戦場を駆ける有翼ノ一角獣《アリコーン》 (お猿プロダクション)
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重大なお知らせ(本編を読む前に出来るだけ優先的にお読みください)

まぁダラダラ書いてるからこんな事態になるんだべ


初めましての方は初めまして、そうでない方はおはこんばんにちわ。お猿プロダクションです。

今回は稚作、艦隊これくしょん2次創作「戦場を駆ける有翼ノ一角獣(アリコーン)」を手に取って(?)頂き誠に有難う御座います。

      

さて、実はさる5月27日の艦これアップデートにて、事件が起こりました。主に自分に。

春イベが始まり、さて今回はやるのかやらないのか、やるとしたらいつになるのか……そういや最近ウマ娘も始めたし、イラストの練習とか色々しなきゃなぁ……などと考えてる時にその事件は降ってきたわけです。

ご存知の方はいるかと思いますが、足かけ2年以上にわたって執筆してる稚作では、当時未実装だった潜水艦娘として「伊201」が登場します。

そうですね。先日のアップデートで実装された新規艦娘の1人ですね。

 

いやどーすんねんと。さてどうしたものかと。まさか自分如きが二次創作をやっている時に、こんな事態になってしまうとは想像だにしていませんでした。

2年間やってきた中で、伊201にはそれなりに役所が決まってきていますし、今更本家の方に合わせるわけにもいかない……とはいえ、本家に実装されたならそちらに合わせるべきでは?とも思ってしまい、数日悩んでいました。

 

そこで思い悩んだ結果「稚作の伊201はそのまま据え置き」という結論にいたしました。

何が言いたいかっていうと、「ウチの伊201は原作の伊201と違うけど諸事情あるから理解して許してちょミ☆」つで事です。

 

そにしても「本当に同じ艦艇をモデルにしたのか?」って疑うレベルで似てませんね。黒髪と白気っぽい髪、艤装の感じも全然違う。性格も結構違う……フオイは勝ち気な性格で結構挑戦的な奴だけど、フレイは……なんだろ。ミステリアス風味がある。公式が「すこし危険な〜」とか言われてるし。

やっぱりプロはちげぇわ。フレイちゃん可愛いね。フオイ、綺麗に描いてやれなくてごめんなぁ(泣)。

 

ところで、ウチの伊201は愛称が「フオイ」なのですが、実はこれと並んで最後まで候補だったのが実装された方の「フレイ」なんですよね。

0を「オ」って読むのは伊401の「シオイ」で既にやっているので、それに合わせたんですが……あとなんかフレイだと外人ぽいなと思った。でも実装されたのはそっちでした。ちーん。

 

まぁ……伊201にはね(多くは言えませんけど)これからちょっと酷い目に合ってもらうんで、その点でもね、まぁ……ね。

 

 

以上です。新話は現在も執筆中ですので、乞うご期待!



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設定 用語集

現在までの設定です
二章、三章などでまた追記します。


 アリコーン

 艦娘。かつて計画名「プロイェークト・アリコーン」の下で建造された原子力潜水艦で、正式な艦級は「原子力潜水航空巡洋艦」。

 紫電の髪と炎の様に紅い眼が特徴的な長身の女性の姿をしている。かつての自身の艦長であるマティアス・トーレスを敬愛しており、ほとんどの時間を彼と共に居る。

 カタログスペック上は他のあらゆる艦娘を時代遅れにする程に強大な能力をえているが、初出撃の天号作戦においては推定される消費弾薬の多さや特殊な兵装の補給問題から武器使用を一部に制限されていたが、連号作戦においてはほぼ全ての機能の使用を許可されており、破壊者に相応しい暴れっぷりを見せた。

 

【挿絵表示】

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 伊二百一(イ201)

 艦娘。艦級は「伊二百一型潜水艦」。潜高型とも言われる。

 日本艦娘の中で随一の水中性能を持つ艦娘であり、本人もそれを自覚している。それ故やや男勝りな部分があり、気取った喋り口をする事もある。

 最近は自身より遥かに潜水艦としての能力が高いアリコーンに遭遇した事で性格が少し柔和になり、アリコーンの事を「姐さん」などと呼んで親しんでいる。

 連号作戦においては艦娘隊の到着に先立ち作戦域の偵察を行い、重要目標攻撃の指示などを行った。

 寿号作戦においては友軍潜水艦と共に散開線を敷き、敵艦隊の警戒監視に当たった。

 

【挿絵表示】

 

 

 

 マティアス・トーレス

 以前は原子力潜水航空巡洋艦 アリコーンの艦長を務めていた。

 2019年9月14日、アリコーンとそれに乗艦していた300名の乗員共々スプリング海に沈み戦死したが、なんらかによって現在に蘇った。

 当初は他国のスパイと疑われたが嫌疑は晴れ、鎮守府で持て余していたアリコーンの専属ということで新任提督として(新米)少佐の肩書を拝命している。

 

 

 提督

 俺らであり君ら(メタい)。

 若年だが指揮官としては優秀であり、戦略機動打撃艦隊の提督を務める。嫁艦は金剛改二丙。

 人格者で、年長者であるマティアス・トーレスに対して一定の敬意を払っていて、彼に格別な配慮を行うよう手配したのも提督である。

 

 

 横瀬=ホワード

 米系日本人 42歳

 防衛省日米合同作戦略部門海上作戦課の准将。

 外国系日本人としては初めて「提督」の座に就き、戦果を重ね40代にして防衛省の要職に就いたエリート。しかしながら、大破進撃を始めとした艦娘の状態、状況を無視した無理な進撃を強行する人間で運営からは毛嫌いされていた。大元の防衛省内部ですら評価は二分するものであった。

 艦娘を人間ではなく純然たる「兵器」として認識している節があり、また艦娘を中心とした洋上戦力の運用論にも懐疑的な考えを持つ人間の一人である。

「純人排他」をモットーの所謂“人間至上主義”とも言える考えを持つ男である。

 

 

 北 聖人

 日本人 33歳

 防衛装備庁艦娘戦力評価分析部 分析官

 艦娘の戦力評価や分析はもちろんのこと、そこら得られた知見で深海棲艦の戦力分析も行う。

 艦娘戦力評価分析部は対深海棲艦戦争の開戦以後に設けられた部署で、今では防衛装備庁に働く者にとっての登竜門と言われるほどの重要な部署であるが、彼は30歳の若さでその要職の、更に責任ある立場に就いた。

 趣味は将棋。因みに彼の持っている駒は製造ミスで「玉将」が「玉」と「将」で別れてしまっている。

 

 

 

 天号作戦

 日本・アメリカ間で行われた、アメリカ海軍のバージニア級攻撃型原子力潜水艦ロードアイランドに積載されていた核弾頭魚雷を奪還する作戦計画。この作戦によって生起した海戦を「第六次中部太平洋沖海戦」と呼称する。

 作戦名は千里眼の仏教における「天限通」に由来する。アメリカ側名称は「Operation clairvoyance」。

 

 

 USS-ロードアイランド

 バージニア級攻撃型原子力潜水艦の一隻。

 アメリカ海軍にて敵のSLBM搭載戦略原子力潜水艦を捕捉、撃沈する任務に就くハンターキラー戦力の一環として建造されるが、対深海棲艦戦争生起後は母港にて係留される日々を過ごす。

 20XX年初期、アメリカ海軍が対深海棲艦用核弾頭魚雷の開発を行い、本艦は搭載艦のテストベッドとして選ばれた。しかし9月上旬の試験の途上、中部太平洋沖合で深海棲艦の襲撃を受け撃沈する。

 

 

 Mk.52 潜水艦用重魚雷

 アメリカ海軍にて主力の潜水艦用重魚雷Mk.48をベースに開発された対深海棲艦用の低出力核弾頭魚雷。

 弾頭の小型化と引き換えに射程、速度、静寂性を大幅に改良されており、水中発射でも潜水艦にダメージが及ばない遠距離まで攻撃できる。

 射程、速度の変則は出来ず、それぞれ65km/60ktで固定である。

 核出力は1ktとなっている。

 

 

 明石の核砲弾

 マティアス・トーレスがMk.52を元に明石へ依頼して作らせたアリコーン専用の核弾頭砲弾。20cm径の砲弾に60cm径の大きさの装弾筒を備えた構造となっている。

 転用した魚雷は2本しかないため、核砲弾も2発しか製造出来ず複製は現状では不可能。

 核出力は1kt。

 

 

 かし型高速給糧艦

 掃海フリゲート艦(FFM)に代替され余剰となっていたはやぶさ型ミサイル艇をベースに開発された、艦娘キラ付け専用艦。

 大量の甘味を積載し艦娘達の戦闘海域に颯爽と進入、鮮やかに甘味を放り投げ、爆速で撤退するための艦艇である。兵装は76.2ミリスーパーラピッド砲と12.7ミリ重機関銃のみであり、はやぶさ型の顔とも言えたミサイル兵装は下され、三式爆雷投射機を転用した“K型爆雷投射機転用多用途投擲機(改)”が搭載されている。

 同型艦は『かし』『かんみ』『ようかん』。

 

 

 

 連号作戦

 日米露加の4カ国によって行われた一連の作戦。ベーリング海からベーリング海峡を越え、チュクチ海や北極海を含む北極圏の制海権奪取を目的とした反攻作戦計画。

 アリコーン達が参加したのは作戦の最初期の段階である連一号作戦である。この作戦により生起した海戦を第四次アリューシャン列島沖海戦と呼び、アリコーン達の参加した戦闘は第七次ベーリング海峡海戦と呼ばれる。

 

 

 FAC-YM-T-2199、同2202

 民間軍事会社で製造されていた対深海棲艦用途の小型高速武装艇。末記の数字は製造番型に由来すると思われる。

 2202番艇型にてアリコーンのミサイル兵装に対応した様な装備品が搭載されているなど、純粋な対深海棲艦用とは言い難い部分があり、真偽は不明。

 主砲にはOTOメラーラ製或いはそのコピー品と思われる76ミリ級砲が搭載され、APFSDS(装弾筒付翼安定徹甲弾)の使用により200ミリ以上の貫徹能力を有する。

 2隻が確認されたが、何もアリコーンと金剛改二丙により連一号作戦にて共同撃沈されている。

 

 

 権兵

 艦娘権利警察。自衛隊における警務官に相当する。法律上人間として扱われない艦娘の権利を保護するのが主任務で、他に鎮守府内の治安を取り締まる。

 前大戦以前に日本に存在した憲兵になぞらえて権兵という通称で呼ばれている。

 

 

 運営

 正式な名称は艦娘運用国営非営利団体。

 艦娘の運用論の確立や深海棲艦に対抗する手段の模索を日々行なっている。また、艦娘の運用を実際に行なっているのもここである。

 防衛省と別にされているのは、艦娘による対人戦争への投入を防ぐ為とされているが、果たしてその効果があるのか甚だ疑問である。

 

 

 艦娘

 特殊な存在である「妖精さん」と心を通わせることの出来る女性達の総称。概ね10代〜20代程度の女性の容姿を持つ。艤装と呼ばれる特殊な武装を自在に操り、深海棲艦という未知にして強大な敵に現状唯一有効に対抗できる手段でいる。

 戦時国際法に於ける児童の権利保護をかわす為、彼女達に人権は存在しない。

 

 

 妖精さん

 艦娘共々不思議に力を持つ存在で、概して二頭身程度の身体をしており、ずんぐりむっくりな頭部と華奢な胴体を持つ。

 艦娘の艤装の修理、運用は殆ど妖精さんに一任されており、彼女らの存在がなければ艦娘といえども全力を発揮できず深海棲艦に対抗できない。

 弓矢が航空機になったり、不釣り合いなサイズの威力を発揮する砲煩兵器などその技術力は全く持って謎に包まれている。運営はこれら妖精さん達の使う技術の解明や模倣も研究している。

 

 

 深海棲艦

 数年前から出現し始めた正体不明の人類の敵。通常海洋部を中心に活動してはいるが、一部は陸上にて活動をしている個体も存在し、海上だけでなく陸上でも将来的な脅威になると認識されている。既存の兵器では対抗することは難しく、これらに“有効に”対抗できる戦力は現状艦娘のみである。

 総じて人間の女性に酷似した容姿を持ち合わせているが、中には全く既存の生物系とは掛け離れた姿を持つものもいる。

 

 

 寿号作戦

 目下最大の脅威と目される「深海棲艦のアリコーン」こと"ユニコーン"の捕捉、撃沈することを目的とした作戦計画。

 作戦自体は北太平洋海域で行われるが、この作戦と連動して行われた太平洋地域各戦線での同時多発的な大規模進攻撃も指すことがある。

 

 

 第一空挺機動艦隊(1st Airborne Fleet)

 特殊なパラシュートを用いた空挺艦隊である。アメリカ軍では空挺部隊は陸軍に属するもので、未だ確立されていない応急の組織に近いため、臨時に肩書のみ陸軍に移籍したものとしている。

 C-2は高速で大重量を輸送できる輸送機として理想的であった為に選ばれた。(低空の低速飛行や貨物室の改造はあり)アラスカ経由で日本本土から送られた(深海棲艦との戦争で洋上は危険だった)。

 愛称は、少女たちが空中から現れることにかけてスカイ=ヴァルキリー(突然現れて敵に死を選ばせるヴァルキュリアの意味も込められている)。

 紋章には、白鳥の羽依を纏ったワタリガラスがあしらわれる。

 旗艦アイオワの申し出で、モットーは「戦場より早く戦場に立つ(be on the battlefield faster than the battlefield)」でも最初の出撃が完全にモットーを守れてないことになってるのにアイオワはカンカン。

 

 

 大破ストッパー

 ダメコン妖精さん及び応急修理女神の人工的な再現の副産物で、どんなに凄まじい攻撃を受けても必ず一度だけ艦娘と艤装を保護し致命傷を免れる装置。これが実用化される前は、中破撃沈の事例がままあったと言われている。

 ただし、艤装が大破状態にある時は大抵この装置も破損しているため艦娘大破時には撤退が推奨されている。

 現在の型は不発動報告はないが、天号作戦の折あきつ丸が砲撃を受け轟沈した際には発動しなかった。

 

 

 特殊砲撃

 主に戦艦艦娘に確認されている、戦術的に極めて高い威力を発揮する砲撃方法。艤装と妖精さんの能力が格段に向上し、短時間に大量の砲弾を撃ち込むことができる。

 対象となる艦娘の妖精さん同士の強い同調、シンパシーが必要であるが、詳しい原理は不明。

 

 

 深海棲艦の新型機、高速戦闘機

 従来の戦闘機や防空艦では対抗不可能な、最近になって確認された機体。それぞれアリコーンのSLUAVとラファールMに相当する。

「深海棲艦のSLUAV」と呼称されないのは、深海棲艦の戦闘機そのものが1個の生物的個体として独立しており、それに「無人機」との呼称を用いるのは不適と判断されたためである。




追記
2020年11月
USS-ロードアイランド
Mk.52 潜水艦用重魚雷
かし型高速給糧艦

2021年3月18日
伊201
連号作戦

2021年9月27日
明石の核砲弾
FAC-YM-T-2199、同2202

加筆
アリコーン(11月15日、新挿絵投下しました)
北 聖人

2021年9月27日
アリコーン
連号作戦

2022年10月22日
寿号作戦
第一空挺機動艦隊

2023年6月27日
特殊砲撃
深海棲艦の新型機、高速戦闘機

2023年8月24日
大破ストッパー


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予告

これ規約に引っかからないかな…不安だし


艦これ×ACE COMBAT7 DLC4、5、6 クロスオーバー作品

 

劇中台詞一部抜粋

 

 

 

「さて問題だアリクサ。」「どうすればアリコーンを消さずに済む?」

 

 

『鎮魂だ。準備が出来次第出撃せよ!』

 

 

「作戦の目的は敵深海棲艦に鹵獲された核弾頭を奪還する事だ。」

 

『北 聖人、防衛装備庁艦娘戦力評価分析部の分析官です。』

『───彼女一隻の戦力投射能力は、空母機動部隊に匹敵します。』

 

 

「結構沈めたはずだが、減った気がしねぇ!」

『撤退は許さん。』

『30分くらい耐えられずに、何が精鋭艦隊か。』

 

『艦娘アリコーンと同時期に現れたこの男。彼が一体何者か、分かりますか?』『正解は“潜水艦アリコーン”の艦長。』

 

『想像せよ。サブマリナー諸君!』

「本艦はこの醜怪なる戦争を、エレガント且つ最終的に終わらせる能力を持っている。」

 

『艦娘供を見つけた。』『やるぞ。』

『フッフフフ!私がメッチャクチャにしてあげる!』

 

 

『イレギュラーな艦娘は不要・・・そう言えなくては説得力は無い。』 

 

『救済だ!』『必要なのよ!誰かの犠牲が‼︎』

 

 

「皆んなに適用されるはずのルールが、適用されない者がいる。」「この戦争が終わって仕舞えば、艦娘は危険な存在だ。」

 

「分析官問題だ。この深海棲艦供は一体何者だ?」

 

「本艦は、現時刻を持って聯合艦隊より離脱する!」

 

『戦闘を中止し、撤退せよ。』

『>マサト、ニゲルベキ。』

 

『退路は無い!生き延びたければ相手の命を奪うしか無いぞ‼︎』

 

『殺してやるッ!』『ッフフフフ!』

 

『再攻を禁止する!』

 

『俺達だって救世主になろうとした‼︎』

 

「どうする!」

「命令を無視すれば軍人じゃ・・・いや艦娘じゃ無くなる。」

「なら艦娘なんて辞めてやります!」

 

『儀式だ。』

「分かりませんか!艦長⁉︎」

 

「“ユニコーン”の浮上を視認!」

 

 

ーーーーーー

 

第Ⅰ章 解き放たれし力

Unleashed force

 

劇中台詞一部抜粋

 

『鎮魂だ。準備が出来次第出航せよ!』

 

「作戦の目的は敵深海棲艦に鹵獲された核弾頭を奪還する事だ。」

 

『───彼女一隻の戦力投射能力は、空母機動部隊に匹敵します。』

「化物の中のバケモノだ…。」

 

「結構沈めたはずだが、減った気がしねぇ!」

『撤退は許さん。』

『30分くらい耐えられずに、何が精鋭艦隊か。』

 

「本艦はこの醜怪なる戦争を、エレガント且つ最終的に終わらせる能力を持っている。」

 

「奴らの目的は何だ?」

 

『艦娘供を見つけた。やる。』

『フッフフフ!私がメッチャクチャにしてあげる!』

 

『奴らは囮を使って、最大速力で離脱するつもりです!』

 

「“タマゴ”が海に放たれちまった!」

 

「この先、私が齎す破壊の数に、世界は驚愕するだろう。」

 

 

 

第Ⅱ章 アリューシャン列島強襲

・Aleutian Islands Raid

 

劇中台詞一部抜粋

 

「では任務を伝える。」

「遠距離機動打撃群はアリューシャン列島の敵泊地を奇襲。」

 

『空を手で掴めそうだ。』

 

「この海域の敵泊地能力を停止させられれば、同時に潜水艦の合流も阻止出来る。」

 

「分析官問題だ。こいつらは一体何者だ?」

『絶対に止めなくてはならない敵……!』

 

『想像せよ、サブマリナー諸君!一発で1,000万人が救済される!』

 

『敵はどれだけいるんデース?4隻対50隻ってところデスカ?』

『その倍かもですね。』

 

『高速飛翔体接近!』

 

『やれッ悲鳴を上げさせろ!』

 

『こっち向きな怪物め!』

 

『相手にとって不足は無いデース!』

『ヒャッホウ‼︎』

 

以下、執筆予定

 

第Ⅲ章 ユニコーン撃沈作戦

・kills UNICORN

 

劇中台詞一部抜粋

 

『運営がアリコーンのスペックをやっと全て開示してくれました』

『やはり興味深いのは……これ。』

 

『君達の任務は、哨戒機、護衛艦と協力して“ユニコーン”を撃沈することだ。』

 

『ケイサンデハ、イッキデモノコレバテキセンノイチヲカイドクデキマス!』

「そう言う計算は好きじゃねえ……!」

 

『敵は10月5日、環太平洋地域の何処かに、核を撃ち込みます』

 

「間に合うのか……⁉︎」

 

「こっちの手を読んでいるのか⁉︎」

「ならその先を行くまでだ‼︎」

『データリンク開始!』

磁気探知機(MAD)ヲキドウ!』

 

『“ユニコーン”は砲撃戦の雑音(ノイズ)に紛れ、最大全速で逃げるつもりです!』

 

「退路は無い!生き延びたければ、相手の命を奪うしか無いぞ!アリコーン!」

『命を求めるなら命を捨てよ……‼︎』

 

「SUM攻撃用意!」

「撃て‼︎」

 

「解りませんか艦長………たった一つの犠牲で、他の全てが救われるのですよ‼︎」

「それは違うぞアリコーン!それは死に急いでいるだけだ‼︎」

 

『“ユニコーン”の浮上を視認……!』

 

「艦砲射撃準備ィ!目標、深海棲艦大規模陸上拠点ッ……‼︎」

 

 

・Coming soon……




ここに出る台詞は劇中全て登場します

12月31日 第II章追加

10月8日 第Ⅲ章追加


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第0章 訪問者
覚醒せし者


1話ですね


『分からんか。艦ではなく人を撃つ、それが砲術だ。』

 

『その鎮魂に何人の生贄が必要だと思う?』

 

『傾聴せよ。』

 

『本艦はこの醜怪なる戦争を、エレガントかつ最終的に終わらせる能力を持っている。』

 

『我々がこれから行うのは戦闘ではない。均衡の回復であり、裁きである。』

 

『そして自ら武器を置くだろう。』

 

『奴は土足で上がりやがった‼︎真っ白なシーツで完っ璧に整えた俺のベッドの上に‼︎』

 

『分からんか。それはイメージ‼︎』

 

『想像せよサブマリナー諸君!1発で1000万人が救済される!』

 

『救え!』

 

『―――…あいつには「欲」が足りない。』

 

『命を求めるなら命を捨てよ!』

 

 

『自らの手で!5000キロ離れた!100万人を!殺す‼︎』

 

『強大な艦!よく飛ぶ砲!威力ある弾!大勢の人間!正確な狙い!あとはそこに死があれば!完成する‼︎』

 

『難しい目標を照準しぶち抜く!だからエレガントなんだ!これが美だ!』

 

『分からんか―――!分からんだろうお前には!』

 

『ハハ、ハァハハハハ、ハーァッハハハハハ‼ファハハハハ︎‼︎分からんか!分からんか100万人だぞ!』

 

 

 

 

『美しい!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『鎮魂だ。』

 

―――――――――

 

 

「―――‼︎」

「意識」が覚醒する。

自分には無いもの、といつからか思っていたそれは、自分に備わっていた。

いつからだろう。いつだっただろう。「私」にこんなものが備わったのは?

 

「聞こえますか?」

女性の声が響いた。誰に言っているのだろう?

「目、開けられますか?」

あ、もしかして「私」か。言われた通り「目」を開く。

開き方は分からなかったが何故か自然に瞼は上がった。

黒い長髪と眼鏡が特徴的な女性が視界に入る。

「えっと…?」

訳もわからず、何をして良いのかもわからず、キョトンとしていると、眼鏡の女性は

「あ、もう大丈夫ですよ。立って…此方に。」

と言って、こちらの混乱を知ってか知らずか、眼鏡の女性は私の手を引いて部屋から出る。部屋から出て行った先は、また部屋だった。さっきの部屋は何やらよく分からない物がごたごたしていたが、机と椅子、申し訳程度にある装飾以外に、ここは殆ど何もなく、殺風景といえる場所だった。

 

その後、2人掛けと思しき大きめの椅子に座らされた。眼鏡の女性は「ここで暫く待っててくださいね」と言って会釈し、移された薄暗い部屋から出て行った。

見渡すと、白一様の部屋…そう、“部屋“だ、ここは。

 

何故こんなところに…?

私はここに何でいるのだろう?

私…私は誰?

 

「私、は…。」

 

徐に、スルッと肩に掛かった長い髪を掬う。

紫電の色をした、サラサラとした髪だった。その髪を持つ手は色白い。

部屋を見渡すと、不自然な壁がある…よく見ればそれは壁ではなく、向かい壁を写している鏡だった。彼女はそこの前に立つ。

鏡に写る女性は美しかった。顔立ちは良く整っていて、身体の均整も取れている。病衣の様なぶかぶかな服装をしているが、それでもなお強調する胸と腰の大きな膨らみが、自身が女性であることを確信づけていた。

紫電の髪は長くしなやかで、肩まで伸びている…よく見たらただの長髪では無い。頭頂の近くで2つの結び目がある。(ツーサイドアップという)

鏡の女性の目は、どこか恐ろしく感じる…剛の深い紅色。燃えたぎる炎か、はたまた紅い放電か…地獄の釜を開け放った様を思わせた。

 

…その色に、私は見覚えがあった。

「うッ―――⁉︎」

ギリッと、脳髄に痛みが走った。尖った物で引っ掻いた様な鋭い痛み。

がくっ。…膝から力が抜け、不意にその場に跪いた。

 

「はーいすいません待たせちゃって…・って、大丈夫ですか⁉︎」

 

戻ってきた眼鏡の女性は私の状況に驚いている様子だ。出ていく時には持っていなかった板(バインダー)を抱えている。

「いや…はい、大丈夫です。」

なんとか立ち上がる、が突然倒れたせいかうまく足に力が入らない。眼鏡の女性が肩を貸してくれた。

「ふう…さ、そこに座っていただけますか。」

「ええ、はい。」

促され、先程まで座っていた椅子に掛ける。眼鏡の女性もその隣に座った。

「えーっとまずですね、いくつか確認したいことがあるんですけれど、体の方本当に大丈夫ですか?」

「大丈夫ですけど…確認って?」

「まず…貴女、自分が何だか分かりますか?」

「え?」

自分が何だか…私が?

「いや…分かりません…。」

「どういう存在かも?」

「それって、どういう…。」

話が見えてこない。私は何かまずい物なのか。

「うーん…まず、コレを見てください。」

眼鏡の女性は手にしていたバインダーを見せてくる。

「んんーー?」

そこには見たことある様な無いような文字で色々書かれていた。

「これは貴女の情報です。貴女がどういう存在なのか、どこから来たのか―――記されています。」

「潜水艦?ユークトバニア…エルジア…アリコーン…トーレス、艦長…!」

瞬間‼︎―――ガツンと頭を殴られる様な衝撃を感じた。無形の金槌は、私の脳髄からあらゆるものを引っ張り出してくる。

 

「…成る程、成る程。」

「アリコーンさん?」

眼鏡の女性は私の顔を覗き込んで、心配そうに声をかける。

でもその心配は杞憂だ。

私は私。すべて思い出した。

 

「そうですね…大丈夫ですよ。えぇ。

 

 

私は原子力潜水航空巡洋艦―――アリコーンですから。」

  

 

ーーーーーー

 

未確認艦娘の建造についての中間報告書(第一次)

20XX年 9月14日 

作成者 防衛装備庁 艦娘戦力評価分析部 ◼️ ◼️◼️

 

本日1743に建造された新型と思われる艦娘は、20XX年現在において世界各国の保有していた艦船のいずれにも該当しない事が確認されている。また、艦娘の建造と同時に排出された艤装に装備されている兵装の一部は、現在の技術を以ってしても実現困難又は不可能な物が存在し、出自は今もって不明である。

 

(中略)

 

以上のデータから、運営及び艦娘部は該当艦娘の有用性を主張し、戦列化を望むものである。

 

備考

 

進水日(データ上の数値であり過去に観測された物ではない):2015年1月1日

 

就役日(同上):2019年8月11日

 

艦種:潜水空母(推定)

 

艦名:アリコーン

 

戦没時艦長:マティアス・トーレス大佐




次回投稿は未定です!(爆破)
アリコーンはこんな感じです
https://www.pixiv.net/artworks/78404259

挿絵のやり方がわからん…

感想!コメントお待ちしています!


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導かれし者

久々にこんなに描いた…


 導かれし者

 

 なんだ…?

「…⁉︎」

 海面!

 ザバッ、と顔を出した男は久方ぶりの新鮮な空気を味わった。

「フゥッ、フゥ…はぁ…。」

 何故……俺はこんな所にいる?

 男は混乱していた。何故ならば彼は本来こんな所にはいない…死んでいる筈だからだった。

 あの日──9月14日。翌々日のオーレッドへ艦砲射撃決行の日の為にピアニー海溝へ向かっていた。だがその一歩手前で────忌まわしい三本の爪痕を尾翼に背負ったソイツに彼らの艦は叩き沈められた。スプリング海PX80443海域…味気ない、彼らの墓の名前がそれだった。

 だった…そう、“だった”のだ。そうである筈だった。

 それなのに…何故俺は此処でのうのうと息を吸っているのか?300名の部下と…俺の艦、原子力潜水艦アリコーンと共に死んだ筈だ。偶然…助かったのだろうか?何処かの破口から、艦外へ吐き出されたのか。

(乗員は…。)

 彼は周囲を見渡す。一面の海…生存者はおろか浮遊物の一つとして無い。

 変わりに別の物を見つけた。

「陸地…。」

 水平線の一角を占める緑の陸。PX80443は幾つかの島嶼こそはあったものの、あんな水平線を埋めるような大きな大地はなかった筈だったが…?

 しかし、ここでぷかぷかずっと浮いていても何も変わらないし何も起きない。

 一先ずは陸地に向かって泳ぐことにした。

 

 

 〜〜〜〜〜〜

 

 

 20XX年

 9月19日 11時21分

 日本国 戦略機動打撃艦隊 

 某島鎮守府 

 

 防波堤の上で、紫電の色を纏った女性が海風に髪を靡かせていた。

 美しい女性ではあった。しかし水平線を望む目は何処か虚ろいでおり、有り体に言えば死んだ目をしている。何に対しても無感動で、眼前に広がる美しい海にも、心からの感動を覚えているわけではなかった。替わりに…

「────海って…。」

 こんなにも美しいものだったか────と感慨を覚えていた。彼女はこんなにも長く海を眺めるのは久方ぶりで、戦海と深海以外の記憶に乏しい彼女は暫く静かな蒼色の海をぼうっと眺めていたのだった。

 

 ────だがこの静かな海も、“この世界”ではもうすぐ身近なものでは無くなってしまうかも知れない。どうやら“私”はそれを防ぐためにこの場に、この姿で生を受けたらしかった。

 なんて、皮肉なんだろうか。

 私に守る事が出来たものなんて、人なんて…1つとして、1人としてなかったと言うのに。その私にこの海を、世界を救えというのか。

 ────莫迦莫迦しい。

 そして、自分の姿を思い浮かべる。自分の一生にあまりにも似つかない綺麗な女性の姿を。何故こんな姿になったのか?

 

 この世界にこの姿で私の生を望んだ者は、何を思い私に人の似姿を与えたのか?

 

 ザパッ

「?」

 防波堤の下で、それまで波浪が打つ音とは異なる波の音が聞こえた。なんだろうか?と思い下を覗き見る。

「…?」

 スーツ姿の、ガタイの良い男だった。息切れしている…というか、どうやってここまで来たのだろう?

 スパイ────にしても白昼にしかもスーツ姿で現れるとは考え難たい。一先ず彼女は、男を引き上げることにした。

「あの、そちらの方!」

「!」

「手を…」

 言って、屈んで手を差し伸ばす────「申し訳ない…!」男はそう言って手を伸ばした。ゴツゴツとした男性らしい手だ。

 ギリギリの高さで掴まれた手をグイッと引き上げる。彼女の身体は見かけに依らずかなりの力が出る。恰幅の良い成人男性1人を引き上げるなど何の造作もない事だった。

「お⁉︎」

 まさか一息で引き上げられるとは露ほども思わなかったのだろう、男は驚いた様な声を出して防波堤の上に上体を置くこととなった。

「醜態を晒してしまって申し訳無かった…。」

 男はびしょ濡れになった髪と制服を整え、彼女に向き直った。思った通り、かなりガタイの良い男性だった。間近で見るとより一層その事がよくわかる。そしてその幅広い体格が、男の身につける制服の下に隠された頑丈で堅牢な筋肉により成されている事くらい、異性をあまり目にしたことの無い彼女にでもすぐに分かった。

「態々助けてもらい、感謝する。」

「いえ、そちらこそ大丈夫…です、か…。」

 面を上げ、男の顔を正面から見たところで、彼女の目は釘付けとなった────男が、好みであるとか、一目惚れしたとかそんな下らないことではない。

 もっと大切な…

「────艦長?」

「は…?」

「何故知ってるのか」と言わんばかりの男の反応は、彼女の心中の困惑を確信へ変えた。

 やや垂れた前髪や眼。濃い無性髭、彫りの深い顔とオールバックの髪型は余りにも見覚えが…いや見覚えは無かったが、彼女は間違いなく目前の男を“知っていた”。

「確かに私はエルジア海軍潜水艦アリコーンの艦長だが、何故?」

「…!」

 瞬間、彼女の顔は喜色に染まる。『アリコーン』とは、彼女の名だった(……・)

「艦長っ!」

「え?わ!な、なんだ⁉︎」

 アリコーンは飛んで抱きつく。男は突然の事にバランスを崩し、押し倒される様にして床へ背を打った。

 男は困惑する。一応、自分の事を「艦長」などと呼び慕う女性は幾つか心当たりはあるにはあった。かつて艦長を務めてきた戦艦タナガーや潜水艦アリコーンの乗員達だ。だが彼の記憶には「紫電の髪を束ねた妙齢の見目麗しい女性」と言う乗員はいなかったはずだ。

「失礼ですがお嬢さん、以前お会いした事が…?」

 この質問には、“もし知人ならここが何処なのか分かる筈だ”ど言う期待も多分に含まれていた。

 しかしながら、眼前に佇む紫電の女性の唇からもたらされた言葉は────

「あぁっ、失礼しました。私の事分かりませんよね。」

「いや分からない…申し訳ないが確かに、そうだが…。」

 ────衝撃そのものだった。

「無理はありません。知らなくて当然ですもの(………・・)。私が艦長を一方的に知っていた(………)と言っても過言ではありませんわ。」

「それはどういう────」

 彼女は男の言葉の尾を待たなかった。

「初めまして艦長。私は原子力潜水航空巡洋艦“アリコーン”。あなたの艦です、マティアス・トーレス艦長♡」

「…はァ?」

 マティアスは生まれてから最大級の気の抜けた声を上げた。

 

 〜〜〜〜〜〜

 

 同 12時20分

 鎮守府内 

 艦娘寮兼司令部施設 4階 

 提督執務室

 

 コツコツコツコツ…

 さほど狭くは無い────むしろ1人用としては広いぐらいである────はずの執務室は物が少ないからか、人が少ないからか、やたら音を反響する。机を叩く爪の音が丸で耳元で鳴り響いているようにすら感じる。喧しいので机を叩くのをやめてみるが、それではとても気が落ち着かないのでやはり爪で机を打つ。

「こーんなのどうすれば良いんだよ。」

 面倒な書類…件の“新型潜水艦”の処遇。なかなか此方の言う事を聞かないばかりか、今は許可も取らずに外出している。権兵(けんぺい)達も大おおわらわだ。他の艦娘達とは全く違う剣呑な雰囲気を常に漂わせていた彼女には、“艦娘との交流”を義務付けられている身であってもなかなか気が引けた。

 余りにやんちゃ(自由奔放?)な行動に、いい加減運営(艦娘運用国営非営利団体)も痺れを切らしたのか“解体か保留か期日までに諸々の理由と記した上で決定せよ”という旨の書類を先日送りつけてきた。

 で、その期限が明日と来た。

 決めれるわけが無い。彼女の持つ力の如何をー自分の一存で決め付けていい様にはどうしても思えなかった。

(正直な話!…手元に置いておきたい艦である事は間違いないんだが。)

 いかんせん1人勝手が過ぎる。一応“運営”という自衛隊とは違う組織が運用していることになってはいるが、その管轄は殆ど海上自衛隊の下にあると言ってよく、その様式なども海自に則したものになっている。

 詰まる所、規律に厳しい自衛隊の下に造られている組織の我々もやはり規律を問わなければならない、と言う訳である。

 だがその反面、彼女の能力は目を見張るものがある。“妖精さん”という、艦娘にだけ「完全な」意思疎通が可能な存在がもたらした彼女────アリコーン────の持つポテンシャルは、判明しているだけでも既存の艦娘を遥かに上回るもので、潜水艦としては余りに異端だった。彼女の力を全力に発揮することができれば、現在の深海棲艦との勢力拮抗を破壊する事すら出来よう。

 戦術、戦略的観点から観ると、あの艦娘を手放すのはあまりにも惜しい。

 

 ────そんな様に書類と睨めっこをしている時、コト、とその書類の上にティーカップが置かれた。

「hey テートク!workも大事だケドちゃーんと休憩も取らなきゃダメヨ〜?」

 秘書艦の金剛が紅茶を差し入れてくれたのだ。

「金剛〜。書類の上に置くなといつも言ってるだろう。」

「こうでもしなきゃ、テートクは休まないネ。」

「まったく…」

 金剛には敵わないな────そう言って提督は紅茶を口に付けた。

 

 ────で。

 

 グァシァァァァ!!!!!!!!!

 

「ブッ⁉︎」

 突然にブチ開けられたドアは凄まじい衝撃音を発し、提督の喉を通ろうとしていた紅茶を噴き出させた。

「な、何⁉︎」

「…⁉︎」

 金剛は金剛で、驚いたのかティーカップを持ったまま微動だにしない状態で全く開け放たれたドアに佇む人影を見ていた。

 紫電の髪、地獄の業火にも似た瞳の色────それはつい先ほどまで提督の脳ミソをパンクさせんばかりに悩ませていた存在…

「アリコーン…!」

 と────

「えっと、誰デスカ?」

 アリコーンは見覚えの無い外人風なガタイの良い男の腕を掴んでいた。服はかなり濡れている。

「えぇ…なんと言えばいいか…。」

 外人とは思えないほど流暢な日本語を喋る謎の男は何から話すべきか、悩んで言葉に詰まっている様子だった。その悩んでいる男を他所にアリコーンは嬉々とした表情でこう言い放つ。

「提督さん!私この方の下でなら働いてあげてもいいですよ。」

「「「はァ?」」」

 何言ってんだコイツ、と言わんばかりの疑問形を漏らしたのは3人(・・)。提督、金剛、そして謎の男。…どうやら、当の連れてこられた男本人も、どう言う状況なのか余り理解できていない様子だった。

 が、理解出来てないのは提督らも同じである。と言うかなんなら彼らの方が理解出来ていない。

「ええっとアリコーン?それはどう言う意味だ…?」

「言葉通りの意味ですよ。艦長(・・)の指揮下でなら私は…私や私の乗員300名も喜んで任務に当たるでしょう。」

「乗員…300名…?」

 提督らにとっては意外なことに、アリコーンの言葉に最も反応したのは、「艦長」とアリコーンに呼ばれた謎の男だった。

「アリコーン、それは本当か…⁉︎」

 肩をガシッと掴まれたアリコーンは一瞬、驚いたのか体を震わせたが直ぐに男に向き直り、自身ありげに言う。

「はい。私アリコーン以下、乗員約300名、艦長のご帰還を待っていました…!」

 カッ!…とハイヒールを鳴らし、アリコーンは今までからは想像出来ないほどの美しい姿勢で敬礼────自衛隊式ではなく、見た事のないものだったがおそらく敬礼だろうと提督らは思った────をする。それを見た「艦長」と呼ばれた謎の男もアリコーンと同様の敬礼を返した。

 が、当然提督らはこの状況についてはいけない。そしてそれ以前に────

「あー、アリコーン?まずその人は?というか何処から?」

 アリコーンがさも当然の様に連れて来た男は、明らかに部外者である。曲がりなりにも軍事施設であるこの鎮守府に“部外者”の存在は色んな意味で許されない。

「これは…失礼。」

 男は濡れに濡れていた髪と服を少しばかり整え、提督に向き直る。その所作一つ一つに、軍人特有のキレを感じさせた。

「私はエルジア王国海軍、マティアス・トーレス大佐。救助いただき感謝します。」

 男の放ったその言葉に、今度は提督が固まった。

「エルジア…・?トーレス…。」

「テートク?」

 エルジア王国。マティアス・トーレス。そのいずれも、彼は知っていた…知っているが、それだけだった(……・)。それもその筈。エルジア、マティアス・トーレス、その何れもが“架空の存在であるはず”だったからである。アリコーン建造後に得られたデータや、アリコーン本人(?)の証言からしかその存在を確認できなかった。

 

 エルジア王国とは、「アリコーンが沈没以前に所属していた国、海軍」ということになっている。

 

 マティアス・トーレスとは、「アリコーンの戦没時の艦長」ということになっている。

 

 これらは重要機密事項だ。他者が知っていていい情報ではない。

 しかし、それを何故目の前にいるこの男が知っているのか?

 スパイか?だとしたらこんな風に堂々と振る舞っていることに違和感を感じるが…アレだろうか?エロ漫画的にアリコーンを籠絡して情報を引き出したのだろうか?

「テートク今変な事考えてるネ。」

「そ、そんな事ない…!」

 金剛には常に内心を見透かされている様な気がした。

「なにか…?」マティアス・トーレスを名乗る男は敬礼の姿勢を崩さないまま、訝しげに問い掛ける。

「いや…!何でもない。とにかく話を聞きたい…別室に案内するのでそこで待っていていただきたい。」

 取り敢えず権兵に差し渡すか…と面倒事を遠避ける判断を提督は下した。

 

 

 〜〜〜〜〜〜

 

 同

 地下2階

 

「…?」

 ここの責任者らしき人物に「別室に」と言われつられて来たその別室は、明らかにこう、よろしくない感じの部屋であった。具体的にいえば“自分で使った事のある”感じの部屋で、何時頃かといえばアリコーンの艦内で698日間海底に籠もっていた時である。

 

 2人組の男に連れられ部屋に入るや否や拘束具を付けられる。その後、椅子に座る様促された。

 前面には机があって、向かい側には二つの椅子が設けられている。さらに奥の壁に沿う様に、長机が並ぶ。その上には書類が四散していた。

 その机の側にある椅子に軍服の男が座り、そのの視界を遮る様にドッカ、ともう1人の軍服の男がマティアスの対面に座る。高圧的な目がマティアスを睨め付けた。

「まずアンタが誰か教えてもらおうか。」

 明らかに尋問であった。

 しかしこの施設を見るに付け、軍事施設の類であろうことはアティアスにも容易に想像がついた。そこに故意ではないとはいえ不法に侵入した形になっている以上、この様な対応になるのは当然である。

「故意ではないとはいえ、貴国の施設に不法に入ってしまったことは詫び申し上げる。申し訳ない。」

「…?」

 思っていた反応と違ったのか、眉を顰める男。

「あんたは軍人の類の様だが…?」

「たしかに、私はエルジア海軍の────」

「そう言う話ではない!」

 ダンッ!と男は机を打った。

「アンタが例の艦娘からその情報を得たのは分かっている。何処の国の差し金だ?ロシアか、アメリカか?まさか中国や韓国ではあるまいな。」

「…?」

 今度はマティアスが困惑する番だった。ロシアだアメリカだ中国だなど、聞いた事もない国の名前を羅列され、言葉から察するにスパイだと疑われている。存在しない国のスパイなどと言われては首を傾げる以外に出来る事はなかった。

「ロシアとかアメリカとか…何を言っている?俺はユージア大陸、エルジア王国海軍の人間だ。」

 実際はアリコーンの出航直前にエルジア軍から離脱しているので、絶対にエルジア海軍の人間である、と言えるわけでは無かったが…。

 だがそれを聞いた男は怪訝な表情を引っ込ませ、驚き混じりに片目を吊り上げた。

「ユージアだと…?」

 おい、と男は背後で座っている同僚を呼ぶ。

「何か…?」

「例の艦娘の資料、持ってこい。全部だ。」

「了解した。」

「…?」

 2人の男のうち1人が部屋から出て行き、ガチャンッとドアが閉まった後には静寂が支配した。徐に携帯モニターらしき物を取り出た男はそれを眺め始める。出て行った男が持ってくるであろう物を待っているのか、マティアスの対面に座る男は腕を組んだまま特に喋らなくなった。

 と思ったら男は前触れもなく切り出した。

「こいつは…」

「何です。」

 男は携帯モニターの画面をマティアスに観せた。よく観るようとして、身を少し乗り出す。拘束具がガチャっと鳴った。

「…?」

 モニターを観る…映像だった────少し画質が荒いが────おそらく監視カメラの類だろう。例のアリコーンを名乗る紫電の髪を持つ女性に海から引き上げられ助けられた、防波堤が映っていた。

「この映像を少し巻き戻す。」

 ◀︎◀︎

「これは────」

 巻き戻しされた映像には、紫電の髪の女性に防波堤から引き上げられたマティアスの姿があった。正直な話、大の大人────それも自分である────が一見華奢に見える女性1人に悠々と引き上げられる様はあまり観られたくない物があった。

「あんたが最初に言っていたらしい“事故でここに来た”というのはどうやら本当のようだ。…だが、全ての疑いが晴れたというわけではないから、暫くこのままでいて貰う。」

「…了解した。」

 渋々、頷きながら了承する。いかんせん立場が弱い上に此方がそれを拒絶する理由も手段も無い。

 姿勢を元に戻すと、ガチャガチャと拘束具の金属が擦れる。

 ガチャン。

 拘束具のそれとは違う金属音…ドアが開け放たれ、先ほど何かを取りに行っていたもう1人の男が戻って来た。

「例の書類、コピーを借りて来ました。」

「さすがに原本は無理か。」

 書類を受け取った男は、パラパラっと目を通して────1枚の紙に目を止め、それを取り出した。

「今から幾つか質問をする。」

「はぁ。」

「この質問の答え様によっては、あんたの処遇も変わる。」

「…わかった。」

 そう言われると、マティアスは体から力を抜いた。今後、自分がどうなるのかの瀬戸際だ。余り緊張した状態で、重要な局面を迎えるものでは無い。

「まず、アリコーンについてだが…建造場所は何処の国だ?」

 男は書類をマティアスに見えないよう机の下に隠しながら聞いた。

「?」

 マティアスは一瞬困惑した。机の下に書類を隠すと言うのは原始的だが非常に効果的で、此方からは物理的に見えない上に覗こうとすれば怪しまれる。何かの反射を狙って視線を泳がせてもやはり怪しまれるのである。

 しかし彼が惑ったのはそんな些細なことでは無い。どう答えるべきか悩んだのである。

 …アリコーンの建造から就役に至るまでの経緯は、実はかなりややこしい。

 

 そもそもアリコーンことпроект(プロイェークト)аликорн (アリコーン)は超シンファクシ級潜水艦としてユークトバニアにおいて1998年に起工、計画が開始した。しかし2000年代には船体の完成はみもののオーシアとユークの戦争…環太平洋戦争には武装や兵装システムの未完成、能力の未成熟さから実戦投入は見送られたのだった。そして戦後の2011年、オーシアとユークトバニアの間で締結されたSTART-3こと第3次戦略兵器削減条約によってスクラップとなる事が決まった────アリコーンの艦生はここで終わるはずだった、が。

 ユージア大陸はGRトレーディングの介入によって大きく変わった。

 廃艦予定の筈だったアリコーンはスクラップにはならず、あろうことか他国────エルジア王国────に売却されたのである。その上、GRトレーディングと同じ資本系列のGRマリン・アンド・シップスがアリコーンを再生。2015年、エルジア王国で進水したのだった。

 

 

 つまりは、生まれはユークトバニア、育ちはエルジアと言うことで、「建造された場所」を明確にするのがややこしく感じたのである。

 だがアリコーンを航行可能なまでに建造し仕上げたのは間違いなくユークトバニアで、エルジアは擬装や近代化を行ったに過ぎない。だから────

「ユークトバニア連邦の筈だ。」

 とマティアスはキッパリ答えた。彼は自分の艦長を務めた艦について誰よりも詳しく、理解していると自負していた。乗員だけでなく、艦を理解せずしてどうして軍艦の艦長が務まろうか?

「ふむ…では次。」

 頷き、感情の一端も知らぬかのような表情と声音で男は質問を続けた。

 

 マティアスの生年月日や生まれ故郷。個人情報をこれでもかとばかりに詳細を掘りまくられた。

 さらに、何故か乗艦していたアリコーンについての質問をし始めた。

 アリコーンを進水日と就役日────2015年1月1日と2019年8月11日。

 アリコーンの乗組員数────最大(・・)350名。

 エルジア海軍でのアリコーンの立ち位置────即応予備艦隊のラーン艦隊に配属され年単位でほぼ放置されていた。

 そして、アリコーンの戦没理由────航空機による爆撃。

 

 そうした問答を続けるうちに、マティアスはふと思いつく。

「俺の身分を証明できる物があれば、大丈夫なのでは無いか?」

「あんたが“エルジア”とか“ユージア”とか言わなければそれでよかったんだが(………)。」

「?」

 書類に何やら書き込んだ上、携帯モニターをタップして弄る。

 

「…よし、あんたの処遇が今決まった。」

 男はもう1人の男に目配せする。

 書類片手に仁王立ちしていたもう1人の方の男はマティアスの背後に回り込むと…

 ガチャンッ

「!」

 マティアスの両手を封印していた拘束具が解かれ、彼は自由となった。これがその処遇?

「これは…?」

「極めて信じがたい事が起きている。」

 椅子から立った男は未だ椅子にかけたままでいるマティアスに立つように促した。

「だがその事情を説明するのには君1人では足りない。もう1人が必要だ。」

 男はドアのロックを外す為にドアノブへ手を掛けようとした瞬間────

 ドッガァァッバァンッ‼︎

「「「‼︎⁉︎」」」

 三者三様の表情で驚愕を顔面にありありと表す。ドアは吹き飛ばさんばかりの勢い(というか実際ぶっ飛んだ)で解放され、ドアのあった部分にはスラッと伸びた黒い足とブーツがあって、そしてマティアスはその脚に僅かだが見覚えがあった。

「…アリコーンか?」

「艦長〜〜ッ‼︎‼︎♡♡」

「ウオ…!」

 ズムンッ!とマティアスの胸に紫電の髪を従えた重量物が突っ込む。アリコーンは長身で、その上胸と腰に持ってるもん(・・・・・・)は持ってるので全体的な質量は大きいと言えた。恰幅がよく、大柄であるマティアスと言えどもそれなりの(重量)物が飛んで来たとあっては、流石に後ずさった。

「あぁ艦長!お会いしたかった…良かったです…!もしも未だ出てこないようだったり変な音聞こえたりするようだったら全部吹っ飛ばしているところでしたわ!」

 ギュウッと締め付ける彼女の腕は華奢に見えたが、とても強くマティアスを抱いていた。彼女が本当にアリコーンだというのなら、この一見繊細な腕からはとても考えられないような膂力は、最大30万馬力を発揮する機関による物なのだろうか。

「そ、そうかアリコーン。所で先程“事情を説明するには1人では足りない”と言っていたがそれは…?」

 アリコーンが胸に顔を埋めるのをよそにマティアスは男に問うた。

「そうだ。君と、その艦娘…アリコーンだ。」

 

 

 〜〜〜〜〜〜

 

 13時00分

 同 2階

 大会議室

 

「…!」

 かなりの大部屋に通されると、数人の黒服の者達と先程マティアスを尋問していた男と似た格好をした男が数人待っていた。そしてそれら物々しい雰囲気を漂わせた者達に囲まれる様に、あの白い軍服を纏った男────確かアリコーンは「提督」と呼んでいた────がいた。

 その彼らに対して、マティアスの傍らに立つアリコーンはマグマの如き瞳に明らかな怒気を募らせた。

「そう、睨まんでくれ。」

 白軍服の男────提督────は苦笑いを浮かべる。どことなく愛嬌のある顔に思えた。

「まずいくつか話さなければならない事がある。そこに掛けて下さい。」

「…分かった。」

 ピリッとした空気が張り詰める。マティアスが彼らに対して冷たく警戒している事、それに対する男達のプレッシャー、そしてアリコーンの放つ強烈で刺すように冷たい憤懣(ふんまん)の視線…普通の人間であれば胃に穴が開いてしまうかもしれない。

「まず、貴方とアリコーンについて話さなければならない事が2つある。」

 眉を潜める2人。

 その2人の視線に込められた意図を知ってか知らずか、提督は敢えて彼らを見ようとせず、そばに立っている男に「例のもの、頼む。」と一言だけ言う。

 すると、コト、と金属的な音を立ててマティアスの前にアタッシュケースが置かれる。

「…これは?」

「先ず、中身を確認しなすって。話はそれからです。」

「…。」

 訝しげにマティアスはロックを外し、ケースを開けた────中には過剰なほどに厚い布に覆われた一枚のカード。巣の中に守られている卵を、どことなく思わせた。

「これは?」

「あなたの新しい身分証だ。」

「と言うと?」

「これを言うには、もう一つの話をしなければならない。」

 黙ってマティアスは片眉を顰める。明らかに面倒事…嫌な予感しかしない。

 

「聞こう。」

「貴方はもう元の場所には戻れない。」

「…⁉︎」

 即答に近いその言葉は、マティアスに十分ずきる衝撃を与え、眼を大きく開かせた。

 

「────どういう事か」

「説明はさせて頂く。そのために呼んだ。」

 

「まず」と言って提督は人差し指を立てる。

「貴方が帰れない理由。それは、遽には信じ難いが────此処は貴方が居るべき場所ではないからだ。」

 軽く頷く。居るべき場所ではない、というのはマティアスとて承知している。此処がエルジアではない別国の軍事施設であり、且つ、彼はそこに事故とはいえ不法に侵入している。正当なわけが────

「恐らく、貴方が思ってる“居るべき場所ではない”という意味ではない。」

「…何?」

「おかしな言い方をすれば、貴方はここではない(………)全く別世界から来た(………)、という事だ。」

「それは一体、どいう意味だ…?」と聞くマティアスに対して、提督はさも当然だと言わんばかりの顔でこう言い放った。

「言葉通りの意味だ。我々にはどうやっても、そして貴方がどんな努力を尽くしても貴方の元居た世界には戻る事は出来ない。」

「…!」

 提督は「これはこの短時間で出した我々の予測であるが」と前置きをして続ける。

 まず、アリコーンを名乗る紫電の髪を帯びた女性の事。提督はマティアスの隣を占有する女性を指して言う。

「彼女は正真正銘、潜水艦アリコーンだ。恐らく、貴方の知るアリコーンで間違い無いだろう。」

「…。」

 遽には信じ難い、といった表情を浮かべマティアスは“アリコーン”を見る。

「まだ信じられて無かったのですか?」

「あぁ、正直今もだ。」

 アリコーンはぷくぅーと頬を少し膨らませて見せるが、それが一体どんな効果をマティアスにもたらしたのか分からないまま、提督は話を続ける。

「彼女がアリコーンだと信じられないのも無理はないでしょう。人間が軍艦を名乗るなど普通なら異常。」

 アリコーンは暇そうに頬を膨らませたままである。

「普通なら…?」

「彼女らは“艦娘”という。」

「艦娘?」

 聞き慣れぬ単語だった。提督は艦娘という存在について、大まかに説明しはじめた。

 深海棲艦という存在により人類の生存圏が大きく脅かされている事、それによって人類は海から離れ内陸に閉じ込められつつある事、その深海棲艦に対抗出来る“有効な”戦力が艦娘と呼ばれる特殊な存在である事。

 そしてその深海棲艦と艦娘関るらしい資料映像を数十分に渡り観せられた。

「ということは、このアリコーンも?」

「そう、艦娘です。普通の人間では無い。」

「そんなバカな────」

「話があるんですよ。観たでしょう、映像?」

「…。」

 映像の他にも、マティアスには心当たりがひとつあった。地下階で尋問を受け終えようとしていた時、彼女は片足で重厚な扉を蹴破ったどころか蹴り飛ばしたのである。

 人間業じゃない。その上それが華奢な女性がやったのだから尚更だ。

 

「そして貴方が元の場所に戻れないという結論を我々が出した理由、それはアリコーンという潜水艦がこの世に存在した事は一度も無い事です。」

「何をバカな…!」

「事実です。現実として全ての国のあらゆる資料にアリコーン…そこの艦娘に当たる潜水艦は存在しなかった。」

「…。」

「つまり此処ではない、全く別の世界から、貴方は貴方として、アリコーンは艦娘としてこの世界に何故か現れてしまった、という事です。」

 マティアスは隣に座る女性を見る。上目遣いでアリコーンはマティアスを見返した。

「そんな荒唐無稽ことが、提督は信じられるのか?」

「その荒唐無稽な存在である艦娘がいるのですから、この上1つ2つ荒唐無稽な存在が現れても、然程ではありません。」

「では…俺はどうするのか?」  

 不満と不安を混ぜこぜた様なその言葉に、提督は少しだけ口角を上げる。

「それが2つ目の話です。その身分証を見て欲しい。」

 言われた通りに、アタッシュケースの身分証を取る。硬質で光沢がある。一見、贋物には見えない。表面の上半分には、いつの間に撮られたのかマティアスの顔写真と、恐らく尋問するときにマティアスから聞き及んだ情報からだろう、生年月日や名前等も記載されていた。

 そして下半分…そこで彼の目は止まる。

 “日本国 艦娘運用国営非営利団体 配属・戦略遠征戦闘群 階級:新米少佐”

「これ…は?」

「貴方の新しい立場だ。我々は貴方を歓迎する。」

「つまり、部外者の俺に此処で働け、と?」

「有り体に言えばそうなる。」

 マティアスは顔を顰めた。異常だ。普通、軍事施設に見ず知らずの部外者を居座らせ、剰え働かせるなど…この「日本」とか言う国の危機管理はどうなっているのか?

「無論、普通に働いてもらうわけではない。そこのアリコーンと一緒に、だ。」

 提督は隣に座るアリコーンを指して言う。

「つまり、どう言うことだ?」

「その艦娘…その()が貴方と一緒に居させてくれるなら存分に暴れてやる、と言うのでね…簡単に言えば、その艦娘の手綱を握ってやっておいて欲しい。」

「俺にアリコーンの指揮を執れと?」

「そう言うことです。理解が早くて助かります。」

 確かに、以前まで潜水艦アリコーンの指揮を執っていたのはマティアスだ。だが今、彼の隣を我が物顔で占有するアリコーンは艦娘という人形の存在であり、というか見た目はまんま女性だ。潜水艦時代のように指揮を執れるか否かと言えば、不安の残るところではあった。

 しかし…。

「────了解した。俺以外、アリコーンの指揮に適任はいないのでしょう。元いた場所に戻れないとあらば他に選択肢はない。引き受けよう…こうして立場も用意して貰った身の上だ。寧ろ、ご厚意感謝する。」

「こちらも、協力に感謝する…アリコーンの潜在スペックは我々の把握している限りでも既存のパワーバランスを大きく塗り替えると我々は確信している。その彼女が動いてくれるのは、我々としてもありがたいのです。」

 アリコーンは、それ1隻で空母打撃群に相当する火力投射(パワープロジェクション)能力が存在した。もし、人型である艦娘としてその能力がこの華奢な女性であるアリコーンにあるのだとしたら、それはそれは凄絶な力を発揮するだろう。

「お任せを。アリコーンの力を存分に発揮させてやりましょう。」

 自身ありげに、マティアスは言った。握手を求める提督の手をぐっと握る。

 そしてその横から「やったわぁ!」と紫電が突っ込んだ。

 

「これでやっと艦長と一緒になれる〜!」とマティアスの首にぶら下がりながら言う世話の焼ける艦娘を、彼は低い声で一括する。

「アリコーン。俺の艦を名乗るなら、先ずは美しく、エレガントであれ。さもなければ許さん。」

「ハッ、ハイ…。」

 萎縮したアリコーンはヒュッ、と小さく息を漏らして、そう言った。

 

 

 

 〜〜〜〜〜〜

 

 東京都 某所

 某タワーマンション 高層階

 

「はい、はい…。分かりました…全く、長電話すぎて耳が痛いなぁ、もう。」

 スマホから耳を離した男は、パソコンに向き直る。

「男の件は内部で隠匿、例の潜水艦の手綱を握れるかどうかが鍵だ。」

 パソコンを起動。そこに映る画面には、マティアス・トーレスと書かれれた男の画像と潜水母艦アリコーンと書かれた女性の画像があった。

「アメリカもこんな時に、面倒な仕事を作ったもんだ…。」




直次回から本格的に物語スタートです

感想、コメントお待ちしています!


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第Ⅰ章 解き放たれし力 Unleashed force
ブリーフィング


DLC LRSSG Briefing Ⅰ
を聞きながらお読み下さい


 

 

 

 20XX年

 9月20日 10時00分

 日本国 某所 タワーマンション高層階

 

 

 部屋のパソコンがアラームを鳴らす。時刻は“AM 10:00”。

「やあアリクサ。提出資料の大体は描き終わったよ。」

 パチパチとキーボードを打ち、画面の中のカーソルで“データ.001”と題されたファイルをスライドする。そうするとグラフが表示され、10%、25%、40%・・・と増えてゆく。

『>パーフェクト,』

 ピコン♪という電子音とともにパソコンは“言った”。声の主は彼のパソコン───に搭載されるAI、ALXA(アリクサ)。彼のチャット相手であり、パートナーである。

「だが結論がまだなんだ。」

 カツ、カツ、と爪で机を小突く。結論が出ず悩んでいる時の彼の癖だった・・・そしてこういう時、彼は決まってこう質問する。

「はぁ・・・さて問題だアリクサ。」

 自分の悩みどころを、解決しない部分を、優秀で頼りになる“パートナー”に聞くのである。

「どうすれば彼女(アリコーン)を消さずに済む?」

 

 

 

 〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 第Ⅰ章 解き放たれし力

 Unleashed force

 

 

 20XX年

 9月20日 11時10分

 日本国 戦略機動打撃艦隊 

 某島鎮守府 

 艦娘寮兼司令部施設 1階

 作戦会議室

 

 10分前に鎮守府内の全艦娘に会議室へ集合するよう通達があった。書類やらなんやらの整理を終え、提督が会議室に来た頃には殆ど全員艦娘が既に詰め掛けていた。

 皆より遅れて会議室に参上した提督を秘書艦の金剛が出迎えた。そして、まだここに来ていない彼女自身の妹の事も聞いた。

「榛名の調子はまだ良くないのデスか?」

「本人はピンピンしてるがまだ入渠中だ。修復材はポンポン使えんしな。」

「ま、そんな所とは思ってマシタ。」

 前回の作戦で被弾した高速戦艦 榛名は入渠ドックにブチ込まれてからまだ暫くで、高速修復材を使わない事には今日に実施されるだろう作戦には間に合わないだろう事は明らかだった。

 ただし、現在は榛名の欠員分を補える艦娘に1人だけ心当たりがあったので、さほどの問題ではない。・・・榛名は拗ねるだろうが。

「君!・・・いつまで待たせるつもりだ。」

 その彼らの前に広がる壇上。そこに置かれたプロジェクターの一角に、見慣れない男が眉を釣り上げて立っていた。

「誰だ?あの偉そうな男は。」

「聞こえるぞ・・・実際偉いんだ。」

 詰まらなさそうに椅子に掛けながら漏らすのは軽巡洋艦 天龍。それを提督が諫めた。

『───接続出来ました。いつでもどうぞ。』

 備え付けのスピーカーから聞こえる男の声。本人はどうやら此処には居ないらしかった。

「はぁ・・・横瀬・ホワードだ。本作戦はわたしが指揮を執る。」

 少し訛りのある日本語で前に立つ男は言った。

「指揮は提督がとられるのではでは無いんですか?」と側にいた戦艦 大和が聞く。

「後で話すさ。」

 カチ、と僅かな音が響く。プロジェクターのスイッチが押され、スクリーンに白一様の画面が映される。

「作戦の目的は敵深海棲艦に鹵獲された核弾頭を奪還する事だ。」

 ホワードが作戦概要を説明し始める。この時になって、提督達は後ろから“ガチャ”とドアが開かれる音を聞いた。アリコーンとマティアス少佐であった。

「遅参、失礼する。」

「今始まったばかりです。ギリギリセーフですよ。」

 言いながら、提督は隣に座るように促した。

「近頃南太平洋沖に出現した2つの火山島の内の1つに、敵深海棲艦群が大規模な陸上施設を築いているのが別の偵察作戦、及び衛星偵察によって確認された。」

 

「あの島・・・デスカ。」

「知っているのか?」

 何やら物憂げに言う金剛にマティアスが尋ねた。

「“別の偵察作戦”ってのをやったのが、今此処にいない榛名が支援のために参加した作戦だったんですよ。彼女の妹です。」

 横から提督がそう言って金剛の頭を撫でた。

「ふむ・・・。」

「・・・。」

 

 プロジェクターが真白から切り替わり、複数の衛星写真と洋上から(恐らく潜水艦によって)撮られたと思しき画像が映し出される。

 巣火鉢状のシルエットを持つ火山島の無骨な岩肌を埋める様に、深海棲艦特有の有機的で気味の悪い構造物が幾つも乱立していた。

「姫または鬼級の深海棲艦も確認された。規模から推定するに、大規模な侵攻前進基地と思われる。」

『問題です。この前進基地が造られてから、何日間?・・・正解は15日。正確には14日と9時間。』

 ホワードの話の切れ間を縫って、スピーカーから男の声が聞こえた。問題です、などと言っておきながらシンキングタイムはやけに少なかった。

「なるほどな。で、あんたはどこのクイズ司会者だ?」

 天龍が相変わらずの口調でそう言った。

北 聖人(きた まさと)。防衛装備庁艦娘戦力評価分析部の分析官です。』

「なぜ此処にいない。」

 天龍がそう言うと、他の面々も「確かに」とでも言いたげな表情を浮かべる。

「その必要がないからだ。」

 男───北 聖人に代わってそう言ったのは、提督だった。彼は続ける。

「彼は彼の仕事場、つまり自宅から出る事なく、君たち艦娘や深海棲艦の分析をする。」

「在宅勤務って事ですか。」

「ま、そう言う事だ。続けてくれ。」

『10日前、この島の近海を哨戒していたアメリカ海軍の原子力潜水艦、バージニア級[ロードアイランド]が行方不明になりました。その後、偶然海底で発見され乗員134名中108名が生還しました。そこで問題です。[ロードアイランド]が沈没した後、大変なことが分かりました。それは何?』

 彼が次に言葉を発するのに2、3秒と無かった。

『正解はロードアイランドに積載されていた核魚雷がなくなっていた事。亡くなった26名の大半は艦首魚雷発射管室を管轄している人達でした。』

「ワーオ。」

「穏やかじゃありませんね。」

 最初にホワードが言っていた「核弾頭の奪還」とはこの事であろう、と誰もが勘付いた。

「その潜水艦から取っ払ったって事か?」

『15度傾いて着底した潜水艦内からね。』

 プロジェクターの写す映像に一枚の画像が追加される。救難にあたったDSRVのカメラが捉えたものだろうか?艦首部分が激しく破壊された葉巻型の潜水艦の画像だ。おそらくこれが、撃沈された原潜ロードアイランドなのだろう。

「連中、核弾頭を奪って何をするつもりだ?核戦争ごっこか?」

『最近の前線後退と、我々側の優勢に関係あるのかもしれません。』

「なるほど。つまり深海棲艦に奪われた核弾頭を破壊してしまえと言う訳ですね。」

 大和が戦艦らしい脳筋なことを言う。46サンチ砲の脳筋は伊達ではない。

「“奪還”だ。これ以上言わせるなよ。」

 ホワードが語尾を強める。どうやら彼にとって───否この作戦は───核弾頭の奪還こそが肝であるようだった。破壊も奪還も、指して変わらないように彼女らは感じたが・・・。

「この核弾頭は対深海棲艦用としても開発された代物だ。少しでもサンプルが多い方が良い、との米海軍の話だ。」

『米軍?』

「諸君らがこれらの奪取に成功すれば、日本としてもアメリカに恩を売るチャンスにもなる。これはその為のサービスだとでも受け取ればよかろう。」

 ふん、と一息吐き、ホワードは腕を組む。アメリカ系日本人である横瀬・ホワードは日本よりもかなり外国に肩入れするタイプの人間で、事この場においてもその性格は如実に現れていた。

 ホワードの言葉の切れをみた提督が前に出る。

「作戦概要は俺が説明する。核弾頭奪還のため、米海軍から揚陸艦2隻と護衛の艦娘2隻が派遣された。」

 プロジェクターの画像がまたもや切り替わり、特徴的なステルスマストを持つドッグ型揚陸艦、サン・アントニオ級輸送揚陸艦が映し出される。艦名は[San Francisco(サン・フランシスコ)]と[Boston(ボストン)]と書いてある。さらにそれらと並んで表示された画像に、彼女たちは見覚えがあった。

「あ、アイオワ。」「フレッチャーか。」「あの子達とは久方振りネ。」「また会えるんだ〜。」

 その画像に各々の反応を見せる。

「君たちの任務は海上優勢の獲得、並びにこの強襲揚陸艦隊の護衛だ。また、この部隊には我が鎮守府からも揚陸艦あきつ丸を派遣する。頼むぞ。」

「おおっ、腕がなるであります!」 

 ブンブンと腕を振り回す、陸軍特殊船丙型 あきつ丸。久々の出撃、それも敵の本丸を叩くとあっては本人(本艦?)のやる気は絶好のようだった。

「時間を掛ければ奴らは逃奔するだろう。艦隊の突入は海上優勢獲得と並行して開始する。」

 そのホワードの言葉に場は騒つく。その中で大和が言った。

「失礼ですが。海上優勢獲得が確証されない海域に、脚の遅い揚陸艦を近づけるのは危険ではありませんか。」

 大和の言う通りで、鈍足、巨大、さらには低武装の強襲揚陸艦というお荷物を抱えながら海上優勢を獲得するというのは大変に困難で、2つの異なる任務を同時にこなさなければならない。下手を打てば、“二兎追うものは一兎をも得ず”となりかねない。

「それを考えるのはお前達の規範外の事だ。」

 にべも無く、ホワードはその意見を一蹴する。大和はといえば、冷ややかな目つきでホワードを睨んだ。そして同じくらい冷たい口調で大和は言い放った。

「なるほど。つまり政治のためなら友軍がどうなっても一向に構いませんと、そういう訳ですか。」

「そこの提督から口の利き方を学ばなかったのか?」

 大和の言い草にホワードも少し頭にきたのか、アゴで提督を指しながら挑発するような物言いをした。艦娘達の表情が剣呑なものへ変わっていくのを感じる。

「・・・本作戦には高速給料艦を投入する。有り体に言えば、“常時キラ付け状態”が可能という訳だ。うまく立ち回ることができれば、相当優位に戦闘を行うことができるだろう。コイツは間宮さんお手製の甘味もあるぞ。」

 艦娘達の興味を逸らそうとした提督の試みははたして成功した。艦娘達・・・特に駆逐艦は“間宮さんお手製の甘味”に興味津々だ。

「ホントに⁉︎」「私出撃したい!」「間宮さん所の甘味、そう言えば最近食べてないわね。」

 提督はプロジェクターを操作し、高速給料艦の概要と甘味を受け取る方法を説明した。海上からドラム缶一杯に詰め込まれた甘味などを放り投げられる、と説明を受けたときは、その扱いの雑さやダイナミックさに驚いたり落胆するものも居れば、珍しいし面白い方法だと面白がる者も居た。

「高速給料艦の到達予定は作戦開始と同時刻となる。」

「出撃は第二艦隊中心の編成だ。」

 割り込む様に言ったホワードに提督は一瞬眉間に皺を寄せる。その一方で、艦娘達の方は様々な反応を見せた。

「Wow!私は留守番デスカー⁉︎」「第一艦隊は出撃しないのか?」

「今回、第一艦隊は鎮守府待機だ。俺は指揮所で准将の指揮を補佐する。」

「作戦の難易度は低い。・・・ふん、主力艦抜きでも問題なかろう。」

 鼻で笑ったホワードを見る目は、大方冷たいものばかりとなっていた。

 

「───それともう一つ、今回の作戦で伝えなければならないことがある。アリコーン、トーレス提督・・・!ここに。」

「え?私?」

「行くぞ。」

 突然呼ばれた事に少し動揺を隠せないでいるアリコーンの手を取り、マティアスは壇上へ踏み入った。壇上に上がるアリコーンを、ホワードは冷めた目付きで眺める。

「彼女は潜水空母アリコーンだ。今作戦では第二艦隊へ特別に編入する事となった。皆、よろしく頼む。」

「おー。」「新しい娘?」「髪の毛綺麗〜。」「横の人誰?」「潜水艦なんだー。201ちゃんより強そう!」

 実はアリコーンはこの鎮守府で建造されてからほとんど人目につかないようにされてきた(また本人も意図せずそうしていた)ので、彼女を初めて見る艦娘の方が多かった。

「……えー、紹介預かったアリコーンですわ。皆さまどうぞよろしくお願い申し上げます。」

 美しい所作で、実にエレガントに、敬礼(お辞儀の方である)をする。

「隣の方は特殊な艦であるアリコーン専属の提督として就いて貰っているマティアス・トーレス少佐だ。アリコーンは基本的に彼の指揮下にある事を留意するように。」

 旗艦となる艦娘が自由意志で命令して動かせる艦娘ではない事を注意せよ、という事である。

「マティアス・トーレスだ。諸君らの厳しい任務は提督から聞いている。アリコーンは諸君らにとって大きな後ろ押しとなるだろう。彼女共々よろしく頼む。」

 会釈程度の角度で頭を下げる。それに続いてアリコーンもぺこりと頭を下げた。

 

「ブリーフィングは終了だ。出撃する艦娘全員、直ちに準備につけ!」

「「「了解!」」」

 

 

 

 〜〜〜〜〜〜

 

 つい先刻まで艦娘達が詰めていた作戦会議室は一斉に艦娘達が出て行ってしまったので急に閑散とし雰囲気になっていた。ホワードと提督も退室し、ここに残っているのはマティアスとアリコーン、あとは2、3人が機材を片付けているだけだった。

「アリコーン。」

「なんでしょうか、艦長?」

 ニタッ、とマティアスは弧を描いた口を傍らの女性に向ける。

「鎮魂だ。準備が出来次第出撃せよ!」

「!」

 アリコーンは、この言葉に目を見開いた。聞き馴染みの深い言葉。それはマティアスのこれ以上無い激励の言葉だった。

「貴様の初陣だ。しっかりやれ。エレガントに、美しくな。」

「はい!」




意外と早く投稿でけた!o(`ω´ )o

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天号作戦 Ⅰ (前)

思った以上に長くなってしまったので前後編に分けます

Enchanter I
を聴きながらお読み下さい。


 20XX年

 9月20日 14時54分

 中部太平洋沖合

 

「艦隊、まもなく戦闘作戦海域に突入。対潜、対水上警戒を厳となせ。」「座標を確認…正常。作戦海域に突入を確認。」旗艦より信号、電波管制解除。」『艦隊各艦単縦陣より展開。』「全艦輪形陣へ展開。」「あきつ丸さん、輪形陣の中に入って下さい。」「了解であります!」「各艦へ命令、第1種戦闘配置。」

 

 雲がやや立ち込める中、日米艦隊は無事合流を果たし陣形を整えつつあった。予定通りならば、第三、第四艦隊と合同して作戦海域に突入出来るはずである。

「ボストンより信号!“来援ヲ謝ス、我共ニ作戦ヲ完遂セントス。貴艦ラニ神ノ祝福アラン事ヲネガウ”と。」

「へ!護られる側のくせにデカい口叩くなぁ。」

 揚陸艦ボストンからの信号は米軍なりの誠意ではあったが、それを知っていても今回の作戦の背景故に、あまり好意的に受け入れられない天龍。その彼女を、赤城が諫める。

「まぁ、天龍さん。そう言わないで…間も無く作戦海域ですよ。…大和さん、第一次攻撃隊の発艦準備は完了しています。あとは命令を。」

「では、お願いします。」

 艦隊旗艦 大和は右手を挙げ、サッと降ろした。第一次攻撃隊発艦許可の合図である。

「第一次攻撃隊、発艦始め!」

 キリキリキリ…弓矢を弾き───放つ!

 高速で放たれた矢はバヒュルルル…!と大気を裂く音を奏でながら雲の立罩める空へ飛んで行きやがて見えなくなるが───その瞬間、パッと輝いた。

 

 輝きは炎となり、炎は数多の火の粉を散らした。火の粉は次第に逆ガル翼を伴った特徴的な機体の輪郭を纏い、次には濃緑色の機影となって顕現する。艦上攻撃機 B7A3 流星改…!それこそがこの濃緑色の機体を示す機種と名前である。洗練された機体形状と強力な2,000馬力級エンジンは、流星改に余裕ある頑丈な機体を齎し、更には卓越した機動力と攻撃機としては優れた速度性能を有している。

 

 その流星改隊の後方を突き抜けて行く数本の矢───赤城が流星改を発艦させた時よりも大きな角度を持って放たれたそれらの矢も、1本の例外なく炎となりそこから撒き散らす火の粉は機体を形作る。それは激しい風という意をその名に冠する戦闘機、A7M2 烈風11型───2,000馬力級の大出力エンジンで、攻撃機たる流星改に迫る大柄な機体と、高揚力を生み出す広大な主翼を振り回すそれは正に怪鳥。そして主翼に計4丁備えた20ミリ機銃は抜群の破壊力を誇り、一撃離脱戦闘機としても巴戦を行う格闘戦闘機としても高い完成度を誇る高性能大型戦闘機であった。

 また対艦攻撃支援のために、翼下に1番噴進弾を数発懸吊している。これは初速が速いために限定的に対空戦闘にも使用可能で、時限信管弾頭を備えている故長距離から敵機編隊を撹乱したり奇襲効果を発揮するにはもってこいの装備であった。

 

 それら高性能機によって編成される攻撃隊の陣容は以下の通りである。

 

 第一次攻撃隊

 直掩・護衛戦闘機隊 烈風11型 22機(5個小隊+半個小隊)

 攻撃機隊 流星改(流星23型) 20機(5個小隊)

 戦爆連合計42機

 

 これは、総艦載機数約90機程度である正規空母 赤城の出し得る最大限の出撃数であった。第一次攻撃隊は直ぐに迂回上昇すると、高度1000メートルもない低い雲間に隠れていき、やがて見えなくなった。

 更にはこれら第一次攻撃隊に呼応する形で第二艦隊の突入とは別方向より、第三艦隊は軽空母 隼鷹と第四艦隊の正規空母翔鶴、瑞鶴より総計100機以上の第二次攻撃隊が波状攻撃を仕掛ける事となっている。

 

 作戦開始時刻14時55分。一斉通信により全艦の通信回路を同一の命令が走った。

『前進だ。準備が出来次第、攻撃せよ!』

 

 

 

 OSARU production PRESENTS

 

 

 USN遠征群 JMSDF戦略遠征戦闘群第二艦隊

 

 [San Francisco(サン・フランシスコ)] [Boston(ボストン)] Iowa(アイオワ) Fletcher(フレッチャー) アリコーン 大和 赤城 天龍 夕立 雷 夕雲

 

 

 

「よっしゃ行くぜ!」

「派手にやってあげるっぽい!」

 第二艦隊の水雷戦隊旗艦を務める天龍は瞬く間に最大戦速である35ノットに増速し、大和ら主力艦群や強襲揚陸艦隊を追い越し、艦隊の最前部に躍り出る。隷下に従える夕立、雷、夕雲も天龍に同行し、雷撃戦の構えだ。

『了解した。…くそっ!』

 国連の軍事用回線で他には秘匿された通信で入ってきた提督の声は、明らかに焦っていた。何が起きたのだろうか?

「どうした?」

 反射的に先頭を行く天龍が聞いた。

『高速給料艦を含む、味方艦隊の到着が30分遅れている!』

「なんだと⁉︎」「どう言うこと…?」

 

『撤退し友軍の到着を待て!』

『撤退は許さん。海上優勢を獲得しろ。』

「「「⁉︎」」」

 提督の言葉を遮って入った横瀬准将の言葉に一同は驚愕する。今作戦の要は第二、第三、第四艦隊の同じた方向からの突入にある。

 

 別個に、それも時間を空けた突入では一つ一つの戦力が足りず、最悪押し潰されて全滅という可能性すらありうる。

 この横瀬とかいう男は、それを承知で、本気で我々に戦闘を開始せよと言っているのか…⁉︎

「どうしますか大和さん…?」

「…。」

 赤城が艦隊旗艦である大和に言う。苦い顔をした大和は、やはり悩んでいる様だった。

 くそ!艦娘をなめるな!…と血気の多い天龍は叫んでやりたくなる衝動に駆られたが、その糞准将の側には提督がいる。おそらく、待機となった第一艦隊の面々も作戦の様相を見守っているのに違いない…醜態は晒せなかった。

 他の艦娘達も、だいたい似た様な面持ちだった。

 作戦中にも関わらず良い雰囲気ではない。しかしそれを打ち破る一報は、間も無く入って来た。

 

 トトトトトトトト……!

 

 ト連送は航空隊の放つ『全軍突撃』の合図であった。

 目を凝らせば、雲間から飛び出たゴマの粒にも満たない小さな点が敵艦隊の真上で乱舞している…第一次攻撃隊だ!

 その下では、既に黒いキノコ雲が上がっている。

「ハハッ!攻撃隊がおっぱじめやがった!」

「よし、やりますよ。全艦続け!」

 一次攻撃隊に触発される様に艦娘達の顔に活気が戻る。やってやる!と言わんばかりである。

『よし、全艦状況開始!交戦せよ!』

 全員が一挙に船足を強め、揚陸艦隊の前面に出る。先鋒に水雷戦隊、それを強力な砲煩兵器で支援する戦艦隊、そして最後の守りである揚陸艦隊直掩、という構えだ。

 艦隊に近づく深海棲艦群は戦艦4、巡洋艦2以下10隻程度の艦隊群であった。この程度の数の敵であれば、直ぐにでも蹴散らせる…!

 

 

 

 〜〜〜〜〜〜

 

 同

 深海棲艦群 空母機動部隊 上空

 

 

 それ(・・)は、深海棲艦にとって晴天の霹靂であった。

 見晴らしのよい一面の海上、と油断していたのかもしれない。艦娘達の被発見を避けるためにレーダーを稼働せずにいたのが完全に裏目のなったのだ。

 空に立ち込める雲の、その切れ間から逆落としに急降下してきた濃緑色の機体の腹の中には、800kg徹甲爆弾が搭載されている。どんな敵艦でも一撃で打ち抜けるほどの貫徹力を誇る対艦徹甲爆弾である。

 深海棲艦が急降下爆撃を仕掛けて来る流星改隊の存在に気付いたその時は既に遅すぎ、流星改隊が爆撃を敢行するには十分すぎる時間だった。

 ドン!ドン!ドン!上空に打ち上げられ始めた対空砲弾が炸裂するが、いずれもまだ疎らで有効な弾幕とはなり得ない。だがその間にも流星改隊は一挙に間合いを詰める…既に最高速度の時速567kmはとうに超え、加えて重力加速によってさらに加速し、じつに時速700km以上のハイスピードで深海棲艦群に向かって急降下していた。狙いは、その中の空母4隻!陣容は軽空母ヌ級、正規空母ヲ級各2隻。最も近傍にいて、かつ戦闘準備を整えているらしい空母群である。空母ヲ級の帽子を思わせる気色悪い頭部の構造体から戦闘機が発艦するのを攻撃隊は見た…だがこちらの制空戦闘機隊でいる烈風22機に比べればモノの数では無い。脅威とはなり得ないだろう。

 攻撃を決断する。20機の流星改隊は4手に分かれ、空母1隻につき1個小隊4機が攻撃を仕掛けていた。残りの4機は攻撃予備機である。

 

 第一次攻撃隊は目標とする敵空母群を発見するや否やそのほぼ直上から、高度5000mより逆落としに急降下!ダイブブレーキを使いゆっくりと加速し機体を安定させるがそれでも時速は今や800km近くに迫り、操縦桿はガクガクと震える。爆撃照準器の中で今更ながらに始動した深海棲艦の空母がのっそりと回避行動を取ろうしている───だがもはや遅い。既に高度は3000mを切っている。高度2700…2500…2200…2000を切った!対空砲火は苛烈さを増し、ついには機関銃と思しき曳光弾までもが雨霰と打ち上げられて来る。脅威というほどの精度では無いが、1秒を数える毎に密度は増し、搭乗員にストレスを与えた。外版が機関銃弾を弾き、バンッバンッ!と鈍い金属音を立て始める。その度に冷や汗が噴き出し、奥歯がガタガタと震える。

 高度1500…1200…まだだ!

 高度1000mを切る───投下には絶好の位置!

「テー!」

 投弾!十分な加速を与えられた800kg徹甲爆弾はほとんど直線に深海棲艦空母へと落下していく。流星改隊は投弾が終わると同時に機首を翻し、対空砲火を嫌ってすぐさま上昇して離脱する。

 高高度から慣行する水平爆撃と比して貫徹力という意味では急降下爆撃は不利であったが、それでも突入速度は時速800kmを超え、さらには重量800kgの徹甲爆弾である。空母相手にも十分な破壊効果を発揮してくれるはずだった。

 そしてその瞬間は来る───閃光!

 次の瞬間に起きた大規模な爆発は、眼下にある敵空母が完全にその機能を損失した事をありありと示していた。うち2隻は黒煙を撒き散らすどころか誘爆を始めているらしかった。時折、黒煙を切り裂く紅蓮の炎が立ち上がりその度に爆発を繰り返す。既に傾斜が始まっているのか、まともに航行出来ていない。残りの2隻も無事では無く、発艦システムは完全に破壊され、大破、良くても中破相当の損害を受けているのは明らかだった。

『軽空母ヌ級、正規空母ヲ級各2隻撃破確実!』

 大戦果を無線機で全部隊に知らせる。これで暫く、深海棲艦は他の空母の艦載機が上がるまでエアカバーは完全にゼロとなるだろう。停泊している空母からの発艦は不可能だ。向こう十数分は敵は航空機を上げられまい。

 

 だが安心はまだ早かった。黒煙を上げる敵空母群の周囲から、ゴマの実の様な点々が急速に上昇してくるのが見える…敵戦闘機!母艦の仇と言わんばかりに、爆撃直前に発艦を終えた20機余りの深海棲艦戦闘機が攻撃を終えた流星改隊に襲い掛かろうとしているのである!

 しかしその敵討ちは遂に叶うことはなかった。太陽を背に突然現れた20機の烈風11型が完全に優位な高度から奇襲を仕掛けたのだ!深海棲艦戦闘機の射線に入らない、それよりも上の角度から射撃を行った。一方的攻撃───1機あたり4丁、20機計80丁にもなる弾幕のシャワーが深海棲艦戦闘機の機体を穿つ。射撃の時間そのものはほんの一瞬───だがその一瞬が1秒を争う戦闘機戦では命取りとなる。穿かれた穴は急速に増大した空気抵抗によって拡大し、次々に外板が吹き飛ばされてゆく。やがて機体は限界を迎え…空中分解した。

 またある機体は燃料にでも引火したのか、空中でオレンジ色の花を咲かせ爆砕する。更にそこかしこで黒煙を上げバラバラになりながら堕ちる深海棲艦戦闘機…僅か数秒に満たない交錯の中で深海棲艦戦闘機が被った損害は甚大であり、且つ最早この段階に来て巻き返す事は不可能であった。

 一撃離脱を終えた烈風11型はその広大な主翼と自動空戦フラップを持ち合わせた高機動にモノを言わせ急速に機首を上げ、大馬力エンジンによって強引に速度を上げる。初撃によって深海棲艦戦闘機の数は半部近くにまで撃ち減らされていた。そこに主翼下に懸吊されている噴進弾が文字通り一斉に火を吹く。噴煙もそのままに深海棲艦戦闘機隊に突進した噴進弾は時限信管によって炸裂。まだ無事だった編隊をバラバラに引き裂いてフォーメーションを崩し、更に2、3機が被弾し撃墜される。

 奇襲を受けバラバラになり連携をとる事すらままならない敵戦闘機に対して、機体性能、数、そして操縦技量の全てにおいて優位に立つ烈風11型の編隊は寄ってたかって瞬く間に残存する深海棲艦戦闘機隊を全滅させてしまった。

 空に彼らの脅威となるものは最早いない。結局、流星改4個小隊の働き振りが余りにも良すぎたが為に爆弾を腹に抱えたままの流星改1個小隊は所定の通り第二目標を攻撃する為に6機の烈風11型に護衛されながら別方向へ飛んで行った。残りの第一次攻撃隊36機は母艦の赤城に向け帰投して行く。

 

 第一次攻撃隊による一番槍の戦果は、予想を遥かに上回る華々しいものとなった。

 

 

 

 〜〜〜〜〜〜

 

 同 15時00分

 

 日本国 戦略機動打撃艦隊 

 某島鎮守府 

 艦娘寮兼司令部施設 地下1階

 統括作戦指揮室

 

 地下の作戦室には数面のモニターがあり、艦娘達の戦闘行動は衛星や他中継施設を介して逐一伝達されている。

 その中から入った報告に、指揮室はワッと熱を帯びた。

『敵空母4隻撃破確実!内2隻ハ撃沈確実ト認ム!』

 予想を遥かに上回る大戦果だ。

 第一次攻撃隊の戦果は望外と言ってよく、たった一杯の正規空母で4隻の敵空母群を丸々1個撃破せしめたのだ。これを大戦果をと言わずして何とするのか?

「……。」

 しかし、この指揮室に居座る責任ある者にはその大戦果を喜ぶ様な素振りも、またそんな空気も無かった。むしろ、鉛のように重たい空気を漂わせている───それは艦娘達の行動に対して責任を持つ人間である提督と、艦娘である金剛であった。

 因みに金剛は第一艦隊旗艦として、誤解を恐れず言うのであれば言わば艦娘達の代表の様な形で此処にいた。

「准将、作戦時間の変更を我々に知らせませんでしたね…。」

「ふん。30分程度耐えられずに、何が精鋭艦隊か。」

「…ッ!」

 咄嗟に提督が金剛の肩を抱く。そうでもしない事には、隣に居る女性(・・)は今にも准将に食って掛かりそうであったからだ。金剛の目は、さながら燃焼炉の如き烈火の怒気に支配されていた。一方で、それを抑える提督の目も決して穏やかという訳では無かった。むしろ荒れ狂う波の様に心中から湧き出る衝動を押さえ付けている様でもあった。

「艦隊責任者は自分です。それを通告しないとは───」

「作戦責任者はわたしだ。不手際は確かにあったが、無論作戦中はわたしの指示に従ってもらう。」

「…。」

 提督は准将を横目で睨め付ける。

「テートク…私やっぱりあの人嫌いデス…。」

 ぼそっ、と耳元で金剛が呟く。

「言うな、分かってる。」

 榛名の件もあって、金剛が横瀬准将に好印象を持てっいるわけが無いというのは提督とて聞かずとも解ってはいたが、こうして口にする程とは…。金剛の頭を撫で、宥める。

 その光景を見た横瀬准将は、まるで汚物でも見るかの様な厭わしい目でそれを睨み、これ見よがしに「チッ」と舌打ちした。

 提督と准将、2人の間に剣呑な雰囲気が立ち込める。この密室に詰めている他のオペレーターにとってみれば迷惑この上無い話である。

「…あっ、戦艦アイオワ、大和、敵前衛戦艦群と会敵します!」

 あまりの空気の悪さを打ち破るようにオペレーターがわざと大きな声で報告する。モニター上の友軍を示す2つの青の輝点は、敵を示す4つの赤の輝点と対峙していた。

 

 

 

 〜〜〜〜〜

 

 同 15時03分

 中部太平洋沖合

 

 高速戦艦 Iowa(アイオワ)は艦隊のかなり前方を航行していた。

 その彼女に、大和が声を掛けた。

「アイオワさん!」

「…?oh!ヤマト!」

 懐かしい戦友にアイオワはもとより星のある目をより輝かせた。かつて別の戦線で共に敵へ砲門を向けた仲である。

「どうです久し振りに…一緒に撃ちませんか?」

「イイね、ソレ!NICE idea!」

 すぐさまアイオワと大和は縦陣をとる。とはいえ、たった2隻で且つ後方から大和がアイオワを追従している状態であったので、特に時間はかかる事はなかった。

 

 ちなみに、アイオワが33ノット発揮可能な高速戦艦であるのに対して大和は最大27ノット程度しか発揮できないのに追従出来ているのは、単純にアイオワの巡航速度が大和と大差が無いからである。アイオワ級の細長い船体───艦娘アイオワは随分とグラマラスであるが───は高速を発揮するにはもってこいではあったが、さしものアイオワ級とて33ノットを常に発揮して戦闘を行うわけではない。よって、いくら高速戦艦たるアイオワであっても、交戦時の航行速度は20ノット強である。

 

「スイヘイセンジョウニマスト!1、2、3、4、イズレモセンカン──ッ‼︎」「テキカンハ、コウソクセンカン“タ”キュウ!」

「!」

 大和は見張り員妖精さんの指示した方向に目を凝らす。水平線上に浮かぶいくつかの点…それらは明らかに異形であり、その事実は目標が深海棲艦である事を示していた。

「とぉりかぁじ、一杯!主砲、右砲戦用意ーっ‼︎」「Hard to port!(取舵いっぱい!)

 高速戦艦タ級4隻相手するには、戦艦2隻というのはやや心許ないように思えるが、当の彼女達といえば「相手にとって不足なし」とは思っていても心許無いなどと言う事は微塵も思っていなかった。

「む。」

 大和とアイオワが回頭し終わった時、大和は勝利を確信していた。敵は単縦陣であり、それに対してこちらは理想的な丁字戦を展開出来るはずだと思ったからだ…さながら、かつての日本海海戦の如くに。

 しかしその思惑は脆くも崩れ去る。敵戦艦隊は単縦陣を解き、素早く単横陣で応じてきたのだ。こうなると大和とアイオワはやや不利である。単横陣の敵は前方の主砲しか使えない代わりに投影面積が低く、艦の側面を向けているよりも被弾確率が減るのである───というのは実際の軍艦(・・・・・)の話で、艦娘である彼女らには然程関係無かった。何故なら前だろうが横だろうが基本が人型である彼女達の投影面積は余り変わりがないからである。

 一方でやはり人型である艦娘や人型を模した深海棲艦は主砲の射界が広く取れることもあって、側面も前方も火力投射能力に差がない。結局、大和とアイオワが不利なのは変わらなかった。

 単横陣の戦艦隊を先頭に、単縦陣で敵の水雷戦隊が後続する形だ。敵の水雷戦隊は、期を見てこちらに雷撃戦を挑んでくるのに違いない。

「弾種徹甲、目標敵1番艦!」「OK〜!」

 大和の主砲塔に一式徹甲弾が、アイオワの主砲には超重量徹甲弾(Super Heavy Shell)(スーパー・ヘビー・シェル)であるAP Mk.8が装填される。それぞれ、艦艇用徹甲弾としてはある意味頂点に達した砲弾である。

 敵1番艦は向かって最左翼にいる敵戦艦だ。 

 大和とアイオワは統制射撃を試みた。当然データリンクなど存在しないし、指揮系統や射撃手順も異なる大和とアイオワだが、ここは艦娘。共に息を合わせてやるだけで統制射撃は成る。それが艦娘の強みでもある。

「テキカンタイ、キョリ20,000ヲキッタ!」「デンタンカンソクニヨレバキョリハ19,500。」

「Enemyは21,000ydのレンジね〜。」

 アイオワも大体同じ程度の距離を算出していた。

「ヤマトサン、カンソクキ、アゲル?」

 大和の後部甲板で零式水上観測機の整備をしている妖精さんが聞く。砲戦時に弾着観測用の観測機を上げるのは海戦の常套手段であるが───今回は首を横に振った。

「いえ、大丈夫ですよ。」

 観測機が無くとも命中弾を出す自信がある───と言うわけではなかった。深海棲艦の空母4隻は機能不全に陥ったものの未だに健在な母艦は複数存在し、時間が経てば立つほど敵空母艦載機の脅威が大きくなる。更には深海棲艦側の陸上基地の航空部隊が健在で、いかに機動力のある零式水上観測機であってもあまりにも危険であるからだ。

「ワカリマシタ!」

 ぴしっ、と短い手足で可愛らしく敬礼をした妖精さんはせっせと格納庫に零観をしまってゆく。

「ギョウカクアワセー!」「ゼンヨウセイタキヒカンリョウ!」「シャゲキジュンビヨーイヨシ!」

 コクリ、と頷きアイオワを見やる。ニヤッとアイオワは微笑み、それに大和も口角を上げて応えた。

「撃ちー方はじめッ‼︎」「Fire‼︎」

 

 ドドォォンッッ‼︎‼︎ドォンッ‼︎

 ゴゴゴォォッッ‼︎‼︎‼︎

 

 戦海を揺るがす轟音!3連装主砲塔を備える大和は交互撃ち方により左右砲と中央砲の射撃タイミングをずらす砲撃をし、一方で水上射撃では斉射が基本のアメリカ戦艦であるアイオワはやはり初弾から斉射を行った。

 計18発の大質量砲弾は大きな放物線を描き、単横陣の最左翼を航行する戦艦タ級に降り注いだ。

「───⁉︎」

 深海棲艦戦艦隊は2隻の砲撃に驚いていた。或は、有効な射撃精度の得られる距離ではない上に、数の利は我が方に有りという油断があったのやもしれない。

 そして───「ダンチャーク、イマ!」

 着弾!敵タ級の周囲に巨大な水柱が乱立し、さながら大瀑布が空に昇ってゆくかの様にすら見えた。敵戦艦が我が方の砲弾により水柱に包まれるのは眺めていて実に気分が良いが、これは眺めるのが仕事では無い。砲弾をぶち当て、敵を破壊しなければならないのだ。

 肝心の命中弾は───

「メイチュウダンミトメラレズ!」

 敵艦のやや手前に赤い水柱が立っている。大和の使用する染色弾で、弾着を補正するのに役立つが、つまるところ大和の砲弾は命中していない。アイオワも頬を膨らませてつまらなさそうな顔をしている。

 しかし、アイオワは自らの妖精さんの報告を受け、ぱっと顔色を変える。大和に振り向いて笑顔を見せた。

 そして大和も、間も無くその理由を知る事となる。

「キョウサ!キョウサ!」

「!」

 夾叉とは、砲撃が命中していなくとも砲弾が目標の前後を取り囲むように弾着する事であり、これは照準が正しい事を意味する。当たらなかっなのは、単純に運の問題である。

「第二射用意!次発からは斉射!」

 ゴロゴロ、と弾薬庫から1トンを優に超える砲弾が揚弾筒により砲室に運ばれ、それとは別に発射薬である“薬嚢”がドラム缶の如き様相を持つ火薬缶から取り出され、揚薬筒によってやはり砲室に運ばれる。搬入された砲弾と薬嚢はすぐさま人力(妖精さん力?)により装填され、尾栓を締められる。

 この一連の作業は大和においては凡そ40秒、アイオワは30秒で完了するとされる。しかしそれはあくまでもカタログ値であって、常にそのスピードが維持される訳はなく、こと戦闘時にあっては殆どアテとならない。大和もアイオワも、凡そ1分で発射から装填のサイクルを繰り返す。

「斉射!撃ェーッ!!」「Salvo‼︎」

 

 ドドドォォオォォ…‼︎衝撃波は扇状に広がり海面を白と青のコントラストで彩った。世界最強級の艦砲18門による砲煙が晴れた時──────不意に聞こえた滑空音…それも複数!

「「!」」

 空を劈く高音の到来は、彼女たちに本能的なまでの迅速さで防御姿勢を取らせる───次の瞬間!

 

 ドドドドッズバァァァァンッッ‼︎‼︎

 

「おおっ…⁉︎」「Wow⁉︎」

 4隻32門の同時着弾!数十mを優に超える無数の水柱の出現は海を荒らし、大和とアイオワの姿勢を崩した。

 降り注ぐ水飛沫が髪を塗らし、雨のように降り注ぐ海水によって熱せられた砲身はジュワジュワと蒸気を上げる。煩わしさに大和は眉間に皺を寄せる。

 そして水煙が晴れ、水平線が表になった瞬間───パッ!と水平線の一角が瞬いた。…それは紛れもなく敵戦艦の断末魔の閃光であった。タ級の装甲は高角度から飛来した1トンを優に超える大重量砲弾の落着に耐える事は叶わなかったのである。

 主砲塔の天蓋装甲を貫通した徹甲弾はそのまま砲塔内で炸裂、頃合いよく砲塔内に揚弾されていた2発の16inch砲弾に誘爆!ビックリ箱宜しく砲塔が吹き飛びんだ。さらに運の悪い事に砲弾と薬嚢を砲塔に運び上げるための扉は開け放たれたままであった。砲塔から流れ込んだ爆風は弾薬庫にまで達し、全てを終わらせる最後の爆轟が起きたのである。

「敵戦艦1隻撃沈!」「yay‼︎」

 送れて、ドーーン…!という腹に響く爆発音が響いた。黒煙が横陣を敷く敵艦隊を含めて海域全体を覆い隠す。敵戦艦の撃沈は喜ばしいが、これでは敵を狙う事など不可能である。風向きが変わったか───大和は最左翼の敵艦を狙っておけば良かったと今更ながらに思った。

 しかし───

「あ!」

 その黒煙に向かって突っ込んでゆく影を彼女は見た。それは、天龍の率いる水雷戦隊───!

 

 

 

 〜〜〜〜〜

 

 同  15時09分

 

 

 天龍が先陣を切る水雷戦隊は、4隻“いた”敵戦艦隊の側面に陣取っていたが、敵が単横陣に陣形を変更した為に攻撃機会を窺っていた。しかし敵戦艦爆沈によって生じた黒煙が煙幕の役割を果たし、戦艦同士の砲撃戦は一旦休幕となった。

 深海棲艦戦艦群は残りの3隻で単縦陣を組み直し、早急に大和、アイオワ両戦艦との距離を詰めて数の優位がある内に短時間で決着を付ける腹づもりであるようだった。

 それに対して天龍以下の水雷戦隊はその目論見を阻害すべく雷撃戦を敢行しようとしていた。

「おらァ行くぜ行くぜ!!!!」

 刀を振り上げ、陸軍の銃剣突撃さながらに海上を疾駆する天龍らの前に、巨大な水柱が行手を阻む。

「おお⁉︎」

 敵戦艦隊の後方───単縦陣を崩さない敵の水雷戦隊の砲撃だった。巡洋艦2隻、駆逐艦4隻の戦隊…一方で此方は巡洋艦は天龍のみ、駆逐艦も3隻と数において不利感は否めなかったが───天龍の口角が上がった。

「しゃらくせぇ…!蹴散らしてやれ!主砲撃ち方はじめ‼︎」

 天龍が従える夕立、雷、夕雲の3隻は水上砲戦に優れた威力を発揮する50口径12.7cm砲を装備しており、彼女達の練度と合わされば多少の数の不利などどうと言う事はなかった。

 ドンッ!…駆逐艦同士の砲撃戦が開始された。豆鉄砲同士ではあるが、艦娘側駆逐艦の方が精度が高い。3隻で1隻を集中砲火を浴びせ、早くも1隻を血祭りにあげている。

 一方で天龍は主砲を乱射しながら単身敵艦隊に突っ込んでゆく。それを「差し違え覚悟の特攻」と見た深海棲艦巡洋艦は2隻がかりで天龍に砲撃を集中させた。当然ながら天龍はそんなつもりはなく、むしろ2隻を一方的に叩きのめすつもりでいた。

 敵巡洋艦はホ級とヘ級が各1隻。脅威ではあるが、恐れる相手ではない。

 主砲4門の狙いは正面の軽巡ホ級。ドンッドン!と正面に砲撃を叩きつける。巡洋艦として消して威力が優れているとは言えない14cm砲だが相手も所詮は軽巡洋艦。天龍の的確な砲撃によってロクな反撃もままならず、砲塔を吹き飛ばされその戦力の過半を損失してしまう。軽巡ヘ級も僚艦がボコボコにされるのを黙って眺めていた訳ではない。右腕の艤装から砲撃を乱発し、複数の砲塔が砲弾を大量に送り出す。

「ンなナマクラ当たるか!」

 軽やかに身を翻し砲撃を避け、或いは自分に向かってくる砲弾を刀を斜に構えて避弾経始の要領であらぬ方向に吹き飛ばす。

 その間にも天龍の主砲は砲撃を繰り返し、遂に限界を迎えたホ級は大傾斜を初める…瞬間!

 

 ズドォォオォーーンッ‼︎‼︎

 

 巨大な火柱を上げてホ級は爆沈する。

 その光景を見て天龍はほくそ笑んだ。ホ級から流れ出た黒煙が煙幕の様に天龍とヘ級の姿を覆い隠す。黒煙に視界を遮られたヘ級は天龍が居るであろう方向に向かって砲撃を繰り返すが…手応えは無い。命中しているのか、そうで無いのか。それすら判断つきかねた。

「……!」

 殺気───⁉︎

 反射的に右手の艤装を構えた!黒煙が裂け、光沢が一線を描いて迫る───‼︎

 ガッチィィッ‼︎金属音がこだまし、その正体が露わとなる…巨大な刃渡りの刀。それがヘ級の艤装を破断せんとばかりに半分以上斬り込んでいたのである。

 刀の主である天龍は不敵な笑みを浮かべながら、刺すような目付きでヘ級を見下ろしていた。

「!」

 目前に構えられた砲身───!

 ゼロ距離での射撃!所詮軽巡でしか無いヘ級にとってその威力は過剰なものだった。半身は完全に吹き飛ばされ、艤装と右腕だけが残った。

「ぽ〜い!天龍さ〜ん。」

「ん!片付いたか。」

 煤で化粧をした駆逐艦3隻がススーッと寄ってきた。全員、損害は無いようだ。

「よーしいくぜ!魚雷戦、用意!」

 再び増速し、天龍達は魚雷発射管を構える。敵水雷戦隊との戦闘の影響で敵戦艦群の真横から投射する事は叶わないが、10ノット以上も優速な天龍達は可能な限り優位な位置から雷撃する事は出来た。

「撃てっ!」

 回頭しざまの雷撃!4隻から放たれた魚雷の総数は30本近くにもなる。扇状に投射されたそれは、単縦陣を敷いている敵に対しては効果は絶大である。戦域に未だ燻っている黒煙が目隠しの役割を果たし、今更ながらに砲撃を始めた敵戦艦の副砲、主砲の集団率も悪い。

 天龍以下の水雷戦隊は深海棲艦水雷戦隊の撃破と敵戦艦群への魚雷の投射という役割を完遂し、日米合同艦隊に合流する進路をとった。

 

 

 

 〜〜〜〜〜

 

 同  15時13分

 

「…………暇、ですわね。」

「そうですね。」

 戦闘開始から25分、戦闘は我が方優勢に進みつつあった。特に最初の第一次攻撃隊による敵空母撃滅はかなり効いている。

 接近していた敵戦艦隊は大和とアイオワが塞き止めており、その後方から迫りつつあった敵水雷戦隊は天龍率いる水雷戦隊によって殲滅された。

 潜水艦である故に雷撃戦にも砲撃戦にも加わらせてもらえなかったアリコーンと、艦隊の直援艦として最後の守を任された駆逐艦フレッチャーは暇をもて余している。

 潜水艦も近くに潜んではいないし、もしかしたら第三、第四艦隊の合流を待たなくとも揚陸艦隊を護りきれるのではないか?

 否。流石にそれはあるまい。現在我が方優勢に事を進められているのは、ひとえに奇襲効果があってこそだ。時間が経てばたつほど敵は態勢を立て直し、反撃に打って出てくるのに違いなかった。

 しかしそんな考えも現下の優勢を見てしまっては霧散しそうになる。

「敵戦艦1隻撃沈確認!」

 前方を見ると、敵戦艦タ級の1隻が黒煙と爆炎を上げ大傾斜していた。天龍達の放った魚雷が敵戦艦隊を串刺しにしたのだ。

 3本の魚雷を喰らったタ級はすでに沈降しており、残りの2隻も無傷で済んではいなかった。黒煙を撒き散らし速度を落としている…そしてその2隻のタ級の命運も間も無く尽きようとしている。

 何故ならその近傍にはほぼ無傷の最強戦艦大和とアイオワが立ち塞がっているからだ。

「……。」

 アリコーンは時刻を確認する。最初の提督の発言から察するに、第三、第四艦隊が合流してくるのはあと10分切った。このまま第1艦隊のみで切り抜けられるとは露ほどにも思っていないが、少なくともあと10分程度なら耐えられる筈であろう。

 ………“アレ”を凌げば───。

 

『敵基地及び空母群より攻撃機来襲!敵は戦爆連合200機!』『敵艦隊主力が行動開始。数が多い!交戦するなら用心しろ!』

 遂に態勢を立て直した敵艦隊の一部が此方を踏み潰しにかかってきたのである。水上戦力だけで50隻近い。敵の攻撃機の数が少ないのは、恐らく第一次攻撃隊の攻撃予備機が空母か基地を攻撃してくれたおかげだろう。それでも此方の倍以上であるが…。

「対空戦闘用意、Mk35装填!」

 Mk35砲弾とはVT信管と呼ばれる電波式近接信管を装備した対空砲弾で、照準さえ間違ってなければ殆ど必ず敵機を破壊できる、非常に有効な対空砲弾である。フレッチャー級はこの対空砲弾のほか複数の対数機銃、対空機関砲によって有力な防空火網を展開することができた。

 一方でアリコーンはというと、憮然とした表情のまま仁王立ちして航行している。

「ミス・アリコーン?敵機が来ますよ。」

「えぇ。分かっています、大丈夫ですよ。 」

 “分かっています”という割には何にもしてない様にフレッチャーには映ったが、本人が“大丈夫”と言うならそれ以上何か言う事はなかった。

 その時、バヒュルルル……!と大気を切り裂く飛翔音がアリコーン達の上空を通過した。音を発した数本の矢は炎となり、次には散った火の粉が戦闘機となって現れる。赤城が第一次攻撃隊の直掩機も併せて緊急発進させた迎撃機隊であった。

 とはいえその総数は40機程度でしかなく、200機以上を数える敵攻撃隊を前にしては焼石に水であろう事は、誰にでも予想がついた。

 

 いよいよ、雲行きが怪しくなってきたのである。




精神状態が良く無いです。
感想、好評価お待ちしています!


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天号作戦 Ⅰ(後)

相変わらず想像の倍以上長くなりました
Enchanter I
を聴きながらお読み下さい。


 20XX年

 9月20日 15時14分

 中部太平洋沖合

 上空5,000m

 

 数百もの群体が意思を持った生物の様に複雑に動きながら空を舞っていた。深海棲艦の戦爆雷連合200機以上もの航空機群は接近中の艦娘艦隊に向かって殺到する。その攻撃隊を見下ろす濃緑色の影──────。

 烈風11型40機あまりの編隊は銃弾のみ満タンに補充し、燃料は半分程度しか搭載しなかったために機体が軽く、いち早く優位な高度を位置取ることができていた。

 フワッと木の葉の様に軽やかに機体を翻すや、急降下を仕掛けて襲撃する。

 深海悽艦戦闘機は烈風11型の一撃離脱攻撃に気付き、散開しこれを回避しようとしたが、それを実行するには編隊は密集し過ぎ、そして烈風11型の速度は速すぎた。

 

 グォーーンッ!40機あまりの襲撃は敵攻撃機隊を掻き乱し、一度は護衛戦闘機隊と攻撃機隊を引き剥がすことに成功した。最初の一撃離脱を躱し損ねた10機程度が、煙を吐いて、はたまた炎に包まれ爆散するが、そんな物はお構い無いとばかりに、攻撃機編隊は進撃を続ける。その数はあまりに多い。120機余りの攻撃機の進攻を阻止するには40機に満た無い烈風11型はあまりに数が少なく、また敵の戦闘機も数が多すぎた。

 体制を立て直した約80機の敵戦闘機隊が烈風11型の編隊に襲いかかる。2対1の状況で烈風11型の編隊は敵攻撃機の対処が不可能になってしまう。巧みなコンビネーションと優れた技量で数の暴力に対抗するが、足りない。敵戦闘機隊との空戦を強制され、100機を超える敵攻撃機編隊は妨害を受けないまま攻撃目標たる強襲揚陸艦隊へ進攻してゆく。

 しかしその攻撃隊の前には、最後の壁が立ち塞がっていた。

『タノムゾ!』

 

『マカセロ─』

 パッと太陽の中で何かが光る。陽光を背に迫る影───紅い機体!

 交差っ!紅色に塗られた機体はペイパーを引きながら真下へ離脱してゆく。あまりの高速と見事な奇襲に、攻撃機編隊は暫くそのまま飛行を続けていたが───

 その瞬間、パッと空中に閃光の花が咲いた。

 ただ一瞬の交差で6機の攻撃機が火を吹き、または爆散する。紅い2機の烈風11型は大気を裂きながら機首を上げ、突き上げる形で再び攻撃姿勢を取る。

 2機はまるで一つの生き物の様に機動しながら密集した編隊へ突っ込んでゆく。機首下からの攻撃には無防備な攻撃機編隊は散開し被害を最小限に留めようとするが、それは却って2機を間隙へ招き入れる形となってしまった。

 曳光弾を交えた防御機銃が四方八方から撃ち出され、青色の空を無数の白い斑点が彩る。しかしその弾幕の雨中を2機の烈風11型は縫うように上昇してゆき、その間にも機銃口から火が絶えることはなかった。20mm機銃とはいっても、その実態は機関砲である。徹甲榴弾が外板を食い破って内部で破裂し、機体の内部をズタズタに破壊し尽くした。焼夷榴弾が外板を吹き飛ばし、漏れた燃料に引火し機体を紅蓮の炎に包み込む。

「…!」

 コクピットからの光景は凄い。

 キャノピー前面に広がる無数の黒い影、その内のひとつが前触れもなく急速に拡大して来たと思うや、真後ろに向けてブッ飛んでいくのである。2機の烈風11型はそんな敵機をすれ違いざまに血祭りに上げてゆく。

 途端に弾幕が薄くなる───敵編隊の端まで来たのだ。下手に旋回をすると被弾面積が増える為ある程度に距離をとってから上昇前回する。

 今度は敵編隊の零時方向上方から攻撃を仕掛ける。ギリギリまで近づき───敵機は散開し始めるが爆弾魚雷を抱えた攻撃機の足は遅い───射撃!

 発射レバーを握り、主翼から一丁あたり毎分700発以上の濃密な銃撃が繰り出される。目の前に迫った有機的なシルエットを持つ機影に火花が迸り、真黒い破片を撒き散らしながら墜落した。

 後ろの僚機の火線が敵機を捉える。眼前にまで迫ったそれを正に紙一重のところで交わした。交差する瞬間敵機は吹き飛び、ドンっ!という爆発音と共に衝撃波が機体を揺らす。

 赤城の誇る戦闘機隊の中でも特に練度の高い紅色の2機を前に、敵攻撃機編隊は手も足も出なかった。

 

 だが───

「ン…!?」

 20mm機銃の銃撃が止まった。カチカチ…!レバーを何度押しても弾が出ない。

 弾切れか…!

『コチラニバンキ、ザンダンナシ。』

 無線で入った僚機からの報告もそれを裏付けるものだった。

 ガクン!と操縦桿を倒し、機体を急速にロールさせ、天地が反転する。その瞬間に一気に操縦桿を引いた。烈風11型は急降下し、敵編隊の最中から離脱してゆく。

 急速に遠くなってゆく敵編隊を睨め付けながら妖精さんは無線機に向かって叫んだ。

「テッキタスウナオケンザイ! カンタイヘムカウ…!」

 

 

 

 〜〜〜〜〜〜

 

 同 15時15分

 

 

『全艦、敵の攻撃隊が揚陸艦へ向かっている。対処しろ。』

 作戦指揮官である横瀬の命令が伝達されるが、皆一様に顔を曇らせた。そんな事は分かっている。だが本来こんな危機を招いたのは彼の責なのである。第三、第四艦隊と合流した水雷戦隊と戦艦隊は前面に押し出し敵の攻撃を吸収、それを赤城、隼鷹、翔鶴、瑞鶴の空母部隊による航空攻撃で援護しながら揚陸艦隊を進める筈であった。

 それが、作戦開始時刻を勝手に早まされた挙句、第三、第四艦隊との合流以前に「制海権確保」と戦端を開くように横瀬が指示したのだ。

 あまりに勝手な物言いに艦娘達も辟易とするものだ。

 提督は各艦を鼓舞するよう、立ち回ってはいるのだが…。

 とにかく、敵航空部隊の大半が無事のまま揚陸艦隊へ向かっているのは事実で、それはあまりにも由々しき物だった。天龍以下の水雷戦隊は対空火力の一助となるべく、可及的速やかに揚陸艦隊へ合流しなければならない───しかし。

「結構沈めたはずだが、減った気がしねぇ!」

 迫ってきた軽巡洋艦2隻を屠り、更に重巡洋艦1隻を隷下の駆逐艦と協同し血祭りに上げ、他にも多数の駆逐艦を叩き沈めているが、なお敵の追撃は収まるところを知らない。

「数で押されるって、案外キツいっぽい!」

「喋る暇があったら撃て!」

 ドウ!天龍が海中から現れた敵の駆逐艦を主砲で吹き飛ばし、返す刀で横から近づいてきた巡洋艦を一刀の下に斬り伏せた。

「派手にやってやるッぽい!」

 赤い眼を鋭く煌めかせ、主砲を撃ち出す。

第一艦隊(金剛さん達)が居ないと海戦は厳しいわね…!」

 文句を垂れながらも夕雲は束ねられた緑の髪をたなびかせながら砲火を繰り出し、その先にいた2隻の敵駆逐艦が炎に包まれる。

「そんな事はねぇ。見ろ、また駆逐艦を沈めたじゃねぇか!」

 敵の追撃艦隊に砲撃を加えながら、天龍は他の駆逐艦娘達を鼓舞する。

 全艦とも魚雷は既に撃ち尽くし、頼れるのは己の砲煩兵器のみ。赤熱化した砲弾が敵の軽巡洋艦の砲塔を穿ち、追撃の手を奪う。止めのばかりに天龍が至近距離から撃ち出した砲弾が軽巡洋艦を沈めた。

「後方の敵の追撃隊はあらかた片付けたっぽい!」

 夕立の報告…振り向くと、巡洋艦を主力とした敵の追撃隊の姿は無く、未だ猛追を続ける敵部隊はあったが、それも遠い。

「よし、敵を引き離し艦隊の援護に戻る───」

「ライセキィーッ!リョウゲンヨリチカヅク!!」

「…!!」

 ばっ!と反射的に周囲を見ると、天龍達の水雷戦隊はその両側を敵艦隊に挟まれてしまっていた。そこから放たれたらしき放射状に迫る幾筋もの白線───深海悽艦の魚雷は艦娘達の使う酸素魚雷と異なり、排ガスが炭酸ガス等の海水によく溶けるものばかりでないためにその雷跡がよく見えた。

 数が…多い!

 両舷を挟み込む敵艦隊の数は高速の巡洋艦を主体とし、実に20隻に迫る。

 そこから放たれた魚雷は…数十本!

 隊ごとの回避では間に合わない。

「各艦回避行動!隊列は気にするな、絶対に当たるんじゃねェーぞ!!」

 最早雷跡は海面を白く埋め尽くさんばかりにまで広がりを見せ、それは至近まで迫っていた。海面3割、雷跡7割…その回避手段は余りにも限られている。

 魚雷を躱すにはその手段を行うしかなかった。

 

「ほっ…!」

 

 跳躍(・・)っ───!

 ヒト型ならではの3次元的機動!2、3本の魚雷が虚しくも天龍の足元を通りすきる。その後も軽快な機動と艦艇には出来ない芸当により魚雷を躱してゆく。

 だがそれこそが敵の狙いであった。3度目の雷撃を躱して、次に近づいてくる雷跡を見る…その瞬間───飛来音!

「あ゛⁉︎」

 ドオドオッ‼︎と水柱が乱立する。砲撃…!

 しまった!天龍は敵の狙いに今更ながらという様な表情を浮かべる。深海悽艦は、雷撃によって此方の行動を制限し、その間に砲撃を浴びせてきたのだ!

「この…おっ!?」

 反撃に転じようと主砲を構えるが、視界の端から迫る雷跡。回避しなければ直撃する!

「クソッ!」

 白波を掻き立て魚雷を紙一重のところで躱すが、やはり大量の砲弾がその瞬間に撃ち込まれる。

「こいつは体力勝負だな…!」

 躱す時には敵の砲撃はまばらなので魚雷には当たらないが、それの回避に専念し過ぎると次の瞬間に飛んでくる砲撃に被てしまうし、ならばと敵と砲戦に転ずれば魚雷の直撃を受けてしまう。そうなれば中、大破待ったなしだ。

 魚雷を全て躱すしか手だてはなかった。

 さらには、それを成したとして、20隻以上からなる敵の追撃から逃れられる確証は、一つとして無いのである。

 

 

 〜〜〜〜〜〜

 

 

 同 15時17分

 

 

「むぅ…!」

 ドウ!ドウ!と追い縋る様に撒き上がる水柱を煩わし気に睨む。

 大和とアイオワは単艦でもかなりの対空火力を発揮するため───特にアイオワは両用砲からVT信管を装備したMk.35 5インチ対空砲弾を放てるため極めて防空能力が高い───いち早く強襲揚陸艦隊の側に戻らねばならなかったが、そうはさせまいと深海悽艦は10隻以上の戦艦と重巡洋艦からなる追撃隊を繰り出していた。

Insistent!(しつこい!)

 振り向き様にアイオワが放った16インチ砲が重巡洋艦を仕留める。

 だがその仕返しと言わんばかりに敵戦艦の放った砲弾がアイオワを掠め、派手な水柱を乱立させた。

 滝のような真っ白い飛沫が撒き上がり、彼女の視界を遮る。

「…!」

 アイオワの視界は遮られるが、逆に敵からも此方は見えていない筈である。

 そう考えたアイオワは全速力の33ノットを発揮する。どんどんと水柱は遠ざかっていき───次の瞬間!

 

 ドドォォォォォオオオッッ!!!!

 

 先程までアイオワのいた場所に鬱然たる水柱が聳り立つ。空に向かう滝が顕現したかと思うほどに激しい砲弾の弾着である。

 米戦艦の中でも最高級の防護力を誇るアイオワの装甲であっても、あの中に居れば間違いなく無事では済むまい。

 フッ、と息を整え、主砲を構える。レーダー照準によって得られた緒元を妖精さんが入力し、それに基づいて主砲塔を指向した。

「Fire!」

 ドウッ‼︎9発のΑP Mk.8砲弾が斉射によって撃ち出され、放物線を描きすっ飛んでゆく。

 着弾…閃光!砲弾が命中したのだ。しかし致命打ではない。砲撃を食らった敵戦艦は尚も悠々と砲撃を繰り出してくる。

 だがその戦艦は別方向から飛来した光弾にバイタルパートの装甲をブチ抜かれ、真っ二つになり吹き飛ばされる。

「!」

 速度に劣る大和は、先に離脱を図るアイオワよりも狙われていなかった為に、正確な照準が可能であった。46サンチ砲の一式徹甲弾は期待通りの威力を発揮している。

「テキカンハッポウ!」

「取り舵いっぱい!」

 巨体に似合わぬ機動力で敵弾を回避した大和。瀑布のように巻き上がっただが、それはそれで彼女が選択したかったものではなかった。彼女の回避した方向には快速を誇る敵の重巡洋艦隊が大和の周囲を取り囲んでいたのである。

「副砲右舷撃ち方はじめッ!」

 2基6門の15.5cm砲が敵巡洋艦1隻を指向し、斉射する。

 重巡クラスには致命打とは容易にはならないが、それでも敵の戦闘力を奪ってゆくには充分な威力がそれにはあった。

「やられませんよ…!私達ほど場数を踏んでる艦娘()は中々いませんからね!」

 ドン!副砲の徹甲弾が敵の主砲塔に直撃し、変形させた。だがお返しに撃った敵重巡洋艦の砲弾が、ゴン!ゴン!と大和の装甲を強かに打つ。だがそれらの砲弾は数は多くとも大和の装甲を完徹するには余りにも力不足であり、跳弾として水柱を上げるか、装甲を僅かに凹ませる程度でしかなかった。

 飛び散る水飛沫が栗色の髪を艶やかに濡らし、分厚い装甲を貫通する事叶わなかった砲弾が光血走る火花を散らし煤を付ける。

 そうこうしている内に…ドンッ!と火の手が上がった。

「⁉︎」

「ミギゲンコウカクホウタイハ!」

 装甲の殆ど無い89式12.7cm高角砲が敵弾の直撃を受け吹き飛んだのだ。いかな重装甲を誇る大和とて、艦のあらゆる場所に分厚い装甲帯を有しているわけではない。ボディーブローの如くに艦全体の戦闘力を奪ってゆくのである。

 更には、彼女の主敵は巡洋艦でなく今なお追撃を行なっている戦艦であることも忘れてはならなかった。近距離への接近を許せば、大和のバイタルパートすら打ち抜かれかねない。

 なんとしてもアイオワと連携して敵戦艦の接近を避けつつ、敵巡洋艦を捌きながら、揚陸艦隊の援護をしなければならなかった。

 

 〜〜〜〜〜〜

 

 同 15時19分

 

「戦況は、芳しくはありませんわね。」

 紫電の髪をたなびかせながら、その主であるアリコーンは平然と言い放った。

 赤城を発った戦闘機隊がその行手を阻もうとした攻撃隊は、攻撃機全体の1割程度の損害を出しつつ、その過半数が既に攻撃位置を占位しようとしている。

 敵戦艦隊や水雷戦隊はまだ大和や天龍達の奮闘で足止めできているが、それはそれで強襲揚陸艦隊の直掩護衛艦が少ないことを意味しており、更にはいつ何時その足止めが崩壊するのか知れないのである。

 それなのに…それなのにだ。

 当のアリコーンはと言うと、先ほどからずっと腕を組み空を澄んだ顔で睨んだまま、身動ぎひとつしない。

「進路はそのまま!多少の火の粉は被る気で行くであります!」

 あきつ丸を先頭とし、その後ろに米軍の揚陸艦や直掩艦が続く。

 だがアリコーンはというと、フレッチャーや赤城のように対空戦闘準備を整えるわけでも、あきつ丸や他揚陸艦の様に陣形を組み直すわけでもなく、ただ悠然と海を進んでいるだけだった。

「…?」

 その彼女を、フレッチャーは訝しげに見る。敵機は目の前にまで来ているのにも関わらず、一体何故になんの動作も起こさないのか?そもそも潜水艦娘という彼女に対空戦闘が期待できるのか?それともまさか…弾除けの捨て駒(ポーン)だとでもいうのだろうか?

 潜水艦娘には不釣り合いなまでに、アリコーンの艤装は巨大だ。一見すると戦艦クラスの偽装に見えるほどである。あれほど巨大では敵にとってみればそれは良い的になるであろう。

「No good,」

 そんなモノはあまりにもナンセンス!誰人1人として欠けさてはならない。

「ミス・アリk」

「あぁ、そうアカギさん。」

 意を決してアリコーンに声をかけようとした瞬間、アリコーンが赤城に話しかけた。タイミングが悪すぎた。

「なんでしょう?」

「直掩の艦載機、もう上げませんか?」

 ツイ、と上空を指差す。赤城が放った直掩戦闘機はまだ遠方で敵戦闘機と空戦中であり、敵爆撃機が上空へ、雷撃機が低空へ舞い降り既に攻撃機会を窺っている有様だ。この上艦載機発艦の動きを見せれば、それは隙となり敵の攻撃を受けることとなる。

「もう上げませんが…?」

「分かりました。ありがとうございます。」

 そうだけ言ってアリコーンは前方へ向き直った。

「?」

 質問の意図を掴みかねていた赤城は少しだけ眉を顰めたが、次の瞬間に彼女らの形相は凄絶なものに変わる。

「11ジ、1ジホウコウテキライゲキキセッキンーッ‼︎」

「「!」」

 水平線のすぐ上、黒い胡麻の実の様な異物を見る。同時にフレッチャーの有するMk.12レーダーが測距を開始し、38口径5インチ両用砲が指向する。砲弾は───Mk.35(近接信管砲弾)

 彼我の距離7000ヤード。雷撃機相手に近接信管は海面の乱反射に近接信管に使う電波が反応する恐れがあり、部が悪くはあったが、時限信管よりはマシである。

「Fire!」

 ゴンッ!Mk.12 5インチ砲の“両用砲”とは言葉の綾で、実質的には対空砲である。初速は決して早くはなかったが、レーダー測距にモノを言わせた極めて高精度な砲撃が可能であった。

 緩い放物線を描きながら砲弾は飛んでゆき───高度15m。

 炸裂!

 電波が海面で乱反射し、近接信管が作動したのである。

 だが!

 そこには敵雷撃機の集団があった。破片が高速で飛び散る…被弾ッ!穴だらけになった雷撃機は頭から海中に突っ込み、バラバラに砕け散った。

 近接信管といえども、初弾から撃墜を狙うのは至難の技である。それはフレッチャーの練度に因るモノだった。残りの敵機は、被弾したのか魚雷を投棄して離脱する機と、それでも尚突っ込んでくる機体があった。フレッチャーはそうした未だ攻撃を掛けようとする敵機に向かって近接信管を叩き込んだ。

 

「テッキチョクジョウ!」

 見張員妖精さんが叫んだ。首が捻れんばかりの勢いで見上げた先には、敵の急降下爆撃機があり、そのやや後方には第二撃を加えんと待ち構える第二波と思しき機影…前衛と後衛、合わせて50機以上!

 数が───多過ぎる‼︎

 対処しきれない!赤城が上空の急降下爆撃機へ高角砲を打ち上げる。が、フレッチャー程の射撃精度も近接信管もない旧式な赤城の高角砲では対処に限度があった。砲弾の炸裂で上空のそこかしこに黒煙が花を咲かせるが、敵機の侵入を拒むまでには至らない。

 さらに厄介だったのは、敵機の狙いは防空火力を維持するフレッチャーでも、戦略的価値が高い空母赤城でも、やたら目立つアリコーンでもなく、あきつ丸ら揚陸艦達であったのだ。普通、艦艇は自分に向かってくる敵以外へは対処がし難い。

 

 フレッチャーや赤城らが焦りを募らせる一方で、この期に及んでまだアリコーンは腕を組んだまま上空の敵機を眺めている。

 

 レーダーによる測距に拠れば、敵機の高度はおおよそ3000から4000m。急降下爆撃を仕掛けてくるには十分た高度のはずだ。いつ攻撃を掛けてくるか分かったものでは無い。そう考えた時───

 あっ!

 声を上げる間もなかった。ギラッ、と敵機が鈍く陽光を反射したと思ったら、前衛らしき敵編隊が一斉に急降下を開始したのだ!

 

 オオォォオォォオォンンンン……!

 

 空気を切り裂く鈍い音が木霊する。数機ごとの編隊に分かれ一斉に急降下してくる。ゴマの実の様に小さい点はゆっくり大きくなり、その度に焦りが冷汗となって全身から吹き出る。

「ファィァァあッ!」

 トン!ドン!ドン!ドドドド…!

 パパパパパッ!ドドッ!

 5インチ両用砲、ボフォース40mm機関砲、エリコン20mm機関砲!フレッチャーの有する全ての砲煩兵器が砲身も溶けんばかりの勢いで銃砲弾をがむしゃらに投げつける。赤城も旧式とはいえ数だけはフレッチャーのそれを上回る数の対空兵装を有している。12cm高角砲、25mm機銃が火を噴き、弾幕を形成する。

 敵機の狙いは分かっており、その進路上に銃砲弾を叩き込めばよい…が、言うは易く行うは難し。敵機の速度や砲弾の落下角度などの適切な計算をしなければ砲弾は有効弾になり得ない。いくつもの砲弾銃弾が虚しくも敵編隊の周囲を過ぎ行き、黒い花を咲かせる。

 敵機の先頭で砲弾がいくつか炸裂した。破片を浴び、2機の敵機がきりもみ状態に陥り空中分解する。40mm機関砲弾の直撃を受けた敵機が空中で爆散し、その破片を回避した別の爆撃機が25mm機銃の弾幕に引っかかり、目玉の様な発光部分を吹き飛ばされバラバラに四散した。

 だがそれでも足りない。

 

 揚陸艦[San Francisco(サン・フランシスコ)]と[Boston(ボストン)]からもMk 46 Mod 1 ウェポン・ステーションに収められたブッシュマスターⅡ 30mm機関砲や12.7mm重機関銃、さらに改装によって増備されたファランクスまでもが対空弾幕を繰り出している。30mm機関砲は十分な威力を発揮し、直撃した敵機を撃墜し、ファランクスの雨霰と浴びせかけた20mm砲弾は射線上に入った敵機を穴だらけにしてしまった。

 しかし、標的が小さすぎてレーダー照準されない(できない)敵機相手には手動操作されたこれらの対空弾幕は有効な対抗手段たり得ない。

 

 敵機は尚も20機以上…!さらにその後衛に同等の数が控えている‼︎

 高度1800…いや1600m!いけない…間に合わないっ‼︎

 

 そう思った瞬間───

(光…⁉︎)

 空に伸びた一閃が空を薙いだ。そしてその一閃が敵編隊を捉えた時、それは起こった。

「え⁉︎」

 敵編隊の爆撃機が一瞬にしてバラバラに砕け散ったのである。

 更に光の線は増える。2つ3つ…4つ!

 30秒もしないうちに、20機以上あった敵機はその全てが無惨な残骸となって堕ち果ててしまった。

 ヴオオオオオッ‼︎と何か猛獣の唸り声にも似た何かが轟いた。音の方を振り向くと…

「ミス・アリコーン⁉︎」

 相も変わらず、何食わぬ顔で腕を組んだまま洋上を行くアリコーンの姿があった。彼女があれを…?しかし疑問はすぐに確信に変わった。

「テッキタスウキュウソクニチカヅク!」

 敵の雷撃機と急降下爆撃機、併せて40機近い数が猛然と向かってきたのだ。それも複数の方向からの波状攻撃である。

「Damn it!」

 雷撃機も爆撃機も艦艇にとってはどちらも脅威度が高い。どちらか一方を…などとやってるうちに爆弾の雨か魚雷の海を喰らうことになる。

「…。」

 それを無感情に見ていたアリコーンの長大な艤装から、一閃が走った。先ほどの焼き写しの様に敵爆撃機が圧砕機(クラッシャー)にかけられた様にブッ飛び、ズタズタに粉砕される。

「…!」

 フレッチャーは再びアリコーンを凝視した。潮風になびく紫電の髪を押さえながら、やはり何食わぬ顔で海中に没してゆく敵機の残骸を見遣る。彼女は自分のしでかしていることが何なのか理解しているのか?フレッチャーは疑問に思った。

 更に水平線に向かって光は放たれた。光…いやフレッチャーが目を凝らしてゆく見ると、それは光線の様であって、実際には無数の光弾…つまり銃砲弾の類であった。恐ろしいまでの発射速度を誇る対空機関砲をアリコーンは装備しているのである。

 

 雷撃機が雨の様な弾幕に突っ込んだ時、瞬間的に機体には火花が走り、更に大穴を穿かれる。被弾の度合いこそ違いはあったが、結末は等しく訪れる。一様に海中に突っ込み、虚しく水柱を上げるだけだったのだ。

「敵機撃墜確認……残りの機は上空に留まったままですね。」

 涼しい顔で、平然と言い放った。

 

 

 〜〜〜〜〜〜

 

 15時20分

 日本国 戦略機動打撃艦隊 

 某島鎮守府 

 艦娘寮兼司令部施設 地下1階

 統括作戦指揮室

 

『艦長ー。』

「どうした?アリコーン。」

退屈(・・)ですわ。』

 敵の第一撃をほぼ単艦で防ぎ切っておいて出た言葉がこれでは、指揮室に詰める面々は「嘘だろう」と言いたくなり、そして顔は驚嘆に包まれていた。

 アリコーンが尋常では無いということを知っている提督ですら驚きを隠せない。彼の横にいる金剛などは開いた口が塞がらないと言ったところだ。小さく「ジーザス…」と繰り返している。

 ただ1人を除いて。

「そう言うなアリコーン。お前の艤装はお前だ。お前の戦果だ。」

 マティアス・トーレス少佐。机に両肘を立てて寄りかかり、両手の甲に顎を乗せた状態のまま、広大なモニターを眺めている。

CIWS(シーヴス)は、私の意思ではありませんわ。』

「お前の戦果であることに変わりは無い。」

 CIWSとは個艦防空用の近接火器防御システムの事である。アリコーンは毎分6000発もの発射速度を誇る30mm8砲身のガトリング機関砲をCIWSとして有している。しかし防空レーダはおろか火器管制レーダーすら搭載しない(できない)アリコーンには、自己完結した防空システムしか搭載できていない。つまり艦側の意思に関係なくCIWSが敵機を見つけ、その射程に入った瞬間射撃を開始し標的を破壊するのである。

 アリコーンの言う「私の意思では無い」とは、CIWSが勝手に敵機を撃墜したのに過ぎず、そこにアリコーンの意思は介在していない───つまり本当にCIWSが撃墜しただけであって、アリコーン自身(・・)は何もしていない。

 

 …因みにアリコーンが赤城に航空機の発艦をしないか確認を取ったのは、赤城の艦載機すらも敵機と判定してCIWSが撃ち落とす恐れがあった為だ。

 

『他の兵装を使ってはいけませんか、艦長ー。』

「ダメだ。」

『むむむぅ。』

 今回の作戦では、潜水艦アリコーンの兵装はかなり制限を設けられていた。装備、燃料共に特殊で、一度消費すれば調達が容易ではなかったからである。…この進言をしたのは横瀬・ホワードだった。

「マティアス少佐。アリコーンとのお喋りは結構だが、作戦に集中させて貰えるか。」

「お言葉だが、准将?作戦中であっても前線とのコミュニケーションは必須と考えるが。」

 ジロ、と横瀬はマティアスを睨んだ。それを意に介さず彼は続けた。

「潜水艦アリコーンの力がその程度では無い…というのは直ぐに皆が知る事になる。今では無いがな。今はそれで辛抱してくれ。わかったな、アリコーン?」

『はいー。』

 その声を聞き、フッ、とマティアスは笑った。声だけで分かる。彼女が頬を膨らませ少しだけ不貞腐れているのが。まだ顔を合わせて数日ではあったが、マティアスの目に映る彼女の顔は常に凛としていて、“強い艦”を振る舞っていたが、そうでは無い彼女の姿を想像すると、少し面白可笑しかったのである。

「マッ」「作戦域に侵入する複数の飛行群を確認!これは…!」

 横瀬の叱咤を聞きたくなかったオペレーターがやはりわざと大きな声で状況報告をする。

「チッ。」

「…。」

 モニターに示された情報を見て、横瀬が小さな舌打ちをしたのを、マティアスは聞き逃さなかった。

 

 

 〜〜〜〜〜〜

 

 

 15時20分

 中部太平洋沖合

 

 ゴオォォォ…!

 雲海の彼方から姿を現した規則的な隊列を組んだ無数の黒点…その数は100近い。それは時間の経過と共にはっきりとした輪郭となって彼女たちの目に迫って来ていた。

『コチラダイニジコウゲキタイ,サクセンクウイキニトウタツ!』

『いいぞ第三艦隊と第四艦隊だ!高速給糧艦もいる!』

 第二次攻撃隊は凡そ90機から成っていた。

 護衛戦闘機隊である50機のうち、過半数の約30機が編隊から離脱し敵攻撃機隊に接近する。数では3倍以上の差があったが、片や鈍重な雷爆撃機、片や軽快な運動性を誇る戦闘機隊である。しかも敵の護衛戦闘機は赤城の戦闘機隊の奮闘によって未だに足止めを食らっている。敵の攻撃機は丸裸同然だった。

 猛然と戦闘機隊が敵攻撃機に襲い掛かる。殆どの機体はまだ爆弾魚雷を抱えたままであり、戦闘機隊の良い的とと成り果てた。

「思ったより早かったですね…!」

『ヘヘッ、飛ばしてきたのさ。』

 赤城の言葉に隼鷹が答えた。作戦開始の時刻が早まっていた事を知った彼女達は全速で南下を開始し、発艦可能な艦載機を可能な限り早く出来る限り多く発進させていたのである。

「隼鷹殿の攻撃隊であります!」

 先の攻撃隊は瑞鶴、そして翔鶴から飛び立っていたものだった。それらにやや遅れる形で、隼鷹を発った戦爆連合約30機が全戦域に到達し、護衛戦闘機隊が敵攻撃機狩りに加勢する。

 揚陸艦隊の上空を舞っていた敵の攻撃機はたちまち数を減らし、中には兵装を投棄して撤退の動きを見せる敵もあった。戦闘機隊はそれら作戦遂行不能に(ミッションキル)した敵機は深追いせず、未だ果敢に攻撃を仕掛けようとする雷爆撃機に標的を絞り攻撃する。

 

「第三艦隊状況開始!」

「第四艦隊状況開始!」

『全艦、高速給糧艦を活用しろ。“キラ付け”すれば艤装の機動力などの格闘戦能力が大幅に上がる!』

 

 後方から30ノット以上の快速で無骨な艦が疾走してくる。艦の母体となったのは、快速を誇っていた“はやぶさ”型ミサイル艇で、兵装などを撤去し給糧艦である間宮さん特製の甘味をふんだんに積載している。

「そらっ受け取れ!」

 爆雷投射器程の雑さではないが、ポーンとドラム缶が空中に放られる。クッションが膨らみ海面にバウンドしたそれこそ、甘味を沢山入っている喜びのネタであった。

「頂き!」

 第四艦隊の天津風が丁度それを掠め取った。第四艦隊の駆逐艦4隻は間宮さんの甘味にありつき、「美味しい〜」などと言った。妖精さんもそれを拝借する。すると妖精さんが蛍のような光を持ち始め、物凄い勢いで艤装に取り付く。妖精さんがこうなると艤装は100%以上の力を発揮し、主に機動力や射撃精度が顕著に上昇するのである。

 

 妖精さんが取り付いた艤装も妖精さんのそれと似たような輝きを持ち始めるため、この現象は一般に“キラ付け”と言われている(艦娘の精神状態による場合もあった)。

 

「あっずりぃ!」「私たちにも下さい〜!」

 ぶっちゃけ最も甘味を欲している第二艦隊の各面々がそんな事を言う。しかし戦艦や水雷戦隊に囲まれている彼女達に甘味を届けるのは、いかに快速を誇る高速給糧艦でも困難であった。だから……

「攻撃隊は敵の水雷戦隊叩いちゃってぇ!」

「では私達は敵戦艦を引き受けます!」「いこう翔鶴姉ぇ!」

 第二次攻撃隊の、雷爆連合約50機の標的は第二艦隊の各艦を包囲している敵艦隊になった。

 まだ航空援護のない敵艦隊の上空を攻撃隊が乱舞した。

 爆撃機としても雷撃機としても有用な万能機である流星改の他にも、彗星や天山と言った歴戦の攻撃機、爆撃機が翼を翻し寄ってたかって攻撃する。

 彗星の叩き込んだ500kgがチ級の頭蓋をかち割り没入し、炸裂。中破し航行不能になり、そこへ止めとばかりに後続機が2発の500kg爆弾を叩き込み爆沈させる。

 250kg爆弾を3発も懸吊した彗星33型改の4機編隊が逃走を図る駆逐イ級3隻へ向かってダイブし、一斉に投弾。1隻に最低1発は命中、2隻が完全に撃沈された。

 流星と共に低空へ舞い降りた天山が複数の敵巡洋艦隊へ向かって一斉に魚雷を投下。高速で、広範囲に疾走する魚雷を避けきれなかった軽巡、重巡が次々に被雷し大傾斜を引き起こした。追い討ちの第二撃が加わり、巡洋艦は粗方海底へと没する事を余儀なくされる。

 数こそ少ない隼鷹の攻撃隊だったが天龍達の水雷戦隊を追撃の手から引き剥がすには十分な戦果を上げのだった。

 

 愚かにも大和とアイオワの追撃に夢中になり翔鶴、瑞鶴の攻撃隊への対処が遅れた深海棲艦戦艦の命運はもはや決定された。

 低空に舞い降りた雷撃隊と上空から攻撃をかける急降下爆撃機…これらの攻撃隊のコンビネーションは抜群であった。艦爆隊の引き付けた防空砲火の隙を付き、天山や流星改からなる雷撃隊が魚雷を投下。その離脱を援護するべく急降下爆撃機も500kg又は必殺の800kg爆弾を投下し、敵の防空火力を削る。その防空火網の穴を攻撃隊が離脱し、別の攻撃機がそこに割って入る。

 瞬く間に戦艦群に魚雷と爆弾が殺到した。魚雷4本、爆弾4発の直撃を受けた戦艦ル級は悲惨な状態に成り果てた。ズタズタに引き裂かれた右舷からゆっくり沈降し始めた瞬間、黒髪を引き裂き爆弾が立て続けに命中し、大爆発を起こし爆沈したのである。

 特に大和、アイオワと砲撃戦を演じ被弾した艦が標的にされていた。爆弾の命中で砲塔が吹き飛び戦闘不能になるタ級、魚雷が直撃し推進器でもやられたのか洋上で止まってしまい浮き砲台となったタ級……。

 大和を包囲していた重巡艦隊も攻撃にさらされる。魚雷による誤射を防ぐ為、主に爆撃機が攻撃したが、それでも十二分に役目を果たした。重巡ネ級の縦陣に対して流星改8機が逆落としに急降下、800kg爆弾を投弾する狙いは先頭の1番艦と2番艦。

 それぞれ2発の直撃を受け、尋常ではない損害を受ける。800kg爆弾とは戦艦に匹敵する威力を持つ。重巡とはいえこれを2発も食らって無事であるわけがなかった。たちまち速度を落とす2隻…急速に落伍する2隻を後続の重巡が回避した瞬間、その回避行動を読んでいた彗星が500kg爆弾を叩きつける。

 巡洋艦はたちまち炎上し、戦力を失ってゆく。

 大和とアイオワが追撃を振り切り、攻撃隊が去った後には、無事な艦は数える程しか無く。多くが傷付き、死に絶えていた。

 

 

 〜〜〜〜〜〜

 

 

 同 15時28分

 

 先ほどから激戦を繰り抜けた第二艦隊の面々は高速給糧艦の甘味を貰ってキラ付けを行い、再び戦意は高揚しつつある。

 刀を振り上げて天龍が大声で言う。

「よしお前ら!この天龍様に付いてこい!戦い方を教えてやる!」

「あら、見せてもらおうじゃない。」

「ふふーん。なら行くぞ!」

 再び水雷戦隊が加速し艦隊の前面に出る。

 

 今度の水雷戦隊には、第二艦隊の天龍、夕立、夕雲、雷の4隻に加え以下の戦力が加わっている。

 

 第三艦隊 阿賀野 磯風 浜風 村雨 秋月

 第四艦隊 天津風 時津風 雪風 照月 

 

 これだけの戦力があれば、もうひと暴れもふた暴れもやってやる自信があった。

 しかし敵の全貌を見たとき、天龍はヘンな声を上げた。

「うぇっ!」

 先ほどよりも遥かに多い数の深海棲艦。を背景に黒い点々が幾つも蠢いている。あれらが全て敵!

「くそっ、敵を数えるのはやめだな!」

 複縦陣の隊形を取りながら主砲を構える。まだ敵主力は有効射程ではないが…敵の水雷戦隊や生き残りは突出している。じきに有効射程に入る。

「真正面から打ち抜いてやるわ!」

 天津風が気高に叫んだ。

『テキカンシャテイナイ!』

「撃てッ!」

 ドドドドン‼︎

 10隻以上からなる砲撃を最初に受けたのは、満身創痍の追撃隊の生き残りだった。瞬く間に砲火に囲まれ、更に命中精度も向上しているために駆逐艦などは一瞬で葬られてしまう。巡洋艦も最早浮いているだけで精一杯のようだ。

 その巡洋艦も断続的に打ち込まれる砲弾によって遂に力尽きる。

『良いぞ!高速給糧艦のおかげで命中率が上がっている。そのまま押し込むんだ!』

 提督の鼓舞に応えるように、各艦の砲撃が一層苛烈となる。深海棲艦からすれば溜まったものではない。

「おお!阿賀野が敵重巡を仕留めたぞ。」「お手柄ね!」

「ふふん!」

 阿賀野の主砲は同じ軽巡である天龍と比べて威力が高い。実態は旧式戦艦の副砲を流用した“御下がり”だが、巡洋艦にはそれなりに必要十分な火力と言える。

 

『揚陸艦へ接近する航空機を探知、敵の第二次攻撃隊だ!赤城は戦闘機隊の収容を行なっているから発艦出来ない。他の空母は迎撃機発進させてくれ。』

「了解しました。戦闘機隊発進!」

 翔鶴が弓を構え、戦闘機を発艦させる。紫電改二を主力とする戦闘機隊である。純粋な戦闘機としてみれば烈風11型には劣るが、軽快さという意味では引けを取らない優秀な機体である。

『揚陸艦への攻撃を企図する動きは必ず阻止してくれ。頼むぞ!』

「分かってるわよ!任せなさい!」

 続いて瑞鶴も戦闘機を発艦…隼鷹も艦隊の直掩機として戦闘機を上げる。

 

「イクゾー!」

『『『オオーーーー‼︎』』』

 迎撃隊約60機が緊急発艦し敵編隊に殺到する。敵の第二次攻撃隊はおよそ120機。敵護衛戦闘機隊も此方とほぼ同数の60機である。

 攻撃隊の前面に出た護衛戦闘機隊と迎撃機隊の空戦が始まった。

 紫電改二の格闘戦能力は抜群で、搭乗員の練度も高かった。同数で負ける道理など存在せず、徐々に敵の戦闘機は数を減らし、その被害は攻撃機にまで及ぶ。

 乱戦の素様を呈する敵の第二次攻撃隊…だがそれは相手の仕掛けた罠だった。

『第三次攻撃隊確認!戦闘攻撃機か…さっきより足が早いぞ!』

『アリコーン、注意しろ。』

「分かってますわ。」

 相変わらずアリコーンの艤装からはCIWSが空を睨んでいる。有効射程は3kmと少し。十分な攻撃範囲である。しかしアリコーンにとってはこんな“勝手に敵機を叩き落とす”兵装よりも自身の力を(マティアス・トーレスの為に)もっと目一杯使ってやりたい気分であった。

 あんな距離なら戦闘機を使わずとも…。

「よーしっ、全戦闘機!迎撃しちゃって!」

 隼鷹の戦闘機が敵戦爆へ攻撃を開始する。しかし絶対数が足りない。多少搭載量があるとはいえ、所詮は軽空母…いかんせん部が悪かった。5分5分の戦闘を繰り広げるが戦闘爆撃機は他の爆撃機、攻撃機よりは足が速い。迎撃網を潜り抜け艦隊の上空へ辿り着く戦爆がぽつぽつ現れ始めた。

 

 そんな彼らの周囲に巨大な花火が花開く。

「撃てェッ‼︎」

 ドオッ‼︎ドオッ‼︎ドオッ‼︎

 三式弾である。周囲数百mの範囲に大量の焼夷子弾を撒き散らすタチの悪い対空砲弾だった。焼夷弾の直撃を受けた敵機は全体を紅蓮の焔に包まれ、火達磨になりながら墜ちてゆく。

 更に近づいてくる敵機はVT信管を用いた5インチ砲…それも今度はアイオワも含めた濃密な弾幕である。それだけでは無い。時限信管とはいえ大和と赤城、合わせて30門を超える高角砲の迎撃に晒される。機体を穴だらけにされ、または砲弾の直撃を受け食い破られたように機体を抉られ撃墜される機体………。

 しかし、所詮対空砲火である。普通、航空攻撃に対して艦船は貧弱である。少なく無い数が防空火網を抜けて、50度から60度程の緩降下爆撃をする。しかし、アリコーンのCIWSがそれを捉えた。

 ドドバンッ!

 突然、弾け飛ぶような破壊を受けた敵機が悲惨な最期を遂げる。

 シャワーの如くに浴びせかけられる30mm機関砲弾の雨霰を交わす術は存在しなかった。瞬く間に数機単位で機体がバラバラに砕け散ってゆく。

 CIWSが射撃を止める。

 空に敵はいなくなった。

「ふん…。」

 アリコーンはつまらなさそうにパッと髪を払う。

『いいぞアリコーン、よくやった。』

「…はい。」

 褒められたので少し上機嫌になった。

「すごい…。」

「Amazing…,」

 非常に高い対空火力を誇るアイオワですらアリコーンの弾幕の濃さに驚く。

「普通の潜水艦では無いとは思ってましたが、まさかそれ程までとは…凄いですねアリコーンさん。」

 大和が驚愕も抜けぬ声色で言った。潜水艦は無縁と思われるこの作戦に、艦種上は潜水艦であるアリコーンを投入するあたりただの潜水艦では無いだろうというのは共通認識だったが、まさか防空艦顔負けの対空戦力とは。

 それに対してアリコーンは少しだけ破顔して、「いえそんな…全然です。」と言う。

 大和達には謙遜に聞こえたかもしれないが実際「全然」である。こんな物は原子力潜水航空巡洋艦アリコーンの力全体の1割にも満たない。

 しかし経過はどうあれ、ある程度作戦は順調に進みつつある。肝心の揚陸艦への攻撃もなんとか捌き切れている。

『この調子なら、例の核弾頭も鹵獲できそうだな!』

『ああ深海棲艦(ヤツら)も喜ぶだろう。あんなブツ、持ってて良いことはないからな。』

 天龍の言葉に提督が応えた。

 当然それらの会話は軍用通信を介してアリコーンにも聞こえていたが、アリコーンにはさらに高性能な電波傍受装置がある。その装置が、一瞬混線した声を聞き逃さなかった。

 

『艦娘供を見つけた。』

『ーーッフッフッフッフッフっ!殺してやる‼︎』

 

「…⁉︎」

 バッ!と身を切る。水平線の先に、先程までは見えていなかった小さい点が2つあった。




艦これには実装されてませんが、何と無く彗星三三型と深海棲艦の戦闘爆撃機を登場させました(笑)


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天号作戦Ⅱ(前)

艦これのイベント等で投稿が遅れてしまい申し訳ないです…orz

Enchanter Ⅱ
を聴きながらお読み下さい。


 20XX年

 

 9月20日 15時29分

 

 中部太平洋沖合

 

 

『全艦注意!2隻の船舶らしき物体が接近中!』

「目視確認!本艦後方、真っ直ぐ向かってくる…。」

 アリコーンが振り向いた先にいる敵の速度は40kt近い。

『ねぇ“シンイ”、もう()っていい?待ちきれないよ!』

『混乱に乗じて背中から撃て!』

『悪どいねェ!好きだよそういうの!!』

 

「っ!」

 一瞬の閃光…発砲!身を捩り回避する。

 ドォンッ…!

 アリコーンの背後から飛んできた光弾はすんでのところで彼女の艤装を掠め着弾、水柱を上げる。水柱の大きさから見て、砲弾の口径は然程に大きくない様に思えた。

 振り返り砲弾の提供者を睨む…艦というより、船艇と言った方が良いサイズだ。高速で波間を斬り裂き迫って来る様は迫力があったが、そんな光景を見眺めている猶予などなかった。

 パッと、迫って来る船艇の艇首が明滅し、白い煙を吐き出す。害意を持った明らかな攻撃!

 バンッ!砲弾は弾ける様に海面へ命中し炸裂する。撒き散らされた破片が金属質な音で艤装を小気味悪く叩いた。雨の様に降る水飛沫に目を顰める。

 その時、後方からの奇襲を狙ったものか、 3隻のイ級が姿を現した。だがそのイ級達は更に背後から飛んで来た砲弾に黒い胴体をかち割られ、絶命する。体液を汚らしく撒き散らし、水面の底に沈んでゆく。

 撃ったのは“あの”不明船艇だ。

『ヒャッホォウ!』

『馬鹿、深海棲艦を相手にするな!』

『馬鹿って言うな!兄貴じゃ無かったら殺してるから!』

 2隻の船艇は互い違いに蛇行を繰り返しながら、まるでひとつの生き物のような動きを繰り返しながら急速に接近、白波を掻き立て、凄まじいスピードで揚陸艦隊の後方を横切る。

『不明艇が深海棲艦を撃沈!』

「どういう事だ⁉︎」

 驚き混じりの提督の声に天龍の疑問と一驚を孕んだ叫びが重なった。それはこの場にいる全員が共有している心境であり、また、深海棲艦を撃沈せしめたあの不明艇を攻撃して良いものか、二の足を踏んでいた。

 しかし決断を求められる指揮官として、提督は確信を持ち命令する。

『これ以上友軍の増援は無い。所属不明艇は作戦を妨害する“(バンディッツ)”として攻撃を許可する!迷うな!』

 命令が下るや、2隻の戦艦やフレッチャーの主砲、更にはあきつ丸の高射砲───海軍では対空砲を高角砲と呼ぶが陸軍では高射砲と呼んだ───までもが水平射撃を浴びせ、海面が沸騰したかのような猛烈な砲撃を始めた。

 しかし深海棲艦よりも大きな図体を持つ割には凄まじい俊足を誇る敵船艇は、沸き上がる海上を疾駆し、更にはそんな状態からも砲撃を此方に浴びせ、その多くはアリコーンの周囲で水柱を上げる。

「何者ですか、彼らは⁉︎」

艦娘(こちら)でも深海棲艦(あちら)でもない、日和見野郎であります!」

「ふむ。理由は存じませんが…どうやら私が狙いのようですね。」

 噴き上がるように現れる水飛沫を躱しながらアリコーンは悠々艦隊の前に躍り出る。艦隊から突出した彼女は、やはり格好の標的となった。

『誘い出た!やるぞ!』

『フッフフフ!私がメッチャクチャにしてあげる!』

 並行して航走していた2隻の敵船艇は鋭いターンを見せ、横列から刀の様な縦列にその装いを変える。…否、ただの縦陣では無い。双方が微妙な蛇行を繰り返し、艇首の主砲の射線を常に確保しているのだ。

 並の操舵ではない。素人離れした挙動───それは、この襲撃が訓練された者による意図的なものである事を意味していた。

 ドンドンドンドンッ…!敵弾は軽く威力も小さいが、その量がすさまじかった。水柱が密林の如くに乱立し、アリコーンから一時的に視界を奪った。

「…っ。」

 降り頻る(しきる)海水と急激に狭まった視界に眉を潜める…と、次の瞬間!

 敵弾ッ!すんでのところで直撃を避けたが、ガァンッ‼︎と激しい金属音をたてアリコーンの艤装を擦った。分厚く頑丈なアリコーンの船殻はたとえ戦艦の主砲の直撃を受けても貫通されることは無いが、この軽微な損傷は潜水艦にとって極めて重大な問題であった。外装の傷は騒音の元になるからだ。

 だが当のアリコーンはと言うとさして焦る様子もなく損傷箇所をスッとひと撫でするに終わった。

『命中!』

『まだ死んで無いよ“シンイ”!』

「煩わしい…。」

 アリコーンが眉を潜めた。感情の一片も知らぬかのような瞳で自らの敵手を観ると、バッ!と掌を掲げた。

 アリコーンの持つ重厚長大な艤装から薄緑色の砲煩兵器が展開される───30ミリ8連装ガトリング機関砲。本来は対空用途の兵装であるが赤外線監視装置(FLIR)を用いた光学射撃照準装置によって対水上攻撃も可能な様にチューニングされている。

()ッ。」

 ドヴヴヴヴッ‼︎

 数基の機関砲の一斉射撃!豪雨の如くに撃ち出された秒間10,000発の30ミリ機関砲弾の嵐はしかし、反撃を読んでいた敵船艇に躱されてしまう───が、アリコーンとて初手で仕留められるとは思っていなかった。3基のCIWSは両翼に広がった内の1隻に狙いを定めた。

 射撃!数十ノットは出ている敵船艇を鞭のように機関砲弾が迫ってゆき、派手な水柱を何重にも重ねて作り出す。

『アハハッ…!私を追って来た!』

『そのまま耐えろ“ナゲキ”!』

 しかし如何にスピードが出ているとは言え、CIWSの方が圧倒的に小回りが効くのは明白である。数秒のうちに射線に捕らえられ粉微塵に粉砕される───とは、ならなかった。

 パン!パパンッ!と複数の破裂音。その瞬間、急速に風船のように膨らんだ物体が大量にぶち撒けられる。それらの物体はひとつの例外なく敵船艇と瓜二つであり、しかも敵船艇を囲うように、追いすがるように周囲を併走する。

「わっ、敵が増えましたよ!」

 大和が驚いて言う。知識では知っていても、この種の欺瞞行動を採ってくる敵と相対した事がないのも一因かもしれない。

『恐らく、敵の飽和デコイの一種だ!』

「目で見て見分けるしかないですよ!」

「その必要は…ありませんね。」

 アリコーンのCIWSに用いられているFRIL…つまり赤外線監視装置は、相手の見た目に惑わされる代物ではない。絶対零度以上の物体が必ず発する赤外線を捉える。余程の代物でもない限り、デコイと本体が全く同じ赤外線を発する事は有り得ない。

 そして、アリコーンのFRILにはそれを見分けられるだけの性能を有していた。

「視えてますよ…!」

 30ミリ機関砲の銃身が一瞬の間を置いて火を吹き出す。ガトリング式機関砲は立ち上がりに僅かな隙が生じる───その僅かな間隙を見破り敵船艇は紙一重で機関砲弾の雨霰を躱す。しかし、アリコーンの方が一枚上手だった。

 集中的な命中を狙わず、薙いだのである。扇状に広がる弾幕の束を避け切る事はとても出来るものではなく、敵船艇にそれを可能とする機動力は持ち合わせていなかった。

 被弾は必然───ダン!ダン!ダン!と炸裂音を響かせながら火花や外板を撒き散らす。実物より強度のないデコイ群は、僅か数発の被弾で吹き飛びバラバラに砕け散ってゆく。

「アリコーンさんの攻撃が当たっています!」

『いいぞ!デコイ(目くらまし)を見破っている!』

 敵船艇の側面から煙が吐き出される…火災の煙だ。焼夷曳航弾でも直撃したか。

『ちっっくしょうやりやがったな‼︎この野郎やりやがった!!』

『くそ、撤退だ“ナゲキ”!傷ついた船では、怪物を叩けない!』

『ッゥウ!くっそぉ!』

「…む。」

 敵船艇の固定砲らしき物が煙を出す。砲撃煙…?いや違う。

 パン…パンッ!と破裂音を立てて白煙が敵船艇の周囲を包み込む。銀紙のようにチラチラと輝く金属片や、明るく輝く火球───おそらく、チャフとフレアだ───も散見された。発煙弾発射機(スモーク・ディスチャージャー)とチャフ・フレアディスペンサーを併用して此方の攻撃を遮るつもりだろうか。

 …いや違う。敵は逃走を企てている。

 あの煙はただの煙ではない。赤外線の透過を極めて阻害する阻害する赤リンと酸化剤、高エネルギーバインダからなる煙幕弾だ。アリコーンのCIWSに搭載されているFLIRであっても、捕捉は困難だった。

「ちッ…。」

 取り逃した───その確信がアリコーンを巡ると同時に、ある音声が彼女らの無線に混線した。

『怪物め!次は殺す!殺してやる‼︎』

 驚愕!と同時に起こる困惑───聞き慣れない女の音声だった。国連の軍事用回線で他には秘匿された通信の筈が、明らかにこの作戦に関して部外者である者の声が混じっている。

「なんだ⁉︎」

「私の耳がおかしくなりましたか…?」

「いや私にも聞こえてる。」

 混乱に乗じた敵船艇は既に遥か彼方にある。もはやアリコーンのCIWSでは届かない。かといって、追撃する余力も彼女たちには無かった。

「日和見野郎が逃げるでありますよ!」

『追う必要はない。制海権を獲得しろ。友軍を守れ。』

 余力もなく、作戦指揮官にもそう言われては彼女たちには最早どうしようもなかった。水平線の先に霞んで見えなくなってゆく敵船艇を尻目に、渋々といった感じで其々の戦闘に集中を切り替える。

「…了解。」

『それでいい。』 

 

『更なる敵艦を確認、敵基地の周囲に砲台小鬼も確認した。排除せよ!』

 砲台小鬼───うわ、と艦娘たちの顔が曇る。攻防いずれも高い水準にありながら陸上兵器であるため雷撃は不可能、装甲に覆われた胴体は、三式弾の焼夷効果では十分な打撃とはなり得ない。かと言って航空機で爆撃しようとすれば高い防空火力を発揮し、タダでは済まない損耗を受ける…非常に相手にしたくない敵である。

「私とアイオワさんの艦砲射撃で叩きます…水雷戦隊にあっては、我の前進路を形成せよ!」

 戦艦クラスの砲撃で地形ごと敵を吹き飛ばしてしまおうというのである。

『了解!』

『許可できん。却下だ。』

「⁉︎」

その案に待ったを掛けたのは、この作戦の指揮官である横瀬であった。だがそれを遮る声もまた存在した。

『いい、行け。』

提督が本来上官に当たるはずの横瀬の指示を撤回させる。

『貴様…!』

『艦娘への直接の指示は私に一任されている筈ですが。』

『チッ……。』

艦娘への直接指示という意味では、提督の方が一回の指揮官よりも大きな権限を有しているのである。

『命じる。敵砲台小鬼に対し艦砲射撃を以って撃破せよ…!』

「了解です!」

「梅雨払いは任せろっ!」

 戦艦部隊の血路を開くのは水雷戦隊の本願といえる。大和とアイオワが増速し、前面に押し出ていた水雷戦隊は嬉々としてその進路上にある敵艦を食い潰してゆく。

 

 両翼に広がり大和とアイオワに雷撃をせんとしてきた雷巡、駆逐艦を主体とした深海棲艦が両艦の主砲の洗礼を受け粉微塵に吹き飛ぶ。陣形を崩され、それを整えようとした瞬間、別方向から飛んできた砲弾の群れにそこかしこを穴だらけにされた挙句爆発炎上した。味方艦隊の砲撃である。

駆逐艦、巡洋艦からなる艦娘数隻が大和とアイオワを取り囲み、輪形陣を形成する。

 上空から敵機が急降下を仕掛けるが、浜風の対空砲火がそれを叩き落とし、生き残った敵機も大和とアイオワの防空火力の前に正確な照準を許されず、巨大な水柱を上げるに終わった。

「皆さん!援護お願いしますよ…!」

「Escort!」

 臨時ではあったが、前衛の水雷戦隊が寄ってたかって来る深海棲艦を捌き、大和とアイオワ以下数隻の駆逐艦からなる本隊がその活路を進む、ほぼ理想的な戦闘機動を取れつつあった。

「敵地上兵器を視認!各艦散開…!」

 砲台小鬼は攻撃力も高い。下手に沿岸部に近づいては駆逐艦や巡洋艦の方が危ない。

「艦砲射撃用意!目標右舷敵砲台っ!」

 ゴロゴロゴロ…と音を立て5000馬力水圧駆動の主砲がゆっくりと右旋回する。アイオワもそれに倣い、砲台小鬼を狙う───そして、この時点で彼我の勝敗は決した。沿岸砲の射程に対し、戦艦の主砲は圧倒的に優位な射程を有しているのである。

「撃ッ‼︎」

「Fire!」

 一方的な砲撃!…砲台小鬼は完全に出落ちとなってしまった。戦艦の艦砲射撃に耐え得るはずもなく、圧倒的な投射量と破壊力を前に、粉微塵に文字通り地形ごと吹き飛ばされてしまう。

 ついでとばかりに敵の姫クラスの深海棲艦にも砲弾をお見舞いする。滑走路らしき構造物のうち一つに損害を与えた。

『敵の地上目標破壊を確認!これで地対艦攻撃の脅威が減る。よくやった、大和、アイオワ!』

「この程度、お茶の子さいさい、という奴です。」

 ふふん、ど自慢げに大和は胸に手を当て言った。その時…。

「ふっふーん頂き!」

 ドォン!と別方向で巨大な水柱が上がる。真っ黒い残骸や青黒い液体が混じっていて非常に汚い。

『艦隊に接近中の敵駆逐艦を水雷戦隊が撃破!助かったであります!』

 その光景を見ながら、大和は周囲を見渡す。

「随分敵の数が減りましたね…。」

『ああ希望が見えてきた。』

 その提督の言葉を聞いて、大和はフッと笑う。

「希望なんて…私たちがここ()に立っている時点で、最初からあるものです。」

『そうだな…よし、引き続き作戦を続行するんだ。』

「了解…!」

「yea!」

 反転、そして増速───燃える島影を背に、大和たちは再び敵艦隊との戦闘に舞い戻る。

 とは言っても、航空隊と水雷戦隊の無類の活躍、さらには高速給糧艦の助けもあって、随分な数であった深海棲艦にも数のばらつきが見られた。

「撤退しませんね…余程砲弾が大事と見えます。」

『魅力的な“おもちゃ”は、誰でも持って振り回したくなるものだ。』

「おもちゃ…?」

 通信を介してそう言ったのは、例の潜水艦(アリコーン)の直属の上官らしい男、マティアス・トーレスであった。

『少佐。作戦中の雑談は───』

『失礼失言だったな、作戦を遂行してくれ。』

 いい加減、横瀬の叱責に飽きたのか、言葉を遮り彼は会話を強制的に終了させた。

 

 

 

 〜〜〜〜〜〜

 

 

 9月20日 15時39分

 

 中部太平洋沖合

 

揚陸開始(ゼロアワー)まであと1分!』「艦尾開放!泛水(へんすい)作業開始であります!」『ウェルドック注水完了、LCAC発進用意…!』『これより鹵獲作戦に移行…!』

 深海棲艦が拠点としている島までは最早目と鼻の先だ。

 周囲の敵艦はあらかた一掃され、残された陸上戦力や姫クラス陸上深海棲艦も苛烈な砲爆撃を受け揚陸艦を攻撃できないようだった。

『随分と手こずったな。私は退席する…後の指揮は任せる。』

 作戦指揮官が途中退席とはどういう了見だ、と怒鳴りたくもなった艦娘一同ではあったが、横瀬に対する信頼など皆無に等しいので、それ以上は特になんとも思わなかった。

 なんであれば、居なくなってくれた方が良い。

『一隻の損失艦も出さずに、みんなよくやってくれた…ありがとうな。》

「いや〜そんな事ありませんよ。」「オレがいれば当たり前だな!」「私の実力、見てくれた⁉︎」「一航戦の誇りですから!」「ぽい!ぽ〜い!」

 やいのやいの。

 趨勢は決した───そんな中でただ1人、件の潜水艦アリコーンだけが、火の粉と炎の入り混じった黒煙を濛々(もうもう)と上げる敵を凝視していた。

『どうした?アリコーン。』

「艦長…彼奴、まだ生きています。」

『何…?』

 その時、敵の一角が動く。

 ニョキッと何かが迫り出してくる…?それを認めた瞬間、ザワッ!と全身の毛が逆立ち、冷や汗が噴き出す。アリコーンは目をかっ開いた。

 サイズに比して短い砲身、寸胴で角ばった砲塔、二股に分かれた形状…そのどれもが、アリコーンの知っているもので、彼女が持っている物(・・・・・・・)だった。

 アレは…‼︎

『確かか?』『揚陸艦[Boston(ボストン)]より全艦艇へ!深海棲艦が移動開始!』『0時方向、微速中!』『滑走路上の航空機に離陸の動きあ』

「みんな逃げてッ───」

 

 ドッッガァァァアンッッ‼︎‼︎

 

 寸前で全てを察したアリコーンの絶叫はついに届かなかった。

 

 真っ赤な閃光とともに放たれた極超音速の砲弾が、[Boston(ボストン)]、[San Francisco(サン・フランシスコ)]、そして───あきつ丸の艦体を貫き通したのである。




今月中に次話を投稿できるといいなーと思うです


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天号作戦Ⅱ(後)

ギリギリセーフです!!

SightHound
を聴きながらお楽しみ下さい


 20XX年

 

 15時40分

 

 日本国 戦略機動打撃艦隊 

 某島鎮守府 

 艦娘寮兼司令部施設 地下1階

 統括作戦指揮室

 

『深海棲艦からの砲撃!?』「揚陸艦[Boston(ボストン)]、[San・Francisco(サン・フランシスコ)]炎上中!これは……沈みます!」『あきつ丸撃沈!』『なんだ今のは……⁉︎』『敵戦闘機と思しき飛行体が離陸!』「ダメコン発動急げっ……!!」

 にわかに騒がしくなる室内。

 窮鼠猫を噛む……どころでは無い。作戦は完全に失敗したことが、強襲揚陸艦2隻の損失という形で今この瞬間、完全に決定された。

 これでは当初の目標である核魚雷の回収はおろか、艦隊が無事撤収することすらままならぬ状況となってしまったのである。

 更に憂慮すべきなのは……揚陸艦あきつ丸の損失である。艦娘“一人”の損失は軍艦一隻を失うよりも痛手となる、というのが彼を含めた多くの提督、ならびに運営の認識だった。

「あきつ丸、ダメコン発動確認……沈没は免れました!」

 

 ダメコン───本来はダメージコントロールとして軍艦の浸水拡大や被害を最小限に留め、行動を継続させるために行う措置であるが、艦娘に用いるダメコンはやや勝手が違う。

 艦娘が撃沈した“後に”ダメコン妖精さんと通称される妖精さん達が動き出し、沈没(戦死)の窮地から救うのである。

 

 ふっ……と息を吐いた。だがまだ緊張を解くことは出来ない。敵は未だに健在であり、艦隊がこれから無事に帰投することが約束された訳ではないのだ。

 その時───レーダーに新たな影が写る。

「目標の姫クラス深海棲艦より高速飛翔体が分離!」

「敵戦闘機の発進と確認!───いや、これは!?」

「どうした……!?」

 オペレーターのこれまでに無い驚愕を孕んだ声に、提督が反射的に反応する。

「凄まじい上昇速度です!これまででは考えられません……!」

「……!?」

 モニターに表示された“ソレ”の速度は、音速にも達しようかという勢いだった。今までの深海棲艦の機体に、こんな悍しい性能を持つものは確認されてこなかった。

 モニターに表示された輝点は500ノットを超え、なお増速している。まるで超音速戦闘機を思わせる増速ぶりである。

 しかし───

「敵機反転?離脱していきます……!機数4!」

「何……?」

 高速機による襲撃を危惧した提督だったが、そうではない。ならば一体───?

『───提督!これ司令部付きですか⁉︎』

 唐突に入った無線。それは北 聖人のものだった。

「どうした?」

 

 

 

 

 〜〜〜〜〜〜

 

 

 9月20日 15時42分

 

 中部太平洋沖合

 

 

「こいつはどういうことだ⁉︎」

 ある程度順調かに思われた作戦が、敵の砲撃で揚陸艦が沈みあきつ丸がやられ瞬く間に頓挫したかと思えば、今度は謎の高速機と来た。

 正直な話、彼女達はここまで目紛しく戦況が変わり行く事に対して完全に対応できていなかったのである。

 その時、さらなる混乱がある無線通信によってもたらされる。

『敵機が核弾頭を保持したまま離脱しようとしている!』

「何ですって⁉︎」

 核兵器の確保こそこの作戦の要であるのに、それが目の前で悠々と逃げようとしているのだ!

『敵機を撃墜しろ!……急げ!』

「くそっ……!」

 各艦が主砲、副砲、高角砲、何彼構わず上空へ向けられる砲煩兵器を撃ち出す。凄まじい砲火……しかし、その全てが高速を誇る敵機に対応できていない。敵機の後ろに虚しく黒煙の花畑を作り出すに終わる。

「ウソ……追いつけない!」

 赤城、瑞鶴、翔鶴、隼鷹……何の艦上戦闘機も追撃を行うが、全く追いつけない。それどころか、圧倒的な速度差を持って引き離されている。

(後は……!)

 パッと太陽の中で翼が煌めく。

 敵機の前方から、赤城の取っておきとも言える赤い2機の烈風11型が逆落としに急降下を仕掛ける。反復攻撃を仕掛けている間に補給を済ませ、高高度を陣取り不測の事態に備えさせていたのだ。

 機体制限速度に近い時速800km超のスピードを持って攻撃を仕掛ける───!

 しかし

 

「ウオ…!」

 烈風11型の襲撃を察知したのか、その高速からは考えられないほどの鋭い機動を繰り出し2機の烈風11型の射線から易々と外れる。一方で高速域での舵の効きが良いとは言えない烈風11型はその機動を捉えきれず、一撃も加えられないまま敵機の背後を見ることとなった。

「そんな───⁉︎」

 奥の手すら躱され、最早打つ手はない。その上───

『新たな敵艦艇を確認!これも逃げていくぞ……!」

 島の四方から現れた複数の敵駆逐艦。それらはこちらに攻撃を仕掛けるでもなく、海上に姿を見せるや一斉に煙幕を展開して逃走に転じたのだ。いや寧ろこれは───‼︎

『繋いで……聞こえます⁉︎北です!』

 北の切迫した声。態々こちらに直接通信を繋いでくるとは余程の事であろう。そして彼の言った事は、紛れもなく“余程の事”であった。

『逃走中の敵は核兵器を積んでいる可能性大です!奴らは囮を使って、最大速力で離脱するつもりです!』

「“タマゴ”が海に放たれちまった!」「なんて事……!」「敵を撃破し切れてません!」「それより揚陸艦が……!」『逃すな!何としても撃墜するんだ!』

「艦長……!」

 アリコーンもこのままで良いのか、と言わんばかりの勢いでマティアスに指示を求める。先程までは澄まし顔を決め込んでいたアリコーンにも、流石に額の汗が露わになっている。

『……アリコーン。』

「は、はい。」

『逃走中の敵機及び敵艦艇を最優先撃破目標と見做し、攻撃する。』

「!では───」

「主砲及びミサイルの使用を許可する。───この際、やむを得ん。」

 その一連のやり取りで、アリコーンは“スンッ”とばかりに澄まし顔に戻った。何故なら、最早何も焦る事など無いから(・・・・・・・・・・・・・)

 大きく深呼吸する。

「───了解です、艦長。」

 両手をサッと羽ばたく様に広げ、それに合わせて彼女の重厚な艤装が蠢く。

 ガシン、と機械音と駆動音を立て“何か”が展開される。それは一見、先ほどの揚陸艦隊を貫き、あきつ丸を撃沈せしめた大砲に似ていた。

 

「アリコーンさん? ……っ⁉︎」

 そのアリコーンの行動を訝しげに思ったのか、1人が声をかけるが───途中で詰まった。アリコーンは嗤っていたのだ。真っ黒い嗤いを顔面に貼り付けていた。不気味なまでに───

 次に全艦の通信回路を走った声もまた、不気味に冷静なものだった。

『よし。』

 ピリピリと空気が痺れる感覚。以前(生前)は“あのクソ野郎”に散々撃っていたはずなのに、この感覚が久しく感じる。……マティアス・トーレス艦長とその乗組員と共に“救済”を目指したあの時が、脳裏に浮かぶ。

 ───スーパーキャパシタへの蓄電完了。

 ───主砲用意よし。

 ───射撃用意よし。

 

 鎖は千切られた。

 ならば。

 この私が───救済しよう。

 

 

「敵機が速すぎる、追撃できません!」「駆逐艦の追撃を残存艦が妨害してくる!」「被弾した!」「敵艦隊が逃げるぞ!」「誰か追えないのか⁉︎」「無理です!」

 

 その喧騒を。

 

「奴らが核弾頭を持ったら終わりですよ!』『そんな事分かっている‼︎』『敵機離脱していきますっ……!』『敵駆逐艦群更に散開……このままでは捕捉不可能になります……‼︎』

 

 

 その絶望を。

 

 

 この私が───!

 

 

 撃ち破ってみせよう───‼︎‼︎

 

 

 

『撃ち方始め。』

「主砲、撃ち方始め!」

 

 

 ドッッガァァァアンッッ‼︎‼︎

 

 

 

 その瞬間、蒼空の向こうで、紫の閃光に貫かれた敵機が一瞬にして吹き飛んだ。

 

 

「「「───?」」」

『『『───?』』』

 ???

 ???????

 

 何が起きたのか、艦娘たち一同には理解できなかった。モニター越しに状況を見ていた面々も全く理解出来なかった。

『よくやった。』

 そんな中で、こうなることを予め知っていたと言わんばかりの声音で一言、そう言った男がいた───マディアス・トーレスであった。彼はアリコーンが動いた時点でこう(・・)なるのを予期していたし、実際そうなっただけの事だ。

「この程度、造作のないことですわ。」

 髪をかき上げ、にべもなく言い放つ。

「さて───後は目障りな塵芥供を掃除しますか。」

『頼むぞ。』

「お任せください艦長。」

 アリコーンは胸の前で両手を合わせる様な格好をとる。傍目から見れば何かを祈っている様にも見えた。

「ミス・アリコーン…?」

 突然敵機を叩き落としたと思えば、次には何のアクションも取らないアリコーンに、フレッチャーが声をかけた瞬間…!

 

 ドウッドウドウッッ……‼︎‼︎

 

「えっ…⁉︎」

 

 羽搏(はばた)く様に手を大きく広げた彼女の背後から陽光にも似た眩い閃光が現れ、次の瞬間にはそれらは伝説の生き物である天馬の有する、巨大な翼を思わせる白い噴煙を残し拡がってゆく。

 

「翼……。」

 幻想的にすら見えるその光景を観て、誰かがそう口走る。

 

 ───その翼には、 勁烈(けいれつ)な殺意と絶対的な破壊が込められていた。

 

 

 

 〜〜〜〜〜〜

 

 同 15時44分

 

『駆逐艦隊が追いついた!』

 最高速度38ノットに達する暁型の雷をはじめとした数隻の駆逐艦が、逃走を図る敵駆逐艦隊の一部を有効射程に捕らえた。

「主砲発射よ!」

 敵の先頭艦を狙い、12.7cm連装砲B型が砲撃の咆哮を上げる。この砲が本来得意とする水平射撃での攻撃───しかし思わぬことが起こった。

 先頭艦に向かい一直線に放たれた砲弾が直撃する寸前、後続の艦が進路を変え砲撃を受けたのである。

「⁉︎」

「なんだ、今のは⁉︎」

 ドウ!更に砲撃を重ねる…しかし幾ら敵の先頭艦を狙い澄まし、撃ち続けても必ず並走している僚艦がその砲撃を吸収し先頭艦への被害を許さないのだ。

 しかし繰り返していれば、いずれ終わりを迎える。砲撃、砲撃!砲撃…!直撃弾を浴び続けた“盾艦”が爆沈した───「1隻やった!」しかし、それでもなお生き残った敵艦は先頭艦との射線に割り込み、追撃の砲撃を身代わりになって受ける。

「砲撃をくらってくる!」

「盾だ!狂ってる…‼︎」

 艦娘達に焦りが募る───敵は今、彼女達が追撃している1群だけではないのだ。他に3つも同じ様な敵がこの海域から逃走を図っている。

 必殺の魚雷はとうに撃ち尽くした彼女達に残された手立てはその持ち得る砲煩兵器で地道に敵艦を叩く事だけであり、それを完遂するにはあまりにも時間が足りなかった。

 

 ───傾聴せよ。

 

「クソッ!追い付けねぇ…!」

 焦燥に駆られた口調で天龍が叫んだ。機関を全力でブン回しても33ノットしか出ない天龍は当然ながら追撃には加わることができず、焦りばかりが蓄積してゆく───ただし、同様に35ノット前後しか発揮出来ない艦は多く、それは致し方のないことではあった。

 

「このままでは、逃げられッ───⁉︎」

 瞬間、光芒が視界を覆った。

 上空から天誅を加えるが如くに、矢の様な物体が敵駆逐艦を貫き、ただ一撃の下に爆砕せしめたのである。 

「何が───⁉︎」

 しかし時間は驚愕を許さなかった。幾多の矢にも似た何かが、ゴウッ!と空気を裂く音を立て飛来し、続々と敵艦に命中する。更には、容易にその表皮を貫徹し内部から吹き飛ばす。

 今の攻撃は一体…⁉︎速すぎて、あまりにも突然すぎて彼女達には見えていなかった。

 

 ───本艦はこの醜怪な戦争を、エレガント且つ最終的に終わらせる能力を持っている───

 

「あ…あれ見て…!」

「え───⁉︎」

 追撃に加わっていたうちの1人である村雨が指差す先───青空を引き裂いてゆく様な幾重にも重なった白線が、逃げる敵の背後に上空から迫ってゆく。

「噴進弾…⁉︎」

 誰かが叫ぶ。確かに、12サンチ28連装噴進砲やWurfgerät|(ヴルフゲーレト) 42(WG 42)と言うロケット弾兵装を彼女達は有していたし、何であれば見慣れていたが、“アレ”は明らかにそれらとは違い、かつ異質だった。

 細長い弾体、凄まじいスピード…目を凝らせば見えるのは、制御翼だろうか。通常の無誘導であるロケット弾とは全く違う形をしている様に見えた───それらの特徴は、ロケット弾というよりも別の兵器を彼女達に連想させた。

 ───ミサイル⁉︎

 そう、ミサイルである!誘導弾…彼女達が未だ保有する事叶わない筈の先進兵器が突然目の前に現れたのである…!

 

 ───私の行うのは戦闘では無い。戦争の終結であり、裁きである───

 

 ミサイルは逃走する深海棲艦の斜め上方より飛来───それに呼応する対空砲火!しかしミサイルは緩急自在の複雑な機動を繰り返し、ありとあらゆる妨害を躱して正確に敵艦に命中する。

 命中の閃光───ドン!ドンドンッ…‼︎爆音が遅れて聞こえた。爆炎が周囲を包み込み、幾つものキノコ雲が形成される。恐らくその下では───…

『アリコーン…?』

 驚愕が全体を支配する中、通信越しに呟いた男の声は誰にも届かない。

 

 ───それは徹底して合理的に行われる───

 

 逃げる敵艦はあと2群に分かれている。しかしそうした敵艦の運命ですら、既に決定されていた。

 上空…対空砲火の届かぬ完全な真上から、ミサイルは鉄槌の如くに深海棲艦を貫いた。直後に───炸裂。駆逐艦の薄い装甲にミサイルを受け切るほどの強固さは無く。また炸裂によって生じた爆圧と撒き散らされる破片を閉じ込めるだけの頑強さも持ち合わせていなかった。結果は必然───背部から引き裂くように噴き出た火炎!それは瞬く間に深海棲艦を包み込み、次の瞬間には誘爆の業火にその身を爆ぜさせたのである。

 

 ───この先、私が齎す破壊の数に、世界は驚愕するだろう───

 

 生き残った1群、それは島の反対側から逃走を図っていた。もはや捉えることなど不可能な位置関係に思われたが───“それ”は違った。Low-Hi-Low飛行プログラムで撃ち出されたミサイルは軽々と島の上空を超えて行き、そのミサイルの赤外線シーカーは完全に敵艦を電子の目の中に捉え、次の瞬間には破壊すべき目標に向かって急降下を開始した。

 対空砲火…!空の一部を彩る曳光弾。だがそんな薄っぺらい弾幕に数秒足らず浴びせかけるのみでは、ミサイルの迎撃は不可能!

 被弾!閃光‼︎爆裂ッ‼︎‼︎

 最後の敵艦が吹き飛び、ズン…!と爆発音が轟いた。

 

 ───そして、自ら武器を置くだろう───

 

「沈んだ…?」「なに…したの、アレ…。」「驚きましたね…」

「…‼︎」

 揚陸艦の直掩にあって、最もアリコーンの近くにいたフレッチャーなどは、そのまま絶句していた。

 驚愕の渦中に放り込まれた、この場にいる全ての存在が、心中の言葉を止められていなかった。そして、この事態を引き起こした張本人を一斉に顧みる。

 

 ───自らを滅ぼすはずだった武器を…。

 

 先ほどから呪詛の様に何事かを呟いているアリコーン…「声から狂った臭いがする。」とは誰が言ったか。

 ズゥゥゥン……!!!!

 その時、島の向こう側にアリコーンが手始めとばかりに易々と叩き落とした航空機が墜落した。

 瞬間―――空を焼き、海を割り、大地を焦がす人類の業火が顕現する。

 瞬く間に巨大なキノコ雲が形成され、空を覆い隠す。

 核爆発―――核魚雷に海水が流入した結果、中性子の減速材として働き臨海状態に達し、原始核分裂の連鎖反応が発生したのである。

 

 通常、この程度では核分裂反応は発生しないよう安全管理がなされているが、深海棲艦の危険管理の杜撰さが垣間見えたとも言えるかもしれない。

 

「くっくっくっくっ……」

 嗤うアリコーン。

 蔑む眼。

 獣の様に剥き出しにした白い歯。

 影を落とした顔。

 そこに狂気を感じぬ者などいなかったであろう。

『…アリコーン、よくやった。』

「……はっ!…あぁ〜…………いいえ、私にかかればこのざっとこんなモノです。」

 マティアスの声に反応して、やっと正気を取り戻した様にアリコーンは受け応えた。サッと髪を掻き上げる動作がややぎこちない。

『いや、本当によくやってくれた…ターゲットの破壊を全て確認だ…!───いや、ちょっと待ってくれ…?』

 提督通信には、アリコーンは眉を寄せた。

 

 

 

 〜〜〜〜〜〜

 

 

 14時46分

 

 日本国 戦略機動打撃艦隊 

 某島鎮守府 

 艦娘寮兼司令部施設 地下1階

 統括作戦指揮室

 

『…なんですか?』

 何故か、やや怒気を孕んだアリコーンの声。

 それには敢えて気を留めず、提督はモニターに表示された、結構都合の悪い情報を言う。

「敵潜水艦が1隻、戦域外に離脱したのを確認した、もう追えん。此方の索敵ミスだ…みんなすまない。」

 前線では艦娘達が死に物狂いで戦っていると言うのに、それを後方で控えている自分の怠慢のせいでドブに捨ててしまったも同然と提督は思っていたのだ。

 しかし、

『ことありませんよ。提督の指示があったから、一応は勝てたんです。』『そうよ!元気出すっぽい!』『提督の判断がなければ、損害も多かった筈です。』『恥ずかしながら、正直言って提督殿のが直ぐに妖精さんを発動しておられなかったら自分は今頃海の底でしょうなぁ。』『そーゆーこった提督!』

 帰ってくる返答は暖かいものばかりで、作戦指揮室に控える者たちの提督を見遣る視線も、決して冷たいものではなかった。

 ただ1人を除いて───

 

『汚しやがって。』

「アリコーン…?」

 突然、聞いたことのない低いトーンでポツリと呟いた彼女は、次の瞬間には己の憤慨の成すがまままに罵詈雑言を吐き捨てた。

『奴らは土足で踏み込みやがった!真っ白な経歴で、完ッ璧に整えた私と艦長のッ』

「アリコーン!…もういい。」

『ハァ、ハッ…………、ハァー……艦長、でも───』

「連中の全てを我々が挫いてやろうではないか。お前の本領を見る余興としては面白かったぞ。」

『……はい……!』

 どうやら落ち着きを取り戻したアリコーンに「あとは無事帰投せよ」とだけ言って、マティアスは通信を切る。

 アリコーンの絶叫ぶりに他の面々は正直引いているが、マティアスはこれを知っている…否、正確には、似た様な経験がある(・・・・・・・・・)

 

 そして、誰にも聞こえない声で1人ごちに、ポツリと、こう言った。

 

「“1000万人救済計画”、か………。」




さて次回で一章は終了!アリコーンとトーレス艦長はどう動かそうか思案中です。


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デブリーフィング

ふう!やった完成だぜ!第Ⅰ章はこれにて完結です!


 20XX年

 9月20日 20時10分

 日本国 戦略機動打撃艦隊 

 某島鎮守府 

 艦娘寮兼司令部施設 1階

 作戦会議室

 

 入渠中の一部の艦娘を除き、小破相当程度の損害を受けただけの艦娘は全員ここに集まっている。何人か米海軍人も居たが、これは揚陸艦の元乗員達であった。普段は居るはずのない珍客に幾らかの艦娘や人員が時折物珍しそうに見物していた。

 その時、指揮官の入室───敬礼!たとえ相手がウザったい存在であっても、形式上であれ敬意を示さねばならぬものである。

 横瀬・ホワードが壇上に立つと、米海軍大佐の階級章をつけた男が立ち上がった。

「ミスター・横瀬、提督(Admiral)並びに艦娘諸氏には、我が艦と僚艦San Francisco(サン・フランシスコ)の乗員救助をして頂いたこと感謝したい。」

 彼の名はロベン・アイレイ。彼は日本への留学経験があり、かなり日本語が流暢であった。制帽を取り、頭を下げる。

「ロベン大佐、なんの事はありません。我々は当然の事をしたまでです…そんな頭を下げるような事は───」

 提督がそう言い、ロベン大佐に顔を上げるよう促すが、彼はその姿勢を崩さなかった。

「いや、揚陸艦の全滅の責任は自分にある…ここは頭を下げさせて頂く。」

「……。」

 そうも固持されては提督もこれ以上言葉を重ねることもできず、引き下がるしかなかった。事実として、彼の判断の下単縦陣を選び進撃した揚陸艦は一瞬にして脆くも全滅、2隻合計で戦死・行方不明者100人以上という人的損害を出していたのである。

「───そうではないですよ、ロベン大佐。」

 そう言って彼の肩に手を置いたのは、今次作戦の指揮官であった横瀬・ホワード准将であった。

「今次作戦の如何については、貴方だけではなく我々と、現場部隊でいる彼女(これ)らに帰せられるべきものです。責任を感じるのは結構ですが、気負いすぎるのもよくない。」

「「「…。」」」

 相手が米海軍軍人であるからか、作戦中とはあからさまに違う態度と、自分たちをまるで物を指すように「これ」呼ばわりした事に、皆一様に顔に影を落とす。当然、彼女と共にあって直接指揮を執る提督とて例外ではなかった。

 一方で、そんな内々の事情を知る由もないロベン大佐は、横瀬の言葉を───良くも悪くも───素直に受け取る事にした。

「准将にそう言われるのならば、そうしましょう。」

 ロベンが顔を上げ、改めて横瀬に向き直る。

「うむ。……それで、君たちが回収したモノについては米国(ステイツ)はなんと…?」

 回収したモノ───核魚雷の処遇をめぐって、日米で数時間に渡り協議が続けられていた。というのも、本来なら核魚雷を積載してハワイはオアフ島を経由しアメリカ本土まで持ち帰るはずだった強襲揚陸艦が2隻とも撃沈され、さらには大西洋や中部、南太平洋、北極海などに戦力を割かれている為に余裕の艦艇も無く、民間船を徴用できるほど海域の安全性も確保されていない故に、米本土に核魚雷を輸送する手段が消滅してしまったのである。

 日本本土を経由するとしても、日本とアメリカを結ぶベーリング海には、深海棲艦の索源地を兼ねた大規模基地たるアリューシャン列島が横たわっており、物騒な荷物を抱えたままの航行というのは、やはり現実的に困難なものだった。

「本国は───Mk.52(マーク・フィフティ・トゥ)魚雷について“完全な情報共有が為されれば良い”と。」

「本土には送らないと?」

「YES」

 横瀬は意外そうに眉を上げる。彼としては、無事な核魚雷をそのままアメリカ本土に送りたかったのかもしれない。

「無事な核魚雷はこの鎮守府で安全確認の後、日本本土に送られるでしょう。」

 正式な書簡は明日までに届く筈です、と言ってロベン大佐は敬礼し、後ろで控えていた数人の米海軍人と共に退室した。

 その背中を見送り、「ふう」とばかりに一息つくと、横瀬は細目で提督を睨めつけた。

 おおよその理由は察しつつも「何でしょう?」と首をかしげて見せる。

「惚けるな。貴様の出した命令のせいで、目標の確保に失敗する所だったのだぞ。」

「え、それって…。」

 大和が不安そうに呟いた。そしてその不安は的中してしまう。

「貴様らの艦砲射撃によって、敵に残っていた4発の魚雷のうち半分を破壊された……だからあの時止めろと言ったのだ。」

 そう、島に残されていた核魚雷Mk.52は全部で4発だったが、そのうち2発は見るも無惨に破壊されていたのだ。…幸いにして、放射能漏れは無かったが。

 

 余談だが、残りの2本は揚陸艦が撃沈されつつも運良く生き残っていたLCACに積載させ、それを艦娘や高速給糧艦が曳航して帰還していた。

 

「お言葉ですが、准将。あの時点で艦砲射撃以外では効果的に砲台小鬼を撃破する方法はありませんでした。」

「作戦目標を破壊する程ならば、やらぬ方が得策に決まっているだろうが。」

「……!」

 その言葉を聞き、提督は隔意ある眼で横瀬を睨んだ。この男は作戦を遂行することしか頭にない!

 艦娘の損害など度外視で、撃沈艦がでても構わぬ様なそぶりであった。

 

「全く、余計なことをしやがって。はぁ…作戦は完了、次の指示を伝達するまで待機せよ。」

 そこまで言って横瀬は踵を返し退室しようとした。

「⁉︎」

 はァ!?

 提督などは驚いた顔のまま若干硬直気味だ。言うだけ言ってそのまま終了とは、流石に痺れを切らしていた艦娘の何人かが身を乗り出した。

「待って下さい。あの日和見野郎どもは何でありますか⁉︎」

「そうです。何故アリコーンさんを狙う?」

 日和見野郎───作戦の途上、突如として襲来し理由は不明ながらアリコーンに攻撃を仕掛けたものの、CIWSによる逆撃を受け撤退していった、あの2隻の所属不明船艇である。

「連中、軍用無線回線を使ったぞ。」「まさか友軍だと…?」

「あり得ん、IFF(敵味方識別装置)への返答はなかった。」

 IFFは現代の軍隊では当然に有している機能で、絶対でこそないものの、“我の相対している目標は友軍か敵軍か”を判断するのに非常に重要な役割を持つ。

 IFFに応答すれば味方、そうでなければ十中八九“味方ではない”───というのが軍隊において概ね通ずる常識である。

「それとも───何か個人的に恨みでも買ったか?」

 横瀬は、相変わらず戦場に居たときのような澄まし顔で腕を組ながら静かに座っている紫電の髪の艦娘───アリコーンを横目で見て言った。

「貴様らをよく思わん連中の話ならよくある。」

 その言葉に反応したのはアリコーンや彼女を従える立場にあるマディアスでも、他の艦娘でもなく、提督であった。

「数年前ならあったかも知れませんが、流石に今となっては───」

 その時、彼らの話を割って通信が入った。

『話の途中ですいません。1つ、問題です。』

 北に話の腰を持ってかれそうになったのが気に入らなかったのか、横瀬はぶっきらぼうに「もういい、回線を切れ」と言い放つ。

『えっ!?ちょっと待って切らないで!』

 流石にそれは酷すぎるんじゃないかと言わんばかりに、通信越しでも食い気味に焦っているのがわかった。

 暫くして何とか横瀬の横暴(?)を回避した北は、努めて落ち着き払ったように振る舞いながら、話を続けた。

『はぁ…“問題”と言うのは、何故“彼ら”は我々があの海域で作戦を行っていることを知っていたのでしょう?知っていないとあの手は取れない…。』

 北のいう“彼ら”とは、作戦の途上、突如として襲来しアリコーンを攻撃したは良いものの、彼女のCIWSによる掃射を受けて被弾損傷し足早に撤退していったあの高速戦闘艇隊である。

「…あの連中ですか。」

 最も当事者であったアリコーンは、すぐさまその事を見抜き呟いた。隣に立つマティアスも「だろうな」と一言。

 実は、そもそもあの作戦は“外部に情報が漏れてはいけない”作戦だったのだ。米軍との共同の上、何より核兵器に関わる作戦だった為当然なのだが、“彼ら”があの時あの場所に来たということは、少なくともこの作戦の実行日時と場所(・・・・・・・・・・・・・)を知っていた(・・・・・・)、という事である。

「…スパイ。」

 天龍が左眼の眼帯をいじりながら言った。

「「「……⁉︎」」」

 … 俄かに室内がどよめく。

 もし本当にスパイなどがいるとしたなら、人類共通の敵とも言える深海棲艦と生存競争の如き激しい闘争を繰り返し文字通り絶対に負けられぬ状況の最中で、一体何をしているのか…⁉︎

 人類の生き残りを賭けた戦争、という重い十字架をその小さな双肩に背負わされ、またつい数時間前までその戦闘の最中にあった艦娘達にとって、その可能性は無視し得ない衝撃をもたらしたのだった。

「ふん、猜疑心が強いのは良い事だ。」

 横瀬は鼻嗤い混じりに、無愛想に言う。提督はそれを睨め付けつつも、周囲の艦娘を宥めていた。

『……少なくとも、彼らが何らかの筋から情報を得て、こちらの動きを読んでいると仮定する必要があります。』

「好きにしろ。」

 そう吐き捨てると、横瀬はサッサと退室してしまう。場の空気は正直言って最悪である。

「わ、わりぃ……。」

 バツが悪そうに天龍が頭を掻く。彼女は確かに、そもそもこの空気を作り出してしまった原因といえなくも無いが、提督はそれを認めなかった。

「いい、それは天龍が言うことでは無い。あくまで可能性の話だ、決まったわけでは無い。」

「でもよ…───」

「北さん!アリコーンについて、言うことがあるのでは…?」

『あ!あぁ、そうでした。』

 天龍が言葉を重ねるのを遮る様に提督は北に話題を促し、その目論見は果たして成功した。先刻の海戦で驚異的な戦力を振るい、窮地を瞬く間に破壊した彼女の話とあっては、誰もが興味を惹かれたし、聴かざるを得なかった。

『運営から彼女の性能(ポテンシャル)について開示許可が出たので、ここで全員に共有しておきます。…提督、プロジェクターの起動を…。』

「アイ分かった。」

 提督は慣れた手つきでプロジェクターを取り出し電源を起動、スクリーンに映像が投影される。

『───アリコーンは潜水艦でありながら、実は空母並みの航空機運用能力があります。推定される搭載機数は30機前後。』

 

「さんっ…⁉︎」

 空母組の艦娘が眼をカッ開いて喫驚する───声が出ないほど驚いている、と言った方が良いかもしれない。

 

『更に主砲は何と電磁投射砲(レールガン)!これを2基搭載し強力な火力投射能力を有します。射程も推定400km以上…!』

「よんっ…⁉︎」

 今度は戦艦組の艦娘───特に大和が───驚く番であった。彼女らの射程は多くが30km強程度で、最も射程の長い大和ですら42kmである。400kmという射程は文字通り“桁が違う”のである。

 

『───彼女一隻の戦力投射能力は、空母機動部隊に匹敵します。』

「化物の中のバケモノだ…。」

 彼女達からはそれ以上の言葉は出なかった。空母機動部隊───つまり空母2隻以上を有する12隻からなる大艦隊の戦力と同等かそれ以上の戦力を持つというのか、彼女(アリコーン)は!?

 畏敬と驚愕の入り混じった無数の眼差しを一身に受けつつも、アリコーンは相変わらずの澄まし顔でそれらを見つめ返す。───その眼の中には一片の感情も含まれておらず、ただ漫然と「なんですか」と言わんばかりの訝しさだけが込められていた。

 

『…続けます。当然潜水艦なので秘密裏に潜航して敵地に近づき、航空機とレールガンによるアウトレンジ攻撃が可能です。』

『そして彼女の機関は───溶融金属冷却型原子炉を2基搭載、つまり…原子力。潜水艦アリコーンとは超大型原子力潜水艦なのです。彼女は潜水艦でありつつ、空母として、火力艦としての能力をも持つ“原子力潜水航空巡洋艦”と言う事です。』

「「「……‼︎」」」

 遂に、艦娘達はあらゆる意味で発するべき言葉を失った。絶句───ただそれしか許されない、驚愕の至に彼女らは達したのである。

 

「…。」

「はい。」

 マディアスに促され、アリコーンは壇上に立つ。奇しくも、始めてここで自己紹介をした時と全く同じ様な構図だった。

 

「さて。改めまして…(わたくし)、原子力潜水航空巡洋艦アリコーンでございます。皆様どうぞ、よしなに…。」

 パチ、パチ、パチ。

 “最初”の時と同様に、美しくエレガントな所作で礼をする。───しかし今度の自己紹介で不適に笑うアリコーンへ迎えられたのは歓迎の声ではなく、ただ1人…マティアス・トーレスの拍手だけであった。

 

 

 

 〜〜〜〜〜〜

 

 

 20XX年

 9月20日 23時18分

 日本国 某所 タワーマンション高層階

 

 机の上に乱雑に散らばった無数の資料とパソコンの画面に無遠慮に表示された大量のデータと、相変わらずこの男は睨めっこして頭を悩ませていた。

「…アリクサ。」

 彼は最後の助け船とばかりに、自身の頼りになるパートナーの名を呼ぶ。そうして彼は決まって「問題だ。」と言って、助けを乞うのである。

「深海棲艦…人類共通の敵。連中の目的は何だ?」

 深海より突如として現れるや、船を沈め、軍艦を翻弄し、人間の海上交通路を脅かし、街を焼く。目的は分からないまでも、連中の行動には一貫して“人間への害意”が明らかに付き纏っていた。そう言った理由から“深海棲艦は海洋汚染によって間接的に人間の手により産み出された”とか“海洋汚染が鎮まれば深海棲艦の行動も鎮まる”という声も聞く。

 それが───核砲弾という人類最大の威光にして愚行を奪い取り、何をしようとしているのか?

 これまでの定説とは離れた“何か”を考えねばならなかった。

『>目的地ノ候補ハ21』

「え?」

 アッしまった。作戦の終盤になって、戦域外へ離脱した深海棲艦の事について先程まで考えてレポートを纏めていたので、アリクサはその事と勘違いしているのだ。

 ご丁寧に環太平洋地域の地図まで用意している。

『>ソコヘノ航路ハ、主要ナモノダケデ2405』

「そうじゃ無いんだよな。」

『>主要ノ定義ヲ聞キタイ?』

 カツ、カツ、カツ、と机を指で叩く。アリクサがやってる事は大して間違ってない。自分の言葉が足りて無いのである。

 ───全く持ってもどかしい。

「アリクサ、その、あー…感覚的に。」

『>感覚的トハ?』

 Sensory?と画面に表示する。

「記録にある深海棲艦の行動から、今後の連中の行動を予測してみて。重み付けは任せるけど、今回の作戦を参考に…。」

『>ン、実行。』

 

 暫くして。

 

 [人類の海洋進出の妨害]

「ダメだ。」

 明らかにこれでは無い。というか、これまでの仮説と何ら変わる物でもない。

『>だめトハ?』

「アリクサっ!」

 全く出ない結論に苛立ち、声を荒げる。直ぐに、これではいけない、と思い直すものの、努めて冷静になったところで結論が出る訳でもなかった。

 アリクサと問答を続ける他、彼に手立ては無かった。

「…いや、続けよう。じゃあもう少し‥官能的に。」

 

 数分後。

 

 [人類の一定数削減、それに伴う深海棲艦の勢力確保]

「うんうん。」

 

 更に数分。

 [人類の地上への監禁]

 いい線に行ってきている。これも、今まであまり相手にされない議題ではあった。いい傾向である。

「いいぞ。」

 

 更に更に数分。

 

 [人類との交配による陸上への進出]

 

「…!」

 そっちに行ったか。だが、そうだ、この線だ!深海棲艦の活動が海に限られると誰が断言できようか?事実として、深海棲艦に相似する艦娘という存在は陸上で何ら支障なく生活出来るし、ヒトと愛を育みその結果としてその子供を妊娠し、出産に至ったケースも潜在する。

「少し、論理的に…!」

 

 答えが近い。

 間違いなく…。

 

 今度は10分以上かかった。

 そうして、彼の相棒が出した答えは───

「これ……‼︎‼︎」

 

 そうして表示された画面の文字に彼は釘付けになる。

 否定しがたい何かが、北 聖人の中で渦巻く。こんな答えはあってはならない───筈だ。しかし、それを否定できる判断材料を、論理的な理由を、我々は何一つとして持っていない……!

 

 アリクサが出した結論。それはたった5文字で括られていた。

 

 

 それは───

 

 

 

 

 

 

 

 

 [人類の絶滅]




次回はⅡ章…ではなく1話だけ間章を挟みます。
お楽しみに!


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間章
間話 1


投稿遅れてしまい申し訳ありませんでした…


 20XX年 9月23日 早朝

 日本国 戦略機動打撃艦隊 

 某島鎮守府 

 

 

(……。)

 浮遊しているような感覚さえ覚える微睡みの中、カーテンの隙間から指した朝日が彼の瞼を介して眼球を直撃し、嫌が応でも意識の覚醒を強要された。

「うぅん…。」

 しかし、彼の身体はそれを拒否する。うつ伏せになり、顔を手で覆って再び闇の微睡みのなかに堕ちようとする……一体誰が、これ程に心地のよい場所(おふとん)から進んで出ようというのか?

 しかし陽光の次に彼を微睡みから引き摺り出そうとした声は、余りにも強力であった。

「HEYテ~トク、Morningヨ…。」

「ん、…ん!」

 耳元から鼓膜までをゆっくりと擽るような、甘く濃い吐息の混じる情的な喘ぎ声にも似た囁き。

 ぞわぞわっ…!と興奮と寒気が入り雑じった感覚が背中を走った。それは物理的に彼の頬をひっぱたいて起こすよりも、余程効果的に彼の意識を叩き起こすことに成功する。

 バサッと体に巻き付いた布団をはね除け、バネのように起き上がった。

 首を振り───その視線の先に、“彼女”の姿を認めた。彼女は、悪戯そうにクスクスと笑っている。

「金剛っ…!」

 まだ緩やかな寝間着に肢体を包み、髪も下ろしてロングストレートの装いを持っていたが、彼が誰より、何より大切な“良人”を見紛う筈もなかった。口元を押さえる左手の薬指には、白金の指輪が光沢を放っている。

「ふふふ…Good Morningネ、テートク。」

「その起こし方止めろと…!」

「朝になっても起きないテートクが悪いデース。」

 モゾモゾ、とイモムシの様に布団から這い出てくる提督を見ながら、金剛は言う。

「テートクの好きなミソスープ(お味噌汁)作ってあるから、ホラ!Harry up!」

 金剛に催促されるように、未だ布団に未練を残す重たい身体を起こして朝食の用意されたテーブルに向かう。

 

 今日は金剛の朝食番なのである。

 

「いただきマース。」

「頂きます~。」

 寝ぼけ眼のまま、白米を頬張り金剛お手製のミソスープ(お味噌汁)で喉に流し込む。

「んーうま、うま。」

「ふふ、なら良かったデス。」

 金剛も既に使い馴れた箸を器用に使い、パクパクと食を進めて行く。

「ところで金剛?」

「ハイ?」

「さっきのあれは夜の仕返しか?」

「ン゛ッ!」

 金剛がご飯を喉に詰まらせかけ、ドムドムと胸を叩いた。

「な!?なーんのことてすさ!?」

「言えてないぞ。」

 耳まで赤くして、しかもご飯粒を頬につけたままで、更には噛み噛みで全く言葉になっていない。非常に可愛い。

 

 言うまでもないが“夜”とは“昨晩お楽しみでしたね”である。

 

「もうっ…!」

「ははは。」

 耳を通り越し、もはや顔面全体まで真っ赤になった金剛を見て、提督は軽やかに笑う。

「う〜…!」

 笑われたのが悔しかったか、金剛は反撃を試みた。徐に提督の手を掴んだ彼女は、そのまま自身の下腹部に持ってゆく。そこで提督の手を撫でる様に包み、艶のある声でこう呟いた。

「テートクがナカに出してくれたの、まだ残ってるネ…。」

「ブバッフッ!!!!ゴホゴホゲホゴホゴゲホ!!!!」

 提督は溺れた。

「フヒヒヒヒハハハハハハハ‼︎」

「うぶっ……溺れるところだった……。」

 ゼイゼイと激しく息を切らせながら、淑女らしからぬ下品に笑う金剛を見やる。腹を抱えて、心底笑いっていると、彼女は皮肉らしく言った。

「ひひひ…はぁ〜。…流石のワタシでもここ(地上)で溺れられたら助けられないデース。」

「お前なぁ…。」

 相も変わらず笑い続ける金剛をジト目で見る提督。2人がケッコンしてからの、よくある光景であった。

 

 なんやかんや笑った後。互いに朝食を食べ終え、さぁ片付けと言うところで、金剛がパチ、と手を叩いてあることを思い出した。

「あ、そうそうコレを私忘れてたネ。」

「うん…?」

 金剛が提督に手渡したのは一通の封筒。裏返してみるとそこには“軍機につき口外を固く禁ずる(艦娘を含む)”と記されていた。

 最早こんな“軍機でござい”という封筒を本人ではなく嫁に渡している様な時点で軍機もクソも無い気もしたが…。

「なんだろうな?」

「さぁ…?」

 ビリ

「…フ。」

 少し力を入れただけで破けてしまう“軍機”を鼻で笑いつつ、中身を取り出す。

 そしてその中身を見た彼は驚きの声を隠さなかった。(軍機なのに)

「え!?」

「どうしたんですカー?」

「いやちょっとな…困ったことになった。」

 そう言うと彼は金剛に中身の書面を見せる。(何度も言うが軍機である)

「…!」

「此方に回してくれる筈だった装備と資源がパァになっちまった。」

 書面は“貴鎮守府に運輸予定の装備及び資材に関して(軍機)”と題されたものだった。

 実はアリコーンの運用を開始するに当たって、非常に多くの資材(特に弾薬類)を消費すると考えられたため他の鎮守府から少しずつ譲ってもらった資材各種があったのである。

 加えて、水雷戦力の強化のため中型バルジと6門型の潜水艦用艦首53cm魚雷を2つずつ調達したのだが────

「座礁?こんな海域で…。」

「残念なことになったもんだよ…。」

 資材約10000、装備各種を積んだ輸送船がこの鎮守府に向かう途上、激しい波浪に逢った挙げ句に座礁。乗員はその日の内に救助され人的な損失は無かったものの、座乗した船は海流の影響で如何ともし難く。その日には輸送船の移動を諦め、別日に曳航船を別途用意して改めるはずであったが、どうやら夜間の内に波に攫われ沈没してしまった様で、翌日現場に戻ってみるや重油と船の破片しか無かったのであった。

「資材10000は痛いな…。」

 実は先刻行われた天号作戦に於いてアリコーンが消費した弾薬量は半端では無く、文字通り他の艦娘達と桁が違った。そこで「資材を融通してもらえる」という話が舞い込んできて渡りに船とばかりに思ったのだが、まさかその船が着く前に沈むとは。

「…まぁ、無くなってしまった物は仕方ないデース。こっちで遣り繰りするしか無いですネ。」

 戦艦はワタシを出撃させるとか〜などと本気なのか冗談なのか分からない事を言いつつ、金剛は提督の肩を持つ。

「まぁそうだなぁー…。」

 提督がはぁ…そうため息を吐いたタイミングでコンコン、とドアがノックされる。

「?」

 朝っぱらから誰であろうか。一々彼の元を訪れるのは金剛か、さも無ければ何か別に用事がある者だけだ───つまり訪問者は後者だ。

「何用か…?」

「提督、早朝に失礼する…少し時間宜しいだろうか?」

 訪問者の正体はマティアス・トーレスであった。

「トーレス提督…?あぁ、どうぞ。中に入っても構いませんよ。」

「ではお言葉に甘えさせて頂こう。」

 丁寧な所作で入室したトーレスは一度立ち止まり敬礼する。一応、ここでの上官は提督の方であるからだ。そして向き直り、金剛にも敬礼する。彼女もそれに応え、綺麗な敬礼を返した。

「今回はひとつ、伺いたい事があって参上した。」

「ふむ…とりあえず、座られては。」

 言いながら提督はトーレスに着席を促した。トーレスもそれに従って提督の対面に座り、入れ替わりに金剛は食器類を持って台所に入って行く。「すまんな。」「なんて事ないデース。」と少しだけ言葉を交わし、提督はマティアスと対面する。

「して、伺いたい事とは…?」

「実は“アイオワ”という人物を昨日から探しているのだが、中々見つからなくてだな…。」

「アイオワ…?」

 アイオワといえば、1番最初に思い浮かぶのはロサンゼルス港に係留され博物館として公開されている戦艦アイオワであろう。そして次に思い浮かべるのは“艦娘”アイオワだ。

 しかし“人物”とは…?揚陸艦の乗組員にアイオワという名前の人物は居ただろうか。

「ちょっと待ってください、名簿を確認するので───」

「あぁいや、場所さえ教えてくれれば、自分で向かうが…。」

「…?」

 場所、というが揚陸艦の乗員達は普段使われていない宿舎を開放して使って貰っている。その場所は以前に全員に説明したので当然トーレスも認知しているはずである。それを今更教えてくれというのは…?

「人物であれば、先日説明した特設宿舎にいるので、そこに行けば分かる筈ですが…。」

「…いや、そうでは無いのだ。作戦に参加していた、外国の金髪の女性が居ただろう。確か、彼女だったの思うのだが…。」

 金髪?彼女?アイオワ……あっ!

「“艦娘”のアイオワ…!」

 提督はようやく合点がいった。…どうりで、話が噛み合わない筈だ!トーレスは艦娘のアイオワを探していたのだ。一方で提督はトーレスに「“人物”を探している」と言われたので、人物───つまり“人間”のアイオワを探そうとしていたのである。

 艦娘と人間は違う───それは常識であるし、提督とて例外では無い。しかしこの男、マティアス・トーレスにとってみれば艦娘と人間にさしたる違いがるとは認識していなかったのかもしれない。

「艦娘アイオワなら、艦娘宿舎にいる筈です。そこに行けば会えるかと…。」

「そうか…!時間を取らせてしまって申し訳ない。」

「役に立ったなら良かったです。」

「いや提督、感謝する。───では失礼する。」

 トーレスは本当にアイオワの所在を知りたかっただけだったらしく、用事を済ませると足早に退室した。

 提督も、特に引き留める理由もなかった。

 

 

 〜〜〜〜〜〜

 

 同 8時00分

 鎮守府内 艦娘宿舎

 

 艦娘の宿舎の場所は知っている。とは言えこの鎮守府に艦娘は何十も居るので、簡単に見つけられようとは思ってもいなかったのだが…

 

「Good Morning!」

「…おや。」

 なんと真っ正面から特敵の人物と出くわした。それもワハーとばかりに朝にも関わらず爛漫(無邪気?)な笑みを浮かべながらに。アイオワは目立つブロンドヘアーと解放的(物理)な服装をしているので目にしてから日の浅いマティアスでもすぐに覚えられた。

「失礼、アイオワ…かな?」

「ンーYES!MeがUSS-Iowaアイオワ!」

 へへ〜!と間違いなく初対面にも関わらずニコニコと接してくれるのは、彼女の性格から来るものなのかも知れない。

「私はマティアス・トーレス少佐だ。個人的にキミと話をしてみたかったのだが…時間宜しいかね?」

「マティアス…トーレス…?Hmmm…。」

「?」

 突然アイオワは何事かを考え込むように腕を組み、目を閉じて唸り始める。2、30秒ほどそうしていると、パッ!と頭上に電球でも浮かんだように手を叩き、マティアスを指差して言った。

「I Remembered ! Ms. アリコーンのAdmiral!」

「あ、あぁ、そうだ。」

 謎にテンションが高いことにやや狼狽しながらも、応じる。むしろ用があって話し掛けたのはマティアスであったのに、彼女のテンションに押し負け文字通り一瞬で問答を交わす順序が、この時点で完全に入れかってしまった。

「凄かった!Ms.アリコーンの活躍‼︎あんなの見たこと無かった……‼︎‼︎」

「そ、そうか…。」

 ワキワキと興奮冷めやらぬうちに、抱いた感想の全てを吐き出しておきたいと言わんばかりの怒涛の勢いで次から次へと言葉を投げかけてくる。「助かった」「綺麗だった」「強かった」「カッコ良かった」「あの艤装何」「何だワッツ」「とてもジーザスだった(?)」「MeもあんなPowerは出せない」などなど……

 ベラベラと機関砲のように浴びせられる言葉を聞いていくうちに、凡そ彼女がマティアスにここまで興味を示す(というか興奮する)理由が察せられてくる。つまるところ「あんなSuper Powerを持つ艦娘(Fleet Girl)のAdmiralはどんな人なんだろうってっ!気になったのぉ‼︎」という事である。

 目の五芒星を輝かせながら、ずいっ!とアイオワの端正な顔がマティアスの鼻先にまで迫った。元々他者との距離が近い彼女だったが、今回は特に近い。これにはマティアスもやや後ずさらざるをえなかった。

 だがそれは、彼にとっては悪手だったかも知れない。

 右脇腹の、艦番号を示すであろう「61」の文字。その直上で存在感を“これでもか”と主張するたわわで柔らかそうな───だがそれでも程よい張りを有した───たゆたゆと無防備に揺れる2つの乳房に目がいってしまった。

 魅力的な異性の魅力的な部分を無意識に目が捉えてしまう───というものは、これはもう本能に近く、そればかりはさしものマティアスといえども如何ともし難かった。

 スゥ───と不自然に視線を逸らし天井を仰ぐことしかできず、それはかえってアイオワにマティアスの不可思議な行動を訝しめる結果となった。

「…?どうしたの〜?」

 ずいっ───たゆんっ───と上目遣いに顔を覗き込むアイオワ。言葉に詰まるマティアス。

「───!ははァ〜ン…。」

 マティアスが何にたじろいでいるのかを察したアイオワは、にたぁ〜と笑い───さらに一歩踏み出した。元々、然程に離れていなかった2人の距離は“密接”とか“密着”と言うに相応しい程までになる。当然、アイオワの胸から著しく突出した2つの乳房が“むにゅう”と当たり、餅のように形を変える。

 アイオワはマティアスの顔に手を添え、更に顔を寄せた。

「Hmm……近くで見ると、結構ダンディーなNice Guyねぇ。ね、Mr.マティアス?このあと一緒にBreakfast如何…?」

「あのだな…。」

 マティアスには全く想定外なことに、アイオワは他者との距離が近過ぎたのだ。あろう事かナンパまでしてくる始末である。ビジュアル的には完全に立場が逆であるべき、とも言えよう。

 その時、後ろから声がかかる。

「部屋にいないと思ったら…艦長、こんな所で何をしているのです?」

「アリコーン…!」

 そこに現れたのは助け舟か、はたまた…兎も角も現下の状況を打開するには十分であるのは間違いない。アリコーンは紅蓮の眼をアイオワに向ける。

「貴女…?私の艦長に何の様でしょうか。」

「Oh!Youはあの時の…!」

「あの時…?」

 アリコーンの存在に気づくや、アイオワはパッとマティアスの元を離れその背後のアリコーンに駆け寄った。

「あの火力!あのPower‼︎Power is GOD‼︎‼︎Foooo!!!!」

「????」

 初手からテンションが全開のアイオワは、先ほどまでの色気は何処へやら。子供の様にはしゃぎ興奮している。そしてそのアイオワのテンションに、やはりと言うかアリコーンもついて行くことは叶わなかった。

 文字通り目の五芒星を輝かせながらアリコーンを質問攻めするアイオワ───あのミサイルは何だの、どうやってあの戦闘機を墜としただの、島の向こうの敵までどう狙っただの、どうしてCIWSを持ってるのだの…アリコーンが答える前に質問がぶつけられ、さらに答えようとするとまた更に…と言った様に、イタチごっこである。

 怒涛の如き勢いの質問攻めに流石のアリコーンも耐えかねたのか、

「ま、また今度ゆっくりお話ししましょう…?」

 と、話の切り上げを希望した。

「ンー…そうねー立ち話も何だしね。」

 そう言うや、すんなりアリコーンの言うことを聞き入れた。意外にもあっさりアリコーンの申し出を承諾したと思われた彼女だったが数歩歩いた所で立ち止まって振り返り、「そうだ、Mr.マティアス⁉︎一緒に一緒にBreakfast如何かしら!」とナンパする始末であった。

 それに反応したのは何故かアリコーンで、少し怒った様な口調でアイオワの言を制した。

「ダメです!艦長は私と話がありますから、お一人で行って下さいな…!」

 絶対に譲らんとばかりに、グイッ!とマティアスの腕を掴んでアリコーンは牙を剥く。その姿は、まるで威嚇する犬か狼を連想させた(しかし彼女の名のモチーフは翼と一角を持つ馬である)。

「あぁ…時間を取らせてしまってすまなかった。こちらもその時にゆっくり話させてもらうとしよう…。」

 直感的にこのアリコーンをどうにか出来る様に思えなかったマティアスも、彼の方が先に要があって時間を取らせてしまったことは詫びつつ、彼女の言葉に賛同した。

 それにアイオワは眉をハの字にして見せ、

「う〜んGuardが固いし吊れないわね〜。」

 と言って今度こそ誘いを諦める。踵を返し、「bye〜」と手を振りながら歩いて行った。

「やれやれ…助けられてしまったなアリコーン、感謝するぞ。」

「そんな…!私はただ、艦長のお役に立つのが仕事の様なものですから…。」

 先程までの狼の様な剣幕は鳴りを潜め、アリコーンは少しだけ頰を赤く染める。

「ところで、俺に話というのは…?」

「あぁ、あれは半分嘘です。あの女(アイオワ)を追い払うための詭弁ですよ。」

「あ、あの女、な……。」

 随分な物言いだと、マティアスは思う。アリコーンは他の人に対しては当たりが強いのかもしれない。しかしそれはそれとして、彼には気になる単語があった。

「半分、とは?もう半分は何だ。」

「…それは“何故あの女に態々足を運びに行ったのですか?”ということです。何か用事でも…?」

 アリコーンはマティアスに向き直り、真剣な面持ちで言った。マティアス本人には、自分自身がここに足を運んだことにそれ程に疑問を持つものなのか、と内心で思ってはいたが、表には出さず、経緯を噛み砕いて説明することにした。

「俺が以前、“タナガー”と言う戦艦の艦長だったのは知っているか?」

「───はい、私の前の艦ですね……。それが、何か…?」

 何故か壁へ視線を逸らして、努めて冷静なフリ(・・)をして言葉を連ねるアリコーンにやや違和感を持ちながらも、マティアスは続ける。

「部屋に本棚があっただろう。そこにこの世界の軍艦について書かれている書籍があった…気になったのでそれを見たんだが…驚いた。名前こそ違えど凡そ俺の見聞きした艦が多くあった。」

「その中に、タナガーも居た、と…?」

「そうだ。“アイオワ級戦艦”とここでは呼ばれているそうだが───ドニオール級に良く似た艦でな。少し興味が湧いた。」

「……。」

 むすゥ…と彼女は唇を尖らせてみせる。

「アリコーン…?」

「艦長は───」

 グイッ!とアリコーンはマティアスの腕を抱いて胸に寄せる。彼女の、一見華奢に見える腕であったが、男性の大人であるマティアスであってもその膂力には抗い難かった。

「艦長は、今は私の艦長です!…ですから…その───、」

「…?」

 アリコーンが言葉選びに苦心していることをマティアスは悟った。彼女がこのヒト型の身体を手に入れてから日はそほど経っておらず。普通に会話する分には全く問題は無いものの、いざ自身の内に抱えるものを吐露しようとするときに、言葉に詰まるのである。

「焦らずともよい。」

 娘を諭す様な口調───その言葉を聞いたからか、焦る様な表情はアリコーンからは薄れてゆく。

「───ほかの娘に目移りするのは…ダメです。今は私が、貴方が勤めるべき艦なんです…。」

 不安げな、それこそ少女のそれに似た潤んだ上眼で、懇願する様に、か細い声で彼女は言う。

「ふむ…。」

 艦長という職種は、その乗艦に全幅の責任を持たなければならない。艦であれ、ヒト型であれ、それが変わることはないだろう。そういう意味では、自身が責任を持つべき範疇にいるアリコーンに不安な顔をさせてしまうのは、しっかりと職務を果たせていないと言えるかもしれなかった。

「そうだな…すまなかったなアリコーン。今後は気をつける様にしよう。」

「はい…。」

 

 その後、朝食のため食堂に行った2人であるが、当然の如くアイオワとエンカウントし、根掘り葉掘りいらんことまで質問攻めにされたと言うことは、この際わざわざ言うべくもないであろう。




次回から第Ⅱ章となります


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第Ⅱ章 アリューシャン列島強襲 Aleutian Islands Raid
ブリーフィング Ⅱ


今年最後にして描き納めです。
皆様良いお年を!

DLC LRSSG Briefing Ⅰ
を聞きながらお読み下さい


 アリューシャン列島強襲 Aleutian Island RAID

 

 

 20XX年

 9月26日 8時31分

 日本国 某所 タワーマンション高層階

 

 

『>マサト。』

 相棒が電子音声を発する。ん、と言って北は書類から目を離す。“頼み事”が終わったのだろうか。

「なに?」

『>過去ノ作戦情報トアナタノ仮説ヲモトニ、深海棲艦ト“ありこーん”ノ戦闘もでるヲ構築。高繊細こんばっとしゅみれーしょんヲ試ミタ。』

 PCがトーク画面から切り替わり、ボードゲームに似た盤面の様な画面になる。彼我の兵科記号───もとい艦種記号は、北の趣味によって将棋の駒を模していた。

 忙しなく動き続ける盤面の駒、駒、駒……斃れては現れ、また斃される。

 その果てしない繰り返しの先で、遂に両陣営の王将、玉将が互いをその攻撃範囲に捉える───が、その時になってピタリと盤面の全てが止まる。

『>デモ失敗。』

 失敗したのかよ⁉︎

「こぉまぁるよ!何で⁉︎」

『>官能的ニ答エルナラ』

 再び画面が切り替わり、「Sensual」と題された物の下に、1、2、3の数字が現れる。ご丁寧にその数字に沿って相棒が失敗した理由を連ねてゆく。

『>1、アナタノ仮説ガごみ』

 Your hypothesis is trash.

『>2、アナタガクレタ情報ガごみ。』

 The parameters you gave me are tfash.

「あぁ…。」

 理由は、まったくもって凄まじい言い草で表されたのだった。もはや悪口ですらある。

「───なにか、キミを怒らせた…?」

 確かに先日は少し強く当たってしまった事はあったが、初めてではない。何か余程、彼(彼女?)の気に触る様なことでもしただろうか───?だがその考えは、半ば杞憂であると言えた。ALXA《アリクサ》の解答はまだ終わっていなかったのである。

『>3、深海棲艦ハ特異点。』

 Abyssal fleet is a singularity.

「値が発散するのか……。」

 特異点(シンギュラリティ)…それは広義では“一般的なプロセスでは定まらない点”でいるとされる。アリクサのもつ計算リソースでは、すぐに答えを求めるのは難しい───もしくは不可能であろう。或いは、もっと此方が良い仮設や質問、情報を提供してやる他がない。

 そこで彼は新たな質問を試みた。

「じゃあ、こう言う可能性は?───4、“アリコーンはシンギュラリティ”。」

 Alicorn is a singularity.

 しかし試みは脆くも失敗する───

『>信頼区間外。1カ2カ3デアル可能性ガ99%以上。』

 中央部分だけ大きく盛り上がった山状の横線グラフを描き示し、アリクサは自らの主張の論拠を示す。

 それを見て北はただ、「ホントに…?」と訝しげに聞き返す。

『>高度ニ有意。』

 機械音声の返答は、多分に自信が含まれている様に北には聞こえた。

 

「あぁ〜…この情報を加味してみて」

 パチパチッとキーボードを小気味よく叩き、画面にグラフを表示させる。彼とっては“虎の子”と言って差し支えない情報だった。

「トーレス艦長とアリコーンの聴取で得られたデータだ。」

 

 〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 第Ⅱ章 アリューシャン列島強襲

 Aleutian Island Raid

 

 

 20XX年

 9月26日 9時50分

 日本国 戦略機動打撃艦隊 

 某島鎮守府 

 艦娘寮兼司令部施設 1階

 作戦会議室

 

「深海棲艦がアリューシャン列島近海に大規模な戦力を集結させている。」

「「「……⁉︎」」」

 開口一番、プロジェクターに表示された敵艦船の予想総隻数はこれまでに見たことないほどの量であり、且つ、その戦力は態々確認するまでもなく凄まじいものである事が見て取れた。

「他海域の戦闘集団からも複数の艦艇を引き抜いて集めている状態らしい。……深海棲艦どもの北極海進出を本格化するべく、海上戦力を増強していると見るべきだろう。」

 ───人類史以来、その繁栄を支え続けてきた洋上航路を深海棲艦は荒らし回り、今や地球上で安全に航行できる海域はないとすら言われている。その深海棲艦の次なる目標は北極海にある…と言うのは以前から予測されてきた事であった。大陸沿岸部などはまだ人類の勢力下にありはしたものの、海を隔てた国家同士の物理的連携は非常に過小なものとならざるを得ず、ここ数年では特に北アジアが危険視されていたのである。

 アリューシャン列島に集結した艦隊はベーリング海を掌握、そのままアラスカ-ロシア間の海域を物理的に寸断、北極海にある深海棲艦艦隊と合流し、アメリカ-ロシアの連携を断つ───それが考えられている敵の侵攻シナリオの一つであった。

「此処に先日貴様らが撃ち漏らした新型潜水艦と思われる深海棲艦が合流する可能性がある。」

『准将、それはどの程度の可能性ですか?…実は、敵の新型潜水艦についてもっと動向を精査する必要があるかもしれませ』

「君の仕事は艦娘と深海棲艦の分析だ。今後は許可を得た時にのみ発言する様に。」

 ホワードの話を遮る様に、北が通信を介して言い、これを言い終わる前に更にホワードが言葉を被せた。

『…。』

 それに対し、北は黙りを決め込んだかの様に一言も発しない。───数秒、沈黙の拮抗の後にホワードが口を開く。

「…返事が聞こえないが?」

『返事をする許可を頂いても宜しいでしょうか。』

 僅かであるが、明らかに挑発のし合いであった。流れる微妙な空気───傍にいる提督は神妙な面持ちのまま、気に入らない上官の発言を注聴する。

「…君の上官に面白い話が出来そうだ。」

 フン───と鼻で笑いながらそう吐き捨てたホワードは、次には仕切り直しと言わんばかりにプロジェクターへ向き直り、作戦概要の説明を始めた。

「では任務を伝える。艦隊はアリューシャン列島を奇襲。デラロフ諸島北部のウラック島及び南部のアマッティグナック島を攻撃し、それぞの島には姫または鬼クラスの深海棲艦が存在するので、これらを必ず撃破せよ。───この海域の海上戦力を掃滅させられれば、敵の侵攻を挫くと同時に潜水艦の合流も阻止できる。」

「───質問許可願う。」

 手を挙げそう言ったのは、マティアス・トーレスであった。

「……?何か?」

 訝しげな眼もそのままに、ホワードは彼の質問を許可する。

「我が艦隊のみで叩くには敵の規模が大きすぎる。これは共同作戦か…?」

「───それについては後ほど説明する…!黙って聞いていろ。」

「承知した。」

 苛立ちを隠しもせずにホワードは吐き捨て、それを歯牙にも掛けない様な素振りでマティアスは空返事をした。それが癪だったのか、それからホワードがマティアスに対して一瞥もくれてやることはなかった。

「アリューシャン列島周辺は深海棲艦の支配海域だ。敵に察知されるのを遅らせるため少数艦で出撃し、霧の濃い中を密集隊形で侵入してもらう事となる。」

 獰猛な目つきもそのままに、押し黙ったホワードに替わり───半ば押しやる様な強引さがあったが───提督が前に立ち、説明を続けた。

「少数艦か。編成はどうする?」

「こちらで既に決めてある…赤城、金剛、天龍、そしてアリコーン。この4隻での出撃だ。」

「ほほォッ!…任せとけ!」

 天龍が腕をまくり、気合を入れて見せる。───ちなみに天龍は前回の作戦以後に大改装によって防空巡洋艦としての運用がされていた。以前よりも遥かに存在感を示す様になった、胸元の大きな2つのたわわなモノに嫌でも目がゆく。

「…頭数の少なさを補うため、補給を手厚くする。見ろ───」

 提督がプロジェクターを操作し、地図が表示される。そこに幾重にも引かれた幾何学的な線───それが一体何を意味するのか、この場にいる彼女達の大半が瞬時に理解する。

「複数の補給ラインを設定した。これより後方に戻れば友軍の補給や兵装の換装を行えるので有効に活用せよ。…また敵が攻撃に気付いてから迎撃体制を整えるには時間がかかる。その間に高驚異度の目標を優先して撃破するといいだろう、それで後が楽になる。」

 そう言ってプロジェクターの画面を変えると、アリューシャン列島は彼女らの攻撃目標、デラロフ諸島の衛生画像と思われるものに切り替わった。

 ───地球低軌道(LEO)衛星による撮影であろうか、表示された画像はまるで航空写真の様に鮮明であった。そこに幾つかの丸印やレ点、バツ印が施されていた。

 それらの印は明らかに敵の重要攻撃点を指しており、つまり先ほど提督が言っていた「高驚異度の目標」の存在する場所なのであろう。そう察した艦娘達に、しかし、と提督は付け加える。

「この衛星画像は数日前のものだ。現在は配置が変わっていても───いや、変わっていると考える方が自然だろう。出撃艦はこれを参考程度に留めておき、現場では臨機応変に深海棲艦を撃破してくれる様、頼みたい。」

「フーン!お茶の子さいさいデス!テートクためなら、ワタシは何だってやってやりマース!」

「はは…頼りにしているぞ。」

 頼もしい金剛《良人》の声。それに提督は軽く笑って応えた。

「───出撃艦の帰還率も上がるだろう。」

「帰還率……ね。」

 ホワードの言葉に、疑念に満ちた声もそのままに、誰かが(・・・)そう呟いた───そして、当のホワードにそれが誰なのかを確かめる手段は持たされてはいなかった。

 剣呑な空気を隠さぬホワードはそのまま話を連ねる。

「奇襲と補給、それが本作戦の要だ。いや、ひとつだけ言っていないことがあったな…?」

ジロリとマティアスを見るホワード。しかし彼はそんな目も意に介さぬように、ただ目線で説明を促した。

 

「…本作戦は 日米露加の4カ国連合による共同作戦だ。大規模戦力を掻き集めている今のうちに、ベーリング海、オホーツク海の敵勢力を攻撃、破壊する。その一環として、貴様たちの任務は攻略本隊の到達前に、戦力集中箇所のデラロフ諸島への奇襲を行い敵の迎撃手段を限定することにもある。」

プロジェクターを操作する。作戦参加艦娘の4人以外に、日米露加の様々な艦艇、艦娘が本作戦に参加することが示されている。

要するに───潜水艦合流阻止と陽動を兼ねた囮というわけだ、我々は……その事を彼女達が察するのに、数秒と掛からなかった。

「あとは素直に命令に従う者が数()いればいい───イレギュラーは必要ないんだ……納得できた様だな………。」

 壇上から見下ろす形で艦娘達の顔を一瞥だけするや、そう言った。『───准将。』ホワードの話が途切れたタイミングを見計らったか、北が通信機越しに声をかける───が

「説明は以上…!」

 北とは折より明らかに不協和音を生じさせていたホワードは彼の用件を打ち切らんとばかりに話を終えた。ただし北のもたらす情報をある程度重要視すべきと考えていた提督は「北、続けてくれ。」とホワードを無視し北に意見を促した。

「……。」

 ホワードは彼を睨め付けるが、提督は意にも留めない。

「実は先日、マティアス・トーレス新米少佐の情報について機密解除をうけたのでこの場で共有しておきます、』

「俺か…?」

 唐突に自分の話になったマティアスの方が動く。

「艦長の御話ですよ…!」

 なぜか傍のアリコーンが嬉しそうに呟いた。

『艦娘アリコーンと同時期に現れたこの男。彼が一体何者か、分かりますか?』

「ヒントが少なすぎるクイズは良問とは言えねーぜ。」

 北のクイズ厨は既に皆の知れるところとなっている。天龍も北のそれに付き合い、言葉を返した。

「ハハ、確かに。─── 正解は“潜水艦アリコーン”の艦長。』

 

「「「……⁉︎」」」

 

 一斉に艦娘達の目線が件の2人であるアリコーンとマティアス・トーレスに向けられた。

「…。」

 そんな突然の注目にも全く臆する事なく、超然とした態度と風格とを崩さずただ、自身と傍にいる紫電の少女と自身に向けられた無数の眼球を、寧ろ眺め返すかの様にマティアスはその場に居た。

『彼から聴取した話によれば、彼は以前潜水艦アリコーンの艦長を務めていました───存在しないはずの潜水艦の、です。』

 北の遠隔操作によりプロジェクターにある画像が表示される。

 濃厚なネイビーブルーに包まれた重厚長大な主船体と両翼に張り出したアウトリガー船体から構成されるトリマラン構造を有した、得意な形状の何らか───一同がその存在を何なのかを理解するのに数秒の時間を有した。

「おやあれは…。」

「あら…。」

 一方でアリコーンとマティアスはそれが何なのかを瞬時のうちに理解した。前者は自身を模した図であることを理解して。後者は───

「稚拙な自分の画をみせられるのは少し堪えるな…。」

 苦笑混じりに呟くマティアス───そう、これこそ、マティアスが此処に来た折に放り込まれた尋問部屋で描かされたアリコーンの概略図である。アリコーンの特徴はほぼ全て捉えていたが、10数分程度の突貫で描いたものである為に良く見れば粗雑な部分が目立つ。

「あれ…!艦長が描いてくださったんですか…⁉︎」

「一応な…。」

 少女の様にはしゃぐアリコーン。それを「淑女が人前ではしゃぐものでは無いぞ。」とマティアスは彼女の頭を押さえた。

『これはマティアス・トーレスによって描かれた潜水艦アリコーン、凡その図面です。実際、彼女にこの図面を見てもらったところ、ほぼ間違いないとの事でした。』

「それとこれと、何の関係が…?」

『───つまり彼は戦没前のアリコーンを知っている(・・・・・・・・・・・・・・・)。さらに、アリコーンがただの艦娘では無いことは、最早皆さん周知でしょう。……そして彼とアリコーンの何やら仲睦まじそうな様子(笑)。───彼がアリコーンと共に“この世界”に迷い込んできてしまった存在だとしても、少しは首を縦に触れます。』

 ははは…と、場が若干の笑いに包まれる。明らかに、ホワードとのやり取りによって剣呑なままだった空気を解すための、北の施した方策だった。

「ふふふ……さて、最後だお前たち。」

 パン!と手を叩き、再び緊張感が舞い戻る……数分前と比べれば、それは微々たる元に過ぎなかったが───。

「4人で推敲するには厳しい作戦だと言えるだろう。……だが俺はもう1つ、条件を加えたい。」

「なんだ、また何か無茶振りか〜?」

 背もたれに掛かりながら、ため息混じりにてんりゅうがいう。……提督の無茶振り───正確には彼女らの部隊が特殊なる故に任せられる任務の大概が無茶振りじみた物になってしまっている───はいつもの事ではあった。

 

「出撃艦の帰還率は100%だ…!それ以外の数値だった場合は失敗とみなす‼︎」

 

 ───厳然と言い放つ提督に艦娘達も無言の敬礼で返し、応えとした。

 

 




2/6
加筆修正しました。


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連号作戦 Ⅰ(前)

遅くなってしまい申し訳ありません……
Anchorfead Raid
を聴きながらお読みください


 20XX年

 

 9月26日 13時59分

 

 アリューシャン列島西部 デラロフ諸島沖合

 

 

「……霧を手で掴めそうだぜ。」

 濃霧──────単横陣を敷く僚艦の影すら曖昧なほどに視界を覆うそれらは、まるでその白濁の世界を持った別の生き物の体内を冒険しているかの様な錯覚に陥る。視界に映るのは海面の他にはそうした白濁しか無く、耳から得られる情報も自身らの発する声か、さも無ければ波の音しか無い……というのも、いっそうにその感覚を強くさせる。

 それ程までに彼女らの周囲を囲む濃霧は、視界不良に起因する誤操艦による衝突の危険を孕む一方で敵手たる深海棲艦からの被発見を未然に防ぐという意味で、寧ろ彼女らの味方をしている側である、と言っても過言ではなかった。

 

 先の一言は手を伸ばした天龍が、自身の掌まで霞んでしまう程の濃霧に対する感慨である。

「───3…2…1…いま!作戦開始……!第一次攻撃隊発艦始め……‼︎」

 

 バシューー……!バシューー………‼︎赤城が繰り出す幾本もの矢が濃霧の中に消えてゆき、数秒の後に僅かな灯りが現れる。同時に空気を震わせるエンジンの金属音とレシプロ機特有のプロペラが空気を裂く音──────艦載機の発艦は無事に終えた様である。この濃霧の中で1機の事故もなく発艦を終えたのは、赤城艦載機隊の練度の賜物であろう。

 そして同時に、アリコーンも掌を掲げ、叫んだ。

「攻撃隊前進……!」

 ───ゴオォォォーーン………‼︎

 霧中から耳をつんざく金属音を轟かせながら、(やじり)の如き姿を有した異形の物体が高速で横陣を敷く艦隊を追い抜いてゆく。……それこそ、アリコーンが上空待機、直掩機として発艦させた無人機艦載機───SLUAV(潜水艦発射型無人機)───である。活動行動半径300km、胴体ウェポンベイに4発の汎用ミサイルを有するそれらは、計12機からなる梯陣を形成し、先発した第一次攻撃隊の消えた濃霧を切り裂き、夢幻の如く瞬く間に消えゆく。

『電波管制解除!作戦開始!』

「了解、電波管制解除、取り舵20。最大戦速っ……!」

 ドッ……!期せずして30ノット以上の俊足に達した単横陣は、次の瞬間には鮮やかな一斉回頭の後に槍をも思わせる程に一直線の単縦陣へと移行し、攻撃隊が消えていった霧中へと進攻する。

 先頭から金剛、天龍、アリコーン、赤城……実はこの他に、対潜水艦哨戒の任務に就いている駆逐艦が2隻存在するのだが、今度の突入には参加しない手筈となっている。

『さあ、今回はバイキングと言う事になっている。手当たり次第に好きな品を取れ……マナーは気にするな!』

「YES!……Partyは大好きネー、食べ尽くしちゃうヨー!!」

 口角を上げる金剛……彼女は思う。通信機越しの提督には金剛の表情を推し量ることは無理な筈だが、彼はきっと自分がどんな顔をしているのかきっと手に取るように解っている筈だろう、と。

『ハハ…。』

 その証拠に彼の小さな笑い声が、インカムから鼓膜を震わせた。

「電探感知───目標地形を確認……距離30海里!主砲は零式通常弾装填……!」

 零式通常弾とは、日本海軍での戦艦用榴弾の名称である。有名な三式弾は焼夷弾を撒き散らすのに対し、零式通常弾は破片効果のみで目標を攻撃、破壊する。………本来地上攻撃に効果的なのは此方の零式であるのだが、艦娘達が深海棲艦に対して運用すると何故だか三式弾の方が被害効果が大きい───ヒト型故に破片より焼夷効果の方がダメージが大きいのだろうか───ただし今回は地上施設破壊が目的である。最初に敵地へ放り込むのは零式通常弾で行う、と出撃前から決まっていた。

 

 余談であるが零式通常弾は榴弾、三式弾は榴散弾の類である。

 

「さぁ!今回のMVPはワタシが頂くデース!」

 風を切る擬装……そこに、僅かな霧の切れ目から陽光が射し込み、(つや)やかな光沢を産む。期せずして薄まる濃霧──────必然として、水平線に目指すべき目標デラロフ諸島のウラック島とアマッティグナック島の頂が垣間見える。島の全景が見渡せるほどに近づいた頃には、彼女らを包む濃霧は殆ど晴れていた。

 ───同時に、立ち上る黒煙も彼女らは捉える。

 

 

「……フフン。」

 その光景を見て、アリコーンは鼻で笑う。

 

 それこそ、彼女が先ほど先行させたSLUAVの対地攻撃による第一発目の戦果であった。

 

 

 ~~~~~~

 

 

 9月26日 14時10分

 

 アリューシャン列島西部 デラロフ諸島

 

 

 上空

 

 

 ドンッ……‼︎

「………⁉︎」

 彼女達にとって、破壊はまさしく嵐のように唐突に現れ、そして徹底的にそれは成された。

 

 始まりは、濃霧の向こうから微かに聞こえ始めた金属音だった。

 明らかに人間たちの使う航空機のエンジン音に、深海棲艦は戦闘態勢を整えようとした瞬間、雲海より放たれた銛のごとき物体が超音速のスピードで飛来、空母ヲ級の帽子様の構造物を貫き、爆砕したのである。

 ──────そして、それが発端だった。目視不可能な濃霧の中より、探知不可能な低高度を超音速の速度を持ち突如として現れたミサイル群は、連鎖的な破壊を深海棲艦にもたらした。

 

「…………ッッ!!!!」

 未だ機関に火の灯らない戦艦レ級の側面より突入する4発のミサイル──────レ級の尻尾様の構造体に備えられた砲熕兵器が防空砲火の閃光を瞬かせるが、その何れもが疎らであり、蛇のごとく超低空を這い飛ぶミサイルには威嚇以上の効果はなかった───そして彼女らの相手は、威嚇に屈しない機械の尖兵………!!結果は必然。

 ポップアップ……その瞬間、レ級の持つあらゆる対空手段は自らの敵手を見失った。敵艦の上部構造物を破壊するために直上から突入する手段たるこの機動は同時に、直前での対空砲火回避の意味も兼ねていた。

「ッ……!」

 着弾っ───それに続く閃光、爆発!

 4発のミサイルの威力は、例え戦艦相手であっても十分な破壊をもたらした。主要構造物は粗方損壊し、その戦闘力の過半をあっと言う間に損失した。

 それだけではない。息絶えたように項垂れた尻尾様の構造体は遂には着底、レ級の行動力をも完全に奪い去ったのである。

 今度はその対岸───深海棲艦の造った防空砲台群に向かって、数十発ものミサイルが叩き込まれ、彼女らの防空陣地はその真価を発揮する機会を得られぬがまま永遠の沈黙を強いられた。

 更にその向こう側……かつては防空陣地により厳重に守られていた筈の飛行場姫と北方棲姫の陣地が暴露され、ミサイルを保持していた奇形の群れが殺到し残りのミサイルをウエポンベイから射出する。

 降り注ぐ矢雨のごときミサイル───対空砲火が霧中を彩り、深海棲艦特有の真白い肌を、爆発炎と曳光弾の織り成す輝きが死化粧に仕立て上げた。

 

 そして──────着弾…!!その時、上空に打ち上げられていた殆どすべての銃砲弾が鳴りを潜めた。ミサイルによる破壊を最も受けたのは盛んに対空砲火を打ち上げていた対空砲群で、ミサイルの着弾に続く対空砲の沈黙は、はそれらの機能が一瞬にして奪われたことを意味していた。

 更には、滑走路部分にも複数発の被弾があり、直ぐにも戦闘機を上げることは出来ぬ状況となってしまった。

 

 ───彼女らにとって厄災なことには、この時点においても未だに攻撃機を繰り出した敵艦を発見できておらず、一方的な攻撃を受け続けていることにある。

 鏃のような奇怪な敵は、ただ一撃の反撃も食らうことなく、深海棲艦の防空網を好き勝手破壊した上で、悠々と霧中へ消えてゆく───そしてその霧中より、新たに轟き始めた金属音に深海棲艦は戦慄を覚えた。

 同時に、水平線を隠す霧中に生じた一瞬の明滅には気づくことはなかった。

 

 ヒュウゥゥゥゥ………

 

「「「…!……!?」」」

 飛翔音───ソレは明らかに砲撃によりもたらされたものであり、ソレが聞こえていると言うことは、すべては手遅れなのであった。

 次第に大きくなる飛翔音………爆轟っ!!土煙と火炎を撒き上げた噴火のごとき着弾は半径数十mに渡る範囲に大量の破片を撒き散らし、暴露された対空砲台やソフトターゲットを片っ端から破壊する。

 僅かに生き残っていた対空砲群の息の根が絶えた時、逆ガル翼の翼を持つ濃緑色の機体が幾何学状の編隊を組み通り過ぎてゆく──────

 

 

 ~~~~~~

 

 

 14時21分

 

 アリューシャン列島西部 デラロフ諸島

 アマッティグナック島

 上空

 

『バクゲキチテンマデアトイップン…!』

 爆装形態の流星改改を中心とする第一次攻撃隊の進攻は、もはや止められぬ位置にまで来ていた。島の海岸線はとうに通過し、深海棲艦の断末魔の黒煙が連立する沿岸部も間もなく過ぎようとしている。

 赤城攻撃隊の侵入を支援する形で行われたアリコーンのSLUAVによる対地攻撃と金剛の対地艦砲射撃はその功を奏していた。弾着の数だけ見る間に崩壊してゆく敵陣地群───他の新型戦艦と比してサイズの小さい金剛型の36サンチ砲弾とはいえ、一斉射その投射量は並の爆撃機を遥かに超える。閃光と共に撒き散らされる破片と爆炎に、地上構造物は悉くが破壊されてゆく。

『コウゲキモクヒョウシニン!』

 黒煙の隙間から見えた目標───敵の飛行場姫はすでに満身創痍かに見えた。彼ら攻撃隊の進撃を阻む手段はもはや残されておらず、SLUAVの放ったミサイルの直撃は滑走路にまで及び、機体の発進は容易なものではない───筈だったが。

 

 ……!?

 

 破壊された滑走路より飛び出す様に現れた幾つもの黒点を彼らは見た。

『テッキノリリクヲカクニン…!』

 恐らく機体の燃料を少なくし、重量を軽くした上で無理矢理飛ばしているのだ。その上、爆装していない敵の攻撃機までもが、流星改隊迎撃のために闇雲に出撃してきている……!

 とはいえ、それらの出現した妨害を排する手段を彼らは持ち合わせていた──────急速に高度を下げる流星改とは異なる機体。

 全12機からなる護衛機である烈風11型の編隊が上昇中の敵機に向かって降下を始めたのだ。離陸してきた敵機の数は10機を超え、更に増え始めている。烈風11型が足止めしている間に、早く叩かなければ──────。

 例え攻撃機とはいえ、爆弾を抱えていなければある程度身軽だ。800kg爆弾を積載している流星改にとっては大きな驚異となる。

『バクゲキマデニジュウビョウ!』

 爆弾投下レバーを握る手に力が篭る。

 早く…早く……!

 だがその瞬間にもたらされる戦闘機隊からの凶報───

『ヨンキクグラレタ!チュウイシロッ!!』

「……!」

『───サンカイセヨ!』

 背筋を凍らせるような報告への驚愕と、編隊長の指示が全機の通信回路を巡ったのはほぼ同時………吹き飛ばすかの様に操縦かな桿を右に押し倒し、機体をロールさせる。反転する天地───打っ千切らんばかりの勢いで操縦桿を引き、一気に急降下に入る。彼の列機もそれに続く。

 前下方から突き上げる形で急上昇を繰り出す敵機に対して、前方旋回機銃をもたない流星改は編隊を維持したまま防御する、ということが出来ない。

 よって回避に走るのが普通であるが、彼が行ったのはただの回避でなかった───急降下しながら再びロールし、背面飛行から姿勢をもとに戻す。

 敵機との交差機動をとる───ヘッドオン…!

 流星改の主翼には2丁の20ミリ機銃が装備されている。流星改の機動力を合わせれば、爆弾を抱えていない状況下であったなら敵機との格闘戦を演じて見せようというものであったが、いまは爆弾倉に800kg爆弾を抱えている。このまま爆弾を棄てて逃げに転じるのは許されない。敵前逃亡であるし、味方の攻撃機が危険に晒される。

 但し───ただ味方の盾となってやるわけではなかった。

 敵機との交差前に、彼は爆弾倉を開き、爆弾を投棄してしまう。……それはそれでミッションキルにはなってしまうのだが、彼やその列機が爆弾を棄てても未だに爆弾を抱えた友軍機は数十機存在する。この際やむを得ないだろう。

「カッキ、オレニツイテコイ…!」

『『『リョウカイッ!』』』

 彼の列機も爆弾を投棄し、続いてくる。

 ダイブブレーキ……降下姿勢を安定させ、ゆっくりと敵機との軸線に合わせる。彼我の距離は未だ2000m……お互いの銃撃は届かぬ距離だ、焦らずとも良い───。

 だが数秒と経たずに彼我の距離は1500mを切る。照準器のレティクル内にある敵機の機影は、黒い粒の様なものから、秒を追うごとに有機的なシルエットを従えた輪郭になってゆく。

 深呼吸──────ただその一拍のみで敵機の輪郭は一番小さいレティクルの円形からはみ出すまでに迫っていた。

 距離は800mを切る。

「……!」

 その時、彼は敵機の機首下に明滅を見た。銃撃……!だがそれは予期されたものだったのだ。

 反撃の咆哮───主翼の20ミリ機銃がマズルフラッシュの閃光も鮮やかに銃弾を放つ。

 命中や、ましてや撃墜など端から期待してはいない。威嚇目的である。

 同時に───フラップ展開!!

 ドカン!と叩きつけんばかりの衝撃と共に、機体は急速に速度を失う。同時に、急激な減速とフラップ展開に伴う揚力の増加により、流星改は5t以上にもなる機体とは思えぬほど軽やかに、木の葉が風に煽られるようにフワッと機首を上げる。

 照準機から敵機が消える───同時にダイブブレーキを格納し、スロットルレバーを押し込む。エンジンが悲鳴を上げ、機体を上空へと引っ張ろうとするが、展開されたフラップの空気抵抗もそれに比例して増大し、機体の外皮構造がギシギシと喚く。

 

 バンッ!バンバンッッ!!!!

 

 機体の此処彼処(そこかしこ)に敵機の機銃弾が命中する。背筋が冷たくなり体が竦むのを理性で押さえる。

 傾き始めた景色の中に見える複数の敵戦闘機───黒い有機的なシルエットはもとより、淡く光る目を思わせる構造体、機首下の歯のような物体すらも、彼の網膜に明瞭に映し出される。

 その更に下部で明滅を繰り返す機銃の姿すら視認できる距離───彼は展開したフラップはそのままに、操縦桿を思い切り左に引き倒した。

 フラップによる揚力増大に起因する機首上げと左ロールを同時に行う形──────バレルロール…!

 敵機の射線は外れ、時速800km以上の相対速度ですれ違う。その凄まじい速度に敵機は追随することが出来ず、あっという間に彼とその列機は敵機の真横を通過する。すれ違う瞬間に強烈な空気の壁が強かに機体を打ち、ガクンと機体を揺らすが、それ以上の事はない。

「カッキ、ブジカ⁉︎」

『ブジデス!』『ヒダンナルモシショウナシ!』『モンダイナシ…!』

 よし…!

 なんとか損失気を出さずに済んだ、と思ったその時。

『…テッキガ!』

「チッ……!」

 やはり来たか───!バレルロールを終え、水平飛行に移ったキャノピーから、今は遥か後方にいるはずの敵機を顧みる。鼠色の空の下に穴を開けたような黒い色を湛えた敵機は、その視線の先で180度ロールし、その状態で'機首上げ(ピッチアップ)を繰り出した───スプリットSと言われる空戦機動───スピードはこちらが未だ混ざっているが、あの機動は高度と引き換えに自機の速度を増す。敵機は明らかにこちらの追撃を志向している……!

 空戦をするしかないか……⁉︎でなければ確実に撃墜される!

 操縦桿を引っ掴み、旋回に転じようとした瞬間───

『ウワ…!』

 ドドッ!ドドドドッ!

 後部席からの悲鳴。同時に響く銃声───敵機の加速が速い!既に彼我の射撃の有効範囲にまで敵機は追い縋っていた。後部席の機銃員が銃座にしがみつき、13.2ミリ機銃が火を吹く。

 だが回避機動を繰り返し、上に下に右へ左へと縦横無尽の機動を繰り出す機体に揺られ、効果的な弾幕を形成する事は不可能だ。牽制以上の効果を期待出来ない。次第に迫り来る敵機……。

『サンバンキヒダン!』

「クソッ!」

 火は吹いていないが、時間の問題だ。

 やはり、爆弾を棄てたとはいえ所詮攻撃機で、戦闘機を含む敵機相手に格闘戦を挑もうとは無謀だったか!

 迫り来る死の足音が、高鳴る機銃の射撃音となって近付いてくる───だがその足は目の前で爆砕された。

 

「!?」

 

 上空───まさに目前の流星改4機を仕留めんとしていた同じく4機の敵機の死角から、それらは現れた。嵐の如き勢いで襲来したロケット弾の群。三式一番二八号爆弾の突然の襲撃は敵機にとって最早避けられぬ距離にあった。

 寸前に花開く無数の光───破片を大量に撒き晒し、その中にあった敵機は文字通りバラバラに粉砕されてゆく。

「オォッ!」

 鼠色の曇天から舞い降りる紅。

 赤城の誇る最強のベテラン、紅い塗装を纏った2機の烈風11型が流星改に追い縋っていた敵機のうち2機を、瞬時のうちにスクラップに変える。

 姿勢を崩し、降下に逃げる敵機……だが速度に乗った正に吹き荒れる“烈風”のごとき機体からは逃れられない!

 すぐさま敵機の後ろに張り付き───20ミリ機銃をブッ放す!たちまち火達磨になる敵機。

『───スマナイ、オクレタ。』

「イヤ!タスカッタ…!」

 直掩機である紅い2機の烈風11型は警戒のために高度を取っていたため、対応が遅れてしまったのである。

「リョウキガヒダンシテイル、ワレワレハキトウスル。」

 煙を吐く3番機を守るように残りの流星改が周囲を囲み、母艦への帰投コースを取る。

 その途上、新たな黒煙が多数立ち上るのを彼らは見た。それこそは、残った流星改の水平爆撃による飛行場姫の断末魔の光景であった。

 

 

 ~~~~~~

 

 

 

 同 14時20分

 

 アリューシャン列島西部 デラロフ諸島沖合

 

 

「第一次攻撃隊より入電!…“攻撃効果アリ、飛行場姫ノ無力化ニ成功セリ”!」

 途中、被弾機はあったものの、アリコーンのSLUAVや護衛戦闘機隊の活躍により損失機を出さずに敵に打撃を与えた。滑走路だけでなく、この距離からも見える大規模な黒煙から察するに、燃料弾薬も破壊したのに違いない。

 この意義は大きいといえる。

「ん…攻撃隊より続報……“島ノ北部側ニ新タナ拠点確認”!」

「まだ居んのか…!」

ここにいるのはアリューシャン列島全域に集結している深海棲艦戦力の一部にしか過ぎないはずだが、それでもなおその数は凄まじい勢力を誇っている。彼我の戦力差には、圧倒的なまでの開きがある……!

「敵はどれだけいるんデース?4隻対50隻ってところデスカ?」

「その倍かもですね。」

金剛は冗談のつもりだったが、現実はそれよりも酷い。

『更に北のウラック島にも敵の拠点がある、どんどん高級料理を狙っていけ。マナーは気にする相手じゃないぞ。』

英国式作法(ブリカス・マナー)を教えてやるネ!」

 ゴゴン、と主砲の仰角を上げ砲撃の準備をする。その時、港湾部分から黒煙を吐くレ級が現れるや、一瞬で紫電の閃光に貫かれ胴体を上半と下半に分断かせられ死んだ。

「あ!抜け駆けズルいデス、アリコーンさん!」

「マナーは気にしない…でしょう?コンゴウさん。」

 閃光の出元───アリコーンを見据え、金剛は抗議する。

「む…!」

「それより、コンゴウさんは今し方見つかった敵の拠点を砲撃して下さい。」

「…?」

 私の主砲ではあそこを攻撃できません───アリコーンは説明する。

 彼女のレールガンは確かに大威力、大射程であるが、あまりに低伸性が高すぎるために近距離での曲射に余りにも向いていないのである。彼我の距離は10数km。金剛の主砲の方が遥かに打撃を与え易く、迅速であった。

「Yea!適材適所ってヤツね。それなら任せるデース!」

 腕を捲って見せ、自信満々とばかりに言う。

「別の島の飛行場はどうしますか…私はまだ攻撃隊が帰投してないので再攻撃に時間が…。」

「…。」

 赤城がやや申し訳なさげに言う。それを察した天龍も少しだけ顔を曇らせた。───実際のところは彼女に非はまったくない。誰かに非があるとすれば、それはこの場にいる者達ではなく、敵の大規模な拠点相手にたった4隻で攻略せよと命じた横瀬・ホワードとかいう気に食わない男に帰せられるべきだ。

「問題はありません。」

「「「…?」」」

 そうした揺らついた心情を察したが如く、アリコーンはそう言い放った。さも、既に解決策は為されているかのように……。

 その時、彼女の長大な艤装に動きがあった。甲板と思しき平坦な部分が水平になり、その奥にある流線型を持った構造体から見慣れぬ物体が姿を露にする。

第二次攻撃隊(・・・・・・)発進準備!」

「は⁉︎」

 次の瞬間──────物体は凄まじい轟音と共に、何かに打ち出される様な凄まじい加速を持ってアリコーンより飛び立つ。物体は艦載機だったのだ。それも1機ではない。2機、3機と矢継ぎ早に打ち出される艦載機は数分と経たず12機の菱形の編隊を作り出し、全く想像もつかない様なとんでもないスピードで北上してゆく。

「ウラック島の敵戦力は私の艦載機が叩きますので、皆様安心して戦闘継続をして下さいませ。」

「「「……。」」」 

 声が出ない程驚く、というのを彼女達はこの時実感した。発するべき言葉を、驚声すら見失い、ただ呆然とアリコーンを見つめる。

 

 彼女達の驚天を置き去りに、物体───アリコーンの艦載機であるラファールM───の攻撃編隊は、やがて曇天と霧の織り成す鼠色の空に見えなくなっていた。

 

 

『───横瀬准将、彼女達の件だが……今度こそ“結果”を出せるのかね?』

『お任せください國史海将。連号作戦は順調です。』




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連号作戦 Ⅰ(後)

お待たせして申し訳ありませんでした

Anchorfead Raid
を聴きながらお読みください


 20XX年

 9月26日 14時20分

 アリューシャン列島西部 デラロフ諸島沖合

 

 

『敵沿岸砲、及び姫、鬼クラスが動き出した、注意しろ。』

 SLUAVが空を舞い、立て続けにミサイルを打ち込でいるが、沿岸砲を勤める砲台小鬼ややたら頑丈な姫、鬼クラスには数が十分とは言えなかった。生き残った火力を総動員して、霧中より現れた敵───艦娘隊───へ向かって、しきりに砲撃を仕掛けてくる。

 鏃のようなSLUAVは縦横無尽に敵地上空を乱舞し、相当なプレッシャーを掛け続けているが、その数はアリコーンにとっても十分な数を空中に存在させているとは言えなかった。

 

【挿絵表示】

 

 なにより、SLUAVは小型であることに起因する継戦能力の低さが問題だった。

『戦果が少ないぞ…!目を瞑ってたって砲撃が当たる状況のはずだ。』

「チッ……。」

 横瀬の叱責が飛び、それに不快感を隠さない舌打ちでアリコーンは返した。

『高脅威目標や密集している敵を攻撃していけ。効率よく敵戦力を叩くんだ……砲爆弾も存分にばら撒け…!』

「イエス…!」

 金剛が文字通り砲弾を乱射する。主砲、副砲の区別なく、密集した敵へとにかく砲撃を叩き着けて行く。

 敵の魚雷艇と駆逐艦の群体に向かってミサイルが撃ち込まれ、爆炎の中で血祭りに上げる。SLUAVによる攻撃は確実に戦果を上げていた……だが、いかに高性能といえども、汎用ミサイル4発の携行だけでは如何ともし難い───しかしそれを打開する“力技”をアリコーンは有していた。

「SLUAV第4波、第5波、連続射出!」

 戦場で最も単純で効果的な戦法とは、数の優勢である。数こそが正義、数こそが正攻法。アリコーンはSLUAV単機あたりの継戦能力の低さをSLUAVの絶対数を増やすことで強引に解決したのである。

 続々とUAVラウンチベイより放たれる無人機の群───鏃の様なシルエットを有するSLUAVは艦隊の上空で梯陣を形成し、深海棲艦群に向かって殺到、そしてそれらより放たれたミサイルは雪崩れ込む様に着弾の閃光を瞬かせる。

「……フ。」

 抵抗する術を持たず、無駄に無様に足掻いて死んでゆく深海棲艦を眺め、アリコーンは嗤った。そしてその彼女もただ突っ立っているわけではない。まだ浮かんでいる敵艦───主に装甲の厚い戦艦が多かった───を見つけるや、自慢の200ミリ電磁投射砲(レールガン)を打ち付ける。その都度、瞬時に艦体を吹き飛ばされ敵艦は轟沈してゆく。

 それだけではない。ミサイルを撃ち尽くし手持ち沙汰になった一部のSLUAVを観測機とし、視程外にいる的に対する金剛の弾着観測やアリコーン自身の放つミサイルを中間誘導するなど、その攻勢に間隙はなく、その密度も濃かった。

 

『海将、報告します。現在敵戦力の3割を撃破、行動不能。』

『───殆ど例の“怪物”がやっいている様だが?彼女に頼らないと言う君の作戦だが…… イレギュラーな艦娘は不要・・・そう言えなくては説得力は無い。』 

『……承知しました。』

 

 島全体が黒煙に包まれるほどの攻撃───その破壊の多くがアリコーンとその艦載機たるSLUAVによって為されている物だった。それでも金剛の主砲は敵艦を打ち砕き、赤城の艦載機は敵陣に打撃を与え続けている。天龍も万が一に備えて周囲の警戒を怠ることはない。

「お前ら油断するなよ。帰還率は100%って申し付けだからな!」

「YES!必ず全員生きて帰りマース!」

 帰還率100%は提督の“命令”だ…必ず履行しなければならなかった。

『その通りだ。全員、生きて帰らぬことは許さんぞ。』

 提督もそれを肯定し、改めて命令する。

 そうこうしているうちに、艦隊は島の端あたりまで来ていた。

『各艦、方位2-6-5に回頭せよ…!』

 単縦陣は金剛を先頭として一斉回頭、一転して西進を始める。進路を維持したままウラック島を叩くのではなく、再びアマッティグナック島を攻撃する構えだ。

「あっちにも敵の基地があるが、いいのか?」

 ウラック島を振り返り、天龍が不安げに言うが、それをアリコーンが是正する。

「えぇ、問題はありません。」

 

 

 〜〜〜〜〜〜

 

 

 14時24分

 アリューシャン列島西部 デラロフ諸島沖合

 ウラック島 北方沖合

 

 鼠色の空に遮られ陽光を照り返さない濃灰色にも似た色を湛える海面を、それらは疾風の如くに駆けてゆく。デルタ翼とカナードを組み合わせたクロースカップルドデルタ翼の特徴的な双発機───ラファールM───はまさに今、本日2度目となる“奇襲”を行おうとしていた。

 戦端が開かれ既に30分近くが過ぎようとしている。再びの奇襲など本来望むべくもないが───彼らは違った。

 ラファールMのエアインテークを形成する独特の形状と、BWB(ブレンデットウィングボディ)に起因する曲線を多用した機体はRCS(レーダー反射面積)低下による少なくない低観測性───ステルス性能───を獲得しており、一定以上の距離では敵のレーダは役に立つものでは無くなっている。更には黒を基調としたカラーリングは暗い海面に溶け込むのに適しており、視覚的にもその低観測性は発揮されていた。

 そして巡航時でさえ合計100kn(キロニュートン)の推力を発揮するエンジンと洗練された空気抵抗の少ない機体形状によって得られた高速性───そうした優れた機体性能とカラーリングに裏打ちされた電波的、視覚的ステルス性と迅速な行動力ラファールMにかくも大胆な作戦運用をさせる事を可能としていた………それこそが、戦闘中にも関わらず敢行される第二撃目の奇襲。

 アリコーンを発った12機のラファールMはそのまま北上しウラック島に向かうことをせず、なんと一度反転し南下、大回りの軌道でウラック島の北東まで進出し、敵の背後からの奇襲を画策したのである……ラファールM、その快速とステルス性をもってすればこその戦術だった。

 

『サイシュウヘンシンポイントツウカ──2-2-5ヘシンロヘンコウ。』

『『『了解(コピー)…』』』

 霧中より現れる黒色の機影───それらは4機1グループの編隊を組み、粛々と深海戦艦群へと迫っていた……その内8機の翼下には、機体全長の4割にも達そうかという程の大きさを誇る、重厚長大な“怪物”が懸吊されていた。LACM(長射程巡航ミサイル)───SCALP-EG───というのがその名であり、また用途も表していた。

 敵の手が届かぬ距離から一方的に殴る兵器(スタンドオフ・ウェポン)であるこのLACMは、その射程はもとより1tを超える大柄な弾体によって齎される大型弾頭の破壊力も抜群であり、ただ一撃を貰っただけでも姫、鬼クラスであろうとも無事では済むまい。

 ウラック島には未だ手付かずの敵戦力が多数存在している。それらに確実にこのLACMを打つけるには可能な限り探知を遅らせねばならない。先述した機体のステルス性の他にも、ラファールMの編隊は海面高度10mにも満たぬ低空を亜音速で飛行することにより、そもそもレーダー網からも逃げおおせていた。彼らをの存在を知り、そして迎撃を整えるまでの事を出来るのは、今この現場に存在しない、と言っても良かった。

「……。」

 決して好天とは言えぬ状況───僅かでも操縦をミスすればそのまま海面に激突し木っ端微塵に砕け散ってしまう。時折立ち登る波に洗われるキャノピーも、見る人によってはその度に全身の緊張を強いる……更にはこの超低空に占位してから今現在に至るまで機内を圧する低高度警報も、緊張を煽ったかも知れない。

 それでもこのラファールMに心身を預け、操縦桿を無感動のまま握っていられるのは、ただの己の技量の確かさを自覚し、且つ、己の預かる機体の性能をにも全幅の信頼を寄せているからにほかならなかった。

 

「カッキ、レーダーキドウセヨ。」

 HOTAS概念に基づき設計された操縦桿は、手を離す事なくレーダーの起動や兵装の選択が可能だ。指先に叩き込まれた感覚のみでレーダーを起動させる───ここまでレーダーを起動させなかったのは、レーダー波の逆探知を恐れたためだ───起動。同時に正面のタッチパネルが装いを変え、彼我の位置関係や距離、高度などを数値化し表示する。HUD上にも水平線を埋め尽くさんばかりの目標を示すトラックが表示される。

「…!」

 その中から、10程度の目標がピックアップされた。ミサイルを撃ち尽くし、手持ち無沙汰になったSLUAVをアリコーンが敵地上空に向かわせ、そこから得られた目標データをアリコーン経由のデータリンクによって示し出されたのである。

目標を捉えた(タイドオンスコープ)…!」

 計16発のLACMの標的はデータリンクの機体に搭載されたシステムによって自動的に、瞬間的に割り振られる。この瞬間、LACMは自らの目標を学習し覚え、発射後たとえ目標が移動を開始したとしても自動的にその位置を更新し突っ込んでゆくのだ。

兵装選択(ウェポンセレクション)──巡航(クルーズ)ミサイル……!」

 操縦桿に集中したボタン操作で攻撃兵装を決定……その瞬間、HUD上に2つの菱形が表れた。菱型はピックアップされたトラックへにじり寄る様に接近し、遂にはふたつが重なり合った時、赤色を示した。

 ジーーー………という電子音。それこそが彼らの持つ物騒な荷物が己の標的を見つけ出し、ロックオンした事を示すものであった。

 あとは発射のタイミングを待つのみだ──────

 

『カクキ、ミサイルハッシャ…!』

 

発射(ナウ)!」

 発射ボタンを押したその瞬間。ごんっ…と小さな音がするや機体が僅かに浮き上がるのを覚えた。1発1トンを超えるLACMはそれを解き放つだけで機体が身軽になる感覚を与える。

 海面高度10mよりさらに低い高度を飛んで行くALCM。己の目標を見出し、その目標に向かって殺到するアレらを阻む術はこの先には存在しない。それが意味するものとは、つまり──────

 

 

 〜〜〜〜〜〜

 

 

 14時26分

 アリューシャン列島西部 デラロフ諸島

 ウラック島 北東海岸

 

 慌ただしく蠢く黒塊───深海棲艦の群れは突如として現れた艦娘隊に向かって本格的に行動を始めていた。

 ───その全容を見出だす者がいるとしたなら、息を呑む光景であるに違いなかった。蜂の巣を叩き落としたかの如くに、ウラック島から湧き出る深海棲艦の群れまた群れ───それもただの集団ではない。たった4隻の艦娘のために、姫、鬼クラスの深海棲艦までもが戦列に加わり、まさに物量の壁となり西進を開始していた。

 まさに鉄壁……!とも思える陣容であるが、彼等彼女等の敵手は、それらの知らない場所から、それらの予想だにもしない方法で破壊の魔の手を忍び寄らせていた──────。

 

「……?」

 背筋が一瞬冷たく感じた───常日頃から冷たい深海の中にあって、その様なものを感じることは彼女等にとって稀有だ。だが、だからこそ、その冷たいもの───悪寒───に敏感に反応した。

 その目線の先………

「……!?」

 奇怪───!多角形のシルエットを持ったそいつは、明らかに深海棲艦の知るどの航空機とも掛け離れていた。

 欠片ほどの意思も感じさせぬ無機の物体に、恐怖すら覚え掛けたその時、彼女等は自信のすべきアクションが“そう”ではない事を瞬時に悟る。

 

 攻撃されている───!

 

 そう察した時から次の取るべきアクションをするのに要した時間は僅かに数秒──────発砲!鼠色の空を金色に染める対空砲火……数十の深海棲艦から打ち出される光の群れはさながら空に昇り行く閃光の大瀑布のような光景を連想させた。

 だがしかし、彼女等の敵手である“奇怪なそいつ”───LACM───はそんな子供だまし(・・・・・)に掛かる相手ではなかった。

 データリンクにより送られてくる位置情報と自らのシーカーの赴くままに突入する。その間も、敵が有効打を与えられない超低空をひたすらに飛び続けるのである。

 

「───!!」

 

 豪雨の如く浴びせ掛けられる弾幕に、微塵ほども臆する素振りすら見せぬLACMを見た時、もはや迎撃不可能と察した深海棲艦は回避に傾倒する。

 しかしLACMのシーカーは縦横無尽に揺れ動き回避機動を繰り返す敵を正確に捉え、そして見逃すことは無い。翼を翻し突入してくるLACMの無機な形状が眼前に迫った時、それが彼女達の最後の光景となった。

 

 

 〜〜〜〜〜〜

 

 

 14時30分

 アリューシャン列島西部 デラロフ諸島

 ウラック島 北東海岸 沖合

 

 

「───命中確認(ヒット)!」

 HUDの菱型に近づく丸い光点が重なった時、それは自機の発したミサイルの命中を意味していた。表示される[HIT]の文字───だがそれは数秒のうちに[DESTROYED]に切り替わる。自機や僚機のセンサーが敵状を把握し、目標を破壊したと認識した為だ。

目標破壊(ブレイクナウ)!」

 島の海岸線沿いに幾つも昇る黒煙は亜音速で接近するラファールの中にあって、その光景はよく見えた。

 目標としていた鬼、姫クラスの深海棲艦は初撃のLACMによって全滅し、混乱の最中にある敵中。そこに止めを刺すべく8機の攻撃隊は一度高度を上げる───同時にレーダーが大量の敵の影を捉え、HUD上にグリップとして表示される。

Fox2(短射程ミサイル発射)!」

 バウ!と翼端のミサイルランチャーから汎用ミサイルが飛び出し、1、2秒の後には超音速のスピードを伴い敵へ突進してゆく。それも1発ではない。攻撃担当機の8機からそれぞれ2発、計16発もの汎用ミサイルが打ち出され、更に翼下ハードポイントに残されている汎用ミサイルまでもが火を噴き、己の目標を見出し雨霰の如くに降り注ぐ。

 今回の攻撃に際して、ラファールは翼下ハードポイントに装備する兵装をLACMと増槽の他に、合計3発の汎用ミサイルを追加搭載できる専用のウェポンラックを装備しており、攻撃隊は怒濤のごとき勢いでミサイルを浴びせかけてゆく。

 直上からの攻撃を防ぐ手だては深海棲艦になく、降り注ぐミサイルは次々に駆逐艦や巡洋艦などの装甲の薄い敵艦や空母のような高驚異な目標を狙い叩き潰して行く。

『テッキノリリクヲカクニン、チュウイセヨ…!』

「…!」

 攻撃隊が敵艦隊を血祭りに上げている間に、深海棲艦は僅かに生き残った空母や陸上基地から少なくない戦闘機を繰り出してくる。

『SACS5、ゲイゲキスル!』

 上空───翼端からウェーキを牽いて旋回するラファールM。その翼下には10発以上もの対空ミサイルが鼠色に光沢を放っていた。

 

「───目標を捉えた(タイドオンスコープ)!」

 対空ミサイルを満載した護衛を勤めるラファールMは既に、迎撃に上がった敵戦闘機の動きに対応していた。

 距離を隔てること数キロ以上、ラファールMのレーダーは敵機の影を明瞭なまでに捉え、既にその動き、速度、高度までをも数値化しHUDに表示される───敵機の行動をこちらがほぼ完全なまでに逐一把握できている一方で、敵機は我が方に探知されたことも、ましてやその首元に鋭い刃を突き立てられている事すらも気付いていなかった。

 兵装選択(ウェポンセレクション)を開始、汎用ミサイルより射程の勝る高初速ミサイル、HCAAを選択する。

 HCAAのシーカーは汎用ミサイルのそれより高性能であり、より長く、より早く目標を照準し攻撃することができた。

中射程ミサイル発射(Fox1)!」

 音を置き去りにしレールから解き放たれたミサイルは2発。瞬間的に加速し、シーカーの捉えた目標を逃すことなく瞬く間に距離を詰めてゆく。

 敵機はその直前にまで迫ったミサイルに最後まで気付くことなく、命中を示す光球の中で潰えた。

目標撃墜確認(ターゲット・デストロイド)…!」

 迎撃に上がった筈の敵機は10機以上はいた筈のものが、1分にも満たぬ間に全滅する。攻撃隊の制空機はラファールMが4機であったが、倍以上の差を容易に覆すほどに彼我の性能には圧倒的な開きがある。

敵機更に4機(フォーバンデイッツ)方位(ヘディング)3-1-0,高度2000(FL60)。』

「SACSリーダー,ゲイゲキスル…SACS2,ツヅケ!」

 新たな獲物を見いだした制空機隊───だが、たかが4機相手にラファールMが4機も向かう必要はなかった。隊長機が僚機を引き連れ2機のみで迎え撃つ。

 性能は圧倒的に此方に利がある。さらに2基合計で150kNにもなる推力を叩き出すエンジンは、敵よりも遥かに素早く機隊を高空に押し上げ、完全な高度有利を手にする。

 背面飛行……同時にピッチアップ───急降下で加速するコクピットの中で、エンジンの出力を絞る。

 反転する鼠色の景色の中で、無様にのたうつ敵機をレーダーが捉えトラックとして示した。同時にミサイルの赤外線シーカーは敵機の影を明瞭に捉え、ロックオンする。鼓膜を打つ電子音に続くHUD上で赤く染まった敵機を示すトラックが、それを何より明確に示していた。

Fox2(短射程ミサイル発射)!』

 固体燃料ロケットに点火……!一瞬の間も置かずしてラファールMの翼端から凄まじき勢いで飛び出した矢状のミサイルは瞬きする程の合間には視界から消え、数秒もせぬ内に生じた眼前の僅かな閃光に続くHUD上で表示された[DESTROYED]の文字列となって、その命中を知らせた。銀紙でも散らしたかのように敵機の破片がひらひらと舞い墜ちて行く。

 そんな光景を制空機隊のパイロット達は特な感情もないまま睥睨していた。

『SACS5(ファイブ)ヨリ1(ワン)ヘ,ザンテキヲソウトウスル。エンゴサレタシ…。』

1(ワン),了解した(コピー)。」

 バッ!と翼を翻し横転したまま機首上げをすることで鋭い旋回を繰り出す。少し顔を横に向ければ眼下の悲惨な情景が容易に目についた。

 既に戦局は我が方に傾きつつある─────

 

 

 〜〜〜〜〜〜

 

 

 9月26日 14時33分

 アリューシャン列島西部 デラロフ諸島沖合

 

 

『ウラックトウテキセンリョクニダイダゲキヲアタエルモノナラン…!!』

「うん、いい戦果ですね。」

 データリンクによる情報共有を得るまでもなく、ウラック島から立ち登る黒煙の数々はその下でまさに地獄の如き惨状を容易に想像できようと言うものだ。

 アリコーンが繰り出したSACS隊は12機。うち8機がLACMを積み敵重装甲目標を攻撃し、その成果は彼女の期待した通りだった。当初の目的であった姫、鬼、クラスの深海棲艦の撃破は勿論、汎用ミサイルによる攻撃でも多くの戦果を挙げている様だった。

『よし、その方面の敵は粗方片付いた様だ。島の南面だけでなく、ほかの方面の敵も叩んだ。』

「イエス!」

 溌剌として返答する金剛。それに合わせて36サンチ砲をブッ放し、敵艦を情的に屠る。

『金剛、張り切ってくれるのは良いが、無理はするな?全ての皿を平らげる必要はないからな…それに弾薬が心許なくなったなら補給も活用法するんだぞ。』

 

「YES!ノープロブレムデス!」

「その通り、問題はありません。」

 アリコーン、金剛の織り成す砲弾幕は極めて濃密で、かつ効果的だった。曲射の出来る金剛が主砲、副砲火力で深海棲艦を砲撃し、低伸性の非常に高いレールガンを持つアリコーンは直接敵戦艦などの重装甲目標を狙い撃ちにし、その都度敵は胴体に巨大な風穴を打ち開けられる事を余儀なくされ、次の時には絶命するのである。

向こう(ウラック島)は私の艦載機だけでも、お腹5分と言ったところですかね。まだまだ、私もSACS隊の皆んなも頑張れますよ。」

 余裕綽々、と言わんばかりにアリコーンは語った。

 その時、通信が割って入る。

『こちら伊201。敵重要目標への攻撃を要請する───目標、敵船渠施設 船渠棲姫。座標を送る。』

『全艦、潜伏斥候からの情報をデータリンクした。攻撃可能なら撃破せよ。』

「船渠棲姫…?」

 あまり見ない艦種だ。金剛ですら正直、どんな容姿だったかすら曖昧であった。データリンクによりおおよそ何処にいるかは分かるが、敵との交戦の最中にそんな物を探す余裕が「あ。」

 

 目があった。

 目前のアマッティグナック島の東端、小さい半島の様に迫り出した陸の上で、縮こまって動かない深海棲艦の影を複数認めたのである。

「…ファイア!」

 無抵抗とならざるを得ない敵を叩くのは正直乗り気にはなれなかったが、深海棲艦は深海棲艦、敵は敵。容赦をする必要も憐憫をかける情も持ち合わせていなかったし、持ち合わせる必要もなかった。

 着弾───!

 ドドド……!遠雷の如き弾着音が数秒遅れて轟き、爆炎と土煙の中で敵の船渠施設は崩壊してゆく。

『目標の破壊を確認。船渠棲姫の死で深海棲艦の洋上戦力はキレ味を失うだろう。』

 

 伊201は今次作戦にあたり、数の少ない突入艦隊の負担を少しでも減らすべく敵情に探りをいれ、その弱点や戦術、戦略上重要な攻撃点を探しだし、それを知らせる任務を帯びていた───日本海軍系艦娘でも随一の水中能力を持った彼女だからこそ、白羽の矢が立った任務と言える。

 そんな彼女にアリコーンは弟子を諭す様な口ぶりで笑いかけた。

 

「フフフ……201(フオイ)。頑張っているわね?」

 

 実は彼女、伊201は日本随一の性能を誇る潜水艦娘としての自覚と自信から男勝りな性格があり、それに起因した何処か気取った喋り口も彼女の特徴だった。

『───ネ、姐さん(・・・)……や、やははは姐さん程じゃないッスよ……。』

 ───一方で、単純に潜水艦としての性能に隔絶した開きがあるアリコーンに対しては、「姐さん」などと呼び慕っている。そしてアリコーン自身も、その事を大して咎めるわけでもなく、むしろ好意的に受け取っている。

 そんな弟子分の伊201を良くも悪くも気にかけてやっている彼女は、自身に吹きかけられた任務を遂行できている伊201を少しだけ注意する。

「成果は及第点ね。でも今のは私の話を聞くまでもなく通信を切る(シャットアウト)するべきでしたよ────解ったわね?」

 隠匿性こそが最大の武器である潜水艦が自らの位置を暴露しかねない長時間の通信は自殺行為と言って良かった。如何に水中での静粛性に優れているといえど、一度見つかってしまえば簡単に逃れる事は出来ないのである───彼女自身そうだった様に───。

『ウ、ウス…。』

「通信っ。」

『───』

 伊201は一言も発さなくなった。

「しかし数が多いですね…。」

 艦載機の着艦を終えた赤城が、そう言いながらも新たな攻撃隊を出すべく弓矢を構える。

『だが確認出来る敵戦力の5割を撃破している。その調子で続けてくれ!』

「YES!任せてクダサーイ!」

「───動く敵がいます。彼方をやってしまいましょう!」

 ドシュ!……弾かれる様に飛び出した炎の矢が次第に輪郭を帯び、流星改の機影となって顕れる。先程と同じく爆装した流星改だ───だがただの爆装機ではない。一部の機体が徹甲爆弾を搭載し、生き残っている敵艦艇にすらその爆撃の牙を剥こうとしている。

「では私もそう致しましょう。」

 赤城に続きアリコーンも更なる艦載機を繰り出し、ジェット機特有の圧倒的な加速性を以て赤城の攻撃隊をあっという間に追い越してしまう。

『───こちら伊201、敵重要目標の攻撃を要請する。座標を送る。』

「次は何処デース?」

「…あそこですね。」

 伊201の示した次なる目標……をアリコーンは指差した。その先には───岩塊。

 岩を狙えと言うのか───?と、そんな事を思うほど彼女等は単純な思考回路を持ち合わせてはいない。

 恐らく、地下施設の類いだ。標的を岩塊や土壌に隠蔽している。

「あれはちょっとやりきれないですね…。」

 戦艦の徹甲弾や、その戦艦の装甲帯をぶち抜くべく造られた対艦用の徹甲爆弾ですら、貫徹は不可能だろう。

「いや…?」

 だがアリコーンは未だ早いと思っていた。何故ならその直上───鼠色の雲間から現れた先鋭的な黒塊が凄まじき速度を有して現れたからである。

「「「……!?」」」

 それを目撃したアリコーン以外の艦娘達は驚きに目を剥いた………いつの間にあんな場所へ!?

 一方で、当のアリコーンかその事実を簡単に受け止められたかというとそうではなかった。彼女は彼女の知る範疇の中で驚愕した。それは彼女の艦載機ラファールMが既に敵直上を陣取っていることではなく、その機が直角にも近い急角度を以て一直線に降下していたことにある。

 

 加速のすさまじいジェット機の降下は大変な危険を伴う───特に低空───ため、たとえ無誘導爆弾による攻撃を企図していたとしても降下することによる命中精度向上の策は弄さない。

 更に…更にである。ラファールMの咆哮と機尾から伸びる青白い光は、明らかにアフターバーナーの使用による大胆な加速を意味していた。一瞬でも機首の引き起こしを間違えれば機体は空中分解するか、はたまた地面に激突するか───である。

 それなのに……彼は何をやっているのか!?

 単純な疑問がアリコーンの目すらもそのラファールMに釘付けにした。

 重力による自由落下よりも遥かに加速する機体を駆り、音をも超える。

 胴体が振動し、主翼が軋み悲鳴を上げる。

「……あ!」

 アリコーンが声を上げた瞬間。ラファールMから黒塊が放たれる───それはLACM…!

 かの如き体勢から重量のあるミサイルを放つなどまともでは無い。それも音速突破しながらに……!ただでさえ巨大たるを誇るLACMをそんな風に放り込めば──────

 

 ドォンッ………‼︎‼︎

 

「……‼︎」

 着弾から数刻遅れて立ち上った土煙の混じった火柱は、LACMの弾体が地中を貫通しその内部を破壊せしめた事を意味している。

『───オォッスゲェ…!……あ、いや………目標の破壊を確認。潜水艦基地の破壊によってこの海域における我が行動の脅威も減る。』

 明らかに一瞬だけ別人のように声を高くし、一瞬の停止の後に普段の彼女の喋り口に戻った。

「……相変わらずね。」

 まだ顔を合わせて数日の仲でしかなかったが、同じ潜水艦種であるからか、はたまたアリコーンの人(艦娘?)心掌握が長けるからなのかは分からないが、伊201はよくアリコーンに懐いているしアリコーンは伊201を把握していた。

 彼女たちの間に、師弟にも似た関係が僅かな期間の内に作られていたのである。

「デモ、201(フオイ)チャンの物腰が柔らかくなったの、アリコーンサンのおかげネ。」

『その通りだ。無事全員帰ったら、また世話でもしてやってくれ、アリコーン。』

「そうですね───ま、考えておきましょう。」

『…作戦中の私語は厳禁だ。場合によっては処罰する。』

「……。」

 喧しい奴だ……それを言葉にするまでもなく、沈黙を以って横瀬の通信に返す。 余り発信こそしないが、今次の作戦も彼女の敬愛するマティアス・トーレス艦長は臨席している。醜態を見せる訳にはいけないのに、いちいち癪に触る横瀬がうざったかった。

 そんな鬱陶しい存在を忘れるべく、彼女は戦闘に意識を戻す。

「お手柄よ、ルイス・バルビエーリ中尉。」

『ウス…!』

 先程の自殺的勢いで運動エネルギーの暴力で貫通力を持たせ、地中の潜水艦基地にバンカーバスター(地中貫通爆弾)よろしくミサイルを放り込んだ機体のパイロットを褒めた。彼───ルイス・バルビエーリ───は精鋭揃いのSACS隊の中でも練度の高い部類に入る。機体の良し悪しだけでなく、それを駆るパイロットも重要だと言う事を今更ながらに再認識する。

『……ん?全員注意しろ。南東より高速機接近、数1。』

「1機だけ…?」

「気をつけろ、何かある。」

 

 ───キイイィィィィィィ………‼︎

 

 接近するエンジン音───エンジン音⁉︎

 深海棲艦にそんな物あっただろうか…?しかもこの音は……‼︎

(ジェット機…⁉︎)

 バッ!と鑑みた先───雲間の中に1機だけ、明らかに他と異なるフォルムを持つ機体を見つける。深海棲艦特有の勇気的なシルエットを持ちつつ、よりラファールMの様に空力的に洗練された機影───それもただ見た目が洗練されているわけでは無い。これまで見てきた深海棲艦戦闘機よりも遥かに高い機動力を有しているのは、その敵機の常軌を逸した機動を見れば一目で明らかだった。

 赤城の戦闘機、精鋭の烈風11型ですらも相手にならないほどであろう。では何故敵はアレほどの高性能機を単機で送り出してきたのか───?

「……っ⁉︎」

 その瞬間─── アリコーンは目を剥いた。

「あれは……‼︎」

彼女は─── 否、彼女達は───あの機体を知っている。アレは、前回の作戦の折に核弾頭を持って逃走を図った機体と同じ………‼︎

『敵機から離れろ!終末誘導している(・・・・・・・・)‼︎』

「艦長⁉︎」「デモ───」「敵に尻向けろってのか⁉︎」「回避…⁉︎」

『良い!散れっ!』

 

 最初のマティアスの叫ぶ様な指示にアリコーンは驚きを隠さなかったが、それよりも前に身体がマティアスの命令に反応し、跳ねる様に全速で移動を開始していた。

 一歩遅れた提督の命令に他の艦娘も反応して各々別の方向へ全速で散開する。

「うおッ……こっちにくるぞ!」

 敵機は鋭い旋回を放ったあと、天龍に向かって凄まじい速度で迫ってきた。

 ドンドンドンッッ…!!

 連装の12.7cm高角砲が弾幕を形成し、敵機の行方を阻まんとするが、そのあまりの高速性に全く追随出来ず敵機の後ろに虚しく炸裂の花を咲かせる。

「テンリュウさんっ…!」

 アリコーンのVLSが煌めく先、陽光にも似た輝きが鼠色の上空へ打ち出され、黄金色に照らし出す。輝きはミサイルの影を伴い、意思を持った矢の如く敵機との距離を急速に縮めてゆく───最早回避は叶わぬ距離!

 アリコーンが撃墜を確信した瞬間───それは起こった。

「……何だと⁉︎」

 驚愕!それに続く動揺───それはアリコーンが感じた事ない類の心情だった。

 命中……それが既成のものとなる寸前に、敵機は光球と糸屑のような金属片を無数に撒き散らし、更にそれまでの深海棲艦戦闘機からは考えられない様な急加速とそれに伴う高機動を以ってアリコーンのミサイルを回避したのだ!光球に突っ込み爆発するミサイル……。

(フレア!チャフ⁉︎)

 前者は赤外線誘導、後者はレーダー誘導のミサイルから逃れるための方策で、アリコーンの放ったミサイルは突然現れた高赤外線放出目標を敵機と誤認し、そのまま突っ込んで爆ぜたのである。それ自身は驚きではなかった。問題なのは──────それらは深海棲艦が持ち得るはずのない物(・・・・・・・・・・・・・・・)であるはずなのである。

 何故、彼らがそれを───⁉︎

 

 だが驚愕を解決する手段は遂に訪れる事はなかった。

『───高速飛翔体接近!航空機じゃないぞこれは⁉︎』

「飛翔体⁉︎」「こいつはどう言う事だ…⁉︎」「何……!」

 

『天龍っ、来るぞッ───』

「くそッ───」

 

 

 網膜に差し込む眩い閃光───黒い海を照らす爆炎──耳を鼓膜を(つんざ)く轟音ッ‼︎‼︎

 

 ドドドドドドドドッ………!!!!!

 

「───ッ⁉︎」

 

 軽巡天龍の姿は突如として生じた大量の水中と爆発の輝きの中に消えた。




投稿遅れてしまいごめんなさい…
感想、好評価よろしくお願いいたします


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連号作戦Ⅱ(前)

お待たせいたしました!
ノロノロやってる間に伊201の妹である伊203が艦これに実装されてしまいましたね。
描きます(遺言)

Anchorfead Raid
を聴きながらお読みください



 20XX年

 9月26日 14時35分

 アリューシャン列島西部 デラロフ諸島沖合

 

「───‼︎」

 怒涛の如き勢いで炸裂する砲撃!まるで無数の砲門から同時に弾着されたかの様な大量の炸裂は、軽巡洋艦天龍をその光と炎の渦中に一瞬にして呑み込んだ。

「しまった…!」「テンリュウっ!!」「天龍さんッ!!」

 ドドドド……着弾の衝撃で打ち上がった海水が滝のように落ちてゆき、飛沫が霧のように視界を遮る。

 靄がかった視界の中に消えた天龍……金剛らの呼び掛けにも応じる気配はない。まさか────?

 

「ッくそァ!喰らった…!!」

 

「……!」

 張り上げた声が通信機越しに鼓膜を打ち、それは天龍の無事なることを示していた──────否、無事と言うには彼女の損害は大きく、そのショックもまた無視し得ないものではあった。

 天龍の損害は中破相当。最低限度は防御力のある巡洋艦なればこそ沈没は免れたものの、駆逐艦であれば危ないところであっただろう。

 そして何より、奇襲──────それを仕掛けたのは明らかに此方側であったのに、今は間違いなく此方が奇襲を受けた側となっている!

 攻撃は───何処から……!?

 ───アリコーンですら、それを図りかねていた。文字通り唐突の攻撃……それも一瞬!

自艦そのものはたいした索敵能力を有してはいないが、艦載機とのデータリンクによって相応の状況察知能力を持っている。事実、艦載機たるラファールMのレーダは100kmを優に超える探知距離を誇っており、SLUAVもまた低からぬ探知能力によってアリコーンの目として大いに機能する。

 その重厚な探知網に間隙などあろうはずがない───それは怠慢でも油断もなく、純然たる“事実”であり、全く変えようの無い事柄であった。

『恐らく、レールキャノンだ……!』

「えっ……⁉︎」

 マティアスの呻きにも似た言葉を、彼女は一文字も聞き逃さなかった。レールキャノン…!それは彼女───アリコーン───にのみ装備されている筈の、文字通り唯一無二の存在の筈……!

 

『更に1機、アンノウンターゲット飛来!また来るのか……⁉︎』

『アリコーン!堕とせッ!』

「はい……‼︎」

 

 飛来した機体───今度もやはり、アリコーンの艦載機たちになんら劣らぬポテンシャルを有している様だった。とは言え、アリコーンが取れる対処は先程と変わるところはない………SAMを放ち敵にぶつける事である。──────それ以外があるとすれば、それはアリコーンが直接手を下すことの出来ぬことであった。

 

「SLUAV発艦…!」

 ドシュ…!───勢いよく放たれた鏃の如き奇形の数は8機。加速のついた機体はぐんぐんと上昇し、僅かな間に敵機と同高度にまで達しようかという勢いだ。

 しかしそれを予期したものか、下方より突き上げてくるSLUAVに機種を向け、加速してくる。

 ミサイル……!SLUAVの腹から放たれた矢状が正確に射られた弓矢の様に敵機へ突貫する。編隊の先頭を務める機体が敵機をシーカーに捉え、ロックオン。2発の短射程ミサイルを連続してウェポンベイより撃ち放ったのだ。

 相対する正面からの発射、それも近距離の───もはや外しようは無いし、また躱しようは無いはずだった。

 ……だが次の瞬間、アリコーンが見たものは爆散する敵機ではなく、チャフとフレアを焚き高機動を以ってミサイルを回避する敵機と、その敵機の放ったミサイルで吹(・・・・・・・・・・・・・・)き飛ぶ(・・・)SLUAV(・・・・・)だった(・・・)

「───馬鹿な…⁉︎」

 驚愕‼︎…それを孕んだ絞り出した様な声の後にも先にも、アリコーンは出すべき言葉を失った。

 彼女の驚愕を他所に悠々と翼を翻す敵機。SLUAVの追撃をチャフ、フレアで欺き巧みな機動で翻弄する───その先には損傷激しい天龍!

「テンリュウさん!退避を…‼︎」

「チッ───くそ、分かった…!」

 一瞬の逡巡を臭わせるが、天龍はすぐに取って返し最大戦速で回避を行う。彼女は顔を合わせて数日と立っていないアリコーンに指示されることに若干癪ではあったものの、どうにも今回の戦闘に関してはアリコーンの指示に従っておいた方が良い、という事ぐらいは天龍は弁えていた。

 もし敵が先程の攻撃をしてくるのならば、その指向する相手は間違い無く天龍だ。再度の直撃あれば耐えられない。

「いけッ…!」

 アリコーンの焦燥混じりの声と共に打ち出されたミサイルは3発。VLSより眩い輝きを纏い吐き出されるや、白い弧を描き飛んでゆく───しかもただ3発を乱れ打ちにしたわけではない。ミサイルは数秒の間隔を空けて発射されており、1発目を躱しても2発目が、それを躱してもまた更に───といったように間隙なく攻撃するのである。接近するミサイルに対し、回避機動を取り始める敵機……!

 

 1発目──────チャフとフレアに撒かれ、チャフに乱反射したレーダー波によって近接信管が作動し爆発する。

 

 2発目──────急降下に転じた敵機の背後を食いつく様に追い迫るミサイル!だがすんでの所で急転回した敵機……追い縋るミサイル───だったが、そこには海面ッ!水柱を立てて矢状は果てる。

 

 3発目──────だったが、その前にSLUAVもまたウェポンベイよりミサイルを放った。しかしミサイルの赤外線シーカーは雲中に突っ込んだ敵機の姿を見失う。敵機は雲中に突っ込んだと同時にエンジン推力を大幅に絞り、赤外線の放出を極限にまで限定したのだ。そして、その結果としてシーカーが敵機を再び敵機を捉えることは終ぞなかった。

 雲中より離脱した敵機は悠々と天龍との距離を詰めてゆく。

 

 だが──────アリコーンの放った3発目のミサイルが遂に敵機を捉える。エンジン推力を絞った事によるエネルギーロスが致命的であった。速度を喪った航空機に、超音速で迫るミサイルを避けられる道理は無い!──────近接信管を作動させるまでもなく……直撃!

 爆砕される敵機──────よし!という安堵を覚えた瞬間!

 

 ドドドォォ………!!

 

「うわ……!」

 天龍よりやや離れた、数百メートルの位置で巨大な火球が鱗の様に重なり現れる。空気が震え光芒が周辺を包み込んだ。煙が晴れ、煤まみれの天龍が姿を表す。直撃は避け得た……しかし、此方の予想を超えて爆発の範囲は広く、その威力も大きかった。

『天龍大破、戦闘続行困難……!』

 

「ぐぅ───クソが……!」

 傾斜激しく、黒煙を吐き炎をも撒き散らしながら満身創痍の体勢で現れる天龍……仰角を上げた高角砲は拉げ、檣楼は中ほどから折れ曲がっている。

 

「今のは……!」

『砲弾が自爆したのか!』

 アリコーンの声に反応する様に、マティアスが叫んだ。同時に、これは対処できない、とも……。

 

 

 〜〜〜〜〜〜

 

 14時40分

 日本国 戦略機動打撃艦隊 

 某島鎮守府 

 艦娘寮兼司令部施設 地下1階

 統括作戦指揮室

 

 

 モニターに囲まれた室内が喧騒と混乱に包まれて久しかった。

 作戦開始と同時に此方の奇襲という形で発起した今回の戦闘は、ここに至るまで常に艦娘達の優勢という形で推移しそれは最早規定のものかに思われた──────それは楽観や希望的観測から来る“油断”ではなく、アリコーンの予想外の活躍(蹂躙?)やそれに触発された艦娘たちの数的劣性をものともしない奮闘によって得られた形勢は、覆しようの無い迄になっており、そうした優勢に形作られた“確信”にも似たものであったのだ。

 そして宜しくないことには、その確信を打ち砕いた敵を彼は電子的にも物理的にも見出だしてはいなかった───だが敵とは!?それすら彼らは図りかねていた───恐らくは深海棲艦である事以外、何も分かってはいない。

 だがそうした指揮室の中を占める一角に、周囲とは違う反応───具体的に言えば何か解ったかの様な───をした男が居た。

 男は叫ぶ。

「提督、あれは恐らく超長射程砲(スーパーガン)の類いによるアウトレンジ攻撃だ!発射位置を特定しないことには対処のしようがないぞ……!」

「視程外からのアウトレンジ砲撃……!?」

 男───マティアス・トーレス───の提言は、その意味を理解する者にとっては悪魔の警告に聴こえたかも知れなかった。即ちそれは、反撃の機会無く一方的に殴られ続ける事を意味する。

「アリコーン!敵の戦闘機だ。弾着前に爆発したのは恐らく誘導機が墜とされたからだ……先程の戦闘機と同じものが戦域に侵入してきたら、最優先で撃墜せよ……!!」

『わ、分かりました…!』

 マティアスとアリコーンの間で一連のやりとりがあった一方、提督も今すべき判断を下していた。

「天龍、退避だ。戦線から離脱しろ…!」

『はあ゛ッ⁉︎』

 明らかにブチ切れた声。そしてこの後「俺を前線から下げるな!死ぬまで戦わせろッ‼︎」という悲壮と哀願の籠った叫声が飛んで来るまでがセットである。

「黙れ!貴様を喪える余裕は我々にはない…!」

 叱責!天龍のプライドと自責───それをどうにかするには、こうして正面からガツンと言ってやらねばどうすることも出来ない事を、彼女らを長く預かる若き指揮官は知っていた。

『仲間が戦ってんのに……くそッ!』

 声色は苦しく、重々しい。損害による痛感に耐えているだろう事を踏まえても尚、鉛のごとき響きを伴っていた。

「砲弾を探知し次第爆発予想範囲は転送出来るから、他の者達の心配をすることはないぞ。」

『……。』

 先程の叱責から転じて諭すような口調。“やっかいな性格”持ちである艦娘を制御するのも彼の仕事であった。天龍もそうした艦娘の一人だ。

「…分かったな。それに帰還率は100%なのだ。お前が帰ってこなかったら、俺は嘘つきになってしまう。」

 ───ズルいぜ、それ───通信機越しに聞こえた天龍の呟くような声色は、先刻とは打って変わって理解と懇意が存在するものだった。

『了解、撤退する……。』

 渋々、といった気も抜けないではないが、兎も角も天龍を示す輝点は戦線からの離脱を始めている。

『残りは私達で片付けるデス!』『…あぁ、頼んだぞ。』

「アリコーン、上空を注視しつつ、テンリュウの退避を援護せよ。」

『了解です艦長。』

 ……そうは言いつつも、その実この段階で見るべき脅威はさして存在しなかった。両島の洋上、地上戦力はそのいずれもアリコーンを始めとする艦娘達の、勇猛果敢、獅子奮迅とでも形容すべき大活躍により粗方掃滅されており、今やアリコーンのSLUAVがそのウェポンベイに“余った”ミサイルをポツポツと生き残っている深海棲艦を見つけては打ち出し、血祭りに上げている状態だ。恐らくは敵の重要拠点が幾つか生き延びているであろうが、それらも遠からず伊201によって白日の下に曝され、破壊の憂き目に逢うだろう。

 現段階において、それらしい驚異とは先程の奇襲と、それをもたらした新型の敵戦闘機ぐらいであろう。

「天龍の進路1-5-0、速力15ノット……まもなく戦域外へ離脱します。」

 嘆息……損傷艦を離脱させることによる一時的な戦力の低下よりも、艦娘を留まらせ、万が一にも沈没してしまった場合に起こり得る永続的な戦力の低下を何より危惧する提督には、今の報告が何よりも安堵できるものだったのだ。

 ホワードの発した「作戦中に気を抜くなうつけが」という雑言も、今の彼にとっては大した事ではなかった。………とはいえ、そうした安堵は次の一報により霞のように消え失せる──────

「───警告、方位1-5-0より敵艦影多数現る!」「敵は戦艦以下20隻以上……!」

『無傷の敵と戦う!?今から…!』

 天龍の退避を知らせる吉報の直後に告げられたそれは凶報──────しかし、それを受け止める者にとっての反応はそれそれであった。

「よし…!」

「……!?」

「……。」

 拳を握り嬉々とした態度を隠そうともしないホワードに対し、そのホワードの反応を見て唖然とする提督、顔色一つ変えずに報告に耳を傾け、ホワードらのやり取りを見るマティアス。

 各々の思惑をよそに、戦場は新たな局面へと転換する──────

 

 

 ~~~~~

 

 

 14時59分

 アリューシャン列島沖合 数百キロ

 米加連合艦隊 CTF-200(第200合同任務部隊)

 

 北半球である日本では未だ残暑がどうとか未だ言われる時期であっただろうが、比較的高緯度に属するこの地域にそんなものは存在しなかった。裂くような鋭い、冷たい風が、見張り所にあって周囲に監視の目を行き渡らせる見張り員や、切り立った波間を掻き分けて前進する艦娘達の肌を痛めつける──────くしゅんっ、と誰かがくしゃみをするが、それは波浪と強風の中に掻き消される。

 アメリカ海軍、カナダ海軍、さらにその隷下にある娘多数によって構成されるCTF-200(第200合同任務部隊)は、北アメリカ本土より出撃し太平洋上で合流したアメリカ海軍第3艦隊とカナダ海軍大平洋海上軍によって構成されていた。第3艦隊と共にアメリカ太平洋艦隊主力の一翼を担う第7艦隊は、同じ作戦目標にその舳先を向けつつも、別の方角、部隊───海上自衛隊2個護衛隊群及び隷下艦娘隊───とともに北上を続けていた。目指すは、ベーリング海、オホーツク海を抜けた先にある北極海。彼らの他にも、ロシア大平洋艦隊がウラジオストク港より全力出撃し日本海を抜け進行を続けている。

『ゼロアワーまであと、5…4………1…作戦開始いま!』『艦娘隊散会開始───』

 

 精緻を極める艦隊運動ののちに現れた陣形は……輪形陣。有人艦艇を艦隊中心に配置し、その周囲を対深海棲艦に威力を発揮する艦娘隊、際外縁に弾除け兼先遣艦としての役割を持つ無人艦艇を置いた陣形である。

「壮観ですな。」「まったくだ───これだけの数、規模。まさに砦が海を渡っている様なもの。」

 艦隊はこの決戦における勝利を確信していた──────たとえ深海棲艦相手であっても、適切な操艦と最適な戦闘手順を違えなければ、従来兵器でも十分に戦闘可能──────それが今の各国海軍の普遍的な考えであり、これまでの戦闘経験から得られた基本原則だった。艦娘と比して特に水上探知に秀でおり、単純な人の目(アイボールセンサー)の数でも勝る従来型の有人艦は部隊の目となることで、艦娘登場以来もその価値を堅持し続けていた。

 その上、この数………!有人艦だけで数十隻を数え、無人艦や艦娘を加えればその数はさらに増える。

 そして、艦隊が勝利を確信する要素は他にもあった───遡る数分前、今次作戦の前段階として行われている陽動作戦が功を奏し、その地域の深海棲艦の撃破は勿論のこと、少なくない数の深海棲艦がその海域へ足を運んでいるのが確定となったのを、その作戦に当たっている横瀬・ホワード准将から知らされたのだった。

 しかもその戦果は精鋭とはいえ少数の艦娘によって成されていると言うから驚きだ───艦娘だけが深海棲艦と有効に戦える戦力では無いと言う彼の論拠を挫く結果であるそうだが───艦隊にも、我々も負けていられぬ、と言う高い士気が漲っているのを感じるのに、さほど時間は掛からなかった。

 元より必勝を期して出撃しただけに、敵が此方の陽動に引っ掛かり相対的な戦力比が此方の有利に傾いたことが、彼らに心的な余裕を持たせる。

 

 山脈の様に荒れる波間──────人の目には大きく波立つ海や、好天とは言えぬ鼠色の空が視界いっぱいに映り、その情景は静寂とは程遠いものであったが、艦の有する電子の目には外の情景からは予想もつかないほどの静かさを示しており、CICを多くを占める巨大なスクリーン上に表される輝点はいずれも味方を示すものだった。

 

 静けさを保つ電子の海──────に、投げかけられる波紋────

 

「……?」

 輝点───Unknown(不明目標)を示す反応がスクーリーンの一角に表れ、そして消えた。誤探知……?NOだ。それは無いだろう。不明機ならば、味方機の可能性は───NOだ。何故なら探知後再びロストしたと言うことは、目標が此方の探知域から逃れようとしている証拠……!

 敵襲───⁉︎それを判断し、オペレーターが報告を叫ぶのに1秒を要さなかった。

『方位1-9-5にアンノウンターゲットあり!警戒せよ……!』『こちらキーパー、南西にアンノウンターゲット探知───レンジ20マイル、数4。高度30の低空…速い。』

 報告と同時、上空を警戒していたAEW(早期警戒機)のE-2D アドバンスドホークアイのレーダーもおそらく同一のものを探知したことを告げる。

 それはデータリンクにより直ちに艦隊全ての知るところとなり、艦娘隊にもその事実は知らされる。

 探知距離からして深海棲艦と見て間違いない。艦隊司令官は直ちに艦娘隊直掩の戦闘機隊に迎撃を支持し、命令を受けた友軍戦闘機は進路を変え、敵機を迎撃する。

 迎撃機……パンケーキにも似た、戦闘機としてはあまりに奇異な機影───XF5U───はその見てくれこそ“アレ”だが、優秀な戦闘機としてその地位を確立していた。

 通常の航空機とはかけ離れたその機体形状は、その実航空機にあるまじき頑強さと、あらゆる速度域での優秀な空力性能をもたらし、それを大馬力エンジン2基で振り回すものであるからこの機体の戦闘機としての優秀さは折紙付きというものであった。

 その上、安定した機体性能に加え強力な12.7ミリ重機関銃を当てやすい機首に集中配置しているため、扱いやすい機体としても完成されている。

迎撃機(インターセプター)、ポジションに付いた───』『───Hey!コチラSaratoga…私の艦載機の調子は如何?』『君と同じく、元気だよ。』『あら……ふふふ。』

 陽動の成功、戦力の充実、それらに裏付けられた自信──────そうした要素が、たわいのない会話が交わる空間を許容していたし、ある意味、そうある事を望む者も多かった───これが最後ではない確証など無いのだから───

 そして、その“確証”は現実のものとなろうとしていた………端緒は、悲鳴にも似たCICオペレーターの報告──────

『───方位(ヘディング)1-9-5にコンタクト……速い───⁉︎速度500ノットオーバー!接触まで間も無い……‼︎』

『インターセプターは…⁉︎』『既に攻撃体制…!』『こちら左ウィング!インターセプターが───!』

 

 

 ~~~~~

 

 

 15時05分

 CTF-200(第200合同任務部隊) 艦娘隊

 

 

「……⁉︎」

 左ウィングの見張り員と、その艦の近くに展開している艦娘Saratogaの目にした光景はほぼ同じものであったが、それらによって受けた衝撃は見張り員とSaratogaとては明らかに且つ遥かに後者が上回っていた。

 閃光────大きな自信をもって放ち、他者からの信頼を持ってその場にいた迎撃機(インターセプター)───XF5U───が突然吹き飛んだとき、Saratogaのあらゆるものが同じように吹き飛んだ。

 爆裂!……嵐の如くに現れた焔と煙のコントラストは空域、海域を問わず現出し、それが過ぎ去ったあとには死屍累々の地獄絵図が拡がるばかりであった。

「ヴ…ぅ……。」

 黒煙の隙間から伸ばされた細い腕は痛々しい赤黒い血と、煤に汚れていた。

 

 何が起きた───!?

 

 混乱は思考を奪い、激痛と焦燥は余裕を消し去る。視界が煙に遮られ、世を知らぬ小鹿のように首を振り回してようやく目にした光景を、彼女は一瞬受け入れかねた。

 

「そんな───………。」

 燃え上がる艦艇、黒煙に包まれる同胞、──────それは……まさに悪夢。

 バァ……ン!

「!」

 彼女は頭上から差し込んだ焔の煌めきに和が目を疑う。花火のように散りゆく機体───それは紛れもなく、数刻前に彼女が自信と共に蒼空へ放ったXF5Uであったのだ。

 Despair(絶望)───その言葉の意味を初めて実感した瞬間、彼女はこれが悪夢だと思ったし、そうであるべきだとも思った………しかしそれこそ、願い叶わぬ夢物語───通信機越しの衝撃に打ちひしがれた悲鳴にもにた言葉がSaratogaを現実へと引っ手繰る。

 

『至急至急!アンノウン4を探知!到達まで2分…!!』『既に到達している!』『攻撃は…!?どこからだ!反撃しろっ…!!』『SAMファイア…!』

 

 黒煙の合間を縫うように現れた、白竜のごとき噴煙を靡かせながら現れたSM-2やESSM、RIM-116といった多数のミサイル。或いは速射砲やファランクス、機関砲から吐き出される数珠繋ぎの砲弾の群れ──────CTF-200は当初の予定とは全く異なるタイミングで、全く異なる会敵の仕方をし、その滑り出しから完全な劣性に立たされる事となってしまった。

 

 

 ~~~~~

 

 

 15時15分

 アリューシャン列島西部 デラロフ諸島沖合

 

「……向こうは随分苦戦している様ですね。」

「デスね……。」

 向こう───彼女達とは別方向からのアリューシャン列島への襲撃を図るCTF-200(第200合同任務部隊)───の苦境をアリコーン達は通信機越しに知った。

 戦闘開始から僅か5分……既に劣勢が決定的であるのは明白だった。CTF-200は彼らの有する航空戦力を遥かに圧倒する強力な深海棲艦と遭遇したらしく、隷下の艦娘、艦艇群に多数の損害を出しつつあり、それは今だ止まることは無いようだった。

 

『敵は数機なるも、艦艇、艦娘双方に被害に被害拡大……!』『そんな結末は許容出来ないぞ!意地でも撃ち落とせっ‼︎』『味方艦の約半数が被弾又は至近弾により損害!誰かあの空のヤツをなんとかしてくれ!』

 

 一方で、アリコーン達は僅か十数分前にこの戦域に姿を表した新手の敵艦隊───彼女達は知らなかったが、これこそがCTF-200と本来会敵すると思われていた艦隊だ───と激突し、アリコーンの強力なレールガン及びミサイル兵装にものを言わせ艦隊を分断、炙り出された敵を金剛と赤城の艦載機によって各個撃破するという、即興にしては非常に完成された連携をみせ、これを撃破している。

 ………とはいえ、その戦闘の以後も一筋縄で済んだ訳ではなかった。

 

『アリコーン、残弾管理はしっかりとしておけよ。』

「ム、無論です。」

 並み居る敵を前にハッスルし過ぎたのか、或いはやむを得ない事態であったのか、それを知る術は最早誰も持たないが、アリコーンの残ミサイル数が少し心許ない事になっていた。

『補給を頼ってはどうだ?』

『それは無理だトーレス大佐。艦娘アリコーンの兵装は特殊でな、補給用の弾を用意できていない。』

 マティアスの提案はその言葉を向けられたアリコーンによってではなく、この場に居ないホワードによって蹴られた。

『……らしい。すまないなアリコーン。』

「いえ、そんな、謝らないでください……。」

 アリコーンは知る……殺意にも似た感情を声に出さない様にするのが、これ程大変なことだったとは!

 と言うかあの男(邪魔くせぇホワードとか言う奴)は私とマティアス艦長のエレガント(?)な会話へと土足で踏み入ってきて、その上艦長にダメ出しするとは……一体なんの怨嗟あっての行動だろうか?

 インカム越しのやり取りに、声にならないコンタクトは成り立たない。金剛や赤城はアリコーンの眉間にみるみる皺がよって凄まじいまでの怒気を孕んだ形相に変わっていくのが分かったが、向こう(指揮室)側が知る由もない───そしてもう1人、それを知る術を持たない者がいた。

 

『敵重要目標を発見、攻撃を要請する───』

 伊201である。海中にあって、ただ敵情をのみ見ていれば良い彼女にアリコーンの心中にある憤怒を知る術も理由もあるはずがなかった。

『目標は北方棲姫群、座標を送る。』

「フ~~ッ……あぁ、私のSLUAVで処理しましょう。」

 大きく息をついて落ち着く様な素振りを見せるアリコーン。気を紛らわそうと試みたのかスイッと指揮棒を振り、数機のSLUAVを操作する。

「さ、片付けてきて下さいね。」

 ゴォォォン……!返事などしよう筈もなく、SLUAVは所定の進路を陣取ると、そのまま鼠色の背景に溶け込んで見えなくなってゆく。

 そのSLUAVを見送る一方で、アリコーンは自身の残弾も去る事ながら、赤城と金剛も同様に残弾管理に勤しんでいる頃ではないのかと思った。

 戦いは佳境に入り、最早敵の数は僅少。そうした環境が、元より余裕のある彼女の性格に拍車をかけて余裕を持たせていた。

『アリコーン?』

「…?なんでしょう?」

『気を抜いているな、今。』

「ヘェッ⤴︎⁉︎」

 マティアスの声に対し、図星だったのか、非常に可笑しな声を上げるアリコーン。そんな彼女の様子を「フッ』と軽く笑うに留め、マティアスは続ける。

『敵数が少なくなり、戦局がお前達に傾いているのは事実だ……よくやっている。だが訓練でも実戦でも、戦場に於いて楽観や油断は感心せんぞ。』

「は、はい……。」

 しょげるアリコーン。

 

『ミズーリが大破……大破しました!』『あれは鎧を纏った艦だぞ!信じられん…!!』『前衛艦隊通信途絶……!』『奴らがやられたなら戦える艦は半分以下だぞ⁉︎』

 

 続々と入るCTF-200の苦境。それを指してか、彼はさらに言葉を重ねる。

『お前達は善戦出来ていてもそうでない者もいる。そうでない者の為にも、お前達は最後まで誠心誠意、レガント且つ美しく敵の息の根を止めねばならんのだ。分かるな?』

「も、勿論ですわ…!」

 当然、とばかりに自信ある声を上げる彼女だったが、その実マティアスに図星をド突かれた事と、恐らくは彼にとって好ましい状態では無かった自分の醜態をよりによって最もそれを知られたくないマティアスに、さもそのシーンだけを切り抜かれたかの様に看破されてしまった事の2つがアリコーンの心中に僅かながらも動揺を与えていた。

『宜しい、ならば一つ喝を入れてやるか。』

 動揺を見抜いたからか、彼は言葉を止めるつもりは無い様だった。

「カツ……?」「カツ?」「カツ丼?」『喝?』『はァ……?』

『アリコーン、訓練を実践に変えるのは何だか分かるか?』

「は…?」

 突然教官の真似事であろうか?意図を図りかねるアリコーンをよそに、彼は更に続ける。

『分からんか……それはイメージ‼︎』

「……っ!」

 瞬間!脊髄から脳天に至るまでの一切を不可視の雷に打ち抜かれた様な衝撃をアリコーンは覚えた……これは……違う。これは彼の、そしてわたしにとってのルーティンなのだ。

 潜水艦という外界から隔絶された場所からその外界を臨む彼は演説にも似た部下に対する鼓舞を行う事で、自身を含めた乗組員と艦とを一体にし、緩急自在にして縦横無尽の活躍を見せるのである。

『貴様、何を勝手n』

『───想像せよ、サブマリナー諸君!1発で1,000万人が救済される!』

 横瀬の言葉を遮って張り上げられたマティアスの言葉は、アリコーンにとってはある種のドーピングの様に作用した。マティアスの声はヘッドセットから漏れる事なく外耳道を占め、彼女の鼓膜を舐めるように震わせている様に感じられた。はぁっ───と湿気の籠った熱い吐息を漏らした時には、彼女の頬は熱を帯び紅潮して、ただ水に濡れたのとは違う艶やかな色合いを呈していた。

「勿論……勿論ですとも……!」

 ドカァンッ!……打ち出された紫電の稲妻が未だ洋上にある敵戦艦の胴体を粉微塵に破壊し、そらに後方の敵艦をも撃ち抜く。過剰な破壊力を持つアリコーンのレールガンは文字通り敵艦を串刺しにし、砲撃数以上の深海棲艦を叩き沈める。

「私達も負けてられませんね……。」

 アリコーンに触発されたか、或いはマティアスの演説によってか、金剛や赤城も戦意を高めている様に感じられた。砲撃の精度が増し、赤城もまた艦載機をひっきりなしに繰り出しては攻撃を加えている。

 ドンッ!───金剛の放った斉射弾が、敵巡洋艦の上を掠め着弾する。夾叉ではないが、至近弾である。

『どうした!100万人死んだぞ!』

 マティアスの叱咤!否、言葉こそ叱咤と言うべきものであったが、口調は寧ろ激励に近いものだった。

『───1発当てれば1000万人が救われ!外せばその先で生き残った敵が100万人を殺すと知れっ!いかなる距離にいようと、どんな場所にいようと、自らの手で!狙いを定め‼︎そしてブチ抜けッ‼︎‼︎』

 ただひとつの撃ち漏らしも許さぬとでも言わんばかりの言動である。「アリコーンの艦長サンは合理主義(Continental Rationalism)みたいデス……」などと漏らす金剛にもマティアスは目(耳?))敏く嗅ぎつけインカム越しに声をかける。

『───コンゴウ!お前の良人たる提督の為にも撃ち漏らしなど厳禁というものだ。イメージだ!救済だ……!!』

「い、イェース……!」

 マティアスの勢いに付いていけないのか、或いは言われた事が恥ずかしかったのか、少しだけ頬を紅くする金剛。インカム越しのマティアスや肝心の提督には当然、そんな状況は分かりはしない。

 赤城も赤城で『ただ艦載機を飛ばしているだけではいかん……艦載機もお前の一部だ。だから機体1機1機に必殺信念を込めて送り出すのだ。母艦にもやるべき事はある……!』などと言われ、今更ながらに戦闘への向き合い方を再認識した形だ。

「ふふふ………ん?」

 親愛なるマティアス・トーレス艦長の素晴らしさ、偉大さをこの場に限らぬ多くの者達に知らしめられるのは彼女にとって何より良い事であり、故にこそ上機嫌になっでいる所に入ったデータリンクによる知らせ。

「獲物を見つけましたか……。」

 それは先刻アリコーンを発ったSLUAVが目標たる深海棲艦を見つけ、攻撃を開始した事を示すものだった。

 

 

 ~~~~~

 

 

 15時30分

 アリューシャン列島西部 デラロフ諸島沖合

 アマッティグナック島 北方海岸

 

 

「クルナッ!……クルナッテッ…‼︎」

 いくら叫んで拒絶したところで、それが話を聞いてくれる訳ではないし、ましてや狙いから外してくれるわけでは無かった。

 数の面で圧倒的劣勢がありなからも、アリコーンを初めとする修羅のごとき戦いぶりを発揮する艦娘隊に対して完全に、主導権を握られた深海棲艦。そこからの逃亡を図る3隻の北方棲姫の命運はSLUAV8機によって風前の灯と化していた。

 北方棲姫とて的ではない。寧ろ深海棲艦の中では非常に手強い部類である筈の“姫”クラスに分類されている。1隻でも居れば十分脅威であるし、3隻も集中して存在していればその脅威度たるや言うに及ばずである。

 ウェポンベイ開放……露になる鼠色のミサイル───対艦専用では無い、汎用ミサイルであるが集中攻撃を受けて無事で済まされるものでは無い。

 発射───前衛の4機2発ずつ、計8発の同時攻撃。更に後衛の4機もやや角度を付けた体勢から1発ずつのミサイルをウェポンベイから放つ。全弾合わせて12発の波状攻撃である。

「ウワ……!」

 前段の8発の発射から着弾まで、十数秒と無い時間であったがその間に体勢をとった北方棲姫は凄まじい弾幕を展開していた。鼠色の海空をオレンジ色に染め上げんばかりの光弾の濁流はしかし、竜の様に弾幕の波間をねじ入って来るミサイルの前には無力だった。

 ドン!ドンッ…‼︎響いた着弾音は2回───

「ヒィ……!」

 1発ならば撃破される事は無かったであろう……だがその着弾は一発では無かった───同時弾着───多数のミサイルが僅かな間隔も置かずに弾着した事によってそれぞれ1度ずつしか弾着音が聞こえなかったのだ。

 煙に撒かれ姿を現した北方棲姫は殆ど撃破に近い状態にあった。大破、或いは中破───何れにせよ無事では無い。

 しかし残る4発……生き残った北方棲姫に目掛けるミサイルは何ら障害を受ける事もなく突き刺さる───筈であった。

「……⁉︎」

 覆い被さる白い影───親役である港湾棲姫が北方棲姫を庇ったのである。流石に港湾棲姫ともなれば4発のミサイルでは重度な損害を被ることはなかった。

「ニゲロッ……!」

「……ッ!」

 港湾棲姫が北方棲姫の背を押し飛ばし、距離を離させる。だが次の瞬間、ゴッ…!と空気を圧する何かが轟いた時、港湾棲姫は爆炎の光芒の中に消えた。

 灼熱を吐いて鼠色の空を突く様に抜ける機体───SACS隊のラファールM!

 SLUAVだけでは荷が重いと判断したアリコーンが残弾に余裕のあるSACS隊を数機向かわせたのだ。

 大量のミサイルの直撃を受けた港湾棲姫は破壊され、海中に没する。さらについでとばかりに、損傷のあった北方棲姫にも追い討ちのミサイルを放り込み、完全に破壊してしまう。

「ヤメロォッ……クルナァ…!」

 仲間と親役の深海棲艦の死を前に完全に腰が抜けてしまう。足がもつれ、転倒し海面に頭が浸かる。

 顔を上げ、視界を広げたとき、意思を持たぬ破壊の銛は彼女のすぐ至近にまで迫っていた。

 

 

 ~~~~~

 

 

 15時35分

 アリューシャン列島西部 デラロフ諸島沖合

 

 アマッティグナック島の反対側に延びる黒煙の数がいくつか増えた時、アリコーンはSLUAVとSACS隊のデータリンクによって北方棲姫の殲滅を知った。

「処理しましたか…。」

『目標の破壊を確認。北方棲姫は10年後この海域における大きな脅威だった───もう居ないがな。』

 既に多くの敵が深海棲艦の名に相応しい場所───つまり、海底───にその身を委ね、今や海上にその身を置いているのは当初と比べれば僅かでしかない。

 だがそれでも、先程のマティアスからの叱責にあった通り油断する事はないし、集中を切らすこともなかった。

『注意しろ!また敵の高速機だ……!』

「また……!」

 赤城が手に弓をかけ、迎撃機として烈風11型を繰り出そうとするが、それはアリコーンが制した。

「アレは私が叩きます……アカギさんのは、直援か攻撃支援に残しててください。」

「まぁ……貴女が言うのなら任せます。」

「では……!」

 指揮者のごとき美しい立ち振舞いからのVLS開放、噴煙と共に打ち上げられるミサイル………その一連の流れはまるで完成されたダンスを見せられている様だった。

 曲線を帯びた、芸術的な幾何学模様を空の一片に残したミサイルは10秒もせぬ内に見えない距離にまでその距離を離し、そしてその距離からでも見える火球を作り出す。

 2…3…命中ではない。だが明らかに敵の進路は妨害され、隙が出来る。

 そこに突け込む2機のラファールM───タイミングをずらされ発射されたミサイルは1発目こそ躱されたが、2発目は近接信管が作動しダメージを与え、3発目で命中し撃墜する。

『敵機の撃墜を確認!良くやってくれたな……。』

「いーえ、それほどても。」

「テートクー、ワタシも頑張ってるデース。」

『ははは、勿論だ。良くやってくれてる……赤城も、艦載機の子達もだ。』

「そんな……ありがとうございます。」

 一見良さげなやり取りだが、金剛と赤城に向けられた賛辞のあとに、先刻撤退した天龍が「どーせ俺はなんもやってねェ御荷物だよ』などと不貞腐れて提督が説得に四苦八苦するのはご愛敬……という事であろうか?

『貴様らいい加減n』

『それにしてもだアリコーン。深海棲艦……アイツらには“欲”が足りない。そうは思わんか?』

 もう横瀬の横槍を躱すのに馴れたのか、なかなか面白いタイミングで言葉を遮っている。

「欲……?」

 そして、そんな事は心底どうでも良いアリコーンにとってはマティアスの言葉にだけ興味を惹かれた。

『そうだ……殺される者の気持ちになってみろ…!“何故自分が殺されるのか”?───奪いたかった、虐げたかった焼きたかった、刻みたかった!』

 決壊した大河の如く溢れるマティアスの言葉とそれに連なる感情の濁流はその勢いが増すことはあっても減ずることはなかった。

 マティアスの“演説”は、たとえインカム越しに聞こえるものであっても、まるで目の前でそれを聞かされているのではと錯覚するほどの迫力があった。

『罰だった…因果だった、復讐だった!何かあるべきだ!───奴らにはそれがない……俺にはある。無論、お前達もだ!』

「……!」

『分かるか?アリコーン。』

「はい……!」

 マティアスの問い掛けを明瞭な返事で返したアリコーンに、或いは言いたい事を粗方言い切ったからか、それともその両方なのか、定かではないが満足げに『フン』鼻をならしたマティアスはそれ以降に言葉を重ねることはなかった。

 

 

「着艦始めっ───」

 ちちょうどその頃、赤城の艦載機が帰投する。

 英雄の凱旋……と言うほどの物ではないが、手空きの妖精さん達が甲板上に踊り出し、彼等は英雄を迎え入れるつもりで大いに手を振り回して声を上げる。

 ───だが、英雄はそれに足る容姿を持っているとは限らなかった───被弾し、傷付いて穴だらけになった機体も多く、また善戦虚しくついに帰らぬ機体も少なからず存在した。

 だからこそ、帰って来た機体の妖精さん達を手厚く出迎える。帰って来た搭乗員は何より大切なのだった。

 

『こちら後方補給群。天龍の合流を確認………損壊大なるも命には別状無し。これより応急修復───』

 ………同じ頃、大破した天龍が味方部隊と合流し、なんとか安全圏にまで達した事を知らされ、今更ながらに胸を撫で下ろす。

 黒煙が鼠色の空に溶け込み、濃灰色の景色がサマになってきた頃、敵の姿は粗方見えなくなり、今や海上にあるのは艦娘と、かつて深海棲艦だった醜い残骸と濃藍の液体だけだった。

『良くやった!この海域の深海棲艦海上戦力に十分な打撃を与えた……後段作戦の推移も良いものとなるだろう!』

「思いっきり食い尽くしてやりました……お駄賃は、爆弾と魚雷という事で。」

 被弾した艦載機を眺め、静かに赤城は言う。勝利の余韻より、今の彼女にとっては帰ってこれなかった搭乗員を憂う事が先決だったのかもしれない。

『本当に良くやってくれた。作戦終了、全艦帰投せよ……!作戦海域より撤退せよ───全員帰還したら作戦成功を宣言しよう。』

 作戦開始前に言った「全員帰還しなければ作戦は失敗と見なす」という言葉をこの状況にあっても未だに反故にしない良人の、真っ直ぐさと言うか実直さを苦笑する。

「フフフ、勿体ぶってるねテートク。」

『ハハハ───』

 

 

 

 

 

 

 ────ォォォォ

 

「?」

 あとは無事に帰るばかり、という時に、アリコーンの長大なソナーが何かを捉える。

 潜水艦とは違う───鯨?

 

 ────ゴォォォォ……!

 

 だが、僅かの間に彼女は気付いた──────違う!何かが近づいている!!

 伊201ではない……これは、潜水艦の常軌を逸した凄まじいスピード……!

 

「警戒!方位0-9-0、海中より何かが高速で接近!」「エ!?」「何が───」

 

 ゴロゴロゴロゴロ……!

 

 スクリュー音───!?

 魚雷───!

 

「アカギさんッ後ろ!!」

 

「え────」

 

 

 

 ドアアァ……ンッッ!!!

 

 

 上向きの滝………とでも形容すべき巨大な水柱が赤城の姿を完全に覆い隠した時、聞き覚えのある無線が混線した。

 

『赤城!被雷!?』

 

 

『よし、これで取り巻きが減った!やれ、“ナゲキ”!』『ヒャッホウ!!』




15000文字超えはハーメルン、なろう合わせても1話辺りで最多の文字数となってしまいました(笑)

時間掛かった割のボリュームにはなっていたでしょうか?感想、評価お持ちしております!


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連号作戦Ⅱ(後)

お待たせしました~
イベントやら映画やらで長くなってしまい申し訳ありません……orz

Mimic
を聴きながらお読みください。


 20XX年 9月26日 15時45分

 アリューシャン列島

 デラロフ諸島 沖合

 

『赤城大破っ!』

「……!」

 水柱が落ち切り姿を現した赤城の姿に、金剛は言葉を失った。

 大傾斜し、捲れ上がった飛行甲板までもが海水に洗われる状況となった赤城にこれ以上の戦闘続行能力が無いのは誰の目にも明らかだった。

 

 アリコーンですら、目を見張った───だがそれは、赤城の損害如何も多分に含まれてはいたが、彼女の興味は寧ろ正規空母たる赤城をただの一撃で大破にまで至らしめた魚雷の威力とその隠匿性にある。

 

『酸素魚雷だ……!』

 提督の絞り出した声は決して大きいものではなく、インカムが拾い伝えた音声もまた小さなものだったが、それは聞く者の脳裏に嵐でも起こした様な衝撃をもたらした。

 一方で、そうでない者も居る。

『失礼、酸素魚雷とは……?』

 アリコーンもマティアスも、酸素魚雷という物を知らなかったのだ。時間がある訳ではないために、提督が噛み砕いて説明した。

 つまりは、「強く、長く、見えない魚雷だ」と。間違った説明ではなかったし、寧ろ酸素魚雷の特徴を短い文言で違わず伝えていた。

「見えないというのは、厄介ですね……。」

 アリコーンにとって、強く、長いというのは大した問題ではなかった。だが酸素魚雷最大にして最悪の特徴と言って良い目立たないというのはアリコーンにとっても些か厄介であった───先程の魚雷を回避できたのはソナーで探知出来たからである───方位が分かっても距離が分からないのでは、対処が難しい………尤も、アリコーン以外は酸素魚雷の存在にすら気づくことは出来ないのだから、アリコーンのアドバンテージはいまだに存在するのであるが。

 

『接近する船艇あり!注意しろ!』

「……あの日和見(オポチュニズム)たちネ!」

「またか……!」

 あの敵船───数日前、天号作戦の折に現れた、所属不明の高速武装船艇!

 白波を蹴立てて猛然と爆進してくる武装船艇にはその図体以上の迫力と圧力を見るものに覚えさせた。

『交戦し、赤城の退避を援護!撤退は中止!

 

「ぐッ───気を付けてください……相手の魚雷の威力は本物です……!」

『航跡を確認できなかったのなら、やはり間違いなく酸素魚雷だ!』

「相手にすると、厄介な手品(マジック)デス!」

「……フンッ!」

 金剛や提督の話も片隅に、アリコーンがVLSを開放しミサイルを放つ。互い違いに交錯しながら接近する2隻の船艇に対して向かう炎の鏃、その数は4発。

 船艇から発せられる赤外線を捉えたミサイルのシーカーは目標追尾アルゴリズムに基づき敵の動きを、さながら獲物を見い出した猛禽の如くに追い迫る。

 ───だが、ミサイルシーカーの赤外線のベールに染まった視界が突然乱れ、4発とも目標を失探(ロスト)して、海中に突っ込んだ。

「なに……!?」

『敵のECM能力が向上しているようだな。警戒しろアリコーン、お前とて一筋縄で行かぬだろう。』

「全く狡い手を……!」

『だが悪い手ではない。お前にとっては不幸にも……な。』

 冗談めかした口調とは裏腹に、マティアスの言葉は余りに的を得ていて、正確だった。

 アリコーンのミサイルに対応する高速武装船艇の動きもまた正確だったのだ。実は高速武装船艇には指向性赤外線撹乱装置(IRジャマー)が新設されており、これによってミサイルの獰猛な電子の眼は目標たる敵船艇を見失ったのである。

 

『所属不明船に告ぐ!直ちに戦闘を停止し、撤退せよ!』

 

「……!?」「何!?」『横瀬准将!?あんた何をやっているんだ……!』『……。』

 

 唐突に通信回路を走った一本の無線が、それに関わる全ての者に混乱をもたらす事となった。

 今の無線通信の周波数帯は──────国連軍の有する秘匿回線。他者が知り得ていて良い筈のない機密事項である。それをなぜあの敵に?

(そういえば、確か……。)

 アリコーンは己の脳に刻まれている筈の記憶を喚び起こした。遡ること数日前───彼女の初陣となった天号作戦。その作戦の途上にあの武装船艇が現れたときもその去り際、我が方の無線と同じ周波数帯を使って罵声を浴びせてきていた。

 そして今回も、また────敵はこちらの動きを察知している?

(まさか……。)

 アリコーンはある可能性を考えた───それは、本来ならあり得ない───否、有ってはならない───であろうもの。通常であれば、横瀬准将の呼び掛けに敵が応じるはずもない。しかし、この敵は………。

 だが一方で、心のどこかで“そうであって欲しい”とすら思ってしまう自分が居ることに、彼女は気付いた。

 

『繰り返す!戦闘を中止し、撤退せよ。』

 

 その理由も知らぬがままに、彼女の考えた“可能性”は現実のものとなる──────

 

 

『横瀬准将が無線で敵に呼び掛けている!国連軍の回線だぞ……!』

「良いんデスか?アリコーンさんはもう、始めちゃってマスよ!?」

 

『……しくじったと思われたくない。怪物はここで仕留める。』

 

「応えた……⁉︎」「……!」

 やはり!───と、アリコーンが確信を得る瞬間はあっても、事態はそれを考える時間を与えなかった。此方の混乱を他所に敵は速射砲で絶えずこちらを攻撃してくる。

 アリコーンが弾着で生じる林立した水柱を潜る間にも、無線での応酬は続いた。

『くそっバカ共が!』

『バカって言うな!殺すぞ……!』

『チッ……兄妹(きょうだい)仲良く地獄へ堕ちてしまえ!』

「兄妹……?」

 

 確信が補強されてゆく途上、アリコーンはマティアスの言葉を受けた。

『アリコーン、まずは敵に集中せよ。考える時間は、そのあとでいくらでもある。』

「はい……!」

 ドン!ドン!ドン!轟音と共に林立する水柱を脱兎の如くに掻い潜り、その動きはアリコーンの恵まれた体躯と巨大な擬装からは想像だに出来ぬものであった。彼女の持つ原子力機関の大出力にモノを言わせ、快速を誇る高速武装船艇にも追い付いてゆく。そして──────

「撃ッ!」

 一閃───!稲光にも似た紫電の輝きが打ち出されるや、瞬き程の間も置かずして高速戦闘艇の土手っ腹をブチ抜いた。

 命中!……文句無しの直撃である──────だった筈が、敵は悠々と爆速で機動を続け、その攻撃が止むことは無かった。

「はァ⁉︎」

 さながらゲームで理不尽な死に方でもしたかのような叫声。

『砲弾が過貫通しているな。』

 アリコーンの主砲、レールガンの高過ぎる威力は結果として威力過多だったようで、極超音速の砲弾は軽量と高速化を狙って造られた薄い構造材を過剰に貫通し、炸薬の威力はおろかその運動エネルギーによって発揮されるはずの破壊も殆どもたらされぬがまま、ほぼ原型を保った状態で向こう側へと飛び出てしまっていた──────水平線のすぐ手前で、虚しく水柱を上げる砲撃……。

「私の主砲が、まさかこんな無様な弱点を晒すなんて……。」

『元来、軟目標を相手取る設計ではないからな。やむを得んことだ。それにお前、HEAS(対艦榴弾)を切らしているな?』

「……はい。」

 先までの戦闘の激しさゆえに、アリコーンの弾薬の多くが尽き掛けていた。その中でも先程マティアスが言っていたHEAS(対艦榴弾)は比較的軟目標の艦艇も狙えたが、それは地上攻撃にも有効であった。そうした便利な弾薬は優先的に消費され、今アリコーンの主砲レールガンに残されている弾薬は戦艦すら過剰に貫く対硬目標用の硬芯徹甲弾(APCR)だけだった。

主砲(レールガン)だけが私の華ではありません。必ず御期待通りの戦果を……!」

『そうか。頼もしい限りだがな、蛮勇を犯さぬ事だアリコーン。いいな?』

「はい……!」

 

 

 

 

 速射砲弾は荒れ狂う嵐のように飛来し、金剛の周囲で豪雨の如くに弾着の水柱を立てては崩れ去り、その度に海水が彼女のブラウン色の髪を濡らした。

 時折直撃する砲弾もあったが、少々の速射砲の被弾では彼女の装甲は容易に破られはしない。他の超ド級戦艦に劣るとはいえ、彼女も戦艦である。

「ファイアッ!」

 反撃の咆哮────放たれた36サンチ砲弾はしかし、縦横無尽に機動する敵高速武装船艇に命中する事はなく、塔のように屹立した水柱を形成して果てる。

「ミサイルが駄目でも、空からなら……!」

 ドォン!と空気を引き裂く黒い影が戦場の空に舞った。SACS隊は未だ空中にあって、その威力を保持したままだったのだ。敵の妨害能力が強化されているとは言え、それにも限度があろうというもの。空中からの波状攻撃を仕掛ければ、必ず綻びが出て来る筈だ──────しかし、その目論見は次の瞬間に打ち砕かれる事となった。

『気を付けろ!敵の高速機が複数戦域に接近している……!』

「ちッ!!」

 またか……!敵の高速機───恐らく先程と同じ砲撃の標的機───の能力は、野放しにするにはあまりにも危険で、それに伴って襲来する砲撃もまた凶悪そのものでありやはり無視することは出来ないものだった。しかも───それが複数だと……⁉︎

 彼女が艦載機による航空支援を諦める選択肢を取るのに、時間は掛からなかった。

「無人機とSACS隊に処理させます……!」

 攻撃姿勢を取っていた降下から一転。航空機群は機首を翻し向かったその先で、鼠色の空に消えた。そこで始まる明滅の連なり───それは航空機による戦闘の結果として被弾し、断末魔の炎に包まれた彼我の機体の何れかの最後の輝きだった。

 目視ではとても解る距離ではないが、データリンクによって戦況はアリコーンも知るところであった。SLUAVに損害はあるものの、敵の高速機の侵入は阻んでおり、向こう暫くは空の驚異は排除されたといえよう。

『深海棲艦が気になるか?怪物……!!』

 ズバァッ!と水柱が打ち上がり、速射砲弾の直撃をアリコーンの分厚い耐圧殻がけたたましく弾いた。

「……雑魚の処理に私の機体の手間を煩わせる必要は無いだけですよ。」

『減らず口を……その顔面叩き割ってやる!』

 40ノットを超えるであろう快速を誇る高速武装船艇の動きは精緻を極め、その小柄も相まってアリコーンでも補足は容易ではなかったが、大出力を誇る彼女自慢の溶融金属冷却型原子力機関にモノを言わせた機動力で敵の翻弄を躱し、CIWSによる反撃の連なりは明らかに敵の翻弄を阻止していた。

 そうした、最早戦闘機のドッグファイトにも似た戦いに、金剛もまた加わる。高速戦艦である彼女の発揮する30ノットの速力は高速武装船艇相手には見劣りするものの、(旧式でも)戦艦である彼女の武装と装甲は敵の蹂躙を許さず、果敢な砲撃戦を演じていた。

「後ろを取ったデース!2vs2ネ、追い込んでやりマース!」

『一対二さ!お嬢ちゃんは数に入ってなァい!』

「お、お嬢ちゃんッ……!?」

 “お嬢ちゃん”、と連中の1人が放ったその言葉の中には明らかに嘲弄の色を含んでいたし、金剛はそれを直ぐに悟った。そしてその瞬間、彼女の瞳が怨嗟に濁る。

 かつての高速戦艦金剛は、前戦争時に参戦した戦艦の中でも最古参級だった。艦娘という人型に落ち着いた状態でもそれは彼女の認知するところであった。しかも、艦娘もまた女性である。こと数字を問うものに関して女性を愚弄するというのは、まさしく神をも恐れぬ蛮行であったのだ。

「ブッ潰してやる……!」

『金剛っ……!落ち着け!』

 冷静さを失った者から戦場から消えていくというのは昔から決まっていることで、先程の話は金剛の激発を誘う謂わば挑発であるのは明確だった。そうはさせじと、彼女の良人たる提督は声を荒げ、金剛を宥めるのだ。

「コンゴウさん、ただ怒るだけでは“芸がない”。ここは冷徹に、冷静に叩きましょう。女性は、静かな怒りが最も美しく恐ろしい。」

 アリコーンも───宥めているのか、挑発に誘っているのか甚だ疑問だったが───金剛に声をかける。

「……ハァ……柄にもなく、すこし熱くなりすぎたデス。」

『そうだ、落ち着いていてくれよ。』

「YES!分かってマース!」

贔屓(ひいき)になるが、お前だけは絶対に喪いたくない。必ず戻って来てくれ。』

 

 

 〜〜〜〜〜〜

 

 

 15時56分

 日本国 戦略機動打撃艦隊 

 

 某島鎮守府 

 艦娘寮兼司令部施設 地下1階

 統括作戦指揮室

 

 

「こんな状況で口説き文句とは、提督もなかなか大胆というか、無思慮というか……。」「貴様いい加減にしろよ。」

「あや、はは……。」

 マティアスの感心とも呆れとも取れぬ微妙な声───横瀬の言葉は聞かなかった事にした───に、曖昧な声色で答える提督。

 

『ヘーイテイトクー、そう言ってくれるのは嬉しいけど、時間と場所を弁えなヨ!』

 嫁艦(良人)の金剛にまでこう言われるのでは提督も立つ瀬がなかった。ただその一方で、金剛の言葉の端々に喜色が紛れ込んでいるのを聞き逃す面々ではなかった。(横瀬以外)

 

『コンゴウさん、そんなヘロヘロな顔をされていては、私も集中出来ないのですが……。』

『そっ!ssssそんな顔して無いデース!』

 いったいどんなに蕩けた顔をしているのか甚だ疑問のあるところだが、そんな悠長を許すほど状況は余裕を持たせない。

『ムッ………連中、仕掛けて来ますよコンゴウさん。』

『わ、わかってるデース……!』

 スクリーン上で繰り広げられる攻防戦にも変化があった。縦陣を組み進撃するアリコーンと金剛に対し、敵の高速武装船艇は二手に別れ、これを挟撃せんという構えだ。

「二人とも、気を付けろよ。」

 敵高速武装船艇の快速のみならず、その展開の素早さ、手際の良さはこれまでの戦闘経験から既に折り込み済みだ。最早この上に言葉を重ねる必要はなかった。

『無論です。』『了解デース!』

 直後、入り乱れる彼我を示す光点。一見不規律に見える敵の挙動は、その実高度に完成された連携機動であり、さながら基本的な空戦戦術の一つ、ロッテ戦法のごとき様相を呈していた。

 敵の片方がわざと艦娘の攻撃を受け、攻撃を受けてないフリーとなったもう片方が艦娘を攻撃をしている。

『わざと追わせて、もう片方が後ろを狙うつもりデス!』『えぇ、その様ですね……!』

 当然ながら、金剛とアリコーンもその狙いに気付いていた。しかも金剛に至っては、戦艦故の装甲があるのを良いことにアリコーンの背後に張り付き背中を守り、更に他よりも速度が劣ることを利用し敵高速武装船艇の機動を妨害していた。

 即興にしては良くできたコンビネーションであることは、モニター越しにでも十分に理解できる。

 しかし、それは敵も同じことで、そうした2人の連携を分断せんとしている。

 

『また被弾……!チッ……このままじゃ埒があかない!』

 戦艦である金剛は勿論、アリコーンにとっても敵の砲撃は掠り傷程度の物でしかないが、それでも被弾が続けば艦体にボディブローの様にダメージを蓄積させる。

『───テイトク、私に考えがあるデス!無線の周波数を変える許可を……!』

「何を言っている!ダm 』

「構わん!存分にやってくれ。」

『Thank Youネ、テイトク!───アリコーンさん!』

『───はい、聞いています。こうですね………───。』

 空電音──────彼女達が周波数を変え、こちらの通信帯域から外れる。

「“考え”とやらが、巧く行くと良いですが……。」

「我々は残念ながら、ここから口伝でサポートするか、彼女達を信じるしかできない。」

「……。」

「そして今は後者だけ。───信じるしかありますまい。」

 

 無線の周波数を変えた今となっては、此方から情報を伝えることも、或いは向こうの通信に答えることも出来ない。正しく、マティアスの言った通り信じる───あるいは祈る───しか、この場にいる人間には出来なかった。

 

 その間も彼我の戦闘は目まぐるしく行われている。モニター越しではあったが、 激しく機動する彼女達の戦模様は、当然というべきか、留まることを知らないかの様だった。

 それは光点と数値化された情報としてだけ表示された、ここより数百キロ離れた海域で繰り広げられている対決の様相。

 

『───……』

 再び、空電音──────

 

『───回線を戻したです……そんな訳で、OKデス?』

『良いアイデアでした、それでいきましょう。』

「───密談は終わったか?」

「はい……妙案でした。」

 あまりに自信に溢れた返答に、当事者ならずともその自信の一端を貰ったような気分に陥る。

「宜しい。ならば見事敵を粉砕し、無事な帰還を果たせ。」

 マティアスの言葉は、その文面こそ大きな意味を持たなかったが、その中に隠れた真意を聴き取れないアリコーンではなかった。

『無論です……!』

 

 その後も二人の陣形は縦陣であることに変わりは無かったが、アリコーンが先行し、その背後からずっと金剛が付いて行く状態になっていた。

 

 これが秘策……?

 

 そう疑問に思わないでもなかったが、恐らくは戦場より遠く離れた此処からでは想像し得ない何かしらの裏があるのだろうと、ここに詰める多くの人は思った。

 

 

 〜〜〜〜〜

 

 

 16時05分

 アリューシャン列島

 デラロフ諸島 沖合

 

 

 金剛がただアリコーンの背後を陣取り、呆けて付いていっている訳では無いのは明白だった。装甲のある金剛が自らを壁となり攻撃を吸収し、その間隙を縫いアリコーンが反撃を行う体勢になっている。更に言えば金剛自信もその砲火力を敵船艇に向け発揮し、機動を妨害している。

 敵の持ち味であろうその快速も、金剛に速度を合わさざるを得ず、強制的に此方の先方に引き摺り込んでいた。

 

『ウザったい……お嬢ちゃんを殺ろうシンイ!邪魔だあいつ!』

『良いのか?』

『何れ通る道でしょ……!』

『───よし、仕掛けろ!』

 

「……?」

 突然に起きた敵の散開………最初こそそれを訝しげに睨んだアリコーンだったが、直ぐに敵の狙いが金剛へ移ったことを悟る───一方でそれは、アリコーンが敵の攻撃を気にすることなく反撃に転ずる事が可能であるのを示していた。

「アリコーンサン……!」

「分かってます……!」

 金剛の陰から現れた巨大な黒塊。その先から現れた薄緑色の兵装───CIWSの30ミリ機関砲───が火を噴き、無数の弾丸が数珠繋ぎに吐き出される。

 弧を描きながら薙ぐように展開された弾幕の壁は決定打にこそ欠けたが、確実に敵船艇の片割れを捉えた。

 バリバリバリッ……!被弾の明滅。高速武装船艇は紙吹雪のように破片を撒き散らせる。

『ぐうッ!被弾した!』

『チッ───調子に乗るなよ怪物……!』

 傾く艇体に舞う飛沫が降りかかり、大雨に降られたように全体を濡らす。反撃の咆哮が金剛の至近に弾着し、同じように金剛の擬装や肌に飛沫が飛んだ。

 

『───貴様ら、民間軍事会社の人間だな。だから国連軍にパイプがあった!』

『ふん、俺達を叩けたら教えてやるよ!』

 

 ……実はこのとき、提督は北を介して防衛省側に高速武装船艇を駆っている者達について探りを入れるよう仰いでいた──────その結果として得られた情報のひとつが、先の提督の言葉だった。

 

『答えん気か?大人しく答えれば身の安全は保証してやる。』

『答える義理などない。それに……貴様達の施しなど受けるか……!』『死んじまえ糞共!』

 

(……?)

 一連の話を聞いてアリコーンはふと思う。彼らは何故にこの私を執拗に付け狙い、金剛の巻き添えまで厭わないとするのか?

「何故私を狙う……?」

 不意に口を突いた言葉は無線を通し高速武装船艇の“彼ら”に聞き及んでいた。

『知りたいか怪物……!』『テメェらのせいで家族が死んだのさ!』

「はァ?」

 心底興味なさそうに───実際興味がない───呆れたような声を出したアリコーンに再び砲弾が集中した。

「わッ!」

『この野郎ぶっ殺してやる!』

 アリコーンの態度……それも“我関せず”感を全面に押し出した、彼らに向けた感情の一片も籠っていない「はァ?」に、彼らの怒りを買ったらしいのは明らかだった。

『追い詰めろ!地獄に堕とせ!』『潰してやる!』

 激しさを増す攻撃!鼠色の海原を水柱が耕し、荒れた波間を戦車のように進むアリコーンと金剛。その後背から迫る敵船艇は、彼らの声を聞いていなくとも鬼気迫るものだった。

『貴様らのせいでお袋は殺された!親父も……!私だって……!!』

『お前らとお前らに被れた奴の造る世界は信用出来ない!怪物、お前は特に……!だからここで殺す!』

『何の話だ!』

 

「コンゴウさん、先程仰っていた“アレ”をやりましょう。」

 

 殺されただの、殺すだの……彼らのする話に対して僅ほどの興味も感傷も持たなかったアリコーンはただ一言、金剛にそう伝えた。

その顔は、至って平静そのもの。

 

「エ!?今!?」

 

 一方でアリコーン程他者に無関心になれない金剛は彼らの話に何か感じるものがあり、話くらいは……と思っていた矢先にこれである。

 どうせ、彼らの砲撃では此方に致命打を与えることは不可能なのだ───という心的余裕も、彼女の中にあったかもしれない。

 

「何か問題でも?」

「……!」

 

 アリコーンは不思議そうな顔で聞き返し、金剛は驚き混じりの顔でその表情を見返した。

 それを見て金剛は確信する。彼女(アリコーン)は他者に無関心なのではない───ただ徹底して“敵”に冷酷だったのだ。持つべき憐愍も、軽蔑すらも持っていない───本当に他者に無関心であれば、金剛自信もアリコーンとコミュニケーション出来ているか怪しいと感じていた───。

 戦場に立つ者が本来なら持つべきそれを、アリコーンは何ら意識することなく、持ち合わせていただけなのだった。

「イエ、何でもないデース……やりましょう!」

 

『何をベラベラ駄弁っている!』『地獄に送ってやるから今の内に喋ってな!』

 

 雨のような速射砲の着弾に揺れる海面の、沸騰したように白く泡立つ波間の中で遂にアリコーンのソナーが“互いの”必殺のタイミングを聞く。

 

 

 ───ゴポポポ……───注水音。

 

 砲撃の着弾と、それに泡立つ海中の雑音(ノイズ)の中に聞こえたそれは………アリコーンという怪物のもう一つの居場所で最も効果を発揮しながらも、彼女がその手にすることを許されなかった唯一つの兵器─────

 

 

 ───ガコ……ン……───開口音。

 

 

 これは、魚雷──────間違いない!これこそが彼女の狙った瞬間───敵は魚雷の発射体勢に入っている。敵の高速武装船艇の動きが均一に揃っているのが何よりの証左だ。微妙にタイミングをズラしているように見えて、その実巧妙に連携している。

 そして2隻の敵が同時にアリコーンと金剛に向けてその船首を向けたとき、その瞬間はやってくる。

 

 

 ドッ……スン!

 

 

 発射───!それはまさに、敵高速武装船艇が完全に無防備になった瞬間。

 

「コンゴウさんッ!」

 

 アリコーンの叫声───その先には主砲全門を指向した金剛!既に射撃の体勢はとれている。

 

「Fire!!」

 

 ドドォンッ!!

 ────轟音!一斉射撃の咆哮は凄まじい衝撃波と共に砲煙を吐き出し、それよりも圧倒的に速く打ち出された重量600kg以上の砲弾……だがそれらは空しくも高速武装船艇の数十メートル手前で着弾。ズドン……!という低い音を立てて巨大な水柱を立てる。

 

『ハハハ!どこ狙ってんのカワイコちゃん!?』『残念だったな、焦って照準がずれたな……!』

 

 金剛はの一撃に対する嘲弄はあっても、そこに驚きや衝撃を伴った言葉が出ることは無かった。

 だがそんな彼らに対し、アリコーンは高らかに云う。

 

「いいえ───完璧です(・・・・)!』

 

『は───ウッ!?』『ナゲキ!』

 ドドドドン!!!!───高速武装船艇の片割れに、剣山のごとく突き上げる水柱の群れが出現し、高速を発揮するため軽量化の限りを尽くされた船体は軽々と持ち上がった。

 ───先程金剛が放ったのは実は徹甲弾だったのだ。

 一式徹甲弾はその先々代から続く水中弾効果を持った徹甲弾の系譜で、アリコーンは金剛にわざと敵の手前海面に着弾させることで水中弾効果を誘発し、その砲弾の遅延信管なることを利用して即席の魚雷───もしくは機雷───として活用したのである。

 そしてアリコーンの狙い通り、徹甲弾は水中弾効果を発揮し、敵の直下、その至近にまで忍び寄り爆発した───理想を言えばここで船底に直撃し轟沈してくれれば万々歳だった───のである。

 

『なにがッ!?───!』

「これで仕留める……!」

 

 ドウドウドウッ!───VLS解放からのミサイルの鮮やかな連続発射。

流れるような裁きの良さで放たれたミサイルの群れ。

『躱して───ハッ!?』

 そしてここに来てもはや自分に逃げ場が残されていない事を“ナゲキ”と呼ばれる女は知った。

 落下を始め傾いた船───その甲板に備えられている赤外線妨害装置は最早役に立たず。そして煙幕弾も、射出されるや、あらぬ場所でその威力を発揮している。

 

『ナゲキ!脱出しろ───!』

『くそ───兄貴ダメだこのままじゃ!』

 

「終われッ!!」

 

 直撃───!吸い込まれる様に突入したミサイルの弾体は次の瞬間には炸裂し、その威力を解放していた。瞬く間に焔と破片が船内を蹂躙し、小さな船体では到底抗いきれぬほどの容赦のない破壊が吹き荒れ、薄紙を破いてしまうように船艇の構造体を引き裂いた。

 

『きゃあっ……ウワ……!』

 

 

 複数のミサイルの直撃に耐え兼ねた船体は瞬く間に紅蓮の炎にその身を呑まれ、崩壊しながら水柱と共に落ちてゆく。

 爆轟によって脆くなっていた船体は、海面に叩きつけられるや真っ二つに破壊され、次の瞬間には弾薬類───それが魚雷なのか、砲弾なのかは定かではない───に誘爆したのか、艇首側に巨大な火柱が昇りその場にある凡そあらゆるモノを業火の内に呑み込み、それらが海面の上で燃え続けることはあってもその火の手が衰えることは無かった。

 

 

『ナゲキィィ──────ッッ!!!!!!』

 

 

 絶叫が木霊するなか、炎を背景に佇むアリコーンは風に靡く紫電の髪を押さえながら「煩い。」と呟いた。




願わくば次回は今月中に統合したいもの……

評価、感想お待ちしております~


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同じ船に乗らぬ者

本当は7月中に投稿したかったんですが添削やら加筆やらでこんな結果になってしまいました……ごめんちゃい!

Mimic
を聴きながらお読みください。


 20XX年 9月26日 16時10分

 アリューシャン列島

 デラロフ諸島 沖合

 

 かつて船艇だった骸を呑み込む巨大な黒煙がキノコ雲を呈する前に、何より大切だった唯一の家族を喪った絶叫が無線という形で電子の荒野を駆け巡った。

 

『ちっっくしょオオオオ!やりやがったな!……この野郎やりやがった!!』

 

 男の叫びは、慟哭だった。無線を介して聞こえる悲痛なそれにはおよそ考えうる限りの怨嗟と憤怒の感情が込められていて、その声の主もまたそうした感情に身を委ねようとしているのは明らかだった。

 だがその一方で、その感情の向けられる最大の対象である紫電の髪を湛えた女性───アリコーン───は地獄の炎にも似た紅い眼を高速武装船艇に釘付けにしつつ、その眼には一端の感情も宿らせてはいなかった。それはまるで───今しがた自分の奪ったモノに、何ら興味がないかのような振る舞いにも見える。

 それどころか─────

 

 ───一体(・・)何を言っている(・・・・・・・)

 

 当のアリコーンはといえば、自らの敵手が何故こうも怒っているのか、全く考えが及んでいなかった。

 大体からして、こうして互いに敵手として相対している以上は当然のことながら身の危険もあると考えるべきで、その過程で鬼籍に送られるということも、当然考えられるべきである筈だ。

 それをあのようにキレ散らかしてくるというのは、アリコーンからすれば逆上以外の何物でもなかった。

 ───彼女は、敬愛するマティアス・トーレスに向かって何処か湿気のある感情を募らせたり、或いは自身の兵装で無様に破壊される敵に対する憐憫や、その弱敵なる事への嘲りはあっても、そこに同情を挟んでやるような心を彼女は持ち合わせていなかった。

 

「片方やったネ!あと1隻デース!」

 アリコーンがそうした無感動の内に高速武装船艇の片割れを眺めているのとは裏腹に、金剛は難敵を下した興奮をの内にあった。

 

『絶対殺してやるぞッ絶対!』

『敵は感情的になっているが、流されるな。それに残り1機ではあるが油断は禁物だ。』

「Yes!解ってマース!」

 

 ───とはいえ、金剛も金剛で残敵に同情するつもりは毛頭なかった。

 いくら相対する者が深海棲艦ではなく、本来彼女等が護るべき“ヒト”であったとしても、此方に砲門を向け挙げ句倒しに掛かっているのだから、そんな生温い情緒を挟んでやる猶予など必要ないのである。

 

「ファイアーッ!」

 金剛の主砲斉射!更にそれだけではなく、副砲や高角砲ですらも水平射撃により攻撃を加える。敵は1隻(独り)になった事で、その攻撃の密度や精度こそ散々だったが、かえって1隻(孤独)になった事で狙いが定まりにくくなった。

 しかも、先程までよりも遥かに容赦を知らぬ反撃の砲火を浴びせ、独り善がりな滅茶苦茶な機動を取り、寧ろ2隻(兄妹)の時よりも相手にし難といえる。

 

『奪いやがって!たった一人の……!!』

 ともすれば爆発しそうな───あるいは既にしている───怨嗟と憤りを隠そうともせず、高速武装船艇は攻撃を仕掛ける。

 攻撃は当然というべきか、アリコーンに集中した。

「……!」

 撃ち返すアリコーン───妨害され当たらないミサイル、過貫通する砲弾。高速武装船艇の攻撃も、命中こそすれどダメージは少なく、或いは命中しても跳弾として水柱を上げるに過ぎなかった。

 そして───そうした小競り合いの中であっても、彼女らとは別のところで動いていた戦局は決しようとしていた。

『───コチラSACS!テキノコウクウセンリョクヲゲキハ!』

「!」

 それは、高速武装船艇との戦闘の折に接近を探知した深海棲艦の高速戦闘機との結果を知らせるものだった──────ここより数十キロ以上を隔てた鼠色の雲海向こうで繰り広げれていた空の決戦の模様は、深海棲艦高速戦闘機の殲滅という形で終わっていた。

 ───数、練度の双方で勝るアリコーンの艦載機によって形成された空中の包囲網から、深海棲艦高速戦闘機は脱するはおろか一矢報いる事すら叶わず、1機、また1機と数を減らしていったのである。

「さぁ、お仲間の深海棲艦ももういませんよ。じきに私の艦載機も戻ってくる───今すぐ降伏しろ!」

 語尾を強め、命令にも似た口調で降伏を促すアリコーンに対し、先程まで“シンイ”と呼ぶ相棒とも言える存在が居た男は怒鳴った。

深海棲艦(奴ら)が仲間だと!?笑わせるな……あんなものお前達と何も変わらない!貴様らのように、利用していただけだ……!!』

「何……?」

 利用した───?私たちのように?

『だから殺す!お前らも深海棲艦共も殺してやる!そうだ殺す……はッ!ハハハハハハ!殺してやる!!』

 イカれたかのか?……狂気か、或いはこれが(・・・)正気なのか────それを判断する術をアリコーンは持たなかったし、やはり興味もなかった。

「完全に頭に来てマス……。」

 

 ハァ!ハァ……!ハァ……ッ!!通信越しのノイズを孕んだ激しい息遣いの一つ一つに烈々たる逆上の念を込めた男は、その感情の濁流にまかせ、練綿と言葉を吐き出す。

 

『お前達が救世主だと……!?』

『俺達だって救世主に(そう)なろうとした!!』

『アリコーン、迷うな───俺たちは、もっと酷い海を潜ってきた。』

「迷いなど……最初からありません!」

 マティアスの言葉に触発され、その事実を証明するように、アリコーンの紫電の一閃が敵の船体を貫く。しかし貫ぬいただけで、相変わらず被害は過小だ。

「むゥ……!」

 眉を潜め唸るアリコーン─────そんな彼女に金剛が告げる。

「“カヘイ”は一撃に賭けるしかない───近いうちに必ず仕掛けて来るデス。」

「カヘイ……?」

「“数に劣る兵”という意味デス。」

「あぁ……。」

 寡兵(カヘイ)という単語そのものは知らない彼女だったが、それの意味するところならば彼女にも大いに思い当たる節があった。

 

 …………かつて、敵国であったオーシアはおろかエルジアにも反旗を翻し、世界の救済のために単身オーレッドへの核砲弾発射を企てた彼女とその艦長マティアス・トーレスは、確かにその寡兵(カヘイ)であったし、1000万人の救済の為に核砲弾を撃ち込む、というのは金剛の言った「一撃に賭ける」と似通うものがあるかもしれない。

 

 ───自分も、敵と同じような経験をしている?

 敵の気持ちになって行動を練るというのは、戦術戦略双方にとって基礎的なことだった。

 

(───殺されるものの気持ちになって考えてみろ───!)

 

 以前にも、似たような事をマティアスが言っていた事をアリコーンは反芻する。

 ───もし自分が敵の立場であれば。寡性となった戦局を挽回するためにも、早期に片方の敵を叩くことを模索するだろう。

 理想としては、敵が必殺の一撃に賭けてくる前に、此方から攻勢を仕掛け敵を撃破してしまうのが望ましい。

「カウンターパンチですよ。」

「エ?」

「独り言です……コンゴウさん!さっきのをもう一度やりましょう!」

「Yes!任せるデース!」

 適切な水中弾効果を得るには、敵の動きを単調にする必要があるのはアリコーンも知っている。

 今度はアリコーンが囮となり、金剛の主砲発射のタイミングを引き出すのだ。

 

「さァ!私が相手をしてやりましょう……!」

『そうでなくても殺してやるよ!!』

 

 互いに高速を発揮する手合い。等身大のアリコーンと比して大柄な高速武装船艇の対決、その様はまるで五条の大橋における弁慶と牛若丸の決闘を思わせる。

 その実態は、アリコーンと比べれば弁慶のごとき図体を持つ高速武装船艇の火力と防護力はアリコーンに及ぶべくもなく、その速力とミサイル欺瞞性を駆使し立ち回り、反対に船艇と比べて牛若丸の様に小さいアリコーンは、その純粋に高い火力にものを言わせ高速武装船艇を追い詰めていた。

 

「そこッ……!」

 数珠繋ぎに投げ掛けられた光弾の束!水平線を薙ぐ様にして撃ち出されるCIWSの30ミリ機関砲弾は、もとより全ての命中など期してはいない。

 しかし広範に渡って撃たれた弾丸は、必ずどれかが命中する様にして放たれている。高速武装船艇にこれらを避ける術はなく、被弾を繰り返した。その一方で速射砲の反撃を食らったアリコーンのCIWSの1基が、遂に力尽き破壊される。

「チィッ!」

 彼女のCIWSが破壊されたのはこれが最初ではない。すでに数基のCIWSを破壊されている。

 ──────焦りは、彼女にもあったのだ。敵がそうであるように、此方も少しずつではあったが攻撃の手を削られている。

 しかし、こうした戦いの中でもアリコーンは明らかに敵に対して優位にあった。敵船体の腹にはすでに多くの孔が穿かれており、そこから大量の海水を飲み込んでいた。

 自慢の機動力も封殺されつつあったのだ。

 

『解るぞナゲキ……お前が一緒に居ることが!』

 

 追い詰められ、極限状態になった敵は、幻聴か或いは幻覚でも見ているのかもしれない。そんなことまで(のたま)い始める────だからとて、油断や隙を見せるわけではない。“窮鼠猫を噛む”という諺がここにはあるという……アリコーンの焔の眼光は鋭く敵を睨め付ける。

 

『行くぞ!力を貸してくれ!』

 

 ドン!ドン!……敵は艇首を向け、速射砲を連射した。

「また芸のない……!」

 何度も観た光景!敵弾を躱し、或いは被弾しても良いように角度を付け───

 

 バカァンッッ!!

 

「ウッ!?」

 

 想像だにしていなかった激痛がアリコーンの右腕を襲った。

 迸る紅。

 微かな煙を上げるアリコーンの右側副船体には針で突いたような孔が───

『ガイカクカンツウサレタッ!』

「バカな……!」

 

 流れに、あるべきではなかった変化が訪れた。

 

 

 ~~~~~

 

 

 同 16時20分

 

 

「アリコーンさん!?」

 艦娘が被弾に揺らぐことは珍しくない。だがこれまで、鬼神のごとき強さを発揮していたアリコーンが“そう”なることに対しては、金剛と言えども驚きを隠せなかった。

 

『一人じゃ勝てん……だが、お前がいれば!』

 

 ドンドン!ドンドン!………速射砲の乱射を、アリコーンは簡単にいなす事ができなくなっていた。

 

『アリコーン、無事か!?』

装弾筒付翼安定徹甲弾(APFSDS)です……!だから傾けても意味がなかった!」

 マティアスも僅かながらも動揺を露にしている。

 ここに来て未だ奥の手を隠し持っていたのか!……アリコーンの額に汗が滲む。それは狡猾と同時に手腕家である敵に対する純粋な驚愕の為せる業だった。

 だが──────好機でもあった。

「コンゴウさん、奴が私を狙っている内に……!」

「Yes!解ってるデース!」

 敵がアリコーンを遮二無二追撃している隙を突き、金剛が致命打へと至る一撃を加えてやるのだ。

 ダンスのステップを思わせる軽快さを見せつけながら距離を保とうとするアリコーンに、高速武装船艇は大蛇のような航跡波(ウェーキ)を残しながら蛇行し追い縋ろうとする。

 ───そして、その間にも敵の攻撃はその精度と苛烈さを増していた。徹甲弾と榴弾を織り混ぜてランダムに攻撃していて、超音速の砲弾の見分けなど付こう筈もないアリコーンは敵弾を全て躱すしか無かった。

 しかし、五月雨式に撃ち込まれる砲弾を全て躱す事は不可能で、此処彼処に被弾した榴弾が武装を損壊し、徹甲弾が艤装を穿ちアリコーン自身をも傷つける。

 

 バカァン!

「……ぐうっ!」

 アリコーンの艤装にオレンジの閃光と同じ色の火花が散った。何度目かの被弾───それはアリコーンにとって避けたいものであった筈だ。

『CIWSガスベテヤラレタ!』

 アリコーンの艤装から昇る煙───それらは全て、かつては彼女の自慢の武装だったものだ。

 

『追い詰めたぞ怪物ッ───!』

 

 ───ゴポポポ……。

 

「……!」

 ───注水音───!

 

「コンゴウさんっ───!」

「任せてくだサーイ!」

 敵魚雷発時は動きが単調になる。直線運動は手練れの見越し射撃の前では絶好の的だった。

 ドガァン!

 36サンチ砲4基8門の咆哮───砲弾は赤熱化し、鉛色の景色を切り裂く紅い剣として敵の(もと)まで迫る───!

 

 

 

 ───だが敵は、冷静ではなくても愚かではなかった。

 

『二度も掛かるか!馬鹿め!!』

 

 ド敵船体が大きく進路を変えた。ドバァっと急激な制動は津波にも似た大波を前方に繰り出し、波間を貫いて金剛の砲弾は着弾した───敵は、此方の攻撃を読んでいた!!

 

『邪魔だッ!』

 

「!」

 敵は金剛に向け徹甲弾を乱射した。それだけなら問題はなかったが、敵の砲弾はAPFSDPという貫徹だけなら一級の能力を持つ砲弾だった。金剛の主砲防盾254ミリを容易にぶち抜き、内部構造を破壊。主砲はその能力を損失してしまった。

「Shit!これじゃあ……!」

 装甲化されていない副砲群も被弾し、万全の能力を発揮できない。

 

『終わりだ!怪物ッッ!!』

 

 ドス……ドス…ン!

 

 魚雷を撃たれた───それも、時間差を置いて!

 

 相手は酸素魚雷といい、航跡が見えない!

 どの進路なら避けられる!?一撃でも食らえば大損害は必至───はたして艦載機が到達するまでもつか?

 先日、天龍達がしたように跳んで躱す事は───だがその考えは、その瞬間に飛んできた砲弾に却下される。敵弾に無防備に身を晒し、更なる被弾の危険が……最悪蜂の巣にされる───

 

 

 ゴォォォ………!

 

 迫る魚雷───

 時間が………無い!

 纏まらぬ思考───

 

「ぐうっ!」

 

 一か八か、それともヤケクソか制動を掛けたアリコーン。その瞬間、彼女の身体は真下から意思を持つように現れた白濁に呑まれ、白濁は巨大な水柱としてそそり立った。

 

 直撃───!?

 

「アリコーンさんッ!」

『アリコーン……!』

 

 水柱が落ち切った時───そこにアリコーンの姿はなく、荒立った海面が泡立っているだけだった。

 

『アリコーン‼︎くそ………!』 『……!』

 提督が苦渋を滲ませた声を漏らす。マティアスも、言葉こそ発してはいなかったが、通信機越しにも絶句にも似た張り詰めた空気を感じ取る事はできた…………考えうる限り最悪の結末だった。

 

『仇は取ったぞ……ナゲキ……!』

 

 

 

 〜〜〜〜〜〜

 

 

 16時39分

 日本国 戦略機動打撃艦隊 

 

 某島鎮守府 

 艦娘寮兼司令部施設 地下1階

 統括作戦指揮室

 

 

「アリコーンに応急修理要員(ダメコン妖精)は……⁉︎」

「───今作戦において、ダメコンは誰にも搭載していないだろう。」

「………!」

 提督の懇願にも似た言葉を切り捨てるように、軽く、なんら事態を重く受け止めていないような口調でホワードは言った。提督は絶句し、他の多くの者もホワードの態度に忌避感を覚えざるを得なかった。

「提督、作戦目標自体は達成している。金剛改ニに撤退を指示しろ。それと……トーレス少佐。彼女は、残念だったな。」

「………。」

 机に腕をつき、前のめった姿勢のまま、言葉をかけられた主───マティアス・トーレスは首だけをホワードに向けた。そこに一瞥の感情も含まれておらず、そして彼がホワードから目を離すその瞬間まで、それが含まれることは無かった。

「准将……!彼は───」

「君は命令を伝えろ。それ以外は不要だ。」

 提督はマティアスの心情を慮り、言葉を慎むように言おうとしたが、ホワードに遮られた。一方で彼はマティアスに歩み寄り、片腕を彼の肩に置いて話しかけた。

「アリコーンの活躍は見事だ。だが沈んだ艦娘は戻って来ない……君も」

「准将殿、それは──────」

 今度はホワードが言葉を遮られる番だった。肩に置かれたホワードの手を払いのけ、すっくと直立しホワードへ向き直る。

「なんだ?」

 ホワードの疑問の言葉に、彼の顔に一番似合う不敵な笑いを浮かべ出しながら彼は答えた。

「───時期尚早というものだ。」

「何を───」

 マティアスの真意を図りかね、言葉を重ねようとしたホワード───否、この場にいる全員───は、そのマティアスの言葉に応える様に通信回路を伝ってきた声を聴かされる。

 

 

 

 

『───その通りです。』

 

 

 

 

「「「──────⁉︎⁉︎」」」『………エ⁉︎』『バカな───⁉︎』

 

「見事だったぞアリコーン(・・・・・)……!危うく俺も騙されかけた。」

 驚愕の極致に葬られた室内の中で、マティアス・トーレスただ1人が、その声の主の言葉を真っ直ぐに受けることができていた。

 

 

 〜〜〜〜〜

 

 

 16時42分

 アリューシャン列島

 デラロフ諸島 沖合

 

 

『魚雷は命中した筈……‼︎』

 男───ナゲキの驚きは尤もだったし、或いはそれはほとんど全員の共通認識だっであろう。魚雷の爆発は確かに発生し、それに間違いなくアリコーンは呑まれ、そして現に海上から姿を消しているでは無いか!

 いったい何処に───⁉︎

『おバカさんですね……私が一体どういう種類の艦なのか、知らぬわけでは無いでしょうに。』

 艦娘だろうが艦艇だろうが、一度海中に没して仕舞えば終わりだ。しかしこんな海原の何処に身を隠す場所があろうと言うのか?

 

『何を言ってやがる……今度こそぶっ殺してやるから出てこい!』

「───では。」

 

 鈍い光沢を纏い、重厚長大な暗色を持ったそれはなんと海中から現れた(・・・・・・・・)。アリコーンは水飛沫のドレスを舞い散らし、さながら舞踊手の様な一挙手一投足を保ち勇躍海上へと“登場”した──────それも、敵高速武装船艇の真後ろに‼︎

『バ』

 “バカな”と言う言葉を紡ぐ隙さえ彼女は与えなかった。瞬時にして彼女の船体から展開されたのは、必殺の兵装……レールガン!

「そこです!」

 ドンドンドンドンドンッ‼︎

 紫電の閃光が高速武装船艇の、文字通り艇尾から艇首までを一直線に打ち貫き通し、それは1発ではなく幾度にも渡って繰り返された。軽量過ぎた船体は砲弾の過貫通をその全長分以上に誘ったのだ。

『ウオオオオッッ‼︎』

 ズズ……ゥンッ!

 ナゲキは絶叫し、船体もまた構造の破壊音という形で絶叫する。弾薬庫かそれとも燃料に引火したのか、穴という穴から黒煙が上がり始めていた。更には炎の手が其処彼処から上がり始め、最期の瞬間は時間の問題となっていた。

 

『ハッ…ハハハ………やっぱりだ…俺たちはこんな死に方しか出来ない……。』

 乾いた嗤いの中で男は何かに憑かれた様な抑揚のない声で喋り始めた。

『だがな怪物……!お前達が作る世界より地獄の方がマシだ───俺達はそっちへ逝く……!』

『不明船に告ぐ、直ちに脱出せよ。』

 提督の通信、それは戦う術を失った相手への降伏勧告に等しかった。それは艦娘が戦った相手に対して始めて発せられるもので、しかも脱出出来たからといって、それをアリコーン達に用意に任せていいのか……と言う逡巡があったかもしれないが、それよりも大前提として“軍人”としてこれ以上の継戦はあり得なかった。

『ハッハッハァッ……!うぐぉォォオォォッ!』

 しかし、相手にその気が無いのは明らかだった……通信越しにも燃え盛る船内の火の手が、その主人のごく至近にまで迫っている事を解らせた。

『脱出するんだ!』

『先に逝ったアイツを追いかけ』

 ドガァァンッ!!!!

 ───提督の再度の呼びかけに、男は自身と船体の断末魔という形で答えた。艇首の残存していた酸素魚雷から漏れた高濃度酸素に火の手が周り引火。合計で1トンを超す炸薬の爆発に虫に喰われた様に孔の空いた船体が抗い切れる訳がなく、殆ど爆発威力そのままに船体を四方八方に引き裂き、一帯を紅蓮の炎と爆煙の内に包み込んだ。

 

『此方から敵の信号が消えた。状況からみて爆沈と思われる。』

 

『───ああ……問題は排除された。』

 

「……様ありませんね。」

 口でそうは言ってみても、彼女の身体は自然と敬礼をしていた。それはもしかしたら───その成り行きはどうあれ───敬意に値する技量を持った好敵手と相対した海軍軍人の本能だったのかもしれない。

「アリコーンさん。」

「おっと…これは───」

 当のアリコーンはといえば、金剛に言われてようやく気付いていた。言い訳紛いの事を言おうとした時、耳をつんざく轟音が雲海を隔てて現れた───アリコーンにとっては、助け船ならぬ助け戦闘機だったかもしれない。

 とはいえ、愚痴の一つも溢さずにはいられなかった。

「まったく、少し遅いですよ。」

『オモッタヨリセンジョウカラヒキハナサレテイマシタ…。』『モウシワケナイ。』

 SLUAVとSACS隊のラファールMがアリコーン達の上空を通過する。鼠色の空を幾何学模様の白線が彩り、勝者の凱旋を祝った───否、彼らもまた凱旋のひとつだった。

 

「───敵航空機の殲滅は成し遂げてますから、お咎め無しという事で良いですかね………進路を合わせますから、着艦なさい。」

『リョウカイ!』

 追い風に合わせ変進するアリコーン───偶然にも、曇天が晴れ、陽光が彼女を照らす。

「ワァ……!」

 それはさながら、陽光の照らし出したレッドカーペットだった。凱旋者は、悠々と光の絨毯を闊歩する。その姿には一種の美しさと見るものを圧倒する幻想さがあった。

 

『───分かった、受け取りを行う。すまないが少し席を外す。』

『コノチカラコソ,ワレワレヲシンノショウリヘミチビクモノトカクシンシテオリマス。』

『さぁ……そうだといいがな。』




アリコーンはいかにして助かったのか?一応次話で明かしますが、皆さんも考察してみてくださいませ(露骨な感想誘導)。

感想、高評価お待ちしております!


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デブリーフィングⅡ

お盆休みなのでなんとか時間を使い潰して投稿できました!
第Ⅱ章最終話です!
次回は間章となり、その次からはいよいよラストスパートとなります!

DLC LRSSG Debriefing I
を聴きながらお読みください


 20XX年 9月26日 21時12分

 

 日本国 戦略機動打撃艦隊 

 

 某島鎮守府 

 

 艦娘寮兼司令部施設 1階

 

 作戦会議室

 

 

 このとき、普段はなかなか見せる事のない笑顔を横瀬・ホワードが湛えていたのは、その場にいる多くの者にとって不快な物であったに違いない。本来なら笑顔というのは当人や含め周囲の人間も朗らかにするものだったが、この時、この場合に限っては明らかに逆だった。

「こっの……!」

「やめろ天龍!座れ……!」

 其処彼処に包帯を巻き、関節部分だけ繰り抜かれた様な球体関節人形じみた格好になった天龍が、提督に押さえ込まれている。

 

「アゥ……私の紅茶が……。」

 

 そしてその悶着に巻き込まれ、金剛の紅茶が逝った。

 

 負傷しているにも関わらず、大の大人が本気で組んでやっと抑えられている状態であるのが、艦娘が如何に人並外れた力を持った存在であるかを、戦場から離れたこの場においても、如実に示していたと言える。

 

 ─────だからこそ、そういった人並外れた力(イレギュラー)を危険視する人間も少なくはなかった。

 

「アリューシャン列島周辺の敵戦力を撃滅し、潜水艦の合流も阻止した。所属不明船艇も撃沈!作戦は大成功だ!」

「何が大成功だ……!」

 怨嗟にも似た荒れる感情を顕にし、天龍は眼前の男を睨み付ける。提督の制止を降り切ろうと暴れる、包帯に巻かれた腕が痛々しい。

 

 天龍の激昂はもっともだった。それはただ天龍が損害を負ったからではない。作戦の途上、赤城を大破に至らしめた敵と内通しているかのようなホワードの言動を、彼女は一切納得していなかった。

 そして、彼が「大成功」というには、本作戦の攻略主隊である第200合同任務部隊(CFT-200)───特に、艦娘部隊───の被った損害が余りに大き過ぎる事も天龍の怒りを買った。

 

 その天龍を文字通り全力を尽くし抑える提督が、彼女に続けて言葉を重ねた。

「准ッ……将、連中は……貴方を知ってオッちつけ天龍…!知っていた様だが……!」

 天龍との組み合いで言葉が途切れ途切れになりながらも言う提督に、男───ホワードはそんな提督の話に取り合わない様な口調で「貴官は混乱している様だ。医師の診察を受けろ。今後の指揮に関しては診断書を見て判断する。」と吐き捨てた。

 ガタッ!

「っ!」

 ホワードの言葉以上に、一角で鳴った音に提督は青ざめた。目元に暗い影を落とした金剛がヅカヅカとホワードに向かって行ったのだ。「おい、金剛待て!」……提督の言葉にも、今回に限っては取り合わなかった。その目は深海よりも冷たく、深く、暗い感情に包まれている。

 血筋の走った拳もそのままに、大きく腕を振り被りながらも歩幅を大きくする金剛の胴を、提督ではない別の腕が押し留めた。

「金剛さん……ダメっ!」

「離してヤマト!このファッキン野郎もう許さん……!」

 散々ぱら無茶苦茶な命令をし、他人に対する態度もお世辞にも良いとは全く言えず、その上艦娘を明らかに見下す言動。それだけでも十分癪だったものが、彼女の最も大切な人に対しあの様な侮辱にも等しい物言いをされては、金剛にとって最早、腹に据えかねた感情を抑えておく理由が無くなっていた。

 熱水の様に、わなわなと噴き上がる怒気を眼に滲めながら、大和の静止を振り切ろうとする。しかしながら金剛よりも体格に恵まれ、力も強い大和を振り切るのは、金剛では難しい事だった。

 

「いい加減にしろ……!憲兵を呼べ!」

 良くも悪くも艦娘を理解しているホワードは額に吹き出た冷汗もそのままに、「憲兵」「憲兵」と連呼する。

 そんな彼の下に一本の通信が飛び入った。

『そうだ、“ケンペイ”を呼べ。』

 その声の主に、一同は一様に表情を強張らせざるを得なくなる。

富守(ともり)統合幕僚副長!」

 

 統合幕僚副長……その職は、陸海空自衛隊を一体に運用するための“特別の機関”である統合幕僚監部(JSO)の実質的なNo.2だった。

 

 艦娘の運用は本来、防衛省とは別の組織である運営───艦娘運用国営非営利団体───によって為されるものだったが、軍事的ノウハウを圧倒的に溜め込んでいる防衛省が実質的に運営の上位組織となっている。制服組では無い提督やホワードにとっても、いわば雲の上も同然の人物だった。

『作戦は確かに成功し敵戦力を撃破、主力艦隊の進攻も想定を遥かに上回る損害が響いた遅れはあるものの、貴隊らの活躍によって概ね成功しつつある───だが今回重要なのは作戦の成功というだけでは無い………北分析官、説明しろ。』

 ここにきて北の名前が出たことに一同は少し訝しがったが、ただ1人、横瀬・ホワードの顔だけが先程以上に強ばった。

『すいません、まずプロジェクターを点けてくれますか……ありがとうございます。C2Uから上げてもらった情報によれば、例の武装船艇はある民間軍事会社から盗まれた物と判明しました。』

 北の要望に応え、提督がプロジェクターを付けたところで、彼の説明が始まった。

 

 C2U……サイバー空間戦闘部隊(Cyberspace Combat Unit)とは、自衛隊において、第5の戦場と目されるサイバー・インターネット空間における戦闘を指向した組織で、前進組織はサイバー防衛隊にあたる。

 前身組織よりも規模、装備、人員何れも充実化しており高度に電子化された現用装備のインターネットウイルスや外部からのクラッキングへの対抗措置だけでなく、自衛隊側から敵対組織のコンピュータへのクラッキングや、コンピュータネットワークの破壊という攻撃的行為を行うことも想定されており、未だ───人類同士の争いに関しては───専守防衛を堅持する自衛隊にあって、最も攻撃的な組織と言って過言ではなかった。

 

 そのC2Uが民間軍事会社に行ったクラッキング(インターネット不正侵入による情報の窃取)によって更なる事実が判明していた。

 

『例の2人の素性についても判明しました。男の名は縁寂 健男(えんじゃく けんお)、女の方は 縁寂 紀井(えんじゃく きい)。2人は横瀬准将の言っていた通り(・・・・・・・・・・・・)兄妹で、この民間軍事会社に勤めていた経歴があります。この2人は今から三日前、姿を消しました。』

 

「「「………。」」」

 ───“兄妹仲良く地獄へ墜ちてしまえ!”連号作戦の途上、あの高速武装船艇が現れたときにホワードが吐いた台詞を忘れている者はこの場には存在しなかった。

 一同の視線が集中したとき、ホワードは誰とも眼を合わせぬよう顔を俯かせた。その額はバケツを頭から被ったような冷や汗に溢れている。

 

『両親は既に他界、特に母親は10年前に“艦娘狩り”の被害にあっています。妹の方も───こうした経緯が、彼らの動機だったのかも。出題者(Questioner)がもういないので、この件は投了ですが。』

「艦娘狩りか……。」

 

 艦娘を預かる職位に身を置く提督にとって、その言葉は世にも忌々しい響きをもって彼の鼓膜を震わせる。

 他の艦娘の面々も、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。

 

 数年前まで、“艦娘狩り”と称した子女無差別殺傷事件が国際的に相次いだ時期があったのである。

 

 カメラ通話ではないので、此方の重苦しい面持ちを通信越しの北が知る筈もなく、彼は本題を進めた。

『更に……このスペック表を見てください。』

 プロジェクターに表示されたものは“FAC-YM-T-2199”と題された三面図の画像付きのスペック表であった。これは、この民間軍事会社の保有している船艇だという事を北は教えた。

 

 全長50~60メートル

 排水量200~300トン

 76ミリ単装速射砲一基

 欺瞞体発射装置一式

 艦娘装備流用新型ソナー一式

 同新型レーダー一式

 他……

 

「……?」

 添付されている画像に見覚えのある艦娘が幾人かいたが、確証が得られなかった。

 そして、そのスペック表を見た提督は顎をしゃくった。

「こいつは……民間が持つにしては随分なものを積んでいるが、これと連中になんの関係が?」

 他の者達も概ね同じ気持ちだった。

『じつは、この武装船艇は短時間の内に改造されていることが判りました───さて問題です。この船は、何?』

 北がそう言うや、先程のスペック表の隣に、殆ど同じような構成のスペック表が映し出される。題されているのは、“FAC-YM-T-2202”。

 

 全長50~60メートル

 排水量300トン以上

 76ミリ単装速射砲一基

 艦娘装備流用艇首533ミリ魚雷発射管

 チャフ、フレアディスペンサー一式

 アクティブ赤外線妨害装置一式

 艦娘装備流用新型ソナー一式

 同新型レーダー一式

 船体防護用バルジ

 他……

 

 そして添付画像には、アリコーン達が下した高速武装船艇と瓜二つの船艇の三面図があった。

「「「………!!」」」

 ───呆然と驚愕。それ以外に、今の彼女達を言い表す言葉は必要無かった………否、一つだけあったかもしれない。それは──────失望。我々が深海棲艦から命を賭して守っている人間側の方が、我々に向かって砲門を向けてくるのか?─────日々を「人々の平和の為に」と戦禍の中に置く艦娘達にとって、恩を仇で返される様にも似た衝撃を持って齎されたのだった。

 

 武装船艇との接触以来、裏にあるのはこういう事であろうと言うのは多くが予想していた事ではあっても、こうして現実に突きつけられるものではそのショックは天と地ほどの差がある。

 

 そして提督も、彼女達と似た衝撃の渦中にあった………ただし、その衝撃の向けられた先は、艦娘達のそれとはまた違うものにあった。

「これは……!」

『答えに気付かれましたか提督。そうです、これには本来貴方の鎮守府に届くはずだった装備(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)が複数含まれています。』

 提督には思い当たる節が一つ存在した。あれは、9月23日の早朝───確かマティアス・トーレスが私用で訪ねて来た時だ───この鎮守府に物資と資源を運び込む予定だった船の座礁を、書簡という形で知ったのだ。

 確かに、今にして思えば今や限られた深海棲艦の勢力圏外である安全な航路で、幾ら波浪が激しかったとはいえ、そう簡単に座礁するものであろうか?深海棲艦戦争以前からも長く使われている航路なだけに、未確認の暗礁というのも考えずらい。

 

 まさか。

 

『都合よく良い荷物を載せた船がある。出来るだけ隠密に荷物を頂きたい。さて、どうする?』

 

 北のクイズ癖か、問題口調の問い掛けに提督は“回答”する。

「座礁させられた……?」

『正解!……C2Uのアクセスで得られた情報では、船に工作し、座礁後の“手順”までも記されていました。そして、この発案者の中に貴方の名も連なれていましたよ。横瀬・ホワード准将。』

「………。」

 背後から剣山のように突き立てられる刃よりも鋭い視線を努めて無視し、憮然とした眼差しでプロジェクターの一角、[Sound only]とだけ表された2つの四角を睨んだ。

『横瀬准将、君は愚かな男だ。その上、作戦中の通信は君が裏切り者であることを示唆している。』

「それについては、國史海将にご確認下さい!誤解と判る筈です……!」

『國史海将は作戦内容の責任は全て君にあると言っている。』

「な……!?」

 ホワードの顔から生気が失われ、白人系の血が混じる彼の肌は一層にロウのような白さに浸食されてゆく。

『だから“愚か”と言ったのだ。君が“米国の危険思想人物名簿(ブラックリスト)”に乗っていることを我々が知らないとでも思ったか?───日本を舐めすぎたな………何度も言わせるな。権兵(ケンペイ)を呼べ。』

「その必要はねぇ。」

「……。」

 最早提督の拘束が無くなった天龍が項垂れるホワードの前に立つと、未だ包帯にまみれた右拳を掲げる。

 

 バキッ!

 

 室内いっぱいに響く程の音を鳴らして、ホワードの体は頭から倒れ伏した。

『……何かあったか?俺は何も見なかったが。』

 

 

 〜〜〜〜〜

 

 

 同 21時25分

 

 

 権兵に両脇を押さえられ、さながらアメリカはアリゾナ州で撮影され当時の西ドイツで記事が出たとされる「捕らえられた宇宙人」の様な力無い格好で部屋からの退出を余儀なくされた。

 但し、室内の人数は変わっていなかった。ホワードと入れ替わりにガタイの大きな男が入室してきたからである。

 部屋の一角に座っていた一人の女性が、その男を目に留めるやいきなり立ち上がり、焼けつくほどに待ち焦がれたとばかりに「艦長…!」と感嘆の声を上げた。

「何を感極まっている……。」

 マティアスは出迎えたアリコーンのオーバーリアクションにやや尻込みする。ほんの数時間を要事に急かされ、席を外していただけだと言うのに───アリコーンは作戦参加艦だった為、最初からこの部屋にいることが命じられていた───………だがアリコーンにとっては、その数時間が苦痛にも等しかった。彼女にとってマティアス・トーレスという存在は単なる上官、異性として以上に心中に残る人物だったのだ。

「どちらに行かれてたんですか…?」

 何処か湿気の篭る口調で

「ミス・アカシに頼み事をしていた物が形になったと言って来たから、其方に行っただけだ。」

「アカシ……。」

 途端、アリコーンの赤い眼に影が落ちるのをマティアスは見た。しかしその眼光は衰えるどころか、マグマの如き鈍い輝きをもって燃え盛っていた。さながら、夜間、溶岩に溢れる火山の火口を覗き込んだかの様な光景を思わせる──────それは明らかに“マティアスの口から自分ではない女”の名前が出た事による(八つ当たりにも似た)対抗心の為せる技であったが、当のマティアスはそこまでは気付かない───彼の察しが悪いのではなく、アリコーンの情緒を隠す技が巧いのだ───替わりに「どうした?」と問うが正直に答えられるわけがなく「なんでもありませんわ。」と言葉を濁すにとどまった。

 彼にとって引っかかるものはあったが、それ以上に引っ掛かるものと彼は先ほどすれ違っていた。

 アリコーンが確保していた彼女の隣の椅子に腰掛けたマティアスは、ホワードの事を聞いた。

「先程罪人の様に両脇を抱えられた准将とすれ違ったが、何かあったのか、提督?」

「ンン゛ッ!」

 誰かが吹き出しかけた。マティアスの言い草が、現場を見ていないのにも関わらず余りに言い得て妙だったからだ。提督が先程の一悶着を一通り説明する。

「なるほど。だから頬が随分と酷い目になっていたのだな。」

 

 PI.PI.PI…

 マティアスが納得すると、頃合いよく電子音が響いた。起動されたままだったプロジェクター[Sound Only]のウィンドウが展開され、彼我の通信が開始される。相手は北 聖人分析官だった。

『今回の戦闘で、重要なデータが手に入りました。例えば……敵の超長距離砲撃の軌道は、ディプレスト軌道だった………これを観て。』

 そう言って映し出されたのは、 連一号作戦の舞台となったアリューシャン列島はデラロフ諸島……を中心においた、北アジアから北米迄を映した地図だった。そして、その中央からやや離れた場所に示された、広大な同心円と、その中心点から放射状に伸びる放物線───アリコーンとマティアスは、それが一体何を示すものであるのかを瞬時に理解する。

 

 ディプレスト軌道というのは、弾道が非常に低くなり射程が限られる代わりに迎撃が難しくなる特性を持っている。これは、弾道ミサイルに当てはまる軌道(・・・・・・・・・・・・・・)だった。

『敵は弾道ミサイルに匹敵する、超長射程砲(スーパーガン)を隠し持っています。推定出力は500メガワット毎秒。これがミニマムエナジー軌道で打ち出されると、3000キロは飛ぶ……!』

「「「……‼︎」」」

 絶句───先刻のホワードの様に、この場に居るほとんどの面々から血の気が失われてゆく。空調が効いているとはいえ、腕を庇い異常に鳥肌を立てるものもいた。

 

 北の言葉は、絶望そのものを体現していた………深海棲艦との戦争開始から数年、奴らの手強さは骨身に染みている。それでもここまで戦ってこれたのは、ひとえに彼我の間に圧倒的な戦力格差が存在しないからだった。

 人類と深海棲艦の間には凄まじいまでの戦力的隔たりがあったものが、艦娘の登場によってそれが解消されたのだ。それをいきなり射程3000キロというのは……それに対処可能な技術も、対抗可能な装備も彼女達は有していなかった。

 艦娘登場以前、或いはそれ以上の戦力格差を突然に叩きつけられたという事に他ならない。

 

「やはりか……。」

 一方で、マティアスとアリコーンは、この期に及んで落ち着き払っていた。

『そちらにアリコーンと、マティアス少佐はいますか?』

 突然自分の名が出たことに少し驚きつつ、マティアスとアリコーンはそれぞれ「ああ。」「ええ。」と返事をする。

『実は、アリコーンのスペックに関する機密について、一部解除を受けました。この場で話して宜しいか聞きたい。』

「それなら……俺が全てを話そう。彼女のことを最も知っているのは、少なくともこの現場においては俺だからな。」

「……!」

 瞬間、アリコーンが愛の告白を受けた乙女をも思わせる湿度の籠った眼差しをマティアスに向ける。───彼自身、アリコーンの含む感情を何とはなしに感ずるところはあったものの、今回は差し置いた。ただ事実を言ったまでに過ぎない。

 マティアスはアリコーンに向き直り、彼女の視線と相対する。

「いいな?アリコーン。」

「はい……!」

 同意をとった彼は、一度、この室内に全ての顔を俯瞰する───みな少女だ。彼女達の持つ力は、人が聞き及ぶだけでは俄に信じ難い物だろう。

 だがきっと、これから話すアリコーンの本当の力も、彼女達に同じくらいの衝撃をもたらすのかも知れなかった。

 彼は高らかに云う。

「彼女の事を話す前に、皆に一度言っておかなくてはならない事がある───これから話すことは全て、事実である。原子力潜水巡洋艦アリコーンの、本当の力だ……!」

「「「──────!」」」

 自然、空気が張り詰めた。短くも、男の“演説”には聴く者に一種の緊張を強いる迫力があった。そして、その迫力と、これまでのアリコーンの経緯がこれから話すことへの真実身を強くする

 

「───宜しいな。では話すとしよう。まず、分析官は半分正しい。」

『半分……?』

 北が通信越しでも分かりやすい程の疑問符を付けた声を返す。衝撃と、疑問の入り混じった声だった。

「敵が超長射程砲(スーパーガン)を有している事は正しいだろう───何より今作戦でそれが露呈した。」

『では、もう半分は……?「』

「……アリコーンは、本当は最大射程5000キロになるレールキャノンを有している───深海棲艦も、同様の武装を隠し持っていると考えるべきだ。」

『5000……⁉︎』

「最初から最大出力で砲撃するわけがあるまい。奴らは出力を絞り、その性能を隠匿しようと画策したのだろう。」

 俺がそうした様にな……とは口にしなかった。

 何れにせよ、マティアスの言葉はこの場にいる者にとって───否、此処にいない北にとっても───衝撃と臀部の冷え込む様な恐怖を伴って受け入れられた。実は、彼女たちにとって3000キロも5000キロも大して変わらなかった───どうせ何方にも対処出来ない(・・・・・・・・・・・・・)

 だが戦略的に、この差はあまりにも大きな意味を持っていた。5000キロなどという途方も無い射程は、人類から深海棲艦に対する安全圏(・・・・・・・・・・・・・・・)を完全に消し去る(・・・・・・・・)。──────これまでも、深海棲艦による陸上への攻撃は度々存在してはいた。沿岸域への艦砲射撃を始めとし、艦載機による内陸への空爆、重爆機の戦略爆撃───だがこれらは何も、対抗手段が存在する。艦隊や航空機の迎撃、あるいは沿岸砲と高射砲による反撃……場合によっては深海棲艦の攻撃を退ける事も出来た。

 だが3000キロはもとより、5000キロともなると、沿岸域はおろか存在を確認出来ないような沖合いからも砲撃を打ち込み、十分に内陸部へ届かせる事が出来る。

 そして使われる砲弾は恐らく、天龍を大破にまで至らめた────

「このレールキャノンに、アリコーンは主に二種類の砲弾を使用する。ひとつは諸君も知っている広域炸裂砲弾だ。」

 

 あの砲弾の威力は、ある程度は装甲化している軽巡洋艦の天龍すらたった2発で大破───しかも何れも至近弾で、二発目に至ってはかなり離れた場所での弾着だ───せしめる程の威力がある。そんなものを、例えば人工密集地の、砲撃を受けることなど想定していない建物が一撃でも喰らってしまえば、ただでは済むまい。

 この一種だけでも十二分に恐るべき存在だと言わざるを得ない。

 

 ………では、そのもうひとつとは?

 

「もうひとつは───戦術核兵器だ。」

 

 ヒュッ───息を呑む、という単語が示すそのものが、正にこの瞬間起こった。

 この場に居るほぼ全てが、その衝撃のあまりに出すべき驚愕の言葉すら喪い、全員が同じタイミングで肺を空気で一杯にし呼吸すら忘れ、全身を襲った卒倒するような喫驚の残響に身を任せていた。

 

『……それは、核砲弾と言うことですか?』

 ただ一人、現場に居合わせなかった北だけがその喫驚の中の人ではなかった。

「正解だ。」

 クイズ好きの北に合わせてか、マティアスはトリビアゲームの解答風な応えをする。

「核砲弾!?」「バカな……!」

 北の言葉に我に帰ったのか、次々と異口同音の言葉を連ねる面々。

『ですが、アリコーンが核砲弾(それ)を使えるのが本当だとして、彼らも我々もその為の砲弾は持っていない───。』

「いいや、違うな。君たちは彼女達の力を見誤っている。」

 どこか含むもの言いをするマティアスに、北は先程の返しのように、クイズ口調で“解答”した。

『答は───深海棲艦?』

「………惜しいな。また半分正解だ。答は深海棲艦()艦娘(味方)の両方だ。」

『それは、どういう』

 ───事です、という彼の言葉は続かなかった。バタン!という強烈な音によって開け放たれたドアによって遮られたのだ。

「誰か……⁉︎」

 提督が闖入者に誰何を問うが、答えはすぐに得られた。目立つピンク髪をおさげ風に纏めた女性──────

「いやぁ……ちょっと失礼まス〜……。」

「……明石か⁉︎」

 

 流石に勢いが過ぎたと思ったか、最初のドアを開け放った時が嘘の様に、バツが悪そうに入室する明石。手には見慣れないアタッシュケースが持たされていた。

「トーレスさんに頼まれていた物、完成したら持って来てくれって言うから……ほら!ちゃんと持って来ましたよ!」

 急いで来たからか、少しだけ息を切らしながら、手にしていたアタッシュケースをマティアスに渡す。

「これが答えだ……。」

 アタッシュケースを開けると、中から2人の妖精さんがひょこっと出てくる。2人がかかりで、弾丸に似た何かを運んで来た。

「ご苦労だったなエドガー、ズール。」

「ハイ!」「アリガトウゴザイマス!」

 円筒からペン先だけが飛び出た様な一見奇妙なデザインをしたそれは、見る者によってはAPDS(装弾筒付徹甲弾)の様だと言う印象を与えたかもしれない。

「まだ扱いには慎重にしなければならない。」と言って、ガラス細工を扱う様な手付きでその弾丸様の物体を手に取る。

「これがその核砲弾だ───先日の作戦で奪取した核魚雷をもとに、アカシに頼み込んで開発して貰っていた。」

「ああ……。」

 アリコーンだけが、マティアスと明石が一緒にいた理由に納得した一方で、他の面々は違った。

「核魚雷は米国の物の筈。許可も得ずに勝手に開発というのは……。」

 提督は核砲弾そのものより、核魚雷から勝手に転用したことを危惧していた。向こうからなんと言われるか───

「情報が共有されれば良い、だっただろう?運営もアカシが話を付けてくれた。」

 天号作戦の後、この鎮守府に置かれたMk.52核魚雷は“完全な情報共有が為されれば良い”という条件によって、日本本土に送られていた。

 そちらで得られた情報を下に魚雷そのものを転用してこの核砲弾は製造されていた───核魚雷を他の兵器に転用するかの如何は問われていなかったのだ───通常の兵器としての制限は当然設けられていたが、艦娘艤装の用途に関しては何も縛られていなかった────。

 

「だが、黙っていたのはすまないと思っている。」

「あと数日あれば、しっかりとした形になります!」

 自信満々に明石が言う。

 そして、この核砲弾もまた騒乱の火種となる

 ───

「でも、ここに核砲弾があるっていうことは……?」

「深海棲艦も……!?」「そんな!」

「そうだ。“核魚雷は奴等の手の中にもある”。」

「「「……!!」」」

 

 その言葉だけで、その先にある悪夢を予想できない者はいない。深海棲艦とほぼ同等の地からを持つ艦娘の、明石が関わって核魚雷かは核砲弾を作れるのならば、“同じく核魚雷を鹵獲している深海棲艦も、核砲弾を作っている可能性”があったのだ。

 

「核攻撃の応酬……!?」「そんな事したら核戦争だぜ……!」「私そんな下品なことしませんよ。」

 

『さて、では問題です。核抑止が成立しない条件とは?』

 会議は踊れど、されど進まず───というより、艦娘達の余計な喧騒を紛らわせるために問い掛けのような喋り口調になった。

「おいクイズ野郎いい加減にしろ……!」「まぁまぁ、良いじゃないですか……。」

 緊張感に欠けるともとれる北の言動に、ホワードをぶん殴っても尚腹の虫が収まらない天龍を大和が諌める。

 

「それは……テロリストによる核の使用、とかだな。」

 提督が言う。当然ながら艦娘よりも提督の方が、人間同士の争いに造詣が深い。

「正解!」

「流石デース提督!」

「これくらいは大した事じゃないよ。」

 相互確証破壊────核兵器という分不相応な力を手にした人類が確立した、究極の狂気の具現。だがそれは、国家を持つ人間同士でしか成立しない。

 

 国家同士で核兵器を使用する事によって、核報復の応酬となり、互いが破滅する。国家ではないテロリストが核を使用したところで、報復すべき主体となる敵国が存在しない───だから抑止が成立しないのだ。

 

「……だが深海棲艦はテロリストじゃねぇ。」

「いや、分析官は正しい。深海棲艦は国じゃないし、何処から来ているかも解らん。海という事以外、定住地もない。奴等は陸地の何処にでも攻撃し放題だが、俺たちは違う。」

 陸と海の面積比は3:7。単純に相対する面積も倍以上の差がある。奴等は適当に撃ち込んでも此方の倍以上効果的に破滅を齎す。

 

「……アリコーンと同等の能力を持つ深海棲艦がいたとして、直ちに我々の破滅が始まるという訳ではないぞ。」

「「「───!」」」

 通夜もかくや、という空気の中マティアスが発した言葉は、暗闇に投じられた松明のような希望を心中に与えただろう。

「分析官、敵の潜水艦が北上をやめ、南下しているのは事実だな?」

『え、ええ。南下する当該潜水艦を伴う艦隊をLEO偵察衛星が捉えています。』

 

 ───実は、これは偶然だった。CTF-200(第200合同任務部隊)の一部を壊滅に至らしめた存在を血眼になって探しに探しまくった結果として、偶然米軍の低軌道(LEO)偵察衛星に捉えられたのである。

 敵討ちとばかりに燃える米軍は、今も複数の監視・偵察衛星を初めとしたあらゆる情報収集手段でこの艦隊を追跡していた。

 

「ここからは私見だが、敵はこの核魚雷の転用のために他より充実した陸上基地化されたアリューシャン列島に行った可能性がある。それをアリコーン達が叩き、その後の作戦も首尾よく運んだからこそ、敵は行く宛を失ったのだろう───さてここで問題だ分析官。我々の猶予はどれ程ある?」

 北のクイズ好きに乗じたマティアスは“問題”を出した。『今度は間違えませんよ。』と少しだけ嬉しそうに北は答えるが、この期に及んでそんな雰囲気を持っているのでは緊張感に欠けると言われても文句は言えなかっただろう。

『正解は数日から数週間……!南方諸島にも深海棲艦の拠点は存在します。ある程度設備が整えてある場所なら、奴等の望むものが 手に入るでしょう。』

「くそったれ……!」

 敵に対する憎悪と自身の無力、その双方がない混じりになった滲むような声が天龍の口から絞り出た。

『深海棲艦は人類の人工密集地等をある程度把握しています。そこに核を打ち込まれれば────』

 想像に難くない、分かりやすい地獄(・・・・・・・・)が再現されるであろう。

 北が太平洋を取り囲むユーラシア、南北アメリカ、オーストラリア各大陸の映った大きな地図を表示し、そこに広い円を重ね出す。

『もし敵が核を手にしたら、恐らく始めに狙われるのは環太平洋地域の何れかでしょう───例えば東京、上海、シドニー、ハワイ、米国西海岸……狙い場所は枚挙にいとまが無い……こう考えてみても、やはり敵は、核を撃ち込む気だ。』

 広大な太平洋を隠れ蓑に撃ち込まれる核の恐怖──────一つだけ救いがあるのは、この事態が人類同士の争いによって齎された訳では無い事だろうか。

「分析官問題だ。こいつらは一体何者だ?」

 提督が問う。問いかけに近い口調ながらも、その実は確認にも似た感情も孕んでいた──────優秀な頭脳を持つ分析官の考え(解答)の確認。

『───正解は深海棲艦でしょう。でも僕はこう呼ぶべきだと思います。』

 一拍置いて、強調する様に北は解答する(言った)

『絶対に止めなくてはならない敵……!』

 

「……正解だ。」

 

 答え合わせをしたのは、提督ではなく、複数の真っ赤な円に全域を囲まれた環太平洋地域の地図を顎をしゃくりながら見るマティアス・トーレスだった。

 

 

 

 〜〜〜〜〜

 

 

 同 21時59分

 鎮守府内 艦娘宿舎

 

 

「───アリコーンサン……!」

「?」

 作戦会議室でのマティアス・トーレスの皆を牽引してゆく様な“演説”───実際には全く違うが、彼女の頭ではそう変換される───に心酔し、その言葉の端々までを反芻させ、声色を回想し脳内で再生する。頭の中に彼の言葉が蘇る度、快感にも似た衝撃が頭から爪先まで走った。そんな余韻に浸っている時、この行為を中断する様に無粋にも声を掛ける行為を本来なら彼女は嫌ったであろうが、今回は相手が別だった。

 

「コンゴウさん。」

 

 連号作戦の折、事前に意図しないながらも互いの背中を預け合った身としては、多少の親近感も湧くと言うもので、ほんの少しだけ自分の時間を奪われるくらいは何とも思わなかった。

「どうされたんですか?」

 どうやらこの宿舎中を探し回っていた様子で、肩で息をしている。何か重要な話でもあったのだろうか?

「急に呼び止めてSorryネ……どうしても聞きたいことがあって……。」

「いいんですよ……して、聞きたい事とは?」

「あの時、どうやって魚雷を避けたんデス?私にはHitした様にしか見えなかった……。」

「あの時……?ああ。」

 直ぐにアリコーンも思い当たった。シンイを名乗る男の駆る高速武装船艇に酸素魚雷を放たれた時だ。

「───あれは、ちょっとしたトリックですよ。」

「トリック………?」

「そうです。」

 

 アリコーンは説明する。

 

 あの時、直前で急減速したのは、何もヤケクソになった訳ではなかった。

 実は彼女には、対潜水艦・対対潜航空機様に水上ジャミングブイが搭載されている。敵のソナーを潰すための自爆機能も備わっているそれを、制動の際に射出し、直後に起爆させていたのだ。

 結果、酸素魚雷は爆圧の衝撃で誘爆。ジャミングブイは爆発音こそ大きいものの、威力は魚雷に遠く及ばない。水柱が魚雷のものとしか認識されなかったのはそのためだった。

 

「デモ、あの後アリコーンサンは消えて───」

「コンゴウさん……私の艦種をお忘れですか?」

「艦種って……原子力潜水───あ!」

「気付きましたか?私はあの時、水柱に紛れて潜行し、息を潜めていたのですよ。」

 金剛はすっかり忘れていた。彼女の水上での獅子奮迅の活躍ぶりにすっかり目を奪われていたが、アリコーンの本来の艦種は“原子力潜水航空巡洋艦──────潜水艦なのである。

 とはいえその特徴を偽装撃沈に使おうと咄嗟に思いつく突飛さと行動力はやはり異常と言わざるを得なかった。

「そんな事を兵器でやってしまうなんて、アリコーンサンは、やっぱり凄いデース。」

 金剛の素直な称賛だったが、アリコーンはこれを固辞した。

「いいえ、私は、艦として能力が優れているだけです。他は特別じゃありません────私からすれば、コンゴウさんみたいに近場で撃ち合える度胸を持つ方が、称賛に値すると思いますよ。」

 艦長に自慢できることは少し増えましたけどね、とアリコーンは付け加えた。

「………Thank Youネ。」

 アリコーンとは違い、金剛は素直に言葉を受け取る。やや渋い顔をしてはいたが。

「……そういえば、その艦長サンは何処デース?」

 キョロキョロと額に垂直に手を当て、周りを見渡すようなポーズを金剛は取った。

「艦長は、先程の“演説”で少々引っ張り凧のようで……先に戻るよう言われました。」

「てっきり他の娘にナンパされたかと思ったネー。」 「は……!?」

 先程の話の流れからは考えられない発言を置いていった金剛は、「スッキリしたネ!グッバイ!」とそそくさとその場から消えてしまった。今から追いかけても間に合うまい。

 艦としてのスペックなら彼女に劣る所など殆ど無いのに、生身ではこうも違うものか、と彼女は痛感する。

 普通に、女性としては金剛の方が数段彼女より格上なのだろう。

 

 アリコーンは自身の掌を見下ろす。……白い手だ。頭では知っていても、この手は。身体は、あらゆる汚れを知らない。

 

「わたしは、未熟なんだろうな……。」

 

 普段の彼女からは考え付かない少女の様な声は、その瞬間消灯した宿舎の闇に呑まれ反響することなく消えた。




感想、高評価お待ちしております!


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間章 2
間話 2


「あと」秘密兵器が遂に登場します!なぜここで登場させたかというと本編で登場シーンを描くとエスコン7DLCストーリーからズレるからです!


20XX年 9月29日 午後

日本国 戦略機動打撃艦隊

某島鎮守府

 

 

「……。」

 

 次の大規模作戦に備えたブリーフィングを終えた伊201ことフオイは暇を持てあましていた。

 出撃準備はあるにはあったが、潜水艦は準備にかかる時間が少ない。フオイは艤装を持ったままの出撃待機時間というのがどうにも億劫で好きでなかった。そんな彼女がすることは出撃ギリギリまで時間を潰す事なのだが、今次の作戦はどうやら皆の気合いの入り方が違うように思えた。無論、常日頃から手を抜いているわけではないだろうが、一回り二回りもピリついている気がした。

 

 つまるところ、暇を潰す相手や場所がなかったのである。

 

(分かっちゃいるがな~~。)

 そうした中で、同じような空気を纏った紫電の髪色を持つ長身の女性の姿を見かけた。

「……あ!」

「あら。」

 フオイが“姐さん”と呼び慕うアリコーンだ。

「姐さん、どうしたんスか?」

「多分、貴女と同じよ。」

 アリコーンは彼女の敬愛するマティアス・トーレスが次期作戦の準備と作戦計画に掛かって暇がないとのことだった。

 マティアスと共に居るのが生き甲斐────と言っても凡そ過言ではないアリコーンにとってみれば、今は非常に時間を持て余している時だったのである。

 そのアリコーンが普段持っていないモノを持っているのをフオイは気づいた。

「姐さん、それは……?」

「あぁ、この子?」

 妖精さんの類いである事はフオイも理解している。だが、それは彼女の余り見慣れない妖精さんだった。如何に艦娘とはいえ、全ての妖精さんの姿形を網羅しているわけではない。

「提督さんが皆さんに配っていたのよ。私は大丈夫だから、と断ったのだけど、“お守りみたいな物だから持っておいてくれ”って、ね。」

 正直、艦長以外の方からの頂き物って気が乗らないのだけど……とアリコーンは付け加えた。

「フオイは頂いてないのかしら?」

「アタシは貰わなかったっス。」

「そう……なら、この子貴女にあげるわ。」

「エッ!?」

 驚いたのはフオイより妖精さんの方だった。わたわた、と手足を降り回しダメだと訴えるが、そんな可愛く喚いたところでアリコーンの気に何ら影響を及ぼせる訳がなかった。

「はい、どうぞ。」

「あ、あざます……。」

 ヒョイと摘ままれ呆気なくフオイの手にして渡った妖精さんは、やはり暫くはわたわた、としていたものの、直ぐに諦めたようにフオイの掌でふて寝した。前髪が両脇に垂れ、白いハチマキが目立つ。

「ホントに貰っちゃって良いんスか?」

「淑女に二言はないわ。」

 ヒラヒラと手を扇ぐアリコーン。

「そうだ……貴女も暇なのよね、フオイ?」

「エ?えぇぇうす、暇っス。」

「ならお茶でも如何かしら?作法は私が教えてあげるわ。」

 どうせ暇なら、出撃まで気分転換がてら軽く腹にいれておこう、というアリコーンの配意だった。これには単純に彼女の暇潰しも兼ねている。

 その後、フラフラっと紅茶の香りに誘われてきた金剛とそれに着いてきた榛名が加わったので、フオイは出撃まで退屈しない時間を過ごすことができた。

 

 

 

 ~~~~~

 

同 夕刻

 某島鎮守府 陸上基地飛行場付近

 

 

 このとき、この飛行場では次の大規模作戦に備えとして数多くの機体がその姿を露にし、飛行場狭しとばかりに機首を連ねていた。陸上攻撃機を始めとして、戦闘機、偵察機、更にこの飛行場には存在しないが、演習場近くの水上機基地にも多数の飛行艇が犇めいている。

 そして、そのなかでも一際目立つ見慣れない銀色の巨体がその翼を休めているのは多くの目を引いた。

 

 そんな飛行場を廻る景色を一望できる小高い丘に足を運んだ男も、その一人だった。

 傾いた陽光が男の歩む先にポッカリと穴の空けたような底の見えない黒い影を作り出す。それがかえって、男には今後に起きるかもしれない不幸の予兆であるようにも思えてしまう。

 

 そんな気を紛らわすべく男が頼もしい銀翼を一瞥し、目を離すと、丘の頂に人影か見えた。その先客は男にとって自らに用事のある人物であることは容易に想像が付く。

 

「───やはり、目立ちますな。」

「おう、来たか提督殿。」

 先客に話しかけた男───提督───は、先客の隣に立った。

「また面倒なモノを引っ張ってきたな。多少なりとも前任機よりマシとは言え、アレは骨がおれるぞ。」

「整備長には腕がなる代物では?」

 先客とはこの飛行場に駐留する機体の整備を受け持つ整備長だった。実は提督より少し年上なだけで年齢も近く、お互いに気の置けない仲にある。

「バカを言うな。誰が好き好んで大型4発機の整備なんか買って出るものか。」

「貴方ならやりきってくれると確信しています。」

「無遠慮だな………あと何機だ。」

「アレを含めて、4機。」

 整備長の問いに、提督は指を4本立てて答えた。それに、整備長は訝しげに首を傾げる。

「4機?随分少ないな。あのクラスの機体の定数は9機だった筈だが……?」

 基地航空隊の編成は、基本的に3機からなる小隊6個で計18機の1個飛行中隊を編成し、それを集めた4個中隊で72機からなる1個飛行隊を編成している。但し4発機の様な超大規模な機体である場合は整備や出撃時間の関係上、1個飛行中隊の規模は9機に半減される──────のだが、あの4発機はたった4機と言う。中隊定数の半分にも満たない機体を一体何に使うと言うのか?

「米国の新型機でもないな。どうする機だ?」

「アレも新型機でね……数がないんですよ。その4機で全部。仕様書はすぐ届きます。」

「やはり面倒ごとじゃねぇか……。」

 ポリポリと頭を掻きながら悪態をつく整備長。

「腹になんか抱えてるしよ。なんだ?あれ。」

「有り体に言えば、秘密兵器……ですかね。」

「秘密兵器ねぇ……。」

 そう言って巨人機を見やる整備長。彼の目には、機体の外見に別段変わったものは見受けられなかったが──────機体に懸架されているものには、彼は見覚えが無かった。彼は顎をしゃくる。

あれ(・・)が秘密兵器か?」

 一見、魚雷のように見えるそれは明らかに航空魚雷としては巨大で、機体の爆弾倉に入りきらないほどだ。極めつけは、向きが逆(・・・・)に見える。

 スクリュー状のプロペラが機首方向に備え付けられており、その事からも魚雷の類いではないのは明らかだった。

「そんなところです。」

 

 夕焼けに照らされた銀翼は黄金に似た輝きを伴っていたが、水平線にその顔を埋め始めた陽は赤みのある色味を帯び始め、銀翼は炎の様な輝きを呈する。

 それが、濃緑色が表面の大半の面積を占める機体が大いこの飛行場で、一際目立つ。

 そこに、陽光の照りを受けた新たな炎の輝きが大馬力レシプロエンジンの轟音を伴って飛行場へアプローチを開始した。

「2機目か?遅いな。」

「日没までには揃います。」

「そうか───しかし、何の因果かね。」

 整備長は腰に手を当てそう呟いた。

「何がです?」

「アレだよ……昔作られ、でも結局間に合わなかった物が、一応は間に合ってここに居るってのは。しかもそれが、俺達の秘密兵器なんだろう?」

「そうですな────でも、“それ”は今はよくある事です(・・・・・・・)。」

 嘗て戦いに挑み沈んだ艦や、その為に造られたにも関わらず、その真価を発揮する機会を永遠に奪われる事となった艦の魂を身に宿した艦娘という存在───提督の言う“それ”に彼女達は当てはまった。

 彼女達の奮戦は、それこそ歴史に記されるべき英雄的活躍ぶりだ───まさに、“生前”の鬱憤を晴らさんばかりの───。

 

「そうだな……期待に添えれるよう、最善は尽くそう。」

「お願いします。」

 

 握手を交わし、改めて転じた目線の先は丘から一望する飛行場の中で一際陽光に燃ゆる様な輝きを放つ銀翼の巨体────。

 それこそは嘗ての大戦時に、強力な矛たれと造られ、だが度重なる不幸の果てに遂に日の目を見ることの無かった未完の巨人─────G8N。

 

 

 

 その名は─────────連山。

 

 

【挿絵表示】

 

 




次回から遂にDLC3に当たる第Ⅲ章となります!
今までは新章と同時に「予告」も更新しておりましたが、流石にお待たせし過ぎかと思いますので「予告」新章も同時更新とします!皆様是非閲覧下さい!


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第Ⅲ章 ユニコーン撃沈作戦 Kills UNICORN
ブリーフィングⅢ


お待たせしました!

DLC LRSSG Briefing II
を聴きながらお読みください


 20XX年 9月30日

 日本国 某所 タワーマンション高層階

 

 パチン……パチン………───光量を落とされた照明の中で、部屋に響く音が規則的に鳴っていた。将棋の駒を打つ音だ。大して広くない室内に、それは小気味良く響く。

 薄暗い室内、モニターの機械的な光、そして将棋。それらは彼の集中力を高めるルーティン勢揃いだった。

「みんなに適用されるはずのルールが、適用されない者がいる……。」

 ボソッとした抑揚のない呟きは、駒を打ちつける音以上に響くことはなかった。それこそが、彼にとってその言葉が不意に、何の意も無しに漏れ出た物であることを示している。

「この戦争が終わって仕舞えば、艦娘は危険な存在だ。」

 パチン……“玉”の前に立ち塞がった歩兵を、その“玉”が下す。

「だから消そうとする……短絡的だが効果的。結局人間にとって都合が良いのは“過去の英雄譚”なんだ。」

 パチン……“将”としか掘られていない駒が、敵陣の奥に一歩を踏み入れる───“玉”と“将”は本来“玉将”という1つの駒だが、彼の物は製造ミスにより別々の駒に彫られている───彼はそれを一緒に使い、故に、本来の将棋とは違う思考を求められる事を自身に強要している。彼のルーティンとなる故だ。

「……アリクサ問題だ。深海棲艦を止められる可能性は?」

 パチン……更に踏み込む“玉”。相手の王将は目と鼻の先にある。

『>艦娘ト深海棲艦、ドチラヲシンギュラリティ(特異点)トスルカニヨル。』

 パチン……“玉”と“将”の進撃に敵陣奥深くまで浸透した自陣より最強の機動力を持つ“龍王”が颯爽と舞い戻り敵に立ち塞がった。

「両方だ。シンギュラリティ(特異点)がふたつ存在する空間では何が起こる?」

 パチン……龍王が妨害に打たれた敵の桂馬を破る。

『>イマノりそーすデハ計算ニ約7ヶ月。』

 パチン……遂に王将を挟み龍王と“玉”、“将”が対峙する形になる。

「…………。」

 アリクサとの問答になかなか閃きが湧かず、目前の一風変わった対局にも妙案が浮かばない。

「遠く離れた彼女達に賭けるしかないのか……」と半ば諦めにもにた感情で口を衝いた。

 ギイッ───音の消えた室内で、身体を預けた椅子の僅かな軋みだけがいやに響く。

 

『>───マサト、ニゲルベキ。』

 機械調の音声に感情は伴う事はない。だがその時ばかりは、彼には相棒の声が人のそれに聞こえた様な気がした。

「はは、君も冗談を言うのかい?」

『───』

 アリクサの、機械ゆえの抑揚を伴わない懇請に、北は感情の伴わない乾いた笑いで答えた。

「彼女達が負けたら、この世に逃げ場なんて一寸足りとも存在しないんだよ。」

 

 北の言葉は事実だった。

 射程5000kmの核弾頭、それも核の脅威を人間ほどに理解できない深海棲艦───否、果たして人間も理解出来ているとは言い難い───が使ったとなれば、間違いなく無差別、無分別、無遠慮に撃ち込み、地上は焦土と化し放射性降下物(死の灰)に覆われるだろう。

そこに安息の地など存在しない。

 

『───』

 

 珍しくアリクサは押し黙った。頼りなパートナーがこんな風になるのは珍しいな……などと思いながら、喉の乾きを感じた彼は手元の清涼飲料水を取ろうと姿勢を変えた瞬間──────

 ガツン!

「あべし!」

 小指という人体でも最高クラスのウイークポイントへ起こった机の脚の直撃は、北に悲鳴を上げさせるに十分な威力を有しており、さらにその衝撃は物理的に伝搬した。

 ガチャーン!ガラガラガラ!!

 机上の上で繰り広げられていた一人対局の接戦は、対局者本人の転倒という形で崩壊した。

 床に散乱する盤と駒………しかも、具合が悪いことに──────

「……あっ!あらぁーーっ!」

 彼が悲鳴に近い声と共に拾い上げたのは3つの駒。運悪く盤の下敷きにでもなったのか、ヒビが入ってしまい、挙げ句割れてしまった。

 王将と“玉”、“将”の3駒。

 製造ミスのものだったとは言え、そこそこ気に入って使っていただけに北は目に見えて落胆した。

 

「あーァ……。」

『>イイキミ。』

「おい、ちょっとぉ……!」

 傷口に塩を塗りたくる様なアリクサの一言は、もしかしたら先程パートナーを笑った当て付けなのかも知れなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 

 

 

 

 第Ⅲ章 ユニコーン撃沈作戦

 

 Kills UNICORN

 

 

 

 

 

 

 20XX年

 

 9月30日 9時10分

 

 日本国 戦略機動打撃艦隊 

 

 某島鎮守府 

 

 艦娘寮兼司令部施設 1階

 

 作戦会議室

 

 

『運営がアリコーンのスペックをやっと全て開示してくれました……!』

 モニターに表示された一連の図表は、既存の艦娘とはかけ離れた隔絶した性能を持つ、“怪物”と呼ぶに相応しい艦娘のものだった。

『この辺りの性能はトーレス少佐の言っていた通りです。やはり興味深いのは……これこれ。』

 表示されているアリコーンの艤装の中でも、一際目立つ重厚長大な艤装へ視点が移りその中央部分から、冥府神ハーデースが持つ巨大な二又の槍、バイデントをも思わせる構造物がそそり立った。

『アリコーンには主砲以外に128口径600㎜レールキャノンを装備されています……砲身のスペックは70m!そして射程は3000km。』

「600みり……。」

 46サンチ(460㎜)の主砲を誇る大和が気も力も抜けた声をひり出した。余りに声が小さかったので、他の面々は気付かない。

 モニターが装いを変え、一面黒塗られた背景にの中央にアリコーンを模した人形が配置される。カメラが一気に引き、中央から広がる同心円────それが推定される射程を表しているだろう事は、この上言う必要はあるまい。

『前回の作戦であった砲撃から推定した数値と一致します……が、トーレス少佐によればこれはカタログスペックでしかなく、その気になれば5000km……となります。いずれにしろ脅威度が跳ね上がっただけです。』

「……。」

 リアクションを取ることすら疲れたのか、大和が呆けた目で話を聞いてきいた。彼女の存在意義といっても過言では無い自慢の46サンチ砲の能力をあらゆる面で上回られているのでは、そんな顔もしたくなるものだろう。

 そんな彼女を見兼ねてたのか、“大丈夫”と言わんばかりに提督が彼女の肩を叩いた。実際、彼は大和を励ますつもりの行動だったし、大和もそれを察して微笑んだ。そして金剛はヤキモチを()き榛名がそれを宥めた。

 

 ──────アリコーンが規格外なだけであり、大和の火力と防護力が低下したわけではない。彼女の性能はこの先に幾度も必要となるだろう。そうした時、彼女には自身の能力に自信を持っていてもらわなければ寧ろ困る。大和には、戦艦として驕りにも似た絶対な自信を持っていて欲しいと、提督は考えていた。

 

『……続けますよ。深海棲艦の保有が危惧されるミニ・ニュークですが、推定核出力は1キロトン。弾着点から半径400m以内の目標を破壊出来ます。都市にでも撃ち込めば、直接の犠牲者は数万人になります……!』

 装弾筒の付いた砲弾が放たれる様が映され、同心円の中心からどんどんと遠ざかるそれは、放物線を描いて“3000km”に命中し、爆心地(グラウンドゼロ)と示される。

「数万……!」

 その言葉に一同が顔を歪ませないのは。無理難題というものであった。

 今次作戦の正否によって、直ちに生じる損害がそれだ。そして今後は、その悲劇が連日繰り返されることとなる────これを最悪の事態と言わずしてなんとするだろう?

 

『敵は10月5日、環太平洋地域の何処かに、核を撃ち込みます』

「なぜ分かる?」

『その日が、推定される核砲弾の完成日だからです──────現在南下している敵艦隊は、進路から中部大平洋を目指していると考えられます。これを………敵艦隊の予想進路です。』

 話と同時にモニター全面を覆ったのは、広大な大平洋地域の海図だ。その一部が拡大され、幾何学的な直線が複数方向に伸び、そして一ヶ所に集約した。その場所は──────

「この場所、この間の……───」

 呟いたのは榛名だ。

 

『正解、ここは数週間前の偵察作戦で存在が確認された火山島の、天号作戦で“叩かれていない”方の島です。深海棲艦は、巧妙に偽装した基地をこの場所に造っていました。目指す先は此処でしょう。』

 

 数週間前の偵察作戦───それは天号作戦の端緒となった作戦で、榛名が大破して入渠ドックに放り込まれた彼女にとっては苦い思い出の場所だった。

 

『アリューシャン列島沖合を出発し、10月3日迄にはこの島に着かなくてはならない。この海域の辺りは、天号作戦で多くの深海棲艦戦力が撃破されています。味方航空機の監視、ならびに我々の警戒艦隊を避ける。且つ、敵の護衛艦隊の行動力を踏まえる………ルートはこれしかない。』

 幾つもあった折れ線が消滅してゆき、最後に一本だけの線が残る。それが敵の採るであろう進路なのは明白だ。

『敵は米軍の基地があるハワイ諸島を迂回し、北大平洋を脱します。ミッドウェー諸島を抜け、ジョンストン環礁を経由し中部大平洋に出る気でしょう。周囲の支援を受けやすく、到達日時もおおむね分かる……釣糸を垂らすならここだ。』

「よく割り出せたな。」

 天龍が感心気味に呟く。

『仕事ですから……でも、この海域を抜けられると厄介です。』

 再びモニターの画面が操作され、衛星画像とおぼしき航空写真に置き換わる。その中央に位置する島────そこには幾つもの深海棲艦らしき影が映し出されている。

『目標としているであろうこの島には、前回の作戦で攻撃した島と同程度か、それ以上の戦力が隠されています。追撃は厄介になるでしょう。』

「うだうだ言ってねぇで、連中を全員叩きのめせば良い話だろ!」

『短絡的ですが、効果的です。』

「短絡だと」

『提督、お願いします。』

 天龍に“短絡”を覆い隠すためか彼女の言葉が終わる前に、北は提督に発言の主導権を譲った。天龍は不承不承と言った顔で腕を組み黙る。

「分かった。ま、そういうことだ……故に此方も可能な限り版是な準備を以て作戦に当たらねばならない───まずこれを見てくれ。」

 発言者が提督に変わると、早速プロジェクターを弄りモニターの画面を挿げ替える。僅かなロード時間を於いて映し出されたのは、彼女らの見慣れぬ4発機の画像だった。

 細長い葉巻型の胴体からして、あの二式大型飛行艇ではないことは明らかだ。

「これは……?」

 赤城が不思議そうに呟く。彼女は特に自分の載せる艦載機以外の航空機には見識が浅かった。

「運営が漸く開発に成功した4発陸上攻撃機“連山”、その試作機───の、更に特殊な改造機だ。」

「特殊な改造……?」

「僅かに用意できた特殊なMAD(磁気探知機)を搭載した哨戒機仕様となっている。」

 試製連山(特殊哨戒機仕様)と銘打たれたその機体は、胴体下部の爆弾倉に収まり切らない程に巨大な魚雷のような物を懸架していた。

 

 逆向きに。

 

「こいつがMADだ。哨戒機4機がこのMADによって作戦海域を捜索、敵潜水艦“ユニコーン”を発見する。」

 今次作戦において、深海棲艦のアリコーンに相当する潜水艦を“ユニコーン”と呼称することにしている。アリューシャン列島で見せた長距離砲撃がその素因である事は明らかだ。

「攻撃はどうすんだ?まさか爆雷を投げつける訳にもいかねぇだろ。」

 改装前は対潜艦も勤めたことのある天龍の質問はもっともだった。敵はアリコーンと同等のスペックを持つと思われるため、不用意に近づいて攻撃を食らっては目も当てられない。というより、その気になれば振り切られてしまう可能性もある。

「無論、策はある。こいつだ。」

 試製連山の画像が切り替わり、チンチクリンな魚雷の写真が映された────正確には“彼女達の目にはチンチクリンに見える”だが……。

「佐世保を発った海上自衛隊の第2護衛隊群第2護衛隊が作戦海域に向け南下中……この新型魚雷を持ってな。」

 魚雷の諸元だろう、G-RX7と題されたスペック表とともに三面図が展開される。艦娘達の多くが見慣れた魚雷とは違い流線型の尖端ではなく潰れた平坦な鍋の様な形状をしていた。だが知識があるマティアス・トーレスはそれを興味深い目で見つめていた───同様に、アリコーンも。

「これは日本で対深海棲艦用に開発されていた短魚雷だ。」

 提督は言う。日米でそれぞれ、通常弾頭、核弾頭の対深海棲艦用の魚雷を開発しており、その日本での完成形がこの魚雷なのだと。この魚雷は所謂“短魚雷”に分類される誘導魚雷であり、その性格、性能からして艦娘達の見慣れた魚雷とは形状がかなり異なるのは当然のことだった。

 

「よし、改めて作戦内容を説明する。君達の任務は、哨戒機、護衛艦と協力して“ユニコーン”を発見することだ。」

 

「まず第1段階、特殊なソノブイを用意した。基地航空隊が作戦中これを以て海域の指定エリアにソノブイを配置し『ソノブイ・バリア』を形成する。艦隊はこの作業を行う機を援護し、可能なら敵艦隊を排除せよ。」

 短魚雷と並行して開発された代物だ、と北が付け足した。攻撃手段はあっても、探知できないのでは意味がない、とも。

「第2段階、そこから得た情報を解析しユニコーンがいる可能性のある海域を絞る。解析結果は連山哨戒機に搭載されているデータリンクによりリアルタイムで更新されるから、その点心配は要らん。存分に戦闘行動を続けてくれ。」

 

「最終段階は連山哨戒機のMADにより敵潜水艦の座標を特定する。艦隊は海空から予想される深海棲艦の攻撃から哨戒機を掩護せよ。」

 

「ユニコーンの座標を特定し次第、護衛艦隊がSUM(対潜ミサイル)を一斉発射、撃沈だ。」

「……外したら、どうなりますか。」

 

『作戦に間に合った魚雷の本数は4発です。2撃目に賭ける余力はありません。』

 いまだに試作装備の域を出ていない短魚雷だ───故に開発中であることを意味するG-RX7が正式名称も与えられずに使われている───北が防衛装備庁に掛け合った時、自衛隊側は快くそれを承諾したのだが、その時点で完成していたのが試作品を含めたわずか4発でしかなかったのだ。

「ま、いざとなったら俺たちが爆雷でもなんでも打ち込んで叩き沈めてやるさ。なお前ら?」

「勿論よ!」「潜水艦なんて怖く無いわ〜!」などと、威勢の良い声が駆逐艦娘達から上がる。天龍は駆逐艦達にハッパを掛けるのが得意だ。無論、そんなハッパに乗らない駆逐艦でもその闘志灯る目が霞んでいる訳ではない。

「はは、全く、ウチの艦隊は心強いなぁ。」

「テートク、艦隊はどうするデース?」

「無論、全艦隊全力出撃だ。だが今作戦は……いや、ここからはトーレス少佐に任せよう。」

 提督がマティアスに目配せすると、彼は頷いて席を立った。何も知らないアリコーンはアタフタしている。

「任された……と言っても、作戦概要の付け加えだ。今次作戦にはこれとは別に、陽動として長距離偵察作戦を行う。アリコーンにはこれに当たって貰う事とする。」

「え……⁉︎」

 驚いたのはやはりアリコーンだった。前作戦であれほど戦果を上げたのに、その上でこのわたしを前線から外すというのか……⁉︎

「な、なぜ……⁉︎」

「早まるなアリコーン。お前を戦力外にするという訳では無い。」

 マティアスは続ける……こちらにアリコーンがあるのは深海棲艦側も当然知っている。つまり敵は、アリコーンの脅威度についてかなり正確に認知しているはずだ。その上で重要な戦力であるユニコーンを同等の戦力を持つアリコーンと打つける事を敵が許容するとは考えにくい……よって、この作戦はアリコーンが作戦に(・・・・・・・・)参加していない(・・・・・・・)様に見せかける必要がある。

 そこで、この偵察作戦という訳だった。

「アリコーンの艦載機を使い、敵基地のある火山島を偵察する。この際、SLUAVとバディポッドを使い偵察機へ空中給油を行い、長距離、長時間の偵察を可能にする。敵に“アリコーンは基地の近くにいる筈だ”と思わせるのだ。実際には、アリコーンは艦隊後方100kmで待機する。」

「偽装偵察……という訳ですか?」

「概ね正しい。敵潜水艦発見の報あればアリコーンは直ちに現場に急行、万が一に護衛艦隊の攻撃が失敗した備えとなれ。お前が我々の切り札であることに変わりはない。」

「……!はい!」

 その言葉を受け、喜色に染まるアリコーンは溌剌と返事をする。一方で、別の気遣わしさが艦娘達の一角から上がる。

「敵の艦載機は相当の性能と聞きます。アリコーンさんとの模擬空戦もやりましたが、悔しいですが相手になりませんでした………敵が同じような機体を用いてきたら、制空権の確保は約束できません。」

 白銀の長髪をかき上げながら、第4艦隊旗艦を務める正規空母 翔鶴が立つ。

 

 アリューシャン列島での戦闘経験を経て深海棲艦にアリコーン級の戦力があることが認知されると、まず対策がとられたのは航空兵力だった。同地での連一号作戦において、アリコーンの艦載機は有人無人を問わず獅子奮迅の活躍をして見せた事から、それが敵に回った時の脅威度と言ったら計り知れない。対策は急務だったが──────

 結果は“何も対策ができない”という惨憺たるものだった。アリコーンの艦載機は既存の艦娘や妖精さん達が扱う航空機と比べて文字通り天と地ほどの差があり、どんな熟練の機体でも赤毛の手を捻る様に簡単に撃墜判定を与えられてしまったのだ───アリコーン級の高速戦闘機との戦闘は絶対に回避されねばならない、という知見が得られた事が、数少ない成果といえば成果だったが───。

 

「艦載機の子たちを、無駄死にさせるわけには───」

「分かっている。その点、対策は取ってある。」

「……?」

「新型艤装を急ピッチで用意した。期間が間に合わず、ぶっつけ本番になってしまったのは申し訳ないが、これがしっかり動けば少なくとも経空脅威に関しては相当緩和される筈だ。」

 提督が明石に手招きして、壇上に呼ぶ。いそいそとやって来る明石は、見慣れない艤装のミニチュアらしき物と、資料を幾つか抱えていた。

「用法についてはこの後明石に説明して貰うから、空母組は残っておく様に」

 「なるべくすぐ出来る様に仕上げましたから」と、明石が目元のクマを隠しながら言う。彼女はこの艤装以外にも、他の装備の開発も並行して行なっていたので、文字通り寝る間も惜しんで開発作業に取り組んでいた。この後は提督によってベッドにグルグル巻きにされ強制的に寝かしつけられる予定である。

 

「さぁブリーフィングは終わりだ。総員、出撃準備に掛かれっ……!」

 

 




いよいよ第Ⅲ章となり、物語も華僑に入りました。
アリコーンと妖精さんとなった乗組員、そしてマティアス・トーレスの物語はいかにして帰結していくのか、遅筆ではございますがご期待下さいませ!


つっても大それたモン書けねぇけどな!!!!!(台無し)

感想、高評価お待ちしてえります。お気軽にどうぞ!


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発動、寿号作戦

お待たせしました!12月にも何とかして一本投稿したいところです。
決戦の前哨戦となる空戦回です。お楽しみください!


 20XX年 17時05分

 北太平洋沖合

 

 

 二式大型飛行艇の翼が大空に上がってはや数時間が経過しようとしていた。

 陽が傾き、黒い海と黄金色を呈した雲海を湛え始める眼下───それはさながら豪華絢爛の限りを尽くした絨毯のようで、見る者を圧倒する荘厳さをも持ち合わせている。

 二式大艇の、必ずしも見晴らしが良いとは言えない操縦席からでも、その様はありありと確認できた。

 

 美しい………だがこの海が、これから俺達の命運を決する戦海と化すのだ──────操縦管を握る妖精さんの手に、汗が滲み、力が籠る。

『……!』

 その時に気づく。ブルブルと揺れる操縦管。おれは、震えている───?

 緊張、あるいは縮み上がっているのか?───否、これは武者震いだ。

 これまで彼らの乗る二式大艇はその持てるスペックを活かす場が与えられてこなかった。一式陸攻をはじめとする大半の爆撃機、攻撃機を凌駕する爆弾積載量と、圧倒的な航続距離───しかし、彼等がこなしてきた仕事と言えばその絶大な航続力だけ活かした友軍機の誘導くらいで────それはそれで重要な任務であることは理解していたが────この機体の性能をフルに活かせているとは言い難かった。

 

 ……だが!今度の任務は違う。

 2tにも及ぶ爆弾積載量を活かして大量のソノブイを搭載し、大航続距離によって広範囲にわたりソノブイをバラ撒く。飛行艇としては必要十分以上の防御火器と防弾性能を持つ本機にうってつけと言えよう。

 漸く与えられた真価を発揮するこの場で、この機体の力を存分に見せつけてやろうというものだった。

 

『……オッ。』

 レシプロ機特有のプロペラが空気を叩く音と共に音が二式大艇を追い越した。熟練揃いで腕を鳴らす台南空所属の零戦21型、251航空隊の零戦22型からなる戦闘機隊計32機だ。16機ずつの編隊が直掩機と制空機で別れている。

 彼らの操る初期型零戦自体は、その性能こそ必ずしも優れているとは言いがたいが、彼ら熟練も熟練、エリートの手に掛かれば瞬く間に侮り難き恐るべき能力を持った戦闘機に早変わりするのである。

 

 運営には彼らベテランにより高性能な機体に乗って暴れてもらいたいところらしいが、なんでも彼等が言うには「ワルクハナイガオレラニアワネェ」だそうで、機種転換を拒んでいると聞く。

 

 そんな人間達の思惑をよそに、二式大艇より100km/h程度しか優速を持たない零戦はゆっくりと編隊の前に遷移する。二式大艇の直掩に当たるのは台南空の零戦21型だ。

 彼等がいる限り、向こう暫くは安泰が続くだろう───具体的には、敵艦隊に近づくまでは。

 だがその安泰は、早くも彼らの望む形で崩れるのかも知れなかった。

『イ201ヨリニュウデン!テキカンタイヲハッケンシタモヨウ。』

 通信士の報告。来たか───機長は口角を上げる。

 

 主力艦隊の出撃に先立ち出撃した、伊201、伊19、伊168、伊58の潜水艦4隻全てが敵艦隊の予測進路上に散開線を敷き、目標を見つけたならば敵艦隊発見の報を発することが命ぜられていた。

 旧海軍の行ったような、とにかく広い範囲に設定された固定的かつ機械的な散開線ではなく、すでに限定された予測航路上に展開する散開線の為、敵との遭遇率は高い筈だった───そして、その目論見通りに伊201が敷いた散開線に敵艦隊が現れたのである。

 

「シンロヲヘンコウ、ヘンタイヲミツニセヨ……!」

 8機編隊の二式大艇がゆっくりとその長大な翼を翻し旋回を始める。一糸乱れぬその動きは、彼らの練度を窺わせた。

「タイチョウ、ヨテイクウイキニタッシテモコノママデユクノデスカ?」

「イヤ、ヘンタイデコウドウスル。」

 若干の高度差を設けた状態で、4機ずつの密集した編隊を形成し進撃する──────彼が編隊を崩したがらないのには理由があった。

 

 いかに頑強な二式大艇と精鋭の護衛機が付いているとはいえ、敵戦闘機の攻撃よって綻びが生じ得る……自ら敵艦隊のいる方向に向かっているのだから、その確率は時間を追うごとに鰻登りだ。

 よって、味方護衛機の迎撃をすり抜けた敵機に対する最後の防御手段として、彼は単機ではなく、密集した編隊で形成する防御火網で迎え撃つ腹積もりだった──────コンバットボックスと呼ばれる戦術隊形だ。

 高度差を設けることで互いの死角を減らし、密集することで防御火器の威力を最大限発揮する───ある程度の威力を発揮する20㎜機銃を真下以外の全周に指向できる防御火力を活かさない手はない。

 4機ずつのコンバットボックスが2つ───計8機とさして多くない編隊が、少しでも効果的な防御火網を形成するためにも、単機での行動はあり得なかった。

 

 

 ──────暫くの進行の後、編隊は伊201の散開線から予測される敵艦隊の進路上に躍り出た。幸い、これまでに敵の襲撃はない。

 ここまでは順調───そして、ここからが悩み所だった。

 彼らの荷物───ソノブイ───を投下する予定範囲は広い。単機で予定海域均等に広がって敷設すれば、時間は少なくすむ筈だ。だが、敵機の襲来に遭えば瞬く間に撃墜されてしまうだろう。

 かといって、編隊を維持したままの敷設も、余分に時間を掛け、敵機襲来のリスクが付きまとう。時間がかかるだけに、現れる敵機の数も増えていく筈だ。

 

 リスクか、時間か─────この点、ブリーフィングの際には“各自の判断に任せる”とされていた。良く言えば現場を尊重し、悪く言えば責任判断の放棄────編隊長は決めかねていた。

「ヘンタイチョ。ジブン,イケングシン。」

「ン,ナンダ?」

 編隊長の苦慮を知ってか知らずか、彼の身を預けている二式大艇の機長が言う。

「ショウタイカ,ブンタイゴトニコウドウサセテモラエマセンカ。タガイノリョウキナラ,スイモアマイモシリツクシテオリマス。」

「フム…。」

 4機、又は2機編隊での行動。中途半端、と言ってしまえばそれまでだが、どちらか極端な方を選ぶくらいであれば、まだマシなのではないか?

「ヨシ,ソレデイク。カクキハブンタイゴトニコウドウ,ツミニヲトウカセヨ!」

「リョウカイ!」

 

 間もなく、2つの編隊に別れた二式大艇は、大きく間隔を空けながら平行に移動する。

 目に見える数は少なかったが、その翼下にぶら下げている新兵器のことを思えば、我が方の戦果は規定のもののように思えてくる───無論、そんな事はあり得ず、彼らの後に続く主力艦隊や海自護衛隊の活躍あってこそだが───その先鋒を勤めている自覚が、機長に熱いものを込み上げさせる。

「ソノブイトウカヨウイ…!」

「ヨーイ……トウカ!」

 ガチン……!本来は爆弾や魚雷がその位置を占有する主翼下のパイロンから、黄金の波を立てる紺碧の海に切り絵の様に黒い影を落とした物体が放たれる。それこそが新型ソノブイそのものであり、彼らの切り札の一つ。

 250kg爆弾を8発搭載できる二式大艇には、やはり8個のソノブイが搭載されていて、それを8機とも装備している。これらを全てバラ蒔けば、周辺海域に合計64個のソノブイにより形成されるソノブイ・バリアが完成する───予定通りに行けば、だが。

 ───そして予定とは、得てしてその通りに行かないものである。

 

「キチョウ!テッキ…!」

「ム…!?」

 視線を転じた先───黄金のベールを纏った天空に針で穴を空けたような影がひとつ。

 敵の偵察機か……?護衛の零戦が動き始めた頃には、雲間に逃げ込み見えなくなっていた。

「ミツカッタナ…フセツイソグゾ!」

 

 

 

 ~~~~~

 

 

 同 17時17分

 

 

 敵機発見の報を受け、高まる緊張感の中で、251航空隊編隊長はもはや自身のもう一つの身体となった愛機の操縦管を弄り、機体を上下左右へと微妙に動かす。その何れもが彼の思い通りに機動し、寸分の狂いすら感じられない。重量わずか2トンの格闘戦闘機の動作は軽い。

 この軽く素直な操縦特性がいいのだ───彼は思う。確かに、この機体(零戦)より総合的に優れる戦闘機は数多いだろう。だが俺にはコレが一番なのだ───良く曲がり、軽く動く戦闘機………!

 

 零戦22型はエンジンと機体形状を改良した前型である32型をその更に前型の21型と同様の機体形状に戻した型で、21型と比べてほぼ上位互換の性能を持ち合わせている。20㎜機銃の弾数が8割増になっているのも喜ばしい点だった。バブルキャノピーに起因する視界の広さも、他の零戦シリーズと同様に有する利点と言える。

 

 きっと俺がこの機体以外に乗り換えたとして、ロクに使いこなせずに撃墜されてしまうであろう。

 

 しかしどんな機体に乗っていようと撃墜されないあらゆる心掛けは必要だ。

 視線を転じた眼下には傾いた水平線と視界の半分以上を占め始めた雲海が広がっている。水平線が本来あるべき“水平”を取り戻したとき、彼の機体の高度計は5000mを示していた。

「ゼンキ,コウドヲイジシケイカイヲツヅケヨ。」

 高度をとった戦闘機は位置エネルギーが大きく、それだけで戦闘を優位に進められる。

 彼らの練度と、高度優位の状態を維持すれば、多少敵の数が多くとも十分善戦できる筈だ。

 その力を以て───彼らを護る……!眼下の雲海の、その更に向こうで見え隠れする機影───二式大艇───を瞳に焼き付け、決意を新たにする。

 その時──────

 

『……キチョウ!イチジノホウコウ,カホウ!』

「……!」

 それは、真っ白な紙の上に散らかされたコショウの粒のように小さい点々の集まりだった。彼らでなければ見つけることすら出来なかったろう。

 敵機……!

「カッキ,ショウタイゴトニサンカイ。シジアルマデコウゲキマテ……!」

 蜘蛛の子を散らすように、瞬く程の間に16機の密集した編隊は4つの編隊に別れてゆく。その間に投棄される増槽───残燃料が開口部より漏れ出し飛沫のように飛散する。揮発した燃料が飛行機雲のような白線を残した。

 これで零戦の身軽さは更に増す。

 

 敵機は此方より約1000から2000m下方に位置している。彼はここから急降下からの一撃離脱を仕掛ける腹積もりだった。

 

 高度優位による急降下攻撃は本来、格闘戦闘機である零戦の得意とする戦法ではなかったが、出来ない訳ではない。他の戦闘機に出来て、零戦にだけ出来ないことなどないのだ。

 

『テキキガキテイルガ,ダイジョウブカ?』

「スグエンゴスル。ニンムヲゾッコウシテクレ。」

『……ワカッタ。』

 

 敵機の接近に感づいた二式大艇は不安だろうが、なんの事はない。必ず我々に課せられた任務を完遂してみせる。

 ゆっくりと操縦桿を押し倒すと、それに合わせて機体もゆっくりと機首を下げてゆく。彼らの駆る零戦の限界速度は時速にして700kmにも満たない。蛇行を繰り返し、やはりゆっくりと加速する──────程なくして時速は600kmを超える。機体がビリビリと不気味に震え出すが、彼にはそれが心地よい。己の力量のみで、機体の限界まで振り回す快感……!

 九八式射爆照準器に表された照準環(レティクル)の向こうで大きくなってゆく機影は、此方に気付かず二式大艇への攻撃姿勢を取りつつある。

 我が方よりも、下方にいる直掩機である台南空と二式大艇に注意が行っているようだ。

 

 ───愚かな敵だ!貴様の喉を掻き切る刃は、もう直ぐそこまで迫っているのだぞ!

 

 三重の環を持つレティクル一杯に敵戦闘機の機影が迫った瞬間───彼我の距離100m───機銃の発射レバーを握る。必中の距離で、7,7㎜も20㎜も別なく放った。

 機首が敵機に接さんとする様な距離なら、弾速の遅い20㎜機銃でも偏差は不要だ。

 射撃は一瞬、だがその一瞬があれば彼らには十分すぎる。

 

 バリバリィッ‼︎

 

 敵機との交差の瞬間、自分の放った機銃弾に機体を喰い破られる敵機の断末魔が聞こえた。

 操縦管を引く───急上昇!視界の大半を占めていた海の黒は急速にその面積を減らし、空雲の黄金色が風防の外を侵食する。計器の速度計は自機がみるみる速度を失っていることを示し、そのすぐ下にある高度計は自機の上昇を指し示していた。

 運動エネルギーを位置エネルギーに変換し、上空から再び攻撃機会を伺う。敵は、四方から襲来するこちらの攻撃に完全に意表を突かれた形となった様だ。眼下に見える敵影は、数機を失った混乱から立ち直っていない。

「ヨシ、ツヅケ!」

『リョウカイ!』

 再度の降下───しかしいかに混乱の渦中とはいえ敵も素人ではない。零戦の攻撃に気づいた敵機は蜘蛛の子を散らす様に散り散りになって攻撃目標を逸らそうとしている。

 しかしそんな事は彼らにはお見通しだった。機体を振り回し急激に減速する───零戦は高速域での舵の効きが悪い───舵のキレを取り戻した零戦に背後を取られるというのは、最早撃墜されたも同然である。

 タタタタッ!

 機首の7.7㎜機銃が軽快な発射音を響かせた。7.7㎜機銃弾には威力の期待は出来ないが、初速が高く偏差があまり必要ないのは好評だった。また発射速度が20㎜機銃と比べて高いのも、好ましい。

 曳光弾の現す素直な弾道が敵機に吸い込まれてゆき、幾つもの火花を散らす……だが撃墜には至らない。

 

 だがそれで良い───彼の目的は撃墜ではなく敵機が回避機動をとり、被弾面積を増大させた時に必殺の20㎜を撃ち込んでやる事だったのだ。

 

 目の前の敵機が被弾の直後、大きく翼を翻し旋回した。しめた!とばかりに機体を90度バンクさせ零戦も追従する。

 反転降下するタイミングを逃さず、射弾を撃ち込んでやる……!そんな思いで発射レバーにかける手に力を込めるも、敵機は一向に旋回を止める気配はなかった。

 

 ………まさか、この敵機は我が零戦と巴戦を演じようというのか?

 ───愚か者め!格闘戦性能では随一の能力を誇る零戦に巴戦を仕掛けるとは、自殺と同義なのだぞ。

 

 機体を90度バンクさせ敵機の後を追う。

「……ッ…!」

 強烈なGが彼の身体に襲い掛かり、全身が潰れんばかりの圧力にさらされる。次第に暗くなってゆく視界───ブラックアウト……!だがそれにも構わず、更に空戦フラップを最適な角度に展開させ、旋回性能を底上げする。

 暗がりの様に光の無い視界の中で、ゆっくりと迫る敵機の無防備な背面!

 機銃の発射レバーに力を込めかけた瞬間───

 

 

『タイチョウ,コウホウテッキ!カイヒ!』

「!」

 

 鼓膜を叩いたインカムの声に従い、操縦管を引き千切らんばかりに押し倒し、フットバーを踏み砕かん勢いで蹴り飛ばす。

 弾かれるように強烈な横Gが彼の身体と零戦の薄い外板襲い、軋ませる。操縦管の震えは、機体の悲鳴だった。

 一瞬にして反転した天海の向こうで、緑の光弾が突き抜けた。

 回避していなければ直撃していただろう……やはり敵もバカではない。数機が一組となり被攻撃機を僚機が援護するロッテ戦法を使い、致命的な攻撃の手を出させないでいる。

 

 だが──────

 

 バツン!と敵機に火花が散るのが見えた。彼の僚機が背後の敵を撃ったのだ。

 ロッテ(その)戦法を使うのはお前達だけではないのだ───零戦の無線機が新型に換装されてからというもの、こうした機体間の連携は見違えるほどに磨きが掛かっている────当初、数kgの重量増加を嫌い換装を渋っていたのがバカらしくなる程だった────以心伝心に頼らない確実な相互の援護は、確実に我々の能力を底上げしている。

 今やパイロット個々の技量だけでなく、ロッテ戦術やシュヴァルムを始めとした編隊空戦戦術を行わせても251航空隊等ベテラン達の実力は特級品だ。

 

「ハイゴハマカセルゾ.」

『リョウカイ!』

 

 改めて敵機を探す───必要はなかった。上昇反転した敵機が逆落としに急降下を仕掛けてきたからだ。

 

「……!」

 根から折れんまでに操縦管を横に倒し、思い切り機体を滑らせた後には、射撃音すら聞こえるような至近距離で敵機と交錯した。

 そのまま背面飛行───からの急降下!

 天海が逆さになった視界の先で、先程彼を襲った黒点を見る───敵は降下で得た速度で高度を稼ごうと機首上げを行っている。

 拡大する敵機の無防備な背面!

 レティクル全体を埋めるほどに近接した瞬間、機銃の発射レバーへ込める力に躊躇は一切要らなかった。

 

 

 

 ~~~~~

 

 

 同 17時25分

 

 

『アラテダ!』

「───!」

 251航空隊が倍近い敵機相手に奮戦している間、直掩隊である台南空部隊にも早くも仕事が回って来る運びとなっていた。

 黄金色の雲に穿かれた切れ間に見えた機影は約30ほど。数で言えば251航空隊が相手している物と差して変わらない。

 だが問題が一つ、時間を追う毎に確実になっていった。

「……メンドウダゾ,アレハ.」

 近付いてきた機影は、有機的なシルエットではなく、より単調な円形を持った物だった。

『タコヤキドモダ……!』

 球形の機体形状は深海棲艦の新型戦闘機の特徴だった。その見てくれから“タコヤキ”などとよく言われているが、チンチクリンな見た目と裏腹に、その機体性能は高い。単純な機動力以外、ほぼ全ての性能でこの零戦より勝っている。

 特に速度性能には大きな隔たりがあった。2000馬力級エンジンと同等と推定される“なんらか”───深海棲艦航空機の推進力は何なのか解明できていない───により叩き出される時速600km以上の高速は零戦が逆立ちしても及ばぬ領域だった。

 ──────恐らくは、アレが敵の迎撃本隊と見て間違いあるまい。敵は最初に囮の30機を繰り出して護衛機を引き剥がし、次いでの30機で二式大艇を攻撃する算段だったのだろう。後続部隊の方が高い性能を有している機で構成されているのがその証左だ。

 

 ………だが!と、操縦管を握る手に力が籠る。

 敵との数と機体性能に於いて劣勢にありながらも、彼らは“勝つ”積もりでいた。個々の練度だけでなく組織的な連携に裏打ちされた自信と彼ら台南空部隊の誇る実力は、優勢な相手にも十分抗えるはずだった。

 

 奴等に教えてやらねばなるまい──────自分達が行っているのは、巧妙な計画と連携力を背景に行われた“作戦”ではなく───只いたずらに兵力を分散させ此方につけ入る隙を十分に与えた“愚行”だったことを………!




本当は一纏めにするつもりだったんですが思ったより長引きそうでやむ無く分割して投稿します……(いつもの)

感想、高評価お待ちしております!


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破滅への前座

許してください、許して下さい!何でも島崎藤村

1月1日に更新って言ったのに……本当に……もう土下座年明けですね。本当にお待たせしまい申し訳ありません。


 20XX年 17時28分

 北大平洋沖合

 

 

 零式艦上戦闘機21型の翼内に配置されている20㎜機銃から放たれた砲弾の炸裂が、深海棲艦新鋭戦闘機の白球を引き裂き破壊する。だが零戦の死角から忍び寄った敵機の放った一撃が零戦の主翼を撃ち抜き、紅蓮の炎に包み込む。

「シマッタ…!」

 台南空と深海棲艦戦闘機の戦局は拮抗してはいなかった。台南空の零戦隊は機体性能と数の不足を練度と連携で補うしかない。これまでの戦いの多くをそうして勝ち残ってきた彼らはしかし、苦戦を強いられていた。

 

 敵も連携戦を多用していたのである。

 

 1対2の状況を避けられても、絶対数が劣る以上は2対3、2対4という状況を作り出され、戦局を握ることが出来なくなっている。

 今しがた僚機を喪った彼もまた、優勢な敵機に死角を取られ、翼端を食い破られるようにして被弾した。

「ゼンキ、リョウキカラハナレルナ!」

 カチ、カチ、とインカムから音が鳴る。それはマイクボタンを押すだけの簡易な応答───言葉を発している様な余裕すらないのだ。

 

 だが一方で、彼が、彼自信の言葉を遵守出来ているかと言えばそうでは無かった。僚機を喪った彼は、今は味方のカバーを受けられない状態に立たされていた。他の大多数の味方と同じ様に攻勢の余裕と手段を失った彼は回避にのみ専念する。

 直上からの一撃を間一髪で躱し、機体を傾けた先に見えた明滅の実態を判断するまでもなく、弾く様に操縦桿を引いた。パツンパツン、と至近を通過した超音速の弾丸が残す破裂音にも似た不快な高音が響いた。たとえ一撃でも、防弾能力が皆無の零戦にとっては致命打となり得る。

 薄い外版、非力なエンジン、決め手に欠ける武装……………数に劣ることも加味すれば、多少練度が上回るからといって、押し通ることなど到底出来ない相手だったのである。

 そして、それをたった一機で捌き切るには、台南空随一の熟練である彼をもってしても不可能に近い。

「……!?」

 殺気────!!それは上方───雲間の中から現れた白球は4つ……4機が1列になって突っ込んでくる。敵機の一糸乱れぬ動きは、敵の練度も相当なることを今更ながらに感じさせる。

「……ッ!」

 次の瞬間には、彼は操縦管が折れてしまうほどに目一杯横倒しにし、機体を急激にロールさせた。反転する視界────逆さになった天海は、血のように赤みを帯びた薄地に覆われている。

 

 直後に機首上げ(ピッチアップ)……!

 速度を得たままに行われる急激なプラスG機動は、機体とパイロットに凄まじい負荷をかける。赤みがかる視界は次第に暗色に染まり、彼の脳をブラックアウトへと誘ってゆく──────。

「ウォォ……!」

 全身に自身の何倍もの圧力を受け、遠ざかりゆく意識の奥で聞こえる軋みは骨か機体か…………首すら動かない強烈なGを受けるなかで、辛うじて動かせた眼球が捉えたのは文字通り眼前まで迫った敵機の銃口……!

 しかし!それは彼が最後に見た光景ではなかった。燕返しにも似た急転直下とでもいうべき機動に、高速を発揮した敵機の軸線は追いついていなかった。

 紙一重で躱した敵の射弾を見送り、次の瞬間目にも止まらぬ勢いで交差する敵機!グワッ、と空気が機体を叩き、機体を不快に揺らした。首が折れてしまほどに向けた後方───敵機の後ろ姿は遥か遠くにある。

 何とか敵機の一撃を躱したが、敵は一撃離脱戦法を多用する。あの勢いのまま高度を上げられたら厄介だ……そう思った彼は敵機の動きに注視していたが、一向に敵機は機首上げを行わない。

「……?」

 だが、一見不可解に見えた敵機の動きの意味を理解した時、彼の背筋は凍り付いた。

 

 

 〜〜〜〜〜

 

 

 同 17時30分

 

「ダイハチヘンシンテンツウカ。」

 二式大艇のソノブイ投下率は既に7割を数えている。最後の投下線を残し、4機の二式大艇は最後の進路を取り、ソノブイの投下に備えた。

 ───今のところ、敵機の襲撃はない。総計60機にも達する敵戦闘機の大編隊が我が方の迎撃に現れたものの、ほぼ倍近い敵戦闘機を相手に我が制空隊と直掩隊が寡勢にありながらも力戦奮闘中であるからだ。

 その故あって、彼らの任務は間もなく完遂されようとしている。

「ソノブイトウカヨーイ……テー!」

 

 カチン……!主翼のパイロンから解き放たれたソノブイが重力に引かれ落ちてゆく。本来、ソノブイというのは人間が持ち得る程度の重さしかない物であるが、この二式大艇が積んでいるソノブイは極めて巨大で、カプセルも含め230kgもの重さがある。それというのも、このソノブイが対深海棲艦用に特別に製造された代物であり、その複雑緻密を極めたな機構も相まって小型化出来るほどの技術を確立出来ないでいた。

 自然、ソノブイはどんどんと大型化し、爆撃機、攻撃機の搭載量に頼るしかなくなったのである。

 

 一方で、その甲斐あってソノブイは所定の性能を達成し、こうしてその持たされた能力を発揮する機会を与えられているのは幸いだった。

 

 投下された長円形(オーバル)は尾部にフィンが取り付けられており、空中での姿勢安定に一躍買っている。投下から10秒後、パラシュートの白が花開く。

 減速──────。

 

 重量物の着水は例え十分に減速されていても相当な衝撃が伴う。長円形(オーバル)はソノブイそのものではなく、ソノブイの機構を衝撃から守る為の外殻でもあるのだ。着水時にソノブイそのものが壊れてしまっては意味が無い。

 

 そして、着水──────。

 外殻が卵の殻のように分割され、脱落。入手した音響情報を伝達するVHFアンテナと海中に懸下されるソナーを浮かせるためのブイが浮上し、ソナーは節足動物の脚のように探知機器広げ、海中の些細な音も聞き逃さない。

 

「ソノブイ25バン、シンゴウカクニン!」

 ソノブイの敷設が成功し正常に作動したことを示す信号が届いた事を機上整備員の妖精さんが報告する。これで、残り7基だ……機長の肩に緊張が馴染みはじめ、最早緩んでしまっているのでは無いかと思い始めた頃、彼の前身を一瞬で凍らせてしまう様な凶報が通り抜けた。

『テッキニクグラレタ!ヨンキムカッテイル…チュウイシテクレッ!』

「ナニッ……⁉︎」

 さしもの熟練揃いといえども、やはり数に倍する敵を相手取るには厳しかったか!……しかも、その台南空部隊の妨害を潜り抜けた敵は機体性能、練度ともに相当なものであるらしい。

 高まる緊張────だがその裏で彼等が悲観とか、絶望とか、そうした感情に支配されていたかと言えば、そうでは無かった。

「ゲイゲキヨーイ!」

 ガチン……!尾部防御機銃手の妖精さんが九九式二〇粍機銃のチャンバーに弾薬を装填する。防御機銃を構え直した妖精さんの前で、漏斗状の消炎器(フラッシュハイダー)が剣呑な空気を呑み込んだ黄金色の空を睨んだ。

 

 クモの巣のような環状照準器越しに雲間へを凝らすと、妖精さんの目にゴマの実のような、周囲に溶け込まない違和感が目に映る。

 黒点──────アレは、敵機!

「テッキシニン!6ジホウコウ、カズ4!」

 エンジン音や気流の音で声がかき消されないよう、大声で報告を済ませるや、キリリリッ……と動力銃座を動かし、未だ針で突いたような点でしかない敵機に向ける。

 来るなら来るが良い!……防御機銃手の妖精さんの目は沈みゆく陽よりも熱い闘志と自信に燃えていたかもしれない。それというのも、彼の視界に映るのは黄金色の空を背景にした敵機の粒のようなシルエットだけではなく、彼らの僚機がコンバットボックスを組んでいるのが見えているからであった。

 小隊長機を先頭にした4機のコンバットボックスに死角はなく、防御機銃の指向門数も多く出来る。それだけ敵機に妨害をかける事ができ、敵機の攻撃も散漫となり我が方の帰還率と作戦成功率も上がるというものだ。

「ソノブイトウカヨーイ……テー!」

 機首方向から聞こえた掛け声と共にカチン!と音を立ててソノブイが主翼のパイロンから投下される。これで2基目……残り6基。これら全てが投下し終わるまでに、10分と掛からないだろう。その間生き残れれば、我々の勝ちだ!

 

 小さな4つの点々は次第に機影を帯び始め、それは明確な害意を伴った敵機の姿となって接近する。降下している敵機の速度は700km/hを超えているかもしれない。対してこちらは元来低速で、しかも空気抵抗の大きくなる低空を進行している為、エンジンを全開にしていても速度は400km/h程度にしか満たない。あと僅かな時間を置けば追いつかれる。

「カクキ、テッキノセントウヲネラエ!」

『『『リョウカイ!』』』

 無線機をぶん取り、叫ぶ……それは、防御機銃に狙われない敵機を作り出す可能性にも直結したが彼はあえてそれを指示する。何故なら、密集した火力を最大限に発揮する為、単一目標を狙う指示でもあったからだ。さらに言えば、敵の先頭を叩き、出鼻を挫くという意図も多分に含まれていた。

 

 敵機との距離……2000。敵機の形は見えるが、こんな距離で撃っても意味はない。彼らの装備する防御機銃である九九式二〇粍機銃は初期の一号機銃であり、ただでさえ弾道性能が良いとは言えない代物だった。その上で射程外から撃っても無駄弾と言うものだ。

「キョリ1000マデマテ!」

「……!」

 言葉にし、理解するだけなら簡単なそれが当の防御機銃手にとってどれほどのストレスを与えるものか……!この機体に少々と防弾版があるとは言え、敵機と銃口の最も前に身を晒している事実は微塵も揺るぎはしない。防御機銃手妖精さんの震える手は、ともすれば激発にも似た衝動に駆られそうになるが、それが自身を含めたこの機体の命を減らす結果に繋がることを分かっている彼は、理性で衝動を殺す。

 

 距離、1500……まだ遠い!

 感覚がいやに研ぎ澄まされているのか───まるで時間が引き延ばされたかのように、高速なはずの敵機が近づいて来るのが鈍間に感じる。

 

 実は弾道性能の良くない一号機銃では1000mでも遠いが、初弾を送り、その弾道を見て射撃を補正する必要があるため有効射程外でも射撃を開始しなくては手遅れとなる。

 

 距離1200………1100………環状照準器の中央─────からかなり下側に敵機を据える。

 パパパ!

 パパパパッ!

 彼の僚機が先に射程に入り、曵光弾混じりの弾幕を撃ち始める。

「クラエッ……!」

 

 ダカカカカカカ!

 

 彼の構える20㎜機銃が火を噴き、やや山なりの弾道を描いて敵編隊に吸い込まれてゆく。編隊の先頭に向かって全機の防御機銃が狙っているため、その弾幕量は相当なものだった。

 それも、一機あたり尾部機銃と上部機銃の2門で狙っているのだから、その火力は推して知るべしだった。

 

 黄金色の空を計8門の20㎜機銃より放たれた光の雨が彩り──────だがその雨中を縫うように緩急自在の機動を繰り返す敵戦闘機!

「ウォォオオオッ!」

 環状照準器の中で拡大する敵機の姿に緊張と恐怖を強いられ、その感情を掻き消すためにも彼は引き金を引き続けなければならなかった。

 

 明滅………緑色の光弾────!

 

「ウワッ!」

 

 バカカカッ!バリバリィッ!

 敵戦闘機の銃撃!機体を揺るがす衝撃と轟音は搭乗員の全てに滝のような冷や汗が吹き出る。

 目前に散る火花!弾ける外板と飛沫のように散る破片───防弾板が彼の命を守り、二式大艇の頑丈な機体構造が功を奏する形となった。だがそれによって生き長らえただけに、彼は衝撃を受けることとなる。

 

 敵はこちらの弾幕を掻い潜り、先頭の小隊長機(我々)を狙ってきた……!?

 

 普通、コンバットボックスは末端の機の方が狙われやすいものであるが、先頭の機体が撃墜された場合、編隊に空く火力ギャップが非常に大きい。敵はそれを理解し、実行するだけの練度と実力を備えているのか!

 

 攻撃した敵機はそのまま先頭の二式大艇を掠め海面ギリギリで再上昇、速度を高度に変換し再攻撃の構えだ。しかしそうした間にも各機の防御機銃は効果を発揮し、敵機の動きは大回りにならざるを得ない様だった。

 

 敵の球形戦闘機の武装は12.7㎜級が複数丁と考えられている。それならば、バカかアホのように延々と射撃を受け続けぬ限りは簡単には墜ちることはない。

 

「トウカダ!……イソゲッ!」

 

 3基目のソノブイが投下された。数が減る度に任務の遂行率は上がるが、それだけ自身らの命運が減る事でもあり、機体に刻まれた弾痕や防弾板の傷がそれを如実に物語っている。

『テッキィーーッ!マタクル!』

「ウテ,ウテッ!」

 

 ドドドドドッ……!

 ダカカカカ!

 

 再び20㎜機銃8門の一斉射撃が始まった。九九式一号二〇粍機銃は二号銃よりも発射速度が速く、実は濃密な弾幕を形成できる。集中砲火を浴びる先頭の敵機には相当の負担の筈だが───!?

(アタラネェ…!)

 一つの生き物のように、4機一列となって突っ込んで来る敵機は蛇の様に鉛玉の雨を躱し、此方の弾幕など如何程もあらんというばかりだった。

「アタレアタレアタランカ!」

 激情に任せるがまま絶叫し射撃を続けるが無情にも敵機の列から緑の閃光が瞬いた。

 

「──!」

 

 バババンバンバンッ!

 

 重複する被弾音に混じり、敵が放った弾丸の1発がパァンっ!と爆音と衝撃を隔てて耳元を通り過ぎ、外板に穴を開ける。

「ウオッ───」

 弾丸の衝撃に顔を揺らされながらも、20㎜機銃のトリガーを引き続ける。被弾は重なりジュラルミンの破片が搭乗員と機体を更に傷付けた。

 カカカカ……ガチン!

「……ハ⁉︎」

 突然弾丸の供給が止まってしまった……?弾詰まりか!?いや、弾切れ───⁉︎

 射撃を終えた敵機が再び上昇する。今のうちに……!

 20㎜機銃はドラム式弾倉で、45発と少ないのが弱点だった。弾倉を積み替え、空弾倉を箱にしまう───空弾倉は本来重りでしか無いのだが帰投すればまた弾倉としてリサイクルできるので出来るだけ投棄しない事になっている───コッキングレバーを引き弾丸を装填。

 さぁ来い!………再び機銃を構えた時彼が見たものは、眼前に迫った緑光の弾丸が突っ込む光景だった。

 

 

 〜〜〜〜〜

 

 

 同  17時34分

 

『マタヒダンシタ!』『ビヨクニヒダン!オイ、キジュウシュハブジカ⁉︎』『ダイサンエンジンニヒダン!』『タイチョウキヲマモレッ……!』『ダメダ!ヘンタイヲクズスナ!』

「クソ───ッ‼︎」

 二式大艇が攻撃を受けている頃、台南空航空隊もまた、窮地から脱することから出来ていなかった。未だ彼我の間には大きな数の差があり、それ以上に明らかに隔絶した機体性能が決定的な差を設けていた。特に、敵機に対して高い破壊力を発揮しうる20㎜機銃がほぼ弾切れとなっているのが致命的だった。7.7㎜程度では、撃墜は望めない!

 巴戦を仕掛けてきた敵機に食らいつき機首の7.7㎜を撃ち込むが、少々の火花を散らすだけで、やはり堕ちる気配はない。それどころか、巴戦に乗った結果として彼が僚機から離され孤立する状況となる……!

 しまった!……摺鉢戦法か!摺鉢状に円形を描いて敵機を押さえ込み有利な高度と攻撃をを維持し続ける、多対少の状況でこそ成り立つ編隊戦術だ。………こうなっては、逃げるしかない。下手な回避は、それこそ摺鉢戦法の真骨頂が発揮され瞬く間に撃墜されてしまうだろう。

 操縦桿を押し込み、海面ギリギリを占位したままフットバーと微妙な操縦桿の傾きを駆使して右へ左へ緩急自在に攻撃を回避する……避けるだけなら簡単なそれだったが、複数回に渡りバラバラなタイミングで攻撃をするのだからたまったものではない。

 

「クソッ……コノママデハ……!」

『タイチョー!ソッチマデチカヅケナイ!』

 

 僚機も孤立した隊長機を援護をしようとするが、数の利を活かす敵に動きを阻まれ、撃墜されないので精一杯だった。

 どうすれば……?どうすれば……⁉︎頑丈な二式大艇とはいえずっと攻撃され続けて耐えられるわけがない。否、そもそもそれ以前に、直掩すべき我々自身が壊滅の危機にさらされているではないか……!

 通算で10回目以上の回避をし、次は⁉︎と首を後方に捻った瞬間、前から回り込んでくる敵機の影が見えた───注意が後方に行ってしまっている以上、これは、絶対───回避………出来ない‼︎‼︎

「シマッ────

 

 ドン……!

 

「……⁉︎」

 上空から浴びせかけられた弾丸に飲まれた敵機は外板を引き裂かれ、噴き出た燃料に引火して気化爆発を起こし吹き飛んでいった…………それは、最初に襲来した敵戦闘機部隊を殲滅した251航空隊の零戦22型が参入した証だった。

 

『マタセタナ───』

「………スマナイ!」

 

 251航空隊は20㎜機銃弾に余裕のある機体があった。21型に比べ22型は弾丸数が増大していること、敵機の性能、練度が台南空の相対した敵より劣っていた事が主たる原因だった。

 251航空隊の参戦によって数の利は覆され、台南空部隊も勢いを巻き返し始める。

「マモナクダ!アトスコシモチコタエテクレ………!」

『キタイシテオク───!』

 

 

 

 〜〜〜〜〜

 

 

 同 17時38分

 

 

 6基目のソノブイが投下され、残り2基となった頃には、集中攻撃を受けていた小隊長機の二式大艇は満身創痍の状態だった。第2、第3エンジンに被弾を重ねた結果両エンジン共に出火、延焼を防ぐためにエンジンへの燃料供給を止めた為に推力は半分となり、落伍を始めている。ソノブイを投下し終えた残り3機が小隊長機を庇う様に上空に陣取り敵機から射線を遮っていた。

 

 だが敵機も、度重なる攻撃の中で無傷で済んではいない。

 先頭の敵機は特に被弾を重ねていて、白煙を吐いているのが見える。列機も被弾しており、コンバットボックスと二式大艇の防御機銃の面目躍如だった。

 

「ハ、ハッ、ハァッ……。」

 肩で息をした防御機銃妖精さんが、通算で5個目となる弾倉の交換を終えた時、いよいよ視界の端が霞んで来るのを実感した。先程までは軽かった銃のトリガーがいやに重たく感じる。

 改めて掌を見ると、真っ赤に染まった手袋。直撃は避けたが、肩と脇腹を掠った弾丸は彼にとって重傷を与えるのに十分だった。それでも彼は、この機体と彼自身のためにこの場にいなければならない事実に、苦笑を禁じ得なかった。

こんな重傷を受け、出血し、激痛に苛まれる肢身体。今すぐこんな所から消え去ってしまいたいが、そんな事は出来ないことを彼は良く知っている。

「コイヨ……!」

 20㎜機銃にしがみつく様に、彼は構えた。血飛沫を浴びた銃身は熱で血液を赤黒く染め、最初の頃の鈍い輝きを喪っている。それはまさに、彼の命の輝きを表している様で──────

 

「クルゾォッ‼︎」

 射撃音───‼︎僚機の合間をくぐり抜けた敵機………!その瞬間、上空の一角を占めていた僚機も炎を上げた。2番機だ。だが同時に、先頭の敵機も遂に発火、ゆっくりと機首を下げて突っ込んでくる。

『エンジンカラシュッカシタ!』「ショウカシロ!」

 小隊長の怒号が飛ぶ。それと、敵機の射撃が小隊長機を捕らえたのは同時だった。

 

「ウオオオオオオォオォォオオッ‼︎‼︎‼︎」

 

 45発の弾倉全てを打つける如き勢いで、トリガーを力の限り引き続けた。

 

 ドガガガガガガ‼︎‼︎

 

 今度の敵機は至近距離まで近づいて来る!

 重なる被弾───!耳を劈く(つんざく)轟音!それが射撃音なのか被弾音なのか、もはや耳から血を噴き出した彼には解らない。

 ドバッ!

 

「……?」

 

 弾かれた様に彼の胴は機銃から離れた。視界の過半は朱に染まっている──────アニメのコマ送りをする様にゆっくりと引き伸ばされた視界……………

 赤いベールが降り掛かった視界の中で、20㎜機銃弾の直撃を受けた敵機がオレンジ色の炎の中で吹き飛んでゆく光景──────最期の光景を彼は笑顔のうちに迎えた。

 

 

 

 〜〜〜〜〜

 

 

 同 17時39分

 

 

 焔に包まれた球形が砕け散っていく様を上部機銃座から見るのは壮観だった。あれは俺の弾ではない。俺より少し後ろにある尾部機銃座の放った銃撃だ。

 防御銃座からの敵機撃墜は難しいものだが、それをやってのけるとは流石としか言いようがない。

「オイッ!スゴイナ!」

「      」

 

 返事が無い。

「オイ……?」

 気になって銃座から腰を下ろし尾部機銃座の方を見ると、銃座へ繋がるドアから真っ赤な血が滴っていた───まさか!

 しかしインカムから飛び込んだ声が、彼を戦闘に引き戻させる。

『シツコイゾアイツラ……!』

 弾幕を形成し敵機の侵入を阻もうとするが、数を減らした敵機はなおも攻撃を仕掛けてくる……あと何回も喰らって耐えられるものではない。

 動力機銃塔を旋回させ、敵機の方向に向ける。上空には敵の球形戦闘機が降下を仕掛けてくる。射撃………!

 曵光弾を交えた弾丸の雨が上に向かってどんどんと放たれてゆくが、都合よく当たるわけがない。

 第2エンジンを破損した2番機が速度を落とし、それによって生じた防御砲火の間隙を敵機は逃さない……!

 手負いの1番機───小隊長機───を狙い、敵機は銃撃を浴びせてくる。

「ヒダン!ヒダンッ!」

 

 緑光の嵐が吹き荒れ、機体に無遠慮に穴を空けてゆく。一発一発が妖精さんにとっては致命傷になる攻撃で、防弾板に身を守られている彼らの身であっても心臓を鷲掴みにされるような恐怖がある。

 眩いマズルフラッシュも瞬くままに機銃弾を吐き出す20㎜機銃は赤熱化し始め、空薬莢の山を積み上げてゆく。

 ドカン!と凄まじい衝撃音が轟いた後、敵機の黒い影が陽光を遮りかっ飛んで行った。凄まじい風が彼の胴を打ちつけ、ともすれば倒れそうになる。至近弾が防御機銃塔の風防を破壊したのだ。

 危なかった……!だがそれに続く衝撃を彼は味わうことになる。バキバキッバキィッ‼︎‼︎と凄まじい音を蹴立てて機体の外板が吹き飛び、優に1m四方はある様な大穴が穿かれてしまう。

 機体が持たない……!

「アトイッキダ!モチコタエロッ……!」

 

 ソノブイは残り1基……!しかし、敵機が攻撃体制を整えるほうが早い!次の攻撃を耐え忍べるとは、この場の誰もが思っていない。防御機銃のまぐれ当たりと、敵機が神がかり的に攻撃を外す事を祈った。

「クルゾォ──ッ!」『トウカハ⁉︎』「マニアワン!」

 

 だがその瞬間、光芒が彼の眼前を包んだ。燃え盛る敵機──────⁉︎

 敵機の真上から撃ち込まれた弾丸が球形の機体を歪ませるほどに撃ち込まれ、粉砕。更に後方から続いていた敵機も眼前で突然吹き飛んだ機体に驚いたものか、機体を翻し二式大艇から射線を外した。

 急降下の勢いそのままに攻撃から逃れた敵機を追うのは、251航空隊の零戦22型……!

 

『ホントウニマタセタナ……!』『ヤツデサイゴダ!チマツリニアゲロッ!』

 

 逃れようとした敵機──────だがもとより低空、低速での機動力に優れる零戦に、その低空で捕捉されるという事は結果は火を見るよりも明らかだ。

 四方八方からの銃撃によって敵機は瞬く間に火達磨となり、海面でけばけばしい水柱を立てた。

 

 

 

 〜〜〜〜〜

 

 

 同 17時45分

 

 日本国 戦略機動打撃艦隊 

 

 某島鎮守府 

 艦娘寮兼司令部施設 地下1階

 統括作戦指揮室

 

「作戦担当機より連絡。“我、所定ノ作戦行動ヲ実施シコレヲ完遂セシメン”───。」「基地航空隊、作戦海域より離脱───。」「被害が大きい機体は、合流を待たずに基地へ直ちに帰投するよう指示せよ。」「了解───。」

 安堵──────中途までの戦闘状況を固唾を飲んで見守っていた者達は、それをせずにはいられなかった。特に、今次作戦での最高指揮官とたる提督に至っては、背中の冷や汗が踵にまで達さんばかりだった。

 敵の戦力を見誤った……!彼は本作戦前の前段作戦を成功した事よりも、その代償として支払った物の大きさに後悔を覚えずにはいられなかった。

 

 基地航空隊は戦闘機、爆撃機(二式大艇)合計44機の舞台で挑んだものを、戦闘機に最低でも(・・・・)13機の被害を出している。二式大艇も被撃墜は無いものの、敵機の攻撃により相当な被害を被っている。特に編隊長の機体は集中的に狙われ、半身不随の状態だと聞く。

 こんな事であれば、基地航空隊を艦隊直掩や基地防空に割くのではなく、もっと前段作戦で投入するべきだったのだ。

 

「今さらの後悔など遅いな……。」

 苦情混じりに自身へ言い聞かせるような口調で独り言ちに漏らす。

「安い駄賃では無いが、準備は我々有利に整った…‥まずはその事実を好意的に受け止めるしか無いでしょう、提督。」

 傍で、相も変わらず感情の読めない顔をしたマティアス・トーレスが語り掛ける。

「‥‥…そうですな。そうしましょう。」

 落ち着いている───彼はマティアスかここに来る以前に何があったかは知らないが、時折、この落ち着き払った態度がきっと凄まじい修羅場を潜り抜けた末に備わった物なのだろうという事はわかっていた。そしてその年長者の心の余裕が、若者には少し羨ましかった。

 その時──────

 

「ん……?」

 突然、オペレーターの1人が声を上げ、モニターを何度も確認し始めた。

「どうした?」

「今、レーダーにノイズが───」

 艦娘隊の進行と併せて、レーダー覆域は広がるようになっている───だから、前段作戦では基地からのレーダーを頼りにした指揮官制が受けられなかった───。これはレーダー艦を艦娘隊の後方に追従させている為で、貴重な艦を深海棲艦の前に晒すわけにもいかないからだ。

 つまり艦娘隊の進行と比例して遠方の状況も知ることができる。基地航空隊はそのレーダー覆域にちょうど足を踏み入れた頃だが──────

 

「何だ?」

 基地航空隊を示す複数の輝点が消えたり、映ったりしている。これは……?

「レーダーの不調か?」「いえ、違います。」

「……。」

 

 マティアスは顎に手を当て、少し考え事をするような素振りを見せていた。だが数秒もしない内に彼は一瞬にして形相を変え叫んだ。

「不味いッ!」

「⁉︎」

 マティアスが珍しく額に汗を滲ませ立った時には、全てが手遅れだった──────基地航空隊の輝点は、それを示す情報と共に連鎖的に消えていった。

 

 

 〜〜〜〜〜

 

 

 同  17時47分

 北大平洋沖合

 

 

「ニゲロォーーーーッ‼︎」

 

 無線機に力一杯叫んだ後に、251航空隊隊長の零戦は粉微塵に吹き飛んだ。

 

 破壊は突然にして現れ、そしてそれは嵐の如くに友軍を次々と呑み込み、その止まるところを知らないかの様だった。

 もはや切欠が何だったのかすら解らない。突然、彼の左翼を飛んでいた二式大艇の翼が煙に包まれるや爆発を起こし、主翼をバッキリと二つ折りにされ墜落したのだ。

 護衛の251空、台南空の零戦隊は敵襲を直感し直ちに散開、敵機を探そうとするが、周囲に見渡せるのは沈みゆく太陽とそれに照らされた黄金色の雲海と暗い海のコントラストだけだった。事故……⁉︎そんなわけはない!

 ドォン!

 爆轟を轟かせ更に3機もの二式大艇が吹き飛ぶ。その内の1機は胴体を真っ二つにされ真っ逆さまに墜ちて行った。そして、破壊の嵐は二式大艇に止まるわけではなかった。護衛の零戦隊にもその不可視の刃は向けられ、秒を追う毎に指数関数的に被害を拡大させてゆく……‼︎

 最後の二式大艇が機首をバラバラに破壊され飛行のための一切の手段を奪われた空中の棺桶となった頃、ただ1機空中に取り残された零戦21型に乗る台南空隊長は、遥かな上空に小さな点を見出した。それは、どんどん拡大しているように見える。

「アレハ……⁉︎」

 

『こちら鎮守府航空隊管制!そちらで何があった⁉︎応答しろ……!』

 

 インカムから届く音声は確かに彼の鼓膜を震わせたが、彼の脳がそれを認識できなかった。彼の意識は全て、上空から猛烈なスピードでダイブする敵機(・・)に釘付けになっており、彼の機体もまた、その敵機に向けて機首を合わせていた。

『応答しろ……残存機は戦闘せずに撤退‼︎誰か居ないのか⁉︎』

「ブタイハ……ゼンメツシタッ!モウオレシカノコッテイナイ……‼︎」

『何……⁉︎』

 インカムから聞こえた喫驚の声は彼には届かなかった。予想よりも大きかった敵機との距離を誤った彼は、残っていた7.7㎜機銃を1000m程の距離で撃ち始め、その射撃音に掻き消された……という訳ではなかった。

 ほぼ同じタイミングで発射された敵機の30㎜機関砲弾が零戦のカウリングの上部を直撃し、エンジン上部を抉り取り機首の7.7㎜機銃を粉砕、そのままコクピットへ突入。搭乗員妖精さんごと風防を粉砕し、零戦21型の機体をクラッシャーに掛けてしまったかのように容赦なく破壊してしまった……からだった。

 

 

 獲物を全て喰い潰し、当初の目的を達成した黒い機体が成層の高みへと昇ってゆく。音を超越する威力を発揮するエンジンに物を言わせ、彼らは突風の様に突然に齎した破壊の後に、忽然とその場から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 寿号作戦 前段作戦

 被害状況

 

 損失機 零式艦上戦闘機33機 二式飛行艇 7機

 損害機    同   3機   同   1機




とてもまずいですね、進捗が。もっと計画的に早く描けるよう善処したいです……。


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寿号作戦 Ⅰ

お待たせして本当に申し訳ありませんでした……!
この辺から話の進み方が複雑(執筆者視点)になってしまって、時間が掛かってしまいました……


 20XX年

 

 9月30日

 

 17時53分

 

 北大平洋沖合

 

 

「殲滅………!?」

 

 インカムを通して伝えられた衝撃は瞬く間に伝搬し、そしてその衝撃を受け止めるにはかなりの時を有するだろう事は、ここに居る誰であろうとも分かった。

 先刻、主力艦隊の戦域参入に先立ち、ソノブイ・バリアを形成しに出撃した基地航空隊4個中隊44機が極めて優勢な敵機の襲撃を受け、損傷し先に戦域を離脱した4機を残して殲滅された事を、彼女達は知ったのである。

 

 もはや戦力として加算されない事は勿論、部隊再編すら不可能であろう。

 

 続いて入ってきたマティアス・トーレスの話によれば、敵は例の高速戦闘機───誤解を恐れず言えば、“深海棲艦のアリコーン”の艦載機───の襲撃の公算大、という。

 視程外の遥か遠くから目標を捜査できる強力な電探と、やはり視程外の長大な射程をもつ攻撃手段───たしか、ミサイルと言ったか───に対抗出来る航空機は、今の彼女達には無かった。

 

「とうの“ユニコーン”と対面する前から、詰み(・・)将棋をさせられてる気分ですね………。」

 赤城が弓矢を握り締め、呟いた。

 

 “深海棲艦のアリコーン”は、今回の作戦では“ユニコーン”と呼称される。そのユニコーンの艦載機の出現は作戦前の段階から十分に指摘され、そして、その為の対策も講じられてきた筈だった。それが………まさか前段作戦の時点で既に綻び始めているとは!

 

 基地航空隊の作戦遂行が完了した事後の出来事であったのが───誰もがそんな言葉を使いたくはなかったが───不幸中の幸い、としか言えなかった。

 

 

『全艦、間も無く作戦海域に到達する。合流(ランデブー)する護衛艦の艦影に注意せよ。』

 

 作戦海域と海自護衛艦との合流点は同一箇所に設定されており、主力艦隊は護衛艦との合流を持って突入する事になっている。その護衛艦を護衛するのも、彼女達の任務の一つとなっていた。

 

「10時方向、艦影視認!数4!」

 

 壁紙のように一面に染まった夕焼けの背景を、くり貫いた影絵にも似た黒々とした輪郭が水平線の上に存在した。それは彼女達の魂がかつて依り代としていた、鋼鉄の城が有する楼閣とは似つかぬ無機的な形状をしている。

 それこそは、佐世保を起ち、遠路はるばる我等の切り札である対深海棲艦用特殊短魚雷(GRX-7)を腹に収めてやってきた第二護衛隊だった。

 

「第二護衛隊旗艦、[あさひ]より入電……『我等全心身を以て任務の完遂を目指さん。その間脆弱なる我が隊の護衛を勇名武運なる貴艦らに期待せんとす。』です。」

 

「……返電。『貴艦らの参入を歓迎す。我、本作戦の完遂に貴艦らの助力を必要するものなり。この上は共に戦列に当たり共に敵軍撃破の信念を持ち作戦に当たるものなり。』……以上!」

 

 艦隊総旗艦大和が命じた返電の内容に、嘘偽りはなかった。護衛艦を欠いたら此方は決定打を持たず、艦娘を欠いても此方の戦力は整わない。両者が協同して始めて、作戦成功の芽が咲くのだ。

 ────そしてそれが芽吹いたところで、作戦の成功が確約される訳でも無いことは、この場にいる全員が理解している。

 

「さー宝探しの始まりデース……!」

「はぁ……わくわくして来ましたねぇ……。」

 

 そんな状況からか、4個艦隊は総勢24隻もの大艦隊の前衛水上打撃群は先頭、戦艦3隻のうち大和と金剛が互いに冗談を投げ合う。

 今次作戦の重要度からしてみても、そうした軽口を言わなければやっていられない物だろう。しかし、生真面目な榛名はそれに口を挟まずにはいられなかった。

 

「お姉様……!ふざけている場合じゃあ───」

「カッカしないネ榛名。ワタシ達が失敗したらどうなるか………それはちゃんと分かってマース。」

「もう……。」

 榛名は金剛を諌めようとしたが、無論ながら金剛とてそれを理解してはいる。金剛にそう言われては、榛名もそれ以上言葉を重ねる事はなかった。大和と金剛も、それ以上は冗談を言わず、含み笑いを交わすに留める。

 

 少しだけ弾んだ談笑は、作戦前に彼女達が行う謂わばルーティン(日課)だった。こうして少しでも語らうことで、要らぬ緊張を解すのだ。

 

 

『これより寿号作戦、後段作戦を開始する。作戦を完遂し、全艦無事に帰投せよ!』

 指令部の号令一下、最終作戦の火蓋が遂に切られる。

 

 

 寿号作戦、その本作戦における参加艦艇は以下の通りであった。

 

 第一艦隊

 金剛 榛名 五十鈴 高波 江風 長波

 第二艦隊

 大和 赤城 天龍 夕立 雷 夕雲

 第三艦隊

 隼鷹 阿賀野 磯風 浜風 村雨 秋月

 第四艦隊

 瑞鶴 翔鶴 天津風 時津風 雪風 照月 

 

 海上自衛隊 第二護衛隊

 [あさひ] [いしかり] [まべち] [いなば]

 

 

 さらに、これ以外にも基地航空隊の陸上機や、各国から出撃した艦隊が太平洋方面に出撃し深海棲艦との戦闘に備えている。その勢力たるや、総数にして艦艇200隻以上、航空機1000機以上が参加する超大規模な動員であり、まさに人類、艦娘対深海棲艦の様相を呈している。

 

 

 今この瞬間、海にある全ての者達が同じ胸中にいた。ここぞ────まさに決戦……‼︎

 

 

「これより艦隊は、必勝を期し決戦海面に突入する!全艦、この大和に続けっ……!」

 

艦娘隊がその軽快に似合う加速を見せ、瞬時の内に艦隊輪形陣に護衛艦を引き入れ、艦速を上げた。

 ヒイィィィィン………!

それに呼応するように、ジェットエンジンを思わせる様な哮りたつ高音が大気を裂き、数千トンにもなる護衛艦の艦体を瞬時に26ktまで引き上げる。まるで蹴り上げる様な急激な加速は、小型かつ瞬間的に大出力を発揮できるガスタービンエンジンの成せる技だった。

 そして、その加速に平然と付いていける艦娘の不思議さを際立てる事にもなる。

 

 護衛艦4隻を中心に置いた輪形陣へと艦隊は装いを変え、海域への突入を開始する。

 ただの輪形陣ではない。水上戦闘に備え金剛、榛名を中心とする第一艦隊に第二艦隊から抽出した大和を編入、前衛打撃群として展開させている。

 

 そして大和自身も、これまでの彼女ではなかった。艤装から伸びる長大な砲身は9門から6門に減少していたが、その存在感は一層に重厚長大さを増しており傷一つ無い黒光りする砲身が海原を睨む。

 

 51cm連装砲─────それがこの圧倒的な鋼鉄の臭いを放つ長身の正体だった。

 これまで彼女の妹、武蔵の第二改装でしか装備されてこなかった超巨大火砲を3基装備し、門数こそ減少していたが、1発あたりの弾丸重量は2t近くにも及び敵艦艇に対して圧倒的な破壊力を有することを期待されている。

 

 妹の武蔵に遅れをとること数年─────大和に適合する第二改装は、寿号作戦発動のたった数日前にその適合に必要な全工程を終えたばかりで、試運転すらされていない、謂わば出たとこ勝負、ぶっつけ本番の状態だった。

 それを知った提督が運営に直談判し、そこにどこから嗅ぎ付けたのか大和も揃って頭を下げ、ギリギリ今次の作戦に間に合わせたという。

 

「………。」

 先程までの冗談を交わしていた様子とは打って変わって、彼女の表情は硬く己の握り締めた拳を眺めていた。まるで、自身そのものに疑念を持っているような……………果たしてこの力を、私は存分に発揮できるのだろうか?────それは、戦艦大和という(ふね)が背負う宿命にもにたものだったかもしれない。艦隊決戦の切り札として建造されながら、ついぞその機会を与えられず歴史の舞台から消え去った非業の戦艦………その外面からはおよそ想像し難いほど花車な心、そしてそれを拒絶し強く振る舞わんと自身に鞭打つところが、稀にしか見せない、大きな彼女の弱さだった。

「大和さん。」

「はい……?」

 

 大和の胸中を察したのか、榛名が右舷側まで寄せて、小声────とはいえ波の音が大きいのでそれなりの声量ではあるが────で直接大和に話しかけてきた。

 

「そんなに下を向いていては、敵と戦えませんよ?」

「………!」

 

 榛名の言葉は、下手な励ましより余程大和の心に届いた。榛名は言外に告げたのだ───貴女自身も貴女の持つ力も信じるが、今のまま(下を向いたまま)の貴女は大丈夫なのか───直接言うよりも重い言葉だ。

 上を向けと………敵を見ろと言った───首を上げた先の陽光が彼女の目元に射し込んだ時、彼女の目に影は無かった。

 

「そうですね……しっかり上を向きましょうか!」

 

「大和さんも、これで大丈夫そうですね!」

「もう少し冗談をやってあげた方が、よかったデスか?」

 

「揶揄わないでくださいよ……もう大丈夫です。」

 

 

 ~~~~~

 

 

 同刻

 海上自衛隊 第二護衛隊 旗艦 DD-119[あさひ]

 

 

「酷いものだ………弱者を守るべく力を与えられた筈の護衛艦が“護衛”をされるようになってしまうとは。」

 

 第二護衛隊司令 時世 望奈洲(じせい みなす)一等海佐は唸った。

 彼女は深海棲艦戦争以前から海上自衛隊の幹部自衛官として勤めていて、その分、艦娘に追いやられる我が身とその所属する組織が隅に追いやられることに不快感を覚えていた。

 

「時代が、我々を拒んだのでしょう。」

「馬鹿馬鹿しい………!時代(そんなもの)に左右されなければならないとは。それを打ち破ってこその人間では無いか?」

 

 艦橋の右舷側に設えられた赤青ツートンカラーの艦長席に身を預ける中年の男……護衛艦[あさひ]艦長 片巣 高志(かたす こし)二等海佐の相槌に、時世1佐は忌々しげに眉を顰める。

 確かに、深海棲艦の台頭で我々が変革を求められているのは事実。彼女とて当然それを理解しているし、例えそうでなくてもその状況を受け入れるべき立場に身を置いていることも理解している。

 だがそうした現実的な問題以前に、理性を持たされた人間として、簡単には受け入れ難いものでもあった。

望奈洲1佐は顎をしゃくりながら言う。

 

「情けないの。自分の娘か、それ以下の年頃のコ達に大の大人が肩身を護られなければならないのがね………。」

「………理解はできますが。」

 

 大人として護らなければならぬ年頃の者達に逆に護られるというのは、それがどんな状況であれ、心理的に嫌なものだ。それが軍籍に身を置くものであれば尚更───。

 まったく、嫌な時代に自衛官になってしまったものだ─────と、最近目元に増えてきた皺を撫でながら、心中で嘆息する。

 

『───CICより艦橋、水上レーダーに機数不明の不明目標(アンノウンターゲット)方位(ヘディング)3-4-5、距離(レンジ)30マイル!』『───護衛の艦娘隊より敵機見ゆ、との報告。』

 

「対空ぅーー戦闘用ぉー意っ……!」

 

 思慮に浸る間などあるわけがなく、状況は刻一刻と変わる。しかし、あの斜陽の照らす黄金色の何処かに、敵手たる深海棲艦が居ることは確かで、その敵手に対して自分の果たすべき仕事が何であるかも彼女は知っている。

その折──────

 

「隊司令……鎮守府より通信が。」

「分かった、繋いで。」

 

『はじめまして隊司令………艦娘隊の提督です。貴方がたと共に戦場に居れない事だけが残念だ。』

 

 インカムのスイッチを押して最初に入ってきた声は、思った以上に若かった。この青年が、彼女達の提督……?

 コミニュケーションの必要性から艦娘を率いる者には比較的若年の者が当てられると聞いてはいたが、この無線越しにいる彼もまた、彼女の年齢からすれば息子同然の年頃であり、一層暗澹たる気持ちを呼ぼうというものだった。

 

「第二護衛隊司令、時世 望奈洲1佐だ………今回の作戦に於いて他艦隊に先んじて戦場へ馳せ参じられたこと誇りに思う。」

『司令、今次作戦の推移は我が艦娘隊だけでなく、あなた方の艦隊にも大きな役割があります。あなた方が持ってきてくれた短魚雷………その為の護衛、不本意ではあるかもしれませんがどうかご理解を。』 

 

 青年に諭されるほど彼女は幼稚ではないし、言われるまでもなく解ってはいることだが…………最近、艦娘に対して良くない感情を持っていた一派が作戦に乗じて“危険”な艦娘を排除しようとする動きがあった、というのを聞いたことがある。

 それの、釘を刺したつもりか?

 舐められたか────だが海自自衛官の覚悟は本来そんなものでは無い事を、この青年に教えてやる必要を彼女は感じた。

 

「理解している………しかし、我が方は1隻でも生き残れば敵に魚雷を叩き込める。計算上1発でも効果がある筈。彼女達には─────」

 

 艦娘1人の戦術価値は軍艦1隻に匹敵する────そうした海軍常識は当然ながら海上自衛隊護衛艦隊でも通ずる。望奈洲1佐はそれを理解し、いざとなれば護衛艦より艦娘を優先するよう提督に言おうとしたのだが、その言葉は提督自身によって遮られてしまった。

 

『1佐───自分はそのような計算は好みません。彼女達も…………。』

 

 予想外の言葉だった。

理想論────でしかない、と一蹴する事は簡単だった。しかし、それを許さぬ確固たる意思と確信にも似た何かを、望奈洲1佐はインカムの向こうにいる青年に感じた。

 

「………。」

『自分は彼女達に“護衛艦を全て守り抜き、全員生きて帰れ”と命令(・・)しております。彼女達は自分の命令を完遂するでしょう。』

「────提督。お言葉、痛み入る。」

 

 

 ~~~~~

 

 

 

 数時間前

 北太平洋沖合

 

 

 アリコーンが耳に掛かった紫電の髪を煩わし気に払うと、さながら風に煽られる絹糸のようにさらさらと舞った。

 夕焼けに照らされる海を、たった一人で航行する───艦娘(この姿)になってから、一人で海を往くことはな無かった。そのせいか、彼女はあのころ(・・・・)を鮮明に思い出していた…………それは、全てを無くし、亡くした記憶。

 

『ネンリョウキョウキュウヨシ!』『カタパルトジュンビカンリョウ!』『デンリョクキョウキュウカイシ。』「“ソード”タイ,カタパルトヘススメ!」『アンゼンソウチカイジョーッ!』『オツカレサマ。』『SLUAVシャシュツジュンビ!』

 

 妖精さん達の声が響き、アリコーンの艦内で慌ただしく働いている。

 ──────彼らは、文字通りの密命を帯びていた。アリコーンは主力艦隊より離れ、ほぼ彼女専用となっている高性能艦載機を用いての長距離偵察の任務だ。

 

 これには偵察による敵情確認という目的以上に、アリコーンの位置を敵に誤認させ深海棲艦のアリコーン………“仮称・ユニコーン”を炙り出す、という今作戦最大にして最優先の目標を達するための最も重要な役割を持たされたからだった。

 

『ハッカンヨォーーイッ!!』

 キィィイィィィィィーーー───!!!!

 

 ターボファンエンジンのファンが高速回転し、いよいよその胎動を始める。その腹の内には、我々では到底想像も及ばぬほどの力が込められつつある。

 

 最大にして75kNもの推力を誇るラファールMのエンジンは外部からの接続を受けずとも機体側からの操作によってその全てが始動されるように設計されている。

 その分、必要な人員も少なく済み、整備員も機体のチェックに万全を期せるというものだ。

 

 このラファールMを預かるパイロット───ルイス・バルビエーリ中尉が整備員の合図に合わせ、機体の各部位を稼働させその安全を確認する。

 操縦管を左右に倒し───実際には、倒してはいない。少し力を入れてやるだけでフライ・バイ・ワイヤ式の機体制御機能は十分な稼働指令を各々の制御翼に与える───エルロンとエレベーターの稼働を確認。

 整備員の合図を確認すると、次いでフットバーを交互に踏み均すようにし、ラダーの確認を行った。

 

『ゼンソウビノアンゼンカイジョカクニン!』

 彼らが万一敵に捕捉され、いざ其処から逃げ出すときの最後の頼みの綱であるミサイルの安全ピンが引き抜かれ、何時なんどきでもその威力を発揮せしめる状態に覚醒する。

 ──────これと同じことが、彼の他に3つ行われている。

 

 偵察隊のコードネームは“ソード”。偵察隊は4機で構成されており、その内2機が偵察担当、残りの2機は空中給油担当となっている。

 

「ソード3,ハッカンジュンビカンリョウ。」

 コールサイン“ソード3”を預かるルイス・バルビエーリ中尉は愛機のシートにゆっくり身を預けた。

 出撃までには待時間がある──────MFDから転じた先、まだ高い陽はオレンジ色を呈し始めたばかりであり、彼に低緯度帯特有の遅い夕暮れを実感させる。

 射し込む陽光は眩いが、グラフコックピットであるラファールMのモニター群はそれでもなおって明瞭な情報を映し出し、彼の目に届けている。

 

「ルイス・バルビエーリ中尉?」

「?」

 声は大きく聞こえ、透き通っていた。

 眼前を紫電の髪が横切り、紐暖簾(のれん)のように視界を遮った。顔をあげてみると、端正な女性の顔がコックピットを覗き込んでいる。

 言うまでもなく、それはアリコーンだった。

「貴方、また(・・)遺書を書いていないと聞きましたよ。宜しいのか?」

「ハイ…ジブンハ,コンドハカエッテキマス。ダカラヨムモノハオリマセン。」

「……!」

 感銘……という言葉の意味を、アリコーンは始めて実感する。

 ─────家族は皆戦争で死にました。読むものはおりません─────とは、彼がかつて最後の出撃に際し放った言葉であった。マティアス・トーレス艦長に拾われた命を還さんと腹に据えた彼に生の執着などは無かったのだろう。

 だが、それが今やどうか?

 生きて帰ると断言し、故に、遺書など書かぬと言い切っている。

 これほど美しい生の執着も無いだろう、とアリコーンには思えた。生の望みが皆無と言えたこの人たちが、今やこの様に自身の生を確信しているとは……!

 

 ルイス中尉は冗談混じりに、それに自分みたいなのが遺書を書いたところで、寒いポエムが出来るだけです、と手振りをしながら付け加えた。

 それに、アリコーンの目頭が暑くなるのを感じる。私は、何と良い人達に恵まれているのだろう?

 

 ─────彼も、救われていたのか。

 

 鼻頭を押さえながら、彼女は“命令”を下す。

「いいわ~~……必ず帰って来なさい!発艦を許可する!!」

『リョウカイ,ソードリーダーハッカンスル……!』

 リニアモーターに電流が迸り、覚醒した電磁カタパルトが軌条の15トンにもなる戦闘機を数秒の内にして発艦速度にまで押し上げる。

 ドン……!射撃音にもにた響きと共にラファールMの黒体は未だ蒼空の占める晴天の高みへと打ち出された。

 




実は大和改二は46サンチ50口径砲の案もありましたがある事情によって没になりました。

あと細かい話ですが、彼女の高角砲は五式十二糎七高角砲(長12サンチ砲)となっています。特に意味はありません()


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寿号作戦 Ⅱ

なんとか2月以内に投降完了しました!
海自、そしてあの戦闘機の活躍、ご笑覧ください!


 20XX年

 

 9月30日

 

 18時05分

 

 北大平洋沖合

 

 

 第二護衛隊 旗艦 DD-119 [あさひ]

 同 CIC

 

的速(ベクター)200───いま増速した、210………220………。」「不明目標(アンノウンターゲット)敵機(バンディッツ)と断定、正面目標群を以後アルファと呼称。」「目標群アルファ、距離(レンジ)25マイル。なお近づく───」

 

「………。」

 

 [あさひ]型のCICは前型の[あきづき]型のCICに並び、室内の光量が落とされておらず、それがいっそう此処に居並ぶ人間達の目元の影を強くしている様にも、見るものには感じられたかもしれない。

 

 前面の大半を占めるL(ラージ)S(スクリーン)D(ディスプレイ)に表示される敵味方の電子上の姿がこうも閑散としたものになって、どれ程たつだろう。

 人サイズの艦娘に護衛艦ほど豪勢な電子兵装は存在しない。───乗せる意味がないという理由でもあるが───よって、護衛艦のデータリンクには艦娘は入ることは出来ず、必然的にLSDに示される情報量も味方の数に対して著しく少なかった。それが、最初にここに足を踏入れた時の感動にも似た感情を味わった彼には、未だに奇異な感覚を覚える。

 

 彼────[あさひ]砲雷長 鷹井(たかい) 厚圭(こうけい)3等海佐は、その名にある様に鷹の目にも似た鋭い目線をLSDから離さなかった。

 鷹井3佐は元々、深海棲艦戦争が始まってすぐに、今は亡き姉妹艦、DD-120[しらぬい]のCICに配属されていたことがある。

 

 その頃はまだ護衛艦の大勢で、LSD上では画面狭しとばかりに濁流のような情報が常に存在していたものだ。

 全通甲板を有する巨大な護衛艦を中心に、汎用、ミサイル護衛艦計8隻で形成された機動艦隊、それが全国合わせて計4個艦隊も存在してたいた頃が懐かしい。

 比較的艦齢の若い有力な艦艇で編成されていた海自機動艦隊───護衛隊群───は深海棲艦戦争以前では東アジア………否、世界でも有力な艦艇群の一つに数えられていた。

 だが敵…………深海棲艦の出現によって海自護衛艦隊は壊滅。海自護衛隊群の打撃群化の象徴と吟われた全通甲板を有した巨大護衛艦のDDHは軒並み戦没し、汎用護衛艦を中心とする護衛艦隊もその悉くが海中へ没する事を強制され…………その中に、彼の乗っていた[しらぬい]も存在した。

 

「敵編隊をマーク、ESSM(発展型シースパーロー)発射準備。」

『砲雷長、敵の動向はどうか?』

「以前、変わらず接近を続けています。艦長、本艦以下はすでにSAMの射程内です。撃ちますか?」

『司令の指示あるまで待て………艦娘の戦闘機が敵編隊を捉える寸前に、敵の鼻先を叩き出鼻を挫く。』

 データリンクに頼らず、無線に依って呼吸を合わせるつもりか…………幸いにも艦艇、艦娘間のこの手の連携は他国より早い段階で艦娘戦力を整備した海自は経験があり、さして大きな問題にはならない。

「了解。」

 

 ────現在、護衛艦の搭載する艦対空ミサイル(SAM)は全てESSMに統一されている。

 汎用護衛艦(DD)たる[あさひ]は元型となったESSMを防空ミサイルとする護衛艦だったが、この第二護衛隊の過半を占める多機能護衛隊(FFM)は射程300km以上にもなるA(Advanced)-SAMを主体とする対空構成だった。

 

 汎用護衛艦の積むSAMであるESSMとミサイル護衛艦(DDG)SM(スタンダードミサイル)の間にある射程的ギャップを解消するためのミサイル──────それは元来DDGしか対応できなかった距離の対空戦闘に、A-SAMを搭載したFFMも参加できることを意味しており、艦隊防空(エリアディフェンス)においてより充実した対空戦闘能力を海自護衛艦隊に提供できる。

 

 実際、この多層防空は万が一の実戦に於いては相応の能力を発揮する筈だと期待されていたものだ──────だが実際に起きた「万が一」という実戦、深海棲艦戦争の勃発によりその役割と行き場を同時に失う結果となる。…………特に、A-SAMはVLS(垂直発射システム)1セルにつき1発しか搭載できないことが大きな足枷となった。100kmを遥かに超える長射程と高精度な誘導性能を付与する対価として弾体は大型化したのである。

 

 FFMのVLS搭載数は16セルに留まっており、消して多くはなかった。建造数の多さがこの弱点を補うはずだったが──────深海棲艦の前にその望みは露と消え去り、そればかりか、ミサイルの絶対数の少なさが祟り正確な照準を許さぬ深海棲艦航空機に対して効果的な防空火網の形成が出来ない事態となってしまっていた。

 結果として、FFMには計画になかったESSM-HWの搭載改修が行われる事となり、その名残は尖塔のように聳え立つ複合マストの根本に増設されたドーム状のイルミネーターレーダーが示している。

 

「ESSMの時限信管をレーダーと連動させろ。すぐに撃てるようにしておくんだ。」

「了解。」

 

 現在の護衛艦のESSMはESSW-HWという新型のものなっていた。

 ESSM-HWのHWとは、重量(Heavy)弾頭(Warhead)の事で、正式名称をRIM-162Fといい、炸薬が従来型のESSMの弾頭炸薬41kgに対して5割近く増大、60kgの炸薬弾頭を備えている。深海棲艦に対して効果の薄い電波式近接信管ではなくレーダーと連動するデジタル式時限信管を採用し、新型の破片調整弾頭を適切なタイミングで起爆出来るようになっている。

 ミサイルの直撃や指向性破片榴弾は小型UAVのような存在である深海棲艦航空機には非現実的であり、できるだけ広範囲に破片を撒き散らす方法に変更されていた。

 

「目標群アルファに接近する飛行物体現出。方位0-4-0、的速………光学で観測─────友軍機!」

「1分後に敵編隊の進路上で交差します。」

 おそらくは艦娘が直掩か迎撃のために上げていた戦闘機だろう。LSDに現れた三角形が友軍を示すライトシアンに染められる。

 そこに、艦長の指示─────

『砲雷長……10秒後、距離18マイルで全艦SAM発射始め。攻撃は一波のみ。』

「了解………ESSM、敵座標入力。」

 命令と同時、第二護衛隊全艦はネットワークデータリンクによりコンマ数秒以下の同期したタイミングで同一の命令を受け、やはり同一のタイミングでそれらの作業を終える。

目標敵編隊(マーク)、諸元入力よし。攻撃指示要請(リコメンドファイア)!」

「VLS開放───撃てッ!!」

 

 LSDに映された前甲板VLSの一角………号令一下、封印から解かれたように生じた四つの炎柱─────それらは昇龍の如き勢いを得て白線を引き、瞬く間に雲間へと消えてゆく。それも、4隻同時に────!

 各艦に搭載されたデータリンクシステムによって示された各々の状況を反映させ、無線に頼る調整を必要としない、常に一体となった戦術行動を行えるからこそ成し得た業である。

 

 ESSMは音速の壁を軽々と超え、それでもなお推力偏向制御(TVC)による高機動をならし的確に、そして迅速に、レーダー波に従って目標へと突っ込んでゆく。

 

「[いしかり]以下3隻もESSM発射……慣性誘導に入った、命中(エンゲージ)まであと12秒。」

 LSDに現れてESSMを示す矢状の輝点は10────[あさひ]のESSMが4基、他3隻が2基ずつ。これら護衛艦の持つイルミネーターレーダー本来の能力をもってすればその倍の数のミサイルの誘導も可能………だがしかし深海棲艦航空機相手にそれは余りにも難しく、レーダービームを集約させてやっと半分程度の誘導を確保するのが精々だった。

 

 鷹井3佐の、深く被った帽子の奥で光る額の汗────必中は期している。だが、どこまで撃ち減らせるか………。

 LSDに表された戦場の上で、護衛隊から射られた電子の鏃は吸い込まれるように敵編隊へと向かっている。それらはまるで、自らの意思を持ったかの様だ。

 

「あと8、7………侵入阻止(インターセプト)5秒前!」 「侵入阻止目標固定(マーク・インターセプト)、スタンバイ………!」

 イルミネーターレーダーによって、ミサイルが標的に着弾する直前の数秒間のみ標的に向けて行われるCWI(連続波照射)────覚醒したESSM-HWのシーカーはレーダーの反射波に打ち靡き、弾体を敵編隊へ突っ込ませるのだ。

 鷹井3佐の双眸は緊張の色を孕んだまま、LSDに釘付けられる……………そして、ミサイル管制士官の報告─────

命中(エンゲージ)、いま!───ESSM、全弾の炸裂を確認。」

「戦果を報告せよ。」

 時限信管により炸裂したESSMは破片効果により敵機を傷付け、破壊する。直接破壊(ヒット・トゥ・キル)ではない上に、個々の敵機を捉えられないレーダーに頼る以上、目視での戦果確認が欠かせなかった。

『見張りよりCIC、前方に黒煙────ミサイルの攻撃跡と思われる。数、4……5……。』

「光学にて確認。撃墜6機は確実────艦娘友軍機、敵編隊と交差、交戦状態に入りました。ミサイルの発射は─────」

「分かっている………敵の第2波に備えよ。」

 敵味方の入り乱れる状態となってはミサイル攻撃などおよそ不可能。

 所詮、援護のための攻撃に過ぎない。後の敵は、事前の予定通り味方戦闘機に任せる──────

 

 

 

 ~~~~~

 

 

 18時07分

 

 同 海上

 

 

 つい先刻、ESSMを撃ち込まれた敵編隊はその隊形を崩し、迎撃のために接近していた艦娘空母戦闘機部隊の格好の餌食となった。ミサイルによる先制攻撃は、片巣(かたす)2佐らの思惑通りに敵の機先を制し味方を有利に導いていたのだ。その有利をモノにし、そして維持するだけの性能を彼等の乗る戦闘機は与えられていた。

 

 戦闘機─────それは一見すると、さながら海を遊弋するシャチか鮫のような印象を受けるシルエットに、直線的なテーパー翼を備えた機体─────その名は橘花改………!

 従来型のレシプロエンジン機とは異なるタービンロケット───ジェットエンジン────は簡易な構造ながらも高い推力とそれに起因する高速力を発揮し、それが単純且つ有効な攻撃方法である一撃離脱戦法を容易かつ確実なものたらしめる。

 更に────この機体の長所は他にもあった。

 

 機関砲の射撃ボタンを押した瞬間、敵機に吸い込まれるように撃ち込まれた光弾が、敵機の翼を弾き飛ばしたかの如くに破壊する。

 凄い!…………パイロットの妖精さんは自信の操る戦闘機の機関砲の威力に驚く。

 五式三十粍固定機銃──────概して30㎜機銃とか30㎜機関砲とか言われるこの機銃は、300g以上にもなる重量弾丸を毎秒750mもの速度で打ち出すことが出来、それは零戦などに広く搭載されている20㎜機銃弾の倍近い破壊力を齎す。

 初速の速さは命中率に直結する。毎秒750mという初速は弾道良好と評判の99式2号20㎜機銃にも匹敵し、高い命中精度を発揮する。

 撃てば当たり、当たれば墜ちる────そのなんと素晴らしい事か!?………必中を狙い、或いは弱点を狙い────浪費される弾と時間を恐れ、発射ボタンを押す躊躇が産まれ、それがまた時間を───そうした下らない連鎖はこの機銃の前では存在しなかった。

 あたる!───そう直感した時に発射ボタンを押せば、次の瞬間には敵機は粉微塵に粉砕されているのだ。

 今もまた、翼端に被弾した敵機が翼を“バタン”と折り畳まれるようにして砕け散り、錐揉みに陥り墜落して行く。

 

 襲来した敵機の数は戦爆連合60機余り。30分前の敵偵察機との接触を皮切りに空母艦娘によって上空へ上げられた彼の僚機の数は24機と、些か物足りない感触を覚えないでもなかったが────とんでもない!

 初撃で10機余りもの敵機をを撃墜したのも束の間、これまででは考えられない様なとんでもない角度での急上昇を繰り出す。そしてその間にも、速度が著しく減衰することは無い………!

 新型の燃焼噴射推進器「ネ20改」は高い推力を発揮し橘花改を高空へと押し上げる────小柄な機体に相応しい軽快な機動で“くるり”と姿勢を戻し、そのまま再び獲物を見定めた猛禽の様な鋭い降下に入る。

 そのまま凄まじい速度を維持したまま、回避に奔走する敵機の背後に追い縋る。レティクルの中で拡大する敵機──────速度を得た橘花に、敵機の背面を取ることなど容易い。機首先でつつく程の距離─────指先にこもる力に躊躇はない。

 数秒にも満たぬ射撃!

 バンバンバンッ!という破裂音にも似た発射音が機体を揺るがし、その直後に彼は目前の敵機に興味を失ったかの様に離脱する。たった10発程度にしか過ぎない発射量だったが彼には既に、それで十分だという確信があった──────現に視界の端で見るオレンジ色の閃光は、翼を打ち砕かれた敵機の断末魔の輝きだった。

 

(タッタ2モンデコノイリョクカ?)

 やはりこの機銃の破壊力は素晴らしい………あの“幻”の戦闘機、震電改はこれを4門も積んでいるというのだから恐ろしい。

 とはいえ完璧な戦闘機など存在し得ない。彼等の駆る橘花改も、また────

 

「チッ……」

 再び上昇に転ずると同時に出た舌打ちは、この素晴らしい戦闘機に対する数少ない、かつ致命的な問題点に対してだった。

『コチラ4バンキ、ザンダンキレダ!』『2バンキ!……ザンダンニフアンガアル。アトイチゲキガゲンカイ。』『ダイ3ショウタイ、ゼンキザンダンナシ!』

 無線より続々入ってくるのは、早くも機銃弾を打ち切った味方の報告………それこそが橘花改の大きな弱点─────弾数が余りにも乏しい、というものだった。橘花改の装弾数は1門あたり僅か50発、2門合わせてもたった100発に過ぎず、数斉射で弾切れを起こしてしまう。

 初期型零戦の20㎜機銃でも120発が確保されていたことを思えば、如何に橘花改の弾数が少ないかが分かろうと言うものだ。

 

 あと一撃が限界か………?

 此方の被害は最小限だが、敵に与えた損害も十分とはいくまい。彼我の戦力比は倍以上あり、攻撃機会の少なさは数的劣勢にある彼等には難しい状況にある。

 姿勢を回復し、降下に備えて眼下に広がる敵影を睨む。

 

「───?」

 

 組織的な編隊行動をとっていた敵機が各々バラバラに動き始め、中には更に小さい粒々のような物を落としている。

 

『テキヘンタイガテッタイヲハジメタゾ。』

 弾数が不安になり始めたタイミングで壊走を始めてくれるとは、なんと有難い!

『敵機の撤退を確認しました……全機、良くやってくれました!帰投してください。』

「リョウカイ.」

 翔鶴の命令に従い、橘花改はベイパーを引きながら翼を翻してゆく。

 その下方より猛烈な勢いをもって打ち上がってきた矢────それが炎を帯びて輝き始めたと思いきや、撒き散らされた火の粉が輪郭を帯びてそれは航空機の形となって顕現する。

 航空機────それは明確な橘花改の姿となり、飛行機雲の連なりを残しながら大空を飛び去った。

 

 

 その腹に、物騒な荷物を抱えながら──────




ちょっとA-SAMについてですが、資料がなかなか見つからず、たしかこんなんだっけ?という曖昧な根拠のもと8割妄想で補完しております。
もし(というかほぼ間違いなく)違ったりしたら、コメント等で教えていただけると幸いです。


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寿号作戦 Ⅲ

大変おまたせして申し訳ありません…!
出来るだけ更新頻度を取り戻せる様に頑張ってまいります!


 20XX年

 

 9月30日

 

 18時20分

 

 北大平洋沖合

 

 上空8 000m

 

 

 

「サムイナ….」

 高空─────冷えた大気は当たり前のようにエンジン排気の水分を飛行機雲(コントレイル)と化し、数十機からなる梯団の進撃をありありと顕していた。

 ネ20改ジェットエンジンはその機体が高空にありながらも充分な推力を提供し、高速を以て目標への進行を可能としている。

 

「………。」

 操縦桿を持つ手が震える様になってどれ程経っただろうか─────しかし、これでもいつかを思えば随分マシになったものだ。役に立たないどころか火傷に怯えなければならない電熱服に身を包み、いつ上り切るかも分からない高空を目指していた頃とは、天と地ほどの差がある。

 妖精さん用に特注された防寒服はこの高高度にあって、少なくとも凍えるほどの寒さを感じることは無くなっていた。

 

 発艦から暫く────撤退する敵攻撃隊を追走し敵艦隊への攻撃を企図した文字通りの反撃に列なるのは、彼らだけではなかった。それは後方………赤城、隼鷹より発艦した流星改攻撃機を中心とした戦爆雷連合62機からなる攻撃隊第2波が迫っている。

 発艦のタイミングこそ第1波、第2波でほぼ重なっていたものの、橘花改の高速性が両者の攻撃隊を波状攻撃の様にせしめる結果となっていた。

 

「………。」

 傾けた機体、その向こうに見える雲海…………そのさらに先に、胡椒の粒もかくやとも思うほどに細かい点々の連なりが存在した。それこそが今現在彼らが追走しつつある敵編隊であり、その敵編隊が向かう先に、彼らの向かうべき目標──────敵艦隊がいる筈だった。

 よもや敵も、高度8000mもの高空から追跡を受けているとは思うまい………敵艦隊のレーダーが気掛かりではないでは無かったが、作戦中にレーダーを起動するのは逆探───逆探知───によって自身の位置を暴露する事にも繋がりかねない。よって、敵艦隊はレーダーを起動していない可能性が高い…………という訳だったが、希望的観測、或いは賭けに近い戦法なのが彼には癪だった。

 しかし先手を取られた上に我が方は敵艦隊の位置を把握しておらず、一方的に攻撃されるリスクを背負い込んでいる現下の状況を鑑みれば、何もせぬよりは博打のような一手であっても打つべきなのもまた確かであり、彼も理解していた。

 

 とは言え、この攻撃が完全に博打なのかと言えばそうでもなかった。8000mの高空が、彼等を守ってくれるからだ。

 敵に探知され迎撃機が上がったとして、高性能な過給機を持たないレシプロ機がこの高度まで昇るには相当な時間を要し、その間に此方はより敵に接近したり有利なポジションを取ることが出来る。すなわち空戦を有利に進める上での必須条件の一つである高度の有利を、最初から得た状態で戦端を開くことができる、という訳だった。

 

 再び目線を転じた海原…………さながら真っ黒いカーペットを思わせる海面に、散りばめられた砂金を思わせるさざ波。それらを背景にして、飛び続ける黒点は敵機編隊─────だがその編隊は発達した密雲の中に姿を消し、見えなくなる。

「………?」

 それを見た編隊長の眉が僅かに歪んだ。

 何故、雲を回避しない?

 航空機にとって雲は厄介な相手の筈で、視界不良や着氷による機体性能の劣化、場合によっては乱流をも伴う雲はそれだけで墜落の危険性がある。

 あれほどの雲量だ、スコールも発生しているかもしれない。

 追尾が敵に知られたか………?だがその懸念は拭われた。その雲の下、黒い海面に生じている幾何学的な白線の群れ──────それは明らかに自然の波ではない。

 それを裏付ける様に、白線の先には終わりがあって、そこで蠢く黒塊──────予測は確信に変わり、その確信は彼の口元を弧に歪めさせる。

 あれは航跡(ウェーキ)だ………そしてこの海域に展開している味方艦隊はいない。つまり─────敵艦隊!

 

 まさかスコールの下に隠れていたとは……!これではいくら上空から見張ったところで発見は困難だったに違いない。

 そのとき────彼は雲間から現れた別の黒点を目にする。それらは、ゆっくりとだが此方に向かって上昇してきているようにも見えた。敵機………?

 そこまで来て気付かない彼ではない。我々は察知されている………!

 レーダーピケット艦が居たか、或いは敵艦隊に接近した時点で普通に探知されたか……しかし何れにしても、敵の反応は遅きに失した。敵機が橘花改を迎撃するには彼等はあまりに高く、速すぎた。

 そしてそれは、次なるアクションを取れる戦術的イニシアチブも彼らにあることを意味する。

 

「ゼンキ,コウゲキイチニツケ!」

 号令の下、一斉に主翼を翻した橘花改の編隊は密雲を超え、二手に分散。何れも高度を下げて行くことに変わりはなかったが、急速に高度を下げる部隊と、ゆっくり高度を下げる部隊とで別れている。

 緩降下を続ける部隊の中に、彼────攻撃隊隊長────の橘花改はあった。高度をある程度落として、緩降下爆撃をする狙い…………橘花改には急降下爆撃をする機能────例えば、ダイブブレーキ───が装備されていない。だが同じく戦闘機の枠に収まる零戦などは降下時の角度を抑えた緩降下爆撃を対艦、対地攻撃に使用しており、橘花改のような機体でもある程度の精度を保った攻撃が可能だ。

 彼は元々爆戦───戦闘爆撃機────乗りで、緩降下爆撃には腕があったのだ。今回のような任務にはうってつけの妖精さんという訳である。

 

 高度を落とす内に、橘花改の速度は時速700kmを超えてくる。落下速度も加味されるが故に、エンジン出力を絞っていたとしても、簡単に最高速度以上に達してしまうのだ。

 

 機体の軋む音、大気を切り裂く風切り音、そして計器の中で目まぐるしく変化を報じる速度と高度────それらの全てに神経を集中させ、隙あらば空中分解にまで達そうかという程の機体をあやす。

 だが障害はそれだけではない。降下前から見えていたゴマ粒の様な点の群は、見る間に敵編隊の姿へと輪郭を変えてゆく………!

 

 多くはないが、無視し得ない敵だ。本来なら自慢の30㎜機銃で相手してやるところだが────如何せん今は腹に文字通りの爆弾を抱えており、とてもではないが格闘戦(ドッグファイト)などできない。

 

『ヤツラハマカセロ。』

 インカムから耳を打つ声、同時に機内を影が横切る────攻撃隊は爆弾を抱えていない、少数の護衛用の橘花改を伴っていた。その護衛機が隊長機の前に躍り出て敵機との矢先に占位したのだ。

「リョウカイ……ゼンキ,タコヤキハムシダ!ワレニツヅケ!」

 機体を高速でバンクさせ、ひっくり返った天地の空中で操縦管を思いきり引いた。

 急降下────!

 ガクン!と強烈な加速度に体がひきつり、機体が悲鳴を上げる。薄暗くなった視界の端で、突然動きを変えた我が方に、驚いた様に慌てて進路を変えた敵機の姿が映った。

 

(……!)

 そしてそれらが翼を翻した瞬間、その隙を狙っていた護衛機が機関銃を打ち出した。30㎜機銃の威力が発揮される────弾け飛ぶ様にして砕け散る敵機!

 

 数では劣っているものの、あくまでも護衛の本懐を成し遂げようとする護衛戦闘機隊に形ばかりの敬礼を送り、攻撃隊隊長は改めて敵艦隊に目を向ける。降下をしているために、敵艦隊はかなり上の方に見えていた。

 眼科に棚引く航跡は12、中心に6隻の主力らしき艦を配置した典型的な輪形陣の機動部隊…………艦載機が周辺に居るため、この艦隊が空母を伴っているのは確実だった。問題はどの艦が空母なのか───?

 目を凝らしてみると、輪形陣の内側にいる6隻、その先頭の2隻に特徴的な形状を確認できた。それは見慣れた、異様に巨大な帽子様の構造物─────空母ヲ級か!

 

 機動部隊にしては空母の数が少ない事から、もしかしたら前衛打撃部隊のような目的で編成された艦隊なのかも知れない。敵の主力空母艦隊ではなさそうだが、寧ろ都合が良い。敵の数が多過ぎては、目的を達成し切れるか怪しかった。

 

 高度は6000m前後──────爆撃を行うには、些か高度が高い。禿鷹のように艦隊の上空で旋回を繰り返しながら高度を落とす。

 ドンッ……!

「!」

 瞬間、目の前に生じた複数の火球に彼は目を見開く。敵の対空砲弾の炸裂────!

 機体強度と構造上、ここから一息に急降下し攻撃できないのが何時も彼はもどかしかった。この期に及んでもなお、彼らが緩い角度での降下を強いられていることに変わりはない。

 

 しかし炸裂はまだ疎らで、十分な対空火網には至っていない。敵が此方に対応しきる前に、蹴りを入れてやらねば!

 意を決し、フットバーを踏み倒した先─────急激に傾いてゆく水平線─────絨毯をも思わせる、夕焼けに輝く海面─────幾何学的模様を航跡にして浮かべる敵艦隊─────

 その瞬間、コックピットの外に見える景色の全てがこれまでの倍以上の圧迫感を持って押し迫って来ていた。打ち上げられた対空砲火は秒を数える毎にその密度を増し、爆煙が空域全体に広がってゆく。

「ウオォ……!」

 緩急自在の機動を繰り返し対空砲火網を躱し続け、確実に高度を落とす─────永遠とも思える時間の中で凄まじいプレッシャーとGに耐え続け、彼は高度計を注視した。高度は4000mを切るところにまで差し迫っている。

 

「ゼンキ,ツヅケ!」

 号令一下、降下を開始する────瞬間、ぶわっ!と空中に投げ出される様な感覚のあとに、押し潰されるかの如き猛烈な加速が彼の体を襲う。

 機軸を合わせ、敵艦隊を射爆照準器に捉える─────改以前はこの照準器どころか照門すら存在せず、棒切れ一本しかなかったというのは本当だろうか─────それだけで、敵の対空砲火が一掃増したように思える。下や横から撃たれるより、正面から撃たれる方が余程の圧迫感を与えた。

 

 ───────瞬間ッ!!!

「ワ!!」

 ドン!バリバリバリッ!!!!

 黒煙が視界を覆い、機体に無数の火花が光血走った!

 機体が凄まじい衝撃に見舞われ、機体が砕け散ってしまうのではないかとすら彼には思えた。

 至近距離で炸裂した砲弾の破片が、彼の乗機を強かに打ったのだ。幸いにも、引火はしなかった。

 しかしそれが、ただの幸運でしかなく次の瞬間には彼と彼の乗機が火だるまに包まれていない、という保証は何処にもなかった。

 それを示唆するかの如くに─────

 パァン!と音を立てたかと思うほどの勢いをもって弾丸が機体のすぐ横を突っぱ抜けてゆくと、彼の視界の端でオレンジ色の明滅が起きる─────確認するまでもない────それは、砲弾の直撃を受け木っ端微塵に打ち砕かれた彼の列機の、断末魔の輝きだった。

 遅れて木霊する遠雷のような爆発音………それを鑑みる余裕もなく、彼等はひたすらに砲火の中を突っ込んでゆく………!

 

 照準器の中で、海の絨毯を背景にした敵艦の輪郭がみるみる内に肥大化する。高度は間も無く2000mを切った!

「テーー!」

 号令の下、列機が一斉に500kg爆弾を投下する。そして彼自身も爆弾の投下レバーを引いた瞬間に感じた違和感に、彼の背筋は凍り付いた。

 

 

 〜〜〜〜〜

 

 

 18時42分

 同 高度20m

 

 

 艦隊の輪形陣に突っ込んでゆく幾重もの白線はさながら刺突を繰り出す槍騎兵のようだった。橘花改の織り成す悌団は小麦色の高原をも思わせる海面を這うように進み、掻き立てる水飛沫はV字に割られ橘花改の通過した場所に波立つ白跡を残してゆく。

 

 航空機による超低空の進行─────レーダー波から逃れる為の飛行──────それが攻撃なら、普通は雷撃を誰もが想像したかもしれない。

 だが彼等は違った………橘花改は高速のジェット機であって、魚雷など投下しようものなら魚雷本体が衝撃で吹き飛んでしまう。しかも魚雷の搭載能力など有してはいない。では、何のために?

 

 航空機による低空攻撃は、何も魚雷によってのみ成される訳ではない────

 

 

「ミエタゾッ──!」

 水平線から見えた敵影、はじめはほんの尖塔の様だったそれらは僅かほどの間に明確な隊伍を成した艦隊へとその装いを変えてゆく。

 彼我の距離30km程か、一度水平線から顔を覗かせた敵艦隊は、みるみる内に拡大してきているようにも見える。これも、海面高度にあって時速600kmもの高速を発揮出来るが故か!

「!」

 その時、敵艦隊の直上に見えた黒点に視線が吸い寄せられる。黒点………否!それは明らかな航空機のシルエットを持ち、一直線に敵艦へ向かっている………!

「ナンダ!?」

『タイチョウガヤラレタ……!!』

「ナニッ⁉︎」

 被弾した爆撃隊長機は、操縦索を破壊されていた。主翼端と胴体下部───シャチに腹を食い千切られた鮫のように抉り取られており、至近弾の一撃はその一切の操縦、操作系を奪っていたのだ。

 ダイブブレーキを持たぬ橘花改は加速の一途を辿り、その勢いが衰える様を想像することすら出来ない。

「……!」

 脱出しろ!……そう言葉にしようとした彼の口は直後に白歯に阻まれ負熟練であるが故に彼は解ってしまったのだ。あの速度、あの高度からの脱出は不可能で、仮にコクピットから出られたとして、その先に待っているのは、死──────‼︎

『アトヲ──』 

「!」 

 

『タノムゾッ…!』

 

 明滅………直後に立ち昇るキノコ雲──────それは漢の命が放った最後の輝き──────その炎の(たもと)には大破した敵空母。

 他にもいくつも生じた水柱と爆炎が、敵空母2隻を包む。そのうち1隻は破孔から凄まじい勢いで焔と黒煙を吐き出している。

 

 

 "ゼンキ、トツゲキセヨ"

 彼自身が手旗信号に込めたその短い意味だけが、今するべきことを何よりも明瞭に指していた。 

 戦友の死を惜しむ時間も猶予も方法も今の彼らは持ち合わせてはいない──────

 

 彼我の距離10kmを切った!今更になって気付いたのか、思い出したように敵の対空砲が砲撃の唸りを上げた。 

 しかし海面高度20m以下の超低空を這うように飛行する彼らを前に、有効な対空射撃は出来ていない………炸裂は疎ら、或いは海中に突っ込み高々と水柱を突き立てる。

 だが距離を詰める毎に砲撃の精度は上がっていた。乱立する水柱と爆煙の密林を、橘花改はさながら狙いを定めた毒蛇の如き獰猛さと俊敏さを持って突撃してゆく………!

 

 ドン…ドン…!コクピットの内部にすら響く敵砲弾の炸裂と着弾はそれを受ける者に無限とも思える圧力を与え続ける。敵艦隊まであと数km!! 

「ゼンキ、ヨーイ!」

 

 槍衾の如き弾丸の雨を浴び、機体を不気味に金属音が打ち鳴らす。

 スロットルレバーを押し開き、エンジンへ大量の空気を送込む。比例的に推力は破格の向上を見せ、尚速度を上げる。

 キイィィィィ………!!

 狂ったように轟くエンジンの咆哮が、頼もしく機内に響き渡る。下方という機体の逃げ場は既に無く、僅かな操作ミスがそのまま海面へのダイブへと繋がる極限状態で、自機のポテンシャルに全幅の信頼を寄せる事が出来るという意味では、やはり橘花改は戦闘に身を置く妖精さんにとって優秀な機体だった。

 距離は詰まる──────敵艦隊の輪形陣、その外輪部を形成する敵の防空巡洋艦が、大量に備えられた自慢の高角砲と機関砲を用いて、此方に向かって弾幕の嵐をその密度と苛烈さを増しながら浴びせ掛けてくる。

 海面を荒々しく気立てる航跡すら肉眼で見える距離──────!

 

 距離1kmを切り、敵巡洋艦の持つ異容もその細部に至るまで確認できた。黒を基調とした艤装は黄金色の空と海の乱反射の中で不気味に佇んでいて、ヒト型の概形でありながら異常に大きな掌とバイザー様の偽装を被りその奥にある筈の表情の一切を伺わせない頭部が、その存在の異常さとおどろおどろしさを一層に際立たせていた。

 

「───⁉」

 瞬間、列機のひとつが剥ぎ取られる様に翼を失い、次の瞬間には主翼を軸にした凄まじいスピンを繰り出しバラバラに崩壊しながら海面に叩きつけられる。だが動揺する暇もなく、彼は眼前の敵巡洋艦を睨み付けた。

 

 奴は、我々が輪形陣の内側に入らないよう全速で機動し、我が方の企図を挫かんとしている。

 

 スロットルレバーを引く───落ち着きを取り戻すように咆哮を収めるエンジン───

 

 輪形陣の内側には、手負いの空母と尚健在な戦艦、巡洋艦が存在し、その戦術・戦略的価値は高い。

 

 フラップ展開───この攻撃(・・・・)に不可欠な速度低下と引き換えに揚力を高める為だ───

 

 価値の高い戦艦や空母を護る為、まるで我が身を盾にする琴も厭わぬ様に攻撃隊の進路上に陣取り、それは今に至るまで続けられている。

 正に──────我々の狙い通りに(・・・・・・・・)

 

 瞬きを忘れた充血した眼が、攻撃のその瞬間に至るまで照準器の環の向こうで大きくなる黒々とした敵影を頑として離さない!

 

 そして──────敵の砲はおろか、機関砲や機銃の射撃の明滅すら見える距離まで近づく……!!

 

「テーーッ!!」

 

 ───引かれた爆弾の投下レバー。

 

 ───海面へ突っ込む爆弾。

 

 否──────それは、さながら水切りの石のように海面を跳ね、そしてその勢いを保ったまま、更に海面を蹴り飛ばし前方へと弾体を跳ね飛ばしてゆく………!!!

 

 

 彼らが抱えていたのは、魚雷でも唯の爆弾でもなかった。水面で跳ねるよう特殊な外版を取り付けられた爆弾。トビウオを思わせるそれは、適切な落下角度と速度によって衰えることなく海面上を跳ね飛ぶ黒体──────  

 

 

 唯の爆撃方法ではないこれは……反跳爆撃(スキップボミング)──────!!!




実は挿絵を挟む予定でした。が、中々決めきらない+遅延で見送りました…
ごめんちゃい!


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寿号作戦 Ⅳ

お待たせしました
些か遅くなってしまい申し訳ない!


 20XX年

 

 

 

 9月30日

 

 

 18時50分

 

 

 北大平洋沖合

 

 

 吹かされたスロットルレバー。凄まじい迄に大気を吸い込んだエンジンが橘花改の流線形を押し出し、加速させる。同時に僅かに機首上げ───投弾。

 反跳する爆弾───その数10以上。

 橘花改は輪形陣に突入する遙か以前に投弾していた……空母、戦艦や巡洋艦を擁する艦隊中心まではかなり距離がある。

 意志を与えられたかのように反跳を繰り返す爆弾の向かう先─────それは、敵の防空を担当する巡洋艦、軽巡ツ級。そのツ級に向かうのは3発の黒体───側面から突っ込む500kg爆弾!

 

 数投下時の速度をほとんど保ったまま、鈍い光沢を放つ黒体はツ級のごく至近にまで迫ってきていた────回避は間に合わない─────ツ級の舷側装甲は500kgの徹甲爆弾の直撃に耐えうるほど頑強ではない。500kgというのは重巡洋艦の20.3cm砲弾など鼻で笑う重量で、弩級戦艦の30cm級砲弾ですら上回るのだ。結果は必然──────着弾………!

 

 数度の反跳を経て舷側装甲帯を捉えた爆弾は当然のように貫徹、二重三重の内部構造をも粉砕したそれは炸裂──────閉所で産まれた爆轟と閃光は空間を求め艦外部にまで達する。

 艦内から食い破るようにして生じた爆発がツ級の左舷より生じ、その艦上構造物に至るまでを包み込んだ。

 

 その光景は一つではない──────艦隊の左方向より突入した橘花改部隊は、深海棲艦艦隊の輪形陣を形成する外周部隊に殺到し、艦隊の中心に濃密な防空火力を提供する艦艇の、その半数を撃破したのである。

 

 炎上する軽巡洋艦と駆逐艦に防空火力を期待することは最早不可能。空母の損害と合わせ艦隊防空網の過半を喪失した───そこに、手負いとなった敵艦隊に止めを刺すべく赤城、隼鷹を発った攻撃隊第二波が襲来した。

 

 

 〜〜〜〜〜

 

 

 19時00分

 

 

「戦爆連合数200以上……!?」

 30近くを数える大艦隊の先頭を切り進撃する大和は、その都合上艦隊の針路上にある敵に対して最も早く感知することができた。電探を見張る妖精さんから受けた、その結果として得られた報告に大和は目を見開いた。

 

 やはり最初の敵航空部隊は、敵全体の規模からすれば"オマケ"程度でしかなかったのだ。敵は我が方の機先を制し、僅かばかりの反撃を行えはしたものの、それは現在に至るまで限定的なものに留まっていて敵主力からイニシアチブを奪い取るにはまだ程遠かった。

 

 しかも───それらは複数の方向から同時多発的に襲来して来ている。それは即ち、未だ敵艦隊勢力の、それもその過半が健在であり、比較的近距離にまで迫っていることを如実に示していた。

 

「全艦、対空ぅー戦闘よぉーィッ!」『SAM発射はじめ……撃ェ!』「シュホウサンシキダンソウテン!」「コウカクホウ、トウセイシャニソナエ…!」「迎撃機発艦……!」

 

 護衛艦の放つ対空ミサイルが上空を幾何学模様で彩り、その白線の中を空母から発艦した戦闘機群が抜けてゆく。

 そして遠方で見える複数の火球───ESSM-HWの炸裂───幾ばくかの敵機の撃墜を示す煙が、さながら水中に垂らした絵具のようにのびてゆく。

 更に、数十機にもなる戦闘機隊が迎え討つ。艦隊から見える光芒は彼我の航空機の断末魔の輝きだ。

 

 だが、戦闘機隊の迎撃を持って織り成される航空機の戦いの輝きはゆっくりと此方へ迫ってきている。

 敵戦闘機の主力は性能の高いタコ焼き戦闘機で、練度、機体性能ともに大きな差がない。さらに機数は拮抗───否、若干不利な状況にあった。味方戦闘機隊の迎撃をくぐり抜け5、60機ほどの敵攻撃機と爆撃機が艦隊上空にまで到達する。

 

 そこに生じる火球──────それは焔の欠片を花火のように撒き散らし、巻き込まれた敵機を瞬く間に火達磨へと変えてゆく。戦艦の主砲による三式弾の一斉射だった。

「4、5……まぁ、こんなものですか……」

 漏斗雲のような黒煙に呑まれて堕ちてゆく敵機を見て、大和は呟いた。大口径砲の対空戦闘には期待すべきではないのだ。

 発射速度、砲塔旋回速度共に対空用としてはお粗末そのもので、一度その機会を逃せば次はないと思ってよい────尤も、本来対空に用いない大口径砲に対空砲弾が搭載されてること事態が、好ましくないなのだが────それでも金剛、榛名の主砲が再び天を仰ぎ咆哮を轟かせる。51cmの超大口径化した大和と比べて口径の小さく、かつ改良の施された36cm砲ということもあってか、装填速度が速い。

 未だに装填の終わらない大和は高仰角を取れる副砲が砲撃を開始する───高角砲にはまだ遠かった。

 主砲より発射速度があるとはいえ、所詮は対水上戦を前提とした火砲では、ささやか程度の対空火力しか無い。

 

「以後、主砲は射撃を禁じます。」

 

 その命令は、金剛と榛名にも伝えられる。間もなく敵が高角砲の射程に入るからだった。主砲の砲火煙と鼓膜を突き破る轟音は対空射撃の妨げにしかならない。 

 

「撃てっ……!」

 

 ドッ!!!夕焼けの空に伸びてゆく光の軌条──────その先で、木々の葉裏が空を隠すようにして、炸裂の黒煙が空を覆う。

 30隻近い艦艇の織り成す射撃は空域全体に伝搬してゆき、まるでこの艦隊の空にあって、爆煙と破片にまみれるこの空域に無事な空間など全く無いように思えた。

 だが……!(小癪にも)勇猛にして大胆な深海棲艦攻撃機はそうした網の目の如く張り巡らされた弾丸と破片の雨を潜り抜け、続々と攻撃位置を遷移し始める。その間撃墜できた敵機は僅少に尽きた。

 敵機は十分な攻撃戦力を保ったまま、此方への攻撃を仕掛けようとしている……‼︎

「良くないですね……。」

 ここ最近の作戦でアリコーンの異常な戦闘力を見せられた後では、自分達の全体的な対空火力の不足を感じさせる。彼女なら───こんな近くにまで寄られる前に、全てミサイルで叩き落としているだろう。否、そんな必要も無く、あの強力無比な艦載機によって我が艦隊の姿を拝む前に全て退けていたかもしれない。

 

 実に良くない──────眉間に指を当て、大和は嘆息する。現場が……では無く、そんな短絡的な思考に陥ってしまう事が、だ。

 そもそもの話、アリコーンという存在はイレギュラーだ。元々艦隊に組み込まれていなかった戦力を、どうして今更当てにしようとしているのか?……アリコーンのいない現状は、ただ数週間前の艦隊戦力に戻っただけに過ぎない。そして、私たちはその状態で何年もの間戦って来たのではないか……⁉︎

 

 ぱちん!頬を軽く叩き、目を見上げた先───直上から逆落としに襲来する敵機を睨む。グンッと鎌首をもたげる様に砲身を立てた10cm砲群が火を吹き、上空の黒煙の網の目を一層に濃く彩った。

 至近弾によって弾かれたように進路を変えた敵機が錐揉みに陥り分解する。大和改二の両舷に集中配備された長10cm砲群の火力は凄まじく、その発射速度も相まって、まるでアメリカ戦艦娘のような───それを上回っているようにも感じられる───濃密な対空射撃の雨を敵機に浴びせかけている。

 バリバリバリバリッ!と、有効射程に入ってきた敵機を一斉に対空機銃が撃ち始めた。豪雨が空に向かって立ち上る様に曳光弾の束が吹き掛けられる。その光の豪雨の間隙を敵の急降下爆撃機は恐れ知らずにも突っ込んでくる……!

 一瞬火花を散らし輝いた敵機が次の瞬間には翼をもぎ取られ墜落してゆき、さらにその背後に続いていた敵機も機銃弾の直撃を受け撃墜される。威力不足が叫ばれる25ミリ機銃といえど、通常戦闘機に搭載されている様な20ミリ機銃よりは大口径なのである。直撃してタダで済むわけがない。

 だがそれでも敵機は急降下を続け、ついに投下に最適な高度にまで迫られてしまう。

「あっ!」

 誰かが叫んだ。敵機からどす黒い小さな物体が放られたのを目撃したのであった。

「回避っ……面舵30!」

 笛の様な不気味な音を奏でながら落下してくる爆弾───赤城は自分が狙われていることを直感し直ちに回避運動をとっていた。だが正規空母の彼女には駆逐艦や軽巡洋艦の様な瞬発力がない。等身大サイズに収まっているとはいえそこにはやはり、隔絶した機動力の違いがある。

 

 ドン!ドンッ……ドーーン……!

 

 着弾───!爆轟は高々と水柱を立てて、生じた波浪は怒涛の如くに荒れ狂う。水柱の中に消えた赤城に一同の顔面は蒼白に染められてゆく──────だが、落ち切った水柱の中から姿を現した赤城は無傷だった。水飛沫に濡れた長髪を払いながら、戦闘を続けている。

 敵機の爆弾を紙一重で躱し、全て至近弾か空振りに抑えていたのだ。

 しかし全てがこう上手くいくとは限らない。敵の狙いは最初から空母に向いていた。その数が増せば増すほど、被弾の危機は跳ね上がる。

 

 

「ジョウクウヨリサラニテッキ‼︎」「シキンニテキライゲキキ!」    

 

 

 爆弾魚雷を抱えた敵機はいまだ数多く、対空射撃のそれだけでは対処に限界があった。

 赤城にも、低空に舞い降りた敵雷撃機が接近している。

 

 だから──────

 

「機関両舷増速ッ!」

 

 揺れる銀髪───

 

「浜風……何を⁉︎」

 

 迫る雷撃機───超低空!

 

 水柱を掻き分け、敵機に食いつかんばかりの気迫を伴い、駆逐艦浜風が全速力を持って空母赤城と敵雷撃機の間に割って入った─────彼我の距離は至近──────まさか⁉︎

 

「やめろっ……浜風‼︎」

 

 未だに飛沫の舞う海面より荒げた口調で赤城が呼び止めるが、浜風はあくまで護衛としての本分を果たそうとしていた。指向する長10cm砲──────第二改装後、艦隊型駆逐艦たる陽炎型駆逐艦のそれとは大きく趣の異なる「乙改」と称される防空駆逐艦型への変貌を遂げており、その防空火力は甘めに見ても侮れるものではない筈だった。

 

「行かせるか!」

 

 ドン!ドン!ドン!

 

 赤城の盾たらんとばかりに敵雷撃機の前に立ち塞がった浜風の主砲から、続々と砲弾が吐き出されてゆく。敵機の進路上に形成された鉄の壁───射撃開始から秒を増やす毎にその精度をを増してゆくそれに、ついに敵雷撃機の1機が絡め取られる。

 

 砲弾の破片により穿かれた破孔から、鮮血のように飛び出た火炎が敵雷撃機をその肚の中に閉じ込め、海面へと突っ込んだ。

 

 だがこんな如きで折れる敵ではない。浜風の対空射撃から逃れた敵雷撃機が魚雷を投下する。全て立ちはだかる浜風を無視し、赤城の進路上に投下されていた。

 

「クソッ!」

 

 雷撃を許した!鈍重な大型正規空母である赤城に回避できるものではない──────だから私がここに居るのだ!──────白銀の髪の奥に佇む空色の眼が燃える。

 

 もとよりこんな事態は覚悟の上だ。

 しかし彼女とて、ただ盾になってやるつもりは毛頭なかった。主砲の長身が、陽光を受けて不規則に輝く膿面を睨む──────

 

 そこから垣間見える、悪魔の(かいな)を思わせる幾つもの白線──────

 

 それを認めた瞬間──────射撃!

 

 魚雷を投下してしまった敵機にもはや用は無かった。浜風は主砲を俯角に取り、疾走してくる魚雷めがけて乱射したのだ。

 

 林立する水柱は、比例的に浜風の焦りでもあった。水中を進む魚雷に、都合よく当たるわけもない。

「浜風、避けなさい!1、2発くらいなら耐えられる……!」

 赤城は叫んだ。直撃しても沈没は免れる可能性はある。赤城の巨体を沈めるには魚雷数本では些か力不足なのだ。

「駄目です!」 

 だが浜風は、鋼のように固辞した。

 

「浜風っ……!」

 

 魚雷をこのまま見逃せば赤城の艦体はタダでは済まない。たとえ沈まなくとも、浸水の結果傾斜が高まり航空機の発着艦が出来なくなるかもしれない。空母の戦力外化は、何を持ってしてでも避けなければならない……!

 

「当たれ……!」

 瞬間──────

 ドオォンッ!!

 ひときわ巨大な水柱が立ち上った。陽光を受けて煌めく火花のような水滴の数々がけばけばしい。

 

 当たった……!

 しかし残る魚雷は爆発によって進路を逸らされたものを除き、2本がなお迫っている──────しかし浜風はその瞬間(・・・・)が来るまで射撃を緩めず、針路を変えなかった。

「避けろ!浜風ェッ!!」

 

 

「………!!!」

 水柱が浜風の艦体を持ち上げたかと思うと、次の瞬間、水柱はその艦体をぶち破り、天に向け高々と立ち昇った。




艦これイベント攻略などと重なり予想以上に長引いた上に内容は短く、本当に申し訳ありません……


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寿号作戦 Ⅴ

仕事が多忙過ぎたり自分がコロナに罹ったりしてドンドンドンドン筆が遅くなる一方………大変お待たせしてしまいました……申し訳ありません!


 20XX年

 

 9月30日

 

 18時50分

 

 日本国 戦略機動打撃艦隊 

 

 某島鎮守府 

 

 艦娘寮兼司令部施設 地下1階

 

 統括作戦指揮室

 

 

 壁一面を覆うかのような数多のスクリーンの上で示される戦闘海域の情報は、まるでその現場に居合わせているかの如くに多岐に渡り、遠隔地にありながらもその詳細を掴むことができる。

 浜風の被雷も、その時からわずかの時を置かずして彼らの知るところとなっていた。

「駆逐艦浜風被雷!」

「損害は……!?」

「被雷二、損害不明!」 

 空母赤城を庇い、駆逐艦浜風が敵魚雷を受けたときを切欠に司令部は慌ただしくなる──────それとて、事前に予期されていたものではあったが──────

 

 やはり30隻にも満たない艦隊で総力戦を挑むのは無謀が過ぎたか……⁉︎増援の見込みは無いではないが、こうなっては間に合うかどうか───

 

 そう思いこそすれど、それを口にすることができないところに、提督の苦悩があった。他に手がなかったとはいえ、それを最終的に決断したのは彼であるし、何より彼自信、こうした損害が出る事態を覚悟していたからだ。

 

「更に攻撃、翔鶴に集中……飛行甲板に被弾───!」「瑞鶴はスコールに退避した模様───」「浜風大破……大破です!」

 

 報告を聞き、提督は額に皺を寄せずにはいられなかった。ある程度の損害は覚悟していたとはいえ、初戦で大破とは……!

「浜風を下がらせろ、これ以上────……っ!」

 そこまで言いかけ、提督は口を噤んだ。下がらせろとは言ってみるものの、一体あの海域のどこに下がれる後方があるというのだろうか……⁉自身の浅はかさを今更ながらに呪わずにはいられない。

「輪形陣の内側に入れろ、これ以上の被弾は危険だ………!」

「浜風、浸水による影響で速力低下!艦隊より落伍します!」

「まずい───!」

 

 浜風の対空火力は健在な状況で、敵にとっては未だ厄介な存在の筈だ。敵がその”厄介な存在"を早期に消すとしたら……!?敵にはそれを実行し、成功させるに足る戦力がある。

 そう彼が抱いた予感は、次の瞬間まるで示し合わせたかのように的中する──────

「浜風に敵攻撃機集中!」「浜風っ……!」

 スクリーン上で示される、味方の青と敵を示す赤の攻防──────報告を受けるまでもなく、それが浜風の窮地を残酷なまでに視覚的に浴びせかけて来ている。

「浜風、被弾っ───!」

 悲鳴にも似た報告。それが交錯した直後に生じた変化に、提督は出すべき言葉を失う──────

 

「浜風バイタル途絶!」

 

 ピーーーー───と単一の電子音が無慈悲に鳴り続けた。

 目まぐるしく変化を繰り返すスクリーンの唯一点を、焦点を失った眼で呆然と眺めていた。そこは、先程まで浜風の示す輝点の存在した位置──────その提督の方を引っ掴む大きな手。それは、マティアス・トーレス少佐のものだった。

「提督、気を確かに持て。可能な限り損失は避けられるべきなのは俺も理解している。だが、今次作戦の困難性から鑑みて、損失があり得ることは貴官も十分理解していたはずだ──────」 

 そんなマティアス少佐も、珍しく額の冷汗を隠さなかった。彼に与えられている権限はあくまでもアリコーン単艦の裁量であって、艦隊全部への指揮権は提督が握っている。

 マティアスの出自上仕方ないことであるし、何よりあの艦隊は提督の裁量の下にあるべきなので、そこは仕方がない。問題なのは、その提督が気落ちしてしまい、指揮能力を損失してしまうことにある。

 ………しかし、マティアスの憂心は杞憂だった。それも、彼の予想を超えて。

「少佐……大丈夫だ、自分も浜風も(・・・)。」

「何……?」 

 直後、明らかな抑揚とともに一定の間隔を保ち始めた電子音は、先程まで延々と刻み込むような一定した音程の電子音とは明らかに異なっていた。直後、提督とほんの少しだけ気を抜いたような「ふぅ…」という吐息を聞く。

 

「浜風、バイタル復旧!」

 

「これは……!」

 

 マティアスはこの光景を見るのは初めてではない。アリコーン最初の出撃の際、揚陸艦あきつ丸が敵弾に斃れた時の………!

 

「妖精さんか……!」

 応急修理要員とか、応急修理女神とか呼ばれる、通称ダメコン妖精さん。撃沈相当の損害を被った艦娘をその死の窮地から救い出すための最終手段であるそれが、発動されたのだ。

 しかしこれらの妖精さんは押しなべて貴重なものである筈だったが……?

 もしや、と思ったマティアスが視線を投じた先は提督。その提督は彼の視線に気づき、懐から本来の薄さを取り戻してしまった財布を取り出し、ひっくり返してみせた。

 提督は今次作戦の困難性、危険性を看破するや直ちに可能な限りのダメコン妖精さんの収集に走り、結果として作戦参加艦艇の大半にそれらを持たせることが出来ていた─────ただしそれでも完全には集め切れず、潜水艦娘などはダメコン妖精を持たされていないが─────浜風は提督の機転によって命を救われたのである。

 

「これで我々の来年度の予算はゼロというわけです。」

「来年度があればな……。」

「怖いことを言わんて下さい……。」  

 

 冗談なのかそうで無いのか、あるいはその両方かもしれないやり取りをしながらも提督は「まぁこれで彼女達が一命を取り留めるなら安い出費です」と後悔する様な素振りは一切見せなかった。

 

「しかし何時もヒヤヒヤさせられる……。」

「このような隠し種があるのなら、先程の様な空気はいらなかったのではないかね?俺はまんまと騙されるところだったが………。」

「いえ、あれは本気ですよ。こんな初戦で重要なカードを切られたくは無かった………実際、彼女はもう戦わせられない。戦力外の換算だ。」

 提督が艦娘達にダメコン妖精さんを乗せていたのは、あくまでも“保険”のつもりであった───それにしては随分と費用のかかる保険ではあったが───それを、敵の本丸を見るその遥か以前に使わされたのは、彼にとっても思わぬ誤算であったのだ。

 だが、背に腹は代えられない。提督は浜風に命令をくださなければならなかった。

「浜風……現在の状態で避退は可能か?」

 形式上の問だ。現場にいないとはいえ、現下の状況で戦線から離脱するのは困難を極めることくらい提督には分かっていた。

 だがそこは生真面目な浜風のこと、提督の言葉をまるまるそのまま捉えてしまう。

『難しいです……が、提督の命令とあらば……!』

「あぁ~~待て待て!今のはそういうんじゃない………離脱は難しいんだな?」

『え、えぇはい……。』

「海自護衛艦に収容を頼から、直ぐに護衛艦の近くに寄るんだ。」

『了解っ……!』

 通信を切り、改めて意識をインカムの向こうにいる浜風から、眼前のモニターに数字や輝点として情報化された浜風に向けられる。

 相変わらず見ていて気分の悪い赤い発色の文字列と共に彩られた輝点が、護衛艦を示す青い輝点にゆっくり向かってゆく。モニターからも見て取れるが、大破した影響からだろう、浜風の機関は全力を発揮できずにいるようだ。

「海自の第2護衛隊に繋いでくれ。」

『──────こちら第二護衛隊 旗艦[あさひ]。艦娘司令部、何か?』

「大破した駆逐艦娘1隻の収容をお願いしたい……其方のフリゲート艦にはその艦娘の収容機能があったと記憶している。」

 海自のフリゲート艦───FFM、つまり[もがみ]型護衛艦───は艦尾部分に水上無人機の搭載能力があり、無人機雷排除システム用水上無人機(USV)機雷捜索用無人機(UUV)を搭載していた。これらの装備は[もがみ]型護衛艦を通常の護衛艦としてだけでなく、対機雷戦にまで対応可能な艦艇にまで昇華させていたが…………当然、人間同士の戦争で使われることを想定したこれらの装備品は対深海棲艦戦争で僅か程の役に立つこともなかった。

 

 そこで[もがみ]型は対深海棲艦戦に対応するため、水上無人機の搭載スペース及びその関連機器を全て撤去し、艦娘の収容・輸送能力を持たせられている。

 汎用護衛艦と違い、喫水線付近にある程度余裕のある搭載スペースを確保できていた[もがみ]型だからこそ出来得た改装である。 

 

 さながら、洋上をゆく歩兵戦闘車(IFV)の様に艦娘達をその巨体に収め………否、今や対深海棲艦戦において艦娘の能力は護衛艦のそれを上回るのは明白だ。歩兵を保護し戦場に送り届け、自らもまた歩兵の矛と盾となり戦線に加わるIFVとは似ても似つかぬだろう。

 だが、航続力おいては未だに護衛艦の方に一分も二分も利がある。隊列を組むとはいえ、所詮は歩兵のような単一の独立した戦闘ユニットである艦娘にとって、収容機能を持ち複合的な要素の絡み合った戦闘ユニットの護衛艦はさながら"戦場のバス"とでも言えるかもしれない。

 

『───了解した。我が[いしかり]に艦娘の収容を急がせる。』

「隊司令、感謝する。」

 

 

 

 ~~~~~

 

 

 

 18時59分

 

 

 北大平洋沖合

 

 

 浜風の大破に伴い、艦隊の防空には僅かながら穴が空いた。

 それによって深海棲艦攻撃隊は主力艦に対して集中しており、浜風の護衛艦への接近は容易く、しかし──────問題は空だけではなかった。

(波が……!)

 FFMの航跡波が、大破した浜風の航行を阻害していたのだ。

 護衛艦を始めとして現代の軍艦の織り成す航跡波は想像ほど激しいものではないが、それでも3900tの海水を押しのける巨体が造る波だ。質量的には人間とさして変わりのない艦娘………それも、大破し機関に大きくダメージを負った状態では、真っ直ぐに航行することすらままならなかった。

 さらに戦闘中、敵攻撃下にあって高速での急激な機動を強制される。収容とは、言うが易く行うは難しだった。

『───[いしかり]より浜風へ、本艦の速度は26kt。的速的針に注意せよ。』

「浜風、了解っ!」

 

 増速した浜風の機関は悲鳴を上げ、煙突からは吐瀉物のように黒煙が噴き出された──────次第に両者の距離は近づいてゆく。

 ドン……!ドン……![いしかり]の主砲が天を仰ぎ、咆哮を上げている。[もがみ]型特有の尖塔にも似たステルスマストの一体化された複合センサやレーダー類までもが彼女の目視ですら見える距離………。

「………っ!」

 肩の近くにまで掛かる波が浜風の行く手を遮る。波一つで、彼女の身体は簡単に横転しそうになる程だ。大破による機関の損傷は彼女の思っている以上に凄まじい。

 空色の目に海水の塩がしみる──────ピリっとした痛みに瞼を震わせたその時。

 艦娘乗降用の後部ハッチに人影を見つけた。

 

「お嬢ちゃん!こっちだ………!」

「はい……!」

 

 しかし、連続する水柱がまるで蛇のように迫ってきたのを視界の端で見た瞬間、浜風の背筋が凍った。

「うわっ!」

 バババババッッ!!と機銃掃射が眼前を阻むようにして浴びせられる。ふとした瞬間に気付いたエンジン音は既に遠下がって──────敵機!?気付かなかった……!被弾の痛みと大破に至るまでの損害を受け精神的にも大きく疲弊したが故の散漫だったのかもしれない。

 妖精さんの報告もなかった。何故──────考える必要も無かったことを、直後に彼女は知る。

 魚雷の破孔から崩れるようにして見張員妖精さんのいた見張り台のあるマストがへし折れていたのだ。

「マエミテッ……!」

「!」

 まだ無事な航海艦橋から、頭に血を滲ませた妖精さんが顔を出し浜風に言う。今の浜風よりもずっと真直に眼でも訴えていた。直向きなだけに、自らの艤装を司る妖精さんの手傷から気を離せない彼女だったが、その妖精さんから眼と口でそう訴えられては浜風に前を向く以外の選択肢はない。

 

 たが再びエンジンが耳朶を打つ。今度は明瞭に、しかも複数──────首だけを傾けた先……光──────⁉︎

『───ロケット弾だっ!』

 鏃にも似た弾体が浜風の眼前を一瞬で過ぎ去り………ドウドウドウッ!水柱が昇竜の如き勢いで立ち上り、その内包した水量をなんの遠慮もなしに撒き散らした。

 

「……このっ!」

 生き残った浜風の対空機銃が反撃の咆哮を打ち上げ、敵機を攻撃する。パリパリっと火花がが敵機から散ると、その敵機は炎を吐き出し始め、ゆっくりと落ちていった。

 更に1機が突っ込んでくる。戦闘機にロケット弾を装備した敵は、彼女達が十全ならば高い脅威ではなかったが、大破した駆逐艦には十分過ぎる脅威だった。ロケット弾の一撃は駆逐艦クラスの主砲弾にも匹敵する………大破した駆逐艦にとってトドメとなるは必至。

 生き残った対空火器が敵機に向けられるが、その指向までの僅かな瞬間に、深海棲艦戦闘機はロケット弾の軸線に浜風を捉えていた。

(しまっ──────)

 ドヴヴヴーーーッ!!!!

 瞬間、閃光をも呑み込む光の濁流が敵機を襲い、撫で切られるようにして被弾跡を残し撃墜される。

 護衛艦[いしかり]の後部CIWS、ファランクスだった。[もがみ]型は元々SeaRAMをCIWSとして搭載していたものの、改修により手動操作に対応したファランクスBlock 1Bに換装されていたのだ。

(……!)

『───[いしかり]より浜風へ、進入進路および速度適性。現在周囲に敵機なし、今がチャンスだぞ、急げっ……!』

 

「うぉ……!」

 開放された後部ハッチの黒い口、そこからワイヤが曳かれている。波に阻まれながらも手を伸ばす──────あと少し、もう少し……!!

 ─────────だがあと一歩が、足りなかった。急かされるようにしてフワッと目測より遥かに手前の空を切った。

「しまッ……!」

 ワイヤーを掴み損ねた……!?被雷による傾斜は彼女の予想を超えて悪かったのだ。彼女の頭の中では掴んでいる筈だったワイヤーは眼前で未だ揺れている………姿勢を崩した浜風は頭から海面に突っ込むような姿勢だ。こんな状態で転倒すればもはや次の機会など望むべくもない──────

 

「エッうわッ!」

 だが突然ワイヤーが彼女の艤装に絡み付き、次の瞬間彼女の身体は吸い込まれるようにしてハッチへと引き寄せられてゆく。

 ハッチの中から手が伸びて、浜風の艤装を引っ掴んだ。

「よし捕まえたっ!」

 それは一人だけではない。救命胴衣兼防弾チョッキを着込んだ海自隊員が数人がかりで浜風を引きずり込む。

 

「駆逐艦浜風の収容完了!」「収容ワイヤ上げー!」「応急修理用の工具と担架は……?」「ここに……早く!」

 

 完全装備の艦娘6人を収容できる様に改修された元SUV、UUVの格納庫は自衛隊員数名が駆け付けていても意外と広く感じた。

「わ、私は大丈夫ですよ……。」

「大丈夫な訳ないだろう、自分をよく見てみろ───ここまで良く来てくれた。後は任せるんだ。」

「……。」

 倒れ伏した自分の身体を見ようとして、浜風は失敗する。身体が水になってしまった様に力を入れることができない………僅かに動いた眼球だけが、自身の惨状を微かながらに伝えてくれた。すぐ側にいる自衛隊員には、まるでその人が出血している様にベットリと血が付いていた………更に視線を下げれば、筆で塗ったくった思わせる血筋の跡──────此処([いしかり])に来るまでの時間を考えれば、出血量は相当のものだったろう。

(あれから一体、どれくらい……出血して───あれ?)

「……?」

 ふっと湧いた安心感と同時に、意識を突然ドブに放られてしまったかと思う程に考えが纏まらなくなってゆく。

 

「おい……大丈夫か?嬢ちゃん!」

「失神しただけです。バイタルと呼吸も安定しています……本当に強い娘だ。」

 かくん、と人形のように動かなくなった浜風に焦燥を募らせる海自隊員だったが、第四分隊の隊員が彼女の容態を診ていた──────外見では人間ならショック死していても可笑しくない重症だ。浜風を診た隊員自身、半分程度は自分を疑っている。

「だが外傷は酷い。修理用液(バケツ)と輸血パック持ってきてくれ!」

 

 ドン……ドン……

 

 衝撃音と同時に微かに揺れる艦内………主砲の砲撃だ。

 外では未だ戦いは続いており、更にそれは始まったばかりだ。これから彼女のように戦闘不能に陥った艦娘たちを収容する可能性は更に増える。

「彼女は早く処置室へ、艤装は簡易修理室に放り込んどけ!此処を片付けて、"次"に備えるんだ。」

「「「了解!」」」

 次──────さらなる損傷した艦娘を受け入れる準備を命じたが、ここに訪れることになる地獄はそんなもので澄まされる物ではない事を、彼らは未だ知らない─────────

 

 

 〜〜〜〜〜

 

 

 同

 

 19時05分

 

 

 

「ハマカゼノシュウヨウカンリョウ。イノチニベツジョウハナイソウデス。」

「それは……良かったッ!」

 妖精さんからの報告を受け、言うが早いか集中配備された長10cm群の砲列が上空から飛来する敵機の進路上に弾幕の壁を造り出し、破片の雨が敵機を襲う。

「ミギゲンライゲキキーーッ!」

「おもぉーかあーじイッパーイ!」

 敵雷撃機を認めるや、大和はいち早く回頭する。その直後に魚雷投下──────既に大和は回避し、雷跡は大和の艦尾遥か後方を過ぎ去ってゆく。

「テッキチョクジョォーーキュウコウカァーーッ‼︎」

「舵もどーせー!」

 直上、急降下爆撃が大気を裂く高音を伴い降り掛かってくる。そこから放たれる黒塊──────そのタイミングを見計らい、大和は針路を戻す。銃弾のような勢いで大和の側方を掠めた爆弾──────ドォン!ドォーン!……大和の長身など比べるべくもない程の巨大な水柱が立ち昇り、海水が雨のように降り注ぐ。

 

 歴戦の戦友である浜風の無事を祝う余裕は彼女達には失われていた。戦爆連合200機の襲来は間断のない火力投射を続け、その分だけ少なくない損害を彼女達の艦隊に与えていた。嵐のように、上空を我が物顔で乱舞している。

 しかして、止まない雨が無いように、晴れない嵐も無かった。

「敵機が退いていきます……!」

「………。」

 

 上空を覆う敵機の群れはその数は疎らになることはあっても増えることはないようだった。小雨が過ぎ去るように視界に映る敵機の粒が目に見えて少なくなってゆく。

 敵機編隊に何か分かりやすい打撃を与えたわけではあるまい──────恐らくは、単純に敵機が爆弾魚雷を放り切っただけだ。

 

「各艦、損害を報告せよ。」

『第一艦隊、榛名及び五十鈴被弾小破。されど戦闘航行に異常なし。』『第二艦隊───天龍、夕立、雷に損害、雷は中破!』『第三艦隊……浜風大破に加え阿賀野、秋月に小破の損害。』『……第四艦隊……翔鶴中破なるも戦闘に支障なし。更に時津風が中破!』

『───こちら第二護衛隊。我が方損害至って軽微……諸艦の奮闘に感謝する。』

 

 良かった──────少なくとも落伍艦や沈没艦が出ていないことだけは救いだ。

 しかしこの直後、嵐は去ってもその直後の安寧が保障されている訳では無いことを、彼女達は改めて知る事となる。頭では分かっていても、そして自身にそうした経験があったとしても、その立場になった時、人は狼狽するものだ。

 

『───第二護衛隊より全艦へ……!11時方向、距離(レンジ)30マイルに未確認目標(アンノウンターゲット)、速力25から6ノットで接近中!』

『光学にて観測。目標は、敵……戦艦群───‼︎』




今年中に終わらせる自信が無くなってまいりました。


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寿号作戦 Ⅵ

お待たせいたしました!


 20XX年

 9月30日 19時07分

 北太平洋沖合

 

 敵戦艦群の発見の報より僅かほどの時をおいて、その後方から空母ヲ級以下4隻からなる機動部隊2コ群までもが接近中である事を知らされていた。

 だが、夕暮れまで間もない──────敵とて夜間になれば、艦載機の攻撃は止控えざるを得ない。夜間までに"ユニコーン"を発見、撃破して、夜間のうちに海域から離脱する──────スピード勝負ではあったが、そうするより他にない。至近にして確実な最大の脅威は、その敵艦隊の先頭を務める戦艦群だった。

 

『───第二艦隊より戦艦大和を抽出し第一艦隊に臨時編入、第一艦隊は敵戦艦群を迎撃せよ……!』

 命令は即座に伝えられ、そしてそれは艦隊が一つの生き物として振る舞うかのように迅速に遂行された。

 輪形陣を解いた第一艦隊は直ちに30ノットにまで増速、先頭に大和を配置する形で単縦陣へと移行する。

 戦艦3隻では些か心許ない気もありはしたが、空母群から攻撃隊を出すことは叶わなかった。先刻までの敵攻撃隊との迎撃戦闘により消耗した直掩機の収容、交代に加え、橘花改を始めとする此方の攻撃隊の帰還が重なった為だ。もしかしたら深海棲艦はこのタイミングを図って戦艦群を押し出してきたのかもしれない。

 

 

 先頭の大和改二は、高速戦艦に対応したタイプの改装である。金剛、榛名にも劣らぬ最大速度を誇っていた。

「───このまま単縦陣で敵正面に展開し、同航戦に誘います。反航戦では撃破し切れないかもしれないので。」

 

 この時点で敵戦艦群の詳報はすでに判明していた。それを踏まえての大和の指示─────彼女は改二となった自分を加えても、この敵艦隊の撃破は手古摺ることは間違い無いと瞬時に理解していた。

 敵戦艦群の陣容は、普段なら目を覆いたくなるほどに強力なものだった。戦艦水姫を旗艦とし、後続に戦艦棲姫が2隻という怒涛の顔ぶれである。更にそれだけに飽き足らずElite又はflagship相当の戦艦ル級が2隻、重巡ネ級───改装度は不明だが───が3隻。挙げ句、強力な雷撃能力を備える雷巡チ級や駆逐ナ級が後続に計6隻もゾロゾロ付いてきている始末─────夜戦に縺れ込んででも絶対に此方の艦隊を殲滅する腹積もりのようだ。

 

「ヤマトサンッ!」

「どうしたの?」

 

「サンジホウコウニテキヘンタイ、ソウスウヒャクイジョウ!」

「なんですって……!」

 

 敵機の数にも驚いたが、何より敵機の来襲そのものの方が驚きが大きかった───あと一時間もすれば日没だ。この期に及んで攻撃隊だと………!?夜間の攻撃は航空機にとってリスクのはず。だがそこまで考え、大和は別の可能性に辿り着く。

 まさか敵は、夜間雷撃チームを編成しているのではないか?そしてこのタイミングで戦艦群を差し向けたのも全て、此方の目的が"ユニコーン"の撃破にあることを理解し、我々を邀撃するために!

 だとすれば──────罠にかかったのは、寧ろ我々の方だったのかもしれない。艦隊を囮にし、それを迎え撃ってくるであろう深海棲艦を退け、アリコーンと共に同行する"ユニコーン"を叩く──────それを意図した我々の行動は、その実“ユニコーン"を囮にした深海棲艦による艦娘艦隊の撃滅作戦の動きそのものに他ならなかったのだ………!

 執拗な航空攻撃に続く接近中の敵戦艦群の補助艦艇も、明らかに我が方の夜戦撃破を企図した編成だったのも、その証左にしか感じられなかった。

「提督、敵は──────」

『ああその通りだ、罠に掛かっていたのは我々の方だった……!』

 ほぼ時を同じくして、提督も敵の意図を察していた──────インカム越しからでも分かる滲むような提督の苦渋は、何よりこの作戦を立案し推進した中心人物の一人であるからこそだった。

「テートク、大丈夫ネー!私達はゼッタイ負けないし、必ず帰って来るカラ……!」

「提督は、提督の仕事に注力してください!榛名達は大丈夫です!」

「───そういう訳ですから、提督。こちらは私達に任せて下さい!」

『分かった………そうする事にしよう!』

 彼女たちの言葉が、単なる励ましの域を出てない事くらい提督も分かっているだろう。そうであっても、屈託のないそれは提督の肩にあった姿形の無い重荷を少しは降ろしたのかも知れなかった。それを感じる程度にはインカム越しの提督の声には明るさが戻っていた。

『それとな……たった今、良いニュースが入ったぞ。勿論、君らにとって、だ。』

 改めて発せられた提督の言葉には、重荷を下ろしたようなすっきりとした軽さがある。

「というと……?」

『戦場に立っているのは、君達だけじゃないぞ……!』

 

『───第2護衛隊より全艦、4時方向に新たな機影を確認──────IFF照合……友軍機!』

「え……!?」

 護衛艦の敵味方識別装置(IFF)に応答する(できる)のは、同じく自衛隊機や艦艇などの所謂現代兵器のみ。なぜなら、IFFに応答するための装置もまた必要になってくるからだ。

 即ち、艦娘やそれに搭載される艦載機、それらと大してサイズの変わらない基地航空隊の航空機などはIFFに応答出来ないはずなのだ──────以前、アリコーンがその理由で赤城に直掩艦載機の有無を確認した事がある──────まさかこの期に及んで自衛隊機が出張って来るのか……?否、まさかそんなはずはない。では一体何が?

 チラリと視線を向けた先──────そこで認める機影……大きい!

 それは、巨大な多発機だった。見慣れた双発機──────銀河や一式陸攻──────の比ではない。もっと巨おおきい、それこそ二式大艇と比較されるべき巨体に見えた。だがその巨体は飛行艇特有の台形をしておらず、航空機として理想型の一つとも言える葉巻型の胴体をしており、4発の大型機という事以外に二式大艇との共通点はないように見えた。彼女達には、少なくとも今まで前線で見た記憶のない巨人機───否───記憶の端で、提督目が語っていた"ある機体“が符合する。

 "運営が漸く開発に成功した4発陸上攻撃"それに思い当たる機体は唯一つ───試製連山……!

 

『キチコウクウタイ!サンジョーーォーー!』

 

 通信機越しに聞こえた威勢のいい妖精さんの声と、胴体下に懸架された異様な存在感を放つMADがそれを確信へと昇華させる。

 それだけではない。試製連山は数多の護衛戦闘機と攻撃機を引き連れていた。それは、基地航空隊の残余の戦力を全て投入してきていることを意味する。

 美しい流線型のシルエットが艦隊上空を航過したとき、赤城の目がその先頭の機体に留まった。

「江草……!」

 その赤城の声が聞こえた訳があるまい。だが編隊の先頭をゆく両翼に増槽を引っ提げたそれは、まるで赤城の声に応えた様にゆっくりとバンクしながら護衛の零戦隊とほぼ変わらぬ速度で遠ざかってゆく。

 

「江草って、確か、蒼龍さんのところの……?」

「ええ、彼女共々世話になっていました。」

 航空母艦蒼龍の艦爆隊で名を馳せたベテラン艦爆乗りが、最近になって双発陸上爆撃機銀河に乗り換えたという話は以前から有名だった。

 銀河(江草隊)───(ほう)部隊の名を冠される様になった彼らは、基地航空隊戦力の切り札的存在として君臨し続けている。その練度の高さは数々の戦闘で実証済みで、高性能な高速爆撃機の銀河と合わさりその威力は凄まじいものか知られている。

「心強いですね。」

「まったくです!」

 銀河を先頭にした爆撃機は敵の機動部隊に向かってゆく。そのシルエットが見えなくなったころ、チカチカとした明滅が夕暮れの空を彩った。

 彼我の航空機の断末魔の輝きは敵機動部隊からの攻撃を牽制することを意味し、更に別の戦闘機隊が敵の雷撃機編隊に襲かかり、空からの脅威を可能な限り排除してくれた。

「さぁ、ここからはお互い水要らずの殴り合いですよー……!」

 パキパキッと指を鳴らし、気合を入れて見せる。は

 戦艦水鬼、戦艦棲姫計3隻。その後続も加えれば、戦艦だけでもその数は5隻!対して艦娘側は僅か3隻───しかも2隻は水鬼、姫クラスと正面から撃ち合うには些か不安の残る金剛型である。状況は明らかな不利──────勝つも八卦、負けるも八卦、しかしやらぬは損々!…………額を流れる冷や汗を拭い、改めて意を決し大和は命令を下した。

「増速、全艦砲戦よー」

『待て………大和!』

 速度を上げ始めていた大和は、その声に卿減速をかけがくーん!とばかりにつんのめる。他の艦娘も大体同様。これが軍艦なら玉突き事故待ったなしであったろう。

「な、なんですか………!?」

『“増援”が来る!』

「は……⁉」

 海自護衛艦の参戦、艦隊及び基地航空隊の全力出撃──────この海戦にいるべき役者は全て揃ったものと思っていた大和は面食らう。間に合うか微妙なタイミングだったんだ───提督はそう付け加えた。

 

 

 ………なんでも、この戦いの舞台はこの海域だけのものでは無かった様だった。

 彼女達のいる北部太平洋沖合とは別に、そこから東西南北全ての海域で新たな戦線が構築され、戦闘が開始されていたのだ。

 

 北方──────日本本土近海では、日付変更を待ち主要となる各鎮守府より艦隊が抜錨。太平洋側沖合で集結した各艦隊は"聯合艦隊"を編成し一斉に南下を開始、各所に点在する深海棲艦の拠点やその守備艦隊を尽く血祭りに上げ、その進撃は日没以降も続く見込みだ。"ユニコーン"と共に南下していた深海棲艦艦隊は後方に現れた聯合艦隊に忙殺され、これ以上この海域への戦力投入は不可能と見積もられている。

 

 南方──────オーストラリア大陸を含むオセアニア地域の防備を任された連合軍各部隊はABDA艦隊を新たに新設し、同じく大陸に展開を終えていた優勢な陸上機群と連携、深海棲艦に占領されていた南太平洋各諸島へ一斉に攻勢を開始した。既に5ヶ所の島々が制圧され、更に迎え撃つ深海棲艦艦隊にも逆撃を加える事に成功し、戦果は拡大し続けていた。

 

 西方──────今次作戦に際し、ヨーロッパ極東艦隊、同インド洋艦隊は現地海軍及び艦娘隊と共同し連合軍東洋艦隊を新編、作戦勃発と同期して大勢を保ちフィリピン海へと雪崩込んだ。さらに深海棲艦の拠点とされているグアム島に対して、米軍の新鋭超重爆撃機による空襲を加え、この海域に存在する深海棲艦へ圧力を掛け続けている。

 

 そして東方──────深海棲艦戦争の海戦によって、米軍の一大拠点としての面影しか残さなくなったハワイ諸島、そこを母港とする太平洋艦隊に対して下された命令は現地司令官によって拡大解釈された。

 可能な限り今時作戦の遂行を支援せよ──────米西海岸は主戦場となる海域から離れすぎており、有効な支援策が取れない事は事前に分かっていた。そこで今時作戦においては、ハワイはオアフ島にその所在を置く米海軍太平洋艦隊パールハーバー海軍基地に第3艦隊及び艦娘艦隊───米海軍では艦娘は海軍の隷下部隊として存在する───を集結させ、その部隊に支援策等一連の行動を任せることとなった………のだが、本国(ペンタゴン)から届いたその命令をカリフォルニア州はサンディエゴ、ロマ岬海軍基地にある第三艦隊基地司令部は余りにもバカ正直に受け取った。

 

 稼働可能な全戦力を持って日本艦隊を支援せよ………!

 

 命令一下、最低限の防備部隊を残し、軍艦や艦娘の別無くほぼすべての艦がパールハーバー海軍基地より抜錨した。そこには遡ること4日前、連号作戦のうちに行われた海戦にて壊滅した、CFT-200の生き残りも多分に含まれていた。

 仇討ちとばかりに燃える艦隊は、立ちはだかる深海棲艦群を続々と薙ぎ倒し、行く手を塞ぐ拠点という拠点に襲かかり、破壊の限りを尽くしていた───そしてこれらに留まらず、ハワイ・オアフ島司令部は「現場海域での戦闘部隊に対する、更なる直接的で確実な支援」を語っていた。

 

 

 ──────これら同時多発的、複数方面からの深海棲艦への攻勢は、太平洋という地球最大の海洋が有する、圧倒的な距離という壁を前にしても、間接的な掩護、助力として機能していた。深海棲艦側も今時作戦の重要性を鑑み、多量の戦力を投入しているだろうことは、作戦考案の以前より十分に指摘されていたことだった。その戦力集中を逆手に取り、相対的に戦力比率の薄くなった各戦線への攻撃を行い戦線を崩壊させる──────はたしてその目論見は成功し、深海棲艦にはもう、この海域に投入できる余剰戦力が存在しなかったのだ。

 

 敵はジリ貧……それに加え、提督は"増援が来る"と────!?

 

 勝てる……!

 

 刺し違えてても止めて見せよう……そう大和に覚悟させるだけ存在した戦力差が埋まり、しかも敵側にはその望みが無い──────大和の口角を上げるには十分すぎる材料だった。

 

『───注意!5時方向、不明機2機(ツーアンノウン)、300ノットで交戦域へ接近中───いや、識別確認、友軍機2機が戦域へ接近(ツーフレンドリーアプローチ)!』

「味方機だ……!」

 

 護衛艦のレーダーが低空より接近する機体を探知し、そこから1分程度の間を置かずして水平線の彼方から陽炎を背負い現れた機影──────大型エンジン2基をぶら下げた高翼の機体構造──────輸送機………!?

「あれが増援……!?」

 まさか──────通常の航空機が増援として来るのは、正直歓迎し難い。しかも輸送機とは、一体何を考えているのか?──────提督は"増援"と言い切っている以上、補給部隊の類でもあるまい──────

(それにしても……)

 輸送機の高度が些かばかり低すぎるように感じた。高度は100mは切っているのではないか?

 しかも減速し、フラップを下ろし始めている……?着水でもする気か!?

 

 クジラのような胴体を伴った双発の巨人機は、2機が連なるようにして海域へ侵入を果たしている。幸いにして基地航空隊の活躍もあり一時的にではあるが周辺空域の安全は確保されているし、敵艦隊の対空砲火もここまでは届かない。

 だからといって輸送機2機が何をしようというのか……?

 

「あれはC-2か?まさか。米軍だろう……!?」

「こっちに来るぞ!」

 

『───こんにちはレディ、こちら救世主便。シートベルトを締め、テーブルをお戻しになり、行動に備えてください。』

 

 後部ランプドアが開口するのが見える──────エアボーン……?

 

 C-2の機体後部から花開く白い花───開傘!やはりパラシュートを使った何らかのエアボーンのようだ───たどして、やはり何を──────?

 

 ガコォン!……パラシュートの繋がれたワイヤーは、機内のパレットに繋がっている筈だった。そして案の定、投下されたパレット。一瞬、パレット全体が空中に放り出されるも、その低高度ゆえに瞬く間に海面に突っ込み烈々たる水飛沫を上げる。陽光に照らされた水滴の数々がダイヤモンドダストのように中空を彩った。

 それは一つではない──────矢継ぎ早に投下されたパレットの数はC-2輸送機1機につき6枚。合計12枚のパレットが同じだけ飛沫を散らし、サーフィンのように波を超えていた。

 

「……!?」

 パレットは自らの掻き上げた波に、まるでサーフボード

 でもやっているかのように乗り、減速を繰り返す。

 否──────サーフボードの「ように」ではない。大和の双眸がそのパレットの上に人影らしきものを見出し、それはサーフィンにも似た容量で波を乗りこなしている!

 

 衝撃に耐え兼ねてか───あるいは規定の作業か───やがてパレットは真っ二つに割れてしまう。そしてその向こうから現れた物は人影そのもの──────否、軍艦を思わせる巨大な武骨さを背負ったヒトの女性型の曲線のそれは、深海棲艦以外では艦娘の持っているものだった。

 バサァッ!とマントを捨て去るヒーローのようにパラシュートを脱ぎ去りった、夕陽に翻るブロンドが眩しいその艦娘に、大和達は見覚えしかなかった。

 

「まさか……アイオワさん!?」

 

 大正義ユナイテッド・ステイツ・フリート見参!そう言わんばかりの身振り手振りで登場を果たした彼女は確かにアイオワの出で立ちをしていた──────だが、その艤装は大きく変わっている。

 最も目を引く変遷は、彼女の主砲、16inch三連装砲 Mk.7が3基9門から4基12門に増大していることだった。

 

「ノン、ノン、ノンッ!今のMeはモンタナ(Montana)───いや!アイオワ(Iowa)Mk.Ⅱよ!!」

 

 

 ハワイオアフ島司令部が語った「更なる直接的で確実な支援」とは、大胆にも、艤装を背負った状態の艦娘を勇躍空中機動させ、輸送機によって戦場に落下傘降下させることだったのだ。それも12隻という決して少なくない数で……!

 そしてその陣容もまた、通常の艦隊として見ても十分に強力と言えるものだった。

 

 戦艦 アイオワ ニュージャージー

 

 空母 ホーネット エンタープライズ

 

 重巡 ボルチモア ボストン

 

 軽巡 アトランタ

 

 駆逐艦 フレッチャー ジョンストン アレン・M・サムナー クーパー ギアリング ジャーヴィス

 

 白鳥の羽依を纏ったワタリガラスがあしらわれた紋章を背負った彼女達の名は──────第一空挺機動艦隊(1st Airborne Fleet)




今回登場したアメリカ艦隊のうち、原作にない艦娘については、後日ラフですが設定画などを公開予定です!(まだ書いてない)(予定は未定)
大和改ニを51サンチ砲6門で出した理由が、このモンタナことアイオワMk.2の16inch砲12門どの対比にしたかったからですね。

あと、最近ドンパチが少なくて申し訳ないですな……


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寿号作戦 Ⅶ

秋刀魚漁、お疲れさまでしたね!
自分は貯めていたネジを溶かして瑞雲改二を手に入れました。皆さんは如何でしたか?


 

 20XX年

 

 9月30日 19時20分

 北太平洋沖合

 

「まさか空挺部隊として増援が来るなんてね……。」

 パラシュートを切り離し、集結し隊列を組み始めたアメリカ艦隊を眺め大和は呟いた。

「HAHAHA!驚いたヤマト!?」

 従来よりも一層にその重厚さを増した艤装とは対象的に、相変わらず物理的に開放的な服装をしているアイオワは快活に笑う。その傍には見慣れない艦影が………否、艦影の持ち主の艤装そのものには見覚えがある。長身が目立つ3連装の砲身───Mk.7 16インチ50口径砲───3基を聳り立たせたそれは、明らかにアイオワ級戦艦の艤装だった。

 しかし、大和はその艤装を持つ女性の方には、見覚えがない。

 背丈はアイオワよりやや小さい程度で、十分な長身を持っている。海風になびくバラ色の頭髪は斜陽を浴びてルビーにも似た宝石のような輝きを放っていた。服には、艦番号と思しき「62」の数字が刺繍されている。

 

「Nice to meet you.モンスターバトルシップ(怪物戦艦)ヤマト。MeはUSS New Jersey(ニュージャージー)……どうぞよろしく。」

 

 握手を求められる距離でも状況でもなかったが、ニュージャージーを名乗る赤髪の女性は気さくそうに大和へそう言った。だがその声色は、気さくな雰囲気はあっても、同時にどこか近寄り難い"何か"を持ち合わせてもいた。

 その"何か"の正体が、実力者が得てして有する貫禄のそれであることを、同じく実力者であった大和は直感する。

 

 戦艦ニュージャージー………それはアイオワ級戦艦2番艦にして、「ブラックドラゴン(The Black Dragon)」「BIG J」の異名を戴く米海軍の誇る高速戦艦だった。

 

 名だたる高い実力とそれに裏打された確固たる自信を溢れさせる表情や仕草──────だがその一方で、同じく実力と自信を兼ね備える姉のアイオワと違い、常に何処か一歩退いた立ち位置に居るように大和には感じられた。

 それは若干天然で茶目っ気のあるアイオワと並んでいるからそう見えるだけなのか、それともニュージャージーの生まれ持った性分から来るものなのかまでは大和にはまだ分からなかった。

 

「───名は存じています。ここまで遥々来援された事、感謝します。」

「それは……MeではなくIowaに。」

 

 敬礼と共に返した言葉に、ニュージャージーは増援艦隊の旗艦を指差して答えた。その旗艦(アイオワ)に視線を転じると、親指を自分に立てて「自分が旗艦(フラグシップ)だ」と暗に示し、口をへの字に曲げて不貞腐れている。

 

「そうでしたね……感謝しますアイオワさん。現在の状況の方は、そちらでも共有出来てますか…………?」

「オフコーーーースッ!!あのエネミーをブッ潰せば解決(solve)!」

 

 敵戦艦群のいる方向を指差し、アイオワは高らかに叫ぶ──────相変わらず、自信に溢れた星を眼に携えて。敵戦艦群と差し違える覚悟を最初こそ持ってはいたが、これ程頼りになる味方がやってきたのならば話は違う。総数において倍近い開きがあり、戦艦の数においても3対5という圧倒的な劣勢、しかもそのうち戦艦水鬼及び戦艦棲姫とまともに殴りあえる戦艦は大和1隻のみという状況だったのだ。それが予想外の米艦隊参戦により、戦艦の数において同等、艦隊総数でもほぼ同等にまで状況は好転した。

 

「敵旗艦以下3隻は、私とアイオワさん、ニュージャージーさんが叩きます。金剛さんと榛名さんは、ル級2隻をお任せしたい。」

「任せるデース!」「お姉さまとだったら、榛名!どんな敵にも負けません………!」

 

 その後、大和は改めて指示を出す。旗艦である彼女自身を先頭においた、縦深隊形を採ることを選択する──────劣勢だった当初は同航戦に持ち込ませ、時間を稼ごうとしていた彼女だったが、戦力差が埋まった今、その必要は最早ない。

 反航戦によって一気に距離を詰め、早期の内に決着を図る……!

 

 ──────実は大和ら艦娘隊には、そうしなければならない理由も存在していた。

 それは、本来の作戦目標たる"ユニコーン"の捜索である。ソノブイバリアーの中に敵潜水艦が侵入していても、その位置を正確に割り出すには哨戒機部隊による綿密な捜索が欠かせない………だが、洋上に敵艦隊が健在なのでは非力な哨戒機部隊にとって巨大な脅威になるのは必定だ。加えて、大和ら水上打撃群の後方には赤城麾下の機動部隊も控えている。当然、敵戦艦群と撃ち合えるような艦隊ではない。

 作戦を果たすためにも、敵艦隊の足止め若しくは早期撃破は必須だった。

 

「ヤマトサーン。」

「うん?」 

 

 後部甲板……大和の航空艤装を司る艦尾部分からひょっこりと顔を覗かせたのは、航空整備士の妖精さんだった。

 傍らには既に整備を済ませ、あとは発進の命令を待つばかりとなった瑞雲12型が佇んでいる。

 ──────そのとき大和の脳裏に浮かんだのは、つい10日前に実施された天号作戦の折──────眼前に立ちはだかった敵タ級戦艦群をして、観測機を上げずに電探と測距儀による砲戦で応じた折の事だった。

 あの時は、空母艦載機及び陸上基地航空機の脅威が取り払い切れていなかったことを理由に大和は観測機を上げなかったが──────今回は大和は観測機を上げるつもりだった。敵空母艦載機の脅威が排除されていないにも関わらず──────

 

 敵戦艦群の早期撃破が最優先である以上、砲撃の命中精度を担保する観測機の存在は不可欠だ。非情なようだが多少のリスクを被ってもらうしかない──────「弾着観測、お願いします。」静かに大和は命じた。

 

「リョウカイ!」

 

 カタパルトに運ばれてゆく瑞雲12型……以前大和が搭載していた零観とは比べ物にならないほど機体性能は向上している。だが所詮は水上機、本職の戦闘機には敵うべくもない。敵空母艦載機に襲い掛かられたら、ひとたまりもなないだろう。

 ともすれば「死ね」といっているにも等しい自身の言葉に厭忌の念を抱かないではなかったが──────否……そんな考えはやめよう、と大和は自分を戒める。前回も今回も、自分が命じる前から、妖精さん達は機体を用意していた。

 妖精さん達とて、初めから無事で帰れようとは微塵たりとも思ってはいなかった。今次作戦に限らず、大和を含めた艦娘達と同じくらい妖精さん達もその覚悟を持って挑んでいるのだ。そんな事を慮っている方が、何より妖精さん達に礼を失していたのではないか?

 

「ズイウン、ハッシンジュンビヨーーシッ!」

「カタパルト旋回、弾着観測機発進!」

 

 ドンッ……!瑞雲12型が火薬式カタパルトによって弾丸のように打ち出される。4t近い瑞雲12型の図体だが、大和改二の強化された航空艤装は難なく海上へと押し出した。

 その瑞雲12型を見送った大和は通信機を弄る。

 

「──────大和より各艦へ、弾着観測機の発進を求める。」

 

『Received!』『マァム。』

 

 アイオワ、ニュージャージーの艦尾艤装が起動し、カタパルトが獣のそれにも似た唸りを上げて側方に伸ばされてゆく。

 ドォ……ン……!

 射出──────2人の艤装から風に吹かれた羽毛のような軽やかさをもって水上機が飛んでゆく──────それは、OS2U、SO3C シーミュウの長い胴体や、SOC シーガルの複葉とは全く異なり、洗練されたシルエットを持った単葉単座(・・・・)の水上機。

 それが新鋭水上観測機、SCシーホーク……!単座でありながら自動操縦装置の搭載によって観測機としての要求を満たした本機は、その単座であることに起因する機体性能の高さが特徴であった。

 日本海軍でよく用いられる瑞雲や紫雲といった主要な水上機を軽く引き離す時速500km以上の最高速度や、大馬力を誇るエンジンによって繰り出される運動性は、寧ろ二式水戦や水上戦闘機 強風などと比べられるべき能力に達している。

 

 そうした水上機の発艦は金剛と榛名の航空艤装でも起きているべきだったが、金剛はある理由から榛名の水上機発艦を止めさせて、大和へ通信を図っていた。

 

『──────第一艦隊金剛より大和へ意見具申。』

「金剛、なにか?」

『榛名の観測機はワタシと共同にするのはどうデスカ?』

「………。」

 

 金剛の意図は、大和にもすぐに分かった。

 榛名の搭載する水上機は瑞雲のような高性能な機体ではなく、零観や零式偵察機など旧型で能力の劣る機体ばかりである。なぜかと言うに、答えは簡単で榛名改ニの航空艤装は、同型艦ながら更なる近代化改修を施し強化された航空艤装を装備する金剛改ニ丙よりも劣っているからに他ならない。

 その程度では、フラッ(・・・)と現れた敵艦載機にがさつに撃墜されたり対空砲火にも捉えられかねなかった。

 そしてそれ以外にも、金剛は考えがあった。

 

 

「ふむ、ル級をですか……」

「イエース!」

 

 金剛は榛名との統制射撃を行い、敵4、5番艦を務めるル級のうち片方の艦を集中攻撃しようと企んでいたのだ。そしてそれならば、観測機は金剛の放つ機体だけでも役割を果たせる。

 

 一瞬の間──────大和は迷った。

 

 戦艦水鬼を含む敵戦艦群に、攻撃を受けない放置された艦を出したくなかったのである。

 しかし、大和が迷ったのは本当に一瞬。そこまで考えた時、大和は金剛と榛名の練度を信じるほうが良い、と察した。

 ル級は脅威だったが、本当に放置したくないのは旗艦である戦艦水鬼、そして敵2番艦3番艦を構成する戦艦棲姫の3隻。これらは大和(自分)とアイオワ、それに準ずる火力を誇るニュージャージーならば相手取ることが出来よう。逆に言えば、火力のあるその3隻は敵1〜3番艦に釘付けにされる。

 それならば、金剛と榛名の練度と連携に託してル級を早々に葬ってもらった方が、得策ではないか?

 

「許可します。ル級は頼みましたよ金剛さん、榛名さん。」

『任せるデース!』『やってみせます……!』

 

 通信を終え、ややすると金剛の瑞雲が暮れかけた空へ飛び立った。

 そして戦艦群への対応を固めるさらなる一手として、大和は第一艦隊の駆逐艦娘達を率いる軽巡 五十鈴を呼び出した。

 

「五十鈴さんは雷撃戦に備えて艦隊前面に展開、雷撃のタイミングは任せます。」

『了解、任せておいて!』

 

 ──────対空、対潜に重視を置いた改装後は、あまりその気がなかったが、その実五十鈴には新型魚雷発射管の装備により酸素魚雷の運用能力を得ていた。それは5500トン級本来の任務である水雷戦隊旗艦としての能力も果せる事を意味する。

 五十鈴の指揮の下、高波、江風、長波が増速し艦隊全面に躍り出た──────かつては33ノットの高速を誇ったアイオワは、改装によって火力と防御力の代償として現在は低速の部類に入る──────少しつまらなさそうに水雷戦隊の背中を見送った。後続するニュージャージーは、そんな姉の背中を見て苦笑する。

 とはいえ、ただ見送って苦笑いしていただけではない。敵の水雷戦隊への対応策も同時に考えていた。

 

Cooper(クーパー)Sumner(サムナー)!YouもMs.イスズsに着いて行きなさい。」

 

「「Roger!」」

 ──────指示を受けた駆逐艦2隻が増速し、先行した五十鈴麾下の水雷戦隊の後を追う。実はフレッチャー級駆逐艦系列の雷撃能力は高く、一度の射線数で見た場合大抵の日本海軍駆逐艦より多い。フレッチャー級発展型であるアレン・M・サムナー級に名を連ねるこの2隻も同様である。

 次発装填装置こそ無いものの、魚雷10本の同時投射能力を上回るのは島風の15本くらいであろう。

 

「……Baltimore(ボルチモア)Boston(ボストン)!」

『ヤー。』『イェアー。』 

 

 ニュージャージーが読んだ2つの名前……その名を持つ2人の艦娘は、どこか気の抜けた返事をする。ボルチモア級重巡洋艦───それが彼女達を示す種別で、艦級だった。同級は、米重巡の中でも特に能力が高いと評価されている。 

 

「YouはTorpedo Squadron(水雷戦隊)のカバーに行きなさい。Cruiserを蹴散らして。」

 

『ヤー。』『サー。』

「……ちょっと!?どっち今「サー」って言った奴!?」

 

「サー」は男性称である。女性に向かって言うのは大変失礼だ。ボルチモアとボストンは「HAHAHAHA!」と高笑いを残して増速してゆく。

 ニュージャージーは今すぐに最大戦速にまで機関を回し、何方か、或いは両方の脳天を殴りたかったが──────ボルチモア級の速度はアイオワ級とほぼ同等なので、ニュージャージーが今すぐ本気で追いかけたらボルチモア級姉妹は逃げ切れない可能性があるのだ──────今は「Jeez(まったく)……」と悪態を吐くに留めた。

 

 本来米艦隊の旗艦であるアイオワよりも、米艦隊2番艦のニュージャージーのほうが細く、的確な指示を出す様を見た大和は、ポツリと「なんというか、ニュージャージーさんのほうが旗艦らしいですね……」と呟いてしまうが──────

 

「What!?」

 

 それがアイオワの耳朶に触れる。ムキーー!と歯を食いしばるアイオワとて、当然ながら棒立ちしているわけではない──────が、それ以上にニュージャージーの方がより旗艦然としていて、アイオワ自身それを認めている節が───それどころか“優秀なsister()”と自慢することさえ───あるので、やはり歯を食いしばる事しかできない。

 

「he he he……MeにはココがBest Positionなのです。」

 

 ──────実はこれは、“実力のある者は一歩下がった場所に居るくらいがカッコいい”という彼女のポリシーに基づいた行動だ。ニュージャージーという艦娘は、旗艦を務められる指揮能力と状況判断能力、そして単純ながらも重要な、艦単体の高い実力を有しながら、それを進んで辞退し2番手に徹しようとするタイプなのだった。

 

 指揮能力の十全なる事を見せつけたニュージャージーの才華が、次に発揮されたのは状況判断能力の高さだった──────彼我の距離が縮まり、最大射程には既に入っている頃………「ホウコウエンミユ!」見張り員妖精さんの報告と同時、弾着観測機からも「敵艦発砲」の報せが届く。最大射程からの砲撃で此方の機先を制するつもりか?………だが、初弾での命中を望むことなど論外甚だしい。大和は回避をせず直進することを隷下艦艇に命じた。

 ドォーーン……‼︎まるでそこだけ海をひっくり返したような大規模た着弾の水柱、その巨大さから察するに、砲撃艦は20インチ砲搭載艦戦艦水鬼に違いなかった。着弾そのものはまばらで、精度も当然ながらお粗末そのものだったが、それでも敵の火力の強大さを窺わせるには十分な物がそれにはあった。

 

『──────司令部より各艦、敵戦艦から高速飛翔体が分離。第一艦隊へ接近中───方位3-5-0、数4……5。的速120──────いま増速した。的速150。』

「提督、これは───」

『敵の観測機と見て間違いないな。」

 

 砲撃の精度を高めるために敵が観測機を上げてくるのは予想出来ていた。味方機動部隊は敵機動部隊への対応を強いられている。また夜が近いために下手に戦闘機を出すことは難しい。

 しかし観測機を放置するのは愚策──────

 

「瑞雲を上げて敵機を邀撃します。カタパルト用意……!」

『ヤマトさん、インターセプターは要らないかと。』

「え……?」

 

 ニュージャージーの進言の真意は、直後、大和の電探にも探知される。

「ジョウクウニコウクウキ!」

「⁉︎」

 紺色を纏った寸胴が艦隊の上空を過ぎ去ってゆき、それらはややもせず瑞雲12型他の観測機達をも追い抜かし、敵観測機の前に立ちはだかった──────寸胴の正体は空母エンタープライズが放ったF6F-5N ヘルキャット。

 ナイトヘルキャットとも言われるこの機体は夜間戦闘機の類で、空が闇夜の中に閉ざされていも行動可能だ。

 戦闘機としての能力も高く、烈風や紫電改ニなどにも引けを取らない。観測機如きが相手取れる戦闘機ではなく、12.7mm重機関銃6丁からなるシャワーのような弾幕を浴びせられ、敵観測機を瞬く間に火達磨にしてしまう。

 

「相変わらずタスクが早いわね、“BIG E”」

『そちらも“BIG J”に恥じないタスクをこなしなさいよ。』

 BIG Eことエンタープライズの心地よいハスキーボイスが鼓膜を揺らす。

 米機動部隊が赤城他の機動部隊に合流したことで、機体に余裕があったのだ。

 

『コチラカンソクキ、コレヨリダンチャクカンソクヲカイシスル!』

 

 舞台はこちら有利に整いつつある。

 あとは演題を演じ切り、勝利を規定のもののするだけだ───そして、そのための命令を大和は下した。

 

「全艦、砲戦用意!目標、反航する正面敵戦艦群!」

 

 大和の46cm砲を上回る、圧倒的な威圧感を醸し出す51cm砲が剣呑な存在感もそのままに、その重厚な鎌首をもたげ水平線を睨む。 

 

 アイオワの増備された長砲身16インチ砲、その計12門もの主砲が列をなして居並び、その様は重装歩兵のファランクスを思わせたかもしれない。

 

「斉射!ッ撃てェーーっ!!」

 

 轟音──────!!!扇状に放たれた衝撃波が戦海を歪め、揺るがし、その圧倒的でおどろおどろしさすら感じさせる砲声は、行く手を阻むあらゆる障害を粉砕することを予感させる。

 流星の様に撃ち出された砲弾は、まるで夕闇に落ちゆく空に一石を投じるかのような輝きを持って遥か上空を過ぎ去り、水平線の彼方へと消えていった。




というわけで瑞雲がチラッと出てくる回でした!あとニュージャージーその他()
ちょっと12月は気合い入れてやれればいいなぁ(希望的観測)と思ってるのであと1、2回更新したい!(願望)


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寿号作戦 Ⅶ+α 望まぬ閃光

メッッリーーーークリスマァスだよぉぉっぉーー───!!!!(わが嫁金剛さん風)
突貫で書いたので誤字脱字等多いかもしれません………


 日本国 

 

 戦略機動打撃艦隊 

 

 

 某島鎮守府 

 

 

 艦娘寮兼司令部施設 地下1階

 

 

 統括作戦指揮室  

 

 

 大和らが敵戦艦群との砲戦を開始する20分ほど前、マティアス・トーレスは潜水艦交信用の通信機の前に陣取っていた。

 アリコーンとの定時連絡のためである───潜水艦は水中に潜ることが常であるため、定期的な連絡をしなければ味方でも無事が確認できない───隠密性が命である潜水艦が自座標を知らせるような真似をするのは全く得策ではないが、居るべき場所に居るべき艦が居ない、というのも作戦上重大な問題である。

 しかし多少のリスクはアリコーンの能力を持ってすればさしたる問題では無いのだった。

 

 アリコーンはSLBMを搭載した戦略原潜としての建造経緯も持つため、その通信能力の隠匿性は他の潜水艦娘とは一線を画していた。

 潜水艦にとっては必須とも言える長波通信受信用曳航アンテナや水中通話機はもちろん、指向性短波通信能力も備え、深海棲艦如きに容易に探知を許さない多機能高機能ぶりである。

 

「───状況はどうか?」

「発信中です。そろそろ、彼女(アリコーン)も受信しているはず。」

 

 ヘッドセットを片耳にあてると、空電音──────暫くしてプツ、という電子音が続く。

 

「いま接続した……データ送信開始。」

 

 アリコーンには、この時点での戦闘経過──────敵艦隊の発見、空母艦載機の応酬、それによる浜風他の艦艇に生じた損害、そして敵戦艦群との遭遇──────が送られている。

 アリコーンは、最終的に艦隊と合流して今次作戦の最終目標たる“ユニコーン”の撃沈に当たらねばならない為、味方艦隊の受けた損害や状況は事細かに知っておかねばならなかった。いざ艦隊合流と来たときに、頼りにしていた味方が破られていました、離脱していました、では話にならないからだ。

 

 そしてこのデータ送信自体、アリコーンへの通信としてではなく各基地や艦隊への状況報告といった体の内容で発信されている。当然暗号化されてはいるが、深海棲艦がこれを傍受し、万が一暗号の解読に成功してその内容を知り得たとしても、深海棲艦は大した情報は得られないうえ、アリコーンの存在は伏せられたままとなるのだ。

 

「…………。」

 

 ツーーー───………と、高い空電音が鼓膜を震わせ続ける。そこに“カチカチ”というスイッチを押すだけの軽音──────アリコーンからの返信の合図だった。探知され辛いとはいえ、潜水艦から発信する電波は最小限でありものだ。だからマティアスは、航空機が返電をするときに行う通信機のスイッチを押すだけの簡素な返信を行わせるようにしていた。

 

「アリコーンからも反応ありました。こちらは(・・・・)予定通りです。」

「ご苦労だった…………偽装偵察の方はどうか?」

 

 ──────実はこのとき、偽装偵察のための航空機の方にトラブルが発生していた。具体的には、給油器系に関わるマシントラブルだ。

 コールサイン“ソード4”が給油中に乱気流に遭い、受油口を破損し航続距離の延長が不可能になったのだ。それは即ち、“ソード4”にバディポッドを用いて給油していた“ソード2”の給油能力の損失も意味する。

 

「“ソード3”はまもなく目標上空に到達──────“ソード”1、2、4は既に帰投コースに入っています。」

 

 ──────結果として、任務を遂行可能な“ソード3”に必要な給油を行い、給油機隊は予定通りに帰投、それに追従して“ソード4”も早々に帰還の途に就く事になってしまっていた。

 近くのディスプレイに目を落とすと、そこには“ソード”隊を示す輝点が表され各機の速度、高度及び針路などが数値化されている。

 そのうちのただひとつ、“ソード3”のみが予定のルートを示す線上を移動していた。その輝点はじきに目標の島へと到達する──────

 

 

 

 

 〜〜〜〜〜

 

 

 

 

 同刻

 

 北太平洋沖合

 

 上空

 

 

 

 ラファールMの広い視界を提供するコクピットは、有視界戦闘における交戦性の向上や、今次作戦のような偵察任務に於いても肉眼(アイボール)による目標掌握などの、パイロットにとって基本的には有利で、好条件な状況をもたらす。

 だが、大きく傾斜がかけられたシートと共に、さながら空中に放り出されたような感覚を覚え、たとえ慣れ親しんだ機体だとしても何処か一抹の不安を感じざるを得ない。

 

 それはもしかしたら、本来ならいるはずの僚機が給油系の事故で欠けてしまったことに起因するのかもしれない。

 

「──────。」

 

 コールサイン“ソード3”ことルイス・バルビエーリ中尉が機上の人となってはや数時間が経過しようとしていた。

 

 アリコーンが作戦に参加することを敵に悟らせないための偽装偵察──────とはいえ、その任に欠片ほどの偵察意義が無いかといえば、そうではなかった。

 今回の偵察目標に選ばれた火山島の敵泊地は最近になって発見されたもので、その規模、状況共に大まかなものしか掴めていない…………未確認の敵基地を偵察する、これ以上に意義のある偵察行動というのもなかなかあるまい。それだけに、この偽装偵察による陽動もより効果を発揮しようというものだ。それにこのラファールMの優れた情報収集能力であれば、本職の偵察機と同等程度───否、技術力の差を鑑みればそれ以上───の偵察情報をもたらしてくれるであろう。

 

 MFDに目を落としてみると、機体が間も無く目標の島へと到達することを示していた──────ちなみに、時期の位置を示すディスプレイ以外のレーダーディスプレイは暗く沈黙を守っている。ラファールMの先進的なレーダーであれば余程の事がなければ深海棲艦に逆探知される事もないだろうが、万が一に備えて電波管制を行なっているためだった。さらに言えば、“ユニコーン”の関わりがこちらの想定より大きかった場合、いかにラファールMと言えども逆探知される可能性があるため、どのみち電波管制は必須であった。

 

 ほぼ予定時刻──────操縦桿を押し倒し、ラファールMの機体を黄金色の空から、延々と続く黒いカーペットの様に広がる海に向け機体を降下させる。ピッチスケールの傾きに合わせ視界を占める黒の割合は大きくなり、HMDに表示される高度は見る見るうちにその数値を減らしてゆく。

 雲海──────陽の光を受け、聳え立つ黄金の壁の如き風体を得たその巨体に向けて、ラファールMの猛禽にも似た流線形が、些か程の抵抗もなく突っ込む。

 

 高度が高すぎては目標を識別できない。肉眼(アイボール)で概ね識別できる高度3,000m程度まで、このまま緩降下を続けるのだ。

 

 ビリビリと機体を震わせる振動は雲中の気流の力強さを厳然と示し、こんな雲が出来上がる空域では、空中給油中の事故のひとつやふたつも起きるものであろう……と印象付けられた。

 

 そんな雲の切れ間に見えた海──────陽に照らされた海面の反射がキラキラと瞬き、砂金の如き微かな輝きを見せていた──────そこに向けて、フットバーと操縦桿を駆使しゆっくりと針路を取る。

 

「アトスコシ……。」

 

 独りごちに出た言葉───そこに含まれていたのは微かな緊張──────ルイス・バルビエーリ中尉はSACS部隊のエースパイロットの1人として───戦闘機乗りとして───ラファールMを駆っていたが、偵察任務というのは初めてだ。

 雲間を抜け、眼下に広がる海原に見えたのは島嶼……犬歯を思わせる切り立ったシルエットは、火山島というより(へき)開した岩石を思わせる。

 

「コレハ………!?」

 そしてさらに島へと近づいた時…………ルイス・バルビエーリ中尉の目に映ったのは驚愕すべき光景だった。

 

 

 

 〜〜〜〜〜

 

 

 

 

 19時05分

 

 日本国 

 

 戦略機動打撃艦隊 

 某島鎮守府 

 艦娘寮兼司令部施設 地下1階

 統括作戦指揮室 

 

 

 陽動たる偽装偵察を任された“ソード3”によって報じられた情報は、寿号作戦本作戦によって生じた多くの衝撃を、一瞬で吹飛ばしてしまうほどに衝撃的で、かつ、絶望的なものだった。

 

「なんだこれは………!?」

 

 マティアスの絞り出したかのような声。偵察の意義は──────大いにあったと言わざるを得ない。この未確認の深海棲艦の拠点は、我々の想像を遥かに超えた重要な存在だったのだ。

 そしてそれは、ただ規模の大きさ故にもたらされた驚愕ではなかった。

 ラファールMの赤外線センサーが捉えた敵情───リアルタイムで送られているそれは、明らかに泊地の様相を呈していた。たが真に問題なのはそこに停泊している深海棲艦そのもの──────マティアスの背に冷や汗が走る。

 

「あの敵艦を識別可能か?」

「既存のあらゆる深海棲艦との艦級、艦型が一致しません……!」

 

 データベースを確認するオペレーターの声に、マティアスの背の冷や汗はおよそ倍になった──────あの“三本線”と対峙した時ですらこうはならなかった──────その脳裏に嫌な考えが浮かび、こびり付く。

 そして疑念は確信へと変わる──────それも、最もそれも、最も起きて欲しく無い方法で。

 

「“ソード3”がレーダー照射を受けています!」

 

「馬鹿な………‼︎」

 

 

 

 

 〜〜〜〜〜

 

 

 

 

 同刻

 

 北太平洋沖合 深海棲艦泊地

 

 上空

 

 

「チャフ、フレアー!」

 

 ボボボ………と胴体下から吐き出された火球が煙の尾を曳いて中空を彩る。突き上げた槍の如き光の矢───ミサイル───がフレアに突っ込み、自爆した。

 

 訪れるべきでない異変は、上空に達して僅か数分とたたぬ内に始まった。突如としてレーダー警報装置が吹き荒れ、それは眼下より迫る幾筋の白線に依って現実のものとなったのだ。

 

 対空ミサイルを装備する深海棲艦などありえないはずだ!──────何故ならそれらは、現用軍艦しか持たない装備であり、艦娘はもとよりそれに類する存在である深海棲艦もまた、例外ではないからだ。唯一の例外は──────

 

「………!?」

 

 そこまでの考えに至ったとき、バルビエーリ中尉の頭に不可視の火花が散ったかのように思えた。それは、ここより遥か距離を隔てた鎮守府は司令部施設に居座るマティアス・トーレスも同じだったに違いない。

 

 再び警報──────機体を思い切りバンクさせ、操縦桿に力を込める。同時に放たれるチャフとフレアを金箔の吹雪のように撒き散らしながらラファールMはハイG機動を繰り出しミサイルを回避する──────帰りの燃料も考えると余りに大胆な回避機動は出来ない。それでも敵ミサイルを躱すためにはこうした燃料を大きく消費する飛行をしなければならないことに、彼の苦しさがあった。

 

 更には──────ハイGによるブラックアウト──────自身の上に何人もの屈強な男がのしかかってるかのような重圧、脳から奪われる血液、吹き荒れる警報装置、視界の端から迫ってくるミサイルの軌条──────それらは全て、目下にある最も危険な存在を如何とすべきかすら思考できない。

 三胴船(トリマラン)構造を思わせる艤装を持つそいつが視界に入るたび、背中の微かな震えが止まらない。

 

 ドォ……ン!

 

 後方で爆発したミサイル、更に前方でも、チャフによって目標を見失ったミサイルが横切り近接信管により自爆した。

「………!」

 その外れたミサイルの最後の光景を見て、バルビエーリ中尉はあることを思いついた。ここは固定目標だ………そうか、逃げない───俺と違って、あの泊地は逃げない!それは極限環境で捻り出されたポッと出の考えに過ぎないが──────彼は通信機のスイッチを押した。

 

 

 

 

 〜〜〜〜〜

 

 

 

 

 19時08分

 

 北太平洋沖合

 

 主戦闘海域より後方数十km

 

 

 直ちに浮上せよ──────潜航中にも関わらず、長波通信によって司令部から受け取った命令は、海中にあって外部の状況から遮断されたアリコーンにとって不可解なものだった。

 だが命令は命令。それもマティアスからのものとなれば、今のアリコーンにはそれを拒否する選択肢も理由もない。

 

「メーンターンクブロー!」「カジソノママー。」「アリコーンフジョウ!」

 

 海水を押し退けて現れたシルエットはやがて明瞭な輪郭を持って海上に現れ、潜水艦娘としては破格の巨大さを残るとは思えぬほどの滑らかさを持って浮上した。

 

 指向性短波通信アンテナを展開し、アリコーンは司令部との通信を開始する。

 

「司令部、こちらはアリコーン………浮上しました。」

『時間が押しているから手短に話すぞ、アリコーン。緊急事態だ。』

「……?」

 

 マティアス程の男が何の躊躇いもなく放つ「緊急事態」の言葉に、アリコーンは驚愕よりもむしろ奇異なものを覚えた。

 彼がそう断言するほどの事態とは、一体如何ほどの事だろうか?………と。

 そして先に言った通り手短に話されたその内容は、正しく緊急事態というほかなく、アリコーンをしても驚嘆に値するものだった。

 

「艦長、それは………まさか。」  

「深海棲艦は、アリコーン級の量産を進めている(・・・・・・・・・・・・・・・)ぞ……!!」

 

 深海棲艦が配備したばかりの新型艦を短時間で量産したり、或いは撃沈した新型艦が別の海域で再三確認されたり、といった事象は確認されてはいた。

 だがまさか、それをこんなところで……!?アリコーン級ほどにもなれば、その建造、維持共に深海棲艦といえども想像を絶する負荷が有るはずだ。それにも関わらず、偽装偵察によって確認されたアリコーン級の数は10隻近いという。 

 可及的速やかに、かつ確実にこれらは排除されなければならない。目下作戦目標たる“ユニコーン”のみより明らかに脅威だ───マティアス少佐はこれを解決する方策をただ1つだけ用意していた。

 

『アリコーン、直ちに命ずる。核砲弾を持って敵泊地を殲滅せよ!』

「え……!?」

『“ソード3”の位置座標を使用し核砲弾による精密砲撃を実施するのだ。直ちに──────』

「ま、待ってください、それでは、ルイス・バルビエーリ中尉は……⁉」

『これはバルビエーリ中尉の進言だ(・・・・・・・・・・・・)!』

「………!?」   

 

 誘導砲弾による精密攻撃──────それは“前世界(ストレンジリアル)”において、アンカーヘッドでの対空砲弾誘導、そして“1000万人救済計画”でマティアス・トーレスその人が、アリコーンの火力を用いて行った──────行おうとした──────事だった。

 それでも、あの時はSLUAVやアドドローンに仕込んだ誘導装置を使っていた。それをラファールMで、有人機で!

 ふつふつと湧き上がる怒気にも似た感情──────十死零生などとうの昔に通った道だ。だが、戦いに身を投じて死に逝くのではなく、自らを味方に殺させる様な戦い方はしてこなかったはずだ!そんな………醜い戦いは!

 

 その激昂の先は、こんな馬鹿(・・)な進言をしたというルイス・バルビエーリ中尉に向けられた。

 

「ルイス!?貴方どういうつもり……!」

『オレノキョウダイガイッテイマシタ。オレタチハユウレイナンダ、イマサラシヲオソレン!……ト。』

「何を」 

『アリコーンサン、カンチョウ……コノタタカイヲ、オネガイシマス!』

 

 別れの言葉のつもりか、この男は……!?「今度は帰って来るから、遺書はいらない」と言った出撃前のあの言葉は何だったのか?

 

「そんなことを言っているんじゃない……!」

『ジカンガアリマセン!ネンリョウモモタナイカモ───カナラズウマクイクヨウチョウセイシマスカラ、アトヲタノミマス!…オーバー!』

 

「っ───!」

 

 通信が切れるのと同時………アリコーンへとリアルタイムで送られていた戦術情報端末上の“ソード3”の機体座標の更新が止まる。位置は、敵拠点の直上──────

 

『アリコーン、ルイス・バルビエーリ中尉の努力に報い、世界を救済せよ───美を、完成させろ!それが出来るのは今この世界で、お前だけだ………!』

「……っ。」

 

 事ここまできて、もはや逡巡はない。あるのは、噛み締めた唇から漏れ出す悔しさだけ─────私は、この世界でこれほどの力を得ながら、自分の乗組員も守れなかったのか?

 それすら守れないのなら‥‥…それを預かるマティアス・トーレスの身心すらも、もしかしたら私の手元から消え去ってしまうのかもしれない?

 自身の力の意味するところを、さながら深海から伸びてきた腕が攫っていく様な感覚を覚え──────カッと見開いた地獄の色の瞳は、どす黒い迷いに満ち満ちていて、それを振り払う様に声を荒げてアリコーンは叫んだ。

 

「艦砲射撃準備ィ!目標、深海棲艦大規模陸上拠点ッ……‼︎」

 ゴォーー……ン──────起重機の如き低音を携えて、アリコーンの重厚長大な艤装から多角形が迫り上がる。それは丁度ど真ん中で分割され、そのまま大蛇が鎌首もたげる様な威容を持ちながら上空へと向けられる。さながら、槍騎士が自らの得物を掲げる様に──────それはアリコーンがアリコーンたる所以。彼女の最大にして最強の矛──────128口径、70m以上という圧倒的な砲身長を誇る SRC-03a 600mmレールキャノン。

 

「誘導座標は……“ソード3”の物を使用せよ!」

 アリコーンの髪色と同じ、紫電の輝きがレールキャノンに迸る。それらはゆっくりと輝きの度合いをあげ、夕闇に染まりゆく海上にあって、さながら天を突く階段の姿にも見えたかもしれない。

 

「ジュウデンカンリョウ!」「ギョウカクアワセー。」「シンロヨーシ、シャセンホウコウヨーシ!」「モクヒョウザヒョウニュウリョク、シャゲキヨーイヨシ!」

 全ての準備が整った事を知り、アリコーンは片手を振り上げ──────最後の命令を下す。

 

 

「撃ちィー方始めッ‼︎」

 

 ズッッドン─────ッ!‼︎

 

 一閃──────‼︎‼︎新星にも似た輝きは海原を紫電の輝きに染め上げ、洋上から流星が打ち出された。流星は、電光石火の如き素早さを持って、想像を絶するほどの短時間のうちに水平線の向こうへと滑る様に消えてゆく。

 

「…………。」

 

 地獄の業火を体現する光を見送ったアリコーンへ、暗号化された通信を使ってマティアスが新たに命令を発する。

 

『───アリコーン、この攻撃で敵に位置を知られた可能性がある。よって、“ユニコーン”の発見を待たず艦隊へ合流せよ。』

「…………わかりました。」

 

 通信を終えた後。アリコーンは自らの掌をその先になにか埋まっているのかと思われるほどに凝視し、宙をかいてみせる。

 レールキャノンの発射を終えて格納された艤装に手を添え、彼女は思う。死地に逝く覚悟も、乗組員を死地に逝かせる覚悟も出来ていた。だが、乗組員に直接手を下すような──────掴みようのない何を掴もうとして、くしゃ、と前髪を握り乱す。

 戦場に立つ者に降りかかる理不尽──────と言ってしまえば簡単だろう。だが、その理不尽を蹴り飛ばし薙ぎ倒し、己の道を切り拓ける力を手に入れたと─────────  

 

「酷く醜い勘違いをしたものね……。」

 

 聞く者のいない自らを冷たくせせら笑う呪詛のようなそれは、海原のさざ波の中で消えてゆく。

 

 

「ベント開け、バラストタンク全注水。潜航後、両方舷前進最大戦速……!」

 

 目尻に溜まった暑いものを海に溶かしてしまうように、彼女は号令した。




というわけで久々の(マジで久々だな)アリコーン登場回でした!クリスマスプレゼントですね!(は?)

書こうと思って無理だったんでここで言っちゃうんですが。今回の作戦で途中から妙に提督からの通信が少なく、前話の最後の方で漸くちょろっと出て来るような状態になったのは、トーレスと核砲弾の使用の如何で少し詰めてたからです…どうにもねじ込めなかった。

大晦日にさらにもう一つ爆弾を………多分無理かな(笑)だから多分これが今年最後です。
では、皆さん良いお年を!


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寿号作戦 Ⅷ

新年一発目が2月も中旬を過ぎた頃になってしまった事許してください……1月はスランプに陥って全く筆が進みませんでした。


 20XX年

 

 

 

 9月30日 19時45分

 

 北太平洋沖合

 

 

 

「吊光弾を投下せよ!」

 

 闇夜に生じたその輝きは、さながら宇宙を望む天体望遠鏡が捉えた超新星の様であったかもしれない。

 大和の命令の下、瑞雲12型が翼下から放ったのは数十万カンデラに達する明るさを放つ照明弾の一種だった。パラシュートによりゆっくりと降下するために、その照明時間は通常の照明弾よりはるかに長い。

 

 砲戦開始より約20分、夕暮れの橙はその装いを完全に闇夜の中に落としている。

 太陽の役割を継いだ吊光弾により、水平線上に浮かび上がる影絵の如き敵艦の姿──────レーダーのみならず、大和の艦橋最上部に備えられている15m測距儀においてもその艦影はくっきりと捉えられている。

「撃てェ!!」

 

 ドンォンッッ‼︎‼︎──────赤熱化した砲弾が流星の如くに飛んでゆき、水平線の手前に着弾した。立ち上る水柱………吊光弾の輝きに照らされた水滴がその光を乱反射し、さながら炎の如き煌めきを見せた。その(たもと)で瞬いた閃光──────敵戦艦の反撃!

 

「敵砲弾……来るっ(カムッ)‼︎」

「………!」

 

 反撃の砲弾は放物線を描き此方へと向かってくる………そう思いきや、青白い星の様な光を纏った敵砲弾は、突如中空の一角で静止したかの様に大和の目には映った──────不意に湧き出る疑問───だがそんな悠長な時間は最早無いものと彼女は瞬時に思い至った。自分に向かって飛んでくる銃砲弾は、止まって見えるという──────大和は砲弾の直撃を予感する……!

 

 ドオドオドォッッ!!!!ガウゥーーンッ!

 

「うッ!?」

 

 海をひっくり返したかと思うほどに荒々しく立ち上る水柱の中で、光血走る毳々しい明滅が迸った。金属同士のけたたましい衝撃が轟音と眩いほどの火花を産んだのだ。

 衝撃……!!着弾の瞬間、肺を押し潰されるような呻き声を漏らした大和は、自身が吹き飛ばされてしまったのではと錯覚した。人間で例えれば、大の大人にタックルを仕掛けられたような猛烈な一撃──────砲戦に慣れている大和でもこれ程の威力の砲撃は数える程しかない。

 

「テキダンチョクゲキィ!」「損害を報告せよ!」「ソンガイケイビ!」「ソウコウガハジキマシタ!」

 

 どうやら砲弾は、斜め上方から大和のバイタルパートに突っ込み、幸いにも弾かれた様だった。だがその大和の装甲板にはまるで怪獣の一撃を貰ったかのような大きく抉られた傷が残されており、流石の大和も冷や汗をかく。

 

「シュウセイショゲンキマシタ!キョウサ!」「ソウテンヨシ!」

「ッ撃てェ!!」

 

 轟音と共に再び戦海を赤く照らす砲炎──────それはアイオワ、ニュージャージー、金剛、榛名でも同じ光景が広げられていた。周囲に湧き上がる炎の煌めきは凄まじく、その視界の端に生じたさらなる光源には、見張員妖精さんの忠告がなければ気づかなかったであろう。

 

「あれは……。」

 

 ちらりと光の方角を見やるその目に映ったのは、砲炎のオレンジを背景に突撃する味方水雷戦隊の姿だった。

 

 

 〜〜〜〜〜

 

 

 同 19時55分

 

 

 

 超弩級戦艦同士の、太平洋の大海原そのものを揺るがすかの様な激しい砲撃戦は、水雷戦隊の前方から接近する敵艦の発見を早めた。照明弾の明かりもそれを助けたかもしれない。

 

「敵巡洋艦発砲ォ!」

 パリッ!と雷ばかりに瞬いた煌めきは、瞬きするほどの間に幾重にもなる光の筋と化し、それらは列を成して水雷戦隊の全面に押し迫った。

 

「回避行動……とーり舵一杯!」

 

 旗艦五十鈴の号令一下、水雷戦隊の縦隊は鮮やかな転舵を繰り出す。軽巡、駆逐艦の舵の効きは良い。ボートレースさながらのけたたましい水飛沫を上げ、傾いた身体の平衡を取って大きく回頭する──────その瞬間──────空気を切り裂く飛翔音‼︎爆発より鋭く雷鳴よりもおどろおどろしいそれを放ちながら、先程まで五十鈴たちの航行していた手前海面に林立する水柱を作り上げた。五十鈴の迅速な回避指示がなければ直撃する艦があっただろう。

 

 ────────このとき、五十鈴の率いる水雷戦隊の前には、難敵が立ち塞がっていた。3隻の重巡ネ級である。水平線上で再び生じたストロボのような明滅…………光は先程見た光景の焼き増しのように線状に伸び、高らかな弾道を描いて差し迫ってくる──────戦隊2番艦長波が指示を仰ぎ声を上げた。

 

「旗艦!針路は……⁉︎」「───このまま!」「……エェ!?」

 仰いだ指示の返答に、流石の長波といえど驚きを隠せない。砲弾が来ているのに回避行動を取らないのか!?──────最初に訪れた驚愕は、直後に合点へと変質する。飛来した砲弾は二股に分かれ水雷戦隊の両脇を挟み込むようにして着弾したのだ。こちらの回避行動を狙ったに違いない、下手に回避をすれば直撃する艦があったであろう。

 切り立った水柱が照明弾の灯りに照らされ、聳り立つ壁をも思わせる様相を見せた。その間隙を飛び出した水雷戦隊は反攻に転ずる──────

「砲戦!10時方向敵甲巡、各艦撃ち方始め!」

 

 ドン!ドドンッ…‼︎

 

 戦場に立つ者の熱意をそのまま込めたような赤熱化した12.7センチ砲弾が続々と撃ち出され、それらは水平線に向かって降り注いでゆく。そのうち幾つかの砲弾の弾道が違う──────五十鈴の主砲は改装によって12.7センチ高角砲に換装されている。その初速は駆逐艦に広く装備されている3年式12.7センチ砲よりも劣っており、山なりの弾道になるのだ。

 

 着弾……!──────林立する水柱に、巡洋艦やまして戦艦のそれのような力強さはない。練度が高く精度も良い駆逐艦の主砲弾は初弾にも関わらず命中の光を上げた。だが重巡洋艦に駆逐艦の豆鉄砲が命中しても大した打撃にはずもなく。ネ級は尚も変わらず砲撃を返してきた。

 

 この砲撃戦では明らかに五十鈴達が不利だった。砲弾の数では圧倒してはいたものの、その質量、威力ともに相手にならないほどの差を付けられている。

(精度が上がってる……!)

 35ノットの高速を発揮してもなお、ネ級の放った砲弾はまるで追いすがるかのように水雷戦隊の周囲に着弾し、回数を重ねるごとにその散布界が狭くなるのを肌身で感じた──────これでは、適切な雷撃位置に着く前にネ級にやられてしまう!

 

『───HEY!Fight Me!』

 ドオォ……ン……!

「……!?」

 

 溌剌とした声を持った電子音が鼓膜を打ったとき、五十鈴は後方から聞こえた砲声に気付いた。

 頭上を過ぎ去る飛翔音──────夜空の黒を背景にした流れ星にも似た光──────それは天啓のように敵艦の真上から降り注ぎ、轟々たる水柱を築き上げる。

 

 それらは12.7センチ砲とは比べ物にならないほどの威力を伺わせた。後方の砲声に振り返った先──────夜間ゆえその細かい姿を目にする事は出来なかったが、再び発砲炎が照らしたとき、その全容が明らかとなる。

 2隻の駆逐艦を従えた巡洋艦2隻──────五十鈴には見慣れないシルエットだ──────大まかな艤装のサイズは巡洋艦のそれであったが、全体的な印象としては寧ろ戦艦に近かった。

「あれは……!」

 

「USS Baltimore(ボルチモア)!参上!」

「同じくBoston(ボストン)!I kept you waiting(待たせたな)!」

 

 ニュージャージーの指示を受け、五十鈴達を追走していた米巡洋艦隊とそれに追従する米駆逐艦隊が到達したのだ。

 米重巡の奇襲にも等しい砲撃を受けることとなったネ級3隻は、体制を立て直すためか一度水雷戦隊から距離を取り始めていた。

 

 その間、追従してきた2隻の駆逐艦、アレン・M・サムナーとクーパーは五十鈴以下水雷戦隊に加えられ、ボルチモアとボストンが前面に躍り出る。その際、かなりお互いの距離が縮まったので、五十鈴は援護に駆けつけてくれた米巡をまじまじと見つめた。

 艤装に備えられた主砲は、その配置こそ彼女達にも面識のあるノーザンプトン級重巡洋艦に似てはいたが、形状は著しく異なり、やはり米戦艦主砲に似通ったものに見えた。対空砲の数もかなり多く見え、五十鈴はもとより、防空巡洋艦に改装された摩耶にも匹敵、あるいは上回りそうだ。

 先頭を航行する、ハクトウワシを思わせる鮮やかな銀髪をサイドテールに纏めた吊り目の、如何にも男勝りといったような印象を受ける艦娘がボルチモアで、その背後からピタリと航跡をあわせて追走するやや長いボブの髪型と片眼鏡をした、一見物腰柔らかそうな方がボストンだ。

 

「あの邪魔者(ファッキン野郎)は、Me達に任せろ!」

「必殺パンチ!Hit it(ぶちかませ)!!」

 

 ボルチモアはサムズアップをし、ボストンは拳を前に突き出してぶん殴るような仕草をしてみせた。あまり見た目に寄った性格では無いらしい。

 五十鈴達は敬礼を返す。「感謝する……!」

「礼は戦果(スコア)で!」「あとmeをチョイスしたのはNew Jersey(ニュージャージー)だから!ヨロシク!」

 

 遠ざかりゆく水雷戦隊の背中を見送り、ボルチモアはパキパキと指を鳴らしてみせる。鋭角のある双眸の見据える先は、彼女らに反航戦を挑もうとするネ級が2隻。

 

「さぁ……カモォーーーンッ(こいやァ)!Son of a ○itch(クソ野郎)!!」

「ボルチモア、ファッ○ン口悪い!」

Badgers of the same hole(お前もだろ)!」

 

 そうした言い合いの合間に見えたパツッ、と弾けるような閃光──────来たか!敵巡洋艦の砲撃であることは疑いようはない。それだけでなく、ここからやや距離を置くにもかかわらず戦艦群の織りなしている昼間のように明るい砲撃戦のネ級の砲熕を照らし出している。

「「Fire!!」」

 

 暗然たる戦海を黄金色に染める2隻の斉射……!砲弾同士は互いに取り換えるように上空で交錯し、ほぼ時を置かずして同時に弾着した。

 ドン!ドン!──────と水柱が吹き出すように現れる。ボルチモア、ボストンを囲むように立ち昇るそれらはしかし、多くが疎らで修正が必須であった。

 一方でボルチモアとボストンが放った砲撃は、命中弾こそなかったが敵艦を挟み込むようにして水柱が見て取れた。初弾からの挟叉である。

「ヘタクソめ!」

 

 数度の撃ち合いの末、当然の如く先制して命中弾を出したのは米重巡の方だった。優れたレーダー照準射撃は暗闇のベールが遮る夜間であっても有効だ。

 だが間もなくして、ネ級の砲弾もボルチモアを捉える………「おっ!?」ボルチモアの発した声は驚きよりもむしろ、意外さを孕んだ弾んだ声─────着弾を直感してもなお、ボルチモアは微かに笑って上空を睨んで回避する素振りも見せず、そのままに直撃弾を受ける。

 着弾炎と煙に包まれ、ボルチモアの姿は見えなくなるが──────

「ハァ……。」

 その光景を見て、ボストンは心配するでもなく、ただため息を突くだけだった。何故なら……

 

「HAHAHAHA!!そんなモンか……!?」

 

 黒煙をかい潜り嘲笑にも似た笑い声を上げながら、ほとんど無傷のボルチモアが姿を現した。水平線上に見える影が微かに揺らめく──────動揺が見て取れるようだ──────彼女の装甲板には微かに被弾跡がある。見間違い無く直撃していたが、砲弾は砕け散ってボルチモアに些か程のダメージも与えることが出来てなかった。

 

 彼女達の装甲防御は、並の重巡を数段上回る───舷側に最大152ミリ(6インチ)の厚さを誇る装甲を持つボルチモア級に、生半可な攻撃は通らない。「日本重巡の決定版」と称される利根型ですらその装甲厚は最大で150ミリに届かないことからも、その重厚な防御性能は分かるというものだ。

 

 加えてボルチモア級は、火力においても従来の米重巡を上回る。

「Fire!」

 ドォン!艦全体を照らすほどの砲炎から飛び出した光は、大きな放物線を描き、大落下角度を以てネ級に向かって飛翔してゆく。

 

 この砲弾の飛翔の仕方は、米戦艦にも広く配備されているSHS(スーパーヘビーシェル)のそれであった。彼女の前級にしてタイプシップのUSS Wichita(ウィチタ)、及びほぼ同様の武装を施されているNew Orleans(ニューオーリンズ)級重巡洋艦から搭載されている8インチ主砲からの系譜として、ボルチモア級にはSHSの運用能力があった。

 同格の重巡洋艦と比べても、その貫徹力は頭一つ抜けている。

 

 着弾───!水柱の中に見えた明滅は砲撃のさらなる命中を示している。ボストンが放った砲弾もまた、敵2番艦を捉え炎を立ち昇らせる。一方で敵が反撃に放った砲弾はボルチモア、ボストン両艦にとってダメージにはなり得ず、鈍い火花を散らして潰え、尚も衰えない砲撃を浴びせ掛けられていた。

 

 ネ級が本当に恐ろしいのは雷撃だ。数で勝る敵の雷撃を許せば一気にこちらが不利になりかねない。だが雷撃を行う際には必ず隙がある…………その瞬間を見逃さず、唯ひたすらに距離を保ち殴り続ければ、このまま封殺することもできよう──────猛禽にも似た、鋭い黄金色の眼光の奥で盛る闘争心を抑え、ボルチモアは判断した。

 些かガサツな面のある彼女だったが、そうした戦術的判断を行える程度の理性と冷静さは兼ね備えている。敵艦撃沈の栄誉は面白いだろうが、現状課せられた任務(タスク)は、あくまでも敵巡洋艦の足止め……そして彼女とその妹はそれを達成するのに十分以上の能力がある。

 

 何度目かも分からない水柱のシャワーを浴びながら、後方のボストンを顧みた。

「ボストン!Hard starboard(面舵一杯)!ファッキン共のハナを抑えるぞ。」

「Roger.」

 

 砲撃を繰り返しながら、縦陣を維持して回頭する──────その瞬間に近づく飛来音!!

 ドドドォン!

「……!」

 爆音を轟かせ突き立った水柱の位置は、先程までの針路のままであれば間違いなく直撃していたであろう場所。

「ギリギリセーフ、てやつ?」

「フン、HitしてもNo Problemさ……誤差(ゴサ)ってやつ。」

 冷静に言い放つボルチモアはしかし、自身の口角が上がっていることに気付いてはいなかった。

 

 

 〜〜〜〜〜  

 

 同 20時10分

 

 

 

「こんな砲撃戦は見たことないぜ……。」

「……。」

 

 戦海と化した闇夜の海、その暗中で繰り広げられる凄まじい砲撃戦は海域全体を昼間のような粧いに変え、それはこれから収束してゆくどころかさらなる拡大する可能性しか秘めていなかった。

 ギラギラと輝く砲戦の煌めきに漏らした長波の言葉に、言葉を重ねずとも内心皆同じことを思っていた。

 だが感慨にふける暇もまた、なかった。

 

「10時方向、敵軽巡および駆逐艦、数6……かもです!」

「レーダ照射探知──────砲熕炎見ゆ!針方位40度ォ!」

「チッ……!」

 高波が発した敵艦発見の報、その直後に江風からの報告は既にこちらが敵に認識されており。その目標となっていることを示している。

 ドドドンッ……!

 着弾の水柱が其処彼処に乱立し、その勢いは留まるところを知らぬかのように数を増してゆく。装填の早い小口径砲とあってか、密度もまた凄まじかった。嫌らしいことに、精度も悪くない──────彼我の針路が交差しているために敵は接近しながら砲撃しているからだった。

 

「──────射点まで急ぐ、構うな!最大戦速を維持し、牽制射!」

「ヒダリホウセン!カッセンジュンビィ──!」「テキシン150、テキソク30!キョリ──」「ショゲンニュウリョク、ギョウカクアワセ!」「各砲自由射撃!」

 

 防空巡洋艦として改装されていた五十鈴は対艦攻撃力が改装前より大きく劣り、更に6門の高角砲は対艦用途として使うには射撃統制装置の能力が足りない。先程ネ級と交戦した時もそうであったが、かつての砲火力が些か惜しく感じる五十鈴だった。

 

「撃ェ!」

 

 ダンダン!ダンッ!ドン!

 

 軽い発射音と共に輝きが砲弾を吐き出し、山なりの弾道を描いて飛んでゆく。隷下の駆逐艦も続々と砲撃を行う。赤熱化した砲弾の描く弾道は山なりであったり、低伸であったりと統一性はない。

 そして敵艦隊からの砲撃もまた、複数艦種から放たれているが故の複数の弾道をもって来襲する。

 

 ドドドッ……ドドッ……!! 

 サボテンの様な乱立する水柱を突き抜けるようにして進撃する水雷戦隊は、敵のまぐれ当りがないことを信じ、発揮可能な最大速力である35ノットの高速を叩き出しながら敵水雷戦隊の前方を突っ切る──────丁度その時。

 

 クワッ!……と一瞬の明滅が視界を照らし、遅れて砲撃音とは明らかに違う、遠雷のような轟きが耳朶を打つ。

「───何!?」

 海上に広がる花火のような輝きと黒煙をを蒔き散らすのは敵駆逐艦の1隻だった。こちらの砲撃が敵駆逐艦を仕留めたのだ──────「イェスッ!」振り返ると米駆逐艦サムナーとクーパーが互いにガッツポーズをし合っていた。

 フレッチャー級の改良型のサムナー、クーパーはその主砲の装填速度の速さと貫徹力の高い対艦弾によって日本駆逐艦よりもよほど主砲の火力がある。彼女たちは2隻揃って敵駆逐艦の1隻に狙いを絞り、あれよあれよという間に撃沈してしまったのだ。

 なかなかやる!と五十鈴は舌を巻く思いだった……というより、軽巡でありながら砲火力で普通に駆逐艦に負けている事に微かながら妬ましく思わないでもなかった。

「砲撃に気を取られず船速を維持して!」

「Yes Ma'am!」「Ma'am!」

 

 そんな自身の気を紛らわす為だったか、或いは砲戦に傾注させすぎないためか、何れにせよ出した命令に間違いはないはずだった。彼我の水雷戦隊は砲弾を交錯させながら互いの距離を詰め、だがその目標は互いに向いていなかったがために砲火を交えつつもその距離は開いてゆく──────

 

 

 〜〜〜〜〜

 

 

 同 20時18分

 

 

 

 戦艦、巡洋艦、そして水雷戦隊同士による三者三様の砲撃戦を繰り広げる中で、唯一空母群とそれに追従する海自第二護衛隊だけは直接砲火の中に身を置いていなかった。

 ぱっ、ぱっ、と煌めく砲炎は途絶えることなく、視界の許す限りほぼあらゆる場所で煌めいている。

 赤城、瑞鶴、翔鶴、そして隼鷹を中心とした輪形陣──────そこから8時方向のやや離れた所にいる米空母ホーネット、エンタープライズ、護衛隊を中心とする輪形陣がある。未だ健在な敵空母からの夜間航空攻撃を警戒し、その目は常に上空に向けられ、僅か程の隙もないかのように思われた。

 

 そんな輪形陣を構成する1隻、防空駆逐艦秋月もまたそうした上空を見張る目の1つとなっていた。

 防空火力の高い彼女は、他艦からの援護を受けにくい輪形陣外側、最右翼に位置している。対空警戒としても重要なポジションだ。

 

「………。」

 ブォーー……ンと上空を何かが航過する。なんのことはない、米空母艦載機の夜間戦闘機はF6F-5Nだ。敵の襲来に備えて数機が上空の警戒に当たっている。闇夜の背景に溶け込むナイトヘルキャットの塗装は、夜に慣れた秋月の目でも視認は少し難しい。

 

 頼りになる存在──────だからといって気を抜かず、秋月は洋上に目を転じる。砲撃戦は明るく海域を照らし出しているが、その反対側は夜間らしく相変わらずの暗闇─────水平線の位置すら分からぬその中で、秋月は何かを見出した…………あれは───星?

 

 夜空を彩る星々にも似た何か………瞬いているようにも見えたそれは、唐突なまでに矢印にも似た何かへと変貌を遂げ、そいつは驚くべき凄まじいスピードを持ってこちらへと接近していた……!!

「なっ……⁉」

 声よりも速く矢状は秋月の直前を過ぎ去り、ドーン!という衝撃波を残して輪形陣の中央へ突っ込んでゆく。それも一つではない──────!!

「隼よ」「───あ!?」

 ドアァーーンッ!!

 

 爆発!!───隼鷹の危機を察した秋月の声は届かず、その前に起きた閃光が隼鷹を包んでいた。軽空母ながら消して小さくはない隼鷹の艦体は空よりも遥かに巨大な炎と煙に覆われ瞬く間に見えなくなってしまう。

「何が起きたの!?」「───隼鷹!?」「隼鷹、損害を報告して……隼鷹!」

 

『キカンブニチャクダン!』『ドウリョクブタイハ!』

 隼鷹の声は返って来ず、皮って報告を入れたのは彼女の艤装を司る妖精さんだった。

 ドゴォ……ン!!爆発は隼鷹だけでなく、艦隊後尾を務める1隻、駆逐艦雷が被弾していた。目に見えて速度の落ちた被弾した彼女はみるみるうちに落伍してゆく──────このままでは隊列が崩れるだけでなく、被害艦がさらなる被害を被る事になる……だが戦場はその状況を打開する時間を与えはしなかった。

 秋月の目に新たな光が見えたのだ。そして、僅かながらその元凶も──────

 

「全艦注意!3時方向約8キロ先に光あり!敵艦影は認めず!!」

「攻撃しているのは……敵、新型戦闘機───!!」




自分にとってはようやくここまで描けたか、といった感じですが、皆様的にはどうでしょうか。待たせすぎ?御尤もでございます……

今話では砲撃戦が主体ですが、普通の砲撃戦は第Ⅰ章で既にやってるので、その時とは変わって場面をたくさん転換させてみたのですが、ちょいと難しいですね


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寿号作戦 Ⅸ

少しスランプ気味で投稿が滞ってしまい申し訳ありません………仕事がうんちおぶくそ(オブラートな表現)でまたキツくなるんですけど頑張ります!

………まぁ、本当はもう少し書くつもりだったんですが、丁度キリのいい所までかけたので今回はこれで勘弁してやってつかぁさい……


 20XX年

 

 

 

 9月30日 20時20分

 

 

 

 北太平洋沖合

 

 

 

 闇夜のベールを下ろされた世界に生じた閃光は2つ。それらは瞬く間に巨大な火柱と化し、その袂にいた艦娘隼鷹、雷をその腹の中に呑み込んだ。

 それだけではない─────────爆発の嵐は一つ二つと時を追うごとに増え、火球は全天の星空の中にまで拡大してゆく。

「速すぎる!」「オウセンスルスベガアリマセン!」

 最早高角砲がその威力を発揮するような距離ではなく、至近にまで迫った敵に向けて対空機銃が狂ったように打ち上げられる──────だがその何れもが明確な統制の下の射撃では無く、まぐれ当たりを期待し、ただ闇雲に、ひたすらに撃ちまくる。闇夜を埋め尽くすかの様な光の濁流が彼方に撃ち上がり、炸裂した砲弾が花火の如くに儚く潰えた。

 ストロボにも似た閃光が時折照らす矢状は、ごく至近にまで迫っている──────その速度は常軌を逸して速く、高度は海面へ接さんばかりに低い。

 駆逐艦 照月の長10センチ砲ちゃんがハリネズミもかくやと言うほどに砲火を張り巡らし、曳光弾を交えた機関銃と共に弾幕の壁を作り出す。

 砲弾の破片が、機関銃の弾丸が、海面を沸騰したかのような白い飛沫に塗れさせる。砲火の明かりに照らされたそれらは、さながら金色の麦畑を思わせる装いを持ち、その麦畑の中をミサイルと敵機は、狼の如き俊敏さと群れを成し押し迫って来ていた。

 

 グワァーーンッ……!!

 

 ジェット機特有の金属音を交えた爆音が直上を過ぎ去ったその時、直前にまで迫った矢状──────その弾頭のシーカーと思しき“眼”と駆逐艦 照月の視線が交錯する──────感情とか情緒とか、そんなものは一端も込められていない害意の塊に、照月は戦慄し………その直後に訪れる運命を悟る。

 

「……!!」

 

 閃光──────照月に飛来したミサイルは2発──────

 装甲らしい装甲など些か程も施されていない駆逐艦の船体など、ミサイルの前にしては何の意味も持たない。前部主砲塔と艦橋直下それぞれに命中。瞬く間に爆発炎上、大破し、その戦闘力の過半を喪うこととなった。

 

 

 

 〜〜〜〜〜

 

 

 

『照月大破!』『赤城被弾、損害不明……!』『隼鷹、戦列復帰の見込みなし、直ちに退避……!』

 

 敵の襲来が既知となった時、それらはとうに日本艦隊の空母群の半数を叩きのめしていた。軽巡洋艦 アトランタを先頭とする米機動部隊は、偶然にも敵の来襲方向とは反対側にあった為にそと攻撃目標から外れていた。しかしそれは僅かばかりの猶予を与えただけに過ぎず、闇夜を背景にした獣の牙か鏃を思わせるそれらの奇形は、日本機動部隊の上空を悠々過ぎ去り米機動部隊に向けその矛先を向け始める──────

 その敵の存在を最も先に察知したのは、しかし米艦の誇る優れた電子兵装の成せた技ではなかった。濛々と立ち昇る炎煙を背景に浮かび上がったシルエットを、艦娘や妖精さんの肉眼が捉えたのだ。

 

「これは……矢!?」

 

 違う!……深海棲艦の新型機──────矢のような其奴から、線香花火のそれを思わせる光が中空に放り出されたとき、アトランタの脳はそれを直ちに脅威と認識し主砲の群れを指向した───そこに、はたして如何ばかりの意義があるだろうか───アトランタは片舷に14もの主砲の射界を有しており、5インチ砲の高い発射速度も相まって圧倒的な弾幕を、かなりの距離から張り巡らせることができた。対空用VT信管もまた、それを手助けする有効な装備のはずだったが、超低空を想定外の速度で飛来する敵機には些か程の効果もあるようには見えなかった。

 

 ……それで諦める程、彼女の「英雄的」とすら謳われた無敵の闘争心が衰えるはずもなく、砲弾を機関砲の如くに撃ち出してゆく。

 

「───!」

 

 光──────線香花火の火種を思わせる、微かなオレンジ色の灯りが、ぽとん、と宙空に放られるのをアトランタは見た。至近弾の明滅が、そのシルエットを露わにする。

 しまった!!──────アトランタは察する───敵のミサイルが放たれ、それは此方に対して指向されている───ドン!ドン!……空中で生じた砲弾の爆発が、ストロボのように筒状を照らす。秒を追うごとに迫るミサイルは、その進路上に形成される弾幕と水柱の中を、さながら直線道路を突っ走る車のように平然と突き進んでくる……!

 

「………!」

 

 意志の宿らぬ刺客の放った意志の宿らぬ火矢は、弾幕の回廊を凱旋する。当然のように───抵抗など存在しないかのように突っ込んでくるそれを、アトランタの曇天にも似た濁りを持った灰色の双眸は釘でも刺し込まれたかのように動かず、凝視している。

 

「───っ!!」

 

 迫る光………アトランタに向かって突っ込んでくるミサイルは、宙空で僅かほども動いているようには見えない。だがその煌めく排炎の灯りは、ゆっくりとしかし確実に拡大してゆく。

 それが自身に残された猶予である事くらい彼女には分かっていたし、だからこそ焦りが脂汗となって全身から吹き出し、比例するように射程に入った機銃と機関砲が狂ったように射撃の唸りを上げる。

 だが全ては無意味なのだ──────超低空を飛翔するミサイルをVT信管を備えた対空砲弾は捉えられず海面の乱反射で早爆するか見当違いの着弾の水柱を上げる。

 妖精さんの操作する機銃も機関砲もミサイルほどの高速、小型の目標に対してあまりにも無力………!

 

「クソがッ……!

 眼前に飛び込んできた火矢──────アトランタの艦首右舷が瞬く間に炎に見舞われ、直後に爆発した。装甲をぶち破りめくれ上がった上甲板にはポッカリと空いた穴が三つ──────そこは、本来なら主砲の5インチ連装砲塔があるべき場所で、爆発がバーベットごと砲塔を吹き飛ばしてしまったのだ。

 文字通り一瞬でアトランタは戦闘・航行能力の半分以上を失い、木偶にも等しくなったその直上を敵機が独特な金属音混じりの大音響を轟かせながら過ぎ去ってゆく。

 

 

 〜〜〜〜〜

 

 同 20時20分

 

 

 米機動部隊と襲来した敵機の対決の様相は日本機動部隊からでも確認できていた。その結果も──────

 

『アトランタヒダン、チュウハマタハタイハノソンガイ!』『テルヅキセンセンヲリダツノモヨウ』『ベイキドウブタイニクウボノソンカイナシ!』

 

「アトランタが……!」

 

 日本艦にすれば羨望するほどの対空火力を持つ軽巡洋艦アトランタが、敵機の攻撃の前に為す術なく撃破されたことも彼女達に伝わっていた。装甲空母 瑞鶴改二甲はその事実に、今更ながらに驚愕を覚えざるを得なかった。

 あれほどの防空火力を有するアトランタが成すすべもなく撃破された!───その事実は敵の攻撃機に対して我が方は全くの無力に等しい事を意味しており、そのことは事前のブリーフィング等から既に予測されていたとしても、こうして現実としてまざまざと見せ付けられるのでは、その心理的衝撃は天と地ほどの差がある。

 

 

 ………一方で、彼女らに何ら対抗手段が無いわけでもなかった。それは出撃前、アリコーンから預けられたある"モノ"──────だがその反撃能力を託された空母 赤城は

 被弾し、撃破こそ免れたものの、喫水線付近まで奔った破孔が海水を呑み込み、艦の傾斜が拡大しつつあった。

 

「赤城さん……その状態では無茶です!」

 

「なんとしても打ち出します。発艦だけは全うする……!」

 

 自身の損傷を鑑みないかのように、凛として前方だけを睨み、弓矢を構える赤城に瑞鶴は叫んだ。

 しかし赤城は頑として固辞し、黒光りする矢をかけた弦をギリギリと引く。

 ──────重い!

 始め、明石からこの矢を受け取った時「他の機とは違うので注意してください」などと言われた。九九艦爆や九七艦攻から天山や彗星、流星に機種転換した時にはその大きさと重さに驚いたものだったが、これはその比ではない……!! 

 本来なら自分たちが扱うことなど叶わない高性能な代物だ。その代償は…………お前か───!赤城の視界の先に広がる闇夜のキャンパスに描かれた光はの筋、間違いなく敵機のそれだった。米機動部隊の護衛艦を平らげた奴らは再び日本機動部隊にその牙を向けてきたのだ。

 

 赤城にも応急修理女神は搭載されてはいた。撃沈の心配はないが、女神の発動を待っていられるほど状況は悠長にしてはいられないのだ。敵機が来る前に、なんとしても……!

 だがその間に入り込む影があった。

「瑞鶴、何を……!」

 

 光──────それは投射された敵ミサイルの輝き──────「瑞鶴!避けろ!」彼女の意図は解っている。彼女は発艦までの間、ミサイルの盾になるつもりなのだ。今度は赤城が叫んだが、瑞鶴は一瞥もしない……返ってきたのはただ一言。

 

「発艦に集中して!」

「……!」

 

 迫りくるミサイルに向け、無駄とは解りながらも対空砲火を浴びせる。ロウソクに照らされる様にしてうっすらとその姿を夜の闇から浮かび上がらせる敵ミサイル──────

 

「テキミサイルニハツセッキン!」「ダンマクヲテンカイシロ!」「ダメデス……トッパサレマス!」

 

 妖精さんたちの怒号………それにも関わらず光は弾幕の壁を潜り抜け、遂に高角砲の有効射程───果たしてミサイル相手に有効な距離など存在するのか甚だ疑問だが───を突き抜ける。25ミリ機銃が狂ったように銃声を叫び散らす。マグマのように赤熱化した銃身など、銃座にへばり付く妖精さん達は意も介さなかった。

 

 ───幸運の女神が本当に居るならば。   

 

(こっちに来い……私に向かって突っ込んでこい!)

 

 ───今だけはどうか………私に微笑んでくれるな──────!

 

 直後、飛び込んできた光………光は熱を帯びた衝撃波と火球と化し、瑞鶴は炎の塊に呑み込まれた。初弾の命中から間髪を置かずして2発目のミサイルも瑞鶴が被弾する。

 ドン!という爆音が遅れて聞こえ、続いてバリバリと空気を轟かせながら敵機が勝ち誇った様に瑞鶴の上を飛び越え、赤城の頭上をも過ぎ去った。

 

 あれしきで沈む瑞鶴ではないはずだ───だが被弾の苦痛は妖精さんを以てしても拭うことは出来ない。赤城に替わりその役を買って出た彼女の心情は如何ほどのものだろうか……?

 瑞鶴の想いは消して無駄にはしない!経験したことのない、どんな機体であっても必ず打ち出してやる。絶対に空に上げてやるから──────傾斜する身体に鞭打ち、水平に保つ。

 

「腕が千切れてでも……!」

「ナニガナンデモウチタセ!カタパルトガイカレテモカマウナ!』

 

 もはや赤城を直掩出来る艦は殆どいない。次に敵が反転し攻撃を仕掛けてきたら終わりだ──────だがそれより先に、発艦させれば良い話!

 そして赤城は………いっぱいまで張った弓矢をついに放った。

 

「───SLUAV、発艦ッ!!」

 

 打ち出されたどす黒い矢が暗闇の奥に消えた瞬間、それらは光となって顕現し敵機に吸い寄せられる様にして向かってゆき、反転を終え速度の落ちた敵機に矢継ぎ早にミサイルを投射する。

 たちまち砕け散る敵機───

 上空を跳梁跋扈していた敵機はほんの数分で拮抗状態となり、艦隊に攻撃をする余裕のある敵はいなくなっていた。

 不意に「すごい」と言葉が漏れる。

 赤城はブリーフィング直後のやり取りを反芻する──────

 

 

 

 ──────なるべくすぐ出来る様に仕上げましたから。

 

 あのとき、目元のクマを隠せていなかった明石がいった言葉はこんなものだっただろうか。

 

 ──────正規空母の方限定ですが、アリコーンさんの艦載機を発艦できるように改造したんです。随分苦労しましたよ……。

 

 苦笑いを浮かべながら明石はそう言っていた。隣に立つマティアス・トーレスは今時作戦の都合上、もし敵のアリコーン級との対決を余儀なくされた場合艦隊の全滅の可能性が大いにあった為に、作戦の撤回か、アリコーンの装備を一部でも転用できないか模索していたそうだ。

 ──────ラファールは大きすぎて無理だが、SLUAV程度の大きさならば辛うじて可能だろうと思い、彼女に相談したのだ。

 

 SLUAVの有用性は皆知っている。赤城達の精鋭艦戦隊を以てしても赤子の手をひねるように簡単に卸されてしまった相手だ──────"ラファール"という戦闘機はこれより高性能らしいが、何方も強すぎて話にならなかった──────それを使えるとなれば、これ以上の装備はあるまい。

 

 ──────ただ数がコレだけしかないです。

 

 明石がその時持っていたのは、20機ぶん程度の数しかない黒い矢。

 それだけでも上々です、と赤城は言っていた。何しろ赤城はありの艦載機の凄まじさを一番近くで見ている空母と言っていい。20機だけでも1,000の友軍機に助けられるよりも心強かった。

 

 ──────アカギさん、SLUAVは有人機じゃありません。有用ですが、過信もいけませんよ。

 

 いつの間にかマティアスの隣にいたアリコーンがそう言った。あまりお利口さんじゃあないので、と口元を手で隠しながら苦笑して続ける。

 過信───慢心と同じく、自分の身に大いに覚えがある言葉だった。

 

 ──────胸に刻んでおきます。

 

 

 ──────基本的な手順は他の艦載機と変わりません。搭載するのは赤城さんが適任かと。

 ──────私が?

 

 その時赤城は驚いたが、理由を聞いてみれば最もだった。瑞鶴、翔鶴はジェット戦闘機を積む関係上余裕がない。隼鷹は軽空母なので搭載は不可………と消去法で赤城しか残っていなかったのである。

 赤城は歯を見せて少し笑うと、承りました、お預かりします───そう言ってSLUAVの矢を受け取ったのだ。

 

 

 

 上空で花火のような明滅で無数に彩られ、星が墜ちてゆくようにキラキラと光る塵となってゆく航空機───それが果たして敵なのか味方なのか、判別を付けることは赤城には出来なかった。それよりも優先すべき、気を向けるべきことがあった。

 

「瑞鶴!大丈夫?なんて無茶を……!」

『………やっぱり、瑞鶴には幸運の女神が付いてるみたい、です。』

 

 苦悶の声と少しばかりの含み笑いが通信の向こうから返ってきた。なんでも、飛行甲板に装甲帯が存在すのをいいことに、瑞鶴は有ろう事か飛行甲板を盾にしたようだ。大穴を穿かれた飛行甲板は最早使い物にならず、貫徹し内部で炸裂した弾頭は彼女の格納庫を総なめに破壊していったが──────瑞鶴自身は航行に支障のない程度の損害だった。

 振り返った傍目からは、飛行甲板からもうもうと黒煙を上げ、火柱さえ垣間見える瑞鶴の姿はとてもそうには見えなかったが………。

 

 

 〜〜〜〜〜〜

 

 

 戦略機動打撃艦隊 

 

 

 

 某島鎮守府 

 

 

 

 艦娘寮兼司令部施設 地下1階

 

 

 

 統括作戦指揮室  

 

 

 

 遠隔地から発せられた不可視の波に乗り、ここには数多の情報が濁流の如くに押し寄せる。配置に付くオペレーターの目にも、複数のスクリーンから発せられる各種戦術情報が直接投げ掛けられていた。

 

「哨戒機の状況を報告せよ。」「01(マルヒト)から04(マルヨン)、健在。」「経空脅威存在のため散開し索敵中。」「敵潜未だ確認出来ず……!」「哨戒機より報告、水中雑音大のため索敵は困難なり!」

 

『雑音……?』

 

 前線部隊とのやり取りをこなすうち、ある言葉に引っ掛かったような声を上げたのは、この室内にはいなかった。

 通信機の向こう側、距離にして1,000kmは下らない遠隔地───日本本土───にいる北 聖人情報分析官がその声を発したからだった。

 

『哨戒機!海中の様子は?』

「──────一部区域以外の捜索は完了しているとの報告ですが……。」

「なぜ捜索出来ていない海域がある……?」

 

 今度のオペレーターの言葉に反応したのは提督だった。LSDを見る目を細めたまま、言葉を投げかける。

 

「弾着音の残響が酷く聴音不能───とのこと。」

「大和達が砲戦中の海域か……!」

 

 最初に勘づいた提督から伝搬するように幕僚の面々やマティアスの顔の堀が深まってゆく。『そうか!』と抑揚をもって聞こえた通信機越しの北の声も事態を察しているのは明らかだった。

 

『“ユニコーン”は砲撃戦の雑音(ノイズ)に紛れ、最大船速で逃げるつもりです!』

「大和!"ユニコーン"に逃げられる前に敵戦艦群との砲戦にケリを付けるんだ!」

『───了解しました。アイオワさん、付き合ってください!』

『OK!』

 

 それが合図だった。LSD上に輝点という形で広がる彼我の対決の様相──────攻撃を受けた混乱から入り乱れ、此方の采配で再編成・再集結しつつある機動部隊、敵巡洋艦を足止めするボルチモア及びボストンの米重巡、雷撃を終えて離脱しつつある五十鈴以下の水雷戦隊。そして、単縦陣の敵艦隊と対峙し同行戦を繰り広げるのが大和の率いる戦艦群だった。そこにある梯形陣の陣形は先頭をゆく2隻───大和とアイオワだ───が増速する。先の言葉とこの行動………それだけで、提督には大和が何を意図しているのかは直ぐに分かった。それは、この直後に彼女から入ってくる通信が保証してくれるだろう。

 

 

『我これより、特殊砲撃を敢行するものなり……!!」

 

 

 




アトランタのあたりで落とし穴にハマり1ヶ月ほど書けてませんでした……

後半かなり突貫だったので誤字脱字等あったらご指摘お願いします!


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寿号作戦 Ⅹ

今回は特殊砲撃回!自分なりの特種砲撃に対する解釈と描写ですが、違和感なく読んでいただけたらこの上なく幸いです。

それにしても月1更新が守れると気分が良いですね〜。


 

 20XX年

 

 

 

 

 9月30日 20時26分

 

 

 

 

 北太平洋沖合 

 

 

 特殊砲撃──────!並み居る敵の一切合切を打ち砕く事の出来る、その圧倒的な火力!戦場に於いてその趨勢を決定付ける事すらあるそれは、戦艦艦娘にとっては羨望と畏怖に近い響きを伴って理解されている。

 嘗て"ビッグセブン"として世界の海に名を轟かせた16インチ砲搭載戦艦にのみ確認されていた特殊砲撃は、今となってはある程度の規模を持つ戦艦は大なり小なり特殊砲撃の仕様が確認されている。大和は第二改装を経て特殊砲撃の仕様が発見された。

 

「………。」

 この期に及んで額を伝った冷たい汗の感触に、大和は苦笑せざるを得なかった。

 全く……何を緊張しているのか、自分は!?

確かに大和改二になってからの特殊砲撃は初めての経験であるし、改二となったアイオワと特殊砲撃が可能なのかも試したことがない───事前の調査によれば通常のアイオワ改とは可能らしいが───様々な不安要素が自身の額を冷ましたのは、もしかしたら無理からぬものだったのかも知れない。 

 

 ぶっつけ本番……上等じゃないか!

 

意を決し、大和は後方を鑑みる。目があったアイオワは微笑んで頷き、そのさらに後ろ、ニュージャージーにも目線を送る。大和は、自分達が特殊砲撃の準備をする間の指揮を彼女に任せることにした。

 

「ニュージャージーさん、暫し頼みます!」

 

Roger that(了解)!」

 

 砲撃を一度切り上げた大和とアイオワは互いが手を伸ばせば触れ合える程の距離に遷移する。この距離でなければ、特殊砲撃の際に必要な妖精さんの状態を維持できないのだ。

 ………威力だけでなくこの密集した状態を維持しなければならないのが、特殊砲撃の慣行において陣形が指定されている所以である。

 

「妖精さん同調開始。」「主砲全系統の操作系を妖精さんマニュアルへ移行───」「イコウカクニン!」「ヨウダンキテイシ!」「シャセンホウコウクリア!」「目標敵戦艦3隻!射撃時間は1分、衝撃に備え!」

 

 

 特殊砲撃を敢行するまでの僅かな間、当然ながら大和とアイオワは砲戦に参加できない。よってその間、3番艦ニュージャージーが指揮を取る。先程までの活躍からニュージャージーの旗艦としての腕前に疑いはない──────既に旗艦権限を離れた大和とアイオワにかわり指示を飛ばしている。

 

「Meが敵の1番艦を、コンゴウとハルナは2、3番艦をそれぞれで攻撃!」  

 

 ニュージャージーが戦艦水鬼を、金剛、榛名が戦艦棲姫をそれぞれ狙う。明らかに一対一で相手取るには荷が重すぎる相手だが、数分とかからぬ辛抱だ。

 ──────それに、敵に大和とアイオワを撃たせてはならない。敵の注意をこちらに引き付ける為にも、敵の砲撃に先んじて砲弾を撃ち込んでやる……!睨め付ける先──────既に観測機の投下してくれた吊光弾が落ち切った世界には、浮かび上がった敵の影は既に無く、暗闇のベールが掛かっていた。

 ………だがその状況下であっても、ニュージャージーの優れた電子の目は敵艦艇の姿を明瞭に捉えており、彼女に先程までと差して変わらぬ砲戦環境を提供している。

 そして彼女に勝らずとも、金剛、榛名は従来より発展した電探装備と闇夜に目を光らせる熟練見張員妖精さんにより優れた夜戦能力を発揮する。

 ニュージャージーは勝利の確信を持って、檄を飛ばす様に命じた。

 

「Fire!」

 轟音──────ニュージャージーの紅い髪が発砲の煌めきの中で靡く。発砲の風圧で乱れた髪を耳にかけたその時、晴れかけた砲煙の、その間隙に見えた闇夜の向こうで、パリッと落雷のような輝きが瞬くのを彼女の目は逃さなかった。発砲したか!

 ───衝撃に備えろ!と、そう発するすべきだった口腔は、肺が一瞬で空気を呑んだ事によって言葉を発する手段を失った。頭を振った先、何とか口にした単語は「───ハルナ!」

 

 敵砲弾の光はニュージャージーや大和、アイオワにではなく、あろうことかそれより遥かに後方──────最後尾の戦艦榛名に向かって伸びていた。

 ニュージャージーの額に冷や汗が噴出する。榛名は被弾を重ねており中破の状態にある。このうえ明らかな格上の戦艦の砲撃など喰らおうものなら………!

 

 光の筋が海面に飲まれて消え、代わって現れたのはけばけばしいオレンジ色に彩られた水柱───それは紛れもなく、榛名に、着弾した砲弾の爆発炎だった。

 

『ハルナタイハ!』

 

 報告を受けるまでもなく、そんなもの見れば解る。

 榛名に命中した戦艦棲姫(・・・・)の砲弾は4発。艦側面、前檣楼基部に着弾した2発が装甲板を打ち抜き夜戦艦橋で炸裂、詰めていた副長以下司令部要員妖精さんが軒並み戦死。更に2発がほぼ直角に三番、四番主砲塔のバイタルパートを貫徹し水上機格納庫が全滅、揚弾筒も爆砕され後部砲搭は全て沈黙した。

 榛名の現状を鑑みれば、妖精さんからもたらされた我が砲弾の直撃に一喜している暇など無いに等しい───榛名が撃沈に至っていないのは、ただ大破ストッパーが正常に作動したからに過ぎない。例えるなら榛名はHP(体力)が残り1の状態で、小突く程度の被弾ですら危険だ。あと一発………文字通り一発でも直撃すれば、榛名の艤装は保たないだろう──────と、ニュージャージーがそこまでの考えに至ったのは、刹那程の僅かな間。

 

 そして、気付いた。

 

 戦艦水鬼の砲弾が未到達なことに……!戦艦水鬼の主砲は戦艦棲姫よりも重量が大きい───それこそ、アメリカ艦のSHS(スーパーベビージェル)の様な───故に、着弾迄に若干のタイムラグがある事を失念していたのだ。

 つまり──────

 

 

「あ

 

 

 ──────がァンッ!!!!と巨大な着弾音が聞こえた気がした。風船が破れたように、刹那のうちに闇夜を一閃が突き刺しそして膨れ上がった。

 直撃!それも弾薬庫への──────榛名の装甲では戦艦水鬼の砲弾を前にして抗するべくもない──────言い訳のしようがないほどの、絵に描いたような爆沈。

 

 

「……!!」

 立ち昇る爆煙をニュージャージーは額に寄せられた皺もそのままに絶句して凝視していた。

 ──────被弾していた艦が優先的に狙われ、喪われた!だが榛名の被弾はもとより、格上の敵と相対する事など覚悟の上であるし、それを理由に退避するなど論外だ。要するに、客観的に見て、彼女(ニュージャージー)に落ち度は無いに等しかった………のだが、それは彼女の生来もつ自信家な所と───一時的なものとはいえ───旗艦を任された責任感を前にしては、吹けば飛ぶような事実でしかない。

 

 

「Fire!Fire!!」

 

 砲炎の中で、強く影を落とす顔が歪む。ぎらぎらと照る灯りに照らされた赤髪は、その心情を表すように、烈火の如き色を呈していた。

 ドゴン!と後方から聞こえた砲声は続いて金剛も発砲した事を伝える。それからやや遠く、ドォ……ン!と、さらに聞こえた砲声──────は?

「what!?」

 そんな筈はない。

 驚きもそのままに振り返った先………未だ黒煙立ち込めるその場所から突き出たのは、ダズル迷彩の連装砲塔───‼︎

 

「提督のおかげで、榛名は大丈夫です!」  

 

 

 ぐい、と巫女服様の袖を捲り、流れるような美しいラインの二の腕、肩周りを見せつけるようにして、榛名は意気揚々と叫んでいた。

 ぽかん、と絵に描いたように口と目を丸くするニュージャージーに、金剛が言う。

 

「テートクが私達にコノ子を渡してくれたんデース!」

 法被を纏いハチマキをし、山吹色のインパクトを携えた妖精さん───応急修理女神───を掌に乗せている。日本艦隊は補強増設部位にダメコン妖精さんを搭載していたが、ニュージャージー他のアメリカ艦隊は空挺部隊として進出した関係上、補強増設部位に空挺用機材を積んでいたので、この手のダメコン妖精さんの搭載艦がなかったのだ──────今にして思えば、榛名が撃沈されたと思った時、妹想いである筈の金剛がさしてリアクションをしていなかった気もする──────ニュージャージーは自身の不覚と愚鈍さに額を小突いた。

 そんな彼女を、慰めるではないが、吉報と言っていいものはもう一つあって、それはこの長引いた砲戦に緞帳(どんちょう)を下ろすものでもあった。

 

「大和、特殊砲撃準備よし!」

準備完了!(I’m all set!)

 

 それは大和とアイオワ、二大戦艦の威力をまざまざと見せつける宣誓。

 大海原の戦場の女神、その帰還──────。

 特殊砲撃の準備を整えた2隻の砲身はファランクスを組んだ重装歩兵の如くに構えられていて、 殺意と破壊意志の塊(砲弾)が、今か今かとばかりにそのお鉢が回るのを待っていた。

 ややもせず。

 その時が、来る。

 

 

「第一戦隊突撃!主砲、全力斉射ッ!!」

「バトルシップは伊達じゃないわ!全門撃てッ!!(All weapons fire!!)

 

 

 

 両者の放った砲撃指示、そして──────

 

 

 

 ドドォッ!!!!!!!!

 

 

 白濁が闇夜を侵食する……!あまりの砲撃の苛烈さ故に、砲煙が砲撃閃光を覆い隠す前に新たな輝きが砲弾とともに吐き出され、それは戦艦の───否、軍艦の───砲撃としてあるまじき発射速度を持って撃ち出されてゆく。

 

 

 ドゴンドゴンドゴンドゴンドゴン──────!!!!!!!!

 ズドドドドドドドド───────!!!!!!!!

 

 

 空よ狭しと全てを圧迫せんとする轟音と、海よ狭しと無遠慮に拡散してゆく砲炎が織り成す白濁とした光の(たもと)から、見る者に機関砲もかくやと思わせる光の束が水平線に向かって降り注ぐ──────否、この光景を目にすれば、寧ろ我先にと敵艦隊に向かってゆく光の様は「殺到」という単語こそ相応しい様に思えるだろう。

 

 ──────そして「殺到」する光はその一つ一つが殺意と破壊意志の塊であって、その毎秒投射量(・・・・・)は10トン以上にも及ぶ。

 1つの水柱が打ち上がり、それが崩れる前に2、3と新たな水柱が突き立てられる。やがてナイアガラを思わせる大瀑布が上向きに現れて、怒り狂った様に海面は真っ白に泡立っていた。

 

 瀑布がスクリーンのように敵艦を覆い隠していたが、その奥で大小様々な明滅が繰り返している。それは紛れもなく着弾炎の灯りで、その規模と数から敵は破滅的な打撃を被っているだろう。

 

「撃ち方、止めっ……!」

 ──────ドゴンドゴンドゴンドゴンッッ………!!!!

 ──────ズドドドドドドドッッ………!!!!

 

 

 約1分に渡る砲撃の嵐が止み、海と空は、元の暗さと落ち着きを急速に取り戻していく。

 

「っは〜〜ッ、はぁッ、はぁ───」

「フウッ、ふぅ、ふーっ───」

 

 砲撃を終えた大和とアイオワは、どっぷりと汗を滲ませ、肩で息をして疲弊しきっていた。顎にできた雫を拭ってみても、また直ぐにこめかみを伝って水晶のようなそれを飽きること無く作り出している。

 特殊砲撃が作戦展開中一度しか使用出来ない所以だ──────短時間における大弾量の投射に起因する砲弾の不足。それだけでなく、艦娘本人と艤装への大き過ぎる負荷………不意に照りつける陽光にも似たものを感じた大和が目だけを横にやると、鉄を打つ時のように赤熱化した砲身が被った波を蒸気に変えて白い煙を上げていた。表面では取り残された塩分が高熱に曝され燻っている。

 

 対空射撃で砲身が真っ赤になった機銃を思い出した。こんなものを何度もやっていては砲身が溶けてしまう………そして、間断なき砲撃の圧倒的なまでな反動が体力を奪っていた。

「はぁ……。……!」

「フゥ……hehe.」

 

 大和とアイオワは目を合わせ、お互いの姿を見て苦笑する。まるでボロ雑巾だ…………だが戦いに身を置く美しきボロ雑巾は口元の弧を正し、凛と声を張る。

 

「──────戦果を確認せよ……!」

「──────テキセンカンニセキゲキチン!イッセキタイハ!」

 

 水平線を覆い尽くさんばかりだった瀑布の姿は既に落ちきり、そこに残されたのは海面照らす炎を根本に持った

「あれだけ撃ち込んだんですから、沈んでいてくださいよ……。」

I agree(同感).」

 

 先程よりもずっと苦虫を食い潰したというべき凝った笑顔が二人の顔に張り付いている。それでも、生き残った戦艦水鬼にとどめを刺すべく主砲を構えて、隷下艦艇に告げる。

 

「撃ち方用意、目標戦艦水鬼───………!?」

 

 

 敵艦に突如立ち昇った水柱!ゴン、ゴン、という重低音が遅れて聞こえた。まだ砲撃は命じていないはず──────そこまで考え、これは砲撃ではないことを大和は悟る。

 

『魚雷二発!有効、命中!!』

 

 インカムから鼓膜を打ったその声は、軽巡洋艦 五十鈴のもの。あの水柱は彼女達水雷戦隊が放った魚雷の命中だったのだ。

 元々の被弾で傾斜復元能力は死んていたのだろう、戦艦水鬼は瞬く間にその傾きを増してゆき、ややもせず僚艦の後を追う事となった。

 

「まったく、いいところを持ってかれましたね……。」

 仕留め残ったのは自分たちの責、ということもあり、大和はあまり強くない悪態を溜息に乗せた。

 そしてちょうどその頃、溜息であるとか、砲煙にくすぶった重たい空気を押し退けるようにして、低音が接近している。それは低空から連山哨戒機がゆっくりと侵入して来たのだと悟った。距離があり、まだ肉眼では見えないが………。

 

「………ン〜〜?」

「どうしました、二ュージャージーさん?」

 

 唸るような低音を響かせる連山哨戒機を思い浮かべながら、ふとニュージャージーが悩み声を上げているのが聞こえた。彼女が顰め顔を浮かべてるだろうというのは、想像に難くない。

 

「何か?!忘れてるような、見落としてるような………。」

「……?」 

 

 要領を得ない、あまりにざっくりとした物言いに大和が訝しんでいる一方で、アイオワは寧ろ真剣な面持ちになった。彼女(ニュージャージー)がこう言う時、大抵"良くない事(Accident)"が起きることをアイオワは知っている。 

 アイオワは、まだ水上機を回収していないことを思い出し大和に周辺の警戒を進言した。

「……分かりました、まだ燃料に余裕がある機は周辺警戒。燃料の持たない機は、無理せず回収します。艦隊も警戒を厳に、散開した各隊は直ちに集結!」

 

 この時、大和は水雷戦隊と巡洋艦隊を再集結させ、傷ついた空母機動部隊と護衛艦隊の護衛に戻るつもりだった。まだあの上空では我々では些かばかりも手出しの出来ないSLUAVと深海棲艦の新型機が空戦を繰り広げていて、危険な状態だからだ。

 

「───おも」

「「…………!?」」

 

 それは、大和が面舵を命じようとした瞬間──────アイオワとニュージャージーの顔が期せずして引き攣った。

 

 日本戦艦より優れた電子の目が、未だ肉眼で見る事叶わぬ闇夜の向こうに見出したのは影。

 

正面に敵影(Enemy in sight! Twelve o'clock‼)‼」

「ショウメンニカンエイ!」

「───!?」

 

 アイオワの喫驚を孕んだ報告の直後、大和の見張員妖精さんも進路上に居座る不審な影を見出し、それは直ちに大和の知るところとなる。

 

 

 驚異は、未だすぐ側に─────────




これで最終話までの複線は大方貼り終わったかな……?

さて、如何でしたでしょうか特殊砲撃。
どうでもいい話、最初は「妖精さんの不思議パワーで砲弾が謎に強くなる」という感じでした。まぁ弊作がよく分からん部分は全部妖精さんに丸投げスタイルだからなんですが(笑)

感想、高評価お待ちしています!


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寿号作戦 Ⅺ

色々間に合わなかったのでここだけでも……!


 

 

 20XX年

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 9月30日 20時35分

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 北太平洋沖合

 

 

 水雷戦隊隊が打ち漏らした雷巡チ級を旗艦とする敵駆逐艦ナ級数隻の存在を失念していたのは、痛恨のミスだった。敵戦艦に注意を持ってかれていたとはいえ、何と言う失態だ……!

 

「主砲は冷却を優先、高角砲群各個に自由射撃!」

 その瞬間、大和の舷側が途端に砲火で彩られる。片舷だけで10門以上を指向可能な高角砲群の投射量は、その発射速度も相まって多く、機関砲の掃射もかくやという程に撃ち込まれてゆく。

 改ニとなった大和には副砲が無い。よって舷側に複数装備された長10cm高角砲が近接距離での対小型艦火力となる………のだが、如何せん力不足が目立っていた。

 

 ナ級はその艦種こそ"駆逐艦"とされてはいるが、その実火力や耐久性は巡洋艦を突付くレベルで、同種の駆逐艦を打つけても大抵返り討ちに会うほど……更に確認されている最強種というべき後期型Ⅱクラスになると、重巡に匹敵する攻防力を備えるようになる有り様で、大和の10cm砲では装甲化されていない一部をスクラップにするのが精々だった──────それでも、断続的に撃ち込まれる砲弾はボディーブローの様にナ級から浮くべき力と攻めるべき機器を奪いつつあったが──────それでも生き残った火器は果敢に砲撃の閃光を瞬かせ、大和達に反撃の水柱を屹立させ──────てはいなかった。

 

 砲弾の一閃はあらぬ方向へ飛んでゆき、空中で炸裂していたのだ。それも一隻ではなく、全てが──────大和は気付く。

 

 こいつら………!

 

「やはり哨戒機を狙って……」

 

『テキノタイクウホウカガハゲシイ!』

 砲火に煌めく連山哨戒機の銀翼と、無線から聞こえた妖精さんの悲鳴にも似た報告が、その事をこれ以上ないほどに裏付けていた。

 

 ドドドン……!敵艦隊を包囲するかのようにさらなる着弾が、閃光を伴う水柱となって突き出る。アイオワ、ニュージャージーの5インチ砲弾、さらに金剛、榛名の副砲たる15cm砲と高角砲が矢継ぎ早に砲弾を吐き出し、明確な殺意の塊となって撃ち込まれているのだ。

 

 ややもせず、1隻のナ級が爆発した。恐らく金剛の副砲が直撃したのだろう。

 すると敵は尻尾を巻くように反転し、一目散に逃げてゆく──────否、雷撃能力を持つ艦がそうする時、決まってやっていることがある筈だった。

 

「全艦雷撃に警戒!」

 言いながら、大和が眉間に皺を寄せた。小艦艇によるジャイアントキリング(大物喰い)は歴史上枚挙に暇がない。特に夜間の砲雷同時戦によって大型艦艇が駆逐艦に叩きのめされるという状況は、これまでの戦役で彼女自身も経験してきた事だ。しかも、注釈めいた事を言うなら敵水雷戦隊の中核を担うナ級は魚雷が新型に換装されているのか威力が高く、また単艦あたりの射線数も多い。

 

 少なく見積もって、20……いや30本もの魚雷の一斉投射を考えた方がいい──────だが、彼女達はただ迫り来る魚雷を注視し避けるだけで良い訳ではなかった。対空火力を維持し、未だ哨戒機の脅威となり続ける敵艦をこの場で始末しなければならない……!

 

 魚雷への警戒も敵艦の排除も欠くべからぬ至上命題だったが、それは言うは容易く行うは難しかった──────通常の軍艦ならば、見張員、操舵手、操砲員、それらを纏め上げる指揮官……と多数の人間が連携し、その巨体を1つの存在の如くに能動的に機能させる。だが───妖精さんの助けがあるとはいえ───艦娘はほぼワンマンでこなさなければならない点が、やはり弱点だった。

 

 逃げ続ける敵艦に対して、追撃する戦艦の砲撃は中々命中しない。最も命中弾を出しているのは大和の高角砲だったが、決定打にはならないのは先程から同様。次点でアイオワ──────彼女の高角砲は従来のそれとは異なり、より速く、より遠く、より重い砲弾を撃ち出す事のできる、新型の長砲身な5インチ砲を搭載していた。当然威力も高い──────アイオワが砲撃し続けていたナ級が落伍し始める。トドメとばかり、アイオワは主砲を撃ち付けた!

 

 抵抗などなかったように、一瞬にして敵駆逐艦は砕け散り、煌々とした爆炎が周囲を赤裸々にする──────敵の背面がよく見えた。更に海面が照らされ、白い雷跡が扇状に伸びて来るのも、幾つか確認できた。

 

「見張員は雷跡を逐次報告せよ!」

 

 それらは、正に違わずに並み居る者達を深海へと誘う悪魔の腕だ。これまでに、幾つの命があの悪魔によって暗い海の底に引きずり込まれたものか………。

 

「ショウメンライセキ!カズ7!」

 

 来たか──────「取り舵5度っ!」「トォーリカァージ!」………海面を注視しながらも、大和は下手な回避の指示は与えなかった。駆逐艦や軽巡のように身軽ではない戦艦は躱す様に大きく動くより、艦首をたて、被雷面積を最小限にすることが最も効果的な魚雷の避け方だった。右へ左へと横っ腹を見せるような回避方法は、大柄な艦艇には危険なのだ。

 艦首をフイ、と僅かばかりに振り、その直後すぐ横を魚雷が航走してゆく。

 

「サラニゴホン、セッキン!ショウメン!」「舵もどーせーっ!」

 

 まさに紙一重!艦娘としては最大級の巨体でありながら10を超える魚雷の群れを躱すその様は、彼女の練度の高さを窺わせる───それも、不慣れな第二改装状態で……!

 しかし遂に、その練度をもってしても完全に躱す事は叶わなかった。過ぎ去った魚雷と僅かな間隔を置いて、ほぼ同じ角度で魚雷が突っ込んで来るのを見た大和は一言。

「衝撃に備えっ!」

 直後───ドーーンッ………‼︎大和の全身を覆尽くす巨大な水柱が聳り立った。幸いにして被雷を避けた隷下艦は旗艦の被雷に顔を引き攣らせたが、それも一瞬。水柱が落ちて顕になった大和の姿は、全身びしょ濡れ、毛量の多い彼女の栗色の髪も余すことなく濡れまくって海坊主もかくやという程だったが、大きな損傷は無い様だった──────その証拠とでもいうように、目配せする顔の口元には微笑を浮かべている。

 

「こちら大和、被雷するも浸水並びに損傷いたって軽微。」

 

 大和は被雷の直前に転舵、魚雷の入射角を抑える事によって被害の低減を成し得たのだ。直撃ではこうはいくまい。

 しかし、大和の無事を喜んでいられる状況では無い。魚雷の回避によって微かながらも舵を右往左往させていた彼女たちと逃げる深海棲艦の距離は先程とは比べられないほど開いている。

 最も足の速いニュージャージーだけでも先行させるべきか……!?だが戦力の分割───それも単艦!───は避けられるべきという戦場での通説がその考えに待ったをかける。ではどうする?このまま敵艦をのさばらせれば哨戒機の脅威となるは必至。哨戒機が"ユニコーン"を発見できなければ、これまでの全てが水泡に帰すのだ。

 

 ──────しかし逡巡もまた戦場で避けられなければならない事だった。それは隙となり、敵に行動の時間を与えてしまう。実際、敵との差はなお開き続けているばかりか、煙幕まで展開し始めた始末だ。レーダー測距ならばまだか辛うじて───というレベルで、その上之の字運動まで加えてきた始末であるから、命中は絶望的と言い切って差し支えなかった。

 

 撃墜覚悟で瑞雲を飛ばすか?と本気で考え始めた時、視界の端から光の束が吹っ飛んで来る。

 

 何───!?

 

 光──────それは赤熱化した砲弾の煌めきだった。突き刺す様にして着弾し、巨大な水柱を叩き上げる。水柱の大きさは、その威力をまざまざと物語っているようだ。

 

『Shit!ハズしたぞ!』『遊んでないで、Aimしっかりやって。』『遊んでねェ!』

 

 大和の耳朶を打つ、罵声にも似た抑揚と迫力のある声に、彼女は覚えがある………五十鈴が率いる水雷戦隊の前に立ちはだかった重巡ネ級、それらを蹴散らしたボルチモア級の2隻、ボルチモアとボストンだった。

 更に──────

 

『さっきはよくも邪魔立てしてくれたわね!』『今度は逃さないぜ!Fire!Fire!!』

 

 戦艦や巡洋艦と比べても優速を誇る水雷戦隊は、雷撃後いち早く敵水雷戦隊の追撃に入っていたのだ──────実は、これを指示していたのは提督だった。だから、先程まで大和らと提督達の間での更新が少なかった──────三方向から間断なく浴びせ掛けられる大中小様々な口径の弾丸が、深海棲艦を続々と血祭りにあげてゆく。

 

 戦艦主砲の砲撃がチ級の至近を捉える。態勢を崩した所で、紛れ当たりを信じて間髪入れず叩き込まれた砲弾によって胴体が真っ二つに打ち割られた。

 

 並走するボルチモア、ボストンから射掛けられる8インチ砲弾にとって、所詮は駆逐艦にすぎないナ級の外郭を貫徹することなど造作もなかった。炸裂した砲弾がナ級の穴という穴から炎と煙を噴き出させ、それは瞬く間に浸水によって海底への片道切符となる。

 

 速射力の高い駆逐艦隊の主砲が雨あられと降り注ぎ、深海棲艦の継戦能力を奪ってゆく。撃ち返した主砲塔も、それに倍する弾量を浴びて即座に沈黙を強いられ、遂には浮いている力すらも喪いつつあった。

 

 十字砲火よりなお凄まじい砲撃の中に身をおいて無事でいられる道理はなく………最後まで抵抗を続けていたナ級の砲身が海面から見えなくなったのは、それから10分も過ぎていない頃だった。

 

 

 




近日中に次話投稿します。
またまたまたお待たせして申し訳ない……


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寿号作戦 Ⅻ

というわけで(?)投稿〜!
前話と一纏めにする予定でしたが、意外に長くなった&遅筆過ぎたので分割した次第です


 

 

 

20XX年

 

 

 

 9月30日 20時50分 

 

 

 

 北太平洋沖合 

 

 

 上空600m

 

 

 爆撃機譲りの視界の広いコクピットからは、太陽がその顔を覗かせてさえ入れば、きっと美しい海原が姿を横たえていただろう。………しかしこと今に関しては、闇夜のベールが視界のすべてを覆い、機体の外の状況を肉眼で伺い知る事はできなかった。

 彼らが現在自機を見失わず、高度を維持できているのは、ひとえに眼前で数字を投げかけてくる計器に全幅の信頼を寄せているからだった。加えて大型機の余裕故に搭載された電探も、彼に的確な高度と進路を示してくれていた。

 

「ウミノナカガシズカニナッタナ。」

 

 ソノブイ・バリアの捜索エリアから敵艦隊が一掃され、海上における砲撃音は遂に唸りを収めた。この水中雑音に乗じて逃げ仰ようと企んでいた目標───"ユニコーン"───はいよいよ逃げ場を失い、後は我々の垂らす釣糸に食い付く以外に選択肢はないはずだ。

 

「ニガスナヨ!」

「モチロンデス。」

 

 先輩の戦術航空士(TACCO)妖精さんが、ソノブイからもたらされるデータに全神経をとがらせるソナー員(SS)妖精さんに鼓舞もこめて声をかける。声は小さい。

 

 ソノブイからの通信を待ち、そのデータを解析、データリンクし戦術的に全体が共有する──────前任の東海では到底不可能だった一連の動作が、この連山改造型の哨戒機ならば可能だった。

 

 暫くして──────

 

 

「ブンセキカンリョウ、データリンク!」

 

 粗のある深緑のスクリーン──────妖精さんのサイズに合われせて作られるている為画質が悪い──────に、明瞭なコントラストを持った円が表示される。それこそが、ソノブイの掴んだ情報───この海域にユニコーンが隠れている場所だった。

 そして、彼らの仕事はまだ続く。謎の多い深海棲艦、それも新型相手に今の技術では"おおよそ何処に潜んでいるか"程度しか判らない。それを決定付けるのは、今彼らの乗機が腹に抱えている巨大なナガモノの出番だった。

 

「キチョウ、シンロヲ2-2-5ヘ、イソゲ!」

「リョウカイ!」

 

 戦術航空士(TACCO)妖精さんの指示は操縦士妖精さんよりも優先される。傾く機体──────すかさず、彼はMADの機動を命じた。

 

「タカラサガシノハジマリダ!」

 

 

 

 〜〜〜〜〜

 

 

 同 20時54分

 

 海上自衛隊 第二護衛隊 旗艦 DD-119[あさひ]

 

 

「データリンク確認。」「哨戒機4機、捜索範囲へ到達───」「MADによる捜索を開始!」

 

「………。」

 

 

 CIC(戦闘指揮所)で報告を聞く第二護衛隊司令 時世一佐は、憮然とした表情のまま腕を組んでいた。

 間もなく、彼女たちがここに居る最大の理由が訪れようとしている──────開戦以来、お荷物にも似た存在感しかなかった海上自衛隊護衛艦が、かくも重要な任に付くことになろうとは………。それは作戦開始より以前、ブリーフィングを受けた段階から分かっていた事ではあったものの、いざその段階になってみなければ分からない感慨というものを、今更ながらに知るようだった。

 LSD(ラージスクリーンディスプレイ)の一角に示されたインジケーターの波形は、MADの取得している海中の状況だ。データリンクによってリアルタイムで認識できる。

 

「こいつは本物の宝探しですな。」

「釣り上げる物が、ミミックだと分かっていてもか?」

「そのミミック討伐が我々の本懐ならば、それは間違いなく"宝"と言えましょう。」

「はは……たしかに。」

 

 艦長の片隅二佐と、お互いの緊張を笑うようなやり取りをする。実行するのは機械だが、それを操る人間が緊張に凝り固まっていては求むる戦果も出はしまい。

 

「各艦の状況はどうか?」

「全艦射撃準備を完了しています。」

「よろしい。」

 

 さっさと出てこい化け物め……!時世一佐は眉間の堀を深くした。怪物潜水艦を沈め、今こそお前たちに引導を渡してやる。

 MADの波形は小さな鋭角の連なりから、やがて大きな山を見つける。その山を品定めするように、4機の哨戒機が寄って集って飛び回る。

 そして──────

 

 

 ビーー………!

 

「……!」

 来たっ!

 確信めいたものを胸に感じ、目を見張る時世一佐。それはやはり、間違いはなかった。『ツリアゲタ!MADニハンノウアリ!』──────妖精さんのチミチミとしたあの声が、これほど頼りに感じる時が来るとは!

 

『いいぞ!』『哨戒機が潜水艦"ユニコーン"を発見した!』『ヤッホー!!』『Yes!』『トビマワッタカイガアッタゼ……!』

 

 各々の感慨が決壊する。これほどの闘いに身をおいた後だ、仕方あるまい。だが遠隔地にいる提督もその感慨を拭え切れなくとも、まだそれが最後ではない事を告げる。

 

『まだ終わりじゃない、護衛隊はトドメを頼む!』

 

「隊司令……!」「分かっている───全艦対潜戦闘!」

 号令一下、同一の命令が各艦の通信回路を駆け巡る。共同交戦能力(CEC)能力の獲得によって、艦隊各艦のかかる行動のタイムラグは数秒と無い。

 

「目標の座標を取得。」「座標入力───」「07式SUM、攻撃準備はじめ!」「SUM攻撃用意!」「VLS開放。」「射線方向クリア───」

 

 射撃までに纏る全ての行程は終わり、あとは隊司令たる時世一佐の命令如何に全てが託される。

 そこに迷いはない──────

「全艦発射せよ!」

 

「撃てっ!!」

 片隅二佐の命令により、[あさひ]の前甲板VLSが眩い白濁に覆われる。噴煙を突き押し出た弾体──────時を同じくして僚艦もSUMの発射を完了したことをLSDの示す情報群は伝えていた。

「ミサイルアウェイ!」

「対潜ミサイル全弾の発射を完了。」

 

 対潜ミサイル───07式垂直発射魚雷投射ロケット───その弾頭には、巨鯨を仕留める銛───試製短魚雷G-RX7───が搭載されていた。短魚雷単体では精々数kmの射程しか無いところを、ロケットブースターを用いる事による力業でそれより遥か彼方へ魚雷を投射することが出来る。

 

 巨鯨の位置を知り、銛を放った今。彼女達に成し得る全ては、試作に過ぎない魚雷の信頼性と能力を信じ続けるだけだった。

 

 闇夜の一角………瞬く間に音速の壁を突破した飛翔体の煌めきは意外な程速くに遠ざかり、やがて消える。燃焼が終わったのだ──────役目を終えたロケットブースターは切り離され、魚雷はパラシュートを開傘する。

 

 着水しようと高度を下ろしていた瑞雲の近くを、4本の魚雷がゆっくりと降下していった。

 

「着水を確認。」

「攻撃効果を確認せよ……!」

 

 ソナー、レーダー、各種センサーカメラ、そして肉眼。あらゆる探知手段が暗闇の大海原に向けられる。海面のひと揺らぎに至るまで些細な変化も逃すまいとするほどだ。

 

「隊司令、艦娘隊が状況確認のために照明弾を打ち上げたいと。」

「許可しなさい。こちらも見やすくなる。」

 

 程なくして、夜はその粧いを夕刻ほどの明るさを取り戻した。海面を照らすオレンジの光は、流石に太陽ほどの明るさはなかったが………。

 そして明るさを取り戻したがために、海上の異変にもまたいち早く気付けるというもので─────

 

『こちら艦橋見張り、海面に水柱!2、3……4!』「こちら艦長、ソナー!敵潜の圧壊音は拾ったか……!?」「ネガティヴ(未確認)……!」

 

 どうなっている……!?混乱と焦燥──────だがその2つは、すぐにも霧散することとなる──────希望であるとか、期待であるとか、そんなものを根こそぎ暗色の壁に押し潰させてしまうような、恐るべき事態によって。

 

「ば、バラストタンク排水音(・・・・・・・・・・・)!?」「急速浮上……海面に出ます!」

 

 悲鳴にも似た声がソナー員から齎された直後。時世一佐はほんの数十秒前の発言を後悔した。"こちらも見やすくなる"だと?あんなもの(・・・・・)見たくはなかった……!!

 一枚で畳ほどの大きさを誇るLSDは、嫌でもその情報を大きく、視覚的に分かりやすく表示する。その一角を占める外部状況を報せる為のカメラ映像も、また大きく映っていた。

 

 照明弾に照らされた海面は宛ら地獄への回廊を開け放ってしまったようで、そいつ(・・・)は、その地獄の底から這い上がるようにして(あら)われてしまった。

 

 天への挑戦を示すかのように長大な一角を携えた黒塊。

 その上に跨る者は、陽を知らぬかのような蝋にも似た青白さを持ったその身体に、生命としてあるべき輝きとか力強さというものは皆無。下手な芸者が操り人形をカクカクと動かすように、一挙手一投足に力が無かった。

 深海の冷たさをそのまま色にした蒼白の髪色、そこから覗く紅い眼の中の瞳孔は、奈落への穴のよう。

 

 ───外見からすれば、それは戦艦水鬼や戦艦棲姫のようなヒト形と異形の何らかの組み合わせを持ったそいつ(・・・)はしかし………明らかに異常!異質!──────さながら地雷原の目前に立たされたような圧倒的な絶望感と、奈落に叩き落されたような虚脱感が襲ってくる。

 

「バカな」

 

 時世一佐はそれらを忌避しようとして失敗した。捻り出した声は首を絞めた子犬のような弱々しい物でしかなく、却って自身の寒からしめられた心胆を晒してしまったように思えた。

 

 ただ彼女にとって幸いだったかも知れないのは、驚嘆とそれに付随する感情を押し殺すのは、およそこの現場に居ては不可能だ──────という事を次の通信で確信した事だった。

 

 

『"ユニコーン"の浮上を視認!』

 

 

【挿絵表示】

 

 

 禍々しき憤怒の獣は、人間達の運命の如何を値踏みしているかの様に紅い目を流していた。




やっとユニコーン登場させれた〜〜!!長かった!!
イヤまぁまだ全然続くんですけどもね!!!


後申し訳ないですが、次話の投稿はなり感覚空くと思います。(またか?)色々仕掛けと詰めなきゃいけないところがあるので……


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ユニコーン

やっっっと投稿できましたァ──────!!!
前回投稿から約半年開いてるってマ?グダり過ぎ&サボり過ぎだろ………愛犬が亡くなったショックとか言い訳にならなくてワロエナイ。

マジで笑えない。


今回だいぶん長くなりました!半年間割には少ないですが、ボリューム満点になる様努めて書いたので、どうぞご笑覧ください。


 もし、命名するとしたら、深海潜水航空砲艦水姫とかになるのだろうか。

 実に長ったらしい……戦艦レ級の異名、超弩級重雷装航空巡洋戦艦にも似たフレーズだったが、その実態はより恐ろしい。

 

 その片鱗は、すでに─────────

 

 

「ユニコーンの浮上を視認‼︎」

 

 これまで遭遇したどの深海棲艦よりも大きく、雄々きく、巨きい。水飛沫のベールを下ろした怪物の姿には、まるで大気そのものが圧された様な感覚を覚えた。

 破壊の獣の頭上に居座るヒト型の影──────目の良い者には、それがこちらを睥睨しているように見えただろう。

 

「浮上だと!?撃沈じゃないのか!」

 

 それを浴びせるべき相手を見出すことは無かったが、天龍の口から漏れた罵倒にも似たその響きは凡そこの場に存在する全ての者たちに共有されるものであった。

「攻撃は失敗したのか!?」

 

 失敗──────たった2文字で表されるそれを、彼女達が受け入れるのは到底容易ではなかった。この一撃の為にここまでの艱難辛苦を耐えて、戦い続けていたというのに……!

 そしてさらに凶報は続くもので──────

 

「クソッタレ、艦載機を発艦させてきた!」 

 

 闇夜の空に伸びゆく引っ掻き傷のような白線──────それこそは、敵潜水艦"ユニコーン"が放った反撃の刃……!

 本来なら、バン!というカタパルトの射出音が聞こえてきそうなものだったが、”ユニコーン”のカタパルトは静かだった。艦載機───深海棲艦の高速戦闘機───は、ジェットエンジンの轟もそのままに彼女たちの想像も及ばない程の高速を以て暗闇に消えてゆく。

 

「チッ……対空戦闘!」

 

 天龍の唇が重い舌打ちに震えた。

 まず機銃が放たれ、やや遅れて仰角を付けた高角砲が矢継ぎ早に打ち出される。それは天龍だけで見られる光景ではなく、もはや艦隊を構成する全ての艦娘の艤装で行われていた。

 そのどれもが、高射装置の諸元を待つまでもなく、とにかくまぐれ当たりを信じて銃砲弾を吐き出し続ける。そこに理性的な考えは無い──────理性的に対処してどう(・・・・・・・・・・)にかなる相手ではない(・・・・・・・・・・)から……!

 まるで空に向かって吹雪いているような様が海上で完成する頃、最初に対空戦闘を開始した天龍が何かを見つける。

 光……!?ポイと空中に放ったようなその輝きは、明らかに砲弾の爆発でも曳光弾のそれでもなかった。

 その光の先にあったのは、空母部隊の盾たらんとして艦隊の前面に展開していた第二艦隊と、翔鶴、瑞鶴両空母とその護衛たる駆逐艦4隻を擁する第四艦隊──────「避けろっ……!」──────危機を察した天龍の反射にも似た速度で告げられる指示はしかし、不可能でまた無謀であった。

 

 ──────秒を追う毎にその数は増えてゆき、10……いや20程にその数が達した頃、光は環を形作るようになり、かと思えばそれは明瞭な火矢の輪郭を伴って、彼女達に降り注いだ!

 

 着弾………!光──────!

 

 ドン!ドンッドドドド………!!!

 

 破壊の嵐が吹き荒んだ。爆圧が炎を散らし、破片が所狭しと散り乱れる。

 

 ───高角砲が炎の中で吹き飛ぶ。

 

 ───集中配置された機銃群がその操作妖精さんごと甲板から抉られた。

 

 ───煙突が木っ端微塵に破壊され、衝撃と破片を喰らったマストが電探ごと倒壊してゆく。

 

 生じた破壊の嵐は留まるところを知らぬまま拡大し、艦娘とその艤装を灼熱の檻の中に閉じ込めた。先のミサイル攻撃よって既に出血を強いられていた艦隊はさらなる被害を抱え込み、その戦闘力の損失は時間の問題かに思われた。

 

『カンキョウニチョクゲキ!』『被弾!被弾!ミサイルの雨だ!!』『防空艦天龍、駆逐艦照月沈没!!」『夕立、天津風被弾損傷、戦闘続行不能……!』『応急修理要員は⁉︎』『……確認中!』

 

「バカな……!」

 

 敵の全貌を隠し続ける夜空を見上げたまま、大和は出すべき言葉を失った。海面から立ち上がる炎と煙の柱に釘付けにされた紫の瞳は、そこにあるべき光を失って久しい。 

 

「……旗艦!どうするデース?」

 

 金剛が指示を仰いだ。

 そして、混乱に近い大和の脳が辛うじて弾き出した指示は「追撃」か「迎撃」であった。前者は作戦遂行のため、後者は作戦遂行に"必要な戦力を保持"するため。

 ────彼女の脳内シナプスが走った。数百、数千にも渡るだろう思考のパスが繰り返され、それはほんの数秒にも満たない時間に過ぎなかったが、漸くにしてその答えを得る──────

 

 ドゴォ……ン……!

 

「!」

 

 巻き上がる爆炎。味方艦の誰かの誘爆だろうか。しかし錯綜し混乱した現状ではそれを知る手段などとうに失われてしまっていた………だがその爆発が、大和の決心に勢いを付けていた。

 打算など無い、経験と知識に基づく勘に近いものを根拠に、大和は命令を下した。それは明らかに空よりも海の目標に対する為のものであった。つまり──────

 

「──────艦隊増速!」

「「「……!」」」

 

 命令は、その言葉こそ単調そのものではあったが、そこに込められた意味と覚悟は凄まじいものが存在した。それは何よりも………あの上空の敵機!闇夜を背に姿も見えぬ遠くにある疾風の如きあの連中は、瞬く間に空母部隊の防空艦を蹴散らした──────本当に僅かな時間だ。

 だがそれを!それよりも!そんなものは放置せよ(・・・・・・・・・・)と!大和は言っているのだ。

 

『───司令部より大和、聴こえるか?』

 

 時を同じくしてここより遠く離れた鎮守府司令部でも同じ事を考えたものが居るようであり、それは明瞭な提督の声として大和の耳朶を打っていた。

 

「"ユニコーン"を撃沈、でよろしいですね?」

『───そうだ。頼むぞ。』

「はい!……大和、押して参ります!目標、敵潜水艦!っ!」

 

 艦隊は大和を先頭とした単縦陣に、速度は28ノットへ増速。燃え盛る空母部隊の輪形を横切り、その前面に躍り出る形だ。

 炎を背景にこちらに手を上げる人影が見える──────いや、手では無い。もっと細くて鋭利だ──────応急修理要員の発動によって撃沈を免れた天龍が、長刀を降っている。

 彼女に見えるだろうか、と思いつつも、大和は傘型の通信マストを大きく掲げて応えた。それに気づいたアイオワ、ニュージャージー、金剛と榛名。そして五十鈴率いる水雷戦隊と米巡洋艦、駆逐艦隊もそちらを一瞥し、手を降ってみせる。

 強敵を前に他事をやっているようにも見えるが、ほんのかすかな動作だ。彼女たちの警戒に支障が出るほどではなく、それは次の瞬間には実証される。

 

「テッキチョクジョウ!」「ヒカリダ!」

 

 音よりも速い敵機よりもなお早く、空に目を光らせていた対空見張員妖精さんが敵機に気付いた。星空を背景に急降下してくる敵機はその黒体を見つけられるとは、驚くべき視力だ。

 

「陣形そのまま、各個に対空戦闘!撃てッ!」

「Fire!」

 

 ドン!ドン!ドン!ドン!

 ドコココココッ……!

 

 高角砲が火を吹き、機関砲と機関銃が槍衾のような弾幕を形成する。狂ったように打ち上がる赤熱化した弾丸が空を埋める星々を追いやり、我が物顔で夜空をオレンジの輝点で埋め尽くした。それでも、まぐれ当たりを期待される弾丸は敵機に掠りもせず、また砲弾も見当違いの場所で起爆し、せいぜい敵機の不気味なシルエットを一瞬程度浮かせるのみ。

 

 彼我の距離は……攻撃までどれほどか?──────電探が役立たずなのはこんなにも、もどかしい物だったか⁉︎

 闇夜に慣れたはずの大和の目でも、捉えきることが出来ない──────だから、突然上空に生じた4つの軌跡と爆轟に目が眩んだ。

 

「……!?」

 

 ──────それは此処よりも後方、戦闘海域の水涯に展開している海自護衛隊の伸ばした援護の手だった。

 直撃はしていない。が、突如として飛来したミサイルに警戒したものか、敵機の存在を示す轟音は闇夜の向こうで小さくなっていた──────背景の星とは異なる、ホタルのような煌きが見える……あれが敵機?  

 その絡めきを追い立てる様にして、護衛艦のVLSから矢継ぎ早にESSM-HWが放たれる。速射砲までも砲弾を吐き出し甲板上に空薬莢の山を作り上げていた。

 

『───こちら『あさひ』。敵戦闘機は我が艦隊が引き受ける、艦娘隊にあっては作戦目標"ユニコーン"の撃沈を最優先されたい。』

「しかし、貴艦隊には──────」

『───艦隊司令部より作戦展開中の全艦艇へ達する。"ユニコーン"を撃沈せよ!』

「提督⁉︎」

 

 驚くべき命令を発した提督へ、大和は驚きの声もそのままに、オウム返しに返した。護衛艦は戦力価値が低い、その上──────

 

「提督、護衛艦は下げてください!あそこには、大破した艦が───」

『大和!私達を舐めないで……!」

「浜風……!]

 

 言葉を遮って、割って入ったのは、既に先の戦闘で大破した駆逐艦浜風であった。[いしかり]に収容されてから怪我の処置を受けていた彼女は、一丁前に檄を飛ばせる程度には回復していた。

 

『提督の言う通り、作戦目標の撃破を最優先してください、私達は大丈夫。この(フネ)と……それを駆る人達を信じていますから。』

「……!」

『それに、艤装や身体に直接爆弾を放り込まれるわけじゃない。最悪、泳いででも帰って来ます!』

 

 きっとそれは、浜風だけではない。全員が一致している覚悟なんだろう。『決戦なのに、私たちが足手纏いみたいじゃないですか。』と付け加えて来たのも、その証左のように感じられた。

 

『それに、浮上している今なら攻撃できる。全艦大和に続け!』

「……。」

 

 なるほど、確かにそうだ。──────寧ろ今叩かねば、それこそ撃沈の機会を永久に失うことにもなりかねない──────そうまで言われたなら、これ以上言葉を重ねる必要は大和に無かった。意を決し、それを声に乗せて号令を叫んだ。

 

「……了解。大和、これより敵潜水艦撃沈を期し突入します‼︎艦隊、我に続け!」

「Roger!」「了解!」「オフコースッデース!!」

 

 敵は─────あの恐るべき高速戦闘機は、護衛隊のミサイルに誘発され轟音を伴って闇夜の遠くへ薄れてゆく。だがいつ何時舞い戻ってくることやら……のんびり航行してはいられない。艦隊速度は28ノットのまま、縦深隊形を維持しつつ艦隊針路をとる。

 

 空母機動部隊が視界の端に消えてゆく。燃え盛る艤装や破片を海に投棄している妖精さん──────損傷した艦娘に肩を貸したり、その慌ただしさは未だ収まるところを知らない様だ。

 その機動部隊の直前を突っ切り、"ユニコーン"の前面に躍り出た艦隊──────その時点で、ほとんど自動的に大和の指揮下に入った米艦隊も併せて日米連合艦隊とでも言うべき艦隊──────は、既にその剣呑な砲口をもたげていた。

 

「各個に射撃!撃ぇッ!!」

 

 ドン!ドロドロドロ………!!と、口径も射撃速度も初速も異なる砲口から無数の砲弾が吐き出される。何もかも異なるこの砲列だったが、射撃タイミングのみ近似していたことから、その轟は歪だった………さながら、大きな山崩れでもあったかのよう。そして大小様々の危険な威力を孕んだ物体が猛烈な勢いで迫っているという点においても、それと似ていたかもしれない。

 

 ドン!ドンドンドンドン!ドンッドンッッ……!!

 

「ダンチャクカクニン!」「シ、シカシ……」

 

 これほど用途の異なる多様な種類の砲弾の同時弾着はなかなか見ない。ただ主砲口径を並べるだけでも、51cm、40.6cm(16インチ)、36cm、20.3cm(8インチ)、12.7cm(5インチ)……と5種にも及ぶ。これに副砲や、弾種まで加え始めると埒が明かなくなる。

 そのあまりの光景に、大和と共に激戦をくぐり抜けた熟練妖精さんといえども息を呑んだ。だが彼らが喉を鳴らしたのには、また別の理由がある──────。

 

「ダンチャクカンソクガデキマセン!」

「修正諸元は後回しで良い!とにかく撃ち込め!」

 

 命中精度の確保は砲戦においては至上命題だったが、この際贅沢は言わず、一撃でも当てられれば良いと開き直った。いかに強大とはいえ、浮上した潜水艦如きが戦艦5隻を含む艦隊相手に戦えるはずがないのだ。

 海面がそこだけ盛り上がった様に、無数の水柱が尽きることなく立ちあがる。

 時折、水柱の隙間から光が見えるのは、明らかに命中の輝爆発閃光だ。

 それでもなお──────

 

「テキセンスイカン、センコウカイシ!」

「嘘!?」

 

 被弾しているんだぞ!?──────それも銃弾や速射砲のような豆鉄砲ではない──────自殺行為に近い!

 だが"ユニコーン"はなんらの躊躇も見せることなく、その巨体からは信じられないほどのスピードで海中に没してゆく──────それが沈没である事を一瞬期待したが、やはりというべきか、どうもそうでは無いらしかった。

 

『センコウシタテキセンスイカンヲカクニンシタ!』

 

 連山哨戒機の報告……それは敵潜の生存という良くない報告の他に、一つだけ良い事柄を含んでいる。

 

『コチラハセンスイカンノカンシヲツヅケル!フジョウチョクゼンナライチヲトクテイデキソウダ。』

「十分です!全艦"ユニコーン"が浮上したらすぐ叩けるよう準備を。」

「了解です!」「Roger」

 

 ……と、そこまで話が進んだところで大和は思った。此方はどうやって敵潜水艦の位置を知ればよいのか?海自艦艇と違い、艦娘は共同交戦能力(CEC)を行えるような能力はない。

「敵潜水艦は、どう補足するのでしょう?」と言った榛名の言葉は、大和のみならず全員に共通する疑問だった。

 

「ん?」

 

 ゴォーー……ン……上空を過ぎ去る重低音は、連山哨戒機のもの。夜に慣れた目は連山哨戒機の姿をしっかり捉えていた。

 四発の大型陸攻を改修した哨戒機はその図体からすると意外なほど身軽に思え、今も翼を大きく翻し──────ん?

 

「旋回している……?」

 

 魚を狙う海鳥のように、ゆっくりと滞空し始めたのだ──────なるほど、あの中心に敵潜がいるのだな──────それらしい海面に向け照準する。

 ……と思いきや、連山哨戒機の上部から突然光が放たれ、海面を撃ちつけ始めた。

 

『センスイカンヲホソク!センコウイチヲオクル!!』

 

 連山哨戒機の原型となった連山陸攻は、単機で20mm機銃6門、13mm機銃4挺という重武装を誇っていた。哨戒機への改修にあたり、大半の防御機銃は降ろされたが、胴体上部の20mm連装旋回機銃は最後の防御兵装として残されていたのだ。その旋回機銃を横向きにし、翼を傾かせることで、データリンクに頼る事なく"ユニコーン"の潜航位置を正確に伝えたのだ。

 

「目標、哨戒機の示す海面!」

 

 全周を注視していた各艦の砲門が一方向を指向し始め、ビタ──────と風がやんだように止まる。

 機関銃の吐き出した織り成す曳光弾の束も止まった。糸を伸ばし切った様な……張り詰めた僅かな間の沈黙──────

 

『テキセンスイカンフジョウ!』

 

 哨戒機の報告は的確であった──────鯨が波をかち割るようにして白波を上げたその間から、確かに"ユニコーン"の禍々しい艤装が姿を見せたのだ──────そして、刹那。

 

「撃ェッ!!」「Fire!!」

 

 発砲………!!!!

 ズドドドンッッ!!………陽光が顔を覗かせたように瞬間的に闇が引き払われ、次には夜と同じ色を纏った焔が、灼熱を帯びた弾丸が姿を現した。それらは射撃と同時に放たれたはずの音を既に尻目にしていて、その狙われた目標に向かい殺到する。

 

 ズバドドドズドォグワドァドォーーッ………!!!!!!!

 

 統一感のない乱雑そのものの雪崩れた音響が闇を取り戻した空間で唸り、その先で白濁とした水柱が持ち上がった。そしてストロボの様な瞬きが僅かに見えたあと、その深海の色を基調とした巨体は微かに地色とは異なる黒に微かに塗れていた。

 

「船体の損傷を視認!」

「Me達も続くデース!」

 

 いける!………艦隊の誰もが確信と希望を見出し、その望む光をより強くするが如くに砲撃の閃光が一層に煌めく。たが──────光が強くなる時、影もまたその濃さを増すという事は、往々にしてある。それはこの場に於いても、例外とはなり得なかった。

 

 

 

 〜〜〜〜〜

 

 

 同 21時02分

 

 海上自衛隊 第二護衛隊 旗艦 DD-119[あさひ]

 同 CIC

 

 

 艦娘艦隊が"ユニコーン"の撃沈に光明を見出したころ、海自護衛隊は従来の深海棲艦機を圧倒的に上回る性能の敵機に対して絶望的な戦闘を試みていた──────具体的には、SAMにより敵の注意を引き付けつつ、ECMやデコイによりミサイル攻撃を躱し、全速で艦娘艦隊から距離を取る。

 

 ………それは、実行に移すには余りに難度と確度が釣り合わないものだったが、しかし、それを実行しなければならないところに彼らの苦しさがあった。 

 

『───こちら見張り、7時方向に光!』「───コンタクト!敵弾4、真っ直ぐ突っ込んでくる!」「デコイ撃てッ!」「22番砲迎撃開始!」

 

 22番砲とは海自における代表的なCIWS(近接防空システム)、『ファランクス』の俗称だった。通常、火砲は艦首から艦尾にかけて割り振られる番号が大きくなるが、ファランクスは20mm機関砲を搭載している事から最初の文字に2が付くのだ。だから、艦首側のファランクスは「21番砲」などと呼ばれる。

 

 そのファランクスが吐き出す20mm弾の群れが帯となって深海棲艦の放ったミサイルの前に立ちはだかった。

 それは一つではない──────FFM[いしかり] [まべち] [いなば]の各艦のファランクスも迎撃を開始し、敵弾の前に圧倒的な密度で弾幕の壁を形成する。

 

 闇に新たな星団を創り出しているようだ。闇夜の黒より赤熱化した弾丸の光が多くなった頃、そこに1、2個の光球が生まれた。

 

「敵弾2発撃墜!更に2発突っ込んで来る……!」

 

 LSDが示した4つの輝点が2つの「LOST」と輝点に変わった時、更に1つの輝点が護衛隊への突入コースからずれ、暫しの迷走の後「LOST」となり潰える。[あさひ]が搭載する電波探知妨害装置の電子の千手に遮られ、その目標を見失って海面に突っ込んだのだ。

 

 

 更に最後の1発も──────

 

「……目標敵ミサイル、直撃コースから逸れます!」

 

 護衛艦各艦の有するMk.36 SRBOCの、Mk.137発射機から放たれたジャム弾(ジャミング弾)とチャフを交えた電子の雲が護衛艦の姿を覆い隠し、その進路を誤らせたのだった。

 

「チッ……。」

 舌打ち──────それは片隅艦長の指示と鷹井三佐の手腕に向けられたものではない───むしろ彼らの指揮は的確だった───時世一佐はミサイルの手から逃れた現実を前にしても、その顔の彫りを緩めなかっただけだった。こうした苦し紛れの逃避行もそう長く保たないのは明らかだったからだ。その証拠とでも言うように、敵のミサイルが更に投げかけられた事をレーダーが示していた。

 

「敵ミサイル4発探知、7時より本艦に向かう……いや9時より更に4発!」

「分散したか!」

 

 敵機はどうやら、数機ずつの編隊に分かれているらしく間断無い波状攻撃を仕掛けていた。これで何度目だ……!?

 

「SAM発射始め、面舵20!」「おもぉかーじ!」

 

 VLSから現れた新星が弾かれたように上空へ舞うと、意思を持たされたかの如くに護衛隊の後方に飛んでゆき、そこに秘められた威力を光と破片の嵐となって開放する。

 

命中(インターセプト)!敵弾2発撃墜、更に2発──────」

「本艦だけ舵戻せ!第四戦速、デコイ撃て!」

「……は!?」「デコイ射出───……!?」

「復唱はどうしたっ!?」

「は……はっ、舵もどーせー!第四戦速」

 

 単縦陣のまま面舵に舵を切った艦隊はしかし、先頭艦の[あさひ]だけが直進に舵を戻した上に速度を落としたため、僚艦たる[いしかり][まべち][いなば]は[あさひ]を追い越した上に、左方向から突っ込んで来るミサイルから僚艦を守る盾のような格好になった。

 

『───[いしかり]より[あさひ]へ、旗艦の意図は何也や!?』『───[いしかり]、速度維持せよ衝突する!』 

 

 あまりの行動に面食らった片隅艦長が隊司令たる時世一佐の顔を思わず睨んだ。そこに一切の遠慮などはなかった。

 

「隊司令、これでは……!」

「僚艦には負傷した艦娘が、合計20名近く乗っている。万が一彼女たち諸共に艦を失えば、取り返しのつかんことになる。」

「!」

「すまないが敵の攻撃がこちらの対処能力を飽和した場合、この[あさひ]には真っ先に盾になってもらう。」

「……!」  

 

「後方の残ミサイル2発を僚艦CIWSが撃墜!9時方向のミサイル、本艦に向かう……!!」

 

「主砲対空戦闘!目標左舷敵ミサイル、撃ちー方はじめ!」

 それ以上言葉を投げかける機会をなくし、片隅艦長が迎撃を命じた。艦首と艦尾のファランクスは既に弾幕の雨を降らせている。そこに主砲のMk.45 5インチ砲も加わり、さらには[あさひ]自身の電子戦妨害手段も総動員し、近接するミサイルを迎え撃つ!

 

 暗闇で明滅する速射砲の破裂。ファランクスの弾幕がカーペットの様に海を彩ったが、それでも一目散に突っ込んでくる矢状は進路を変えない!

 漸くにして1発のミサイルが弾幕に呑まれて他とは異なる彩りの爆発閃光に果て、電子戦の猛威によって盲目となった1発が水柱を上げる。 

 

 なお縋る2発──────

 

 その弾体を示すLSD上の輝点に羅列された数値の一つが、突然跳ね上がった。電測士が目を剥き、絶叫に近い声で報告する。 

 

「敵弾ホップアップ!」『こちら見張り、敵弾上昇!突っ込んでくるっ……!』

「見張り員及び左舷側乗組員は退避っ!」

 

 仰角を超えた主砲はその迎撃手段を封じられ、CIWSだけが最後の抵抗を続けていた。悪あがきに見えたそれは、しかし報われた──────

 カッ!……と朝日にも似た明かりが[あさひ]を包む。それは明らかに敵弾の迎撃に成功しなければ発し得ない光量だった。

 

 ─────────それが、[あさひ]の主砲塔でも起きなければ、迎撃は成功したと言っても良かったのかもしれない。

 

 ドォーーン!!!

 衝撃っ!CICにあっても、その衝撃の凄まじさたるや肌身に染みた。直撃した付近の隊員は無事なのか!?

 

「敵弾、主砲塔に直撃!」「ダメージコントロール!」

 前甲板に火災発生───!」『こちら第3分隊、これより消火開始!』「負傷者の確認急げっ……!」

 

 直撃した敵ミサイルは幸いにも1発。5000tを誇る[あさひ]を屠るには未だ足りないだろう……と、傍らで腰を落としている時世隊司令が目に入る。着弾の衝撃で転倒したのだろう。

 

「隊司令、ご無事ですか。」

「あ、ああ……。」

「先程のようなことは、思いついたら直ぐに言って頂けませんか。」

 

 肩を貸しながら、少し強い口調でそういった。片隅艦長とて、先程の時世隊司令の考えに全く賛同しなかったわけではない。ただ、あまりに急すぎるのだ。それを咎めたのだが──────

 

「……すまない、さっき思いついたんだ。」

「………。」

 

 

 

 〜〜〜〜〜

 

 

 同 

 第2護衛隊 3番艦[まべち]

 

 

 

 FFM──────[もがみ]型護衛艦──────のブリッジは視野が広く造られている。幅広の格子にはめられた防弾ガラスは特にその恩恵を受けられた。だから、艦橋からでも被弾し前甲板から炎を上げる旗艦の姿はありありと確認出来ていた。

 

「まさか[あさひ]は、我々の盾になっているのか?」

 

 護衛艦[まべち]艦長 詠浦(よみうら) 我知(かじ)二等海佐は浮き出た疑問そのままに言葉を出した。詠浦艦長他の[まべち]クルーも、各々に言葉を失っている。従来より遥かに少ない人数で運行される事も相まって、その沈黙の間は遥かに重苦しく感じる。

 

『こちら[あさひ]、本艦武装に主砲に損害受けるも航行に支障なし。以上───』  

 

 突然あんな自己犠牲的な行動をされた後では、そんな報告など到底信じられる気になれなかった。実はもっと凄まじい被害に襲われてるのではないか?

 被弾の報告を聞いた時に覚えた血の気の引く感覚は未だに指先の冷たさとして残っているが、それが元に戻る気配は一向に無い。それは自身の預かる艦の被弾を恐れてか、それとも[あさひ]とその幕僚への不信なのか──────

 

『第2護衛隊司令より達する。各艦は本艦に構わず自艦の防御を最優先せよ。繰り返す──────』

 

 それでも彼は自身のそのものと自身の預かる艦の安全の為に出来得る指示をしなくてはならない。

 詠浦艦長は未だ慣れないモニターだらけの機器を操作しCIC に積める腹心の砲雷長を呼び出した。

 

「こちら艦橋だ。CIC、聞こえるか。」

『こちらCIC。艦長、どうされましたか?』

「敵は二手に分かれている。前方上空と艦隊上空を重点的に捜査してくれ。多分、またすぐ仕掛けてくる。」

『はっ、了解。』

 

 ほぼ同じ様な命令をブリッジの外にいる見張員にも行った。[もがみ]型はステルスマストの根元、丁度艦橋の辺りに凹みがあり、そこに見張り員が積めるのである。ただ構造上、前方と後方が見辛いのが欠点で、詠浦艦長自身も双眼鏡を構えて前方を注視した。

 ──────もっとも、このような事をしなくとも[もがみ]型はCICに360°を見渡せる全周スクリーンが存在する。艦各所のカメラやセンサーを駆使してCICから外の様子を監視することもできるのだが……何かと慎重な彼はそれでも人の目を頼った。

 

「………。」

 

 ──────とはいえ、いくら目を凝らして見ようとも、双眼鏡のレンズ越しに網膜に浴びせられる景色といえば、闇夜とそこに散りばめられた気持ちばかりの星々、そして前甲板の燃え盛る[あさひ]とその炎に照らされた[いしかり]くらいで、旗艦が炎上しているという重大事項を除けば見慣れた景色ではあった。

 しかし彼は、彼自身の中で確信めいた考えがあった以上はその監視の目を緩めない。

 確信………後方からのの攻撃は何度も退けている上、側方は火力が集中しやすい──────[あさひ]は被弾したが、1隻で4発に対応して被弾したのは1発だった──────したらば、そろそろ攻撃方法を変えてくるだろう。それが、まだ試していない前方、艦の死角となりやすい直上だった

 

『センサに感、前方及び直上に敵機を確認!』

 

 それを最初に見つけたのはレーダーだった……更には熱赤外線センサー。ただ、やはりというべきか人間の目よりも機械に頼るほうが確実なようだ──────

 

「直上の敵機はSAM、前方の敵機には主砲で対処せよ。撃ちー方はじめ!」

 

 艦橋の外が俄に輝きを増す。瞬く間に光はブリッジから見えなくなり、後には残影の様な煙が残されていた。同じ様な光景が、前方をゆく[いしかり]でも見られる。そして、ほぼ同時に、ドン!ドン!と低い音が振動と共に鳴り響く。

 艦首の5インチ砲が炎を上げ、線香花火のようにパリパリと遥か前方で砲弾が炸裂する。

 

 敵は速く、それに対応するあらゆるオプションを総動員してもなおそれを完封することは叶わない───『敵機がチャフ(欺瞞紙)を放出!──────失探(ロスト)!』

 ──────それみたことか!ここからでは見えないが、きっと今頃はイルミネーターレーダーの指顧を失ったESSMが迷走し幾何学的な模様を描いているに違いない。

 

 そしてそんな模様の隙間を縫うようにして、敵のミサイルが放たれるだろう事もまた容易に想像させた。

 

『熱源探知、高速飛翔体分離!』『ジャム発射始め!』『こちら見張り!上空に光……!!』

「総員衝撃に備えっ!!」

 

 瞬間──────ドッ、ドーーンッ!!

 

「ウオ……!」

 

 艦全体が叩き潰されたのではないかと思うような衝撃が伝播し、艦橋に詰めるクルーはそのあまりの凄まじさに転倒した。艦長席で縮こまっていた詠浦ニ佐もそこから放り出されるかと思ったほどだ。

 

「……損害報告ーッ!」

『───主砲に被弾、全損!火災によりVLS使用不能!』『煙突損壊、SSM発射筒全壊。衛星通信アンテナに障害……!』『機関部、ギアボックスに支障発生!』

 

 直ちにダメージコントロールを指示し──────とはいえ乗組員の少ない[もがみ]型護衛艦のダメコンなどたかが知れているが─────次の手を考えようとして、諦観しかけた。……主砲、VLSは[まべち]の戦闘力の過半を占めている。それを損失した上にギアボックスの破損──────それは快速とステルス性を持って自身の生存を保証する[もがみ]型護衛艦にとって致命傷と言って良く、戦闘航行に関して[まべち]は存在しないのと殆ど同義になってしまったからだ。

 

 それだけではない。CICから上がった報告によれば旗艦[あさひ]がさらに被弾しVLSが全壊、僚艦[いなば]もまた被弾したようだ──────艦娘を収容した艦尾付近への被害が少ないらしいのが不幸中の幸いというべきか──────だがその艦尾側からの報告。

 

「艦娘達が……?」 

 

 応急処置を終えた何人かの艦娘が、艦隊の直掩を訴えているらしい。大葉したとはいえ戦闘力が皆無になったわけではない、だからせめて護衛艦の直掩だけでも………という訳だった。

 妙案に思えた。そしてこの[まべち]が沈んでしまったとしても、艦内に居るよりは海で浮いていた方が生存率は幾ばくか上がるだろう。

 それでも、詠浦ニ佐はその案を「駄目だ。」と一蹴した。前述の話は、従来の深海棲艦を相手するのなら当てはまる話かもしれなかったが、この敵は違う………それこそ、艦娘が現代兵器を担いで相手しなければ到底抗えない様な存在であって、大破状態にある艦娘をひとたび外に出してしまえば、猫に襲われたひな鳥の様に一瞬で叩き潰されるに違いないのだ。

 そして間の悪いことに──────

 

『[いしかり]が6時より接近する敵機を補足、距離(レンジ)5マイル!』 

 

 ダメージを受けていない[いしかり]のレーダーが、捉えた脅威目標をデータリンクにより共有し、僚艦に知らせたのだ。……だがやはり近い!

 敵機に有効な対応オプションを講じる余力は護衛艦には最早なく、そして僅かに残された対抗手段にとって敵機は余りに速すぎた。

 第2護衛隊各艦の唯一被害の少ない艦尾側から接近ということは、この敵は我々の対抗手段を完全に奪ったうえで、確実に沈めるつもりらしかった。

 

(クソッタレの海産物共め!何故そんなに用心深いんだ。適当に正面から乱打してくれれば、艦尾側から乗員や艦娘を退艦させられたかもしれんのに。)

 

 複雑にして精緻を極めるギアボックスの破損により碌な操艦が出来なくなった[いしかり]には、艦尾のCIWSに全てを託しひたすらに射撃を見守ることだけが唯一無二の取り得る手段だった──────だが唯一無二というのは、この状況がこのまま(・・・・・・・・・)続けば(・・・)の話だった。戦場では常にどちらへ転ぶかもわからない不確定要素が付き纏う。

 

 "それ"を最初に探知したのは、[あさひ]のソナーだった。データリンクにより前方から急速に近付く不明の水中物体をソナーが捉えたのだ。鯨……?否、そんな訳はなかった。既知のスクリュー音とも水中生物の類とも全く似つかない音紋を持つその音は、だが静かで、かつ何処かおどろおどろしい響きを以て近付いていた。

 

『何者かが本艦の直下を高速で逆進していきます……!』

「何……!?」

 

 直後──────

 バシュバシュッ!と水中から何かが飛び出た様な音。艦橋にいながらその音が聞こえたのだから、イルカのジャンプなど比では無いだろう。それこそ、演習で見たことがある、潜水艦からハープーンが放たれた様な………。直後に、ドロドロドロ……という遠雷のような轟き。

 

『こちら見張り!す、水中から飛行体が出現!』『何か撃った……!?』

「見張り!状況を正確に報告しろ、何かってなんだ⁉︎」

『艦橋!こちらCIC、後方に複数の熱源──────遠ざかっています。いや、何か炸裂した!』『見張り、こちらでも確認した!あれはなんだ……!?』

 

 錯綜する情報、報告。

 なにが起きたのかを知らせる報告は上がっても、そこに統一性や具体性はなく、何がどうなったのかがまるで解らなかった。

 分かっているのは、"何かが現れた"。

 そして"何かが吹き飛んだ"。

 

 誰が?

 誰によって?

 どうやって?

 

 彼らが知らなければならないおよそ全てがそこに存在しない。

 

 無理もない──────闇夜のベールは意図せずそれらの存在を隠し通し、海という壁は意図してその存在を覆っていたのだ。矢状の尖兵と、恍惚とした破壊の象徴者を──────

 

 

 

 〜〜〜〜〜

 

 

 

 同

 

 9月30日 21時15分

 

 北太平洋沖合

 

 

 

「砲撃が命中!船体に損傷を視認!」

「私たちも続くデースッ!」

 

 "ユニコーン"は被弾を重ね、その都度に潜航して姿を眩ませたが、上空で見張る哨戒機の活躍によってその多くを見破り、短時間の間に幾度も有効打を浴びせていた。

 それでも常軌を逸した巨体はなお逃走を続け、追撃を始めた当初と比べればその距離は開きつつあった。

 

「浮かんでるSubmarineを沈めるのは、Easyだと思ってたのだけど……!」

「演習のアリコーンさんはその限りではありませんでした。つまり"ユニコーン"もそういうことです!」

 

 アイオワの悪態に大和が答える。それに連号作戦で金剛と共闘した時からしても、潜水艦の癖に多少の被弾を厭わない戦闘をしていた。「でも奴のリミットも後少しですよ」とニュージャージーが重ねる。そう……いくら頑強とはいえ、超弩級戦艦5隻を含む艦隊の砲撃から逃れ続けるのにも限度がある。おまけに速度の速い駆逐艦は半包囲網を形成しに掛かっており、敵は後方だけでなく両翼からの砲撃にも晒されている。

 ──────なのに!

 

『敵機が発艦したァ⁉︎』

 

 半包囲に参加している長波が驚いた声で言った。熟練見張員妖精さんも同じことを叫んだ。よく目を凝らすと、昇龍の如き勢いて点に向かって走ってゆく光を見つけた。

 

「こんな状況で発艦なんて、相当な練度に度胸です!」「It ain't guts! They're just damn crazy!(度胸じゃない、狂気だ!)

 

 大和の言葉もアイオワの反応も、当たらずとも遠からず。彼奴等は手練れで、かつ狂っている……!深海棲艦とは概してそうした気質はあるが、遮二無二に突っ込んでくるそれがより戦力的な脅威度を増す。

 しかも相手はあの"高速戦闘機"の可能性が高い……!アリコーンのラファールMと同等の能力を持つと推察されるそいつは、短時間で艦娘艦隊を半壊に追いやった深海棲艦の新型戦闘機───深海棲艦のSLUAV───よりも高い性能があると言う。たった数機でも、1個艦隊と対峙するよりも恐ろしい存在。

 

「迎撃を……───!?」

 

 大和が対空戦闘用意を指示しようとした瞬間、カッ!と光芒があたりを包んだ。

 

 スドドドドドッ……!

 

 機関砲もかくやとばかりに光の束が連なって飛んでゆき、突き出る鋭利な水柱が無数に連なって、壁のようにそそり立った。海から飛び出た白い壁はさながら"ユニコーン"の艦体を断ち切る白刃のようで、実際、"ユニコーン"の艦中央部あたりに水柱の織りなしたそれとは異なる、迸る白があった。

 しかしあれほどの威力、機関砲でば到底なし得ない砲撃というべき威力!一体何が?

 

「YES!命中確認!」

「やりましたお姉様!」

 

 腕まくりをする様に手を構えている金剛と榛名──────これは僚艦夜戦突撃!

 本来なら旗艦しか発動権限を有さないはずの特殊砲撃。だが金剛は大和らとの合流前は第一艦隊の旗艦を預かっていたことから発動権限を有すると判断し、同じく2番艦だった榛名と特殊砲撃を強行したのだ。

 

「金剛さん!今回は見逃しますが……特殊砲撃はちゃんと事前に通告してくださいね。」  

「Sorryネ!」

 

 特殊砲撃の無断使用など本来なら大問題。状況が状況なだけに大和が一応咎めると、返答は溌剌。反省していない事は無いだろうが………。

 

 ともかくも、艦中央部の被弾によって:ユニコーン"は遂に艦載機運用能力すら奪われた筈だ。発艦を許してしまった事は手痛いが、それ以上脅威が増すことは無い、ということが確定しただけでも御の字だった。

 

 改めて対空戦闘用意を下し、対空砲がパラパラと空中に向かって光の弾を投げ飛ばし始める。

 対空戦闘に優れるアイオワ、ニュージャージーを始めとする米艦艇の弾幕には、憧れに近いものを抱いた事がある者も何人かいたが、今ではそれすらも頼りなく思えて、対空砲が織り成す豪雨のように思えた光の群れも、ほんのそよ風が吹けば逸れてしまいそうな小雨に思えてくる。そんな小雨を、そよ風どころか疾風のごとく勢いで駆け抜けてくる異形があるのだから、たまったものではない。

 

 繰り出される弾幕が弾幕の意味をなしていない!

 そこに抵抗があることなど微塵も感じさせない高機動を繰り出し直上を占位したかと思えば、何かが敵機から分離した。

 

「コウソクヒショウタイセッキン!」「ミサイル……!?」

 

 それを認識し、そして目視する暇もなく、矢状の光が大和目掛けて突っ込んだ!

 

「速……ッ!?」

 

 ドン!ドンッ!!

 

 爆弾よりも、砲弾の直撃に似ているミサイルの直撃は分厚い装甲区画を破ることこそなかったが、非装甲帯にある高角砲や機銃群を操作員妖精さん諸共に薙ぎ払っていった。

 そして当然というべきか、それは大和の艤装上だけの光景で留まるわけがなかった。後続する金剛と榛名、対空戦等においては頭一つ抜けるアイオワやニュージャージーも余すこと無く被弾、それは巡洋艦や駆逐艦にまで被害が広がってゆく。

 

 被弾はとどまらず、回避不可能な攻撃が頭上から矢雨の如くに、降り注いでくる。戦艦にとっては多少は耐えられる被害だったが、巡洋艦や駆逐艦クラスになってくると話が異なる──────海上で見える輝きが、砲撃の閃光から爆発の炎に置き換わろうとしている。

 悲鳴、慟哭、爆発音に衝撃音。この期に及んで置き換わるはずのない、ひっくり返されるべきでない盤面が根底から覆された!

 

「ここまで追い込んでおいて……!」

 

 二撃目を喰らい、被弾に顔を歪ませていた大和の堀が更に深みを増した。まさかこのままみすみす取り逃す事になるのか!?

 ここまで積み上げたすべてを無に帰さなければならないのか!?

 たった数機の高速戦闘機相手に、他のすべてが崩される理不尽!

 それはどんな戦場でも必ず起こり得るどんな理不尽よりも認め難い。

 認め難い、認められない!

 

 絶対に叩き沈めてやる、必ずこの水底(みなぞこ)に打ち込むという強い意思──────あるいは意地───に突き動かされ、大和は眼前を睨んだ。その視界からは"ユニコーン"以外の一切合切が消えていた。

 

「逃がすか。」

 

 大和の装甲は十分な頑強さを見せつけており、未だに重要装甲区画への被害は無い。

 ならば、どうすべきか──────?この理不尽な状況を覆すは唯一つの方法、それはノーガードの砲撃戦(ひたすら殴る)!──────もはやどれだけ被弾しようが関係ない、一発でも一秒でも多く砲弾を浴びせるだけなのだ。そこにしか勝機はないと確信して、大和は砲撃を命じた。

 

「主砲───っ!?」

 

 光───

 ───衝撃!!

 ───爆音!!!

 

 目前に閃光弾を撃ち込まれた様な輝きと艤装全体に轟いた圧迫感すらある大激動!そして鼓膜を引き裂かんばかりの音響はほぼ同時だった。その中で「ゴキン」と歴戦の彼女ですら聞いたことのない音が聞こえた気がした。

 

「シュ、シュホウノホウシンガ!」

「嘘───」

 

 戦艦大和……その第二改装形態の象徴にして最大の特徴とも言える主砲、51cm連装砲の砲身。重厚長大な黒光りする鋼鉄の大筒が、中ほどから折れ曲がって、或いはへし折れていた。一撃で高角砲群を薙ぎ払い、駆逐艦クラスなら二、三発で行動不能にしてしまう威力のミサイルは、大和の象徴すら叩き折ったのだ。

 

 ここまでやられてもなお、闇雲に攻撃を命じられるほど、幸か不幸か大和は愚かでは無かったし、正気を失ってはいなかった。この大和の主砲の砲身がへし折られるのだから、より保身が細身な"その他大勢"など話にならない。

 大和が自分の下にまだ戦力を保持した艦娘がいることも忘れて失意に暮れた時──────

 

「スイチュウニナニカイマス!」

 

 大和の艦首ソナーが何かをとらえた。バラストタンク排水音……?何か撃った⁉︎

 

 バシャン!と水中から飛び出たそいつはどこかで見たことのある鏃の様な形をしていて、短時間のうちに加速、ミサイルを放って敵の高速戦闘機の行動を妨害し始めた。

 それを最も見慣れていた者の1人───金剛が信じられないとばかりに呟いた。

 

「SLUAV……⁉︎まさか!」

「フジョウシテキマス……!」

 

 ずうっ、と海面がドーム状に一瞬持ち上がって殻が割れる様にして崩れた。そこから現れたのは、闇夜に勝るとも劣らない暗色をした重厚長大な塊──────トリマラン構造を模した艤装は左右にも戦艦艦娘にも匹敵し得る巨大な艤装を構えていて、その存在感たるや圧倒的という他なく、こんな存在が直下の水中にいたとは信じられなかった。

 

 そして艤装と振れ落ちる飛沫の合間から見えた紫電の髪色──────そして確信する。

 頼り切ってはならないと自制し、だけども心のどこかで居てくれたならばと思わずにはいられなかった、我々のイレギュラー……!

 

「アリコーンさん……!」

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「さて──────贋物の掃除と参りましょうか。」

 

 "アリコーン(有翼の一角獣)"の炎獄の底の様な双眸が、"ユニコーン《一角獣》"を撃ち殺す様な気迫を持って睨め付けていた。




というわけで、ついに!ユニコーンとアリコーンが対峙します!しました!
はぁ〜〜長かったァ〜ここまでマジで(自分のせい)

ちなみに!フリゲートに分類されるもがみ型護衛艦が何発も被弾しても沈まなかったの、あれにはちゃんと理由……というか小ネタがあります。ご都合主義だって?やかましい。分かったらコメントしてみてください!(乞米)


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