ビタースイートマイシスター (サクウマ)
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お姉様大好きフランちゃんと少し変わったレミリアさんのこれまでとこれから

 お姉様が好きだった。

 違った。

 お姉様が好きだ。今も昔も、決して変わらずこれからも。

 

 その身に秘めた、見た者を跪かせるが如き、圧倒的な存在の格。その生まれ持った権能を振りかざして君臨することに、否を突き付けているかの如くに抑え伏せられたその霊気。畏れ敬われることではなく、愛され受容されることによってこそ配下を従わせんとするその在り方。

 そして、その瞳の内に、燦然と輝く理智の光。

 お姉様の根幹を成すものものは、その悉くが私の持ち得ないもので、それが私には目の灼けるほど眩しかった。

 そして――いや、だから、と言った方がいいだろうか。

 私はそんなお姉様を愛していた。

 心酔していたと言ってもいい。

 崇拝していたと言ってしまっても、きっと間違いではないだろう。

 私の瞳がお姉様を映したその日そのときその瞬間から、私の生涯の全てを差し置く最優先事項へとお姉様は相成った。お姉様になら私の全てを捧げていいと何の躊躇いもなく確信できた。お姉様は私の全てになった。

 私は心の底からお姉様を愛している。

 昨日の私も愛していた。

 明日の私も愛するだろう。

 

 

 

 

 

【ビタースイ-トマイシスター】

 

 

 

 

 

 

 

 どうにも、お姉様のその在り方は、吸血鬼として異端と呼ばれるらしかった。私達の両親はことあるごとに姉の持つその霊気の弱さを嘆いては、当て付けるように私のそれを持ち上げ、讃え、誉めそやした。

 信じられないほど愚かだと思った。いくら抑え隠されたなどとはいっても、十分に気をつけて観察すれば、その巡る血に込められた弾けんばかりの妖力を感じ取れない筈がなかった。その傷の治りの余りの速さや理解し難いほどの鋭い直感を見掛けるだけでも簡単に理解できうる筈だった。その腕力こそ吸血鬼にしては平凡なものでありはした。けれどその他の点に於いては並ならぬ才覚を秘めていた。お姉様が私より優れていることは間違いなかった。

 けれど、そう主張した私の言葉を、両親は一顧だにすらしなかった。お姉様が無能であるという認識は、それらの中では既に確定事項であるらしかった。

 或いはそれは、お姉様の言葉に対する嫌悪感なども多分に含んでいるようだった。

 暴力と恐怖のみによる支配はじきに上手く行かなくなる。いつだったかにお姉様が呟いていたその言葉は、ある意味においては両親に対する冒涜だった。それらの行っていた統治に対する真っ向からの否定だった。それを意識して見るならば、お姉様が疎まれるのも理解できないわけではなかった。

 従うか否かは、当然別の話だが。

 

 

 

 

 

 

 

 夕刻、普段目覚める時刻より随分早い時間帯に、私は両親に起こされた。私を急かしつつ歩くそれらは普段にもまして機嫌の良さそうな様子だった。片方が私の肩を叩くと、今日からお前が当主になるのだ、と言って笑った。成程と私は納得をして頷いた。それらはそんな私を見て、肯定の意味を読み取ったらしかった。実際のところは言うまでもない。

 それらが立ち止まったのはお姉様の部屋の前だった。それらは顔を見合わせ頷き合い、私にナイフを差し出した。鞘から漏れ出す聖気がそれを純銀製だと示していた。

 スカーレット家の汚点をその手で抹消するのだと、それらは口を揃えて言った。どうやらそれらは私に対し、お姉様を殺せと命令しているようだった。恐らくそれは、私がお姉様を持ち上げることを言ったからだと思われた。

 笑えるほどに愚かだった。滑稽と言ってしまっても良かった。

 要するに、私からすれば、汚点であるのはそれらの側であったのだから。

 私は一つ頷いてお姉様の部屋に入った。扉を閉めると外のそれらを握り潰した。全身を砕かれたそれらは絶叫を上げた。煩かったので重点的に喉を再び握り潰した。扉を開けようとしていたので腕を縦向きに握り潰した。心臓を都合十度ほど握り潰して、吸血鬼殺しは存外に面倒なものなのだなとふと思った。外のそれらが何故私に銀のナイフを渡したのか、漸く分かったような気がした。

 

 握った数が都合百度を越えた頃、煩かったのか習慣からか、お姉様が目を覚ました。私の手を見て小さく息を呑んだので、どうしたものかと思案しながら首を傾げた。その隙に再び外の肉塊が扉を開こうとしていたので握った。そろそろ外のそれらも生命力の限界のようで、再生の速度は初めの半分ほどもなかった。ぐちゃり、或いはぼきりという音に今度は小さく悲鳴を漏らしたお姉様へ、私はふふ、と笑いかけた。

 今日からは、お姉様が当主よ。そう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

  幽閉された。お姉様に命令されてのことだった。或いは謹慎と呼んだ方がいいのかもしれなかった。鍵の掛けられたわけではなかったからだ。仮に掛けられたとしても私には何も意味はなかったのだが。二重の意味で。

 幽閉された理由についてはどうにも何とも言い難かった。判るといえば判るとも言えるし、判らないとも言えなくはなかった。お姉様の持った感情については容易に判ぜられたが、私の何がその感情を引き起こしたかという点については全く判断がつかなかった。

 お姉様は、確かに私に恐怖していた。理解し難い存在を見る目だった。或いはそこには、絶対的な強者への畏怖も、幾何か含まれているようだった。

 まったくよく判らなかった。判らないながらも判らなければ私はここから出られないのだと理解していた。当然だ。お姉様の思考回路を理解できていないのだから、このままであればお姉様の力になれないことは明白だった。寧ろお姉様の邪魔をすることになりかねないとも思っていた。それは私としても決して望むところではなかった。お姉様の望むままに従うことが私の至上命題であるのだから、むしろそのことは積極的に忌むべき事態であるとすら言えた。無論、お姉様が死にかけるようなことがあるなら別なのだが。

 だからやはり、これは幽閉という名の謹慎だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうにかお姉様の考えが紐解けるようになってきた。随分と時間がかかってしまった。幽閉されてから既に数百年は経っていたように思われた。つまり私は生の大半をこの地下室で過ごしたことになるわけだ。なかなか笑える話だった。

 解ってみれば至極単純なことだった。けれどまったく共感し難いことだった。冒涜的とも断ぜられるようなことだった。要はそれだけ常から外れた思考であり、私の気付くのが遅れたのも全く当然のことだった。

 まあ、それは些事だ。どれだけお姉様が異端であろうと、お姉様が私の絶対的な指標であることには変わりない。

 

 端的に言えば、お姉様は殺生を忌避していた。

 異端だった。異常だった。狼の肉食を厭うが如し、と表現すればその特殊性が伝わるだろうか。

 お姉様はそのために、人間を傷付けることなく気絶させる技術であるとか、気付かれぬように生き血を抜き取る技術だとか、そういうものまで身につけていた。

 明らかに、普通であれば必要などない技術である。しかも異常に高度なものだ。技巧の方向さえ違っていたなら、一帯の他の魑魅魍魎を一掃できたに違いないとさえ思われるようなほどである。それほどまでの研鑽を、お姉様は他者を傷付けぬためだけに運用しているようだった。

 

 なるほど、やはり私は間違えていたのだなと思った。私はこと死生観について極々平凡なものしか持っていなかったから、お姉様に害を為そうと入り込んできたものたちについて、殆ど例外なしに処分していた。宝物目当てに夜盗が来ればその心臓を握り潰し、寝込みを襲わんと兵士が来ればその脳髄を捻り潰し、何も知らずに迷い込んだものも念のためにと首を砕いた。お姉様のためを思って行っていたことではあったが、それが却ってお姉様を苦しめていたのやもしれなかった。

 そういえばいつだったかにお姉様が苦言を呈したことがあった。あまりやたらに血糊を部屋へまき散らすなと諭されて、当時の私は成程清掃が面倒なのだなと理解していたものなのだけど、その内の真意はみだりに他者を殺すなと、そういう意味であったのだろう。

 

 であれば、さてはて、これから全体どうしたものかと考え込んだ。お姉様が殺生を望んでいないからとはいえ、害を為さんと時折入り込む者たちを放置するのは論外である。お姉様や他のものに役を任せるのも望ましくない。どうしてもお姉様の流儀に合わせ、私が罰する必要があった。

 お姉様の敵対者へのスタンスは実に明快だった。相手を威圧し、脇目も振らず逃げるなら良し。恐怖を抑えて迎え撃たんとするならば、敬意を払って交渉の余地を提示する。交渉が決裂した場合、或いは腰を抜かして動けない者は必要な犠牲と諦める。脅威と威厳を示しつつ、高貴さと格の高さを見せつけるその在り方は、或いは吸血鬼の在り方としての最適解の、その一つであるのかもしれなかった。

 お姉様の真似をするのは簡単だ。威圧と選別、二つの単純な段階しか踏まないそれは、踏襲のし易さという点で無類の優秀さを誇る。けれどそれはお姉様の役割を奪うことにもなりかねない。支配者の役回りは二人もいてはならないのである。

 思考回路を組替える。お姉様が試しているのは対象に宿る精神の資質だ。敵わぬ相手を前にして、最善の一手を取れる冷静さがあるならそれもまた良し。それでも歯向かわんとするほどに強い志があるならば、それは尊敬に値する。どちらも選べぬ愚か者にはそれ相応の末路を。

 であれば、私の場合も何らかの資質を問うのが良いだろう。力は概ね誰であっても量産型だ。違いを感じられないのであれば、問うてみたところで意味はない。技巧なども素晴らしさは判りやしないだろう。

 であるならば、知恵を試すのがいいのやも知れない。丁度最近この館には魔女の客人が増えたのだ。彼女に本を貸してもらって謎を考えることにしよう。そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして。

 

 

 

 

 

 

 

………

……

 

 

 

 

 

 

 

 

「最近の人間は強いのね。ものの見事に負けちゃったわ」

 そう呟いた妹の目は相も変わらず茫洋として、その瞳が何を捉えているのか私には欠片も分からなかった。

 妹が突然禁を破ると、調停者たちに勝負を挑んだ。昨日のことだ。吸血鬼異変と紅霧異変、契約の履行を概ね終えて、漸く一息吐けると思ったところだった。

「正直、甘く見ていたの。所詮相手は人間なのだと、私が絶対的な強者なのだと、酔って甘えて向き合うことを忘れていたのやも知れないわ」

 反芻するようにそう呟くと、妹は私についと寄りかかってきた。びくりと跳ねた私の震えに、妹は気付いているのかいないのか、曖昧な瞳で私を捉えた。

 

 

 

 白状するが、私は妹が怖かった。

 理由を挙げるとするならば、それは例えば、望洋として何を見ているか分からないその不気味な瞳であるだとか、視認するだけで腰を砕かんとするようなその圧倒的な覇気だとか、或いは千里先をも見透すようなその得体の知れない言動だとか。種を挙げればきりがないようなものであったが、けれど何にも増して私の恐怖を彩り形作ったのは、彼女のその未来が欠片も見通せないという事実だった。

 

 妹の未来は見通せない。私がその未来を覗いた人妖はそれこそ数も知れない程だが、しかしその中で妹だけは欠片も未来を覗けなかった。

 それに気付いたのは、妹が両親を殺したときのことだった。銀のナイフを弄びつつ私の顔を覗き込む妹を見て、そのような未来を欠片も見かけなかったことに当時の私は困惑した。妹の殺戮の現場を見て、何故見通せなかったのかと激しく精神を動転させた。そうしてはっきり彼女に向き合い未来を覗き込んだことで、私は其処には何も見えないと、漸く認識したのだった。

 

 

 

「それにしても、ねえ、お姉様は凄いのね。手加減に慣れていることもそうだけど、そうして負けても潔く身を引けるのは、私には真似できそうにもないわ」

「……そんなことはないさ」

 妹の言葉に首を振った。本当に、それは決して誇れるようなことではないのだ。

 私が敗北を引きずらないのは、単に負け癖が付いているからだ。妹に勝れ得るものが何もなく、次第に諦めていっていた頃の名残であるだけだ。決して語って聞かせられるようなものではない。

 それよりも、と切り替える。私は別段この地下室に、妹と雑談しに来たわけではない。訊きたいことがあったのだ。

「なあ、フランドール。なんでお前は彼女達に挑もうと思ったんだ?」

 そうだ。私の妹は妙なところに律儀だった。扉の鍵を掛けたわけでも、結界で封じたわけでもないのに、私の命令一つのために数世紀もの長い時間を地下室から出ずに過ごした。私の苦言一つのために、歓迎され得ぬ客人を血も流さぬよう殺害する術を身につけた。

 彼女は恐らく、何らかの理由でもない限り、約束を破りはしない類の性格だった。それが突然禁を破ったのだから、理由があるのだと考えるのが当然だった。

「ええ、ええ。あれは仕方のないことだったのよ」

 はたして、妹は私に向き直りつつ首肯した。その瞳は珍しくしかと私を捉えていて、いつになく真剣な風貌だった。

「彼等とてそれが役割だったのかもしれないもの。酌量の余地は全くないとは言わないわ。けれどそれでも許せなかった。受け入れることはできなかったの。当然よ。あの二人は、私の存在理念へ唾を吐いたのだもの」

 鬼気の迫るが如き覇気だった。確かな殺気が込められていた。妹が怒気を露わにするのを、私は今このときに初めて見たのだと思われた。

 一拍置いて、彼女は言った。

「彼等は、お姉様を侮辱した」

 

 

 

 私は困惑していた。

 そんなこと、と切って捨てるのは簡単だった。けれどそれは妹への侮辱に他ならなかった。一方で私には、それ以外に選べる言葉を持たなかった。それを知ってか否か、妹はふと怒気を鎮めて言葉を続けた。

「本当のところは、お姉様がそれを厭っていないと分かっていたの。お姉様の基準からすれば、あの程度なら言葉遊びの範疇だったのでしょう。それは分かっていたのだけど、それでも我慢できなかったのよ。……御免なさいねお姉様。私はまだまだ未熟だった。それが身に染みて分かったわ。ねえ……」

「……私は」

 妹の、フランドールの言葉に割り込んで、私は思わず言葉を漏らした。

「なあ、フランドール。私は今ほど、お前の方が当主になるに相応しいような器であると、そう思ったことはないよ」

 それはある種の懺悔だった。

 フランドールは凡そあらゆる点で、私に比して優れていた。その妖力については言うまでもない程だった。知覚にしても、彼女は地下の一室にいながら尖塔の上で起きたことをも把握できるほど圧倒的だった。その上魔術の素養すらあった。知恵については唯一ながら、拮抗することができているとは思えたが、それの如何程を未来視の権能によって補っているかと思えば、それを誇れはしなかった。だから両親が私を放って妹のことを褒めそやしても、それが当然のことであるのだとずっと信じて疑わなかった。

 当主は妹の方であるべきだった。それはこれまで私がずっと心の奥底で思い続けていたことだった。

「ねえ、お姉様。それはちょっと、冗談が過ぎるわ」

 けれど、フランドールはそう言って笑った。のだと思う。うふふ、と呟いて言葉を続けた。

「私はね、お姉様。お姉様がいたから今でもこうしてあれたのよ。お姉様がいたから考え続けることができたし、退屈せずにいられたし、なにも投げ出さずにいられたの。お姉様の魅力があってこそ私はこうしていられるの。お姉様は私の存在理念なんだもの。だから、ねえお姉様、そんなに自身を卑下しないで頂戴」

 フランドールは、嘗てない程の真剣な瞳でそう言って、けれど私は決してそうは思えなかった。

 ああ、妹よ。フランドールよ。どうか笑い飛ばしてくれたまえ。お前の敬愛する姉君は、妹を恐れては数世紀に渡り幽閉して目を逸らす、そんな臆病者なのだ。

 そう伝えたかった。後先の何をも考えることなく叫び放ってしまいたかった。だが私にはできなかった。当然だ。期待外れだと失望されれば、私だとても殺されないという保証はない。恐怖に突き動かされた私に死の見え隠れする選択肢など、決して取れる筈がない。

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、お姉様」

 そうして、私のそんな内心も知らずに妹は耳元で囁くのだ。

「好きよ大好き。狂おしいほど愛してる」

 くすくすと響く微笑とともに囁かれるその睦言は、恐ろしいほど蠱惑的で、狂いそうなほど魅惑的で、抗い難いほど魅力的で。

「千分の一も、伝わらなくてもそれでいい。だからお姉様、私がお姉様を愛していると、ただそれだけは忘れないで」

 だからこそ。魅了の権能までかけられた彼女の囁く戯言が、どこまでも彼女のありのままたる本心であると思い返す度、私は凍えそうなほどの恐ろしさを感じられずにはいられないのだった。

 

 

 

 

 

 

 

【甘くて苦い私の妹 了】

 

 

 







可哀想は可愛い!(素振り)
無自覚サイコパスは可愛い!!!(素振り)

概要詐欺か?の声は甘んじて受け入れます。はい。


以下、雑記。
静岡例大祭に参加します。
【の10b】「絡繰工房ガラパゴス支店」です。
短編集出すので、是非覗きに来てくださいな。


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