ワンナイト聖杯戦争 第二夜 激闘「マンモススレイヤー」 (どっこちゃん)
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 合理的低思考・低姿勢。

 

 それが伊庭(いば)のスタイルだった。

 

 要するに、高望みをせず、周囲とも揉めず、なぁなぁでやっていこうということである。

 

 日本の一地方都市に居を構える魔術師、伊庭魁(いば かい)は表向き、いわゆる「探偵」とか呼ばれる仕事をして、糊口(ここう)をしのいでいる。

 

 歳は30代の半ば、上背はあるが痩せて、見るからに貧相な男だった。

 

 それでも磨けは光る可能性はあるが、そんな非合理的な事は考えるだけ無駄だと、伊庭自身が一番よくわかっている。  

 

 かくも合理的なスタイルを貫く伊庭には、悩みというものが無かった。

 

 ただ、いくら合理的に振舞おうとも、貧乏だけはどうにも看過できないのが辛いところである。

 

 金がないことを悩みというなら、伊庭は悩みを持つ人間だといえるのかもしれない。

 

 ――いや、どちらでも同じだ。現実は変わらない。非合理的だ。

 

 とにかく、仕事はせねばならない。

 

 しかし地方都市の探偵への依頼など、たかが知れている。

 

 普段彼が請け負うのは浮気調査やペット探しの仕事ばかりなのだ。

 

 必然、大した報酬にもならないので、魔術を使用すれば足が出てしまう。

 

 結局、普通の探偵と同じやり方で、まじめに仕事をこなさねばならない。

 

 ここしばらくの間、伊庭は魔術を使用も研究もしていない。

 

 自分が魔術師という存在なのだということを忘れてしまいそうになる。

 

 ああ、高い志を持って魔導に身を投じたはずのご先祖が、この有り様を見たらなんというだろか?

 

 伊庭はふと、そんなことを考えた――

 

 ――いや、考えた夢を見ていた。

 

 そして夢から覚めて、夢の内容は忘れてしまった。

 

 

 

 

 

 

 時刻はすでに昼だった。

 

「……えぇっと、なんだったかぁ」

 

 なんだったかではない。仕事だ。

 

 仕事に行かなければらならない。

 

「あぁ……、そうそう」

 

 昨日は一晩中パソコンとにらめっこをすることになってしまった。

 

 久しぶりの()()()()()()だ。取りこぼすことは出来ない。

 

 探偵としてではなく、魔術師としての伊庭への依頼だ。

 

 ある怪死事件に、魔術師の影があるのだという。

 

 犠牲者たちの共通点が、とある人物のSNSサイトに執拗な書き込みをしていたというものだったらしい。

 

 要するにネット上のトラブルというわけだ。

 

 それだけなら、ありふれた世間のさざなみという程度のものでしかない。

 

 しかし問題なのは、その報復に魔術師が手を貸してしまったことだ。

 

 書き込みをされた人間の依頼を受けて、何者かが呪術を使用。

 

 書き込みを行っていた人間を呪い殺してしまった。

 

 なんと浅はかで、粗雑なやり方だろうか。

 

 そいつはすぐに「上」に目を付けられ、大まかな居場所も特定されてしまった。

 

 伊庭の仕事は、この「浅はかな」魔術師についての裏取りだ。

 

 どんな魔術師が、どんな手段でそれをやったのか。

 

 それを調べ、データにまとめて依頼主に送る。

 

 それだけだ。

 

 伊庭の依頼主である「上」が懸念しているのは、あくまで魔術の漏えいを防ぐ、というその一点に尽きる。

 

 犠牲者の無念だとか遺族の悲しみだとか、そう言うものとは無縁の話だ。

 

 気が楽でいい。誰がやったのかを調べて、裏を取り、妙な噂を流されないよう、諸注意をして、それで終わり。

 

「あぁー……っと。これじゃ、よくない」

 

 出かけようとして、服だけでも着替えねばと思い返す。

 

 調べたところによれば、相手の魔術師の名は「ナイメリア」。

 

 自称ではあるが、おそらくは女だろう。

 

 こんなくたびれた格好のまま接触すると、相手の気分を損ねる可能性もある。

 

 魔術師とは無駄なことをしない人種だが、それはそれとして妙な気位の高さや独特の行動原理で動く輩も多い。

 

 相手を無駄に刺激するような真似は慎むべきだ。

 

「もうちょいまともな……まともな……」

 

 まともなスーツに着替えたかったが、まともなスーツが見当たらなかった。

 

 もっとマメにクリーングを頼むんだった。

 

 助手の一人でもいればな……。

 

 肩を落としつつ、伊庭はクローゼットをひっかきまわす。

 

「……」

 

 そして一着だけ、着用できそうなものを見つける。

 

「借りるかぁ……」

 

 そうして着替えた。スーツは、しょぼくれた伊庭には少し大きかった。

 

 まぁ、しわだらけのヤツよりはいいだろう。  

 

 伊庭は事務所を後にした。

 

 

 

 

 

 そこにたどり着いたのは4時間ほど後のことだった。

 

「――待ってたわ。どうぞ入ってくださる?」

 

 何の変哲もない一軒家だった。

 

 周囲は新興の住宅街と言う奴で、それなりに真新しい、中流家庭向けの家屋が軒を並べている。   

 

「……」

 

 しかし、待っていたとはどういうことなのだろうか?

 

 伊庭はただでさえハの字のような顔をぽかんとしおれさせて、部屋に入る。

 

「どうもはじめまして、伊庭さん。ナイメリアです」



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「あー、っと。その、私は……」

 

 伊庭は全身をしょげかえらせるようにして頭を下げた。

 

 彼が行おうとしているのは神秘を漏えいさせかねない相手への諸注意。

 

 ――すなわち「警告」である。

 

 下手に威圧的な行いをすれば、相手は逆ギレして強硬な手段に出てくるかもしれない。

 

 だからこその低姿勢。あくまで低姿勢。

 

 自分はあくまで「上」の意向を届けに来た、()()()()()の伝書バトでございます。

 

 と、全身で主張しつつ、頭を下げるのだ。

 

 これでとりあえずは、いきなり殺し合いになることは避けられる。

 

「とりあえずはナイメリアだけで許してちょうだい。だってフルネームのほうは嫌いなんだもの」

 

 ――学者めいた格好の女だった。

 

 歳の頃は20歳前後にも見えるが、案外40代でも通るかもしれないと思える容姿だった。

 

 若いように見えて、その仕草は妙に妖しく艶めかしい。

 

「やるわね。依頼を受けて、私のところに来るまで一日かかってないんだもの」

 

 そして、その両眼はどこか猛禽めいてカッと見開かれたままだ。

 

 目を剥く女――ナイメリアは、その大きな眼で伊庭を見据えつつ、そんな奇妙な事を言った。

 

「……そ、そりゃあ、どうも」

 

 伊庭はオドオドと頭を下げた。

 

 依頼を受けて? ――この女、どこまで知っている?

 

「座って下さる? 飲み物は冷蔵庫そこからお好きにどうぞ」

 

 リビングには小型の冷蔵庫が置かれていた。

 

 それ以外の場所は書籍や書類、覚え書きや写真で埋まってしまっている。

 

「……」

 

「お茶は無いの。熱いのって嫌いなんだもの」

 

「あのぉ……、ぃえ、えぇーっと、そのぉー、長居する気はなくてですね」

 

「座ってもらえる? だって話があるんだもの」

 

 きっぱりと言い切られて、伊庭は困り果てたカオで座り込んだ。

 

 重要なのは相手の機嫌を損ねないことだ。

 

「そのぉー。もう、ご察しのようですが、協会の方からですね」

 

「良いわよ。全部知ってるから。て言うか、()()もわざとよ。普通はあんなにわたりやすく筆誅(ひっちゅう)しないわ」

 

「ひっちゅう?」

 

「そうよ、筆誅! 筆誅すべし!!」

 

 言って、ナイメリアは手にした万年室をズバッと突き出した。

 

 筆誅。筆にて誅を下すということだろうか?

 

 ようするに、紙面などで他者の罪悪や欠点をアレコレと書き立てることである。

 

 ――本来なら、だが。

 

「なんてね? 要するに、最近はSNSのせいで()()()()()()()が増えたでしょ? で、そう言う奴らをこらしめる仕事を請け負ってるのよ、わたし」

 

「はぁ……。ではぁその。……いつもは、こうではないと?」

 

「とうぜんよ。依頼する側も、あんがい殺すことまでは望まないものよ」

 

 いって、ナイメリアは手元にあった羊皮紙を切り裂く様に万年筆を走らせた。

 

 すると、羊皮紙が奇妙な色の炎に包まれる。

 

 ――その筆誅とやらの証拠の隠滅とも取れるが、伊庭は動かない。

 

「結構お金になるのよ? 時代が進んで魔術師もやりにくくなった、なんて言うけれど時代に合わせてやれば、うまくいくものよ」

 

「はぁ……」

 

 魔術を濫用しての呪殺行為。――魔術師としては褒められたものではないのだろうが、まぁ人のことを言える立場ではない。

 

 伊庭の仕事は説教をすることではない。

 

「ま、そう言うわけで、()()はわざとよ。わざとやりすぎたの。そしてそれは、()()()()()()()()()()()()()よ」

 

「……」

 

「なんでって顔してるわね。教えるわ。あなたに来てほしかったのよ。今日、この日、日が落ち切ってしまう前までに」

 

 ナイメリアはそこで言葉を切った。

 

 大粒の、しかし愛らしいとは言い難い、猛禽めいた両目で、伊庭を見据える。

 

「あなたに、ここにたどり着いてほしかったのよ」

 

「……それはぁ、……どうも」

 

 伊庭は、にへらと、わらった。

 

 この女がなにを言いたがっているのかが解らなかった。

 

 なにが望みなのか……。

 

伊庭(いば)(かい)。――現、「剣骸可渡状(けんがいかとじょう)」所持者」

 

 唐突な言葉に、伊庭は一瞬、()()()()()()()()なった。

 

「なぜって顔してるわね。わたしも調べるのが得意な魔術師なのよ。――そして待っていたの。()()()()()()()()魔術師を」

 

「せん……? りょく……ってぇ、……いや私はですね、ただ「上」からの」

 

「仕事はしてもらっていいわ。全面的に協力するもの。でも、その前に手を貸してほしいの」

 

 ナイメリアは手にした羊皮紙のたばをべちべちと叩きながら言う。

 

 ――呪い殺した相手の詳細といったところか。

 

 断れば、あれを先ほどと同じように処分するとでも言いたげだ。

 

「……」

 

「手間は取らせないわ。朝までには終わる用事だから」

 

「いえぇ……、そんな私なんて、とてもお役になんて……」

 

 伊庭はこの上なく萎縮した風に情けない声を出す。

 

「……見事ね。それがあなたのスキルなわけね?」

 

「……」

 

「調べたって言ったでしょ? 擬態。欺くこと。騙すこと。それがあなたね?」

 

 ナイメリアは感心する様に呟いた。

 

「人が、言葉ならず発してしまう何気ない仕草、無意識の挙動。つまりはノンバーバル・コミュニケーション。それを完全にコントロールする技術」

 

「……」

 

「魔術とは関係のない技術だけに、魔術師を欺くことに長ける。――魔術師への注意喚起なんて()()()()()()()()()()()()()()()()を任されるのは、そのスキルがあるからなんでしょう」

 

 伊庭は、しばし死んだように押し黙る。

 

 さすがに想定外の事態だ。

 

 まさか情報が抜かれるとは。しかし、どこまで抜かれた?

 

 どこまで知られている?

 

 ――それを知るまでは、帰るわけにもいかなくなってしまった。

 

 仕方なく、伊庭は力を抜いた。すると、伊庭の姿は先ほどの萎れた風とは別人のように変貌してしまった。  

 

「……凄いわね。何の魔術も使わず、何も変わってないはずなのに、別人みたいに見えるわ」

 

 背筋、体勢、体幹、重心、そして表情。――少なくとも10歳は若返って見えたことだろう。

 

 これが本来の伊庭である。

 

 事務所でクダを巻いている時ですら、基本的に擬態は解かないのだが、看破されたとあっては仕方あるまい。

 

「――それが解るんだから、あんたも相当な魔術師だな」

 

 先ほどまでとはまるで違う、落ち着いた響きの声で伊庭は言う。

 

「解るんじゃないわ。データを手に入れて喋ってるだけだもの。でなきゃ完全に騙されてたわ」

 

 伊庭は颯爽とした仕草で冷蔵庫を開ける。冷えたコーラの瓶を取り出した。

 

「あら、ビールもあるのに」

 

「歓談したいんじゃないだろう? このあと、あんたの頼みを聞かないと仕事を終わらせられないらしい」

 

「うふふ。そうよ。私の頼みを聞いてくれないと、SNSで火遊びをして死ぬやつが多発するわ。そしてあなたは報酬をもらい損ねる」

 

「――で、なにをさせたい?」

 

「今夜、殺したい魔術師が居るのよ。――あなた、聖杯戦争って知ってるかしら?」  

 

 

 



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「せいはい……せんそう……」

 

「そうよ」

 

「悪いが……知らんな」

 

「そう、()()()()()()助かるわ」

 

 ナイメリアはニタリと笑う。知らぬはずがないだろう、と。

 

「ただ今宵のそれは、一夜限りの亜種よ」

 

 最後の抵抗もむなしく、伊庭は嘆息した。

 

「……オルトロスの誘いに乗ったわけか」

 

「本当に話が速いわね。その通りよ。私のノルマは最後のマスターを用意すること。なら、自分の味方を増やすわよね?」

 

「先方はそれで納得してんのかい?」

 

「ええ。()()()()()

 

 伊庭は猛禽のようなナイメリアの目を見る。ナイメリアは微笑んだ。

 

「気に入らないかしら?」

 

()()()()()な」

 

 うふふふ。とナイメリアは目を細めて笑う。

 

 

 

 

 

 なんてこった。と、さすがの伊庭も頭を抱える。

 

 どこがちょっとした用事なんだ

 

 しかも、今この場から「聖杯戦争」になんて関わらなけりゃあならないなんて。

 

「もちろん、あなたにだって抵抗する権利はあるけれど?」

 

「……何が言いたい?」

 

「自慢の「剣骸(けんがい)」とやらを使えば、案外、逃げることは出来るかもしれないわよ?」

 

「アレは、……アレはそんなもんじゃないんだよ」

 

「ふぅーん?」

 

「それで、俺はどうすればいい?」

 

「あら、もっと抵抗しないの?」

 

 ナイメリアは驚いたように言った。――まったく白々しい。

 

「するだけ無駄だろ? そんなのがいたんじゃ……」

 

 解らないはずがなかった。

 

「それがサーヴァントってやつか……」

 

「そうよ。彼が私のサーヴァント。セイバー・武蔵坊弁慶」

 

 言うが早いか、矢庭に巨大なものが実体化した。

 

 それまでは物質的には存在しないはずだった、しかし圧倒的な存在感を纏う、それ。

 

 巨漢である。

 

「……これが!?」

 

 姿を現した巨漢は、とっさに立ち上がった伊庭をじぃ……と見おろしてきた。

 

 まるで逃がす気はないとでもいうように。

 

 これがサーヴァント!? それもベンケイだと!?

 

 武蔵坊弁慶。言わずと知れた大英霊だ。少なくともこの国において知らぬ者は無いだろう。

 

 しかし、想像していたものとは、少々異なる風貌をしていた。

 

 イメージとしては頭巾で頭を覆った僧兵姿や、或いは山伏に化けた姿を連想するが、この巨漢は――いや巨漢なんて表現では足らない気もする。

 

 180センチ近い身長の伊庭がはるかに見上げている。

 

 当然二メートルなんてもんじゃない。

 

 剃りあげられた頭と馬のタテガミの如く逆立つ黒ヒゲ。

 

 野太い筆文字のごとき眉は黒々として、厳めしく(すが)められている。

 

 赤みがかった肌は、むしろ赤鬼と言う形容がふさわしい。

 

「コイツかァ……」

 

 鬼のごとき巨漢は、ゴトリと音でも立てるかのような声を発した。

 

 とても人間の声音とは思えぬ響きだ。

 

「ええ、そうよ」

 

()()()()()な」

 

「そそる……って……」

 

 伊庭が思わす声を上げると、とたんに、この巨漢は()()()とした笑みを浮かべて見せた。

 

 伊庭は不意に気付いた。

 

 この巨漢――その風貌からは想像しがたいが、こうしてみると妙に若々しいのだ。

 

 サーヴァントは全盛期の姿を取って表れると言うが、この男は――どうにもまだ10代の()()()()()に見える。

 

 ひいき目に見ても20代の初めといった風だ。

 

 さらに、この武蔵坊はセイバーとして呼ばれたという。

 

 武蔵坊と言えば七つ道具に大薙刀、あるいは勧進帳(かんじんちょう)あたりが宝具と見なされそうなものだが……。

 

「……悪くねぇ(こしら)えだが、いかんせん、無駄が多いぜ、おまえさん」

 

 そのセイバーが、唐突に発した言葉に伊庭は押し黙った。

 

 ナイメリアは背後のベンケイを振り返る。さすがにこのやりとりの意味は解らないらしい。

 

 ベンケイが言っているのは知識で測れるような話ではなく、あくまでこの男なりの経験則による人物評なのだろう。

 

「どんな名刀も、使わねぇなら意味はねぇ。おいらァ、そう言うのを見ると、()()()()しちまってよぉ。……おまえさん、なんでだってそんな有様(ありさま)してんだい?」

 

 言いたいように言って、巨漢の若僧はくすくすと笑いを漏らす。

 

 笑い方ばかりは美姫のごとしである。

 

 当然、伊庭は応える言葉を持たない。一度だけ、大きく息を吐く。

 

 仕事に徹しよう。こんなことはいつものことだ。主導権を取りたいヤツには取らせておけばいい。

 

 伊庭は、そう己に再確認した。

 

「――協力はする。仕事の一環としてな。で、オレに何をさせたい」

 

「おやァ? 知ったような口をきいたかなァ。すまねぇな。おにいさん。おいらァ、これが癖ってやつでよぉ♡」

 

 ベンケイはまた人を喰ったように、()()()とした笑みを浮かべる。

 

「まったくだわセイバー。私の目的を忘れないでちょうだいよ」

 

 ナイメリアは言うが、巨漢は野太い首を傾げるばかりだ。

 

「そいつァ、その目的とやらによるよなァ。さぁて、そいつァ、どれほど()()()もんかしら?」

 

 巨漢はひとを喰ったようにうそぶいた。

 

 

 

 



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 伊庭は仕方なく、ナイメリアに促されるままに移動した。

 

 背後からはセイバー・武蔵坊弁慶の発する人とは思えぬ圧が迫ってくる。

 

 生きた心地がしないとはこのことだ。

 

 ――もっとも、伊庭の仕事には毎度つきものだとも言えるのだが。

 

 魔術師への警告におもむく以上、ある程度の戦闘力は無ければならない。

 

 くだらない仕事の上に危険性も高い。そんな仕事をこなせるからこそ、伊庭は重宝されているのである。 

 

『いや、それとしても、今回のこれは過去最大の厄ネタだがな……』

 

 内心でクサしつつも、とりあえずは従うほかなかった。

 

 何の変哲もなさそうな階段を降りると、不意に()()()()()()()()()()()()感覚を覚える。

 

 空間の歪曲――いや、幻覚の類だろうか。

 

 タラップを降りただけの感覚だったが、相当深いところまで降りてきたのだとわかる。

 

 ――地下だ。  

 

「ここは?」

 

 広い空間に出た。中は薄暗く、奥がどうなっているのかはわからない。

 

「ここが本拠よ。この仮住まいの心臓部。まさか上が工房のすべてだとは思わなかったでしょ?」

 

 伊庭は肩をすくめた。魔術師と言うのはいろいろだ。

 

 セオリーがあるようで、それが通じないこともまたセオリーと言える。

 

 誰もが己を魔術師としながら「例外」を抱えている。

 

 それが魔術師と言う存在だ。

 

 ――つまりは、どいつもこいつも一筋縄ではいかない。 

 

「元はどこかの変態趣味の官僚が外からは解らないように作らせた地下室だったそうよ」

 

「……それを調べ上げて、接収したわけか」

 

「ええ。運がよかったの。その官僚の人、なぜだか仕事を辞めてしまったようなのよね。その上一文無しになって、せっかくの新居も使わずじまいだったみたい」

 

 不幸なやつも居たものだ。

 

 まぁ、財産没収で済んだならマシな方かもしれないが。

 

「ここで、サーヴァント召喚をしろ、ってことか」

 

「そうね。必要なモノは出来る限り揃えてあるわ」

 

 パッと、まばゆいばかりの灯りが灯った。

 

 地下の空間は、むしろ上の一軒屋よりも広大なものだった。

 

「以前はコンクリがむきだしだったのだけれど、今はさらに鉄骨で補強してジェラルミンで覆ってあるわ」

 

 もちろん、できる限りの魔術的な防備も固めてね。とナイメリアは続けた。

 

「備えは上々。いざとなれば籠城の手もあるわ。この聖杯戦争は一夜のみ。ま、なんとかなるでしょ」

 

 地下の空間を四つに区切った一画には、祭壇めいた棚が並べられていた。

 

 その上には、宝剣、名刀、王冠、見るからに怪しいマンドラゴラめいた根や、奇妙な獣の全身骨格。

 

 さらにはミイラ化した腕や宝石・鉱石・化粧台に茶器までもがうやうやしく安置されている。

 

「こいつは……」

 

 ――しかし、それを見た伊庭は唖然としたように言葉を途切れさせた。

 

「そう、見ての通りよ。()()()()()()

 

 ナイメリアはそう、言いきって見せた。

 

「お金で何とかなりそうなものは、かき集めてみたわ。当然、本物の英霊と縁を持つような聖遺物なんてのは手に入らない」

 

 その通りだ。ここにあるのは、確かに魔術的にいわくつきの代物である。

 

 しかし、そのどれもが二流にすら届かないレベルのものでしかないのだ。

 

「仕方ないわ。こればっかりはお金でどうこうなるものでないし」

 

 ナイメリアもしょせんは新興の魔術師、儲かっていようと魔術の世界で無理を通せるほどの力はないのだ。

 

 ――そう、だからこそ彼女はこの儀式に臨んでいるのだ。

 

「……いや、お膳立てしてもらって、もうしわけないくらいだ」

 

 すべてを察し、伊庭は首をすくめた。

 

「じゃあ、始めましょう」

 

「仮にだが、召喚に失敗した場合はどうなる?」

 

「考える意味ないわ。だって失敗はしないんだもの」

 

「……」

 

 伊庭は地下室の一画に用意されていた魔法陣に自らの血を流し込み、詠唱を始める。

 

「―――告げる(応じる)

 

「詠唱も簡略なものでいいわ。機は熟した。夜は深まり、円環は満ちた。後は放っておいても彼の者はここへ至る。あなたはきっかけを与えるだけでいい。テレビのスイッチを入れるみたいに、気楽におやりなさいな」

 

 そんな言葉をかけてくるナイメリアをよそに、伊庭は自らの精神が高揚し、魔術回路が励起するのを認識する。

 

「我らが命運はここに収束する。礎のごとき理の下に、炎のごとき刃の先に。虚構の杯を求むる者よ、数奇なる寄る辺に従い、来たれ――」

 

 風が吹いた。

 

 そして地下の密封された空間には有りうべからざる風が吹いた。

 

 熱く鷹揚(おうよう)な風だった。

 

 野趣をはらむ、密林と泥土の香りが伊庭の鼻孔を満たした。

 

 次の瞬間。彼の目の前にはこれまた、見上げるような巨大な人影が出現していた。

 

 

 

 



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 伊庭は驚愕に声もなかった。 

 

 言葉では納得していたが、まさかこれほどの大魔術を、こうも簡単に……。

 

 オルトロス共が組み上げたというこの儀式、粗雑な模造品と聞いていたが、なかなかどうして侮れない。

 

 おそらくは幾度にも繰り返されたがゆえの――

 

 そこで、伊庭の思考を断ち切るように、その巨大な影は、ぬっと、信じられない距離まで歩み寄ってきた。

 

 なんとも自然で、無駄のない動きだった。

 

 野生の獣が、音もなく獲物に忍び寄るかのような動きだ。

 

 伊庭は声もなく、その巨人を見る。

 

 褐色――というよりも黒檀(エボニー)に近い、輝くような肌。

 

 波打つような朱い髪をヒモで粗雑にまとめている。

 

 そのヒモは動物の(けん)を裂いて作ったものだろうか。

 

 首や腰には動物の骨を使ったらしい装飾品が下げられている。

 

 ――原始人?

 

 率直な印象は()()だった。

 

 動物の毛皮を使った腰巻と脚絆(きゃはん)。顔に塗られた、なにがしかの塗料による奇怪な化粧。

 

 そして一切のコミュニケーションを絶するような、まっすぐにこちらを見つめてくる視線。

 

 ――言葉は、通じるのか?

 

 とりあえず声をかけようとして、伊庭は言葉に詰まる。

 

 一応は自分がマスターだ。令呪も――確かにある。一画だけのものだが、確かに。

 

 だが、この原始人めいた英霊? に、はたして言葉が通じるのだろうか?

 

 召喚された英霊ならば、時代の別を問わず言葉は通じるはずなのだが……

 

「……っと、あんたは」

 

 意を決した伊庭が何かを言いかけたところで、背後から「おほぅ!!」という猿か何かのような奇怪な声が轟いた。 

 

「い~ぃ男だなぁオイ!」

 

 セイバー・ベンケイだ。

 

 伊庭にもナイメリアにさえ目もくれず、ランランと目を剥いてその原始の男に肉薄する。

 

 巨漢が並び立った。

 

 体躯と言う意味では、ほぼ同じサイズを有する両雄であった。

 

 長大さ、分厚さ、存在感。そして身に纏う圧力まで。

 

「色男だ」

 

「……いつの時代の英霊なのかしら?」

 

 ナイメリアがさすがに声を上ずらせながら言う。

 

 たしかに、全くそれが不可解。不鮮明だった。

 

 いったい何が触媒になった? それとも触媒に関係なく呼ばれた英霊なのか?

 

 伊庭もいぶかるが、その間にも原始人めいた男は、その巨躯からは想像もできない身軽さですいっ、と脇に移動した。

 

 そして祭壇の上の置かれている物品に目を向ける。

 

 そして、小玉のスイカほどの大きさの、楕円形の石を手にとった。

 

 セイバーが声もなく眉を上げた。さすがに無視されるとは思っていなかったのだろうか。

 

「え……っと、その、なんだ」

 

 伊庭も声を掛けようとするが、原始の巨漢は見向きもしない。

 

 そして手にした岩をジェラルミンの床に叩き付けはじめた。

 

「おぃおぃおぃ?」

 

 弁慶が噴きだす。

 

「……あれは?」

 

「隕石よ。かなり古い地層から見つかったものらしいわ。ただ珍しいってだけのものなのだけれど……」

 

「……隕石」

 

 何をしようとしているのかが、まるでわからない。途方に暮れる三者三様を無視し、原始の巨漢はさらに宝物の類いを引っ掻き回し始める。

 

「……何か、工作を始めるつもりみたいね」

 

「魔術師、なのか……」

 

「あり得るわ。原始の時代のシャーマン……けれど、問題なのは」

 

「どの程度やれるかってぇことだろ」

 

 先ほど黙殺されて黙っていたベンケイが再び、地を揺るがすかのように踏み出す。

 

「よぉよぉよぉ。――知らねぇって面だな」

 

 そして四股でも踏むみたいに、身をかがめた。

 

「おまえさん、おいらァをしらねぇって面に見えるぜ」

 

 さらに大見得を切るようにして丸太のような腕を振るった。

 

 伊庭も、ナイメリアも身をすくませた。

 

 セイバーの手には一本の刀が握られていたのだ。

 

 日本刀ではない。太刀だ。しかし……しかし、その大きさ、分厚さときたら。

 

 もはや刃物ともいえない。これではむしろ……大ナタ、いや、もはや金棒みたいなものじゃないか。

 

「そ、それは……」

 

 言葉を失う伊庭に、セイバーは得意げに語る。

 

「なぁんでもねぇよ。ただの()()()()だァ。むかし、貴族のボンボンがよぉ。伊達を気取って下げてやがったから、とりあげたんだ♡」

 

「とりあげたって……」

 

 言われてみれば、華美なまでの装飾はこのセイバーの趣味とは似つかわしくない。

 

 そもそも異形の(こしら)えは、なるほど、実用品と言うよりは見世物と言われた方がピンとくる。

 

 どだい、並みの人間が振り回せるようなものではない。

 

 ――が、その白刃めいた金棒を、この巨漢は枯れ木の枝でもつまむような気軽さで構える。

 

 そしてくすくすと、子供のように笑った。

 

「自分でも振れねぇモンをよぉ。だからおいらァ、おかしくってよぉ。ちょいと意地悪をしちまった、ってぇはなしよ♡」

 

 そして己に勝るとも劣らぬ巨躯の男に、抜身の大太刀を突き出した。

 

 原始の巨漢も、これには顔を上げる。

 

「止めてセイバー」

 

 ナイメリアの声にも、セイバーは横顔で()()()と答えるだけだ。

 

 すると、原始の英霊は突き出される刃に目を向けた。

 

 しげしげと、白刃を見る。

 

「お? わかるかい?」

 

 途端に、刀身が一回転した

 

「もってみな」

 

 セイバーは刃の部分を掴み、ハサミでも人に渡すみたいにして原始の英霊に金棒の柄を握らせた。

 

「……」

 

 しげしげと、原始の英霊は手にした金棒を見る。

 

 こちらもまた、普通の人間では保持するのも難しいであろうそれを軽々と扱っている。

 

「へぇ。様になってるじゃあねぇか♡ 悪くねぇ、悪くねぇぜ……」

 

 しかしセイバーは何をしようとしているのか。

 

 周囲の思惑もなんのその、巨漢はまるまるとした手で金棒の刀身を掴んだ。

 

「だぁいたい、分かったぜ色男♡ 返してくれろ」

 

 にやにやとした笑みを浮かべたまま、弁慶は刃を握ってそれを取り上げようとする。

 

 ――が、原始の英霊も手を離さない。

 

「なんだい? 気に言っちまったのかィ? コイツぁ困ったな。おいらぁ、人からもらうことはあっても、人にものをやったことァねェんだ」

 

 真っ直ぐに相対する原始の巨漢は、声を発しない。

 

 ただ、互いに野太い金棒を握り合ったまま、真っ直ぐに、互いに視線をぶつけ合うみたいに向かい合う。

 

「……ちょっと、やめてよ。だから、これから共闘」

 

 ナイメリアがさすがに狼狽えたような声を上げた瞬間、ベンケイは空いた方の腕で、原始の巨漢の顔面をぶん殴った。

 

 それだけで広い地下室にあったあらゆる物品が、木っ端のように吹き飛んだ。

 

 当然、その場にいた魔術師たちも同様にである。

 

 衝撃波!? ナイメリアも、もちろん伊庭も、この時点で仲裁に入る余地など失っていた。

 

 如何に巨漢とは言え、人型の存在が暴れただけでそんなものが発生するはずもない。

 

 ――が、しかし、目の前で起こった以上は認めなければならない。

 

 想像のはるか上だ。あまりにも手におえないバケモノ。  

 

「あは♡」

 

 しかし離さない。原始の英霊は、まともに拳を受け、後方に大きく仰け反りながらも金棒の柄を握ったままだ。

 

 そしてぎょろりと、まるでダメージのなさそうな顔でベンケイを見る。

 

「ほぉらやっぱり♡ いい男だァ」

 

 金棒が引かれた。

 

 今度はベンケイが踏ん張る。――が、身体が、巨躯が前に泳いだ。

 

「と? とっとっと」

 

 原始の英霊はさらに金棒を引く。ベンケイも刃を握ったまま引く。

 

 綱引き状態だ。

 

 ギリギリと音だけが鳴り響く。

 

 両雄の間で()()()()される金棒が、音を立ててひしゃげていくのだ。

 

「おぃおぃ……困るぜ、おいらの得物がよぉ」

 

 また喜悦を浮かべようとしたベンケイの顔を、今度は原始の英霊が捕まえた。

 

 そのまま、壁ぎわまで押し込み、叩き付けた。

 

 ジェラルミンの壁が冗談のように陥没し、壁に床に、巨大なひび割れが生じてしまう。

 

「……うそでしょ」

 

 ナイメリアは地下室の隅に避難したまま驚愕に目を剥いている。

 

 これが英霊か。これがサーヴァントか。

 

 物理的にも万全を期したはずの要塞が、まさか内輪の、それも()()()()()で崩壊していくなどとは……。

 

「う……うふふ。うふふふふふふ。すごいわ。想像以上……これってすごい……」

 

 この巨漢共にとっては、万全を期した要害も紙同然なのだ。   

 

 しばしの押し問答、いや()()()()()とでも言おうか、もみあいをしていた両者は離れた。

 

 金棒めいたダンビラはどちらの手に?

 

 正解は()()()()()()()である。どちらも最後まで手を離さなった。

 

 その鋼の塊はねじ切られ、もはや修復のしようもないほどに破壊されてしまっていた。

 

「あーらら。高くつくぜぃ。お兄さん。――ま、元々もらいもんなんだけどな♡」

 

 二人の巨漢はまた、しばし沈黙した。

 

 かたや太い喜悦を浮かべたまま、かたやじっと観察するかのように。

 

 仲裁など不可能だった。両サーヴァントは完全にやる気になっている。

 

 もはや止めるには令呪を使うしかないのか?

 

 しかし、それでは何のための召喚したのかもわからない。

 

「――待ってくれ」

 

 そこに、伊庭が踏み出した。

 

「待ってくれ。たのむ」

 

 両雄もこれには目を剥いた。

 

 伊庭は衣服をまとってはおらず、しかも総身を血に染めていたのだ。

 

「たのむ――たすけてくれないか」

 

 



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「なんじゃあィ?? 今のでそんなになっとるんか? 植木かなんかかよォお前さん!?」

 

 ベンケイは笑うのも忘れて驚愕し、そのあと思い出したみたいに爆笑し始めた。

 

「なんじゃあそらぁ。植木じゃ! 突っ立っとった植木ぃ!! がハハハハハハハハァッ!」

 

 しかし、もう一方の巨漢は素早く身をひるがえした。

 

 身を自らの腰巻をとって床に敷くと、伊庭をその上に横たえた。

 

「うお……っと」

 

 抵抗どころか、身をすくませるヒマすらなかった。

 

 まるで子猫でもつまみ上げるような手際で伊庭は扱われた。

 

 巨漢は伊庭の傷口に手持ちの軟膏のようなものを塗ると、祭壇にかかっていた飾り布などを引き裂き、包帯代わりに巻き始めた。

 

 やり方は原始的だが、スピーディで的確な治療だった。

 

「ぶははぁッ!!! ――はははは! なんだァ、一応『マスター』だっつぅ自覚はあるんだのぅ」

 

「とりあえず、悪い人じゃないみたいね――そこまでよセイバー」

 

「おおゥ。ないめりあ! おまえさんの言うとおりだったぞ! おとなしくしてりゃあいいことがあるってなァ! いやぁ、面白い連中だ!」

 

「……それはあくまでも敵のことを言ったつもりだったのだけれど」

 

 セイバーを制しつつ、ナイメリアは伊庭に近寄る。

 

「……やぁ、どうも」

 

「魔術による治療がいるかしら?」

 

「いや」

 

「それはそうよね。自分でつけた傷なのだし」

 

 伊庭は原始の英霊を見るが、彼は伊庭の治療を終えると、またなにがしかの工作を再開した。

 

「……まぁ、うまく行ったろ?」

 

「なんで服まで脱いだのか疑問だけれど」

 

「悪いね」

 

「別に悪くはないけれどね。うふふ」

 

 ナイメリアは眼を細める。

 

「……あのスーツ、借り物でね。取ってきてくれると助かるんだけど……」

 

「やれやれね。――で、彼は何をしようとしてるんだと思う?」

 

「作ってるんだ。――武器を」

 

 原始の英霊は一心不乱に作業を続けている。

 

 今度はナイメリアの工房――つまりは作業場にあった備品を引っ掻き回し始めた。

 

「……悪いね」

 

 伊庭がスーツを受け取りながら言う。

 

「かまわないわ。むしろ、興味深いものが見れるかも……」

 

 

 砕いた隕石の破片。

 

 先ほどへし折れてしまったダンビラの片割れ。

 

 魔獣の骨格標本から抜き出した骨を削り、さらには自分が持参した装飾品や髪ヒモ。

 

 あげくに崩壊したコンクリの中から引き抜いた鉄骨まで使って。

 

 彼は瞬く間に幾つかの道具を造りだした。

 

 伊庭は元よりナイメリアも言葉を失くしていた。

 

 できあがたったのは、

 

 

 二本の石槍

 

 石の手斧

 

 石のアミュレットを幾つか。

 

 さらに削った石の粉と幾つかの材料をこねあげて、塗料のようなものまでつくってしまった。

 

 

 

「……ほぉん? 器用なもんだのぉ」

 

 ベンケイがつまらなそうに言い、ナイメリアも出来上がった物品を詳細にスケッチしながら呟く。

 

「どうやら、彼は『石器』を作り出すスキルを持っているようね……」

 

「……」

 

 伊庭は何も言わず、ただただ、この原始の英霊を見ていた。

 

 やっていることはまさしく原人という具合なのだが、その五体にみなぎる機能美とでもいうか、

 

 それとも、その所作のよどみの無さゆえなのか。

 

 熱心に作業を続ける彼から、眼が離せなかった。

 

「……ッと」

 

 すると、原始の英霊はまたよどみのない、静かな動きで伊庭の眼前に迫った。

 

 そして、じっ……と伊庭を見据えてくる。

 

「ああ……さっきはどうも」

 

「ウソ、だめ」

 

 短く、しかし鋭く、この男は初めて人語を発した。

 

 片言だが、一応会話は可能なようだ。

 

 しかし、ウソとは何のことだ!?

 

「み、見抜かれとるぅ……」

 

 すると背後ではセイバーがまたくすくすと、押し隠すように笑う。

 

 つまりは、先ほどの負傷が伊庭の狂言だったというのがバレているということか。

 

 いや、構わない。それであの場は収まったのだから

 

「……ああ、悪かったよ。すまない」

 

「ちがう」

 

 出来る限り申し訳なさそうに謝意を示そうとした伊庭に、巨漢は首を振った。

 

「じぶん、だます、だめ。じぶん、ウソ、だめ」

 

「じぶん?」

 

 原始の巨漢は大きくうなずいた。

 

 そして、子供にするみたいに、伊庭の頭をゴリゴリと押した。

 

 ――撫でたつもりなのだろうか?

 

 場合によっては首が捩じ切れそうな勢いだったが。

 

(うら)(うら)まで筒抜けだぜェ? おまえさん、()()()()()()いつまでも子ども扱いだァ♡」

 

 ベンケイは伊庭の背後から揶揄するような声をかけてくる。

 

「……」

 

 さすがに憮然とせざるを得ない。

 

 伊庭はこれでも中年だ。体の大きさで大人か子供かが変わるものでもあるまいし……。

 

「それで? 彼のことは何て呼べばいいのかしら?」

 

 マスターにはサーヴァントの各種ステータスを視認する能力が与えられている。

 

 本来、伊庭は元よりナイメリアにも彼のクラス名くらいは()()()ハズなのだが、なんの作用かこの英霊は自らのステータスを隠ぺいすることが出来るらしい。

 

 おそらくは、彼が身体に纏う各種装飾品の効果なのではないだろうか。

 

「……あー、あんたのことを、なんて呼べばいい? ……パートナーとしてさ」

 

 伊庭は相手を刺激しないようにと気を付けて声を掛けた。

 

 何を考えているのかは知らないが、とりあえず今、この場で伊庭を殺しにかかる事は無いはずだ。

 

「――……」

 

 すると原始の巨漢は自らが作り上げた長大な槍を手にして、ずい、と伊庭の眼前に突き出した。

 

「…………ハンター!? クラスは『ハンター』だっていうのか!?」

 

 そうすると、伊庭の視界にぼんやりとだが彼のステータスが浮かび上がってくるのだ。

 

「エクストラクラス……なのか? ……クラスは、『ハンター』……それで」

 

 次に、『ハンター』のサーヴァントは、いましがた練り上げた塗料のようなものを指ですくい取り、壁に何かの絵を描き始めた。

 

「……!」

 

「あれって……」

 

「マ、マンモス……か!?」

 

 原始の英霊がジェラルミンの壁に描いたのは、誰もが知る原生生物、毛長マンモスの姿そのものだった。

 

「おぉん? 〝まんもす〟っつーのはなんぞ??」

 

 一人、セイバーだけが図案の意図を理解できず太い眉を(すが)めている。

 

 そして巨漢は自分で描いた絵図を指差しながら、手にした槍を力強く突き出してくる。

 

「マンモスを……狩ってたって言いたいのか?」

 

 伊庭の言葉に、彼は二カっと笑顔を見せる。獣のような巨大な犬歯がのぞいた。

 

 次の瞬間、伊庭の脳内に、この英霊の情報が一気に叩き込まれた。光が閃くかのように。

 

「マンモスハンターってこと? それが英霊として呼ばれたって事なの?」

 

「おぉい、だからその〝まんもす〟っつーのはなんなんだぃ?」

 

「『ハンター』じゃない……」

 

 確信を込めた伊庭の言葉に、ナイメリアが振り返る。

 

「『ハンター』はこいつを表すクラスでしかない。こいつは、この英雄の真名は『マンモススレイヤー』……」

 

 この星で、最も多くのマンモスを狩った、人類史最古の英霊。

 

 それが、この原始の英霊の真名であった。

 

 

 



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 月のない、生温い夜だった。

 

「なんだァ。気にするな気にするな。家なんてのはな、どれもそのうち壊れるもんだ♡」

 

「あなたには取ってはそうなのかもしれないと思えるのがシャクね。まぁ、仮住まいだからいいけれど」

 

 伊庭(いば)とナイメリアはサーヴァント達を伴い、夜のアスファルトを進んでいく。

 

 もともとこちらから出向くつもりだったとナイメリアは言ったが、どのみち、あの要害に立てこもるわけにはいかなかったことだろう。

 

「……狩りの前、血、めぐる……熱くなる」

 

 神妙な顔で「ハンター」のサーヴァント、こと〝マンモススレイヤー〟が呟く。

 

 やる気になってくれているのはありがたいのだが、……「狩り」と言われてもどうしたものか。

 

「おぉい。この先にァなァ、その()()()()と言う獣はおらんぞぅ」

 

 伊庭の内心を代弁するように、セイバー・ベンケイがのたり、とした声を掛ける。

 

「獲物・・いる」

 

「そうよ、獲物がいるの」

 

 一人、ナイメリアだけは笑顔でマンモススレイヤーのやる気を歓迎している。

 

 相手が何であれ、戦力になってくれればナイメリアとしては問題ないのだろう。

 

「オレ、獲物、狩る。そのため、来た」

 

 マンモススレイヤーは先ほど自らが組み上げた槍を握りしめる。

 

 寄せ集めな上に、粗雑な作りの石器の槍。

 

 ……にもかかわらず、彼の手の中にあるそれはいかにも見事な神器のようにも見えてくる。

 

 まるで幾星霜の時を経て磨き上げられた芸術作品であるかのようにさえ。

 

「へへぇ……それはそうと、こっちはこっちで()()()()じゃあねぇか。ちょいとみせてくれくれろ?」

 

 先ほどからちらちらと槍を見ていたベンケイが、機を見計らったかのように丸太のような腕を突き出す。

 

 が、マンモススレイヤーは過度に反応し距離を取った。

 

「ダメ」

 

「ありゃりゃ……。きらわれちまったなァ♡」

 

 巨漢は、また童子のようにくすくすと笑った。

 

「そのようね」

 

「お前、こども」

 

 すると、マンモススレイヤーが、初めてベンケイに声を掛けた。

 

「おん?」

 

「お前、子供。ダメ」

 

 そして、やれやれとでもいうように首を振った。

 

「なぁんでぇ。同じ孔の()()()のくせによぉ」

 

 

 背後で巨漢同士のやりとりを耳に聞きながら、伊庭はとにかく気が重い。

 

「……で、肝心のあんたが殺したい相手ってのは?」

 

 伊庭はナイメリアに問う。そう言えば、彼女が雌雄を決しようとしている相手の名すら聞いていなかった。

 

「名前は古賀鏡子(こが きょうこ)。生意気にもこの土地の管理者ってハナシね。歳は19。小娘だわ」

 

「…………アンタとそんなに変わらないと思うがね」

 

「あら、ありがと。――で、知ってるのかしら?」

 

 ――「なぁんでぇ。どうやらみぃんなガキばっかりらしいぜィ♡」と、ベンケイが口を挟んでくるが、伊庭は取り合わずに続ける。

 

「ああ、知ってる」

 

「地元だものねぇ。ここの霊地を所有してるのがその家ね」

 

「この街で霊地なんて呼べんのは古賀の屋敷だけだ」

 

 だから、予想はついていた。できれば外れていてほしい予想だったが。

 

「簡単でいいわね。あの小娘の家に押し入って、サーヴァントを殺し、聖杯の欠片をいただくわ」

 

「さて、そう上手くいくかな……」

 

「いくわよ。そのためのアナタなのだもの。どのみち二対一なら問題なく勝てる相手だわ」

 

「相手も、それが解ってるはずだがね」

 

「当然ね」

 

 ――伊庭は足を止めた。

 

「なら、なんで当人がここに居るのかな?」

 

「あら?」

 

 凍てつくような風が吹いた。

 

 この温い夜には似合わない極寒の風だ。

 

 周囲には、ありうべからざる霜までもが降り始めている。

 

 今夜は本物の厄日だ、と伊庭は思った。

 

「ちょっとだけ予想外ね」

 

「……氷雪紋(ひょうせつもん)

 

 きょとんと眼を剥くナイメリアを余所に、伊庭が畏怖を込めて呟いた。

 

 大気中に氷の結晶が実り始める。

 

 その煌めくような帳の向こう。一人の女が立っていた。

 

「それが二つ名? うふふ。剽窃(ひょうせつ)だなんて、やぁね。猿マネがお得意かしら?」

 

 ナイメリアは言う。

 

 剽窃とは他人の著作から思想や筋などを部分的に写し取ることだ。

 

 盗用とは違うが、他人の思惑を聞きかじりで書く文章と言うのは、見るに堪えないものになる場合が多い。

 

 文筆屋として皮肉を言ったつもりなのだろうが、場の空気は()()()()()だった。

 

「――先に言っておくことが有ります」

 

 キンと冷えた真冬のような空気を伝い、よく通る声で女は言った。

 

 大人びた容姿に反して、その喉はまだ少女のままのようだった。

 

「今すぐに、サーヴァントを自害させなさい。そうすれば無駄な戦闘を回避できます」

 

 怜悧に切りそろえられた黒髪。その向こうから、射抜くような視線が両者を見ている。

 

 そして、女は――古賀鏡子は右手を真っ直ぐに向けてきた。

 

 まるで銃口のように。

 

「あら、ガンド射ち? 古風ね?」

 

「――まずい!!」

 

 伊庭が叫んだ。

 

 ガンドは相手を指差すことで体調を悪化させるという呪術の一種とされる。

 

「当たらなければいいじゃない」

 

 奇妙に濡れ光る質感の万年筆を手に、ナイメリアも戦闘態勢に入る。

 

筆誅(ひっちゅう)してあげるわ――どんな見出しがいいかしら!?」

 

 虚空に(ぼう)っとした光のラインがあらわれ、瞬く間にナイメリアの筆跡が夜の虚空に踊り始める。

 

「――――」

 

 一切の応答もなく、ガンドが放たれる。

 

 魔力の密度はそれほどのモノとも思えない。

 

 何よりも、直線的に迫る軌道は防ぐにも躱すにも容易なものとしか見受けられない。

 

「ちょこざい。……剽窃屋(ひょうせつや)には誅罰を!!」

 

 ガンドの魔弾を居なしつつ前に出ようとしたナイメリアの身体を、伊庭が強引に引き留めた。

 

「――あら?」

 

「セイバー! ハンター!」

 

 伊庭が叫ぶ。次の瞬間、出現した二体の巨漢がナイメリアを守るように立ち塞がった。

 

 まるで肉の壁、否、肉の要塞と言うべき威容であった。

 

 当然、霜のガンドは肉壁の前にかき消される。

 

「……情熱的で悪い気はしないのだけど。ちょっと警戒しすぎじゃない?」

 

「サーヴァントの対魔力なら問題ない。――けどな、あのガンド射ちはまずいんだ」

 

 伊庭は、ナイメリアを抱え、さらに後退する。

 

 伊庭の仕事はそもそもナイメリアへの注意喚起だ。ナイメリアが早々に死んでしまっては仕事も何もあったものではない。

 

「……相手のサーヴァントを確認したかったのだけど」

 

 たしかに、古賀鏡子は未だに自らが召喚したであろうサーヴァントを見せていない。

 

「んなぁ~に、まずは娘っ子一人によぉ。そんな気張ることもねェだろ♡」

 

 ガンド射ちを受け切ったセイバー・ベンケイが、のたり、と前に出た。

 

「そうね……では先陣(フォワード)を任せるわ」

 

「言ィわずもがなァ、とくらァ!!」

 

 そしてセイバーはどたり、どたり、と野放図に前進する。

 

 その手には――彼の()()()たる、巨大な宝具が握られていた。

 

「な、なんだあれ……」

 

 それを観た伊庭は、古賀鏡子の脅威も忘れ、唖然として言葉を失ってしまった。



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 セイバーは当然、セイバーのサーヴァントとして、全うに自らの得物である武装を取り出したに過ぎない。

 

 ただ、それだけのことだ。それはわかっている。だが、それでもなお、伊庭は唖然として言葉を失うしかなかった。

 

 ――剣? あれが? 冗談だろう?

 

「うふふ。()()を振るうにふさわしい状態で呼ばれたからこそ、あの()()()なのよ。私のセイバーは」

 

 それは刀剣と呼べるようなものではなかった。

 

 確かに刀剣で出来てはいた。しかし刀剣として使用できる代物ではなかった。

 

 それは巨大な鋼の柱に見えた。

 

 人の手が回らぬほどに太い柱だ。そして、その柱はその全てが太刀で出来ていた。

 

 つまり、数十、数百もの太刀を幾重にも束ね、す巻きにしてあるような状態なのだ。

 

 それをまるで巨大な米俵でも持つかのように、セイバーは掲げ上げる。

 

 その様はまるで――――まるで、巨大なガトリング砲を人間が抱えているかのようにも見えた。

 

 伊庭は、理解を超えて察した。

 

 あの怪物が――無邪気とも取れる笑みを浮かべながら、なにをしようとしているのかを!

 

 セイバーが束ねられた切っ先を突き出すようにすると、幾重にも層を成す、数珠つなぎの太刀が、まるで悪夢の如く旋転し始める。

 

 そして――

 

 周囲を薙ぎ払うようにして、見えない斬撃のようなものが、ばら撒かれているのだ。

 

 鋼が何かを弾き、また、切り刻むような、ちちちちち、あるいは、ききききき、という、耳慣れぬ音が痛烈に伊庭の耳を打つ。

 

「ど、どこが――どこが〝セイバー〟だ!」

 

「れっきとしたセイバーよ。あの宝具は『一振りで斬撃を最大999まで増大させる』という宝具なのだから。――この国では有名なのでしょう?」

 

「――五条大橋での決闘か。たしか義経(よしつね)公と出会うまでに999本の太刀を集めたとか……」

 

 セイバーがベンケイと言うには妙に若々しい荒くれ者だったのは、()()()()()()()()()()()()()()を召喚したせいだというのか!?

 

「そうそう。それ」

 

 伊庭が応えようとした言葉が、再びかき鳴らすような斬撃音にかき消された。

 

 ――ふざけるな! あの逸話のどこにこんな要素があるっていうんだ!?

 

 まるで第一次大戦だ。人類の牧歌的な戦争が、悪夢の虐殺と掃討戦に成り代わった、人類の悪夢の始まりの光景じゃないか!!

 

 ()く言う間に、掃射が終了する。

 

「――ふぅ。悪くねぇな」

 

 セイバーが、満足そうにつぶやくのが聞こえた。

 

 

 

「あら、終わったかしら?」

 

「終わったもなにも……」

 

 ナイメリアの言葉を信じるなら、その雨のようにばら撒かれた見えない斬撃は、一発一発があのベンケイの振るう一撃に等しいのだ。

 

 防げるはずがない。古賀京子はとっくに死んでいるだろう。

 

 ――もしもそれを防げたとするなら、 

 

 

「――ありえない。我らが管理する土地で、ここまでの暴虐を行うとは……ッッ」

 

 

 仮に、もしもそれを防げたとするなら、それは何らかの理、つまりは宝具級の神秘によってでしか、あり得ない。 

 

 古賀鏡子を、悪夢のような斬撃の雨から守ったモノ。それは氷の壁だった。

 

 その地面から突き出した氷山のごときモノの中から、声が響いてくる。

 

「はぁん!? 傷もつけてないでしょうが!!」

 

 ナイメリアはファックサイン片手に周囲を指差す。

 

 たしかに、まるで戦争を始めたかのような、()()()()()()だったセイバーの攻撃を受けたにもかかわらず、周囲の住宅街は静かなままだ。

 

 何の破壊も起っていない。

 

「……セイバーが加減したのか?」

 

「まさか。あらかじめ戦場になりそうな場所には仕掛けてをしてあったのよ」

 

 ナイメリアの仕込みだったらしい。さすがに魔術師としての義務までは忘れていなかったようだ。

 

 伊庭は内心で息を吐いた。これなら注意喚起の必要もなさそうだ。

 

 後は生きて帰るだけなのだが……。

 

「入念に筆を振るっておいたわ。多少暴れても、周囲は壊れないし、騒音も漏れない」

 

「なるほど……それは失礼。しかし」

 

 古賀鏡子が言葉を切る。そこで、セイバーが唐突に膝を突いた。

 

「おぉん!? なんだぁこりゃあ……」

 

 その巨体が、あろうことか、ぶるぶると震えているではないか。

 

「我らが土地を土足で汚して回ったことは事実――その罪、許し難い」

 

 古賀は巨大な氷像の中に入ったまま、どんどん夜空に昇っていく。

 

 彼女を内包する氷が巨大化していくのだ。

 

「セイバー!? どうしたのよ!」

 

「氷雪紋だ……」

 

 伊庭がつぶやく。

 

「さっきのガンドのこと!?」 

 

「ああ、アレは当たらなくてもヤバいんだ」

 

 伊庭は解説する。

 

 氷雪紋のガンド。アレは冷気によって「低体温症」を引き起こす呪いで、相手に命中させる必要がないのが特徴なのだ。

 

 直撃させなくとも、着弾点の周囲から温度をどんどん奪い、果ては相手の体温を下げきって、眠るように殺してしまう。

 

 逃げ纏う相手をゆっくりと追い詰め、始末するための魔術なのだ。

 

「――けど、それが何でサーヴァントにまで効いてるのよ? セイバーにだって対魔力はあるのよ?」

 

「何かある……ってことだ」

 

「ああ。なるほど、()()()()()で自分の魔術を底上げしてるわけね。なぁんだ。まさしく剽窃(ひょうせつ)じゃないの」

 

「仕掛けなどありません」

 

 遥か頭上から、声が降ってくる。

 

「単純に、私の魔術がサーヴァントを超えているだけ」

 

「はぁ~ん? 信じられないわね。猿マネだけじゃなくて、虚偽まで重ねる気なのかしら?」

 

「――では、死んでたしかめるが良いでしょう!」

 

 古賀鏡子は澄んだ氷塊の中から、再びガンドを放ってくる。

 

「セイバー!!」

 

 同時にナイメリアも万年筆を振るう。

 

 セイバーの身体に直接書き込ませた筆跡が、その五体に温度を取り戻す。

 

「――――――GUUUUUUURRRRAAAAAAAAAA!!!!」

 

 獣のごとき怒声を張りあげ、セイバーは再び太刀のガトリング砲を古賀へ向けて掃射した。

 

 ちゃちな霜の魔弾(ガンド撃ち)はもとより、巨大な氷の壁、或いは氷山そのものがすさまじい勢いで削られていく。

 

 しかし、なぜなのか、それを上回る勢いで氷は修復されていくのだ。

 

「本当にサーヴァントを圧倒してるっていうのか……」

 

「そんなわけないでしょう。どこかであの女のサーヴァントが援護してるに決まってるわ」

 

「……けど、使ってるのは、古賀の魔術そのものだ」

 

 問題は、本来の古賀が持つ魔術とは比較にならないレベルでそれが強化されているのだということ。

 

 もはや現代の魔術師の規格を逸脱しているといっていいレベルだ。もはや神代のそれに近しいほどの。

 

「詳しいわね」

 

「……で、どうするんだ? このままだと分が悪そうだが……」

 

「そうねぇ。ところで」

 

 ナイメリアはちろりと、横目に目を剥く。

 

「ハンターはどこかしら?」

 

「そりゃあ、()()()()()()()さ」 

 

 セイバーの刃が氷山を削る一方、ハンター・マンモススレイヤーは古賀の頭上に居た。

 

 



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「――ッ!?」

 

 氷山の山頂付近に内蔵されていた鏡子は、直前までそれに気が付かなかった。

 

 気配遮断のスキルであろうか?

 

 ――いや、それもあるが、なによりもセイバーの猛攻の裏で上手く自分の存在と行動を隠匿した()()()()()()()()ゆえなのであろう。

 

 マンモススレイヤーは槍を突き立て自らを固定し、手斧で、氷を割りにかかる。

 

 古賀鏡子までの距離は2メートルもない。サーヴァントの膂力(りょりょく)ならあっという間に削りきるだろう。

 

 当然、内部の氷を流動させて下に逃げるのは悪手だ。

 

 セイバーは今のこの瞬間にも下から氷を削り続けている。

 

 このまま鏡子を挟み撃ちにできるか、というところでハンターをさらにその頭上から何かが襲った。

 

 それは氷だ。巨大な氷の柱だ。

 

 その柱が、まるで人の腕のように伸びて、ハンターを押しつぶそうとするのだ。

 

 同時に、もう一本の腕が生え、さらに、下で太刀を振るい続けていたベンケイを薙ぐように足が生えた。

 

 さしものベンケイも攻撃を打ち切って後退する。

 

 ハンターも逃げるしかなかった。

 

 その間に、巨大な氷山は、大地に四肢を突いて立ち上がる。

 

 そこには巨大な氷の巨人の姿があった。

 

「……なるほど、これは宝具じゃないと説明がつかないわね」

 

 巨大なだけならいざ知らず、二騎のサーヴァントの攻撃を受け止める強度と、ここまで自在な形状変化と流動性。

 

 何よりもそれを可能とする魔力の総量たるや。

 

 一介の魔術師が執り行うには少々度が過ぎていると言える。

 

 まず間違いなく、あの古賀鏡子自身が()()()()()()()を使用しているとしか思えない。

 

 しかし、ならばその宝具を鏡子に与えたサーヴァントはどこにいるというのか。

 

「マスターを狙うってのは難しいみたいだな……」

 

「誰かがそのサーヴァントを見つけに行くべきかしらね。――でも」

 

 戦場から距離を取りつつ、伊庭とナイメリアは密語を交す。

 

 そこへ、巨大な氷柱が降りそそいだ。

 

 氷の巨人は、五体から無限とも思えるほどに氷の四肢や凶器を生成してくる。

 

「相手のチート行為を何とかしないと、それもままならないわ」

 

 セイバーもハンターも苛烈に攻め続けてはいるが、相手が不死身の巨人とあっては手の打ちようがないらしい。

 

「それに、例え支援型とはいえ、相手もサーヴァント。それを狙うならこちらもサーヴァントを連れて離脱しないとなんだけど……」

 

 古賀もそれは解っているはずだ。ここで伊庭たちが二手に分かれても、逃がしては貰えず、最悪各個撃破の憂き目にあうことだろう。

 

「セイバーには他に宝具は無いのか?」

 

「無いわ。あの宝具を使えるベンケイとして呼ばれたのがあのセイバーなの。それ以外は無いわ」

 

 巨大なガトリング砲の掃射とも評せるセイバーの宝具。

 

 いかにも強力で見た目のインパクトはあるものの、それ以上の効果を持っていないのが難点だ。

 

 力押しや雑魚狩りにはもってこいでも、趨勢を一手に覆せるようなタイプの宝具ではない。

 

「……」

 

「逆に聞くけど、ハンターの宝具はどうなってるの? まだ見せてもらってないわ」

 

 そう言われ、伊庭はバツが悪そうに顔をしかめた。

 

「それなんだが……」

 

 伊庭が何かを言おうとしたその時、凄まじい振動が一帯を襲った。

 

 氷の巨人が()()()を踏んだのだ。

 

 そう、なにか、自らに比肩するほどの()()()()()に押し退けられたかのように。

 

 ナイメリアは驚愕に目を剥いた。

 

「……始めたようだ。あれが、アイツの宝具だ」

 

「あれって――」

 

 氷の巨人がなにか、透明で巨大なものと押し合っているのが見えた。

 

 透明な何かは、すぐさま夜に水彩絵具でも乗せるように半透明となり、そして確かに実体を持った何かとなって現界する。

 

「――マンモスじゃないの」

 

 ナイメリアがあんぐりと口を開けたまま言った。

 



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10

 

 マンモスである。未だ完全な実体ではなく、サーヴァント同様の半実体のような状態なのだと解る。

 

 しかも、それが二体も。

 

 それも、想像をはるかに超える大きさである。家よりも巨大だと言っていい。

 

 雄々しくうねる長い牙と鼻を振り乱し、根を張る巨木のごとき四肢を振り乱し、地をどよもす。

 

「マンモスだわ。――なんで〝マンモススレイヤー〟がマンモスを使役してるのよ?」

 

 実際、実体化したマンモスたちは氷の巨人に立ち向かい、それを押し返している。

 

 とんでもない馬力である。

 

 これをハンターが使役しているとするなら、なるほど強大な宝具と言えるだろう。

 

「そんな都合のいいもんじゃないんだなぁ……これが」 

 

 しかし、それでは彼の真名に反する。彼の名は『マンモスを殺戮するもの(スレイヤー)』。使役する者ではないはずだ。

 

「――それじゃあ」

 

「そういうことだ」

 

 まさか……と言わんばかりにナイメリアが声を漏らす。

 

 途端に、その実体化したマンモスの背に、ハンターが飛びかかった。

 

 自らが実体化させたはずのマンモスを相手に、槍を突き立てているのだ。

 

 そしてマンモスの方もハンターを力のかぎり振り落としにかかる。

 

 巨体を揺らし、憤怒に満ち満ちた咆哮を張りあげ、巨大な足で大地を割り砕く。

 

 当然、巨像も静観などしない。

 

 自らの腕を刃へと変え、ハンターとマンモスをまとめて始末しようとしたが、それをセイバーの宝具である『刃のガトリング砲』が打ち砕く。

 

「うわっはははははは!!!! なんじゃいこりゃあ!? ばはははは!!!」

 

 そのセイバーを、今度はもう一体のマンモスが踏みつぶそうと襲い掛かった。

 

 セイバーはいかにも楽しそうに爆笑しつつ、巨像とマンモスとの間を駆け回る。

 

 乱戦も乱戦。大乱戦の様相を呈している。

 

 これには、さしもの古賀鏡子も驚愕した事だろう。

 

 ハンターの宝具は、都合よく味方を増やすような性質のものではないのだ。 

 

「――つまり、自分がハントするための獲物として、あの馬鹿でかいマンモスを召喚したってことなの?」

 

 先ほどの巨大な氷柱に身を隠しつつ、伊庭とナイメリアは続ける。

 

 誰もが混乱せざるを得ないことだろう。

 

 まさか、自分の敵を造りだすなどと言う宝具を持つ英霊がいいようとは。

 

「召喚したわけじゃなく、アレはハンター自身のイメージ……心象を形にしたものらしい」

 

「つまり?」

 

「……ハンターにとって、過去最も強力だったマンモスのイメージが元になってるってことだな」

 

「さすがに笑えないわね。わざわざ敵を創りだすなんて……理に適わない宝具だわ」

 

「当然だが、意味はある」

 

 そう。マンモスが出現してからは、ハンターの動きが目に見えて変化しているのだ。

 

「マンモスと対峙することで、ハンターのステータスはもれなく倍加するんだ」

 

「……自分のコンディションの為に宿敵が必要といううことね。なんだかマッチポンプだけど……でも、敵への障害と自分へのバフ(Buff)を兼ねるっていうなら、まぁ分らなくもないかしら?」

 

 実際、ただでさえ光り輝くようだったハンターの五体は、今や彫像どころではないほどにビルドアップされ、その面貌までもが鬼気迫るものへと変貌している。

 

 あれが、かつてマンモス相手に粗雑な石器のみで戦いを挑んだ男の本領なのだ。

 

 暴れ狂うマンモスはハンターの味方ではないが、敵である古賀にとっても味方ではない。

 

 巨象もいきなり出現した巨獣相手に、少々虚を突かれて後手に回っているのが見て取れる。

 

 敵サーヴァントを打つために離脱するなら、今だろうか。

 

「これなら、足止めくらいは出来るはずだ。セイバーと一緒に行ってくれ」

 

「……」

 

「どうした? オレが行くのは無理だ。ハンターはもう俺の指示なんて聞こえてない」

 

 言葉を切ったナイメリアはじっと伊庭を見据えた後、つぶやく。

 

「それだけなの? ハンターの宝具は」

 

 その言葉に、伊庭は息を呑んだ。――最後まで、たとえ自分が死ぬことになったとしても、これを言うつもりはなかったのだ。

 

「詳細まではわからないけど、彼にはもう一つの宝具があるんでしょう? 隠さなくたっていいんじゃない?」

 

 ハンターのステータスを知った伊庭が驚愕していたのを、この女は見逃していなかったのだ。

 

 なんと目ざとい……いや、目端が利くというべきか。

 

「……悪いな。アレは完全に外れだ。使えない」

 

 擬態の専門家である伊庭をして驚愕を隠すことをさせなかった、その異形ともいうべき宝具。

 

「あら、何事も使いようじゃない? あのマンモスだってそうだし。どんな宝具なのか」

 

「そうじゃない! ……使えないんだ。使()()()()じゃなくて使えない」

 

「条件があるってこと? それとも」

 

「条件もくそもない! ――どんな条件だろうと使えないってことだ!」

 

 伊庭には半ば叫ぶようにして言った。

 

 そう言うしかなかった。そうだ。()()は使うとか使えないとか、そう言う次元の代物ではないのだ。

 

「しょうがないわね。まぁ、それについてはいいわ。ただ――あとひとつだけいいかしら?」

 

 さすがの伊庭も少々焦れる。

 

「なんだ!?」

 

「あなたはあの古賀鏡子を()()()()()なの?」

 

「どうするって……」

 

「私とセイバーで敵のサーヴァントを探すというのはいいけれど、あなたはあの古賀と戦う気があるの?」

 

「どういう意味だ?」

 

「そのまんまの意味よ。私の懸念は一つ。あなたが古賀鏡子と和解してしまうということよ」

 

「……あるわけがないだろ」

 

「あら、そうなの? ()()()()()()()()()()なのよね? 彼女」

 

「――お前!」

 

 そこで、巨大な氷の欠片が二人の元に降りそそいだ。

 

「……ツァッ!」

 

 ナイメリアはスイカほどもある氷塊を回避するが、伊庭はそれが間に合わず、氷塊をまともに受けてしまう。

 

「あらら、ダメよ。周囲に気を配らないと。ここは戦場なのに」

 

 伊庭は応えず、ただじっと、猛禽のように笑うナイメリアを見据えた。

 

 伊庭の頬を、一筋の血が流れる。

 

 ――当然、全てを知っているのだろう。伊庭のことを知って、ここへ呼び寄せたのだろう。

 

 考えれば解ることだ。しかし、それでもなお、伊庭の中で、見ないようにしていたハズの記憶と憤激の感情とが頭をもたげてくる。

 

「あら危ない」

 

 再び氷塊が降ってくる。が、伊庭は動かなかった。

 

 その顔面に、牙のような氷が飛来する。

 

 しかし、その氷塊は伊庭に触れる前に消えてしまった。

 

「あらあら、うふふ。――それはなにに対しての怒りなのかしら?」

 

 煮立っている。

 

 先ほどの氷塊で受けた傷口からこぼれた血が煮えたぎり、ついには発火し始めているのだ。

 

 すさまじい温度である。一千度をゆうに超える高温の血を流し、伊庭はナイメリアを睨みつける。

 

 踏み入られたくない領域に土足で踏み込もうとしたナイメリアへの怒りはもちろんあるが、それは表層でしかない。

 

 その深奥にある感情は、おそらく自らに対しての怒り。怒りと自責の念。

 

「――ぐッ!」

 

 伊庭はうめいた。こぼれた融鉄の血潮が、伊庭自身にもダメージを負わせるのだ。

 

 そう、この血潮は、しょせん、借り物でしかない。

 

「興奮し過ぎよ。大事な()()()()スーツが燃えてしまうわ」

 

「……」

 

 伊庭は再びナイメリアを見る。 

 

「当然、全部知ってて言ってるのよ。だからあなたが来るように仕向けたのよ。古賀と因縁のあるあなたを」

 

 その通りだ。伊庭にはあの「古賀」との因縁がある。ただし、古賀鏡子本人とは会ったこともないし、表立って敵対したこともない。

 

 ただ、幾度となく、古臭い書面で『返却』を求められたというだけのこと。剣骸の返却を。

 

「私は100%自分の都合で言っているけど、これはあなたにも良い機会なんじゃないの? 過去の因縁を断ち切るための――あなただって、そう思ったからこそ、私の案に乗ったんでしょう?」

 

 それでも、伊庭にとって、それは刃を突きつけられるよりもなお耐え難いことであった。

 

 逃げることも出来ず、出向くことさえ出来ず、ただ、曖昧な状態でここまで来てしまった。

 

「いろいろあるんでしょうねぇ。細かいところまで根掘り葉掘り聞いておきたいところだけど、この儀式は一夜限り。ゆっくりもしていられないわ。だからあなたにチャンスを上げる。古賀との決着をつけるためのね」

 

「……オレは、」

 

「そのスーツ、サイズが合ってないわよね。しかも()()()()って言ってたし」

 

 ナイメリアは、伊庭が絞り出そうとした言葉を遮って、少々興奮気味に身を乗り出す。

 

「……誰か死んだのかしら? あなたの恋人?」

 

「いや、ただの助手だ」

 

 何を言うのかと、伊庭は顔を上げた。

 

「助手! ふんふん。それで?」

 

 何故かここに至ってナイメリアはゴシップを見つけたパパラッチみたいに興味津々で目を輝かせている。

 

「オレの助手で――あの古賀鏡子の兄だった。オレに剣骸を預けて、死んだ」

 

「……やっぱり、恋人じゃなかったの?」

 

「……」

 

「うふふ。あらあら、ごめんなさい。続けて?」

 

 伊庭にもこの女が何を言わんするのかが分かり掛けてきた。

 

 ――下衆(ゲス)め。

 

「あらあら、違うのよ? でもそこまで大事な人だったんでしょう? ――友情なんて言葉でかたづけられる?」

 

 伊庭は口をつぐむ。とんでもない言いがかりであり、故人への侮蔑である。

 

 ――が、しかし伊庭とて、彼との関係をどこまで客観的に称することが出来るかはわからない。

 

 ただ、互いに居場所がなかったのだ。

 

 魔術と言う人外の理の中でもがく青春を送った者同士。

 

 確かに友人なんて言葉では足らないのかもしれない。

 

 そしてその死にざまが、いまだに伊庭を縛っているのだ。

 

 ――なるほど、恋人、は無いにしても兄弟か家族程度には深く結びついた間柄だったと言えるだろう。

 

 もっとも、それを余人に弄ばれたいとは思えない。

 

「そうだな。ここからどうなるかの確約は出来ない。――異論があるなら、ここに残ることだな」

 



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11

 

「んー。困ったわね。でも、このまま乱戦(アレ)を見守っていても意味がないし、私は離脱させてもらうわ」

 

 未だにニヤニヤと口元を歪ませているナイメリアに、伊庭は嘆息混じりに言う。

 

「ゴシップもほどほどにな」

 

「あら、分かれの言葉みたいね」

 

「その可能性があるってことだ」

 

 途端に、伊庭の総身から血が噴き出した。

 

 その血と同時に炎も。赤々と夜に灯る炎が、形を成す。

 

「借りものなんじゃないの?」

 

「……ケリを付ける。今気付いたが、死人には返しようがなかった」

 

 その、「しようがない」まま、伊庭はずっと生きてきたのだ。ずっと、止めようもない時間から目をそらしたまま。

 

 その生き方にも、もう見切りをつけてもいい頃だろう。

 

「それはごもっとも。――では、また会いましょう」

 

 言ってナイメリアは姿を消した。

 

 氷の巨象がそれを見とがめるようにこちらを見る。

 

 しかし身をふるがえそうとした氷象を、マンモスの鼻が捕まえる。

 

 巨体がたたらを踏む。マンモスはそのまま氷像に長大な牙を突き立てた。

 

 氷像の五体は貫かれ、全身に亀裂が走る。

 

 そして、次の瞬間には巨大な氷の巨大はバラバラに砕け散り、地面の上に散らばってしまった。

 

 マンモスはさらに激昂した様子でそれらの氷塊を踏み砕く。

 

 大地が沸き立つかのごとき振動が襲ってくるなか、伊庭は散らばった氷塊のひとつに歩み寄った。

 

「……この期に及んで独り相撲とは、おもしろいサーヴァントですね」

 

 ドレスでも脱ぐかのようにその氷塊を解いた鏡子は、かわりに、ある種の颯爽とした空気さえまとって伊庭を見据える。

 

「あー、悪い奴じゃないんだよ。まぁ、俺も会ったばっかなんだけどさ……」

 

 そして敵を失ったマンモスはもう一体のマンモスと戦っているハンターを標的として、再び大地を揺らして突進していく。

 

 こうなると、確かにハンターの独り相撲でしかない。

 

「いいえ、お似合いですよ。あなたのような()()には」

 

 鏡子は微笑を交えて言った。先ほどまでとは様子が異なる。

 

 少女然とした堅さは鳴りを潜め、何処か奥行きのある、それでいて強かさを兼ね備えた、熟練の魔術師の風格さえ漂わせている。

 

 今宵の超常的な戦闘を経て高揚しているのか。

 

 ――――いいや、違うな。

 

「下郎……ね」

 

 伊庭に動揺はない。どんな言葉を掛けられることも覚悟の上だ。

 

 少なくとも、伊庭が生きてこの場にいるのは彼女から兄を奪ったことによるものだ。

 

 それは揺るがしようのない事実なのだから。ただ……、

 

「――ああ。そうですね。念のため。勘違いはしないでいただけますか? 兄のことで貴方を恨んでなどおりませんので」

 

 鏡子は微笑んだ。ニタリと、二重の笑みが小さな顔の中に浮かび上がる。

 

「あの()()が死んだことなどどうでもよいのです。――そんな些事(さじ)のことデ貴様に取り合うのではないゾ下郎ォ」

 

 鏡子の中には別の何かがいた。

 

 皮膚の内側――いや、もっと霊的な領域に至るまでが、何かに侵食されている。

 

 魔術刻印だ。古賀が伝える魔術刻印その〝片割れ〟。

 

 それが、鏡子の人格をも支配してしまっている。

 

 ――知っていたことだ。すべてを知って、伊庭は何もできずにいたのだ。

 

 古賀の嫡子は常に男女で当主を襲名してきたという。

 

 ともに古賀の血を引く兄と妹、あるいは姉と弟で子を成し、純潔を保ってきたのだと。

 

 そして母となる女は古賀の魔術の基本となる氷雪紋を受け継ぎ、「鏡」の名を受け継ぐ。

 

()()を返しなさい。――それハ我らのものダ!」

 

 鏡子の中に巣食う何かが、饒舌(じょうぜつ)に告げてくる。 

 

「……アイツは、最期まで君のことを心配してた。()()なっちまうのを……」

 

 妹は、己が己でなくなることを恐れていた、と。

 

 己の中に巣食う何かを恐れていた、と。

 

 それでも自分にはどうすることも出来ない、と。

 

 繰り返し伊庭に告げていた。自分には妹を救えない。だから、自分に何かあったら、と。

  

「ナ、二を――何を言っているのか解りませんね? あのゴミから何か聞いたのですか? ――ハヤく返セ! 剣骸ヲ――剣骸を返していただけますか?」 

 

 迷惑な話だと思った。

 

 伊庭は鏡子の有り様を見眇(みすが)めながら、静かに思い返す。

 

 ただ、ただ迷惑な話だと思っていた。

 

 家だの、魔術だの、しがらみだの、そう言うものから逃れようと必死だった伊庭に、そんな事ばかり言うあいつが、(わずらわ)わしかった。

 

 だから、アイツが伊庭自身を守って命を落としたことさえ、何処かで計算ずくのことだったのではといぶからずにはいられなかった。

 

 死んでしまった友人を、疑い続ける自分に嫌気がさす。――それでも利用されているような気がして、伊庭は動けずにいた。

 

「余計な心配は無用ですよ。私は完璧な――ものトナリ――ました。そして今夜、もっと完璧なものと――ナルのダ!! だかラ、ハヤく、剣骸を、ヨコセぇぇぇぇぇぇ!!!」 

 

 鏡子の身体が、内側から何かに突き動かされるようにして、伊庭に向かってくる。

 

 友人に利用されているのだと思いたくなかったのか、それとも、ただ託されたものに受け止めきれずにいただけなのか。

 

 わからないまま、答えを出せないまま、時間だけが過ぎ、気がつけば、中年だ。

 

 伊庭の五体から噴き出していた火潮が、一瞬、凪いだ。

 

「――――剣骸:血行剣導(けっこうけんどう)

 

「ムダ――」

 

 次の瞬間、爆発的に燃え上がった伊庭の左手から、螺旋を描く火炎が噴き出した。

 

 それは二匹の蛇が絡み合うようにして虚空を直進し、鏡子の胸、心臓の位置を正確に射抜いた。

 

「悪いな。オレと『剣骸』は()()()()()んだ。セーフティは機能してない」

 

 「剣骸」とは、「氷雪紋」と共に古賀の当主が代々受け継ぐ()()()()()()()()を意味する。

 

 とうぜん、正当な適合者ならば片割れである「氷雪紋」の所持者を「剣骸」で攻撃することなど不可能なのだ。

 

 しかし、そもそもが「剣骸」と相性の悪い伊庭はこの制約を受けることなく、剣骸を振るうことが出来る。

 

 ――それは友人がここまで見越していたのではないかと、伊庭が疑わざるを得ない理由のひとつでもあるのだが。

 

 伊庭の左手から走った炎の螺旋刃は、そのまま渦を巻いて左右に(ほど)け、鏡子の身体を上下二つに分断してしまった。

 

「――う、ぐぅッ」 

 

 同時に伊庭も膝を突く。

 

 剣骸との相性が悪いということは、それを使用することで伊庭自身にも尋常でないダメージをもたらすということを意味する。

 

「……まったく」

 

 伊庭は白煙のごとき息を吐く。五体からも、もうもうとした蒸気が渦を巻く。

 

 排熱をして体温を下げなければ即刻命を落とすことになる。

 

 融解した鋼同然の血潮は尋常ではない高温を帯び、伊庭自身の命を削っていくのだ。

 

 対策はしていたつもりだが、文字通りの焼け石に水だ。

 

 だからこそアイツが恨めしい。友人面をして、最期の最期でこんな重荷を人に背負わせやがって。

 

 それでも、今の伊庭の胸に去来するのは、どこかすがすがしい思いだった。

 

「……ようやく降りたってことなのか。……肩の荷ってヤツが」

 

 伊庭はアスファルトに座りこもうとする。  

 

 吐く息が白い。あまりにも濃く、白い。

 

 ――気付く。

 

 伊庭が熱いのではない。()()()()()()()()()()()

 

錬金術秘奥大系図(アッシュ・メザレフ)

 

 キンと冷えた虚空に、宝具の真名を唱える言葉が響く。 

 

 無残に両断され、アスファルトの上に転がったはずの鏡子の上半身が、何かに吊り上げられるように持ち上がっていく。

 

 それはすでに立ち上がっていた下半身に吸い寄せられるように移動する。

 

 目を凝らせば、その二つを引き寄せるようにして繋ぎ直そうとしているのは、まるで融解したルビーのような、或いは血液が結晶化したかのような、流動する鉱石のごとき物体だった。

 

「何が降りたですって? ――無駄ダと言って――いるでしょう。そもそも、氷雪紋は剣骸――ヲ御すため二――生まれた術式」

 

 言いながら、鏡子の上半身と下半身はぎゅちぎゅちと音を立てながら結合していく。

 

 専門外ではあるものの、()()がなんであるかは伊庭にも理解できた。

 

「『賢者の石』――か。それがお前の召喚したサーヴァントの宝具!」

 

 当初の予想通りだ。

 

 鏡子は、自らが召喚したサーヴァントの宝具を転用して、この常軌を逸したレベルの魔術を使用していたのだ。

 

 しかし、ここまでのことをやって退けるとは……。

 

「ハズレです」

 

 鏡子は冷然と言いながら、再びガンドを打ち込んできた。

 

 伊庭の五体が、急激に冷却されていく。

 

 ――マズい!

 

「確かにこの宝具はサーヴァントのもの。しかし、私が召喚したとは、誰も言っていませんよ?」

 

 



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12

 

「なんじゃい! こっちの方が面白いんじゃなかったんかァ!」

 

 ガラガラと不満を漏らすセイバーの機嫌はすこぶる悪かった。

 

「件の『剣骸』とやらを観たかったのによゥ」

 

 伊庭と別れたナイメリアは、セイバーを連れて一路、キャスターが潜伏していると思わしき、古賀鏡子の本陣へと向かっていた。

 

「あら、興味でもあるのかしら?」

 

 セイバーを先導しつつ、ナイメリアは言う。

 

 急ぐ必要があるのだが、セイバーは乗り気でないらしく、足取りにも真剣みが感じられない。

 

「応ともよ。言ったよなァ? おいらァこんなとこまで出張ってきてるのはよぉ、()()()が欲しいからなのさ」

 

「この先にも、いい刀があるかもしれないわよ?」

 

「そんなこたァ、あるかねぇ? この先にいるのはキャスターのサーヴァントとかいう輩だろう?」

 

 確かに、キャスターといえば、まず直接戦闘には向かないクラスであり、さらに言うななら、最弱のクラスなどとさえ言われるサーヴァントでもある。

 

 セイバーの言わんとするところも、わからないでもない。

 

期待薄(きたいうす)だわなァ」

 

「逆に、要害にこもっての防衛戦においては最強という話もあるのよ。――そうだ。今のうちにあなたの対魔力を補強して……」

 

「ああ! いらんいらん! 煩わしい!」

 

 子供が駄々をこねるように、セイバーは巨体をゆすって()()()()をした。今にも元の戦場に取って返しそうな勢いだ。

 

 ナイメリアはやれやれとでもいうようにため息をつく。

 

「どうしてもハンターと戦いたいのね?」

 

「応よ。さいっしょからそう言ってらァ」

 

「なら、いいわよ。キャスターの後でなら好きなだけやりあいなさいな」

 

「おゥ!? いーいのかぃ? 味方なんだろ?」

 

「……私にとって重要なのは、ほかのサーヴァントを排除していかに効率よく『聖杯の欠片』を手に入れるかという一点に尽きるわ。それ以外のことは、この際、目をつぶることにするわ」

 

 すると、セイバーは悪童のような笑みをその分厚い面相にねじ込むようにして、破顔する。

 

「わァるい女だなァ♡ ないめりあ」

 

「魔術師ってそういうものよ。――もちろん私としても()()()()()伊庭さんに義理は通したいの。あなたがキャスターだけで満足してくれるなら」

 

 すると、セイバーはその座布団ほどもある掌でナイメリアの身体を救い上げた。

 

 まるきり猫のような具合だ。

 

「みなまで言うなや♡ そうと決まれば、――雑魚は手早く済まそうぞィ♡」

 

 そして、ナイメリアの返事も聞かずに、疾走し始めた。

 

 

 

 

「――さァて、着いたな」

 

「静かなものね。当主がいないにしても」

 

 たどり着いた先は山城のような場所に立つ一軒の屋敷だった。

 

 住宅地からは離れた小高い丘の上に、据え付けられるような形で存在している。

 

 魔術的な敷設だけでなく、広大な川と(ほり)、複雑に入り組んだ土塀(どへい)に囲まれており、軍勢を相手取るなら、なるほど確かに攻めがたい、良い地形、良い布陣なのだとわかる。

 

「こォの後に及んで、ここには居ねェ、なんてこたァねぇよな? 探して()()()()すんなァ、ごめんだぞ?」

 

 しかし、当然だが、一騎当千のサーヴァントを阻めるようなものではない。

 

「大丈夫よ……ほら出てきた」

 

 ナイメリアが言うと、(ほり)の水底から、土塀(どへい)のそこかしこから、猟犬のごとき氷の彫像が姿を現す。

 

「さて――どうするかなんだけど」

 

 ナイメリアが言い終わるよりも先に、セイバーの宝具は、己を阻むあらゆる障害を粉砕してしまった。

 

 堀も塀も結界も、使い魔も。丸ごとである。まるで削岩機だ。

 

 あるいは芝刈り機というべきか。まるで雑草でも刈るようにして、敵が丹精込めて作り上げた防御陣が作業的に粉砕されていく。

 

「――あー、つゥまらん。やはり、キャスターとやらには期待できんなァこりゃ」

 

「…………」

 

 あらゆるものを粉砕しながらただまっすぐに前進するだけ。確かに、これでは攻略も何もあったものではない。

 

「――その辺にしといてもらえんかのぅ」

 

 屋敷そのものを正面から掘削するかのようにして、正面玄関に大穴を開けた時のことだった。

 

 脇から、なんというべきか、とてもヨボヨボとした、とぼけた声が聞こえてきた。

 

「あら」

 

 セイバーの後ろにいたナイメリアが真っ先に声を上げる。

 

 視線の先にいたのは、恰幅(かっぷく)の良い、しかし背筋の伸びた健康的な顔色の老人であった。

 

「…………うっそだろォ。おい」

 

 一方でセイバーは、まさか、やめてくれ、とでも言わんばかりに絶望の表情を浮かべる。

 

「たった半日の付き合いとはいえな、留守を預かっとる軒先で、こんな狼藉は見過ごせんよ。狼藉というにも前代未聞じゃないかのうこれは」

 

 ヨボヨボと、必要以上に老人めいた声で言う言葉には答えず、セイバーは泣きそうな顔で叫ぶ。

 

「なぁんでそんなにヨボヨボなんだァおい! おいらァ、おいらァなんだか悲しくなってきちまったぜ! おい、ないめりあ! どうしてくれる!? あの細首を落とせと、ああ! 言いてぇのかよォ! このおいらァによぉ!!!」  

 

 野太い五体をあらん限りに捩じって悶絶するセイバーに、ナイメリアは言葉を返さない。

 

「それもそうね。サーヴァントって全盛期の姿で現界するものよね?」

 

 親し気に声をかけたのは、ヨボヨボとした老人。――キャスターのサーヴァントの方へであった。

 

「これでも()()()()じゃからのう。若い恰好だと、ほれ。すぐに疑われるじゃろうに」

 

「ああ、そういう。それもそうよね」

 

「――おい、ないめりあ!! 聞いてるのかよォ、おい!」

 

「うーん。でもこの状況だし? やってもらえないのかしら?」

 

 ナイメリアはさほど困った様子もなくセイバーに言う。

 

「ったりめーだァ!!」

 

「じゃあ、仕方がないわね。令呪を使用させてもらうわ」

 

「はァ!? あのなァ、そりゃあ、そいつを使うはお前さんの勝手」

 

「令呪を持って命ずるわ――セイバー、()()()()()

 

 ぽかんとナイメリアを観たセイバーの右手に、見事な拵えの太刀が一本だけ出現し、まるで機械仕掛けのように、セイバー自身の心臓を貫いた。

 

「ごめんなさいね? あなたも言っていたけど、私も悪い女なの♡」

 

 こんな時まで()()()と思えるほどの勢いの血しぶきを吹きながら、セイバー・ベンケイは膝を石畳に膝を突く。

 

 巨躯ゆえにか石畳に亀裂が走る。その鈍い音だけが、夜に鳴り響いた。

 

 セイバーはいまだに理解が追い付かないという顔で、ナイメリアを見る。

 

 それも当然だ。ここでセイバーを自決させてしまえば、いかに弱そうだといっても自分がキャスター相手に殺されるだけなのではないのか?

 

「こんな時だけど、――いえ、こんな時だから、といいべきかしら? 紹介するわ。()()()()()()()()()()()、キャスター、二コラ・フラメルよ」

 

 ナイメリアは飄々(ひょうひょう)と佇むキャスターのそばに寄り添いながら、そう言った。

 

 

 

 



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13

 

 氷雪紋のガンドにより、伊庭の体温は急激に冷やされていく。

 

 先ほどとはまるで別物といっていい威力だった。――加減して言いたのか!?

 

 兎角、これはまずい状況だった。

 

 冷やしたいのはやまやまだったが、急に、しかも過剰に冷やされるのはまずい!

 

 剣骸は魔術刻印である前に()()()()()なのだ。

 

 それが一気に冷やされることで伊庭の血中で否応なく凝固し始めている。

 

 このままでは……。

 

「他愛ナイ。――さっさと渡せば良いものを」

 

 薄く笑いながら、鏡子は切り裂かれてしまった衣服を破砕し、氷の羽織を身に纏う。

 

 それは、まるで氷結した滝の只中にでもいるかのような美しい装いであった。

 

「さぁ、私の――我ラ――の――返して――カえしてもらオう――もらいましょう」

 

 蒼白の肌に、こちらも薄氷のごとく変容した白髪。

 

 水鳥の翼のごとき白装束も相まって、もはや元の少女然とした面影は無いといっていい。

 

 そこに刻まれた彫像のような微笑が、伊庭を見る。

 

 羽織の袖口が花開くように伸長し、氷の刃を形作る。

 

 伊庭はおもちゃのようなギクシャクとした動きで、もう一度剣骸の刃を突き出そうとした。

 

 しかしその動きはまるでスローモーションだった。

 

 鏡子はその切っ先を捕まえ、再び冷却していく。

 

「――ぁ、ああ……がぁあああぁぁぁぁ………」

 

 生きたまま血を凍らされるような感覚に、伊庭は悲鳴を上げる。  

 

「ああ、そう。――ではこのまま、剣骸以外の部分を()()()削ぎとしてしまいましょう」

 

 言いさした鏡子の身体が、その時残像すら残さずに消失した。

 

 伊庭は目を剥いた。それほどの圧倒的な一撃であった。

 

 そう。今、伊庭の目の前に立つのは、先ほどにもまして全身の筋肉を隆起させる原始の英霊。

 

 ハンターのサーヴァント、マンモススレイヤーであった。

 

 伊庭の窮地に、駆けつけてくれたのだ。

 

「……マンモスは」

 

 伊庭が言うと、ハンターは血に濡れた石槍と右腕を高々と掲げて見せる。

 

 どうやら、ハンターは無事に自らの宿敵を狩ることに成功したらしい。

 

 ――まぁ、ここでやられてもらっても困るのだが。

 

 しかし、その甲斐もあって、今やハンターのステータスは極まり、最高潮に達している。

 

 これで、如何に宝具を所持しようと、ハンターが鏡子に負ける可能性は無い。 

 

「――賢者の石とはなんなのか、あなたはご存知ですか?」

 

 ハンターの一撃で()()()()()()()()()()()立ち上がった鏡子は血を吐き散らしながら言って、また微笑んだ。

 

 この上なく嬉しそうに、全身で、身体の内側から、五臓六腑の全てを使って喜悦を浮かべるかのように、笑う。

 

 それがなぜか泣いているかのように見えて、伊庭は言葉を失った。

 

「賢者の石とは()()()なのですよ。金の錬成自体が目的ではないのです。非金属を()()()()()()()()()()で貴金属へと編成させる術。それは錬金術の基本にして奥義。わかり、ますか!?」

 

 再び、鏡子の身体からは、融解したルビーのような液体が染み出してくる。

 

「故に、賢者の石とは金属だけではなく生物を含む万象を「健康」にも、「不健康」な状態にも出来る触媒なのです。それは魔術も同じ!」

 

 すると、歪みねじれていた鏡子の身体が元の状態に戻っていく。

 

 同時に、鏡子の手に握られたままだった()()()()()()もまた、その一部から大本の形にまで復元されていくではないか。

 

「欠けた魔術を「健康」な状態へと保全していく……」

 

 その形状はいわゆる七支刀に近いものでああった。

 

 七匹の蛇が複雑に絡み合うかのような、異形の剣が姿を現す。

 

 奪い取った剣骸の一部から、残りの部分を復元して見せたということか!

 

 鏡子は、それを愛おしそうに抱きしめた。

 

「これで揃った。そう――ようやく、我らノ願いは、カナう」 

 

 そして背を向けて駆け出す。

 

「――行かせるな、ハンター!」

 

 伊庭は叫んだ。――鏡子の言葉の意味までは解らない。

 

 剣骸を取り戻したからと言って、何が起こるというのだろうか?

 

 ハンターが大気を置き去りにするようにして駆けだそうとしたのを、巨大な影が阻んだ。

 

 先ほど鏡子が内側から操っていた氷の巨像である。

 

 しかも、それが複数。ハンターと伊庭を取り囲むように散開している。

 

 いつの間に? おそらくは先ほど砕けた氷塊を元にして複製したという所か。

 

「HUUUUUOOOOOROROROROROU!!!」

 

 もはや人語とは思われぬ咆哮が迸った。

 

 ハンターの投げ放った槍が、複数体の巨像をまとめて貫いたのだ。

 

 ステータスの極まった今のハンターなら、この巨像ぐらいはなんとでもなるのだろう。

 

 だが、今は足止めをくらっている場合ではない。

 

 そして、伊庭では「賢者の石(アッシュ・メザレフ)」を持つ鏡子には勝てない。

 

「ハンター! 行ってくれ。ここはオレが引き受ける。お前は鏡子を止めるんだ!」

 

 何をする気なのかはわからないが、魔術師が()()()()()()を吐くときは、ろくなことが起こらないということは確定事項だ。

 

 伊庭は己が身体にムチを打ち、再び剣骸を体内で練り上げる。

 

 血潮が五体を焼く。身体の内側から火あぶりにでもされているかのようだ。

 

 それでもやらなければならない。

 

 その一心で、伊庭は告げた。――しかしその言葉を、

 

「ダメ」

 

 ハンター、マンモススレイヤーは一蹴した。

 



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14

「だ、だめって――??」

 

 伊庭が二の句を継ぐ前に、ハンターは、ズイ、と伊庭に肉薄してくる。

 

 間近に迫った彼の肉体は、まるで黒曜石のように煌めいていた。

 

 スチームのような蒸気をまとい、静止していながらも、同時にはち切れんばかりに躍動する筋肉の起こりは、三度伊庭を驚愕させるにふさわしい。

 

 ――マンモスを仕留めることで、そのステータスの上昇は固定され、さらなるパッシブ効果も付与される。

 

 そして、それは彼の最終宝具の使用が可能になったことを意味する。――現状、無意味なことではあるが。

 

「だめってどういうことだ!? このままだと鏡子は何をするか解らない。お前じゃなきゃ止められないんだ! 行くってくれよ!!」

 

 しばし絶句した伊庭だったが、いつまでもおののいてはいられない。

 

 まくし立てる伊庭に対して、ハンターはまったく斟酌する様子も見せずに、首を横に振った。

 

「ダメ」

 

「――」

 

「ダメ。お前、置いていけない。お前、弱い。置いていけない。連れていけない。お前、守る」

 

 そしてたどたどしいながらも、大人が子供に言い聞かせるように、――説教でもするように、ハンターは語った。

 

 伊庭が言葉を返す前に、ハンターは背を向ける。

 

 言うべきことは言った。もはやすべては決したとでも言うように。

 

「――――ま、待てよ!」

 

 伊庭は言葉を発するが、ハンターは取り合わない。

 

 再び猛禽のように跳躍し、氷の巨人を鎧袖一触とばかりに粉砕していく。

 

 だが、伊庭は言い知れぬ感覚に身動きを封じられていた。

 

 ――なんだこれは? なんなんだこの状況は? 

 

「な、――待ってくれ! 確かにサーヴァントがマスターを守るのは」

 

「ダメ!」

 

 顔も向けず、ハンターは背中に追いすがろうとした伊庭に同じ言葉を繰り替えずばかりだ。

 

 このままでは()()が明かない。伊庭は異議を唱えるため、ハンターの言葉を無視して近づこうとした。

 

 ――が、その伊庭を、黒い風のように取って返したハンターが張り飛ばした。

 

「危ない、ダメ! 前出る、ダメ!」

 

 言って、ハンターはさらに氷像に挑みかかる。 

 

「――――待てよ」

 

 さすがの伊庭も、感情敵になっていたと言わざるを得ないだろう。

 

 ただ、ただ、何かがブツリと切れるような感覚があった。

 

 そして、伊庭はハンターの前に躍り出た。

 

 そのまま剣骸の熱閃で氷像を両断しつつ、目を剥いたハンターの顔面に、鉄塊よろしく凝固した鋼の拳をたたきつけたのだ。

 

「少しは――俺の話も聞きやがれ、この、原始人ヤロウ!!」

 

 図らずも渾身――といっていい手ごたえだった。

 

 しかし、当然ハンターには大したダメージは無いらしい。 

 

 ただギョロリと、ハンターは眼を剥いて伊庭を見る。

 

 そして拳――というには巨大すぎるそれが、返答代わりに返ってくる。

 

 まるで流星を生身で受け止めたかのような衝撃が走った。

 

「――――がはッ! ……」

 

 ――こうなれば令呪を使用するしかないのか?

 

 吹き飛ばされ、横になったまま、伊庭は本気で考える。

 

 だが、そんなことをしても、伊庭だけでは古賀鏡子を止めることができない。

 

 八方ふさがりだった。どこか投げやりな無力感が伊庭の五体を縛っている。 

 

 気が付けば、仰向けになって星を見る伊庭のすぐ脇で、ハンターは血走った目を伊庭に向けてくる。

 

 なにがあろうと異論は認めない、と全身で表現するかのように。

 

 もはや伊庭にできることはないらしい。

 

 ――しかし、それでも伊庭は己の無力感に抗うように、立ち上がった。

 

 よろよろと、自分でも情けないと思うようなありさまで。

 

 それでも立ち上がり、ハンターを睨み返す。

 

 いい加減、うんざりしていたからだ。

 

 いつもいつも、この、何とも言えない感覚に首をくくられたみたいに、伊庭は何かに抗うのをやめてしまっていた。

 

 友を失ったあの日から、ずっとだ。

 

 

 昔はそうじゃなかった。

 

 なぜ自分が生家を出てまで、無為な探偵業についてまで、なぜ安易な道を選ばすに生きてきたのか。

 

『――抗うためだ』

 

 何に? ――おそらくは、この世のすべての抗うために、伊庭は生きてきたのだ。

 

 いつしか、友の遺言を言い訳にして、自分が最も忌み嫌う生き方をしていた。

 

 それが、己への罰なのではないかと、都合よく考えたりもして。

 

 だが、そんな事はウソだ。

 

 自分自身に愛想が尽きたふりをして、楽な道を選んでいたに過ぎない。

 

 それだけだ。

 

 もしやハンターは、それを見抜いていたから、伊庭を人間扱いしなかったのかもしれない。

 

 だが、それもここまでだ。伊庭は口から言葉ならぬ気を吐き捨てる。

 

 ――オレはひとりの人間で、お前に指図されるだけのペットでも、守ってもらわなきゃならない子供でもない!

 

 伊庭は言葉や、擬態の技術で何かをあざむこうとするのを止めた。

 

 ただ、ありのままの自分を放り出して、ハンターへの意思表示とする。

 

『――俺をなめるな!』

 

 と。

 

 すると、それが通じたのかは定かでないが、ハンターは伊庭を睨むのをやめ、何やら難しそうな顔をして、うなった。

 

 ――おいおい、俺はお前の、思春期の息子じゃないんだ。気まずいオヤジみたいな顔をするなって。

 

 伊庭としても、なんとも気まずい。三十路の男がなぜこんな問答をしなけりゃあならないのか。

 

「……後ろ、来てるぞ」

 

 伊庭が言うまでもなく、ハンターは難しい顔のまま背後にいた巨像を粉砕した。いつの間にか、氷像はそのほとんどが砕かれてしまっていた。

 

 いや、なぜこんな扱いを受けなきゃあならないのかといえば、伊庭の方が半人前のまま中年になっちまったからだ。

 

 それを誰かのせいには出来ない。

 

 こうやって思春期のガキみたいに扱われるのは、伊庭がやってきたことへの率直な反応なのだろう。

 

 そんな、率直な反応を返すやつが、このハンター以外にはいなかった。

 

 それだけのことなのだ。

 

「――なるほどな。現代ってのは、とことん()()()()の効いちまう社会ってことなんだな」

 

 そして、おそらくハンターの生きた時代には、こんなごまかしや擬態の入り込む余地がなかったのだろう。

 

 誰もが真っ直ぐに、むきだしの人間としてぶつかり合い、接していた時代だったのだ。

 

 ――なるほど、伊庭の擬態も通じない訳だ。

 

 伊庭が皮肉を感じていると、漆黒の風のようにハンターが舞い戻ってきた。

 

 そしてあらためて四肢を踏ん張り、押しつぶすようにして、伊庭に肉薄してくる。

 

 もはや互いの体臭まで感じられるような距離だ。

 

 だが、伊庭も逃げない。

 

 考えても見れば、逃げる理由は無いのだ。

 

 逃げる理由もないのに、漠然としたなにかから逃げるように、伊庭は人を避け、過去から、そして己の本心から逃げていた。

 

 もう、たくさんだ。

 

「…………」

 

 一向に引く様子の無い伊庭に、ハンターは「しかたねぇなぁ」と言わんばかりに視線を外し、頭をかいた。

 

「いちいち、頑固オヤジみたいな反応するなよ。お前も」

 

 伊庭の愚痴もなんのその、ハンターは意を決したように、自らが粉砕した氷像に向き直る。

 

 バラバラになって転がっている氷塊は未だに動き続けており、小さな破片同士が組み合わさりながら蠢いている。

 

 放っておけば、また襲い掛かってくることだろう。

 

「……どうする気だ?」

 

 伊庭の言葉に応えず、ハンターはそれを観る視線に、さらに力を込める。

 

「………………おい、おいおい、まさか」

 

 すると、その視線の先で、氷塊が、大本の人型のモノとは、別の形に組み合わさっていく。

 

 四足の、分厚い、小山のような形状のソレ。

 

 そう、そこには、新たなるマンモスが出現していたのだ。

 

 氷の実体を持ち、ハンターが狩ったものと比べると遥かに小さいが、まぎれもないマンモスである。

 

 当然、まるで生きているかのように挙動し、雄叫びまで上げている。

 

「ウソだろ!?」

 

 半ば叫ぶようにして伊庭は言った。

 

 しかしハンターは動じず、武器を手放し、その場に胡坐をかいて座り込んでしまった。

 

 さらに、腕まで組んでじっと伊庭を見てくる。

 

 言葉などなくとも、もはや間違えようもない。

 

 ハンターは『認めてほしければ、お前も狩ってみろ』と言っているのだ。

 

 伊庭にも、あのマンモスを狩って見せろと。

 

「――クソ! クソ、上等だ! やってやるよ!」

 

 伊庭も引くわけにはいかなかった。既に燃え上がる寸前の身体も構わず、半ばやけくそで剣骸を展開した。

 

 そして氷のマンモスへ、突貫した。

 

 



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15

「つ、つまらねぇなァ。ないめりあ……」

 

 うなだれるようにして、セイバーはぼどり、と血を吐きこぼした。

 

「あら、冗談だとでも思った?」

 

 ナイメリアは冷然と、薄ら笑いさえ浮かべて巨漢を見下ろす。

 

「それにしても、さすがサーヴァント。まだちょっと時間があるみたいね」

 

「もそっとさがるがいいぞマスター。何があるかわからん」

 

 自身も用心深く距離を取って、キャスターが老婆心よろしくの声を上げる。

 

「ったく。結局はお預けじゃァねーかよ?」

 

 顔をあげたセイバーは、太い眉を(すが)めて笑って見せる。

 

 いまにも、のたり、と立ち上がりそうだ。

 

 しかし、血にまみれ、蒼ざめたその顔はさすがに精彩を欠いている。

 

「私としても不本意なのよ? だけど、あなたが万一にもハンターを倒してしまうと困るのよ。伊庭さんの剣骸が無いと、古賀の魔術は成就しない」

 

「へェ? なーにを、しようってんだいお前ら? おいらをよぉ、こんな目にまで合わせてよォ……」

 

「そうね。あなたにはつまらない話だと思うけれど、一応話しておくわ。――古賀はね、世界を創ろうとしているの」

 

 ナイメリアが示唆すると、キャスターはやれやれと首を振りつつ、紅い液体のようなものを虚空に放る。

 

 すると、それは落下することもなくそこに静止し、ごぼごぼと泡立ちながら、人の背丈ほどの鏡面を造りだした。

 

 その向こうには、カガミ写しの世界がある。

 

 ただし、この場にいるサーヴァント達は元より、ナイメリア自身の姿もそこには無い。

 

 カガミ写しのように見える、別の世界なのだ。

 

「鏡面世界よ。鏡の向こうに、現実の世界とまったく同じ、〝カガミ合わせの世界〟を作ろうとしていた――もちろん、抑止力から逃れるためにね。抑止力っていうのは」

 

 すると、そこでさらに解説しようとしたナイメリアに、キャスターのよぼよぼとした声が待ったをかける。

 

「やめやめ。言っても無駄よ。どうせ絵空事じゃもん。それぇ」

 

 キャスターはすねたように言う。

 

「ワシは無駄じゃと言ったのに! いくらワシの宝具をもってしても、完全な世界の複製など作れぬ!」

 

 キャスターは途端に、まくし立てるように言った。

 

「……ま、その辺は見解が異なるみたいだったわね。古賀――の先代よねアレは? ()()()()人達。あの人達に言わせれば、キャスターが精製した賢者の石はマスターピースにでも見えてたみたいだけど」

 

「まったく無茶が過ぎる! こんな! こんな一夜だけの即席の儀式で根源にたどり着けるなら、誰も苦労はせんのじゃ! 抑止の力を甘く見すぎじゃもん、あいつら!」

 

「とは言え、案外、あなたの本体は根源の向こうに行ってしまったのかもしれないけどね。不老不死なわけだし」

 

 プリプリと小柄な身体をいからせていたキャスターは、すぐに()()()()と肩を落とした。

 

「それは言ってくれるなえ。たとえ結論がそうなのだとしても、あらゆる時間軸のワシは常にそれを渇望しているのじゃし」

 

「……」

 

「あら。ごめんないねセイバー。最後につまらない話で。要するに、古賀の魔術は十中八九、失敗する。ハンターと伊庭さんはその過程で消滅するわ。そうなると、あなたはもう邪魔なのよね」

 

「――で、おいらよりもその爺を選んだわけか」

 

 そりゃあね? とナイメリアは首を()()()()た。

 

「何せ、賢者の石だもの。レシピだけでも垂涎(すいぜん)よ。すばらしいわ――」

 

 言いさしたナイメリアだったが、そこでふと、言葉を切った。

 

「……あ、ありがとうよ。ないめりあ」

 

 己が眼下で、再び首を折ったセイバーが、ぼたぼたと石畳の上に涙をこぼしているのがわかったからだ。

 

「おいらァよォ。おいらァよォ、いままで、()()()()()ばっかでよぅ。……コ、コイツは、かなぁしいもんだなぁ。考えもしなかったぜ。おいらァ、ひでぇことをしてたんだなぁ……」

 

「……」

 

「ああ、あんまりだぁ。こんな終わり方はよぉ。……けど、仕方がねえのかなァ? バチってぇヤツなのかァ? なぁ、ないめりあ」

 

「……バチなんて当たらないわよ。誰かが誰かをハメる時、そこに余剰のモノなんてないわ。あなたが隙を見せて、私がそれを突いた。それだけなのよ」

 

「――、――」

 

「なに?」

 

「いかんぞい。マスター、あまり近付くな」

 

「最後だもの。……言葉ぐらいは聞いてあげるわ」

 

 ナイメリアはわずかに目を細め、自らの胸を貫いたまま嘆きを漏らすセイバーに歩み寄った。

 

 思えば、不憫なことだ。

 

 武蔵坊弁解。本来なら老成して理知と忠義とを併せ持つ、(まこと)の英霊が呼ばれるハズだった。

 

 それが何の因果か、こんな半端な状態で召喚されたばかりに。

 

 そう思うと、幾分の憐憫(れんびん)は感じずにはいられない。

 

「あぁ、ありがとよォ。――――ないめりあッ」

 

 言って、顔を上げたセイバーの顔には、しかし、殊勝なセリフには似つかわしくもない、牙を剥くような笑みが張り付いていた。

 

「礼を言うぜィ!」

 

 途端に、セイバーの周囲に彼の宝具たる999本の太刀が、入り乱れるように出現し始める。

 

 すべてはブラフだったのか!?

 

 ――しかし、

 

「なんのためのお礼? あなたの()()()に付き合ってあげたお礼かしら?」

 

 セイバーは眼を剥く。

 

 出現しない。ナイメリアの身体を瞬時に切り刻むはずだった太刀が実体化しないのだ。

 

 彼の宝具である幾多もの太刀は、虚空にその刃影を残すものの、すぐに掻き消えてしまうのだ。

 

 魔力切れか? いいや、ちがう。

 

「こいつァ……」

 

「――錬金術秘奥大系図(アッシュ・メザレフ)

 

 ナイメリアの背後で、キャスターが呟くかのように言った。

 

 見れば、先ほどの紅い鏡がさらさらと、まるで蒸発でもするみたいに風化していくのが見えた。

 

 さらに目を凝らしてみれば、その朱い粉塵の様なそれは、周囲の空間に、まるで霧でも掛かるみたいにして、充満しているのだ。

 

「キャスターの宝具。早い話が『賢者の石』よ。――その本質とは、あらゆる魔術の組成を自在に操作できるということ」

 

 ナイメリアが言う。

 

「まだまだ改善の余地があってのぅ。本来は、より高ランクの神秘には干渉できん。ま、そんでも、この状況でなら話は別よ」

 

 キャスターも少々得意げに丸い顔を()()()()()

 

 アッシュ・メザレフとはフラメルが賢者の石を精製する過程で彼を導いたとされる寓意図集のことである。

 

 その製法よって精製された賢者の石は、個体だけでなく、液体、気体、果てはエアロゾル状になって、霧の如く形状変化し、周囲に堆積させることも出来るのだ。

 

 そして、その真価はあらゆる万象を「健康」にも「不健康」にもできる、万能の霊薬である。

 

 今、セイバーの五体を縛るのは、それを利用した、「あらゆる魔術の成立を阻害する結界」と言うところか。

 

 宝具も、さらに言えばサーヴァントそのものも、いわば魔術に根差す存在。

 

 ここまで弱っているなら、キャスターの宝具で干渉することが可能となるのだ。

 

「魔術師相手に腹芸なんて無謀だったわね。もうチャンスはあげないわ。――キャスター」

 

「やれやれ、悪趣味じゃのう」

 

「う、う、う、うげェ!! ――ぎ、ぎ、ぎぎ……」

 

 セイバーの五体を、さらに凝固したアッシュ・メザレフの鎖が拘束し、その丸太のような手足を捻り上げていく。

 

 否。拘束と言うよりは、侵食であろうか。

 

 じりじりと、抵抗力を失い死にゆくだけの五体が苛まれていく。

 

 単純な硬度による捕縛ではなく、サーヴァントの体蘇生そのものへの干渉を侵食を伴う拘束具といったところであろうか。

 

 もはやセイバーに、これに逆らう術は存在しなかった。

 

「うがぁぁぁぁぁッッッ!!! こ、殺す――殺して、犯して! 切り刻んで――――……GUUURAAAAAAA!!」

 

 もはや野獣の如く吼えることしかできないセイバーに、寸でのところまで近付いたナイメリアは、笑う。 

 

「残念だったわね。トップクラスの『戦闘続行』のスキルも、こうなっては逆効果」

 

「む、ムカつくぜィ!! ――なぁにが()()()()だ。くらねぇ!」

 

「自分の伝説に泥を塗るものじゃないわ。やはり()()()――それともサーヴァントの不良品とでも言うべきかしら?」

 

「は、半端ものォ? ――――へ、へへへ……」

 

 そこで、一瞬ぽかんとしたセイバーが、また美姫の如く笑みを漏らした。

 

「何かしら?」

 

「……おっと、わりぃな。でもつい、な。おかしくってよォ。なんでかァ解るかい? おいらァ半端ものってんなら、それを呼び出したないめりあ、おまえさんも半端者なんじゃねぇかと思ってなァ」

 

「……」

 

「へへへへ。黙ったな? そらァそうだわなァ。でなきゃ、わざわざそんなセリフはでてこねぇよ。だんだん、化けの皮が剥がれてきたな?」

 

 先ほどまで苦悶を隠そうともしなかったセイバーはここにきて息を吹き返したみたいに、揚々と語りだした。

 

「……無駄な足掻きはやめなさいな。バカらしい」

 

 切って捨てようとしたナイメリアの言葉に、滑らかなセイバーの語気が、絡みつくように追随する。

 

「図星だなァ? おいらが()()なのはよォ。偶然でもなぁんでもねぇのさ。お前さんはな、何度やっても、()()()()()()()()()なんてよべやしねぇぜ。なぜって? お前さんそのものが半端の塊だからよォ」

 

「……」

 

 ナイメリアは息を呑み、言葉を失って立ち尽くした後で、ニタリと笑った。

 

「キャスター」

 

「……やれやれ」

 

「――――あが!? あぎぎぎぎッ! クソ! コラ、この! ないめりあ!」 

 

「ナイメリアじゃないわ。それは偽名。私の名はオルトロス! オルトロス・ディルート! ()()()()()()()()()()よ!」

 

 ナイメリア、いや、オルトロスは咆えた。

 

「この儀式を執り行う、黒幕こそが私! お前らは、全部、全て、余さず! 我が手駒に過ぎない!」

 

 言ってオルトロスは礼装たる筆を走らせる。

 

 霧を裂くようにして刻まれた筆跡は、セイバーの五体を修復する。

 

 当然、それはセイバーを助けるためのものではない。

 

 次いで、礼装たる万年筆を放り出したオルトロスは人差し指をセイバーに向かって突き出す。

 

 指先から離れた魔力がセイバーの身体を抉り、さらには氷結させていく。

 

「あがががが!? ――こ、こいつは……」

 

「そうよ。氷雪紋。コピーするのは簡単だった。さらに」

 

 それからも、オルトロスは十数種にもおよぶ別系統の魔術を連続で使用して見せた。

 

 物質の変性・転換は元より、元素変換・ルーン・カバラ・黒魔術・キネトグリフ・呪歌・神霊医術による素手での人体切開まで。

 

「――どう? 全て我らがこの一夜限りの聖杯戦争を繰り返して、集めた魔術よ。さらに賢者の石まで手に入れ、私の力はロードのそれにも劣らない!」

 

 オルトロスはセイバーの臓腑を掻き分けながら、瞳に狂気を浮かべて咆える。

 

「……わかったかしら? 全ては私の掌の上。お前がどんなサーヴァントでも何の問題もなかった。お前の完全性など私には何の関係もない」

 

 血まみれの手を引き抜き、ひらひらと()()()()ながら、オルトロスは声をかすれさせた。

 

「マスター、その辺にするもんじゃ」

 

「……そうね。もういいわ。キャスター、さっさと始末して」

 

 オルトロスはバツが悪そうに言った。そして付け加えるように。

 

「何も言わないでよ、キャスター。説教なんて無用だわ」

 

「もちろん。何も言わんとも。何も……」

 

「……全ての魔術を網羅すれば、それは完全な神秘たりえる。そうでしょ?」

 

 黙れと言いつつ、オルトロスは言葉を続ける。焦点の定まらぬままの視線をキャスターに向けて。

 

「魔術とは人の無意識的な意思の集合体。その全ての網羅し、全てのピースを集めたなら。自然と根源への道は見えてくる! そうでしょう?」

 

「ああ、うむ。それは……」

 

 押し迫るようにしてキャスターに詰め寄ったオルトロスは、言いよどむキャスターの応答を待たず、視線をひるがえし、ウロウロと狭い範囲を歩き回った。

 

「間違っていない……私は間違っていないのよ。我ら、オルトロスに間違いなど……儀式は全て順調だもの……古賀のような愚か者とは違うのよ……」

 

「ぶ――ぶははははァ!!」

 

 そこで、爆笑、と言っていい笑いが沸き起こった。

 

 処置なしだとでも言うように萎れていたキャスターではない。

 

 血にまみれて半ば死んだようだったセイバーが、いきなり笑い出したのだ。

 

「いや、悪りぃな。あんまりにも辻褄(つじつま)が合っちまうもんだからよォ」

 

「――何のこと?」

 

 オルトロスは再びセイバーに近づく。

 

「おまえさんも、要するに人のものが欲しくてたまらねェんだろ? なんでェ? そりゃあ、おいらと一緒じゃねェかと思ってよォ」

 

「――なに、が」

 

「そんでェ、おいらァ解っちまったよ。おいらァ、別に刀が欲しかったんじゃァねえんだ。一番になりたかったんだァ。けど、そいつァつまり、おいらァ自分が一番じゃないんだって、解ってたってェことじゃねェか」

 

 かなしいねェ。――と、セイバーのしみじみと語る様な口調に、オルトロスは意表を突かれたような顔をする。

 

「負けたことなんてなかったのになァ。ただ漠然と、何かが足りなかったんだよなァ。それで、何かでそいつを埋め合わせようとしてたわけだ。――お笑いじゃあねぇか。おいらも、お前さんも」

 

「……黙りなさい。私は違う」

 

「ちぃがわねぇよォ。おまえさんも何かが足りねぇと思ったんだろ? でもよ、そいつァ要するにテメェに自信がねぇってぇ話なんじゃねぇのか?」

 

「やめなさい」

 

 オルトロスは無表情なまま、ささやくように言うが、セイバーは止まろうとしない。

 

 むしろ、朗々と言葉を続ける。

 

「おいらもそうだったんだ。なんとなく、わかったぜィ。なんでもおいらァ、()()()えれぇお人に会って、己を改めるってェじゃねぇか。最初は心底気に入らねぇと思ってよぉ。ホントは聖杯とやらに、その義経とか言うのを呼び出させて、捻り上げてやろうと思ってたんでィ」

 

「……」

 

「けどよ。おまえさんのおかげで、目が覚めたぜ。他人のものを欲しがって、集めて、満足してる奴はよォ。本物じゃねぇってことだ。ハタから見るとよくわかるぜ。きっと、その義経ってお人はよぉ。そんな事とは無縁の、()()だったんだろうなぁ」 

 

「……だまりなさい。いや、黙れ! 私には、私には関係のないッ」

 

「それに気づけた。――だァから、改めて礼を言うぜ♡ ()()()()()

   

「いかんわ! さがれ、マスター!!」 

 

 キャスターの声は遅すぎた。

 

 オルトロスの視界は、最後に呟いたセイバー・武蔵坊弁慶の笑みを見た。

 

 まるで悪童のような笑みだ。

 

 してやったりとでもいうような。

 

 ――演技!? どれが? どこまで?

 

 考える暇はなかった。

 

 身体ではなく、心を制されたオルトロスに、()()を避けるだけの余地は存在しなかった。

 

 ベンケイの五体を突き破り、血油に濡れる太刀が、雪崩れうって飛び出してきたからだ。

 

 さながら爆心地のごとき有様であった。

 

 屋敷は瞬時のうちに崩壊してしまい、辺りにはしばしの静寂が残された。

 

 そして、薄暗い地べたを這う蟲がそうするようにして、オルトロス・ディルートはがれきの中から這い出してきた。

 

 意外にも、その身体は軽傷である。

 

 ただし、あくまで身体は、であるが。

 

 幽鬼のように立ち上がったオルトロスは、あらん限りの悪態をまき散らした。

 

「あ、の、不良品が! 粗大ごみ! よくも、私を……この偉大なるオルトロスを! サーヴァントの分際で!! 半端者――誰が、半端者だ!! 」

 

 セイバーはあの最後の瞬間、自分の宝具を()()()()に出現させたのだ。

 

 これなら、キャスターの宝具の効果を受けることもない。

 

 しかも、自害せよという令呪の強制力を逆に利用した形になる。

 

 ()()()()()()とでもいうのか!? ふざけるな! ふざけるなふざけるなふざけるな…………。

 

「マス、ター……」

 

 そこで蚊の鳴くような、と言うべき声が聞こえ、オルトロスは近くのがれきを跳ね上げた。

 

 見るも無残なキャスターの姿があった。

 

 その五体は寸刻みになっており、もはや無事な部分を見つけるほが難しいという状態である。

 

 オルトロスはマスターたる己を呼ぶ声には応えず、面倒そうにキャスターに近づいた。

 

 そして、その手が辛うじて握っていた賢者の石を、もぎ取るようにして取り上げた。

 

 キャスターの五体はそのまま、物言うこともなく、砂像が崩れるように消滅していった。

 

「――う、ぐぅぅ……うう」

 

 ナイメリアはその賢者の石を使って、自らの五体を修復した。

 

 ――危なかった。とっさに令呪でキャスターを盾にしていなければ、自分も危なかった。

 

 だが、これでキャスターに精製させた賢者の石は失われる。

 

 いや、構わない。不完全であっても、賢者の石の精製法は手に入れた。

 

 足りないものは他から補えばいいのだ。

 

 必要なモノは、いくらでも奪えばいい。それでピースを集め続ければ、必ず根源にまで届くはずなのだ。

 

「――半端者? ハ……アハハハハ! 一緒にするなデクが! 享楽と酔狂で刀狩りなどやっていただけのガキに! 私の! 何が! わかる!?」

 

 そうだ。我らの、何がわかる!? 根源を目指すための、崇高な目的も知らぬ、凡愚の分際で……分際で…………。

 

「――――そう。ただの、スキを誘うための、ブラフ! あんな言葉に意味などない! 狂言! 戯れ言! こちら気を引くためだけの……そうに、決まってる…………」

 

 しばしの間、ナイメリア――いや、オルトロスの首領、疎かなるオルトロス(オルトロス・ディルート)はひとりで喚き続けていた。

 

「見ていろ――時計塔の、ザコども! 魔導を勘違いした、凡俗どもの集まりめ! 蹂躙(じゅうりん)してやる! 蟻でも踏みつぶすように! ――必ず、必ず出し抜いてやる! 貴様等よりも、先に、辿りついて、……やる…………」

 

 そして、ぷつりと言葉を切ったかと思うと、人形みたいな足取りで、姿を消した。

 

 それきり、彼女がこの街に関わることは、二度となかった。

 

 



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16

「――剣骸:血刀異類(けっとういるい)!」

 

 伊庭の身体は限界だった。

 

 融解した鋼を凱甲の如く身体にまとう。

 

 たたきつけられた氷像の牙を防げたのは千℃を超える剣骸を装甲として使用しているからだ。

 

 氷の牙でこの赤熱する鋼を貫くことは出来ない。

 

 しかし貫かれないからと言って、衝撃まで緩和できるわけではない。

 

 巨獣との交錯の度に、伊庭の身体は木っ端の如く吹き飛ばされ、蹴り上げられ、無様に転がされる。

 

「剣骸:朱狂脈(しゅきょうみゃく)ッ」

 

 伊庭に課されたイニシエーション。マンモス狩りの儀式は始まって、まだ数分も経ってない。

 

 だが、伊庭はとうに満身創痍だった。

 

 ただでさえ、身体に合っていない魔術刻印を最大限駆使して、家よりもデカイ巨獣に立ち向かう。

 

 その上、これをマスターである伊庭が排除する必要などなく、さらに気がめいることに、このマンモスを造りだしたのは彼のサーヴァントたる、ハンターなのだ。

 

 伊庭は頭がバカになりそうだった。この状況の全てが異常である。

 

「剣骸:血尖陣(けっせんじん)!!」 

 

 それでも、伊庭は果敢に己の五体を、土砂災害さながらの危険地帯へと捻じ込んでいく。

 

 まるで命を投げ出しているかのようだ。と、自分でも思う。

 

 どこか、他人事のように。

 

 だが、それは今までのように、何処か自分を罰するかのような行為とは違っていた。

 

 今の伊庭を突き動かすのは、奇妙な高揚感だった。

  

 いうなれば、ヤケクソに近い。

 

 こんなわけの変わらない状況。何も得ることの無い、無駄でしかない戦闘。

 

 にもかかわらず、叩けば戦うほどに、伊庭は何かが吹っ切れていくのを感じていた。

 

 立つのもままならなかったはずの五体は、灼熱の血潮をまき散らしながらも、弾けるように駆動する。

 

 心臓が発火しかけているのがわかった。

 

 それでも、不思議なほどに、迷いがない。

 

「――剣骸:弧導雨輪(こどううりん)!!」

 

 周囲へ、地面へ、或いは虚空へ。幾重にも撒き散らされた剣骸の飛沫が、夜に在りうべからざる灼熱の日輪を描き出す。

 

 そこから走った横なぎの驟雨(しゅうう)のごとき刃が、ついに氷像のマンモスを削り切った。

 

 マンモスは断末魔を上げて崩れ落ちる。

 

 ――ったく、こんなとこまで真に迫ってやがる。

 

 しょせんは作り物の筈なのだが、ハンターの思い込みのせいなのか、戦ううちに、伊庭にとっても、とてもそうは思えなくなっていた。

 

 まるで、自分が本当に、巨獣に挑む狩人になったかのように。

 

 おそらく、ハンターがマンモスを狩るのは、それが仕事だとか、生活のためだとかいう、以上のものだったのだと、今の伊庭には理解することが出来た。

 

 強大なものに挑むことは、つまり、己の存在証明だったのだ。

 

 己自身に、己の価値を証明すること。

 

 それを、伊庭は放棄していたのだ。

 

 他人にはいくらでもごまかしが出来る。なんなら、もうソイツと会うのをやめてしまえばいい。

 

 それでなんとでもなる。

 

 だが、自分だけはそうはいかない。自分の価値を、常に自分に証明し続けなければならない。

 

 そう言う人間もいる。そして、伊庭はそう言う人間だった。

 

 何かに抗い、何かに挑み、そうしている間だけ、己自身に己を証明することが出来た。

 

 勝ち負けなど度外視して、――そう、その間だけ伊庭は、()()()()()()で在れたのだ。

 

 もはや体温を下げることが出来ない。

 

 徐々に炎に包まれながら、死にゆく伊庭の元へハンターが歩み寄る。

 

 ハンターは最初から知っていたのだ。

 

 伊庭がそう言う人間だということを。

 

 ハンターと同じ、何かに挑んでいる間だけ、己を存在を許せる人間であることを。

 

 だから、伊庭にウソを吐くなと言ったのだ。

 

 己自身にウソを吐くな、と。己の存在証明から逃げるな、と。

 

 ようやく、伊庭にもそれが解った。理解することが出来た。

 

「ありがとうよ、ハンター。なんだか、……ハハッ、気持ち、いいや……」

 

 炎に包まれながら、伊庭は笑いかけた。

 

 その伊庭を、

 

「――――ぅお!? おい!?」

 

 ハンターは、ガッツリと、抱え込んだ。

 

 ハグ――ってやつか!?

 

 よせやい。こちとら日本人だ。――いやそれよりも、

 

「いくらおまえでも、この温度は……」

 

 しかし伊庭の言葉など効かず、己の五体が、両腕が、顔が焼け爛れるのも構わず、ハンターは伊庭をねぎらった。

 

 全身全霊での、言葉にならない、ねぎらいだった。

 

 良くやったと。お前を認めると。

 

 そして、ベリベリと、自らの皮膚が剥がれるのも構わず伊庭から身を離し、手にしていた氷塊を押しつける。

 

「――」

 

 しかし数千度にまで高まっている伊庭を体温を下げるには足らない。

 

 ハンターはさらに手製の杯のようなものを取り出し、剥がれた皮膚から滴る自らの血をそこに注ぎ込む。

 

「おいおい、まさか……」

 

 伊庭はいかにも嫌そうな声を上げるが、ハンターは構わず、近くに転がっていた氷のマンモスの残骸を掴み、自らの血の中に混ぜ込んでいく。

 

(ちから)、取り入れる。力、強くなる。――お前、もう、負けなくなる!!」

 

 ぶつ切りに言って、ハンターはその杯を進めてくる。

 

 伊庭はわずかに逡巡(しゅんじゅん)した後、観念してそれを受け取った。

 

 ここで抵抗することに意味がないことは、とっくに理解しているのだ。

 

 それに、このねぎらいを受けない選択は、あり得ない。

 

 そのくらいは今の伊庭にもわかったからだ。

 

 伊庭がそれを飲み干すと、ハンターは巨躯を折りたたむようにして目を閉じ、何かを祈り始めた。

 

 まるで、この男の良く先に、祝福が有らんことを願うかのように。

 

 

 

 

 

 ハンターの血と行動が、どの程度効いたのか解らない。

 

 だが、とりあえず立って動くことは出来るようになった。

 

 燃え尽きる寸前だったことを考えれば、とんでもなく効果があったということなのかもしれない。

 

 しかし、伊庭にしてみれば、妙な感じはない。――と言うよりも、以前よりもずっと、今の方がすわりが良いというべきか。

 

 ずっと、ピントがずれてしまっていたかのような人生の全てが、今の瞬間にぴたりと収まってしまったような感覚があった。

 

 つまり、ようやく伊庭は、かつての、そしてそれを自分自身と呼べるような状態の自分に立ち戻ることが出来たということなのかもしれない。

 

 喜ぶべき――なのかねぇ?

 

 伊庭は苦笑しながら、ハンターと共に古賀鏡子を追った。

 

 イニシエーションは数分間のことだったが、それでも致命的なロスになってしまった可能性はある。

 

 いまさら悔みはしないが、それでも急ぐ必要があった。 

 

 そもそも、鏡子の行き先はどこなのだろうか?

 

 時間的にも魔力の残量的にも、ダウジングくらいしか索敵の手段はなかったため、探すのに、さらに手間取るかと思った。

 

 しかし、以外にもそれはすぐに見つかった。

 

 ――というよりも、間違いようがなかった。

 

 何をやっても、反応はその一点からしか返ってこなかったのだ。

 

「――なんてこった」

 

 伊庭はそこで足を止め、周囲を見渡す。

 

 ――どうして、今まで気が付かなかった? 

 

 この街はがらんどうだった。

 

 伊庭はいつの間にか、()()()()()()の中にいたのだ。



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17

 伊庭はようやく気付くこととなった。

 

 この街には――いや、この世界には伊庭たち以外の人間がいないのだ。

 

 夜の民家からは灯りが消え、ただぽつぽつと、街灯の類いだけが茫々と灯っているばかりだ。

 

 ――模造品だ。伊庭はようやく、全てを察していた。

 

 そして、今の今まで、どれだけ自分の視野が狭まっていたのかと自分の頭を小突く。 

 

 ここは元の世界ではなく、魔術的に造られた複写世界だったのか。

 

 複写――カガミ写しの鏡面世界だ。

 

 だが、いつから?

 

 ――ナイメリアの工房だ。

 

 あそこから出た時、すでに自分は別の、鏡面世界に移動させられていたのだ!

 

 伊庭もようやく、ナイメリアの裏切りに気が付いた。

 

 なるほどアイツは最初から()()()()()()()()()()()だけに、伊庭を呼び寄せたわけだ。

 

 疑いもしなかったとは、どこまで他人事だったのか――。

 

 伊庭はまた、泣きそうな顔で自分に皮肉を漏らす。

 

 いまさらナイメリアに恨み言を言う筋合いではない。魔術師とは最初からそう言うものだ。

 

「さて、問題は、ここからどうするか、だな……」

 

 伊庭は改めて、ハンターを仰ぎ見る。

 

 ハンターは、満面の星空を睨むようにして、じっと何かを見上げている。

 

 言うまでもなくハンターも察しているのだ。

 

 この世界には、人間がいない。

 

 つまりは、古賀の魔術を邪魔する他の魔術師も、聖堂教会の使徒たちもいない。

 

 この世界でなら、古賀はいくらでも、おおっぴらに大規模魔術を使用できるのだ。

 

 マンモススレイヤーの見据える先、おそらくはこの巨像世界の中心部。

 

 そこで、古賀鏡子は今もこの世界を拡張する大魔術を使用し続けているのだろう。

 

 今や、この鏡像世界そのものが、古賀の体内だと言っても過言ではない。

 

 この世界に一人取り残された時点で、伊庭の負けは決定していたのだ。

 

  

 

 

 ――――と、ナイメリアは考えているのだろう。

 

 

 

 だが、伊庭もまた、ナイメリアには伝えていないことがある。

 

 伊庭は静かにハンターを見る。

 

 ハンターもすでに解っているという風に頷いた。

 

 本来はどうあっても使用できない。まさか、使用する機会などあろうはずもないと高をくくっていた、ハンターの持つ、もう一つの宝具。

 

 

人類最強の一撃(ザ・ワン)

 

 

 ハンター・マンモススレイヤーは常に一つの権利を有している。

 

 それが「人類最強の一撃を放つという権利」である。

 

 かつて、ハンターが生きた時代、彼が放つ投げ槍はあらゆる人類が成し得る所業の中において、まさしく「最強の一撃」であった。

 

 そして彼の存在は、その最初のタイトルホルダーとして星の記憶に刻み込まれたのだ。

 

 それがハンターの持つ最大の宝具「人類最強の一撃(ザ・ワン)」である。

 

 そこまではいい。

 

 彼が生きた時代なら、それはただの優れた投擲技術でしかない。

 

 問題は、彼が()()()()()()()()()()()()、その人類最強の一撃を放つ権利を有し続けている点である。

 

 現代、この21世紀に置いて人類に成し得る最強の一撃とは何か。

 

 ――即ち、水爆(水素爆弾)である。

 

 途方もない話だが、それが()()()()()()()()()()()()()であることには間違いない。

 

 未だ人類が体験した事さえない水爆核の威力を、ハンターの放つ投槍は忠実に再現してしまうのだ。

 

 ハンター自身も感覚でそれを解っているのか、確認するまでもなく、それを使用する気はなかったはずだ。

 

 だが、今、その頚木(くびき)を解くだけの条件が整った。

 

「――ハンター、令呪を持って命ずる」

 

 ここで儀式を止めることに、そこまでの意味はないのかもしれない。

 

 古賀はもはやこの世界で、ただひたすら根源を目指すための研究を続けるのだろう。

 

 伊庭さえおとなしく諦めれば、外側の誰にも迷惑は掛からないことになる。

 

 ――だが、伊庭には約束がある。

 

 あの古賀鏡子を、しがらみから解放すると。

 

 もはや鏡子自身も望んでいないのかもしれないが、それでも、伊庭にはそうするだけの理由がある。

 

「この世界を破壊しろ。お前の宝具を持って!!」

 

 令呪の消失と共に、ハンターはものも言わず駆けだした。

 

 自らが造りだした石槍を雄々しく掲げ、凄まじい速度で駆け始める。

 

 体中に充填された魔力が、ハンターの五体が生み出す全ての熱量とエネルギーが、全て、一点に収束していく。

 

「HO―――――――――ROROROROROROROROROOOOOUU!!!!!!!!!」

 

 謳うような雄叫びと共に、槍は放たれる。

 

 それはもはや槍と言う形容を受け付けぬ閃光体と化し、戦慄く様に胎動する鏡面世界の中核を目指して飛翔する。

 

 瞬間、凪ぐがごとく平静を保っていた鏡面世界が針を穿たれたかのように波打ち、異形の半流体となって絶叫を張り上げた。

 

 迎え撃つがごとく、無数の朱い蛇が鎌首をもたげ、飛来する飛翔体に襲い掛かる。

 

 しかし――無駄だ。

 

 TNT(爆薬)換算で50メガトン超の破壊力を生み出す核出力を前にしては、いかに賢者の石もってしても、もはや処置なしだ。

 

 事前に対処できれば何とでもなったかもしれないが、後手に回った時点で、もはやどうしようもない。

 

 それだけの破壊を抑え込める魔術など存在しない。

 

 それを可能とするのは、五つの魔法だけであろう。

 

「終わりだ」

 

 伊庭の呟きとともに飛翔する閃光は着弾し、次いで、すさまじい閃光と山津波のごとき爆風が全てを包み込んだ。

 

 

 

 ――次の瞬間、伊庭の身体は静かな場所に移動していた。

 

 崩壊した鏡面世界から放り出されたようだ。

 

 人目は無い。ただ、のどかな夜の街並みに、確かな人の営みを示す灯りが灯っている。

 

 無人のがらんどうではない。――戻ってきたのだ。

 

 近くの茂みで、猫が鳴いていた。

 

「……ああ、なんだかな」

 

 生き残っちまった、か。

 

 伊庭は一人、冷え込んだ道ばたでつぶやいた。

 

 人類最強の一撃(ザ・ワン)の余波で死ぬことまで承知の上だったのだが、いざ助かってみると、なんだか拍子抜けのような気がする。

 

 月並みだが、本当に、思い残すことはなかったのだが。

 

「ああ、無事だったか。――ありがとよ、ハンター」

 

 傍らには、当然のようにハンターの、黒鉄のような巨躯がそびえたっていた。

 

 ハンターはまた無言のまま、伊庭へ、何かを手渡してくる。

 

「……これは、聖杯の……欠片?」

 

 伊庭は小さく、そしてゆっくりと脈動する鉱石のようなそれを受け取る。

 

 そうか、ナイメリアは何かをミスったらしいな。

 

 ここまでアレコレと画策しておいて、ご苦労なことだ。

 

 伊庭は小さく苦笑しつつ、聖杯の欠片を見る。 

 

 本来ならナイメリアに渡すべきなのだろうが、最初から伊庭を始末するつもりだったヤツに、律儀に従うのも(しゃく)だ。

 

 もとより欲してなどいなかったが、まぁ、ここは受け取っておくべきなのだろう。

 

 しかし、こんなものよりも、大事なことがほかにある。

 

「……なんか、いろいろと世話になっちまったみたいで…………」

 

 伊庭はハンターに向き直るが、いざとなると、何を言ったものかと言葉に詰まる。

 

 一方のハンターはそんな戸惑いに構うことなく、ただ率直に、すさまじい勢いで伊庭の背中をひっぱたいた。

 

 何事かと悶絶する伊庭に、ハンターは初めて牙を剥くような満面の笑みを浮かべて見せる。

 

「……ったく、ようやく一人前だってか?」

 

 泣きそうな顔で伊庭が言うと、ハンターはまた右腕を夜の上天に向かって突き上げる。

 

 なるほど、しみったれた言葉じゃなくて、か。

 

 ガラじゃないなと思いつつ、伊庭も同じように右手を突き上げる。

 

「……ほんとに、ありがとな、ハンター」

 

 そして、一瞬のまばたきの間に、ハンターはその雄々しい姿を消した。

 

「さて、どうしたもんかね、コイツは……」

 

 ひとりになり、伊庭は冷えた夜に取り残された。

 

 聖杯の欠片。誰かに譲り渡せば結構な金にはなるのだろうが……。

 

「……いや……もう、探偵や忠告役を続ける事もないんだな」

 

 伊庭はひとりごちる。

 

 彼を縛っていたモノは、一夜にしてあっさりと消え去ってしまったのだ。

 

 伊庭に残っているのはこの聖杯の欠片と、行き場を失った剣骸のみだ。

 

「聖杯――か」

 

 そして伊庭はつぶやき、静かに帰路へと付いた。

 

 奇妙な衝動を、その胸中に持て余したまま。

 

 

 

 



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後書き&キャラ解説

 

 

やっつけで申し訳ありません。

 

とりあえず、駆け付け陳謝させていただきます<(_ _)>

 

グッダグダです。無計画が過ぎました。申し訳ありません。

 

本来10話前後で終わらせべきだったんですが、どうにも上手くいかず気が付けば無駄に17話。

 

無駄にお手数をかける次第となってしまいました。

 

読んでいただいた方々に心よりお詫び申し上げます。

 

 

 

 

以下はキャラ解説となんか言い訳めいたものです。

 

 

 

 

・伊庭 魁(いば かい)

 

見切り発車の犠牲者。

 

やっぱりちゃんとキャラなり設定なり、煮詰めて書かないとダメですね。

 

擦り切れたような探偵と言う記号、名前、そして「剣骸可渡状」なるものを所有している、

 

と言う三大噺的なお題目を掲げて書いてみたらこんなことになったという感じ。

 

毎週毎週とにかく書いてアップするのが大事なんだ! と言うことばかりが頭に在って内容がグダグダでした。

 

というか、コイツのまわりから書き始めたせいで、回線までがだらだらと長くなってしまい、

 

一夜限りの聖杯戦争の旨味が無くなっちゃいましたね。

 

ひどい話だ……。

 

とにかく主人公から目を話してはダメという意識があったのですが、肝心の主人公のことわかんないまま書いちゃだめだよね

 

と言うハナシ。

 

キャラも含めて、各方面に対してもホント申し訳ねぇ。

 

 

 

 

・ハンター:マンモススレイヤー

 

成田良伍の「Fate/strange Fake」が好きにチートを出しまくっているのがうらやましくてうらやましくて、

 

自分もチートなサーヴァントを作りたい!! と言うところからスタートした七騎一組のサバの一体。

 

同時に、冬木の七つのクラスとは系統の異なる七つのクラスを設定できないかと言うコンセプトも有り、

 

その場合の七騎は

 

 

ドーザー「開拓者」

 

ハンター「狩猟者」

 

セプター「指導者」

 

バルチャー「飛行者」

 

ストライダー「放浪者」

 

テイラー「製作者」

 

ペイジ「小姓」

 

 

となる予定でした。

 

そんな感じで人類最強の水素爆弾(要するにツァーリ・ボンバ)並みの宝具を所有するマンモススレイヤーと、

 

それに引けを取らないバケモノどもをウキウキで考えたわけなのですが、

 

いかんせん、書いてみても上手く動かせませんでした。

 

やっぱ設定よりもキャラを動かすことを考えないとと言う感じです。

 

今後の課題だ……

 

 

マンモススレイヤーはまた使いたいキャラなので再チャレンジしたいところです。

 

 

ちなみに上の七騎が戦う場合はマスターの方も出来るだけチートにしたいなと思っているのですが、

 

いまいち思いつかない……さてどうしたものか。

 

 

 

 

 

・ナイメリア

 

最初「筆誅の魔術師」と言うアイデアのみで出発したキャラだったのに、

 

途中でグダグダになったあげくに黒幕キャラにコンバートされてしまって、本気ですまねぇ(泣)と思ってしまいました。

 

ちょっと扱いが悪すぎましたね。キャラが何考えてんのかわかんないまま書いたらダメなんだ。

 

 

 

 

 

・セイバー:武蔵坊弁慶

 

上記のもろもろに同じく、「ガトリング砲をぶちかますセイバー」という奇抜なコンセプトのみで書き始めたためにキャラが定まらなくて困った事例。

 

猛省せねばならない。ほんと……口だけじゃなくて……。

 

ちなみに、なんでそんなわけのわからんコンセプトになったのかと言うと、ワールドトリガー(唐突で失礼)のポジションを元にサーヴァントを

 

七騎創れないかと言う思い付きを実行したためでありました。

 

 

ワートリ好きなんですよね。二次創作とかはちょっと難しそうなんでけど。

 

 

ちなみに、他にも

 

「スナイパー的な戦術で戦うランサー」

 

「シューター的な戦術で戦うア―チャー」

 

「トラッパー的な戦術で戦うライダー」

 

「アタッカー的な戦術で戦うアサシン」

 

「オールラウンダ―的な戦術で戦うキャスター」

 

「オペレーター的な戦術で戦うバーサーカー」

 

と言ったサバを考えていたりします。

 

 

出発点が与太話なので、どいつもこいつも訳の分からんデザインになっております。

 

コイツ等もそのうち使いたい。

 

 

 

 

・古賀鏡子

 

 

いろいろくっちゃべったわりにキャラが弱い。絶望的に弱い。なぜか!?

 

――多分、キャラの中に自分を重ねていないからなんだろーなー、と書いてる途中で気付きまして、

 

ただ今絶賛キャラに対して「申し訳ねぇ」と言う思いが募っている次第だったりします。

 

いやー、なんでしょうね? 借り物の要素でばっかりキャラを造ってもやっぱりいいキャラって出来ないんですね。

 

書いてるヤツの顔が見えないと、ホントつまんないキャラにしかならない。

 

今後は、この点に留意しつつ、もっと真剣にキャラをつくっていきたいと思います。

 

次につなげたい!

 

 

「低体温症を引き起こすガンド」とか、細かいところは気に入ってんだけどなぁ……。

 

 

 

 

 

 

・キャスター:ニコラ・フラメル

 

 

チョイ役で申し訳ないこと山の如しなキャラ。

 

例によって例の如く、キャラがやっつけなので基本的につまらない。ホントに今後の課題だと思います。

 

 

コンセプトは第一夜の「オリヴィエ」と同じく、各クラスの基本形のサーヴァントはどんなもんや?

 

と言う発想の元デザインされた七騎のうちの一騎となります。

 

キャスターの特徴ってちょっとわかりにくいんですが、基本的には「陣地作成による盤外戦術」と

 

「長期的な視点を持っての戦略的行動」があげられるのではないかと思ったわけであります。

 

 

要するに、本体は弱いんだけど、時間を掛けさせるととんでもないことをしでかすというのがキャスターの基本的な

 

スタンスなのではないかな、と。

 

 

宝具の「アッシュ・メザレフ」つまり賢者の石は魔術をふくむ万象を好きにバフ:デバフできるというチートアイテムと言う

 

感じでデザインしてあります。

 

このままだとチートすぎるので、それ自体のランクを超えるような宝具、またはサーヴァントの対魔力などは超えられないという

 

制約を持たせて、なんとなく性能の上ではキャスターっぽくなったかなと言う感じです。

 

 

ホントは古賀のサーヴァントという立ち位置だったのだけど、

 

最終的に裏切りものになったナイメリアのための、彼女の最初のサーヴァントと言う形になりました。

 

二重召喚。一夜限りの聖杯戦争ならこういうトリックも有りかなということで。

 

 

 

 

 

 

・最後に

 

と言うけで、もう上で書いてますけど、根本的に雑で、根本的なところで間違っているという感じです。

 

なんでお前の書くキャラはそんなにつまらんのだと自問する日々だったのですが、

 

途中で、「ひとえに……キャラの中に自分がいないから」

 

なんじゃねーの!?

 

と気づきました。

 

いろいろあって気付いたんですが、その辺ははしょるとして、なんと言うか、今まではこう、

 

「自分が良いと思った要素をどこからかもってきて、それを元にしてキャラにしようとしていた」

 

訳なんですが、それだけだとどうやっても平凡なキャラにしかならないんだなぁと。

 

 

 

当たり前だろと言われそうなんですが、個人的にこれが目からウロコだったわけです。

 

なんと言いますか、私はかたくなに「自分には価値がない」と思い込んでいたみたいなんですよね、

 

なので余所から価値のありそうなものを持ってきて、価値のない自分を補おうとしていたのかな、と。

 

それじゃあいけなかったんだなと今更ながらに思い返しているところであります。

 

 

なので、今はちょっとキャラをつくるのが楽しくなってきております。

 

自分の中に何か使える部分は無いかと、いろいろ探っているところなわけですね。

 

次もどんどん書いていきたいと思っているので、ちょっとだけお休みをいただいて、またワンナイト書いていくつもりなので、

 

よろしければ読んでいただけたらと思います。

 

 

(最後の)最後に、こんなグダグダなモノを最後まで読んでいただいた方に心よりの感謝を申し上げます。

 

ありがとうございました。

 

 

 



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