天と地程の差はあるが、天と地しか選べない。 (恒例行事)
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第一話

実質リメイク。


『やあ、目が覚めたかな?』

 

 それが、俺の中にある最初で最古の記憶。

 生を受けて一人の人間として活動を開始した瞬間に聞いた声だ。どこか荘厳で、不気味で、厳格でもあり、畏怖を肌で理解させる低い声。口調だけは柔らかいのが余計恐怖を増長させる。

 

『よく定着してるみたいだね。いいかい? 僕はこれから君に会うことはないけれど、一応生みの親(・・・・)として幾つか言葉をおくろう』

 

 液体に包まれ、沢山の管が身体中に突き刺さる俺に対して話しかける謎の声。男性であることは間違いなく、しかしその姿は捉えることができない。俺の目が見えないとかではなく、純粋に見える場所にいないからだ。

 

『君は、僕がヒーロー達への贈り物として創り上げた最高の作品だ。あくまで幾つか用意してるプランの一つに過ぎないけど、それでも十分過ぎるほどに整っている。遺伝子から選別して、君という生命体に仕立て上げた。ああ、安心してくれ。今は理解できなくても、後から理解できるだろうから』

 

 続けて、その声は言葉を紡ぐ。

 

『君の人生のレールは既に敷かれている。二つに枝分かれしてはいるが、君の意思で新たな道を作ることは出来ない。それを十分に承知してくれたまえ──ああ、異論反論は受け付けていないよ』

 

『それと、時間制限かな。君はその個性の関係上、色んな場面で色んな葛藤や選択が生まれる。そう、絶対的な二択の選択肢がね。生かすか殺すか、きっとそういう道のりになるだろう。その時にどちらを選んでも構わないが──ふふ。考えるだけでワクワクするよ』

 

 酷く不愉快な声色だ。

 まるで俺の人生の全てを娯楽として閲覧し、愉悦を感じているようで。人の人生を玩具にして遊ぶ最低最悪な感情を感じる。

 

『きっと君なら、いい方向に行く(・・・・・・・)。いいかい? せっかく僕が生み出したんだ、よく学び、よく遊び、愉しく生きるといい』

 

 それじゃあ僕は失礼するよ──そう言って、それきり謎の声は聞こえない。

 

 それが、俺の最初にして最古の記憶。

 今からおよそ十五年前の(・・・・・)、誰にも言えない俺の話だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ィ、ォ……!」

 

 とてつもなく懐かしい夢をみたような気がする。

 先程まで感じていた夢現な感覚とは違い、重力をしっかりと感じる。具体的には、椅子に座り机に倒れ込んでいるので下に体重を預けている感覚が。

 

「……イ! ……!」

 

 それに何だか周りが騒がしい。いや、騒がしいというよりは……人の声? やけに煩い人の声が耳に少しずつ入ってくる。

 

「──オイ! 起きろやクソ!」

 

 ああ、騒音の正体はこいつか。

 伏せていた顔を起こし、俺の眠る机の目の前で騒ぐ男を見る。ツンツンした髪型、人を殺してそうなヴィラン面、そこそこ整っている顔立ち──見知った人間だ。もう一度顔を伏せて寝よう。

 

「なに寝直そうとしてんだカスコラ! テメーはここに寝泊まりしてんのか!? あ゛ぁ゛!?」

「……バクゴーくんよ。そう声を荒げると健康に悪いぞ」

「誰のせいだと思ってやがるこのカスコラァ!!」

 

 うがーと暴れる男──爆豪勝己(ばくごうかつき)

 俺が中学二年生、つまり去年この学校に編入された時からの付き合いになる人間。口調は荒く、基本的に他者に対して差別的な言動を多くする事から余程劣悪な環境で育ったのだろうと哀しみすら抱いた。

 

 これを本人に伝えた後は少しだけマシになった。きっと、自分だけではなく周りも巻き込むと理解したのだろう。家族による教育も問題視されるとその言葉だけで理解できる分、彼は聡明だ。

 ……もしかしたら差別主義者的な言われ方が嫌だったのかもしれない。

 

「別にいいだろ寝てようがさ、授業は終わってるんだぜ?」

「だから問題なんだろうが! テメェ家に帰んねーのか!?」

「……確かに」

 

 これは呆けていた。

 我ながら既に老化が進行しているのかもしれない、あの謎の声が告げる制限時間とはこの事だったのか──? まあ、造られたって明言されてるし寿命とかは関係ありそうだ。自分のルーツを辿ったことはないから断言出来ないが。

 

「よし、帰るぞバクゴーくん。パフェ食いてぇ」

「一人で帰れやカス」

 

 親友からの誘いを断るなんて、なんて非情な奴なんだ。

 

「誰が親友だ殺すぞ!」

 

 男のツンデレ、か……特定層に需要がありそうだな。

 

「女体化に興味はないか?」

「………………」

 

 あ、歩いて行っちゃった。

 TS(トランスセクシャル)に興味が無いとは──彼もまだまだ甘いな。

 

 

 既に季節は秋、制服だと肌寒く感じ始める季節。秋を通り越して夏が続き冬になる、なんて四季もへったくれもない状態がたまにあるが今年はそうではなかった。

 

 蜻蛉が飛び、紅葉は色付く。

 食欲の秋だのスポーツの秋だの個性の秋だの色々言われる季節ではあるが、今年に関してはそれどころではないのだ。

 

 俺は去年この中学校に転校してきた。中学二年生の時にだ。

 

 つまり、俺は今年中学三年生──まあわかりやすくいうと受験生なのだ。

 既に受験の日まで半年はおろか三ヶ月ほどしか期間が空いていない、別に困ったことはないがそれはそれとして緊張する。毎日の生活の中で、どこか緊迫感を感じ始めている。

 

 もっと大雑把な性格だったらそんなことを考えなくてもいいのかも知れないが、生憎とそうではなかった。先程の爆豪との絡みのみ見られるとめっちゃ図太い奴だとか鋼の心とか揶揄されるが、その実ヘタれで小心者なのである。

 爆豪とのアレはそう、じゃれ愛。じゃなかった戯れ合い。

 

 個性と呼ばれる超能力に近い突然変異が一般的に普及し、俺もその類を漏れず──というより恐らくだが全人類の中でもトップクラスに巻き込まれている──【個性】と呼ばれるものを所持している。

 本来ならば両親から受け継ぎ決まる個性だが、俺は両親がいない。居たが、死んだ。

 

 親のことはどうでもいいとして、俺の個性。小心者な俺の心は、この個性によるものでもある。

 

 全く、個性なんてものを有り難いと奉じる人の心が知れない。この知れないという言葉も冗談でしかなく、模範解答は理解している。だが、それを抱く理由は理解できない。

 

 個性なんてものがなければ、俺はきっと生まれてこなかった。生まれなかった方が、きっと俺は幸せだった。

 

 ぐるぐる廻る思考を中断して、歩く足を止めて周りを見る。

 閑静な住宅街、既に夜の帳は降りてすっかり暗闇に包まれている。薄い街灯は存在しているが、十分なほど照らせていないのは確かだ。

 

【個性】という、超能力を抱えた人間は適応した。

 超能力を持った【超人】は数を増やし、やがて【超人】は【常人】になった。個性を持つ人間が【当たり前】、無個性の方が【異常】。なにが原因だとか、そんな事はどうでもいい。

 

 適応した人間は、その力を誇示しようとする。暴力に繋がる個性であれば、暴力を振るった。悪事に繋がる個性であれば、悪事を働いた。人の心は簡単に捻じ曲がり、湾曲し、元は真っ直ぐだった道すらも大きく軌道を変えて歩んでいく。

 

「む──君。ちょっといいかな」

 

 背後からかけられた声に対して返事をしながら振り向く。

 特長的な服装に身を包み、頭から生えた異形の角が激しく自己主張をしている。

 

「もうこんな暗い時間だけど、下校中かな?」

 

 ええそうです、と答えながら思考を回転させる。

 前述の、【個性】を使用して他者に対して悪事を働いた人間は多数存在した。では、逆に問おう。

 

 個性を使用して、【正義】を謳ったものは──? 

 

 いる。

 いない訳がない(・・・・・・・)

 

 世間一般的に強い心を持ち、それでいて強力な個性を身につけた人間。そういった人々は決して悪事に加担せずに、寧ろ積極的に平和を謳った。法整備もロクに整っていない時代、悪が蔓延り陽の当たらない世界を渡り歩き後世へと光を託すために戦った人々が。

 

 そう言った正義を謳う者を、人々はヒーローと呼んだ。

 

 それを忌み嫌う悪を、ヴィランと呼んだ。

 

 ヒーローは現代まで続き職業へと、ヴィランもまた現在まで存在している。

 

「早く帰宅しなさい。私達が巡回してはいるし、大丈夫だとは思うが万が一もある。災害は起きてから対処するのではなく、起きないようにするのがベストだよ」

「はい、わかりました」

 

 プロヒーローと呼ばれる彼らは、日々ヴィランによる犯罪を見逃さないように目を光らせている。人々を守る、大切な家族を守る、様々な想いを抱き戦っている。

 

 俺もまた、プロヒーローを目指す一人。

 彼らの活動は毎日目にしているし、尊敬すらしている。

 

 横を通り過ぎて歩いていくヒーローを見送って、再度帰路に就く。

 

 この社会は、沢山のモノを抱えている。

 

 人種による差別? そんなもの序の口だ。

 個性の有無、個性の強弱、個性の汎用性、社会への貢献度、最初からヴィランにならざるを得ない者もいれば、プロヒーローへとまっすぐ駆け抜けていく者もいる。

 

 強力すぎる個性によって闇に身を堕とすしかない、弱すぎる個性でもその心でもってヒーローへと成る。

 

 この社会で、絶対なモノはない。──そう、俺一人を除いて(・・・・・・・)

 

 俺は絶対に未来が決まっている。二択しか存在しない選択肢の中で、俺は片方を選んだ。闇へと身を堕とす選択肢を徹底的に蹴落とし続けて、光へと歩んでいる。それすらも、既に敷かれたレールの上を。

 

 どう足掻いたところで、俺の末路は決まっている。

 個性の所為で余計な事を考えるようになり、現実から目を逸らすように沢山の思想に触れた結果──俺は自分の最期を理解してしまった。

 

 ならば、せめてその二択くらいは選んで見せよう。

 俺の生みの親へと、最期のその瞬間まで足掻いて見せよう。あからさまに悪意を以て生まれた俺が、その悪意の親玉(生みの親)らしき人物へと笑ってやる。

 

『お前の作品は、ここまで上に飛んだぞ。地の底で這い蹲って見上げてろ』って。

 

 きっとそれが最高の恩返しだ。

 俺を生んだ(造った)憎らしくも愛しい切ってもきれない声の主へ。

 

 この物語は、俺が最高(最悪)な最期を迎えるその日までの軌跡を記したモノだ。

 あなたも、愉しんでくれよ? 親父(悪の親玉)

 

 

 

 

 



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雄英高校

 ──雄英。

 

 現在プロヒーローと呼ばれる人間の中でも、最も優れた人々を輩出し続けている高校。

 その倍率は驚異の三百倍にもなり、日本全国沢山のヒーロー志望が集まる場所。普通科や経営科と様々な科が存在する中で、特に人気を集めているのが──ヒーロー科。

 

 定員四十名、そのうち四名が推薦入学の枠であるため実質的な合格者数は三十六名。そこに滑り込もうと全国から人が集まるのだ、倍率が膨れ上がらない訳がない。

 

 そうして選び抜かれた選りすぐりの子供達が、次代の担う人材として最高峰の教育を受ける。

 

 ……とは言っても、別に雄英高校にしかヒーロー科が無いわけじゃない。寧ろ、世間一般でプロヒーローと呼ばれる人々は雄英高校以外の出身者が多い。それだけの数のヒーローが、この国の人材として揃っている。

 

「普通に目指すなら、わざわざ雄英である必要も無い……が」

 

 生憎と俺は少し普通とは違う(・・・・・・)

 

 どうしても、雄英でなければならない理由がある。

 最高峰を抜けて、トップへと躍り出なければならない。だからこそ、緊迫感という物に常に苛まれているのかもしれない。

 

 一番になる。一番にならなければいけない。今を担わなければいけない。頂点へと、昇らなければいけない。

 

 こうやってヒーローになると誓ったあの日(・・・)から、その焦りは抱いていた。記憶にある謎の声の時間制限、その正体も未だ不明。果たして個性に時間制限があるのか、それとも寿命そのものに時間制限があるのか。はたまた、俺自身ではなく──この国、若しくはヒーローとヴィランという仕組みそのものなのか。

 

 考えても仕方ない事だが、考えずにはいられない。思考は武器になる。思考して思案して考察して、その果てにある答えを幾つ持ち合わせているかが強さに繋がると俺は思っている。

 

「なあバクゴーくん、君はどう思う?」

「──知るかボケ!! 何でテメェがここにいんだよクソが!! ざけんなよ!!」

 

 桜の花が舞い散る中で、俺は爆豪と共に居た。好きでいる訳では無く、たまたま遭遇したのだ。そして、今爆豪に問われた事──何故この場にいるのか。それに対して答えようと思う。

 

「ハハーン、それは簡単だな」

 

 パチッ! と指パッチンをして閃いた! とアピールする。その時の爆豪の顔は、筆舌にし難いモノであったことは記しておこう。

 

 眼前に聳える豪華な建物、そして周りを歩く学生服の少年少女。大声で騒ぐ爆豪を見る周囲の視線を全身で受け止めながら、俺は言い放った。

 

「──俺も雄英に受かったからさ」

「死ねやクソがぁ──!!」

 

 

 

 

 

 

 

 ◇1:雄英入試

 

 

 待ちに待った大舞台、雄英高校の入試である。

 

 周りを歩く多種多様な学生服の集団に紛れ込み、俺もまた会場へと向かっていた。筆記試験は個性の関係上余裕だろうし、実技も……うん。まあ、巨大な岩を砕けとか言われたらちょっと厳しいかもしれない。いや、ちょっと所じゃないな……できればそうじゃないことを願おう。

 

 筋骨隆々な明らかに人じゃない見た目をしている生徒や、身体の一部が長かったり短かったり肥大化してたり縮小してたりとさまざまだ。自分のキャラが薄く感じる。いや、実際薄いな。もう少し特技とか過去とか盛った方が良さそうだ。

 

『生みの親に復讐するためにプロヒーローで一番になります!』。

 

 インパクトは十分だが多分落ちる。

 

『決められた人生のレールを走ってるだけです』。

 

 中二病だな。

 フン、選択肢がない、か……爆豪とかならどういう風な面接をするのだろうか? 

 

『俺はオールマイトを超えるヒーローになンだよ! 周りのクソカス共もお前らプロヒーローも踏み台だァ!』

 

 あり得る。

 そのまま落ちたら笑いものだが、彼は聡明なのできっと受かるだろう。ていうか多分、爆豪は俺が受ける事すら知らないだろうな。

 

 俺が受けると伝えたのは担任でもなく進路担当の教師一人だ。手続等も全部手伝ってもらって、出来るだけ情報を出さなかった。受かって一緒に居たら楽しいサプライズになるだろうし、俺が落ちたら、まあ……一人表舞台から消えるだけだ。

 

 そんなこんなで長い長い道のりを歩き終えて、無事に試験会場へと到着した。筆記試験の後に実技試験、内容は知らない。けどまあ、どうにかなるだろう。

 

 割り振られた席に着いて、鞄から筆記用具を取り出しておく。試験まで少し時間があるから、会場の様子でも伺おう。

 周りの人間は落ち着いている人間が半分、落ち着きなくソワソワしているのが更に半分、最後に楽しそうに笑顔な連中が半分。四分の二が落ち着いてる、四分の二がソワソワニコニコ。

 

 雄英の試験を受けた、なんて言って所謂『記念受験』なんて連中も居るらしい。別にそれに対して悪いとは思わないし、誰がどこを受験しようがどうでもいいから気にしてなかったが──もしかしたらニコニコしてる連中はそういう人物たちかもしれない。

 

 周囲の様子を観察している中、天井や壁の隙間等に見覚えのある機材が覗いてるのが見えた。

 アレは恐らく、そこそこな値段のするカメラ。成程、カンニング対策はバッチリ……なのかな。カンニングなんてやろうと思えば幾らでも出来るし、死角を完全に無くすのは難しいと思うが──そう思って天井を見る。

 

 席一つ一つ、真上から覗くカメラが一つ。さらに斜めから見れるように、隣の席を見るカメラも同時に取り付けられている。まあ、人間の善性を信じて仕掛けていないという可能性も少しだけ考えていたがそれは無さそうだ。よかった、心底安心した(・・・・・・)

 

「──………………オイ」

「うん?」

 

 気分よく浸っていると、隣から声をかけられた。

 誰だ、と思い振り向くと顔を異形型の個性を保有しているのかと言わんばかりに変形させて歪めている爆豪。

 

「…………」

「…………」

 

 互いに無言、最早キレすぎて原形を留めてない顔面の爆豪を俺は無視することにした。さて、イヤホンはどこやったかな……? 

 

「◇〇※▽〇ωA……!」

「遂に人の言葉すら失ったか……」

 

 ギリギリ歯軋りしている爆豪に一言呟きつつ、俺は再度向き合った。相変わらず凄い表情筋だ。

 

「……バクゴーくん」

 

 最早何も言わずに此方を睨むだけになった爆豪に、俺は返事をするべく息を整えた。後ろに見える緑色のモジャモジャ頭、ああ、なるほど。だから既に怒りが限界突破してたのね。

 

「俺は──」

『試験開始まで三分、私語を慎んでください』

 

「…………」

「…………」

 

 

 ────

 ──

 ―

 

 筆記試験は何の問題も無かった。

 隣から漂ってくる苛立ちと殺意に負けないように普通に問題を解いて終わった。絡まれるのが怖すぎて終わった瞬間トイレに突撃を繰り返した。うん○漏れそうでマジやばいを連発して爆豪から逃げ延びたが、戻って来た時の爆豪の顔は……語るまでもない。

 

 すまん、緑色──ではなく、緑谷。

 

 きっとお前は今後苦労するだろう。だけどすまない、俺は今この時選んだ。爆豪の対応をする光の道から逃げて、後に回す悪の選択をしたのだ。恨むなら俺の生みの親を恨んでくれ。

 

 筆記試験を終えて、速攻で逃げてきた。さっきの感じから察するに、試験は同じ高校で纏められる可能性がある。それだけは何としても避けなければいけない。このままだと爆豪によるヘドロ事件ならぬニトロ事件によって俺の道が閉ざされてしまう。

 

 と言う訳で、実技試験の案内が始まるまでトイレに籠ることにした。いやぁ、流石天下の雄英だ。トイレまで広いし大きい。これだけ大きければ便所飯も楽そうだ。

 

 アナウンスが響いたところで、トイレから出る。実技途中参加になると少し厳しいが、筆記の方で余裕だろうと言う確信もある。何故なら? それは、俺の個性が関係しているからだ。

 

 先程の爆豪の顔を正確に、一本の筋すら間違えずに思い出し(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)クスリと笑う。

 

 完全記憶能力(・・・・・・)──俺が保有する、個性の一つ(・・)だ。

 表向き、書類上はこの能力を個性だと届け出されている。そもそも幾つか個性候補(・・・・)と呼べる能力を持っているので、これこそが俺の製作者の言う『最高の作品』の所以なのだろう。

 

 人として、得られる異質な能力を無理やり引き出した──それが俺。だから、本当の個性が何かはわかってない。

 

 まあ、そんな事気にして何てない。それを考える余裕がないとも。

 

 不安要素を考えれば考える程、精神という物は不安定になる。答えが見つからない事が恐怖だと感じてしまう。どうすればその不安を取り除けるのか? その答えをどうしようもなく求めて求めて、結局見つからず抱えたままになる。

 

 自己暗示や擦り込みで無理やりパフォーマンスを維持する事は出来る。あくまで理論上は、だが。完全記憶能力に対して自己暗示は効くのか試したことがないからわからない。

 

 面倒な事は考えないに尽きる。頭の中をリセットし、トイレから出る。割と長時間居座っていたが、誰一人として入ってくる人物はいなかった。既に全員移動したのだろう、人気がない。

 もし俺がこの時点でのテロを目論む人物だったら、少し危ないのではないか──なんてな。しっかり監視カメラで見張られている。

 

 時間もそろそろだ、不審に思われたくはないので会場へと足を向ける。爆豪の隣の席だったらちょっとヤバいかもしれないから、頼むから離れた席であってほしい。

 

 会場は広い広い一室。ホール会場と言っても差し支えない規模のステージに教卓と、一人男性が立っている。プロヒーローの一人、雄英の教師としても活躍している人物だ。

 ギリギリ話が始まる前だったようで、周りからの視線が集まる。

 

 何も言わなくてもわかるさ。そんな顔しなくたっていい。早く座れだろ、わかってる。

 

 知り合い、もとい爆豪の顔を探す。席順の紙は貰っているが、この状態だと見知った顔を探した方が早い。しっかりと此方を捉えているエゲツない目付きの爆豪を見つけて、ニッコリと笑いながら近付く。

 

「…………」

「…………」

「ええと……我全(がぜん)君だよね?」

「そういうお前は緑谷出久」

 

 緑谷出久(みどりやいずく)、俺たちと同じ中学出身であり無個性だ。隣の顔芸魔人こと爆豪とは幼い頃からの付き合いで、強個性を持つ爆豪に無個性の緑谷は虐められていたらしい。

 

「我全君が雄英受けるだなんて、知らなかったよ」

「誰にも言ってなかったからな。進路担当のあの人しか知らなかったと思うぜ?」

 

 徹底的に爆豪の顔を見ないようにしつつ、俺は緑谷が振ってくれた話に乗っかる事にした。

 中学二年、俺が転校してきた当初から既に爆豪と緑谷は雄英を受験する事にしていたようで校内はその話題で騒がしかった。

 

 校内随一の強個性、成績優秀素行最悪の爆豪と校内でも珍しい無個性で尚且つ重度のヒーローオタクと噂の緑谷。

 

 同じだ。

 俺と同じ、両極端な二つが並んでいる。そして、その目指す先は共に頂点──ヒーローの頂点をこの二人は目指している。

 

 だからなのか、俺はどうしてもこの二人のことが気になった。他の連中は言い方は悪いがどうでもよかったんだ。両極端な俺の人生を模すように、この二人の関係性がとても気になった。

 

 特に緑谷──見てるとゾワゾワする(・・・・・・・・・・)。まるで命を脅かす強大な生命に心臓を握られているような、圧迫感が俺に喰らい付く。

 

 爆豪はそんな事なかった。殺すぞだのなんだの言う口の悪さはあったが、こいつは本気で人を殺せない。そうじゃなければ、ヒーローなんて目指せないし目指さないだろう。

 

 何故か、緑谷だけ。

 

「気になるよなぁ……?」

 

 この謎もいつか理解出来るのだろうか? 

 俺にとって理解できないものは全て理解出来るようになるのだろうか? 正解がないモノは無くなるのか? 俺は、この世界の全てを理解出来るのか? 

 

 知りたい。理解できない全てを理解出来るようになりたい。答えを、全てに答えを持ちたい。

 

『──HEY! そこのリスナー、もう説明を始めるからとっとと席に着いてくれや!』

「……すいませんね」

 

 おっと、危ない。緩んだ口元を掌で覆い隠す。自分の顔立ちに関しては醜いとは思っていないし寧ろ整っている方だと自負しているが、それはそれ。

 ヒーローは笑顔を絶やさないとは言うが、邪悪な笑みを出してはいけない。

 

 自分の知的好奇心には、ある程度理解を示しているつもりだ。不安で仕方がなく、絶望の暗闇に常に包まれている未来から目を逸らすように俺は思案を重ねてしまう。大丈夫だ、安心安心。俺はヒーローになれる。ヴィランには堕ちていない。

 

 手は動く。記憶も残っている。考えをやめない脳みそもバリバリ動いている。大丈夫だ、不安要素はない。切り替えて行こう。

 

 

 試験の内容は、大雑把に言うと『敵を倒すことで手に入れられるポイントを集めろ』。昨今のヒーロー事情を考えれば妥当な試験だ。

 

 大昔の創作物や英雄論は自由だった。

 たとえば、『英雄(ヒーロー)の概念』そのもの。

 

 悪事を働く人物を叩きのめし、正義を謳う。これは紛れもないヒーローで、英雄(えいゆう)と言われる。では、それ以外はヒーローじゃないのか? 

 

 否だ。

 

 戦争で百人殺せば英雄なんて言葉があるように、概念なんてものは常に移ろい行くものであり不変なものではない。

 

 誰かにとってのヒーローを、誰かにとってのヒーローが殺す。それが現代の英雄観であり、まさにこの世を象徴するものだ。No.1ヒーローと謳われるオールマイトですらヴィランをぶん殴る。

 そのヴィランにも人生があった。悪事を働かなければいけない事情があったのかもしれない、誰かを救うために傷付けることを選択したのかもしれない。誰も救ってない人物など、この世に存在してないのだ。

 

 だからこそ、今はヒーローに資格がある。

 正当に決められたヒーローの資格で善悪の区別を付けて社会に適合しているんだ。

 

 暴力を求められる社会──実に人間らしい社会だ。

 

 閑話休題、元の思考に戻そう。

 

 試験内容は至ってシンプル、筆記試験に面接を終えた後に実技試験。

 筆記試験で必要最低限のヒーローとして活動できる学問を備え付けていることを試し、面接で人間性と人格面を確認する。そして実技試験で、ヒーローとして戦っていける度胸と実力があるかどうかを測る。

 

 目の前に聳える壁の向こう側、雄英が誇る試験場という名の大きな大きな街のジオラマ。等身大の街と大差なく、実際にこの場所で人が暮らしていけるだろう。

 

 今の人類が生きるのは木々に囲まれた森ではなく鉄で覆われたコンクリートジャングルの中だ。如何に被害を出さず、それでいて迅速に、不安を見せずに他者のために善行を成せるのか──求められているのもはシンプル、故に大きい。

 

 この中に放たれた四種類のロボットを破壊する事で実技試験──表向きは(・・・・)

 

 敵を破壊するだけの試験? そんな馬鹿な話があるか。

 

 この複雑化した世界で、正面切って悪と対峙している正義を謳う連中が試験を作っている。敵を壊す、殺す事なんてヴィランでも出来るんだ──ヒーローに求められているのものはなんだ? 

 

 力を振るうという点ではヴィランと大差ない。ただ明確に違うのは、

 

 ・力を律する。

 ・社会を保つ。

 

 そして──他人を救う事だ。

 

「──よし、大体固まった」

 

 要するにこの試験はただ敵を倒すだけの試験じゃない。

 

 ──他者を救う。

 

 その点についても採点しているだろう。

 

 それを伝えない理由は簡単だ。

 他者を救う、身を挺して他を救うという自己犠牲(イカれ)を求めている。

 

『準備は整ったかぁー!?』

 

 先程の説明を行なっていた男性──プロヒーローが再度スピーカー越しに叫んだ。幾つにも別れた会場全てに声を届かせるためにこういった措置をとっているのだろう。

 

 そして、俺達の様子は常にどこかで確認している。試験官が周りに見当たらないのはそういう訳だな? 

 

『じゃ、始めェ──!』

 

 その合図と共に、誰かが動き出す──訳ではなかった。

 俺も含めて、全員がこの状況で戸惑っている。あまりにも唐突、あまりにも説明不足。ヒーローならば、その程度考えて行動しろという事か。

 

 始めと宣言したのだから、もう始まっている。

 

 入試の時点でヒーローとして自覚せよ、か。

 一歩踏み出し、駆け出す。最速のスタートではないがこれ位が丁度いい。気張りすぎてもよくない──大胆かつ慎重に行こう(・・・・・・・・・・)

 

 街に入ってすぐ、三台のロボットが突撃してきた。運動しやすい蒼色のジャージの袖を捲り、腕に力を込める。

 

 どれだけ精密な機械だろうが、機械である時点で弱点が存在する。電子機器特有の弱点──水に弱く、電気に弱く、火に弱い。生憎と俺はそんなもの出せないが、機械の弱点ならよく理解している。

 

 幾度となく機械はバラした。PC、携帯、テレビ、リモコンetc(エトセトラ)。とにかく何でもかんでもバラバラにして、その部品一つ一つを徹底的に調べまくった。

 

 現行で使用されているモーターや電気系統は既に全て網羅した(・・・・・・)。性能はもちろん、どんな理念と思想で作成されたかどうかも。

 

 ロボットの放ったミサイルを見て、破壊力はあるが見た目だけの爆発に重きを置いているモノだ。当たったとしてもなんの損害もない、手で鷲掴みにしてそのままジェット部分を鎮静化させる。

 

 掴んだ方とは反対の掌で思い切り噴射部分を叩き不発にさせて、ロボットに向かって投擲する。先程ミサイルの発射口は確認した、そこへ向けて寸分の狂いもなく当たったのを確認しその隣のロボへと突進する。

 

 流石、と言うべきだろうか雄英の取り扱っているこのロボットは一級品だ。

 

 フレームの歪みは存在しないし、簡易的なAIすら積んでいる。これを一体揃えるだけで幾ら費用がかかるのか──ああ、バラバラに分解してやりたい。その構造の隅々まで理解したい。

 

 駆動部へと手を突っ込み、無理やり引き抜く。

 

 このサイズの機械ならもっと大きいモーターを積めるだろうが、流石にそこまで高性能ではなかった。ミサイルの噴出の際に反動制御が出来ずに仰け反っていた事からそう判断して手を突っ込んだが正解だったな。

 

 関節部から千切れた腕を掴んでそのまま叩きつける。

 

 これで二台、残り一台を破壊しようとした所既に他の受験者に破壊されていたようで動かなくなっていた。

 

 ……流石。次代を担うとは、嘘でも誇張でもない。受験している人間全てがライバルだと考えたほうがよさそうだ。

 

「……それはそれとして。このロボット良いなぁ……技術が詰まってる」

 

 全て吸収したい。作成工程から何もかも、俺のものにしたい。けど、それは後にしよう。雄英に入学できれば触るチャンスはあるだろう。今はただ、試験に集中するのみ。

 

 それに──折角どれだけ痛めつけても良いロボットが敵(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)なんだ。

 

 培ってきたモノを、俺も使おうじゃないか。

 

 

 

 

 

 雄英高校入学実技試験──全て工程が終了した中で、教師陣は話し合っていた。

 

「──では、救助(レスキュー)ポイントはこんなモノで。次の子は……」

「ああ、この子か。この子に関しては、この試験の内容に気が付いていた節がある」

 

 その言葉の後に、教師陣が見つめるモニターにその少年の容姿が映し出される。

 

 黒い髪を男子としては長め、肩甲骨辺りまで伸びているのを後ろ頭で一纏めにしている。滅茶苦茶写りが悪く睨み付けているような写真を使用している人間もいるが、この少年は優しげな目付きをしていた。

 

「個性は、【完全記憶能力】……彼自身の趣味も合わせてとても強力な個性だな」

「趣味が分解と組み立てって中々バイオレンスだな。いや、機械ってのは解ってるけどよ」

 

 プロフィールに堂々と書かれたソレに教師陣は少し思案する。

 

「試験を始めて最初の行動で、仮想敵の放ったミサイルを手で掴んでその動力を無理やり消しています。これは危険な行動に一見思えましたが」

「このプロフィールが嘘じゃないのなら、全て理解してやっていたと考える方が妥当だ。筆記試験の結果、面接の結果を見ればわかる」

「……中々、つーか優秀だな。ほぼ満点じゃねーか!」

 

 筆記試験の答案は丸で埋め尽くされているし、面接の試験官の所感も非常に前向きに書かれている。

 

「それに、実技の結果も十分過ぎる程だ。撃破ポイントが48、救助ポイントが37……合格は決まっている」

「あと2ポイントで1位だったが、これは……今代は原石だらけだな」

 

 和気藹々と盛り上がる教師陣。

 

 その枠組みから外れて、一人モニターを食い入るように見入る人物が居た。

 

「……どうしましたオールマイト」

 

 目に隈ができている、地味な黒づくめの格好をしている男性が話しかける。先程まで教師陣に加わって会話をしていたオールマイトと呼ばれた人物に違和感を覚えたのか、なにかを尋ねる。

 

「……いいや、何でもないさ。将来が、安心だと思ってね」

「そいつは少々早いと思いますがね」

「そうだな、ハハハ」

 

 それでも、視点は一点から動かない。じっと、何かを思案する(・・・・)

 

「それでは、この子は合格ですね」

「ああ──志村我全(・・・・)。入試次席で合格だ」

 

 きっと、もう一人オールマイトをよく知る人物が居れば動揺を露わにしていただろう。嘗ての友人の面影のある少年の顔に。

 

志村(・・)──志村(しむら)我全(がぜん)……」

 

 オールマイト──No.1ヒーローと謳われる彼は、その名前を刻むように呟いた。

 



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入学初日・個性把握テスト前編

「ヘイバクゴーくん、君が叫んだせいで朝一で注目を浴びたんだけど」

「うるせーカス死ねゴミ」

「はっはっは、相変わらず口が悪いな君は。ヒーローって何だっけ」

 

 こんな悪態吐きながら何だかんだ一緒に登校してくれる(家を訪ねたら親に引き摺り込まれてそのまま一緒に朝ごはんも食べたらすっごい怒ってた)爆豪はやはりツンデレである。君はTS(トランスセクシャル)した方がいい。

 

「やっぱ性転換に興味はない?」

「死ね」

 

 残念だ。俺が個性(暫定)で無理矢理鍛えた創作の能力ならきっといいモノを作れるのに──いや、待てよ。プロヒーローバクゴー(仮)になって、きっとコイツは態度を改めない。ならばそれを利用すればいい作品を作れるのでは? 

 

「俺が性転換させればいいんだな……!」

 

 真理を得た。これが答えだ爆豪、俺は君がプロになった暁には君の女体化二次創作を渡そ……キモいな。

 

「すまんバクゴーくん、俺やっぱりキモいのは嫌だわ」

「マジでンだテメェ殺すぞ!!」

 

 再度ブチギレた爆豪を適当に受け流しつつ、目的の教室へと辿り着いた。

 

 雄英高校ヒーロー科1年A組──ここが、俺たちが三年間切磋琢磨する教室になる。

 

 滅茶苦茶デカい扉に手を掛けて開く。

 既に数人着いていたらしく、見た顔は──……一人だけ。まだ二十人中俺達含めて五人なので、全然そろってない。同じ会場にいた連中もまだ登校してきてないのだろう。

 

「お、バクゴーくんこれ見ろよ席順」

「話しかけんなカス」

「俺お前の横だわ」

「………………………」

「顔面変化系の個性とか、お持ちですか?」

 

 怒りのメーターが振り切った哀れ爆豪は顔が変化した。鬼の形相である。

 そのまま席にめっちゃ足音鳴らしながら歩いていく辺り、多分本気で怒ってる。明日まで口聞いてくれないと思う。

 

 いやぁ、やっぱり爆豪はいい。

 こいつと話していると、とても気が楽でいられる。下らないことだけ考えて生きているような気がするんだ。その代償として彼はストレスを感じてるだろうが。

 

「やあ、俺の名前は志村。これから宜しくな、硬化少年」

「いや、同い年だろ──ってか俺の個性?」

「会場で見かけてね。ロボットの壊れた痕を見たら、強く固い物質と当たった時の壊れ方してたからそうかなって予想立てただけ。合ってたか?」

「よくそれだけの情報で判るな、俺は切島鋭児郎。よろしくな志村!」

 

 右手を差し出して握手を要求すると、力強く握り返してきた。この感じだと、結構熱血系の人物か? 素直で対抗意識は薄め、若干緊張が滲んでるけど……初日だしそれくらいはあるか。

 

「で、こっちのめっちゃキレてるのはバクゴーくん。同中だよ」

「何勝手に話してんだ殺すぞゴミカスゴラァ!!」

「ツンデレがよ……」

「〜〜!!」

 

 飛びかかろうと一瞬身体を浮かし、しかし一歩手前で堪えた爆豪を見て切島が若干引く。

 

「ん……? もしかしてアレか、ヘドロ事件の!?」

「……チッ、せーなモブ」

「モブ!?」

 

 初対面にかける言葉ではない。

 

「俺は切島鋭児郎! 宜しくな爆豪!」

「……チッ!」

「舌打ちでっか!」

 

 おお、爆豪が勢いに押されてる。珍しい光景もあるもんだなぁ、というより切島もキャラクターが濃い。爆豪に勢いで勝つ人物はそう居ないぞ。

 そうして爆豪が渋々切島に話しかけられているのを見ていると、続々と教室に人が入ってくる。

 

「お、緑谷じゃん」

「が、我全くん。受かってたんだね!」

「お前こそ、夢が叶ったのか? いや、これからか」

 

 ハハ、と笑いながらグータッチする。無個性である緑谷があの試験を潜り抜ける──容易ではなかったはずだ。爆豪や俺のようにある程度の個性があるわけでも無いのに、よくやった。

 

デクくん(・・・・)、この人は?」

「あ、う、麗日さん! ええとね──」

「志村我全。気軽に我全って呼んでくれ、麗日さん」

「え、あ、うん。宜しく!」

 

 緑谷が早速一人女性と仲良くなっている──だと……? 

 

 この感じだと試験で何かあったのだろうか。無個性の緑谷と仲良くなるイベント……ダメだ、思い付かないな。

 

「……犯罪はやめとけよ、緑谷」

「何が!?」

 

 肩に手を置き、真剣な顔して言ってみた。

 

 すぐ手を離して戯け、緑谷自体から離れる。適当にトイレに行くと言って廊下に出た。

 ……手が震えてる。緑谷に触れたのは今日が初めてではない。前に触れた事だってある、というより転校してきた当初はなんともなかった。

 

 途中、途中からだ。それこそ三年生になってからと言った方が正しい。

 

 緑谷に、俺の身体が怯えている。この作り物の身体の細胞一つ一つがあの無個性に生命の危機を感じている。

 

 なんだ、一体何なんだアイツは。益々気になる。

 

 身体に震えが走る理由、今のこの現状は明らかに過剰な恐怖が原因。なぜ緑谷に恐怖を抱く? もしかして、緑谷が裏では人を殺しまくっている超大物ヴィランなのか? 

 

 それとも──緑谷の血か? 

 

 アイツが俺を造った関係者と知り合い、もしくは関係を持っているのか? ……いや、その可能性はない。既にその辺は洗い終わっている。

 

「──気になるなぁ……!」

 

 何だ? 一体、「緑谷出久」という生命体に何がある? どんな秘密が隠されている? 一体、あの身体に何があるんだ? わからない、今の情報では理解できない。中学時代も散々調べて、結局何も出てこなかった。

 

 緑谷出久という存在に起きた出来事なんで、爆豪勝己に日々虐められていた、ヘドロ事件に関わったくらいしか──待てよ? 

 

 ヘドロ事件? そういえばヘドロ事件が起きる以前は何も感じていなかった筈だ、あの事件が鍵か? 事件を解決したのはオールマイトだ。緑谷は特に何も……して……

 

「──……え、とさ。悪いけど、退けてくんないかな」

「……悪い、ちょっと考え事しててな」

 

 気が付けば口元が歪んでいるのを自覚し、口元を隠すように掌で覆う。扉の前を陣取っていた所為で邪魔になっていたようだ、この深く考え込んでしまう自分の性質も厄介。

 

 三白眼の少女の顔が、若干青褪めている。まるで凶悪なヴィランの犯罪現場を目の前で目撃してしまった少女のような顔だ。

 

「……俺、そんなヤバい顔してる?」

「……めっちゃヴィラン」

 

 ジーザス! 

 

「大丈夫、プロヒーローにもヴィランみたいな奴いるから」

「否定はしないけどその言い方だと顔とかじゃなくて素でヴィランみたいな奴がいるって言ってない?」

「凶悪な顔してても私が来た! って言えばヒーローっぽいだろ」

「それはオールマイトだから。エンデヴァーが言ってもそういうキャラじゃないじゃん」

「……ギャップってあるじゃん?」

「限度もあるじゃん」

 

 打つ手、無し。

 名前も知らない同級生に中身を知られる前にヴィラン扱いされてしまった。しかも反撃する手立てはない。

 

「やられたよ、完敗だ。俺は志村我全、ヨロシクな」

「ああ、普通に進めるんだ……耳郎響香。よろしく」

 

 手を差し出すと、取り敢えず握り返してはくれた。

 じっと握った手を見る。別段震えるような感覚はないし、どうしようもない恐れも感じない。やはり緑谷出久は特別か──他の人間が緑谷に震えてたり恐れてる様子は無いし、きっと俺しか感じていない。

 

 少なくとも、俺の出生に何かしら関係がある事は間違いない。

 

「……ちょっと」

「おっ、と、悪い。考え事してたわ」

 

 俺の悪い癖でね、と戯ける。

 

「……ま、別に気にしてないけど。それより教室入んないの?」

忘れてた(・・・・)、俺トイレ行くつもりだったんだ」

「それは忘れちゃダメっしょ」

 

 ヒラヒラと手を振り、校内図で確認したトイレに向かう。

 こういう時俺の記憶能力が役に立つ。一度見たものは全て覚える、単純ながら強力なモノだ。これを個性と言って良いのかどうかはわからない。ただ、俺の記憶とは違い両親から生まれた事になってる俺の個性は親によって名付けられた。

 

 今は既に他界した育ての両親が何を考えていたのかはわからない。あの人達は、俺を産んだ事にされた(・・・)のかそれとも最初から理解していて親を演じたのか。

 

 流石に、それを聞こうという気にはならなかった。

 

 生みの親との会話以降、気が付けば俺は病院に居た。

 普通の赤子と同じように集団に混ざり込んでいたんだ。だから、その間恐らく睡眠を取っていたのだろう。俺の記憶が無い以上、それくらいしか可能性がない。

 

 ……人を一から生み出すような奴だ。よっぽどの個性を持っていてもおかしくない。それこそ、人から記憶を奪っていたとしても違和感はない。

 

 その可能性を考慮して突き詰めても意味は無いから考えるのをやめよう。

 

 受験の時と変わった様子は無いトイレ。用を済まし、教室へ戻る。

 

 ……あれ。そう言えばさっき耳郎に忘れた(・・・)とか言っちまったな。その内俺の個性が発覚したら、その会話を思い出されるかもしれない。

 

 別に疾しいことがある訳じゃない。緑谷に何か仕掛けるとか、そういう話でもない。だがまぁ、俺の個性とおかしい事を言っている──その時点で何か隠そうとしているのは明白だ。

 

「ちょっとミスったな……」

 

 呟く。

 ヴィランみたいな笑みとすら言われた顔付きでそんな誤魔化すとか幾らなんでも怪しすぎる。

 

 ──まあ、適当に誤魔化せばいいか。話したくない方があった程度に捉えてくれるだろう。それこそ雄英にスパイがいるとかそういう話にならない限りは疑われすらしない。

 

 教室に戻ると、既に二十人──俺を除いて十九人──は既に集まっていた。

 

 始業時間まで残り一分程度。初日の集合時間がそのまま始業時間ならばという前提はあるが、流石に全体の工程をずらしたり大掛かりな事はしないだろう。意味がない。

 

 把握していた時間丁度に教室に入るところまで計算はしておいた、俺のこの演算能力と言うか並列思考(・・・・)も何かしらの個性の影響なのだろうか? 

 

 もしそうだとするなら、俺の個性は人体に関係する何かを統括する個性。

 

 限界、脳機能、知識……当て嵌まるものは多いが、そのいずれも本当だと立証できない。なぜなら、俺自身の個性について理解していないから。

 例えば爆豪なら掌でなんやかんやして爆破──これは果たして、感覚として理解できているのだろうか? 

 

 純粋な身体機能の一部として爆豪の身体に定着している。これは間違い無いだろう、だからこそ爆豪は個性の使い方が巧い。

 

 偶然発動→その後感覚を思い出し習得、なら理解できる。だが腑に落ちないのはその点だ。

 

 そもそも個性なんてものを感覚として理解できるのか? 

 

 果たして、俺に個性があるならば……感覚的に理解させて欲しいものだ。答えを得るには、それしか無さそうだから。

 我ながら肉体で実際に、感覚で把握しようなんてアホらしい。非合理で非科学で非論理だ。

 

「なぁ爆豪、お前個性使う時どんな感覚だ?」

「知るかボケカス」

 

 残念、教えてくれるような人間では無かった。

 

「やっぱ、爆破しなかったら掌ムズムズとかする? 個性使わなかった反動とかで衰えて劣化とかすんのか? ああでも、ヒーローでもないのに個性使用してるのがバレたら流石にヤバいよな。黙っとくわ!」

「いいから早く黙れやクソカス殺すぞゴミ!!」

 

 やれやれ、爆豪はどうやら精神的に不安定なようだ。これ以上触れてもいいことはなさそうだし、何よりいつの間にか教卓の上に変な寝袋らしきモノが置かれている。怪しすぎる不審物だが、下見をしていた甲斐があってその正体は理解している。

 アレは、プロヒーローだ(・・・・・・・・・・)

 

「──はい、君たちが静かになるまで五秒かかりました。予想より早く黙ったのはいいが、その要因が怒鳴り声ってのはヒーローらしくない。もうすこし合理的(・・・)に行こう」

 

 どうやら俺が持っている雄英の情報はそこそこ正確らしい。勝手に培われたサイバー能力を利用して、教師陣のデータや行われている行事等に関して確認済み。

 所詮片手間で行った事だったからそんなに大事だと思っていないし、別に必要ない技能だから適当に漁ったが──悪くない。

 

 プロヒーロー、イレイザーヘッド。

 アングラ系ヒーローとして重度のヒーローオタク、そしてヴィランからは名を知られているちょっと特殊なヒーロー。個性は『抹消』、視界に捉えた人物の個性を抹消できるという、現代の超人社会だからこそ活躍できる強個性だ。

 

 非効率や非合理を嫌い、雄英の教師として活動する中で除籍処分を下すことも少なくはない──という評価だった。

 

「俺がこれから担任を勤める事になる、相澤消太だ。早速で悪いが、お前達にはこの服に着替えてグラウンドまで来てもらう」

 

 有無を言わせぬ言い方、寝袋の中からごそごそ取り出した荷物を見せる。青が基調の……衣服? 

 

「十分後にグラウンドに集合だ」

 

 そう言って教室から出て行ったイレイザーヘッド、もとい相澤先生。

 プロフィール通りの性格、個性的な人物(・・・・・・)だな。

 

「お、バクゴーくん見ろよこれ。結構このジャージ伸びるぞ」

「ンなもんどうでもいいだろーが! 殺すぞ!」

「え、どうでもいいの? これバクゴーくんのだけど」

「マジで殺すぞテメェ!!」

 

 折角だから自分のジャージを取りに行くついでに爆豪のジャージを伸ばしながら持って行ってあげた。この服に使用されている素材は、伸びやすくそれでいて素の形状に戻りやすい特殊な繊維を使用されている。

 異形型の個性を持つ人が好んで着やすい服だ。ヒーローを例に挙げるなら、Mt.レディが身につけているコスチューム等にも盛り込まれているだろう。え、なんで知ってるか? 

 

 ……それはさておき、俺が動いた事で渋々動き出した同級生。

 

「んー……まあいっか」

 

 仕方ないのでその場で制服を脱ぐ。

 更衣室の位置も記憶しているが、更衣室まで移動して着替えて再度グラウンドに移動は時間がかかりすぎる。

 

「ほらほら、男共はさっさと着替えて出てくぞ。女子が着替えれねーだろ」

 

 パッパと制服からジャージへと変身し、一足先に外へ出る。

 

 担任である相澤は、ここまでいきなり初手で試練を与えるような人間なのだろうか。せめてグラウンドまで同行する程度のことはすると思っていたが、この感じだとすこし認識を改める必要がある。

 

 ……いや、違うな。今この瞬間にも、俺達を監視している可能性が高い。

 

 実験的に試すなら、その結果は大事だが──俺たちはヒーローの卵だ。

 

 ヴィランを追い詰める時、捕まえました! でもそのかわりに市民を犠牲にしました、では話にならない。

 捕まえるのは大事だ。だが、それ以上に市民を守るということが大切になる。

 

 要するに、グラウンドに移動するまでの間もあの教師からしてみれば『テスト中』なのだろう。

 

 上を見て、設置されているカメラを見る。……ん? 

 

 もしそうだとしたら着替えシーンやばくないか? 

 

 俺達男子組が出て、その後に女子達の着替え──ああ、そうか。既に部屋内のカメラを切っている可能性もあるな。というかそうするだろう。

 

 カメラとの接続を移せば、先生の手元には残らない。

 

 ……あれ、待てよ。

 もしかして、俺それジャック出来ちゃう? いや、やらないけど。ヴィランまっしぐらだし。

 

 フン……このサイバー能力、誰にも知られちゃいけないな。

 

 

 

「……よし、集まったな。総勢二十名、遅刻無し。お前が先導してきたのか、志村?」

「えぇ、そりゃまあ。俺の個性はこういう時に役に立ちますからね」

「既に施設内は記憶済み、か。つくづく優秀な奴だな」

 

 そらどーも、と返答して受け流しておく。

 今気がついたが、先生の俺に向けている目が普通じゃない。うまく奥底で隠してるけど、これは生徒を見る目ではなく──警戒する目だ。何かを探って、確かめようとしてる。

 

「……やだねー」

 

 雄英に入って最初の試練がこれか。まあ確かに、怪しまれても仕方ないが……ここまで見られる理由はなんだろうか。

 

 入試時点の行動? いいや、あの程度なら警戒に値しない。爆豪の方が現状よっぽどヤバい奴扱いされてるだろうし。だとすると、俺も知らない俺の情報を雄英側が持っている? しかし、データにすら残されてない何かを? 

 

 あり得るな。

 

「ま、いいや。それじゃあまず、個性把握テストをやってもらうぞ」

 

 そう言い、同級生達の疑問を無視しつつ爆豪にソフトボールの球を渡す。種目は通常の体力テストと変わらず、唯一の変更点は個性の使用を許可している点。

 

 死ね、と言いながら爆豪が放り投げた球は750mまで飛んだ。

 

 流石爆豪、強個性だ。俺も肉体を強化とかそういうことが出来ればいいが、生憎とそこら辺は自分で鍛えるしかなかった。

 

 うっかり面白そうなんて漏らした同級生のお陰で最下位には除籍処分なんて縛りが付いたが、まあ関係ない。

 

 勝てばいいだけだ。目指すのは頂点──他に行く場所はない。スタート地点には立った。ならば、後は走るだけだ。高く聳える、No.1の元へと。

 

 



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入学初日・個性把握テスト後編

 各種競技を終えて、まあそこそこの成績だ。

 

 最下位はない、ただし頂点でもない。そんな感じの微妙な記録をじわじわと伸ばし続けた。仕方ないだろ、俺の個性は現状完全記憶能力って扱いになってるし。

 対人戦ならそこそこ活躍する自信はあるが、こういった平均を求めるための競技に関しては専門外。素人だ。

 

 相変わらず爆豪、それに赤と白の髪の色の男子が記録を総ナメしてる。あとは、八百万という発育の暴力の化身と言える女子生徒が万能な個性を扱っているくらい、か。

 

 そして──緑谷は、未だに無個性なまま足掻いてる。正直なところ、よく合格できたなって印象だ。

 

 俺より完成されてない肉体、瞬時の発想力、応用力がとてつもなく低い。最低限肉体が出来ているあたり何もやってこなかったわけじゃあなさそうだが、肩透かしを食らった気分だ。

 

 身体に震えはない。ただまぁ、心拍数が上がってる。運動による現象なら納得できるんだが、そういう感じじゃなさそうなんだよな。

 

「──デクくん、大丈夫かな……?」

 

 先程緑谷と仲が良さそうだった、麗日が呟いた。

 

「んー……まあ正直厳しいと思う。俺もそうだけど、アイツ無個性だろ? 肉体的な強化も出来ず、地力でやるしかないってのはさ」

「デクくんが無個性……?」

「……うん?」

 

 俺の言葉に疑問を抱いたのか、麗日が再度呟く。

 おや、これはどういう事だ。大きな大きな違和感、何か俺の持っている情報と入れ違っている。

 

「入試試験の時に、私のことを助けてくれたんだ。妨害ギミックのロボットを、一撃で(・・・)吹き飛ばして」

 

 ──なるほど。

 

 一撃で、あの巨大なロボットを破壊した。なるほどなるほど。

 情報を整理しよう。まず第一に、緑谷出久は無個性である。これは×だ。何故なら、個性を持っていないと発揮できない身体能力を使用したため。証拠は後で抑えるとしよう、麗日も証言している。

 

 前提として、緑谷出久は個性を所持している。それも、巨大なロボを一撃で吹き飛ばすほどの超パワー。

 

 恐らくだがこれは超能力とかではない。

 

 一撃、と称したからにはかなりインパクトのある攻撃だったのだろう。吹き飛ばした、という文脈から受け取れる意味合いは大きく分けて二つ。

 

 文字通り、個性で遠くに吹き飛ばした。

 ぶっ壊した、という意味合いでの吹き飛ばした。

 

 今の場合だと後者が当て嵌まる。

 

 鮮明にインパクトを残してるんだろう。緑谷の放ったその一撃は。

 

 そう、一撃(・・)なんだ。

 

 仮に超能力だとするなら、その一個前に必ず別の名前が入る。

 

 風で飛ばしたなら「風」、爆破なら「爆発」、氷や炎も一緒。一撃だというのにその手段を話していないのは少し違和感がある。

 

 具体的に変更するなら、「風で吹き飛ばした!」「爆発させた!」「凍らせた、燃やした」──そういう具合に。

 

 緑谷がソフトボールを手に取り、じっと掌を見つめる。

 

「個性にまだ慣れてないっていうか、凄く反動のある個性みたい」

「反動、か……肉体が耐えきれないのか」

 

 だから、無個性として申請した? いや、それは無い。個性が原因で怪我をしたなら、確実に個性を申請する。身体が耐え切れないほどの衝撃を出すのなら、寧ろ身体を慣らすためにもっともっと使用しなければならない。

 

 緑谷はその様子はない。

 

 思い切り振りかぶり、緑谷はソフトボールを放り投げる。──至って普通の記録だ。

 

「何で使わないの!?」

「あのクソナードに個性なんざある訳ねーだろ節穴共が!」

 

 驚きを露わにする麗日と悪態をつく爆豪。しかしどうやらみたのは二人だけではなく、もう一人見ている人物がいたようだ。

 眼鏡を付け、ふくらはぎにエンジンのような物が付いている。

 

 五十メートル走で見事一位を取った健脚──健脚と言っていいのか? まあ、兎に角足が速い個性。

 

 彼も驚いているようで、緑谷に何故使用しない? と声を上げている。

 

「ふむ……」

 

 ──ピリつく。

 肌が、腕が、脳が、ピリピリと灼ける感覚。ジワジワと熱が這い上がってくる独特の感覚だ。

 

 緑谷が、恐ろしい。今投げようとした瞬間、俺は何を思った? 奴が個性を使おうとした瞬間、頭に何がよぎった? 

 そう暑くもないのに、恐ろしく熱を感じる。額を汗が零れ落ちて、真夏のコンクリートの上を歩いてるかの様な気持ちだ。

 

『個性』──個性か。

 個性が答えか? 緑谷出久、お前の内側に何が棲んでいる? 

 

 お前は、何を持っているんだ? 

 

 先程は先生が緑谷の個性を消していたらしく、その理由なんぞはどうでもいいから頭に入ってこない。聞いていないモノを覚えるのは不可能だ。

 そんな事より、俺は早くその【個性】を知りたい。俺を震えさせるソレの正体を、早く見せてくれ。

 

 覚悟を決めた様に、緑谷が再度ボールを手に持った。

 

 ぶるり、と身体の芯から震える。

 

 腕を高く挙げ──その指先から個性を解き放つ。

 

 突風を巻き起こして放り投げられたボールは、弾丸なんて目じゃない速度で遠くへと飛んでいく。その光景はとても無個性では作れないモノで、示し出された距離は──八百メートルを超えている。

 

 ふ、は。

 ははは、マジか。

 

 個性を解き放つその瞬間──死ぬ気がした(・・・・・・)。明確なまでの死のビジョン、その振るわれた拳で命を奪われる構図。

 

 変な笑いが込み上げてくる。

 なんだ、なんだアレ。一体何なんだよアレは。これまで生きてきて、一度もあんな風になったことない。それどころか、死ぬなんて予感したのは初めてだ。暴力なんて生優しいモノじゃない、アレは死の象徴だ。

 

 無個性の裏で、なんてモノ隠してやがる。

 

「──……ふ、ハハ……緑谷……!」

 

 お前を突き詰めれば、俺はあの男に出会えるのか? 

 俺を作り出した最低最悪の魔王様に、少しでも近付けるのか? 

 

 人間一人生み出せてしまう怪物に、挨拶(復讐)が出来るのか? 

 

「……アンタ、本当大丈夫? やばい顔してるよ」

「あ゛──? あー、そうかも?」

 

 仕方ないだろ、耳郎。今、俺は頗る機嫌が良いんだ。死の恐怖と未知のワクワクが同居していて、全ての好奇心が刺激されてる。知りたい。緑谷出久の全てを知りたい。

 あの男(緑谷出久)の個性を追いかけて追いかけて追いかけた先に、きっとあの男(生みの親)はいる。

 

 素晴らしい一日だ。俺のこれまでの人生の道のりを、容易く否定してくれた。

 ありがとう緑谷出久、俺は君のおかげで先に進める。

 

「……おい、志村。さっさと投げろ」

「まあまあ先生、もう少し浸らせてくださいよ。今僕は(・・)凄く楽しい気持ちなので」

 

 緑谷にすれ違った瞬間、鳥肌が立つ。

 ああ、訳がわからない。君の個性は一体なんなんだ? 緑谷出久だからではない、きっとその個性が特別なんだ。そうでなければ、出会った当初に感じ取っているはずだから。

 

「中学三年、か……」

 

 ボソリとすれ違いざまに呟く。きっとこの声は緑谷にしか届かない。後ろで振り向いた気配がするが、それに反応することなく歩く。

 

 去年、ヘドロ事件に関してもっと徹底的に洗おう。きっとそこにヒントが隠されてる筈だ。No.1ヒーローとの出会い、それが一体何を齎した? 緑谷出久に何をした? 気になることだらけだ。

 

 ボールを握りしめ、ミシミシと音が鳴る。想定外の腕力(・・・・・・)に、鍛えた身体が悲鳴をあげてる。構わない、そうやって気持ちを出さないと抑えられない。

 

 命の危機を感じた身体がリミッターでも外したのか、よくわからんがなんでも良い。

 

「──フッ、ラァッ!!」

 

 振りかぶり、全力で投げる。

 上に飛ばし過ぎず、それでいて飛距離が伸びる完璧な制御。指先まで緻密に操って放ったその球は、理論を飛び越え軽々と限界を越えていった。

 

「二百、メートル……お前、個性なんだっけ」

 

 先生が改めて警戒の視線と共に問いを飛ばしてくる。だから僕は(・・)笑顔で答えを返した。

 

「──完全記憶能力ですよ、先生(・・)

 

 はは、そんな訳があるか。

 自分で言った答えを否定する。自分の個性も、相手の個性も何もかも判らない。自分に時間制限もあるようだし、僕の(・・)人生は如何にもハードモードだ。でも、それでこそ生きる意味がある。

 

 判らないことは、死ぬまでに理解すれば良い。死ぬその瞬間がタイムリミットで、末路を迎えるその日まで足掻こうと決めたんだ。

 楽しい、生きるのは楽しいな。

 

 ソフトボールの場所から離れて、元の位置へと戻る。

 爆豪が緑谷に絡み、怒声を浴びせている。その様子を、相澤は止めることなく──俺の事を見ていた。俺はそれに気がついていない振りをして、二人の絡みに仲裁しに行く。

 

「落ち着けよ、バクゴーくん」

「あ゛ぁ゛!? うるせーカス、ぶっ殺すぞゴミ!」

「──落ち着けよ、爆豪くん(・・・・)

 

 全く、今良い気分なんだから水を差さないで欲しい。緑谷に話しかけたいのは俺もなんだから欲張るなよな。

 

「で、だ。緑谷さぁ、その個性なに? 中学では無個性だったよな? 個性届を出してなかった、ってだけじゃなさそうだよなぁ……? 第一身体が追い付いてねぇしさ、ソレ、なんなんだ? 気になるよなぁ、知りたいよなぁ……!」

 

 緑谷の若干引き攣った顔が面白い。引き攣った顔をしたいのはコッチだよ、お前に話しかけてからずっと腕が震えてるんだ! 思い切り腕を掴んで止めてる爆豪には気が付かれるだろうが、そんな事如何だって良い。

 

「ヘドロ事件で何があった? お前は何を得た? その個性はなんだ? 超パワーだの何だのはどうでもいい、俺はその本質を知りたい。お前のその個性は──」

「──志村、いい加減にしろ」

「ぐえっ」

 

 首元に何か巻き付いて呼吸が苦しくなる。これは多分相澤の胸元に巻いてた変な布だな。触った感触的に、これいろんなものが織り込まれてる特殊繊維。イレイザーヘッドのワンオフ武装かな? 

 

「お前らの中学校の話は後にしろ。今は授業中だ」

「……わかりました」

 

 仕方ない、後で問い詰めるとしよう。

 ひとまず今は諦めたという意思表示を行なって、解放してもらう。

 

「いやー、すまんな緑谷。個性の関係上、ちょっと知識欲が暴走しやすくてさ」

「え、あ、ええっと……う、ううん。僕もその、この個性は隠してた訳じゃないんだけど」

 

 シレッと切り替えて話しかける。相澤のあの視線、どうやら警戒から本命に徐々に変わりつつあるな。ただ、こう、敵か? みたいな視線ではなく……なんだろう。観察対象? 

 

「超パワーか、いいじゃん。それでバクゴーくん(・・・・・・)のことぶん殴れば良かったのに」

「んだとカスコラァ!! ンなこと考えてやがったのかデクゥ!」

 

 明かな冤罪だが、怒りの矛先を見失っていた爆豪はどうやら緑谷にロックオンしたらしい。哀れ緑谷はそのまま爆破──されずに爆豪が相澤に捕縛された。

 

「学習せん生き物だ……」

「※△○××!!」

 

 また暴れ狂ってる爆豪を無視しつつ、緑谷から離れる。これ以上近づいていると、俺の心臓が持ちそうにない。まるで恋する乙女だな、ずいぶんと気色の悪い身体だ。

 

 そして、俺が近付くとササっと避けてく同級生たち。

 あれ、俺また何かやっちゃいました? (笑)

 

 唯一近づいて来た、というより俺が近づいてもちょびっと離れただけの耳郎に感謝。こういう時こそ友人との交友関係を大切にしようと思うね俺は。

 

「…………あんた、本当よく暴走するね」

「ヴィラン候補生の渾名は伊達じゃないだろ?」

「いや、知らんけど。納得だよこのバカ」

「因みにそう呼ばれた事はない。顔と態度だけならバクゴーくんの方がよっぽどヴィランだと思ってる」

 

「あ゛!? なんか言ったかゴミ!!」

 

「…………もしかしてこのクラスやばい?」

 

 爆豪の叫びを聞いた耳郎が、俺の顔を見ながら呆れてそう言った。

 

 まさかと思い、掌で口元を探る──ああ、やはり。しっかりと吊り上がった口角は、それは悪どい顔をしているだろう。ヴィラン顔ランキング、雄英で総ナメ出来そうだな。

 

「いやいや、全然ヤバくない。俺は未来が明るくてとてもいい気分だよ」

「お前がヤバいんだよ」

 

 遂に呼称すら崩して唯一の友人(仮)にすら罵られた。ダメか、不気味笑顔系ヒーローって。

 

『もう大丈夫、私が来た! (ニチャア』……無しだな。

 

「自重するわ」

「出来るとは思わないけど……まあ頑張って」

 

 なんとも情けない応援だ。

 

 最終的に、全種目に置いて特に一位をとってない俺は順位は下の方だった。爆豪は上、でもその爆豪でも一位は取れなかった。

 

 一位を目指すだけ、なんて言っておいて下にいる自分が笑えてくる。でも仕方ない、今日に限っては明るく笑い飛ばそう。

 

 なんて言ったって、俺の十五年を吹き飛ばす一日だったんだ。

 それはもう、鮮烈な一撃だった(・・・・・・・・)

 

 授業を終え、足早に帰宅した。叔父が出張で帰ってこない様だから安心して手を出せる。

 

 先ずは緑谷出久に何が起きたか、を確認せねばならない。

 長い一日になりそうだ──入学して二日目で遅刻しないようにしよう。

 

 

 

 

 



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戦闘訓練兼考察前編

『──AFO(オール・フォー・ワン)!』

 

 ──知らない人間の声だ。

 俺が聞いたことのない、綺麗な女性の声。気丈で、強かな女性が発する自信が響いてる。

 

 人名では無さそうな単語──『ALL FOR ONE』。有名な英語の一つで、あまり英語の詳しくない日本人でもその響きは聞いたことがある人間が多いだろう。

 

『──AFO(オール・フォー・ワン)!』

 

 再度繰り返し聞こえて来た声に反応する様に瞳を開こうとする──が。何故か目は開かず、それどころか身動き一つ取れない。声は聞こえて来て、それでいて身体は動かない……なるほど。

 

 夢だな。

 

 

 

 

 

 夜更かしの影響で響く頭痛に堪えつつ身支度を整える。

 雄英高校までの全ルートは記憶済み、どの道がどれだけ時間がかかるかも計算済みだ。車の交通量、電車の所要時間に信号機の切り替わる時間まで計算して最も早く移動できるルートを選択した。

 

 別にまぁそんな急ぐこともないが、時間に余裕を持てるのは良い事だ。特に俺のように、焦らなければならない(・・・・・・・・・・)人間にとっては。

 

 残念な事に爆豪と一緒に登校はしない。ぶっちゃけ爆豪が先日俺と渋々登校せざるを得なかったのは偏に親の協力と入学初日という理由がある。

 

 爆豪勝己は俺の個性を把握している。あくまで表向きの完全記憶能力を、だ。

 そして、その個性がハッタリではないこともしっかりと理解している。

 

 中学生の頃のテストで俺が転校するまでぶっちぎりで一位を取っていた爆豪を蹴落とし、以来一度も勝ちを譲ってない。他の連中、緑谷も含めて俺には勝てないと諦める中でアイツ一人だけ食らいつこうと毎回絡んできたのは良い思い出だ。

 

 しかし、雄英に入ったからには身体能力での負けが発生する。それはそうだ。俺は所詮一般人に毛が生えた程度の性能しか持っていない。此間のソフトボール、アレは恐らく『緑谷出久に生命の危機を感じた』末のリミッター解除が原因だろう。

 

 リミッター解除、つまり身体の機能を無理矢理引き出す(・・・・)

 ボールを放り投げた右腕は放課後夜になって痛み出した。脳内物質がわんさか放出されてたから一時的に感覚が麻痺したんだろうな。

 

 そうだ、緑谷出久と言えば。

 何日間かかけて調べ上げた結果、緑谷出久の個性は恐らくだが──誰かに与えられたモノ(・・・・・・・)だ。

 

 理由としては幾つか挙げられる。

 

 まず一つ目、『個性の発現が遅すぎる』点。

 通常個性は齢四つの頃には遅くても発現する、これは医学的科学的に完全に証明されている。論文も確認してソースまで目を通したが特に違和感は抱かなかった。個性の原理に関しては触れていなかったが、少なくともこれは間違いない。

 

 中学二年生で発現、という事例がない(・・・・・)

 

 前例がないだけで緑谷がそういうパターンってのも考えはしたが、しっくりこない。一番最初に恐怖を抱いたのは中三の時で、それも受験が間近になった日だ。

 

 あの時は心底驚いた。前日まで何ともなかったのに、いきなり俺の身体が怯え出した。全てが恐ろしいんだ。一挙一動の全てが恐ろしく、俺はその原因もわからないまま逃げ帰ってしまった。

 叔父に心配されたが、何もなかったと隠し通した。

 

 要するにだ。『急すぎる』んだよ。

 

 個性がその日発現したなら直ぐに個性を申請するはずだ。その行動もせずに隠して受験に臨み、本番で披露──ハイリスクだ。

 

 もう一つ、『オールマイトとの急接近』だ。

 おかしいんだよ、幾ら何でも。緑谷がオールマイトの熱烈なファン、オタクとかマニアって呼ばれる人種なのは間違いない。だからといって、オールマイトは気をかけない。

 

 あのNo.1ヒーローを生で見た事はないが、ファンサービスであそこまで共に行動するという話は聞いたことがない。

 それから、緑谷は身体を鍛え出した。誰かに指導されるように毎日公園へ向かっていたのを監視カメラで確認してある。

 

「怪しいよなぁ……」

 

 緑谷とオールマイト。

 ヘドロ事件を切っ掛けに関わりを持ったこの二人は、一体何をしていたのだろうか。もっとあの頃探っておくべきだった、緑谷から離れずに接近するべきだったんだ。

 

 オールマイト、オールマイトか……そういえば今雄英の教師をやってるんだったな。それとなく確認してみても良い。

 

『人を作り出すようなヴィランに覚えはありませんか?』ってな。

 

 

 

 欠伸を噛み殺し、相澤先生(・・・・)が来るまで睡眠をとる事にする。幸いまだ誰も来てない様だし、ゆっくりと頭を休ませるとしよう。ノンレム睡眠、これ大事。

 

 腕を組んで突っ伏してから数秒後、ツンツンと頭を突かれる。

 

 突いてきた先を見ても、誰もいない。

 

「…………葉隠ェ」

「えっ、何でわかったの!?」

「制服ゥ」

 

 斜め前の席に脱ぎ散らかしてある制服を見れば一目瞭然。

 ムカついたので葉隠が居るであろう場所は無視して机の上に置いてある制服を手に取る。

 

「枕にするわ」

「ちょちょっとー! 私いま全裸なんだけど! 女の子に容赦なくない!?」

「別に良いじゃん見えないし。頑張ればスタイルくらいなら特定できるけど──あれ、俺まるで変態だな」

「同級生の脱ぎたての制服を枕にしてる時点で変態だよ!」

「同級生の目の前で脱ぐ方がよっぽどだと思うの」

 

 眠いからあんまり頭が回転しない。睡眠時間三十分はマジで頭に悪い。これからは三時間は寝るとしよう、いや、もともとしっかり寝てたけどな。今日はテンション上がって調べ切っちゃった。

 

「ていうか寝てる人間に悪戯仕掛ける方が悪いと思う。俺は寝るために反撃した。はい証明完了、俺の勝ちそしておやすみ」

「ぎゃー! このままじゃ猥褻罪で捕まっちゃうよー!」

「自覚はあったのか……」

 

 やかましいから制服を投げる。もちろん今度は葉隠は居るであろう場所に放り投げて、再度机に突っ伏せる。

 

「今日マジで眠いから寝させて……」

「あ、うん。……スウウゥ」

「ちょっと、やめなよ」

「あ、耳郎ちゃんだ! おはよー」

「あ、うん。おはよう……って、だから耳元に近づこうとしない。珍しく眠そうなんだし眠らせてあげれば良いじゃん」

 

 ああ、流石だ耳郎。お前は俺が雄英で最も初めに出来たベストフレンド。その気遣い、俺は素敵だと思うから特に俺に使ってくれ。葉隠という悪魔から俺は逃げて耳郎に行く。二択しか選べないからさ、俺。しょうがないよね。

 

「うっすー、って志村(・・)!? 珍しいなお前、朝から寝てるの」

「だろー」

 

 顔を上げないままひらひらと手を振る。切島が来たという事は、既に結構時間は経っている様だ。おかしい、俺の考えではもう少し寝れたはずだ……おのれ葉隠……! いつも会話はしてきたがまさか睡眠妨害をかまして来るとは。恩を仇で返された気持ちだ。

 

「まだだ……最終手段保健室……! ミッドナイト先生はどこのクラスにいる……!?」

「こ、こいつ……寝る為だけにプロヒーローの個性頼ろうとして……!」

「──おっと志村! オイラを忘れてもらっちゃあ困るぜ」

 

 ガタッと立ち上がった俺に声をかけてきたのは、一年生随一の性癖の広さ──ではなく、少年の心を持つ生徒の峰田実。

 

「昔から、追いかけてきたんだ……あの活躍っぷり(エロいボディ)を」

「ああ、そうか……実は俺もそうなんだ? 多分。きっとそんな気がするわ」

「さいってー」

 

 ガシッ、と握手を交わす。

 峰田との友情を得た代わりに失ったのはベストフレンド耳郎からの失望だった。悪い峰田、お前じゃ耳郎には勝てないよ。

 

「ごめん嘘。悪いな峰田、俺はお前より耳郎を取るよ」

「なッ──騙したのかよ!?」

「なんなのこいつら」

 

 異性との友情とは、果たして出来るものなのか? 答えはイエス──男側の性欲を抑えればな! 

 

 額に親指を当てて自分に言い聞かせる。

 起きろ。起きろ。起きろ起きろ起きろ目を覚ませ意識を覚醒させろ──強制的に脳を回転させて目を覚ます。

 

「そういえば志村、お前って完全記憶能力が個性なんだろ?」

「おう、そうだぞ」

「じゃあラッキースケベ的な事とか起きたら全部覚えてるってこと?」

「おう。目だけじゃなくて、匂いとか声も全部覚えてる。思い出すのには時間がかかったりするけどな」

 

 ようやく起き始めた脳で考える。

 そう、ここなんだ。俺の個性が表向きでも違和感がある部分は。

 

 そもそも完全記憶能力は病気の一種としても受け取れる。脳機能の障害だ。忘れていい、脳の更新がかからずに延々と同じ光景を刻み続ける。流石にそれで死に至るような事はないが、それでも相当な負担にはなっている。

 なのに、光景だけではなく鼻も耳もその対象。

 

 流石におかしいだろう。個性というブラックボックスを相手にしている以上不可解なことがあるのは仕方ないが、これは些か過剰だ。

 

「……あれ。ねえねえ志村くん」

「うん?」

「匂いも覚えてるって事はさ──」

「さっきのバッチリ覚えてるぞ。もう忘れない(・・・・)わ」

 

 ぎゃー! と再度葉隠が叫んだのを最後に相澤先生が教室に入ってくる。今日も一日が始まる、眠気はあるがまあ……少しずつリセットしていこう。

 

 

 

「わーたーしーがー!!」

 

 昼の眠気に耐えながら、うとうと舟を漕いでいたら耳郎に突かれたりして耐えていること数分。

 

 普通に遅刻ギリギリでやってきたオールマイトの大声が耳に入り──それどころでは無いレベルで心臓がバクバクと鼓動を繰り返す。不整脈? そんな生易しいモノじゃ無い。これは緊張だ、明らかにオールマイトの声に心臓が反応している。

 

 呼吸が荒ぶる。扉から姿を現したオールマイトに、腕が震え出す。

 

 緑谷の個性が優しく見える。純粋な暴力、存在するだけで脅威だと俺の身体が訴えている。

 

「──普通にドアから来た!」

 

 その笑顔が、俺にはどうしても恐ろしく見える。安心させる? 馬鹿を言え、俺の身体は震えている。怯えて怯えて恐怖に耐えてる。

 

 オールマイトの声は、生で初めて聞いた(・・・・・・・・)。確実に俺を生み出したあの声の主ではない、それだけは確かだ。だが、こう、これは……おかしいぞ。

 

「生オールマイトじゃん、志村って爆豪とかと同じ学校なんでしょ? ヘドロ事件の時に──……」

 

 心臓が締め付けられているような、何か、無理矢理抉じ開けようとしているような感覚が身体を這いずり回る。一つ一つ、本来無いものを無理矢理開こうとしてるような。

 

 浮くような(・・・・・)解放されるような(・・・・・・・・)禁忌のような(・・・・・・)──何だ? 

 

「──……と!」

 

 手招かれてる。

 ふらふらと、何処かへ──俺のことを手招いている。誰だ? 

 俺を呼んでるのは、いったい誰だ? 

 

「──志村少年(・・・・)!」

「ッ──」

 

 オールマイトが、肩を掴んできて──その姿が一瞬だけ変わる。

 

 誰かはわからない、とてもよく似た姿だった。

 マントを身につけて、少し長い髪を靡かせた──そんな、誰か。

 

「おいおい、どうしたんだい? 汗の量が滝みたいなことになってるぞ」

「オール、マイト……?」

 

 オールマイト。オールマイトだ。視界は正常、聴覚との誤差はない。

 

 いま俺は何を見ていた。何が視えていた(・・・・・)? 

 オールマイトの姿を見て、腕の震えは収まった。心臓の高鳴りは変わらずあったが、それも落ち着き始めた。

 

「ウーム……保健室に行ってきなさい。リカバリーガールに診断受けて、それで何もなかったら授業に参加してもらう。今日の授業はちょっと危ない(・・・)からね!」

 

 そう言ってオールマイトが壇上に瞬間移動して掲げたのは──『battle』の文字。

 

「ズバリ、戦闘訓練さ! 二対二、ヴィラン側とヒーロー側に分かれて戦ってもらうがパートナーはくじ引きだ」

 

 とりあえず、俺としても保健室に行くという判断は間違っていないと思うし、なにより身体の震えはまだ少しだけ残ってる。特に、吐き気──要するに横隔膜が震えてる。

 出もしない嘔吐感を抱き続けるのは不愉快だ。さっさとリカバリーガールに治してもらうとしよう……ん? 

 

 リカバリーガールってそういうの治せるんだっけ? 

 

 

 

 ダメだった。一足先に向かった同級生達を追いかけて、とぼとぼ歩く。

 

 何だろうな、この吐き気は。どうにも治らないムカつきという訳でもなく、オールマイトとの接触で引き起こされた謎現象。

 

 ……ハァ、それにしてもこんな事で緑谷の個性の秘密を理解することになるとはな。

 

 オールマイトで引き起こったこの現象、緑谷を見るたびに起きる現象、全く同じ現象だ。もうこの時点で答えは出たが、もう少しだけ情報を整理しよう。

 

 一つ。

 緑谷出久は無個性であったが、ヘドロ事件を経由しある日突然個性を手に入れた。

 

 二つ。

 ヘドロ事件では爆豪勝己・緑谷出久・オールマイトの三人が接触している。だが爆豪に変化はなく、その後オールマイトと絡む事はなかった。

 

 三つ。

 監視カメラで捉えた緑谷出久とずっと一緒にいた金髪のガリガリに痩せ細った男性──アレがオールマイト(・・・・・・)であり、緑谷出久に個性を明け渡した姿である。

 

 よく考えればわかる事だ。

 少々突発的な出来事過ぎて理解し難い部分もあるが、これで確定だろう。

 

 超パワー。ああ、なるほど。緑谷出久のあの超パワーはオールマイトの物か。果たして隠す気があるのか、それとも無いのか……少なくともオールマイトの個性に関しては他言無用だな。

 No.1ヒーロー、その裏の顔を俺は知らない。知ろうと思ったこともなかったが、そうは行かないらしい。

 

 過去に何をやってきたのか、どうしてヒーローになったのか。それら全てを洗いざらい調べ尽くす必要がある。

 全く、ようやく緑谷を調査し終えたのに厄介な話だ。これでゆっくり寝れると思っていたが──なかなか面白い。調べ甲斐があるじゃないか。

 

 どんどん前に進んでいる。面白いくらいに、罠かと思うくらいに(・・・・・・・・・)

 

 誰が敵で誰が味方かなんてわかりはしない。オールマイトが敵の可能性、黒幕と手を組んでる可能性、緑谷すらもその関係があるかもしれない。

 

 緑谷出久とオールマイト、その関係性。そして、俺の生みの親との関係性。先ずは二人の個性を探るところから始めようか──今日の戦闘訓練から直ぐにでも。

 

 監視カメラの位置に気を付けて、歪みを隠し切れない口元に手を当てながら笑う。

 

「楽しいなぁ……オールマイト……」

 

 全てが敵。

 生命を持つ全てが俺の敵だ──作り物にはお似合いだろう。

 





オリ主
・どっからどう見てもヴィラン。USJでちょっとした遭遇もあるよ!

緑谷出久
・腕を壊しながら戦うクレイジーボーイ。今作では何故か恐怖の対象に。何でだろうなぁ……?

爆豪勝己
・ごめんなさい爆殺王。




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戦闘訓練兼考察中編

「む、戻ったかい志村少年!」

「ええ、お騒がせしてすみません」

 

 戦闘訓練を行うための特殊ステージ──と言うより、入試で使用したような広めの街を再現した場所。こんな場所が沢山あるとは、流石雄英としか言いようがない。

 

 既に始まっている試合を見ながら、オールマイトの話を聞く。

 大丈夫、汗は止まったし腕の震えも今は少ない。

 

「……志村少年は葉隠少女と組んで貰うぞ! ──くじ引きで余っちゃったから」

「わかりました。……それ、俺が戻ってこなかったらどうするつもりだったんですか」

「……三人組だな!」

 

 思ったより適当だ。オールマイトはついこないだまで一線を張るヒーロー……というより今もだが、あくまでヒーロー。教師ではない。

 救う者ではあるが、教え導く者ではない。

 

 個人的には相澤先生の方が教師として立派だろう。当たり前の話だが。

 

「ヨロシク葉隠」

「よろしくねー! でもさでもさ、志村くん大丈夫なの? 明らかに普通じゃなかったよ」

「あー……持病みたいなもんだ。気にすんな」

 

 心配してくれた葉隠にひらひらと手を振る。

 

 同級生は既に自分達で考えたヒーローコスチュームに身を包んでおり、それは俺も例外ではない。

 白いマントに、不釣り合いなサラリーマンが身に付けるような黒のスーツ。ネクタイは無いから、堅苦しくは無い。

 

 それなりに機能を盛り込んで貰っているから十分な戦闘能力は発揮出来るだろう。特殊と言えるほどではないが、な。

 

「なんかアレだね……極道?」

「またそりゃレアな……今の時代極道なんて見れないだろ」

 

 ただでさえヒーローが台頭して以来規模を縮小していたのが、オールマイトという超弩級のヒーローの登場により解体を余儀無くされた。最早一般人を食い物にする庇護者という役割は、必要なくなったのだ。

 

 実態はともかく、指定暴力団──もとい指定(ヴィラン)予備軍とか呼ばれるようになっちゃおしまいだ。時代は変わり、裏社会も変わった。

 

 伝説的な盗人、偉大な指導者、都市伝説レベルの親玉。

 そんな一個人で圧倒的な脅威を発揮する連中を相手にしてきた国に対して、一介のヤクザ如きが相手になる訳ない。

 

「私も昔のビデオでしか見た事ないよー。マントにスーツ、ふむむ……」

「いいだろ? この手袋とか──なんとなく、これで良いと思ったんだ(・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 ぴっちりと指がハマり、スーツの袖口から肌が露出しないようになっている手袋。滑り落ちるような事はないし、この手袋は耐爆・耐高温低温・絶縁その他諸々の効果がある。

 素材の選定もある程度俺が志望した。仮にも自分の身体を預けて、一線で敵と戦う装備。それを他人に任せてデザインのみ要求する、という事は出来なかった。

 

 作っている人間のデータ、野菜とかでいう生産者データだな。そういう物も雄英宛に送られていてしっかりとしたセキュリティで守られているのは知っているからそこは信用したが。

 

「マントのひらひらの感じ、オールマイトに似てるね!」

「……そうか?」

 

 オールマイトのマントは風が無くても靡いてるし、いかにもヒーローっぽい(・・・・・・・・・・・)

 俺はそういう機能を付けてもらってないからならないはずだが……葉隠は割と気まぐれな部分がある。今回もそういうパターンだろう。

 

「ふーん、志村スーツなんだ」

「お、ベストフレンド耳郎。そういうお前は……結構パンクだな。似合ってていい」

「……ありがと。そっちも似合ってるよ、なんて言うか……アングラだね」

「それは褒め言葉なのか? 悪役扱いされてるじゃねぇか」

 

 そんなバカな。葉隠は極道、耳郎はアングラ。俺の美的センスがナチュラルにヴィランって事か? 嘘だろ、ちょっと傷付いた。

 

「憎しみで人が殺せたら……!」

「急に豹変しないでよ」

 

 出逢って数日なのに既に慣れた様子のベストフレンド耳郎。

 俺の顔に手を伸ばしてきて、口元をぐいぐい触る。

 

「ちょっと耳郎さん」

「口、また笑ってるよ。悪いとは言わないけどさ、本気で怖いからね? 個性把握テストの時忘れた?」

「…………前向きに検討した上善処します」

「政治家かアンタは」

 

 この口元の歪みだけはどうしようもない。生まれつき、こうなんだ。

 

 知的好奇心を強く刺激された時、興奮したとき、面白い・愉快なモノに出逢った時──俺は笑って()しまう。きっとこういう風に作られてる。

 

 相変わらず俺の設計者は人の心がない。

 ヒーローを目指すには邪魔なものが多すぎる。抑えようと思っても抑えられない、俺が脳を完全に掌握してもなお操り切れない厄介な性質を埋め込みすぎだ。こんなこと誰にも相談できやしない、自分の力で前に進むしかない。

 

「ままならんなぁ……」

 

 (ヴィラン)には堕ちたくない。

 人の性質が教育で決まるのなら、俺の本質は悪だ。

 

 幼い頃から沢山の悪意に囲まれて生きてきた。育ての両親は仲が悪く、結婚してる筈なのにずっと互いの悪口を言い合っていた。母は父が稼いできた金をホストに貢ぐし、父はそんな母が無駄遣いして購入した物や昔から持ってる大切な物を勝手に転売したりしていた。

 道徳や倫理と言った言葉から最も遠い家族だった。仮初の家族であっても、愛情がある人たちは確かにいる筈なのに──俺はそれを模範解答でしか理解できない。

 

 自分の身で味わった事のないモノは、知識として蓄える以外に方法がない。『愛に飢えている』だとかそういうわけではなく、理解はできるが納得はできない。

 

 話を戻そう。

 

 小学校の頃は、周りと合わせる気も特に無かったし一人だった。試験は簡単すぎて、周りの子供が個性を使って威張ってきても何の感慨も浮かばなかった。

 

 そんなチンケな個性で、俺に張り合うのか? 

 そんな感想しか出て来なかった。

 

 生まれた瞬間に人生に於ける最大の悪を知ってしまった俺は、それ以下の悪はどうでもよく思えてしまった。

 

 悪い事は悪い事だ。法律で定められて、世間一般人道的にマズい事の理解はできる。だが、俺の存在はそもそも法律や人道というものを無視したモノだ。

 

 ヴィランになれば、そのうち捕まって俺の存在が露わになるだろう。その前に死ぬ可能性もあるし、製作者からも「その程度か」で終わってしまう。それでは詰まらない。

 

 俺を勝手に生み出した奴に、相応の地獄は見せてやりたい。

 

 だからおれ(ぼく)はヒーローになる──よし、修正完了。

 

 弱気になるな、志村我全。

 知らない事、知りたい事、知らなければならない事から目を逸らすな。全てを知り、全てを計算して意のままに操ってやれ。

 そのついでに、生かすか殺すか(・・・・・・・)──その二択を選ぶだけだ。俺は生かす。救う。救って見せる。

 

 (生みの親)が命を弄ぶなら、俺は命を尊ぶ。

 

「──ていっ」

「あだっ」

 

 顔面に布がぶつかる。

 思わず目を瞑って、ふわりと漂った甘い香りで葉隠だと内心断定しておきながらその事は言わないでおく。どっからどう聞いても変態だろ。性犯罪者になるのは嫌だ。せめて普通のヴィランの方がマシだ。

 

「考え事もいいけどさ、同じ仲間だし一緒に観ようよー!」

 

 手袋と靴しかないが、その身体の動き的に腰に手を当てているのは想像できる。

 クラスメイト達が視線を向けるその先に巨大なモニター、画面上に映っているのは──緑谷と爆豪。

 

 ヴィラン役の爆豪が腕を振るい、掌から発生させた爆発でビルの狭い中を縦横無尽に駆け巡る。緑谷もその勢いに呑まれずに、必死な形相で手足を動かしている。

 

 時々迸る青緑色の閃光、アレが緑谷の個性の正体か。

 モニター越しだと何とも感じないその力について考えようとして、いったん頭を動かすのをやめる。

 

 葉隠の言う通り、今は授業中であり同級生の戦いも参考にして行かねばならない。オールマイトや緑谷についての考察、俺のメンタルリセットなんざ一人でもできる。

 よし、落ち着こう。俺に今求められているのは、クラスメイトと共に次代を担う存在としてヒーローを目指す事。

 

 生みの親への復讐はプロヒーローになってからで十分だ。

 

 時間の有無は自分で調べる。一人の時に、な。

 

 画面の中で何かを言い合う爆豪と緑谷。

 ほぼ一方的に爆豪が攻撃するのかと思えば、緑谷も反撃している。友人であるが、互いにヘイトが溜まってる仲だから攻撃にそこまで躊躇いはない。

 

 爆豪も緑谷も、一切の躊躇が無いわけではないが──爆豪の方が躊躇いなく。緑谷の方が躊躇ってる。

 

 緑谷は一撃当たれば即死、爆豪は死にはしないだろうが大怪我は免れない。互いに立派な強個性を保有する二人が正面切って戦っているのはプロヒーロー達の活躍シーンでもあまり見る事はないだろう。

 

 大抵ヴィランは逃走を第一に考える。

 捕まれば終わり、逃げれればまだ次がある。だから戦闘は長引かないしヒーロー側もそれを理解しているから短期決戦で決めようとする。

 

 この場合は、ペアに肝心の確保対象を任せて正面から殴り合う愚策も良いところだ。

 

 一人で難しければ他のヒーローと協力し合う現代に於いてこれほど評価の下がる戦闘はない。私怨丸出し、感情剥き出しの殴り合い。教師のオールマイトも特に何かを言うつもりも無さそうで、これを機に理解すればいいと思っているのだろうか? 

 

 ……まあ、俺たちは所詮学びにきている卵。いきなりプロ顔負けの事はさせないか。

 

 緑谷の渾身の一撃が爆豪に振るわれ──確実に振り抜かれたその一撃は、ビルの天井(・・・・・)を破壊した。

 

 上の階に待機していた爆豪のペア、エンジンという個性を持つ飯田もその衝撃に気が付き注意を逸らす。爆豪と緑谷の戦いに視線が集中する中で、緑谷のペア──麗日が一気に確保対象へと走り出した。

 

 遅れて飯田が走るが、もう遅い。あの距離では先に麗日が到達するだろう。

 

 緑谷の咆哮のような叫びの言葉を、モニター越しに口の動きで聞き取りながら訓練は終わった。結果は、ヒーローチームの緑谷麗日ペアの勝利だ。

 

 

 この試合の講評を終え、割とボロボロに言いまくった発育の暴力八百万にオールマイトが若干たじろぐのを見ながら試合に備える。

 

 相手は推薦入学組の轟と、硬化の個性を持つ切島だ。

 俺達はヴィラン側、条件としてはまあまあ有利ではある。

 

 葉隠との作戦会議の時間を数分だけ貰えたので、それまで思考を重ねて作戦を決めるとしようか。

 

 まず第一目標は、『一人も捕まらずに確保対象である核を守り抜く』。

 俺も葉隠も捕まらずに、相手を確保して終わらせる。これを一番に据えて考えていこう。

 

 方法としては単純で、俺がビルの内部構造を把握した上で通る道を制限させていく。道を倒壊させたり、わざと遠回りするような構成にすればいい。問題は轟の初動ぶっぱで全部吹き飛ぶという点。

 

 制限させた上で、俺が不意をつく形で襲ってその隙に葉隠に捕縛ロープで縛ってもらう。

 

 見えないという圧倒的すぎるアドバンテージがあるが、それゆえ轟の個性によっては本当に死ぬ可能性もある。そこは俺が注意するしかない。氷漬けにされて呼吸ができなくなってしまうとオールマイトですら判別できないから、救えない。

 

 切島は硬化の個性、純粋な殴り合いだと不利だが俺にとってはやりやすい相手だ。

 

 硬くなったところで関節を無理やり曲げたり、絞め技で落とせばなんとかなる。やはり問題は轟だな。

 

「……ふむ」

「……ん? どしたの?」

 

 隣に佇む葉隠を見る。

 個性把握訓練の際に轟の動きは見ていたが、相当デキる(・・・・・)。個性がなくても近接戦闘が強く、身体の使い方がうまい。ダメージを減らす技術も持っていそうでかなり厄介だ。

 

 一対一でやり合うのは、些かリスクが高すぎる。……よし。

 

「葉隠、作戦決まった。聞いてくれるか?」

「おっけー! でも、ちょっと疑問に思ったら質問はするからね?」

「任せとけ。俺の個性(・・)なめんな」

 

 本当の個性は知らない癖に──自分で笑えてくる。

 

「絶対とは言い切れないが、初手の話だ。まず一番最初に、大規模な氷による攻撃を行ってくる」

「えーと、轟くんの個性?」

「そうだ。これには理由があるが、轟の個性把握テストは見てたか?」

 

 ぶんぶんと首を振ったような風圧が頬に当たる。いや、わかりづらいな。縦に振ったのか横に振ったのかわからん。

 

「……まあいい。発動型個性を持つクラスメイトの中で、アイツは最も早く最も強く(・・・・・・・・)出せる。爆豪や緑谷は強力な攻撃をするのに『溜め』を必要としてたが、轟は一切そういうのが見受けられなかった」

「さっすがー、よく見てるね!」

これから戦う機会がある同級生(・・・・・・・・・・・・・・)だしな。観察は大事だ、葉隠って体術に自信あったりするか?」

普通の人よりは動けるよ(・・・・・・・・・・・)!」

「なら十分だ」

 

 最低限捕縛するだけの身体の身のこなしが期待できれば、それでいい。

 

「いいか──まず、初手で俺は凍る(・・・・・・・)。この部屋までおびき寄せるぞ」

 

 張りぼての核をバシバシ手で叩きながら、俺は笑って(・・・)葉隠に宣言した。

 




オリ主
・笑う顔がヴィラン。実は親の借金が残ってるが、他の人間より早く死ぬだろうしどうでもいいと思ってる。割とすぐヘラるし情緒不安定だけど復活も早い。

葉隠透chang……
・素顔は不明だが多分かわいいインビジブルガール。姿は消せても匂いは消せない、もう匂いだけで興奮できる主人公にとってはいい餌。全裸に躊躇いがない。

耳郎響香
・ベストフレンド認定された(勝手に)かわいい三白眼ガール。絡ませてあげたいけどギャグ時空以外で絡ませる機会があんまりない。羞恥心はちゃんとある。




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戦闘訓練兼考察後編

「うわ……すげぇな轟」

 

 切島の呟きが冷気へ消えていく。

 ビルの目の前に佇む轟から放たれた氷は軽々とビルを覆い尽くし、内部まで氷が侵入している。所々上手く進まない場所があったのを把握した轟は、ビル内部に何か仕掛けられている可能性をこの時点で考えた。

 

「……捕まえた」

「マジか! 俺の出番がねぇなー……」

 

 葉隠、そして志村も氷で捕えた感触が轟には伝わった。個性を通しての感覚は言い表し難いが、使用者だからこそ物に当たった際の小さな感触に気がつく。

 

 様々な状況で使えば使うほどそういった感覚は研ぎ澄まされていくモノで、轟はそういう点ではこの学年で一番個性を使い込んでいる(・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 冷気が漂うビル内に足を踏み込み、目的の階層へと向かっていく。

 今相手にしているのは、完全記憶能力の個性と透明化の個性。手を組まれると厄介な組み合わせだ、と素直に轟は思った。

 

 今回氷で捕えられたからよかったが、透明化されたまま完全に姿を消されると対応できない。初見殺しで押し切れたのが勝因だ。

 

「よお、志村」

 

 部屋の扉は氷で吹き飛び、入口は開いたままになっている。

 

「轟ぃ、お前女子に対する気遣いがなってねーぜ。葉隠は全裸だぞ? 氷漬けにするのはどうよ、ヒーローとして」

「……今そっちはヴィランだろ」

 

 違いない、と言って肩を竦める。

 

「悪いが、さっさと終わらせる」

「まあまあ、ちょっと待てよ」

 

 ごそごそとスーツの中に手を突っ込んで何かを探る志村。それを見て、轟は氷を生み出し志村の胸元まで凍らせる。

 

「ハハーン、容赦ねえな」

「お前は何をするか分かんねぇ──個性把握テストの時に判った。本当は近接戦闘、強いだろ」

「え? マジかよ」

 

 隣で葉隠のモノらしき靴と手袋がある場所を警戒していた切島が話に入ってくる。

 

「完全記憶能力──匂いも音も覚えるなら、身体の動かし方すら一回で覚えてもおかしくねぇ」

 

 個性把握テストの際、轟はクラスメイトの実力を測っていた。

 強い個性を持つ者、そうでは無いもの、実力それら全てを加味して点数を付けた結果──一番高いポイントが付いたのは爆豪。二番目に八百万、三番目に志村だ。

 

「ボールの投げ方、飛び方、走り方……体格にあった効率的なモノだった。後でちょっと調べてわかったが、お前中学校の時に個性未使用の体力テストの記録殆ど塗り替えてるじゃねぇか」

 

 所詮個性未使用の記録と考えて当時は気にしていなかったし聞いたこともなかったが、少しだけ騒ぎになっていたようでローカル新聞に載っていた。中学一年生の時に記録を塗り替えて以来、更新されることはなかったようだが。

 

「そんな身体能力を持ってる奴に、舐めて戦えるかよ」

 

 轟は本気だった。

 身体能力を強化する、もしくは超能力的な力を発現させる訳でも無いこの男を警戒し初動で何もさせずに終わらせようとした。確実に勝つならば、これが一番だ。

 

 それを聞いて、志村は一度大きく息を吐いたあと──口元を歪めて笑う。

 

「──まあ、俺もお前のことは調べておいたんだが」

 

 終わったと確信している轟に対し、部屋の天井から白い布が落ちてくる。ふわりと轟を覆い隠すように丸まったソレ、一瞬対応が遅れる。

 

「上!? まさか──」

「こっちはいいのか? ヒーロー」

 

 いつの間にか氷を溶かし(・・・)、足場を確保した志村が切島に迫る。天井に注意を逸らした切島にとっては致命的な隙だった。顎の先を狙った大振りの回し蹴りは命中し、僅かに切島の意識を揺らす。

 

「切島確保──あとはお前だけだな、轟」

「…………」

 

 落ちてきた布──志村のマントを投げて後ろに下がった轟。

 そんな轟を見ながら身体に纏わり付いた氷を砕き、横たわって捕縛された切島の上に堂々と座る志村は、ヒーローより──ヴィランに見えた。

 

 

 

 

 轟焦凍──個性、半冷半燃。氷と炎を操る、超強力な個性。

 

 氷を溶かす事にしか炎を使わない理由は知らないが、メインで氷を扱う。もしかしたら、顔の火傷に関係するのかもしれない。

 個性把握テストの時、轟は炎を一度も使用しなかった。

 

 狙うなら、そこだ。

 今回は核を確保するというミッションが課されている以上、核がどこに有るかわからないのに炎は使わない。刺激せずに確保するなら、氷で全部凍らせる。轟ほど優秀ならそうする筈だ。

 

 そこを突く。

 轟は戦い慣れている。俺との交戦距離も決して近付かないし、徹底的に何もさせないようにするだろう。

 

 俺に意識を割かせて、その間に葉隠に目眩しをやってもらう。俺のマントはとても軽く、手袋と同じで様々なものを弾く性能がある。だから、一番最初に葉隠に渡した。

 

 凍らされて動けなくなる前に、マントで身を隠して身代わりを作る。最悪この時にバレる可能性もあるが、バレたらバレたでいい。その時は葉隠か俺のどちらかが自由に行動しているかも、というリスクを相手が勝手に背負ってくれる。

 

 俺は足元が氷漬けになり、葉隠は予定通りマントで防いで自由行動。靴と手袋を適当にそれっぽく脱いで氷の中に入れておけば、『最初から脱いでいた』と誤認させやすい。あとは止めで俺が言えばいい。

 

『全裸相手に容赦ないな』、なんて戯けて言えば。

 

 勝手に捕まったと解釈してくれれば良し。

 そして自由に動けるようになった葉隠に、天井の鉄骨にマントと一緒に待機するように伝える。

 

 俺との交戦距離、轟がどのルートを通っていくかを計算して事前に配置。この演算能力だけは有難く思っている。これが有る無しではかなり差がでかい。

 

 轟の氷のみ警戒すれば、あとは簡単だ。

 唐突に降ってきたマントに動揺した切島の脳を揺らして無力化、轟は俺と相対している間に葉隠で確保。

 

「読みもクソもない、簡単な話だよ。たまたま(・・・・)俺の装備が対環境用のモノであり、尚且つ靴に暖房効果があった。北国での救助の際に使用するためにな」

 

 偶然だ。

 俺には拳で風を引き起こす力も、何もない場所から火を生む力はない。戦闘になればある程度は活躍できるだろうが、緑谷やオールマイトのような化け物クラスに対抗できるかと言われれば微妙だ。オールマイトにはワンパンされるだろうし、緑谷も一撃喰らえばアウト。

 

 いざプロになって戦闘の邪魔をせずにヒーローとして活動するなら、救助という行動はとても大切だ。

 

 俺は単独で雪を消す手段は持ってない。

 火を起こすにも乾燥した素材が必要で、常にそんなもの持ち歩くわけにもいかない。身につけているヒーローコスチュームで即座に移行できる装備じゃないと駄目だ。

 

 雪や氷で閉ざされた世界で、人を救える力。それは、科学の力だ。

 

「俺は個性で人を救うには、少々手間が必要でな。お前みたいに氷を出せたり火を起こせるわけじゃないし、緑谷みたいな超パワーを持っているわけじゃない。葉隠みたいに唯一無二の個性があるわけでも、切島のように災害現場で無理矢理突入できるような身体もない」

 

 完全記憶能力──そして、時たま外れるリミッター。こんな不確定なものを信用するわけにもいかず、敵と戦う事以外も考えなければならない現代社会。

 

「だが──思考能力と発想力。これに関しては、誰にも負けるつもりはない」

 

 人を殺して救うか。

 人を守って救うか。

 

 俺の実力では両立できない。重々理解している。その上で、全て救うために技術(他の力)に頼るんだ。

 

「足りないものを補うための学習だ。さあ、もっと予想外の行動をしてくれ轟焦凍。氷と炎を扱うヒーローなら、もっとやれることはあった筈だ。核のある部屋で炎を使用するのか? 想定が足りないな、こっちは最悪核と共に自爆してもいい(・・・・・・・・・・・)。ヒーローは守るものが多くて大変だなぁ、全く」

 

 そうだ。ヒーローは守るものが多い。考えることが多い。やらなければならないことが多い。

 

 最悪の導火線を握っているのはいつだって(ヴィラン)だ。

 その火を消せるのはヒーローであり、その火を灯すのもヒーローだ。責任重大、俺たちはそんな世界に飛び込んで頂点を目指さなければならない。

 

 会話で時間を稼ぐのも、妨害行為をするのも戦術。こうしてお前に問いかけている間にも、葉隠は動いている。轟はきっと気がつくだろう。そして、先程の緑谷達の試合を終えた後の講評で出てきた言葉の影響もあって手が出し辛い。

 

『仮想核を、仮想として見做すな』。

 

 訓練だが訓練ではないと思え。

 

 だからお前はこの凍った部屋の中で戦わなければならない。地面を歩くだけなら音を聞き取れたかもしれないが、氷の上では聞き取れないだろう? さらに、氷の上に葉隠がいるという保障もない。

 

 実際いま、鉄骨の上で待機してるわけだ。

 

 懐から改めて取り出した、拳銃──その実はただの信号弾で、いざと言う時に火元として扱える代物──を核に向ける。

 

「お前が動けば、核を撃つ。十秒で投降しろ」

 

 一、轟の瞳が一瞬揺らいだ。

 

 二、半身から冷気が生み出されるのを見た。

 

 三、生み出した氷が、俺と核を阻むように動く。それを見て、躊躇いなく引き金を引いた。

 

 四、拳銃を放り投げ、轟に向かって駆け出す。氷の壁に阻まれた信号弾は受け止められ、轟もまた俺に向かって駆け出す。

 

 そして──こうなった時点で、こっちの勝ちは揺るがない。

 

「──はい、轟くん確保ー!」

 

 上から飛び込んできた葉隠が、轟に抱き着きながら捕縛テープを巻き付けた。走り出したその勢いに相まってのしかかって来た重量で、轟は氷の地面へと身体を打ち付ける。急な衝撃が飛んできたのにも関わらず受け身を取ったのは流石だとしか言いようがない。

 

『そこまで──(ヴィラン)チーム、WIN!』

 

 オールマイトの大声が響き、ここで試合は終わった。

 

「やった! 勝ったよー!」

「うおっ」

 

 ぶんぶん俺の手を掴んで喜びを表す葉隠。

 先に放置されてる二人をどうにかした方がいいんじゃないかと思ったが、轟が氷を溶かすために使った炎でついでに捕縛テープも燃やしていた。

 

「葉隠を放置したのがマズかったな。氷の個性、それって感触はあんのか?」

「……感触はある。あるけど、あくまで当たったかどうかとかそういうレベルだ。どうやって誤魔化した?」

 

 落ちてるマントを回収して、ひらひらと見せる。

 

「これ、燃えないし氷とか水も弾くし絶縁体なんだよ。雷とか電気って絶対に人体が適応できないモノだからな。対策は最初からしてた。あとは、要救助者とかを暖める時に使ったりする」

「便利だねー。実際暖かかったし」

「だろ。……うん、葉隠の匂いがする」

「ぎゃー! すぐそうやって変態みたいなこと言うんだからー!」

 

 全く衣服を纏っていない葉隠がぷんすか怒っているのを肌で感じ取りながら、フロアに繋がる氷を全て溶かし切った轟が見てくるのに気がついた。

 

「……正直、自分の個性を伸ばすっつーか。この個性でヒーローになるっつー目標はあったけど、災害時の対応とかは一切考えてなかった」

「轟の個性ならまあ、そんな深く考えなくていいだろうな。森で遭難しても、氷と熱を生み出せる時点で一人で生活できる。動物を殺すことに忌避感さえなければだけど」

 

 俺は全部自分でやらなければいけない。ありとあらゆる災害を想定して、ありとあらゆる敵に対応しなければならないのだ。

 

「持ってない人間の足掻きだ。持ってる人間には、必要ねえよ」

 

 

 

 八百万&オールマイトによる戦闘講評を終えて、葉隠の身体に氷による影響がないかどうかの検査を保健室に受けに行って俺は他の試合を見ていた。

 

 まだまだ個性の使い方がシンプルで、個性の内容的に細かく使える者もいれば大雑把にしか使用できない者もいる。

 

 それを学ぶ為の雄英高校──これからに十分期待できる。

 

 授業を全て終えた帰り道、そそくさと帰路に就く俺の前を歩くツンツン頭の男。

 

「よーう、バクゴーくん」

 

 駆け寄って、横に並ぶ。特に何も言わずに前を睨みつけるその仕草は珍しく、いつもだったら俺に対して一言以上暴言を吐いてるのに違和感がある。

 

「轟、強かったわ」

「……うっせ」

 

 いつもよりしおらしく見えるのは間違いでは無いらしい。自信の揺れ、それに対する再構築。次は俺が勝つ、という意思が僅かに滲み出てる。

 

「次は、俺か?」

 

 言外に、無視するなと伝えておく。

 No.1を目指しているのは俺だけでは無い。雄英を志望し、頂点を目指す者は多い。

 

 轟、爆豪、俺。少なくとも三人が現時点で頂点を目指している。たった一つしかない一位の座を。

 

「……次はぶっ殺す(・・・・・・)

 

 なんとも爆豪らしい答えだ。

 

 なら俺も、次は殺す勢いで相手をする。

 相手は天才爆豪勝己、躊躇いや葛藤を抱きながら勝てる奴じゃない。

 

 クラスメイトと競い合う──最初はそれどころじゃないと思っていたが、葉隠に言われて気がついた。

 

 将来を見るだけじゃなく、今共にいる仲間と切磋琢磨をする。

 自分の事も見直せる良い機会だ。

 

 そう思えた一日だった。

 




オリ主
・No.1ヒーローという枠組みも意識しているが、それより人を救うということに固執している。ヒーローコスチュームのコンセプトは災害時の対応のスペシャリスト。

轟焦凍
・個性婚のやべー奴。オリ主とは境遇がちょっとだけ似てる。まだツンツン轟なので表情と戦闘方法が固い。多分解決するのは緑谷。

切島鋭児郎
・今回良いとこ無し。後の最高硬度とかそこら辺生かして戦えればもうちょっと違った。流石に脳は硬化できなかった。

葉隠透chang……
・MVP。マント万能にし過ぎた感は否めないけど、ヒロアカ世界ならあるだろうで押し通すことにした。全裸で氷に飛び込むってめっちゃ怖いけど頑張ってやってのけた勇者。


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潜む悪意

日刊ランキングに居座ってますね。
感謝します。


 

『──■■……うん。だから、■■は放っておいて欲しいんだ』

 

 女性の声だ。

 優しく、囁く様な声。愛しい誰かへと向けたその声が脳裏に響き、安心感が心の中を漂う(・・・・・・・・・・)

 

『そう、頼む。代わりと言っちゃあ何だけど、ちゃんと後継は育てるからさ。……親として、どうかと思うけど』

 

 強く悔やむ感情が伝わってくる。

 どうしようもない程の怒り、何にもぶつけられない苛立ち、悔しさ──何もかもがごちゃ混ぜの感情の渦。

 

『うん。……多分、私じゃ勝てない。■■■はこんなもんじゃない。弱気になるなって? はは、ごめんごめん。……でもさ、本当はわかってるんだ』

『諦めた訳じゃない。私が倒す、ここで終わらせてやるって想いはある。そうじゃないと、■■を捨ててまで戦おうとしないさ。まあ、私が死んだら後をお願いね。盟友(・・)

 

 そう言って、話し声は聞こえなくなった。

 

 ……此間のオールマイトを見た時から時々現れる、この幻聴と幻覚。

 誰かが俺を導いているような、呼び寄せているような時もあれば今のような話し声──回想のようなモノが流れる事もある。

 

 聞こえなくなる、若しくは見えなくなってから数分は真っ暗な空間に意識が残ったままだ。残念なことに、俺はあの女性の声を聞いたことがない。つまり、俺の夢であって俺の記憶ではない。

 

 本来夢とは、脳が睡眠中に行う記憶の整理によって見る。朧げな、「見たことあるかもしれない」程度の既視感──デジャヴに近い。

 

 だが、俺の記憶上にこの女性の声は残っていない。

 

 要するに。

 俺が見ているコレ(・・)は、誰かが意図的に見せているか──俺の個性(・・)によるモノだ。

 

 

 

 ◇記憶の考察

 

 

 学校に行く途中のコンビニで適当にエナジードリンクを購入して、通学路を歩く。

 既に一週間、少しずつ見慣れた景色──と言っても俺は二日目にして完全に見慣れた景色になるが──にも、毎日ささやかな変化がある。

 

 雄英の周りは住宅街で、ヒーロー事務所等はない。

 勤める教師は全員プロヒーロー、まさにヒーローの総本山と言えるこの付近で犯罪を犯す者はよっぽどの自信家か大馬鹿だ。一応過去に起きたことがない訳では無いらしいが、大した被害も発生せずに鎮圧。

 

 毎日のほほんと暮らす一般の人々が行き交う中を、俺達雄英生は歩く。時々声をかけられている雄英生も少なくはなく、おそらく上級生。

 

 雄英体育祭を放送した後、知名度の上がった彼ら彼女らはプロヒーローへと一歩どころか三歩以上先を歩く。俺達が追いつけない場所へ、既にたどり着いている。今年の体育祭、そこで如何に目立ちプロへとアピールするかが大事だ。

 

 まあ、毎日毎日寝不足でそれどころじゃない訳だが。

 

 オールマイトと緑谷の個性、そして俺自身の寿命の把握にプロになる為の更なる知識の向上。やる事ばかりが山積みで、解決していかない事ばかりだ。仕方ないとは言え、少々精神的にクるものがある。

 自分の精神がそう強いものではないのは、重々理解している。

 

 将来が真っ暗なのを達観できず、足掻こうとしている時点で弱虫だ。ある意味潔く強い人間ならそれもよし、と受け入れるのだろう。俺には、それが出来なかった。折角生まれて培った全てを、どうしてドブに捨てなければならない? 

 

 俺が培ったモノは無駄だったのか? 俺が築いた十数年は無駄になるのか? 

 

 そう考えると、どうしようもなく辛くなる。

 その度その度、自分に言い聞かせて無理やり前に進む。メンタルが脆いなら、何度だって治せばいい。俺はそういうことが出来る。他の人間より機械的で、事務的で、客観的に自分を観察できる長所がある。

 

 以上、自己嫌悪の時間は終わりだ。さっさと入れ替えよう。

 

 そうだ、最近見る『謎の記憶』に関しての考察を深めよう。

 

 オールマイトとの接触以来、度々見るこの記憶──俺は、これが『俺の素になった人間の記憶』だと仮定している。あくまで仮定、その根拠もまだ薄すぎるから断定はできない。

 

 見たことも聞いた事もない女性の声。しかも、誰かと話しているシーンばかり継ぎ接ぎで流れる。

 

 全てつなぎ合わせれば、少しは見えて来るモノがある。

 

 一つ。

 この女性は、『AFO(オール・フォー・ワン)と呼ばれる人間、若しくは存在と関係がある』。何度も名前を呼び、その声色に乗っている感情を復唱して考えた結果抱いた答えはこれだ。

 

 二つ。

 この女性と繋がる人物が、今もなおこの時代に生きている。

 これはまあ、予想に近いが……多分オールマイトだ。数年前に起きたある事件、その真相を辿っていく内に少しずつ全容が見えてきた。

 

 オールマイトの過去を洗っている時の話だ。

 ある事件の後、オールマイトの犯罪解決率が著しく低下した月があった。詳細を掘り進めると──何も出てこなかった(・・・・・・・・・)。あの、No.1ヒーローと名高いオールマイトの情報が、だ。

 

 これはおかしい。どこに居て、何をしているという情報がリアルタイムで一般人によってサーチされる社会だぞ? その事件の前に存在したSNSを閲覧しても、事件前後の情報はあるのに──その事件から一定期間のみ、オールマイトの情報が意図的に消されていた。

 

 最終的にネットのアンチ、掲示板、深層と呼ばれる場所も漁って出て来たのは──伝説のヴィランの存在。

 

 名前までは公開されていなかったが、個性黎明期の時代から続く伝説。ある一人のヴィランが、『個性を奪い与える』個性を利用して巨悪に進化していったという話だ。

 

 何故そんな存在の情報が、オールマイトを調べると出てきた? それも、御丁寧に数年前から消息を絶っているというオマケ付きで。

 

 そこまでわかってしまえば、結びつけるのは容易だった。

 

 伝説のヴィランと、オールマイト。そして、数年前の事件の規模。巧妙に隠されたその真相。点と点が結びつき、答えを導く。

 

 ──件の伝説のヴィランとオールマイトは交戦し、痛み分け若しくは辛勝している。

 その時の負傷が激しく、オールマイトは一時期表舞台から姿を消そうとしたのだろう。今もなお活動しているのはまあ、正直わからない。リカバリーガールの回復で治る程度のモノなら休止しないと思うが、そこの詳しい理由まではわからなかった。

 

 それで、ちょっと強引な結び付きだが……緑谷とオールマイトの関係だ。

 二人は師弟関係で、恐らく個性の譲渡を行なっている。前出した結論はそうだ。そう、ここで大事なのが譲渡(・・)という点。

 

 あの女性は、『後継を育てる』と言っていた。

 

 ここで、もう一つオールマイトの昔話だ。

 昔、オールマイトは無個性だった(・・・・・・)らしい。何重にもかけられたパスワードを突破した先の、ある個人サイトに隠されていたその情報。

 

 まるで誰かが俺に謎解きをさせているような(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)感覚すら抱いたが、そこを疑ってはどうしようもない。

 

 オールマイトが過去無個性。

 緑谷出久も、前まで無個性。 

 

 後継を育てなければならないオールマイト。

 記憶の中で、後継を育てると言っていた女性。

 

オールマイトもまた、譲渡され受け継いだ後継なのではないか? 

 

 ……確定ではない。

 だが、その可能性は十分ある。仮に、オールマイトの情報が正しければの話だ。穴だらけ、正確性が欠けている。

 

 それでも、一考の余地はある。

 

 ……個人的には、その伝説的なヴィランの方が気になるけどな。

 

 十中八九、俺を生み出した奴ってソイツだろ。

 

 

 

 ◇

 

 

 校門の前に着いた所で、何時もより人混みが激しいことに気がつく。物陰に隠れて遠くから様子を伺ったところ、装備的に報道関係者のようだ。

 カメラを向けられ、インタビューを強制される雄英生徒もしばしば見受けられる。

 

 別に受けてもいいが、正直まだ全国に顔は晒したくない。件の伝説のヴィラン……そういえば痛み分けか勝利の二択な訳だが。これでもし相手が死んでいた場合どうすればいいのだろうか? 

 復讐出来ないまま終わる。……まあ、それはそれでいいかもしれない。

 

 生命を作る、なんて非人道的な事実は無くていい。明るみに出る必要は無い。恐らく、オールマイトや一部のヒーローにとって俺の存在はとてつもなくアンタッチャブルなモノだ。

 

 とてもじゃないが、自分から公表しようという気にはならない。俺は気にしなくても、気にする奴はいる。それが、ここ数日調べて現状出した答えだ。

 

 俺が全国に顔を出す。

 例のヴィランが気がつく。

 

 ネットからジワジワと情報が伸びていく──最悪だ。やっぱりやめておこう。やるなら自分の手でドッキリ的に言ってやりたい。具体的には、体育祭で堂々と一位を飾って宣言してやりたい。

 

『どんな気持ちだクソ親父』と。悪くない気持ちだ。

 

「……何してんの」

「むっ、ベストフレンド耳郎じゃないか」

「その呼び方なんなの? 別にいいけどさ、人がいるところでしないでね」

「付き合って間も無いカレカノみたいなこと言うね君」

 

 死にたいの? と暗に告げてきた冷酷な目線に思わず身震い。相変わらず強かな女だ。フン……怖い。

 

「いやさ、アレみろよ」

「んー? ……マスコミじゃん」

 

 大量の報道陣に対し、耳郎は特に何とも無さげに言う。

 

「ちょっと事情があってさ、全国に顔をまだ見せたく無いんだよね。だから困ってる」

「あー……詳しい事は聞かないでおく。どうする? ウチ一人じゃ何とも出来ないよ」

 

 どうするか。俺にも緑谷みたいな身体能力があれば飛び越えて『素の身体能力です! 個性じゃありません!』とか言って逃げれるんだけど。

 

「ふむむむ……遅くきたのが裏目に出たか」

 

 何時もより遅めに家を出たのが悪かったのだろうか。

 そうして悩んでいると、後ろから声がきこえてくる。ちょっと殺伐とした、というか暴言。

 

「あ゛ぁ゛? 何してんだメモリ野郎」

「バクゴーくんじゃないか! 何ていいタイミングで来るんだ……!」

「ンだ気色悪ィ」

 

 ポケットに手を突っ込んでズンズン歩いていく爆豪。これはチャンスだ、あれを利用すれば切り抜けられる。

 

「よしベストフレンド、行くぞ」

「え? あ、ちょっ」

 

 耳郎の手を掴んで、爆豪の後ろを歩く。俺が格闘漫画のキャラクターみたいに完全に気配を遮断できるとかそういうスキルがあればよかったが、生憎と現実はそう上手くはいかなかった。精々存在感をちょっと薄くできる程度の技術しか持ち合わせていない。

 

「あの、雄英の生徒ですよね? 良かったら──」

「るっせぇボケ! 失せろ!!」

 

 炸裂する爆豪節。初見でまさかそんな暴言を叩きつけられるとは想定していなかった報道陣は固まる。

 今がチャンス──この機を逃さずに、接触を出来るだけ避けながら報道陣の合間。特に、カメラを扱っている連中から離れた場所をすり抜けていく。

 

 色々手を出しといてよかった──やはり技術は持っていて損しない。

 

「よし、流石バクゴーくん。俺の期待通り、計算通りの男……」

「……ちょ、もういいっしょ。離してよ」

「え、いいじゃん。嫌?」

「…………別に嫌ってほどじゃ」

 

 しょうがないんだベストフレンド。ちょっと、別の事に意識を向けないと精神が崩れそうだから少しだけ我慢してくれ。口元が歪むのを堪えながら、眉間に皺を寄せて考える。

 

 俺達が報道陣をすり抜けようとしている瞬間に感じた視線。明かな、悪意の視線(・・・・・)。これまで、軽犯罪を犯すようなヴィランは見たことがあったしその空気感も知っているが──別格だった。

 

 まるで、悪意の塊に見られているかのような感覚だ。

 

「……嫌な視線だ」

 

 あの男と相対していた原初の記憶を思い出す(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)。それ程強烈な悪意だった。

 

 僅かに腕が震えている。

 落ち着こう。俺は大丈夫、大丈夫だ。見つかってない、まだどうとでもなる。見つかっていても、この場所にいる限り直接的な手は出してこない。

 

「……なんかあった? 普通じゃないよ」

「……なんもないさ。悪かったな、セクハラして」

 

 手を離して歩き出す。既に校門からはそれなりに離れているし、件の視線は感じない。背筋が震え上がるような寒気も無いから、至って問題なし。

 

 なにか、普通じゃないことが起きようとしている──それだけは胸に刻んでおこうか。

 

 

 

 眠気に耐えつつ、無理やり目を覚まして受けた授業の復習を終えて昼休みに。

 食堂に向かった連中を見送りつつ、朝感じた視線について整理する。

 

 これまで大人しく暮らしてきたのが若干裏目に出たか、ヴィランの種類を視線で感じ取れるほど優れてはいない俺の感覚が頼りない。

 

 ああいう鋭くて重たい悪意は、これまで相対した事はないが──似たような現象なら何度かある。

 まあ、シンプルにオールマイトと緑谷の個性関係だが。

 

 腕が震え、心の奥底から何かを感じる。

 

 共通点はそこだ。

 決して二人の個性が悪意に塗れているとか、そういう話ではない。

 

 先程の悪意は、『俺となにか関係があるのか否か』という事。

 

 緑谷、オールマイトの個性が俺に何かしらの関係があるのは既に確信している。他の誰もそんな感情も身体の動きも出てないが、俺だけ出ている。そして、俺は造られた存在。きっと俺を作った奴はその個性がとても嫌いなんだろう。

 

 嫌いというか、憎いというか……俺の存在そのものが、誰かに対しての対抗策? なのか。二択しかない、と言っていた選択肢のうちどちらを選んでも末路は変わらない。ヒーローになっても、ヴィランになっても。

 つまり、俺が表舞台に出た瞬間そいつの目的は達成される。そういうことか。

 

 脱線したな。話を戻そう。

 

 悪意を受けた事例が多ければ、その判断材料の中で精査できるが……これに関してはもう仕方ない。とにかく、現状ある情報はあの視線と緑谷の個性は同一現象が起きるという事。

 

 ……俺の身体に刻まれた何かが、そう反応するのか。そういえば、俺以外に製作者は作ったのだろうか? 俺のことをわざわざ最高傑作なんて呼ぶ位だったから、きっとその前に犠牲になった人達(兄弟)が居る。

 会ったことも無いし、戸籍上も存在していなかった。

 

 志村、なんて名字の人間はそれなりに居る上に全部漁るのは骨が折れたが少なくとも俺より年上でなおかつ同年代近辺で生まれた人間はいなかった。戸籍がそもそも存在していない──生まれて失敗の烙印を押され、死んだという可能性もある。

 

 ああ、いや、待てよ。確か居たな、一人だけ(・・・・)

 名前はたしか、志村──……転狐。

 

 四つか五つ上だった筈だ。

 

 俺がもっと幼い頃、興味本位で調べた事だったから詳しく探しきれていない。

 改めて探すのもいいかもしれないな。

 

 




・オリ主
情緒不安定。擦り込みの技術を体得していなかったら恐らく幼い時代に発狂している。
何故その技術を持っていたかは本人もわかっていないし、疑問視すらしてない。
なんでかなぁ……?

・ベストフレンド耳郎
精神安定剤。手を握られても動揺しない。ただし握りっぱなしは流石に恥ずかしい。
オリ主は血筋的に美形だから、動揺してもおかしくない。

・爆豪勝己
この後めっちゃ炎上した。


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USJ襲来

 睡眠というのは素晴らしいモノだ。

 人間が必要とする欲望の中で、最も高尚で高潔なモノである。何故ならば、俺がそう感じてるから。

 

 食欲・睡眠欲・性欲。

 

 三大欲求と呼ばれるこの三つの欲は人間の中で最も大事な要素だ。

 

 性欲は、子孫繁栄。種を残すという『生命体』として抱く当たり前の感情。言い方さえ変えてしまえば、植物だって種族を繁栄させるために毎日のように種を飛ばす。これは生命体にとって必要不可欠だ。

 

 食欲も同じように、身体機能を維持する為に必要。エネルギーの補給、内臓器官を動かし身体を正常に導いていく。

 

 最後に睡眠欲──眠いから寝る。以上だ。

 

「そういやさ爆豪、何でそんな下水を煮詰めた性格してんのにヒーロー目指してんだ?」

「ンだとゴラァ! このクソビリビリ野郎ぶっ殺すぞカス!!」

 

 ……眠いから寝る。以上だ。

 

「あ、ねーねー見えて来たよ志村くん! ほら起きて起きてー!」

「頼む……葉隠、後生だ……眠らせてくれ……」

 

 ガタガタと隣の席から揺すってくる葉隠。ヒーローコスチュームに身を包んだ彼女──ヒーローコスチュームは全裸だが身を包んでいる──が暴れる。気が付いているのか知らないが、全裸の際のその……柔肌(最大限譲歩した表現)が当たって非常に煩わしい。ご褒美です。

 

 だがそれとこれとは別。食欲と睡眠欲が両立できないように、性欲もまた──いや、待てよ。

 

 そういえば日本にはある食文化がある。他の国ではとても考えられない非衛生的で狂気的な食文化──女体盛。最初にこれを考えた奴は相当なスケベだと思う。

 

 何が言いたいかと言うと、これは性欲と食欲を同時に満たす暴挙なのではないだろうか。性欲と食欲は共に存在できる。つまり、寝ながら性欲も抱ける。

 なんという事だ。俺の発想力が完全に負けた。論文を出せば世界中の男尊女卑、女尊男卑を破壊できるに違いない。

 

「それとこれとは……話が……別……!」

 

 眠い。一睡もしてないんだからここで寝るしかない。注意散漫、授業中に叩き出されることは無いだろうが後に響くんだよ。

 

 後ろに座る耳郎に葉隠の対処を任せて堂々と寝る。目を閉じた瞬間、心地よく『落ちる』感覚がするのがいい。

 

 ありがとう、ベストフレンド耳郎。

 お前のお陰で俺は眠れそ「もう着くからいい加減にしとけよ、お前ら」………………。

 

 …………世界はいつだってこんな筈じゃない事ばっかりだ。

 

 

 

 ◇

 

 

 ウソの災害や事故ルーム──通称USJ。

 

 雄英高校内に堂々と建てられたその施設にて、例年救助や災害発生時の訓練を行っているらしい。火災、水害、森や山で迷ったとき……様々な状況を想定して建てられたこの場所は、ある意味俺が最も活躍できる場所ともいえる。

 

 名前はともかく、若い層のヒーロー候補生というのはどうにも直接戦闘を重要視する。実際凶悪なヴィランと戦うというのは華やかではあるし、ヒーローの誉とも言える。

 

 オールマイトやエンデヴァー、上位を独占し走り抜けるランカー達は強力な直接戦闘能力を持つ上人助けも容易に行う。あまりにも容易に救って見せるから、その重要度があまり伝わらないんだろう。

 

 ヒーローは要救助者を守ってこそだ。誰も守れないのに暴力を振るう人間を、ヒーローではなくヴィランと言う。

 

「どうも、13号」

「イレイザー・ヘッド。時間通り、一分の遅れも無し。流石だね」

「大人として当然です──それで、あの人の事ですが……」

 

 13号と呼ばれた、宇宙服に似た防護服に身を包んでいるヒーロー。災害現場でのプロフェッショナルと呼ばれており、個性は指先に何もかも吸い込むブラックホールを形成する。

 

 倒壊した建造物や、土砂崩れなどで真価を発揮する個性。……後は、殺傷能力も高いという事かな。

 

 何でもかんでも吸い込むブラックホール。それは無機物だけじゃない、人間だって動物だって全部何もかも呑み込む。強力な個性ではあるが、故に扱いを間違えるわけにはいかない。

 

 こうやって明らかに危険な個性を、人を救う事に使っているヒーローの代表格だ。

 

「……そうですか、わかりました。えー、皆さん。ようこそ──『USJ(ウソの災害や事故ルーム)』へ!」

 

 名前的にそれはセーフなのだろうか。某アミューズメントパーク──個性台頭によってその内容もより過激に刺激的に進化した──を模したネーミングに商業目的でもないし大丈夫かと適当に結論付ける。

 

 有名なプロヒーローの登場に沸き立つクラスメイト……というより、ヒーローマニアの緑谷。13号が自己紹介するより早く語り尽くすその様は大変珍妙である。

 

「ふふ、自分で言うより早く言われてしまいましたが──皆さんは、自分の個性をどう理解してますか? 具体的には、その個性の力をどれだけ把握していますか?」

 

 早速投げかけられる問い。

 

 個性の把握。要するに、その危険性を理解しているかどうかだろう。

 

 どんな個性にも危険性はある。個性を使用する人によってその危険性と言うのは変わるのだ。

 

 爆豪がヴィランだったら? それはもう、ヒーローが総力を挙げる大悪党になっているだろう。

 轟がヴィランだったら? 最悪だ。一つの街を単独で機能停止に追い込める脅威に進化する。

 

 そして、ヒーローの立場になってもそれは変わらない。如何に個性の危険性を把握し、それを防ぐために思考錯誤するか──その大事さ。

 

「ほえー……確かに。13号先生の個性だって危ないもんね」

「その使い方を間違えないのがプロなんだろ。俺だってやろうと思えばあっという間に小悪党になれるぞ?」

「笑った顔はヴィランだしね」

 

 ベストフレンド。それ以上言うと俺は涙が出てしまう。

 

「ケッ、マスク作ればいいだろマスク作れば」

「……デザインは選ぼうね? 障子に聞いた方が良いよ」

 

 自分のセンスが駄目だと言うなら、プロのデザイナーに頼めばいい。

 機能はおまけで良いんだよ。

 

 ──瞬間、ピリピリと肌にナニかが奔る。

 ゾワゾワと全身を駆け巡ったソレは脳を刺激し、考える前に身体を反応させる。

 

 緑谷が個性を使用──したわけでは無い。

 つまり、先日感じ取った視線……あの悪意が俺を見ている。

 

「…………どこだ」

 

 わからない。俺のこの感覚をもっと突き詰めて育てていればその視線の先も理解できただろうが、今の俺では判別不可能。ただ、誰かが見ているという事実しかわからない。

 

 ──ゾゾゾゾ! と広場へと黒い霧が拡散していく。自然災害ではありえないその現象に、幾つかのパターンを想定する。

 

 一つ、これも既に授業の一環。

 この可能性が、状況的(・・・)には一番高い。

 教師の話が終わり、これから訓練を始めるぞというタイミングで現れた。

 

 二つ。

 ──純粋な侵入者。

 

 これは俺だけにしかわからないが、あの独特の命を握られている様な感覚。正直、アレを感じ取った時点で俺の中で答えは決まっている。他人に説明は難しい理由を含んで判断するのなら、俺の答えは一つだ。

 

 ──ヴィラン。それも、相当な悪。

 

「え……なに、あれ。これも授業なの?」

「そうだといいが──それは無いだろうな、残念な事に」

 

 霧の向こう側から、続々と人が出てくる。異形の身体を持つ者、明らかに武装した者……悪意を持った人間達が。

 

「あれは、(ヴィラン)だよ」

 

 相澤先生が、俺達生徒は後ろへ下がる様に叫ぶ。

 そのまま勢いを付けて前に突っ込み、眼下の広場へと突撃する。直接戦闘向きの個性ではない相澤先生──もとい、イレイザー・ヘッド。彼の個性は抹消、目で捉えた人間の個性発動を止める。あくまで発動型、異形型は厳しいようだが。

 

 武装の捕縛ロープを使用し多対一を丁寧に処理していく。

 

 捕縛術……あの戦い方は珍しい。特殊繊維を使用しているとはいえ、ああいう布をメインに戦う人はそう多くない。所詮布、耐久力やその扱いが酷く難しい。

 

 力をどういう風に籠めれば威力が増すのか。どう動かせば捕縛するように操れるのか。そう言ったことを瞬時に判断し使い分けて、そのうえで体術等を繰り出す。並の鍛錬では身に付かない技術だ。

 

 もし今余裕がある状態なら後学のために見せてもらいたいが──生憎と余裕がない。

 

 本当のヴィランの襲来。そこら辺に居る三下ヴィランならそう警戒する必要も無いが、恐らく組織的なヴィランだ。

 

 そう判断する理由はいくつかある。

 まず一つ、あの黒い霧……転移なのかどうか詳細はわからんが、誰も居ない場所に人間を召喚した。その時点で脅威が圧倒的に拡大する。天下の雄英、セキュリティが問題ないのは俺もある程度確認してきた。

 

 なのに、堂々と侵入してきた。あんなのが存在すれば、これから安心して授業を行えなくなる。リスク管理の問題だが、ただの体育の授業中にヴィランが侵入してくる可能性があれば学校側はどう対処するだろうか? 

 

 捕まえるか、授業を停止して安全な場所での座学に切り替えるしかない。

 

 なにせ相手は突如現れるのだ。教室のロッカーにでも転移させれば、その状態で完全犯罪成立。瞬く間に教室は占拠されるだろう。

 

 ああいう転移とか使う奴に限って頭がよく回る(・・・・・・)。戦場を盤面に、兵士を駒に見立ててどこまでも冷徹に計算する。あんな強個性、表社会に出てきていたらすぐ有名になるぞ。

 

 少し思考が逸れた。

 組織的なヴィランだと判断した理由だが……あの数のヴィランだよ。

 

 少なく見積もって、広場に30人以上。統率は取れてないが、全員が俺達へ害を与える事を目的としている。アレは恐らく捨て駒で、後ろの数名が本隊だな。

 見物するように広場の戦闘に干渉せずに見ている奴ら。

 

 黒い霧を出すヴィラン、脳がむき出しの大男、全身に手を付けた悪趣味な奴。

 

 何かを狙っている。何か、目的があって侵入している。

 

 俺達生徒の殺害? それなら十分あり得る。わざわざ俺達が授業のタイミングで侵入してきた時点で、俺達に干渉するのが目的なのは明白。

 

 殺害に失敗したとしても、既に奴らの目的の半分は達成してる(・・・・・・・・)

 

 雄英高校へ、被害を与える。最終的な目標はコレだ。そうでなければわざわざ俺達を狙う理由がない。所詮ヒーローの卵、俺達に対して直接的な被害を出すより現雄英教師を殺害したほうが圧倒的にメリットがある。

 新たな教師の選別、そもそもの警備体制の見直し、ヴィランの情報の網羅、生徒への安全管理……やらねばならない事を増やし、徐々に削る。

 

 そうしない、という事は……失脚か? 狙いは。

 

 ヒーローという存在そのものの価値下落が目的か? 

 

 そう考えれば自然だ。組織的に、そうだな……仮の名前で、(ヴィラン)連合何て名付けようか。

 

 大目標を『ヒーローそのものの存在価値低下』、小目標を『俺達雄英生徒の殺害』。

 

「──よし、大体固まった」

 

 取り敢えずの仮定を終わらせて、方向性を確定させる。

 第一に優先するべきは、『プロヒーローの応援を待つ』。そして、その間誰一人として殺害されない事。

 

「13号先生!」

「む、君は志村くんだったね。君も後ろに──」

「その前に、伝えなければならないことがあります。現段階での連中の狙いと、それに対する対応策です」

 

 出来るだけ手早く、さっさと伝えなければならない。既にあの黒い霧が動き出していた場合、詰むのは俺達だ。

 

「まず、プロヒーローへの応援を出す。電気の個性を持つ者がいるので、連絡を試す人間と実際に呼びに行く二手で分けましょう」

「……なるほど。そういえば君は、入試の絡繰りにも気が付いていたようですし頭の回転が早いみたいですね」

「どうも。敵の狙いは俺達生徒の殺害、若しくは雄英の関係者の殺害だと考えます。理由は説明してる暇はありません、あの黒い霧の対応は先生に任せます」

 

 シンプルにあの黒い霧が来たら終わるので、それに対抗できる13号へと意図を含めた物言いで託す。すぐさま頷き返してくれたので、その真意まで理解してくれたのだろう。

 経験豊富な大人程頼りになる者はいないとつくづく実感する。

 

「飯田。お前の個性で校舎まで走って連絡してくれ。上鳴に連絡するように頼むが、恐らく電波は封じられてる。それくらい備えてる筈だ」

「俺が? だが、俺だけ逃げるというのは……」

 

 その正義感と仲間想いな点は素晴らしいが、今の状況に於いてその判断は命取りになる。

 

「飯田くん。逃げる逃げないの話では無くて、『必要』なんだ。君でないと間に合わないかもしれない」

 

 13号の説得によって、飯田は理解を示した。

 決意とか、そう言うのを伝えている場合じゃ無いから手短に頼む。

 

「頼んだぞ。今すぐ行ってくれ、じゃないとあの黒い霧で俺たちは──」

『──そう、詰みです。残念でしたね、志村我全(・・・・)

 

 俺たちがアクションを起こす前に、既に先手を打たれた。

 だが、それに対するアクションは既に──! 

 

「13号先生!」

 

 指を構えていた13号が個性を発動する。個性ブラックホール、何もかもを吸い込むソレが放たれようとして──黒い霧から何かが出てくる。

 

「──え?」

 

 先程広場に居た内の一人──異形型の個性を使っていた男だ。腕が肥大化し、筋力に関係する個性だろうと推測できる。だが、この状況ではなんの力にもなりはしない。本人も、何故ここに転移させられたか理解していない。

 

 なのだが──ヒーローにそれは効く(・・・・・・・・・・)

 

「──13号!」

 

 駄目だ。13号は個性を使えない。

 使えば、確実に殺してしまう(・・・・・・・・・)から。

 

 くそ、どうする。

 

 考えろ、あの黒霧野郎から目を逸らしていたのは数秒。時間にして五秒程度。それくらいの時間があれば奴は容易に個性を使用する。

 そもそも現時点で霧が広がっている。タイムラグは期待できない。なら次のステップだ。

 

『どうすれば生徒が殺されないか』──思考しろ。

 

 戦闘能力の高い連中をピックアップ。今この場で手が届き尚且つ一緒に纏められる奴、位置を計算して突き飛ばせば同じ霧に入る。

 

 轟・爆豪・切島・上鳴──こいつらを中心に考えろ。

 

 爆豪は誰と組ませてもいい。アイツの個性は単独で戦闘力を発揮できる。切島をどうする? 近接戦闘が苦手……八百万を最速でフリーにしたい。誰にでも援護ができるあの個性は有用だ。

 

 駄目だ、時間が足りない! 

 どうする、考えろ誰を一番にする誰を一番重要視すれば──! 

 

 比較的前に居た爆豪、切島が先に飲み込まれていく。

 あの二人は心配ない。それこそ、プロヒーローですら手間取るようなヴィランが相手でもある程度持ち堪える。問題は峰田達、特殊個性組だ。

 

 手を伸ばしても──無理だ。峰田は俺は守れない。ならせめて、誰が……居る。

 緑谷が、ちょうど真横にいる。任せたぞ、緑谷。

 

 勢いが広がっていく霧、既に俺の左足を呑み込んで尚拡がり続ける。

 

 一秒でも思考の時間を与えたい。八百万・轟の二人が鍵だ。

 

 俺たちの勝利条件は死なない事。

 個性まで全て知られてない事を祈れ。

 

 機転を利かせろ。

 知恵を振り絞れ。

 

 霧が身体を包む。背中のマントを、誰かが引っ張ったような気がした。

 誰か一人、俺と共に来る筈だ。

 

 決して取りこぼしはしない。

 俺もまた、ヒーローを目指す一人なのだから。

 

 




オリ主
・彼がいるせいで飯田逃走失敗・13号無傷・相澤完全孤立・ヴィラン側微強化=USJ編難易度上昇。
 完全に出し抜かれて先手を打たれる。なお、本当の理由にはたどり着けなかった模様。

黒霧
・原作よりちょっとだけ個性関係に対して詳しくなったボスの手で少しだけ強化されている。
 有無を言わさない転移は凶悪。あと冷徹さもちょびっとだけ増した。


日刊一位ありがとうございます。
すごいモチベになりますね。


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勝利条件

 黒い霧が晴れ、異空間を転移する不愉快な感触に包まれたまま現実世界へと戻る。

 

 正面から飛び掛かって来た足が肥大化したヴィランの顔面を殴りつけ、そのまま横へと振り抜く。本体の重さに加えて飛び掛かりの勢いが付き、右腕に負荷がかかるがそのまま弾く。

 連続して殴り掛かって来た奴に対して身体を引き組み技を仕掛ける。手首と肘を抑え地面に叩きつけ骨を折る。

 

「……いきなりだな」

 

 俺が近接戦闘メインという情報が入ってるのかどうか判断付かないが、相手の様子も確認せずに殴り掛かってくるあたりこのエリアは捨て駒が多そうだ。

 一切の躊躇いが無い攻撃、武器を持った奴も数名……ここは、森か? 

 

 恐らく森林エリア、火関連の個性を持った奴が居ないことを祈る。

 俺と少なくとも、もう一人来ている筈だが──見当たらない。森の中で別々にされたとすれば最悪だ。

 

 俺が信号弾を撃って、気付いてもらうのが一番。というか、それ以外に方法がない。大声は不確定、クラスメイトは俺が信号弾を所持しているのを知っているからそれがベストだ。

 

 懐に手を入れる余裕が無い。一先ずは、ここのヴィランの制圧が優先か。

 

 スタートから囲まれていて、銃を所持している奴が三人程に加え身体に変化が出ている個性持ちが六人。学生二、三人を殺すのにどれだけの数を揃えてるんだか……面倒だ。

 

 対角線上に銃を持ってる奴が居るのは助かる。うまく利用すれば同士討ちに持ち込めるし、倒れた方を肉壁にでもすればある程度は生き残れそうだな。今のこの国じゃあ拳銃何て探してもあまり出てこなかったが、構造は理解している。

 外国で銃規制されてない国、その国の言語を学んで現地の動画をひたすら漁った。

 

 取り寄せでもできれば違ったが、表立ってそんな事をするわけにはいかない。自分の能力を信用していない訳じゃないが、もしバレた時の事を考えればやる訳にはいかなかった。

 

 ──思考を入れ替えよう。

 銃を一発でも撃たれればアウト、その場で戦闘不能になることはないが、動きが鈍る。

 

 説得は無理だな。最初に二人無力化した時点でよっぽどのアホじゃない限り油断しないだろう。どうする? 切り抜けるにも条件が必要だ。それを整えようか。

 

 一番の目的は信号弾を放ち合流する事。

 最低限の目的として、俺が捕まらずもう一人を助ける若しくは俺が助けられる。一人で対処できると過信せずに少しずつ削っていこう。

 

 後ろに目でもついていれば動けたが、残念な事に後ろから銃口を向けられている。

 

 さて、どうするか……。

 

 両手を上げて、降参の姿勢を作る。目の前の奴が怪訝な表情をして──後ろの拳銃持ちへと目線をずらした瞬間、伏せる。

 

 低姿勢で一気に正面に踏み込んで、銃を持っていた奴に対して肉薄する。

 

 ──武術ってのは、この社会じゃあまり役に立たない。

 

 敵のサイズは人型とは限らないし、あまりにも限定的すぎるからだ。個性が発達し、規格というものに差がついた現代において『弱者が勝つための技』は淘汰され、『強者故の個人技』が進化した。

 

 俺がさっき使った組技なんて骨董品もいいところ。使用用途が限られすぎていて一般に普及は出来ず技術は失われていく一方だ。あんなもの、身体から毒性のガスでもだしていたら近寄れないから使い物にならない。

 

 普通なら、そういう時対応するために自分の個性を磨いたり絶対的な技を作るが──生憎と、俺はこの社会で生きていくのに向いているようで。

 

 この見たもの聞いたもの全て記憶してしまう俺の脳ならば、即座に使い分けられる。

 

 折角覚えた技を忘れることはない。いつまでもいつまでも脳の引き出しに保管して、いざという場面で選択する。

 

 力を増す個性が相手なら組み技と柔術で受け流す。

 速度を増す相手なら攻撃を置き、先手を取って対処する。

 

 汎用性に優れた個性なんていくらでも思いつくが──この戦い方は、俺しかできない。

 

 相手に対して何かを仕掛ける技術が通用しないならば、俺自身の技術を向上させればいい。

 敵の視界から瞬時に消えたように見せかけるトリック、踏み込みのインパクトを最大限に収縮して加速する。俺にとって、この完全記憶能力は武器だ。この知識と経験が、俺の全て。

 

 複数人を相手にするならば、最速で危険な相手を無力化する。拳銃を蹴り飛ばし、ほかの拳銃持ちの射線を敵の身体そのもので塞ぐ。時には引っ張り盾に、死なないように身体の位置を調節しながら走る。

 

 目の前に待機していた複数人を地面に転がし、その隙に拳銃を構えた奴に相対する。

 

「こ、このガキ……! 普通じゃねぇぞ!」

「話にあっただろうが! 油断するなってよ」

 

 油断するな。

 それは果たして、雄英の学生そのものを指すのか俺自身を指すのか。仮に俺のみを指すなら、かなり正確な情報が漏れていることになる。漏れるとすれば雄英からか……? 戦闘訓練の映像を解析されれば厄介だ。

 

 だが動きの癖までは流石に意図して操ってないから、そこを利用すれば問題ないな。

 

 ヴィランの指が、引き金へと触れる。狙いは俺の頭、一発で撃ち抜く気満々だ。

 

 流石にここから駆け出して間に合う距離じゃないし、個性が射撃に関係するモノだったら避けられない。

 

 ──もう、俺が動く必要もないが。

 ふわりと漂った香りで、誰が一緒に飛ばされたのかに気がつく。

 

「──頼んだ、葉隠」

「任せて、志村くん!」

 

 連中の背後から接近した葉隠が、拳銃を持ったヴィランの腕を殴るか蹴るの行動を起こす。突如衝撃が来た事に驚き、俺から目を逸らしたその瞬間を見逃さない。

 

 駆け出し、残った三人の内二人まとめて処理する。

 俺の接近に気がついた時にはもう遅い、両顎を持ち上げそのまま脚を払いのけ転ばせる。後頭部から直撃すると流石に危ないから、空中で回転させ視点諸共脳を震わせる事で安全に気絶させる。

 

 顔面から勢い良く地面に落下したが、死にはしない。

 

 ポケットから捕縛用の簡易手錠を取り出して、全員に着けて回る。異形型の奴は木に括り付けて動けないようにして放置。出血もしてないし、味方ごと撃ち抜くような連中じゃなかったから良かった。

 もしそこまで躊躇のない奴らだったら治療とその後の死なせないためのケアで時間が取られる。

 

「ナイス葉隠、よく合流してくれた」

「いえ〜い、何とかなったねー!」

 

 風圧と共にいい香りが広がっているので、おそらく全身で喜びを表しているのだろう──見えないが。

 

 生徒が合計二十人、プラス教師が一人。

 USJのエリアは合計で七つ、山岳・水難・暴風・火災・倒壊・土砂に俺たちがいる森林。

 

 森林エリアにいる敵の数は現在九名。各エリアにそれぞれ送った同級生に合わせた個性持ちがいるに違いない。不利な状況でもある程度ならどうにかしそうな候補は爆豪・轟。こいつらは何が起きても問題ないだろう。

 

 俺と葉隠が二人のみで送られた、と仮定するならもっと他の場所に人員を割いてい──……は? 待てよ。

 

 前提から間違えている。あの黒い霧は、一言も災害エリアに運ぶだなんて言ってない。既に見知らぬ何処かへと転移させられている可能性の方が高い! 

 

 マズい。そうなれば俺も手出しができない。使える選択肢がとてつもなく狭まる。確実に殺したいやつだけそっちに連れて行ったという事が行えてしまう。

 

 考えている暇はない。懐に手を伸ばし、信号弾を空に向かって発射する。色は特に決めていないので赤色、相澤先生は確実に気がつくはずだ。

 

 まだ、生きていればの話だが。

 

「……よし。葉隠、さっさと他の場所に向かおう」

「ん、わかった。皆飛ばされてるのかな?」

「それを確かめに行くのさ──今状況的にマズいのが確定しているのは、広場の相澤先生だ」

 

 最善は13号。

 次点で轟と爆豪、八百万と飯田。

 

「最速で行く。まずは──」

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 ──激痛が奔る。全身を駆け巡るその痛みと熱で目を覚まし、失態だと内心毒を吐く。

 

 今は後悔している場合じゃない。使える道具と、時間を有効に使って行こう。

 

「イレイザーヘッド……無様だなぁ」

 

 数秒前か、数分前か不明だが記憶が正しければ広場にいたヴィラン諸共俺を吹き飛ばしたのはアイツだ。手首から先を大量に身に付けた方ではなく、巨大な大男。

 

 脳を剥き出しに、身体が異様に隆起している怪物。何の個性を使用しているのか不明だが、抹消の個性を使用しても変化なし。速度も威力も化け物みたいな拳を喰らって階段に叩き込まれた──状況の確認は終了。

 

 生徒は全員どこかへ散った。

 あの黒い霧を出すヴィランの個性に呑みこまれ、消息不明。大失態、雄英の崩壊という最悪のシナリオが頭に浮かぶ。

 

「──ヒーロー、失格だな……」

 

 痛む身体を無理やり起こして、千切られた特別性の捕縛マフラーを握る。相手のパワーはそれこそオールマイトクラス、救援は今しばらく期待できない──詰みだ。

 そして、詰んだからと言って諦める訳にはいかない。

 

 最早、自分の責任では取り返しがつかない領域まで来てしまった。だからこそ、どうにかしなければいけない。

 

 こういう場合、理屈じゃない。大嫌いな感情論で取り組まなければいけないのが教師の辛いところであり、ヒーローの悲しい性質だ。

 

「おいおい……まだやんのかよ。ボロボロじゃないか、諦めて死んだらどうだ?」

 

 当たり前だ。こっちは普通の身体だぞ。そんな、素の身体能力でオールマイトに肉薄出来るような怪物相手にできるか。オールマイトさえ来ていれば、また少しは違っただろうか。

 

 ──居ない人間を追っても仕方ない事だ。現実を受けとめ、整理する。

 

「……悪いが、ウチの生徒はこれからなんだ」

 

 俺が除籍にしなかった、二十人。誰しもがヒーローになれると、可能性を感じた。だから、責任をもって育てて行こうとした──その矢先。

 

 家庭環境に難があり、友人が居ない轟。

 性格や言動に難はあるが、ヒーローを目指す志はある爆豪。

 あきらかに何か隠してる緑谷に志村──他の連中もそうだ。一癖も二癖もある連中を、立派なヒーローにしなければならない。

 

「返してもらうぞ──ヴィラン」

 

 今の時間稼ぎで呼吸は整った。

 好きではない校訓を胸に仕舞い込み、深呼吸する。

 

「ははっ、良いねえプロヒーロー……ますますムカつくよ」

 

 手のひら男が笑う。

 そうして油断をし続けてくれると有り難いが、厄介なヴィランが目の前に二体残っている。いつ仕掛けてくるかもわからず、一瞬たりとも気を抜けない。

 

 ──……なんだ? 

 

 森林エリアの方で、何か光が……あれは、信号弾か? 

 

 ──志村。アイツがそう言えば所持していたな。

 

 信号弾はそのまま、隣のエリアへと落ちていく。

 

 ……少なくとも、志村がこの施設内に居るのは確定した。アイツならきっと、俺の立ち位置まで考えた上で行動する。それくらい冷静に考えられる奴だ。

 

 わざわざ隣のエリアへ信号弾を落とした理由。理由……そういうことか。

 

 俺が志村の立ち位置ならば、広場で一人戦闘しているプロへと生徒の居場所を伝える。転移持ちの個性の詳細が不明な以上、これほど安心できる判断材料はない。

 

 まだ間に合う(・・・・・・)

 

 隣のエリアに確認しに行って、そのまま生徒を確保する。その間何とかして生き延びろ、か。

 

 一字一句は違うだろうが、こう考える筈。

 

 ……生徒に、助けてではなく生きろと言われるとは──教師生活初めてだ。

 ゴーグルを装着して、個性の準備をする。

 

 瞬きは厳禁だ。霧の個性は消せなかった、だが転移の効果そのものは止めれる筈。今度はどこにも転移などさせないし、呼ばせない。

 

 視界に全部いれたまま、あの化け物を相手にしなければならない──任せろ。

 

 それを成すのが、ヒーローだよ。

 

 







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合流と救出

「一番最初に合流したいのは──八百万だ」

 

 走りながら葉隠に伝える。

 

 八百万の個性、創造。

 自身の知識に存在する無生物であればほぼ全て作成できるという万能を極めた個性。正直、彼女に完全記憶能力があったら完璧だった。

 

 何せ、理解を深めれば深める程なんでも作れるのだ。

 

 フレーム、エンジン、モーター、その他部品……すべて揃えてしまえば彼女一人でジェット機だって作成できる。使い手次第とはよく言うが、これ程使い手を選び尚且つ素晴らしい個性は他にない。

 

 俺に備わっていたら、そうだな……オールマイト程ではないが、この国そのものを強固にできただろう。

 

「八百万と合流、その後ドローンを作成してもらう。無人操作で良い、プログラムで真っ直ぐ飛んでいくだけのドローン」

「ドローン……あ、そっか。志村くんが覚えてれば」

「そういう事。八百万なら俺の説明を必要としないかもしれないけど、確実に作るなら俺が居た方が良い」

 

 俺と八百万が居れば、ほぼ全ての災害に対して対応できる。

 

 火災があれば水を射出するホースを、地震による倒壊ならば瓦礫を撤去するだけのロボットを。八百万の個性を補う形で完全記憶能力を持つ俺が居れば対応できない事は殆どない。

 

 既に作って飛ばしてくれていれば有難いが──ヴィランも複数いる。もし仮に近接戦闘が出来ないメンバーで固められていたら最悪間に合わない。

 

 広場の相澤先生がどこまで持ち堪えられるかという問題もある。可及的速やかに増援を貰わねばならない。

 

 剥き出しの山──山岳ゾーンを登っていく。高さはそこまで高くはない、だが小山以上の高さはある。施設内でこれだけ立派な山を作るのは凄いが、こんな事になると不便だ。

 

 葉隠のペースに合わせつつ、出来る限りの速度で走って漸く中腹辺りまで来た。かかった時間は二十秒程度、上出来だ。

 

「……見つけた」

 

 岩陰に隠れて、広場のようになっている場所を覗き見る。

 

 数人のヴィランに、八百万、上鳴、ベストフレンド耳郎……に、捕まってるのが二人、倒れてるのが一人。

 

 かなり容赦なく攻撃してきたのはどこも変わらず、か。上鳴はアホみたいな顔になってるし八百万は左腕から血を流してる。こういう時、不意打ちの専門家が居て助かる。

 

「葉隠、頼めるか? 狙いは人質を抑えてる二人、解放さえしてくれればそれでいいから」

「うん、わかった。やってみるよ」

 

 いつもの元気さを少し抑えつつ、手袋と靴を脱いでその場から気配を消す。……何か、全裸のクラスメイトが居るのにも慣れて来たな。

 

 ここからヴィランへの距離は凡そ十メートル。会話はあまり聞き取れないが、走ればすぐ到達する距離。チラ、と岩陰から顔を出して八百万の様子を伺う。

 

 こちらに気が付く様子はなく、両腕を上げて降参しようとしている。すぐさま動ける状況になってくれないとあまり好ましくない、こういう時は──信号弾の出番だよ。こっちに意識を向けさせて、八百万達への視線を外す。

 

 それに加えて、先程俺が放った信号弾に気が付いてくれたら完璧だ。きっと八百万なら気が付く。

 

 残る弾数は3──十分だ。

 

 パシュッ! と独特の音を立てて空に打ちあがる信号弾、気が付きこちらに視線を向ける全員。

 

 上に視線が集中している間に走る。風上から香る匂いで、葉隠が既に傍まで行っているのは把握済み。演算能力の高さってのが、つくづく役に立つ。

 

 人質を急に手放すヴィラン達、何故そうなったのか当人たちも理解出来ていない。困惑を示す連中に対して先程と同じく加速し踏み込む。

 

 変化型では無い。人間の姿をした奴の顎を蹴る。

 

 脳を揺らす、基本的に強いこの戦法は一定の効果を発揮する。顔が分厚かったり、首が太かったりする奴にはあまり効かないが──こういう細身な相手に対してはこの上なく効く。

 

「──葉隠!」

 

 膝から崩れ落ちるヴィランを放置し、すぐさまもう一人にターゲットを移行。ここまで崩せればある程度無理を通せる、葉隠に俺が届かない奴を狙わせる。

 

 同時に残った方を処理し、全員沈黙したのを確認してから束縛していく。異形型が少なくて助かった、倒れているヴィランも数人いる事から倒す事には倒したのか。

 

「よし、全員無事だな」

「ありがと、助かった」

「ベストフレンドの危機を救えたみたいで何より」

「…………そ」

 

 引き攣るような顔。流石に引かれたみたいで、俺は悲しい。

 

「芦戸と……瀬呂が捕まってたのか。飯田は意識は?」

「敵にやられたというより、上鳴さんの放電に巻き込まれたんです」

「ああ……そういう事ね」

「ウェーイ……」

 

 アホな声を出している上鳴。戦闘訓練の時に見て知ってはいたが、本当に個性を使いすぎるとアホになるんだな。

 

「一番最初に合流できたのが八百万で良かった。ドローン作れるか? 速度を重視、プログラムとかは真っ直ぐ校舎に向かうだけの奴でいい」

「私もそのつもりでした。ただ、詳しいAIの内部回路は覚えていなくて……」

「わかった、そこは俺が補助する」

 

 これで目的の八割は達成できた。もう、他の連中に関しては生き残っている事を祈るしかない。

 

 俺はオールマイトにはなれない。全てを救う事は出来なくて、手が届く一部を取りこぼさない様に足掻くしかない。大多数のヒーローはそうだ。

 

「相澤先生は広場で恐らく戦闘中。チンピラレベルのこいつらなら問題ないだろうが、奥に居た連中の詳細がわからない。信号弾で伝えてはいるが、どこまで持つか……」

「……そうですね。っと、出来ました。これでよろしいでしょうか?」

「飯田にも行ってもらった方が良いんだが気絶してるしな……水とか生成出来るのか?」

「流石に無理やり叩き起こすのはどうかと……」

 

 拷問に近いな、やめておくか。ふわー、と飛んでいくドローンを見送って第一関門は突破したと安堵する。

 

「さて、どう動くか……」

 

 状況の再整理を行おう。

 現在位置は山岳ゾーン、隣の森林ゾーンの敵はある程度倒して攻略済み。一つ飛ばして火災ゾーン、横の土砂ゾーンが一番近い。

 

 土砂ゾーンに関しては正直心配いらない。今確認したが、氷の山が出来上がっていた。あそこには轟がいるのだろう、それなら他の連中も纏めて確保してくれている。

 

 そして、轟は俺の信号弾を唯一直接見た人間だ。氷の中で信号弾に気が付いてくれていればいい。そうでなくても、単独で動くことが出来て尚且つ他者を救える強個性。なら向かうべきは火災ゾーンか……と、思いはしたがもう一度振り返ろう。

 

 7つあるゾーンの内、既に三つ攻略済み。この時点で施設外に生徒を飛ばした可能性は限りなく低い。

 

 生徒を確殺するならわざわざ施設内にバラけさせはしない。そうなると、そもそもの目的が変わる。

 

 生徒の殺害が目的ではなく、現在最も危ない立ち位置にいるのは──相澤先生だ。状況的に出来上がったのは、『生徒を守れず一人戦闘した教師』という状態。

 

「──八百万。双眼鏡作ってくれ、広場が見える奴」

 

 あっちの詳しい状況を確認するべきだ。

 相澤先生の状況次第で、今後俺達が取れる行動は変わる。

 

 八百万から双眼鏡を受け取り、広場を確認する。

 

 

 ──大量の破壊痕。陥没した地面、破壊された噴水から溢れた水に混ざる赤い液体。

 

 

 そして──大男の手で地面に叩きつけられる相澤先生。

 

 

「──八百万! 悪い、今すぐライフル作ってくれ!」

 

 

 双眼鏡で状況を見ながら、注文を付ける。

 

「広場まで届くライフルだ! 相澤先生が相手をしているあのヴィラン、抹消の個性で筋力が減ってない──正真正銘、本物のバケモンだ……!」

 

 速攻で援護しなければマズい。あのままだと、相澤先生が先に死ぬ。そうなればあいつらの目的は完遂される。

 

『天下の雄英、侵入され教師を惨殺される』──実質、生徒を殺されたのと変わらない。

 

「ラ、ライフルですか……!?」

「作り方が不明か? なら俺が今から言う内容を──待てよ」

 

 あの大型、筋肉量をライフルで撃ち抜いたところで効力は少ない。オールマイトクラスだと想定して、あの化け物を止めるには何が必要か纏める。

 

 純粋な火力、これが必要だ。

 

「八百万、もしここからあのヴィランに攻撃を仕掛けるとしたら──何で攻撃する?」

 

 双眼鏡を渡して、八百万に問いかける。相澤先生が叩きつけられ、今にも死を迎えそうな状況を見て喉を鳴らした。

 

「っ……わ、私なら──大砲を使います」

「──わかった、それで行こう。自信、あるんだな?」

 

 こうなれば、後方支援は完全に任せる。俺は俺でやらなければならない仕事がある。相澤先生の救出っていう、大きな仕事が。

 

「ええ──お任せください」

「よし、頼んだ。俺が相澤先生をあそこから持ち出す、好き勝手撃っちまえ」

 

 あの大男の行動パターンは十分視た(・・・・)。今なら避けて逃げる程度は実行できる。このまま相澤先生が耐えれなくなるのを待つより、直接救出しに行って時間を稼ぐ方が合理的だ。

 

「ブレインが複数いると、楽でいい……!」

 

 駆け出す。

 登って来た時より数倍早く、下り坂を滑り落ちていく。山の登り方や斜面の下り方、適切な行動をする。

 

 広場へ足を踏み入れて、全く俺の事を警戒していないヴィラン達。それほど相澤先生を嬲るのを楽しんでいるのか──いい油断っぷりだ。ここまで来て生徒に反撃されるとは思わなかったのか? 

 

 霧のヴィランだけは警戒して、連中が立つ噴水広場の裏まで足音を立てないように近寄る。

 

 あの黒霧ヴィランは、最初に俺の名前を言っていた。それが一体どういう意味なのか、後で聞いてみたいものだ。お前の後ろにいる人物を示している言葉なのか? それとも、純粋に雄英のデータを確認したという意思表示なのか。

 

 いつか必ず暴いてやる──だが、今はお前らに構っている暇はない。

 

 災害のプロフェッショナルとは言え、対人戦の秘密道具も用意している。例えばこういう道具だ──スタングレネードっていう、便利な便利な小道具を。

 

 ピンを抜いて、広場の中央へと投げる。相手がソレに気が付く前に、走り出す。右側から走り抜けて、左耳を塞ぐ。

 

 爆音が発生し、僅かに衝撃が左目を襲うが──問題ない。右目が稼働するし、これは機能回復する程度の威力しか積んでない。

 

 キーンと耳鳴りする聴覚を無視して走り抜ける。あの化け物はどうやら俺に気が付いてないらしく、スタンをまともに喰らって戸惑っている他の二人を見ている。不自然すぎる動きだ。

 

 その隙に手を離した相澤先生を回収し、どこへ逃げるか考える。

 

 山岳、駄目。敵のいる方へいかなければならない。火災、森林も同じ理由でアウト。倒壊土砂──ヴィランが潜んでいる可能性が高い。水難ゾーンを一目確認すると、此方を見ている複数人。

 

 あそこは問題なく処理を終わっているらしい。水中ならばあの怪物の攻撃力も多少は減衰する、だが相澤先生が出血しているのが問題だ。

 

 ……船、そうか。船を使っているのか。

 水難ゾーンで俺達の方を覗いているクラスメイトの中には、梅雨ちゃん──蛙の個性を持つ少女が居る。相澤先生が入水せずに船に合流するとすれば、その方法を取るしかない。

 

「──投げるぞ(・・・・)! 任せた!」

 

 相澤先生の胴体を掴み、思い切り投げ飛ばす。この大男に気が付かれたのは確定なので、俺も急いで水難ゾーンの方へと駆け──ない。

 

 俺は、ここに残って時間を稼ぐ。相澤先生が稼いだ数分、俺が稼ぐ数十秒──十分だよ。

 

 それだけ時間があれば、この学校には平和の象徴が居る。

 

「八百万──!」

 

 懐から残った信号弾を取り出し、装填。空へ向かって一発放つ。

 

 ──瞬間、放たれる砲撃。

 

 打ち出した射角、飛んでくる速度に落ちる速度まで計算する。狙いは広場の中央、誤差は少しありそうだ。大男を盾にして、その衝撃から逃れる。着弾と共に、爆発音と衝撃が身体に打ち付けるが──大男は微動だにせず。何故か俺に攻撃する事もなくじっとしている。

 

 どうやらあの霧と手だらけヴィランの近くに落下したようで、二人とも少し吹き飛んでいる。

 

「ぐ、ソが……! ガキどもが調子づきやがって……!」

 

 ブレインではないな。大物っぽく見せているが、本体はこいつでは無さそうだ。実行犯の中で一番頭脳役として活躍しそうなのはあの霧のヴィランだが──果たして誰が? 

 

「脳無! ソイツを、そのクソガキを殺せ! 今すぐにだ!」

 

 脳無と呼ばれた大男は、言葉を言われた瞬間に俺の事を見る。

 

 無機質な目に、剥き出しの脳。脳無、何て名前の癖に丸出しの脳は何なんだ? 少なくとも、普通の人間じゃないだろう。

 

 筋肉の膨張する動きを察知して、どの攻撃をしてくるか先読み。叩き潰すような腕振りを後ろに下がる事で回避するが──風圧でよろめく。その隙を見逃さない訳が無く、距離を詰めて俺に追撃する。

 

 指令されたら従う、明らかに普通じゃない丸出しの脳──お前、もしかして……? 

 

 避けようがない拳が迫り、思考が加速する。

 

 あの黒い霧を持つヴィランが俺の名前のみを読んでいた理由。そして、この怪物。個性で消せない身体能力に、単純すぎる思考回路。

 

 まるで、人の手によって作られたような──兵器の様なヴィラン。

 

「──お前()

 

 拳が、振るわれた。

 

 



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怒りを込めて

『──お師匠!』

 

 ──誰かが叫ぶ。

 聞き覚えのあるような、無いような──若い声だ。

 

 崩壊していく地面に、隆起する建物。ぐしゃぐしゃに壊れたパイプが露出し、文明が失われていく。

 

『──■■……いや、オー■■■ト』

 

 崩れていく世界の中心に、一人の女性が立っている。珍しいノースリーブの服、ぶかぶかの手袋。背中のマント──俺は、この女性を見たことがある。

 

 誰も居ない背後へと、彼女は手を指す。人差し指を伸ばして、誰かを指名するように。

 

『──次は、君だ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──目を覚ます。

 とても言葉では言い表せない、全身に響く鈍痛鋭痛激痛の波が押し寄せてくる。意識を取り戻さないほうが良かったと、一瞬だけ後悔した。

 

 何秒飛んだ? 今どういう状況だ。直前の記憶を引き摺りだせ、脳に障害が出来てない限り俺は記憶を絶対に思い出せる。

 

 ぶん殴られた。歪んだ視界に、吹っ飛んでいく速度が速すぎて全く思考が追い付かなかった。そして気絶した。オーケー、冷静にいこう。まだ生きている、俺は死んでない。次がある。まだ間に合う。

 

 動かすだけで更に痛みが増す腕を無理やり動かして、立ち上がる。

 うつ伏せだったのはラッキーだ。首を曲げるのが痛すぎて厳しいから、このままの姿勢で立ち上がれるのは助かる。

 

 耳鳴りが酷くて、音が聞こえない。だが目は見える。視界が動くなら、まだ足掻ける。

 

 俺が今いるのは、先程居た広場から少し離れた入口。壁際に叩きつけられたようで、今は脳内麻薬が大量に出てるからある程度痛みに耐えれているがこの後が怖い。

 

 息を吐いて、ゆっくり歩きだす。

 

 脚は何とか死守した記憶がある。

 動く手段だけは手放さなかったのは我ながらファインプレーだ。

 

 こうも一方的に、圧倒的に叩きのめされると逆に清々しい気分だ。それに、確信も出来た。

 

 この敵の背後──俺の製作者がいる。

 

 明らかに人間離れした抹消の個性で消せない身体能力に、丸出しの脳。普通、生物にとって脳というのは最重要な器官なんだ。個性が発現した人類でもそれは変わらず、今日この日まで頭部の形状を大きく変化させた人間は現れたが脳をむき出しにして生まれた人間は存在しない。

 

 自然界にも、そんな生物はいない。脳は生物の保有する最も大切な器官であり、守らなければならないモノ。

 

 それを頭蓋骨、皮膚を通り越して剥き出しにする? 何故? どういう進化の行程を通った? 

 あり得ない。絶対にそれは起きない。どんな超人社会になっても、そんな姿をしたのはな──生物を超越しているんだよ。

 

 そうだ。超えてるんだよ、生き物を。

 

 俺を作り、その果てに作り上げたのがコレか? 俺の愛しい製作者殿は、こんなもの(・・・・・)の為に俺を実験として作ったのか? 

 

 ──気に入らねぇ。

 

「俺が……そいつに、劣ってるってか?」

 

 腹立たしい。超人的な身体能力、何が個性かわからない不気味さ。その程度かよ。

 

 碌な思考も出来ない、ただ人間をぶん殴るだけの生命体が──俺と同じ生まれか。

 

 アンタの言う幾つかのプラン、その中に脳無は含まれてんのか。なら、失望した。この程度の改造人間が研究の成果? ふざけるのも大概にしろよ。生命を弄び、悪戯に何かを極めさせるだなんてくだらない。

 

 全身の激痛が引いて行く。脳内麻薬が過剰に分泌されて、感覚が鈍くそれでいて研ぎ澄まされていく。ああ、いい心地だ。今なら、何だって引き出せる気がする。

 

 集中しろ。オールマイトが来るまで耐えるとか、もうそんなのはどうでもいい。あの脳無へ一手放り込んでやる──アンタらの傑作が、宣戦布告をしてやるよ。

 

 どうやら俺を死んだと判断したのか、それともあのヴィランが指令を取り消したのか知らないが追撃を仕掛けてくることは無かった。好都合、とことん利用してやる。

 

 水難ゾーンへ目を向けている連中は、俺の事を完全に意識から外している。いい兆候だ、そのまま放置してくれていると助かる。さて、どうやって一手指してやろうか? あの脳無に一撃ブチ込むのは確定だが、他の連中にも入れたい。ムカつくよな、だって。

 

 安全圏から指令を出して人を殺そうとするなんざ、許せるかよ。

 

 こちとら、自分の人生を全て捧げてでも挨拶(復讐)するって決めてんだ。一度会ったっきりの親にだよ。それを邪魔しやがって──絶対にぶっ飛ばしてやる。

 

 身体は重症の筈だが、不思議と軽く感じる。人間の機能ってのは素晴らしい。無理を通して、限界の先を引き出せば動くんだから。

 

 脳無は水難ゾーンへと跳んでいった。その様子を眺めているだけの二体に対して駆け出す。

 

『死柄──っ』

 

 霧ヴィランの展開した霧を、思い切りマントを翻して跳ね返す。風圧には勝てないソレは、緩やかにだが失速していく。それだけアレば、十分だ。

 

 僅かに出来た隙間を潜り抜けて、死柄……なんとかかな。そう呼ばれた手首野郎に接近する。

 

「はぁ? お前さっき──」

 

 喋り終わるより先に顔面にストレートをぶち込む。全身ズタボロの()が放てる、最高の一撃だ。基本に忠実、空手やボクシングと呼ばれる格闘技を見稽古していてよかったとつくづく実感する。

 

 よろめいた所にタックルし、馬乗りになってマウントを取る。この状態なら霧野郎も迂闊に伸ばせないだろ。

 

 何か抵抗される前に更に顔面に追撃する。何度も何度も、右左交互に突き出して。身に着けている手が何本飛ぼうが構わずに、ひたすら振り続ける。お前が命令を取り消さない限り脳無は暴れるだろうが、逆だよ。

 

 お前は命令を取り消せないまま俺に叩きのめされるんだ、クソヴィラン。

 

「──調子に、乗るな゛ァ゛ッ!」

 

 振り下ろした左拳を掴まれ、徐々に違和感が広がっていく。

 ボロボロと、握りこぶしが崩れていく。皮膚が落ちて、形を失っていく──それがどうした。手のひらで掴んだ物を崩壊させるのか? そんな個性どうでもいい。

 

 モノを崩すなんざ、個性が無くたって出来る。

 

 掴んでいる腕を殴り、無理やり離す。出血が止まらないが気にせずに更に追撃を繰り返す。

 

『くっ──!』

 

 突如視界が黒く染まったかと思えば、次の瞬間には逆向きで地面を見つめていた。一瞬見渡した感じ、上半身のみ転移されている状態だ。このまま閉じられれば僕の身体は寸断される──下半身のバネを利用して跳ねて、身体全てをこちら側へと引いた。

 

 地面に手を突いて着地、後方へと一回転して場所を確認する。

 

 少し離れた広場、地面に顔を抑えて蹲っているヴィランを見ると口元が歪むのを自覚した。でもまぁ、別に抑えなくてもいいか。今、すごくいい心地なんだ。

 

「ふ、はは……あは、はは……最っ高だよ、クソヴィラン共が……!」

 

 気持ちいい。余裕だろうとタカを括っていた奴に顔面をぶん殴ってやった。これ以上ない位に完璧で、相手にとっては屈辱だろう。格下で死んだと思った相手に出し抜かれたのだ、これ程悔しく思う事もそう多くない。

 

 ボタボタ流れる左拳の血を適当に拭って、もう一度歩みだす。次はあの脳無を引っ張ってくるだろう。恐らく、先程と同じく超高速での攻撃。一撃喰らえば次こそ終わりだ、見極めていこう。

 

 見えないなら、最初から置いておけばいい。それだけだ。

 

 水難ゾーンで爆発的な水柱が上がる。

 

 速度を保ったまま、確実に殺す……僕なら、そうだな。超高速で尚且つ自分の身体が強固なモノであるなら、この手だ。

 

 視界に突如、真っ黒な地肌が現れる。そうだ、予想通りだ。

 確実に相手を殺すなら、体当たりをするよなぁ! 

 

 右肩で、正面から受け止める。

 真っ直ぐ吹き飛びそうになる莫大な力を制御して、右肩から腰へと流す。衝撃や威力っていうのは、そもそもエネルギーの移動。理論上、完全に上手く受け流せば無傷で分散できるんだ。

 

 一手に絞った。絶対に体当たりをしてくると仮定して、その衝撃の当たり方を制限。

 

 幾ら超スピードで最強だと言ったところで、科学で解明されているこの世の摂理そのものには勝てない。それが、ただの身体能力である限りは! 

 

 死ぬほど重たい感覚だ。一歩間違えればそのまま死へ一直線、その緊張感がまるで雲の上を綱渡りしているような浮遊感を抱かせる。

 

 ほぼ全ての力が、腰へと集中する。その瞬間を見計らって、大きく右足を動かす。莫大な衝撃に振り回されないように極力丁寧に、それでいて大胆に動かしながら──半身下がった場所へと、右足を叩きつける。

 

 瞬間、ひび割れる地面。

 大きく陥没するその中心で、ほくそ笑み。

 

 衝撃を受け流し、脳無が別のアクションを起こす前に──その丸出しの脳へと、崩れた左手で手刀を叩き込む。

 

 脳をぶち抜き、引きずり出した。ピンク色の脳漿が飛び散り、独特の不快感が興奮と混ざり合う。

 

 よろよろと後方へ座り込み、動きを止めた脳無を見上げる。

 

 右肩は完全に衝撃で外れた。骨も無事かわからない、脳内麻薬にだって誤魔化せる限界がある。もう、正真正銘限界。僕は全部出し切った。

 

 殺したか、とも思ったが──この程度で脳無は止まらない。何故なら、僕を作った製作者がただ強いだけのナニカを作るとは思っていないから。必ず、何かに対して嫌がらせも含めて作るだろう。

 

 ボコボコと飛び散った脳漿が蠢き、元の形へと修復されていく。全く、気持ち悪い光景だ──でも、そんなのどうでもいい。

 

 俺は一手差し込んだ。アンタらの作った改造人間に、ほぼ独学で生きてきた俺はこうやって抗った。お前らの教育より、俺単体の方がよっぽど成果を出した。もっともっと暴れてやりたいが、俺の身体は既に限界。

 

「──ざまぁ、みろ。クソヴィランが」

 

 勝利の宣言をしてやろう。

 目の前に居る三体にはこれ以上ない程の負け惜しみにしか聞こえないだろうが、その裏に居る奴には別の意図で伝わる筈だ。

 

 それに──もう僕の出番はない。

 

 背後、つまり入口が爆発の様な音を起こす。ここからは生徒の時間じゃない、教師による反撃の時間だよ。

 

 

 

 

 

 

 その後の顛末は、酷く詰まらないモノだった。

 

 平和の象徴による圧倒的な武力、他のプロヒーローによる援護と拘束──最終的に脳無は捕らえられ、残りの二人は逃げ出す事に成功した。

 残されたヴィラン達と、他のクラスメイトは全員無事だった。ヒーローの卵とはいえ、雄英は流石にレベルが高い。俺が心配するまでもなく皆生き残っていて何よりだ。

 

 そして、重症患者として扱われたのは俺と相澤先生のみ。

 

 二人そろって体力が限界だからリカバリーガールに頼る訳にも行かず、雄英の施設内に入院する事になった。まあ、二日程度だが。

 

「敵の目的は分からず、生徒一名と教師一名が重症……か。大事件ですねぇ、相澤先生」

「お前はあそこで退いていれば重症にならなかっただろうが。俺と水中に飛び込んでしまえばよかった」

「はは、英雄願望って奴ですよ。俺にもきっと、誰かを守りたいって想いがあったんじゃないかなって」

「嘘つけ」

 

 全身包帯で包まれた相澤先生と話す。俺は右腕が完全に粉々になっている様で、痛みがヤバいくらい響いてる。

 

 でも、気分がいいからそれも受け止める。しょうがないだろ、俺が十五年追いかけて何も情報が出てこなかった奴にこんな短期間で反撃できたんだ。

 

「……まあ、そもそもあの状況を招いた俺達教師側に問題がある。だが俺達の問題と、お前の問題は別だぞ」

「わかってますよ。流石に二度目はやりませんし、そうですね──二度目があったら、除籍にしていただいても構いませんよ?」

 

 どの道、次は無いだろう。

 俺が死ぬ、きっとそうなる。弱点を維持したまま突撃してくるとは思わない、俺を殺す為に何かを用意してくれるだろう。ああ、ありがたい。十五年で培った怨みはこんなもんじゃないぞ。

 

「お前を除籍したら猶更面倒な事になりそうだ。仕方ないから(・・・・・・)面倒を見てやる」

「……お手柔らかにお願いします」

 

 入学して一ヵ月も経ってない内に教師に目を付けられ、ヴィランに仇は見つけ──何ともまぁ、凄まじく濃い毎日だ。

 

 意識を取り戻す直前に見たあの景色……あの女性。そして、『オー■■■ト』と呼ばれた男性──確定か。あの光景は間違いなく誰かの記憶であり、そしてオールマイトは、あの女性から受け継いだ。

 

 なら後は、俺とあの女性の関係性だ。俺の遺伝子に刻まれた彼女は、一体何者なのだろうか。平和の象徴の師──気になる。

 

 コンコンコン、とドアがノックされる。

 控えめなノックに、リカバリーガールが見回りにでも来たかなと思って相澤先生を見る。

 

 面倒くさそうに入れ、と告げ扉が開く。

 

「──なんだ、元気そうじゃん」

「志村くーん!」

 

 元気いっぱい、相変わらず姿は見えないが制服姿の葉隠と耳郎。

 

「……自宅待機中じゃないのか、今」

 

 相澤先生のツッコミが入る。確かにそうだ、今は雄英の生徒はリスクを考えて待機中になっている筈。

 

「それは──」

「──私が代行したのさ、相澤くん!」

 

 ムキッ、と暑苦しい作画のオールマイトが扉を開いて入って来た。ヒーローコスチュームで来ている辺り、ちゃんと護衛としてやってきたようだ。

 

「志村くん、大丈夫だった? 本当に生きてる? 大丈夫?」

「ん、お、おお。どうした葉隠、過保護な子離れできない母親みたいになってるぞ」

「そりゃあんなの見たら心配にもなるでしょ」

 

 あんなの──俺が吹き飛んだ場面だろうか? 

 

「……ちょうど、双眼鏡で見てたの。葉隠が」

 

 ……なるほどな。他の連中より鮮明に見えてしまった訳か。

 

「俺は生きてるぞ。ちょっと死にかけたけど」

「……はー、良かったー」

 

 半分自業自得の選択肢ではあったが、賭けに勝った。それだけで儲けものだ。制限時間がある中で、俺は最善手に近い一手を放り込んだ。

 

 悔いはない。

 

 だがまぁ、俺の事を心配してくれる誰かがいる──そのことは、しっかりと胸に刻んでおこう。

 いつの日か訪れる、別れの時を想いながら。

 




USJでこんな長くなるとは思ってませんでした。


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雄英体育祭……?

 

 右腕の粉砕骨折が治りきらず、他の重症箇所はリカバリーガールの愛のキスで治して貰ったので退院した。

 叔父は変わらず出張中、これまでは出張に行くことはそう無かったが最近珍しい。全部操作されているのだろうか。だとすれば、何か大きな出来事が起きるのは目に見えてる。

 

 俺の存在に気が付いてくれたのだろうか? だとすると嬉しい。

 

 入院生活中にネットニュースを見て情報を集めていたが、雄英のセキュリティが破られた事に対する不安感を煽るような記事しか見つからなかった。

 相澤先生が隣にいたからネットの奥まで潜り込むわけにもいかなかったし、見れたのは掲示板まで。

 

 掲示板もいつも通り批判的な連中と肯定的な連中が喧嘩しているだけで、特に敵に関するコメントは見当たらなかった。

 

 死柄なんとか、俺がボコボコに殴った奴。あそこまでやられて無様に逃げただけだから少しは正体を現すかと思ったが、流石にそこまで自由にはさせて無いのだろうか。

 

 もっと馬鹿だったらやり易かったが……。

 

 そんなこんなで二日間、見舞いに来てくれた葉隠や耳郎とたまに話しながら時間が過ぎていった。

 

 通学時間をずらして、特に俺はヴィランに対して直接的な攻撃を加えているのでタクシーで雄英まで来るように言われている。

 

「やあ、志村少年!」

「おはようございますオールマイト、相変わらず暑苦しい作画ですね」

「暑苦しい!?」

 

 当然のように家の前まで迎えに来たNo.1ヒーロー、平和の象徴オールマイト。確かにこの人が護衛として居れば普通のヴィランは攻撃を仕掛けてこないだろう。

 

 生憎、今回の敵はそうではなさそうだが──果たして。

 

「さ、乗りたまえ。私も実はタクシーで行けと言われていてね、何故かわかるかい?」

「ヒーロー活動するから遅れないようにって事でしょう」

 

 USJを襲撃されたあの日、本来ならオールマイトがあの場所に居たらしい。

 たまたま、朝にヒーロー活動を行なって遅刻したから校長に説教されていて来ていなかった。それはタクシー通勤を命じられる訳だ。それも、雄英まで護衛と言う任務まで課せられて。

 

「ヒーローとしては最高ですけど、社会人としては失格ですね」

「うぐっ! わ、私も反省しているよ……」

 

 いつものオールマイトより、どこかぎこちない。

 何だろうか、この違和感。気遣い? なんとも言えない感覚だ。でも、不快な感覚じゃない。何というか──懐かしい……? 

 

 俺の元になったであろう人物、あの女性と俺の意識が混ざっているのだろうか。

 

 そう考えるとしっくりくる。

 オールマイトの態度は特に変わっていない筈なのに違和感を感じるのは、俺自身に変化があるからか。彼女の記憶の中でのオールマイトと、俺の中でのオールマイトの像は一致しない。

 

 確かに全てを知りたいとは思ったが、混ざってでも知りたいとは思っていない。俺は俺であり、その人生はたった一つの事に捧げられるもの。誰にも変えさせなどしないし、変えるつもりはない。

 

「面倒だな……」

 

 だが、これで少しずつ見えてきた。

 仮にこの記憶が、ベースになった女性の物だと仮定する。では、どうして俺はそれを知覚できた? 普通の人間にだって、他人の遺伝子は少なからず混ざってる。子供として生まれる以上、親の遺伝子がある。

 

 だが、親の記憶なんて子供は受け継がない。

 

 俺のほかにもう一人造られた人間でもいれば、そう言った現象は無いかどうか確認できるが……生憎とそんな奴は居ない。俺と同類なんざ、それこそオールマイトにぶっ飛ばされた脳無くらいだ。

 

 喋れる知能も無さそうだし、精々捕まって解剖でもされているのだろうか? 俺が潰した脳は再生したし、再生の個性だろうか? オールマイトクラスの身体能力に再生の個性……強い要素詰めれるだけ詰めましたって性能だ。

 

 対オールマイト、なんて謳われてもおかしくない。

 

 話を戻そう。

 個性による、遺伝子干渉……全く思いつかない。俺のこの完全記憶能力と、異常なまでの適応能力に精神的な擦り込みは何だ? 一体、どんな個性を持てば使えるようになる? 

 

 人間としての性能を高めて生まれ、性能を最初から決められていたなら仕方ない。

 

 だが、それだけではない気がする。もっと、他の要因が……あると思う。

 

「そういえば志村少年」

「はい? 何でしょう」

 

 思考を中断して、オールマイトの問いに答える。

 

「君、右腕治ってないけど雄英体育祭はどうするの?」

「え、決まってるじゃないですか」

 

 粉砕骨折が治りきってない右腕、退院はしたがまだ残っている通院。そう言ったことを加味して、相澤先生と二人で話し合った。

 

「──雄英体育祭は出ませんよ。俺は観客です」

 

 

 

 

 教室の扉を開き、中に入る。

 

 既に一時間目は終わっている筈だが、今日はいきなりヒーロー講習なので移動教室だ。別の教室から戻ってくるのにまだ時間がかかっているんだろう。視聴覚室はここから歩いて五分、集団で移動してるならもう少し。

 

 ギプスで覆われた右腕、痛みは凄まじい程に響いてくるが耐えられる。

 

 痛み止めも貰っているが捻じ伏せられるなら使う理由もない。流石に、触られたり揺すられたりしたら激痛だから止めて欲しい。

 

 雄英体育祭──全国に放送する現在におけるスポーツの聖典……らしい。俺も去年のは見たが、全裸になる二年生の印象が強すぎてあんまり重要だと思っていない。放送事故、それに尽きる。

 

 本音を言えば、出たかった。全国に姿を現す絶好の機会であり、俺の製作者へと存在をアピールできる大チャンス。逃す手はないと思っていたが、今は状況が変わった。

 

 ヴィランに襲われた雄英一年、生徒側唯一の重症。治りきってない右腕を無理やり個性で治せば、後に悪い影響が出るかもしれないリスク。

 ただでさえ、左の拳が一部崩壊しているのだ。

 

 握りこぶしを作れば、皮膚が削れて肉が抉れた箇所が幾つか。攻撃力そのものは落ちていないし、指の稼働に問題はないからそこまで痛手ではないがこれ以上自分の使える手札を削るのはよくない。

 崩壊した一部から更に欠けて指が落ちたりしたら面倒だ。

 

 ……俺に時間制限がある、というのは俺しか知らない。それを考慮すれば、後の事なんか考えている場合かと思うが──それを雄英側に伝える事は出来ない。

 

 相澤先生に言えば、どういう事だと勘繰られる。生徒として見てはくれているが、あんな事件が起きた直後だ。内通者の存在を疑っていてもおかしくはない。それで確定だ、となることは無いが疑われるよりかは言わない方がマシ。

 

 それに、その時間制限だって何のことか俺も理解できていない。不確定すぎる、突っ込むにはリスクが高い。

 

 よって、雄英体育祭は出ない。これが結論だ。

 

「あれ、開いてる……って、志村くん!?」

「まるで死人を見たかのようなリアクションだな」

 

 緑谷がギョッ! と反応する。

 どうやら纏めて戻ってきたようで、先程まで一人だった教室は一瞬で活気が溢れる場になった。

 

「よう、無事に生きて帰って来たぜ」

「正直吹っ飛んだときは死んだと思った」

 

 何度か見舞いに来てくれたベストフレンド耳郎。ありがとう、俺はお前のお陰で生きていける。……いや、正直盛ったな。

 

「まあでも見舞いに来てくれてありがとな、葉隠も」

「むー、ああいうことしちゃ駄目だよ? 死んじゃうよ、本当に」

「体育祭も出ないし暫く治療に専念するさ。右腕バッキバキだしな」

「あ、そうなんだ。出ない……え?」

 

 瞬間、固まる教室。

 まあそう思うよな。雄英において、体育祭ってのはとにかく大事だ。

 

 この体育祭を見て、プロヒーローからインターンに来ないかという誘いが来る。まだまだ実ってないヒーローの卵を、『客』として招き入れてくれるのだ。そうして得たプロヒーローとのコネやツテを利用して、後に生かしていく。

 二年三年になればもっとそれが大事になる。プロヒーローのサイドキックとして活躍するのだ。

 

 だから、その最初の切っ掛けとなる一年生の体育祭を棒に振る──普通に考えればもったいない。

 

「左手の拳も欠けてるし、まだ通院して精密検査が幾つか残ってる。右腕は粉砕骨折してて骨が原型留めてないから、まだ治療が必要。流石にこんな状況じゃあな」

「……そんな状態だったの?」

 

 相澤先生も似たような感じだ。俺は一部分に特化して、あの人は全身壊れてる。逆によく復帰したなって思うよ。

 

 プロの根性ってのは凄い。

 

「まー、治るまで一か月くらいか? 期末試験には間に合うさ」

 

 どんな内容の試験になるかはわからんが、どうせ戦闘も含むのだろう。それまでに本調子とまではいかなくても、そこそこマシなレベルまで引き上げていきたい。

 雄英体育祭でやることは、一年生の見学ではない。俺にとって格上、学ぶべき姿勢が見られる筈の──上級生達。

 

「何時まで話してる、さっさと座れ」

 

 いつの間にか教室に来ていたボロボロの包帯人間、もとい相澤先生の姿を認識した瞬間全員素早く着席する。大分、どういう感じかわかってきたらしい。

 

「志村、来たなら職員室寄ってけ。プリント纏めてある」

「ありがとうございま──……何時の間に?」

 

 俺と殆ど同じタイミングで退院したのに、どうやって準備したのだろうか。その答えは教えて貰えなかった、意外と生徒思いな人だからちゃんと作ってくれているのかな。

 

「体育祭までは二週間。志村以外の全員は参加するが、お前はどうするか今協議中だ。一週間以内に結論は出す、それまでは安静にしとけよ」

「はいはい、別に何もしませんよ」

 

 すっかり目を付けられたみたいだ。別の場所に行った方が安心できないから俺が見る、なんて宣言されてしまってはどうしようもない。相澤先生からの信頼は、失ってしまったかな? 

 まあでも除籍と言う手段は取らなかった辺り、導けばヒーローになれると判断して貰えたんだろう。

 

 それは有難い。

 

「……まあ、俺としてはお前に感謝しなきゃいけない立場だからな」

 

 ボソリと口元を動かした相澤先生。

 正確な動きを見れなかったから、読唇術で読み取ることは出来ない。それでも、マイナスになるような事は言ってないことはわかる。珍しく緩んだ口元が、そう理解させた。

 

 珍しい事もあるモノだ。

 

 

 昼休みに悪戦苦闘しながら食事を摂り、午後の授業も身体を動かすのは全部見学。見ているだけで経験値になる俺にとっては大したことじゃないから良いが、そうじゃなかったら大変だな。追いつくのに時間がかかる、そう思わされる内容だった。

 

「バクゴーくん、俺が居ないからって体育祭で手を抜くなよ」

「誰が抜くかボケカスゴラァ! 黙って死ね!」

「……流石に死にかけた奴に死ねはまずいんじゃねーのか」

「うるせぇ半分野郎!」

 

 手あたり次第噛みつく狂犬爆豪に、クラス一のイケメン(当社比)の轟がツッコミを入れる。クールで結構天然な轟だが、会話に参加する程度には仲を深めた。

 戦闘訓練の時に戦って以来、ちょっとだけ絡むようになり──コイツが蕎麦を異常なまでに愛している事を知った時は少しだけ引いた。

 

「轟はどうよ、体育祭。狙うはトップだろ?」

「……まあな。俺は、(こっち)で一番を取る」

 

 パキ、とわずかに漂う冷気。個性の無断使用は禁止されているが、誰が見ているわけでもない放課後だし別に気にしなくてもいいだろう。氷を大々的に出したわけでもなく、ちょっとだけ滲み出ただけ。

 

「爆豪もそうだが、俺はお前にも負けるつもりはなかったが……なんつーか、それ所じゃなさそうだしな」

 

 左拳を握って見せれば、少し顔を顰める轟。

 

「身体が崩れていく感覚ってのは嫌なもんだ。こういう時、覚えている記憶を選択できれば良かったんだけどな」

 

 残念な事に、俺は全てを覚えてしまう。見た光景、聞いた音、受けた感触も全て。便利だが、不快感は永遠に残り続ける。ストレスだ。

 

 今にも、左拳を起点に全身が崩れ落ちていく予感がする。ボロボロと身体が崩壊し、先程まで俺の身体として存在していた物質が変化していく。腕が千切れたとか、そういうレベルではない。理解できない恐怖だ。

 

 無理やり感情を抑え込み、正気を保つ。

 

 そうでもしないと、掻き毟りたくなる。俺は果たして生きているのか、死んでいるのか。本当は死んでいて、これは俺の脳が見せる最後の記憶なのでは無いか──現実か夢現か。

 

 それら全てをリセットして、何とか保っている。それが今の俺だ。

 

「……そうか。お前、全部覚えてるって事は」

「そういう事。幻痛とか目じゃないくらいにずっとだよ」

 

 そして、それを耐えれてしまう俺の精神。リセットなんて強引なやり方で全てやり直せる俺の心は、正常なのだろうか。

 

 全て造られたとすれば──俺の製作者は、何を目指しているのか。ヒーローに対する嫌がらせ、一体何を意図しての事だろうか。気になる、気になる事ばかりだ。

 

「それでも俺はヒーローになる。全部乗り越えたその先に、待ってるモンがあるんだよ」

 

 ヴィランには堕ちない。俺はヒーローとして生きて、ヒーローとして死ぬ。嫌がらせで造った人間はここまで登ったぞ、お前の思い通りにはならない。そうやって宣言してやるんだ。

 

「体育祭は出ないが──置いて行かれるつもりはないぞ」

 

 

 




オリ主
・全部覚えているから、腕が折れた痛みも崩壊していく拳の感覚も全部常に襲ってきている。けどメンタル保ってる。体育祭は欠席して治療を優先する事にした。
 治っても幻痛は襲ってくる模様。


相澤先生
・プルスウルトラしてちょっとだけデレた。



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静かな再会

 雄英体育祭──全国に姿を見せるその大舞台で、生徒による宣誓がある。

 

 一年生の場合、入試成績総合一位の人物が行う。今年の入試一位は、我らがヒーロー科一年A組の偉大なる暴言厨爆豪勝己。

 

 ポケットに手を突っ込みながら壇上に登る姿は、既に周りに敵意を放っている。

 

『せんせー。──俺が一位になる』

 

「ははっ、本当に言いやがったあいつ」

 

 観客席から、中を見下ろす。青色のジャージに身を包んだ同級生たちを見ながら笑う。宣誓の言葉に、誰もが沸き立っている。全員が全員ではないにしろ、大多数の人間が一位を目指している体育祭。

 この結果が将来のキャリアに関係すると言っても過言ではない程の祭りで、不遜に言ってのけた爆豪。

 

 ネットの掲示板を見て、リアルタイムで並んでいく罵倒を見ていく。

 

 態度が嫌い、生意気、目つきが怖い、ヘドロ、ヒーローじゃなくてヴィラン、こいつ潜入したヴィランだろ──全く好意的な意見は無い。自分から敵を作る才能に関しては雄英でもトップクラスなのは間違いないな。

 

 ヘドロって言葉が一番酷い。爆豪が見たらぶっ殺す位は言う。

 

「隣、いいかい?」

「構いませんよ。ていうかチケット制ですから」

「はは、それもそうだね」

 

 隣の席に座った男性、黒いコートを身に着けた初老くらいの年齢だろうか? 

 

「体育祭には何時も来るんですか?」

「いいや、今年が初めてでね。テレビで見てはいたけど、死ぬ前に一度見ておきたいと思って」

「それは良かった。俺も本当はあそこに並んでた筈なんですがね」

「おや……もしかして、一年生なのかい?」

「はい。授業の一環で負傷しまして、出られなかったんです」

 

 この言葉で、大体伝わるだろう。

 雄英襲撃事件、負傷者がどれくらい出たか既に報道機関には伝わっている。重傷が生徒と教師、それぞれ二人。

 

「なるほど……今年の一年生は一波乱あったようだからね」

「それはもう、濃い一日でしたよ」

 

 第一種目は障害物競走。

 一年生の種目を見るつもりは無かったが、気が変わった。

 

 爆豪、轟、緑谷……クラスメイトが、俺を放置して奮起している。

 

 一位を宣言した爆豪、氷の力のみで一位になると豪語した轟、そしてオールマイトの後継であろう緑谷。轟は現№2ヒーローエンデヴァーの息子らしいし、とても因縁がある体育祭だ。偶然か、必然か……見逃す方がもったいない。

 

 いずれ、俺がプロになれば競い合うことになる。俺だけ外れたのはまぁ、ちょっと悔しいが。

 

「君もヒーロー科かい?」

「……そうです。話題のヒーロー科で唯一負傷した愚か者は俺の事ですよ」

 

 一人だけ学生服で居る訳にもいかず、一応ジャージを着用している。見る人が見ればヒーロー科と見抜けるのだろうか。

 

「そうかそうか、納得したよ。本当のヴィランと戦闘してどうだった?」

「──……そう、ですね。怖かったですよ、それは」

 

 模範解答。俺の事情を話す理由も無いし、初対面の人間にそこまで触れられたくない。だから、ヴィランと初めて相対した人間の感想を述べた。

 

 本音を言えば、心が沸き立った。あの時の高揚感は忘れられそうにない──忘れる事は出来ないが。

 

「そうか──本当は、怖くなかったんだろう? 

 

 ズ、と一瞬。

 

 ほんの僅かな変化だが、違和感を感じる。これまでの雰囲気とは違う、明確な違和感。

 

「本当は怖くなんてなかった。気分は高揚していたんじゃないか? 実物のヴィランに──いや、ヒントに近づいて。僕も(・・)、今忙しくてね。弟子を育てている最中だし、何よりヒーロー達に送り込んだ脳無がいとも容易く捕らえられてしまった。誰一人として殺せず、さ」

「………………」

 

 雪崩れ込んでくる情報を整理しろ。

 

 弟子を育てている、そして核心的な言葉。『送り込んだ脳無』という、絶対に一般人が話さないキーワード。

 

 体温が上昇して、心臓が高鳴る。腕が、身体が震える。

 

「しかも、弔に話を聞けば脳無を足止めしたのは教師でもなく学生だと言うじゃ無いか。そんな事が出来る奴が居たか、とわざわざデータを見直せば──面白い人材が居て驚いたよ」

「……そういう事か」

 

 心底愉しそうに話す男性。声もだんだん軽やかな声から重い圧力のある声へと変化していく……そう。俺が聞いたことのある、原初の声に。

 

「まさか何年も前に遊びで造った作品が生きているとは──よくぞ生きていた、息子(志村我全)よ」

「こっちこそ、会いたかったぞ──クソ親父(製作者)

 

 周りの人間に、俺達の会話を聞いている者は居ない。誰一人として俺達の方を見ていないし、気にする気配はない。

 

「ああ、そっちは心配しなくていい。既に対処済みだ」

「何でもありかよ」

 

 マズい。

 

 限りなくマズい状況だ。まさか直接乗り込んでくるとは──全く計算していなかった。せめて、転移で現れて混乱させるくらいだろうと甘く見ていた。

 

 オールマイトと痛み分け? 嘘つけ、そんなもんじゃない。

 

 今年の会場の警備は例年の三倍、プロヒーローの数も増えている。会場に入るのだって専用の識別個性で見ている人がいるし、十分ヴィラン対策は行われている。なのに、何の違和感もなく隠し通して堂々と中に入って来た。

 

「なるほど、僕が手を加えた部分はちゃんと機能しているようだね」

 

 手を加えた? 

 考えろ。俺とこの男に接触があったのは最初の数秒のみ。他は全く干渉していない筈だ。手を加えたとすれば、その瞬間に違いない。……これか? 俺のこの思考能力と、記憶能力の事か? 

 

「──正解(・・)。君は脳の性能が他の人間に比べて数倍高い。尤も、いまだに個性には辿り着いてないようだね」

 

 思考を、読みやがった……? 

 

 この時点で、俺が起こせるアクションはゼロ。完全に命を握られた。

 

「安心したまえ。今日ここで君を殺そうと来た訳じゃあない。そうだな、言うなれば授業参観という奴だ」

「……どの道、俺はもうアンタに何もできない。それが嘘だろうが本当だろうが、気にしない。そんな事より、聞きたいことが大量にあるんでね。答えてはくれるか?」

「いいとも。十五年もの間育児を放棄していたのだから、それくらいはしてあげよう」

 

 襲い掛かってくるプレッシャーは、あの時のヴィラン共とは比較にならない。ただ会話しているだけなのに、吐き気と頭痛が止まない。

 

「俺の存在は、ヒーロー達へのプレゼント──嫌がらせと言っていたな」

「そうさ。君の事は、オールマイトへの嫌がらせで造った。認めよう」

 

 オールマイトへの嫌がらせ──やはり、あの女性関連か? 言い方を変えれば、現状緑谷出久へ受け継がれた個性の先々代を担当した人物。

 

「……よくそこまで辿り着いた。いや、驚いた。まさか単独でそこまで理解できるとは」

「俺に刻まれた遺伝子が原因かどうか知らないけど、ピリつくんだよ。オールマイトも、緑谷も。そしてオールマイトが師匠と呼んだ女性の記憶……ここまで揃えばバカでもわかる」

 

 既に始まった障害物競走、だがそれ所じゃない。

 今俺は、人生を賭けて到達して見せると誓った男に相対しているんだ。

 

「そうだね、大盤振る舞いだ。どの道、今日この日が過ぎてしまえば君に会うのは最期の瞬間──君が息絶えるその時になる。オールマイトの個性、いや、九代目OFA(ワン・フォー・オール)継承者も気にはなるがそんなのどうでもいい」

 

 なるほど、次は無いと。

 果たしてそれは俺自身の時間制限の事か、直接殺されるからか……それは後でいい。

 

OFA(ワン・フォー・オール)……ならさしずめアンタはAFO(オール・フォー・ワン)だな」

「正解だ。それも記憶にあっただろう? あの愚かな女の記憶を辿ったのなら」

 

 何時しか、その名を呼ぶ記憶を見た。

 一人は皆の為に、皆は一人の為に──有名な英語だ。

 

「オールマイトが台頭して、その仲間を徐々に減らされて行った。凶悪なヴィランが大きく数を減らしたのも十年近く前になる」

「そうだね、僕は六年前にオールマイトに敗れた。頭を潰されたが、抜け道なんて幾らでもあるものさ。今日こうやってここにいる僕も、本物の僕とは限らない。そういう個性を作っていればいいんだ」

 

 何でもあり過ぎる──オールマイトはよくもまあ、こんな怪物に一度勝利した。素直に尊敬するよ、間違いなく一番だ。

 

「君にそうやって讃えられれば、彼も嬉しいだろうなぁ……僕にとっては、面白くないが」

「嫉妬するなよ。それに、オールマイトの存在が身体に刻まれ過ぎてて不快なんだ。あの男が近くにいると、恐ろしくて堪らない。一体何を埋め込んだ?」

 

 これが一番気になる。

 俺の製作者へと、既に辿り着いていた。こうやって直接来るとは思っていなかったが、俺の中では結論は出ていた。

 

 襲撃してきた、敵連合と名乗った連中の奥に必ず居ると。

 

「そうだ……君に埋め込んだモノか。一体、何だと思う?」

 

 とても愉しそうに、まるでクリスマスや正月を心待ちにしている子供の様に問いかけてくるオールフォーワン。

 悍ましさ、恐ろしさが圧力となって全開になる。

 

 それでもなお、誰一人として俺の事を気にしない。

 

「俺に、埋め込んだのは……オールフォーワンの遺伝子と、あの女性の遺伝子だと睨んでる」

 

 だからこそ、オールマイトへの嫌がらせだ。最高で最悪な贈り物。

 

 確信したのはさっきだ。こいつは、俺の事を息子と呼んだ。作品ではなく、わざわざ息子だと。自分が手掛けた作品を息子、娘だと表現する芸術家は多いがそういうニュアンスではない。

 自分の息子だと、意図を込めてわざと言った。俺に気付かせるために。

 

 オールマイトの敬愛する師の遺伝子と、その宿敵である自分の遺伝子を混ぜ合わせて作り上げた傑作……それが俺、志村我全という生命体だ。

 

 絶対にオールマイトには、いや──誰にも知られてはいけない俺の出生。

 これだけは、言う訳にはいかない。

 

 答えずに、黙るオールフォーワン。

 

 僅かに聞こえる笑い声が、酷く不愉快だ。

 

「そうだ──君は、僕の息子でありながら七代目OFA継承者の志村菜奈の息子だ」

 

 志村菜奈──成程。要するに、俺の母親な訳だな? 

 

 お前が父親で、母親を殺した当人……中々イカれてる。普通じゃない。こんな最低な事、日頃どれだけ悪辣な事を考えていれば思いつくのだろうか。

 

「酷い言われ様だけど、否定はしない。志村菜奈を殺してからオールマイトは益々勢いづいてね、正直苛立っているんだ。僕は彼が大嫌いだ」

 

 本気の苛立ち──不快感が波になって押し寄せる。吐き気が強まって、心が軋む。

 

「……今日はここまでにしておこうかな。気付かれる前に、帰るとしよう」

 

 席を立ち、出入り口の方へと歩いて行く。

 その顔を見る勇気は、出なかった。見れば、死ぬと全身が告げていたから。俺の事を殺す気は無くても、きっと。

 

「ああ、そうだ息子よ。一つだけアドバイスだ」

 

 立ち止まって、言葉を投げかけてくる。

 

「君は、僕の息子だ──個性の事を、よく考えてみるといい。そうすれば、君はまだまだ強くなれる。僕を超える程に……」

 

 そう告げて、立ち去っていくオールフォーワン。

 

 俺は、あの男の息子で……母は、殺されている。

 手に入れた情報が多すぎて、纏めきれない。個性の事、俺自身の事も。

 

 いつの間にか終了していた障害物競走、一番でゴールした緑谷が爆豪に絡まれている。

 

 ワンフォーオール、先代がオールマイトだから……九代目継承者、緑谷出久。

 

 あの男を、超える。ワンフォーオールも、オールフォーワンも全て超えるんだ。それが、俺に残されたたった一つの──頂点を目指す道。

 

 

 

 

 

 

 

 

 薄暗い一室。ピ、ピ、と独特の機械音が鳴り響く。

 

「──雄英体育祭、無事終了……ク、ハハ。全く僕の侵入に気が付いていなかった癖に、良く言う」

 

 テレビに映る表彰式を見ながら、男性は嗤う。

 

「エンデヴァーにも見られたが特に何のアクションも無し。オールマイトも、全く気が付いていなかった。やはり、衰えたなぁ」

 

 今トップクラスと言われるヒーロー達を嘲笑いながら見る。

 壇上に立つ少年たちは皆輝かしい未来が確約されており、既にプロヒーローへの一歩を踏み出したと言っても過言ではない。

 

 それに比べ、自らが教え導く弟子はこれからどんどん成長していく。

 師というのは、弟子を独り立ちさせるために居る。

 

「今更僕が表に立つつもりは一切無かったが……少しだけ計画を変えようか。弔達と別れるあの日、少しだけ手を加えよう」

 

 ボコ、と椅子に座りながら手に力を籠める。

 黒い、泥の様な物質が無からあふれ出る。周囲に臭気を撒き散らすソレは、誰しもが無意識に忌避感を覚えるだろう。

 

マーキング(・・・・・)も済んだ。ちょっとした余興だが、オールマイトはどんな顔をするか……実に、愉しみだ」

 

 

 

 





発覚した時のオールマイトのメンタルはもうボロボロ


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ヒーロー名

雄英体育祭を終え、いまだ興奮冷めきらない雄英。

 

 轟や緑谷のドラマ的な展開や、爆豪の慟哭など様々なモノが生まれた体育祭だったが──俺にとっては恐怖の一日だった。

 

 いきなりやってきたAFO(オール・フォー・ワン)との会話。

 

 緑谷出久、そしてオールマイトの個性……OFA(ワン・フォー・オール)の秘密。代々受け継がれてきたその個性に、先々代──七代目継承者志村菜奈。そして、俺の実質的な母という事実。

 

 俺の生まれた理由、待っている運命。

 

 どれもこれも最悪で、俺が求めていた答えだった。

 

「はあ……」

 

 知りたいことを知れたのはいい。教えてくれたのが最低な奴だったのはさておき、情報を纏めればかなりの事を教えてくれた。言葉通り大盤振る舞い、俺に対してのボーナスだったんだろう。

 

 志村菜奈、母。記憶に全くないのに見えるその光景は、確かに過去起きた事だった。

 

 オールフォーワンとの戦い、託した次代。

 

 そして、復活しつつある悪。

 

 俺一人ではとても処理できないようなでかい規模だが、俺一人で処理しなければいけない。

 

 オールマイトに知られるわけにはいかず、頼れる人物はいない。何時でも敵が俺達に仕掛けられることを知っていながら、その対策を誰かに伝える事が出来ない。一人で策を練り、対応する。

 無理がある。

 

 俺にだってやらなきゃいけないことは多い。

 

 オールフォーワンが話した個性について。俺は、あの男の息子──直接的な血を引いた正真正銘の息子なんだ。伝説的なヴィラン、他人の個性を奪い与える個性を持つ男の。

 

 ならば、俺の個性は一体なんだ。

 

 それを突き止める必要がある。現状最優先なのはソレだ。俺は、自分の事を知っている様で知らなければならないことを知らない。個性を知り、俺の全てを理解しなければならない。

 そうでなければ、あの男に勝てない。

 

 いや、そもそも理解したところで俺の個性は勝てるようなものなのか? この思考能力に、記憶能力……人間としての性能の底上げ? いや、奪って与えるという個性に関係がない。奪う、与える……思いつかない。

 

 奪う。与える……俺に兄弟が居ない理由はソレか? 他の兄弟から、そういう性能を奪った? だからあんな意味深な言い方をしたのか? 

 

 最初の言葉を思い出せ。

『君はその個性の関係上、色んな場面で色んな葛藤や選択が生まれる。そう、絶対的な二択の選択肢がね』。絶対的な二択、奪うか奪わないか……? 違うな、そんな個性じゃない気がする。

 

 もっと、もっと他にある筈だ。俺が何か思った事、例えば脳無と戦ったとき。あの時、俺は何を思った? 

 

「おはよー志村くん!」

 

 バシン、と机が叩かれる。視線を向ければ、相変わらず服だけが浮いて見える葉隠が居た。もうそんな時間か、いつもより早く登校したが既に人が揃ってきている。

 

「ああ、おはよう葉隠」

「腕のギプスはまだ取れないんだねー」

 

 毎日少しずつリカバリーガールの力を借りて治してはいるが、それでもまだまだ先は長い。漸く骨の原型が見えてきたレベルだ。もう少し時間が経てば職場体験も待っている──が、俺にはあまり関係ない。もう、どこに力を入れるべきか自分の中で理解してしまった。

 

 たとえ怪我が期間までに治らなくても、もう走らなくてはいけない。俺に残された時間は、あまり多くない。だからこそあの男はわざわざ来た。オールマイトへの嫌がらせという意思を伝え、俺自身も苦しめる為に。

 こうやってヒーローを目指し、製作者に対して復讐を目論む俺にその存在そのものが悪だと伝えるためだ。なんて性格の悪さ、悪辣さだよ。

 

 俺はヒーローを目指しても、あの男の機嫌次第で俺の道は閉ざされる。

 

「……何かあったの?」

「……何も?」

 

 マズい、少し何時もと違ったか。無意識に考え込んでいるのが見抜かれた。

 

「何か、あったでしょ」

「……何でもないよ」

 

 反応も良くなかった。くそ、こんなんで隠し通せるのか。駄目だ、他人に──特にクラスメイト達にバレるわけにはいかない。巻き込んでしまう。

 

 というか、現時点で十分巻き込まれるリスクが高い。

 

 俺への嫌がらせ、更にオールマイトへの嫌がらせも出来る。そうやって俺が苦しめば苦しむほど、オールマイトも苦しむ。自分が救えなかった、救われた恩師の遺伝子上の息子が苦しんでいるという事実によって。

 

 考えれば考える程沼に嵌まっていく。オールフォーワン……ここまで見据えて俺を造ったのか? 

 だとすれば、伝説のヴィランの名に偽りはない。正真正銘最低の悪魔だ。

 

 ……そうか。それに加えて志村菜奈の息子という立場の俺も苦しめれば一石二鳥、か。本当に最低な奴だな。

 

 そんな奴の下にいる、育てなければならない人間──弔と呼ばれた者。

 

 こいつも相当だろう。決して、あの男は善意を以て行動しない。これは確信、全ての行動に於いて悪意が纏わりついている。

 

 プラン。最初にプランだ。幾つかある計画の内、三番目とかそこら辺に俺はいる。では一番目は? あの男が今も尚手塩にかけているのは弔という男。きっと、また最悪な事実なんだろう。

 

「──志村くん!」

 

 大声で意識が戻る。思考を中断して、目の前にいる葉隠を見る。

 その声に教室の視線が集中し、何が起きたか見ているクラスメイト達。……まずったな。どうする、どう誤魔化す。何か起きたという事にした方が後から追及されなくて済む。適当に何か、誤魔化す方法……どう、する。

 

「……すまん、言えない」

 

 駄目だ。何も、思いつかない。俺にある唯一の取り柄が生かせない。

 

 何かある。だが、それでも言えないんだ。これを言ってしまえば──……いや。言わなくてもだが、いずれ巻き込まれてしまう。それでも、言う訳にはいかない。たとえ、ネタバラシをされてもされなくても。俺から言う事は絶対にない。

 

「これだけは、言えない。悪い」

 

 これ以上、俺に近づいてこないでくれ。巻き込まれても、俺は助けられない。死ぬのは俺だけでいいんだ。

 

 クソ、こんな筈じゃなかったのに。全部知れば、もっとスッキリすると思っていたのに。正解を知って、俺は全てを知ったと誇れるようになりたかったのに──全て裏目に出て手玉に取られている。

 演算力? そんなものがあっても、あの男の思考を読めば読むほど絶望しか残っていない。

 

 将来を見据える事も、もう出来ない。

 プロになるならないだとかそういう話じゃなく、既に生か死か。

 

「……そっか。話せるようになったら、教えてね!」

「……ああ」

 

 悪い、葉隠。

 クラス中の視線が刺さる。それを全部無視するように、外を見る。どうする、どうすればいい。俺は一体どんな事をすればいいんだ? いや、逆に聞こう。俺は一体、何をしたんだ? 

 

 生まれてきたのが、間違いだった。それでも生きて足掻くしかない人生が、憎い。

 

 笑えて来る。ヒーローになってあの男に逆らおうとしたら、その行動すら予定通り。オールマイトへの嫌がらせとして機能させるスパイスになっていた訳だ。

 一睡もできなかった。どうしようもない現実に、それでも目を逸らせない。

 

 考えて考えて考えて──ずっと考えて、もう手遅れだったと結論が出る。

 

 でも、そこで終わる訳にはいかない。だって、俺はヒーローを目指してるんだから。前に進まなきゃいけない。次へ、次へと託して死んだあの女性……志村菜奈の息子であり、オールフォーワンの息子だから。

 

 あの男を終わらせるのは、俺じゃないといけない。

 

 

 

 授業になっても、思考はやめられなかった。

 雄英で得た、全てが崩れ落ちていきそうな感覚。俺の生命は、そして培ってきたモノ全て握られている。あの男の指一つであっという間に崩れ去ってしまうんだ。

 

 勝たなきゃいけない。殺さないと、復讐しないといけない。早く、俺は早く個性を知らないといけない。ここで止まっている暇はないんだ。

 

「さて──今日はヒーロー名を考えてもらうわよ!」

 

 ヒーロー、名……。

 俺に、そんなもの名付ける資格はあるのか? 二択の選択肢が、もう一択に絞られた俺に。堕ちていくことが決まった俺に、そんなの……考える暇はあるのか。

 

 同級生の沸き立つ姿が、酷く輝いて見えた。まるで、俺と同じ場所にいるのに俺とは違う……そんな風に。

 

 皆がそれぞれ発表していく。昔からヒーローを目指していた者は、ずっと考えていた名前を。駄目出しされる奴も居れば好評な奴もいる。俺は、どうすればいいんだ。

 

「──おい、志村。お前の番だ」

 

 相澤先生に声をかけられる。

 俺の、俺のヒーロー名。ヒーロー、ヒーローに……なって、俺は……。

 

 ヒーローになって、どうしたいんだろう。俺は何をすればいいんだ。駄目だ、こんなんじゃ思考が纏まらない。リセットしよう、思考を入れ替えろ。

 

「……すいません。後に回してもらっても、いいですか」

「あら、別に構わないわよ。じゃあ次の子、お願いね!」

 

 何とか絞り出した声。

 

 どうする。

 今は取り敢えずヒーロー名について考えよう。俺のヒーロー名、原点は何だった? あの男への復讐だ。だが、その目的も一番を取ってその存在をアピールする事だった。

 

 アイツは既に俺の事を思い出して、更に今後何かを仕掛けてくることは確定済み。

 

 俺の、今の願いは何だ。一体何を願ってこの場にいる? 

 

 オールフォーワンとの戦いに備えて、ひたすら何かを考える為にここにいる。

 絶対に訪れる破滅の時のために。

 

 自分を知り、過去を知り、その清算をしなければいけない。

 

 俺の、原点。ヒーローを目指した原点だ。

 

 ……志村。

 志村か。俺であり、俺ではないあの人の事。実質的に俺の母であり、俺でもあるこの名前。七代目ワンフォーオール継承者志村菜奈、継ぐ人物として。

 

 俺と同じく、あの男に人生を捧げ人生を散らした先人。そうだ、そうしよう。俺とあの人、二人分合わせてこの名前だ。そうすればこの意図もいずれ伝わる。既に死に、記憶を辿る以外に関係を持たない母であっても。

 

 全員がヒーロー名を発表して、爆豪の番で一悶着あったがその後。最後に残された俺の発表だ。きっと、この名前はこの世界で二人にしか伝わらない。オールフォーワンと俺だけだ。だからこそ意味がある。

 

 俺はまだ母親の事を何も知らない。どんな人生を生きて、どんな死に方をして、どんな想いで託したのか。

 

 それでも、俺は背負わなければいけない。志村菜奈という人生を、志村我全という人生を無駄にしない為に。オールマイトの為じゃない、そしてオールフォーワンの為でもない。志村菜奈の為に、俺の為に。

 

 俺のヒーローとしての生きる道は、そこにしかないから。

 

「俺のヒーロー名は──シムラです」

 

 原点(オリジン)を辿れ。抗え。足掻け。絶対的な悪へと、俺は逆らって見せる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「──はい、ええ。お久しぶりです」

 

 やせ細り、骸骨のような姿をした金髪の男性──オールマイトが誰かに話す。

 

「今日は、お願いがあって連絡させて頂きました。隠居している貴方に、申し訳ない事だと思っています。ですが、これは伝えておかねばならないと……私自身、まだ気持ちの整理は付いていないし、確証も得ていません」

 

 はあ、と一度息を吐いてから言葉を紡ぐ。

 

「私の師匠──志村菜奈にとても似ている少年が居るんです。それも、姓は志村という名字で」

 

 オールマイトが手に持つ電話越しに、誰かの声が響く。

 電話の相手も驚いたのか、相当大きな声を出した。

 

「はい。志村我全……私は、彼がどうしても見えるのです。あの人に」

 

 悔やむような、憎いような、それでいて悲しさを感じさせる声。

 

「探るなと言われ、ずっと探してこなかった。でも、もし彼がお師匠の血縁だったらと思うと、私はどうすればいいのか。辞めろなんて事は言えません。彼は優秀で、このままいけばプロは確定でしょう」

 

「だからこそ、貴方に見て頂きたい。かつての師の盟友──グラントリノに」

 

 




重くなって参りました。

志村ー!後ろー!


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指名、志村我全

七代目OFA(ワンフォーオール)継承者、志村菜奈。

 

 彼女の事を知る者は少なく、また記録も残されていない。

 家族を殺され、唯一残った息子も見知らぬ他人に預けて彼女は戦った。日本という国に潜む巨悪、オールフォーワンと。

 

『私の師匠──志村菜奈にとても似ている少年が居るんです。それも、姓は志村という名字で』

 

 グラントリノ──酉野空彦は、オールマイトの言葉を聞き驚きを隠せなかった。

 

 かつての盟友に似た少年……つまり、彼女が遺した血縁者ではないのだろうかと。

 

「だがよ、俊典。もしそうだとしたらどうすんだ?」

『それは……』

「ほぼ確実に知らねぇと見た方がいい。それを、わざわざ巻き込む理由もねぇだろ」

 

 彼女の願いは、『ヒーローに関わって欲しくない』。今の時代こそ煌びやかで人々が認める職業だが、当時はそうではなかった。

 

 凶悪で、強大なヴィランが多数存在した時代。オールマイトという絶対的な正義は存在せず、ヒーローと名乗る人々も皆身を削り戦っていた。グラントリノも、オールマイトも……そして、志村菜奈も。

 歴代ワンフォーオール継承者はその命と個性を託され、そして託しただけの人々に過ぎない。

 

 特別な力を持っていても踏み台にされる世界に、愛する人に足を踏み入れて欲しくなかったのだ。

 

 だから、何も知らないと言った。

 かつての戦い、祖母の願い、ワンフォーオールの事も含めて全部。

 

『私は、もしそうなら──いえ、そうでなくとも。彼を守るつもりです』

 

 雄英に入学し、ヴィランとの直接戦闘をしたヒーロー科1年A組。その中でも特に重傷、人体実験を重ねた果ての改造人間脳無との戦いで受けた傷は未だ癒されず。

 今最も注視してケアしなければならない生徒であり、体育祭以降様子がおかしいと教師陣の間でも噂になりつつある。

 

『ですが、もし仮に……仮にお師匠の血縁者であるならば、教え、導き──許されるなら、どれだけ素晴らしい方だったかを伝えたい』

「……まあ、俺も少し気にはなっていた。それにこの顔写真、全く。似すぎだぜ。これじゃあ孫ってよりかは息子だな」

 

 電話越しに語るオールマイトに同意を示す。

 

「事情はわかった。九代目継承者と、志村を俺が預かる。志村に関しては来るかはわからんが、体育祭にも出てない生徒に指名が行くとは思わねぇ。それとなく誘導してくれ」

『はい、わかりました。申し訳ありません、ご隠居されてるあなたに……』

「気にすんな。それにな、俊典」

 

「俺だってな、共に戦った盟友の遺した子が苦しむのは見たくねぇ」

 

 

 

 

 

 

 オールフォーワンとの接触から、数日。

 日に日に濃くなっていく志村菜奈の記憶。最近は、他人の視点で見るのでは無く完全に志村菜奈の視点で見ている。何がキツいって、感触が再現されているのがキツい。

 

 志村菜奈が抱いた感情、そして喰らった攻撃の痛み。

 

 それら全て、当時を再現するように流れ込んでくる。俺は志村我全で、志村菜奈じゃない。なぜそこまで俺に見せる。一体何が俺に記憶を見せている? 

 

 自分すら嫌になってきた。

 あの最悪の悪魔、オールフォーワンの血が混ざってると思うと吐き気がする。何度も何度も(志村菜奈)を殺して嗤ったあの男が憎い。

 

 だが、利用しなければならない。

 

 俺はオールフォーワンの息子で、強靭な個性を持っているはずだから。

 

 オールフォーワン、志村菜奈。

 オールフォーワン志村菜奈オールフォーワン志村菜奈オールフォーワン志村菜奈──気が、狂いそうだ。

 

 自己暗示を何度も何度も繰り返す。

 俺は志村我全、それ以外の何者でもない。

 

「あ、志村くん」

 

 緑谷が話しかけてくる。

 ワンフォーオール継承者、緑谷出久。オールマイトに認められその個性を継ぎ、次代を担うヒーローになる事を定められた少年。

 

 ……違う、少年じゃない。俺と同い年だ。呑まれるな。俺は狂ってない。

 

「どうした、緑谷」

「ええと、その……ほら。職場見学同じ場所に行くみたいだから」

「山梨県甲府市、朝の新幹線は学校指定で入手済み。朝学校に行くから特に集合地点は気にしなくていい。何かあったか?」

 

 緑谷と今話す事はない。

 こいつの個性があれば、俺はあの男に対抗できるのに。ワンフォーオールがあれば、俺はオールフォーワンと戦えるのに。

 

 どうしてだ。

 どうして、俺にはないんだ。

 

「……悪い。それどころじゃないんだ」

 

 授業が終わってすぐに鞄を片付けて教室から出る。

 

 雄英に代々続く体育祭を終えた後の職場見学、プロから指名が来た場合はその中から選んで向かう。指名が来ない者は学校側が用意した場所へと研修に行く。

 

 今回で言えば轟、爆豪が特に人気だったらしい。

 まあ、どうでもいいが。

 

 俺に指名を出したのは、グラントリノ。

 志村菜奈が生きていた古い時代を生き抜いた傑物であり、尚且つオールフォーワンと戦ったヒーロー。

 

 調べても情報としては出てこないが、俺の記憶の中には……違う、志村菜奈の記憶にはあった。

 

 互いに盟友と呼び合う程に仲が良く、普段は誰にも教えていないグラントリノの本名呼びも許されていた。オールフォーワンに殺されるその瞬間まで、オールマイトと共に戦っていた。

 

 混ざりつつある俺が顔を見て、大丈夫だろうか。いや、無理矢理制御はする。感情の抑制はするが、自信が無い。

 

 こうやって感覚がおかしくなってきて、オールマイトにも顔を合わせてない。

 あの記憶の中で抱いた感情は言葉では言い表せない、重たい深い感情だ。俺が抱いたことのない、知らない感情。それを隠し通せるか? 浸食してくる志村菜奈を、俺は抑えきれるのか? 

 

 不安だ。どうしようもなく不安だ。

 

 ……話を戻そう。

 

 グラントリノが俺を指名した理由だが、志村菜奈関係だろう。

 

 過去のワンフォーオールを知る彼だから納得できる。緑谷も共に呼び出したのは、今代ワンフォーオール継承者だからか? 体育祭を見て、よっぽど酷かったか……確かに志村菜奈の記憶を追体験し始めてから何度かワンフォーオールを使用するシーンには遭遇した。

 その時の経験と比べると、緑谷の使い方は拙いと言わざるを得ない。

 

 身体が出来上がっていない状態の継承、それ自体がかなりイレギュラーだ。

 志村菜奈は、先代から受け継いだ時点である程度戦闘を可能としていた。元々の個性、浮遊を十分に使いこなしていた。オールマイトもまた無個性の緑谷と変わらない状態だったが、身体はしっかり出来ていたようだ。

 

 個性の制御が十分に行えず、それでいて腕や脚の耐久力も足りない。一撃で全力を出して駄目にしてしまうのは非常に拙い。

 

 オールマイトを僅か数年間で育て上げたグラントリノならば確かに適任だろう。

 

 だが、そこに俺を呼び出す理由はわかるが納得できない。少なくとも俺はまだ『志村我全』であり、『志村菜奈』とは何の関係もない。

 

 顔が似ている? 

 それだけで呼び出すか? 

 

 貴重なワンフォーオールの修行の時間を削ってまで? 

 

 絶対に他者に漏らしてはいけない個性、それをよく知る人物が対面で教える絶好の機会にわざわざ俺を入れた理由はなんだ? そこまでして探ろうとする理由はなんだ? 

 

 ……本当はわかっている。だが、俺はまだそれを認めたくない。

 

 志村菜奈の記憶を辿ればその答えは簡単に出てきた。ヒーローと呼ばれる心を持つ彼らなら、絶対にそうするだろうという自信すら持てる。

 

『志村菜奈の本当の息子』……彼女が幸せに生きて欲しいと願った血縁者の可能性があるとすれば。それは、確認しようとするだろう。

 

 違う、俺は志村我全だ。志村菜奈じゃない。志村菜奈の血と、オールフォーワンの血が混ざった人造人間。個性は不明、ロクな物でもない強力なモノな事は間違いない。他者の個性を奪い与える、そんな個性社会における頂点と言える男の息子だぞ。

 

 ああいや、違う、志村菜奈の息子なのはあっている。本人がどう思うかは知らない、死人の意見は聞こえない。だが、それを露呈させるわけにはいかない。オールフォーワンと血が繋がっているなんてことが知られてしまえば、終わりだ。

 

 俺の人生はオールフォーワンの目論見通り、嫌がらせ程度に使われてお終い。そんなのは嫌だ。俺は、俺が生きた俺だけの証を残したい。

 

 ──携帯のブザーが鳴る。

 ポケットから伝わる振動が喧しく、仕方なしに反応する。見慣れた通学路、信号で止まったタイミングで手に取り内容を確認する。

 

 SNSの通知、葉隠からだった。

 

『手伝えなくても、誰かに話すとスッキリするかも!』

 

 …………そうだな。誰かに話せれば、俺は少しは楽になるかもしれない。けどな、葉隠。

 言えないんだ。

 

 どうしても、誰にも話せないんだよ。

 

「……最悪だな」

 

 自嘲しながら携帯を閉じる。既読すら付けずに、ポケットに放り込んだ。

 

 雄英で得た大切なモノは、俺にとって足枷にしかならないのだろうか。そんなはずはない。俺が選んだ大切な人たちだ。相澤先生は、今も俺の事を見ている。

 少し様子が変わった俺に少しずつ探りを入れている。

 

 葉隠、それに耳郎も。

 

 ……それだけ得られれば、いいんじゃないか。

 そんな風に何度も思った。

 

 ワンフォーオールの事を忘れて、オールフォーワンの事も忘れて……忘れることは出来ないが、意識的に無視してしまえばいいんじゃないかと。

 

 でも、それじゃあ駄目だった。俺にとってその二つは命よりも大事な事で、絶対に忘れられないんだ。

 

 だって、俺が生きる目標だったから。俺の、生きる目標だから。

 

 

──お師匠!  

 

 

 うるさい、黙れ。俺は志村菜奈じゃない。俺は志村我全だ。

 

 オールマイトの声が響く。ああ、クソ。何で制御できない、どうして俺の個性は暴走する。こんな記憶を見るなんて、個性以外じゃあり得ないんだよ。読み取り、奪う……いや、わからん。違う、違うんだ。奪うなんて個性じゃなくて……違う。

 

 思考が纏まらない。

 一度リセットしろ。オールフォーワンを嫌悪する志村菜奈の記憶に呑まれてる。

 ()に戻れ、俺は俺だ。

 

 こんな状態でグラントリノに会って大丈夫なのか? ボロを出さないのか? 幻聴すら聞こえ始めてるのに? 

 

 ここまで来てしまえば、逆にどこまでバレてもいいか考えるべきだ。志村菜奈の息子、そう伝えるには何が必要か。

 

 血縁関係に触れていくのは無理だ。俺の親は何処まで行っても用意された親で、そこに『志村』は関係ない。俺が志村菜奈の血縁だとバレても、問題ない……無理、だ。

 

 仮にグラントリノに志村菜奈を知っているか、と言われて知っていると答える。

 そうすると、何故知っているのか、どういう関係なのか、という事を説明しなければならない。ソレが無理だ。

 

 どう足掻いても、俺の誕生が不自然すぎる。

 ヒーロー側に独自の捜査網が無いとは考えにくい。国の戸籍情報だって見ようと思えば見れるだろう。なんせ、平和の象徴であるオールマイトだって協力できるのだから。

 

 駄目だ。バレないようにするしかない。どうにかして誤魔化せ。

 

「俺は、志村我全。我全、我全だ……! 菜奈じゃない、志村菜奈じゃない……!」

 

 口元を抑えて、歪み始めた筋肉を無理やり引き戻す。俺は、オールフォーワン()()()()

 

 記憶に蘇るあの笑み。

 深く、深く口角を歪めて嗤ったあの表情。見れば見る程憎たらしく、ムカつく顔。

 

 家に着き、洗面台へと向かう。このニヤついた自分の顔が、どうしようもなく見たくなかった。それでも、確かめないといけない。

 

 俺に必要な、個性を把握するために。確実にあの男の息子だと確信するために。

 

 電気を付けて、鏡に映る顔を見る。

 

「…………はは」

 

 どうしようもない程に、歪んだ口元。

 あの、悪辣で邪悪で最悪な魔王の愉しむ顔にそっくりで──鏡を叩き割った。

 

 



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グラントリノ、志村我全

 新幹線に乗り、45分程。

 グラントリノが居を構える山梨県甲府市へと到着した。

 

「……ここ、かな」

「……ここ、だろ」

 

 緑谷が手に持つ携帯に記された住所は、確実に目の前の場所……この、ボロボロに老朽化したビルを示している。

 

 かつてオールフォーワンと正面から戦った男の住む家がこれか、と思うと少しだけ寂しい気持ちになる。表に出すわけにはいかない戦い、後に語り継がなければならない戦い。数え切れないほどの凶悪な敵と戦った男は、もっと幸せになってもいいのではないだろうか。

 

 そんな事を言えばキリがない、か。

 ヒーローとは自身の幸せより他者の幸せを願う、異常な感覚を強く持ったモノが支持される。

 

 オールマイトは自らの全てを捨てる事で、他人の事を救い続けた。

 

 狂気だ。異常者だ。

 数多の記憶が混ざる俺でもそう思う。志村菜奈からしても、オールフォーワンからしても、そんなモノはイカれてる。

 

 ……いや、オールフォーワンにとってはどうかな。アイツ自身相当な狂人、この国を裏から纏め上げようとした悪の親玉だ。

 

 同族嫌悪に近い感情は抱いてそうだな。

 

 オールフォーワンによる襲撃は無さそうだ。今代ワンフォーオール継承者と、嫌がらせに作成した作品が一緒に行動してるのを狙うかと思ったが何もこなかった。

 奴なりに美学があるのだろうか? 馬鹿馬鹿しい。

 

 止めろ、思考を変えろ。

 

「……入るか」

「う、うん」

 

 扉を開き、中の様子を伺う。

 電気もつけず、真っ暗な部屋。

 

 怯えながらも中に入っていく緑谷の後ろを歩く。……ああ、何だか酷く懐かしい。決してこの事務所に来た事があるわけじゃない。志村菜奈の記憶にも、そんなモノは無かった。全ての戦いが終わって、隠居するように購入したのだろう。

 

 だが、雰囲気──空気感を味わった事がある。

 僅かに香る甘い匂い、好物の鯛焼きでも温めたのだろうか。という事は先程食事を取ろうとしたのだろう。

 

 ……嫌になるな。切り替えよう、情報は情報だ。

 それを活かせ、志村菜奈になる必要は無い。

 

「よう、来たか有精卵ども」

 

 上から声が聞こえる。

 天井に張り付き動かないその姿、記憶に残っている姿より小さく衰えてはいるがスーツが間違いなくグラントリノだと主張している。

 あの目元を覆う黒いマスクはそう多く無い。

 

「初めまして、グラントリノ。志村我全と申します」

「は、初めまして! 緑谷出久です、オールマイトのお師匠さんだって話伺いました!」

 

 ……なるほど。ワンフォーオールの修行は行うのか? オールマイトは自分の師匠である、という情報を隠す気はないらしい。

 

 別に俺の事をスパイか何かだと疑っているのならまだしも、そういうわけじゃ無いしそこまでする必要もないか。あ、マズい。思考が混ざってる。

 落ち着こう、俺を警戒する理由は現状ないぞ。

 

 俺への評価は現状USJ襲撃で怪我をしただけの一般生徒。志村という姓と、顔が少しだけ志村菜奈に似ているだけ。戸籍上のつながりは無し。

 

「ふん……緑谷、先ずはお前からだ。てんで個性の使い方がなってねぇ」

 

 それに関しては同意する。

 ワンフォーオールはそもそも、いきなり全力で放つようなものではない。志村菜奈は普段はセーブし、使うべきタイミングで全力を引き出していた。オールマイトに引き継がれたのちはわからないが、USJでの戦闘を見る限りほぼ全力を扱っていると考えていい。

 

 つくづく規格外な先代がいる所為で、緑谷はそこに引っ張られている。

 

 俺が持っていればもっと有用に、もっと重要に扱えるのに──やめろ。

 

 ……今の俺の思考は混ざりに混ざってる。この思考は果たして俺なのか? それとも、志村菜奈なのか? 最悪、オールフォーワンなのか。はっきりしないのに考えても無駄だ。俺にワンフォーオールは無く、使い方は知っているがそれを生かす事は出来ない。

 

 ──待てよ。

 俺はオールフォーワンの記憶を少しずつ見ている。全部見る事は出来ないが、俺は確実に奴の記憶を見ているんだ。

 

 ならば、俺を造った時の記憶もあるんじゃないか? 俺の個性について思考する記憶があるなら、俺は自分の個性を知れるんじゃないか? そうだ、その手があった! 

 

 わざわざ俺が悩むまでもない、奴の記憶を辿る。……まあ、それすらもランダムだからあんまり期待は出来ないが。それにデメリットもある、というかその可能性が高すぎて怖い。

 

 デメリット一つ目、純粋に奴の記憶に浸食されるリスク。

 完全記憶能力と言うモノが備わっている以上、『俺自身』を取り戻すのは容易……だと思う。擦り込みを今以上に行って、十分な安全を確保すれば出来る筈だ。現状無理やり引き戻しているし、出来ない訳じゃ無い。

 

 だが、相手は()()オールフォーワンだ。

 

 俺がこうやって、『記憶を辿っている』事に気が付いてそれを利用しようとしててもおかしくない。体育祭での様子と台詞から察するに、俺の個性を把握したうえで全て語っている。だからこそ怪しい。

 

 俺がソレを辿れば、バッドエンドに直行する可能性だ。

 

 デメリット二つ目、志村菜奈との混ざり方。

 志村菜奈の記憶を辿れば辿るほどオールフォーワンへの嫌悪感は強まる。何とか擦り込みで制限しているが、それも正直限界だ。俺自身が抱えている恨みや想いが志村菜奈の記憶で増幅されてる。それ自体はいいが、その強まった感情とオールフォーワンの感情が混ざってしまったとき。

 

 確実に俺の精神は崩壊する。全て覚え、全て理解してしまうが故に。

 

 つくづく最低な造りをしている、流石は悪の親玉だ。

 

 それで、グラントリノに指導を開始された緑谷を見る為に離れた場所へ移動する。既にヒーローコスチュームへと着替え、やる気は十分のようだ。

 

 そういえば何故グラントリノは天井に張り付いていたんだ? 個性を使用すれば出来るのはわかるが、わざわざそうする意味が……インパクトの為か? わからない。

 

 ()()()()な事を──リセット。

 

「お前のソレは、そんな爆発的に使うもんじゃない。もっと細かく、柔軟に使える筈だ」

 

 緑谷は歯を食いしばりながら全身に力を溜める。どうやら数度のアドバイスで本当の使い方を思いついたらしい。というより、本当はそうやって慣らしていくモノだが……やはりオールマイトは指導が上手じゃないのか。

 

 完璧すぎる師匠は大変だな。

 

 することは無いが、オールフォーワンと戦う際のシミュレーションをしよう。

 

 俺の記憶に残るあの男は、とにかく滅茶苦茶。

 志村菜奈から見ても、オールフォーワンから見てもヤバい奴だ。幾つもの個性を複合して使用、地面を隆起させ手足のように操ったり人工物をとにかく破壊して被害を齎す。それでいて本人の戦闘能力も高いと来た。

 

 隙が無い。

 

 超パワーによるゴリ押し、これが一番正攻法になる。つまりまあ、ワンフォーオールだ。幾つもの個性を時代を越えて鍛え上げたあの個性ならば対抗できる、まさに天敵と言える力。

 

 ……それにすら対抗する手段が幾つも思いつくのがあの男だが。蓄えた個性の数、その使い方──全て規格外。

 

 だが、それを打ち倒したオールマイトが居る。今のオールフォーワンだって少しは弱体化していると信じたい。そうじゃなきゃ勝ち目がない。

 

 雄英に侵入してきた時はそういう個性を使用したのだろう。前のあの男ならば確実に取らない手段、やはり敗北を知ってより悪辣になったと言うべきか。後の為に、我慢が出来るようになってしまった。

 

 話を戻して、オールフォーワンとの戦闘。正直な所、俺が単独で戦闘を行えば勝率は全くない。絶対に負ける。

 

 俺に隠された個性があったとしても、絶対。理由としては簡単に一つだけ。

 

 奴は俺の個性を把握していて、尚且つ衰えたとはいえ確実に戦闘系の個性を保有しているから。そして、あのオールフォーワンがそもそも本物とは限らないから。

 

 土壇場で個性を思い出し、活用したとしても勝ち目はない。

 

 俺に残された勝ち筋は、いかにオールマイトや他のヒーローに情報を伝えるか。……それをすれば、俺の未来は決まる。ヒーローになる事は無くなり、完全に軟禁され監視されるだけの生活が待っている。

 

 もしかすると、実験室送りもあり得る。貴重な貴重なオールフォーワンの血を持った人間だ、それをみすみす逃す国があるか? あるわけないだろ、全世界から狙われる。

 

『個性を奪い、与える』という個性社会に於ける最強の血。仮に国や警察の上層部が俺を完全に隠したとしてもそう長くは持たない。五年もすれば水面下での戦いが始まる。……それすらも計算してある、って事か。

 

 果てしない悪意だ。どこまで行っても、どう動いても俺が最悪な道を辿る様に設計された人生。

 

『君の人生のレールは既に敷かれている。二つに枝分かれしてはいるが、君の意思で新たな道を作ることは出来ない』──か。

 

 バチバチと、雷のような揺らめきが緑谷の身体を巡る。ワンフォーオールを微弱に纏い、循環させ身体能力を底上げ。志村菜奈も最初に通った道だ。

 

 柔軟な思考と意外な閃き、それが緑谷出久が選ばれた理由でもあり……また、ヒーローとしての心構えがオールマイトに認められたのか。素直に羨ましいよ、緑谷。個性『ジェット』を巧みに使用して翻弄するグラントリノに辛うじて一撃掠らせそのまま床に倒れ込んだ緑谷だが、得るものは多かったらしく満足そうな表情をしている。

 

「さて、小僧はこの辺にしておくとして……志村。次はお前だ」

 

 どうやら組手で実力を測ることにしてるらしい。彼からすれば、ある程度のヒーローは足蹴に出来るだろう。それくらいの経験と実力は持っている。

 折角相手をしてくれると言うんだ、()()()()に──じゃない。

 

「よろしくお願いします」

「……ああ、来い」

 

 滞空するグラントリノに対して、一歩踏み込む。一撃目は囮、本命は三手先。素早くジェット噴射で身を翻し俺の攻撃を回避するグラントリノを追わずに予測する。

 

 一度天井に足を着いて反転、そして地面向かって加速し再度着地、以下繰り返し。

 

 四度繰り返したのちに、俺の攻撃を避け反撃をしてくる。その時が狙い目だ、先程の緑谷に仕掛けたタイミングを考慮してもその場所で来る可能性が高い。

 

 一、二と連続して拳を振るが当たらず。問題ない、想定通り。

 三回上と下を行ったり来たりしたタイミングで、俺が拳を上に向かって振り上げる。勢いよく上から落ちてきたグラントリノに対して──当たらず、避けられる。

 

 そして、ここだ。地面に向かって噴射し、俺へ蹴りを繰り出してくるこの瞬間。

 

 脚を突き出し、前蹴り。

 

 俺の予想より遅く放たれたグラントリノの蹴りは悠々回避し、グラントリノもまた俺の前蹴りを回避した。完全にタイミングがズレた、俺の想定よりかなり遅い速度での切り返し。

 

 ああ、そうか。全盛期でモノを考えていたのか。

 

 調整しよう。オールフォーワンの記憶も、志村菜奈の記憶も一旦置いておく。今のグラントリノの情報を刻み込め。

 

「…………お前……」

 

 呆然と、何かを呟くグラントリノ。

 年齢情報、高齢。身体情報、低身長。個性に衰え無し、技術向上。寧ろ緩急をつけての個性の使用が上手になっている。サイズと速度を計算して、タイミングも精度調整──使う個性は……違う。違う違う違う! 

 

 落ち着け、今は俺の事だけ考えろ。()はまだ大丈夫、俺は俺だ。

 

 無意識に仰ぐようにしていた両腕を下げる。落ち着け、落ち着いて行こう。志村我全だ、勘違いするなよオールフォーワン。俺を侵食しようったってそう上手くやらせるか。お前が嫌がらせをするなら、俺もお前に嫌がらせをする。

 

 オーケー、切り替えていこう。

 

「……行きます」

 

 拳を握りしめ、グラントリノへと相対する。

 

 職場見学──そうだ。古い時代から場数を踏んだ大ベテランとの戦闘が出来る。オールフォーワンを知る人間と手合わせできるんだ。何もかも吸収しよう、何もかも盗もう。

 ありとあらゆる手段を用いて俺はオールフォーワンを超える。

 

 一歩踏み出し、拳を振った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




本誌のミルコあまりにもエッッッッッッッ


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アイデンティティ

 建物に広がる炎、暴れ回る敵。

 

 その姿はUSJで見た時よりシャープに、絞り込まれている。ある意味俺と同等の作品が暴れ回り被害を齎しているのは見過ごせない。

 

「随分と急に仕掛けてきたな……?」

 

 が、残念なことに俺は直接戦闘する権利を持っていない。ヒーロー仮免すら持ってない、言わばただの一般人と変わらない。

 

 自分から戦闘に介入するのはナシだ。そうすれば、俺だけじゃなくグラントリノにも迷惑がかかる。

 

「……さて、どうするか」

 

 恐慌と悲鳴が彷徨う保須市。

 

 何故こうなったか──朝まで遡る。

 

 

 

 

 

 

「有精卵共、今日は都内まで移動するぞ」

 

 朝一番、俺と緑谷が到着した瞬間にグラントリノが宣言した。既に職場見学を開始してから数日経過し、緑谷の修行も俺との組手も慣れが出始めた。

 

 山梨県甲府市、ここは犯罪発生率が高くない。関東とはいえ都心から離れている上に意外とヒーローの数が多いからだ。模擬戦形式で鍛錬を積み、慣れてきたら実戦で経験を積む。それが一般的な動きだろう。

 

 戦いに限ったことではなく、なんだってそうだ。

 

 いつも通りヒーローコスチューム、俺は……少しだけデザインを変えた。俺の美的感覚だと黒いスーツにマントは良さげだったが、記憶を辿れば辿るほど駄目だと思うようになった。

 これ、オールフォーワンそのものなんだ。

 

 帝王として君臨し、暴虐の限りを尽くしていたあの頃にそっくり。

 

 流石に許容できなかった。

 今は志村菜奈を意識したヒーロースーツに変えている。ノースリーブでは無いが、七分丈に袖を抑えてある。白のマントも中々良いだろう、オールフォーワンには見えない筈だ。

 

 自分の感覚が少し信用できなくなったがな。

 

「都内は人が集中する場所だ。だからこそ行く意味がある」

 

 俺はともかく、緑谷には必要だ。ワンフォーオールを担い、次なる平和の象徴へなる為に──その姿を世に出さなければならない。そういう意味ではオールマイトはまるで心配されていなかった。

 あのイカれた正義を持つ者はそう多くない。

 

「お前らが来た、その事実を世に伝えなくちゃあならねぇ。特に志村、雄英でこっぴどくやられたんだろ?」

「ええ、それはもう痛い目に遭いました。やってきた奴に仕返してやりたいですよ」

 

 脳無でもない、弔とかいう奴でもない。

 

 他でもないオールフォーワンに、だが。

 

「何時までもやられっぱなしでは終われませんから」

 

 文字通り終われない。

 グラントリノの過去と現在の情報を精査して、おおまかに弱体化の傾向を計算した。

 

 たとえばオールマイトなら、ワンフォーオールを託したことによる個性の弱体化。残り火と揶揄されるソレのみでどれだけ戦闘できるか、それは全盛期に比べてどれほどのものか。

 

 オールフォーワンも、昔に比べてどれほど弱体化……もとい、変化したか。正直アイツに関しては弱体化というより、戦闘方法の変化と考えた方がいいだろう。

 

 どれだけ弱くなっても個性を使う巧さは変わらない。それどころかより繊細に、細かくなっているかもしれない。

 

 ただでさえ複数の個性を掛け合わせ街を一瞬で破壊する様なヤツだ、最悪を想定して戦うべき。

 

そうだね、僕なら(・・・・・・・・)──黙れ。

 

 僅かに滲んで来たオールフォーワンを圧し潰す。俺の中でお前の居場所はない、諦めろ。

 

 

 

 新幹線に乗り、暫し揺られる。

 四人分の席を贅沢に取り、俺が席を反転させ二人の前に座る。余った席は荷物置き場だ。

 

「この新幹線は保須を通過する。お前も耳にしたことはあるだろ、ヒーロー殺し」

 

 ヒーロー殺しステイン。世間を騒がせている……という程でもないが、既に噂が主婦会議で出るような知名度を誇るヴィラン。

 

 プロヒーローを狙い、更にヴィランすらも殺すその実力と凶悪さはかなり警戒されているらしい。実際、飯田の兄も奴にやられたようだ。幸い命は奪われなかったみたいだが──もう、ヒーローとして生きてはいけない。

 

 そういえば飯田は保須に行っていたな。最近全然目を向けていなかったから、気にしていなかった。

 

 目的はヒーロー殺しか……? プロヒーローを多数、ヴィランも数十人殺してるステインに感情だけで勝てるとは思えない。マズいな、いや、飯田が本当に復讐が目的とは限らない。

 

 ……肉親を傷つけられた怒り、か。

 俺には存在しないが、理解できる。何故なら、志村菜奈の記憶を知っているから。彼女の想いを知っているから。俺自身の感情じゃない他人の感情だ。

 

「……緑谷」

「なに?」

「飯田、保須だよな」

 

 俺なんかが言わなくてもきっとコイツは気が付いて、もっと早く行動してるだろう。

 麗日、飯田、緑谷。うちのクラスでも特に仲がいい三人組だ。

 

 ……今更俺が気にしても仕方ないか。クラスメイトの事を考えるより、もっと先に考えなければならないと俺は選択した。

 

「やっぱなんでもない、忘れてくれ」

 

 自分の事すら手に負えないのに、他人のことまで背負ってどうする。俺の背中には、ずっと昔から乗ってる人が居るんだよ。まずはその人だろうが。

 

でもまあ、私の事は気にしないで──カット。

 

 最悪な事に、最近二人の幻聴が聞こえるようになった。オールフォーワンだけならまだ理解できた。出来たが、志村菜奈まで聞こえるようになるとは思わなかった。これは俺の個性か? それ以外に理由は無い。

 いい加減はっきりしてほしい。

 

 一人は死人、一人は個性の関係で理解不能。俺の遺伝子に関係する個性……何だろうな。遺伝子情報を引き出す個性? それじゃあ完全記憶能力の説明がつかないな。記憶と会話……違いそうだ。

 

 遺伝子上の父親であるオールフォーワンの個性は奪い、与える。母は浮遊。浮遊、浮遊か──関係なさそう。

 

『──緊急停止します。座席にお掴まりください』

 

 唐突に車内アナウンスが響き、一気に減速する。そのGが襲い掛かってくるが座席に掴まり堪える。何だ、新幹線が緊急停止するような出来事──ヴィランか? 

 完全に止まりきるより先に、俺達から少し離れた座席が爆発する。

 

「──グラントリノ!」

 

 身体が反応した。

 爆発が起きた方へと身体を向けて駆け出す。

 

 何故かはわからないが、身体が反応した。思考するより先に、まるで誰かが乗り移ったかのように。──志村菜奈、か。

 

 オールフォーワンなら確実に動かない。俺だって今、即座に動こうとする意志は無かった。寧ろ様子見しようとしていた所だ。……マズいな。大分侵されてる。

 

 グラントリノが共にいる事で少し影響が強まったのか? 

 

 あり得る。ワンフォーオールを保有する緑谷、懐古の友人であるグラントリノが同じ空間にいるのだ。それも、視界の中に。

 

 参ったな、こんなんじゃオールフォーワンを前にしたときどうなってしまうのだろうか。狂う? その程度で済むか? 志村菜奈、志村我全として増幅した恨みや怒りに加えてオールフォーワンの感情すらも混じってしまえば──どうなるか予想できない。

 

 爆発の起きた場所、新幹線を突き破り侵入してきたヴィランを目で捉える。

 

 剥き出しの脳、青白い肌。知能を感じさせない、呆けて狂った表情。

 

「脳無……!」

 

 脳無によって地面に抑えつけられている人を視認する。まず、彼を救わなければいけない。俺に直接戦闘する許可は無く、プロを待たねばならない状況。だが、この身体は今にも動き出しそうで。

 

 俺を視認し、外へと飛んでいった脳無。

 

「おい坊主共、動くなよ!」

 

 グラントリノが個性を使い追いかけていく。

 見送り、先程押さえつけられていた人に怪我があるかどうか確認する。

 

 どうやらギリギリで個性を使用して反撃しようとしていたらしく、規律的に言えば褒められた行為ではないがこの状況だ。寧ろよく判断しただろう。

 

「俺達がやれることはない、か……」

 

 避難誘導だって本職がやる。俺達ヒーローの卵に出る幕は無い。

 

「……志村君」

 

 緑谷が話しかけてくる。

 その手に握った携帯には、通話画面が表示されており──飯田の携帯へと電話をかけている。

 

「飯田君から、連絡がないんだ」

「……緊急事態だからな。そんな暇は無いんだろ」

 

 普通に考えて、確実に巻き込まれている。脳無が居る時点で敵連合の仕業であることは間違いないし、外を覗いた際に見えた炎や煙の規模から考えて一体だけじゃない。さっきの脳無は、USJの際に比べて見た目が変わっていた。

 

 何らかの改良を施したのか、それとも不良品なのか。

 

 仮に()()()だとすれば、あまりにも中途半端すぎる。オールフォーワンの趣味じゃない。奴ならば、複数の強個性を混ぜ合わせた上に知能を持たせて学習させる程度の事はする。

 哀しい事に、現在この世界でアイツを一番理解しているのは俺だ。だからわかる。

 

 こんな欠陥品だらけの状態で襲撃は行わない。こんなの嫌がらせにすらならない。

 

 今は飯田の事を考えよう。研修先は確か、マニュアルだったか? 保須市に在籍するヒーローは普通。数で言えば十数人と言ったところ、その上人気ヒーローと呼ばれる様な連中は居ない。

 

 プロになるんだから実力はあるだろうが、脳無を抑えられるか? 雄英高校で教師をするような優秀な教師すら一方的に蹂躙できる性能、いくら弱体化してる個体とは言え有象無象が相手にできるとは思えない。

 グラントリノならまあ、相手出来るだろう。それなり程度の脳無は余裕で倒せる。

 

 だが、そんな緊迫した状況にあって──ステインはどう動く? ヒーロー殺しとして名を馳せるヴィランはどうする? 考えろ、思考を読み取っていく。

 

 ヒーロー殺害、そしてヴィランも殺害している。どっちを優先する? ステインの目的はなんだ。ヒーローとヴィランという対照的な種類の人間を選んで殺しているから、無差別的な殺人ではないのは確か。

 ヒーロー、ヴィラン……クソ、情報が足りないな。もう少しヒーロー殺しについて考えておくべきだった。

 

 ……飯田が巻き込まれている、か。

 

「緑谷、連絡返ってこないんだよな?」

「う、うん」

 

 この状況で、『ヒーローシムラ』としてやれること。

 

 あまり人前ではやりたくなかったが仕方ない。飯田の性格上、携帯電話を携帯しないという事はあり得ない。いつだって連絡に備えて持ち歩いているだろう。

 俺はオールフォーワンにはならない。お前の思い通りにはならない。お前を辿っても、お前に呑まれることは無い。

 

 自分にそう言い聞かせる為にも、『ヒーロー』としてやれることをやる。

 

「三分だ。三分でアイツの場所を特定する。最速で行くぞ」

 

 機能が大分制限させるスマホでは効率が悪いが仕方ない。インターネットを通して飯田の携帯のGPSを辿る。

 

 普段気楽に侵入できるサイトに、慎重に侵入する。俺のスマホにもある程度のプロテクトはちゃんとつけているが、所詮スマホ。がっちりとしたセキュリティを保たれているかと言われれば怪しい。

 飯田の電話番号は知ってるから、それを入力し──良し、上手い事探れそうだ。

 

 契約者情報、完全に個人情報流出でスキャンダルに繋がる問題だが目をつむって欲しい。もしかすると、USJの時より危険な目に遭っている可能性がある。

 

「──見つけた、転送するぞ」

 

 飯田の携帯らしき位置情報を取得し、そのまま緑谷に流す。犯罪行為スレスレどころじゃなくただの犯罪だが、仕方ない。俺の予想通りになってしまったのは痛いが、まだ間に合う筈だ。

 

 GPSが示したその位置情報──保須市内、喧噪真っただ中の位置から少し離れた場所。

 

 ヒーロー殺しステインによる犯行が見つかる、人気のない路地裏だ。

 

「……わかった、行こう!」

 

 特に何も言わずに向かう事を決めた緑谷。今はただ、その行動に少しだけ救われた気がした。

 

 俺が使える技能の中には犯罪に繋がる技が沢山ある。それくらい色んな事に対して貪るように学習していった。だからこそ、その節操の無さがオールフォーワンと被るのだ。お前はどこまで行ってもオールフォーワンの息子だと、暗に言われているように感じる。どんな個性にも貪欲に手を伸ばし支配していったあの男に。

 

 だからこそ、今の何気ない緑谷の行動が嬉しかった。

 肯定されたような、問題ないと告げられたような気がして。

 

 (志村我全)は、ヴィラン(オールフォーワン)ではなくヒーロー(志村菜奈)の息子と認められた気分になった。

 

 

 



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志村我全:オリジン





 時々響く破壊音に、泣き叫ぶ声が木霊する。USJの時とは違い街中での事件、それもかなりの規模だ。

 

 少しだけ歩く足を速める。グラントリノに一応メールも送ったし、最低限の事はした。どうして知ったと言われればちょっと心苦しいが、飯田から連絡があったと後で口裏を合わせるしかない。

 自分の為に犯罪行為がどうたらと飯田なら悔やむかもしれないが、まあ仕方ない。

 

 ……止めよう。考え続けたら頭がおかしくなりそうだ。

 

「この先だ。緑谷──」

 

 後ろを走る緑谷に声をかけようとした瞬間、視界が暗くなる。僅かな月明りが消えて、何かが物理的に遮った。足を止め、ブレーキを掛けながら上を見る。光を遮り、俺達目掛けて飛んできた脳無が目に入る。

 

「──行け!」

 

 勢いを殺しきる前に緑谷を前に投げる。俺の予想では弱体化した脳無、USJよりは弱い。ならば俺一人でも十分相手できる筈だ。何故ステインが居ると思われる場所にまで脳無が出没したかはわからない。敵連合と結託したのか? 

 

 先へ突き飛ばした緑谷と俺を遮り脳無が落下してくる。

 

 久しぶり、という程でもないな。

 

 口は付いているが、機能としては何の役目も果たさない口を大きく開き叫ぶ。耳に入り痛みが鈍く脳を刺激してくるが、堪えて後ろに下がる。

 

 今回の脳無の個性は何だ。一体は飛行能力を有している事はわかっている。怪力は身体能力として維持されていると考えた方が良いだろう、ならば付与するのは……爆発や炎。そこら辺で考えた方がいいか? ただの身体的な攻撃で爆発を起こす事は不可能。爆発と見間違うほどの衝撃は出せるかもしれないが、街の状況を考えればそうではなさそうだ。

 

 接近してくる脳無。前回のアイツに比べれば遅い速度、今の俺なら十分反応できる。

 

 振りかぶって来た拳を躱し、腕を掴んで関節を極める。悪いが、お前らに比べたらまだ温情のある人工物なんでね──そんな限界をホイホイ超えれるような身体はしていないから、技術に頼らせてもらう。

 

 だがまあそこは流石と言うべきか、極まった腕を考慮せずに身体を無理矢理動かしてきた。やはり痛みは無いか、なら物理的に止めるしかない。

 

 流石にヒーローとしてバラバラにするとかそういう手段は使えない。折る事で止まるならまあいいんだが……それ程簡単でもない。絶妙に厄介だよ、全く。ワンフォーオールでもあればもっと手軽に倒せるんだが。

 

 繰り出される蹴りを前方に跳ぶことで避け、縦回転しながら脳無の頭を掴む。

 

 身体を制御して、エネルギーを動かす。俺の身体の回転するために発生したエネルギーを、脳無の身体へと移動させるように。

 

「お──ォラ゛ッ!」

 

 自分の力の限界を引き出す為に声を出し、集中する。回転の勢いが急激に収まり、代わりに脳無の身体が浮く。叩きつける様に前方に向かって脳無を投げ飛ばし、着地と共に駆けだす。

 

 純粋なダメージで脳無は止まらない。物理的にコイツが動かない為にどうするべきか──難しい問題だ。

 

 活動を停止するほかない。だが、その方法について考える必要がある。

 

 人間に定義された『死』とは、何だろうか。

 一つは、生命活動を止める事。更にその中でも心臓が止まる、脳が止まるなど細かく分かれる。明確に殺人として法に定められている中でも面倒くさいが、呼吸停止・心停止・瞳孔散大という三徴候説も含めるとキリがない。

 

 脳無が止まる確実なラインは、『命令を止める』──即ち脳機能の停止だ。

 

 前回はオールマイトによる力業で遠距離へと吹き飛ばし、それ故命令範囲外に出たことで動きを停止した。

 

 今回は俺は単独、その上ワンフォーオールも持っていないからそんな超パワーは無し。よって範囲外へのつり出しは難しい。現状取れる手段は脳機能の停止を図る事。……前回は再生機能があったから無駄だったが。

 折れた腕がそのまま力なく投げ出されている事から、恐らくこいつは回復個性を所持していない。

 

 話を戻すと、こいつの動きを止めるには脳を潰すしかないが──それは殺人に入るか入らないか、という事だ。

 

 国もバカじゃない。きっと脳無が作られて複合個性を所持している事はとっくに判明していて、オールフォーワンの影があることを察知しているだろう。そんな複数の個性を集める事が出来るのは個性が誕生して以来アイツだけなのだから。

 その可能性を持つ俺も、本当の個性すら知らない始末。

 

 もし仮に脳無の脳を破壊し、それが殺人に適応されるのであれば……俺はただの人殺しになる訳だ。正当防衛、過剰防衛とかそこら辺のラインはどうなるか微妙だが世間はそう甘くない。騒ぎ立てる一般人と言う厄介な存在が世界には存在するのだ。

 

 俺が捕らえられれば、オールフォーワンを止める者は誰一人としていなくなる。そうなればいっそのこと、全てを洗いざらい吐くのもアリか? どうせ殺人で捕まれば、俺の人生は終わるんだから。

 

 建物にめり込んだ脳無に対して追撃する。脳を破壊するより、手足を全て圧し折って無力化する事を選択──各関節部、骨の脆い部分に集中して拳を振るう。空手の正拳突きに近い、鋭く早い打撃を足に集中。

 

 右手の中指が圧し折れたが、相手の足の骨も折れた。機動力を削いだのはいいが、コイツにはそれじゃ足りない。もっと入念に、もっと丁寧に……それこそ、全て砕く勢いで。

 

 そうだ。足りてない。力が足りてない。もっとだ、もっと必要だ。思い出せ、俺はUSJの時に何を感じた。俺は一体何を起こした? 

 

 ()は確かに何かを理解していた筈だ。

 人間の機能上あり得ない、それ以上のナニカを。人を超えた力──個性を。

 

 個性把握テストで緑谷出久が間近でワンフォーオールを使用した時。

 USJで脳無に殴られ死にかけて、志村菜奈の記憶を垣間見た時。

 

 さあ、共通点を洗い出そう。答えはそこにある。

 

 右手の痛みを無視して継続して殴る。動きを止めるな、身体と思考の脳を切り替えろ。

 マルチタスク、脳の限界を引き出せ(・・・・)──………………? 

 

 ……引き、出せ。

 

 引き出せ。

 

 引き出せ──そうだ、引き出せ! 僕は引き出した筈だ、そうだ! 

 

 ワンフォーオールに恐怖を抱いた時、脳無に殺されかけた時に! 

 

 志村菜奈の記憶が見える事、オールフォーワンの記憶が見える事。そして、二人が話しかけてくる異常事態。異常なまでの記憶能力、最上の身体能力。

 

「引き、出せ──!」

 

 身体の強度は度外視、今はただ脳無の手足を砕く力を。身体能力の限界を超えて、与えられた力の全てを振り絞って振りぬく。

 

 脳無の胴体、背骨を圧し折る為に思い切り正中線へと拳を入れる。先程までと比べて勢いよく、深くめり込んでいく右腕を更に加速させる。肉を突き破り、骨に至る打撃はそのまま突き抜け建物へと罅が入る。

 

「オオォ────!」

 

 右腕の激痛に顔を顰めながら、壁を突き破りながら脳無が吹き飛んでいくのを見る。息が荒くなり、分泌された脳内麻薬が心地いい。

 

 ふ、あは……なんだ、最初からわかってたんじゃないか、僕は。

 

 オールフォーワンに会うより、志村菜奈の記憶を見るより、脳無に殺されかけるよりずっと昔──最初の記憶の違和感に気が付くべきだった。僕の完全記憶能力は、オールフォーワンの個性を強制発動で実験的に使われたモノだ。

 だから兄弟は居ない、他の実験体は居ない。

 

 全員個性の暴発で死んだから。

 

 オールフォーワンは、最初から『奪う』という個性の変質──『引き出す』個性一点狙いで無理矢理使わせていたから死んだ。それ以外の可能性を全て捨て、とにかく引き出す事に成功するまで何度も。

 

「あ、あア──いや、違う、落ち着け、出ていけよクソ親父……!」

 

 俺だ。俺、俺……刻んでいこう。ああ、わかった。苛まれていた理由が。

 

 ワンフォーオールに遭遇し、血に刻まれたオールフォーワンの遺伝子が騒ぎ出したのか。そして俺はそのざわめきを理解できず、『恐怖』だと解釈した。そして暴走を始めた俺の個性は、何もかもを引き出そうとした。多く混ぜられた二人の記憶を、全て。

 

「種が割れれば、どうってことはない……だから大丈夫だ。俺は大丈夫、問題ない」

 

 この個性は最強に成れる──その意味が分かったよ。お前を全て引き出せと言うんだな? オールフォーワン……その、『奪い与える』個性すらも。正真正銘お前と志村菜奈の息子が悪に潰れる(成る)その瞬間を期待して。

 

 ならば、俺は絶対にお前を引き出さない。お前の言う絶対の二択、その真意なんぞ知らない。俺は俺の道を、自分で組み立てて歩いてやる。敷かれたレールの上なんぞごめんだ。

 

 土煙が上がる中、ピクピクと痙攣して動かない脳無を外に引っ張り出す。さて、俺のこの個性のデメリットはわからないが……使い過ぎれば碌な事にならないだろう。記憶能力の引き出し、数度無理矢理引き出した身体能力──絶対に反動が来る。

 造られた身体の寿命というモノもある。細胞年齢で考えた方がいいのか? まあ、そこら辺はどうでもいい。

 

 残り僅かな時間、有意義に使うために個性の使い所は考えるべきだ。

 

 血に染まった右腕、肘から突き出た骨が余計痛みを増幅させる。

 

 ……やれるか? 

 

 こんな事、絶対に普通ならやらない。でもまあ、今なら出来るだろ。逆に、今やらずに何時やるんだ。

 

 突き出た骨を直接左腕で触る。色んな病気の可能性があるが、それを全て無視。触れた瞬間の痛みがあまりにも強すぎて意識が飛びそうになるが、それでも堪える。触っただけでこれか……無理矢理元に戻したら、どれほど痛いかな? 

 

 大丈夫、耐えられる。脳内麻薬を意図的に引き出し、痛みを緩和する。

 

 心地よさが意識を支配したところで、思い切り力を籠めて突き出た骨を二の腕にぶち込む。骨が肉を突き破り、腕が強制的に真っ直ぐになる。

 

 アドレナリン漬けで頭がおかしくなりそうな位なのに、激痛が奔る。噛み締める力が最大まで高まり、骨がギシギシと不快な音を立てる。

 

 堪えて、必死に引き出す。治癒能力を限界以上に引き出して、右腕に集中させる。

 

 骨が元の形を辿り、無理矢理接続される。肉が繋がり、皮膚が生える。新品同様、綺麗な肘へと元通りだ。拳を何度か握り、腕を大きく振る。肘が伸びる事を確認し、ついつい笑いがこぼれてしまった。

 

「…………ふ、あはは……」

 

 やっと。

 漸くだ、漸く俺はここに立った。

 

 手探りで何もかも与えられるだけの俺の人生は、今スタート地点に立った。

 

 残り少ない、造られた道をどう歩んでいくか──全て俺次第。もう、オールフォーワンにも、志村菜奈にも関係ない。志村我全という個は、今ここに立っている。

 

 ここだ。

 

 今この瞬間こそが、俺の──原点(オリジン)だ。

 

 

 

 





志村我全

個性『引き出す』
・自分の身体に関するモノを引き出せる。脳機能、筋肉量、自然治癒能力等汎用性が高い。
 引き出した能力は恒久的に消えないモノと一時的なモノに分かれる。



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『自分』らしく

 脳無との戦闘を終えて、路地裏の先へと歩く。

 

 そんなに長い間は戦ってない筈だが、戦闘の音が聞こえない。緑谷が殺され、完全に無力化されたか──ステインを倒したかのどちらかだ。

 

 僅かに漂う冷気──……氷? 

 さっき俺が戦闘不能にした脳無は結局なんの個性を持っているかわからなかったが、氷を使う奴は居ないと思う。騒ぎを起こすのに氷……合わないだろ。

 

 新手か? 間に合えばいいが──どうなるか。

 

 道を進み、ようやく目で捉えられるくらいに近づいた。強まる冷気と、それに比例して逆に増える熱。心当たりはあるが、どうしてここに居るかはわからない。

 

「なんだ、轟も来てたのか」

 

 なら別に急ぐ必要はなかった。

 近接戦闘もそこそこ、炎と氷を高い水準で扱える強個性。俺よりよっぽど強いだろう。あくまで平時は、だが。

 

「志村か。さっきのバカでかい音はお前か?」

「ああ、まあそうなる。ちょっとやり過ぎた」

 

 脳無を建物に吹き飛ばした時の音はかなり響いたらしい。後で何も請求されないことを祈る、これは正当防衛だよ。路地裏走ってたら襲われたんだから仕方ないさ。

 

「USJの時の怪物だ。なんか因縁でも付けられてんのかな……」

 

 我ながら凄まじいすっとぼけだ。因縁どころか俺の宿命の相手だが、そんな事こいつらには関係ない。クラスメイトの知る志村我全とは、完全記憶能力を保有していてたまに身体能力が限界を超えるふざけた野郎。

 そんなもんで良い。個性を理解した時点で、命の捨て所は決まったのだから。

 

 何箇所か刺されたのか、出血している部位を抑えて手当している飯田に目を向ける。その表情に憎しみは無く、どこか晴れた顔つきだ。

 

 緑谷出久──なんだ、十分ヒーローらしいじゃないか。友を救い、導き、共に手を取り合って進んでいく。正義の味方って感じがするぞ。その輪の中に入りたいという気持ちはあるが、悪いな。

 

「これはアレだよな。状況的に言えば飯田が復讐しようとしてた流れでいいんだよな?」

「ちょっ、志村君……!」

 

 飯田が居て、ステインが居て、もう一人出血してるヒーローコスチュームを身に纏った人間がいて──確定だろう。

 ステインがプロヒーローを殺害しようとしたところに、飯田天哉が駆け付けた。

 

 動機さえ気にしなければ素晴らしいと手放しに……は、褒められないか。

 

「ま、いいんじゃないのか復讐くらい。大分遅くなったが、俺はお前の感情を肯定するよ」

 

 そもそも人生を生んだことに対しての復讐に使おうとしている人間が俺だ。そんな奴が何を言っても意味はないだろうが、気休めにはなるだろう。飯田はまだ15歳、成熟した精神は身に付けていない。

 俺の様に裏技を使えるならまだしもそういう訳でもなさそうだ。

 

「復讐なんて気楽でいいのさ。なぁ轟」

「ん、おう。そうだな、俺が言うのも何だが適当で大丈夫だ」

 

 俺が轟に振った言葉に対して緑谷が今にも死にそうな顔をして驚くが気にしない。入学したてに比べれば大分柔らかくなった轟の態度が少し心地いい。どうやら、俺はまだクラスメイトに見捨てられてないようだ。残り少ない時間、俺の為にもっと交友を深めさせてもらいたいね。

 

 ああ、そうなれば葉隠に返信しないと。何も返事しないままここに来てしまったし、謝罪もしよう。

 

「……志村君、何かあった?」

 

 緑谷が問いかけてくる。そんな露骨に変わっていたか? 

 

「さっきまでと比べて結構、こう……丸くなったと言うと悪いんだけど、柔らかくなった?」

「色々悩んでた問題を全部通り越したからな。色々迷惑掛けたから謝らねぇと、あとバクゴーくん弄りも再開しないとな。寂しい思いもしただろう」

「寂しい思いはしてねぇんじゃねぇか」

 

 手厳しい。

 

 うん、よし。前の俺はこんな感じだったな。

 ふざけておちゃらけ、やる時だけやる二枚目の男。そんなイメージでいいんだ。誰にも関係ない、昼行燈をいこう。

 

「先に応急処置だけしちまうかー、轟悪いけど煮沸消毒した水とか作れるか?」

「入れるモンがねぇ。鍋かなんかないのか」

「流石に鍋は持ち歩いてないな。何故鍋をチョイスした、他にも無かったのか……?」

 

 持ち歩いている止血テープを取り出し、簡易的な消毒液も用意する。こういう時コンセプトを忘れなくてよかったと思う、あの男の事だけを考えていたらとても考えられなかった道具だ。

 志村菜奈というヒーローが俺の中に混じっていてよかった。

 

 ヒーロー殺しステインはぐるぐる巻きにされて捕縛済み、特に出血したりはしていない。吐血はしているみたいだが。

 

 ペタペタテープを貼り、応急処置を終える。その頃にはグラントリノ達プロヒーロー組がここまでやってきて、一件落着という空気。暴れまわる脳無達に関しても終息して、混乱は収まりつつある。

 大団円には程遠いが、いい方向には持っていけたんじゃないか? 

 

 少なくとも、ヒーローシムラとしてではなく志村我全として大変実りのある一日だった。脳無との戦闘で理解した俺の個性は、確かにオールフォーワンへのカウンターになり得るモノで。

 勿論、その瞬間が訪れれば死ぬ。

 

 逆に言えば、時が来るまで生きていける。いつ襲ってくるかわからない状況であっても、対応出来ると理解できた。

 

 これほど心安らぐ事は無い。志村菜奈は命を賭けても傷一つ与えられなかった。だが、俺は命を捨ててあの男を殺せる。その事実が分かっているだけで十分だ。

 

「楽しみだなぁ……」

 

 オールフォーワンが仕掛けてくるそのタイミング、あのクソ野郎が驚く顔を見て笑ってやる。

 

 その後は、ステインを連行する際に脳無が襲ってきたり何か吼えたり色々あったがどうでもいい。少なくとも、ステインはオールフォーワンの足元にすらいない。その程度のヴィランだ。

 

 俺の心を揺さぶりたいなら、せめてそれくらいでっかく悪辣になって貰わないとな。

 

 

 

 職場体験を終えて一日、久しぶりの雄英に戻って来た。

 

 俺達がステインと戦闘したことに関しては、処罰が下される──と思ったが無し。飯田の暴走が原因とはいえプロヒーローの命を救った上に、俺が脳無を無力化した映像も確認してもらって正当防衛。少しばかり映像に手を加えたが、気が付かれてる様子は無かった。

 

 だがまぁ、手放しに誉める訳にも行かず。

 

 ステインを捕らえたのはエンデヴァーになって、その他脳無撃破もエンデヴァーの手柄。本人はこんなもん要るかと猛っていたが、そうするのが一番落ち着くからと警察も言っていた。

 

 その代わり俺達は口封じ、今回の件を漏らしてはいけないという条件で許された。

 

 俺にとってはノーダメージだ。行動を束縛される、例えば謹慎等も無し。前と変わらない様子で登校していいと言われている。建物の監視カメラに俺が負傷した光景が映りこんでいたが、それは警察や学校に見られる前に改竄済み。

 流石に腕を無理矢理治してる姿を見られるわけにはいかない。個性が登録しているモノと違うし、力を隠して入学したとか怪しすぎる。

 

 普通にスパイ扱い、そこから尋問に繋がるだろう。ヒーローはそんなことしない? 馬鹿言え。ヒーローとして輝く象徴がいるなら、闇の中で生きるヒーローだっているに決まってるだろ。

 相澤先生を見ろ。仕事に支障が出るから、つってマスコミに殆ど顔出さないんだぞ。徹底してるプロ意識。

 

「うーす」

 

 久しぶりに挨拶しながら教室に入る気がする。

 最近の俺のムーブが完全に中二病主人公だったことは認めよう。振り返れば少し恥ずかしいが、そこは無理矢理コントロール。人生なんて一瞬で過ぎ去るモノに固執しすぎたのが良くなかった。

 

 もっと刹那的に、現在()を見て生きる。

 

 俺はまだ十五歳で、世間的に見れば子供という立場。少々どころではない特殊な立ち位置に生まれたからそこら辺がおかしかった。所詮死ぬまでの間だが、楽しく愉快に生きていこう。

 

「お、飯田……ちょっと違うな。委員長、こっちの方が似合うな」

「いきなり何を言ってるんだ君は……それはそれとして、あの時はありがとう」

 

 怪我も何もなかったように登校していた飯田に挨拶。爆豪はバクゴー、耳郎はベストフレンド、なら飯田は委員長だ。そっちの方がそれっぽい。

 

「気にすんなよ、誰にだってそういう時期はある。なあ緑谷」

「うん、そうだね……いや、どうかな、流石に誰にでもは無いんじゃないかな」

「なんだと……? 轟、お前はどう思う」

「誰にでもは無いんじゃねぇか」

 

 ジーザス、どうやら復讐とは一般的な単語ではないらしい。個性があるとは言え、別に人間関係が異常なまでに拗れるという過去を持つ人は少ない。また一つ賢くなったぜ。

 

「フ、やはり俺は特殊過ぎたか……」

「何か前より悪化してない?」

「ベストフレンド、元気だったか。俺は元気になったぞ」

「見ればわかるし。……ま、良かったね」

 

 元気になったというか、吹っ切れたというか。逆にどう足掻いてもそうなるし、その結末が確定したからこその態度。誰にも最期まで伝える気は無いが、俺が死んだ後に皆が悲しんでくれるならそれはそれでアリだな。

 自分が肯定されるってのはいい気分だ。

 

 オールフォーワンを倒して、悪が途絶える訳では無いが──少なくとも俺は自分を肯定できる。

 

「俺は頑張ったか?」

 

 ああ、頑張った。胸を張って言えるね。 

 個性が生まれてから闇を支配し続けた悪魔を正真正銘終わらせられればの話だが。

 

『引き出し』の個性に関しては完全に制御できている。記憶を悪戯に呼び起こす事も無いし、精神的に落ち着いた。身体能力の引き出し、脳機能の引き出し……使い道は沢山ある。一番の目玉は、『遺伝子上に刻まれた個性の引き出し』。

 

 これを使うのは限られた場面でのみだ。俺が死ぬと完全に判断した時、オールフォーワンとの決戦の時のみ。それまでは決して使わない。

 

 何故かと説明するなら、個性を複数使用する事に関しての説明をしなければならない。

 

 脳無がいい例になってくれる。アイツは個性を複数持たせて運用するにあたり、肉体そのものの強化が行われている。USJに現れたアイツ、詳しい個性は知らないが少なくともオールマイトの超パワーに対抗できていた。

 それに比べて、保須に現れた脳無はどうだ。

 

 肉体は貧弱に、個性もより弱体化。少なくともあの個体ではオールマイトに勝てる要素は無い。

 

 強い個性を複数扱うには、それに見合った肉体が必要。ただそれだけの話だ。オールフォーワンは幾つもの個性を同時に使用する事を可能にしていたが、それも個性によるデメリットの削除。正直、あいつ化け物だよ。

 

 数え切れないほどの個性のストックの中から状況に見合った個性を即座に判断して使用、それによる反動やデメリットすら別の個性で利用する。最強と呼ばれるのも納得できる。

 

 それを最終的に倒さなきゃいけないのが、難しい所だ。

 

 話を戻そう。

 俺の個性を使用すれば、文字通り『全て』を引き出せる。俺の中に眠る血は、サラブレッドなんてモンじゃない。だから、危険なんだ。

 

 一歩間違えれば単独でオールフォーワンの再臨だ。この国どころか全世界巻き込んで悪の象徴になる自信がある。

 

 そうならない為にも、俺は俺であることが大切。『志村我全』として、確固とした意志を持つ必要がある。

 

「……ま、どうにかなるさ」

 

 悲観的にはならない。

 あの男の事だ、どこまでも計算尽くしだろ。

 

 その計算を全て呑み込んだうえで、超えてやればいいだけ。

 

 それまでは俺らしく生きるとしよう。それがお前への意趣返しだ、オールフォーワン。

 

 



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迫る期末試験

 季節は移ろい、既に初夏。長袖は暑くなり、身に着けている制服も半袖へと変わっている。夏の熱を少しずつ感じ始める時期、一学期の終わりが近づいている。

 

「──うわああぁぁ! 詰んだ! 終わった! サヨウナラ林間合宿!」

「あはははー、勉強なんもしてなーい!」

 

 期末の試験が見え始め、中間テストの結果が芳しくなかったクラスメイトが騒ぎ出す季節。そういえば中学でも同じような連中がいたな、俺は全部満点だったが。

 

 ずずず、とコンビニで買った紙パックのジュースを飲みつつ騒ぐ連中の成績を思い出す。たしか、上鳴は最下位。芦戸も二十位中十九位だった。……ビリが二人揃って喚いている所を見るに、期末試験のビリも確定だな。

 

 筆記試験で苦労したことが無いから、悪いが俺は彼ら彼女らの気持ちがわからない。勉強しなくても覚えてるし、そもそも授業の内容をテストに出してくるんだから俺が分からない訳がない。聞いてなくても覚えてるこの脳に感謝だ。

 咄嗟の応用ならまだしも、試験なんて悠長な時間も与えられてるモノなら余裕。

 

 別に教える事も出来なくはない。上鳴や芦戸、それぞれにどういう教え方が適しているか等の判断から下せるからぶっちゃけ世界で一番最適な教え方を実行できる。それで伸びるかどうかはさておき、分析して教える事に関しては適性がある。

 

「なぁバクゴーくん、筆記どんな感じよ。俺は満点余裕だけど」

「ンだクソ野郎話しかけてくんじゃねぇ!」

「三位」

「あ゛ぁ゛!?」

 

 中間試験の結果、一位俺・二位八百万・三位爆豪・四位飯田……と、学力は比べられる。中学の頃から俺がいなければ一位だったのに、俺が現れてから一度も一位を取れてない爆豪からすれば堪ったものじゃないだろう。

 正直、勝つ勝たないの勝負の次元に俺はいない。筆記試験という項目に於いて、少々俺は有利すぎる。

 

 得意分野の中の得意分野だ。

 

「絶対に手に入る一位なんて虚しいだけだぞ」

「調子扱いてんじゃねぇぶっ殺すぞ!!」

 

 あまりにもストレートすぎる殺意に、感嘆すら覚える。これほど純粋に殺意をぶつけてきたのは死柄木以来じゃないだろうか。オールフォーワン? アイツはノーカウントで、格が違いすぎる。

 

「仕方ないだろ全部理解しちゃうんだから。逆に満点取れないほうがヤバいだろ」

「そんな真顔で言うなよ……」

 

 中間試験十六位、切島が会話に入ってくる。

 

「こんな、なんにでも成れる個性持ってりゃそうなるさ。俺に現状成れない職業は……何だろ。現状何に成れないんだ? 俺」

 

 知識があればやれることに関しては何でもできる。出来ないことは無いと断言はできないが、よっっっぽどコアな職業じゃない限りなんだってなれる。ヴィランも含めてな? 

 

「──志村くーん!」

 

 相変わらずいい香りを漂わせて葉隠が机に飛び込んでくる。制服しか見えてないからよくわからんが、こないだ遊びに行ってから距離が近い気がする。元々距離感が近い娘だから違和感は無いが、まあ……アレだ。勘違いするよね。

 

「どうしたのかな、中間試験十七位葉隠透さん」

「なんでそんな他人目線!? しかも順位まで!」

「点数まで言おうか? でも赤点のアレは流石に」

「もう殆ど言っちゃってるじゃん!」

 

 うぎゃーと暴れる彼女をベストフレンドが宥める間、葉隠に勉強をお礼がてら教えようか悩む。

 

 実際、俺はかなり感謝してる。

 

 彼女が俺に気を遣ってくれて、クラスメイト達の間へ引き込もうとしてくれるのが有難い。ちょっと前の俺は中二病全開だったから思い出したくないが、そこが分岐点だったかもしれない。

 完全に独りを選択していれば、今の光景は無い。

 

「うう、もう頼れるのは志村くんだけだよ……勉強教えてください……」

「別にいいけど」

 

 自分から言ってきてくれるとは話が早い。

 

「みっちり満点コースとほどよく平均点コースのどっちがいい?」

「……満点コースはどんな感じ?」

「一日八時間感謝の課題」

「平均点コースで!!」

 

 表情はわからないが、喜んでいるように見える。声のトーンと仕草を平常時と比較しても喜色が混ざっているあたり本心で喜んでくれているのだろう。それだけ頼りにされてるのは俺としても嬉しい。

 

『志村我全』として積み重ね、築いて来たモノは決して無駄では無かったと実感する。

 

「…………あ、あのさ」

 

 耳郎が控えめに声をかけてくる。何かに申し訳なさそうに話しているが、何かしたのか? 

 

「混ぜてくんない……? 数学がちょっと怪しくて」

 

 俺とベストフレンドの仲なのだから、もっとグイグイ来てもいいのに。何を遠慮する事がある。

 

「いいね、皆で一緒に勉強会だ!」

「皆って単位にするには少ないけどな」

 

 俺、葉隠、耳郎・わずか三人両手に華状態だ。あれ、俺もしかしてすごい青春チックなことしてるのでは? 中学時代は無かった華やかな青春だぞ。

 

 ていうか女子の知り合いが少ないのでは……? 

 葉隠、耳郎……麗日……? 

 

 泣けるぜ。

 

「緑谷に負けた……!」

「相変わらずよくわかんない思考してんね」

 

 女友達は緑谷の方が多い。よくわからんサポート科の女子、麗日、梅雨ちゃん……クソッ! 流石ワンフォーオールの保有者、手を回すのも早いな。

 

「あ、でも爆豪には負けてねーや。ハッハ、流石バクゴーくん」

「死ねボケ」

 

 昇華された殺意が言葉に乗る。彼の告白はどれほど情熱的なのか寧ろ気になって来たね、爆豪の母さんとかに聞けば教えてくれそうだ。

 

「で、だ。どうする、どこでやる? 悪いけど俺んち居候だから使えねーんだわ」

 

 流石にこんな何にも盛り上がる要素の無い状況で仕掛けてくるとは思えないが、俺の家は無し。叔父さん完全に帰ってこないし、これ元々アイツの手駒だったな状態だ。人の目があるファミレスか、カラオケか……カラオケで集中できるとは思わない。俺は出来るけどな? 

 

 耳郎歌上手いし、葉隠も歌うの好きだからそっちに集中する気がする。多分。

 

「……(うち)、来る?」

「え、いいの!?」

 

 耳郎の何気ない言葉に葉隠が反応する。

 

 今更だが、耳郎は音楽的なセンスがずば抜けてる。両親が二人とも音楽関係者であり、調べれば情報が色々出てくる位には有名な人達。

 

 そんな人達の子供である本人は音楽の道というよりヒーローを志しているようで、血は争えないのか楽器の扱いから歌まで幅広い才能を持つ。幼い頃から触れていたという事も要因ではあると思うが。

 

「ちゃんと前もって言っておけば大丈夫、だと思う」

 

 友人として招いてくれるくらいには親睦が深くなったのだろうか。爆豪の家に押し掛ける位しかなかった俺としては大変嬉しい出来事だ。

 

「お父さんへの挨拶は任せとけ」

「余計な事したらぶん殴るから」

 

 ちょっとふざけただけなのに耳をピクピク動かして脅してくるベストフレンドには畏怖を覚える。

 

「落ち着けよベストフレンド、俺はちょっと"挨拶"するだけ。娘さんを俺にくださいって」

「それが余計な事だって言ってんの!!」

 

 実際にやりはしないが、少し顔を赤くしてるあたりこういう冗談に弱そうだ。一般的にこういう感情を『萌え』というらしい。いい言葉だな。

 

「あはは、仲いいねー」

「おわっと」

 

 ぐに、と席を追い出すように接近してくる葉隠。相撲か? 任せとけ。ぐい、ぐいぐい。中々諦めない葉隠に、仕方ないから席を譲ることにした。

 

「ふふん」

 

 腕を組み(おそらく)得意げな表情をする。──待てよ。今思ったが、顔の形を触って完全に把握すれば彼女の顔がわかるんじゃないか? 彼女の魅力である『透明』であるが仕草や雰囲気が可愛いという点を潰す事になるからやらないけど。そういうアプローチもあるよね、って話。

 

 ペチペチ顔があるだろう場所を軽く叩きつつ、実際勉強させるにあたってどうするか考える。

 

 葉隠の成績はかなり下、順位で言うと悲惨の類に入る。授業中寝ているとか、集中してない訳じゃないだろうけど何故か勉強が出来ない。テスト向きの覚え方をしてないと言うべきか、基礎があるかどうかから調べるか。

 

 一番最初に小テストをやって大まかな現状の把握、何が足りてないかでゆっくり教えていくとしよう。

 

 耳郎? ああ、彼女は成績いい方だから大丈夫だろ。本人が何が出来ないのか把握してるだろうし、聞かれたら教える形式で問題無い。

 

「って、大丈夫?」

「なにが?」

 

 急に耳郎が声をかけてくる。大丈夫、勉強を教える事に関しては別に何の問題も無いし、予定的にも大丈夫だが……。

 

()()口元歪んでるよ」

「──…………そうか。ありがとな」

 

 まだ影響が出ている、か。

 

 志村菜奈でもない、志村我全でもない、正真正銘オールフォーワンの嗤い方。口元を歪め、嘲笑うかのように微笑むこの顔。最早遺伝子どころか身体に刻み付けられた癖はそうそう抜けそうにない。

 この面をオールマイトが見るたびに若干複雑な顔をしているのが猶更面倒だ。

 

 でもまあ、流石に志村という姓からオールフォーワンを連想する事は出来ないだろ。何かを奪ったりする個性も持ってないし、志村菜奈の浮遊だって使ってない。

 

 現状そうだとバレる可能性は限りなく低い。まあ、志村菜奈の血縁者だと見つかるのはまだマシだな。

 

 まったく、オールフォーワンの記憶は今は辿ってないのに()()だ。引き出した時どうなるかなんて、考えたくもないね。志村菜奈で塗り潰せるか? ……無理だろ。流石に格が違いすぎる。志村菜奈を批判する訳じゃなく、アイツが規格外すぎるだけだ。

 

 やはり引き出すのは危険すぎる。暫く封印だな。

 

 かといって、使わないのも勿体無いのは確かだ。

 俺は『引き出した瞬間オールフォーワンと同等の存在になる』というデメリットでありメリットが存在している。

 

 個性のパターンを把握し、数えきれないほど無数に存在する中から適材適所を選択して使用する。掛け合わせて相性を考え、より強力な個性へと進化させる。ただ奪い与える個性を手に入れたなら、何も起きないさ。

 

『オールフォーワンの経験と個性』を同時に手に入れられるからこそ脅威なんだよ。

 

 ……暫く引き出すのは自分の身体のみにしよう。

 

「でもさ」

「ん?」

 

 僅かに声色を変えて、楽し気な声で耳郎が言う。

 

「最近は少し、柔らかい顔になったんじゃない?」

 

「…………そっか」

 

 ならいいんだ。

 

 やはり雄英に入ってから、この二人にずっと助けられてる気がする。その内礼をしないとな……。少なくとも、俺が死ぬまでに。

 最近の女子の中での流行りってなんなんだ? あまりにも興味なさ過ぎて全然調べてなかった。食べ物とかそういうのに少し気を向けてほうがいいかもしれない。

 

 期末試験まで一週間。

 

 ゆっくりと青春を過ごそうじゃないか。

 

 

 

 



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期末試験

本当に申し訳ないですが勉強編を普通に飛ばしたので、完結後に番外編として出します。


 期末試験当日──これまで通り、いつもと変わらない試験風景。少し監視の目が他と比べて多いだけで普通の筆記試験だ。一般科目とヒーロー科のテストを終えて、どうせ満点だろと内心思いつつ解答用紙を返却する。

 

 相澤先生が教室から出ていったのを見計らって、クラスメイト達は息を吐きだした。

 

 特に難しい引っかけも無し、応用問題は多めだったのがやはり全国トップクラスの学校だと思わされる内容だった。

 

「満点だろ」

「すっごいナチュラルなドヤ顔」

 

 ベストフレンド耳郎、成績は上がりそうか? 

 

「……ま、いい感じだと思うよ。ありがとう」

「それは実際に点数上がった時に言って欲しいなぁ」

「うっさい、素直に受け取れ」

 

 イヤホンジャックをぷらぷら操って俺に指さすようにしてくる耳郎。なんか、動物の尻尾みたいだな。猫とか犬、狐もそうだけど割と尻尾や耳で感情が読み取れるらしい。

 

 耳郎の耳たぶから伸びるイヤホンジャックも、感情を表しているかもしれない。今は……照れ隠しか? 

 

 普段はただの友人がたまに見せる仕草はいいな。グッと来る。

 

「ごちそうさまです」

「ぶっ刺すよ」

 

 暴力ヒロインは流行らない、冷静になろうぜベストフレンド。

 

「ひどい、あんなにも熱烈にご両親に挨拶した男なのに……」

「逆にまだ交友続けてる時点でめちゃくちゃ優しいと思うんだけど」

「『響香さんとは』、の時点でイヤホン刺してたもんねー響香ちゃん」

 

 だふんと俺の後頭部にのしかかる柔らかいナニか。落ち着け志村我全、お前の刷り込みはこういう時に活用できるだろ。オールフォーワン並みの脅威(胸囲とも言う)だ……! 

 

 しかし、徐々に距離感が近くなってるな。

 別に俺は何の問題も無い。ああ、何の問題も無いが? この葉隠の行動が一体どんな感情の下に起きてるかわからないが、少なくとも好意的な感情から身体的な接触を行ってるんだろう。

 

 いや、だが……葉隠の匂いが直接脳に響く。思春期、それに加えてこれまで女友達がほぼ()の俺には胸囲だ。じゃなくて脅威だ。

 

 これはヤバい。オールフォーワン・志村菜奈両方から独立して自我を保ち続けてる俺が言おう。ヤバい。多幸感が全身に溢れてく。正直ずっとこのままで居たい。

 

 勘違いされがちだが、俺は女性経験がクソ程存在しない。大人びて見えるとよく言われるが、それは単純に他の事をずっと考えているからだ。何が言いたいかって? 

 

 ──葉隠に籠絡されそう。

 

 擦り込め擦り込め擦り込め……! オールフォーワンの声! オールフォーワンの個性! 俺の生まれ! 人生の短さ! 

 

 ……よし、落ち着いた。

 

 不意打ちでアタックは流石に無いぜ、葉隠。

 

 肩に置かれた手を掴んで、そのまま上に上げる。今も尚重さ(柔らかさ)を俺に押し付け続ける胸に触れないようにどいてもらうにはこれしかない。俺の鋼の精神力ならなんなく実行できるはずだ。

 

 それに、耳郎の目線が怖い。わかるよ耳郎、俺だって困惑してるよ。その、『友人だと思ってた同性が目の前で急に異性にアタックし始めて困惑と驚きを隠せない』みたいな顔を止めてくれ。胸囲格差もあって、これ以上耳郎を刺激するのは良くない。

 

 腕を掴まれた葉隠がぐいぐい動く。いや、何処がとは言わない。考えるな、俺。

 

「……どうした、ベストフレンド」

「アンタそれはないわ」

 

 え、何か判断ミスったか。

 

「……むー」

 

 頭から離れる柔らかい感覚。

 しまったな。どうせ短命だろうし、女性関係とかそれどころじゃないと思ってたから全然女心がわからない。「多分こうだろうな」って気持ちは理解できるが、それが真実かどうかの確証が取れない。

 

 こういう時なんて言えばいいのだろうか。素直に感触を伝える? いや、流石にそれは駄目だろ。くそっ、ここでスマホを取りだしたらそれこそ終わりだ。大切な友人を失う訳にはいかない、どうする……!? 

 

 頭を回せ志村我全。並列思考(マルチタスク)を引き出して、ぶん回せ。

 

「葉隠」

「つーん」

 

 自分で擬音を話しているあたり冗談なんだろうが、女性にとって胸囲のコンプレックスとは個人差が激しい。それを軽々しく扱えば、一気に俺の評価はだだ下がる。まあ、素直に俺が感じたことを言えばいいのかな。

 

「ありがとうな」

 

 今の一件だけじゃなく、前の事も含めてだ。

 

 葉隠や耳郎が居なければ、俺は堕ちていた。これは間違いない。こうやって雄英の生徒として今も尚生きているのは、友人たちが俺の事を『(志村我全)』として認識してくれているからだ。

 

 俺が死ぬその瞬間も、そうだな……知られたくないな。

 

 二人なら悲しんでくれるだろう。死を悼み、詳細を聞けば『どうしてもっと深入りしなかった』と後悔してもおかしくない。だからこそ、知られたくない。

 

 ……そう考えると、俺から仕掛けた方がいいのかもしれない。

 オールフォーワンの嫌がらせが完成するより先に、こっちから仕掛ける。勿論ヒーローとしての俺は完全に死んでる。一人のヴィランが、一人のヴィランを殺そうとしただけの話になる。

 

 だが、そっちの方がダメージが少ないんじゃないか? 

 

 それを実行した際の結末としては、『オールフォーワンが死んだとも志村我全が死んだとも判明せずに二人揃って消息不明』が望ましい。世間からしてみれば何の興味も湧かない、事件性すら無い出来事で終わる。

 

 最悪なのは俺が殺す事に失敗した挙句、完全に人形として扱われる場合。敗北を視野に入れて戦うのはアホらしいが仕方ない。あらゆる可能性を考えて、ようやくあの男の足元に追い縋れる。

 

「……ふふん、元気になったね」

「一途だなぁ」

 

 これ、そういう事(・・・・・)なのか? 

 

 如何せん対人関係が多いようで圧倒的に少ないせいで判断が付かない。いや、それはそれで判断するのもどうかと思うが……恋愛はわからん。愛情はわかるが、恋をしたことが無いから定義のみわかる。

 

 葉隠が誰かに身体を押し付けるような行動をとってる所は見た事ないから、多分そうなんだろうが……男の趣味が悪いな。

 

 本当に申し訳ないが、俺はそれに応えられないよ。先に死ぬ事が決まってる人間が、誰かに愛されるわけにはいかない。愛を与えようとした心優しい人間だけが残されて不幸になるなんて、良くないだろ? 

 

「君達、そろそろ移動するぞ。実技試験は特別会場を使用すると相澤先生から話は伺っている」

 

 飯田が声をかけてきたから、席を立って歩き出す。

 

 はぁ、くそったれめ。またオールフォーワンに関して考え直さないといけない。何が最善で、どう目指していくべきか。そんなもの決まっているさ。完膚なきまでに、ぶっ飛ばしてやらないといけない。刑務所にぶち込むのもいい。二度と悪だくみ出来ないくらい、ボロボロに打ちのめす。

 

 ……ああ、そう言えば実技試験の内容は例年とは変わってるんだったか。去年までのデータではロボットとの戦闘訓練やUSJを利用した経験を活かした現場適応試験だった。残念ながら今年の情報は無し、得られるものはなかった。

 

 雄英的に考えてみれば、今年は異例中の異例。

 (ヴィラン)からの襲撃による教師、生徒への被害。雄英の生徒が負傷したという事件は世間にバレてるから少しは対策しなければならない筈。体育祭は警備を増やして万全の体制をアピールする事で目を逸らしたが、後々に襲撃が『有る』と言える現状適当な事はできない。

 

 なぜ襲撃があるかわかるって? 決まってる。

 未だ敵連合の本隊が捕まってないからさ。

 

 警察の捜査情報を見たが、現状死柄木弔がリーダーとして扱われている。その下に黒霧という仮称されるワープゲートを操る霧男、脳無と呼ばれる改造人間。その他雑魚ヴィラン共に加えて……オールフォーワン。

 

 敵の戦力は測りきれてないうえに、まだ見ぬヴィランをどんどん生み出している可能性もある。体育祭にわざわざ来る程度にはフットワークの軽いラスボスが奥に控えていて、尚且つ雄英にいつでも侵入できる個性を持つ相手が居る。

 

 かなり最悪な状況だな。決して楽観視していい状況じゃない。

 

 だが、学校側に焦りは見えない。林間合宿に関しては俺が調べても出てこなかったから、データ保存を行っていないんだろう。電子化が進むと紙媒体が機密データとして扱われるが、まあそこそこだ。

 神出鬼没のワープヴィランが居る時点でどんな金庫に入れても意味無いが。

 

 やはり警備の面で考えるならば黒霧が厄介すぎる。

 

 俺の扱える手札はそう多くない。実際に用意さえ済ませれば使える手段は多いんだが、オールフォーワン相手となると……微妙だな。アイツに液体窒素とか効く気がしないし、炎で無理矢理酸素を燃やして窒息させるとかも効かない。

 

 引き出しの個性でどれだけ上手くやれるか? 

 オールフォーワンは俺の個性を把握しているから、下手な真似はできない。一つ一つの行動が命取りだ。奴の記憶を掘り起こすのではなく、以前見た中での戦闘を参考にするなら──空中である程度速度を出せる機動力が必要になる。

 

 地面を隆起させ、まるで一つの生物のように操り高速で襲わせる。幾つもの個性を複合してオールフォーワンが自ら作り出した個性。

 回避するので一番適しているのは、志村菜奈の浮遊。アレを引き出して使えるようにする。

 

 まあ、志村菜奈なら大丈夫かという気持ちはある。

 

 あの人はオールフォーワンとは違い、悪の人間ではない。まかり間違ってもヴィランに堕ちる人では無いし、自分の意思ではないとはいえ自分の血が繋がった子供に対して不利になる事はしない、筈。

 

 だが、それをしてしまえば『俺の個性容量』が埋まる。ただでさえ一つ個性を所持しているのに、更に個性を手にしてしまえばどうなるかわからない。もしも俺の身体をそういう風に造っているならいいんだが、そうじゃなかった場合。

 他の人間に比べて何も変わらなかったら終わりだ。

 

 幾つも個性を持っているオールフォーワンの血が流れているから大丈夫か、とも思ったが……アレは恐らく個性の副作用だろう。緑谷が修行している道とそう大差ない。

 

 緑谷は身体を強くするために個性をセーブした。

 

 オールフォーワンは身体を強くするために個性をセーブした。

 

 最初は一つ、次は二つ、三つ四つ……そうやって徐々に数を増やしていき、あの最悪の魔王が完成する。俺が再現できるのは僅かな間だ。オールフォーワンを引き出したとして、その後に個性を10個程手に入れるとする。

 

 崩壊か、破裂かは分からないが身体は無事では済まない。治癒能力を無理矢理引き出して相殺できればいいが、悠長に個性が待ってくれるとは思わない。普通に即死だろうな。

 

 まあ、俺が死んででも奴を仕留められればいい。その後の命は考えてないさ。

 

「実技試験、なにやるんだろーね」

「何やんだろーな」

 

 隣を歩く葉隠に返答する。

 いつもなら廊下を歩けば見える教師陣が殆どいないから、既に試験場へ向かっているんだろう。と、なると……あくまで評価を下すのは各科目担当や担任。その枠組みから外れると考えた方が良さそうだ。

 

 人数的にグループに分かれての採点形式になるとは思うが、その内容まではわからん。

 

 早急に生徒達の戦力増強を行うなら、教師陣との戦闘もアリだな。敵連合の存在、可視化された『魔王』の再臨。将来に備えてカリキュラムを変更してきてもおかしくない。

 

 どちらにせよ無意味な事はしない。俺の為に何か授けてくれるなら有難く頂こうじゃないか。

 

 

 





峰田「屋上行こうぜ……久しぶりに、キレちまったよ……」



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実技試験

 




(´・_・`)…………


 ぎゅ、と手袋を嵌める。

 

 保須で脳無に使用した時より肌に吸い付く様な素材に変更し、ぶかぶかではなくピッチリとした手袋に変更した。

 

 この先必要になるだろう、指先の精密操作。

 

 最悪、指を破壊しながらの戦闘になる。それくらいの覚悟はしておくべきだし、それに備えて戦っていき経験を積む。残念ながらこれまで見てきた記憶の中にそんな状況で戦う記憶はなかった。

 

 歴代OFA(ワンフォーオール)継承者でも引き出せれば別だが、それをやるには現状じゃリスクが高すぎる。

 

「あれ? 志村くんコスチューム変えた?」

「ん……ああ」

 

 葉隠にはそう言えば見せてなかった。自分のセンスは信用せず、出来るだけ遺伝子上の母親の記憶を思い出していこうと決めた。親が親なら子も子だ。

 

「まあ色々考え直してな。ほら、ヒーローっぽいだろ?」

 

 わざとらしく口角を人差し指で吊り上げて、笑顔があの男にならないように気を付ける。自分で見直してみたが、まあ志村菜奈に似てる。オールマイトには見せちゃいけない表情ナンバーワンだ。

 

「……にしし」

 

 葉隠も自分の顔があるであろう場所に手を当てて、人差し指を両手で立てる。俺のマネをしているんだろう、こう……少し嬉しいな。

 

「ほら、行くよ二人とも」

 

 耳郎のイヤホンジャックが伸びてきて俺と葉隠の顔を突く。

 

 実技試験はコスチューム着用、俺が要望を出した変更点に関して即座に反映されるのは素晴らしい。ぶっちゃけ、企業とのやり取りどうなってんだろ。流石に相澤先生のメール内容まで確認してないが、かなり工程は少なそうだ。

 直接連絡して、直接請け負ってるのか……? どちらにせよ効率はかなりいい。

 

 有難い事だ、学生の身でありながら受けられる支援はプロ以上だぞ? 仮に俺がこんな人生じゃなかったら、ちゃんとした雄英生として生きれるとしたら──もう一度生きてみたかった。

 

 ま、普通の人生歩んでたら俺は雄英に来てないと思うけどな。ヒーローなんて割に合わない、引き出しの個性で適当に高めた能力でちっちゃな犯罪を繰り返すヴィランになってお終いだろ。

 

 二択の選択肢の内、どちらかだ。

 

 

 

 ◇

 

 実技試験の内容は非常に簡潔。

 

 敵対した教師の攻撃を掻い潜り脱出ゲートまで走るか、教師を戦闘不能状態にするか、捕縛用の手錠を付けるか。一番俺たちが狙い目なのは脱出ゲートまで走ることだな。

 

 先程から選ばれた二人組とそれに対応する教師を考えるにわざと相性の悪い人を用意してる。

 

 直接攻撃がメインの連中には、鉄壁の防御を。

 絡め手も可能な奴らには、その上位互換を。

 

 そして──何故か爆豪と緑谷の仲の悪い二人が組まされてる。これ決めたの相澤先生だな。よく分かるわ、合理的に考えて仲が悪いにしろ少しは耐える素振りを見せろって事だろ。

 

 しかもその相手をするのはオールマイト。……片方は一年生の中でも随一の実力を持つ爆豪、もう片方はワンフォーオールの今代継承者緑谷。教師陣がワンフォーオールを把握してるとは思えないし、これは関係性を重視したのかね。

 オールマイトが明らかに緑谷を可愛がってるのは誰が見てもわかるし、丸投げ? 

 

 っとそうだ、俺のペアだな。

 

 俺のペアは葉隠、対する教師は──スナイプ先生。俺が完全記憶能力しか保有してないという条件ならばそれはそれは不利な相手だ。相方の葉隠も似たようなもので、スナイプ先生の個性が厄介。

 

 個性『ホーミング』。

 

 遠くの位置に居る相手を瞬時に把握し、操作可能の銃弾を放つ強個性。俺達生徒相手に実弾を使用してくるとは思えないが……ゴム弾だったとしてもダメージは免れない。

 

 遠距離戦闘に関してはガン不利な俺達二人だが、この相性の悪さをどうするかで評価項目は変わりそうだ。

 

「スナイプ先生、かぁ……」

「USJの時に一回だけ見たな」

 

 葉隠の呟きに対して答える。

 俺が脳無と殺し合いをした直後介入した教師陣の中に交じっていたスナイプ先生の戦果は大きい。

 

 脳無の手足の腱を撃ち抜き、モヤ男の身体を貫き、足止めを行った。通常であればそれで倒せただろうがワープ相手は相手が悪かった。残念な事に奴は意識がある限り個性の発動が出来たし、脳無の回収だけは阻止していた。

 

「よーしっ、頑張ろう!」

 

 むんっ、と(りき)む葉隠。スナイプ先生の個性を相手にするにはちょっとした小細工が必要なのだが……実験も兼ねた細工になる。

 

 遠距離から高速で飛来する銃弾を避ける事はぶっちゃけ不可能だ。『銃』という人類史上最高で最悪な発明品の殺傷能力はシンプルが故に凄まじく、肉体面では至って普通の俺達にはちょっと策が無い。視認不能な物陰に隠れるくらいか? 

 

 だから、正攻法ではやらない(・・・・)

 

 俺の個性──"引き出す"個性で身体能力を引き出す。ちょっとだけ、違和感のない程度にな。こうやって練習も兼ねて実戦形式でやれるのは助かる。

 

「どうしよっか、志村くん」

「んー……正面に立たない、って事は徹底しよう。ステージがどうなってるかわかんないけど平原だったら初手で走り回る。障害物があるなら陰に隠れる、で」

 

 正直な所開けた場所だと詰む。

 マジで対抗策が無い。葉隠は一人でステルスに徹したら行けるかもしれないが俺は無理だ。

 

「……ま、それでもどうにかするさ」

 

 それでこそヒーロー、あの男が唾棄する存在。奴を超えるなら学校が用意した試練程度乗り越えて見せなければならない。

 

 記憶の引き出しからスナイプ先生の映像を持ち出して、少しだけ解析する。

 早撃ちとか、異常なまでの正確な射撃を保有している訳では無い。初弾を正確に当てているというより、個性の操作で"当てている"と言った方が正しい。

 

 だから重要視するべきは放たれた銃弾の軌道を見逃さないこと。

 

 割り振られたステージの扉を開き、中の様子が見える。

 完全な密室で薄暗い空気が漂い、大きな柱が何本も存在している。なるほど、確かに俺たちを試すにはうってつけだ。

 

 柱と柱の距離はそこそこあるから移動すれば見つかるし、ゴールが見えている位置にあるのも酷い条件だ。ゴールが見えるから、意識を多少ゴールに持っていかれる。スナイプ先生がそんな隙を見逃すはずが無い。

 

 扉が閉まり、試験開始のブザーが鳴る。

 まずは出方を探りたい。スナイプ先生の個性の把握から始めなければ。

 

「葉隠、無理のない範囲で」

「オッケー、任せて!」

 

 葉隠の絶対的な長所は、相手が特殊な探知方法を保有しない限り確実に先手を取れるという点。熱とか匂いとか、普通の人間が一番に頼らない手段には弱いが──そうでない限り絶対的なアドバンテージを保有する。

 

 俺が見つかるのは問題ない。

 葉隠が見つかるのは駄目だ。

 

 ……ま、ぶっちゃけた話賭けに近い。仮にスナイプ先生のヒーロー道具もといマスクに熱感知式のシステムが搭載されてればお手上げだ。そうなりゃ一から作戦を立て直す必要がある。

 

 取り敢えず葉隠の香りが離れた事を認識しつつ柱に隠れる。

 恐らくスナイプ先生はこっちの作戦を看破している筈だ。葉隠の個性が圧倒的な隠密性を保有している、そして完全記憶能力と言う個性になっている俺。

 

 作戦の中心になるのは葉隠なのは明白だ。明らかに参謀型の俺が直接的なキーマンになるとは考えにくい。

 

 僅かに香る葉隠の匂いから大体の場所を推測し俺の動きを組み立てる。

 

 相手は歴戦のヒーローだ。

 俺の動きから葉隠の位置を大まかに判断し詰め寄る可能性もある。ボードゲームのように一手先二手先では足りない、もっとその先を見ていく。俺にはそれが出来る筈だ。

 

 何故かって? 

 

 ──その程度出来なくて何がAFO(オールフォーワン)の血を引く者だ。

 

 個性の先を、時代の先を、世界の先を見通し続けたあの帝王を超えるんだ。ここは通過点に過ぎない。

 

 考えていこう志村我全。俺が教師陣へ与えた情報、葉隠の情報、それらから組み立てられる作戦概要を判断した後にそれを崩壊させる一手を。

 

「──オーケー、気張って行こう」

 

 声を出して俺の存在をアピールする。明らかに陽動なのはバレているだろうかそれでも対応せざるを得ないだろう。プロの思慮深さを逆手にとってやる。

 

 予測通り背にした柱に向かって弾丸が飛来する。隠れている俺目掛けて個性を使用してくることは無く、狙いはあくまで柱。そこら辺にちょっとした手加減を感じるがそこは仕方が無い。……できれば、もっと本気になったプロと戦っておきたいんだが。

 

 端によって身を隠しながら覗き見る。

 

 瞬間目の前を通過する弾丸、次は当ててくると考え顔を引っ込める。

 

 知覚範囲の広さはヤバい。視野が広くカバーできる手の広さも半端じゃない。弾丸一つでクリアリングが出来るんだからそりゃあ強いか。

 

 ……うん、これなら言い訳が効くな。

 

 そう判断し柱の端にぴったりと身体を付ける。壁に張り付いたという表現の方が正しいか? 

 

 先程弾丸を見た時の速度と軌道を思い返しながら計算をする。急停止・反転を見てない以上断定はできないがあくまで操作──緩やかな追尾しかできない筈だ。まあ反転してきてもそれはそれでいいか。ゴム弾一発二発、即死しないなら抵抗できる。

 

 飛び出し、直進する。

 柱とピッタリくっついて進むことで壁を作り出す。警戒しなければならない方向を一つでも少なくするためだが、どこまで保証されてるかはわからない。本当は柱を貫通できるかもしれないだろ? 

 

 聴力を集中させながら前へと足を進める。

 高速で飛来する弾丸が空気を切り裂く音──要するに風切り音を頼りに攻撃を見極める。正面から捉えられるならある程度対処できるんだが流石に真後ろから飛んで来たらどうしようもない。

 

 相手が本物のヴィランならば躊躇なく心臓や頭を狙ってくるだろうがその可能性は低い。この状況ならば確実に機動力を削ぎに来る。

 

 そこまで把握出来たら後は一つだけ。

 

 ──脚狙いで来る。

 

 右足で踏み込み、一拍ずらした加速を行う。武術でも何でもないただのずらし(・・・)、ちょっと戦闘経験がある奴なら使えるだろうフェイントに過ぎない。

 

 柱にめり込む弾丸。

 予測通りに行ったが喜んでいる暇はなく、姿勢を低く保ち走る。フッ、と一息吐き踏み込む足のリズムを乱す。俺のようなタイプと戦闘経験がある(・・)と仮定して動かなければいけないから、かなり変則的な動きになっている。

 

 残り二十メートル程だろうか。

 銃口を俺に向けてはいるが、明らかに意識を他に割いている。葉隠の位置を警戒しているんだろうが、そう簡単にはやらせない。

 

 四足歩行の獣のように、一瞬だけ身を完全に下げる。

 左脚に弾丸が一発めり込むが気にしない、その痛みは我慢できる。この程度の距離だったら──一息だ。

 

 たとえ身体能力が優れていなくても、俺には技がある。

 

 脱力、脱力──全身から力が抜けまるで流動体になるようなイメージを重ね、どろんと意識すら溶かしていく。頭から胸、胸から腰、腰から脚へと力を失い緩やかになる。

 

 そうして全身から脱力が終わった時──爆発させる。

 

 通常ではありえない程のエネルギーが生まれ、地面を陥没させる程の衝撃が飛び散る。急加速する視界の中で捉えた世界はまるでスローモーション、飛来する弾丸の一つ一つが見える。

 

 その時、俺は理解した。

 普通の人間じゃあ理解できない世界、速過ぎる速度の中で視界だけは遅い。

 

 ──『あ、これちょっと引き出しちゃったな』、と。

 

 

 



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隠された力

 身体を捻じり、天と地が逆さまになる。

 下半身を狙った弾丸を回避し軌道を維持したまま一気に距離を詰める。

 

 少々狙いと違ったがまあ仕方ない。個性の制御なんてロクにやったこと無いのに実戦で試そうとしたから良くないのであって、もっと練習しなければならない。

 

 今後の課題が早々に見つかったことに喜びつつも高速で思考を回し現状をどうするか考える。

 

 引き出してしまったのは身体能力と動体視力か? 

 時速換算でどれくらいかわからんが、相当な速度で移動している事は間違いない。なのに一般人と同等の俺の視界は依然としてスローモーション、迫りくる弾丸一つ一つをゆっくり対処できるレベルだ。

 

 暴走とは違うけど暴発ではある。

 

 この個性の弱点として引き出したらひっこめるのが無理な所があるな。

 誤ってAFOでもOFAでも無く凡個性を引き出したらもう目も当てられない。そこだけは暗示で無理矢理矯正しておこう。

 

 それに問題は目の前にもある。この弾丸の嵐、俺自身の身体能力。

 

 どう対処するべきか──いっそのことやってしまうか(・・・・・・・)? 

 

 保須で成長しましたで誤魔化せないかな。轟とか体育祭以来炎使うようになったし、緑谷とか日々進化(学習)してるし、俺もちょっとリミッターの開け閉めできるようになりましたで言い訳できる……かも? 

 

 ぐるりと空中で一回転、無防備な着地を狩るように設置された先生の弾丸一つ一つの場所を認識して動く。

 

 着地に合わせて四股をバラバラに動かす。

 例えるなら熟練のピアニストの左手右手が別々の動きをするように、武術の達人が目玉をそれぞれ両側へと無理矢理動かし視界を拡大するように。

 

 それはさぞ気持ち悪く見えるだろう。

 何かを参考にしたわけでもない、俺だからこそ(・・・・・)出来る技だ。

 

 多腕の異形型とかなら再現可能か? 

 

 そんなどうでもいい(・・・・・・)ことを考えつつも、身体は動く。創作の物語に於いてよく扱われる、俗に言う並列思考(マルチタスク)というヤツだ。

 

 こうやってどうでもいい事を考える自分の思考に加えてもう一つ、常に冷静に別の作業について考え身体を動かす自分の思考。最初は気持ち悪かったし上手く行かない事もあったが今は違う。

 

 ……ああ、そういう事か。

 また一つオールフォーワンの強さを理解してしまったのと同時に自分が順調に進んでいる事に絶望しながら腕を振るう。

 

 飛んできた弾丸を腕で逸らし手首で逸らし手の甲で逸らす(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 少しずつ弾丸のエネルギーを奪う様に身体を駆動させ、それを全身で行う。USJで脳無相手にやった受け流しと理論は一緒で、当たれば死にはしなくても骨折程度の怪我。

 

 一通り逸らしてスナイプ先生が俺に完全にターゲットを移行したその瞬間。

 

 嗅ぎ覚えのある香りを感知し、試験の終了を悟った。

 

 

 

 

 

 

 

「……ふん」

 

 手元にある資料とモニターに流れる映像を見比べて、鼻を鳴らす。

 

 志村我全。

 個性『完全記憶能力』、五感で感じ取ったモノ全て記憶可能であり匂いや音すら忘れる事の出来ない程の個性。オールマイトやエンデヴァーのようなわかりやすい強さは無いが、個人的にそっちの方が好ましい──担任でもありプロヒーローでもある相澤消太はそう思っていた。

 

 なにせ匂いや音を視覚情報と合わせて一生覚えていられるというのは大きすぎる。

 毒を扱う個性や(ヴィラン)が相手であれば一度嗅げば対処法を即座に見極められるし、既存のライフルやピストルの発射音を聞き覚えておけば奇襲に対しても対応できる。

 

 一撃で殺されれば終わりなのは自己再生が可能な生命体以外は共通なので、そういう意味で評価している。

 

 その汎用性は、前線で活躍するプロヒーロー達と経験を積むことで完成する。

 

「……身体強化にしか見えんな」

 

 しかし、相澤は今やその程度の評価では足りないとすら思っている。

 

 志村我全が入学してから見せてきたその全て、全部を理解しているわけでは無いが相澤なりに噛み砕き理解しようとしてきた。

 

 それこそ、この学校の誰よりも。

 どんな教師よりも生徒よりも、相澤消太という一人の教師として見続けてきた。

 

 だからこそ今の異常性を理解した。

 

 軽いフェイントだとか、弾丸相手に躊躇が無いなとか、そんな事はどうでもいい。

 

 問題はあの身体能力──スナイプの放つ弾丸ですら罅割れ程度の損耗しかしない地面を砕き陥没させる脚力だ。面倒な化学式などは当然覚えていないから、あくまで目算ではある。

 それでも相澤の目にはその力は個性(・・)を離れた力に見えた。

 

 同じことを、A組の中で再現できる奴は何人いるか。

 特殊個性を除いた物理強化個性の面々を浮かべた後に、比較対象が軒並み強力な個性を保有する面子だと気が付く。

 

 個性把握テストの際に見せたソフトボール投げの記録、あの時は『脳』というブラックボックスに干渉出来る程に知識を身に付けた志村がリミッターを解除という手法を取ったのかと思っていたが……今の現象は明らかに違う。

 

 ──リミッターの解除には相応のデメリットが存在する。

 

 これが個性把握テスト以降相澤が独自に調べて知った結論だ。

 過去にリミッターが偶発的に外れた人間のデータや参考文献を見つけるのには苦労したが、自分より才能のある生徒が(ヒーロー)を目指して色んなモノを吸収し学んでいる。

 

 志村程優秀であればデメリットも把握していると理解したうえで、相澤も手助けになれればと思い少しずつ空いた時間を利用して探していた。

 

 閑話休題。

 

 リミッターを解除する事によるデメリットだが──端的に言うと、肉体がその負荷に耐えきれず千切れる事象だ。

 

 筋力が急激に身に付く訳では無い。

 生命の維持に必要な蓄えすらも使い切って、通常得る事の出来ない超パワーを手にするのだ。

 

 オールマイトには流石に足りないが、それでも旧世代(ここでは個性発現前を指す)であれば『超人』と呼ばれる程度には。

 

 そして志村我全は、そのデメリットが一切起きていないように見える。

 

 日常的にリミッターを外しているのか? 

 

 そこまで考えて相澤は否と答えを出した。

 仮に日常的に解放しているなら、自ずと肉体に変化が訪れる。まるで異形型個性のように筋肉が肥大化していく筈だ。それが一つも無いという事は……常時解放はしてない。

 

「お……っと、相澤くん。ここに居たのかい」

「どうも、オールマイト。準備は出来てるんですか?」

「ノープロブレム! バッチリさ!」

 

 筋骨隆々という言葉が似あう金髪の男性──オールマイト。

 相変わらず彫りの深い顔を見て日本人離れしてると思いつつも相澤は口にしない。

 

「これは……志村少年か」

 

 そしてオールマイトは、相澤が見ていたモニターに視線を移す。

 捕縛ロープで身体全身を雁字搦めにされたスナイプを尻目に、志村我全と葉隠透が歩いている。走りすらしないのはゴールが目の前にあるからだろう。

 

「正直な所、狙いから少し外れました」

 

 相澤が呟く。

 

「完全記憶能力と透明化──この二つの個性では、スナイプの弾丸に対して正面突破は無理。志村は何度か規格外な所を見せたことはありましたが、それでも弾丸クラスに速く小さな攻撃に対して抵抗する手段は無いと考えていたんですが……」

「私も見ていたよ。再度の弾丸の受け流しはまあ技術であると言い張れるかもしれないが、その前の踏み込みからの加速。アレは……」

 

 二人とも声には出さないが、その答えは一つだった。

 

 ──『志村我全には明らかになってない個性が存在している』と。

 

「……面倒だな」

 

 そう呟きながらも、相澤の脳内では既にどうやって知っていくかのルート構築が始まっている。本人が認知してないならば共に探るし、事情があるのならばそれも加味して理解していこう。

 

 一方オールマイトは、自らの師であり理解者のグラントリノに言われたことを思い出していた。

 

『──志村我全をよく見ておけ』。それは忠告なのか注意なのかオールマイトには判断しかねるが、言われなくてもそうするつもりだった。

 

 志村菜奈に似た顔立ちで、姓が志村。

 それで気に掛けるなと言う方が無理だろう。現にオールマイトは自分の持つ情報網を駆使して少しずつ情報を集めようとしている。

 

 結果は、あまり芳しくない。

 

「志村少年、か」

 

 入学試験の時、オールマイトは同じ想いを抱いた。

 まるで亡くなった恩師の息子(・・)が居たらこんな顔付きなのかと思わされる程の既視感。

 

 だが幾ら探っても出てくる情報は無く、オールマイトは複雑な感情を抱いていた。

 

「ま、悪い奴じゃないんですが」

「……そうだね」

 

 ここ数ヵ月で既に例年を超える密度で事件が起きている。

 USJでの襲撃、インターン先での怪人の出現。何を中心に誰が行っているのか、その全貌は掴めていないが──それでもヒーロー達は情報を集めている。

 

 既に死んだ筈のヴィランの王の復活が近い。

 

 若い世代は潰させない。

 それが相澤やオールマイト達、今の時代を築いた者の責務だ。

 

「そうだ、今の所赤点者はいるのかい?」

 

 一度会話を切り替えるためにオールマイトが話す。

 林間合宿が間近に迫った現在、以前USJの際に情報が漏れていた事を加味し徹底的な情報統制が行われている。各担任と現地を担当するヒーロー、それに加えて校長や警察の一部の者しか知る者は居らずオールマイトもその例に漏れず知らされてない人間の一人だ。

 

 本人的には歯がゆくもあるが、敵連合の狙いの一つにオールマイトの命を奪う事とあった為にこのような措置となっている。

 

「ええ、まあ。数人いますね」

「……お手柔らかにね?」

 

 担任である相澤の厳しさは、副担任として関わっていく内に理解した。ある種自らの師と変わらないかもしれない、と少しだけ思ったオールマイトだった。

 

 

 

 林間合宿──最終章が幕を開ける。

 

 

 

 



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林間合宿①

 荒野だ。

 

 荒れ果てた大地、吹き荒ぶ風。形容する言葉としてこれ以上に相応しいのは存在せずに、ここは正に死した大地だった。

 

「…………ん」

 

 さてさて、ここは何処だろうか。

 日本にあるか? そもそも俺はなにをしていたのか覚えてなくて、それ自体がおかしいんだが。

 

 俺の脳機能が狂わされた? 

 催眠効果でもある個性を使われたのか。しまったな、そうなった場合対応できない。可能性は十分考えられたのに対応策を用意してなかったのは甘かったか。

 

 解決策を探さねば──そこまで考えて、荒野の先に何か浮いてるのが見えた。

 

 それは黒い円だった。

 どす黒く、暗く、何処までも飲み込まれそうな闇。

 明るさを象徴するのが太陽ならばアレは宇宙だ。人の生存する事の出来ない絶対の地。

 

 触れれば死ぬ。

 

 なんとなく、俺の本能が判断した。

 離れるように後退り、足が二、三歩進んだ時点で──声をかけられる。

 

『──こっちへ来るかい?』

 

 頭の中に直接響くような声だった。腹の奥底から滲み出る悪意が形になったような、そんな混沌とした感情が浮かぶ。

 聞き覚えのあるその声の正体を理解して俺はようやく現状を理解できた。

 

 これはクソだ。 

 状況が最悪に近い。

 

「誰が行くか、クソ野郎」

 

 心の中で死ねと唱えながら別の手を急いで考える。

 

 オールフォーワンに支配される前に対策、か。

 既に手遅れな気もするけどこの際気にしない。やれるだけやるとしようか。

 

 最後の切り札(・・・・・・)──俺が保有する正真正銘切り札を使う。

 

ワンフォーオール──オールフォーワン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

「志村くん何してるの?」

「…………いや、なんでもない。忘れてくれ」

 

 夢オチかよ。

 ため息を一つ吐き出して、背もたれに寄りかかる。

 まあ魘されてるとか、対外的に取り繕えない悪夢じゃなくてよかった。そうかぁ、夢にまで出てくる様になったかぁ。

 

 結構限界が近いのかもしれない。

 

「……心拍数ヤバいけど、どした?」

「心配してくれるか親友。夢見が悪かっただけだよ」

 

 イヤホンジャック、もとい耳たぶで突いてくる後部座席の耳郎。

 座席に突き刺して音を聞いてたのか。バスの揺れる音も混じってるだろうに、それを聞き分ける精度は流石と言うほかない。

 

 それにしたってクソな現状は変わらない。

 オールフォーワンの力が日に日に干渉してきている。引き出しを意図的に行ったあの日から、心の内側──身体の奥底から疼く様な振動が響いてる。

 

 使え、潰せ、殺せ、死ね、そんな呪言の類がひっきりなしに反芻している。

 

 俺の自己暗示で塗りつぶせるからまだ正気だが、このままだと引っ張られる。

 

「どうにかしないとなぁ……」

「どったのさ、私に相談してごらんなさい!」

 

 むふー、と胸を張る葉隠。姿は見えないが笑顔なのだろう、健康的に揺れ動く制服の胸部が凄まじいことになっている。

 普段なら憎しみを込めた瞳で見る耳郎の目には入らず、俺にだけその姿が晒される。

 

 だいぶなくなって来たはずのオスとしての本能が刺激される様だった。

 

「落ち着け、落ち着いていこう……! 俺……!」

「えっ、何事?」

「俺の話だ。全部俺が悪いんだ」

「??」

 

 男女の友情は発生する! 

 男が性欲を我慢すれば! 

 

 自己暗示自己暗示自己暗示俺は大丈夫性欲に負けない理性で打ち勝つ俺は大丈夫俺はまともまだ手を出さない──! 

 

『あまり自分を否定するものではないよ、我全』

「うるせぇなクソボケ、黙って死ね」

『やれやれ、教育を間違えたかな? ()には罰を与えないとね』

「言ってろ、どうせもう死んでる癖に」

『希望は抱かないのかい? 育ての親が亡くなった時、世間一般では悲しみに暮れるそうだ』

「お前の血を引く俺が世間一般な訳ないだろが、クソ親父」

 

「──志村くん?」

 

 葉隠の声で思考が巻き戻る。

 なんだ? どうして急に、ここまで一気に飛んできた? 

 

 原因がわからない。理由がない。

 あまりにも唐突すぎるオールフォーワンの拡張領域に戸惑いを隠せない。俺の調子が悪いとか、俺の体が良くないとか、そう言う次元じゃないんだ。

 

「ん……すまん、ちょっと考え事してた」

 

 期末試験で引き出しすぎたのが原因か。

 それくらいしか無いが、いや、でも……ここ数日こんな事はなかった。林間合宿で何かやるつもりか? 

 

 もしかして、そのために仕込んでいる? 

 

 ああ、待てよ。

 冷静に考えてみよう。

 

 俺とオールフォーワンが初めて接触したのは産まれた時、次の接触は体育祭の時だ。

 体育祭で奴と一対一で会話した。そこで何か仕込まれて、インターンで脳無と戦って本当の自分を理解した。

 

 そこまで仕組まれていたものだと仮定すれば、辻褄が合う……? 

 

 だめだ、わからん。

 

「カァーっ、考えても仕方ねぇや。葉隠、ポッキーゲームしようぜ」

「うん、わかった! …………え?」

「誰かー、ポッキー持ってたよな。くれ」

 

 遠くの座席から一本送られてきたポッキーを受け取って、チョコじゃ無い部分を口に咥える。

 

「ん」

「…………えっ」

「ちょ、ちょちょちょっと何してんのアンタら!?」

 

 後ろから騒ぎ立ててきた親友に対して、軽く答える。

 

「ポッキーゲーム。やる?」

「は!?」

 

 俺は自分の面がそれなりに整っていると自負している。

 これは客観的要素から見て、バランスのとれた各部位と俺の感性から算出された結論だ。あとはまー、うん、普段の態度? 

 

 何が言いたいかと言うと、異性から人気を得ようとすればできる。

 

 それは中学の頃に証明した。

 

「ほらほら、溶けちまうぞ」

「え、あ、えーと……」

「…………う」

 

 困惑する二人を無視してピロピロとポッキーを動かす。

 キスが上手な奴はさくらんぼの茎を口内で結べると言われる様に、俺もまた一通り(どうでもいいことではあるが)できるのだ。

 

 もちろん不純異性交遊にまで行くとヤバいので限度は理解している。

 

「じゃ、じゃあウチが──」

 

「お前ら、休憩だ。全員外に出ろ」

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

 

 

 

 

 親友の勇気を無事見届けた所で、俺たちA組は全員バスの外に出る。 

 俺に対して若干二名から本気の殺意を感じるが、これがデキる男とデキない男の差って所だな。

 

「アイツ……! オイラ達を見て笑ったぞ……!」

「許せねぇ、許せねぇよな峰田……!」

「クハハ、男の嫉妬は醜いなぁ……!」

 

 じりじり滲みよってきた非モテ達とカバディの体勢で争い合っている最中、突如大きな声が響いた。

 

「──煌く眼でロックオン!」

 

 それは正しく口上であった。

 合戦の前に武将が名乗りを上げる様に、自らを象徴する様に。大きく唱えられたその言葉は争いの最中の俺たちの間にも響き渡った。

 

「キュートにキャットにスティンガー!」

 

 目の前の非モテから目線を外して声の方向に視線を向ければ、奇妙なポーズをとってキメ顔をする二人の妙齢の女性。

 

「ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ!!」

 

 二人の姿には見覚えがある。

 ヒーロー雑誌に載っている有名ヒーローで、四人1組の活動をしているプロヒーローだ。

 そのたの雑学は緑谷が解説して、年齢まで触れようとしたのでぶん殴られている。

 

「女性との関係性はともかく、デリカシーについては俺の圧勝だな……」

「……何勝ち誇ってんのよ」

「これはこれは、ポッキーある?」

「もう食った! このバカ!」

 

 白昼堂々赤面しながらイヤホンジャックを体に突き刺そうとしてくる耳郎だが、それを指で掴んで優しく戻す。

 

「ぐぬぬ……!」

「……なあ、オイラ、憎しみで人が殺せると思うんだ」

 

 葉隠のぐぬぬ、それに連なっておきた峰田の殺人衝動。

 やれやれ、どうしてもこのクラスは俺を退屈させたく無いらしい。困っちゃうね、どうも。

 

「ねぇイレイザー、アンタのクラス大丈夫?」

「元気でいいんじゃないですか、知りませんけど」

 

 随分と投げやりな対応だ。それでいいのか担任。

 

「ま、まあこれが平常ならそれはそれで……ううん。とりあえず此処で挨拶するのもなんだし──始めちゃいましょうか」

 

 黒髪の女性がそう呟いた直後、地面からわずかな揺れを感知する。

 すぐ近くにいた耳郎と葉隠を抱えて、上空へ飛び跳ねた。

 

 瞬間、地面が隆起しA組を飲み込んで雪崩と化した。

 

「あー……そう言うことか」

 

 要所要所を確認して、誰一人危険な目には遭ってないことを目視で理解。

 先程の女性の片割れが地面に手をついているところから、きっとこれはこの女性の個性だと判断。偽物とかではなく、これこそが林間合宿という訳か。

 

「急いで逃げたけど、これ逃げる必要なかったわ」

「え、ちょ、まって、高すぎるんだけど!?」

「うは、わははは! 楽しー!」

 

 まあこのままだと落ちた時ヤバいよな。俺が全部受け止めればなんとでもなるけど……どうするか。何も考えずに二人だけカバーしてしまった。

 見られてもいいか? もう。

 

 再生能力くらい、ちょっと頑張ったで誤魔化せるか? 

 

「──落ちるぞ! 口閉じてろ!」

 

 木を利用してダメージを最小限に抑える。

 俺はともかく、二人は傷つけない様にしないと。完全に判断ミスだ。

 

 木に足を叩きつける様に跳ね飛び、そのまま地面へと転がり落ちる。

 木が完全にへし折れたが気にする事はなく、俺の足が激痛を訴えてくるがそれすらも無視して着地した。

 

「────っっ……〜〜!!」

 

 痛い。

 あまりにも痛い。

 

 激痛とか、そういう表現じゃ当てはまらないほどの痛み。

 皮が破け肉が裂け骨が砕ける。

 

 それを二人に見られないように必死に回復能力を引き摺り出して修復する。ぐちぐちと無理やり傷口が広げられる様な痛みが鈍く奔るが、歯を食いしばって耐える。

 

「ふぅ〜……あー。二人とも怪我ないか?」

 

 治りきったのを確信してから、声をかける。

 

「う、うん。大丈夫だけど……ちょっと目がまわったかな」

「いや、すまん。最近色々続いてたから敵かと思ってさ」

「逆に土に塗れなくてよかったなって思うから、大丈夫!」

 

 葉隠がいい子すぎる。

 まじで頭が上がらない、俺の負の側面を全て洗い流してくれる。

 

「耳郎は大丈夫か?」

「…………え、あ、うん。だ、大丈夫だけど……アンタさ」

 

 俺に抱えられたまま若干不安げな表情で俺を見上げる耳郎。

 

 イヤホンジャックは俺の足に巻きついており──え? 

 

「…………」

 

 無言でツンツン俺の足を突いてくる。

 骨が突き出て、破れた制服の部位だ。

 

「あー…………聞こえた?」

「……ん」

 

 しまったな。

 耳郎の耳に良さを舐めていた。聴覚の良さに感心したばかりなのに警戒を怠るとは、俺も鈍くなったもんだな。

 

「悪い、聞かなかったことにしてくれるか?」

「…………やだ」

「マジか」

「教えて。私にも、透にも」

 

 ……散々救われてきたツケ、なんて言い方をしたら失礼だが。

 そろそろ返さなければいけない時が来たのかもしれない。いやでも、この二人を巻き込みたくはない。俺とオールフォーワンの戦いは、俺たちだけで終わらせるべきだ。

 

 俺の事情を話して仕舞えば確実に巻き込まれる。

 

 だって彼女らは、「ヒーロー」だから。

 

「わかったよ、在学中には話すから」

 

 嘘は言わない。

 きっと俺は在学中に話すことになるだろう。あの最悪の悪魔、オールフォーワンとの殺し合いの果てに。

 

「それまで待っててくれ」

 

 頷いてくれた二人の姿に、どうしてか心拍数が上昇した様な……そんな気がした。

 

 

 





投稿が遅れたので冨岡義勇が腹を切ります。


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林間合宿②

「いやー、腹減ったなぁ」

「…………」

「…………」

 

 俺の両隣を歩く二人の女性。

 それぞれ同じ制服に身を包み、片方は制服のみが浮いている状態で、もう片方は耳から長いコードをふわふわさせている。

 

「二人とも腹減った? なんか獲って来るけど」

「……いい」

「私も要らない」

「そ、そうか」

 

 ふう、困った。

 非常に困ったぞ、このやろうめ。

 

 取り付く島もないとはこの事か。

 どうやら先程の無理矢理足を治した事を秘密にしてるせいで、とても拗ねている。

 ベストフレンド耳郎も、愛すべき葉隠との協力で俺を一人ハブってる。

 

 同級生で俺達の事を把握できるのは──……口田かな。

 野生動物と話せるアイツなら、野鳥とかと協力して俺達を探せるだろう。目的地を知らないからどこへ向かえばいいかわからないんだよな。

 

 どうしよう。

 ここら辺にいる野生動物とか殺して食っていいなら喰うけど、流石にそこまでサバイバル性求めるとは思えない。

 

「うーん……どうしたもんか」

「……いや、ね、アンタさ。よく普通にイケると思ったね」

「えー、あー……やっぱ言わなきゃ駄目?」

 

 コクリと頷く耳郎。

 

「いや別にさ、隠してるわけ……なんだけど」

「いいじゃん別に、ウチら誰にも言わないよ」

「秘密を持ってた方がミステリアスで魅力的だろ?」

 

 笑って誤魔化そうとするけど、どうにも目線を逸らしてくれない。

 

「……またそうやってはぐらかそうとして、そんなに信用できない?」

「信用できないって訳じゃ無くて──ああもう、そうじゃなくてな……」

 

 なぜこんな弁解に回らなければならないのか。

 全部全部オールフォーワンが悪い。お前が変な策謀回さなければ俺は学生生活を満喫しているのであって、俺の所為ではない。

 

 証明完了Q.E.D。

 

「ふうぅ~~……っ……真面目な話をすると、俺の都合だから巻き込めない。ああ、でももう、ここまで来た時点でアウトかなぁ……」

 

 もう手遅れな気がしてきた。

 全部話して秘密にしてもらった方が俺も気が楽だし、彼女達二人から信頼も失わない。個性だけ話せば行けるか? 

 

「頼む! 見てない事に出来ない……?」

「ていうかさ──痛くないの?」

 

 耳郎が心配するように言ってくる。

 事実心配してくれているんだろう。その瞳に敵意は無く、真っ直ぐに俺の事を見詰めていた。

 

「痛いけど我慢してる。それはいいんだけど」

「よくない!」

 

 今度は葉隠が声を張り上げた。

 相変わらず透明で見えないが、制服の動きから憤っているのは理解できる。

 

「だって、だってさ! USJの時治ってなかったじゃん!」

「げ、よく覚えてるな……」

「覚えてるよもう!」

 

 何故か怒りを露わにして制服を掴んでくる。

 

「アンタ揶揄ってくる割には自己評価低いよね」

「普通の人間はそこまで他人に興味を持たないって理解してるからな」

 

 俺は記憶能力に優れていて、全て覚えていられる。

 これは異常で、普通の人間はそう多くのことを覚えている訳ではない。

 

「俺の知識欲、と表現するのが正しいかは謎だが──この探求心は個性によるもの。今になってみれば、これも誰かさんの掌の上だ」

 

 俺が生まれた理由も、ここに至る過程も全て仕組まれている。

 そう理解させられた今だが心は折れない。

 

 敷かれたレールの上を歩き、用意された駒と戦い。

 いずれ来る災禍の日まで力を蓄える──それが俺の人生だ。逆らえない、避けられない未来。

 

「我儘なんだよ。俺のさ」

 

 だからこそ、俺は巻き込みたくない。

 親しくしてくれる二人だからこそ、オールフォーワンなんて言う巨悪に遭遇しないで欲しい。俺の切なる希望なんだ。

 

 ……この願いもおかしなことだけどな。

 

 二人はヒーロー志望で敵と戦う宿命にある。それなのに戦わないで欲しいと思うのは、大切だと思うこの感情は俺の独りよがりな想いに過ぎない。

 

『如何にも俗人らしい感性だ。それを踏みにじるのがいいんじゃないか』

『人格が破綻した倒錯者が語らないでくれる?』

『やれやれ、本当につまらない女だ』

 

 唐突に人の中でレスバを始めた両親は放っておいて、青春に真っ向から目を向ける。

 

 以前もこんな事があったな。

 あれは体育祭の時、オールフォーワンと初めて出会った後の事だ。

 色んな情報が雪崩れ込んできて、それを処理しきれずに自分の中で抱えていた時。二人は様子がおかしいと判断して話しかけてきて、頼れと言ってきた。

 

「自覚はある。でも、曲げられない」

 

 覚悟だ。

 俺にとって、避けられない事実。

 これを乗り越えて──俺はやっと、二人に全部話せる。

 

「……わかった」

 

 耳郎が了承を告げる。

 

 ぶすっ、と擬音が付くような不貞腐れた表情で言葉を吐いた感じとても不服なのだろう。

 それでも飲み込んでくれた友人には感謝を示す以外に何も出来ない。

 

「信じてるから」

「……ああ。応えるさ」

 

 本当に、俺にはもったいない友人達だ。

 

「──取り敢えず合流しようぜ。俺の判断ミスではぐれたからな」

「まだ実習の内容も何も知らないしね、ウチら」

「締まらないね……」

 

 

 

 特に何事もなく、耳郎の個性により合流を果たした俺達は教師陣の思惑を知った。

 

『魔獣の森』──そんな仰々しい名前を付けられたこの森を抜け、本来の目的地である山の麓まで無事に到着する事。

 ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツの四人によって管理された森は完全に掌握されていて、俺達の様子もある程度は監視されているようだ。あそこで口を滑らせなくてよかったね。

 そこまで聞き取れるかは謎。

 

 肝心の魔獣、つまるところお邪魔ギミックだがこれもワイプシの個性によるもの。

 

 前線を張れるメンバーが一人増えたので、爆豪・轟・飯田・緑谷・俺の五人を主軸に正面突破。

 

「……はい、お疲れさん。大体六時間位だね」

「ははぁ、随分ゆっくり来たね?」

 

 楽しそうに言う相澤先生とピクシーボブ。

 

 どうやらギリギリ俺の怪我は見られてなかったらしい。

 怪我したって言っても勝手に飛び上がっただけだし、他の連中が誰も怪我してない辺り配慮はしてたんだろうな。

 

 土で構築された魔獣はそれなりに厄介だったが、脳無に比べればマシ。あんなクソ耐久クソ個性の組み合わせを相手にしてきた面子からすれば余裕だった。

 

「お昼って時間じゃ無くなったけど、予想より全然早い! いいね君達、期待高まっちゃうよ」

 

 特に君ら──そう言って指さしたのは主力だった戦闘メンバー。

 躊躇いの無さと判断能力を褒められた。爆豪以外は直近の戦闘経験があるんだが、逆に爆豪はどこで経験値集めてんだ。戦闘センスが並外れてるのはわかってるけど確かに疑問ではある。

 

「ツバ付けとこ!」

「ピクシーボブ、みっともないことやめてください」

「これが適齢期を迎えた人間の末路か……」

 

 人類の醜さに慄いた所で今日のカリキュラム、もとい移動日は終了。

 

 食事を終えて入浴、その後就寝して終わりだと説明を受けて──いざ入浴という時にそれは起きた。

 

 

 

 

 

 

「──よォ峰田。何処に行くんだ?」

 

 湯気が立ち、湯の温かさと夏の夜の心地よさが靡く。

 一人孤独に壁際に佇む男──峰田を見て言う。

 

「やかましいんスよ……」

「そう言うな。俺もわかってるぞ勿論──この先だろ、お前が見たい景色は」

 

 壁の向こう側。

 耳を凝らせば聞こえてくる僅かな湯の撥ねる音、女性特有の僅かに高い声。

 薄い壁を一枚越えた空間に異性が裸で入浴しているという事実が存在し、この峰田という男はそれを見届けようとしているんだ。

 

「その浪漫……ああ、俺も理解できる。大いに理解できるぞ」

 

 我が同級生、ヒーロー科A組は美少女が多い。

 

 というか美少女しかいない。

 

 これを言えば犯罪なので口に出してないが、俺はスリーサイズを知ってる。

 書類をハッキングしたわけじゃない。単にわかってしまっただけなんだ。例えば八百万はクラス一の発育お化けであり、その肌を容易に晒す悪癖……もとい価値観が形成されている。

 

 そんなのを繰り返していたらその内見慣れて、「あ、ちょっと育ったな」的な思考が芽生えてしまった。

 

 きっとその時点でアウトだった。

 

 思考を元に戻そう。

 

「残念だが、俺はお前と違って失う物がある。主に女子からの評価と世間体」

「は?」

「いやー、俺はモテるからさ。特定の相手を作ったことは無いけどそういう部分は気にしてんだわ。俺がなんでこういう風に声を出しているかわかるだろ?」

 

 既に峰田は俺の策にハマっている。

 その事に気が付いたのか、「ハッ……!」と神妙な顔で呟いた峰田が目を見開きながら続ける。

 

「ま、まさか……オイラと会話する事で既に……!?」

「ククク、気が付いたようだな。そうだ、もう俺の作戦は終わってるんだよ!」

 

『峰田を利用して株を上げる』──身もふたもない作戦名。

 

 ヒーロー科における性欲の権化峰田が女子風呂を覗かない訳が無く、また、教師陣がそれに対応しないとは思えないが対応しなかった場合俺が『紳士ですよ』とアピールする事が出来る完璧な策。

 声を出す事で峰田に理解を示しつつも、わざとゲスめの発言をして女子から「堅苦しい委員長タイプ」ではなく「軽い軟派なお調子者であるが一線を越えない」というレッテルを張る。

 

 既に俺が匂いとか覚えてると知っている葉隠はこの際除く事にする。

 

「冗談で済む内が華だ。まあ……俺だったら怒られるだけで済むけどな!」

「あれ、そう言えば志村の個性って完全記憶能力だよな?」

「ああ、そうだ──」

 

 上鳴の声に返事を返そうとして、俺は気が付く。

 

 頭の中で警笛が鳴り響き、これ以上進めば死ぬと告げているアラートに。

 かつてないほどの危機感。避けようのない現実が迫りくるような、静かでありながら凄みが滲み出ているこの恐怖。

 

 横目で上鳴の顔を伺えば、コイツも暗黒に堕ちた顔をしている。峰田と二人、まさか……俺を嵌めたのか!? 

 峰田を囮に俺が計算高く攻撃してくると理解して、そこまで読んで!? 

 

「…………なるほどな」

 

 選択を迫られている。

 俺がこのまま言葉を続けるか、それとも諦めるか。

 

 前者はきっと、峰田を止める事が出来る。だが俺の個性で覚えている事がバレる。個性では無いけど。ややこしいからそこは気にしないで行く。

 

 後者を選べば、峰田を止める事が出来なかった情けない男としてレッテルを張られてしまう。女子風呂の声が聞こえている時点で男子風呂の声が聞こえてない筈がなく、今この声は向こうに届いている。

 

 どうする? どう選べば切り抜けられる? 

 

 そこまで考えた所で、ある事に気が付いた。

 

 ──ぶっちゃけどっちでも問題ないな。

 

 既に俺が軟派な奴というのは耳郎・葉隠とのやり取りでバレてるから、どう足掻いても性に大らかな男(限りなく控えめな表現)という総評は変わらない。

 女性陣からすれば男に裸を見られるという事によるマイナスダメージから他の人間が止めなかった事に対しての怒りが増幅する可能性が高い。

 

 と、くれば。

 

「──俺の個性は完全記憶能力。俺は全てを覚えてるが?」

 

 ここは敢えて堂々と行く。

 

「葉隠の甘い香りも、恥ずかしがったり躊躇ったりするけどちょっと一歩踏み込もうとするラインでいつも邪魔が入る耳郎の赤面した顔とか覚えてるが?」

「コイツ無敵かよ……」

「はッ、今更この程度で俺の評価が揺らぐかよ! こちとら入学当初から黒歴史作りまくってんだぞ」

 

 女子風呂の方向からバシャバシャお湯が撥ねる音がしている。

 誰か暴れているのだろうか? 

 

「実際そこどうよ。お前、堂々と二股する訳じゃないよな? そうだったらこの場で電撃流す」

「あー、まあ実際好意的にみられてるのは理解してるよ」

 

 家庭環境で言えば恵まれている訳では無いが、それでもどうしようも無い程追い詰められていたわけでは無い。

 経済面や社会的面では問題ない。ただ、俺は愛情と言うものに疎い。

 

「それが信頼か、親愛か……俺はわかんないからな」

 

 理解はできる。

 共感はできない。

 

 自分自身幾度となく抱いたこの相反する感情を合致させる日がいつか来るのだろうか。

 最近は覚悟が決まったが、それでも「来て欲しい」と願う気持ちが増えている。個性の事、将来の事、人生の事──悩みは幾らでも作れるが、安らぎは容易に作ることは出来ない。

 

「恋愛って何だろうなぁ」

 

 なんでもかんでも答えを求めている癖に、好悪も理解している癖に、愛情にだけは注力しない。

 

 なあ、オールフォーワン。

 アンタは何を考えていたんだ? 

 

 俺を造って、勿論それだって純粋な感情じゃないだろう。

 将来的な計画に組み込んだ膨大なデータの一つ、あくまでサブ。本命は別に存在していてそれすら仕組んでいる。

 

 戯れか。

 愚かにも力を得てしまった女を貶める為にだけ、お前は使ったのか。

 

 こればっかりは本人に聞くしかない(・・・・・・)

 

 引き出して直接対話するか、こっちから出向くかだ。

 

「ま、なんでもいっか。俺はお前らと違って女子の気持ちを理解してるだけなんだよ」

「さっきまでと言ってる事百八十度ちげーぞ!」

「恋愛がわかんなくても乙女心はわかんだよ!」

「お前のソレ、数学的な理解をしてるだけだろ。絶対そうだ、壁ドンとか解説させたら死ぬほどツマンナイ理屈を並べてくるタイプだ」

「本能的な刺激と普段の差異が大きく示しだされて性的な危機感が刺激されてるだけだが?」

 

 上鳴は口を閉ざした。

 おれの高度な言葉に閉口する他なかったようだ。

 

 よって俺の勝ち。

 

「ふー……また一人黙らせたところで先に失礼する。峰田、覗きはやめとけよ。流石に誰も庇えないから」

「うっ、釘差してきた……」

 

 壁際でそわそわしてた峰田に忠告してから立ち上がる。

 湯で温められた身体が風に煽られ冷ややかな空気を纏う。暑すぎもせず、冷たすぎもせず。一番心地いい感触だ。

 

 ……二股、ね。

 

 先程上鳴に言われた言葉を思い出しながら、露天風呂を後にする。

 

 あの絶妙な距離感がいいんだ。

 互いに好意を直接伝える訳でも無し、でも友人と呼ぶには些か近い。

 俺も、葉隠も、耳郎も。薄々感じ取っている。

 

 でも、踏み込めない。

 

 俺が一線引いてるから踏み込ませてない。

 オールフォーワンとの関係さえなければなぁ、もっと行けたけどなぁ。どうしようも無い位に悪辣で最低な人格を持つ親だから、『自分を痛めつけたオールマイトの恩師である女を利用して誕生させた自分の息子の想い人』を利用しない訳が無い。

 

 既に危ないんだよ。とっくに利用される範囲なんだよ。

 だから、離れることも出来ない。

 

 今更離れた所で確実に巻き込まれるだろうから。

 

 俺に出来るのは、いや、しなければならないのは。

 

 葉隠と耳郎を守る事だ。

 

 (ヴィラン)からじゃない。

 巨悪(オールフォーワン)からだ。

 

 それは、それだけは――なんとしても成し遂げて見せる。

 

 

 

 

 

 




話書く時に毎回悩むのがサブタイトルなんですけど、やっぱワートリ形式使いやすくて素晴らしいですね。


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林間合宿③

「悪いな、早く呼び出して」

「いいえ、そろそろ呼ばれるだろうとは思ってました」

 

 早朝、陽が昇っていない程の早い時間帯。

 AM4:00という深夜とも受け取れる朝に相澤先生に呼ばれて、一人教員室に居た。

 

「今日から行う訓練内容、お前の分だけ情報が纏まりきってないからそこの擦り合わせをしなきゃならん。単刀直入に聞くがお前の個性はどうなってる?」

「あー、まあですよね。俺の方だと把握してますよ」

 

 色々考えた結果、教師陣……相澤先生に話すメリットを優先する事にした。

 理由は幾つかあるが、現状俺の事を最も観察している人だからである。どういう戦い方をして、どういう個性の活かし方をして、どういう人格か。そこら辺を加味した上で合理的に考えてくれるのがこの人だ。

 

 巻き込んでも心が痛まないという部分はある。

 

「俺の個性は『引き出す』。自分の身体機能を引き出す個性っぽいです」

「……なるほどな。理解した、完全記憶能力は副次的な力か。保須で分かったのか?」

「はい。保須で戦闘した時に」

 

 顎に手を当てて考える仕草を見せる相澤先生を尻目に、これからどうするかこっちも練る。

 

 どこまで話すか。

 オールフォーワン関係を話す──それをしてしまえば、合宿どころではなくなるだろう。即座に中止、俺は捜査の方に情報提供するか悪ければ実験室送り。それじゃあ安心できない。

 

 他のどんな奴がオールフォーワンを倒すと誓っても、俺はこの手でオールフォーワンを倒さなければいけない。

 心の底からそう思う。常々脅威に身を晒しているからなのか、俺の生存本能が理解しているのか。確かな事実として、オールフォーワンを殺す事で俺は初めて一人になれる。

 

 殺して死ぬか、殺せず死ぬか。

 

 それならば誰だって前者を選ぶだろ? 

 

「個性届けは再提出しておけ。黒か白なら潔白の方がいい」

「ごもっともですね。で、さっきは流しましたけど訓練内容は何ですか?」

「後で伝える。この後ブラドとすり合わせをせにゃならん」

 

 よく見ると相澤先生の目の隈がいつもより濃い。

 シンプルに寝てないのだろうか、覇気は何時も無いが衰えている様にすら感じる。

 この状態で襲撃されたらひとたまりもないな──最悪の想定だが、考えていないよりマシだ。

 

「なら大人しくしてます。級友たちと親睦でも深めますよ」

「やりすぎんなよ」

 

 ひらひらと手を振って相澤先生と別れる。

 男子部屋に向かう前に、ロビーに置いてあるソファに座る。流石に朝五時起床で早起きする奴は見当たらず、前日の疲労も相まって俺の貸し切り状態である。

 

 そこら辺もズルして回復してるからあまり影響はないが──さて、どうしたものか。

 

 折角時間があるんだ、考え事に励むとしよう。

 

 先ずは今回の林間合宿という行事について。

 徹底的に情報を秘匿して行われていると話には聞いているが、どこまで秘密にしているのだろうか。雄英教師陣でも一部しか知らないのか、それとも一部にすら知らせてないのか。

 相澤先生・ブラド先生・ワイプシ(四人組)で計六名が同行している。他のヒーロー達の姿は見えず、恐らくこのメンバーしかいないのだろう。

 

 それなら確かに情報が洩れる心配はない。

 知っている人間が限られているのだから、漏れたとしても対策がしやすいから。

 

 逆にその秘匿性が破られた時、この状況は一気に不利になる。

 

 俺がオールフォーワンならば絶対に狙う。

 オールマイトもおらず、大事に育てている後継者が自分から守られない場所へ移動しているのだ。言ってしまえば子供が一人で夜道を歩いているのと等しい。

 

 庇護下にない無力な子供が、悪意を持った大人に対抗できるはずも無く。

 雄英側がそのメリット・デメリットを把握してないとは思えない。

 

 それを押し通してでも林間合宿を行う必要があった訳だ。

 

 ……あるか? 理由。

 そんな危険を冒してまで、こんな襲って下さいと言わんばかりの状況を整える必要あったか? 

 

 何か見落としてんのかな。オールマイト不在、オールフォーワンの存在、色んな状況と条件を揃えてみるがどうにもしっくりこない。林間合宿を行う合理的な理由が見当たらないのだ。

 

 訓練なら学校で行えばいい。

 うーむ、なんだろう。

 

「まさか学生らしい事を妨害する訳に行かない、なんて理由じゃないだろうしなぁ」

 

 青春は奪うべきではない。

 その心意気だとすれば称賛はするが、些か舐め過ぎじゃないだろうか。

 悪意の塊、敵の王の名は伊達じゃないんだ。少しずつオールフォーワンの情報を引き出しているがクソみたいな記憶ばかり流れ込んでくる。

 

 しかも、俺が視ているのを理解したような記憶の見せ方をしてくるから余計質が悪いんだ。俺の個性で引き出してんのになんで操作できんだよ、せめて俺の中でくらい大人しくしてて欲しい。

 

『ああ、ヒーローが好きそうな青臭い理想論。その自己に溺れた感情でどれだけの人間が悪に染まって堕ちたか、未だに理解できていないようだね』

「笑わせんな。元々お前らみたいな屑が居なかったら起きねーんだよ」

『これは僕の持論だが、人格を形作るのは教育によるものだ。教え導く先人が多種多様に分岐し様々な思想が増えていけば行くほど社会は混迷し、時代は錯綜する』

「誰かの所為にするのか? 随分とプライドの無い奴だな」

『自分が“したい”と願う事にプライドなんて必要ないんだ』

 

 ああいえばこう言う、ただただ不快な応対。

 

 普段友人達と話している時とは違う。心の奥底から相容れない存在が胸の奥に棲んでいるどうしようもない不快感に、顔を歪めながら話す。

 本音を言えば口を利きたくも無いが、情報を漏らさないとも限らない。

 

 それを向こうも理解しているからこそ度々話しかけてくるのである。

 

 非常に不愉快だ。

 

「頭を潰せば、お前は消えるか?」

『それは無いだろうね。僕は個性に染み付いた人格のようなモノだと思えばいい』

「あー、理解した。俺が生きている限りアンタは生きているって訳か」

『さあ、それをどう解釈するかは君次第さ。僕にとってはそう(・・)だっただけで』

 

 信用できないが、一つの仮説としてこの考えはアリだ。

 個性に人格が宿る──なるほど、今を表すのにこれ以上しっくりくる答えは無い。

 

 俺の頭の中で時々響く女、もとい遺伝子上の母親である志村菜奈とオールフォーワンの声。俺の幻聴や思い込みでないとするならば。

 埋め込まれた因子が引き出しの個性によって反応している──ま、所詮仮説だな。

 

 俺に都合のいい回答をこのクソ野郎がするとは思えないので、半分半分でいいだろう。

 

 それにしたって個性に人格か。

 面白い話だ。科学が個性誕生以前と比べて多様な方向に進化・発展を遂げたのは間違いないが、未だ個性に関してはブラックボックスで溢れてる。個性因子が引き出している、と言う話が通説で個性そのものに人格が宿るならば──卵と鶏がひっくり返る。

 

 人類は突然変異によって個性を生み出したわけではなく、発動しない程度の超超微量な個性因子が全てを支配していた。

 

 ここまでいくと飛躍のしすぎだが、一つの仮説としては取り扱える。

 

「そう言う事実を認識するのがヒーローじゃなくヴィランなのが、まあそれらしいな」

『そうさ。人類はいつだって犠牲と屍の上に発展してきた。少しは僕に感謝して欲しいものだね』

「お前のは偶然だろ。偶然で片付けていいのは倫理の存在しない時代だけだ」

『自分たちのことすら解読できてないルールがなんの役に立つ?』

「社会を崩壊させるよりマシだ」

 

 オールフォーワンの様に、聡く有れる癖に愚かに生きる存在。

 よくいる『世直し』の悪人ではない、世界を掻き乱す圧倒的な邪悪。全ての負の連鎖を愉しみに変換する性根は殺さなきゃいけない。それが社会が定めた最低限のルールだ。

 

「エゴだの矛盾だの、どうでもいい。お前らヴィランが悪だろ?」

 

 ヒーローは守るためにいる。

 ヒーローは生きるためにいる。

 ヒーローは(ヴィラン)を滅ぼすためにいる。

 

「……ま、全部消すことなんざ不可能だけどな」

 

 分かってる。

 分かってるんだよ。

 

 俺がコイツを殺したところでヴィランは消えず、全ての人類が幸せに暮らす世界なんて存在しない。それはヒーローによって縛られた世界で、閉鎖世界(ディストピア)に様変わりだ。

 

 それでも、それを飲み込んで──妥協のラインを探るのが現代だ。

 

「善も悪も、一番上は変わんねえや」

 

 志村菜奈を通して見るオールマイト、オールフォーワン。

 対極の狂気を宿して生まれた存在は相容れず、互いを潰すその瞬間まで争い続ける。宿の廊下を歩いていると、前から耳郎が現れる

 

「あれ、どしたのこんな時間に」

「よっ。いやなに、呼び出しくらったんだよ」

「呼び出しって……思い当たることが多いからウチわかんない」

「俺は超絶優等生なんだが? 印象操作やめてもらっていいですか」

 

 なーにが、なんて言いながら肩を竦める耳郎。

 

「そう言う耳郎はなんで?」

「あー……ちょっと早起きしちゃって」

「まあ今から寝直すのもな。ちょっと話そうぜ──あ、一つだけ釈明しておく」

「?」

「俺は別に二股とかする気ないからな」

「……そ、そう。いや、ウチそう言うの知らないし。ちょっと訳わかんないかな。ウチ別に好きとか言ってないし」

「誰も耳郎のことは言ってないぞ」

「……………………」

 

 頬を掻きながら目を逸らしたかと思えば、顔を俯かせて俺の近くまで歩いてくる。

 

「大体男連中はすーぐ好きだの嫌いだの恋愛方向に発展させたがる。男女の関係はさ、性別だけじゃないんだよな。例えば俗に言う肉体だけの関係もいれば、愛を囁き合いながら肉体的な関係を持たない謎の夫婦もいる。デリケートな話題にズカズカ立ち入るのは勝手だけど、そのアフターケアもしっかりしないとダメだと思うんだよ俺は」

「……アンタ分かってて言ってる?」

「そりゃもう盛大に」

「…………女の敵だわ」

「悪いな。嫌いになったか?」

「あーハイハイ。嫌いな訳ないでしょ」

 

 ため息を吐きながら隣に座る。

 

「ただの朴念仁かと思えば察してるしさ。まあ、否定されないのは、その……正直嬉しいけど」

「誠実か誠実じゃないか、人道的か非人道的か。こんな他人の尺度でなんとでも解釈できる物差しは自分で決めちまえばいい。自分の精神状況を冷静に俯瞰するには、それがどうしても必要だと思うぞ」

「急に難しいこと言うじゃん。……透を泣かせたら許さないから」

「肝に銘じておくよ、お姫様」

「ぶっ飛ばすよ」

 

 なあ、クソ親父。

 因果なもので、自分で選んだはずの選択肢も二択ある。

 どこまで行ってもお前が敷いたレールみたいに付き纏う二択だよ。

 

 でもやっぱり、自分を肯定して受け入れてくれる人がいるのは心強い。

 お前とは違う部分だ。

 

 お前はお前で満たされる。

 俺は俺で満たされない。

 

「今日は何すんだろなぁ」

「先生に聞いたんじゃないの?」

「聞いてない。俺は聞かれたことに答えただけさ」

 

 ふーん、なんて素っ気なく反応する耳郎。

 いつもより、三人でいるときより、ほんの少しだけ──近くに居る気がした。

 

 



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林間合宿④

「個性強化訓練、ね」

 

 生徒一人一人に沿った方向性を用いて、これまでの肉体の成長や戦闘の経験を積むのとは違う形での訓練。

 個性そのものの強度を増すための限界を測り限界を超える、それが林間合宿におけるメインらしい。だから相澤先生がわざわざ確認してくれた訳だ。

 

「いざとなったら先生が消してくれます?」

「それが仕事だ」

 

 ザ・仕事人の相澤先生は乗り気ではないがやってはくれるらしい。そう言う部分では雄英高校で最も信用できる人物である。

 

「じゃあ早速──『聴覚』」

 

 引き延ばすような感覚を覚えながら、音をどれだけ拾えるか。

 具体的な範囲で言えば半径1キロ圏内まで聞こえるように引き出し──直後、雑多と言えるほどの爆音が濁流となって押し寄せてくる。

 

 岩が弾けるような爆発音。

 氷が砕け炎が燃え盛る音。

 人の呻き声や肉と骨がぶつかり合う鈍い音。

 

 戻そうと思っても戻せないし、引き出したらそのまま解除不可能なのはやはりよろしくない。そこのオンオフができれば一つ山を越えられるんだが。

 

「んー……あ、これか? いや、違うな、もっとこう、多分柔らかくて静かでそれでいて喧しい音……」

 

 試しに一つ。

 この喧騒の山から音を聞き取ってやろうじゃないか。人間の歩く音で、唯一俺が知覚している音。視覚的な情報に頼ることの出来ない個性を持ったクラスメイトの足音を思い起こす。

 

 メタ的な要素を抜きにして考えていこう。

 思考回路を分割して倍の速度を保ちつつ、片方は身長体重体幹バランスを元に情報的に足音を算出する。もう片方では自分の脳に保存されている音・質感を基に探っていく。この思考の渦を抜け出す目標の時間としては一秒単位で短い方がいい。

 

 既存の音声を基に、現在周囲にある音の中から判別して比べれば──算出完了。

 

 必要になるかはわからんが、とりあえず葉隠の足音を間違えることはない。

 引き出して計算する工程も覚えたし応用すれば他の人間にも使えるから良さそうだな。この調子でやっていけば汎用性が一気に広がる。

 

 どれくらいの重さで、どれくらいの身体能力で、それでいてどんな個性を抱えているか。

 

 ターゲットが子供か、大人か、男か女か、人間型か異形型か。

 判別できればかなりのアドバンテージを確保できる。動物の個性を保有するならそれに則った弱点や長所を持っている筈だし、知識は力になり得ないが武器にはなる。

 

 重量級の異形型も人間型も、様々な種類が居るこのクラスは最高の環境と言える。

 

「──よし、覚えた。相澤先生、一回消せますか?」

「俺もお前にかかりきりで居る訳じゃないからな」

「わかってますよ、可愛い生徒がお願いしてるんですから」

「お前補習にぶち込むぞ」

 

 個性を消すついでと言わんばかりに睨んでくる相澤先生の視線を浴びて、聴力が徐々に元に戻っていくのを感じる。

『引き出し』た力と、『脳の機能を弄って外した』力は別物みたいだな。

 

 完全記憶能力は消えてないし、無理くり引き剥がしたリミッターは相変わらず壊れてる。物理的な力に関しては完全に制御できてるからまあ問題ないんだが──まあ、仕方ない。

 脳機能を解明できないうちに個性社会なんてのが生まれたんだ。怪しまれたってしょうがないさ。

 

「対人格闘は問題ナシ、毒物系もある程度身体で確かめてる、後は……アレだよなぁ」

 

 訓練開始初日にして既にやることがなくなったが、後一個だけ残ってるものがある。

 これは個性を伸ばすと言うより、個性の限界点を探るモノに近い。

 

 個性因子の到達点。

 個性社会の渦巻き。

 一人はみんなのために、みんなは一人のために。

 

 その相反する個性を混ぜ合わせた極地──ワンフォーオール・オールフォーワンだ。

 

 正直まだやれる気がしない。

 複数個性の利用に関してはある程度考えてる。徐々に対話(・・)も終えてるし、並列思考(マルチタスク)を増やせば運用も可能だろう。残念なことに、この答えに辿り着いたのは今朝のオールフォーワンとの会話が関係している。

 

 個性とは、その事実に面と向き合ってきたのはヒーローではなくヴィラン。これは避けようのない事実であり、決して公開できない情報。マスコミが取り上げれば、節度をもってヒーロー側を叩く方向に火種をつけてコメンテーターがヴィランへの否定的なコメントをつけて終わりだろうな。

 

 ぶっちゃけ一般人はどうでもいいんだが、それに伴って起きる二次災害と言うべきか。

 今現在最前線で研究を続けている良識と倫理観を兼ね揃えた人物たちが揺れ動いて、それこそヴィラン側へと動いてしまうかもしれない。オールフォーワンが復活すれば個性の果てを合法・非合法なんて気にせずできるんだ。

 

 批判も何も気にせず、自分たちの苦労が報われる可能性が高いなら……ま、可能性の話。

 オールフォーワンの復活なんざさせないさ。

 

 閑話休題。

 

 ざっくりとやるべきことを並べれば、

 

 ・ある人物達との会話

 ・その上でどちらかを選ぶ

 

 この二つか。

 

 オールフォーワンと戦う前に脳無との戦闘もあるだろう。

 USJ・保須を参考にするのは正直怪しい気もするんだが……俺の中のオールフォーワンはそんな情報1ミリたりとも落としてくれないので、当たり前ではあるが、ない部分は補正するしかない。

 

 素の力でオールマイトと殴り合える、それでいて複数個性持ち。

 

 確定している事実はこの二点か。

 今更俺を警戒するとは思えない、思えないが──無策ってこともないだろう。既に爆弾が仕掛けられている可能性も含めて精査するべきだな。

 

 そしてそれ以上に警戒するべきなのは、ヒーローが敵に回ること。

 

 俺は明確にオールフォーワンが悪であり害悪であると理解しているが、ヒーロー側がどのように対処してくるかは不明だ。

 あー、よく考えたら手を回してこないわけないな。あの性格の悪さで用意周到な怪物がやってこないわけがない。ある意味信用すらある。

 

 ヒーロー側をなんとか無力化して、脳無を代表としたヴィラン共と戦って、ようやくボス戦。

 

『俊典は?』

「オールマイトは全盛期をとっくに過ぎてる、エンデヴァーが弱いとは思わないがタイマン張れるとも思えない。次世代、もとい俺たちもまだまだ力不足。未来を捨てればワンチャンあるんだがなぁ……」

『私はともかく、OFAは本っっっ当に極僅かしか無いの。それに賭けるのはリスクがありすぎる』

「でもそれしかない。ヤツの定説を信じるなら、この声が幻じゃ無いとすれば──AFOを引き出せば終わりだ」

 

 脳無を突破する方法はひたすら行動不能にするしか無いんだが、その手段もまあまあ限られてくる。

 身体能力の引き出しは非常に有効だが、俺のフィジカルは所詮人間の範疇でしかない。人体を超える怪物性を誇るワンフォーオールを十全に扱えるなら違うんだが──ないものねだりはよそう。

 

 関節を破壊するとか、一度の損傷で動けなくなる程に傷をつけるとか。

 

「今の時代殺人拳なんて流行ってないしなぁ」

「アンタまーた物騒なこと言ってんね」

「これはこれは、響香(・・)じゃんか」

「………………ん」

 

 耳たぶ、ではなくイヤホンジャックの先端がボロボロになったベストフレンドが歩いてきた。

 俺が思考を回している間に昼になったようで、一度小休憩を挟みにきたらしい。

 

「個性、個性なぁ……響香の個性って限界を迎えるとどうなる?」

「見て分かる通りボロボロになるし、痛いし、伸縮性もかなり悪くなる。一番悪いのは音質が劣化することかな」

「音質かよ」

「音楽にはこだわりがあんの」

「いいこだわりじゃんか」

 

 痛いと言う割にプラプラ動いているイヤホンジャックを手に取って、先端部分を注視する。

 

 人体には本来存在してない器官ではあるが、臓器に直接干渉してるわけじゃないだろうし影響は少ないんだろう。音の伝わり方に関しては通常時とイヤホン状態に差はあるのだろうか? 

 一昔前のスマホとかについてるイヤホンジャックに形は似ているが、本質的に大事なのは効果だ。この形だからこの効果なんだろうか? 

 

「ちょっと、その、聞いてる?」

「んー」

 

 触った感触は響香の肌と一致してる。

 引いたら引いた分だけ伸びるんだが、この質量はどこから生まれてるんだろうか。個性ってブラックボックスすぎてたまにエネルギー問題を解決してる時があるんだが、それらの要素を解明して科学にするのが人類じゃなかろうか。

 

 待てよ。

 今、何かを見落としたぞ。

 

 何か大切なワードだ、多分、これは見逃しちゃいけないもの。

 

 オールフォーワンとの問答の中で一度触れた。俺はそれを覚えている。

『個性に人格が宿る』、そうだ。前提を間違えるなよ、今親と子が逆転するかもしれない時代の節目にいるんだ。

 

 個性に人格が宿る。

 ならば、個性とはなんだ? 一体何から発生している? 

 

 そうだ、それだ──個性因子。

 

 ……ああ、そうか。

 個性にとって大事なのは、個性そのものじゃない。

 

 個性因子──これか! 

 

 イヤホンジャックから手を離して、個性を発動。

 人差し指の爪を一気に成長させて簡易的な刃物に変化させる。

 

「いきなり……って、何して──」

 

 響香が何かを言い終えるより先に、自身の左手首を切り裂いた。

 溢れるように血が流れ始める。

 

「ちょ、何やってんの!? 早く治しなっ」

「響香」

 

 慌てて声を荒げる響香の口を右手で塞いで、流れる血液を見る。

 先程聴力を引き出した時と同様に──今度は視力を引き出す。参考にするのは顕微鏡だ。幾重にも重ねられた技術の果てに肉眼で細胞を可視化した素晴らしい技術を、ここでも使わせてもらう。先人の知恵に倣うってヤツだ。

 

 十倍、二十倍、五十倍、百倍──細胞の隅々を見通し、それを処理する事の出来る脳機能を利用する。

 

 血液を潜り、細胞の隙間を抜けて──見つけた。

 

 個性因子の胎動(・・・・・・・)を。

 

「…………ふ」

 

 ああ、見つけた。見つけたぞ! 

 他者のサンプルは無いから確証はないが、俺には今奇妙な自信があった。

 

 これだ。

 ここに答えが詰まってる。俺の人生を左右する、いや、俺の人生をここまで導いてきた運命が。

 

 感覚は掴んだ。

 個性が宿るってのはこういう事か(・・・・・・)

 

「はは、ははははッ! なるほどなるほど、そーいう事ね!」

 

 全部を把握したわけじゃないが、一手増えたのは事実だ。

 脳無の肉体的な強さを超えて、俺の、俺だけが使えるオリジナルの攻撃手段。これを実用化できれば『個性』と言う枠組みから外れる事だって可能──ああ、そうか。オールフォーワンの到達点は、これか。

 

 最終的な位置はここにあったんだな? 

 

「サンキュー響香。多分、いい事だ」

「……そ。なんか懐かしいね、アンタの奇行も」

「失礼な! 俺の行動はどれも論理的に効率的に考えられた末の動きであって、突発的感情的な動きじゃあないんだ」

「どーだか」

 

 全く信じてないな? 

 終いには泣くぞ、俺が。

 

「なんで泣いてんの!?」

「いや、こう言うこともできるぞって脅し」

「意味わかんなすぎるでしょ!」

 

 こうやって俺が泣いていれば誰かが助けに来てくれると言う打算込みである。ヒーローは守るべきものが多くて、それでいて泣いてる人を助けるんだぜ。

 

「あー! 響香ちゃん泣かせたー!」

「あーもーややこしい事すんなバカ!」

 

 背後から抱きついてきた甘い香りと柔らかな感触で一瞬涙がひいたが、響香にバレたらヤバいことになるので隠しておく。女の子のコンプレックスは男が思っているより根深いものなんだ。

 

「こらそこ、ふざけてんなら全員補習にぶち込むぞ」

「響香、ちゃんとしろよ」

「お前だよファッション優等生」

「ファッション優等生!?」

 

 担任とは思えない罵倒に思わず驚きを示してしまった。

 俺は誰がなんと言おうと優等生なんだが? ファッションで全教科満点が取れるかよ。

 

「騒ぐのは後にしとけ。三日目を楽しみにしとけ」

 

 三日目……一応何か用意してるのだろうか。

 生徒主導でイベントをやられるよりは教員で把握できる範囲でやった方が安全だし合理的、と言う訳か。

 

「相澤先生もそう言うこと言うんすね」

「実に不合理だが、ゴリ押しされたからな」

「ああ……」

 

 相澤先生が先陣切るとは思えないから上に言われたか、ワイプシが言ったのだろう。実にヒーローらしい青春論だ。

 

 でもまあ、悪いもんじゃない。

 今はそう思えるよ。心に余裕ができたから。

 

「何も起きなけりゃいいんですけどねぇ」

「……縁起でもないこと言うな」

 

 全くだ。

 珍しく相澤先生と意見があったところで、午後の訓練が始まる。

 

 三日後、どんなイベントが待っているのか──少し楽しみだ。

 

 

 

 

 

 




Twitter、ユーザーページに載せたので、興味あれば……(本編と関係なくてごめんなさい)


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林間合宿⑤

 林間合宿三日目、予定通り日中の訓練も終わり一日の行程が過ぎた時間。

 

「と言うわけで今日は肉じゃがを作ってもらうよ!」

「もうこれ趣味入ってないか?」

 

 ワイプシ指導の下、自分たちの飯は自分たちで作れという指令が入ったので作っているんだが──いや、うん。自分達で食べる分だしさ、いいんだけどさ。

 

「いやー、我全くんと一緒なら問題ないね!」

「ふ、まあ? ファッション優等生とか罵られたけど俺根本的に優秀だからさ」

「いいから手を動かせボケカスが!」

「うわ、懐かしいなそれ。バクゴーくんも寂しかっただろ?」

 

 死ねカスと叫びながら野菜を切りまくる爆豪。

 器用に熟しているが言っていることは相変わらず暴力的なので、そこら辺矯正したほうがよかったんじゃないだろうか。

 

 少しは俺を見習って欲しいね、やれやれ。

 

「味付けは任せとけ。絶対に失敗しない肉じゃがを作ってやる」

「わーい頼もしい! 一緒にやろーね!」

 

 ぴょんぴょこ跳ねる()、そのたわわに実った胸部(直球)は目に毒なので非常にやりづらい。

 そう言う点では爆豪は一切気にしないので、その強気のメンタルは俺も参考にしたい所存であります。いや実際気にするよね、響香・透の二人は魅力的な癖に気にする素振りがないから困る。

 

 しかもアピールしてくるもんだから堪ったもんじゃない。

 嬉しいけどな。

 

「家庭的って点で考えればこのクラス、みんな何でも出来るよな──俺が一番だがな!」

「な訳ねぇだろぶっ飛ばすぞ! 一番は俺だ!」

「いいぜ、勝負しようじゃないかバクゴーくん。お題はキャベツの千切りタイムアタックだ!」

「上等ォ!」

「肉じゃがでキャベツの千切り……?」

 

 そうと決まれば話は早い。

 八百万にまな板と包丁を生成してもらい、余ったテーブルに俺と爆豪が横並びに待機する。食べ物で遊んでるわけではないのでセーフ。

 

「俺とお前では格差が存在している。爆豪、お前はそれを理解してないな?」

「ハッ、言ってやがれ」

「科学的に、理論的に野菜を調理できる俺に負ける要素はない。誰から見ても明らかな勝負で申し訳ない……」

 

 音速でフラグを打ち立てているような気もするが、多分大丈夫。

 おふざけの時はあまり厄介な方向に話がもつれこまないようになってるのさ。応援してくれている透のためにも負けてらんねぇな……! 

 

「あれ? でもかっちゃん、中学の時に家庭科で志村くんと同じ班だったよね」

 

 ──突如介入する緑谷出久! 

 定期的に空気を読まないと言われる彼の一言が的確に記憶を呼び起こした。確かに中学時代に一緒の班で勝負して、しかも俺の圧勝で終わった気がする。

 

 爆豪の顔を覗いてみれば、『マジで余計なことしやがって』と言わんばかりの目つきで睨み付けている。これから犯罪を起こす前科持ちのヴィランと言われても違和感ないぞ。

 

「……すぞ!」

「アウト! 爆豪を抑えろー!」

 

 切島を筆頭に暴れようとする爆豪取り押さえ班の介入により、無事事件は解決された。

 

「また一つ俺が勝ちを重ねてしまったな……」

「今の勝ちでいいの!?」

 

 いいんだ透。

 勝負の世界は非情でな、俺と爆豪は数え切れないほどに潰し合いをしてきた。あいつも敗北を認めてるだろうよ。

 

「クソボケがァ!! 負けてねーぞ!!」

 

 やれやれ、困っちゃうね。

 そしてそんな風にふざけている俺たちを見かねて相澤先生が一言。

 

「遊んでないでさっさと飯食え」

 

 

 

 

 

 

「夏だ!」

「合宿だ!」

『──肝試しだ!』

 

 ウェーイ! 

 

 シリアスを自力で吹き飛ばした俺たちを出迎えたのは夏の風物詩である──肝試し。

 事前に決められたルートにA組とB組でそれぞれ驚かせあうらしい。私有地につき個性の使用は自由だそうだ。私有地って便利だな。

 

「班分けとかは自由にやれ。ただまァ、残念なことに──補習組はこれから補習ね」

「ウソだろ!?」

 

 相澤先生の捕縛ロープにより捕らえられた数人が運ばれていくのを見送りつつ、八百万が用意したクジ箱に手を突っ込む。

 

「響香来い透来い響香来い透来い……!!」

「志村さん欲望だだ漏れですわ……」

「ここまで行くとウチも引くわ」

 

 野郎と二人きりで肝試しは流石にあり得んからな。

 俺は全力で女の子、それも仲良い二人を引いていく。そのためならどんな細工だってしてやるさ。

 

「ぬ、ぬあッ……これだッー!」

 

 魂を込めて引いたクジ。

 今クジ引きを終えたのは男が二人と女が一人、響香透の二人ともまだ引いてない。まずは第一段階として誰も引いてない番号を引く必要がある。

 

 まあ、確率的に考えれば? 

 この状態で誰ともペアじゃない番号札を引く可能性の方が高いんだ。

 ここは悩むタイミングじゃない。ここは大丈夫だ。

 

「2番──!」

「あ、爆豪さんと同じですわ」

「クソですわ!!!」

 

 ジーザス。

 神は死んだ。

 

 天を仰いで絶望を表現するほかない。

 どうして俺はこうなんだ。こんなにも絶望することあるか? 俺は悲しいよ。いい夢くらい見させてくれよ、終いには女子部屋に正面から入るぞ。

 

「よぉ……爆豪クン……」

「テメェ……何引いてんだ……!」

 

 今この瞬間、俺と爆豪は同じ思いを抱いた。友情パワーを使えるようになる日もそう遠くないのかもしれない、そう感じさせるくらいには共感した。

 

「交換システムあり?」

「駄目ですわ、公平性に欠けますもの」

「響香! 俺と駆け落ちしよう!」

「は?」

 

 騒ぎ立てている俺たちを尻目にくじ引きは進行していく。

 五人補習で二人一組、絶対一人の枠が生まれるので、まあ一人じゃないだけ……マシ……か……? 

 爆豪と二人きりか、それとも俺一人で遊ぶか。くそっ、意外と悪くない選択肢だぞ。八百万の買収に力を注ぐべきだった! 

 

「あ、緑谷一人枠じゃん」

「ケッ、お似合いだぜ」

「息ぴったりじゃんアンタら」

「あ゛ぁ゛!?」

 

 急にキレる爆豪にツッコミを入れていく響香。そう言う点では強かになっている、多分入学当初から俺と絡んでるからだな。

 爆豪を一番いじってる人間がここにいるから超えちゃいけないラインを理解している。

 

 自業自得なんだが。

 

「ま、折角のイベントだし個性は抜きだな」

 

 聴覚とか軽く引きだせばネタバレし放題だけど、それじゃあ、楽しんでるとは言えないだろう。

 俺の鋼の心臓を驚かせる人材がB組にいるのかどうかは不明だが、楽しんでいこうじゃないか。そこら辺の反射的なシステムも俺は勉強したからな、この分野において素人に負けることはない。

 

「バクゴーくんが驚いてるところは正直見てみたい」

「驚くわけねぇだろはっ倒すぞ!」

 

 一組目が森に入ってから三分後、俺たち二組目も森の中に入る。

 森の中に入るのは二度目だが、雰囲気が少し違う気がする。昼と夜じゃ活動してる生物も違うからどうしようもないものではあるが、この落ち着いた空気感の中に絶妙な緊張感──B組がそれだけ本気ってことか。

 

 いや、でも、なんか、見られてるって感覚がなぁ。多い気がするんだよな。

 そう言う個性の可能性もあるしな、そこまで全力で疑いかけてもアレか。ここは大人しくスルーしておこう。

 

「お、そろそろ来るんじゃね」

「ビビるわけねーだろカス共が──」

 

 ヌッ、と足元から浮いてきたB組女子。

 先を歩いていた爆豪の体が一瞬ビクリと反応し、震えたのを見逃さなかった。

 

「ナイスプレー」

「ん」

 

「b」と指を立てて、ターミネーターさながらのポーズで地面に潜っていったB組女子を見送って静かに爆豪が歩き出す。

 

「身体は正直だな、爆豪」

「殺すぞ!」

 

 ワハハと笑いながら付いていく。

 これで相方が女子だったら最高なのに……どうして爆豪なんだ。

 

 響香だったら今のシーン、「ぴゃっ」とか言いながら驚いて俺に寄りかかってくる。向こうは焦ってるからあんまり気にしてないんだけど、ちょっと時間が過ぎてから離れるんだ。「ご、ごめん」とか言いながら離れる響香の体温と香りが残ったまま名残惜しく『今度はこっちから行くから』って揶揄えばもう満点さ。

 

 妄想だけどね。

 

 透だったら今のシーン、「ひょええ〜!」って言いながら飛び跳ねて俺に抱きついてくる。わーわー騒ぎながら走って駆けていく透に合わせて俺も走り、ようやく姿が隠れたあたりで「ビックリしたねー!」って笑ってくれる。ニコニコ笑ったまま(※顔は見えてません)俺の手を引いて歩いていく透は満点以外につけようがない。

 

 妄想だけどね。

 

「マジで悲しくなってきた。峰田と上鳴の気持ちがよく理解できるわ」

「気色悪ぃ……」

 

 爆豪、たまにこうやって引く。

 失礼なやつだよな。

 

「ハア〜ア! 俺も青春してぇよ!」

「喧しいわボケが!! 雰囲気崩れるだろうが!」

「意外とそう言うの気にすんのな、ギャップあるぜ」

「……すぞ」

 

 再度殺意の波動に目覚めようとしてる爆豪は置き去りにして、次の仕掛けも楽しみにしておく。

 割とB組の驚かせようと言う気合いが十分なので期待できるな──そこまで考えて、違和感を覚えた。

 

 すん、と鼻から入り込む臭い。

 焦げ臭い、何かが燃えている臭いだ。木が燃えているのか、それとも別の何か──これは驚かせる内容に関係ないだろう。

 

「爆豪、気付いてるか?」

「あ? 何のことだよ」

 

 爆豪ですら気がつかないレベル、か。

 デフォルトで五感を強化していたのはいいとして、山火事にしては騒ぎが少なすぎる。ワイプシのメンバーが見逃すとは思えない。ならば状況を把握しなければ。マンダレイのテレパシーが来ないってことは、今仕掛けられている(・・・・・・・・・)──! 

 

「『聴力』」

 

 通常行動も可能な程度に聴力を引き出して、周囲の状況を探る。

 人間の呼吸、木々のさざめき、わずかに火が飛ぶような弾ける音。わかりやすい例で言えば炭に近い。何かしら火で燃やしているのは確実か。

 

「襲撃か? わからん、要救助者になるのはマズい。道を引き返すぞ──」

 

 

 

 

 

 

 

『──ミ、ミミ、見つけタ』

 

 

 

 

 

 

 

「──は?」

 

 おぞましい声が耳に入ったと思えば、次の瞬間空に投げ飛ばされていた。

 反射で腕を交差させて防御態勢は取っているが、それを貫通してあまりある衝撃が内臓を叩く。胃の奥底から喉を通過してこみ上げてくる吐き気を無理やり押さえ込んで、正体を見極めるために思考を分割する。

 

 声の照合──データ無し。

 物理的な攻撃の照合──一致無し、類似ダメージに『脳無』が存在。

 

 ひしゃげた腕を治すために回復力を引き出して、視力も同様に引き出す。

 

 既に落下が始まっているが脳無(仮)が追いかけてくることはない。動体視力も高めておく必要がある。

 これは訓練でもなんでもなく、既に戦闘が始まった。ヴィラン共の襲撃を受けていると確定させたほうが良さそうだ。

 

 無許可での戦闘は違反だが──戦わなきゃ死ぬなこれ。

 

「──爆豪ォ! B組の連中回収して」

『オ、オ前、ツ強イって言ワレた』

 

 伝えきる前に瞬間移動さながらの速度で目の前に現れたその正体を見る。

 全身は黒く染まっており、顔は千切れた出来損ないの雑巾見たいな形状をしている。四本足を獣のように立てて、背から生えた翼が大気を仰ぐ。

 

『コ殺してもイイ、言われタ!』

「ちょ──」

 

 引き出した視力ですら捉え切れないほどのスピードで振るわれた腕に何とか反応するが、実際ほぼ直撃みたいなもんだ。

 ギリギリ腕を挟み込むことには成功したが、そんなのを意に介さない威力で地面に叩きつけられる。

 

 着地の寸前に位置を調整して、辛うじて大ダメージで抑え込む。

 

 両手足、肋骨、内臓もいくつかイカれた。

 呼吸が苦しいが個性を使う冷静さは無理やり保ち、再生速度全開でぶん回す。ミチミチと激痛を伴って修復されていく骨と肉の感覚を気持ち悪く感じながら、視界がクリアになっていく。

 

「……はぁ、俺の相手こんなんばっかだよ」

 

 ただまあ、こいつ相手に可能性があるのは……俺か緑谷だな。

 轟がワンチャンあるくらい。全く、試練が厳しくて泣いちまうぜ? 親父殿。

 

「お前、名前は?」

『のノ脳無』

「喋れる脳無、ね」

 

 既に十分性能の高さは味わったが、これは相当無理しないとヤバそうだ。

 勝てる可能性は低い。マジで針の穴に糸を通す確率だ。

 

 特別製を誕生日プレゼント代わりに寄越したってか?

 

 一度深呼吸をしてから、構える。

 脳のリミッターは外れている状態で、さらに身体能力を引き出す。それくらいやっても互角にすらならんだろう。

 

「──いいぜ、ぶっ飛ばしてやるよ」

『無理ムむり、俺の方ガ強イ』

 

 

 



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林間合宿⑥

 ──音の速度を超えて、衝撃波を撒き散らしながら横薙ぎで振るわれる腕。

 伸び縮みのリーチでえげつないことになっている攻撃を避けながら、潜り込むように懐まで潜り抜ける。

 

「あんま環境破壊するもんじゃないぞ!」

 

 勢いを殺さないまま回し蹴りを放ち、胴体部分へと当てるが──ダメージ無しか。怯んだ様子すら無いから、純粋な耐久力で火力を凌がれてる。

 脳無の強さで言えば、コイツ>USJ>保須ってところか。

 

 USJの時と同様に、最も有効的なのはカウンターなんだが……対策済ってことね。

 リーチが長けりゃカウンターの対策も出来て、しかも手数も増やせる。単純が故に厄介だ。

 

 関節部を破壊したところでどうせ再生持ちだろうし、天敵。

 

「だからどうしたって話だ」

 

 コスチュームに搭載してる道具も無し。

 連絡手段は既に喪失してる。

 孤立無援なのは奴も同じで、むしろ俺が相手をしている限り他の奴に被害が向かわないからそれを有り難く感じるくらいしかない。

 

『オ、おおオおオオオぉ!』

 

 胴体から無数の針が飛び出してくるが、速度はそれほどじゃなく。見切れる程度のスピードだから両手で捌いて、一歩外に引く。

 

 空中に飛ばれた場合は木を利用して飛び込むくらいしか手段がない。

 その木は薙ぎ倒されてるから、まあ近づく方法はないが──薙ぎ倒された木は武器になる。振り回してもよし、投げ飛ばしてもよし。再生能力で自壊スピードを上回ればもう少し無茶できるんだが、それは後でいい。

 

 次の手がなくなった時点で試せばいいんだ。

 

 懐に入れば近距離を殺せる太い針、離れれば伸びる両手足で攻撃。

 防御能力にも長けている上に再生もするときた。

 

「実質完成品って感じか?」

『よよソ見すルナ!』

 

 視力を強化し、脳無の身体を見る。

 黒い体色をしているとは言え、筋肉の脈動は見える。それを利用して先読みするしかない。

 

 並列思考(マルチタスク)──筋肉の動きを計算するのと、視覚情報をまとめる二つに分割する。

 後もう一つ増して、今俺がぶん回している状況の俯瞰用に用意した。

 

 かなり頭痛が響いたが、この程度なら抑えていける。

 俺は人類で最高峰の頭脳を有しているんだ、この程度超えていけ。死ぬわけじゃない、脳機能を信じろ。

 

 鞭のようにしなる腕を、身をわずかに捩ることで回避する。

 引き揚げろ上乗せしろ。強化の歪みを無くして動け。俺が奴に追随するにはそれしかない、まだ、使うわけにいかない(・・・・・・・・・)

 

 ギュルルルル! と、機械音にも似た音が響く。釣りの際にリールを巻き取るような、あの音に似ている。改造人間だからって何でもありになりすぎたら困るぞ、脳無。そこら辺の風情は残してんだろ? 

 

「──ふぅッ!」

 

 踏み込む。

 腕と足を振るうパターンを絞って、その上でどのルートを通ればいいか計算した。

 ある程度癖が残っていたから、それを複数回データをまとめることで算出したんだ。信憑性はそれなりにある。

 

『お?』

「超パワーってのは──類稀な力だから、超なんだよ!」

 

 ポンポン量産するのは勘弁して欲しいね、こっちは純正人類の身体で頑張ってんだ。

 狙い通りに攻撃してくるラインに沿って回避行動を行い、そのまま前進を続ける。

 

 どれだけ性能を積んだところで、経験の差は覆せない。

 俺がコイツに唯一勝てるアドバンテージはこれだ。既に同型の、下位互換ではあるものの、脳無との戦闘経験があること。どいつもコイツも同じパターンではないが、それでもある程度の方向性は絞れる。

 

 USJはともかく、保須は俺目掛けて飛んできた。コイツも同様に俺目掛けて飛んできた。

 知性は比べるまでもなくコイツが一番上で、強さ自体もコイツが一番。だから情報は話半分で抑えて、盲信することはやめる。

 

 殺す殺さないとか、そんなことを考えられる領域じゃない。

 

 だからここでは戦闘不能──確実に動けなくできる、頭を狙う! 

 

 飛び跳ね、身を捩りながら接近し──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ぁ゛……」

 

 視界が赤く染まってる。

 今どうなってる? 

 

 どれくらい意識無くなってた。

 あー、クソ。オーケー、思考時間を加速させる。頭痛が喧しいがある程度は飲み込むことにしようか。

 

 まずは記憶の復元と、現状の把握の二つに分ける。

 その上で現状の把握をさらに細分化。視界・音・匂い・身体機能の回復を並行する。これほど数を増やしたことはないが、脳が焼き切れる前に脳も再生すりゃ間に合うだろ。

 

 無理を押し通す。それ以外に縋り付く方法はない。

 

 食らったのは胴体部分からの攻撃か。

 針だけかと思えば、よくわからん杭見たいなモンぶっ放してきやがった。サイズが統一されてたから針を出す個性かと思ったんだが、こりゃやられたな。

 

 戦闘IQもしっかり備わってる強個性複数持ちとかオールマイト案件だろ。

 

 あぁ、呼吸が上手くできないと思ったら、胸部ブチ抜かれたな。

 再生の優先度をそっちに回して、とりあえず生存優先でいく。幸いにも、と言っていいかはわからんが俺を死んだと判断したらしい。まあ胸部に穴が空いた人間は死んだと判断する、俺だってそうするわ。

 

 少しだけ動くようになった腕を動かして顔を拭う。

 月の位置はそんな動いてない。多分、五分も気絶してないと思うが──全滅してないことを祈る。

 

 生まれたての牛とかそう言うレベルでプルプル痙攣してるけど、それを無視して立ち上がる。

 大丈夫、ここまでで大分再生できた。

 

 ただエネルギーが切れてる。

 

 この騒ぎの中じゃあ動物も近くにはいないだろう。

 即効性のエネルギー、補給できるものは……あるには、ある。

 

「ただ、まあ、流石に……嫌だわ」

 

 ぶっ飛んだ贓物が散らばっている。

 自分の保有する菌とかに免疫力がやられなければ問題ない。そこは無理やり引き出して対策することにしよう。千切れた肺? の破片かな。

 

 一度呼吸を挟もうとして、気管に何かが詰まったのか咳込む。

 

 呼吸困難はマズい、対策のしようがない。

 震える右手に力を込めて、手刀の形に揃える。

 

 ──全力で、自身の喉へと突き刺す。

 

 痛い。

 猛烈なほどの熱が、激しくのたうち回りたくなる痛みが襲ってくる。ああ、ダメだダメだ一回遮断しろ痛みを堪えろ! 

 脳機能を弄ってアドレナリンを大量に放出する。人工的な麻薬に頼るに限る。

 

「──……ふ、ぅ」

 

 引き抜いて、塊になって詰まってた血を地面に捨てる。

 治り切らない喉を気にせずに口の中に胃の破片を放り込んだ。

 

 味がするのも気持ち悪い。

 味覚を遮断するために脳機能をちょっと弄る。これは引き出す個性とは違う、一つ超えた先にある手段だ。ここまで精密にいじれたのは今回が初めてなんだが、死に瀕すれば強くなるって漫画のキャラクターみたいだな。

 

 咀嚼して、飲み込む。カニバリズムに目覚めてはないが、緊急時に摂れるエネルギーとしてはありだ。倫理観が失われていくのが欠点。

 

 聴力を強化し、周囲の音を探る。

 あの脳無が暴れている音はしない。上を飛ぶにしても羽ばたく音すら聞こえなかったことから、物理法則を無視しまくりのジョーカー。そんなチート野郎生み出してんじゃねぇよ。

 

「ん──透?」

「あ、あはは、我全くん……大丈夫、には見えないんだけど……!」

「ちょっと下手打ってな。マジで死にかけたわ」

 

 聞き覚えのある音が混ざってると思えば、どうやら俺たちの後に入った透・響香ペアが近づいてきてたらしい。

 

「ヴィランが襲撃してきたんだが状況は把握してるか?」

「いや、まあそれなりには……それよりアンタ大丈夫なの?」

「生きてるから問題ない。ちょっと血塗れだけど」

「それは大丈夫って言わん!」

 

 白いTシャツを二人とも着てるもんだから、思わず近づくのを躊躇う。

 

「マンダレイがテレパシーで状況を伝えてくれたんだけど聞いてないの?」

「あー、聞いてない。ちょっと気絶してたから状況が飲み込めてないんだ」

「複数人のヴィラン、後手に回ってる、戦闘許可が下りてる」

 

 最低限抵抗しろってことか。

 あの脳無クラスが三体、いや、二体いれば俺たちは詰む。

 

 どうする? このまま動いてどうにかできるラインじゃない、ここで考えて答えを出していかなければならない。

 クラスで戦闘要員として今期待できるのは轟・爆豪・緑谷・飯田……他にもいるが、とりあえずはこのメンバー。轟・爆豪で炎を出して森林を明るくしてもらうか? 空に浮いてる脳無を見る手段はあるにはあるが、あー、でも、どうする。

 

 決戦なんて状況じゃないのに、最終防衛ラインを容易に突破されてる。

 

 俺のことを躊躇なく殺してきたんだ。他のやつを殺さないとは思わない。

 

「まだ誰も死んでないな」

 

 聴力で聞いた感じ、クラス全員の音は把握できた。

 B組がちょっと怪しいが、それでも昼の訓練である程度は聞き分けたから問題ない。黒色に混じる奴とかいるから信じれるかどうかは難しい。

 

 優先順位を決めよう。

 

 ・脳無の位置を特定。

 ・クラスメイトの避難。

 ・脳無他ヴィランとの戦闘。

 

 保須の脳無程度にはタイマン張れるメンバーと合流させて、俺は脳無探しをした方がいいな。

 俺一人だと勝てる可能性はマジで低い。ほんっとうに低い。普通に殺されるのがオチだろうし、送り込んできた向こう側の思惑を想定すれば俺の動きも完全に予測済みだと考えるべきだ。

 

 俺が一人で戦えば死ぬ。

 他の連中と共闘すれば他も殺せる。

 俺が個性を引き出して、新たな状態に飛躍しても美味しい、か。

 

 ったく、大物のくせに狡猾だからヤになるね。

 

『──気付いてるかい?』

「あ?」

外れてきているよ(・・・・・・・・)

 

 唐突に話しかけてきたオールフォーワンの言葉。

 

 何のことだ? 

 一体何が外れている? 

 リミッター? そんなわけはない、今更コイツが指摘してくること自体がおかしい。倫理観か、それとも道徳的な話か。いや、この状況でそんなことを告げる理由はない。外れてきている、まだ俺はヒーローとして問題ない立ち位置にいる筈だ。

 

 そこまで考えてから、自分の思考が一度途切れたのを自覚する。

 

『い生キきてるじゃなイいか』

 

 強化した聴力が聞いたのは、その言葉のみだった。

 

 次の瞬間には風が舞い、わずかに視界の中で動く脳無を捉えた。辛うじて動かした両腕で防御の態勢を取ったが──読みが外れた(・・・)

 

 脳無の狙いは最初から俺じゃなかった。

 いや、正確に言うと俺が狙いだが──俺の【個性】が狙いだったんだ。今理解した、どうしてオールフォーワンが唐突に声を発したのか。他人の人格内部にしか宿れない癖に今出しゃばってきた理由。

 

『──ああ、我全。このままじゃあ……』

 

 交差させた腕の隙間から脳無の動きを追い続ける。

 俺の横を過ぎ去り、狙いは──響香と、透だ。

 

間に合わない。

 

 一瞬脳裏をよぎった言葉を否定する。

 

 諦めるな、思考を回せ。

 俺が割り込むか? 割り込んでどうする、脳無の攻撃を逸らすにはあまりにも時間が足りてない。既に俺の横を通り過ぎてる上に、初速はあっちが上だ。

 

 損害度外視の攻撃をするしかない。引き出して引き出して、何がある。筋肉量だとか、そんなもんはもう遅い。引き出して膨張しているうちに手遅れになる。

 

間に合わない。

 

『わかるだろう?』

 

 オールフォーワンの声が響く。

 

『もう君が取れる手段は限られている。君だけの力で対抗できるのはここまでさ』

 

 どこまでも憎たらしく、ヴィランらしく、人間らしく囁く。

 

『──僕が力を貸してあげよう。勿論、対価は頂戴するけどね』

 

 悪の帝王が今。

 

 最高の選択肢(最悪の結末)を、差し伸べてきた。

 

 

 




12月27日14時更新します。


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林間合宿⑦

 ──俺は、他人の好意を無下にして生きてきた。

 

 自分の人生が決まってるからって、見ないフリをしてきたし、時には傷付けてでも距離を取ってきた。

 爆豪のように親愛等ではなく、自身のプライドのために食らいついてくる奴は心地が良かった。裏切って死んでも、きっと乗り越えてくれるから。

 

 でも、人を好きになれる奴ってのは違う。

 

 他人を好きになれる奴は痛みを知っていて、その重さを理解しているんだ。

 俺なんかを好いてくれる奴はとびきりお人好しで、いいやつで、ヒーローみたいで、心の奥底から笑い合えるような人間性を持ってる。皮肉なブラックジョーク、軽挙妄動を地でいく俺とは違う。

 

 だから、傷ついて欲しくなくて──俺は……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 風が吹き荒ぶ大地。

 

 荒野、と表現するのが一番しっくりくるだろう。

 前も見たこの場所に、今この状況で来ることになるとは思っていなかった。

 

「これすらも計算の内だったって、事か」

「──やあ、よく来たね」

「うるせぇクソ野郎」

 

 軽薄な笑みを浮かべて手を振る男──ああ、そうさ。

 コイツこそが世紀の大ヴィラン、オールマイトがかつて討った男である、オールフォーワンだ。

 

「そうつれない事を言うんじゃない。でもまあ、僕は今非常に気分がいいから水に流してあげようじゃないか」

「お前のおかげでこっちは最低の気分だっつーの」

「なぜだい? 自分で選んだ道がちょっと上手くいかなかったから、父親である僕が手を貸してあげる。何とも家族愛に溢れたいい話じゃあないか?」

 

 その道も全部お前が用意したんだろうが──そう責任転嫁を出来ればどれだけ良かったか。

 響香と透に危機が迫ったのは、まず間違いなく俺が原因だ。俺が油断せずにその場から離れて森の中に逃げ込めば二人はすぐさま逃がせた可能性がある。あそこで堂々と思案した俺の失敗だし、愚策だ。

 

 無能と言い換えたっていい。

 

「ハッ! 家族愛を謳うなら夫婦仲を直してほしいね」

「母親の愛は恋しいかい?」

「人並みには欲しかったさ」

 

 感情は情報として理解できた。

 だから、俺は耐えられた。

 

 父親がどうしようもないほどの悪でも、形式上とはいえ育ててくれた叔父が消えても、自分の人生が無価値で無意味で寧ろ悪意あるものに象られていると知っても、俺は耐えた。

 自分が飲み込めば済む話だったから。

 

「…………手遅れになる前に、どうにかしたい」

 

 そうさ。

 もう手遅れなのはどうだっていい。過ぎた過去は戻らずに、未来現在を見通すのが人生だ。

 

 葉隠(・・)耳郎(・・)も、俺には勿体ない友人だ。

 異性としても友人としても大切で、掛け替えの無い人物達。俺みたいなやつに構ってくれて、面倒くさいことばかりしてたのに、それでも心配してくれた。

 

 中学の頃に勉強を教えてと頼んできた連中はいたし、宿題見せてくれとか言ってきた奴らはいた。

 でもそう言う連中は俺個人を求めてる訳じゃなく、あくまで『答え』を求めていた。俺じゃなくてもいいわけだ。

 

 人間はそういうもんだと知っていた。

 

「あいつらさ、本当にいい奴らなんだ。個性とか、ヒーローとか関係なしにさ、いい奴なんだよ」

「知っているとも、故に君の弱さになり得た」

「わかってる。それでもさ、俺は、アンタみたいに飛び抜けて図太いわけじゃ無いから──嬉しかったんだ」

 

 オールフォーワンの血が混ざってても。

 ワンフォーオールの血が流れていても。

 

 俺は俺、志村我全であり──決してオールフォーワンにはなれなかった。

 

「肯定してくれる人がいる。邪魔をせずに、それでいて心配を投げかけてくれる人がいる。こんな俺を許してくれたのが……」

 

 どうしようもなく、有り難い。

 

「──感謝は言葉じゃなく行動で示す、だろ」

 

 散々あの二人に助けられたんだ。

 自分で撒いた種を自分で拾えなくてどうする。

 

「きっとアンタは、何もかもを台無しにする。俺がここで助けを願った所で結末は予想できる」

「それでも君は、僕に頼らざるを得ない。君個人でどうにかできる相手・状況では無いからね」

「どうせ脳無送ってきたのもアンタだろ」

「さあ、生きている僕の考えは生きている僕にしかわからない。今の僕は所詮、君の身体に流れる残滓に過ぎない」

 

 いい加減慣れてくる程には会話をしたが、やはりコイツは屑だ。

 屑で外道で悪意に溢れ、人間として必要な最低限度の心を持ち合わせていない人格破綻者。

 

「──だから、俺はアンタに頼らない」

「……ほう?」

「自分の不始末は自分で片付ける。自らの手で(・・・・・)、な」

 

 そう言うと、軽薄な笑みから口元を歪めるだけの笑みへと変貌する。

 

「ではどうする? 彼女らを救う手立ては予想できるが、それで何とかなると思っているのかい? 比率で言えば僕が九割、向こうは一割にも満たないほどの矮小さだ。そこに命を預けられるか?」

「──充分さ」

 

「──そう、充分(・・)よ」

 

 オールフォーワンと向き合う俺の肩に手が乗せられる。

 聞き覚えのある女性の声とともに、背後から突風が吹き始める。まるでオールフォーワンに抵抗するように、俺を守るように。

 

「元はと言えば全部お前が悪い、オールフォーワン。他人を思いやることが無いお前がいつまでも支配できると思うな」

「これは人聞きの悪い。僕はただ、自分の息子が困っているから手を差し伸べただけさ」

「なーにが。弱みにつけ込んで自身の計画を進めたかっただけでしょうが」

 

 べ、と舌を出して威嚇する志村菜奈(母親)

 遺伝子上、それも心の中でのみでしか接点がないのにも関わらずこう呼ぶのはどうにも気が引けるが……。

 

「アンタの息子じゃ無い。私の息子だ(・・・・・)、舐めんなよ」

 

 性根が善性で構成された母親の愛。

 俺は、それを信じることにした。

 

「当然ノーリスクって訳にはいかないだろ。ワンフォーオールにしても、オールフォーワンにしても、何かしらの代償は支払うことになる」

「道理だ。君は既に個性という枠組みを発現しているからね」

「それを無理くり誤魔化した前例があるんだ。できない道理(・・)はねーだろ」

 

 オールフォーワンと会話を行うのと同じように、俺は一つの作戦を立てていた。

 

 俺の人格を二つに分けて、記憶や要素を完全に二等分する。

 主人格は今対話をしていた俺であり、日常から戦闘までこれまでどおり行う。副人格は、たった一つ。ワンフォーオール、そして志村菜奈の記憶を辿り理解を深めるためだけに作り出した。

 

「お前が個性(AFO)を俺に引き継がせていたらわからんかったが、俺が引き継いだのはお前の血だけ。一度くらい目を晦ます程度、何とかするさ」

「──……く、くく。それで?」

「今、母さん(・・・)達と探り合いをしていた人格を統合した。あ、勘違いすんなよ。お前を完全に消去するとか、そう言う話じゃねぇ」

 

 自らを分裂させたり、数を増やしたりする個性を保有する人間は精神的に危うくなることがある。

 これは個性研究によって発見された事例であり、ある程度科学的根拠が伴ってできた話だ。教員で言えばエクトプラズムがそのタイプに分類される。

 

 俺は自分の人格を自分で生み出し、それでいて最後は消滅することを選ばせた。

 

 仮に主人格が消えることになっても俺は狂わない。

 そうやってデザインされたから。

 

「ある種の自殺さ。皮肉にも、アンタが引き出してくれた脳機能のおかげで無理が利く」

「素晴らしい自己犠牲だ! 認めてあげよう、志村我全──君の精神性は立派なヒーロー(気狂い)だ!」

 

 ズズズ、とオールフォーワンの背後の闇が濃くなっていく。

 あれに取り込まれれば最後、俺は俺としてではなく──オールフォーワンの再臨を許すことになる。それだけは何としてでも避けなければならない。

 

「三分。確実に保たせられるのはそこだね」

「充分すぎるよ。出来れば本命に使いたかった手札だったのになぁ……」

「高望みしない! やれる手を使って、どうにかこうにかしていくのがヒーローってもんでしょ!」

 

 ニッ、と笑う母。

 特別思い出を作ったわけじゃ無い。

 特別な出来事を共有した訳でも無い。

 

 それでも、理想と現実の狭間で停滞していた俺を掬い上げようとしてくれた。

 

「……ごめんね。本当はもっと、いろいろ、してあげたかったんだけど」

 

 いいんだ。

 

 何となくわかる。

 きっとこれが最後だ。俺と志村菜奈、そしてワンフォーオールはここで袂を分かつ。それが代償であり、個性というブラックボックスの一端に足を沈めた対価だろう。

 

 互いに記憶を一方的に覗いた歪な親子関係だった。

 親孝行も出来ない。

 

 もう、相手は死んでいるんだから。

 

 大した会話もしてない。

 オールフォーワンのこの一手に対抗するためだけに、ほんの僅かな間、話しただけだ。

 

「そう言うなよ。ほら、ヒーローはいつだって笑顔だろ?」

 

 それでも、俺たちはヒーローだ。

 

 ニィ、ではなく、ニッ。

 俺たちだけがわかればいい。

 

「……ん、そうだね!」

 

 きっとここを乗り越えても、本命がある。

 オールフォーワンを抑えられる人はいなくなり、俺は一人で抵抗しなければいけなくなる訳だ。でも、それでいい。苦しくたって惨めだって、もがいて足掻いて必死に生きるのが人生だろ。

 

「──ありがとう。行ってきます」

「──ありがとう。行ってらっしゃい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──全身に力が漲る。

 迸るエネルギーの奔流が血管を駆け巡り、瞬く間に視界がクリアーになった。

 

 これまでに無い、溢れんばかりの全能感。

 

 刹那にも満たない合間に大地を蹴り、先ほどまで追うことで手一杯だった脳無を軽々と超え、耳郎(・・)葉隠(・・)を抱き抱える。

 

 空を駆ける感覚は、母が教えてくれた。

 浮遊感と地に足つかない独特の感覚を、宙を自在に飛び回る個性を! 

 

「……お前にとっちゃあ、単なる肉親の個性かもしれねぇけど」

 

 ワンフォーオールは紡がれていった。単一で成功したオールフォーワンとは違い、託された者達が次世代へと祈りを篭めた希望なんだよ。

 

「もう、お前だけのモノじゃない」

 

 そこで指咥えて見てな、オールフォーワン。

 緑谷とは違う、紫電迸る視界の中で脳無を睨み付ける。相も変わらず成長を続けているらしい奴は、俺に追随するように羽を広げて空へ飛んできた。

 

 両腕に二人を抱えたままで不利な状況の筈だが──今は、負ける気がしない。

 

 あのごく僅かな時間に、志村菜奈の記憶を追体験した。

 俺より弱い身体で、俺より深い経験を持って裏付けされた戦闘経験を丸々引き継いだんだ。もうすでに脳無を置き去りにして、俺は今ずっと先にいる。

 

 腕を振り回しながら突撃してきた脳無を置き去りにし、それでいて腕の中の二人に影響がないように計算して飛び回る。

 被害に巻き込まれない──宿舎へと一瞬で飛ぶ。

 

「よっ……と」

「おわわっ!」

「え? え? なになに、何が起きてんの?」

 

 二人に怪我がないように気をつけながら降ろし、先ほど垣間見た情報を伝える。

 

「中にヴラド先生がいる。補習組も一緒だったし、こん中は安全だ。周りも一応見た(・・)が、人影はなかった」

「アンタどうなってんの!? なんかそれ、緑谷みたいに」

耳郎(・・)

 

 声を荒げる耳郎に対して、名前を呼んで言葉を止める。

 

「全部、戻ったら話すよ。葉隠も」

「…………戦うつもり?」

「今しか戦えない」

 

 刻一刻と時間は過ぎていく。

 脳無ですら追えない速度で宿舎まで来たから今は大丈夫だが、そのうち発見されるだろう。三分は保たせると行ってくれたが、できるだけ早くかたをつけた方が良いに決まってる。

 

 相手はオールフォーワンだぞ。

 

「悪いな、いつもいつも」

「はー………………」

 

 耳郎顔に手を当て、長いため息を吐く。

 葉隠は少し大人しくなったかと思えば、「……うん!」と声を出して俺に近寄ってくる。

 

「信じるから、気をつけてね!」

「…………約束。絶対、傷一つ付けないで帰ってきて」

「ああ、わかった。任せてくれ」

 

 いつもいつも、俺は誰かに助けられてばかりだった。

 今もそうだ。亡き母の最期の力を借りて、二人を守る手段を得た。

 

 踏み込み、加速する。

 いまだに空に浮いた状態の脳無が接敵に気がつく前に、衝撃波と共に莫大な風圧を生み出しながら踵落としを叩き込む。ここの周囲に誰もいないのは確認済み、ド派手にぶちかませば多方面への牽制にもなる。

 

 土煙と共に散らばっていく大きめの木片や石を高速で回収し、まとめて脳無の場所へと零す。

 

『お、おオおオオ前マままえ……!』 

 

 強化された聴力が脳無の言葉を聞き分ける。

 先程まで俺を散々嬲っていた奴相手にこうも一方的に痛めつけられるってのは、とても爽快感が湧く。だけどその心地よさを振り払い、右手に力を込める。

 

「限定特別モードだ──来いよ兄弟。格の違いを教えてやる」

 

 ヒーローシムラ(・・・)、一夜限り。

 

 ワンフォーオール+浮遊。

 オールフォーワン、お前が最も唾棄する組み合わせだ──泣いて喜んでくれよ? 

 

 

 

 

 



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林間合宿⑧

 空に浮く俺へと飛んで接近しようとした脳無の背後へと移動し、羽をもぎ取る。

 無様に地面に落下していく姿を見送って、墜落する寸前に移動して蹴り飛ばす。地面と水平に、衝撃を鳴らしながら吹き飛んでいく脳無の更に先へと移動し四股を引きちぎる。

 

『──ああアアァあァあぁ!』

 

 咆哮と共に一瞬で再生した両腕を振り回す脳無。

 

 それを掴んで、再度千切る。

 途切れない攻撃を一撃たりとも逃さずに捌きながら、次から次へと再生する身体に破壊を繰り返しながら近づく。

 

 遊んでいる暇はない。けれど、ただ一撃で終わらせるのも勿体ない。

 全能感に呑まれている? いや、違う。これはな、俺のエゴだ。俺の存在証明なんだよ、この戦いは。

 

 懐まで近づき、脳無が先程俺を一度殺しかけた杭を放ってくる。

 さっきとは違い緩慢な動きで、俺が見てから余裕で回避できる程度の速度。たった一つの個性が覚醒しただけでこれとは──なるほど、オールフォーワンも欲しがるわけだ。

 

「──脳無」

 

 視界に紫電が迸る最中、俺は声を発していた。

 

「お前は俺だ。哀れな人造人間、役割が固定化された駒」

 

 俺たちは皆、たった一人の人生を悦ばせるためだけに生きている。

 感情も、事実も、現実も理想も全て育んだ上で絞り出す。苦痛を伴って取り出された悪夢を美味と囀るあの男のためだけに、生まれているんだ。

 

「どいつもコイツも枠から離れることはできない上に、離れようとすらしてない。自分の人生に諦めをつけて、目標を立てた気になってる」

 

 俺は、そうなりたくなかった。

 心のどこかで諦めていても、決して諦めたくなかった。そんなはずはないと信じたかったから、必死に抗おうとした。

 

「……決めたよ。全部、全部な。これは諦めじゃなくて、妥協でもなくて──願いだ」

 

 意趣返しなんてモンじゃない。

 

 今俺は巣立ったのさ。

 ワンフォーオール、そしてオールフォーワンという宿命に縛られた運命から、志村我全という一人に。

 

「俺は俺として、ヒーローとして立ち向かう。そこに血は関係しねぇ」

 

 今もどこかで観覧中の悪趣味な野郎に宣誓する。

 ワンフォーオールの全能感は理解した。きっとオールフォーワンの圧力も似たようなモノになるんだろう、この感覚は忘れることはない。

 だからこそ、俺は俺として立ち向かう。因果を断ち切るのはいつだって因縁めいた個性だが、俺は王道の主役じゃない。ストーリーラインを外れた外側の物語だ。

 

「だから──今は寝てろ、愚弟」

 

 

 

 

 

 

「いや、おっもたいなコイツ……」

 

 あの後ギリギリ残ってたワンフォーオールの力を使って、思いっきりぶん殴って気絶させた脳無を引きずって森の中を歩く。

 

 心配していたオールフォーワンからの干渉は無い。

 母さん曰く、『オールフォーワンに抵抗するためのワンフォーオールもちょっとは残す予定』だそうだ。ただまあ、これまで通り気軽に話すとかそういうことはもう出来ない。あくまで形骸化した呪いに似た感覚って言ってた。呪いってなんだよ。

 

 この言い方も語弊があるな。より正確に述べるなら、『普段から俺の内部でAFO VS OFAが行われていて、OFAを戦闘に使用した分AFOに天秤が少し傾いた』、か。

 

 あんな舐めた戦い方しなくても、一発でケリをつける事だって出来た。

 それをしなかったのは──……格下を一方的に嬲るのが楽しかったからで、それを楽しい事だと認識していたから。これすらもアイツの思惑通り、ヴィラン側に傾いたってワケか。

 

 はーあ、嫌になるな。

 勢いで葉隠と耳郎に説明するとか言っちゃったし、余計な性質を今のうちに分析して洗い出しておかないと厄介なことになりそうだ。オールマイトにも説明しなきゃ駄目だよなぁ、まずは相沢先生にも話をして……そういや、オールフォーワンの捜査状況とか確認してなかった。

 

 やることは山積み、か。

 

「……ん」

 

 強化された聴力がわずかに音を探知した。

 

 葉が揺れる音だ。

 嗅ぎ慣れた匂いでもないし、クラスの連中じゃないことは確定。これはヴィラン確定だな? 

 

「これが目当てか?」

「……驚いた、動揺しねぇんだな」

「訳ありでね。純粋なクラスメイト達とは違って、少しばかり悪意に塗れてるのさ」

 

 かと言って脳無を渡したりはしないがな。

 マジシャンのような格好で話す、体格から察するに男か? この季節にそんな厚着でよくやるもんだ。

 

「回収でも命じられたか、それとも俺狙いか……ま、いいさ。やろうか」

「おぉっと待て待て! 脳無ボコれるようなパワーファイターとやりあえるかよ」

「大丈夫、あれは特別バージョンなだけだ。あの時限りの産物だし」

「個性がその時限りってどういうことだよ……」

 

 少し困ったように話すマジシャン。

 意外とフレンドリーな奴だが、こういうやつに限って裏でいろんなことを練っていたりする。策略というか、ひっかけが好きなんだよ。

 

 俺と話している今この瞬間にも何かを狙ってる。

 

「──そら来た」

 

 完全に死角の位置から、唐突に肉が焼ける音がする。

 この焦臭さ、一番最初の煙の野郎だな? 木を燃やして撹乱でもしていたのか、裏方専門の奴がいるとも思えないし……ンなるほど。汎用性の利く轟か。

 

 脳無の身体を盾にして、臭いのする方向へと駆け出す。

 ワンフォーオールはすでに使用不可だが、それでも引き出した身体能力がある。この脳無クラスの怪物が出てこない限り十分対応可能だ。

 

 蒼炎が途切れ、脳無を横に退かしつつ接近する。炎の出し方も轟と似ているし、タイプはそっくりだな。

 

 ただ、アイツほど近接戦はやれないとみた。

 

 脳無とは違い、個性の複数持ちは通常警戒する必要はない。

 炎は炎、氷は氷。轟のように強力な個性へと変貌することもあるが、普通は相手の戦略性はある程度固定化されるんだ。

 

 炎だとタネが割れて仕舞えば、警戒するのは一つ。

 

 温度変化により効果を発揮する薬物である。

 

 火の燃焼による酸素不足なんて諸刃の剣すぎて、あまり警戒する必要性もない。

 

「っハハ、流石完成品(・・・)!」

「事情通で何よりだ、説明する手間が省けるからな!」

 

 足払いで姿勢を崩し、受け身をとった炎使いの顔面をサッカー蹴り。死にはしないが、それなり以上のダメージは入るだろう。

 背後から近づいてきているマジシャンが何をしてくるかわからない以上、距離をとっておくに越したことはない。

 

「待てよ」

「離せよ」

 

 気絶してないのか? 

 普通の人間なら気絶するくらいにはイイ(・・)のぶち込んだのに、この蒼炎ヴィラン──痛みに慣れてる? 皮膚は焼け爛れた痕か! 

 

 こっちだってかなりの力篭めてんのに、対抗してくる。

 

 素の力にしたって強い。コイツ、俺と同じで外れてるのか? 

 

 とりあえずコイツの炎は自己再生で無理やり凌ぐことにして、マジシャンを警戒する。

 これみよがしに指先をピクピク動かしてるし、コイツ多分そういうタイプだな。触れた相手をどうにかするパターンか。そういう相手は大体悪趣味な個性を持っている場合が多い。

 

 炎で視界が埋まる前にマジシャンの位置を把握し、どこへ触れようとしてくるかだけ予測する。

 若干大ぶりな感じからして胴から上か? 

 

 到達するまで時間を大まかに計算、視界が燃えるまでかかった時間がこれくらいだから……よし。

 

 熱でぐずぐず言い始めた身体を強制的に再生させながら、あらかじめ予測しておいたマジシャンの攻撃を避ける。熱で身体が溶けてても、痛みさえ堪えれば動けるだけ電撃よりマシだな。

 

 酸素は問題ない。

 ある程度なら自分の身体の中で酸素を回せるようにしたから、短時間なら燃えたままで戦闘できる。

 

 クソ熱くてクソ苦しいのが難点だ。

 

 マジシャンを避けたのち、掴んでる手を全力で踏み付けその場から離れる。 

 脳無は逃したくない。逃したくないが、コイツらの狙いが少しズレてる。多分だが、狙いは俺そのもの。脳無じゃない。

 

 俺を殺す必要は一切ないのに、躊躇いなく殺してきやがった。

 

「親玉が俺を呼んだのか?」

「いや、お前本気で人間か?」

「失礼な奴だな。見た目はお前より人類らしいだろ」

「あーあ、傷ついちゃうなァそういうの。ヒーローが人を傷つけてイイのか?」

 

 少しずつ治ってきた視界の中で、爛れた男が言う。

 

「俺はこう見えて繊細なんだぜ? あることないこと言いふらしちゃうかもな」

「好きにしな。陰謀論による謀殺は対策済みさ」

「ハハ、面白い奴──じゃあよ、これはどうだ?」

 

 マジシャンと横並びになり、ポケットの中を弄る。

 取り出したのは小さなビー玉サイズの何かだ。

 

「これ、なんだと思う?」

 

 視力を強化し、それを見る。

 催眠系の個性が封じられていた場合厄介なので、それに対して自動発動する暗示をかけるのも忘れない。

 

 その球の中には──は? 

 

「ジャジャーン、本家本元ヒーロー科A組の女の子です」

 

 何も、見えなかった。

 そうだ、何も見えない。中に入っている人物が見えない。

 

 A組で、見えない──そんな人間、一人しかいない。

 

「タイミングが良くてさァ、もうズタボロの敗走中に通りがかったんだよ。狙いは爆豪だったし、お前は脳無が殺すと思ってたから興味なかったんだが……いやいや、面白いものを見せてもらったし、そのお礼に捕まえといてやったんだ」

「今すぐ離せ」

「じゃあこの場で死んでくれるか?」

 

 ギリっ、と口から不愉快な音が鳴った。

 

「ハハっ! イイなぁ、イイなぁその顔! そうだ、それだよその顔だ! アイツにもそう言う顔をさせてやりたいんだよ!」

 

 どうする。

 中身を明確に理解できないビー玉一つでこうも動きを封じられるとは考えていなかった。

 

 あれが、ただのビー玉ならいい。

 問題は、本当に葉隠が囚われていた時だ。俺はみすみす葉隠を見逃すことになるし、オールフォーワンの元に送られたら最後、もう……いや、やめよう。そこから先は考えていいラインじゃない。

 

「コイツ、ああ、コンプレスって言うんだけどな。個性を利用すればこう言う風に、ちっこい球サイズまで空間を限定できるのさ」

「オイ荼毘、そこまで言ったらネタバレどころじゃないだろ」

 

 荼毘にコンプレス、ね。

 ヴィランネームなんざどうでもいい。コイツの言うことが本当なら、その中に葉隠が空間ごと小さくなってると解釈するべきだ。

 おっかけ回して取り返そうにも、コイツがダミーで空を用意していたら終わりだ。俺はその中身を見分けることはできない。

 

 ……詰み、だな。

 

「あー、わかったわかった。俺はどうすればいい?」

「流石に物分かりがいいな。ワープで飛ばされるだけさ」

 

 流石に荼毘が近づいてくることはないが、微かに霧が展開される。

 気になることは幾つかある。いくつかあるが、それは飲み込もう。俺にできることは、一つしかない(・・・・・・)

 

 霧が全身を包む直前に、右手で反対の人差し指を折って千切る。

 

 そしてその人差し指を、ノーモーションでコンプレス(・・・・・)へと放った。

 

 初速は先ほどまでには匹敵しないが、それでも当れば骨折程度はするだろう。

 どちらかといえば鋭利な先端を向けたので、貫通するかもしれない。

 

 荼毘は俺と同じく、裏でひたすら保険をかけるタイプだと仮定した。

 

 煽り方や詰め方が似ている。

 合理的で悪辣で、的確にされると嫌なことをする。そんな人間が、わざわざ本物を持ち歩くか? 証拠品を見せなければ納得しないとはいえ、ブラフにしたってリスクがありすぎる。

 

 俺の予想が正解なら、本当に葉隠を隠し持っているなら──俺ならば隣の影が薄いコンプレスへと持たせる。

 

 だから、先程少しだけコンプレスを見たときに癖を観察した。

 

 アイツは右手と左手──右手を重要視する癖がある。

 

 右のポケットに替え玉と本物を所持していると、完全に山勘だ。

 

 狙い通り、まさかこのタイミングで仕掛けてくるとは思わなかったのか二人とも反応が遅れる。

 コンプレスのポケットからわずかにそれて、若干腹部へと突き刺さる形で指が命中した。

 

 舌打ちを漏らしそうになるが、俺の期待をいい意味で裏切った現実が訪れる。

 

 コンプレスが液状化し、その場から少し離れた場所から音がした。

 地面に着地した音だ。

 

 だがその場所に誰かがいるようには見えない──つまり、葉隠は今解放された。

 

 ここまで粘れただけいいな。

 もう霧に包まれて何も見えない状態だ。USJでも味わったがこの感覚は微妙に気持ちが悪い。

 

 結局話をすることも出来なかった。

 何もかも手遅れで、後悔ばかりだ。きっとこの先、待ち受けるのは最後だ。

 

 だがまあ、いざという時の保険も家に残してある。

 

 自分の言葉を。

 

 鬼が出るか、蛇が出るか……前にも案じたこの危機感を、もう避けられないと予感しながら、独特の浮遊感へと身を任せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




マジで難産でした


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始まりと終わりの地

 妙に鼻につく匂いだ。

 臭い(くさい)と表現するのが正しいかもしれない。

 

 不愉快なのは間違いない。

 

「……あー、なるほどね」

 

 軽く様子を見てみれば、ここはどこかの施設の中らしい。

 即殺すってスタイルじゃないことに感謝するべきだな。いや、死ぬ方がマシな目に遭う確率の方が高いんだが。

 

 嗅ぎなれた匂いはしないから、葉隠は近くに居ない。

 

 なんとか助けられたならいいんだが……まあ、場所が変わるたびに探しておくべきだな。

 

 太いパイプがいくつも配管され、巡り巡って奥の部屋へと向かっている。

 わかりやすい配置だ。露骨なまでに必要な場所が集約されている──さてさて、なにが出てくるか。

 

「……なんてな」

 

 ゾワゾワする。

 

 身体の奥底から引き摺られるような、引力にも似た感覚。

 まず間違いなく碌な目に遭わないだろうな。いっそのこと、ここで自殺するか? ワンフォーオールという切り札を使った今、まあ、まだ抵抗出来るが──最悪のルートを辿っているのは間違いない。

 

 死んでも悪用されそうだから無しだな。

 

 歩みを進めるしかなさそうだな。

 ご丁寧にも戻る道は封じられているし、ていうか、わざわざ用意したのか? 父親の愛が強すぎて涙が出そうだ。

 

「お優しいことで──なぁ、親父殿」

 

 

 

 

 

 歩き続けておよそ十分程度。

 かなり深い場所まで作られているのだろうか、僅かな照明を頼りに照らされた道を歩いて行く。相変わらず管塗れで不気味だが、まさしくヴィランの住処と言えるのではないだろうか。

 

 一時は世界にすら手をかけた巨悪がいまはこんな場所に封じられていると思うと、時代と言うのは大きく変化するものだと思わされる。

 時代と言うか、諦めない人間の底力って言うのかな。

 

 死を何度も繰り返して受け継がれて来た強さ。

 

 果たして個性が戦っているのか、それとも人間が戦っているのか。

 

「おっ」

 

 そんな事を考えていたら、少し広めの空間に出た。

 ドーム状と表現すればいいのか、横並びで複数の液体の入ったポッドと機械が連なっている。

 

 ピピピ、と異質な機械音と同時に扉が閉まった。

 

「……はーん、そういう事ね」

 

 退路を断ち、先に進むには障害を乗り越えなければならないと。

 

 先程まで並んでいたポッドが罅割れ、液体が溢れるのと同時にその正体が露わになる。保須やUSJで見た脳無が複数体、同時に出現した。

 その視線は真っ直ぐに俺へと向いており、実験の為かなんなのか付き合わされるようだ。

 

「──ボスラッシュか!」

 

 瞬間、駆け出す。

 脳無に思考する時間を与えてはいけない。

 

 合宿で襲ってきた脳無がこれまでで一番の完成体に近いとはいえ、グレードの下がる脳無もそれなりに脅威である。

 

 特にUSJの個体、コイツが厄介だ。

 パッと見保須が四体にUSJが二体、ランキング上位でもないヒーローじゃ話にならない戦力だろ。それをヒーローですらないただの卵にぶつけるとか、難易度調整ミスってんじゃねぇのか。

 

 保須個体の動きと、俺自身の動きを比べて危険度を定める。

 現時点で速度は俺の方が上、どんな個性を持っているのかがわからんから無茶は出来ん。神経ガスとか凶悪なのはやめて欲しいが──まずは、まだ動き出してない脳無の顔面を掴む。

 

 再生能力に祈れ。

 

 首を捻じ曲げて、身体部分を足蹴にして更に移動する。

 飛び跳ねるように脳無の首から上を破壊しながら更に次の個体へと手をかけた。

 

 残念ながら消し飛ばすような攻撃力は持ってないので、とりあえず脳天を破壊する事で動きを封じる。

 

「──っと!」

 

 三体目に手をかけた時点でUSJの奴が動き出した。

 

 相変わらずの巨体だが、個体差はないらしい。

 

 そこにバリエーションを持たせたのがさっきの奴か。

 どんどんバージョンアップさせてんのか、どれだけの人間を混ぜ合わせたらそうなったんだ? 

 

 デザインされて造られた俺が耐えられない個性複数使用を恒久的に使えるようにする改造人間──まったく。

 

 振り向けられた拳を、瞬間的に引き出した腕力で無理矢理捻じ曲げる。以前から力の方向性を変えて受け流す技術は持っているが、それを応用する。力のない人間が武力に対抗するために生み出されたのが技術だが、力を持っている人間が使えない道理はない。

 

 いまや俺以上に人体を理解している人間の方が少ないのだから。

 

 受け流す、のではなく。

 

 跳ね返す。

 

 それも捻じ曲がるように軌道を描かせて、無理な腕の挙動へと強制的に変更する。

 

「普通の人間相手には出来ないわな!」

 

 緊急搬送で治療できなければ取り返しのつかない程の断裂を身体中に刻む。

 相手のパワーが大きければ大きい程反動が強くなるのだ、オールマイトに対抗できる強さを持つ脳無の全力に加えて『人間として出せる限界の力』を出せる俺が合わされば──! 

 

「──次ィ!」

 

 細かく破裂した脳無からターゲットを変更する。

 潰れた仲間を見て攻撃を止める事も無い。学習するという機能は、コイツらには実装されてないんだ。

 

 憐れな改造人間だ。

 

 最上位にもなれず、俺にもなれず、ただ言われるがままの駒。

 

 同様に向けられた拳に対して同様のカウンターを放ち、また脳無の身体が四散する。

 

 残っていた保須型の脳無が隙を狙ってくるが、相手の力に頼る必要も無い。

 俺自身の身体能力で十分対処可能な耐久力しかないのだ、首から上を足刀で蹴り飛ばして、この場所にいた脳無は全て沈黙した。

 

「……で、扉が開く訳な」

 

 最初に複数体の脳無。

 

 何かを踏襲してるとすれば、なんだろうか。オールフォーワンはオマージュなんて高尚な事はしないが、皮肉な因縁は刻もうとする性格だ。そもそもがオールマイトへの嫌がらせが目的だし、そこら辺を考えていくのがいいか? 

 

「既に術中なのは避けようがないんだが……」

 

 流石にこの状況じゃ従うほかない。

 

 示されるがまま、何かに誘われている通りに先に進む。

 

 いきなりオールフォーワンが待っているってことは無いだろうとは思う。

 

 脳無、まあ一番強いであろう個体を除けば対処可能。

 一番強いのが出てきたらどうすっかな。アイツら本当に天敵だよ。ひたすらにスペックが高く、それでいて戦闘IQが頗る高い。対処できるプロヒーローですら数える程だ。

 

 トップ10なら辛うじて、だと思うね。

 

 でも沢山出してこないって事は、それだけ調整が難しいんだろう。

 

 ……待てよ。

 今更だが、アイツらの目的はなんだ。

 

 オールマイトを憎んでいるのは知っている。そのために俺は生み出されたから、そこに因縁が少しでも存在するのは理解している。

 

 だが、これまで仕掛けてきた手はオールマイトを直接的に殺しうる可能性を秘めたものではない。

 USJが一番近かっただろうが、達成するなら俺を殺した脳無を複数体出せばいいだけだ。

 

 まさかプロトタイプの一体しかいないのに出してくるわけがないだろうから、完成したのが遅かった……? 

 いや、それだけじゃない。仕掛けてきたのはオールフォーワンではない、死柄木弔というヴィランが主役になっていた筈だ。

 

 そうだ、これまでの事件はオールフォーワンが直接的にやったのは合宿の脳無くらい。

 

 USJは死柄木弔の初陣、保須で脳無が出てきたことから恐らくそっちにも関わっているだろう。だがあの程度の被害をわざわざ出そうとするとは思えない、ならば死柄木の仕業だと考えるのが道理だ。

 

「──手駒を育てている?」

 

 オールマイトの手によって信用できる配下が潰され、オールフォーワンは敗れた。

 だからと言って、互いに弱体化した状態で手下を補強しようとするか? そんな訳があるか、もっと直接的なプランを──……練る……。

 

 直接的なプラン。

 

 俺がそうじゃないか(・・・・・・・・・)! 

 

 俺の身体の中に流れるオールフォーワンの血は、ただの流れる血でありながら人格を有する異常な残滓。個性によるものなのか、それともオールフォーワンの異常性なのかは謎だが、少なくとも俺は【オールフォーワンに成る可能性がある】。

 傷ついた身体を綺麗に修復できる可能性がある訳だ。

 

 全てを仕切り直して、なおかつオールマイトへの嫌がらせをした上で徹底的に屈辱を味合わせた後に再臨なんてことも出来る。

 

 クソ、なんでそっちの方向性を考えなかったんだ。

 俺が勝手に育ったのとは別で、自分自身で育てれば確実になる。嫌がらせと未来への投資を並行してできるならそりゃあやるだろ。

 

「だからか、だからあの時……!」

 

『君は、僕の息子だ──個性の事を、よく考えてみるといい。そうすれば、君はまだまだ強くなれる。僕を超える程に……』

 

 体育祭で言われた言葉を思い出す。

 

 これは言葉通りの意味だ。

 俺の個性を用いればOFAもAFOも思うがまま、どちらへ転ぶのかは俺次第。そしてオールフォーワンにとってはどちらに転んでも美味しい、そんな状況に勝手に嵌まってくれる。

 

 AFOの再臨でも、OFAすらも兼ね揃えた正真正銘悪の帝王が降臨しても。

 

「アイツの狙いは──」

『満点だ、志村我全』

 

 声が響く。

 俺の内側からか、それともこの施設すべてからか。

 

『僕の遺伝子を持つとはいえ、あの女の息子だ。理想論を抱いたまま死んだヤツとは違い、現実との擦り合わせも出来ている。数年前であれば仲間に欲しいと願う程には優秀だ』

「そいつはどーも。下克上かましてやるよ」

『その生意気さも可愛い物さ。現状を理解してなおどうにか足掻こうとしているのは本当に見ていて心地が良い』

 

 性根の腐った野郎だ。

 

 志村菜奈の記憶を通して悪辣さは理解しているが、記憶をリピートするのと新しく目の当たりにするんじゃ不快感のレベルが違う。

 

「で、ここは何処だ? お前が俺に望んでるのは二つ、オールフォーワンに俺が呑まれるかワンフォーオールを発現させるかどうかだろ」

『その答えは既に得ているだろう? 僕がするのはこうやって、親子の団欒を楽しむひと時を提供することだけさ』

「あーあ嘘くせぇ。……アンタが出て来たって事は、既に順調に計画が進んでるんだろ」

 

 少し声を張り上げて問いかけてみれば、何が面白いのか、腹の底から滲み出た嘲笑が聞こえてくる。

 

『そうだね──今、上では面白い事が起きてる。僕はそれを味わってる最中でね、いわば仕事の合間に息子に電話をしているサラリーマンのようなモノだ』

 

 面倒くさい遠回しな表現をしやがる。

 

 それに無視できない単語も出た。

『上』──つまり俺達は下にいる。ここは地下だと考えればいいだろうか? 

 

 コイツが面白いと表現するのは、現時点で有力なのがオールマイト関連。

 

 わざわざ一介のヴィランが暴れている事件の事を面白いと表現することは無いだろう。

 消去法で考えていけばこの答えが出るってだけの話だ。

 

 それでいて、俺に声をかける余裕もある。

 ……オールマイトと親しい人間に何かがあったのか、それとも精神的なダメージを負わせる何かを暴露したか。メディアにだってシンパがいるだろうし、仕込むのは容易いだろう。

 

『一つ、ヒントを上げようか』

 

 思案する俺を嘲笑うように、オールフォーワンが声を出す。

 妙に上機嫌で、跳ねるような楽しさも感じ取れたのが不愉快だ。

 

『林間合宿での雄英の失態、二人の生徒の誘拐(・・・・・・・・)、ワンフォーオールの残滓──今まさに、事が進んでいる最中さ』

 

 二人、二人だと? 

 もしや葉隠が捕まっていたのか。俺が助けられたと感じ取った匂いは偽物だった……いや、そんな筈はない。間違える訳が無い、俺はそういう風に出来ているから。

 

 だが無駄なブラフを張るとは思えない。

 雄英の失態、これはまあ情報が漏れたことに対してだろう。内通者が存在するのか、単純に情報管理が甘いのかは判断できない。相手が悪いともいえる。

 そして、ワンフォーオールの残滓──林間合宿で俺が使ったワンフォーオールの事か? 

 

 いや、そんなのは何の情報にもならない。

 

 ワンフォーオールの残滓、何かの比喩? 

 

『僕から言えるのは、ここまでだ。前に進むといい』

 

 そう告げて、それきり声は聞こえなくなった。

 掌の上で転がされている感覚が拭えない。相手が格上だから、どうしようもない位には格上だからしょうがないとは言えるが──悔しいな。

 

 警戒しながら進み、およそ五分程度。

 

 大して広くもない、だが中央に古いテレビが配置された部屋だ。

 よくあるワンルームより小さい。倉庫と言ってもいいくらいの広さ。

 

『──……す、戦っています! オールマイトが今、街を破壊したヴィランと戦闘を!』

 

 これは……テレビ中継か? 

 ヘリの音に混じってなんとか声が届いている。上空からじゃないと放送できない程度には状況がおかしくなってるのか。

 

『あの姿は、オ、オールマイト……?』

 

 ザ、と一度ノイズが走ったのちに映像が映る。

 そこに映し出されたのは、頼りない細く小さな背中。そのコスチュームは時代を象徴した偉大なモノで、今を生きる人間であれば誰しもが見た事のある背中だった。

 

 ──ワンフォーオールの維持が出来ないのか! 

 

『そう、だから残滓(・・)さ。搾りカスで、あの状態の僕にすら苦戦している。無能な後継に託したが故の破滅さ』

『これで、僕に対抗できる個性を持ったのは……いや。ワンフォーオールを所持するのは、君と緑谷出久だけになる。平和の象徴は死に、新たな時代の幕開けだ』

 

「──だから、ここで終わらせよう。我全、我が息子よ」

 

 突如として肉声へと切り替わり、テレビの上の配管がズルズルと移動をしていく。

 上から差し込む僅かな光が地下の照明すら食い潰し、黒い影が下りてきた。

 

「僕はオールフォーワン。あの時(・・・)の約束をここで果たすとしようか」

 

 テレビの右上に映る、LIVEの文字。

 嵐のような戦いを繰り広げるオールフォーワンとは、全く別の姿──マスクすら付けていない、完全体となったオールフォーワンがそこにいた。

 

 



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天と地ほどの差はあるが

「僕はね、思うんだ」

 

 崩落した地下の中、瓦礫と埃が舞う中で、一人安全圏を維持したままオールフォーワンが語る。

 こっちは落下してくる質量・物理的な範囲・脱出可能な重量・必要な身体の駆動域をわざわざ計算して瓦礫の下に居るんだぞ。

 

「ただ奪うだけなのは楽しくない。いい個性があれば欲しくなるのは確かだけど、それだけじゃないんだ。僕は、人から個性を奪うと言う事実を愉しんでいる」

 

 まさしく人間の屑。

 性根が歪み切っているとしか思えない。自分自身で個性の重要さを研究している癖に、それを大いに飲み込んだうえでこういう事を言う。悪びれもせず、自分が快楽を享受するために手段を厭わない。

 

「最初はオールマイトから奪おうとも考えたさ。確かに奴は強くて、歴代で最も手ごわい使い手だ。君は少し別枠だが──けどね、決して手を出せない相手では無かったんだ」

「……あえて(・・・)一度痛み分けをして、その上で全てを奪おうってか」

「そう! やはり君は僕の息子だね」

「いやな称号だ」

 

 言わんとすることは理解できる。

 

 オールフォーワンという伝説とすら言われる巨悪を打ち倒した、因縁浅からぬヒーロー。ナンバーワンとして時代を築き上げた人物という格まで、『自らの敗北を差し出し』押し上げる事で奪う価値をこれでもかと盛った。

 マッチポンプ、とは少し意味合いが違うが……。

 

「作家にでもなったつもりかよ」

「どちらかと言えば光源氏は君だろう?」

 

 英雄源氏物語、現代風に言えばそんな喜劇を俺の人生で作り上げる気だった訳か。

 

「まあ、僕がそっちの方面での歓びが強ければ君にこの場を譲る可能性もあったが……君にとっては残念な事に、僕は破綻者だからね。君の十数年も、オールマイトの人生も、全部全部飲み込んで悦びに仕立て上げよう。ゆっくりと、一滴残らず絞り出すのさ」

 

 そう告げて、右手をゆっくりと上げる。

 

 直感的に攻撃の動作だと理解し、その場から跳ね上がる。

 身体能力の引き出しは常に全開だ。リミッターを外して、その上で限界値を上回る規格を引き出している。正直、もう元には戻れないかもしれない。再生能力とかそういう以前に、人間としての身体が崩壊を始める可能性すらある。

 

 ──だが、諦めない。

 

 どれだけ相手が凶悪で辛くたって、ヒーローは諦めない。

 

 機械の管が大きくうねり、生きている生物かと見間違える程の柔軟性を持って襲い掛かってくる。音速は優に超えた速度で襲い掛かるソレに対し、大地を蹴り、ぶら下がっているケーブルを掴み、それを更に引き千切る様に慣性を生み出して加速する。

 オールフォーワンの複合された個性を相手にするには手札が少なすぎる。もう少し火力も汎用性も特化性も欲しい。

 

 ないものねだりは斬り捨てて、並列思考を只管繰り返す。

 

 視界に映り込んだ情報・聴覚が捉えた音・埃の匂いに紛れた油の香り・触れた物質の耐久度や感触──それら全てを統合して自分の持つデータベースと照らし合わせる。

 

 人間の脳はここまで動かせるのかと、脳機能に正面から喧嘩を売りつつ動き回る。

 

「それだけの動き、それだけの働きをしてなお君では僕に届かない。理解しているんだろう?」

 

 オールフォーワンが戯言を吐くのを耳に入れつつ、しっかりとパイプの相手をしていく。

 母さんの記憶を覗き込んだ時に理解していたが、やはりオールフォーワンの強みはこれ(・・)だ。どこで戦っても100%を出す事が可能な汎用性、それでいて火力もあり、しかも特化性がある。

 

 海で戦えば水や大気。

 山で戦えば森や大地。

 街で戦えば人工物を自在に操る個性を持つ。

 

 コレだ。

 ある意味で個性の到達点とは、コイツの事を指す。

 

「──これはどうかな?」

 

 そう呟いた瞬間、俺は視界が急転した。

 体感速度を異常なまでに遅らせてから事態を理解するために情報を搔き集める。

 

 なんだ、なにを喰らった。

 僅かに胸元に衝撃があるから、吹き飛ばしか何かを喰らったのか? まだ俺は空中に居る、錐もみ回転だと思えばいい。どうすればダメージを抑えられる? 

 

 少しだけ視界が見えた。壁に叩きつける方向性か──そこまで考えて、壁が盛り上がっている事に気が付く。

 エグいな、逃げられない状態に追い込んだうえにこっちが唯一利用できていたアドバンテージを潰しに来たか! 俺がオールフォーワンでもそうするさ、なら……。

 

 空中で大ぶりの蹴りを放ち、僅かにエネルギーを分散させる。

 ほんの少しだけ軌道が変わったポジションで、この程度は誤差だろう。なんの躊躇いもなく位置を調節してきたアイツの逆手を取る様に、差し向けられた鋭い場所へと腹を思い切り向ける。

 

 現状吹っ飛んで最も支障が無いのは胃腸だ。

 

 肺とか、動きにダメージが出るのは許容できない。

 どうせ再生するんだから、肝臓とかそこら辺の今は使わない場所を貫かせよう。

 

 突き刺さる衝撃と、それに伴ってブチ抜かれた腹が激痛を訴えてくる。

 視界が一瞬廻るが飲み込んで、必死にアドレナリンを抽出して自分を誤魔化す。この間僅か0.5秒──誤差だ。

 

 私服が血だらけになってるが、それはさっきから何も変わらないので放置する。

 

「効率的に、それでいてある程度はリスクも飲み込むその精神性。やはり君は(・・)面白い子だ」

「そうか? ヒーローらしく、全部を求めるのも良いと思うんだがな」

「青臭い理想論を掲げた先に待っているのは僕らだ。現実を知る事も無く育った人間が抱きがちな妄想だね」

「どうやら俺とお前では思想の相違が激しいみたいだな」

「僕の仲間は皆理解してくれていたからね。ヒーローは分かり合えない癖に他人に押し付けようとする、全く失礼な連中だよ」

 

 ……どちらが正しい、なんて話はとうに終わってる。

 

 憲法上はオールフォーワンが悪であり、オールマイトが正義。

 だが、まあ、その在り方──個性との向き合い方、と言うべきか。オールフォーワンは結果として、個性で苦しんでいる人々を救ってきた。最終的に悪意に塗れた使用方法に至るとしても、人間の悪感情に従ったとしても、それは救い以外の何物でもない。

 

 オールフォーワンは決して全てを救わない。

 有用性を比べ、他人の悪意を肯定し、強烈なカリスマをもって時代を築き上げた。

 

 オールマイトは全てを救った。

 誰が、何でとか、そんな理屈は関係ない。困っている人間を救うのはヒーローの定めだと謳い、力を掲げてきた。

 

「人間誰しもが理解しあってるなんざ、気持ち悪いだけだろ」

「考えを聞かなくても肯定してくれる。その事の素晴らしさが理解できないかな」

ソレ(・・)が気持ち悪いって言ってんだよ。人は人、個人は個人。お前にはお前の思想があって、母さんにも思想があって、俺にも思想がある。それは必ずしも一致しなくてはならないなんて誰も決めてねぇだろ」

 

 センシティブな話題を持ち出そうとするあたりも気持ちが悪い。

 

「だからお前は唯一の肉親にも否定されてんだよ」

「…………息子の最後の晴れ舞台と思い、多少は手心を加えていたが」

 

 ──少々、加減をし過ぎた。

 

 刹那、オールフォーワンの足元が隆起する。

 それに伴いこの空間そのものが上へ引き上げられている様な、深海から引き上げられるような、そんな重力を感じる。

 

「やはり、母親にだけ教育を任せるのはよくないな」

「抜かせ、子供に図星突かれてキレんなよ」

 

 踏んだ。

 

 踏み抜いてやった。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()! 

 

 お前の無表情を拝める日が来るとは思わなかった。

 そんな絶妙に苦しむような、悶えるような、噛み殺した顔をするのかお前は! 

 

 思わず口角が吊り上がる。

 ああ、クソが。結局どこまで言っても俺はコイツの性質を引いている。俺を散々苦しめてきた相手と同じように、俺もまた、コイツが苦しむ顔をするのが嬉しくて堪らない。

 

「──く、くく。はは、ははははっ! 笑えるなぁ、オールフォーワン!」

「生意気が過ぎるな、志村我全」

「息子呼びはどうしたよ? 余裕がなくなっちまったか!?」

 

 今も尚地の底に引かれるような重力の中で、先程の比ではない攻撃を仕掛けてくる。

 こうやって言われる事すらなかったんだろう。いや、そもそも、コイツの地雷を理解できるのは世界でただ一人──俺だけだった。

 

「──だからお前は、足元を掬われたんだよ!」

 

 個性をフル回転させる。

 狙うべきは、以前垣間見たあの胎動。

 

 俺の身体能力じゃない。純粋な人間として、オールフォーワンとやり合える領域は通り越した。

 

 ならば、次は個性に頼る他ない。

 

 細胞の一つ一つに刻まれている個性因子の脈動を感じ取り、それを自身のモノだと脳に認識させる。

 皮肉にも、オールフォーワンに対抗するために編み出した一度限りの業が、オールフォーワンによって引き出された脳機能を用いる事で成功するとはな。

 

 

 

『──これで君ともお別れか。存外、楽しい日々だったよ』

 

 本来無い部位を弄っている代償か、僅かに希薄になってきた視界の中で、俺の中に潜んでいた父親が話しかけてくる。

 

 コイツは俺の中に受け継がれた遺伝子が見せる人格だ。

 

 決して味方ではない、明確な敵だった。

 常に意地悪い事を話し、最悪を想定させ、俺の先をどこまでも堕ちていくようにと願う悪。

 

 だが、俺が明確に全てを掌握するために個性をフル回転させた今──コイツも飲み込まなければいけない。罪悪感などありはしないが、俺が想定していたよりも妨害が少ない。

 

 大人しすぎるのだ。

 

『僕はオールフォーワンだ。けれど、君の父親でもある。オールマイトにやられ、燻り続けたもう一人の僕とは違ってね、明確に妻とのコミュニケーションも存在していたのさ』

「……だから変わったって? 信じられるかよ」

『性根は変わってないさ。僕は相変わらず誰かが歪むその瞬間を愛している──だからこそ、かな』

 

『誰も敵わない巨悪が歪む瞬間は、どれだけ愉しめるのか。気にならない道理はないだろう?』

 

 ──なるほど、道理だ。

 

 コイツの善性は全く以て信用できない。

 だが、悪意は信用できる。

 

 その唯一無二の称号(巨悪)がそれを証明しているのだから。

 

「……俺も大概だな」

『親子揃って、叱られるんじゃないか?』

「あの手この手で回避するだろ、お前」

 

 ──初めて、コイツと笑い合った気がする。

 そんな瞬間が訪れると思ったことは無い。そんな想像をすることは一切なかった。悪意の塊、善を持ち合わせないサイコパス。

 

『それじゃあね、我が息子(・・・・)

「それじゃあな、クソ親父」

 

 あっさりとした別れだ。

 

 だが、これでいい気がする。

 結局屑なのは変わらない、たまたま目標が変わっただけ。

 ──それでこそ、オールフォーワンなのだから。

 

 

 

 細胞が疼く。

 

 心臓を握られたように、まるで生きている生命体かのような脈動を繰り返し行う。

 

 あふれ出す。

 黒の力が、光の力が。俺の中に刻まれた遺伝子たちが争うことなく、今この瞬間に混じり合う。

 

 気にするものは何もない。

 

 今、この瞬間。

 

「──さァ、行こうか、オールフォーワン!」

 

 高らかに謳い上げる。

 

 二択を選んで選んで選び続けた人生だ。

 誰かの敷いたレールの上を歩き続けた人生だ。

 何も生んでないかもしれない。何にもなれないかもしれない。

 

 それでも、それは嫌だと、自我で抗い続けた末路がここにある。

 

「“個性因子”の、その先に!」

 

 志村我全、最期の見せ場だ。

 

 

 

 

 

 

 

 



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天と地しか選べない。

 身体中に行き渡るエネルギー。

 

 ワンフォーオールの際に生まれた未知の力ではなく、明確に俺の力だと認識できる快適さ。

 

「──ぬ、ぐぐ……ッ!」

 

 視界に紫電が舞う(・・・・・)

 あまりにも莫大な反動だ。

 

 過去に経験したどんな力よりも強い。

 

 ワンフォーオールを一度使用しておいてよかった。

 

「──おおおオォォぉぉ!!」

 

 拳を握りしめ、上に向かって腕を振り上げる。

 音速すらも置き去りにして、遅れて衝撃が放たれた。

 

 ドゴッッッッ!! と大きな音と共に、天井を破壊する。

 瓦礫にすらならず塵芥へと変貌を遂げた破壊の伝播が、どこまでもどこまでも続いて行く。

 

 想定していたよりよっぽど威力が高い。

 

 ワンフォーオールすらも超えた、幾つもの個性の究極の先。

 “個性因子”そのものを操り方向性を定めて、俺だけの進化を付け加えた。言うなれば既存人類と一画を隔てた細胞組織へと、作り変えたんだ。

 

「これは個性じゃない! 俺の、俺だけの、人間の枠組みの中に“個性”を落とし込んだ新たな種だ! お前には奪えねぇよ!」

 

 既に既存の個性因子とは形も成分も何もかも変質し始めている。

 俺自身、肉体の内部構造と干渉しないように調整しながらの戦闘だ。それを大ボス相手にやるのはそれなり以上にプレッシャーだが──今ならやれる。

 

 脳細胞の一つだって逃さない。

 

 並列に並列を重ねろ。

 流れ込んでくる情報の全てを管理しろ。

 

 今の俺なら、出来る筈だ! 

 

「──往くぞッ!」

 

 一言告げて、オールフォーワン目掛けて突撃する。

 残像すら残らない速度で初速を駆け出し、依然加速を繰り返す。有り余る衝動的なエネルギーを全身へと行き渡らせて、全てを制御する。

 

 緑谷は、ワンフォーオールを持て余していた。

 

 肉体的・精神的に初めから完成されていたオールマイトと違いアイツは一般人だ。

 精神性の狂気は若干引き継いでいるものの、中途半端と言わざるを得ない。そもそも全体的な平和の象徴に至った奴が人間性を維持している事の方がおかしいのだ。

 

 ワンフォーオールのように、強大な力は本来ゆっくりと身体に慣らしていくべき。

 

 ──俺以外の人間は。

 

 俺は全てを経験で補える。

 記憶が経験そのものへと置換できるのだ、できない訳がない。

 

 即順応。

 

 成して見せろ、志村我全。

 それこそが俺の集大成になるのだから──! 

 

 次から次へと襲い来るオールフォーワンの攻撃、性質を曲げ新たな手札となって無数の人工物が飛来する。

 大きな攻撃は砕き、小さな攻撃は風圧で消し飛ばす。全盛期のオールマイトを参考にした戦い方で、この男にとっては最も見慣れた屈辱的な戦法だろう。嫌がらせと同時にダメージを効率的に与えられる理想的な戦闘スタイルだ。

 

 それを、ワンフォーオール以上の出力を完全制御して操る。

 

「本当に、よく育ったものだ!」

「アンタの育児のおかげでな!」

 

 まだ軽口を叩く余裕があるみたいだな。

 

 俺とアイツの距離はどんどん近づいている。

 先程までは二十メートルほど開いていた物理的距離が、いまや五メートル程度。近すぎれば自分の攻撃が当たる可能性もあるから、オールフォーワンの攻撃が先程より細かく多彩なモノへと変化した。

 

 遠・中距離が得意なヤツは近接戦闘が不得手っつー法則性があるが、やはりコイツは優秀だ。

 ひたすら適応して隙が無い。

 

 ときおり拳を振って衝撃波を放ってくる。

 今なら軽く無視できるだろうが、コイツ相手に攻撃を受け流すのは得策じゃない。

 

 その衝撃波に『毒』を仕込む事だってできる。

 

 世界で一番手数を保有する相手に対して、ゴリ押しは通用しない。

 せめて弱体化してくれないとな。

 

 直接ぶん殴るより、未知の攻撃をした方が良い。

 

「──ぶっ飛ばすぞ、オールフォーワン!」

 

 空中で腕を交差させ、勢いを殺さないまま滑空して力をこめる。

 ぐぐぐ、と軋むような感覚を制御し、拳を握ったまま上へと掲げた。

 

 身体の奥底、胸の中心点から紫電があふれ出す。

 

 放出系の個性を取り扱ったのは初めてだが、参考となる連中を見てきた。

 爆豪に轟、放出系の個性でも最上位であろう火力に精密なコントロールを有する二大トップだ。現役ヒーロー顔負けの能力を持つ彼らを間近で見て来たのだ、頼りにさせてもらおう。

 

「おおおォォ────!!」

 

 地下の深くから、今少しずつ上へと向かっている最中。

 オールフォーワンを上に弾きだすのと並行して障害物を削れる技を放つ。

 

 最早ビームとすら表現できる光の奔流が全身を突き抜け上へと撃ち出される。

 

 一秒、二秒三秒四秒五秒──! 

 地下を越えて、空へ届くまで放ち続ける。

 ヤツが用意した戦場ではなく、ヤツにとって完全有利ではなくなった場所へ移す。これだけでやりやすさは変わるものだ。

 

 撃つのをやめて、上に向かって純粋な身体能力で(・・・・・・・・)加速する。

 空中を蹴れば加速できるこの強さはやはり大きい。全盛期のオールマイトがよく使っていた戦い方だ。

 

 そうして開いた穴から一気に飛び出て、入り口をふさがれることを警戒して空高くまで飛び上がる。

 

「────……なるほど」

 

 ここまでくれば復元したほうが早そうだ。

 因子を操作し、ああ、いや。正確には細胞と言った方が正しいか。

 

 まあ、そこを弄って『浮遊』を自らの身体機能に組み込む。

 

 以前使用した際の感覚に加えて、母さんの使っていた記憶もある。

 

 ふわりと空中で静止した後に、下を見る。

 

 オールフォーワンとの問答の時に少しだけ見たテレビ中継の場所。

 どうやらそこの地下に運ばれていたらしい。経緯を理解してないからどうしてここで戦っているのかはわからないが、周囲に有名な建物でもあれば場所が特定できるんだが……見当たらないな。

 

 というか、更地になってる場所がある。

 もしかして俺がやっちゃった感じ? そうだとしたらもう後戻りできないんだが、流石に色々弄れるようになって少し上の位階に来たとは言え、そんな便利な機能は備え付けてない。

 

 いや、オールマイトが戦ってる時点で結構ボロボロだったな。

 

 多分大丈夫だ。そこは気にしないで行こう。

 視力を強化して見渡せば、ヒーロービルボードトップ層が集っている。一部居ない人たちもいるが、錚々(そうそう)たる面子が揃っている。

 

「……オールマイト、そんな顔すんなよな」

 

 チラリと見た表情は、驚愕と困惑と悲哀の混ざったぐちゃぐちゃなモノだ。

 俺を見てそういう顔するって事はネタバラシされたな? 直接的な母体ではないとはいえ、今は亡き恩師の遺伝子を弄んで造られた息子がいるなんて情報は嫌だろう。寝取りは趣味じゃないだろうしな。

 

 ああ、そうだ。

 なら一つだけ、確実に安心させられる仕草がある。

 

 息を大きく吸い込んで、叫ぶ。

 

「──俊典!」

 

 両手の人差し指を口角に当てて無理矢理笑顔にする。

 きっと、俺の本当の個性や事情もオールフォーワンによって聞かされているんだろう。最も最悪なタイミングで、最も最低な事を。それを安心させる材料は無いが、俺がよりよい方向を選んだと伝える為に。

 

 オールマイトにだけ、伝わればいい。

 

 俺はヒーローになるよ。

 どれだけ苦しくたって辛くたって、そういう時は胸を張るんだ。

 笑顔で明るく前向きに、それがヒーローってもんだろう! 

 

「個性という、枠組みを外れた力……納得したよ、それじゃあ僕は奪えない」

「どーよクソ野郎。少しは驚いたか?」

「強力なのは認めよう──だが、それで僕を倒せると?」

 

 ダメージを食らったのだろう、多少は煤けた様子を見せるオールフォーワン。

 一度手痛い攻撃を受けたからか先程より落ち着いた様子がある。あのままキレたままだと良かったんだが、そこまで甘い相手ではない。

 

「倒せるさ」

 

 それでも、宣言する。

 

 お前は強いよ。

 積み上げてきた重みも、重ねて来た経験も、俺より数倍以上ある。伊達に一世紀近く生きて来た訳じゃないんだ。

 

 ──だからこそ。

 

倒すんだよ(・・・・・)

「──よくぞ吼えた!」

 

 オールフォーワンの背後から泥があふれ出す。

 

「僕が今用意できる、最高の手札だ! フォーマットも終えて完全な状態へと移行した脳無たち──ハイエンド三体。凌げるかな?」

 

 ゴボリ、と音がしたかと思えば次の瞬間には目の前に脳無の黒い手が映り込む。

 今さら手下を嗾けて来た所でもう通用はしない。無限に個性を持つわけでもない、ただ闘うための個性を備えただけの改造人間なんざ相手にならねぇ。

 

 両手足を駆け巡るエネルギーを感じ取り、眼前まで迫った腕を引き千切る。さっきまでテレビ放送されてたみたいだが、まあ、不可抗力だろ。

 

「お子様は見るの注意しとけよ!」

 

 紫の残光と共に、刹那に空を駆け巡る。

 うねり渦巻きを描くように、それでいて真っ直ぐな直線を表すように、自由に空を翔けるのだ。

 

 通り過ぎるその合間にハイエンドと言われた脳無の四股を打ち砕き、脳漿を蹴り・殴り・千切り──完全に戦闘不能にする。

 

「瞬殺か!」

 

 オールフォーワンに肉薄し、殴り掛かる。

 全距離オールマイティに熟せるだろうが、近距離まで近づかせることの方が少なかっただろう。

 それこそ、オールマイト以来になるのか? 

 

 俺の振りかぶった拳に対して、オールフォーワンも合わせてくる。

 

 インパクトのタイミングをずらしてきたが、その程度は織り込み済み。 

 一度の攻撃で通らないなら、通るまで攻撃を重ねればいい。

 

 もう踏ん張る必要も無い。

 

 とにかく拳を、脚を、ひたすらに撃ち続ける。

 

 それに対してオールフォーワンも合わせてくる。

 一体どれほどの個性を併用しているのか──性根は悪だが、やはりその才は生中なモノではない。

 

 その個性を扱うが為に生まれた訳では無いのに、それだけ使いこなせるのは……お前だけだよ。オールフォーワン。

 

「──だから、ここで終わらせる」

 

 お前の手で生み出された、誰かの為にしか生きる事が出来なかった俺が、お前を終わらせる。

 きっとお前はここで敗北してもいいように二手三手打ってあるんだろう。しない訳がない、狡猾で悪辣な悪意の王が忘れるわけがない。

 

 だが、今ここで俺と相対しているお前は『俺の因縁』だ。

 

 僅かな瞬間。

 ほんの少しのタイミングが遅れたのを見逃さずに、オールフォーワンの顔面をぶん殴る。

 多分、今の俺の出力で本気で殴れば山の一個分くらいは消し飛ばせる。それ以上を有する事も可能だろうが、ここはあくまで街中。被害を最小に抑えるべきだ。

 

 お前を捕らえるべきなんだろう。

 お前を捕まえておくべきなんだろう。

 

 だが、お前は──今の人類には抑えきれない悪魔だ。

 

 ありとあらゆる手を使って世界を握る、そんな予感すらある。

 未来予知の個性、なんて第六感じみた物を使わなくてもわかるんだ。お前を捕まえた所できっと事態は好転しないし、この国も良くならない。

 

 脳を揺らすように数度拳を当てて、ぐらついた所に本気の一撃を当てる。

 足に力を籠めて、狙いを定める。

 

「……僕を、殺すかい?」

 

 ニヤリと、どこまでもいやらしく笑いかけてくる。

 コイツも理解してるんだろう。俺が捕まえる気が無いと言う事を、そして、その命を奪おうとしている事も。

 

「──ああ、殺すよ。お前はここで殺す」

「ヒーローが、殺人を許容すると?」

「倫理観の問題はとっくに終わったんだよ。たとえ俺が罪を生んでも、お前だけはここで殺さなきゃいけないんだ」

 

 力を籠めている脚が軋み始めた。

 いや、この感覚は──

 

「──でも、直接的にお前を殺した所で意味はない」

 

 全てを飲み込んで、問答を返す。

 俺が全国民の目の前でコイツを殺しても、コイツはただ死んだだけで何もない。

 ヒーロー免許も持ってないのに個性を使用してる時点でまあ、大分アレだが、俺は憂さ晴らしをして終わってしまう訳だ。コイツの策略に嵌まって。

 

 それは嫌だ。

 

「だから、お前が死んでも死ななくてもいいようにするのさ」

 

 個性が発現して数世代、それにも関わらず未だ未開の空がある。

 俺達人類が現時点で生存する事すら出来ない、ただ生きて行くことが不可能な緻密な原子と分子で構成された世界がある! 

 

宇宙(・・)は広い。お前のその探求心と悪辣さを、そこで生かせよ」

「──────」

 

 酸素もない。

 水もない。

 人もいない。

 

 お前しか生きる者がいない、死の空へ。

 

「──ぶっ飛べ、クソ親父いいィ!!」

 

 俺の因子のすべてを籠めて。

 

 俺の人生の二択の末路。

 生きるか死ぬか、殺すか生かすか。

 

 いまだってそうだ。

 自分を犠牲にするか、他人を犠牲にするか。

 俺の人生はずっとそうだった。二択を選んで、選ばされて、考えて悩んでずっと生きて来た。

 

 その人生に別れを告げる一発だ。

 

 これで終わってもいい。

 

 ──だからこそ、この一撃にすべてを! 

 

 オールフォーワンの腹へと足をめり込ませて、上へを全力で蹴り上げる。

 莫大なエネルギーの奔流と共に、解き放った。

 

 爆風と表現する事すら甘く感じる衝撃と共に、光の速度に近づいたんじゃないかと思う程の速度で蒼の空を突き抜けたオールフォーワンを見送って、左腕を掲げる(・・・・・・)

 

 さようなら、オールフォーワン。

 さようなら、志村菜奈。

 

「……おれは」

 

 ああ、クソ。

 右足から少しずつ、身体が崩壊してきた。

 痛みも感触も、まとめて消えていく。俺の全部が消えてく。

 

 俺の生きて来た十数年、築いて来た関係や認識・価値観。

 育んで来たものが無くなる虚無感が込み上げてくる。

 

「…………おれは」

 

 それでも、無駄じゃなかった。

 

 決して、一つたりとも無駄じゃなかった。

 俺の人生は、歩かされてきた人生は、絶対に無駄じゃない! 

 

「──おれは、ヒーローだ」

 

 たとえ全てが灰に消えたとしても。

 ここで俺が終わったとしても。

 

 生きた証は、消え去らない。

 

 ワンフォーオールもオールフォーワンも関係ない。

 

 おれは、志村我全。

 一人の人間としてようやく地に足着いたんだ。

 

 

 

 

 

 

「ヒーロー、シムラだ!」

 

 

 

 

 

 

 











もうちょっとだけ続きます。


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始まりの終わり 終わりの始まり

『神野区で起きた、オールマイトとオールフォーワンの戦い。

 激戦の果てに勝利を掴んだのはオールマイト、この戦いの後に『現役引退』を表明。ヒーロービルボードでも有数の人気を誇るヒーローが複数脱落したことから、『神野の悪夢』と呼ばれています。

 また、その直後に発生した誘拐されていた雄英高校の生徒と、オールフォーワンを名乗る(・・・)ヴィランの戦闘。個性の無断使用は緊急事態下について不問とされましたが、雄英高校の警備やプロヒーローの情報体制に疑問を呈す声も──……』

 

「いやぁ、好き勝手言われてますなぁ」

「…………だね」

「俺達も好きでやられてる訳じゃ無いっての! 悪いのはぜーんぶオールフォーワンなのに、なんで俺達に目が向くんでしょうか? そういう心理について一度ガッツリ調べたことがあるんですけど、気になります?」

「…………だね」

「……ん゛ん゛ッ、俊典

「気軽にお師匠の声出すのはやめてくれ!」

 

 はーやれやれ。

 当事者の俺がこんなにも前向きに生きてる(・・・・)っていうのに、元人気ナンバーワンヒーローは心ここにあらず。既にいない人間の事を考えて悔やんでいるらしい。

 

「いーいじゃないですか、生き残ったんだし」

「あのまま死なれたら私はもうその場で自殺する勢いだったよ」

 

 緑谷少年を残して死ぬ気はないがね、なんて呟く骸骨みたいな容姿の男性。

 

「……本当に、情けなくて仕方が無い。未熟な私を庇って亡くなったお師匠の仇を倒したと思い、ナンバーワンと言われながら平和の維持に尽力してきた」

 

 ぎゅ、とシーツを掴みながら、言葉の節々に後悔を滲ませながら。

 

「それがどうだ! 陰に潜んで、私どころかお師匠も、そして、君に因縁を抱かせてしまった。気が付いてあげる事も出来ずに、踏み込む事すら出来なかったんだ。情けない……!」

「たぶん、母さんはそんな事露ほども思ってないですよ」

 

 嘆くオールマイトと同様に、あの人も善性で構成されている。

 人の不幸を嫌い、幸せを好む。

 

 元は一般人であった母さんが戦いの世界に身を投じたのは幸せが崩壊し、不幸のどん底へと墜とされたから。

 その元凶たるオールフォーワンを許せないと憤ったから、この世界にやってきたんだ。

 

「良くやったって褒めてくれるんじゃないすかね」

 

 多分、そうだろ。

 血が繋がってるだけ、しかも勝手に造られた息子に対して、母親としての愛をくれた。

 本当の息子を可愛がってあげることが出来なかったからその分はあるかもしれない。いや、あった。実際にその感情はあったが、それでも俺は俺として見てくれた。

 

「俺はもう、二択すら選べなくなりましたけど──まだ諦めちゃあいない」

 

 その意思が大切だと、教えてくれた。

 

 諦めるな。

 どんなに苦しくても、辛くても、前を向いて往け。

 それこそがヒーローにとって最も大切な事だって。

 

「だから、気にしなくていいんです。俺も貴方も」

 

 頭の中に声が響くことは無い。

 オールフォーワンも、志村菜奈も、本当の意味で逝ってしまった。

 ……いや、父親の方は消えて有難いけどな。アイツが元凶だし。

 

「志村、少年ッ……!」

「うわっ、泣かないでくださいよ」

 

 男が泣いている姿を見られるのも嫌だろうと思い、反対側──窓を見る。

 窓の外は雲一つない快晴が広がっていて、下を見たいが見れないのがもどかしい。右足は太ももの半ばから先が無く、罅割れが胴体まで広がっている。どんな“個性”を用いても治せなかったことから、多分これは代償なんだろう。

 

 個性の同時併用すらも超えた、規格を飛び越えた存在へと成り上がろうとした代償だ。

 

 これで自分の因縁を打ち払えたんだからいいじゃないか。

 万々歳、奇跡の大団円だと俺は思うよ。

 

「…………でもやっぱ、寂しいもんだな」

 

 自分の身体に当然の様に備わっていたモノが無くなるのは寂しい。

 空虚な感覚だ。それだけが全てではないと理解しているが、それでも、勿体なく感じるのは事実だ。もう少し手があったんじゃないかって、後悔する自分が居ない訳じゃ無い。

 

 ……過ぎた事を何時までも引き摺るのはよくないから、切り替えていこう。

 

「いやぁそれにしたってオールマイト、家も無くなって足も無くなって俺どうすればいいんでしょうかねぇ!」

「ぐはぁッ!!」

 

 ちくちくと嫌味にする気はない自虐を言えば、オールマイトが吐血する。

 ううん、楽しい。なんか、こう……ゲスいよな、俺の発言とか。絶対何とも思ってないのバレると思うけど、オールマイトは俺達(母親含む)に対してあり得ん程のクソデカ感情を抱えている所為でこうなるのだ。

 

 ちなみに相澤先生の目の前でやったら怒られた。

 

「マジでどうしよっかなー……銀行からお金を借りて(・・・)ちょろまかすか」

「駄目な面が出てきてる!? お師匠、私はどうすれば……!」

 

 そこは「私の家で住むと良い! なにせ私はワンバーワン、お金はたっぷり持っているのさ!」くらい言って欲しいよな。

 普段だったら言えるんだろうけど、俺に対しては言えないらしい。

 

 そんな感じで話していたら、コンコン、とドアがノックされた。

 どうぞ、と一言返事をする。

 

「どーも」

「相澤先生、学校は?」

「それも含めて話があってな。オールマイトもいいですか?」

 

 いつも通り、いや、いつもより深く皺を刻んだ担任が入ってくる。

 

「単刀直入に言うが、お前は雄英で暮らすことになった」

「…………あー、成程。そういう事ですね」

「相変わらずの理解力の高さで助かるよ。度重なる雄英生徒への襲撃に、オールマイトが戦力から外れた今警備面での強化をするために全寮制に切り替えてる。お前の席はまだ無くなってないぞ」

 

 お優しい事だ。

 こんな両足動かない、腕に力もロクに入らない、いつ綻びが出るかわからない身体をしている人間を助けてくれるんだ。

 にしても、俺の席は無くなってないか。

 

 もう、ヒーローになる事すら出来ない人間の席を。

 

「それはありがたいですが、多分、俺はもう──」

「いいか志村。これは提案じゃなく決定で、お前は雄英で暮らすんだ。それが俺達を騙していた罰だよ」

「あ、相澤くん! なにもそんないい方しなくても……!」

「こんくらい言わなきゃコイツはあの手この手で逃れようとします」

 

 よくわかってる。

 

「……正直、俺は満足してるんです。人生の宿命も果たしたし、夢を叶えたんです。思い残す事はない」

「わかってないな。お前、ちょろまかしてる罪があるからな」

「それは言わない約束でしょ!」

俺達(・・)はヒーローだ」

 

 はは、まったく。

 本当に優しい人だ。

 

お前もヒーローだろ(・・・・・・・・・)

「──……はい」

「ヒーローなら、罪は清算しなきゃいけないな」

「そうですね、その通りです。僕は一途なんでね、ちゃんと想いを貫き通すべきだ」

 

 そう言われちゃあ仕方ない。

 そうだ、俺はヒーローだ。そうさ、ヒーローなんだ。

 綺麗に物語を終わらせるのもいいが、登場人物であるより先に──俺は、志村我全だ。

 

「それに雄英は人手不足なんだ。優秀な人材は喉から手が出る程度には欲しい」

「相澤くん……」

 

 いつもと変わらぬ表情で、らしくない事を言いまくる相澤先生。

 

「……本題に移るぞ。なんですか、オールマイト」

「いやあ、君は教師が板についてるなと思ってね」

「……サポート科と企業合同で、現在お前の補助器具を作成していた」

 

 ニコニコ笑うオールマイトを無視して、聞き逃せない言葉を漏らす。

 え、俺そんな話聞いてないんだが? いつのまにそんなの──そうか、俺のデータ持ってるから採る必要無いんだ。

 

「身体的な衰えに関しては、色々おかしい部分が多い。お前は『個性ではない力』を使った結果として身体が崩壊したんだろ」

「ええ、まあ。個性因子はもう俺の身体にはありませんよ」

「途中で崩壊が止まったのは、あの脳無の仕業だとも言っていたな」

 

 俺の身体の崩壊は、止める事が出来なかった。

 左足も足首から先が無いし、左腕も右腕も指が二・三本欠けている。頭は特に異常無し、左目を中心に罅割れが口元まで走っている。胴体はまあ、心臓を中心に渦巻くように罅割れている。

 

「仕留めたと思ったんですけどね。他者から引き摺りだす(・・・・・・)個性を所持した脳無に綺麗に持っていかれました」

 

 多分、本当に予測だが、あの脳無の素体──消えた叔父だ。

 オールフォーワンの手下だと思っていたが、まさかハイエンド脳無に改造されているとは。

 

「俺を助けよう、なんて意志は無かった」

 

 きっと意識はなかった。

 叔父としての自我は無く、俺の強さの源を吸収しただけなんだろう。

 

 それが結果的に崩壊を招き、件の脳無は灰になって消えて行った。

 

「運が良かった」

「今生きてるのも奇跡的らしいな。俺は医学的な知識が深い訳じゃないからそこに関しては何も言えないが、今後の事も考えてお前を参考にしたいんだとさ」

「その内出てくるかもしれませんからねぇ、俺みたいな奴が」

 

 一人、個性の枠を飛び越えた奴が現れたのだ。

 次が現れないとは限らない。

 

「生きる理由が出来ちゃったなぁ」

「生きる理由が人助けか。なんともイカれたヒーローの誕生だな」

「母親譲りなんですよ」

 

 ニッ、と笑う。

 

 それもこれも方便なのは理解してる。

 相澤先生や、他の先生方が尽力してくれたんだろう。勿論プロとして名を轟かせている人たちも協力してくれているんだろう。

 

「話を戻すぞ。その作成していた補助器具が完成したから、雄英に見に行くぞ」

「……え?」

「今日は授業が普通にある。放課後になれば全員揃うぞ」

「いや、ちょっと待ってください。今この状況で、俺はアイツらに会わなきゃいけないんですか?」

「その通りだが」

 

 話すと言って結局何も話さないまま終わろうとしたのに、俺は顔を合わせなきゃならない。

 ヤバイ。葉隠と耳郎に殺される。

 

 爆豪にも殺される。

 緑谷はなんか、意外と絡むの楽しいかもしれん。

 

「死んだ」

「お前、外で生死不明って扱いになってんだぞ。ここじゃ安全を確保しきれないから、雄英に戻ってやっと発表する。クラス連中に説明するのは俺じゃないからな」

「あ、逃げた! 逃げましたね!」

 

 明らかにマズいだろそれ。

 え、俺マジで殺されない? 本当に大丈夫? 

 

 今めっちゃ絶望してる。

 ふ、はは、あはは。どうしよ本当、折角生き残ったのに殺されるかもしれん。心配してくれるのが目に見えている。イヤホンジャックで刺されて終わりならいいな~! 

 

「悩めよ、若者。お前の未来は明るくなってるんだ」

「…………そうですねぇ」

「それじゃ、行こうか。既に許可は貰ってるし、器具の出来によっては即日入寮だ」

「マジで言ってます? 俺一応重症患者なんですけど」

「治しようがないんだから居ても意味ないだろ」

 

 ご、合理主義……! 

 ここで炸裂しないで欲しい。

 

 ニヤリと口元を歪ませて、相澤先生が言う。

 

「プルスウルトラ。限界超えていこう」

 

 

 

 

 

 

 そんなわけで、本当にやってきてしまった雄英高校。

 また戻ってこれるとは思っていなかったが故に、なんだか感慨深いモノが込み上げてくる。

 

「──あれから、三週間か……」

 

 二週間以上意識が無い状態が続いてたらしく、意識を取り戻したのが一週間程前。

 身体の傷はこれ以上悪くなることも無く良くなることも無いという不思議な状態で、体力面を考慮してリカバリーガールの治療も頼めなかったそうだ。やってみた結果、効果は無かった。

 

「教師陣で事情を知ってんのは俺と校長、オールマイトくらいだ。流石にお前の話を表に出すのはな……」

「親がオールマイトの師匠とオールフォーワンとか流出したら終わりですよ」

 

 因縁を振りほどいたとは言え、爆弾である事には変わりはない。

 暴露される日が来なければいいなと祈るばかりである。

 

「厄介なもん抱えてるとは思っていたが──……いや、なんでもない」

「お気遣いどーも。俺としちゃ必死に隠してたんでバレなかったのが嬉しいんですけどね」

「……まったく」

 

 ギコギコと車椅子が微妙な音を立てながら動く。

 もちろん相澤先生が押してくれている。両手足が動かないのがこれほどまでに不都合だとはな──まあ、何でもかんでも再生してたツケだろう。

 自分のやった末ではあるが、それを周囲が掬ってくれるのは、なんだろうか。恥ずかしいような情けないような、でも嬉しいと思う感情もある。

 

「志村」

「なんですか?」

 

 いつもと変わらない声色。

 ただ、ほんの少しだけ、車椅子のグリップを握る拳に力が入ったような、僅かな音が聞こえた。

 

「すまなかった」

 

 ──真剣な、それでいて重すぎない言葉。

 この人は自堕落で適当で合理主義者に見えて、ロマンチストで他人想いの部分が大きい。

 色々葛藤を抱えているんだろう。いや、今もそうなんだ。いつだって人は悩んでる。悩んで悩んで、人生を見つめなおして生きているのだ。

 

「俺はもう、十分すぎる程に貰ってますよ」

 

 俺の為にここまで手を尽くしてくれたのだ。

 死なない為に、未来を見せてくれたんだ。半ば諦めていた俺に先をくれたんだ。

 

 それ以上何がある。

 自分の人生を自分で決めるのは当然だ。だからこそ今の俺があるし、その中で発生した損得は俺のモノだ。誰にだって肩代わりさせない。

 

「ホラ、ヒーローはいつだって笑ってないと。ニッ、てね」

「…………そうだな」

 

 珍しく、相澤先生が笑った。

 

「生徒に言われちゃしょうがないな」

「ええ、しょうがないです」

 

 そこからは無言だった。

 ただ、少しだけペースを下げて、夏の日差しを避けるように木陰を進んだ。

 

 

 サポート科に到着して、軽く身体調査を行ってから器具を身に付ける。

 義足と義指、中々ピンポイントな部位だが完璧なサイズだった。装着する際に痛みでも発生するかと思ったが、技術の飛躍は凄まじく痛みを感じず。違和感もなく、自分の脚や腕を認識できた。

 

 身体の罅割れに関してはもうどうしようもないらしい。

 ま、男前になったとでも思っておこう。

 

 後は身体の衰弱具合なんだが──まずは最低限歩けるように。

 基本的な移動は多機能車椅子を作成するので、それでどうにかするらしい。寮を一から組み立てたからバリアフリーは完備だそうだ。そこから手を加えて貰えたと思うと、どうしようもなく有難く感じた。

 

「いやー、手厚い介護ですねぇ」

「あと五十年は生きてもらうからな」

 

 ハハハ、いや、そこまで手をかけられたら恥ずかしくなるから嫌です。 

 人間として生活できる日が何時か来ると信じて、車椅子生活は仕方なし。ある程度の事は元から出来るから腕と指さえ動けば生きて行けるさ。

 

「ま、手続き自体はこれからするよ。入寮できるとすれば二週間後くらいだな」

「おお、もしかして文化祭間に合います?」

「間に合わせる、安心しとけ」

 

 学生らしいメインイベントだ! 

 ヴィラン連合なるオールフォーワンの子飼い連中は逃したみたいだが、俺にとっては気にするべき相手ではない。いや、ヴィランだしどうせオールフォーワンの計画が続いてるだろうけど、俺との因縁は深くない。

 

「……その前に皆に説明しなくちゃいけないんだけどな」

「まあ、オールマイトの個性に関係しない部分なら言っていいぞ。そこはまあ省く感じで」

「わかってますよ、はぁ~あ」

「ふにゃふにゃするな」

 

 とは言いつつも、内心楽しみにしている。

 もう会えないと思っていたけど会えるんだ。これがどうだ? 俺は病院送りにはなったが研究対象にならず、生きるための支援すら貰える。

 最上の結果だろう、これは。いつもいつも助けられてばかりで、これから先返すチャンスはあるのだろうか。

 

「あー、緊張してきた」

「お前でも緊張する事はあるんだな」

「そりゃあそうですよ。幾ら鋼のメンタルを持つ俺としても、流石にあんだけ色々やらかしてんのに緊張しない訳がない」

 

 これで微妙な空気になったらどうしよう。

 俺もう生きて行けないかもしれない。

 

「あー、出来れば全員揃ってないタイミングがいい。爆豪だけいねーかな」

 

 そんな都合のいい事もないだろうが、せめてそこがいい。もっと改まったタイミングで行きたいんだよ。

 

「ほら、見えて来たぞ。アレがA組の寮だ」

 

 20人以上を住まわせる事が出来て、なおかつ十分な生活が可能な環境。

 納得の大きさである。

 

「デカ……」

「お前の部屋は一階だ」

「それはありがたい」

 

 そういう配慮が本当にありがたいのだ。

 

「──じゃ、開けてくれ」

「……え?」

 

 相澤先生の声を合図に扉が開く。

 なんだろう、嫌な予感がするぞ。こう、なんか、嵌められた気がする。

 ヤバくないか? 開けてくれる人がいるのか? 本当にか? 

 

「相澤先せっ……!」

 

 振り向いてみれば、口角が上がっている。

 

「──嵌めたなッ!」

「そら、行ってこい」

 

 抵抗出来ないのをいい事に、そのまま開いている扉に放り込まれる。

 

「あ、相澤先せ──……」

「なんで俺達集めたんス……か」

 

 ロビーに集まっていたクラスメイト──総勢19名。

 全員揃ってんじゃねぇか! 

 

 切島と上鳴が気付き、それにつられたメンバーがこっちを見る。

 あーあ、こりゃやられたよ。

 

「お、おまおまままおま……!!」

「出たーッ! 出たぞーっ!! 確保しろー!」

 

 ドタバタと騒ぎ立ててくる切島。

 

「いやぁ、皆さんお揃いのようで」

「──テメェ!! 死んだんじゃねーのかよ!」

「かっちゃん流石にマズいよ!」

 

 爆豪がキレ散らかしながら近づいてくる。相変わらずで何よりだ、色々あったみたいだしな。

 

「よ! 緑谷」

「志村くん……」

 

 多分俺の事情を既に聞いてるな。

 反応が微妙だし、オールマイトに聞いたんだろう。あの人口が軽いのか固いのか微妙なラインが存在してるからな……。

 

「また今度話そうぜ。聞きたいことあるしな」

「……うん!」

 

 グータッチの一つでもできればよかったんだが、残念なことに今は出来ない。

 

「……………………」

「……いやー、本日はお日柄もよく」

「……………………」

「……あー、その、なんだ。えーとな」

 

 目の前まで歩いて来たベストフレンド耳郎。

 目を合わせるのが怖くて、今は目を逸らし続けている。無言だし。

 

「生きて戻ってこれた。ごめんな」

「…………あんたさッ……!」

 

 ギリ、と耳郎の握り拳が音を立てる。

 

「ほんと、ほんっと、この…………!」

 

 人目も憚らず、泣き崩れ俺に凭れ掛かって来た。

 

「個性も無くなっちまったし、まともに動ける身体すら失った。けどさ、ちゃんと帰って来たよ。色んな人に助けられてさ」

「馬鹿! アンタ、本当に大馬鹿だよ……!」

「うん、馬鹿だった」

 

 俺の右足を見て、更に涙を増やしてしまう。

 耳郎と葉隠には俺が再生する所を見られてる。だから余計に気負わせてしまってるのかもしれない。

 

「……葉隠」

「…………う」

 

 ああ、大切なモノを失った。

 葉隠の香りも、アレだけ何度も忘れないと誓っていた癖に。本当に俺は愚か者だ。

 

「うわああぁぁぁ~~ん!!」

「うおっ」

 

 胸元に衝撃が飛んでくる。

 決して重くなく、それでいて重たい。矛盾する表現ではあるがこれで正しいんだ。軽いけど重い、重いけど軽い。

 

「良かった、よ゛か゛った゛よ゛ぉ~~!!」

 

 ……そっか。

 葉隠と最後に顔を合わせたのはあの時か。荼毘とコンプレスに連れていかれる時だから、俺が焼かれてる所とか見てるのか。そりゃあ心配かけたな。

 

「わた゛、私さ、ほんとにさ、ごめんね……! ごめん……!」

 

 かける言葉がない。

 本当に俺は恵まれた。こんなにもいい仲間を持ったのだから。

 

 

 

 

 天は二物を与えずと言う。

 

 人工的に二物を与えられた俺は、その摂理に逆らった代償を支払った。

 果たして人が手を出すべきではない禁忌だったのか、それとも未だ人類に早過ぎたのか。いずれは到達する可能性の一つであるのは間違いない。

 

 ヒーローとヴィラン。

 

 相反する二つを両親に持ち、未来を持ち、十全に使いこなせる個性を以て生まれてきた。

 祝える出生ではない。呪われた命だっただろう。

 

 けれど、俺は終わらせたくなかった。

 

 芽生えた自意識が、自分を確立しろと叫んでいた。

 

 石ころで終わるな。

 操り人形になるな。

 

 へこたれるな、諦めるな、後ろ向きになるな。

 前へ前へ前へ、進んで進んで進んで。

 

 そうして得た仲間たち。

 天が与えた何物よりも価値がある大切なモノだ。

 

 最初の誓いとは違い、俺が地を這いつくばって、アンタは空に消えた。

 なんともまあ皮肉な話だ。案外人生ってのはそういう風に出来てるのかもしれない。

 

 天と地程の差はあるが、それが結末だ。

 

 ここからは、俺の、俺だけの物語。

 『ワンフォーオール』も、『オールフォーワン』も、これまでの因縁全てが関係のない俺の話。

 

 だからここで幕引き。

 

 この物語は、俺が最高(最悪)な最期を迎えるその日までの軌跡を記したモノだ。

 あなたも、愉しんでくれたか? クソ親父(悪の親玉)

 

 

 





これにて本編終了です。
みなさま、お付き合い頂きありがとうございました。


……そのうち番外編は出すかもしれない。


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番外編
耳郎家期末勉強編


時系列で言えばかなり前になります。
前もって書くと明言してた番外編なので、まあ、解説は要らないかな。

期末試験期間をどのように過ごしていたかになります。
最後にオマケもあります。

本編の後の話ではありません。


 夏の暑さが本格的にやってくる季節。

 通風性のいいそこそこのTシャツの上に一枚薄いジャケットを羽織って、普段使用する鞄とは違うトートバッグを肩から下げて歩いている。

 

 初めて来る土地ではあるが、事前に地図を見ておいたので問題なし。

 

「……ここか」

 

 表札を見れば、洒落たデザインの名前がローマ字で書いてある。

『耳郎』──どうやらここで間違いない。先日約束した通り、今日は耳郎の家で勉強会をする事になったわけだ。

 

「時間もピッタリ。流石は俺だな」

「うわ、ナルシっぽいよ~」

「ん、いい匂いがすると思ったら」

「一言目がソレは流石に酷いよ? 泣くよ? セクハラで」

 

 後ろから来ていたらしい葉隠が話しかけてきた。

 

「冗談さ冗談。仲よくしようぜ、な?」

「人の家の前で何してんのアンタら」

「お、ベストフレンドじゃないか。今日もかわいいな」

「かわっ……」

「あはは、照れてる~」

「照れてないから。どーせ皆に言ってるし」

 

 挨拶みたいなもんでしょ、と一人で納得している耳郎。

 そういう部分がかわいいんだよな、そう思いつつも口には出さない。黙ってニコニコ眺めてればそのうち自爆するから。

 

「ねね、志村くん」

「ん?」

「私は?」

 

 腰の後ろに手を当てて、俺の顔を上目遣いで覗き込む(恐らく)葉隠。

 

「勿論可愛いさ」

「むー、もうちょっと愛情込めて」

「かわいいね~」

「ペット扱い!?」

 

 犬か猫かで言えば猫だ。

 葉隠はなんだろう、犬……いやでも、猫ってタイプでもないな。動物で表すの難しいよ。葉隠はオンリーワンすぎるんだよな。

 

「はいはい、ふざけてないで入ろうぜ……なんだよ耳郎」

「別に」

 

 別に、なんて言う割には不機嫌だ。

 相変わらず女性の機敏は難しい。これを把握して弄ぶ世の中の自己評価クソ高男子達は尊敬するよ、ほんと。たった二人の女の子ですらわからないのが人間の難しい所だ。

 

「お邪魔します」

「お邪魔しまーすっ」

「ウチの部屋でするから、ついてきて」

 

 誰かに勉強を教える事はあったが、こう、友人としてという事は無かった。

『こいつなら確実に教えてくれるだろ』って感じで頼られることは多かったんだがな。ソレで他人に構ってるのに一位を余裕で取るから、爆豪が毎回テスト期間になると苛立つんだよ。

 八つ当たりをするほどではなかったが、俺の顔を見るたびに舌打ちをしていた。

 

 いい思い出だ。

 

「お、そうだそうだ。耳郎の両親に挨拶しなきゃな」

「マジでやめて。本当にやめて」

「えー、でも耳郎さんにはお世話になってますから……」

「誰目線よ。刺すよ?」

「男には退くに退けない時がある──それは今さ!」

 

 キメ顔をしてる俺にイヤホンジャックが突き刺さる。

 

「ぐ、アアァ──!! 目が、目があああァァ!」

「じゃ、まあ、特に面白いモンは無いけど……」

「いえーい、一番乗りー!」

 

 苦しむ俺を放置して部屋に入ってしまう女子二人。

 疎外感、俺の心に疎外感。思わず川柳を謳おうと思ってしまう程度には悲しい。

 

「まあ、お前らにはわからないか。この領域(レベル)の話は……」

「馬鹿なこと言ってないで早く入りなよ。……あんまりジロジロ見ないでね」

 

 若干頬を朱に染める耳郎。

 耳たぶから繋がるイヤホンジャックもほんのり色付いている。な、なんだこの感情。おれはベストフレンドに一体何を……!? 

 

「耳郎はかわいいなぁ」

「……うっさい、はやく入れっての」

 

 耳郎の部屋の中は8畳だった。

 折り畳み式のベッドと、電子ピアノかな? ドラムとかギターとか、とにかく音楽関係の道具が沢山置いてある。

 

「わー、耳郎ちゃんロックロックしてるねぇ!」

「う、や、ハズいから触れないで欲しいんだけど……」

「ちょっとドラム叩いていい? 勿論セッティングは直すからさ」

「勉強教えてよ……」

 

 勉強より先にやらねばならんとメロスだって激怒してる。

 椅子の高さとか、ペダルの位置調節とか諸々を行っておよそ二十秒程度。

 

 ドラムに触れるのは久しぶりだ。

 楽器屋でフリー開放してる電子ドラムを触った以来だから、もう何年も前の話。一回やっちまえば大抵出来るからそれでいいんだけど、まさかこういう形で活きる時が来るとはな。

 

「ん、んー、んあー、こんなもんか」

 

 スパパンッ、と腕を操って、基本となるリズムをなんとなーくで奏でる。

 初心者には見えないだろうが、上手いとも言えない。そんな感じのお粗末な腕前だ。

 

「へー、アンタ本当何でもできるね」

「それなりにはな。万能なだけさ」

「そこは冗談でも器用貧乏って言おうよ」

「悪い。自分に嘘はつけないんだ……!」

「嘘つくな」

 

 ハ~ア。

 ベストフレンドの懐疑的な視線が辛いぜ。

 俺はこんなにも自分に正直に生きているのに。胸に手を当てて考えてみたら頭の中に色々浮かんできたので思考を断ち切る。

 

 それにしても、耳郎の両親が音楽家なのは以前の下調べで理解していたが、耳郎もどっぷり浸かっているとは。

 この感じだと本格的に目指す事も出来ただろう設備があるし、ヒーローという道を選んだ理由が気になるな。俺みたいに、絶対どっちか選ばなきゃいけない奴とは違うだろうし。

 

「古い時代は、音楽が戦争に利用されるなんて事が沢山あったからなぁ」

 

 今の時代はまあ、軽い広告塔としては使われるが滅多な事では起きない。

 国と国の戦争すら起きない時代だ。個性大国アメリカの支配の下、ある程度『コントロールされた犯罪』はあるにしろ大きな被害を伴う戦争は起きない。ヴィランとヒーローの小競り合い、って形で大体纏められてしまう。

 

 オールマイト専用BGMとかたまにあるんだよな。

 処刑用BGMとか。

 

「いい時代だよ」

「アンタ幾つだよ」

「知識を語るのに年齢は関係ないのさ」

「あーもー、ほんっとああいえばこう言う……!」

 

 いいからやるよ! と若干キレ気味の耳郎に手を引かれて、これまた折り畳みの机に教材を置く。

 机はどう見ても新品で、もしかしてこのために買ったのかと思うとベストフレンドの心遣いに感涙してしまう所だった。

 

「耳郎……」

「なにさ、いいからやろうよ」

「お前ホントいい奴だな」

 

 うっさい! 

 俺の目が再度暗闇に包まれた。

 

 

 

 勉強会という名の家庭教師を始めて大体三時間程、程よく小腹が空く時間帯だ。

 キリがいいので一旦止めて休憩を挟むことにする。

 

「耳郎は問題ないな。基礎が出来てるし」

「まあ、不安な部分があったからさ」

「葉隠はヤバい。結構ヤバい」

 

 そんな葉隠はと言うと、知恵熱でも出たのかモクモクと頭から煙を出している。個性関係ないよな? ソレ。

 

「あ゛ぁ゛~~、もう無理~~」

「二教科でこれだぞ。後想像するだけで怖いんだが」

「そこはほら、教師の腕の見せ所でしょ」

「教員を目指した事は無いんだがな」

 

 将来教鞭を揮うことは無いだろう。

 人に教えるのは得意ではあるが、まあ……あ、でもそうか。俺にとって最も合う職業の一つではあるな。

 生徒の名前と顔は確実に覚えられるし、請われれば詳しく教える事だって可能だ。

 

「……そんな未来も、あったかもな」

「まだウチら子供だし、わかんなくない?」

 

 普通はそうだろうな。

 雄英高校を選んだからと言って、確実にヒーローになるわけではない。雄英高校にはヒーロー科以外にもサポート科・経営科・普通科があるのだ。今はヒーロー志望だが、今後何かが起きて変わるかもしれない。

 

 俺以外は、な。

 

「うううぅ、褒美、私に褒美をください~」

「合宿いけないぞ?」

「それは嫌だ! けど勉強も嫌だぁ~」

 

 フニャフニャし出した葉隠。

 コイツ、勉強に飽きたな。まあ二教科分、特に酷いと自己報告してきた奴は何とかなっただろうし、問題点はクリアしたか。なら俺も乗らせてもらうかな。

 

「えいっ」

 

 一息吐こうとした瞬間に、胡坐をかいていた俺の膝元に葉隠が倒れ込んで来た。

 

 ──瞬間、目の前に居た耳郎の目つきが変わった気がする。

 

「なんだなんだ」

「ふふふ」

「おーヨシヨシ」

「猫扱いじゃん!」

 

 うがーと暴れる葉隠の、恐らく頭があるであろう場所を撫でる。

 うーん、猫を撫でる時ってこんな感じだよな。気まぐれな猫が甘えて来たときに、散々ベロベロ撫でまわすんだが意外と甘えてきたりするもんだ。

 

 結構、その、ラフな格好だけど纏まったセンスのある服装してるんだよ。

 上向きでも形が崩れない胸部(独自表現)とか、引き締まった腰のラインとかが見えるんだわ。服だけだから。

 

 侮れん、侮れんぞ葉隠……! 

 

 だが俺にハニトラは通じない! 

 俺の精神は鋼のメンタル、性欲を抑制して男女間の友情を維持することなど造作も無いわ! 

 

「じゃ、ウチも」

「は?」

 

 反対側から耳郎もやってきた。

 ウソだろ……両手に華、全世界の男が羨む光景ではあるがこれは困る。

 どう動けばいい? 俺はどうすればいいんだ、誰か俺を導いてくれ……! 

 

 一人分は凌げても、二人分になれば違うだろ。

 

「──……ぐ」

 

 そっと耳郎の髪に触れる。

 普段からこう、葉隠と違い『好き好き』オーラの無いベストフレンドだ。人目のある場所でのコミュニケーションばかりであったから抑制していたのか、それとも単純にタガが外れたのか。こんな積極的な身体的接触はこれまでに無い類である。

 

 サラサラで、若さもあるだろうがよく手入れされている。

 

 楽器を嗜んだり、趣味が若干女子らしくない──そういうコンプレックスが内面にあるのが耳郎だ。

 この部屋を見ればわかる。普段の言動とか、抑え込んでる節はあるしな。

 

 まぁ、人目も憚らずグイグイ来る葉隠のバイタリティが凄まじいのだ。

 

「……ま、たまにはいいか」

「──響香、友達遊びに来てんだって!?」

 

 バタン! と扉が開かれる。

 

 明らかに男であり、親し気に呼んでいるあたり家族なのは間違いない。

 皮膚を見る感じ男性、ていうか本とか出してる著名な音楽家である。

 

 姓は耳郎。

 はい、確実に父親。この状況を見てどう思う? 

 

 娘、その女友達、二人揃って同い年っぽい男の膝枕(少し形は違うが)をしている。

 

 この瞬間、俺の脳味噌がフル回転。

 どうにかしてこの状況をいい方向に逸らしていく手段は──ある! 

 

お父さん(・・・・)! 響香さんとは──」

「黙ってて!!」

「グアアアぁっ!」

「し、志村くーん!」

 

 深々と俺の眼球を貫いたイヤホンジャック。

 個性の不正使用は犯罪であり、なおかつ暴力系ヒロインという拡大解釈を受けそうな行動。耳郎、これはマズいぞ。俺的にも。

 

「見ない間に娘がクラスメイトとイチャイチャしているかと思えば、しかも女の子二人で奪い合ってるし……ロックだな!」

「耳郎、お前の父さん大丈夫か?」

「もうウチを放っておいてくんない?」

 

 

 

 

「いやー勉強した勉強した! もう私余裕で半分は解ける自信あるね!」

「ウソだろ……何時間勉強教えたと思ってるんだ……」

 

 日が暮れ始める夕方。

 青い空が茜色に染まる時間に、俺達は耳郎宅を出た。

 

「ま、俺と耳郎は大丈夫だし後は葉隠次第だ。俺だって一緒に行けないのは寂しいからな」

「……うわー、ちょっとドキっと来た」

「キメ顔作るから今一度囁いてやろう」

「そういう所が残念なんだよね、アンタ」

 

 勿論耳郎も来ている。

 最寄り駅までは見送ってくれるらしい。ラフな格好ではなく、一枚ジャケットを羽織った簡素ではあるがセンスを感じる服装。

 

「俺優等生じゃん? 自分の顔がある程度整ってるのは自覚してるからな」

「ナチュラルナルシすぎて驚いちゃうよ!」

「まあ峰田よりかはカッコいいんじゃない?」

 

 憐れな峰田はここで流れ弾を食らっている。

 峰田のキャラデザが、という訳では無く普段の言動の差だな。好感度というのはこういう状況に限ってとてつもない効力を発揮するのだ。俺はゲージ最大だとすれば峰田は最低値を突き抜けたマイナス値。

 セクハラとコミュニケーションは紙一重なんだよ。

 

「ふー、やれやれ。自分が天才すぎて恐ろしいぜ」

「たまにどういう思考してんのか気になる時があんだよね」

「ポジティブなのは大事だよね!」

 

 ああ葉隠、俺の癒し。

 やっぱこういうトコなんだよな、この全力癒しオーラは何物にも代えがたい。いつか個性にも効くようになる。

 

「ハァ~、耳郎も見習って……いや、そのままでいいな。やっぱりそのままが一番だ。お前はそのままでいてくれ、頼む」

「いや、意味わかんないし。……まあ、ありがとう?」

 

 素直さと照れ隠しが行ったり来たりするトコロがポイント高い。

 

「んふふ、楽しみだね~合宿!」

「……ん、ウチもたのしみ」

 

 女子二人が楽しそうに話している。

 

 なんだか小説の一節にありそうな光景だ。

 茜色の空の下、クラスメイトの女子二人と仲睦まじく歩いてる。

 ま、青年誌みたいなエロは無いわけなんだが。

 

 俺なんかの事を慕ってくれる友人は、大切にしなければならない。

 

「──志村くん、駅前のお店寄ってこー! 耳郎ちゃんオススメなんだって……さ……」

「いや、ほら、そんなに食べた訳じゃ無いんだけどさ。老夫婦のやってる雰囲気がいいドーナツ屋さんってあるじゃん、そういう感じの……」

 

 急に話すのを止める二人。

 俺の顔を見てピタリと止まってしまった。思わず口角に触れて、例の顔をしているかどうかを確認する。

 

「え、なに。なんかあった?」

「……い、いや。なんでもない」

「ねー、なんでもないよねっ」

 

 そそくさと歩いてきて、俺の手を引く葉隠。

 

「行こ行こ!」

「なんだよ気になるなー」

「気にしなくていいの」

 

 柔らかく笑いながら、耳郎が空いている片手を手に取る。

 

 ──ま、いいか。

 

 たまにはいいんだ、こういう感じで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──―

 ──

 ―

 

 ──どうして今になって思い出したのだろうか。

 

 まだ、手遅れになってない時の記憶。

 ウチら(・・・)が呑気に過ごしていた裏側で、()が何を抱えていたのか。

 それに踏み込むべきだった時の記憶。

 

「……ね、耳郎ちゃん」

「……うん」

「私さ、本当にね、迷惑掛けちゃったんだ。一緒に先生たちの場所まで行けばよかったのに、見られないからって、変な自信もってさ」

 

 ぽつぽつ言葉を漏らす友達の、見えない背中を摩りながら相槌をうつ。

 

「捕まった私を助ける為に、我全くんがね……」

「……ウチも一緒だよ。情けなくて情けなくてしょうがない」

 

 ヴィランが現れて、ヒーロー志望なのに抵抗する事も出来ずに──連れ去られた。

 大事な人だったのに、反応する事すら出来ずに。

 

「こ、これで何かあったらどうしようっ!? 私もう取り返しのつかない事を──」

「──透」

 

 不安を口にする友人の言葉を遮り、顔があるであろう場所を見る。

 見えなくてもその不安は容易に想像できる。私も同じ気持ちだから。

 

「大丈夫。きっと大丈夫だよ」

 

 透に言うようでいて、自分に言い聞かせる。

 アイツは大丈夫。いつも飄々としていて、真意を隠して薄笑いを浮かべている彼。私の淡い想いを知っていて尚踏み込ませようとしない憎たらしい彼。

 

 頭に浮かぶのは、口角を上げて不器用に笑う顔。

 

 大丈夫、絶対大丈夫なんだ。

 

 ──そして、浮かび上がってくる血塗れの姿。

 

 ああ、だめだ。あの姿を思い出してはいけない。ぐちゃぐちゃと音を立てながら少しずつ肉が戻って行くあの異常な光景は、覚えていていいモノではない。

 込み上げてきた吐き気を抑えこんで、激しくなり始めた動悸を押さえつけて、思考を入れ替える。

 

「本当にさぁ、いつもああやって心配させるよね。ウチらがどんだけヒヤヒヤさせられてるか……」

 

 自分の気持ちと場を紛らわせるために文句を言う。

 

「暴露するけど、ウチ、振られたんだよね」

「えっ……?」

「友達で居たいって言われたよ、遠回しに」

 

 悩んでいる事以上のショックを教えればいい。

 正直話すつもりはなかったけど、この際仕方ない。自分の恥を飲み込んで、感情を抑えれば話題の一つだ。

 

「ウチの事嫌いとかそういう事じゃないと思うけど、でもさ。……言いたい事わかる?」

「…………うん」

「すっごい悔しいけど、納得してる。だってウチ、いつだって恥ずかしがってたもん」

 

 恥ずかしがって、言い訳ばかりして、一歩引いた場所に居た。

 この関係が変わらないと思って、いつまでも楽しんでいられると楽観視していたのだ。きっと選ぶことは無いだろう、そして、選ばれる事も無いだろうと思って。

 

「はーあ、もっとグイグイいけばよかったなぁ」

 

 後悔先に立たず。

 いつも馬鹿なことばかり言ってるくせに、誰よりも抱えてるモノが多かったバカなやつ。アイツの思考が移ったような気がする。

 

「だからさ、言いたいことは沢山あるし。きっと大丈夫だって信じよ?」

「──……ん!」

 

 特に根拠もない自信を掲げて、二人で笑い合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──一時間後。

 

 

 

 

 

 

 テレビ中継で、身体が崩れていく“彼”を見た。

 

 

 

 

 

 




ヒロインズ視点を望んでる人が多かったので付けておきました。


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