BanG Dream! セレクト!音のクリスタル (水卵)
しおりを挟む

第一章:俺たち、ウルトラマンになります
第1話 俺たち、ウルトラマンになります 1/終わりからの日常


 世界の終わりは、ある日突然やってくるもんなんだ……。

 

 

 (いち)(が )(や )有咲(ありさ )が目の前の光景に対して抱いた感想は、そんな簡素なものだった。

 “世界の終わり”──それはよくテレビや漫画の世界で使われるありふれたワード。もちろん現実世界でも世界の終わりを耳にすることはあるが、〇〇説といった作り話のようなものばかりだ。

 絵空事、というのが正直な捉え方だろう。

 だけど、実際に“世界の終わり”が目の前で起こると、何もできないのだと感じた。冷静になれると言い換えるべきだろうか。もちろん最初は恐怖で体が震え、泣きそうだった。でも、それが驚くほど落ち着いたのは、きっと“あれ”からは逃げられないと悟ったからだろう。さっきまでは迫ってくる“死”から必死に逃げていたというのに、今はそんな気力はなくなりただ呆然としているだけ。

 驚くほどにあっさりとやってきた世界の終わり。心の準備なんてできているわけがない。そもそも今日世界が終わるなんて誰が予想できるだろうか。

 隣で腰を抜かしている戸山(と やま)香澄(か すみ)も、目の前の光景に圧倒され呆然としている。

 有咲たちの目の前に広がる光景を一言で表すのであれば、間違いなく“地獄”。紅葉(こうよう)が綺麗な木々は焼き払われ、広場に木霊していた親子の笑い声は阿鼻叫喚と化している。泣き叫ぶ子供の悲鳴が有咲の耳に聞こえてくるが、それをどうにかできる術など持ち合わせていない。

 

「……有咲、私たち……死んじゃうのかな?」

「香澄……」

 

 普段聴くことのない香澄の声。

 

「いやだよぉ……まだ、死にたくないよ……」

 

 次第に嗚咽が混ざり始め、しかしそんな香澄になんと声をかければいいのか判らない。

 

「……私だって」

 

 ──死にたくない。そう続けようとした有咲だったが、それを遮るかのように空気が振動した。

 

『──!?』

 

 空気を伝い体にやってきた振動に息を飲むふたり。冷や汗が頬を伝った。

 

「なんなんだよ……夢なら、覚めてくれよ……!」

 

 しかし有咲の願いは届かない。これは夢ではなく現実なのだと、頬を撫でる風が教えてくる。

 

 

 そう、これは夢ではない。

 目の前で“()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。何度夢であってくれと願って、何度現実だと思い知らされたか。

 肌に伝わってくる熱が、鼓膜を揺らす巨大生物の雄叫びが、目の前の光景は現実だと伝えてくる。

 ほんの数分前、突然現れた巨大生物は背中にある四本のコイルを模したものから電流を放ち、あたり一面を地獄へと変えた。その巨大な足で木々を踏みつけ、大地を揺らし、あたり一面を破壊していく。

 なぜそんなことをするのか、何を目的として行動しているのか、雄叫びしかあげない巨大生物からわかることなんて何ひとつなかった。ただわかるのは、このまま巨大生物が暴れ続ければ間違いなく世界は滅ぶということ。断言できるほどに巨大生物は圧倒的だった。

 このまま巨大生物が暴れ回り、世界は終わりを迎えるだろう。60メートルを超える巨体だ、安全な場所なんてどこにもない。

 

「……香澄」

 

 だからだろうか。気づけば口が自然と動いて、隣にいる少女の名前を呼んでいた。

 

「その……こんなときだからはっきり伝えとこうかと思って」

 

 今なら自然に言える気がする。いつもなら恥ずかしくて言えないことを、本当は伝えたいこの思いを、今なら言える。

 “終わり”が来てしまう前に伝えなくてはいけない。()()()()()()()、ひとつでも後悔することを減らすために。

 

「あのさ……その、いろいろとさ、ありが──」

 

 だが、有咲の言葉を遮るかのように再び世界が揺れた。

 

「こ、今度はなんだよ!?」

 

 せっかく人が大切なことを伝えようとしているのに、邪魔をした奴は誰だと辺りを見回すと、

 

 

 

 

 そこには、二体の巨人が立っていた。

 

 

 

 

 銀色をベースに黒いラインの体をした二本角の巨人と、黒色をベースに銀色ラインの体をした一本角の巨人。

 頭部、胸、腕、足の鎧部分が二本角の巨人は赤、一本角の巨人は青色をしている。

 身長は共に約50メートル以上。

 

「…………うそ……だろ……」

 

 その光景に有咲はさらなる絶望の底に突き落とされた。

 巨大生物が三体。これはもう、破滅へのカウントダウンが始まったと言えるだろう。巨大生物が三体ともなれば世界などあっという間に終わる。ただでさえ一体で地獄と化した世界が、三体となればどうなるのか、考えたくもなかった。

 終わりだ。今度こそ本当の終わりがやってきたのだと思った有咲だったが、次の瞬間、

 

「──え?」

「戦ってる……?」

 

 目の前の光景に再び驚かされた。

 香澄の言う通り、巨大生物同士が戦っているのだ。最初に現れた巨大生物に向かって、二体の巨人が駆け出す。破壊行動を続ける巨大生物を止めるかのような行動に、疑問を感じるふたり。あの巨人は巨大生物の仲間ではないのだろうか? 

 

「どう言うこと?」

「わかんねえよ」

 

 むしろこっちが説明してほしいくらいだ。一体何が起きている? 疑問しか浮かんでこない頭を必死に動かそうとする有咲。

 目の前では、先ほどまで暴れている巨大生物と二体の巨人が戦っている。しかし巨大生物の方が強いのか、巨人の攻撃をあっさりと躱し、コイルから電撃を放ち巨人たちを地へと沈める。

 青い角の巨人が立ち上がり、反撃のため駆け出すが、巨大生物の腕が触手のように伸び巨人の胸を打つ。青い巨人と入れ替わるように赤い巨人が攻め込み、取っ組み合いとなるが巨大生物にあっさりと押し返されてしまう。

 まるで歯が立っていない。そもそも巨人たちはただ巨大生物に向かって走り込んでいるようにしか見えず、戦い方をわかっていないようだ。ただ突っ込んで返り討ちにあって、もう一度立ち上がってまた突っ込むの繰り返し。歯が立たないのも納得できる。

 一瞬だけ、巨大生物を倒してくれることを期待した有咲だったが、今の様子から判断するにそれは無理なことだと考えを改めた。あの巨人たちが巨大生物を倒せる光景がイメージできない。

 期待するだけ無駄だろう。

 そう思っていたときだった。巨人が吹き飛ばされ、有咲たちの目の前にやってくる。

 巨人の向こうで巨大生物がコイルに電気を溜めはじめる。

 いやな予感が有咲の脳を横切った。

 有咲の考え通り、巨人は電撃を回避しようとアクションをする。おそらくそれで巨人は電撃を回避するだろう。

 しかし、今、巨人の背後には有咲と香澄がいる。巨人が回避した先に位置する有咲と香澄はどうなる? 

 

「──っ!!」

 

 背筋が凍った。巨人が電撃を回避すれば、その延長線上にいる自分たちに電撃がやってくるだろう。巨大生物が放つという以前に、生身の人間が電撃を受けて無事でいられるはずがない。

 “死”がやってくる。

 

「────だ」

 

 巨人に向かって声を飛ばそうとする有咲。香澄も自分たちが置かれた状況が理解できたのか、真っ青になった顔で叫ぼうとした。

 しかし、それよりも先に電撃が放たれる。巨人たちはすぐに回避行動に出ようとして、

 

 

 

 

 赤い角の巨人がこちらに振り返った。

 

 

 

 

『!?』

 

 突然振り返ってきた巨人に、驚きで目を見開くふたり。巨人の光る瞳は確実に有咲と香澄の姿を捉えている。

 そして、ギリギリのタイミングで赤い巨人が回避行動をキャンセルした。結果、放たれた電撃は赤い巨人の背中を撃ち抜き、火花を散らせる。直撃を受けた赤い巨人は苦悶の声を上げ、地に手をつく。大ダメージを受け、すぐには動けない様子の赤い巨人に向けて再び電撃を放とうとする巨大生物。コイルが電気を帯び、その輝きは巨人を仕留める威力が十分にあるのだと感じる。

 しかし、電撃が放たれる前に青い巨人がその手から水流を放ち巨大生物を怯ませる。コイルに充電されていた電気は霧散し、赤い巨人が振り向き様に火球を放ちダメージを与える。

 巨大生物が怯んだことを確認した赤い巨人は、一度有咲と香澄の方を振り返る。その視線からは、まるで二人の無事に安心している様子が見受けられる。

 

「……私たちを、守った……?」

 

 疑問の声を上げる有咲。

 巨人は一度視線を巨大生物の方へ向けたあと、互いに視線を合わせ、頷き合い駆け出す。

 再び衝突する三体。しかし、今度は力負けしていなかった。両足に力を入れ、踏ん張り、絶対に押し負けないという気迫を感じられる。そして驚くことに、二人の巨人は巨大生物を持ち上げ、遠くへと投げ飛ばしたのだ。

 悲鳴を上げ、倒れる巨大生物。

 ハイタッチを交わす巨人たち。再び巨大生物へと攻め込み、パンチ、キックを繰り出していく。赤い角の巨人が左腕を、青い角の巨人が右腕を引き絞り、同時に放ったパンチが巨大生物の腹部に突き刺さる。

 先ほどまでとは違い、連携して攻め込んでいく巨人。

 何かが変わっている。先ほどまで巨人から感じられた雰囲気が今は全く違う。何か覚悟のようなものが決まったのだろうか。その瞳から力強い意志を感じる。

 巨人は再び駆け出す。その足は力強く、真っ直ぐにかけて行く。

 

「有咲……もしかして、あの巨人は私たちの味方なんじゃないかな」

 

 微かな“光”が有咲の心に灯り始めていた。

 

 

 

 ♢ ♢ ♢

 

 

 

 そんな、世界の終わりが起こるより前の時間。これより先の時間に“世界の終わり”がやってくるなんて思ってもいない青年・(あおい)(し )(き )は、朝日が照らす町の中を走っていた。幼い頃から体を動かすことが好きで、様々なスポーツを経験してきた詩希は、社会人となった今でもこうして空いた時間を見つけては体を動かすようにしている。

 ここ最近は朝早くに目が覚めることが多く、なかなか二度寝をすることができないため、こうして朝に走ることが多くなっている。

 軽く汗をかく程度にとどめ、自宅へと帰宅する詩希。

 

「ただいまー」

「おかえり」

 

 帰宅した詩希を出迎えたのは、母親の葵(し )(おり)。その手にはスポーツドリンクのペットボトルが握られている。

 詩織はペットボトルを差し出しながら、

 

「さすが若者! 今日も精が出るわねぇ〜」

 

 と言ってきた。

 詩希はそれを受け取り一口飲んでから言葉を返す。

 

「まあね、働き始めてから体動かす機会減ってきてるし、動けるときに動いとかないと」

「その心意気、我が息子ながら尊敬するわー。そういうところは、(りつ)(き )も見習ってほしいんだけど、ねえー」

「……もしかして、あいつまだ寝てるの?」

 

 語尾の調子を変えた母親のセリフに、いやな予感がした詩希は問い返す。

 すると案の定、呆れた顔で頷いた。

 

「なんか、昨日も遅くまでいろいろやっていたみたいなのよ。熱中することはいいことだけど、一緒に暮らしてるならせめて生活リズムは合わしてくれないと。せっかく作った朝ごはんも、冷めちゃったらもったいないじゃない。それに洗濯だってあるんだから」

「あはははは……」

 

 愚痴をこぼす母親に対し、詩希は苦笑いを返す。

 

「遅くと言えば、逆に詩希の方はここ最近早起きよね。どうして?」

「どうしてって……別に。単に朝早くに起きちゃうだけ」

「そう。ならいいけど。早くシャワー浴びてきなさい。汗臭いわよっ」

「わかってるよ」

 

 最後の余計な一言にカチンときつつも、ここで反応したら面倒くさくなるのがこの母親の性格だ。それを避けるため、喉まで出かかった言葉を飲み込んで風呂場へと向かう。

 と、そこへ詩織が何かに気づいたのか辺りを見回してから詩希に問いかける。

 

「ねえ、詩希。パパは? 一緒じゃなかったの?」

「…………………………あ」

 

 詩希の顔が青く染まる。急いで玄関へと戻り、自分が走ってきた方角へ視線を向ける。果たして、そこには今にも力尽きそうな瀕死の状態に見える中年の男性がひとりいた。

 その男性は紛れもなく詩希の父親。今日は父親も一緒に走っていたのだと思い出した。

 

「父さーん!!」

 

 息子は急いで父の元へと走った。齢五十を超えている父親にとって、スポーツ経験者である二十三歳の息子に付いていくのは至難なことだったようだ。今にも倒れそうなほどふらふらと危ない足取りの父。倒れないのは父親としてのプライドだろうか。

 とにかく、詩希は一緒に走っていたことをすっかり忘れてしまっていた父の元へ走る。向こうも詩希の姿を認識したのか、その視線には強い怨みの感情が込められていた。

 

「はーっ、お、お前っ、父さんを、置いて、走って」

「ごめん父さん! 今日一緒に走ってたのすっかり忘れてた」

 

 必死に謝罪を述べながら肩を貸す詩希。しかし、体力的に限界なのか一歩も動ける様子ではない父親。

 

「大丈夫、父さん。歩ける?」

「む、無理……もう無理、父さん、動けない」

「頑張って、もう少しで家に着くから」

 

 励ます詩希だったが、父親は『無理ー』と根を上げてしまっている。こうなれば背負っていくしかないと考える詩希だが、さすがに走った後に父親を背負うのは厳しいものがある。どうするかと考えていると、

 

「キョーくーん! 大丈夫ー?」

 

 母親の声が聞こえてきた。見れば玄関から出てきた母親がこちらに向かって走ってくる姿がある。

 と、次の瞬間詩希の右肩が跳ね上がった。予想外のことに尻餅をついた詩希は、呆気にとられながらも視線を向けてみる。

 そこには先ほどまでふらふらだったのに直立不動の父の姿があった。

 

「父さん……?」

「はははは、どうしたんだい? 母さん」

「パパが倒れてるのが見えたから」

「はははは、俺が倒れてるだって? 何を言っているんだい母さん。見ての通りピンピンしてるぞ」

「そう。てっきり詩希に置いてかれて死にかけてると思ったんだけど」

「ぐ、な、何を言っているんだい。朝の景色に見惚れてただけさ。詩希もただ走るんじゃなくて、景色も楽しまないとな」

「あ、ハイ」

 

 さっきまで生まれたての小鹿のようだったのに、母親が来た途端の急な変わり様に呆気にとられていた詩希だったが、もともと父親はこういう人だったことを思い出した。

 葵(きよう)(すけ)。詩希の父親であり、葵家の大黒柱。豪快で良き父親なのだが、息子としては二点ほどどうにかして欲しい点があった。その一点が、“妻である詩織の前では決して情けない姿を見せない”と誓っていることである。妻の前ではいつもカッコよくいたい、と考えている響介。今も詩織に先ほどの姿を見せたくないがためにカッコつけているのだ。

 ちなみに、今回詩希のランニングに付いてきた理由は昨日詩織から、

 

『キョーくん、ちょっと丸くなった?』

 

 と言われたからである。

 

「さ、早く帰って母さんの美味しい朝ごはんを食べて、今日も元気に行くぞ!」

 

 そう言って自宅へと向かう父。

 詩希はため息を吐いてから立ち上がり、

 

「やっぱり無理だ……」

「父さーん!?」

 

 やはり無理をしていたのか、すぐに倒れた父親のもとに急いで駆け寄るのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話 俺たち、ウルトラマンになります 2/葵家の朝

2019/02/17
鈴音の口調を編集。


 詩希(し き )は体力の限界を迎えた父親を運び、朝の支度を済ませたると弟の部屋へと向かった。

 弟の部屋の前に立つ兄。ドアを三回ノックして、

 

「おーい、律希(りつき )ー? 起きてるかー? 朝だぞー」

 

 声をかけてみるが反応はなかった。

 

「律希? 今日は朝から大学だろ?」

 

 今度は少し声を張ってみるが、やはり部屋の中から反応はない。

 代わりに背後から応答があった。

 

「あれ、シキ兄? どうかしたの?」

「鈴音、おはよう」

「おはようございます」

 

 にっこりと笑顔で挨拶を返してきたのは、葵家の長女であり詩希と律希の妹・葵(りん)(ね )だ。くせ毛である詩希とは違い、ストレートで艶のある髪が今日はサイドテールでまとめられている。

 鈴音はちょうど自室から出てきたところだったらしく、自室のドアを閉めながらこちらに視線を送っていた。そして、その視線が律希の部屋のドアに向けられると、「あー」とどこか察したような声を上げる。

 

「もしかしなくても、またリツ兄寝坊してるの?」

「そ。母さんが時間だから無理やりにでも起こせって。律希ー、そろそろ起きないと母さんが動くぞー」

 

 再度ドアをノックするが返答はない。

 

「リツ兄、朝だよ〜」

 

 鈴音も声をかけるが、応答はない。

 ふむ、と鈴音は顎に手を当てて、

 

「これは、相当深い眠りについてるね〜」

 

 ニヤニヤと笑みを浮かべながら言った。その隣で「はぁ」とため息をつく詩希。

 こうなってしまった律希はなかなか起きない。これがひとり暮らしだったら別に問題はないが、家族で暮らしている以上、生活リズムを合わせるのが葵家のルールなのである。

 それに律希は大学生。寝坊すれば今日の一限目に遅刻することになってしまう。学校に遅刻することを、母親は絶対に許さないのだ。

 

「シキ兄、今日ぐらいはほっといたらいいんだよ。一度痛い目見ないと、リツ兄は学ばないよ。きっと」

「起こさなかったら後々文句を言ってくるだろ。『なんで起こしてくれなかったんだー』って」

 

 実際、過去に一度起こしに行かなかったとき、小言を何度も言われたことがある。どう考えても律希が悪いので小言を言われるのはお門違いなのだが、小言を言われるのは嫌なので結局その日以降寝坊しそうになったときはこうして毎回起こしに行くことにしている。

 

「でも」

「まーあとあれだ。弟を思う兄心だと思ってくれ」

「……シキ兄は真面目だね」

「それしか取り柄ないから、ははは」

 

 乾いた笑い声をあげる詩希。

 

「さて、そろそろ本格的に行きますか」

「手伝おっか?」

「いや、鈴音は母さんの手伝いに行ってくれ。父さんがダウンしちゃったから」

「お父さんが?」

「そ。まあ、半分俺のせいかもだけど」

「もしかして、またお母さんの前でカッコつけたの? まったく……」

 

 娘にまで呆れられる父親に対し、若干の慈悲を感じつつ詩希は弟の部屋のドアノブに手を伸ばす。

 

「じゃ、そっちは頼んだよ」

「わかりました」

 

 鈴音が母のいるキッチンへ向かうのと同時に、詩希はドアノブを回した。

 弟の部屋へと入室する兄。さすがに兄弟とはいえ、無断で部屋に入るのはプライバシーの侵害と言われるかもしれないが、これ以上寝坊されては困るので強硬手段だ。

 部屋に入ると、早速詩希は顔をしかめた。一週間前に掃除したはずの弟の部屋は、見事に散らかっていた。お気に入りだと言っているカーディガンとヘッドホン、通学に使用しているリュックは無造作に放り投げられており、星に関する本や好きなアーティストのCDがあちらこちらに散乱している。大学のレポートだろうか、くしゃくしゃに丸められた紙が床を埋め尽くしており、少しだけ頭が痛くなってきた。

 

「……一週間でこうなるか?」

 

 つい小言を言ってしまうほどに、散らかり切った弟の部屋。足の踏み場がない、という訳ではないのでまだマシだろう。もしここに来たのが母親だったら、絶叫していただろうと思うと、自分が来て良かったと安堵するのだった。

 整頓したい衝動を抑えつつ、まず第一の目的である弟の方へ向かう。ベッドの上では、アイマスクをしてぐっすりと眠っている弟の姿があった。

 

「おい、律希、朝だぞ。起きろ」

「…………」

「起きろって。じゃないと母さんが突撃してくるぞ」

「………………」

「おい」

 

 ペチペチと、軽く弟の頬を叩く兄。僅かな反応なあった。今度はちょっとしたいたずら心からリズミカルに叩いてみると、さすがの律希も鬱陶しくなったのか唸り声を上げる。

 

「りーつーきー」

 

 なかなか起きないことをいいことに、あれこれ遊んでみる詩希。

 すると、ようやく律希から反応が返ってきた。

 

「ん〜……あと三十分……」

「またベタな返しを……つか、それじゃ遅刻するだろ。起きろ」

「一回くらい……遅刻したって、問題……なぃ」

「遅刻なんてしたら母さん怒るぞ。怒った母さんが面倒くさくなるの、お前も知ってるだろ」

 

 特にヤンチャして何度も叱られたことのある律希は、怒った時の母親の面倒くささを詩希より身に染みて理解している。

 まだ寝ていたい衝動と面倒くさいモードの母親の相手をする。その両方を天秤にかけたのだろうか、渋々といった様子で状態を起こした。欠伸をし、アイマスクを外して寝ぼけ眼で詩希を見上げる。

 

「やっと起きたか。いい加減、おれに起こされないで一人で起きるようになれよ。もう成人しただろ」

「わかってるよ。てか、言われなくても目覚ましセットしたし」

「本当かよ」

「本当ですー。母さんが動かないギリギリまで寝てるつもりだったんですー」

「ふてくされるなよ……それより、何でこんなに散らかってるんだよ。これじゃあどこに何があるかわからないだろ」

「大丈夫、天才はどこに何があるか把握してるから」

 

 本当かよ……と詩希が続けようとしたところで、律希がセットしていたスマートフォンのアラームが鳴り出した。

 本当にギリギリまで寝ているつもりだったのか、と思いながら律希をみると、ニヤリと笑い返してくる。ベッドから降りてアラーム音を鳴らし続けるスマートフォンを探す律希(りつき )。しかし、部屋に散乱した紙が行手を阻む。音は聞こえるのに、どこから鳴っているのかわからないのか、なかなか見つかる気配がない。

 

「…………」

 

 そんな弟を冷めた目で見る兄。

 

「……おい、どこに何があるのか把握してたんじゃないのか? 天才様」

「……どうやら俺は凡人だったようだ」

「馬鹿なこと言ってないで、早く見つけるぞ」

 

 さすがにアラーム音がうるさくなってきたので詩希も探すことにした。

 

「くぅ、天才だったらすぐ見つけるんだろうなぁ」

「そもそも天才は部屋をこんなに散らかさないだろ」

「いやいや、意外と天才の方が散らかすかもよ?」

「だとしたら、律希の言った通りどこに何があるのか把握してるかもな。あった」

 

 音の発生源であるスマートフォンを見つけ、画面をタップして音を止める。そして、律希の方へ向き直りスマホを手渡す。

 律希はそれを受け取りながら、もう一度あくびをして、

 

「かもなー。今度聞いてみよっ」

 

 と言った。

 

「??? まるで知り合いに天才がいるような言葉だな」

「いるよ。本物の天才」

「は?」

「前に話さなかったっけ? ほら、俺が前プラネタリウム行った時知り合った子がマジの天才だったって話。何だっけ、パス何とかってアイドルの子だった気がするなあ」

「……“天才”、ね」

「あ……あーダメだ、思い出せねえなー。それより、なんか目覚めちゃったし、飯でも食べに行くかー」

 

 勢いよく立ち上がり、近くに脱ぎ捨てられているカーディガンを手に取ると、

 

「ほら、兄貴も早く行くぞ」

「……うん」

 

 起こしに来たはずの詩希を置き去りにして、一足先に部屋から出ていくのだった。

 

 

 

 

 ♢ ♢ ♢

 

 

 

 

 セレクトショップ『SONG』。それが(あおい)家の大黒柱、葵(きよう)(すけ)が経営する店の名前である。

 秋も深まってきた現在は冬物の品がズラリと並んでおり、どの商品たちもいつ自分が選んでもらえるのか。その時を今か今かと待っていた。

 数ヶ月前までは夏物のTシャツばかりだったのに今あるのは冬物。こうした季節の移り具合を目で確認できるのが、この仕事の好きなところの一つであったりする。

 

「さて、今日も頑張りますか」

「ちょっと詩希! 忘れ物」

 

 営業に向けて準備をしている詩希(し き )のもとに、詩織(し おり)がやってきてある物を渡す。

 

「……本当にこれつけなきゃいけないの?」

「当たり前でしょ。これつけたら売りあ──コホン。よりかっこよくなるんだから」

「でもな……」

 

 と、少し躊躇いのある視線を母に向ける息子。

 詩織が渡してきたのは、どこにでもありそうな至って普通の黒縁の眼鏡。前提条件として詩希は別に視力が低い訳ではない。裸眼でも両眼1.0以上はある、むしろ視力がいい方の人間だ。つまり、詩織が差し出した眼鏡は伊達眼鏡ということ。目が悪い訳ではないのに、なぜ眼鏡をかけなければいけないのか。そんな疑問を意味を込めた視線を向けてみる。

 

「ほら、眼鏡をかけると男の格が上がるっていうじゃない。現に詩希目当てにくるお客さんもいるんだからさ、お店のためだと思って、さあ」

「おれ目当てって……ここはそういう店じゃないだろ」

「何よ。詩希だって眼鏡姿褒められて嬉しそうにしてたじゃない。しかも可愛い子に褒められてさ」

「それは、誰だって褒められれば嬉しいだろ」

「とにかく、これつけて。ケチ臭い男は女の子に嫌われるぞ」

「うるさいって……まったく、わかったよ」

 

 渋々詩織の手から伊達眼鏡を受け取る詩希。手に取ったそれをかけてみれば、詩織が満足そうに頷く。

 

「うん。さっすが私の息子。よりイケメンになったわ」

「おお〜、さすが俺の息子だ。バッチ似合ってるな」

 

 父親である響介までもが詩希の眼鏡姿を絶賛する。

 一方の詩希は、相変わらずむすっとしたままだ。

 

「……」

「こら、むすっとしない。せっかくのイケメンが台無しよ」

「そうだぞ詩希。せっかく俺に似てカッコいいんだから、その魅力を十二分に発揮していくんだ」

「……はあ、わかりましたよ」

 

 本当に、どうして眼鏡なんてかけなければいけないのかと、何度も考える詩希。別に眼鏡が嫌いという訳ではない。視力が悪い訳でもないのに、眼鏡をかけることが少し恥ずかしいのだ。

 とは言っても、実際のところ眼鏡をかけている姿の評判がいいのは確かなことだった。お店の売り上げを出すためにも、仕方なのないことだと割り切ってやるしかないだろう。

 

「なあ母さん。俺も眼鏡かければ昔みたいにカッコよくなるかな?」

「さあ! 今日も張り切っていきわよー!」

「ちょっとしーちゃん!? スルーはひどくない!?」

 

 後ろで何やら起きているが、気分的に関わりたくないのでスルーすることにした。

 

「さて、今日も頑張りますか」

 

 セレクトショップ『SONG』開店である。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話 俺たち、ウルトラマンになります 3/SONGの風景

今回はバンドリキャラが登場します。


 セレクトショップ『SONG』は基本的に詩希(し き )(きよう)(すけ)詩織(し おり)の三人で接客をしている。高校生である鈴音(りんね )と大学生である律希(りつき )は、詩織の教育方針のもと学業に専念してもらっているため、例外を除いて店番には参加しないことになっているのだ。

 経営は安定しており、品揃えや詩織が考えたデザインの服などいくつか理由があるが、一番はやはり詩希の人気だろう。人当たりがよく面倒見のいい性格をしているからなのか、それとも天職だったのか、接客スキルがかなり高く、中でもやや垂れ目の甘いマスクから放たれるスマイルは十二分に武器と呼べるものになっていた。

 アッシュグレーに髪を染めてから漂い始めた透明感と、メガネをかけたことでその人気に拍車がかかっている。

 間違いなく詩希の存在が『SONG』の売り上げに影響をもたらしていた。

 

「気になってますか?」

 

 臆することなく、柔和に男性客へ声をかける詩希。

 相手は二十代前半の、漂う雰囲気から大学生だろうか。どうやら冬物のアウターを探しているようで、来店してからアウターコーナーを右往左往していた。

 そして、その視線がコート類に止まった。どうやら気になるものを見つけたようで、先ほどとは別の意味で視線を右往左往させる。そんな男性客に対して、頃合いを見て声をかけたのだ。

 

「今年人気なやってどれなんすか?」

「今年はビックサイズのコートが人気なんですよ。よかったら試着してみます?」

 

 手際良く接客していく詩希。当初はそんな息子に対抗心を燃やしていた響介だったが、大人には大人と言ったように、詩希ではまだ対応できない範囲を対応するのが彼の役目となっていた。

 詩希と響介が対応できない女性客を詩織が対応する。そんな役割が自然と出来上がり『SONG』の1日は流れていく。

 

 

 

 

 ♢ ♢ ♢

 

 

 

 

「ありがとうございました」

 

 満足そうに『SONG』を退店する女性客。本来であれば女性客は主に詩織が対応することになっているのだが、ちょうど買い物に出かけてしまっていたため詩希が対応することになった。これまでも何度か女性客の対応をしたことはあったが、男性客とは勝手が違うためどうしようかと思ったが、求めていたのがコートだったため何とか不備なく対応することができた。午前中にコートを求めていた男性客を対応していたため、より素早く動けたのも大きいだろう。

 女性客を笑顔で見送った詩希は一息つく。これで店内にいる客は全員退店されたことになる。

 つまり、束の間の休息が訪れたと言えよう。もちろんいつ新たな来店者が来るかわからない状況であるため、堂々と休むことはできない。展示品の整理をしつつ、ゆっくりと時間の流れを感じていようと考えていたが、

 

「……あれ? 父さん?」

 

 ふと、父親の姿が消えていることに気づいた。

 

「まさか……!?」

 

 嫌な予感がした。こうやって響介が姿を消し、再び現れた時は決まって“アレ”を持ってくるのだ。そう、詩希が直して欲しい父親の欠点その二がもうすぐでやってくる。

 そんな事態に頬を引きつらせていると、自動ドアが開き秋の風と共に元気な少女の声が店内に響いて来た。

 

「こんにちはー!」

「おい香澄(か すみ)!? 他にお客さんがいたら迷惑だろ!」

 

 やって来たのは、鈴音の友人であり『SONG』の常連客の二人。花咲川女子学園高校の制服に身を包んだ猫耳のような髪型が特徴の戸山(と やま)香澄とツインテールが特徴の市ヶ谷(いちが や )有咲(ありさ )だ。

 入店するなり元気な挨拶をした香澄を慌てた様子で注意する有咲。そんな二人に営業スマイルではない自然な笑みを浮かべて詩希は挨拶を返す。

 

「いらっしゃいませ、二人とも」

「ど、どうも……」

「詩希さん! 今日もメガネ似合ってますね!」

「ありがとう。香澄ちゃんは今日も元気だね」

「えへへへ」

 

 ふたりと知り合ってから、かれこれ半年以上経っているため、かなりフランクに接している。特に香澄は敬語は残りつつも、始めの頃のような固さはすっかりなくなっていた。

 その反対に元々人見知りな有咲は、未だ詩希との会話に慣れていない様子だった。今も少しだけ視線を外してしまっている有咲に、ついつい声をかけたくなるが、下手に踏み込んでしまえば鬱陶しく思われてしまうため深入りをしないように気をつけることにしている。

 

「今日は練習ない日なの?」

 

 詩希は一瞬だけ視線を香澄が背負っているギターケースに向けてから訊いた。いつもであれば彼女たちはこの時間、有咲の家にある蔵でバンドの練習をしているのだ。

 今年の春に香澄が発起人となって結成されたバンド『Poppin’Party』。香澄がギター&ボーカルを務め、有咲がキーボードを担当。ここにはいないが、香澄と同じくギターを担当する花園(はなぞの)たえ、ベース担当牛込(うしごめ)りみ、ドラム担当山吹(やまぶき)沙綾(さ あや)の五人からなるバンドだ。詩希も何度か彼女たちのライブに行ったことがあり、彼女たちのキラキラとした姿に何度も心を奪われたファンのひとりだ。『SONG』にやってくる時も五人で来ることが多く、そんな彼女たちが今日は香澄と有咲しかやって来たということは、バンドの練習がないということだろうと予想した。

 その予想は的中のようで、香澄は少し残念そうに肩を落としてから、

 

「はい。みんな予定があって、練習はお休みにしようって。私と有咲は特に予定がなかったんで、来ちゃいました」

 

 と言った。

 

「そんな軽いノリで言うなよ、失礼だろ」

「あははは、大丈夫だよ。ちょうどお客さんいないし……あ、そうだ! 冬の新作何点か入ってるから試着してみる?」

「いいんですか!?」

「うん」

「わーい! 有咲も着ようよ!」

「私はいい」

「えー、有咲も着ようよー」

「引っ張るなー! わかったよ、自分で行くから!」

 

 新作の試着にノリノリな香澄は、あまり乗り気ではない有咲の手を引いて新作が並ぶ商品棚へと向かった。新作の品々に目をキラキラと輝かせる香澄。一方の有咲は渋々と言った様子で商品を見ていたが、次第に気に入ったものを見つけたのか目を輝かせる。

 そんな、よくある光景に頬を緩ませていると、

 

「おー、香澄ちゃんたち来てたのか。いらっしゃい」

 

 響介が帰って来た。

 その手に段ボールを持って。

 

「………………………………あー」

 

 さっきまでにこやかだった詩希の表情が一気に雲っていく。原因は響介がその手に持っている段ボールだ。

 

「父さん……その箱って」

「おー! そうなんだよやっと届いたんだよ。俺の新作!」

「新作!?」

 

 新作というワードが気になったのか、トレーナーを手にしたまま香澄が飛んできた。

 

「そうだよ〜、キラーンっとTシャツ! 香澄ちゃんが言ってたキラキラドキドキに影響されて、夢の輝きを言語化してみたんだ」

「わ〜、星だ」

「そうなんだよ、この星が一番のこだわりなんだ」

 

 響介が取り出したのは、黒字に黄色い星と『キラーン』と文字が書かれたTシャツ。本人は満足のいく品なのか、とても得意げにプレゼンをしている。

 しかし、一方で詩希と有咲の方は何ともいえない表情をしていた。

 おそらく、詩希と有咲は同じことを思っているだろう。

 

「父さん……何でまた変なTシャツ作ってんの? 在庫が増えるだけでしょう!?」

「だけどな、詩希。いつまでも母さんひとりに頼ってるわけにはいかないだろ。ここいらで父さんがビシッと一発いいものを作れば、母さんの負担を少しでも減ると思ってな」

「いや、Tシャツ作りのセンスはどう頑張っても母さんには叶わないから」

「そ、そんなことないぞ! 母さんも『斬新なデザインね、きっとそれはキョーくんにしか作れないやつね』って褒めてくれたんだから」

「……それ、褒めてるって言えんのか」

「有咲ちゃんの言う通りだよ、全く」

 

 つい本音が漏れてしまったのか、詩希に賛同されてから慌てた様子を見せる有咲。

 実際のところ、デザインを学んでいた詩織がデザインするTシャツとデザイン素人の響介が作るTシャツでは、どうしても差ができてしまう。響介としては、自分が商品を作れるようになれば、家事もしている詩織の負担を軽減できると考えての行動だが、実力が見合わなければ売れないのが商売だ。

 

「とにかく、作るのはいいけど在庫が残らないようにしてくれ。今だって前作ったやつが残ってるんだから」

「……」

「いや、いい歳こいて不貞腐れないでよ……」

「私はいいと思うけどなー」

「「「え?」」」

 

 香澄の放った一言に、三人はそれぞれの反応を示す。ふたりは驚き、ひとりは歓喜の声を。

 

「星がドーンッとしてて、キラキラっとしてるから、私は好きかな〜」

「……有咲ちゃん、翻訳をお願いします」

「星が真ん中にドンっとあって、キラキラ輝いているから私は好き……って、詩希さん!?」

「なるほど。さっすが有咲ちゃん、香澄ちゃんのことよくわかってるんだね」

「ち、違います!!」

 

 褒められることに慣れていないのだろう。顔を真っ赤にして抗議する有咲を、柔和な笑みで見守る詩希。それが有咲にとっては余計に恥ずかしいのか、もっと何か言おうと口を開くが、言葉は出てこない。

 正確には出そうとしているが、飲み込んでいるようだ。詩希は店内で香澄と有咲のやり取りから、彼女がどういう人間なのかを少しだけ理解しているつもりだ。

 端的に言えば、恥ずかしがり屋の少女。恥ずかしくなると、つい声を荒げてしまう毒舌な一面がある。

 香澄とのやりとりを見ていれば、彼女が毒舌だということがわかる。それが詩希に対して吐かれないのは、詩希が年上だからだろう。年上の相手だから、香澄の時のように強くものを言うことができない。

 だけど、詩希としては別にそんなことを気にする必要なないと思っていた。別に毒を吐かれたからと言って、それで相手に対する印象が大きく変化するほど、自分の器は小さくない。

 だから、ここは年上のお兄さんとして、息の詰まりそうな少女に助け舟を出そうとしたら、

 

「ただいまー。あ! 香澄ちゃん、有咲ちゃん、来てたんだね」

 

 葵家の長女、鈴音が帰宅してきた。




次回もよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4話 俺たち、ウルトラマンになります 4/紅葉狩りに行こう

バンドリのイベントストーリーに紅葉狩りがあるのをすっかり忘れていました。
でもまあ、メンバーが違うしいいだろうということで、レッツゴーです。


 帰宅した鈴音は、香澄と有咲の姿を見つけると、真っ先にふたりに向かって一直線に歩いた。

 途中、愛娘の帰宅に笑顔を覗かせた父親の横を華麗に通り過ぎたのは、あまりにも自然な流れすぎて思わずその場にいた全員の表情が引きつった。

 一方、さすがにショックだったのか、その場に崩れ落ちる父親。

 

「そんな……鈴音が、父さんを無視するなんて……」

「父さん、さすがに友達の前で父親とハグは恥ずかしいって」

「昔は、笑顔で飛び込んできてくれたのに……」

「うん、その時は小学生だから。父さん、もう鈴音高校生だからね」

 

 父の背中から漂う悲壮感に、思わず声をかけてしまった詩希。しかし詩希の声は聞こえていないのか、ボソボソと何かを呟き続けている。

 きっと、響介の中では鈴音はまだ幼い天使なのだろう。たとえ思春期の高校生だとしても、父親から見ればまだ可愛い娘であることに変わりはない。

 とはいえ、気になることもあった。普段の鈴音であればいくら友人の前だからといって父親をスルーするようなことはしない。ただいまの一言やハイタッチくらいはするはずだ。それなのに、なぜ今回はスルーしたのか。

 そんな疑問を考えていると、ふと、背後に視線を感じた。チラリと振り返ってみれば、こちらを見ていた鈴音と目が合う。すると、鈴音はぺろっと舌を出して、片目を閉じた。その表情は、まるでちょっとした悪戯の成功に喜んでいる子供のようだ。

 すぐに先ほどのスルーがわざとやったのだとわかった。

 

「うわー、わざとだアレ。父さん、鈴音に何かした?」

「……え? んー……あ、もしかして昨日夜、冷蔵庫にあったりんごパイ食べたのが原因か?」

「それだ!」

 

 詩希の脳裏に、冷蔵庫の中にりんごパイをしまう鈴音の姿が思い浮かんだ。あれは間違いなく鈴音が、夕食後のデザートとして食べようと思っていたもの。それを響介は食べてしまったのだ。よりによっって、鈴音の大好物であるりんごを使ったお菓子を。

 響介も自分がやってしまったことを理解したのだろう。顔を真っ青にして震え出した。

 

「ど、どうすればいいんだ詩希!?」

「おれに聞かないでくれよ……」

 

 あたふたとし始める父。そしてその相手をすることになってしまった詩希の会話を背にして、鈴音は改めてふたりに向き直った。

 そして、ニィッと笑みを浮かべると、

 

「ねえ、紅葉(もみじ)狩りに行こうよ!」

 

 と、元気に言った。

 急な提案にポカンとなる香澄と有咲。背後でわちゃわちゃしていた詩希と響介も、ふたりの空気に流されて黙ってしまう。

 ほんの少しだけ、シーンとなる店内。

 そんな中、有咲がポツリと呟く。

 

「……鈴音って、たまに香澄みたいになるよな」

「有咲ちゃん、それどういう意味?」

「香澄みたいに突然物事を提案するとこ」

「自覚ある分わたしの方がマシじゃない?」

「自覚ある方が悪いっつーの!」

 

 吠える有咲を、まあまあと宥める鈴音。

 

「それでどうかな? 紅葉狩り、今週末くらいに行かない?」

 

 改めてといった様子で、ふたりに問いかける。

 真っ先に返答したのは香澄だった。

 

「行く行く! 有咲も行くでしょ?」

「まあ、別に予定はないけど……」

「なら決まりだね!」

「勝手に決めんな!」

「行かないの……?」

「うっ」

 

 少し寂しそうな目で有咲を見る香澄。泣き落としを前にたじろぐ有咲は、やがて渋々と言った様子で、

 

「わかったよ、行けばいいんだろ、行けば」

 

 と、観念するのだった。

 

「ありがとう、有咲〜!」

「だー! 抱きつくな!!」

「ふふふっ、ほんと、有咲ちゃんは素直じゃないんだから」

「お前もニヤニヤしてないで助けろー!!」

 

 

 

 

 ♢ ♢ ♢

 

 

 

 

 ひとまず興奮してしまった有咲をなだめて、なんとか落ち着いたところで詩希は切り出した。

 

「それにしても、急に紅葉狩りに行こうなんてどうしたんだ?」

「まだ秋らしいことしてなかったから、なにかしたいなーって思ってたら思いついたの」

「なるほど」

 

 なんとも鈴音らしい理由に思わず唸ってしまった。

 すると、鈴音は何か考える素振りをしてから、くるりと詩希に向き直ると、

 

「シキ兄も一緒に行く?」

 

 と、訊いてきた。

 

「え? おれも?」

「おお、いいんじゃないか? たまには休んで羽を伸ばしてこい」

 

 いつの間にか復活し、早速自作のTシャツを壁に飾っている響介からも賛同の声が飛ぶ。

 詩希としては勝手にTシャツを店内に飾っている行為に言葉を投げたくなるが、今は先に鈴音の誘いに答えなくてはいけない。喉まででかかった父への言葉を飲み込んで、妹への返答を口にする。

 

「いや……いいよ。鈴音たちで楽しんできな」

「えー、なんで?」

「だって、おれが言ったら邪魔だろう? 友人同士の間に水を刺すようなことはしたくない」

 

 最もいちばんの理由は、女子高生の中に社会人が混ざるのはなんか気まずいと言う理由だ。知り合って半年ではあるが、詩希がふたりと会うのは『SONG』に来店してくれたときと、ライブハウスに行ったときしかない。学校で毎日会っている鈴音とは交流する頻度が違う。

 同い年の友人の中に、突然年上の異性がやってくるのは少々困るだろう。そう思って丁寧に断ろうと言葉を続けようとしたら、

 

「私は気にしないですよ」

 

 詩希の予想は反対の言葉が聞こえてきた。

 

「え?」

 

 詩希は思わずと言った様子で声の主、香澄の方を見る。

 

「人数は多い方が楽しいですし、それに私、もっと詩希さんとお話ししたいと思ってたんです!」

「……」

「一緒に、紅葉狩り行きませんか?」

 

 参ったな、と詩希は思った。鈴音から話は聞いてたが、戸山香澄という少女はここまですごいのか。

 普通であれば年上の、しかも異性が入ってくることに抵抗があるはずだ。それなのに、香澄からは全くそういったものを感じない。本当に心の底から詩希とお話がしたいのだと、純粋な想いが伝わってくる。

 

「いや、でも」

「有咲も詩希さんとお話ししたいよね?」

「……」

「有咲……?」

 

 香澄の問いかけに反応を示さない有咲。見てみれば、ボーッと詩希の方を見たまま固まっている。

 香澄が何度か名前を呼ぶが、まったく反応がない。やがて、ぶつぶつと何か呟いていることに気づく。

 

「男の人と……初めて遊ぶ……鈴音の、お兄さん……これって、男友達ってことか……それとも……」

「有咲?」

「うわっ!? な、なんだよ!?」

「なんだよじゃないよ。さっきから名前呼んでいるのに全然反応しないんだもん」

「え? わりー、ちょっと考え事してたわ」

「ふーん。それで、有咲はどう? 詩希さんも一緒に来ていいよね?」

「……別に構わねえけど、他のみんなはどう答えるかだよな」

「大丈夫だよ、みんな詩希さんを歓迎してくれるよ」

「まあ、詩希さんなら問題ないよな」

「シキ兄ぃ、よかったねぇ〜。可愛い女の子に囲まれて」

 

 ニヤニヤと肘で突いてくる妹。

 この流れ的に、詩希が不参加の意思を見せるのは難しくなってきた。

 

「……わかった。お言葉に甘えて、お邪魔させてもらうよ」

「やったー! これで“足”は問題ないね」

「ん? “足”?」

「うん。わたしが行こうと思ってる紅葉狩りのところ、電車で三十分かかるんだよね〜。だから、シキ兄に車出してもらおうと思って」

「……もしかして、それがおれを誘った本当の理由?」

 

 怪訝な顔で問いかけてみれば、鈴音はとてもいい笑顔を返してきたのであった。

 

 

 

 

 ♢ ♢ ♢

 

 

 

 

 紅葉狩り当日。待ち合わせの時間より五分ほど早く香澄と有咲はやってきた。

 最初は詩希が運転する車で迎えに行こうかという案もあったのだが、迎えに行くより一箇所に集まってからの方がいいだろうと鈴音の案により、葵家に集合することになった。

 

「うぅ〜、まさかみんな予定があるなんて」

 

 有咲の隣で、肩を落とす香澄。理由は簡単で、香澄と有咲以外のPoppin’Partyのメンバーとの予定が合わなかったのだ。それぞれ家の手伝いであったり、バイト出会ったり、塾であったりと、話し合ってみれば予定が空いていたのは香澄と有咲だけだった。

 別の日にする、という案もあったが、今日を逃せば紅葉シーズンは過ぎてしまうためふたりだけでも楽しんできてと、メンバーに送り出される形になった。

 

「仕方ないよ。お土産に、いっぱい写真撮ろうね〜」

 

 よしよし、と香澄の頭を撫でる鈴音。

 詩希も、いつも五人でいるイメージがあるPoppin’Partyが集まらないのは、なんだか不思議が感じがしていた。

 まあ、もし集まってたら女子高生五人の中に成人男性ひとりと、もっと肩身の狭いことになっていそうだが。

 

「……で、それはそれとして」

 

 ひとり言のように言葉を漏らしてから、詩希は気になるところへ視線を向けた。

 詩希が向けた視線の先にあるのは葵家の自家用自動車、白のミニバンだ。一応『SONG』を宣伝するため、店の名前が書かれたステッカーが貼ってある。

 その助手席に、律希が座っているのだ。本日の紅葉狩りのメンバーに、律希は含まれていない。一応紅葉狩りに行くことが決まったその日に、鈴音が声をかけたはずだが、律希は何か調べ物があるとことで不参加の返答をしていたのを鈴音から聞いている。

 それが、ゼリー飲料を飲みながらバイト代を貯めて購入したらしいノートパソコンを操作しているではないか。

 コンコン、と窓をノックする。

 詩希に気づいた律希が窓を開けて、「何」と訊いてくる。

 

「なんでいるの?」

「??? いちゃ悪い?」

「いや、悪くないけど、お前今日調べ物あるんじゃなかったのかよ」

「あるよ。だからここにいるんじゃん」

「???」

「だから、調べ物をするためにここにいるの。ちょっと広いとこに行く必要があってさ、兄貴たちが行こうとしてる紅葉狩り、結構広いとこに行くんでしょ? だからついでに乗ってこうかと思って」

「……」

 

 なんとも図々しい弟だ。遠出する必要が出てきたから、遠出する詩希たちの中に当日混ぜてもらう気でいる。これには、呆れを超えてその神経を褒めるしかないだろう。

 自分の兄を足に使う妹に図々しすぎる神経をした弟。そんな弟、妹に振り回されるのが、兄の務めなのだろうか。

 

「あれ? リツ兄? 今日は行かないんじゃないの?」

 

 詩希が少しだけ遠い目をしていると、その隣で鈴音が律希の姿に驚きの声を上げていた。

 

「おう、鈴音。わりーけど、ちょっと俺も参加させてくんない? 大丈夫、そっちの邪魔はしないから」

「わたしはいいけど、ふたりはどう?」

 

 元々律希は参加しない予定であったため、香澄と有咲もこの場に律希がいることに少しだけ驚いている様子だった。

 そんなふたりに確認の言葉を投げかける鈴音。

 

「私は大丈夫です」

「つか、もう乗ってる時点で降りるきないでしょ」

「大丈夫だって」

 

 ふたりが特に異論がないことを、律希に伝える鈴音。

 

「サンキュー、かすみん、アリッサー」

「そのへんなあだ名はやめてください!」

「えー、可愛いじゃん。アリッサ」

「可愛くないです!」

「かすみんはどう思う〜?」

「私も可愛いと思います! ねえ、アリッサ」

「香澄までそのあだ名で呼ぶなー!!」

 

 羞恥からなのか、顔を真っ赤にして叫ぶ有咲。

 律希はこうして、親しい間柄や気に入った相手をあだ名で呼ぶ癖がある。そのセンスはお世辞にもいいとは言えないが、本人は他者との距離を一気に縮められるからやめるつもりはないらしい。

 実際、人見知りな有咲との距離は詩希より早い段階で縮めており、本人曰く、あとはいつ敬語を外せるかの勝負らしい。

 いい性格をしていると、詩希は常々思っている。

 

「詩希」

 

 と、有咲が律希にいじられているのを見ているところへ、詩織がやってきた。

 何やらものすごく真剣な表情をしているが、詩織がこの表情をするときは高確率でロクなことを言わないとわかっている。

 そんな、半ば興味のない視線を向けられた詩織は詩希の肩に手をおいた。

 そして、とても真剣な声でこんなことを言ってきた。

 

「いくら香澄ちゃんと有咲ちゃんが可愛いからって、手を出しちゃダメだよ」

 

 ぶっ飛ばしてもいいだろうかと本気で詩希は思った。

 

「……」

「やーね、そんな目でママを見ないの。ちょっとしたジョークじゃない」

「知ってる? ジョークっておもしろおかしく笑えるのがジョークなんだよ」

「……ごめん、ちょっとおふざけがすぎたわ」

 

 どうやら詩希の目から思いが伝わったようだ。

 頬を引きつらせながら、一歩ずつ下がって行く詩織。

 

「とにかく、運転に慣れているとはいえ、十分に気をつけて行くのよ」

 

 と、最後にとても母らしいことを言ってきた。

 詩希が運転するときは、商品の納品や鈴音を学校へ送り届けるなど、基本身内関係の人しか載せてない。こうして家族以外の人を乗せるのは、実は初めてだったりする。

 

「……わかってるよ」

「わ!? リツ兄何持ってこうとしてるんですか!?」

「あー、それー? ちょっと必要だからそこ置いといて!」

 

 トランクを開けた鈴音から驚きの声が上がる。

 律希が何を持って行こうとしているのか気になる詩希だったが、振り返ったときは鈴音が既に荷物を置き終え、車に乗り込んでいるところだった。

 どうやら全員乗車完了のようだ。

 助手席の窓から律希の急かす声が聞こえてくる。

 

「じゃ、行ってきます」

「いってらっしゃい」

 

 詩織に見送られながら、詩希は目的に向けて車を走らせた。

 




導入部が長い……気がする……。
おそらく、次あたりから話が進むと思われます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5話 俺たち、ウルトラマンになります 5/紅葉狩りを楽しもう

 移動中の車内は大きく賑わっていた。後部座席に座る女子高生組の楽しげな会話をBGMに車を運転する詩希は、その光景に少しだけ胸を撫で下ろしていた。

 というのも、詩希自身、他人が運転する車に乗ることに対して結構緊張するタイプだからだ。中学生時代、部活の練習試合や大会で他校に行くとき、同級生の親が運転する車に何度か乗ったことがある。友人の親とはいえ、初めて会う人が運転する車に乗るのことに対して慣れていなかった詩希は、大体黙っていることが多かった。だから香澄と有咲も、詩希が運転することに緊張して、車内は静かになるものだと思っていたのだ。

 しかしそんなことは杞憂だったらしく、蓋を開けてみれば大きく賑わっている。よく考えてみれば、ムードメーカ的存在である香澄と鈴音がいる時点で、そんな心配はいらなかったのかもしれない。

 時折、詩希に振られる会話に相討ちを打ちながら、車は目的地に向けて順調に進んで行った。

 一方、もうひとつ意外だったのが、助手席に座る律希が静かにしていること。こういったとき、どちらかといえば騒ぐのが律希の性格だ。それなのに今は調べ物に熱中しているのか、さっきからずっとパソコンとにらめっこしている。

 途中、気になったのか鈴音が律希に、

 

「リツ兄、さっきから何調べてるの?」

 

 と、問いかけていた。

 

「んー? 秘密ー」

 

 パソコンから顔を上げずに返答する律希。

 

「えー、教えてくれてもいいじゃん」

「高校生には難しいこと」

「むー」

 

 律希の対応がお気に召さないのか、膨れっ面になる鈴音。

 途中、赤信号で止まったとき、身を乗り出して律希のパソコンの画面を覗いていたが、画面を埋め尽くすデータやグラフ見て一気に表情を曇らせる。まるで、テストで意味不明な難問を前にした学生のように。

 

「……え? 何これ、全然わかんない……。有咲ちゃんわかる?」

「……わかんねえ……」

 

 有咲に助けを求める鈴音だったが、有咲の方も眉を八の字にしている。香澄も気になって見てみるが、「???」と首を傾げるだけ。

 

「シキ兄」

「運転してるから無理」

 

 兄にまで助けを求めてくる鈴音だったが、運転中の詩希が確認できるわけがない。

 仕方なく、鈴音は律希が何を調べているのか知るのを、諦めることにした。

 ちょうどこのタイミングで、信号が青に変わった。それを確認した詩希がアクセルを踏んだところで、

 

「────」

 

 詩希の耳に、微かだが何か声のようなものが聞こえた。

 

「鈴音、今何か言った?」

「??? 何も言ってないよ」

「それじゃ、香澄ちゃんか有咲ちゃん?」

「私も何も言ってませんよ」

「私も」

 

 香澄に続いて、有咲も答える。

 

「……」

 

 なんとも不気味な感覚が詩希の体に走る。

 

(香澄ちゃんたちを乗せての運転に緊張してるのか? それとも、ここ最近見る妙な夢のせいか……)

 

 詩希が最近早起きなのは、とある妙な夢が原因だったりする。

 それは、何か女性の声のようなものが頭の中に響く夢だ。何を言っているのかはっきりとは聞こえないが、何かを頼んでいるように聞こえる女性の声。それを毎晩夢で見るのだ。

 何を言っているのかわからない声。

 でも、何かを頼んでいるのだとわかる声。

 毎晩、何度も同じ夢を繰り返し見ているせいか、ついには起きている間に空耳として聞こえるようになってしまったのだろう。

 何かストレスでも感じてるのか? と疑問を抱く詩希の横では、

 

「……兄貴も聞こえてるのか」

 

 律希が、車内いる全員に聞こえない程度の音量で呟くのだった。

 

 

 

 

 ♢ ♢ ♢

 

 

 

 

「わあ〜! きれ〜い!」

「おぉ……すげえ景色だな」

 

 目的地の森林公園へと到着し、目の前に広がる光景に対して真っ先に歓声を上げたのは、一目散に車を飛び出した香澄だった。その後を慌てて追いかけた有咲も、目の前に広がる赤と黄色の世界に圧倒されている。

 絶好の紅葉シーズンに当たったのだろう。森林l公園に並ぶ木々は、まるで紅蓮に燃える炎のように赤く染まった葉と黄金のように輝く黄色の葉を広げ、ひとつの世界を作り出してた。

 見渡す限り続く、赤と黄色の世界。たったそれだけで、ありふれた森林公園がどこかファンタジーを連想させる世界へと変貌していた。

 他にも、様々な催し物が開かれており、ちょうど週末ということもあって、多くの人たちがこの幻想的な世界に訪れている。

 

「……ヤベェ、これ絶対調べ物できないパターンだわ」

 

 律希も目の前の世界に圧倒され、本来の自分の目的を達成できないかもしれないと、息を飲んでいた。

 そんな兄の呟きを聞き逃さなかったのか、鈴音が素早く律希の元に近づく。

 

「なら、リツ兄も遊ぼうよ。せっかくこんなにきれいなところに来たのに、調べ物なんてもったいないよ」

「鈴音の言う通りかもな……いや、でもなあ」

「律希、その調べ物ってどれくらいかかるんだ?」

「うーん、データを測ってまとめて……まとめるのを帰ってからにすれば、数十分くらい?」

「手伝おうか? そうすれば早く終わるし」

「いや、いいよ。兄貴は鈴音たちと遊んできなって。すぐに終わるからさ」

 

 そう言って、律希は車のトランクを開けると、自分の荷物を全て取り出す。

 取り出されたのは、大きなリュックサックと一瞬メガホンのように見えた黒い測定器。それらを手に取ると、「じゃ」と言って律希は森林の方へ向かって歩き出した。

 

「……とりあえず、こっちはこっちで楽しむか」

「だね」

 

 マイペースな弟に若干困りながらも、詩希と鈴音は香澄と有咲の後を追う。

 

 

 先に飛び出していたふたりは、紅葉を楽しむ前に催し物を楽しんでいた。紅葉に目を奪われていたが、あたりを見てみれば草笛体験や竹トンボ、カヤック、屋台などが開かれている。

 そのうちの草笛体験にふたりはいた。

 

「〜〜〜〜!! ……ダメだあ、全然鳴らない」

「むやみに吹けばいいって感じじゃなさそうだな」

 

 講師の方からアドバイスを貰いながら挑戦しているようだが、なかなかうまく音が鳴らないようだ。

 香澄に至っては顔を真っ赤にしている。

 

「香澄ちゃん、顔真っ赤だよ。気をつけて」

 

 鈴音がやや慌てた様子で止めに入る。

 これ以上吹けば、酸欠に近いことになるかもしれないと危惧したのだろう。

 鈴音からの忠告を受けた香澄は「うん、そうする」と言って休憩に入った。

 その一方で、詩希は講師の方から葉っぱを受け取ると、それを口に当て早速吹いてみる。すると、「ピュー」ときれいな音が辺りに響き、一部の参加者の視線が詩希に向けられた。おそらく、一発で吹けた詩希に驚いているのだろう。

 実際、休憩していた香澄が驚きの声を上げる。

 

「詩希さんすごい! 一回で吹けてる!」

「子供の頃、おじいちゃんの家に遊びに行ったときにやったことがあってね。結構前だからできるか不安だったけど、意外と感覚は覚えてるみたい」

「どうやったんですか?」

「え? んー、説明が難しいな……ほとんど感覚だったし……えっと、ピーって感じかな」

「ピーですか」

 

 アドバイスを求めた有咲だったが、返ってきた言葉に少しだけ困惑の様子を見せる。

 無理もない、『ピー』と言う擬音説明ではしっかりとしたアドバイスになっていないのだから。

 しかし、詩希もこの説明以外に的確な表現方法を思いつかないのだ。昔祖父から教わったのも、もう十年以上前のことになるので、具体的な説明があったとしても覚えていない。

 もっとマシなアドバイスができないかなと悩んでいると、有咲の口元から小さく音が聞こえた。

 

「できたっ!」

「有咲! 今のいい感じじゃん」

「さすが学年一位。今のシキ兄の説明でわかったんだね」

「もう一回やってみせてよ!」

 

 香澄に言われ、もう一度挑戦する有咲。途切れ途切れではあるが、確かに音は鳴っている。

 それに触発された香澄が「よーし」と言って再度草笛にトライする。

 

「ピーって感じで……」

 

 しかし、香澄の口元からは空気しか漏れていない。

 

「え〜、なんで〜? 有咲、教えて〜」

「仕方ねえな。ほら、こうやって」

 

 有咲のアドバイスのもと、再び挑戦してみる香澄。

 その隣で鈴音も草笛に挑戦してみる。

 最初はなかなか音が鳴らず苦戦するふたりだったが、有咲のアドバイスのおかげでだんだんと音が出るようになっていった。

 

 

 

 

 ♢ ♢ ♢

 

 

 

 

「次! あれやろうよ!」

 

 草笛体験を終えた詩希たちは、その後も様々な催し物を回った。

 正確には香澄が興味を持ったものに片っ端から挑戦していき、その後を必死に追いかけると言った方が正しいかもしれない。

 カヤックをやって疲れたかと思えば、次の瞬間絵手紙コーナーに突撃している。休む気配のない怒涛の動きに、振り回される詩希たち。

 

「香澄ちゃんって、いつもあんなに元気なの?」

「すいません……ああいうやつなんです、香澄は」

 

 どことなく申し訳なさそうにする有咲。香澄のパワフルさに慣れている有咲と鈴音はいつも通りではあるが、これを初めて体験する詩希は少しだけ面食らっていた。鈴音がよく友達の話をするので、なんとなく戸山香澄がどういう人間なのかを聞いてはいたが、ここまでパワフルだとは想像していなかった。律希も割とアグレッシブな性格をしているが、人が違えばそのアグレッシブにも違いがあるんだなと学んだのは、いい勉強になったのかもしれない。

 遊びに遊び尽くし、ようやく広場のところにやってきたところで、

 

「ねえ、少し休憩しようよ」

 

 と、鈴音が言った。

 さすがの鈴音も、動きっぱなしに疲れたのだろう。

 広場にやってきたということもあって、自然とこの場所で休憩する流れになった。

 この公園はキャンプ場としても利用できるらしく、広場もそれなりに広い。調理場もあるようだが、今日は鈴音がお弁当を作ってきているようなので使う機会はなさそうだ。

 鈴音はバッグからレジャーシートを取り出す。持ってきたシートはそれなりの大きさのもので、四人で休憩するには十分な広さだ。

 続けてお弁当を取り出し並べる。蓋を開けてみれば、おにぎりやサンドウィッチ、唐揚げに卵焼きとなかなかに気合の入ったお弁当に仕上がっているではないか。

 

「わ〜! 美味しそう!」

「これ、鈴音がひとりで作ったのか?」

「そうだよ」

「すげえー、よくひとりで作れるな」

「わたしが誘ったんだもん。これくらいはやって当然だよ〜」

 

 だから朝早くに起きてたのか、と詩希は珍しく朝早くに鈴音を見かけた理由を知って納得していた。これだけの量を作るのであれば、早起きして相当気合を入れなくてはいけないだろう。我が妹の気合の入れ具合に称賛していると、

 

「おっ、ナイスタイミングで俺合流してんじゃん〜。いただきまっすー」

 

 そんな軽い声と共に、ヒョイっと、詩希の横から伸びてきた手がサンドウィッチをひとつ取り上げる。

 全員の視線が詩希の横に向けられる中、詩希だけが呆れた顔で振り返った。

 そこにいたのは、サンドウィッチを頬張る律希の姿。

 

「律希、行儀悪いぞ」

ほまはいほと(細かいこと)ひにすんなって(気にすんなって)

「食べてから喋れ、食べてから」

 

 三口でサンドウィッチを食べ終わると、ブーツを脱いでレジャーシートに腰を下ろす。そしてそのままの流れでふたつ目のサンドウィッチを手に取ると、

 

「うん、うまい」

 

 と、感想を述べた。

 

「おかえり、リツ兄。調べ物は終わったの?」

「ああ。十分にな。あとは家に帰ってまとめるだけ」

「何を調べてたんですか?」

「んー、気になる?」

「はい!」

 

 律希の問いに対して、うんうんとうなずく香澄。その隣では鈴音も知りたいのか、同じように首を縦に振っている。

 

「仕方ないな、そこまで気になるなら教えてあげよう。います俺が調べてるのは──」

 

 不適な笑みを浮かべる律希。

 あ、これ絶対ロクなこと言わない顔だと詩希が思っていると、

 

「──宇宙人との交信の仕方だ」

 

 やけにキメ顔でそう言うのだった。




次回、いよいよ彼らの日常が……。

感想などお待ちしております。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6話 俺たち、ウルトラマンになります 6/転換

「──宇宙人との交信の仕方だ」

 

 

「は?」

「はい?」

「はあ?」

「ええ!?」

 

 キメ顔で言い放った律希に向けて、詩希、鈴音、有咲、香澄はそれぞれ反応を示した。多数が困惑と呆れるを示す中、ひとりから驚きの声を上げさせることができたのは、律希にとって満足のいくことだったのだろう。その表情は非常に満足そうである。

 

「律希さん宇宙人と交信できるんですか!?」

 

 そんな中、唯一食いついた香澄が身を乗り出して律希に迫った。

 

「宇宙人って本当にいるんですか!?」

 

 連続して問われる律希だったが、満足そうな表情のまま動かない。

 

「答えてください律希さん!」

 

 何も言ってくれない律希に痺れを切らしたのか、ジャケットの袖をつかんで揺する香澄。

 そんな香澄に向けて、有咲が呆れた声を上げる。

 

「香澄、普通に考えてありえないだろ」

「リツ兄、頭打ったの? 病院行く?」

「ちょっとちょっと、お兄ちゃんに向かってその言いようはひどくない? かすみんを見習って食いつこうよ」

「その食いついた香澄ちゃんをスルーしているのはお前だろ」

「おう。言ってみたはいいけど、どう続けていいかわからなくなって黙ってることにした」

 

 詩希からの指摘に、律希は誤魔化すことなく正直に応える。

 

「お前な……言ったからには最後まで貫けよ」

「だって嘘だし」

「嘘なの!?」

「気づけよ!!」

 

 有咲のツッコミが響く中、律希は再びサンドウィッチを手に取る。

 

「だって、実際やってたのって気候調べたり、昼間に出てる月を観察したりだぞ? そんなの正直に話してもつまんないじゃんかよ」

「だから、宇宙人と交信ですか……」

 

 若干呆れてる有咲の問いに、サンドウィッチをひと口かじった律希は「うん」と頷きながら、

 

「まあ、かすみん以外食いつてこないだろうなとは思ってたけど」

 

 と、言った。

 自分でも食いつく人と食いつかない人の判断はできていたようだ。そうであるなら、食いついた人の対応も考えておくべきなのではと、詩希は思った。

 もぐもぐ、とサンドウィッチを咀嚼する中、ふと思い出したように香澄が律希に訊く。

 

「そういえば、律希さんは大学で宇宙に関することを学んでるんですよね?」

「宇宙っていうか……まあ、大きな括りで言えばそうか。宇宙考古学や宇宙に関すること、あとは星に関することとかその他いろいろと学んでいるから、ある程度正解かな」

「そ、そんなに学んでるんですか……」

「リツ兄は昔から、気になったらとにかく調べてたり行動に移してたもんね〜。自分が納得するまで絶対にやめないの。もう好奇心の塊って感じ」

 

 鈴音がニヤニヤと言ってくると、律希は即座に言葉を返す。

 

「いやいや、俺より兄貴の方が好奇心の塊だったぞ。ガキの頃なんて、メジャーなスポーツ大半に手出してたじゃん」

「そうなんですか?」

 

 香澄に問われ、詩希は思い出すように視線を上に向ける。

 

「まあ、野球、サッカー、テニス、水泳、バスケ……こうして振り返ってみると、割とやってるな」

 

 この他にも、親戚などの縁でバレーボールやバドミントンも経験している。そう考えてみると、本当にいろいろやっているんだなと改めて思った。

 どのスポーツも『やってみたい』という好奇心から始めたものばかりであり、その理由だけでこれだけのスポーツを経験しているとなると、好奇心の塊と言われても仕方ない。

 

「高校のときは、弓道部に入ろうとしてたんだぜ? 結局入らなかったけど」

「弓道部ですか……詩希さんも香澄に負けずアグレッシブじゃないですか」

「まあ、そう言われればそうなんだけど……でも、おれはどれも途中で諦めてるから。それに今はもう“挑戦”なんてやめちゃったし、ずっと挑戦し続けてる律希には敵わないよ」

 

 と、素直なことを言葉にした途端、律希がギョッとした表情でこちらを見てきた。

 

「……え? 何? 兄貴がそんなこと言うなんて……明日は雨でも降るのかよ……」

「おい、なんでそうなるんだよ。おれは普通に褒めただけだぞ」

「冗談冗談。その真面目な返し、兄貴らしいわ」

 

 弟に微笑ましいものを見る目を向けられる兄。

 なんとなくむすっときた詩希だったが、自分が冗談に対して真面目に返してしまうことはよくあることなので、ここで言い返しても残念ながら無駄である。

 結局言葉を返すことができないので、詩希は大人しくおにぎりをひとつ手に取ることにした。

 

「宇宙に関することを学んでるってことは、やっぱり将来は宇宙飛行士とかになりたいんですか?」

 

 これだけ宇宙に関することを学んでいるのだから、香澄が投げかけた質問は気になって当然のことだろう。

 しかし律希は、

 

「いや、目指してねえな」

 

 と、言った。

 

「ええ!? 目指してないんですか?」

 

 律希の返答に反応を示したのは有咲だった。

 

「一回は考えたことあったけど、今はとにかく宇宙についていろいろ知りたい気持ちが勝ってるかな。ま、それにほら、いつ他のに興味持つかわかんないから、広く浅くにとどめてるの」

「まあ確かに、宇宙飛行士目指している途中で別のものに興味出たら、絶対そっちに移るよな、お前は」

「さすが兄貴、弟のことわかってるねぇ〜」

 

 そう言って、兄の肩を叩く律希。

 そんな律希に向けて、ポツリと有咲が呟く。

 

「……律希さんって、結構自由に生きてますね」

「あったりまえよ。たった一度の人生、自由に生きなくてどうするんだって話だ。だから若きふたりも、自由に生きるのじゃぞ」

「はい! 戸山香澄、人生自由に生きます!」

「お前はもう自由に生きてるだろ」

「律希は自由すぎな」

 

 有咲と詩希からツッコまれたふたりは、互いに見合って笑うのだった。

 

 

 

 

 ♢ ♢ ♢

 

 

 

 

 賑やかな昼休憩を終えた詩希たちは、紅葉狩りの続きをすることにした。振り返れば、先ほどは催し物ばかりを楽しんでいて、肝心の紅葉(こうよう)の景色を楽しんでいなかったのだ。だから今は、純粋に赤と黄色の世界を見て回っている。

 燃える様な赤と黄金のように輝く黄色。その光景に詩希たちは目を奪われていた。

 

「すげ〜、マジで綺麗に色づいてんじゃん」

 

 有咲が目の前に広がる紅葉に感想を述べる。

 すると、その隣にやってきた律希が同意の言葉を続けた。

 

「アリッサの言う通りだわ……こんな綺麗な紅葉、初めて見たぞ」

「だから、アリッサはやめてください!」

 

 律希の口から放たれた自身のあだ名に、即座に反応を返す有咲。

 

「ええ〜、まだ不服なの?」

「かわいいのにね、アリッサ……ふふふ」

「香澄! 笑ってんじゃねえ!!」

「ごめんってば〜!」

「アリッサが吠えたー!」

 

 ピューっと脱兎のごとく逃げていく香澄と律希。その背中を追おうとする有咲だったが、ふたりに足では勝てないと瞬時に判断すると、踏み出そうとした足を止めた。

 そこへ、入れ替わる形で詩希が申し訳なさそうな顔をしてやってくる。

 

「ごめんね、有咲ちゃん。律希が変なあだ名で呼んじゃって」

「あ、いえ。詩希さんが謝るようなことじゃ……」

「お詫びにこれ、おひとついかが?」

 

 そう言って詩希が差し出してきたのは、透明なパックに入った三本の三色団子。

 

「さっき買ったんだ。美味しそうだったからつい」

 

 あははは、と少し恥ずかしそうに笑みをこぼす詩希。

 

「……いただきます」

 

 差し出されては断るわけにもいかず、一本いただく有咲。ふと、自分だけもらうなんて、と思ったが、香澄の方を見てみれば鈴音が詩希と同じ三色団子のパックを持っており、律希と一緒に一本ずつもらっているところだった。

 

「うん、美味しい」

 

 隣では、先にひと口食べた詩希が感想を述べている。

 有咲もひと口食べてみると、もちもちとした食感が口いっぱいに広がった。視線を少し移動させれば、綺麗に色づいたもみじが広がっており、赤と黄色に囲まれた中食べる三色団子はいつもと違うように感じる。

 

「それにしても、本当、香澄ちゃんって元気だよね。いつもあんな感じなの?」

 

 詩希がそんなことを訊いてきた。詩希の方を見てみれば、視線は香澄たちの方に向かっており、有咲もつられて視線を向けてみると、団子を手に和気藹々としている香澄の姿があった。

 

「ええ……まあ。大体香澄はあんな感じですよ。いつも突発的に物事を思いついて、深く考えずに初めて、無鉄砲で、こっちの都合なんてお構いなし。振り回される身にもなってほしいですよ」

「あははは、苦労してるんだね」

「してますよ。バンドだって巻き込まれて始めたんですから」

「そうなんだ。そう言えば、初めてステージに立ったのは、りみちゃんのお姉さんが来るまでの時間稼ぎだっけ?」

 

 鈴音から聞いた話であるため詳細までは知らないが、有咲が初めてライブハウスのステージに立ったのは、Poppin’Partyのメンバーである牛込りみの姉が所属するバンド『Glitter*Green』がライブハウスに来るまでの時間稼ぎとしてらしい。なんでも、トラブルで時間に間に合わなくなってしまったGlitter*Greenをなんとしてもステージに立たせるべく、香澄が突然ステージに立ったと聞いている。

 

「あー、そうですねー」

 

 当時のことを思い出したのか、有咲の表情が曇る。

 しかし、完全に嫌な思い出ではないらしく、複雑な表情へと変わった。

 そして、懐かしむ様に、どこか嬉しそうに、次第に有咲の表情が変わっていく。

 

「……でも、今思えばあれがあったからこそ、今の私があるっつーか……あれがきっかけで、いろいろと私の世界が広がった気がするんです。あれがあったから、香澄がいたから、今の私がいる」

 

 そう語る有咲の表情は、とても活き活きとしている。

 

「そうみたいだね」

「え?」

「有咲ちゃん、今すごくいい表情してる。バンド、本当に楽しいんだね」

「……」

「振り回されてみて、初めて見えたりするものがあるんだよ。おれも律希に振り回されることがあるけど、そのおかげで、いろいろと見えたものがあってさ。不思議だよね。あのふたりには、そういう力があるのかな?」

「……かも、しれないです」

 

 振り回されるのは、本当なら避けたいことだろう。

 しかし、戸山香澄という少女に振り回される場合に関しては、逆のことが言えるのかもしれない。なぜなら、振り回されて、巻き込まれたからこそ見えた景色がある。それは普通だったらみる機会のない光景。バンドを初めて、ステージに立って、たくさんの歓声を受けて、人付き合いが苦手で不登校になった自分が、今では普通に学校に通っている。

 全部、香澄と出会って変わった。

 香澄と出会ったから、今の自分がいる。

 そう思うと、なんだか恥ずかしくなってきた。

 

「本当、香澄は不思議なやつです」

「そっか……ところで、さ。その香澄ちゃんなんだけど……どこいったかわかる?」

「え?」

「律希と鈴音も、三人合わせてどっか行っちゃったみたい……」

 

 有咲は慌ててさっきまで三人がいた方角に視線を向ける。

 しかしそこに、三人の姿はなかった。

 そこにあるのは、香澄たち以外の紅葉狩りを楽しむ人々だけ。

 

「……」

「……」

「……はあ」

「……なんか、ごめんね」

「謝らないでください。香澄が目を離したすきにいなくなるのは、考えれば予想できたことなので」

 

 そう言って、有咲はポケットからスマートフォンを取り出す。

 

「とりあえず、連絡してみます。この人混みだから気づかないかもしれませんけど……」

「うん、お願い。おれも鈴音に電話を……」

「? どうかしたんですか?」

 

 語尾が小さくなっていった詩希に、疑問を感じた有咲は視線を向ける。

 詩希は何やら辺りを見回していた。

 

「いや、また、声がして……え」

 

 そして、空を見上げた瞳が大きく開かれた。

 まるで、信じられないものを見ているかのように。

 

「詩希さん?」

「……なんだ、あれ」

 

 その声は震えていた。一体何を見れば声が震えるのか気になった有咲は、詩希と同じ方角に視線を向けてみる。

 そして、同じように驚きで目を見開いた。

 

 

 

 

 青が広がる空に、一点、暗い青色をした雲が広がっている。

 

 

 

 

「……え?」

 

 有咲の思考が一瞬、フリーズした。

 なんだあれは? 

 何かのドッキリ? 

 何かのマジック? 

 超常現象? 

 様々な単語が有咲の脳を次第に駆け巡る。

 暗い青色をした雲なんて聞いたことがない。しかも、その雲は徐々にその大きさを肥大化させていく。

 今のこの場にいる誰もが、空の雲を見ている。

 得体の知れない雲に、次第に恐怖を感じる有咲。

 そんな有咲の手を、詩希が握ってきた。

 驚きと、異性に手を握られたと言うことにドキッと心臓が大きく跳ねる有咲だったが、詩希の険しい表情を見て、そんなピンク色の思考は吹き飛んだ。

 

「有咲ちゃん、逃げ────」

 

 ──るよ、とは続かなかった。

 それを遮るかのように、激しい雷鳴と轟音を立てて()()()()()が空から落ちてきた。

 




そして、世界の終わりがやってきた。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7話 俺たち、ウルトラマンになります 7/空から落ちてきた絶望

[行間]

 ──苦しい。
 息が詰まるほど苦しい。
 頭が重い。
 まるで風邪をひいたかのような感覚。
 さっきまではなんともなかったのに、どうして急に? 
 苦しい、苦しい、痛い、痛い、誰か──助けて。


 これは、夢だろうか。

 それとも現実か。

 ……いや、本当はわかっている。これが現実だということを。

 しかし、脳がそれを処理できていない。耳に聞こえてくる悲鳴、頬を撫でる熱波、体中を駆け巡る恐怖、それら全てが今目の前で起きていることが現実だと証明している。

 それなのに、脳が処理できていないせいで、夢と現実の狭間のように感じるのだ。

 そんな曖昧な感覚の中でも、ひとつだけ判ることがある。

 それは、走らなければ死ぬということ。

 だから走る。走る。走る。

 ただひたすらに、迫る“死”から逃げるために足を動かす。

 

 

 

 

 ♢♦︎♢♦︎♢♦︎

 

 

 

 

 空から落ちてきたのは、背中に四本のコイルのようなものを備えた巨大生物だった。黒っぽい茶色の体に、鋭利な牙がずらりと並んだ口。不気味な四つの黄色い光は目だろうか。怪獣映画に出てきそうな巨大生物の出現に、人々は一瞬だけ好奇心をくすぐられ、カメラアプリを起動したスマートフォンを向ける。

 だが、好奇心はすぐに絶望に変わった。

 巨大生物が背中のコイルから電撃を放ち、あたり一面を地獄へと変えたのだ。

 紅蓮のように真っ赤だった紅葉が、本物の紅蓮に燃える。

 誰もが一斉に走り出した。悲鳴を上げ、アレは“死”をもたらすものだと理解した人々の顔が恐怖に染まる。

 走る人々の群れはまるで濁流だ。我先にと、他人を押し倒してでも生きるために走る。

 休日だったことが、最悪の方向に転んだ。悲鳴が響く森林公園はあっという間に地獄絵図と化した。

 そんな流れる濁流の中に詩希の姿があった。

 

「有咲ちゃん!!」

 

 濁流からはじき出されるように抜け出した詩希は、有咲の名を叫ぶ。

 しかし、どこにも有咲の姿はない。逃げ惑う人々の中に、有咲の姿が見当たらない。

 この最悪の状況で有咲と逸れてしまったのだ。

 

「くそっ!」

 

 吐き捨てて、有咲の手を握っていたはずの自分の右手を握り込む。

 この手は、確かに有咲の手を握っていた。しかし、巨大生物の姿を認識し、恐怖から逃げ始めた人たちの濁流に飲み込まれ、離れてしまったのだ。それに気づき、有咲の手をもう一度掴もうとした詩希だったが、逃げる人々の阻まれ、気づけば姿を見失ってしまっていた。

 スマートフォンで連絡を取ろうにも、こんな状況のせいか電波が混雑していてつながりにくくなっている。これではいつ相手につながるかわからない。連絡手段はないと考えるべきだ。

 

「落ち着け……落ち着けっ……!」

 

 爆発しそうな心臓を抑えるため、何度も口に出して言う。

 こういった状況こそ、冷静な判断が必要になってくる。焦っていてはまともな判断ができないのだ。非常事態の時こそ、落ち着いた方がいい。

 だが、有咲を見失ってしまったこと。そして何より“巨大生物出現”という非現実的な状況を前にして、落ち着けるわけがない。

 何より、破壊行動を続ける巨大生物の姿が、詩希に嫌なことを連想させる。

 

「鈴音、律希……香澄ちゃん、有咲ちゃん……全員、無事だよな……」

 

 この場にいないメンバーの安否が気になる。どうか無事でいてほしいと願うが、破壊行動を続ける巨大生物を前にすると、どうしても最悪の結果が頭を横切る。

 つまり、誰かの命が消えるかもしれないということ。

 そもそも、“巨大生物出現”というアニメや漫画の中でしかないような出来事が起きている今、無事な場所はあるのだろうか。あの巨大生物が出現してからまだ数分しか経っていないが、あたりはもう地獄絵図だ。多くのゲガ人、下手すれば死者だって出ているかもしれない。

 こんな状況で、全員が無事でいられる確率は極めて低いだろう。

 だから、詩希の心が余計に不安に押しつぶされていく。この場を無事に逃げられたとしても、あの巨大生物をどうにかしない限り、無事なんてない。待っているのは『終わり』だけ。

 まさに絶望。

 これが絶望なのだろう。決して覆すことのできない絶望。

 今日、この世界が終わる。

 全てが、終わる。

 そんな絶望に突き落とされる中、

 

 

 

「兄貴!!」

 

 

 

 聞き覚えのある声が詩希の耳に届いてきた。

 それは、何度も聞いたことのある声。何度も呼ばれたことのあるその声が耳に届いたときにはすでに、詩希は声の方に振り返っていた。

 

 

 

 そこに、律希がいた。

 

 

 

 

 弟の姿を確認し、その顔に安堵の色が生まれる。

 詩希は急いで弟の元へ走った。

 その瞳が潤んでいるのは、きっと気のせいでは──

 

「律希! 無事だっ──」

「──兄貴何あれ! すごくね!?」

 

 ──ないと言いたかった。

 先ほどまで潤んでいた瞳は、やたらとキラキラとした瞳で巨大生物を指差す弟の姿を前に消え失せた。

 残ったのは、こんな状況で好奇心が勝っている弟に対する呆れと、一周回って生まれた尊敬だけ。

 

「……こんな状況でも好奇心が勝っているお前は大物だよ」

 

 普通であれば“恐怖”と“不安”しかないこの状況で、一体どんな神経をしていれば目をキラキラとさせることができるのだろうか。余程肝が据わった性格をしているか、ただ単純にアホなだけか。

 おそらく前者であると思っているが、いくら好奇心旺盛な性格をしているからといって、こうなるのは話が別な気がする。

 とはいえ、弟が無事であることに変わりはない。吹き飛んだ感情が徐々に戻ってくる中、合流したのが律希ひとりだということに気づき、再びざわつき始める。

 

「お前……香澄ちゃんと鈴音と一緒じゃなかったのか?」

「え? ああ。逸れた」

 

 そのひと言に再び詩希の感情が爆発する。

 

「はあ!? お前、こんな時にふざけるなよ!! どうして一緒にいないんだよ!!」

「兄貴だって! アリッサと一緒にいたのに今いないじゃん!! 逸れたんでしょ!?」

 

 怒鳴られた律希が即座に言い返す。

 

「っ、それは、そうだけど……」

「ほら〜、兄貴だって人のこと言えないじゃん〜」

「お前なあ……そんなこと言ってる場合じゃ──」

 

 

 

 

『GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!』

 

 

 

 

 ──巨大生物の咆哮が空気を震わせた。

 

「……兄貴の言う通り、ふざけてる場合じゃないな」

「どうする……香澄ちゃんたちを探しに行くか……それとも、おれたちも避難するか……どうする……どうすればいい……」

「考えたって仕方ないだろ。ここは──」

 

 律希の言葉を遮るかのように、詩希の耳に“声”が聞こえてきた。

 

「……今、声が」

「……やっぱり、兄貴も聞こえてるんだな」

「“も”って……まさか、お前にも?」

「ああ。たぶん、兄貴と同じ時期。初めは夢からでしょ? 内容は、女性の声。何かを頼んでいるよな声で、最初は夢の中だけだったのに、次第に現実でも聞こえるようになった」

 

 律希の問いに詩希はうなずく。

 それを受けて、律希は真面目なトーンで語り始める。

 

「実は、今日の車の移動中と、ここにきてから別行動をしている間、周囲の音を録音してたんだ。そしたら、俺と兄貴が聞こえてる“声”は録音データにはなかった。空耳、幻聴の可能性も考えたけど、今ので確信した。これは、俺と兄貴しか聞こえてない声だ。ふたり一緒のタイミングで幻聴を聞くなんてありえない」

 

 律希は詩希をまっすぐと見て、

 

「今からすごくバカなこと言うけどいい?」

 

 と言ってきた。

 

「この、“巨大生物出現”っていうアニメや漫画の中でしかあり得ない状況で、俺たちにだけしか聞こえない特別な声がある。これって、()()()()()()()()()()()()()()()なんじゃないかなって俺は考えてる」

「……」

 

 普通なら『あり得ない』と一喝していただろう。何バカなことを言っているんだと罵倒しているかもしれない。

 だが、今回は違う。

 律希の言葉に一理あると思っているのだ。非現実的な状況だからこそ、非現実的な可能性があってもいいのかもしれない。

 いや、これはむしろあってくれないと困る。こんな絶望的な状況で、なんの希望もないのはあまりにもひどすぎる。

 この絶望をひっくり返せる、ほんの小さな希望の可能性がもし“声”なのだとしたら、詩希たちが起こすアクションはひとつしかない。

 

「律希」

 

 ひと言。詩希は弟の名前を呼んだ。

 そのひと言で、律希も理解したのだろう。うなずき、ふたりは走り出そうとして、

 

 

 

 

 聞き覚えのある少女たちの悲鳴を聞いた。

 

 

 

 

「──今のって!」

「香澄ちゃんの声だ!!」

 

 ふたりの顔が焦りの色に染まる。

 走り出すふたり。

 森林の中を駆け抜け、その先で見たものに息を飲んだ。

 

 

 

 

 巨大生物を前に腰を抜かしている香澄と、そのそばに寄り添う有咲の姿。

 そして、そのふたりを四つの黄色い光が捉えているということ。

 

 

 

 

「「────っ!!??」」

 

 ぞくりと、ふたりの背筋に嫌なものが走る。

 今、あの巨大生物は間違いなく香澄と有咲に視線を向けている。その姿を、その存在を認識している。

 それが何を意味するか分からない──いや、考えたくないと言った方が正しい。このまま何もなく無視されるか、それとも何かしらのアクションを起こすか。

 わからない、という恐怖を頭で理解した時、詩希はすでに行動に出ていた。

 走り出しす詩希。転がっている石を何個か手に取ると、巨大生物目掛けて投げた。

 

「こっちだ! おれに気づけ!!」

 

 巨大生物の注意を引こうと、石を投げ声を上げる。

 側から見れば非常に危険な行為。自分の命を危険にさらす行為は決して褒められたものではないだろう。だが、そんなことを考えている暇などなかった。香澄と有咲の身に危険が迫っていると認識した時はすでに体が動いていたのだ。

 

「兄貴!!」

 

 詩希のあまりにも危険な行動に律希から声が飛ぶ。

 しかし、詩希は止まらない。否、止まることを許されないのだ。今ここで足を止めれば、間違いなく死に直結する。

 その証拠に、巨大生物が電撃を放つ。

 

「!?」

 

 咄嗟に体を投げ出し、地を転がる。回避できたのは奇跡だろう。

 だが、いつまでも地に転がっているわけにはいかない。急いで立ち上がり、巨大生物に視線を向ければ、次の攻撃行動に移っている。

 詩希は急いでその場から飛び退いた。

 巨大生物の腕が鞭のように伸び、さっきまで詩希がいたところに振り下ろされる。鞭自体は回避することができた。しかし、地面を叩いた衝撃と、砕かれた土が詩希の背中を直撃する。

 

「がはっ!」

 

 肺から酸素が吐き出される。

 背中に感じる激痛。体から力が一気に抜けた。

 たった二撃。それだけで詩希は詰んだ。体を動かそうとしても、背中の激痛が邪魔をする。立ち上がることができない。

 

「く、そ……」

「兄貴!!」

 

 律希が血相を変えて駆け寄ってくる。

 来るな! と叫びたいが声が出ない。

 その上では、死を告げる光が帯電している。

 そして、律希の伸ばした手が詩希に届くとき、

 

 

 

 

 死の雷撃がふたりを消し去った。

 

 

 

 




先週は更新できずすいません。
本日より、更新再開です。

そして、次回いよいよ登場します。






目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第8話 俺たち、ウルトラマンになります 8/舞い降りし希望






「……ん? あれ? 生き、てる……?」

 

 体に感じる謎の浮遊感に詩希は目を覚ます。そして、自分が生きていることに疑問の声を上げた。

 たしか、律希と一緒に巨大生物の電撃を受けたはず。人間があの電撃を受けて、生きているはずがない。それなのに、こうして意識があるのはなぜだ? 

 呆然とする詩希は辺りを見回して、

 

「なんだ、ここ……」

 

 驚きで目を見開いた。

 詩希がいるのは、白一色に輝く光の空間だった。辺りを見渡しても、白い輝き以外何もない。上下左右どこまでも白い輝きが続いている。

 ふと、ここが死後の世界なのかと思った。それなら、こうして意識があるのも理解できる。

 

「……兄貴?」

 

 隣から、律希の声が聞こえた。

 どうやら律希も同じ空間にいるようだ。目が覚めたばかりなのか、若干まぶたが半分しか開いていない様子だったが、すぐにカッと見開かれる。

 

「──って、ここどこ!? 天国!? それとも地獄!? 俺たちどうなったの!?」

「わからない……ここがどこなのかも、おれたちがどうなったのかも……」

「たしか、あの巨大生物の雷撃を受けた……よな?」

「ああ。そこまではおれも覚えてる」

「ならやっぱりここは死後の世界!?」

 

 嘘だろー! っと頭を抱える律希。

 律希もいること考えると、ふたりがあの電撃を受けたことは間違いないようだ。ならばここは、死者が最初に訪れるところで間違いないのかなと考えていると、突然ふたりの前に光が灯った。

 眩しさから顔を隠す兄弟。やがて光が収まると、そこには全体的に青色をした大きなアイテムと、メダル型のアイテムが四つ。そしてそれを収納すると思われるホルダーが現れた。

 

「なんだ、これ……」

「もしかして、さっき俺が言った『何かしらの力』?」

 

 ふたりの前に漂うアイテムたちは、小さな輝きを放つ。

 そして、声が聞こえてきた。

 

『──戦って』

 

 聞こえてきたのは、ふたりがここ最近聞こえるようになった声。今までとは違い、はっきりとした女性の声が聞こえる。

 

『戦って。この力で、怪獣を倒して。そして彼女を救って……!』

「彼女? 彼女って誰?」

『お願い、彼女を救うにはあなたたちに戦ってもらうしかないの』

 

 詩希の言葉に対する返答はない。女性の声が、一方的に願いを告げてくるだけ。

 そして次の瞬間、ふたりは頭を押さえる。脳にとある光景が流れ込んできたのだ。ふたりの青年が、先ほどの青いアイテムを構え、巨人へと姿を変える光景。

 銀色の体に黒いライン。手、足、胸、頭部が赤色の巨人。

 黒い体に銀色のライン。手、足、胸、頭部が青色の巨人。

 やがて光景は、巨人へ変身したふたりが様々な巨大生物たちと戦うものへと変わっていく。

 それは、戦いの記録。

 それは、力の使い方の記録。

 それは、あの絶望しかない状況に、希望をもたらす力の記録。

 

「……あれを使えば、俺たちも巨人になれるってこと?」

「たぶんな」

 

 律希の言葉に、半信半疑でうなずく詩希。

 

『この力は、あなたたちに様々な試練をもたらすかもしれない。あなたたちに、残酷な運命を告げるものかもしれない。それでも、あなたたちにか託せない。あなたたち兄弟しかいないの。お願い、彼女を救って──』

 

 そこで、女性の声は止まった。託す言葉を言い終えたのか、それとも詩希と律希の決断を待っているのか。

 ふたりはお互いに顔を見合わせる。

 詩希はまだどこか迷いのある表情をしているが、律希の方は既に気持ちが決まっているようだ。今すぐにでも手を伸ばしたいのに、そうしないのは詩希の決断を待っているからなのか。

 

「兄貴」

 

 律希が詩希を呼んだ。

 催促するような声音。

 詩希はため息をこぼして、律希につられる形で覚悟を決めた。

 ──言いたいことはたくさんある。この力を手にすれば、先ほどの女性の声の通りいろんなことが待っているだろう。しかし、今こうしている間にも鈴音たちの身に危険が迫っているかもしれない。

 なら、ここで止まっている暇はない。

 

「──行くぞ、律希」

「よっしゃ!」

 

 ふたりは、同時にその手を伸ばした。

 

 

 

 

 ♢♦︎♢♦︎♢♦︎

 

 

 

 

 そして、絶望の最中に希望の光が灯った。

 破壊を行なっていた巨大生物が、その手を止めて空を見上げる。

 空から舞い降りてくる光は──ふたつ。

 銀色をベースに黒いライン。手、足、胸、頭部が赤色の巨人──ウルトラマンロッソ。

 黒をベースに銀色のライン。手、足、胸、頭部が青色の巨人──ウルトラマンブル。

 二体の巨人は、砂埃を上げて着地した。

 逃げ惑う人々がその足を止めて舞い降りたウルトラマンに視線を向ける。

 新たな巨大生物の出現。それが二体ともなれば、人々が感じるのは困惑と恐怖。あの巨人は見方なのか、それとも敵なんのか。誰もが固唾を飲んでウルトラマンを見ていた。

 一方で、ウルトラマンへと姿を変えた葵兄弟は、

 

「……なんだよ、これ」

「すげえ……人が石ころみてえだ。面白え〜」

 

 目の前に広がる光景の変化に驚いていた。

 無理もない。今まで見上げていた木々たちが自分の膝丈ほどしかなく、人間は掌に乗りそうなほど小さく、車もまるでラジコンのように見えるのだ。今まで見ていたものが、全て小さく見える。対等に見えるのは、目の前の巨大生物くらいだろう。

 高いところに立っているとは違う感覚に戸惑いを見せる詩希と、反対に面白そうにはしゃぐ律希。

 そんな律希を宥めようとして、視界の端にふたりの少女を捉える。

 

「香澄ちゃんと、有咲ちゃん! 無事だったのか……」

 

 詩希が見たのは、先ほどと同じ状態の香澄と有咲だった。香澄の方は腰を抜かしたままで、有咲はそばに寄り添うような形で香澄の隣にいる。ふたりとも、ウルトラマンの登場に驚いているようだが、有咲の方はその表情が絶望に染まっている。

 きっと、ウルトラマンを敵だと思っているのだろう。その誤解を解こうとする詩希だったが、その前に巨大生物が威嚇をしてきた。

 ふたりの意識を切り替わる。

 

「……よーし、行くぞー!」

「ああ、おい! まったく」

 

 律希──ウルトラマンブルが勢いよく駆け出す。その後を詩希──ウルトラマンロッソが追いかける。

 巨大生物も迫ってくる巨人を迎え撃つため、雄叫びを上げて戦闘体勢に入る。

 激突する巨大生物とブル。ブルのタックルを受けても、巨大生物は怯まない。まるで巨大な岩にぶつかったかのような衝撃が返ってきて、ブルがよろめいた。

 体制を立て直し、再び巨大生物へ迫るブル。ゼロ距離で始まる攻防を見て、ロッソどうしようかとその場でたたらをふむ。

 一瞬の思考。背後に回って攻撃しようと思いつき、ロッソは巨大生物の背後に回る。しかし、その動きは読まれていたのか、ブルの相手をする傍で腕を触手のように伸ばしてきた。

 横から殴られ、地に倒れるロッソ。

 

「兄貴!」

 

 兄の行方を気にしてしまう弟。

 その隙をつかれて、巨大生物がブルを押し返す。雷の追撃がブルを襲い、地へと沈めた。

 地へと倒れ伏すブルと入れ替わるように、立ち上がったロッソが攻め込む。巨大生物の頭部を掴み、押さえ込むように力を入れるが、あっさりと振り解かれてしまう。

 再び攻め込むブル。大振りの拳はあっさりと躱され、電撃によって再び倒される。

 背後から飛びつくロッソだったが、触手のように伸びた腕に胸を打たれ後ろへ吹き飛ぶ。

 

「くそっ!」

 

 体に感じる痛みに堪えながら、吐き捨てる詩希。既に額には汗が浮かんでおり、歯が立たない悔しさから拳を握りしめている。

 

「なんでだよ……全く歯がたたねえじゃんか! 力手に入れて、一発逆転する展開じゃねえのかよ!」

「力は貰えても、使いこなせるかはおれたち次第ってことか」

 

 詩希の言葉通り、使いこなせるかは詩希たちの力量にかかっている。今のレベルでは、巨大生物一体とまともに戦うことすらできないレベルなのだろう。これでは、せっかく貰った力なのに宝の持ち腐れだ。

 再び攻め込むロッソとブルだったが、巨大生物のタックルによって大きく吹き飛ばされる。

 

「あーもう! 一体どうすりゃいいんだよ!?」

「落ち着けって! 焦っても仕方ないだろ!」

「このままだと負けちまうぞ!? どうすればいい!?」

「だから落ち着けって!!」

 

 思うようにいかないことから焦り始める律希。落ち着かせようとする詩希だったが、詩希もまた敗北のことが頭に浮かび始めていた。

 このまま打開策がなければ、ふたりは負けるだろう。そうなれば、この世界は今度こそ終わる。

 そう考えただけで、背筋が凍る。

 

 

 

 

 自分たちのせいで、世界が終わる。

 それはなんとしても避けたい。

 

 

 

 

 どうするか、と考えていると巨大生物の背中にあるコイルが電気を帯び始めた。

 回避しなければ、大ダメージとなる一撃。

 ふたりはすぐに回避行動にでた。

 しかし、直後、

 

(──待てっ。たしかさっきふたりが見えたはず!!)

 

 詩希──ロッソは自分の背後へと振り返る。

 

 

 

 

 ──そこに、真っ青な顔をした香澄と有咲がいた。

 

 

 

 

「──!?」

 

 このまま回避すれば、巨大生物の一撃は二人を襲う。

 ロッソはすぐに回避行動をキャンセルした。

 ギリギリ、本当にギリギリのタイミングでロッソが回避行動をキャンセルしたことで、電撃は香澄と有咲を襲うことはなかった。

 電撃はロッソの背中を撃ち抜く。

 

「がはっ」

 

 肺から空気が押し出される。

 

「兄貴!? なんで……──っ!!」

 

 回避しなかった詩希に疑問を投げかける律希だったが、兄が何を守ったのかを見てすぐに理解した。

 そして、追撃をしようとしている巨大生物に気づき、咄嗟に右手を伸ばす。右手から放たれる水流。まるで高圧水のような一撃は、巨大生物を怯ませるのに十分な威力を秘めていた。

 続いて、ロッソが体を無理やる動かし、振り向きながら右腕を振り抜く。放たれた火球が巨大生物に大きなダメージを与える。

 地に手を着き、肩が上下するほど呼吸が乱れている中、ロッソは背後に視線を向ける。

 背後にいた香澄と有咲は無事だった。ふたりとも驚いた表情をしており、それがなんだかおかしくて詩希はこっそりと笑みをこぼした。

 

「兄貴! 大丈夫か!?」

 

 (ロッソ)を心配した(ブル)が駆け寄ってくる。

 

「……ああ。なんとか動ける」

 

 まだ痛みが残る体を動かして立ち上がるロッソ。

 

「ごめん、俺気づかなくて……」

「律希。いったん世界のこと忘れよう」

「え?」

「おれたちに世界を守るなんて無理だ。だから、もっと簡単な理由にしよう」

「簡単な理由って……」

 

 

 

 

「後ろにいる香澄ちゃんと有咲ちゃんを守る」

 

 

 

 

 詩希は宣言した。

 

「ふたりを絶対に守ること。ほら、これなら世界を守るより簡単だろ?」

「……ははっ、確かに」

 

 世界がどうこう、なんて難しいことは忘れて、もっと身近なものを守るために戦う。

 今のふたりには、それくらいがちょうどいい。

 だからだろうか。ちょっとだけ肩が軽くなった気がした。

 ふたりは頷き合うと気を引き締め、駆け出す。

 衝突する三体。そのまま力比べとなるが、今度は負けるわけにはいかない。

 

「「負けるかああああああ!!」」

 

 徐々に、巨大生物の足が地を離れていく。

 持ち上げられるとは思っていなかったのだろう。足をばたつかせて、巨大生物が困惑の悲鳴を上げる。

 

「「うおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉおおおお!!」」

 

 そして、見事に巨大生物を投げ飛ばしてみせた。

 悲鳴を上げ、地へと落ちる巨大生物。

 兄弟はハイタッチを交わす。

 起き上がろうとする巨大生物に向けて駆け出すウルトラマン。巨大生物の体制が立て直される前に、パンチ、キックで追撃していく。

 ロッソが左腕を、ブルが右腕を引き絞り、

 

「「せーのっ!!」」

 

 同時に放った拳が、巨大生物の腹部に突き刺さる。

 三度悲鳴を上げる巨大生物。

 

「まだだ!!」

「俺たちの反撃はここからだぜ!!」

 

 絶望に震える少女たちを守るために、ウルトラマンは駆け出す。

 もうふたりの頭に『敗北』なんて文字はない。

 ただひたすらに、守るために戦え!

 




次回、決着!
感想などお待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第9話 俺たち、ウルトラマンになります 9/初陣を終えて


なかなか最後が決まらず、書いては消して書いては消してを繰り返してました。

今回でひとまず終わります。


 巨大生物が巨人(ウルトラマン)に掴みかかろうとするが、二体の巨人はそれを前転して回避する。すぐに体制を立て直し、ロッソが裏拳で巨大生物の頭部を叩く。反撃のために振るわれた腕をブルが受け止め、腹部を蹴り返す。そこへロッソの拳が追撃、さらにブルの回し蹴り、そしてダブルキックで巨大生物に大きなダメージを与える。

 攻撃を手を休めず、追撃をしていく二体のウルトラマン。

 その動きは、先ほどまでとは全く違っていた。

 さっきまでは闇雲に立ち向かっては返り討ちに遭うだけだったのが、ブルの特攻をロッソが援護したり、先ほどのように連携して攻撃するなど攻め方に工夫が見られる。

 もうひとつ、変わったのは動きだけではない。巨人から感じ取れる雰囲気も、さっきまでとは違うと有咲は感じていた。何かやるべきことをはっきりとさせたような感じ。縮こまっていた背中が大きく、そして頼もしく見える。

 

「有咲……もしかして、あの巨人は私たちの味方なんじゃないかな」

 

 さっきまで真っ青だった香澄の表情に、微かさな明るさが戻っている。それは、あのウルトラマンに希望を見出(みいだ)したからだろう。

 この絶望的状況──世界の終わりを連想するこの状況を、覆してくれるであろう希望の光。

 

「……かも、しれない」

 

 それは有咲も同じだった。有咲も、あのウルトラマンに希望を抱き始めている。巨大生物を倒し、世界の終わりを阻止してくれると。

 最初は戸惑いしかなかった。もしかしたら、あの巨大生物を排除したあと、改めて世界を破壊するのではないかと。

 しかし違った。あの巨人は自分たちを守ってくれたのだ。巨大生物の攻撃から、その身を盾にして。

 そして、今も必死になって戦っている。

 

『GYAAAAAAAAOOOOOOOOOOOOOOO!!』

 

 巨大生物が吠え、背中のコイルから電撃を放つ。狙いを定めたものではなく、手当たり次第にあたりを撃ち抜く雷。分散して放たれた雷撃に翻弄され、二体のウルトラマンは雷撃を受けてしまう。

 轟音と共に火花が散り、二体のウルトラマンは膝をつく。

 それは、雷撃のダメージに加えて、ふたりの体力が限界に近いからだった。ウルトラマンに変身している詩希と律希は、滝のような汗をかいており、肩を上下に揺らして激しい呼吸を繰り返している。普段から運動をしている詩希でさえ、かなりの疲労を感じているのだ。インドア派である律希の方は限界が近いだろう。

 そして、

 

「──あれ? なんか、今、一瞬体の力が抜けたような」

「兄貴も? 俺もだわ。それになんか、胸がドキドキしてきたような」

「──! 律希! 胸のタイマー!」

「え? って、なんか赤に点滅してんだけど!?」

 

 二体のウルトラマンの胸にあるカラータイマーが青から赤の点滅に変わっている。まるで危険信号のように点滅するそれを見て、詩希はある可能性に行き着く。

 

「……もしかして、おれたちがこの姿でいられるのには、時間があるのか」

「じゃあ、この点滅が消えたら!?」

「おれたちの負けってことになる

 

 ふたりは息を呑んだ。赤の点滅がいつ消えるのか正確にはわからないが、それほど長くないことは直感的にわかった。決して多くないであろう残り時間内に、あの巨大生物を倒さなくてはいけない。ふたりに大きな重圧がのしかかった。

 ──できるのか? いや、やるしかない。

 決意をして、ロッソとブルは駆け出す。巨大生物に掴みかかり、振り解かれないように踏ん張る。ブルが機転をきかせて巨大生物の足を掴むと、そのまま持ち上げて後ろへ転倒させる。そのまま二体して足を掴み、力一杯持ち上げ、放り投げる。

 

「決めるぞ! 律希!」

「ああ!」

 

 決めるチャンスはここだ! そう判断したロッソとブルは両腕にエネルギーを集中させる。ロッソは赤い球体のエネルギー。ブルは両腕にエネルギーを纏わせる形で。そのエネルギーが十分に溜まった時、ロッソは腕を十字に、ブルはL字に組みエネルギーを解放する。

 

「“フレイムスフィアシュート”!!」

「“アクアストリューム”!!」

 

 放たれし巨大な火炎球と水属性のエネルギーが巨大生物を撃ち抜く。

 断末魔を上げ、爆散する巨大生物。轟音と黒煙が空に登っていった。

 

「はあ、はあ、はあ、勝った……?」

「……ああ、おれたちの勝ちだ」

「っだああああ! 勝ったあああああああぁぁぁ!!」

 

 勝利を実感して、ブル──律希が大声を上げてガッツポーズをする。それを見たロッソ──詩希もまた大きく息を吐いた。その瞬間、どっと疲れがやってくる。その疲れに負けて、ブルが大の字で寝転んだ。

 

「おい、おれたち今巨大化してんだぞ。寝たら大変なことになるって」

「ああ、それそうか。いや、でもまじで疲れた起き上がれないって」

「お前な……」

 

 とは言え、詩希も寝転がりたい気分だった。経っているのもやっとで早く元の姿に戻りた──、

 

「──あれ? おれたち、どうやって元に戻るんだ?」

「え? 兄貴知らないの?」

「知るわけないだろ。お前知ってんのか?」

「いや、知らない」

「……」

「……」

 

 ふたりの間に静寂が訪れる。

 ブルが勢いよく立ち上がりながらロッソに迫る。

 

「本当に知らないの!?」

「逆になんで知ってると思うんだよ」

「だって、え、嘘ー!? どうやって戻るんだよ、俺たちこのまま巨人のまま!?」

「そんなわけないだろ。ほら、胸のタイマーが切れたら勝手に戻れるんじゃないか?」

「いやそれ絶対アウト的な意味あるでしょ」

 

 どうするのさー、と慌てる律希。

 弟を宥めようにも、方法がわからないのだからなんと言えばいいのかさえわからない。

 と、考えている内に胸のタイマーが一度赤く光ると、その輝きを消した。

 

「あれ……なんだか急に眠く……ふぁーあ……」

「おい律希!? って、なんだかおれも……」

 

 突然の眠気に襲われるふたり。争うことができず、そのまま流れるように体が倒れていく。

 同時に、二体のウルトラマンも光となって消えていった。

 

 

 

 ♢♦︎♢♦︎♢♦︎

 

 

 

 

 体が揺れている。

 ゆさゆさと誰かに揺すられている。

 

「────ん!」

 

 遠くから声が聞こえる。

 

「──さん!」

 

 次第に近くなっていく声。

 その声につられて、眠っていた詩希の意識が覚醒していく。

 

「詩希さん!!」

「……ん、香澄、ちゃん?」

「!? 詩希さん!! 有咲! 詩希さん目を覚ましたよ!!」

「本当か!?」

「有咲、ちゃんも……あれ、おれ、どうしたんだっけ……?」

 

 寝ぼけてぼやけた視界の中には、涙で瞳を濡らしているふたりの少女が見えた。

 戸山香澄と市ヶ谷有咲。ふたりは覗き込むようなかたちで詩希の顔を見下ろしている。

 そこでようやく、自分が草むらに仰向けで倒れているのだと理解した。体に力を入れて起き上がろうにも、極度の疲労感が邪魔をする。体が鉛のように重く、いうことを聞かない。

 やがて瞼が再び重くなってきて、できればこのままもう一度眠りにつきたいと思った。

 だが、涙で瞳を濡らした少女たちがそれを許さない。

 

「詩希さん!!」

 

 ガバッと香澄が詩希の胸に顔を当てた。

 そして、香澄の体が震えていることに気づく。

 

「よかった……生きてる……生きてるよおお……」

 

 涙が混ざった声。

 

「本当に、本当に生きてる……」

「え……なんで、おれ死んだことになってるの……?」

「だって! 巨大生物の雷に打たれたんですよ!? ふつう死んじゃったと思うじゃないですか!!」

「あ……そっか」

 

 言われて思い返してみれば、詩希は巨大生物の気をふたりから逸らすために危険な行動に出たのだった。石を投げつけ、大声を上げ、そして律希と一緒に雷に打たれた。詩希たち側から見ればそこからウルトラマンとなってさっきまで巨大生物と戦っていたのだが、香澄たち側から見れば雷に打たれそこから姿が消えたことになる。死んだと思われても、いや、むしろ死んだと思われて当然だろう。

 

「心配……かけた、ね……」

「本当ですよお……」

 

 あははは、と苦笑いしながら香澄の頭を撫でる詩希。

 

「でも、どうやって助かったんですか? 見たところやけどもしてなさそうですし」

 

 と、有咲が問いかけてきた。

 その問いに詩希はなんと答えるべきか考えた。

 

「え? えーっと……ウルトラマンに助けてもらったんだよ!」

「「ウルトラマン?」」

「そう。ほら、さっきまで巨大生物と戦ってた巨人。赤い方がウルトラマンロッソで、青い方がウルトラマンブル」

「ウルトラマン、ロッソ……」

「ウルトラマン、ブル……」

 

 ふたりはそれぞれウルトラマンの名前を口に出す。

 

「雷に打たれるギリギリのところで、助けてもらったの。まあ、すぐに気絶したからあんまり覚えてないけど」

 

 ちらりと、ふたりの顔色を伺う。香澄はなんとなく納得してそうで、有咲の方は怪訝な顔をしている。概ね詩希の見解通りの反応だ。

 ──まあ、ふたりから見れば、詩希の姿は完全に消えているのだからこの意見は苦しいだろう。

 それは詩希自身も充分に理解している。だからどうしようかと悩んでいると、

 

「お〜い、なんで俺の方には誰もいないわけ〜? 俺の心配は〜?」

 

 と、気の抜けた声が聞こえてきた。

 

「律希さん!」

 

 声の主は律希だった。首を動かして視線を向けると、うつ伏せで倒れている律希の姿が、ほんの数メートル先に見えた。ぐったりとした様子の律希は、詩希より消耗が激しいのかほとんど動けない様子。

 香澄が無事を確認しに行くと、唸り声を上げている。

 

「律希さん、大丈夫ですか!?」

「うー、ダメだ……体に力が入んない……」

「しっかりしてください!」

「俺は……ここまでみたいだ……かすみん……あとは、頼んだ……」

「律希さん! 律希さーん!!」

「……いやまあ、生きてるけどね」

 

 思わずポカポカと背中を殴ってしまった香澄は悪くないはずだ。

 

「……何やってんだ」

 

 ふたりのやりとりを呆れた様子で見ていた有咲はポツリと呟く。詩希も苦笑いをしつつ香澄と律希のやりとりを見ていた。

 しばらくして、詩希は体に力を入れてみる。力が入る程度には回復しているが、まだ完全に起き上がることはできない。

 

「手、貸しましょうか?」

 

 起き上がろうとしている詩希に気づいたのか、有咲が声をかけてきた。

 

「ありがとう。頼めるかな。せーのっ」

 

 詩希は有咲の手を取り、上半身を起こそうと力を入れる。

 しかし、

 

「きゃっ!」

「おあっ!」

 

 有咲ひとりに成人男性ひとりを持ち上げる力はなく、結果詩希は再び地面に倒れ、その上に有咲が覆いかぶさる形になってしまった。

 

「いっててて、有咲ちゃん、大丈夫?」

「あ、はい。大丈、夫……」

 

 至近距離で詩希の目と合う有咲。

 整った顔立ちにややタレ目でブラウン色の瞳。

 初めて至近距離で見る詩希の顔に吸い込まれそうになる有咲だったが、

 

「──ハッ!? ほあああああああ!?」

「あだ!?」

 

 すぐに顔を真っ赤にして起き上がる。

 バクバクと心臓の鼓動が自分でも聞こえるくらいに脈打っており、頭がこんがらがっている。それでも、ひとつ思ったのは、もし今のを香澄にでも見られたらどうなるかということ。どうか見られてませんようにと願う有咲だったが、

 

「おお〜、有咲大胆」

「兄貴、やっちまったな。母さんに報告しよっと」

 

 最悪なことにふたりにバッチリと見られていたようだ。

 

「──────!?」

 

 声にならない悲鳴を上げる有咲。

 その下で詩希はひとり、どう弁解するかを考えるのであった。

 

 




第一章:俺たち、ウルトラマンになります─完─

登場怪獣:超合成獣 サンダーダランビア


あとがき
以上を持ちまして、第一章終了です。
もしこの作品を読んでくださった方の中に、ウルトラマンR /Bを見たことない方がいましたらこれを機にどうぞ。他のシリーズにはないわちゃわちゃ感がいいですよ。
その雰囲気、この作品でも出していきたいなー。

次回は、ウルトラシリーズでおなじみのお話。
どうぞ、よろしくお願いします。


次章予告
突然「ウルトラマン」の力を手にした葵兄弟。その力の大きさに強い使命と責任を感じる兄・詩希とは反対に、弟・律希は「ウルトラマン」の力に浮足立っていた。
そんな中、今度は市街地に怪獣が出現。早速律希はウルトラマンブルに変身するが、その軽薄な行動が大変な事態を招いてしまう──。
次章:チカラの意味。お楽しみに。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二章:チカラの意味
第10話 チカラの意味 1/早朝の訓練


今回より、第二章がスタートです。



 時刻は午前四時過ぎ。日がまだ登っていないこの時間はとても暗く、それが山奥となれば尚更だ。

 そんなところへ、詩希(し き )は車を走らせ律希(りつき )と共に来ていた。

 あくびを噛み殺して車から降りる詩希。冷たい風が頬に突き刺さってきた。冬の風は時間によっては凍てつく刃物だ。マフラーに頬を逃す。

 その横を、白い息を吐きながら勢いよく律希が走っていく。

 

「兄貴早くー」

 

 普段ならまだ眠っている時間であり、加えて寝坊助な律希がこの時間に起きているだけでも珍しいのに、詩希と違い眠気も疲労も感じさせなほど元気にしている。

 その姿を見て、詩希はつい小言を漏らしてしまった。

 

「わかってるって……まったく、これじゃあ普段と逆じゃないか」

 

 あの日以降、律希の好奇心は全力で『ウルトラマンの力』に注がれているらしく、ここ二日はこうして早朝に山奥に来ている。もちろん、ウルトラマンに変身してその力の全貌を知るために。その好奇心が原動力となって、普段であれば絶対起きない時間に起きることができるのだろう。

 ──好奇心のためなら、三時半起きなんて簡単なことだと、初日に言っていたことを思い出して詩希はやるせない気分になった。

 しばらく歩き、適当なところで足を止める。ストレッチを始めながら、

 

「いいか。毎回言ってるけど、むやみやたらに力を使わないこと。昨日お前が壊した山、下手したらニュースになってたんだからな」

 

 と言った。

 痛いところを言われた律希は苦い顔になる。

 

「あれはちょっと手が滑ったって言うか、なんと言うか……そう、若気の至りだ」

 

 律希の脳裏には、昨日の出来事が浮かび上がる。

 律希はウルトラマンに変身してテンションが上がったせいか、その勢いのまま必殺技である“アクアストリューム”を撃ってしまったのだ。

 無論、巨大生物が出現しているわけでも、何かを狙って撃ったわけではない。(くう)を進んでいった青いエネルギーは、その先にあった山をひとつ破壊してしまったのだ。律希が気づいた時には既に時遅く、無残にも飛び散る山の破片に、心臓が止まりそうになったのは本当のことだ。

 慌てたふたりは飛び散った山の破片を集めて積み上げ、なんとか『山』に見えるようにしたが、その日は一日中このことがニュースにならないかハラハラしていた。

 

「本当、心臓に悪い一日だった……」

「ごめんってば。でもいいじゃん。結局ニュースになってないんだから。誰も気づかなかたってことで」

「今日ニュースになるかもしれないだろ……」

 

 大きなため息をこぼす詩希。

 その傍らでは、律希がリュックからデジタル時計を取り出していた。表示されている時間は午前四時三十分。

 

「さて、行きますか」

「ストレッチはしたか?」

「軽くね」

 

 そう言って律希はポケットからクリスタルが入っているホルダーを取り出す。二つ折りになっているそれを開き、いつも通り右上にある『水』のクリスタルと左上にある『火』のクリスタルを取り出し、『火』の方を詩希に向けて投げる。

 

「さて、えーっと、確かこれの角をひとつ展開して、ジャイロにセットするんだっけな」

『ウルトラマンギンガ!』

 

 クリスタルをジャイロにセットすると、流れる音声と共に秘められし『水』のエレメントが呼び起こされる。そのまま両サイドにあるレバーを握り、三回、引く。エレメントの力が解放され、律希の身を包み込み巨大化。

 

『ウルトラマンブル! アクア!』

 

 光が弾け飛べば、そこには巨人──ウルトラマンブルの姿があった。

 ブルは変化した光景に「おお〜」と声を漏らしながら、まだ変身していない兄の姿を目にする。

 

「ほらほら、兄貴も早く!!」

「……まったく」

 

 急かされるかたちで詩希もクリスタルの角を二本展開。同じ要領でジャイロにセットし、『火』のエレメントを呼び起こす。

 

『ウルトラマンタロウ!』

 

 レバーを三回引き、『火』のエレメントを解き放ち身に纏う。

 

『ウルトラマンロッソ! フレイム!』

 

 空へと登った火柱が弾け飛び、ウルトラマンロッソが姿を現す。

 ロッソは一旦自分の体を見下ろして、それからあたりの景色に目を向ける。

 

(やっぱり、まだ慣れないな……)

 

 今回でウルトラマンに変身したのは四回目。とはいえ初回はほとんどが戦闘で他のことを気にする暇がなかったため、こうして自分の体の変化や周りの景色をしっかりと見るのは三回目と言った方がいい。そして三回目ともなれば、この変化に慣れるものだと思っていたが、まだ違和感が拭い切れていなかった。

 自分より高いはずの木々が小さい、ずっと遠くにあるはずの空が少しだけ近くなった気がする、見えるはずのない山の向こうが見える。それらの変化に心がまだ慣れないのだ。

 見える世界の角度が変われば、世界は広い。その広さの衝撃が、詩希の心に深く印象に残ったのだ。

 律希曰く『すごく高いところに立っていると思えば慣れるって』とのことなのだが、それちょっと違うだろ、と言うのが詩希の素直な感想だったりする。

 

「ほらほら見て兄貴! バク転、バク宙! どれも簡単にできる!」

 

 そんなロッソの横ではブルがバク転やバク宙、側転など思う存分に体を動かしていた。どうやら、ウルトラマンに変身することで身体能力が向上し、まるで体操選手のように体を動かすことができるようになるのだ。

 普通なら練習しないとできないバク転やバク宙が簡単にできる。側転ですら、足が横ではなく真っ直ぐ上に向いた綺麗なフォームでできるのは、律希にとってたまらなく嬉しいことらしい。

 詩希もジャンプひとつで七百メートル以上飛んだときは、さすがに度肝を抜かれた。

 考えてみれば、同じサイズの巨大生物と戦うのだから、このくらいの身体能力の向上は必要なものだ。そもそもあのときは気にしなかったが、腕から光線やら何やらが出るのだから、この変化は小さなものだろう。

 

「……あれから三日。巨大生物はもう出ないのか?」

 

 ふと、気になったことが言葉として漏れた。

 あれか巨大生物は出現していない。もし出現があの一回限りなら、詩希たちの手元にウルトラマンの力は残らないはずだ。それが今も残っているということは、あれは始まりにすぎないのかもしれない。

 

(もし、今後も現れるようなら、おれたちは勝ち続けなきゃいけない。負けは許されない……一回でも失敗なんてしたら……──)

「──って、律希!! 後ろ!!」

「え? って、うぉ!?」

 

 物思いにふけっているロッソの視界に飛び込んできたのは、バク転を続けるブルが危うく山と山の間に架かる橋を巻き込もうとしているとところだった。慌てて声を飛ばし、ブルも気づいた様子でバク転を止めようとするが、既に体が後ろに反り返っている。腕を振ってなんとか体勢を直そうとしているが、既に重心が後ろに行っている以上復帰は無理だろう。このまま橋を巻き込んでしまう、と思っていたが、

 

「うおおおおおぉぉぉぉ……おお? 浮いてる?」

 

 突然感じた浮遊感に疑問の声をあげた。

 この声が聞こえたロッソは、顔を覆っていた手をずらしてブルの方を見てみる。

 ブルの体がまるで風船のようにフワフワと浮いていた。

 

「おおっ! これってもしかして!」

 

 何かに気づいたブルはそのまま浮遊していき、やがて体をまっすぐ伸ばし始めた。足先をくっつけ、握り拳を作った両手を突き出す。

 すると、ブルの体が空を自由に駆け巡り始めたのだ。

 

「飛んでる……俺今飛んでるよ!!」

 

 空を飛ぶ。それは、本来人間では到底不可能なことだ。

 しかし、今律希は『ウルトラマン』に変身してる。その力によって、彼は今広い空を縦横無尽に駆け回ることができるのだ。飛行機やヘリコプターといった乗り物ではなく、己の体で、鳥のように空を駆け巡る。普通なら絶対体験できないことに、ブルは歓喜の声をあげた。

 

「兄貴も来いよ! マジ最高だって!!」

 

 興奮を隠せないようで、息を荒げながらロッソにも飛ぶように促してくる。

 呆気にとられていたロッソも、ブルの姿を見て興味を抱いていた。

 膝を曲げて準備に入る。ジャンプする勢いを使い、飛翔。

 

「──!」

 

 そして、飛んだ瞬間に言葉を失った。

 

(……これが、飛ぶ……)

 

 それはとても新鮮な感覚だった。重力に逆らい、通常であれば見上げることしかできない空を、今、縦横無尽に駆け巡っている。

 自分の力で、空を飛んでいる。

 

(ははっ、これは律希が興奮するのも無理ないな)

「どーう? 空を飛ぶ感覚は? 最高でしょ!!」

「ああ。これは、ヤバイな……!」

「よっしゃ! んじゃ、次はもっとスピード上げてみようぜ!」

 

「ヒャッホー!!」と声をあげてブルは速度をあげた。流れる景色が先ほどより早くなり、次々と置き去りにしていく。

 ロッソも速度を上げ、やがて二体共マッハの速度に達する。

 風を切り空を駆け巡るロッソとブル。

 しばらくして、ブルが何かに気づいた様子で進行方向を変えた。

 

「おい律希! どこ行くんだ?」

「今なら行ける……! 空の向こうに!!」

 

 その言葉を聞いて、ブル──律希がどこを目指しているのか理解した。

 律希は空の向こうに広がる『宇宙』を目指しているのだ。

 今律希が最も興味を抱いているのは『ウルトラマンの力』だが、勉学の面ではまだ宇宙に関すること。その宇宙に行けるチャンスが、今の律希にはある。今まで本や動画でしか見たことがなかった宇宙を、この目でみることのできるチャンスなのだ。

 宇宙に行くなんて、普通の大学生には不可能なこと。しかし、今の律希はウルトラマンだ。この力を使い、不可能を可能にすることができる。律希は真っ直ぐに空の先を目指した。

 しかし、

 

「──! 律希! 時間だ! 戻るぞ!」

 

 胸のカラータイマーが点滅を始めた。これまでの変身でわかったことだが、どうやらウルトラマンに変身できる時間には限りがあるようで、その時間はおよそ三分。三分経つと強制的に変身んが解除されてしまうのだ。

 今、ロッソとブルは遥か上空にいる。もしここで変身が解除された場合、地面まで真っ逆さまに落ちることになる。

 絶対に助からない高さだ。

 だからロッソ──詩希は引き返すように促す。

 

「まだ……まだ、行ける……!」

「バカ言うな! ここで変身が解けたら洒落にならないぞ! 安全を第一に引き返すんだ!!」

 

 ブルに引き返す気がないと思ったロッソは、その手を伸ばしてブルの足をつかもうとする。

 だが、同時にもしここでブルの足を掴んだ場合、どうなるのかという疑問が頭を横切る。バランスを崩し、下手に落下することになったら、それはそれで危険なことだ。

 どうする、とためらうロッソ。

 すると、タイマーの点滅が先ほどより早くなった。これにはさすがに限界を感じたのか、ブルが方向転換。地上に向けて進路を変えたのだ。ロッソの後に続き、なんとかギリギリ制限時間内に地上へ戻ることができた。

 

「──あっぶねー。ギリギリだった」

「後ちょっとだったのに」

「何が後ちょっとだ。まったく、無理するのだけは勘弁してくれ」

「兄貴は心配性だな。大丈夫だって、ウルトラマンの速さならすぐに戻れ……え? ……」

「??? どうかしたのか?」

 

 突然、律希の動きが止まった。

 疑問に思った詩希が視線を向けると、そこには眉間にシワを寄せて難しい顔をしている律希の姿があった。

 

「おかしい……だって、あの景色の流れる速度から考えて、スピードはかなり出てたはず……そもそも、俺たちは巨大化してるんだ。人間の定義が当てはまるわけがない……」

 

 何か動揺した様子でぶつぶつと言い始める律希。詩希が「律希?」と名前を呼んでも無反応。

 律希は詩希の横を通り過ぎると、リュックから大学で使っているノートとペンケースを取り出す。そして、ペンを一本手に取ると、ノートに何か数字を書き始めた。

 

「おい、律希?」

「ごめん兄貴。今日は帰ろう。確認したいことがある」

「あ、おい」

 

 そう言って、律希は足早に車の方へ向かって行く。

 

「ウルトラマンの身長は、周りの風景から推測すると……五十メートルか、それ以上か……違う、これは人間サイズだからウルトラマンの大きさに当てはめて……」

 

 車についてからも、律希はぶつぶつと独り言を続けた。こうなってしまった律希は、こっちがいくら声をかけてもしばらくは返事を返さない。頭の中に浮かんだことを、外に出して整理し終えるまでは放っておくのは一番なのだ。

 だから、詩希は車を発進させ家へと帰宅する。

 その間にも続く、律希の独り言をBGMにしながら……。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第11話 チカラの意味 2/あとに残ったもの

 律希の様子は家に帰ってきてからも変わらなかった。ブツブツと時々独り言を漏らしながら部屋に戻って行き、朝食の時間にやって来て、大学に向かうまでの間、律希は何かに没頭したままだった。

 

「なあ、律希どうしたんだ?」

「さあ? おれにもわからない」

 

 父・響介も律希の様子が気になるようで問いかけてきたが、詩希もわからないのだから答えようがない。

 結局、律希が何を考えていたのかわからないまま時間が過ぎていった。

 そして現在、時間はお昼を回ろうとしたところで、詩希は急にやってきた眠気に、ついあくびを漏らしてしまう。

 

「ふわぁーあ……」

「コラ、詩希。営業中だぞ」

「あ……ごめん……」

 

 響介から注意を受ける詩希。幸い店内に客はいないが、だからと言ってあくびをしていいわけではない。

 気を引き締め直す詩希だったが、眠気は一向になくならず、むしろまぶたがより重くなっていった。

 

(やばい……さすがにしんどいな)

 

 三日連続三時半起き、さらにウルトラマンに変身した疲労が積み重なり、詩希の体は休みを欲していた。

 そんな詩希の体調を感じ取ったのか、響介が詩希に近く。

 そして、意を決したように口を開いた。

 

「……やっぱり、よく眠れてないのか?」

「え?」

「父さんはその場にいなかったから、お前がどれだけ恐怖を感じたかわからん。普通じゃあ理解できないほどの恐怖だったろう。それがまだお前を苦しめているなら、まだ休んでてもいいんだぞ。いくら体が大丈夫でも、心が大丈夫じゃなきゃ仕事にならない」

「いや、大丈夫だって」

「けどな、無理したって、パパたちは嬉しくないぞ」

「パパの言う通りよ、無理しても体壊すだけ。お店の方はパパとママに任せて、詩希は休んできなさい」

 

 響介の言葉に、母・詩織も賛同してくる。

 ふたりは、先日の巨大生物出現に巻き込まれたことで、詩希がまだ心身共に疲弊していると思っているのだ。

 本当は、三時半に起きているのが原因なのだが……。

 もちろん、そんなことを正直に言えるはずもなく、だからと言ってうまいごまかしが思いつかなかったので、結局昨日と一昨日は休みを貰っている。

 流石に三日目も休むのはどうかと思い復帰した詩希だが、端から見るとまだ本調子には見えないようだ。

 

「……ん、わかった。少し寝てくる」

 

 ここで無理を言っても両親に心配をかけるだけ。うまいごまかしが思いつかない以上、ここは両親の心配を少しでも取り除く選択をするべきだろうと考えた。

 それに実際、この体調では万全に仕事をできないことは確かなのだから。

 店の奥にあるスタッフ専用扉を通じて、自宅へと向かう。

 階段を登って自室へ向かっていると、その途中にある部屋の扉が開かれた。

 中から姿を現したのは、ピンクのパジャマに身を包んだ鈴音だ。鈴音は詩希の姿を見ると、首を傾げた。

 

「あ、シキ兄……お仕事は?」

「店主からの休め命令」

 

 詩希の返答を聞いて、鈴音は納得の表情を浮かべる。

 

「そっか……大変だったもんね」

「おれの方はそうでもないよ。大変だったのは鈴音の方。体はもう大丈夫?」

 

 平日の昼に高校生である鈴音が家にいるのは、先日の巨大生物出現に巻き込まれたのが原因だ。

 詩希の方は、言ってしまえば疲労困憊で済んでいる。これは律希も同じで、後から聞いた話ではあの日一緒にいた香澄と有咲も、それほど大きな怪我はしていないらしい。

 しかし、鈴音だけがそうではなかった。鈴音はあの日、香澄たちと逸れたあと突然体調不良に襲われて意識を失ってしまったらしい。詳しいことは本人も覚えていないようで、ただ苦しくて頭が重くなったことだけは覚えているようだった。

 加えて、どうやらその時に額を浅く切ったようで、詩希たちと再会したとき額にはガーゼが貼られていた。その後、搬送された病院で受けた検査では、額の傷以外に大きな怪我は見受けられず、意識を失ったことだけが気がかりだったが、本人が大丈夫だと言うためその日のうちに帰宅することにした。

 だが、家について安心したのか熱を出してしまったことで、元々一日だけ学校を休む予定が三日になってしまったと言うわけだ。

 

「うん。熱も下がったし、元気百倍だよ」

「おでこの傷は?」

「それも大丈夫。あ、でも、傷が残ったらどうしよ」

「前髪で隠せば大丈夫だって」

「それもそっか〜って、それは返としてどうかと思うよ?」

「それじゃあ、正解は?」

「それは兄としての正解が欲しいのか、男としての正解が欲しいのかで変わるね」

「できれば男としての答えが欲しいけど、この場合は兄の方がいいのかな?」

「それなら──」

 

 と、鈴音が言葉を続けようとしたところで、詩希はあくびをしてしまった。

「あ」と詩希の口から言葉が漏れ、鈴音の冷たい視線が刺さる。

 

「……シキ兄、人が答えを教えてあげようとしているのに、それはないんじゃないかな」

「ごめん。ちょっと、眠くて」

「……仕方ないか。シキ兄も疲れてるもんね。いいよ、答えは今度教えてあげるから。じゃあね」

 

 そう言って、鈴音は階段を降りて行く。

 ひとり残った詩希は、その背中を見送りながら鈴音の体調が回復したことに安心していた。さっきの会話からしか判断していないが、自分の妹がどの程度回復したのかはわかる程度には十分な会話だったのだ。

 そこでふと、香澄と有咲のことが気になった。あれから連絡は取っておらず、店の方にも来ていない。聞いた話では、鈴音のように熱を出したとか入院しているとか聞いていないが、あんな目にあって大丈夫なのか気になってきたのだ。

 

「……鈴音に聞けばよかったな」

 

 鈴音に聞けばわかるだろうが、なんとなく直接会って確認したいと思った。

 ライブハウスに行けば会えるだろうか? もしそうなら夕方行ってみようと考えながら、自室のドアを開けるのだった。

 

 

 

 

 ♢♦︎♢♦︎♢♦︎

 

 

 

 

 ──花咲川女子学園・中庭。

 現在は午前中の授業が終了し昼休みとなっている。

 中庭には、戸山香澄をはじめとした『Poppin’Party』のメンバーが集結しており、各々持ってきたお弁当を広げて昼食を取っていた。

 いつもであれば和気藹々と楽しげな会話が繰り広げられるはずの昼食。しかし、ここ二日ほどは静かであった。普段の彼女たちの昼食風景を知っている者からすれば、驚ろく光景だろう。主に会話を種を蒔く香澄が、そしてそれに反応する有咲が今日も驚くほど静かにしている。

 

「有咲。その唐揚げ、私のレタスと交換しよ」

「ん」

「え? いいの?」

「ん」

「……重症だ」

 

 いつもなら真っ先に声を上げるはずの有咲が「ん」のひと言しか返してこない。その事態にこの主である花園たえは顔を真っ青にして呟いた。

 そんなふたりのやりとりを見ていた牛込りみが、心配した表情で隣にいる山吹沙綾に小声で問いかける。

 

「香澄ちゃんと有咲ちゃん、どうしたのかな? 昨日も少し元気なかったみたいだし」

 

 問われた沙綾は「うーん」と少し考えてから、頭に浮かんだことを口にする。

 

「もしかして、“あれ”に巻き込まれたとか」

「“あれ”?」

「巨大生物が出現したってニュース。多分、それに巻き込まれたんじゃないかな」

「え!?」

 

 沙綾の言葉にりみは驚きの声をあげた。

『巨大生物出現のニュース』。それは先日起きた出来事で、今最も世間を騒がせているニュースのことだ。

 突如出現した巨大生物によって、まさに世界の終わりとも言える出来事が起きた。普通であれば誰かがでっち上げた妄想だと揶揄するのだが、今回ばかりは違う。本当に、現実に巨大生物が出現したのだ。多くの目撃者と、破壊された跡が残る紅葉公園がそれを証明している。

 何よりその日のうちにニュースに取り上げられて、動画サイトにはたくさんの動画がアップロードされたのだ。知らない者はいないだろう。

 

「巨大生物が出現した日と、ちょうど香澄と有咲が紅葉狩りに行った日……ううん、それだけじゃない。場所も一致してるの」

「……」

 

 そう言えば、と香澄に紅葉狩りを誘われた際に言っていた行き先と、今回巨大生物が出現したと言う場所が一致していることに気づいた。

 

「それに一昨日学校を休んだのも、多分……」

 

 もし自分が巨大生物出現の場所にしたとして、その翌日学校に行けるだろうか。そう考えてみたりみは、とてもじゃないが行けないと思った。きっと恐怖で足がすくんで家から一歩も出ることができないだろう。

 それを考えたせいか、沙綾とりみまでもが黙ってしまし、より重たい空気が流れ始めてしまった。

 

「……おい、なんで沙綾たちまで暗くなってんだよ」

 

 と、そんな重たい空気の中で一番に声を発したのは有咲だった。

 

「いや、その、何て言うか」

 

 口籠る沙綾を見て、有咲は息を吐いてから、

 

「わかってるよ。どうせ私と香澄のことだろ」

 

 と言った。

 

「それじゃあ、やっぱりふたりは巻き込まれたの?」

「ちょっとおたえ!?」

 

 ストレートに聞くたえに声を上げる沙綾だったが、有咲が「うん」と正直に返答したため、驚きはすぐに塗り替えられた。

 

「まあ、私としてもこんなに引きずるなんて思ってもみなかったよ。むしろ、香澄が今日まで引きずってる方に少し驚いてるくらいだ」

「……だって、本当に怖かったんだもん」

 

 元々香澄は怖いものが苦手だ。巨大生物なんてまさにそれだろう。実際、有咲もあの時の光景がまだ脳裏に焼き付いている。

 

「……本当、夢だと何度も願ったよ。目の前に起きてることが信じられなくて、怖くて、今日で全てが終わるって思った」

 

 静かに、ゆっくりと思い出すように語り始めた有咲の言葉を、誰もが静かに聞いていた。その一言一言に、その時有咲が感じていた感情が鮮明に込められている。

 

「よく、無事に帰ってこれたね」

 

 有咲の言葉を聞いた沙綾がポツリと感想を漏らした。

 

「助けられたからな。巨人に」

「巨人?」

「ほら、ニュースにもあっただろ? 巨大生物と戦った二体の巨人。私たちはその巨人に助けられたんだよ。多分な」

 

 有咲の言葉にたえは「なるほど」と言葉を漏らす。

 

「多分って、どういうこと?」

 

 最後の一言が気になったのだろう、首を傾げてりみは有咲に聞いた。

 

「本当に私たちの味方かなんて、わからないからな。巨大生物を倒した後に消えたけど、あのまま残っていたら何をしていたか……」

「……私は、味方だと思うよ」

 

 今まで沈黙していた香澄が、ポツリと呟いた。

 

「私は、味方だと思う」

「……ま、どっちでもいいけどよ。それより、早く食べないと昼休み終わるぞ」

 

 そう言って有咲は食べるスピードを少し上げた。まるでこの話はここまで、と言いたげに。

 きっとこの話を続けても、より空気が重くなるだけと判断したのだろう。有咲の気持ちを汲み取った沙綾は「そうだね」と言って自分もお弁当に箸を伸ばした。

 その後、誰も巨大生物のことを持ち上げることなく、昼休みを過ごすのだった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第12話 チカラの意味 3/チカラの考え方


今回は一週間更新に成功。


2020/07/10
律希のバイト期間を修正。


 夕方、睡眠を取ったことで復活した詩希はとあるライブハウスを訪れていた。訪れたライブハウスの名前は『CiRCLE』。以前香澄たち『Poppin'Party』のライブを見に来たことがあるライブハウスだ。また、とある縁があって何度か足を運んでいるライブハウスでもあり、店内に入れば顔見知りのスタッフが何名かいる。そのうちのひとり、月島まりなが詩希の姿を見ると笑顔で駆け寄ってきた。

 

「詩希くん、久しぶりだね」

「まりなさん、お久しぶりです」

「どう? 最近の調子は」

「まあ、色々頑張ってます。まりなさんの方はどうです?」

「同じかな。最近ここでライブするバンドが増えてきて、ちょっと大変かも」

 

 ちょうど受付で次回の予約をしている声が聞こえてきて、詩希はあたりに視線を向ける。ギターを背負った子や、バンドだと思われる団体が、以前訪れた時より増えているように感じた。

 

「増えてきてるみたいですね、バンド始める子たち。そう言えばこの前、鈴音が『もうすぐ大ガールズバンド時代が来るね』なんて言ってましたよ」

「香澄ちゃんたちの影響が大きいのかもね。あとは、『Pastel*Palettes』を見て興味を持った子もいるみたい」

 

 だから大変、とまりなは付け加えた。

 

「大変ですね」

「本当だよ〜。あーあ、律希くん戻ってきてくれないかな」

「あははは、聞いときますよ。また『CiRCLE』でバイトしないかって」

 

 先月頭まで、律希はここ『CiRCLE』でアルバイトをしていた。ちょうど律希がバンドに興味を持ち始めたことがきっかけで、その時ここを見つけたらしい。演奏する側ではなく裏方なのは、あくまで見る側としてバンドに興味を持ったことが理由らしい。

 その縁もあって、イベントTシャツやバンドの子たちの衣装などを『SONG』で作る機会があり、こうして面識のある間柄になったのだ。

 

「お願いね。うちはいつでも歓迎だから」

 

 律希の働きぶりはかなり評価がよく、辞めたあとでもうこうして戻ってきてくれることを期待しているのは兄として誇らしいことだ。

 

「それで、今日はどうしたの?」

「あ、そうでした。香澄ちゃんたち今日来てますか? ここで練習してるって聞いたんですけど」

「うーん、ちょっと待っててね」

 

 受付へと戻ったまりなは、手にとった予約リストを目で追い、

 

「今日は来てないみたい」

 

 と言った。

 

「そうですか。これから来るとか知ってますか?」

「うーん、予約の電話は受けてないかな。それに、香澄ちゃんたちは香澄ちゃんたちで練習場があるから、あまりCiRCLEにはこないんだよね」

「え? そうなんですか?」

「うん」

 

 これは予想外のことになってしまった。てっきりCiRCLEでいつも練習していると思っていた詩希はここへ来れば会えると思っていた。しかし、彼女たちはどうやら自分たちの練習場所を持っているようで、しかしそれがどこなのかわからない。

 とは言え、明日になれば鈴音が学校へ行くし、その際に確認してもらえばいいことだ。直接確認できないのは残念だが、練習場所がわからない以上どうしようもない。

 

「香澄ちゃんたちに用があったの?」

 

 と、まりなが聞いてきた。

 流石に正直に理由を言えるはずもなく、とっさに、

 

「次のライブいつなのかなって。前のライブが結構すごかったので、次もまた見たいなって思ってるんですけど、最近お店の方にあまり来てないので」

 

 と言った。

 理由としては真っ当なものだろう。まりなの方も納得といった表情を浮かべている。

 

「なるほど。もしかして、香澄ちゃんたちのファンになったのかな?」

「ええまあ、そんなところです」

「そっか。ポピパ のライブはすごいもんね。演奏技術はあまり高くないけど、見ていて楽しくなるっていうか、元気をもらえるライブだよね」

「はい。また少し元気をもらいたいなって」

「わかった。香澄ちゃんと会ったら伝えておくよ」

「ありがとうございます。それじゃ、今日はこれで失礼します」

「また来てね」

 

 軽く会釈をしてCiRCLEをあとにする詩希。目的を果たせなかったことに少しだけモヤッとしつつも、いないのであれば仕方がない。特にやることもないのでこのまま帰ろうとした時、後ろから「おーい」と声をかけられた。

 振り返ってみると、クロスバイクに跨がる律希の姿。その表情は今朝のときとは打って変わって晴れやかなものになっている。

 律希は詩希の隣にやってくると、クロスバイクから降りて詩希の隣を歩き始めた。

 

「兄貴じゃん、こんなところで何やってんの?」

「ちょっと香澄ちゃんと有咲ちゃんの様子が気になってな」

「あー、なるほど。それでCiRCLEに行ってきた、と」

「よくわかったな」

「バイトで通りまくった道だぞ? 周辺に何があるか記憶してるっての」

 

 コンコン、と右手で自分の頭を叩きながら得意げになる律希。しかし詩希が冷たくスルーすると、むすっとした表情に変わった。どうやら反応がお気に召さなかったらしい。

 そんな律希をスルーしたまま、

 

「まりなさんが言ってたぞ。戻ってきてくれいないかなーって」

 

 と言った。

 すると、律気がどこか気まづそうな表情になる。

 

「あー……ほら、そのー……また気が向いたらな」

「結構好き好んでたのに、なんで辞めたんだよ」

「俺なりの理由があんの」

 

 素っ気なく言うと、律希はクロスバイクを押したまま詩希を追い越す。

 

「それより、今の俺たちにはもっと重要なことがあるだろ?」

「重要なこと?」

 

 聞き返すと、律希は「わかってないな〜」と言った。

 その態度に、嫌な予感がした詩希。

 

「俺たち、『ウルトラマン』になったんだぜ? これから世界を守るためにどんどん戦わないとじゃん」

「…………」

「そのためにも、もっとウルトラマンの力を知り尽くさないと。あー、他にどんなことができるのかなー。水だけじゃなて、火とか風とか土とかあるしー……うーん、兄貴と俺で能力に違いが出るのか? それとも違いは出ないとか、気になる……って、兄貴?」

 

 案の定、詩希が予想した通りの言葉。朝の顔は一体どこへ消えたんだと問いたくなる気持ちを抑え一呼吸。

 立ち止まった詩希が気になったのか、こちらに振り返ったタイミングで口を開く。

 

「……お前な、『ウルトラマンの力』を軽率に考えすぎだ。言ったよな? この力はそう簡単に使っていいものじゃない。もっと慎重に考えないとって」

「でも、俺たちの手から『ウルトラマンの力』は消えてない。これって、まだ巨大生物が……んー、長えな。そうだ怪獣、うん、怪獣がまだ現れるってことだろ? ならこの力を使って戦うしかないじゃん」

「それはそうだけど、おれが言いたいのは考え方のことだ。そんな考え方でいたら必ず痛い目を見るぞ」

 

 律希の瞳を正面から見据えながら言う。

 

「ただでさえお前は好奇心の塊みたいな性格してるんだ。興味ばっかり優先して他のことが見えなくなる。もしそれで問題でも起こったらどうする? ウルトラマンの姿で起こったら、取り返しのつかないことになるかもしれないんだぞ?」

「……でも、力を知らなきゃ戦えないだろ。ただでさえウルトラマンに変身できる時間は限られてるんだ。慎重になりすぎて、逆に失敗したらどうすんだよ」

「それは……」

「兄貴のそれは慎重じゃなくて、臆病って言うんじゃないの?」

「な!? 違う! おれは臆病なんかじゃない!」

「どーだか! 今まで散々いろいろ諦めてきて、それって全部臆病だからだったんじゃない!!」

「……っ!?」

 

 詩希の瞳が揺れる。

 それは自分でもわかっている己の弱い部分。それを今、弟に真っ直ぐに言われて揺らいだのだ。否定したくても否定できないこと。

 唇を噛み締める兄の姿を見て、弟は勝ち誇った表情を──するわけがなかった。それは律希もわかっているからだ。今の言葉が兄にとってどう言ったことを意味するのか。

 気まずい空気が兄弟の間に流れる。

 先に動いたのは律希だった。クロスバイクに跨り、その場から走り去っていく。ひとり取り残された詩希。

 しかし、

 

『──次が来る! 戦って!』

 

 再び聞こえた女性の声に思考をそめられるのだった。

 

 

 

 

 ♢♦︎♢♦︎♢♦︎

 

 

 

 

「……え?」

 

 最初にそれに気づいたのは香澄だった。

 

「香澄、どうしたの?」

 

 香澄の異変に沙綾が気づき、その視線を香澄が見ている方角へと向ける。

 すなわち空。

 

「何……あれ……」

 

 そこへ広がる光景に沙綾は疑問の声をあげた。たえもりみも、空に広がる光景にただただ疑問を感じるだけ。

 しかし、香澄と有咲だけがその光景の意味を理解している。

 

「嘘だろ……また……」

 

 有咲が震える声で呟く。

 空を見上げる少女たちの視界に映るのは()()()()()()()。そう、三日前、香澄と有咲が巻き込まれたあの時と同じ青黒い雲。それは、巨大生物出現の合図。

 

「……来るんだ」

「香澄ちゃん……?」

「来るって、何が来るの?」

 

 香澄が震える声で言う。

 脳裏にあの時の恐怖と絶望が呼び起こされる。

 

「あそこから来るんだよ! ドーン! って──」

 

 そして、香澄の声をかき消すかのように、絶望が落下してきた。

 轟音を立てて落下してきたそれは、五十メートルを誇る全身黒く、頭部に黄色い角が特徴の巨大生物。冬の空気に熱を与え、周囲の温度を急上昇させるほどの高体温の巨大生物は、雄叫びを上げ、周囲の建物を破壊し始める。

 まるで剣山のように見える背中が赤く発光すると、口から熱線を放つ。

 

「何……あれ……」

「あれが、香澄たちが言ってた巨大生物……?」

 

 驚きで固まる沙綾の横で、たえがふたりに問いかける。

 

「見た目は違う。けど、同じだ」

 

 有咲の目に映る巨大生物の姿は以前出現したものとは別個体だとわかる。しかし、破壊行動を行っているところを見ると、目的は同じなのだろう。

 あの時と同じで、このまま地獄へと変わる。

 だが、

 

「──きた」

 

 香澄の小さな呟きは、誰の耳にも届かない。

 しかし、光は全ての人の目に映る。

 青き輝きと共に、巨人が君臨。

 その巨人の名を、有咲は呟く。

 

「ウルトラマン、ブル……」

 

 今再び、巨人と巨大生物の激闘が始まった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第13話 チカラの意味 4/ウルトラマンVS怪獣



ウルトラマンZ、毎回毎回面白すぎませんかね。


 頭に声が響いてきたとき、律希はすぐに移動を開始した。さすがにさっきいたところでは、周りに人が多すぎてウルトラマンに変身するのに躊躇いが生まれたのだ。だから人気(ひとけ)のない裏路地へと向かう。

 コンクリートの壁を背に視線を上げてみれば、建物と建物の間から見える空が青黒い雲に覆われるのが見えた。そして雲から『ナニカ』が落下してくるのと同時に、律希はジャイロを構える。

 光が律希を覆い、ジャイロにセットされていた水のクリスタルが力を解き放つ。

 

『ウルトラマンブル・アクア!』

 

 水を纏いし紺碧の戦士、ウルトラマンブル・アクアがその地に降り立つ。

 土砂を巻き上げながら登場したブルは下に向いていた顔を上げ、巨大生物──怪獣を見据える。腰を落とし、両拳を握り込んでファイティングポーズを取りながら、律希はバクバクと脈を打つ心臓をなんとか落ち着かせようとする。

 心臓の鼓動がうるさいほどに聞こえる。それは再び怪獣を前にした緊張か、それともウルトラマンの力を使えることへの興奮か。

 ……わかっている。これはきっと後者だ。ウルトラマンの力を行使できるということに、自分は興奮している。今なら、朝練ではできない『ウルトラマンの力』を思う存分使うことができる。

 

「さーて、行きますか!」

 

 声を上げ、ブルは駆け出す。両者の距離は等身大に置き換えると数十メートルほど。距離を縮めるために駆け出し、その勢いを利用して踏み込み空高くジャンプ。上空でキックの態勢を取ると、そのまま怪獣に向かって落下していく。

 しかし、そんな大きな動きを怪獣が何も考えずに待ち構えるはずがない。怪獣は上空のブル目掛けて口から熱線を放つ。空中で回避する手段のないブルはそれに打ち落とされてしまう。

 背中から叩き落とされるブル。受け身の取り方なんて、中学の時体育の授業で柔道があったときにしかやったことがない。だから咄嗟に受け身なんて取れるわけなく、背中から落下したせいで息が詰まった。

 

「つってぇー、あー、くそっ。さすがに隙がデカすぎか」

 

 自分でも今の攻撃方法に隙がありすぎたと自覚している。空中に大きく飛んでジャンプキックなど、そう簡単に決まるものではない。

 

「さーて、どう攻めるか……」

 

 落ち着け、と頭の片隅で自分に言い聞かせてみるが無理だ。ウルトラマンの力を早く使いたい、そのことばかり考えてしまい口角が上がっていく。

 鼓動は相変わらず早い。

 だが焦ってはいけない。まずは今の状況を整理して、能力を把握して、それから物事を考えるべきだ。

 まず把握できるていること。今の姿は『水の力』を纏った形態である。体に感じる感覚から、それぞれの能力のバランスが取れている形態だと推測できる。どこも力む必要がなく、すごく自然に体を巡る力を感じ取ることができる。変なストレスがない、そんな感覚がするのだ。

 この他にも、おそらく他の属性が使えるようになるであろうクリスタルが手元にあるが、それはまだ朝練でも使用していない力。まずはわかっている力から使っていくべきだろう。

 

(ま、それに今回の怪獣は『火』を使うっぽいし、この姿の方が有利だよな──って)

 

「あっぶねっ!?」

 

 考えているうちに隙が生じていたのか、棒立ちのブル目掛けて熱戦が放たれる。ブルはとっさに倒れこむようにその身を投げ出し熱戦を回避。背後にあったビルが爆破され、地面にダイブしていたブルの背中に破片が散らばる。

「つっててて」と言いながら体を起こすブルだったが、すでに二撃目が発射準備に入っていることを視界の端で捉え、慌ててその場から再び体を投げ出す。

 再度、さっきまでいたところが爆発。熱風を感じながら、無意識に働く防衛本能が頭を守るために両腕を動かす。両腕で頭を押さえながら、熱線が終わるのを待つ。

 ちらり、と視線を怪獣に向けてみれば、熱線を吐き終わった怪獣は低く唸りながらブルの方を見ていた。やがて、それほど驚異のある存在ではないと認識したのだろう。視線をブルからはずし、周囲への破壊行動を再開する。

 その姿に律希はカチンときた。

 

「んにゃろー、無視しやがって!」

 

 すきだらけの背後に向かって掌を向ける。それにより放たれる水流──アクアジェットブラスト。今もてる力の全力で放たれたアクアジェットブラストは、怪獣の背中を打ち抜き、そのまま地面へダイブさせる。

 

「へっへーんだ。ざまーみろってんだ」

 

 言葉が通じるかはわからない。だが、自然と挑発の言葉が口から出ていた。

 

「つーか、兄貴は何やってんだ?」

 

 自分の頭に声が聞こえたと言うことは、きっと兄にも聞こえただろう。なのになぜウルトラマンとなってこの場に現れないのか。

 兄の姿を探そうと視線を左右させていると、怪獣が起き上がる。

 

「ま、とにかく、今はこっちに集中だよな」

 

 来ないなら来ないで自分が対応するしかない。

 起き上がった怪獣は、ブルに怒りの視線を向けてきた。当然だ。背後からいきなり攻撃されたのだから。

 無視したそっちが悪いんだろ、と思いながらブルはファイティングポーズをとる。構えをとったことで、怪獣は認識を改めたようだ。先ほどよりも低く、唸り声を上げ、威嚇をしてくる。

 両者の間に緊張が走り、同時に、駆け出した。

 その一歩一歩が大きな音を立てる中、両者の距離が縮まり、突然ブルがその掌を前に突き出した。再び放たれるアクアジェットブラスト。放たれた水の攻撃は怪獣の顔面を濡らし、怯ませる。

 その隙に、二段構えで放たれた水流が腹部を撃ち抜く。大きくダメージを与えることに成功しながら、律希は確かな手応えに歓喜していた。

 

「なるほどー、この姿の攻撃は水が主になるわけか。水圧も調整可能……おもしれー」

 

 手から水が出る、なんてありえないことができテンションが上がる律希。

 再び怪獣に向けて、全力でアクアジェットブラストを放つ。

 

「だけどさすがに一刀両断できるほどの威力はないか」

 

 全力で放った一撃は、しかし怪獣を一刀両断することはなかった。よく超高圧水流で物を切断するのを見たことがあったため、自分も同じことができないかと思ったがどうやらそこまでの威力は持っていないようだ。正確にはかなり細くする必要があるのだが、掌から放つ関係は強弱をつけることができても、太さの調節はできないようだ。

 

「待てよ……なら指先からなら」

 

 掌から放つせいで太さの調節ができないなら、撃ち方を変えてみればいけるかもしれない。そう考え、早速開いていた手の形を変えてみる。

 人差し指と中指だけを伸ばし、指先を揃える。そこから発射される水流は今までのに比べて確かに細い。しかし、怪獣を一刀両断できるほどの威力にはならなかった。

 

「もしかして……こいつ相当硬いんじゃ……」

 

 威力は申し分ないのであれば、怪獣の皮膚が固すぎるのだろう。

 

(なら、わざわざ近づいて殴るのは意味ないんじゃ……このまま遠距離で押し切るか!)

 

 そもそもの話、喧嘩の仕方もろくに知らない律希が肉弾戦で勝てるわけないだろう。なら、水流という遠距離攻撃で攻めればなんの問題もない。自ら進んで危険性の高い戦法を取る必要はないのだ。

 迫りくる怪獣に向け、水流を繰り出すウルトラマンブル。威力や太さを調整し、できるだけ距離を保てるように立ち回る。威力を弱くしすぎて突進されそうになったときは、その場から大きく飛んで回避。そのままいったん姿を隠すため、ビルの影に隠れる。

 そうして、ビルの影から水流を放ち翻弄。この繰り返しで勝てるだろうと律希は思っていた。

 しかし、現実とはそうはいかないと言うことを、こと時はすっかり忘れていたのだ。

 

 

 

 

 ♢♦︎♢♦︎♢♦︎

 

 

 

 

「落ち着いて! 慌てないでください!!」

 

 律希が戦っている時、詩希は避難誘導をしていた。

 突然現れた巨大生物によって町は半ば混乱状態に陥っている。迫りくる恐怖に悲鳴を上げ、我先にと逃げ惑う人々。こんな状況を目にしたら、ウルトラマンに変身するよりこっちをどうにかしないと、と思ってしまったのだ。それにウルトラマンと巨大生物の戦いからなるべく遠ざけた方がいいだろうと、詩希なりの考えもあった。

 ズドン!! と芯を揺らすような地響きが聞こえた。視線を向けてみればブルが水流攻撃で巨大生物と戦っている。

 しかし、その戦い方を見て、

 

(律希のバカ! 被害を考えろよ!)

 

 と、危うく言葉に出かけたことを飲み込んだ。

 ウルトラマンの視線は巨大生物にしか向いていない。そのためこちらの様子が見えてないと考えていい。

 元々律希は興味が湧いたものにはとことん没頭し、周りが見えなくなる悪癖がある。おそらく今、律希の興味が『ウルトラマンの力』に向いていることから、朝練ではできない能力の使用に興味が注がれ周りが見えなくなっているのだろう。さっきから熱線を回避するにしても、背後や周辺にあるビルを気にする素振りなく躱してしまっている。

 周囲を確認し、避難がある程度済んだことを確認すると、自分もウルトラマンに変身するべく駆け出そうとした所で、

 

「あれ……?」

 

 あることに気づく。

 ウルトラマンブルの胸部、そこにある青い輝きが赤い点滅へと変わったのだ。

 

 

 

 ♢♦︎♢♦︎♢♦︎

 

 

 

 

「はあ!? なんで……まだ一分も経ってないだろ!?」

 

 突然点滅を始めた胸のタイマーを見ながら、律希は声を上げた。

 朝練の中でウルトラマンへの変身には制限時間があり、その時間が概ね三分だということが判明した。残り時間が少なくなると、胸のタイマーが青から赤色の点滅に変わり、時間切れになるとその輝きは失われ元の姿に戻ってしまう。

 だから、戦える三分間で決着をつけなくてはいけない。

 もちろんそのことは律希の頭の中にもあった。

 だが、今は変身してからまだ一分も経っていない。それなのに赤の点滅を始めた。判明した情報と全く違うことが起きたのだ。

 

(どういうことだよ、赤の点滅は残り時間が少なくなったらだろ? まだそんなに時間経ってないのに、なんで……!?)

 

 疑問が律希の頭を埋め尽くす。

 その隙を見逃す怪獣ではなかった。

 熱戦を吐き、ブルを吹き飛ばす。倒れ込むブルに向けて駆け出す怪獣。今まで散々濡らされた恨みを晴らすかのように、暴力の嵐がブルを襲う。

 蹴り上げられ、地を転がるブル。体に走る痛みに声を上げながら、ブルはなんとかして起き上がろうとするが、それを怪獣は許さない。ブルの背中を思いっきり踏みつける。

 

「ぐあっ!」

 

 踏み潰され、蹴飛ばされ、転がった先でブルは仰向けになったまま空を見た。

 

(……つってぇ)

 

 体が重い。体のあちらこちらが痛い。暴力の嵐に見舞われたブルはすぐに起き上がれそうになかった。

 体にじんわりと広がっていく痛み。それを堪えるようにして、起き上がろうとうつ伏せになったところで視界にあるものが映り込んできた。

 

 

 

 

 それは、人々の避難を誘導するPoppin’Partyの姿だった。

 

 

 

 

 え、と律希の思考に空白が生まれる。ここでようやく、周囲に意識が回った。そして気づく。

 自分が周りを見ずに戦っていたこと。

 自分が『ウルトラマンの力』を発揮できることに興奮してしまい、他のことを気にしていなかったこと。

 前回は怪獣出現からウルトラマンの出現まで時間があった。だから律希が気にする前に周囲の人々は避難をしウルトラマンが現れる頃には誰もいなくなっていた。

 だが今回は違う。怪獣出現からウルトラマンの出現までそう時間は開いていない。だから周囲に人がいるのだ。

 周囲にビルがあるのだ。

 それが無残にも破壊されている。もちろん怪獣が破壊したものもあるだろう。だが、その中には本当であれば破壊されずにすんだものもあるはずだ。例えば、ブルが攻撃を避けなければ守れたもの。怪獣の視界から消えるため、ビルの影に隠れたこと。そのせいで破壊されたもの。

 自分の力がどこまで使えて何ができるのかを調べるため、遠距離で戦った結果怪獣も熱線で応戦することになり、そのせいで破壊されたもの。

 ふと、避難を終えて一息ついた有咲とウルトラマンブルの視線が合う。ウルトラマンに見られていたことに気づいた有咲は最初驚いた様子を見せたが、やがてその表情が怒りに染まっていく。

 そして、息を吸い、叫ぶ。

 

「馬鹿野郎! もっと周りを見ろよ! 周りを見て戦ってくれよ! 街があるんだ! 私たちがいるんだ! あるんだよいろいろなものが!」

 

 それは怒りの叫びだった。

 周りを見ず、自分の力ばかりに気を取られていた律希は急激に頭が冷えていくをの感じていた。

 

「お前は何者なんだ!? 私たちの味方なのか!? 敵なのか!? どっちなんだ!? あの時なんで私たちを守った? なんで戦う? なんのために出てきたんだ! まるで子供みたいにはしゃいじゃって……それでこんなことになるなんてふざけんなよ!!」

 

「有咲……」と近くにいた沙綾が有咲を宥めようと肩に手を置いたところで、ハッとした様子で有咲は落ち着きを取り戻す。

 

「ごめん……」

「謝ることないよ」

 

 と、沙綾は首を横に振る。

 そして、沙綾も何か言いたそうな視線をブルに向ける。

 ドクン、と律希の心臓が鼓動を打つ。

 取り返しのつかないことをやってしまったかもしれない。つい数分前、兄に言われたばかりなのに。

 と、そこへ怪獣の雄叫びが聞こえてきた。

 振り返ると、喉と背中の皮膚が赤く発光している。それは熱線を放つ時に見られる光景。

 熱線が来る、まずい! と律希が思った時、炎を纏ったキックがそれを阻止した。

 その場にいる誰もがハッとする。

 怪獣の熱線を阻止したのは、もうひとりのウルトラマン。

 炎を纏いし紅蓮の戦士、ウルトラマンロッソ ・フレイム。

 避難誘導を終えた詩希が、ウルトラマンとなって戦場にやって来たのだった。

 




当初はもっと大きなやらかしをしようかなと考えていたんですが、それはどうだろう……と書いていて思ったので急遽変更。
それに伴い有咲ちゃんに「バカヤロー」系なセリフを叫んでもらうことになりました。
そろそろ二章も終盤。後は怪獣倒して終わりなので、第一章と比べるとめちゃくちゃ短いっす。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第14話 チカラの意味 5/纏う属性





 詩希が視線を向けた時、すでに怪獣は熱線を放つ準備に入っていた。

 ブルは先ほどの攻撃の嵐によって未だ立ち上がれていない。その視線の先には有咲と沙綾がいるのが遠目でも確認できた。

 周囲を確認している暇などなかった。

 だが幸い、避難誘導をしていたおかげで周囲に人はいない。

 詩希はすぐさまジャイロを構えた。炎がその体を包み込み、ウルトラマンロッソへと姿を変える。

 足に炎を纏わせ、全力で蹴り抜く。

 轟音と共に怪獣の頭部を蹴り、熱線を阻止することに成功。吹き飛んでいく怪獣を見送りながら、ブルの方へと視線を向けた。

 

「兄貴、俺……」

 

 ブルは未だに立ち上がってはいなかった。ブルのインナースペースにいる律希は、自分がどれほど酷い戦い方をしていたのか、また自分の悪癖でやらかしてしまったことに気づいたのか青い顔で震えている。

 

「…………」

 

 正直なことを言えば、「おれ言ったよな?」と叱りたい。忠告をしてから然程時間が経っていないうちに今の状況だ。

 だが、すでにブルの胸のタイマーは赤に点滅している。残された時間が少ない中で叱るのは、下手をすればタイムロスにつながる。

 

「……言いたいことは山ほどあるけど、おれも遅れた身だ。時間もないし、さっさと逆転するぞ」

 

 そう言って、ロッソはブルに手を差し伸べた。

 少し驚いた表情を見せる律希。

 そこへ、詩希は喝を入れるかのように叫ぶ。

 

「言っただろ。時間がない。お前の突拍子もない提案が逆転につながるかもしれないんだ。いつまでも落ち込んでないで、シャキッとしろ!!」

「はい!!」

 

 反射的に勢いよく立ち上がるブル。その背を叩いて、ロッソは怪獣に意識を向ける。

 蹴飛ばされた怪獣は、新たな乱入者──ウルトラマンロッソに殺気をぶつけてきた。

 ぞわり、と詩希の産毛が逆立つ。

 これが『殺気』。相手を『殺す気持ち』だ。先日は突然のことで頭がいっぱいで気づかなかったが、こうして改めて感じることでわかる。

 これから始まるのは、文字通り命をかけた戦い。どちらかが倒れることでしか勝敗がつかない戦いだ。

 勝てるのか……と、つい思ってしまう。

 戦い方なんて知らない。

 この怪獣にどうやって立ち向かえばいいのかなんてわからない。

 でも、

 

「……律希」

「何?」

「行くぞ」

「……オーケーッ!」

 

 やるしかない。

 己を奮い立たせ、駆け出すロッソとブル。

 ロッソのパンチが、ブルのキックが、怪獣の腹部を叩く。

 よろめく怪獣。ふたりして突進し、肩を組んで押し込む。

 

「あっつ!? 何こいつの体めちゃくちゃ熱いぞ!!」

「そう言えば避難誘導してる時、こいつの周囲に陽炎できてたな!」

「嘘!? じゃあこいつの体温何度だよ!?」

 

 初めて怪獣に触れたことで感じた熱に声をあげるブル。じりじりと熱せられる掌だが、ここで怯んでは押し負けてしまうため根性で耐える。

 しかし、ここで怪獣が熱線を放つさいに見られる背中の発光をおこなった。何の意味が、と疑問を感じるロッソだったが、それに伴って掌に感じる熱が急激に上昇した。

 

「あっつ!? 無理!!」

 

 そのせいでブルが力を弱めてしまい、振り解かれてしまう。

 反撃に振るわれた怪獣の右手を膝を使ってガードするロッソだったが、すぐに逆手が振られ背中から攻撃を受けてしまう。地へと倒れるロッソの腹を蹴り上げる怪獣。

 転がるロッソと入れ替わるようにブルが飛び込み前転で距離を詰めるが、接近しすぎたせいで攻撃につなぐことができず頭部を掴まれてしまう。もがいているうちに強烈なフックを受けてよろめく。

 再び放たれる熱線。

 ブルはバク転、ロッソは側転で回避する。

 

「律希! お前の攻撃でどうにかできないか!?」

「やってみる!」

 

 ブルは右手からアクアジェットブラストを放つ。しかし、充分な威力が威力がないのか先ほどまでとは違ってダメージすら受けていないように見える。

 

「だめだ、威力がでねえ……」

「もしかして、胸の点滅が関係してるのか?」

「多分、なんかさっきから体に力が入んねえんだよ。こう……MPが足りない感じ?」

「時間だけじゃなくて、力を使いすぎても点滅するのか」

 

 となると、今後は戦い方も気をつけなくてはいけなくなる。最初のブルみたいに遠距離攻撃だけで攻めていては、エネルギー切れで負ける可能性が出てくるのだ。

 これが判明したのはもしかしたら大きな収穫かもしれない。

 しかし、今は目の前の的に集中だ。接近戦をするにしても、あの体温をどうにかしなければ、接近戦すら怪しい。

 

(律希の方エネルギーが残ってれば……ん? エネルギー? そうか!)

「律希! クリスタルチェンジだ! おれの方ならまだエネルギーがある!」

「! そうか、その手があったか!」

 

 ウルトラマンの力を手にする時に見たビジョンの中に、それぞれの纏う属性の力をチェンジするシーンがあった。ブルにエネルギーが足りないことで存分に力を発揮できないのであれば、まだ時間もそう経過しておらず、エネルギーも消耗していないロッソならば存分に発揮できるはずだ。

 ふたりはすぐに行動にでた。

 詩希、律希のそれぞれのインナースペースの天より一筋の光が降りてくる。二人はその光を掴み取り、

 

「「セレクト! クリスタル!」」

 

 詩希はクリスタルの角を二本、律希は一本展開。

 構えたルーブジャイロへセットする。

 

『ウルトラマンギンガ!』

『ウルトラマンタロウ!』

 

 詩希の背後にクリスタルが特徴の戦士が浮かび上がり、その姿が『水』へと変わる。

 律希の背後に大きな角『ウルトラホーン』が特徴の戦士が浮かび上がり、その姿が『火』へと変わる。

 

「纏うは水! 紺碧の海!」

「纏うは火! 紅蓮の炎!」

 

 ジャイロのレバーを引き、その力を開放する。

 

『ウルトラマンロッソ・アクア!』

『ウルトラマンブル・フレイム!』

 

 纏うエレメントをチェンジしたことで、プロテクターのカラーが入れ替わった。

 同時に、詩希と律希は湧き上がってくる力の感じ方が変わったことに声をあげる。

 

「ん? なんかー、すげえ燃えてきた。気分的に」

「逆におれは、なんか落ち着くな」

「いや、落ち着くって、この状況でどうやって落ち着けるわけ?」

「水だから澄んだ心……みたいな?」

「意味わかんねー」

「いいから! もうこ以上時間かけることできないから、決めるぞ!」

 

 ロッソは両腕を上げ、巨大な水の球体を作り出す。

 その姿を見て、怪獣はまずいと判断したのだろう。すぐに阻止しようと熱戦を放つ準備に入るが、

 

「させるか!!」

 

 ブルが両手から無数の火球を放つ。ロッソがフレイムの時に放つそれより数も多く、さらに一発一発の威力にムラがあるが、それでも着弾時には爆煙を上げる。元々が水に比べて威力のある火のおかげか、エネルギーが少ない今の状態でも怯ませるには充分な威力があった。

 

「うおー、なんか兄貴より火力あるかも」

「ナイス! これでも、食らえ!」

 

 巨大な水の球体を叩きつけるように放つロッソ。

 ざぶん! という音共に怪獣が水に飲み込まれる。

 

「決めるぞ!」

「ああ!」

 

 水に飲まれた今がチャンス。そう判断した詩希の声に促され、律希も必殺の一撃の準備に入る。

 ロッソは水のエネルギーを球体状に集中させ、ブルは両腕を回し炎のエネルギーを集中させる。

 

「“スプラッシュボム”!!」

「“フレイムエクリクス”!!」

 

 アンダースローで放たれる水球と、突き出した両腕から放たれる炎のエネルギー光線。

 巨大な水球にやられた怪獣に、回避する暇などなかった。

 二つのエネルギーは真っ直ぐに怪獣へと突き進み、怪獣の巨体を捉え、赤と青のエネルギーに飲み込まれていき爆散。煙が空へと昇っていく中、必殺技を放ち終えたウルトラマンはゆっくりと息を吐いた。

 

「はあー、何とか勝てたな」

「……だね」

「帰るか」

「あ、ちょっとその前に」

 

 怪獣を倒したことで自分たちの役目は終わった。だから帰ることを促すロッソだったが、ブルはその前にやることがあるらしくあたりに視線を向ける。

 

「おい、点滅が高速なってるんだから早く帰らないとまた倒れるぞ」

「すぐに終わるから……あ、いた」

 

 ブルのカラータイマーの点滅はすでに高速になっておりいつ消えてもおかしくない。そんな中、ブルは目的のものを見つけたのか、体ごとそちらに振り返る。

 気になってロッソも同じ方を見てみると、そこにいたのは有咲たちPoppin’Partyのメンバーたちだ。

 戦いが終わったというのに、急にこちらを向いてきたことに有咲は驚いた表情を見せる。

 そんな有咲に向け、ブルは背筋を伸ばすと、頭を下げた。再び驚き、そして困惑する有咲。

 本当はこの真意が伝わるようにしたいブルだったが、胸の点滅がもう時間の限界を伝えてくる。

 頭をあげたブルは、空に向けて飛び去る。ロッソもあとを追うように飛び去り、戦いは終わりを告げるのだった。

 

 

 

 ☆★☆★☆★

 

 

 

 空へ飛び去っていくウルトラマンを見送る少女たち。

 

「……なあ、沙綾。なんで最後頭下げられたんだ?」

「もしかして、有咲に怒られたから謝ったのかもね」

「……まさか」

 

 とある場所ではひとりの少女がスマートフォンを片手にてんやわんやしている。その姿を見つめる、四人の幼なじみ。

 

「……夢、じゃないよね。え? 今私たちの目の前ですごいこと起きてたよね!?」

「ひーちゃん、落ち着きなよ」

「なんでモカは落ち着いていられるのー!?」

 

 また別の場所では、とある少女が目を爛々と輝かせながら、

 

「ねえ美咲! あの巨人さんとライブをしたら、すごく楽しいと思うわ!」

「……うーんそうだね、けど無理だと思うよ」

 

 そのまた別の場所では、ひとりの少女が主にロッソの方を注目して見ていた。

 

「友希那? どうかしたの?」

「……いえ、なんでもないわ」

 

 そして、とあるレッスンスタジオでは、

 

「なんだかすごいことが始まりそうだねー。るんっ♪ としちゃうかも」

「ちょっと日菜さん!? 何言ってるんですか!?」

「あははは、冗談だよ麻弥ちゃん」

 

 この日、少女たちとウルトラマンは密かに邂逅していたのだった。

 

 

 

 ☆★☆★☆★

 

 

 

「……兄貴」

「ん?」

 

 戦いを終え、帰宅した兄の背中に向けて弟は声をかけた。

 振り返った兄が見たのは、真剣な表情の弟。

 

「ごめん。兄貴が忠告してくれたのに、俺……やちまった」

「…………」

「兄貴の言うとおり、この力は生半可な気持ちで使っちゃダメだ。もっとしっかり、深く考えるべきだったんだ」

「……だな、それに気づいたんだ。今度はもう大丈夫──」

「──だからさ、アクアになってどうだった?」

「……え?」

 

 ふと、なんだか感じる空気が変わっている気がした。

 

「だから、水のクリスタルを使ったらどんな感じだった? 俺は火を纏うと多分火力ばかになると思う。アクアの時ほど火力調整ができなかったんだ」

「……もしもし律希さん? なんだか話が変わってないかい? 今回で懲りたんじゃないの!?」

「懲りたよ。ああ懲りたさ。だから、もう失敗しないために今持ってる力をしっかり理解しなきゃいけない。兄貴が水を纏えばどうなるのか、それがわかれば作戦が広がるだろ?」

「…………」

 

 詩希は天を見上げた。

 弟の言っていることはわかる。わかるが、

 

「なんかこうもう、本当にもう……あああああああああ!!」

 

 自分が思っていたのと違う結果に行きつきそうなことに、詩希は声を上げるしかなかった。

 

 




第二章:チカラの意味─完─

登場怪獣:熔鉄怪獣 デマーガ

あとがき
以上を持ちまして、第二章終了です。
ウルトラシリーズでは、ウルトラマンの力を過信してしまい変身できなかったりする話があるのですが、今回はそれを元に変身はできるけどその後にやらかしてしまう、と言うお話にしてみました。
それもあってか、第一章と第二章はウルトラマン寄りの話になってしまい、バンドリのキャラクターがあまり登場していないのがちょっと気になるところです。
とは言え、ひとまずウルトラマンに関する葵兄弟の始まりはこれで一区切りになるので、次回以降はバンドリのキャラクターたちをバンバン出せていけそうです。
それに次回からは各バンドをメインにした、いわゆるお当番回を予定しおりますので、各バンドがどう関わっていくのかお楽しみください。


次章予告
ウルトラマンと怪獣の出現により、街は重い空気が流れ始めていた。
そんな空気を換えたいと思った戸山香澄は、ガールズバンドによる地域活性ライブが計画されていることを知り、絶対に成功させようと意気込む。

次回、第三章「私たちにできること」。お楽しみに。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三章:私たちにできること
第15話 私たちにできること 1/まりなさんのお誘い



お待たせしました。
第三章スタートです。
今章のメインはポピパ!


 ふと、花園(はなぞの)たえは足を止めて、歩いてきた道を振り返った。

 目の前に広がるのは、学校からCiRCLEに続く道のり。高いビルから小さなお店まで、ここを通るたびに目にする日常の風景がそこには広がっている。

 つい先日も通った道。見た風景。

 だけど、その時と今では雰囲気が異なっていた。

 

「おたえ? どうかしたの?」

 

 歩みを止めたたえに、山吹(やまぶき)沙綾(さ あや)が声をかける。

 たえは、少しだけ間を空けてから答えた。

 

「なんだか、空気が暗いね」

「それを言うなら『空気が重い』だろ」

 

 すぐに訂正の言葉が飛んできた。

 しかし、たえが言いたいことは、その言葉では意味が違ってしまう。

 

「違うよ有咲。重いんじゃなくて、暗いんだよ」

「……ああ、なるほど」

「え? 有咲おたえの言いたいことわかったの?」

「誰だってあんなの見たらショック受けるだろ? 私とお前みたいに」

 

 ヒョイっと前屈みになった戸山(と やま)香澄(か すみ)に向けて、市ヶ谷(いちが や )有咲(ありさ )が言葉を返すと、途端に香澄の表情が変わる。

 

「うぅ〜、せっかく忘れてたのに思い出しちゃったじゃん! 有咲のバカ!!」

「なんで私が罵倒されんの!?」

「また有咲の家でお祓いしてもらおうよ〜」

「ウチはお寺じゃねえ!」

 

 有咲に縋り付く香澄と、それを引っ剥がそうとする有咲。

 それは彼女たちの日常を象徴するかのような光景。それが戻ってきたことに、香澄と有咲以外のメンバーは安堵し、笑顔を浮かべた。

 二人はつい最近まで、一番最初の巨大生物出現の事件に巻き込まれてしまい、元気がなかったのだ。どこか上の空、纏っている雰囲気がとても暗く、気がつくと授業中なのに窓の外を眺めている様。一日に何度もため息をこぼし、特にあのいつも元気な香澄がそうなっているのは誰もがギョッとするほどだった。

 そしてそれは、今この街全体に流れている空気に通づるものがある。先ほどたえが『街の空気が暗い』と言ったが、それは先日この街の中に巨大生物──怪獣が出現したからだ。最初の出現場所は紅葉公園だったため、そこに足を運んでいた人だけが目撃し巻き込まれた。

 しかし今回は街の中ということで、紅葉公園の時よりも多くの人の目に触れたのだ。公園とは違い、人々が暮らす生活圏内での出現は、より多くの人にショックと不安を与えた。

 数日経った今ではある程度立ち直ったようにも見えるが、それでもたえが『暗い』と感じるほどの爪痕が確かに残っている。

 

「まったく、いつまでも落ち込んでんじゃねえよ。香澄らしくもない」

「心配してくれてるの?」

「なっ! そんなんじゃねえ!!」

「でも、有咲が一番心配してたよね?」

「おたえは何言ってんだ!? 私は別に……」

「有咲ちゃんは友達思いだね」

「りみまで!」

「ふふふっ」

「やめろ沙綾!! そんな顔で私を見るなあああああああああああぁぁぁ!!」

 

 有咲の絶叫が響く。

 それは間違いなく、彼女たちの日常の風景だった。きっと街もしばらくすれば元の雰囲気に戻るだろう。

 そう願う彼女たちだが、

 

「……怪獣は、また現れるのかな?」

 

 りみがつい心の中に生まれてしまった不安を口にしてしまう。

 だが、すぐにハッとなって、

 

「ご、ごめんなさい。私──」

「──大丈夫だよ!」

 

 そんなりみの不安を消し飛ばすかのように、香澄が声をあげた。

 

「また現れても、きっと『ウルトラマン』がなんとかしてくれるって!」

「ウルトラマン……?」

 

 自信満々に宣言する香澄だったが、りみの方は初めて聞く単語に首を傾げた。

 その反応を見た香澄もまた、首を横に傾げる。

 

「あれ? りみりんは知らないの?」

 

 うん、と頷くりみ。

 

「その呼称知ってるの、私と香澄だけだろ」

「ふたりはあの巨人の名前を知ってるの?」

 

 このメンバー内であれば、一番情報を持っていそうな有咲と香澄に沙綾が問いかける。

 

「まあな。とは言っても、私たちより詩希さんの方が知ってそうだけど」

「詩希さんが言ってたんだ。赤い方が『ウルトラマンロッソ』で青い方が『ウルトラマンブル』!」

「でもこの前色が入れ替わったよ?」

 

 たえの言う通り、先日の戦いで最後ウルトラマンのプロテクターの色が入れ替わった。もし詩希の説明通りならば、赤い方がロッソで青い方がブルである。つまり、同時に名称も入れ替わるということになってしまう。

 あれれ? と首を傾げる香澄。そんな香澄の代わりに、有咲が推測を述べる。

 

「たぶん名前は変わらないだろ。色が変わるなら、あの角にみたいに見えるやつで区別できるんじゃね? 二本の方が『ロッソ』、一本の方が『ブル』って感じで」

「おー、なるほど。さすが有咲!」

「略して『さすあり』だね」

「う、うるせー!」

 

 ひゃー! 有咲が怒ったー! と香澄とたえがはしゃぐ横では、沙綾とりみが何やら考え込む様な素振りをしている。

 

「それにしても、何者なんだろうね。ウルトラマンって」

「私たちを守ってくれたから、味方、なのかな……?」

 

 それにいち早く答えたのは香澄だ。

 

「味方だよ! だって私たちを守ってくれたんだよ?」

 

 しかし、そんな香澄とは反対に有咲は難色を示す。

 

「……どうだかな。味方って考えるには頼りなさすぎるだろ。特にブルって方は」

「むぅ、なんでそんなこと言うの」

「香澄も見ただろ? あのふざけた戦い方を。周りのことなんか見ていない、ただ自分の好奇心の赴くままのような戦い方。あんなの、こっちからしたらいい迷惑だ」

 

 思い返すだけでも、むかっとしかたものが湧き上がってくる。怪獣映画とかで考えるならば、きっとあの『ウルトラマン』と呼ばれる巨人は『ヒーローの役割』を担っているはずだ。それなのに、あの戦い方は、振る舞いは、とてもヒーローとは言えない拙いものだった。

 溢れ出る好奇心を満足させるような、そんな子供のような拙い戦い方をされては、今後もしまた怪獣が現れるような時に安心できない。

 

「でも、最後には謝ってたよ?」

「…………」

 

 香澄に言われて、戦いが終わった後こっちに向けて頭を下げるウルトラマンブルの姿が思い浮かぶ。

 あれは、きっと謝罪だったのだろう。雰囲気からそうだと感じ取れる。

 

「わかってるけどよ……」

 

 わかってはいるが、それでも安心できる、できないでは心の持ちようが違う。味方にしろ、実は敵だったにしろ、破壊行動をする巨大生物に対抗できるのは『ウルトラマン』しかいない。

 自分たちには何もできないのだ。安心くらいは求めていいだろう。

 そんな風に物思いにふけったせいか、沈黙した空気が漂い始めた。すぐに気づいた有咲は何か空気を変えなきゃとしようとしたところで、

 

「はいはい、その話はここまで。それより、まりなさんが私たちに用ってなんだろうね」

 

 先に沙綾が動いた。

 ならば、有咲はそれに乗っかればいい。

 

「……そういえば、詳しいことは何も説明されてないんだっけ?」

「うん。都合がつく日を聞かれて、その日にCiRCLEに来て欲しいとしか説明されてないんんだ」

 

 香澄が顎に手を添えて答える。

 CiRCLEのスタッフである月島まりなから連絡が来たのは、今から一週間前。都合のつく日程を聞かれ、返答したその日にCiRCLEに来て欲しいと頼まれた。詳しいことはその日に話すと言われたため、自分たちがなぜ呼ばれたのか理由がわからない。心当たりがあるはずもなく、今日の昼休みもみんなで首を傾げていたところだ。

 

「香澄、本当に何も聞いてねえのか? 実は忘れてたオチとかじゃないだろうな?」

「ひどいよ有咲! 私がそんなことすると思う!?」

「……自分の胸に手を当ててよーく聞いてみろ」

「…………」

「…………」

「……すみませんでした」

 

 謝罪を述べる香澄に対して、有咲はただうなずくのだった。

 

 

 

 ☆★☆★☆★

 

 

 

 しばらくして、CiRCLEに到着したPoppin’Party。

 

「こんにちわー!」

 

 入店と同時、香澄が元気よく挨拶をする。相変わらずな香澄におい、と声をかける有咲と見守る他のメンバー。いつもだったらここでまりなから声が返ってくるのだが、今日は返ってこない。「あれ?」と首を傾げる一同だが、というのも、まりなは今受付でとある男性を対談中だったのだ。

 その男性はとても目を引く人物だった。180センチを超える高身長と、黒のタートルネックの上から羽織っている赤いコートが視線を集める。誰だろ……? と思いながら視線を動かしてみると、アッシュグレーに染められた髪が視界に入った。それを見て、その人物に心当たりがある香澄が名前を口にする。

 

「詩希さん……?」

「ん? 香澄ちゃんか」

 

 振り返ってこちらを見た人物は、香澄の友人の兄であり、よく行くセレクトショップの店員である(あおい)詩希(し き )だった。

 整った顔立ちと、印象的なタレ目がいつもみる笑みにより柔らかさをプラスしている。加えて、お店の時とは違いメガネをかけていないのが、なんとなく新鮮に感じた。

 

「どうして詩希さんがここにいるんですか?」

 

 詩希がライブハウスにいるなんて普段であればありえないことだ。働いている、という理由もあるが、バンドをやっていない詩希がここを訪れるのは、ライブを観にくるという理由以外に心当たりがない。そして詩希がPoppin'Partyのライブを観にくるまで、ライブハウスに行ったことがないと言っていたことから、こうしてばったり遭遇することについ驚いてしまう。

 疑問を受けた詩希は、柔和な笑みを浮かべつつ、

 

「お仕事でね」

 

 と答えた。

 

「お仕事?」

「そ。詳しくはまりなさんから」

 

 と言って、横にずれていく詩希。そうすると、ちょうど香澄たち側からだと詩希の影に隠れるかたちとなっていたまりなが現れる。

 

「こんにちわ。今日は来てくれてありがとうね」

「いいえ。それでまりなさん、私たちに用って何ですか?」

「実はね、今度商店街と合同でライブイベントをやることになったの。ポピパにはそのイベントでライブをして欲しいんだ」

「ライブイベント……?」

 

 首を傾げる香澄に、まりなは説明を続ける。

 

「うん。ほら、今街の空気ってなんだか暗いじゃん? だから、そんな空気を変えて、また前の明るい街の雰囲気を取り戻すためにイベントを計画したんだ」

「そのイベントで、私たちがライブをするんですか?」

「そうだよ。ポピパの音楽にはみんなを明るくする力があるって、詩希くんに熱弁されちゃってね」

「え? 詩希さんが?」

 

 驚いた香澄たちの視線が詩希に向けられる。詩希は、自分に集まった視線にちょっとだけ恥ずかしさを感じながら、

 

「香澄ちゃんたち、前に商店街でライブしたことあるだろ? その時、結構商店街の雰囲気が明るくなってさ。ライブでみんなの曲を聞いた時も自然と心が踊って、楽しくなって、気がついたらポピパの曲に夢中になってたんだ」

 

 詩希は、その時の感情を思い出すように続ける。

 

「実はその日、仕事でミスしちゃって、結構落ち込んでたんだよね。でも、みんなの曲を聞いたら立ち直れてさ。ライブハウスっていう時別な場所だったことを抜きにしても、みんなの曲にはそういう力があるんだって思ったんだ。だから、今回まりなさんからイベントの話を聞いた時、みんなの歌なら街の雰囲気を明るくできるんじゃないかって、提案させてもらったわけ」

「すごかったんだよ、詩希くんの熱弁」

「やめてください、まりなさん。なんかこう……ちょっと背中が痒くなるんで」

「えー、でもここは、詩希くんがどれだけ香澄ちゃんたちのファンか伝えるべきなんじゃない?」

「いや、その、さすがに面と向かってだと恥ずかしいというか、なんというか……」

「ふふっ、わかった。それじゃあ詩希くんの勇姿はまた別の機会に伝えておくよ」

「いや、伝えなくていいですって……」

 

 本当に恥ずかしいのか、ほんのり赤く染まった頬。

 そんなふたりのやりとりを見ているポピパのメンバーは、次第にゆっくりと思考を回転させていき、自分たちが何を言われて何をお願いされているのかまとめていく。

 

「…………」

 

 まさか、知っている人からこうも正直に自分たちの音楽を褒められるとは思っていなかった。その点に関しては、香澄たちも嬉しさ半分こそばゆい気持ち半分といったところだ。

 でも、そこまで期待されているなら、応えるべきだろう。

 

「それで、ポピパのみんな、どう? イベントでライブ披露してくれる?」

 

 改めてまりなに問われた。

 正直なところ、自分たちの音楽にそれほどの力があるとは思えない。

 でも、今の暗い街の雰囲気を少しでも変えることができるのなら、そのための力になりたい。

 

「でます!」

 

 力強く、香澄は答えた。

 香澄だけではない。たえも、りみも、有咲も、沙綾も、Poppin’Party全員がその瞳に力強い意志を込めている。

 

「私たちの音楽で、必ず街の明るさを取り戻します!」

「うん。それじゃあ、みんなお願いね!」

『はい!』

 

 まりなの声に、力強い声が返って来た。

 

 








目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。