それでも雪ノ下雪乃は、比企谷八幡を選ぶ (白羽凪)
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第1話 崩壊

オリジナルよりもSSの方が好きみたいですね...。戻ってきました、白羽凪です。


---八幡side---

 

青春とは嘘であり悪である。

 

なんて言っていた時が、もう懐かしく感じる。

まあ実際、青春が本物かなんて今現在でも分かってなんていない。

それが俺が奉仕部員として1年過ごして分かったことだ。

 

...それと、そんな毎日も意外と悪くないということ。

 

 

気がつけば1年が過ぎていて、気がつけば1度は終わりかけていた関係になっていて、気がつけば...また3人集まった。

 

一応、俺は雪ノ下と付き合ってる...事になっている。

それを分かっていながら、由比ヶ浜は戻ってきた。戻ってきてくれた。

 

もう、これまでの関係のようにはなれないと知っている。けれど、俺は青ざめながら、確かに安堵の息を吐いた。

 

 

ああ、悪くない。

ずっとこうやって、居心地がいいと思える時間が続けばいいのに。

 

 

勝手ながら、ただそう願う日々だった。

 

 

 

 

 

 

---

 

 

 

明くる日、土曜日のこと。

春の日差しが暖かく...ってなんだよ、まだ梅雨入りしてないのにめちゃくちゃ暑いじゃねえか、なんて5月。

 

そんな中、俺は雪ノ下に呼び出されていた。

...というかありゃ脅迫だ。なんたって...

 

『もしもし、比企谷君? 唐突だけれど今から私が言う2択のどっちがいいか答えなさい。今週日曜に私の家に食事に来るか、土曜日買い物に付き合うか。ああ、拒否権はないから。それじゃあ』

 

なんて一方的に電話かけられて、拒否権も与えられずに切られるとか狂気の沙汰でしかないだろ。

一応、俺は雪ノ下の彼氏(?)に値するわけだし、俺自身も雪ノ下といる時間は長い方がいいとは思ってるけど、どうしてもあの実家に行くのは気が引けて仕方がないからなぁ...。

 

というわけで、今こうして自宅から出て雪ノ下の買い物に付き合ってるわけだ。にしても、暑い。これだけ広いショッピングモールだ。多少なり冷房が効いていようと、歩いているだけでもう汗が出てきそうだ。

 

 

ほんと、たまには最近荒れ気味のお天気にズームインして欲しい。

 

 

「でも、そんな中で外出するのも悪くないでしょ? 比企谷君」

 

「7:3で暑いって感情が勝ってるな。これは譲れない」

 

「残りの3は?」

 

「休みたい」

 

「はぁ...だらしない」

 

「いや、誘ったのそっちだからね? 配慮くらいは欲しいんだけど...」

 

「分かってるわ。少し休憩にしましょうか」

 

 

雪ノ下はいたずらに微笑む。

そうして歩みをとめた俺たちは、同じ建物内のベンチに隣合って座った。

 

 

「そういえば、この間進路希望調査が出ていたわね」

 

「あー、そういや出したな。なんて書いたか忘れたけど」

 

「まさか、専業主夫だなんて言わないでしょうね」

 

「馬鹿言え、いつまでもそんな馬鹿げた理想を口にできるかよ。...まあ、近場の私立文系を狙ってるのは変わりないな。将来何をしたいか決まってないが...まあ、文系の学科なら潰しが効くだろ」

 

俺がそう言うと雪ノ下は口を開けて驚いた。

 

「偉く安定志向なのね」

 

「そりゃ、ブラックを引く可能性も大いにあるからな、転職するにしろ行ける範囲が広い方がいいだろ。あー、働きたくない」

 

こんなことを言う奴に限ってなかなか天職を引けない。分かっちゃいるけど芯は簡単に曲がらない。

 

 

そんな俺に、雪ノ下は呆れ笑いをうかべた。

 

 

「まあ、そんなところだろうとは思ってたわ...。けど、働く意思が生まれるようになったのは前より成長したということかしら?」

 

「まあな。...なんせ、雪ノ下の人生捻じ曲げる契約しちまったからな、だらしない奴じゃ示しがつかねえだろ」

 

「ちょっと、なんでこんな時にその話になるの...!」

 

 

雪ノ下は照れ混じりに俺の膝をパシンと1度叩く。...こういう所が可愛いと思ったから、俺はきっと好きになったんだろうな。なんて。

 

 

...けど、言ってて恥ずかしいのはこっちも一緒だった。

 

 

ここは1つ咳払い。そのまま話題転換というやつだ。

 

「...んんっ! まあ、それはいい。それで、雪ノ下の進路は変わらず、だよな?」

 

「え、ええ。...前も言ったと思うけれど、私は父さんの仕事を継ぎたいと思ってるわ」

 

「...家族からは?」

 

雪ノ下の進路にはいくつかの懸念材料がある。最もなところで言うと、あの氷よりも冷たい母親だ。

何度か会ってるから分かるが、あの人が持っている威圧感、権力、発言力といえば相当なものだ。そこからの応援が無いと夢を実現するのは難しい。

 

俺の考えを他所に、雪ノ下は表情をくもらせることなく答えた。

 

「何も言われてない。ただ、私を見る目は少しくらいは変わったと思うわ。...可愛げはなくなったでしょうけど」

 

「可愛げ、ねぇ...。俺なんかそんなものは小一の時にはもう置き去りにしちまったな」

 

 

今思い返してもなかなか辛い比企谷君の少年期。うん、過去はやはり捨てるべきだ。

 

「最も、そんなものなんて、どうせいつかはいらなくなるものなのでしょうけど」

 

「違いないな。可愛げなんて親が子供に抱く感情でしかない。大人になるってんなら、そろそろ捨てるべきなんじゃねえのか?」

 

「そうね。...そろそろ行きましょうか」

 

「うい。なんなりと」

 

 

そんな他愛のない会話とともに時間はすぎていく。

実に実のない話でも、好きな人と一緒であれば楽しく思える。

 

そうなれば、時が経つのも早いもんだ。

 

 

気がつけば日はだいぶ西側へと向かっていた。建物を出て、設置されている大きな時計に目を向けると時刻は5時を示していた。

 

「もうこんな時間なのね」

 

「こういうところで買い物なんかしてるとよくある事だよな。見るものに飽きないぶん、時間が経つのが早く感じちまう。...なにか見落としたものはないか?」

 

「ええ、大丈夫よ。欲しいものは買ったし、見たいものは見たわ。後は帰るだけ」

 

「そうか。お気に召したのならなによりで」

 

俺はおちゃらけて返すが、ちゃんと満足してもらえたことには嬉しさを覚えた。これも、彼氏とやらになってから付いた見方だろうか。

 

そんなもの、知る由もないけどね。

 

「それじゃ、帰りましょうか」

 

「ああ。...今日は電車か?」

 

「ええ」

 

「駅まで送ってく」

 

「ありがとう。それじゃ、お願いしてもいいかしら?」

 

「合点」

 

そして俺はまた雪ノ下の隣に並んだ。

そこから同じ歩幅で1歩、また1歩と歩いていく。どちらかが先に行くことも無く、遅れることも無く。

 

3分ほど歩いたあたりで、目の前に国道を横切る横断歩道が見えてきた。あれを渡ってしまえば駅に着く。

つまり、この時間も終わりというわけだ。...分かってちゃいたが、少し名残惜しい。

 

だから俺は...。

 

 

「...なあ、雪ノ下。手、いいか?」

 

「えっ? ちょ、ちょっと...!」

 

 

俺は少しばかり積極的に手をつなごうと右腕を動かした。しかしそれは雪ノ下の意に反したのか、ものの見事に弾かれる。

 

 

「...ごめんなさい。一応、周りに人がいるから...」

 

「そうか...。悪かった」

 

さっきまでの空気がどこか消えてしまった。場にはほんのわずかの気まずさのみが残る。

そんな状況でおしゃべりなんて出来るはずもなく、同じはずだった歩幅も少し乱れる。

 

 

 

1歩、また1歩。

先を歩く雪ノ下のスピードがどんどん早くなっていく。気がつけばもう5mほどの差ができていた。

やがて雪ノ下が横断歩道に差し掛かる。ここは車通り、人通りが少しばかり少ないのもあって歩道橋が敷かれていない。

 

コツ、コツと、靴を鳴らして、下を向いて歩く雪ノ下。

 

 

 

だからこそ、急に接近してくる1台の大型トレーラーに気が付かなかった。

 

 

 

ゴォォォォ!

 

次第にそのトレーラーは近づいてくる。減速する気配もなく、むしろだんだんと加速している。

 

 

俺は人知れず叫んでいた。

 

 

「何やってんだ雪ノ下!! 早く渡れ!!!」

 

「...えっ?」

 

 

正気を取り戻した雪ノ下が右を向く。しかし、今から走って逃げてもおそらく間に合わない。

 

 

「...! 間に合え!!」

 

俺は体に残っている全ての力を足に込めて、思い切りアスファルトを蹴った。全速力で雪ノ下の元へ走る。

 

 

そして、たどり着いた瞬間、その勢いのまま、雪ノ下を前へ突き飛ばした。

 

 

 

「!!!」

 

 

バァン!!

 

 

 

 

 

その直後、俺の体は激しい音を鳴らしながらトレーラーと衝突した。

 

 

 




ここまで読んでいただきありがとうございました。
少し愚痴をば。

最後に書いた俺ガイルSSはR18でしたね。
あれがまあものの見事に学校中に知れ渡ったわけです。
ならば問いたい。馬鹿にできるほど自分に同じことをする力があるのかと。
書き始めたら毎日投稿をモットーにしてる私です。そこだけは負けたくないので。

では。

━━━━━━━━━━━━━━━

この話はどこまで続くかわかりませんが、長期連載ではないのでおやつ感覚でお楽しみください。
それでは。


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第2話 消失

恋というものは不器用で。
簡単なはずなのにまっすぐ届けることは出来ず。
またそうして人は傷つく。
そして比企谷八幡は、大切なものを失った。


---雪ノ下side---

 

私は、比企谷君と歩むことを決めた。

あの時は、半ば強引だったと言っても過言じゃなかった。...けれど、そのずっと前から、私は彼のことが好きだった。

 

本当にいい加減で、だらしなくて、敏感なフリして鈍感で、...それでもって根は優しくて、妹思いで、他人思いで、不器用でいつも誤って。

そんな彼となら、一緒にいたいと思った。

 

...だから結局は、あの時彼に告白したことが、私が初めて自分で意志を持って行動したことかもしれない。

 

 

結局のところ、そんな過程はどうでもいい。

今、彼と一緒にいる、それが私の喜びなのだから。

 

 

 

---

 

 

5月の某日、ちょっとばかりの買い物に、彼に付き合ってもらった。

誘った理由なんて深いものはなく、ただ彼といる時間を増やしたいと思っていること、それだけだった。

 

少し脅しのような電話だった。けれど、彼は嫌げな顔一つせず現れてくれた。「暑い」だの「休みたい」だの言ってるけど、これは彼なりの自分の保ち方なんだと、最近では理解してるつもりだ。

 

...自惚れかもしれないけど、本当に嫌いなら、今こうやって一緒にいないはずだから...。だから、理解していると、そう信じている。

 

 

 

 

楽しいと思える時間は、すぐに過ぎ去ってしまう。

気がつけばあたりは夕焼けに染まり、ビルの谷間から日が落ちていくのが目に入った。

惜しいけど、もう帰らなければならない。

 

 

「...それじゃ、行きましょうか」

 

「御意」

 

 

私は比企谷君の右隣を歩く。彼の歩くスピードは少し早いけど、それに追いつくように自分も足を進める。

 

...本当は、この時間を愛おしいと思って、もう少しゆっくり歩いてほしいのだけれど、甘えてしまうのは、どこからしくないなと自分で遠慮する。

 

けれど、彼には彼なりの考えがあった。

 

私が彼の隣で、ただ遠くを見すえて歩いていると、不意に私の左手に彼の手があたった。しかもそれは不意なものではなく、故意的に。

 

 

「...なあ、雪ノ下。手、いいか?」

 

「えっ? ちょ、ちょっと...!」

 

彼が少しばかり強引に手を重ね、指を絡ませようとする。

しかし、周りにそれなりの歩行者がいたためか、その手を薄く払い除けてしまった。

 

 

 

 

あなたのことは、好きだけれど。

まだ、周りに自慢できるほど、私はあなたを愛しつくせていないから。

きっと、あなたの自慢の彼女ではないから。

 

 

...だから、ごめんなさい、比企谷君。

 

 

 

 

到底、そんなことは言葉に出来ず、少し頬を朱に染めて私は黙々と歩き出した。先程まで早いと思っていた彼のスピードより早く。

 

少し絡まってしまった思考に、私が履いてきた靴の踵が織り成す音が心地よく刺さる。

とはいえ、何も見てないわけでもなく、駅へと続く信号が青なことを確認して、私は歩みを進めた。

 

白線をまたぐ。

 

1歩。

 

そしてもう1歩。

 

 

 

 

 

 

...?

 

 

一瞬、私の世界から音が消えた。

さっきまで、周りに人がいたはずなのに、横断歩道を渡る足音はひとつしか聞こえない。ざわめく人の声も、ぱたりと止んだ。

 

 

何かおかしい...。

 

 

私は顔を上げて、辺りを見回す。そして、私の視界に巨大な影が映った瞬間、静寂を破って彼の声が聞こえた。

 

 

「何やってんだ雪ノ下! 早く渡れ!!」

 

「えっ?」

 

 

私から漏れた声は、彼の声に反応するものではなかった。

私の元に、1台の大型トレーラーが突っ込んでくる。その光景について漏れた言葉だった。

 

 

 

人は、本当にどうしようもない時、思考がおかしくなる。

私の場合、何も起きなかった。

 

 

と言うよりかは、何も考えることが出来なくなっていた。

 

 

パニックになることは無かった。声も出なかった。かといって冷静にいられる状態でもなかった。ただ分かることとすれば、あと数秒でこのトレーラーが私の体にぶつかるということ。

 

簡単に言えば、それ以降は、もう頭が真っ白になっていた。

 

 

 

そして、何も出来ないまま、トレーラーが私の体に触れようとしたその瞬間。

 

 

 

私の体は、トレーラーの進行方向とは違う方向へと突き飛ばされた。

 

 

 

 

 

 

 

---

 

 

「うっ!」

 

バァン! と、とても大きな衝撃音が鳴る中、勢いのあるタックルを受け、私は横断歩道の中間点に倒れ込んだ。

 

少し痛む体を持ち上げ、さっきまで渡っていた道の方を見る。

 

見れば、比企谷君が車道の上でうつ伏せに倒れている光景が目に入った。

 

 

 

「比企谷く」

 

 

 

 

グギャッ! バキッ! ズズズズズ...

 

 

 

その瞬間、うつ伏せで倒れ込んでいた比企谷君の左腕を、トレーラーが踏み潰していった音が聞こえた。

 

 

「えっ...?」

 

 

今度は、彼に向けられた驚きだった。

やがてトレーラーが血痕を残しながら走り去っていく。トレーラーが走り去った後には、大量の血を流し、左腕はぺしゃんこに潰れ、肉は引きちぎれ、骨が肘からとび出ていたりと、見るも耐えない悲惨な姿に変わり、その場に倒れ込んでいる彼だけが取り残されていた。

 

 

 

 

「あ、ああ...あああ...」

一気に腰の力が抜け、私の体はその場へ崩れ落ちる。

私は目の前の光景から逃げるため、1度自分の両手に目を落とす。

 

 

そして目を動かし、もう一度彼の姿が目に入った時、私の自我は完全に崩壊した。

 

 

 

 

「いや...いやぁああああああああ!!!」

 

 

 

そうした私の金切り声が、周りの沈黙を引き裂いた。

 

 

 

 

「何だ!? 事故か!?」

 

「ひき逃げだ! 救急車と警察を呼べ! トレーラーのナンバーは!? 誰か見てないのか!!?」

 

「後ろに木材積んでたぞ!! 警察に防犯カメラ使ってもらえ!! それより今はこっちだ!」

 

「救急救命! 誰かできるか!?」

 

「いや待て! 迂闊に触っていいのか!? ...これだけ血が出てるんだ、少し待ったほうが...。...心臓は...動いてるか。けど呼吸があやふやだ」

 

「反応もない。...それより、この左腕」

 

「ああ、ひでえな」

 

 

 

周りがざわつき出す。次第に通行中の車は止まり、救急車、警察を呼ぶ人間とその野次馬が集まり、瞬く間にサイレンの音が鳴り出した。

 

 

 

 

 

そんな光景の中、再び音が止まった。

また、私一人の世界だ。

 

 

 

...比企谷君を、助け...なきゃ...。

 

 

かろうじて残っていた最後の自我を元に、私は彼の元へ歩こうとした。

 

 

しかし。

 

瞬間、私の意識が深い底のほうへと沈んでいった。

次第に瞼が重たくなり、思考回路は真っ白になる。

 

 

 

 

 

 

 

もう、つい数分前まで何を考えていたか忘れたまま、私は意識を失った。




久しぶりにかしこまった前書きです。
これはこれで定期的にやりたいんですよね。

さて、今日はこの辺で。
感想、評価等頂いたらありがたく、真摯に受け止めますので是非お願いします。


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第3話 代償

自分のことなんてどうでもいい。
愛する人さえ守れれば。
その未来が潰れないなら、
自分の犠牲くらいなんともなかった。
そうして残された未来には、大きな代償があった。


---八幡side---

 

硬い金属のようなものが身体に触れたかと思うと、俺の体にとてつもない衝撃が走った。

 

ミシリ、と骨が軋む音、ボギッ、と骨が折れる音。

そんな嫌な音が耳に聞こえてきたが、どうやら脳がやられてしまったらしく、痛覚を感じなかった。

 

 

「あっ...」

 

バァンと強い音を鳴らしてトレーラーと衝突した後、俺はそこから数メートル先まで飛ばされた。

当然、着地なんてできるはずもなく、身体全身を擦りながらアスファルトにうつ伏せに倒れる。

 

その数秒後、俺が目を開けようとする前に俺の身体は黒い影に包まれた。どうやら俺の身体の上をそのままトレーラーが通過してるみたいだ。

 

それと同時に、少しだけ神経の残っていた左腕に数トンの重力がかかる。今度は痛みを感じる前に、完全に意識が飛んだ。

 

 

 

 

これだけ痛い目を見ていて、俺は痛いと思うことがなかった。

ただ、どんどんと眠気が迫ってくる。

身体の神経はプツリプツリと接続が切れ、どこも動かせそうにない。

 

手も、足も、上半身も、下半身も、目も、口も、全く動かない。

 

 

 

 

「比企谷君! 比企谷君!!」

 

 

 

...ただ、最後の最後までかろうじて動いていた耳は、ひたすらに俺の名前を呼ぶ声を拾っていた。

 

 

 

 

ああ...悪い、雪ノ下...。俺は...。

 

 

 

 

そして、俺の意識は完全に消え去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

---

 

 

 

 

 

 

夢を見た。

 

というか、よく見たら俺は白い服を着ているようだ。しかも普段着のようなものじゃなく、なんかこうギリシャっぽいやつ。

身体はどこか軽く、今なら空を飛ぶことだって容易く思える。

到底、生きてるうちにはありえない状態だろう。

 

 

夢って言ったって...俺は、いつ寝たんだっけ?

 

 

....そもそも、どこで記憶が途切れた?

 

 

俺は思考を振り絞って、最後に自分の身に何があったのかを思い出した。そして思い出す。

 

...確か、何かあって、事故に巻き込まれて...。

...誰かがいて、守ろうとして...撥ねられて...。

 

 

ああ、そうか。

 

 

 

俺は、死んでしまったんだな。

 

 

 

そうして死を実感する。その割には冷静でいた。何故か生前の記憶がすっぱり消えている、というのも影響してるかもしれないが。

 

生きてる間は死後の世界なんて気にしたことは無かった。極楽浄土が待っているだとか、アヌビスに裁かれるだとか、そんなもんどうでもいいと思ってたけど...。

 

んじゃああれか。ここがいわゆる天国ってやつか。

 

 

 

 

「...ん?」

 

ふと、遠くの方に同じような服を着た人を見かけた。ただし俺より少し目上のようだ。

とりあえず何かしら情報を手に入れたかった俺は、迷わずそっちへ向かい、その後ろ姿に声をかけた。

 

「あの...」

 

「はい?」

 

振り向いた顔つき、声ともに女性だった。

やっぱり、異性と話すのは苦手だが、まあここでは、ぼっちとかそんな概念はないだろうし問題ないはずだ。

 

 

「すんません、ここってどこですか?」

 

「はぁ...、そうですね、一応天国、に通ずる道ですかね」

 

「天国ではない?」

 

「そうですね、振り分けもありますし」

 

「まじなんだ...」

 

 

参ったな...、俺、生前の行いは必ずしも善と言えないしな...。なんなら悪までありそうで怖い。

 

 

「あの...それで、その振り分けは何処なんですかね?」

 

「え? ...ああ、あなたは受ける必要、ありませんよ?」

 

「は?」

 

「そうですね、ちょっと触ってみてください」

 

 

 

そう言うとその女性天使(?)は俺の片腕をつかんで自分の胸に押し当てた。俗世でやれば紛れもなくアウトなやつである。

 

 

 

「え、何してるんですか」

 

 

「今、あなたの手は本来心臓がある場所に置かれてます。...感じませんよね、私の心臓の鼓動。ここは死人が来る場所ですから、みな心臓が止まってるんです。それでは」

 

そう言って女性は俺の手を払い除けた。

 

 

「今度は自分の胸に手を当ててください」

 

「は、はぁ...」

 

 

返された手を胸に当てて、目を閉じる。

 

...。

 

 

 

ドクン、ドクンと、確かに鼓動が脈打ってるのを感じる。

ということは...。

 

 

その女性は慈しむように微笑んだ。

 

 

「ええ、あなたは死んでないんです。...ここに来たのも、何かの手違いか何かでしょう。例えば、ここに来る前強いショックで意識を失ったりとか、そういった事がありませんでした?」

 

 

「そういえば...」

 

 

そうして俺はさっきの事のように思える事故のことを再び思い出す。...あの時、俺が庇ったのは...。

 

...! そうだ!

 

 

「雪ノ下!」

 

 

あそこには、雪ノ下がいた。なんで庇ったかは思い出せない。それでも、あの場所に大切な、好きな人がいたことだけは思い出した。

 

 

「あの後、どうなったんですか!?」

 

「俗世の方の話ですか? ...残念ながら、ここはそっちの様子は見れません。...今分かるのは、あなたが生きていること、それだけです」

 

 

その女性は首を横に振った。その仕草からこの人には何一つ嘘がないと判断出来た。

とすると、後はもう帰るしかなかった。

 

自分の目で、もう一度、雪ノ下を見たい。ここに来ていないということは、きっと無事だということだから。だから。

 

 

「帰ることってできるんすか!?」

 

「ええ、生きてる人間なら帰れますよ。...ただし、俗世の様子がわからない以上、あなたがどういう状態で生きているか、というのは理解しかねます」

 

「構いません。...俺は帰ります」

 

「ええ。...ご武運を」

 

 

 

女性の人は強い眼差しで、俺を見つめ、その視線を足元へ落とした。そのつぶらな瞳には先程感じた慈しみではなく、歯がゆさに似た何かが映っていた。

 

 

...本当は、俺がどういう状態か知ってるんじゃ....

 

 

 

 

 

!!

 

 

そう思った瞬間、俺の体は光ったかと思うと、その場から消え去った。

代わりに、先程まで感じなかったまぶたの重さを感じる。

 

 

 

 

数秒して、今度は体が倦怠感を感じる。

おそらく、目覚めればさっきとは違う場所だろう。

 

 

しかし、恐怖はなかった。

 

 

そうして、俺はゆっきり瞼を開ける。

 

 

 

---

 

 

 

 

「ヒッキー!!」

「お兄ちゃん!!」

 

目を開ければ、2人の女性が俺を覗き込んでいた。

 

ああ、分かってる。このふたりは、ちゃんと覚えている。

 

 

「...うす、なんか久しぶりだな。...待ってろ、今起き上がっ...」

 

そうして身体を起こそうとした時、体全身に激痛が走った。少し浮き上がった体がベッドに叩きつけられ、また痛みが走る。

 

 

「がっ....!!!?」

 

「ダメだって、お兄ちゃん! 今は起き上がれるような状態じゃないんだから! 寝てて!」

 

「お、おう...。悪い」

 

 

しかし、身体の痛み以前に、ほんの一部分、普段生きてるより軽いと感じる部分があった。

今はまだベッドで隠れているであろう部分を、無理して布団から引っ張り出す。

 

 

 

 

 

 

その左腕は、肘から先が存在していなかった。




務まらない前書き。
しかしまあ、なかなか発想だけが独り歩きしてらぁ。

ここまで読んでいただきありがとうございます。
感想、評価等頂いたらありがたく、真摯に受け止めますので、是非お願いします。


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第4話 偽笑

目覚めても、何もいいことは無い。
笑顔をうかべても、心は笑わない。
大切なものをなくして、あるいは心を壊して。
そんな世界に、幸せはあるのだろうか。


---八幡side---

 

 

「...そういう事か」

 

先程の夢のことを思い出す。確か『俗世の様子はわからない』と言っていた。けれどあの表情、あの台詞...、それはおそらく嘘だ。

 

多分、あの女性は俺がこうなっていたことを知っていて、且つ言わなかったんだろう。帰る足を躊躇わせては行けないからと。

 

その優しさは、それはそれでありがたかったんだが、俺としては何があろうと戻ろうとしてたぶん、教えて欲しかった節はある。

 

結果、こうして知った訳だが。

 

 

「うっ、ひぐっ、お兄ちゃん...!」

小町は緊張の糸が切れたのか、俺の体に当たらないようにベットの左側に身体を預けて泣き崩れる。その頭を撫でで慰めてやりたかったが、俺にはもうそれができる腕はなかった。

だからせめて出来ることはやろうと、俺は優しく声をかけた。

 

 

「悪いな小町、お兄ちゃんこんなで」

 

「ほんと...もう...! なんでこんなことばっか...!」

 

「...悪い。ほんとに...ごめん」

 

 

 

ずっとこうして自分を犠牲にしてきて、それで傷んでいたのは俺だけじゃなかったと、小町の涙で初めて実感する。

ずっと迷惑をかけてきた。次第に「あいつの妹だから」と小町自身の評判にも影響していたのかもしれない。

そんなことにすら、俺は気づかなかった。

そうだ。とっくのとうにそうだったのに。

 

 

 

 

俺はもう1人なんかじゃないなんて、そんな当たり前のことを、俺は知らないままでいたんだ。

 

 

それが悔しくて俺は、なけなしの力で歯ぎしりをした。

 

そんな中、由比ヶ浜がベッドフレームをコンコンと叩き合図を送る。俺は動かせる範囲で首を動かした。

 

 

「えっとね、ヒッキー。事故の話をしたいんだけど、どこまで覚えてる...?」

 

由比ヶ浜が泣きそうなのを堪えながら、震える声で俺に確認を取る。因みに当事者の俺の方は、吹き飛ばされた所までしか覚えていなかった。

 

 

「雪ノ下と買い物に行って、帰り途中で信号無視のトレーラーに撥ねられて...、って、そうだ! 雪ノ下は!?」

 

「大丈夫、ゆきのんに怪我は無かったよ。...その、ヒッキーが庇ったから」

 

「そうか...よかった...」

 

 

俺は初めて一息つけた。雪ノ下に何一つ実害がなかっただけで、俺の犠牲は報われたと言えるだろう。

...ただ、この場所にあいつがいないことが、唯一の気がかりだった。

 

 

「...それで、雪ノ下は今どこにいるんだ?」

 

 

「...」

 

 

俺がそう尋ねると、由比ヶ浜は俯いて黙り込んだ。その仕草で、俺は少なからず雪ノ下にも何かあったのだと推測した。

 

 

「...怪我がないってのは、嘘なのか?」

 

「それは本当。...ただね...、ゆきのんは...、ちょっとまだ、ここには来れないかもしれないの...」

 

「どういう事だ?」

 

 

すると、由比ヶ浜の頬を確かに水滴が伝った。こっちももう限界のようだった。

 

 

「その...ゆきのんは...心が壊れちゃって...、部屋から出てこれ無くなっちゃったの...」

 

 

そしてそれを言い終えて、由比ヶ浜も嗚咽を上げて泣き始めた。

由比ヶ浜からすれば、ある日をきっかけに自分が大好きだと思っていた2人が急に壊れた訳だ。...こんな状態で、平気で入れるはずもないのに。

それでも由比ヶ浜はこうして俺の目の前に来てくれた。...俺は、こいつになんて言葉をかければいいんだろうか。そこら辺の在り来りな言葉なんかじゃ、きっと伝えきれない感謝があるはずだ。

 

...でも今は、そんな言葉は発せれなかった。

 

 

俺の目の前では、俺の親しかった2人が泣いている。...泣かせたのは俺だ。

 

 

 

ああ、くそっ...。なんてかっこ悪いんだ。

 

俯瞰だらけの人生だったはずなのに、気がつけば周りすら見えてなかったのかよ...!

ほんと...最低だ。

 

 

だからこそ、俺は泣かなかった。

ここで泣いてしまっては、きっと俺のやった過ちは許されないから。

 

これが代償だ。

 

 

 

俺は、2人が泣き止むのを待ちながら、静かに目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

---

 

 

 

 

20分程たって、お互い余裕が出来たため、話は再開された。

 

「けどほんとに良かった...。医者が言うには、普通だったら死んでても、もっと酷い後遺症が出ててもおかしくない状態だったらしいよ?」

 

 

聞くところによると、俺は身体の至る所の骨折と左腕の切断で済んだようだ。即死級の事故だったため、これは奇跡に近いと言われてるようだ。

 

 

「そりゃ、信号無視のトレーラーが60、70kmで突っ込んでくる訳だしな、脳震盪も起きるだろうし、骨もバッキバキになるだろうよ...。...本当に、生きてたのが不思議なくらいだ。...けど、生きてるんだ。なら、それでいいんじゃないのか?」

 

「うん、そうだね」

 

 

本当はこんな笑ってできる話ではないはずなのに、俺は無理にでも笑ってみせた。

これ以上、誰かに心配をかけるのはごめんだ。迷惑をかけるのはごめんだ。だから...せめて、悲観はしないようにする。

 

 

 

その時、俺の病室のドアが開き、女性の看護師と医者のような人が入ってきた。

いち早く小町がそれに気づき、よいしょと腰を上げた。

 

 

「あ、そろそろ時間ですね、結衣さん」

 

「あれ、もういっちゃうの?」

 

「うん。元々そんなに長い時間面会できなかったし、今日も無理言って来させてもらったから。...それじゃ、ヒッキー! また来るから、元気しててよ!」

 

「うす。...ありがとな」

 

「うん! じゃあね!」

 

 

由比ヶ浜は、作りか素かよくわからない笑顔を精一杯俺に向けて、やがてドアの向こうへと消えてった。それについて行くように小町も病室から出ていく。

 

 

「...さて、比企谷さん。改めて診察に参りましょうか」

 

「...はい」

 

 

一気に部屋が静かになったところで、強面の先生が診察を始める。

俺は、先程うかべることができなかった苦痛を全面に出した表情を、この時初めて浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

やがて、それも終わり、病室に俺は1人残された。

窓から夕日が差し込む。...あの日も確か、こんな時間だった。

...あれ、今日が何日か聞くの忘れてたや。まあいいか。

 

 

...さて。

 

 

 

...心が壊れた...か。

 

「雪ノ下...」

 

 

 

 

 

 

 

俺が好きな、雪ノ下雪乃に会えない。それだけで、俺はまだ生きた気になれなかった。




うーん、前書きよ。
...いや、それだけじゃないっすね。
リハビリがてらといえど、さすがに今回のがひどいってのが、投票ではっきりしてますね。
何が足りないのかとかも教えていただけるとありがたいです(優しく教えていただければ尚更)

ここまで読んでいただきありがとうございます。


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第5話 絶望

後悔は消えない。
次第にそれは罪悪感を孕み、
噛み砕かれて大きくなり、
いつしか心は黒く蝕まれていった。


---雪ノ下side---

 

バァン、という衝撃音で、私は目覚める。

あの日から、もう何度目かの朝になっていた。

 

もちろん、目覚めたと言っても、眠れていない。

昨日も、そのまた昨日も、ずっと悪夢にうなされたまま、ただ時が過ぎていただけだった。

 

 

 

...でも実際、その悪夢は現実なんだ。

彼はまだ目覚めていない。死こそ避けたものの、いつ目覚めるかすら分からない状態らしい。

 

 

 

私のせいで、私が、あの時、もっとしっかりしてたら。

 

 

 

彼を傷つけることは無かったのに。

 

 

 

 

その罪悪感で心はどんどん削れていき、気づけば私は家から外へ出ることが出来なくなっていた。

 

 

 

「...うっ」

 

 

もう何度目かのフラッシュバックで吐き気を催す。幸い、吐くことは無かったが、代わりに溢れてきたのは涙だった。

 

 

「....ごめんなさい...、ごめんなさい...、比企谷君...!」

 

そうして私はまた泣き出した。とめどなく溢れる涙は止めることは出来ず、ただ時間とともに流れていく。

 

 

 

そうして泣いて、泣き疲れては眠る。そうして悪夢にうなされて、目覚めてはまたフラッシュバックして涙する。

ただそれだけの繰り返しが、確実に私の自我を崩壊させていく。

 

 

私は、気付かぬうちに、もうどうやって笑うのかさえ、忘れてしまっていた。

 

 

 

 

---

 

 

 

事故から5日くらい経った。

カーテンを締切った私の部屋には光が差し込まない。それはわたしの心象も似たようなものだった。

 

 

家から出れなくなったどころか、気がつけば部屋を出る足でさえ少なくなっていた。傍からいえば引きこもりという分の状況に近い。

食事も部屋の前に置いてもらう感じになっていたが、あまり喉を通らなくなっていた。通っても吐いて無くなってしまう。

 

 

そうしてまたぼーっと、虚ろな目で遠くを眺めていると、部屋の扉がノックされた。私は感情の籠ってない声で返事を返す。

 

 

「...誰?」

 

「私だよ、雪乃ちゃん。...入ってもいい?」

 

「...あまり、入って欲しくは無いのだけれど...」

 

「...そっか。それじゃ仕方が無い。ここで話すとしますか」

 

「...」

 

 

ドサリという音が聞こえる。恐らく、姉さんがドアにもたれかかって座ったのだと思う。

 

この状況で退けることも出来ないし、何より、そんな気力ももう残っていなかった。

 

 

私がどう切り出そうか考えるまもなく、姉さんは唐突に話を切り出した。

 

「比企谷君が目覚めたよ、雪乃ちゃん」

 

「...え?」

 

「...本当に、驚くくらい良い状態みたい。即死級の事故だったらしくてね、こんな状態なのは奇跡に近いらしいよ」

 

「...そう」

 

 

私は...なんて言うべきなんだろうか?

 

 

安堵して涙が出るわけでもなく、今すぐに彼に会いたい衝動が生まれた訳でもなく...、私は、こんなに嬉しいはずの話を聞いてでも彼への罪悪感しか湧かなかった。

 

 

 

比企谷君が好きなのに、もう、愛してるなんて軽はずみに言えなくなった。悪いのは全部私だ。

 

そう分かってるのに、何も動けない。

 

 

 

「にしても、比企谷君は運が強いなー。あれだけの怪我で済んでるんだから、本当に大したもんだよ」

 

「...その、怪我の具合は?」

 

「...。本来、それは比企谷君の恋人である雪乃ちゃん自身が自分の目で確かめなきゃいけないことだよ?」

 

「...それは」

 

「分かってるって。...私もそんなに鬼じゃないよ、雪乃ちゃん。...心を病んでる雪乃ちゃんに、優しいお姉ちゃんが教えてあげる。...ただし、後はもう知らないよ?」

 

 

 

今日の姉さんは、少し優しく感じた。

...その優しさが、逆に痛かった。

 

 

 

 

 

私は、あの人のことを、自分の姉のことをちゃんと理解したことは1度もない。

知ろうとしても、知ることができなかった。

 

 

だから、恐れていた。距離を置きたかった。

でも、今こんな状況で、その優しさに触れて、信じてみようと思ってしまった。

 

 

 

だからこそ、邪気を孕んでいない声で真実を告げられた時に、私はまた絶望へと叩きつけられた。

 

 

 

 

「全身骨折、左腕切断。...それが、彼が生きるために払った犠牲だよ」

 

「...あ、ああ...」

 

 

 

彼の容態を聞いて、今度こそ私は崩れ落ちた。

彼が今置かれている状態が、その場で死ぬよりも何倍も地獄だと理解するのに、そう時間はいらなかったから。

 

 

「...ごめんね、雪乃ちゃん。...さっきも言ったよね、ここから先はもう知らないって。...だから、私はもう何も言わない。優しくはできないから。...それじゃ」

 

 

 

そうして姉さんは返事を待つことも無く私の部屋から離れていった。誰もいなくなったその場にはいたたまれない静寂のみが残っている。

 

 

...また、私一人だ。

 

慣れてたはずの孤独すら、いつの間にか恐れるようになっていた。でも、自分自身でどうにかできるほど、もう私は強くない。

 

誰かに頼ることしか、出来なくなっていた。

 

 

 

...ねぇ、比企谷君。私は...どうすればいいの...?

 

 

 

 

 

 

「うう...うあ...」

 

 

それでも涙だけは枯れ果てることなく私の頬を伝う。そして彼のことを思って、また胸が痛む。

 

 

 

...こんなに苦しい世界なら、私なんていない方がいい。

...だから、お願い。

 

 

 

 

 

 

誰か私を、雪ノ下雪乃を殺して...。

 

 

 




尺の悪さに定評のある人です。
こういう展開しか書けないのどうなの...?
それでも書き続けますが。
というわけで、これからも是非お願いします。

感想等ありましたら、ありがたく頂きます。


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第6話 恩師

傷つくことに慣れたから、
誰かのせいにする術を知らないでいた。
そうして溜め込んだ傷が溢れ出る時
きっとそれを止めることは容易くないだろう


---比企谷side---

 

事故から1週間と少しが経過した。

どうやら俺が目覚めるまで5日くらいかかったらしい。そりゃ確かに生きてた方が奇跡だ。

 

...でも、こんな状態で生きてるって言えるのか。

 

 

俺にはもう左腕がない。おまけに身体の至る所の骨折の方で、当分はろくに動けそうにない。

 

そんな後世にハンデを背負って生きて、長らえて、それで誰かのためになるなんて、今は思えなくなっていた。

 

 

...昔は、ただ雪ノ下を信じて、支えて、それだけでよかったのに。

今じゃもう、足を引っ張ってるだけだ。

 

 

「...はぁ、情けねえ」

 

俺は1人病室で呟いた。鋭く差し込む夕日が少し目に痛い。

時計に目をやると6時くらいだった。流石にこの時間から面会なんて来ないだろう。

 

...といっても、やることも無いし、できることも無い。

...寝るか。

 

 

そう思って枕に少し体重をかけたところで、病室のドアが勢いよく開いた。そこに立っていた人物に俺は驚き、声を失う。

とても意外で、今では想像できない人物。

 

...けれど、懐かしい、俺の恩人だった。

 

 

 

「久しぶりだな、比企谷」

 

「平塚...先生」

 

 

少し古臭い漫画のようなシーンを描いて先生は俺の病室へと入ってきた。少し時間の空いた再開だったが、そこは変わってないようで少し安心する。

 

「久しぶりですね。...わざわざ面会に?」

 

「当たり前だ。君は私の可愛い教え子だからな」

 

「言っても何も出せませんよ?」

 

「分かってる。...とりあえず座ってもいいか?」

 

「どうぞ」

 

 

平塚先生はベッドの隣のパイプ椅子に腰掛けて足を組む。これまで職員室で何度も見たような平塚先生の姿がそこにはあった。

 

 

「タバコは...っと、いかん、ここは病院か」

 

「流石にここが職員室と思っちゃまずいでしょ...。どんだけ職業病なんですか」

 

 

そもそも職場でタバコを吸うのも割と良くない行為だと思うが。

 

 

 

平塚先生はポケットに突っ込んでいた手を宙に泳がせる。そして動きを止めたかと思うと、俺の方を真っ直ぐ向いてきた。その目はもう笑っていなかった。

 

 

「...ひどい状態だな、比企谷」

 

「最悪の事態じゃないですよ。...もっと酷かったら、俺はもうここにはいません。...そう考えれば、マシってもんなんじゃないですかね?」

 

「...はぁ。やっぱり捻くれてるな、君は」

 

「どこら辺がですか?」

 

 

捻くれてる、と言われて、一瞬ピンと来なかった。昔は自分がねじ曲がった人間だという認識はあったのに、その認識はいつの間にか消えてしまっていたようだ。

 

 

「そこまで気づけなくなったんだな...。進歩の過程でそれがあるなら、別として...。...あまりストレートに言いたくないが、私は君の本心を、君の口から聞きたいんだよ」

 

「今どんな気持ち、ってやつですか?」

 

「...まあ、そうなるな」

 

 

 

 

自分の気持ち...か。

 

 

そういえば、あの日からろくにそんなことを考えてなかった気がする。怪我をしたことも、腕をなくしたことも、結果として受け止めていながら、そのうえで俺がどういう気持ちなのかなんて全く考えていなかった。

 

 

...だって、それを考えてしまえば、俺はもう雪ノ下の隣に居れなくなる気がしたから。

結局、そうやって現実から逃げていたんだということを、今、平塚先生に告げられた気がした。

 

 

「...先生も、酷なこと聞くんですね」

 

「...君がどうしても言いたくない、って言うのなら、私はそれ以上は聞かないよ。...けどね、さっきも言っただろう。君は私の可愛い教え子だ。...だからせめて、その教え子のよき理解者でありたいと思うんだ。

聞いたところで君の力になれるか分からない。君がしんどくなるだけかもしれない。...それでも私は、君を受け止めたいんだ」

 

 

見れば、もう既に平塚先生は涙を1粒流していた。

 

 

先生も先生で、不安で落ち着かなかった時間が続いたわけだ。...それに、自分の教え子が傷ついて、悲しまないはずはない。

 

 

だって、平塚静は、とても優しい人間なのだから。

 

 

「...俺は」

 

 

さっきまで装っていた落ち着きはとうに消え、息苦しい何かが喉につっかえていた。取れれば楽になれるのだろうか。

 

しかし、そんなことを考える間もなく、プツリと何かが切れた。変わりに堰き止めていた本心が滝のように溢れ出す。

 

 

 

「...なんで、俺がこんな目に会わなきゃいけないんですか...」

 

 

なんで、好きな人を愛することさえ許されなかったのか。

 

 

「なんで、こんなに苦しい思いをしなきゃいけないんですか...!」

 

 

長いこと生きていて、どれだけ一人でいても感じなかった辛さを、なぜ今になって感じなきゃいけないのか。

 

 

「腕なくして、学校にも行けなくなって、雪ノ下と会うことも出来ないで、俺は何を目印に歩けばいいんですか...!」

 

 

 

ああ、そうか。

 

俺は全てを失ったんだ。腕も、大切な時間も、そして来るはずだったそれなりに明るい将来さえも。

 

中途半端に命が残ったところで、俺の生きる価値なんて、もう存在していなかったんだ。

 

気づけば俺は絶叫していた。

宛先のない怒りを、一心不乱にぶつける。

 

 

 

「平塚先生! もう嫌ですよ! しんどいですよ! これ以上、何を頑張れって言うんですか! ...腕も、時間も、未来も無くして、俺はなんのために生きてけばいいんですか...! ...もう、無理ですよ...。誰のせいにすればいいんですか...。また俺が悪いんですか...」

 

 

平塚先生は何も言わない。ただひたすらうんうんと頷くだけだ。

 

 

 

「...平塚先生...、俺、頑張りましたよね?」

 

「ああ、君は十分に頑張った。...だから、もういいんじゃないか? 少しくらい休んでも。...答えなら、一緒に考えてやる。だから...」

 

 

そう言って平塚先生は鼻をすんと鳴らした。

 

 

「今ぐらいはさ...泣けよ、比企谷。...ずっと抱え込んだままじゃ、辛くてやってけないだろ?」

 

「あっ...」

 

 

プツリと涙腺がこと切れ、とめどなく涙があふれる。

あとの事なんてどうでもよく、今はただ辛いという感情だけが表に出ていた。

...ずっと傷つくことだらけだった日々は、もう限界のようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う、うああああああああ!!!」

 




前書きしっくりきた!
とまあ、そんな感じでテスト週間の作者です。
このシーンは当初から予定済みでした。次回まで続きます。
感想ご指摘評価等、全力で返させて頂きます。
それでは。

ここまで読んでいただきありがとうございます


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第7話 幸福

傷つき疲れた道の果てに
優しい光を見つけた
触れることは簡単ではなさそうだが
温もりだけは確かにそこにあった


---比企谷side---

 

体をひたすら負の感情で支配する。

悲しかったのは、悔しかったのは、辛かったのは今回の事だけではなかった。

 

いつの間にか悪いのを全て自分と決め付けて、それで自分を傷つけることで周りとの距離を量っていたのに、いざ雪ノ下と付き合い初めて、自分を大切にしなくてはと思った瞬間に、裏切られた過去が祟った。

 

結局、俺は間違いだらけの道しか選んでいなかった。

せっかく正しいと思えた道を歩んでも、歩いてきた道はそれを許してくれなかった。

 

とっくのとうに消えていた心の声というのを、俺は久しぶりに聞いた。

 

 

けれど...それはもう遅すぎた。

 

 

「これから...どうしろって言うんですか...! また自分を傷つけてしか生きちゃいけないんですか...!? ...もう、もう嫌ですよ、こんなに辛いことなんて...!」

 

自分でも何を言ってるのかわからないくらい、思考回路がごちゃごちゃになっていた。喉の奥の方が熱い。

 

 

「...比企谷、君は優しい。優しすぎるくらいなんだよ。...だから、自分が損な役回りしかしなかった。...けど、もういいんじゃないか? 一方的に好意を押し付けるのはやめにして。...きっと今の君なら、見返りを求めたって誰も咎めやしないよ」

 

 

平塚先生は優しく俺を肯定する。それがただの気休めでないというのは平塚先生の目を見れば明らかだった。

 

 

「それに...、もう君はひとりじゃないだろう? ...君が今後雪ノ下とどうなるかは私にも分からない。けれど、それでも1人じゃないことぐらい分かるだろう?」

 

 

1人じゃないなんて軽い言葉だと思ってた。

ずっと一人で生きてきたから、実感がなかった。

 

 

「...俺、甘えていいんですかね?」

 

「ああ。...もちろん、私に頼ってくれてもいいんだぞ? ...その、こんな私でいいんなら、だけどな」

 

「...そうですね、お願いします」

 

 

平塚先生の言葉を聞いて、俺は少し気が楽になった。溢れていた涙を残った右腕でぐしぐしと拭いた。頼らさせてくれるのはありがたいけど、全部人に甘えれるほど、俺はまだ心に余裕が無いようだ。

 

 

「...それじゃ、あれだ。比企谷が退院したら、またなりたけでも行くか!

あれだ、ふーふーしてあげようか?」

 

「あ、それはいいです。...物置いたままになるんで行儀は悪いかもですが、箸は持てると思うんで」

 

「そ、そうか」

 

 

一瞬仮面ライダーみたいなの感じたぞ。なんだ、まだガラケー使ってんのかなこの人。因みに変身番号は913だ。

 

 

ああ、...ほんと、気が楽になった。この人がいなかったら、今までのこんな出会いはなかっただろう。

逆に言えば、事故に遭うこともなかったと言えるが、それでも俺はこの人に出会ったことを後悔しないだろう。

 

 

「...そうだ、先生。新しい学校はどうっすか?」

 

「なんだね、藪から棒に」

 

「いつまでもしんみりした話じゃつまらないでしょう。俺も先生が今どうしてるか結構気にしてたんすよ」

 

「比企谷...」

 

先生は瞳をうるっとさせた。

 

「ほら、先生職員室1の問題児だったじゃないですか。タバコは吸うし態度は悪いし。学校移って迷惑かけてないか心配なんスよ」

 

「比企谷ァ...」

 

先生は拳をぎゅっと握りしめた。

 

その、懐かしい反応が見れただけで十分な俺は軽く笑った。

 

 

「...なんて、半分冗談ですよ。ただ、退屈してなきゃいいなーって思ってたんですよ。ほら、俺だって先生がいない学校生活、意外と退屈なんですよ」

 

「はぁ...。全く君は可愛くないな。けど、君のそういうところがやっぱり私は好きだよ。...そうだな、向こうで君みたいな生徒に出会えたらな、なんて思って過ごしてるよ。あそこまで卑屈でひん曲がって、可愛げのなくて、だからこそ育ててやりたいと思う生徒はいなかったからな。そういう点では君は奉仕部一の生徒だよ」

 

「お褒めに預かり光栄です」

 

「褒めてないぞ」

 

 

そうして頭を小突かれる。でも、流石GTHと言ったところ。そこの力加減は理解しているようだった。

 

 

平塚先生はふっと息を吐くと、時計に目をやり、立ち上がった。

 

「おっと、そろそろ帰らなきゃいけない時間だな」

 

「あれ、帰宅途中じゃなかったんですか?」

 

「本当はそうありたかったんだが、あいにく仕事と用事が山積みでな。今回だって上層部を半脅しで抜けてきたんだ」

 

「先生らしいっすね」

 

「だろ?」

 

全く悪気がないのか親指を立ててにっと笑う。来てもらっている当の本人からすればありがたい限りだ。

 

 

 

 

 

 

平塚先生が、離任前にバッティングセンターで言っていたことを思い出す。

 

縁は続くものだと、今ならはっきりと声を大にして言える。あの日平塚先生が言った言葉は、間違いじゃなかった。

 

 

...できれば、これからもそうあり続けて欲しい。

 

 

 

 

「なんか言ったか?」

 

「いえ、別に。それじゃ、帰り気をつけて下さいね」

 

「おう。...あ、そうだ、最後にもう一つだけ」

 

「なんですか?」

 

 

俺が尋ねると、平塚先生は襟を正して、俺の傍に寄り、肩をぽんと叩いた。いくら歳を重ねようと、褪せることのない宝石のようなものに思えるほど、真っ直ぐな瞳で俺を見つめる。

 

 

 

 

 

「比企谷、今の君なら大丈夫だよ。どんなに辛くても、君は生きていける。だから、...前を向け」

 

 

 

 

 

 

そうして俺の返事を待たずに、平塚先生は去っていった。1人のはずの病室には、2人分の温もりが確かに残っている。

 

 

...いや、2人分じゃない。

 

 

由比ヶ浜に、小町、戸塚も来てくれたし材木座も一応来てくれた。

十分に幸福に満ちた空間なんだ。ここは。

 

 

...今なら、それは俺が歩んできた道の見返りと言ってもいいかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

...けれど、一つだけ足りない温もりを、俺は心のどこかで欲しがっていた。




前書きがだんだんサマポケ化してる...(?)
まあ、そんなこんなで7話。
作者がぶっ倒れたので昨日は休みましたすいません。
明日は雪ノ下編になるか、もしくは比企谷編病室シリーズになるか。
おいおい考えてきます。

ここまで読んでいただきありがとうございます


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第8話 現実

全て、変わってしまった。
未来も、理念も、現実も。
けれど、変わらないものがあるとすればそれは
彼自身の優しさだった。


---八幡side---

 

事故から2週間ほど過ぎた。

まだベッドの上にいることがほとんどだが、骨折でない打撲のあたりはだんだんと治ってきているらしい。

 

 

しかしまあ、やることがないのには困った。

面会に来る人もずっといるわけじゃないし、テレビだってずっとつけてていい訳でもない。そう考えると、やることがあるとすれば物思いに耽ることぐらいだ。

 

...いや、逆にずっとそれしかしてなかった。

 

 

先日平塚先生に前を向けとは言われたが、どうしても未来のことを考えると悲観してしまいそうになる。しかし、それは無理もない話じゃないだろうか。

 

現状、今の状態では退院まではあと1ヶ月は余裕でかかるそうだ。

 

その空いた数ヶ月分、学力は失われるわけだし、大学にはいることも難しくなる。仮に出たところで就職にありつけるかと言われればまた微妙だ。

 

...というか、まず出席日数も怪しくなるな。

 

 

 

それでも、人に恵まれてると思えばまだ気が楽で入れた。これがあの日、サブレを庇って怪我した時みたいに、自分一人で生きていた状態だったら、多分俺は首でも吊って死んでたかもしれないのだから。

 

 

 

 

しかしそれでも。

 

業務的なものを除いて『雪ノ下』と名前のつく人は、まだここにはやって来ていなかった。

 

---

 

 

 

午後4時頃。

ぼんやり眺めているテレビの番組がほぼニュース1色のこの時間帯は正直言って退屈だ。学校終わりの時間でもあるから、誰かが面会に来てくれる可能性もあるけど。

 

だが、毎日そういう訳では無いため、なんとなくウトウトして過ごしているのが現状だ。

 

 

 

(...今日は無さそうか)

 

 

なんとなく何もなさそうな気配を感じ、俺は目を軽く瞑る。...こういう時の勘は、当たるもんなのさ...。

 

 

 

と同時に、耳に病室のスライドドアが開く音がした。どうやら俺の勘は外れたみたいだ。

 

 

瞑目していた目を開けて、ドアの方を見る。

 

 

「どちら様で...、って、陽乃さんですか」

 

 

俺の病室のドアには、陽乃さんが少しだけ元気のなさそうにもたれかかっていた。

 

 

「ごめんね比企谷君、連絡無しで来ちゃった。寝てたのかな?」

 

「いえ、だいたい来る人連絡ないんで大丈夫ですよ。それより、今日はテンション高くないんですね」

 

「だってほら、ここ病院だし?」

 

「そりゃそうか」

 

「うん、そういうもの」

 

 

陽乃さんはそう言ってカラッと笑うが、いつものような覇気がどこか足りない気がした。この人がこうなっているのは、あまり見ない気がする。

 

 

「ね、座っていいかな?」

 

「いいですけど、時間はあるんですか?」

 

「んー? まあ、今から5時くらいまでは時間あるかな。どうしたの?」

 

「いえ、陽乃さん大3ですし、そろそろ忙しくなってくる時期かなと思って。この間平塚先生来たんですけど、時間なくて帰っちゃって」

 

「へー、静ちゃん来たんだ。そっか。そうだよね」

 

 

陽乃さんは色のない表情で窓の外を眺める。

そんな陽乃さんだからこそ、何を考えてるか、今日なら少し分かる気がした。

 

 

「陽乃さん、重く考えなくていいですよ?」

 

「...だといいんだけどね、そうもいかないでしょ」

 

 

少しだけ怒りの籠った鋭い目を俺に向ける。さっきの発言は少し軽率だったようだ。

 

 

「すんません。...でも、時間あるならその話は後にしましょう。俺も、笑えないことであるくらいは分かってるんで。ならせめて今だけは、そんな話から離れたいんですよ」

 

「...うん、分かった。じゃあ比企谷君に優しいお姉さんがなんでも教えてあげよう。何が聞きたいかな?」

 

「そうっすね...じゃあ」

 

 

 

 

 

 

 

そんな身のない話で時間を潰す。

 

こうして陽乃さんが来た、ということは、少なくとも向こうとしても何か動きがあったと考えていい。

そろそろ、雪ノ下との今後というのを考えなければいけない時だと思っていた。

 

 

別にあの手の話題を避けたかったんじゃない。けれど、そんなシリアスな話は、重たい雰囲気ではやりたくなかった。

 

 

 

しかし、ついにその時がきた。

 

 

 

 

「...比企谷君、そろそろいいかな?」

 

「流石に頃合ですかね。お互い、慣れない話は苦労しますからね」

 

「...私はああいうの、慣れてるけどね」

 

 

自分の生き方を遠回しに語る陽乃さんの目は笑っていない。この人の隠してきた本心が垣間見得るのは、正直あまりいいものでは無いように思える。

 

 

「...今回の雪乃ちゃんのこと、...本当にごめん」

 

 

例にもなくぺこりと陽乃さんが頭を下げる。

 

 

「謝らないでください。あいつに非があった訳じゃないんですから。...それに、結構困るんですよ、謝られたって」

 

「...じゃあ君はいつも通り、自分が悪いって片付けるの?」

 

「...それはもう、しませんよ。...少なくとも今回は、こっち側は誰も悪くないって、そう割り切るようにしてます。まあ、さすがに信号無視を悪くないとは言えないですけど」

 

 

しかし聞くところによると、俺を撥ねたトレーラーの運転手は、とてもブラックな環境で働いていたらしい。聞けば休憩をすることも許されないスケジュールで動かされており、事故当時は一瞬だけ居眠りしていたらしい。

 

それを聞いてしまった以上、心の底から1個人を憎むことが出来なくなってしまった。...例え自分の未来が奪われていようと、だ。

 

...それは、間違えた優しさなのかもしれない。

 

 

 

「そう。...本当は、雪乃ちゃん本人がちゃんと比企谷君と話すべきなんだけどね」

 

 

 

雪ノ下の名前が出て、俺の体はピクリと動いた。

事故以来、全く雪ノ下からのコンタクトはない。周りからの情報もほとんどなかったぶん、完全に分けられている状態になっていた。

 

 

「そうだ、雪ノ下って今どんな様子なんですか? 一応由比ヶ浜から、心を病んでるとは聞いてるんですけど、詳しくは知らなくて...。多分、気を使って何も言わないんだと思うんですけど、それでも俺は知りたいんです」

「...そうか。そろそろそれも言わなきゃだよね。一応、口止めしてたのは私なんだけど」

 

「陽乃さんがですか?」

 

「雪乃ちゃん、今スマホを触る余裕もないくらいだから」

 

「そんなになんですか...」

 

 

 

陽乃さんからの報告で、俺の気分はずーんと深く沈んだ。

 

「まあ、話すしかない状況だから言うけど、雪乃ちゃんは事故以来部屋からあまり出れない状態になってる。こないだ学校にも一旦休学届を出しに行ったしね。...何を考えてるかも話してくれないし、ただただ泣いているだけだと思う。私や母さんが中に入ろうとしても拒絶するくらいには、ひどい状態かな」

 

「そう...っすか」

 

「ねぇさ、比企谷君」

 

「なんですか?」

 

 

俺が頭を抱える前に、陽乃さんは口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんで雪乃ちゃんのこと、守ったの?」




前書きェ...。
しかしまあ、私も現実見なきゃいけませんね。
確実に文章力がなくなってます。
グダグダしてないで展開進めないと...。
感想評価等ビシバシお願いします。

ここまで読んでいただきありがとうございます。
遅くなりましたが、10000UA感謝です。m(_ _)m


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第9話 障害

本当の気持ちを分かっていながら
生半可に手を出した以上後には引けず
それが夢を妨げる障害になるというなら
愛なんてその次のものでしかないのだ


---八幡side---

 

 

雪ノ下を守った理由。

そんなもの、事故が起こってから、今日の今日まで考えたことはなかった。

 

 

「多分、君なら相手が雪乃ちゃんじゃなくても助けたのかもしれないけどね。...でも、君は雪ノ下雪乃という女性の彼氏にあたって、その上で雪乃ちゃんを守った。...これは、ただ目の前が危険だったから、咄嗟に、ってのは違うと思う」

 

「...少し考えさせてください」

 

 

車道に身を出したあの一瞬、俺は何を考えてたんだろうか。

見知らぬ他人でも助けたかもしれない。それは俺自身が思ってる。

 

...特別な理由?

 

全く分からないな。

多分、あいつのことが好きだったから、というのは念頭に置くべき事案だ。

じゃあ逆に、雪ノ下を好きだと思った理由を考えよう。

 

俺はあいつの何を好きだと感じたのか。

 

 

 

 

...色々ある。本当に色々ある。

 

でも姿形じゃなく、1番に俺は、雪ノ下雪乃という存在に憧れを抱いていた。

 

 

真っ直ぐで、凛々しくて、不器用で、でも正しい答えを導こうとして、本当はひとりじゃ何も考えれないほど弱くて、それを自分で知って夢を語って、それを描こうとする...、そんなあいつの背中が俺の憧れだった。隣にいたいと思った。共に歩いていけたらなって思った。

 

 

 

ああ、なるほど。

 

 

...俺は、怖かったんだ。

 

 

あいつが初めて自分の意思で叶えようと決めた夢、その夢が奪われることが俺はたまらなく怖かったんだ。

 

 

「陽乃さん」

 

「答えが出た?」

 

「はい。...俺は、ずっと雪ノ下雪乃という存在に憧れてたんですよ。...不器用で、ひとりじゃ決めることが出来なくて、でもなんとかしようと足掻く、そんなあいつに。いつしかそれが好きという感情に変わってたんですよ」

 

「...それで?」

 

「それで、あいつの夢はあいつの親父の仕事を継ぐことって、本人の口から初めて聞いて。それが誰の強制のものでもないと知って、俺は応援したくなったんです。その夢を。だってそれは、雪ノ下がおそらく初めて自分一人で決めたことだから」

 

 

次第に声が震える。俺はそれでもちゃんと最後まで紡げるようにと拳を強く握った。

 

 

「...」

 

「だから...俺があいつを守った理由は、そんなあいつの夢が、未来が奪われることが怖かったからなんですよ」

 

 

 

皮肉なことに、結果として俺は限りある未来しか描けなくなったが、雪ノ下に表向きの大きな障害は残っていない。つまり、俺の行為は自分の未来を犠牲にして、雪ノ下の未来を描くための力を守ったわけだ。

 

 

 

陽乃さんはため息を一つ吐いた。

 

 

「はぁ...。...比企谷君らしいや。けどいいの? それで、君の未来は狭まったわけだよ?」

 

「...好きな人を守れたってだけで、いいことになりませんかね。結局、俺自身は未来なんて考えてもなかったんですよ。特にやりたいことも無い。就きたい仕事もない。...なら、ちゃんと意志を持ってるあいつに全てを賭けたほうがいいって、そう思うんですよ」

 

俺は言葉を口にする度に、胸が違和感を覚えるのを感じた。おそらく、どこか矛盾点がある。

 

 

こう中途半端に手を出した以上、あいつには夢を叶えて欲しいと思う。まだ、チャンスは消えてないのだから。

だから、その夢の障害になるものは、なくならなければならない。

 

 

 

 

 

...あ、そういうことか。

 

 

俺は自分の抱えていた違和感をようやく見つけた。

 

 

 

 

俺はあいつに夢を叶えて欲しいと願っていながら、俺自身が、雪ノ下の夢の足でまとい、つまり、『障害』になっていたことに気がついていなかった。

 

 

...なら、仕方がないことだ。

心が一気に冷め、少し生気が抜ける。

 

 

 

「...陽乃さん」

 

「なあに?」

 

 

そして、俺が次の言葉を発した瞬間、陽乃さんの表情が凍りついた。

 

 

「...俺、雪ノ下と別れます」

 

「...!? ...とりあえず、理由は聞かせてくれるかな?」

 

「簡単ですよ。...俺は、あいつの未来を守るために、障害にならないように庇った。なら、自分がその障害になっているのなら、夢の完遂において、ただの邪魔者でしょう」

 

「そこに愛とかないの?」

 

「愛じゃ世界は救われませんよ」

 

 

ここで俺が雪ノ下が好きだという気持ちだけで雪ノ下を束縛してしまっては、あいつは先に進めなくなる。...雪ノ下の夢に希望を賭けたのは俺だ。なら、先に進んでもらうことでしか俺は報われない。

 

 

「...今の君は、やっぱり笑えないなぁ」

 

「こういうひねくれた考えの俺の方が陽乃さん好きでしょ?」

 

「...いや、君の言ってることはもうひねくれてないんだよ。...おそらく正しい。だから可愛くない」

 

 

そこに佇む陽乃さんには、完全に余裕がなかった。ここまでの動揺は正直見たことがない。

 

 

「...分かった。それを決めるのは私じゃない。...私がなんとかして雪乃ちゃんここに呼び寄せるから、後は自分たちで解決してね」

 

「そうしてくれるとありがたいです。...今日の陽乃さんは」

 

「そういうのはいいから。...私も、私なりに雪乃ちゃんのこと思ってるだけだから。その感情を君に押し付けてるだけ。だから...優しいなんて言わないで」

 

 

 

軽く睨みつけてくる陽乃さんの目が、生半可な覚悟じゃないことを証明している。俺は息を飲んで、優しいという言葉を撤回した。

 

 

 

「分かりました。...それじゃ、時間、そろそろでしょう」

 

「あ、うん。そうだね。それじゃ、今日は帰らせて頂こうかな。...もし、雪乃ちゃんが動く場合、私から連絡入れた方がいいかな?」

 

「いや、いいっす。いつも通りアポ無しの方が気が楽なんで」

 

「...そ。じゃあね」

 

 

それ以上は何も言わず、陽乃さんは帰っていった。

時刻は5時過ぎ。これから夏に差しかかるであろう空は未だ明るいままだ。

 

 

 

 

 

 

 

果たして、俺の未来はどちらへ向かっているのだろうか。検討なんてつくはずもなかった。




そろそろ折り返しか...?
しかしまあ、なかなか言葉が出てこないなと。
ま、ぼちぼち頑張りますので感想評価等ビシバシお願いします。
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第10話 覚悟

彼の覚悟を感じた
なら私も覚悟を持とう
いくら傷つけようと構わない
それで雪乃ちゃんが前に進めるなら



---陽乃side---

 

本当は、予定なんてなかった。

切り上げて5時くらいに出たものの、そのあとのことなんて私は考えてなかった。

時間があるならなんで比企谷君のところから離れたのと聞かれるかもしれないけど、私が彼の元にいるのは畏れ多かった。

 

けど、なんで畏れ多いと思ったのかは、私自身が理解できてなかった。

彼が五体満足な状態なら、いつものようにグイグイいったかもしれない。実際彼といる時間は割と楽しかったりする。

 

 

...でも今は、そんな状態じゃない。

私は彼の彼女の姉という立ち位置になってる。そうなってる以上、必要以上のコンタクトは両者にとって迷惑になる。

 

私は雪乃ちゃんが好きだ。

だから、雪乃ちゃんが彼を選ぶ、という選択を自分の意思でしてることについて、それは邪魔したくなかった。

 

 

 

「...おっと、雨だ」

 

 

家に歩いて帰る途中、残り数メートルといったあたりで雨が降り出した。もう少し遅かったら危なかったかもしれない。

 

 

私は急いで家の中に入ると身の回りの整理を終わらせ、雪乃ちゃんがいる部屋の前へと向かった。

 

 

しかし、1歩、1歩と進んでいく中で、次第にその足が重たくなった。代わりにだんだんと彼の言葉が形を持って現れてくる。

 

 

 

『...俺、雪ノ下と別れます』

 

 

 

『簡単ですよ。...俺は、あいつの未来を守るために、障害にならないように庇った。なら、自分がその障害になっているのなら、夢の完遂において、ただの邪魔者でしょう』

 

 

 

そう言った時の彼の目は、ちゃんとした覚悟を持っていた。

安易な言葉じゃ片付けることは出来ない。その場ではぐらかすこともできない。

 

 

彼は、おそらく雪乃ちゃんの前から身を引くつもりなんだろう。

 

 

 

 

私は、その事を雪乃ちゃんに告げるべきなんだろうか?

 

言った方がいいかもしれないというのはある。

...けど、今の状態で雪乃ちゃんにそれを告げたら、本当に雪乃ちゃんが狂ってしまう気がして仕方がない。

 

それほどなまでに、今の雪乃ちゃんにとって比企谷君は心の拠り所なわけだから。

 

 

...けれど、さすがに時間かな。

私は、ちょっと雪乃ちゃんを甘やかしすぎたみたい。

 

 

比企谷君がやった、雪乃ちゃんが好きだから、雪乃ちゃんの前から身を引くように、私も雪乃ちゃんが好きだから、性格悪い姉を演じて奮い立たせるようにしてみよう。結末はどうなろうと構わないから。

 

 

...だから、ごめん、雪乃ちゃん。

 

 

 

 

私はドアの前に立つと、強引にそのドアを開けた。

雪乃ちゃんは、ベッドの上でぼーっとどこかを見てるだけだったが、こちらに気づくや否や、力なく睨んできた。

 

 

「...なぜ勝手に入ってくるのかしら」

 

「ドアの前で話すのは飽きたからね。それに、雪乃ちゃんの様子も気になってたところだし」

 

 

私は怯むことなく、カラカラと笑い、つかつかと雪乃ちゃんの元へ近づく。

そのまま3歩ほどの距離で足を止め、得意のおしゃべりを始める。

 

 

 

「比企谷君に会ってきたよ、雪乃ちゃん」

 

「...そう。...それで、彼は私に何か言ってたかしら?」

 

「別に?」

 

「とぼけないで...!」

 

「だから、別にって言ってるでしょ?」

 

 

自分でも驚くほど冷めた声で雪乃ちゃんを窘める。その場の空気が凍りつき、お互い言葉を発さなくなった。

けれど、それと対照的に私自身の心がだんだんと熱くなってきていた。おそらくこの感情は怒りだ。

 

 

...ああ、めんどくさい。もう、いっそ感情に任せて行動してもいいかな。後で怒られてもいいから、せめて今だけは。

 

 

「雪乃ちゃんさぁ、いつまでそうしてるつもりなの?」

 

「...どういう意味?」

 

「分かるでしょ。多少のショックがあるとはいえ、雪乃ちゃんはまだその目で比企谷君を確かめてない。彼の言葉も聞いてない。...いつまで、彼から逃げてるの? 雪乃ちゃんは比企谷君の彼氏、なんでしょ?」

 

 

「...姉さんには、関係ない」

 

 

「関係あるからそう言ってるんでしょ!」

 

 

大声を上げ、一気に距離を詰めて雪乃ちゃんの胸ぐらを掴む。言葉を紡いでいく度、怒りがどんどん込み上げてきた。

 

 

「雪乃ちゃん、中途半端に比企谷君のことを思って、こんなふうに泣いてるなら、今すぐ彼から手を引いたら? ...比企谷君、ずっと雪乃ちゃんのこと待ってるんだよ? でも、雪乃ちゃんは向き合おうとすらしない。....なら、私が取っちゃうよ?」

 

 

「...」

 

 

「前も言ったけど、私はもうこれ以上何も言わないよ。けどね、雪乃ちゃんが変わらずずっと心を閉ざしたまま生き続けるなら、私は構わず手を出すよ」

 

 

そう言って雪乃ちゃんの胸ぐらから手を離すと、せかせかとドアの方へと歩いていった。

 

 

「まあ、まずは久しぶりに外に出ることからだね。...休学届取り消すから、そろそろ学校にでも行ったら? じゃあね」

 

 

 

そして返事を待つことなく、私はドアを勢いよく閉めた。

 

 

 

「...はぁ、甘いなぁほんと」

 

 

自分でああ言ってながら、全然嫌味ったらしくなかった気がする。演じるのも苦手になってきたようだ。

まあ、私にやれることはやった。あとは、雪乃ちゃん自身がどうするかだけだ。

 

ま、何度も言うけど私はどっちに傾こうとどうでもいい。

あー...ただ。

 

 

 

 

 

...せめて、比企谷君には報われて欲しいな。




うわー...10話にして1番駄文だ。
どうか最後までお付き合い下さい
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第11話 本音

心の声はどこにある。
いつの間にか忘れていた大切な人への愛
ちゃんとこの声で届かせたい。
たとえ今の私が背負ってる物が
許されない罪であっても


---雪ノ下side---

 

私は、もうなんで泣いているのかさえ忘れていた。

ただ、そうやって罪を悔やんでいる風でいたほうが楽だったから。

 

けど、結局それは私が苦しくないための逃げ道でしかなくて、好きだったはずの彼のことを、私は全く考えてなかった。

 

 

姉さんに胸ぐらを掴まれて、ようやく現実を理解した。

私は...彼に、ちゃんと会わなきゃいけない。...でも、なんて言えばいいのか分からない。

 

彼と別れるべき? それとも我を通すべき?

 

...私、何をしたかったんだっけ。

 

 

 

数週間外の世界を閉ざしてきた私は、もう何もかもが抜けきっていた。

 

 

---

 

 

月曜。

 

私は数週間ぶりに学校に登校した。

けれど、そもそもあまり居場所がなかった私に触れる物好きなんてやはりいなかった。

 

ただ、1部例外はある。

今の私は、その例外をとても恐れていた。

由比ヶ浜さんにしても、小町さんにしても。

彼の今を知っている2人に会うのが、今はとても怖かった。

 

会って、何を言われるかわからない。

ここに来てさえ私は、自分自身の保身しか考えれてないみたいだ。

 

 

 

人目を避けるように、私は学校で時間を過ごす。空いてしまった時間分の授業はなんとか取り戻せたが、心に空いてしまった穴がどうしても埋まらない。

 

 

 

そんなある日、私はふと部室に寄ってみることにした。

 

別に中に入ってどうにかしようというつもりはなく、そっと外から眺めるだけ眺めようと、リノリウムの床を鳴らして懐かしの部屋へ。

 

 

ドアの前に立つ。中には誰もいないようだ。

 

...あれ以来、今まで同じように3人ですごしていた部屋。けれど、最近は誰が鍵を借りてるのか分からない。

 

 

「...ここに、私の居場所はもうないのかしら」

 

 

 

ドアに手をふれ、そっともたれかかる。

涙は出ないが、心は抑えきれないほど悲しさを覚えていた。

 

 

...あの時、私が彼の手を取ることを躊躇ってさえしなければ、きっとこんなことにはならなかった。...そう考えれば、私のせいだ。

 

けど、彼はきっと自分のせいにする。自業自得だって言うだろう。...それじゃ、今までと何も変わってない。彼も、...私も。

 

 

「なら...なんて言えばいいの? ...どうやったら前に進めるの?」

 

 

独り言を呟く声は増してく。誰かに届けるつもりもないのに、誰かに聞いて欲しいと言わんばかりの声が耳を鳴らす。

次第にそれは苛立ちに変わる。宛の無い苛立ち。

 

 

「...分からない。...何も、分からない...!」

 

 

 

 

 

 

「だから、そうやって逃げるの? ゆきのんは」

 

 

 

その時、私が恐れ、遠ざけていた声が耳に伝わった。

 

 

 

「...由比ヶ浜、さん」

 

「学校、来れるようになったんだね、心配してたんだよ?」

 

「...その、私は」

 

「立ち話はいいから、入ろ? 鍵、持ってきたから」

 

 

由比ヶ浜さんは笑うことなく、怒ることなく、ドアの鍵を開けて3つならんだ椅子の1つに座った。それに合わせて私も座る。...ひとつだけ、席が空いてるのが気がかりだ。

 

 

「...」

 

由比ヶ浜さんがどう切り出すのか分からない、臆病な私はただ次の言葉を待った。

 

「...ゆきのん、まだヒッキーの所に行ってないんだよね?」

 

「......ええ」

 

「仕方がないよね、少なくとも、ゆきのんだって被害者なんだから。無理強いして行くのもしんどいよ。...私だって、自分のせいでって塞ぎ込んでる中で会いに行けるかって言われたら、ちょっと怖いもん」

 

 

 

由比ヶ浜さんは私を頭ごなしに否定してこない。...いっそ否定してくれた方が今はありがたいと思ってしまうほどに。

 

そんな中、由比ヶ浜さんは口元をきゅっと結んで、こちらを見つめてきた。

 

 

 

「...でも、私なら絶対に行くよ。だって、ヒッキーのこと、好きだもん。大好きだもん。...ゆきのんは、どうなの?」

 

「どうって...?」

 

「ヒッキーのこと、好きなんだよね? ...怪我したから、させたから、嫌いになったなんて言わないよね...?」

 

「それは...」

 

 

嫌い、だなんていうはずもない。

けれど、好きと言うことが、とてもおこがましいことに感じて、すぐに口にはできなかった。

 

 

彼を愛する資格が、今の私にあるの...?

 

 

しかし、その一瞬で口にできなかったことが、由比ヶ浜の激昴に繋がったようだ。拳を握り、わなわなと震えて、瞳で私に怒りを訴える。

 

それは言葉となって、私の胸を突き刺した。

 

 

 

「ゆきのん!」

 

「!?」

 

「どうせゆきのんの事だから、資格がとか、そんな固いこと考えてるかもしれないけど...けどさ、好きって、そんな感情じゃないんだよ。...ヒッキーに、自分の一生捧げるって言ったんでしょ? だったらさ...」

 

 

由比ヶ浜さんは声を止めることなく、私にトドメを刺す。

 

 

 

 

「ヒッキーのこと好きって言えないなら、会いに行けないなら...私に譲ってよ...!」

 

 

 

私は尚も黙り込む。当然何も言うことが出来ない。

 

 

「ゆきのんはさ、ヒッキーの彼女なんだよ。...でも、2人なら、そんな甘い関係にはなんないって私は信じてた。...でもさ、そうじゃないならさ、私に譲ってよ。...私、今だって、ヒッキーのそばに居たいって、思うもん...。ゆきのんは、どうなの?」

 

「私は...彼のことが...」

 

 

そう言いかけて、言葉を止める。

すーっと脳内が冷めていき、久しぶりに冷静にものを考えることが出来た。

 

 

くだらない概念、固い思考、そんなものをとり払えるなら、心の底から叫んでやりたいくらいに、1つの気持ちが湧き上がる。

 

 

なら、叫んでしまえばいい。どうなってもいい。私は...私は...!

 

 

 

 

 

 

「好きに決まってるじゃない! 比企谷君のこと! 一生かけて愛したいに決まってるじゃない!」

 

私は久しぶりに、本心を取り戻した。

けれど、...この気持ちを彼にちゃんと伝えるには、まだ早かった。

 

「...だから、由比ヶ浜さん。もう少しだけ、時間をくれるかしら。...ちゃんと彼と向き合うために、私は自分の気持ち、確認したいから」

 

 

 

由比ヶ浜さんは表情を崩して、ようやく笑った。

 

「...やっぱりゆきのんだなぁ...。そういうとこ、本当に不器用だと思う。けど、待つよ。ゆきのんが自分で決めた選択、この目でちゃんと見たいから」

 

「ありがとう...。本当に」

 

「その代わり、もう逃げれないよ?」

 

「ええ、分かってるわ」

 

 

自分の好きな人が手に入るチャンスかもしれないのに、由比ヶ浜さんは私に時間をくれると言った。

 

なら、もう後戻りは出来ない。

 

彼とこのままいるにしろ、...別れるにしろ、自分自身のためだけじゃない選択、でも、自分の満足のいく選択をしたいから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だから、あとほんの少しだけ、私に勇気と時間をください。




あ、投稿忘れてました...。
うーん、展開が難しいですね。
どうも陳腐になっちゃう。
ここまで読んでいただきありがとうございます


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第12話 純心

前に進んだように見えて
振り返ればスタートラインはそこにある
まだ進んじゃない
なら、間違えそうになったこれからだって
きっと変えられる


---八幡side---

 

由比ヶ浜から、雪ノ下が学校に来るようになったとLINEを貰ったその日、小町から見舞いに来るとの連絡が入った。

 

 

「んな律儀なことしなくてもいいんだけどなぁ...」

 

 

1人呟いて返信を返す。打ち終わったところで体をベッドの方へ預けた。

...片腕で生活するのも少しは慣れてきたと感じる。とはいえ、退院は当分先だが。

 

ただ、やはり身の回りのことがかろうじてできるようになったとしても、家のことはほとんどできることが狭まる。そうなると、これからも小町に頼りっきりになるかもしれない。

 

ただでさえ、これまでさんざん尽くしてもらったのに、これ以上負荷をかけることを考えると、地面に頭をついて謝りたくなる。

 

...もし雪ノ下と別れる道を選ぶなら、そうなることは間違いないだろう。

 

 

 

 

数十分後、病室のスライドドアが開く。どうやら来たみたいだ。

 

 

「調子はどう? お兄ちゃん」

 

「日に日に良くはなってるわな。そりゃ治らない方がおかしい」

 

「...日に日に悪くなっていった、お兄ちゃんの死んだような目についてはどう言及します?」

 

「...あれ? ひょっとして戻ってる?」

 

「......はぁ。座るね」

 

 

小町は大きな溜息をついて、近くの椅子に腰かけた。

 

 

「...お兄ちゃん、ゆきのんさんと別れようとしてる?」

 

「あ? なんだ急に」

 

「そりゃ目が昔のようになってきてたら、誰だって勘づくでしょ。お兄ちゃん不器用だし。どうせまたくだらないこと考えてるんだろうけど?」

 

「えらい言い様だな」

 

 

 

だが実際間違いではない。

 

今俺が考えてることは、俺にとっては大切なことかもしれないが、傍から見ればくだらない意地の張り合いなんだろう。

 

でも、少なくとも俺自身はそんな無下にできるものではないと認識していた。

 

 

「...はぁ。あのね、お兄ちゃん。この際だから言っておくけど、私はお兄ちゃんのこと、尊敬してるんだよ? ...そりゃ確かにさ、勝手に事故されて、片腕失って、私の負担が大きくなること考えるとちょっとは怒りたくなるけど...、それでも、お兄ちゃんは身体はって1人の人を助けたんだよ? それも、お兄ちゃんが人生かけて愛そうとしてる人を。...ずっと死んだように生きていた頃を考えると、こんな私への負担がどうでも良くなるほどに、尊敬してるんだよ?」

 

「小町...」

 

 

 

強く、はっきりと意志を持った小町の声が俺の胸を打つ。

 

本当に、こうやって唐突に我に返るから小町が好きに思える。

こんな大きな態度をとっていいのかわからないが、本当に誇らしい妹だ。

 

 

「...なぁその、小町。...俺って、もっと迷惑かけていいのか?」

 

「迷惑、ねぇ...。お兄ちゃん、国語得意なのにそういう言葉しか出てこないんだ」

 

 

小町は呆れていた。ため息もつけないほどに。

 

 

「じゃあ他に、どう言えばいいんだよ」

 

 

頭が良くても、その知能が使えない時があるように、ふだん国語が得意でも、心が曲がっててしまえば正しい言葉が出ない時がある。

少なくとも、間違いだらけだった俺の人生は、正しい答えを知らない。

 

 

「頼る、とかさ、一緒に生きる、とかさ、そういう言い方だってあるじゃん。なんでそうやって、自分が生きてる事が迷惑みたいに言うの? 私とかさ、結衣さんとかさ、ゆきのんさんとかさ、お兄ちゃんが生きてる事、迷惑に思うと思う?」

 

「それは...」

 

「自信が無いんだったら小町が断言してあげる。私たちは、お兄ちゃんに生きてて欲しいと思ってるよ。...そのうえで、まだゆきのんさんはお兄ちゃんと一緒にいたいって、お兄ちゃんのことが好きだって思ってる。じゃなきゃ、ここまで苦しんで会いに来ないなんてことないでしょ?」

 

 

 

...確かにそれはそうだ。

自分の彼女のことを信じなくてどうするんだ、と言いたいんだろう。

実際、俺は雪ノ下を信じてないわけじゃない。

 

 

でも、違うんだ小町。そうじゃない。

 

 

俺が守ったのは、好きの気持ちなんかじゃなく...

 

 

 

「...ああもう! お兄ちゃん! 顔上げて!」

 

 

 

小町が大声で怒鳴る。顔を上げると、俺の目を涙目の鋭い目付きで睨んでいる小町がいた。

 

「好きなんでしょ!? ゆきのんさんのこと、今でも! ならさ、いらないじゃん! くだらない意地とかさ、遠慮とかさ! 一生を歪める権利をくれって、お兄ちゃんそう言ったんでしょ!? だったらさ、だったらさ!? 最後まで責任取りなよ! 迷惑だなんて、絶対に思わないから!」

 

 

俺の心の奥底で燻っていた本心を、小町が代弁するかのように怒鳴りつけた。

怒鳴られて、少しだけ気が楽になる。

 

 

 

...ああそうか。俺は、心の底から無心で誰かを愛することを、誰かに承認して欲しかったんだ。

マイナス思考だらけで気づくことのなかった声だ。

 

 

その声に体を支配させる勇気はまだないが、今ならそれもいいんじゃないかと思える。

 

 

「...ありがとな。俺、少しわかった気がする。...だから、あとはちゃんと雪ノ下と話して、それで考える。..,ありがとな、お兄ちゃんのこと、尊敬してるって言ってくれて」

 

「今更どうってことないよ」

 

 

 

口を開けばありがとうしか出てこない。

 

怒涛の感謝に俺も小町も呆れ笑いをうかべる他なかった。

 

 

ただ、今はそれでいい。

プラスの事象は全て甘い罠だと思っていたが、今なら違うと胸を張って言える。

 

 

なら...逃げるのは、もうやめだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう思った瞬間、雪ノ下に一刻も早く会いたい気持ちになったのは、きっと偶然ではないだろう。

 




うへぇ...。
言うことは無いです。グダリそうですが最後まで頑張ります。
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第13話 責任

罪の代償を背負う事だけが
私に出来る責任の取り方だと思ってた
けれど、誰かが許してくれるのなら私は
あなたを好きなままでいさせてほしい。


---雪ノ下side---

 

あの後、誰もいなくなった部室で、私は1人考えていた。

彼になんて言うか、そんな単純なこと。

 

 

言うまでもなく、比企谷君は優しい。優しいから、誰を悲しませたくないと思っている。

けど、それで自分が傷つくことが、周りを1番悲しませていることに彼は気づいていない。

 

...私が言っていいのか分からないけど、彼はきっと今回も自分のせいにする。それでは、これまでと何も変わってない。

 

 

こんなままだと、私は彼に頼りっぱなしで、彼は自己犠牲に走って...、彼がこれまで散々毛嫌いしていた馴れ合いの関係に戻ってしまう。

 

 

 

私が欲しいのは、そんな彼じゃない。

 

 

 

 

だから、私は謝らないことにする。そして、私も彼に謝らせない。

 

けれど、それは無責任でこれまでと同じ顔をするという訳では無い。

 

 

こうなってしまった以上、私にも責任はある。そんなこと考えなくても...と由比ヶ浜さんに言われそうだけれど、最低限譲れないものが私にもある。

 

 

とはいえ、心から彼に愛がある以上、別れるなんて選択肢は私に用意されてなかった。由比ヶ浜さんには悪いけれど、譲る気はさらさら湧き出てこなかった。

 

 

なら、どうやって責任を取るか。

 

 

ここまで思考が来て、止まってしまう。

不器用だから、と言い訳するつもりではないが、本当にこういうのはダメみたいだ。全く何も浮かんでこない。

 

 

「...はぁ」

 

完全に意気消沈し長机に力なく伏せる。傍から見ればだらしないと言われる姿勢だけれど、やってみるとこれはこれで気分がいい。

 

 

そのまま、顔を空いている比企谷君が座るはずの席の方へ向ける。そうすると、私の目に切れたストラップのリングの接続部分が見えた。

 

 

(...ストラップ? 由比ヶ浜さんのが切れたのかしら)

 

 

少し気になって足元辺りを見てみる。しかし切れた端の方は落ちてないみたいだ。

 

 

(...まあ、別にどうでもいいわ)

 

 

そう思ってまた先程の体勢に戻ろうとする。けれど、脳が何か閃いたのか、そういった姿勢をとることを許さなかった。

 

 

(...そう、言葉なんかじゃなく、形で意志を示せばいいの。私は彼と一緒にいたい。彼のそばで一生を生きる覚悟だって今はある。...だから、それを彼に伝えればいい)

 

 

姉さんに胸ぐらを掴まれ、由比ヶ浜さんに説教されて、そうしてやっと自分自身の気持ちが分かった。

 

 

やっぱり、彼のことが好きだ。好きで、好きで、仕方がない。

彼を傷つけてしまったのは私の罪だ。かと言って、彼の面倒を見るために彼との将来を考えるのではない。

 

私は、彼のことが心から好きだという私の意思で、彼を選ぶ。

 

 

今度こそ、もう迷わないように。

 

 

 

 

 

気がつけば、体が勝手に動き出し、私は見慣れたアドレスに電話をかけていた。

 

 

prrrr

 

2、3回コールがなり、相手が電話をとる。

 

 

『どしたの、ゆきのん?』

 

「もしもし由比ヶ浜さん。...唐突なのだけれどとりあえず、明日の放課後、時間空いてるかしら?」

 

『なるほどね。...聞かせて? ゆきのんの答え』

 

 

 

「...うん。私は━━━━━━━━━━━」

 

 

 

胸の奥から湧き出てくる声で、一言一言はっきりと私の意思を、私がやりたいことを紡ぐ。

 

 

 

 

 

私の言葉を聞き終えた由比ヶ浜さんが苦笑いを浮かべているのは、電話越しでもはっきり分かった。

 

『...あはは、やっぱりゆきのんだな...。でも、そういうの、いいと思うよ、ゆきのんらしくて』

 

「...ごめんなさい。その...由比ヶ浜さんだって、彼のこと大切に思ってるはずなのに」

 

『ううん。いいのいいの。...これで、やっと諦めが着いたから。だから...ゆきのん! そう決めたんだったら、もうヒッキーのこと手放しちゃダメだよ! ああ見えてヒッキー、色んなところから狙われてるんだから!』

 

「ええ。...分かってるわ」

 

 

直接由比ヶ浜さんが目の前で言った訳では無いのに、私は力強く頷いた。おそらくこれは自分自身の覚悟を確かめるためだ。

 

けれど、きっと大丈夫だ。

 

 

『それじゃ、明日放課後すぐ行くんだね?』

 

「ええ。...もうあまり時間をかけたくないから」

 

『分かった。じゃあ、また何かあったらかけるね、ゆきのん!』

 

 

そう言って向こうが電話を切る。切れたのを確認して私も電話をしまった。そのまま白い天井を見上げる。

 

 

教室の天井と、病院の天井は似ていることがよくある。もし彼が同じように天井を見上げてるのなら、見えてる世界は一緒なのかもしれない。

 

 

 

...けれど、私は、そんな似通った世界を見たいのではなく、彼と一緒に同じ明日が見たい。だから、想いを伝えに行くんだ。

 

 

先程しまった携帯をもう一度取り出す。

 

今度は彼にLINEを送信するために。

キーボードを打つ指が震える。けれど、最後まで打ち切り、彼にメッセージを送信する。

 

 

 

 

「明日、そっちへ行きます」

 

 

 

 

 

私が彼にとってきた態度からすればありえないほどかしこまった文章に少し吹き出しそうになる。

 

すぐに既読は返ってきた。が、返信はない。

 

 

 

「...それでいいわ」

 

 

変に返信が返ってきた方が、私も焦っていただろうから。

 

かえってこない返信に気を害することなく私は再び携帯をカバンの中にしまい込んだ。

そのまま立ち上がると、私はまっすぐ家に帰り始める。

 

 

 

その足取りは、今まで生きてきた中で1番軽いものに感じた。

 

 

 

 

 

 

---

 

 

 

 

「...じゃあ、ゆきのん、これでいいんだね?」

 

「ええ。...ここまで付き添ってくれてありがとう、由比ヶ浜さん」

 

 

 

翌日の放課後。電話の内容通り、私はあるものを買うために由比ヶ浜さんに買い物に付き添ってもらっていた。

 

とはいえ、買おうとしてるものの値段が高い分、高校生の財力で買えるものは限られてる。都合よく私が気に入ったものがあったので買い終わるまでは早かった。

 

そのまま彼のいる病院へ向かう。けれど、由比ヶ浜さんは建物の中にすら入るのを拒んだ。

 

私はその意志を否定しないでおいた。

代わりに彼女に心の底からの感謝を伝える。

 

 

「...今改まって言うのも何だけれど、あなたという人がいなかったら私の部屋はきっと暗いままだった。...だから、その扉を開けてくれて...光をくれて、本当にありがとう」

 

「そりゃ私はゆきのんの友達、だからね! ...ううん、それ以上の関係だから。だから、ゆきのんの力になりたいなんて、当たり前だから。...はい、行った行った! ヒッキー待たしちゃダメだよ!」

 

「...ええ。それじゃあ、行ってくるわ」

 

 

 

最後の彼女の声は上ずっていた。恐らく私がいなくなった後で泣いてしまうのだろうと思う。

...けれど、ここで立ち止まってしまうことが1番失礼だから。由比ヶ浜さんにとっても、彼にとっても。

 

 

だから...私は歩く。

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして私は、彼の部屋の扉を開いた。




次回最終回ですかね。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
最終回、アフターまでお楽しみください


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第14話 誓愛

一瞬のすれ違いが生んだ大きな歪み
それは各々を確実に狂わせた
でも変わらないものがあるとすれば
そこに眠る愛だった


---八幡side---

 

 

満を持して、病室のドアが開けられる。

訪問客の名前は知っていた。

 

ずっと心配で、ずっと会いたくて、それでもってずっと遠ざけていた。

だから今こうやって面と向かっても言葉が出てこないまま、手が止まる。

 

俺はやるせなく、1度名前を呼んだ。

 

 

 

「雪ノ下...」

 

「ごめん、待たせたかしら」

 

 

 

特に動揺もせず、雪ノ下は少し垂れ下がった前髪をかき分ける。改めてその表情を拝むが、その表情は事故を起こす前の日のものに相違なかった。

 

「...いや、別に。まああれだ。とりあえず座れよ」

 

「じゃ、遠慮なくそうさせて貰うわ」

 

 

俺は雪ノ下が座るまでどうにか次の言葉を考えていた。けれど、そんなものはすぐに浮かんでくるはずもなく、雪ノ下は椅子に座った。

 

しかし、ものの流れは止めてはいけない。俺はどうにか次の言葉をと口を開く。

 

 

「あー...そのだな」

 

 

 

 

「謝らないでちょうだい、比企谷君」

 

 

雪ノ下は鋭い目で俺を諌める。

 

 

「...分かっちゃう?」

 

「あなたがそうやって気まずそうに声を上げる時は、絶対に謝るって相場が決まってるわ。一年以上見ていて分からないはずがないわ」

 

「そりゃそうだ。...てかもうそんな経つんだな」

 

 

雪ノ下にあったのが去年の春か。...毎日が忙しく感じたぶん、そんなに月日が経ってると思ってすらなかった。

 

 

,,.そうか、それだけ時間があったら好きになるよな。

 

 

「...比企谷君。お願いだから、全部自分が悪いだなんて謝らないで。あなたは自分が悪くないことでさえ自分を悪者にする。...それじゃ、誰も救われないわ。...間違えたのなら私達が言う。だから、自分が言ってる事が全て間違えだなんて言わないで。自分の存在を否定しないで...」

 

 

積年の想いを雪ノ下が口にする。

 

そういえば、同じようなことを小町に言われたな。なら、そろそろ気づかなきゃダメだ。

 

 

「...分かった。...ただ、すぐにできるなんて思っちゃない。だから、その時はお前が俺を叱ってくれ」

 

「ええ。分かってるわ。あなたを叱るのは、私の役目だもの」

 

「えらい言い草だこと。...」

 

 

そう言ったところで、俺は口ごもった。

 

 

 

いつから、雪ノ下がこれからもいてくれるとちゃんと口にした?

俺は、これから雪ノ下とどうしたらいい?

 

 

 

これまでのようにいることはもう不可能だ。修復不可能な傷が俺の人生と身体に刻まれている。

だからといって、安易に将来を口にできない。その選択権が俺にあるのだろうか。

 

 

雪ノ下のことは好きだ。一緒にいて欲しい。心からそう願っていても、ごく1部がそれを許しても、世間が許してくれるとは限らない。

 

 

雪ノ下が高みを目指すなら、当然その中で出会いがあるわけで。俺なんかより優れたやつになんていくらでも会うだろう。

なら、その中で俺なりの責任のとり方といえばどうなんだろうか。

 

 

悪い癖だと分かっていても、そこだけはいつまでも霞みがかっている。

先の見えないことへの苛立ちが増していくのを感じた。

 

気づけば腕が震えている。

 

 

 

 

 

けれど、その腕を握る優しい手がそこにはあった。

顔を上げると、ベッドの右側に移動していた雪ノ下が俺の右手を握っていた。

 

 

「比企谷君。今から私が言うことをちゃんと聞いてください」

 

「お、おう...?」

 

 

曖昧に返事を返すと、雪ノ下がポケットから何やら小さい小箱を取り出した。そして中身が現れる。

 

 

 

 

 

中には、綺麗な銀色をした指輪が入っていた。

 

 

 

「私と結婚してください。比企谷八幡さん」

 

 

 

その一言で、霞みがかった視界が一気に晴れ渡った。

理由は簡単だ。俺は、他の誰でもない雪ノ下からの承認が欲しかったからだ。

 

 

雪ノ下との将来を考えても、結局は雪ノ下がどう言うか知るまで分からなかった訳だ。

だから今、こうしてその答えを聞いて、視界が晴れ渡った。

 

 

 

 

 

しかし、右腕はさらに震えを増す。

 

本当にその告白を受けていいのかが恐ろしく怖かった。

 

 

 

「...まだ俺、法律の定める年齢になってないんだけど?」

 

「1つ夏を超えればそんなもの解決するわ」

 

「お前のところの親がなんて言うか分からないぞ」

 

「反対されるのなら、絶縁してでも結婚するわ」

 

「...俺、片腕がないんだぞ? 恐らく大学も行けないし、仕事もろくにできない」

 

「だったら、私がそのぶん動くわ。私があなたの腕になればいい」

 

「...お前の将来には、もっと沢山の出会いがあるんだぞ? お前はきっと成功する。なら、俺なんかといない方がいい」

 

 

 

「自分の好きな人が隣にいない人生で成功しても、何も嬉しくなんかない!!」

 

 

 

雪ノ下が心の底から怒鳴る。そこで俺の言葉は完全に尽きた。

 

 

「...幸せというのは、成功し続けることじゃないわ。...自分の望んだ未来になること、それが幸せなのだと思う。...私はあなたがいて欲しい。それだけで、私は幸せになれる。だから...お願い、比企谷君。どうかこの指輪を受け取って欲しいの」

 

 

 

つーっと涙が俺の頬を伝う。

 

 

雪ノ下にここまで言わせておいて、拒否することなんて俺にはできなかった。

これだけ俺を思ってくれる人を、俺は好きになったんだ。...もう、離れたくない。ずっとそばにいて欲しい。

 

 

そして、雪ノ下、お前がそれを望むのなら...俺はもう否定しない。

迷わず、お前と共に生きる未来を選ぶ。

 

 

だから...

 

 

「...雪ノ下、俺の右手の薬指に、その指輪をはめてくれ」

 

「!! ...分かったわ」

 

 

急いで雪ノ下が指輪を俺の薬指にはめる。途中骨でつっかえたのを無理やり通したあたり、どうやら簡単には取れなさそうだ。

 

 

「...なあ、雪ノ下」

 

「何かしら」

 

「...俺からも言わせてくれ。...俺と結婚してください」

 

 

それを聞いて、雪ノ下は嬉しそうに微笑む。

 

「...はい」

 

 

 

そのまま、お互いに目をつぶる。気がつけば唇と唇が重なっていた。

その柔らかい唇から優しさが伝わる。これから訪れるであろう困難も、この優しさがあればきっと生きていける。

 

 

気がつけば、再び2人手を繋いでいた。繋がれた手と手の間に温もりを確かに感じる。

 

 

 

あの日、ちゃんと手が繋がれていれば、こんな未来にはならなかった。

けれど...過ぎた過去は戻らない。ならばせめて、この繋がれた手の温もりをこれからの希望に変える生き方をしてみせよう。

 

 

...大丈夫だ。2人なら、やっていける。

 

 

唇が離れ、お互い澄んだ目で見つめ合う。

 

お互い吹き出して、そしてようやく口を開く。あの日と同じセリフの雪ノ下と、俺はその続きを口にする。

 

 

 

 

「あなたが好きよ、比企谷君」

 

「...俺の方が好きに決まってんだろ」

 

 

 

 

 

 

 

この先どんな困難だろうと、きっとやって行ける。

雪ノ下雪乃が比企谷八幡を選んだ、その事実があるだけで。

 

-fin-




とりあえずfin、ですね。
アフターなんかは後日出しましょうか(アフター好き人間)
ここまで読んでいただきありがとうございます


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後日談#1 愛娘

彼と彼女の物語は
右往左往しながら続いていく
そこに訪れる新しい出会いも
きっと彼らが幸せになるためのものだ



---八幡side---

 

 

某日。4時頃。

俺は相も変わらず椅子に座り、パソコンに映し出される画面とにらめっこしていた。

そう、比企谷八幡、社会人である。

 

 

...もっとも、ここ、家なんだけどね。...つまり

 

 

「ただいまー、お父さんー」

 

「おう、おかえり」

 

 

玄関から娘の、比企谷希乃(のの)の元気な声が聞こえる。どうやら学校から帰ってきたみたいだ。

 

 

そのまま希乃は俺のいる机の元まで駆け寄ってくる。

追い返すわけにもいかず(元からそんな気ないけど)、側に寄ってきた希乃を1度ぽんと撫で、隣の椅子に座らせる。

 

娘が帰ってきたので、少し仕事に集中出来なくなる未来が見えたので、俺はそっとパソコンの画面を閉じた。一応ノルマは達成してるので問題は無いだろう。

 

 

「お父さん、お仕事終わりー?」

 

「んー? そうだな。ちょうど終わった」

 

「じゃあさじゃあさ、お父さんにちょっと聞きたいんだけどさ」

 

「ん?」

 

 

希乃は目を輝かせて何かを聞きたそうにこちらを見ていた。一体なんだろうか....俺のスリーサイズ?

 

「今日学校でね、お父さんとお母さんがどうやってけっこんしたのかって話になってね。それで、お父さんのを聞きたくなったの」

 

「え、そういうの普通お母さんに聞くもんだろ...?」

 

「だってお父さん、ずっと家にいるし、左腕ないし。絶対に何かあったじゃん」

 

 

痛いところをズバッという娘だった。こういうところ、本当雪乃に似た子になりそうで怖い。

 

いやでも、学校で上手くやってるようだし、遺伝子に逆らってくれるだろう。...俺らがそういう教育しなきゃダメか。

 

 

 

「ははっ...。まあいいや。代わりに長い話になるぞ?」

 

「うん、聞かせて」

 

「そうだな...まずは部活の話からか」

 

 

 

---

 

 

 

俺はひょんなことから、奉仕部という部活動に参加させられた。

雪乃とは、そこで知り合った。

 

もちろん、最初から仲がいいわけでもなく...むしろ最悪だったかもしれない。

お互い我は強いし、負けず嫌いだし、意見は衝突するしで、時には最悪な雰囲気をかもし出していた。

 

 

だが、そんな事をするうちに、次第に相手を理解するようになっていった。きっとそれは向こうも同じだった。

それは次第に、愛情という得体の知れない感情に変わっていった。

 

不器用ながら俺は、その愛情に支配されつつ、雪乃に愛を叫んだ。雪乃も、同じく不器用ながら俺を好きと言ってくれた。

 

 

 

「2人」の関係は、ここから始まった。

 

 

---

 

 

 

「ってのが付き合い始めた経緯だな」

 

「...ん? あっ。ごめん、ぼーっとしてた」

 

「おいおい...」

 

 

希乃は目を擦って1度つぶり直してから目を開いた。ちょっと眠たいのかもしれない。

 

 

「大丈夫、話は聞いてたから。だからお父さんとお母さんは奉仕部って部活にいて、そこでお父さんから告白したってことでしょ?」

 

「大体はあってるな...。よく覚えていらっしゃる」

 

「あれ? お父さんの腕がなくなったのはいつだっけ?」

 

「これから話す。良くして聞け」

 

「ういっす」

 

 

 

 

---

 

 

 

それから2、3ヶ月後。なんの変哲もない土曜日だった。

2人して行っていた買い物の帰り、俺は雪乃を庇って事故にあった。

 

今でこそ後遺症は左腕欠損のみだが、当時は本当に酷い症状だったのは今でも覚えている。そりゃそうだ。身体中の骨がバラバラになったんだから。

 

 

それでも生きていただけまし、と思えないのが俺の悪いところで、またその責任の重さから、俺は気付かぬうちに、雪乃は自然に心を壊してしまっていた。

 

 

雪乃には大きな目標があった。それを叶える実力もあった。俺は、そんな意志を守りたくて庇った。だから、雪乃が夢を叶えるために俺は別れて、雪乃から身を引くことも考えていた。

 

 

でも、そんな中で、1つの言葉が俺の胸を刺した。

 

「自分の好きな人が隣にいない人生で成功しても、何も嬉しくなんかない!!」

 

 

 

そうして差し出された指輪を俺は受け取った。ここにプロポーズが成立したわけだ。

 

そのまま高校を卒業してすぐに結婚した。

結婚に際しても色々あった。

 

まず、親の承諾について。

 

うちの場合、相手が相手なだけにどうぞどうぞな状態だったが、向こう方はそうもいかない。なんせ県議会議員だの会社の社長だのの地元有力者なのだから、ふさわしい相手を選ばせたいだろう。

 

 

当然、雪乃が結婚することを告げた時には、あの女王みたいな人は口を開けて10秒くらい固まったらしい。それだけで傑作だけど。

 

 

ただ、あまり小言は言われなかったらしい。

 

 

雪乃が報告する前に、母が俺をバカにするようなことをひとつでも言ったら絶縁する、と俺に言ってきたが、幸いそういうことは言われなかったらしい。

 

 

むしろ、

 

「比企谷君なら問題ないでしょう。...ですが、彼のハンデを支える覚悟はちゃんと持っておきなさい。雪乃」

 

なんて言われたらしいからびっくりだ。あの人俺の事買いかぶりすぎじゃ...?

 

 

そんなこんなで承諾を得た俺たちは晴れて結婚。...式は挙げなかったけど。

式を挙げて祝われるのも嫌じゃなかった。けれど、俺や雪乃に関わってくれた人達は、そんな軽いことで恩は返せない連中ばっかりだったから。

 

代わりに、一人一人お世話になった人の家に2人でお礼周りに行った。そこで何か一つ、してもらい事をどんなことでもやる。困っていることを助けたりだとか、お願いを聞いたりとか。

 

誰かを助ける、というのはよく奉仕部でやっていたから。

 

 

 

もっとも、「魚の取り方を教える」ような理念の奉仕部とは少し違ったけど。

 

 

最後に由比ヶ浜の家に回った。

由比ヶ浜は雪乃が指輪を買うところから付き合ってたみたいで、結婚のことは知っていた。

 

だからこそ、願いを聞くのには躊躇った。

けれど、そこで踏み込んで由比ヶ浜の願いを聞く。

しかし、由比ヶ浜は最後まで優しい子だ。

 

帰ってきた言葉はこうだった。

 

 

 

 

「絶対に幸せになって」と。

 

 

 

 

気がつけば、俺も、由比ヶ浜も、雪乃も、3人とも泣いていた。それぞれの感情があったのかもしれないけど、少なくとも俺は一概にまとめられる感情では無かったのは覚えている。

 

 

...ああそうだ。由比ヶ浜がいなかったら、絶対にこんな未来にならなかった。今でもよくうちに遊びに来てくれているし、きっとこの縁はずっと続くだろう。

 

 

 

それから、俺も雪乃も大学に行った。

元々、俺は半ば大学を諦めていたけど、それでも雪乃に叱咤されて、最後まで頑張って、雪乃の行く大学の隣の大学に入学することができた。

 

 

元々懸念していた左腕のハンデだったが、きっかけがあれば人は変わるもんで、俺は気づけば周囲に集まっていた大学での友人に助けられながら、卒業まで辿り着いた。

 

 

そうして今、1人の娘をもうけて、在宅で仕事を行っている。といっても、少し専業主夫みたいな面もあるけど。...高校時代の願い叶えてどうすんだ。

 

 

 

右往左往した俺と雪乃の人生だったが、まだまだドタバタしながら続いていくはずだ。...でも、きっと幸せに違いない。

 

 

 

 

---

 

 

 

「ってのが結婚までの流れだな。...って寝ちまったか」

 

話が長すぎたぶん、希乃はぐっすり眠ってしまっていた。心地よさそうに寝息を起て、少し笑み混じりに眠っている。そんな娘の幸せそうな寝顔を見て、にやけない親がいるだろうか。

 

 

「っつても、机で寝るんじゃ姿勢悪いよな...」

 

 

そうして俺は長年頑張ってきた経験を生かし、片腕で希乃を抱っこして、ソファまで移動させる。

 

 

「...重っ。こりゃあと1年すれば持てんかもしれん」

 

 

現在小学一年生の希乃は、昔抱いていた頃より重たくなっていた。その重さが、重ねてきた時の長さを遠回しに伝えている。

 

 

 

 

「...よし」

 

 

ソファまで運んだ後、その上に毛布をかけて置いた。これでさぞ安眠できることだろう。

 

すると再び家のドアが開く音がした。

艶めいた黒の綺麗なロングヘアーに、キリッとした目。年を重ねて美しくなったその美貌の持ち主は、俺が今でも最愛する人物だ。

 

「おう、おかえり」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ええ、ただいま。あなた」

 

 




プロフィール紹介
・比企谷希乃 (名前)
・小学一年生 (学年)
・目は死んでおらず、他者に冷たくすることもない、この夫婦あってこの娘ではない子。元気さは由比ヶ浜譲り(性格)


といった感じで新キャラです。実はアフターに娘を出したことなかったんですよね...。

あと1話続きます。
ここまで読んでいただきありがとうございます


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後日談#2 未来

人は変わらずにはいられないから
時には明日が怖くなることだってある
けれど、だからこそ雪ノ下雪乃は
最後まで比企谷八幡を選び続ける


---八幡side---

 

「今日仕事早かったんだな」

 

「ええ。特に理由はなかったのだけれど、全業務何故かしら早く終わったわ。仕事もないのに社員を下手に残すのも良くないでしょう?」

 

「わあ、なんてホワイトなこと」

 

 

 

雪乃は、現在若くして社長をやっている。

見事に夢を叶え、父親の仕事を継いだわけだ。

 

とはいえ、やはり一筋縄ではいかないみたいで、ベテランの人からは七光りなどと呼ばれていた時期があったみたいだ。

 

...最も、1年もしないうちに言われなくなったらしいけど。

 

 

「ところで、希乃は帰ってるのかしら?」

 

「おう。ソファで寝てるぞ」

 

「そう」

 

 

そう言って雪乃は、そのままリビングに入っていった。それに付き添うように俺も中に入る。

 

 

「...よく眠ってるわ」

 

雪乃はソファで眠っている希乃の頭を優しく撫でる。

 

 

「まあ、なんか疲れたんだろう。さっき話をして、なんて言われて話をしたものの、その最中に眠ったからな」

 

「あら、それはあなたの話がつまらなかったのではなくて?」

 

「国語は得意だったが言葉選びは苦手なままですな」

 

「それは理解出来てないと言うのよ?」

 

「ちげえねえ」

 

 

少しトゲが弱くなったものの、雪乃の毒舌は健在だ。しかし、今となってはむしろ心地いい。住めば都だとかなんとやらだ。

 

 

「...コーヒー、入れてくれるかしら?」

 

「はいよ」

 

 

雪乃からのお願いで俺はキッチンへ向かう。その間に、雪乃は身支度を済ませてダイニングテーブルの椅子に座った。

インスタントでコーヒーを2人分作り、俺は雪乃の向かい側へ座ってコーヒーを雪乃に手渡す。

 

もちろん、この動作も片手だと少しやりずらい。こういう時は大体トレーに並べて運んだりする感じだ。

 

...まあ、結局のところこうやって少し工夫を凝らせば片腕でもなんとかやっていけるもんなんだとこの数年で気付かされた。義手をつけようなんて思っていない。

 

 

「ほい」

 

「ありがとう。...そういえば八幡、今日昼くらいに結衣さんに会ったの。ちょうど外回り中の休憩中に」

 

 

由比ヶ浜は何やらカウセリングか何かの仕事に就いたみたいだ。元々、由比ヶ浜結衣という女性は優しいし、何より話を聞くことがうまかったから、この仕事は天職だろうとは思ってる。

 

 

「はいはい、それで?」

 

「それで...、そこで本人の口から聞いたけれど、近々結婚するそうよ」

 

「...マジ?」

 

「マジ」

 

 

俺は目を丸くした。だってそうだ。何度もうちに遊びに来てくれてはいたが、彼氏がいるなんて話は1度も聞かなかったからな。

 

 

「なんたってそんな急に」

 

「曰く、比企谷君を驚かせたかったそうよ。といっても、私も付き合ってる人がいる、と昔聞いたくらいだったから驚いたけれど」

 

「そうなのか...」

 

 

由比ヶ浜にもついに相手が見つかった。それで由比ヶ浜が幸せになってくれるのなら、俺としては嬉しい限りだ。...あーでも。

 

 

「あー、というかその場合、苗字も変わるんだろ? 結構気に入ってたんだけどな、由比ヶ浜って苗字」

 

「あら、それを言ったら私だって変わったじゃない」

 

「一応はな。けど、社長業とかでは雪ノ下の名前使ってるから半分くらいだろ。なくなったわけじゃないし」

 

「それもそうね」

 

 

一応、雪乃の苗字は籍を入れている分では比企谷になってるが、仕事柄では雪ノ下を使っている。まあ、元々のスケールが違う分、そっち名義の方が動き回りやすいけど。

 

 

「...昔は、雪ノ下って苗字が、私を拘束する何かのようにしか思えなかった。それだけで強制される何かがあったし、息苦しさも感じた。...けれど、こうして振り返ってみると悪くないものね」

 

「逆に俺が婿入りするのは考えられないけどな...。怖すぎて無理だ」

 

「ふふっ、そうね」

 

 

雪乃はくすりと笑う。...本当に、可愛らしく笑うようになったな。

そういえばひとつ気がかりな事が...。

 

 

「ああ、ところで由比ヶ浜の話なんだけど」

 

「式はあげるそうよ。じきに招待状が来ると思うわ」

 

「うーん、それはそうだと思うんだけど...まさか平塚先生誘ってたりするのかなと」

 

「あー...。そうね。一応、呼ぶとは思うし、来るとも思うわ」

 

雪乃は目を逸らして、とても気まずそうにつぶやく。うん、俺も痛いほど気持ちわかる。あの人、結局独身貫くことを決めたみたいだし。

 

 

 

「でも、幸せの価値観は人それぞれ。結婚だけが幸せじゃないと思うわ」

 

「確かにな。...お前は、好きな人といることで幸せになれるって言ってくれたけどな」

 

「現に今、幸せでしょ?」

 

「まあな」

 

 

雪乃がいて、希乃がいて。

心の底から、胸を張って幸せと言える空間だ、ここは。

こういうのもなかなか照れくさいもので、俺は頭をかく。

 

 

「...ねえ、八幡。この幸せって、いつまで続くのかしら」

 

「何だ急に。弱気になって」

 

 

 

 

「私達ももう大人とちゃんと呼べる年齢にまでなったわ。...だからこそ、学生自体の頃みたいに怖いもの知らずでいれなくなる。時々、明日が怖くなったりするの。大切なものがなくなったらどうしようって。...あの時みたいに、立ち上がれるか不安で」

 

「...なーに」

 

 

 

俺はどん底を知っている。あの日味わった苦しみを知っている。

だからこそ言える。絶対になんとかなると。

妻に心細い思いをさせたままで終わる亭主になった覚えはないし、誰一人守れないくらい弱い男になったつもりもない。

 

 

 

だから...大丈夫だ。

 

少し心細げに俯く雪乃の頭を俺は右腕で撫で、そのまま抱き寄せた。

 

「二人でいるなら、大丈夫なんだろ? ...それに今は希乃も加わって3人だ。それ以外にも、周りに支えてくれる人はいっぱいいる。だから大丈夫だ。俺が保証する。...ちゃんと守るから」

 

「...そうね、ありがとう」

 

 

雪乃はそう言ったかと思うと、一瞬のあいだに俺の唇にキスをした。

俺は拒むことなく、目を閉じる。

それが終わると、雪乃は優しい眼差しでこちらを見つめた。

 

「...だから、これからもよろしくね、八幡」

 

「ああ。任せとけ」

 

 

 

 

 

 

雪ノ下雪乃はこれからも比企谷八幡を選び続ける。

だからこそ、俺も最後まで雪ノ下雪乃という人を愛そう。

 

そうして2人で歩む世界なら、きっとどこでも大丈夫だから。

 

 

---fin---




これで終わりです!
お疲れ様でした!
最初の方は評価低くて、心が折れそうでしたが、幾多の感想のおかげで失踪せずに終われました!
また会うことがあったら会いましょう!


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