お兄ちゃんは勇者である (黒姫凛)
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鷲尾須美の章
プロローグ


知識は無い。だが、何となく勉強の合間にぶち込んでみる。


 

 

 

 

 

 

 

ーーー風、樹。いつかきっと、会える時が来るから。

 

 

 

私には二つ上の兄貴がいた。兄貴はいつも私を笑顔で迎えてくれた。

 

 

私には四つ上のお兄ちゃんがいた。お兄ちゃんはいつも私を優しく引っ張ってくれた。

 

 

 

ーーー女の子の涙って言うのは、悲しい時に流しちゃ駄目だ。

 

 

 

 

 

兄貴は私に色んなことを教えてくれた。

 

 

お兄ちゃんは私に色んなことを見せてくれた。

 

 

 

 

ーーー涙の意味はそれぞれだけど、俺は2人には嬉しい時に流して欲しいな。

 

 

 

 

そんな私はいつも兄貴の後ろにくっついていた。

 

 

そんな私はいつもお兄ちゃんがする事に興味津々だった。

 

 

 

 

ーーー風の姿は、樹だって見ている。兄姉ってのは、弟妹が真似する一番の姿だそうだ。風が俺の真似をするように、樹だってお前の真似をする。

 

 

 

 

兄貴はいつも頼りになるし、いつも不安を払ってくれる。

 

 

お兄ちゃんはいつも優しいし、いつも頭を撫でてくれる。

 

 

 

 

ーーー胸を張れ。お前達2人は俺にとって可愛い妹。そして風、お前は樹にとって最高の姉だ。

 

 

 

 

兄貴は、私と樹にとっての、自慢の……兄貴だ。

 

 

お兄ちゃんは、私とお姉ちゃんにとって、大好きな……お兄ちゃんだ。

 

 

 

 

ーーーだから風。樹を、父さんと母さんを頼んだぞ。そして叶うのなら、最高にいい女になっとけよ。

 

 

 

ーーー樹。風と父さん、母さんの言うことをしっかり聞くんだぞ。兄ちゃんがベタ褒め出来るぐらいの、可愛い妹になるんだぞ。

 

 

 

 

兄貴、兄貴は………。

 

 

お兄ちゃん、お兄ちゃんは………。

 

 

 

 

 

 

ーーーまたな。風、樹。

 

 

 

 

 

 

“私達にとって、何者にも変えられない、大切な存在だった。”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今から数百年前、世界に未知のウイルスが発生。それにより、四国以外の全てがウイルスに感染した。四国が無事だった理由は、神樹と呼ばれる神様が力を使って結界を張ったからである。

そこから派生し、年号を神世紀と名付け、神樹様に感謝の祈りを捧げると共に四国に住む人々の守り神として奉った。

 

それから約200年、結界は破られることなく、人々は神樹様に日々感謝し平和に過ごしていた。

 

 

一部を除いて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーー何卒、宜しく御願い致します」

 

 

そう、丁寧に地面に手をついて頭を垂れる神主のような服装のーーー男か女か判別出来ないよう仮面を着けたーーー使者に、対面する二人の肝を冷やす。

 

使者は大赦と呼ばれる、簡単に言えば神樹様と四国を守る組織に所属する者だった。

そんな組織の人間が家を訪ねてくる。そんな事、ある筈ないと否定したかった。その理由は、大赦に務める二人なら嫌という程理解出来てしまう。

 

「……待ってくださいっ、待ってくださいよ!!何かの手違いでしょ!?勇者には、無垢な少女しかなれない筈では!?私達の息子、()()は男ですよ!?」

 

間違いだと思いたかった。勘違いだと、安心したかった。だが、現実は残酷だ。目の前にいる大赦の人間が、冗談等では済まさないのだと。

だが、父と母として、それだけはどうしても譲れない。どう考えても前例の無い、有り得ない()()()()。そんな得体の知れない事に、息子を送り出すなど余りにも残酷すぎる。

 

「申し訳ありませんが、これは神樹様の神託によるお告げです。拒否権や間違い等、有り得ない」

 

その言葉に、二人は打ちのめされる。震える身体が抑えきれない。自分達の無力さに涙を流し、逃げ道の無い申し出に、ただ押し黙るしか二人には出来なかった。

 

 

 

 

期限は一週間。その間に養子になる為と家から出る準備をしろと大赦から下された。養子となる御家は高嶋家。初代勇者である乃木若葉と共に戦っ事のある御家に養子として入る事になるのは、大赦に就く者としてはとても名誉ある事である。だがそんな事、今はどうでもいい。

大赦の使者が去っていった後、両親は自分の息子を呼び、先程の話を聞かせた。

 

「……蕾希、済まない……。父さん達が腑甲斐無いばかりに、お前を御役目に……」

 

「……ごめんね、ごめんね蕾希……」

 

御役目の内容。それは、神樹様を守る為にウイルスと戦う勇者になる事。これは、大赦に務める者の中でしか知り得ない秘匿情報。大赦の高い地位に居る者は、自分達の子供から勇者を出す事が何よりの喜びであった。それがどんな形であれ、神樹様の為になるのならと、一種の洗脳のような強い願望を抱いている。だが、そんな組織の中にも一部には例外がある。自分達の子供を何故そんな事に出さなくてはならないのだと。今この二人もその思いは同じである。

 

しかし、そんな両親の思いとは裏腹に、二人の息子である蕾希(らいき)は、穏やかな笑みを浮かべていた。

 

「……父さん達が不甲斐無い訳ないじゃないか。いつも家族の為に、仕事に一生懸命になって働いてくれてる2人が腑甲斐無いなんて、俺は絶対思わないよ」

 

「………蕾希」

 

「御役目、父さん達がそんなに思いつめるほどのものなのか?」

 

「……そうだ。運が悪ければ、二度と俺達とは会うことができない。それ程危険なものなんだよ、御役目というのは」

 

「でも断れないんでしょ?」

 

「……そ、それは……」

 

「分かってる。二人の気持ちは十分理解出来るよ。でも、言い換えればこれは神樹様を守る為の大切な事なんでしょ?」

 

「それはそうだが……」

 

「なら俺は迷わないね。毎日のように祈ってた神樹様に、日々の感謝を表す事が出来る。俺にとってこれは、感謝する事なのかもしれないな」

 

「………なんで、そんな事を……」

 

「だって決まってるでしょ?」

 

 

 

 

「神樹様がいないと、俺達は生きて行けないんだから」

 

 

 

 

 

 

 

それから一週間後、犬吠埼蕾希は家族に見守られながら家を出ていく事となる。

 

 

そして数年後、思いもよらぬ形で、残された妹達は再開するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーー高嶋家がとったという養子。中々に見所がある。勇者適性が過去最高と言われる程の数値。更に類まれなる身体能力と理解の速さ。偉大なる先代勇者、乃木若葉様に届き得るかもしれぬな」

 

「今のうちに唾をつけておくべきか。乃木家の娘、三ノ輪家の娘。大赦の息がかかった家柄からは二人しか勇者が選ばれなかった以上、次の世代の為に、高嶋家にはより頑張って貰わねば」

 

「鷲尾家がとった養子も中々の数値。鷲尾家にも期待せねばな」

 

「出来るなら、この4人の中からーーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神樹館小学校。それは、大赦の御家柄の家計の子供達が通う小学校である。ほぼお坊ちゃまお嬢様しかいないこの学校の一室での出来事である。

 

小学5年生を後数ヶ月で終える時期、鷲尾須美は大赦の御役目について話があると放課後に呼び出された。

 

大赦の御役目によって鷲尾家に養子として出た須美は、やっとこの時が来たのだと、気を引き締めてこの場に訪れていた。

元々愛国心が強い須美にとって、御役目、国防と言う言葉にはすぐ感化される事が多く、今回の御役目の話に須美は迷うこと無く頷いたのである。

 

教室に入るがそこには誰もおらず、須美は首を傾げるのであった。

 

(まだ予定時間より早いとはいえ、いくら何でも気が抜けているのでは?)

 

確かに予定時間の20分前に到着した須美だが、大切な御役目についての話をするのにこの集まりの悪さは腑抜けていると、須美は苛立ちを感じていた。

 

そして待つこと約10分。椅子に座って待っていると、唐突に扉が開く。

 

「んしょー……、あれ〜?お話の場所ってここであってるのかなぁ?」

 

「お話、というのは御役目の事?それならこの教室で間違いないわ」

 

「おぉー、何となく来たらあってたー」

 

心底嬉しそうに笑う少女を見て、須美は期待していた人物像とは違っていた事に肩を透かした。

御役目に選ばれるのだから、もっと真面目な人達が来ると思っていたら……、まさかのこんな人が選ばれるとは。

 

「貴方は乃木園子さんね」

 

「おぉー、そうだぜぇ〜。私は乃木さんちの園子だぜぇ〜」

 

「……なんなのこのテンション」

 

「そういう貴方はワシさん〜?」

 

「鷲尾よ鷲尾。隣のクラスとはいえ、御役目のお話を貰った時名前を教えて貰ったでしょ?」

 

「んー、ワシさんとしか覚えてないんだぜ〜」

 

更に呆れる須美。掴めないというかなんというか、明らかに須美とは違ったタイプなのは確かである。生まれてこの方、こんなマイペースな人と関わった事の無い須美は、これからのことを思い更に気を落とす。

 

「……なんでこんな人と一緒に」

 

「んー?まだあと二人は来てないの〜?」

 

「……ええ、私と乃木さんだけよ」

 

「じゃあワシさん〜、揃うまでお話しましょ〜」

 

「……まぁ、そのくらいなら」

 

案外引っ張ってくれる事に須美は感謝する。あまり初対面の人とは上手く接せない須美にとって、今の園子の行動はとても有難いことであった。……口には出さないが。

 

「それで、なんの話をーーー」

 

「……ん〜、むにゃむにゃ……」

 

(ね、寝てるぅ!?)

 

前言撤回。須美は園子とは仲良く出来ないと早い段階で決定付けた。

 

 

 

 

 

更に数分後、再び扉が開かれる。

 

「あら、やっぱり鷲尾さんは早かったわね。でも乃木さんが先生より早く着いた事には驚いたわ」

 

入って来たのは神樹館の相談室にいる相談役の先生、安芸真鈴であった。

 

「安芸先生?なんでここに?」

 

「私が御役目についての説明をするからよ鷲尾さん」

 

須美は首を傾げ安芸先生に尋ね、安芸先生は微笑んでそう言った。

机を引っ張ってきてその上に持ってきた資料を広げる。かなりの量だ。須美はより御役目の重要性について深く感じる。

 

「……その書類は全て御役目の?」

 

「いえ、これは学校での私の仕事よ。最近中々減らなくて……」

 

須美はガクッと肩を落とすのであった。

 

 

 

 

そして時刻は予定を過ぎ、30分遅れ。他愛もない話をしていた時、再び扉が開かれる。

 

「ーーーうわっ、遅れちゃった!!すいません遅れちゃって!!」

 

入って来たのは、同じクラスの三ノ輪銀であった。彼女が入ってきた瞬間、須美は嘘であって欲しいと絶望した顔で銀を見つめた。

彼女は毎回のように予鈴に遅れてくる。遅刻なんてほぼ毎日。そんな銀に須美はとてもじゃないが良い印象なんて持てない。なんなら、嫌いの一言で突き放す事も須美は考えている。

ましてや御役目と言う大切な事にそんな不真面目な彼女をつかせるなど、神樹様に対して失礼だと須美は考える。

 

「……三ノ輪さん、事情はどうであれ、遅れて来るのは駄目よ。これからは気を付けなさい」

 

「はーい、気を付けます。ていうか、あと一人遅れてるじゃないですか」

 

「彼の事情は前もって聞いています。だから先に説明を始めていて構わないとも聞いているので、実質三ノ輪さん待ちだったんですよ?」

 

「うげぇ、なんだよォ。ずりー」

 

(……彼?何故彼女では無く彼なのかしら)

 

安芸先生の言葉に疑問を感じた須美。御役目には少女しか選ばれないと聞いていた須美は、疑問でならなかった。

 

「安芸先生、彼とはどういうーーー」

 

 

 

「ーーーすいません、遅れました!!」

 

 

 

須美の言葉を遮ったのは開かれた扉からだった。須美は顔を顰めて振り返る。

少し薄い金色の短い髪。明らかに小学校とは違う体格。少女では無く、青年。そんな人が焦った表情で息を切らしながら入ってきた。

 

「いえいえ、高嶋君。ただでさえ中等部は遠いのに部活の途中で呼び出してしまって申し訳ないわ。さ、まだ説明はしてないから座って」

 

はい、と返事をした青年は銀の隣に用意された椅子に腰をかける。

隣の銀と比較すれば分かる。絶対小学生では無い。しかも部活と安芸先生は言っていた。つまり須美達3人よりも高学年という事。そんな人が何故同じ御役目に?

 

「それでは全員揃った所で、御役目について説明を始めます。乃木さん、起きてください」

 

「んぉ〜、えへへ、寝ちゃってた〜」

 

余りにも締まらない空気。須美は本当にこれからやって行けるのかと不安で仕方なかった。

 

 

「それでは、鷲尾須美さん、乃木園子さん、三ノ輪銀さん。そして、()()()()さん。これから御役目、勇者についての説明を始めます」

 

 

 

 

 

鷲尾須美は勇者である。ここからがスタートであった。




原作とか持ってないんで、言動とか可笑しいかもしれんけど何も言わないで。

捏造オンパレードしてくかも。


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ゼフィランサス

わすゆの章、はっじまるよォ〜。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は、なんの為に戦っていたのだろう。

 

今手の中にあるのは、後悔と、それを強く握り締めるどうしようもない自分の無力さだけだった。

 

辛い。生きてるのが辛い。

 

どうして私達が選ばれてしまったの?

 

どうしてあの人がーーーされなきゃならなかったの?

 

私達は何も望んでいなかった。

 

ただ楽しく、軒並みの幸せを謳歌したかったのに。

 

どうして?どうしてなの?

 

今の私達には、何が残ってるの?

 

もうこの世界に絶望したくない。

 

知りたくもなかった事を、忘れ去ってしまいたい。

 

これからも続く絶望に、私達はもう耐えきれない。

 

……怖い。怖いよ。怖いよーーーー。

 

私を、私達を、助けてよーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私達の生活に、亀裂が入ったのはほんの一瞬だった。

 

 

 

ーーーチリンチリンーーー

 

 

 

 

鈴が鳴り響いた。大橋に備え付けてある鈴が鳴り響いた。

これを何を意味するのか、私達は一瞬で理解した。

 

敵が、バーテックスが来たのだと。

 

教室を見渡す。いつの間にか、まるで写真を見ているかのように微動だにしないクラスメイトが目に入る中、私以外に2人動けるクラスメイトがいた。

 

「……これって」

 

「……ついに、ついにお役目の時がきたっ」

 

同じ御役目に選ばれた仲間、乃木園子と三ノ輪銀である。

それぞれキョロキョロと教室を見渡し、何もかも動くことの無いオブジェとかした目の前の光景に多様な表情を見せている。

 

数秒も経たないうちに、大橋の向こう側から花びらを撒き散らして世界を変えていく。樹海化だ。

極色に変わる世界を横目に、私は気を引きしめる。と同時に、私はこれから仲間になるであろう2人の姿を見ながらふと思ってしまう。

 

 

ーーー何故この2人が選ばれたのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一瞬で変わった世界。

足元から先ずっと広がるのは大きな根っこのようなもの。七色の色彩を持つこの根っこは神樹様のものであると理解した。

何処までも幻想的な世界だ。見ると聞くのとではこうも違うのだと改めて実感させられる。

 

 

「おお〜。すっごいよすっごいよ。ぜーんぶ木だよ」

 

「これが樹海……。聞いてなかったらパニクってたな!」

 

「……どうしてそう呑気なの?」

 

 

これから御役目が始まるーーー筈なのだが、いつまで経っても気の緩んでいる2人を見て私は思わず落胆した。最初からこれでは御役目など全うにこなす事など出来るはずもない。

 

 

「……えーと、方角的にはあっちが大橋……。あ、あれ見て見て〜。大橋は完全に木にはなってない見たいだよ」

 

「お、ほんとだ。という事は、こっちの方角に……、あった。あの遠いところにあるのが神樹様だな。初めて見たゾ」

 

目の前にあるのが瀬戸大橋。敵であるバーテックスがやってくる通り道である。そしてその方角とは真逆、私たちの立つ位置から後ろの方角にあるのが、私達を守る存在である神樹様。私達は神樹様を初めて見る為か、少し感動に浸っている。

 

「……あっ、見て2人とも。大橋のところ!!」

 

「あれが……」

 

「私達の敵、バーテックス……」

 

大橋の丁度入口にそれは居た。プクプクと頭のてっぺんに生える細い排出管から水玉を吐き出し、巨大な水の塊でできたようなフォルムのナニカ。あれがバーテックス。一言で言うのなら気持ち悪いで言い表せるが、私達の言葉でもはっきりと説明出来るフォルムである事に私は少し驚いている。普通ならこう、言い表せにくいものでは無いだろうか。存外、敵というのも私達の理解出来る範囲にいるのかもしれないと私は考える。

 

「よっしゃ。いよいよ本格的な御役目だ。気合い入るぞぉ!」

 

「あ、待ちなさい。まだあの人が……」

 

「あの人なら大丈夫だって。なんだって歴代最強で最高の称号を貰ってる人だ。すぐに来てくれるって」

 

「なんなら、私達より先に戦ってるかもしれないよ」

 

「なら、尚更早く合流しなきゃ」

 

 

あの人、とはもう1人の御役目の仲間である。しかし、あの人は私達とは学年が違う為、同じ校舎にはいない。場所が違うとはいえ、少し機械音痴過ぎる為、端末をしっかり使いこなせるか心配なところがある。

 

 

「……一先ず、変身しましょ」

 

「待ってました!へーんしん!!」

 

「へーんしん!!」

 

 

端末に表示される、御役目を果たす為のアプリをタップする。

瞬間、端末から花弁と光が溢れ出し私達の身体を覆い尽くした。身体の線を惜しむこと無くくっきりとさせた全身タイツ。それぞれ私達にあった花をモチーフにされた衣装が身体を包み込む。

私は薄紫、乃木さんは黒紫、三ノ輪さんは赤を基調とした服装に変身した。

 

少し恥ずかしさがあるが、ここまで体に密着しているのに動きやすいと感じた衣服は初めてだ。これが勇者の為の服装。勇者である為の証。

 

 

「おお〜、すっごいよっ。すっごくカッコイイよ〜」

 

「確かにそう思うけど……、なんだか恥ずかしいわ」

 

「そんな事ないけどな。鷲尾さんも園子も似合ってるぞ」

 

「そういうミノさんも似合ってるよ」

 

「だろ〜?銀様の凄さを表したような勇者服だ」

 

 

その場でクルクルと回り、自分の衣装を確認する乃木さんと三ノ輪さん。別にこすぷれ文化を否定する訳じゃないが、こっぱすがしいのが私の中では強い。それに、身体に密着する分なんだか胸辺りが窮屈で仕方ない。

 

「さぁ行こう。まずは敵さんを倒してからだ」

 

「あ〜、待ってよミノさん!」

 

「あっ、待ちなさい2人とも」

 

先行する三ノ輪さんを追うように乃木さんが飛び出し、私がそれに続いた。勇者服に身を包んだ私達の力は想像を遥かに超えており、軽く飛んだだけで視野の端までジャンプ出来てしまう。いくら勇者服に慣れるために訓練を受けて来たとはいえ、未だに勝手が分からない。

こんな調子でいいのかと思うが、今はそんな事考えている暇などなかった。

 

敵との距離が近くなった為、それぞれ武器を取り出して戦闘準備に入る。

私は勇者の力で無限に矢を放つことの出来る弓矢。乃木さんは伸縮自在の槍。三ノ輪さんは身の丈程ある巨大な双斧。私や乃木さんはまだ分かるが、何故三ノ輪さんにそんな大きなものを持たせたのか理解出来ない。そんなに大きいと扱いずらいのでは無いだろうか。

 

近くに行けば行くほど、敵と私達の大きさが圧倒的に違うと解らせられる。質量の法則。力の差では圧倒的に不利だと理解させられる。

それは小学生である私達と比較すると更に差が大きくなる。

私が不安の表情を見せる中、乃木さんと三ノ輪さんはそんなの関係無しに突っ込んでいく。

 

 

「一番槍はこの銀様が頂いたァ!!」

 

「槍持ってる私が一番槍だよぉ〜!!」

 

「っ、いきなり突っ込んだらーーーっ!?」

 

 

案の定、一番槍を狙う2人にバーテックスはおずおずと攻撃を許す事はない。排出管から吐き出された水玉が凄まじい勢いで2人を襲う。

無数に放たれる水玉。それは水弾に変貌し、飛び上がっている2人を撃ち落とす。私は弦を引き、矢を放って撃ち落としていくが数が数なだけに全て打ち消す事が出来ない。

取り逃してしまった水弾が三ノ輪さんの身体に当たり、身体を覆い尽くしていく。

 

 

「っ、なんだっ、これ……!?」

 

「っ!?三ノ輪さん!?」

 

「ミノさん!!」

 

 

当たる水弾が次第に大きくなっていき、三ノ輪さんの全身を覆い尽くすほどの大きさまで膨れ上がる。完全にやられた。あれでは三ノ輪さんを助けに行った所で私達も道連れにされてしまう。

 

 

「乃木さんっ!三ノ輪さんを引っ張り出す事は出来ない!?」

 

「やってみるよ〜。えぇ〜い!!」

 

伸びる槍を三ノ輪さんが入っている水玉に差し込んだ。三ノ輪さんは察したのか、武器を手放して槍を掴んだ。

しかし、三ノ輪さんを引っ張ると水玉も付いてくる。これでは完全に助けられない。

どうにかしないと。どうにかして三ノ輪さんをあの中から助け出さなきゃーーー。

 

 

「ーーーっ、鷲尾さん!!」

 

「えっ、っ!?きゃぁああ!!」

 

 

三ノ輪さんに気を取られていた。私にも水弾が襲ってきた。軽い身のこなしで交わしていくが、全て避けきる事が出来ない。右足に当たってしまった。

 

 

「くっ、何たる不覚……。っ、乃木さん後ろ!!」

 

「わわわ〜っ、いっぱい飛んでくるよぉ〜!!」

 

 

最初の意気込みは何処に行ったのか、完全にバーテックスの手のひらで踊らされているようだ。

水玉の中で未だもがき続ける三ノ輪さん。右足に当たって動けなくなった私。辛うじて避けきる事が出来た乃木さん。

今の状況、三ノ輪さんならともかく、私ならまだ何とか動く事は可能だが。乃木さん1人に倒しきるのはとても難しい。

せめて、あの人が何とか来てくれれば……。

 

「……鷲尾さん、何とか動けそう?」

 

「少し厳しいわ。それに、三ノ輪さんもあの状況じゃ……」

 

「見て見て、必死に泳いでるよ。まるで金魚鉢の中で泳ぐ金魚みたいだね」

 

「……この状況で言うこと?」

 

 

身を隠す私の元に、乃木さんがやってきた。

確かに、三ノ輪の服装は何処と無く金魚を連想させるような色合いをしているが、かなり今の発言は不謹慎極まりないと思う。乃木さんはそんなに気にしてる様子はないが、勇者服を着ている私達だって話を聞く限りでは間違いなく攻撃で死ぬ時がある。勿論、それは呼吸出来ず死に至る事も無きにしも非ずという事だ。

三ノ輪さんの呼吸が後どれ程持ってくれるか分からないが、早いところ助け出さなければ。

 

攻撃の手が止まっている。しかし、着々と神樹様の元に進むバーテックス。これ以上神樹様に近づけてはならない。バーテックスの足を停めなければならないが、囚われている三ノ輪さんもすぐに助け出さなければならない。

どうすればいいのか。この状況を打破する為にはどうすればいいのか。

 

 

「……ねぇ、乃木さん。この状況、どう乗り切ればいいと思う?」

 

 

私は逃げた。仕方ない。私以外では考えきれない。

乃木さんに聞いても仕方ないとは思うが、1人で考えるよりはマシだ。

私は乃木さんにそう問いかけた。

 

 

「んー。取り敢えず、ゆーにいに端末から電話かけてみたらどうかな〜?」

 

 

 

「……電話?ーーー電話!?」

 

 

電話!?そうだ、どうして今まで気が付かなかったのだろうか。なんなら、戦闘に入る前に連絡を取っておけば良かったのだ。

全く持って不覚。初めての実戦とは言え、心ここに在らず状態であったと自身の気持ちの緩さが憎い。もし気がついていれば、こんな事にはならなかった筈なのに。

 

私は急いで端末から高嶋さんの連絡先へと電話をかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

バーテックスが何を思って神樹様を目指すのか。それは私達には分からない。そもそも感情というものがあるかどうかすら怪しいところ。

しかし、私達には感情がある。五感を司り、完全に言葉には言い表せない、人間という未知の特徴。

人間が人間である為の由縁とは一重に、感情を持っているからこそ人間であると言えるのだ。

 

だから、この世界は私達にとって大切だ。今生きる時間が大切で、そこで出会った人達との関わりを失いたくはない。

だからーーー。

 

 

「ーーーここからっ、出ていけぇえー!!」

 

 

乃木さんの槍が変形し、より鋭くなった槍を前に突き出して突進する。宛ら猪の如き突進だが、その一撃でさえバーテックスは押さえ込んだ。水弾を発射させ、乃木さんの槍を完全に封じた。これでは槍での攻撃が出来ない。

 

 

「乃木さんっ!!」

 

 

私は何とか弓を引いて撃ち落としていくも、先程同様に数が多い為撃ち落としきれない。乃木さんは紙一重で躱したり、槍で防いではいるが時間の問題だ。

三ノ輪さんの方もーーー。何かさっきまでとは違う光景を見ている気がする。三ノ輪さんの方を向くと、先程まで水の中に埋まっていた両脚が、何故か水の外に飛び出していた。それどころか、水玉はどんどん小さくなっている。

 

「……まさかあれ、飲み干そうとしてる……?」

 

 

三ノ輪さんは何かを飲み込むような仕草をしている為にそう結論付けるが、普通飲むだろうか。得体の知れない敵の攻撃を飲んで解決とか、お笑いをやりに来ている訳では無いはずなのだが。

 

 

「ーーーっ、……んぐっ、んぐっ、んぐっ、っごっくん……。ぷはぁ……」

 

「あっ、ちょっと三ノ輪さんっ」

 

「ミノさん!!」

 

 

飲み干した事で宙に浮いていた身体が重力で下に置いていく。それに反応した私と乃木さんは急いで駆け寄る。落ちる寸前で乃木さんが受け止めると、ゆっくりと立たせる。足に攻撃を受けて動きが鈍くなった私も合流すると、三ノ輪さんは表情を青くして口元を抑えている。

 

 

「大丈夫、ミノさん」

 

「気持ち悪いのなら、早く吐き出さなきゃ」

 

「ごめ、もうちょい……。うっぷ……」

 

「あんな変な液体飲み込むから……。というか、どれだけ飲み干したのよ……」

 

「……はっはっは、真の勇者たるもの、戦闘中に水分補給は欠かさないのだっ………、きもちわる……」

 

「因みにどんな味だった?」

 

「……最初はソーダ味で、段々と烏龍茶に味が変わっていって……。最終的にコーラになった……うぷっ」

 

「……絶対飲みたくない組み合わせね」

 

 

真の勇者の条件とは。なんだか哲学を唱えられている気がするが、何とか自力で三ノ輪さんが戦線に舞い戻った。メンタル的には戦力になっているのか分からないが、2人よりも3人だ。なんとかなる筈だ。もう少しであの人も駆けつけてくれる。

 

そうこうしているうちに、バーテックスはどんどん進んでいる。

今までの攻撃で分かったが、あのバーテックスに近付くのは難しい。私よりも射程は広いし、攻撃を去なしてくる。そして止むことのない砲撃の雨。どうやっても懐に入り込むのは至難の業だ。

 

「三ノ輪さん。一先ずは息を整えて。これ以上、神樹様に近付けさせちゃ駄目よ」

 

「だけど鷲尾さん。あのバーテックスの動きを止めるにはかなり苦労しそうだよ」

 

「全然近付けないから、攻撃出来ないゾ……」

 

そう、1番の要因はそれだ。どうやっても近付けない。攻撃可能範囲に入るまでにバーテックス側からの攻撃で動きが止められる。私の足のように動きに制限が出来てしまう。

何か盾にしながら進む事しか……。

 

「……どうにかして、攻撃を受け止めながら前に進めたら……。盾の一つあれば……」

 

「盾……。盾……?あ、そうだ。すっかり忘れてたよ〜」

 

「え?いきなりどうしたのよ」

 

「何を忘れてたんだよ園子」

 

「えへへ、実は私の槍って、大きな傘になるんよ〜」

 

「大きな傘……という事は、攻撃が防げる……?」

 

「どうしてこのタイミングで思い出すんだよ園子さんや……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーよーし、行くぞー!!」

 

 

前に突き出した槍が変形し、先端に大きな傘を作り出す。私はこの形状を思い出すまでの乃木さんに小一時間程説教をしたかったが、それは後に回しておこう。

盾として先行する乃木さんに続き、私と三ノ輪さんも傘の影に隠れて前進していく。

 

 

「っ、2人ともっ、来るよ!!」

 

 

バーテックスからの水弾攻撃。しかし、乃木さんの傘の前にそれは受け止められていく。この方法なら、バーテックスに近付ける。私は乃木さんの槍を握って手助けに入る。

 

 

「もう少し近付きましょうっ。三ノ輪さんが届く範囲まで!!」

 

 

「うう〜、でもきついよぉー」

 

 

「頑張れ園子、鷲尾さん!!」

 

 

近付くに連れて重くなる攻撃。さっきとは比にならない質量が3人を襲う。しかし、先程よりも明らかに前進出来ている。あと、あともう少し。

瞬間、バーテックスの攻撃が止んだ。これを逃す私達ではない。もっと近付く為に前進していく。

しかし、すぐにバーテックスは攻撃体勢に入った。

 

 

「また来るよっ、早く隠れて!!」

 

 

排出管から放たれたのは、勢いが凄い水の砲撃であった。先程までとは明らかに違う威力の水流と水圧。そして半永続的にやってくる衝撃により、握る傘ごと後方に下げられていく。

 

 

「ちょっ、なんだよこの威力!?」

 

 

「さっきまでとは威力が……っ!?」

 

 

「2人ともっ、踏ん張って……っ」

 

 

更に威力が増す砲撃。それはまるで破壊光線。レーザーの如く放たれる水は、私達を後方に押し戻すどころか少しでも気を緩めると物凄い早さで吹き飛ばされそうな威力だ。

あまりの衝撃に手が痺れて震える。上手く手に力が入らない。このままでは、吹き飛ばされるーーー。

 

 

「うぐぐっ、……もうっ」

 

 

「んぐぐぐぅっ!!」

 

 

「……こん、じょぉおおお!!」

 

 

更に威力が増した。排出管の口を更に細くすることでその威力と破壊力を増加させた。このままでは武器が持たない。壊れていくような軋む音が槍から聞こえる。

このままではーーー。

 

 

「……こんな時、あの人がいてくれたら……」

 

「んぎぎぎっ、……はやく、はやくぅっ」

 

 

「……ゆーにいっ、早く来てっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

その時、真上から何かが飛来しーーー。

 

 

 

 

 

「ーーーおりゃぁあああ!!!!!!」

 

 

 

 

 

ーーー突如として、攻撃が打ち消された。それと同時に荒れ狂う暴風が巻き起こり、バーテックスを後方に吹き飛ばしていく。

規格外の攻撃力。バーテックスの攻撃を打ち消すなど、普通なら出来ない。なら誰がこれを起こしたのか。

 

私達は、一瞬で理解した。

 

 

 

「高嶋さん!!」

 

「優希さん!!」

 

「ゆーにい!!」

 

 

 

「ホントにごめん!!遅くなった。高嶋優希っ、これより戦線に合流ス!!」

 

 

 

 

私達の頼れるお兄ちゃんがやってきた。

 

私達の勝利という道に、光が差した気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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アラセイトウ



コロナの影響でヒキニートになっているものであります。

私の願いはただ1つ。いや2つ。

頼むから皆自粛してください。プロの料理人を目指すものとしては、自分の健康を大切にするのは当たり前ですが、来店されたお客様の健康も重要視されるのです。お願いします、人とはあまり会わず、外出も大勢いる所に行かず、程々の散歩などで済ませてください。

そして早くコロナが終息するように皆さんで心掛けましょう。口だけ達者な様に感じますが、自粛して欲しいと願う人達がいる事を忘れないで生活して欲しいです。
そうすれば世間がもっと早く落ち着きを取り戻せるかもしれないんです。

どうかよろしくお願いします。





 

 

須美達が樹海に呼び出されたと同時刻。

4人目の勇者に選ばれた高嶋優希は、樹海で1人驚愕の一言と共に立ち尽くしていた。

 

「………なんじゃこりゃ」

 

目の前に広がるのは、広大な樹海ーーーの筈が、目の前にあるのは巨大な樹木。話に聞いていた筈の一面に広がる根っこが見当たらず、申し訳程度に巨大な樹木の根元にチョロっと生えて地面に潜っている。

どうやら、この樹木の半径何十kmは土が露出しているようだ。後ろを向くと、遠目だが地面から再び根っこが隆起している。根っこが隆起し広がっているのはあの向こう側。あっち側が話に聞いていた樹海だろう。

 

改めて目の前の樹木に目を向ける。樹海に広がる根っこは神樹様の体の一部だと聞いた。そして目の前にあるこの大きな樹木。その正体は言わずもがな分かることであった。

 

「………これが、神樹様…」

 

七色に輝く美しい神木。まるで冬季に入る山の木々のように裸体となっている枝木。幹は太く、どっしりとした立ち振る舞いは旧暦時代から四国を支えてきたと納得させる風貌。それでいて神秘的なその姿はまさに神という存在なのだと理解出来る。

 

 

しかし、何故目の前に神樹様が見えるのだろうか。聞いた話だと中等部の位置からして瀬戸大橋の近くに呼ばれる筈なのだが。

 

大赦側からの話では樹海化警報が鳴った時、1番早く敵と遭遇するのは優希だと言われていた。樹海化によって周りが木の根が広がる世界に変わっても、自分達が立っているであろう場所は元の世界で立っていた場所と変わりないそうだ。

中等部は小等部と隣接して作られているのが普通だが、如何せん地形の影響があって少し離れた場所にある。その場所が、瀬戸大橋にかなり近い場所に建てられている。

よって、普通なら優希が先に敵との接触を受けるはずなのだが。

 

まさか、本当は瀬戸大橋は樹海化すると神樹様が居られる位置になるのではないか、と優希は考えたが、瀬戸大橋の役割はバーテックスが入ってこれる一方通行の道。そこに神樹様が現存するのは可笑しい。

 

では何故?と優希は首を傾げる。意思疎通出来る相手なら納得の行く答えが聞けるかもしれないが、相手は神様。巫女適性があれば神託という神樹様からのお導きが聞こえたかもしれないが、優希には巫女適性が皆無である。誰に聞こうにも答えてくれる相手は愚か、その問いを聞いてくれる相手もいない。最早万事休すである。

 

 

仕方ないと、優希は神樹様に1度参拝すると身を翻してその場を後にする。ここに呼ばれた理由は分からないが、何も無いなら早く行かなければならない。

この間にもきっと、歳下の子達が戦っているかもしれないと。そう思うと、居ても経ってもいられなかった。

 

 

ーーーシャリンシャリンーーー

 

 

ふと、何がなったような気がした。鈴のような小さくも力ある音。神楽鈴や本坪鈴と言った聞き慣れた鈴の音。重く響き、それでいて優しい音色。まるで待ってくれと静止するよう言われているかのよう。

 

すると、視線の端に花弁が見えた。桃色に彩られた小さな花弁。次第にそれはどんどんゆらゆらと落ちていく。

桜だろうか。この場で目にするものでは無いが、今まで見てきた中で1番と言っていいほどの美しさがある。

 

何処から舞ってきたのかと後ろを振り返った。それと同時に、後ろには神樹様しかいなかったはずと疑問が浮かんだ。

 

しかしその質問の答えはすぐに理解出来た。

 

 

「………神樹様の、花弁……なのか?」

 

 

花弁の元は神樹様。一体何処から散っているのか分からないが、神樹様の身体からヒラヒラと舞散っている。

その光景は言わば生命のシンボル。必死に生きるのモノ形相と儚く散りゆく小さきものの最後の足掻きと言わんばかりの耀き。先程までの神樹様が纏っていた神秘的なものとは違ったオーラを感じる。

 

優希は思わずその光景に目を引かれた。無理も無い。神様が起こす輝石。それは普通ではお目にかかれないものである。生と死。創造と破壊。善行と悪行。天秤にかけるその平等たる概念を司る神。最も、神樹様は様々な神様が複合して出来た存在。古来より伝承されてきた八百万の神の一角である神様達が合わさった神様の上位神。バランスをとるに相応しい神だからこそ出来る所行である。

 

流れ流れ散り行き落ちる花弁。ヒラヒラと舞い落ちる花弁は、何時しか優希の左腕にくっついていく。

何事かと驚いた優希だが、何故か優希はゆっくりと左腕を前に掲げる。何故か、こうするべきなのだと、こうしなければならないと頭の中に浮かんだ事に反射的に従ってしまった。まるで誰かに操作されてしまったかのように、なんの疑問もなく止めどなく流れる思考に浮かび上がった不自然な考えに、優希はなんの疑問も抱く事はなかった。

 

左腕を覆い尽くすようにくっついたそれは、最後の花弁を最後に、優希の左腕に溶け込んでいく。痛みは無いが、不思議な感覚ではあった。体に入ってくるという行為は、人に嫌悪感を抱かせる。注射を嫌う人が多いのもそれだ。しかし今はその嫌悪も抱いてはいない。逆に何故か幸福感が芽生えてくる。花弁が溶け込んでいくたび、体の芯から熱くなる感覚がある。

 

完全に溶けきった時、左手の手の甲に華の模様が7色の輝きを放って浮かび上がってきた。浮かび上がった華の模様は今まで見た事のないものであり、桜に似た形状をしていた。

次第に輝きは薄れていき、残ったのは華の模様だけであった。

優希は輝きが収まると、右手でその模様を一撫で。触った瞬間、感じたのは温もりであった。熱を帯びたように熱いが心地良い熱量であり、触れていると何故か力が溢れている感じがする。

 

 

優希はふと我に返り、これは一体なんなのかと考える事にした。

先程までの光景からして、これは神樹様が何か優希に授けたのだろうか。左腕と手の甲の模様。華のモチーフは何であれ、あの花弁は間違いなく神樹様から舞落ちてきたものだ。

そして左手の模様の意味。花弁が左腕に溶け込んでいったのは、優希に力を譲渡したからだろうか。そして手の甲の模様はその証。何かしらの力が発現するのではないだろうか。でなければ全く辻褄が合わないし、する意味も分からない。

 

そして何より、何故優希にそうしたのだろうか。

神樹様からの力の譲渡はまだいい。優希自身神樹様への敬意は人並み以上のものであり、御役目に誠心誠意全力で向かうと決意づけていた為、優希にとってはとても嬉しい限りの事なのだが。

歴代最強と曰われていた優希だが、そこまでされる事が分からないでいる。例え歴代最強だとして、それが神樹様にとってはどうなるのかという話だ。神樹様を守る立場としては歴代最強は今まで御役目に携わってきた勇者の中での話。神樹様にとって、それはどうでもいい事と変わりないのではないだろうか。

今までの勇者の中でトップだとしても、この時代になるまで敵の攻撃により神樹様の敗北はなかった。経緯はどうであれ、神樹様の力で生きている人間がいる時点で、神樹様と敵を比べて勝ち負けで言ったら神樹様が勝ちなのだ。

 

言うなれば、例え歴代最強の力を有していなくても、敵の攻撃を防ぐ事が出来るという事である。なのに何故歴代最強と言われているのに力を授けるのか。

優希は嫌な気持ちになりつつも、1つの考察を立てる。

 

もしかしたら、今期で決着が着くのではないかと。旧暦から今歴にかけての約300年の因縁が果たされるのではないかと。

 

理由は2つ。

まず1つ目に、優希は名指しでの指名を神樹様から受け、男として初めての勇者となった。適性値がどうであれ、神樹様からのご指名となると、相当なものだと言うのは理解しやすいだろう。

そして優希は肝心な事に男である。無垢な少女ではなく男。この際無垢なのかは置いといて性別では男である。

女よりも男の方が力は上であり、神聖な存在としては男の方が上である。これを考えたら、何故ここで優希が選ばれて力を授かったのかは一目瞭然だ。

 

もう1つは先程までの話のように、神樹様が直々に力を譲渡した事だ。他の勇者達ではなく優希に譲渡した事によってそれはほぼ核心に迫っている。

 

だが、ここまで来て思うことだが、何故優希だけにしか力を渡さないのだろうか。

神樹様という存在も有限であることは間違い無い。聞いた話では、神樹様の力は弱まっているそうだ。

そう考えると神樹様の力を全員には渡せないのは分かる。しかし、あくまで考察に過ぎない考えだが、敵との因縁が果たされるのかもしれないのでは無いのか。

ここまで来て本当は違うのだと言われてしまえばはいそうですかだが、ここまでお膳立てされた優希には少し納得の行かない部分もある。

 

もしかしたら、もっと違う何かがあるのかもしれない。

 

 

「……んっ、電話?」

 

思考を巡らせている最中、ズボンのポケットにしまっていた端末がテンポ良くバイブする。

流石大赦印の端末。世界が止まっても動くことの出来る物が作れるとは。そんな事を思いながら優希は端末を取り出して画面を覗く。

 

「ーーー須美ちゃん?」

 

同じ御役目に参加する小学生の1人、鷲尾須美からの電話であった。

 

 

 

「ーーーもしもし、須美ちゃんか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

通話を切り、その流れで勇者アプリをタップする。端末から黒い花弁が巻き起こり、優希の身体を包んでいく。

優希の勇者服の主色は黒と白。他の勇者達同様にピチッとした全身タイツで全身を覆い、動きやすい御姿のような形状の服を纏う。下半身には膝から下に黒色のプロテクターのようなものが装備され、下駄に似た形状の靴を履く。首に優希のモチーフとなったジャーマンアイリスの花弁が舞散り、黒色のチョーカーが付けられる。

両腕には干将莫耶のように対になる黒と白のゴツゴツした篭手が装備。優希が扱う武器である。

 

変身完了と共に晴れていく花弁。いつもより体が軽く感じられ、今ならなんでも出来そうな絶対的な自信が湧いてくる。体を動かして体の調子を確認し、軽く動いてみる。

勇者になれば身体能力は上がるとは言われていたがここまでとは、と優希は素直に感心した。軽い発勁だけでも大岩を砕けそうな感じだ。

 

 

「……さて、神樹様。俺はこれで失礼します」

 

優希は改めて神樹様の方に向き直る。

先までの事もあり、色々と聞きたい事が山ほどあるが今はそう言ってもいられない。

一度参拝し、背を翻して一気に樹海を駆ける。

 

 

(ーーー頼むから、無事でいてくれよ!!)

 

 

 

目指す先は、瀬戸大橋である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーぅおりゃぁああああ!!」

 

 

 

 

 

 

「高嶋さんっ!!」

 

「優希さんっ!!」

 

「ゆーにいー!!」

 

 

 

 

轟く轟音。鉄が軋むような激しい音と共に吹き飛ぶ巨体。歓喜の声を挙げる中、遅れて強風が吹き荒れ体が持ち上がる。何とか体勢を低くして3人で抑え合う。

 

強風が止み、ゆっくりと体勢を起こす。先程までの位置にいたバーテックスは後方まで吹き飛ばされており、その光景に驚きを隠せない。

これを一人でやったのだと知ると、その驚きは更に大きくなる。

 

 

「ーーーみんなっ、無事か!!」

 

 

上から声が聞こえ、見上げてみると跳躍してきた優希が目の前に着地して声を張り上げて近付いてくる。

不安と申し訳ないというか苦い表情を浮かべており、須美達3人をとても心配していると伺える。須美達は何とか体を動かして優希に近づく。

 

「高嶋さんっ、ご無事ですか?」

 

「あぁ、ごめんよ皆。どうも俺だけ違う所に飛ばされているみたいで」

 

「大丈夫ですよ。優希さんは絶対無事だって分かってましたし」

 

「ゆーにい、さっきの凄かったよ〜」

 

ギュッと聞こえるぐらいのハグを優希にかます園子。それを難なく受け止めギュッと抱き締め返す優希。未だにその光景に慣れない須美は顔を染めてブリキのロボットの如くなを連続で口ずさむ。銀はその光景を羨ましそうに見つめている。

 

「ありがとう、そのちゃん。皆怪我の具合はどうだ?」

 

「私はまだ右足に攻撃の痼が残ってしまい、あまり動く事は出来ません……」

 

「あたしは何とか抜け出しました!……ちょっとお腹がタプタプですけど」

 

「私はまだまだ行けるよ〜」

 

須美は右足、銀は全身、園子はかすり傷。それぞれ攻撃を受けて傷付いており、血は流れるまでには至っていないもの、そこまで傷を負わせてしまった自分の怠慢に優希は顔を顰める。

 

「……ごめんよ。怪我をさせてしまって」

 

「謝らないでください。高嶋さんを待たなかった私達にも非があるし、あんな化け物と戦う上で、傷を負う事は仕方のないことです」

 

「そうっすよ優希さん。まだまだ動ける範囲だし、子供のうちは怪我してなんぼですから!」

 

「えへへ、ゆーにいは心配性なんだぜぇ」

 

「……あぁ。ちょっと過剰になってたかも」

 

優希の気持ちを察したのか、須美達は首を振って優希の謝罪を受け止める。それぞれの言葉を聞き、優希はそっと胸を撫で下ろす。

 

しかし、確かに見る限りでは重傷を負っているとは思えないが、万が一もあると、優希はグッと握る拳に力が入る。いくら3人が大丈夫だと言ったとしても彼女達がやせ我慢している可能性も捨て切れない。ここまで戦ってきた3人にはこれ以上戦って欲しくないのが、優希の本音である。だがその旨を伝えたとしても3人が納得はしない事は分かりきっている。

 

「取り敢えず、俺がアイツを倒す。いくら大丈夫とは言っても、須美ちゃんみたいに動きに制限が出るかもしれない。出来れば、下がっていて欲しいんだけど……」

 

「そ、そんなの出来ません!!敵前逃亡なんて……」

 

「あたしはまだ動けます!それに、優希さんだけに任せるのもあたしとしては……なんというか……」

 

「気が引ける?」

 

「そうそれ!ナイス園子!」

 

イエーイとハイタッチを交わす銀と園子。その姿に微笑ましいものを見る目で笑みを浮かべる優希と呆れたようにジト目を向ける須美。こんな時に何をやってるのだかと、言いたげな瞳である。

 

「……まあ3人が納得しない事ぐらい分かってたさ。じゃあ、トドメは任せるとしようか。俺がアイツの注意を引く」

 

「じゃあミノさんと私がそのうちに攻撃だね」

 

「では私は全体の援護を」

 

「よっしゃー!!優希さんが来たら百人力だぁ!」

 

ここまで来たのなら、このまま4人で敵を倒す。今の須美達の気持ちを無下に出来るわけはないし、3人が大丈夫と言っているのならそれを信じるのも年長者の務めだ。優希は3人の強さに敬意を向けながら、敵バーテックスの方を睨みつける。

 

「取り敢えず遠目から見てた限りの攻撃だと、あの頭から出てくる泡攻撃と高圧で打ってくる水砲撃。注意するべきは砲撃だ。あれをまともに受けていたら足が止まるし攻撃の手も止まってしまう。さっきの傘を前に出して近付く方法。あれは誰が考えた?」

 

「はーい、私だよー」

 

「やっぱそのちゃんか。じゃあそのちゃん、さっきの方法で今度は手数を増やそう」

 

「手数?」

 

「そうだ。さっきは3人で固まっていたけど、今度は傘を持って近づく人を囮に使い、残りで敵を叩く」

 

「成程。じゃあさっき優希さんが1発入れられたのってあたし達に攻撃が向いてたからって事ですか?」

 

「あの感じからしたらそうだろうな。あれを見る限り俺に対しては完全にマークから外れていたからね。取り敢えずこれで行こうと思うんだが……どうだ?」

 

優希の作戦としては、園子が提案した傘で近付いて総攻撃を仕掛ける作戦を改良して、傘を囮に使って攻撃の手が向いている間に敵を叩くという事だ。優希が登場した際、敵を吹っ飛ばした時優希の事は完全に気付いていなかった為、この作戦は成功する確率が高い。

3人は考える素振りを見せることなく力強く頷いた。

 

「優希さんか考えたんだから、あたしは何もありませんよ!」

 

「それに今は一刻を争います。私もそれに賛同します」

 

「私もそれでいいよー」

 

「ありがとう。それで役割分担だが、須美ちゃんはそのちゃんと一緒に傘の囮をしてくれないか?須美ちゃんの射程範囲だと相手の攻撃を受けるのと、そのちゃん1人ではあの攻撃は耐えきれないからさ」

 

優希は須美の右足をさしてそう提案した。優希は須美の射程範囲だと攻撃を受ける事を今の状態を見て察した。須美は優希の提案が正論だと理解し、渋々だが首を縦に振って頷いた。

須美としては、弓矢で活躍したかった胸もあるだろうが、ここは四の五の言ってはいられない。

 

「攻撃の範囲的には俺と銀ちゃんは同じだろうが、今の銀ちゃんの状態だとこれ以上の被弾は好ましくない。ここは優先順位を銀ちゃんが1番高くするとしよう」

 

「あたしですか?」

 

「銀ちゃん少し動きずらいだろ?それに比べて俺はまだ万全だし、有事の際に俺が須美ちゃん達の方にも加勢に行ける。ここは、銀ちゃんが決めてこい!」

 

「アハッ、了解です!!」

 

心底嬉しそうに返事をする銀。このまま攻撃を受けただけで終わるなど、三ノ輪銀の性分には合わない。された事はきっちり返すのが銀の性格である。

 

改めてバーテックスを睨みつける。神樹様を滅ぼし、人類に破滅をもたらそうとする強大な敵。4人は平和な日常を守る為、粉骨砕身の思いで戦いに身を投じる。

今はまだ成長段階。これから起こるであろう悲劇に屈すること無く、4人は前に歩みを進めていくだろう。

 

 

1人は仲間の大切さを見つける。

 

1人は守りたい人を見つける。

 

1人は平穏な日々を見つける。

 

1人はーーー。

 

 

それぞれが前に進む事によって後に掴むであろう未来の結果である。

本人達は知らない。だからこそ、未来に夢を持って彼女達は歩みを進める。その為に、目の前にいる敵は倒さなければならない。

 

 

「じゃあ、行こうか。早く終わって、イネスにでも行こう!!」

 

 

「「「はい!!」」」

 

 

 

 

 

 

何故バーテックスは攻撃を仕掛けてくるのか分からない。何も知らないまま、4人は理由は分からずとも神樹様の為に武器を握る。

 

それがいつか恨む事になったとしても、彼女らはそれを受け止める事が出来るのか。

 

 

未来はある。どれだけ夢を見ても、それが叶うにしろ叶わないにしろ、どちらかに転げ落ちるのは当然の結果だ。

だからこそ、彼女達の運命は決まってはいない。

 

 

 

 

 

ハッピーエンドを迎えるのか、バッドエンドを迎えるのか、運命のダイスロールは転がり始めた。

 



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アイビーを結ぶ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鷲尾須美にとって、高嶋優希は習うべきお手本である。

 

それは何故か、という話の前にまず彼女に少し触れよう。

第一前提に鷲尾須美という少女は、『堅物』と周りから称されている。規則をきっちり守り、楽単的な考えを断ち切る。旧暦時代を思い浮かべる堅物少女だ。

我々第三者からすれば、彼女の魅力はその堅物さと年の割に発育がいい身体、そして素直になった時の表情なのだが、第二者からすれば口煩い女の子。何より、本人にそこまでの社交性があるわけではないため、話しかけられても最低限の事を話せば後は無言の間が入る。話しかけた方も、話しかけられた方も、そして本人も、思わずごめんなさいと内心謝るのだ。とどのつまりシャイな一面もある。

せいぜい自分からするのは挨拶程度だろう。挨拶はきちっとするわっしーは可愛いのである。

 

話を戻すが、鷲尾須美は高嶋優希をお手本として見ている。

この理由は一つ。彼の行動は彼女が求める自分の姿であるからだ。

 

高嶋優希というのは年長者である。中学生とは言え、名家である高嶋の長男。礼儀作法やしきたりに厳しい家柄の一つでもある高嶋家で教養を受ければ、例え中学生だろうと立派な男児となるが、高嶋優希はそれ以上に鷲尾須美を虜にするものを持っていた。

例えば彼の周りには大抵人が集まっている。人徳があるからか、御家から言いつけられて関わっているのかは定かではないが、彼の周りには必ず大人数が集まる。話の中心にいるのも彼で、話も彼がどんどん話を進めていく。社交性があり、秀でたカリスマ性も持っている。

また頭の回転も早く、公私分けて物事を的確に判断する事に長けている。それでいて運動神経、学力共に学内最上位に位置する。欠点を探す方がよっぽど大変な作業だと言わせるばかりの完璧中学生だ。

 

そんな彼をお手本として見るのは、当然というものだろう。特に見ているのは彼の考え方だ。

彼女は堅物と称されるほど頭が堅い。小学生に柔軟な考え方を求めようとするのは中々に難しい話だが、鷲尾須美はまだ成長期とは言え自身の頭の中ではしっかりとした公私の区別がついている。

堅物少女が悪い訳では無い。だが、自分の意見を曲げられないのは欠点である。反論されれば何がなんでも自分の気持ちを曲げず押し付けていく。自分では満足しても、他人からは巫山戯るなと言われるのが至極当然。公私の区別が出来るからこそ、突発的に出た自分の考えが正しいと思ってしまう思春期前になると現れる、ごく当たり前な思考。周りと考え方が違うのではなく、ズレが生じているとでも言った方がいい。

 

だから彼女はそれを見習うべく高嶋優希を見ている。

こういう内面的な考え方を指導する事も、親や学校の先生達のような大人から影響を受けて自然と形として纏まるのだが、鷲尾須美は高嶋優希を選んだ。

鷲尾須美は自分の堅物さを自覚している訳では無いが、自分の事で悩む事は多々ある。他人に相談する事は基本しない為、自分の中で溜め込んでしまうが、彼女なりにどうすればいいのか葛藤し続けている。彼を手本としようとしたのも、その葛藤の中から浮かんだ考えだ。きっと無意識に歳が多少なりと近く、お手本にしやすそうだったからかもしれない。

自分の短所引っ括めて、高嶋優希の行動には惹かれるものがある。見るものがある。それ故に、彼女は高嶋優希をお手本として自分の姿を改めて行こうと考えたのである。

 

努力家である、鷲尾須美らしい考え方である。

 

 

 

 

であるからして、まるで()()()()()のように物陰からこっそり双眼鏡を片手に高嶋優希を見続けるのも、彼女()()のやり方なのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時は駆けて1週間。初陣となったあの日から数えて丁度7日目となった今日。

1週間経ったからどうこう言う話では無いのだが、御役目を果たした4人はより肝が据わったような心の持ち方を身に付けていた。

 

訓練を怠っていたわけではない。だが、どうにも自分達には何か足りないのだとそれぞれが認識していた。

1+1+1+1を、4ではなく無限大にする。数学的には中々にハードな考え方かもしれないが、『根性論で言えば計算は所詮計算。そこに個々の努力と思いがあれば覆す事だって出来る』、みたいな事だろうか。

人は可能性の塊だと誰が言った。まさにその通りだと、人類の文化を見ればそう思えてしまうほどに、人は可能性を持って生まれて死んでいく。

計算では見い出せない、愛と友情、そして絆があれば何とかなるとだと。天高々と拳を突き上げてそう叫んでやりたい。

 

 

とまぁ、そんな痛い考えは置いておくとして、小学生組は初陣の出来事がふとした時にフラッシュバックしていた。

動き、思考、周りの把握、敵、時間、何より相性。一つ一つがどうすればよかったのか、ああすればよかったのかと思考してはいや違うと否定し、また考えて違うと切り捨てる。

言うなれば反省会。しかし、参加者はそれぞれ自分のみといった本当に反省会する気があるのか分からないものを3人はやっていた。

園子は考えるとすぐ他のことをしてしまうので別として、須美と銀は普段よりもどんよりとした雰囲気で思考を巡らせていた。銀の普段とは違う雰囲気にクラス全体が震えた。

 

とは言え、流石に何も掴めないでいるのでは不味いと感じた2人。園子の腕を掴み、放課後イネスにてプチ反省会を開くのであった。

 

 

 

「ーーーとまぁ、あたしはこんな事を考えてたわけなんですが、お2人さんはどう思います?」

 

 

イネスのフードコートを会場として使い、無料のお水を3つ汲んで椅子に腰を下ろした3人。取り敢えずと、そう切り出したのは三ノ輪銀であった。

 

 

「……やっぱり、三ノ輪さんもそう感じてたのね」

 

 

銀の話を聞き自分が感じていた事と照らし合わせ、ほぼ同じ考えだと理解した須美は、表情重くそう呟いた。

 

2人が悩む事は2つ。

1つ目は連携。敵であるバーテックスを倒した際は連携して倒す事が出来た。()()()()()()()()()()()。バーテックスとエンカウントした際、それぞれが闇雲に突っ走って言ったせいで全員が攻撃の的になって何も出来ずに時間を経過させてしまった。樹海の木は時間の経過と共につれて枯れ腐っていく。それが現実世界でも影響を与えてしまう為、樹海化の中での時間のロスはとても危険な事なのだ。

今回はそこまで影響は出ていなかったので一安心だが、連携がうまくできていればもっと危険な状態にならず、もっとスムーズにバーテックスを倒す事が出来た筈だと。

 

2つ目はお互いの理解。4人は最近までそこまで顔を合わせる間柄でもなかった。唯一理解が深いのは園子と高嶋優希だろう。実の兄のように慕う彼女の姿や、妹のように可愛がる優希の姿を見れば、関係は深いものだと理解出来る。

だが銀と須美はと考えるが、関係は薄い。しかも須美にとっては苦手とする対象かもしれない。方や通称堅物。方や遅刻及び忘れ物常習犯。規則をしっかり守る方と、規則を破ってくる方。相そぐわないのは見ていてわかる。

まぁ須美の場合、園子のマイペースさにもどうしていいのか分からないという点で、苦手意識があるかもしれない。

 

須美が自身の考え方と相反するから深く関わりたくないと思っているように、銀も堅い頭を持つ口煩い目の前の少女に苦手意識を持っているかは定かではないが、2人は今の関係では駄目と理解していた。

 

 

「……私としては、こう……なんて言うのかしら。もっと2人のことを知れたらなぁって思うのだけれど……」

 

「っ、あっ、あたしも2人のこともっと知りたいと思ってたんだ」

 

「勿論私もなんよ〜。2人だけでお話なんてずるいよ〜」

 

 

だからこそ、銀は須美がそう言う事を言ってくれるとは予想外であった。こういう切り出し方は銀がするんだと自分でも思っていたが、予想しなかった相手からの申し出。自分だけじゃなくて相手も自分の事を知りたいと思って口にしてくれた事に、銀は自然と笑顔が浮かんでいた。

今までぬいぐるみを抱きしめて寝ていた園子も、ぱっちり目を開いて輪に入ってくる。須美も無意識に笑みを浮かべていた。

 

 

「……それを踏まえてなんだけど、私達……、友達にならない?」

 

 

俯き、そして恥ずかしそうにモジモジしながら須美はそう呟いた。

これにもまた、銀は驚きを隠せなかった。園子もおお〜と嬉しそうにニコニコしている。

 

 

「当たり前だぜマイフレンド!私は最初から友達だと思ってたけどな」

 

「勿論私もなんよ〜」

 

「2人とも……ありがとう。じゃあ早速なのだけれど、2人をなんて呼んだらいいかしら?ほら、友達同士ってよく親しい呼び方するじゃない?あれを、やってみたくて……」

 

「おっ、呼び方か。あたしは銀でいいぜ。その代わり須美って呼ばせてもらうけどな」

 

「私は渾名がいいんよ〜」

 

「分かったわ。じゃあ改めて銀と、………乃木さんは、そのっち、なんてどうかしら?」

 

「おお〜、いいよいいよ。とっても素敵なんよ〜」

 

「ありがとう。銀、そのっち、これからよろしく」

 

「よろしくな、須美、園子!」

 

「よろしくなんよ〜、ミノさん、()()()()

 

「ちょっと待ってその呼び方に異議を唱えるわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿

 

 

 

 

 

 

 

小学生組はそれからというもの、時間を見つけては3人で集まって交流を深めた。

学校の休み時間は3人でお互いの事を話し、放課後はイネスでジェラートを食べ、暗くなる前にそれぞれ帰宅する。

1週間前までは知らなかったを知る事が出来、知れば知る程嬉しくなるし楽しくなる。須美にとって友達とこうも話すというのは初めての事だったので、新鮮さが余計に須美に刺激を与えてくれている。

 

そんな感じで金曜日の放課後を迎えた3人だが、ふとある事に気付く。

 

 

高嶋優希とどう親しくなればいいのかと。

 

 

須美は彼との接点は無きにしも非ずだが、繋がりはとても薄い。お互いが養子として名家に引き取られた事と、多少家の関わりで数回話した程度。

元々異性と会話する事に抵抗がある須美には少し難易度が高い相手であった。

 

 

「……2人は高嶋さんとは仲がいいの?」

 

 

銀は下の名前で。園子は渾名で呼んでいる。

園子はなんにでもあだ名をつけて呼ぶので親しいのか判断するのは難しい。須美にも最初のあだ名がつけられたが、須美は他のあだ名を指定。園子は『わっしー』と呼ぶ事になった。園子のあだ名付けは斜め上になる傾向があるらしい。

 

 

「あたしは普通だと思うけど。何回か弟達と遊んでもらった事ある程度」

 

「それ親しい分類に入ると思うのだけれど?」

 

「私はどうかな〜。あ〜、ゆーにぃの作るおにぎりは美味しいよ?」

 

「食事を共にする仲じゃない。それを親しくないなんて言えないわよ、そのっち」

 

 

須美からすれば、2人とも条件が合えば自分から仲良くなりに行くのが目に見えていた為、本人達が否定してもそんな訳ないだろと異議を申せる。

案の定2人は須美のお目目に引っかかる結果になった。

 

 

「2人からすれば、私が1番関わりが無いじゃない……」

 

「あはは。けどあたしだってまだ全然知らないこと多いぜ?」

 

「私も多いよ〜。まだ好きな事とか、好きな食べ物とかしか知らないよ〜」

 

「はーい、園子。ちょっとお口チャックね」

 

 

須美の心を掠める発言にドナドナされていく園子。須美は気付いてなないのでセーフだが、聞かれていたら更に落ち込む事案となった筈だ。

 

 

「大丈夫だって、すぐに親しくなれるよ。優希さん、とっても優しいからさ」

 

「お料理上手だし、背が高いから肩車してくれるんよ〜」

 

「完全に親子ね。……でも、そうね。私も早く親しくなれればいいのだけれど」

 

 

イマイチピンと来てないのか、銀と園子の励ます言葉が違ったのか。対して変わった様子は見られない。2人はお互いに顔を見合わせる。

 

 

「ねぇ、わっしー。なんか焦ってる?」

 

 

ふと浮かび上がった言葉。園子はそう問いかけ、不安げな顔に亀裂が入る。

うっ、と声を吐き、シナシナと萎れながら机に突っ伏した。

 

 

「……焦ってるわけじゃ、ないのだけれど。……まぁいいわ、これは私情も混じったものだからあまり気にはしないで」

 

「……ほほぅ、そう言われちゃうと、気になりますなぁ須美さんや」

 

「茶化さないで。……でも、そうね。私、焦ってるのかもしれない」

 

「えらく素直だな。そんなに気にしてる?」

 

「……まぁさっきの私情と、これから協力して戦って行くのに私だけ仲間外れなのは少し……」

 

 

もじっと恥ずかしそうにそう呟く須美に、銀と園子は可愛い何かを見たような感じがして、何かやる気が湧いてくるような気がした。

 

 

「よっしゃー、じゃあ明日優希さんを尾行するぞ!!」

 

「へっ?尾行?」

「おぉ〜、スパイミッションなんよ〜」

 

「と、突然過ぎるわ銀。それに、何もそこまでしなきゃ行けない理由なんて……」

 

「うっさいうっさい。お胸はあるのに度胸はねぇのか」

 

「何を言ってるのか分からないわ」

 

 

突然の発言に異議を申し立てる須美。しかし銀は聞く耳持たず。

 

 

「じゃあ明日朝7時イネス集合な。遅刻すんなよ」

 

「ちょっと、話を進めないで。というか、1番遅刻しそうなのは銀じゃない」

 

「うぐっ、痛いとこをついてきますな須美さんや。しかし、明日のあたしは違うぞ。遅刻せず一番に到着してやる!!」

 

「……もう、何を言っても聞かないのね。分かったわ。でもその変わり、バレたら銀のせいにするから」

 

「ちょっ、そこは連帯責任なのでは?」

 

「面白そうだから私も行っきまーす」

 

 

端末を使って誰かに連絡を入れている園子に気付かずに、3人は高嶋優希尾行作戦を明日、決行するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そのちゃん>:明日尾行する事になったんよ〜

 

そのちゃん>:お昼ご飯はお饂飩が食べたーい( ˙꒳˙ )

 

 

 

タオルの上に置いた端末がピコンと連絡を受け取り、ロック画面に2つの通知を確認した。

 

 

「……了解っ、と」

 

 

 

簡潔に連絡を返し、再び端末をタオルの上に置く。足を翻し、体を解しながらゆっくりと歩みを進める。

 

その先にあるのは、砕け散った瓦の山だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次はいつになるのやら

就活 始めます


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アルストロメリアは知っているか

1回1回題名考えるのが難しい。

それと時間がほ、ほすぃ。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三ノ輪銀が()()を体験したのは、単なる偶然だった。

 

 

 

 

ある日の夕方。いつもの下校時刻と共に走って帰る銀は、()()目に入った道が気になり、いつもとは違う帰り道を行く事にした。

 

しかし運悪くその道は遠回りだったらしく、山の近くまで続く一本道となっていた。住宅街が乱立する中に綺麗に伸びる一本道。何か不自然さを感じる道のようだが、銀はそれでもなお足を動かす。流石に引き返すよりは進んだ方が()()と思い歩みを止めなかったが、何故かどんどん空気が冷たくなってきているような気がした。

 

今は春先。冷え込むにしてもこんなすぐには温度は下がらないはず。しかし歩けば歩く程、身体が凍るような冷たい風が全身を撫でてくる。

そこではっと、何かが可笑しいと気付き、一度()を止め、恐る恐る後ろに下がるように元来た道を戻り始めた。

 

 

 

 

ーーーまたね。

 

 

 

 

誰の声か、最近聞いたことのあるような声。しかし、突然聞こえた声に、そんな反応出来るはずもなく、銀は後退りしてしまう。

 

あのまま()()()()()()()()不味いと直感で行動出来たのが幸いであったと、今の銀は思いもしないだろう。

 

周りが白い霧に覆われ始めたような気がする。目を擦っても目の前には白い濃霧。

先程まで目に写っていた筈の住宅や壁、赤く染った夕焼け空は消え、新たに写っているのは何処までも続く青黒い空と白い濃霧だけ。

 

 

銀は初めてここで恐怖した。今まで見ていたものが全て消え、まるで死者が逝くような無の世界となった世界に、銀は恐怖するしかなかった。

泣き叫ばないだけ銀は我慢強いだろう。

 

しかし、恐怖したところで銀には何も出来ない。

その場で立ち尽くし、戻れるまで待つしか手は無い。

 

 

 

 

 

ーーー私は、この時後悔したんだ

 

 

 

 

 

声が聞こえる。今度はさっきよりも意識して聞くことが出来た。

 

 

 

 

 

ーーー弱い自分を呪ったよ。なんでって。どうしてって

 

 

 

 

 

泣きたくなる様な悲しい声。後悔と悲しみが籠った冷たい声。

間違いなく、誰かの声だ。しかも、聞いた事のある声。最初に聞いた声とは、声質が違う。

 

 

 

 

 

ーーーけどもう、どうしようもない。諦めたくないけど、諦めるしかない

 

 

 

 

 

ゆっくりと思い出す。毎日聞いている声だ。

 

友達?違う。両親?違う。弟達?違う。

 

 

 

 

これは、私?

 

 

 

 

 

 

ーーー私は無理だった。だから、きっと無理なんだろうな。

 

 

 

 

 

 

ーーー今のうち、悔やんどいた方がいいよ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー世界って、ホント……残酷だよね

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「ーーー遅いっ、罰金!!」

 

 

何処ぞのS〇S団団長のような発言とともに、遅れてきた銀に言葉を投げつける須美。園子はサンチョなるぬいぐるみを横抱きに椅子に座って船を漕いでいる。

 

 

「ごめんっ。でも罰金は勘弁」

 

「……まぁいいわ。銀が遅れて来るのは予想出来たから」

 

 

現在午前8時ちょうど。1時間の遅刻である。流石にこれは須美が激おこになるのも分かる。しかも、時間指定したのは銀本人であるため、銀は謝るか本当に罰金するかしかない。

 

 

「全くもぅ……。それで?どうしてこんな時間に集合したの?」

 

「それがさ、優希さんって休日だとこの時間は鍛錬してるからそれから見ようかなって。興味あるだろ?どんなことしてるか」

 

「まぁ、それが今回の目的だから。それじゃあ高嶋さんの御自宅に向かうのね」

 

「そう。じゃあ早速行こうぜ」

 

「……遅れてきた人が仕切らないの。そのっち、置いてっちゃうわよ」

 

「……ンゴっ、……あ〜、待って〜」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

歩いて数十分。目的地である高嶋優希が住む建物に到着した。

趣のある門構え、坪千は優に超えるであろう広大な土地。大人よりも高く聳える白塗りの壁が土地を囲い、その中に収められた巨大な平屋。住宅街から少し離れた位置にある高嶋家本殿総本山。

 

思わずデカいと、開いた口が塞がらない状態に須美は陥っていた。

園子は自分の家もこんな感じだと慣れたような口振り。銀も初めは驚いたと須美の状態に共感を得ている。

 

 

「………こんなの、どうやって入ったらいいの?」

 

「普通に正面からじゃないのか?……まさか、この高い壁を登ろうなんて思ってないよな?」

 

「当たり前でしょ!こんな壁私達では不可能に近いわ」

 

「じゃあ普通に入るしか無くない?大丈夫だって。こっちには天下の乃木様が居るし」

 

「いえ〜い」

 

「だ、だけど、普通に……」

 

 

不法侵入なのでは?と言い切る前に、銀と園子は既に敷居を跨いでいる状態だった。隣に居たはずの2人が一瞬で移動した事に驚いた須美だが、これはもう止められないと判断し、最悪天下の乃木様に頼るしかないと覚悟を決めた。

 

「やっぱり中はもっと広いわね……」

 

「えーと、道場は確かこっちだったかな」

 

「そっちじゃないよミノさん。こっちだよ」

 

「お、流石園子。優希さん家は理解してるな」

 

「えへへ〜、伊達に毎週通ってないんよ〜」

 

「ま、毎週?!」

 

 

まさかの暴露に驚愕。それと同時に、園子が優希とそれ程仲がいい理由も何となく理解出来た。そんなに会っているなら仲良くなれないはずはない。しかも、園子の性格からして嫌な事には一々首を突っ込むことは無いことから、本当に優希の事がお気に入りなんだと分かる。

 

 

「……そのっち、それだけ通っておいてよくも騙してくれたわね……」

 

「……うぉお〜、わっしーなんか怖いんよ〜」

 

「……今のは、園子が悪いな」

 

 

ギロリと園子を睨みつける須美。サンチョを前に出して目線を合わせないようにする園子だが、グルグルと園子の周りを歩き回りながら目が合うように位置を変えている須美には勝てなかった。嫉妬の篭った瞳が園子に突き刺さる。

 

 

「……お、2人とも。アレアレ」

 

「どうしたの、銀……っ。あれは……っ」

 

「あ〜、ゆーにぃ〜おろろろ?」

 

「しーっ、出ちゃダメよ」

 

 

丁度曲がり角になった時、銀が進行方向を指さした。見てみると、少し拡がった場所に立つ袴姿の優希が見えた。手には分厚い篭手が巻かれ、足には具足が着いた履物を履き、ボクシングや総合格闘技を連想させる防具をつけている。

思わず園子は手を振りながら近付こうとするが、須美が口と肩を掴んで下がらせる。

 

 

「……そのっち察して。今流石に出ていったら御迷惑よ。既に御迷惑かけてるかもしれないけど……」

 

「ほら見てみ。なんか始まるぞ」

 

「フガフガ」

 

 

物陰にかくれながら、銀が再び注目を向けさせる。

優希の他に、赤髪の少女が瓦を持って立っていた。その背後にも瓦が何枚も積み上げられている。両手でやっと持てそうな瓦を彼女は片手でそれぞれ瓦を握っているため、思わず嘘でしょと銀と須美は口を揃えて呟く。

 

 

「ーーー行きます」

 

 

凛とした音色と共に、冷たい空気が頬を掠める。

右手を大きく振りかぶった少女は、野球のピッチャーのようなフォームで瓦を優希に向かって投げ飛ばした。

思わずえぇーっと声を上げてしまう。

 

 

「ーーーっ」

 

 

真正面にグルグルと不規則に回転して飛んでくる瓦。優希は腰を捻り、軸足からの連動で全体重を乗せて瓦を粉々に砕いた。砕かれた瓦はパラパラと埃を撒き散らして地面に落下する。

少女は更に左手の瓦を態と横回転させるようにサイドスローで放り投げた。若干カーブがかかった瓦は、先程よりも少し低い状態で優希に向かっていく。優希は飛び上がり、かかと落としの要領で瓦を踏みつけ粉々に踏み抜いた。

そこまで凡そ15秒。開いた口が塞がらない。故意で瓦を破壊するとはどういう事なのかと状況に追いつけていない須美と銀。園子はいつも通りの目でその光景を見ている。

 

続く連弾。下から振り上げるように瓦を両手連続で放り投げた。少女の腕力では凡そ投げる事は出来ないはずの体勢から繰り出される瓦。スピード、コントロール共にピッチャーが硬式ボールをキャッチャーのミット目掛けて投げる様。

視界に広がる2枚の瓦。グッと姿勢を落とし足に力を溜め、若干右向きに飛び上がり利き足である右足で後ろ回し蹴り。かかとが瓦を捉え1枚を砕き、そのままもう1枚足を振り切って蹴り砕く。

 

更に飛んでくる瓦。それを一旦体制を整えて1枚1枚砕いていく。

飛んでくる質量を跳ね返すでは無く壊す。それを実際に行う場合相当な技量と力、速度が必要なのだと何かの本で読んだことがあった事を須美は思い出した。いやまさか瓦を空中で砕くなんて業衝撃過ぎて終始驚くだけしか出来なかった。無論、優希も凄いがその瓦を悠々と投げるあの少女も少女だ。

須美達よりは年齢が下だろうか。身長は銀に近いかもしれない。発育は……須美の方が勝っているが、それは大した事である。

 

若干息切れしている少女は、手元に瓦がない事を確認すると、駆け足で優希の元に走り寄って行く。優希は養子で高嶋家の子供となった。高嶋家の実子がいてもおかしくは無いのだが……。

 

 

「……なんであんなにも仲がいいのかしら?」

 

「……おやおや?嫉妬ですか須美さんや」

 

「ち、違うわよ!……ただ、私も年下の妹か弟が欲しかったなって……」

 

「あたしはもうお腹いっぱいだな……。これ以上増やされちゃ溜まったもんじない」

 

「……ねぇそのっち、あの子は優希さんの妹さんなのかしら?」

 

「そうだよ〜、友香ちゃんって言うんよ。可愛いんだよ」

 

 

あれを見せられた後ではどうにもその先入観が持てない。歳が近い女の子があんな怪力なんだと思うと少し引いてしまうのは仕方ない事だろう。

 

だが園子の言うように、優希と会話する彼女の姿は年相応の可愛さを感じさせる。あれだけ見ていたら仲のいい可愛い妹が色々あった事を話す団欒にしか見えないだろう。

 

 

「……というか、これからどうする?」

 

「今更?!さっきの正面突破はどこ行ったのよ」

 

「……いやなんか、タイミングミスった」

 

 

てへぺろと須美の逆鱗を逆撫でする仕草をする銀。思わずどこからか取り出したハリセンでぶっ叩きそうになった。

 

 

「でもさっき大声で叫んじゃったし………」

 

「……既にバレてると私は思うわ」

 

 

 

 

 

「………バレてるんだよなぁ」

 

 

 

ビクンと肩を震わせ、ゆっくりと声のした方を見る。そこには苦笑いしながら、園子を背中に背負った袴姿の優希が立っていた。

しかし音も無く現れた優希もそうだが、今まで口を塞いでいたはずの園子が居なくなっていた事に気付いた須美は、更に驚愕した。

 

 

「そ、そのっち、いつの間に……!?」

 

「え〜、普通だよ〜。こーやってゆーにぃの所に行きたーいって思ったら背中に居たんよ〜」

 

「いやどういう事だよ……」

 

「……信じられる?友香が気付くまで分かんなかったからな」

 

 

園子に質問するのはナンセンス。的を得るような回答は貰えないので、園子のそういう行動は乃木ミスティックなどと命名して不思議現象だと認識するしかない。

 

 

「けどまぁ、とりあえず……おはよう2人とも」

 

「……お、おはよう、ございます」

 

「お、おはようっす」

 

「……腹減ってるか?朝ごはんにしちゃ遅いけど、食べる?」

 

 

一先ず、食事の席をご一緒させてもらう事にした3人であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




これは多分分ける流れ……。また待たせてしまうぅ……。


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リナリアをどうか

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後にも先にも心動かされた異性は彼しか居ないだろう、と乃木園子は言う。

 

 

 

人生の半分も生きていないであろう子供が何を言うかと思うかもしれないが、他者と感性がズレている彼女にとって直観的な閃きは、後に分かるだろうが大なり小なりその通りになる。

思い込みとか刷り込みとか自分に催眠をかけてそう思わないようにしているとかも考えられるが、彼女からしてみればそんな事する意味が無いので彼女の本心からそう言えるのだろう。

 

 

ともあれ、彼女がそう言えるにあたっての経緯も存在するわけなのだが、まずは乃木園子という少女について触れなければならない。

 

乃木園子、と言えば大赦のツートップ乃木家の跡取り娘である。時代の風化により大赦上層部に位置する名家から水準の高い勇者適性を持った少女が減り始め、低い適性値でも御役目に選ばれる事が多くなった。

その中で近年稀に見なかった高水準の適性値をたたき出した乃木園子は、良い意味でも悪い意味でも注目される事となる。

乃木家の跡取りという事だけでも色々と話を持ち掛けられていたが、適性値が高い事が分かるや更に話は多くなっていた。

 

 

乃木園子が当時どのような事を思い、感じて周囲を見ていたのかは分からない。年端もいかない少女であったから、自分の重要性がどれだけ必要視されていたのかなんて分かってなかったかもしれない。

どう転ぶにしたって、彼女の将来は大赦の為に存在すると言っても過言ではない。

 

それを理解していたのか元からなのか、彼女は他人に興味を示す事は余りなかった。何が楽しいのかボォーっと意識を飛ばし、よく分からない感性から出た行動を起こし、常に自分の流れに乗って生きている。

それを周りはまるで狂人と噂し、何時しか乃木家に狂女と裏で言われる始末。誰も彼も好き好んで乃木園子には近付かなかった。

 

思えばこれが、乃木園子から発せられるSOS信号だったのではと考える。

よく分からない周囲からの声が怖いと感じ、自身の殻の中に閉じこもってしまっているのかもしれない。積極的とは言い難い彼女だからこその防衛方法なのだと思う。

 

だがそれを周りには理解する事は出来ない。彼女の内面は彼女しか分からないと言うのが現実の非情だ。どう足掻いたって他人の気持ちなんて完璧に理解なんて無理な話。嘘をついて隠してしまえばそれでお終い。乃木園子は自分を偽って過ごしていた訳では無いが、理屈でいえば同じである。

 

 

だからこそ彼女、乃木園子にとってどれ程大きい存在なのかがよくわかる。

例えそれが親同士が決めた()()であろうと、彼女にとって()()()()は本心から関わりたいと思う唯一の異性であるのだ。

 

 

出会いはそう、彼女と高嶋優希が初めて顔合わせした時に遡る。

 

だが今回はその回想シーンは持ち合わせていないので想像におまかせする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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和室に案内された3人は、優希が食事を運んでくるから待っていてくれと言われ、座布団を引いてちゃぶ台を囲って座って待つ。

 

ニコニコした笑顔を向ける園子。ガチガチに固まる須美と銀。真顔の少女というカオスな空気を孕んでいる空間。何の集まりだと聞かれれば朝食を共にするという的外れな回答しか出来ないこの状況を打破しようと、須美は思考を巡らせる。

 

何を話すべきなのか考え、どういう話をすれば心を通わせられるのか考える最中、少女の空気が変わった。

 

 

 

 

「ーーーお帰りいただけますでしょうか?」

 

「?はい?」

 

 

開幕それだった。須美達はそう言われる。思わず首を傾げる須美と銀。何を言っているのかと目の前に腕を組んでしかめっ面をしている少女に問い質したい所だが、何やら御立腹のようで話しかけずらいオーラを出している。

 

とは言っても、はいそうですかと翻して帰宅出来るはずもなく、結局の所話をもちかけなければならないのだが。

 

 

「………聞こえませんでしたか?速やかにお帰りいただけますでしょうか?」

 

「あ、いや聞こえてます……」

 

「ならば早くお帰りいただけますか?お兄様はお忙しいのです。貴女方と接されている時間すら惜しい」

 

「……え、いやでも………」

 

「分からないのですか?迷惑だと言っているのです」

 

 

取り付く島が無いとはこの事だろうか。上手く言葉に出来ない須美達もそうだが、彼女の猪突猛進な態度に思わず後ずさってしまう。

幼顔から生み出される鋭い眼光は、歳が近い須美達を怯ませるには十分だった。

 

 

「……そもそも、何故貴女方はこちらにいらっしゃるのですか?今日はお客様がお見えになるとは聞いておりませんし、お兄様の口からも貴女方がいらっしゃるとは伺っておりません。一体、何を、しに、来たのですか!!」

 

 

ずいずいと距離を詰めてくる少女。それを抑えるであろうストッパーはおらず、肩身の狭い空気を須美と銀は味わうのだった。

 

 

「まぁまぁ友香ちゃん。そう硬くならず〜」

 

「離れてください乃木さん。馴れ馴れしくしないで頂きたい」

 

「わぉ〜、相変わらず厳し〜」

 

 

絡んでいく園子にもこの態度。何やら2人の間には何かがあるようだが、それを詮索出来る余裕は須美と銀には持ち合わせていない。

ギロりと睨まれ冷たくあしらわれた園子は、座っていた座布団から腰を上げると、千鳥足の如くフラフラとした足取りで何やら歩き始めた。

 

 

「……そ、そのっちも流石にああなるのね」

 

「い、意外だよな……」

 

 

友香のキツい言動に傷つけられて落ち込んでいるように見える園子。イメージとは違った園子の姿に思わず驚いてしまう。

 

 

 

 

「……あ、ゆーにぃ〜」

 

「……ん?っうぉいっ、いきなりなんだっ?」

 

 

突然襖が開いたと思えば、そのタイミングで園子が突然飛び込む。襖の先には案の定優希が居り、園子はぐるりと優希の背中に抱き着いた。

 

 

「いや全然落ち込んでないじゃん……」

 

「……本当にそのっちは分からないわね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……え?じゃあ私達が来る事を知っていたんですか?」

 

「あぁ、昨日そのちゃん経由で。後饂飩食べたいだとか何とか」

 

「来る事知ってたなら妹さんにも言っといて欲しかったっす〜……」

 

「教えちゃったら客として通しちゃうかもしれないだろ?友香は正直な子だから隠し事が苦手でね」

 

「……まぁ結局私達は自滅しただけなんですけどね」

 

 

うん、と肯定せざるおえない。大声出してここにいますよとアピールしたのは紛れもなく自分達だ。あれでバレない筈がなく、蛇を前にする蛙の如く妹ちゃんの可愛らしい眼光に震えるしかない。

 

目の前に置かれた丼の中に美しく盛られた饂飩を、3人揃ってツルツルっと啜りもきゅもきゅ咀嚼。心地良い喉越しといりこの風味が全身を木霊する。

 

 

「………それで、いつまでいらっしゃるのですか?もう用をお済でしょうからお帰りいただけますか?」

 

「……口開いたらそれって。最早鉄板ネタみたいな感じになってるよ」

 

「てっぱん?ネタ?……よく分かりませんが、私はすぐさまお帰り頂きたいのですが」

 

「そう言わなくても。今日はそんな忙しくは無いから大丈夫だよ」

 

「いいえお兄様。そんな日だからこそ、お兄様には休息が必要不可欠。お身体に何かあってからでは遅いのです」

 

 

優希の言葉にも否定を繰り返す友香。思わず優希も苦笑い。

 

 

「……友香。その気持ちは嬉しいけど、折角来てくれた友人を疎かにする程俺は切り詰めてないよ。それに、友人と何かして遊ぶ事も俺にとっては立派な休息だと思うんだ」

 

「……そうやってお兄様はいつもいつも。だからあの愚男共もいい顔して……」

 

 

 

「友香。それは言っちゃいけない。少し頭を冷やして来い」

 

 

 

普段の優希からは想像も出来ない冷たい声。思わず3人もビクッと身体を震わせてしまった。

最愛の兄にそう言われてしまった友香は、渋々部屋を後にする。残された4人の雰囲気は少し重い空気を孕んでいる。

 

 

「……ごめん。友香も悪気があってあんな事言ってる訳じゃないんだ。ちょっと内面的に最近余裕が無いみたいで……」

 

「……いえ、気にしていると言われればそれまでですが、平気です」

 

「そう言ってくれると助かる。さぁ、折角来てくれたんだ。目的がどうたら言っていたけど、まずはそれを解決しようか」

 

 

先程までの雰囲気よりも少し軽くなった。優希の零れる笑みに須美達も少し硬い表情が柔らかくなった。

 

 

「ありがとうございます。………ですが、今日の目的は高嶋さんについて知りたかったのが重要だったので、本人の前ではなんとも……」

 

「?何かしら質問とかするんじゃないのか?」

 

「……えっ、あっ………」

 

「……須美、お前さてはその考えは無かったな」

 

「……それを言うなら銀もでしょ?責任転嫁しないでよ」

 

「おいおい、抑えたと思ったらまた違う火種で険悪ムードに。落ち着いてくれって」

 

「ゆーにぃ、それでも2人は通常運転なんよ〜」

 

「園子のそれには言われたくないやい!」

 

 

園子のそれとは言わずもがな。本人は何を言われているのか分からないと言った感じだ。腑に落ちないと須美と銀はげんなり。

 

しかし、と須美は疑問になる。自分達と大して優希との初対面した時間は変わらない筈だが、園子はどうしてそこまで優希に懐いているのかと。園子の性格からそうなるまでには理由があるはずだが、出会って数ヶ月の人間とベタベタ身体をくっつけ合うことが出来るのだろうか。……園子の性格からしたら出来ないこともないだろうが、園子は一言で言えば不思議ちゃん。何で彼女の興味を引けるのか分からないが、園子と優希の間にそんな共通する趣味等があるのだろうか。

 

須美はそれを直ぐに言葉にして伝える。

 

 

「……あの、さっきの話からの流れであれなのですが、そのっちとどうしてそこまで親密なのでしょうか?」

 

「お、嫉妬か?」

 

「はっ倒すわよ銀」

 

 

思わず拳骨を振り下ろしそうになるが、取り敢えず言葉で返しておく。

銀のここぞとばかりに煽っていくスタイルは須美の最近の悩みの種でもある。だがこれでも互いに信頼し合えているのだから、からかわれているのだと須美も理解はしているから内心楽しんでいる。本人は認めたくないようだが。

 

 

「親密、か。良かったなそのちゃん。そう見えてるって」

 

「えへへ〜、ちょっと恥ずかしいんよ〜」

 

「まあ仲がいいってのは俺達自身も分かってたけど、今更そう言われると確かに恥ずかしいな」

 

「へぇ〜、優希さんでもそうやって恥ずかしがるんですね」

 

 

銀は珍しく羞恥によって照れている優希に思わずそう言う。確かに、優希の性格からしたら余り想像がつかない一面ではある。

 

 

「……俺にどんなイメージを持っているの?そんなに感情が無い男だって思われてる?」

 

「いや、優希さんは恥ずかしがるんじゃなくて、ちょっと自信あり気な態度をとるのかなぁーなんて思ってたので」

 

「あんまり自分には自信を持てないよ俺は。どっちかと言うと心配事が多いかな。……で、話戻すけど、俺とそのちゃんは須美ちゃんと銀ちゃんよりも付き合いは長いんだ」

 

「つつつつつつきあい!?ふふふふふたりは相思相愛のななななな!?!?」

 

「落ち着け須美!見た感じ園子の一方通行に見えるぞ!」

 

「いや勝手に話を膨らませないで欲しいんだけど!交際の方での付き合いじゃないから!」

 

「あ、なんだ。……よかった」

 

「びっくりさせないでよ銀。……それなら、まだ……」

 

「いや今のは須美だろ。で、優希さん。あたし達より園子との付き合いが長いってどう言う事ですか?」

 

「あ、そんな普通に戻るのか……。そのちゃんとの付き合いは俺が高嶋家に養子で来た時からの仲かな。御役目初の男である事にそのちゃんの御父上が興味を持ってね。大赦名家への顔合わせを込して行った上層会議でお話した所から今の関係だ。端折るとこんな感じかな」

 

「え〜、ゆーにぃ。アレが抜けてるんよ〜」

 

「アレ?……あー、アレね」

 

 

何やら2人だけで納得している。須美はそれがなんだか面白くないのかムッと顔を顰める。

 

 

「……お2人だけで納得されると気になります。アレとは?」

 

 

その後須美は後悔する事になる。何故自分はここまで踏み込んで聞いてしまったのかと。

 

 

「アレってね〜、私はゆーにぃと将来結婚するって事なんよ〜」

 

「正確にはお互いが結婚出来る年齢でも好意を抱いていたらなんだけどね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「は?(キレそう)」」

 

 

 

 

とんだ爆弾を投下され、須美と銀は固まる事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▆▆▆▆▆▆▆▆▆▆▆▆▆▆▆▆▆▆▆▆▆▆▆▆▆▆▆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーあぁ、あぁ…………お兄様。

 

 

 

 

びちゃびちゃと水の音が聞こえる。聞こえるべきではない場所で響く水音。水道の通っていない部屋でそれが聞こえるのは不思議だと思うが、プライバシーに関わる為あえて伏せよう。

 

悶々と熱の籠った熱い吐息。エクスタシーに達する度に悶える身体。背徳感が更に火照る体を刺激し、だらしなく涎を口元から零してしまう。

 

 

 

 

ーーー友香は………、友香は我慢出来ません……………。

 

 

 

 

動かす右手を口元まで運び、舐めとるように狂おうしく指を念入りに舐める。疼いて疼いて仕方が無い下半身の奥。抑えられない快楽の渦が無意識に左腕を動かす。

 

貪欲に、熱烈に。貪るように身体を慰める。

それで満足出来るはずが無く、彼女は何回目か分からないエクスタシーに到達し、ビクンビクンと全身を大きく震えさせた。

 

 

 

 

ーーー………お兄様っ、………お兄様。

 

 

 

 

荒い息を抑えるどころか、目の前に居ないはずの幻に舌を伸ばして貪るように舌と口を激しく動かす。

 

全身から止めどなく流れる汗がシーツに染み込み、まるでバケツで水をまいたようにびちゃびちゃになっている。しかし、そんな事を気にする余裕は今の彼女には無い。

 

見えない何かを貪り、自分の身体を慰めて心を満たす。兄への想いを満たす。少女の恋心を揺れ動かす。

 

 

 

 

ーーー…………もっとです、お兄様…………。もっと、もっとっ、もっともっともっともっともっともっともっともっともっともっとっ。

 

 

 

 

舌を蛇のように動かし、顔を前後に揺すりながら幸せそうに吐息を吐く。下半身から止めどなく流れる愛の象徴は、来るべき相方を想い涙するように流れ落ちる。

 

 

 

 

 

ーーー…………お兄様は私だけのものっ、………お兄様は私だけのものっ。

 

 

 

 

 

 

 

彼女の夜は、まだまだこれからである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




なんか最近妹(新妹義妹構わず)があだるてぃーな事してるのが凄い好きになっちゃった。うちの妹もやってくれないかなぁ………なんて、冗談なんですけどね。

でも好きになったのはほんと。なんかこー、禁断の果実に手を伸ばしてその魅力にドハマリして抜け出せなくなったみたいな?やめたいけどやめられない。お兄ちゃんを思うと身体が疼くっ!!みたいな感じがまさにどストライクやわ。

そのまま兄にその場を見られて一線越えちゃうってなると更にこーほぉんしゅりゅ!!(鼻血ドバー







……ホントやばい最近。自分の性癖を暴露していくとか変態かよ…。


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スミレの冠

時間があるのでこっちも投げるぜぽぉーい!!


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人が良く『器用ですね』とか、『動きが良いね』とか、『運動神経抜群じゃん』と褒める事が多々ある。

無論これは言われた本人からすれば嬉しい限りであり、より精度の高まった動きになっていく。人間誰しも、褒められた事は真に受けて心を高ぶらせる。

人よりも突起して何か出来る、それを指摘されるのはどんな人間でも嬉しいと感じてしまうのだ。

 

では、自分と他人でそのような差が生まれるのは何故だろうと考える。

よくある話だが、運動神経と言う体の器官は存在しない。脳からの信号を神経が全身に通達し、それを動きに反映させる。そこまでの時間凡そ0.1秒以下。一瞬で動けているように見えても、実際はその一瞬に時間がかかっている。

 

反射神経という言葉もあるが、これも神経の伝達から反映される動きではあるものの、反射神経は言うなれば覚えた体の動きを瞬時に反映させているというものである。

 

運動神経と反射神経に大した違いはない。同じように、慣れた動きを瞬時にしているだけなのだ。

よくある事だが、野球選手が落下する物体をグローブを填めていた手で誰よりも早く取れるのは、何度も繰り返して行ったからに他ならない。

 

 

故に運動神経、反射神経を高める為には、何度も同じ行動をして無駄を無くし、考える隙も無い瞬間の時間すら無い程極めなければならない。

他人との差が生まれるのは、どれだけその行動を反復していたかによるということだ。

 

 

 

 

というわけで須美達小学生組は、敵との初戦闘後から自分達の力を高める為に模索し、安芸先生主導の元、休日に訓練を行うようになった。訓練の内容はそれぞれステップ毎に難易度を上げていき、主に連携を考えて訓練を行う。

 

須美達の戦闘スタイルはそれぞれ前衛中衛後衛と分けられており、優希が入る事で前衛中衛を厚くすることができる。

銀はまず考える事を余り得意としていないのは周知の事。猪突猛進というわけではないが、基本的な動きを覚え後は突撃させるのが銀のいちばん上手い扱い方だと全員の意見が一致。銀は終始反論を唱えていたがそんな事露知らず。双斧を構え敵に切り込む切り込み隊長へ昇格した。

 

園子は如意棒の如く伸びる槍を駆使した中衛。普段ポヤポヤしているが、突発的な閃は優希にも勝る。独創的な考え方を駆使した作戦は、訓練でもその効力を常に発揮している。後衛の須美を護衛する役割もあるが、優希と並行すれば完璧な守備となろう。気持ち的にはサンチョ大将軍と言ったところか。

 

須美は後衛であるが為に、視野を余計に広く持たなければならない。扱う武器は弓矢であるが、射程距離がはっきりしており、遠ければ遠い程威力は弱まる。接近すればするだけ弓としてのアドバンテージが薄れていくが、そこは須美の技量に委ねられる。園子が常にそばに居る為急激な接近にも対応出来、突撃する銀を援護、敵の注意を引くデコイの役にも代替わり出来る。

訓練中、どんな体勢でも的を射抜く様は正に八島の戦いの那須与一その人だ。

 

優希は言うなればオールラウンダーだ。パワー、スピード、そして全員に合わせられる協調性。常に動き回り、足りない部分を補っていく。

銀と突撃するが、敵の攻撃を最小限後方に飛ばさないよう弾き、銀の援護をする。何処にでも現れるお助けヒーローだ。

 

 

 

今日も夕日が沈むまで訓練は続く。とある砂浜を借り足場の悪い状況を利用しつつトレーニング。今日は個人技を磨く為個々で訓練を行っていた。

 

 

「……ふんぎぃぎぎぎぎぎっ!!」

 

 

腰を入れ、両手で地面に刺さった斧を引っこ抜こうと顔を力ませているのは銀だ。腕、背筋を鍛える為、どんな体勢でも斧が触れるよう引っこ抜いては違う場所に刺す特訓だ。既に周囲は穴だらけ。回数で言えば既に100を超える。小学生にはやり過ぎのような気もするが。

 

 

「三ノ輪さん、あと2回で新記録よ」

 

「んぉおおおおっ、こん……っ、じょぉおおおお!!」

 

 

グググッと地盤ごと隆起し、スポンと斧が抜ける。勢い余って後ろに倒れ込みそうになる銀は何とか持ちこたえようとするが、遠心力が掛かった斧には勝てずそのまま後ろに倒れ込んだ。思わず手の中から斧か後ろに飛んでいく。

 

 

「……さ〜ん〜ちょぉおわぁああああ!?!?」

 

 

ブンブン回転しながら飛んで行った斧は、謎の動きをしていた園子の真横に勢いよく突き刺さった。園子の前髪が少し切られ、飛んできた斧に思わず奇声を上げる。

 

 

「……あ、ごめん園子」

 

 

足がプルプル震えながらも、立ち上がって謝罪する銀。目をぱちくり数回させた園子は、ヘナヘナ地面に座り込むとふほぉーと息を吐く。

 

 

「…びっくりしたんよォ」

 

「銀、危ないじゃない!!」

 

「……たはは、ごめんよぉ」

 

 

通常振り回している斧とは違い、重量は元の2倍。勇者服を纏っている彼女達でも、勇者服を基に作られた武器は重さも計算されている為重量が増えれば扱いも難しくなる。

銀の場合だと体力切れのようで、もう無理〜と地面に突っ伏している。

 

 

「流石に今日はここまでにしましょう。だいぶ記録も伸びてきたわね」

 

「……これがノルマの数って、先生も大概鬼ですなぁ……」

 

「若い子程、直ぐに結果が出るものを好むのよ。若干無理させているとは言え、三ノ輪さんの身体も何処となく変わったでしょ?」

 

 

確かにと目の前に両手を翳す。数日前までは無かった掌の豆。若干前腕の筋肉も隆起しているし、肩も少し大きくなった。成長期である胸もこのまま増えて欲しいと願う銀は、果たして誰を見てそう思うのか。

自分がモリモリのマッチョウーマンに近付いている事に微妙な感情を抱きつつ、自身の身体が少しずつ変化している事に喜びの笑みが零れる。

 

 

「……筋肉痛で授業中も痛いんですよぉ」

 

「なら三ノ輪さん、明日は授業中の問は全て任せる事にするわ。スクワットにもなっていい筋トレよ」

 

「ふぁああっ、勘弁してくださいよォ〜」

 

 

ぐてぇーと身体がとろけるように地面にへちゃける銀。そんな銀を見ながら笑みを浮かべつつ、離れた場所で訓練している須美と園子を眺めながら安芸先生は息を漏らす。

 

 

「……本当は、貴方達のような子供に背負って欲しくない事なんだけどね」

 

 

小学生である彼女達に世界の運命を委ねるなど常軌を逸している。遊び、学び、成長していくのが彼女達の本来の姿である。故に、生死をかけた戦いに身を投じ指せることを、安芸先生は疑問視している。世界の為に供物が必要だと言うのなら、世界をこれからになっていくであろう子供達を使うなど、断じて許されることではない。

しかしこれは大赦の、ひいては神託による選別である。安芸先生の上司である人間達がその言葉に従わない訳が無い。実権、権力、名声、地位、資金。全てにおいて足りない安芸先生は、例えどんな理不尽な命令だろうと上からの指示には逆らえない。もどかしさだけが安芸先生の心を揺さぶる。

 

 

「……心配しなくても大丈夫です。あたし達は、絶対に負けません」

 

「三ノ輪さん………」

 

「あたし達だけじゃない。優希さんだって居るんだ。それに、安芸先生もあたし達のそばに居てくれる。それだけで百人力っす!!」

 

 

グッと親指を立てた銀は、満面な笑みを安芸先生に向ける。それが強がりからくるのか、それとも本当にそう思えているからこそその表情が出来るのか。安芸先生には何となく理解出来たが、それを口にする事は無かった。

そっと微笑み、銀の手に手を重ねる。

 

 

「………全く、そういう頼もしさは遅刻をしなくなってから言って欲しかったわ」

 

「うわぁ、言われちゃったなぁ……」

 

「……でも、そうね。大人である私が、不安になってちゃ駄目よね。ありがとう、三ノ輪さん」

 

 

銀を立ち上がらせ、体に着いた土をはらい落とす。そのタイミングで須美と園子も2人に近づいてきた。

若干汗ばんで疲れが見える2人だが、やりきった感のある清々しい表情をしている。

 

 

「先生、こちらも終わりました」

 

「お腹ぺこぺこ〜」

 

 

武器を背負った須美はピシッと姿勢よく、園子は地面に引きずるように槍を持ちお腹を摩っている。

 

 

「お疲れ様。今日はこれでおしまいにしましょう。取り敢えず、汗を流しに行きましょう」

 

「よっしゃーっ、温泉だ温泉!!」

 

「ご飯ご飯ごは〜ん!!」

 

「ふ、2人ともはしゃがないの!」

 

 

訓練で流した汗をスッキリさせるには、やはり温泉に限る。大赦の息のかかった旅館が近くにある為、そこで汗を流しつつ食事をとる。各個人でストレッチをし体を解してから帰宅するのが最近のルーティンである。

 

 

「……取り敢えず、優希くんと合流しましょうか。連絡を見る限りじゃ近くまで来てるみたいだし」

 

「うわぁーいっ、ゆーにぃ!!」

 

 

ピューンっと砂埃を上げながら園子は何処かに走り去ってしまった。止める隙もない。こういう場合探しに行かなければならない筈だが、3人はまたかと頭を抑えるしかない。園子は必ず優希の場所まで辿り着くのだ。本人曰く何となくと答えるのだが、何となくで場所もわからない人間を探し当てるなどどう考えても無理である。

これが、園子クオリティという現象である。

 

 

「……はぁ、先に車まで行きましょうか。優希くんの事だから、車の場所まで来てくれるはずよ」

 

「りょーかいですっ。……たはぁー、まぢつかれた」

 

「……明日学校がお休みで良かったわ。ここまで追い込むと学業に支障が出てしまいそう」

 

「……真面目ですな須美さんや」

 

「それが学生としての姿よ三ノ輪さん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……えーと、お待たせしました?」

 

「いいえ、優希くん。私達も今着いたところよ」

 

 

安芸先生の車に辿り着くと数秒後に背中に園子を背負った優希がやってきた。優希は部活の大会が近い為、部活動での練習に力を注いでいる。

 

 

「……園子、寝てるし」

 

「……相変わらず気持ちよさそうに寝るわね」

 

「……すぴー、すぴー」

 

 

鼻ちょうちんを膨らませ、しっかり熟睡して優希の背中に背負われている園子。若干、羨ましそうな表情を園子に向ける2人だが、自分達では自覚が無い様で安芸先生と優希が微笑ましいものを見るように眺めている。

 

 

「17時前だけど丁度いいわね。皆、出発するわよ」

 

 

はーいと安芸先生の車に乗り込む3人(+1人)。助っ席に園子を膝に乗せた優希が座り、後部座席に銀と須美が座る。むーっと頬っぺたを膨らませた銀と須美に優希は後でやってあげると言い、大人しくなる2人。普段園子にしかしていないので、こういう甘えたがりの年頃である2人には滅多に出来ないからこそ出来るタイミングを狙っている。銀は長女であるためか、優希に積極的とまでは行かないが周りをウロウロするぐらいには距離が近い。須美は一人っ子なので距離感がよく分からないのか、遠くでじっと声をかけられるのを待っている。

遊んで遊んでとはしゃぐ子犬と、どうやって行ったらいいのか分からない人見知りの子犬だ。

 

 

旅館までの距離は車で行けば差程遠くは無い。20分くらいだろうか。海辺の丘に面した場所で、一般で利用しようものなら1人辺りかなりの値段を要する。

そんな場所を無料で使えるというのはとてつもなく贅沢であり、最初安芸先生が話題にした時、須美、銀、優希はとんでもないと恐縮していた(園子は爆睡中)。しかしそこは人間の怖いところ、慣れてしまえば恐縮していた気持ちは何処へやら。いつしか楽しんで行く姿が見られるようになる。

 

ここまで大赦からの待遇がいいのも、一重に勇者だからという言い訳ができてしまう。戦慄したのは言うまでもない。

 

 

隠れ家のような趣と、滲み出る高級感。第一印象はそれだった。かくいう優希も、高嶋本家もそんなような感じだと銀に指摘され、鷲尾家のゴージャス感には敵わないと優希が須美に言い、須美は三ノ輪家を見ていると落ち着くわと銀に言い合った。園子は終始おねんねである。

 

旅館に着いた一行は、一先ず汗を流す為に大浴場へ。砂が髪に絡んでいるため女の子にとっては気になるところ。安芸先生に連れていかれる女子3人は女性用浴場へ。優希は男性用浴場へ向かう。園子が一緒に入りたいと駄々をこねるが、強制送還(ドナドナ)された。優希は終始苦笑い。

 

 

「……たはぁー、やっぱおっきい風呂で足伸ばせるのって最高だよなぁ」

 

「なんだか叔父さんみたいよ、銀」

 

 

おっさん地味だため息が銀の口から流れる。丁度いい湯加減と全身が温まりリラックスしていく為ついつい漏らしてしまう。体を洗い、我先にと湯船に浸かった銀の後をゆっくり追うように、前をタオルで隠した須美が歩いてくる。

湯気が立っているにも関わらず、くっきりと見えるシルエット。真っ白な傷一つないスベスベな肌。小学生とは思えない驚異のプロポーション。そしてその佇まい。同性である銀ですら若干気恥しそうに視線を逸らした。

 

 

「……でも、確かに銀の気持ちもわかるわ。疲れた身体を湯船に使って解すのはこの国伝統の式たりよね」

 

「……まぁ、そこはよくわかんないけど。気持ちいいなぁ……」

 

「……そうねぇ」

 

 

空では夕焼けの光と夜の暗闇が交差し、静かな時間が流れている。もう今日が終わるという現象を空を見て益々感慨深く思ってしまう。今日はどうだっただの、あれがどうたらこれがあーだこーだと、ボーッと眺めながら考える。名前の分からない虫の声、海の漣、波紋する水音。心と身体がとき解されて、だんだん瞼が閉じていく。逆らえない、リラックスしたからこそ起こる睡眠欲求。銀と須美は目を完全に閉じた。

 

 

「ーーーうぇえええい!!!おっんせぇえええん!!」

 

 

突如としてどデカい雑音が耳に叩き込まれた。思わずビクッと全身を硬直させ、刺激された睡眠欲求が薄れていく。

目の前に飛び込んできたのは水飛沫。それが少量ではなく大量。水飛沫が高く上がり、水面に落ちると同時に激しい波。お湯が側溝に流れ落ちてしまう。

 

一体何なんだと考えるが、こんな事するのは1人しか居ない。

 

 

「……もぅ、そのっち。いくら他の人が居ないからって、飛び込むのは禁止よ」

 

「……もうちょい、静かに入ってくれやせんかね?」

 

 

起きた波が頭まで覆い尽くし髪がビシャビシャに濡れた2人。えへへーと頭をかきながら湯気の中から近付いてきたのは頭をタオルでぐるぐる巻きにした園子だった。

 

 

「2人ともお眠だったから起こしちゃった〜。お目目バッチリ?」

 

「バッチリだけど……バッチリだけども……」

 

 

上手く言葉に表せないのか、須美はぐぬぬと表情を固めながら唸りをあげる。

園子の奇行は今に始まった訳では無い。無いのだが、毎度毎度歯痒い感じの怒りが込み上げてくる為、それをどう説明すればいいのか分からない。気にしちゃ負けなのだろうが、この破天荒お嬢様。悪びれているようで何処と無く楽しそうにしているのが怒りきれない原因とわかっているのだろうか。

 

 

「……うはぁ〜、極楽極楽」

 

 

肩まで浸かった園子は、表情を蕩けさせ水面にゆっくりと沈んでいく。ぶくぶくと息を吐いて泡を出し、まるで顔を出したカニのよう。丁度夜風も吹いてきてか、より風流のあるロケーションになっていく。

 

 

「そのっちもだいぶ身体付きが変わったわね」

 

「ん〜、そうかな〜?」

 

 

身体が引き締まったと言えばいいのか。運動している小学生の身体よりも筋肉量が多く見える。しかし園子の体は伊達ではない。柔らかいところは柔らかく、モチモチしているところはしっとりモチモチなのだ。

 

 

「……ふふん、鷲尾家の須美さんは相変わらずええボディをしてますのぉ」

 

「……ちょっと、気持ち悪いわよ銀」

 

「桃が浮いてるみたいなんよ〜」

 

「……もう、そのっちまで」

 

 

恥ずかしそうにタオルで胸を隠す須美。湯船にタオルをつけるのはマナー違反と普段なら言うであろう須美がそうしているのだから、相当恥ずかしがっているようだ。

 

 

「……ちょっとぐらい、分けてくれてもいいんじゃない?」

 

「身体の発育は譲渡出来ないものよ。私だって、少し胸が窮屈で困ってるんだから……」

 

「持たぬ者には分からんわい!!」

 

 

突然立ち上がった銀は須美の体に飛びつくと、タオルを無理やりひっぺがしてそのたわわな胸部を下から揉みしだく。

 

 

「ひゃああああ!!!」

 

 

思わず須美の口から可愛らしい悲鳴が。ぷるんと柔らかく、しっとりモチモチした肌触りが心地良い。数回こねくり回した後、背中にピッタリくっついて須美の全身を堪能する。

園子はひゅおおおおと赤面した。

 

 

「ぎ、銀!!」

 

「……あぁ、でっかくてやわっこい。スベスベしてて気持ちいい……。羨ましい身体だよな」

 

 

肢体を舐めるように撫でる銀の手つきが須美の羞恥心、背徳感を刺激する。胸を揉みしだく銀の掌にコリコリしたモノが当たり、その都度須美の反応が変わるのは気付いていない様子で。銀は夢中で須美の身体を愛撫する。

 

 

「……ちょっ、やめなさい!!」

 

 

手に持っていたタオルをフルスイング。水気を吸っていたタオルは乾いたタオルよりもより強力なパワーで銀の顔面を鞭打。びちゃんっ!!と激しい水音と共に銀は水中に沈んでいくのだった。

 

 

「……そのっち?」

 

「わわわっ、私は何も見てないんよォ〜!!」

 

 

ギロリッと須美の鋭い視線が園子を突き刺す。慌てて園子は目を隠して明後日の方向に体を向けた。

 

 

その後気絶した銀を急いで引きあげて蘇生、何事も無かった様に湯船に浸かり直すのだった。

 

 

 

「……全く、元気なのはいいけど落ち着きなさい」

 

 

途中、小言もいいながらも苦笑いを浮かべた安芸先生がやってくるのだが、そのグラマラスなボディに3人は驚愕するのだった。

 

 

「……メ、メガロ……ポリス」

 

「……巨大なすいか」

 

「………ひゅおおおおお」

 

 

 

 

 

 

 




最終的な終わり方はプロットであるのにそれを文書にするのってマジキチ速報


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菊を隠す

閑話です。何となく出したかったから出しました。




オリキャラオリ設定有り。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

神樹館中等部に通う優希は、一言で表すなら校内一注目される生徒である。

 

 

まず第一に、大赦の関係者が多く通う神樹館。小中高等部と分かれる大赦が運営する私立学校は、マンモス校という程では無いものの、坂出市内では大きな校舎と敷地を持った学校である。

大赦が運営しているだけあって神樹様第一の精神が根強く、神樹様への祈りの授業も行なわれ、神樹館を卒業する生徒達の大半はそのまま大赦に就職するものが多いという。

 

そんな神樹館中等部に通う優希は、勇者という御役目を担いながらも部活に勤しむ一生徒でもある。陸上部に所属する優希は、他にも幾つも部活を掛け持ちしており、柔道、剣道、バスケットボール、バレーボール部と体育系部活をひっきりなしに回っている。

助っ人と言う訳では無いが、どの部活にもその身体能力の高さから切り札的存在として在籍しており、普通そんな立場の生徒がいれば僻まれるのが当たり前なのだが、逆にどんどん来て欲しいと積極的に呼ばれる程の高い信頼を得ている。

 

勿論こんな生徒がモテないはずもなく、優希は学校中の憧れの的として見られており、毎日の様に告白されるのが日常。大赦直結の大家からは縁談の話も幾つかあるんだとか。

御役目がある為優希は告白を全て断っているが、それが逆に女子生徒たちからの好感度を上げているらしく、ファンクラブなるモノもあるんだとか。

 

まぁそんなこんなで、優希は何処でもチヤホヤ持て囃されている学校生活を送っているのだが、当然友人関係にも恵まれている。

基本的平等に接する優希は、男子生徒達から頼りにされる場面が多く、面倒見がいいのもあって何時も周りに人が集まっている。

 

 

言わば学校の中心と呼べる優希なのだが、そんな彼は内心どう思っているのかというと。

 

 

 

「ーーーふぁぁぁ〜っ、だ、りぃ〜」

 

 

机に突っ伏してそう息を吐く。

四六時中誰かに付きまとわれるというのは中々に疲れるものだ。向こうからしたらそんなのお構い無しで、楽しいからどんどん近寄ってくるのだが、優希からすれば楽しいがそれが1人2人なら兎も角、何十人単位なので流石におなかいっぱい。優希が蕩けるように机に身体を倒しているのも分からなくはない。

 

現在午前中の授業が全て終わりこれから各々昼食を摂る時間だ。優希も栄養バランスを考えられた弁当を取り出そうとするも、なんだか食べる気になれないでいた。

 

 

「人気者は辛いね全く。いつか身体をバラバラに刻んで全生徒に配られる勢いだ」

 

「……何言ってんだお前」

 

 

唐突に突っ伏す優希の頭をグリグリと拳を押し付ける生徒。クオーターの血筋であるかどうかは知らないが何故か髪色がクリーム色の男子生徒は、優希の前の席の椅子に座り込むとポケットからなにやら紙を出してきた。

 

 

「取り敢えず今日の話を聞かせろよ。夕海子が聞きたがってる」

 

「……まだ午前中なんですけど。それにそんな大した話なんてないぞ」

 

「何を言いますか。お前が居るだけで面白いんだから大丈夫だって」

 

「弥勒家の長男坊がそんなんで大丈夫なのか……?」

 

「俺は継がないから大丈夫」

 

 

取り敢えず捏造しとくわと、紙にペンを走らせる男子生徒。最早恒例となった彼の行動に、優希は止めるという選択肢を無くしている。彼の妹に聞かせるという武勇伝、何故そんなものが聞きたいのか聞いても話してくれないので諦めているのだが、そんなこんなでもこの男子生徒とは長い付き合いになっている。

 

 

「……取り敢えずはと、優希……んーと、午前中だけで10人に告られるっと。男子生徒含む……」

 

「おい書くならマトモなのにしろよ。まるで男にもモテてるみたいじゃないか」

 

「何を今更。男心まで鷲掴みしてる奴がなーに言ってんだ」

 

「男心?俺が?やだよなんだよ気持ち悪い」

 

「何を今更。俺なんかお前が思うよりも前から気持ち悪いって思ってた」

 

「……それ俺が気持ち悪い?それとも俺に恋してる男子が?」

 

「真実は神樹様のみぞ知るってね」

 

「おいマジでやめてくれ。そんな真実押し付けられたら神樹様病んじまうぞ。どっちか否定してくれよ」

 

「なーにを今更。否定出来ないから気持ち悪いんだろうが」

 

 

何言ってんだこいつと、ジト目を向けられる優希。最早何も語るまいと、ゴンッと額を机にぶつけて顔を伏せた。

この男、弥勒蓮兎(れんと)はゴシップ大好き人間である。毎日の様にありもしない捏造を考えては妹に伝え、妹にいつも叱られている情けない兄である。

 

 

「……んー、なんだかなぁ。もうちょい面白いネタない?最近の身の回りとかなんか変化ない?」

 

「……お前の思考がバグってるぐらいだ」

 

「あ、成程年下好きね」

 

「待ってそれどっから出た」

 

 

紙に滑らせていたペンを鷲掴みにする優希。ペンから鳴ってはいけない軋む音が聞こえる。

 

 

「……お前自分の握力考えろよ?その歳で林檎潰すとか正気の沙汰じゃねぇんだからな?」

 

「いつかお前の頭を潰すその時までは自重するさ。……というか、なんで年下好きって話が出るんだよ」

 

「なんで声のボリューム落とした。そしてなんで声のトーン落とした。……分かってるだろ?小学生と最近仲が宜しいようで。お陰で夕海子の機嫌が悪いのなんの」

 

「弥勒家の人間なら分かるだろ?御役目で一緒に居るんだから自然とな。……なんで夕海子ちゃんが機嫌悪くなるんだ?」

 

「クソ鈍感が。今時鈍感主人公なんて流行んねぇんだよ糞が」

 

「おい言葉が汚ぇって。それでも大赦の人間かよ」

 

「家継がないから大丈夫」

 

 

その言葉はそんなに便利じゃ無いんだぞと、ため息混じりにそう呟く。

 

大赦直結の大家は、基本的当主は長女が襲名する。代々男性より女性の方が大赦内での活躍が多く、勇者巫女を始め全て女性中心で行われているためその仕来りで長女は御家を、長男は婿養子として家を出ていくことが多い。この蓮兎も例に漏れず、この歳で既に許嫁が存在しており、将来は確実にその許嫁と婚姻を結ぶ事になる。優希はまだ確定した許嫁は居ないが、一番関係の深い乃木家の婿養子になる可能性が高いと思っている。

 

 

「まぁ何?年下好きって言うのは別に悪かないんだがな?小学生に手を出すってどうよ。天下無敵の優希君がそんなんじゃ神樹館中等部の面子が崩壊しちゃうぞ」

 

「……お前そんなにもこの学校への誇り持ってたのか」

 

「ある訳ないじゃん。埃?綺麗好きな俺には邪魔でしかないよ」

 

「そのホコリじゃねぇよ。言葉汚い癖に綺麗好きとか言うなよ」

 

「何を今更。俺がそんなわけねぇじゃねぇか」

 

「会話が続かんてしっかりしてくれ」

 

「しっかりしてるわ。それで、答えてもらいましょうかね?中等部を背負う優希君の言い訳を」

 

 

まるで人を犯罪者みたいに。優希は何度目かのため息を吐いた。

確かに仲がいいとは思っているが、所詮はの程度。手を出す……というのは何処からの事を言っているのか具体的には知らないが、決してやましい訳でもないし、そんな気持ちもさらさらない。逆にいい迷惑だと蓮兎を睨みつける。

 

 

「言い訳とか何よほんと。……まぁ、そのちゃんとは仲がいいからそれなんじゃね?あの子いっつもくっついてくるし」

 

「……あぁ、乃木家の御令嬢ね。確かに可愛いがうちの夕海子の方が可愛いだろ?」

 

「可愛い……と言うより、美少女って言った方がいい気がする。絶対別嬪さんになるよ夕海子ちゃん」

 

「おっけー伝えとくわ」

 

「嘘混ぜるなよ捏造するなよ。夕海子ちゃんまで変な誤解したら困るんだよ……」

 

「大丈夫だって。それで?乃木家の御令嬢とは何処まで?」

 

「……何処までとは?」

 

 

しらばっくれるなよと、態とらしくため息を吐く蓮兎はペンを机に置き、ピシッと指を優希に向ける。

 

 

「今時の中学生カップルなんてやる事はやるんだよ。相手が例え小学生だろうとやる時はやる。それを踏まえ大赦の大物であるお2人は一体何処までの御付き合いをしてるんだって話」

 

「……別にカップルとかそういう訳じゃ無いんだけどな。大物って言っても俺養子の身だし。大体、それを乃木家が許すわけ無いだろ?」

 

「成り行きとかでもいいんだ。どうしてそんな深く関われてんの」

 

「……お前は何を聞きたいんだ?夕海子ちゃんが聞きたがってる話とか嘘だろ」

 

「いいからいいから」

 

「……はぁ。……そのちゃんの出会いね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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大赦の上層会議。半年に一度行われるこの会議は、乃木、上里を始め大赦上層階級の御家当主が集まる重要な会議だ。

 

主に話題に上がるのは御役目と今後の方針。特に前者は今回初となる男の勇者の登場により話題性が高く、対応をどうするか追われている事が多い。もし万が一何かあってもいいようにと、今回は念入りに策が講じられ、能力強化を含め養子として迎えた高嶋家以外にも赤嶺、伊予島、土居家を始め、多くの家が尽力を尽くす方向になっている。

 

そんな会議に高嶋家当主も呼ばれる訳だが、今回は養子として迎えられた犬吠埼蕾季、名を高嶋優希も会議に出席する事になった。

と言っても、会議に出る訳ではなく挨拶回りが主である。特にお世話になる御家や、今回御役目に選ばれた乃木家への挨拶と交友関係を結ぶ。今回は乃木家長女も出席すると言うので、仲良くなっておけと言う当主からの命令でもあった。

 

 

という訳で、ご当主とは別行動になった優希は、客室に案内される。何人か既に客室に案内されており、一人ずつ挨拶に向かう優希。

皆優希の事は噂のみ聞いていたようで、誰も彼もが驚いていた。今挨拶した全員女性であることに優希は驚いているが、全員年上。しかもここに来たということは何かしら御家の重要な立ち位置にいる人間であると判断した優希は下手に口を開かず、腹の中を見せないよう会話する。

 

そんな中、部屋の端っこでぬいぐるみを抱いている少女が目に入った。透き通るような少し黄色がかったクリーム色。ぐにぐにと手元の高野豆腐のように四角いぬいぐるみを弄りながら寂しそうにしている少女。それが何処か妹の姿と被った優希に、話しかけないという選択肢は無かった。

 

 

「こんにちは」

 

ゆっくりと近付き、驚かせないように声を掛けるも、ピクッと肩を震わせて驚かせてしまった。ゆっくりと肩越しに見てくる少女。くりくりとした可愛らしい目がこちらを見ており、その瞳から何処か不安の色が見える。

しゃがんでいるがそれでも高さが出来ている為怖がらせてしまったかと思う優希は、ゆっくりと畳に腰を下ろすと、再度挨拶を口にする。

 

 

「こんにちは」

 

「……こ、こんにちは、なんよ」

 

 

何処か怯えた雰囲気の少女は、ぬいぐるみを胸元で抱き締めて身体をこちらに向けてきた。お姫様のようなフリルの着いた可愛らしい白いワンピース。ぷにぷにした柔らかそうな白い肌。何処か神秘的な風貌を持った少女だが、優希に怯えて若干涙目になっている。

 

どうしたらいいか考えると、少女の抱き締めるぬいぐるみがふと目に入る。何処か見覚えのあるぬいぐるみ。なんだったかなと思考を巡らせていると。

 

 

「………サンチョ?」

 

 

咄嗟に出た言葉。しかし少女はその呟きを聞き漏らさない。

少し目を輝かせながら、嬉しそうに優希に近付いた。

 

 

「サンチョ知ってるの?」

 

「あ、うん。確か妹がちっちゃいぬいぐるみを持っててね」

 

 

高嶋家のでは無く、犬吠埼家の方だが。

しかし少女はそんな返答にも嬉しそうな表情を見せ、ギューッとサンチョをより抱き締める。

 

 

「……サンチョ知ってる人初めてだから嬉しいんよ」

 

「俺はあんまり知らないけど、確かに可愛いよな。特に、そのギャップで喋る渋い声がなんとも」

 

「!?わ、一緒だ!わ、私もそこが好きなんよ!!」

 

 

どうやらお気に召したらしい。少女特有のニコニコした笑顔が戻り、優希も少し嬉しくなった。

 

 

「俺、高嶋優希。君の名前は?」

 

「…たか、しま…。あ、私と同じ御役目の人なんよ」

 

「……御役目って言うと、君が?」

 

「うんっ。私は乃木園子。宜しくね、ゆーにぃ」

 

 

にょへんと締りのない蕩けた笑みを浮かべた園子は、そう言って抱き着いてきたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………別に大した事じゃねぇだろ?」

 

「うるせぇ女ったらし。うちの可愛い可愛い夕海子泣かせたら殺すぞ」

 

「なーに言ってんだコイツ……」

 

「なーにを今更」

 

 

 

友人と馬鹿やるのが、誰しも一番楽しい時間なのかもしれない。

優希は無意識にそう思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




やっぱり黒髪が好きだわ……。れんちー彼女になってくれよ。そのグラマラスな凹凸で俺を罵って椅子にしてくれなんでもするぶひぃっ。


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ゆゆゆい
花結いのきらめき その1





 

 

 

「ーーーふぅ……、しゃーないな……」

 

 

大橋の手前、着々と進む4()()のバーテックス。それを前に仁王立ちし、じっとバーテックスを睨みつける一人の勇者の姿。

勇者は黒と白を合わせた服を着ているが、自身の流れる血液で赤黒く染まっている。

 

手には他の勇者から拝借した2本の()。勿論他に仲間は居ない。ただ一人、()()怪我がこの程度で済んだ勇者はバーテックスの前に立ち塞がる。

 

「………ゆう、き……さん」

 

後ろから勇者を呼ぶ声。振り返ると、勇者服に身を包んだ少女が手を伸ばしていた。その顔は苦痛に満ちており、今にも涙を溢れさせそうな瞳を向けている。

 

 

「……動かない方がいい、傷が開くよ」

 

 

「……お願い……、ゆ……きさん。いか……ない、で……」

 

 

「ごめん、行かなきゃ。アイツらはどうやっても、待ってはくれないみたいだからさ」

 

 

困ったような呆れたような、そんな曖昧な表情を浮かべつつ、安心させる為に笑みを浮かべる。その表情が更に少女の胸を締め付ける。

 

 

「……最後くらい、伝えたい事いっぱいいっとくかな。妹達には出来なかったから」

 

 

「……やめて、おね……がい、だから……」

 

 

「銀ちゃん、元気でね。君はいつも元気に2人を楽しませていた、そんな姿に俺も助けられた時があったんだ。ありがとう。これからも笑顔で友達を元気付けるんだ」

 

 

「……いやっ、いやだっ。聞きたくない………っ」

 

 

「2人にも伝えておいてくれ。須美ちゃん、また何処かで母国について語り合おう。それと、約束を守れなくてごめん。そのちゃん、また会ったらお兄ちゃんって慕ってくれると嬉しいな。友達と仲良くね」

 

 

「やめてよ……っ、まだっ、優希さんはまだ……っ」

 

 

「俺の妹達にもしあったら、助けてあげてほしい。可愛い妹達だから、どっかの馬の骨にちょっかい出されてるのは流石に嫌だからな」

 

 

「優希、さんっ、優希さんっ……」

 

 

「最後に、俺の両親に伝えてくれ。高嶋家長男として、先代勇者のように戦い抜いたと」

 

 

「……っ、………待ってっ」

 

 

「じゃあ行ってくるよ。必ず勝ってくるからーーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーまたね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

勇者はそう言葉を残し飛び上がる。倒れる少女達から離れる為、敵に向かうため。そんな事は今考える必要は無い。

倒す敵は前、護るものは後ろ。1歩どころか身体を後ろに逸らすこと自体出来るはずもない。

 

勇者は、ここで散り行く。けれど大切な物を守る為、命を掛けて成し遂げる。

死ぬつもり等さらさら無い。先の別れ際の言葉通りになるかもしれない。生き残って笑ってまた顔を合わせる事が出来るかもしれない。

 

そんな淡い気持ちを持ちつつ、勇者は一人立ち向かう。

 

「ーーーふぅ……、さぁ、さあさあっ、これが最後の大見せ場っ。我が自陣最強の勇者が今っ、貴様らに鉄槌を下す!!」

 

 

 

 

 

「ーーー我は高嶋家長男、高嶋優希!!」

 

 

 

 

 

「ーーー推して参るっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

引き摺る想いを断ち切る様に、勇者は気持ちを切り替えた。息を吸い、激しかった鼓動を抑え、心を今一度静かに研ぎ澄ます。

それと同時に、勇者を包み込む大きな蕾が花開く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーー火色舞うよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一人の勇者の戦いが、幕を切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーーっしーっ!!わっしーっ!!」

 

身体を揺さぶられ、須美は目を開ける。目の前に居たのはボロボロになった園子と銀。慌てて起き上がろうとするも身体が上手く動かない。

園子に手伝ってもらい、上体を起こす。

 

「……バーテックスは、どうなったの?」

 

「……分からない。優希さんが一人で向かって行ったのを最後にあたし、気絶しちゃってた。気付いた時にはもう……」

 

「そんな……、優希さんは無事なの!?」

 

「探したけど見つかんないんだ。それに、まだバーテックスがいるかもしれないから離れて行動なんて出来ない」

 

「じゃあ早く探さないと……っ」

 

無理矢理にも起き上がろうとするが全身がズキズキと悲鳴を上げている。3人の中で大きな怪我をしているのは須美だ。2人よりもあまり長くは動けない。

 

「わっしー、ゆーにいなら大丈夫だよ。だって最強の勇者なんだから」

 

「……そのっち。そうよね、優希さんは歴代最高の勇者。きっと大丈夫よね」

 

「取り敢えずあたしが須美を背負うから、探しに行くぞ」

 

銀の言葉に、2人は強く頷く。

3人は心の中でもう一人の勇者の無事を確信していた。男の勇者であり、歴代最高の勇者とも呼ばれる存在。学業、運動神経共に良く、並外れた身体能力を身に付けている彼。そんな彼がやられるはずない、と絶対的な確信を持っていた。

 

3人は思う。話すならまず何を話そうかと。

抱き締めてもらう。笑い合う。手を繋ぎ合う。お互いにお疲れ様と労い合う。様々な思考を頭の中で巡らせ、彼を探す。

 

「ーーーあ、彼処におっきなクレーターがあるよ!!」

 

先行していた園子が戦闘の傷跡を見つける。そこに彼はいると、3人は本能的に察した。故に更に嬉しさが込み上げ、3人の心が晴れていく。自然と笑みが零れた。

 

更に近付いていくと横たわる人影が見えた。3人は思わず涙を零す。それは嬉し涙。やっぱり生きていてくれたんだという感情の表れ。完全に3人の心は晴れあがった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが気付かない。彼の変わり果てた姿に。

胸と腹に風穴のような大きな穴が2つ。首元は皮一枚で繋がっていると言ってもいい程の悲惨な状態。穴が開き捻れた右腕。無くなった左腕。ぐしゃぐしゃになった両足。何度も吐血を繰り返した事を物語る真っ赤に染った口。光の宿っていない虚ろな瞳。

彼の横たわる場所から半径数メートル、真っ赤な色に染まり、それは少しずつ広がっている。

 

誰がこれを()()()()()と呼ぶだろうか。いや、まだ人間だと判断出来る程度に残っているだけマシである。

 

少女達の涙が()()染まるのは時間の問題であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーー勇者部の皆さん朗報です。皆さんの頑張りで神樹様の力が少しですが回復しました。そこで、いよいよ新しい勇者の方をお迎えしたいと思います」

 

今この場に至るまでの経緯は敢えて割愛する。敢えて言うなら、彼女達は地獄を乗り切り、記憶を無くしても尚、大切な人達の為に戦ったのだった。そして、彼女達の戦いはまた始まっていくのだった。

 

パチンっと両手を合わせた西暦の巫女、上里ひなたはにっこりと品のある笑みを浮かべてそう言った。

 

「おぉっ、ついに別の時代の勇者がくるんだねひなちゃん。うわぁ、楽しみだなぁ」

 

素直に喜ぶのは結城友奈。目を輝かせ興味津々。

 

「……どんだけ興奮してんのよ、まぁ新しい戦力が来るのは素直に歓迎ね」

 

「そうだねお姉ちゃん。でも、仲良く出来るかどうか……」

 

「何よ樹、新勇者部部長としてしっかりしなさい。サプリ、キメとく?」

 

「もう夏凜ちゃん、そんな危ないもの樹ちゃんに飲ませちゃダメっていつも言ってるでしょ?」

 

「そ、そんなに言われてないわよ!!ちゃんと緊張を解すサプリがあるから!!」

 

「……いや、そんなサプリは無いでしょ」

 

「にぼっしーは本当にサプリ中だね」

 

「中毒ちゃうわ!!」

 

花が咲いたように会話が始まる。犬吠埼風、犬吠埼樹、東郷美森、三好夏凜、乃木園子、()()()()。讃州中学勇者部員。

勇者となり数々の戦いを経験し、バーテックス、天の神を倒した少女達。苦難に立ち向かい、時には涙を流し、激怒し、絶望した。しかしそれを打ち破り、世界を救う事となった。

 

そんな彼女達だが、取り戻した日常を謳歌していた時、突然白い光に包まれ別の世界に飛ばされることになった。気付くとそこは樹海の中で、園子と銀の姿が見当たらない。そして消えたはずの勇者アプリがスマホにインストールされていた。再び戦うことになった勇者達だが、突然聞こえた声に従い勇者となって敵に立ち向かう。

 

戦闘が終わると今度は部室に飛ばされ、西暦の時代から来た巫女、上里ひなたからこの世界について語られる。それを聞いた勇者部は、再び戦うことを決意した。

 

そして戦いの末、神樹様の力が少し戻り、新しい勇者を召喚出来るようになったと伝えられる。

 

「でも新しい勇者って、私達とは違う時代の人達なんだよね?この世界に連れてこられて混乱しちゃったりするのかな?」

 

「いや友奈、自分が一番混乱してたじゃない」

 

「あれー?そうだったっけ?」

 

呆れたと言わんばかりに夏凜は友奈を指摘する。確かに、この中で一番理解力が乏しいのは他でもない友奈である。それともう1人。

 

「銀、貴方も心配なんだからね?」

 

「おいおい須美さんや。あたしは友奈よりも理解してたんだゾ?」

 

「頭から煙出してショートしそうだったよミノさん」

 

「なんでバラすんだよ園子!?」

 

考えるのが苦手である、三ノ輪銀である。美森が貴方もよと銀を問い詰め、銀は反論。しかし、園子が暴露し銀は崖っぷちに立たされた。

 

「ハイハイ5人とも、静かになさい。ひなたが戸惑ってるでしょ」

 

「いえいえ、私のいた時代の勇者達も皆さんのような感じだったので、とても懐かしく感じました」

 

「やっぱり勇者って、似た者同士が選ばれるんですね」

 

「ふっ、けど私の女子力は歴代最高の数値よ。誰にも負けはしないわ!!」

 

「流石にそれは言い過ぎだよ……」

 

5人を静めた筈が注意した本人が騒ぎ出す。樹は行き過ぎた姉の姿に手を焼かされる。

 

「ではそろそろ、お呼びしたいと思います。きっと、不思議な体験をすると思いますよ」

 

そう言うひなたは、美森、銀、園子の方を見てそう言った。3人はそれぞれ首を傾げる。

 

(不思議な体験……、別の時代の勇者……っ、まさかっ)

 

 

不思議な光と共に、人影が現れる。段々と見えてくると、小学生ぐらいの背丈の美森、銀、園子にそっくりな少女達がそこに立っていた。

 

「あれ?ここは……どこかな〜?」

 

「目の前が真っ白になったと思ったら、次は知らない人達……。?何だか、そのっちと似てる方がいるわ。そちらも銀とそっくり……」

 

「そう言う須美のそっくりさんもいるじゃん。まるで姉妹だな」

 

「んー、私にお姉ちゃんはいないと思うんだけど〜。確かに私そっくり」

 

「私にもいないわ。養子先でもそんな話は聞いた事ないけど……」

 

「因みにあたしにもいないゾ。あたしが長女だ」

 

「見た目そっくり……。もしかして、私達の小学生の頃の姿?」

 

まさかの登場人物に勇者部面々と呼び出された3人は一同驚愕。その中でいち早く気付いたのは美森であった。

 

「小学生の頃の東郷さんなのかな?……ゆ、ゆあねーむいず東郷さん……?」

 

「?えっと……はじめまして。確かに私は昔“東郷”を名乗っていましたが、今は“鷲尾”です。後、私はあまり英語が好きではありません」

 

「あ、ハイ。ごめんなさい」

 

「……やっぱり。じゃあ他の2人は……」

 

「ゆあねーむいずのぎさん?」

 

「いえーす。あいむのぎそのこ!!」

 

「じゃあこっちのちっちゃい子は」

 

「あたしっすか?あたしは三ノ輪銀です」

 

「……まさかの自分の昔の姿を見る羽目になるとは」

 

先代勇者組はそれぞれ正体を確認し、全員が同一人物である事を理解した。友奈はいつもと違う冷たい返しを美森にされ少し気を落とし、銀はまさかの事態に頭を抱えた。

しかし、中学生側の3人は足りないと内心首を降った。もし別の時代だと言うのなら、必ず“彼”が来るはずだと。

 

「……おや?可笑しいですね。あと1人呼んだ筈なんですが。何処かに引っかかってるのかもしれませんね」

 

「何処に引っかかる要素があるのよ……」

 

「本当にどうしたんでしょう?こんな事ーーー」

 

 

 

ーーー瞬間、警報を伝える音が鳴り響いた。

 

 

 

「っ、敵さんのお出ましのようね。ごめんひなた、あと1人は待ってられそうにないわ」

 

「ええ。一先ずは敵を撃退してください」

 

「3人とも、いきなりで申し訳ないんだけど、一緒に戦って。後で詳しい説明をするから」

 

「共に国防に励みましょう」

 

「国防……っ、はい」

 

国防の言葉に気が引き締まった小学生美森。やっぱり美森は変わらないのだと友奈はその姿で少し気分が上がる。

小学生園子と銀も、それぞれ説得して戦闘に参加する旨を伝えた。

 

そして樹海化が始まり、アプリをタッチして勇者に変身する。

状況を上手く飲み込めていない小学生組も、しっかり勇者服に変身出来ていた。

 

「ーーーさぁ行くわよ……ってもう誰か戦闘を始めてる?」

 

「あ、ほんとだ。東郷さんの射撃じゃないよね?」

 

「……え、ええ。私じゃないわ。それに、これは……」

 

「……もしかしたらって思ったけど、ほんとに呼ばれるなんてね」

 

「……今更、どんな顔して合えばいいってのさ、全く」

 

「?ちょっと、何しんみりしてるのよ先代3人。小学生組が不安に満ちた顔で見てるわよ」

 

中学生側の3人の表情が暗くなった。それを見た夏凜は指摘し、樹は大丈夫だよと小学生組に声をかける。

遠くから聞こえる戦闘音。どうやら苦戦しているようだ。

 

「とにかく、早く手助けに行かないとーーー」

 

 

 

 

 

「ーーーくたばれこのやろぉおおおおお!!!!」

 

巨大な拳が上から振り下ろされるのが目に映った。餌食となったバーテックスはぺしゃんこにつぶれ、巨大なクレーターを作った。

苦戦していると思ったのは誰だろうかと問いただしたくなるが、今はどうでもいい。

 

勇者部の前に、戦っていた人物は降りてくる。

黒と白を基準とした勇者服。短髪で薄い金髪。身長は170後半ぐらいで夏凜のようにしなやかな筋肉がついている

 

「ーーーっ」

 

「ーーーっ、マジかよ……」

 

「ーーーっ、ゆーにい……」

 

中学生側の3人は息を飲んだ。運命だとしても、これはあまりにも唐突過ぎる。あの地獄の大きな代償。二度と出会うことは無いと思っていた“彼”の姿。あの時から変わっていない姿に、3人は涙を零す。

 

「あっ、ゆーにい〜」

 

「優希さんっ」

 

「さっすがー、優希さん」

 

小学生組が飛び出し、園子が勇者にダイブする。それを優しく受け止めた勇者は片腕で持ち上げて抱き上げた。小学生美森は空いた手を握り、小学生銀はにっこりと笑みを浮かべる。

 

「なんだ3人とも、どこに行ってたんだ?探し回ったんだけど……?」

 

勇者は目の前に唖然と立ち尽くしている勇者部員に目を向けた。首を傾げ、今日一番の爆弾を投下した。

 

 

「………風、樹。なんでこんなとこにいんの?」

 

 

「「いや兄貴(お兄ちゃん)こそ!!」」

 

 

「「「「「「「「えっ、どういうこと!?」」」」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

これが絶望に変わるのか、希望に変わるのかは、神樹様のみぞ知る。




捏造注意⚠捏造注意⚠

いや何が捏造で何がねじゃないのか自分でも分からなくなってきた!!


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花結いのきらめき その2

いっぱい感想ありがとう。

やっぱり勇者達には幸せになって欲しいよね(..◜ᴗ◝..)


感想を頂き、矛盾点を見つけたのでそれとなく直しました。


「ーーー初めまして。犬吠埼家長男 犬吠埼蕾希こと、高嶋家長男 高嶋優希です。小学生共々宜しく」

 

勇者部の部室に戻され、ひなたが全員と合流出来たことに喜んでいた最中、自己紹介が行われていた。

小学生の頃の東郷美森ーーー養子だった為鷲尾須美と名乗っているーーー、三ノ輪銀、乃木園子の自己紹介が終わり、最後の一人である男の勇者、高嶋優希の自己紹介が始まった。

 

勇者部部長の風とその妹、樹の実の兄であると同時に、ただ一人の男の勇者である事に、姉妹と友奈、夏凜は驚きを隠せなかった。

 

「……風と樹は知ってたんじゃないの?」

 

「……私達だって知らなかったわ。そんな事一度も言われなかったから……」

 

口に出しては言えないが、大赦から両親と兄の死を知らされた時、大橋の崩落に3人とも巻き込まれたとしか聞かされていなかった。

何より、兄の養子先も知らなかった姉妹。いきなりの事で思う事も色々とあるだろう。

 

「………」

 

「……」

 

「……………」

 

何より、中学生側の3人は未だに目の前にいる優希の姿に涙し、再会出来たことを素直に喜べてない。

あの時の絶望感が、3人の心を蝕んでいる。

 

「で、俺達は一応紹介したから、そちらも紹介して欲しいんだけど……」

 

「あっ、ハイハイっ。私、結城友奈です。趣味は押し花で好きな食べ物はうどんと東郷さんが作るぼた餅です」

 

「おぉ、元気な子だな。風の後輩なだけはある」

 

元気な友奈に優希はうんうんと納得したように頷く。何時も元気な風の後輩もその元気に負けないぐらいの元気が無いと着いていけないと、離れる時に不安に思っていた優希だが、友奈の姿を見て大丈夫だったのだと安堵する。どれだけシスコンなのだろうか……。

 

「わ、私は三好夏凜、です。……あのっ、高嶋優希さんの噂は兼ね兼ね聞いていましたっ。お、お会いできて光栄です!!」

 

「噂?なんか俺やらかしてんのかな?」

 

「いいえっ、唯一の男の勇者であると同時に、歴代最高の勇者だと聞いております!!私は、そんな高嶋さんの後継ぎとして勇者となっています!!」

 

「へぇー、こっちの世界で俺は引退してるのか。まぁ流石に高校にもなって戦隊モノみたいな感じで変身して戦うなんて世間的にも痛いだろうからなぁ」

 

一方夏凜はガッチガチに緊張しながら話す。優希の端末を受け取り、それを夏凜用に更にアレンジされている為、性能的には優希が使用していた時よりも良いのだとか。

後継ぎだと聞き、自分は流石に年齢的に引退したのかと笑い飛ばす優希。その姿に優希を知る勇者部員は胸が締め付けられる思いだった。

 

「……で、改めて、久しぶりだね2人とも。別の世界とは言え、成長した姿を見られたのはとっても嬉しいよ」

 

「……兄貴も、元気そうで何よりね」

 

「……お兄ちゃんっ」

 

「おぉ、樹ー。大きくなってー。兄ちゃんが自慢出来る妹になれてるか?」

 

「……うんっ、お兄ちゃんが自慢出来るっ、妹になれてるよ」

 

「そうかそうか。……どした?なんで泣いてるんだ?ははーん、分かったぞ。こっちの世界の俺と会えないから寂しいんだろ。ほれっ、ほれほれ〜」

 

「うにゅー、おにゅーひゃん……、にゃめにぇー……ぐすっ」

 

涙を流す樹に優希は寂しいのだと理解し、頬をグ二グ二と弄り回す。しかし逆効果となり更に涙を流させる羽目になる。そんな樹をみて、優希はギュッと抱き寄せて宥める。昔していた、樹の涙を止める方法である。

 

「風も、なんで泣いてんだよ。そんなにもそっちの世界の俺はお前らに無関心になったのか?」

 

「………そうよっ、兄貴は……、兄貴は私達を置いてってどっか行っちゃったんだから……っ」

 

「なんて奴だ。妹を愛すると言う誓は何処に捨てたんだそっちの俺は。許せんな。じゃあ風、今俺にその想いをぶつけるんだ。ここにいる俺が、しっかり受け止めてやる」

 

「っ」

 

樹の姿を見て貰い泣きをしていた風も、優希の言葉に耐え切れず涙腺を崩壊させたまま優希に飛び付いた。

優希はどれだけ寂しい思いをさせているのかと内心怒りに満ちていた。引退したのなら会いに行けるだろと。涙を流させる程の事なのだからと。

 

「……なんでっ、なんで置いてくのよ……っ。ずっと、ずっとっ、一緒にいてくれるって言ったのに……っ」

 

「……お兄、ちゃん………っ」

 

「もう居なくならないでよっ、お願い……っ、お願いだからっ」

 

「……そっちで何があったかは分からないけど、お前達の兄ちゃんはここにいるぞ。約束する、絶対に居なくなったりしないって」

 

「「っ」」

 

2人の声が静かに聞こえる。今まで押し止めていた感情が、一気に爆発していく。突然居なくなったと思えば、突然他界したと伝えられた。両親が事故に巻き込まれてこの世を去ったと聞かされてすぐの事だ。もうどうすればいいのか全く分からなかったあの時。絶望に浸る毎日であった。死にたいとすら、姉妹で心中を考えた。しかし、それでも何とかここまで来れた。今ぐらい、我慢をしなくてもいいでは無いか。そんな想いが聞こえてくるような、悲しみに満ちた声を優希は受け止める。

 

勇者部全員は涙の再会を果たす犬吠埼家に貰い泣きを受け、中学生側の3人は膝を折って号泣し始めた。風と樹の気持ちが痛いほど分かるからだ。あの時流しきってしまった筈の涙が、突然の再会によってフラッシュバックし、涙腺を崩壊させた。園子は銀に抱き着いて号泣し、それに銀は構ってられず自身も涙を流すしかなかった。美森は声を押し殺して涙を流すが、内心は何度も何度も優希に謝るのだった。

 

 

 

 

ーーーごめんなさいっ。ごめんなさいっ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何故か全員泣く羽目になった部室で、小学生組と優希は困惑した。貰い泣きを越して号泣になった中学生側の3人にどう対処したらいいのかとドタバタ騒ぎになり、それぞれ自分の似てる相手を宥めるという作戦になり、頭を撫でて落ち着かせたり、抱きしめて落ち着かせたり、共鳴して泣き出すと言う更に問題が発生したが、何とか全員落ち着きを取り戻した。

そして中断されていた中学生側の3人の紹介も終え、更に話は展開していく。呼ばれたはいいが、何処で暮らせばいいのかと言う話になった。

 

「それなら、私が住む寄宿舎に入る事になっているので安心なさってください」

 

「なるほど、よかったな3人とも。合宿みたいな感じになるぞ」

 

「おぉ〜、すっごく楽しそう」

 

「よっし、毎晩枕投するゾ!!」

 

「こら、銀。枕をそんな風には扱っちゃダメって何度も言ってるでしょ?それに私達だけが住むわけじゃないんだから、近隣の方に迷惑にならないようーーー」

 

「寄宿舎って俺も住むことになるのですか?」

 

盛り上がる小学生を隅に、優希はひなたにそう聞いた。

 

「んー、優希さんの場合は風さん達の住居があるので、そちらでも構いませんが。それと、私にそんなに気を遣わなくてもいいんですよ?」

 

「いやいや何を言いますか。初代勇者の御友人であり、最高位の巫女である上里ひなた様にそんな親しくするなど、高嶋家の長男である自分としましてはどうにも……」

 

「ここではお家柄など必要無いんですよ。敬語もなしです。さあ、私の後に続いて下さい。ひ・な・た」

 

「……ひ・な・た」

 

「もう一度、ひなた」

 

「……ひなた」

 

「では、これからはそう呼んでくださいね」

 

「……分かりま「ん?」、……分かった、ひなた」

 

満足気にニコニコと笑みを浮かべるひなた。優希としては、長男としてのプライドもあった為、渋々と言った感じだがひなたをそう呼ぶ事になった。

ゴホンッと話を戻す優希は、風と樹に問いかける。

 

「なぁ、こっちの世界の俺ってどこにいるんだ?」

 

ヒュッと静まり返る。実際には小学生組がガヤガヤさせているが、風と樹、中学生側の3人は凍らされたように動くことができなくなり、耳に入るはずの音が聞こえなくなっていた。

聞かれるとは思っていたが、今聞かれるとは。

そんな嫌味を押し隠し、風と樹はどう誤魔化そうか考える。

ここで明かすのはとてもじゃないが無理だ。しかし、きっと兄の事だ。居ないのなら行くと言うのは確実である。その方が風と樹にとってとても嬉しい事である。だが、家には両親と兄の仏壇が置いてある。それを見てしまっては疑問を浮かべるのも時間の問題となるのは目に見えていた。

 

「……それは、その……」

 

「……お、お兄ちゃんは……」

 

思わず言葉に詰まる。家には呼びたくないが一緒にいたい。だが、来るなと言えず、来てとも言えない。2つの選択肢が2人をより追い詰める。

 

「?……まぁいいか。居場所が分からないなら俺が探してぶん殴ってやる。可愛い妹を泣かせた罪を償って貰う。じゃあ親にも姿見られると困るのか。こりゃ住む場所は仕方ないけど寄宿舎だな。もしこっちの世界の俺が戻ってきたらそれはそれで修羅場になりそうだから。そういう訳で、俺も寄宿舎にって事で宜しーー、いいか、ひなた」

 

「はい、構いませんよ。手配しておきます」

 

「ありがとう。という訳で申し訳ないんだけど、風と樹が俺の部屋に上がり込んでもらう感じになるけどいいか?」

 

「っ、え、ええっ。それでいいわ。ホントに……ごめんなさい」

 

「……いつでも、遊びに行ってもいいかな?」

 

「勿論だ。いっぱい甘えさせてやるぞー」

 

縮こまった感じでおずおずと聞く樹に、優希は可愛いなぁーと抱き締め始める。その姿に、話を終えた小学生組は羨ましがり、友奈は仲良しさんだねーと微笑ましく見ており、夏凜は聞かされた高嶋優希の姿とは違う事に肩透かしを受けたような何とも言えない表情をうかべる。美森(中)と銀(中)、園子(中)はそんな姿を見て悲しい様な嬉しいような、色んな感情が合わさった表情を浮かべ、強く願うのだった。

 

 

 

 

ーーー絶対に、離れたくない。

 

 

 



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花結いのきらめき その3

日常ぶち込んでいくぅー


 

 

 

歴代最高の勇者になれると聞かされた時、俺はどういう気持ちだったのだろうか。

 

前例の無い、男の勇者。更に言うなら神託からの名指し。

 

ありえない存在だったはずの俺だが、現に今まで勇者としてバーテックスと戦って来た。須美ちゃん、銀ちゃん、そのちゃんの3人の小学生勇者達と共に。

 

中学生の俺と上手くやっていけるのか大赦も俺達も心配していたが、何とか友達関係は結べているようだ。そのちゃん曰く、『ズッ友』らしい。

俺もその一人に入っている事に何だか嬉しさを感じた。勇者になれると聞かされた時以上の昂りがある。

 

だから同時に、彼女達3人は絶対に守りたいと強く思う。彼女達はまだ小学生、ましてや夢想う無邪気な時だ。

御役目に選ばれてしまった以上、戦うのは避ける事が出来ない。

だが、俺は3人が笑って過ごせる日々を守りたい。

 

大袈裟かもしれない。だけど、未来は誰にも分からない。

どんな事が起こっても、3人の友情だけは失わせたくない。

 

 

 

それが死を選択させる道であろうと、俺は進み続ける。

 

 

 

 

 

だからどうか俺に願わせてくれ。

 

 

 

あの子達のこれからに、幸あれと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先代勇者組が勇者部と合流してから1週間。小学生組はすっかり打ち解け、それぞれ仲良くなった者と行動する事が多くなった。

須美は美森と友奈とひなた。銀(小)は夏凜と銀(中)。園子(小)は樹と園子(中)。

やはりと言うべきか、未来の自分の事には素直に興味があるようで、それぞれが事ある事に色々と聞いている。園子ズに囲まれ半強制で園子ズの珍行動に巻き込まれている樹も、1週間もあれば慣れたのか着々と園子化に近付いている。

現在ひなたは諸事情で遅れているが、今もそのメンバーどうして仲良く話している。

そして、勇者部部長と優希はと言うと。

 

「……ねぇ、兄貴。お願い」

 

「……それまた、まぁいいか。ほら、口開けて」

 

「あーーん、……っん」

 

「……名残り惜しいように箸舐め回さない、行儀悪いぞ。まだこんだけあるんだから欲しい時言いなさい」

 

「じゃあ今欲しい」

 

「……見ない間に幼くなったな、中身が。お前がこーんなちっこいときはおにいおにいって後ろついてきて可愛かったのに……。今も無茶苦茶可愛いなおい」

 

「ふふん、兄貴がいれば私の女子力と可愛さは限界突破よ。さぁ兄貴、可愛い可愛い妹にもう一回あーん」

 

「任せろ、例え食べさせづらいうどんだろうとお兄ちゃんはお前の為に完璧にこなすぞ」

 

「………何時までやってんのよバカ風!!」

 

「……あいたっ、なによ夏凜。私と兄貴の時間を奪おうっていうの?」

 

甘ったるい空間を作り上げていた優希と風。我慢の限界突破した夏凜が丸めた紙で風の頭に天誅。ベコッと紙の曲がる音と鈍い音が風の頭から聞こえる。風は涙目で夏凜を睨みつけた。

 

「もう少し節度を持ちなさいよ。仮にも最上級生でしょ?」

 

「兄貴がいるから私は最上級生では無いのよ夏凜。それに、何処だろうと私は兄貴の膝の上に座らなきゃならないのよ」

 

「あんた歳いくつだ!!」

 

再び天誅。風の謎の使命感により夏凜は頭がいたくなった。確かに最上級生は風の兄である優希だが、先代組の当時の年齢から計算するとほぼ風と同い歳である。これには文句が言える訳では無いが、問題はその後。なんだ座らなきゃならないって。

思わず夏凜の口からツッコミが入る。風は今、椅子に座る優希の膝の上に座って身体を預けている。異様な姿だ。あの風がこんなことするはずないないと、誰もが驚いている。

 

「だってしょうがないでしょ?兄貴が甘えて来いって言ったんだから、こういう事したって。……ははん、さては夏凜、兄貴に同じ事して欲しいのかな」

 

「なっ、ば、馬鹿な事言ってんじゃないわよ。そ、そんなのあるわけないじゃない」

 

「じゃあふーみん先輩っ、次私がしたいです!」

 

何かを察した風はニヤニヤした顔で夏凜にそう聞いた。夏凜は顔を赤くさせながらそっぽをむいて否定する。そして園子(小)が座りたいと挙手して近付いてきた。

 

「おーおーミニ乃木、おいでおいでー。兄貴、片膝の上乗らせて上げて」

 

「……なんか俺椅子化してない?まぁいいんだけども」

 

風の位置をずらし、ポンポンと左膝を叩く。それを見た園子(小)は目を輝かせながら膝の上に座る。

 

「ふふーんっ」

 

「……むにゃー」

 

瞬間に園子(小)は夢の世界にダイブした。風は優希の肩に頭を置いて満足気な表情。それを見た樹は顔をむくれさせてあからさまな不機嫌状態。先代中学生組は寂しそうな表情を浮かべる。

 

「ぶー、お姉ちゃんばっかずるいよ。お兄ちゃん、後で部屋でやって欲しいなー」

 

「任せろ樹」

 

「何だか今の風先輩達を見てると、家族みたいですね。優希先輩がお父さんで風先輩がお母さん。それで園子ちゃんが2人のお子さん見たいです」

 

「いい事言ったわ友奈!!兄貴、ほんとにそうなりましょ?」

 

「馬鹿な事言わないの。俺はお前を妹としか見れないよ」

 

「じゃあミニ乃木は自分の子供として見れるって事でいいのよね?」

 

「……なんでそんなにも食ってかかってくる?」

 

友奈の言葉に風が目を輝かせる。早速優希に申し出るも軽くあしらわれてしまう。が、諦めきれない風は何とか活路を見つける為に園子(小)を娘に見える?と追い詰める。優希は若干苦笑い。

 

「風さんはホントに優希さんの事が好きなんですね。樹さんもそうだけど。こりゃ、須美も負けてはいられないな」

 

「銀!!余計な事言わないで!!大体、兄妹でありながらあの距離、破廉恥だわ」

 

「と、言いつつも羨ましがる須美であったと」

 

「う、羨ましがってなんて……」

 

「………」

 

銀が羨ましいと表情に出ている須美をおちょくっている。顔を真っ赤にしながらぷりぷり怒る須美だが、銀には本当に羨ましそうに見つめているから言っているだけだと須美に言う。それを複雑そうに美森と銀(中)は見つめている。

 

「……ふーみん先輩は、なんでそんなにもゆーに……優希さんの事が好きなの?」

 

「兄貴が好きな理由?」

 

園子(中)が風に近付いてそう聞いた。確かに、ここまでベッタリなのは兄妹だろうと全く見ない光景だろう。樹も甘えたそうにしているが、いつも樹を優先に考えている風と比べると明らかに何かある。

 

「んー、あんまり考えた事ないわね。だって兄貴だから好きなんだもの。ただそれだけよ」

 

「もうちょっとなんかないですか?こー、なんかエピソードみたいな」

 

「……お姉ちゃんって基本サバサバしてる所あるから、決めた事には取り敢えずこれで、って事よくありますから」

 

「なによー、樹。甘えられないからって私を悪く言っちゃってー。いいわ、それだったら樹の恥ずかしい話を兄貴にしてあげるわ」

 

「ん?樹の恥ずかしい話?」

 

「樹ってば昔、出掛けてた兄貴のベッドの中でーーー」

 

 

 

「ーーーお仕置きっ!!」

 

 

 

バチンっと先程夏凜が天誅したものよりも太いもので風の頭に天誅。その勢いの良さに全員は開いた口が塞がらない。

 

「いったぁあぁあいぃぃっ!!………ちょっと樹、何すんのよ!?」

 

「もうお姉ちゃんなんて知らない。私、お兄ちゃんだけの妹になります」

 

「まさかの姉妹脱退!?」

 

「あんな樹ちゃん初めて見たわ……」

 

「普段大人しいのにやる時は殺るなんて、流石優希さんの妹ね」

 

「あれは流石に痛そー」

 

「……こら樹、そんなもので頭を叩いちゃダメだろ。ほら、俺の隣に座りな」

 

それぞれが今の一撃に感心した。受けた風は頭を優希に撫でて貰っている。

 

「………なんか、話戻しずらくなっちゃったけど、風先輩の優希先輩が好きな理由詳しく聞いてもいいですか?」

 

「………うぅぅぅ、そうね。考えてみれば、私はいつも兄貴の背中を追っかけてたっけ」

 

「確かに。風は基本親よりも俺にくっついてたよな。カルガモの子供みたいに」

 

「可愛くていいでしょ?で、なんでそうなったのかって言ったら、やっぱりあれじゃない?」

 

「あれ?……あー、あれか」

 

「あれ?」

 

「あれってなによ」

 

兄妹同士で生まれた阿吽の呼吸によって全員の理解が追いつかない。樹ですら首を傾げている。

 

「私ってほら、あれじゃない?女子力の塊じゃない?元は兄貴が家事とか全部出来てそんな姿を見てカッコイイなーって思ったの」

 

「確かに、優希さんなんでも出来ますからね」

 

「でねー、料理する姿とか掃除する姿とか見てたら、何だかこう……、胸を刺激してくるのよね。感情が昂ってて、何だか私も兄貴みたいになりたいなーって」

 

「成程、優希さんの姿を見てそう思うとは、流石です」

 

「一種の憧れかしらね。だから私は兄貴を後付けて色々と見てたのよ。なんでも聞いたし、なんでも答えてくれた。だから今の私、女子力王犬吠埼風がいるのよ」

 

「女子力じゃなくて馬鹿力なんじゃ……」

 

「なーにが馬鹿力じゃーっ!!」

 

「いだだだだっ、これっ、これっ、これの事ッスよ風さーんっ!!」

 

言葉が違うと指摘した銀(中)にアイアンクローを食らわせる風。風が膝から降りた事で、樹が流れるように膝の上に座った。

 

「へぇー、風先輩の女子力にそんなエピソードが」

 

「ええ、だから私はずっと兄貴に付いて回ってたの。まあ、兄貴が好きだったって事もあるだろうけどね」

 

「ホントに仲良いんですね」

 

「でしょー、自慢の兄妹よ」

 

友奈の言葉に胸を張る風。しかし、優希は風を見て何故か首を傾げている。

 

「え?俺がうどん作ってて食べたいって食べさせたらうどん好きになって沢山食べたいから付いて回ってたんじゃなかったのか?」

 

部室内が凍り付いた。

 

 

「「「「「「「「「え?」」」」」」」」」」

 

 

「え?」

 

 

 

 

 

 

 

『えっ???』

 

 

「………んぉっ?みんなどうしたの〜?」

 

ひなたが来るまで、この沈黙は続くのであった。

 

 

 



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花結いのきらめき その4

今更だけど、銀(中)と園子(中)は最初から樹海に入って勇者部と一緒に戦っているよ。
秘密兵器だとか言われてたけど、この作品には秘密兵器はいないのです。


 

 

 

 

 

 

聞き慣れたアラームが部室内に鳴り響く。その音にハッとした優希は直ぐに表情を引き締める。それを見た小学生組も同様に引き締めた。

 

「……これは、随分と久しぶりに聞きますね」

 

「そうね、ひなた。……ちびっ子達、こっちの世界に来て初めての戦闘よ。緊張するかもしれないけど、手伝ってくれるかしら?」

 

「勿論っ。ひっさびさに暴れまくってやりますよ!!」

 

「私達の力を見せてやんぜ〜」

 

「須美ちゃん。同じ勇者同士、私達と国防しましょう」

 

「っ!、国防……了解です!!」

 

小学生組は神樹様の世界に来て初めての戦闘になる。しかし、緊張しているようには見えず、3人とも気合とやる気に満ちていた。

須美は美森の国防の言葉に反応し、俄然やる気を出している。

 

「兄貴も、あんまり緊張とかしないでよ?」

 

「俺がそんな風に見えるか?」

 

「……風?私の事?いやん、兄貴ったら。どんだけ私の事好きなのよぉー」

 

「……名前を呼んだ訳じゃないんだけど。兎も角、俺は全然余裕だから大丈夫だ。大船どころか戦艦に乗った気分でいろよ」

 

「っ!戦艦っ……」

 

「それは超弩級戦艦以上で宜しいですか!?」

 

「落ち着け愛国主義者達」

 

「須美、その話は後な〜」

 

優希の頼もしさを例えた戦艦に過剰反応する美森と須美。夏凜はチョップを美森に食らわせ、銀(小)は須美の脇に腕を通して後ろに下がらせる。

引き締めた筈の帯は一瞬にして綻びるのであった。

 

「優希さん、私もパンチ系勇者なので色々教えてください!」

 

「パンチ系勇者とは……、あぁ、勇者パンチね」

 

「優希さんもするんですか?」

 

「まぁ俺はちょっと違うんだけどね」

 

「?……違う、ですか」

 

「まぁそれは後で見せよう。多分あんまり参考にはならないだろうけどさ」

 

優希の言葉の後、久しぶりに見る極彩色が部室内を包み込んでいくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

樹海に入った勇者部は、端末を取り出して勇者服に着替える。

既に周りは無数の小型バーテックスで埋め尽くされていた。

 

「うわっ、なんだコイツら。見た事ないタイプの敵だゾ!!」

 

「落ち着きなさいプチ銀。アイツらは大型よりも機動力があるけど攻撃力はそこまであるわけじゃないわ。小学生組は注意して戦いなさい」

 

「なるほど、あれは伏兵という事ですね」

 

「数はいやってほどいるから、大型バーテックスが見つかり次第そっち優先の方が早く片付くわ」

 

「分かった。取り敢えず大型が出るまでの時間稼ぎをあれでしとけって事だな」

 

「そういう事よ」

 

ブンっと風は握る両手剣を肩に担ぐ。その姿に、我が妹ながら馬鹿力だなと苦笑いする優希。話を聞く限りでは樹もワイヤーで敵を捕まえて容赦なく細々と切り裂くらしい。妹達は戦いに生きる女となってしまったのだろうかと、優希は聞いた時頭を悩ませていた。

 

「よーしっ。勇者部、行くわよぉ!!」

 

「「「「「「おー!!」」」」」」」」」

 

「ちょっと待ってくれ風」

 

飛び出した所を優希が軽く受け止めて着地。一連の流れのように違和感無く着地した姿に全員はえぇーっと口を開いた。

 

「いやごめん風。ここは俺達に任せてくれないか?」

 

風を離し1歩前に出た優希はそう言うと、それに続くように小学生組3人も前に出た。須美は弓矢、園子は槍、銀は両手斧。そして、優希は拳を強く握り締める。

 

「合同で戦闘に参加するのは初めてなんだ。取り敢えず俺達の動きを見せておこうかなってさ」

 

「はいっ。皆さんに負けないぐらいの戦闘はこなして来たつもりです」

 

「泥舟に乗った気分で見てれば安心だゾ!」

 

「さっきのゆーにいのマネ?ミノさん、泥舟だとすぐ沈んじゃうよ〜」

 

「えっ、でもそれは……」

 

美森が何か申したいような顔を向ける。無理もない。過去を知る者からしたら絶対に止めたい行動だ。人数もいる。全員で倒した方が効率もいいはず。

 

「……兄貴、ホントに大丈夫なの?」

 

「………大丈夫だって。危なくなったら俺が全力で撲滅するし、何かあったら呼ぶよ。すぐ戻るから、待っててくれ」

 

「……なら、せめて危ないと感じたら援護射撃の許可を…っ」

 

「そりゃ助かるよ。ありがとう、美森ちゃん」

 

美森の申し出に優希は笑顔で了承した。他のメンバーの表情も少し柔らかくなった気がする。だが、風と樹、中学生側の3人はふと考え、また表情に影が指す。また離れる事になるかもしれない恐怖がどうにも頭の中から離れない。そんな姿を見た優希は、風と樹を抱き寄せて思いっきり抱き締める。

 

「……ごめんな、今はこれしか出来ない。また後で、一緒にいよう」

 

「………そうやって、すぐ抱き締めれば私達は満足すると思ってる?」

 

「戻ったら、何処か出かけようか。好きな所に行ってやる」

 

「……私は、ずっとお兄ちゃんのそばに居たいよ」

 

「後でしっかり叶えてやる。だから、今は許してくれ」

 

「……私も、そうしてもらうわ」

 

「分かった。待っててくれ」

 

優希はポンッと頭に手を置いて一撫ですると、次は同じく表情を暗くしている美森達の方を向いた。優希は自分が未来でどうなるのか分かっていない。だが、5人の表情を見れば何か悲しませる様なことを何度かしてしまったのかもしれないと優希自身がそう思っている。優希は美森達に近付き、いつもの笑みで語りかける。

 

「……そんなに心配か?」

 

「……はい。私は、また……優希さんが傷付くと思うと、とても悲しい……」

 

「……ゆーに、……優希さん。もう嫌だよ、優希さんが深い傷を負って私たちの所に戻ってくるのは……」

 

「あたし達もいくから……、皆で戦ってくれよ……っ」

 

「……なら、大型バーテックスが出現したら皆で倒す。それまで小型バーテックスの方は俺たちにまかせてくれないか?命の危険があるとはいえ、これから戦っていく仲間の動きとか見とかなきゃ行けないだろ?全員で見て、覚えて欲しいんだ。頼むよ」

 

確かに、共に戦う仲間の能力は見るに越したことはない。だが、やはり恐怖が3人を逃がさない。蘇るトラウマ。浮かび上がる光景。思い出される手の感覚。背筋が凍り、全身から力が抜けた虚無の時間。あの時の自分達がどれだけ無力で哀れだったのか、身をもって体験した。優希達はまだその場に至っていない。まだ知らないから、少し危険な道も渡れる。美森達には、もう危険な道も命を賭ける運任せの特攻も、起こす気すら起きないのだ。

 

「……無事に帰れる保証がありませんっ。……例え作り物の世界だとしても、現実世界と変わらず……、攻撃を受ければ傷を負いますっ。……お願いですから、どうか……」

 

美森が涙を流す。それはあの時の光景を止めたいがための、優希を束縛する涙。守ると決めた3人が涙を流している事に、優希は酷く後悔する。銀(中)と園子(中)もそれぞれが涙を溜め込んでいる。怖い、恐い、悲しい。優希は3人の涙する姿に、どれだけ自分が思われているのか理解する。

 

「……東郷さん。過去の自分は、そんなにも未熟ですか?」

 

「………え?」

 

「……私達は貴女方が何に悩み苦しんでいるのか分かりません。きっと辛い事を経験したんでしょう。ですが、私は東郷さん、銀さん、そのっちさんに聞きたい。辛い経験をしたのは貴女方が思い浮かべている出来事だけだったのですか?何より、小学生の時の私達は、そんなにも簡単にやられてしまう程、情けなかったのですか?優希さんに助けて貰わなければ何もすることが出来ない弱い心を持っていたのですか!!」

 

須美の言葉に3人はハッとした。思い出す。合宿で優希の力を借りずとも協力して訓練を乗りきった事を。優希が居ない時、3人で協力して2体のバーテックスを倒した事。優希の力を借りず、困難に打ち勝った事を。

 

「私達がずっと目指す目標があったでしょ?何故簡単に諦められるのですか!傷ついて痛い思いをした、悩み苦しんだのも私の記憶では新しい記憶です。ですが、そんな簡単に、そんなあっさり捨てられるような事を私達は目指していた訳じゃない!!」

 

「確かに今回の事は私達の我儘です。でも、私達はそれでも行きたいんです!どうか、私達を行かせてください!お願いします!!」

 

頭を下げる小学生3人の姿。何処までも真っ直ぐな気持ちが、美森にひしひしと伝わってくる。

 

そうだった。あの時の私達は、今よりずっと強かった。

優希の背中を追い掛け、いつか優希と肩を並べて戦いたい。守られる存在では無く、守り合いたい存在になりたかった。

ひたむきに取り組み、真っ直ぐ突き進んで行ったあの頃の姿が、美森達には眩しい程に輝いていた。

 

「……須美ちゃん、でもっ」

 

「……須美、やめなよ。今はそんなに言い争ってる場合じゃないだろ」

 

「……わっしーの言いたいことも分かるんよ。でも、わっしーも気付いてるんでしょ?なら、私達は応援しなくちゃ」

 

「……銀、そのっち」

 

それでもと、納得出来ない美森を止めるのは銀(中)と園子(中)だった。美森も分かっている。こんな状況で言い争ってる場合でもないし、須美の言う昔の自分達ならどうだったのか納得もしている。優希が命を落としたのも慢心では無かったし、自分達は慢心等で止まる程低い目標を掲げているわけではなかった。絶対に叶えたい目標があったから、今美森達は過去の自分達を強いと思える。

 

「言い訳になるかもしれないけど、今の俺達は4人だけじゃない。心強い味方が俺達の背中を守ってくれる。4人の時の以上に俺は安心して戦う事が出来るよ」

 

「……兄貴」

 

「だから、必ず勝ってくるから。俺達に任せてくれないか?」

 

あの時の言葉よりも、絶対的な安心感を感じる。

銀(中)は思う。これはあの時、優希が3人に掛けた言葉。その言葉はとても切なく、胸が張り裂けそうなぐらい苦しいものだった。だが今はその言葉は暖かく、言葉に言い表せない絶対的な自信が込められている。

そんなにも力強く言えるのも、優希の隣に3人の姿があるからだろう。1人ではなく仲間達で。仲間がいれば何倍にも何十倍にも力が増す。

そういう考え方をする銀(中)が思うのだから、何となくだが納得出来てしまう。

 

「………分かりました。でも、約束してください。あくまで小型バーテックスだけだと。大型が出現し次第私達も参加します」

 

「ああ、それで構わない。ありがとう、美森ちゃん」

 

「ありがとうございます、東郷さん」

 

美森が首を縦に振る。苦渋の決断だが、状況が状況である為時間をかけ過ぎては不味い。何よりも、信じようとする人と、それに応えようとする人がいるのだ。自分だけ嫌だと駄々をこねるのは両者に失礼。まだ納得は完全ではないが、何個か条件を出したので渋々了承した。

 

全員の承諾を得た優希は小学生組3人を見つめる。3人共にやる気に満ちており、小学生とは思えない逞しさを感じる。優希には何が彼女達をここまで突き動かしているのかは分からない。だが、それでも彼女達の姿を見ると、自分もやる気が出てくる。自分に課した思いが力をくれる。頼もしい小学生だと、優希は心底思うのであった。

目線を敵に戻した優希は小学生組を集め、縮こまって円を作る。

 

「いいか、敵は小型だが一つ一つ着実に潰せば倒せる。銀ちゃんと俺は前に出て後ろの二人に近づけないようにしよう。そのちゃんは須美ちゃんの護衛。遠距離攻撃の支援よろしく。須美ちゃんはいつも通りど真ん中連発期待してるよ」

 

「任してください!!あたしの力見せてやりますよ!!」

 

「うぉ〜、やる気が漲ってくるぜぇ」

 

「後ろはお任せ下さい!!」

 

「よっしゃ、行こう!!」

 

散開する4人。その姿を勇者部員達は心配そうな瞳で見つめる。

須美は全員とはぐれない丁度いい距離を保ち、園子はその近くで槍を振るう体勢。優希と銀はそれぞれ右と左の位置に移動する。

 

 

「ーーー火色舞うよ」

 

 

その時、黒い花が咲き誇った気がした。美しく、それでいて寂しさの感じる黒い花。ヒラヒラと舞散り、美森達3人と風、樹の頬をまるで優しく撫でるように頬を掠めた。無意識に、花びらが掠めた頬に手を置く。まるで優希の気持ちがそこから伝わってくるようなそんな感覚が、美森達の心を落ち着かせる。

 

4人は動き出した。優希は地面を蹴り、出会い頭に腰を動かし右腕を前に振るう。文字通り爆散したように、小型バーテックスが吹っ飛んだ。それを初めて見る先代中学生側3人以外のメンバーは驚愕した。

 

「ーーーしっ」

 

続く二撃。腕を振るった反動で回し蹴り。周辺の敵を纏めて吹っ飛ばした。更に向かってくる敵に、着地と同時に膝蹴り。続く敵を掴んでぶん投げる。

 

「だぁああぁあっ!!」

 

優希の武器は言うなら身体が主である。人並外れた身体能力から繰り出される攻撃は小型バーテックス程度では一撃。更には纏めて数体倒す事が可能である。

鋭い一撃一撃で、確実に仕留めていく。

 

「ーーー3人ともっ、行くぞ!!」

 

「はいっ」「おぉっ」「いっくよー」

 

園子が槍で階段を作り、須美がその上をかける。須美の引く弓が一回り大きくなり、最後の一歩を思いっ切り踏み切って空中に飛び出す。真上、弦を引き空高く弓矢を放つ。矢は敵の真上まで飛び、形を紋章に変えて敵全体に矢の雨を降らせる。

 

「今ですっ!」

 

「やっちゃえ2人とも!」

 

 

「ーーーあぁっ、銀ちゃん!!」

 

「ーーー任せてくださいっ、うぉおおお!!」

 

雄叫びをあげる。自分を鼓舞するように力の限り叫ぶ。優希の手の甲、銀の斧に刻まれた花の紋章が輝き出し、力が溢れていく。優希は黒い炎、銀は赤い炎。それぞれの炎が共鳴し合い、見惚れるような美しい炎となって2人を包んだ。

 

「「ーーーくらえぇぇええええ!!!」」

 

同時に駆け出す。今の2人には誰も敵うはずがなく、繰り出される炎舞と斬撃によって小型バーテックスは吹き飛ばされ、切り裂かれ、消滅する。

 

圧倒的な力。しかし、それは4人がそれぞれお互いを助け合い、信じ合うからこそ生まれる絶対的な力である。不安があろうとそれをお互いでカバーし、それを糧として力を振り絞る。

 

美森はそんな姿に、零れる涙を抑えきれない。何処までも進み続ける4人の姿を思い、感情を抑えきれない。壊したくない、引き裂きたくない。あの4人を欠けさせたくない。けれど、今の自分には何も出来ない。こうやって後ろで泣く事しかできないのだから。

 

そっと肩に触れるのは、銀(中)と園子(中)。その眼には懐かしいようで悲しい光景が、焼き付くように残っている。二度とあの頃には戻れず、あろう事か戻れない光景を他人となって見る事になっている。皮肉な話だ。あの場所には、自分達が居たはずなのに。どうしようもない切なさ、悲しみ、胸にポッカリと穴が空いたような虚空を触る感覚。 どうしたってその気持ちを和らげる事など無理な話である。

だが、お互いには何も言わない。心では3人感じ取っているから。きっと、言わなくても2人なら分かっていると感じているから。

 

 

 

 

ーーー離れたくない。けど、私達は……もう……っ。

 

 

 

 

未だ、3人の黒い雫は止まることを知らない。

 

 

 

 

 

その後大型バーテックスが出現するも、全員で立ち向かい、被害を出すこと無く倒す事が出来たのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




戦闘シーンはなんか苦手です。薄っぺらい……。


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花結いのきらめき その5

ゆっくりと更新していくんよ。

コロナのせいでバイトが入れなくなって死活問題なんじゃぁぁあ!!!
まぁゆゆゆいとかこのファン進めるんですけどね

遅れてごめんなさいな。


 

 

 

 

 

 

園子です。園子が1人立っています。ボケーと突っ立ち、特になにもすることなく立っています。

 

 

 

 

もう一人、園子がいます。にへらーと笑い、だらしなく口元をふにゃふにゃにして立っています。

 

 

 

 

更にもう一人、樹がいます。この状況に戸惑いつつ、苦笑いをずっと浮かべてオロオロして立っています。

 

 

 

3人は向かい合って立っています。ただじっと、どこを見ているのか分からないのですが立っています。

 

 

この状況、まさにカオスです。しかし、これを読んでいる人達は何事と首を傾げ、この話をスキップしようと下にスクロールするでしょう。

ですが、それがこの3人の狙いであります。

くだらない文章を読んではよ終われと少しずつ蓄積していく読み手の怒りを、3人は望んでいるのです。

 

 

 

あ、3人が前傾姿勢を取りました。カオスです。

表情はそのまま、姿勢は前屈み。まさにカオスです。何をしているのでしょうか。

 

3人の右足が同時に横に動きました。ゆっくりとゆっくりと、右左右左足を横に動かして円を描き始めました。

 

 

くるくるくるくるくーるくる♪くるくるくるくるくーるくる♪

 

 

雰囲気にぴったりな歌が流れ始めました。首を右左右左に揺らしてタイミングを計っています。

 

 

くるくるくるくるくーるくる♪くるくるくるくるくーるくる♪

 

 

次第に動きが早くなっていきます。カニが高速で横に移動しているみたいな光景です。

 

 

くるくるくるくるくーるくる♪くるくるくるくるくーるくる♪くるくるくるくるくーるくる♪

 

 

最早高速でカニのモノマネをしているようです。どんどん早くなる横移動に目回しそうです。

これを樹がやっていると思うと謎です。

 

 

くるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくーるくる♪くるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくーるくる♪

 

 

速い速い速いはやいはやいはやいはやいはやいはやいはやいはやいはやいはやいはやいはやいはやいはやいはやいはやいはやいはやいはやいはやいはやいはやいはやいはやいはやいはやいはやいはやいはやいはやいはやいはやいはやいはやいはやいはやいはやいはやいあぁぁぁあああ目が回るううう。

 

 

あ、地面から足が離れて浮かんでいます。どんどん地面と3人の距離が離れていきます。

 

 

ビュンビュンビュンビュンビュンビュンビュンビュンビュンビュンビュンビュンビュンビュンビュンビュンビュンビュンビュンビュンビュンビュンビュンビュンビュンビュンビュンビュンビュンビュンッ

 

 

まるで空飛ぶ輪っか。高速回転しながらどんどん上に上がっていきます。

 

 

くるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくるーーー

 

 

それいけ飛んでけどこまでも。高速スピンする輪っかはどんどん上に上がっていきます。

 

空高く飛んでいくカオスの根源。ひたすらくるくると言いながら横歩きに移動して空中浮遊を見せるミステリー。

 

きっとあの3人はどこまでも飛んでいくのでしょう。きっと、貴方の街にもやってくるかも知れません。

 

 

頑張れカオス。負けるなカオス。また逢う日までーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーって言う夢を見たんよ〜」

 

 

『いやいやどんな夢だよ!?(ですか!?)』

 

「おおー、私も見てみたいなぁ」

 

 

 

 

 

 

 

楽しい楽しいひと時であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーー何も難しい話をしてるわけじゃないのよ?ただ、こうなんて言うか……、今更ながらなんと言いますか……」

 

「……恥ずかしい、ですか?」

 

「違うのよぉ……。もっとこう、ねぇ?簡単な言い方ない?」

 

「難しい話じゃないですかこれ。あたし頭パンクしそうですけど……」

 

「しっかりしてよ銀んんん!!」

 

とある日の勇者部。風、須美、銀(中)は椅子に座って頭を悩ませていた。

事の発端は3人が優希の話題で盛り上がっていた時、風が優希に対する感情を上手く言い表せないと言い出したのが始まり。優希を思うとドキドキすると風が言うので、須美と銀(中)はその感情を言い当てようと頭を捻っていた。難しい話ではないと風が言うが、自分も言い当てられてない時点で難しい話である。

 

「だいたい風さんや。この堅物で評判あるすみすけとぶっ飛び火の玉ガールに話をするのが間違ってるんですって」

 

「堅物とはなんですか!あと、すみすけはやめてください!」

 

「兄貴の話題を出したのはどこの誰だっつー話でしょ?……まぁ、そういう私も盛り上がって語っちゃったってのもあるけど」

 

「兄妹愛を遥かに超えた次元の話でした。そのっちが聞いたら暴走する案件かと」

 

「いっつも暴走してるけどね園子ズは。あ、樹も入ったから園子トリオか」

 

「ウチの妹が全くの別方向に歩みを進めてるぅ。……なんでうちの部員って二癖も三癖もあるのよぉ」

 

「既に一癖ある事は確定してるのか……」

 

「……そこに私も入っているのが釈然としません」

 

「無自覚なのが可笑しいゾ。未来の姿を見てみ。あの段階になる前段階が絶対あるから……」

 

「……うぅぅぅ、東郷さん一体どうして……」

 

絶望する須美。無慈悲に須美の心を抉ってくる。未来の自分がいる時点で最早ネタバレされているようなもの。最近は美森のぶっ飛んだ行動を見て頭を痛めている。理由は簡単。貴方は後にこうなりますよと、3分クッキングで事前に用意された段階吹っ飛ばして現れた完成品のように、そこまでに至った経緯が分からないからである。

 

「それはもう置いておきましょ。どう足掻いたって須美は絶対に東郷になっちゃうんだから」

 

「絶対に嫌ですぅ!!」

 

諦めろと風がポンポンと須美の頭を撫でる。須美は納得がいかずプンスカプンと暴犬のように吠える。

 

「……で、話を戻したいんすけど。結構風さんが優希さんに向ける感情って、兄Loveとかそういう事でいいんじゃないんすか?」

 

「そんなもので私の愛は語れないわ。深い深い愛を持っているのよ!!」

 

「極度のブラコンだよほんと……。あたしでも流石にここまではいかないゾ」

 

「樹さんとは全く違うのですね」

 

「樹は樹、私は私よ。それに、どちらかと言うと私の方が兄貴と長い時間過ごしてきたんだから!!」

 

「それ樹も言ってたゾ……」

 

「お互いに譲り合わないこの姉妹、正直言って面倒くさいです……」

 

「何よ東郷だってちょっとあったら面倒なのよ?」

 

「もう分かったので名前を出さないでください!!」

 

一向に話進まねえよと銀(中)は内心激怒する。3人の中で1番の常識人は彼女であった。最早須美は東郷と言う言葉に過剰反応を起こしている。プンスカ怒る須美は傍から見ると可愛いのだが、本人はそれを良しとしない。どうしても否定したい事は否定したい。頑固な小学生須美ちゃんである。

銀(中)は溜息をつくと、終わんねぇなと愚痴を零して口を開く。

 

「……風さんが優希さんにそこまでこだわる理由があんまり分かんないんですけど。兄だから好きとかそういうレベル超えてますよね?どんな対象として見てるんです?」

 

「んー、それが私の中ではあんまり分からないのよ。兄貴が目の前に現れてからずっと、一緒にいたいっていう気持ちが爆発しまくってて」

 

「……これは、やはり禁断の恋では!?」

 

「……んー、なんか引っかかるんですよね。なんか、誰かを見てるみたいな……」

 

「……私みたいな人がいるの?ちょっと、名前を吐きなさい。そいつとお話しなきゃ」

 

「いや、ここまで出てきてるんですよね……」

 

うーんと唸る銀(中)。中々名前の出ない銀(中)に風はグイグイと近づいて行く。

銀(中)が言う、風のような感情を持っている人物。今までの話の中で、優希が関わると風以外で暴走する人物が一人だけいる。銀(中)もその人物と話して思いの丈を聞いた。ずっと一緒にいたい。離れたくないと。銀(中)自体もそう思っているが、あの人物程優希を想っている人は犬吠埼姉妹を除いては居ないだろう。もしくは、犬吠埼姉妹よりもその想いは強いかもしれない。

あ、と銀(中)はふと須美の顔を見てそう口を開いた。何故私の顔を見て思ったのか疑問に思った須美だが、何だか今までの話の中で心当たりがあるような感じがしてならなくなった。

 

「……思い出した。そうだ、須美だ。須美と風さん同じなんだ」

 

「……その言い方、私ではなく東郷さんの方ですね?」

 

「へ?東郷と私が同じ?なんでよ」

 

「……ここではあんまり深く言わないですけど、須美って結構優希さんにぞっこんなとこありましてですね。離れ離れになってから頻繁に気分を落としてまして」

 

「……そんなにぞっこんなの、須美?」

 

「そそそそんなにぞっこんではありません!!何を言ってるんですか!!」

 

「……と申しておりますが、あたしの記憶が正しければ、園子が寝ている間に構って欲しさに腕に抱き着いたり?大好きなジェラートを食べさせ合いっこしてたり?戦闘が終われば真っ先に優希さんに近付いてたり?一体どういう事なんでしょうかねすみすけさんや」

 

「……いえあの、そそそんなこと私がする訳が……。きっとそれは私とは違う私なのでは……?」

 

「いやいや、初めてこっちの世界に来た時、腕に抱き着いてたの、どなたでしたっけ?」

 

「………っ!?!?!?!?!?」

 

ここぞとばかりに今までのストレスをぶち込んでいく銀(中)。何処まで行っても今日は弄られキャラとして定着してしまったすみすけちゃん。お顔を真っ赤にしてあら可愛らしい。

 

「何よ何よ須美ってば、結構甘えん坊さんなのね」

 

「風さん風さん。須美はむっつりですから」

 

「むっつりではありません!!そのニヤニヤやめてください!!」

 

ニヤニヤと笑いながら須美を見る風と銀(中)。涙目で須美は反論するが、ここまでの羞恥は初めてなのかいつもよりキレのない反論しか出来ない。

小学生のむっつりって何だかピンクピンクしてていやらしい事を思い浮かべちゃうよ。園子ズが居たらそれは更にフルスロットルだろう。

 

「……もう、お願いですから話を進めてください。なんで私がこんな目に……」

 

「ごめんごめん、弄りすぎたわ。……それで銀。私と東郷が同じってもう少し具体的に言ってよ」

 

「……だからこの場で深くは言えないって言ってるのに。まぁ簡単に言うと、ずっと一緒にいたはずの人が突然居なくなって、その寂しさに押し潰されながら長い間過ごしてたけど、いきなり居なくなった本人が現れて今までの想いが爆発してずっと一緒にいたいって気持ちが強くなっちゃってるんですよ。多分ですけど」

 

「東郷は爆発してるんでしょ?……なら、確かに一緒か」

 

「まぁ須美の想いが爆発してるのは普段見てたら分かりますけどね。友奈が絡む以上に負のオーラかヤバいっす」

 

「……それって、銀と乃木もそうなんでしょ?」

 

「……深くは言えないっすけど、あたし達はまだ自粛出来てると思ってますから。ずっと一緒にいられなくても、そばに居るだけであたしは十分満足です」

 

「……後で一緒に抱きしめられに行きましょ。兄貴もきっと許してくれるわ」

 

「絶対泣いちゃいますよ……、断言出来ますね」

「無理矢理連れてくから、今日は少しでも晴らしなさい」

 

「……だから勇者部のオカンって言われるんですよ。まぁ、ありがとうございます……」

 

風の母性により銀(中)は心に少し余裕がもてた気がした。普段の甘えっ子風とは違う、姉貴している銀(中)をも虜にするその力。伊達に歳上として君臨しているだけはある。

 

「……私達はまだ経験してないのですが、そんなにも辛い想いをするのでしょうか?」

 

「優希さんがどれだけ必要な存在だったのかは、別れて初めて気付くよ。……どんなに泣いても、どんなに会いたいと思っても、来るのは寂しさと後悔。きっと、あの時のあたし達3人の壁はここなんじゃないかって今になって思う。もし、この世界から帰る時、あたし達が全て伝えるから、それまでに優希さんにめいいっぱい甘えときなよ………」

 

「……そこまで言う程、優希さんとの別れはきついものがあったのですね。分かりました。不本意ではありますが、めいいっぱい甘えに行こうかと思います」

 

「……おんやぁ?甘えに行くんですかぁ?」

 

「こここ言葉の綾です!!仕方なくっ、仕方なくですよ!?」

 

「好きなら好きって伝えなよ。あたし達ももしかしたら伝えるかもね………あ、やっべ」

 

「は?銀、ちょっとどういう事よ。銀は私のアドバイザーでしょ?何勝手に恋心芽生えさせてるのよ」

 

「いやいや風さん!!これは、これには深い理由がっ」

 

「あんたっ、私の話を聞いて情報収集してたのね!?許せないわっ。お仕置よ。須美、手伝いなさい!!」

 

「はいっ!!さっきの恨み、今ここで晴らす時!!」

 

「ちょちょちょっとっ、待って待ってーーー」

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーうぎゃぁぁあーーーー!!!!」

 

 

迫り来る風と須美には抗えず、銀(中)はくんずほぐれつされるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「結局私のこの気持ちはなんな訳?」

 

「あたしにもそれは分かんないんです」

 

「……結局分からないんですね」

 

 

最後まで締まらないのが勇者部の日常である。

 

 

 

 




早く西暦組を出したいがどうやって出せばいいのだろうか


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花結いのきらめき その6

ストーリー性皆無が私の売りです(..◜ᴗ◝..)


 

 

 

 

 

 

 

あれは何時の話だっただろうか。

 

雨の降る心做しか寂しさを感じた夕暮の日。何時もの通学路を歩き、真っ直ぐ家に帰ろうとしていた私。

雨のせいか足取りは重く、差し持つ傘に当たる雨の音が私の心を冷やしていく。

 

何があった訳でも無い。いつも通りの1日を過ごしたに過ぎない。自然と降る雨によって気分が害されるのはよくあること。ネガティブになったり、落ち込んだりしてしまうのは雨のせいだと私は結論付けているが、素直に納得はしていない。

 

こういう時はいつもそうだ。何かしら私は考え、ふとした事で気分を消沈させる。雰囲気のせいでもあるが、私自身の性格によるものもある。

寂しさが不安に。不安が絶望に変わっていくのが分かるものの、上手くコントロールは出来ていない。

悩ましい、克服したい私の悩みである。

 

それで、今何を考え消沈しているのか。これは、末っ子である者故の悩みなのかもしれない。

 

私には4つ上のお兄ちゃんと、2つ上のお姉ちゃんがいる。

背が高く頭が良く運動が出来てカッコイイお兄ちゃん。優しくて面倒見のいいお兄ちゃん大好きっ子なお姉ちゃん。

私にとって、かけがえのない大切な存在である。

 

だがいくら私が2人を大切な存在であると思っていて、2人も私を大切な妹であると思っていても、私は時折孤独感を感じる。

お兄ちゃんがお姉ちゃんに。お姉ちゃんがお兄ちゃんに。お互いがお互いに常にくっついて動き回っているからだ。

 

お兄ちゃんが行く道を、お姉ちゃんはいつも着いていく。私はその後を追うだけ。

お姉ちゃんはお兄ちゃんに褒めてもらおうと色々な事に挑戦している。私は眼中に無いみたい。

 

寂しい。そう思って、そう思いたくもない筈なのに、私はとてつもなく寂しさを感じてしまう。冷たかった体が余計冷たくなる。

あの2人は既にお互いが求め合う存在になっている。皮肉な話、何の取り柄もない出来損ないの妹に気を回すぐらいなら、放って置いて他の事をする。

 

涙が滲む。まるで私の心を表しているような雨がザアザアと降り続け、私が零しそうになった涙の代わりに地面に落ちていく。

 

酷い話だ。私自身、ここまで劣等感を抱いているとは思わなかった。自覚も無く、お兄ちゃんとお姉ちゃんの仲が凄くいい事に羨ましさを抱いていた筈なのに。いざ考えてみると、そんな自虐的に捉えてしまった。

 

私は重い足取りで歩き続ける。お兄ちゃんが買ってくれた通学用のスニーカーが雨に打たれて水分を吸って重くなっている。ベチャベチャと歩く度になる不快な音が、より私の心を汚していく。

 

もっとお兄ちゃん達と仲良くなりたい。もっと構って欲しい。いっぱいお話がしたい。どうすればいいのか考える。

2人の仲に今更ズコズコと入っていく事は出来ないし、かと言って積極性に欠ける私が自分の意見を言うのなんて言うのも出来ない。

 

このままずっと、過ごす事になるのだろうかと最終的に結論付けてしまう。自分を変えたいと思う。周囲の環境も変えていきたいと思う。何より、お兄ちゃんとお姉ちゃんとの仲を1番変えていきたい。

図々しいのは分かっている。だけど、私は寂しいのは嫌いだ。ひとりぼっちなのはもっと嫌だ。恥ずかしがっても、誰かと楽しく生きていたい。

 

 

3人仲良く、幸せな毎日を過ごしたかった。

 

 

ふと足が止まる。私の目の前に立つ人物に目を奪われたから。

黒い傘を指した高身長の青年。誰かを待っているような雰囲気で電柱の麓に立っていた。

思わず口が開いてしまう。今呼びたい、大切な人の事を。

 

 

「ーーーお兄ちゃん!!」

 

 

青年はゆっくりと振り返り、私の姿を見てニッコリと笑ってくれた。

それを見て私も嬉しくなり、無意識に頬を緩ませる。

お兄ちゃんの元に駆け寄り正面に立つ。見上げなければ見ることの出来ない顔を私はじっと見つめ、暫くその状態を続けてみる。

お兄ちゃんはなんとも思っていないようで、手に持っていたカバンからタオルケットを取り出して私の頭に被せてくれた。頭は別に濡れている訳では無いのだが、そうしてくれるだけで私はとても嬉しくなってしまう。さっきの憂鬱感が薄れていき、冷たかった身体に暖かな感触が戻ってくる。

 

私は、確かにお兄ちゃんとお姉ちゃんに劣等感を抱いていて、孤独を感じている。

だけど、私はそれでもお兄ちゃんとお姉ちゃんが嫌いな訳では無い。寧ろ大好きだと言っても過言では無い。誰も嫌いだとは一言も言ってはいないからね。

 

 

「ーーーお兄ちゃんは、なんでここに居るの?」

 

 

「ーーーお前と一緒に帰る為だ。当たり前だろ?」

 

 

わしゃわしゃとタオルケット越しに撫でてくるお兄ちゃんは、さも当然のように言い放つ。その言葉がどれほど私にとって嬉しい言葉なのか。欲しい言葉なのか。幸せを感じる私はニヤケ顔が収まらない。

こんなにも優しいお兄ちゃんを嫌う事なんて出来る訳が無い。お姉ちゃんだってそうだ。いつも私を朝起こしてくれて、頼りになるお姉ちゃんを嫌う事なんて出来る筈がない。

 

 

「ーーーさぁ、帰ろう。今日は何が食べたい?」

 

 

今日の夕飯についてお兄ちゃんが聞いてくる。私はお兄ちゃんの料理ならなんでもいい。どれも外れがなくて私の好みの味だから。お姉ちゃんと一緒に作る料理は、今まで食べて来た中でも上位を争うレベルのものだ。

 

 

「ーーーお兄ちゃんの料理なら、私なんでも食べたいな」

 

 

在り来りな返しだが、事実を言ったまでだ。困ることなんて無い。私がこう言っているんだからなんでも出して欲しい。なんでも食べるし、なんでも言うことを聞く。困らせるつもりは無かったが、変に悩むよりお兄ちゃんに任せたい。

お兄ちゃんは困ったような表情を見せると、そっと、私の手を握って来た。

 

 

「ーーーじゃあ、今日は寒いから鍋うどんだな。家族皆で鍋を囲って食べよう」

 

 

「ーーーうん!」

 

 

私は末っ子の妹。お兄ちゃんとお姉ちゃんの妹である。

お兄ちゃんとお姉ちゃんに自慢出来る事なんてひとつも無い。お兄ちゃんとお姉ちゃんがとても羨ましい。

だけど、私はお兄ちゃんとお姉ちゃんが大好きだ。特に、私と一緒に歩いてくれるお兄ちゃんが、私は大好きだ。

 

いつの間にか雨が止み、雨雲の隙間から天の光が差し込める。光が出来上がった虹を照らし、大空に7色のアーチが広がる。

私はその虹を見上げながら、その光景に願いを綴る。

 

 

いつかきっと、私がお兄ちゃんとお姉ちゃんに思いの丈を叫べるように。今はずっと、見守っていてください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私はとうの昔に過去と折り合いをつけた。それがどんなに辛いものであったとしても、今の私には乗り越えた現実だ。

 

中学1年の時、大橋崩壊の事故で巻き込まれて、帰らぬ人となった。

当時、学校から帰って夕飯の準備をしていた時、大赦と言う組織が私達の家にやって来て、私達の親が死亡した事を告げられた。

 

その後のことは覚えてはいない。意識を取り戻した時、目に映ったのは自室の天井だった。あの後は何があったのか記憶が無いため、私は時計を確認する。時計の針は12と6を指していた。窓から指す光を見るに朝方であると確認した私は、ゆっくりとベッドから立ち上がってリビングに足を運んだ。

 

 

いつもなら聞こえるはずの話し声が聞こえない。

いつもなら鳴り響く包丁の刻み音が聞こえない。

いつもなら見ているテレビの声が聞こえない。

 

いつもなら暖かいはずの家が、冷たくて仕方がない。

 

 

リビングのドアを開ける。ゆっくりと開かれる扉の向こう側に広がる光景に、私は思わず息を呑んだ。

 

ソフィアに座り、新聞片手にテレビののニュースを見ているはずの父ーーー。

キッチンに立ち、私達の朝食を作っている筈の母ーーー。

 

 

『おはよう』

 

 

いつもなら掛けてくれるはずの声が、光景が何一つ無かった。

 

思わず私は親の部屋に飛び込んだ。勢いよく扉を開けるが部屋には人の気配一つ無いもぬけの殻。

それが、どうしようもなく私の心を抉ってくるようだった。

 

受け止めたくない現実。知りたくなかった現状。思いもしなかった突然の悲劇。

 

崩れ落ちた私を受け止める人は誰もおらず、力なく私は廊下に倒れ込んだ。

不意に目尻が熱くなり、淡々と流れ出す涙。抑えようとも思わない。今は何もしたくない。何も出来ない。

涙の量は更に増え、嗚咽のような泣き声が無意識に流れてしまう。

 

 

「ーーー………っ、あ……っづ、…………っ」

 

 

宥めてくれる人は居ない。抱き締めてくれる人は居ない。暖かく見守ってくれる人は居ない。誰も、誰も居ない。

 

お兄ちゃんが家から出ていき、親と二度と会えなくなった。どうしようもない虚空感が私の心を侵食し、深い深い絶望を見せてくる。

フラッシュバックする走馬灯のような記憶。楽しかった思い出、悲しい思い出、辛かった思い出。どれもこれもが私にとっては大切な思い出。

 

掴みたくても掴めない。掴みたいのに掴めないこのジレンマ。躍起になって掴もうとするが、手では掴めず虚空を振るう。

離れていくその思い出が、そっと私を冷たい海の底に突き落としてくる。

 

抗う事はしない。もがく事はしない。抜け出そうとも思わない。

 

 

全部無意味だと、冷たい感情でそう見出した。

 

 

これから、私はどうすればいいのか。頼るものは誰もおらず、頼れる者は今は亡き者。絶望と言う崖っぷちに私は立たされていた。

 

この時私はほぼ諦めていたのかもしれない。残された私達で暮らしていくなんて耐えられない。生きる事が、なんだか辛くて仕方がなくなってきた。

 

 

もう、ここから解放されたい。

 

 

そう思うと自然と涙が止まった。さっきまで力が入らなかった身体に、自然と力が入るようだった。

動けるようになった私は、ゆっくりと起き上がりキッチンへと向かう。

窓ガラスに写った私の顔は、乾いた笑みを浮かべた人形のようだった。何もかも諦め、見切りをつけ、ここで終わろうと終止符を打つ現実逃避者の成れの果て。これから私が何をするのかなんて、表情だけで全て察する事が出来る。

 

キッチンに入り包丁を手に取る。反射して見えた私の顔は最早なんと言えばいいのか分からないほど滑稽なものだった。全てを諦め、全てを捨てようとしている哀れな表情。滑稽だ。実に愉快だった。

 

手首に包丁を添える。何処を切ればいいのか分からないが、手首には動脈があってそこを切ると大量の血が出るて死に至ると何かで聞いた事があった。

これで、私は解放されるのか。包丁を見つめ、自身の左手を見つめる。

 

ふと、包丁が震えているのが分かった。それは握っている手が震えているからだ。恐怖しているからだ。戸惑っているからだ。

意気地無し。何故私はそんな事もできないのか。無性に腹が立つ。

 

覚悟を決めろ。私は辛いんだろ。解放されたいんだろ。ここにいたところで、私はなんになると言うんだ。寂しいのならいっその事、あの人達の所に向かえばいいだろう。

 

ギュッと柄を握り締め、私は覚悟を決めた。

これで終わる。さぁ、行こう。

これで、また家族一緒にーーー

 

 

 

 

 

『ーーーお姉ちゃんなんだから、頑張れ!!』

 

 

 

 

 

 

「ーーー………っ」

 

 

走馬灯の先。浮かび上がった兄貴の表情。優しく頭を撫でて励ましてくれたいつかの光景。それは私に光を差し示した。

 

 

ーーー出来るわけがないだろ。

私は姉だ。姉として、残された唯一の妹を育てて行かなきゃならないだろ。誰があの子の面倒を見る?誰があの子を甘やかしてあげられる?誰があの子の不安を取り払う事が出来る?

 

 

姉だろう。姉しかいないだろう。

残された私しか、私だけしか居ないだろう!!

 

 

叫ぶ。

 

 

根性見せろ犬吠埼風!!私はなんだ!!私は姉だ!!お姉ちゃんだ!!兄貴から、お父さんとお母さんから任された長女犬吠埼風だろう!!

 

 

雄叫びをあげる。

 

 

私が折れたらどうする!!諦めるな!!私はやれる!!私は乗り越えられる!!

 

 

一歩前へ。

 

 

辛くても、苦しくても、どうしようもなくても、私は……、私は………っ。

 

 

 

 

 

 

 

「ーーー私はっ、犬吠埼っ、風っ!!犬吠埼家長女として、負けてたまるかぁぁああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

負けられない。負けたくない。

私は長女として妹を守る。妹を助ける。妹を育てていく。

 

家族が死んだのは悲しいし、とても辛い。だけど、まだ終わりじゃない。私が居る。私がやれる。

私が姉として、犬吠埼家を守るんだ。

 

 

 

 

 

 

いつかきっと帰ってくる兄貴の為に、兄貴の帰る場所を私が守るんだ。

何できるとするならば、それはきっと、兄貴の居場所を用意する事だ。

いつでも帰って来れるように、私は兄貴の居場所を守り続ける。

 

 

 

 

 

それが私に出来る家族を守る為の事だ。兄貴を、妹を守る。懸命に生きて、私は強くなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、現実は甘くはなかった。

 

再び大赦が私達の家を訪れた時、持ってきたのは兄貴の遺産だった。

 

これに理解するまで、受け入れるまで、私達は狂っていた。

 

 

現実は残酷だ。誰も幸せな結末を用意してはくれない。

 

消失は虚空だ。心の中にぽっかりと穴が空いた。

 

想いは無慈悲だ。私達の事など考えず、淡々と日々が過ぎ去っていく。

 

 

私は現実を見た。そして、現実によって潰された。殺意が湧く。巫山戯るなと殴り倒してやりたい。

 

だがもう遅かった。誰も、正常に戻ることは出来なかった。

 

 

 

私はそれからと言うもの、大赦が来る事は何か不幸が起こるのだと姉妹の中でそう認識付られた。

 

 

私は現実を受止め、折り合いをつけた。だけど、憎しみだけはどう足掻いても私を離してはくれないみたいだ。

 

 

 

 

 



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花結いのきらめき その7

今回は本編。中々時間無いな。ホント勘弁………。



感想等ありがとうございます。皆さんが考察してくださるお陰で、作者のインスピレーションが刺激されます。感謝感激雨あられ、です!!


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

寝苦しさから来る不快さから、思わず目を覚ました。

寝汗とは思えない汗の量、心拍数が上がり呼吸が荒くなっている。咄嗟に来る左腕の重々しい痛み。何かが折られるような不快な音が幻聴で聞こえ、ブルブルと体が痙攣する。

 

 

「……タイミング、合いすぎだろ………」

 

 

思わずそう呟いた。

夕方の件もあり、気を引き締めようとした最中。唐突な開始のゴングより強制的に始まってしまった出来レース。

しかし普通なら怒る事なんだろうが、怒りよりも脱力感が強い。もう始まってしまったのかと思うと、やるせない気持ちになる。

 

 

ブチブチと何拘ちぎれる音が聞こえる。幻聴だろうとなんだろうと、これが自分の体から聞こえるのは異常である。

左指が上手く動かせず、まるでバグったような狂気の動きを見せる。何かが左腕の中で暴れているような感覚だ。痛みはあるが、これだけ左腕が動いて変形しているにも関わらず、肉や皮膚が破られるような痛みを感じない。

 

だんだん熱を感じるようになった。体温より一回り跳ね上がったような高温。ジンと骨身に浸透する熱と痛みが更に気分を害しに来る。

 

 

一先ず、腕を冷やす為に冷水に付けることにした。桶に水をはり、左腕を突っ込む。冷たいと思うが、熱が引くことはないようだ。だんだん桶の水から湯気があがっている。水がお湯に変わっているのかと思うと、効果は無いと考え左腕を水から上げる。

 

 

更に痛みが増した気がした。ズキズキと来る痛みに合わせて動悸する左腕。重量を感じるようになり、左腕を支えられる力が入らなくなっていた。

 

 

「……本格的に、まずい……」

 

 

シャワーで体ごと冷やそうと考え、浴場に向かう。

 

 

 

歯車は順調に進み始めた。

 

 

 

 

 

 

 

「………頼むから、もう少し…………、もう少しだけ………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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先代勇者達が召喚されてから早数日。ウキウキと声を弾ませながら招集をかけたひなたに首を傾げながら集まった勇者部一同。

部室に入るなり、キラキラと輝きながらニッコリ笑顔でパイプ椅子に座るひなたが目に入り、何事かと一瞬驚愕するのが今日のお決まりとなっていた。

 

 

「ふーふふーん♪皆さんの活躍の〜♪お陰で〜♪新しい勇者が呼べるようになりました〜♪」

 

 

テンションアゲアゲなひなた。新しい玩具を買って貰った子供のような満面な笑みを浮かべて声を弾ませる。

 

 

「やけにテンション高いわね。……って、そのテンションと新しい勇者って事は……」

 

「ふふふっ、気付いてしまいましたか!!そう、今回は西暦時代の勇者達が召喚されるんです!!」

 

「ひなたさんの仲間たち、なんですね。凄いドキドキしてきました…」

 

「ひなちゃんのお友達って何人来るの?」

 

「5人ですよ友奈さん。部室がより華やかに、そしてより可憐になりますよ。特に、その中には園子さん達の御先祖様もいます」

 

 

ピンと人差し指を上げ、したり顔でそう説明するひなた。思わず全員の口から声が漏れる。

特に樹と園子ズはドキドキさが他のよりも高く見える。樹は自身の性格から来る不安の大きさから。園子ズは御先祖様に会えることへの期待。

しかし全員に共通して言えることは、緊張している事だろう。

 

 

「未来の自分だけじゃなく、御先祖様にも会えちゃうなんて〜。今日は緊張して眠れないんよ〜」

 

「しかも5人。これは戦力も大幅に強化されたと考えていいわ。より円滑に敵を殲滅出来ます」

 

「兄貴、なんか情報とか無いの?」

 

「何故俺に聞く?……まぁ少しだけならあるぞ。本家の大蔵にあった資料に目を通した時に書いてあった」

 

「やっぱり、私達とはレベルが違うのでしょうか?」

 

「資料によると、風たちの端末に入っている精霊システムがないから俺たち同様バリア無しの戦いだったとか。勇者時の上昇能力も今より劣っていたと記載されてたな」

 

「なら確実に私達よりも強いわね。なんか燃えてきたわ」

 

「いやなんでそんなにも血の気が多い?落ち着きなって」

 

 

夏凛が何故か闘志を燃やし、急いで消火にかかる銀。夏凛の心に何か滾るものがあったのだろう。

 

 

「皆さんとってもいい方達ですよ。すぐに打ち解けられる筈です」

 

「遂に勇者部メンバーも2桁後半に差し掛かって来ました!一気に増えて良かったですね、風先輩」

 

「まったくねぇ……。そろそろあたしも引退するかねぇ。後は若い連中に任せてねぇ……。兄貴との縁側ライフを……」

 

「ブレませんね風先輩」

 

「冗談と安定のムーブを合わせた新しいボケなんよ〜」

 

「分かりにくいわね。もうちょいストレートに言ってくんない?」

 

「お姉ちゃんだけズルい。私もお兄ちゃんと縁側ライフしたい」

 

「俺まだ現役でいたいんだが?」

 

「……んーと、はいっ。取り敢えず、不肖三ノ輪銀並びに大人三ノ輪銀。両名とも頑張らせて頂きます。風さんは、取り敢えずお茶でも啜ってて下さい。あ、優希さんは置いて」

 

「皆ボケ通じないの?私の引退に反応してくれたの銀だけって………。けどそこはまだまだ若いから行けますよ風さんみたいな言葉をかけるでしょ」

 

「風さんの日頃の行動が裏目に出てますね。後注文が多い」

 

「風先輩のボケは同じというかなんというか……」

 

「変化球が欲しいところです」

 

「きぃいいー!!あったまきたっ。こうなれば明日は今溜まってる依頼全部終わるまで帰らせないわよ!!」

 

「パワハラ上司かよ」

 

 

ブチ切れ風さんのパワハラ臭が漂う発言に思わず兄からの制裁。一先ず部室からドナドナされていくのであった。

 

さぁと、話は戻って西暦勇者達の件。無駄話が過ぎたがそれがこの部員達の日常。きっと西暦勇者達も直ぐに毒されるだろう。

 

 

「ねぇひなタン。私達の御先祖様ってどんな人なの〜」

 

「やはり気になる所ですよね。まぁ一言で言うなら、西暦の風雲児ですね。初代勇者という事もあり、姿、立ち振る舞い等様々。まさにその肩書きに相応しい存在です」

 

「風雲児!!なんかかっこいい響き。流石初代様!」

 

「……風雲児って。流石に……」

 

「いえいえ銀さん。言い過ぎ等ではありませんよ。今友奈さんが言ったかっこいい姿を百倍、いえ千倍にして思い浮かべてください!」

 

「せ、千倍?なんか今日のひなたぶっ壊れてるわね……」

 

「凄い倍率ですぅ!」

 

「ふふふっ、それでもまだ……彼女……乃木若葉の素敵さ、かっこよさには到底及びません!」

 

「ん〜、御先祖様って普通じゃない気がしてきたんよ〜」

 

「園子ちゃん。安心しなさい。貴女も未来の貴女も普通じゃないから」

 

 

想像を絶するイメージに思わず普通というジャンルには収まらないと判断した園子(小)。しかし夏凛がすかさずつっこむ。

 

 

「西暦の風雲児……もとい、乃木若葉さんの他には、どんな方がいるのかしら、ひなたさん」

 

「シャイな方から賑やかな方まで幅広く。皆さん、とても素敵な方々ですよ。……うふふ、まぁ西暦という事もあって、実は外国人の勇者の方も……。アメリカから来た勇者とかいたりして」

 

「米兵!?須美ちゃん!これは一大事よ!」

 

「はい!竹槍を持ってきます!!皇国ノ興廃此ノ一戦ニ有リ……!!」

 

「はい落ち着いて深呼吸。東郷、ハチマキ置きなさい。須美ちゃん、どこから持ってきたか分からないけど竹槍置きなさい」

 

「ちょっと待って。ホントに何処から取り出した、須美」

 

「護国信者恐るべしね」

 

 

いっつあまじっく、とでも言うべきなのだろうか。それぞれが興奮に身を委ねながら、話はどんどん盛り上がっていく。

特に胸の高鳴りを抑えきれないのはひなたと園子ズの3人。今の勇者部の中でも関わりが深いであろうこの3人にとって、戦力が増える以上に対面出来るという喜びに満ち満ちている。

 

キャッキャウフフと喜び合う3人を見て、他の勇者達は微笑ましい笑みを浮かべるのだった。

 

 

ーーーーーーーーー。

 

 

と、刹那。鋭い空気が部室内を切り裂く。同時に鳴り響く警戒アラーム。

全員の表情が一瞬にして強ばった。

 

 

「っ、このアラームはっ」

 

「このタイミング!?」

 

「勇者達が召喚される時は敵が攻めてくる前兆って事?」

 

「先代組が召喚された時もそうだったから、その線はあるかも」

 

 

須美達4人が召喚された時も同時に敵が現れた。偶然にしては状況が合いすぎる。

しかし、今これについて追求出来る余裕は無い。一刻も早く樹海に向かわなければならない。

 

 

「皆さん。今神託が下りました。どうやら、若葉ちゃん達は樹海の中に召喚されたようです」

 

「大変だぁ。早く助けに行かなきゃ!」

 

「待ってなさい風雲児。この三好夏凜が実力を見せてやるわ!!」

 

「ひなた。初代様達のことは任せてくれ」

 

「必ず連れて帰ります!」

 

「はいっ、ありがとうございます。皆さん、お気をつけて」

 

 

勇者達は光とともに、樹海に移動するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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樹海に召喚された勇者達は、端末を取り出して敵の位置情報を探る。端末の画面には、敵の反応とこの場にいる勇者以外の勇者の反応が5つ存在していた。状況から察するに、既に交戦中の可能性が高い。勇者達の中でフツフツと焦りが込み上げてくる。

 

 

「みんな急ぐわよ!!既に戦ってるかもしれない!!」

 

「足の速い俺達が先行する!!銀ちゃん達と夏凜ちゃんっ、飛ばすぞ!!」

 

「「「はい(了解)!!」」」

 

 

グッと地面を踏み込み跳躍。その馬鹿げた脚力は一瞬にして優希を目と鼻の先まで空を作った。それに続き銀達と夏凜も優希ほどでは無いが一気に距離を離していく。

 

 

「……一体、何処にあんな力があるのかしら」

 

 

前回の戦闘とは違い今回は緊急事態である為、優希が先行して行くことには文句は無い。これで間に合わず召喚された勇者の誰かに怪我をされてはひなたに顔向けが出来ない。

優希も暗黙の了解を得て先行したのだろう。その証拠に銀達と夏凜を連れて行ったことを見れば分かる。優希1人なら余裕で行けるが、1人だとまた何か言われる可能性を感じ、少し遅れるが銀達を連れて行くことで1人で突っ走っている訳では無い事を証明している。

頼られた事に銀達は若干の喜びの色が見えるが、今の風には分かるはずもなく。遠ざかる銀達の背中を見つめながら、常々そう感じる。

 

 

「勇者服ってあんなにも身体能力を上げるのね。いつも見るけど、やっぱりなんか不公平よ」

 

「仕方ないよふーみん先輩。元々勇者服は適性が高ければ高い程勇者としての力が増す。ゆーに……、優希さんは身体能力が高くて、それプラス勇者服、適性の高さが追加してるからあんなにも凄くなるのは当然だよ」

 

「じゃあ銀達と夏凜はどうなのよ」

 

「あの3人に関しては順応してるって言った方が簡単に説明がつくんよ。勇者服の力を完全に使いこなしてる。優希さんに及ばなくても、私達よりは何倍も力の差が出るんよ」

 

「………私達が力を出し切れてないって事は」

 

「……心のどこかで、まだ信用しきれてないかもね」

 

 

その言葉の重みに気付きたくなくとも気付いてしまう。風達讃州中学勇者部が味わった恐怖の数ヶ月。まだあの時体験した恐怖は鮮明に体に染み込んでいる。最後まで戻る事が無かった友奈。痛ましく涙を流す美森。夢が潰えた樹。友のために身体を顧みず戦った夏凜。2年もの間ずっと独りだった園子。血反吐を流しそれでも戦い続けた銀。妹の、後輩の痛ましい姿を見て怒りに飲まれた風。

世界の為とはいえ、体を、友を、記憶を、夢を消す事になったこの力を、今の風達がもう一度信用など出来るはずもなく。心の隅で嫌悪感に似た否定したい気持ちが揺らいでいるのだろう。

 

 

「………改めて思うと、嫌よね。こんな役目……」

 

「……お姉ちゃん」

 

「…………」

 

 

何よりも最愛である兄を奪われた風と樹、焦がれた人を無くした美森と園子には払いきれない憎悪の念が帯を引いている。はいそうですかと切り替える事など出来るはずが無い。

 

 

「……先輩方の事情は理解したのですが、では私達はどうして銀のように力が出せないのでしょうか?」

 

「私もミノさんみたいにぴょーんって飛びたいんよ〜」

 

 

ふと疑問に思い、そう質問したのは後方に位置する須美と風の後ろに続いていた園子(小)であった。

 

 

「2人は多分、順応しきれてないからかもしれないんよ」

 

「?私達はまだ順応しきれていないのでしょうか?」

 

「勇者服は適性ある子が着れば勇者服の能力は引き出される。けど、着用者と勇者服の間には超えきれない壁みたいなのが存在するんよ。能力が体に反映されるのは、その壁のようなものの小さい隙間から体と勇者服がお互いにくっ付き合ってるから。私達の状況が今説明した感じだと思って欲しいんよ」

 

「へぇ〜、じゃあミノさん達はその壁みたいなものを壊してもっとお互いにくっついてるってことでいいの〜?」

 

「そういう事なんよ。ミノさん達はその壁みたいなものを壊して完全に体と勇者服の繋がりを作ってる。だから100%に近い力を勇者服から引き出して使えてるんよ」

 

「じゃあどうやって壊せば……」

 

「須美ちゃん。簡単な事なんよ」

 

 

 

 

 

 

 

ーーー全ては気持ち次第って事。

 

 

 

 

 

 

何処か、その言葉に重い何かを感じた。

 

 

 

 

 



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花結いのきらめき その8

短いです。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

惨劇とまでは行かないが、それでも彼女達にとっては想定外の事であった。

 

広がる樹海を縦横無尽に駆け回る5つの影。素早く動き、相手に場所を悟らせないよう移動しながら戦う戦法。近接型が多いこのチームでヒットアンドアウェイはハードなものだ。それを踏まえ近接型が出来る被弾を下げる為の戦法。ネーミングセンスはどうかと思うが、『コソコソ戦法』なる部屋の隅に蔓延る黒光りを連想させるような戦法ーーーをする彼女達だが、表情には苦痛が滲み出ている。

 

息が上がり、汗が滴る。戦闘に入ってからどれだけの時間がたっただろうか。

彼女達は丸亀城を拠点とした、四国ーーーいや世界最後の反旗を掲げる者達。刃を持ち、拳を握り、トリガーに指をかける。前には敵、後ろには守るべき世界。言わば板挟みのような彼女達は、自分達よりも強大な敵に果敢に立ち向かう。

不満が無いわけが無い。だが守ると決めたのなら、命として守り続けようとする彼女達の心は、果たして正常なのだろうか。

 

 

 

 

「ーーーはぁぁああ!!!」

 

 

グッ拳を引き締め、腰をキュッと回す。全体重をかけた渾身の一撃。敵の装甲は硬く、そこから来る反撃は致命傷になり得る強力なものだ。恐怖が頭を過るが、入れた力に緩みは無い。

 

 

ーーーッ!!!!!

 

 

風を切る、腰を入れ全体重がかかった右ストレートは、その巨体の土手っ腹とも呼べる場所に会心の一撃を叩き込んだ。

 

 

「ーーー下がれ友奈!!」

 

 

一撃は決まった。しかし、圧倒的距離が近過ぎる。反撃が来ることは目に見えていた。遅かれ早かれ、声を張り上げて危険を促したが意識の有無に関わらず結果は同じであったと想像してしまう。

 

拳を引き、素早く撤退するがそれでは敵の攻撃からは逃げられない。その巨体以上の昆虫のような見た目のしっぽを横凪で敵は反撃。空中故回避は不可。あの攻撃を防ぐ術は無し。全力で走り急いで攻撃の当たる軌道から抜け出せるよう抱えなければ脱出は不可。

 

 

時既に遅し。時間的に約数秒の世界で、あっという間に結末を迎えた。

体を縮こませ、腕をクロスし辛うじて防御体制をとったものの、威力を消せる訳もなく呆気なく地面に叩きつけられた。

 

 

「ーーー高嶋さん!!」

 

「ーーー球子っ、友奈を早く離脱させろ!!」

 

 

土煙が舞い上がる中に倒れ伏す影に急いで駆け寄り、敵の視覚外に移動する。痛々しいその姿に歯を食いしばりながら、急いで戦場に戻る。しかし、予想打にしない光景が目に飛んできた。

 

 

「ーーー良くも高嶋さんをっ!!来なさいっ、七人………っ、精霊が使えないっ!?ーーーァがァっ!!」

 

 

大鎌の少女は自身の力を叫ぶ。が、当然この世界では発動する訳でもなく不発に終わる。いつの間にか懐に入り込んでいたしっぽが、確実に心を捉えて地面に叩きつける。

 

 

「ーーー千景!!ーーーォゴッ!?」

 

 

一瞬気をとられ、地面を削りながら振り抜かれたしっぽは少女の背中を強打。反動で逆くの字に曲がった体は、遠心力でそのまま吹っ飛んでいく。勇者服を着ていなければ確実に死んでいた一撃。かひゅかひゅっと薄い呼吸音が聞こえるだけで身動きが取れていない。

 

ゾクッと背筋が凍りつく。頭の中に過ったのは、圧倒的な思考の結論。

 

 

 

ーーー全滅。

 

 

 

 

「ーーー杏っ!!千景を拾って下がれ!!タマは若葉をーーーっ!?」

 

 

「たまっち先輩!!」

 

 

猛攻が止まることは無い。しかし彼女達の足は止まった。

好機と捉えた敵は残りの2人も片付ける。その巨体から振り抜かれるしっぽの威力は当たっただけで吹っ飛ばされる。何とか紙一重で躱す2人だが、長期戦による疲労もあって動きにキレはなく、次第次第に足取りが重くなる。

 

 

「ーーーやばっーーー」

 

 

「ーーーたまっちーーー」

 

 

やがて2人纏めて吹き飛ばされる事となり、そそり立つ幹の体表に身体をめり込ませた。

 

既に意識は無い。ピクリとも動かない2人を見た敵は再び移動を始める。目指すのは中心部に存在する世界の源。三勢力に分かれた神の一勢力が集合体となって一本の巨大な木となり、残った人類を保護する為に結界を張ったその発信源。

これを落とせば四国の結界は崩壊し、最後の蹂躙が始まる。文字通り世界の終わりである。

 

それを止める勇者達はいない。進行を止めなければならない彼女達は地に伏せたまま動く事はない。

 

 

 

 

 

 

世界の終末は、後僅かまで迫っていた。

 

 

 

人類の終わりであるーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーせりゃァァァァ!!!!!」

 

 

 

最もその話は、()()()()()()の世界での場合である。

 

 

 

空から飛び降りる4つの影。うちの一つは敵の顔に似た部位に己の武器を叩き込んだ。

 

 

ーーーッ!!!!!

 

 

鉄が激しくぶつかりあった鈍い音。反動でぐらりと揺れ動くその巨体は、ゆっくりと後ろに倒れ込んだ。ぐったりと倒れ込んだ所に追い打ちをかけるように4つの影は飛び上がる。

 

 

「ーーー銀、夏凜で畳み掛けろ!!俺と銀ちゃんで勇者達を回収する!!」

 

 

「「「はい!!」」」

 

 

「ーーーという訳だっ、その首置いてけぇええええ!!!!!」

 

 

両手に握った双斧をたて、空中で回転し運動エネルギーを生み出す。歯車のように高速運動し始めた回転は、火花を散らしながら敵の体を両断する。

 

 

「ーーー狙うならちゃんと一発で終わらせなさいよ!!」

 

 

首を置いてけと叫んだが本当に首(のような)部位を切断するとは思わなかった。仕方ないと二刀の刀を呼び出し、思いっきり敵の体にぶっ刺した。

グッと力を入れ、更に二刀呼び出し体を両断する。ピュンピュンと風を斬る音と裏腹に、流水の如く無駄の無い動きが彼女の強さを体現している。

 

 

「ーーーうりゃぁああっ!!もういっちょぉぉぉぉおおおお!!!!」

 

 

バキンっと、鈍い音と共に両断された身体は最早動ける力は残って居らず、淡い光を放ちながら空へと消えていく。

足場が消えた事で、足の裏の感覚が空中に変わり、ついで体が急降下していく。何事も無かったように着地した2人は、ぐるぐる周りを見渡す。

 

 

「……反応は無し。敵の全滅確認、と」

 

「……なんか、今の相手妙じゃなかったか?」

 

「何よ首置いてけ妖怪。あんな大技かますなら身体ごと真っ二つにしなさいよ」

 

「いや〜、優希さんと時代劇見ててつい使いたくなっちゃってさ」

 

「時代劇とは言えどんな状況よそれ」

 

 

首斬りでも主題にした作品なのだろうかと思いつつ、兎に角と敵の殲滅を終えた事で次の目的は勇者の回収及び治療に変わる。

チラリと横目で見ただけだが、視認できただけでも三。話では五人と聞いているので残りの二人も早く救出しなければならない。

 

 

「ほら、銀。初代勇者達を救出しに行くわよ」

 

「おっと、そうだった。早く行かなきゃ」

 

 

ぴょんっと体を屈伸させて文字通り飛んでいく。そう遠くない場所のはずだが、近場は他の二人が既に回収した可能性もある。が、それでも見落としは出来ないのでぐるぐると視野を動かしながら移動していく。

 

 

「ーーーあっ、彼処!!」

 

 

ピンと指を指した方向。ぐったりと影に座り込んでいる人影があった。神樹様の世界ではよっぽどのことがない限り出血はしない。しない、故にゼロではない。其れを意味するのは、その人影が血を流しているかどうかで処置が変わる。敵の猛攻でボロボロになった体を無理やり動かすのは御法度。しかし二人の知識では安全に運ぶ術が足りない。誰か呼ばなければ手遅れになる。

 

一先ず確認を、と人影の場所に降り立つと、驚愕する光景が目に飛び込んできた。

 

出血はしていない。しかし、体のあらゆる場所に打撲のような傷や汚れが目立っている。一目で命に別状は無いと分かる。

 

 

分かるが、問題は座り込んでいる人影ーーー少女が、どう見ても知り合いの顔にしか思えないのだ。

 

 

「ーーーゆ、友奈?」

 

 

 

 

 

 

 

その問いに答える者は、この場に居なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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花結いのきらめき その9

やっぱり人数増えると全員に焦点向けなきゃならんから難しくなるな。

えちえちでべけすどな赤黒い勇者服きたおにゃの子にhshsしたい(切実)。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

事態は急を要した。

 

 

勇者部に回収された初代勇者達は、大赦が運営する病院に搬送。初代勇者達が何故この世界にいるとか、そういった疑問は病院側は微塵も思っていないようで、スムーズに受け入れられて緊急治療状態に入った。

 

 

一先ず病院には付き添いとして風、優希、ひなたが残り、他のメンバーは帰宅させてある。小学生が居る中、頼れる人材をこの場に残すのは些か他のメンバーのメンタル的な考慮がされていないように思えるが、そこは勇者部員。しっかりと互いにカバーし合って落ち着きを保っている。

 

が、この中で一番心を病んでいるのは、他でもないひなたであろう。

笑い合い、助け合って生活していた西暦の勇者達だが、ひなたもそこに含まれている。そんな楽しかった思い出が嘘になるかのような出来事。仲間が来てくれるという嬉しさ反面、こういった事態が起きる事も分かっていた筈なのに、いざそうなってしまうと受け入れる事が難しい。

涙に昏れるひなたを、そっと優希と風が落ち着かせる。

 

 

 

 

それから数時間後。泣き疲れたひなたを抱き寄せながら座る風と優希が待つ扉の前。緊急手術室のランプが消点し、がらりと扉が開かれる。 数名のスクラブを身を纏った医者が扉から出てくる。

そのうちの一人、先頭を歩いていた男性が三人の前まで歩いてくる。他の人達はスタスタと廊下を歩いて行く。

 

 

「担当の日下部です。率直に申し上げますと、搬送された5名の方の手術は成功です。手術と言いましても、切り傷よりも打撲や内出血が酷いようでしたのでその手当て及び酸素マスクの装着。今日より数日は病内で安静にさせて回復を待つしかありません」

 

「……意識はまだ?」

 

「搬送時は心拍数が低下していましたが今は正常です。肋骨や手足に多少の骨折をされていますが、粉砕骨折までは至っていませんでしたので怪我の度合いから見るに数週間は安静に。目が覚めても体を動かすのは控えていただきます」

 

 

手術は何とかなったと。思わず安堵の息が漏れる。

 

 

「事情は上の方から聞き及んでいます。隔離という形になってしまいますが、他の一般人との接触を避ける為、最上階の病室を用意させて頂いております。詳細は後程」

 

「……ご配慮、ありがとうございます」

 

 

では、とこの場を後にする医者を背に、優希と風は今一度息を吐く。

一時はどうなるかと思ったが、後遺症の残る被害が出なかっただけでも一先ず良かったと思える。数週間はは不便だがそれから何とかなるのなら安心だ。

 

 

「………良かったわ。大事にならなくて」

 

「……あぁ、本当に」

 

「……とんでもない出会いから始まる事になったけど、勇者部もこれで安泰ね」

 

「……まぁそうなんだけどな。……気掛かりなのは、初代勇者様方をああも追い詰めたバーテックスの強さだろう。夏凜と銀が倒したあのバーテックス………彼奴があの一瞬で倒せたとは思えないんだ」

 

 

思い出されるのは先の戦闘。夏凜と銀(中)、両者が力不足なのでは無く。何なら、勇者部の中でダントツの火力を担う二人の攻撃にあっさりと落ちたバーテックス。その姿は救出に向かっていた優希と銀(小)もしっかりと見ていた。()()()()からこそ辿り着く疑問。頭の中に当時のイメージが浮かび上がる。

 

 

「言うなれば、力を失っていた……ような。彼奴は何処か事切れたように動きが無くなった。そこを銀達が叩いたが………バーテックスを解明出来ていないとはいえ、仮説を立てるにはかなり憶測でしか判断出来ないな」

 

「……じゃあ何?あの場にもしかしたら二体居たってこと?倒してなかったら……もしかしたら神樹様の方に……っ」

 

「いや、その線は薄いと思う。神樹様に近付いているのなら、神樹様は俺達に撃退するように呼び出す筈だ。……考えられるなら、初代様方が第打撃を受けながらも一体倒した。あのバーテックスも弱っていた……と仮定すると辻褄が合う。これは初代様方が起きてから確認するしかないけど」

 

 

仮説段階だが、優希の中ではこの仮説は間違いなく無いと確信している。風はあのバーテックスを遠目でしか見ていなかったから、状況をハッキリと理解出来ていないが、優希はしっかりと現場を見ている。

明らかにバーテックス側の()()()()()()()話よりもずっとタチの悪い情報操作。真実を伝えられないからこそ、風やひなたに歯痒さを感じてしまう。

 

 

「……より強力な敵が来るって訳ね。戦力が増大した分、バーテックスの方でも強化されてるって訳か」

 

「……ふんどし締めなおさないと、本当に誰か殺られるかもな」

 

「……ちょっと、あんまり縁起でもない事言わないでよね。………あ、私と樹とあに……おに……いちゃんが居れば百人力なんだから」

 

「……ふっ、そうだな。俺達兄妹は最強だ」

 

「どんな相手が来たって、私達は負けないんだからね」

 

「………あぁ、そうだな。()()()……負けないもんな」

 

 

 

優希の呟きは、最後まで風の耳には届かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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初代勇者達の意識が戻ったと連絡が風に入った。放課後、すぐさま勇者部員は病院に向かい、病室に向かった。

優希は()()()()()()()係の仕事があるので後から合流となる。

 

病室に辿り着くと、部屋の中から楽しげな笑い声が聞こえた。

 

 

「若葉ちゃんっ、皆さん!!」

 

 

病院内であるにも関わらず、何時もの冷静さと落ち着きが無くなっているひなたは物音を立てながら引き戸を開ける。

 

 

「ーーーひ、ひなたっ」

「ーーーひなちゃん!!」

「ーーーひなた!!」

「ーーーひなたさんっ」

「ーーー上里さん」

 

 

扉を開けたのが誰なのか。目に映った瞬間に、病室にいるであろう全員からひなたの名前が呼ばれる。

駆け出すひなたは、未だベッドの上に体を預けているベージュ色の長い髪を靡かせた少女に感化余って飛び付いた。相手がけが人であるにも関わらず、思わず飛び込んでしまったひなたを誰が責めようか。

 

 

「っ!!す、すいません若葉ちゃんっ。怪我をしているのに……」

 

「ふふっ、構わないさ。私も、ひなたを肌身で感じたかった」

 

 

自分の犯した罪を認識したひなたは我に返ると、涙ぐんだ瞳を震えさせながら謝罪する。謝罪を受けた若葉という少女は、柔らかい笑みを浮かべるとよりギュッとひなたを抱き締める。

 

 

「ひなちゃん私も〜!!」

 

「タマも抱きしめてやるぞ〜!!」

 

 

続いて友奈と酷似した姿をしている少女と焦げ茶色の短髪で小柄な少女が二人にくっついていく。それを見るだけでも、彼女達がどれだけ仲慎ましいか分かる光景だ。

 

 

「……あ〜、コホンっ。一先ず、情報整理させてもらっていい?」

 

 

咳払いを一つ。ピンと右人差し指を真上に立てた風がじゃれあっているひなた達に声を掛ける。ぞろぞろと5台並んだベッドがある病室に勇者部メンバーが続いて入室していく。

ひなたは若葉からそっと体を離し、乱れた掛け布団を掛け直して風の隣に移動した。

 

 

「……すまない。つい気分が高まってしまった。こんな形で許してもらいたいが自己紹介を。私は乃木若葉、助けてくれて本当にありがとう」

 

「はいはいはーい!!タマは土居球子だ!!タマって呼んでくれタマえ!!」

 

「……もう、タマっち先輩ったら。初めまして、伊予島杏と申します」

 

「……郡千景よ」

 

 

若葉の言葉の後に続き、ぶんぶんぶんと包帯を巻いた両手を大きく振ってアピールする土居球子。それを苦笑いで抑える伊予島杏。無愛想にそっぽを向くのが郡千景。それぞれ身体の所々に包帯やガーゼを貼って痛々しく見えるが、運び込まれた時よりはかなり回復しているようにも見える。

 

 

「……ん?()()はどうした?」

 

「え?()()?」

 

 

もう一人いるはずの仲間の声が聞こえないのを不思議に思った若葉がふと顔をそちらに向ける。風達勇者部もそれに釣られてそちらを向いた。

 

 

「……むむむむむ」

 

「……ほわわわわ」

 

 

そこには瓜二つの、若干髪質や色素が違うがほぼ同一人物と言っても過言では無い()()達がいた。

互いに唸りをあげている。

 

 

「えっ!?友奈が2人!?」

 

「ゆゆゆゆ友奈ちゃんが2人ですって!?」

 

「た、高嶋さんが2人!?」

 

 

上から、風、美森、千景である。3人以外も表情が驚愕の色に染っている。

 

ぺたぺたと互いの顔を触っては唸り触っては唸りを繰り返し、やがて何かを納得した2人は布団に潜り込んでモゾモゾと動き始める。

そしてバッと布団を勢いよく捲りあげ、2人が肩と肩をくっつけて笑顔で口を開いた。

 

 

「「どっちが友奈で、どっちが友奈でしょうか!!」」

 

 

ーーー。

 

 

暫く沈黙が支配した。とりあえずツッコミたい事が多すぎて困る。先ず疑問しか無い。どうやってそんな事をアイコンタクトだけで理解出来たのか、初対面のはずではと、ぐるぐる思考が疑問を生み出していく。

 

 

「私から見て右が高嶋さんよ」

「私から見て左が友奈ちゃんよ」

 

 

そんな中、ほぼ同時に口を開いた者がいた。一人は友奈ちゃん大好きな東郷美森、もう一人が郡千景である。寸分の狂いもなく同時に口を開いた2人は、当然と言わんばかりにふんすっと得意気な表情。

再び数秒間の沈黙がやって来た。

 

 

「………はぇー、やっぱり東郷さんは凄いね。直ぐに私だって分かっちゃうなんて」

 

「ふふっ、愛のなせる技よ友奈ちゃん」

 

「ぐんちゃんも凄いね。ビビって来ちゃったよ!!」

 

「……高嶋さんの事なら、なんでも分かるもの」

 

 

どんどんほんわかしていく空間に、何故か百合の花が4本生えているような気がする。

 

 

「……あー、ハイハイ。仲良くなるのは良いけど、取り敢えず情報共有と行きましょ」

 

「友奈、怪我もあるんだから余り激しい動きは控える事だ」

 

「えへへ、ごめんね若葉ちゃん。あっ、私は高嶋友奈です!宜しくね」

 

「うわぁーっ、私とそっくりなのに名前まで同じなんて初めてだよ。……同じ顔の人が世の中に3人いるって言ってたけど、なんて言うんだっけ?」

 

「ドッペルゲンガーよ、友奈ちゃん」

 

 

改めて見ると殆ど同じ顔である友奈と友奈。違いで分かるとすれば髪色ぐらいだろう。

 

 

「……それで、まずは。私は讃州中学勇者部部長、犬吠埼風よ。まずは詳しい話をひなたと一緒にするわねーーー」

 

 

 

 

それから数十分かけて、風とひなたは若葉たちにこの世界の事、自分達のことを説明した。若干一名頭から湯気を出しているが、大方理解出来たようで、成程と若葉は相槌を打った。

 

 

「……成程。神樹様、神世紀、造反神。そして私達の時代から約三百年後の勇者達。改めて考えると、中々に実感がわかないな」

 

「……ま、そうよね。はいそうですかで理解されても困るもの」

 

「元の世界……でいいだろうか。彼処では常に敵と戦う為の訓練や勉強が主だったからな。私はオカルト的な分野には乏しいのだが。……杏はどうだ?」

 

「……俄には信じられませんが、ひなたさんが仰るのなら信憑性は高いと思います。この部屋にある物は元の世界と同じようにも見えますが若干異なっている。となれば、より強固になると私は考えます」

 

 

杏の答えに、若葉は満足気に首を縦に振った。その隣で球子も満足気に胸を張っている。

 

 

「と、言うわけだ。私達の頭脳である杏が言ったように、その事実を受け止め、貴女方と協力し合うと誓おう」

 

「……ありがとう。そう言って貰えると、私としても嬉しいわ」

 

「また、若葉ちゃん達と一緒に過ごせるのですね。楽しみです」

 

 

 

 

「ーーーちょっと待って。私は反対よ」

 

 

静止と反論の声が飛び出した。

 

声の主は千景だ。眉を歪め、苛立ちを表情に感じる。須美と園子(小)はそのただならぬ威圧から銀(中)の後ろに身を潜める。

 

 

「何が反対なんだ、千景」

 

「簡単な事よ乃木さん。私は、彼女達を信用出来ない」

 

「……ぐんちゃん」

 

 

若葉と千景の視線が交差する。目じりを吊り上げ、鋭い眼光で互いに牽制し合う。間に挟まれている球子と杏はギュッと互いに身体を寄せあっている。

 

 

「直ぐに信用してもらえるなんて考えてない。貴方達の現状の把握を……」

 

「その親切心が疑わしい。唯でさえ右も左も分からない場所で、自分達に着いてくれば大丈夫と先導きって私達の手を取る貴方達。明らかに怪しすぎるわ。善意だろうが使命だろうが、腹の中が分からない相手にホイホイついて行くなんて、無用心すぎるわ乃木さん」

 

「しかし、風さん達は深手を負った私達を病院まで運んでくれた。それにひなたも今目の前にいる。紛いなりにも信憑性はあるはずだ」

 

 

若葉の言葉に、千景は否定の意を見せる。分からないの?とでも言いたげな表情に、若葉も表情を曇らせる。

 

 

「それも敵の仕業である可能性を考えたかしら。上里さんが居るからと言って、安易に信用すれば私達は壊滅。死ぬかもしれないのよ?……死と隣り合わせの現状で、浅はかな考えよ」

 

 

千景の言葉は、確かに納得出来る用途をついている。まだしどろもどろな現状、病院に入院する羽目になったのも、こうして勇者が増えた事も、西暦時代の勇者達からすれば理解出来てない部分が多い。千景の言う可能性、無下に出来ないのは事実であった。

 

考えさせられた若葉はふと何かを思考する仕草をすると、ならばと千景に問いかける。

 

 

「千景の話もわかる。が、言葉ではああ言ったが私とて心を完全に許したわけではないさ。何か、信用出来る事を見せてもらえれば、千景の考えも変わるんじゃないのか?」

 

「………はぁ、乃木さん。そういう嘘方便は大概にして欲しいのだけれど。……まぁ、確かに。完全に信用しないとは言え、認めないことも無いわ」

 

 

やれやれと言った感じで肩を下ろす千景。少し場の雰囲気が和らいだ気がした。してやったり、という程でもないにしろ若葉の表情は少し誇らしげだ。

 

 

「……と、言うわけだ風さん。少し手間をかけさせてしまうが、どうか一つ」

 

「……ふふん、問題ないわ。元々、若葉たちにも私達の活動を手伝って貰うつもりだったから」

 

「……活動、と言うと先程の話に出ていた勇者部という部活動の事だな?」

 

「ええ、そうよ。私達は讃州中学勇者部。困ってる人が居たら手助けするをモットーに、悩み相談事なんでもこなすお助け勇者なんだから!!」

 

 

ドーンッと、風の後ろにゴシック体の勇者部という文字が見えているような迫力があった。胸を張り、誇らしげに語る風の姿に、西暦勇者達はおおーっと感銘をあげる。

 

 

「改めて聞くといい名前だ!!復活したらタマも大いに暴れまくるぞ!!」

 

「……部活動、青春の1ページ。誰かの為に手を差し伸べる王子様、お姫様達。素敵です」

 

「とっても楽しそうだねっ、ぐんちゃん!」

 

「……え、ええ。そうね……高嶋さん」

 

 

目をキラキラ輝かせているのは球子、手を差し伸べている美化された風たちを想像しトリップしている杏。楽しそうにはしゃぐ友奈の隣で、気難しそうに千景ははぁ、と溜息を吐いた。

 

 

「……私達の怪我、見るからに1ヶ月ぐらいは安静にしておいた方が良さそうよね」

 

「はい、千景さん。お医者様曰く、数週間は絶対安静。運動も控えて頂きます」

 

「えぇーっ、タマは我慢出来ないぞぉ」

 

 

ぐへぇーとベッドに倒れ込む球子。確かに、見た目からでも滲み出ているアウトドア系球子からすれば退屈な日々だろう。

 

 

「安心してください!!この不詳、三ノ輪銀両名が球子さんのお世話を致します!!」

 

「え、あたしも?……まあ、いいか。よろしく、球子さん」

 

「ふふふっ、タマの事はそんな畏まら無くてもいいぞ。気軽にタマ、またはタマっち先輩と呼びたまえ!!」

 

 

「わ、私は伊予島さんのお手伝いをしますね」

 

「わ、私にもですか!?な、なんというか恐れ多い……」

 

 

球子の元に銀達が。杏の元には樹が。それぞれお世話係としてついた。

若葉にはひなた、園子ズがつき、御先祖と呼ばれ始めた若葉はどう対応していいのか分からないようで、ギクシャクしている。

 

 

「はいはーいっ、高嶋ちゃんには私がつくよ!!ね、夏凜ちゃん」

 

「わ、私もなのっ!?……まぁ、別にいいけど」

 

 

「こ、郡さん。僭越ながら、この鷲尾須美。お世話させて頂きます!!」

 

「……無理に来なくてもいいのよ。さっき、怖がっていたでしょ?」

 

「例え怖がっていたとしても、それを嫌いになる理由はありません。私は郡さんのお世話がしたいんです!!」

 

「……っ、そう……、ありがとう。あと、郡じゃなくて千景でいいわ。あまり、苗字は好きじゃないの」

 

「はい、千景さん」

 

「……私のお世話をするなんて、物好きな子もいるのね」

 

「須美ちゃんは千景さんと仲良くなりたいのよ。そういう、私もね?」

 

「東郷、さん……で、良かったかしら?」

 

「ええ、呼びやすい言い方で構わないわ。………どちらの友奈ちゃんが可愛いか、私……興味があるの」

 

「っ!?!?……同じ、と言うわけね。成程、確かに……仲良くなりたいわね」

 

「ふふふっ」

 

「?」

 

 

友奈には一瞬で仲良くなった友奈と、照れくさそうに連れてこられた夏凜が。千景の元へは須美と美森が。何やら密かに動き出しそうだが、今はまだ触れるべきでは無さそうだ。

 

兎も角、勇者部メンバーが付きっきりの元、西暦勇者のサポートをする事になった。立案者は風。のはずなのだが、その話をする前にこうなったので、これは自然現象。流石勇者部と言える行動力である。

風はそんな姿に涙腺崩壊だ。

 

 

「……ぐすっ、ううっ……。成長したわねっ、あんたら……っ」

 

「え、何泣いてるんですか風さん」

 

「あんたは私達の母親か!!」

 

 

立ち位置的には母親ですと、風はそう思った。

涙を拭いた風は、お決まりのキメ顔をすると高らかに腕を上に突き出した。

 

 

「何はともあれ、勇者部メンバーも増員。戦力的社交的にもおっきくなった勇者部!!これからもどんどん動いて行くわよォ!!」

 

 

『おぉーっ!!』

 

 

数分後、病院内にも関わらず大声を出した風達は、こっぴどく看護婦さんに叱られるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………なんだったんですかアレ。話と全然違う」

 

 

今にも殴りかかりそうな勢いだ。凄まじい剣幕で距離を詰めた。

 

 

「たまたまだって………なんて、冗談は通じないか」

 

「……当たり前です。どういう事か説明してください」

 

「……だって私にも分からないんだよ?……まぁ、造反神自体、こんな戦い早く終わらせたいって思ってるみたいだし。動きは早いかもね」

 

 

おちょくっているのか、それとも本当に分からないのか。判断しずらい否定の仕方。しかし、メンタルの弱った心では、その捉え方は後者を選んだ。

 

 

「……そんなに、ですか?」

 

「怖い?恐ろしい?分かってるよ。こんな世界だもの、下手な事出来るような場所じゃない。君だって活路が見えたんだ。早く自由になりたいんでしょ?」

 

「……分かってますよ、そんな事……」

 

「なら従え。こっちには君を幾らでも思いどうりに出来るカードを持っている。その事を忘れずにね?」

 

「……はい」

 

 

じっと、視線で相手を射殺すかの如く。鋭い眼光がズキズキと心を削る。

 

 

「安心してよ。私は君の味方だよ。……私だけが君を見てあげられる。安心して……ね?」

 

 

ギュッと包容力ある身体が密着し、少しずつ冷たくなった心が暖かくなっていく。鼻腔を擽る甘い香り。怖い、逃げ出したい。だけど、そんな事も考えられなくなる程の熱。何時しか、腰に手を回し抱き締め返していた。

 

 

「……大丈夫だよ。世界が否定しても、私だけは……私だけは、君の味方……だからね」

 

 

甘い吐息が耳に流れ込む。もっと欲しいと、これは誰にも渡さないと、欲望が力となって抱き締める力が強くなる。

色香のある声が漏れ、それがどんどん理性を溶かす。

もっと、もっともっとと貪欲に。臭いを身体に擦り付けてマーキング。耳に蕩ける息が、激しい息遣いが聞こえ、次第次第に頭のネジを外していく。

 

 

「……私に全部、ぶちまけちゃえ」

 

 

二つの影が一つに重なるのはそれから、数分もしない頃だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




これから、高嶋家友奈の事を文書では川嶋。結城家友奈の事を文書では葵と表記します。こんがらがったりちゃうんじゃねぇーかって思わないように。


……いや冗談ですってその拳をしまってください。高嶋と結城って表記しますって。


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番外編
リンゴの中の葛藤


携帯ぶち壊れました。
iPhone 11に切りかえます。


最近ゆゆゆの小説もう一個書いたので是非読んでみてください。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

時は戻り、勇者部が先代勇者4人と合流した日に遡る。

 

 

 

 

 

 

大赦から用意された寄宿舎に案内され、与えられた部屋に到着して早数時間。先程端末に連絡が入り、妹達が食材を持って来るときた。初日ということもあり、共に寄宿舎に入居した小学生達と巫女であるひなたも呼んで食事をしようと連絡を返し、優希は使えそうな物を部屋から探す。

寄宿舎に入る前に大まかだが、色々と買い揃えた為使うであろう調理器具は一式あるし、皿も買った。だが、元々設置されていたものはキッチンにはないと聞いた為、必要分と少し多めに買っておいたが、人が来ては皿が足りないので皆に自分の分の容器は持ってきてと頼んである。

 

机に並べ、あとは何をしようかと考えた優希は、買っておいた材料で何かを作ろうかとキッチンに向かい、備え付けの冷蔵庫に手をかけた。

 

 

「取り敢えず簡単にーーー」

 

 

 

 

 

「………どうやら、今日は順調だったようだね」

 

 

 

 

 

不意打ちの声にハッとする。突然の事に心拍数が上がるのを感じ、優希はすぐ様落ち着きを取り戻そうとする。

相手は優希が驚いた事には気付いているだろうが、優希はそれ以上悟られないよう慎重に口を開く。

 

 

「……一体、何の御用で?」

 

 

声は震えていない筈。冷静さを保てている筈。慌てず心を落ち着かせて心を入れ替える。

相手が今何を思っているかは分からないが、意地悪を成功させて嬉しがる子供のような気持ちを抱いているであろう口調で相手は言葉を続ける。

 

 

「そんなに警戒しないで欲しいな。私としては、これから末長く君と仲良くして行きたいんだけど」

 

 

「……それは俺も同じです。偉大なる過去の英雄と、そのような関係を築いて行けるのであれば嬉しい限りです」

 

 

「あははっ、英雄だなんて大袈裟だよ。私はそんな偉大な事を成し遂げたりはしてないよ?」

 

 

「そんな、ご謙遜を。蔵に残っていた資料を引っ張り出して貴方についての記述は読んで覚えてます。大赦にとっては最大の危機でしたので」

 

 

「……嬉しいな。私の頑張りは無駄じゃないんだって、素直に喜べちゃうよ」

 

 

声の質からして女性。何処と無く幼さを感じる声音から勇者部員達と年齢は大差ないだろう。姿は見えない。廊下に立ってドア近くで話しているだろう彼女は、俺の気配を察知して話し掛けている。

彼女は気を取り直してと、一言挟むと静かに、そして何処と無く冷たく言葉を続ける。

 

 

「じゃあ、感謝の気持ちも込めて君に良い情報を持ってきたよ。同時に悪い情報もね。どっちから聞きたい?」

 

 

「……既に俺からしたらその情報はどちらも悪い話です。この際良い情報から聞いて気持ちを楽にしておきたいので、前者でお願いします」

 

 

「良い情報からね。この話はまとめて言うつもりだけど幾つかあるからしっかり覚えてね、私説明苦手だから。まず重要な事なんだけど、もうすぐ西暦時代の勇者達が召喚される」

 

 

その言葉に、優希は表情に皺がよる。苦虫を噛み潰したように眉間に皺を寄せて深く考え込むように唸りをあげる。

今の優希は、西暦時代の勇者達が召喚されてくる事に嫌悪感を抱いているような感じがするが、優希にそう言った感情はない。深く言うつもりは無いが、優希からすればそうなった場合非常にまずい状況になってしまうとだけ言っておこう。

 

 

「……早くないですか?召喚当時の話だと、体感約2ヶ月後だと聞いていましたが……?」

 

 

「それは申し訳ないんだけどねぇ。現実世界でもなんだか四の五の言ってるような場合じゃなくなるというか、神様達が痺れを切らしているというか。なんか色々と度重なって早まる事になったみたいだよ」

 

 

「これはどうにも出来ない事だからね。私達じゃどうすることも出来ない。唯忠実に従うだけだよ」

 

 

明らかに落ち込む優希。その姿に言葉を掛ける彼女だが、その言葉には何か深い重みを感じる。冷たくて重い、物理的な感じ方ではなく精神的な感じ方だ。

何処と無く重くなった空気を優希は何とか誤魔化すよう、動いて1度入れ替える。

 

 

「それに伴って、私達も召喚され次第動く事になる。君には悪いけど、頑張って貰うしかないよ」

 

 

「……分かってます。心構えは常に」

 

 

「早めに折り目をつけておいてよ。後々引き摺るとか、ペアである私としてはやりずらいからね」

 

 

「ええ勿論」

 

 

何処と無く心在らずと言った感じだろうか。しかし、いつまでもグダグダと話を続けるつもりがない彼女はそのまま話を続けていく。

 

 

「じゃあ次に悪い情報からね。これも教えてもらった事なんだけど、この世界に召喚された時点で、君の勇者としての能力ランクが大幅に下がった。元々抜きん出てた君の身体能力が制限される事になる」

 

 

「……まあ薄々気付いていた事なんですが、これはバランスを保つ為の措置という認識で合ってますか?」

 

 

「半々って所かな。半分正解だけど、半分違う。もう半分の事は君の()()が知ってるんじゃない?」

 

 

「成程……、詰まり俺は()()()

 

 

「そういう事。まぁ元から君の使命は始まっていたんだから、こんな世界に呼ばれてもその役割は継続されるって事で理解してね」

 

 

「それについても重々承知しています。………本当に俺にとってキツイ情報だったので釈然としませんね」

 

 

「あはは、仕方ないよ。君は選ばれてるんだから。だから私の使命の為にも、しっかり働いて欲しいな。……なんなら、癒してあげてもいいよ?」

 

 

「流石にそこまでは。いくら現実とは違うとは言え、口に出す言葉は考えてから言うべきです」

 

 

「そう?結構考えているんだけどなぁ」

 

 

やりずらい、と心の中で毒付く優希。優希にとって彼女は英雄の存在だ。語り継がれぬ隠された真相を含み、彼女の歩んだ道は尊敬に値する。偶見つけた高嶋家の蔵で見つけた大赦の記録史。それに描かれていた顔も知らぬ約150年前の英雄の話。共に生き抜いた友を失い、1人業火を纏って暗躍し続けた勇者の話。

それを閲覧した優希は涙し感化された。第三者目線で描かれていたそれは、まるで本人と関わっていたからこそ描くことの出来る言葉の数々。信仰心が強い優希が憧れない訳が無い。

本人と対面して優希が思い浮かべていた想像像と違い、肩透かしを受けて気分がダダ下がってはいたが、優希にとってはそれでも憧れる存在だ。そんな存在だからこそ、上辺の言葉を吐いて欲しくないのは当たり前のことで。

 

優希自身も実感している。これはあくまで優希のメンタルを崩さない為の配慮だ。優希の運命が救いようの無いものである事は決定されている事である筈なのに、自分が死ぬという事に深く考えていない優希に、彼女は少しでも気分を和らげる為に狙って話しているのだと。

彼女は元々こういう感じなので優希に配慮などそこまでしていないのだが、優希はそう考えつけた。知らないと言うのは幸せな事だな。

 

 

「……それでこれからの動き、教えて貰っても?」

 

 

「勿論。それも伝える為に来たからね」

 

「取り敢えずまず、西暦時代の勇者が召喚されるってさっき言ったけど、西暦の勇者は3回に分けて召喚される。そして私は1度目の召喚後に登場する予定だよ。勿論、君がこちら側に来るのもその時だ」

 

 

「本当に早いタイミングですね。神様間で何が起きているのですか?」

 

 

「まあ詳しく言っちゃうと神樹様の寿命が底尽きそうで、早く()()()作らなくちゃって焦ってるらしいよ。どうする?このままだと、君の寿()()も縮むよ?」

 

 

「……あまり俺の心を揺さぶらないで頂きたい。これでも内心焦っている」

 

 

「ごめんごめん。でも、準備はしておくんだね。もしこの世界から開放されたとなったら、君の使命が直ぐに来るかもしれないからね」

 

 

「えぇ勿論。全ては、神樹様の為に」

 

 

決意を胸に、それに反して強く拳を握る優希。

時は流れるのは早いと言うが、本当に早過ぎる。この世界は現実とは違う。この世界にいる間、1日1日は訪れるものの身体の成長は起きず、死ぬ事も到底有り得ない。神樹様の命を削るからこそ出来る世界の統治。今の段階では誰も深く考えてはいないだろうが、この世界に長く居たいとは思っては居ても、いつかは帰らなくてはと思う時が来る。

だが優希は違う。優希は現実世界に戻った場合死ぬ。選ばれた、()()()()()()()()使命によって優希の命はこの世界に存在している時点でも刻一刻と朽ち果てる時を刻んでいる。

 

 

「……散々言ってきた私だけど、よくもまあそう思えるよね。私なら嫌だ嫌だって駄々こねるけどな」

 

 

「それを踏まえての俺と言う選択肢だったのではないのですか?神樹様の方針に対して反論が無く、それなりに力を有している人間は今の時代的に扱いやすい。断る所か喜んで身を捧げるものですよ」

 

 

「自分の事なのにそれ程理解している。なのに承諾したってのは矛盾して無い?」

 

 

「まぁこの左腕の事は突然過ぎて振り解けませんでしたからね。それに現実の俺はこれに関しては無知にも等しい。知らなかったこその主観と知っているからこその主観を持っている所以の考えですよ」

 

 

「それを言うなら君は一体どっちなんだい?」

 

 

「俺は半々ってところだと思います。誰かの為に何かをしたいって、なんだかかっこよくないですか?」

 

 

「……英雄に、憧れてるのかな?君のような人間が」

 

 

「男って生き物はどれだけ年齢を重ねてもカッコイイ自分を思い浮かべるそうですよ。父から聞きました」

 

 

「いつまでも理想を見続ける悲しい生き物……か。君は違うと思ってたけど、君も及ばない理想を抱き続ける人って訳か」

 

 

「……貴方は、何を理想に戦っていたのですか?」

 

 

数秒の無言。思考を巡らせているのか、それとも無言で通すのか。

何か緊張が走る雰囲気。今までの会話で何か焦りを覚える優希。今この質問も、優希が不安だからこそどうすればいいのか聞いている事。それを彼女が理解しているかは分からない。が、どう足掻いてもそれを理解してないとは言いきれないのは確実。誰かに弱音を見せる事を良しとしない優希にとって、最悪だと毒付く状況だ。

 

 

「……理想は立てたところでどうにもならないよ。1つの目標を掲げてたら、そこに到達するまでに何かを削っていかなきゃならない。何かってのは色々だよ。人、権力、財力、人格、友情様々」

 

「理想を立てたのなら、途中で折れることは許されない。折れて挫折して止まったら、今までの事が全て無駄になる。託された誰かの願い。血の滲む思いで捨てた何か。そこまでに費やした自分の人生。こんな事したくなかったと、なんでしてしまったんだと。理想に近付いて行くに連れ、止まった時の反動は大きくなる」

 

「君が理想とするその心。私は嫌いじゃないけど、それは絶対に何処かで止まる。ううん、今この瞬間にも止まっているかもしれないね。今までの話を考えたら、君は今不安なんだろね」

 

「確かに怖いよね、死ぬって分かってるんだから。でも君の心は二つに分かれている。死ぬか死にたくないか。単純だけど、君にとっては大きな選択肢だ。しかも、死ぬ未来しかない君は気持ちが片方に揺らいでいる。だからどうにかしてかっこよく朽ち果てることを望む。素敵な事だと私は思う。けど、あの子達はどう捉えるか。きっと、君の心はあの子達の気持ちが聞けるまで揺らぎ続けるよ」

 

「ただ、時間はもう無い。これは君自身が見つけ出すべきだよ思うよ。自分の事だ。自分がどうしたいのか、しっかり考えて導き出してね。それが、求める理想の終着点だ」

 

 

誰かの為に自分を使う。簡単な事だろうが簡単ではない。上辺なら優しい世界なのだろう。しかし、根本的な事を見つめるとそれは余りにも無謀過ぎる。

自分は満足出来るかもしれない。だが、それはほんの一時の感覚に過ぎない。いつか、自分の心を蝕まれる。

命の終わりが見えているからこそ、どう使えばいいのか考える事が出来るのは優希という存在の他とは違う決定的なメリットだ。例えそれしか無いとしても、自己犠牲は誰も喜ぶ事は無い。

 

 

「……成程、手厳しいですね。英雄様の言葉は深いな」

 

 

だからこそ、彼女が出来る優希に対してのアドバイス。1度経験したからこそ、後から後悔するのは野暮な事。自分の起こした事には責任が絶対についてくる。すぐには答えを出すな。自分の気持ちではっきりと見つけ出せ。

過去の者だからこその出来るお節介のような何かだ。

 

 

「君が不安になっているのは分かるけど、こっちに来たら気持ちをはっきりさせて欲しい。私達にも御役目がある。中途半端には出来ないよ」

 

 

「分かってます。だからこそ、自分の命の使い所をーー」

 

 

()()()()、そんなこと言うの」

 

 

 

 

 

ドンッと、空気が重くなった。

 

 

 

さっきの言葉よりも、もっと強い意志が籠った言葉が優希にかけられた。

いつの間にか優希の背後に立っており、威圧をかけるように赤い瞳で睨みつけている。殺気に近い何かが、優希の背後に迫っている。

しかし優希は怯む姿を見せず、今の状態に何がおかしいのが鼻で笑うと淡々と言葉を返した。

 

 

「……何か、気の触るような発言をしましたか?」

 

 

「今の言葉、本気で言ってるわけじゃないよね」

 

 

「……命の使い所、ですか?」

 

 

「分かってるじゃん。なのに、私によくもまあその言葉を聞かせたよね」

 

 

「別に間違った事など言っていません。この命は()()俺のです。せめて、自分の命のぐらい何かに使わせてください」

 

 

「そう……。さっきの話を理解してくれなかったのかな?私は()()答えを出すなと言ったんだよ。なのに、自分の命を使う事は前提なのかな?」

 

 

「それに関してもお伝えしてくださったのは貴方だ。この世界だろうと現実世界だろうと、命を捧げればその分伸びる事になる。勇者達の運命は残酷だ。だったら、その運命を和らげてあげたいと思う事もまた事実。俺も最後に悔いなく使えるし、勇者達も幸せな時間を過ごせる。お互い良い事しかないでは無いですか」

 

 

「君の事は好きだけど、その考えは本当に嫌いだ。なんでそう頼まれていないのにそうするの?理解に苦しむよ」

 

 

「それを無理矢理理解してもらおうとは思ってはいません。俺は俺の信念を貫きたい」

 

 

「……カッコイイ自分だの理想だの信念だの。君はあれだね、馬鹿なんだね。いいよ。そうやって幻想を語っていればいい。いつか、絶対に君の考えはあの子達によって覆される。その時まで、楽しみにしてるよ」

 

 

「俺の考えは揺らぎません。それが、誰かの望みになる筈ですから」

 

 

「……今日のところは帰るよ。取り敢えず、もう少しで君はこっちに来る事になる事を理解しておいて。後、誰にも悟られないように」

 

 

 

それから、背後から気配が消えるのを感じる。周りの空気の重さも無くなり、肩の重みが消えた感覚がある。

優希は一つ息を吐いた。緊張から解かれたからと言うより、あの女の相手をする事に疲れたから出た溜め息であった。

 

初めてこの世界に来た時、優希は大量の情報と記憶を頭の中に入れられた。自分が何者でなんなのか。自分の使命、そして自分と言う存在意味。当初動揺を隠せず苛立っていた。しかし、この世界では妹達がいるということで何とか落ち着きを取り戻し、優希が彼女側に着く前に妹達と過ごさせて欲しいと願い出て少しの間猶予を与えられている状況である。

 

優希はまた一つため息を吐いた。今度は疲れからでは無く、これからについて重い感情が優希に覆い被さっている事から出た息である。

優希にはもうどうすることも出来ない。出来るとするなら、これから起こるであろう絶望から目を逸らすことだけである。

辛いものだと聞かされた。それは、妹達を裏切る行為であるが故に、優希にとっては巫山戯るなと拒否したくて仕方が無かった。

 

だがもう止められない。優希自身もそれについては理解している。

優希がこの世界に呼ばれた時点でそれは始まるもの。

 

 

「……辛いなぁ。誰かを裏切るのって……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーごめんな。最低な兄貴で……」

 

 

 

 

花の苗は既に芽生えて始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




かっこよく死ぬか生きたいと願うか。貴方はどちらを選ぶ?


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星流れ星降る夜に

祝七夕

番外編だよォ


 

 

 

 

 

 

 

星が恐怖の象徴では無い何処かの話。

 

 

輝く星々に、想いをのせてーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

7月7日。今日は七夕。しかし、毎年のように梅雨時期なので天気は雨。

夏の風物詩たる七夕を雨という憂鬱の中でするのは気分的に嫌気がさす。

 

かと言って、自分がどうこうできる問題ではない。天候を操れるような異形の力を持っている訳でもないし、七夕を梅雨が明けた時に盛大に行うと言った常識外れな事も出来ない。

 

今年も雨の中、七夕を過ごすのかと溜め息をひとつ。

護国思想を重んじる身としては、自国が古くから行っている行事は積極的に行いたいとは思っているものの、自分だけ1人実行出来る事はまず少ないだろう。

 

何より七夕と言えば、天にかけられし天の川が舞台。舞台の幕が上がらない限り、七夕は特別な日ではなくなってしまう。

 

 

「まだ溜め息吐いてるのか?」

 

 

窓の外を眺めていた私に、彼はそう問いかけてきた。机に肘をつき椅子に座った彼は、クルクルとペンを手で回しながら、困った様な表情を見せている。

 

 

「……ごめんなさい。気に触ったかしら?」

 

「いいや。毎年の事ながら、君のそういう表情を見るとなんだかやるせない気分になる」

 

 

ペンを置いた彼は立ち上がると、ゆっくりとこちらに歩いてくる。少し湿った室内で私も彼も薄着で過ごす。彼の場合、引き締まった身体を浮き出させるようなピチッとした服装だ。

 

 

「……まあ、この時期は梅雨。雨や湿気を含めると、気分が下がるのも分からなくもない」

 

「……私が覚えている限りで七夕に星を見たなんて事無かったわ」

 

「俺も見たことは無かったかな。見てみたい気持ちも分かる」

 

「今日ぐらい何処かの展望台にでも行けばよかったかしら……」

 

「考える事はみんな一緒だろ。しかも、残念だが今日は全国的に雨だとさ」

 

 

時間的にも難しいだろと、彼は端末に写った天気予報を見せながらそう言った。確かに、既に夜中と言っていい時間帯。今から何処かに出かけるというのも、難しい話だ。

 

今日の為に色々と準備をした。短冊と笹を購入し、窓際に笹を立てて短冊を結んでいる。短冊には願い事を娘と沢山書き、願いが叶いますようにとお祈りをした。

今日ぐらい晴れて欲しかったと思うのは、我儘では無いはず。娘にも、1度くらい見せて上げたいし、私も見たいと願っている。

 

 

「ーーーお父さん?お母さん?」

 

 

リビングの扉が開き、ひょこっと娘が顔を出す。

おいでと彼は手招きし、たたたっとやってきた娘を抱き上げた。

 

 

「ダメだろ、もう遅いんだから寝なくちゃ」

 

「一緒に寝たいからいやー」

 

「もぅ、我儘言わないの」

 

 

呆れたように言うが、こういう仕草や行動も娘の可愛いところだと思う。ぷにゅぷにゅとハリのある頬を突っつき、くすぐったそうにする娘。

私に似た黒い髪と、彼に似たライトグリーンの瞳。私達の娘だといつもながら認識させられる。

 

 

「ねぇねぇ、なんの話ししてたの?」

 

「お星様の話をしてたんだよ」

 

「えー、お星様?なーんだ、つまんない」

 

「ははっ、いつか美雨にも良さがわかるよ」

 

 

私達の娘、美雨(みう)はつまんないつまんないとじたばたし始めた。彼はガタイが良いから美雨が落ちる事は無いが、彼の困った顔を見ているとなんだか面白くて笑ってしまう。

 

 

「……美雨はお星様は好きじゃないのか?」

 

「お星様は()()だよ。お星様を見たら怖い()見るんだもん」

 

「……怖い夢?どんな夢か覚えてる?」

 

「……えーと、お空からお星様が落ちてきて、みんな()()()()()()()

 

「……っ」

 

「まさか、お星様を見た時はずっとその夢を見てるの?」

 

「うん。だから私、お星様なんて嫌い」

 

 

いやいやと首を振る美雨。何か大きな事を忘れているような気がした。その夢を聞いた瞬間、何故か脳裏に過ぎった気がした。

しかしそれは勘違いだと()()()、美雨がその夢を忘れられるように頭をゆっくりと撫でる。

 

 

()()()()()美雨。今日は何の日かしっているかい?」

 

「勿論、今日は七夕でしょ?」

 

「そう、七夕。年に1回、織姫と彦星が出会う事が出来る日。とってもロマンチックな日だよ」

 

「でもお母さんの本で読んだよ。そうなった理由は自業自得なんだって」

 

 

ギロっと彼が睨んできたので目を逸らす。私は教えていないはずなのにどうして私が関わっているように言うのかしら。思わず叱りそうになってしまった。

 

 

「まあ、お母さんは現実主義者だからね。オカルトとか信じないタチだから」

 

「どうして私が悪い事になるの?!私だってロマンチックだと思っているわ」

 

「ハイハイ、分かった分かった」

 

「ちょっと、絶対それ分かってない」

 

「でもお母さんは寝る前にいっつもお父さんの名前呼んでるよ」

 

「…………」

 

「…………へぇー」

 

 

恥ずかしくて死にそうです。私の娘はどうやら口が軽いらしい。

プクーと頬を膨らませる私に笑みを向ける彼と美雨。なんだか腹が立つ。

 

 

「お、雨やんでるじゃん。ちょっと外出てみるか」

 

「また雨が降ってきたら嫌ですよ?」

 

「ベランダだから大丈夫だって。もしかしたら見れるかもよ」

 

「私も見る〜」

 

 

窓を開け、足元にある外用のスリッパに履き替えてベランダに出ていく彼。私もそれに続き外に出る。

確かに雨は止んでいるが、空気がジメジメしていて気持ち悪い。生暖かい風が全身を撫でていく。不愉快以外言葉が見つからない。

 

 

「うへぇ〜、気持ち悪いよー」

 

「我慢我慢。これがこの時期の空気だから仕方ないよ」

 

「これもう一度お風呂に入るしかないわね……」

 

「……別に俺のせいじゃないけど」

 

 

さっきのお返しとしてギロっと睨んでおく。冷や汗をかきながら明後日の方を向く彼。後で一緒に入ってもらおう。

 

 

「……晴れるかな?」

 

「……晴れるさ。きっと見えるよ」

 

「どうしてそう言いきれるの?」

 

 

感だよと、彼は美雨にそう言った。それにあまりピンと来てない美雨は首を傾げた。私は何となく、彼がそう言うのが分かった気がする。

彼はそういう時、絶対自信があるという顔をする。感だと言ってはいるが、色々と()()()()()彼からしたら予想が出来る。その時の表情が私は1番好きだ。

 

 

「……美雨。空を見てご覧」

 

「……えっ?……うわぁーっ!!」

 

 

それから数秒経った時、彼が美雨にそう言った。ゆっくりと上を見上げる美雨は、その目に写る光景に声を上げた。

 

雲の間から次第に現れる空の輝石(ダイヤモンド)の数々。1粒1粒が自分を主張するように輝き、全て見えるようになった時、美雨の目には大きな川が写っていた。

星々の大群が巨大な川を天に流し、キラキラと輝く煌めきはまるで光を反射した水のよう。

 

 

「……思ってたよりも大きいわね」

 

「雨が降ったからだろな。空気中の水分が屈折して大きく見えてるんだよ。しかし、本当に広大だな」

 

「……貴方の言う通り、本当に晴れたわね」

 

「俺は何もしてないよ。晴れるかなって思っただけさ」

 

「その予想するのが凄いことなのに……。あら、美雨?どうしたの?」

 

 

さっきから反応のない美雨の表情を見てみる。ずっと何かを見つめているような真剣な眼差し。ただじっと、瞬きせず微動だにしない。

 

 

「……美雨?どうしたの?」

 

「……お母さん。分からないの?」

 

「……え?何が?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







皆さん感想ありがとうございます。本編の方もすぐに投稿出来るようにしたいと思います。


さぁこの世界はどうなるのやら。


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