神々の尖兵 (カキフライW)
しおりを挟む

序章

2022年 某月。

 世界はほんのわずかな理由によって、大陸間弾道弾による核の炎に飲まれかけた。

 大陸間弾道弾が降り注ごうとする中、世界中が光に包まれ、各国の様々な神が降臨、放射能に汚染された地球から各大陸が隔離された。

 しかし各国の連絡網も絶たれ、日本を含めて世界中で外国人による暴動や内乱が勃発、残された物資や資源の奪い合いにより多くの死亡者や逮捕者が出た。

 その中でもなんとか人々は耐え続け、半年後、神々の交信によって光の懸け橋と航路が作られ、限定的ながら行き来が可能となり、各国との連絡に成功、転移後初の国際会議が行われた。

 判明したのは全ての国が神々によって隔離されたわけではなく、参加国は少なかった。

 

『人よ。 試練を良く乗り越えました』

 

 

 国家単位ではアジアはほぼ日本単独に近い状況であり、神々の話ではそのほとんどが地球に残っているという。

 この半年間の間に神々を裏切った為に、隔離を取りやめにされ、放射能に汚染された地球に戻されたそうだ。

 いま国際会議に参加している各国は、曲りなりに神を裏切らず、この半年間を過ごした国家ということになる。

 もちろん国家という単位ではなく、地域と言う範囲ではそれなりに転移しており、各地では現在内乱がおこっているものの、神を裏切るような行為はしていないようだ。

 むろん神々を暴こうとする者達もいたが、天罰とばかりに凄惨な最期を迎えた。

 

 これから地球が落ち着くまで隔離された世界で生き延びる為、国家と言う単位で神の信頼を維持できた各国は、神々に望むものを問われUSAや欧州の一部、そしてロシアは新たなフロンティアと資源を望んだ。

 

「新たなフロンティアを」

「新たな大地を」

「失われた資源地を」

 

 そして隔離されている間のみ使用できるカナダに匹敵する巨大で肥沃な大地を与えられ、絶対的な禁忌である核兵器の放棄と引き換えに、各国は開発競争に勤しむ。

 

「自活できるだけの資源を頂ければ」

 

 日本は自活できる資源を望み、資源が豊富な孤島を与えられた。

 対価として、USAとロシアは汚染された地球の管理を、欧州はUSAに協力する事を、日本は神々の尖兵となり、迫害が行われている世界への出兵を命じられた。

 

 

 3年後、旧日本海方面に新たな橋が生み出され、編成された自衛隊国外人道支援部隊、通称 外人部隊 の派遣が行われた。

 神々の尖兵として、“迫害を止める”ことを任務とし、多くの犠牲を払う可能性と共に外人部隊は光の橋を渡った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

1.新の世界

 USAは地球の高高度と航空路が繋がっており、定期的に偵察機を飛行させる事で現状を調べていた。

 分厚い放射能の雲、放射能を含んだ雨、地球に戻ってしまった国家の壊滅など良い情報など何一つない。

 この情報が伝えられるたび、新たな大地への期待も大きくなっていった。

 

 

 隔離歴3年

 光に包まれた懸け橋、橋と繋がっていた半島に第一橋頭保として基地の建設が行われた。

 詳細こそ不明であれ、この世界で行われている 迫害を止める 事が任務ということは、最悪でも国を相手にする必要性がある。

 政府としても、こちらが平和的であろうとも、外交だけで片付く問題とは思えなかった。

 他国はカナダに匹敵する巨大で資源にあふれた大地、その開拓と資源採取で軍を派遣しているため余裕はなく、軍事物資の提供や専門家の派遣のみが行われている。

 いくつか点在している東京都に匹敵するほど巨大な自噴する油田や、富士山に匹敵する巨大な鉱石の山など、航空写真から確認できた資源を得るために、欧州やロシアと開拓の競争に入り余裕などない。

 国連も迫害という面倒な案件など、日本に任せておけばいいと放任状態であった。

 

 

 

  第一特定基地

 こちらの世界と特定地域を繋ぐ道の防衛基地の建設、橋に隣接する海路からも艦艇が送り込まれ、飛行場や港などの建設が進められている。

 正式に設営をするために大量の人員と建設機器が運び込まれ、急ピッチで外人部隊基地が建設されている。

 これからもっとも近い国家を発見し、国交を設けて迫害についての情報を集めなければならない。

 

 現在位置が大陸の半島の先と思われるものだと航空写真で確認され、スムーズな部隊展開のために道路の建設も開始された。

 インフラなど忙しく建設が進められている中、基地周辺で哨戒及び探索をしていた小隊が、難民の一団と思われる集団と平和的接触に成功、問題はそのあとであった。

 接触した難民たちは獣の耳や尻尾、肉球など特徴をもった獣人であった。

 幸い言語は少し訛りのあるイギリス英語と日本語が混ざったものであり、スムーズとまでは行かないが会話が可能であった。

 怯えながらではあるが、彼らの説明では、

 

 この世界はクロノと呼ばれ、今いる場所はミヤムロス大陸の東端の半島。

 世界最大の宗教、オーメウス教、亜人は全て罪人であり奴隷、暴力をふるおうと、殺そうと自由である。

 その為に隠れ住んでいたものの、村が襲撃されたため逃げて来たという。

 

 この情報は即座に国連にまで上げられ、日本の役目は亜人と呼ばれる迫害されている者達の保護と、迫害を行う国家への対応とされた。

 迫害だけではなく、さらに宗教が関わる問題となると国連の各国も酷く難色を示し、この難題を日本に押し付けようと手出しを控えたい思惑がはっきりと見える。

 しかし提案や協力の内容もはっきりしており、惑星クロノで人工衛星の打ち上げとそれに伴う協力、難民救援物資の提供、他国対応を得意とするCIAやMI6の局員派遣など、裏があるにしろ日本外人部隊の活動範囲は広がっていった。

 

 軍事的にはNATOから人員はともかく物資の供給が行われ、各国から特定地域で使用する軍事兵器の売り込みも多く、力関係もあり、

 陸上は主にドイツから、

 レオパルト2PSOなど、中古のレオパルト2を改修し、安価に大量購入を、

 航空は主にUSAから、

 F-35やB-52など購入を、

 海上はUSAと欧州から、

 クイーン級空母やF-35Bなど艦載機を、主に採用する方針を取った。

 何が起きるかわからないため、十分すぎるほどの兵器の持ち込みと、大規模基地の設営が行われている。

 新天地の開発需要で世界中は好景気であり、あらゆる物資の生産が追い付かないほどであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2.設計・設営・防衛

 獣人たちの保護が決定し、基地に面する形で難民キャンプの設営が開始された。

 

 オーメウス宗教には関与がない国家であるとわかり、少し距離を取られているものの、獣人達は日本が建設した難民キャンプで生活を開始、あらゆる情報の聞き取りや言語の翻訳、病理関係や文明レベルなどの協力を得る対価として、食料や生活物資の提供が行われている。

 判明したことはこの大陸の文明程度は中世から近世程度であり、言語は世界公用語としてイギリス英語、亜人族はだいたいが日本語という二種類であった。

 また亜人という種の中に獣人が居るということであり、他にも多様に存在し、獣人にも狼や猫、兎や鳥など多様である情報も入った。

 時が経つにつれ少しずつ獣人達が集まるも、その平穏も長くは続かなかった。

 難民達を追いかけ、剣を持った集団が近づいていることを、哨戒をしていた部隊が発見。

 警戒態勢に入り、獣人達には避難キャンプの不安げにしている。

 

 

 10分して、集団が駐屯地が見える距離まで近づいていた。

 数はおよそ10人程度、みな剣を持っている。

 

「ここは日本国自衛隊国外人道支援部隊の駐屯基地! 何の用で武装して接近するのか答えなさい!」

 

 突如発せられた拡声器の大きな声に、顔を見合わせているが、駐屯地に面する形で設営されている難民キャンプに、獣人達が居るのが目に入ると、剣を抜いて走り出した。

 

「放水開始!」

 

 すでに殺傷許可は下りているものの、極力しないことが後々の円滑な外交に繋がる。

 まず第一として放水砲、第二としてゴム弾、第三に殺傷となっている。

 

「水魔法だ!」

「くそ! 構わずいけ!」

「金は目の前だぞ!」

 

 水に耐えながら進もうとする者もいるが、ぬかるんだ地面に足を取られ、高水圧で転倒する。

 

「注意しつつ全員を捕縛する! 抵抗するものは容赦するな!」

 

 放水を受け、逃げようとするものを優先的にゴム弾で撃ち、一人残らず捕縛、基地内に連行し情報の聞き取りを行う。

 憲法第九条は、世界が隔離された段階で廃案となっている。暴動から内乱に発展したとき、多くの日本人が殺された事で、なんの役にも立たないことが判明したためだ。

 

 協力的ではないものの捕えた彼らの説明では、この国の名前はノーリスモルト、近くの領主ノプルン伯から逃げた獣人を捕まえる依頼が出され、冒険者や傭兵などが報酬を目当てに依頼を受けているとのこと。

 さらに獣人の奴隷はノプルン伯爵の町にも沢山おり、主に労働力として使われているそうだ。

 獣人達が逃げた方向はこの基地方面であり、今後はさらなら追跡者の可能性が出てきた。

 こうなるとしっかりとした防衛設備の建設と、亜人の人達を保護するために難民キャンプではなく、しっかりとした防衛都市が必要となる。

 しかし防衛都市のノウハウなどあるわけもなく、各国の協力者に問い合わせを行い、仮の国境を設け、そこに巨大な壁と堀の設営が適切であると判断された。

 

 大量に輸送されてきた大型のヘスコ防壁を二段に重ね、5kmにも渡り設営し半島を封鎖するように塞ぐ。

 少なくとも突破するには苦労する上に防衛が容易になり、海上からくるならば、艦隊による防衛もできる。現在周辺海域の調査中であり、航行できる範囲は非常に限られるが。

 何にせよ亜人族が相当数増えたとしても、保護することは可能となった。

 

 

 

 

 保護が始まってから3か月、獣人代表者であり、真っ白な体毛が特徴的な狼獣人ルファスから要望が上がった。

 

「いつまでも食事まで世話になっているのは心苦しい。 農業や畜産をさせてもらえないだろうか」

 

 それは自活したい為農業と畜産をしたいということであり、拒否する必要性もないため数日後に許可が下り、半島内で獣人の人達が農業や連れてきた獣の畜産も始まる。

 不思議な事に畜産動物は地球の動物と非常に酷似しており、体色や体毛の色の違い以外差異は認められなかった。

 サンプルとして提供を受けた体毛や採取した血液からも地球の動物とほぼ変わらず、疫病などの心配もなかった。

 対価として鉈やスコップなど簡単な作業道具の提供をすると、品質の違いからかなりの驚きと、素晴らしいものを頂いたと感謝をされるものの、日本としては量産品であった。

 

 

 そのころ、日本を除く各国では、新たなフロンティアの開拓で忙しく、そこに住む象にも匹敵する巨大な獣達に大して、軍を派遣して対応していた。

 新たな資源、新たな動植物、各国は先を争って開発しているため、面倒ごとに対応をしている日本に積極的に構っている余裕などない。

 




こっそり投稿したのにもう気付かれてる!?Σ(´∀`;)
おそ露西亜おそ露西亜
((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3.ノプロン伯爵

 日本が惑星クロノと繋がって半年、獣人難民は徐々に増えていき400人ほどとなった。

 みな迫害によって怪我をしているか、ぼろぼろの服装であり、また人間に対して恨みと憎しみ、そして警戒心が合った。

 そのため国境検問所に狼獣人ルファス達に詰めるように願い、その協力によって比較的スムーズに受け入れる事が出来ている。

 

 

 隔離歴3年8月

 国境線に未確認の軍勢が現れた。

 兵士の数はおよそ200人、歩兵だけではなく、馬に乗った騎兵も少数ながらおり、正式な軍による行軍であるのは確かであった。

 

「我々はノプロン伯爵様の命により奴隷を追ってきた! 門を開けよ!!」

 

 ヘスコ防壁の上からは銃を構えた外人部隊が見ている中、門を開き慎重に外交担当が出ていく。

 

「これは遠くの所からようこそお出でくださいました。 獣人達でしたら奥に居りますが」

 

「そうか、ではすぐに我々によこせ。 奴隷どもの所有権は全てノプロン伯爵にある」

 

 奴隷であるならば、今はとりあえず購入するという対応をしてしまえばいい。

 まずは穏便に済ませなければ。

 

「それは大変失礼しました。 では購入したいのでお支払いをさせていただけないでしょうか。 もちろんお手数をおかけした分、そして皆様のご足労分も加えさせていただきます」

 

 少し顔を見合わせた後、代表だろう男は嫌な笑みを浮かべる。

 

「ふむ、良い心がけだ」

 

 気分を良くしたのか、とりあえず険悪な雰囲気は弱まった。

 対価として要求された分を砂糖で支払い、彼らが把握している逃がした獣人族の所有権を得る。

 国家での支出計上は名目上身代金の支払いとなるが、今はこれで良い。

 いきなり戦闘となってしまっては国家間交渉に問題が発生してしまうからだ。

 

「次からは手間をかけぬようにすることだ」

 

 彼らは荷馬車に満載された砂糖の袋と共に帰っていった。

 文明程度から調味料は高価な交易品になると考えられていたが、やはりこの世界でもそうらしい。

 一息つき、ルファス達に事情を説明、これからも亜人を含め受け入れを続けることを伝える。

 その間にもCIAとMI6から潜入工作の指導を受けており、着々と潜入工作員の準備が進められていた。

 

 

 

 隔離歴3年10月

 新たに疎開してきた獣人族は、不思議なことに恐竜ともに到着した。

 もちろん地球のものとはことなるが、小型の草食恐竜は馬や荷馬のように扱うらしい。

 彼らの話では巨大な肉食竜も存在し、それが荒れ地に大量にいるためにこの半島付近は基本的に安全。

 獣人族は契約に基づき、恐竜族の住む荒れ地を安全に通過できるそうだ。変温動物である恐竜族にとって水場の清掃は難しいため、通行の代わりに荒れ地の水場を清掃しているらしい。

 

 捕えた冒険者たちからの聞き取りでは、正確な数は不明ながら人口はおよそ1万人、うち約3000人が獣人奴隷、文明及び産業のレベルは高くなく、農業も充足しているとは言えないようだ。

 兵士の数は最大で2000、ほとんどが歩兵と騎馬であるが、飛竜というものが確認された。

 たった30騎であるが、高速で飛行し、火炎放射のような火を噴く。

 脅威であり、少数であるものの高い危険性として、国境線には対空設備の増設が行われた。

 

 

 隔離歴3年12月

 流通する食料や金品、奴隷の扱い、取り崩すべき対象、国家体勢やその急所、あらゆる情報を収集し、平和的かつ合理的に解決するため、外交官を送る事となる。

 外交官を派遣することになり、複数の部隊からそれぞれ人員の抽出が行われた。

 

「特務外交官 阿部 1等陸尉。 よろしく頼む」

 

 偉丈夫で男から見てもなかなかいい男は、オールバックに髪を纏めている。

 

「普通科中隊小銃小隊 川久保 陸曹長」

「津村 1等陸曹」

「岩切 1等陸曹」

「山崎 3等陸曹」

「矢部 3等陸曹」

 

「普通科連隊対戦車小隊 沢口 2等陸曹」

「穂村 2等陸曹」

「戸塚 2等陸曹」

 

「通信小隊 鱧屋 3等陸曹」

 

「TALOS小隊 葛城 3等陸尉」

 

 それなりの分隊を編成し、外交に赴くのだが、これでも安全が確保できているとは言い難い。

 16式機動戦闘車1台、96式装輪装甲車1台、高機動車1台となるが、最悪逃げるしか手はない。

 

「我々はこれから敵地ともいえる地域に外交に赴く。 迂闊な行動をとり敵対行動をとられないよう最善の注意をするように」

 

「「「はっ!」」」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4.外交さえ不可能

 獣人達が言うには荒れ地の南側は、恐竜族も暮らせないほど過酷なため、他種族でも安全に通過できるらしい。

 

「これはこれは、確かに変温動物は無理だ。しかし地球とは異なるのだな」

 

 外交官であり指揮官である阿部の視線の先には、地面一体に霜柱のようなものができており、変温動物が住めるような大地ではなかった。

 

「念のため確認します」

 

 高機動車から降りた津村陸曹が危険がないことを確認する。

 

「問題ありません。ただ足元から冷える感じがします」

 

「地面のみが低温なのだろうか。なんであれ移動を続けよう」

 

 地面のみ極端に冷えている寒冷荒れ地を抜け二日、町が見えてきた。

 

 

 

 ノプロン伯爵領地 城塞都市キャロ

 異形な物体に乗る集団に兵士が集まる中、代表である外交官が謁見を求めたところ

 

「ここでまて」

 

 1時間ほど城塞都市の入り口で待たされている。

 

「これは失敗でしたね。 荷車でも調達してくるべきでした」

 

 外交官の阿部は、文明力の差を考えてはいたものの、余りにも当然であった車両、思考から抜け落ちていた。

 

「身を守るためには必要な事かと」

 

 川久保陸曹長は周囲を警戒しているのだが、50人近い兵士に囲まれて皆緊張している。

 

「動画撮影は止めないように、何か起きた場合の記録となる」

 

 

 

 

「面会を求める連中が来ただと?」

 

「はい。 見たこともない服装と初めて聞く国名を名乗っておりまして。面会を求めておりますが、どのようにすべきかお伺いを立てに参りました」

 

 執務室で兵士長から話を聞いていたノプロン伯爵は、見知らぬ相手などを応対などするつもりなどなかった。

 名のある伯爵、前もって連絡のない相手となど面会するはずもない。

 

「そんな奴らラルゴ行政官にでも対処させておけ。私は忙しいのだ」

 

「わかりました」

 

 兵士長は伯爵の屋敷を出ると、その足で行政庁に赴き報告を行う。

 

「馬のない鉄馬車とは、珍しい。そやつらを捕まえよ」

 

「は? 彼の者達は外交を求めているのですが」

 

「蛮族なんぞどうということはない。我々が所有してやるのだ」

 

「しかし、伯爵様のご命令がない限り、正規兵を動かすわけには参りません」

 

 兵士長として帝国法には従う義務がある。逆らえば法によって罰せられ牢獄に繋がれてしまう。

 行政官は苛立ちながら話を続ける。

 

「ならば警護兵だけでやれ。とっとやらんと貴様の首を飛ばすぞ!」

 

「……わかりました」

 

 行政官ラルゴに対して、一介の兵士長が逆らえるわけもない。

 

 

 

 

「兵の動きがおかしいです。囲うように動いています」

 

 いままで城壁側にいた兵士たちが、少しずつ取り囲むように広がっていく。

 川久保陸曹長の目に、兵士達が腰に収めていた剣の柄に手をかけるのが目に入った。

 

「フラッシュ! 全員乗車し車を出せ!」

 

 剣を抜いてこちらに迫る兵士対してスタングレネードを投げる。

 さすがに外交予定の相手を射殺するわけにはいかない。

 強烈な光によって目がくらみ、兵士たちが目をくらませている中、ワイヤーを繋げていたスタングレネードを回収、対処していた自衛隊員は車両に乗り込み、囲いを抜け城塞都市キャロから離れる。

 車両の強奪未遂、自衛官への傷害未遂、結論は現状での対話は不可能。

 




(*゚∀゚)<休みは今日で終わりですねぇ>ヘ(゚∀゚ヘ)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5.防衛

 録画した映像から、文明程度が違い過ぎて理解されなかった点と、現代と思考が違い過ぎるため、歴史学者達による当時の文明レベルの外交について調べる必要があるとされた。

 外交についても平和的なものは弱腰とみられるため、まともに相手をされないことから、理解できるレベルで武力を見せるべきではないかと議論がなされている。

 

 

 

 外交部隊は特定地域基地に戻ったものの、無人偵察機による城塞都市を調べると、兵力を纏めて様子が見られた。

 目的はおそらくここ特定地域基地であると思われる。

 

「ルファスさんの話では、魔法というものは、我々の火炎放射器・ワイヤレス高圧スタンガン・水圧砲程度の危険性がある。注意するように」

 

 それ相応の地位がある者を捕え、まずは外交交渉の場に立たせなくてはならない。

 国境線には増設された水圧砲や暴徒鎮圧用装備の充実が行われ、防備の強化が行われていた。

 

「スタングレネード及び暴徒鎮圧用催涙ガス用意できています」

 

 確認できているのは400名程度であり危険性はそこまで高くはないはずだが、何よりも程度が不明な魔法に対して注意が必要であった。

 自衛隊員は難民及び自らを守るため、物資の輸送及び巡回の強化を進める。

 

 

 

 二週間後、国境の防衛ラインから兵隊の姿が見え、対話を行う余地もなく、騎兵や兵士が剣を握り駆け始める。

 

「鎮圧開始!!」

 

 水圧砲による強力な放水によって兵士や騎兵が止まったり倒れるものの、盾を持つ兵が少しずつ進んでくる。

 

「催涙ガス 投射!」

 

 暴徒鎮圧用に用意されていたものを面投射、一体が催涙ガスによって白い煙に飲まれていく。

 後は脅し用の火炎放射器とゴム弾しかない。

 それで終わらせられなければ、射殺を考えなければならない。

 さすがに射殺は避けたいと、自衛隊員はみな催涙ガスで諦めてくれるよう願っていた。出来る限り平和的でありたい。

 

 

 

 総隊長であるフォトン・モリアルは、涙と咳が止まらず侵攻することができずにいた。

 

「なんだ、ゲホッ これは!?」

「わっ、わかりませ ゲホッ」

 

 副長もまた催涙ガスに巻き込まれているのだが、何が起きているのか理解できず、冷静に判断できず煙を払おうと、混乱している中時折振るわれる剣や槍だけが動いている。

 命令が届かなくなった兵士たちは混乱し、その場に伏せたり目と鼻を抑えて苦しんでいたりと、すでに戦闘を継続できる状態にはなかった。

 その状況を見た日本側はガスマスクを着用し、ワイヤレススタンガンによって一人ずつ捕えていく。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6.国際法の限界

 日本は現在国際法に則って対応をしている。

 それでも大人しいのは一般兵だけで、指揮官クラスになると横暴であり、日本側の聞き取りにさえ応じる事はあまりなかった。

 剣を交えたわけでもなく、一方的に制圧された事で力の差を理解が出来ていなかったのだ。

 日本側としても武力外交は適切ではないため、出来うる限り丁寧に話しているのだが、ここまで思考が異なると、かなり時間を要するだろうと考えられていた。

 

 

 

 防衛省 会議室

 

「無理やりにでも対話に引っ張り出す方法はないのか」

 

「物資庫なりを吹き飛ばすのが一番平和な方法でしょうね」

 

 CIAから派遣された局員が、情報を整理し説明をしていた。

 状況を理解させなければまず対話の場に立たない相手である以上、このまま逐次投入されるか、大量に送られてくる兵士を捕えていてはきりがないことを、CIAやMI6などから伝えられていた。

 

 手段は選ばずとでも言おうが、情報の蓄積はCIAやMI6のほうがはるかに適切な対応を導き出せていた。それは前世界で色々やったという証明でもあるのだが、それが現状を比較的正確に当てはまっていた。

 

「日本としては武力は避けたい。が、そうもいかないというわけか」

 

「小学生に大人の法律を理解させようとしても無駄です。中世文明と現代ではそれほど倫理観に差があります」

 

 現代でも、先進国と発展途上国では倫理観に差が大きく、間を取り持つのは非常に難しい。

 現状では捕えただけで死者は出していないが、考え方によっては命を取らない・取れない臆病者もしくはそれくらいの力しか持たないと認識されるだろう。

 それが各国諜報員が今までの経験から算出した応えであった。

 

「軍事圧力をかけても、利権を大事にする者達が譲らないでしょう。支配者と言うのはどこも絞首台で首が吊られるまで、自らの財産や権限を手放さないものです」

 

 CIAやMI6,モサドの助言に、頭を抱える防衛省の職員たちはどうすればよいのか悩むこととなる。

 

 

 会議を繰り返すも、都合が良い相手に頭を挿げ替える、それ以外平和的ともとれる方法はないようであった。

 宗教的に亜人を虐げる以上、他の宗教を台頭させるか、宗教の原典を調べ、事によっては完全に弾圧するか廃教とするしかない。

 最適な事は原典の解釈によっては亜人への弾圧が間違いであり、共存共栄を主とした教義に切り替えなければならない。

 宗教問題は数年で解決することはなく、各国の専門家と会議を行いながら、まとまらない方針の会議を繰り返す。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7.新たな国家

 ようやく建設の終わった特定基地の滑走路を利用し、各地に偵察機を飛ばし味方となりえる国家がないかと、同盟を結ぶことができる国家がないかと捜索を始めた。日本としてするべきことは、味方づくりとなる。

 今のままでは保護すべき亜人族達よりも敵兵ばかり捕える事になる。そんなことをしていては何十年経っても終わらない泥沼となってしまう。

 

 

 

 半月後、国境線の強化が行われていく中、海岸線を北上した位置に、捕えた兵士の一人から聞き取った中にあった、ノーリスモルト国に抵抗している小規模国家群を確認した。

 亜人達の国家であるが国境線で常に戦争状態にあり、高い山脈と恐竜族の住処に阻まれている為、大規模に侵攻する事が出来ず、唯一の道である平原を少しずつ侵攻しているようだ。

 

 新たに確認できた地域を目指し、外交官兼指揮官である阿部一等陸尉の下、外交部隊は北を目指し移動を開始した。協力者として狼人族のサルファと猫人族のビッテと共に、恐竜族の住む地域にある水源、洞窟となり山を貫いている水路を徒歩で遡る。

 車両で洞窟前まで移動し、荷物の準備を行う。

 

「全員装備を確認」

 

 前回の外交の時と同じ人員編成、それでも敵対行動を取られてしまうかもしれない。

 今回は服装こそ自衛官ではあるが、武器に関してはそれなりに偽装している。

 

「耐水装備に問題なし」

「通信機問題なし」

 

「では、これより水路を北上し、外交を主とした対話を行う。 高圧的行動を足らぬよう注意を支払うように」」

 

「「「了解」」」

 

 洞窟に続く川をさかのぼり、小型の船をけん引しながら、狼人族のサルファを先頭に水路をさかのぼり、ひざ下を濡らしながら外交団が進んでいた。

 

「阿部一尉、少々荷が多いかと」

 

 小型の船に荷物を積み込み、皆でロープで引っ張っていた。

 

「小型発電機とバッテリーが必要なのだから仕方ないでしょう。 弾薬も濡らすわけにはいきませんし」

 

 ひざから下を濡らしながら先を進む阿部一等陸尉は振り返ることはない。ライトで照らされているとはいえ、洞窟内は暗く足元の状況もあまりよくはない。

 

「がんばれー」

 

 協力者でもある猫人族のビッテは船に乗った状態で濡れることなく、荷物に水掛からないようシートの上に座っている。

 阿部一等陸尉は紳士である。つまり協力者である女性に水の中を歩けと言う事はなかった。

 それから丸一日水路の流れをさかのぼり、水路の切れ目から光が見えてきた。

 

「阿部殿、抜けた先ではおそらく亜人族がいます。 私がまず出て説明しますので、少しお待ちを」

「サルファさんよろしくお願いします」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8.閑・獣人の生活

半島に日本が防衛線を引き、その中で獣人難民は暮らしている。

 

 半島の4分の1を利用しているが、500人にも満たないので、かなり広く筆頭として狼獣人のルファスが長として、皆を纏めている。

 最初はジエイタイに対して懐疑的ではあったが、丁寧に対応するジエイタイに対して、襲うわけでもなく、道具や住居を提供し、言葉や文字、そして周囲の文明について協力している。

 

 そんな中、運悪く皮膚病の初期に掛かり、全身刈り上げられることになったのだが。

 

「……屈辱だ」

 

 ルファスは頭部を除きすべてを刈り上げられ、薬用のお風呂に浸かる事になってしまった。

 

「そういうな。 悪化すれば治らんらしいが、刈り上げてこの薬湯に浸かれば治るのだ」

 

 隣には旅の最中に悪化してしまい、所々が禿げ上がってしまった老体の狼獣人の先客がいた。同じ皮膚病に長く侵され、少しずつ生えてきてはいるが、それでも悪化してしまった腕は完全に毛がなくなってしまっている。

 

「誇り高い毛皮がこのざまだぞ。 治すためとはいえ」

 

「悪化してワシと同じハゲで過ごすか? それくら我慢せい」

 

 老狼獣人は失った毛皮の代わりに、普段は日本から支給されたスポーツ用のアームガードと手袋を着用している。

 

「しかし、彼らがおらんかったらワシらはやられていただろうな」

 

 小さな手桶で頭から薬湯をかぶり、全身に薬湯をしみこませる。

 

「しかし油断は出来ん。 いつ我々を裏切るか」

 

「油断はせんが敵対はせんようにな。 少なくともすでに住居に食料、安全な土地に治療と融通してもらっとる。 彼らはいずれの自活を求めとるし、我らも工芸品など何かしら還元せんとな」

 

 湯船のふちに置かれていたコップを手に取り、苦い飲む薬湯でのどを潤す。

 

「我々狼人族は戦いと狩猟の一族、体が万全であれば一兵卒に加わる事も考えている」

 

「なんにせよ。 お主は長、見誤らないように注意せぇよ」

 

 

 

 薬湯風呂から上がり、刈り上げられた体を隠すように服を着る。

 言語や文字と風習の研究、定期的な健康診断(検体提供)による報酬を得て、生地を買ったり道具を買うなどして制作を始め、民族衣装を着用することが出来るようになった。

 逃げ回っている最中はそんな余裕はなかったが、身重だった妻も今は体を休めることができている。

 妻だけではなく、長い旅で体の弱っていた老人や子供など、ようやく落ち着きを取り戻した。

 見回りのため、農地を回るとすでに青々とした農作物が育っている。

 

「調子はどうだ」

 

 犬族の男が作業を止めて立ち上がる。

 

「上手くいってますよ。 このコマツナとトウモコロシというのが採取できます。 他のも順調に育ってますよ」

 

 早めに収穫できる植物らしく、たった3か月で収穫が始まり、食事に並び始めている。

 

「そうか。 大変とは思うが頑張ってくれ」

 

 畜産をしている場所はまだ狭く数も狭い、それども牛・羊・山羊・鶏と一通りそろっている。

 小屋を掃除している猫獣人と犬獣人がこちらに気付く。

 

「牛からミルクが取れるようになりましたよ」

「ニワトリっていうのも便利だ。 手間だが毎日卵が取れるおかげで食べ物に困らない」

 

 少ない人数で色々大変とはいえ、徐々に自活できる体制が整いつつある。何よりも安全な環境は産まれてこの方初めてのこと、数年も居れば移動しなければならず、落ち着いた環境など持てることなどなかった。

 

「大変とは思うが頑張ってくれ」

 

 最後に鍛冶場、いままで作る事などできなかったが、ぼろぼろに古くなった剣や槍を作り直している。

 

「剣の打ち直しも出来つつあります。 まだまだ簡易的な作りですが」

 

 鍛冶場も簡易的ではあるが出来上がり、古くなった道具を打ち直し。鉈や包丁、そして斧は日本から貰ったものがあり、必要はなかった。

 保護されたという形であれ、獣人の難民団は再び活気を取り戻しつつある。だからこそ、どこまで信頼すべきなのか、獣人難民団の長であるルファスは悩み続ける。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9.第一次交渉

「止まれ!」

 

 水路を出て少しすると大きな声が響き、視線の先には犬人族が槍と弓をこちらに向けていた

 

「私は狼人族のサルファと言う! 水路を抜け国交を求めてきた!」

 

「同じ、獣人か!? 無事に逃げてきたのか!」

「他に居ないのか!?」

「仲間だ!」

 

 武器を引き、同じ獣人が集まってきた。なんとか一息を付けそうだが、それでもまず外交するために人族が来ている事を平和的に伝えなくては。

 

 

 

 

 水路内で待機する面々の耳には騒ぎになっている声が聞こえていた。

 

「阿部一等陸尉、上手くいくでしょうか」

「行かなければ困りますよ。 しかし人が疑われているのも確か、今はサルファさんを信じましょう」

 

 交戦中の国家ではなくとも、人間ある事に変わりはなく、疑いの目を持たれるのはどうしようもない。

 

 

 

 

 ニ十分ほど待ったところ、狼獣人のサルファが皆の下に戻ってくる。

 

「皆さん。 大丈夫ですこちらへ来てください」

 

 サルファの案内に従って、銃を下ろしてゆっくりと水路を出ると、犬獣人に囲まれ睨まれているものの、武器は向けられていない。やはり説明しても交渉の始まりは敵意から始まるようだ。

 

「こちらがニホンの外交官のアベさんです。 我々避難民を保護している国の外交代表です」

 

 外交官でもある阿部一等陸尉は笑顔を崩さないよう注意をし、狼獣人のサルファがしてくれた商会に伴い丁寧に挨拶を行う。

 

「……外交官ということだが、人種が一体何の用だ」

 

「彼らは他の人種とは違います。 見た目も異なりますし、少なくとも我々はノーリスモルトの手から守られています」

「私達を奴隷扱いなどしません。 対等に扱いってくれています」

 

 狼獣人サルファと猫獣人ビッテの言葉に、嫌悪の目を向けながらも武器を収めてはくれた。

 そのまま案内され、もっとも近い砦で話し合いが行われ、一応の責任者と会う事が出来た。

 怪訝な顔をしながらも、狼獣人のサルファと猫獣人のビッテが信頼できるとの説得を聞き、会談に応じてくれただけ譲渡ともいえる。

 

「我々としてましては、弾圧を止める為に来ました。 その為まずは貴国と国交を持ち、交流を行いたいと考えています」

 

「人族が止めるだと? 一体お前達に何の理がある」

 

「失礼、我々はオーメウス教徒ではありません。 理解してもらえるかはわかりませんが、これが神様からの指示でしてね。 遵守しなければ恐ろしい神罰が下るのですよ。 ですから我々は弾圧一切を停止させるよう尽力いたします」

 

 苦笑しながらもはっきりと阿部一等陸尉は説明し、どうしたものかと砦の責任者は悩む。

 

「それで、あなた達は何をするつもりなのかね」

 

 

 阿部一等陸尉の尽力により、完全に信頼されたわけではないものの、一応の交流と言う形で砦に隣接し小さな建物を立てる許可を得た。

 まずは国交と言う事で、獣人の国フルーダン王国と交易品と対話、そして保護している獣人難民を確認しに訪れるとなった。

 水路の整備と並行し、恐竜族からも理解を得るのには時間がかかったものの、水路と水場の拡張整備を条件とし、海に面する地域ではあるが、山を貫くトンネルの掘削も開始された。




明日にはもう一話いける!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10.第二次交渉

 獣人族の国外交官である 犬獣人のモルト、水路を通り難民キャンプ地へと訪れていた。

 

「ここが、キャンプ地か」

 

 半島内に造られた難民キャンプ地には仮設住居だが家が建てられ、集落と言う形だら村が出来上がっている。

 

「私が難民団の長 ルファスだ」

 

「フルーダン王国 外交官のモルトです。 それで確認となりますが、ニホン国から迫害や強制などされていないでしょうか」

 

「特に害されてはいない。 衣食住、そして病気の者は治療を受けている」

 

 ルファスは個人的な感情を捨て、事実だけを述べる。

 

「労働も強制されておらず、我々が自活を求め農業と畜産をしている。 少ないが我々が織った服や工芸品をニホンは買っている。 その金を元に我々も道具を購入している」

 

 まだ少数ではあるが、工芸品は珍しさから自衛隊員が購入し、少なくない金銭が渡されていた。

 

「そう、ですか。 できれば見て回りたいのですが」

 

「案内しよう」

 

 ルファスに案内され、外交官モルトは難民キャンプの状況を確認、強制労働されている者はおらず、暗い表情の者を確認する事は出来なかった。

 それどころか何人かは失った手足の代わりに義手義足を装着し、簡単な作業をしている。

 

 外交官のモルトは数日間留まり、状況を書き留め国への報告書を纏めていく。

 

 

 

 

 

 外交官モルトが難民キャンプ地を訪れた頃、獣人の国フルーダンでは、阿部一等陸尉が交易品として持ち込んだものを紹介していた。

 

「不思議な筒ね。 回すと中の宝石が光って形を変えるわ」

「この包丁、よく切れるな。 これほどならナイフの代わりにもなるのでは」

「美しく良い手触りの生地だ」

 

 特に人気なのは生地と日本刀であった。亜鉛合金製刀の居合刀といっても、その鋭さは十分にある。

 

「これほど鋭い傾斜曲剣は見たことがない」

「装飾性はないが、拵えはこちらで変えればいい。 一本欲しいものだ」

「剣もこれなのだ。 槍や斧も次の交流時に輸送してもらうのも良いかもしれないな」

 

 そんな中、美術品である玉鋼作りの真刀の美しさには違う反応をしていた。

 

「これは……刃を見ていると斬りたい衝動が湧いてくる。 妖しく……美しい剣だ」

 

 鞘から抜いていた犬獣人は、光に複雑に反射する波紋に心をかき乱され、息を荒くしながらじっとみていた。

 

「交易の品は他にも多くありますが、まずは家庭用品などから始めたいと考えております」

 

 声を掛けられた犬獣人ははっとして鞘に刀を収め、物品を並べられているテーブルの上に置く。

 

「大変すばらしい品物ですね。 我が国ではこのような道具は見たことがありません」

 

「正式な取り決めは今後となりますが、本日運んできたものは、外交判断を出来る方に届けて判断してもらってくださいますようお願いいたします」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

11.行動開始

 転移歴5年、特定地域基地も建設がひと段落し、滑走路と港もようやく完成にこぎつけた。

 分解輸送せずに航空機も本土から到着が可能となり、今までの不整地でも可能な小型航空機から本格的な航空偵察も可能となる。

 海洋についてはいまだ、海底探査に時間がかかっており、近海以外については船を出す事は出来ない。

 

「上もそろそろ決断をする頃でしょうか」

「そう願いたいものだがな」

 

 ノプロン伯爵領から冒険者や賞金稼ぎが時折送られてくるものの、基本的に追い払うだけで捕えることも避けている。

 捕えていた兵士も解放はしたものの、再び兵団に加わり攻めてきたので追い返すと、悪循環に入り始めていた。

 国に情報を送ってはいるものの、“待て”の指令のまま防衛だけに時間を取られていた。

 

 それからさらに半年、いろいろな案が出された結果、平和的に“経済”で圧し潰す方針とした。もちろん専守防衛ではあるが、国民や自衛隊員を守る為なら武力も行使する。

 彼らの技術程度から複製が不可能であり理解できる工芸品、そして砂金とほぼ同価値である香辛料、それらを利用し経済を支配し動かす。

 教会の弾圧の教義と言っても、文明程度から言って優先すべきは“金銭”、それゆえにまずは商会を立ち上げ、時間はかかるが金を基本とした財力と影響力で物事を解決する方針とした。

 

 

 

 外交関連に関わる可能性も考慮され、獣人王国フルーダンとの交渉を終えた阿部一等陸尉を含めた外交団を商人に偽装し、南部にある小国家群にまず入り込ませ、そこから秘密裏に亜人を退避させつつ、一地方の教会を動かし、共存共栄を主流派の教義とさせる。

 

 見た目そのものは木製作りで時代に合わせた大きな馬車であるが、中身は高機動車である。必要であれば即座に離脱できるようにとの配慮だが、南部地域にある小国家に向かい出発、ばんえい競馬から借り受けた足は遅いが牽引力の強い馬に引かせ、大量の物資と共に小国家群の一国 トロン王国に行商人として入り込んだ。

 

 

 

 特定基地ではさらに国境線を伸ばし、新たな国境線にコンクリート防壁の建造を開始した。

 半島から北部山岳地帯まで続く20km道もある為、アスファルトではなく固められた砂利道で作られ、トンネル周辺に小さな駐屯地を設けていた。

 まだ整備に二か月ほどかかるが、北部山脈を抜けたトンネルは出来上がり、許可があればフルーダン王国と正式な交易も開始される。

 水路で運ぶにはあまりにも狭く、海路はいまだに調査が終わっていなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

12.南部10小国家群 トロン王国

 特定基地から車両で道なき道を数日、人の高さほどがある石組みの防壁に囲まれた小国、冒険者や兵士達の話では、比較的温厚な国家であり良い噂も多いとのこと。

 兵士達や冒険者から得た情報に従い、商人ギルドの許可を得て倉庫を借り、倉庫前に露店を開いたのはいいが、余りの混雑に派遣されていた外交団の自衛官は忙殺されていた。

 生地と中古のTシャツを主に販売、平民や貧民には無地の中古Tシャツを安価に、手鏡などを富裕層に少数販売、日々売り切れるまで混雑し、品物を補給する為店を毎日閉め帰還していた。

 効率が悪いようで、倉庫に品物がないので襲われる心配もなく、また情報に目敏い商人や貴族だけを相手にできる。

 

「本日も通常品は売り切れましたが、これでいいのでしょうか?」

 

 川久保陸曹長が疑問を持つが、阿部一等陸尉は冷静に話す。

 

「貴族などは珍しい物を所有し、それがお互いの駆け引きや権威につながると情報があります。 間違いなく我々に接触してくるはずです。 開店している時間が短いのなら、情報収集に秀でた強く求める者が接触してくるでしょう。 貧民相手の安価な服はまぁ、名売りと日本国内への配慮ですね」

 

 社交界で名声を高めるには、先んじて珍しく良い物を手に入れなければならない。それなら日本の製品を求めて必ず接触してくる、そう阿部一等陸尉は読んでいた。

 その予想通り三週間が経った時、目的とした階級の者が接触してきた。

 

 

 

 

 トロン王国 王城

 一室では、ブロンドの髪を整えた第一王女フォリナ姫が、流行遅れになりつつあるドレスにため息を付き、探させていた情報を得た従者の話を聞いていた。

 

「商店がわかりましたか」

 

「交易に来ている旅商人が取り扱っているようです。 他の商店との取引もなく、直接の買い取りもしくは他の商人から流れた生地を得るしかないかと」

 

 この一月、社交界では見慣れない生地によるドレスが出回り始め、トロン王国の第一王女であるフォリナ姫としては、王族として最新鋭のドレスや装飾品を身につけなければならず、取引のある商人に探させるも、最終的に稀に開いている倉庫街にある小さな商店で取り扱われていると判明した。

 

「本日は開店しているようです」

 

「そうですか。 では準備をしなさい。 私が直接向かいます」

 

 判明してから従者は何度も取り急ぎ使用人を送るも、店が開いておらず、人をやって監視させ開いているときを確認し、商店が立ち並んでいる大通りではなく、倉庫が並ぶ倉庫街、護衛の兵士と従者を連れ、執事を連れフォリナ姫はお忍びで訪れた。

 

 

「私は高貴なるお方の使いである。 責任者の者は居るか」

 

「私が責任者の阿部です。 どういった御用でしょうか」

 

 黄色い肌をした見慣れない人種の男が出てきた。危険性は感じられないのだが、品の良い見慣れない服装をしている。

 

「近年出回り始めている品々はお前達が販売している物か」

 

「なるほど、高貴なお方でしたか。 それでは特別な物を置いてある屋内にご案内しましょう」

 

 混雑する露店を開けさせ、倉庫の中へと案内しようとしている。薄汚い場所に姫様を案内するのは少々心苦しいものの、貴族の子女として訪れている以上、余りにも大きく出過ぎるのは良くはない。

 案内され倉庫の中に入ると、そこには見たこともない品物、どれも貴族どころかどの国の王族も所有していないだろう不思議な物が多く置かれており、その中でもひときわ目を引くものがあった。

 

「これは……!?」

 

 銅や鉄を磨いた製品では考えられない、曇りも歪みもない美しい巨大な鏡、他国の王城でも見たこともない一品。

 

「我々は遠く離れた東の果てに暮らしているのですが、この国まで行商に来ているのです。 運べるものも限られますが、このような品物もあります」

 

 阿部という商人の説明、色彩様々な生地、そして見たこともない2mx2mはある巨大な鏡、それが確かなら珍しい物もおおくあるはず、優先的に得た者が社交界を席巻することができるかもしれない。

 

「そなたの国ではこのような物が作られているのか?」

 

「他にも多くありますが、何分遠くですので運べるものが限られております。 時間さえ頂ければ用意できるものもあるでしょう」

 

「ふむ。 我が主は多くの物を求めている。 この品々は全て買わせてもらおう」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

13.王族

 地方に住む蛮族と思われる商人、肌の色も黄色で顔も少し平たい黒髪、しかしその者達が持ち込む生地や道具はとても素晴らしい。

 全身を映し出しながら歪みも変色もない鏡など、他の商人ではいくら金貨を積んだところで手に入るものではない。

 従者が話をしている間、フォリア姫は並べられた品々を見て回り、その中で一際目を引くものがあった。

 黒地に金糸でフェニックスの刺繍が為された反物、一目見ただけでも目を引くそれは、今まで所有していたドレスが恥ずかしくなるほどの物が作れる。

 これでドレスを作れば、社交界では一躍象徴となれるだろう。

 

「ふむ。 我が主は多くの物を求めている。 この品々は全て買わせてもらおう」

 

 従者が全てを購入することを決め、金貨がぎっしりと詰まった袋を男に渡した。

 任せるには十分な従者であり、私の意思をしっかりと理解したようだ。

 

「すぐにでも使いに取りに来させる」

 

 他の従者に命じ、若いものが足早に倉庫を出ていく。

 品物を他の従者たちに混ざって検分している中、良い匂いが漂ってきた。

 

「失礼。 お茶の用意が出来たようです。 宜しければ一休憩如何ですか?」

 

 従者を含め9人分の席が用意され、ティーカップからは不思議な香りが漂い、ティーフーズには見たこともないものが置かれている。

 

「紅茶とバウンドケーキです。 出来立てではありませんが」

 

 見たこともない良い香りのする、他の従者たちが先に食したのを確認し、安全なのを確かめてから口に入れる。

 

「美味しい……、こんな美味しい物初めて食べました」

「香りも良いです。 何でしょうか一体」

「このようなもの、食べたことがありません」

 

 従者たちが驚いている中、フォリア姫も紅茶とケーキに驚き、冷静を装っていても振舞いに差が出ていた。

 

 

 

 

 阿部一等陸尉は従者たちの中に、一人振る舞いが違うものが居る事に気付き、命じてお茶の用意をさせていた。

 予想通り紅茶とケーキに驚いているようで、高貴な身分の人物が身分を隠して参加していることを見極める事が出来た。

 こっそり映像に記録することにも成功、後日何者であるかが判明したことでトロン王国への介入を決定した。

 

 

 

 

 数日後、フォリア姫は王城に運び込まれた大量の生地と不思議な道具の数々を眺めていた。

 美しい絵柄の入った軽い扇、フェニックスが金糸によって刺繍された生地、これだけでも次の夜会では目を引くことができる。

 可能であればもっと多くの物を購入したいところではあるものの、彼らの言う通り遠くにあるのならそうそう品物を手に入れる事は出来ない。

 

「どうにかもっと手に入れられないものか」

 

 第一王女とはいえ、国間の交易や交流を勝手に決められるわけもなく、せいぜい許されている範囲でお金を自由に使える程度、遠方の国から交易に来ていることから現状では限界がある。

 

「ほう、また変わったものを手に入れたのだな」

 

 開かれた扉から聞きなれた声が響いた。

 第一王子であり兄のフェリペ、金髪で体格も顔も良いが少々単純な所があり、王位継承権第一ではあるが国王からはもっと学を積むように命じられていた。

 珍しい物好きで思慮深いでフォリア姫と異なり、思慮が浅いことから問題も起こし、国内外での印象もさほど良くない。

 

「遠方の行商人から手に入れたのです。 この鏡を見てください。 他国でも手に入る事がないでしょう。 おそらくもっと珍しい工芸品もその国にあるはずです」

 

「よくわからんが、なんなら脅して献上させればいいだろう」

 

「問題を起こしたいのですか? 他国の行商人である以上、無理な事は出来ません」

 

「それなら道中で襲わせればいい。 盗賊にでも襲われたと思うだろう。 別段行商人が盗賊に襲われるのも珍しくはない」

 

 王位継承第一位である兄が、盗賊まがいの事を簡単に薦める事に、フォリナ姫は頭が痛くなる。

 

「どんな国家規模かも不明なのにできるわけがないでしょう。 兄様は少しは考えてください」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

14.庶民1

「いってきまーす」

 

 王都の子供は朝になれば薪拾いに出かける。貴族や高級商人ならまだしも、一般庶民の子供の仕事は薪拾いと荷物運びなど家事手伝い。

 いつもと変わらず近くの森で薪を集め、兵士の人達が守る城門を通り抜けて町に戻ろうとしたとき、見たこともない大きな馬が牽く荷馬車が城門を抜けていくのが目に映った。

 

「すげぇでけぇ馬!」

 

 城門を通るとき兵士の人達と一緒に眺めていると、顔なじみの兵士の人が気が付いた。

 

「坊主か。 遠方の商人らしいが。 倉庫街に店を開くそうだからいってみたらどうだ」

 

 城門を抜けて薪を家に届け、妹を連れて次は買い出しに出かける。

 母親に言われていた野菜を少し買った後、倉庫に開くと言っていた商店の事が気になった。

 

「ちょっと寄っていこう」

 

 妹の手をにぎり、倉庫街の一角に開かれている商店に向かう。

 

 

 

 倉庫の前に露店のような店が開かれ、見たこともない人達が慌ただしく準備をしていた。

 並べられている品物はどれも見たことがなく、興味がわいてしまって遠目に見ていたのに、気が付いた時にはすぐそばまで来ていた。

 

「アベイットウリクイ コドモガキテマス」

 

 何を言っているのか良く分からないけれど、こちらに気付いた緑のまだら服を着た人話している。

 

「チュウコシャツヲモッテキナサイ」

 

 緑のまだらの服を着た人ではなく、見た事のない装飾もまったくない服を着た人が指示を出している。あの人が長なのかもしれない;

 見たこともない綺麗な服、2枚差し出され困惑していると男は笑顔で話し始める。

 

「これをあげる代わりに、ここでお店を開いている事を、両親や友達に伝えてくれないかな。 これも銅貨3枚で売る物なんだけど、開いたばかりで誰も来そうにないからね」

 

「教えるだけでくれるの?」

「おじさんありがとう」

 

 妹は喜んで綺麗な服を受け取る。

 

「わかった。 帰ったらお母さんに言うよ」

 

「銅貨5枚もあればいろいろ買えるものをたくさん用意しているからね。 そう伝えてね」

 

 手を振りながら笑顔で見送るおじさんの後に、もらった服をもって家に向かう。

 

 

 

 

 

 

「ただいまー」

「お母さ~ん これもらったよ~」

 

「おかえりなさい。 あら、その服は?」

 

 子供達の手には綺麗な服が握られている。盗んでくるような子達ではないし、どこかに落ちているようなものでもない。

 

「商人の人が新しいお店を開いて居る事を教えたらくれるって言った」

「きれ~な服とかみ~んな銅貨5枚までといってたよ」

 

「そう、お隣さんに声をかけて少し行ってみようかしら」

 

 手仕事を片付け、子供達と一緒に倉庫の前の露店に向かう。

 まだ人はいないけれど、露店の棚の

 

「いらっしゃい。 この棚はどれも銅貨3枚、向こうは銅貨5枚ですよ」

 

 露店に並べられた品物は、見たこともない服と道具ばかり。

 

「あら、随分安いのね」

 

 服を手に取ってみるけれど、品質もだいぶ良いのか手触りも良い。何着も見てもどれも同じように銅貨3枚とは思えないほど質も裁縫も良く、色もとても綺麗。

 

「これが本当に銅貨3枚?」

 

「そうですよ。 この棚は全て銅貨3枚です」

 

 見たこともない上着だけれど、生地は丈夫そうで少し手直しすればいい感じのものになりそう。

 3着ほど選び、道具が並べられている方に目を向ける。

 

「これは包丁? 綺麗ね」

 

「それはおひとり様一本に限り銅貨3枚です。 店を開いている最中なら研ぎも無料で行いますよ」

 

 商人の男は一本手に取り、見たこともない果実に薄くスライスしていく。

 

「凄いわね。 銅貨3枚なんて信じられないわ」

 

 包丁も購入し、満足していると他のお客さんが一組現れ服を眺める。何着か服を手に取るけれど、ため息を付きながら元に戻す。

 

「……端切れはないかしら?」

 

 商人の男は振り返るとまだら服の男に声をかける。

 

「ウエスハアルカ?」

 

「セイソウヨウニイクツカアリマスガ」

 

「ソレヲモッテキテ」

 

 何を言っているかわからないけれど、緑のまだら色の服を着た人達が倉庫の中に引っ込み、縛られた布の塊を持ってきた。

 様々な綺麗な布の切れ端、真っ白な布の束、様々な色彩布の束、高そうなフカフカ布の束、どれも普通に売ってるところはみたこともない。

 

「端切れはこれしかありませんが、そうですね。 今日は開店日ですので、特別にひとつ銅貨1枚でどうでしょうか」

 

 とてつもなく安い。これだけの量で綺麗な端切れなんて、他所では銀貨でも出さなければ買えそうにもない。

 

「買います! 全部買います!」

「私にも一つください!」

 

 フカフカした布の束を購入し、驚きながら触れていると子供に服の裾を引かれた。

 

「お母さん。 これ欲しい」

 

 小さな棚には綺麗な丸い玉が置かれているのを、子供が指さしていた。

 

「それにお金は要りませんよ。 お母さんが一品品物を買うごとに、子供に一つ差し上げます。 5個取っていいよ」

 

 木製の玉に色を塗ったもの。5個の玉を手に取り、子供は嬉しそうにしている。

 

 

 

 

 子供が持つ見た事のない綺麗な丸い玉、親が着ている綺麗な服、口コミでうわさが広がるには十分な効果を発揮し、翌日からは全ての品物が売り切れるほどの盛況となった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

15.懐柔に向けて 特定基地強化

 特定基地では現在急ピッチで開発がすすんでいた。

 大まかな権益もひと段落し、設備拡充による人員の増加と、一部民間建設会社による建設や飲食店の開業も橋の周辺でのみ行われつつある。

 150mの電波塔はもっとも重要であり、いまだ人工衛星を打ち上げられていない環境では、これのあるなしでは長距離通信にかなりの弊害が出てしまう。

 もちろん所々に通信経由設備も用意するが、150mとなると建設会社の協力が不可欠。ただしお世辞にも安全な地域とは言えないため、自衛隊員以外との交流は禁止されており、特定基地外に出る事は出来なかった。

 

 特定地域では検疫等の観点から、基地外に出る者は地球になかなか戻れない。その為、PXや食堂は充実しているが、それでもなお飲食店などを欲していた。

 バーガーショップにファミレスに牛丼屋にカレー屋、食事の充実はストレスの軽減に大いに役に立つ。予備役自衛官には復帰と同時にそう言った職務についてもらっている。

 

 

 

 

「準備は進んでいるようですね」

 

 阿部一等陸尉の見ている先、大型トラックの外側にベニヤ板を張り付け、大型馬車に偽装を進めていた。

 大量の交易品の輸送を可能なように新たに用意している物で、香辛料や高級生地にガラス細工、日本価格の4倍から10倍以上で交易をおこなう。

 それでも本来なら金と同等か、いくら金を出そうとも手に入らないものばかり、どのような事をしても市場を完全に破壊してしまうことにかわりはない。

 

「荷物の用意も進んでいます。 ですが本当にもっていくのですか?」

 

 発電機も持ち込み、電化製品も少なからず持っていく。業務用の気化熱式冷風扇や冷蔵庫、LED照明と簡素ながら滞在する為の機器も今回は用意されていた。

 

「甘味は高く売れますからね。 向こうで保存しておくにも、最終調理するにも電気設備は必要です」

 

 阿部一等陸尉の進言で多くのものが追加されていた。

 イチゴジャムを一瓶、日本で購入するなら税込み約3000円くらいだが、銀貨30枚で販売される。

 輸送料や人件費、そして世界の物価から、大よそ算出されたものだが、これでも市場を潰してしまうだろう。

 もちろんそれを見越しての、プレミアム価値の価格設定ではある。瓶と言う存在が高価格だが、容器だけでもそれなりの価格になると予測されていた。

 

「衣類も積みましたが、これ本当に売るんですか?」

 

 大量のパーカーやTシャツを運び込んでいる。それどころか端切れの生地も沢山詰め込まれていた。俗にいうウエスと呼ばれる安価なリサイクル裁断布、元タオルや元シーツから洗浄と漂泊のなされた端切れの山、その様子を見ながら山崎陸曹は首をかしげながら、指示を出した阿部陸尉に尋ねた。

 

「庶民や貧民の服を見たでしょう。 彼らを味方にするには衣食住、そのうち我々が手軽に手を出せる服を充実させます。 住はさすがに無理ですが、我々に協力すれば衣食は得られると思ってもらえれば有利になります」

 

 食べ物も保存性の良いカンパンも一斗缶に入っている物もたっぷりともっていく。

 計算された善意、それが現場責任者である阿部一等陸尉の考えであった。

 

「そう、ですか。 失礼しました」

 

 数日後、準備が整い一ヵ月ぶりにトロン王国の商店兼倉庫へと出発、偽装を施した大型トラックには大量の物資が積み込まれ、商会として大きく財力で国を動かすために、ばん馬に見た目は牽かれながら進んでいく。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

16.王女様

 フォリナ姫は夜会に新しく仕立てたドレスで参加し、主催として他国の王族や貴族が参加している会場で注目を集めていた。

 

「なんとお美しい」

「あのようなドレスみたことがありません」

「あの刺繍、見事な物だ。 一体どこで」

 

 称賛の声が聞こえてくる、やはり手に入れた生地で作ったドレスは人目を惹き、王女として威厳と称賛を上手く集められている。

 付き人が小さな手鏡を取り出し、その歪みも淀みもない映りに皆が驚く。

 

「おぉ、素晴らしい」

「さすがフォリナ姫様 良い物をお持ちだ」

「一体どこで手に入れたのか、教えて頂けませんでしょうか」

 

 夜会は大成功で終わり、参加していた他国の王族や貴族もドレスや鏡に興味を持ち、トロン王国として評価は上げることができた。

 王である父には悪いけれど、これならば良い婚約相手を選ぶこともできるはず。

 

 

 

 

 倉庫街では外交部隊が物資を運び込み、露店の準備を進めていた。

 この地域は乾燥した暑さがあり、暑い時期に入った為に倉庫内はそれなりの暑さになっていた。

 もちろん倉庫の扉から外に並べられている露店も暑く、ちゃんと着込んでいる自衛官は汗だくになっている。

 自家発電機に繋げられ、倉庫内の大型冷風扇から風と共に冷気が噴き出され露店にまで届く。

 

「冷たい風が??」

「涼しい。 これは一体?」

 

 不思議な冷気の風に、露店で買い物をするために開店を待っていた人達は首を傾げ、倉庫入口の方に視線を向ける。

 

「さて、皆さまお待たせしました。 本日もお日柄が良く、多くの品々を取り揃えております。 銀貨が必要な物は倉庫内にありますので、お一人ずつご案内いたします。 それでは開店させていただきます」

 

 多くの人達が待っている中開店すると、すぐに人で一杯になり棚の安価な中古服や生地の品物がどんどん売れていく。

 

 

 

 

 

 再び店が開かれたと話を聞き、急ぎ準備を整えフォリナ姫は従者たちを連れ店に向かうと、前以上に店は混雑し、ちらほらと夜会に参加していた貴族の従者の姿も見える。

 

「姫様、どうやら目敏い貴族たちが知りえたようです」

「わたくしのためだけに品物を用意させることも考えましょう」

 

 筆頭従者は姫様と簡単に話を済ませ、露店の傍まで行くと、目敏くこちらに気が付いた商人の男は笑顔を作りこちらに頭を下げる。

 

「ようこそいらっしゃいました。 本日も良い物を多く取り揃えております」

 

 案内され倉庫に入るなり、涼しい風が吹いているのに気付いた。

 風が吹いている方向に視線を向けると、大きな箱のようなものがある。

 

「ふむ、この冷たい風が出るものはなんだ?」

 

「冷風扇と申します。 電気と水が必要ですが、暑い日でも冷たい風を感じる事が出来ます」

 

 作りはさっぱりわからない。それでもこれがあれば城内でも、涼しく過ごす事が出来る。姫様もきっと欲しがることだろう。

 

「これを貰おうか」

 

「ご希望にこたえたいのですが、動かすのは簡単なことではなく、金貨でお売りできるものではございません」

 

 業務用の大型品なので日本で購入しても大体35万円、さらに電源設備や発電機やソーラーパネルにバッテリーなど、知識も必要となる為売る事は出来ない。

 

「そうか。 それは残念だ」

 

 フォリナ姫が倉庫内の棚に並べられた品物を見ている頃、王城ではフォリナ姫が手に入れた不思議な品の数々に、王族の人々は関心を持ち、日本として望まざる動きも起こり始めていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

17.教会・王弟

 売り上げが上がれば上がるほど、集りなど面倒なものが集まってくる。

 もちろんオーメウス教会もお布施を求め、倉庫を訪れていた。

 

[お布施の量が信仰に繋がる]

 

 など中々腐敗した発言までしている。

 何はともあれ阿部一等陸尉はにこやかに金貨数枚お布施として渡し、酒を飲ませて倉庫内で話をしていた。

 

「なるほど、神父様も大変なことですね」

 

「我々もお布施がないと教庁から詰められまして、いやはや金貨があるとないとでは多く変わりますよ」

 

 酒に酔い始め、ぺらぺらと重要な事を話し始め、阿部一等陸が全てを録音していることなど、まったく気に留めている様子もない。

 

「様々な派閥もありますし、大変なことでしょう」

 

「えぇ、最近では少数派も大人しくて、主流派が横柄でねぇ。 中立派のトロン王国教会は困ってますよ」

 

「それで派閥はどのようなものがいるのですか?」

 

 阿部一等陸は空になっていた神父の盃に酒を注ぎ、摘まみとなる食べ物を薦める。

 

「そうですねぇ。 国家共栄派が主流ですねぇ。 人間至上主義で他種族は皆奴隷であり家畜と叫んでます。 中立派は大体が民の治療と施しを考えてますね。 今は主流派に大分鞍替えしてますが」

 

 やはりどの世界も、お金と権力が優先であり、教義を大事にしている物は少数派のようだ。

 

「残るは少数派ですが、その中で目立つのは旧原典派とも呼ばれ主流派とは真逆、全ての多種族は友であり奴隷や家畜扱いを否定している派閥です。 少し過激な面がありまして数は少なくても精強な騎士団まで持ってます」

 

 日本が望んでいた教義を持つ派閥の情報、これは金貨のお布施の何倍も価値があった。

 

「魔物が闊歩していた時代は、原典派が民を守ってましたからねぇ。 いまだに武力を有しているのはそのころの名残ですよ」

 

「それはそれは、一度会ってみたいほど変わった人達のようですね」

 

 銀貨を一枚取り出すと、そっと神父の前に出す。

 神父は銀貨をみたあと、何かを察したように頷きながら懐にいれた。

 

「そうですねぇ。 来月訪れるときには、一緒に参りましょう」

 

 

 

 

 

「なぜトロン王は理解されぬ! 我々とて軍備を整えれば怯える事もなくいられるというものを!!」

 

 王弟であるトミン公爵は執務室の机に拳を叩きつける。

 ノーリスモルト王国は強大な国家、しかし10国家群が力を合わせれば、勝てない相手ではない。

 それ故に大規模な軍備拡張と統一戦争の準備を上申したが、リスクがあり過ぎると却下されてしまった。

 トロン王としては、ノーリスモルト王国をむやみに挑発せぬよう、戦力については民への税の重さも考え必要以上に配備するつもりはなかった。

 臆病な王ともいえるが、国力と世情をわきまえているとも言え、今は静かに娘の他国への嫁入りや第一王子の嫁を他国から受け入れ、10国家の結束を強める事を考えていた。

 

「やはり、国を大きくするには……」

 

 有能な者なら決して選ばない、もっとも無能な策を王弟であるトミン公爵は選ぼうとしていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

18.盗賊 そして遊楽の準備

「やれやれ困りましたね」

 

 情報が広まれば、厄介者も集まりだす。珍しい品物を求めて、夜盗やならず者の連中が輸送中を狙い、道中先回りされ10人ほどの男たちが槍や剣を構えていた。

 

「金と荷物を置いていけ!」

「命が惜しけりゃ跪け!!」

 

 馬が居なければ車の速力で逃げ切る事も出来るが、借りたばん馬がいるためそれもできない。

 

「催涙ガスの用意。 殺傷は出来る限り避けるように。 岩切君あれを」

 

 阿部一等陸尉の言葉に、商人に偽装している全員が武器を手に取り非常時に備える。

 日本国外であり、法整備もまともではない他国、捕縛権限もなにもない以上最適な行動は撤退となるが。

 

「使えますかね?」

 

 用意されていたハッサン社製 ヘラクレス、狩猟用エアーライフルだが実銃を使うよりかは安全と言える。距離によってはキジを簡単に仕留められるほどだが。

 

「ないよりはいいと思いますが、当たり所によっては失明どころか重傷を負いますよ?」

 

「可能な限り避けた上でのことなら仕方ありません。 ここはまともな司法もない国外なのですから」

 

 全員が偽装した高機動車降りると、岩切1等陸曹を除き全員が89式自動小銃を構え、非常時に備えている。

 銃と言うものを知らない以上警告射撃はなんの役にも立たない。だからこそ意図して撃たなければならないが、出来る限り殺傷を避けるには実弾もゴム弾も避けるしかない。

 車両の上に出た岩切一等陸曹は狙いを定め、兜に向けトリガーを引いた。

 額当てのような部分に6.35mmの玉が当たり、首をはね上げられ後方に倒れる。

 

「魔法か!?」

「何をされた!? くそ!」

「投石をしろ!」

 

 盗賊達が何が起きたかわからず、混乱しながらも投石を始めようとしたとき、一人が再び腕を撃たれ持っていた剣を落とした。貫通したらしく血を流している。

 

「上級魔法使いがいるのかよ!」

「わりにあわねぇぞ!!」

「退け! 退け!」

 

 盗賊連中は、武器を持ったままその場から散り散りに逃げていく。

 小隊に偽装していた一団は一息つき、銃を下げる。

 

「弓矢をもっていませんでしたね。 もし装備していたら射殺もやむなしでした」

 

「矢というのは意外と高い物なんですよ。 鳥の羽に木の棒と鏃、それを手作業で生産するとなると、軍隊とか狩猟用で少数とかならともかく、盗賊が小競り合いで使うには難しいものです」

 

 阿部一等陸尉の説明に川久保陸曹長は納得したように頷く。

 

「そういうものですか。 現代の工業量産している物とはことなりますね」

 

「現代でも矢は高い物ですよ。 工業生産でも高品質の物しか作られませんからね」

 

 

 

 

 

 

 

 王城

 

 フォリア姫は今年の遊楽先を決めかねていた。

 

「ポロム国は一昨年行きましたし、アクチノ国は昨年訪れましたし」

 

 王族の遊楽にはその国との友好を深める意味もあり、200人近い護衛の兵士を連れる為そう簡単に決められるものではない。

 国とって重要な交流を兼ねた遊楽、友好関係の為の物資に夜会への参加など、訪れたとしても自由な時間などない。

 

「あの商人の国、近ければよいのだけれど」

 

 筆頭従者を呼びつけ、国までの距離を確認するものの、正確な場所は不明であった。

 

「非常に遠いと聞き及んでおりますが、行商をするため中継基地が馬車で行ける距離にあるようです」

 

 筆頭従者の説明では、遊楽と言うには近すぎるが、行商品を集めている港に余り価値があるとは思えないものがある。

 東南のラジム国への遊楽の帰り、少々寄り道をするつもりで行けば可能かもしれない。

 

「そう。 次の遊楽はラジム国とし、帰りに寄るように行程を決めましょう」

 

「承りました」

 

 行商で運べるものに限りがある、直接赴けば輸送前の多くの品物を選ぶことができる。

 その中継基地とやらで野営することになったとしても、それも良い事だろう。次の夜会でさらに影響力を得る為には、それくらいは覚悟しておくべき。

 従者を通して二か月後に訪れるので、歓待するようにと商人に命じた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

19.遊楽に向けて 味覚調査1

 王族が日本の特定基地に遊楽に来る。願ってもないチャンスではあるのだが、この国の味覚について詳細な情報がない。

 

 阿部一等陸尉は露店に訪れていた家族に声をかけ、一般家庭や商人に集まってもらって和洋中でも人気がある50品目を僅かずつ食べてもらう。

 

「から~い」

「ちょっと、味が濃すぎて」

「これは、不味いなぁ」

「ふむ、香辛料をふんだんに使っているようだ。 実にうまい」

「ふん。 庶民にはこの味が分かるまい。 これは高級な食事、そうそう味わえまい」

 

 香辛料が貴重なだけあって素朴な味と言うか、素材の味に僅かな塩が料理の基本のようだ。その為現代的日本の料理は味が濃すぎたり、舌がぴりぴりするなどあまり評価が良くない。

 庶民には薄味を基本とした料理であれば好評であり、塩コショウをしただけの肉野菜炒めと、オニオンスープがとても好評だった。

 しかしある程度香辛料を使える立場にある者は、味は良いと認識するらしく舌鼓を売っている。

 

「これ、砂糖をたっぷり使っているの!?」

「こんなもの食べたこともないぞ!」

「おいし~~!」

「これは、売れば一体いくらになるだろうか」

「この料理、作り方さえわかれば大儲けに」

 

 ただし甘味はその類には当てはまらず、どれも非常に好評であり、レシピを聞いてくる商人も居た。

 

「くっはぁぁぁ! これは冷えていてシュワシュワしていて旨いな!!」

「このワイン、こんな深みのあるものを味わえるなんて」

「これは、一体!?」

 

 安酒や安ワインでさえ男女には好評で、あっという間に用意したものがなくなってしまった。

 問題は庶民や商人はこれでよいのだが、王侯貴族などの味覚が分からない。

 商人でさえ香辛料が多い料理を理解できるので、おそらく好意的な感想を貰えるとは考えられるのだが、来月の露店開催日には、従者の方に試食してもらう方がよさそうであった。

 

 

 

 

 特定基地

 迎賓館も半島の中央付近に完成している、駐日英国大使館を参考に、小さいながらもしっかりとした

数日滞在する事にも問題はない。

 食事については自衛隊の食堂及びファミレスから、個人部屋及び大広間に運ぶ。

 アレルギーについて情報が全くないのが不安ではあるが、一時捕えた兵士と冒険者達から地球人と同じと確認されている。むしろアレルギーをもって大人になれる方が少ないので、気にしないほうが良いとのことだ。

 もちろんルファスさんたち獣人達についても、玉ねぎなどなんとなく調子が悪くなるだけで、詳細に調べても地球の動物みたいに食用禁止と言うわけではなかった。

 地球の常識がすべてそのまま当てはまるわけではなく、全てが手探りである。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

20.歓待の準備 味覚調査2

 

「なんとか間に合いましたね」

 

 目の前には大きなキャンピングバスが置かれていた。

 

「元々あったものを改造してもらいましたが、納期二か月は業者に迷惑を掛けましたね」

 

 観光用バスをキャンプ用に改装されたもので、さらに運転席と客室を完全に分けるように改造してもらった。

 これならば非常時も失礼なく迎える事も出来る。

 

「道路の整備状況は?」

 

「トロン王国まで砂利道で五分の二程度でしょうか。 やはり盗賊や野生生物がやっかいでして、アスファルトはいまだ十分の一も出来ていません」

「環境施設への道路接続と防衛は出来ていますが」

「半島内の線路の敷設は出来ています」

 

 準備は順調、あとは迎えるだけなのだが、何人がどのような状態で訪ねてくるのかが不明であった。

 

「さて、それでは我々は行商に向かいましょうか。 新たな情報を得なければいけませんからね」

 

 阿部一等陸尉と共に、行商人に扮した一団は再びトロン王国へと向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いらっしゃい」

 

 露店を開くとともに多くのお客が現れ、忙しく服や包丁やまな板など売っていく。

 そんな中、一人のご婦人が阿部一等陸尉に声をかけた。

 

「ここで買ったものではないのですけれど、料理用ナイフを研いでもらえないかしら?」

 

 差し出されたナイフは刃こぼれが酷く、動物をさばくのにもつかっているようだ。

 

「はい。 銅貨5枚で宜しければお受けいたしますよ」

 

 阿部一等陸尉は笑顔で答え、納得したご婦人からナイフを受け取る。

 

「それでは夕方に取りに来てください。 それまでには出来上がりますので」

「夕方? 数日かかるのでは?」

「いえいえ、私どもならば半日と掛かりませんよ」

 

 手作業でぼろぼろのナイフを治すとなると、当時の技術では日作業で即日終わるものではない。

 阿部一等陸尉は倉庫に入り隊員に渡す。

 

「2000番のグラインダーと6000番のサンダー等を持ってきていますが、それでいいんですか?」

「構いませんよ。 ただし西洋は押切が基本なので研ぎ方向は注意するように」

「わかりました」

 

 これも庶民の心をつかむための大事な作業、たとえそれが本来自衛隊員のすることではなくても。

 受け取ったナイフをグラインダーに掛け研ぎあげていく。

 最初は2000番台でナイフとして切れ味を戻し、ミニサンダーに付けた6000番手で鏡面近くまで研磨すると、最後にピカールで鏡面まで手作業で研ぎ上げる。

 

「そこまでやるのか?」

 

 見ていた他の隊員が鏡面にまで磨き上げている隊員に呆れながら声をかける。

 

「まぁ、ついでにですね」

 

 刃のかけた傷だらけの料理用ナイフは、厚みが少々薄く成った代わりに刃は鋭くなり、顔が写るほど鏡面に美しく磨き上げられた。

 夕方になり、店じまいを始めた頃に受け取りに来たご婦人に、阿部一等陸尉は丁寧にナイフを差し出す。

 

「お待たせしました。 こちらです」

 

 鏡面に輝くナイフに驚きながらご婦人は受け取る。

 

「これがあのナイフ? 別の物じゃないの?」

 

「いえいえ、お客様のナイフを当店が研ぎ上げました。 専門家ではありませんので、お恥ずかしい出来ですが」

 

 当然自衛隊員は刃物研ぎの専門家ではなく、露店で研ぎを行うために最低限の知識を本や動画で得て、それに従って丁寧に研いだに過ぎない。

 それでもご婦人は受け取った何度もナイフを見た後、大事に荷物の籠にしまう。

 

「次の機会には他の料理ナイフを頼んでもいいかしら?」

 

「えぇ、構いませんよ。 明後日は開店していますので、午前中にお渡し頂ければ、閉店して帰路に就く前までにお返しできますよ」

 

 笑顔で答える阿部一等陸尉、偽装商人として店の信頼を得るために色々手を尽くしている。

 

「私の所もお願いできないかしら」

「うちもお願いします」

「うちは剣をお願いできるだろうか」

 

 やりとりを見ていたご家族から次々と研ぎの依頼が入る。

 

「申し訳ありません。 調理用ナイフや鉈はお受けできるのですが、武器に関しては難しいのでお受けできません」

 

 殺人ほう助になりかねない事は出来ない。丁寧に謝りながら阿部一等陸尉は差し出された剣を断った。

 翌日は露店を開店せず、高貴な方に使える従者をお呼びし、食事の好みを把握するために集まってもらったのだが、再びフォリア姫が従者に扮して参加していた。

 さすがの阿部一等陸尉も驚きつつ、倉庫内のテーブルに用意された50品目の食事を薦める。

 

「それではこちらの料理を少しずつご賞味ください」

 

 王族の直接の判断、歓待するときの料理はこれで決まる。

 

「この茶色い食べ物、色は悪いけれど辛さもあって癖になる味です」

「このパン、ふわふわで食べたことがない触感です。 それにほんのり甘くて幸せな味」

「不思議な肉です。 とても柔らかいのに肉汁がたっぷりと出てきて、味わったことがありません」

 

 評価は上々、王族や貴族となると現代の調味料を使った味も理解できるようであり、

 

「小さな丸パンにみえますが、フカフカで柔らかく、薄い何かの内側には甘く黒い物が」

「お酒を使った甘味でしょうか。 凄く美味しいのですけれど、酔いが回ります」

「このケーキ、以前食べた物よりも味わい深い」

 

 どれも好評であり、食後の聞き取りではどの料理も及第点として、歓待の際に出しても問題ないとのこと。

 可能であればさらに多様な料理をとの回答を得られた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

21.原典派

 教会からお布施の受け取りの為に二人の神父が倉庫を訪れた。

 一人はお酒と金貨を受け取り帰っていったが、目的である原典派と呼ばれる神父には残ってもらった。

 

「いやいや、お会いしたいと思っておりましたよ」

 

 神父と言うより騎士の様にも見えるほど体格が良く、オーメウス教の神父の服が余り似合ってはいない。

 

「我々になんの用だろうか」

 

「私どもは原典派、主に亜人の人達とも仲良くしたいと考えておりまして、皆様方に多くの寄付をしたいのです」

 

「ほう」

 

 何かを感じ取ったのか真剣な目で話を聞き始める。

 

「亜人も平等、我々としても実に歓迎したい教義です」

 

 阿部一等陸尉は丁寧に、そして訴えかけるように話し続ける。

 

「御覧の通り我々は肌の色が異なります。 さらに過激な教義となっていけば、我々も迫害の対象となりかねません。 我々自身の為、そして友である亜人の方々の為、ぜひとも原典派の方々には主流となって頂きたいのです。 そのためには原典派の方々に資金援助は惜しみません」

 

「亜人族を友とは、なるほど原典派と言える考えをお持ちのようだ。 色々お話を伺いたく考える」

 

 色々話し合った結果として、一旦引き上げて検討すると言う事だが、金貨が詰まった革袋を持ち帰ってもらった。 

 どれだけ立派な教義と信仰があろうとも、財力がなければ何もできない。だからこそ少数派となってしまいお布施が減り、勢力規模を維持する力が減っていると考えられた。

 だからこそまずは財源を支えつつ、教会内部での勢力を拡大してもらう。事によっては騎士団に食料の供給も考えても良いかもしれない。

 日本が望んていた安全かつ平和的な解決方法、阿部一等陸尉が情報を上げると即座に会議が開かれ、支援先の一つとして出来る限り早く勢力を拡大させるため予算が与えられた。

 

 

 

 

 特定基地 会議室

 歓待する為の物資が運び込まれ、達難民団にも説明を行い、一時的ではあるがトロン王国の一団が到着したときは、安全確保のために自衛官による付き添いが行われると説明が行われた。

 

「人間の集団が来るとは、我々は大丈夫なのか?」

 

 難民団の長である白狼人のルファスは危険性を危惧していた。

 

「我々が責任をもってお守りいたします。 元より難民キャンプ地区に近付かせるつもりはありませんので、ご安心ください」

 

「しかしだな。 こちらに向かっている避難民と出会った場合に、全員が捕えられてしまう可能性があるだろう」

 

「空から避難民は確認しております。 保護は今まで通り、避難民を確認後ルファスさんと共に車両で移動、全員を保護し車両で帰還します。 出会わぬよう最善を尽くします」

 

 獣人のルファスも何回か自衛隊員と共にヘリに乗り、半島周辺を見て回っている。

 

「空……か」

 

 あの時は恐怖に震えたものだが、確かにあれなら地上よりも広い範囲を確認できる。あれならば先に避難民を保護することも出来るだろう。

 

「わかった。 信じて任せよう」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

22.中継基地への遊楽 1

 ラジム王国での外交遊楽を終え、珍しい交易品を手に入れる為、日本の特定基地に向かっていた。

 夜も近くなり、夜営天幕の中で休んでいると、女騎士が中に入ってきた。

 フォリナ姫を守る女性騎士団、男騎士と問題になっても困る為、王妃と王女護衛騎士は全て女性となる。

 

「姫様、明日には到着できるかと」

 

 女騎士隊長アメリ、金色の髪を短く後ろに纏め、幼いころから剣技一本で努力してきた。

 

「楽しみですね。 安全な場所であった場合、あなた達も交代で買い物をすることを許可します」

 

 まだ見ぬ珍しい品々、それを得られるのならば、夜営の苦労も耐えられる。

 

「あの料理もあなた達も食せるように取り計らいましょう」

「姫様、ご配慮ありがとうございます」

 

 アメリとは長い付き合い、私が他国に嫁ぐことになっても生涯護衛として共にある。

 良くも悪くも長い付き合い、ちょっとした優遇や気兼ねない会話が出来る数少ない相手でもあった。

 

 

 

 翌日、見えてきたのは小さな村のような貿易中継地点などではなかった。

 

「これは……」

 

 石積みでもなく、謎の材質によって作られた高い防壁、底まで非常に深く広い堀、交易の中継地点と言うには余りにも物騒過ぎる。

 王都を守っている防壁よりもはるかに巨大で強固、それが地平線まで続いている。

 

「これは……危険かもしれません」

 

 堀に渡されている橋の向こう側には大きな門があり、そこから数人の男女が歩いてくる。

 騎士達が警戒しているが、武器も何も持たず近付き頭を下げた。

 

「トロン王国フォリナ姫様の御一行ですね。 お待ちしておりました」

「我々がご案内するよう命じられております」

「まずは迎賓館へとご案内いたします」

 

「そうか。 では案内を頼もう」

 

 王女護衛騎士隊長であるアメリが先陣として、馬に乗ったまま部下たちと先に橋を渡る。

 そのあとを護衛騎士達がフォリナ姫を守り警戒しながら橋をゆっくりと渡るが、その先は締め固められた歩きやすく馬車や荷車も進みやすい砂利道、木々や雑草も処理され見通せる道となっている。

 

「今の速度ですと、夕食の時間には迎賓館に到着いたします。 皆様のお食事の用意も出来ておりますので、ごゆるりとお進みください」

 

 今はまだ昼を少し過ぎた時間、それが夕刻までかかるとは、どれだけ広いのか。

 だが、いまはそれより姫様が休む場所を確保しなければならない。

 

「こちらとしては迎賓館とやらが、姫様が泊まるにふさわしい物か確認したい」

「責任をもって準備させて頂いております」

 

 

 

 夕日が暮れ始めた頃、砂利道は見たこともない一枚岩のような黒い道に変わり、進む速度も速くなり道の横には見たこともない光を放つ柱が等間隔に立っている。

 驚く感情を抑えていると、明るい光が見えてきた。

 

「お待たせいたしました。 見えてまいりましたあちらが迎賓館となります」

 

 石で作られた壁の内側に、規模こそ大きくはないが立派な建物がある。門も丈夫な鉄製であり何かあっても守る事が出来そうだ。

 開かれた門の中に入ると思ったよりも広く、広場に200名が夜営するには十分な広さがある。建物や石壁には不思議な明かりも灯っており、篝火も必要がなさそうだ。

 

「注意点ですが、我々には奴隷と言うものがおりません。 その為、迎賓館内の設備の説明する者は、説明という重要な役目を担う人物であるため、暴力などはお控えください。 不出来な事があれば、我々に申して頂ければ対応いたします」

 

 奴隷が居ない。不思議な事だが重要な中継基地ゆえにおいていないのかもしれない。

 

「そうか。 だが安全かどうかまずは調べさせてもらおう」

「では、あちらに居るものがご案内いたします。 どうぞ申し付け下さい」

 

 迎賓館とやらの入り口には5人の女が装飾の無い服装で立っていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

23.中継基地での初日

 馬を部下に任せ、副長と共に侍女を連れて向かう。

 

「私共が皆々様へ説明をさせていただきます」

 

 丁寧に頭を下げる動作に、5人ともしっかりと礼節を備えた者であることがわかる。

 

「では、中を全て案内してもらおう」

 

 扉が開かれた中は汚れ一つなく磨かれた石の通路、明るく落ち着いた白い壁には風景画が飾られ、大きな窓には落ち着いた青色のカーテンが掛かっている。

 豪華さはないが品よくまとめられており悪くはない。

 

「姫様の寝所は二階になっております。 どうぞこちらへ」

 

 エントランスにある絨毯の敷かれたゆるやかな階段を上り、エントランスと同じく明るく落ち着いた通路を抜け一つの扉の前に案内された。

 

「こちらが主賓客をお迎えする部屋です」

 

 扉が開かれた部屋はそれほど広くはないが、歪みのない鏡の付いた化粧台に、品の良いテーブルと椅子、天蓋の付いたベッドと一揃いちゃんとある。

 念のためベッドに触れるも、フカフカで簡単に沈み込むが、手を離すとすぐに元の形に戻る。

 体にかけるものも非常に軽く重さを感じないほど、王族のベッドでさえこれだけのものは存在しない。

 何よりも暑くも寒くもない適温に部屋が保たれており、王城の部屋よりも快適と言えるかもしれない。

 

「こちらの下のスイッチを押すと徐々に暗く、上のスイッチを押すと明るくなります」

 

 不思議な説明に、付いてきていた世話係の侍女達が何度か試しに押しているが、それに反応して部屋が徐々に明るくなったり暗くなっている。

 

「蝋燭の明かりではないのか?」

 

「我々は蝋燭は危険なので使いません。 何かあれば調整いたしますので」

 

 何がどうなっているのか全く分からないが、少なくともこの部屋に危険性はなく、姫が滞在するのに問題はないだろう。

 

「まぁ いいだろう。 侍女の一人はここの説明を受けるように」

「では、次のお部屋に移動いたします」

 

 案内役と侍女を一人ずつその場に残し、次に案内されたのは隣接する部屋、先ほどよりも少々狭いが、ベッドを除いて同じような道具が揃えられ、ベッドも天蓋がないだけでそのほかは同じに柔らかく肌掛けは非常に軽い。

 

「このような部屋があと二つ御座います」

「そうか、ここも良いだろう。 侍女が一人残り説明をきいておくように」

「次は一般の方々がお泊りになれる部屋となりますが、お一人ずつご用意するわけにもいかず、会議室などにベッドを置いております」

 

 一階に案内され、大き目の扉を開くと中には沢山の二段のベッドが置かれている。100人程度は眠れるだろうか。

 確認の為ベッドに触れてみると、さすがに姫様のベッドなどより質は落ちるが、十分に柔らかく質も良い。

 

「二つの部屋と合わせて220名が眠る事が出来ます」

 

 各部屋の設備やお風呂にトイレ等を十分確認したのち、姫を案内し交代で警備を行いながら夕食の時間をまっていたが、姫に呼び出され主賓客室に赴いていた。

 

「アメリ、どうかんがえます?」

「……少なくとも、建物や調度品については我が国を上回ります。 この蝋燭ではない明かりも、さっぱりわかりませんが非常に明るく匂いもありません。 部屋だけではなく屋敷全体の温度も一定であり、水も潤沢に使えます。 国力の底が見えません」

 

 姫と共に多くの国を遊楽で訪れ目にしてきたけれど、これだけの国は見たことがない。

 

「珍しい品々を手に入れるつもりが、危険な場所に来てしまったかもしれませんね。 警戒を厳重に、ですが決して手を出さぬように」

「部下達に伝えます。 姫もお気をつけますよう」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

24.中継基地 二日目 お買い物

 夕食の時間になり、食堂に赴くと広い空間に賓客に合わせられた場所が作られている。

 

「作法は国家ごとに異なりますので、ご希望の物をこちらの小皿でご自由にお取りください」

 

 用意された夕食は考えられないほど豪華な物であり、食堂に並べられた多種多様な料理、王都の倉庫で少々食べた物もあるが、その時にもなかった料理が多く先に侍女たちによる毒見が行われ、そのあと料理がテーブルに並べられる。

 毒見だと言うのに堪能している侍女もおり、少しため息を付きたくなるがそれも仕方ない。どの料理も非常に美味であり、料理人を王宮に招きたいほどだ。

 

「姫様、余りお食べになられると、ドレスの新調が必要になりますよ」

 

 気を付けていたつもりが、少しずつとはいえ多様な料理を食べていた。

 侍女の言葉で手を止め、気持ちを整えると十分食べていたらしく少々腹部が苦しい。

 

「湯浴みをする。 残りは皆で食べるように」

 

 席を立ち、残りを騎士や侍女達に下げる。

 護衛の騎士や侍女たちを連れ湯浴みに向かうと、残った料理は騎士や侍女達の食事の時間となる。

 

「交代で食事を取り、警備に回るように」

 

 大量に残った食事、隊長であるアメリの言葉に騎士達や侍女達は小皿やコップを手に取り、各々の場所で食事を始める。

 

「凄い美味しい!」

「何これ!? 肉汁が中からどんどん出てくる!?」

「ちょっと辛いけど、手が止まらない!」

「これミルク? 美味しいしほんのり甘い」

「これなんの果実の搾り汁? 美味しいけどさっぱりわからない」

「肉! この肉分厚いのに簡単に噛み切れる!!」

「このお芋!? しょっぱいけど手が止まらない!!」

 

 部下の女騎士や侍女が驚いているのを見ながら、手早く食事を済ませ今警戒に当たっている副長と交代しなければならない。

 確かに非常に美味く気持ちが揺れるのだが、立場上それもできず、自由に食事を楽しんでいる侍女や一般騎士がうらやましく思う。

 

 

 深夜、交代で迎賓館の周囲を警邏している最中、夜間警戒をしていた騎士達には穀物を丸めた食べ物とお茶が振舞われた。

 

「この穀物を固めたもの、塩が利いていて美味しい」

「中身は良く変わらないけど、食感も悪くないね」

「これ、お茶!? 凄く高価なものなのに!?」

 

 とことんこの国の国力に推測が立たないのだが、騎士達が食によって篭絡されている気がしてならない。

 

 

 

 

 翌朝、さっぱりとしてはいるが再び多様な料理が並べられ、再び十分な食事を堪能することが出来た。

 

「本日はご希望されておりました品々をご用意しております」

 

 大きな倉庫に案内され、所狭しと置かれた珍しい品々の数々、ふかふかベッドに使われていたマットレスや羽のように軽い掛布、以前にも購入した美しい生地もさらに種類が多く、国の金細工職人では不可能なほど繊細かつ丁寧に加工された装飾品。

 用意していた金貨が間に合うか少々心配になる。

 

「ご不明な商品がありましたら、ご説明いたしますのでお気軽にお声をおかけください」

 

 

 姫様が品々の説明を受けながら、あれこれと購入していく中、隊長であるアメリは倉庫内を巡回しながら警戒に当たっていた。少しだが品物に目を向ける余裕もある。

 

「どれも見たことがないが、輸出用の武器もあるのか」

 

 傾斜曲剣が刀身だけの状態で置かれている、拵えはこちらで用意しろと言う事だろう。

 一本手に取り刃を確かめるとかなり鋭く、腰に下げている金貨8枚支払って作った剣よりも作りが良い。

 

「私どもの国では片刃の傾斜曲剣が主流となっており、こちらは量産品で非常に安く提供できます」

 

 いつのまにかいた案内役が説明を始め、提示された価格は金貨1枚で2本買える程度のようだ。

 

「量産品でこれか。 では一品物は?」

「こちらに御座います」

 

 案内された場所には、高級なガラスの中に置かれ、柄が取り外され刃の状態で保管されている。

 

「こちらは、陸奥虎作、本三枚鍛・本鍛錬、二尺九寸、実戦型本造、差し込み最上研磨、本樋彫り、最上等級。

 名刀匠が昇華させ、戦闘能力、切断性能、強度、美しさを極限まで追求した一品で御座います」

 

 美しい刀身は光を反射、高級な宝飾品の様に輝きを放ち、一目見てもわかるほどその刃の鋭さを理解できる。

 腰に下げている金貨8枚支払って作った剣が、急に恥ずかしく色あせていくのを感じてしまう。

 

「切れ味や強靭さなど、数打ちで作られている他の物とは比べものになりません。 技術に自信がある方ならば鎧さえ断ち切る事も可能でしょう」

 

 隣に飾られているもう一本、こちらは傾斜曲剣ではなく両刃の直剣。

 

「こちらは、長良作、全鋼無垢鍛、二尺、実戦型本造・両刃造、最上研磨、2本樋彫り、最上等級。

 他国輸出を念頭に主流となっております両刃直剣作りになっており、戦闘能力、切断性能、強度、美しさを追求した一品で御座います」

 

「貴国には名工が居るようだな」

 

「陸奥虎作が金貨30枚、長良作が金貨20枚となります」

 

 日本で購入する場合とほぼ同額、そもそも売るつもりもなく日本の技術を理解してもらうための見せ札のようなもの、もちろん正当な支払いを行うなら売却することもやぶさかではない。

 

「う……む、だいぶ値が張るのだな」

 

 買えなくもないが、今回は姫様の遊楽のためそこまで持ってきてはいない。

 

 

 昼食をはさみ、姫様の買い物は続き、余りにも品目が多く説明を受けながら一日かかってしまった。

 その日も

 

「明日あなた達は最低限の護衛を残し休息とします。 私はこの部屋で休み、明後日は中継地を見て回りますので、その準備をなさい」

「かしこまりました」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

25.中継基地 三日目・四日目 

 交代で警戒を行いつつも、手空きの者達は姫様の御厚意により、昨日訪れた品々が置かれている巨大倉庫を訪れた。

 姫様がほとんど購入なさったと言っても、騎士の給料で充分購入できる装飾品など、それなりに残されていた。

 何よりも銀貨で買える安価な品々も別途用意していたらしい。

 

「こんな綺麗柄の入ったガラスの玉なのに100個あって銀貨1枚!? 首飾りとか作り放題だよ!?」

「これ、ガラス製だけど宝石みたい! それなのに銀貨2枚!?」

「青空が入っているみたいでとても綺麗」

 

 女らしい物を好むものも居れば。

 

「このナイフ、欲しいなぁ。 でも銀貨2枚は手持ちがぎりぎり」

「この練習用斧、手持ちの斧より切れ味がいいし、買っちゃおうかな」

 

「隊長! お金貸してください!!」

「私もお願いします!」

 

 地方への遊楽の積もりでみな手持ちが少なく、購入したいものが多くてもそう簡単には手が出せなかった。

 

 

 

 

 翌日、天空まで届く塔に案内され、フォリナ姫を含む一行は驚き声も出なかった。

 

「こちらは中に入る事が出来ますので、順にお出でください」

 

 日本にとっては重要な通信設備を集約した150m程度の鉄塔ではあるが、それなりの展望台も120mの場所に設けられており、エレベーターによって120mの展望台へと昇り眼下を見下ろす。

 足が震えてしまうほどの高さに護衛の騎士や侍女達も青ざめ、震える自分自身に気付きながらも、説明を受けた。

 その日の夜、護衛騎士隊長アメリと副長のシウムを呼び出し、侍女長のパシィも交え状況を整理していた。

 

「もし、事が起きた場合、アメリ シウム、対処できますか?」

「兵士をまだ見ておりませんが、不可能かと思います。 交易の中継基地の防壁でさえ、我が国が何年もかけて建設されたものを超えており、国力はおそらく10か国連合を遥かに上回るかと」

「武器も購入しましたが、騎士が持つものよりも作りが良く、歩兵レベルで切り合った場合競り負ける可能性もあります」

「潤沢に使える水、贅沢な香辛料が使われた料理、一体どれだけの財力があるのか、様々な装飾品や調度品、良く調べればどれほどの価値なのかももはや推測も経ちません」

 

 多くの国を共に遊楽してきた部下達も、なんとか頭の中で折り合いをつけて理解しようとし、国力の違いを見極めていた。

 

「珍しい品々に惹かれてきてみれば、とんだ大国を見つけてしまいましたね……。 王に進言し外交案を練らなければなりません。 明日からは外交を主とした話し合いを行いますので、アメリとシウムは情報を纏め、不要な行動を取らぬよう王へ伝令を出しなさい」

「わかりました」

「パシィは明日に備えいますぐ外交対談を行いたいと伝えてきなさい」

「承りました」

 

 

 翌日、日本側としては急遽のものではあったが、望んでいた正式な外交対談が行われた。

 お互いの国家との正式な交易や交流、犯罪者への取り扱いなど基本的な話し合いが行われ、一部ではあるが趣向品の正式な交易も決定された。





お盆休みゆえの短いスパンでの投稿はこれで終わりです。
また一週間後~
(,,゚Д゚)ノシ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

26.不穏な影・正式な交流

一週間後と言ったな。
(*゚∀゚)<あれは嘘だ
       


 中継基地での遊楽を終え、フォリナ姫が帰国。

 父である王と面会を行い、購入した品々の説明や国力や危険性、そして敵対国家とするには余りにも発展している国家である事を説明した。

 王は軽く頭を抱えたが、攻撃的な国ではないという情報と、一部ではあるが正式な交易を取り付けてきたとして、まずは静観する方針を選んだ。

 大臣たちのほとんども納得したが、全員が納得したわけではない。

 

「東の果ての国と国交だと? 小国など国家に侵略してしまえばいいものを!」

 

 フォリナ姫とは異なり、フェリペ第一王子は王が融和を選んだことで苛立っていた。

 こちらから友好を申し出る、それはつまり勝てない国であると認めたようなもの、認めがたい行為であった。

 もちろん日本も歴史的背景からそのことを理解し、意図して日本側から外交を申し出ないようにしていた。下に見られてからいくら話したところで、対等に外交をするのは困難だからだ。

 

「まったくだな。 ノーリスモルト国の脅威に対抗する為にも、今は少しでも力を得るべきなのだが、王は一体何をお考えなのだ!!」

 

 不敬罪に当たりかねないが、王子であるフェリペと王弟であるトミン公爵なら、発言したくらいでは不敬罪を適用する事は出来ない。

 

「叔父上の言う通りだ。 まずは私の権限で軍を強化し、備えるべきだろう」

「私の伝手で兵士を集めている。 フェリペが許可を出せば、正式に私が兵を集めよう」

「さすが叔父上、私の権限の範囲で許可を出しましょう」

「お前は頭がいい。 国を強くしようではないか」

 

 本来ならば熟考すべき事案でありながら、フェリペ王子は不敵な笑みを浮かべる王弟であるトミン公爵に気付くこともなく、兵力を集める許可を出した。

 

 

 

 

 特定基地では現在物資の積み込みと、正式な外交による準備が進められていた。

 

「やれやれ、荷が多いとなると大変ですね」

 

 正式に交易することも決定したため、酒類と保存が利くお菓子類をガラスの容器に入れたのはいいのだが、余りにも量が多い為衝撃吸収材など準備に手間取っていた。

 

「安ワインを300本、ブランデーを50本、ビールサーバー用の樽をたっぷりと、まるで酒屋になった気分ですね」

「お酒は好評でしたからね。 日持ちも良いですし、何よりガラス瓶も高級品として評価されてますから」

「割れ物ばかりなので、施設課の皆が困ってますが」

「仕方ありません。 ようやく好意的にこの世界の国と関われたのです。 有効活用しませんとね。 早めに他国との外交を開けるよう、我々の存在感を一層強めるべきですから」

 

 正式な外交使節団として阿部一等陸尉ではなく、防衛駐在官の小柳一等陸佐が後日トロン王国を訪ねる事になっていた。

 危険地域はいまだ阿部一等陸尉が担当するが、特定基地には防衛駐在官や交渉に長けた外交官などが滞在し、対外外交交渉などを担当する。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

27.平和は簡単に崩れるからこそ、維持する価値がある

 主に嗜好品であるが、日本から仕入れた品に色を付けて販売する、それだけでトロン王国には他国の貴族や商人集まり、それだけでここ二ヵ月で他国との交易黒字はどんどん増えている。

 他国の王侯貴族が集まり、嗜好品の優遇販売を求めては、トロン王国に有利な話が持ち込まれていた。

 

「姫様、ラジム国より第二王子が会談の希望をなされる書面が届いておりますが」

「そこに置いておきなさい。 いま何件会談の予定が入っていますか?」

「他国の王侯貴族11件です」

 

 連日の会談の申し込みにうんざりしながらも、トロン王国は10か国の中でも比較的発展した地位にあるが、これほどまでに連日王侯貴族が訪ねてくる今まではなかった。

 交易によって得られる金銭は国土の開拓にも回され、農地もいくらか広がっている。間違いなくあの国との交易は理にかなっている。

 

「ところで、フェリペ兄様はどうしました。 これだけ予算が増えているなら、動かせる資金も増え何かしらしているはずですが」

 

 予算があれば酒を飲んで暴れるか、騎士や兵士に無理難題を言って困らせるか、どちらにしろあまり良いことはない。

 それでも、第一王子として最低限国民には気を配り、どのような形であれトロン王国を大切に思っているからこそ質が悪いのだが。

 

「フェリペ様はここ数日外出しておりますが」

 

 何日も居ないとなると、またどこかで自前の騎士団の演習でもしているのだろう。

 

「兄の事です。 何か問題を起こす前に監視を」

 

 扉が乱暴に開け放たれ、王女護衛騎士団の隊長アメリが入ってきた。

 

「姫様お逃げください! 反乱です!!」

「なんですって!!」

 

 王国などと言っても軍団のほとんどは国民から集めた兵士が数千程度、大局が決していれば命を尽くして王族に従うはずもなく、すでに暴徒と化した兵士が王城内を荒らしまわり始めていた。

 親しくしていた騎士団を除いてもはや信頼も置けず、身の安全の為にはもはや逃げるしかない。

 護衛されながら部屋を出ると同じく王妃護衛騎士に守られた王妃と合流、王城から脱出する為広場に出るとみるに堪えない光景が広がっていた。

 

「女どもがいるぞぉ!」

「犯っちまえぇ!!」

 

 粗暴な兵士達が侍女達を嬲り、動かなくなった女を捨て半身裸のまま武器を向かってくる。

 

「どけ!」

 

 アメリ達騎士が握る剣や槍の刃が滑るように走り、腕ごと木製の盾を切り裂き血しぶきが上がる。

 専門訓練を受けた人殺しのプロである騎士と、簡単な訓練と数を力に戦う兵士では物が違う。数で押すならまだしも、同数以下なら相手になるはずもない。

 

「姫様! お早く!!」

 

 直属の護衛騎士団に守られながら、母である王妃と共に侍女達を連れ王国を捨て、荒れ地の広がる東に逃げるしか取れる道はなかった。

 

 

 

 翌日、トロン王国は首謀者不明の反乱によって王は死去、王弟トミン公爵によって反乱は鎮圧され新たな王座に就いた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

28.簒奪

 テネシ王妃及びフォリナ姫の一行は当てもなく荒れ地近くまで逃げたものの、食料もほとんどなく着の身着のままの夜営を二日、それだけでもみながかなり疲弊している。

 国に戻ろうにも王はすでに居らず、すでに乗っ取られてしまっていた。

 

「王妃様 姫様、このままでは」

 

 王妃護衛の隊長ラニールは騎士の状態や物資の数から、約300人を支えるのは不可能。国を失った王族など、盗賊に襲われるかどこかの国か村々を襲うしかない。

 国を取り戻すためにはそれしかないが、それをしたところで国を取り戻せる可能性は決めて低く、成功したとしても国民からの信頼を得にくい。

 

「一つ案が御座います」

 

 王女護衛騎士団の隊長であるアメリは、王妃護衛隊隊長ラニールとも話し合い、もっとも可能性が高い安全な道を探していた。

 

「商人ならば、取引によって味方にできるかもしれません。 このまま手がない状況より可能性があります。 日本の貿易中継地点へと向かいましょう」

 

 王妃であるテネシは訪れたことが無いものの、他に何一つ案がないことは理解していた。

 そして国を失った王族の末路ももちろん知っており、最悪奴隷狩りや盗賊連中に捕まりまともではない死に方しかできない。

 

「このまま何もしないよりは、まだ道がありますね」

「僅かですが金品もあります。 向かいましょう」

 

 フォリナ姫一行は、万に一つの可能性に賭け、日本の貿易中継基地へと向かい始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 フォリナ姫との外交対談の約束に従い、わざわざ調達した本物の馬車でトロン王国を訪れた防衛駐在官 小柳一等陸佐と正式な外交団の面々は、トミン王の居る王の間に呼ばれ跪かされていた。

 外交対談と言う話であったのだが、来てみれば命令として日本に全ての技術者と物資を献上するか、滅びるかと言う命令であった。

 

「このような内容を受け入れるはずがありません」

 

 正式な外交対談で行うような話ではない。

 小柳一等陸佐は自らの役目としてというより、外交に関わる一人として回答を行う。

 むろん正式に日本政府に伝達したところで、到底受け入れられる内容ではない。

 

「そうか。 ではお前の首を開戦の証としよう」

 

 兵士に引っ立てられ、抵抗する間もなく小柳一等陸佐は処刑され、馬車と外交対談で渡される予定であった贈答品と交易物資は奪われ、随伴していた男性事務官達は拷問されたのち、同じく特定基地に戻ることなく晒し首となった。

 その情報はまだ訓練段階とはいえ、旅人に変装してトロン王国で情報収集をしていた自衛官によって伝えられ、日本政府は頭を抱えた。

 順調に進み始めた外交が突然戦争へと変わる。これは日本政府も、そして日本政府に協力をしていた各国情報機関職員も想定していなかった。

 王が変わろうとも、少なくとも理解できる技術の差と交易によって得られる利益、それを簡単に手放し簒奪する方針に変更するなど余りにも想定外であった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

29.簒奪者は、奪い続けなければ地位を保つ事は出来ない。積み上げ方を知らないからだ。

 テネシ王妃とフォリナ姫は無事日本の貿易中継基地にて、まずは戦争難民として正式に日本政府は受け入れを行ったころ、周辺の村々から徴兵や徴発が行われ、トロン王国は急速に兵士の数が増えていた。

 潜入している自衛官から、いずれは周辺国にも同じようにトロン王国は宣戦布告を行う可能性が伝えられた。

 緊急会議が行われている中、特定基地にトロン王国の王族が逃れてきたことで方針が定められた。日本として戦争は避けたい。しかし重要な分岐点でもある。

 トロン王国を前線拠点として獣人族の第一退避国家として知れ渡れば、周辺国から逃げ込む亜人族も増えそこから保護が行いやすくなる。

 何よりも一つの国家が亜人族への平等を公式に宣言を出し、そのように国民を教育していけば日本が全てを補う必要がなくなる。

 それが軋轢となり、トロン王国から亜人族の人達を誘拐を試みたり、戦争を仕掛けようとする国家が現れれば、日本が介入すればよい。

 何よりも矢面に立つ必要性がなくなるという利点が大きい。一週間にもわたる連日連夜の会議によって正式に自衛隊国外人道支援部隊の派兵による王国の奪還が決定された。

 

 

 

 

 正式な会談によって臨時政府の立ち上げを承認、そして様々な条件や報酬の話が進められ、もっとも重要な条件がつけられた。

 

 “国政への介入”

 

 簡単に了承出来る事ではない提案、しかし国を取り戻すのならば妥当どころか安価とも言える対価。

 王妃や姫の輿入れなど強制されることながないだけでも、十分すぎる。

 そのほかいくつもの条件があげられ。 

・亜人族への弾圧の禁止

・奴隷の開放

・オーメウス教 原典派への改宗

等、

 むろん国政に介入する為、難しい問題については助言をすると提案し、数日の思案を要したが。

 

「条件を全て受けれいます」

 

 テネシ王妃は自らの権限で日本の提案を受け入れた。元の生活に戻るにはそれしか道はなく、王子フェリペの居所も不明であり王族としてほかに道はない。

 一方でテネシ王妃とフォリナ姫は王城の建て替えなど都市計画を依頼、多額の予算がかかる事と、歴史的建物は残してはどうかと提案もしたが、迎賓館の設備や生活の方が良いとして、日本政府はODAの一環で王城の立て直しと防護壁の更新、生活環境の整備など基本的な事を円借で行う決定もした。

 武器や高度な機械道具についても輸出を依頼されたが、全て拒否をした。国民性が低い国家に技術や武力を注いでも良い結果にはならない。

 簡単に暴力や盗みに出る頭の中身の洗浄など、道徳観・衛生観念など基本的な所からやらなければならないからだ。

《飢えた犬は棒を恐れず》

 まずは衣食住など充実させながら教育を行い、根本的なところまで思考を変えさせる必要があった。

 

 

 

 

 その頃、アメリカやロシアなど各国によって開発されている大陸では、新たに畜産に向いた動物が捕獲され育てられていた。

 名称 フェルタスタイン、野生種でありながら肉質もよく、ホルスタインと似ているが温厚であり、体の大きさの割に草食かつ極めて小食でありながら、一年で通常の乳牛の倍近くのサイズまで成長、成熟すると軽く3倍近い体躯となる。

 新天地での畜産が行われ、アメリカやロシア国内でもその肉は大人気であった。日本国内にも流通が行われ始めており、特定基地に少数ながら運び込まれている。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

30.歯がかけた歯車は直らず、空転するほかない

 方針が決定したところで問題が発生した。

 いくらトロン王国の推定主戦力が騎馬歩兵程度とは言え、トロン王国と特定基地とは距離が離れている。大型の獣や盗賊もいる道を舗装したところで車両では輸送に限度があり、兵站問題がどうしようもない。

 そして騎士兵士を殺傷するのは簡単な事だが、男手が極端に減ってしまっては国として傾いてしまう。

 トップ周辺の頭をごっそり変えてしまうのが一番なのだが、その方策を練るのに防衛省ではCIAやCBPの助言を受け連日会議が行われている。

 侵攻の為に迅速な物資輸送のが必要だが、線路を敷いてディーゼル列車を走らせるにも、獣や盗賊の害が無くなるわけではない。兵站を確保できなければ、例え奪還したところで他国の攻撃を受けてしまう可能性がある。

 そこで解決策を出したのが、ロシアのСВРであった。

 

“装甲列車”

 

 ロシアでも国内対テロ対策として、第二次大戦末期に使用されていた装甲列車を近代化改修し、広い国土を守る為に現役で運用されている。

 日本にはそんなノウハウはまったくない。それどころか大戦中に日本でも使われた装甲列車の設計図さえ残っておらず、現存する資料をかき集め一から設計するという難題が発生した。

 川崎重工業に依頼を出し、必要な機能の検討共に製造が開始。

 

・トロン王国との間を繋げる鉄道の敷設

・装甲列車の製造

 

 その必要性から予備役の中から鉄道に関わる人材が集められ、第101建設隊も再結成が行われた。計算された必要量からレールや砕石などの物資の貯蔵も進められ、先行して施設科による木々や雑草の除去などが行われていたが、第101建設隊に引継ぎが行われた。

 

 

 

 

 テネシ王妃とフォリア姫は迎賓館に留まっており、騎士達も訓練を行いながら王国を脱出するときに損傷した武具の修理を願い出た。

 特定基地内には鍛冶屋など一か所しかないのだが、獣人族の鍛冶屋に案内するわけには行かない。

 修理する為に簡単な工具類を貸し出したが、状態が酷い物は日本側が受け取り修理して返却するとしてした。

 穴が開いたり酷い凹みの部分については武器科と施設科が話し合いを行い、板金工具で形を整えたあと溶接で穴を塞ぎ、体に固定する紐を交換、汚れがひどい物はそれも落とし返却を行う。

 騎士の鎧と言っても思ったよりも鉄板は薄く、ちょっとした剣や槍の攻撃を受け止める事は出来ても、斧やハンマーに重槍などは容易く貫かれる強度しかなかった。

 騎士達はそれを理解し、機動重視で高い技術があるようだ。

 

 

 

 物資の調達に作戦の法関係、山積みの問題を急ぎ片付けた二か月後、作戦と入念な準備は唐突に全てが台無しになった。

 わざわざ日本の特定基地に、トミン王自ら軍を率いて攻めようと王都を出たからだ。とはいえ、通信機器もなく現地を目で見なければならない以上、将軍や騎士などを前線に出し、自らは安全な後陣に構えて命令を下すのは至極当然と言える。

 

「物資を奪い、職人を捕えるのだ! 抵抗する商人どもは殺してしまえ!!」

 

 トミン王が中陣から声を張り上げ、堂々とした略奪及び虐殺の号令を下した。むろん聞こえたわけではないが、王都を出陣前の式典での演説を行ったので、日本にももちろんその事は伝わった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

31.手段を選ばせるのは人としての誇り

 

「ここに攻めてくるとは」

 

 現在ドローンで確認しているが、王都からまずは東に向かい、そこから海岸沿いに北に進むことで特定基地に向かうようだ。

 王都から東北東に向かえば最短距離なのだが、正確な位置を知るすべなどなく、道もわかっているわけではないため、手探りでの侵攻なのだろう。

 

「ちょうどいいでしょう。 せっかく奪った城を開けてくれたのです。 城を奇襲しましょうか」

「話では王都を守るのは100名程度らしいですから、別ルートから強襲ですね」

「民衆の抵抗もあり得ますから、王妃と王女に騎士団にもきてもらいましょう」

 

 わざわざ王城を開けてくれるのなら、労せず奪還することができる。

 帰る場所を失った軍など、追い払うだけで勝手に自壊し、徴兵された国民なら勝手に家に戻ってくることだろう。

 

「到達が予想される南部の防壁には、催涙ガス弾投射装置を優先配備いたします」

 

 トミン王の兵団の到着予定日はおよそ10日後、道なき道を食料の荷車を引いたりしているため異常に時間がかかっている。フォリナ姫が遊楽に要した時間も長かったため、徒歩や馬車が基本の世では当然ともいえた。

 二日後、編成された王都奪還部隊は特定基地から西南西に整備された砂利道を進み、トロン王国王都へと車両で一気に向かう。

 騎士団の面々には大型トラックではなく、複数のバスに便乗して乗ってもらい、まだ暗い間に出発し、夕刻に到着した王都では少数の兵士が門を守っているだけであり、空城とも言える状態であった。

 余りの速度に騎士達は少々目を回すも、護衛騎士団約250人は即時に制圧に掛かり、半日と掛からず兵士達は降伏。

 兵士にとって上の者がどう変わろうと大した差はなく、忠誠心よりも命と生活が優先され、テネシ王妃とフォリナ姫が居る事が分かると、あっさりと貴族や役人も降伏し王城の門は開かれた。

 彼らにとっては、トミン王からテネシ王妃に実権が移ろうと、何も自分の達の生活は変わらない、国や王への忠誠心など大してなく、自分の生活こそが大事であった。

 

 

 

 

 

 王都を奪還して数日後、いまだ王都からの伝令兵士が追い付かず、詳細を何も知らないトミン王率いる兵団が到着、歩兵を主力に剣や槍を持った粗末な革の鎧をきた者達が先陣として、木製のはしごを持ち特定基地の防壁に向かってくる。

 雄たけびを上げ、自らを鼓舞しながら向かってくる集団はなんとも恐ろしいものだが、どう足掻いても深さ10mの広い堀を降り地面から12mを超える防壁を超えられるわけもない。

 合計22mもある高さに届く木製のはしごもなければ、投げ縄を掛けられる場所もない。のっぺらとしたコンクリート製の垂直な壁、一定距離間隔といっても2~3キロに一か所しかない橋と、何故か開かれたままの門に殺到していく。

 

「催涙ガス及び放水砲開始!」

 

 防壁から射出される催涙ガス弾によって兵士達は混乱し、放水によって迫っていた者達は押し返され、足元の土もぬかるみ、泥まみれで転倒して動きは鈍る。

 

「いまだ! 突撃ぃ!!」

 

 催涙ガスの途切れたタイミングで、中陣に構え騎乗する騎士達は兵士達をなぎ倒しながら橋へと向かっていく。

 日本側もただ門を閉じずに橋をそのまま架けているわけではない。稼働橋であるためいつでも閉じる事が出来るため、そして罠としてそのままにしていた。

 もちろん堀を渡している全ての橋がそういうわけではない。戦車などが渡る橋は丈夫に作られており、代わりに厳重な非殺傷ではない銃火器が設置され、分厚い鋼鉄の扉が設けられている。

 警報が鳴り響きながら稼働橋が徐々に上がり、勢いあまって止まり切れなかった騎士達は10mはある堀に馬と共に落下していく。

 なんとか落ちるのを留まる事が出来た騎士達も、高水圧砲を受けて落馬し泥まみれになりながら高水圧に転がされて防壁から離れていった。

 繰り返し突破も出来ない攻勢は夕刻になった頃、一旦策を練る為なのか兵士や騎士達が引き下がっていった。

 

 

 

 トミン王国軍はたった5km離れた場所に陣を張り、夜営を始めていた。歩兵や騎士としては十分な距離、投石機や弩弓も届く事はないだろう。

 

「いつでも撃てますが」

 

 防壁の上では状況を確認し、ドローンによって正確な陣形情報が得られている。自衛隊の155mm榴弾砲は騎士達が居る中陣に狙いが定められ、攻撃開始の命令を待っていた。

 

「攻撃開始!」

 

 FH70による155mm榴弾砲の攻撃、榴弾は夜の闇を超え狙い通りの地点に落下していった。

 

 

 

 

 

 

 突然の爆発に次々と吹き飛ばされていく騎士やテント、騎士達は残骸となって飛び散る。

 防壁を守るたったあれだけの兵士など、恐れる必要もない。ここで奪った物資や職人どもに多くのものを作らせ、国家をさらに大きくしノーリスモルト国にも対抗できる力を得る。

 そのはずが、突然地面が爆ぜ、騎士達が吹き飛ばされていく。

 

「なっ、なんだこれは!? 何が起こっている!?」

 

 混乱、壊乱、何が起きているのか理解も出来ず、金と権力を使って集めた騎士が何もできず死んでいく。

 圧倒的優位な兵士の数、無理に4000人も集めた使い捨ての兵士ではなく、重要な戦力である騎士達が失われる。

 

「撤退だ! 撤退せよ!!」

 

 トミン王など身近な将軍や騎士達は何もかも捨て、着の身着のままで必死に逃げる。

 兵士のほとんどは離散し、付いてきた騎士達も数が少なくなるが、防壁が見えなくなるまで必死に逃げ続けた。

 夜明けごろまで必死に逃げ続け、ようやく生きた心地がしたころ伝令兵による王都が奪われたという情報が入った。

 

「そんな、そんな馬鹿な! なぜなぜこんなことが起きる!? 王都に急ぎ戻るのだ!!!」

 

 王都に再度奪還に向かうも、夜の間に残っていた兵士は勝手に離れていき、所詮騎士達も自らの生活の為に従っているに過ぎず、給与も望めない主の下に居ても意味はない。

 その状態でも付き従うのは金銭ではなく、信頼関係と金銭では補えない繋がり、王になって短く、金と権力でのつながりしかないトミン王に従う騎士などほとんどいない。

 

「う…ぐぐ」

 

 テネシ王女側に着くために、トミン王は騎士達に捕えられた。

 

 数日後、テネシ女王の下に裏切った騎士によってトミン王は引っ立てられ、暴力を振るわれた哀れな姿を晒す事となる。

 その場で処刑を命じる事はなく牢に繋がれ、簡易的な裁判ではあるが仮初の法をもって裁く。それが日本との約束でもあった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

32.新たな国へ

 トミン王は捕えられ、国を守る為と自らの行動の正当性を訴えた。 

 それでもトミン王の元で働いていた将軍や騎士達が自らの助命の為、反乱の首謀者であることも、王殺しの犯人であることも証言したことで、王弟であるという慈悲はなくなり、仮初の裁判によって絞首刑が行われることになった。

 

 

 

 王妃テネシが女王としてトロン王国の王座に就き、この処刑を今までの国家体制との決別であり、大規模な改革を、そして日本の力を借りて国家を立て直すこと宣言。

 混乱ももちろん起き、国を出る富裕層も居たが、大抵のものは意味が分からず、行く当てもなく残る者達も居り、治安維持のために騎士達が出ているが、人口の流出もあった為に余り必要としていなかった。

 今必要なのは弱った国家を狙ってくるだろう盗賊団などのならず者たち、それらから身を守る力であった。

 王都の城壁外にある農地、深さ2mの堀と金網に鉄条網という簡単な境界を作り、王都に逃げ込めるだけの時間を稼げるよう手間暇をかけている。

 本命である防壁は、日本から運び込まれるヘスコ防壁や建設重機によって、王都を守る防壁は急ピッチで作り変えられ、高さ10mはある防壁に、深さ6mの堀とコンクリートブロックが次々と打ち立てられる。

 

「……すさまじいものですね」

「トロン王国の味方であることが幸いです。 もしトミン公爵が怒らせていたら、滅んでいたと思います」

 

 テネシ女王は解体の始まっている王都の様子を眺めながら、娘であるフォリナ姫と物理的に変わっていく国をみていた。

 

 

 

 日本で出来る限りユニット化した設備を輸送し、巨大井戸の掘削作業や貯水槽の建設、簡易的な上下水設備と、施設科を忙殺する勢いでこき使い、王都は急速に発展していっている。

 日本の代わりとなる前哨基地であり、戦争を回避する為にも、国力の差を見せつける為にも、そして日本として認められるよう発展させる必要性があった。

 騎士達から厳しく使い方や注意点を説明され、王国民は混乱しながらも公衆水道と公衆トイレを使用しはじめ、衛生環境の向上が図られている。

 

 王城の建て替えは困難であり、柱に壁に浴場にトイレ、空調室や一部の壁など、日本で出来る限り作り、危険なこの世界に日本の建設作業員を短期間の工期で済ませる為、赤坂離宮を参考に現在準備が為されている。

 

 

 

 そして法律の施行による教育、

・信賞必罰の徹底

・貴族特権の一部排除

・農業改革

・定日学習の徹底

 

 一方で民主主義は取り入れなかった。

 余りにも国民性が低い為、自衛の時はともかくとして、知識があり穏やかな国民の層をまず増やす事が重要と日本は考えた。

 別にトロン王国に日本式になってほしいわけではない。ただ平和を主とするために基本的な知識やルールを守る国民性を得てほしかった。

 王が聡明でも国民が無能なら他国や悪人に簡単に誘導され暴動や略奪を起こし、国民が平和を主としても王が無能なら戦争になる。どちらも欠けてはならない。




今日か明日にはもう一話!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

33.庶民2 生活

 トロン王国が再制圧されて半年、王都を囲う防壁の建築も大体ひと段落が付き、輸送されてきたコンクリート壁に囲まれた内部は、巡回する騎士によって厳しくルールや規律を守るように律しられていた。

 堅苦しいと言う者もいるが、守る限り何かが起きても厳密な法に則って守られる為、横暴な貴族や攻撃的な住民以外には好評であった。

 堅牢な見たこともない材料で作られた広大な防壁の中は、獣や盗賊に怯える事もなく便利な生活が約束されている。

 規律は厳しくとも、ここを出て暮らすというほうがはるかにつらいことは誰しも理解できた。

 

 

 

 井戸端会議ならぬ水道会議をしている婦人方の近くには、水道の使い方や注意などをする兵士が立っている。

 いままでも水を汲みに行く必要があっても少し離れた場所にしかなく、汲み上げる作業も一苦労であったのだが、今はスイドウという集合汲み所で簡単に桶や壺に入れる事が出来る。

 日本としては一軒一軒も考えたのだが、そこまですることはさすがにできず、昔ながらではあるが集団で使える公衆施設を多く設置する手法を選んだ。

 

「便利になりましたねぇ」

「本当ですねぇ。 井戸水よりも綺麗ですし、楽に汲めますよ」

「ルールは厳しいけれど、外より安全なのもいいわ」

 

 王国の取り組みに不満はあっても、婦人達にはおおむね良好に思われていた。

 長々と井戸端会議をしている中、教会の鐘の音が鳴り時間を知らせている。

 

「そろそろ時間だわ」

「あらあら、急がないと夫や息子が待っているわ」

 

 婦人達は会議をやめて家に帰り、家族と共に食料を持って広場に移動すると、人々が食べ物をもって集まり、テントの受付に提出し板を受け取っていた。

 

「はいはい、ちゃんと並んで並んで! 急がなくてもちゃんとあるから!」

 

 特別配給、麦や野菜を持っていくと、その量と質を判別され、ランク付けされた食事が配給される。

 

「そこのぉ! 並ばんのなら捕えるぞ!!」

 

 時間と言う概念を理解させることと、規律を守り順番に並ぶことを慣れさせ、焦ったり奪ったりする必要のなく、ルールを守れば必ず得られるという安心を植え付けていた。

 

「熱いから気を付けてくださいね」

 

 受取所で札を出すと、トレーに乗せられた料理が渡される。適切に香辛料が使われ、お野菜とお肉がたっぷり入ったカレーライス。

 最初は見た目から余り人気はなかったが、後を引くその味は好評であり、いまでは時間になる前から並び始める国民も出始めていた。

 日本としても野菜をたっぷり使って作ったカレーは栄養を補助する役割もあるため、国民の健康促進を考え、毎週金曜日の昼は必ず開いていた。

 

A:チーズインハンバーグカレーライス・ジュースとデザート付き

B:カツカレーライス・デザート付き

C:カレーライス

 

 人々はトレーに乗ったカレーライスを受け取り、広場の思い思いの場所で食事を始める。

 

「本当に、ニホンと同盟を結んでから、豊かになったなぁ」

「テネシ女王様には感謝ですねぇ」

 

 この特別配給は王族の名をもって開かれている。だからこそいままで感謝もしなかった王族に対して、なんらかの感情を持つものが増え、少しずつだが忠誠心というものが生まれ始めていた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

34.トロン王国 貧民1

 王が変わったところで何も変わらない。それが貧民の生活だった。

 それがテネシ女王の命令によって貧民街は潰され、廃屋や路上で暮らしていた者全員がみたこともない巨大な施設に押し込まれた。

 最初は不満も大きく、軽い暴動になりかけ騎士団に抑え込まれたが、辛いが簡単な肉体労働の引き換えに、それなりの食事と寝床と服の提供と安い賃金、ルールを守る集団生活の教育など、無理やり従わされ腹も立った。

 しかしわずかな食事でも争う貧民にとって、ユニット住居と日本の食事、衣服も中古服と言っても質は良く、日本なりに計算された最低賃金が保証され、日本なりに考えた衛生及び治安向上施設は評判が良かった。

 どうしようもない者を除いてほとんどが不満もなく教育は進み、国家の仕事である農地や土木作業などの仕事に従事している。

 

「あ~、疲れたなぁ」

「今日は砂利運びだし、体が痛いわ」

「俺の所の穴掘りよりはましだろ。 すごく腹が減っちまった」

「肥溜めの輸送作業よりは楽だろ。 臭くてたまらねぇよ」

 

 疲れたとぼやきながらも、充実した表情で元貧民たちは集団で帰宅の途についていた。

 

「でも、今日は変わり肉の日だろ? 腹は減りまくってた方が食えるだろ」

「おぉ、そうだったな! がっつり食うぞ!」

「変わり肉は食い放題だからな!」

 

 大豆ミート、しかし味や食感はきっちり肉であり、美味しい調理方法は限られてしまうが、からあげやハンバーグなどに最適であり、食べ放題なため変わり肉と呼ばれ親しまれていた。

 教育施設に戻り、共同浴場で汗を流してから綺麗な服に着替える。

 

「その服いいな。 動きやすそうじゃないか」

「この前の販売会でかったんだ。 寝巻らしいが涼しくていいぞ」

 

 食堂では多くの元貧民が順番に食事を受け取りテーブルにつく。

 食事をしている最中、ふと一人がスプーンを下ろし周囲を見回した。

 

「変わったよなぁ。 俺達家もなかったのによぉ」

「ん、そういやそうだな。 家も飯も風呂もかんがえられなかった」

 

 周囲に居るのはみな元は貧民ばかり、それが今はキツイ労働やルールがあるとはいえ衣食住に困ってはいない。

 怪我や病気をすれば稼いだ金で診てもらえるし、稼ぎだって少ないとはいえ生活に困るほどではない。少し我慢して貯めれば酒だって飲める。

 

「女王様は何を考えてるんだろうなぁ」

「少なくとも、俺は感謝してるぞ」

「ここが無くなったら、食うに困るあの生活に逆戻りだ。 それだけは勘弁だぞ」

 

 ほんのわずかに芽生え始める国への感謝と忠誠心、ただの搾取者として王族と国家ではなく、働くことで保護が得られる場所だと思い始めていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

35.獣人避難民村

 獣人避難民団が自給する為に、この世界由来の大麦だけではなく、食料生産効率の良いお米の栽培も試験的に導入を始めていた。

 失敗する可能性を考慮し、大規模に行ったのだが、獣人の人々は非常にまじめかつ丁寧に大事に大事に育てたので、鳥や虫に食べられたほんの少しを除いてどの水田も大豊作だった。

 収穫した量は、避難民全員が毎食腹いっぱいごはんを食べたとしても、2年分はお収穫できてしまっている。

 

「まさか、作物が獲れすぎて困るとは、初の思いだ」

「困りましたねぇ」

 

 狼獣人のルファスは初めての事にどうしたものかと、農業や食料を担当している獣人達と話していた。

 食べ方は以前からの配給で良く分かっているのだが、食べれるように加工する方法となるとよくわかっていない。

 

「ここはやはりニホンに相談し、色々加工方法をきくのが一番か」

 

 話をしにいくと自衛官はあれこれと準備を始め、料理を担当している食堂に移動する。

 

「では、粉にしてパンや団子に加工しましょう。 精米や粉にする方法も教えますので、以前作った水車を使いましょうか」

 

 木工加工は生活の向上として、水車なども作り脱穀なども指導されていた、今では教えられた作り方で作成されていた木工品も、一部は日本に販売している。

 それからあれこれと手順を踏み、そのままの玄米から白米まで精米したもの、そして米粉まで石臼でひいて作ったパンやお団子と色々作ってみるが、どれも腹持ちが良く食べたという充足感がある。

 

「米とは便利なものだな。 これなら冬も飢えずに済む」

「これなら避難民が増えても大丈夫ですね」

 

 ルファス達は米の加工・調理方法を聞きそれが多様であることに驚いていた。

 

「余ったものや古くなったものは、家畜のえさにすれば無駄もありません。 次回はもち米など植える種類も増やしてみましょう。 お米に関しては我々が一部買い取っても構いませんよ」

 

 数は多くないものの、米の一部はジエイタイに買い取ってもらい、冷蔵保管庫の一部を借り受ける事となった。

 

 

 

 

 

 数日後、定期的に避難民村を長である狼獣人ルファスは見て回り、問題や要望がないか確認している。

 

「農地も順調だな」

 

 日本から提供された様々な農作物を植えて広がっていく農地、期待されているてん菜の収穫は出来ていないが、あと一月程度で収穫も可能となり、新たな食材としてサトウと言う物の加工も始める予定となっている。

 自給自足、そしてものによっては自衛隊への食料の販売、少しずつではあるが着実に避難民団は、日本の手助けがなくても自活が出来始めている。

 

「ぼーるとってー」

 

 村を見回っているとボールが足元に転がってきた。

 日本のジエイタイがくれた遊具、狼や犬獣人には人気の玩具となっている。

 

「おっと、気を付けなさい」

 

 ボールを投げて渡し、子供達はボールをもって広場に走っていく。

 子供達もだいぶ増え住居地域は活気にあふれている。

 

 村を一通り見て回り、最後に海に向かう。

 海岸には風車を使った落下式塩田が動き、濃くなった塩水を釜で煮詰めて作っていた。

 作れる量は多くはないものの、塩も立派な調味料であり交易物資、海が化学物質でまったく汚れていないミネラルたっぷりの塩は日本が高額で買い取り、日本国内で販売されている。

 

 

 

 

 

 

 

 一方で日本を信頼してきたことで、獣人王国に行かない事情も日本に話したが、日本にとってはあまり良い内容ではなかった。

 鳥人、空を飛ぶ彼らを嫌い国から追放した。それも4代前の王から続いていることで、同じ亜人を追放した同胞を信頼できず、ルファス達はそれが納得できずに国を出ていたと。

 それを知った日本は酷く落胆した様子を見せ、話してくれたことに感謝の弁を述べていた。

 彼らが言っていた 迫害を止める という目的、それに対応する為獣人王国と接触を持ったはずだが、その国でも迫害に近いものが行われていると知り、衝撃を受けたようだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

36.フェリペ元王子・自衛向け輸出品目

 一足早く反乱に気付き、王国から自らの騎士団を連れて西に逃れ、盗賊達が根城にしていた砦を強奪し、近くの村々から徴発・徴兵し力を蓄えていた。ときには旅商人や旅人を襲撃し、皆殺しにして物資や金銭を丸ごと奪うこともしている。

 

「あと半年ほどで 国を攻める事が出来るだけの力は得られるかと」

 

 部下の報告を聞き、フェリペ王子は貧相な部屋でため息を付く。

 

「わかった。 今は耐えるときだが、みなには苦労を掛ける」

 

 曲がりなりにもフェリペ王子に使える騎士団は、いまだに付き従いフェリペ王子を担ぎ上げ活動を続けていた。

 王族からしては非常につらい生活も、今は雌伏の時と耐えながら自らも鍛えつつ時を待ち、10か国連合の中でも小国に属するムカリ国を占拠する計画を立てていた。

 トロン王国を他国の力を得て取り戻したという母と妹、少々腹立たしく思うが国をすぐに取り戻した事は評価できる。

 今の戦力では取り戻す事は不可能だろう。

 

「いずれは、国に戻る! だがそれまでに国を手に入れなくては!!」

 

 日本の目的に従い平和的な手法をとるトロン王国と異なり、フェリペ王子は戦争と言う手段によって国を盛り立てる事を考えていた。

 

 

 

 

 

 日本、防衛省

 

「では、トロン王国向けに自衛物資の輸出に最終選定を行います」

 

・亜鉛合金製居合刀

・亜鉛合金槍の穂

・日本刀

 刃物に関するものは武器ではなく装飾品やスポーツ用品として輸出。

 

・リーカブボウ

・コンパウンドボウ

・コンパウンドクロスボウ

 

 同じく狩猟用及びスポーツ用として輸出。

 

「うーむ。 これは良いのだが、量産できるものかね?」

「いや、剣や穂を供給しても、他国威圧にはならんだろう」

「妥当ですかね」

「攻城兵器への対策はないのかね? これでは攻め込まれたとき対処しきれんが」

「弓矢は各国から購入し、再度販売と言う形か」

「しかし、これでは即応できないのではないかね? 最悪線路を破壊された場合など、救援が遅れてしまう可能性などだが」

 

「銃器を輸出することは出来ないため、攻め込まれたときは籠城戦を行い、我々が装甲列車をもって対応いたします。 距離が近いですから、最悪航空機で対処できます。 装甲列車も威圧効果として十分でしょう」

 

 航空機で各地を調べまわったが、あっても城壁に設置するような大砲程度、牽引して運んだところで、小型の大砲や石弓や投石器では分厚いコンクリートの防壁を壊す事は出来ない。

 破城槌を使ったところで上下開閉の鋼鉄の門を壊す事は出来ない。

 

「攻撃を受けないよう、軍事力がある事を示すべきかね?」

 

「その点につきましては、大々的にやることで威圧し過ぎても、隠れた弾圧や反乱が伏す可能性があります。 表向き敵対してくれた方が、事を起こした場合賠償として獣人奴隷解放を要求できるかと、現在トロン王国において軍事教練中です」

 

 会議室の面々が頷き、納得したところで輸出品目は決まった。

 

「それでは次の議題です。 ノーリスモルト国では先込め式大砲が最新兵器であるようです。 馬車の質も低く、あらゆる点において経済的にトロン王国に屈服させることは可能です。 安価な販売と引き換えに、奴隷解放や弾圧停止などを求める事も出来るかと」

 

 もっともトロン王国に攻めてきたところで、日本が建設した防壁を超える事は難しい。手をこまねいている間に日本が支援を行い、追い払うなり捕えるなりすればよい。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

37.平和?

 トロン王国を奪還して一年、許可された日本の製品、包丁や鏡に生地を4~20割マシの価格でトロン王国に輸出し、トロン王国はさらにそれを倍以上の金額で他国に売り払う。

 それでも売れてしまうため交易黒字はどんどん膨れ上がり、日本からの円借は順調過ぎるほどに返す事が出来ていた。

 

 護衛騎士団長に昇格したアメリは急速に発展している王国に困惑しながらも、まとめられた報告書をもってテネシ女王とフォリナ姫がいる会議室へと入る。

 会議と言ってもその内容のほとんどは報告であり、大臣達も書類に忙殺される程度で特段急遽の問題はない。

 

「快適なのは良いのですが、どうも外に出るのが億劫になってしまいますね」

「仕方ありません」

 

 いまだ王城の建設中で、ユニット住宅を組み合わせた仮設の屋敷ではあるのだが、全部屋一括管理された空調、暑くも寒くもなく快適そのものであり、遊楽に訪れた他国の王侯貴族も羨むほど、中には多額の金貨を支払うので空調道具を売るように願い出る国もあった。

 

「騎士の錬成は順調に進んでおり、日本から購入した鉄により武具の質も向上しております」

 

 王都を守る為の騎士の増員に教育、日本に売った鉱石や石炭から購入した鉄による武具の新調、鍛冶師は強固な鉄材に苦労しているが、それで作られた防具は非常に頑丈であった。

 

「予算はありますし、新しい道具も専売してくれるそうですから、その準備も進めませんと」

 

 他国との交易で得た資金は円借の支払いと王都発展の為に必要なモノを日本から購入。そして使用しているものが他国が欲し、それを高く販売し利益を得る。

 正式な援助が得られるようになってからは、王国の発展速度は加速し、一年で農地は倍以上広がり食べ物に苦労はしていない。

 

 

 

 

 

 

 仮の王城の展示室兼説明室では、各国の王侯貴族や豪商が品々を検分していた。

 

「おぉ 素晴らしい鏡だ。 全身を映し出してもまだ広さに余裕がある」

「見知らぬものだが香辛料がこんなに安いとは、それも非常に美味い!」

「華奢な料理用ナイフだが、凄まじい切れ味だ。 これを料理人に使わせれば良い料理を作れるかもしれん」

「これが石鹸とは、良い匂いがしているな」

「このグラス、見たこともないほど透明で美しい。 これだけのモノをどうやって作ったのだ……」

 

「どの商品もトロン王国のみと交易をしている国からの品物です。 品々は限られており、我が国を通してでしか購入は出来ません」

 

 品々に驚いている中、トロン王国の担当大臣が独占欲を掻き立てる言葉で誘導し、金貨が飛び交い品々が次々と購入されていく。

 

「では、本日の特別商品である 蒼きクリスタルの花です!」

 

 布がとり攫われた中にはクリスタルガラスで作られた装飾品が置かれていた。

 葉は美しい緑の透明なクリスタル、花は複雑な光を放つ蒼のクリスタルで作られ、数輪が美しく輝きを放っている。

 日本で買えば5万円くらいなのだが、それをさらに倍額の10万でトロン王国に売却し、さらにそれを王国の大臣達が価格を決め金貨5枚で売られる。むろん差額は全てトロン王国の交易黒字となる。

 

「素晴らしい!」

「なんという、私が飼おう!」

「いや! 私が金貨20枚で買おう!!」

 

 価格があれよあれよと引きあがり、たった一品しかないクリスタルの花は金貨110枚で、ノーリスモルト国の豪商が購入していった。

 

「くそっ! あれだけの品を作れるとは!!」

 

 南の隣国であるオドン国の豪商であるヨクゴウは羨望が徐々に悪意へと変わり、トロン王国と交易している国家が作り出す金貨の山を得ようと計画を始めた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

38.収穫祭

 予想通り、公式に声明を出したことで、獣人が多くトロン王国に逃げ込んできている。

 そんな状況ではあるのだが、トロン王国に近い各国から苦情の書面が毎月のように届いていた。

 獣人の多くを奴隷としていたため、トロン王国に逃げてしまったため国の運営に支障をきたし始めているのだ。

 一方でトロン王国でも全ての奴隷の開放はまだ出来ていない。

 やはり犯罪を犯したことで奴隷になった者を開放するわけにも行かず、犯罪者を使用した強制労働施設や刑務所の建設が行われている。

 また生活の一部になっている為、いきなりすべての奴隷を開放するにはリスクが大きすぎた。その為3年計画で一般奴隷の開放を行うことになっている。

 もちろん獣人奴隷に関しては、宣言当日に王国が全て買い上げる形でとりあげ、開放を行い日本が引き取った。

 南方10か国の連携は乱れ始めているが、トミン王に一度王政が渡ったときには、新たな王に歓迎の書を送る始末。

 いまでは盗賊や奴隷商人がトロン王国の領地内に入り込んで村々を襲撃して回り、連携と言ってもその程度、日本としても維持する価値があるとは考えておらず、新たな同盟国家を得る考えを持っていた。

 群雄割拠な時代、同盟などの約束にそれほどの価値はなかった。

 だからこそ盛大なお祭りを開くことで、現体制で国家は繁栄し政策は正しいと見せつけようとした。

 食べ放題飲み放題のお祭り収穫祭、日本も大量にお酒や食べ物を提供し、今日だけ味わえる多様なパン類が並べられていた。

 

「さぁさぁ! 旅人も食った食った! 今日は収穫祭だよ!!」

「交易先から入荷した酒だぁ! 今日くらいしか飲み放題はできないぞぉ!!」

「このパンは特別だぁ! フカフカで甘いものは収穫祭でしか食べれないよ!!」

 

 提供された食品はしっかりとこの世界の趣向を調べた物であり、多くの場所で食い倒れ酔い倒れの国民や旅人が出ていた。

 

「あぁぁぁもうのめねぇぇぇ」

「おいおい、まだまだ酒はあるぞ!」

「腹がはちきれちまう……」

 

 一国の繁栄は妬みと渇望を産み、訪れていた商人や貴族は華やかな祭りを憎しみの目で見ていた。

 

「トロン王国の分際で」

「我々の奴隷を奪い、騒ぎやがって」

 

 

 

 

 南の隣国オドン。トロン王国よりも若干小さい国家だが、複数の鉄鉱石鉱山がある為に豊かで騎士や兵士は装備が行き渡っている。

 主な鉱山労働者は奴隷であるため、獣人奴隷が逃げ出したことで採掘人員が減っていた。

 豪商であるヨクゴウが声を上げ、労働力であり奴隷である獣人を奪ったトロン王国から取り戻せと、国内の貴族や商会を巻き込み国家を動かし、軍の派遣を行わせた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

39.トロン王国襲撃

 南の隣国、オドン国から兵団が出た事が確認され、大急ぎで防壁の外側で暮らす農民を王都内に呼び戻し籠城に入る。

 数日後、避難も完全に完了した頃。

 

「きたぞぉ!」

 

 日本から騎士団に向けて販売された民生品の望遠鏡、監視兵の先には、せっかく広げた農地を踏み荒らしながら、兵団が向かってくるのが映っていた。

 城壁から見える範囲には、トロン王国からしてみれば呆れかえるほどの兵団がいた。

 

「およそ5000程度かと思いますが」

 

 護衛騎士団長アメリと王国騎士団長ラニールは報告を聞きながら、急ぎ全ての騎士に防壁に集まるように指示を出していた。

 トロン王国の兵団はいまだ再軍備中で、常設の兵士はほとんど居ない。騎士のみおよそ1000名程度、絶対的に数で負けている。

 

「投石機や攻城櫓を狙え!」

 

 奴隷と思われる貧相な服を着た人々が牽く投石器と攻城櫓、トロン王国の騎士達が弓に火矢をつがえる。

 支給されまだ数が少ないリーカブボウ、騎士が構える弓から矢が放たれ、火矢が投石器にそして攻城用櫓に届き燃え上がる。

 当初は使いにくかった変わった弓、しかし射程距離ははるかに伸び、火矢ではなければさらに遠くまで届く。

 

「惜しみなく矢を使え! 矢はいくらでもあるぞ!!」

 

 日本から安価な矢羽根(生体分解性プラスチック製)を大量に購入し、鍛冶師達が国家の買い上げで大量に作り続けている。

 一般的国家なら不可能な量の矢の雨を降らせても、まだまだ余裕はある。次々と運び込まれてくる矢の山、以前の国家ならありえないほどの大盤振る舞いだ。

 

「投石機と攻城櫓、そして敵の弓兵を狙え!」

 

 今は防壁に取りつかれないよう、絃が切れるまでひたすらに矢を放ち続ける。日本の支援が来るまで持ち持ちこたえる事が出来ればよい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 自衛隊外人部隊は臨時装甲列車8両を先頭に支援に向かっている。

 

 急造装甲列車

・頑丈なドーザーを装着したディーゼル装甲機関車

 除雪用ドーザーを改造したドーザーを正面に装着し、全面を装甲板で覆っているだけのディーゼル機関車

・16式装甲装輪車と同じ装甲板

 専用の装甲板を開発する余裕もなく、製造ラインの問題から前面に溶接で繋げている

・装甲車両側面に機銃を撃てる銃眼

 必要であれば実弾を使用するが、基本的にゴム弾を主とする

・16式の砲塔を転用した主砲

 余剰生産できるものがこれしかなかった

・対空車両

 イギリスのBAEシステムズ社のマークスマン砲塔を丸ごと載せている。

・暴徒鎮圧車両

 高水圧砲と水タンクの車両、いまだ開発中のため消防車のモノを乗せている。

 

 

 以上、寄せ集めで乗っけられるものを乗せたような急造品だが、それでもないよりはましであった。

 威圧の笛や銅鑼代わりにスピーカーから汽笛を大音量で流し、オドン王国の陣にむかっていく。

 

「なんだあれは!?」

 

 状況が理解できず逃げ回る者も居れば、勇敢に立ちはだかろうと線路に入る者もいるが、除雪用ドーザーを参考に作られたドーザーブレードによって線路外にはじき出され、地面に体を激しく打ち付ける。

 槍を投げる者、弓矢を放つ者、僅かながら抵抗を試みるもなんの意味もなく、装甲列車はオドン国の陣を突破していく。

 

「だめだぁ! なにもきかねぇ!!」

「投石機だ! 投石機を!!」

「そんなもん全部燃えちまってるよ!!!」

 

 運悪くオドン国の兵団は線路の経路に陣を張っており、物資やテントなど根こそぎ引き倒され、馬は逃げ出し進路上の物資を壊してしまう。

 そして装甲列車が何もかも引っ掻き回しながら、トロン王国正門近くの停車駅に到着。

 4つの105mmの砲門を向ける頃には、オドン国の兵団は混乱状況に陥っており、すでに約3000の兵団から2000程度の混乱する雑兵と、いまだ規律を保つ1000程度の騎士団に分かれていた。

 

「重装騎馬団! 前へ!」

 

 号令の下、オドン王国の虎の子である、鉄製の重装備に身を包んだ騎馬隊が槍を構え突撃を開始。勇猛果敢に何も知らぬ蛮勇は、自衛隊が手を出す事なく終わりを告げた。

 防壁から騎士団の持つコンパウンドクロスボウの射程のため、降り注ぐ太矢が鉄製の鎧を貫き地面に倒れていく。

 トロン王国に引き込まれていた線路に、戦後日本初の装甲列車が到着したことに、トロン王国の騎士達は驚いたが、装甲列車ではないが何度か輸送列車を見たことがあるトロン王国の騎士達は、装甲列車による陣の突破に一時唖然としたものの、即座にコンパウンドクロスボウを構え時を待っていた。

 最高のタイミングとまではいかなかったが、重装備故に一度走り出すと止まれないので太矢を全身に受け、400騎のほとんどを打ち取られ事実上重装騎馬団は壊滅した。

 

 

 

 高価な重装備に身を包む重装騎馬兵の数は400程度だが、敵兵団を打ち破り勝利を確定させる大事な戦力であった。

 それを失ったことで攻城戦は一日で終了し、オドン国の兵団は散り散りになりながら逃げ去っていった。

 残るは怪我をしたり戦意を完全に失った者、そして奴隷達が残されており、全員をまずは捕えたのち完成したばかりの収容施設に送り込んだ。

 

 

 言ってしまえば、戦争の規模は町村の人口程度、力でねじ伏せるのは余りにも簡単であり、日本として心象が宜しくないという欠点くらいしかない。






なんていうかこう・・・、
当時の戦争って考えれば考えるほど、熱くも美学もロマンもなくなっていく苦悩が・・・(´・ω:;.:...


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

40.国力こそが一番の武力

 確かに兵団は追い返しトロン王国の安全は確保された。

 しかし再び兵力が整えば襲ってくるのは明白、数年はかかるだろうとも必ず来るだろう。

 騎士団を再編成し、僅かな兵士と共にオドン王国へと侵攻し、方をつけなければならない。

 トロン王国内では国民は戦勝の祝いをしているが、騎士団の半数である500人および兵士400人を集め始め、逆侵攻を行う準備を進める。

 トロン王国従来の方法なら、ほとんどの騎士や兵士を打ち倒し、領地を丸ごと支配下に入れるのだが、しかし今回からは現代式に合わせ、賠償を受け取る形で矛を収めるとする。

 わざわざ遠く広い地域を防衛するのは予算も人員もかかるが、手が届く範囲を着実に開拓し発展させていった方が、トロン王国の軍事および国力から言って適切であった。

 

 

 

 

 

 

 

 数日後、オドン国は王都を包囲され、何もできずにひたすら持久戦に持ち込まれていた。

 オドン国も当初から真正面からぶつかるつもりもなく、王都籠城による防衛を考えていたのだが、トロン王国は攻めない。

 延々と包囲しながら食料や薪などを完全に断たせているだけだが、それがかなりこの時代の国家としては辛いだろう。

 

「さぁ、食べ物は沢山ある。 存分に食って備えろ!」

 

 トロン王国は投石器や弩が届かない距離で宴までとはいかないが、存分に食事を行い大きなテントを立てる。戦うことが馬鹿らしくなるほどの差を見せつけ、戦意を失わせる作戦を取っていた。

 日本から輸入したサスペンションというものがついている荷車は、物資の輸送を迅速にさせていたが、何よりもの違いは日本のトラックという大型荷車によって運ばれる大量の食糧、そして潤沢な資金によって適正価格以上で周囲の農村や商人など食料を購入し、背後攻撃を受けないように略奪を禁止させ、それどころか貧困にあえいでいるなら、僅かではあるが食料を逆に融通してやった。

 

「少しだが酒もあるぞ!」

「攻めてくるかもしれんからほどほどにな」

 

 時折一か八か門を開き攻撃を仕掛けてくることもあるが、しっかりと日本によって城内の動きは見えており、きっちりと陣形を組まれたトロン王国兵団の反撃の矢の雨を受ける事になる。

 

「もはや、我々に負ける事はありませんな」

「当然だ。 これで負けるようでは何もできんわ!」

 

 兵団長は戦況を確認しながら参謀の横で大きく笑う。

 後衛にいる少数の日本の兵士から伝えられる情報、どのような手を使っているかはわからないが、手に取るように相手の動きが分かり、先手を簡単にとる事が出来る。

 

「騎士や兵にはニホンが言ったルールを守らせ、存分に食料を喰わせておけ。 食い物には困らんからな!」

 

 周囲の農民などから徴発は行わず、その為襲撃を受ける事もない為包囲して2週間、トロン王国兵団は兵をほとんど失うことなく、オドン国は食料枯渇によって降伏した。

 

 

 

 領地内にいる全ての獣人奴隷の開放を条件とし、この戦争を主導した人物の引き渡しと、少し広がった領地をトロン王国は得ただけで引き下がった。むろん広がった範囲には鉄鉱石鉱山が含まれる。

 一部の貴族は占領を主張したが。

 

「せっかく得たのに手放すのか! 領地を得ればその分の税収だって得られるのだ!!」

「働いた貴族の取り分はどうする!」

 

 一方で冷静に物事を見れる貴族たちは反対していた。

 

「あれだけ荒れている土地を得てどうする。 我々の農地の半分の広さもないぞ」

「そもそも守るのも手間だ。 今は王都周辺に集めているおかげで、税収も防衛も楽だぞ」

「二つも鉱山を得られただけでも大儲けではないか。 貴族達の取り分は鉱山で十分であろう?」

 

 放っておいても敗北した国家は領民は逃げ出し、周辺国から簒奪され消滅していく。自らこれ以上手を汚し苦労する必要はないのだ。

 何よりも弱った国家の領地など手に入れる価値もない。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

41.獣人部隊結成

 転移歴7年2月

 長く勉学を続け、とうとう獣人族の中から車両運転免許を取得に成功したものが現れた。といっても、日本本土で使う事は出来ず、この世界で用意された仮の物だが。

 

 立派な灰色の毛並みが特徴の男狼獣人のサルファ

 ベンガル猫の様に美しい毛並みと瞳が特徴の女猫獣人のビッテ

 もふもふで立派な黄色のしっぽが特徴な女狐獣人のレクム

 

 以上の三人が日本の交通法規を覚え、実技においても自衛隊基地内の道路で合格。日本国籍が無いものの、特定基地内及び転移先世界における特別法令によって、車両運転が許可された。

 

 尻尾の都合上サルファには大型四輪バギー

 ビッテには装甲車

 尻尾の都合上レクムには大型四輪バギー

 

 それぞれ好みがあり、中古車でもよかったのだが、獣人初と言う事で三台の車両を日本側が提供した。

 ビッテには今後、予定していた獣人族の護衛部隊に入ってもらうことになっているため、ドイツからNATOを通して提供されている装甲車 ATF ディンゴ を運転する。

 むろんいろいろな事情が絡み合っていた。

 

 

 

 獣人難民団、いまや3000人規模の獣人町の長である狼獣人ルファスから、自衛する為の兵団の結成を日本は打診されていた。

 日本としても、人口が増えたので自警団による防衛は当然の行為であり、警察機構と軍は必要だと考えていた。

 この世界について理解が進み、日本としては特に何かを用意することはなく、民生品のトランシーバーを少数と双眼鏡などを渡して済まそうとしたのだが、可能であれば今後は外交にも同行したいとのことであった。

 彼らとしては広い世界を見ることで、今後の立ち振る舞いについて考えて対策を練りたいのだろう。

 

「みな、集まってくれたことを好ましく思う」

 

 ルファスの前には僅か100人、それでも選りすぐりの獣人の猛者たちが集まっていた。

 

「この中から数名、いずれは日本の外交団に随伴することになる。 危険が伴うため覚悟をしてほしい。 しかし、我々も世界の状況をしっかりと見極め、生きていかなければならない」

 

 ドイツ製装甲車 ATF ディンゴを運転するビッテを含めて5人、日本として本来は銃器を提供する事は出来ないが、何かあってからでは遅い。

 日本からも出来る限りの物資の提供を行うとした。

 

ボウ・クロスボウ:

 トロン王国には輸出していない強力なモデルのコンパウンドクロスボウ及びコンパウンドボウ。

大太刀:

 試作的に包丁や鉈の刃物メーカーに量産製造を委託し、試作品として靭性と耐摩耗性に優れた刃渡り120cmの大太刀が10本と長巻10本が作られた。身体能力に優れる獣人にしてみれば、大太刀はちょうど良い武器であり、日本の剣術の動画を参考に見よう見まねで、6本ずつへし折れたあたりで自在に扱えるようになった。

 メンテナンスの大変さから、ブルーアルマイト加工が最後に施され提供される。

H&K GMW:

 車体に積んである自動投擲銃 H&K GMWも催涙弾が常時装填されているが、非常用に対人榴弾のマガジンも用意されている。

 むろん扱い方を教えるのは一名だけであり、使用時は命の危険性があったときに限られる。

 

 選定された5人は各種の訓練を行い、少なくとも自衛できる力と自衛隊と連携できる程度になるのに時間をかなり要してしまった。

 しかしいきなりは無理であるため、当面は避難民の回収に向かう自衛隊のトラックと共に向かい、慣れる事から始まる。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

42.王城内 日本製品発売

 特別に日本から仕入れた物を販売しているのだが、やはり食品は特に人気であった。お菓子類や酒類は入荷すると同時に、その時滞在していた隣国の豪商や貴族が買い占めてしまう。

 トロン王国では他国から料理人の採用や引き抜きなど提案などあるのだが、丁寧に断りを入れていた。トロン王国でも出来ない事を他国にできるわけもない。

 そんな状況でありながら、金曜日のカレーの集まりに、わざわざ大金をもって無理やり引き抜こうとする商人も現れだし、王城内に食堂を日程限定で開くこととした。

 もしカレーの日に引き抜きなど試みた場合、商人は出入り禁止に、貴族は一時的物品の販売禁止にするとトロン王国が公式にお触れを出すまでに至たった対策である。

 

 

 対策として、仮設王城の食堂、そこに一時的に場所を借りる事で極まれに開くこととした。

 

・各冷凍食品

・カレーライス

・ケーキ類

・ソフトドリンク

 

 そして手間を掛けさせてくれた日本側のちょっとした意趣返しとして、

・食パン+ピーナッツバター+粉砂糖+チョコクリーム

・チョコアイス+ピーナッツバター+生クリーム+バナナミックスジュース

美味しさ引き換えに共に2000カロリーを超える化け物、豪華な服飾にお金をかけている貴族や豪商への小さな嫌がらせであった。

 

「玉ねぎは小さく、体を斜めにして刻んで」

「隠し味はすりおろした果実を」

「あ~! 煮汁を全部すてちゃだめ~!!」

 

 一応の料理の指導も兼ねている為、メイドや料理人に説明しながら進めているのだが、考え方や料理方法が異なるのでカレーだけでも一苦労であった。

 

 

 

 

 トロン王国主催の食事会は大いに盛り上がり、地球各国の料理を味わっていた。

 

「いやぁ、辛いが後を引く味が病みつきになる! パンにもライスにも合う!!」

「この甘い菓子も柔らかいが食感も良く旨い」

「この塩辛いスティック、甘いワインとあう。 合い過ぎて手が止まらん!」

 

「まるで宝石のようなお菓子。 食べるのも勿体ないわ」

「これは雲のよう、それにフカフカでとろけるように甘くとても美味しい」

 

 他国の貴族や豪商たちが酒を片手に食事をしている中、運び込まれる料理は多様な冷凍食品や簡単なお菓子なのだが、どれも好評であり舌鼓をうちながら交易優遇の話などが行われる。

 そんな中に外交官が訪れ、西部隣国のソミ国とトウホ国の二カ国連合に、トロン王国は正当に宣戦布告が行われ、食事会に来ていた他国の貴族たちは早々に引き上げ、せっかくの料理と催しが台無しになってしまった。

 無理なトロン王国の食事会の願いも、他国との有利な交渉を行うための会食の一環として協力し、獣人全ての譲渡と引き換えに大幅なニホン製交易品の恒久的値引きを提案し、いくつかの国家の貴族達からは良い回答をもらえそうなところで、宣戦布告を受けたことで台無しになった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

43.再びの戦争?

 南部十カ国のうちトロン王国を除いて9カ国、うち一国はすでに滅びかけ、さらに2カ国から宣戦布告を受ける。

 王国騎士団団長 ラニールは頭痛を覚えながらも、短く切りそろえた金髪を纏め会議に参加していた。

 

「では、ソミ国とトウホ国の兵団について報告を」

 

 偵察に出ていた兵士が戻り報告が上がる。

 

「およそ1万、王都へ向かっております」

 

 もはや籠城戦さえできる差ではない。王国騎士団の10倍、豊富な矢があろうとも防げるものではない。

 各兵団を長を務めるも兵士も眉間にしわを寄せた。

 

「ニホンからは問題ないと連絡を受けており、付近の村々や農民を王都に入れるよう指示が来ています」

 

「勝てるのかね?」

「さすがに敵が多すぎる」

「いや、あの妙な鉄の大蛇が居る以上、他に鉄の獣を持っている可能性がある。 我々は指示の通り防衛に徹するべきだ」

 

 日本はいまだ力を見せていない。弓矢一つ放っていないのだ。余りにも未知数である。

 

「我々に他の同盟国はない。 もはやニホンに頼るしかない現状だ」

「以前よりも国力は増している。 信じるしかないだろう」

 

 とはいえ、こんな状況でも日本の人心掌握は続いている。

 会議の軽食で提供される チーズベーコンマヨネーズパン トロン王国の硬めのパンを一口サイズに切り、チーズと厚切りベーコンを乗せた後、マヨネーズをかけて焼いただけなもの。

 

「まぁ、何はともあれニホンを信じるしかあるまい」

「うむ。 間食の追加はないかね?」

 

 

 

 

 さすがに日本も二度目の宣戦布告となるとある種の覚悟も決まる。いくら穏便な手段を取る方針と言っても、名誉や権力で邪魔をされては、いつまで経っても亜人族の保護が出来ない。

 簡単にして絶大な威圧行為を行うこととした。それは航空機の低空飛行による警告である。特定基地の滑走路から4機の航空機が標的に向け飛び立っていった。

 

 

 

 

 ソミ国とトウホ国の兵団は二手に分かれ、トロン王国を目指して行軍していた。

 

「何の音だ?」

「聞いた事もないが」

 

 兵士達が周囲を見回している中、日本のT-4が超低空地上3メートルを抜け、凄まじい轟音を発しながら、スモークを巻いていく。ただそれだけだ。

 しかしそれだけでも十分すぎる威圧効果はあった。

 

「ひぃぃぃ!」

「新種のワイバーンか!?」

「火矢だ! 火矢を!!」

 

 この大陸において飛行戦力はワイバーンのみ、それらしいものが上空を通り抜ける。

 それが野生種だとしても、空を飛ぶ以上そう簡単に倒せる相手ではない。弓兵にバリスタで叩き落し、騎士の数を持って仕留める相手。その準備が出来ていない状況で突然現れた存在、混乱するなと言う方が無理がある。

 士気と統率を失い、両軍は一旦を引き上げる判断をした。

 

 

 

 戦うことなく戦争を一時回避したが、手を緩めるつもりもなく、トロン王国は宣戦布告を受けたため、今後一切の該当国と交易および品物の売却をしないと、そしてソミ国とトウホ国と取引をする国とは、特別交易品の価格を引き上げると公式宣言を他国に流した。

 つまり、二国と交易をする限り、日本の製品を買うのはとても難しくなると言う事になる。権力を持つ層が求める品が手に入りにくくなるが、これに怒って攻めてくるも良し、それともトロン王国を選んで交易禁止するも良し、どちらを選んでも敵味方がはっきりする。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

44.トロン王国 難民1

 隣国から流れてくる難民や流民、それがどんどんと集まり、トロン王国の人口はかなり増えてきている。

 出来る事は限られるが、犯罪者になられても困る為、大抵のものは元働いていた業種に斡旋し、余剰の場合は拡張されていく農地や道路や水路整備に割り当てられていた。

 日本の効率の良い灌漑によって、農地は広がり収穫量は増え、連作の注意や天然肥料の撒き方など、国力は一定の期間を置くごとにどんどん増している。

 しかしそんな状況とはいえ、厳しいトロン王国のルールを守れるなく、やはり流民や難民は数度は捕えられることになる。

 それこそ簡単な軽犯罪にまつわるものであるため、処罰をするにも王国側は困り、日本の提案する方法を取る事にした。

 軽犯罪人は一か所に集め羅られ、目の前に用意されたのはコップに入れられた水。それを飲むだけとなる。

 

「なんだこんな簡単なことか」

「まぁ、こんなことなら」

 

 妙なにおいがするわけでもなく、変な色をしているわけでもない。一気にあおると目を見開き口を押える。

 

「ぎっ! ぎゃぁぁぁぁぁ!」

「舌が舌が!!!」

「水!水をくれぇぇ!!」

 

 デナトニウムベンゾエイトの原液、それを大匙2杯もコップに混ぜた水。

 暴力を振るうわけでもなく、ただただ24時間は逃れる事が出来ない強烈な苦味に苦しむ。脳と舌に焼き付く地獄、これが刑罰。鞭打ちや棒打ちなどの前段階であるが、思い出すだけで激しく気分が落ちる為に、極めて平和的に犯罪行為に対してトラウマになるように仕向けた。

 厳しいルールゆえに当初は守れない軽犯罪程度なら、これで十分と言うのが日本の考えであったが、効果はてきめんであり軽犯罪の再犯は激減することとなる。

 

 

 

 

 難民や流民の仕事はもちろん、大抵が農作業や道路と水路整備となる。

 特に大変なのが道路整備であり、地面を木ハンマーで叩いて平面にし、その上に平たい石を敷くという重労働だが、もっとも稼ぎが多い上に、食事が優遇されるために体力に自信のある難民はこぞって参加、新たに地面に敷く石板を作る為の石工の増員も行われ、新たな産業として活発になっていく。

 

「今日の作業はここまで! 皆配給券を受け取り帰るように!!」

 

 夕刻になり、作業を行っていた人々は監視員から配給券を受け取り帰宅していく。

 仕事を終え、疲れた体で集合宿泊所に入るとまずは集合風呂に入り、配給された中古服を着用して各部屋に戻る。

 狭いと言っても各部屋はきっちり分けられ、家族であれば8畳くらいの広さがある部屋が割り当てられていた。

 

「おかえりなさい」

「おかえり~」

 

 家族で暮らせるからこそ落ち着ける点もあるが、一方でやせ細っている人達も多く、カロリー不足で働く事も厳しい状態な人も多かった。

 

「ただいま。 今日ももらってきたぞ」

 

 大人はともかく子供は危険な状況な子もおり、味はともかく毎日摂取するようにと、一時的に超高カロリーな飲み物として、カロリーメイト リキッド と マーマイト を配給、少しずつではあるがやせ細っていた体形も戻りつつあった。

 難民は多くない稼ぎではあるが、配給によって食材は十分にあるため各部屋で調理は出来ないが、共同調理場で料理を作り、部屋で家族と食事を楽しむこともできる。

 衣食住、そしてルール、完全ではないにしろ他国より生きているという充実感は得られ、トロン王国の規模は少しずつ拡大していく。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

45.正式な外交処理・大国と言う事

 再び兵団を派遣しようにも他国からの流通が滞り、国内が乱れ始めたために対ワイバーンの準備も進められず、トロン王国への侵攻は止まっている。

 7カ国中5カ国がトロン王国についたのもあるが、ワイバーンを所有していると言う噂が広まり、トロン王国に対して威圧的に行動を取る国家は減った。

 この世界にとってワイバーンは一騎当千の存在、ワイバーンの竜騎士ともなると数千の軍全に匹敵するらしい。

 

「この度は申し訳なく、何卒良い計らいを」

 

 トロン王国が軍を送っただけで、ソミ国は降伏し全ての獣人を引き渡し、代わりに交易の再開を打診され余裕がないことは分かった。トロン王国としても獣人が最優先である為矛を収め、他国に対してソミ国との交易を再開する主を発表した。

 しかしトウホ国は獣人の引き渡しも降伏も拒否し、徹底抗戦を選び残りの二カ国と交易を続けている、トウホ国・ラオザ国・ビーワ国、この三カ国がおもに敵対する方針を取る事を選んだ。

 これからはその三か国を主に敵対国家として、トロン王国は活動を行う。

 

 

 

 

 ノーリスモルト国 子爵地 コロン都市

 ノーリスモルト国に対する為、トロン王国北部、つまりノーリスモルト国南部にある国に旅商人に偽装した一団が都市に潜入していた。

 

「随分と発展していますね」

「トロン王国とは大きな違いです」

 

 阿部三等陸佐に率いられる偽装商隊、立ち並ぶ街並みは10か国とは異なり、ある程度整理され粗雑差が少ない。

 道も石畳ではあるがきっちりと舗装されており、荷車や馬車が進みやすいように整備されている。

 

「奴隷は、どうやらそれほど多くないようですね」

 

 周囲にはトロン王国とは異なり獣人奴隷をあまり見かけない。居たとしてもそこまで酷い姿をしておらず、10か国連合の平均的奴隷の扱いよりはずいぶん良いようだった。

 そこまでやせ細っておらず、傷んではいるがまともな服を着ている。

 

「奴隷の効率的な運用方法でもあるのでしょう。 そう言った面でも10か国より進んでいるといえますね」

 

 阿部三等陸佐は冷静に状況を調べながら、情報を前もって得ていた商人ギルドを訪れ、再び商店を開く許可を得る。

 このためにトロン王国に訪れていたノーリスモルト国の商人に、金銭を渡して紹介状を書いてもらうことでスムーズにギルドの許可と商店を開く当てを得ていた。

 大通りから2本横道に入った商店、倉庫も併設している為店は限られてしまったが、偽装商隊の希望通りの店を確保する事が出来た。

 また一歩ずつ、影響力を高め侵食していく。亜人族への迫害を阻止するために。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

46.ルルノ子爵地 コロン都市

 活気にあふれた都市の一部、店を開いた事で少しずつ情報が集まっていた。

 ノーリスモルト国では奴隷は消耗品と言うより財産の一つであり、財産であるため自由に扱うのを許されているようだ。

 獣人難民の言う通り、粗暴な扱いもする者もいる一方で大事に扱っている者もいるため、一概に全てを開放しろと言うのは難しい面がある。

 

「さて、今回は困りましたね」

 

 阿部三等陸佐は情報を纏めながら、この国は今までの方法では成功しないことが理解できた。

 消耗品扱いなら安く簡単に手放すだろう。しかしどのような形であれ相応の財産としているのなら、それを手放すのは嫌がる事だろう。

 しかしつけ入る方法ははっきりしている。オーメウス教への信仰が強く、国教としているので主流派を変えてしまえばどうにできてしまう。

 問題は変更するときに国が荒れる事が予想されるが、日本が関与する必要性はない。人道主義に基づき、獣人達を保護することになるがそれは仕方ない事。

 

 

 

転移歴 8年5月

 オーメウス教 原典派騎士団がコロン都市に訪れ、野営を始めていた。日本の偽装商人部隊が渡した金貨の量は、年間運営費の10倍以上であり、戦力を整え直すのは十分であった。

 コロン都市の教会の現主流派がいくら抵抗しようと、物理的な力と金の両方を示されれば利権にくっ付いていた者達は離れ、中立派か原典派に鞍替えをする。

 むろん教義についても宗派が変われば教えも変わる、予想通りコロン都市内ではいくらか混乱はあるが、即時奴隷解放をせよとまでは言わない、しかし不要な暴力や殺人をしては死後に神の国には行けないとミサを行うようになった。

 これだけでも大分進歩したのだが、まだまだ広がるには時間がかかる。日本の偽装商隊が教会を訪れ、運がいいというべきか、顔と肌の特徴から日本の商人の事は話が伝わっており、スムーズに教会長との面会がかなった。

 

「お話は伺っております。 今回はどのようなご用件でしょうか」

 

 相も変わらず神父と言うよりスポーツ選手の様に体格が良い姿に、多くの違和感を覚える。だが日本としてはどのような相手であろうと関係はない。

 阿部三等陸佐は表情を作りながら丁寧に続ける。

 

「我々は原典派の教義に賛同しており、これからも支援をさせていただきたいのです」

 

 さらなる派閥の成長と奴隷廃止や亜人への差別撤回などを求め、後援者として金銭的支援し続ける事を約束する。

 

「ご援助に感謝いたします。 宜しければ今後も定期的な援助を頂ければと」

 

「もちろん今後も教義の布教に向け、ご協力させていただきます」

 

 内部で汚職が広まろうが、派閥争いで死人が出ようと日本は関与する必要はない。金貨の入った袋を手渡し、日本としては経過を見守る事になる。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

47.困った願い

 日本の技術は良く知られ渡り、だからこそ武具の発注が来た。むろんトロン王国側も断っているのだが、それが頻繁ともなると技術を疑われてしまうため、仕方なく日本で作られることになったのだが、正直言ってノウハウもなければデザインもない。

 武者鎧を作るわけにもいかず、目立ち、インパクトがあり、さらに豪華で、美しく、そして実用性も見られなければならない。

 あれこれと考えている中、バンダイから提供されたプラモデルを参考に制作するとした。それくらいしか参考にできるものがなく、怪しい先進的や先鋭的なデザイナーに実用性をぶん投げられて作られても困る。

 試作が繰り返される中、相応の強度と実用性をクリアした品が複数輸送され、王城完成記念が近いトロン王国に飾られることになった。

 色を塗るのではなくアルマイト加工による装飾が為され、出来上がったものは蒼く輝く「霞の鎧」の人間サイズ。

 

「実に素晴らしい。動きやすくそして装飾性も良いとは」

 

 感嘆の声を上げているのは招かれた友好国の騎士団長たち、鎧の横には同じ強度を持つ鉄板が用意され、何度となく騎士団長や副長が握る剣が叩き込まれるも、それでも壊す事が出来ずにしびれた手で剣を落とすだけだった。

 

「よし、俺が試してやろう」

 

 大柄の男が試し用の剣を抜き、上段に構えると気合と共に振り下ろされた。他の者達とは異なり、甲高い音を立てて剣が砕け散り破片が周囲に飛び散った。

 

「硬いな。 薄い鉄板なのにこれほどとは」

 

 5mmにも満たない薄い鉄板、それでも分厚い試し剣を砕いてしまう強度、その手に残っている柄だけを見た後、騎士団長達は鎧を見つめる。

 

「う~む。 なんとか購入できないものか」

「トロン製の武具は中々買えんが、これはぜひとも買いたいものだ」

 

 トロン製の武具は日本の民間鋼材によって品質が向上し、国内に十分回った為高値ではあるが他国にも売却が始まっている。

 生産がまったく追い付かず、強度が高い為に加工に難儀しているので、国外での流通量は非常に少なかった。

 

「交易先からの特注品ですので、こちらを販売する事は出来ません。ですが彼の国から仕入れている資材、それで製品を作れるのはわが国だけとなります。しかし、獣人への協力が頂けるなら、特別に数個は卸しても良いと連絡を頂いております」

 

 この問いかけに二カ国は全ての獣人の引き渡しを受け入れ、正式にすべての獣人を引き渡し鎧の販売と各貿易品の低価格購入の権利を手に入れた。

 

 

 

 日本の特定基地に恐竜族が訪ねてきた。

 トリケラトプス型の大型草食恐竜、見た目や体格こそ似ているものの、色合いは非常に地味で知性も高い。傷だらけの体も目立つが、片側が折れた角も目立つ。

 

「あだがだが獣人達にどって、しったげ大ぎな事してらど聞ぎ、おいも戦いに加えでもらえねぁがど」

 

 方言が強くて少々手間取ったものの、獣人族の為に日本に協力したいそうだ。日本としてもこの世界の住民の自立的行動に関して断る理由はなく、まずは生活スタイルの理解が必要なために健康診断ならぬ生態調査を行ってもらう事とした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

48.医療の提供 それもまた外交

 この世界には治癒魔法なるものが高価であるものの存在する。

 しかしさすがの魔法も欠損したものは直せず、重病や重症ともなると何日も治癒魔法をかけるなど効率も悪かった。ウィルス性によっては治癒魔法ではウィルスも活性化してしまい、中々治らないという悪循環にも陥るなど、貴族とはいえ大変な事もある。

 この文明程度の世界にとって日本の医療は驚異的であり、それが知れるきっかけとなったのは、トロン王国に遊楽に訪れるために旅をしてた貴族の大けがであった。

 

「何卒! 何卒お願いいたします!!」

 

 貴族男は馬から落馬し足を骨折してしまったが、それだけではなく落ちた拍子に木片が足を貫いていた。

 この世界では複雑骨折は切り落とすか高名な治癒魔法使いに早急に頼むしかないが、さらに木片が足を貫いてしまったため切断以外は手がない。

 非常時としてトロン王国内にある小規模な自衛隊駐屯にて治療を行うこととなった。とはいえ世界も文明程度も異なる医療処置、何かあっては問題だと痛み止めと睡眠導入剤を飲んでもらい、完全に意識を失った状態で手術が行われた。

 切断しなければ助からない重症、しかし現代の日本の医学からすれば、切り落とす必要もない程度でしかない。

 すぐに治癒とはいかないものの、経過は順調であり三か月間ほどトロン王国に留まったのち無事に帰国していった。切断しなければならない重傷、それを治した事に情報は広まり、それを頼りにある人物が訪れた。

 

 

 

 噂を頼りにノーリスモルト国の侯爵家 フローリ・エルフィート夫人がトロン王国を訪れ、余りの事態に日本の自衛隊駐屯地にそのまま案内された。

 治療室には夫人と共に夫も訪れており、真剣なまなざしで布で隠された右腕を見せる。綺麗な長い金髪姿をした美女、事故によって右ひじから先が少しの所から失われ、傷跡も痛々しさが残っていた。

 

「この腕をなんとか元に戻してほしいのです」

 

 欠損した腕の再生、無理難題ではあったのだが、義手と言う形なら不可能ではない。何よりも噂を頼りにしてまで訪ねてきた侯爵家、恩を売っておけばノーリスモルト国に強いコネクションを持つことができる。

 基礎診断を行った後、翌日に再び訪れてもらい用意していたものを見せながら説明を行う。

 

「我々としても、完全に失った腕を元に戻す事は出来ません。 ですので非常によくできたこのような義手を提案いたします」

 

「義手……ですか」

 

 侯爵夫婦は少し落胆していた表情だったが、運び込まれた最新の義手、見た目も本物の腕とそん色なく、そして自由に動くように驚いていた。

 多くの制約がある為、

 

・半年に一度来院する事

・異常を感じたらすぐに来院する事

・入浴時は取り外す事

 

 など色々条件のもとではあるが、エルフィート侯爵夫婦が了承したこと、まず初めに手術によってこの世界のレベルでは丁寧でも、現代レベルでは雑である切断面の処理をやり直す事から始められた。

 

 

 

 本来ならこの世界には超技術に当たるが、最新の義手、筋電センサーと無音モーターによって動くところは変わらないが、学習AIと脳波によって精密に動作し、行動パターンを学習することで自由自在かつスムーズに稼働する。

 見た目のファッション性も大事にされ、蝶や花などを色鮮やかに表面に加工され、気分によって外装を取り換えられるよう何種類も作られた。

 備品なども含めて総額3000万円近くにも達するのだが、侯爵家というコネクションを持つ為に最新技術を惜しみなく導入した。

 

 

 

 

 手術と体調管理を含めて3か月ほどトロン王国に留まり、用意されたものは見た目も本物の腕に近く、そして何より装飾品のように美しい。

 

「では、動作確認としてそのコインを掴んでください」

 

 説明を受けてはいたものの、半信半疑で腕を動かそうとしてみる。看護士というものに装着さた義手、少しゆっくりとだけど、思った通りに腕が動き始めた。そしてテーブルに置かれているコインを指で掴み持ち上げられる。

 

「あなた、手が、手が動きます!!」

「おぉ! おぉ!!」

 

 余りの驚きに思わず声を上げてしまうけれど、夫も大きな声を上げ義手を見ている。

 

「少しの間訓練すればその腕はもっと自由に動きます。 ダンスもしたいのなら何度か腕に覚えさせて方が良いでしょう」

 

 それから一ヵ月、ダンスにお茶、刺繍とあらゆることを腕に覚えさせ、最初は少し動きが鈍かった義手も、繰り返すたびにどんどんスムーズに動かせるようになった。

 

 

 それからノーリスモルト国に戻り、社交界に再び戻る。

 腕を失ってから長らく出る事は出来なかったけれど、この義手なら何も恥ずかしくはない。

 

「おやおや、傷物のご婦人がこのような場所に何か御用でも?」

「ふふ、恥ずかしくないのかしら」

 

 笑う声が聞こえる中、ドレスに隠れていた義手で扇を開いて扇いで見せる。驚く表情を浮かべる者達をそのままにダンスさえもこなし、その腕は宝飾品のように美しく、そして何よりも自由に動いた。

 

「一体どこでそのような腕を……」

 

 驚いている中、片腕を義手の貴族の男性が声をかけてきた。その片腕は鎧のような義手となっており、何を求めているかは一目でわかる。

 

「少々遠出して手に入れましてね。 自由に動くだけではなく、このような事も出来るのですよ」

 

 義手に触れながらその腕を掲げると宝石で作られた蝶の彫り物が光を放つ。

 地球の技術者がちょっとした茶目っ気をだして追加した機能、イミテーションとはいえ義手に蝶柄に付けられたダイヤモンド、その下に組み込まれていたLEDが発光し美しい輝きを見せた。

 

 

 それから噂は噂を呼び、戦争や事故によって失った腕や足を補う義手義足を求め、トロン王国を訪ねるようになったのはいいのだが、日本としては医療提供する事は問題ないものの、トロン王国内に作られた小規模な駐屯地の治療施設ではいささか規模が小さい為拡張が必要であった。

 求められるのはファッション性の高い義手や義足、一部ではあるがシリコン製の義眼やインプラントの歯を求められた。

 正当な治療の依頼と支払いを確約し、

 結局過度な奴隷制度や人種差別に問題があったにしろ、ノーリスモルト国はそこそこの大国である以上、支配体制や法などは10か国連合よりしっかりしていると言う事になる。

 もちろん貴族ともなると他国の法を守る事も理解しているため、軍事的圧力こそかけてはいるが、苦情や文句程度で正規に品物を購入していくだけの理性があった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

49.強盗団(傭兵 と 園遊会

 トロン王国は現在かなり発展している。むろん無理も出てはいるが、それをどうにか出来るだけの食料があるため、食料を他国に販売しては予算を確保している。

 それだけの力があれば盗賊も狙うが、トロン王国の巡回する騎士による討伐や、各国も馬鹿ではなく護衛を雇うことで無事に遊楽に訪れている。

 しかし日本については高価な交易品を輸送している程度の認識しかなく、ならば狙うのは日本となるのもしかたない。

 定期往復している列車を狙おうとしている集団が居た。

 

「進路よーし」

 

 定期運航の貨物車に大量に積み込まれた様々な鉱石類。この世界にとって価値のある鉄鉱石から無価値であるレアメタルまで、全てがコンテナ車両に積み込まれている。

 それだけであり全くと言っていいほど、この世界のモノにとっては強奪できたところで価値はない。

 急造装甲列車は線路を進み特定基地へと向かう。しかし線路である以上、ルートは確定している為盗賊達が待ち構えていた。

 

 

 線路上には人間大の置き石がされている。随分考え抜いたようだが、しかしその程度の事は考慮されており、先頭車両に装着されているドーザーは少し減速しただけで置き石を弾き飛ばし進んでいく。

 

「くそ! 効いてないぞ!!」

「弓を放て!!」

 

 傭兵団は追い付こうと馬を走らせ、弓を放つがそんなものでどうにかできるわけもなく、コンテナや車両に弾かれ何も事が起きる事はない。

 わざわざ相手をすることもなく、ただ速度を少し上げて振り切る。

 

 相手にする必要など何もない。しかし盗賊が居るのは治安もよくなく、だが日本が手を下すのは余り良くない。日本にとって特定基地の外側は外国であり、日本の方は基本的に適用されない。

 逮捕権も何もない、いまさらと言えるかもしれないが、日本はあくまで自衛と難民保護以外を行うつもりはない。

 ここは訓練を行っている獣人の人達が結成した自警団、そして恐竜族の協力者による巡回を強化し、難民をスムーズに保護できるように準備を進める。

 

 

 

 

  園遊会

 トロン王国においては、年に二回の収穫祭以外イベントはない。別にそれは問題はないのだが、息抜きと言う面ではあまりよくはない。

 過度な娯楽は弊害しか生まないため、技術の も兼ねさせることで鍛冶師と絵描きを集め、日本の出資と言う形で一か月前から展示品の制作を出した。

 当日、会場に並べられたさまざまな武具や絵画、鍛冶師達や絵師達の自信作はその役目をきっちり果たした。

 

「これは中々」

「貿易品と比べるといささか粗末だが、その分安くて良い。 数をそろえれば十分価値になるな」

「良い絵だ。 この絵師を引き抜きたい」

 

 一般人には大して意味はないが、商人が集まれば市中は活気にあふれ、人が集まれば食料も道具も売れる。売れれば金が回り活気が増す。それが大事な事であり、園遊会最終日は一大イベントと無償で全国民にカレーが振舞われる。

 そう言った経済について基本的な事もわからぬトロン王国の大臣達は初期投資を渋るものの、結果さえ見せてしまえば十分に動く。

 多額の賞金と日本製の両刃剣一本を目当てに集まった傭兵や腕に自信のある者達、わざわざ3か月も前から訪れる商人達に情報を広めるように金を渡しいとして流布してもらった。

 

「さぁ、集まってまいりました腕自慢の者達! 今回は非売品である金貨30枚にもなる名剣を得られるのは誰になるのか!!」

 

 はっきり理由を述べるなら、巡回する範囲を増やすための騎士や兵士の募集を兼ねている。トロン王国と言う発展中の小国である以上、まずは興味を持って自ら訪れてもらわなくては話にならない。

 性格に難があり問題を起こすなら捕えるが、腕揃いがまずは必要なのだ。そしてそれを叩きのめすトロン王国の騎士が。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

50.遊楽の騎士

 王族護衛騎士団長のアメリは日本の特定基地に特別に招致され、剣道などの鍛錬を行っていた。

 剣道は所詮はお座敷剣術と言われようとも、速度に特化し攻防の技能レベルはかなり高い。参考になればと列車の往復に合わせ定期的に訪れていた。

 さらに近接戦ではその身体能力から無類の強さを持つ獣人族、お互いに競い合い連日腕を磨いているのだが、木刀を何本もへし折りあざを作るほど厳しく激しい訓練には、自衛隊も呆れながらも感心するほどであった。

 

 その練習に混ざり、二か月間も鍛えた頃にはバランスの良い食生活も含め、体は徹底的に鍛え上げられ女性自衛官たちと共に、少々口の悪い男性自衛官からゴリラ呼ばわりされるほどとなる。

 そのアメリが参加する事で園遊会で有力な人員を集める手はずであった。

 

 

 

 

 トロン王国、小さく力もない国家だったはずだが、ここ数年各地でうわさを聞くようになった。

 そして旅商人が販売する武具、どれもふざけた様な価格だがトロン王国の物は非常にモノがよく、武具を揃えるのがステータスとなっていた。

 

「トロン王国で園遊会が開かれるそうですよ。 腕自慢のモノを集めて、闘技会を開き優勝商品は盾さえ両断できる名剣だとか」

 

 立ち寄った隣国の町で聞いた話、盾さえ両断できる名剣の話は怪しい物だが、闘技会が開かれるなら参加するのも一興だろうとその時は思い向かった。

 

「なんだ、これは」

 

 トロン王国の一面に広がる広大な農地、水を湛える張り巡らされた水路、敷き詰められた石板の道、そこを農民たちが足早に歩いていく。

 

「騎士様。 失礼ですが、急がないと門が閉まってしまいますよ」

 

 巡回していた兵士がこちらに気付き、門が閉まると伝えてきた。夕刻も近く、そろそろ門を閉じる時間なのだろう。

 足を進めると見上げるほどの防壁、その上には何人もの兵士が弓をもって警戒している。

 荷物や訪れた理由を確認され、橋を渡ると鐘が鳴り響き門の前に居た兵士が橋を渡り門が閉じられた。

 

「なんだ…これは!?」

 

 夕刻だというのに光る柱が立ち並び、多くの人々で道はにぎわっている。どの露店も人であふれ、小国とは思えないほど。

 

「さぁさぁ、ラジム国から入荷した新しい布だよ!」

「うちは他と違って混ぜ物のしてないワインだ! 美味いぞ!!」

 

 光る柱のおかげで夕刻だというのに露店の活気は続いており、ありえない風景が広がっていた。驚きながらも大通りに面している宿屋に入る。

 

「飲料水は無料ですが、風呂は先払いで近場にあります」

 

「風呂があるのか!?」

 

「はい。 公共浴場と言う物で、使用方法は入口に描かれております。 少々お値段も張りますが」

 

 受付の説明に驚きながらも案内された部屋も並みの価格でありながら、他国ではまずみられない大きなベッドが置かれている。

 この国は、一体何なのか理解も追いつかず、三日後の園遊会まで食事に風呂、そして公衆トイレや水道などもはや驚く事さえ疲れてしまった。

 

 

 園遊会の一番の見どころである闘技会。

 どれだけの強者が集まっているのか、参加者である騎士や傭兵達は緊張をもって集まっていた。

 そんな中、優勝賞品となる剣、どこから見ても非力なメイドの女が拙い動きで振り上げられた剣によって、革の鎧ではあるが簡単に真っ二つにされてしまう。

 あれが今回の優勝賞品、たしかに鍛え上げた騎士が使えば、鉄の鎧さえ切る事は可能だろう。

 ぜひとも欲しいと多くの騎士や傭兵達が剣を見る中、トロン王国の騎士団長はじっと様子を見ていた。今回はこの中で使える者を探す目的があり、事によっては騎士として取り立てるつもりである。

 

 

 

 丸二日続いた闘技会ではけが人が続出する者の死人は出ず、王族護衛騎士団長のアメリは顔と素性を隠し、5人を叩きのめし優勝をするとともに当てを付けた10人ほどを勧誘をしたのだが、強さはともかくとして学という事に関してはもはやトロン王国の平民にも劣る事が分かり、正規採用するには勉学を必要とするなど頭を抱える事になった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

51.膨張主義・生物報告

 日本国内で問題が起き始めていた。

 ごく一部の者達が、異なる世界の国家は文明程度は低く、ならば日本国土として組み込み国家繁栄と拡大を訴えた。

 そしてその主張をしていた者達が行動を開始しようとしていると公安が捕えた時、日本から消えた。

 野党議員から自衛隊員に警察官、一般市民など突然数千人の日本人が消えたため、何事かと騒ぎになったが、米軍による地球の調査中に送還されていたことが確認された。放射能に汚染された文明がほぼない状態では長くは生きられない。

 神命は簒奪者ではなく救助者、意図から大きく離れる事など許されるはずもない。

 

 日本は特別ではなく、比較的神命に従いやすい特徴を備えているがゆえに選ばれたに過ぎない。

 害をなせば日本とて送還される、その事を明確に示され、ある程度は黙殺されていたゆえに増長しかけていたいくらかの日本人は押し黙る事になる。

 神の前で特別なものなど存在しない、だからこそ各国ともに大切にされているのだから。

 

 

 

 

  惑星クロノス 生物報告書1

 クロノス人

 地球の白人とほとんど変わらない。主要言語は地球の英語であり、少々アクセントに違いがあるが会話は可能。

 現在判明している地域の文明レベルはまだ中世から近代程度であるが、魔法の存在が確認されている為一概に同じ程度とは判定は出来ない。

 

 

 恐竜族

 地球で言う所の恐竜ではあるのだが、人語を理解しているが彼らにとって人族は敵であるため獣人族を介した場合は例外的に対話が可能となる。

 そのほとんどが人と同じ大きさではあるのだが、一部はTレックスやトリケラトプス型など大型も存在し、単独戦闘能力は非常に高く生身の人間では相手にならない。

 彼らの言語も一応日本語ではあるのだが、かなりの方言があるため中々理解しにくい。

 

 トリケラトプス型

 恐竜族の中でも日本に好意的であり、協力を申し出てくれたため現在研究が進んでいる。

 大型の草食性ではあるが荒れ地でも暮らせるように小食であり、体表も極めて丈夫。地球の恐竜と比べて相違点も多い事から、似ているだけで異なる進化を遂げたことが推測されている。

 

 

 獣人族

 二足歩行で歩き人種と同じ器用さを持つが、頭部や尻尾や体毛などに地球の動物と同じ特徴を持つ。主要言語は日本語。

 しかし知性は十分に人間としての域に達しており、会話や交流も十分可能。

 食物に関して人間と同じではあるが、地球の同種が接種不可能なものに関して、食しても害こそないものの忌避する傾向がある。

 個々の種族によって得手不得手は存在するが、彼らは真面目であるためほとんど問題にはならない。

 

 

 スリックコケ

 粘性動物らしく、現在研究が進んでいる。

 獣人族の話では、時折酷く臭う油のようなものを出すため、飼うことで明かりに使う油を得ているという。

 4~8年ほどで寿命を迎えるらしく、最大で2kgと猫くらいの大きさになるのだが、粘性の生物というだけではなく、日本どころか地球の国家全てが求める素晴らしい特性があった。

 スリックコケは二酸化炭素を吸い込んで呼吸及び食事とし、日光の下では最大で一日に一回原油を排出する。

 地球が求める生物的特性に国内で研究が進み、十分な日光と二酸化炭素の量が多ければその分呼吸と上質な原油排出量が増えるなど素晴らしい物であった。

 しかし情報がアメリカやイギリスに漏れてしまい、早急に合同研究の場を設ける事を要求されている。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

52.他大陸の状況

 良くも悪くもノーリスモルト国は大きな国であるため、法や国家運営はしっかりしており、国家教であるオーメウス教の変革によって徐々にだが亜人への弾圧や奴隷化は収まりつつある。

 王や貴族の権威も、国教の権力と潤沢に流される金銭によって鞍替えが起きた。

 表向き血を流す事なく、裏では凄惨な暗殺と権力争いで流血が続く中、獣人弾圧や奴隷化は低俗的考えであり原典の解釈の間違いであるとして動き始めていた。

 

 

 

 そのころトロン王国では、日本の知識協力によって農業に関しての成果を見せ始め、的確な肥料の投入や水やりなど、農作物の収穫量はトロン王国だけではもはや消費しきれないほどに膨れ上がった。

 いまやトロン王国は真っ当に働きさえすれば、喰うに困る事はない。そして真っ当に働く口はいくらでもあり、むしろ人手が足りないほどであった。

 他国領からの移民や流民、売却される大量の安価な食糧、略奪しようにも不可能な戦力に警備する兵士の巡回、トロン王国があるだけで周辺国は経済的に押されて力が奪われていく。

 こちらも時間が解決してくれるだろう。

 

 

 

 獣人王国ワイルドビートについては、いまだ交渉と交流が続けられているものの、人間に対して根深い不信感がある事から難民町の長となった獣人ルファスによって会談が行われ、徐々にだが国境防衛が主体となり攻勢に出る事は少なくなってきている。

 山を貫くトンネルも出来上がった事から直接的交流も増え、難民町で栽培されている甜菜糖から作られた砂糖は大いに売れている。

 一部ではあるが日本にも販売され、100%天然無農薬栽培から作られたとして高価格で取引されている。もちろんそれで得た金銭は難民町から日本製品を輸入する事に使われていた。

 

 

 

 

 

 日本政府も一定の水準に達したとして、日本が手を下す必要はもうなく時間が解決してくれると判断した。

 その為打ち上げ準備が進められている衛星を待たず、とある事情で情報を得た他大陸に向け、手を伸ばす方針に変更した。

 それはおおよそ平和的に進んでいる中、特定基地北の海域を漂流している船舶が発見された。

 日本としては安全の為に係留を試み乗船をしたところ、漂流していた鋼鉄で出来た輸送船、積まれていたのはドイツ軍のⅢ号戦車、そして各種兵装が確認された。

 

「間違いありません。 この国旗はナチスドイツのものです」

 

 海流に流されてきた輸送船、とっくに失われたはずの国家、それの輸送船とはどういうことなのかと。

 大騒ぎになり、本国で神々に伺いを立てたところ、日本に住まう神の話では近くて遠い別次元のドイツであり、偶然この世界に一部の軍が超常現象実験中に転移に成功したらしいとのこと。

 しかし思想も技術も歴史と全く同じと言う事。旧同盟国であった大日本帝国時代ならまだしも、フランス侵攻直前のドイツと現代の日本とは相いれる事はない。

 残っていた情報から一軍であったがすでにこの世界に根付き、国家として他国を侵略中であると言う事だ。

 しかし周辺海域の調査は終わっているがすぐに向かう事は出来ない。

 海魔と呼ばれる巨大生物(巨大タコ)との交渉はそれなりに進んでおり、彼らの主要言語であるフランス語によって海路の安全と引き換えに、体長8mを超える故に自らがこもれる巣穴が滅多にない為、巨大タコつぼを含む岩礁の整備と引き換えに縄張りの航路の補償が決定している。

 その為現在建造中の為まだ半年間は出向が出来る状態ではなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

53.鉤十字

 漂流船に残っていた海図と地図、そして海魔の話から航海日数はおよそ15日。

 フランス侵攻直前の1939年数からおよそ5年、本来ならばかなり科学的に発展しているはずだが、中世から近世程度の技術レベル相手に新技術や新兵器が必要なはずもなく、量産性を優先していると思われた。

 何よりも一軍である以上、生産設備の立て直しや国家体制の構築も必要であり、いまだ第二次大戦直前より劣る程度しかないようだが、これ以上の事は残されていた書類などからわかることはなかった。

 そして漂流していた理由は、遠洋に出たことで海魔に襲われ船員が皆喰われたと言う事を、海魔族が物知りであり、大まかな情報を得る事は出来た。

 大陸で戦争をしている相手は虫人族、元々は虫人族の縄張りを人族が荒らすために戦争になっていた、生物的に優位な虫人が勝っていたが、ナチスドイツが介入したことで虫人族は攻め込まれており、害虫として殺戮が行われているそうだ。

 正確には余りにも力の差がある為、虫族との戦いは片手間であり他国と戦争中であるとのこと。

 縄張りを勝手に船で回ろうとする為、海魔族が攻撃をしているため遠洋に出る事は出来ていない。漂流船も海魔族によって船団を破壊し尽くされ、たまたま残っていたものらしい。

 

 

 

「よーしよし。 約束通り大きな洞だ。 一族から案内を寄こしてやろう」

 

 一年半かかった海中建設も終わり、海魔族のデビルフィッシュ(タコ) ジュウモンに案内されながら、日本の外交船団はミヤムロス大陸から北西に向かって航行を始めた。

 

 3900トン型護衛艦くまの

 重巡洋艦程度の大きさのある護衛艦艇では威圧になりかねないとして、フリーゲート級に近いものが選ばれた。

 十数日間の航行中に時折海魔が現れるものの、大型種であるデビルフシッシュがいるため襲われることもなく、大陸に近づくとレーダーに反応が入った。

 近海のみしか航行できない事を理解しているらしく、何か慌てたような動きが見て取れる。

 

「あれは 駆逐艦でしょうか」

「データ上は類似点がありますが、現物の情報はありませんので」

 

 大陸沿岸は海魔族も口を出さすことはないから船の運用ができる。だからこそ遠洋から現れた日本の艦船を怪しんでいた。

 砲身が向けられ穏便とは言えない状況のようだ。急ぎドイツ語で日本であることと外交の為に訪れた事を伝え、かなりの驚きをもって返信があり、案内される形で南東部の主要港に寄港する事となる。

 蒸気タービンではない為黒煙を上げていない3隻の船にいささか疑問を持たれているようだが、特に探られることもなく港での検疫を兼ねた事務所で簡易的な話し合いが行われ。

 

「大日本帝国から来るとは、そちらもこの世界に転移してきたのか」

 

 どうやら過去というか、次元の異なる過去の日本を知るドイツ人将校がいまだ現役で存命なのは助かることであった。

 

「色々ありましてこちらに来れたのです。 まずは外交関係の再構築等ができるよう、面会の手続きをお願いしたいのですが」

 

 まずは色々としなければならないが、幸いな事に比較的日本にも理解あることからスムーズに連絡が届き、蒸気列車も走り、主要港であるため外交の為の領事館もあることから、見事な石材建築のなされた外務署に案内された。

 ドイツ風の建物はまだ多くないようだが、いくらか見受けられる事から建設そのものは始まっているようだ。しかし町を歩いている人間にドイツ人は多くは見られず、そのほとんどがこの世界に住人と思われた。

 外交の為に通された応接室ではドイツ人の外交官が待っていた。

 

「いやはや、この世界にも日本帝国が来るとは。 久しく同程度の人間に会えず、嗜好品も限られていてな。 まずはその辺りから始めましょうか」

 

 状況が状況である事から、まずは細かい取り決めの前に、単独国家では充足するのが難しい嗜好品の交易から始めることが急ぎ決定された。

 酒にコーヒー、たばこ、砂糖に香辛料と現在入手に苦労している物の交易が優先された。不思議な事に原油や石炭にガスついては話が出なかったことから、何かしら入手する方法をすでに確立していると考えられる。

 むろん嗜好品が不足している事は予測されており、酒類にたばこに甘味など、第一次交易を兼ねて輸送してきていた。むろんすべての品の産地は入念に消されており、他国がある事は隠されている。

 到着した翌々日には広めの倉庫に並べられ検分を兼ねた販売が行われたのだが、近隣都市や基地にいた高級官僚や上級将校も訪れ予想外の状況になった。

 

「ふむ。 これほど甘いものは久しく味わえてなかったが、日本は砂糖類を生産できるだけの領地を得ていたのであったな」

「砂糖類の輸入、これは重要ではあるが、今回の交易量は総統府に回すべきだろう」

 

 バターレーズンサンドは好評で、無料の甘味として提供したところすべて食され、お土産用に木箱に入れた物は全て持っていかれてしまい、遅くに来た方には丁寧に謝らなくてはならなかった。

 

 

 

「これはシュバルツか。 ビールはやはりこうでなくてはな」

「これも悪くはないが本国のものが懐かしい。 ラオホのあの癖が恋しいものだ」

 

 安価に用意した黒ビールは200リットルの大型鉄製タンクで販売とは別に試飲用で持ってきたのだが、まるで水であるかのように飲まれている。

 どこから持ってきたのかクランツとグラスが用意されてしまい、どんどん注いではグラスは空っぽになり、同じようにどこからか用意されたソーセージと合わせて一部では酒盛りが始まっていた。

 

 

 

「シガーがあるのか!」

 

 まだ見回っていた将校は、嗜好品でもある葉巻に目を付けた。

 ドイツでは葉巻やタバコが好まれるが、どうやら現在の領地では十分に賄えていないのか、品質が良くないようだ。

 

「どうぞ。 お試しを」

 

 シガーカッターで吸い口を切り、数本の葉巻を渡すとシガーマッチで火をつけ、煙を口内で回し十分味わった後煙を吐く。

 

「中々悪くない。 全部買わせてもらおう」

「まて。 国家買い上げとして、総統府に送る。 こちらに譲ってもらおうか」

 

 高級官僚と上級将校のにらみ合いが起こり、険悪な雰囲気がタバコ及び葉巻が並べられた前で起こっていた。

 ライヒスマルクでの取引とはいかず、最初の取引であるためにまずは金銭ではなく、為替については今後ということで元のドイツでの同等製品と同じ価格設定し、それを個人が国家に支払い、その総額に値するものをドイツが日本に渡すという事で話が付いた。

 それほどまでに嗜好品に飢えている状況であったための緊急措置であった。

 

 

 

 帰還後順調な接触が出来たと報告したものの、しかし国連では大いに荒れた。

 別次元であるとはいえナチスドイツ、過去の大戦で被害にあった国々は早急に国連軍を結成し、攻撃をすべきと訴えた。とは言え、別世界であり橋を渡れるのは日本のみ、それ故にフランスとポーランドは兵器の価格低減し、押し付けるように早急に対応するように国連を通して訴えた。

 

 ポーランドからは自国製PT-17戦車

 ポーランド製戦車は砲弾が規格が異なる為運用が難しいと断りを入れるも、わざわざNATO規格の120mm砲に換装されたタイプまで輸送してきた。

 

 フランスからは対地攻撃が可能な ダッソー nEUROn

 格安で大量購入を持ちかけられ、とはいえ日本政府は情報を得るためにメンテナンスの理由を付けてデータを得ようとしているフランス政府の思惑がみえる。

 

 それほどナチスドイツへの恨みはいまだに消えていない事に日本は驚きつつ、断れるわけもないため受け入れた。

 ヴィーゼルとレオパルド2PSOでさえ、売りつけられた陸上自衛隊で運用と錬成に苦労している中、さらにPT-17と現場は青ざめ、どうしたものかと頭を抱えてしまった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

54.虫人の国家

 ミールモノル大陸の東端にある虫人達の国。

 これも海魔によって教えてもらった事で、そこには小規模ながら港があり接触をするため外交団を送っていた。

 とはいえ人間は忌避されている。そのため難民町に住まう獣人の中から、ルファスさんが推薦した10人ほどの獣人族の人達と共に外交に赴いている。

 陸が見える沿岸まで近づくと、低空ではあるが空を飛ぶ虫人、おそらく種類はトンボ系だろうか。頭部も虫の比率がかなり高いものの、体は一応四肢が大きく人類種に近しい所まで進化してるのが見て取れる。

 警戒されているようで手に持っているスピアーや剣をこちらに向けていた。

 

「私は狼獣人族のサルファ! 我々は戦いの意図はなく外交に来た!! 取次ぎを願いたい!!!」

 

 甲板に出た狼獣人のサルファが声を張り上げ敵ではないと訴える。

 いくらか警戒するように周囲を飛び回った後、1人がサルファの前に降り立った。

 

 「ミーは飛行隊長であるホロリス。 外交に来たというユー達はどこの者だ」

 

 驚くべきことに言語はやや訛りこそあれどやはり日本語、それも小笠原方言であった。

 どうやらクロノス人種以外にはある種の方向性があるらしく、もしやそのために日本のみをこの世界に送りこむ理由となったのかもしれない。

 阿部三等陸佐は今はまだ顔を出すべきではないと判断し、猫獣人のビッテ達などに任せ船内から出なかった。

 

「ここより南東に数十日航海をした大陸にある国家、といえるかどうかは分からない規模だが、協力を受けながら危険なこの世界の人種相手に対抗している」

 

 この世界、異なる世界からきているというのを最初はサルファ達も信じなかったが、光の先に消える橋を見てからは、日本が異なるモノだと認識していた。

 初めて見た時は、神から命じられたという言葉が嘘ではない事、そして光の先から現れる車両や船にどれだけ驚きを持ち、そして神に見捨てられず守られている事を感謝したことか。

 

 考えるようなそぶりを見せ、数人を甲板に降ろし話をしていたが、少ししてこちらを向くと持っていた剣を腰の鞘に納めた。

 

「上にはコールしておく。 ポートには案内する故に指示に従え」

 

 合図を送ると警戒していた全員が降りた地、1人が説明を受け陸地に向かった。違和感があるが、小笠原弁なのだから仕方ない。

 誘導された港は水深が浅い為途中で小舟に乗り換え、サルファさんやビッテさん達に囲まれる形で阿部三等陸佐のみが向かう。

 危険が伴うが人種と戦争をしている相手に対し、大人数で行くのでは話が通らなくなる可能性がある。何よりも阿部三等陸佐が姿を出したところで確実に敵意を向けられたことからもわかる。

 

 

 

 

 

 港にある外交を行う為に招かれた屋敷、獣人族によって守られているものの安全とは言い難い敵意を向けられていた。

 

「ふん。 人間が一体なんのようだ」

 

「我々は物品の取引を考えております。 戦うつもりはありません」

 

 阿部三等陸佐は丁寧に出るも、やはり攻撃を受けている国家の外交を司る以上対等とは言えない。敵対的な反応が隠されずに見えていた。

 

「身を覆って隠す人間の事などビリーブできるものか。 リアルインテンション 覆い隠しているに違いない」

 

 虫人は服を着ていない。ならばと阿部三等陸佐はその場で服を全て脱ぎ、何一つ身に着けない産まれたままの姿になり再び席に着いた。

 

「それでご理解を頂けるなら、そう致しましょう」

 

 さも当然であると違和感もなく堂々としている姿に、さすがの虫人も唖然とした。これがきっかけとまでは行かないものの、互いの風習など基本的な話を行い、次の機会に外交を司る虫人が10人ほど難民町を視察に訪れる事が決められた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

55.新生独逸と神王モネフ

 2度目の外交・交易に伴い、希望のあった嗜好品を満載し新生ドイツを到着していた。

 まだ総統代行との面会は出来ていないが、相応の外交に関して立場を持つ人物との会談の場を設ける事に成功した。

 港から蒸気鉄道に揺られ半日で首都ルリンへと到着、周辺にはドイツ人が多く見られ都市もドイツ式建築が非常に多い。

 

「どうやら完全に国家として定着しているようです」

「半世紀も経たずにここまで、もはや文明を戻す事は難しいでしょうか」

 

 消えた文明は元に戻す事は出来ない。生活を壊され教育された国民たちは元には戻らないだろう。ドイツ式の国家としてこれからも進めていくしかない。

 通されたレンガ造りの庁舎に執務室。そこで待っていた生粋のドイツ人との交易に為替レート、交流への話し合いの中で問題が語られた。

 

「それでは、神王モネフ国との外交は無理であると?」

 

「生きたまま生皮と爪を剥がされ、局部を切り落とされ、目玉をえぐられて帰ってきたのだよ。 近くに行くことさえも止めたまえよ」

 

 どこまで真実であるかは不明ではあるが。

 新生独逸は現在の国を占拠したのち、マスケット銃程度を使用する文明程度故に、高度な文明国家であるとの自負から形式に則り外交の為に赴かせた一団は壊滅。

 拷問がなされた後、全身にモネフ国が崇める神のシンボルが全身に焼き印された状態で外交団代表が戻されたとのこと。

 新生独逸の外交官から聞かされた文明国家ならあり得ない行動、外交が出来ない以前に接触が出来ないというのはさすがに異常過ぎる。

 何はともあれ今回の外交対談では実りがあり正式な為替が結ばれ、日本が持ってきた交易品をライヒスマルクで購入することで第一為替保有とし、今回の交易では三号戦車B型の設計図を日本側がライヒスマルクで購入する事で、ほぼ等価の形で通貨の保有量は最小限にとの取り決めであった。

 むろん交易ルートである外洋航行術について、暗に探られるものの、日本側の重要な軍事機密として伏せられ、その主を聞いたドイツ側の外交官もそれ以上は話す事はせずに済んだ。

 重要な軍事機密の開示は簡単な事ではなく、一の外交官のやり取りで情報を引き出せるわけもない故に、今後の話し合いと言うことで終わっている。

 交易品一覧を眺めながら、贈答品として贈られた葉巻を深く吸い込む独逸外交官。

 

「ふむ。 趣向品や食料品ばかりだが、繊維類はないのかね? 木綿や絹は日本の主要輸出品であったはずだろう」

 

「一覧以外についてはご要望のモノを聞いてからが良いかと考えておりまして。 こちらとしても、転移後の騒動で国内産業は順調ではございませんので」

 

 正直第一次大戦と第二次大戦の間、独逸との交易していた品物についての情報が余り残っておらず、確実に必要としている嗜好品や食料品以外については手探りであった。

 転移後の国内産業のごたごたも一応一息つき、消えた国家が行っていた生産活動の代替など、各国は大変であり低迷どころか需要に対して供給が追い付かない状況であった。さらにそんな状況でも新天地の開拓需要は留まる事が無いのだから、日本でさえ製造設備のほとんどがフル稼働状況で要求もなく準備する余裕はなかった。

 

「そうか。 では服を発注しようか」

 

「服、ですか」

 

 日本の外交官が疑問に思っている中、苦笑いをしながら秘書に命じ、壁に掛けてある外套を持ってこさせテーブルの上に広げる。

 

「この国の者達は裁縫技術が低くてな。 なんとか軍服などを作らせているが、出来るのは遅く裁縫は稚拙と酷いものでな。 参考の衣服を渡す故に各種サイズと量を、あとは靴類もだな」

 

 服の質はともかく裁縫はかなり宜しくないようで、依頼する意味はよく理解した。一方で独逸側の輸出品は主に設計図や技術情報、そして大量に採掘できるというレアメタル類。

 日本以外の他国が競うように開拓している新大陸から、あらゆる種類のレアアースやレアメタルが大量に産出しているので、価格はかなり暴落傾向にあるのだが、交易で得られるに越したことはない。

 

 

 

 

 難民町

 薬、仁丹に近いものを作ろうと、近隣で手に入る野草や木の実などあらゆる植物や虫の解析を日本が続け、それ相応に近い生薬が見つかったので、難民町では現在薬の調合が始まっている。

 懐かしい手作業での製作と植物の生産、大変だけれど病気を治す薬に関して、自分達で作れなければ自立した国家とは言えない。

 道具は昔日本で使われていた道具を説明し、獣人の人達に制作してもらった。

 

「ふーむ。 これが頭痛止めになる丸薬か」

 

 手作業でやる為に作れる量は限られる。それでも少しずつ生産量を増やしながら、日本に頼った治療から自分達での治療と徐々に国家として運用ができる物事が集まりだしている。

 

「生薬が基本ですが、森や草原、そして生き物を大切にしないと失われてしまいます」

 

 医学に精通した自衛隊の医務官から説明を受ける獣人達、植物はともかく虫などの管理は難しく、そして効能はバラバラで採取できる季節もさまざま、文明と知識がなければ不可能な事、それでも町として国家として強みとするなら、医学が発展している事は大事である。

 そして生薬が産まれたことで、調味料も随分と種類が豊富になり豊かになった食料と合い、食生活の味そのものがだいぶ良くなった。

 僅かな小麦を繋ぎにした米粉がメインのうどん、大量に採れる米の消費先として日本が教えたところ人気が出始め、海からとれる海藻や魚を使った出汁と合わせ、自衛官たちも頷くだけの味になりつつあった。

 

「うーん。 この味が癖になる」

「これを作るには多様な香辛料が必要で、育成は非常に大変だそうですが、がんばってみましょう」

 

 日本が提供しているカレー粉を使ったカレーうどん(米粉)。若い世代には思ったよりも好評で、この世界で確認できた似た香辛料と不足している香辛料、気候としてさほど適しているとは言えないものの、それでも育てられないわけではなく、交易や作物育成についての技術協力等の一環として進んでいた。

 特にここ数年で成人した若い世代達は日本人であれば、人種に対してほとんど嫌悪感などもなく、食べ物や技術などを積極的に取り入れていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

56.海外人道支援部隊 裏

 難民町では甜菜糖が作られ始め、立派な商業品として各種の品物が販売され自立した国家と言え始めている。

 一方で少しではあるが麦芽糖が作られ、秋にたくさん撮れるさつまいもや、大量に収穫しているお米を利用した素朴な甘みは人気も高く、一部ではあるがトロン王国にも輸出が始まっていた。

 

 

 

 日本の自衛官や警官から特定基地での任務の為に、基地内は各種の設備が増え米軍の駐屯地の様に一つの町として成り立っている。

 食堂には休暇中の自衛官たちが談話しつつ昼食をとっていた。

 

「でさぁ。 来月一時帰還できるようになったんだよ」

「いいな。 俺は4か月後だよ」

 

 定期的に人員交代や長期休暇で地球に戻る事が出来るものの、橋を渡る事で簡単に戻れるのだが、やはり検疫などの問題で長期任務になる事が多い。

 

「おい。 あれ」

 

 談笑しつつ食事をしていた自衛官たちの視線の先には、無表情で食事の乗ったトレーを運ぶ一団が居た。

 

「殺人鬼共だ。 関わるなよ」

 

 一部問題行動を起こす事もあるものの、それでもまともな範疇にある特殊作戦群とは異なり、畏怖と嫌悪と蔑んで見られる集団。

 

 

【特殊重戦闘連隊】

 先の日本国内で起きた一部の在住諸外国人による内乱、男や老人は殺し女や子供は奴隷に、物資を奪い警察署や自衛隊駐屯地まで襲われた。その際命令を待たずして、民間人保護の為に反政府・独立国家樹立を目指す組織を過剰な武力、つまり殺人をもって排除して回った自衛官や警察官で構成された連隊。

 国内の安定後は職務を解かれ留置場などに送られたものの、彼らによって救出・保護された民間人の嘆願や、特定基地での超法規的任務の必要性を各国から説明され、根回しや裏工作で国内訓練が行われた後に特定基地に送られた。言ってしまえば、人命の為なら殺人を厭わない者達で構成された連隊であった。

 

 

 

 静かにテーブルに着くと周りの視線を気にせず食事を始める。軽い雑談程度が行われる周囲とは異なり、一言も発することなく食事を勧める。自衛隊に置いて数少ない実戦経験と異常性からまともにやり合えるのは特殊作戦群と言われている。だからこそ蔑んでも関わろうとはしない。

 しかし事実まともともいえない。殺した相手の顔が忘れられず、精神に変調をきたしている者までいる。それでも薬の投与などで抑えつつも、自傷やまともに睡眠がとれないなど状態は良くない。

 

【新生独逸と交戦状態にある 虫人の国、小規模駐屯基地への駐留を命ずる】

 

 正確にはその近隣にある生物が生息していない無人島、直接の訪れは宜しくないとの提案があり、外交を行う上でまずはそこに滞在し、小型艇で虫人の護衛と言う名の監視を受ける形で外交官が港に訪れる形式となった。

 そこには小規模であれば海魔や海賊から自衛する為の戦力を置く事も許可されたことから、この日が彼らにとって特定基地での最後の食事となる。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

57.首都 アドルフ

 新生独逸国は総統代行が頂点であり国家の代表となる。建国の方法はどうであれ、以前の旧体制の国家よりも遥かに発展し、元々存在していた貧弱な国家群を滅ぼし民衆を統一している。

 10年近くは貴重な兵器を大事に使用しなければならなかったが、幸い生産は非常に遅いが保守整備が出来る程度の技術に到達し、一息つき国家の力があがり安定したところで、国の西方から酷く荒れた道のりを歩み現れた難民の群れ。

 略奪する力もなく、放っておけば飢え死にするだけの者達、残酷と言われるSSであっても最低限人としての慈悲くらいはあり、人を家畜としてみても家畜を扱う上でのルールくらいはある。だからこそ元の世界では最低限の労働力と待遇、この世界の基準としてみれば相応に甘い待遇で迎え入れた。

 彼等の情報から新たな国家の存在、西にあるという広大な国土を持つ新王モネフ国、だがそこは地獄であった。

 一神教を崇め、教徒以外は全て奴隷以下である。つまりドイツもこの国の劣等民も、そして虫人も全て奴隷であり家畜に過ぎない。対話などできるはずもなく、送り出した外交団の一団は殺され、いまだ貴重な車両を奪われてしまった。

 宗教は薬であるが猛毒、近代化するまで宗教に依存しているのならば、心は完全に閉じている。外部の意見など聞くはずもなく、意見などできるわけもない。

 向こうが待つ回答は 教化 か 滅び のみ、昔から交流がある地球の国家ならまだしも、新たに国交を持つ状況では何もできない。

 だからこそ、総統代行は戦争を選んだ。相手は近代に近い為時間こそ掛かっているが、ドイツ軍は順調に新王モネフ国の従属国家の城塞都市を滅ぼしている。問題は捕虜も取れず土地や井戸は彼らが撒いた毒で汚染され、得られるものが何一つもない物資や時間を浪費するだけの戦争であった。

 

 

 

 

 首都 アドルフ、総統府の執務室では、総統代行が執務に当たっていた。

 本来の総統はたった一人であるため、この国では代行が最高位であり、一軍とはいえ最高位であった中将が現在その地位にある。

 枯れ葉酒もたばこも肉も接種せず、理想でもある総統に近付こうと食生活や生活スタイルまで近付け、髪型や髭も同じにしている。しかし背がかなり高い為に一目見て似ているとは言えない。

 総統代行が新たな書類に目を通し、日本が外交に訪れた事による輸出入についての案が書かれていた。

 

「日本が来たとなれば、諸雑貨を色々輸入が出来るか」

 

 いまだ1935年程度まで文明が戻っているとはいえず、主に軍事面を優先している為、娯楽品や服飾品など後回しにされていた。

 むろん軍事面を優先したおかげで低文明の弱小国家群を制圧し、狂った宗教国家相手に優勢に立ち回れている。それがなければ、最悪攻め込まれ兵器を幾らか奪われさらに領土も少し喪失していた事だろう。

 

「それで、嗜好品がかなり多いようだが?」

 

 輸入品一覧には随分と多めの嗜好品が掛かれている。むろん軍服や軍靴なども書かれているが、その割合は趣向品7にその他3と大分偏っていた。

 

「はっ! 各所に問い合わせ要望を集約した結果であります!」

 

 書類を持ってきた部下は、間違いなく各所に確認を取った結果であり、特に偽りなどなかった。贈答品として贈られた嗜好品、硬い砂糖でコーティングされた長期保存向きの羊羹、甘めでアーモンドを含んだミルクチョコレート、葉巻にたばこ、黒ビールなど酒類。

 軍事的発展を優先していたがゆえに、嗜好品などはかなりおざなりとなっていた。この世界の基準で作られた酒やたばこなどはあるが、不味いにもほどがあり嗜好品への渇望は広まっていた。

 

「日本の菓子とドイツ風チョコレートか。 確かに本国を思い出させる味であったな」

 

 念のためとドイツの外交官が資料提出と共に出したのだが、いくつかはそのまま総統府に届けられ総統代行の口にも入っていた。

 いくらか内容を改めたのち、決済の印を押し外交を続けられる事が決定づけられた。その中には酒肴品製造にかかわる製法情報についての取引や、海洋航路情報などを求めていくことが記載されていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

58.避難民町へ赴く虫人

 文明が発展しているとはお世辞にも言えないものの、3虫人達は船に乗り避難民町に最も近い場所で小舟に乗り換え、難民町が自ら建設した港へと降り立った。

 直接自衛隊が設営した港は宜しくないとの考えであった。

 

「ふむ。 カームか」

「良いじゃない」

「……」

 

 蜻蛉人・蜘蛛人・甲人、ある程度は人間に近いといっても、あくまで虫族としての特徴が多く、蜘蛛人ともなると人と同じ手を4本持つだけで残りは蜘蛛の姿のままであった。

 

「私が町の責任者の狼人族 ルファスだ。 遠くから良くお出で下さった」

 

 白い体毛を持ち町の代表者である狼人族のルファスは、町を運営する部下と共に3人の虫人を迎えた。

 すぐに案内を始めるため、敷設された線路へと案内し台車部分だけの客車に乗ってもらう。

 

「よし、せーの!」

 

 ルファス達は人力のペダルを動かし進み始める。荷物の輸送の為に日本の自衛隊が敷設したものだが月に一度も使わない事と、難民町側が整備する代わりに使用しない日は人力車による輸送や移動に使われていた。

 人力とはいえ線路の移動は早くそして多くの荷物を運べる、速度も速くない為台車に誰かを載せるのはいつもの事であった。

 

「人力だが、人力とはディフィレン?」

「不思議ねぇ」

「……」

 

 港から予定された場所で停車し、台客車から皆が降りたところで木で作られた作業場に案内し説明を行う。

 

「糸は木綿から取り出し、織物を作っている。 虫人とは異なり、体表が弱い獣人や人族には服が必要なモノだ」

 

 糸車らしいものは日本の知識を参考に木工職人が新しく作り、織機も木製ながら立派なものが作られ固有の民族衣装などが多く出来上がっていた。

 

「面白い編み方ねぇ。 私はここで作業を見ているわ」

 

 手作業とはいえ、複雑な織物に蜘蛛人が興味を持ち、他を見て回るのを取りやめそこに残る事にした。次は農地に案内される。

 

「食料はここで作っている。 家畜区画は隣にあり、余ったものは直接使っている」

 

 一面青々と作物が育ち、数か所では午後の収穫を行っていた。すぐ近くには家畜広場もあり、牛や羊に鶏が飼われていた。

 

「食べ物はちゃんと作られている。 畜産もされ問題はなし」

「……」

 

 蜻蛉人は細かくチャックしつつ、報告する為の木板に書き込んでいるが、甲人はずっと何も言わずに案内された場所を見ていた。

 一週間ほど一通り見て回り、強制されたり奴隷労働されている様子もないとして報告書を書き上げ国に戻ることになったが。

 

「私は残るわ。 中々面白いし織物っていうのは興味深い」

 

 蜘蛛人は織物に興味があるとして残り、駐在外交官としても活動すると言う事で住む事になった。

 滞在費用等については、次の外交交流時に交易品を輸送してくると言う事で、一旦は全額日本持ちと言うことで話が付いた。

 

 

 

 トロン王国

 徹底管理された連作の注意に病気や鳥獣害への対処、適切な肥料の割り当てなどで消費しきれないほどの収穫量は、真面目に働く国民は食うに困らず家畜にも十分に食わせ、それでも余るゆえに他国に積極的に販売されていた。

 

「いやぁ、売れ過ぎて困るよ。 運んでも運んでも足りない」

「まったくですな。 安くて出来も良いし」

 

 商人達は荷車に積まれた作物の詰まった袋を眺めながら、笑みを浮かべている。荷車に山のように積まれた小麦に根野菜類、他国ならどれだけの価値を産むか。

 

「一儲けしたら旅商人を引退して商会を開くのも良いな」

 

 トロン王国は規模を考えると商人や商会は少ないのは当然ながら、徐々に旅商人が店を持つようになっていく。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

59.避けられない裏と影

 王都に隣接する元は作物も生えにくい土地の痩せた荒れ地。そこは農耕にも向かない為時折王国の兵士の訓練にも使われていたが、そこに一大娯楽街を隣接する場所に作るとした。

 それはトロン王国の建築や建設に関わる者達に仕事を与える事を考え、長らく当てもなく堀と防壁に建物の建設を続けていたのだが、用途が決定されてからは追加工事も多く行われ、今は黒町と名付けられ、騎士や兵士によって出入りは厳重に管理されている。

 人は発展すれば黒い部分が広まりやすい。発展中の都市であればなおさらであるのだが、さらに娼婦、奴隷、賭博、どうしても文化レベルから避けられぬことであり、無くすことなど不可能、だからこそ無理やりなくすのではなく国有化し管理するしかなかった。

 管理するのなら、なおさらしっかりと管理する大臣に、問題が発生したときに対応する騎士や兵士など用意しなければならない。

 さらに簡易的ながら医師も居なければ、病気の問題も解決できない。一つ問題を解決しようとすると、芋ずる式に次々と問題が発生していた。

 娼婦は国内から強制的に集められ、彼女らに不平不満がないわけではない、しかしやるならば半端にしてしまえば意味はない。

 トロン王国の娼婦達は一か所に集められていた。

 

「では、これから教える事は大事ですからしっかり覚えてください」

 

 映像に移るのは日本でトップクラスと呼ばれるホステス数人、彼女らから男の心を捕える話術や身のこなしを学び、礼儀作法や簡単な楽器の扱いなど、なぜそういったものが必要なのかとわかりやすく伝える。

 流石に高級ホステスの中でもトップクラスと呼ばれるだけあり、英語も堪能で説明も理解しやすく、映像と言う理解しがたい物を見ながらだが皆真剣に話を聞きいっていた。

 

「それでは一旦休憩します。 その後は各自習いたい部門に移動してください」

 

 そしていったん休憩を入れた後、午後には難民町の獣人達によって作られた木製のリコーダーを習う楽器グループ、裁縫を習うグループ、料理を習うグループ、計算を習うグループと分けられた。

 何か特技やその後に役立つ技能などを学び、日本としては管理が大変なので手っ取り早く金を稼ぎ、娼婦を引退して普通の生活に戻る事を望んでいた。

 これはある程度は想定した通り金を稼ぎ黒町から、王都へと生活基盤を移す者や、妾と言う形だが貴族に囲われるものがでたことだ。

 

「そろそろお時間ですが」

 

「そう。 では戻るわよ」

 

 沢山の従者を連れ、王都で服や宝飾品を買い込み煌びやかなドレス姿で町を歩く美しい貴婦人、想定外だったのは適職であると分かり、荒稼ぎしてもそのまま黒町に住み続け、護衛を雇い大きな屋敷に住む者も出てきた事だったが。

 もちろんそう言った適職であるがゆえに、男を手玉に取る女性が現れれば集う男達が現れる。娼婦と言っても男娼も居るがその数はさほど多くもなく、他の仕事が沢山あるとなるとそちらに移りさほど問題にはならなかった。

 

 

 

 

 

 

 黒町は、朝から夕方までは闘技やあらゆる賭け事が行われ、夜から明け方までは風俗や高額の賭け事が行われる。成人しているなら立ち入りは自由であり、ルールも王都内と違ってかなり緩い。

 全て前金制にすることで出来る限り配慮はしているが、喧嘩や暴力など当たりまえ、賭け事で破産した者など出始めていたが、一方で黒い夢の中から一攫千金を掴み取り、難民から金持ちとなったモノも出ていた。

 黒い夢のあふれる町、それでも欲望の受け皿がないと、王都内の陰の部分が産まれてしまう。王都に馴染めず、危険でありながらも黒町を選んだ流民や難民も居た。

 やはりそう言った町の方が馴染みやすい者も少なからず居り、それが王都の治安の安定にいくらか寄与していた。

 その一方で王都内では賭博に風俗は一切禁じられた。破れば苦水と高額な罰金が科せられ、何度も繰り返せば国家追放ではなく処刑が行われる。

 一方でその黒い夢の話に惹かれ集まる者達も多かった。

 

「ここが娯楽の町か」

「てめぇら、ルールって奴は守れよ! 出入り禁止になったら楽しめねぇからな!!」

 

 武具を身に着けた一団を農作業をしている町の人達は離れた場所から眺め、傭兵団は黒町に入る為黒町の城門に向かっていく

 

「おいおい、あれは 鉄の爪傭兵団の奴らだろ?」

「あぁ、また黒町に来たのか。 先月は赤月団だったろ?」

「知ってるが、赤月団は破産して解散したらしいぞ。 なんでも賭けに負けて身ぐるみ全部取られ、今は兵士として働いているとか」

「恐ろしい。 あの町に好んで入る奴らの気がしれんよ」

 

 トロン王国に住む人々は興味本位でも黒町には入らず、聞こえ伝わってくる破産した傭兵団や商人の話だけでも恐ろしさに身を震わせていた。時折黒町から移ってくる元娼婦の人達はいるものの、王都内では商売など許されておらず、見事な腕の服飾店や料理屋を開いたりするだけで、黒町の中のうわさを聞くことくらいしかできない。

 その噂話の中では頻繁に喧嘩による怪我人や賭け事に負けて身ぐるみ剥がされた商人や旅人など、お世辞にも軽々しく訪れて良い場所ではないと言う事は否が応でも理解していた。

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、隔離地球側

 欧米混成開発隊が一つ目の資源山に到着していた。

 富士山とほぼ同じサイズのほぼレアアースで構成された死火山、莫大な資源のようで、数百ある内の一つにすぎない。

 国同士の協定で、空路はともかくとして陸路から到着した資源地に関しては、自国の産出国土として良いとされている為、現在建設土木会社は地獄のような道路及び線路の敷設に、設備建築と現場は本当に悲鳴を、会社は嬉しい悲鳴を上げていた。

 国内の企業だけでは手が足りず、日本の建設土木会社の協力企業として駆り出され、景気が良い為自衛隊の活動など注目等全くされていなかった。




連投終わります
次はいつかなぁ・・・


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

60.神王モネフ国

 神王モネフ国、絶対神モネフを崇め教皇を頂点とする宗教国家。

 金や銀で輝く荘厳な教会と立ち並ぶ豪華な大理石に似た石材で建てられた建物、近世ヨーロッパとどことなく似た服を着る人々、もし差異があるとしたらみな円形の首飾りを下げている事だろう。

 ゴミも落ちていない石畳の道は美しい花咲かす木が植えられ見事に繁栄した都市に見えるだろう。

 しかし二つ裏道に入れば道は汚れ、ぼろぼろの服を着た人達が鞭で打たれ仕事に従事していた。

 

「休むな! 働け!」

 

 鞭を打たれ、ぼろぼろな服を着た奴隷達が荷物を運んでいく。 

 奴隷によって成り立たせる国家、それはある種ノーリスモルト国よりも、奴隷の価値が低くいくらでも手に入る事が起因していた。

 奴隷は属国からいくらでも集められ、新しく必要となれば神敵を定め、村々や町を攻め滅ぼし奴隷とする。

 東での新生独逸との小競り合いも属国に任せ、本国では平時と何一つ変わらぬ豊かな生活をしていた。

 町の中央には少々悪趣味が過ぎるほどに金銀によって飾られた教会があり、絵画に彫像に壺と絢爛豪華に飾られた教皇の執務室で報告を聞いた教皇は怒りの表情を浮かべた。

 

「なんだと?」 

 

 エルフとドワーフと言う新たな奴隷を手に入れ、輸送予定であった者達がすべて奪われたという報告。

 エルフは男女問わず美しくいくらでも買い手が付き、ドワーフは工業奴隷として兵器の製造奴隷として需要があるが、それだけではなく動いていた最西端の属国が消滅した。

 怒りに任せてグラスをテーブルにたたきつけ、報告にきた信徒に怒鳴りつける。

 

「何があったというのだ! 火山の噴火でもあったというのか!!」

 

 報告に上がった信徒は教皇の形相に怯えながら報告を続ける。

 

「なっ、何も残っておりません。 原因は特定できず、町どころか森も川も何もかもが壊れ、まるで世界が終わりを告げたような状況でして」

 

 何一つ残っていない。日本など地球圏の国家が見ればそれは大規模な空爆等が行われたと判断するのだが、彼らは世界が終わった大地と表現する以外知識はなかった。

 モネフ国の西にはまだ5カ国の信徒国という属国がある、消えた国程度はどうにでもなる程度の兵士の数はいまだにあった。

 教皇は息を整え冷静さを保つように心がける。

 

「……怒鳴ってすまなかったな。  ダラァホン国に新たな神敵が現れた可能性があると伝え、他国には神国会議を行うよう手配をするように」

 

 信徒が頭を下げ執務室を離れたのを見届け、教皇は執務室の椅子に深く座り直す。

 

「上手くいかんな。 しかし諦めはせんぞ」

 

 壁にかけられた世界地図、ミールモノル大陸だけが描かれているがそれが世界であり制覇すべき全てであった。

 

「あと少しでこの南世界のすべてが手に入る。 それさえ済めば、北大陸へ攻め込む事も出来る」

 

 世界を統べるという目的の為、教徒も属国も教皇にとって駒でしかない。奴隷を得るのも資金や物資を得る為、所詮はその程度の事でしかなかった。

 神王モネフ国北にある細く海に囲まれた街道、その先にある大国に攻め込む力を得る為。

 

 

 

 

 

 

 難民町

 獣人族はあまり魔法を得意としていないのだが、狐人族だけは日本と関わってから少々異質な魔法を発露し始めていた。

 日本の神話や神道に陰陽の歴史などを参考に魔法と言う物を解釈し、符や禹歩などに似た形で魔法を使い始めている。

 

 

 

 虫人の国 エルキュール

 正式な国名は発音が難しいことから獣人でも呼びやすいように “エルキュール” という虫人達が国を纏めた初代王の名が広まり存在していたのでそちらを呼ぶように通達していた。

 

「それでは行ってきますが、彼らを刺激しないように島からはでないようおねがいします」

 

 阿部三等陸佐は外交担当として獣人のサルファ達と共に小舟に乗り、虫人の国へと向かっていく。外交交渉は続けられており、日本としては新生独逸には国境の再策定と不干渉の提案を、虫人の国エルキュールにはひとまず国交の正式な樹立へと努力していた。

 エルキュールの近くにある島に海外人道支援部隊が駐留していた。外交官の訪れと周辺海域に生息している小型海魔への対応、非常時への備えでもある。大型海魔であるデビルフィッシュのジュウモンは航行中の安全は保障するが、島で生活する部隊の安全までは保障していない。だからこそ自衛の為に軍事力の配備を虫人達も認めていた。

 その中で特殊重戦闘連隊は物資の搬入を続けていた。

 

「ヴィーゼルⅡシリーズ全数搬入完了」

「スティングレイII軽戦車及び増加装甲パッケージ 規定数の半数輸送完了」

「M119 105mm榴弾砲、いまだ納入なし」

「滑走路、現在造成率は40%。 C-2着陸は現在不可能」

 

 兵装は米国海兵隊に参考に揃えられ、必要であれば新生独逸に、そして新王モネフ国と対峙する必要性が出た時にために準備が進められていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

61.日本に似た国家

 転移歴 10年、惑星クロノスに打ち上げられた衛星によって、限られた範囲ではあるが衛星通信と地表のデータ、大陸全土と新生独逸が存在するミールモノル大陸の一部の映像を得る事は出来た。

 東西に広がる広大で森林や緑に溢れた大地、北には山岳地帯に南には原油採掘地と思われる大規模な泥炭地など大分優れた地域を新生独逸は占領したことがわかる。

 神王モネフ国と思われる場所は建物が乱立し、海に挟まれ北へと延びる細い街道が確認されたが、衛星は破壊され確認できなかった。

 

 海魔、彼らは情報や航海の安全と引き換えに、建設された海中の洞穴の建設や食料で一族繁栄の生活を選び、海魔として得られた情報、非常に似た国家があると海魔族から情報が伝えられた。

 ただ、その国はエルフやドワーフなどの種族を従え、敵対した国家を消滅させ、破壊された国家は大地まで焼き尽くされ木一つ残っていないという。その凄まじい力に陸近くに暮らす小型の海魔にも幾らか被害が出て居る事から、大型の海魔であるデビルフィッシュ族も情報を得ていた。

 その敵対した国家は新王モネフ国の従属国家であり、エルフとドワーフを捕え奴隷としていたという。しかし侵略していた国家であった為、報復ともいえるのだが日本の考えからしてみればやり過ぎにもほどがある。

 

「核……でも使ったのでしょうか」

 

 確かに、強烈な衝撃波があったことは観測されているものの、放射能の観測はまったく出来ていなかった。

 

「衛星写真はないのかね?」

 

 担当官であるアメリカから出向している海兵隊の中佐は、苦い表情を隠さないまま資料に目を通している。

 

「その、一定地域を離れたものは破壊もしくは鹵獲されてしまい、情報は何もありません。 少なくとも衛星技術において我々は後塵を期しているかと」

 

 少なくとも米国NASAの協力を受けて打ち上げた偵察も可能な高度な衛星。データを持っていかれる事も覚悟した上での運用であったのだが、それさえも近付くと破壊もしくは鹵獲されてしまい情報はまったくなかった。

 どれだけ技術が隔絶しているのか頭を抱えながらも、会議室で聞いていた各国から派遣されている協力士官や技術者も、小声で話し合い裏で何かを画策しているようでも、橋を渡れるのが日本だけである以上、日本に持ち込まれた物資や情報を手に入れるしかないのだが。

 

「接触を持つべきでしょうな。 優秀な外交官を送ることができれば、何かしらわかるでしょう」

 

 英国の情報部中佐から提案に、被害を受ける日本側は渋顔をするが、それしか方法がないのも現実であった。

 

 

 

 

 もう一つの救援国

 回収した衛星を分解し、その国家程度を調べ情報を元に会議が行われていた。その者達は紛れもなく人間であり、クロノス人とも異なっていた。

 

「異なる次元の日本とは。 西暦は2025年、ずいぶん昔だな」

「さて、敵となるか味方となるか。 どちらせによ神命の邪魔をするならまずは勧告するのだが」

「それよりもだ、エルフとドワーフ達に自衛できるだけの技術と、そして平和への学問を教える準備を」

 

 エルフやドワーフを守る為に敵性国家を滅ぼし、少しずつ影響範囲を広げ続ける。手段こそ異なれど、クロノス人の暴虐に対処し亜人族を守るという目的の為に。

 

「しかし時間はありません。 奴らは動き出すでしょう」

「星を喰う寄生虫相手だ。 加減などしてられんだろうな」

「幼竜の受け入れも順調ですが、巨人族の障壁もあとどれだけ持つのか。 彼らは命絶えるまで抑えるつもりでしょうが」

 

 本来の相手との準備を進めている最中であった。それまで力を蓄えつつも、余裕のある範囲で周辺地域での民族浄化を防ぐ程度の戦力を出していた。

 

「軍事援助は、出来ないでしょう。 彼ら独自にやってもらうしか」

「彼らは最初の支援国家とは異なる。 第一次クラスの科学文明を持たぬ以上、供与は不可能」

「主力はともかく、安全確保の為の支援は出しましょう。 幸い“彼等”と“彼女”から好意的な意見が出ていますし」

 

 会議室と繋げられた通信映像、二つのディスプレイにはそれぞれ人間とは異なる存在が映し出されている。

 

「我ら一族の連隊が最初に動く。 我らは近代兵器の戦いには加われん」

 

 人の形をしておらず、大きな爪と甲殻を持つ見た目は蟹そのもの、しかしそのサイズははるかに大きい。

 

「後詰めでワタクシの連隊が直接動きましょう。 これ以上は本来の目的に影響が考えられます」

 

 電子処理され3Dで構成された女性、この会議の場にはいないもののリアルタイムで会議に参加している。

 

「カルキーノス三等特佐とケーニギン二等特佐が対応するなら安心できる」

「たしかに、では何かあれば連絡を。 陸海空が支援をしましょう」

 

「では、本日の会議はここまでということで」

 

 決定された事項に基き、物資及び部隊の準備が整えられる。その動きは日本よりも早く、そして次々と出発していった。

 

 

 

 

 森林公国クウェン・火山王国イルーヴァ、合同会議場

 破壊し尽くされた国家に面する森林及び高山地帯、そこでは再び植林と再開発による復興計画が進められていた。

 

「これで、我々は助かった。 しかし随分と同胞を失ってしまった」

「死んだ同胞に哀悼の意を」

 

 エルフ国の首長とドワーフ国の王は、合同の会議室で安堵の息をついていた。普段であれば相容れる事などなく、お互い嫌いあっているのだが生存の為に仕方なく別々の場所で戦線を敷いていたが、押し込まれ続け共同戦線を敷くまでに陥っていた。

 鍛冶の天才であるドワーフの作り出す武具も、魔法の達人であるエルフも人類の数の暴力相手に苦戦を強いられ、かなりの数が殺され囚われてしまった。

 そんなとき現れた龍の国は、彼等は何度も奴隷の返還と侵略を辞めるように訴え、穏便に穏便に済ませようとし、我らが止める中交渉や対話を試み、最後は対話の為に外交に向かった者を殺そうとまでした。

 それから穏便な表情を浮かべていた彼等は、その表情のまま苛烈な行動を始めた。鉄の地竜と空を舞う鉄の飛竜の武力によって、都市や町や村からかなりの数の同胞が救出され、そして最後は雄たけびを上げる鋼鉄の巨鳥の群れによって大地を焼尽くす火球弾、それが降り注ぎ都市も村も森も畑も破壊し尽くし、国家は一夜にて消え去った。

 今は国があった広大な土地はまばらに草木が生えているだけの荒れ果てた大地と化している。

 

「彼らからは開拓の協力と物資の提供を申し出されております。 一部では技術と学問を伝えたいと」

 

 外交官から説明を受け、首長と王は書面に目を通す。

 

「受け入れましょう。 彼らには大きな恩があります」

「ワシらとしては、酒と鉄を弄る方法がありがたいが、借りは返さんとドワーフの名が廃る」

 

 彼らは穏便で穏当である、初体面の時は敵意を向けた会談であったが、温和で柔和な行動を崩さず、

 敵対しても一線を超えない限りは、距離を取るだけで行動は起こさず、たんたんと対話をもって解決を試みる。

 しかしその一線を越えてしまえば暴力を躊躇せず、エルフとドワーフを奴隷にしようとしていた国家を、跡形もなく滅ぼしてしまったように。

 

「まずは国境線を敷くそうです。 その為の作業人員の協力を求められています」

 

 自国を守れる程度の技術と情報、そしてエルフとドワーフの二カ国が争わずに協力できる国家形態、そして侵略を是としない基本的思考を流布する事を目指していた。

 

 

 

 数日後、破壊され荒れ果てた大地、そこに鋼鉄の巨鳥から物資と共に警護に現れたのは蟹であった。見たこともない防具で全身を覆い、身を濡らす魔石を備えた一団。

 

「これより我が隊は警戒任務にあたる。 第1から第5分隊はルートの再確認後即座に巡回を開始する」

「施設科はこれより駐屯地の設営を行う。 無人重機の邪魔にならぬよう用地範囲を指定するポールの固定作業を開始」

 

 無駄口一つつかず、機材を運びポールの設置や巡回地域の確認を行っている。淡々としながらも徹底した規律ある行動にエルフとドワーフの連合軍は唖然としながら眺めていた。

 

「あれが我々の味方、ということなのだろうが」

「あの国はあのような同胞まで居るのか」

 

 配備されていく鉄の物体に1人のエルフが恐る恐る一体の蟹に声をかけた。

 

「あの、あれは一体」

 

「あれは、見ての通り我々は爪で精密には動かない。 それを補佐する機械」

 

 甲羅の上の鎧に載せられたものは小さな4本指の腕を6つだし、小さな道具などを代わりに掴み運んだりしている。

 

「これで、小さなものや複雑なものを動かせる。 訓練は必要だが」

 

 話していた蟹は自らの上に載せている小型機械から伸びるアームを操作し、地面に落ちていた小さな石を掴み上げて見せる。

 ドワーフの兵士は驚きながら大きな声を上げた。

 

「そんなものをどうやって作ったんだ! ぜひ教えてくれ!」

 

「我らでは作れない。 我らは彼らに種の保護と引き換えに戦力を提供し、傭兵として働いた対価として便利な道具や武具を得ている。 当時の一族代表がそのように取り決め、我らは繁栄している」

 

 ポールの設置が終了し、無人建設重機が駐屯地造成を始めると施設課の蟹たちは別の作業に移り始めた。

 

「以上。 質問がないなら我々は任務に戻る」

 

「あっ、あぁ ありがとう」

 

 鎧に覆われた六足で作業に戻っていくのをドワーフとエルフの兵士は見ている事しかできなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

62.女王の苦悩・姫の行動力

 ここ数年で急激に発展したトロン王国。

 安価で平民でさえ食うに困らない大量の食料の買い付けに商人は集まり、王家によって園遊会に向けて投資された絵師や彫刻士によって作られた一品を求める他国の貴族、鉱山から算出される鉄鉱石で作られた丈夫な武具、黒い町で大量に生まれる税収と腕の立つ兵士達、平民でも最低限の読み書きは皆出来るため商売も生活も向上、王国は当時の規模から考えれば倍近くまで膨れ上がっている。

 そんな状況ともなれば日本からの特別な品物がなくても、商人は活発に活動しある程度はやっていけるほど国は発展した。

 完成した王城では、現在テネシ女王が式典用ドレスを着用しようとしていたのだが。

 

「女王様、そろそろ新しいドレスを仕立てる必要が出てきましたね?」

 

 最近、テネシ女王は扇とんかつにハマり、昨年の式典で使ったドレスがきつくなってきていた。

 開いた扇ほど巨大なサイズで揚げられた両手を合わせたほど分厚いとんかつ、それにたっぷりとタルタルソースをかけて食す、その為半年ほど前に好物となってから体重は増え続けていた。

 

「仕方ありません。 新しく仕立て」

 

「てきせいなたいじゅう になられると健康になるそうですよ。 来月の王城の完成記念式も近い事ですし。 ニホンの医術者の話ではテネシ女王様ならあと6kgほど落とすのが良いようですよ」

 

「……そうしましょう」

 

 幼い頃から付き従っている従者長の言葉にうなずくしかできなかった。

 新たな城の完成記念式典、それに合わせて絢爛豪華なドレスを半年より前に寸法を測り現在仕立てている最中、いまさらやり直しなど出来るはずもなかった。

 

 

 長らくかかったすべてのユニット化の準備が整い、日本で仮建設されたものを再分解して輸送、現在新たな王城というなの迎賓館が出来上がっていた。日本から次々と運び込まれ、施設課によって重機を利用しているため一度始まるとどんどんと作業は進み、今は最後の段階として100m級の電波塔が建設されている。

 電波塔は王城と隣接し、20mと50mと70m地点には周囲を見渡せる展望施設が設けられ、完成記念祭は友好国からだけではなく、ノーリスモルト国からも侯爵が訪れる事になっており盛大なパーティーが行われる予定であった。

 これは日本にとっても長距離通信が可能になることから、建設するときに観光地になりえるとして展望室を設け、王国騎士による警戒と管理による悪戯防止なども兼ねている。

 記念日には天空に描く花をフォリナ姫が特定基地で見つけ、確認し購入してきたものが使われる予定になっている。下から見上げるのも美しいものの、タワーから水平に見るのはもっと美しいとのことであった。

 

 

「日本の医術者の話では、歩くのと泳ぐのが良いと言う事ですので、城内及び庭園の散策を大目に行いましょう」

 

 侍従長は女王の健康の為に色々勉強をしており、その一環の中には日本が指導している家庭の医学も含まれていた。

 文化として貴族女性の運動ははしたないという風潮はあるものの、ではふくよかすぎる姿が良いかと言われれば異なり、食べては吐き戻す方法が良いかと言われればせっかくの美味な食事の後味が悪くなる。

 翌日から執務前の朝食はしっかりと食べ、執務中は濃く入れたお茶のみ。

 昼食後は日本から購入したサウナスーツ、それをドレスの下に着用し優雅に庭園を歩き、視察の名目で護衛を連れ二日に一度騎士団の訓練見学を行う。

 昼過ぎのお茶会という貴婦人同士の交渉では、濃い目に入れたお茶を飲み茶菓子はあまり手を付けない。

 夕食後、全身をゆっくりと伸ばす柔軟運動をしたのち湯浴みをしてから眠る。

 

「いたたたた! ちょっと加減しなさい!」

 

 真新しい絨毯の上に日本から購入した柔軟用マットを敷き、動きやすい服装に着替え柔軟運動をしているが、そんな動きなどしたことが無い為体は固く痛みに声が上がる。

 

「テネシ様が命じた事です。 我慢してください」

 

「それならまずやってみせなさい!」

 

 余りの痛みにテネシ女王に強く言うと、侍女長は本を置きもう一つのマットの上に座る。

 

「こうですね」

 

 柔軟などやったことなどなかったものの、自衛隊の医療病院を訪れて健康促進のために参加していたので、体はかなり柔らかく足を180度開くと上半身を床にぺったりとつける。

 

「……できるのですか」

 

「はい。 ではテネシ様もやりましょう」

 

 減量生活を2週間もする頃には体重は元に戻り、適度な運動と柔軟で血色がよくなり、美しさが一段増した事でトロン王国の貴族夫人からはあれこれ問われ、王国内では徐々に活動的な婦女子ははしたないのでは無く美に拘る女性と認識が改められ始めた。

 

 

 

 

 

 

 テネシ女王が減量を始めた頃、フォリナ姫は2人乗りの4輪自転車が気に入り。誰の手を借りることなく素早く長い距離を手軽に移動でき、馬車の様に馬の匂いを嗅ぐ必要もない。侍女にペダルを漕がせることもあるものの、運動の為に自ら漕いで王城の敷地内にある庭園を見て回ったりしていた。

 気に入った事からトロン王国でも作れないかと、調べるために新しく一台購入し分解して製造を試みていた。

 

「やはり、これを作るのは無理ですか」

 

 腕の良い鍛冶師達を集めて自転車を作ろうとしていたが、どうしてもスプリングやタイヤのチューブ、そしてギアにチェーンが作れなかった。

 

「木工師にも聞いては如何でしょうか」

 

 幼い頃から付き合いの長いお付きの侍女は、多くのモノを姫と共に見てきただけに発想が豊かであった。鉄だけで無理なら木材で代用できる箇所もあるかもしれない。

 

「そうですね。 木工師と、それと革職人も集めなさい。 似た物が作れるというなら、それで代用して作り上げましょう」

 

 試行錯誤によってかなり高く付いたものの、似たような4輪自転車は出来上がった。

 鉄製のバネは作れずしなりの良い板を何枚も重ねて丈夫な革を何重にも巻き付けて代用し、チェーンが作れない為に木製ギアを組み合わせ、タイヤも木製車輪に薄くした鉄を打ち付けているだけ。出来る限り馬車を元に細身に軽く小さくをしたものであった。

 フォリナ姫にとっては不出来とはいえ、馬車にも使えるサスペンション擬きは思ったよりも好評、技術を転用し作った馬車はどんどん売れている。

 ただし馬車ではなく人力車としてではあるが、使用人や奴隷に牽かせれば良いと他国の王侯貴族や豪商には、生産が間に合わないために出来次第と大臣が直接話をしなければならないほどであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

63.神王モネフ国の属国 

 新生独逸、西部最前線

 

「また奴らか、弾の無駄にしかならんな」

 

 ドイツの将兵は高台で警戒している部隊からの連絡に、呆れながら時間をかけて作り上げた塹壕から機関銃とライフル銃を向けるよう命令を下す。

 迫ってくるのは旧式ともいえるミニエーライフルを持つ銃歩兵と騎馬銃兵のみ、いまだ不出来なミニエーライフル程度であるため射程も短く相手にはならないのだが、いくら技術差があり兵器が優位にあるといっても数の力はいかんともしがたい。

 油断するには数が多すぎる上に、後方には前装式牽引大砲が控えているのもある。

 

「今度はどれくらいだ?」

 

 司令官は前線の通信兵からの情報を確認しながら机上の地図に駒を配置する。

 

「大よそ1万程度かと」

 

「そうか。 ならば三号戦車も不要だろう。 温存するように」

 

 3号戦車でさえ生産性は悪く、4号戦車もまともな代替部品を製造できるようになったのはごく最近、5号戦車や6号戦車となると非常に貴重で総統代行許可がなければ運用さえ禁止されていた。

 

「念のため航空偵察の複葉機も用意しては如何でしょうか」

「ふむ。 それも良いだろう。 必要であれば即座に飛べるように。 砲兵も必要であれば動けるように準備を」

 

 副官からの進言も聞き入れ参謀団は作戦を立てている頃、前線ではすでに敵軍の攻撃を受けていた。

 

「撃て!」

 

 敵の射程に入られる前から銃撃を始め、次々とミニエーライフルを持つ敵兵を葬っていく。

 

 

 

 

 戦闘開始から3時間後・・・・

 

「西部第四地点で敵兵が塹壕に近づき過ぎているぞ! 第五分隊は何をやっている!」

「弾切れです! 後方に下がらせ剣士どもに対応させます!」

 

「くそどもが! 前回よりも3割以上弾薬を多く配給したが、今回はどれだけ兵士を送りこんできやがった!」

 

 国境線に向かってくる敵国兵団を追い返すだけで、生産に苦労している武器弾薬を消耗してしまう。そして占領した地域から徴兵した者達は、剣や斧で塹壕に籠って命令を待っている。

 平地などではミニエーライフルの銃撃に対応できないと言っても、張り巡らされた塹壕内での至近距離戦ならいまだ剣や斧は有効であり、新生独逸軍が銃撃で削れるだけの敵兵を削った後は彼らの役割であった。

 

「司令部から入電! 敵が想定以上に大軍であるため二度の砲撃支援許可が下りました!」

 

 戦場の女神 榴弾砲による支援。

 

「よし! 航空隊にスモークを投下させろ!」

 

 航空偵察を行っていた飛行機から標的用スモークが投下され、強烈な爆発音と振動が戦地を襲い、敵兵の残骸がまき散らされる。

 それでも塹壕に取りつくことに成功されてしまった最前線では、近接戦闘が始まると剣や斧による血肉を削る戦いが起こり荒々しい声が響き渡る。

 敵部隊の中核に降り注いだ支援砲撃によって夕刻まで続いた防衛戦は新生独逸側の勝利で終わり、1万近い敵の死体が戦地に転がっている。新生独逸側の被害は少ないものの、兵站部が頭痛を引き起こすだけの弾薬を消耗していた。

 

「物資回収班を出しておけ。 あんな骨董品でも、奴らに使わせればまだましになる」

 

 倒した敵兵が持っていた銃器や大砲類は全て回収し、純独逸人でもハーフでもない現地住民兵に使わせている。高等教育及び品位の限界からの区別であったが、それでも数の力を頼みに押してくる敵国相手に攻め入るだけの力はまだなかった。

 

 

 

 

 

 

 神王モネフ国 東端信徒国 レーヴスイ

 

「また失敗しただと!」

 

 執務室で王は報告を持ってきた部下に怒鳴りつけた。報告に来た部下は恐怖で表情を引きつらせながら、書類を執務机の上に置く。

 

「神敵を滅するように仰せつかりながらなんたる背信行為! 侵攻軍の奴は奴隷落ちを覚悟しておけ!」

 

 怒りに任せ、フリントロック式銃を取り出すと壁際に立っていた奴隷に向け発砲、血を流しながら倒れた奴隷を気が済むまで蹴り続ける。

 この国にとっても奴隷は消耗品、生死など所有者の自由でありどのように扱おうと罪に問われることはなかった。

 荒れた呼吸のまま銃を執務机の上にたたきつけ、椅子に座ると羊皮紙を取り出す。

 

「教皇様にお伝えしなくては!」

 

 急いで書面をしたためる、いまだ原始的な電話もなく、自動車の質も良くない事から長距離は蒸気機関車の特別便に限られる。それでも最東端にある信徒国のレーヴスイにはいまだ蒸気列車は敷設されておらず、隣国まで早馬を走らせそこから宗主国たるモネフまでの列車とる。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

63.自由と責任に販売開始

 転移してから11年、特定基地周辺も安定したこと、そして度重なる要求から報道機関の受け入れ決定した。

 

「御覧ください。 これが異なる世界の姿です」

「獣人の人達です。 初めてみました」

 

 大人しく撮影がなされている集団がある一方で、そこかしこで獣人の人達に話をさせろと押し問答が行われてもいた。

 

「彼らから許可を取っていませんので」

 

 獣人の人達が暮らす難民町は全てが人間に対して好意的と言う訳ではない。

 そもそも撮影許可を出しておらず、自衛隊基地内だけの撮影許可だけで、難民町はその範囲には含まれていない。自衛官は報道機関の人達を生かせないように道を阻んでいた。

 

「これは報道の自由の侵害だ! 自衛隊は裏で何かやってるんじゃないか!!」

「まさか、獣人の人達を奴隷にして」

 

 さすがに呆れかえるような発言、言っている当人達も言いがかりなのは分かっていても、それを利用して悪質な強硬策に出ていた。

 詭弁を利用して無理やり通ろうとし、一部が報道の自由を盾に足止めと言う名の問題を起こし、その隙をついてバイクを使用し駐屯地の外に出て行ってしまった。あくまで防壁の範囲内ではあるものの、日本国内と異なり安全ではない。

 その直後押し問答と駐屯地外に出た報道陣が消え去り、自衛官たちも何事かと大騒ぎになりヘリを飛ばし周囲を探し回ったものも行方は分からない中、無事だった報道陣は日本に戻り映像公開の準備を進めていた。

 それでも悪質に映像を切り取り、報道しようとしていたプロデューサーや記者たちも同じように消え、USAの地球の定期観測によって汚染された元は日本があった大地で確認された。

 

 主たる目的を歪めようとする者、都合よく情報を歪めようとする者、そんな者達を必要とはされていなかった。一方で情報を抽出せず正確に報道した者達は何一つ事が起きることなく、ほんの一握りが問題を起こしていたことが明確になり、国民のほとんどが報道機関をかなり冷めた目で見放し、TV局や新聞社などがかなりの打撃を被る事になる。

 むろん最低の職業と協力者も減り、転移前から報道されてきた事柄についても虚偽報道があったのではないかと疑われ、さらにいくつかが破産し消え去る事になった。

 

 

 

 日本側ではそんな大騒ぎになっていることなど知らず、難民町では様々な治療薬の製造に甜菜糖から作った砂糖、お米を使った米粉類など自給量を超えたので正式に売却を始め、自ら商隊と護衛部隊を編成し国家としてトロン王国に販売と輸送を行う運びとなった。

 トロン王国は可能な限り獣人に対しての差別や奴隷化が禁止されているとはいえ、長年続いたことはそう簡単に消せるわけもない。

 盗賊など非合法な者達にとって獣人の奴隷は高価な対象、護衛するのは猫獣人のロッテが運転する、皆乗り込み獣人の兵士に守られながら進む商隊。獣人町で作られた荷車と馬車、磨かれた木工技術と日本から購入したサスペンションとベアリングを組み込み、積み込まれた砂糖と薬の樽と壺、そして薬の丸薬が入った箱は固定され輸送される。

 

「大丈夫だろうか」

「警戒は怠るな。 トロン王国の兵以外は敵と思え」

 

「あれは、盗賊の襲撃だ!」

 

 目が良い狼獣人が武器を持った30人の集団を向かってくるのを発見、即座に護衛の獣人達がクロスボウに矢をつがえてトリガーを引く。盗賊たちのもつ容易く木製の盾を貫き体に太矢が突き刺さる。衝撃力は120kgを超えるために木製や薄い鉄の盾や鎧などなんの意味もない。

 

 アメリカ製コンパウンドクロスボウ 240ポンド-450FPS ヴェンジェント。

 新大陸での狩猟が限定地域とはいえ一般公開されたことから生産され、大量生産されているので日本にも少数ながら特定基地向けに輸出されていた。

 米国企業が貪欲にシェアを求めている中、銃器が無理ではあるが弓やクロスボウなら問題ないとして新たな輸出先として狙い、160から200ポンド程度の威力のモノを“一般狩猟用名目”で、240ポンド難民向け狩猟品として、日本や他国の製品が入り込めないほぼ独占状態であった。

 

 

 相手の弓矢が届かぬ距離放たれた多数の太矢は弓を持つ盗賊を貫く。

 

「敵の弓は倒した!」

「槌槍隊! 長剣隊!」

 

 獣人村の人々が呼ばれる野田太刀と薙刀の利点を混ぜ合わせた長巻を剣士隊が手に握る。

 そして長巻を参考に自分達でも鍛冶場で製造し、小型のピッケルと槍を組み合わせた槌槍、小型のピッケル部を叩きつければ鎧は容易く貫き、生身ならば槍の先端の刃で貫け、ピッケル部は小型なので取り回しも効く。彼らなりに日本が提供した剣道に薙刀道、居合や海外の剣術や槍術の映像を見た中で彼等の答えだった。

 

 接近してきた盗賊に槍を突き刺すと引き抜かず力任せにそのまま持ち上げ横にいた盗賊にたたきつける。

 

「おおぉぉぉ!!」

 

 雄たけびを上げ狼獣人や犬獣人が力強く打ち付け合って盗賊達の剣や槍を壊し、人間の盗賊達を槌槍で貫き長巻で切り裂き倒していく。

 獣人故の人間を超える力、歴史上地球にもそう言った武人は地球にもいたがそれは極々わずか、そしてクロノス人が獣人を恐れる理由でもあった。並の人間を超える身体能力、ほぼ同数となりまともに戦えば力では勝てないからであった。

 一時間と掛からず盗賊を全滅させ、不安な旅ながら線路沿いを進み二日後にはトロン王国に到着、警戒しながらも通達があった事からトロン王国の騎士達が護衛しつつ、王国と直接取引されるため大臣達が待つ仮設の王城だった、現在では2階部分が撤去されたものの高級商店として一階が使用されている。

 日本から輸入した製品や王国の中でも優れた鍛冶師や彫刻士に絵師の作品のみが並べられ、ここでしか手に入らない製品に他国の王侯貴族や豪商は集まり高く評判が上がっている。

 そしてここに難民町によって作られた製品、頭痛と痛み止めと腹痛の丸薬、生成された茶色の砂糖が並べられる。どれも高価ではあるが日本のモノよりは安く、そして量が手に入る物であった。

 日本は薬は治療が必要である場合に限り処方するのみ、それを除けば相応に苦労している王国の医術者より獣人の薬の方が効果があることは、取引前に王女が幾らか持ち帰り従者の家族で試して判明している。

 

「ふーむ。 ニホンの薬とは違うが、効果が確かな薬が手に入るのなら安いものだ」

「砂糖が安いとは、ニホン以外からは非常に高価だがこれも相応に安いな」

 

「今後の取引量は徐々に増やしていく予定です。 ですが原材料には限りがありますので」

 

 他国貴族や豪商達がトロン王国の大臣から説明を受け、薬の購入について商談が行われている。

 代表者は獣人の為に

 一方で仲介として日本の自衛官も立ち会っていることから表向き高圧的に出る様子はない。

 

「荷物おろすよ~」

 

 砂糖が満杯まで詰められたドラム缶、およそ210kgを両手で掴むと荷車から軽々と下ろしていく。

 獣人族の中でも特に大柄な熊人族、熊人族はのんびり屋で少し臆病ではあるが力は獣人族で一番、一方で戦う事は嫌いであるために力仕事を主にしていた。

 そしてトロン王国から発注のあったコンパウンドクロスボウとコンパウンドボウが荷車から降ろされる。

 無遠慮な広がりや野盗などに渡らぬよう非常識な設定価格とはいえ、他の王国や帝国の製造する弓やクロスボウの射程を遥かに超え、鎧や盾など意味をなさないために需要はとんでもなくあり、販売した分は他国の騎士団などが購入し配備していた。

 トロン王国ではもっとも威力のある200ポンドのコンパウンドクロスボウと72ポンドのコンパウンドボウが配備され、他国からは売却要請があるものの断り続けている。自らの優位性を失うものを販売するつもりはなかった。

 

「こちらが、今月盗賊団などから解放された獣人の人達となります」

 

 そして怯えながらも大人から子供までの獣人の人達が20人ほど集まっていた。

 表向きはトロン王国は獣人奴隷は一切禁じられ、そして王国内や取引のある他国では守られすでに全員引き渡しが終わっている。しかしそれはあくまで表向きであり、盗賊や犯罪者たちにとってそれは当てはまらない。

 希少としてさらに価値が上がったために盗賊や野盗の類は狙い、そしてそれを知っているがゆえに、ある種真っ当な傭兵団や賞金稼ぎにとっては、盗賊団などを襲って獣人奴隷を回収し、トロン王国政府に引き渡し高値の報奨金を受け取る。

 

「皆、こちらへ」

 

 難民町の一団によって保護され、馬車や荷車に乗り安全な場所へと向かう。保護される数も徐々に減りつつあるが、獣人王国へと移民する事もあるので安全だけは確保され、交易も進んでいるので友好的ではある。

 ただ国として合流する事だけは難民町側が拒否し続け、独立した獣人の国家を立ち上げようと日本から経済知識と国家法への基本的な事だけ。

 

 

 

 

 トロン王国第一王子フェリペ

 兵力を集め、ソミ国の第二の交易都市に向かって兵を進めていた。数年かけて人を集めて訓練を行い、ようやく侵略するための戦力が整ったとして行動を開始。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。