの11代目?」

 石作りの道を散歩するように歩く一人の青年。道行く誰もが視線を向けた。

 足取りは軽いが隙がなく、光沢を放つ黒いスーツはその業界独特の緊張感を発しながらも、オレンジのラインの入った帽子の縁に乗ったカメレオンがそれを和らげている。

やがて入ったのは黒ずんだレンガに趣を感じられる古びたバー。

 

「オヤジ、いつものやつを頼む」

 

「エスプレッソか? 相変わらずだなリボーン。お前、もう酒飲めるくらいの歳にはなったんだろう?」

 

「俺も20歳を過ぎたからな、飲むときは飲むぞ? それにこれから仕事なんだ。しばらくはイタリアに戻れねえだろうから、こいつともしばらくお別れだ」

 

 そう言った青年は出されたカップを持ち、軽く息を吹いて冷ましながら立ち上ぼる香りを楽しむ。

 そんな様子を見て、長い付き合いになるというのに、自分ではなく自分の淹れたコーヒーに名残惜しさを感じられたことにマスターは苦笑をこぼした。

 

「人気者は忙しいねぇ。この前来たボンゴレの若旦那から聞いたぜ? 最近じゃあ中華マフィアや日本でも桃巨会なんてヤクザまで勢力を伸ばしてるって話じゃねえか。とうとう暗殺者の出番かい?」

 

「いいや、今回は殺しの仕事じゃねえんだ。本業のヒットマンとは別の、俺のささやかな副業でな。今日の便で日本に飛ぶ」

 

「副業って......まさかあのボンゴレの若旦那、とうとう腹決めたってのかい?」

 

 答えることなくニヤリと笑い、カップを傾ける。独特の風味が喉を伝うと、その残り香を吐き出すように大きく息を吐いた。

 

「......また長い旅になりそうだ」

 

 

 

 

 6畳ほどの間取りの部屋は、私物を乗せたスチール製ラックが左右の壁にところ狭く並んでいるせいでどこか細く、狭く感じる。

 その奥のデスクに詰まれた空のカップ麺の数がそのまま、ここの住民がどれだけの間部屋に篭っているのかを物語っていた。

 そんな窓も塞がれ、照明も点いていない部屋を照らすのは、少年が持つタブPSの明かりひとつだった。

 みっともない手前まで伸ばしっぱなしの長い髪と不健康そうな白い肌、つり上がった目はその目元の隈と相まって邪悪な人相を作り出している。

 

「っと......ようやくイベント終わった。明日からはランキングマッチか。MMORPGはイベントが多くてやべえ」

 

 沢田照吉15歳。職業ニート。

 ボンゴレファミリー10代目の子として生まれ、中学校入学してからほどなくして登校拒否。

 しかしそんな暗い、引きこもりのサンクチュアリの一角が突如、

 

────ドゴォォォォン!!

 

 鼓膜の奥を殴り付けるような轟音と共に爆破された。

 

「......は?」

 

 瓦礫と化した部屋の扉、を含めた部屋の一面を足で踏み越え砂煙の中から現れた黒い影が唖然とした照吉の瞳に映った。

 

「まったく、逃げてばかりで情けねえとこは親父譲りだな。ツナと同じで鍛え甲斐がありそうだ」

 

「誰だよあんた?」

 

「俺の名はリボーン。イタリアから来たお前の家庭教師だ。お前の親父から直々に教育を任されてな、これからお前を一人前のボンゴレ11代目に鍛えてやるぞ」

 

 ボンゴレ11代目、照吉にとってはそんな肩書きは青春ともどもとっくにかなぐり捨てた名だった。

 リボーンを名乗る青年を品定めでもするように眺める。すると鼻で笑ってみせた。

 

「冗談じゃねえよ。マフィアのボス? 学校からも普通の社会からも逃げて引きこもり決め込んだ俺に裏社会握れってか?」

 

 その反応は大方リボーンの予想通りといえた。しかし当然、ダメダメな中学生の手綱の握り方は心得ている。

 かつてに綱吉にそうしたように、強硬策に出ようとした。

 

「じゃあさ」

 

 そのとき、おどけていた照吉の目が獲物を狙う獣のそれに変わったことをリボーンは見逃さなかった。さりげなく、帽子の位置を正すような仕草で縁に乗せた形状記憶カメレオンのレオンに指を添える。

 それは殺し屋がホルスターの拳銃に手を伸ばしたに等しい行為だ。

 

「俺とゲームをしようぜ?」

 

「ほう」

 

 デスク脇の収納から照吉はトランプを取り出すと手早く山札を切る。

 

「勝負はポーカーの五回先取、あんたが勝てば煮るなり焼くなりボスにするなり好きにしろよただし、」

 

 歳不相応なほどに邪悪な笑み。

 シャッフルによる紙と紙が擦れ合う音の間を縫って照吉は言う。

 

「俺が勝ったら、あんたには是が非でも親父を説得して俺をボス候補から外させてもらうぜ。次期ボスの教育任されるくらいだ。若いとはいえ信頼されてるんだろなあうん?」

 

 嫌味を含んだ照吉の言葉。あからさまな挑発だ。

 

(来るときは有無を言わさず部屋から放り出すつもりだったが......)

 

 リボーンはニッと笑う。

 

「いいぞ、おめえの勝負に乗ってやる」

 

「よし決まりだ」

 

 

 

 

 

 

「ワンペアだ」

 

「俺はスリーカード。ずいぶん不調だねぇ殺し屋さん?」

 

 ここまで照吉の3連勝、対してリボーンはただのひとつも白星を挙げていない。

 再度手札を配り直す。

 

「そいじゃあ俺から、1枚チェンジだ。」

 

 そう言って照吉が手札を1枚、山札に戻そうとした瞬間だった。

 

―――ズガン!

 

 リボーンの放った銃弾が引き抜いた照吉の手札を撃ち抜いた。

 貫通した鉛の塊が頬を掠めていった直後、殺気すらこもった一言が照吉の脳天を穿つ。

 

「舐めるなよ。俺を誰だと思ってやがる」

 

 放った銃弾は1発、しかし照吉の手から落ちたトランプは2枚。いずれもまったく同じ箇所に風穴が空いていた。

 手札重ね、イカサマだ。

 

「そんな小細工が通じるのは三下までだぞ。悪りぃが俺は超一流のヒットマンなんだ」

 

「......ああ、確かにマジで恐れ入った。それで? この勝敗はどう決める? 言っておくがイカサマ=即負けなんてルールはねえぜ?」

 

「このワンゲームは無効だ。当然続行すんぞ? ただし」

 

 リボーンが見せたそれは照吉が勝負前に見せたそれとは質の違う、獲物を狙う肉食獣ですら生温い殺し屋の眼光だった。

 

「ここからはマジだぞ」

 

 

 

 

 

 

「......スリーカードだ」

 

「残念。ロイヤルストレートフラッシュだぞ」

 

 照吉は無言のまま山札を切り、再度配り直す。

 

「......くそっ、ワンペア」

 

「ロイヤルストレートフラッシュだ」

 

 カードを回収して配り直す。

 

「フルハウス......」

 

「ロイヤルストレートフラッシュ......」

 

「てめえどういうイカサマしてやがるこの畜生がぁ!!」

 

 最後の最後で出したフルハウスという渾身の手札も虚しく、叩きつけるように照吉はトランプを投げ打つ。

 ほどなくして5敗、それも一方的な最強札による5連敗。

 

「カジノ運営もマフィアにとって必要なスキルだぞ? 当然手広くやるためにはこういう技術も要るもんだ」

 

 そう言うとリボーンの持っていた手札が虹色に光った。それがニョロリと形を変えてカメレオンの姿に戻ると帽子の縁に鎮座する。

 

「チートじゃねえか!!」

 

「負けは負けだ。おめえには大人しく11代目になる覚悟を決めてもらうぞ」

 

「ふざけんなよ!」

 

 照吉はディスクに拳を叩きつけた。

 

「親父も親父だろ! どうして今さら、俺なんだ! まさかこんな引きこもりに本気でボンゴレ継がせる気でいんのか? だいたいだな!」

 

「うるせー」

 

「へぶしっ!」

 

 リボーンの容赦ないハイキックが照吉の顔を捉えた。

 そのままきりもみ状に吹き飛び、頭から豪快に床へ突っ込む。

 

「......一つ聞かせろ」

 

 鼻っ柱を抑えて言った。

 

「質問はさっきと同じだ。どうして今、そいでもって俺なんだ? 候補は他にもいる。それにオヤジもまだまだ現役だ。ボスの代替わりにはいくらなんでも早すぎんだろ」

 

 現ボスである綱吉は本部のあるイタリアから照吉を離し、平和な日本で生活を送れるよう取り計らった。それが子を守ろうとしたのか、母親を死なせてしまった事への罪悪で突き放したのかはわからない。

 それでも照吉はマフィアの世界からはずっと遠いところで生きていくものだと思っていた。

 

「ボンゴレは裏社会において圧倒的な支配者だ。その長い伝統と格式、強大な戦力を誇る反面、ツナは力による勢力統一を望んでねえ。海外諸国の勢力はもちろん、傘下のファミリーに対しても対等で有り続けちまった。これまでは台頭する勢力がありゃ秘密裏に戦力を削ぎ、場合によっちゃ総力を挙げてこの世から葬る。だがツナがボスの座についてからは無闇に抗争を起こすことを避けてきた」

 

「......ああ、まあ親父らしいよなぁ」

 

「力による支配は業を生む。それを良しとしねえツナだからこそ今のボンゴレがあるのも間違いねえ。だが今はそれが詰んじまってる理由でもあるんだ」

 

「詰んでるだと?」

 

「ある勢力がここ数年で一気に勢力を拡大してきてやがる。それこそ、ボンゴレの天下が揺らぎかねねぇほどにな」

 

 ボンゴレに並ぶ勢力が台頭、後のことは火を見るよりも明らかだ。マフィア間の抗争による覇権争い。裏社会を力で制してきたかつてのボンゴレに成り代わろうとするファミリーが現れたのだ。

 

「ペスカトーレファミリー、今ボンゴレとの戦力は拮抗状態だ。正面から総力をあげて衝突すればどっちが勝とうが多大な被害が出る。そこでツナが出した答えが双方のファミリーの後継者と6人の幹部候補を代理に立てて行う、戦力統一戦争だ」

 

「その後継者に親父が選んだのが俺ってのか?」

 

「ああ、これがツナを含むボンゴレの上層部が出した最も血を流さず、各勢力を取り込む手段だ。おめえはそのために、6人の守護者を集めなきゃいけねぇ。ツナがお前くらいの歳にそうしてきたように、信頼し、命を預け合えるような、固い絆で結ばれた仲間がな」

 

 ‘仲間’という言葉が照吉に重々しくのしかかった。長い引き籠りの中で人との接点を絶って生活してきた照吉にとっては難しい話だ。

 

「お前ずいぶん気軽に言ってくれっけどさ、ほんとに俺にやれると思ってんの?」

 

「どうにかなるんじゃねーか?」

 

 半笑いで聞いてくる照吉にリボーンは僅かに口角を上げてニッと笑ってみせる。

 

「お前、勝負に関しちゃ投げ出したことねーだろ?」

 

「は? お前何言って」

 

「ポーカーの最後の勝負、お前はあそこでフルハウスを出して見せた。どんなイカサマかは見破れなかったが、あれが偶然とも思えねぇ」

 

 相手は理屈不明のロイヤルストレートフラッシュ。

 そんなイカサマに挑み、それでもなお貪欲に、勝ちを求め続ける。

 勝てなかったとしても、次も負けるとしても、違う結果を導き出すために己の頭脳と知略と戦略の全てをもって最善を模索する。

 それが沢田照吉という少年だった。

 

「最後まで諦めずに、戦い続ける根性と気構えだけなら、ある」

 

 見た様子、自分とは大して歳も離れていないであろう青年の、そんな偉そうな物言いが自然と受け入れられたのは照吉に流れるボンゴレの血がリボーンの力量を悟ったからなのかもしれない。

 

「とりあえずなってみるか、ボンゴレファミリーのボスに。ついでにボンゴレも救ってやるよ」

 

 ゲームが楽しくて堪らない子どものような笑みが、不健康な人相によって歪んで見える。

 高揚していた。自分が持つ全てをもって挑んでなお巨大な敵。ボンゴレとペスカトーレ、2つのファミリーが対等する裏社会という名の巨大なゲーム盤。

 

「お、ずいぶんと大きく出たじゃねえか。言っておくがファミリーを束ねるのは楽じゃねえぞ?」

 

「心配ねえよ。だってあんた、俺をボスにしてくれんだろ?」

 

「ああ、俺がみっちり11代目に相応しい男に鍛えてやる」

 

「じゃあ決まりだな」

 

 照吉はシャツの内側に手を伸ばすと、首から鎖で下げていたリングを指にはめた。

 それは10代目ボスの綱吉が自身のボンゴレギアの一部を加工して複製したボンゴレリング。照吉が正統後継者である証だ。

 

「まずは6人の幹部候補、守護者を集める。」

 

 その瞳の奥には、野望と策謀に満ちた闘争心が揺らめいていた。



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標的002「並中の裏ボス、風見翔一」

「俺は思うんだ。伝説にある吸血鬼ってのはさ、もしかして世界に絶望して昼に生きられなくなった奴が、忌み嫌われて化け物扱いされたんじゃないかって。そんなふうに世の中ってのは出る杭は打たれて理解されないものは排除される。そういう世界なんだ俺らがいるのは。だから俺も学校行かずに家でゲームを」

 

「いいからとっとと行け」

 

「うごっ!」

 

 リボーンに蹴りを入れられて照吉は玄関先に放り出された。

 

「うおあああ朝日がっ! 朝日があああっ!」

 

 実に数週間ぶりに浴びた日の光に悶え苦しみ、アスファルトを転げまわる照吉。

 

「くっそ、ファミリー作るだけなら別に学校じゃなくてもいいだろうが。なにが悲しくって学生の俺が学校に行かなきゃならん!」

 

 ひとしきりもがき回ったところですっかり疲弊した様子の照吉は両手を地に着けたままリボーンを睨みつけた。

 

「なにを言ってやがんだ。学生の本職は勉強だぞ。それに今の並盛中はおめぇにとっても悪くねえとこだ」

 

 そう言ってリボーンは照吉に新品のボールペンを投げてよこした。ボールペンといっても見るからに高級品で、中学生にはなかなかどうして似つかわしくない。だがそれ以上に思うことは、

 

「え、なに? 復学祝い?」

 

 あんたそういうことするキャラ? と言わんばかりに照吉は首をひねった。

 

「軍資金だ」

 

「...売れってこと?」

 

「賭金は多いに越したことはねえだろ?」

 

「なんだそりゃ? 賭け事でも流行ってんのか?」

 

 リボーンはニヤリと笑ってみせる。

 

「まあそんなとこだぞ。詳しいことはクラスの奴にでも聞いてみろ。教室の端っこで情けなくウジウジしてねえでな」

 

「引きこもりのコミュ症にはハードル高いっての」

 

 照吉は頭を掻きながらぼやいたが、実際に自分から動いてみないことには始まらない。   

 渋々、クラスメイトと話すシュミレーションを脳内で始めるのであった。

 

 

 〇

 

 

 大なく小なく並がいい。そんな校歌があるとおり、照吉の通っていた並盛中学校はごくごく普通の中学校であった。

 校舎の外壁を見ても落書き一つなければ、校門に向かう学生たちにも将来マフィアになるような素行の悪さは微塵も見受けられない。

 

「こんなとこでマフィア候補者探すとか普通に無理ゲーだろ。というか親父もよくまあ......」

 

 そう言ったところでようやく照吉は気がついた。 

 

「っていねえし!」

 

 さっきまで隣を歩いていたリボーンの姿はなく、周りを見渡すと登校に向かう生徒たちの流れにすっかり乗っかってしまっていた。

 

(ああ、もう二度と行くもんかと思ってたのにな......)

 

 沢田照吉、3ヶ月ぶりに登校。それは注目の的となった。

 当然といえば当然だ。なにせ入学式を皮切りに一度たりとも教室に顔を出していないまま2年生へと進級したのだから。

 

(くっそ、視線が痛い......)

 

 自分の席は一応あるようで、教室の張り紙で席の割り振りを確認すると、あとは机に突っ伏して寝たフリに徹する。

 そんな様子のせいか、果てまた普段は誰もいない席に人がいるのが興味を引いたのか、後ろにいた男子生徒がテルの肩を叩いて声をかけてきた。

 

「ようよう、あんたさぁ」

 

「うん?」

 

 見ると、ブレザーの袖を通さずに肩に羽織り、首が隠れるほどに伸びたミディアムロングの髪を赤い炎がプリントされたバンダナでまとめている。

 

「ひょっとして転入生かなにかか?」

 

「いやまあうん、そんなとこかな?」

 

 知らないのも無理はなく、テルが学校に行ったのは入学式が最後だ。初日に一度は顔を合わせてはいたのだろうが、それから1年も経てば覚えている方が稀だろう。

 

「そっか、じゃあまだ風見一派の賭場のことも知らねぇだろ」

 

「賭場?」

 

 その言葉に朝にしたリボーンとの会話が脳内で再生される。

 自然とカバンに入れたボールペンに意識が向いた。

 

「最近の並中の流行りだな。休み時間や放課後に空き教室にたむろしてトランプやらボードゲームやらで文房具なんかの私物を賭けて遊んでんだよ。それを取りまとめてる不良グループが風見一派」

 

「ふぅーん、まあちょっとしたゲームの彩りって考えりゃ悪くないんじゃね? 教師やなんかはいい顔しなさそうだけど」

 

 その言葉に男子生徒はイタズラっぽく笑った。

 

「まあ、ここまではよくある子どもの悪い遊びなんだろうけどよ、おもしれえのはここから。この校内ギャンブルには換金の制度があるんだ」

 

「......おいまじかよ」

 

 話が一気にきな臭くなった。間接的にとはいえリアルマネーを賭けたギャンブル、明らかに中学生の遊びの範疇を超えている。ともすればそれを取り仕切ってる風見という人物にも

興味が出た。

 やばい相手ではあるが、そうじゃなきゃ務まらないのがマフィアというものだ。

 

「正確には、特別な文房具を賭け金にして出回らせてる生徒と、それを現金と交換している生徒がいるんだよ。まあこの二人がグルなのは間違いねえけど、バックにはそれを統括してる裏ボスがいんだ」

 

 今朝のリボーンはおそらくこのことを言っていたのだろうと、その時初めてテルは理解した。

 

「裏ボスって、他にもボスがいるみたいな言い方だな」

 

「そんなことまで知らねえのか? この学校は伝統的に風紀委員、強いて言えば風紀委員長が絶対的な影響力を持ってんだ。今じゃ制裁っつう名目で生徒を袋叩きにしたって教師も強くは出れねぇ。そいつが学校の表側のボスだ」

 

 それだけの権力を獲得した人物にテルは心当たりがあった。さらにいえば面識もある。父親が同じく中学生だった時、風紀委員長にして並盛中学校の全不良の頂点に君臨していたある人物。

 その当時からのパワーバランスが今なお残っているのだろう。

 

「まあそのことはいいとして、今言ってた裏ボスが風見ってやつなのか」

 

 テルはふと考えた。どこにでもある至って普通の学校だが、もしかしたらその風見という生徒には一見の余地があるかもしれない。

 

「なあ、その話もっと詳しく......」

 

 その時、朝のホームルームを迎えるチャイムが鳴った。

 

「あ、わりい。また後でな」

 

 男子生徒はそう言うと、手をヒラヒラと振って自分の席に戻って行った。

 

 

 

「しばらく来ねえうちにずいぶんアングラな学校になってんなぁ。まんま賭〇グルイじゃねえか」

 

 そうボヤきながら、テルは廊下を進んでいく。

 今は昼休み。賭場の話を聞こうとテルは男子生徒を探したが、教室を見渡しても姿はない。どうやらチャイムと同時に教室を出たようだった。

 

(実際行ってみるまでに知れることは知っておきたかったけどなぁ)

 

 かと言って他のクラスメイトを捕まえて聞いてみる気にもなれず、渋々空き教室に足を向けたのだった。

 テルのクラスと同じ階にある唯一の空き教室。そこでは至る所にちょっとした人だかりができていた。

 

(とりあえず、出たとこ勝負ってとこか)

 

 その場の誰もがトランプやら花札に熱中している。中には窓付近に固まって外の校庭から見える陸上部の長距離走順位に賭けをしている連中もいた。

 そしてその中に、不自然な一帯を確認した。

 賭けているものは文房具、しかし数が異常で何十本とある全く同じボールペンを山のように積んでゲームをしている。勝負の内容はブラックジャックだった。

 

(あれが換金可能な文房具ってやつか。ってなると親をやってるあのちっこいのが件の風間一派)

 

 そう理解して再び周りを見渡してみると、確かに数こそ少ないながらもそれとまったく同じボールペンを賭けてゲームをしている生徒がいる。そうやって様子を見ているうちに勝負がついたようだ。

 

「悪いねぇあんちゃん、俺の勝ちだ。賭けたもん全部置いていきな」

 

「くっそ......」

 

 負けた生徒は積んでいたボールペンを苦渋の顔で差し出す。それがいったいどれほどの金額に相当するかは分からないが、そもそもが山積みになるような数だ。

 換金額が余程低くない限りかなりの大金になるだろう。

 

「ほら、次に俺と勝負する奴はいねえか! いねえなら閉めちまうぜ」

 

 受け取ったボールペンを学生カバンに詰めながら周囲に声を張る。

 テルはそっと手を挙げて前に出た。

 

「どもども、よかったら俺にもやらせてくれよ」

 

「ほぉーう、あんちゃん見ねえ顔だな。ここ来んのは初めてかい?」

 

「まあな」

 

 そう言ってテルは生徒を一瞥した。

 近くで見てみるとやたら小さい。身長で言えば130cmもないだろう小柄な生徒だった。大柄な態度が様になって見えるのは、身長の低さに対して恰幅良かったからだろう。

 

「俺は風見一派の突撃ダンプカーこと、横山凛太郎だ。ここで遊んでくなら、俺のことは覚えておきなぁ」

 

(うわー、こいつ自分で突撃ダンプカーとか言っちゃってるよ......)

 

「お、今度は新顔が横山に挑むってよ」

 

「面白そうだな! ついでに見ていこうぜ!」

 

 先程までのゲームを見物していた生徒たちが再び集まってくる。

 

「ちなみに賭け金はなんでもいいわけ?さっきみたいな決まったボールペンじゃないとかけられないとか?」

 

「なんでもいいぜぇ。そっちが賭けるものに応じてこっちもそれに相当するだけのもんを賭ける。で、買ったやつが総取りってこったぁ」

 

「ああ、ルールがシンプルなのは助かる」

 

「それで? あんちゃんは何を賭けるんだ?」

 

「これなんだけどさ」

 

 テルの取り出したボールペンを見て、横山の目の色が変わった。

 

「こりゃまた随分なもん持ってんじゃねえかぁ」

 

「そっちのボールペンで換算してどれくらいになりそう?」

 

 横山はしばらく考えると、値踏みするようにテルの持つボールペンを見た。

 イタリア製と思われる、いかにも高級そうなボールペンだ。テル自身その手のものに詳しいわけではないが、素人の目から見ても高価なものだとわかる。

 

「正直、ここまで上等なものはお目にかかれねえから判断がなぁ。ま、あんちゃんは初めて来てんだ。特別に」

 

 横山はボールペンの詰まったカバンごとドサリと賭け皿に乗せた。

 周囲で見ていた生徒達が一斉にどよめく。

 

「俺が今持ってるペン全部でどうだ?」

 

「へぇ......気前がいいじゃん」

 

 今度はテルの目の色が変わった。あるいは質が変わったと言ってもいいかもしれない。

 じっと相手の動きを指先からつま先まで、その一呼吸にまで注意を張り詰めた様子は獲物を狙う獣のそれだ。

 

「そいで、ゲームの内容はブラックジャック限定?」

 

「なんだって構わねえぜ。ポーカー、トランプ以外でも花札なんてのもある」

 

「じゃあ、ポーカーでいくか」

 

 そう言ってテルは机から椅子を引くと横山の正面に腰を据える。

 すぐさま太く短い指で器用に山札を切り、交互に1枚ずつ手札を配る横山。渡されたカードを確認すると照吉は壁の時計を指差して言った。

 

「そういや、ここの休み時間って後どのくらいあんの?」

 

 照吉は壁の時計を指差して言った。それに釣られて凛太郎も時計を見る。

 

(勝った)

 

「あん? 12時40分までだから...あと15分ってとこだぜぇ。それがどうかしたのかよ?」

 

「別に」

 

 興味なさげに机に頬杖をついて手札を眺める。そして勝ちを確信した。

 

(こんな間抜けが金も同然のボールペン扱ってるんじゃあ、風見ってのも大したことなさそうだな)

 

「あんちゃんチェンジは?」

 

「俺はいらね。そっちは?」

 

「1枚チェンジだ」

 

 横山は手札からカードを1枚抜きとると、山札を引く。その瞬間、横山の頬がつり上がった。

 

「よし、こいつはついてるぜぇ〜フルハウスだ!」

 

「はい俺の勝ち」

 

 照吉はさも気だるげに手札を見せた。

 10、J、Q、K、A。5枚全てがハートで揃っている。

 これには余裕ぶっていた横山も青ざめた。しかしそれもほんの一瞬のことですぐさま語気に怒りを込めて照吉を睨みつける。

 

「......あんちゃん、ズルはいけねえなぁ」

 

「ズルもクソも見たまんまロイヤルストレートフラッシュだ」

 

(ま、納得できねええのは痛いほどわかるけどさ)

 

 なにせ照吉は似た方法でリボーンにボコボコに負けたばかりなのだ。

 もっとも照吉場合、使ったのはレオンではなく予め用意していたロイヤルストレートフラッシュの手札とすり替えたのだが、そのことに気がつかれている様子はない。

 

「ふざけんじゃねえぞ! こんな役有り得るわけねえだろうが!」

 

 そう言って横山がテルの胸ぐらに掴みかかったその時。

 

「待て横山」

 

 割って入ったのは周囲で様子を見ていた生徒の1人だった。

 横山と対照的に見上げるほど長身で、平均的な身長の照吉より頭一つ優に大きい。色黒な肌にサングラスをかけていることも相まって異質な存在感があった。

 

「そいつはこっちで引き受ける。おいあんた、一緒に来てもらおうか」

 

「ああ、いいとも」

 

 こともなげに同行するテル。

 

「おい長島! 勝手になにするんだよ」

 

「落ち着けよ。こいつをどうするかはうちらリーダーが決めることだ。それに周りを見ろ」

 

 その時、横山は教室中の視線が自分たちに集まっていることに気がついた。

 

「ここで揉めるのはまずい。何より風見さんがこいつを連れてくるように言ってるんだ」

 

 

 

 

 空き教室を出ると、一行は体育館に入った。その奥のステージでは合唱部員が昼休みを利用して練習に励んでいる。

 

「こんなとこに風見がいるのか?」

 

「いいから黙ってついてこい」

 

 そのまま体育館の奥、舞台ステージの前まで行く。

 ステージの床はパイプ椅子などの収納になっていて長山がステージ下を引っ張ると車輪が甲高い音を上げて収納が開いた。

 

「ここだ」

 

「まじかよ。この中に入んのか?」

 

 そのまま長山の後に続くようにして収納に入ると、練習中の合唱部員が収納を押し閉めた。

 

「兄貴、横山と賭けをしてた新顔を連れてきた」

 

 いくつもの乾電池照明で薄暗くも照らされたスペース。そこで身に覚えのある真っ赤なバンダナがテルの目に付いた。

 

「よう! 長山からの連絡でそれとなく様子は聞いてるぜ。お前ずいぶん賭場で儲けたみたいじゃねえか。俺の見立てた通りだぜ」

 

「あんた、クラスにいた...」

 

 それは正しく、賭場のことをテルに話したあの男子生徒だった。

 

「教室じゃあろくに自己紹介もしてなかったな。俺がこの賭場を仕切ってる風見一派のリーダー、風見翔一だ」

 

 



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標的003「包囲網を打ち破れ」

「風見翔一、ってことはお前が賭場の元締めだったのか」

 

「そういうことだぜ。今朝はなんかよくわかんねえけど、面白そうなやつが来たからな。遠回しに俺の賭場に招待したってわけさ」

 

収納台に片膝を立てて座り込んでいた翔一は楽しそうに笑う。

 

「ま、実際は期待以上に面白かったぜお前。だから俺たち風見一派の秘密基地に案内させた」

 

「秘密基地って...まあこんなとこにスペース作ってたむろするなんて普通考えねえわな」

 

 テルは辺りを見渡して言った。

 仮にそう考えたとしても、実際に行動に移すのはひと握りだろう。そういう意味では尋常じゃない行動力だといえる。基地にするにあたって相当パイプ椅子を詰めて収納し直したのか、スナック菓子や各々の私物が運ばれたそこはかなりの広さがあった。

 

「それで? こんなとこにまで連れ込んでどうしようって?」

 

「そう警戒するなっての。わざわざ秘密基地の場所を教えたのは俺なりの歓迎と誠意のつもりだぜ?」

 

 翔一は一拍間を置いてテルに言った。

 

「なあ照吉、いやテル。俺たちとつるもうぜ」

 

 なんとなく予想のついていた返事にテルは無言のまま返す。

 

「まあ、もともと数を増やせねえかとは思ってたんだけどよ。こいつら二人に賭場を仕切らせるには限界があるし、俺も風見一派のリーダーとして風紀委員には面が割れちまってる。だから面白そうなやつで、なるべく頭の切れるやつが欲しかったところだ」

 

 つるむなら面白いやつ、それでいて頭が切れるかどうかは二の次といったところが翔一らしかった。

 

「それは、俺に風間一派に入れって言いてえのか? だったら断る。そいで次は俺の番」

 

 テルが頬を釣り上げて翔一を見た。

 

「俺のファミリーに入れよ。お前のその思い切りの良さ、こんな不良グループのトップで終わらせんのはもったいないぜ?」

 

「ファミリー?」

 

「まあ、これから俺が作る不良グループみたいなもんだよ。いま絶賛メンバー募集中。どう?」

 

「断るぜ。風見一派は俺が作ったグループ、そして俺はこいつらのリーダーだ。おいそれと看板下ろせるかよ」

 

 薄暗いステージ下で繰り広げられるのは単純な構図。お互いが相手を自分の下につかせようとしている。しかしこの状態が不毛なやり取りなのは百も承知といった様子で、どちらも相手を試すような目線を向けていた。

 

「どうあっても俺たちとつるむ気はねえんだな」

 

「そっちこそ、俺のファミリーに来る気はねえの?」

 

 テルと翔一はお互いを見て笑い合う。

 

「ねえな。俺は風だ。誰かの下につくなんてまっぴらごめんだぜ」

 

「こっちこそ、三人しかいねえシケた不良グループに入ってやる義理はないな」

 

 それなら答えは単純、屈服した側が下につく。そんな一触即発の空気が二人を包んだ。

 しかしその時、真上で部活動に励んでいた合唱部の歌声が急に止まった。それに気づいた翔一の表情に緊張が走る。代わりに歌い出したのはドナドナだ。

 

「...っ? 静かに!」

 

 翔一はテルの口を塞いだ。その表情からは先程までのテルに向けていた余裕は消えていた。つかさず横山と長島にアイコンタクトを送ると2人は灯りを消し、注意を張る。

 

(いきなりなんだってんだ?)

 

「合唱部の部長と示し合わせた非常事態の合図だ。外でなにかあったみてえだな」

 

 何が起きたのかわからないでいたテル。じっと動かないまま、翔一たちに習って外の様子に注意を向けた。

 

「風紀委員会だ。こちらで校則違反に該当する行為が横行していると生徒からの報告があった。これより体育館内を改めさせてもらう」 

 

「げ!? この声、よりにもよって風紀委員長が直に来やがった。あんにゃろう、さてはこの場所を嗅ぎつけた上で俺たちが来るのを待ち伏せてやがったな」

 

「どうする? 合唱部の部長が上手く応対しているが、あの様子じゃあこのままここに隠れていても時期に見つかる」

 

 翔一と長嶋のやり取りを聞いてテルの額に粘ついた、嫌な汗が浮かんだ。

 並盛中学の表側のボス、そして全生徒の頂点に君臨する絶対的な支配者。

 

「テル、この話はあとだ。収納の奥まで行けばステージの幕の裏側に出られる。ただどっちみち体育館の出入口まで行くんなら、今来てる風紀委員達を突っ切って行かなきゃいけねえ。一時休戦でどうだ?」

 

 声が聞こえるのは委員長ただひとり、しかし不良グループの摘発にたった一人で来るとは思えない。その他にも取り巻きがいることは容易に想像がついた。

 おそらくは他に数名、話の隙を見て逃げ出されないようにする意味合いで体育館の出入り口は完全に塞がれているだろう。

 

「そっか、なら俺にひとつ考えがある。多分この人数で突っ込んで強行突破するよりは安全だ」

 

 

 

 

 

 

 ステージの裏手からテルが出ていった。

 手に持った学生カバンには先程横山とのポーカーで勝った換金用のボールペンがたっぷり詰めてある。

 体育館の真ん中では風紀委員の腕章をつけた生徒が三人、今は合唱部の部長と思われる男子生徒となにやら話をしている。そして出入り口付近にも同じく三人、予想通り出入り口を塞ぐように並んで待機しているのが見えた。

 テルはそのまま出口に向かって歩いていき、何食わぬ顔で風紀員の前を素通りしようとすると、通り際に中心にいた1人がそれを呼び止めた。

 

「待て」

 

 その一言に一瞬、テルは狼狽えたが構わず歩みを進めた。その声質はステージ下で聞いていたものと同じ、恐らく彼が風紀委員長なのだろう。 

 テルは至って涼しげな顔で思う。

 

(超絶こえぇぇぇぇぇっ!!)

 

 横目で見ると長島程の身長がある上に、全身の筋肉が岩尾のように隆起している。オールバックで固められた黒髪は整髪用のジェルで威圧的な光沢を放ち、正規の制服ではない学ランと腕章に書かれた風紀委員長の文字がそのままその男が持つ並中での権力を示しているようだった。 

 

「ここにいる全員には風紀違反の嫌疑がかかっている。体育館内を改めるまでここから出ないでもらおう」

 

 そう言って風紀委員長の生徒がテルを止めようと肩を掴んだ瞬間、テルはその手を払って全力で出入口に向かって走った。

 

「止めろ! そいつを逃がすな!」

 

 すると案の定というべきか、体育館の外で待機していた風紀委員が出入口を塞ぎ、テルはあっけなく捕まった。両腕を捕まれ、振りほどこうと暴れた拍子に手からカバンが離れ中身のボールペンが床に散らばる。

 

「これはなんだ?」

 

 風紀委員長がボールペンを拾い上げると目を細める。

 

「報告にあった賭場で出回っているという換金用のボールペンだな。貴様これをどこで手に入れた?」

 

「.........」

 

 テルは何も答えず、表情を隠すように俯いている。

 

「いや、これだけの量だ。わざわざ問いはしない」

 

 

 

 

 風紀委員に連れていかれ、校舎の廊下を歩いていくテル。その逃げ道を塞ぐように数人の風紀委員が周りを囲んでいた。

 テルはふと後ろにいる風紀委員を確認した。

 

(数は全部で7人か、よしこれなら行ける)

 

 テルたちが歩く廊下は一本道だが、少し距離の離れたところには上の階や下の階に続く階段が正面にも後ろにもある。体育館のように逃げ道が1つしかない訳ではない。

 

(何より、体育館に立ち入られた状況とは違って連れて行かれている今なら不意をついて奇襲できる)

 

 テルの瞳が策謀に揺れて、口が三日月のような弧を描いて吊り上がる。

 突然、テルの後ろを塞いでいた風紀委員たちがいきなり何かに突き飛ばされたようにして先頭を歩いていた風紀委員に突っ込んだ。

 

「来たぜテル! 作戦通りだ!」

 

「よし、とっとと逃げんぞ!」

 

 そのままテルを連れて一撃離脱。すぐに風紀委員たちが後を追ってくるが、袋の鼠だった体育館とは違い、校舎の中ならいくらでも逃げ道はある。

 ここまでは作戦通り、しかしこのまま逃げ切れるかどうかは翔一の裁量に頼る他ない。なにせテルにとっては入学以降、一年以上通っていない学校の校舎だ。当時の記憶はおぼろげで単純に行ったことのない場所の方が多い。

 

「逃げ道はそっち任せにするしかねえんだ! ここまでお膳立てさせておいてあっさり捕まるとかはナシで頼むぞ!」

 

「大丈夫だ! このまま一気に下へ降りて校舎から出る! 学内からおさらばすりゃこっちのもんだぜ」

 

 風間一派三人の足にどうにかついていくテル。普段の運動不足が祟ってすでに呼吸は乱れ、両足は鉛のように重かった。そんな有様だったせいで左右の足がおかしな具合に交差すると、そのままもつれて前傾姿勢になる。

 

(あ、あぶねっ!)

 

 そのとき、下の階から階段を駆け上がるようにして風紀委員達が飛び出した。数は4名。

 

「構うな突っ込め!」

 

「っ!」

 

 駆け抜ける勢いをそのままに風見は飛び蹴りを、テルは半ば転んでいるに等しい動作でタックルでその壁を突破する。どうやら階段の下まで追っ手は来ているようだった。

 テル達は階段を降りることなくその階の廊下を直進する。

 

「どうする? 下に降りられないんじゃいつか追い込まれるぞ! この先の廊下はどうなってるんだ?」

 

「隣の校舎へ行く渡り廊下があるだけだ! こうなったら二手に分かれるぞ! 政と凛はこのまま行け。テルは俺について来い!」

 

「「ウス!」」

 

「二手に分かれるってどうするんだ? この廊下は一本道なんだろ?」

 

 教室に面した廊下はテルの言うとおり一本道。渡り廊下を除けば上の階に逃げる階段もあるが、校舎を出ないことにはいつか逃げ道はなくなってしまう。

 

「そんなもん、ここっきゃねーだろ!」

 

 翔一はテルの襟を掴んで強引に止まると、開け放った窓の淵に足をかけた。

 

「おいちょっと待てテメエまさか!」

 

「いっけえええええーっ!!」 

 

 掴んだ照吉もろとも、翔一は窓から中庭へ文字通り飛んだ。

 浮遊感に背筋がゾワリとするのを感じた頃には、もう地面が迫ってきている。

 

「へぶしっ!」

 

 そのまま地面に転がるようにしてどうにか衝撃をいなす。対して風見は膝のバネを上手く使って着地していた。

 

「馬鹿かテメエは死ぬかと思ったわ! 俺の縮んだ分の寿命返しやがれ!」

 

「これしか逃げ道がねぇーんだ。勘弁しろよ」

 

 翔一の手を借りて立ち上がるテル。しかし立ち上がった瞬間、周囲の様子を見て一気に血の気が引いた。

 大勢の生徒に周囲をぐるりと囲まれている。全員腕には風紀委員の腕章があった。

 

「あーあ、こりゃ見事に囲まれちまったな」

 

「おいおい嘘だろ。風紀委員っていったい何人いるんだ?」

 

「たしか全学年合わせて40ちょいとかか? この分だと、全員連れてきてるな」

 

「それだけ今回の摘発には我々も本気だということだ」

 

 風紀委員の一団が道を開けると委員長が悠々とした歩調で歩いてくると仁王立ちで腕を組んだ。



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標的004「俺は風だ」

「体育館ではしてやられたが、なに。お前が窓から逃げることは我々も予想済みだ」

 

 テルたちを覆い囲むようにずらりと並んだ風紀委員たち。その一角が統制の取れた動きで道を開けると、おおよそ日本人とは思えないような体躯の少年が姿を現した。

 

「この風紀委員長、大哉からはな!」

 

 その衝撃は雷に打たれたかのよう、といえば大げさだろうか。テルは驚きに身をすくめた。

 

「だ、ダイヤ...だと...? プスッ、あいつの名前...っ、ダイヤっていうのか...?」 

 

「言うな、俺でも言わんとしてることはわかる」

 

 とくに名前について掘り下げることなく、翔一は言った。

 散々裏でネタにして笑い飛ばし、笑い飽きた後、といった具合なのだろう。暴走族か田舎のホストのような名前をさして気にすることなく正面の巨漢を見据えた。

 

「あんたらも暇だねぇ。賭場のひとつやふたつでこんな頭数揃えるか普通?」

 

「場合による。今回に至っては現金が賭けの対象になっている以上こちらも放置はできない。仲間内数人の間で留めておけばよかったものを、これだけの規模にまで広げたのだ。覚悟は出来ているだろう」 

 

「ハッ! 最初から捕まるつもりで悪さする中坊がどこにいんだよ。いつも通り、さくっと逃げさせてもらうぜ」

 

 翔一は先ほど飛び降りた校舎の窓を見上げた。そこには隣の校舎に逃げ込んだはずの横山と長嶋が窓から身を乗り出していた。

 

「兄貴!」

 

「風見さん!」

 

「おうお前ら、そっちは大丈夫か?」

 

「兄貴が外へ逃げるのを見て追いかけるのを止めたみたいだ。俺たちもすぐ加勢するからそれまでどうにか持ちこたえてくれ!」

 

「おいおい、俺が誰だか忘れちまったのか?」

 

 ハチマキのように結ばれた赤いバンダナをギュッと締め直すと、翔一は手のひらに拳を打ち込む。

 

「俺は風だ! 誰にも捕まらねえし、誰にも止められねぇ!」

 

 両手の拳を顎の高さに上げて構える。なにかの格闘技の構えとは違う、喧嘩握りの拳で周囲の風紀委員の動きを注意深く見渡す。やはり中学生の喧嘩にマフィアの戦いのような技量を求めるのも無茶な話だが、それでもゴロツキのようなファイティングポーズに若干の心配があったのだろう。

 テルは声を潜めて翔一に聞いた。

 

「ちなみにだけどさ、お前喧嘩とかできるタイプの不良なわけ?」

 

「あたりまえだろ? これでも並中じゃあ負け無しなんだぜ? けど、こりゃーちっと数が多いなぁ」

 

 翔一は校舎に向かって叫ぶ。

 

「政! 凛! 俺のロッカーからファルコンを持って来い! 猛烈超ダッシュだ!」

 

「わかった!」

 

「ウッス! 兄貴!」

 

「武器だかなんだか知らねえけど、どういうネーミングしてんだよ」

 

「こういうのには自分がテンションの上がる名前を付けるのが一番なのさ。で、そういうお前こそどうなんだよ」

 

「うん? どうって?」

 

「ギャンブルはつえーみたいだけどよ、腕っ節の方はどうなんだ?」

 

 見るからにテルの顔色が青ざめる。 

 一瞬、言おうか言うまいか悩んだ末、最終的には『あーこれダメなやつだ』と悟ったような翔一の表情に気づいて、テルはぼそっとつぶやいた。

 

「さっき、初めて人殴った...」

 

「うーわ...」

 

 預けた背中越しに、翔一のげんなりした声が聞こえてくる。

 正確には殴ったというより、意図せず突っ込んだというべきだろうがテルにとってはそんなことはさして問題じゃない。もはや人生初の暴力にパンチもヘッドバントもショルダータックルも同じことだった。

 

「頭引っ込めてろ!」

 

 翔一はテルの頭を上から強引に押し込んでかがませた。その視線の先では風紀委員の一人が手にした伸縮警棒をテルに向かって振りかざしていた。

 かがんだテルの上を翔一は滑るように飛び越え、突き出した右足の先が風紀委員のみぞおちにくい込む。

 

「ごふっ!」

 

 肺から一瞬にして空気が抜け切り、うめき声を上げて倒れるのを合図にしたかのように、囲んでいた全風紀委員が一斉に翔一に向かっていった。

 

「いぎゃあぁぁぁ! おわああぁぁぁぁ!」 

 

 しゃがんだ姿勢のまま両手で頭を庇って丸まるテルの頭上を拳や武器、肉と骨がぶつかる生々しい音が行き交う。

 翔一はこうした一対多での戦いに慣れているようで、四方八方から迫る拳を射なし、素早く反撃を繰り返しながら拳を振るう。それでも数の不利は否めず、押し寄せる生徒によって避ける空間すらなくなってくると、タックルで生徒の群れを力任せに押しのける。

 

「兄貴!」

 

 そのとき、馴染みのある声が頭上から響いた。先ほどと全く同じ二階の窓際に長嶋と横山がギターケースを抱えているのが見える。二人はすぐさま中身を取り出すと翔一に向かって投げた。

 

「おう!」

 

 翔一は正面にいた風紀委員に飛びかかるとそれを踏み台にして高く飛び上がった。

 校舎の2階に届かんばかりの高さでキャッチしたそれから細長いなにかが射出されると、照吉に掴みかかっていた風紀委員へ一直線に命中する。

 

「うがぁ!」

 

 スタリと、着地した翔一の手に握られていたのはボウガンと矢の入った筒だった。

 

「おーっと動くなよお前ら。そっちは拳だが俺は銃を突きつけてる。勝ち目はないぜ?」

 

 見るとボウガンにはすでに二射目の矢が装填されていた。矢先についている分銅が威嚇するように鈍く光っている。

 

「狼狽えるな! 相手は一人だ、構わず突っ込め!」

 

 大哉の号令に萎縮していた風紀委員たちは一斉に翔一へと向かっていく。

 

「やれやれ、それじゃあキツイの一発くれてやろうじゃあねえか」

 

 翔一は腰に下げた筒からもう二本の矢をボウガンに装填すると、引き金を引いた。

 三本の矢が一度に打ち出され、命中した三人が倒れる。その瞬間、風紀委員たちの足が止まった。

 

「そらもういっちょ!」

 

 同じく三本、ボウガンで矢を射る。正確に狙いをつけるでもなく、ひたすら矢を射り続ける翔一に近づけるものは誰もいなかった。ただひとりを除いて。

 

「ふん!」

 

 大哉が風紀委員たちの前に躍り出ると、ボウガンの射線に構うことなくガードを固めて突進した。それ目掛けて発射された三本の矢が両腕、頭にそれぞれ命中するが全くひるまない。

 

(コイツっ! 俺の矢を!)

 

「おおおおおおおおおーっ!」

 

 その勢いのまま突っ込んだ渾身のタックルが風見を吹き飛ばした。

 衝撃で宙に舞った身体が中庭の地面に叩きつけられる。

 

「ぐっ!...ふぅ......」

 

 起き上がろうとするも、相当なダメージだったのか翔一はそのまま崩れ落ちた。

 

「よし、確保しろ」

 

 指示された風紀委員が倒れた翔一を左右の腕を封じるように抱えあげる。未だ足元のおぼつかない翔一に構うことなく引きずって行った。

 

「おい待ってくれ! 目的は俺だろう? 風見は助けただけだ。あんたも俺の持ってるカバンの中を見たろ!」

 

「風見が首謀者なのは既に調べが着いている。逆にお前のような生徒が風見一派に通じてるという情報はない。庇っているのだろう?」

 

「.........」

 

「校内の秩序を守るのが我々の仕事だ。賭場を開き金銭のやり取りをするなど断じて認めるわけにはいかない」

 

 大哉は大きく声を張り上げた。

 

「そいつを委員会室に連れていけ。二度と賭場など開かせないよう再教育処分だ」

 

「待ちやがれ、てめぇら風見に何をするつもりだ?」

 

「あくまで教員による一般的な教育指導だ。だがこいつを真似て同じことをし始める生徒が現れては面倒だ。それなら教員に引き渡す前に抑止のためこいつには見せしめになってもらう」

 

「てめえら...翔一をリンチにでもするつもりか?」

 

「なにか問題でも? あるというならかかってこい」

 

 そんな言葉とは裏腹に大哉はテルを一瞥すると、風紀委員と翔一を連れて背を向ける。

 刃向かえるものならば、と射抜くような眼光で付け足されたようだった。

 

(いいのかこれで? 俺はあいつならファミリーの、俺の守護者になれるんじゃねえかって期待してたんだろ? なのに俺はこのまま動けず黙ってあいつを見殺しにしようとしてるのか?)

 

 テルの食いしばった歯がぎしりと嫌な音を立てる。その瞳にある種の覚悟が宿った。

 

「それこそ本気で......いや、死ぬ気で立ち向かわなきゃ行けないんじゃねえのか」

 

「それなら死ぬ気でやるこった」

 

――――ズガン!

 

(え?)

 

 首から上が吹き飛ぶような衝撃がテルを襲った。脳天を銃弾で撃たれたと、そう直感した。

 そのまま受け身すら取れず、背中から地面に倒れ込む。

 

(なんだ。俺こんなとこで死んじまうのか......)

 

 視界がどんどん暗くなり、全身から力が、熱が抜けていくのがわかった。

 

(まじか...ははっ、指ひとつ動かせねえよ。どうせ死ぬんなら、死ぬ前に...死ぬ気で立ち向かってみるんだった)

 

 瞳孔が開き、ピクリとも動かないテル。しかし全身の細胞に炎が巡るかのように一瞬、テルの身体が光ったように見えた。

 

(どうせ死ぬなら、最後に死ぬ気で、戦って死ねば......)

 

 その瞬間、テルの全身であらゆるリミッターというリミッターが外れていった。

 

「時期に昼休みが終わる。とっとと済ませるぞ」

 

「あいや待たれよ......」

 

 立ち去ろうとする大哉の背に、声がひとつ。

 一瞬、ゾクリ、という恐怖にも似た感覚が大哉の背筋に走った。

 

「不定を正すその心あっぱれ。ただし多勢に無勢で一生徒を袋叩きにするなど不届き千万! その所業、風紀委員の風上にも置けぬ」

 

 大の字に倒れたまま、テルの口だけが動く。

 立ち向かってきたところで敵ではない。そう判断して戦力としてはほとんど無視していた。その考え自体は変わらない。

ただ、今なおそう思う片隅で小さく引っかかる棘のような違和感が大哉を苛んでいた。

 

(なんだ...? この男は?)

 

「血を流すことは本意ではない、だがと引かぬ言うならその拳、この俺が打ち砕いて見せよう!」」

 

 するとテルの額にオレンジ色の炎が灯った。それが周囲に波紋のように広がると、テルの着ていた制服が破裂するように四散する。

 

「復活!!」

 

 下着のみを残し、半裸で立ち上がったテルに大哉は動揺を隠せなかった。

 

(なんだこのプレッシャーは、まるでさっきまでとは別人のようだ。それにあの額の炎......)

 

 大哉は目を細めた。

 

(似ている、あのお方に。だがあの方のご子息は入学式以降ご自宅に籠られたままだ。俺ですらご挨拶は愚か顔すらお目にかかれていない)

 

 大哉は肩幅に足を開くと拳を固めて相対する。さっきまでのような油断はなく、全神経を張り詰めてテルを見た。

 

 



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標的005「成敗!!」

奇特な方もいたもんだ。
こんなお気に入り者数ゴミすぎて放置してた小説に感想くれるとは(泣)
そして単純なやつもいたもんだ。
感想一つで普通に執筆再開する作者がいるとは。


 

 

「死ぬ気で......友のため、不当の輩を成敗してくれる!」

 

 オレンジ色の波紋がテルの体から発すると、着ていた制服がパンツだけを残して弾け飛んだ。額には波紋と同じオレンジ色の炎が灯り、その瞳の奥には熱い闘志が揺れている。

 大哉の目が見開かれた。

 あまりに異常な光景だ。誰に何をされたわけでもないのに、いきなり倒れたテルが起き上がったかと思えば、半裸になって訳のわからないことを宣っている。しかし大哉が驚愕したのはその点ではない。

 

「その額の炎、貴様それをどこで!」

 

「男が拳を固めたのであれば、もはや双方に言は不要。命を賭してかかってこい」

 

 テルは右の拳を大哉に向かって突き出して見せた。額の炎が気になるところだが、戦意を持って向かってくる相手に対し、大哉の取るべき行動は決まっている。徹底抗戦だ。

 

「そうか、見逃してやるつもりだったが貴様がその気ならまとめて再教育を施すまでだ。話はすべて風紀委員室で聞かせてもらう。早々に果てろ!」

 

 大砲のような拳がテルに迫った。しかしテルは逃げるどころか前に出た。お互いの距離が一気に縮まる。

 ろくに戦いもできない相手だと甘く見ていた。体格一つとっても大哉に大きく分があるし、だからこそ拳を振り上げた自分にまさかテルが向かってくるなど想像もしていなかった。

 

「なに!?」

 

「はああああああっ!」

 

 突き出した大哉の剛腕がテルの頬を掠めた。最低限の動きで、まさに紙一重で避けられた大哉の拳が空を切る。そしてカウンターに放たれたテルの拳が、岩のように硬く隆起した大哉の腹に深々と突き刺さった。

 

「成敗!!」

 

「ぐおおっ!」

 

 肺の空気が残らず口から吐き出された。鉄拳ともいえる重い拳から生まれた衝撃が大哉の背中から虚空へ抜けていく。

 一撃で足元がぐらつく。衝撃に押し負けてそのまま背中から倒れるという不名誉をギリギリこらえるが、崩れ落ち、地面に付いた両膝がまるで言うことを聞かない。

 

(馬鹿なっ...! この俺が?)

 

 大哉は地面に手をついた。

 歯を食いしばって痛みに耐え、前かがみでうずくまったままどうにか顔だけを持ち上げる。するとそこには仁王立ちで見下ろす勝者の姿があった。静かな闘志をたたえたまっすぐな瞳が大哉を見つめている。

 

「大哉とやら、以後よくよく改心致せ。お上にも情けはある。風紀を正し、清くあろうとするその心意気に免じて、これにて一件落着!」

 

 そう言うとテルの額から炎が消えた。

 

「ん? え、ちょ!!??」

 

 正気に戻ったテルは自身の体を見て狼狽した。なにがどうなっているのかわからない。状況も読めない。ただし、今自分が由緒ある学び舎のど真ん中で半裸でいる、ということだけは即座に理解できた。

 

「きゃあーーーーーーーーーー!!」

 

 男にあるまじき黄色い悲鳴が、並盛の空に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

「オイコラどこだリボーンてめえこの野郎!! ただでさえ汚物まみれの俺の黒歴史に閲覧禁止ページ作ってくれやがって!! テメーの血で清算してやろうかああん!!??」

 

 継ぎ接ぎしてどうにか形だけは取り戻した制服を身に着け、テルは半狂乱の様子で自宅に直帰した。血走った両目が自室を隈なく見渡すとテルのゲーミングチェアに腰掛けエスプレッソの香りを楽しむターゲットの姿を捉えた。

 

「なんだ一日目から自主早退か? そんな根性じゃあボンゴレ11代目のボスにはなれねえぞ?」

 

「うるせえ!! あんな状況で学校にいられるやつは根性があるんじゃねえ、ただの露出狂の変態だ!! あのあと俺にどんなあだ名が付いたか知ってるか? 全裸御奉行だぞ!? 誰が全裸だせめて半裸って言えや!!」

 

 怒りのままテルはリボーンの胸ぐらに手をかける。と同時に手首を捻り上げられた。

 

「いでででででで! ちょ、外れる! 手首が外れる!!」

 

 半狂乱から一変、半泣きで痛みを訴えるテルの悲鳴など聞こえていないかのように、リボーンはエスプレッソに口をつけた。帽子のつばに乗ったレオンが大きなあくびをする。

 

「まずはその貧弱さから叩き直してやる。今日はこのままみっちり鍛えて」

 

 その言葉は不意になったインターホンによって遮られた。

 

「ん?」

 

 テルは訝しげな様子で部屋の出入口を見やる。

 来客の心当たりはない、というかそもそも気軽に自宅を訪ねてくるような友だち自体いない。ということは宅配か?とも思ったがそれも違う。執拗なインターホンの連打ははっきり言ってクレームものだ。ともすれば近所の悪ガキのいたずらかもしれない。

 

「収まったな」

 

ガンガンガンガン

 

 やはりいたずらだったのかと思っていると、今度はテルの部屋の窓から音がした。どうやら外から誰かが雨戸を叩いているようだ。テルは窓を開け、日中寝るために長く締め切ったままだった雨戸に手をかけると、

 

「おりゃ!!」

 

 外から蹴破られ、窓のサッシから外れた雨戸の下敷きになった。

 

「ようテル! 俺も学校サボってきたぜ!! ってなんだ? いねえのか?」

 

「いんだろここに」

 

 雨戸の下から這い出てきたテルは怒気を含んだ声音でうめいた。

 

「そんなとこで何してんだ? あ、かくれんぼか! にしても暗いしジメッとした部屋だなぁ〜。きのこが生えてきそうだぜ」

 

「他人の家ぶっ壊した挙げ句に小学生みたいな結論だすな! お前のせいで潰されたんだろうが」

 

「わりーわりー、ほれ」

 

 翔一の差し出した手を握ってテルは立ち上がる。なにかスポーツでもやっているのだろうか。細身に見えるが、引きこもりだったテルと違って、思った以上にがっしりとした手だった。

 

「あのあと長嶋と横山から聞いてな、なんでもあの風紀委員長をお前がぶっ飛ばしてくれたらしいじゃねえか。」

 

「長嶋と横山? ああ、お前の取り巻きの凸凹コンビか」

 

 どうやらあの二人が駆けつけたところでテルと大哉の戦闘が始まったらしい。一部始終を見ていた二人から話を聞いて翔一は気を失ってからの状況を把握したようだ。

 

「お陰で命拾ったぜ。ありがとさん。なんで今まで休んでたのか知んねーけど、またがっこー来いよ。お前とは仲良くやってけそうだぜ」

 

 その言葉で翔一の意図をテルは汲み取った。要するに早退した自分を気遣って顔を出してくれたのだ。テルが転校生ではなく、一年もの間学校に来ていなかったこともおそらくわかったうえで、風紀委員相手に共闘したとはいえ今日一日の短い付き合いでしかない自分のことをだ。

 風紀委員長のような肩書もなく、翔一の周りに人が集まっていく理由はこれなんだろうな、とテルは思った。並盛中学校を影から牛耳る裏のボス。そう聞いたときは物騒にも思ったが、なんてことはない。彼自身の人望とカリスマの成せる業だ。

 

「じゃあ、俺とつるまないか?」

 

「ん?」

 

 もともと味方に引き入れられれば都合がいいと考えていたが、今はそれだけじゃない。

 喧嘩の強さは目の当たりにした。大哉相手には遅れを取ったとはいえ、かなりの人数の風紀委員を相手に互角の大立ち回りを演じてみせた。

 なにより翔一の、風のように自由で奔放な生き方にほんの少しだけ憧れを持った。

 様々なしがらみにがんじがらめになっている自分とは正反対の生き方。そのしがらみの中で見つけ、選び取ったボンゴレ11代目という生き方を選んだことに後悔はない。それでもテルにとって得難いものを翔一は持っている。

 自分にはないものを持っている。

 だからこそ自分ではどうにもできないようなことでも翔一ならやってのけてくれるかもしれない。そんな期待をテルは翔一持っていた。

 

「俺はこの並中で天下を取るつもりだ。いや、並中だけじゃない。その先の目標のために戦ってくれる仲間が必要なんだ。お前とだったら今日みたいにデカいことやれる気がする」

 

 今度はテルが翔一に右手を伸ばした。

 

「この手を取って、一緒に戦ってくれねえか? 退屈だけは絶対にしないぜ」

 

 その手を翔一は握る。 

 

「ああ、よろしく頼むぜテル。これからお前は、俺の部下だ!」

 

「は?」

 

 僅かな沈黙。清々しい笑みを浮かべる翔一の犬歯がきらりと光ったところでテルはその言葉の意味をようやく嚥下した。

 

(はぁあぁあぁあぁあぁ!?)

 

 テルは握り返した翔一の手をすぐさまはたき落とした。

 

「ちょっと待てなんで俺がお前の下に付く流れになってんだ!!」

 

「ん? だってお前、風見一派に入りたいんだろ?」

 

「んなこと一言も言ってねーっつの! 逆だ逆! お前が俺の下に付いてくれって言ったんだ!!」

 

「えー、だってお前ちょー弱っちいじゃん。それに誰かの下に付くのはガラじゃねえ。俺は風だ! 誰にも縛れねえし誰にも止められねえ!!」

 

「こ、こいつ〜〜!!」

 

 テルは翔一の実力は高く評価していた。しかし同時に侮ってもいた。なにせこの奔放さである。そう簡単に制御できるはずもなかったのだ。

 どっちが上だの下だので言い合う二人。そんな様子を見ながらも、マグカップを傾けるリボーンの表情は変わらない。しかし、口の端が僅かだが、笑ったようにつり上がった。

 

(いい友達ができたな、テル。最後にインターホンを鳴らしてから二階のここまでよじ登ってくるのに10秒ってとこか。学校での動きを見ても、悪くねえ身体能力だな。いい部下になりそうだが、それはお前次第だぞ)

 

 

 

 

 

 

 ノートの上をシャーペンが走る音。それを除いて部屋は静寂に包まれていた。

 

「うっ」

 

 不意な脇腹の痛みに大哉は顔をしかめて宿題の手を止める。昼間テルから受けたダメージがまったく抜けていなかった。

 

(この様子だとアバラが二、三本は折れているな。平和な日本で多少なりとも腑抜けていたとはいえ、大したやつだ)

 

浅く呼吸をする。徐々に痛みが収まっていくのを確認して、再びシャーペンを走らせようとすると、不意にポケットの中でスマートフォンが鳴った。彼の性格からは似つかわしくない、背面に貼られた髑髏のステッカーが卓上ライトに照らされて銀色に光る。画面を見るとそこには“獄寺隼人”の文字があった。

 

「親父か、久しぶりだな。今はどこの国にいるんだ?」

 

『今朝の便でイタリアに帰ってきた。それより並盛中の制圧は順調か?』

 

「ああ、今日も賭場の取り締まりを行なったよ。首謀者も制裁した。しばらくは大手を振っては動けないだろう。今後もきたるべき日に向け、主をお守りできるよう風紀委員の勢力を広げるさ」

 

 ぽっと出の年下を相手に一撃で地に伏したとはとてもじゃないが言えなかった。なにより額のあの炎、それは今の時代、裏社会に生きる人間であれば誰もが知悉しているものだ。

 

(やはり、親父には話すべきか? いや、はっきりとしたことがなにもわからない今話しても余計な混乱を招くだけか)

 

『それでいい。照吉お坊っちゃんはとても繊細なお方だ。いつ学校に戻られてもいいように徹底して風紀を正しておくんだ』

 

「ああ、ただ本当にこちらから動かなくていいのか? 入学から一年、まだそのご尊顔すら拝見していない。無理に学校に連れて行くようなことはないまでも、せめてそばでお仕えするくらいのことは」

 

『余計なことはすんじゃねえ。お坊ちゃんは繊細な方だっつってんだろうが。それに照吉お坊ちゃんの不登校についてはもう心配いらねえ』

 

「というと?」

 

『先日、リボーンさんがイタリアを発ったらしい。行き先は日本だ』

 

「!? 十代目をボンゴレのボスに育てたというあの?」

 

『ああ、十代目がお坊ちゃんを教育するために派遣なされた。そうなりゃ並中に戻られる日もそう遠くねえ。お前はその右腕としていつでもお役に立てるよう、間違っても次期ボンゴレファミリーボスに盾突くような奴がいりゃあ......』

 

「消してやる。そこに抜かりはないよ。あんたがスラムで俺を拾ったこと後悔はさせないさ」

 

『おう』

 

 最後にそう一言を残して、獄寺は電話を切った。大哉はスマートフォンをポケットにしまう。

 

「いよいよこの時が来たか。しかしその前にあの額の炎、見極めなければならない。ボンゴレに与するものか、それとも仇なすものか」

 

 大哉は首から鎖に通したリングを祈るように握りしめる。それはボンゴレファミリーの次期守護者の証、十代目守護者の持つボンゴレギアから複製された雷のボンゴレリングだった。

 

「主の堅固な盾となり、矛となるために」



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