ファイアーエムブレム 聖戦の系譜 〜 氷雪の融解者(下巻) (Edward)
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序章
躍動


2019年12月に上巻を終えまして、少し練り直しておりますとスタートは何処から始めるべきか・・・。
迷走しておりました。
ようやく固まりつつありましたのでゆるりゆるりと始めさせていただきます。
下巻から見る方もいらっしゃると思いますので、説明が多いと思いますがご容赦の程お願いします。


バーハラの血戦・・・。

 

イザークの地、リボーの領主の子を欺いてダーナへ侵攻させグランベルとの開戦を切っ掛けにその戦火は全土へと広がった。

 

その渦中の中心へと巻き込まれたシレジア生まれ、そしてヘイムの血を色濃く受け継いだアズムール王の落胤、カルトは眠る力の覚醒と共に死の運命から逃れ、シアルフィのシグルドと邂逅する。

2人の運命は互いを絡めあい、バーハラの悲劇となるこの歴史を血戦まで変える・・・。シグルドを慕う仲間達は力を出しきり、軍にいる力弱き者を地方に逃した。

シグルドは命を賭けてカルトを守り、カルトはシグルドの意思を汲み、命を投げ打ちロプトウスの書を封印する。

運命に翻弄されてアルヴィスより運命の扉が開かれたが、鍵をなくしたロプト教団は再び運命の扉を開く為に奔走を続けなればならず、力を衰えながらも懸命に捜索と奪取に急いだ・・・。

 

水面下では侵食するロプト教団を尻目に皮肉にも世の中には穏やかな日々がつづいた。

アルヴィスはディアドラに変わり執政をとり、レプトールとランゴバルドの腐敗政治とクルト王子の落命で力を失った宮廷を立て直し、戦乱の最中で手に入れたイザークとレンスター地方を引き続きドズル家とフリージ家に任せて税を搾取させた。

ヴェルダンとアグストリアは先の戦いで賠償金を得る事もあり、国内疲弊は外からの外貨獲得により急速に立て直しに成功し、アルヴィスは国民からの熱狂的な支持を得ることになり、グランベル初代皇帝として座する事となる。

国を超えて人々に差別のない国を作る理想を抱いていたアルヴィスだが、ランゴバルドやレプトールと同様に特権階級が快楽を貪る腐敗政治を踏襲していくことになっていく・・・。

搾取される国々では、貧困から反グランベル派を唱える者も増えていく・・・。その度に鎮圧部隊が投入され血生臭い日が連日のように続いていた。

 

その中で大きく反グランベルの筆頭となるのがアグストリアであった。

イムカ王から引き継いだシャガール王は当初は雑な悪政を敷く人物であったが、カルトに敗れてから改め、父王同様の賢王となり今は息を潜めて機会を伺っていた。

莫大な資産を持っていかれるも少しづつ裏で資金を貯め、他国と連携しながら商いのルートを作り出し、人材と機材につぎ込んでいた。

ヴェルダンとシレジアは奇しくも、かつては鬼の住む場所といわれるオーガヒルで悪行の限りを尽くしていた海賊達を改心させ、その地下ルートを通じての商いに注力する。

次第にオーガヒルは一大商業地域に発展し、その海上ルートはグランベルすらも干渉できないほどの自由都市へと変貌するのであった。

表向きには自由都市と銘打っているが、実際はアグストリア自治区に等しい・・・。

今まで荒野の不毛地帯でどの国も干渉しない地域、今更商業地域となりアグストリアに正面から異を唱える国はいなかった。

 

反グランベル体制がアグストリアで成熟を迎えつつある最中、同盟国のシレジアが崩壊する・・・。

アグストリアに入るシレジアの金属を抑え、自国の手中に収めたいと考えたアルヴィスは突如として進軍したのだ。

オーガヒルの産業はシレジアの金属と他の国の農産物との交易、シレジアを制圧すればオーガヒルも手中に入ると踏んだのだ・・・。

それに暗躍するのはロプト教団。シレジア進軍を機に教団員を投入し、混乱に乗じてカルトの封印を破りにかかったのであった・・・。

 

その戦いの最中にシレジア国王のレヴィンを始め、シレジアの天馬部隊や魔道士部隊に致命的な打撃を受ける事となる・・・。

シレジアの殆どの領地は奪われ、辺境の地トーヴェまで追いやられていた。

 

グラン歴777年の早春、バーハラの悲劇より17年が経っていた・・・。

雪解けが戦いの幕開けになる事を予感していたシレジアの残党兵は、春の到来を複雑な思いで過ごしていたのである。

・・・・・・そんな中、少数ながらに希望を捨てず、果敢に敵陣に切り込む猛者達がいた。

 

 

 

「敵襲ー!!敵襲!!」

シレジア城北部にあるセイレーンに警戒号令が響く。

打鐘がけたたましく鳴らされる、セイレーンはシレジアの貿易玄関口、港の区域と城下の区域が分かれているが敵襲は城下の区域で発生した。

 

 

 

「急げ!こっちだ!!」

荷台を持ち、なだれ込む平民達を先導する天馬騎士が数人、辺りを警戒しながら叫ぶ。

狙いは食料倉庫。トーヴェの食料は尽き、冬を越すことは出来ない人達と立ち上がった残党達は決死の強攻策に出たのだ。

先の戦乱で敗残兵とトーヴェの民は食糧難に陥った。その上思い重税を掛けて財産を奪い、民を追い詰めた。

 

市街区の、市場にある大きな倉庫にはフリージ軍が警備にあたっているがシレジアの残党兵がなだれ込んだ。

 

「どけえー!」女性騎士とは思えぬ言葉、手に持つ斧が彼女の体を司るかのように勇猛に突破口を開く・・・。

天馬の突撃に加えて、彼女の斧の重量、そしてその斧を使いこなす筋力があった。

フリージの兵士は剣で受けるも砕かれ、受ける者がいても吹き飛ばされた。

 

「な、なんだ!あいつは。」驚愕するフリージ軍に、天馬騎士はフンと鼻を鳴らす。

 

「怯むな!射かけろ!!」隊長格の号令に後方で待機していた兵が弓を番えるが、その瞬間に雷が落ちる。

 

「うわあああ!」弓兵は思わぬ反撃に狼狽えて陣を乱す。

 

 

「ディーナ!あれは私の獲物だ、邪魔するんじゃない!」斧を持つ天馬騎士は後ろにいるもう一人の天馬騎士に威勢のいい言葉を放つ。

天に突き上げるは、雷の剣・・・。魔法を使えぬ者でも、体内に秘める魔力を具現化する魔法剣。

失われし、魔力付加(エンチャント)の秘術により産み出された一振り・・・。おそらくこの大陸にも一刀しかない秘剣である。

 

剣先から雷の残滓が迸り、辺りに鈍い光を放っていた。

 

「親からもらった頑丈な体を披露するのはいいですが、あなたは女性なのですよ・・・。少しは傷付くことを躊躇いなさい。」

 

「余計なお世話だ!私には勲章みたいなものだ。」睨み合う二人にもう一人、天馬騎士が低空飛行で先に進む。

 

「もうー、言い合いしてるひまないよ。みんなより先に行って進路確保しないといけないでしょ!」

 

「あっ!」

「フィー!テメエ!!」二人をかいくぐり先を急ぐ、平民達も武器を持ち戦ってくれているがフリージ軍とまともに戦わせる訳には行かない。フィーと、残り少ない天馬騎士は先陣に切り続けた。

 

 

「レティーナ!雑な戦いせず進んで、今日はクラリス来てないからね。」

 

「ちっ、わかったよ!」女神から授かったと言われる斧からハルバードに切り替えると二人は先行するフィーに続く。

 

 

 

倉庫の扉を丸太の衝突で吹き飛ばした民たちは、中にある食料に歓喜する。

 

「俺たちの食料だー!さあ運ぶぞ!!」

 

「これで子供たちにひもじい思いをさせないぞ!!」嬉々として台車に乗せる民たち・・・。

 

 

「そうか、子が飢えているか・・・。しかし残念だ。こんな事に加担して、その子が親を失うのはな・・・。」

台車に乗せる民の後をとった一人の青年は振り返るより先に背中に手を当てると、雷が迸った。

 

「ぎゃあああー!」

 

「な、なんだ!」

「助けてくれー。」トーヴェの民たちは戦慄した。

 

 

 

フィーと、ディーナ、レティーナが倉庫に入った時には民達は絶命していた。

先に入った民は全員焼き焦げ、誰が誰かもわからないほどであった。肉の焼け焦げた匂いが充満するなか、一組の男女が顔をだした。

 

「やはり、狙いはここだったか。ライザ、相変わらず冴えるな・・・。」

 

「恐れ入ります。」横に佇む女性恭しく頭を下げる。

 

「イシュトーか・・・。」レティーナはハルバードを構えて怒りをあらわにする。

 

「そんな、みんな・・・。」フィーはその光景に目に涙し、ディーナは状況を冷静に分析する。

 

「お前達をあぶり出すには食料攻めだと思ってな、あまり好きではない方法だが引っ張り出すために使わせてもらった。」

 

「なにい!」イシュトーの言葉にレティーナは飛びかかる勢いであったが、ディーナは腕を先に出して静止する。

 

「何が狙いです、あなたにしては随分まどろっこしいやり口ではなくて?敵ではありますが、正々堂々とした戦術は好きでした。

私達をあぶり出す?あなたが先頭に立って進軍すれば、私達も出向きましたよ。」

 

「炙り出しを提案したのは私です。殿下には時間がないので了承してもらった、非難は私にしてもらおう。」ライザは前置きにディーナの言葉に反論した上で、さらに返す。

 

「イシュトー様がここに駐留するのは、あの兄妹を得る為だ。

あの二人はここにいないのか?」

 

「ふん!答えたくはないが、今日の作戦は伝えていない!残念だったな。」レティーナはハルバードの柄を床に突き立てて威嚇する。

 

「そうか・・・ 、生き餌を撒いたつもりであったがかからなかったようだな。次はお前達を生き餌にしよう・・・。」イシュトーから魔力を吹き出した、ライザも呼応する。

 

「ふざけるな!」レティーナはハルバードを振り回して、遠心力から振り下ろした。

床は盛大に破壊され石床は辺りに散らばる。

 

「そんな大振り、当たるわけがないだろう。」イシュトーは背後に回る。レティーナは同様どころか、笑みを浮かべている。

 

「イシュトー様!」背後から迫りくる手槍をライザの警戒で察知してカラダを捻りながら回避するが、床に着弾する寸前にレティーナが掴みイシュトーに突きを見舞う。

その瞬間にライザの雷が手槍に命中、レティーナはその衝撃で吹き飛んだ。

 

ディーナはライザに狙いを定め、雷の剣で斬りかかる。ライザもその剣に応戦する形となった。

 

「さすが、シレジア天馬三騎士・・・。遠、中、近距離を連携するとは聞いてましたが、やりますね。」

 

「あなた達もね。初見で、私達の連携をここまで押さえて無傷なんて・・・。」鍔迫り合いで、剣越しに二人は会話する。

 

「でもね、私は魔法剣士。あなたの使うにわかの雷魔法ではなくてよ。」剣身から雷が発され、ディーナを襲う。とっさに背後に引いて剣から伝播される電撃から逃れたが、ライザは追撃する。

 

「雷の剣で魔法を使ったつもり?本当の雷の魔道士は雷への耐性がある!同じと考えれば痛い目をみますよ!」

 

 

 

イシュトーは強かった・・・。

レティーナの近距離、フィーの中距離援護の戦いでも、彼は全く動じなかった。

レティーナの剛力の一撃を受ける事もなく躱し、フィーの死角からの投擲も突進も見切られていた。

ついにエルサンダーを受けたフィーは倒れ、レティーナも追い詰められていた。

 

「さあ、あの二人の居場所を吐け。トーヴェにいるのか、いないのか!」

 

「・・・っつ!」イシュトーがレティーナに不用意に近づきすぎた、彼女は唾を吐きかけて嘲笑う。

 

「貴様・・・ 。」

 

「色男が、女にバカにされて少しは逆上したかい?」

 

「死ね!」

 

 

 

レティーナとディーナを危機が同時であった。

その二人に強烈な光が発され、エルサンダーは無効化される。

 

 

「ま、まさか私のエルサンダーが、・・・来たか!」

イシュトーは、ライザのいる処まで下がると倉庫の入り口を見張る。

 

「ディーナ、あなたがいながら戦局を読めないなんて・・・。撤収しますよ。」

聖杖を持ち、司祭のローブに見を包んだ華奢な女性が佇んでいた。

 

「面目ありません・・・。」

 

「この冬に必要な食料は別の倉庫でまかないました、これ以上の交戦は双方無意味です。退きますよ。」

 

「クラリス!私はまだ戦える!!邪魔をするな。」

ツカツカと怒りを携えて、クラリスと呼ばれる女に詰め寄るが、彼女の顔は動じない。むしろ涼しく笑みを浮べていた。

 

「なんとかいったらどうだい!クラリ・・・ 。」

「えいっ!」クラリスはヒョイっと杖を振ると、レティーナは魔法陣が現れたかと思うと虹色の光に包まれて消え失せた。

 

 

「なっ、今のは転移か?」イシュトーは驚く、魔法の貯めも放出も一瞬な上に無駄がない。あのような無駄のない動きではなんの魔法を使ったのかも検討がつかないだろう。

 

「イシュトーさん、今貴方達とあの兄妹を引き合わせるわけには行きません。今戦えばお互い無事では済まないでしょう、あの子の様に手篭めにされかねませんからね。」

 

「ティニーの事か・・・。」かつてまだシレジアがあった時、父親が幼き子供を連れ帰った時の事を思い出す。

 

「いづれティニーは返してもらいます、アーサーが待ってますからね。」クラリスは踵を返すようにその場を後にする。

 

「待て、といった所で無駄だろうな。先程の見事な転移を見せられては手の打ちようがない。・・・名前だけでもお聞かせ願いたい。」

 

「・・・クラリスです。」

 

「クラリス・・・、いい名だな。

次はトーヴェで見えよう。」

 

「わかっています。・・・でもイシュトー、あなたはなぜ戦うの?あなたの意志はここに無い様に思えてなりません。」

 

「・・・・・・。」

 

「私達を戦わせる運命が来るでしょう、その時まで自分の心をよく考えてください。そうでなければ、お互い悲しい事になるります。」クラリスは手を挙げて撤収の令を下す。

 

イシュトーはただそれを見送る、ライザが攻撃を提案するが彼は首を振って命令を出さなかった・・・。

 

「俺達のエルサンダーを二人にシールドを張って完全に防いだんだ・・・。魔法を無力化されたらあちらの方が数が上、今日は撤退してもらったほうがいいだろう。

こちらも人数を用意するべきだった、すまない。」

 

「そんな!それは私も同じことです。申し訳ありません。」

 

「・・・さあ、戻ろう。」イシュトーはライザの肩を叩くとその場をあとにする。

 

ライザは指を噛んで失策に顔をしかめる・・・、クラリスという女を睨むと踵を返してイシュトーの後を追うのであった。



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少女

遅くなりましてすみません。

毎年のことながら2月、3月は仕事の関係上繁忙期で・・・。
徐々にギアを上げていきたいと思ってます。


「かんぱーい!」食料を奪取した喜びから酒宴が行われていた。

トーヴェの寂れた酒場では本日は大々的で活気に溢れ、皆が奪ったエールで喉を潤した。

 

「たとえ、税で持っていかれた品々を奪い返したとはいえ、死人が出たのは心苦しいです。」クラリスは聖職者らしく果実を絞ったジュースを口にしながら言う。レティーナはそれに苛立ち、エールを机に叩きつけて反論した。

 

「私達が生きるためには仕方がないだろ!それにクラリスも最後には賛成したから送り出したのに・・・、お前は!」

 

「レティーナはもう少し状況を見極めなさい、クラリスが来なかったらイシュトーは退かなかったでしょう。

それに・・・、一般人が数人被害が出てしまいました。我らがもっと気をつけるべきでした、すみません。」

ディーダは頭を下げる、クラリスはそっと微笑んだ。

 

「いいえ、あなたたちが行きて帰ってきてくれたことがなによりです。イシュトー相手にこれだけ帰還出来たのですから。

でも、相手にもかなりの被害を出してしまった・・・。」

 

「やつらは、私達に重税を押し付けたんだぞ!冬を越せないくらい!」

 

「それでも、あの兵士たちも命令を聞いて動いていただけ。本国に戻れば家族もいて、子供もいるのでしょう。殺された家族は私達を憎む、そしてまた争いになる。愛する人を殺された憎しみが憎しみで溢れてしまう。これに正義があるのでしょうか?」

 

「クラリス・・・。」ディーナは彼女の大きな慈愛ゆえの苦しみを理解するが彼女ほどの痛みはない。それは世の中の道理と決めつけて処理してしまうからだろう、大抵の人は自分自身の事で精一杯なのだから・・・。ディーナ自身も同じである。

 

「じゃあ、どうしたらいいんだよ!恨まれずに戦うことなんてできない!全員捕虜にして連れ変えればいいのか?生きて捉えるなんて殺すより難しい、生きて逃せばまた敵兵となって襲ってくるぞ。もしそいつがもし私達の大事な仲間を殺したら、私は絶対にそいつを殺さなかった事を後悔する!」レティーナは浮かれて騒いでいる連中すら静まり返るくらい大声で言った。

クラリスはその怒声とも言える声すらも涼しげに見つめ、その後果実の入ったグラスに目を落とした。

 

「私は、救いたい・・・。こんな時代でも、少しでも悲しみと憎しみが溢れないように・・・。」クラリスは果実を飲み干すと、ふらりと立ち上がる。聖杖を持ち、かけていたローブを待とうとその場を立ち去る。

 

「ど、どちらへ?」

 

「セイレーンで亡くなられた方々を埋葬する時間です。

今、私に出来る事は彼らを鎮魂させることしかできません・・・。」そういうと、扉を開けてそのまま後にした。

 

「・・・。」レティーナはどっかり座ると髪をガリガリとかいてうなだれる。

 

「馬鹿・・・。」ディーナはそういうと長いエールを口にするのであった。

 

 

「クラリスさまー!」子供がクラリスのローブの裾を掴む。

 

「おとうさんがねむったまま起きてこないの、お母さん泣いてばっかりだし、お父さんをおこしてよ。」クラリスは少し微笑んでしゃがみこんだ。

 

「おとうさんはね、寝ているんではなくて、死んでしまったの。

おかあさんとボク君を救う為に、戦ってね。」頭を撫でて伝える。

 

「じゃあ、おとうさん、帰ってこないの?そんなの嫌だよ!」

 

「・・・大事な人がいなくなるのは嫌だよね。

でもね、おとうさんは、大事なおかあさんと、ボク君がいなくなるのが耐えられなくておとうさんは戦ったのよ。だから、いってしまうおとうさんを許してあげてね。」

泣きじゃくる子供をあやし、抱きしめる。

 

「クラリスさま、おとうさんをなおせないの?」

 

「死んだ人を治す事は誰にもできないの。だからこそ命は大事にしないといけないの?その命を無くさないために、頑張ったおとうさんにお祈りしようね。」

 

「うん・・・。」子供と一緒にクラリスは斎場へ向かう。

子供の悲しみを救うクラリスだが、子供の心に救われたのはクラリス自身だったかもしれない・・・。

 

 

葬送が終わったクラリスはとぼとぼと帰路についていたが、途中の小川のそばにある岩の上で座り込んでいた。

夕闇となり再び風雪が起こり出すが彼女は気にする様子もなく項垂れていた、風が彼女のフードを外して波打つ金髪が露わとなる。

 

「私は、まだ無力です・・・。お母様も、お父様も、こんな事あったのでしょうか・・・。」母のマーニャを思い出す。

流行病でクラリスが物心ついた頃から病弱であった母は、床に伏せ死の間際までクラリスを一人で育てていた。それは母の妹であるフュリーも一緒だったそうだ・・・。

一人になったクラリスは、当時シレジア国王であるレヴィンから宮廷に呼ばれたが拒否し修道院に入った。

母親を失った悲しみを感じるを忘れるようにブラギ神に祈りを捧げ、飢饉に苦しむ人達を救う日々を選んだ。それは奇しくも父クロードの教えを辿るかのように彼女は力を付けていく・・・。

彼女は10歳になる前にはリカバー、リザーブ、ワープまで習得し、改めて宮廷入りを誘われる事となった。

 

それでもクラリスは修道院を選んだ。宮廷に入れば、給金は良くなるが戦争の回復要員に連れ出させる。

戦争の道具になることも、力を持たない弱者を治すこともできなくなる。それ故に断り続けたが、その国が滅んだ・・・。

 

国が滅んだ時にクラリスは自覚する。土台が崩れ、自衛する術を失い、路頭に迷う人々が溢れた。

国にいる以上、国を守る事は民を守る事と同意であったのだ。

グランベル公国のフリージ軍に蹂躙されたシレジアは、金品を略奪され、私刑にあって殺され、女性の尊厳はことごとく奪われた。

力ある者が弱い人々を守るのは義務です、・・・母がよく言っていた言葉がようやく理解したのだった。

 

大人達の懸命な抵抗でフリージ軍から逃れ、フィーと再会し、シレジア義勇軍に入って戦った。しかし敗戦を繰り返し、最後の砦トーヴェまで後退する事となった。

ここで負けたらシレジアが終わる・・・、その重責がか細い彼女の肩にのしかかる。そっと持つ聖杖を握り、祈りを捧げる。

 

「よ、よう・・・。」不意に背後から声をかけるレティーナにクラリスはそっと立ち上がって振り返る。

 

「心配かけてごめんなさい、ちょっと川を見たかったの。」

 

「そ、そうか・・・。まあ、・・・さっきは言い過ぎたよ。」頭をガリガリとかきながらバツが悪そうに謝罪する。

クラリスは少し驚いて、後にはにかむように笑う。

 

「あなたが、そんなに素直に謝るなんて・・・。明日は吹雪くのかしら。」

 

「なっ!・・・まあ、そんなところだ。」レティーナはクラリスは一切冗談を言わない、その彼女が拙い冗談で返したのはレティーナへの気遣いと感じ、レティーナは再び頭をかきながら不自然な返事でかえす。

二人は気まずくなるが、目を合わせた途端ふっと笑いがこみだした。

 

「ふふふふ・・・。」

「はははは・・・。」

 

「クラリス、私と性格がまるで違うけど、あんたは好きだよ。弱っちい外見だけど、意外と度胸があるし、芯はしっかりしてる。・・・ワープで私を強制的に撤退させたのは驚いたけどな。」

 

「ごめんなさい、あの時は説明する時間が無くて・・・。」

 

「終わった事だ、いーってことよ!

さあ、帰ろう!ディーナが待ってる。」手を差し伸ばしたレティーナの手を乗せると、二人は宿舎へと帰路に着いたのであった。

 

 

 

自由都市ミレトス・・・。どの国にも所属せず、この地で流通する品々は自由に取引が出来る唯一の街。

敵対する国であってもこの国を経由すれば流通する、それは物であろうとも人であろうとも・・・。

清濁併せ持ち、各国から不可侵領域として認められている唯一の地域である。

イード砂漠や、かつてのオーガヒルのような国に所属しない空白地帯はあるが、町レベルで発展し、国家形態を持たない地域は唯一と言えるだろう。

今のオーガヒルも、ミレトスを踏襲して作られているが、ミレトスほどの規模では無く、自由貿易とまでは発展していない。

そんな自由都市はグランベル国内は安定しており、アグストリアとヴェルダンから入る貿易の安定から比較的発展していた。

 

一軒の酒場に一人の騎士が軽い晩酌をしていた。

晩酌、といっても豪勢な食事などは一切なく、飲んでいる酒も始めの一杯のみ・・・。飲食が目的でないことはすぐにわかった。

他のテーブルではどこの出身かわからないほど多様な人種が入り混じり、いい身分の者からどこぞの荒くれ者かと思うくらいの客層の幅である・・・。

そんな中でその騎士は、羊肉を使った料理とエール一杯のみで時間をつぶすようにゆっくりと食べていた。

 

その騎士の身なりよりも品が良く、どこかの貴族出身であることは見て取れる。立てかける長剣は使い込んでおり、歴戦の戦士である事は間違いない。

 

「待たせたな・・・。」ローブ姿の男は騎士の対面に座ると、フードを外して座ると同じものを給仕の女性に頼む。

 

「レヴィン殿、相変わらず時間どうりに来ませんね・・・。」苦笑まじりに笑うと、羊肉を一口頬張ってエールを流す。苦味が喉を通って先程の苦笑を洗い流した。

 

「まあ、そう硬いことを言うな・・・。それよりどうだ?最近は?」

 

「・・・ティルナノグに迫る勢いで鎮圧が続いてます、このままでは我らの拠点を見つけ出されるのも時間の問題です。

決断する時は間もなくかと・・・。」

 

「もう17年か・・・、そろそろセリスも表に出る時かもしれぬな。」

運ばれてきた羊料理にワインボトル、グラスに注いで一口頬張る。

 

「私はシレジアに退く事も進言しましたが、セリス様は戦う意志を持ってます。お世話になったイザークを置いて退く事よりも、戦う道をすでに決断しました。」オイフェの言葉に満足したレヴィンはワインを口にする、久々の美酒なのかレヴィンの口許は少し緩み一気に呷る。

 

「さすがシグルドの子だな・・・。」

 

「レヴィン殿こそ、今回は旅でどのような成果が?」オイフェはエールを終えてグラスに変えるとレヴィンのワインを注ぐ。

 

「アグストリアとヴェルダンがエバンスから進軍したがグラオリッターとバイゲリッターとの前に敗れた。国外に戦力を出していても国内にはリッターを温存しているから盤石だ。

再びこの二国を攻めようとグランベルではこの話では話題になっている。」

 

「そうですか・・・、あの二国が動き始めたのですね。」

 

「ああ・・・。それよりもグランベル国内だが、ロプト教団の動きが慌ただしい。ギルドから頻繁に活動の情報を耳にするようになった。」

 

「!もしや、封印は?」

 

「それは大丈夫だ、あの2人があの地は守っている。

もはやあの2人に敵うのは私くらいだ。」

 

「そうですか・・・、カルト兄妹の話はかねがねと聞いてはいますがそこまでとは・・・。さすが、カルト様のご子息達ですね。」

 

「・・・。力の成長に心身の成長が追いついてないのが傷だな、カルトが力を使えないように封印されていた理由がよくわかったよ。」

 

「?」

 

「忘れてくれ・・・。」レヴィンはぐいっとワインを呷ると一息つく。

 

「そうそう、他の者達は元気か?」

 

「シャナンは、神剣バルムンクの噂を聞いて旅に出ました。アルテナも同行したので早くに帰ってくるとは思いますが・・・。」

 

「という事は、彼女はもう立派な竜騎士か?」

 

「はい、ゲイボルグも随分使いこなせるようになりまして、今では一番の働き手です。」

 

「しかし、それではオイフェが留守にしてしまえばティルナノグは手薄ではないか?」

 

「心配ありません、セリス様はあの時代を切り開いた英雄達の子です。

どんな苦境がきても彼らはきっと苦難を切り開くはずです。」

 

「・・・オイフェ、よく我慢してくれた。

君やシャナンが耐えてくれたからこそ、彼らは立派に成長してくれた。

私は聖戦士だが、カルト達にも、君達にも、何もしてやる事は出来なかった、すまない・・・。」

 

「そんな!あなたこそ、・・・一番あなたが自分を殺して、世界の真理を求めてみんなを導いているではありませんか。

そんなあなたを責める事など誰にも出来ないはずです。」頭を下げるレヴィンにオイフェは慌てて否定する。

レヴィンは国の枠組みからも外れて、1人でこの世界の謎を追っている。妻の死に目にも立ち会わず、子の成長を見守る事はなく、まるで何かに取り憑かれたかのようにこの世界を紐解かんとしているのだ。

側から見れば狂気の沙汰であるが、オイフェはその行動に理解し、尊敬している1人であった。

 

「オイフェ・・・。君がシグルドやカルトの行軍を見てきた経験値は、これからの大戦に大きく貢献するだろう。君を残してくれたシグルドには感謝してもしきれない。

・・・だから、君もあの時一緒に戦えなかった事を後悔しないでくれ。」レヴィンはそういうと2人分の代金をテーブルに置き、微笑みながら退席する。

オイフェの顔は驚愕のままであった、レヴィンはオイフェの心の痼を

そっと愛おしく撫でたのであった。

 

「・・・風の聖戦士様には、お見通しだったんだな・・・。」オイフェは残りのワインを全部自分のグラスに注ぐのであった。

 

 

再びフード付きのコートで全身を包むと、酔った頭を冷やしながらどことなく歩き始めたレヴィン。

夕闇から完全に夜になり、辺りには肌寒い風が頬を撫でた。

シレジアはまだ冬だが南に位置するミレトスはもう春を迎えている。

あちらこちらで同じように酔客が歩き、活気があった。

そんな中、路地の一角で何やらきな臭い連中が1人の少女を囲んでいた。追い剥ぎ?それか連れ去り?

最近ではロプト教団が商売敵を呪い殺す為に子供を差し出して呪術にかけてもらったりと、活動が目に見えてきていた。レヴィンはその危機を察知し、その連中に声をかける。

 

「おい!何をしている。」不意に声をかけられた連中はびくりとして振り返る。船乗りのようないでたち、一つ間違えたら海賊といってもおかしくない。

レヴィンの目はその連中の中心にいる大男にむかった。

 

「いや、俺たちは怪しいもんではない。

・・・その、なんていったらいいんだ。この子が突然光の中から出てきたもんでびっくりしていただけだ。」

 

「なに?」レヴィンはその男の覗く先には少女が倒れていた。

まだ成人にも満たない華奢な少女、命には別状はないがこのような寒空に寝ていれば体調を崩してしまう。そっと抱き起こすと声をかける。

 

「おい、大丈夫か?」レヴィンはそっと抱いて声をかけ続けた。

 

「にいちゃん、すまねえな。この子は頼んだよ・・・。俺たちが抱き上げたらショックで寝込んじまうだろうし・・・。」

 

「ああ、疑って悪かった。この子は預かろう。」レヴィンはそういうと荒くれ達は、そそくさとその場を立ち去る。

悪い連中ではなかったようだが、彼らも自分の風態で少女では誤解になると踏んだのだろう。

 

やれやれ、と思った時。少女は目を覚ますのであった・・・。



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レヴィンはこの日のうちにミレトスから去る予定であったが、意識を失った少女を連れて街外に出るわけにはいかない。急遽宿をとろうとしても春の訪れを祝う中で宿はほぼ満室状態であった。春先の夜の気温は低くて今来ている薄手の純白ドレス一枚では体温があっという間に下がる、レヴィンは外套で彼女を包んで宿を探す。

 

「今から宿かい?こんな祭りの日だし、受けてくれる宿なんてないじゃないか。」飲食経営を営む店主に話を聞いても宿は見つけられず、レヴィンはいよいよ手詰まりになりつつあった。

最終手段はあるが、できればそれは使いたくない・・・。

諦めかけ、その最終手段を使おうかと思い立った時に店主の妻から声がかかる。

 

「宿は無理だろうけど、こういう時だけ開いている臨時ならもしかしたら空きはあるかもしれないよ。

よかったら一人あてがあるから行ってみるかい?」

 

「本当か?助かるよ。」

 

「ちょっとまってて、今地図書くから。」

 

・・・

・・・・

・・・・・

 

ようやく夫婦で経営する個人の臨時宿を見つけて事情を話し、夫人に少女の世話を頼む。

少し落ち着いたレヴィンはようやく一息つくことができた。

 

「もう少し早ければ、オイフェに頼めたのだがなあ。」レヴィンはオイフェのいた酒場に戻るが彼はすでに退席しておりどこの宿に泊まっているか聞いてもなかった。

いや、もしかしたら彼も今夜出立している可能性もある・・・。

 

レヴィンは取り敢えず湯浴みをし、まだ読めていない文献の書物を漁り目を通す。ご婦人が少女の清拭を終え、体には外傷がない事を聞くと安堵し、礼金を渡す。

 

「あの子、どこかの令嬢さんね。あんな綺麗な体をしている子なんてこの界隈ではいないわ。」

 

「・・・女将、一応この事は内密に頼む。もし身分のある者なら余計な口外はここにも迷惑をかける事もある。」レヴィンの過剰に多い礼金に気づかない夫人の口を止める、婦人もハッとして頭を下げるとそそくさと後にした。

 

「温かいスープを用意してあるから、もしあの子が起きたら飲ませてあげて頂戴。」

 

「わかった。」そういうとレヴィンは少女の部屋に入り、目が覚めるまで書物に目を通すことにした。

 

 

「静かな夜だ・・・。」不意に当たりの静かさにレヴィンは本を閉じた、カップの水に口をつけるともう随分と夜中に近づいていることに気づく。ため息を一つつくと、ようやく落ち着けるとばかりに着座した。

娘は目覚める素振りはない、レヴィンもそろそろ寝ようと思った時に大事なことを失念していた。

 

「あ・・・、俺の寝床・・・。」レヴィンは忘れていたが、どのみちこの宿には一部屋しかない。苦笑いをすると、予備のシーツを一枚出して椅子に深く座りシーツをかけて眠ることにする。

 

「明日、起きてくれればいいのだが・・・。」レヴィンはそう呟いてシーツに絡まる。目蓋を閉じればすぐに寝付けるが、不意に女将の言葉が気になり再度少女を見てしまう。

確かに身なりは良い・・・。人買いから買われて何かしらの事情であそこに打ち捨てられたとしても、上質の素材をふんだんに使った質素なドレスはない。人買いなら買う側に訴えるドレスや衣装で着飾るはず・・・。

余計な思考に陥ったレヴィンは頭を一度振って思考を追いやり、無理やり眠りにつくのであった。

 

・・・・・・

レヴィンの部屋はランプが消えてすっかり闇に包まれており、わずかな明かりは月のみ・・・。青白く光る月がレヴィンの泊まる窓に差し込んだ。

椅子に深く座ったレヴィンの膝から本が落ちるとその音に不意に目を覚ます。

 

「む・・・、寝ていたか・・・。」レヴィンは机に落とした本を戻すと、ベットで寝入っていた少女がその場に立っていたのだ。

 

「な!起きていたのか?」

 

「・・・敵襲・・・・・・。」少女の瞳は一点を見つめるのみでそう呟く。

 

「え?・・・な!!」レヴィンがほうける暇もなく、辺りに虹色に光る鱗粉がばら撒かれたように部屋を充満する。

 

「昏睡か!」咄嗟に己の内に秘める魔力を解放して抵抗する。

少女もまた魔力を解放させるとレヴィンよりも早く抵抗する、そして悠然と窓の外を見るなり飛び降りた。

 

 

「お、おい!」レヴィンは慌てて窓枠より階下を除くと少女は何事もなかったのようにふわりと降り立ち、レヴィンに続けとばかりに振り返った。

レヴィンもすぐさま飛び降りて着地するが、少女は既に裸足のまま駆け出していた・・・。すぐに走って追いついたレヴィンは彼女の横顔を見る。なんて麗しく、整った顔立ち・・・。幼いとはいえ、その雰囲気はまるで少女とは思えず一人の淑女のようであった。宿の女将が言うことも頷ける・・・、清らかな瞳がレヴィンに向けられた。

 

「この先に、・・・います。」すらっと細い腕が昏睡の魔法を使った場所を特定し、一つの庭園を指さした。

 

「彼らもこちらの動向は読んでます、・・・相当な手練れです。」

 

「戦うつもりなのか?君は一体・・・。」

 

「・・・レヴィン様、話は後ほど・・・。今は彼らを・・・。」少女の口調とは思えない。レヴィンの頭は混乱するが、確かに今はそんな事を言っている暇はないのも確か。豪邸の一角にある庭園の壁を少女はふわりと飛び上がる。

レヴィンはウインドを使って飛び上がり乗り越えた。

庭園は見事に手入れをされており、足場には豊かな芝生と所々に植樹した木々が新緑の息吹を与えていた。その草場に再び重力感じさせないように少女は降り立つと、その前には敵襲の対象者達が待ち構えるように立っていた。

 

「ユリア・・・、お前からきてくれるなら好都合。さあ来てもらおうか・・・。」待ち構えるのは三名、いずれも黒いローブを着込み素顔は見れない。だがフードの中なかみえる双眸は不気味に赤みを帯びていて、邪悪なオーラを纏っていた。

 

「・・・断ります、貴方たちにユリアを渡せません。」

 

「・・・・・・。」レヴィンはその口ぶりに彼女の正体をこの期に及んでも思考を巡らせていた。

 

「くくく、ならば無理にでもご同行願おう。少しばかり乱暴にはなるがな。」三人の魔道士から魔力が込められて、辺りから無象の邪気が溢れ出す。

春を迎えて、新緑の芝が冬に戻るかのように生気を吸われて枯れていく・・・、冬場に戻ったかのように芝は枯れ草と変わり果てた。

 

「ロプト教団か・・・、この子はお前たちに渡すわけにはいかんな。」レヴィンもまた魔力を纏わせて、少女の前へ出る。

 

「・・・レヴィン!貴様はマンフロイ様に殺された筈!!」

 

「地獄の淵から舞い戻ってきたのさ、マンフロイに復讐する前にお前たちから抹殺してやる!」レヴィンは魔力を解放し、魔道たちの先手を突いた。

 

「ライトニング!」邪気を照らす、光の圧力に消滅し魔道士達は防戦する。ユリアはレヴィンの腰にある護身用のショートソードを抜くと、単身魔道士に斬りかかる。

 

「お、おい!」

魔道士はまさかユリアが接近戦を演じてくるとは思わず、一人が斬られた。

 

「ぎゃあああ・・・!」ショートソードに胸を貫かれた魔道士は異様な叫び声を上げる。背中に突き抜けた剣は眩い光を放ち、闇の魔道士には耐えがたい光の魔力が身体の内から照らされたのだ。

再生能力が高い闇の魔道士だが、この攻撃には即死を余儀なくされた。

ユリアはそっと魔道士の胸元を押すと後ろに倒れ、光を帯びた剣を引き抜く。

 

「ウインド!」残る二人の魔道士は驚きの隙をついて、ユリアから風の魔法で吹き飛ばす。二人は魔法の準備に入っていたのでその前に牽制したレヴィンのタイミングは素晴らしく、抵抗もそこそのに二人はそのまま後ろに下がる。

 

「油断するな、まだ二人いるぞ・・・。」レヴィンはユリアの元に走り寄る、ユリアはそっと頷くと再び二人を見据える。

ひゅんと一回ショートソード振ると青白い光が淡く尾を弾いた。

 

レヴィンはその素質の高さに驚かさせる。

剣技もにわかではない、それに剣身に光の魔力を纏わせて内部から損傷させる技術と経験は一朝一夕で習得できるものではない。

何よりその身に内蔵する魔力が凄まじかった、静かに揺らぐ魔力から一介の魔道士では想像できないだろう。シレジアに帰ってきたカルトよりも魔力を有している、とレヴィンは踏んだのだ。

後衛に潜む魔道士はフェンリルを打ち出した、襲い掛かる闇の牙をユリアは簡単に光を帯びた剣を振りかざすと霧散して無に帰ってゆく。

狼狽する魔道士達をユリアの目が捉えると、剣から眩い浄化の光が放たれる。

 

「退きなさい、次は容赦しません。」苦悶に呻く魔道士達に警告する、ロプト教団員はおそらく上位にいる司祭クラスの者ではない。小物と少女は判断し、無駄な戦闘を避けたいと願い出た。

 

「馬鹿な・・・。素養を持つとはいえ、まだ子供に・・・。」狼狽する魔道士達にユリアはさらに静かな魔力を放出して格の違いを見せつける。瞳から揺らぐことのない意志を読み取った魔道士達は退かざるを得ない、さらに後ろにはレヴィンもいる・・・。

 

「ユリアよ、暫しの時間をやろう・・・。マンフロイ様がいつかお前を迎えに来るだろう、心せよ。」魔道士達は闇に溶け込むように姿を消す、彼らが残した言葉は決して虚勢を張って残した言葉ではない。

レヴィンはそう感じつつも、ここで争いが終わったことに安堵する。

 

「ユリア、と呼ばれていたな。その剣を返してもらおうか。」レヴィンはユリアの前に歩み寄ると、剣をもらい受けてローブの奥に仕舞い込む。

 

「何故俺のことを知っている?お前は何だ?」

 

「・・・レヴィン様。生前あなたとお会いした事はありませんが、あなたの事はカルト様よりお聞きしておりました。

カルト様がお慕いし、あなたをシレジアの王として国に残らせた訳・・・。お会いして、私もわかりました。」

 

「それは、カルトから聞いた、と言う事か?」レヴィンの言葉に一つ頷いた。

 

「私は、ディアドラ・・・。この子の母親です。

・・・私の残った力でユリアを逃し、この子の体を借りて彼らを追い払いました。」

 

「なんだと!それではこの子は!!」レヴィンの頭に巡った様々な憶測を読み取るかのように、ディアドラは再び頷いた。

 

「な、何があった。王家の者がロプト教団に直接襲われるなど・・・、ならば、アルヴィスはどうした。」

 

「混乱されるのは致し方が無いでしょう。・・・すみません、それを全てお話しする時間は私にはありません。

始まりは私のもう一人の子、ユリウスにあります。

ユリウスを止めて下さい。あの子を止めないと、この世は再び深い悲しみの世界に戻ってしまいます。」

 

「ユリウス・・・。」確か、皇帝陛下となったアルヴィスとディアドラの間に生まれた後継者であった筈・・・。そしてこのユリアとユリウスは双子の兄妹・・・。そこまでは各国にも情報が流れてきているので知る事は容易い・・・。

そこからカルトの最期の言葉と、今あった事を当てはめると、ユリアがディアドラの血を継ぎ聖戦士ヘイムの力を継いだのだろう。そしてユリウスが、聖戦士マイラより血を集約させたロプトウスの化身となる・・・。

そのユリウスを止めなければならない、・・・!

 

「まさか!封印が?」レヴィンの頭の最悪のシナリオが並んだがディアドラは首を振る。

 

「まだ、今は大丈夫です。

・・・レヴィン様、封印の地をお守り下さい。」ディアドラは片膝をついて崩れる。

 

「お、おい!」

 

「時間です・・・。

レヴィン様・・・。どうか、お願い致します・・・。

ユリア・・・。辛いでしょうがあなたの運命は、あなたの手で切り開きなさい、幸せになるのですよ。」自分を抱くかのように手を交差させ、ディアドラは逝った。彼女の最期の力で愛娘を守り、全うしたのである。

レヴィンは全てを悟るとその場で冥福を祈る・・・。ディアドラが最後に託した少女は過酷な運命を辿ることになる、レヴィンの顔は険しく、そして憂いを浮かべるのであった。

 

「はっ!・・・・・・、私は・・・。」ユリアは目覚めると、そこにはまだ険しさと憂いが混じった顔を残したレヴィンの姿をとらえる。

 

「目が覚めたか・・・。君はミレトスの街で昏睡していた、立てるか?」

 

「・・・・・・私は、一体?」レヴィンの手を掴み、立ち上がるがどうも要領を得ない・・・。どうしたのかとレヴィンは顔を覗き込むが、少女の顔は血の気がひいている。

 

「おい、どうした?」

 

「思い出せない・・・、私は・・・、誰?」少女の言葉にレヴィンは一瞬で思考する。

 

「まさか、記憶が・・・。」

 

「はい、・・・思い出せません。私が何者かも、・・・どこからきたかも・・・。」

(そうか・・・。実の兄に目の前で母親を殺されたんだ、記憶の一つや二つ吹き飛んでも不思議ではない。)

 

「おそらく、何かのショックで混乱しているのだろう。今日はゆっくり休もう。

・・・これも何かの縁、記憶が蘇るまで私の旅にでも付き合うか?」

 

「・・・ありがとうございます。この有様、とても一人で生計など立てられません。・・・あの、お名前は?」

 

「レヴィンだ・・・。君の名前は、・・・そうだな。

ユリアでどうだ?」

 

「レヴィン様、ありがとうございます。

ユリア・・・、まるで私の元の名前を知ってるかのよう。大切にします。」涙を一雫落とすと、笑顔を作る。

 

「ふふ・・・、そうか。ならば今日は早く休もう、明日からの旅は大変なものになる。」

 

「はい・・・。」レヴィンのそっと差し出した手に添えると歩き出す、その道中は無言であったがユリアはレヴィンの不器用ながらに温かな手に安らぎを与えられていた。

しかし大陸を蝕む大きな厄災が急速に広がりつつある中、ユリアは確実にその渦中へとひきづり込まれていくのをレヴィンはひしと感じ取っていた・・・。

 

 

 

「・・・生きてるか・・・。」声をかけられて、刈り取られそうであった意識を再び落とさないと踏みとどまる。ゆっくりと目を開け、うなだられた首を上げると兄が少し不安げに顔を覗かせていた。

 

「はい・・・、すみません。少し寝てしまっていました。」一本の針葉樹にもたれかかって寝ていたリンダはその樹を使ってゆっくり起き上がる。兄のアミッドは筒を取り出すとリンダに与える。

 

「ゆっくり飲め、魔力も少し回復する。」リンダは受け取ると喉の渇きもあり、一気に飲み干したい気持ちになる。

兄の言う通り、その気持ちを押さえ込んで一口づつ食道に通した。

 

「追撃、きませんね。」

 

「ああ・・・、さすがに今回の人海戦術でも押し切れずに功を急いだのだろう。第二波まで使い切ったかもしれん。」アミッドもまたかなりの疲労で肩で息をしていた、それでもまだ冷静な分析をしている兄の体力と魔力にリンダは安心する。

 

「・・・今回はこちらが勝機た。

ここで、こちらから追撃できれば奴らを根絶してシレジアに侵攻できるかもしれん。」

 

「さすがにそれは危険すぎます・・・。私達もかなりの被害、アーサーもまだ戻ってきませんし・・・。」リンダはアミッドが鼓舞するために発言したと思ったが、それは違っていた。兄は敵陣を見据え、決意を固めていた。受け取った筒を落として、兄の裾を掴む。

 

「だ、ダメです。兄さんの力は知ってますが、無茶すぎます!」

 

「・・・・・・リンダをここに残して勝手には行かんさ、心配するな。」頭をそっと撫でると、アミッドもリンダがもたれかかっている針葉樹にもたれる。小麦を固めた携帯食料をリンダに差し出し、自身も一口嚙った・・・。



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皇子

ここはシレジアとセイレーンの間にある山脈の中腹辺り。

かつてアミッドの父がシグルドの意思に携え、扉を開く鍵と自身の命を封印した運命の地・・・。

アミッドは幼少からこの地を見守り続けていた、それは父の意思を継ぐ気持ちや尊敬の念ではない。アミッドはいつもこの地を見る表情は穏やかではなく、残された銀の剣を握りしめるだけであった。

 

リンダの手前、大見得を切った。一握りほど残された魔力など集中を切らせれば霧散して次の魔法を放てるかどうか・・・、それでもさらに奥から迫りつつある邪悪な魔力に逃げるわけにはいかない、アミッドは死を決意していた。

 

「リンダ・・・。お前の命、俺に貸してくれ。」

 

「え・・・、どうしました。」

 

「凄まじい悪意が感じられる・・・。なぜさっきまで感知できなかったのかわからなかったが・・・、今ようやくその意味がわかった・・・。

本能が察知を避けているんだ、よく感じ取ってみてくれ・・・。」

アミッドの言葉にリンダは荒れた息遣いを正すと、目を閉じて兄の指摘する方向へ意識を向ける。

閉じた瞳は動揺し揺れているのを感じる、リンダは落ち着き集中していく・・・。

ここから斜面を下った先に森林地帯があるが、その辺りにから感じる邪悪な気配。魔力よりも兄の言う悪意が凄まじく、人間が放てる雰囲気ではなかった。

リンダは途端に、集中した意識を手放して目を開ける。

先程以上に息が荒くなり、落ち着かなくなる。体は震えて寒気が全身を駆け巡った。

 

「ああっ!なに・・・、この気配。」

 

「尋常が無いものがくる、それしか言えん・・・。リンダ、俺と戦ってくれるか?」

 

「兄さん、私・・・、怖い・・・。」

 

「・・・俺もだ、でも逃げるわけにはいかない。

シグルド様の意思を俺たちで守るんだ。」

 

「・・・こんな時でも兄さんは、お父様の事は口に出さないんですね。」

 

「・・・・・・先に行く、リンダは後方援護で頼むぞ。」アミッドは斜面をゆっくりと降りだしリンダはそれに続く、胸に抱いたオーラの書をギュッと握るのであった。

 

近づくにつれて邪悪な気配はどんどん強くなる。まるで現世と地獄の入り口の狭間に立っているのでは無いかと思えるほどの、心を押しつぶすような恐怖がリンダを襲っていた。

 

「リンダ、苦しいが共に戦ってくれ。とても俺一人ではどうにかできる相手ではない、・・・無理に前に立たず援護だけでいい。

・・・もし瓦解した時は迷わず逃げろ、そして仲間を連れて来てくれ。

それがお互いの生存率を上げる一番の方法だ、わかったな。」

 

「兄さんも、その時は逃げて・・・。」リンダの小さな言葉にアミッドの小さく頷いた。

その頷きと、邪悪な存在とは同時であった・・・、視界に入るは一人の少年、リンダと同じか、それよりも若い少年であった。

燃えるような真っ赤な髪、まだ発展途上な体躯に小さな身長。

大人からはかけ離れた少年であるはずなのに、その表情と醸し出す雰囲気は異常な程に恐怖を植え付けた。

 

「・・・目的と名を明かせ、俺はシレジアのアミッドだ。」銀の剣を抜き、道を阻むが少年は一向にその歩みを止めない。

 

「・・・・・・。」少年は俯き加減にそのまま歩み続ける。

 

「間合いに入れば敵対として、斬るぞ!」アミッドは伸ばした銀の剣を青眼に構えるが少年の歩みも、捉える呼吸にも乱れがない。

アミッドはいいようなのない恐怖を押さえつけ、逆に乱れた呼吸を必死に整える。汗が・・・、シレジアでは余程動き回らなければ吹き出さない汗が、額を伝って首筋を冷やした・・・。

リンダも、喉奥に溜まった生唾を飲んでオーラの書を祈るように抱く・・・。数秒後にはアミッドの間合いに入る少年、突き上げる恐怖と二人は戦っていた。

 

少年の足が、アミッドの間合いに淀みなく踏み入れた刹那、青眼から滑るような足運びからそのまま喉元に鋭い突きを入れる。

アミッド得意の無拍子突きが少年の喉元を突き破るがアミッドには一切の手応えが無い、気づいた時には陽炎のように少年の体は消え、横にスライドするかのように移動していた。

 

「なっ!」すぐさま、突きの反動を右足で踏み留めて横薙ぎへと変化させて追撃するが、少年は回避したのみでアミッドに興味がないように歩を進めていた。背後から遅いかかってくると思っての反撃の横薙ぎのため、すでに間合いの外の剣は再び空を斬った。

 

 

振り返ったアミッドは驚き、そして相手にもされていないと知ると怒りが冷えた体に血潮が巡る。少年は終始同じ速度で俯き加減に歩を歩み続けているだけであった。

 

「貴様!!」

「兄さん!!」アミッドの怒りと、リンダの言いよらない不安が同時に叫びとなった。アミッドは剣を収めると少年の背後から肩を掴み強引に振り向かせた。

 

「なんだ、無礼者・・・。」一言発するだけで相当の威圧感、アミッドの怒りが冷めていく・・・。

その一瞬を少年は見据えていたとばかりに初手を放つ、あたりの空気が急激に灼熱へと変貌した。アミッドは閃熱に目を眩ませながら吹き飛び、一本の針葉樹に叩きつけられる。

 

「ぐはっ!!」針葉樹は大きく揺動し、しならせた。

(大気を圧縮させて、発火させた。膨張させて可燃気体を燃やしたのか?早すぎる・・・。)

アミッドは眩む頭で分析しながら立ち上がる。少年の第二波を警戒したが、その様子はない。

再び歩みを始める、その方向は封印の地である事は間違いなかった。

アミッドは奥歯をぎりっと噛み締めると一気に立ち上がると魔力を放出させる。

 

「エルウインド!」真空の刃を放つが、少年は先ほどの回避で揺らぐように歩みながら交わしていく。先ほどの攻撃も、鬱陶しく自身の周りを飛び回る虫をあしらったかのような態度に感じ、アミッドは屈辱感に染まっていった。

 

「おのれ!」少年の肩を再度掴む、2度の行為に少年は少し苛立つような表情をするがアミッドは構う事なくライトニングを叩き込んだ。

強烈な閃光に次は少年が吹き飛んだ、しかし少年はゆっくり起き上がると次の少年はアミッドの目を捉えた。

 

(・・・!なんて目をしてやがる。殺気とは違う、もっと昏いものに命をからめ取られるような・・・。)

アミッドは凍りついていた・・・。

 

「兄さん!!」妹の叫び我に帰る、気づいた時には少年は目の前に迫っていた、差し出してくる右手を払って袈裟斬りに斬りつける。

 

(入った!)ようやく手応えのある一撃を見舞う事ができたが、少年はまるで苦痛を感じなかったかのように、払われた右手を再度突き上げてアミッドの首を掴んだ。

 

「・・・っ!」アミッドは声無き悲鳴を上げる。少年とは思えないほどの握力で一瞬に視界が暗くなる。血流や呼吸が止まる事もあるが、その前に首の骨を砕くのではないかと思えるくらいの力が込められていた。

 

意識が飛ばされる前に、足掻いた銀の剣が偶然にも少年の締め上げている親指にあたり力が緩んだ。とっさに脇腹は回し蹴りを入れると距離をとって離れる。

止まっていた呼吸を開始した瞬間に、気管に入った唾液が拒否反応となり一気に咳き込む。

 

「・・・ヘル。」少年から放たれる暗黒魔法、精神崩壊を引き起こす危険魔法を浴びせる。

 

「ぐああああ・・・。」頭を押さえながら地面に沈むアミッド、目は焦点が定まらず狂人のような呻き声を発しながら転がり回る。

 

「ふははは・・・、そのまま狂って死ね。」少年の無慈悲な言葉にリンダは震えが止まらない、そんな彼女を少年は侮蔑したように見る。

 

「お前もやるか?」少年の挑発にリンダは青ざめその場で崩れる。

 

「そうだ、弱者は這いつくばれ。刃向かえたこ奴には称賛するが、その報いを受けるがいい。」少年は廃人間近なアミッドの頭を蹴ると、道端へと転がした。

フン、と鼻を鳴らすと再び歩み始める。

 

「もうすぐだ・・・、もうすぐ復活できる。

・・・そして完全な存在になる。ナーガよ、待っていろ。

イツカオマエノノドモトニ、ワシノツメヲツキタテテヤル・・・。」

少年の異常な昂りを見せながら山道を上がっていく。

 

 

「ユリウス様は余程昂っておられる。打ち捨てていったが、こやつらは危険だ。始末しておかなければな・・・。」

アミッドは精神崩壊を、リンダは喪失状態にある中、ロプト教団の大司教マンフロイが闇の影から姿を表す。

 

「くくく・・・。マイオスとカルトお陰で復活には17年もかかってしまったが、まあいい。その溜飲はここでお前たちの首で贖ってもらおう。」マンフロイの言葉にリンダ反応する。戦意を喪失し彼女は涙しながら怯え、動かなくなったアミッドを覆うようにして首を振る。

 

「ほう・・・、ユリウス様の畏怖に当てられても兄を守るか・・・。殊勝な事だが、儂の暗黒魔法で二人仲良く贄となるがいい。」

じりじりと詰め寄るマンフロイ、リンダは必死に兄を守ろうと首を振る。

 

「無駄じゃ、諦めろ。」マンフロイの魔の手が伸びつつある中、リンダの心の中で叫ぶ声が広がった。

(リンダ!今だ!撃て!!)

その言葉は叱責でも命令でもない、頭に響くのは導きの声。

咄嗟に残った魔力を胸に抱く魔道書へ込められた。

 

「「オーラ」」誰かの声とリンクするように撃ち放たれるオーラにマンフロイは天空からの光に撃たれる。

 

「ぐわあああ!・・・て、転移!」油断し切っていたマンフロイは直撃を受け、咄嗟に転移の杖で逃げ帰った。リンダは力を使い果たして意識が遠のいていく・・・。

 

(リンダ、よくやった・・・。お前たちに、何も出来なかった俺を許してくれ・・・。

・・・・・・さらばだ、我が子たち・・・。)

 

リンダは事切れる直前、封印の異国の木が倒れていく姿を目で追っていた・・・。

 

 

 

・・・

・・・・

・・・・・

 

 

「気がつきましたか・・・。」うっすらと目を開けると、憂いの瞳をこちらに向ける少女に問いかけた。アミッドはトーヴェのアジトと判断すると一先ず落ち着いて一息つく。

 

「クラリスか・・・、俺は守れなかったんだな・・・。」アミッドはクラリスの瞳に全てを察して、顔を腕で隠す。

 

「・・・アミッド様のせいだけではありません。私も、レヴィン様も察する事ができませんでした。」クラリスの赤い目にアミッドは寝ている間奔走してくれていたのだろう、アミッドはその苦労に弱音ばかりを吐くわけにもいかない。ベットから起き上がると、クラリスに向き直る。

 

「2日も意識がなかったのです、ご無理は・・・。」

「無用だ。それよりもクラリス、これからどうすればいい。

封印は解かれたのだろう?・・・それに、リンダは?」

 

「・・・リンダ様は無事です、意識はすぐに戻ったのですが色々あったみたいで少々混乱しています。それでもアミッド様のように精神魔法をかけられたわけではないので時間が解決するでしょう。」

 

「そうか・・・。状況を確認したい、すぐに有力者を集めて会合しよう。」アミッドは外套を纏うとクラリスに進言する。

 

「はい・・・。その前に一言、今回貴方達を見つけ出してここまで運んできたのはレヴィン様です。

貴方が目覚め次第、レヴィン様も話がしたいとおっしゃってました。」

 

「・・・レヴィン!あいつが来ているのか。」

 

「・・・はい。アミッド様、どうされますか?」

 

「わかった・・・。」アミッドはクラリスの目を見る事はなく合意する。

 

 

 

質素な作りの円卓に、反乱軍の所要メンバーが席に着いていた。

みな、アミッドとクラリスの入室を待ちわびている様子・・・。

 

元シレジア国王のレヴィンは、腕組みをして瞳を閉じてその時を待つ。

レティーナは自慢のハルバードの刃を丁寧に磨き、鼻唄混じりに待つ。

ディーナはその鼻唄を疎ましげにジト目を飛ばしていたが、全く意に介さない相棒にため息をついていた。

そしてアーサーは静かに座り、書物に目を通している。

 

「ねえ?アーサー、いつも本ばかり見ているけど、楽しいの?」フィーは机に頬杖をつきながら話しかける。

 

「ええ、楽しいですよ。自分の価値感とは違う体験談や、知識が身につきます。フィーの中も一冊いかがですか?」アーサーは懐から一冊の書物を取り出す、その分厚いハードカバーの書物をパラパラとまくるだけで目眩が出たように頭をふらふらさせる。

 

「むーりー、私には苦痛でしかないわ。アーサーといい、お兄ちゃんといい、私の周りにはインテリばっかり。だからレティーナが大好き!」

 

「なっ、なっ!じゃああんたがよく纏わりついてくるのはそう言うことか!私も知能派だ!!」

 

「じゃあ、これ読んで・・・。」フィーが差し出す書物にレティーナは喉を鳴らして受け取った・・・。

 

アミッドとクラリスが入る。

 

「アミッド様、よくご無事で!」ディーナの言葉にアミッドはうなずく。

 

「不在の上、迷惑をかけてしまった。申し訳ない。」

 

「よせよ!私達はいつくも死線をくぐった仲間だ。それよりもこれからだ。」磨いていたハルバードを立てかけて笑う。

 

「そうだな・・・。

そのためにも、国を捨てて逃げたそこの男の聞こうじゃないか!」アミッドはレヴィンを指差すと、木製の椅子にドッカと座り腕組みする。

 

「・・・相変わらず手厳しいな。」レヴィンの笑みにアミッドは再び不快な顔をする。

 

「当たり前だ、俺は昔からあんたが嫌いなんだ。

話なんて聞きたくもないが、俺とリンダを介抱したと聞いた以上・・・。

礼などいいたいないが、言っておく。

・・・・・・ありがとう。」立ち上がって頭を深く下げる。

 

「ふっ・・・。礼を言っているか分からんいいようだが、受け取っておこう。」

 

「・・・・・・。」アミッドは再び着席した。

一堂が落ち着いたと感じたディーナはクラリスに目配りすると頷き、普段より進行役を行なってきたディーナは立ち上がって話を進める。

 

「レヴィン様、お願いします。」

 

「・・・ロプトウスの書の封印が解かれた。

今回アミッド達を襲ったのはアルヴィス皇帝の息子のユリウス、そしてロプトウスの化身だ。」

 

「!!」

 

「馬鹿な!」アミッドは机を両手で叩いて立ち上がる。

 

「ロプトウスの書がなければいかにロプトの血が連なる者でも、その力は発揮できないとあんたはいっていたじゃないか!だから俺たちは貴重な戦力を割いてでもあの地を守っていたんだ。」

 

「そうだ・・・。確かに俺はそう言った、現に奴らは17年間あの地を狙って教団員を送りつけていた。

だが、何らかの方法でユリウスの血に火を付けて襲わせたんだろう。そうとしか考えられない。」

 

レヴィンの推測に一堂は黙ってしまうが、新たに入室したリンダが発した。

 

「兄さんが倒れた後に、一人のロプト教団員が襲ってきました。

復活に17年かかった、お父様と因縁がある様子でした。」

 

「高位の教団員が復活して、その方がユリウス皇子になんからの力を働きかけた?って事でしょうか?」クラリスの言葉にレヴィンが頷く。

 

「まだ推測の域を出ないが、限りなく正解に近い答えだろう。

・・・時は来た。封印を守る必要がない今、我らはシレジアにいるフリージ軍を全軍で突破する。

そして、各国で反グランベルで抗戦しているシグルドの元に集った聖戦士の末裔と力を合わせる必要がある。」

 

「シレジアはどうなるんだ、私達はシレジアの為に戦ってきたんだぞ。」レティーナはレヴィンに突っかかる。

 

「・・・シレジアだけを守っても、ユリウスが力を蓄えきってしまえば数年もかからずに各国は崩壊するだろう。まだ力を蓄えきっていない時に、各国から聖戦士を集め対抗しなければこの大陸は永遠の闇に覆われる。」

レヴィンの話にクラリスとアミッドは静かに頷いていた・・・。



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英傑

「はあ・・・、はあ・・・、はあっ!」一人の少女が逃げていた、背後には傭兵崩れの野党が卑下た笑いを浮かべながら迫っている。

少女は必死に逃げながら、ようやく林を見つけて飛び込むとひたすらに足を動かす。

多少の障害物を見つけ、葦のながい草むらに身を飛び込ませて潜んた・・・。もう足は限界でもう走れない。心臓は飛び出すのではないかと思うくらい動悸を打ち、途切れた酸素を取り込もうと肩で口で呼吸していた。

しかし男共も林に入り怒号が響きだすと少女はとっさに呼吸を潜める・・・、体が酸素を欲しているが少女は疲労した身体に鞭を打った。

 

「探せ!殺しても構わん!!そこらへん全部獲物を突っ込め!!」

その言葉にぞくっとする、男たちは所構わず剣や斧で草を払うようにした探し出したのだ。

もし、その刃に当たれば致命傷は免れない。

 

「おーい、お嬢ちゃんー。悪いようにしねえから出てこいやあー。

どっかに潜んでいるんだろー。」

容赦なく草むらに武器を突っ込みながら少女を威嚇する。

 

「おっ!手応えありー。・・・って、兎かあ。」

草むらから血が滲み出し、書き分けるとでてきた兎を取り出すと無造作に投げ捨てる。

偶然にも少女の潜む草むらに兎を投げ込まれて恐怖は限界に達した。

 

「ひっ・・・、ん!」少女は咄嗟に口を塞いで声を妨げるが、野党達は逃さなかった。

 

「ひっひっひ・・・、さーて続きだ、どこにいったのかなあ。」少女に迷いなく近づく・・・。

 

覚悟を決めた少女は、まさに脱兎の如く再び疲労で乳酸の溜まり切った足を叱咤するように足を叩いて駆け出す。

 

「あっ、待ちやがれ!!」そのまま隠れてやり過ごすと踏んでいた野党の一人は対応が遅れた、走り出した時には少し距離が離れる。

 

少女は一瞬笑みを浮かべたが、逃げた先には別の一人の男が探していたのだ。道を塞ぎ待ち構えた。

 

「・・・・・・。」少女は懐から一振りの剣を抜き覚悟を決めた。

「しねえー!!」大剣を振り上げて唐竹割りに振り下ろすが、その剣は少女の外套を切り裂いただけで本体はまるで手品のように消えた。

 

「な!なにい!」大柄の男は大剣にまとわりつく外套を引き裂くと辺りを見渡した。少女はは一本の巨木を蹴り、大柄の男に空中から抜いていた剣を背後から切りつけた。

 

「があああ!」男はその場で蹲り、崩れる。

 

「おい!こっちだ!」

「あれだ!あの剣を奪え!!」

そう、彼らの狙いは少女の右手に持つ魔法の剣・・・。鈍く光る青い軌跡を残す剣には非力な少女でもそれなりに切り裂く力があるが、それ以上に持ち主を加護する力を付与した守りの剣・・・。それが名前の由来である魔法剣をこの野党達は狙っていた。

 

少女は再び大地を蹴って逃走する。体力と、体格が圧倒的に劣る少女では数と暴力には敵わなし、野党の一人に怪我を与えても彼らを怯ませる材料には至らない。再び追いかけっことなった。

 

 

 

「この山、・・・騒がしいな?」一人の剣士が、殺気混じりの気配に立ち止まる。

エバンス周辺は、最近までアグストリアとヴェルダン連合がグランベルとの小競り合いがあった場所・・・。食料の調達に寄った村ではアグストリアへの越境はやめたほうがいいと忠告されたが、そうはいかずに一人山に入った。この状況に少しは村の人の話を聞くべきだったか、とため息混じりに思う。

村人の話では小競り合いでおこぼれを狙う盗賊や野党が、ヴェルダン山中に巣食う根城から降りてきているそうであった。

ヴェルダンはかつては蛮族の国と言われていた。現在はキンボイス王の厳しい管理のもとで随分とならず者は減っているとは聞くが、どうしても国の体制に反対する者や、時代の変化を嫌う者が現れ、徒党を組む事は少なからず現れる・・・。

野党達も生きる為にやっている事、とは言えども巻き込まれた者はたまったものではない。そのような事になれば救わねばならない、剣士はそう考え、腰に挿す鉄の長剣を握る・・・。

 

剣士は山の合間に流れる川沿いの道を往く、アグストリア領はもうすぐとまできた時に、先ほど感じた殺気が近くまでに及んできた事を察した。

(どうやら、穏やかにアグストリアには行けないか・・・。)

 

剣士は川に目をやると、道から外れて川辺へと降りる。

すぐさま茂みから飛び出す少女に剣士は叫ぶ。

 

「こっちが浅い、渡って来い!」少女は一瞬立ち止まるが、風体で判断したのだろう。すぐさま指示通りの浅い場所を確認しながら再び走りだす。

対岸までたどり着いた少女の足は完全にもつれており、安心した事もあってか、剣士の胸を借りるように崩れた。

 

「わ、私・・・。」

「わかっている。」息も絶え絶えな少女に説明無用とばかりに左腕一本で彼女を支えると右手はすでに長剣を抜いて臨戦体制を取り、直後に水を踏みしめるように追っての野党が姿を現す。

 

「・・・随分物々しいね。女の子を口説くにしても、それじゃあ交渉にもならんだろう。」

 

「交渉だあ?俺たちは奪うしかしねえよ!」

 

「・・・そうか。じゃあやっぱり見たまんまお前達が悪党で、この子は追われている可哀想な子でいいんだな。」

 

「こいつら、私のこの剣を狙ってるの!エバンスの酒場で剣舞に使ったんだけど、そっからずっと・・・。」少女が見せる剣は確かに普通の剣ではなく、魔法の剣である事はすぐに見切った。

 

「・・・剣、ねえ。命には変えられんだろう、奴らに渡す事は考えなかったのか?」

 

「渡すものか!・・・この剣は、私にとって・・・。」ぎゅっと柄を握った少女には涙が溢れていた、剣士はフッと穏やかになりその柄の手に添えた。

 

「いい剣だ、これからも手放すなよ。」と少女に告げると剣士は一歩前に出る。

 

「お前たち、これ以上進むなら俺が相手になろう。」

 

「けっ!気取りやがってー!」野党達は一斉に獲物を振りかざす。剣士は瞬時の襲いかかる人数、速度、獲物を目で捉えると構えを取る。

初めに振り下ろされた斧に突進して間合いの内側に入っめそのまま胸を刺突し、そこから横薙ぎで斧使いの胸を切り裂いて隣の剣を持つ男を一緒に切り裂いた。その剣には一瞬、青白い閃光が走る。

 

「なっ!」

「げえっ!」瞬時に二人を斬り殺されて、野党達も只者ではないと動揺し、攻撃を中断する。

 

「どうした?諦めるのなら引き返すのだな。」

 

「・・・いいのか?俺たちにこんなことしたら、夜もおちおち眠れなくなるぜ。」

 

「脅迫のつもりか?」剣士は戦気を放ちながら睨む。

 

「・・・脅しと思うな、俺たちは仲間をやられた報復するのが掟だ!」

 

「随分な仲間意識だな、善悪のつかない連中が仲間の報復?聞いて呆れる。」剣士の闘気に殺気が加わった途端、攻撃的なオーラが野党どもの肌に冷たく刺さり出し、言いようのない恐怖を与えて後退りさせる。

 

「なら、お前たち全員この場で死体にしてやる。」剣士から立ち上がる闘気に竦む者まで出た、彼を怒らせてしまった事で彼らの生存は限りなく低くなったのである・・・。

 

それは一つの流れ星、居合わせた少女の感想である・・・。あっという間に敵陣の間合いに切り込むと数人を切り捨て、敵が切り込んだ時には間合いの外・・・。そして回り込み、再び間合いに入る。

野党共の力では彼を図る事はできない。彼らからしれば人外の者と戦っているように思うであろう、それほど剣士に秘める力は凄まじかった。

川はあっという間に赤く染まり、川底に沈んだ野党達が再び川面に出る事はなかった。

剣士は血糊を振り払って鞘に収めると吊り上げた眉を戻して少女に向き合う。

 

「怪我はない?って、無駄か・・・。」剣士は頭をかいて苦笑する。

この惨劇に彼女は気を失い崩れ落ちていた、気丈な娘とは言え耐えられなかったのだろう・・・。

 

 

・・・

・・・・

・・・・・

 

 

「おい、すまないが起きてくれないか。」意識の遠いところか声が響く、少女は飛び起きた。

 

「・・・!」彼女は草むらに流されていて、体には剣士の外套がかけられていた。辺りを見渡すとすっかり日も傾き、夕闇へと転じていた。

 

「起きてくれたか・・・。」先程助けてくれた剣士が安堵したように、竹筒を渡して水分補給を促す。

 

「ありがとうございます。・・・その、気を失ったみたいで・・・。」

 

「いや、私も配慮が足りなかった・・・。

・・・それよりも山の様子がおかしい、起きれるようなら早くアグストリア領に向かおう。」

 

「えっ・・・!わ、私は・・・・。」少女は困惑する。

 

「君の行き先とは違うかもしれんが、ヴェルダン領ではこのあたりには警備兵はいない。今はすまないがアグストリアへ避難しよう。」剣士の説得は正当な理由だった。山にまだならず者が潜んでいるのであればこの辺りは連中のテリトリー、夜になれば一気に強襲してくる事は確実であった。

少女は急に山から吹く風に身震いをし、こくりと頷いた。

 

 

少女と剣士は早歩きでアグストリアへの道を急いだ。

先遣の野党数人と接触したが、剣士の圧倒的な力の前に十分とかからず地に伏せた。

 

(この人、強すぎる・・・。何者?)

少女は走りながら、前を走る剣士の素性に関心を持つ・・・。年齢は自分とそう変わらない、身長は高くて痩身。目は穏やかだが、対峙した瞬間に内に秘める闘気を爆ぜさせて静と動を入れ替える。

夕闇につれて、時折刀剣が月明かりを反射させたかのように青白く光るのがわかる。そして、青白く光る時は野党の武器ごと身体を切り裂いていた・・・。

 

「止まれ!何か、くる!」剣士は少女を静止し、その先に潜む者を視認する・・・。

いや、潜んでいなかった・・・。その先にいる者は野党の首を左手に二つ持ち、右手には漆黒の剣を携え山の獣道から降りてきた。

 

「お、お前は野党どもの一味か?」

 

「・・・俺は、ヴェルダンの食客・・・。

ヴェルダン王から、山狩りを依頼され、動いている。」

 

「・・・そうか、お前が噂に聞くヴェルダンの凄腕剣士か・・・。その黒い剣に黒いローブ、そしてその黒髪・・・、噂通りだ。」黒剣の剣士には全く覇気を感じられないが、眼光だけは妖しい光を放っていた。

 

「お前こそ・・・、何者・・・?」

 

「私はイザークのスカサハ、故あってアグストリアに向かう最中にこの娘が賊に襲われている所で手助けした。」

 

「・・・そうか、じゃあ俺の敵じゃない。・・・早く行け、・・・奴が、くる・・・。」黒剣の剣士はスカサハが来た道の先に視線を移した。馬蹄の音が響きスカサハの耳も捉えた、振り返ると一騎の馬が跳躍し黒剣の剣士に斬りかかった。

 

ガキィ!!黒剣の剣士は凄まじい突進からの振り下ろしを見事に身の捻りの反動を使って捌いた、それでもその衝撃は凄まじく砂煙を巻き上げながら弾き飛んだ、黒剣を地面に突き立てて衝撃を止める。手にかなりの衝撃があったのか、立ち上がると手をふらふらと振っていた。

振り下ろした騎士は黒剣の剣士を見据えていた。

 

「貴殿よ、問答無用で相手に斬り付けるのは些か不躾ではないか。」

スカサハは黒毛の馬に乗った騎士に問いかけた。

 

「驚かせてすまない、・・・その男と多少の因縁があってな。」大剣を一度振るとスカサハの視線に向き合った。

金髪、精悍かつ端正な整いを見せる騎士・・・。その男の正体は黒剣の剣士の呟きで判明する。

 

「黒騎士のアレス・・・。お前、しつこい。」とてつもない速度で間合いを侵食した黒剣の剣士は騎士と同じ高さまで飛び上がり横薙ぎを振るうがアレスはその速度の剣を大剣で受けて振り払う。その力を剣で受け流し、その場で身体の回転で流しその場で止まる事に成功、黒剣の剣士は回転を利用しての唐竹割の一撃で還した。

 

ガキィ!!

再び大きな剣戟が響き、夕闇に火花が激しく散る。

アレスは大剣では第二撃に受ける事が出来ないと察知して、左手に仕込んだ手甲で黒剣から防いだ。

 

「チッ、・・・いい防具だ・・・。」黒剣の剣士は一度着地して嫌味を吐く。

 

「相変わらずの身のこなしだな、黒曜剣のラーズ・・・。」アレスは睨む。

 

「黒騎士アレスと、黒曜剣のラーズ。どちらも聞いた事があるが、敵対しているとはな・・・。」たった一瞬の斬り合いにスカサハは一筋の汗を流す・・・。自分の技量を測り自分を投影した時、命を保てただろうか・・・。思考を巡らせる。

 

「ラーズ、前にも聞いたが答えろ!

お前が以前手に入れた剣、あの剣を俺に見せろ。」

 

「・・・・・・・・・。」

 

「穏便に話し合いたい、貴様も俺とやり合いたくはないだろう。」アレスは大剣から槍に切り替える。

騎馬の機動力と槍の間合いでは、いかに素早い動きと身のこなしでもラーズの分が悪い・・・。これはアレスの警告なのだろう。

 

「あの剣は俺の探している剣かもしれぬのだ・・・、もしそうなら俺以外の者は扱えん。所望するならそれなりの礼はするつもりでもある。

・・・それでも話を聞く気はないのか?」

 

「・・・・・・・・・。」ラーズは答えない。彼がなぜ頑なにアレスの提案に反応がないのか計り知れず、アレスの言いようのない苛立ちに変わる。

ラーズはその不利にもかかわらず、アレスに突進する。

 

「ふっ!」アレスは迎撃に槍の一閃をラーズに放つ、彼は地を這うように前傾姿勢で槍を掻い潜り背後に回り飛び上がり背中に向けて袈裟斬りする、その速さにアレスは騎馬を旋回させる時間を与えない。

が、アレスは槍を手放し先程収めた大剣を引き抜いて袈裟斬りのラーズの速度に追いついた。

三度剣と剣が打ち鳴らされたが、アレスの行動はその次を狙っていた。

彼はラーズの握った剣ごと左手で掴むと、この場から離れる事を拒否したのだ。

 

「これでひらひらと距離はとれん、お前の負けだ。」アレスはなんと大剣まで手放して右拳の正拳突きをラーズの左頬に突き立てた。

 

「がはっ!」ラーズは思いもしない反撃に彼も黒曜石の剣を手放してしまう。アレスはそのままラーズを自分の馬上に乗せると、次は強烈な頭突をラーズに見舞った。

鈍い音がスカサハの耳に響く、その音はまるで頭蓋骨が砕けたのではないかと思える程であった。

ラーズはぐったりし、意識を失った・・・。

 

「なんて無茶な・・・、型破れにも程がある。」スカサハはラーズを馬上から受け取り、アレスに問いかけた。

 

「我流で戦場を生き延びてきた、俺に型などない。」アレスは馬から降りるとスカサハにラーズの見受けを求める。

 

「・・・私があんたたちの話し合いの仲介をしよう、さっきの押し問答では話が進まんだろう。」

 

「・・・すまんが、頼む。」アレスとスカサハ、そして事態に追いつかず戸惑う少女。そしてラーズ・・・、彼らの運命も動き出していくのである。



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黒騎士アレス

四人は山間の夕闇に包まれてしまい、その場で仕方がなく野宿となった・・・。

野党共の襲撃を考えたが、ここにいるメンバーは名のある騎士に剣士が二名、対応できると踏んだのだ。少女は食事を取ると疲れからか名乗ることも出来ずに寝てしまっていた、それにラーズも・・・。

 

「アレス殿、しかしながら手厳しいな。

ラーズ殿の剣を所望するにしても、手加減無用では殺してしまうぞ。」アレスへ素焼きのカップに湯を注いで渡す。

 

「奴はそんなにやわな男では無い・・・。」アレスは一口含むと、ほうっと息を吐く。

 

「彼の持つ黒曜石の剣、かつて地獄のレイミアと言われた傭兵が持っていたそうだが・・・。」

 

「博識ではないか・・・。ラーズはレイミアの一人息子だ、経緯は知らんが血の繋がった息子らしい。」

 

「地獄の剣士復活か・・・、アレス殿の型破りの攻撃にラーズ殿も力を発揮できなかったのだろうな。」

 

「剣士だろうが、騎士だろうが、俺に勝てるやつなどいないさ。・・・スカサハ、お前にもな・・・。」

 

「・・・ラーズ殿が勝てなかったアレス殿に、私などに勝機はないだろう。」スカサハはアレスの刺すような視線にやんわりと返す。そしてアレスはフッと、笑った。

 

「ラーズよりお前の方が一段上と見ている、俺の目は狂っているか?」

 

「・・・死闘の戦いでは実力の差が勝敗には左右せぬだろう、それはアレス殿も理解しているではないか?」スカサハは湯を飲むとその場に置く、彼の目は一瞬優しい目から剣士の目と変わり気迫を感じる。アレスは肌に刺さる闘気に自分の目に狂いは無いと踏んだ。

 

「・・・返せー、俺の剣・・・。」ラーズもまた、スカサハの闘気に反応に意識を戻す。そして手足を縛られて、木に巻き付けられていた。

 

「すまん、立派な剣で見惚れていた。ここに置いておこう。」スカサハは縛られた木の隣に黒曜石の剣を置き、ラーズに問いかける、

 

「ラーズ殿、君も愛刀が人に渡るのは嫌だろう。少しはアレスの話を聞いて、君が手に入れた剣を見せてやったらどうだ?」

 

「・・・・・・・。」ラーズは下を向いてしまう、アレスはラーズに詰め寄ろうとするがスカサハは制止する。

 

「君の手元にはもう無いのか?」

 

「・・・・・・。」ラーズは小さく頷いた。

 

「どこへ・・・、売ったのか?それとも誰かに渡したのか?」

 

「・・・・・・渡した・・・。」

 

「誰に・・・。」

 

「・・・・・・・・・。」再びラーズは沈黙する。・・・どうも彼は言葉をうまく伝えるのは苦手なタイプらしく、スカサハは辛抱強く待つ。何度となく、アレスがやろうとするがスカサハは目で止めていた。

 

「湖の・・・、女神に授けた。」

 

「え?・・・女神・・・?」

 

「ふざけるな!女神?大概にしろ!!」アレスの怒号にラーズは再び俯いた。

 

「・・・・・・珍しい剣を手に入れた。でも、アレスの言う通り、使える事、出来なかった。

神の剣と思った俺、神に返そうと、湖の女神に、祈って、返した。」

 

「・・・ラーズ殿、湖の女神にあって返したのか?」スカサハの言葉に首を縦に振る。

 

「湖の女神は、ヴェルダンの森深くにある、湖に、住んでおられる。

・・・だから、祈って、湖に沈めた・・・。」

 

「貴様!」ラーズの言葉にいよいよ激昂したアレスは縛られたラーズの胸ぐらを掴む!

 

「案内しろ!それはおそらく俺の探している魔剣ミストルティンだ!!

父上と共に失った魔剣を求めて、俺はようやくここまで来たんだ。」

 

「魔剣、ミストルティン・・・。貴殿はエルトシャン王の子であるのか?」スカサハの言葉に頷く。

 

「・・・エルトシャン王の御子息、ずっと我が主君セリス様がお会いしたいと言われてました。」

 

「セリス!・・・スカサハ、お前の主君はセリスか!

俺は小さい頃から叔母上とフィンの話を聞いて育ってきた、聖戦士シグルドとその仲間たちの絆は、俺の胸を躍らせたきた。

・・・父上とシグルドは無二の親友で、俺の憧れだ。」

 

「はい!セリス様も、エルトシャン殿の御子息には是非お会いしたいと常々言われておりました。お会いでてきて光栄です。」

 

「そうか!それなら尚の事ミストルティンを手に入れなければな。

・・・今、レンスターは決戦に向けて準備をしている。

父上達と縁深いキュアンの息子リーフが、最後の決戦の準備を進めている。レンスターを急襲して、アルスターとメルゲンを突破すればセリスのいるイザークを挟み撃ちにできる、と考えている。」

 

「・・・しかし、アルスターは。」

 

「ブルームがいる、奴にトールハンマーがある以上勝ち目はない。リーフもわかっているが、俺たちの拠点を見つけられ、襲われたら勝ち目はない。・・・だから俺はそうなる前にミストルティンを手に入れてブルームを倒す!それが目標だ。」

 

「・・・ミストルティンを手に入れられればアレス殿は正式にエルトシャン王の子として認められ、アグストリアを動かす事もできるのではないか?」

 

「・・・・・・。」アレスは饒舌に語っていた口が一瞬にして貝のように閉じてしまう。

 

「スカサハ・・・、それ、禁句・・・。こいつ、アグストリア王、殺そうと、考えている。」

 

「なっ・・・、それは穏やかではないな。」

 

「昔、こいつの、父親、シャガールに、囚われた事、恨んでる。

今、善人に、なっても、気に入らない、と考えてる。」

 

「ラーズ!・・・それ以上言うな!」アレスの怒気にラーズも黙る。

大きく息を吐いて、平静を取り戻すとアレスはスカサハに向き直る。

 

「ラーズの言う通りだ。今の俺がシャガールに会えば、間違いなく奴の首を地に落とすだろう・・・。

スカサハ、お前はアグストリアに行くと言っていたな・・・。お前の目的を聞きたい。」

 

「・・・私も、貴殿と同じだ・・・。父親の剣がアグストリアのマディノにあると聞いてな・・・、セリス様の大望を果たす為にその剣と共に歩もうと思ったのだ。」スカサハの言葉に意外にもラーズが反応する。

 

「・・・マディノに眠る、白銀の、大剣・・・。大理石に嵌って、17年、誰にも抜けない、剣か?」

 

「ラーズは知ってるのか?」スカサハの言葉にラーズは頷く。

 

「腕に、覚えのある奴、腕力自慢、みんな、挑んだ。・・・でも、ぬけない、・・・まるで、剣が、引き抜く者を、待ってる、みたい。

スカサハ、あの剣、お前が、抜く?」

 

「・・・私に、抜けるかどうかはわからない・・・。その場に立てば、何かを感じ取れると思っている。

母と俺たち姉弟を守る為に・・・、父はその剣と共に散った。

・・・父は、命を懸けて親友に切られる立場をとった。

父がその親友と共に行けば、シグルド様の立場が悪くなる・・・。

表立ってイザーク出身の父がシグルド様に阻めば、イザークの残党とシグルド様は敵対していた事になり、俺たち親子のスケープゴートができると考えたのでないか、と・・・バイロン様が仰っていた。」スカサハの言葉にアレスは初めて穏やかな顔に変わる。

 

「・・・お前の父も、大した御仁だな。・・・誇れよ。」アレスは湯の入ったコップをスカサハに掲げる。スカサハは一瞬判断が遅れたが、アレスの敬意を感じ、自身のコップと併せた。

二人はにっと笑うとその湯を一気に飲む、訳がわからないラーズは首を傾げるだけだった。

 

「ならばスカサハ、お前はこのままアグストリアに行け。

この女はどこに向かおうかわからんが、とりあえずアグストリアではないと言っていたのなら俺が預かろう。

ラーズ、お前は剣の捨てた所へ案内しろ。」

 

「捨ててない、女神に、捧げた。」

 

「わかった、わかった!その場所へ案内しろ!」

 

「バチ、当たっても、俺、知らない。」

 

「返してもらうだけだ、女神も持ち主に返すなら文句は言わん筈だ。

・・・スカサハ、剣を抜いたらアグスティに来てくれないか?」

 

「構わんが・・・、どうした?・・・!まさかシャガール王との一騎討ちを立ち会え、とか言わんだろうな・・・。」

 

「そんなつもりはない!

・・・お前の話を聞いたらそんな気は失せた。あんな小物でも、今は賢王と言うではないか・・・。お前は俺を止める鞘になれ、・・・わかったな!」アレスは突然、早口でスカサハに伝えるとシーツを取り出してその場で寝転がる。

 

「火の番はスカサハだ!交代したくなったら起こせ!寝るぞ。」

アレスはそういうと、一瞬にして寝息をたて出した。

唖然とするスカサハとラーズ、目が合い少し笑う。

 

「スカサハ、逃げないから、そろそろ、解いて・・・。」その言葉にスカサハは笑うのであった、解かれている最近にラーズは呟く。

 

「スカサハ、お前強い、俺、もっと鍛える。」アレスの言葉を聞いていたようであった・・・。

 

 

 

 

グランベル公国、皇都バーハラの地下で秘密裏に作られたロプトウス教会・・・。マイラの血筋である皇帝アルヴィスは、彼らを利用する為に許した唯一の場所であるが。彼すらも知る事のない儀式が日々行われていた。

今日もまたアルヴィスの知るところではない闇の儀式を行い、ロプト教団にとって重要な人物の召喚に勤しんでいた。

ここまで秘密裏に子供をさらい、暗黒神に捧げ続け、ようやく成就する。怪しげな魔法陣より這い出るように現れるのは、彼らの最高司祭である。

 

「おお、マンフロイ様!ご快癒おめでとうございます。」

 

「・・・バランか、お前も復活したのだな。」

 

「はい、一年ほど前に・・・。カルトの小僧め、まさかあの時仕留め損なった奴がここまでとは・・・。」儀式用に用いていた杖を真っ二つに折ってしまう、憎しみが顔中に溢れていた。

 

「奴だけは私の手で殺してやりたかったが、奴ももう生きていないと聞きまして口惜しいばかりでございます・・・。」

 

「儂がいない間の事を聞こう・・・、何年経っている。」

バランとマンフロイは今までの経緯を語り出した。

 

 

・・・・・・

・・・・・・・

・・・・・・・・

 

 

「なんて事だ、扉は手に入れたが鍵を失うとは・・・。

フレイヤまで失っては最終手段のヌルを制御できぬ、儂がいぬ間にここまで戦力を失っているとは・・・。」マンフロイは驚き、落胆する。

 

「しかし、鍵の在りかは存じております。

それさえ手に入れれば扉は手の内・・・、我らの悲願はもうすぐそこです。」

 

「しかし、今まで手に入れることが出来ずに17年も経っているではないか!ううむ・・・。」マンフロイはバランを叱責し、思案する。

 

「こうなれば、私がヌルを呼び起こします!儂とてマンフロイ様に次ぐ者、少しは魂も保ちましょう。」

 

「いや、やめておけ。儂の魔力でもヌルの制御など1時間も持たず魂を食い尽くされるだろう。・・・魔力よりも、奴と波長が合わなければならんのだ。」

 

「我らの内に、強靭な魂と魔力を持ったものがいれば・・・。」

 

「・・・・・・・・・。」

 

「・・・・・・・・・,。」

二人は沈黙する・・・。この十数年鍵を手に入れる為、かなりの人員をシレジアに送り鍵の奪取に活動したが全て不発に終わっている。

ロプト教団はこれまで扉を得る為に活動する為に大きく動いてきたが、活動すれば体内の魔力を消費する。

ロプト神の復活していないこの世では、魔力の回復には儀式による生贄により人々を直接恐怖を与えてその負の感情と刈り取った生命から得るしかない・・・。だからといって表立って子供をさらえば人々はロプト教団の存在に気付いてしまう・・・、細々と活動するしかなかった。

 

「儂は何を見落としているのだ・・・。バランよ、ユリウス殿下を連れて来い。」

 

「え、ユリウス殿下?しかし・・・。」バランはマンフロイの意図を読めず狼狽る。

 

「ばか者!なぜ気付かんのじゃ!!ユリウス殿下はロプト神の化身、ヌル程度に魂を喰われる訳がない。逆にヌルを支配下に置き、一時的にロプト神の化身として復活するかも知れん!」マンフロイの提案にバランは嬉々とする。

 

「はっ!早速手配します。」バランはふっとその場から消えていくのである。

 

「ふふふ、これで世界は再び暗黒の時代が来る・・・。」マンフロイの悪魔的な思考と発想により再び世は闇へと誘われていく・・・。

バランは奇しくもアルヴィスが17年前に即位した日を狙い、祝賀のどさくさに紛れてユリウスの地下教会に誘い、サークレットを装着された・・・。その後ユリウスは、自身を脅かすナーガの血筋に手を掛け、自身の力を求めて根源であるシレジアへと向かった・・・。

 

 

・・・・・・

・・・・・・・

・・・・・・・・

 

 

「ミツケタ・・・、ワガタマシイ・・・。」ユリウスの魂は既に自身の奥深くへと追いやられ、ヌルの魂と内に秘めているロプトウスの地が共鳴し、肉体を支配された。

アミッドとリンダはそのユリウスの前に倒れて昏倒する。ユリウスにはその二人には眼中になく、ひたすらに山脈の一角へと足を運び続け、ついに封印の地である一本の大木の本まで辿り着いた・・・。

 

フュリーの気持ちにより、その後小さな社が建てられたが中身は何の意味もなく、その地下にロプトウスの書を封印する為に二人が眠っている。

 

ユリウスは忌々しく顔を歪めると、天空に手をかざした。

シレジアの地で、セティの魔力で守られたシレジアにメティオを完成させると社に叩き落としたのだ。

轟音と共に社は破壊され、瓦礫は火柱を上げて焼却されていく・・・。

 

「フフフ・・・。ワガモトニキゾクセヨ!」ユリウスは燃え盛る社の瓦礫にも気にせず、露出した魔法陣へ入ると拒絶するかのように白く輝き、ユリウスは苦痛に歪める。

 

「グワァ・・・。コレハ、ナーガノチカラカ!シカシ、コノテイドデ・・・。」ユリウスは地面に手を当てると抵抗を始める。

 

 

 

・・・・・・

 

「ウインディ、どうやら俺たちの封印はここまでのようだ・・・。」

封印の内部、精神世界が崩落を迎えて一人の青年が瞑想から醒めると呟いた。

虚空の空から巨大な怪鳥、ヴェルダンでは神の使いとされる白いファルコンが降り立つと、人間の少女に姿を変える。

 

「17年、人としてよくこの封印を保ち続けたな。

・・・儂に任せて天界の使者の誘いを受ければ良い物を・・・。」

 

「俺は人としてここで死ぬと決めた身、皆に任せて人を辞めることなどできません。

・・・ここの封印が解かれたら、貴方様だけは逃げてください。」

 

「・・・小僧が儂に指図するなよ、儂の命は儂が決める。

・・・お前はどうする気だ?」

 

「おれは・・・」青年がウインディに伝えようとした瞬間空間が歪み出す、それはこの封印の終息を意味していた。ウインディは口の動きで青年の言葉の意味を知り、深くため息をついた。

 

「やれやれ、先代のヘイム殿は茨の道ばかりを選ぶ・・・。

今更奴には追いつかぬし・・・、儂は暫しの眠りにつくか・・・。」ウインディは崩壊する封印の空間から光となり消えていくのであった。

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

魔法陣はガラスが砕けるように破算し天に昇っていく中で、ユリウスは黒い聖書を手にしていた。

先程まで狂気に歪むユリウスの顔は穏やかになっていたが、目を開けた瞬間にそれは違う物に変化していた。狂気の炎に包まれていた瞳は、全てを凍てつかせる冷たさを放っていたのだ。

 

「ふふふ・・・、ははははは・・・。

ようやくだ、ようやくここまで戻ってこれた・・・。

全ての人々、絶望せよ。昏い未来はもうすぐだ。」ロプトウス復活、大陸に最大の厄災が再び訪れようとしていたのであった・・・。



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早春

シレジアの春、雪融けそうそうにトーヴェ南の森林地帯で大規模な戦闘が始まった。

フリージ軍に対するシレジアの敗残兵と、トーヴェを統治していたかつてのシレジア軍が合流し、最後の一戦に臨んでいた。ここで敗走すれば、シレジアには反攻する勢力は全て失われて事実上シレジアは名を歴史の中でしか残せなくなる。

フリージ軍を指揮するイシュトーの部隊はシレジアのほとんどを制圧し、元シレジア市民に重い重税をかけて苦しめた。その収益を本国に送る為、元シレジアには経済の循環を失い、時間を追うたびに国は貧しくなっていく。

しかし、それはイシュトーの意思ではなかった・・・。グランベル本国の皇帝陛下よりの勅命である為、イシュトーには抗える筈もなく失望する。

以前までの陛下は属国であろうとここまでの重税を課すような方ではなかった。数ヶ月前の勅命以降陛下の属国への圧政指示は日に日に酷くなり、イシュトーですら躊躇する程であった。

それ故に人々の抵抗も激しくなり死者が出るまでになる・・・。捉えた罪人は本国に送る命令が出るが、送った罪人がシレジアに戻る事もなかった。

トーヴェの南西部、川と林に挟まれた場所で両軍が激突した。

反乱軍には飛行部隊が多く先制は有利であった、しかしフリージの強大な軍事力に反乱軍は押し返される。

地の利のシレジアと、強大なフリージ・・・。勝敗はどちらに傾くか、・・・それは各国の密かな注目の的であった。

それはシレジアには沢山のカルトとシグルドの財産が遺っているからだ・・・。

カルトの子であるアミッドとリンダ

カルトの親友アゼルが遺した、アーサー

カルトを心から信頼したフュリーの娘、フィー

カルトの運命を信したクロードの一子、クラリス

そして運命を争い、得た辛苦より得た仲間の子供達であるレティーナとティーダ

彼らがこの危難をどう払うのか?前世代から生き残った者達は注視していたのである・・・。

 

フリージはゲルプリッター不在とはいえ、その厚い軍備層は準勢力で

も他国を攻める力を誇っていた。

イシュトーの部隊は彼を中心によく統率されており、正面から当たれば残党であるシレジア軍は敗色濃厚である。

しかしながら、この戦いは退くことの出来ないシレジア軍に宿る猛烈な士気の高さが、フリージ軍の物量を超えていた。

殿で指揮をとるのはティーダ、彼女には軍師としての才能があり前線が崩壊しない限りは出張る事なく戦局を見極める。

前線にはレティーナとアミッドがアタッカーとなり、中衛にはリンダとフィーが、後衛には回復にはクラリスがティーダの指示のもとで動く・・・。

針葉樹の森と平野部が乱立し、山脈から流れる幾重もの川でイシュトー軍の混成軍の進軍を阻む中、レティーナの天馬部隊が空中から急襲する。

今まで物資不足を考えて温存していた物資を今回は存分に投入、レティーナは天馬部隊の使用として珍しい手斧を投げつけた。もちろん彼女以外は手槍を使う・・・。

 

「急襲ー!魔道士隊エルサンダー準備!!」

前線部隊長が応戦態勢に空中にいるシレジア天馬部隊に魔法で応戦を呼びかけるが、魔力に反応して針葉樹の森から待ち伏せをしていたアミッドの魔法戦士部隊とフィーが受け持つシレジア騎馬部隊で切り込んで一気に混線と化した。

フリージ軍のエルサンダーと、シレジア魔道士隊のエルウインドが飛び交う中、地上ではフリージ軍は重装歩兵団と魔道士部隊が主な戦力で機動力ではシレジアが有利であるが、シレジアの制空権を支配する天馬部隊がそれを阻んだ。

両軍の戦いは徐々に持久戦の削り合いになり、数の少ないシレジア軍は不利と感じて早々に決着をつけようとアミッドとレティーナが前線に立ち始め、事態は動く。

イシュトーとライザが前線に躍り出てきたのだ、数で押し切れる状況に指揮官が前線に出てくる事などあり得ない・・・、咄嗟に各部隊の指揮官が攻撃を一時停止させて距離を取った。

 

「ふふふ、臆したか・・・。正面から戦えば勝ち目がないから出張ってきてやったが、勝機を逃すなど具の骨頂・・・。

行くぞ!!」イシュトーとライザを先頭に、先程まで統制されていたフリージ軍が攻め一辺倒の消耗戦に切り替えたのだ。

一瞬臆してしまったシレジア軍の指揮官達に、形勢を立て直す程のカリスマはなくフリージの突貫を受けて不利に傾き出した。

 

「どこだ!どこにいる!!」イシュトーとライザは先陣を切って空駆けるペガサス部隊にエルサンダーを打ち込み、襲いかかるペガサスの槍を巧みに交わしながら長剣でカウンターを見舞う。仕留め損ないはライザが完璧なフォローでエルサンダーの追い討ちをかけ、追撃の一撃をイシュトーがニの太刀で仕留める・・・。

2人は互いにフォローし常に先頭を突き進んだ、それに呼応する様にフリージの魔法戦士部隊はその本領を発揮していく・・・。

 

「イシュトー様、上!!」ライザの珍しい警戒に確認せず後退しライザが前へ出る。ペガサスから繰り出されたハルバードの重い一撃が見舞われライザの剣が折れ、さらに吹き飛ばされる。イシュトーが彼女を受け止めると、破壊された剣の端で負った顔へのかすり傷をライブをかける。

 

「ちっ!」舌打ちをする力自慢のレティーナ、すぐさま旋回して再度の一撃の準備をする。

回復を施されているライザがエルサンダーを放とうとした時に、フィーの鋭く放たれた手槍の投擲が的確にライザを阻害する。

ライザはエルサンダーを手槍に向けて手槍は推進力を失うが、ライザと横にいるイシュトーにエルサンダーが頭上に落ちた。

 

「よっしゃー!トドメだー。」土煙が舞う中、レティーナは再び特攻する。

彼女の目には土煙の不自然な動きを捉えて目星をつけていた。

 

「あっ!レティーナ!駄目よ!!」ティーダは彼らには雷の攻撃に対しては特に魔法防御が高いと踏み足止め程度にしか考えていないが、レティーナは先走った。フィーも危険と感じて手槍を投擲する、彼女の狙いは正確でレティーナの頭上すぐを追うようにして同じ対象物を狙う。

 

「トロン!!」イシュトーのトロンが追い越したフィーの手槍も破壊してなお突き進み、レティーナのペガサスごとを穿った。

かなりの深傷を負い、意識をなくした人馬は魔法陣に包まれ、姿を消す。

 

「リカバー」いつの間にかイシュトーの見える位置までやってきていたアミッドとリンダにより救出され、回復を施される。

 

「・・・あの女か?レスキューにリカバーを一人で・・・。」イシュトーの言葉に副官のライザは静かに頷いた。

 

「・・・リンダ、すまない・・・。」レティーナの謝罪に無言で微笑み治療を施すリンダ、その横にいるアミッドは切らすことのない緊張を保ち、妹を気遣う。

 

「治療は一人で事足りるか?」

 

「致命傷ではないわ、大丈夫。・・・にいさん、気をつけて。」

 

「ああ・・・。」

アミッドとイシュトーは互いに見据え、対峙する。

 

「貴公がイシュトーか、随分我が物顔でシレジアを荒らしてくれた報いを受けてもらおうか・・・。」

 

「ようやく現れたか、俺は以前からお前達に会いたいと思っていたところだ。」アミッドの挑発にも乗らずにイシュトーのかけた言葉にアミッドは踏みとどまった。

 

「なに・・・。」

 

「アミッドにリンダ、お前達は俺達に着け。こんなシレジアの残党どもと一緒にいても、滅びる運命だ。

お前達と俺に流れるトードの血で、グランベルを大きくするのだ!」

 

「・・・・・。」

 

「何を躊躇う?よかったらお前の仲間も一緒に来るがいい。ティニーに会いたくはないか?」

 

「黙れ!これ以上貴公の戯言に耳を貸す時間はない。

・・・俺を説得したければ、俺を倒してからだ。」アミッドの体から魔力が溢れ出した、その戦闘態勢にイシュトーとライザも呼応する。

 

「エルサンダー!」二人の速攻の中級魔法がアミッドを捉えるが、頭上で向きを変えて落雷する。

 

「なっ、なんだ?」二人の驚きを他所にアミッドは剣を抜くと、ライザへ振りかざした。ライザはすぐに立て直してその剣を自身もとっさに剣で受ける。

そのまま二人は互いの隙を伺いつつ剣を交え撃剣が響く。

 

「ライザ、待ってろ!・・・エルサンダー!」イシュトーが支援のエルサンダーをアミッドに浴びせるが再び直撃する直前に向きを変え、仲間であるライザに着弾したのだ。

 

「あああああ!」ライザはその場で悶絶し、両膝と両手をついて倒れる事はなんとか拒否した。荒い息を吐いて苦痛を隠すようにして耐える。

 

「終わりだ・・・。」ライザの首へ狙いをつけたアミッド、磨きあげられた白銀の剣が雪原の光を受けて鈍く光る。

 

「っ・・・。」ライザに振り下ろす剣を、イシュトーの剣が横合いから遮って受け止める。

 

「ライザ、すまない!退け。」

「すみません、回復します。」ライザは距離を置くと、ライブを施す。

 

「すぐ参ります・・・。」ライザは2人が鍔迫り合いの様子を唇を噛んで見つめた。

 

「いえ、あなたは私と戦うの・・・。にいさんの邪魔はさせません。」

ライザは振り返るとリンダが杖を携え、ライザの進路を塞ぐ。

 

「あなたが私の相手を?・・・いいわよ、5分で片付けてあげる。」

 

「・・・。」リンダは杖に魔力を送り始めるとライザは戦慄を覚える。放出する魔力は静かだが杖に帯びる魔力は尋常ではなく、無駄の無い魔力の運びに侮ってはいけないとライザの直感が働く。

 

「サイレス」魔法封じがライザを襲う。その魔力に抵抗できなければ己の内の魔力が変質してしまい、しばらく自分自身では魔法を操ることができなくなる・・・。ライザは精神を統一して放たれる魔力に抗う、気を抜けば一瞬で侵食され支配下に置かれてしまう。

2人の魔力と精神の削り合いとなる・・・。

 

 

 

イシュトーとアミッドは互いに力は同等と踏み、鍔迫り合いから身を引いて互いを伺った。

 

「心配しなくても部下は襲ってはこない、俺たちがぶつかったら他の連中から倒していけと伝えてある。

・・・お前とは、どんな形になるにしても、決着はつけたいと思っている。」イシューは不敵に笑う。

 

「戦場で一騎討ちを所望とは酔狂な事だな、感謝などせんぞ。」

 

「ふっ・・・。エルサンダーがお前に着弾しなかったのは風の魔法だな?真空を作り出して、自身の前を絶縁状態にした。

違うか?」

 

「ああ・・・、そうだ。俺にサンダーを当てたければ至近距離か、不意をつく事だ。」

 

「それこそ倒しがいがある。・・・いくぞ!」

 

イシュトーは長剣を振り抜く、アミッドはその波状の連続攻撃を受け捌いた。

連続に響く撃剣が2人の耳をつんざいた。イシュトーの下半身は素晴らしく、長剣を捌かれても上体がブレず、しなやかな上腕が即座に剣を引き戻し、下半身が錨に繋がれた船のようにその場に留まった。その繰り返しが連続攻撃へと繋がっていた。

その連続かつ連撃の度に重攻撃へと変わっていくその一撃にアミッドは徐々に捌ききれなくなっていた。

 

「くっ!」浅く入った横凪の一撃を二の腕をかすり、じわりと服から鮮血が浮かんで染みを広げた。

「はあっ!」横凪から引き寄せた剣が起動を上へ振り上げ、アミッドの頭上で振り下ろす。

 

アミッドはその瞬間、剣に魔法が帯びている事に気づいた。

(受けは、まずい・・・。)

 

「トールストライク!!」振り下ろされる剣はまさに雷神の一閃、刀剣からは雷の剣とは比較にならないくらいの雷が放電して音を発し、眩い閃光がアミッドに迫った。

ズドン!!

イシュトーの剣が雪原深く差し込まれ、地面の雪と大地は陥没して巻き上げた。あたりは雪と土壌で視界が奪われる。

イシュトーの耳に金属が空を切る音に反応して剣を振る。アミッドの反撃と思われたが、それはアミッドの剣の切れ端であった。

空中でアミッドの剣の切れ端とイシュトーの剣が再びぶつかると、アミッドの剣の切れ端は地面に落ちてガランと音を立てる。

イシュトーの剣には血糊が付いていて、振りかざした時にまだ踏まれていない雪に鮮血が滴り、赤く染める。

 

「はあ、はあ・・・。」右肩に左手を当てたアミッドが、深い呼吸をしながら現れる。

 

「頭部への直撃は免れたか・・・、勘のいいやつだ。」

 

「恐ろしい程の切れ味と、威力だった・・・。雷の魔法を剣技に応用するとは・・・。」

 

「・・・俺はトールハンマーを使えない、だから俺は姉上の剣になると誓った・・・。

俺の必殺剣の威力はどうだ?」

 

「・・・脱帽した。お前は、大した奴だ・・・。

・・・なのに、惜しい。」

 

「何?」

 

「惜しい、と言ったんだ。ここでお前を殺さねばならないのが、惜しい。」

 

「減らず口を・・・。」

 

「リカバー」右腕を深く抉られた傷口は、淡い光を帯びて凄まじい勢いで治癒されていく・・・。

隙だらけのアミッドだが、イシュトーはそれを妨害する気にはなれずにいた。

 

「お前の手の内はこれが全てか?もしそうだとしたら、お前に勝ち目は無い。

大人しく、引き上げるか自軍と合流したほうがいい。」

 

「愚弄する気か?」イシュトーの睨みつける目は少なくても怒りから発するものではなかった。

 

「お前を過小評価しているわけではないんだ。お前の人としての器、人徳、どちらにおいてもお前は生きるべきだと思う。

・・・お前の手の内が魔法と剣の合わせ技、であるならもうお前の攻撃は見切った。これ以上続けるのであれば勝ち目は無い。」

アミッドは右腕の状態を確認すると根本だけになり、短剣となった剣を持ち構える。

 

「そんな剣で、俺の剣を凌ぐというのか・・・、俺を馬鹿にした償いをとってもらうぞ!」

イシュトーは先程と同じく連続攻撃を仕掛ける。アミッドはその初撃を紙一重でかわし、短剣の突きを見舞う。

 

「うっ!」咄嗟に左手で短剣となった剣先を掴んで腹部へのダメージを避ける。短剣とは違い、もと剣であった根本あたりは切れ味が鈍く、

強く握っても指が飛ぶことはないと踏んでの防御であった。

 

「お前の剣の弱点は初撃の甘さだ・・・。」アミッドは、イシュトーの連続で降り注ぐ雷の如くの連続攻撃の初撃は打ち込みが弱いことを一度見ただけで見切ってしまっていた。

そして、握られた剣をアミッドは手放して腹部へ蹴りを入れる。

 

「グッ!」鳩尾よりせり上がる嘔吐を押さえつけ、無手となったアミッドに斬りつける。

がアミッドは再び、その剣を素手で受け止めを試みる・・・。

パキィーン!

ガラスの破砕音のような音が生じて剣が止められた。

 

「ば、馬鹿な!自分の腕を・・・。」イシュトーの前に差し出された腕は、アミッド自身の風の魔法の応用で腕に氷を纏わせたのだ。

その分厚い氷でカードに成功するが、そんな無茶をすれば重度の凍傷になり腕を切り落とさねばならない事もある。

イシュトーは驚愕を他所に、アミッドはその腕でイシュトーの頭部を殴りつける。

 

「馬鹿な・・・。」

鈍い音を立ててイシュトーは雪原に沈むのであった。



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帝位

・・・

・・・・

・・・・・

 

シレジア攻略を進めていたイシュトーにもバーハラより召集がかかり、急遽踵を返して聖帝バーハラへ赴いた。

勅命を知らせる報に各公爵は遅れまいと息を巻いたのか、円卓には明らかに精彩を欠いていた。

 

「陛下は、何故勅命符を出してまで集めたというのだ・・・。」呟くように独り言を言う物まであった。

窓の外は不穏な雲が太陽を覆い、風が荒れて吹き出す。その場の雰囲気は重く、すぐにでも退席したい気分は掻き立てる。

円卓には公爵家の代表が座り、イシュトーはその外にある簡素な椅子に腰掛けて従者であるライザの手を握った。

 

不穏な空気を拭えぬまま、符を発令した皇帝アルヴィスが息子であるユリウスと黒いローブを纏った従者を連れて入室する。一堂に立ち上がり、跪いて向かい入れる。

 

「皆、無理な召集に欠けることなく集ったことに感謝する。」アルヴィスは円卓の中心を意味する純金の燭台の前に立ち、顔ぶれをみて軽い会釈をする。

それを合図に着座し、アルヴィスの招集した議題に耳を傾けるが、アルヴィスの口は重く、金縛りのように動こうとしない。

隣に立つユリウスは涼しげな表情を崩す事はなく、従者に至っては深いローブの中で不敵な笑みをこぼしているように感じた・・・。

 

「・・・・・・ユリウスに、一年を目処に帝位を譲る。」アルヴィスの重々しい言葉に各公爵家は沈黙を守る事は出来ず、ざわついた。

 

「陛下、何故ゆえ・・・。御身も健在である陛下が退位し、まだ成人に達していないユリウス殿下に帝位を・・・。」父であるブルームが進言する。それは皆の意見と同意であり、聞かない訳にはいかなかった。

 

アルヴィスの横にいたユリウスが、代弁するかのように進み出て口を開く・・・。以前の周りを包み込むような慈愛の雰囲気はなく、不安感を掻き立てるその佇まいに背筋の奥まで凍るかのようであった・・・。

 

「ブルーム卿のおっしゃる通りだ、私のような若輩者に其方らが従わねばならぬのはさぞ苦痛だろう。

・・・だがアルヴィスは所詮執政代理、私に帝位、いや皇位を持つ私に譲るのは当然であろう。

それに一年後は成人になる、何か問題があるか?」

 

「・・・一年後には成人しますが、なった途端に帝位を譲る事はなかったはずです。何故お急ぎになられるのですか?」

 

「アルヴィスの失策に私が失望したからだ。

この十数年、国内の安定したが国外の政策が進まぬのは貴殿らの責任ではなく、適切な政策を出さぬ事にあった。

各公爵家の伝達や兵力バランスを統制せず、各公爵家に全て委任する事で攻略が進まなかったのはこのアルヴィスの失策と私は見たのだ。

私はアルヴィスと話し合い、総意によって決まった話だ。」

 

「・・・ユリウス殿下のお気持ちに嬉しく思います。我ら公爵家にも攻略の遅れは威信にかけて進めております、しばしお時間を・・・。」ブルームも言葉を間違わないように必死に紡ぎ出すが、ユリウスの冷たい目が心を凍らせる。続きの言葉は、表情ひとつで潰された。

 

「ならぬ・・・、時間と期限はすでに過ぎている。

其方らが遅々として進まぬ攻略でシグルドが残した残滓が各地で成長をしている、これ以上の増長は国家の転覆につながるだろう。

その前に、私が指揮して確実に各地の反乱分子を潰すのだ。」

現在一番の勢力であるフリージ家のブルームですら物申せない、他の公爵家はただその成り行きを見て判断するしかない・・・。

 

「ほほほ・・・、素晴らしい提案ですわ。

ユリウス殿下の指揮の元でしたらシグルドの残党どもなどひとたまりもないでしょう。

・・・イシュトーがシレジアの反乱軍の最後の制圧を行います。必ずそこで戦果を上げ、殿下の前に首を持参するでしょう。」

 

「・・・油断はするな、彼の地にはかなりの手勢がいた。

おそらく、イシュトーだけでは荷が重いだろう。

・・・マンフロイ、手を貸してやれるか?」

 

「団員の復活には時間がまだ必要です。ですが、少しお時間を頂きましたら一個団体くらいにはなるでしょう。」マンフロイはユリウスに小さく伝える。

 

「それで結構、手を貸してやれ。」

 

「御意・・・。」マンフロイは一歩下がると、闇に溶けるようにその場から消える、その不気味な能力に皆訝しんだ。

 

「・・・殿下、先程の方は?」

 

「・・・ロプト教団の者だ、私の事業に手を貸してくれると言うので私の配下にした。」ユリウスの言葉に騒然とする。

 

「殿下!多少の事はご理解しますがロプト教団と手を結ぶのはいけません!ここは聖地、それを・・・ひっ!」ブルームの言葉はその場で潰える。ユリウスの怒りが禍々しい魔力を放ち、ブルームに向けた冷たい瞳が向けられた。

 

(バ、バカな・・・、この私が一瞬で気圧されるとは・・・、しかしこの魔力は・・・。)ブルームは心の底から生まれる恐怖に肝が冷え切ってしまう。

 

「・・・ブルーム、私の決めた事に意見するのか?」

 

「いっ、いえっ!決してそのような・・・。」

 

「私のやり方に賛同しない者はこの地を去る事だな。まあ逃げても最後には私がこの地を支配するのだ、最後には我の手にかかるのだがな。

・・・はははははっ!」ユリウスは高らかに笑うとその場を後にする。

残されたアルヴィスと公爵達は震えが止まるまで絶句していたのであった。

残された者は今の状況をよりよく知るアルヴィスに視線が注がれるが、アルヴィスには皇帝としての箔は剥がれ落ちたかのように小さく見えていた。

 

「・・・賛否発言はあるだろうが、今はユリウスの手腕を見て判断しよう。もしその手腕に問題があるようなら皆の意見で進退を決めようではないか。」アルヴィスは厳しい顔のまま絞り出した。

皇帝の言葉に殆どの者はそれに頷くがブルームだけはその日和見な言葉では晴れない程厳しい顔を崩さなかった。

 

(まだ成人にも満たない子供にわしが気圧されるとは・・・。魔力ではなくあの禍々しいオーラ、とてもヘイムの力とは思えぬ。)

ブルームはユリウスのあの冷たい目に身体は未だに凍てつき、いいようのない恐怖にしばらく苛まれた・・・。

 

 

イシュトーは先刻あった会議を夢現に思い出していた。父ブルームですら戦慄の会議はまだ数日前の出来事、覚醒してイシュトーはアミッドに敗れて捉えられたことを悟る。

手は前で手枷に繋がれ、片足のみ石床に刺さる楔に鎖に繋がれて拘束されていた。魔力は眠っている間に封じられており、魔法を試してみたが使える状態ではなかった。

辺りを見渡すが牢獄ではなかった。石煉瓦を積んだ何処かの砦だろうか、小さな窓から外を覗くと山間部の森林の中に立っており地上からでは見つける事は困難な場所であった。

ライザは大丈夫だろうか・・・、身を案じつつ誰かがこの扉を開けてくれる事を待つ。頭に鈍痛が残る中、ベットに横たわってその時を待つ事にする。空腹感がなく寝起きに小水を催す感じもない、日の傾き加減から気を失ってから3〜4時間くらいか、普通なら食事の配膳がそろそろあってもいいだろう、そろそろ誰かが様子を見つつ来るはずだ。

 

さまざまな思考を張り巡らせ、あたりか薄暗いと感じた時にその時は訪れる。扉の鍵を開く乾いた金属音がすると顔見知りの二人が姿を表す。

 

「お前たちか・・・。」イシュトーは呟く。

 

「お身体は大丈夫ですか?」クラリスは一礼する。

「最低限の拘束はさせてもらった、悪く思わないでくれ。」アミッドは食事を待ち、ベット横の机に置くと処遇に詫びを入れる。

 

「あれからどうなった?ライザは?」

 

「お前が捕らえられたと知って浮き足だったフリージ軍の隙を突いて撤退した、再度軍備を備えて突入予定だ。

・・・ライザは最後まで抵抗した。スリープで眠らせて、今は別室で手当てしている。」

 

「・・・そうか、もしもの時は撤退せよと命じていたなだがな・・・。ライザを殺さなかった事に感謝する。」イシュトーはアミッドの答えに満足する、その表情にクラリスは少し和らいだ。

 

「イシュトー、お前には聞きたい事がたくさんある。

素直に答えてくれるな・・・。」

アミッドの言葉にイシュトーはまっすぐ向き合う。二人の視線はぶつかり思考と感情が入り乱れる。

 

「条件を二つ、聞いてくれるか・・・。」イシュトーの提案にアミッドは眉をピクリとさせる。

 

「条件次第だ、言ってみろ。」

 

「ライザの身の補償を頼む。

それと君に話をする前にクラリス殿、あなたと二人で話がしたい。

俺を拘束しても牢獄に入れても構わない、どうしても貴殿の質問に答える前に確認したい事がある。」

 

「何故ここでその確認をしない、俺がいたら不都合なのか?」

 

「・・・・・・・・・・・・頼む。」イシュトーは頭を下げて実直にアミッドに頼みを入れる、意図はわからないがイシュトーはこれを拒絶すれば口を割る事はないだろう。

たとえライザの命を人質にしても・・・、それくらいの決意を感じた。

 

「時間は?」

 

「10分あればいい。」

 

「クラリス、お前はいいか?」

 

「はい、私は構いません。

イシュトー様がおっしゃりたい事は察しがついていますから・・・。」

クラリスはアミッドの言葉に頷いて答えた。

 

「わかった・・・。10分後、また来る。」アミッドは退室し、後にする。

 

二人はアミッドの靴音が消える事を確認すると、クラリスは近くにある素朴な作りの椅子に腰掛けてイシュトーを見据えた。

 

「お前のその目に、俺はどう写る?

以前、セイレーンの食糧庫であった時言っていたな。

俺はいつかお前たちと悲しい戦いを繰り広げる、とな。」

 

「・・・・・・。」

 

「俺の運命はどうなっている?」

 

「・・・・・・・・・わかりません。

あなたは今、進むべき道を無くしています。」

 

「・・・・・・そうか、私は運命すら見向きもされていないか。」イシュトーのため息混じりの言葉にクラリスは首を振る。

 

「それは違います。

あなたは苦しんでいるからこそ、進むべき運命と戦い、変わろうとしているからです。・・・イシュトー様、一体あなた程の方が何に怯えているのですか?」

 

「あなたの目には、俺は怯えていると見えますか?」

 

「・・・はい、私にはそう見えます。

貴方の葛藤と畏れが厚い雲のように覆われて、あなたの運命がうまく見通せません。」

 

「・・・・・・・・・。」

 

「イシュトー様、是非アミッド様に心の内を打ち明けて下さい。

アミッド様はきっとそれに応えてくれます。

アミッド様の為にも、お願いします。」クラリスは頭を下げる、その彼女の分け隔てのない人への労りがイシュトーの心を優しく撫でるように癒されていく・・・。

 

「ありがとう・・・。」クラリスに僅かに微笑んで答えたのであった。

 

 

 

 

 

「チッ!」アミッドそばにあったバケツを軽く蹴り、機嫌の悪さを表した。

 

「イシュトーがクラリスに心を開いた事に憤りか?」心の内を捉えた言葉にビクリとして振り返ると、そこにはレヴィンが皮肉に笑っていた。

かつて吟遊詩人と偽り、諸国を旅していた時の楽器の弦を一本指で弾き、椅子に腰掛けていた。

 

「・・・・・・。」

 

「クラリスは人を惹きつける魅力がある、・・・お前と違ってな。」

 

「あんたは、いつも・・・。俺に何が言いたい!

俺がイシュトーを倒したんだ!俺が真っ先に聞き出したいに決まっているだろ!」壁に腕を叩きつけて怒りをあらわにする。

 

「図星か・・・。」ため息混じりにレヴィンは一言呟くと、再び弦を一本弾く。その言葉にさらに怒りが込み上げる。

レヴィンは立ち上がり、楽器を置くとアミッドに向き直った。

 

「イシュトーにお前が勝てたのは単にお前の実力ではない。

イシュトーにはイシュトーの立場があり、正義がある・・・。その中の葛藤がありお前に負けた、それだけだ。」

 

「そんなの関係ない!俺は俺の正義でイシュトーに勝ったんだ!・・・なのにイシュトーの奴は!」

 

「・・・ならば、17年前に負けたシグルド達には正義はないと言うのか?勝った奴が正しいというのなら、大人しくグランベルの連中に屈服しなければならなくなる。」

 

「親父達の世代が負けただけだ!!」アミッドの言葉にレヴィンの眉をしかめる、明らかに怒りをあらわにしたレヴィンから張り付く空気が漂った。

 

「実力は認めるがまるで心が成長していないな、カルトが見たらどう思うだらうな・・・っ」

「黙れ!!」

アミッドから凄まじい魔力が放出される、その魔力にレヴィンすらはっとする程のものであった。

 

「レヴィン!俺は、あんた達が嫌いだ。

17年前に何も成し遂げてないあんた達が作った境地に俺たちを巻き込み、もがく俺達を否定するお前が大嫌いだ!!」アミッドの怒りが魔力を含み、当たりの物品が吹き飛ばされた。

凄まじい圧力にレヴィンは一歩下がるが、アミッドを見据え、睨む。

 

「アミッド、お前が俺たちを憎む心はそこにあるか・・・。

いいだろう・・・。お前が俺たちを憎む心、しかと受け取った。

・・・相手をしてやろう。」

 

「望むところだ!」アミッドの激しい心にレヴィンの風は動かない、いつもの眼差しがアミッドを捉え続ける・・・。

 

「兄さん!」騒ぎを聞きつけたリンダがアミッドに駆け寄り腕を取る。

 

「リンダは下がっていろ、これはレヴィンと俺の問題だ。」

 

「二人がかりでも構わんぞ。」レヴィンの挑発にアミッドは再び怒りに溢れるがリンダが腕に力を込めて嗜める。

 

「レヴィン様も、どうして兄さんを挑発するの?

今は力を合わせないといけない事くらいレヴィン様の方がよくご存知ではないですか?」

 

「・・・・・・・・・すまなかった、少し意地が悪かったようだな。

許せ・・・。」レヴィンはふっ、と笑うと踵を返す。

その足音は何故か寂しく、石廊に響いた。

 

「・・・・・・。」アミッドは奥歯に力が入る。小さくなる影を鋭く睨む、だがリンダが小さく震えているのを見るとその怒りは引いていった。冷静になったアミッドは絡まる腕を解いた。

 

「リンダ、・・・もう大丈夫だ。

・・・ありがとう。」

 

「兄さん・・・。」リンダを撫でる手は優しく、いつもの兄に戻っていることに安堵する。

 

「・・・そろそろ時間だ、俺はイシュトーの所にいく。」歩み出したアミッド、リンダから離れるたびに再び険しい顔に戻っていく。

 

(レヴィン、あんただけはいつか・・・。)指から血が滲む、しかしそれは先程の怒りからくるものではなかった。

 

(いつか、あんたの全てを超えてやる!)一人小さく笑みを浮かべ、アミッドはイシュトーの部屋へと赴くのであった。



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二人の剣

聖都バーハラ、帝位を退いたアルヴィスはヴェルトマー公爵となり、都から去った。それからのバーハラは暗雲の日が続く・・・。

イシュタルはユリウスより与えられた一室から窓を覗き見る。

暗雲から覗く雷光が今にも地に落ち、雨嵐が吹き荒れる雰囲気にイシュタルはレースを閉じる・・・。

軽いノックの後、ユリウス皇子が入る。

 

「ユリウス様、ようこそおいで下さいました。」ドレスのレースを広げてユリウスを歓迎する、ユリウスの手をそっと引くと奥へ招いた。

イシュタルは奥よりグラスを二つ持ちワインを注ぐ、鮮やかな赤が灯りを反射し不敵に笑うユリウスを照らした。

ノッキングチェアーに深く腰掛け、ワインを口にする。

 

「シレジアが反乱軍に落とされたそうだ。」

 

「えっ!・・・ではイシュトーは?」ユリウスの言葉にイシュタルはワインを落としそうになるが気丈にも持ち直し、そっとボトルを置くと向き直った。

 

「捕らえられたそうだ。

要求もなく、交渉もない・・・。殺されたかもしれぬ・・・。」ユリウスの手振りにイシュタルの瞳は色を失い、その場で畏まる。

 

「申し訳ありません。イシュトーも軍人、命を落とす事は当然であります。しかし殿下の執権初戦で敗走などフリージ家の失態極まりありません。弟に変わりまして罰をお受けします。」イシュタルはユリウスの前で膝付く。

 

「よい、責めに来たのではない。

フリージ家にはまだまだ働いてもらわねばならぬ、この程度の戦で咎などない。」

 

「・・・殿下の懐の深さに感謝いたします。」

 

「反乱軍はシレジア奪回後、主要となる者達は他国の反乱軍と合流するために海路、陸路を使って移動を始めているそうだ。」

 

「奴らはどちらへ・・・。私自ら弟の生死を問いただして、地獄へ落としたく思います。」イシュタルの瞳に小さな炎が巻き上がっている事にユリウスは不敵な笑みを浮かべる。

 

「アグストリアか、イード砂漠か、イザーク辺りだろうな・・・。

まあゆっくり遊ぼうではないか、いい遊び相手ができた。

・・・イシュタル、俺の分も残しておけよ。」ワインを一気に煽る、気の昂りからユリウスからドス黒い魔力をまとい出した。

 

「ユリウス様・・・。」ユリウスの不気味なオーラにイシュタルは今まで何度となく震え上がっていたが、麻痺したかのようになり。

今は、何も感じなくなった。

感じなくなったユリウスを写す瞳は、もはや光を感じなくなったかのようにイシュタルの瞳は輝きを失っていた。

 

「ユリウス様は、まだ私を愛してくれますか?」イシュタルは下を向き、震える手を握って止めようとする。

その言葉にユリウスはロッキングチェアから立ち上がり、冷たい笑みを讃えながら歩み寄る。その笑みには温かみなど無い、イシュタルはその抱擁に会えて飛び込んだ。

 

「どうした?イシュタル、まだ抱かれ足りないのか?」

 

「・・・もっと、私を・・・。ユリウス様の色に、染めて下さい。」ユリウスはそっと、顎を持ち上げて口付けをする。

イシュタルは、上等な葡萄酒を飲んだかのように紅潮しユリウスの唇を求める。

 

「かわいい奴だ、もっと私の元に来い。お前は俺の特別にしてやる。」

 

「・・・はい、ユリウス様。」イシュタルは自分が堕ちていくのを感じる。争い、抵抗し、苦しむイシュタルの姿にすらユリウス様は楽しんでいる。

わかっていても、それをやめられない。

自身の破滅に向かっている、わかっているがそれすらも・・・。

抱き抱えられ、そしてベットに沈んだイシュタルの衣服に手を掛けるユリウス。その首に手を回し、自ら受け入れていくイシュタル。

ユリウスの冷たい瞳はもう誰にも温もりを与える事はできない・・・。イシュタルはそれも理解していた。

 

シレジアの奪回に沸く反乱軍。

首都では大きな騒ぎとなり、凱旋を讃えていた。

この度の奪還に大きな原動力となったのはセイレーンを取り戻し、シレジア攻略に向かう直前の援軍であった。

セイレーンの町がシレジア軍に戻り制海権を取り戻した事により、アグストリア王であるシャガールが同盟の盟約に兵を派遣したのだ。ヴェルダンのキンボイスもアグストリアに呼応して物資をオーガヒルを使って輸送した。

大きな支援に勢いの増したシレジア軍は進軍を始めて6日でシレジアを奪還し、ザクソンへ敗走するフリージ軍に追撃する様に潜伏していたザクソンの民間兵や、鉱山に立てこもっていた旧シレジア残党がザクソンを先に制圧。挟み込みを恐れたフリージ軍はリューベックまで退却する事となった。

グランベルではこの反逆にシレジア、アグストリア、ヴェルダンへの戦線拡大を宣言、暫し小康状態であった大陸が再び動乱を迎える・・・。

 

 

アグストリアではアレスとスカサハの目標である形見の剣を求めてアグスティへ赴き身分を明かすが、その場での謁見はせずシャガール王の提案でマディノで会談となった。

アレスの不遜な顔にスカサハは宥めながら従者の勧めの馬車に乗り、翌日の昼に謁見する事となった。

その日の夕方にマディノに到着し、城に一泊する。

 

大浴場を借りる事になった二人、体の汚れもすっかり落とし湯船へと身を沈める。

 

「おい・・・、シャガールは一体なんだってこんな片田舎に移動させた。意味がわからん。」

 

「きっと王には何か事情があるのだろう。・・・闇討ちを警戒したがそんな気配はない、明日を待つしかあるまい。」

 

「・・・今の俺たちなら、襲われるかもしれんがな。」アレスは立ち上がって丸腰である事を強調するかのようにスカサハの前に立ち、数知れない戦場で鍛え上げられた強靭な肉体を惜しげもなく披露する。

 

「確かに・・・。今の私たちでは逃げることしかできないが、シャガール王はそのような事はしないだろう。」

 

「なぜそう言い切れる。」

 

「アレスの命を狙うなら馬車で暗殺しただろう。死体の処理も困らないし、賊の仕業と言い訳をいくらでも立てられる。

ここ城内で起こればシャガール王にも責任が発生するだろう。

・・・安心していいはずだ。」スカサハの言葉にアレスは再び湯船に浸かり、足を投げ出して息を大きく吐いた。

 

「お前が俺の近くにいてくれて助かる、俺はそういう事を考えるのは苦手でな。」

 

「・・・私はあなたの相談役ではないぞ。」

 

「わかってるよ!」スカサハの背中をバシンと叩く、スカサハは驚いて咳き込んだ。しばらく咳き込むスカサハの姿にアレスの顔はふっと緩む、まるで憑き物が落ちたかのような表情にスカサハはさらに覗きこむ。

 

「・・・?」スカサハは怪訝な表情になりアレスの素顔とも取れる顔に懸案する。

 

「いやな・・・。お前がそんな風に思慮深いのは、支えるセリスの影響かな?と思ってな。」

 

「・・・いや、違うぞ!これは姉の影響だ!!セリス様は思慮深く、見通せる目を持っている。」スカサハの言葉にアレスの目は光る。

 

「そうか、姉の影響か・・・。話してみろ。」アレスの挑発にのったスカサハは即座に後悔する。今更アレスの好奇心は止められるはずもなく、諦めて語る。

 

「・・・ラクチェと言う。双子の姉だが、強くてな。

今まで一度も勝った事がない。」

 

「本当か!お前程の男がか!!」

 

「ああ・・・。」

スカサハには猛者の気配があるが自信が欠けているところが見えていた。自分を律し、腐らないスカサハだからこそここまでまっすぐ鍛錬してきたが、伸び悩んでいるようにアレスは感じていた。

だが、アレスにはそれ以上の好奇心が吹き上がる。

 

「やってみてえ!」

 

「・・・え?」スカサハの独白にアレスはもう何も見えていない、彼の戦闘意欲はスカサハの悩みなど頭にはなかった。

 

「お前程の男が勝てない女、剣を交えたい!そして勝って、優越感に浸りたい!」アレスの言葉にスカサハは閉口してしまう。

 

「スカサハ!予約しとけよ。俺に負けるまで、負けるんじゃないと伝えておけ!」アレスの言葉にスカサハは頭痛がする。

アレスの高笑いにスカサハは苦笑するが、本当な笑みに変わる。

 

(アレス・・・。君のような男に会えて、私の価値観が変わってしまいそうだ。)

 

 

 

翌日、マディノの謁見で対面する三人。

 

「アレス・・・、よくアグストリアに帰ってきてくれた。」シャガールはアレスの帰りを称えた、それに比べてアレスの目はシャガールを冷たく射止めていた。

 

「シャガール王、父に代わって俺はあんたを見定める為に戻ってきた。

・・・あんたは、父に誓ってこのアグストリアの尽してきたか?」

 

「・・・無論だ。」

 

「・・・・・・ならば、俺にこの国を明け渡せ。」アレスの言葉にスカサハは予想外を行き過ぎて言葉に詰まるが、シャガールはこの少ない言葉の応酬にアレスという人間を探る。その言動、イントネーション、表情から人間性を見出し、その答えを絞り出した。

 

「アレス、今のお前に渡すわけには行かぬ。

・・・今のお前には、父と比べても決定的に欠けている物がある。

それを見つけるまでは、アグストリアの入国も許さぬ。」

 

「・・・いいだろう。俺の欠けている物、必ず見つけてあんたを引き摺り落としてやる!」アレスの言葉にシャガールはようやく少し笑う。

 

「アレスよ。もっと世界を見て感じ、友を作り人に触れるのだ。

さすればエルトシャンはお前に語り始めるだろう。」シャガールは玉座の後ろから一振りの剣をアレスの前に掲げる。

 

「ま、まさか・・・。それは!」

 

「先の戦いで失われたミストルティンだ。」アレスは驚きを隠せない。

ラースと出会い、その後彼の言う湖に赴いたが女神に会う事はできなかった・・・。

ミストルティンの手掛かりを失ったアレスはその後、スカサハと再び合流してアグスティのシャガール王と面談したのだ。

驚きを隠せない中、シャガールの合図より奥よりやってきたのはラースと少女が一礼して入室する。

 

「ラース!お前、どうしてここに?

それにリーンまで、お前孤児院に帰ったんじゃあ・・・。」

アグストリア国境であった二人の再会にスカサハも驚く。

 

「アレス、すまない、これ、芝居・・・。」

 

「私は、ラースの話を聞いて面白そうだったから来ちゃった。」二人の言葉にアレスはさらに困惑する。

 

「な、なに!?どう言う事だ!」

 

「儂から説明しよう。」シャガール王は咳を一つすると、経緯の説明を始める。

 

「ラースの剣の噂は、儂が計画した。

ミストルティンは最近ある方が偶然見つけ、アグストリアに寄贈された。

使い手であるアレスが剣を求める気持ちがあるならば、ラースのデマを聞きつけてヴェルダンに来るだろうと考えた。

湖の女神の伝説はシグルドとヴェルダンの戦いで起こった奇跡の一つ、無視する事はないと踏んだのだが、この話は知らなかったようだな。」

 

「・・・。」アレスはバツが悪そうにそっぽを向く・・・、スカサハは小さく噛み殺すように笑う。

 

「まあ、結果的に噂を聞きつけたアレスはこの地に来てくれた。あとはヴェルダンのキンボイス王とラース、そして私へと導いてこの剣を渡す事ができた。」

 

「・・・シャガール王、しかしなぜそんな周りくどい事を?

それならラースに剣を持たせて、訪ねてくるアレスに渡すようにすればいいのではないですか?」スカサハのフォローにアレスも頷く。

 

「アレス、お前の話は耳にしていた。

今までのお前にミストルティンを渡せばさらに荒ぶるだろう・・・。

しかし、どうだ?

ラースは計画としていたが、偶然スカサハとリーンに出会い少しは心境に変化があったのではないか?」

 

「・・・・・・。」小さい頃から一緒であったリーフやフィン、ナンナでは意識していなかったが、セリスと一緒に行動していたスカサハと出会い、ラースとの戦いで得た経験と、彼らと話し共に行動した刺激は多少なりともあった。

それにリーン・・・。短い旅だったが、彼女と親しくなり安らぎを与えてくれた。

 

「後は自分で考え、ミストルティンを正しく使えば導いてくれるだろう。

・・・答えが出た時、もう一度ここに来い。」

 

「・・・魔剣ミストルティンは強い心がなければ剣の強さに負け、戦に魅了されると聞く。強さばかりに拘っていた俺が持てばどうなっていただろうか・・・。

シャガール王、礼を言う。」アレスはシャガールに騎士としての礼をする。その真っ直ぐな礼にシャガールは何度も頷き、目尻には涙を滲ませる。

自身の悪政でエルトシャンを牢に入れ、処刑まで企てたシャガールはようやくその息子に多少の恩返しができた達成感が胸の内に溢れたのだ。

 

その王の姿にスカサハは暖かく笑い、リーンもまたアレスの変化に嬉しく感じ、満面の笑みを讃えてアレスに抱きついた。礼の継続中であったアレスはバランスを崩してリーンともつれて転ぶ。

リーンとじゃれあうアレスだが、シャガールはスカサハに歩んだ。

 

「スカサハ、君はここに眠る剣を求めてマディノに来たんだね。」

 

「はい。私の父が遺した剣を求めてきました。」スカサハのまっすぐな瞳をシャガールは暫く見る、そして一つ頷くとこの謁見の前の中央のシーツを取り払う。一振りの剣が根本付近まで大理石に深く突き刺さっていた。

 

「これが君の求める剣だ。この剣にはイザークのソファラ家の刻印がある、見たまえ・・・。」スカサハは剣の柄をそっと握り、目を閉じる。

剣が何か語りかける、神器でもないただの白銀の大剣にそんなわけはないがスカサハは自然とそうしていた。

 

「この剣はまるで主人を待っているかのように、誰が引き抜こうとしても叶わなかった。

・・・もちろん誰が引き抜いてもこの剣は譲る予定だ、試してみるか?」

 

「はい、やってみます。」スカサハは両手で剣の柄を握り、上に引き抜こうとするが、すぐに手を離す。

 

「どうしたのだ、やらぬのか?」

 

「・・・この剣は引き抜くのでは抜けません、まだこの剣は斬っているのです。」他の者にはまるで理解できない答えだが、スカサハは逆手に持っていた剣を順手に持ち上とは反対の方向へ力を入れ始める。

 

「おい、まさか・・・。」アレスは二人に気付き声をかける、スカサハは一つ頷くと剣に集中する。

 

「ふん!」全身の体に力を込め、18年以上眠る剣にさらに切る動作を試みる。

 

「無理だ、そこからさらに切るなど・・・。」シャガール王はさすがに否定する、現に剣は全く動く様子はない。

 

(父上、・・・一緒に参りましょう。)

スカサハは、心の中で一つ願いを込めると呼吸を整えて、時を待つ。

他の人には単に体を弛緩させているように思うかも知れないが、スカサハは心と体の充実を計る。

 

そして・・・。

 

「月光剣!!」スカサハは気合と共に力を込める。体から、剣に青白い光が鈍く放たれた瞬間。

 

シュイン!

 

まるで砥石で剣を擦った時のような音と共に白銀の大剣は抜き放たれた。青白く光る刀剣、スカサハの旅はようやく達成されたのである。



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軌跡

シレジアを奪回し最後の砦リューベックを落としたシレジアは歓声にわいた。

フリージ軍はオアシスの町ファノーラまで撤退する事になり、フリージ本国への援軍要請をするも返ってきた答えはそのまま撤退せよ、だった。

年々激しさを増すトラキア半島の反乱にブルームは苦戦を強いられ、シレジアに割いていた軍勢を必要となっていた。

イシュトーを討たれ、イシュタルはユリウスと共にバーハラに滞在しており戦線には出せない・・・。ブルームはイシュタルをトラキア半島に呼びたいが、妻のヒルダが許さなかった。

シレジアを奪還されたが、事なきを得ているのはイシュタルの貢献であるなら口を出すわけにはいかない。

それに懸念材料は反乱軍だけではない、トラキア軍の動向がなにより気になった。トラバントは狡猾な男だ・・・、シレジアに軍を追加で送る知れば侵攻始めるかも知れない。

「イシュトー、お前が討たれるとは・・・。」ブルームは嘆く。

 

 

シレジア城の最上階で祈りを捧げるクラリス、父はここで毎日祈りを捧げていたと母から聞き、シレジアを奪還してから毎日のように祈りを捧げていた。

雪解けのシレジアとてまだ寒い風を受けクラリスは祈る。敵味方関係なく命を落とした者へ、そして今を生きる者へ・・・。

 

「・・・クロード司祭のようだな。」祈りを捧げるクラリスの横に歩むレヴィンが驚かない程度の声量で声をかける、その隣には一人の少女が佇んでいた。銀の髪をなびかせる彼女はまるで春の祝福に訪れた妖精のように、儚げな瞳が印象的であった。視線が合うと彼女は笑顔と軽い会釈をする。

 

「その方は?」

 

「・・・ああ、旅をしている時に出会った子でな。記憶を無くしているので保護している。」

 

「お記憶を・・・?それはまた、大変なことがありましたね。」クラリスは自分より幾分か年下に感じる少女の手を取って笑いかける。

 

「クラリスと言います、お名前は覚えていらっしゃいますか?」

 

「ユリアです・・・。クラリス様はこちらで何をしていたのですか?」

 

「この方の父は偉大な司祭様の一人娘でな、お父上もよくここでみんなの為に祈りを捧げていたのだよ。」レヴィンがクラリスに変わって代弁する。

 

「皆様の為に・・・。クラリス様、私も一緒にお祈りしていいですか?」

 

「ええ、・・・と言いたい所ですが、レヴィン様がお困りの様子ですね。」レヴィンはクラリスに読み取られて苦笑する。

 

「すまない、実は彼女の顔見せにここに来たわけではないんだ。これから俺はティルナノグに行かねばならん。

内乱の激しかったので城下町のある方に保護してもらっていたんだが、さすがにいつまでも預かってもらうわけにはいかぬしな。今回は連れて行くことにしたんだ。」

 

「そうなんですか・・・、残念です。

ユリア様、きっとまた何処かでお会いしましょう。」

クラリスの笑みにユリアもまた、顔の表情が明るくなり差し出した手を握り返した。

 

「ではクラリス、私達はこれで失礼する。・・・アミッドの事、頼んだぞ。」自分の子供を託すかのように話すレヴィンの目は穏やかであった、クラリスはそっと笑い。

 

「わかりました、道中お気をつけて。」と返すのであった。

 

 

シレジアの階下では、違う別れをする者がいた・・・。

アミッドはその二人に厳しい目を向けているが、妹のリンダはその別れを惜しむ。

二人ともフードのローブを羽織り、顔を表に出さぬようにしている。

 

「・・・もはや何も言うことはない、行け。」

 

「もう、兄さん・・・。

クラリス様があなた達を信じると仰いました、私達はそのクラリス様を信じています。

・・・そして私達はこれからお二人の仕事を信じます。」

リンダの言葉にイシュトーの口許が軽く緩んだ。

 

「ありがとう、今はそれで充分だ。

俺たちは祖国の為にもう戦えない・・・、だが反戦もしたくない。

見合う仕事を与えてくれた君たちには感謝する。」

 

「私は、イシュトー様の命を助けてくれたあなた達に感謝します。

これからも、私はイシュトー様の意思と共に歩みます。」

二人の言葉にリンダは笑顔を向けた。

 

「私も、自分の親戚と戦う事にならず安心しました。

・・・内偵は危険な任務です、くれぐれもお気をつけて・・・。」

 

「ティニーとセティの事、頼んだぞ。」

 

「ああ・・・。命を救ってくれた恩を忘れる事はない。

・・・・・・一つだけ、気になる事があるならば、・・・イシュタル。

我が姉を悪魔から救ってくれ・・・、もう自分の力では抗えないくらい魅入られている。・・・残念だが俺の力ではどうしようもない・・・。」

 

「・・・正直、今の俺ではユリウスはおろか、イシュタルにも届かないだろう。・・・だが必ず彼らに追いつき、いつかその約束を果たそう。」

外の事情はレヴィンの情報のみでは心許ない思っていた二人は内偵の道を命じた、夫婦として行商を装えば怪しまれる事はないだろう。

二人を見送った兄弟は少し顔を綻ばせた。

2人の後ろ姿を見送りながらリンダは兄に問いかける。

 

「これで良かったのでしょうか?」

 

「クラリスの言う通り、信じなければ始まらないだろう。

俺たちはもう立ち止まる事はできない、信じて進もう。」

 

リンダに不安にアミッドはそう返す、そして外套を翻して城内に戻る。

その瞬間2人の翻しにひとりの少女とすれ違った。

この刹那のすれ違いもまた運命であろうか・・・、それともレヴィンの考えの元でのことなのか・・・。

リンダとアミッドは一瞬、少女に意識がいくが声をかけることはなく、出会いとならなかった・・・。

 

 

「シレジアは当面の危機が去った・・・。

皆はどうしたい?このままシレジアにとどまるも良しであるが、俺は打って出たい。」アミッドは翌日、シレジアの会議室で主力なメンバーを揃え、会議を行う。

 

「・・・はいっ!はいっ!

私は、セリス様に会いにイザークに行きたいっ!」フィーは元気よく挙手をするとイザークを提案する。

 

「・・・レヴィンの話によるとセリス様も挙兵間近らしい。

行ってやるといい、他にも行きたい人はいるか?」

 

「フィーだけで行くのは危ないだろうから私も行こう。」レティーナもイザーク行きを決める。

 

「ディーナはどうする、この二人のお守りは?」アミッドの言葉に二人は避難の声を浴びせるがアミッドもディーナも涼しい顔で無視を決め込んだ。

 

「・・・私は、そうですね。

アミッド様の向かう先を聞いてからにしましょう。」悪戯に笑うディーナの言葉にアミッドは小さく舌打ちをする。

 

「アミッド、お前はイザークに行かないのか?

お前ならてっきりセリス様に会いに行くと思っていたが・・・。」

 

「・・・俺は、俺のできる事をする。

その道中でセリスと出会い、共に進むべき道と感じた時に同行しよう。」

 

「だから、何処に行くんだよ。」レティーナの苛立ちにアミッドは再び舌打ちをする。

 

「・・・ダーナだ。

イード砂漠にあるロプト教団の根城を潰していく。」アミッドの言葉に一堂は立ち上がる。

 

「なんだって!お前正気か!!」

 

「・・・今まで散々シレジアで好き勝手暴れていたんだ。

次は俺が奴らの根城を潰してやる。」アミッドの顔は酷く歪んでいた。

何年も教団と戦い、酷い目にあった教団を追い詰めるチャンスと見たのだ。

 

「そうではないだろう!今は、シレジア以外で苦戦しているセリス様やリーフ様を救う時ではないのか!!」レティーナの怒号が飛んだ、それはここにいる者達の意見でもある。

それに魔窟と化したイード砂漠で教団を狩る、それは余程の狂人でなければ考えない・・・。

 

「・・・それは、お前達でもできる事だ。

さっきも言ったが俺にしかできない事をしなければ、セリスもリーフもその先にある闇に苦しむだろう。俺もあいつらも、合流するまでに力尽きたならそこまでの男であっただけの事・・・。」アミッドの言葉はそこで止まり、瞼を閉じる。

こうなってはアミッドは意見を曲げることはない・・・、レティーナは頭をガリガリと掻きながら机に突っ伏した。

 

「ならばアミッド様、私も同行しましょう。」クラリスの言葉にレティーナはおろかフィーも驚く。

 

「わ、私も行きます!」リンダも手を挙げる。

「魔法の手練ればかりではバランスが悪いでしょう、・・・私も同行します。」ディーナは嫌な予感が当たり、名乗りでる。

 

「アーサー、お前はどうする?」アミッドの言葉に静かに聞いていたアーサーに視線が集まる。

 

「できればティニーを探す旅に出たいのですが、イシュトー殿の言う通りならば戦いに身を置かねばなりませんね。

・・・フィー達と共にイザークは行きましょう、セリス様と共にすればティニーに会えるかもしれません。」

 

「それは助かります。二人とも、アーサーの言う事をよく聞くのですよ。」ディーナの言葉に二人は頬を膨らませた。

 

「まとまったな。

明日はリューベックに移動、装備を整えたら出発する。」一堂は無言で頷き、解散となる。

アミッドの退室していく者達を送りながら、一人になったタイミングで懐から取り出した乾パンと瓶を取り出して採り損ねた昼ご飯を取り出す。

一欠片口に含み、長く咀嚼して瓶の水を流し込む。

シレジア奪回前から癖になった少ない食事での腹の満たし方を続けており、はっと気付いて苦笑する。

 

「・・・アミッド様。」一人と思っていたアミッドは驚き、喉を詰めてしまい再び瓶の水を飲み干した。

 

「クラリス・・・、いつの間に・・・。」咳き込んでつらいアミッドの背中をそっとさすりながら謝罪を口にする。

 

「いや、俺が悪かった。・・・それよりどうした?」

 

「これ・・・、レヴィン様から。」控えめに差し出されたサークレットにアミッドは眉をひそめた。

 

「数年前にレヴィン様から渡した時は拒絶したとお聞きしました。

・・・今も同じですか?」レヴィンは受け取りを拒否してからクラリスに渡していたのだろう・・・。

 

「・・・俺にとって親父は、責務を果たした男ではない。

家庭を顧みず、シレジアの反逆者となり、戦いにも負けた男だ。

そんな男の意思など俺には関係ない。

俺は俺の意思で戦う、だから親父は邪魔なんだ。」アミッドの手は硬く握りしめ、俯く・・・。

 

「アミッド様・・・。

レヴィン様はもう一つ、私に託された物があります。」クラリスは裾から古い杖を取り出す。

 

「!それは、まさか・・・。」

 

「はい、ヴァルキリーの杖です。父が苦悩し、父なりに運命を受け止いれ、最後まで抗った杖・・・。

私は父が遺した想いを継ぎたい。父が母の運命を変え、私がこの地に生まれ、育んできたこの命で父が見たかったその先を見てあげたい。

・・・アミッド様、私の想いと共感してくれませんか?」クラリスの目にアミッドは視線を逸らした。

 

「・・・よしてくれ、俺はお前ほど素直ではないんだ。」アミッドの拒絶にクラリスはサークレットを胸に抱き、俯く・・・。

(レヴィン様・・・。私も、アミッド様の奥深くに宿る憤怒を拭う事はできません・・・。)彼女は静かに自身の不甲斐なさに涙をこぼす。

 

(・・・クラリス、俺の為に涙を・・・。)アミッドは軽く肩を抱き、自身の胸に引き寄せる。

 

「・・・悪い。それを、預かっていてれ。」彼女にそう囁くと、一度彼女の目を見る。その清らかな涙にアミッドは込み上げる感情を抑え込み、その場を後とした。

(兄さん・・・。)もう一人、会議室を覗き見るように佇んでいてリンダは、退出するアミッドに遭遇しないようにドアから後退し、柱の影に隠れて兄をやり過ごした。

彼女の胸中にもクラリスと同じ思いが錯綜し、両手を胸に乗せて案じるのであった・・・。

こうしてシレジアの内乱は終わり、若者たちは大陸に平和を求める為に外の世界へと舞台を移す・・・。大陸を覆う闇は昏く、再びその闇に呑まれない為に若者達が立ち上がっていくのである。

 

 

 

村が、燃えていた・・・。

夕闇が濃くなり始め、人々が仕事を終えて夕食を取り出した頃に野党の群れが村が襲われた。

悲鳴と、勇戦し金属を打ち鳴らす音が反響した。

簡素な移動式の家に火をつけて、火柱が上がる・・・。

 

今のイザークでは珍しくない光景であった。

ドズル家がイザークを占拠して以来、搾取はあれど治めるつもりはなく国の治安は悪化していった。巷では賊が往来を闊歩し、賄賂と悪政が飛び交う惨状・・・。そして反乱分子は瞬く間に殲滅される。

イザークを統治するドズル家のダナンはイザークの全ての富を吸い上げ、人々の尊厳を奪い、リボー城で快楽を貪っていた。

 

野党共に果敢に立ち向かう剣士達はシャナンの指導を受けており引けを取らない。剣士達以上の数の族を屠っているが、数の多さの前に一人、また一人と倒れていく・・・。

とうとう戦線は破られ、非戦闘員を守る砦になだれ込んだ。

必死に防衛していることから野党どもも、ここに食料や女が匿われている事は明白だった。

狂気としてなだれ込む馬賊は我先に侵入する。

 

「あいつらめ、先走りやがって・・・。」野党の頭領は、肩に両手持ちの巨大な湾刀を担ぎにたにたと卑下た笑みを讃えながら取り巻きの野郎どもと後をゆっくり歩む。

 

「みんな久々の大仕事ではやってますわー。」

「俺たちが入る頃には、あらかた女を食い散らかしてるかもしんねえぜ。」

など、冗談を口々にいいなら笑い声を上げながら砦の門を潜る。

 

そこには先程入って行った馬賊の一団が馬ごと切り捨てられ、全てを斬殺されていた・・・。

短時間でどれほどの手数で斬り伏せたのか、一体の死体に何箇所もの刀傷が刻まれ、夥しい血液が辺りにぶち撒かれていた。

 

「お、おお・・・。」残虐の限りを尽くす賊でさえ、その惨状に口を閉ざす。

中心には二人の女剣士が凄まじい殺気を放ちながら睨みつける。

二人とも黒い髪の少女、まだ体が成長しきっていない事は一見でわかるくらい若い。しかし押し寄せる殺気は熟練の剣士が放つ肌を刺すような気迫・・・、賊達ですらその違和感を肌で読み取れた。

 

「あの湾刀の大男は私が殺す、あなたは取り巻きをお願い。」すらっと抜き放つ歴戦を潜り抜けた長剣が血に濡れながらも鈍く光る。

 

「あれがラクチェが追ってた仇ね・・・、わかったわ。」

二人のやりとりにようやく我に帰り、殺気立つ。

 

「お、お前らが・・・。」前口上など聞くつもりがないのか、声を上げた途端にラクチェは走り出す。

後衛にいた弓使いが射出するが、まるで見切っているかのように直前で最小の回避をするだけで頭領に斬りかかる。

湾刀でその一撃を受けるが、すでに少女は目の前から消える。

まだ湾刀に衝撃が残っている中、頭領の背中に冷たい物が走った。

 

「ぐほっ!」頭領の鳩尾から剣が生える・・・、抑えきれない逆流が大量の喀血となり、口から溢れ出る・・・。

 

「さっさと死ね、この悪魔ども。」背後から恨みが乗った言葉を吐く少女は、すぐさま剣を引き抜くと再び突き入れる。

その剣速は凄まじく、頭領は1回に感じた突きは3回入っており両肺と心臓を串刺しにする。

 

「・・・・・・。」懺悔も恨み言も言う暇もなく絶命する、体が崩れかけてきたが少女は慈悲もなく剣を振り解いて打ち捨てた。

 

「貴様の戯言など聞きたくない・・・。」少女の目は冷たくなった死体に吐きかけるように言い放った。




この話でながかった序章を終えたいと思います。
本編に入る前にどうしても上巻から変更された部分を補足したく思いまして加筆させてもらいました。
相変わらず仕事が忙しすぎてなかなか進まない実情で申し訳ありません。・・・それでも自分がどんなに高齢になろうが、役職があがろうが
これだけは最後まで描き続ける気概でいておりますので、長い目で見ていただけるとありがたく思います。

次話より本作の6章「光を継ぐ者」の冒頭から入ります。
私の小説では1章となりますのでお願い致します。


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一章 イザーク解放
離脱


よくやく序章が終わりまして、本編「イザーク解放」を描いていきます。
かなりスローペースとなってしまいましたが出来るだけ、進めていけるように努力しますのでお願い致します。


イザークの荒野を進む騎士、手綱を緩めて馬を歩ませる。

目的はこの先にある集落であったが、その惨状にため息をついた。

 

「ここも、だめか・・・。」馬より降り立ち、ひどく荒らされた後をみて呟いた。

襲撃を受けてまだそんなに立っておらず、火をかけられた家屋からまだ燻った煙が立ち込めており煤けた臭いが辺りに漂っていた。

 

「ダメでしたか・・・。」

 

「レスター、お前の方もか?」その言葉に一つ頷く。彼の捜索した場所も同じように荒らされていたなであろう、表情は険しく歪んだ。

 

「徹底的に荒らされてます。オイフェ様、やはりこれは。」レスターと名乗る弓騎士は下馬するとオイフェの横に立ち、惨状を思案する。

 

「これは組織的だな・・・、周辺から波状に索敵して一つづつ潰しているのだろう。野盗や賊のする仕事ではない・・・、いや奴らを指揮している者がいるのであろうな。」

 

「!・・・まずいな、もしかするとセリス様の残した砦も奴らの手に及んでいるかもしれん・・・、戻ろう。」

 

「はい!」2人は騎馬に乗り、早足で帰路に着いた。

 

 

 

 

「つええ・・・。」砦を襲った野盗達は、たった2人の女性剣士に戦慄する。その2人でも頭領を瞬殺した剣士の方がさらに高みの領域に達しており完全に戦意を失っていた。弓を射掛けても意識が常に広域まで警戒しており全く当たる様子もなく、涼しげに回避しながら切り捨てていく姿は鬼神の如くであった。

 

「な、なんで・・・俺生きてるんだ?」しかしながら斬り伏せられた者達は肋骨や胸骨が折れ、苦悶の表情で倒れていた。

・・・斬殺したのは頭領のみであった。

 

「勘違いするなよ・・・。」納刀するとラクチェの見下す目にはまだ殺気があり、野盗どもの全身から血の気が失せる。

 

「貴様らの命運はティルナノグの民に任せるだけだ、本当は全員私が地獄へ送ってやりたいところだが・・・。

貴様らを殺しても、私の代わりに散った・・・くっ!」ラクチェは足元の砂を蹴り上げるとその場を後にする。

 

(シャナン様、なぜなんです!なぜあんな連中を斬ってはいけないのですか?)ラクチェの怒りが頭を駆け巡るが師の言いつけ通り頭領のみ生殺与奪を決めて後は殺さずとした、しかし彼女のぶつけようのない怒りが残るのみである。

もう1人の剣士はラクチェの心の乱れを気にしつつ投降した野党どもの武装を解除して無力化し、地下の牢へ放り込んだ。

 

「あらかた終わったな」2人は表情を緩め、ラクチェは相方に笑みを見せる。

 

「まだ油断はできません、今回の襲撃はいつものものと違うように思います。」

 

「なに?どういう事だ・・・。」ラクチェの顔が再び引き締められた。

 

「シャナン様が神剣の情報がもたらされて旅立ち、定期的な情報交換でオイフェ様がいないティルナノグ地方は今までにないくらいに手薄です。

・・・そのタイミングで今までになかった大規模な野盗の群れ、これは相手側に都合が良すぎます。」

 

「確かに・・・、言われれば合点が合わないな。

!・・・もしかして!!」

 

「こちらの内情が漏れてますね・・・。」

 

「ラドネイ!それまで読んでいてなぜ早く言わない!!」ラクチェの怒りがラドネイに向いた、しかし彼女は眉を落として困惑した表情となる。

 

「落ち着いてください。私も疑問が出たのはつい先程の事ですし、急いだ所でどうしようもありません。

・・・それに、まだここが囮の場所と気づかれた訳ではありません。」

 

「しかしだ!行くぞ!!」ラクチェは踵を返して駆け出しそうになる彼女の腕を掴む。

 

「待ってください!これすら囮で二重尾行を企ててますと、慌てて私たちが拠点に向かえば、後をつけられて発覚するという可能性もあります。」ラドネイの言葉に落ち着いたラクチェは荒い息を整えながら相棒を見る、彼女の瞳は水瓶の中にある水鏡のようにラクチェを写し込んだ。

 

「今は、みんなを信じましょう。

私たちは今できる事をしっかり処理して、地固めをしながら進みましょう。」

 

「・・・そうだな、今はそれしかないな。」ラクチェは右手で柄を強く握り込むと、守っている砦の異常を確かめていくのである。

 

(母上、ご無事で・・・。)

ラドネイもまた、本体に残している母を気遣い、気を揉んでいる事を必死に隠しているのである。彼女の剣の柄は小さく音を立てている事をラクチェは知り、その場を収めた。

 

 

オイフェとレスターは本丸の隠れ砦にたどり着いた時、大量の軍が投入されていた・・・、イザークに駐留するドズル家の所有する斧騎士団の一個団体が襲いかかり、すでに砦の中まで侵入を許している。

 

「あ、あれでは・・・。」レスターは戦慄の表情を浮かべ、青ざめているがオイフェは落ち着いていた。

 

「まだセリス様が討たれた訳ではない、あの砦には隠し通路がある。逃げ延びていればあの地に向かうはずだ、行くぞ。」

 

「はい!・・・ラナ、母上、生きていてくれよ。」小さく妹の安否を祈った。

 

 

 

砦の警護を突破され、内部にドズルの騎士団が入り込む混乱の中ラナと母であるエーディンは重傷者の手当てを急いだ。

ラナは集中しようとするがあたりの混乱で魔法が集中せず魔力が何度となく途切れる、そんな中でも母は平常心を保ち癒していく姿に嘆願する。

 

「こんな事始めてですからね、無理もないわ。

・・・ラナ、あなたはお逃げなさい。」エーディンの顔はいつもと変わらず優しくラナに語りかける。

 

「で、でも!どこに・・・。」

 

「大丈夫、こういう時のための対処は決まっているの。充分に引きつけたら合図があるはずだから・・・。」回復処置を続けながら、自分の娘を励ますように伝えた。

 

「お母様・・・。」その心遣いに彼女は平常心を取り戻し、回復魔法に集中させた。先程までおぼつかない光が淡く発光し、負傷兵を回復させていく。

 

 

「おお!」

 

「セリス様!!」

歓声が響く中血潮にまみれたセリスが入室する、傷を負ってこちらに来た訳ではなさそうでラナは安堵した。

 

あまりに酷い出立ちで心配するが、セリスはいつもの周りを暖かく導く雰囲気は全く削がれていない、切れた息を整えると顔を上げる。

その顔には鬼気迫るものではなく、いつもの落ち着いた顔を見せる。

 

「心配かけてすまない、敵兵は足止めした!

退路も確保しているので指示にしたがって撤退して欲しい。」セリスの言葉にみんなは安堵する。

優先順位の高い女性と子供と撤退を始めていく・・・。

 

「セリス様・・・。」

 

「ラナ!無事になりよりだ、それにエーディン様も・・・。」セリスは血糊を拭き取りつつ、2人を労う。

 

「エーディン様とラナは、負傷兵と共に脱出して下さい。」

 

「セリス様は?」

 

「私は最後まで残る・・・。

あのように言ったが、おそらく最後の者まで足止めしきれないだろう・・・、追撃をここで止めなければならない。」

 

「そんな・・・。」ラナの耳には遠くから閂を破壊しようと躍起になって丸太で破壊している音が聞こえる。

セリスは何十にもその扉を準備して足止めしているだろうが、撤退より早く破壊してここに踏み込まれると予想していた。

 

「大丈夫、まだこんな所で死ぬつもりはないよ。

みんなを助けて、私も助かるからラナは信じて待っててくれ。」泣きそうになるラナの肩を抱いてセリスは頷く、ラナも促されて頷くと床下の退路に入る。何度も振り返り心配そうな顔を見せるがセリスは笑顔で手を振った。

 

「さあ、エーディン様も・・・。」

 

「最後までここで皆様を見ます、私が退けば助かる人も助かりません。」

 

「しかし!」セリスはさすがに困り、強く反発するもエーディンは首を縦に振った。

 

「私よりもずっと若いあなた達ばかりに負担を強いることなどできません。セリスは生きて脱出するのでしょう、私も最後まであなたの支援で留まりましょう。」エーディンの言葉にセリスは吐きかけた言葉を飲み込んだ。それくらいに決意は固く、揺るがす言葉などセリスには持ち合わせていなかった。

 

「私も残る。」

 

「あっ!マリアン様。」左足には形だけの義足を引くように歩き、左手には杖を持ち、右手には剣を携えていた。

 

「マリアン様はとても戦えるような体ではありません!あなたに万が一の事があればオイフェやラドネイ、それにアルテナも・・・、どんなに悲しむ事か・・・。」

 

「セリス、余計なお世話よ。

私たち夫婦はいつも命をかけてます。お互いの元を離れる時は今生の別れを意識し、帰ってきた時は生還した気持ちで出迎えているのです。

ここで命が尽きようとも、私の意思を汲み取ってくれるでしょう。」

 

「そんな・・・。」

 

「坊やが私たちの心配をすることなんてないわよ、今はここを踏み込む無粋なドズル兵を屠りましょう。」マリアンの言葉にセリスは決意する。マリアンの抜刀に触発されセリスも立ち上がり盾と剣を構える。

 

「・・・わかりました。

でも、どんな状況でもみんな生きて脱出しましょう。」セリスはもう近くまで響く丸太を打ちつける音が、セリスの心拍を力強く後押しする。

普通なら丸太を打ちつける音に恐怖を感じず、鼓舞されるような感覚。

このような状況でも、諦めない気持ちが強くしていた。

撤退が混乱なくすすめられ、広場はほとんど人が引けていった。重傷者すら、担架を使ってここから引き上げている。セリスはそれに満足した時、けたたましい足跡と共に招かざる者が侵攻してきた。

 

「いたぞ!ここだ!!」突破して入り込むドズル兵、立ち塞がるマリアンとセリス、2人は不敵に笑っていた。

 

「ここは、通さない。」

 

「お前がセリスか!!その首、もらった!!」セリスはその袈裟斬りを左手の盾で受け止め、力で押し返して切り上げる。

 

「くそっ!」もう1人の兵が長槍をセリスに繰り出すが、セリスは身の捻りと盾を巧みに使って刃先をいなすと剣を胸部へと突き立てた。

 

「ぐはあああ・・・。」セリスは再び返り血を浴びる。

 

「セリス、腕を上げたな。」マリアンも義足とは思えない。片足だけで跳躍して敵兵の間合いを詰め、上半身のバネだけで剣を操っていた。

しかしぞくぞくとこの広間に突入する敵兵に2人の疲労が徐々に蓄積していく、そこへエーディンの回復魔法が2人を補助し、さらに下位ではあるが雷の魔法で援護してくれていた。

 

「何をしている!たかだか三人に何をしているか!数で押し切れ!!」

さらに二重、三重と取り囲む。

 

「マリアン様、このままではエーディン様が危険です。

私が切り開きますから脱出を、お願いします!」セリスは一気に敵陣へ切り込んだ。盾と剣を組み合わせたセリスの剣技は攻防一体の妙技、まだ体が出来上がっていない分をひと回り小さい円形の盾で補い、相手の体勢を見切って押し返す技術はすでに一介の戦士の領域であった。

 

「セリス!うっ!」危険を察知したマリアンはセリスを襲う弓矢を庇い、左腕に被弾する。

 

「マリアン様!」近寄る敵兵を警戒しつつ、倒れるマリアンを抱き上げる。

 

「セリス、あなたが逃げなさい。」

「嫌だ!もう誰も失いたくはない!逃げるならみんな一緒だ!」

2人に迫る危機、ドズル兵は無常にも2人に襲いかかるが、その刃は

届かず魔法の結界が張って侵入を拒んだ。

 

「これは・・・、エーディン様?」エーディンが敵兵との間に割り込み結界を張って拒んだのだ、淡く白く光る半円が何人も拒む領域を生んだ。

 

「2人ともよく持ち堪えましたね、みんな無事に脱出できたとラナから伝心が入りました。

今からラナが招聘魔法を使います、私が転移魔法と併用すれば2人とも脱出できるでしょう。」

 

「・・・それでは、エーディン様はどうなるのです、あなた1人ここに残るというのですか!」セリスは憔悴する、ここまでみんなと脱出する気持ちが大きく揺らいだ。

 

「私もラナも、複数人に対して行使できません。ラナがセリスを呼び、私がマリアンを飛ばすので精一杯です。」

 

「待ってください!エーディン様、考え直して下さい!まだ手はあるはずです!!」必死の呼びかけにエーディンは穏やかに微笑む・・・。

セリスにはまだ大人達が追い詰められ、命の危機になってもなお穏やかに送り出そうとする境地には理解できない。17年前の悲劇は生き残った者達の人生を大きく変えていた・・・。

 

「セリス、あなたはこれから起こるこの大陸の悲劇を救わねばなりません。あなたはお父上であるシグルド様の意思を継ぎ、導いてください。

それが私の願いです。」

 

「エーディン様、待って下さい!もう少し・・・。」ラナの招聘が完成し、セリスは姿を消す。あたりの敵兵は必死になって結界を破ろうと手にもつ武器を叩きつける。

 

「さあマリアン、あなたも・・・。」エーディンはマリアンに向き直ると転移を始める。

 

「エーディン、やめて!どうしてあなたまで!私は死ぬ為に戦ってきたのに、あなたが死ぬ事はないじゃないの!!」

 

「あなたの命運はここではないからよ。私の体にはフュリーと同じ病が進行しているの、もう一月ももたないわ。」

 

「そ、そんな・・・。」

 

「あなたはまだここで死なせるわけにはいかないの・・・。

マリアン、元気でね。」エーディンは微笑むと転移を完成させ、消えた。

 

 

「エーディン!」マリアンが転移され、砦が見える砂丘で叫んだ。

その瞬間、砦から夥しい魔力が放出され爆発音が響く。

 

「お母様・・・。」ラナの涙が一筋、ほおを伝う・・・。

そばにいたセリスはラナに問いかける。

 

「あの爆発は・・・。」

 

「身体にあるすべての魔法力と生命力を爆発に変えた道連れの魔法、命を大事とする聖職者の中では邪法と呼ばれてます。」

 

「!・・・ラナ、すまない。僕は、また守れなかった。

僕の力が足りないばかりに・・・、すまない。」

 

「お母様はセリス様に希望を見ていました、無理をするセリス様を放っておく事ができなかったのでしょう。

だから、私は・・・。」スカートの裾をキュッと握りしめてうな垂れた、転移されてきたマリアンも動揺を隠さないでいて血の気が失せている。

 

「セリス様!ご無事で・・・。」駆けつけたオイフェとレスターがセリスを見つけて駆けつける。

 

「・・・エーディン様が身を犠牲にして救ってくれた。

オイフェ、レスター、僕の事はいいから身内を・・・。」セリスは横にいるラナと側で項垂れているマリアンを案じ、2人のケアを急がせた。

 

「・・・・・・わかりました。

セリス様、後ほどこれからの事を・・・。」オイフェの言葉にセリスは頷くと、現状の把握の為軍部と合流していった。

 

「ラナ・・・。」レスターはラナを抱きしめる。死期を悟っていた母ではあるが、突然の訃報に2人は悲しんだ。

 

「最後までみんなを救うと奮迅していましたセリス様のお心が心配です。・・・お母様が亡くなったのに、セリス様の心配をしていまう私は、薄情でしょうか・・・。」

 

「・・・・・。」レスターは黙ってラナの涙を拭う。

今の彼には、妹の問いかけに応える言葉を持ち合わせていなかった・・・。



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狼煙

ガネーシャ城の統治を任されていたハロルド将軍は自室で悠々と、反乱軍討伐の報告を待ち望んでいた。

遅々としていた反乱軍の討伐に民から巻き上げた富を大量に使って野盗どもを使い、情報を金で買って策を練った作戦である。

うまくいかないはずがなかった・・・。

昼から早々にワインを煽り、口元を歪ませる。

早く報告を受けて今の酒を勝利美酒としたい・・・、ハロルドは部下の報告を待ち望んでいた。

 

「昇格すれば本国に戻れる、ここで富を築くのも悪くはないのだがな。」ハロルドは立ち上がり、グラスを片手に深く座り直す。

(リボーで腑抜けた老人の介護や馬鹿息子達のお守りで終わる男ではない、本国にいるブリアン様に仕えねば先はない。)

ハロルドの目には野心に満ちていた・・・。

 

「将軍!大変です!!」ノックもせずに息も切れ切れに入室する。

 

「どうした、騒々しい。」一瞬待ちに待った報告かと思いきや、部下の顔にはそんな良いものとはかけ離れた表情である。

 

「反乱軍が、乗り込んできました!!」

「なんだって!」ハロルドは立ち上がりワインのグランを落とす。

 

「・・・反乱軍は各地から集まり、すでに千人単位でこちらに向かってます。」

 

「本隊は反乱軍の、セリスのいる砦を襲撃したはずだ!

どうなっている・・・。」ハロルドは真っ青になり、腰を抜かしたように着座する、ハッと我に帰り部下に捲し立てる。

 

「ま、守りはどうなっている!ここには何人いる?」

 

「・・・ガネーシャの守りは200程度です。

将軍、どうすれば・・・。」

 

「リボーに援軍を頼め!すぐさま本隊に戻るように指示しろ!」

 

「はっ!ただいま!」慌ただしく指揮が伝令されていく、彼の野心が自身に火をかけてしまう瞬間である・・・。

 

 

 

 

砦を失ったセリスはすぐ様、軍議を始める。

その第一声にオイフェは絶句してしまう。

 

「直ちにガネーシャを攻略します。」

 

「・・・・・・・・・。」一堂の驚きで声が出ないままセリスは続ける。

 

「周辺に散っている囮の砦、ティルナノグの戦士達にも声をかけつつ進軍します。その時可能な限りの物資も運んでくれるように指示をお願いします。」

 

「ま、待って下さい。

ここは、一度どこかの拠点で人を集めてからでも・・・。

最小限ではありますが、死者の弔いを・・・。」オイフェの言葉にセリスは首を横に振る。

 

「それに、エーディン様の・・・。」

 

「エーディン様の為だ・・・。」セリスは強くオイフェに伝える。

 

「エーディン様が命をかけて私たちを救ってくれた。

これに報いるためにも、このまたとない勝機を逃してはいけない、私はそう思う。」セリスの言葉にオイフェは久しく忘れていた名軍師スサールの血が蘇る、熱い血潮がオイフェの脳を駆け巡った。

 

「功を焦った者の攻撃特化の策・・・。広範囲の捜索と攻略でガネーシャ全ての戦力を投入したといっていいと思う。

まだ背後には戦力があると思うけど、かつてないほどガネーシャの城の守りは手薄になっている・・・。反抗の狼煙はここからあげる!」セリスの言葉に有力者の士気が上がっていく。

 

「セリス様、私は長年守りを強いられ保守に回っておりました。

・・・おしゃる通りです。

軍略を教えた私がセリス様に諭されるなど、恥ずかしい限りです。

・・・セリス様にシアルフィにこの人ありと言われたスサールの軍略をお見せしましょう。」

 

「よし!時間がない!早速進軍だ!!」

「オイフェ様、詳しくは進軍しながら説明を!!」

「備蓄はないぞ!民から巻き上げたガネーシャの備蓄が狙いだ!!」

それぞれがセリスのまたとない勝機を聞き鼓舞していく、攻勢に出る事が出来なかった反乱軍はついにドズル家に一矢報いる事ができると実感していった。

 

セリス達がガネーシャ城近くまで進軍した時にはマリアンとラクチェとも合流し、反乱軍の持ちうる全ての戦力が集まった。

まさか砦を攻略されて半日でガネーシャに戦力が揃うなど考えてもいないだろう。それくらいに反乱軍の士気は高く、オイフェの頭脳が瞬く間に人を、物資を、資金を集めたのだ。

 

「奴らの先遣隊が戻る前に片付けねば勝利はない!!

背水の陣ではあるが、見事成功すればここを足がかりに反乱が始まる。イザーク各地にいる我らを支援する者も集まり、解放へと導く。

今より、解放へと踏み出すのだ!!」セリスの号令と共に、全速前進が始まった。

 

ガネーシャを警備する者は慌てふためいて迎撃に突進してくるが、勢いはまるで違う。重装備で固めた斧部隊は反乱軍の機動力に翻弄され、分断し各個撃破されていく。

 

「歩兵部隊は深追いするな!騎馬部隊の槍で当たれ!!」オイフェの指示で的確に戦線を押し上げていく・・・、1時間もしないうちに市街地へと踏み入れる。

 

「走り抜けろ!下手な小細工をされる前に城内になだれこめ!」騎馬部隊が真っ先に切り込み、市街地の住民を保護する。

追い詰められたガネーシャ兵が人質とばかりに住民の殺害や放火を恐れたが、その策すらも出てこないのか、城への侵入を阻む者と城内に逃げ込む者、指揮系統がバラバラであった。

対して反乱軍はセリスとオイフェが先頭に立つ、セリスは馬に乗ると白銀の剣に方形の盾を装備する。

 

「オイフェ、ここにいる敵将は誰だろう。」

 

「情報によるとダナンの子飼いの将軍がいたはずです、名前までは・・・。」

 

「ここまで混乱していたら逃げる可能性がある、奴は捕獲したい。」

 

「・・・わかりました、工作員を手配します。

セリス様、敵団です!ご注意を!」

眼前にハルバードを持つ重装歩兵団が道を塞ぐ、セリスはリーチの長い鉄の槍に持ち変えると斧の先端を捉えて軌道を変えてバランスを崩し、並走したオイフェが鎧の隙間を縫うように鋼の剣を喉元に突き立てる。

 

「セリス様に続けー!」騎馬は次々と突撃し一旦突破を計る、歩兵も追いついて一気に混戦となった、ラクチェも重装歩兵の鎧の隙間を狙うがオイフェのような技術はなく苦戦をする。

 

「ラクチェ様!」ラドネイがラクチェの背後から跳躍し、振り下ろす無骨な剣を鎧に吸い込まれるように切り裂いた。

ラクチェはその切り裂かれた胸部に鋭く倭刀を突き立てる。

 

「アーマーには倭刀は不利です、これを使ってください。」ラドネイは今しがた使ったアーマーを切り裂く専用剣を渡そうとするがラクチェは拒否をする。

 

「大丈夫だ、スカサハほどの使い手ではないが・・・。」ラクチェはさらにもう一人へ切り込んだ。柄は短いが刃厚のあるあの斧使い、受ければ剣が破壊されそうな重装歩兵で、ラクチェにとってはもっと不利な相手であるが、斧を巧みに交わして3度目の回避時にカウンターの袈裟斬り、胴切りを行うも金属を打ち付ける音があるだけで内部までには届いていない。

斧の反撃をもらい、かろうじてかわすも髪を切り裂かれて空中を舞う・・・。再度、ラクチェは切り返しの切り上げの時、刀剣が青白く発して鎧ごと内部まで刃物が通る。

 

(月光剣・・・、ラクチェ様もできるようになったのですか・・・。

その才能、羨ましく思います。)ラドネイは才の違いにただただ驚嘆する。

 

「ラドネイ、セリス様に追いつくぞ!オイフェ殿にも会いたいだろう?」

 

「それよりも、まだ来ますよ。早く突破しましょう!」ラドネイは再び母譲りの跳躍と、アーマーすら切り裂く巨大剣を持ち新手に切りかかった。

 

 

 

 

「ちょ、ちょっと!手つきがいやらしいわよ。」フィーは後ろに乗るアーサーに非難する。

 

「・・・困ったな。天馬の上がこんなに揺れるとは・・・。

揺れて掴んだらフィーの腰だったので・・・。」アーサーは本を片手に苦笑する。

 

「こんな時でも本読んでるの?信じられない。そんなんだから咄嗟の風でバランス崩すのよ。」

 

「面目ない。・・・しかしフィー、君って思ったより華奢なんだね。」

アーサーの言葉にフィーは真っ赤になる。

 

「・・・どこ触って言うのよ。

それに!あなたの好きな本で女の子の対応も学ぶのね。」

 

「あー・・・、参考書は見なかったな、探してみるよ。」アーサーと話していても何か噛み合わない、フィーはプイッとまたを向いてしまう。

 

「イチャついてるお二人さん!急ぐよ、もう何か始まってるよ!」レティーナは指差すと、眼下にある砦は襲撃された後があり煙が立ち上っている。

 

「イチャついてないんかないよ!

あれ!軍隊がいるよ!!まさか、セリス様、襲われてる?」

 

「そうみたいですね・・・。でも、戦闘している訳ではなさそうですね。探しているのかな?」アーサーは身を乗り出して観察する。

 

「ちょっと、やだ!どこ触ってるの!」フィーの黄色く非難の声が再び上がる、レティーナは白い目を向けていた。

(いちゃついてるがな!)

 

「・・・セリス様を探す事から始まりそうだな、骨が折れそうだ。」レティーナは頭がガリガリとかきながらため息をつく。

 

「いえ・・・、そうでもないですよ。」アーサーはあっさりと否定する。

 

「え!何、どう言う事なの?」フィーもアーサーの手を気にせずに話に参加する。

 

「私なら、拠点を奪われて逃げ延びたのなら。このまま敵拠点に攻め上ります。」

 

「ぶっ!・・・そんなわけないだろう!!

これだからインテリは・・・、レティーナは鼻で笑う。

 

「ここまでの被害が出てるのなら体制を整えるために撤退しているか、シレジア方向に逃げる事を考えるのではないか?」

 

「それはあり得ませんね。」アーサーの全否定にレティーナの額に青スジが入る。

 

「セリス様は17年もシレジアに逃げる事をせず戦い続けました、イザークを捨てて逃げるような御仁ではないでしょう。

体制を整えても、物資も人も圧倒的に劣る反乱軍が正面から戦えば勝ち目なんてありません。ここまで大軍で襲われたのならガネーシャ城は手薄になっていると考えるでしょう、なので今ごろガネーシャ城では戦いになっているはずです。

ガネーシャ城へ、ゴーです。」

 

「ちょっと、突飛すぎない?」フィーは腰にある手を前の手綱に握らせると不審そうにアーサーの提案を疑問視する。

 

「セリス様の居場所はこの砦しか知りませんので、あとは隠れ里を見つけて探すしかありません。隠れ里を探すより、ガネーシャに潜伏して待ち伏せるしかないと思います。

どのみちガネーシャしか選択肢がありません。」

 

「んー・・・。納得できたような、できなきような・・・。」

 

「ディーナさんがレティーナさんの意見は全て却下でいいと言ってましたので、ガネーシャへ行きましょう。」アーサーの涼しい言葉にさらに青筋が入る。

(うわあ、あまりアーサーと作戦行動した事ないけど、ここまで空気を読まない人とは思わなかったよ。・・・それより、この手!やめてよー。)気づけば再び腰に手をやるアーサーにフィーは落ち着かないでいた。

掴み所のないアーサー、掴んでいるのはフィーの細い腰・・・。

フィーはため息をついた。

 

 

 

 

シレジアの別働隊、もう一組はイード砂漠を南下しフィノーラに辿り着いていた。リンダが熱中症に当てられ、町外れにある宿場を見つけて数日の宿をとり数日の足止めとなった。

 

アミッドは宿場であり一階は食事処となっているテーブルに着座し、ワインと香辛料で保存を効かせた硬い肉料理を食していた。

リンダの看病を終えたクラリスがテーブルにつく。

 

「リンダ、大丈夫だったか?」

 

「はい。顔色も戻ってきていますし、発汗もしてきたので安静にすれば元気になるでしょう。」

 

「クラリスが来てくれていて助かった。妹とはいえ、俺が女の子の介助はできないだろうからな。」

 

「・・・そうですね。

それよりもアミッド様、こんな時にお酒なんて・・・。」

 

「仕方がないだろう、料金を見てくれよ。」クラリスに木に書かれた料金に驚く・・・。

 

「え?お水よりお酒の方が安いの・・・。

食べ物も、お肉ばかり。」

 

「さっき宿の人に聞いたら笑われたよ、ここで一番高いのは水だそうだ。保存の効くワインや蒸留酒、水を使って育てる野菜よりも保存肉の方が安い。」アミッドの言葉に納得するも、クラリスはお酒など飲んだ事もない。シレジアから持ち込んだ水を大事に使うことにした。

 

「あんた達、旅人みたいだけど珍しいね?ダーナの巡礼かい?」宿を経営する女主人がコップにサービスの水・・・、濁りが気になる。

を持って結託のない笑みを浮かべる。

 

「そんな所です、連れが日に当てられてしまい困ってました。

・・・この子に、食べやすい食事と飲料はありませんか?」

 

「うん、任せときな!

それにあんた達、あの格好じゃあ日に当てられちまうよ。

砂漠には砂漠の服装があるんだよ、夕方にいつもの行商さんが来るからそこで相談してみな。」主人は笑いながらクラリスの料理にかかる。

 

「・・・だそうだ。

日を避けるだけの格好では熱されてリンダのようになるみたいだから、着替えていこう。」

 

「そうですね、気をつけていきましょう。」クラリスはそういうとコップの水を飲もうとしたが、アミッドが手を掴んで制止する。

クラリスは首を傾げた所でそのコップの水を飲む、そしてなんともいえない顔をすると舌を出して何かを吐き出した。

肉料理の皿にカラン、と乾いた音が響きクラリスは驚いて口元を両手で隠す。

 

「・・・塩っぱい、余計に喉が渇くぞ。

クラリスとリンダは気にせず持ってきた水を飲め・・・。」

 

「・・・すみません、そうします。」

クラリスにはこの乾燥地帯でも育つ植物を調理した料理と、その植物が溜め込んだ水分を絞り出した果汁が提供された。とちらも決して美味ではないが貴重な砂漠料理らしく、クラリスはゆっくりと食していた。

 

「アミッド様は、セリス様の事をどう思われているのですか?

会ってみたいと思わないのですか?」

 

「・・・・・・またその話か。」アミッドは過去何度か質問された事のある言葉に少しうんざりした。

 

「アミッド様とセリス様、お二人が力を合わせればきっと・・・。」クラリスは祈るように願いを口にする。

 

「運命が俺達をそう導くのならそれに従うつもりさ。

・・・俺には俺のやり方がある。その中でセリスと出会った時、同じ道を進むのかどうか判断する。出会うことがなければそれも運命だ。」アミッドの投げやりな言葉であるがクラリスは柔らかく微笑む。

 

「・・・今はそれで十分です。

セリス様に出会った時、自分の心に偽りなく感じてください。

それが私の願いです。」

 

「・・・予知か?」

 

「いえ、そんな物ではありません。

アミッド様の悩みが、杞憂で終わる事を祈ってます。」

 

「・・・・・・なあ、クラリス。」

 

「・・・なんでしょう?」

 

「俺、・・・お前が好きだよ。」アミッドの言葉にクラリスは顔を赤らめる。

 

「・・・私も、アミッド様が好きです。」



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花束

フィノーラで足止めになった三人に先行してダーナに向かうディーナは、荒れた砂岩の上からダーナを確認する。

 

最近ダーナにはよからぬ噂ばかりを耳にしている・・・。

特に子供が神隠しにあっているそうで町では子供を外に出さないようにしている親が多く、出歩く人がもっぱら減っているそうであった。

また怪しい宗教家が闊歩するようになり、人々に恨んでいる人がいれば呪い殺してやる、などの暗い話が飛び交っていると聞く。

 

「たしかに・・・、アミッド様が気にする理由はわかる気がします。」ディーナはつぶやいた。

天馬にくくりつけてある皮袋の水を一口飲み、砂岩の影で休息をとりつつ町に入る算段を考えた。

かつてのダーナは聖戦の傷跡に歴史を研究する者や、信心深い宗教家が訪れる聖地として崇める者が多いのだが、夜は娼婦が客引きをし、奴隷を売るなど治安はかなり悪い場所でもあった。

清濁入り混じる魔都ダーナ、ここは古来より希望と絶望が交錯する震源地として語られているのである・・・。

 

その震源地、ロプト教団はこのイード砂漠のどこかに拠点があると言われている。シレジアの封印の地を何度も襲い人々を不幸にしていった。

 

ディーナとレティーナの母親も教団の関係者に殺され、謀略でフリージをけしかけてアミッドとリンダ、アーサーの母親は拉致された。

さらにアーサーは、妹も一緒に連れ去られて孤児となった・・・。

 

シレジアがこれだけ被害を受けたのはロプト教団の仕業と思っているが、そのような火種を持ち込んだアミッドの父であるカルトが原因と知ると絶望して父を憎むようになってしまった・・・。

 

誰もそれを責める事はしないが、多感な時期に真実を知り彼は酷く自分を責めた。それからは誰よりも前に出て戦い、誰よりも傷つきながらも仲間を救った。

教団に封印の地が知れてからは、憎くき父の眠る地を守らねばならない矛盾を背負い、彼の心が歪んでいったように感じる・・・。

それでも彼が落ちる事がなかったのはクラリスとリンダのおかげだった。

 

ディーナは深く思案に入った為に周りの警戒が解けていた、天馬が放つ警戒にハッとしたディーナは腰にあるいかずちの剣を引き抜くと気配の方向へ向く。

 

「誰だ!?」ここは広さはあるが絶壁の砂岩・・・、わざわざここを登る人もいないはず・・・。ディーナの警戒は最高潮となる。

 

「敵ではない、剣を引いてくれ。」砂岩の影から姿を現すと、長身の女騎士が姿を現す。

 

「あ、あなたは・・・。アルテナ様!失礼いたしました。」剣を戻して畏まる。

 

「久しぶりだな・・・、1年くらい前か?」アルテナは柔らかい笑みを浮かべるとディーナ問いかける。

 

「そうですね・・・、ところでアルテナ様はどうしてこちらに?」

 

「お前と同じようなものだ・・・。

神剣がイード砂漠にある情報を聞いてシャナン様と共にダーナに来ているのだが、なかなか手がかりがなくてな・・・。近隣の町に赴いての情報収集・・・、といったところだ。

お前はどうした、シレジアは大丈夫なのか?」

 

「シレジアの内乱が終わりまして、アミッド様がダーナに向かっています。フィノーラで休息をとっているのですが、私一人先行してこちらに・・・。」

 

「シレジアの内乱が終わったのか・・・、それはいい知らせだ。」アルテナは明るい表情になったが、ディーナの憂いのある表情にすぐに元に戻る。

 

「万事解決、には至らぬといった感じだな・・・。」

 

「はい・・・。私の口からでは申し上げられませんが、よくない状況です。

アミッド様はこのイード砂漠に、フィーとレティーナ達はセリス様の助けにイザークは旅立っています。」

 

「・・・我らの助太刀、といったところか?それはありがたい、セリスが喜んで迎え入れてくれるだろう。」

 

「皆、あの聖騎士シグルド様の御子息には是非お会いしたいといってました。私達シレジアも一時は滅びの危機があった時も、シグルド様のご活躍を聞いて奮迅したものです。」

 

「嬉しい事だ・・・。私の中にもシグルド様の聖戦士バルドの血が流れている事に誇りに思えるよ。」アルテナは胸に手を当てて頬を赤めた。

 

「アミッドは、どうしてこのダーナに?セリスと合流しないのか?」

 

「アミッド様は・・・。シレジアで起こった暗黒教団との一件に決着をつけたいようです。」

 

「ダーナは教団のお膝元と言っていいほど活発に動いている。

無茶もいいところだ・・・。」アルテナは困った顔をしながら呟いた。

 

「・・・どこからダーナに潜伏すればいいか思案しておりました。

よろしければ、協力しませんか?」

 

「・・・そうだな、一度シャナン様に伺ってみよう。

とはいえ、あの方が断るような事はないな・・・よろしく頼む。」差し出された手を握った。

(やはりこの方はシグルド様所縁の方だ・・・、なんど接しても気持ちのいい御仁だ。)ディーナも顔を緩ませてアルテナに応えた。

 

「では、早速アミッド様に伝えに行きます。

では、後ほど・・・。」

ディーナは笛を取り出すと相棒の天馬を呼ぶと、すぐさまディーナの頭上を飛んできたかと思えば彼女は跳躍して手綱を掴み、そのまま飛び去ったのだ。空中でアルテナに手を振りつつ、手綱の反動で背中に乗り込むとあっという間に小さくなっていった。

 

「無茶な乗り方だな。」アルテナもまた相棒を笛で呼ぶと、立派な体をした竜が降り立つ。

 

「シュワルテ、待たせたな。」アルテナはゆっくりとその背にのり、空中に乗り空に舞いあがろうとした時、一本の手槍が手前の地面に突き刺さる。

 

「何者だ!」地面に刺さる手槍はほぼ垂直に着弾している、という事は真上に投げた者がいるという事、アルテナは真上を見上げるとシュワルテと同じ体格の竜が舞っていた。

すぐさまアルテナは上空へ舞い上がり、手槍を投げつけた者と対峙する。

 

「まさか、我が国以外の者に竜騎士がいるとは思わなかった。

どこで操竜の術を知った?」

 

「答える義務はない、・・・トラキアの者だな。

私にとってお前は敵だ。」アルテナはゲイボルグを構え臨戦状態に入る。

 

「・・・手槍を投げた事は謝ろう、どうしても興味があって引き留めた。」

 

「何だと・・・。」アルテナは少し苛立った。

 

「すまない・・・。

私はアリオーン、トラキア国の竜騎士だ。」アリオーンは両手に武器を持っていないとばかりに両手を軽くあげる。

 

「・・・アルテナだ、操竜は義母に習った。」相手に戦いの意思のない者に手を挙げるなど武人ですらない。アルテナはオイフェの教えを守り、槍を納めた。

 

「それで!私に何を聞きたい!私も忙しいのだ、率直に頼む。」アルテナは苛立ちを隠す事なくアリオーンに問いかける。

 

「・・・・・・・・・。」アリオーンはアルテナの激しい感情が渦巻く目を見ているだけで口が開かない。殺気も闘気はなく、感情は抑え込まれているのか、目から仕草から読み取れるものはなかった。

その姿勢にアルテナは冷静さを取り戻し、次第に激しく動く感情は落ち着くようになりアリオーンの動向を待つ・・・。

 

「・・・・・・。」

 

「・・・・・・。」

 

 

 

 

「・・・すまない、口では言い表す事はできぬようだ。

今は、黙ってこれを受け取ってくれ。」アリオーンの指を指した方向には一振りの剣が鞘ごとで地面に突き立てられていた。

アルテナは怪訝とするが、それ以上に立派な装飾の鞘に魔法の力が込められているのか、柄に白く輝く宝玉に魅入られて敵国の騎士の騎士の言葉に素直に歩み寄り受け取ってしまう。

彼女は受け取ると元の間合いまで戻り、そっと鞘の中の刀身を少し抜いて確認する。眩い程の白い刀身にアルテナはため息を吐く程の逸品であった。

 

「・・・これは、大陸に二つとない宝剣ではないか。

なぜ敵国の騎士が私に譲る。」

 

「・・・その剣の意味を知った時、君は私に並々ならぬ感情を抱くだろう。しかし、今の私にそれを伝える言葉が見つからぬ・・・。

剣の意味を知った時、私達は運命を背負う事になるだろう。

今はその剣を受け取ってくれるだけでいい・・・。」アリオーンの言葉の端に出てきた感情、それは確かに哀しみであった。アルテナは声をかけようとするが、アリオーンの頭上に自身のシュワルテと同格の竜が舞い、その風圧に圧倒される。

 

「ま、まてアリオーン!」アルテナの静止を聴く事はなく、彼も跳躍して手綱を空中で掴むと背中に回り込む。

彼は何か一言、アルテナに投げかけたが風圧で聞き取れない。

それでも尚、彼は竜を操り青空へと飛び立った。アルテナもおうまいとそばに控えていたシュワルテに跨るがシュワルテは主人の命令を聞かずその場で蹲る・・・。

 

「追いつけぬ、か・・・。」手綱を引く事を諦めたアルテナは再度譲られた剣を抜く・・・。

 

「アリオーン・・・、あなたは一体何を思ってこれを?」アルテナの心は大きく揺らいだ・・・。

小さくなっていくトラキア国の騎士とこの宝剣、彼女の心は大きく揺らいでいるのであった。

 

 

 

城内でどうにかして逃げ果せようと画策していたハロルド将軍は、城内に物資を運び込む業者に紛れ込み脱出を図ろうとしていたのだ・・・。

すぐさま反乱軍の中でガネーシャ出身の者に看破されて捕縛され、セリスの元に突き出される。

 

「ハロルド・・・。貴殿の非道な数々、私は決して許すわけではないが申し開きくらいは聞いておこう。」セリスは玉座の前で立ち上がり、静かに怒るセリスは吐き捨てる。

 

「貴様こそ!田舎で育った故、捕虜の扱いも知らんのか!俺はガネーシャ地方の統括者、ハロルド将軍だ!

俺を害すれば即座にリボーから本隊が来るぞ!わかっているのか!」

 

「・・・・・・。」

 

「ダナン様に釈明してやろう、どうだ?」ハロルドの言葉を黙って聞くセリスだが、周りからは怒気に溢れていた。

 

「将軍、あなたの命運は尽きている事をまだご存知ないようですね。

最後くらい、潔くガネーシャの方々に贖罪の気持ちを述べれば少しは考えたが、あなたには不要だったようだ。

・・・私がこの場で始末をつけよう。」セリスは立ち上がると白銀の剣を抜く。

 

「い、いいのか!本隊よりも、私の部下たちがガネーシャに戻りつつあるのだぞ!私がいなくなれば・・・。」

 

「彼らならもう戻ってきてるさ。」

 

「へ?」

 

「貴様がその身を落としてまで命を拾おうとした顛末を聞き、ガネーシ兵はすでに戦意をなくし降参している。」セリスはハロルドの眼前まで迫る。

オイフェはハロルドの頭を掴むと無理矢理に膝を降り、首を晒すとハロルドは狂乱する。

 

「さあ、終わりだ。」セリスは白銀の剣を振り上げる。

 

「セリス様がお手を汚させるわけにはいきません、私が・・・。」ラクチェが名乗り出るが、セリスは一閃する。

ハロルドの首は見事に胴から離れ、血飛沫がセリスを汚す。

 

「血に塗れる事に恐れなどないさ・・・。

それに、君にはもう復讐の凶刃を振るって欲しくない。」

 

「セリス様・・・。」ラクチェのその姿にラドネイは少し頬を緩ませた。隣にいる父がこちらを少し見るが、気恥ずかしくなりその場を後にする。

 

僅か1日でガネーシャを落とした反乱軍は、民衆より圧倒的な歓迎を受けその日はお祭り騒ぎとなる。セリスは即座に城に溜め込んだ資金から食料を解放し、民衆は厳しい圧政から解き放たれてセリスを称え続けた。反乱軍を受け入れたガネーシャの民は登城し、喜びを共有したのである。

 

 

 

「ガネーシャが落ちただと!」ガラスの破砕音と共に激昂するダナン、侍女は怯えたまま、火急の知らせの書状を渡して控えていた。

 

彼がいる場は、巨大な浴場・・・。

全裸で何人もの衣服を纏わぬ婦人たちと絡むように戯れ、情事の最中の通達に怒りをぶちまけた。

勢いよく立ち上がると、湯船から大量の湯が溢れて泡と共に流れ出る。

婦人たちは一斉に手で体を隠すと、いそいそと浴場から退出していく。

 

「ハロルド将軍はその場で処刑されたようです・・・。生前援軍の要請があったようですが、・・・これからは如何なさい、ひっ!」侍女はひれ伏せておりダナンが眼前にまで迫ってきている事に気づかず、その巨体が彼女を掴むと、浴槽に放り込んだ。

 

激しく湯と泡が弾けるように飛沫く、そしてダナンは侍女の衣服を破るように剥ぎ取り、激情のままその欲望を侍女にぶつけた。

 

「ダナン様!おやめ、がぼっ!」抵抗する暇もなく湯船に沈まされ、尊厳を奪われた侍女はやがて手足を動かす事はなく、その短い人生を終える。それでもダナンの激情は収まらない・・・。死してなお彼女の尊厳は奪われ続けて、ありとあらゆる穴から噴き出した汚物が湯船を汚そうともダナンの狂気は続くのであった・・・。

 

 

 

「セリス様・・・。」

「あっ!ラナ・・・。」セリスはギクリとして振り返ると、ラナがいた・・・。ガネーシャの街から少し離れた小高い丘、ラナは城の中庭で花を摘み取っているのを見て怪訝に思いセリスの後をつけていた。

 

「花なんて久しぶりだ。ティルナノグは荒地が多かったし、観賞用の花なんて育てる暇なんてなかった・・・。」

 

「私達はその日その日を生きるので必死でしたもの、仕方がありません。」ラナは少し笑った。

 

「・・・今日、ようやく僕たちは反撃の兆しが見えてきた。

嬉しいのと同時に、この朗報を生きて聞かせてあげたかった人達に報告したくてね、花をもらってきたんだ。」

 

「セリス様・・・。」ラナは杖を胸に抱いてセリスの気持ちを悟る・・・、たまらなくなり涙が溢れ出した。

 

「ラナ・・・、よく耐えてくれたね。

君にとって辛い決断を強いてしまった僕を許して欲しい。」

 

「そ、そんな!セリス様のご決断は正しいですわ、母もきっと喜んでいてくれると思います。」ラナの言葉にセリスは柔らかい微笑みを浮かべる。

 

「・・・だからね。こんな時こそ、僕たちに託して逝った人たちへ気持ちを手向けるべきだと思うんだ。」セリスは腰にある、壊れた剣を丘に打ち込むと花を手向ける。

 

「それは、お祖父様の・・・。」ラナの言葉にセリスは頷いた。

 

「祖国まで持って行きたいとは思うのだけど、いつまでも引き立って進めるほど楽な行軍ではないから・・・。ここで見守っていてください。」セリスは目を閉じて冥福を祈る。

(お母様、セリス様を見守ってください。)ラナもまた祈りを捧げる。

二人は辺りが暗くなるまで、その場で静かに祈り続けるのであった。



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