或る若者の日常 (霧島椎名)
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1話

~小学生時代


ただ楽しく生きたいだけ。

そう難しくないであろう小さな望みは或る小さな、それこそ道端の石の礫にも満たないであろう者に阻害される。

 

思えば幼い頃からそうであった。私は生まれた時から体が弱く、よく咳を吐き熱を出しまともな生活を送れ無かった。

外で走り回る同年代の子供を見て羨ましいと思った事も少なくは無かったが私は本を読んだりゲームをする事の楽しさを知りそこに幸せを見いだしていた。

 

思えばこの頃からだろうか、私が感じている幸せを邪魔され始めたのは。

親からは家の中で遊んで居ると少しは外で遊びなさいと言われ風邪をひけば何故自制しなかったかと責められる。私のお気に入りのボールは真っ二つに引き裂かれ、ゲームは取り上げられた。

そんな私は本をよく読みテレビを観る事の楽しさを見いだした。

当然情報を沢山頭に入れるわけだからそれを整理するために口に出す。そうすると今度は独り言が五月蝿い、お前は口数が多いだの言われるようになった。

 

私は小学校に上がる前の年齢でありながら自分に自信という物が持てない人間になった。

 

私には姉が居る。

いや、愚姉と言おう。

私の愚姉はとてもヒステリックな人であった、それは今も替わらずではある。

愚姉はなんでもやらせて貰えたし買って貰えた。綺麗な服を何着も買って貰い習い事はダンスにピアノをやらせて貰っていた。

対して私は男だったからなのかお洒落着等は無く服は必要な分だけ、習い事は皮膚が弱いからアトピーの為にと別にやりたいとも言っていない水泳をやらされた。

本当は私は音楽や絵を描く塾に通いたかったがそれには全く聞く耳を持ってはくれなかったのだ。

そんな風に親からは肯定をされず、愚姉からは暴言、暴力を受け精神的にも傷を受けた私は見た目だけは明るい人になった。

道化の誕生である。

 

小学生時代私は入院を複数した。

その頃社会的に苛めがとても問題になりドラマでもテーマとして取り上げられていた。

だからなのか、私が入院から帰り登校したその日クラスメイトに「お前を虐める事に決めた」そう言われた。

こんな理不尽な事があるだろうか。

あるときは物を隠され、壊された。

私の掲示物は破かれ痣が出来るまで暴力を受けたりした。

学校は問題を警察に届けたりはしなかった。私の親も、そして相手の親も。

子供同士のいざこざだ、私達は関係無いと。

 

そこで私はやっとわかった。「誰も守ってくれないなら自分でやるしかない」と。

その日から私は殴られたらその分殴る。蹴られたらその分蹴る。暴言を吐かれたらその分暴言を吐くようになった。



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