インフィニット・ストラトス~彼から主人公補正が消えた話~ (カイナ)
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前編

──NN~チャンネルー! 

 

「……え?」

 

 どこからともなく聞こえてきた声に、男は声を漏らす。真っ白な何もない空間、そこに自分は立っている。そう彼が認識した時、その空間に揺らぎが走った。

 

「は~いどうもこんにちは~。何にも出来ずに死んじゃった憐れな子豚さ~ん、お元気ですか~?」

 

 揺らぎが走った空間から出てきたのは小麦色の肌をして紫色の水着のようなパンクな衣装を纏った一人の少女。その胡散臭い笑顔での言葉に男は唖然とするが、その直後彼女の言葉の一部にはっとした顔になった。

 

「ま、待て! 今のなんだ!? 何にも出来ずに死んじゃったって……どういうことだ!?」

 

「あらら、覚えていませんか? まあ無理もありませんが……わざわざ思い出す必要もないでしょう」

 

 少女は両手を肩くらいの高さまで上げてやれやれと首を横に振るアメリカンな呆れポーズを見せた後、にぱっと微笑んだ。

 

「残念ながら、あなたは死んでしまいました!」

 

「な、に!?」

 

「ですがご安心を」

 

 笑顔での死の宣告に男が絶句するが、そこに少女がびしっと指を突きつける。

 

「あなたは幸運にもこの女神である私に選ばれました! そう、色んなラノベでお約束、転生のお時間です!」

 

「ほ、本当か!?」

 

 女神を名乗る少女の言葉に、男の顔がパッと輝く。その口元には歪んだ笑みが僅かに見え、それを見た女神も僅かにニヤリと微笑んだ。

 

「もちろんタダでの転生なんてケチなことは言いません。あなたのお望みの世界に転生させ、お望み通りのチート能力を差し上げましょう」

 

 女神の言葉を聞いた男は再び笑みを浮かべる。自分が望む世界、と聞かされて思い浮かぶ世界。それは他の男の介入がなく、自分のハーレムが簡単に作れる世界。その望む世界の名を聞いた女神は空中に座るようなポーズで浮かび、足を組む格好をして笑顔でふんふんと頷いた。

 

「インフィニット・ストラトス、ですね。了解でーす♪ その世界への転生、たしかに承りました。で、続けてチート能力ですが……」

 

 女神の言葉に男は再び己の望みを話す。まず一つ、自分を女子にモテるようなイケメンにしろ。次にインフィニット・ストラトスの世界に転生する以上、自分も男だけどISを使えるようにしろ。さらにどんな敵にも負けない、当然インフィニット・ストラトスの主人公織斑一夏には絶対に負けないようなチート専用機をよこせ、そして──

 

「織斑一夏から主人公補正を消してくれ。ですか?」

 

 女神がきょとんとした顔になり、男は嫉妬に歪んだ顔を彼女に見せる。

 

「ああ。あいつは所詮主人公補正なんてものでチヤホヤされてるだけだ。それがなければ俺の天下は間違いない」

 

「ふむふむなるほど~……いいでしょう。あ、でも神にもちょっと限界がありましてですね。世界に影響を及ぼすような願いを叶える場合、少々世界に不具合が起きる可能性がありますし、その願いが少々ずれる可能性があります。ですが願い自体はきちんと叶えられるように取り計らいますのでご了承くださいね?」

 

「なんでもいいさ」

 

「分かりました。あ、ではおまけにあなたもIS学園の一年一組に入学できるように操作しておきましょうか? その方が篠ノ之箒やセシリア・オルコットとフラグを構築しやすいでしょう?」

 

「そうだな」

 

「はい。ではご注文を繰り返しますね。まずはあなたのイケメン化、次に男のままIS操縦可能な能力、さらにチート専用機の制作、そして織斑一夏なる男からの主人公補正の剥奪、最後にあなたのIS学園一年一組への入学。以上でよろしいですか?」

 

「ああ」

 

「はい。確かに承りました」

 

 男の願いを聞いた女神が笑顔で了承、宙に浮かべたメモ帳に同じく虚空を走るペンでさらさらっと何か書き込んでいた。

 

「では貴方にも特別サービス、その主人公補正として女神の加護を与えておいちゃいましょう!」

 

 まるで炎が走ったように彼女の周囲を赤い光が踊り、同色の光が男を包み込む。

 

「フ、ヒヒヒ……俺にも運が回ってきたってわけか……」

 

 男の口元から歪んだ笑みが覗き、女神はニヤリと笑みを漏らす。そして男は己の意識が静かに遠のいていくのを感じるのであった。



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中編

【注意】
これは三話連続投稿の中編です。
もしも前編を読んでいないまま間違えてここに飛んできた方は前編への移動をよろしくお願いいたします。


 女神に選ばれて転生した少年──須藤(すとう)成志(せいじ)がこの世に生まれて15年の歳月が流れた。

 

「ふ、くくく……ついにこの時が来た……」

 

 成志は笑みを我慢できないというように零れ笑いを漏らす。今彼はある学園の校門前に立っており、彼の目の前には数えきれないくらいに多くの生徒が校門を潜り、新たな学園生活に、そして進む学園生活に思いを馳せている。そしてその生徒は彼以外全てが女子である。

 そう、ここはIS学園。女性にしか使えない兵器インフィニット・ストラトス、通称ISの扱い方を学ぶ学校であり、ライトノベル『インフィニット・ストラトス』の主な舞台となる場所である。

 この世界に転生した彼は女神に願った通り、男でありながらISを使う事が出来るということで特別にIS学園への入学を認められた……()()()()()()()()()()()()として。

 

「まさか織斑一夏もいないとは思わなかったが……ま、主人公補正もなければ所詮その程度か」

 

 一夏の通っていた中学の名前は原作には出ておらず、とりあえず愛越学園の受験を志望して会場を探したが一夏の姿は見当たらなかった。

 おかげで原作での一夏のように自分からISを動かさなくてはならず、そのためにIS学園の入学試験の会場を探す必要があり、余計な手間をかけさせた一夏に舌打ちを叩きそうになるが、そのおかげで余計な男なしでIS学園の美少女相手にハーレムを堪能出来るのだからまあいいかと思い直した。

 

「今、世界中が大慌てで男性適性者を探すテストの準備をしてるけどな……」

 

 どうせ何かの間違いで一夏はIS学園の入試会場に行かずに愛越学園の受験に成功したのだろう。主人公補正がないせいでストーリーに絡む事すら出来ず憐れなことだ、と成志は嘲笑う。

 男性適合者を探すテストについては女性権利団体の妨害で進捗は伸び悩んでおり、今は任意にテストを受けられる程度で万一の希望を期待する者や興味本位や冷やかしでやっていっては失敗して帰っていくばかりらしく、特にISに興味もないはずの一夏が自分からテストを受けに行く事は無い。男性への強制テストとなれば話は別だろうが、そんな大規模なものになるには時間がかかる。

 それでもう一人の男性操縦者(織斑一夏)が見つかる前にIS学園を自分のハーレムにしてしまえばいいと思いながら、成志は校門を潜った。

 

 一応確認しておいたが女神が言っていた通り、たしかに一年一組になっている。織斑一夏がいないのは分かり切っているからいちいち探すまでもないが、一応篠ノ之箒やセシリア・オルコット、布仏本音など一組にいる描写がある原作ヒロインが揃っている事もきちんと確認。

 そしてその間成志は周りからの熱い視線を受け続け、気分が高揚するのを感じる。女神に頼んだ通り、今の自分は絶世のイケメンとなっている。幼稚園の頃から女子にモテ続け、小学生、中学生と周りから女子が消えない事はなく、既に何人もの女子と関係を持っている。

 

(男からは嫌われたけど、まあ男なんてどうでもいいからな……)

 

 逆に男はおこぼれに預かろうと自分にへりくだる取り巻きか気に入らないからと逆らうものばかり。しかし自分の所有物である女子を取り巻きに渡すわけもなく、その気に入らない男が好きだった女子や恋人をそいつの目の前で奪ってやった時の彼らの羨望や絶望を見ての快感を思い出してくつくつと笑みを零した。

 だがこれからは今までの女子とは比べ物にならない国際色豊かな美少女が自分のものになるのだ、もういらなくなった今までのハーレムは既に全て捨てている。そしてIS学園という一つの学校全てを使った新たなハーレムを作り出す、成志はそんな逸る気持ちを抑えきれずに一年一組の教室へと向かう。

 その道中の廊下でも熱い視線を感じ、僅かなり黄色い声を聞きながら成志は悠々と廊下の真ん中を歩き、一年一組の教室へと到着。何故か開いているドアや窓から教室を覗くと、このクラスに世界唯一の男性IS操縦者が入ってくるという事はクラス分けの名簿で分かっているためか、既に気づいた数名の女子がやはり熱視線を向けてきていた。

 

(ククク……ここが今日から俺のハーレムの拠点になるのか)

 

 成志はついに自分の夢がスタートする。と心の中に歪んだ願望を抱えながら、その夢の第一歩というように一年一組の教室へと足を踏み入れる。

 

(?)

 

 一瞬身体に違和感を感じた。身体が少し重くなったような、自分の中から何かがすり抜けたような、そんな訳の分からない感覚に成志は眉をひそめて、それからまあ気のせいだろうと結論付けて教室内を見回す。

 女子は自分の方を物珍しそうにチラチラと見ながら、友達とのお喋りに夢中になっている。しかし多分照れているだけだろう、成志はそう思ってクラスの席順を確認し自分の席についた。

 

 

 

「全員揃ってますねー。それじゃあSHR(ショートホームルーム)を始めますよー」

 

 緑色の髪をショートカットにし、胸元を開けたような服装のせいで小柄な身体とは対照的な巨乳を見せつけるような格好になっている穏やかそうな雰囲気の女性──山田麻耶の声が教室内に通っていく。

 

「山田先生、一人遅れています」

 

 黒髪ポニーテールの凛とした雰囲気の少女──篠ノ之箒が手を挙げて発言。たしかに教壇の目の前、教室のど真ん中&最前列の席だけが空いていた。

 

「え、あ、えっと……その席は確か……」

 

「いえ。少し用件が長引いて遅れそうだという事で、それを伝えるように頼まれました」

 

「あ、そうなんですか? ありがとうございます。じゃあまずは出席番号順で自己紹介をお願いしますね?」

 

 麻耶が慌ててクラス名簿から席順を確認しようとすると箒がそう伝えて右手を下ろす。伝えたいことは伝えたという様子に麻耶は彼女にお礼を言うと本来のSHRの流れなのだろう自己紹介へとテキパキ進め、出席番号一番の相川清香が「はい!」と返事をして立ち上がった。

 それから自己紹介が続いていき、“え”の子が終わった辺りで突然教室の前の扉がガラリと開き、そこから黒スーツとタイトスカートが良く似合う、長身の美麗な女性が入ってきた。

 

「あ、織斑先生。もう会議は終わられたんですか?」

 

「ああ、山田君。クラスへの挨拶を押し付けてすまなかったな」

 

「い、いえっ。副担任ですので、これくらいはしないと」

 

 その美女──織斑千冬は麻耶に職員会議を理由にクラスへの挨拶を押し付けた事を謝罪、対する麻耶はむしろ気合充分というように拳を握ってそう答えた。

 そして千冬が教壇に立ち、教室内の生徒を見据えた。その時だった。

 

「いっけなーい、ちこくちこくー」

 

 なんか教室の外からそんな女の子の声が聞こえ、成志含めた教室内全員の顔が教室の外に向く。同時に教壇に立つ千冬がうつむいて小さなため息を漏らした時、教室の後ろの扉がガラリと開いた。

 

「すみません、遅れました!」

 

 扉を開けると共に飛び込んできた少女に成志は目を奪われる。

 箒よりもボリュームの少ない短めのポニーテールが揺れ、何故か食パンを銜えているがそれで隠しきれない整った小顔は愛くるしさを残しつつも凛々しく引き締まっている。少し目線を下ろせば高校一年生としては充分過ぎるくらいにボンと実ったバストと対してキュッと引き締まったウエスト、そしてボンと膨らんだヒップが服の上からでも分かり、さらにミニスカートから覗くカモシカのように細長い足にもむっちりとした肉付けがされている。

 総じて相当レベルの高い美少女だと言っていいだろう。原作で見なかったという事はモブだろうが、そんなモブでさえもこれから自分の虜になるのだ。と成志は脳内で彼女の身体を好きにする妄想を逞しく行いながら内心でじゅるりと獲物を見定めた獣のように舌なめずりを行った。

 千冬がその美少女を腕を組んで厳しい目で見据え、口を開く。

 

「……遅刻の理由を聞いてやる」

 

「シミュレーターが長引いちゃって……」

 

「さっきの寝言とその食パンはなんだ?」

 

「ヒカルノさんが“女子高生はこれやっときゃ遅刻しない! ”って……」

 

「あの馬鹿は……」

 

 美少女と千冬はそう会話を行い、その結果千冬は頭を抱えて苦虫を噛み潰したような顔で吐き捨てるようにぼやいた。

 

「ああ、もういい。ついでだ、とっとと席に移動して自己紹介を始めろ」

 

 そう言って指で彼女の席を指し示す千冬に美少女は「はい」と答えて銜えていた食パンをもぐもぐごっきゅんとすぐさま飲み込んで、彼女に指差された最前列ど真ん中(織斑一夏)の席へと移動。学生鞄を机の上に置くと、教室内の全員に向けるようににこっと輝くような笑顔を披露した。

 

「遅刻しちゃってごめんなさい。初めまして、織斑(おりむら)壱花(いちか)です。日本代表候補生やってます。夢はでっかく世界最強(ブリュンヒルデ)! 皆さん、応援よろしくお願いします! そして一緒に頑張りましょう!」

 

「……え?」

 

 明るく元気いっぱいに自己紹介をする美少女──織斑壱花に、教室内から自然と拍手が生まれる。そんな中、成志だけは小さくそんな声を絞り出していた。

 

(オリムライチカ、だと……あいつが? なんで女になってるんだ……)

 

 織斑一夏、このインフィニット・ストラトスの主人公。男であるはずのあいつが女、それもとびきりの美少女になっている。そんなあり得ない事に成志の頭はパニックになっていた。

 

「……くん? 須藤成志くんっ」

 

「ふひゃいっ!?」

 

 パニックになっていてしばし時間を忘れて硬直していた成志は突然目の前から声をかけられ、そもそも目の前に人が来ていたこと自体気づいていなかったせいで驚いたように声を裏返す。周りからクスクス笑いが聞こえ、成志はそれらにむかついたようにギリッと歯ぎしりを行った。

 

「あっ、あの、お、大声出しちゃってごめんなさい。で、でもね、あのね、自己紹介、次は須藤くんの番なんだよね……だ、だからその、ごめんね、自己紹介を……」

 

 声をかけてきた女性──この教室の副担任である山田麻耶はぺこぺこと頭を下げて謝りながら、成志に自己紹介をお願い。成志はいきなり声をかけてきて自分に恥をかかせた相手にむかつきながらもここで怒ったら周りの好感度が下がるかもしれないという打算で、山田にニコリと微笑みかけた。

 

「い、いやいや、こっちこそすみません。今からやりますね」

 

 怒りが堪えきれずやや引きつった笑みになるが、麻耶は気づかずに「本当ですか! ありがとうございます!」と何故かお礼を言って教卓に戻っていく。

 それを見届けながら、正確にはさっきまで目の前にあった規格外の巨乳を目に焼き付けながら、成志は席を立って教室内を向き直した。

 

 

 

 それから自己紹介が終わり、次いで一時間目のIS基礎理論授業が終わっての休み時間。成志は春休みに遊びほうけていたせいで全く目を通していなかった必読の教科書を睨みつけながら頭をガリガリと掻いていた。

 

(なんだよ、どうなってんだ……さっぱり意味が分からねえ!!!)

 

 今までこんな事はなかった。転生してからほとんど覚えてなかった小学生、中学生時代でも教科書を見れば答えがなんとなく分かってしまう。テストも同じく問題を見れば大体答えが分かるし、なんなら記号問題は問題すら見ずに適当に埋めてもそれが正解になる。

 しかし今の教科書を見ても全く意味が分からないし答えが出てこない。前世で触れた事のない分野だから、という問題ではないような気がする。

 成志は教科書から目を背け、教室内に目を向ける。そこには吊り目をした巨乳でポニーテールの女子が壱花とニコニコと微笑みながら会話している様子があった。

 

「久しぶりだな、壱花。直接会ったのは去年の剣道全国大会の決勝以来だったか?」

 

「うん。あれから私も鍛錬したし、今度は負けないよ、箒!」

 

「望むところだ。私とてまだ遅れを取るつもりはないぞ」

 

 席を立って巨乳ポニーテール女子──箒の机の前に立ちながら話す壱花と、彼女の挑戦を受けて不敵に笑う箒。すると彼女らに一人の金髪を縦ロールにした少女が歩き寄る。

 

「ちょっと、よろしくて?」

 

 その相手──セシリアの高々とした自信に溢れたような声かけに箒が警戒を向けるが、対して壱花はまたも嬉しそうに微笑んだ。

 

「セシリア。久しぶり!」

 

 壱花の知り合いに向けるような挨拶に箒が驚いたように彼女の顔を見ると、セシリアも人懐こい笑みを浮かべてロングドレスのように伸ばしたスカートの縁を手に取ってぺこりと頭を下げる、どこかのお姫様やお嬢様がやるようなお辞儀のポーズを見せた。

 

「お久しぶりですわ、壱花さん。直接会うのは一年前の各国代表候補生交流会以来ですわね」

 

「そんなものだっけ? よくメールとかしてたからなんかそんな気がしないね……あ、箒。こっちはセシリア、イギリスの代表候補生で、まあ私の世界規模のライバルって感じかな?」

 

 セシリアの挨拶に壱花は微笑みながら返し、それから箒にセシリアを紹介。彼女も箒の方に身体を向けてぺこっと優雅に一礼した。

 

「イギリス代表候補生、セシリア・オルコットですわ。お見知りおきを」

 

「篠ノ之箒、壱花の幼馴染だ。こちらこそよろしく頼む」

 

 相手が名乗ったのならばこちらも名乗らなければ失礼、と箒も自分の名前を名乗って手を差し出し、二人は軽く握手を行う。それからセシリアは壱花の方を向き直した。

 

「壱花さん。ここで同じクラスになれたのも何かの縁、共に高みを目指して頑張りましょう」

 

「うん。いつか決着をつけようね」

 

 二人がそこまで言った瞬間、彼女らの間に流れる空気が変貌する。先ほどまでの和気あいあいとした空気から、一触即発といわんばかりの、まるで敵同士が邂逅したような重い空気へと。

 

「私の剣で貴女を斬る」

 

「ならば私も、貴女を撃ち抜いてみせますわ」

 

 壱花がまるで剣を握り、その切っ先をセシリアに向けているかのように握り拳を彼女に向け、セシリアも右手の親指と人差し指を立てて銃に見立てたような形にして壱花に向ける。

 その時、休み時間が終了して二時間目の授業の開始を告げるチャイムが鳴り始め、同時にその空気が霧散。二人はフッと微笑むと握っていた右手を開いて互いの右手で打ち鳴らした。

 

「「これからよろしく(お願いいたしますわ)!」」

 

 パンッと軽快なハイタッチを行いながら敵意のない友人に向ける綺麗な笑顔で挨拶し、二人はそれぞれの席へと戻っていく。

 

(な……なんなんだよ……今の時点で織斑一夏とセシリア・オルコットが知り合い? ……そんなのあり得ないだろ……)

 

 それらをずっと眺めていた、というよりも目が離せなかった成志は、自分の知識と今目の前の光景の差異についていけず、硬直するしか出来ていなかった。

 

 それから二時間目、二時間目の休み時間を経て三時間目へと時間が進む。

 ちなみにセシリアは二時間目の休み時間も壱花や箒、そして仲良くなったらしいクラスメイトと談笑していて成志に声をかける事は無かった。

 

「それでは、この時間は実戦で使用する各種装備の特性について説明する」

 

 教壇に立つのは世界最強と呼ばれる女性──織斑千冬。麻耶もノートを手に持っていた。が、そこで千冬が思い出したというように話を変える。

 

「ああ、その前に再来週行われるクラス対抗戦に出る代表者を決めなければならないな」

 

(来た!)

 

 クラス代表者とはそのままの意味で、対抗戦だけではなく生徒会の開く会議や委員会にも出席するクラス長のようなものだ。と千冬が説明している中で成志がニヤリと微笑む。

 原作では一夏が男子だからという理由でクラス代表に推薦され、それに怒ったセシリアとの決闘になる。だが今この教室にいる男子は成志一人、即ち一夏の代わりに推薦されるのは決まっている。

 

「はーい! 織斑壱花、立候補しまーす!」

 

 だがすぐさま壱花が挙手をして立候補、クラス内が「おぉ」と声を上げてざわめいた。

 

「壱花さんがやるというのならば、私が手を挙げないわけにはいきませんわね。イギリス代表候補生、セシリア・オルコット。立候補いたしますわ」

 

 続けてセシリアが右手をピシッと上げて立候補。ピシリと背筋を伸ばし、腕はもちろん指先まできちんと揃えて伸ばしているという気合いの入りようだった。

 

「ふむ。自薦、織斑壱花にセシリア・オルコット……他にいないか? 自薦他薦は問わないぞ」

 

 千冬は黒板に二人の名前を記載、さらに他にいないかと問うが日本とイギリスという二国の代表候補生が立候補している状況でさらに手を挙げようという者がいない。

 

(……あれ?)

 

 そう。誰も手を挙げない……()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「では織斑とオルコットで──」

「ま、待ってくれ!」

 

 それに気づいた瞬間、成志は思わず立ち上がっていた。

 

「ん、なんだ須藤。立候補か?」

 

「あ、いや……み、皆!」

 

 いきなり声を上げて立ち上がってきた成志を見た千冬が立候補かと尋ね、成志は一瞬怯みつつ教室内を向いた。

 

「お、俺を推薦しようとかって……思わないのか?」

 

 その言葉に教室内が静まる。その顔には「なんでそんな事聞くの?」という困惑が見えていた。

 

「いや、だって……須藤君、ISに乗った経験ってあまりないでしょ?」

 

 少しタイミングを置いて、困惑から立ち直ったのか成志の隣に座っている女子がそう答える。

 

「うんうん。流石にISの操縦経験浅い人を代表に出すなんて酷い真似できないよ」

「それなら代表候補生がいるんだし、そっちに任せた方が無難じゃん」

「おりむー達だってやる気だし~」

 

 続けてその女子に同意する者、経験者がいるんだからそっちに任せようという者、さらにその経験者がやる気なんだから大丈夫だと答える者が追加。それに成志の頬が引きつった。

 

(な、なんなんだよこれ……どうなってんだ……)

 

「まあ、立候補するなら私は拒否しない。自薦、須藤成志を追加。これで三人か……」

 

 成志がパニックになって固まっている間に千冬が話を進める。

 

「では一週間後の月曜。放課後、第三アリーナでクラス代表決定戦を行うこととする。織斑、オルコット、須藤による総当たり戦、もっとも勝ち数が多い者をクラス代表に任命する。織斑、オルコット、須藤はそれぞれ用意をしておくように」

 

「「はい!」」

「え、あ……はい」

 

 千冬の言葉に壱花とセシリアがきびきびと、ようやくパニックから立ち直った成志が恐る恐る返事する。

 

「それでは授業を始める!」

 

 そしてパンッと手を打って話を締め、授業の開始が宣言された。

 

 それからまた時間が経ち、五時間目後の休み時間。IS学園は初日から六時間目まで授業がある、つまりこの次が最後の授業であり、今が今日最後の休み時間だ。

 

(一体どうなってんだ、何が起きてるんだ……)

 

 成志は席に座り、困惑を隠しきれない様子でうつむいていた。

 思えば朝からおかしかった。織斑一夏が女だったこと、箒はもちろんセシリアとも知り合いの様子だったこと、クラス代表で自分()が推薦されなかったこと。今の段階で原作とは違う事が起き続けていた。

 

「須藤、少しいいか」

 

「へ、あ、はい!」

 

 そこに突然千冬に声をかけられ、成志は慌てて顔を上げて返事をする。

 

「日本政府からお前に専用機が用意された」

 

 千冬が簡潔に伝え、それを聞いた成志が内心ニヤリと笑う。女神に頼んだチート専用機、それがあれば織斑一夏もセシリア・オルコットも敵ではない。そう考えながら成志は頷いた。

 

「分かりました。わざわざありがとうございます。それでその専用機は……」

 

「ああ、もう用意されている……これだ」

 

 成志にそう言う千冬が手渡すのは鉄のような光沢を放つ綺麗な黒色をした腕輪だ。

 

打鉄(うちがね)が専用機としてお前に用意された。ありがたく思えよ」

 

「……は?」

 

 打鉄。日本産の第二世代型ISであり、その汎用性の高さからIS学園にも訓練機として配備されている機体である。

 

「あ、いや、待ってください……そんな……もっと、凄い武装を持った専用機は……」

 

「お前は何を言っているんだ? ISの経験はない、実績もない。そんな奴にそんなものを与えられるはずがないだろう? そもそもデータ収集を目的としているのに派手な武装など必要ない。お前への用件は以上だ」

 

 成志の質問に対して千冬は眉をひそめて答えた後成志から視線を外し、次に壱花に目を向ける。

 

「織斑、放課後に更識妹を連れて倉持技研に行け。倉持技研が新しい専用機の試作をしたらしい、実績としては更識妹に渡すのが相応しいだろうから、先んじてテストを行いたいそうだ」

 

「本当ですか!? 分かりました、すぐ伝えます!」

 

 千冬の言葉を聞いた壱花が目を輝かせて教室を飛び出していき、それを見送った千冬は呆れたように額に手を当てた。

 

「放課後になってからでいいと言っただろうに……」

 

 呆れたようにそうぼやき、まあいいと呟いて授業の準備を開始。そしてチャイムが鳴ると同時に教室に飛び込んできた壱花がチャイムが鳴り終わる前に席に着き、そのまま本日最後の授業が開始される。

 

(どうなってんだ……俺のチート専用機はどこに行ったんだよ……)

 

 そんな中、成志は打鉄の待機形態である腕輪を眺めながら、愕然とした表情でそんな事を考えていた。

 

 

 

 それから放課後に時間が移り、さらに時間が過ぎて夜。成志は特別にと用意された一人部屋──流石に年頃の男女が同じ部屋というのは風紀的に問題があると判断されたそうだ──で、寝間着に着替えてベッドに寝転んだ。

 

「くそ! 何がどうなってやがんだ! 絶対問い詰めてやる!」

 

 そう一人ごち、成志は下手なホテルとは比べ物にならない豪華なベッドで眠りにつく。

 

──NN~チャンネルー! 

 

 彼の意識が遠のく中、思考の片隅にそんな声が聞こえてきた。



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後編

【注意】
これは三話連続投稿の後編です。
もしも前編、中編を読んでいないまま間違えてここに飛んできた方は前編あるいは中編への移動をよろしくお願いいたします。


真っ白な何もない空間。転生する前に連れてこられ、転生してからも度々やってくる女神との面会の空間とでもいうべき場所。そこにやって来た成志は憤怒の形相で何もないそこを睨みつけていた。

 

「女神! 一体何が起こってるのか説明しやがれ!!」

 

「何が、とは? どういう事でしょうか?」

 

「ふざけんな!! 一夏が女になってるし、俺はクラス代表に推薦されすらしないし、俺のチート専用機をどうした!?」

 

空間が揺らいだと思えばひょこっと姿を現す水着&パンクファッションの小麦色肌女神のきょとんとした言葉に、成志は今にも彼女に掴みかからんばかりの形相で怒鳴りつけていた。

 

「あー、その件ですか……では一つずつお話しますね?」

 

女神はにこやかに笑って虚空に座り、足を組む。手を華麗に振るうとモニターのようなものが出現した。

 

「まず、転生の際に言いましたよね? 世界に影響を及ぼすような願いを叶える場合、少々世界に不具合が起きる可能性がありますし、その願いが少々ずれる可能性があります、と。その辺はそちらにもご了承いただいたと思うんですが?」

 

「あ、ああ。だけど願いはちゃんと叶えられるって……」

 

女神の言葉に成志は何故かどうしても忘れられない当時の一部始終を思い出しながら答え、女神は「お分かりいただけているようで何よりです」と微笑む。

 

「まず、女神の力では特定の個人に向けて主人公補正という全ての人間が共通して持つスキルのようなものの一方的な剥奪というのは不可能でした。なので、ある条件付けを行って、間接的にそれを行おうと思ったんです」

 

個人を意図的に狙い撃ちするのは不可能。だが曖昧な条件付けを利用して実質その一人を狙う事は可能だった、と女神は裏技を語る。

そして原作における織斑一夏たった一人を、個人を特定する以外に彼だけを狙うための条件付けは簡単。女神はどす黒い笑みをもはや隠さずにその条件を口にした。

 

「その条件は、“IS学園一年一組に入学した男子からの主人公補正の剥奪”」

 

「……ま、待て!! それってつまり――」

 

女神のどす黒い笑みでの言葉を聞いた成志が何かに気づいたように顔を青く染め上げる。と、女神はそこで初めて気が付いた、というように大きく開けた口を右手で覆うように隠す。

 

「あ、いっけな~い。原作ラノベだけ読んでその方法を考えたから、あなたも一年一組に入学するっていうの忘れちゃってました~。てへ、女神ちゃんたらドジっ娘さん♪」

 

驚きのジェスチャーの後、握った左手をこつんと頭に当ててぺろっと舌を出す、所謂てへぺろと呼ばれるジェスチャーを行う女神だが、顔を青ざめさせた成志は固まっていて反応なし。

 

「しかも、そのせいか分かりませんが世界に不具合が発生。どうやらその織斑一夏なる少年は織斑壱花っていう女の子になっちゃってたみたいですねー。ふむ、これでは主人公補正の剥奪は叶いません、ご愁傷様でした」

 

「な、う、お、俺の、しゅ、ほせ……ま、待て! それでも俺がいただくチート機体は――」

「え? いただく?」

「――え?」

 

成志の言葉にきょとんとする女神に思わず成志もクールダウン。女神は腕を組んでかくんと首を傾げた。

 

「はて、私……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「と、とぼけるな! 俺は確かにチート専用機をよこせって言ったぞ!!」

 

「え、でも最終確認した時のこと。思い出してくださいよ」

 

成志の必死の形相での怒号に対し、女神は飄々とそう答える。再び成志の脳内にどうやっても忘れられない、その光景の一部始終、会話の一字一句が鮮明に思い出せるその時の記憶が蘇る。

 

――はい。ではご注文を繰り返しますね。まずはあなたのイケメン化、そしてチート専用機の制作、織斑一夏なる男からの主人公補正の剥奪、そしてあなたのIS学園一年一組への入学。以上よろしいですか?

 

――ああ

 

その中の一部が強く思い出される。

 

――チート専用機の制作

 

「な、あ……」

 

気づいた成志の顔がまたも青ざめる。より強く、その記憶が思い出される。

 

――チート専用機の()()

 

女神が言ったのはチート専用機の制作。それを成志にあげるなど一言も言っていない。成志がそれに気づいたと気づいた女神はニヤァ、と笑みを零した。

 

「ふ、ふざけるな!! こんなの詐欺だ!!」

 

「とは言っても、こっちはちゃんと確認取りましたしそっちも了承してるじゃないですか? ま、主人公補正が残ってればそのチート専用機を貰うという未来を引き寄せられたかもしれませんが……残念でした♪」

 

ニタァと、まるでここまで全てが計算通りだというあくどい笑みで語る女神を見た瞬間、成志の理性がブチリと音を立てて切れた。

 

「ふ、ふざけんなああああぁぁぁぁぁっ!!!」

 

顔を真っ赤にして殴りかかる成志に対してクスクスと笑う女神、その余裕がさらに彼を苛立たせる。殴り倒して気が済むまでボコボコにした後、その立派な身体を思う存分蹂躙してやる。そう怒りの中でも性欲を隠さずに決めて女神に突進する成志だが

 

「え」

 

その途中、自分の足が何かに沈むのを感じる。足が泥にまとわりつかれたように前に進まず、さらに沼に沈んでいくように自分の身体が沈んでいくのを感じる。

 

「クスクスクス」

 

それを女神は冷たい笑みで見守り、彼を見下すような視線で貫く。

 

「まさかここまで計画通りなんて、所詮は子豚さん未満でしたか」

 

ぞう、と彼女の身体を闇が覆う。そしてその闇が弾けた時、彼女の服装が一変していた。

小麦色の肌によく映える真っ白なハイレグもしくはレオタードに、その白とは対照的な真っ黒いマントのような黒コート。彼を見下す瞳も血のような紅色に染まっており、どこか邪悪さを感じるその姿に成志は恐怖から沈黙してしまう。

 

「まあ、退屈しのぎにはなりそうですね……では、もう会うこともありませんがお元気で。あなたという蟻さんが主人公補正のない世界であがく様を楽しみにしていますよ」

 

少しずつ、少しずつ成志の身体が沼に、黒い真っ暗闇で作られた沼に沈んでいく。あがこうとする成志だが指一本動かせず、抵抗出来ずに沈んでいく彼への選別のように、女神はにぱっと形だけ明るく微笑んだ。

 

「ではではこれにて(ニャル)(ニャル)チャンネル最終回。ここまでのお相手はいつもニコニコ、あなたの隣に這い寄る邪神、ニャルラトホテプちゃんでした~」

 

女神――ニャルラトホテプの別れの挨拶が終わるのと同時、成志の意識はまるでパソコンが急遽シャットダウンさせられたかのように唐突に、ブチリと消失するのだった。

 

 

 

「はっ!」

 

目を覚まし、起き上がる成志。誰もいない部屋の中、まだ初日で荷解きも面倒だから明日適当な女子を見繕ってやらせればいいやと思って放っといた段ボールが部屋の隅に置かれている以外は入室当時のままの部屋。

 

「あ、あ、あ……」

 

成志は顔を押さえる。自分が今まで好き勝手出来ていた源らしい主人公補正は奪われ、織斑一夏は織斑壱花という女になっていたせいでノーダメージ。自分が貰うはずだったチート専用機も貰えず、手元にあるのは量産型の打鉄オンリー。残ったのはこのイケメン顔だけ、それ以外には何もない。

 

「ああああああああああああああああああああ!!!!!!」

 

それが脳内に刻み込まれた瞬間、彼は邪神からの贈り物であるイケメン顔を押さえて発狂したように絶叫し、ベッドの上をのたうち回るのであった。




 初めましての方は初めまして、こんにちはの方はこんにちは。カイナと申します。
 皆様、「(オリ主)から主人公補正が消えた話」ご読了いただきありがとうございます……え、タイトルがおかしい?何のことですか?(すっとぼけ)

 本作は思いついたというか、コンバット越前先生の「原作主人公が倒せない」にインスパイアを受けて書きたくなって、少しずつネタを考えてちまちま書いててやっと完成しました。
 コンセプトは「神様(邪神)転生出来るようになったオリ主が一夏に勝つために主人公補正を無くさせようとしたが、邪神が世界を調整して主人公補正を無くされたのはオリ主の方でした」です。
 邪神の正体は最後の最後で名乗った通り、ニャルラトホテプ。なお姿や性格、言動のイメージは水着BBちゃんです。(笑)

 そして今回の男オリ主にしてある意味最大の被害者(笑)須藤(すとう)成志(せいじ)君、名前の由来は「ナルシスト」のそれっぽいアナグラムに一捻りしました。成志を読み替えれば「なるし」と読めなくもないでしょう?流石に「スト」の読み替えでそれっぽい苗字作れなかったので、ヒントとして「すと」はそのままに「う」を流れでくっつけてそれっぽい苗字にしましたが。

 さて、生まれてからIS学園に入学するまで好き勝手出来ていた主人公補正を失ってしまった彼は一体どうなるのか……正直この話自体は今回で終わりの一発ネタですのでこの続きはありません。
 一応、壱花やセシリアVS成志のクラス代表決定戦も考えてはいるんですが……よっぽどハンデをつけないとこの二人圧勝しすぎて話を作りようがない……零落白夜で一刀両断するわブルー・ティアーズの乱舞でハチの巣にするわでまずまともに戦えるかすら怪しいです。(汗)

 では今回はこの辺で。ご意見ご指摘ご感想はお気軽にどうぞ。それでは。


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特別編:「拝啓、お母さん。私、とても愉快な家族に引き取られたみたいです」との自作コラボ
シャルロット・デュノアの憂鬱


 早朝から一人の金髪美少女が部屋に備え付けられていたテーブルに小型のプロジェクターを設置。自分の顔が映る位置にカメラを準備して撮影の準備を行った後、こほんこほんすーはーすーはーと咳払いと深呼吸を行っていた。

 

「や……やめろ……頼む、それだけは……やめてくれ……」

 

 すぐ近くのベッドで銀髪ロングの美少女が苦しそうな声を漏らしているが気にすることなく、少女は手元の電話をタップ。僅かな呼び出し音の後、目の前のプロジェクターが点灯。その先に一人の青年が映ったのを見た少女はそのプロジェクター、そして自分の顔をこの青年に届けるカメラに向けて満面の笑顔を浮かべた。

 

「おはようございます、お義兄様」

 

「こっちは今は夜だよ、シャルロット」

 

 シャルと呼ばれた美少女の朝の挨拶にお義兄様と呼ばれた青年は時差による昼夜逆転のツッコミを入れた後、右手の人差し指をシャルに見えるようにチッチッと振った。

 

「ところで、二人っきりの時はなんて呼ぶんだったかな、シャルロット?」

 

 ちらりと手の甲側に向けた右手の中指に指輪が光り、それを見たシャルロットも普段は失くさないように大事にしまっているがこの電話の時だけは自分の右手中指につけている指輪を見てあっと声を漏らした後、頬を赤らめてもじもじとした仕草を見せ、口を可愛らしく小さく開く。

 

「ご、ごめんなさい……ミ、ミシェル……さん……

 

「……ふふふ。今度帰ってくるまでには呼び捨てにしてほしいね。僕の未来のお嫁さん」

 

「が、頑張ります……私の、未来の旦那様……」

 

 二人きりの時だけの特別な名前呼び(相手側からは普段から名前呼びのため愛称呼び)だが呼び捨てでは恥ずかしさが勝ったか小さくさん付けするシャルロットに、青年──デュノア社社長子息にしてシャルロットの義兄であり婚約者、ミシェル・デュノアは楽しそうに笑って答えた後、冗談めかして続ける。その言葉が自分達の関係を改めて強調し、シャルロットも顔を真っ赤にしながらぼそぼそと答えた。

 

「あらあら、二人とも仲が良くって何よりね?」

 

「!!??」

 

 そこに突然入ってくる女性の声。その正体はシャルロットもよく知っており、びくんっと大きく飛び跳ねる。

 

「お、おおおお義母様!?」

 

「あら、ミシェルがミシェルって呼ばれるんなら私だってロゼンダって呼ばれたいわね?」

 

 カメラに入ってくる妙齢の女性。それはカメラの向こうのミシェルの実の母親であり、シャルロットにとっては義理の母親であるロゼンダ。彼女は悪戯っぽく笑いながらそんな事を言っており、シャルロットはあわわわわと唇を震わせていた。

 

「ミ、ミシェルさん、なんで、二人っきりって……」

 

「あれ? 俺は二人っきりの時ってお互いなんて呼ぶんだったか確認しただけなんだけど? どうしたんだい、シャルロット?」

 

「っーーー!!!」

 

 ニシシと悪戯っぽい笑みを浮かべるミシェルを見てからかわれたと気づいたシャルロットの顔が湯気が出そうなくらいに真っ赤に染まりあがる。

 今すぐ電話を切ってベッドにダイブしてバタバタと暴れたい衝動に駆られるが、こっちは早朝相手は夜中の数少ない通信のタイミングを不意にしたくもなく、彼女ははぁふぅと荒い深呼吸を行って必死で平静を保つ。

 

「と、ところで、昨日は色々ありましたけど……今日からターゲットに接触する予定です」

 

「頑張ってくれ。ああ、父上は忙しくて来れなかったけど、シャルロットを心配してる事だけは伝えてくれってさ」

 

 シャルロットの言葉にミシェルがそう父親からの伝言を伝え、次に頬をかいて照れくさそうに笑った。

 

「それに、我儘を言うなら俺だって心配っていうか……相手は男なんだろ? シャルロットが一人で大丈夫かどうか……」

 

「ターゲットと同い年でIS学園に入学できたのは私しかいないでしょ? 私だって皆の力になりたいんだから」

 

 ミシェルはシャルロット()が男に接触するのを心配している様子で、そんな心配してくれることに嬉しくなりながら、シャルロットは自分も力になりたいと主張する。

 

 時は数ヶ月ほど遡り、それはフランスにあるデュノア社の社長室にデュノア家が全員集合しての事だった。

 

「──というわけだ。日本で男性のIS操縦者が発見され、IS学園に行く事になったらしい」

 

「上手くその者とコンタクトを取り、生体データを入手できれば男でも使えるISを開発できるかもしれない、というわけですか? お義父様」

 

 デュノア社社長──アルベールの言葉にシャルロットが尋ねると、アルベールは「もちろんそれが最善だ」と頷いた。

 

「とはいえ、我がデュノア社の関係者で今年IS学園に合格したのはシャルロット一人」

 

「あはは……私もフランス代表候補生としてのフランス政府からの推薦とデュノア社の立場の後押しみたいなものですが……」

 

「無論、二年生や三年生にもデュノア社関係者はいなくもないが、学年が違えばコンタクトは難しいだろう……そこでシャルロットにはその男、須藤成志にコンタクトを取ってもらいたい」

 

 アルベールの言葉にロゼンダが「お待ちなさい」と待ったをかける。

 

「アルベール、目的を先に述べなさい……もしもシャルロットが望まぬことを強要するのなら……そうですね。死は明日への希望なり(ラ・モール・エスポワール)という言葉をあなたに送りましょう」

 

「いや落ち着いてくれロゼンダ。何もシャルロットにその男への色仕掛けをしろなどと命じる気はないないったらないんだミシェル頼むから拳を下ろしてくれ」

 

 ロゼンダの言葉にアルベールが返すが、その内容を聞いた途端シャルロットが顔を赤くし、ミシェルが感情の消えた顔になって拳を構える。それを見たアルベールが真っ青になって首を横に振り始めた。心なしか涙目になっている。

 そしてロゼンダがミシェルに目配せし、彼がこくりと頷いて拳を下ろしてから、アルベールはごほんごほんと咳払いをして改めて話し始めた。

 

「もちろん生体データが入手できればそれに越したことはない。が、これは無理をして手に入れるほどの物でもない。コンタクトを取った結果、我がデュノア社への協力を約束させる。あるいはデュノア社で開発した装備のモニターにでもなってくれれば上々だ」

 

 世界唯一の男性IS操縦者という放っといても目立つような者が使用する装備となれば広告効果は抜群だろう。逆にそんな相手に下手をして、世界中が欲しがっている彼の生体データを抜け駆けして奪おうとしたなんて知られればデュノア社の看板に傷がつく可能性がある。

 加えて世界初にして唯一の男性IS操縦者となれば専用機が貰えるのはほぼ確実、装備の支給がどうなるかは賭けになるが、それでもデュノア社の最新装備となれば使用してもらえる可能性は高いしこちらなら交渉に失敗してもそこまで痛手ではないと彼は踏んでいた。

 危険な橋は渡らず確実に利を取りに行くという社長としての冷静な判断にロゼンダがふむと頷き、ミシェルも興味深そうに耳を傾けていた。

 

 そんなデュノア社家族会議兼自身のIS学園での目的の一つを思い返しながら、シャルロットはぐっと拳を握る。

 

「このためにリヴァイヴには私が普段使用する用の装備以外にデュノア社の最新装備をたくさん搭載してきたんです。なんとかモニターを引き受けてもらいます」

 

「頑張ってくれ。だけど無理はするなよ?」

 

「ありがとうございます。お義兄様」

 

「気をつけてくれ。世界で唯一の男性IS操縦者だかなんだか知らないが、もしもお前が傷つけられたら俺はそいつを殺さない自信が無い」

 

「お義兄様、冗談に聞こえないです」

 

 ミシェルがこちらを案じてくれているのを察したシャルロットがえへへと笑って返すが、その次の言葉には初めて会った日が父親を(男として)殺そうとしていた時だったのを思い出して真顔で答える。次に見えたミシェルやロゼンダの含み笑いに「冗談ですよね!?」と必死で続けていた。

 それから少しばかり雑談に興じた後、ちらりと時計を見る。

 

「あ、もうそろそろ時間だ。ごめんなさいお義兄様、お義母様。通信切りますね?」

 

「ええ。また次の定期連絡、楽しみにしてるわ」

 

 シャルロットの方も時間のない朝、あまり話を長引かせる事は出来ず、ロゼンダは頷くと含み笑いをしながら先にその場を離れていく。ミシェルはそれを見て曖昧な微笑を浮かべた後、シャルロットの方を向いた。

 

「あー……それとだな、シャル」

 

「……どうしたんですか、ミシェルさん?」

 

 今度こそ二人っきり、ミシェルが呼ぶ彼女の愛称にシャルロットもそれを察してさっきは騙されてロゼンダの前で言わされた彼の名を呼ぶ。ミシェルは照れたように頬をかいた。

 

「今度、学校が休みの頃合いに仕事を休んで日本に旅行に行こうと思ってるんだ……それで、シャルに日本を案内してもらえれば嬉しいと思ってな」

 

「! はい! いいところ探しておきます!」

 

 つまりデートの誘いだ。シャルロットの瞳が輝き、早朝にも関わらずつい大声を出してしまう。近くのベッドから「うぅっ」と呻き声が聞こえた。

 

「じゃあ頑張ってくれ。身体には気をつけてな……愛してるよ、シャル」

 

「っ!」

 

 最後に不意打ちでくらった置き土産にシャルロットは顔を真っ赤にして硬直、ミシェルがしてやったり顔をしながら通信を切るのを見ながら、彼女はうぅ~と呻き声を漏らす。

 

「メイド服も……ナース服も着てやる……だから、写真に……記録に残すのだけは、やめてくれ……壱花……」

 

 彼女の近くにあるベッドでは銀髪ロングの美少女──ラウラ・ボーデヴィッヒが相変わらずうなされていた。

 

 

 

 

 

「俺は主人公なんだ、成功が約束された真の主人公だ……主人公補正がないなんて信じるものか……」

 

 少し時間が過ぎて登校時間。この世界線において唯一の男性IS操縦者である少年──須藤成志は小声で何かをぶつぶつと呟きながら歩いており、その雰囲気に他の女子達は近寄りたくなさそうにさっと道を譲っている。

 

「あ、あの、おはよう」

 

「ん?」

 

 そんな成志の異様な雰囲気にシャルロットも押されるが、これも仕事だと自分を勇気づけると意を決して彼に声をかける。しかし笑顔を作っているつもりの頬は引きつっており、いつでも逃げられるよう構えている辺りやはり怯えていた。

 

「須藤成志さん、ですよね? 私、三組のシャルロット・デュノアです。初めまして」

 

「シャルロット……なんでこの時期に?

 

「え?」

 

 シャルロットの挨拶を受けた成志が呆然と呟き、彼女が首を傾げるのを見ると彼はいやいやと首を横に振った。

 

「な、なんでもない。それより一体何の用事なんだ?」

 

「いえ、噂で一組のクラス代表を決めるために試合をするって聞いたんですが、須藤さんってISの初心者でしょう? 私でよければコーチをさせてもらえないかなって……あ、それと」

 

 成志の疑問にシャルロットはすらすらと答えつつ、続けて準備していた用紙を彼に手渡す。

 

「こちら、現在デュノア社(我が社)で開発しているIS用最新装備の簡単なカタログです。よろしければ須藤さんには我が社の最新装備のモニターをやっていただければと……」

 

 コーチの申し出とデュノア社から最新装備の支援。協力をお願いしたデュノア社関係者の先輩からの情報によると成志は打鉄を専用機として受領しているが装備は通常の近接ブレードとマシンガン程度とのこと。デュノア社の最新装備とは比べるべくもない。

 そのカタログを見ていた成志もニヤリと笑みを見せた後、人当たりのいい笑顔になってシャルロットを見た。

 

「もちろん、喜んでお願いするよ」

 

「ありがとうございます。では続きはまた放課後にでも。アリーナは私が取っておきますね」

 

 そう言ってシャルロットは三組に戻っていく。

 

(ヒヒヒ……なんでシャルロットが今の段階でIS学園にいるか知らないが、やっぱり主人公補正が消えたなんて嘘じゃねえか。シャルロットを俺のものにして、それからまたハーレム作りを再開だ!)

 

 成志はそんな妄想を働かせながら一組へと向かい、教室内で既に来ていた壱花とセシリアに目線を向けた後、フンと鼻を鳴らして席についた。

 

 

 

「あー……なんか変な感じの人だったなぁ……」

 

 一方三組に戻ったシャルロットは、成志を思い出しながらそんな事をぼやく。

 

「どうだった、シャルロット?」

 

 そこに声をかけてくるのはルームメイトでありクラスメイトでもあるラウラ。ちなみに三組のクラス代表も彼女だが、シャルロットはやや人見知り気味の彼女の補佐を行っている。

 事情を知っている彼女に、シャルロットは苦笑を見せた。

 

「なんだか一人でぶつぶつ呟いてて変な人だったって感じかな? でもいきなり右も左も分からないとこに放り込まれて不安なのかもしれないし」

 

「お人好しめ。ま、頑張ってみるといい。私に協力できる事なら協力するぞ……なんなら早速今日の放課後、練習に付き合ってやらんでもないぞ?……協力するぞ、するから……」

 

 最初こそ胸を張ってフフンという様子だったが、続けて涙目になってどこか縋るような顔になる。

 

「ま、まあ……今日は基本動作の確認とちょっとした訓練程度の予定だから、協力してもらうまでもないっていうか……」

 

「シャルロットォ……」

 

「……頑張って、ラウラ」

 

 ラウラの目が涙ぐみ、見た目通り小動物のような可愛さを醸し出す。そんな彼女が送る未来を考えたシャルロットはしかし慈愛の目を向けるのが精一杯だった。

 

 それから時間が過ぎて放課後。シャルロットは一組の前で成志を待ち、余裕綽々で出てきた成志を見てにこりと微笑んだ。

 

「今日はよろしくね、須藤さん」

 

「ああ、こちらこそよろしく頼むよ。シャルロット」

 

 偉そうにふんぞり返る様子の成志にシャルロットは苦笑。

 

「ラウラちゃんどこ行くの? ラウラちゃん用の新しい衣装、家からたっくさん持ってきたからね!」

 

「くそう逃げられなかった! 待て壱花落ち着け! お前はクラス代表決定戦があるのではないのか!?」

 

「今日はアリーナが取れなかったから、明日から今日の分までバシバシ練習するよ! だから今日はその分ラウラちゃんを可愛くしてあげるね!」

 

「セシリア! 鈴! 簪! 助けてくれ!!」

 

「……私達が言った程度で壱花さんが止まるのならば苦労はしませんわ」

 

「ええ。そんなの無駄だってあんたもよく知ってるでしょ?」

 

「安心して……せめて法に触れないようにはさせるから」

 

「ラウラちゃんは本当にちっちゃくて可愛いから服の着せ甲斐があるよ! さあ私の部屋に行こう! 撮影の準備も出来てるからね!」

 

「頼むから撮影だけは勘弁してくれー!!」

 

 三組の前でそんなドタバタが起きながら親友が連行されていくのを背中越しに感じ、シャルロットは遠い目をしながら成志に目線を向ける。

 

「じゃ、じゃあ、行きましょうか?」

 

「ああ」

 

 シャルロットが促し、成志は彼女を侍らすように歩き出す。

 

 それから彼女らがやってきたのは第一アリーナ。同じアリーナで訓練している生徒達は「あ、あれってデュノアさん……」「デュノア社のお嬢様なんだって……流石、気品が分かるなぁ」とシャルロットに見惚れており、しかしそんな視線を何か勘違いしているのか成志は自分が注目されているかのようににやついていた。

 

「じゃあとりあえず、まずは装着と起動からやってみましょう。その後は歩行とかの基本動作に移ってみましょうか」

 

「ああ」

 

 シャルロットの言葉を聞いた成志がにやつきながら、右腕につけた鉄のような光沢を見せる腕輪──打鉄の待機形態を手で撫でる。シャルロットも苦笑しながら、首に下げたオレンジ色のペンダントトップ──ラファール・リヴァイヴの待機形態を見下ろす。

 彼女が微動だにせずに心の中で「展開」と念じるだけで彼女のオレンジ色の身体を光の粒子が覆う、そして一秒すら経たずに彼女の身体を橙色の疾風の再誕(ラファール・リヴァイヴ)を包み込んでいた。

 

「ふふふ……はー、おりゃーっ!!」

 

 得意気に笑いながらの成志が雄叫びを上げながらポーズを決め、それから数秒ほど置いてやっと彼も専用機である打鉄を装備した。

 

「えーと……まあ、問題なく装着出来たからいっか。じゃあ次は歩行ですね、大体は普通に歩く感じでいいと思いますけど、脚部装甲分足が長くなってたりして普段とは歩幅が違うからバランスを崩さないように気を付けてください」

 

 そう言ってシャルロットは成志の前に立つと、後ろに人がいないかをハイパーセンサーで確認しながら後ろ歩きで歩き始める。それを追うように成志はややたどたどしく歩きながらシャルロットを見た。

 

(胸は装甲が邪魔でよく見えないな……ま、代わりに腹が丸出しになってるけど……)

 

 シャルロットの胸部は、原作とは違って女性として入学しているため隠す必要のない巨乳が白い装甲で覆われている。しかし代わりに腹部は陶磁器のように美しい白色の肌が覗いており、そちらにちらりと目を向けるとわざとらしく足をもつれさせる。

 

「うわっと!?」

 

「危ない!」

 

 前に倒れる成志を咄嗟に受け止めるシャルロット。しかし受け止めようとした手は成志の腕が払いのけ、シャルロットが「ふえ?」と妙な声を上げた時には成志の身体はシャルロットにダイブしていた。

 

(おーシャルロット、いい匂いだ。エネルギーシールドや絶対防御も匂いまではカットできないんだな……)

 

(ひっ!?)

 

 本音を言えば胸に顔を埋めたかったが装甲で阻まれるため仕方なく首元に顔を近づけ、どさくさに紛れて匂いを嗅ぐ。その行動にシャルロットは怖気を感じたように顔を青くするとすぐさま成志の肩を掴んで自分から引き剥がすようにどかせた。

 

「あ、あーえっと……大丈夫? 怪我はない?」

 

「ああ、心配かけてすまないな」

 

 とりあえず誤魔化すシャルロットと満足したのか上機嫌に笑う成志。その笑みに合わせるように引きつった笑みを返していた。

 

「そ、それじゃあ、今日はとりあえず歩行と少し浮遊訓練をやってみましょうか?」

 

 シャルロットが提案して訓練が再開される。

 しかし訓練では成志がもはやわざとではないかと思えるほどに歩行しては転んだり浮遊してはバランスを崩して落下してシャルロットの身体の感触を楽しんだりしており、訓練が終わった頃のシャルロットは心労でくたびれてしまって、部屋に戻ったらこちらも壱花の着せ替え人形にされたらしくぐったりしていたラウラでさえ心配そうな目を向けてしまうほどだった。

 

 それから放課後、流石に毎日アリーナを借りるのは不可能なため射撃武器の練習の時は射撃場、近接武器の練習の時は体育館の一角を使わせてもらっての練習が続くのだが──

 

「なあシャルロット、アサルトライフルの構え方分からないからさ、もうちょっと教えてくれないか? こう後ろから手を回してさ」

 

 射撃訓練ではわざとらしく構えを間違える成志の矯正のために、成志の後ろから抱きつくかいっそ覆いかぶさるような格好で、しかもそのせいで大きく膨らんだ胸が成志の背中に当たり、成志はまるでその感触を楽しむように身体をゆすったりにやついたりし、

 

「おらおらどうしたんだシャルロット! 防戦一方で手も出せないか!」

 

 近接武器の訓練ではやたらめったらと訓練用の竹刀を振り回しながら得意気に笑う成志を前に、シャルロットは一応安全のため防具を付けているものの当たるとは到底思えないそれをひょいひょいとかわしながら、面で顔を隠しながらはぁとため息を漏らす。

 しかも大振りを回避した時に僅かにでも胸が揺れると成志の目線はそっちに向くし、時々スポーツとかの試合では悪質とも思えるタックルを無理矢理に仕掛けて押し倒してきながら、さりげなく(と成志本人は思ってるだろうが)胸を触ったり酷い時は揉んでくるセクハラまで仕掛けていた。

 もうわざとだとは分かっているが、須藤成志(世界唯一の男性IS操縦者)によるデュノア社の利益のために相手を不快にさせるわけにはいかないとシャルロットは歯を食いしばって耐えていた。

 

「ただいま~……」

 

 寮室に戻り、はぁとため息をつきながら挨拶するシャルロットの顔は仕事に疲れたOLのようで、しかしそれに返す声はなく、その代わりというようにラウラが誰かと話している声が聞こえてくる。

 

「あれ? ラウラ、誰か来てるの?」

 

 その声に気づいたシャルロットもすたすたと部屋に入っていく。

 

「ええ。あの須藤成志という男、とんでもない俗物です……これはドイツ軍黒ウサギ隊(シュヴァルツェ・ハーゼ)所属の軍人ではなく、シャルロットとは親友と思っているラウラ・ボーデヴィッヒ個人としての意見です。あの男をデュノア社製品のモニターにしようという計画は考え直した方がいいかと。悪い方向で目立ってむしろデュノア社の看板に泥を塗るのが目に見えます」

 

「なるほど……ありがとう、ラウラさん。シャルロットは我慢強いから、こういう事聞き出せなくてね」

 

「いえ。こちらもシャルロットが会社のためにと無駄に我慢し続けるのはよくないと思ってますので」

 

 そこにはラウラが勝手にデュノア社との通信用プロジェクターを作動させてミシェルと会話している光景があった。

 

「ちょっとちょっとちょっとぉぉぉぉぉ!!!???」

 

 それを見た途端シャルロットはラウラとプロジェクターの間に飛び込んでいた。

 

「ラウラ何やってるの!? っていうかなんでプロジェクター動かせてるの!? パスワード設定してたはずなのに……」

 

「フッ、特殊部隊を舐めるな。この程度軽いものだ」

 

「というか、なんでラウラとお義兄様は普通に話してるの!? 二人って面識ないから連絡取りようがないよね!?」

 

「ああ。お前が眠ってる隙にスマホからミシェルさんの連絡先を盗ませてもらって、諸々事情を説明してアポを取った。パスワードを指紋認証だけにするのはやめた方がいいぞ。あと“未来の旦那様♡”という登録名もどうかと……」

 

「余計なお世話だよ!!!」

 

 ラウラのしれりとした言葉にシャルロットも次々とツッコミを入れていく。

 

「シャルロット」

 

 しかしそれを遮るように、ミシェルの強い口調が聞こえてきた。

 

「俺は言ったはずだよな、無理はしないでくれと」

 

「う……いや別に、無理をしてるつもりは……」

 

「それならなんでセクハラを受けてるなんて言わなかったんだ? 相手がそんな男だと知っていたらこっちだってこの計画は考え直すよう父上に進言していたぞ」

 

 女性社会であるIS社会で女性にセクハラを仕掛ける男など囲い込めば逆に女性から嫌われてこっちまで飛び火をくらう可能性がある。抜群の知名度は悪い方向に転がる事もある、と語るミシェルにシャルロットは反論できずにうつむいていた。

 

「ま、とはいえ。ラウラさんから聞いたがそのクラス対抗戦とやらを直前に控えていきなり支援を打ち切るのは逆にデュノア社の度量が低いと思われそうだ……とりあえずそのクラス対抗戦とやらまでは支援を続けてやってくれ。それからはこっちが適当に理由をつけて支援の終了まで持っていく」

 

「は、はい……」

 

 愛する妹であり未来の嫁を穢されて怒っているのだろうかどこか刺々しい口調。しかしそんな私情をさしはさむ様子はなく、あくまでも人格的に問題がありそうだから、試用期間のみで支援を打ち切る方向に話を持っていこうとしているミシェルにシャルロットは小さく頷いた。

 

「まあ、話としてはそんなところか。ラウラさん、良ろしければシャルロットをよろしく頼みます」

 

「言われずとも」

 

「っていうかラウラ、なんで私がセクハラ受けてるって分かったの?」

 

「気づいてなかったのか? 壱花達がアリーナで訓練を受けている日は陰ながらお前を見守っていた。あの男がシャルロットに取り返しのつかないことをしようとすれば即座に殴りこむためにな」

 

「うそー……」

 

 アリーナ以外での訓練時は生身での接触になるため我慢で精一杯になっていて全く気付いていなかった。とシャルロットは驚いていた。

 

「シャルロットの友達とも話が出来て有意義だったよ。じゃあ通信を──」

「お坊ちゃま! 大変です!!」

 

 ミシェルが通信を切ろうとしたその時、部屋に初老の男性──デュノア家の執事だ──が飛び込んでくる。

 

「お、奥様が、怒り狂った顔でデュノア社に向かったそうで……メイド達からの報告によると“私の可愛い可愛いシャルロットを傷つけた男をぶっ殺してやる!”と言っていたそうで……」

 

「「「はああああぁぁぁぁぁ!!??」」」

 

 執事からの報告を受けたミシェル、シャルロット、ラウラの叫びが重なる。どうやらラウラの報告を盗み聞きしたらしい、と推測する彼女らだが、そこにミシェルのスマホに電話が着信する。

 

「父上、まさか──」

「ロゼンダが、ロゼンダがコスモスに乗り込んでIS学園に行くと騒いでいるんだ! 今すぐシャルロットに連絡を取ってくれ!!」

 

 デュノア社で鋭意実験段階の第三世代機コスモス。もちろん動かす段階に至っていないそれを使うと言い出している辺り余程冷静さを失っていると見える。

 流石のミシェルも顔を青ざめさせ、彼はゆっくりとモニター越しのシャルロットを見るようにこっちを向いた。

 

「シャル、今から俺もデュノア社に行くから。いつでも電話をかけられるよう準備しておいてくれ」

 

「わ、分かりました! 急いでください!」

 

 このままではIS学園とフランス及びデュノア社との国際問題に発展しかねない。通信を切る間も惜しんで走り去っていったミシェルを見送った執事が、モニター越しのシャルロット達に一礼して通信を切る。

 

「……すまん、シャルロット。軽率だった」

 

「ううん、ラウラは私のためにやってくれたんだもん……お義母様がそうなるなんて予想できなかったよ……」

 

 軽率に連絡を取ったせいでロゼンダの暴走を引き起こしたかもしれないと落ち込むラウラに、シャルロットは自分の心配をしてくれたのだからとラウラを元気づけつつ、まさかIS学園に殴り込みをかけようとするほどにロゼンダが暴走するとは思いもしなかったと呆れてため息を漏らす。

 本当にセクハラがまだ冗談で済む辺りで報告して、ロゼンダの怒りが小さく治まるようにしておくべきだったかなと考えるシャルロットのスマホが、着信音を奏でて震え始めた。




 実はこのお話、前に私が書いた「拝啓、お母さん。私、とても愉快な家族に引き取られたみたいです」と世界線を共有しているという設定があったんですが、本編ではどうしてもミシェル達デュノア社関係者どころかシャルロットすら出すタイミングがなく、泣く泣くお蔵入りしたんですが……。

 クラス代表決定戦までの間に一夏でいう箒のような成志のコーチ役に要領よく就任したシャルロットが、主人公補正を失くした成志にガチでキモがったり、成志のセクハラを聞いたロゼンダがブチギレてテスト中のコスモスに乗ってIS学園に殴りこもうとする場面を眠らせるのは勿体ないなぁと思って、今回特別編として書かせていただきました。
 なおさらっと流しましたがミシェルとシャルロットは婚約者になっています。え、二人は父親が同じですって?公的にはシャルロットは父親不明のシングルマザーの娘扱いだから問題ありません!(雑)
 え、養子になった義理の兄妹が婚約者になれるのかって?その場合は養子→婚約ではなく婚約した結果として養子入りしたみたいな感じに因果を捻じ曲げます!(雑)

 ちなみに今回原作では転入組のラウラやモブレベルですが鈴もしれっと登場。つまり本作では原作メインヒロインは全員入学時からIS学園に在籍しており、
一組:壱花、箒、セシリア、本音
二組:鈴
三組:シャルロット、ラウラ
四組:簪
 という感じに割り振られているという設定です。ちなみに三組のクラス代表は実力でラウラ、ただし本作のラウラは原作初期のドイツの冷氷状態よりはマシですがやや人見知りレベルの対人性能で、シャルロットが対人関係のフォローのためクラス代表補佐をやっているという設定があります。これ以上書く事ないから裏設定止まりですけど。

 そして本当にもう終わりの予定です。少なくともこれ以上書くネタがありません。クラス代表決定戦とか成志が逆無双されるしかなくって話の膨らませようが……。
 まあそんなわけでご読了ありがとうございました。また次回作などあれば、その時はまたよろしくお願いします。
 では今回はこの辺で。ご意見ご指摘ご感想はお気軽にどうぞ。それでは。


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デュノア兄妹の逢引日和

「ふんっふふんふふ~んっ♪」

 

 ある連休の一日。シャルロットは上機嫌に鼻歌を歌いながら、白色のノースリーブポロシャツと青色のショートパンツに身を通し、髪の一本一本が金糸のように美しいロングヘアを後ろで一本にまとめると部屋に備え付けている姿見を使って、クルクルと回転しながら服や髪型に変なところはないかと念入りに確認を行っていた。

 

「ラウラ、大丈夫かな? 変なとこない?」

 

「ああ、大丈夫だ……」

 

 シャルロットの問いにラウラがため息交じりに答える。さっきから数分おきに姿見で服装や髪形等の確認をしては大丈夫かと聞かれ、ラウラもいい加減辟易していた。

 

「それはそうとシャルロット、そろそろ出かける時間じゃないか?」

 

「あ、そうだね。ありがとラウラ」

 

 ラウラの時計を見ながらの言葉にシャルロットも時計を確認して頷き、お出かけ用のカバンを手に取ると「行ってきまーす」と言葉を残して部屋を出て行く。その時彼女の右手中指に付けられている指輪がキラリと光った。

 シャルロットが出て行って少しタイミングを置き、間違いなく行ったと確認してから、ラウラは己のISのプライベートチャネルを開く。

 

(もういいぞ)

 

 送るのはたったそれだけ、だがそれだけで充分。数分とかからず彼女の部屋に織斑壱花、篠ノ之箒、セシリア・オルコット、凰鈴音が集合した。

 

「ねえねえラウラ!」

 

 集合早々壱花が目を輝かせる。普段ラウラを着せ替え人形にさせる時にワクワクしている目と同種の輝きに、ラウラは反射的に身構えそうになるも、今回はそれとは違う意図の言葉を彼女は発する。

 

「早くシャルロットを追いかけなきゃ!」

 

 

 

 

 

 時は数日遡る。ある日の放課後、暇だからと壱花の部屋で集まってカードゲームやお喋りなどに興じている中、突然シャルロットの電話に着信。着信相手を見て頬をほころばせたシャルロットは「ちょっとごめんね」と言い残してその場を離れ、会話を聞かれたくないのかシャワールームに繋がる洗面所に入っていく。

 

「何かしら?」

 

「多分ミシェルさんですわ。あ、鈴さん。私ツーペアです」

 

「うげ、ワンペア……」

 

 ベッドに寝そべってポーカーをしている鈴は首を傾げながらシャルロットが入っていった洗面所を見て首を傾げ、彼女と同じベッドにぺたりと座っているセシリアが事情を知っているのか事もなげに言いながら、ツーペアが成立している手札を見せる。鈴はうげっと声を漏らして、ぽいっと自身のワンペアが成立している手札を放り投げた。

 

「ってか、ミシェルって誰?」

 

「デュノア社はご存知ですわよね?」

 

「とーぜんよ、フランスの大手IS開発メーカー。シャルロットの実家が経営してる会社じゃない」

 

 セシリアの促しに鈴はふんと鼻を鳴らす。トランプに飽きたのか続きをする様子もなくベッドの上でゴロゴロを開始した。どこか退屈そうな彼女の姿を見たセシリアはくすくすと、これから口にする言葉の結果を思って笑う。

 

「ミシェルさんは、シャルロットさんの恋人ですわ」

 

「「「はぁ!!??」」」

 

 その言葉に反応するのは鈴だけではなく、近くのテーブルに陣取って剣術談議という花の女子高生がするには少しばかりずれた話題に花を咲かせていた壱花と箒もだった。

 なおラウラは事情を知っているのか無視しながら、もう一つのベッドで寝転がってIS装備カタログというやっぱり花の女子高生が見るには少しばかりずれた雑誌を真剣な目で見つめていた。その脳内では己の専用機シュヴァルツェア・レーゲンがそれを装備したISと戦った場合のシミュレーションが行われている事だろう。

 

「なになにセシリア!? シャルロットって恋人いたの!?」

 

 途端に目をキラキラさせて食いつく壱花。彼女もやはり恋に興味のある花の女子高生なのだろう。予想通りの展開にセシリアはくすくすと笑った。

 

「ええ。ミシェル・デュノア。デュノア社現社長、アルベール・デュノアの長子です」

 

「……ん? それはおかしくないか?」

 

 セシリアの言葉に箒が首を傾げる。ミシェルはデュノア家の息子、シャルロットもデュノア家の娘、つまり二人は兄妹ということだ。それが恋人というのは彼女の価値観では些か繋がらず、彼女の中で「もしやフランスでは兄妹が恋人になるのもおかしくないのか?」とずれた答えが出されようとしていた。

 

「えーと、これ以上はシャルロットさんのプライバシーにも関わるのですが……」

 

 セシリアとしてもちょっとびっくりさせたかっただけでシャルロットのプライバシーに関わるものをおいそれと明かすわけにもいかないと困り出す。するとちょうどいいタイミングでシャルロットが洗面所から出てきた。そのほわほわとした幸せそうな顔は周りに花をまき散らしているような幻覚さえ見せそうなほどだ。

 

「あ、シャルロットさん。お相手はミシェルさんでしたか?」

 

「え~うん~そうだよ~」

 

「えっと、ミシェルさんとシャルロットさんの関係を壱花さん達にお話したいのですが……」

 

「別にいいよ~。ミシェルさんとの関係知られたら大体話すことだし~。セシリアに任せるね~」

 

 夢心地の顔でにへへぇと笑うシャルロット。ラウラが寝転がっているベッドに転がり込んで――ちなみに元は壱花のベッドらしい――枕を抱いてゴロゴロ転がり始め、止めても無駄と悟っているのかラウラはめんどくさそうにそのベッドから脱出すると隣のベッドに座って再びカタログを眺め始めた。

 

「話を戻しましょう。まず、ミシェルさんとシャルロットさんはご兄妹ではあるんですが、実の兄妹ではないんです」

 

「義理の兄妹ってこと?」

 

「ええ。シャルロットさんの実のお母様が、Mr.アルベールの伴侶であるMrs.ロゼンダの古いご友人で、その方が亡くなられたのを知ったMrs.ロゼンダがシャルロットさんを引き取ったそうですわ。シャルロットさんの実のお父様はシャルロットさんが生まれる前に既に亡くなっていて身寄りがなかったそうなので」

 

 セシリアが話すのは若干真実ではない表向きの話。実際はシャルロットの実の父親はそのアルベールなのだから。

 

「最初はミシェルさんともただの兄妹という関係だったそうですが。いつしか二人は愛し合って恋人になり、今は正式に婚約もしているようですわ」

 

「ロマンチックな話だね~」

 

 セシリアの説明に壱花は羨ましそうに頷く。

 

「でもさ、義理の兄妹って結婚できるの?」

 

「……そこは気にしない事にいたしましょう」

 

 そこに鈴がぶっ込むが、セシリアは真顔で首を横に振るのだった。

 

「それにしても……あのシャルロットがこうまでなるとはな……」

「そのミシェルってやつ、そこまでなの?」

 

 箒が、ベッドに寝転がって枕を抱きしめ、幸せそうな笑顔で花を舞い散らせながらゴロゴロと転がっているシャルロットを見てぽつりと呟く。

 クラスこそ違うが、真面目で気立てがよく誰にも分け隔てなく接する優しい女子。というのが同学年の女子共通してのシャルロット・デュノアへの評価である。なにせ世界唯一の男性IS操縦者であり、現在様々な女子に言い寄ってはセクハラ染みた行為を行っている問題児――須藤成志にも、その本性が知られる前とはいえコーチを買って出た事さえあるほどだ。ちなみに現在はセクハラを理由にコーチを辞任、懲りずに言い寄ってくる成志を完全に無視している形になっている。

 そんな彼女のいつもなら絶対に見ない姿に驚いている驚く箒や鈴の姿にセシリアはふふっと微笑んだ。

 

「ええ。私も欧州連合の集まりで何度か顔を合わせた程度ですが、彼に会うまでは見た事がないと言ってもいい、女性に対して礼儀正しく、かつ卑屈というわけではない男性。前時代の紳士というのはまさしく彼の事を言うのでしょう」

 

 セシリアもそう、自らの知るミシェル・デュノアという男性を評価していた。

 

「セシリア」

 

 そこにそんな、まるで地の底から怨霊が生者を呼び込もうとしているかのようなおどろおどろしい声が聞こえてきた。その声にビクリと怯えたように反応して声の方――シャルロットが寝転がっていたベッド――を見る壱花達。

 そこには普段はキラキラとしたアメジストを思わせる美しい瞳から光を消し、むしろどす黒い何かを発していそうな気さえする目を見開いたシャルロットがベッドから起き上がり、一切の感情が消えた顔でこちらを見ている不気味な光景があった。

 

「ミシェルさんは私の婚約者なんだよ? それを奪おうって言うのなら……セシリアでも容赦しないよ?」

 

「とっ、ととと当然ですわ! このセシリア・オルコット、心の底からシャルロットさんとミシェルさんの恋を応援しておりますわ!!」

「そ、そんな事よりシャルロット! そのミシェル……さんからの電話ってなんだったのよ?」

 

 シャルロットの声に震えだしたセシリアは慌てて別にミシェルを奪うつもりなんてないと公言してシャルロットを落ち着かせ始め、鈴も声を震わせながら話を逸らそうと試みる。

 その話題選びは正解だったか、シャルロットの瞳に光が戻り、彼女はへにゃ、と頬を緩ませた。

 

「それがね。今度の日本での日曜日、ミシェルさん……お義兄様が日本に来ることになったからデートしようってお誘いがあったの」

 

「それはよかったですわね。ですがミシェルさん、学校はよろしいのですか?」

 

「ほら、もうすぐ学年別タッグトーナメントが始まるでしょう? デュノア社からはお義父様とお義母様……もとい、社長と副社長が直々に視察に来ることになってて。その間日本で宿泊するホテルやその周辺の下見をお義兄様がする事になったの」

 

「ほえ~……さっすがデュノア社。そんな事まですんのね……」

 

 学年別タッグトーナメント。三年生は将来のスカウト、二年生は一年間の成長の確認、一年生は将来有望な掘り出し物を探す。と各国政府や企業、研究者、そして生徒にとっても重大なイベント。

 より実戦的な戦闘経験を詰むためという名目により急遽タッグを組む事を通達されているが、彼女らは既に壱花と箒、鈴とセシリア、シャルロットとラウラでタッグを組むことになっている。

 ちなみに成志は普段のセクハラ癖や傲慢な言動がたたってか女子は誰もタッグを組もうとせず、むしろ言い寄られないためや誰ともタッグを組めなかったせいで最終的に抽選に持ち込まれて強制的に彼とタッグを組まされるのを嫌ってか、普段関わりのない女子同士でも積極的に会話、タッグを組み始めている結果になっている。

 そんなタッグトーナメントにある意味で関わる件についてのシャルロットの説明曰く、IS開発においては大手と言っていいデュノア社の社長と副社長という要人の安全を確保するための現地の下見ということらしい。それに鈴が大企業ともなると違うわね~とぽかんと口を開いた。

 

「あはは、やだなぁ鈴。そんな素直に受け止めちゃって」

 

 しかしその反応にシャルロットはけらけらと笑って返した。

 

「そんなのお義兄様が日本に来るための口実に決まってるじゃない」

 

「「「……は?」」」

 

 その言葉に呆けた声で返すのは鈴、箒、壱花の三人。するとセシリアがくすくすと笑った。

 

「その通りですわね。本当に安全確認のための下見でしたらミシェルさんが行うわけがありませんわ」

 

 セシリア曰く、ミシェルは立場上はただの高校生。ホテルや周辺の下見で安全確認を行うなんて出来る知識や実力はないし、むしろデュノア家社長子息と考えれば彼も要人の一人。そんな任務を行うには誤った人選であると言えるだろう。

 

「下見ならデュノア社の警備部門が行う予定になってて、お義兄様はそれに同行するって建前で日本に来ることになってるだけだよ。日本に来たら実際は別行動」

 

「……それ、いいのか?」

 

 シャルロットの説明に箒が頬を引きつかせながら聞き返すと彼女は無言で首肯。むしろ「坊ちゃまお嬢様頑張ってください」と、デュノア社社長子息と社長令嬢の恋は社員一同からめっちゃ応援されているらしい。

 

「そういうわけで私準備しなきゃ。皆またねー」

 

 そう言ってふんふん鼻歌を歌って部屋を出て行くシャルロットを、壱花達は興味深そうな目で見送ったのだった。

 そして話は冒頭に戻る。

 

 

 

 

 

「ふんっふふんふふ~んっ♪」

 

 鼻歌を歌ってルンルン気分で街中を歩くシャルロットの後ろをサササッと、シャルロットのデートを見たいと一致団結した壱花達が追いかける。

 もちろん彼女らも全員私服姿で、壱花は白色のシャツに青色のどこかジャージを思わせるデザインの上着を羽織って黒色のブルマにも似たショートパンツを履き、スポーツキャップを被っている。箒はノースリーブのブラウスに青いショートパンツにニーソックスで絶対領域を演出、加えて変装といえばという事かベレー帽に伊達眼鏡をかけている。セシリアは薄紫色のワンピースに白い上着を羽織った令嬢風。鈴はへそ出しキャミソールという露出の激しい格好に上着を羽織っている。ラウラは黒色のミニスカート系ワンピースに黒色のミュールという可愛らしい格好だ。

 上機嫌な美少女を国際色豊かな美少女達が後をつけるという光景は目立つのか周りがヒソヒソ言っているが、シャルロットのデートを尾行するのに夢中になっているのか彼女らは誰も気にしていなかった。いや唯一ラウラだけは度々呆れたようにため息をついている辺り、彼女だけは気づいているが目をキラキラさせたり口元がニヤニヤしている面々を相手にツッコミを入れられない感じである。

 そんなこんなの追跡劇の末、シャルロットは待ち合わせ場所である駅前へとやってきて、きょろきょろと辺りを見回すとすぐにぱっと顔を輝かせた。

 

「ミシェルさん!」

 

「ああ、シャル」

 

 彼女の呼び声に答えて静かに手を振るのは銀色の髪をショートカットにした鋭い目つきの青年。

 白色のシャツに黒色のカジュアルなノースリーブスーツとそれに合わせた黒色のズボンはシンプルながらお洒落な雰囲気を見せており、鋭い目つきの中にキラリと光る黄色の瞳はトパーズの宝石を思わせる輝きを秘めている。

 その顔立ちもイケメンと評価できるレベルであり、物陰に隠れながら彼の姿を見た壱花や箒、鈴は「ほぉ~」と口からため息を漏らしていた。

 

「お待たせしました、ミシェルさん」

 

「そんな事ないよ。久しぶり、シャル。ちょっと見ない間に綺麗になったね」

 

「も、もう! からかわないでください! 昨日テレビ通話したばっかりじゃないですか!」

 

 ニコッと微笑んで開口一番たらしこんでくるミシェルにシャルロットは恥ずかしそうに顔を赤くしながら両腕をパタパタと上下させる。

 

「ところでシャル」

 

 そこでミシェルが困ったように、彼女の背後に、その先にいる者には気づかれない程度に視線を向ける。

 

「あれはお友達? セシリアさんとラウラさんは見た事あるんだけど」

 

「……あ、はい」

 

 ミシェルはシャルロットの背後でこちらを伺っている壱花達を、壱花達に視線を気づかれないように見ながらシャルロットに尋ね、シャルロットもこくんと頷く。

 実はシャルロットもこの視線に気づかないわけはなく、既に気づいていたのだが無視する事にしていただけである。

 

「ごめんなさい。多分ミシェルさんを見てみたかったんだと思います」

 

「ははは、そうか。また後で挨拶でもしようかな……まあ、それはそれとして――」

 

 申し訳なさそうに頭を下げるシャルロットに対してミシェルは穏やかに笑い、シャルロットの隣に自然に立って彼女の腰に手をやった。

 

「――デート、楽しもうね。シャル」

 

「あ、は、はい……」

 

 まさか友達に見られていると分かった上で大胆に接してくるとは思わなかったのか、シャルロットはかぁっと顔を赤くしながらなんとか頷くのが精一杯だった。

 

 それから二人がやってくるのは市内にある水族館。水槽の中を見やすくするためか薄暗い通路を仲睦まじく歩く美男美女は目立つのか周りの客は水槽の魚よりも彼らに注目しており、シャルロットは注目されるのが恥ずかしいのか顔を赤くしてうつむく。そんな彼女の姿がどこか楽しいのかミシェルはふっと微笑みながら彼女の手を取ってエスコートする。なおそんな二人の姿を後を追う壱花達は目をキラキラさせながら見守り、ラウラはやっぱり自分達も二人ほどではないがまあまあ注目されている事にため息をついていた。

 

「シャル、イルカショーがあるらしい。行ってみようか」

 

「は、はい!」

 

 ミシェルのエスコートにシャルロットはガチガチになりながら頷いて、通路の案内に従ってイルカショーの会場へと歩いていく。壱花達も後を追った。

 

 

 

 

 

「皆さーん! イルカショーに来ていただきありがとうございまーす!」

 

 イルカショーの会場。円形のプールとトレーナーが立つ舞台というオーソドックスな形のそこで、トレーナーらしい女性――金色の髪をポニーテールに結い、知的な眼鏡をかけ、白色の競泳水着を着たスタイル抜群の美少女――が手を振りながら笑顔をお届け、さらにショーに出演する四頭のイルカがキュイッと鳴いて挨拶する。主な客は子連れの家族だが、トレーナーのファンなのか男性一人の客もちらほらと見えていた。

 それから前の席の方はイルカがジャンプした時に水がかかるかもしれませんから注意してくださいなどの注意などから始まってショーの幕が上がる。

 

「せーの!」

 

 まずはウォーミングアップにビーチボールを投げるとイルカがそれを受け取り、ポンポンとヘディングしてトレーナーに返すキャッチボールからイルカショーは始まり、トレーナーの合図に合わせてイルカ達が整列し上体を起こした状態で泳ぐパフォーマンスなどが続く。

 

「そーれ!」

 

 次にトレーナーがどこからともなくフラフープのような巨大な輪を取り出すとイルカの一頭に乗ってプールの真ん中へと移動し輪を掲げる。

 

「エカヒ、エルア、エコル! みんなー! いきますよー!」

 

 トレーナーの指示を受けてイルカ達が順番にジャンプし、輪くぐりを開始。輪くぐりをするイルカはもちろん浮かんだ状態で体勢を維持するイルカとその不安定なはずのイルカの上に立つトレーナーの信頼関係もあって初めて成立するパフォーマンスに客から拍手が届く。

 

「えへへ……って、うわわっ!?」

 

 嬉しそうに手を振って拍手に応えるトレーナーだが、その時彼女が足場にしているイルカが不自然に揺れ、トレーナーがバランスを崩してプールへと落下。しかしすぐに水上に上がってぷはっと息を吐いた。

 

「あはは。リースもお客さんからの拍手にはしゃいじゃったみたいですね」

 

 失敗に照れたように笑うトレーナーに、足場になっていたリースなるイルカが彼女を乗せてプールサイドへ移動。彼女を舞台に上げる。子供達が笑顔になった笑い声が響き、大人の男達は濡れたせいで身体にぴたりと貼りついた水着から見える彼女の身体のラインに目を奪われ、周りの女性から白い目で見られ始める。

 そんなこんなでイルカショーが続いていき、舞台に上がったトレーナーの下にエカヒ、エルア、エコル、リースの四頭のイルカが集合。

 

「では、最後にイルカさん達の大ジャンプでおしまいです。さあ皆、いきますよ!」

 

 トレーナーの合図に合わせてイルカ達が同時に潜水。そして同時に天井まで届かん勢いで大ジャンプするとやはり同時に着水。ショー冒頭の注意のように観客席にまで水が飛び散るような豪快なパフォーマンスに観客からの拍手喝采を以てイルカショーは幕を閉じた。

 イルカショーの興奮が残ってるのかはしゃぐ子供達や舞台袖に消えていくトレーナーを見送る大人の男性達を横にしながらシャルロットがほぉ、と息を吐いた。

 

「凄かったですね、ミシェルさん」

 

「あ、ああ。そうだな……」

 

 隣に座るミシェルに笑顔で声をかけるシャルロットに対し、ミシェルは彼女から顔を逸らして返答。シャルロットが首を傾げた。

 

「どうしたんですか?」

 

「シャル、胸元」

 

「ふえ?……!?」

 

 きょとんとしたシャルロットにミシェルが口数少なく指摘し、その指摘通り少し視線を落としたシャルロットも顔を赤くする。さっきの着水時の水がかかっていたのか、彼女のシャツの胸元部分が少し透けていた。慌てて両腕で覆うように胸元を隠したシャルロットは焦ったようにミシェルを見る。

 

「み、み、み、見ました?」

 

「……すまん」

 

 慌てるシャルロットにミシェルは申し訳なさそうかつ静かにそう言うと、突然自分が着ていたノースリーブのスーツを脱いで彼女に着せ、彼女の透けているシャツを隠す。

 

「この後は食事でもどうかと思ったが、その前に新しい服でも買おうか?」

 

「は……はい……」

 

 流石に透けているというか濡れているシャツでずっといるのも居心地が悪いため、シャルロットも苦笑するミシェルの提案にこくりと頷いた。

 それから二人は水族館を後にするとテキトーな服屋を見つけて入っていく。テキトーとは言ったがそこらのチェーン店や小さい店ではなく、割と入る人を選びそうな高級服屋に躊躇いなく入る辺りはミシェルの貴族オーラの賜物だった。

 

「あら、入りませんの?」

 

「え、えーと……」

「さ、流石にな」

「ちょっと気後れするわ」

 

 後を追って躊躇いなく高級服屋に入ろうとするセシリアと何も気にする様子なくそれに続こうとするラウラだが、一般庶民の壱花、箒、鈴が気後れしているため入るのはやめて入り口周辺での待機に変更。

 それからしばらく時間が経って二人は店を出てくる。ミシェルの格好は先ほどと変わっていないが、服を濡らしたシャルロットの服は黒色のミニスカートタイプのワンピースの上から紺色を基調に裏地は紅色、そして首元や袖口に黒いファーのついたコートを羽織っている。普段のシャルロットとは違う雰囲気を見せる服装になっていた。

 

「すまないな、シャル。オーダーメイドの服をプレゼントしてやりたかったんだが……」

 

「急なので仕方ないですよ」

 

 さらりとオーダーメイドと言い出す辺りにミシェルの余裕が見え、シャルロットは苦笑交じりに仕方がないと彼を諌める。

 

「だが、よく似合っている」

 

「……あ、ありがとうございます」

 

 しかし続けて褒められると彼女は照れたように頬を紅潮させ、それを隠すようにぺこりと頭を下げた。

 それから二人は改めて昼食を取る場所でも探そうかと町中を歩き始めた。

 

「シャ、シャルロットじゃないか!」

 

「うげ……」

 

 そこに突然男性が声をかけ、それを見たシャルロットが嫌そうな顔になった上に小声でだが「うげ」という声を漏らす。

 

「……彼はたしか」

 

「須藤成志です」

 

 顔を合わせ、ぼそぼそとした小声で要点を纏めてその相手――須藤成志の情報を共有する。と言っても、須藤成志という個人名さえ分かれば相手がIS学園唯一の男子生徒であり、世界で唯一ISを操縦できる男性である事はすぐに分かることだった。

 

「こんなところで会うなんて偶然だな。これから一緒に遊びに行かないか?」

 

「あーごめん。私今デート中だから」

 

「は?」

 

 ミシェルの事が目に入っていないのかいきなりナンパしてくる成志にシャルロットはけだるげなため息交じりに返答、その言葉を受けた成志の頬がピクリと引きつる。その成志からシャルロットを庇うようにミシェルが前に出た。

 

「どうも、初めまして須藤さん。シャルの婚約者のミシェル・デュノアと申します。いつぞやはシャルがお世話になったそうで」

 

「こ、婚約者だと……そんなもん原作に存在しなかったはず……

 

 にこりとイケメンらしく柔和な、それでいて相手を威圧する微笑に成志は一瞬圧され、ギリリと歯を鳴らす。

 

「何言ってんだよシャルロット、お前もデュノア姓って事はお前ら兄妹ってことじゃ――」

「私達は婚約者。そこから察してもらえれば助かるな。日本って察する文化があるっていうんでしょ?」

 

 相手の痛いところを突いたつもりだろう成志の発言を遮って、シャルロットがミシェルの腕に抱きつく。どこから見ても仲の良い恋人といった姿で、成志はさらに怯む結果になった。

 

「シャルが貴方からセクハラを受けたという報告は、シャル自身のみならずデュノア社の社員関係者の生徒からも証言が上がっています。母……副社長からも学園に多少クレームが送られたと思いますが……」

 

 成志からシャルロットへのセクハラを聞いたロゼンダが暴走してコスモスでIS学園に行くと言い出した件はどうやらクレームを送る程度で決着したらしい。そのクレームが原因できつく言われたのか、成志が「チクリどもが」とぼそりと毒づいた。

 

「これ以上シャルロットに不快な思いをさせるようなら、こちらも相応の手段を取らなければなりません」

 

 どうやら婚約者(シャルロット)がセクハラを受けた件には立腹しているらしく、シャルロットを彼の目に映さないというようにさらに一歩前に出るミシェルと、そんなミシェルの姿にメロメロになっている様子のシャルロットを見た成志の血に頭が上った。

 

「主人公の俺に向けて偉そうなこと言ってんじゃねえぞモブがぁ!!!」

 

「! ミシェルさん!!」

 

 成志が吼えると共に右手首につけていた鉄のような光沢を見せる腕輪が光りを放ち、彼をその光が包み込むと、成志は己の専用機である打鉄を装備する。さらに怒りで己のスペック以上のことを引き起こしたのか怒号を上げながら近接ブレードを展開すると躊躇いなくミシェルへと斬りかかる。

 咄嗟にシャルロットがミシェルの前に出ながらラファール・リヴァイヴを展開するも、まさか専用機持ちが専用機を使って一般人に襲い掛かるなどというあり得ない事に呆気に取られて反応が遅れてしまい、武装の展開までは間に合わない――

 

「な……」

 

 しかし成志は近接ブレードを振り上げた状態で動きを止める。いや、彼自身何故自分が動きを止めているのか分からないような表情を見せている辺り己の意志で止めている様子ではなく、むしろ彼はどうにか動こうと身体に力を入れている様子なのが歯を食いしばっている表情から分かる。

 

「無駄だ。停止結界は完全に貴様を捕らえている」

 

「ラウラ!」

 

 そこにラウラが、金色に輝く左目――彼女の左目に移植された疑似ハイパーセンサーである越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)――を露わにしながら悠々と歩み寄る。越界の瞳によって動体視力を強化、続けてシュヴァルツェア・レーゲンの兵装――A・I・C(アクティブ・イナーシャル・キャンセラー)で成志の動きを止めたらしい。

 

「動くな! って言ってももう動けないよね」

 

「専用機で一般人に襲い掛かるなんて馬鹿な真似してんじゃないわよ!」

 

「おとなしくしなさい。既にブルー・ティアーズが貴方を包囲しておりますわ」

 

 続けてそれぞれ白式、甲龍、ブルー・ティアーズを展開した壱花、鈴、セシリアがそれぞれ剣、青龍刀、短刀を手に成志を包囲。さらに彼の頭上ではブルー・ティアーズの兵装であるBT兵器ブルー・ティアーズが彼に銃口を向けていた。さらにラファール・リヴァイヴを展開したシャルロットも物理シールドを手に包囲に参加する。

 

「ミシェル殿、こちらへ。皆さん、危険なので離れてください!!」

 

 専用機を持たない箒も自分に出来ないことをしようとミシェルや周りの野次馬にこの場を離れるよう促し始めた。

 

「て、てめえら、よってたかって恥ずかしくねえのか!」

 

「あんたがいきなり町中で無許可IS展開なんてしたのが悪いんでしょうが!!」

 

「鈴、落ちつけ……須藤、五つ数えたら停止結界を解除する。おとなしく武装を収納(クローズ)し、ISの展開を解除。待機形態を足元に置いて、手を頭の後ろで組んで五歩後ろに下がれ。抵抗するようなら強制的に制圧する。一、二、三――」

 

 怒りに吼える成志に鈴も怒鳴り返す。そんな鈴をラウラが諌めて、冷静に成志に抵抗をやめることを命令。壱花達は流石代表候補生か一瞬の隙も見せず、成志はギリリと歯を噛みしめた。

 

「ふざけんな!! お前に命令される筋合いなんてねえ!! 大体お前らだってこんなの日常茶飯事だろうが! いつもいつも一夏を殴っといておとがめなしだっただろうが!!」

 

「はぁ? 何言ってんの?」

「緊急事態でもないのに無許可でのIS展開などやった覚えがありませんが……」

「私もこんな感じで殴られた事なんてないよ?」

 

 きょとんと返す女子組に成志がぐぬぬと唸り声を上げる。抵抗をやめそうにないためラウラもAIC解除のカウントはストップさせた。

 

「皆、学校と連絡が取れた。山田先生と教員部隊がこっちに向かっているそうだ」

 

 そこに周りの避難勧告を終えた後学校と連絡を取ったらしい箒が報告。自分達で成志を説得し武装解除させる事はできなかったが教師が来るなら安心だと皆頷きつつ、教師が来るまでの間成志が暴れ出し周りに被害を出させたりしないように、隙を見せずに成志を包囲し続けた。

 

 

 

 

 

「ふざけんな!! なんで俺がこんな目にあわなきゃならねえんだよ!?」

 

「街中での無許可での専用機展開及び一般人に危害を加えようとしたという証言が入っています。容疑者である須藤君の身柄を拘束し、一年一組副担任の権限を以て専用機は一時的に没収させてもらいます」

 

 少し時間を置いて二台の大型車が到着。一年一組副担任である山田真耶と数人の教師が二台の大型車から降りてくると、さらにISを展開したという通報だからか教員IS部隊も同時に到着して成志の身柄を確保。

 強制的にISを解除させるとその待機形態である腕輪は真耶に預けられ、そして成志はまるでこれから護送される犯人のように手錠をかけられて吼えていた。それに対して真耶は普段のぽややんとした雰囲気が嘘のようにキリッとしながら毅然と成志に言い返し、一緒に来た教師に「周りの方々から証言の聞き取りと事実確認をお願いします」と指示を飛ばした後、ミシェルの方を向いた。

 

「えっと、ミシェルさん、でしたでしょうか?……申し訳ありません。今回の事件の被害者ということで事情をお聞きしたいので、一度IS学園の方までご足労願えませんか?」

 

「分かりました」

 

「では、織斑さん達も一緒に。そちらの車に乗ってください」

 

 事件関係者から事情聴取があるのだろう。被害者であるミシェルだけでなく巻き込まれたというか自分から巻き込まれに行った壱花達も車に乗せて一同はIS学園へと向かう。

 もちろん成志だけは別の車であり、なおかつ万一にも専用機を奪い返されないように、現在それを所有している真耶もミシェル達と同じ車に乗り込んでいた。

 

 それから一同はIS学園に到着し、ミシェル達は事情聴取を受ける。それが全て終わってから全員職員室へと集合となった。もちろん成志も一緒だが手錠をかけられたまま&武闘派の教師が見張りについている。

 

「事情聴取と、聞き込みに回った職員からの情報を総合して判断した。今から沙汰を下す。覚悟はいいな?」

 

 彼女らの前に立ち、腕組みをするのは織斑千冬(世界最強)。どうやら彼女が今回の裁量を預かったらしく、彼女はまず成志を見る。

 

「須藤。最初にお前の処分について伝えておく」

 

 千冬はそう言って一つ呆れたようにため息を漏らした。

 

「と言っても。人命に関わる緊急事態であるだとかやむを得ない事情があったわけでもないのに無許可でISを展開し、挙句に一般人に攻撃を仕掛けようとしていたということだ。今ここで私の裁量で下せる程度の軽い処罰で終わるとは思えん。この件についてはこの後緊急会議を開く事になった」

 

 とは言ってもここで放免というわけにはいかん。と千冬は一つタイミングを置いて鋭い視線で成志を射抜く。

 

「須藤、お前には学生寮での自室謹慎を命じる。後は追って沙汰を下す」

 

「ふざけんな!! そんな原作になかった横暴許されッ!?」

 

 千冬の命令に反抗しようとする成志だが、頭に一撃何故か持っていた出席簿を叩き込まれると沈黙。

 

「以後、許可なく室外に出た場合は我々で身柄を拘束。懲罰房に入れるものとする。心しておけ」

 

 言い捨て、千冬は次にシャルロット達を見る。

 

「次に織斑、オルコット、鳳、デュノア、ボーデヴィッヒの、街中での無許可IS展開についての沙汰を下す……とはいえ、お前達の場合証言によればデュノアはデュノア兄を須藤から守るためにISを展開、ボーデヴィッヒも須藤を止めるため、織斑、オルコット、鳳はISを展開した須藤が周りに被害を及ぼさないよう拘束しようとしていたと見る事が出来る。よってお前達は無罪放免とする」

 

 ISを倒せるのはISのみ。現在この世界において常識とも言える事であり、そんな兵器であるISが街中で暴れ始めれば周囲にどれほどの被害が及ぶか分からない。壱花達はそれを未然に防ぐためにISを展開したと認められ、お咎めなしを言い渡された。

 

「何言ってんだ!? この俺の邪魔をしやがって、この学園から追い出すくらい――」

元はといえばお前がISを無許可で展開したのが原因だ!! 少しは反省しろ!!……彼を部屋に連行してくれ」

 

「はい!」

 

「ふざけんな! 離せ、離しやがれ!! この俺にこんなことしてどうなるか――」

 

 壱花達への沙汰が気に入らないのか喚く成志だが、武闘派教師が職員室から引きずり出し、そのまま学生寮に引きずっていく。

 

「……この後、どうなるんだろ?」

 

「そもそも差し迫った緊急事態でもないのに、無許可で街中のような一般の人が多い場所で専用機を展開するなど、それだけでも良くて専用機の没収ですわね」

 

「代表候補生ならさらに代表候補生からの除名処分も考えられるわね」

 

「どこかの会社に雇われてたら間違いなくクビだよね」

 

「軍属ならば軍籍剥奪、もし一般人に被害でも出していれば下手をすれば処刑もあり得るな」

 

 なんやかんや成志の今後が心配になったのか呟く壱花に、セシリアが呆れたように答え、鈴、シャルロット、ラウラが続く。

 世界最強の兵器IS。現在世界中に467個しかないISコアの内一つを自分用にあてがわれているといえる専用機を使う者にはそれ相応の責任がかかるのは当然。それだけの重い処罰を考える彼女らに千冬がため息を漏らした。

 

「とはいえ、須藤は立場が特殊過ぎるからな……」

 

 須藤成志は世界で唯一の男性IS操縦者。彼をIS学園に半ば強制的に入学させたのも人体実験の材料にさせないための保護という面ももちろんあるが、女性しか使えないはずのISを何故彼だけは使えるのかを調べるためでもあり、彼の専用機としてあてがっている打鉄もそのデータ収集のため。

 彼自身は代表候補生でもどこかの会社の雇われでも軍属でもない、ただの一般人だ。

 

「専用機の没収というのもデータ収集を鑑みれば行う訳にもいかないからな……お前達の予想している処罰は与えられないだろうが……まあそれでも、ただでは終わらんさ」

 

 ISを街中で展開して一般人に襲い掛かった。それだけでも大事件なのにその被害に会いそうになっていたのはただの一般人どころではなく、大手ISメーカーの一つであるデュノア社の社長子息である。

 

「マダム織斑。申し訳ありませんが、自分としても今回の件は会社に報告せざるを……」

 

「分かっているさ。こっちの事は気にしなくていい」

 

 ミシェルも申し訳なさそうながら一応建前上は仕事で日本にやってきた事になっているため、危険に巻き込まれたことを会社、さらに細かく言えば両親(社長と副社長)に伝えないわけにはいかない。

 そしてそうなれば事はミシェルと成志という個人だけではない。デュノア社とIS学園、下手をすればフランスと日本の国家間の問題にまで広がりかねない。

 だが千冬は気にするなと答えた後、これから成志の処罰について緊急会議があるからと解散を宣言。壱花達は学食へと移動する事にした。

 

「ふぅ。結局昼食も食べていないからお腹が空いたね」

 

「せっかくなのでミシェルさんも学食で食べて行かれてはどうでしょう? せっかく入校許可証を貰ったのですから、利用しなければ損ですわよ?」

 

「いいね。改めて壱花達を紹介したいし、そうしましょうよお義兄様」

 

「じゃあせっかくだし、簪や本音達も呼ぼっか」

 

 くぅと控えめにお腹を鳴らすミシェルをセシリアが学食での昼食に誘い、それを聞いたシャルロットもミシェルからすれば初対面であり、このどたばたできちんと紹介出来てなかった壱花達を紹介したいとセシリアを援護。壱花もせっかくだからと自分の友達であり日本代表候補生友達の簪やその親友である本音も呼ぼうと提案。返答も聞かずに携帯を取り出すと簪と本音に食堂への招集をかけ始める。

 わいわいと騒がしくなり始め、ミシェルは自分の妹であり婚約者であるシャルロットが賑やかな生活を営んでいる事を改めて目にし、嬉しそうに微笑みを浮かべた。




 なんか最近インフィニット・ストラトスものばっかり書いててちょっと頭抱え始めてきた……ToLOVEるとかマイソロ3とか最近連載滞ってんのに……。
 まあそれはネタの巡り合わせってことで。今回は「拝啓、お母さん。私、とても愉快な家族に引き取られたみたいです」、通称「ゆかひき」(今考えた)や本作の特別編でもあったミシェル×シャルロットのデート回。オリムライチカが女性になってしまっている今、実質唯一の恋人持ち学生としてこのデュノア義兄妹には頑張ってもらいたいと思っています。
 あとR18の方で特に壱花がオルタ化して絶賛キャラ崩壊中だから、ちょっと清純派な姫騎士リリィモードも書けるようになっておかないとという危惧もあったりします。(汗)

 んでふとこの作品群、R18世界観も書いてるけど年頃の男キャラは成志とミシェルしかいない上に成志は
・平常世界線:クッソ嫌われ済み
・R18世界線:ワーストルートでは人体実験の材料
・亡国機業世界線:亡国機業に捕まって人体実験の材料(クローンは性奴隷)
 という詰み具合だから、まともなハーレムルートにミシェルを放り込もうかなとか画策してみたんですが……それやったらシャルロットがヤンデレ堕ちしかねないからやめる事にしました。
 というかそもそも、自分の都合のみで一夏のヒロインをオリ主のハーレムにさせるなんて、本作でアンチ対象になっている転生オリ主と一体何が違わないだろうかと思いましてね……うん、弁えるの大事。

 さて今回はこの辺で。ご指摘ご意見ご感想はお気軽にどうぞ。それでは。


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IF~もしもミシェル・デュノアが三人目の男性IS操縦者だったら~:前編

「な、なんだこれ……どうなってんだ……」

 

 なんやかんやと神様転生によってインフィニット・ストラトスの世界に転生した青年──須藤成志。

 クラス分けの通りに一年一組に行った彼はそんな言葉を呟いていた。

 一番前の列のど真ん中、一番目立つと言ってもいい席で居心地悪そうに頭を抱えている黒髪の青年――インフィニット・ストラトスの主人公である織斑一夏。それはいい、こいつを叩きのめしてIS学園を自らのハーレムにするというのが須藤成志の最大の目的だからだ。

 だがもう一人()()がいる。一番真ん中の列のこれまた真ん中、つまり教室のど真ん中という、一番前の列にいる一夏程ではないが大分目立つだろう席にいるのは銀色の髪をショートカットにした、トパーズのような綺麗な黄色の瞳をした鋭い目つきの青年。そしてその隣の席には入学時点ではIS学園に存在するはずのない少女――シャルロット・デュノアが座っており、その青年と仲睦まじく話している様子があった。

 

(あのモブ、俺のシャルロットに話しかけやがって……)

 

 この学園の女は全部俺のもの。特に全員美少女の原作ヒロインは俺の愛人にすると勝手に決めている成志は、その一人であるシャルロットが笑顔を向けている青年に対する怒りを覚えて、席を立とうとする。

 

「全員揃ってますねー。それじゃあSHR(ショートホームルーム)始めますよー」

 

 だがそこにそんな声が聞こえ、ホームルームの開始が宣言される。

 いきなり変な悪目立ちをするのは問題だ、と流石に分かるため成志は心の中で「運がよかったな覚えとけよ間男」とぼやきながら席を立つのを諦める。

 

 それから入学最初のお約束とばかりにこのクラスの副担任――山田真耶の自己紹介から生徒達の自己紹介が開始され、出席番号一番の相川清香からスタート。やがて織斑一夏の順番になり、彼はのろのろと立ち上がって振り向くと女子の視線に圧されたのかぎょっとのけ反った後、口を開いた。

 

「お、織斑一夏です……」

 

 ひとまず名前を名乗るがそこで沈黙。しかし「そこで終わるはずがないよね?」といわんばかりのクラス中の期待の視線が彼に突き刺さっていく。

 

「…………い、以上ですっ!」

 

 その視線から逃げるように一夏が声を張り上げた。クラスの女子が数名がたたっと机の上からずっこけるがその反応を取ったのは主に日本人。外人女子はその日本人女子の反応を不思議そうに見ていたり、日本の芸人文化を知っているらしい子は「ノリがいいなぁ」とか「なるほど、こういうとこで臆せずリアクションを取る……」とか「これがジャパニーズコメディアンソウル……」とか呟いていた。

 それから用事があって遅れたというこのクラスの担任――織斑千冬が到着してまともな自己紹介が出来なかった一夏を叱責したり自分も自己紹介をしたら女子がミーハーに盛り上がり始めて呆れたりしつつ、「静まれ」とクラス内に呼び掛ける。

 その呼びかけでぴたりと教室内が静まったのを見計らって、千冬は改めて口を開いた。

 

「知っての通りだが、このクラスには()がいる。全員まとめた方が手っ取り早いということだが、お前達も気になる事だろう。そいつらから先に自己紹介をしてもらうとしよう……番号順なら次はお前だ、須藤」

 

 千冬からの呼びかけを受け、成志はけだるそうに席を立ち、クラス中をじろりとした目で見まわす。

 

「須藤成志だ」

 

 まずは名前を名乗り、沈黙。そこまででは一夏と同じ、だが俺はあいつとは違うというように言葉を続けた。

 

「趣味は格闘技と銃火器(エアガン)や刃物のコレクション。言っておくが、俺は雑魚と馴れ合う気はない、俺に話しかけるならそれなりの覚悟を持つんだな。女尊男卑なんてくだらないものに従う気もねえし、あまり調子に乗るようなら容赦はしねえ。覚えておけ」

 

 自己紹介を終えて再びけだるそうに席につく。しかし内心では、素手だけではなく銃や刃物にも精通しているという強い男の印象を与える。まさしく孤高、敵には容赦なく牙剥くロンリーウルフ。そんなかっこいい自己紹介を終え、きっと黄色い声が上がるだろうと己の自己紹介を自画自賛。成志はそんな確信の元でニヤニヤとほくそ笑んでいる。

 しかしそれに対する返答は完全な無言、むしろ引いているような様子すらうかがった成志が「え?」と呆けた声を小さく漏らす。

 

「あ、え、えーっと……で、では男子は最後に、デュノア君、お願いしてもいいですか?」

 

「はい」

 

 あまりの静けさに真耶があわあわと大慌てで最後の男性IS操縦者に振った。

 振られた銀髪の青年が立ちあがり、涼やかな流し目をしながら教室内を一瞥。にこりと微笑んだ。

 

「ミシェル・デュノアです。IS学園に入学した方なら弊社の名はご存知だと思いますが、フランスのデュノア社の社長子息なんてものをやってます。ISを動かしたのはムッシュ織斑の後でまだ数ヶ月程度ですが、知識に関してなら自信はありますので。もし勉強で分からない事があれば、相談していただければ出来る限り力になります。よろしくお願いします」

 

 青年――ミシェル・デュノアは柔らかな声で挨拶し、最後にぺこりと一礼。すると教室内から拍手が響き、少しばかり「きゃー!」という歓声も上がった。

 

「かっこいい……」

「物腰柔らかで紳士的……」

「しかもデュノア社の御曹司……」

「私、ちょっと本気で狙っちゃおうかな……」

 

 ざわざわと辺りが騒がしくなり、千冬が面倒くさそうにため息を吐く。ちなみに成志は「俺が静かだったくせになんでこいつは……」とか小さな声で呟いていた。

 

「織斑先生。次、私から自己紹介してもいいでしょうか?」

 

「ん? ……ああ、好きにしろ」

 

「好きにします」

 

 千冬から自己紹介の許可を取り、ミシェルの隣の席に座っていた金髪の少女――シャルロットが立ち上がる。

 

「シャルロット・デュノアです。フランス代表候補生、そしてデュノア社のテストパイロットをしています。趣味は料理かな? あ、それとこれが一番大切なことなんだけど――」

 

 シャルロットはそう言って左手をクラスメイトに見えるように掲げる。その()()には銀色に輝く指輪が嵌められていた。それを見て察しつつも若干呆れた表情になったミシェルも、薬指にシャルロットのものと同じ指輪を嵌めた左手を掲げる。

 

「ミシェルさんは私の()なので。手を出したら許さないからね?」

 

 どこか圧を感じさせる笑顔を浮かべながらの言葉に教室内が沈黙に包まれる。特に成志はまさかの展開に真っ白になっている。

 

『えええええぇぇぇぇぇぇっ!!??』

 

 そして一年一組内部が、先ほどの千冬登場の時に勝らずとも劣らないような絶叫に包まれるのであった。

 

 

 

 一時間目のIS基礎理論授業が終わった休み時間。シャルロットは友人に話しかけられたものの、先ほどの爆弾発言で騒然としている教室内では話も出来ないため人気のない廊下の隅に移動、ちなみに何故か彼女はドヤ顔になっている。

 

「それにしても、いきなり攻めましたわね。シャルロットさん」

 

 苦笑しながらどこか呆れた様子でシャルロットに話しかける金髪縦ロールのお嬢様――イギリス代表候補生にしてシャルロットの友人、セシリア・オルコット。それにシャルロットはドヤ顔のまま「当然だよ」と返した。

 

「私はミシェルさんの奥さんとして、ミシェルさんを不埒な手から守らなきゃいけないんだからね」

 

「とはいえ、フランス政府もとんでもない手を使いましたわよね……()()()()()()()()()()()()()()()()。などと……」

 

 呆れ顔でため息を吐くセシリア。

 そう、ミシェルとシャルロットの夫婦関係。これはシャルロットが自称しているわけではなく、フランス政府が認めたガチ。既にフランスの正式な戸籍上でもこの二人は夫婦ということになっている。

 だがフランスでは婚姻可能年齢は男女ともに18歳以上であり、二人は高校にあたるIS学園に入学したばかりというところから分かるが未だ15歳、婚姻可能年齢を3歳も下回っている。だがそれを政府が捻じ曲げ、特例という形で認めさせているわけだ。

 

フランス唯一の男性IS操縦者(ミシェル・デュノア)をフランスに留めるためにってやつだね。あとちゃんと夫婦関係にあると社会的に証明出来ればハニートラップとかその辺にも対処しやすいってのもあるし」

 

 シャルロットが答える。ちなみにこの辺の交渉をしたのはデュノア社社長でミシェルの父――アルバート・デュノアだ。

 

「まあ既成事実さえ作っちゃえばこっちのもんだし……」

 

 なおシャルロットが黒い笑顔でそんな事を呟いていたが、幸か不幸かセシリアには聞こえていない様子だった。

 というか彼女はさらに呆れ顔になっている。

 

「かと言って……これはどうかと思うのですが?」

 

「……そこは私もそう思うよ」

 

 そう言って左手の薬指を見せるセシリア。そこには指輪が嵌められており、シャルロットも呆れ顔になって同意する。

 見れば分かる通り婚約指輪、そしてその婚約指輪の対象となっているのはミシェル。つまりミシェル・デュノアとセシリア・オルコットは婚約している。ということだ。

 

「お義父様が交渉押し切れなかったらしくて……フランス政府はミシェルさんと私の婚姻を特例で認める代わりに()()()()()まで特例で押し付けてきたんだよね……」

 

「欧州連合内部だけというのが不幸中の幸いですわよね……」

 

 シャルロットが頭を抱え、セシリアが嘆息。フランス政府からすればミシェルをフランスに縛り付けるための足枷とするためのシャルロットとの婚姻(本人達はミシェルの不利益にならない限りはフランスを出ていく気ないし婚姻相手をシャルロットに指定して強引に押し通したように婚姻自体は望むところなのだが)。

 だがフランス政府はさらに「世界に三人しかいない男性IS操縦者の一人(ミシェル・デュノア)の存在を上手く他国に対する優位性(アドバンテージ)として利用してやろう」と考えているのか、ミシェルにはさらに特例で一夫多妻制を認め、他国から多くの嫁を娶って上手くフランスに引きずり込む、最低でもフランスの利になるように取り計らえるようにさせようとしていた。

 なおアルベールが頑張って交渉した結果、「シャルロット以外との正式な婚姻はフランスの法律に則り、ミシェルが18歳になってからとする」「ミシェルの婚約相手は欧州連合加盟国の国民に限る」「婚約者は一国家につき一人まで」「一度婚約した場合は婚約破棄に値する事が起きるか双方の了承を得ない限り婚約破棄は不可能なものとする」という条件を辛うじて付け加えることに成功している。

 とはいえこれを聞いた時のデュノア家は修羅場と化し、アルベールはジャポネーゼ土下座をして必死に(ロゼンダ)息子(ミシェル)義娘(シャルロット)の怒りを鎮めたらしい。

 するとシャルロットが心配そうな顔でセシリアを見た。

 

「でもセシリア、ホントによかったの? 自分からミシェルさんの婚約者に立候補したそうだけど……」

 

「この時代碌な男はおりませんもの。それならミシェルさんと婚約するのが一番マシですわ」

 

 言い方は悪いがこれはフランスからすれば男性IS操縦者(ミシェル・デュノア)を餌にして他国から利益を得るための、その他国にあたるイギリスからすればセシリアという才能ある操縦者を餌として差し出す事でそれ以上に貴重な特異ケースのデータを確保するための政略結婚のようなもの。しかしセシリアはひょいと肩をすくめてそう答えてみせた。

 セシリアにとって男とは「女に媚びる情けない存在」。今は亡き父親の記憶が今もなお焼き付いているイメージだがミシェルはそれとは違う、女に媚びる事はない、かと言って横暴というわけでもなく女性に対して礼儀正しく、かつ卑屈というわけではない男性。セシリアの中の男性に対するイメージを破壊した紳士、それがミシェル・デュノアという男だ。

 

「それに、これならデュノア社とのパイプも出来ますからね。将来的には上手く経営陣に潜り込んでデュノア社の経営を裏からコントロールしてみせますわ」

 

「あはは、頼もしいね」

 

 冗談めかしてデュノア社を乗っ取ると言い出して笑うセシリアにシャルロットも苦笑。

 

「あとはまあ、私も代表候補生ですからね……シャルロットさんも、そして残る婚約者さんもですし。これなら明文化されていなくとも“ミシェルさんの婚約者は代表候補生レベルでなければならない”というハードルが作られるはず。それなら少しは選定もマシになるでしょう?」

 

「……うん。そこのところは本当にありがとう」

 

 ミシェルの一夫多妻制が特例で決められてから、デュノア家には欧州連合加盟国からひっきりなしに所謂お見合い写真が届きまくっていた。

 フランス政府に一次選定を任せたり(押し付けたり)、送りつけられてくるお見合い写真の人柄から年齢まで幅が広すぎる(IS適性ランクが高いけど小学生から実績はあるがアラサー過ぎたご婦人まで)ため、後付けで「ミシェルの婚約者候補はミシェル本人が希望しない限りは国が推薦するものとする」「推薦する婚約者候補はミシェルの年齢を基準にプラスマイナス二歳の年齢の者に限る」という条件を付けさせたりで多少はマシになったもののそれでもフランス政府の一次選定、デュノア家での二次選定を潜り抜けてミシェルの元に届くお見合い写真は結構な量があった。

 が、それを友人として見かねたセシリアが直接婚約者候補に立候補、さらに別国のある代表候補生の友人も彼女の口車に乗せられて婚約者候補に立候補し、受諾。結果としてシャルロットと合わせて三名の代表候補生が嫁及び婚約者となってからは「ミシェル・デュノアの婚約者は代表候補生レベル、もしくはそれと同等以上の実績を持つ者でなければならない」という暗黙の了解が出来たのかお見合い写真の量は激減したのだ。もっともそのレベルの相手を出してくる国もおり、さらに何名か婚約者は増えたわけなのだが。

 

「まあ、私のことはこの騒ぎが落ちつくまでの盾としてでもご使用くださいな。嫌になれば婚約破棄すればよろしいですし。その程度はミシェルさんにも協力していただきますわよ?」

 

「うん、言っておくし、もちろん私も協力するけど……本当にさらりと言っちゃうよね……?」

 

 「双方の了承がなければ婚約破棄は不可能」。本来は政府が己の利益を優先して勝手に婚約者候補を婚約破棄させて新しい婚約者をあてがうとかでミシェルと婚約者候補が振り回されるのを防ぐためのルールだが、逆に言えばミシェルと婚約者候補の間で了解が取れれば婚約破棄は容易。

 あくまでミシェルとシャルロットの新婚生活を守るための盾と開き直っている様子のセシリアにミシェルがツッコミを入れると彼女はぺろりと舌を出した。

 

「しかしまあ、可能ならミシェルさんとそのまま結婚といきたいですわね。男性として彼は魅力的な方ですし」

 

「それはどうも。としてが褒められるのは嬉しいよ」

 

 続いてセシリアがそう漏らすとシャルロットは妙に牽制するような事を言い出し、セシリアはくすくすと笑っていた。

 

 

「あの間男……シャルロットだけじゃなくてセシリアまで毒牙に……」

 

 そんな二人の会話を、シャルロットとセシリア(原作のメインヒロイン二人)がどこかに行くのを見て後を尾けた成志はそんな言葉を聞いて憤りを感じていた。

 

 

「ところでミシェルさんは……」

 

「他の男の子と話すってさ。三人しかいないんだし、コミュニケーションしくじったらまずいからね。手は早いうちに打っとかないと」

 

 そんな成志の姿に気づかずセシリアとシャルロットは会話を続けている。

 そして場面は教室へと移る。たった三人の男性IS操縦者。対立するよりは仲良くしておく方が色々な意味で得なのは間違いなく、ミシェルは休み時間早々その男子の一人に接触していた。

 

「ムッシュ織斑」

 

「む……あ、俺か?」

 

 ミシェルの言葉に一夏は日本人として呼ばれ慣れない呼ばれ方に一瞬困惑しつつも答えてミシェルの方を向き、首を傾げた。

 

「えーと、デュノアだっけ?」

 

「ミシェルで構わない」

 

「んじゃ俺の事も一夏でいいぜ、ミシェル」

 

「ああ、一夏」

 

 お互いにファーストコミュニケーションとしては上場。なお二人ともかっこいい顔の男子であり、その二人が微笑み合う姿に教室内や廊下の女子がきゃあきゃあと色めき立っていた。ちなみにごく一部が「一夏×ミシェル……」「いえ、ミシェル×一夏……」とか言っていたが気にしない事にしよう。

 

「ところで何か用か?」

 

「いや、ちょっと挨拶にと思っただけだ。同じクラスだし、なにせ俺達、同じ立場は三人しかいないからな」

 

「そりゃそうだ」

 

 ミシェルの言葉に一夏は苦笑し、このクラスにいる最後の男性IS操縦者を思い出す。

 

「んじゃこの後はあいつ、須藤だっけ? あいつとも話すのか?」

 

「正直迷っているところだ……ああいうタイプは下手に話しかけるとややこしくなる」

 

 一夏の問いかけに肩をすくめるミシェル。なにせクラス内の自己紹介からいきなり「雑魚と馴れ合う気はない」だの「俺に話しかけるなら覚悟しろ」だの言ってきた相手だ。コミュニケーションをきちんと取れるかどうかという点に問題を感じる。

 

「ん~まあ、孤立とかしたら放っとけないかもだけどさ……今のところは放っとけっていうんなら放っといた方がいいんじゃないか?」

 

 一夏は頭をかきながら、本人が放っとけと言ってるんだから放っといた方がいいんじゃないかと助言。

 この後鈴と喧嘩した時も同じ考えで放っといたせいで余計に溝が深まる事になるのだが、それはここで語る事ではない。

 

「……は、話しているところに悪いが……ちょっといいか?」

 

 そこに何者かが話に割り込むように声をかける。辺りの女子がざわめき、ミシェルがその相手を見る。

 それは黒い髪をポニーテールに結った吊り目の美少女。髪や肌の色、そして顔立ちからして恐らく一夏と同じ日本人(ジャポネーゼ)か、そうでなくとも東洋系の人間だろうとミシェルはさっとあたりをつけた。

 

「……箒?」

 

 一夏が呆けた声を出す。それだけでミシェルはどうやら一夏の知り合いのようだと推測、彼女がチラチラとミシェルの方を見て妙に居心地悪そうにしているのを見て、ミシェルも一夏を見る。

 

「一夏、こちらのお嬢様(マドモアゼル)と知り合いのようだけど。紹介して貰っていいかな?」

 

「お、おう。そうだな。こっちは篠ノ之箒、俺の幼馴染だ」

 

 と言っても会うのは六年ぶりくらいだけどな。と頬をかいて苦笑しながら一夏は少女――篠ノ之箒のことをミシェルに紹介、続いて箒の方を向いた。

 

「で、箒。こっちはミシェル・デュノア……えーと……」

 

 だがミシェルの名を教えた辺りで言葉が止まる。というのも当然だ、二人とも互いに自己紹介したことといえば名前を名乗った程度である。

 つまり一夏が箒にミシェルについて教えられることはこれで全部であり、一夏が困っているのを察したミシェルが箒に微笑みかけた。

 

「初めまして、マドモアゼル篠ノ之。入学初日から貴女のように美しい方とお近づきになれて光栄です」

 

「な、なななっ!?」

「ミシェル、お前、結婚してるのに……」

 

 微笑みかけてさらりとたらし始めるミシェルに箒が顔を真っ赤にして怯み、一夏もシャルロットが言っていた事を思い出して呆然とする。しかし一夏の言葉を聞いたミシェルはきょとんとした顔を見せていた。

 

「? これくらい(女の子を褒めるなんて)普通だろう?」

 

「「えー……」」

 

 フランス人ってすげー。一夏と箒は唖然としながら心の中で異口同音にそう思うのだった。

 そんな辺りで最初の休み時間が終わり、続けて二時間目を終えてその休み時間に時間が過ぎる。

 

「ミシェルさん」

 

「ああ、セシリア。どうしたんだ?」

 

「いえ。シャルロットさんから先程の休み時間にミシェルさんが男子の一人とお話すると伺っていたので、その方に私をご紹介願おうかと」

 

「成程」

 

 世界に三人しかいない男性IS操縦者との繋がりを得るのは、その国の将来を背負って立つ国家代表の候補生たる彼女達にとっては一つの武器となる。そして何も知らない相手と友好的な関係を作るなら、その相手を知っている自分の知り合いに仲介に立ってもらうのは基本中の基本である。いうなればミシェルが他の男子に挨拶に行ったのを利用して自分もその相手と友好的な関係を作ろうという作戦だ。

 ミシェルのコミュ力ならまさかいきなり険悪な関係からスタートするはずもないだろう、なるなら相手の人格の方に問題があるに違いないと信用している様子のセシリアにミシェルも苦笑。「いきなり何人も挨拶に行ったら相手も緊張しちゃうかもだし、私は後でいいよ」と断ったシャルロットを置いてセシリアを伴い一夏の方に歩いて行った。

 

「一夏」

 

「おう、ミシェル。どうした?」

 

「友人を紹介しようと思って」

 

 ミシェルに声をかけられた一夏はニッと笑って答え、ミシェルはそう促してセシリアを示すようにジェスチャー。それに合わせてセシリアもぺこりとお辞儀を行った。

 

「初めまして、ミスター織斑。母国イギリスでは代表候補生をしています、セシリア・オルコットと申します。ミシェルさんとは友人の恋人()ということで仲良くさせていただいております」

 

「ご丁寧にどうも。織斑一夏だ、よろしくな……ところで悪い。俺ISに関して疎くてさ、代表候補生ってなんなんだ?」

 

「あら? そのくらいは知っておりませんと。では僭越ながらお教えいたしますわね?」

 

 友人というのは言うまでもなくシャルロットの事だ。そして本来ミシェルとの関係は国が決めた婚約者なのだが、そこを説明していたらまた話がややこしくなりそうだからと省略して丁寧に挨拶するセシリアに対して一夏もぺこりと会釈で返す。さらに一夏がセシリアが説明した己の身分の意味をよく分かっていないのか申し訳なさそうに苦笑しながら尋ねると、セシリアもうふふと笑って説明を開始する。

 上手い具合に話題が出来たようで二人の顔合わせは問題なく完了、後は次の休み時間か、あるいは放課後辺りにでもシャルロットの顔合わせもさせておこうかなとミシェルは段取りを考えていた時だった

 

「ちょっと何するの!? やめてよ!!」

 

 突然響くシャルロットの悲鳴。思わずミシェル、セシリア、一夏がそっちを向くと、シャルロットが成志に絡まれている光景が映っていた。いや、成志はやけにシャルロットの左手、それも薬指に注意を向けている。

 

「俺は全て分かってるんだぞシャルロット! お前はデュノア社の人形になって辛い日々を送ってるんだろ? あんなモブと無理矢理結婚までさせられてなぁ、俺がお前を解放してやる!」

 

「何訳分かんないこと言ってんのさ!? ミシェルさんとお義母様、あとお義父様を侮辱するなら許さないよ!」

 

 シャルロットから結婚指輪を奪おうとしているようにしか見えない成志と、彼の言葉に憤るシャルロット。そのあまりの状況に誰もが固まっていたが、ミシェルは大股に二人に近づくと成志の手を押さえてシャルロットを庇うように彼の前に立ちはだかった。

 

「そこまでだ」

 

「ミシェルさん!」

 

「テメエ、何しやがんだモブの間男が! シャルロットから離れやがれ!」

 

「……それはこっちのセリフだ。シャルに近寄るな、無礼者」

 

 いきなり現れたミシェルにシャルロットが頭からハートマークを出して喜び、対照的に成志が怒りに満ちた顔でミシェルを睨みつけるとミシェルも睨み返す。だがその時、次の授業が始まる合図のチャイムが鳴り始めた。

 

「チッ、ここは見逃してやるよモブ野郎。だが覚えとけ、俺はお前の秘密を握ってんだからな!」

 

 そう言い捨てて自分の席に戻る成志。ミシェルも彼の言葉の一部が気になりつつも席に戻っていった。

 

 

 

「それでは、この時間は実戦で使用する各種装備の特性について説明する」

 

 授業開始のチャイムが鳴ると同時に教壇に千冬が立つ。余程重要な事なのだろう。真耶もノート片手に真剣な様子を見せていた。

 

「ああ、その前に再来週行われるクラス対抗戦に出る代表者を決めなければならないな」

 

 だがふと思い出したようにそう続けた。クラス代表者、一言で言えばクラスの学級委員長のようなもの。先ほど言ったクラス対抗戦への出場の他、会議や委員会への出席などの雑務を行うと千冬は説明した。

 

「自薦他薦は問わん。立候補、推薦はないか?」

 

「はいっ! 織斑くんを推薦します!」

 

「えっ!?」

 

 千冬がそう促すと同時にクラスの女子の一人が一夏を推薦する。

 

「じゃあ私はデュノア君を推薦します!」

 

 さらに別の女子はミシェルを推薦してくる。

 

「やっぱうちのクラスには男子がいるもんね!」

 

「それも千冬様の弟とあのデュノア社の御曹司!」

 

「これは持ち上げない手はない!」

 

 そしてその他の女子達も一斉に大盛り上がりし始めた。

 

「ふむ……ならば候補は織斑とデュノアの両名という事でいいな?」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれよ千冬姉ぇ! 俺達の意見は!?」

 

「俺は別に構いませんが……ああ、補佐にシャルをつけてくれれば」

 

「ミシェルさんの補佐なら喜んで!」

 

 あっさりと一夏とミシェルを候補として決定する千冬に一夏が悲鳴交じりに抗議を入れるがミシェルは別に構わないと乗り気、だが条件としてクラス代表補佐という役職でも作ってシャルロットをつけるよう要求、それを聞いたシャルロットが嬉しそうにミシェルの意見に同意した。

 

「ふむ、まあいいだろう。では他にいないか? いないようなら――」

 

「ちょっと待ったぁっ!!!」

 

 千冬が最終採決に向かおうとしたその瞬間、教室内に声が響く。その声の主、それはこのクラスにいる最後の男子――須藤成志。

 

「皆考え直せ! こいつは、ミシェル・デュノアはとんでもない悪党なんだ!」

 

「はぁ?」

 

 成志はミシェルをビシッと指さしながらそんな事を主張。もちろん悪党など呼ばれる筋合いのないミシェルは濡れ衣を着せられたとでもいうような鋭い目で成志を睨んでいる。それに対し成志はあくどい嘲るような笑みを見せた。

 

「はっ。俺は知ってるんだぜ、ミシェル・デュノア! お前は自分が男性IS操縦者だっていうのを良いことにシャルロット・デュノアやセシリア・オルコットを婚約者として侍らせてるんだってな!!」

 

 その言葉に教室内が鎮まり、僅かにざわつきだす。成志が「ざまあみろ、お前の本性暴いてやったぞ」とでも言いたげな自慢気な顔をミシェルに向け、教室内が困惑に包まれる中で欧州出身なのだろうヨーロッパ系の顔立ちの女子達が「あー聞いたことあるわ」的な表情で頷く。そしてミシェルは呆れ顔を浮かべていた。

 

「……」

 

「ほれ見ろ、何も言えねえじゃねぇか!」

 

 呆れ顔をなんと受け取ったのか成志が勝ち誇る。だがミシェルは馬鹿らしくて何も言えないという表情を見せており、セシリアが耐えきれないという様子で手を上げた。

 

「あー。それに関して説明、よろしいでしょうか?」

 

「オルコット、発言を許可する」

 

 千冬から発言の許可を得てセシリアが立ち上がり、左手薬指に着けている婚約指輪を見せながら口を開いた。

 

「先ほど須藤さんが言った通り。ミシェルさんとシャルロットさんは既に婚姻しておりますが、私も彼の婚約者となっております。欧州連合加盟国出身の方ならば多少なり話には聞いていると思いますが。ミシェルさんは欧州連合から正式に、欧州連合加盟国の国民限定での一夫多妻制を特例として認められております。IS学園に在籍していない、もしくはこのクラス以外の生徒にもミシェルさんの婚約者がいらっしゃる可能性もございますわ」

 

 セシリアの説明を受け、女子達がふんふんと納得したように頷く。つまりミシェルが自分の立場を利用してハーレムを強要しているというわけではなさそうだと判断しているようだった。そしてセシリアは腕組みをしながら成志を睨みつける。

 

「それで、貴方の言う『とんでもない悪党』というのはどういう意味ですか?」

 

「そ、それは……!」

 

「どうせこれを勘違いしたような下らない事なのでしょう。言ってごらんなさい」

 

「う、うるさい! とにかく俺はこいつが信用ならないって言ってるんだ! 女を侍らせるなんて碌な奴じゃないに決まってんだからな!」

 

 セシリアの問いに答えられず、成志は逆ギレ気味に怒鳴り返した後にセシリアを指さした。

 

「だ、大体お前だって男の事は情けないだのなんだの思ってただろうが! それがこんなの納得できてるわけがねえ!」

 

「どこで知ったのか知りませんが……たしかに大多数の男の事は女に媚びる情けない存在だと思っています……ですが、ミシェルさんは例外です。彼のような紳士の婚約者となれたことを光栄に思っておりますわ」

 

「うぐ……」

 

 成志の言いがかりにも近い指摘にセシリアは毅然と言い返す。その大胆な告白に女子達が「おぉ~」と声を上げていた。

 

「それにミシェルさんは確かに多くの女性を婚約者という立場にしておりますが、決して彼女たちを自分の物にしようとはせず、常に一人一人を大切に扱っていると私は思います。もしそのような方が悪党であるはずがありません」

 

「う、うるせえ! 騙されんなよ皆! きっとシャルロットやセシリアだけじゃ飽き足らず、他の女だってモノにするつもりに決まってるんだ!」

 

 セシリアの言葉に押されつつも反撃する成志。だが周りの女子は冷たい目で成志を見ており、彼の形勢不利は明らかだ。

 

「大体お前もお前だミシェル・デュノア! 男ならもっとシャキッとしろ! 言い返すのも女任せなんて恥ずかしくねえのか!」

 

「……」

 

 成志は標的を変えてミシェルを指さしながらそう叫ぶ。すると今まで黙っていたミシェルが成志を睨んで口を開く。

 

「なら聞くけど、お前は一体なんなんだ? シャルは俺の大事な愛する人だ。それにあんな暴挙を振るった挙句こうまで喚き散らすなんて、失礼だとは思わないのか?」

 

「何!? それはお前がシャルロットやセシリアを騙して――」

「騙してなんかいない。シャルは俺がISを動かせると分かる前からの恋人だし、セシリアも自分の意志で俺の婚約者に立候補してくれた」

 

 成志の言いがかりにこちらも毅然と言い返すミシェル。シャルロットは「当たり前だよ。ミシェルさんが男性IS操縦者にならなくても将来は結婚してたもん」と断言、セシリアも「私もミシェルさんの婚約者になった事に後悔はありませんわ」と援護した。

 

「そもそも、俺が誰を恋人にしようがお前には関係ないだろ」

 

「う、うるせえ! だいたいお前ら全員おかしいんだよ! 普通は男が女を侍らせてるなんて状況が有り得ねえだろ! だから俺はおかしいって言ってんだ!」

 

「そこら辺の文句は欧州連合に言ってくれ。正直その辺は俺達も被害者サイドだ」

 

 ミシェルとしても一夫多妻制を押し付けられて欧州連合加盟国からひっきりなしに婚約者候補として見合い写真を押し付けられている立場。そういう意味では被害者だと言えるだろう。

 

「もっとも、一度婚約した以上は可能な限り愛すると決めているがな」

 

 そう言ってぱちりとセシリアにウインクするとセシリアも嬉しそうな微笑で答え、次に隣に立つシャルの肩を抱くとちゅっとチークキス、シャルロットが嬉しそうに頬を綻ばせる。クラス中が「おぉー」と小さな歓声を重ね、成志が顔を真っ赤にしてぐぬぬと唸り声をあげた。ミシェルが再び成志を睨みつける。

 

「とにかく、これ以上俺の嫁であるシャルロット、そしてセシリアを始めとする俺の愛する婚約者の事を悪く言うようなら俺としても黙っているわけにはいかない」

 

「……っ! モブの癖に偉そうな事言いやがって!!!」

 

 その言葉に成志の顔が真っ赤に染まりあがり、怒鳴りつけながらミシェルを指さした。

 

「決闘だ!! 俺が勝ったらおとなしくシャルロットとセシリアを解放しろ!」

 

「そんなもの受ける理由もないが……いいだろう。乗ってやる」

 

 ミシェルからしたら言いがかり甚だしい決闘。だがここまで自分はともかくシャルロットとセシリアを悪く言われて我慢ならないのか決闘を受諾。二人の間に火花が走った。

 

「……千冬姉ぇ、これって俺蚊帳の外じゃねえの?」

 

「まあ、いいだろ」

 

「あ、織斑先生。クラス代表の件忘れられてそうですし、流石に初心者三人だとぐだぐだになりそうですから私立候補しておきますわ」

 

「よし。こいつらが不甲斐なかったら頼んだぞオルコット」

 

 そんな二人をよそに、クラス代表の件では関係者のはずの一夏がすっかり蚊帳の外になっているのを千冬に愚痴ったり、セシリアが経験者も一人はいた方がいいでしょうと立候補を行うなどがあってその場は進んでいくのであった。



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IF~もしもミシェル・デュノアが三人目の男性IS操縦者だったら~:後編

【注意】
これは二話連続投稿の後編です。
もしも前編を読んでいないまま間違えてここに飛んできた方は前編への移動をよろしくお願いいたします。


 ミシェルと成志の決闘及びクラス代表を決めるための模擬戦――通称「一年一組クラス代表決定戦」の開催が決定してから一週間後の月曜日、クラス代表決定戦の日まで時間が過ぎる。

 その間一夏は箒と一緒に剣道の鍛錬に励んだり、ミシェルもシャルロットやセシリアと一緒に訓練をしたり、成志がミシェルの訓練を「凡人は無駄な努力しなきゃいけないからご苦労なこった」と煽ったり、シャルロットとセシリアは成志に言い寄られたりしていたが改めて特筆すべきものもなかったので省略しよう。

 そしてクラス代表決定戦の会場であるアリーナは、世界に現在三人しか確認されていない男性IS操縦者の内二人が戦うという事が話題になったのか全校生徒でごった返し。席は満席、立ち見の生徒までいる程だった。

 

 そしてそんな中に現れる二人の男性IS操縦者の姿に生徒達が沸き立つ。

 片方のピットから現れたのは全身をゴテゴテの金色の鎧を思わせる装甲で包み、それで落ちる機動力をカバーするためかやはり金色にペイントされた大型の翼型推進器ウイングスラスターが四機もくっついている。両肩には明らかに砲撃用だろう巨大なキャノン砲を抱えており、さらにリアアーマーにも見るからに砲身らしいものがくっついている。しかしそれらの武装も全て金色にペイントされており、見た目だけでド派手というか、例えるなら時代遅れの成金趣味という印象。それが須藤成志の専用機『ゴールデン・キング』である。

 

 そしてもう片方のピットから現れたのは軽装な漆黒の鎧姿という印象の装甲の背部にまるでマントを思わせるような形をした多方向推進装置(マルチ・スラスター)を装備。さらに腰部左右にはまるで彼に従う飛竜(ワイバーン)のようなデザインをしたミサイルポッドが浮遊している。そして左肩部には六連装ミサイルポッド、右肩部には大型ビームランチャーと中型レールガンを並列させたような形をしたまるでドラゴンを模したようなデザインの大型キャノンを装備。これがミシェル・デュノアの専用機『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅢ:ラピッド・ドラグーン』だ。

 

「ふん、貧相だな。俺のISとはえらい違いじゃないか」

 

「そんな重武装でまともに動けるのか? 必要なものを必要な時に適宜、それが俺達流さ」

 

 成志がラピッド・ドラグーンを舐めまわすように見て煽る。たしかにゴールデン・キングと比べればラピッド・ドラグーンは無駄な武装がないといえば聞こえはいいが地味な印象は隠せない。というかゴールデン・キングの方が無駄にド派手なだけとも言え、そこを突いたミシェルの煽り返しを受けた成志が額に青筋を立てた。

 

 ──BATTLE START!!!

 

 そして互いの目の前に試合開始を意味するウインドウが表示され、同じ意味を示すブザーが響く。 

 

「一撃で終わらせてやらぁ!!! 来い、ゴールデン・ブレード!!!」

 

 成志が叫び、右手に出現させるのはやはり金ぴかの剣。それを両手で抱えて振り上げ、「おらあああぁぁぁぁっ!!!」と雄叫びを上げると四つのスラスターが点火し、その出力によって一気に最高速まで持っていく。

 

「速い!」

 

 それを見た一夏が思わず声を上げていた。

 

「遅すぎるよ。少なくともミシェルさんにとってはね」

 

 だがそれに対しシャルロットは平然とそう答える。その時、成志は自分の目の前からミシェルが消えたような錯覚を感じた。

 

ズドオオォォォンッ!!!

 

 そして成志はまるで制御を失ったかのように墜落。アリーナの地面に大穴を開け、辺りに地響きと土煙を巻き散らした。

 

「なんだ? 乗りこなせてないのか? ま、手加減するつもりも油断するつもりもないがな」

 

 それを見下ろしながらミシェルが両腰部に備えられているミサイルポッドに目を向けると、それらのミサイルポッドのハッチがオープン。同時に左肩部の六連装ミサイルポッドも蓋が開いて射撃準備が整う。土煙に隠れてロックオンは出来ないが関係はない。その土煙ごと全て吹き飛ばせばいいのだから。

 

「蹂躙しろ。ラッシュ・オン・ワイバーン、ファング・オブ・ワイバーン」

 

 二つ一対の三十六連装マイクロミサイルポッド《ラッシュ・オブ・ワイバーン》と六連装ミサイルポッド《ファング・オブ・ワイバーン》、二つのミサイルポッドから放たれた全ミサイルが先ほど成志の巻き上げた土煙の中に飛んでいき、逃げ場のない爆風が一気に土煙を吹き飛ばして新たな爆炎を巻き上げていた。

 だがミシェルは油断せずに見下ろしながら、二つのミサイルポッドにリロードを命じる。拡張領域(パススロット)内に量子化されている各ミサイルがミサイルポッド内に展開されてリロードが完了するまで多少時間はかかるから、今の内にやっておいた方がいいという判断だ。

 

「えげつねえ……」

 

「高速機動&遠距離砲撃型パッケージ《ラピッド・ドラグーン》。ミシェルさんのは専用機としてさらに先鋭的にカスタマイズされてるけどね」

 

 一夏が唖然としているとシャルロットが説明を開始する。

 シャルロットの専用機もミシェルと同じくラファール・リヴァイヴを元にしたカスタム機であり、防御用パッケージ《ガーデン・カーテン》の使用を前提としたカスタムがされている。それと同じくミシェルも高速機動と遠距離砲撃に特化した後方砲撃型パッケージ《ラピッド・ドラグーン》の使用を前提としたカスタマイズをさらに先鋭化。

 シャルロットが前衛・中衛に出てミシェルを護衛しつつ彼女の特技である高速切替(ラピッド・スイッチ)を使った変幻自在の戦い方で敵をけん制・足止めし、その隙をついてミシェルが後方から砲撃するという。ミシェルとシャルロットの二人一組のコンビネーションを前提としてよりスペックを先鋭化させているらしい。

 例えばシャルロットは後方での砲撃はミシェルに任せて自分は前衛・中衛により特化させるために砲撃系の武装は全て外して前衛・中衛用の武装を充実させる方に回しているし、ミシェルは近距離攻撃用の武器は予備の槍とショートソードを一本ずつに減らし、中距離武装も多少数を減らしてその分の容量を遠距離用・砲撃用の弾薬に使用、さらに危ない攻撃はシャルロットが防いでくれると信じて装甲を必要最小限にまでカット、防御力を犠牲に機動力に全振りしているらしい。それが彼のラピッド・ドラグーンがやけに軽装な理由だそうだ。

 そしてシャルロットが説明を締めると同時、土煙の中からゴールデン・キングが飛び出してくる。

 

「うがあああぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 土煙から飛び出した成志は奇跡的にミシェルに突進し、剣をむやみやたらに振り回す。しかしミシェルは高速の後退で剣の間合いから脱出。サブマシンガンを両手に展開して牽制射撃を行いながら素早く距離を取り続けていた。しかも成志の方はゴールデン・キングのとんでもない急加速に振り回されており、ラピッド・ドラグーンが得意とする距離を取り続けるのは容易な事だった。

 

「逃げんじゃねえ臆病者がぁっ!!」

 

「自分に得意な距離を保つのは当然だろ」

 

 加速の方角さえ合えば距離はあっという間に詰められるがそれならミシェルの方がまるで猛牛を相手にする闘牛士のごとく成志の突進を受け流せばいいだけ。そのままカウンターのアサルトカノン《ガルム》による爆破(バースト)弾が撃ち込まれ、先ほどミサイルの全弾発射を受けていたダメージもあったのかついにゴールデン・キングの胸部装甲が破壊される。

 

「クソがあああぁぁぁぁっ!!!」

 

 成志が怒号を上げて両肩のキャノン砲、ゴールデン・キャノンをミシェルに向ける。自動的に照準が合わされ、ロックオンが完了する。

 

「逃げ回る雑魚なんてこの一撃で情けなく落ちやがれぇっ!!!」

 

 成志の怒号と共にキャノン砲に砲撃命令が下され、大型キャノンが火を噴いて弾丸を放つ。

 

「んえ?」

 

 直後観客席の一夏はとんでもないものを目にする。大型キャノンが火を噴いた瞬間、ゴールデン・キングがひっくり返ったように大きく後ろ向きに回転したのだ。

 

 回避しようとしていたミシェルも思わず動きを止めてしまったがキャノン砲から放たれた砲弾もあらぬ方向に飛んでいき、アリーナのシールドに激突して勢いを失い落下。そのシールドの向こうにいた生徒に「きゃあっ!?」と悲鳴を上げさせるだけで終わった。もちろんミシェルには掠りもしない。

 その珍妙な光景に観客席に座って大人しく観戦している一夏が唖然とした顔を見せていた。

 

「な、なんだ、今の……?」

 

「……まさか、砲撃の反動制御が出来ていないのでは?」

 

 一夏の呟きにセシリアが答える。一夏が「どういう事だ?」と問うとセシリアが説明を開始した。

 ISの射撃管制システムには射撃・砲撃の際に自動的にPICの一部出力を使って射撃・砲撃の際に生じる反動を相殺する事で精密な射撃・砲撃を行えるようにするシステムがある。

 しかしそれも万能ではなく、あくまで浮遊・加速などの移動に支障をきたさない最低限の出力を使っているだけ。その出力で自動的に反動を相殺できないのなら後は操縦者自身がマニュアル操作でPICを反動の制御に回す必要があるのだと。

 だが先ほどの成志の動きはその反動制御が計算できていないどころか、反動制御の計算を全くしていないようにも見えた。要するに砲撃の際に起きる反動に対して全く対応していないのだ。

 

「例えるならえーと……弓を射る時に、矢を放すのと同時に弓を持つ手も放しているようなものだ」

 

「まともに飛ばないだろそんなもん……」

 

 箒が辛うじて一般人の一夏にも伝わるだろう噛み砕いた例えを教え、それを聞いた一夏が呆れ顔になる。だが要するに成志がやっているのはそういう事。実際彼はむやみやたらに大型キャノンを連射しているが、その度に機体がひっくり返っては見当違いの方に砲弾が飛んでいる。機動力が武器だというラピッド・ドラグーンが一切動いていないのに当たる気配がしない程だった。

 

「クソクソクソォッ! ちょこまか逃げ回るしか能のない雑魚が!!」

 

 成志がまたも怒号を上げるも、そもそも逃げ回るも何も動かずに呆れているだけ。成志が腰の砲塔を展開してミサイルを放ってくるが、ミシェルもそれをラッシュ・オン・ワイバーンからマイクロミサイルを放って相殺しつつ、右肩部のキャノン砲を成志に向ける。

 

「――穿て、《ロアー・オブ・ファヴニール》」

 

 ドゴォンとまるでドラゴンが吠えたかのような轟音が響いたかと思うと中型レールガンから弾丸が発射、反動でずっこけそうになっていたせいでからくも回避した成志だが、ただでさえ反動の制御も出来ずにふらついていたところに加わった弾丸の衝撃波によって、彼の身体が大きく揺さぶられて機体が制御できなくなり、彼は「うおおおおぉぉぉぉっ!?」と悲鳴を上げながら墜落する。

 そして成志は起き上がると、彼が起き上がるまで待っていた様子のミシェルを見上げて睨みつける。

 

「俺に恥かかせやがってクソがぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 情けなく墜落した成志は、その鬱憤を晴らすように地面に足をつけたままキャノン砲を乱射。しかし地面に足をつけているおかげで反動の制御が多少は出来るようになったのか狙いは多少マシになっており、ミシェルも回避行動を取っていた。

 そして不規則且つ高速の回避移動をしながらミシェルはレールガンを成志に向け、その弾丸を連射している。

 

「は、速い……」

 

「高速移動をしながらの砲撃。これがミシェルさんの得意戦法にしてラピッド・ドラグーンの基本戦法だよ」

 

 要するに「相手の攻撃が届かない距離を徹底的に取るか相手に的を絞らせないように高速移動しながら砲撃を行う」のがラピッド・ドラグーンの基本戦法だとシャルロットが説明。

 だがさらにミシェルは自分がIS適性を持つと知ってからこのラピッド・ドラグーンを選び、訓練を重ねたのだと言う。

 

「ISはPICを利用して浮遊や加速を行い、同時に砲撃の反動制御にもPICを利用しております。たった数ヶ月でこの二つをここまで両立させるのは並大抵の努力ではないでしょう……」

 

 セシリアも語る。ISの高速移動や姿勢制御は、スラスターによる加速や補助もあるが根本的にはPIC由来。そして砲撃の反動制御にもPICを利用している。つまりISの移動にPICを割きすぎれば反動の制御が出来ずに砲撃の反動で姿勢が崩れて加速の制御も出来なくなる。かといって反動の制御にPICを割きすぎれば移動に支障が出て格好の的になってしまう。

 ミシェルは自分がISを動かせると知ってからの数ヶ月の特訓でこの二つを高レベルに両立させる程に至ったのだと。

 

「もちろんミシェルさんはデュノア社の御曹司。訓練用の機体や訓練環境には事欠きませんから、織斑さんや須藤さんと比べればアドバンテージがあるでしょうが……」

 

「でも須藤君だって入学数日で専用機を貰ったっていうのにあれは酷くない……?」

 

 セシリアが一夏や一応成志のフォローを行うも、シャルロットは呆れ顔。何せ立場的には「一夏がISを動かしたと知られてからISを動かせるのが分かった」という同じ条件。もちろんセシリアの言う通りミシェルには訓練には困らないというアドバンテージがあるとはいえ、そもそもまともに動かせてもいないという状態。

 シャルロットからしたら「よくもまあこんなお粗末な実力でミシェルさんに喧嘩売ったものだよ」と呆れ果てても仕方がないほどだ。

 

「さあ、そろそろ終わりにしよう」

 

 ラピッド・ドラグーンの右肩部キャノンの大型ビームランチャーに光が灯っていき、さらにミサイルのハッチがフルオープン。

 

「これは万物焼き尽くす我が魂の咆哮! 吼え立てよ、我が憤怒(ラ・グロントメント・デュ・ヘイン)!!」

 

 放たれるミサイルの雨が成志目掛けて降り注ぎ、周囲を爆炎で包み込む。だがこれらはただの牽制に過ぎない。

 その本命たる、大型ビームランチャー《ブレス・オブ・ファヴニール》から放たれた、一直線に集中したまるで槍のような鋭いビームが成志を串刺しにせんばかりの勢いで直撃。

 

 ──須藤成志、エネルギーエンプティ。勝者、ミシェル・デュノア

 

 そしてこの決闘の決着がつき、ミシェルの勝利を示すアナウンスが響くのであった。

 それから成志は「逃げ回ってたらたまたま勝てただけの臆病者が!」的な捨て台詞を残してアリーナを逃げるように去っていき、次は一夏とセシリアの試合だという時にミシェルが手を挙げる。

 

「すまない。俺はあいつを懲らしめたかっただけだから棄権するかもしれない……まあ、万が一にも一夏が勝ち進むような事があるならせっかくだし戦ってみるが……」

 

 ミシェルはそう言ってちらりとセシリアを見る。

 

「万に一つも、そんなことは起きないよな?」

 

 パチンとウインク一つサービスしてそう言うミシェルに、セシリアが「お任せくださいな」と答える。

 それから始まった一夏とセシリアの試合は、元々一夏の専用機が接近戦に特化していて中距離射撃型のセシリアとの相性が悪いのに加えて、セシリアも「ミシェルさんに情けないところは見せられない」とでも思ったのか慢心することなく確実に一夏を攻撃。まるで詰将棋のように気づけば一夏は詰まされており、一年一組クラス代表にはセシリアが就任することになったのだった。

 

 

 それからまた数日後、一組がまた騒がしくなる。

 

「久しぶりだな、ミシェル。ドイツ代表候補生にしてミシェルの未来の嫁で婚約者。ラウラ・ボーデヴィッヒ。長期任務を終え、IS学園に登校した」

 

 銀髪ロングの髪形をしていて左目に眼帯をつけた小柄な少女――ラウラ・ボーデヴィッヒ。彼女はミシェルを前にしてキリッとした顔でそう言った後、ビシッと敬礼を決めた。

 

「現時刻をもって、ミシェル・デュノア護衛任務及び……その、ミ、ミシェルとの交際任務をス、スタート、する……」

 

「ああ。よろしくな、ラウラ」

 

「う、うむ……末永く、よろしく頼む……」

 

 しかし内容を口にした途端もじもじとし始め、ミシェルが緊張をほぐそうと笑顔で答えるとラウラもこくこくと頷く。そしてしばらく後コホンコホンと咳払いを行った。

 

「そ、それよりもだ。織斑一夏とは誰だ?」

 

「俺の事だけど?」

 

 ラウラの言葉に一夏が答えると、ラウラは「お前か」と言って一夏に向き直るとぺこりと頭を下げた。

 

「初めまして。私はラウラ・ボーデヴィッヒ。ドイツの代表候補生にしてドイツ軍特殊部隊黒ウサギ隊(シュヴァルツェ・ハーゼ)の隊長を務めている」

 

「は、はぁ、そりゃどうも初めまして……でもなんでそんな人が俺に?」

 

「なに。織斑教官……お前の姉には昔世話になったからな。そこでお前の話も聞いている、ぜひ一度挨拶をしたいと思っていた。それだけの話だ」

 

 ラウラはストレートに「一夏の姉、千冬に昔お世話になったからその家族である一夏にも挨拶したかっただけ」と説明。だが彼女の言葉は終わらない。

 

「それに、織斑教官に世話になったお礼代わりだ。ミシェルの安全が保証される状態で、ミシェルを守る手が足りている場合のみ。個人的にお前の護衛を務めさせてもらいたい」

 

「ご、護衛ってそんな、女の子にそんな事させるわけ……」

 

「そこまで深く気にするな。どうせミシェルの安全が保証され、なおかつお前が私の目の届く範囲にいる場合の話だ。私の護衛最優先順位はミシェル。そこは勘違いしないでもらいたい」

 

「は、はぁ……ありがとうございます……?」

 

 ラウラは千冬からの恩を返すために個人的に一夏の護衛も請け負うと宣言。一夏は曖昧な表情でお礼を返していた。

 

(シャルロットとセシリアだけじゃなく、ラウラまで……あの間男一体どんなチート使いやがったんだ……)

 

 それを遠く離れた席で見ながら、成志はミシェルを恨みがましい目で睨みつけているのだった。




《後書き》
 もう面倒くさいので(ぶっちゃけた)「一年一組の男子からは主人公補正が剥奪される」という設定は今回無しでお願いします。

 さて。なんとなく思いついたけど書けなくてお蔵入りしてて、けどあるきっかけでまた書き始めた「ミシェル・デュノアが男性IS操縦者だったら」。好評なら現在設定編纂中の「インフィニット・フェイト:IF~新説アーキタイプ・ブレイカー~(仮題)」で、現状では後方でのバックアップ専門になる予定だったミシェルも、ラピッド・ドラグーンを駆り前線に出る事になると思います。その場合の設定はまあなんとか整合性つけさせます……。
 そしてこれを再び書き始めたきっかけがきっかけだったので、ミシェルは「ミシェル・デュノアという男性IS操縦者を欧州連合加盟国内で共有する」みたいな感じの理由でハーレム体制になりました。セシリアがミシェルを狙ってると勘違いしただけでヤンデレし始めてたシャルロットの事は忘れてください。(目逸らし)

 なお設定上ですが、今回出てきた原作キャラの内、シャルロット、セシリア、ラウラが現状ヒロイン確定。あとは現実の欧州連合加盟国を調べた感じ、ギリシャ代表候補生のベルベットとオランダ代表候補生のロランがヒロイン入りする可能性がある感じです。二人ともおとなしくハーレム入りするタマかなぁと思いますけども……ラウラに関してはシャルロットとセシリアが上手い具合に丸め込んだという裏設定があるけど、二人絶対そんな手通じないし……。

 そしてミシェルの専用機「ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅢ:ラピッド・ドラグーン」。
 この話ではそれがデフォルトという設定になった「ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ:ガーデン・カーテン」が防御力重視の近・中距離戦型なので、攻撃力というか砲撃力を重視した遠距離型という設定。シャルロットが前衛、ミシェルが後衛のコンビが前提の機体になっているというイメージです。
 基本的にはアサルトカノンやマシンガン、ミサイルといった実弾武装による燃える炎のような猛攻が主体、一気に敵を薙ぎ払い焼き尽くす……というイメージです。なお言うまでもありませんがイメージはジャンヌ・オルタです。(そもそもミシェルの外見イメージ自体がジャンヌ・オルタの男体化)
 最初は剣や旗槍を振るって戦う近接戦特化なイメージで考えてたけど、それだと某作者様のとこの猪娘ジャンヌ・デュノアとコンセプトダダ被りになりそうなので……。

 最後に。ある意味これを書くきっかけになった「ミシェルとシャルロット、セシリア、ラウラハーレムR18小説(仮題)」短編に関してですが。一応書けましたので推敲の後、12月24日午前0時にクリスマス記念小説的なノリで投稿する予定ですのでよろしくお願いいたします。

 では今回はこの辺で。ご指摘ご意見ご感想はお気軽にどうぞ。それでは。


PS)
 ちなみにちょっとした興味本位で「ミシェルが一夏とセシリアの顔合わせをさせた」という辺りからAIのべりすとでAIに続きを書かせてみたんですが。
「シャルロットと一夏の顔合わせの段取りを考えながら休み時間を過ごしていたミシェルの元に押しかけてきた」という形で、ミシェルの婚約者イタリア枠のイタリア代表候補生エリザベッタというオリキャラが登場しました。(笑)
 彼女を指す描写から「小柄で強気ですぐ吠える」系をイメージ、さらに名前からして「あ、これエリちゃんだ」となったのでそういうキャラ付け且つツンデレ枠になりました。こっちに登場するかは不明です。(笑)
 いや正直鈴とキャラが被る(やや狙ってはいるけど)から……。

 ……もし読者から希望があれば彼女が出てきたルートも書いてみようかな?って事で、アンケート取ってみますのでご回答はお気軽に。


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特別編:「織斑一夏からヒロインを奪おうとする転生オリ主の話」との自作コラボ
転生者同士の激突


 IS学園の剣道場。剣道の胴着を着た男女の生徒達が見守る中、その中心では少年と少女が胴着と防具を身に着けて竹刀を手に向かい合っていた。

 そしてその間に同じく胴着姿で両手に紅白の旗を持った箒が立つ。

 

「それでは……始めっ!!」

 

「はぁっ!!」

 

 箒からの開始の声が響くと同時、ダンッと床を蹴って少年が踏み込む。踏み込みと同時に振り上げた竹刀は無駄のない動きで相手の少女の面目掛けて振り下ろされるも、少女はそれを竹刀で受け止めて鍔迫り合いに持っていく──

 

「ちぇいっ!」

 

 と思ったのも束の間。少女は力強く声を上げて竹刀を力で押し返すと上段の構えを取った。

 

「きえええぇぇぇぇっ!!」

 

「づっ!!」

 

 気合い一閃で放たれた上段からの振り下ろしを少年は咄嗟というように受け止めるも、ぐっと押し込まれるような重圧に竹刀を弾かせるようにして横に回避。

 ステップを踏むように後ろに下がって場外に出ないように気をつけながら竹刀を正眼に構え直し、彼の目の前の小柄な少女も彼と相対して正眼に竹刀を構えた。

 

「相変わらず怪力だな……」

 

「鍛えてるからな」

 

 少年のぼやきに少女が答え、少年は「きっと面の下ではドヤ顔してんだろうなぁ」とか考えながら苦笑を漏らす。

 

「「しゃぁっ!!」」

 

 再び二人が床を蹴る。バシィンと音を立てて竹刀がぶつかり合い、鍔迫り合いに持っていく。少年は先ほどのように上段からの面打ちに持ち込まれないよう、距離を取れないように踏み込み、少女も上段に持っていこうとすればその隙を突かれると判断したか鍔迫り合いに付き合いながら、相手の剣筋から己の身体をずらそうと、また剣筋をずれないようにしようとグルグルと回転する。

 

「やめ!」

 

 硬直状態になりそうと判断したか箒が声を上げ、二人は竹刀を外すと最初の位置に戻る。

 そして再び箒が「始め!」と声を上げるが二人は動かない。いや、少女の方は上段の構えを取り、一夏もそれに付き合おうというようにぐっと身体に力を込めた。

 

「めえええぇぇぇぇっ!!!」

 

 少女が叫び、突進、竹刀を面に目掛けて振り下ろす。言葉にすればたったそれだけ。しかしその太刀筋は小柄な少女の身体からは思いもよらない圧や力強さ、そして速度があった。

 

「てええぇぇぇぃっ!!」

 

 対して少年も踏み込んで、前に出てきた少女の籠手目掛けて竹刀を振るい、かわしきれなかった竹刀を面で受ける。互いに交差して離れるように踏み込んで振り返り相手に竹刀を向けて残身を取る。

 

「──籠手あり!」

 

 箒が片方の旗を上げて籠手ありを宣言、即ち籠手を狙った少年の方が刹那だが早く籠手を打ったと判断した事になる。

 その一本だけで終わりにするのか二人は中央に戻ると蹲踞を取って竹刀を収め、場外へと出る。そこでようやく観客である胴着を着た生徒達から「お~」という小さな歓声と控えめな拍手が始まった。

 

「ふむ、流石だな」

 

 男子剣道部の部長をやっている三年生男子──真黒(まくろ)(すぐる)が二人の試合を見て静かに二人の試合を評価する。

 

「たまにはと男女交流戦のつもりでやらせてみたが。これがどうだ、手に汗を握る熱戦だったな。見事だ、織斑」

 

「押忍」

 

 卓の言葉を受けて、面を外した黒髪の少年──織斑一夏が汗を流した顔を見せながら答え、今自分が相対していた女子を見て「でも」と答えた。

 

「これぐらいは当然ですよ。俺とあいつはライバルなんですから」

 

 そう言って一夏は、面を外して、面の中に収納していた長い黒髪をばさりと垂らした少女に笑いかける。

 

「な、真琴」

 

「おう、当然だろうが。今回はオレが一本取られたが、今度は負けねえぞ」

 

「そりゃこっちの台詞だ」

 

「うむ。一夏は籠手を打ったが直後面を打たれている。一夏は真琴の腕を斬った直後に頭を斬られたようなものだ。腕を斬られた、頭を斬られた。これが真剣ならばどっちが死んでいるかなど言うまでもない」

 

「たはは、手厳しいな……」

 

 面を外してニッと歯を見せる笑みを浮かべた少女──真琴と一夏の話に箒が割り込む。即ち剣道としては一夏が勝ったが、実戦を考えた剣術でいえば腕を斬られようと頭を確実に捉えた真琴の勝利だと、箒は己の見解を示していた。そんな無茶な物言いに一夏は苦笑を漏らすが、その後にはうんと頷いた。

 

「んじゃ今回は引き分けだな」

 

「箒がいうならそうしてやるよ。今度決着つけようぜ、我がライバル織斑一夏」

 

 一夏と箒は籠手を外した右手でビシッとサムズアップを互いに向ける。

 

「ハハハハハ! こんなチビと引き分けるとか情けねえなぁ!!」

 

「アン?」

 

 すると剣道場の入り口からそんな笑い声と、台詞の流れ的に一夏を小馬鹿にするような声が聞こえ、真琴達は剣道場の入口へと目を向けた。

 

「なんだ、須藤か。剣道部の見学にでも来たのか?」

 

「ハッ、俺様はそんなに暇じゃねえんだよ。それにしてもこんなチビの見るからに雑魚相手じゃないと勝てないとか情けねえ──」

 

 その相手──須藤成志を見た一夏の質問に成志はそう答えて真琴を見て、一瞬黙り込む。

 

「──誰だお前?」

 

 そしてそんな呆けた声が口から洩れた。

 

「何言ってんだよ須藤。クラスメイトの浅山(あさやま)真琴(まこと)じゃねえか」

 

「えっ?」

 

「まったく貴様、クラスメイトの顔と名前も覚えられないのか?」

 

「えっ?」

 

 一夏が首を傾げ、箒が呆れたようにため息を漏らす。それに対し成志はいつものように逆ギレするどころか困惑しか出来ずに一夏、箒、そして真琴なる少女を交互に見るしか出来ない。

 なんか心なしか一夏と箒の目からハイライトが消えているような気がしたがきっと気のせいだろう。

 

「い、いや待てよ、こんな奴今までいなかっただろ?」

 

「何を言っている? 入学した時から同じクラスにいたではないか?」

 

「そうそう。大体いつも俺達と一緒にいたからお前も見た事あるはずだぜ?」

 

「そ、そうだったか!?」

 

そういう事でお願いします。

 

「いや、そんなこたぁどうだっていい! 大体、さっきのお前の勝ちだって疑わしいもんだ!」

 

「どういう意味だ?」

 

 さっきまでの困惑をどうでもいいと切り捨て、成志は気を取り直したように一夏を指差す。その言葉に今度は一夏が困惑気味に問うた。

 

「箒がお前に味方してわざとお前に有利な判断をしたって事だよ! つまりお前はこいつの贔屓がなきゃチビ女にも勝てない雑魚って事だ!」

 

「なんだそりゃ」

 

 無茶苦茶過ぎる言いがかりだった。自分の審判としての公平な判断にケチつけられた箒もまさか過ぎる言いがかりに「えぇ……」と怒りを通り越したドン引いた顔を成志に向けている。

 

「いや、そりゃありえねーだろ」

 

 そして成志の言葉を否定したのは一応当事者である真琴だった。

 

「箒は剣の腕と見る目に関してだけは確かだ。その箒が依怙贔屓なんかでオレと一夏の勝負を邪魔するなんてありえねー」

 

 真琴は幼い頃からの箒の剣の道への真摯さや腕前、そして培った目を知っているからこそ、剣道、そして自分と一夏の勝負を贔屓なんてもので邪魔するなんてありえないと断言。

 それを聞いた箒も嬉しそうにうんうんと頷いた後しかし何か引っかかったのか「だけとはどういう意味だ真琴?」と問うていた。なお真琴はスルーである。

 

「て、テメエ負けた癖に! この俺が味方してやったんだぞ!?」

 

「知った事か。箒は引き分けだと言ってくれたが、剣道としては今回はオレの負けだ、だったら努力して次は勝つ。それだけだ」

 

「ああ、それが俺達だからな。今回は俺が勝った、なら勝って兜の緒を締めよ、慢心せずに努力して次も勝つ」

 

 負けたなら次こそ勝てるように努力して次は勝つ。勝ったなら負けた相手が次こそ勝とうと努力してくるのを知っているからこそ、こっちも負けないよう努力して次も勝つ。

 それを繰り返して互いに成長し続けるのを目指す。それが織斑一夏と浅山真琴のライバルとしての関係である。もちろん真琴はその中に「一夏を超えて箒やセシリアと言ったヒロインズとのハーレムを作る」という下心が若干混じっているのは今更言うまでもない。

 

「負けたら、次は勝つ、だと……? ハッ、所詮は甘ちゃんの台詞だな」

 

 しかしその台詞を成志は鼻で笑う。

 

「いいか? 戦いってのは一発勝負、敗者に言い訳なんて許されねえんだ。お前みたいな甘ちゃんには分からないだろうがな、俺達専用機持ちは絶対天敵(イマージュ・オリジス)との戦いで常に生死の境を戦っているんだ! そこにお前みたいな甘ちゃんの戯言なんざ持ち込まれたら迷惑なんだよ!! 織斑! テメエみたいな奴がいるからこんな雑魚につけあがらせてんだぞ分かってんのか!?

 

「そんな台詞、自力で絶対天敵の一体でも倒してから言ってほしいものなんだが……」

 

 成志は自分は専用機持ちとして実戦を戦っているんだとマウントを取り、さらに一夏にも暴言を吐く。その後ろで箒が呆れ気味にぼやいた。

 

「ハッ、そりゃ面白ェじゃねえか」

 

 すると今度は真琴が成志の発言を鼻で笑った。

 

「いいぜ、絶対天敵と戦うセンパイ様。そこまで言うんなら腕で白黒はっきりつけようじゃねえか……ちょうど一週間後に第三アリーナを取ってんだ。そこで決闘といこうぜ……いいよな、一夏?」

 

「ああ。話は俺が通しといてやる」

 

「話が早くて助かるぜ」

 

 真琴と一夏は互いに通じ合っているかのように頷き、箒も「ライバルならばこの程度通じ合うのも当然」といわんばかりに後方分かっています面で腕組みしうんうんと頷いていた。

 

「専用機も持たねえ雑魚が俺とだと? そんな俺様の勝利が決まった無駄な事、する必要もねえが。いいだろう、せいぜいあがいてみせな」

 

 そう言い捨てて成志は剣道場を出て行く。それを眺めながら真琴が目を細めた。

 

「ったく。前々からマジでうぜえ奴だな、一夏もあんなのに絡まれてご苦労なこった」

 

「ははは……」

 

「まあいいか。それより練習始めましょう、部長」

 

 真琴はさっきまでの事がなかったかのようにさらっと練習に入ろうと部長や他の剣道部員に促し、卓が「うむ」と頷いて練習開始を宣言。男女剣道部合同練習が何事もなかったかのようにスタートするのだった。

 

 

 

 

 

 そして一週間後、第三アリーナ。決闘もとい建前的には「専用機持ちの技術力向上のための模擬戦」を行う事になっているここにはその模擬戦を行う事になっている真琴やその時その場にいた一夏と箒はもちろん、セシリアや鈴といった専用機持ちも全員集合していた。

 

「ったく、アイツ。よりにもよって真琴にまで喧嘩売るなんてね……」

 

「見境がないというかなんというか……」

 

「一応訂正しとくと、喧嘩売ったのはオレの方な?」

 

 鈴とセシリアが呆れた顔でぼやくがどこか勘違いがあるらしく、そこは真琴が訂正する。

 

「でも、それにしたって真琴は専用機を持ってないんだよ? それなのにハンデも何も無しなんてスペックとかその辺で大きな差が……出るかなぁ……?」

 

「スペック差は間違いなく出るが……操縦技術を考えればトントンになるかもしれん……正直、アイツから専用機を奪って真琴に使わせた方が戦力になると思ったのは一度や二度じゃない」

 

「いや、あんな金ぴかは趣味に合わねえから嫌だ」

 

 シャルロットはいくらなんでも専用機を持たない一般生徒相手にハンデ無しの決闘なんて大人気ないと怒るも、その後に彼の技術を思い出したのか言い淀み、ラウラもため息交じりに吐き捨てる。

 

「ま、こうご期待ってな。んじゃオレは準備に行くから。簪、本音、ちょっとついて来てくれないか?」

 

「うん、分かった」

「まかせて~まこっち~」

 

 真琴は何故かくすくすと悪戯っぽく笑ってる簪といつも通りののほほん笑顔の本音を伴ってピット・ゲートへと歩いていく。ちなみに成志は「お前らと馴れ合う気はない」と言って、「せいぜい俺の引き立て役になれよモブ」とだけ真琴に吐き捨ててピット・ゲートに向かっていた。

 

「全然気負いとかそういうものがありませんね……」

「何か作戦でも立ててんのかしら?」

 

「いや、多分真っ向勝負って思ってるだろうぜ」

 

 ヴィシュヌと乱がきょとんとしながら呟くと、一夏が腕組みしながら真琴を見送る。

 

「真っ向勝負って……いくら操縦技術で差があっても」

「いくらなんでも無茶じゃあ……」

 

「心配はいらないさ。あいつは俺のライバルだ。そのくらいひっくり返してみせる」

 

 ファニールとオニールが真っ向勝負という言葉に怪訝な目を向けるが、一夏はうんと頷いて返すのみ。その姿には真琴への揺るぎない信頼が見えていた。

 

「信頼されているね、彼女は」

 

「ああ。私だって信頼している。あいつ如きに負けるはずがないとな」

 

 ロランが笑いながら箒にからかうように言葉を投げると、箒も腕を組んで不敵に笑う。

 どこか一夏と、真琴の理解者ポジションを取り合ってるようにも見える姿にロランは苦笑を漏らした。

 

「ほらほら皆、今回の主役が登場よ」

 

 がやがやと話す一夏達の後ろで席についている楯無がくすくす笑いをしながら促す。それと同時に金ぴかの全身装甲が目立つ専用機──ゴールデン・キングを纏った成志がピット・ゲートから飛び出し、それから僅かにタイミングを置いて真琴が普段使っている機体──打鉄を纏ってピット・ゲートから飛び出した。

 

「……違う?」

 

 一夏が呟く。違う、あれは普段真琴が使っている打鉄ではない。と言ってもこの学園のもう一つの訓練機──ラファール・リヴァイヴというわけでもない。見た目は打鉄だが、まるでカスタマイズされているようだ。それも訓練機を生徒に合わせてすぐ戻せる程度にカスタマイズしたのではない、それはまるで彼女専用となるように改造されているかのようだ。

 

「そう。あれは打鉄を改造した──()()()()()()

 

「簪! どういう事なんだ!?」

 

 そこに一夏の言葉を肯定するように簪が口を挟み、一夏が慌てたように問うと共に他のメンバーの視線も簪に注がれる。

 

「えへへ~。この前私が専用機を持ったってお話したでしょ~?」

 

 それに簪より先に答えたのは本音だった。曰く「本音が専用機持ちになったのと同時に、真琴もIS学園代表候補生として専用機持ちに選ばれた。しかし機体の調整や武装の準備などもあって本音と同時に紹介するには間に合わず、本来は今日の一夏との模擬戦でサプライズをする予定だったが結果的に成志が初戦の相手となって、一夏達は観客としてサプライズさせられる立場になった」というわけである。

 

「マジかぁ……そうと知ってたら意地でも譲らなかったんだけどなぁ……」

 

 一夏が残念そうに苦笑する。新たな力を得たライバルの最初の戦いの相手は自分がよかったという思いが見え、隣の箒がふふっと微笑んだ。

 一夏本人もまあこうなったら仕方ないかとか今度模擬戦するのを楽しみにしてようとか折り合いをつけ、アリーナを飛翔する真琴の専用機を改めて眺める。

 簪曰く打鉄を改造したという専用機。だが打鉄の後継機にして発展型とされている簪の専用機──打鉄弐式と比べればシルエットから違う。腕部装甲はもはや肌を素で出しているような格好の弐式と比べてむしろ武骨に肥大化。解説している簪によれば「アームに出力を回すパワータイプだから」との事らしい。

 対して打鉄なら実体シールド、弐式ならスラスターやブースターを装備している肩部ユニットは排除、代わりに加速・姿勢制御用のスラスターは背部に二基取り付けられていた。

 スカートアーマーは既存の打鉄とそんなに変わらないように見えるが、よく見ると腰部に何かを装填しているように見える武装がある事に気づく。

 

「打鉄の改造にしちゃ実体シールドというか肩部ユニットがないってのは大胆な改造だな……」

 

「代わりにエネルギーシールド発生装置を搭載してるの。実体シールドは武器を振り回すのに邪魔だからって」

 

「スラスターを背部に直接つけてるのもそのためか……」

 

 ここまで詳しいのは整備を手伝ったからだろう。一夏の疑問に簪が答えながら解説。他のメンバーもふむふむと頷いていた。

 

「ハッ。専用機に見せかけてるみたいだが所詮は打鉄だろうが。そんなもんで俺様に勝てると思ってんのか? 土下座して俺の足を舐めるってんなら許してやらなくもないんだぞ?」

 

「くだらねえ御託なんざノーサンキュー、戦場で語るのは剣のみだ。オーケー?」

 

 成志は所詮打鉄の改造品だと見下して真琴を煽るが、その真琴は不敵な笑みを浮かべて答えるのみ。成志はチッと舌打ちを叩いた。

 

「この俺様の慈悲が分からねえとは所詮知恵も足らない雑魚だな。今ここでボコボコにして、織斑は贔屓がねえとお前にも勝てない雑魚だってあいつらに教えてやる。来い、ゴールデン・ブレード!」

 

「かかってこいよ」

 

 成志が金色に光る剣──ゴールデン・ブレードを展開しながら真琴を嘲笑い、対して真琴も右手に巨大な剣、いや、上下の両方に片方だけでも通常の近接ブレードと同じかそれより長いのではないかと思わせる両刃のブレードを取り付けた所謂ダブルセイバーを握り、左手の人差し指で「かかってこい」と挑発する。その挑発に成志は苛立ったようにギリッと歯を噛みしめた。 

 

──BATTLE START!!!

 

 そして互いの目の前に試合開始を意味するウインドウが表示され、同じ意味を示すブザーが響く。

 

「オラくたばれ雑魚がぁ!!!」

 

 四つのスラスターが一斉に点火、一気に吹き上がって加速しながら成志はゴールデン・ブレードを上段に構えて突進する。

 

「ワンパターンだな」

 

 しかしそれは入学した日の一夏との模擬戦でもやったただ速いだけの愚直な突進。しかもやるとしたってただの振り下ろしだけ、要は威力が高いだけの面打ちだ。そう理解している真琴はひょいと身体を横に動かしてかわしてみせ、成志は制御できないまま地面へと突進していく。

 

ズドオオォォォンッ!!!

 

 そして地面に墜落。辺りに土煙をまき散らした。

 

「……あいつ、まだあれの制御も出来んのか?」

 

「あんなの……スラスターへのエネルギー配分を調整すれば……それで終わるのに……」

 

「俺もそう言って、簪やのほほんさんに頼めば整備科の先輩も整備を手伝ってくれるって話してるんだけどさ。あいつ“自分から機体の全力を封じたりプロでもない素人に大事な専用機を任せるなんざプライドねえのかよ雑魚”って取り付く島もなくてさ……」

 

「もう放っときなさいよ……」

 

 箒と簪が呆れ顔になり、一夏が心配そうに呟くと鈴も一夏に呆れた様子を見せる。

 

「うがあああぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 土煙から飛び出した成志は奇跡的に真琴に突進し、剣をむやみやたらに振り回す。しかしその剣劇に真琴はダブルセイバーを回転させながらダイナミックに振り回してぶつけ合い対抗していた。

 

(重いな……この“打鉄(うちがね)八幡力(はちまんりき)”はアームの稼働出力にエネルギーを振ったパワータイプだってのに……)

 

 ただでさえパワーに特化しただけではなく重さと長さによる遠心力を活かした回転乱舞と一応拮抗するゴールデン・キングのパワーは普通ではない。真琴は「ふむ」とぼやいた。

 

「どうだぁ!? とっとと降参してテメエの無能を認めやがれ雑魚がぁっ!!」

 

「……んじゃ、ちょっくらギア上げてくぜ? ついてこいよ?」

 

「へ……? がぁっ!?

 

 右上から振り下ろすようにダブルセイバーを振り下ろすのを成志はゴールデン・ブレードをぶつけて防ぐ。だがその次の瞬間、真琴はダブルセイバーを防がれて弾かれた勢いを利用して今度は左下から成志の脇腹を抉るような突きを見舞っていた。その刃は全身装甲に阻まれたものの衝撃は伝わったのか成志が小さく悲鳴を上げる。

 

「まだまだ終わると思うなよ!!」

 

 抉るような突きに続けてもう片方の刃を振り上げて袈裟懸けに斬り上げる。しかもその次の瞬間ダブルセイバーが中央から分離、二本のブレードに分裂したと思うと右手に逆手で握ったブレードを勢いよく叩き付けた。

 

「二刀流!?」

 

「へぇ。ダブルセイバーに見せかけて二刀流なんてあたしの双天牙月と同じじゃない。後でちょっと話したいわね……」

 

 観客席の一夏が驚き、鈴が同種の武器使いだと分かって目をキラリと輝かせる。

 その間にも真琴の猛攻は続く。二刀流で攻め込んでいると思えば再び二本のブレードをダブルセイバーに結合させてダブルセイバーによる変則的な剣術に変化、それに相手が対応しようとしてくると再び二本のブレードに分離しての二刀流に変化。

 二刀流とダブルセイバー、変則的な剣術を重ね合わせた超変則的剣術による予測のしにくい剣術を真琴は見事に使いこなしており、成志はゴールデン・ブレード一本では防ぎきれないどころかそもそも変則的かつ高速の剣術についていけていないのか、真琴の振るう刃はゴールデン・キングの装甲に次々と直撃していった。今はまだ無傷だがこのままなら装甲が破壊されるのも時間の問題だろう。

 

「クソッタレがぁっ!!!」

 

「っ! ぐぅっ!?」

 

 苦し紛れに振るった剣がたまたま真琴の胴を捉える。だが腰も入っていないただの手打ちのようなそれだけで絶対防御が発動、真琴のエネルギーシールドが大きく削られた。

 

「ハ、ハハハどうだこれが俺様の力だ! お前如き弱者がどれだけやったって無駄なんだよ!! とっとと諦めて降参しやがれ雑魚が!!」

 

 まぐれ当たりたった一発で大きくエネルギーシールドを削った成志が途端に得意気になり、笑い出す。これが神から与えられた俺だけの力であり、この力があれば目の前の雑魚を嬲り殺しにするなんて簡単な事なんだと。

 

「……面白ェ」

 

 だが、彼の目の前にいる彼曰く雑魚──真琴の目から戦意は消えていなかった。

 

「一太刀──それに賭ける想いならオレだって負けちゃいねえ!!」

 

 叫び、真琴は再び突撃。ダブルセイバーを振り回して果敢に成志に斬りかかり、後一発でも当てれば勝てると確信している成志と剣をぶつけ合った。

 

「ダメ真琴! 距離を取って! 今度一発入っちゃったらそれだけで──」

「いや、やってやれ真琴! お前の剣はこの程度で終わるもんじゃねえ!!」

 

「しゃああぁぁぁっ!!!」

 

 簪が悲鳴を上げるもそれを遮る勢いで一夏が叫び、ライバルの思いに応えるように振り上げたダブルセイバーがゴールデン・ブレードを弾き飛ばした。

 

「っ! こ、来い! ゴールデン・ガトリング!!」

 

 武器を失った成志が両肩にガトリング砲を展開しようと、金色の粒子が肩部に走る。だがそれよりも早く、成志は振り上げたダブルセイバーを放り捨てた。

 

「いけ!」

 

「っ!?」

 

 そして彼女が叫ぶと同時に両腰部に装填されていた装備から二つのビームブーメランが射出。成志に直撃したことで集中が途切れたのか金色のガトリング砲の展開が不発に終わり、その機を逃さないとばかりに真琴は空いた両手を掲げた。

 

「来い!! ネネキリマル!!!」

 

 ズオウ、と心なしか重圧すら感じる灰色の粒子が彼女の両手から伸びる。

 ここで一つ話をしよう。ある所に祢々(ねね)と呼ばれる妖怪がいた。祢々は昼夜となく鳴き声を上げて周囲の村人を脅えさせていたがある日、ある神社に奉納されていた大太刀がひとりでに神社から飛び出して祢々を一晩中追いまわし、最後には斬り伏せて退治してみせたという。

 その刃長七尺一寸余。メートル法に換算すれば刃長216.6cm、全長324.1cmとも言われる。大太刀においてもトップクラスの大きさを誇るその大太刀の、前述の逸話より名付けられし号は「祢々切丸(ねねきりまる)」。

 

「で……」

「でけえ……」

 

 箒と一夏が絶句する。七尺一寸余、ISを普通の人間と同じ大きさだとすれば相対的にそれぐらいの長さにもなりそうな大剣を真琴は軽々と振り上げていた。

 そう。ダブルセイバーやそれが分離した二刀流を軽々と振り回すアームのパワーはただ一つ、これを振るうために必要だったに過ぎない。

 

「キエエエエェェェェェッ!!!」

 

 真琴の口から、その小さな身体のどこから出てくるのか不思議になるような声──示現流で有名な猿叫が響き渡る。

 同時にネネキリマルが振り下ろされる。遠心力を利用した振り下ろしの圧力に成志は圧され、対処方法を考える。受け止めようにもゴールデン・ブレードが弾き飛ばされ、他の武器の展開も間に合わない。回避しようにも先ほど撃ちだされたビームブーメランは無線操作でも可能にしているのか、成志の周りを旋回して回避を妨害している。

 

「ひぃっ」

 

 思わず小さく悲鳴を上げ、自分の身を縮みこませるように両腕で顔を覆うように前に向ける。

 全身装甲の機体はその装甲自体が盾にもなる超防御型。その装甲を破壊するだけでも大変な事だ。

 

「勝った……」

 

 だが一夏は、成志が防御という選択肢を取った瞬間真琴(己のライバル)の勝利を確信していた。

 

(ま、まだだ! 装甲が多少壊れようが耐えさえすれば、もう一度ゴールデン・ガトリングやゴールデン・マシンガンを展開して、こんな雑魚蜂の巣に──)

 

 成志はまだ負けていないと自分に言い聞かせるように心の中で叫びながら、真琴のネネキリマルを両腕の装甲で受け止めた──その時、両腕に軋むような感覚が生まれる。

 

「え?」

 

 バギバギバギ、と音が響く。なんの音か、剣が装甲に負けて弾かれる音、違う。剣が折れて砕ける音、違う。これは、剣が装甲を砕く音だ。

 

「そ、そんな、馬鹿なぁ!!??」

 

 成志が悲鳴を上げる。「あり得ない」、そんな言葉が頭の中を埋め尽くす。だがそんな僅かな現実逃避を行っている間に腕部装甲が砕かれ、そのままの勢いのまま止まらずにネネキリマルが腕を斬るだけではなく肩にまで到達。肩部装甲も砕いたまま振り下ろされて一気にシールドエネルギーをも断ち、絶対防御を発動させる。

 

「あ、ああああぁぁぁぁぁっ!!!

 

 悲鳴を上げるがもう遅い。一撃必殺の斬撃が絶対防御を発動させて大幅にシールドエネルギーを消費させ、

 

──須藤成志、エネルギーエンプティ。勝者、浅山真琴

 

 その一太刀にて勝敗が決することになるのだった。

 

 

 

 

 

「というわけで。今回の模擬戦の勝者は真琴ちゃんでしたー。はい皆、健闘した二人に拍手ー」

 

 試合終了後、ピット・ゲートから出てきた二人を待っていた皆(正確には楯無が成志側で待ち、一夏が真琴達を引っ張ってきて合流した)が、楯無の合図に合わせて前の方に二人並べた真琴と成志に、ぱちぱちぱちと健闘を称える拍手を送る。

 

「ふ……ふざけんなっ!!!

 

 すると突然成志が怒号を上げて隣に立っていた真琴に掴みかかった。

 

「俺が、俺が負けるわけねえんだ!! そうだ、お前チートを使いやがったな!? ふざけやがって! 今回の勝負はなしだ! いや、チートなんか使ったお前の反則負けだ!!」

 

「おいおい、何言ってんだよ?」

 

 成志が胸倉を掴み上げながら怒号を上げるのに対し、真琴は不敵な笑みで応える。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「な、んだとゴラァ偉そうな口聞きやがって!!!」

 

「真琴!!」

 

 真琴の言葉に成志が顔を真っ赤にして怒り、殴りかかる。一夏が声を上げて駆け寄るがもう遅く、ガツッという打撃音がそこに響いた。

 

「が、あっ……」

 

 そして僅かに遅れて悲鳴が上がる。それは真琴の額を強かにぶん殴った成志の口から漏れたものだった。

 

「痛いか? 悪いな、オレは石頭なもんでな、っと!」

 

「ぬあっ!?」

 

 敢えて額で受けたらしく悲鳴を漏らす成志に悪びれもせずそう言い放つと、真琴は痛みに怯んだ成志の掴みかかっていた手を払って懐に入ると腕を取りながら足を払い、バランスを崩させる。

 

「あでででででで!?」

 

 そして仰向けに倒れた成志の腕を極めた腕ひしぎ十字固めへと持ち込んだ。

 

「ふむ。なかなかいい腕だ」

 

「真琴の母親は柔術の達人らしいぞ」

 

 ラウラが感心したように頷くと箒が説明、成志は「ギブギブ!」と泣き叫びながら空いている手でバンバンと床を叩き出すのだった。

 

 

 

「クソッタレ! この俺様に恥かかせやがって! 覚えてやがれ!!」

 

「ヘッ、いつでもかかってきやがれ!」

 

 関節極めを解かれた成志も流石に周り全員に睨まれるとこれ以上の攻撃も出来ず、捨て台詞を残して去っていく。それに真琴はサムズダウンをしながら切り返したのだった。

 

「真琴さん、はしたないですわよ。それよりも叩かれたんです、お顔に傷が残ってはいけません、急いで手当てしないと……」

 

「セシリアは大袈裟だな……んな事で傷なんざ残りゃしねえって」

 

「いけません。保健室に行きますわよ」

 

 真琴の顔(正確には殴られて受けた額)に傷が残ると心配するセシリアに真琴は大袈裟だと答えるが、セシリアはそう言ってずりずりと真琴を引きずっていく。

 

「真琴、またアリーナが空いたら模擬戦しようぜ」

 

「おう、これで条件で五分だ。決着つけようぜ」

 

 引きずられる真琴と並行して歩きながら一夏と真琴は次の勝負を約束し、にっと笑い合う。

 ブレない二人(ライバルコンビ)を見ながら後ろの箒達もふふっと微笑むのだった。




《後書き》
 なんか思いついたのでやりました。正確には「なんか最初に剣術メンバーと剣劇訓練してる場面を書きたくなったけど一夏と箒だとありきたりだなーと思ってたらそうだ真琴を出すきっかけにしよう」と思いついたので書きました。
 一応真琴も一夏や箒と仲良くなってからは二人と一緒に篠ノ之道場で剣術習ってる兄弟弟子という設定ですし。
 ぶっちゃけその後に成志と言い合うのは完全にその後の蛇足というか真琴の戦闘シーンも書こうかなって思ったから考えました。
 ちなみにサブタイトルは「転生者同士の激突」となってますが、この二人真琴から成志はともかく成志は真琴の事を自分と同じ転生者だと気づいてません。真琴の方はどうだろうかと考えてるところです。(おい)

 そしてせっかくだからと作りました真琴ちゃんの専用機「打鉄・八幡力」。形的には打鉄の改造品ということになっており、真琴自身が接近戦を得意としている事や「一夏と同じ立場や条件で戦いたい」という希望によって剣による接近戦に特化。作中でも披露していた巨大なダブルセイバーやそれを分離させた二刀流、牽制用のビームブーメランを軸に、相手がかわせない隙を作りだして超巨大ブレードネネキリマルによって一撃必殺を狙うというパワータイプISに仕上がりました。その他にも今回は使用する余裕がありませんでしたが、インフィニットジャスティスガンダムのように足にビームブレードを展開する機構を備えていて、得意の蹴り攻撃に斬撃効果を付加しているという設定もあります。
 ちなみにネネキリマルを搭載した理由は「一夏には一撃必殺の零落白夜がある。ならそれに対抗するためにはオレも一撃必殺の剣を持たなければならない」と考えた事やエネルギー系の武器だと零落白夜で消滅させられて意味がないから実体剣を選んだという設定になっています。
 作中では絶対天敵と戦うためにIS学園から代表として選ばれたのにVS一夏を想定して武装を選択している辺りが真琴クオリティ。(笑)

 では今回はこの辺で。ご指摘ご意見ご感想はお気軽にどうぞ。それでは。


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特別編
クラス代表決定戦


 新入生がIS学園に入学してから一週間が過ぎた月曜日。一年一組の新入生である織斑壱花、セシリア・オルコット、須藤成志は第三アリーナの待機場とでも言おう場所で横並びに整列していた。

 これから行われるのはこの三人による一年一組のクラス代表の決定戦。この三人で総当たり戦を行い、その対戦結果によって代表が決定する。

 そのため三人ともISスーツに着替えているのだが、ただでさえ肌にピッタリと張りつくようになっていて身体のラインを見せるデザインのため日本人からすれば充分以上にバストやヒップが膨らんでおり、対してウェストはしっかり締まったナイスバディの女子二人を成志は横目で見ながら鼻息を荒くしているのだが、本人としてはばれないようにチラ見しているつもりのそれは女子からすればガン見も同然。しかし鬱陶しいだけで実害はないしいちいち指摘して突っかかられたらそっちの方が面倒くさいため、二人とも彼にばれないようにため息を漏らして無視する事にしていた。

 

「全員揃っているな?」

 

「「はい!」」

「……あ、はい」

 

 待機場に入ってきた千冬の言葉に壱花とセシリアが凛とした声で答え、二人の身体に夢中になっていた成志もその声で気づいたように一拍遅れて答える。

 

「ではこれよりクラス代表決定戦を行う。その前に、織斑、オルコットの須藤に対するハンデを確認する」

 

「「はい!」」

 

 クラス代表を試合で決定するとはいえ、流石に数ヶ月前にISを動かしたばかりの初心者と中学生の頃からISを動かして今では専用機を持ち、国の将来を背負うと期待されている代表候補生が同じ条件で戦うのはおかしいだろうという真っ当な意見がクラス内から出て、代表候補生二名もそれを当然と受け入れて、成志との対戦の時のみハンデが決められていた。

 なお成志自身は「ハンデなんていらない」みたいな感じの原作での一夏と同じ台詞を言っていたが、当の対戦相手である壱花やセシリアが「そんなわけにはいかない」と、まるで「ハンデなしで戦ったら瞬殺しちゃう」とでも言いたげに本気で成志を心配しており、成志が内心苛立って本当はハンデなんていらなかったくらいに完勝して恥をかかせてやるとかいう無謀な事を考えていたのは別の話である。

 

「まず共通のハンデとして、織斑とオルコットはISのシールドエネルギーを半減。加えて試合開始から三分間、武装の展開及び須藤への攻撃行動を禁止する。これを破った場合、ペナルティとしてこのハンデの適用時間を一回につき一分追加、三回行えば強制敗北とする。いいな?」

 

「「はい!」」

 

 シールドエネルギーの半減に試合開始から三分、ボクシングなら1Rが終わるまでの時間武装の展開と攻撃禁止のハンデ。シールドエネルギーが半分ともなればその三分間で削り倒される可能性だって充分ありえる話だ。

 

「続けてオルコットへの固有ハンデだが、武装用のエネルギーを半減、加えてBT兵器の内ビットの使用数を二基までに限定する」

 

「了解しました」

 

 ブルー・ティアーズ。イギリスが開発した第三世代専用機で、彼女が使う機体『ブルー・ティアーズ』はBT兵器ブルー・ティアーズの実戦投入第一機、早い話が試験機である。その一番の武器である兵装の使用制限は大きなハンデとなるはずだが、セシリアは臆する様子もなくそれを、さらに射撃武器はエネルギー兵器しか搭載していないこの機体にとっては実質弾薬の使用が半分にまで制限されるハンデと共に了承していた。

 それを聞いて満足そうに頷いた千冬は続けて壱花の方を見る。

 

「続けて織斑、お前の固有ハンデだが。これは単純だ……零落白夜の使用を禁ずる。もし使用した場合は強制敗北だ。反射的に発動しないように心しておけ」

 

「はい!」

 

 零落白夜。壱花の機体に発現した単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)で、その能力はエネルギーの消滅。セシリアの使うエネルギー系攻撃のみならずエネルギーシールドによる防御、さらにはISに自動展開されているシールドバリアーまでも消滅させての直接攻撃によって相手ISに絶対防御を強制発動させ、大きくシールドエネルギーを削らせる超攻撃的な能力である。もっともその発動・維持には自身のシールドエネルギーを消費する諸刃の剣でもあるのだが。

 

「続いて対戦順だが、まずは織斑とオルコットで試合をしてもらう。この試合は須藤にもモニターで観戦、二人の戦法を見て自分の試合に備えるように──」

「待ってください」

 

 まずは代表候補生同士で戦い、その模様はモニターで次の対戦相手である成志に見せる。つまり代表候補生同士で戦って心身消耗状態の上で、その試合を見て手の内を知った成志と戦う事になる。実質的な新たなハンデといえるがそこに成志が口を挟んだ。

 

「なんだ、須藤? 質問なら最後にまとめて受け付ける」

 

「いえ。最初は俺に戦わせてくれませんか?」

 

「ほう?」

 

 成志の宣言に千冬が目を細め、成志は殊勝に見えるように自分の胸に手を当てた。

 

「俺だって男です。一人くらいは何の手の内も分からない状態で戦いたい」

 

「……いいだろう。では最初の対戦相手は須藤が指名しろ、一戦目はその組み合わせ。二戦目は代表候補生同士、三戦目は残る二人で。という形にしてやる」

 

 成志の言葉を千冬は了承、指名権まで成志に与えて試合順を入れ替え、成志は内心でニヤリと笑いながら壱花を見た。

 

「では織斑さん、お願いします」

 

「あ、私? うん、お互い頑張ろうね」

 

「では一戦目は織斑VS須藤、二戦目は織斑VSオルコット、三戦目は須藤VSオルコットとする。織斑と須藤はピットに向かい、試合の準備を行え」

 

「「はい!」」

 

 試合順も決まり、千冬が指示を出すと壱花と成志は待機場を出て行く。セシリアも二人の試合を見て手の内を探る気はないという意思表示のように、待機場に用意されていた椅子に腰を落ち着けた。

 

 そしてピットに向かった成志に視点を移そう。彼はピットで自分の専用機である打鉄(デュノア社からの最新装備の援助によるカスタマイズがされている)を装着してピット・ゲートの前に立っていた。

 

「へへへ。どうせオリムライチカってんなら機体は白式に決まってる。つまり武装は剣一本、そんなの遠距離から銃弾ばら撒いてりゃ何も出来ずに倒されるに決まってんだ」

 

 戦いにおいて最も有効なのは敵の攻撃が届かない位置からの一方的な攻撃。かつて戦国時代、戦場で猛威を振るった騎馬隊すらも火縄銃の前に手も足も出ず倒されたという歴史上事実がそれを証明している。

 

「まあ、三分間はあいつは抵抗できないんだ。その間はお望み通り接近戦でもしてやるよ」

 

 この世界では織斑一夏は織斑壱花という女性になっているが、その壱花はナイスバディの絶世の美少女。ISスーツを着ている姿には襲い掛からないよう我慢するのに苦労したと成志はニヤリと笑い、この試合の開始から三分間は反撃を受ける心配もなくそのナイスバディを間近で見られると煩悩を覗かせる。

 

──発進準備完了。須藤成志君、発進してください

 

 通信から指示が飛び、成志は完璧に対策を取った状態でのこちらの一方的な勝利を確信しながらピット・ゲートを飛び出したのだった。

 

 

 

 

 

 そして試合開始から二分程経過。壱花の武装展開及び反撃禁止のハンデが解かれるまであと一分を切った頃。

 

「くそ! くそくそくそっ! なんでだ!? なんで一発すら当たらないんだよ!?」

 

 やたらめったら近接ブレードを振り回すも、その全てを見切っているかのように壱花は回避。くるくるとまるで踊るように回避する姿はとても華麗で、スカートを思わせる腰部装甲もまるでスカートがひらひらと舞うような軽さを見せているかのように見えた。

 この試合を観戦しに来ている一組女子はもちろん噂を聞きつけて見に来た他のクラスの女子も、壱花の舞うように華麗な回避術に見惚れてしまっていた。

 

「マ、マシンガン展開!」

 

 叫び、左手に光の粒子が奔流。その光がなかなかまとまらずに成志がギリリと歯ぎしりして数秒経ってやっとマシンガンが左手に出現した。

 

「くらえっ!!」

 

 壱花の方に向けて引き金を引き、同時にけたたましい音が響いて銃弾が何十発と放たれる。しかしそれをも予想していたように壱花は三次元的に動き、空中をひらりと舞う蝶のような自然な動きで回避してみせた。反応が遅れて何もない所に向けて引き金を引き続けてしまい、結果としてマシンガンが弾切れを起こす。

 

「くそ、このポンコツが!」

 

 IS開発の大手メーカー(デュノア社)の最新装備をポンコツ呼ばわりして、収納する時間や手間も惜しいのか腹立たし気にマシンガンを投げ捨てる成志。

 三組だが一応コーチ役してた義理として見に来ていたシャルロットの視線が冷たくなり、それに付き合って同行したラウラが呆れきった視線を向けるも当然気づくことはない。

 

──三分経過。これより織斑さんも武装の展開、攻撃が許可されます。

 

「待ってました!」

 

 壱花の武装展開及び攻撃を許可するアナウンスが聞こえ、壱花が嬉しそうに声を上げる。

 

「クソッタレがぁっ!!」

 

 武装の展開なんてさせるものかと剣を振りかぶり突進、丸腰の壱花目掛けて斬りかかるが、その刃が振り下ろされる前に壱花の右手に爆発的な光が走る。

 まるでその光が風を生んだかのように、彼女が頭に被っている紺色の帽子を思わせる装飾と、胸に結んだリボンのような装飾、そして肩から羽織るような形で展開しているローブやマントを思わせる装飾が翻った。

 

「白兵戦、いきます!」

 

 ゴォンッと鈍い音を響かせて打鉄の近接ブレードとぶつかり合い、僅かな拮抗の後に壱花の方が上回ったか振り上げるように近接ブレードを押し返した武装。それは彼女の背丈よりも長いと思わせる杖のような武装だった。

 

「剣じゃない……だと……!?」

 

「ああ、私が剣士(セイバー)だって知ってた? まあ当然だよね。でもこれは本日初公開、せっかくだし、ハンデついでの練習がてら付き合ってもらうね。カリバーンだったらつい零落白夜使っちゃいそうで怖いし」

 

「ハンデ? 練習?……ふざけんなぁっ!!」

 

 杖という原作では見た事もない武器に成志が絶句すると、相手の武装を調べるなんて当たり前という感覚なのか壱花は特に気にする様子もなく今回使う装備は今回初めて使うものだと宣言する。しかしその内容に成志は歯ぎしりして斬りかかった。

 

「ほ、よっ!」

 

「くそっ! ぐはっ!?」

 

 しかしその剣は丸腰でさえ一太刀当てる事さえ許されなかったもの。杖という武装を展開していれば防ぐことはもちろん受け流す事すら軽く行えるのは当然、杖で剣を滑らせるように受け流しながら逆に成志にその杖の先端をぶち当てて反撃まで行っていた。

 

「はぁー! でりゃー!!」

 

 空中で縦に一回転し、杖の先端に水色の光が集中した状態で遠心力を加えて思い切り振り下ろした一撃が、銃を持つのに邪魔だし容量の無駄だからと物理シールドを破棄したせいで防御手段のない成志の頭に直撃、シールドバリアーを貫通して絶対防御を発動させるほどの衝撃を与える。

 

「がっ!? くそ! ショットガン来やがれ!」

 

 一瞬頭がくらついた成志が悪態をついて吠えると共に左手にまた光が奔流し、数秒かかって実体化。しかしその引き金を引いた時には壱花はその場におらず、弾丸を回避するため距離を取っていた。

 

「ハーッ!」

 

 ショットガンの弾丸をやり過ごしたタイミングで突進、射撃後ポンプアクションが自動で行われて次弾が装填されたショットガンが向けられるも、引き金を引かれる前に杖でショットガンをぶん殴り、叩き落とす。

 

「やっ、たーっ!」

 

「が、ぐっ!?」

 

 返す刃でもう一発打撃を加え、続けて杖の石突きを相手に向けて槍のように刺突。

 

「ここで、真っ直ぐ!」

 

「ぐはっ!?」

 

 さらにサマーソルトの要領で蹴りを入れながら宙に浮かぶと杖の石突きを成志に向ける。するとそこから水色のエネルギー弾が射出され、サマーソルトを入れられて怯んで動けなくなっていた成志に直撃した。

 しかしまだ攻撃の手は緩めない。そういうように壱花の目は鋭く彼を射抜いていた。

 

「弾けて──」

 

 懐から取り出した小型の青い宝石を思わせる物体を連続攻撃に怯んで動けない成志に投げつけつつ素早く距離を取って後退。まるでライフルを構えるように杖の石突きを相手に向けた。

 

「──シャスティフォル!」

 

 石突きから放たれた青いエネルギー弾が成志に直撃すると同時、その青い宝石型の恐らく爆弾だったのだろう物体も誘爆したように大爆発。エネルギーによる水色の爆風が成志を包み込んだ。

 

「が、は……」

 

──須藤成志、エネルギーエンプティ。勝者、織斑壱花

 

 爆風の中から成志が墜落。同時にアナウンスによる壱花の勝利が告げられる。

 結果、ハンデの時間が尽きた瞬間、壱花の猛攻による瞬殺。この試合を聞いた皆が思い描いた通りの未来が現実として示される結果になった。

 

「あ、ありゃ~……やりすぎちゃったかな?」

 

 なお成志を瞬殺した張本人はまるで高校入学のお祝いとでも言うように用意された新たな装備の練習のつもりだったが、まずこの武装の全力を見てみようと思って当然零落白夜はなしの状態で全力攻撃を繰り出したら、相手が量産機だったとはいえ思っていた以上に手早く瞬殺してしまい、苦笑いを浮かべる羽目になってしまっていたのだが。

 

「にしてもこれで試作型って……どんな化け物装備作る気なんだろ……」

 

 エネルギーを纏っての打撃やエネルギー弾を射出して狙撃を行える遠近両用の杖──シャスティフォルを弄びながら壱花は呟く。

 シャスティフォルは今回の、普段使っているカリバーン&ロード・キャメロットを主武器とする剣士(セイバー)スタイルを近接戦特化だとすれば、こちらはロード・キャメロットによる強固な防御能力を多少排する代わりに遠近両方を戦える万能形態に使う武器の試作型。

 このシャスティフォルを使った戦闘データを元にさらに性能を向上させる新たな武器も開発予定らしく、その武器の名前だけは壱花も聞き及んでいた。

 

「マルミアドワーズ……どんな武器になるんだろ」

 

 一人呟いた後まあいいやと考えを取り止めるとほとんど同時に、爆発の衝撃で気を失ったのかそれとも他の要因があったか分からないが墜落した成志の回収も終わったらしい。

 壱花は次の本番といえるセシリア戦に備えて、彼女相手では新しい装備の練習なんて言っている余裕もないので使い慣れたカリバーンとロード・キャメロットに武装を変更するため、そして休憩とエネルギー補給を行うためピット・ゲートに戻っていった。




 アルトリア・キャスターを引き当てられた記念に書いてみました。正直完全に書く気を失っていたクラス代表決定戦をまさかこんな形で書くことになろうとは……。
 なお壱花VSセシリアやセシリアVS成志を書く予定はありません。そちらの脳内で壱花とセシリアがカリバーンを振るったりブルー・ティアーズを踊らせたり、セシリアが二基のブルー・ティアーズのみで成志を蜂の巣にする光景を補完してください。(雑)

 それにしてもアルトリア・キャスター……スキルとかが強いってのはもちろんですけど、モーションやボイスもいいわこれ。師匠と同じように杖を振り回したり剣を振るったり、そしてボイスも基本的に元気いっぱい。

 現在かれきえの新たな特別編もしくは開き直って新作に一夏、壱花(流石に名前の読みが一夏と被るから改名予定)、マドカの三兄妹を主人公としてインフィニット・ストラトス原作メンバー、インフィニット・フェイトヒーローズ、アーキタイプ・ブレイカーヒロインズも可能なら混ぜ込んだハチャメチャオールスター編を構想してるとこなんですが、キャストリアの戦闘モーションを見て壱花の機体のイメージをセイバーリリィ(orアルトリア)&マシュからアルトリア・キャスターに変更しようかと悩み始めてるくらいです。それならマドカがセイバーオルタ使っても特徴の被りは最小限に抑えられるし。
 なお現状では人数が多すぎて捌き切れないので没気味なのはご了承ください。どうにか出来る手が思いつかない限り執筆に着手できません。(きっぱり)

 では今回はこの辺で。ご指摘ご意見ご感想はお気軽にどうぞ。それでは。


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ウェルカム・イン・ザ・サマー:前編

「皆さん。突然ですが次の日曜日、ご予定はいかがでしょうか?」

 

 夏の暑さが猛威を振るうある日、いつものように暇を持て余して壱花の部屋に集合して駄弁っていた壱花達いつものメンバーに突然セシリアが問いかけ、皆がきょとんとした顔を向けると、セシリアはふふっと笑って数枚のチケットを取り出した。

 

「実はオルコット家と付き合いのある会社が今月オープンさせるウォーターワールドの招待券をいただきまして。偶然にも人数分あるので、皆でどうかと思いまして」

 

 たしかにチケットは招待を受けた当人であるセシリアだけではなく、壱花、箒、鈴、シャルロット、ラウラ、簪、本音の計八人分ある。

 

「私は空いてるよ、皆はどう?」

 

「そうだな。せっかくの招待だ、受けるとしよう」

 

「あたしもいいわよ」

 

「私もオッケー」

 

「無論、私もだ」

 

 壱花が一番に頷いて皆に促すと、箒、鈴、シャルロット、ラウラも順々に参加を決める。しかしその隣に座る簪と本音は気まずそうに苦笑を漏らしていた。

 

「あ、簪さんと本音さんはご予定が?」

 

「えーと、なんていうか……」

「私達~、同じ日にそこに遊びに行くんだ~……」

 

 困ったように苦笑して話す簪と本音。曰く「たまたまそのウォーターワールドの入場前売り券が手に入ったのでクラスメイトの相川清香や谷本癒子と今度の日曜日遊びに行く事になった」ということらしく、予定が被っていた。

 

(困りましたわね。自腹を切ったチケットが二枚余ってしまいました……キサラさんでも誘いましょうか? でもそうなるとあと一枚……)

 

 実は招待で貰ったチケットは一枚だけだったのだが、一人で行ってもつまらないからと残る人数分のチケットは自腹で購入していたセシリアなのだった。

 しかしその内二枚が予想外に余ってしまい、セシリアはルームメイトを誘おうかと思い始める。

 

「ねえセシリア、二枚チケットが余ったなら貰っていいかな? 誘いたい子がいるんだけど……」

 

「え? ええ、はい。もちろん」

 

 すると壱花が挙手してそう尋ね、セシリアもそれならと頷いてチケットを譲渡する。壱花は「ありがと」と笑顔でお礼を返した後おもむろにスマホを取り出して電話をかけ始めた。

 

「あ、もしもし~? 久しぶり~。ね、次の日曜日って暇?」

 

 電話の相手ときゃっきゃっと言いたげな嬉しそうな声で話し始め、「うん、じゃあね~」と言って電話を切る。そして「オッケーだって」と何故か鈴に話し、鈴も苦笑しながら頷いていた。

 それから話題はウォーターワールドということでどんな水着を着ていこうか、いつ買いにいこうかというものにシフト。きゃいきゃいと姦しい声が部屋の中に響くのだった。

 

 それから日付は日曜日へと移り、一行はいつものメンバーに加えて簪と同行する相川と谷本を加えたメンバーである施設の入り口に集合していた。

 

「ヨーロッパの本格リゾートを思わせる、ゆったりとした空間が魅力的!」

「水温は体温に近い温度に保たれ、一年を通じて楽しめる。全天候型屋内ウォーターレジャーランド!」

「来たわよぉ! わくわくざぶーん!」

 

 そして興奮が押さえきれないのか、パンフレットを読みながら相川と谷本と鈴が「イエーイ!」とテンション高く声を上げていた。

 

「壱花さーん!」

 

 壱花に声をかけながら、たたたっと駆け寄ってくるのは赤髪を伸ばしてバンダナを巻いている少女。その姿を見た壱花もにこっと笑みを向けた。

 

「蘭ちゃん、久しぶり!」

 

 声をかけ、イエーイとハイタッチを行う。その後ろから二人分の荷物を抱えた、蘭と呼ばれた少女と同じ赤髪とバンダナ姿の少年が二人分の荷物を担いでひいひい言いながら追いついてきた。

 

「ら、蘭、俺お前の分の、荷物まで、持ってやってんだから、ちょっと加減を……ふおおおおお!?

 

 少年は蘭に追いついてぜえぜえ息を切らしながら文句を言うが、顔を上げて壱花初め女性陣を見ると奇声を上げた。

 

「あ、皆紹介するわ。こいつは五反田弾とその妹の五反田蘭。弾はあたしの中学時代の同級生なのよ」

 

「あら? 鈴さんって中学校は男女共学のところでしたの?」

 

 奇声を上げている少年──弾を横に鈴が弾と蘭を紹介、それにセシリアが首を傾げた。IS学園に入る者は遅くても中学の頃から事前学習を受けられる学校──当然女子校だ──に通っている。そうでないとIS学園に入ってからの授業や訓練についていけないからだ。鈴も中国代表候補生となるほどの実力の持ち主なのだからそうなのだろうと思っていた彼女に鈴は苦笑を漏らした。

 

「あーほら、あたしって小五から中二まで日本暮らしじゃない? それに、あたし中国人だし……」

 

「あ……」

 

 苦笑して頬をかく鈴を見たセシリアが事情を察したように沈黙し、僅かにうつむく。

 ISについて学ぶ専門教育機関であるIS学園は日本だけだが、そこに入る前に事前学習を行える学校は世界中にある。それらは普通の学校と同じように国や家庭などの事情の区別なく受け入れるはずなのだが、他国の人間に対しては厳しい部分があるのが実情。中国人である鈴もその例に漏れず、日本のその手の学校には入学できなかったのだろう。

 

「辛い事を思い出させてしまって、申し訳ありませんわ……」

 

「あーいいっていいって。別に気にしてる事じゃないし。ま、それは置いといてっと」

 

 しゅんとなるセシリアに鈴はけらけらと笑いながら返し、それは置いといてと締めて、未だに初めて見るIS学園の美少女軍団に目を奪われている弾を見て、セシリアにさっと手を向けた。

 

「弾、このセシリア様がチケットを融通してくれたおかげであんたは今ここにいられるのよ。伏して崇めなさい」

 

「は、ははーっ!」

 

 鈴のニヤニヤ笑いでの言葉を聞いた弾が荷物を横に置いてセシリア向けて伏して崇め始め、いきなり崇められたセシリア初め、それをやらせた鈴と慣れてるように苦笑する蘭と壱花以外の女性陣がポカンとすると弾はがばりと立ち上がった。

 

「って何やらせんだよ鈴!? 見ろ、お前と蘭と壱花さん以外引いてんじゃねーか!」

 

「じょーだんよじょーだん。あんたって相変わらずノリいいわねー」

 

「ったく。ノッてやったんだから後で何か奢れよな」

 

 弾がノリツッコミを行うのに対してけらけらと快活に笑う鈴と、呆れたようなため息交じりに悪態をつく弾。

 男に向けて理不尽な命令をする女とそれに逆らえない男。この女尊男卑の世の中では珍しくない光景だが、この二人の間にはそんな女が上、男が下という歪んだ上下関係などない。対等な友人同士の無邪気なじゃれ合いという雰囲気が漂っていた。

 そして即興のショートコントも終わり、鈴と壱花が弾と蘭とIS学園組をお互いに紹介し合いながら、彼女らはわくわくざぶーんへと入っていった。

 

 それから待ち合わせ場所をなんとなく決めてから更衣室に男女別で入る。そして弾は赤色のシンプルなトランクスタイプの水着にさっさと着替えて待ち合わせ場所で座っていた。

 

「弾くーん、お待たせー」

 

「あ、はい……ふおおおおっ!!!

 

 壱花の呼び声に反応して彼女らのいる方を向いた弾が再び奇声を上げる。彼の目に映るのは国際色豊かな美少女集団。

 最初に目に入るのは見慣れた妹の蘭、赤色のシンプルなワンピースタイプの水着を着ているが、壱花にここに誘われて水着を買いに行った時はビキニを着たいと主張していたのを兄として止めてこっちを買わせたのを彼は思い出していた。

 そして彼女の手を引くように手を繋いで歩いて、こっちに控えめに手を振っている壱花はまるでバニラアイスのような純白の布地をブルースカイのように明るい水色のリボンで飾っているビキニ姿。しかも蘭と比べれば雲泥の差という言葉すら生ぬるいほどに膨らんだ胸部と、それに相反するようにシュッと引き締まったウエスト、そしてこちらも膨らんだヒップやむっちりとした肉付けのされている太ももが惜しげもなく晒されている。

 さらにその他にも国際色豊かな美少女が彼の視界に移ってしかも近づいてきている。

 

「……ありがとうございます」

 

 気づけば弾は座ったまま頭を下げ、平伏のポーズを取っていた。

 

「?」

 

「あー、馬鹿兄がすみません」

 

 きょとんとする壱花に蘭が呆れたようなため息と共に謝罪の言葉を漏らして彼女から手を離し、平伏状態の弾に近づくと足を振り上げてその頭を思い切り踏んづけた。

 

「ふぎゃ!?」

 

「恥ずかしい真似やめてよねおにい!」

 

 ぐりぐりと踏みつける蘭とじたばたする弾。何が起きているのだろうと頭の上でハテナマークを踊らせながら首を傾げる壱花に、鈴が「気にしなくていいわよ」とどこか呆れたような声色で声をかけた。

 ちなみにそんな鈴はスポーティな雰囲気を漂わせる、オレンジ色を基調にしたビキニを着用している。

 

「いっちー、はやく遊びにいこ~」

 

 黄色のキツネの顔を模したブラと同色のパンツ、総じてキツネ風ビキニとでもいうような水着を着用して小柄な体格やほわほわした雰囲気からは想像出来ないナイスバディを晒す本音がひらひらと手を振って促す。その隣では彼女の内向的な性格からすれば大胆な水色のビキニを着た簪が恥ずかしそうに、羽織った黒色の着物風水着用上着でビキニを隠そうとしていた。

 

「蘭と弾はあたしが見とくから、壱花達は遊びに行きなさいよ。後で追いつくから」

 

「あ、うん。ありがとね、鈴ちゃん」

 

「慣れてるからね」

 

 にししと笑って子守を引き受ける鈴に壱花もぺこりと頭を下げる。その二人の視線の先には踏みつけが終わった後説教に入った蘭と、さっきの平伏とは違う土下座をしながら妹の怒りを鎮めようとする弾の姿があった。

 

 それから壱花は簪、本音、箒と共に四人乗りの丸太を思わせるボートに乗っていた。流れるプールを使った川下りのアトラクションで、左右にはジャングルを思わせる木々や安全や衛生のことを考えれば流石に音声だけだろうが鳥や獣の鳴き声がそこらから聞こえてくる本格派だった。

 

「木々の匂いも本物のように感じる。なかなか本格的だな……」

 

 先頭でオールを漕ぐ箒が呟く。なお基本的には流れるプールなので勝手に順路に沿って流れるのみ、オールで漕ぐのは上手く流れに乗れなかった時の微調整やバランスを取るためだ。

 ちなみに箒は露出の多い白ビキニを着用、縁に黒いラインの入ったセクシーなそれは意外と内弁慶なところがある箒は普段なら絶対に着ないようなものだが壱花に「絶対似合うよ!」とごり押しされて買わされたという経緯があったりする。なお簪のビキニも似たような経緯だ。

 

 そんな感じで流れに沿って進んでいると、突然ピーという音が聞こえてくる。ここから波が出るゾーンに入ってボートが揺れるから気をつけるようにというサインである。実際に波が出始めてボートが揺れ始める。最初は小刻みに揺れる程度だが進んでいくごとに波が強くなっていき、やがて揺れが大きくなっていく。

 

「む、激しくなってきたな……」

 

 箒もオールを巧みに動かしてバランスを取るも激しくなってきた揺れに翻弄され始める。

 

「わ、わ……っ」

 

 前から三番目──ちなみに前から箒、本音、簪、壱花になっている──でオールを漕ぐ簪もボートのバランスが取れずに慌て始めた。思い切り傾いたように感じたボートに対して反射的に身体を傾けてボートが倒れないようバランスを取ろうとする。

 

「わ、きゃっ!?」

 

 しかし直後には反対方向にボートが揺れる。そちらに身体を傾けていた簪は完全にバランスを崩してボートから投げ出されてしまった。

 

「簪っ!」

 

「壱花っ!?」

「かんちゃんっ!?」

 

 それを見た壱花が咄嗟にオールを投げ捨ててプールに飛び込み、それで後ろの異常に気付いた箒と本音の悲鳴が重なった。

 

「「ぷあっ!」」

 

 しかし少し置いて壱花と簪がまるで抱き合うような格好で水面から顔を出す。どうやら溺れるという最悪の事態は回避できたらしい。

 

「よかったぁ~」

 

「壱花、簪、こっちまで泳げるか? 近づいたらオールを伸ばすから掴まれ」

 

「あ、うん」

 

 一安心したというように微笑んだ箒が流れに乗りながら指示を出す。少々離れていてそのままではオールが届かず、壱花は簪と共にそっちに泳ごうとする。

 その時またもピーという音が聞こえ、ドドドドドという音が聞こえてきた。

 

「「「「……」」」」

 

 全員の頭に「ヤな予感」という言葉が浮かび、音の方を見る。するとアトラクションのクライマックスのためかボートを大きく揺らす大波が彼女らに襲い掛かってきていた。

 

「「きゃー!!!」」

 

「壱花ー!!!」

「かんちゃーん!!!」

 

 直後、波に揺られていた壱花と簪はなすすべなく大波に攫われ、箒と本音の悲鳴が再び重なるのだった。

 

 

 

 

 

「「すみません! すみません! すみません! ご迷惑をおかけしてすみません!!」」

 

「い、いえいえ。そちらこそ何事もなくてよかったです」

 

 アトラクションの出口、どうにか救助された──というか波に吹っ飛ばされたらしくプールサイドで倒れていた──壱花と簪は救助に入ってくれたスタッフに向けてぺこぺこと頭を下げて平謝り。あまりに必死に謝ってくる二人にスタッフも苦笑を漏らしながら彼女らをなだめていた。

 それから二人をなだめ終えて、万が一客がプールに落ちた時の安全確保のために、ボートに乗る時はライフジャケットの着用を行う事をルールにするという、今後事故の再発が起きないようにするという結論が出てから二人は解放された。

 

「ごめんね、壱花。私がボートから落ちちゃったせいで……」

 

「ううん、気にしてないよ。それより皆と合流しよう、フードコートにいるらしいから」

 

 謝る簪に気にしていないと笑って返し、フードコートで皆と合流して昼食にしようと手を差し出す壱花。簪も嬉しそうに微笑んでその手を取り、二人は手を繋いでフードコートへと向かった。

 

「あ、来た来た。壱花ー! こっちよー!」

 

「鈴ちゃーん」

 

 まだ十一時を過ぎたくらいで昼食には少々早いが、昼頃になるとフードコートは混雑するだろうからと敢えて早めに昼食を取る計画にしていた彼女らは、大人数だから仕方ないがフードコートにある多人数用テーブルを丸々占拠してそこに注文したのだろう食事の数々を広げていた。

 そこに壱花達がやってきた事に気づいた鈴が手を振って二人を呼び、壱花も手を振って返すとそのテーブルに移動。壱花は空いていた箒の隣の席に、簪は本音の隣の席に着席した。

 

「弾との約束もあるし、とりあえずここはあたしがまとめてお金出しといたわ。弾と蘭以外からは後で割り勘で請求するからよろしくね」

 

 わくわくざぶーんに入る前に弾が人前でセシリアを伏して崇めるノリツッコミコントをやった件での口約束を律儀に守る鈴に、壱花達のみならずその約束を取り付けた弾さえも苦笑。しかし後でちゃんと割り勘で請求すると言っている辺りはちゃっかりしていた。

 

 それから壱花達は昼食としてフードコートで売っていた焼きそばやらポテトやらカレーやらお好み焼きやら麻婆豆腐やらをシェア可能なものはシェアしてつつきながらこれからどうしようかと話に花を咲かせ始める。

 

「ね、やる事決まってないならさ。これに参加してみない?」

 

 そこにそう切り出すのは鈴だった。曰くフードコートでご飯買ってたらチラシを貰ったらしく、そのチラシをテーブルの上に置く。それを箒が覗き込んだ。

 

「わくわくざぶーん水上障害物レース?」

 

「優勝賞品は沖縄五泊六日ペア旅行券? 鈴ちゃん、沖縄行きたいの?」

 

「いや、面白そうだし腹ごなしにいいんじゃない?」

 

 優勝賞品に興味はなく面白そうだから参加するという、冷やかし目的ともいえるはた迷惑な客である。

 

「私は遠慮いたしますわ。特に興味ありませんし」

 

「私もいいや、優勝しちゃってもその旅行券の扱いに困るし」

 

 旅行なら自腹で充分行けるから優勝賞品に魅力を感じないし腹ごなしの運動なら普通にプールで遊べばいいと思ってる様子のセシリアや、万一優勝してしまったら優勝商品である旅行券の扱いに困るというシャルロットは不参加を表明。

 シャルロットの場合恋人であるミシェルを誘おうにも相手は外国だし五泊六日という長期ともなると、こちらは夏休みの期間中に限られる中で学生の本業としての学業以外にもデュノア社の跡継ぎとして日々勉強している彼と予定を合わせるのにも難儀しそうというのが大きいのだろう。

 

「別に金券ショップで売り払えば小金にはなると思うんだけど。ま、いいわ。で、どうする?」

 

「面白そうだし私は参加しようかな。優勝したら千冬お姉ちゃん誘ってみる」

 

「そうだな。私も参加してみよう、優勝したら商品は壱花に押し付ければいいしな」

「よし、それでいこう」

 

「えー」

 

 壱花が面白そうだから参加すると言い出せば、万一優勝しても商品の押し付け先が見つかったと悪ノリして箒とラウラも参加表明し、壱花は苦笑。

 さらに清香や癒子もこちらは「壱花達がいるなら優勝は絶対無理だろうけど記念にはなるし」と、完全に冷やかしのノリで参加表明。特に運動系でない簪と本音、そして弾と蘭も不参加を決めて彼女らはこれからの予定を決定、食事を終えて片づけるとその大会への参加申請をしにフードコートを後にするのだった。

 

 

 

 それから参加申請をして、会場である50×50メートルの大型プールへと参加者の壱花達はやってくる。

 見物を決めたセシリア、シャルロット、簪、本音、弾、蘭はちょうどいいスペースを見つけたのでそこに陣取って、蘭が弾をフードコート外でも持ち歩けるような軽食を買いにパシらせていた。

 

「女の子ばっかりだねー」

 

「まあな……」

「まあね……」

 

 壱花は会場内の参加者が女性ばかりだときょろきょろ見回して呟き、箒と鈴は受付で参加希望を出していた男性は「お前空気読めよ」的な笑顔ではねのけられていた事を思い出して、それに気づいていなかったらしい壱花に苦笑を漏らす。なおラウラは彼女らと離れないように気をつけながら軽く柔軟運動をし、清香と癒子は「もし優勝出来たら一緒に沖縄行く?」と冗談交じりに話し合っていた。

 

「あ、男子がいる……あ」

 

「どうしたのよ壱花……げっ」

「ん、どうしたんだ?……げ」

「どうしたんだ三人とも……チッ」

 

 壱花の呟きに鈴、箒、ラウラの順番で彼女の見ている先にいる、会場内唯一の男子を見て表情を歪める。

 

「ん? なんだお前らかよ」

 

 そこにいた男子──須藤成志も壱花達に気づいて声をかけ、壱花は「気づくのが遅かった」と後悔の台詞を漏らす。

 

「何やってんのよあんた」

 

「これの優勝賞品の沖縄旅行券だよ。夏休み最後の思い出をこの俺と過ごせるって聞けば女は喜んで頷くだろ?」

 

「「何の罰ゲームよ……」」

 

 鈴の言葉に成志が自信満々に答えると、後ろで清香と癒子がぼそりと毒づく。

 

「とは言っても、お前らには残念だが俺が誘うのはもう決めてるんだ。気になるだろ? なるよな?」

 

「へー」

 

 成志の言葉に鈴は興味なしと言いたげに答えて壱花達に「もう離れよう」とアイコンタクト。

 

「シャルロットだよ」

 

「……は?」

 

 しかしその言葉は聞き捨てならなかった。

 

「あんたバカ? シャルロットにはミシェルっていう彼氏がいるのよ?」

 

「はっ、何も知らない奴が。シャルロットはデュノア家に引き取られて辛い日々を送ってるんだ、父親とは顔を合わせる事もなく、母親からは泥棒猫の娘と蔑まれる日々。原作にいなかったあのミシェルとかいうモブもシャルロットを脅してるに決まってんだ」

 

「……何言ってるんだコイツ?」

「むしろお母さんとは仲がいいし、お父さんも都合が合えば定期連絡で顔を合わせて話してるって本人言ってたよね?」

「妄想が酷いとは思っていたがここまでとは……」

 

 開いた口が塞がらないとばかりに唖然としている鈴を壁にしてぼそぼそと話す箒、壱花、ラウラ。

 ラウラ曰くシャルロットは週に一度程度の頻度で早朝にフランスの家族とテレビ電話を使って定期連絡を取っており、デュノア社としての社内秘が関わるような時は耳に入れないよう気を遣っているがデュノア家としての雑談くらいの時なら自分もたまに参加しているとのこと。

 そこではシャルロットは笑顔で義母であるロゼンダや兄であり恋人のミシェルと話しているそうであり、そこに辛い日々を送っている様子など考えられないとラウラは考え、妄想の一言で切り捨てていた。

 

「ともかく、俺は優勝してシャルロットと一緒に沖縄旅行。そこであいつをデュノア社の束縛から解放してやるんだ」

 

「「「「「「…………」」」」」」

 

「じゃあな、邪魔すんなよ」

 

 酷すぎる妄想に呆れてものも言えなくなった壱花、箒、鈴、ラウラ、清香、癒子に成志はそう言い捨てて歩き去る。

 

「……皆、腹ごなし程度で別に優勝なんてする気はなかったんだけど。撤回するわ」

 

 今回のレースへの参加を促した張本人である鈴が、キリッとした表情で皆を見る。

 

「優勝するわよ! 少なくともあいつにだけは優勝させない!」

 

「そうだな。シャルロットが可哀想だ」

「うむ。シャルロットが誘いに乗るはずもないが、そうなってまたあいつが問題を起こせば余計面倒になる」

「千冬お姉ちゃんにかかる迷惑が少ないならそれに越したことないよね」

「私達も協力する!」

「うん、何でも言って!」

 

 鈴は成志に優勝されたら余計な問題を起こしかねないと直感し、それなら自分達の誰かが優勝した方がマシだと判断。その判断を全員が支持し、彼らは優勝への想いを強くするのだった。

 

「へくちっ!」

 

「シャルロットさん、風邪ですの?」

 

「う~……プールで身体冷えちゃったかな?」

 

「シャルロット、私の上着、貸してあげよっか?」

 

「ほらおにい、ぼさっとしてないであったかい飲み物とか買ってきてあげなさいよ! ついでにあたし達の分も!」

 

「は、はい!」

 

「ご、ごめんね五反田君、あとでお金払うから……」

 

「い、いえいえ。じゃあ行ってきます!」

 

 なお観客席の方ではそんなバタバタが起きていたのは別のお話。



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ウェルカム・イン・ザ・サマー:後編

【注意】
これは二話連続投稿の後編です。
もしも前編を読んでいないまま間違えてここに飛んできた方は前編への移動をよろしくお願いいたします。


「さあ! 第一回わくわくざぶーん水上障害物レース、開催です!」

 

 司会のお姉さんがマイクを手にそう叫ぶと共に大きくジャンプし、放漫な胸がビキニからこぼれんばかりに揺れる。

 それによってか、単にレースの開催を喜んでか観客の声援や拍手が響く。ちなみに主に男性のものだった。

 

「それではレースのルール説明の前に、わくわくざぶーんオーナーより挨拶をいただきます」

 

 司会のお姉さんがそう言うと共に、彼女に促されて金髪赤眼の少なくとも見た目は若く見える男性が前に出る。青いカジュアルなスーツに身を包んでいるものの前は開けており、そこから覗く肉体は鍛え上げた男のものであり、参加者の少女が「ほぉ……」と息を吐いて見惚れている。ちなみに下の方は淡いグレーの水辺用ズボンといった格好だ。

 

「よくぞ来た! 水辺の麗しい乙女達よ!!」

 

 オーナーはマイクを使うまでもなく会場内に轟く声を上げてみせる。

 

「まあ、この呼び名に相応しくない雑種が若干紛れているようだが……」

 

 そう言い、オーナーはチラリと成志を見る。その時、彼の赤い瞳がキラリと光を見せた。

 

「まあいい。ルールに男子禁制とは書いていなかったからな、此度は不問としてやろう」

 

 そう言ってコホンと一つ咳払い。

 

「では、(オレ)からは挨拶と共に今回の優勝賞品について説明をしてやろう」

 

 左手を掲げ、パチンと指を鳴らすと共に会場に用意された特設モニターが点灯する。同時に右手に持ったタブレットを操作し始めた。

 

「此度のレースの優勝賞品は、日本南国の楽園・沖縄での五泊六日ペア旅行券。本当は何事も始めが肝心と思い、ハワイ五泊六日ペア旅行券をくれてやる予定だったのだがな、秘書に止められてしまったわ!」

 

 ジョークのつもりなのかフハハハハと豪快に笑うオーナーだが、オープン記念とはいえこんなプールの一レースでハワイ旅行をプレゼントしようとする太っ腹さに壱花達は唖然としていた。

 

「話を戻すか。この旅行だが、旅先でも我が社が経営するホテルのスイートルームを用意させる。無論、食事、観光の時に使用する専属運転手付きの車まで最高級品質を約束しよう。望むなら専属ツアーガイドなどのオプションも追加可能だ」

 

 パッとモニターに映されるホテルは映像だけで見て分かるほどの最高級ホテル、さらにそこで用意される部屋や食事まで最高級のものを用意、さらに様々なオプションを追加できるという彼に、参加者の一般市民は次元の違いを感じていた。

 

「夏休み、その最後の思い出を掴み取るため存分に励み、我を楽しませてみせろ。水辺の麗しい乙女達」

 

 その言葉を最後にイケメンに似合う笑みを見せてから、彼は後は任せるというように司会のお姉さんに向けて手をかざし、颯爽と去る。どこまでもイケメンに似合う優雅な所作に司会のお姉さんは見惚れたように呆けていた後、ハッとした顔になってマイクを握り直した。

 

「で、では! 再度ルールの説明です! この五〇×五〇メートルの巨大プール! その中央の島へと渡り、フラッグを取った方の優勝となります!」

 

「ん……泳いで渡るのは無理ね」

「ショートカットは……出来ないようにだんだん高くなってるね」

「そしてプールに落ちたら再度一からやり直し、か……」

「コースはプールに円を描くように設置されている。さらに定期的に出来ている島ごとにトラップが設置されている、というわけか」

 

 司会のお姉さんのルール説明を聞きながら鈴、壱花、箒、ラウラが分析。清香と癒子は「「おー」」と呟いている。

 

「さあ! いよいよレース開始です! 位置について、よ~い……」

 

 パァンッという乾いた音が響き、三十五名の水辺の麗しい乙女達と一名の雑種が一斉に駆けだす。同時に先ほどオーナーが優勝賞品の説明をしていたモニターの表示も切り替わる。どうやら画面をいくつかに分けてコース全体を映すようになっているようだ。

 さてレース最初はビニール製のコースを五十メートル全力疾走というシンプルだがそれ故に差が出来やすい場所、もちろんIS学園で鍛えている彼女らにとっては単純な身体能力に関するこれならアドバンテージがある。

 

「わっと!?」

 

 だがこのレース、なんと妨害あり。もちろん怪我をするほど過激なものになれば最悪失格になるが、掴みかかったりしがみついたりプールに突き落とすくらいの妨害ならOKらしく、何も考えずに前に出てしまった壱花や箒達に妨害が集中し始める。

 

「鈴ちゃん、ラウラちゃん、先に行って!」

 

「ごめん!」

「すまん!」

 

 妨害をかわしながら、小柄ゆえに身軽な鈴とラウラを先行させようと壱花が指示を飛ばし、二人もそれに従って先行。壱花と箒は妨害をかわしながらのため少々ペースは落ちるもののそれを追いかけていく。

 ちなみに清香と癒子は彼女らと比べれば目立たないためか上手く他の選手に紛れて進んでいた。

 

「きゃああああぁぁぁぁぁっ!!」

「このっ、変態っ!!」

 

「へっ、この俺の邪魔しようとするから悪いんだよ!」

 

 なお成志は唯一の男ゆえに目立つからかより妨害が出ていたが、原作で鈴やセシリアがやっていたように女子の水着のブラを奪い取って観客席に放り投げる妨害返しで対応。

 しかし原作では女子同士だから大事にならないような事を男子がやっていては顰蹙を買うのは当然、観客の女性はもちろん、男性からでさえ水着のポロリというお約束アクシデントにも関わらずブーイングが飛び、観客席に投げられた水着のブラを掴んだ力自慢らしい体格のいい男性が急いでブラを取られた女子に投げ返している辺り相当である。

 

 なんとか妨害を潜り抜けて五十メートルを駆け抜け、曲がり角を曲がった壱花と箒の目の前にあるのは第一の関門にして、基本的にプールに落ちればやり直しというルールのこのコース唯一の水コース。波が発生している、大体胸まで浸かるくらいの深さの小型プールを歩いて渡れという関門だ。もちろん泳ぎは禁止である。

 

「「がぼがぼ……」」

 

「鈴ちゃーんラウラちゃーん!?」

 

 しかも壱花達の胸まで浸かるとなると小柄な鈴とラウラでは顔近くまで浸かることになり、なんとか壱花と箒より早めに追いついた清香と癒子がサポートしているが波が来るのもあって二人もかなり苦戦、壱花と箒も慌ててプールに飛び込んだ。

 

「う、く、なかなか前に進めない……」

 

 しかし思っていた以上に波は強く、どうにか壱花と箒も仲間と合流できたもののなかなか体力を消耗してしまう。

 

「だが休んでいる暇はない。急ぐぞ」

 

 しかし休んでいれば先行したメンバーに置いて行かれるし後続に追いつかれる、と彼女らは急いで走り出した。

 

「うおっとと」

 

「きゃあ!? あんた、胸に手ぇ突っ込まないでよ!」

 

「しょうがねえだろ、波でバランス取りづらいんだからさぁ」

 

 なお成志は波によろけたフリをしながら女子達にセクハラを働いていた。

 

 

 

「さあ、第一グループは第二関門をクリアしたところ、しかしまだまだ勝負は分かりません!」

 

 司会のお姉さんがマイクを手に実況、しかし彼女もセクハラに近い妨害行為や関門を利用したアクシデントと見せかけたセクハラを仕掛けている成志の事は気にかかるのか、隣で優雅にビーチチェアに寝ころびながら観戦しているオーナーの方を向いた。

 

「オーナー、あの男子失格にしなくていいんですか? あれは明らかに意図的では……」

 

「妨害に対して妨害し返した。波によろけた、そう言い逃れられれば言い逃れできる程度だ。失格にするには足りん」

 

「しかし……」

 

「まあ黙って見ておけ。いや黙られては困るな、実況に集中しろ」

 

「……はい」

 

 くつくつと笑うオーナーに対して司会のお姉さんはどこか不服そうに再びマイクを持ち直した。

 

 

 

「よっと!」

 

 一方壱花達は第二関門──落ちたらプールに真っ逆さまの揺れる足場の連続──と、第三関門──水で濡れた坂を駆けあがれ。ただし途中で滑ったらストッパーがないため滑ってプールまで落っこちる──をクリア。

 六人全員協力し合っての関門クリアに観客達からは声援が届いている。無論その分目立つため妨害も熾烈になってきているのだが、それも全員が協力して対抗していた。

 

「……人も少なくなってきたな」

 

 一度足を止め、箒が呟く。このコースは第五関門まで続いているらしく、その第五関門さえクリアすればゴールであるフラッグがある島にたどり着ける。そして今は第三関門をクリアしたところ、半分を切ったところだからか人もまばらになってきていた。

 

「でも私達がトップなのかは分からないし、先を急ごう」

 

「須藤の奴完全に見失ったからね……」

 

 壱花達からすれば成志の優勝を阻めさえすればそれでいいのだが、何度か人混みに紛れたため当の成志が今、先にいるのか後ろにいるのかはたまたリタイアしたのかも分からない。

 そしてやってくる第四関門、そこはコース自体は単純な真っ直ぐとしたコースなのだがスタッフが操作する、遊園地などのアトラクションでよくある放水での的当てゲームの砲台の巨大バージョンから放たれる放水をかわしながら駆け抜けるというものだ。

 ちなみにまあまあ高さがあって真っ逆さまになったら危険という判断か、コースから落下した場合はすぐ下のビニール製滑り台に乗って下まで滑っていく形になっている。もっともプールに落ちて一からやり直しというのは変わらないのだが。

 

「よし、私と鈴ちゃんが外側でガードするから、清香と癒子は内側にいて」

 

「ならば私が先行、可能な限り囮になろう」

 

「なら殿は私に任せてくれ」

 

「「お世話かけます……」」

 

 壱花の立てた作戦にラウラが乗り、箒が殿を守ると立候補、一般学生の二人が助けられてばかりだと頭を下げた。

 そして壱花の作戦通りラウラが先行、スタッフが放水を開始するがラウラはそれをひらりひらりと回避、彼女がスタッフの注意を引き付けている隙に壱花達も走り出した。

 

「スタッフがこっち狙う前に距離稼ぐよ!」

 

「「「了解!」」」

 

 壱花の掛け声に合わせて三人が全力疾走、箒がその後を追う。このコースは左右から放水が来るからそちらに注意を向けて、壱花達が後ろから撃たれないように気をつけるのが彼女の役割。

 だからこそか、真後ろからの気配に気づくのに僅かに遅れてしまった。

 

「きゃあっ!?」

 

「箒!?」

 

 後ろから聞こえてきた箒の悲鳴に思わず足を止めて振り返ってしまう壱花。

 

「貴様、それを返せ!」

 

「へっ、俺の邪魔すんなって言っただろうが、それを破ったお前らが悪いんだよ」

 

 そこには他の妨害していた女子と同じようにブラを取られたのか両腕で豊満な胸を隠している箒と、彼女に睨まれながら、彼女の水着のブラを握って意地の悪い笑みを浮かべた成志の姿があった。

 あまりのアクシデントとさえ言えない事態にスタッフすらも動けずに放水が止まる。

 

「おら、さっさと落ちろ!」

 

「っ、きゃああああぁぁぁぁぁっ!!」

 

 そして成志は水着を取られて動けない箒を蹴っ飛ばし、両腕が使えず抵抗できなかった箒はコースから叩き落とされて滑り台に落下する。

 

「箒!」

 

「あんた、そこまでして勝ちたいの!?」

 

「俺はシャルロットを解放してやるんだよ、つまりこれは正義なんだ。ほら、お前らもさっさと落ちろよ、そうすればこれは返してやるぜ? 早くしないとお前らの大事な友達のはしたない姿が人に見られちまうかもしれないぞ?」

 

 壱花が悲鳴を上げ、鈴が成志目掛けて怒声を浴びせるが成志は自分勝手な大義名分を掲げて正当化、箒の水着のブラを見せつけながらさっさと落ちろと強要し始めた。

 たしかにプールに落下した箒は今は水中に身を隠しているがそのせいで動けなくなっている。異常に気付いた観客席のセシリアが箒のリタイアを叫びながら、弾が慌てて持ってきたタオルを手にプールに飛び込んでいるが、ただでさえ注目中のレース大会の中、上半身裸の女性をプールから出すのは羞恥的に難しい。

 

 

 

「オーナー! これはいくらなんでも!」

 

「まあ見ていろ。放水スタッフ、余計な手出しはするなよ」

 

「オーナー!!」

 

「見ていろ、と言っているんだ」

 

 司会のお姉さんがオーナーに呼び掛けるも、オーナーはタブレットで放水スタッフにこの騒ぎが収まるまで余計な事はするなと指示を出し、静観の様子を見せていた。

 

 

 

「にしても箒の胸はホントにでかいよなぁ」

 

「あんたマジで変態ね!」

 

「そんなに見られたくなきゃさっさと落ちろよ、そうしたら返してやるって言ってんだろ? まあ下手な事したらこの水着はコース目掛けてテキトーに投げるけどさ、そうしたら見つかるのに少し時間がかかるかもしれないぜ?」

 

 箒のブラをまじまじと見始める成志に鈴が怒号を上げるも成志は悪びれることなく水着を返してほしかったらリタイアしろと繰り返すのみ。しかも要求に逆らうなら水着はコース目掛けてテキトーに投げて失くしてしまうという脅しまで追加してきた。

 

「マジで許さない……」

 

 すると壱花が静かに呟き、放水スタッフの一人を睨みつける。と、まるで彼女の無言の命令に従ったようにその放水スタッフが成志目掛けて放水を開始。

 

「わぷっ!?」

 

「たああぁぁぁっ!!」

 

 放水に成志が怯んだ瞬間壱花が突進、まるで無手の状態から敵の刀を奪い取る剣術の奥義──無刀取りのごとく彼の手から箒の水着のブラを奪い返すとそのまま成志を掴み上げた。

 

「皆、後は任せたよ!」

 

「ちょ、壱花!?」

 

 そして自分の身体もろとも成志をコースから叩き落とす。それはまるで某世界一有名な探偵がそのライバルたる犯罪界のナポレオンとも呼ばれた男を自らもろとも滝に叩き落としたがごとく。

 投げ落とすような格好で放り出したためか成志と壱花は別の滑り台に着地、そのまま壱花は一直線にプールへと滑るように落下。

 

「うわあああぁぁぁぁぁっ!?」

 

 対して成志は頭から逆さまに滑り台を落ち、そこからまるでスキーのジャンプ台のように持ちあがった形状の滑り台から投げ出される。その時成志は己の下半身から何かが脱げるような感触を覚えたのだが、頭から投げ出される衝撃のせいでそれを気にする余裕はなかったのだった。

 

「ばぶっ!?」

 

 頭から水に落ちた成志はごぼごぼと口から泡を吐いてもがき、溺れそうになりながらなんとか幸い近くだったスタート地点に顔を出す。

 

「クソが、ふざけやがって、今度はあいつの水着を上だけじゃなく下まで奪い取って大恥かかせてやる……」

 

 呪詛を吐くように恨み言を呟きながら、その壱花を探そうとスタート地点に上がって立ち上がる。

 

『きゃああああぁぁぁぁぁっ!』

 

 すると周りから悲鳴が上がり、成志はなんだと辺りを見ながら少し置いて自分の下半身が妙にすーすーとしている事に気づいて視線を落とす。

 

「なんじゃこりゃああああぁぁぁぁぁっ!!??」

 

 そこで成志はやっと、滑り台の辺りで何かに引っかかったのか自分が穿いていた海パンが脱げて素っ裸の状態になっている事に気づくのだった。

 

 

 

「───、フ。ふはは、ははははは! はははははははははははははははははははははは!! 女の水着を剥いて恥をかかせていた男が、最後には己が剥かれて赤っ恥! これぞまさしく因果応報というやつよ!」

 

 司会のお姉さんがポカーンとしている横でオーナーがビーチチェアに寝転がりながら高笑い。

 笑いすぎて苦しくなったのか、起き上がって脇に準備しておいたテーブルに用意していた特製トロピカルジュースをストローで飲む。

 

「いや全くあの雑種の道化振りは……想像以上よ。後で社内誌につけておこう、オーナー腹筋大激痛と」

 

 まるでこの展開になるのを予想していたかのように、オーナーは頬杖をついてクックッと笑い続けていた。

 

 

 

「箒、水着取り返してきたよ!」

 

「す、すまん……」

 

「うん。セシリアもありがとう」

 

「いえ、礼を言われる程のことでは」

 

 一方壱花はリタイアを宣言して今はセシリアがタオルを被せて庇っている箒の元に泳ぎ、箒にブラを渡してからセシリアにもお礼を告げる。

 そして箒が水着を着直したのを確認してから、壱花はスタート地点を見る。その付近では流石に素っ裸になるのは恥ずかしいのか成志が水中に身を隠して頭だけ出して、こちらを恨めし気に睨みつけている姿があった。

 

「どうする?」

 

「放っときましょう」

「これで少しは懲りればいいんだが」

 

 成志も助けるべきかと問う壱花にセシリアと箒がフンと鼻を鳴らして返答。壱花も流石に今回の事は腹に据えかねるのかそれに対して文句を言う事もなく了解、三人は選手である壱花と箒はリタイアしたこともあり、ステージを離れてプールから上がるのだった。

 

 

 

 

 

「第一回わくわくざぶーん水上障害物レース、優勝は……相川清香さんでーす!」

 

「あ、あはは……どうも……」

 

 表彰台らしいお立ち台の上に上がって、フラッグを手に照れ笑いする清香に他の選手や観客からの拍手が送られる。ちなみに成志は滑り台に引っかかっていた水着を返された後、流石に男が女の水着を無理矢理脱がせるというのは問題だったか、筋肉質な赤毛の男性──この施設の警備リーダーらしい──に事務室に連行され、説教を受けているらしい。

 

「結局鈴ちゃんとラウラちゃんも落ちちゃったの?」

 

「流石に相手が柔道銀メダルってなったら相手が悪いわよ」

「レスリング金メダルという話だ。相川や谷本を先に行かせての相討ちが精一杯だった」

 

 壱花が成志を自分諸共叩き落とした後、第四関門をクリアして先に進んだ鈴達を待っていたのは先のオリンピックでレスリング金メダルと柔道銀メダルを取ったという木崎・岸本の武闘派ペア。第五関門手前で乱闘になり、なんとか鈴とラウラが隙を突いて清香と癒子を先に行かせたが体格差はいかんともしがたく、結局諸共にコースから叩き落としたらしい。

 そして基本的に代表候補生メンバーに守られていたため体力に余裕があった清香と癒子は二人協力して第五関門をクリア……とはいかず、癒子が己の身を犠牲にして清香を先に行かせ、どうにか清香がフラッグを奪取、優勝を勝ち取ったという経緯だ。

 ちなみにこのレースが始まる前にしていた約束の通り、清香は癒子と一緒に沖縄旅行に行くつもりらしい。

 

「此度のレース、無粋な邪魔が入ったがとても楽しませてもらった。しかしその邪魔によって皆の気分に水が差されたのもまた事実」

 

 するとオーナーが突然話し始めた。

 

「よって、此度のレースに参加した全ての乙女達にこのわくわくざぶーんの年間パスポートを進呈しよう! 我が許す! 皆、心ゆくまで我が庭で遊んでゆくがいい!」

 

 成志のセクハラ騒動の詫びとして、成志を除く全ての参加者にわくわくざぶーんの年間パスポートの進呈が決定。参加者からわあっと歓声が上がる。

 その盛り上がりを以て第一回わくわくざぶーん水上障害物レースは幕を閉じるのであった。




 なんとなく水着回を書きたくなったので書いてみました。

 そして自分でもまさかと思う登場五反田兄妹。本作では壱花は中学からISの事前学習が行える女子校に入学したので五反田兄妹とは会う事はなかったという設定だったんですが、鈴が事情あって壱花と同じ中学に入れず、原作通りの中学に行った結果弾と出会い、そこから原作通りに壱花、鈴、弾、蘭の繋がりが出来たという設定が思いついたのでそうなりました。

 そしてなんか思いついたので後半は原作でもあった水上レース、やっぱり敵役として成志も登場してしまいました。原作でもあくまで「お前空気読めよ」的な威圧で男性参加希望者は退けられてただけで、その辺空気読まないコイツならごり押しで参加してきそうだな的な。
 沖縄旅行を手にしてどうするかって考えたら自分勝手な理屈でシャルロットを解放してやるとかそういう方向なら説明つきそうだからそれでやってみましたが。
 なおラウラ達も予想していましたが、本作のシャルロットは別に原作のようにデュノア家で駒のように使われたりはしておりません。むしろ原作では敵意を見せていた義母ロゼンダは溺愛しているのは今までのゆかひきコラボ特別編で見ての通り。
 成志のやってる事はただ原作知識を絶対視してそうに決まってるっていう自分勝手な思い込みで、仮に成志が優勝してシャルロットを口説いてきてもシャルロットは冷めた目をしてお断り入れて、また成志が身勝手に逆ギレして問題を起こすことになります。

 ちなみに沖縄編は特に書く予定ありません。相川と谷本が楽しんでいるのを描写外で想像してください。
 では今回はこの辺で。ご指摘ご意見ご感想はお気軽にどうぞ。それでは。


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IFストーリー
彼女達が○○に所属している話:前編


【警告】
自分なりにですが、キャラ崩壊激しいです。
原作のキャラクターのイメージを損なう可能性がありますので、ご了承の上お読みください。

以上のことを了承出来ない方はブラウザバックを推奨いたします。
警告を無視して読み進め不快に思っても作者は一切の責任を持ちません。


 女神に選ばれて転生した少年──須藤(すとう)成志(せいじ)がこの世に生まれて15年の歳月が流れた。

 

「はぁ……張り合いがないな」

 

 右手首に装着した金色の腕輪。女神から与えられたチート専用機の待機形態であるそれを眺めながら、成志はぼそりと呟く。

 今自分がいるIS学園の一年一組。本来ならば原作主人公の織斑一夏に、篠ノ之箒やセシリア・オルコット、布仏本音と言ったヒロインがいるはずの教室にはそれらは誰一人いない。それどころか転入してくるはずのシャルロット・デュノアにラウラ・ボーデヴィッヒも来ないし二組には鳳鈴音もいない、四組には更識簪もいない。

 クラスの取り巻き女子を使って調べさせたが二年の更識楯無、フォルテ・サファイア、三年のダリル・ケイシーも、さらにはこの教室のクラス担任である織斑千冬と副担任の山田麻耶も別の名も知らぬ教師に入れ替わっているし、相川清香を始めとしたモブキャラも見つからない。残っているのは原作やアニメで名前も出なかっただろう者達だけ。

 簡単に言えば……この学校から、原作で名前の出ているキャラが全て消え去っていた。

 

「ま、いいか」

 

 だが結果として苦労せずにクラス代表の座を手に入れて、クラス対抗戦でも優勝出来ている。そのおかげで一年生は全て自分の信者になっていると言っても過言ではない。とりあえず一組のめぼしい女は一通り味見しても文句を言われた事はない程度に自分に心酔させているという確信を成志は持っていた。

 これから二年に勢力を広げて、三年に至る。そしてゆくゆくはこの学校の全てを自分のハーレムにし、自分はこの学園の王になる。と成志は己の野望を妄想し、ニシシと笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 そんな一人の男の存在によって歪みを生じ始めたIS学園を見下ろす超高度。そこに六体のISが存在していた。

 その全てが汎用機とは違い、なおかつ一体一体が違うシルエット。つまり全てが操縦者用の専用機である。

 

「総員、配置につきました。我が王」

 

 鮮やかな紅色、しかし泥を被ったように黒く汚れたISを纏う黒髪ポニーテールの少女が、己の目をバイザーで隠したまま、自分達の前に背を向けて堂々と立つように浮遊している少女に膝をつくような格好で浮遊しながら報告する。

 

「それにしても、ちょっと大袈裟すぎない? 注意するべき相手はたかが男一匹でしょ? あたし達全員、特に我が王まで出る必要なんてあるの?」

 

「口を慎みなさいな。これも我が王の定めたこと、私達に逆らう事など許されません」

 

 燃える炎のような赤色、しかしこちらもまた泥を被ったような黒色に染め上げられたISを纏う茶髪ツインテールの小柄な少女がこちらも目元を隠すようなバイザーをつけて、呆れたように息を吐きながらそう聞くと、その隣に立つ(正確には浮遊している)、高貴な青色を泥で黒く汚したようなISを纏う金髪ロングの少女が彼女の言動を嗜めた。

 その言葉を受けた、自由なるオレンジの輝きを泥で薄汚れさせたISを纏う金髪を後ろでまとめた髪型の少女がふふっと笑う。

 

「それにこれも我が王の慈悲。私達が無駄に怪我しないように、そして標的達を無駄に苦しませないようにするための、ね?」

 

 口元も笑みを作っており、一見すれば穏やかな言葉、だがしかし目元はやはりバイザーで隠しているためその表情はうかがい知れない。その横で、元から黒色の装甲ながらそれがさらに漆黒の泥で穢されたような雰囲気をうかがわせるISを纏った少女がバイザーで隠した目元からも分かる程に殺気を漲らせながら獰猛に笑った。

 

「その通りだな。私達は全てを滅ぼし尽くす、だがその手間は少ないに越したことはない。我らの不手際で我が王の手を煩わせるなど以ての外だ」

 

 己の臣下たる彼女らの言葉を背中で聞きながら、彼女らに王と呼ばれる少女、泥でも被ったような黒色の、騎士の鎧のようでありながらどこかドレスを思わせるような装甲から成るISを身に纏い、やはり目元を隠すようなバイザーをつけた彼女は沈黙する。

 すると彼女のプライベートチャネルに通信が届いた。

 

──我が王。IS学園へのハッキング完了致しました。警備システムは全てダウン及びこちらにて掌握完了

 

 水色髪のショートカットの少女、裏方であり顔を隠す必要がないためバイザーをつけていない彼女は眼鏡型モニターを鈍く光らせて己の任務の完了を報告する。

 自分達がここ、IS学園の監視網から逃れられる場所で退屈に待機していた最後の理由が消え去り、少女は今まで一文字に閉じていた口を開いた。

 

「これよりIS学園への襲撃任務を開始する」

 

 荘厳な声。今までペラペラと好き勝手喋っていた臣下は彼女の声を聞いた途端口を閉じて姿勢を正す。もちろんそれはここにいる臣下だけの話ではない。

 

「我らの任務はIS学園の全戦力壊滅及び現在IS学園に存在する全ISコアの奪取、そして突然変異個体(ISを使える男)の捕獲」

 

 しかしそんな事確認するまでもなく王は言葉を続ける。

 

「後はそうだな。自分から檻の中に入るような臆病者は殺すまでもない、捕らえておけ。腐っても鯛、何かの役には立つだろう。だが逃げ遅れるような、そして逃げ場を間違えるようなノロマはいらん、全て殺せ」

 

 悪逆な命令を声色一つ変えず、まるで当たり前の事を喋るように話し、それで言いたいことは終わったか彼女は短めのポニーテールを柳の枝葉のようにゆらりと揺らし、黒色に染まりあがった剣を己の右手に展開(オープン)。それを掲げるように振り上げた。

 

亡国機業(ファントム・タスク)実働部隊、モノクローム・アバター・オルタナティブ……出撃」

 

 眼下に見据えるIS学園。それを指し示すように剣を振り下ろし、出撃命令を下す。それと同時に彼女の背後でその時を今か今かと待ち望んでいた少女達は口元に歪んだ笑みを浮かべ目標目掛けて急降下していった。

 

 

 

 

 

「クソ、クソクソクソクソォッ!! どうなってんだ!!??」

 

 平和な学園生活は地獄へと変貌した。

 警告すら起きずに突如複数のISが学園へと攻撃を仕掛け、ちょうどグラウンドで訓練を行っていた二年生を襲撃。そこにいた生身の生徒全てをチリに還し、訓練に使用していた打鉄及びラファール・リヴァイヴを強奪。正確にはコアさえあればいいのか、素早くコアを引き抜くと抜け殻になった機体を手土産とばかりに破壊する。

 

 そして青黒色のISがフィン型の武装を展開し、ところ構わず無差別攻撃を開始したのが地獄の始まりだった。

 

──IS学園を所属不明のISが強襲。一般生徒は至急避難シェルターに避難してください。これは訓練ではない。繰り返す、これは訓練ではない

 

──教員IS部隊及び専用機持ちは直ちに出撃。応戦を開始してください

 

 校内放送から()()()()()()()()で避難命令が下され、女子生徒は悲鳴を上げながら逃げ惑う。

 

「皆ー! 放送を聞いてー! シェルターの中に隠れるのよー!!」

「き、聞くなー! 警備システムが全てハッキングされている! これはIS学園関係者の放送ではない! 罠だぐふっ!?」

うっさいわよ、ちょっと黙ってて……大変よー! 先生が倒れてる! 誰かシェルターまで運ぶの手伝ってー!!」

 

「あ、そ、そうだ、避難……逃げないと……」

 

 一年生からすれば見覚えのない三年生の制服を着た生徒が避難誘導のように声を上げ、一年生は先輩の指示に従ってシェルターの方にひた走る。

 そんな生徒と教師の喧騒の中、成志は死ぬのはごめんだとばかりにシェルターのある方に走り出そうとする。

 

「せ、成志様!」

 

 しかしそれを一人の小柄な少女が呼び止めた。

 

「な、なんだよ!? 俺は今──」

「お願いします、成志様……あいつらを倒してください……」

 

 その少女は顔を俯かせ、涙を堪えるように震えた声で呟く。

 

「私の友達が殺されました。お願いいたします、どうかあいつらを倒して学園に平和を……そのためなら、私はなんでもいたします」

 

 そう言ってくねりと腰をくねらせ、小柄な体躯に似合わない大きな胸を強調するように腕で挟み込む。それを見た成志はごくりと息を飲んだ。

 そうだ、こっちには女神から受け取ったチート専用機があるんだ。負けるはずがない。そんな考えが彼の頭の中に浮かぶ。

 

「お、おう、任せとけ! だから君は急いで避難して、君だけでも生き延びるんだ!」

 

 鼻の下を伸ばしながら、得意気にそう言って走り出す成志。

 

「……チョロ~イ……それにしても、こんな大パニックだからしょうがないとはいえ。()()()()()()()()()()のお願いをこんなあっさり聞いちゃうなんて……まあ、騙しやすいに越したことはないけど」

 

 それを見届けた女子生徒は、黒い笑みを浮かべて彼を嘲笑う。

 

「さ~てと、これで私の仕事はとりあえず終わりかな~。あとはお願いね~王様~」

 

 そしてパッと表情を変え、表向きの顔であるのほほんとした笑顔を浮かべて間延びした声で呟きながら、彼女は一般生徒に紛れて消えていった。

 

 

 

「へへへ。あいつらを全員倒せばあの女を始め、この学校の女は全部俺のものだ……」

 

 上手くグラウンドに抜け出して己の専用機ゴールデン・キング──その名の通り全身に金色の装甲を纏った派手なISだ──を展開した成志は、この後の事を想像して舌なめずりをしながら敵を探していた。

 

「いた!」

 

 グラウンドを少し離れ、生徒のいる校舎を広範囲にフィン型の武装を飛ばして無差別攻撃を仕掛けていた青黒い機体を見つけ、成志はニヤリと笑うと共にパイロットを見ると「おほ」と変な声を漏らしてしまう。

 目元を隠すようなバイザーで顔を隠しているため顔全体はうかがい知れないが、バイザーで隠れていない部分だけでも顔立ちが整っているのは分かる。さらに身体つきも日本人視点では大きな胸に対して引き締まったウエスト、しっかり出たヒップというナイスバディをIS用スーツの上から見せている。

 

「これは捕まえて色々聞き出さないとな……」

 

 IS学園への襲撃者を捕らえて情報を聞き出すのは当たり前。そのためにちょっと変な事をしても尋問として片づける事が出来る。成志は厭らしい笑みを浮かべながら、ゴールデン・キングを一気に加速させる。

 瞬時加速(イグニッション・ブースト)ではないゴールデン・キングのスラスターの出力のみを使った単なる加速。しかしそれだけでも瞬時加速以上の加速が行え、成志は続けてやはり金色に光る剣を展開しながら青黒い機体へと突進した。

 気づいていないのかこちらを見ない青黒い機体の操縦者、だが気づいたとしても遅い。一撃で戦闘不能にしてからお楽しみタイムだ。成志はそんな快楽の未来を想像する。

 

「ごば!?」

 

 だがその未来に至ることはない。何故か、それは彼の身体が何かに激突して吹き飛んだからに他ならない。全身が砲弾を受けたような激痛に襲われ、成志は一瞬意識が飛びそうになるのをゴールデン・キングの生体保護機能によって持ちこたえる。

 

「な、なにが起こったんだ!? 何も見えなかったぞ……」

 

 見えない弾丸。そうとしか考えられない一撃に成志が狼狽している間に、青黒い機体の操縦者は彼の方を向いて、不快そうにフンと鼻を鳴らした。

 

「まったく、この私の身体をじろじろと……まあしかし、この私の肢体ともなれば無理もありませんわね。そしてこれも我が王の策の正しさを証明したということ。それに免じて男などという下等な獣が許しなく私を見た不敬は今回のみ不問にして差し上げますわ」

 

 バイザー越しにも分かる見下す視線の後、自慢げに己の身体に左手を当てて偉そうに告げる操縦者。しかもその台詞の中には彼を下等な獣と罵るものが入っており、成志は怒りにギリィと歯をきしませた。

 

「ふざけるな! 今ここで組み敷いて啼かせてや──!?」

 

 叫び、再び突撃しようとした瞬間彼は気づく。まるで身体中を鎖で縛られたように動けないということに。すると漆黒のISが悠々と出現し、やはりバイザーで目元を隠した操縦者がクックッと見下すように笑った。

 

「停止結界に気づかんとは。愚鈍だな。いや、罠にはまったと気づかん時点で獣以下か」

 

「罠、だと……」

 

「ええ。あんたがまるで燃えるとも知らずに火に近づく虫ケラみたいに近づいてきたらあたしがドカン、そこを狙って動きを止めたわけ。狙われてるとも知らずに近づいてきて吹っ飛ばされるあんたの間抜け面ったら傑作だったわよ……それにしても、リミッターのかかってるような試合機なら一撃で強制解除になるはずなのに、結構頑丈ね……ま、いいわ」

 

 漆黒のISの操縦者の言葉に成志が声を漏らすと、赤黒のISが現れてその操縦者がニヤニヤと嘲笑いながら、その両手に青龍刀を出して右手の分だけを振り上げた。

 

「さ、大人しくISを解除してこっちによこしなさい。嫌だってんなら……まあ、我が王の命令だから殺しはしないけど。腕の一本二本へし折ってもノーカンってやつよね、生きてんだし」

 

「ひぐっ」

 

 殺される。バイザーで目元が隠されているが、それで隠しきれない殺気が成志にそう直感させ、すぐISを解除しようとする。

 

「襲撃者を発見! 須藤君が応戦しています!」

 

「攻撃開始!!」

 

 解除しようとした直前、そんな女性の声が上空から響くと共に襲撃者目掛けて弾雨が降り注ぐ。教員部隊に見つかったらしく、攻撃を受けた漆黒のIS操縦者がむっと声を漏らしてそちらに気を取られた瞬間、成志は身体に自由が戻った事に気づく。

 

「ハハハハハ! 舐めやがって!!」

 

 動くことが出来ればこっちのものだと言わんばかりに両腰にミサイルポットを展開、一気に全段発射して目の前の敵二人を倒そうとする。

 

「遅い」

 

「っ!?」

 

 だがそのミサイルが放たれる前に彼を赤い色のエネルギー刃が襲う。さらに槍の雨のように降り注ぐ同色のエネルギーに咄嗟にミサイルの照準が向けられ、放たれて相殺。

 

「え、援軍!? すぐにこちらも要請を──」

「おっそーいよ♪」

「──え?」

 

 敵が増えた事に気づいた教員部隊が援軍要請を出そうとするも、彼女らは背後からそんな明るい声が聞こえてきたと同時、ダダダダンッという連続した発砲音を聞きながら意識を失う。

 いや、違う。意識を失ったどころではない。それは制御を失って墜落、ガシャァンと音を立てて地面に落ちた二体のラファール・リヴァイヴの操縦者である女教師二名の身体中に穴が開いている事から分かる。すなわち、死んでいた。

 

「な……」

 

 成志が絶句する。ISは操縦者の命を守るための絶対防御という機能を持つ。シールドエネルギーを大幅に消費するという欠点はあるが、こんな一瞬でエネルギーを使い果たすとは思えない。

 そんな彼の疑問を分かっているというように、先ほど二人の女性の命を奪った黒橙のIS操縦者は両手にその凶器であるマシンガンを握りながら、にこりと、口元だけ見れば天使の微笑みを成志に向けた。

 

「ああ、絶対防御? そんなの()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「カ、カット?……」

 

「私達のISは、それが出来る特別性なんだ……私達の専門は殺し合いだから当たり前だけどね?」

 

 殺し合い。その言葉に彼は頭を鈍器で殴られたような感覚を覚える。歯がガチガチと鳴り始め、目の前がグルグルと回転する。目の前にいる五人の女が悪鬼に、彼女らの駆るISがこちらの命を奪う死神の鎌に見え始めた。

 

「い、いやだ……」

 

「あん?」

 

 青龍刀を肩に担ぐ赤黒のIS操縦者が成志の呟きに反応、同時にISの展開を維持できなくなったか彼はISを消滅させるとISで入り込めない人用の出入り口目掛けて駆けだした。

 

「し、死にたくねええええぇぇぇぇぇっ!!!」

 

「あ、ちょ待ちなさ──」

「まあ待て」

 

 泣きわめきながら逃げ出した成志を見た赤黒のIS操縦者が叫び、両肩の武装を彼に向けるが、漆黒のIS操縦者がそれを抑えた。

 

「……何かしましたの?」

「AICを撃たなかったのはわざとだよね?」

 

 青黒のIS操縦者と橙黒のIS操縦者がクスクスと、まるで傷つけた獲物をわざと逃がして甚振るのを楽しむ性格の悪い狩人のような笑みを浮かべながらそんな事を聞く。漆黒のIS操縦者もニヤリと笑った。

 

「ああ。既に連絡は済ませてある……ちょっとした余興といこうじゃないか」



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彼女達が○○に所属している話:後編

【注意】
これは二話連続投稿の後編です。
もしも前編を読んでいないまま間違えてここに飛んできた方は前編への移動をよろしくお願いいたします。


 いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ死にたくない!

 

 成志はそんな思いだけを胸に通路を走り続ける。ハーレム?学園の王?そんなもの自分の命の前では何の意味もない。

 

──なんでシェルターが開かないの!?

──閉じ込められた!?

──誰か出してくれ! これは罠なんだ!!

 

 避難用シェルターの中から助けを求める悲痛な叫び声が聞こえるのを、奴らが追いかけてこないかを探るために頭部のみ部分展開しているISのハイパーセンサーが僅かに聞き取る。しかしそれを助ける余裕なんてない、そんな事している暇があれば少しでも遠くに逃げる。

 遠く。そう、IS学園から逃げれば追いかけてこないかもしれない。成志はそう信じて防護用シャッターが閉じられていない通路をひた走る。シャッターが開かれた先は上手い具合に校門前に繋がっており、成志は運が向いていると笑いながら、()()()()()()()()()()()()()校門前へと走り出る。そのままISを展開し、敷地内から逃げ出せば──

 

「はぁ~い♪ またまた一名様ごあんな~い」

 

 その希望を砕く死神の声が成志の耳に届く。

 

「いやああぁぁぁぁっ!!! お願いします助けてください命だけは──」

「申し訳ありません。ノロマはいらないと、我が王の命令ですので」

 

 グチャリ、と女子生徒が褐色肌にバイザーで目元を隠す少女が駆るISに無感情に踏み潰される。

 

「そんなうそなんであなたたちみたいなアイドルが──」

「「さあさあ聞かせて、あなたの声で。我が王に捧げる断末魔という名の最期の歌を!!」」

 

 世にも珍しい二人で一つのISを操る、天使のように可愛らしい、しかし武骨なバイザーで目元を隠す少女達が、自分達の正体を言い当てた女子をまるでご褒美だというように銃でハチの巣にする。

 

「え、あれ? あなたはさっき避難誘導を──」

「あーごめんね? 驚かせちゃったかな? でも、センパイの言葉を無視して外に逃げ出そうとした君が悪いんだよ? これは我が王の定めたその罰だからね」

 

 さっきまで校舎内で避難誘導をしていたはずの三年生が校門前でISを纏っている意味を理解できずに呆けている生徒が、ダイヤモンドのような輝きを放つ拳に殴り潰されて拳が血に赤く染まる。

 

「嗚呼、時と場が違えばあるいは愛でられたかもしれない花を自ら手折る事になるとは……だが仕方がない。せめてその散り様で我が王を愉しませてあげておくれ」

「我が王の命よ。死になさい」

「あなた達、いらないって王様が言ったの……だから、死んでね」

 

 校門前に広がる阿鼻叫喚。さらに現れた専用機持ちが、抵抗の手段を持たない一般生徒を皆殺しにしているもう一つの地獄がそこには広がっていた。

 それに絶句し、辛うじてISを展開しながらも動くことはできずにがくりとへたり込む成志を、バイザーで隠していても分かる程に見下す視線を向けて口元をにやつかせながら少女が覗き込む。

 

「な~によ、あっけないわね。せっかく邪魔な教師を全員シェルターにぶち込んでようやくって思ったのにこれじゃあつまんないじゃない」

 

 やれやれと両手を掲げて呆れたポーズを取る少女の後ろで他の専用機持ちもクスクスと嘲笑を零し、「残念だったね」「お気の毒様」と言葉を投げかける。

 

「もういいわ。絶対防御をカットしなきゃ死にゃしないでしょ。せめて気絶するまでくらいは悲鳴とかで愉しませてよね」

 

 興味を失ったように顔を逸らす彼女の駆るISの背部から伸びる竜の咢が成志の方を向いて開き、エネルギーが溜まる。

 

「待て」

 

 声が響く。地の底まで響くような厚い声に、その少女達ははっとなると全員同じ方を向いて跪いた。

 

「嗚呼、貴女の手を煩わせるつもりなどなかったというのに……親愛なる我が王、織斑壱花!」

 

「織斑一夏だと!?」

 

 銀色の髪をショートカットにした少女が芝居がかった声を上げると、その中の言葉に反応する。

 彼女らの向いている方に目を向けると、そこには黒きISを纏い、人の死骸で出来た王座に座っている少女の姿があった。そして少女はニヤリと口元を歪ませ、王座を立つ。

 

「なに、少しばかり興が乗った。この者は私が狩る、異論はないな?」

 

「はい、我が王!」

 

 少女の言葉に竜を背負うISの少女は頷いて成志の前を離れ、校門前で虐殺を繰り広げていた他の専用機持ちと同じ場所に移動すると再び跪く。その間に少女はPICを使うまでもないというようにガシャリガシャリと成志の前まで歩行し、数メートルほど距離を取って立ちはだかった。

 

「お前が……織斑一夏なのか?」

 

「その通り。冥途の土産に教えてやる……我らは亡国機業(ファントム・タスク)。そして私はその実働部隊、モノクローム・アバター・オルタナティブ、リーダー。織斑壱花」

 

 少女──壱花はそう言って一瞬で黒色の剣を展開すると己の背後向けて一閃、己のすぐ後ろに一本の線を引いた。

 

「我が臣下の遊び心とはいえ、ここまで生き延びられた褒美だ。一つゲームをしよう」

 

「ゲ、ゲームだと?」

 

 壱花の言葉に成志がぼやくと、彼女はこくりと頷いて先ほど引いた線を指す。

 

「お前が今できる最大の攻撃を仕掛けてこい。私はそれを受け止めてやる。もしそれに私が少しでも押され、この線をまたぐことがあればお前の命を助けてやる。どこへ行くにも自由だ。だが出来なかった場合──」

「じょ、上等だ!!!」

 

 壱花の説明を遮って成志が叫び、両腕を掲げる。するとその両腕、いや、背中や腰、身体中に黄金の光が奔流。僅かな時間を置いて彼の身体中をマシンガンにガトリングにキャノン砲にミサイルと言った様々な重火器が埋め尽くした。

 

「織斑一夏なんてエネルギー無効化の零落白夜さえ封じればなんにも出来ない! つまり実弾の嵐で終わりなんだよ!!!」

 

 叫ぶと共に全身の重火器のロックが解除される。数秒もせずにそれらから弾丸が放たれるだろう。だがその数秒もあれば充分だというように、壱花は左手を前に向けた。

 その動作だけで彼女の左手に漆黒の光が奔流。巨大な十字架をくっつけたような形の巨大な円形盾(ラウンドシールド)が出現すると、キャァァというまるで女の子の悲鳴のような音を上げながらエネルギーを放出する。

 

「死ねええええぇぇぇぇぇっ!!!」

 

 成志の怒号と共に、マシンガンやガトリングから弾丸が次々と放たれ、キャノン砲が火を噴き、ミサイルが全弾発射される。

 

いまは脆き夢想の城(モールド・キャメロット)

 

 イヤアアという少女の悲鳴のような音と共に放出されたエネルギーが物質化を開始し、彼女の目の前にモザイクがかった城壁が出現。成志の放つ全ての攻撃を防ぎきる。

 やがて弾切れになったか弾丸の嵐が止んだが、城壁が消滅した後その跡地に立つ壱花は一歩たりとも動いておらず、それを見た成志は目を見開いて顔を真っ青にし唇を震わせる、絶望というものの見本というべき顔になっていた。

 

「ば、馬鹿な、あり得ねえ……」

 

「児戯だったな……だがしかし、お前の全力とやらに返礼をせねばなるまい」

 

 左手の盾が消滅し、右手を掲げると黒く染まった剣が握られる。

 

──十三拘束解放(シール・サーティーン)円卓議決開始(デシジョン・スタート)

──ダメダ……

 

 それは紛うことなき聖剣。本来ならば人理を守るために振るうべきもの。しかしそれは変質し、あり方が変貌していた。

 

「是は世界を救う滅ぼす戦いである」

 

 人理を守るべき力が歪み、反転する。世界を救うことはすなわち世界を滅ぼすこと。高潔なる騎士ならばけして承認出来ぬこと。

 

──ヤメロ……

──強制承認(フォースド・アプローバル)

 

 しかし行われるは暴君の王権。本来ならばかの王の下に集う騎士達の承認によって解放されるべき力を、担い手たった一人の暴権によって強制的に承認、解放させる。

 

「これで充分か……」

 

 壱花がぼそりと呟く。同時にその剣から漆黒のエネルギーが迸った。

 

「卑王鉄槌、極光は反転する。光を呑め! 約束された(エクスカリバー)──」

 

「あ、あ、あああ……や、いや、やだ……」

 

 漆黒のエネルギーが天まで届かんばかりの柱のように奔流し、それを見た成志は逃げる気力さえも失ったのかがくりと腰を抜かして倒れ込み、怯えて震えるのみ。

 それを見下すような目で見ながら、壱花はガシリ、と振り上げた剣を両手で握りしめ、ズン、と一歩踏み込む。

 

勝利の剣(モルガーン)!!!」

 

「死にたくねええええぇぇぇぇぇっ!!!」

 

 振り下ろされた剣から漆黒のエネルギーが放たれ、成志を一瞬でその悲鳴ごと呑み込む。それだけでは飽き足らず、射線上にあった学園の一部をも消滅させてようやく漆黒の光が消えた時、成志はISを解除してブクブクと泡を吐いて白目を剥き気絶していた。

 だが学園の一部を破壊どころか消滅させるような一撃が全身を飲み込んだにも関わらず原型を止めている辺り、絶対防御をカットする機能をカットして相手の命だけは守っていた事が分かる。

 壱花は、情けなく涙、鼻水、泡を垂れ流しながら気絶してしばらく目覚めないだろう彼の下に寄るとISを解除。今までバイザーに隠れていた金色の瞳を宿す目を不快そうに細めて彼を見下し、腕を組んでフンと鼻を鳴らす。

 

「死ぬ? バカじゃないの。あなたはこれから亡国機業の大切な資産になるのよ? そんな勿体ない事するわけないじゃない」

 

 そう呟いた後、彼女は今の今まで校門の外で待機していたらしくぞろぞろと入ってくる、マシンガンなどの歩兵用武器を装備している男達に目線を向ける。

 

「さ、流石は壱花様率いるモノクローム・アバター・オルタナティブでございます。私達が出る幕など……へへへ……」

 

 媚びへつらうのはヘルメットの違い的にこの男達──雑用係のリーダーだろうか、だがどうでもいい。媚びへつらいながらもゴーグルで隠れた視線は壱花の身体に向けられており、さらには気づかれていないとでも思っているのか、その部下も身体のラインがぴったりと出るISスーツに身を包む操縦者達──壱花にとっては臣下たる彼女達に同様の視線を向けている。

 その下卑た視線や伸びた鼻の下に壱花は不快感を覚えると右腕のみにISを部分展開。同時に先ほど成志を屠った黒き聖剣を展開すると無造作に一閃。リーダーらしき男の首を刎ね飛ばした。頭の消えた首から鮮血が吹き出、返り血を数滴顔に浴びた壱花は忌々しそうに目を細めてチッと舌打ちを叩き、じろりと男達を睨みつける。

 

「くだらない事をしている暇があれば、こいつ及び檻に閉じ込められた者達を回収しなさい」

 

「は、ははっ!」

 

 なんの躊躇いもなく自分達のリーダーが殺されたことに怯えの表情を見せる男達だが、壱花の命令を受けた数人が成志からISの待機形態である金色の腕輪を奪い取る。

 

「い、壱花様、どうぞ……」

 

「フン」

 

 不興を買えば自分も殺されると思っているのか、ヘルメットやゴーグルで隠れていてもなお分かる程に顔を青くして跪き震える手で金色の腕輪を献上する男に壱花は鼻を鳴らして、右手は剣を握っているため左手で腕輪を奪い取る。

 その間に男達は成志自身も縛り付けて移動手段らしい車の中に放り込む。さらに男達が要請していたのか、より大勢の人間を運ぶための巨大ヘリまで数台がかりで到着した。

 

「用意のいいことね……まあいいわ。出来た犬には褒美をくれてやるのも王の務めってやつよね」

 

 ぼやき、彼女は再び男達を見て、ニコリ、と形だけは相手を労わるように美しく、しかし実際は心の底からどうでもいいと思っているような無機質な笑みを向ける。

 

「任務が完了した後ならばあれらへの手出しを許します。ただし殺さないように、あれらもこれから組織の大切な資産となるのだから」

 

 そこまで言った瞬間、壱花の顔から笑みが消え、その形相が憤怒のものに変わる。

 

「その代わり、二度と私達に許可なくその下品な視線を向けるな。私だけじゃない、彼女らは私の臣下(モノ)だ」

 

 その憤怒の形相に男達は怯むが、そこまで言い終えて満足したのか彼らに対して興味を失ったように目線を外して学園の玄関を解放するようにその場をどくと、男達からウオオオオオオ!と雄叫びにも似た歓声が走る。

 学園のうら若い、未来のエリートの座を狙えるような立ち位置にいた乙女達を穢す権利を与えられた彼らは意気揚々と学園内に駆け込んでいき、獣欲に支配された男達を壱花は軽蔑の視線で見た後、校門前へと馳せ参じた臣下を見据える。

 

「ISコアは全て回収した?」

 

「滞りなく。抵抗してきた専用機持ちも全て無力化、それらの座標データも送信済みです」

 

──IS学園に保管されている全データの回収及び元データの完全破壊も完了しました

 

 紅黒色の機体を駆る少女と、この騒ぎの間にIS学園のシステム中枢へと侵入し、IS学園の全データ回収作業を行っていた少女から同時に報告が入る。

 

「うん。じゃあ後はあの犬共に任せておいていいわよね、犬だって檻に閉じ込めた獲物を運ぶくらいの芸は出来るだろうし」

 

 そう言い、壱花は再びISを展開。目元をバイザーで隠しつつ、己に跪く臣下を一瞥する。

 

「任務完了。撤収する!」

 

 その日、IS学園がテロリストに敗北したというニュースは全世界に報道される。

 学園が物理的に破壊されているだけではなく生徒教師合わせて死傷者・行方不明者は数え切れず、しかもIS学園が保有していたISコアだけではなく、IS学園に在籍していた専用機持ちが持っていた専用機のISコアも全て強奪。さらに学園の全てのデータは盗まれた上に学園に保管されていた元となるデータは全て壊されて復旧不可能。そして須藤成志(世界唯一の男性IS操縦者)も生死不明。

 

 すなわちIS学園の完全敗北だった。




というわけで改めまして。「彼女達が亡国機業(ファントム・タスク)に所属している話」ご読了ありがとうございます。
…………サーセンでした!(土下座)

いや……思いついちゃったんですよ。「IS学園じゃなくって、壱花含めてヒロイン全員亡国機業に放り込んだらってどうだろう?」とか、ふと思いついちゃったんですよ……。
でもまあそんなの一発ネタにしかならないっていうか絶対続きが思いつかないってのは分かってるし、加えて全員亡国機業に放り込んだら流石にIS学園側に味方がいない。そうなった時に思ったんですよ「ああ、いたじゃん。圧倒的不利になるIS学園に放り込んでも良心が痛まず、なおかつチート専用機(絶対勝てるとは言ってない)持たせられるやつ」って。
はい、構想完成です。(酷)

……え?一夏が壱花になったのは「IS学園一年一組の男子」という主人公補正剥奪条件を潜り抜けるためだから亡国機業に入れたなら一夏でよくねって?
まあごもっともなんですが……一夏に亡国機業として悪逆やらせるくらいなら壱花をセイバーオルタ化させてやらせた方がこっちの精神衛生上マシというか……あとヒロインズに悪堕ちの一環として男一匹とか獣呼ばわりとかで人間扱いさせない、彼女達まで女尊男卑に染まりあがっていた的な感じをやらせたかったし、それなら壱花の方が都合が良かった。むしろ反転してます超キャラ崩壊中ですって前提の上にオリジナルキャラって事で一番ノリノリで書けた。(笑)

ちなみに今回どうしてこの子達こんな事になってんのか(亡国機業に入った上に人格歪んでいるのか)は全然理由考えていません。もう「こういう世界線だから」で納得していただく以外ありませんホントに。

さて、またこんな電波を受信すれば定かではありませんが、一応ホントにこれは続きを書くつもりはありません。だってもう続きを書きようがないもの、IS学園壊滅してるし。
では今回はこの辺で。ご指摘ご意見ご感想はお気軽にどうぞ。それでは。


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ハチャメチャオールスター:前編

 なんやかんやと神様転生によってインフィニット・ストラトスの世界に転生した青年──須藤(すとう)成志(せいじ)

 

「な、なんだこれ……どうなってんだ……」

 

 なんやかんやでIS学園にやってきた彼は驚きに目を見開いて硬直していた。

 

「おーい姉ちゃん、ちょっと待ってくれよー」

 

「早く来なよー」

 

「お兄ちゃん、クラス分けこっちに張り出されてるみたいだよ」

 

「おーサンキュー」

 

 IS学園の校門近く、彼と同じIS学園の制服に身を包む()()。彼らは当たり前のように校門を潜り、その近くに張り出されているクラス分けを確認する新入生のテンプレ行動を行っていた。

 なおその男子はよく似た顔立ちの女子と一緒にいる者が多いのが目立つ。もちろん男子一人がまばらにいるのも少なからず存在はするのだが。

 

「それにしても不思議だよねー。なんで女性は普通にISを使えるのに男性はほとんど適性が生まれないんだろ?」

 

「おいおい今更何当たり前のこと言ってるんだ? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんて常識じゃないか」

 

「あ~そうだったね。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんて当たり前だよね~」

 

 そんな原作ではあり得ない光景に動揺している成志の隣を通り抜けながら、何故かすごく説明口調で男子と女子が会話していた。

 

「お、男が、ISを操縦できる、だと……」

 

 つまり自分及び一夏以外にもISを使える男が多数存在する。という事実に成志が混乱する中、「わぁ!」と歓声が聞こえてくる。

 

「あ、あれ、織斑君達!」

「兄妹全員揃って日本代表候補生で専用機持ち、流石は千冬様と千雪様の弟妹だわ……」

 

「織斑だと!?」

 

 その声で誰が来たのか気づいた成志が声の方を向く。そこには彼がかつてラノベやアニメ、漫画などでよく見ていた織斑一夏が歩いており、その横には彼と同じ色合いの黒髪を短めのポニーテールに結ったナイスバディの美少女──篠ノ之箒ではなかった──が、さらに隣を歩く、眠たげに目を擦る黒色の髪を短く切った幼さの残る様子の美少女の手を引いて登校している姿があり、一夏は自分達が注目されて苦笑を漏らしていた。

 

「な、なんか恥ずかしいな……」

 

「そうだね……」

 

百花(ももか)お姉ちゃん、眠い……」

 

「もう麻十香(マドカ)ったら、だから春休みだからって夜更かしするのはやめなさいって言ったでしょ?」

 

「そうだぞマドカ。早寝早起き病知らずって言ってな、毎日の規則正しい生活こそが日々の健康を──」

「一夏お兄ちゃんウザい」

「──ぐはっ」

 

 苦笑して頬をかく一夏に、百花と呼ばれたナイスバディの少女も苦笑して答えていると、彼女が手を引く少女──麻十香が眠いとぼやく。それに百花はまるでお母さんみたいにマドカに注意し、さらに一夏も父親過ぎてお爺さんみたいな注意を向けるもマドカに「ウザい」と言われて一発で撃沈していた。

 

「な、なんだあの女?……いや、一人はまさか、マドカなのか?……」

 

 一人は原作で見た事がない少女、だがもう一人は間違いなく、原作では織斑計画で生み出された一人であり千冬に自分を見てもらうがために一夏の命を狙っていた、亡国機業(ファントム・タスク)の構成員、コードネームMこと織斑マドカ。

 その彼女がむしろまるで一夏と兄妹のように遠慮のない掛け合いを行っている。これもまた原作ではあり得ない光景だった。

 

「よう一夏! 百花、マドカ、おっはようさんっ!」

 

「おっはよー百花! マドカも相変わらず朝弱いわねー……あ、一夏もおはよ」

 

 その背後から一組の少年少女が合流。伸ばした茶髪を後ろで三つ編みに結んだ小柄な少年にバシンッと背中を勢いよく叩かれた一夏が「ぐふっ」と変な声を上げた。

 彼と一緒に合流した、茶髪をツインテールにしたこちらも小柄な少女が笑顔で百花に挨拶した後、マドカの頭をわしゃわしゃと撫でてから、いきなり背中を叩かれたせいかげほげほと咳き込んでいる一夏にまるで思い出したようにさっと片手を上げて挨拶した。

 

「て、めっ! いきなりげほっ、背中叩くんじゃげほねえよ(レン)! くそ、息が詰まった、げほっ!」

 

「おはよ、鈴ちゃん」

 

 一夏が怒っている様子ながら咳き込んでいては全く迫力がない様子で茶髪三つ編みの少年──蓮に怒り、百花は茶髪ツインテールの少女──鈴に挨拶を返した。

 

「まったく一夏は鈍いわよねー。そんなんだから兄貴に毎度毎度隙突かれるのよ~」

 

「隙なんて見せてないつもりなんだけどなぁ……蓮、マジでお前気配遮断どうなってんだよ……」

 

「へへっ、日頃の鍛錬の成果ってやつさ」

 

 後ろ向きに歩きながらにししと笑って一夏をからかう鈴と彼的にはちゃんと周りの気配に気をつけているはずなのにそれをすり抜けて毎度毎度背中を叩いて息を詰まらせてくる悪友()に悪態をつく一夏。

 彼の悪態に蓮は両手を頭の後ろで組んでにししと笑ってみせる。その笑顔は鈴のものとよく似ており、二人が双子だとよく分かるものだった。

 

「中国代表候補生の(ファン)蓮音(レンイン)君と(ファン)鈴音(リンイン)さんだわ!」

 

 

凰鈴音(リン)はともかく、凰蓮音だと……そんな男原作にはいなかったはずなのに……」

 

 きゃあ、と黄色い声を上げるファンの声援を聞いた成志が百花に続いて原作に存在しない人物(キャラ)に呆然とする。

 一夏と蓮が言い合い、百花がマドカの手を引きながらまあまあと落ち着かせ、マドカは百花に手を引かれながら目をこすり、後ろ向きに歩きながら兄と共に一夏をからかう鈴を見た。

 

「鈴……後ろ向きに歩いたら危ない……」

 

「へーきよへーき、これでも周りには気をつけてんだから。誰かにぶつかるなんて鈍い真似しないわ、よぉっ!?」

 

「「「鈴!?」」」

 

 マドカの注意に鈴はにししと笑いながら後ろ向きに歩き続けるが、その時足元にあった小石にでも足を取られたのか素っ頓狂な声を上げて後ろ向きに倒れる。バタバタと両手を動かすが崩れたバランスを取るには間に合わず、一夏や百花、蓮が咄嗟に手を伸ばすもそれを取ることさえ出来ずに後ろ向きに倒れるのは避けられず、不意にバランスを崩して倒れたせいか受け身を取るのも間に合わずにこのままではアスファルトで頭を打ってしまうかもしれない。

 

「危ない!」

 

 そこに何者かが颯爽と割り込み、鈴の身体を横抱きにするように抱える。

 それもまた成志からすれば見覚えのない男子、金色の髪を清潔感のあるショートカットに整え、碧眼に眼鏡をかけた長身にスリムな体格の少年。その顔立ちもまさしくイケメンで紳士的な立ち居振る舞いから溢れるオーラはまさしく王子と呼ぶに相応しいものだ。

 

「大丈夫かい、鈴さん? 怪我は?」

 

「な、あ……」

 

 爽やかでどこか王子様じみたイケメン笑顔を向けられた鈴の顔が真っ赤に染まりあがっていき、彼女は我に返ったようにじたばたと暴れ少年の腕の中から脱出するとすぐさま一夏の後ろに隠れるように飛び込んで、一夏の後ろから顔だけ出して彼を睨む。

 

「べ、べべべ別に助けてくれなんて言ってないわよ! で、でも、その……ありがと……

 

「お礼を言われる程の事ではないよ」

 

「っ~……」

「おっすセシル」

 

「やあ一夏、蓮。それに百花さんにマドカさん」

 

 真っ赤な顔で睨んで威嚇するように助けてくれなんて言ってないとツンツンしつつも、その後に目を伏せ気味に逸らし、小さな声でお礼を言ってデレるツンデレの見本のような行動をする鈴に、その内容を理解できているのか分からないが柔らかく微笑んでお礼を言われる程の事ではないと答える少年――セシル。

 その微笑みを見てまた恥ずかしくなったのかさっと一夏の背に顔を隠す鈴の姿に首を傾げつつも、一夏が軽く片手を上げてセシルに挨拶。セシルも彼ら一行に挨拶を返した。

 

「イギリス代表候補生にして今年のIS学園一年生三王子の一人と名高い、セシル・オルコット様!」

 

「朝から一夏君とセシル様、三王子の二人を見られるなんて……」

 

 

「オルコット……」

 

 何故か説明口調込みで、きゃあっとさっきよりも強く黄色い声が響く。その名前に成志はさっきは鈴の関係者に続いてセシリアの関係者が現れたのかと推測しつつ、一体どうなっているんだという困惑を深めていた。

 

「ところでセシル君、セシリアは?」

 

「妹ならあっちだよ」

 

 百花の言葉にセシルはそう言って妹であるセシリアがいる先を指差す。

 

「ラウル様、おはようございます」

 

「セシリア……何故俺の腕に抱きついてくるんだ?」

 

「お気になさらず♪」

 

 そこには金髪ロングに碧眼、セシルによく似た高貴な雰囲気を漂わせる美少女が、刺々しい髪質の銀髪をショートにした、セシルよりも長身で何故か左目に眼帯をつけた少年に挨拶しながら彼の腕に抱きついている光景があった。

 美少女──セシリアからはハートマークが浮かんでいるような様子さえ見えるがラウルと呼ばれたその少年は困惑しており、それを見た彼の隣の、彼と同じく銀髪だがこっちはさらさらとした髪を長く伸ばして彼とは真逆に小柄で何故かこっちも左目に眼帯をつけた少女がセシリアをじろりと見る。

 

「セシリア」

 

「……なんですの、ラウラさん?」

 

「ラウラ、お前からも言ってやってくれないか? 歩きづらい……」

 

 少女──ラウラの言葉にセシリアがむぅと頬を膨らませてラウラを見ると、ラウルがラウラに注意してくれと頼み始める。が、彼の意志に反するようにラウラはセシリアにサムズアップを向けた。

 

「もっとやってやれ。この堅物兄にはそれぐらいしないと分からんぞ」

 

「はい!」

 

「ラウラ!? ぐわセシリアやめろ抱きつくな!?」

 

 完全に楽しんでいる笑みを浮かべてそんな事を言い出したラウラに悪ノリしたセシリアは今度は大胆にラウルに抱きつき始め、ラウルも悲鳴を上げながらしかし力ずくで引き剥がすわけにもいかずじたばたとあがき出す。

 

「セシリアも相変わらずだねぇ……」

 

「数年越しの片思いだからね。とはいえこれ以上は紳士として見てられない、オルコット家の淑女としての振る舞いを忘れられては困るからね」

 

 苦笑する百花にセシルもひょいと肩をすくめ、妹の片思い相手にして友人であるラウルに助け舟を出すために彼らの方に歩み寄る。一夏達も後を追った。

 

「ドイツ代表候補生のラウル・ボーデヴィッヒ君にラウラ・ボーデヴィッヒさん……」

 

「オルコットさんは相変わらずボーデヴィッヒ君の事大好きだよねー」

 

 それを見守る周りもくすくすと微笑ましく笑っていた。

 

「ま、まだ原作も開始してないのにセシリアがチョロインしてるだと……一体どうなってんだ……」

 

 成志も原作が始まってすらいないのに、その時点では男を見下していたはずのセシリアがむしろ(ラウル)にデレデレしているのを見てさらに困惑を深め、ついにどうなっているんだと口に出してしまった。

 

 その間に合流した一夏達一行は校門を潜ってクラス分けが張り出されているらしい広場に向かい、成志も本人が自覚しているかは分からないもののまるでその後を追うようにそっちへ向かう。

 

「ん? ああ、一夏、皆。おはよー」

 

「お、シャルル!」

 

 緩くウェーブのかかった金髪を伸ばした、紫眼でスマートな体型をした中性的な顔立ちの少年、一夏にシャルルと呼ばれた彼がおはよーと挨拶をしていると、彼の前にラウラがたたたっと駆け寄った。

 

「おはよう、シャルル。流石は我が嫁、夫より先に来ているとは感心だ。だが私達は夫婦、これからは共に登校しよう」

 

「相変わらずだねラウラ……」

 

 ラウラの言葉にシャルルは頬を引きつかせて苦笑。まあいいやと打ち切った後、生徒がたむろしているクラス分け名簿を見た。

 

「僕は二組でここにいるメンバーなら一夏と鈴が同じクラスだったよ」

 

「お、サンキュ」

「手間がはぶけたわ。ありがと」

 

「じゃあ私達も見てこよっか」

 

 他の生徒をかき分けて見に行くのも手間だろうしとシャルルが教えると、同じクラスだった一夏と鈴がお礼を言い、百花は自分のクラスが分からないとどうしようもないから見に行こうと生徒の人混みに入っていこうとする。ちなみにラウラは「嫁と同じクラスじゃなかった……」とか言って膝をついてうなだれていた。

 

「ふ~、やっと出られた……」

 

 と、彼女と鉢合わせになるような形で、伸ばした金髪を後ろで一本に結び、アメジストを思わせる紫の瞳をした、シャルルとよく似た顔立ちの少女と、銀髪ショートにトパーズを思わせる黄色の瞳を切れ長の目に宿した少年が、少年が少女を人混みから庇うような格好で現れる。

 

「シャルロットにミシェル君。おはよー」

 

「百花。おはよー」

 

「おはよう。ああ、ちょうどよかった。ラウラ、セシル、二人はシャルロットと同じ三組だった。シャルロットをよろしく頼む」

 

「おはよう、我が未来の義兄と義妹。任せておけ」

 

 百花の挨拶に少女──シャルロットが挨拶を返している間に少年──ミシェルがラウラとセシルに三組だったと伝え、それを聞いたラウラが膝をつくのをやめて立ち上がり胸を張ってシャルロットは任せろと返答。セシルはラウラの様子に苦笑していた。

 

「ま、結局俺らは見に行かなきゃなんねえってことか」

 

 蓮が面倒そうに柔軟体操を始める。いくら一夏の隙を掻い潜って攻撃できる程の気配遮断スキルを持つ彼といえど身体を消せるわけではない、人混みの中となればそれはなんの役に立つものでもなかった。

 

「あの……蓮……」

 

 柔軟体操をしている蓮の背後から誰かが声をかけ、蓮は「ん?」と声を出して振り返る。

 そこに立っていたのは水色の髪をショートにしてその先が内側に軽く曲がった、眼鏡型のIS用簡易モニターをかけた少女だった。

 

「よお、簪じゃねえか。丁度良かった、お前のクラスも見てきてやるからそこで待ってろよ」

 

「う、ううん……」

 

 蓮は運動が苦手だと知る簪だと人混みをかき分けるのも一苦労だろうと、代わりに彼女のクラスも見てきてあげようと思いながら人混みに突っ込もうとする。しかしその前に簪は彼の制服の裾を掴んで彼を足止め、不思議そうな顔で見つめてくる蓮を見る。

 

「わ、私、四組……そ、それで、蓮と……ラウル君と、マドカも……四組、だった……」

 

「……そっか。ありがとな、簪」

 

「べ、別に……いい……」

 

 見に行く手間がはぶけたと笑ってお礼を言い、簪の頭を撫でる蓮。簪も恥ずかしそうにうつむいてそう答えていた。

 

「という事は、私達は一組なのかな?」

 

 二組、三組、四組の情報が出揃い、IS学園は全四クラス。つまり今まで名前を呼ばれなかったメンバーは消去法的に一組だと決定する事になる。

 

「そうだ」

 

 その予想を肯定する声が聞こえ、百花が声の方を向く。

 

「箒、早かったんだね」

 

「まあな。一組は私と百花とセシリア、あと本音もいたぞ」

 

 百花の言葉に黒髪ポニーテールに巨乳の少女──箒が答えて残るメンバーは一組だと告げる。

 

「ソウちゃんは?」

 

「兄上は三組だ。残念だったな」

 

「い、いや、別にそんなんじゃ……」

 

 百花の言葉に箒は口元に手をやってクックッとからかうように笑って告げ、それを聞いた百花はふるふると慌てたように首を横に振った。

 

「でも、箒だって一夏お兄ちゃんは別クラスだよね?」

 

「ぶっふぅ!? い、いやマドカ!? 私は別にそんな事気にしてなど……」

 

 そこに爆弾をブッ込んだマドカに箒も顔を真っ赤にして慌て出す。

 

「箒が同じクラスじゃないってのは俺も残念だけどさ」

 

「一夏……」

 

「ま、たかがクラスが違うだけだしな。気にせずお互い楽しくやろうぜ、放課後ならデートだって出来るしな」

 

 一夏が声をかけ、箒も嬉しそうに微笑む。

 

「ああ。今日は私が勝ち越させてもらうぞ」

 

「こっちこそ。放課後にアリーナ取れるか聞いとくよ。取れなかったら剣道場でいいよな?」

 

「ああ」

 

 デートというにはどこかずれた約束が交わされる。

 

「……相変わらずこの剣術バカップルはどこかずれてるわよねぇ……」

「おう。アリーナや剣道場での鍛錬をデートとか言い出すバカは、世界広しといえどこいつらぐらいじゃねえか?」

 

 それを見た彼らと幼馴染である蓮と鈴の兄妹が呆れ、他のメンバーもうんうんと頷く。

 

「え? 何かおかしい事あった? あ、私もソウちゃんとデートすればダブルデートってやつだよね」

 

 そんな中唯一、百花だけはきょとんと首を傾げ、今ここにいない様子の彼氏を剣術鍛錬(デート)に誘おうと考え始める。

 

「……バカはもう一組いたわ」

 

 鈴が再び呆れた様子で呟いた。



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ハチャメチャオールスター:中編

【注意】
これは三話連続投稿の中編です。
もしも前編を読んでいないまま間違えてここに飛んできた方は前編への移動をよろしくお願いいたします。


「一体どういう事だ、何が起きてんだよ……」

 

 IS学園一年一組。原作主人公である織斑一夏が所属するクラスだが、彼はどういうわけか二組に配属。しかもどんな手違いが起きたのか分からないがこのクラスに所属する男子はたった一人だけ。

 その一年一組唯一の男子──須藤成志は入学式や入学初日の授業を終えた今になっても未だに朝に見た光景による困惑から脱しきれていなかった。

 

「どうして俺と織斑一夏以外の男がISを使えて、しかもヒロインと双子とか言ってるんだ、訳が分からねえ……」

 

 しかも代表候補生と呼ばれていた以上、ヒロインの双子という彼らはISを使える事はほぼ確定。だがしかしそこまで考えて、彼は自分の右手首でキラリと金色に光るIS──女神に頼んで作らせた彼専用のチートISだ──を見る。

 

「いや、そんな事関係ねえ。むしろあいつらもISを使えるってんなら、そいつらをこれでボコボコにしてやれば女どもは俺にメロメロになるはずだ……」

 

 女神から「最強のIS」という注文で与えられたチートIS、それを使えば負けるはずはない。そしてチャイムが鳴った途端、箒が百花達を誘ってアリーナに向かう時にどのアリーナに行くのかは盗み聞き(本人は「たまたま聞こえてきただけ」としている)して分かっている。

 それならやることは一つだと成志はニヤリと笑い立ち上がった。

 

 

 

 

 

 一方第三アリーナ。一夏がどうにか予約を取れたアリーナは初日から練習を希望する生徒の予約で埋め尽くされており、時間制で交代しながらの使用が精一杯になっている。

 そのため一夏達は自分達の番が来るまで観客席で座り、他の生徒が練習しているのを見学していた。

 

「やっぱり二年生や三年生にもなると凄いよなぁ。俺達も代表候補生として結構訓練してきてる自信はあるけど……」

 

「そうだな。剣術なら劣らない自信はあるが。そこ以外、三次元的な移動技術や射撃に関してならやはりあちらの、特に専用機持ちに分があるか……」

 

「総司は弓もあるけど、俺なんて結局剣しか使えねえからなぁ……」

 

 一夏は隣に座る黒髪ポニーテールに侍のような凛とした雰囲気の男子──箒の双子の兄である篠ノ之総司と主に訓練機を使って訓練している二年生や三年生の動きを見ながら感想を話し合い、現在アリーナで実戦形式の訓練をしているチームを見る。

 

「オラオラどうしたオータム!? その程度で終わりなんて寝言言わねえよなぁ!?」

「ほーら頑張るっすよー」

 

「ちょ、ま、ダリル姉ぇ、フォルテ先輩、二人がかりは流石にギャー!!??

 

「秋也ー、がんばれー」

 

 そこには二年生と三年生の二人がかりでボコボコにされている、専用機を使う一年生男子の姿があり、その男子をマドカは観客席で見守り応援していた。

 しかし応援のかいなくその男子は二年生と三年生のコンビ──なお両方とも専用機を使う国家代表候補生だ──にボロ負け、金髪ホーステールに長身の三年生に観客席まで引きずってこられる羽目になっていた。

 

「よっとマドカ、お届けもんだ」

 

「ありがと、ダリル」

 

 ぽいっと一年生──マドカに「秋也」と呼ばれていた──を放り投げた三年生──ダリルは、秋也を彼の恋人であるマドカに任せると一夏達を見た。

 

「んで、次はサマーやフラワー達だろ? 時間がもったいねえからとっとと行けよ」

 

 サマーやフラワーとは彼女限定の一夏と百花への愛称だ。本人曰く「秋也の秋ってのはオータムって意味なんだろ?んじゃ一夏は夏だからサマー、百花は花だからフラワーでよくね?」との事らしい。ちなみにマドカに関しては「マドカはもうマドカで呼び慣れてるからそれでいいんだよ」というゴーイングマイウェイっぷりだった。

 

「ありがとう、ダリル先輩。じゃあ箒、百花、総司。行くか」

 

 一夏はマドカ繋がりで交流を持ち始めた先輩にお礼を言い、今回はダブルスでの訓練(ダブルデート)をしようという事に決まったのでその三人に声をかけて行こうとする。

 

「織斑一夏ァ!! 俺と勝負しろぉ!!!」

 

「なんだぁ!?」

 

 そこに突然聞こえてきた大声に一夏は素っ頓狂な声を上げ、総司達もなんだなんだと声の方を見る。そこには彼らとしては初対面の男子──須藤成志が自信に満ち溢れた顔をして立っていた。

 

「えーっと、君は?」

 

「たしか須藤君だっけ?」

 

「私達と同じ一組に所属する男子だ」

 

「須藤成志、と言ったかしら?」

 

 一夏が首を傾げて問うと百花が確認、箒が同じ一組の生徒だと説明、セシリアがフルネームを答える。それを聞いた一夏は何か得心がいったように「ああ」と頷いた。

 

「そうなのか。俺は二組の織斑一夏、クラスは別みたいだけどこれも何かの縁だ。これからよろしくな」

 

 にこっと笑みを浮かべて初対面の挨拶をしながら彼に歩み寄り、右手を差し出して握手を求める一夏。

 

「フン!」

 

「でっ!?」

 

 しかしその差し出した手を成志は勢いよく払い、その刺激に一夏は思わず小さな悲鳴を上げる。

 

「なれなれしくするんじゃねえよ。ここは弱肉強食の世界、お前らみたいな群れなきゃならねえ雑魚と俺は違うんだ」

 

「は、はぁ……なんだって?」

 

 睨んでそんな事を言い出す成志に一夏は曖昧に頷いた後、なんだってと聞き返すと成志は思い切り一夏を睨みつけてきた。

 

「お前みたいな雑魚が調子に乗ってるのが俺は許せないって言ってんだよ! 覚悟も無しにISに乗るような弱者は俺みたいな覚悟を決めた強者の足元にも及ばねえってのを見せてやるっつってんだ!!」

 

 そう言って金色の腕輪を見せつける成志。その物体が意味する事を理解した、観客席に座っている鈴が「あーそういう事ね」と察したようにどこか呆れている目を向ける。

 彼女の考えはこうだ。彼、須藤成志の名は中国代表候補生の自分は聞いたことがない。どこかの企業のテストパイロットが国に実績を認められて専用機を得たのか、あるいは他国が情報を手に入れるより先に専用機を得た期待の代表候補生ルーキーか。

 別にどっちでも構わないが、有限であるISコアの一つを自分用に与えられたも同然の専用機を得たことで調子に乗っている手合いだろう。

 自分や()も中国にいた頃はたまにそういう手合い──専用機を得た者だけではなく、突然訓練でいい結果を出し始めたから「ついに自分の才能が開花した!」とか言い出してちょっかいをかけてきた者もいる、というかそっちがほとんどだ──に絡まれていた。と鈴はいっそのこと懐かしささえ覚えたような表情で頷いていた。なお鈴と蓮の兄妹はそういう手合いは全員問答無用でISバトルでぶっ飛ばしている。

 そんな彼女と似た経験があるのか、一夏は苦笑気味にまあまあと両手を前に出した。

 

「わ、分かった分かった。けど俺達は今から訓練だからさ、終わってから話聞くから……」

 

 こうしている間にも訓練の時間がなくなっていくからとやんわり抑えようとする。が、成志はその言葉をどう受け取ったのかフンと鼻を鳴らして勝ち誇ったように笑い、一夏を見下すように顔を上に向ける。

 

「逃げるのか?」

 

「……はい?」

 

 その言葉に一夏だけではない、その場にいた全員の目が点になった。

 

「所詮は弱者だな。一人じゃ何も出来ないからそうやって逃げる言い訳ばかり考える。だがいつまでもそうやって逃げられると思ってんじゃねえぞ! 世界最強(ブリュンヒルデ)の弟だかなんだか知らないが、そんな姉の七光りなんかで自分は大した実力もないくせに偉ぶってる奴が俺は大嫌いなんだ!」

 

「いや、えーとだな……」

 

「なんだよ口ばかりの雑魚が! そうやって言い訳並べ立てて尻尾巻いて逃げるような覚悟のない奴が、兵器であるISを振り回す事が許されると思ってんのか!? 群れるしか能がないんならとっととここから出て行きやがれ!!」

 

 一夏が驚いて何も言えなくなってるのをいい事に好き勝手な罵詈雑言を並べ立てる成志。

 

「あーへいへい分かった分ーかった。おいサマー」

 

 そこに面倒くさそうにダリルが口を挟んだ。

 

「めんどくせえ、こいつの相手してやれ」

 

「え、先輩!? でも予約は俺と箒と百花と総司って事になってるし……」

 

「んなもん直前で変更したって何も言われねえよ。オレだって今日はフォルテとのタイマン訓練のつもりだったけど、直前にオータム引きずり込んだんだからな」

 

 彼女も似たような経験があるのか、これ以上話していてもらちが明かないと判断したらしい。一夏はうなだれてため息をつくと箒達の方に向き直った。

 

「すまん、箒! 皆! この埋め合わせは必ずするから!」

 

「ま、こういうのも有名税だよ」

「ああ。こっちの事は気にするな」

「勝って帰ってくれば許してやる」

 

 両手を合わせて頭を下げ、突然訓練(デート)を中止する事を謝罪する一夏に、百花、総司、箒は冗談交じりに笑ってそう答える。

 

「フン、やっと覚悟が出来たかよ。じゃあついて来い雑魚、力の違いってもんを思い知らせてやる」

 

 成志は既に勝利を確信しているような勝ち誇った笑みを浮かべて答え、踵を返して出入り口向け歩き出す。

 

「あ、おい須藤……だっけ?」

 

「なんだよ、無様な姿を見せたくないってんなら今ここで地面に頭つけて謝れば──」

「いや……」

 

 一夏の言葉に何を考えたのか暗に恥かきたくなければ土下座しろとでも言おうとする成志だが、一夏は困ったように頭をかいて、今彼が出て行こうとした出入り口とは別の出入り口を指差した。

 

「ピットならあっちから行った方が近いぞ?」

 

「っ……分かってるよんなもん!

 

 一夏としては気を遣った(のと訓練時間を少しでも確保するための)言葉だが、成志はまるで恥をかかされたというように彼を突き飛ばして──階段の上だから危なかったが、一段下の段に足を乗せてなんとかバランスを維持した──一夏に指されたピットへの近道の出入り口へと向かう。

 一夏も困ったように苦笑をしながら、彼とは逆方向のピットへの近道の出入り口へと向かっていった。



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ハチャメチャオールスター:後編

【注意】
これは三話連続投稿の後編です。
もしも前編、中編を読んでいないまま間違えてここに飛んできた方は前編あるいは中編への移動をよろしくお願いいたします。


 一夏VS成志による模擬戦が急遽決まり、ピットに場所は移る。成志は自動的に流れる電子音声の案内を聞きながら専用機を展開、発進用のカタパルトに乗り込んだ。

 

「クソが、どうでもいい事で俺を馬鹿にしやがって、目にもの見せてやる……」

 

 織斑一夏のIS──白式は武装が剣しかない欠陥機、零落白夜にさえ気をつければ恐ろしくもなんともない、自分のチートISならどう間違ったって負けるはずがない。

 成志はそんな確信を持ちながらゲートが開放されるのを待ち、ゲートが全開になると共に全ての発進準備が完了。カタパルトが自動で作動すると自分の栄光の勝利を祝うように輝くアリーナへと一気に飛び出した。

 

「おー……あれが、なんだっけ? 織斑といきなり勝負する事になった奴の専用機?」

 

「うーん……なんか、すごく派手だね……」

 

「時代遅れの成金趣味って感じ」

 

 ブリュンヒルデの弟(織斑一夏)が謎の専用機持ちに喧嘩を売られて実戦形式の試合をするという噂は話題として充分なのだろう、観客席にはあっという間に野次馬が集結。その観客達は口々に成志の専用機──金色王(ゴールデン・キング)を見て評する。

 全身をゴテゴテの金色の鎧を思わせる装甲で包み、それで落ちる機動力をカバーするためかやはり金色にペイントされた大型の翼型推進器(ウイングスラスター)が四機もくっついている。両肩には明らかに砲撃用だろう巨大なキャノン砲を抱えており、まるでラウラの専用ISシュヴァルツェア・レーゲンの大型レールカノンを両肩に担いでいるような格好だ。さらにリアアーマーにも見るからに砲身らしいものがくっついており、恐らくセシリアの専用ISブルー・ティアーズのミサイルのように展開するものだと考えられる。

 しかしそれらの武装も全て金色にペイントされており、見た目だけでド派手というか、観客の一人が評した時代遅れの成金趣味という言葉が全てを物語っている印象だ。

 そんな困惑の声を自分のチートISへの賞賛と思ったか得意気になる成志は、向かいのピット・ゲートから飛び出てきた一夏の駆る白式を見る。

 

「……ん?」

 

 違和感が走る。白式はその名の通り白色が基調の配色になった機体、それはいい。

 だがその装甲はより無駄が省かれたようなシャープなラインに変化しており、そのシルエットは例えるなら鎧というよりも、前を開いた状態で腰下まで伸びたコートのよう。特に腰下のリアアーマーはまるでコートの左右に切れ込みを入れたような独特の造形を見せている。

 さらに武装もたしかに近接用ブレード『雪片弐型』を思わせる剣しか見えないが、その剣は原作には存在しなかったはずの鞘に収めた形で左腰にマウントされている。

 総じて原作の白式と違って妙に違ったイメージを成志に与えた。

 

「あれ? 百花、一夏の機体ってあんなだっけ?」

 

「?……あ、そっか。皆は一夏の機体が変化したの知らなかったっけ?」

 

「え、マジで? まさか第二形態移行(セカンド・シフト)!?」

 

「ま、説明は後にして。今は観戦に集中しよ」

 

 その違和感に気づいたのは観客席の鈴もだが、百花がそう答えると唖然とした顔を見せていた。

 

(……ま、気のせいだろ)

 

 しかし成志は自分の持った違和感はただの気のせいだと結論づけ、自分と同じく浮遊する一夏より高い位置を陣取って彼を見下ろした。

 

「よお、俺に瞬殺される覚悟は出来たか? 今なら泣いて謝れば許してやらなくもないぞ?」

 

「あーはいはい。いつでもかかってきなよ」

 

 一夏としても日本代表候補生として訓練してきた中、織斑千冬(ブリュンヒルデ)織斑千雪(キング・アーサー)の弟だからと目をつけられることも少なくはなかった。

 妹達(百花とマドカ)に無暗に敵意が向かないように出来る限り自分だけで処理していたから、今回も結局は似たようなものだと開き直って、敵意に満ちた言葉に苦笑交じりにやんわりと答えながら剣──雪片弐型を鞘から抜く一夏に、成志は逆に苛立ったのかギリッと歯を噛みしめた。

 

──BATTLE START!!!

 

 そして互いの目の前に試合開始を意味するウインドウが表示され、同じ意味を示すブザーが響く。

 

「一撃で終わらせてやらぁ!!! 来い、ゴールデン・ブレード!!!」

 

 成志が叫び、右手に出現させるのはやはり金ぴかの剣。それを両手で抱えて振り上げ、「おらあああぁぁぁぁっ!!!」と雄叫びを上げると四つのスラスターが点火し、その出力によって一気に最高速まで持っていく。

 

(速い!)

 

 瞬時加速(イグニッション・ブースト)を思わせる加速に一夏も気を引き締め、相手の攻撃を見切ろうと待ち構える。

 しかし一夏目掛けて斬りかかったはずの成志は剣を振り上げたまま最高速度で、一夏の隣を通過してなおスピードを緩めずに突っ込んでいく。

 

「……え?」

 

 距離感や相手の行動予測を読み違えての空振りならともかく、斬りかかる様子すらなく通過していくという経験したことのない光景に一瞬呆ける。

 

(いや、後ろに回り込んで斬りかかってくる気か!?)

 

 本来ならあんな加速状態から無理に方向転換をすれば、空気抵抗や圧力の影響で機体に負荷がかかった場合酷ければ骨折しかねない。だが瞬時加速を使った様子もなくあんなスピードを出せる機体なら、そして操縦者(成志)のあの自信ならあるいは急速方向転換を行える仕掛けが存在するかもしれないと、一夏は慌てて後方へと意識を配りながら反転。

 

ズドオオォォォンッ!!!

 

 しかし直後一夏の耳を貫いたのはまるで巨大な鉄塊が地面に激突したかのような轟音。

 その正体は成志の機体(ゴールデン・キング)がスピードを落とすこともなく地面に激突した音だった。

 

(こ、攻撃するどころか地面に墜落? どういう事だ……く、全然次の手が読めない!)

 

 もうもうとゴールデン・キングが墜落もとい激突した地面周囲から舞う土煙を見ながら、一夏は相手の奇抜な作戦に警戒を強めた。

 もしや今までの攻撃は全てこちらの油断を誘うためのブラフで、この土煙に混じって両肩の大型キャノンによる攻撃を仕掛ける算段なのかもしれないと白式に上昇を命令。土煙から距離を取る。

 

「うるああああぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 しかし成志は砲撃を行う様子もなく再び金色の剣を振り上げて土煙から飛び出し、再び瞬時加速を思わせるスピードで突進。

 

(砲撃と見せかけて土煙に隠れる事で加速のタイミングを読ませずに接近戦に持ち込む気だった──)

 

 接近戦に見せかけた砲撃……と見せかけてやはり本命は接近戦かと、試合開始直後から幾重にもフェイントを交えてくる成志に一夏はあそこまで自信満々に言うだけあると、こちらの予想を飛び越える程に奇抜だからこそこちらの裏をかける作戦に敬意を見せて剣を構え、相手の策に乗ってやろうと待ち構える。

 

あああああああああああああああ!!!」

 

(──の、か?)

 

 しかし成志は最初と同じように剣を振るう様子もなく一夏の横を通り過ぎ、一夏も最初と同じように後方を警戒しながら振り返ると、成志は今度はアリーナにドーム状に張られている不可視のエネルギーシールドに激突して強制停止。そのままふらつくようにしばし浮遊していた。

 

(り、理解できない……一体どんな作戦なんだ!?)

 

 一夏もあまり頭がいい方ではない。蓮や鈴のような感覚についてなら天性の才能を持つ程の者とは言えないが、どちらかといえば直感で動くタイプであり理論的な動き方は苦手な方。

 だがある程度は相手の策を読む力は訓練の中で鍛えていたつもりである。自分の戦い方的には敵の動きを読むのは必須だからだ。

 しかしそれを駆使しても成志の動きは意味不明。ただいたずらに急加速を繰り返して地面やエネルギーシールドに激突、これではただスラスターのエネルギーを無駄遣いしているだけだ。

 

(まさか機体に振り回されて……いや、まさかな)

 

 もしかして機体の制御が出来ていないのではないかと考える一夏だがすぐにその思考を切り捨てる。

 自分達専用機持ちは専用機を受領してから暇があればISを起動し、身体に馴染ませている。さらに自分のISの武装や能力を理解するのは初歩の初歩、専用機持ちがそれすらせずにいきなり実戦で使うなどあり得ない。と一夏はそんな都合のいい解釈を首を横に振ってかき消した。

 

「クソ! ちょこまかと逃げ回るしか出来ない雑魚が!!」

 

「いや、俺ほとんど動いてないんだけど……」

 

 成志の怒号に自分が動いたのは土煙に警戒しての上昇くらいだと思わずツッコんでしまう一夏だが、相手は聞こえていない様子で睨みつけてくるのでどうしたものかと苦笑。

 

──警告! 敵ISの大型キャノンの安全装置解除を確認、初弾装填──警告! ロックオンを確認──警告!

 

 そこに白式のハイパーセンサーから警告が飛ぶ。接近戦から今度は砲撃戦に持ち込むつもりらしい、そうなると武器が雪片弐型しかない自分は圧倒的に不利、と一夏はまず相手の砲撃の癖を掴むために雪片弐型を鞘に収めて回避に神経を集中する。

 

「逃げるしか出来ないなら手も足も出ずにくたばれ雑魚がぁ!!!」

 

 成志の怒号と共に両肩の大型キャノンから砲撃が放たれる。ロックオンされているため黙って立っていたら間違いなく命中するため動こうとした。

 

「んえ?」

 

 直後一夏はとんでもないものを目にする。大型キャノンが火を噴いた瞬間、ゴールデン・キングがひっくり返ったように大きく後ろ向きに回転したのだ。

 思わず動きを止めてしまったがキャノン砲から放たれた砲弾もあらぬ方向に飛んでいき、アリーナのシールドに激突して勢いを失い落下。そのシールドの向こうにいた生徒に「わあっ!?」「きゃあっ!?」と悲鳴を上げさせるだけで終わった。もちろん一夏には掠りもしない。

 その珍妙な光景に観客席に座って大人しく観戦している百花が、厳密には種類が違うだろうが同じようなキャノン砲を使っているラウラを見る。

 

「え、と……ラウラ、あれって……」

 

「……明らかに反動を計算できていない……ように見える」

 

 百花の言葉にラウラが見た感じでの所感を述べると周りも沈黙に包まれる。

 ISの射撃管制システムには射撃・砲撃の際に自動的にPICの一部出力を使って射撃・砲撃の際に生じる反動を相殺する事で精密な射撃・砲撃を行えるようにするシステムがある。

 しかしそれも万能ではなく、あくまで浮遊・加速などの移動に支障をきたさない最低限の出力を使っているだけ。その出力で自動的に反動を相殺できないのなら後は操縦者自身がマニュアル操作でPICを反動の制御に回す必要がある。

 だが先ほどの成志の動きはその反動制御が計算できていないどころか、反動制御の計算を全くしていないようにも見えた。

 

「いや……流石にあり得んだろ」

 

 思わずラウルが否定を口にする。砲撃系の武装を扱うならマニュアルでの反動制御など普通に訓練するし、それをメインとして扱うならもはや無意識でも出来るレベルでないと話にならない。

 あんな大仰にキャノン砲を装備しているというのに反動制御の計算が出来ないなんて専用機持ちとしてはあり得ないというのが同じ専用機持ちとしての彼の意見だが、彼のやや震えた声はそのあり得ない事がもしかすると、と否定しきれない心情が僅かに映し出されていた。

 

「クソクソクソォッ! ちょこまか逃げ回るしか能のない雑魚が!!」

 

「えーっと……」

 

 両肩の大型キャノンだけではなく腰にマウントしていた砲身をこっちに向けてミサイルを構わず撃ち込みながら見当違いの怒号を上げる成志に一夏は苦笑しつつ、やたらめったら砲撃しつつも反動を制御できていないため機体が大きくブレてあらぬ方向に飛んでいく、もはや自分から当たりにいかなきゃ当たらないんじゃないかと思えるような砲弾を念のため気をつけながらこっち向けて飛んでくるミサイルを斬って対処していく。

 

「う~ん……仕方ない」

 

 似たような経験こそあるが流石に何故ここまでこっちを敵視してくるのかが分からない以上、出来れば落ち着かせたいところだがこの試合に使える時間は有限ではなく、次にアリーナを使う人との交代のための退去の時間も考えればあまり時間の余裕はない。

 とりあえず話は試合の後にゆっくり聞くとして、まずはこの試合を終わらせるとしよう。と一夏は決めて、撃ち込まれたミサイルを全て斬り落とすと次は本丸だというように成志に剣を向けた。

 

「主人公の俺に向けて偉そうに調子乗ってんじゃねえぞ雑魚がぁ!!!」

 

 また訳の分からない怒号を喚いて両肩の大型キャノンから砲撃しようとする成志。だがその砲身から出てきたのは砲弾ではなくカチンという音のみ、何度やってもカチンという音が空しく聞こえるだけだった。

 

「弾切れか!」

 

 結局一発もまともに当たらないどころかまともに飛んでこなかったがとにかくチャンスと一気に攻め込む一夏に対し、成志は何度も送る砲撃命令が空振りに終わり、その度に「Out of bullets」という弾切れを示すウインドウが出てくるのにイラついたようにガリッと歯を噛みしめた。

 

「ふざけやがって! 来い、ゴールデン・ガトリング! それとゴールデン・マシンガン!」

 

 叫ぶと共に両肩の大型キャノン砲が黄金の粒子となって消え、代わりに両肩に担がれるのは大型のやはり金色に塗られたガトリング砲、さらに彼の両手にもマシンガンが握られた。

 

「お前が接近戦しか出来ないのは知ってるんだよ! この弾幕でなすすべなく堕ちろ雑魚が!!」

 

 両肩のガトリング砲への射撃命令と同時にマシンガンの引き金を引く。やはり反動制御がなっていないのか機体が無茶苦茶に暴れながら弾幕をまき散らすが、今度は逆にそれが功を奏したのか予測のつかない弾雨を降らせていた。

 

「俺が接近戦しか出来ない?……そんな事、言われなくても俺が一番よく知っているさ」

 

 成志の怒号に対し、一夏は自嘲するように笑いながら呟くと強い瞳でその弾雨を見る。

 

「だからこそ、射撃への対策は万全だ!」

 

 一気に弾雨目掛けて突っ込む。本来ならばあり得ない命知らずとも呼べる行動、しかし一夏はハイパーセンサーによる補助と今まで乗り越えてきた訓練の経験を元に予測不可能な弾雨の軌道を予測、不規則な軌道を描く高速移動で成志目掛けて突っ込んだ。

 多少弾雨を浴びるが致命傷に至るには浅く、一夏が懐に入ると同時、後先考えずに乱射したせいかガトリング砲とマシンガンが弾切れを起こし、無意味に回転したりカチカチという音を響かせるだけになる。

 

「馬鹿なっ……だが零落白夜なんて全身装甲の前じゃあ──」

「なら、まずはその鎧を打ち砕く!」

 

 弾雨を越えて接近してきた一夏に対し、成志はエネルギーを消滅させる零落白夜も物理的な装甲の前では無力だと嘲笑うも、一夏はそう叫んで剣を鞘にしまうと鞘にしまったままの剣を振りかぶり、勢いよく金色の鎧に叩き付けた。みしり、と鎧が軋む音が聞こえる。

 

「なに!?」

「はあああぁぁぁぁっ!!!」

 

 鎧が軋んだ音に慌てる成志に対し、一夏はもう一度鞘にしまったままの剣を叩きつける。バギリッという音を響かせて鎧が砕けた。

 

「ば、馬鹿な!?」

 

「地面やエネルギーシールドに激突したせいで脆くなってたんだろうな……」

 

「調子に乗ってんじゃねえ! この距離なら俺の方が速いに決まってる!! ゴールデン・ソード!!」

 

 驚く成志に一夏はそう推測、しかし成志はすぐさま金色の剣を呼び出すと振りかぶった。対する一夏はまだ雪片弐型を鞘に収めたまま、剣を抜いて斬りかかるよりも既に剣を振りかぶっている成志の方が斬りかかるのが速いのは道理である。

 

「いくぞ、白式!!!」

 

 ゴールデン・ソードが振り下ろされる一瞬、一夏は白式に声をかけて一気に加速。成志の懐に入ると同時に鞘に収めたままの雪片弐型を腰に回して右手を添えた。

 

「零落白夜・一閃(ひとすじのひらめき)!!!」

 

 成志は一夏が抜刀した雪片弐型が変形し、純白の光の刃を形成しているのを一瞬見る。

 だがそれだけ。気づいた時には一夏の姿は消え、かと思うと彼はいつの間にか成志の背後に移動し、抜刀していたはずの雪片弐型を再び鞘に収めていた。

 

「ハッ、ただのこけおどしかよ雑魚が! 大人しくぶった斬られやがれぇっ!!!」

 

「もう、終わってる……」

 

「ハ……? っ、なんだ!?」

 

 振り返り、ゴールデン・ソードを振り上げて背を向けた一夏に襲い掛かる成志。しかしそれに対し一夏は彼の方に顔を向けることなくそう告げ、同時に成志はゴールデン・キングのシールドエネルギーが突如減少し始める事に気づく。「なんだ、何が起こっている!?」とパニックになっている成志の意志とは無関係にシールドエネルギーの減少は続き、やがて底を尽く。

 

──須藤成志、エネルギーエンプティ。勝者、織斑一夏

 

「な、なんだ……何が起きやがった……」

 

 シールドエネルギーが尽き、地面に着陸して膝をつく格好になった成志は目の前に着地した一夏を睨みつける。

 

「そうかお前! 何かイカサマしやがったな!? そうに決まってる、この俺に恥かかせやがって!!」

 

「いや、ただ零落白夜で斬っただけだよ。ただ零落白夜・一閃は斬撃が速すぎるのか知らないけどシールドエネルギーの減少にラグが発生するみたいでさ……」

 

 喚く成志に一夏はそう答えながら、彼に右手を差し伸べる。

 

「とりあえずさ、試合は終わったんだし落ちつけよ。お前がなんで俺をそんな目の敵にするのか知らないけどさ、一緒に飯でも食おうぜ。そこで何でそこまで俺を目の敵にするのか教えてくれよ」

 

「ふ、っざけんなっ!!

 

 しかしその差し伸べてきた手を成志は力任せに払いのける。

 

「主人公の俺を見下してんじゃねえぞクソが! 覚えてやがれ!」

 

 叫び、ピット・ゲートに突っ込んでいく成志。一夏も困ったように頭をかくと自分も退場しようと白式に指示を出してピット・ゲートまで飛び、ピットへと入っていった。

 

 

 

「ちょっと一夏!」

 

「おう鈴、それに皆も。どうしたんだ?」

 

 ピットに戻った一夏を出迎えるのは百花達仲間だが、その中でも先頭にいるのは鈴、その他にもセシルやセシリア達。平たく言えば百花とマドカと秋也と箒と総司とダリル以外の面々が一夏を睨んでいた。

 

「どうしたもこうしたもないわよ! あんたいつの間に第二形態移行なんてしてたのよ!?」

 

「あー、いや、これ厳密には第二形態移行じゃないみたいなんだけど……そういや話してなかったっけ? 去年ちょっとアメリカのファントム・タスク社に遊びに行った時なんだけどさ」

 

 ファントム・タスク社。アメリカの大手ISメーカーでダリルはそこのテストパイロットをしている。秋也もちょっとした伝手があり、その繋がりでマドカや一夏達織斑家も少々付き合いがある会社だ。

 一夏曰くそこに会社見学に行っていた時に極秘開発中だったISが突然暴走、偶然いた一夏達が制圧を手伝っていたのだが、暴走の影響でリミッターが外れてスペックが跳ね上がっていたようで一夏、百花、マドカ、秋也、箒、総司、ダリルの七人の専用機持ちをもってしても押し負けるという異常事態が発生。一夏は仲間を庇って暴走ISの攻撃を受け、一時意識不明の重体を起こしたそうだ。

 

「その時夢の中、っていうのか? そこでまるで全七章のゲームの第五章辺りの強敵にやられそうになった主人公に声をかけるCV櫻井孝宏キャラみたいな声を聞いて、目が覚めて気が付いたら白式がこんな姿になってたんだ」

 

「全七章のゲームの第五章辺りの強敵にやられそうになった主人公に声をかけるCV櫻井孝宏キャラなんて絶対胡散臭いグランド級のロクデナシじゃないの!? 大丈夫なのそれ!?」

 

「束さんにも見てもらって異常がないのは確認したし、今のとこ大丈夫だから多分大丈夫だと思うんだけど……あれ以来誰かを守るのに失敗したらマモレナカッタってつい口に出る以外は……

 

 迫る鈴に一夏は苦笑気味に弁明。そこまで聞かされるとこっちが言っても仕方ないと諦めたか鈴達もはぁとため息を漏らす。

 

「まあいいだろ? それよりもう交代の時間だし、次にアリーナを使う人の邪魔になる前にどこうぜ?」

 

「しゃーないわね……」

 

 一夏の言葉に鈴は諦めと呆れがないまぜになったような表情で肩をすくめ、彼らはピットを出て行くのだった。




 また思いつきました。(笑)
 今回のテーマはタイトル通り「ハチャメチャオールスター」。
 原作であるインフィニット・ストラトスはもちろん、一応形式上は本作かれきえシリーズの主人公(良い目を見るとは言ってない)である須藤成志。
 次にインフィニット・フェイトから織斑壱花を元に、「いや織斑一夏と読み方被るから今回の設定的にはアウトだろ」ということで無理矢理改名させた織斑百花(ももか)とインフィニット・フェイトヒーローズ&織斑千雪(今回は存在の言及だけに止まりました。出番作る余裕ありませんでした……設定上は一年二組の担任やってます)。
 そしてゆかひきからミシェル・デュノアも今回はゆかひきコラボ編とは違いIS学園生徒として参戦。おまけにオータム君こと巻紙秋也と、そのヒロインマドカ・ミューゼルこと織斑麻十香(マドカ)も今回は織斑家扱いで登場。
 すなわち現在の自分が投稿しているインフィニット・ストラトス二次創作作品のメンバーほぼ勢揃いです。(インフィニット・フェイト仕様布仏本音や篠ノ之束など一部例外あり)
 そしてヒロインズを独り身のままにしとくと成志がうっとうしいと思うので、敢えて現在いる男性陣をそれぞれヒロインズと付き合わせるorヒロインはその男子に好意を寄せているという大胆な策を弄してみました。(笑)

 世界観のイメージは「本来ISが動かせない男である須藤成志がISを動かせるようになる世界=ISを動かせる男も一部存在する世界に改変された」です。で、その条件が「双子以上の姉妹もしくは高いIS適性を持つ姉がいる男性」。
 つまり百花とマドカという姉妹がいて三つ子になってる&千冬という高いIS適性を持つ姉がいる一夏はその条件に埋もれてて、インフィニット・フェイトヒーローズもそれぞれ原作ヒロインが双子の妹という設定になっているからその条件の恩恵を受け、逆に世界観的には唯一の異物(双子以上の姉妹or高いIS適性を持つ姉がいるわけでもないのに何故かISを動かしている男)が成志になっています。
 ミシェルはシャルロットは義理の妹という扱いなのでISを動かせない。秋也は双子の姉妹はいないけど、巻紙礼子という高いIS適性持ち(という設定に本作ではなっている)の姉がいるからIS適性を持つ……とこじつけました。正直「高いIS適性持ちの姉がいる弟」というIS適性を持つ男性の条件は彼のためにつけました。
 そうしないと秋也はISを動かせないし、そうなるとデュノア家の御曹司としてISに関する知識を持ってるとかデュノア社の伝手を使えるとかで出番を作れるミシェルはともかく、姉がそういう会社の一社員で社長と知り合い程度の秋也はガチで動かしにくくなるっていうかミシェルの下位互換になる……。

 そしてさらなるイメージにして隠されたテーマは「もしもオリ主がチート専用機を使いこなせなかったら」と「もしもオリ主以外の名有り男子キャラもチート機体を持っていたら」です。
 転生オリ主はチート専用機を与えられるのがこういう系の作品のお約束ですが、そのチート機体をオリ主が使いこなせるという保証がどこにある?「スペック上は間違いなく最強、だけどスペックヤバすぎて制御しきれないモンスターマシン」をイメージして作りました。(黒笑み)
 そしてチート機体を持てるのはオリ主だけだと誰が決めた?原作主人公がチート機体を持ったっていいじゃない!そんな悪ノリと一夏は剣士であるということとアスベル・ラント(イメージカラーが白でCV櫻井孝宏の剣士)を組み合わせて強化したのが本作の白式です。まあチートは控えめというか、やってみたらただの零落白夜居合斬りだけで終わっちゃったんですが。(真顔)
 つまり今回のお話では出ませんでしたが、というかぶっちゃけ連載の予定はありませんが。もしも連載化の暁には総司やセシル以下インフィニット・フェイトヒーローズもFateのサーヴァントをイメージしたオリジナルISを持たせる予定です。本編の福音戦でやった円卓の騎士みたいな感じ。まあ総司はエミヤで確定ですけど。
 問題は秋也ですね!いっそ前にIS×ゾイド考えてたし、ライガーゼロを参考にでっち上げようかと自棄になってます。ビットもCV櫻井孝宏だし。(ヤケクソ)
 そしてそうなった場合、マドカの専用機のイメージはFateからセイバーオルタにするべきかゾイドからバーサークフューラーにするべきか迷うという新たな問題が発生します。(真顔)


 ちなみに一夏が二組になっている(というか成志以外の男子生徒が全員一組以外な)のは、一応これ元々の設定上「IS学園一年一組の男子からは主人公補正が剥奪される」という仕様なので、それを回避するために抑止力が動きました。
 なおさっき言った通り続きはありません。まず思いついたのはいいけど人数多過ぎる&ハチャメチャ過ぎて舵取りしきれませんこんなの……。
 色々本作の設定説明していたら長くなりましたが、では今回はこの辺で。ご意見ご指摘ご感想はお気軽にどうぞ。それでは。


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ハチャメチャオールスター編:IF~アーキタイプ・ブレイカー~

「な、なんなんだよ!? なんなんだよ、こいつら!?」

 

 IS学園のアリーナ。己の専用機ゴールデン・キングを展開している成志は目の前の光景を見ながら絶叫していた。

 彼の目の前にいるのは例えるならカマキリを機械化したようなロボット。ギチギチとどこから発しているのか分からない音を出しながら、その瞳なのかメインカメラなのか分からない部位が彼を捉えたように彼の方を向き、武器なのだろう両腕といえる部位の鎌を振り上げる。

 

「く、来るな、来るなぁっ!!」

 

 叫び、両肩に展開したキャノン砲を砲撃するも、反動制御の計算が出来ていないそれは砲撃の瞬間ゴールデン・キングが反動に負けてぐらつくせいであらぬ方向に飛んでいき、カマキリロボットには当たるどころか威嚇にすらならずにカマキリロボットが両腕を振り上げて、砲撃の反動で尻もちをついている成志に飛びかかった。

 

「ぎゃあああぁぁぁぁっ!!」

 

「させないっ!!」

 

 得体の知れない怪物に襲い掛かられた恐怖に悲鳴を上げる。そんな成志の前に何者かが立ちはだかり、巨大な十字架をくっつけたような形をした楕円形の盾をカマキリロボットに向けて構えて鎌を受け止めた。

 

「はあっ! たあああぁぁぁぁっ!!」

 

 構えた盾で鎌を受け止めて押し返し、相手が体勢を崩した隙をついて回転。遠心力で勢いをつけたタックルでカマキリロボットを吹き飛ばす。

 すると今度は蜂を模したようなロボットが、カマキリロボットを何の苦も無く吹き飛ばした相手を危険視したか大群で向かってくるが、その少女は盾を構えたままキッとした目を崩さなかった。

 

「ロード・キャメロット、展開!」

 

 声を上げると共に盾から水色の光が溢れて障壁を作り出し、ロボット達を阻む壁を作り出す。そしてぐっと力を込めて盾を握り、前方からの衝撃に耐える構えを取った。

 

「今だよ、ソウちゃん!」

 

 何故だか戦いもしないが逃げもしない成志の保護は出来たと叫ぶ。正確にはプライベート・チャネルを使っているのだから声を出す必要はないがそこはそれ、ノリというものだ。

 そしてその声をプライベート・チャネル越しに聞いた、アリーナの上空隅に陣取っていた少年──篠ノ之総司は「了解」と短く呟くと左手に弓を展開(オープン)。同時に彼の機体から水色の粒子が漏れ出た。

 

「絢爛舞踏発動、エネルギーバイパス構築……疑似武装展開システム起動……投影(トレース)──開始(オン)

 

 彼の紅色の機体に水色の、どこか電子回路にも似たような形の幾何学的な線が走る。右手からバチバチと水色の電流が走り、一本のドリルを思わせる形状をした剣がまるでその電流から生成されたかのように出現するとそれはまるで矢のように細長く変化していき、やがて変化の治まったそれを総司は弓に番えた。

 

偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)!!!」

 

 力一杯に弓を引き絞り、放たれた矢は一直線に百花達の目の前に着弾、同時に蜂型ロボット達を巻き込む程の大爆発が発生、百花と成志の視界を白い光が覆った。もちろん二人を襲う爆発は百花が盾を使って防いでいる。

 その爆発が止んだ時、蜂型ロボットはもちろん最初に吹き飛ばしたカマキリロボットも爆発に巻き込まれたのか消滅している。それを確認し、少女──織斑百花はほっと一息ついて振り返った。

 

「須藤君、大丈夫?」

 

──っ! よ、余計な事すんじゃねえ!! 主人公の俺はあそこから覚醒してあんな雑魚共一網打尽に出来たんだ! それをお前らみたいな一人じゃ何も出来ない弱者が邪魔しやがって!!」

 

「たはは……めんどーだなぁもー

 

 安全になったと分かった途端強気になって怒鳴り出す成志に、百花はもう今更だしいちいち取り合ってたらキリがないと理解しつつも若干愚痴をぼやいたのだった。

 

 始まりは少し時を遡る事となる。一夏や百花達は昼休みにいつものように学校の屋上に集まってお弁当を食べていた。もちろん箒を始めセシリア、鈴と言った一夏に想いを寄せる女子は自分の作った料理を手に一夏にアピールしている。

 

「ん……?」

 

「どうしたの、ソウちゃん?」

 

 百花作のお弁当を食べながら総司がふと顔を上げ、それを見た壱花が首を傾げると総司は目を細めた。

 

「隕石か……」

 

「ああ、またか」

「世界中で隕石が目撃されてるって最近ニュースだからな」

「まあ、気にしなくていいだろう。大体は大気圏突入時に燃え尽きる」

 

 総司の呟きにセシル、蓮、ラウルがそう答えて、気にするまでもないと購買で買ったパンやら弁当やらを食べ進める。

 

「ねえ、待って……」

 

 だがそこにシャルルが待ったをかけた。

 

「あれ……こっちに近づいてきてない?」

 

 その言葉の直後、ズドォォォンという衝突音と衝撃がIS学園を揺らすのだった。

 

「な、なんだ!?」

「ま、まさか隕石ですの!?」

「嘘でしょ、大気圏突入時に燃え尽きるって話じゃないの!?」

 

 一夏にそれぞれ唐揚げ、サンドイッチ、酢豚を食べてもらおうと迫っていた箒、セシリア、鈴もそれで気づいたらしく慌て出す。

 

──緊急事態発生、緊急事態発生。未確認物質が第三アリーナに落下。全校生徒は各自、近くの建物に避難してください。

 

──緊急招集! 全専用機持ちは直ちにIS学園作戦本部へと急行せよ!

 

「緊急招集!? これ、ただの隕石じゃないって事か!?」

 

「片付けは僕がやっておくから皆は急いで!」

 

「頼む、ミシェル!」

 

 校内放送と千冬からの緊急招集の放送が聞こえ始め、一夏が慌て始めると大体専用機持ちが集まってるこのメンバーの中では唯一専用機を持たない(というかISを動かせない)ミシェルがここは任せて行ってといち早く声を出し、この場をミシェルに任せて彼を除いた専用機持ちメンバーは互いに頷くと食事を後にして走り出した。

 

 そして作戦本部へと到着した彼らを千冬や楯無が待っていて、少し遅れて残る専用機持ちである須藤成志が到着。その顔は訳が分からないといわんばかりの焦りに彩られていたが、千冬は気にする事もなく全員揃った事を確認すると状況の説明を開始する。

 

 曰く、先ほど第三アリーナに隕石と思しき物体が墜落したが、どうやらこれは隕石ではないらしい。

 隕石と思しきものは第三アリーナを覆うシールドバリアに衝突する直前、重力ブレーキをかけて減速。さらにエネルギー状の杭を打ち込んでシールドバリアを破壊。第三アリーナに墜落したのだと。そんな事をするのが自然災害のはずがなく、これは人為的なものだと彼女は推測していた。

 さらに彼女は驚くべきことを口にする。

 

「この物体が観測されたのは宇宙だ。外淵宇宙からの飛来物という可能性もゼロではない」

 

「はぁっ!? それってつまり、宇宙人とかエイリアンって意味かよ、千冬姉!」

 

 千冬の言葉に一夏が思わず声を上げると、彼女は拳骨を入れて一夏を黙らせる。

 

「織斑先生だ」

 

「ご、ごめん……あだっ!」

 

「すみません、だろう」

 

「す、すみません……」

 

 慌てていて公私の区別をつけ忘れていた一夏と千冬のショートコントが始まった。

 

「一夏、千冬。話が進まない、その話は後でまとめてやれ」

 

「千雪(にい)!」

 

 そこに千冬とよく似た雰囲気と顔立ちをした男性──織斑家長男、すなわち一夏達の兄である織斑千雪が呆れたように声をかけた。

 その姿に一夏が声をかけると、千雪は短くため息をついて返答の代わりにし、口を開く。

 

「拳骨は後でまとめて入れるからな。話を戻す。第三アリーナに墜落した隕石から謎の外敵が出現したという報告が入っている。既に教員部隊が迎撃に当たっている。これより各員もバックアップ体勢に入ってもらう、戦闘準備が整い次第、第三アリーナに向かえ!」

 

『はい!』

 

 良いところを取った千雪の指示に一夏達は返事をして作戦本部を後にする。

 

「嘘だろ、あり得ねえ……こんな展開、原作にはなかったぞ……」

 

 つい一夏達につられて一緒に作戦本部を飛び出した成志は顔を青くしながらぶつぶつとそんな事を呟いていた。

 

 それが今彼らが戦っている敵、絶対天敵(イマージュ・オリジス)との戦いの始まり。

 

 しかしそれは同時に彼らに新たな出会いももたらしていた。

 絶対天敵との戦いの中でも学園生活はなんの問題もなく続いていく。正確に言うなら一夏達専用機持ちが絶対天敵に問題を起こすような被害を出させないように尽力している事で続いている平和だが、一夏達にとっては専用機持ちの責務、そして自分達がやるべき事であるため驕ることなどない。

 

 そんな日々のある昼休み、一夏達はいつものように屋上で昼食を取っていた。

 

「あ、あのさ、セシル……どう? 美味しい?」

 

「ん……正直、味はまだ少々アレだけど……でも、最初に比べれば間違いなく上達している。姉さんが成長しているのを見ているようで嬉しいよ」

 

「ホント!? ありがとね、セシル!」

 

 金髪ショートに碧眼眼鏡の長身白人イケメン。物語に出てくる王子様のようなオーラを見せる少年──セシル・オルコットに、水色髪のポニーテールに健康的に日焼けしたような薄褐色の少女がお肉たっぷりのお弁当を渡して評価を聞き、そのお弁当を食べ進めるセシルは正直に批評。その笑顔を見た少女も笑顔で返す。どう見ても幸せそうなオーラが全開になっている光景だ。

 

「やー、この前出会ったばかりだってのによくやるわねぇ、セシルもグリフィンも」

 

「まあ、セシルもグリフィンさんも嬉しそうだしいいんじゃねえか?」

 

「それもそうだな……ところでセシリア?」

 

 半目になってぼやく鈴に一夏が笑って答え、箒も苦笑しながらセシリアを見た。

 

「私はイギリスの恋愛事情に詳しいわけではないのだが……ああいうのは問題ないのか? セシルは良い家の子息というものなんだし、ミシェルとシャルロットのように婚約者がいるのでは?」

 

「おほほ。そういう本の読み過ぎですわよ、箒さん。お兄様にも私にもそういう方はおりませんわ」

 

「でも、実際立場とかそういうのって言われたりしないのか? なんか俺もそういうイメージあるんだけどさ……」

 

 箒の言葉にセシリアが笑って答えると一夏も首を傾げる。

 セシルはイギリスの代表候補生であり例えるなら貴族、どれだけ謙遜しても名家と言っていい家系の人間なのに対し、少女──グリフィン・レッドラムは絶対天敵の襲来によってIS学園に緊急招集されたブラジルの代表候補生であり孤児院出身の孤児。

 貴族の子息と孤児の恋愛と書けばすごくドラマチックではあるが、そういうのは貴族側からとてつもない反発が出るというのがそういう話のお約束。そんな漫画とかでありそうなイメージを一夏が呟くとセシリアはふふっと再び微笑んだ。

 

「お父様もお母様もそんな小さな事を気にするような方ではありません。ま、オルコット家の分家や親戚には未だにそんな時代錯誤な事を考える方もいらっしゃるようですが……」

 

 セシリア曰く、一時期はシャルル(デュノア家の次男(養子))がまだ恋人がいない(フリー)と知ったあるオルコット家の分家の人間が「デュノア社との繋がりを作るためにセシリアをシャルルと婚約させるべきだ」とか、さらには秘密裏にとはいえセシリアに直接「シャルル・デュノアを色仕掛けで落としてデュノア社を我々が乗っ取る下地を作れ」と、要約すれば政略結婚やハニートラップみたいな事を要求してきていた始末。

 酷い時には真偽こそ定かではないが要約すると「シャルルは次男だし養子、デュノア社を乗っ取るなら長男のミシェルを陥落させた方が確実」という理由で、そのミシェルの婚約者であるシャルロットを暗殺して傷心のところをセシリアにつけこませようという過激な一派までいたらしい。

 

「まあ、そんな事を言い出した方々は不思議な事に直後失脚や失踪していったそうなんですが……不思議ですわねぇ?」

 

 軽く首を傾けて頬に手を当てて「うふふ」と可愛らしく笑うセシリア。だがその笑顔に黒いものが見え、一夏、箒、鈴は頬を引きつかせて笑って返す事しか出来なかった。

 

「冗談はさておき。お姉様がオルコット家に嫁入りするというのなら私は反対するつもりもありませんし、お父様とお母様も賛成してくださると思います……それに、もしもお兄様とお姉様の愛を邪魔する者がいるのなら、私は相手が誰であろうと全力で戦う所存ですわ」

 

 黒い笑みが消え、次にその端正な顔に浮かぶのは兄の幸せを願う妹の純粋な愛にしてそれを叶えるために戦う覚悟が伺える笑み。それを見た一夏もつい釣られたように微笑んだ。

 

「そうか。俺にも何か出来る事があったら遠慮なく言ってくれ、セシルは俺の友達だし、グリフィンさんだって仲間なんだからな」

 

「そうですの? で、では……私も良き殿方を婿に迎えられれば、お兄様の婚姻の際に発言力が強くなりますし、その……」

「「どさくさに紛れて何言ってるんだ!!??」」

 

 一夏の爽やかな笑顔での言葉にセシリアが途端に頬を赤くしてもじもじとしながら何か言おうとするのを、箒と鈴が見事なコンビでツッコミを入れるのだった。

 

「よ。セシルとグリフィンもだけど、お前らも相変わらずだな」

 

「お、兄貴。遅かったじゃない……あぁヴィシュヌ……もとい義姉貴を待ってたのね」

 

 そこに声をかける少年──中国代表候補生、凰蓮音に鈴が手を軽く上げて挨拶した後、彼女の隣に立つ健康的に日焼けしたような褐色の肌に映える濃い緑色の髪をショートカットにした少女──タイの代表候補生、ヴィシュヌ・イサ・ギャラクシーを見てからかうような笑みを浮かべ、そう口にする。

 

「な、なななっ!? 鈴、な、何をっ!?」

 

 途端に顔を赤くして手を上下にわたわたと振って慌て出すヴィシュヌに、隣に立つ蓮も顔を淡い赤色にして彼女らから不自然なほどに顔を逸らしてゴホンゴホンと咳払いしている。あからさまな動揺具合に鈴はクククッと悪戯成功といわんばかりに笑みを浮かべた。

 

「ところで蓮、遅かったけど購買そんなに混んでたのか?」

 

「……いや、ヴィシュヌと一緒に食堂で飯食おうかと思ってたんだが……食堂であいつがまた揉め事起こしててよ。俺が入ったらまた殴り合いになりかねねえし、その場にいて静観なんて器用な真似できねえからな……」

 

「って、何やってんのよ!? アンタが殴り合いになってもいいから止めないと!」

 

「お前また俺に罰則くらえって言ってんのか? 問題ねえよ、俺がいくよりスマートに止められるだろう連中がいたからよ」

 

 一夏の質問に蓮が肩をすくめて答えると鈴がその内容を理解したのか慌て出す。しかし蓮はふっと不敵に笑ってそう答えた。

 

 そしてその食堂。そこでは蓮の言う揉め事を起こしてるあいつ──須藤成志がオレンジ髪をサイドテールにした少女──ファニール・コメットと睨み合っている光景があった。

 

「テメエ、俺のやる事に何か文句でもあんのか!?」

 

「大ありよ! 何が“俺様はこの学園を絶対天敵(イマージュ・オリジス)から守ってやってる英雄なんだから、お前ら一般生徒は俺様を敬うのが当然だ!”よ!」

 

「何も間違ってねえだろうが! 俺は選ばれた専用機持ちとして、あの化け物共からこいつらを守ってやってるんだ! お前らみたいな同じ専用機持ちでも後ろで歌って応援しか出来ない雑魚と違ってな!」

 

 成志が声を荒げて戦う力を持たない一般生徒達だけではなく同じ専用機持ちのファニール・コメット及びその後ろでおろおろしている青髪サイドテールの少女──オニール・コメットも侮辱する。

 絶対天敵との戦いと学園の平和を守る事を自らの使命として驕る事のない専用機持ち、その唯一の例外である成志の暴言に対し、ファニールはフンと鼻を鳴らして腕を組んだ。

 

「……少なくともあたし達は、あんたは後ろで逃げ回ったり腰抜かしてるのを百花さん達が助けてるのしか知らないんだけど?」

 

「なんだとテメエ!?」

 

 ファニールの言葉を受けた成志は顔を真っ赤にして怒り、衝動的に拳を振り上げて殴りかかる。それを見たファニールも後ろのオニールに視線で「離れて」と示しながら、相手の拳を流そうと構えた。その時彼女の前に一人の人影が立ちはだかり、成志の拳を受け止めた。

 

「テメエ、何しやがる!?」

 

「食堂で暴れるな、迷惑だ」

 

 成志の怒号に対し、彼より長身で刺々しい銀髪をした少年──ドイツ代表候補生のラウル・ボーデヴィッヒが静かに呼び掛け、手を振って成志を払いのける。成志もギリリと歯ぎしりした後、ラウルが前に割り込んだことで必然的に後ろに隠れるような格好になったファニールを睨みつけた。

 

「やっぱ雑魚は雑魚だな! 男の後ろに隠れないと何も出来ない弱者のガキが!」

 

「なっ──」

「ファニールは雑魚ではない」

 

 成志の嘲笑うような侮蔑にファニールが声を上げそうになると、ラウルがそれを否定する。

 

「ファニールとオニールは後ろで歌って応援しか出来ないと言っていたが、それが彼女らの戦い方だ。トリッキーな超音波攻撃、剣と銃を使い分けた遊撃・援護は間違いなく俺達の力になっている……そしてそれを成すための努力も専用機を扱う者として認められるべき姿勢だ」

 

「ラウルさん……」

 

 ラウルの静かながら一言一言が重い賞賛を受けたファニールの頬が赤く染まる。そしてラウルは成志を見る目を呆れたように細めさせた。

 

「むしろ、遊んでばかりで訓練の一つもせず、実戦では偉そうに言いながら敵一体も落とした姿を見た事のないお前の方が問題だ。俺の知る限りの撃墜数だけで言うなら援護役のファニールとオニールでもお前よりは多い」

 

「「ぷっ……」」

 

「てめえら、俺を馬鹿にしたのか!?」

 

「何を言っている?」

 

 ラウルの言葉を聞いたコメット姉妹が思わず吹き出し、成志が怒号を上げるとラウルは目を細めたまま首を傾げた。

 

()()()()()()()()()()()()?」

 

 それはファニールに対して成志が言った言葉。意趣返しのように言われたその言葉に成志の頭に血が上った。

 

「テメエ殺されてえようだな!?」

 

 怒号を上げ、IS──専用機ゴールデン・キングを展開して拳を振りかぶる。ラウルに狙いを定め、拳を振り下ろそうとしたその時だった。

 

僥倖の拘引網(ヴルカーノ・カリゴランテ)!」

「ポイゾナス・ピンク!」

 

「なんだ!?」

 

 ゴールデン・キングの両腕に片方はキラリと白銀光を煌めかせる刃の繋がったワイヤー、もう片方は棘の付いたピンク色の茨の鞭が絡みつく。

 

「シャルロット、これを!」

 

「任せて! くらえ、触れれば転倒!(トラップ・オブ・アルガリア)!」

 

「ぐあっ!?」

 

 続けて背後から何かに突かれた途端機体が制御を失い、そこに腕を引っ張られたことで成志は情けなく転倒した。

 

「ラウル、手筈が違うでしょ!? 何煽ってんの!?」

 

「煽るつもりはなかったんだが……」

 

 ラウルに駆け寄った銀髪ショートにトパーズ色の瞳の少年──ミシェルがツッコミを入れるとラウルは腕を組み、むぅと唸る。どうやら煽りは天然らしく、ミシェルは頭を抱えてしまっていた。

 

「兄さんの煽り具合は天然ものだからな。私にもどうにもならん」

 

「ラウラ~……」

 

 何故か胸を張りドヤ顔で答える銀髪少女──ラウラに、金髪少女──シャルロットが声を漏らした。

 

「ラ、ラウル、さん、その……」

 

 ラウルの後ろにいたファニールがぼそぼそとラウルに話しかけた。

 

「あ、ありがとう、ございます……」

 

「礼を言われるような事はしていない」

 

「いえ、その、今助けてもらった事もだし、私達が雑魚じゃないって言ってくれたこと……それに、昔、私達を守ってくれたこと……」

 

「最後のものについては警備の仕事の一環だ。それこそ礼を言われるものではない」

 

「う~……」

 

 ファニールの言葉ににべもなく答えるラウルだが、彼女が上目遣いで睨んでくるとどうにもならないのか、妹のラウラや彼女の妹のオニールに助けを求めるように視線を走らせる。

 だがラウラとオニール、ついでにシャルロットはどこか楽しそうにサムズアップを返すだけだった。

 

 

「ありがとうございます! シャルル様! ロラン様!」

 

「君達を傷つけずに済んで何よりだよ」

「ああ。君達は私達が守るべき蕾。それを守ること、それが私達の何よりの使命だ」

 

『キャー!!』

 

 辺りに群がる女子達にシャルルは笑顔をサービス、それに盛り上がる女の子達を見ながら彼は自分と共に成志を止めた相手──オランダ代表候補生、ロランツィーネ・ローランディフィルネィに視線を移し、囁く。

 

「助かったよロラン、僕の考えに気づいてくれて」

 

 たまたま一緒に食堂にやってきた一行、そこでファニールが殴られそうになったのを見た途端走り出したラウルに咄嗟にシャルルがプライベート・チャネルで通信。

 本来は彼が成志をクールダウンさせるつもりだったところを思いっきり煽って成志をキレさせたため、慌てて相手の動きを止めるために蛇腹剣を伸ばして相手の片腕を絡め取ったのだが、片腕を止めただけではどうにもならないところ、ロランがシャルルが指示を伝えるまでもなく己のISの武器である毒茨の鞭──ポイゾナス・ピンクを展開してもう片腕を止めてくれたのだ。

 

「お礼を言われるような事でもないさ。君のしたい事はお見通しだよ」

 

 それに対し、ロランはぱちりとウィンクで返した。

 

「何しろ君は私の百人目の恋人にして、私の初めての男の恋人なのだからね」

 

「ははは、ありがと……まあ」

 

 ロランの言葉にシャルルもウィンクで返答。そして食堂の出入り口を見る。

 

「これは一体何の騒ぎだ!?」

 

「急いで織斑先生を誤魔化す方法を考えなきゃね……」

 

「ははは。頑張って説教と反省文くらいで終わらせられるようにしなければね」

 

 食堂に入ってくる千冬を見たシャルルがぼやき、ロランも暢気そうに笑いながらそう答えるのだった。




 成志君はアーキタイプ・ブレイカーを知らなかったようです。(挨拶)

 実はこのハチャメチャオールスター編、「元々かれきえ世界線で書く予定ではなかった」&「インフィニット・フェイトヒーローズのヒロインにはアキブレヒロインズを割り当てる(一夏の方はもちろん原作通り原作ヒロインズによるハーレム)」という構想がありました。それを何故かれきえ世界線で書いたかと言われたら、かれきえ世界線での短編として一個思いついたんだから仕方ない。
 そして成志が介入してくる以上原作ヒロインズをフリーにするのは危険と判断した結果、箒には一夏をというように原作ヒロインズには前もって男性キャラとフラグを立たせておいたわけです。

 ですが今回はパラレル風にインフィニット・フェイトヒーローズがアキブレヒロインズとフラグが立った場合のお話を書かせていただきました。というか入学式からこの数とかパンクするんでアキブレ世界線に放り込ませました。
 この人数で入学してからのイベント──クラス代表決定戦とかクラス対抗戦とか──こなすとかパンクどころの騒ぎじゃない詰め込みになるわ!!!

 ちなみにその「かれきえ世界線で書く予定ではなかった」方の設定のコンセプトは「ヤベー計画やシリアスな事情がほとんど存在しない平和な世界線での一夏達の藍越学園物語(ISは束が開発した世界的大ブームになったVRMMOゲームという設定。束はフリーの在宅ゲームクリエイター的な感じ)」という日常もので、それぞれ
・織斑家:織斑計画関係なしの一般人で普通に両親がいる一般家庭
・篠ノ之家:一家離散せず両親は今も篠ノ之神社で暮らしている。(束は実家に引きこもりながらゲーム開発等在宅で仕事)
・オルコット家:両親が生きている
・凰家:両親が離婚してない(けどそれ以外の事情で中国に引っ越しました)
・デュノア家:ゆかひき世界線
・ボーデヴィッヒ家:試験管ベビーじゃない一般家庭。設定上では実家は警備会社
 という感じで、その家庭環境から使えるものをハチャメチャオールスター編に流用しました。というか流用してないのは篠ノ之家部分だけか……。

 まあそんな感じのIF編でした。またこっちの世界線で書くかどうかは正直不明です。こっちの方が好評のようだったらむしろこっちの方をハチャメチャオールスター編の正史とする事も考慮に入れようかと思っています。
 というか何年か前にインフィニット・フェイト連載終了時に言ってた「インフィニット・フェイトとアーキタイプ・ブレイカーのクロス小説」を、この世界観で書いてみようかとかちょっと思い始めてますので、それの連載の暁にはカップリングはこんな感じになると思います……設定やストーリーがまとまればの話ですけども。(目逸らし)

 では今回はこの辺で。ご意見ご指摘ご感想はお気軽にどうぞ。それでは。


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ハチャメチャオールスターinハロウィン:前編

 10月31日。たまたま日曜日と重なった今日はハロウィンという事で、生徒会長である更識楯無が10月上旬に急遽立ち上げた「IS学園ハロウィン特別運営委員会(委員長:更識楯無)」が教職員と交渉した結果「節度や風紀を守ること」「終わったら翌日の生活や授業に支障が出ないように片付け・掃除を行うこと」などを運営委員会が責任を持つ事を条件に、寮内はもちろん借りることが出来た一般教室やさらには第三アリーナもハロウィン風の飾りつけや有志によるイベントが行われるハロウィンパーティが生徒主導で行われる事になっていた。

 

「じゃーん!」

 

 そしてハロウィンといえば仮装。本来ならモンスターの仮装をするのがハロウィンなのだがここは一応国としては日本、魔改造されたハロウィンのお約束として別にモンスターに限らずコスプレなどの仮装も可という大らかな感じになっている。

 実際に百花もモンスターではなくむしろ私服に近いような、黒色のリボンを胸元で結び、黒色の差し色が入った純白のノースリーブワンピース姿になっている。

 腰にはスポーツチャンバラで使われるエアーソフト剣をペイントして作られた、彼女の専用機の武装であるカリバーンを人間サイズに縮小したものを挿しており、その様相は姫騎士という雰囲気を漂わせていた。お披露目が嬉しいのか「ふぉう、ふぉーう♪」という謎の掛け声を出しながらくるくると回っている。

 

「お姉ちゃん、騒ぎ過ぎ……」

 

 いつものローテンションで呟くマドカも黒いワンピース姿。しかしこちらはノースリーブどころではなく背中や胸元まで開けたセクシー仕様。ミニスカートに黒いニーソックスによる絶対領域まで完備済みだ。

 

「ははは。でも百花もマドカも似合ってるぞ」

 

「ああ。よく似合っている」

 

 騒ぐ(百花)とローテンションな(マドカ)を見て笑いながら、二人の衣装を褒める(一夏)。彼も紺色の衣装に同色のマント、そして白銀に青色の模様や彩色が入った鎧(アルミ&メッキ製)を纏った騎士然とした格好をしている。

 その隣に立つ総司は薄紫色の着物や袴、紺色の雅な陣羽織を風雅に着こなした、彼の二つ名である「ラストサムライ」に相応しい格好になっていた。

 マドカは一夏から褒められたのが嬉しいのかむふぅと笑い、百花も総司に褒められて嬉しいらしくえへへと照れ笑いを見せた。

 

「さ、行こうぜ」

 

「「うん」」

 

 兄に促されて妹二人は頷くと、彼らは共に歩みを進めるのだった。

 

 待ち合わせ場所である食堂で合流。そこで一夏は箒とセシリアに引きずっていかれて別れ、マドカは秋也と合流して彼と一緒にいたダリル&フォルテ&ベルベット&クーリェと共に行き、百花は手を振って彼らと別れると総司と二人で、とりあえず学校側から借りる事が出来た教室の方を見に行く。

 その道中でも流石に折り紙の切り絵などがメインとはいえ橙色の折り紙によるカボチャや黒色の折り紙によるコウモリなど、ハロウィンをイメージする飾り付けがなされており、さらに他の生徒も色々な仮装をしている事でハロウィンらしさを増していた。

 ちなみにもちろん許可を取って料理部や製菓部がハロウィン風料理やお菓子の出店を開いているように有志が出店を開いている他、運営委員会委員長の更識楯無が働きかけたのか外部からも出店がいくつか来校しており、ハロウィンパーティというか軽くプチ学園祭みたいになっているがゴミ箱の等間隔設置やハロウィンらしくポップな感じになっているとはいえ「ゴミはごみ箱に捨てること」などの注意喚起の張り紙を至る所に準備、さらに運営委員会が定期的にゴミ袋の入れ替えを徹底する方針らしく、まだ朝早くとはいえゴミのポイ捨てはされていない綺麗な状態が維持されていた。

 というかハロウィンパーティが終わったら運営委員会の指示の元全校生徒総出で片付けや大掃除を行う。拒否権は無いという生徒会長(更識楯無)からの直々のお達しがあるため、下手に汚したら後が面倒だという事もあったりする。なおもし片付け・掃除を逃げたりサボったりしたら後で織斑先生兄妹直々の罰則が待っているという軽い脅しが含まれていたりする、当然織斑先生兄妹公認だ。

 

「それにしても、専用機持ちは大変よね。ハロウィンパーティと並行して絶対天敵(イマージュ・オリジス)警戒の警備しなきゃいけないんでしょ?」

 

「うん。まあシフト制での交代だから、空き時間に楽しめばいいだけだよ」

 

 教室内を見て回っている時に合流した、スタンダードに魔女のコスプレをした相川の言葉に、さっそくハロウィン風にカボチャクリームを使ったクレープを買い食いしながら百花が答える。

 楽しいハロウィンパーティだが、今世界中を襲う絶対天敵の脅威が今日に限って休まるという保証はなく、専用機持ちにもこのハロウィンパーティを楽しんでもらいたいとはいえ気が緩み過ぎて有事の際に動きが遅れても困るという事で、数人一組によるシフト制で最終防衛ラインであるIS学園周辺の警備やもし絶対天敵が出現した場合は先行部隊として即出撃できるように準備をするようになっていた。もちろん警備部隊や先行部隊で片づけられない規模の場合はシフト外の専用機持ちも緊急出動することになっているのだが。

 既に今はラウル、コメット姉妹、セシル、グリフィン、シャルル、ロランの七名六機がIS学園周辺の警備及び先行部隊としての即時出撃準備に入っている。

 

「あ、百花ー! 清香ー!」

 

「鈴ちゃん!」

 

 前方から呼びかけられ、その声に百花も反応。赤いチャイナ服を着た鈴と、彼女とペアルックだが色だけは緑色になっているチャイナ服を着た乱が駆け寄ってくる。

 

「二人ともお揃いのチャイナ服だね。とっても似合うよ!」

 

「ありがと。百花のワンピースも似合ってるわよ」

「ふふん。当ったり前でしょ!」

 

 百花が二人のお揃いチャイナ服を褒めると鈴も百花のワンピースを褒め返し、乱はえへんと胸を張る。鈴と比べて少し大きな胸を強調するようなポーズだが、鈴はふっとまるで鼻で笑うような表情を見せた。

 

「ちょっと何よ鈴!?」

 

「別に……あんたと比べたって何にもならないって最近気づいたのよ……」

 

「あら、負けを認めるってわけ?」

 

「……そんな事言ってられるのも今の内よ」

 

 鈴の様子を見て得意気に笑う乱に、鈴は死んだ目にハハハハハと壊れたような貼り付けたような笑みを浮かべて答える。

 

「お、鈴に乱。それに百花達じゃねえか」

 

「皆、おはようございます」

 

「あぁ蓮おは……よ……」

 

 鈴と乱の後ろからは声をかけてきた男子に、乱は声だけで自分の従兄妹である蓮だと気づいたらしく振り向きながら挨拶を返す。が、その声は途中で止まり、彼女の口もあんぐりと開いた状態でフリーズする。

 乱が挨拶を返した男子──蓮は長袍(チャンパオ)と呼ばれる中国の伝統衣装を着ている。

 そしてその隣には現在蓮と交際しているタイ代表候補生──ヴィシュヌが何故だかタイ人だというのに鈴や乱と同じ、色だけは蓮の長袍と同じ黄色を基調としたチャイナ服を着用していた。

 ドレス部分の横に入っているスリットが彼女の褐色に日焼けした美脚をチラチラと見せるチラリズムを演出、しかしそれだけではなく同じ服を着ているからこそ分かる、鈴どころか乱とも比べ物にならない胸の大きさまで彼女らに見せつけていた。

 

「ま、負けた……」

 

「言ったでしょ、あんたと比べたって何にもならないって……」

 

 どさっと膝をついて両手も床につく乱と、彼女の隣に跪いて元気づけるように肩にポンと手を置く鈴。

 

「え? え? ら、乱? 鈴? 一体どうしたんですか?」

 

「おい乱に鈴、何がどうしたのか知らねえけど廊下の真ん中で邪魔くせえぞ」

 

 突然膝をついた乱とそれを元気づける鈴の姿におろおろするヴィシュヌと首を傾げながらも廊下の真ん中で邪魔だと注意する蓮。それに対して乱と鈴は恨みがましい目でヴィシュヌを睨み、二人(特にヴィシュヌ)は訳が分からぬ様子をしばらく続けることになるのだった。

 

「ところでヴィシュヌ、なんでチャイナ服なの?」

 

「れ、蓮が中国からお揃いの色だって取り寄せてくれて……」

 

「「覚えてろよぉ~!!!」」とどこかの三下みたいな台詞を言って泣きながら走り去った鈴と乱に首を傾げつつも一緒に校内を回る事にした百花一行と蓮、ヴィシュヌ。

 百花からの素朴な疑問にヴィシュヌが照れながら答えると蓮もふいっと彼女らから顔を背け、相川がニヤニヤと笑った。

 

「と、ところで百花。お前の案内だけど、どこ向かってんだこれ?」

 

「シャルロットが家庭科室で料理部の出店やってるって教えてくれたんだ。ハロウィン風レストランだって」

 

「それは楽しみですね!」

 

 露骨に話を逸らす蓮だが百花達もからかい倒したいわけではないため素直に目的地を教える。

 本日料理部はハロウィンをイメージした食材をメインに使っての料理の出店を開いており、料理部員であるシャルロットも絶対天敵対策警備の合間の時間を使って料理部の出店にもシフトを入れているわけだ。

 それを聞いたヴィシュヌも楽しそうに微笑み、彼女らはわいわいと喋りながら家庭科室に向かう。すると先頭を歩いていた総司がふと声を漏らす。

 

「何か騒がしくないか?」

 

「お祭りみたいなもんだし、こんなもんじゃねえ……いや、違うな?」

 

「だろ?」

 

 総司の呟きに蓮がプチ学園祭状態なハロウィンパーティなんだから騒がしいのは当然だと返そうとするも、家庭科室の方から聞こえてくる喧騒を聞いて表情を真剣なものに変える。その蓮と同様の表情になっている総司とのツートップになって家庭科室へと向かった。

 

「だから、何度も言ってるけどさ。こっちは料理部の活動中なんだよ」

 

「こんな部活なんてどうでもいいだろ? 俺とデートした方が楽しいって」

 

 家庭科室に入った百花達が見るのは、料理部としての仮装なのかメイド服を着ているシャルロットと彼女に見て分かる程に強引に迫っている成志の姿。

 シャルロットの方はあしらっているものの成志は空気を読まずに誘い続けている様子で、シャルロットの言葉にも若干棘が出ているように聞こえる辺り穏和なシャルロットが結構イライラしてきている様子なのが伺える。

 

「注文とかする気がないんならさっさと出て行ってよ、後がつかえてるんだからさ」

 

「仕方ねえなぁ。んじゃこんなくだらないままごとが終わるまで待ってやるからさ、その後は俺に付き合えよ」

 

「シフトが終わったら警備の時間までミシェルさんとデートの約束があるからやだね」

 

 自分達の出店をくだらないままごと呼ばわりされたのが頭にきたのか、成志の誘いを睨み、さらにはベーと舌を出してまで拒否する。

 

「チッ、またミシェルかよ。あんなISも使えねえ雑魚の何がいいんだか? せっかく可愛いメイド姿のお前を放っとくような薄情男なんかより俺の方がお前を楽しませてやれるぜ?」

 

「ミシェルさんは織斑先生達と絶対天敵からのIS学園の警備や万一の場合の緊急出撃について最終打ち合わせをしてるんだ。ISを使えない? ISを使える癖に碌に戦わない君よりもISが使えなくても自分に出来ることを精一杯頑張ってるミシェルさんの方がずっと素敵だよ」

 

 ミシェル・デュノア。シャルロットの義兄にして婚約者である彼は、一夏を始めIS学園の専用機持ちメンバーが絶対天敵に対する最終防衛ラインとなっている今、婚約者であるシャルロットや友人である一夏達の力になるために彼らのマネージャー的な役目になってメンバー内の折衝、絶対天敵が襲撃してきた際のナビゲートや戦闘終了後の被害状況の算出、操縦者が怪我をした時は医療班、専用機が損傷を負った際はメンテナンスを行う整備科との連携、絶対天敵の襲撃に一夏達が対処し始めてから多くなってきたマスコミへの対応など裏方作業に従事している。

 直接絶対天敵と戦っている一夏達と比べれば決して派手ではなく華々しい手柄など立てられない。しかしチームにとってなくてはならない存在となる彼を馬鹿にした成志にシャルロットが皮肉交じりに答えたその時、成志の目がシャルロットを睨むように鋭くなった。

 

俺があんな雑魚より下だと!? 下手に出てやってりゃいい気になりやがって、俺とあいつとどっちが上かお前の身体に直接教えてやろうかアァ!?

 

「きゃっ!?」

 

 怒鳴り声を上げてシャルロットの腕を掴む成志と悲鳴を上げるシャルロット、それを見た瞬間蓮と総司が動いた。

 

「そこまでだ」

 

「せっかくの祭りだ。多少の無礼は大目に見るつもりでいたが……これ以上の狼藉は捨ておけん」

 

 蓮が成志の肩を掴んで制止し、総司がシャルロットの前に回り込んで彼女の腕を取る手を払い、彼女を守る盾となる。百花もその後ろに陣取ってシャルロットを庇う格好を取り、ヴィシュヌも彼女らを守るように前に出た。

 

「雑魚どもが……群れなきゃ何も出来ねえ雑魚が偉そうにしてんじゃねえぞ!?

 

「へえ、おもしれえ事言ってくれんじゃねえか……今日はハロウィンパーティだから見逃してやるが、俺は明日にでもまたお前とタイマン張ったっていいんだぞ?」

 

「っ……」

 

 成志の怒号に対し、蓮は目元に影を作りつつも強く睨みつけながら成志に言い返す。肩を掴む手にも力を入れており、その凄みに圧された成志は声を失うと共に力任せに蓮を振り払った。

 

「は、はっ! 俺は暇なお前らと違ってそんな俺の勝ちが見えてるような下らねえ勝負してる暇なんざねえんだよ! きょ、今日のところは見逃してやる! 感謝するんだな!」

 

 捨て台詞を残してまるで逃げ出すように家庭科室を飛び出す成志。「邪魔だモブが!」とか怒鳴り声が聞こえながら彼と思われる足音が遠ざかり、シャルロットはほっと息を吐いた。

 

「ごめんね、助かったよ。力ずくで追い出すなんて出来ないし……」

 

 仮にも出店の店員と客という関係になる以上力ずくで追い出すというのは筋が通らず、口頭での拒否しか出来なかったと答えるシャルロット。仮に力ずくになったとしてもそこでISを展開する騒ぎになれば周りにも被害が及びかねず、その意味では同じくISを使えてなおかつ人数がいて周りへの被害を抑える事が出来る蓮達が来てようやく対処が可能になったと言えるだろう。

 

「さてと。じゃあ皆注文は? 助けてくれたお礼に奢るよ?」

 

 そしてシャルロットは気を取り直して接客を再開、にこっと笑顔を浮かべて百花達に問いかけた。




というわけで。活動報告で予告した通り、ハロウィン特別編でございます。
なんかハロウィンっぽさが仮装くらいしかないけどハロウィンです。
他はともかく織斑兄妹は
一夏:アーサー
百花:アルトリア・リリィ
マドカ:アルトリア・オルタ
をイメージした仮装となっております。百花以外あっという間に出番なくなりましたが。

中編は本日12時00分投稿予約を行っております。


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ハチャメチャオールスターinハロウィン:中編

「ん~食べた食べた」

 

 料理部でハロウィン風料理を食べ終えた百花は今度はアリーナへと繰り出していた。

 ちなみに蓮とヴィシュヌ、総司は警備の交代時間だからと、相川も本音や簪と約束があるからと別れ、シャルロットはミシェルがやってきて自分の料理部のシフトも終わったのでデートへと向かったため百花だけだ。

 

「あ、壱花さ~ん」

 

「オニールちゃんにファニールちゃん。それにラウル君も、お疲れ様」

 

「別に何もなかったし、お疲れって程じゃないわよ」

 

 青髪サイドテールの少女──オニール・コメットとオレンジ髪サイドテールの少女──ファニール・コメット。二人とも現在は黒色を主体にしたゴスロリ衣装、背中には小さくコウモリの羽を模したようなアクセサリーをあしらい、口には牙を思わせるアクセサリーをつけている事から恐らく吸血鬼(ヴァンパイア)の仮装なのだろう。

 さっきまで警備をしていた二人に百花が労いの言葉をかけると、ファニールは特に何もなかったから疲れてないと笑って答える。

 

「少々小競り合いはあったが、俺とシャルルで充分に対応できた程度だ」

 

 一緒にいたラウル――何故かドイツ軍の軍服姿だった――がそう補足を入れる。どうやら正確には少しばかり敵襲はあったが警備部隊だけで十分対応出来る程度の規模だったらしい。

 その辺りについて少し話しながら彼女達はアリーナを散策。こっちも色々と出店が出ており、こっちは元々がISの訓練に使うアリーナという広い敷地を利用したイベントが多く出ている。

 例えば写真部がハロウィンコスプレをしている生徒達に記念写真の撮影を行うための簡易スタジオの設置──背景はスクリーンに映し出しているためある程度の場所さえ確保すればどんなシチュエーションも再現できるらしく、今は大人数で日本の百鬼夜行を思わせる大規模撮影の真っ最中だ──や、アリーナに設置されている的を使って、流石に銃はおもちゃを使っているが射的大会なども行われている。参加者の中に金髪縦ロール少女の姿が見えたが参加は自由という事で見逃しておいた。

 その他にも──

 

「見つけたわよ! ファニール・コメット&オニール・コメット!」

 

 アリーナ内を見て回っていたらそんな声が響き、声の方を向く。そこには幅広の帽子を被り(何故かその帽子には竜の角のようなパーツがくっついている)橙色と黒色を交互に合わせたカボチャを思わせるスカート部が目立つドレスを着た少女がファニールとオニールにビシッと指を向けている姿があった。

 

「エリちゃん先輩」

 

 百花が呟く。ハンガリー出身のIS学園二年生、通称であり自称エリちゃん。

 IS学園で勉学に励む傍ら古馴染の男子をマネージャーに引きずり込んでアイドル活動もしている……と自称しているが実際はまだ地下アイドル止まり、絶対天敵の襲来をきっかけにIS学園にやってきた現役アイドルのファニール&オニールとはエリちゃんが一方的にライバル視している関係だ。

 もっともオニールの方は元来の人懐こい性格や、大人気アイドルと地下アイドルという違いこそあれど一応アイドル仲間という事もあって懐いており、ライバルとは言っているものの意外とお人好しなエリちゃんも可愛い後輩として可愛がっている妙な関係なのだが。

 

「今日こそ決着をつけてやるわ。このアリーナに用意したこの私の特設ステージでね!」

 

『え゛……』

 

 エリちゃんの言葉に百花とラウルはもちろんファニールとオニールまで固まる。

 エリちゃんは見た目はキュートかつ声も綺麗な美少女、アイドルとして成功してもなんらおかしくない逸材だが未だに地下アイドル止まりの理由はたった一つ。

 ()()なのだ。それもただの音痴ではなく、興味本位で彼女の歌声を聞いた生徒がバタバタとぶっ倒れ、あのロランでさえもISを部分展開してまで耐えようとはしたが最終的には気絶し、さらに無理に耐えようとしたのが悪かったか変な痙攣を始めて病院に緊急搬送された挙句数日入院する始末。マネージャーをやらされてる古馴染の男子に「まだスタジオから出禁がかからないのは奇跡」とまで言わせている程だった。

 そんなものをこんな大勢の人が集まるアリーナで披露したら大惨事になる。と百花はきょろきょろと辺りを見回し、軽く死んだ目をしているオレンジ色の髪をしたイケメンメカクレ青年を見つけると血相を変えて駆け寄った。

 

「先輩! あれ大丈夫なんですか!?」

 

「止めたが無駄だったよ……千雪先生に土下座して、千雪先生経由で篠ノ之博士にどうにか秘密兵器を頼んだ……」

 

 どうやら彼がエリちゃんのマネージャーをやらされている男子らしく、その男子はそう呟いて、まるで洋風のお城の上にピラミッドを逆さにブッ刺した上に日本のお城をさらにピラミッドの上に乗せているような珍妙な物体を指差す。

 

「特設ステージと銘打って誤魔化しちゃいるが、あの内部はISにも使われるシールドバリアーが張られるようになっている。それでフィルターをかければ防音装置ももつ……はずだ」

 

 何故か防音装置を物理的に破壊してしまう歌声を防御するためにISにも使われるシールドバリアーを使う辺り技術の無駄遣いだが、百花達にとってはそれぐらいしなきゃ安心できないのだろう。ホッと安堵の息を吐いていた。

 

「ふっふ~ん。あんな立派な特設ステージを作るなんて、あんたも少しは出来るようになったわね。なんか防音設備がついてるってのが気になるけど……」

 

「いやいやいや! ほら、あんたはアイドルだろ? アイドルの歌声ってのはそう安売りしちゃいけないってもんですよ~!」

 

「ふ~ん……ま、それもそうね」

 

 珍妙なステージを気に入っている様子のエリちゃんは防音設備というのが気になっているようだが、マネージャーをやらされている男子が慌てて誤魔化すとあっさり誤魔化され、彼女はニコッとファニール達に向けて微笑んだ。

 

「さ、ファニール、オニール。この特設ステージで私と勝負よ! ラウル(子イヌ)百花(子ジカ)、貴方達も特別審査員として招待してあげるわ! 感謝しなさい!!」

 

『…………』

 

 四人の顔が青ざめ、互いに顔を見合わせる。少なくとも標的になっているファニールとオニールは逃げられない。そう直感した瞬間、百花が素早く動いた。

 

「ご、ごめんなさい先輩! 私もうすぐ警備の時間だから! ラウル君はもう警備終わってるし付き合ってあげて!」

 

「え!?」

 

「じゃ、そういう事で!」

 

 ファニール、オニール、ラウルに全部押し付けて返答を聞かずに逃げ出す百花。同時にプライベート・チャネルで三人に「ホントごめん私も命は惜しいの!生き残ってたら今度何か奢るから許して!!」と送信、一気にアリーナを飛び出して逃げて行った。

 

 ちなみにその数分後。須藤成志は「あのクソチビモブ俺様に逆らいやがって、たまたま勝てただけの癖に偉そうに……」とかグチグチ呟きながら、百花が逃げ出したアリーナへとやってくる。

 

「ん? なんだこりゃ?」

 

 そして洋風の城にピラミッドを逆さまに乗せ、その上に日本の城を乗せたような珍妙な物体を見つけ、そこに「地下アイドルエリちゃん特別ライブ開催中!」の看板がかけられている事と、出入り口らしい扉の横に見た目は元気いっぱいな美少女であるエリちゃんの全身写真を載せたポスターが貼り出されているのを見る。

 

「へえ、アイドルか……こういう頭軽くてチョロそうな女と楽しむのもいいよな……」

 

 地下アイドルという事はそんなに人気があるわけではないのだろう。そこに俺のようなイケメンが声をかければイチコロ、少し遊んでやるのも悪くはないと思いながら成志は特設ステージに入っていく。

 その看板はマネージャーをやらされている男子がエリちゃんを知る者に対して「危険だから入ってくるな!」という遠回しな警告──流石に直接的な警告ではそれを置いてるのがエリちゃんにばれたら血祭りにされる──のために置いていたものだと知らずに。

 

 

 

 

 

「ボエエエエェェェェェ!!!」

 

「ぎゃああああぁぁぁぁぁ!!!」




というわけでハロウィン中編です。
さっそくハロウィンっぽさがなくなった?ノンノン、エリちゃんが出てきてるから実質ハロウィンです。(FGOプレイヤーにしか伝わらない屁理屈)
そして成志君が鮮血魔嬢(バートリ・エルジェーベト)を受けたのをオチに後半に続きます。

後半は本日18時00分に投稿予約をしております。


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ハチャメチャオールスターinハロウィン:後編

 IS学園上空。楽しいハロウィンパーティが行われている中、百花達は絶対天敵の襲来に備えた警備の時間が来たので警備にやってきていた。

 

「異常なーし」

 

「こっちも異常なしですわー」

 

「お前ら、少し気が抜け過ぎじゃないか?」

 

 とはいえ引継ぎ前に話した総司曰く特に絶対天敵の襲撃もなく平和そのもので、現在もそれは変わりない。見回り自体は真面目にやっているもののプライベート・チャネルによる報告は間延びした暢気さが漂っており、思わず一夏が苦笑しながらツッコミを入れるほどだった。

 

「それにしても、あまり期待はしていなかったが……」

 

「案の定サボってるわねあいつ!」

 

 箒がきょろきょろと辺りを見回す。この時間帯の見回り当番は一夏、百花、箒、セシリア、鈴、ラウラ、そして須藤成志の七人。しかし成志の姿はどこにも見えず、鈴が腕組みをしていかにも怒ってますといった表情で叫んだ。

 

「いや、違う」

 

「何か知ってるのか?」

 

「ああ……あいつは兄さんと一緒に保健室に緊急搬送されたそうだ……噂によると、エリちゃん先輩の歌を聞いてしまったらしい」

 

 何か事情を知っているらしいラウラの、どこか沈んだ表情での言葉を聞くと全員が沈黙。

 

「……なら、仕方ないわね」

 

「今回ばかりは許して差し上げましょう……」

 

「仮にこれをサボる口実にしようとして失敗したのだとしても……とても責める気にはなれん……」

 

 さっきまでの怒りはどこへやら、女性陣は全員沈んだ表情になってそう答える。百花も「ラウル君以外にも被害者が……」と若干罪悪感に苛まれていた。

 そんなある意味で暗い雰囲気に包まれる中、突如彼女らのISに警告音(アラーム)が響く。

 

[織斑兄、織斑姉、篠ノ之、凰、オルコット、ボーデヴィッヒ! IS学園近海にて絶対天敵の反応を確認した! 織斑兄と篠ノ之はIS学園周辺の警備に残り、残りは絶対天敵の対処に向かえ!]

 

「「「「了解!!」」」」

 

「皆、気をつけろよ!」

「何かあれば呼べ! すぐに駆けつける!」

 

 千冬がすぐさま部隊を警備続行と先行部隊に分けて指示を出し、先行部隊となった四人は一夏、箒からの声援を聞きながら飛んで行った。

 

 

 

「はあああぁぁぁぁっ!!」

 

 気合い一閃。鈴の青龍刀が絶対天敵を斬り裂き、その隙を狙ってくる新手を衝撃砲で吹っ飛ばす。

 

「三時の方向に二体行った! セシリア、仕留めろ!」

 

「了解ですわ!」

 

 プラズマ手刀を展開して前衛を戦いつつ、戦場全体を見て司令塔を行っているラウラが指示を出し、セシリアのレーザーライフル──スターライト-MkⅢの放つレーザーが仕留める。

 この三人の連携で絶対天敵は次々と倒れていき、生き残っているものもまるで誘導されているように一点へと集まっていく。そして辺りの絶対天敵が集まったのを見計らい、ラウラが上空を見上げた。

 

「今だ、百花!」

 

「オッケー! 残りは一気に片づけるよ! 邪悪を断て──勝利すべき黄金の剣(カリバーン)!!」

 

 ラウラの合図を聞いて上空にいた百花が武装──カリバーンに黄金の光を纏わせ、勢いよく突き出す。

 その刀身から放たれる黄金の波動、零落白夜の力が絶対天敵のシールドバリアを消滅させ、その機体を一気に破壊。さらに放たれた光がやがてエネルギー性の大爆発を引き起こし、周辺の絶対天敵を巻き込んで破壊していった。

 

「よし、これで終わりだね。戻ったら一応シールドエネルギー補給しておかなきゃ」

 

「ええ。そのくらいの空きなら私達がフォローしてみせますわ」

 

 百花も辺りを確認しながら降下し、ラウラ達と合流。零落白夜は発動しただけでもシールドエネルギーを消費する上に広範囲へのビームに応用してぶっ放す大技ともなればその消費は絶大となり、そんな事を呟く彼女にセシリアも軽口で答える。

 

「っ!」

 

 しかしそこでラウラが上空を見上げ、「まずいぞ!」と声を上げた。

 

「げ、嘘でしょ隕石!? また新手が来るってわけ!?」

 

「こっちに落ちてきますわ!」

 

 鈴とセシリアも声を上げ、上空から落下してきた隕石が彼女らの目の前に着水。そしてその中からゴリラのように巨大な腕が目立つ、まるでゴリラのようにゴツイ絶対天敵が姿を現した。

 

「大物の登場ね……」

 

「補給の暇もなく連戦か……だがこの一体だけならば! 百花、ロード・キャメロットを使って盾役を頼む。セシリアは後方援護、私は中衛で臨機応変に動く!」

 

「メインアタッカーはあたしってわけね!」

「了解しましたわ!」

「オッケー!」

 

 鈴がぼやき、ラウラが素早く陣形を指示。それに従って三人も鈴は青龍刀──双天牙月を手に前に出て、百花は大楯──ロード・キャメロットを手にその隣に立つ。セシリアも後方でBT兵器──ブルー・ティアーズを展開した。

 

「さあ、踊りなさい! 私とブルー・ティアーズの奏でる円舞曲(ワルツ)で!」

 

 フィン状の物体──ブルー・ティアーズが絶対天敵の周囲を踊るように飛翔、レーザーの弾雨を浴びせるもその巨体故かあまり効いた様子は見せない……が、それでいい。

 

「はあああぁぁぁぁっ!!!」

 

 セシリアの役目は陽動であり牽制。レーザーの雨に相手が気を取られた隙を突いて鈴が双天牙月の二刀流で切り込み、豪快に絶対天敵を斬りつけた。

 

「ガアアアァァァァッ!!!」

 

「させないっ!!」

 

 絶対天敵が咆哮、巨大な拳で自分を傷つけた鈴に殴りかかるもそれは百花がロード・キャメロットで受け止める。

 

「今だ、()ぇっ!!!」

 

 そこにラウラが右肩の大型レールガン──ブリッツで砲撃。放たれた弾丸が絶対天敵の顔面に直撃した。

 

「そこですわ!」

 

 さらにセシリアの腰にある砲塔が展開、放たれた二機のミサイルが追撃をかける。

 

「うりゃりゃりゃりゃりゃー!!」

 

 トドメと言わんばかりに鈴も至近距離から不可視の弾丸を放つ衝撃砲──龍砲を連射。まるでボクシングのストレートを連打しているかのような砲撃が絶対天敵の身体を抉る。一気呵成の総攻撃だ。

 

「だったら私も! 零落白夜!!」

 

 短期決戦で一気に沈める。その流れに乗った百花が声を上げ、同時にロード・キャメロットを零落白夜の青い粒子が包み込む。

 

「ブースト、ストライク!!」

 

 ぐるんと回転して遠心力で勢いをつけ、一気に殴りかかる。剣を点や線の攻撃とすればこちらは面の攻撃。絶対天敵のエネルギーシールド──虚空結界(タイムゼロ・エンド)を消滅させての直接攻撃に、ついに絶対天敵の巨体がぐらりと揺らいだ。

 

「やった!?」

 

「まだだ!」

 

 思わず安堵してしまう百花に声を上げるラウラ。ぐらりと揺らいで後ろにたたらを踏むように下がった絶対天敵はなお倒れることなく、右手の拳を握りしめるとまるでロケットパンチのようにこちら目掛けて飛ばしてきたのだ。

 

「ぐぅっ!?」

 

 咄嗟にロード・キャメロットで受け止めようとするも、巨大な質量を前に受け流すのではなく咄嗟に受け止めようとしたのが悪手。勢いに負けて盾が押され、ついには手から弾き出されてしまった。

 

「まずい……」

 

 盾を失い、無防備な状態になる百花。ただでさえさっきから零落白夜を使っているためシールドエネルギーの消耗も大きくなっている彼女にとっては危険な状態、それを知ってか知らずか絶対天敵は残った左腕を振り上げ、無防備になった百花に殴りかかった。

 

「させん! 停止結界発動!!」

 

 それを阻止しようとラウラが右手を前に突き出し、シュヴァルツェア・レーゲンの第三世代兵装──AIC(アクティブ・イナーシャル・キャンセラー)を発動するも、巨大な絶対天敵相手では出力が足りないのか、ラウラが苦しそうに「ぐぅぅ」と声を漏らしているにも関わらず、振り下ろされる腕のスピードが僅かに下がっただけ。しかも稼げた時間は百花達の回避や退避には到底足りない。

 

「百花さん、鈴さん! 逃げて!!」

「く、百花っ!」

 

 セシリアが前衛の二人に逃げてと悲鳴のような叫び声をあげ、鈴は避けきれないと直感するとせめて百花だけでも守ろうと、本来盾役の百花の前に飛び出して双天牙月をクロスし即興の盾にする。だが防御用の大楯でも防ぎきれなかった大質量の攻撃を本来は攻撃の用途で使う青龍刀で防ぎきれるとは思えず、かと言って防ぎきれない質量による攻撃をぶっつけ本番で受け流せるとも思えない。

 だが逃げるわけにもいかないと鈴は覚悟を決めて迫りくる拳を睨みつけた。

 

「うおおおおぉぉぉぉぉっ!!!」

 

 そこにそんな声と共に、さらに鈴と拳の前に白い機体が飛び込んだ。

 

「俺の仲間は、誰一人としてやらせねえ!!」

 

 白い機体の操縦者──織斑一夏が叫び、腰の近接ブレード──雪片弐型に手を添える。そして抜きながら振り上げるように打ち込んだ一撃が絶対天敵の拳を跳ね上げるように受け流し、同時に相手の防御を崩させる。

 

「いくぞ、白式!!」

 

 叫び、同時にスラスターが点火。一気に最高速度に達する技術──瞬時加速(イグニッション・ブースト)によって一夏は雪片弐型を振り上げたまま刃を返して上段に構え、一気に絶対天敵へと突っ込む。その時雪片弐型の刃が展開、純白のエネルギーが剣の形を取った。

 

「零落白夜!!!」

 

 叫び、雪片弐型を振り下ろす。一太刀目に閃き、二太刀目に断つ。一閃二断の太刀によって絶対天敵は一刀両断されて崩れ落ち、海へと沈んでいった。

 

「大丈夫か、百花、鈴!?」

 

 慌てた様子で白式を加速させて百花達に駆け寄るように宙を駆け、安否を問う一夏。その顔は台詞通りに焦っており、それを見た百花と鈴は安心したと共にどこかおかしくなったのか「ぷっ」と噴き出した。

 

「な、なんだよ?」

 

「ううん、別に。ありがとね一夏」

「でも警備は大丈夫なの?」

 

 突然噴き出された一夏が不服そうに呟くと鈴がお礼を言い、百花が持ち場を離れていいのかと問う。

 

「ああ。新しい隕石が落ちてきて、そこから絶対天敵の反応を確認したから、俺が増援に行くよう千冬姉ぇから指示されたんだ。俺一人でどうにもならなそうだったらすぐに連絡して、増援を呼んでもらう予定だったんだけど。まあもう大丈夫だよな」

 

 そう言って一夏は千冬に通信開始。そのまま報告ついでに指示を受けたのか「はい、はい、分かったよ千冬姉ぇ」と答えるとまた通信先で「織斑先生だ」と怒られたのか苦笑しながらこくこく頷いて通信を切る。

 

「じゃあ帰還して、念のために次の警備係だったダリル先輩達を呼んでたし時間も時間だから、もうそのまま交代していいってさ」

 

「うん。じゃあ帰ろっか」

「まだハロウィンパーティは終わってないもんね!」

 

 一夏からの指示を受け、百花、鈴、ラウラ、セシリアは帰投。一人警備を続けていた箒と合流して次の警備係であるダリルやフォルテ、マドカ達と交代。ハロウィンパーティへと戻っていく。

 

 まだまだハロウィンはこれからだ。




 というわけでハロウィン後編。これにてハロウィン三部作終了です……うん、もう言い訳のしようもなくハロウィン感なくなりましたね。仕方ないじゃないですか書いてたらバトルを書きたくなったんだから!(開き直り)
 本当はヒーローズとヒロインズのハロウィンデートを書きたかったんですが、上手くネタがまとまらずに没になり、仮装のネタが浮かんだ蓮とヴィシュヌ、ラウルとコメット姉妹がちらっと出てくるのが限界になりました。

 次こういう特別編を書くとしたらクリスマス辺りになるんでしょうかね。また何か考えてみたいと思います。
 では今回はこの辺で。ご指摘ご意見ご感想はお気軽にどうぞ。それでは。


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