重装傭兵ロドス入り (まむれ)
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前章-傭兵がロドスに馴染むまで-
Ep.01-合縁奇縁-


 周りは敵だらけだった。円形で地を這う醜悪な虫と凶暴化したクソッタレ野犬。何より白一色の服とこれまた白の仮面で顔を隠す多数の人の群れ。

 どうしてこうなったと嘆きたくなるが敵は待ってくれず、護衛対象を守るべく奮闘する傭兵がまた一人凶弾に倒れる。特に交友があったわけではないが、酒場で見かけた時はいつも愛用しているロングソードとどれだけ苦楽を共にしてきたか吹聴するお調子者で、視界から逸らすまで彼の手には武器が握られたままだった。

 危機的状況だが手立てがないわけではない。ちらりと後ろにいる少女を見やる。

 

「すみません、私が何の制約もなければ……」

「気にするなとは言いません、けれど鉱石病の進行度合いを考えれば当然でしょう」

「……」

「しかしそうも言ってられないようです。このままでは全滅してしまう」

「はい」

 

 努めて平坦な口調を出すのに対し、護衛対象である少女はブラウンの髪を揺らして優しく了承してくれた。

 道中で戦闘は何度もあった。危うくなる度に「私も戦います」と杖を持ち出した少女を前に、頑として首を縦に振らず宥めすかしてきた。本当にあと少しのところだったのに。

 今までそれを許されず、守られる事を強制された少女は、顔に喜色を浮かべながら初めて傭兵たちの前で自分の持つ能力を発揮した。

 

「これでどうです!」

 

 少女の持つ杖が一度向けられれば、火球が正確な軌道を以て敵を粉砕する。そこに昆虫か動物か人かなどは些細な問題だ。皆等しく砕け、身体の欠片を燃やし、命を散らす。

 その前で盾を構え、敵を足止めするだけで後ろから一撃必殺の魔弾が、誤射の危険なく脅威を葬っていく。せめてと出来るだけ人はこちらで引き受けようと思っても、全てを引き受けられる程の余裕はなかった。

 護衛のいらなさそうなこの少女に自分達がついていたのは、間違いなくアーツを使わせないためだったのに、剰え人殺しをさせている。最悪の気分である。

 

「……終わり、ですかね?」

 

 益体もないことを考えていた思考とは裏腹に身体はよく動いていたようである。横を通り過ぎんとする相手にちょっかいをかけ、こちらへ意識を向いている間に少女がアーツで一撃の下に屠る。時々相手を抱えすぎて手が出せなくとも、それを即座に理解して抜けようとした敵を叩く状況判断能力の高さには舌を巻くほかない。同時に、『最初から少女が戦えれば』というあるまじき感情も沸き出てくる。

 

「はい、敵性対象は存在しません、一応は安心です」

 

 言い切ると同時に、少女は大きく息を吐いた。顔色が悪いのは鉱石病ではなく、そして杖を持つ手が震えている事もきっと。

 全て自分達のせいだ、最初から正当防衛だと割り切れるのはどこか心がイカれている存在だけ。

 

「ありがとうございます、貴女がいなければ我々は全滅していました」

 

 数少ない生き残りである仲間が頭を下げる。しかし、下げた頭で見えなくなった表情には苦汁のそれが貼り付けられているのを一瞬見た。

 額面通りの意味では、もちろんない。少女が最初から戦闘に参加すれば死ななくて済んだ相手がいるのは確かだが、それを是としなかったのは全員の総意であり、それ故に死んだ仲間は任務に殉じたのだから必要な犠牲だった。傭兵は決して褒められた身分ではないが、金を積まれればそれに見合った仕事を必ずやり遂げると誇りを持っている。もちろん俺自身も。

 そんな俺達にとって、護衛対象を守れないばかりか、逆に守られるなどどれ程の屈辱だろうか、身の丈程もある盾の持ち手を砕かんばかりに握りしめる己と同じ気持ちをこの傭兵は抱いているだろう。

 だからせめて、少女の心が少しでも軽くなるようにと感謝する。君がいなければ死んでいた、だからしょうがない、悪いのは自分達であって君ではないのだと。だからどうか、そんな顔をしないでくれ。

 口々に感謝の言葉を述べる傭兵たちに、予想外だったのか少女は杖を持ったまま両手を振る。その手に震えはなく、むしろそこから容赦なく敵を焼いた炎球が俺達に向かって来やしないかとひやひやした。

 

「いえ、先ほども言いましたが……」

「すみません、それ以上はご勘弁を。いっそ悪し様に罵ってくれた方がやりやすいくらいですよ」

「そ、そんなことはしません!」

「しかし、アーツを使えば鉱石病は悪化する。ましてや、治療機関が目の前にあるのに、です」

 

 心外だとなお言い募ろうとした少女を手で制し、歩みを再開する。いくら目と鼻の先に目的地があろうと、ここは敵地、実際に今襲撃を受けたのだからまた新たな敵が来ないとも限らない。ましてや、先ほどから大声で会話をしているともなれば余計に。

 ちらりと仲間だったものへ視線をやる。本当ならば手ずからに墓を掘り、石に名を刻んで遺体を埋めてから手を合わせたかった。だがそれは叶わない。帰還してから、中身の無い小さな棺桶を共同墓地に入れ、御終い。それが傭兵という存在の末路だ。

 

 


 

Ep.01-合縁奇縁-

 


 

 

「最後に名前を聞いてもいいか?」

 

 目的地の入り口をくぐった瞬間、緊張の糸を全て解いて少女に話しかける。任務は終わったのだから、敬語も辞めて、だ。

 しかし、振り返った少女は口を開かない。隣に居た職員が、彼女へ二回か三回繰り返して伝えて、やっと声を出した。

 

「名前……名前ですか?」

「ああ、そうだ」

 

 唇に指を当て、不思議そうにする少女。彼女の名前は確かに任務で知っていた。しかし、それだけだ。挨拶もそこそこに出発した結果、彼女の口から名前を聞いてはいない。

 だから、今聞く。墓地に行った後、少女の名前を告げて貴様らは彼女を守って死んだ、よくやったなと言うために。

 

「エイヤ、エイヤフィヤトラです。あの、ここまでありがとうございました」

「礼には及ばねえよ、仕事だったからな」

 

 自分の頭と同じくらいの高さで、ひらひらと腕を振る。どうせもう会わない身である。

 

「鉱石病と知ってなお変わらずに接してくれましたから」

「依頼主から聞いてたから、当たり前だろうが」

「それでも、です。特に貴方にはお世話になりました」

「世話なんかしてねえ、押し付けられたんだよ」

 

 そう、最初に少女──エイヤフィヤトラに話しかけたのが俺だったからこそ、これ幸いと諸々の雑務をこなすことになっただけだ。

 別に鉱石病がどうだの護衛対象と喋りたくないだのではない。単純に、いくら顔がよくとも年端もいかなそうな少女相手は面倒だと思うくらいに大雑把な奴しかいなかった。これがあと五年ぐらい成長していれば、誰が横に付くかで泥沼の戦いが起こっていただろうに。

 もちろんその集団に混じっているのだから、俺がどのような思いでエイヤフィヤトラの世話をしていたかは語るまでもない。それを悟られまいと表情を作るのに苦心していたことも。

 とは言えもう終わった話であり、それよりも今後の方が気になった。依頼主への報告に、彼女を戦わせてしまった故の減額交渉。はっきり言って苦労に見合った金額が貰えるとは思わないが、それもまた自身達の失敗故。きちんと索敵をしていれば、目的地が見えたからと一瞬と言えど気を緩めてしまったのが今の結果だ。

 

「あーとりあえず、終了報告はどうすれば?」

 

 隣の職員へ問いかけるが、その表情は何故か芳しくない。やはり、彼女に戦闘させたことが響いているのだろうかと思ったがそれにしては険しい。

 

「実は今色々と厄介な出来事がありまして、傭兵の方々には少し滞在してもらおうかと」

「それは依頼か?」

「はい。我々ロドスアイランドからの正式な依頼と捉えてくださって結構です」

 

 少し思案する。後ろでは生き残った傭兵たちが受ける受けないと相談事を始め、正面ではエイヤフィヤトラが期待の籠った目でこちらを……こちらを……

 

「貴方が受けてくれれば、私も嬉しいです!」

 

 誤魔化すのは止めよう、明らかに俺を見てそう宣った。これには後ろの傭兵どもも口笛を鳴らし、ただ酒を前にした時の様に囃し立てる。当人としては何故そうなったのかさっぱりわからない。

 モテ男だの受けなければ甲斐性なしだの持っている盾はお飾りかだの、散々な言いようだ。名誉のために言っておくが、俺が扱う巨大な盾は小娘一人を守るためではなく、己の命と、生活を守るためにある。

 職員の方も、おや? という顔でこちらを見てくる、勘弁してくれ。

 

「基地の中も案内しますから!」

「エイヤフィヤトラ、君もここは初めてだと思うが」

「一度案内されれば覚えますので!」

 

 それは二度手間では?

 

「報酬は弾みますよ?」

 

 見かねてなのかどうなのかはわからないが、職員が口を挟んでくる。しかし、ただ滞在するだけでお金が貰えるなどとはどうにも胡散臭い話だ。ましてや、報酬が弾むなどと文言が出てくれば尚更に。

 当然、後ろに控えていた傭兵も嘘のように口を閉じ、お互いの顔色を窺っていた。美しい薔薇に棘があるように、幼い少女がその手に過ぎたる力を持つように、旨い話には裏がある。

 

「やりたくねえ……」

「な、なんでですか!?」

「なんでもクソもねえ……」

「あー、エイヤ嬢? 俺達も決して虐めで言ってるんじゃねーんだ、俺達傭兵は金も大事だがそれより命が大事、一度引き受ければその限りじゃねーがな」

「せやせや、受ければ命より依頼を優先するちゅー事は当然依頼は厳選するんよぉ」

 

 げんなりとする俺と驚愕するエイヤフィヤトラ、どちらが可哀想になったのか定かではないが、後ろから説明が飛んでくる。正しくその通り。今回の護衛任務は、対象が鉱石病であるという注意書きがあってなお魅力的な金額と条件だったから人数が揃えられた訳で。内容が不透明ではいくら金額を積まれようと首を縦に振るわけにはいかない。

 職員とてそれは理解しているだろう、エイヤフィヤトラとは対照的に落ち着き払った雰囲気で待っている。

 

「どっちにしろ完遂報告を出してない。返事はその後だ」

「恐らく、その時には色々話せるようになるかと思いますので」

 

 すみません、と頭を下げる職員に、気にするなと言っておく。

 

「で、いつそれが出来るようになる?」

「状況が落ち着きましたらこちらから招集をかけますので、それまで当基地で待機していただければ」

「あいよ」

 

 この後、美味しい依頼に食いつく傭兵もかくやという勢いでエイヤフィヤトラに纏わりつかれ、説得を受ける事になるのだが……そこまで彼女に好意を持たれた理由がサッパリわからないので首を捻るばかりだった。

 

 

 

 




どれくらいの頻度で更新するかどうかはお察しください。


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Ep.02-意気自如-


 

Ep.02-意気自如-

 


 

「やあ色男、実際に相まみえるのは初めてだな」

「断じて言うがそんな関係ではない」

 

 ニヤニヤと楽しそうに自分の前に立っているのは、自前であろうワンピースの上から魔改造されたロドスの制服を羽織る女性だ。会社の中でも結構上の方に位置する重役であり、鉱石病患者の経過観察等を行う医者でもあった。その隣には副官であろう女性が申し訳なさそうに、しかし好奇心を隠そうともせずにこちらを見ている。

 ケルシー、と名乗った白髪の医者の台詞にはきちんと理由がある。護衛任務から既に一週間、毎日のように見られる光景ともなればもはや基地内に置いて知らぬ職員はほとんどおらず、しかし全く不本意なので自然と表情が硬くなる。

 

「嫌がる割には大層構っていたようだが」

「俺達のせいでああなっちまったのだからな、尻拭いくらいはやるさ」

「なるほど、なるほど。傭兵も存外律儀らしい」

 

 少女──エイヤフィヤトラは出くわすたびに一緒に働きましょう! と勧誘をかけてくる。最初は生返事やだんまりを決め込んでいたが、任務中と比べて動きが悪くなっている事に気付いた。問い詰めてみれば諦めたように「目が、少し悪くなっちゃいまして」と、吐き出してくれた。

 悪者がどちらかなど問いかける必要もない。一丁前に罪悪感を抱いたから、それを解消するために動いただけの事。仕事外でそんなことをするのはほとんど無く、ましてや一週間も続けば若干の情も沸くものだ。そんなのだから傭兵たちから『甘い』と言われるのだが。

 

「それよりも、だ。なあどうなってやがる?」

 

 こういう時は話を逸らすに限る。丁度良く、聞きたいこともあった。

 

「どうなってる、とは?」

「チェルノボーグ都市が壊滅したこととロドスは、無関係じゃないだろ?」

「……感染者の集団が、暴動を起こした。政府と軍は連絡網が寸断され、対処出来ぬうちに天災が降り注いだ結果、人の住める場所ではなくなったよ」

「おいおい……いや、あー、はいはい、なるほどな」

 

 ちょっと待ってくれ、と額に手を当てて息を吐く。規模が大きすぎて逆に衝撃が来ないパターンだ。チェルノボーグと言えばウルサス帝国の主要都市、そしてウルサス帝国と言えば鉱石病患者への苛烈な弾圧だ。起こるべくして起こった事だと言えばその通り、ウルサス帝国は憎しみから更に感染者を差別し使い潰し、感染者もまたウルサスに憎悪を抱く。正に地獄だ。

 他の国にもそれは波及するかもしれない。人権などとうになくなった感染者に今更何かしたところで大多数は何とも思わないのだから。

 

「とはいえ、ロドスがそこにどう関わってるかは教えてもらっていないな」

「回収任務によって多数のチームを派遣していた。無論、極秘裏に」

「だろうな、ウルサス帝国はロドスにゃ敷居を跨がせないだろうよ」

「だから、すまないが多くは言えなくてね」

「ヤバい事は聞かなかったことにするのが、傭兵にとっての長生きのコツなんでね。安心してくれ」

 

 まあつまり、ロドスは巻き込まれた。運悪く、チェルノボーグでの蜂起に、それはもう大変に。無論、それをただの偶然と片付けるのであれば一週間もまたされはしなかっただろう。

 横にいる女性に何事かを指示し、それを受けた女性が足早に部屋を去る。残されたのは自分と、ケルシーのみ。特に話す事もなしと部屋を出ようとすれば、待てと呼び止められた。

 

「なんでしょう」

「機密に関わる案件だ」

「それでは麗しのケルシー嬢、どうか体調にお気を付けください」

 

 判断は迅速だった。この時の事を後年何度思い返しても間違いではないと断言する程、自身の勘が警鐘を鳴らしたからである。

 しかし、振り返って数歩先にある自動ドアは無情なベルを鳴らして行く手を塞いでいた。点灯する赤いランプ、先ほど立ち去った女性が、外からロックしたのであろう。誰の指示かは言うまでもなく。

 

ここ(ロドス)で『嬢』など付けられたのは初めてだよ」

「意図せず初体験を奪ってしまうとは、失礼いたしました」

 

 あまりにもあんまりだと、露骨な言い回しをしてしまったのがいけなかったのだろう、これでもかと言わんばかりに口角を釣り上げ、次いで素晴らしい笑顔を向けてきた。

 

「なるほどなるほど、では責任を取ってもらわねば」

「……」

 

 女狐が、と言わなかっただけ自分を誉めたいところである。

 

「我々が回収した『荷物』なのだがね」

「聞きたくないが?」

「ドクターだ」

「聞きたくないと言ったが!?」

「学者であり医者であり指揮官でもあり、つまりロドスにとって必要な人材でな。負傷して昏睡状態だったが先日目覚め、ロドスへ帰還したのだが」

 

 声を荒げる。その「ドクター」と言われる存在がどれ程なのかは、ロドスに在籍していない自分がその価値を正しく理解できはしないだろうが、それでもこれ程厳重な情報統制をかけるのだから余程だろう。

 知った事ではないと言わんばかりに現状説明を続けるケルシー。

 

「記憶のほぼ全てを失っているため現状では使い物にならん、故に補助のための人員が山ほど必要なのだ。……チェルノボーグでかなり損耗してしまったのもある」

「道理で強引な勧誘をするわけだ」

「何、悪い話ではないぞ? 君はエイヤフィヤトラのご機嫌が取れるし、そのままロドスに雇われれば衣食住の全てが保障されて馬鹿げた給金が出る。非感染者である君のデメリットは感染者と仕事をすることと、命の危険があることぐらいか」

「……やれば、いいんだろうやれば」

 

 提示されたそれ、デメリットに関して後者はともかく前者は建前的なものであろう。少なくとも金を積まれれば感染者の護衛契約をする傭兵には。

 

「実にありがたい! これで私も彼女に顔向け出来るというものだよ」

 

 両手を腕の前に合わせて喜ぶケルシーを横目に、先ほどより長く溜息を吐く。また一つ、幸せが逃げてしまった。

 

 

 

 

「ロドスに入るって本当ですか!?」

「そこまでは行ってねえ」

 

 翌日、食堂で朝食を取ろうとした瞬間にエイヤフィヤトラが開口一番これである。こういうことに関してはやたらと耳が早いのは何故なのだろう。注文した品をカウンター向こうから持ってきたおばちゃんも「良かったねえ」などと慈愛の笑みを浮かべてベーコンを一枚、余計に乗せてきた。これは有難く頂いておく。

 

「それならいい加減、名前を教えてくれてもいいんじゃないですか?」

「あー……まあ、そうだな」

「私だけ名前を知られてるなんて不公平ですよ?」

 

 どうせ基地にいる間だけで長い付き合いではないのだからとのらりくらり躱していた。何故、と言われると理由など特にない、強いて言うならば後戻り出来なさそうだとかロドス勤務の外堀埋められそうとかそんな感じである。

 何せ連日並んで歩いているのだから、最初こそ戸惑っていた職員も後半になると慣れたもので「オペレーターになりたいなら早く言え」だの「フィールドワークの護衛役は決まりだな」だの、酷い時には「君らは仲の良い兄妹のようだ」なんて言う輩も現れる始末。エイヤフィヤトラもノリノリで「お兄さんと呼んでもいいですか?」というものだから堪らない。

 これでは些細なところで抵抗してやろうという気概も沸く。半分、いや、三割くらいは自業自得だとしても。

 

「おやおやおや! それはいけないねえ! あれだけべったりなのに名乗ってすらいないのかい!」

「そーぉなんですよ! おばさんも酷いと思いませんか!?」

「食堂を敵に回すようなもんだと心得な。全く、礼儀一式を叩きこんでもらう必要があるのかねぇ」

「俺が悪かったから盛り上がるのを止めてくれ……」

 

 大仰な身振りで可哀想だとエイヤの味方をするおばちゃん、その向こう側からもそうだそうだと声が飛んでくる。オマケのベーコンを没収せんとしたところで両手を挙げた。

 エイヤフィヤトラは忘れているようだがここはカウンター、お腹を減らした職員が押し寄せる場所であり、現に後ろで黒のセーラー服を着た少女が、困ったようにこちらを見ている。

 それを指摘してやれば、やっと気付いたとばかりに慌てて頭を下げ、二人分の食事が乗ったトレーを持つ自分の背中をぐいぐいと押してくる。

 にしても今のは学生のような雰囲気だったが、あれもロドスに在籍しているのだろうか。服装からして酒が飲めるとは思えない少女だったが。

 

「……ねえ、聞いてます?」

「あ、ああすまん少し考え事をな」

「そーゆーところですからね! 本当に!」

 

 何がだ。

 そのまま手近な席へ座って食べ始めたは良いが、先ほどの少女や周囲の人達を見ているうちに会話の方が疎かになってしまい、それが向かいに座る彼女の機嫌を損ねてしまった。

 キャプリニーという種族は頭頂部に双角が生えていて、目の前には怒れるエイヤフィヤトラ。一瞬、いつから鬼族になったんだなどと言いかけ、誤魔化すように朝食を口に入れる。本日の朝食はトーストされたパンにスクランブルエッグとベーコン、オマケでヨーグルト。傭兵時代には頓着しなかったためにこんな典型的な朝ごはんなど取る機会の方が少なかった。

 

「そう言えば他の傭兵さん達はどうしたんですか?」

「あー、あいつらなあ……あいつらだけさっさと完了報告してどっか行っちまったよ」

 

 これは本当に理解できないのだが、彼らは三日前にここを発ったらしい。らしいと言うのは、前日に散々飲まされて昼までダウンしていたからだ。思い返せば、あの時飲み食いした分を支払っていない。つまり、何かしらの意味があってなのだが……女の子が好きそうな嗜好品の詰められたバッグまであるとなるともう、確定であろう。粗雑で不器用な彼らなりの、精いっぱいの気遣いと言う訳だ。

 だからと言って押し付けられた方が納得するかは別であるが。依頼に引き続き、二回連続ともなれば尚更に。

 

「で?」

「ん?」

「名前ですよ、名前。道中は『我々はただの盾ですので名乗るほどではございません』なんて格式ばった態度で言ってくれなかったじゃないですか」

「ヨークトルとでも名乗ろうかなあ」

「ふざけてます?」

「まあ割と」

 

 それはさておき名前となると難しいところだ。どうせロドスで働くならば今までの名前は使わない方が良いだろう。傭兵に悪い感情を持つ存在は大勢いる、表向き製薬会社のロドスで働くならば別名義の方がいらぬリスクを排除できる。

 

「そうだなあ、エインウルズ、とでも名乗っておこうか」

「……それ、本名です?」

「まあ、コードネームみたいなもんだよ。それでいいんだろ、ロドスじゃ」

「そうですけどぉ……」

 

 納得していなさそう──事実納得してませんと言い切る苦情は聞かない。それでよいのならばそうあるべきだし、わざわざ傭兵なんてやっていた自分の過去語りを朝からする必要はどこにもないのだから。

 

 

 

 

 



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Ep.03-有為転変-

エイヤフィヤトラピックアップめでてえなあ



 

Ep.03-有為転変-

 


 

「エインさんって、私の事必ず名前で呼びません?」

「んあ? あー、確かに」

 

 時刻は昼頃、今日は特に命じられたこともなく暇つぶしがてらカフェテラスでお洒落な時間を過ごしていた。日当たりの良い外側の席で、モダンな木製の椅子に体重を預けてコーヒーを賞味する、これが一銭もかからぬ無料とはなんと贅沢な事だろうか。感染者相手に感染者の職員と対応に当たるロドスは福利厚生がとてもしっかりしていると言えよう。

 そんな中で今日も今日とてエイヤフィヤトラの襲来だ。その職務から多忙の身であるはずなのだが……

 

「言いづらくありませんか? エイヤフィヤトラーって毎回毎回」

「こういうのはな、慣れだ慣れ」

「エフィ、と呼んでくれてもいいんですよ?」

 

 向かい側に座ったエイヤフィヤトラは、昨日と全く同じようなことを言った。ここ数日、毎日毎日会うたびに同じ事を言うものだから、流し方も完璧だ。

 

「ま、もうちょっと仲良くなってからな」

「それ、毎日聞いてます」

 

 こっちの台詞だよと苦笑い。やっぱり不服そうなエイヤフィヤトラに、なんだかこんな顔ばっか見ているなと思った。

 普段はこれで終わってまた別の話題に移るのだが、ここで別の人物が割って入ってきたものだから話がややこしくなる。

 

「あー! エインじゃーん!」

「メイリィか! その様子だと仕事終わりか?」

「うんうん、皆とこの後ご飯なんだー、そっちは……ああ、いつも通りか」

 

 白の制服に黒のアンダーウェア、おでこにかかるスノーゴーグル、明るい茶髪は腰まで長く、戦場で揺れるそれは手入れが行き届いているとわかるほど一本一本が激しく揺れる。そして、頭部と腰の後ろに種族を象徴するものがあった。

 ロドスでのコードネームはカーディ、行動予備隊A4所属。雪国生まれの重装オペレーターである彼女とは、自身と同じ職種ということもあってロドス内で最も仲を深めた相手と言えよう。

 最初はカーディ、エインウルズさんとお互いに他人行儀だった呼び方も、訓練や役割の話し合いなどを通じてすっかり砕けてしまい、本名であるメイリィ呼びの許可を頂いた。

 ロドスへ加入した経緯というのも素晴らしく、恐らく年下であろう彼女には尊敬の念を持っていた。重装クラスに関する思想の違いはともかくとして。

 

「全く、エイヤさんをあんまり困らせたらだめだよー?」

「どちらかと言えば困ってるのは俺なんだが」

「才色兼備な女性に言い寄られて困ってるなんて面白いね」

「俺なんて元傭兵だからな、美女と野獣ってやつだ」

 

 けらけらと楽しそうに話すメイリィ。同調するように肩を竦めれば、それがまた更に彼女の笑いを誘う。静かであるべきカフェテリアにおいてその声は実にミスマッチだ。

 

「ま、話はまた今度するとして、仲間待たせてんなら早く行ってやれ」

「っととそうだった! アンセルくんとメランサちゃんを待たせるのは私にとって罪だよーもう! またねエイン!」

「おーう、走るのはいいけど転ぶなよー」

 

 別れ際、手を挙げればそこに力強くハイタッチをかまされて少し身体がずれる。そのまま軽快な足音と共にメイリィは走り去っていく。

 元気いっぱいな彼女には、同じく横を並ぶ友人と手綱を握る隊長、決まって損な役回りをする医者がいる。それが少し、羨ましかった。

 

「エインさん?」

「すまねえなエイヤフィヤトラ。メイリィばっか構っちまったわ」

「子供扱いしないでくれません?」

 

 そうしてメイリィが去ったあと、静かな空間に残った少女が一人。笑みを浮かべてコーヒーを飲んでいた少女──というかエイヤフィヤトラはふくれっ面のまま別の方を向いていた。

 機嫌を損ねてしまった……のは最初から同じだったが、その原因は別。メイリィへの歓待具合からして普段流れるような普通さで会話に興じるエイヤフィヤトラには、それが面白くない、のであろう。多分。

 

「私が、なんでこんな顔してるかわかります?」

「エイヤフィヤトラ、頼むからそのめんどくさい女みたいな台詞を言うのはやめてくれないか……」

「めん……めんどくさいですか? 私」

「今の言葉だけはな。なあ誰に吹き込まれたんだ、シールドバッシュしてくるから」

 

 曖昧な表情、バッと振り返り不安げにする様に、次の声は強調して伝える。 

 自分の後ろをひょこひょこ歩いてくる少女に変な事を教えた相手がいたとすれば、これはもう一大事だ。少し前までは兄妹だなんだと言われれば違うと否定していたというのに、現金だと言われれば反論は出来ない。

 だがしかし、今のうちに不埒な輩を成敗しておかねば未来にどのような被害を受けるかわかったものではないから、これは仕方のない事なのだ。

 相手を聞きだしたあとは自室に戻り、大型のシールドを背負って行くつもりで前のめりに。いやその前にと自分のコーヒーを飲み干す。

 

「研究科の同僚にですけど。これを言えば面白い表情をする、と」

「それでエイヤフィヤトラが不安になっちゃ本末転倒だな、下手人の名前は?」

「研究職の人ですからエインさんの攻撃当たったら一日目覚めないですよぉ……」

 

 だから勘弁してあげてください、とエイヤフィヤトラは言う。本人が言うならば仕方がない。そのまま強行すればロドスで傷害事件発生として逆にしばかれるのは俺だ。

 浮かしかけていた腰をゆっくりと戻し、背もたれに全体重を預けてゆっくりと息を吐く。それはそれとして件の同僚殿にはいずれ何がしかの意趣返しをしてやろう。

 

「ってそうじゃなくて。さっきメイリィって呼んでいたのカーディさん、ですよね?」

「ああ、名前で呼んでいいって言われたからな」

「そうなんですか? 凄い仲が良いんですね」

 

 興味津々ならば聞かせよう、とは言え特段珍しい事はない。ロドスに疎い俺へのサポート役でよく任務を一緒にやったことがあるとか、仕事終わりに一緒に酒を飲んだら意外とイケる口だったとか。向こうも尻尾をパタパタさせて喜ぶから同じ職業の妹分に見えて可愛く見えるだとか、ああ見えて色々凄い奴だから自慢できる友人だよとか。

 途中にちょっと失礼と席を外し、コーヒーを補充。メイリィの仲間である四人の事も交えれば話は余計に広がり、都合三杯目を飲み終えてやっと語り尽くしたのであった。いや、大分省いている部分もあるから尽くしてはいないか。

 

「エインさんがそこまで一人の事喋るの初めて聞いた気がします」

「……確かにそうかもしれねえな。柄じゃねえって重々承知してるが、傭兵仲間にはあそこまで出来る重装もいなかったからなあ。」

 

 そもそも傭兵自体、特定の場所を持たず流れるままに都市から都市へと移動する存在だ。そんな奴らが両手もしくは背中がそれ一個で埋まる大きな盾を好んで持つ者などほとんどいなく、いたとしてもその場その場で盾を借りた上で扱う補助的な者ばかりであった。それでも一応の形になるのは、流石と言ったところだが。

 その中で俺はほぼ唯一の例外と言ってよく、そのせいでやたらめったらと強敵が出てくる依頼に駆り出されていた気がする。一番ひどかったのは『化け物』と呼ばれる賞金稼ぎに腕試しを挑んだことだろう。充分な報酬を払い、念書と遺書を携えて向かったのだが……いやこれは話がずれたか。

 

「それに、肩を並べて戦ったから尚更な、あの小さい身体と盾でよくやれると感心しっぱなしだ」

「私だってエインさんと一緒に戦いましたよ」

「は?」

 

 話題が、180度変わったような気がする。

 

「今後は私も訓練を経て術師オペレーターとして作戦に出る事もありますから、呼びやすいようにエフィって呼んでください」

 

 訂正、どうやら360度回って最初に戻っただけのようだ。いや、それより聞き捨てならない事実が聞こえた。

 

「ちょ、ちょっと待て! お前を戦わせるって……ロドスはおかしいんじゃねえか!?」

「んー、でも治療を受けてから鉱石病の進行はほぼ止まっているんです。威力を絞ればアーツを使っても問題ないですし」

 

 具体的に言えば、一緒に戦った時ぐらいなら問題ないですよとエイヤフィヤトラは澄ました顔で言うが、そういう話ではない。

 今までの話を聞く限り、彼女はロドスへ治療と、家族の研究を完成させるために来たはずである。その何がどうしたら血生臭い戦闘などという分野にまで駆り出されるのか。いや心当たりがあると言えば、ロドスの人員不足だろうが、それにしては、だ。

 

「強制はされてないんですよ? ただ私は、ロドスに何も返せていませんから」

「また、人間相手に戦うことになるぞ。レユニオンは今勢いづいてるからな」

「覚悟の上です。私の力は、仲間を守るためにあるんだって思います」

 

 いったい、この少女に何があったというのだろう。一月も経っていないのに、あの時とは見違えるような精神をしている。

 

「守られるだけというのは、本当に辛いんです。エインさん達に護衛されている時ですらそうでしたから」

「あれは、想定外の事だった」

「レユニオンは今勢いづいているんですよね? でしたら、いずれ私が戦う日も来ると思うんです」

 

 だからこれは、早いか遅いかの違いなんですよ。強い決意と裏腹に、ソーサーを鳴らす事なくカップを置いたエイヤフィヤトラは優雅に微笑んだ。

 参ったなと思う。これ程の強い意思ならば、ケルシーを問い詰める事は出来ないし、元々戦いを飯の種にしてきた人間としては子供扱いする事も失礼だと考えてしまう。

 

「わかったわかった、降参だよ」

「それに、きちんと条件もつけておきましたから」

「へぇ、なんて?」

「『エインウルズを必ず同行させること』です。ケルシー先生も先輩も、もちろんって言ってくれましたよ」

「そりゃまた、責任重大だな」

 

 そういうところはまだ我がままを残していたようで。ともあれ、慕ってくれている相手から頼りにされるのは悪い気分ではない、せいぜいエイヤフィヤトラに愛想を尽かされないように尽力しないといけないだろう。

 これから人員補充に従って、流れ者ではなく本職で盾を担いでいる人間だって山ほど入ってくるはずなのだから。

 

「なので任務の時はエフィって呼んでくださいね、エイヤフィヤトラでは長くて咄嗟の時に不便ですから」

「そうくるかあ……ま、今はオフだから関係ないな」

「むー……」

 

 もうその話題はしなくてもよくないか? なあ。

 ロドスアイランド、今日も平常運転である、

 

 

 

 

 

 

 



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Ep.04-英雄欺人-

気が付いたらスカジの事を書いていた、なんでや


「あ、姐御! 姐御ですよね!」

 

 外に出て買い物でもしようかと基地を出る直前、エントランスでふと見知った姿を見つけた。何事かと周囲が目を向けてくるが、それに構わず目的の人物へと追いすがる。

 少し振り向いた彼女は、嫌そうに眉を顰めると足を止める事なく──心なしか速度を上げた気もする──視界外へと消えそうだったからだ。

 

「ちょっと姐御、無視ってのは酷くねえですか?」

「私はあなたの姉になった覚えはないのだけれど」

「姉ではないですけど、力あるものには敬意を払う。それが俺ですんで」

「ここが基地の中であることに感謝しなさい……」

「そりゃあもう」

 

 そうでなければ、こうして真後ろについていた時点でその体躯からは考えられないような剛力で、投げ飛ばされていただろう。今自分の身体が何らダメージを負うことなく彼女の後ろにいられるのは好意のおかげである。

 もちろんそれを解っているからこそ近づいたのだが、それを知ってか知らずか、長めの嘆息が彼女から漏れ出ていた。常に被っているテンガロンハットの先端も、ちょっとしんなりしているように見える。

 

「用件はなに?」

「いえ、特にはないんですが見かけたので挨拶でも、と」

「そう」

「ロドスにいる間はエインウルズと名乗ってるんで、よろしくお願いします姐御」

「スカジ、よ。ここにいる間はそう呼びなさい」

「わかりました、スカジの姐御!」

「私の話を聞いていたのかしらね……」

 

 


 

Ep.04-英雄欺人-

 


 

 

 このスカジと名乗る女性との縁は友人と言えるようなものではない。片や傭兵片や賞金稼ぎ、なんだったら敵対する事もある職業だ。それでもこうして会話をするくらいの仲であるのは、過去の腕試しで戦ったことがあるからだろう。

 当時、化け物のような強さの賞金稼ぎがいるという話は傭兵にまで届き、面白そうだからと数人が徒党を組んで腕試しへと向かったのだ。傭兵の中で堅さに関しては一目置かれていたから、俺も乗っかった。「山を崩した」だの「洞窟を崩落させた」だの地形を変えるなんてとても信じられない噂ではあったが、それほどの噂が立つならば元々持つ力が強力な事の裏返しでもある。何より、それ程の相手の一撃を受け止めたとあらば、自分の名前にも箔がつく。

 

 とは言え、いざ対面してみればとてもそんな力を持っているとは思えないような矮躯の女だったから、俺達は騙されたと憤った。憤って、まず一人が突撃してきた彼女の一閃で近くの大岩に叩きつけられて意識を失った。

 

「殺しは、しないわ。そういう話だから、お金分は戦う」

 

 絶句する俺達を前に、身の丈程もある剣を鞘に入れたまま女が面倒くさそうに呟いた。

 後はもうお決まりの蹂躙劇だ。黒いコートと銀糸のような髪が視界の端に揺れれば、誰かの意識が刈り取られる。大盾を持った俺の前に、防御力の低い他の相手から悉く打ち取っていく様を、見ている事しか出来なかった。根本的な速度が違いすぎるし、下手に割り込めば踏ん張りがつかず一緒に吹き飛ばされるのがオチだと見るだけでわかったからだ。

 

「あとは、あなただけ」

 

 本能的に盾を動かし、腰を落として構える。直後、甲高い金属音と共に衝撃が襲い掛かってきた。

 

「ぐ、おおお!?」

 

 体感時間が引き伸ばされるのがわかる程キツい衝撃は、しかして間を置かずに離れていく。地面には引き摺られたような跡が二つ程、数メートルに渡ってついているのを見るに押されはしたが空を舞う事はしなかったようである。

 大盾から顔を覗かせれば、理解できないというように首を傾ける彼女の姿。

 

「取ったと思ったのだけれど」

「そりゃ、俺の堅さを過小評価してたんじゃないか?」

「なるほど」

 

 次に、彼女はその大剣を片手で持ったまま、空いた方の手でテンガロンハットの向きを調整した。筋力を見せつけるような動作だが、それを行う彼女の腕は白磁のような白さだし、筋肉が隆起しているような様子も伺えない。本当に力の出所が謎なのである。

 そんなことを考えているうちに、丁度良い方向を見つけたのか軽く頷くと、その深紅の瞳で真っ直ぐに見抜いてきた。その瞬間にかかる精神的重圧は今までの比ではなく。

 

「ちょっと本気で」

「……嘘だろ?」

 

 次は防げなかった。というか、構えた盾が粉々になって一緒に空中遊泳することになった。薄れゆく意識の中、一撃防いだ事を喜ぶべきか仕事道具がなくなって悲しむべきか、最後まで悩んだまま答えは出なかった。

 

 

 どれほどの時間眠っていたのかはわからない。目を覚ました時には彼女の姿はどこにもなく、場所も山の麓ではなく直前まで滞在していた小さな村。どうやら先に目覚めた仲間が運んでくれていたらしく、各々が村人と話していたり傷の回復に努めていた。

 意識を失っている間の事を聞くと、彼女は最初の一人が目覚めるまで律儀に待っていたらしく、指を俺に向けて一撃を耐えられたのは彼だけだったと言い残して去っていったらしい。身を以てその破壊力を知る傭兵達は、たった一回でも受け止めた俺の事をやたらと持ち上げ、新しい装備の足しにしてくれとささやかながら金銭すら寄越してきたのだから、一瞬彼らを偽物か疑った程である。

 

 『化け物』に挑んだ無知な傭兵の話はこれで終わり、のはずだがどうしてかこの日以降やたらとその『化け物』と、依頼に向かった先や拠点移動の度に顔を合わせるものだから不思議な縁だ。

 毎回毎回会うたびに挑んでは吹き飛ばされを繰り返し、数えるのが億劫になるほど続けて、近づいた瞬間武器を構えてくる頃になれば彼女の事を姐御と呼んでいた。嫌そうな顔をしていようと構わず呼び続けたのは、単に勝てなさ過ぎてちょっとした憂さ晴らしの要素も含んでいた事は言えないが。

 少なくとも、今日まで生き残れた要因の一つに彼女との交流があった事はいなめない。どんな強敵であろうと、盾にかかる圧力は彼女と比べてあまりにも小さかったのだから。

 

 

 

「だから、姐御はいらないのよ」

「ですが今までずっと呼んでいたのに今更っつーのも」

「……ドクターかアーミヤに言って辞めさせるべきかしらね」

「勘弁してくだせえ。アーミヤは特にお酒の飲みすぎだーって小言振りまいてくるんですよ」

 

 ロドス基地内、無機質な廊下を連れ立って歩く。思えば、こんな世間話を姐御とする事はほとんどなかった。会えば一撃話せば戦闘技術、傭兵仲間にも『化け物』と時折絡んでいると言えば怖いもの知らずとよく呆れられていた。しかし注意深く見ていれば、姐御は決して粗雑で全て薙ぎ払えば解決する思考の持ち主でないことはよくわかる。

 そもそもからして腕試しに挑んできた傭兵達に重傷を負わせることなく意識を刈り取るなど、実力と共に一定の配慮すらして見せるし、今もこうして世間話に付き合ってくれている。本当に嫌なのであればさっさと振り切れるだけの能力が姐御にはある。

 

「わかったわ」

「何を?」

「今後姐御と呼んだら一目散に逃げるようにするわ、それで解決ね」

「……そりゃまたご無体な」

 

 こちらへ振り返らないまま、名案だと言う声色で宣う姐御にがしがしと頭を掻いて足を止める。

 

「わかりましたよスカジさん、これでいいんでしょう」

「えぇ、それで結構よ。ところで、あなたはどうしてロドスに?」

「ちょっとした縁でロドスまで護送任務に。その後ケルシーに勧誘されまして」

「ケルシーに……それは災難だったわね」

「解ってくれますか……」

 

 それはもう、なんて返事を聞けば何がしかの因縁があるんだなと察するにあまりある。声色もどこか忌々しそうなものが含まれていて、深く聞かないようにしようと決めた。

 

「スカジさんこそ、何故?」

「ドクターから熱心に勧誘されて。まるであなたみたいにしつこかったわよ」

「えっ」

「普通の人は酒場で朝一から出待ちを一ヶ月もしないわ」

「いやだなあ、朝から飲んでたらそこにスカジさんが来ただけですよ」

「まあいいわ。それより、あなたの事は耳に入ってきてた。だから会わないようにしてたのに……」

「ひでぇ。で、予想は付きますけど、例えばどんな話です?」

「小娘一人に振り回される元傭兵って」

 

 それは至って予想通りであり、一つ付け加えるならば過去の話だった。いや、元々その類いまれなる知識と才能から小娘と言うには些か役不足であったが……先日の静かな決意は正しく、エイヤフィヤトラが一端の大人になった証左であろう。もはや守られるだけの子供は過去のものとなり、自分だって仲間を守ると息巻く気概の良い女性。

 

「間違っちゃいないですけど、もうエイヤフィヤトラは戦う覚悟の出来た大人です」

「そうなの?」

「出撃する時は俺も一緒なので、その時が来たらよろしくお願いします」

「それは、楽しみね」

 

 一瞬きょとんとした表情の姐御──スカジさんがとても珍しく、次いで楽しみだと言ってくれた事がとても意外だった。何せロドスに来る前は終ぞ誰かと一緒にいたところを見た事がないのである。酒場でも、宿屋でも、武具屋でも、武具屋でも、その他ありとあらゆる場面で、仲間の影を見なかったのだから。

 

「熱でもあるんですか?」

「……どうしてその結論に至ったのか、とても興味があるわ」

「だって昔は依頼に誘ってもきてくれなかったじゃないですか!」

「稼ぎが悪いものばかりだったじゃない。私は賞金稼ぎだったのよ」

「確かに」

「それよりあなた、基地を出てどこかに行こうとしていたみたいだけど、そちらはいいの?」

「ん、ん~~~」

 

 そう言い淀みながら時計に目を落とせば、先ほどに比べると余り時間は経ってない。

 スカジさんが周囲と明確な距離を取っているのは昔からよく知っていたが、露骨に冷たくなった声を鑑みるにロドスでもそれは変わらないのかもしれない。

 尊敬しているからこそ、距離は適度に控えめに。いや大分パーソナルスペースを浸食している自覚はあるが、だからこそ引き際はキッチリと弁えなければならない。無理矢理にでも詰める時が来たら、そうすれば良いだけ。

 

「わかりました、俺は俺の用事を済ませる事にします。今度時間空いた時にでもまた一撃、お願いしますね」

「いやだと言ったら?」

「ロドスで鬼ごっこが始まりますね。それも毎日」

「本当に、うんざりだわ……」

 

 スカジさんに背を向けて歩いてきた道を戻る最中、そんな感情を殺したような声をしなくてもいいんじゃないかなとだけは言いたかった。

 

 




Q.このスカジさんなんか柔らかくない?
A.エインウルズ相手には妥協しました


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Ep.05-横行闊歩-

「大変やりやすかったわ。貴方は私の力を過不足なく把握してくれているのね」

「ま、慣れてるからな」

 

 ロドスに就職──というかはさておき──して一年が経った。未だレユニオンとの抗争は絶えず、他にも野良の感染者が起こした事件に駆り出されるものの、依然と変わらない生活を送ることが出来ている。

 そんな中、エフィの体調不良による出撃不可により初めて他の術師とツーマンセルで任務に当たることになった。レユニオンの末端による小さな騒ぎ、複数人を器用に守れる重装オペレーターと生半可な防具などものともしないアーツ使いの組み合わせならば、たった二人でもある程度の人数なら余裕で対処出来た。

 故に、この生意気そうな女とコンビを組んだことがないのに二人組で駆り出されたのである。

 結果は上々だ。彼女の攻撃は高威力故に着弾地点の近距離を焼き尽くすため、下手な位置に当てれば味方()を焼き尽くしてしまう。にも拘わらず戦闘中に感じたのは余波の熱気のみ、かつ昏倒した相手は誰もが息をしている。前情報で聞いていた以上の腕利きで、最近受けた任務の中では随分と楽な任務だった。

 

 


 

Ep.05-横行闊歩-

 


 

 

「そっちこそ誰も殺さず撃破とはよく加減出来てんな」

「一息に燃やし尽くすことは出来るけれど、レユニオンの情報は少しでも必要ですわ」

「なるほど……」

 

 基地へ帰還し──出撃する前はやたらと急ぐ彼女の後ろを慌てて走る時と違って横に並びながら──あれこれと話しつつドクターがいる執務室へ向かう。

 ロドスの要であるドクターは基地内において最も深い場所に執務室が設けてあり、辿り着くまでに時間がかなりある。何故今回に限ってわざわざ直接報告してくれと言われたのか疑問であるが、御上(おかみ)からそう言われたのであれば組織に属する者としては従わざるをえない。

 

「貴方こそ、私とは初めて組むのに良く連携出来ていましたわね」

「ま、普段から術師とは組んでるからなあ」

「それにしては、私の術の威力まで把握できていたようですけど?」

「傭兵時代に培った勘の良さってところだ。それに、褒めるならスカイフレアの繊細な術制御の方だろ。俺に一回の誤爆もないとは恐れ入ったぞ」

 

 出撃前に聞いていた人物評価よりは大分柔らかな物腰、己の考えをなんとか伝えようとする姿勢、更には戦闘能力の高さ。手放しで褒めればスカイフレア(彼女)は当然だと言いつつこちらを誉め返してくる。なんでもないかのように振る舞っているが、ちょっとした熱気を感じるのでいい気分にはなっているのだろう。

 

「よろしければ今後も良いお付き合いをしたいものですわ」

「いいぞと言いたいが、俺も優先はエフィだからな……」

「あなた……本当にあの子を大事にしていますのねぇ」

 

 誘いを袖にされたにも関わらず、解っていたかのような呆れる声。ツーマンセル任務を受ける場合ほとんどがエフィと組んでいるというのはロドス内でも広く知られている事だ。故に、今回も出撃前はドクターから非常に申し訳なさそうな顔で謝られてしまった。俺個人としてはエフィ以外と組むのは別に構わないし、そもそも狙撃役や回復役との二人組は何度かあったのだからそのような反応が出てくるのがおかしい。

 

「相棒みたいなものだからな」

「それにしては、最近彼女とあまり出たがらないじゃない」

「……まあ、わかるか」

「ドクターの采配を抜きにしても、貴方達の活躍は素晴らしいものがありましたから皆、良く見ていましてよ」

 

 スカイフレアの言うそれは、純粋な興味だろう。加入当初からめきめきと腕を伸ばすエフィと、それに追随してより堅固な守りを得ていく自分。ロドス内でも頼られる事が多くなったが、そのコンビネーションを披露することが最近は少なくなってきた。

 個人的にとても痛いところを突かれ、空いている手で頭を乱雑に掻く。

 

「それに、一部では貴方と彼女が喧嘩しているところを見たなんて話も出ていまして?」

「あー……ちょっとした意見の相違だ」

「だいぶ大声が出ていましたわよね?」

「俺が悪いのはわかってんだよ……でもなぁ……」

「いったいどんな理由で喧嘩を?」

「くだらんことだよ」

「それは」

「ほら、ドクターの執務室着いたから報告するぞ」

 

 なおも根掘り葉掘り聞こうとしてくるスカイフレアを遮るように、視界に入ってきたドアを指す。少し顔に出ていたのだろうか、小さく謝罪の声が聞こえた。

 

 

 

 喧嘩の話はやはりドクターにも届いていたようで、報告が終わった後の退室間際に早く仲直りするようにと一言添えられてしまった。

 わかってはいる。エフィは一年でより技術を磨き、その卓越した能力を遺憾なく発揮してるのだからロドスには必要だ。が、定期検査の結果を隠すようになった辺りから疑惑が浮かび、より注意深く目を掛けてみれば一年前以上に悪くなっている五感、詰め寄ってなんとか最新の検査結果を見て、目の前が暗くなった。

 処方された薬を飲んでも進行をある程度止めるか遅らせるのみで治すことは出来ない。一度悪化したものは元に戻らないというのに、それを知っていてなおエフィの言うままに出撃してきたツケが、その用紙には記されていた。だから、もう戦うなと厳しい声色で諭そうとして、エフィの否定から大喧嘩だ。

 深夜の誰もいない喫煙者御用達のラウンジで、安物の煙草を吸うがその気は晴れない。エフィが何故そこまで戦いに拘るのか、もしあの時無理にでも留めておけば少女の鉱石病は悪化しなかったのではないかと考えれば、喧嘩の時に感じた憤りは己自身へのもので、早い話が八つ当たりだったのだと言える。

 

「なっさけねぇ……」

 

 荒事経験者が、少女に自分の感情を処理しきれず当たったなんて笑いものだ。

 

「ここにいたんですね」

「……エフィか」

「はい」

 

 背後から声をかけられ、振り返ればそこには口喧嘩以降会話をしなくなったエフィの姿があった。慌てて灰皿にまだ長い煙草を擦りつけ、ゴミへと変える。

 それから何かを言おうとして、けれど悩んでいるのか口を開いては閉じてを繰り返す。こっちはこっちで直前まで考えていた事のせいで尚更気まずいから声をかけることが出来ない。

 

「立ったままってのもあれだろ、こっち来い」

 

 とんとんと自分の座るソファを叩いてから、向かい側のソファへ指を向ける。こくり、と頷いたエフィを先導するために立ち上がり、手を繋いで座らせた。

 

「悪かったな」

 

 相手が悩んでいるならば、こちらから言い出すべきだろうと口火を切った。

 

「俺は、お前に負担を強いてた。だからもうお前はオペレーターを辞めて良いんだぞって、きちんと言うべきだった」

 

 膝に両手を置いて、今度はきちんと考えを言葉にして座ったまま頭を下げる。

 

「わ、私は……エインの役に立ちたいんです! ずっと助けてくれてるのに何も返せていない!」

「助けるって……俺はなんもしてねぇだろ」

「してます! さっきみたいにあれこれ、私にとっては大事な事を何度も何度も!」

 

 堰を切ったようにエフィが叫ぶ。自分としては出会った日からなし崩し的に続けてきたことの延長でしかなかったのに、エフィには大切な思い出にまでなっているようだった。

 

「一緒に戦うことでしか私は恩を返せないのに、それすら出来なくなったら私はどうすれば良いんですか?」

「いやそんな重く考えなくても……」

「私にとっては大事なんです!」

「お、おうそうか……」

 

 あ、あれ? こんなスカジさんの一撃並に重い事考えていたのか? そんな疑問が頭の中に浮かんでくる。それとも、性格にまで影響することがあるという鉱石病のせいなのだろうか。

 

「俺は、お前を大事に思ってるからこれ以上は戦ってほしくないんだよ」

「そ、それは、その、ありがとうございます……」

「俺もエフィも優秀だから、強敵との戦いに駆り出される事がある」

「それは、そう、ですね」

「そこで強力なアーツを使い続けた結果が今なんだ。お前に死んでほしくないんだ」

 

 八つ当たりなんて恥ずかしい真似をした後ならば、恥ずかしい事も目を合わせて言える。仲の良い奴に死んでほしくないと思うのは誰だって同じで、エフィはその仲の良いより更に上の存在だ。同時期にオペレーターになり、任務はほとんど一緒にこなし、週に最低五回は食堂で一緒になるし休日に散歩をしたりもする。

 親友で相棒、肩を並べて戦えなくなるのは俺だって残念だ。でも、命と引き換えには出来ない。

 懇々と思いの丈をぶちまければ、エフィは目を逸らしたあと、顔に手を当てて耳を赤くしていた。エフィよりマシだろうが似たような顔を自分もしているだろう。

 

「ズルいです、そんなの」

「エフィが生きてくれるなら、ずるくて結構」

「……わかりましたよ、もぅ」

「そ、そうか!」

「でも、普段の任務は通常のアーツでも対処出来ますからね?  あくまで強い相手が出てきたら許可を得て撤退するってだけですよ?」

「それで充分だ!」

 

 落としどころとしてはここが精いっぱいだろう。そもそも、通常の感染者相手などはアーツを使うまでもないし、その程度が三十人ぐらいなら充分に対処が可能だ。

 

「ふふ、まあエインさんと一番連携出来るのは私ですからね」

「そりゃ、否定出来ねえな」

 

 数日ぶりに見るエフィの笑顔に、釣られて顔が緩む。ふふんと胸を張っているがその言葉自体は一年の期間があるから当然だ。やれない事はないが、やっぱりエフィが一番楽なのは間違いない。

 だが、それに肩を並べはせずともすぐ後ろを走るような実力の持ち主がいるのもまた事実。スカイフレアは初めてながらにその才覚を俺に刻み込んできた。

 

「どうかしたんですか?」

「ん? ああ、今日の任務をちょっと思い返してな、二人で出たんだけどな」

「へー、珍しいですね」

「俺が二人組の仕事やる時は大体エフィと一緒だったからな」

「確かにそうですね。それで、どなたと一緒だったんですか?」

 

「スカイフレアとだったよ。威力の高い範囲術師だったけど、俺に誤射しなかったのはすげぇ」

 

はい?

 

「元から名前と実力は聞き及んでたけどあそこまでとはなあ……やりやすかったしまた一緒に出てみてぇなああれは」

 

組んだのですか? 私以外の術師と

 

 そのおどろおどろしい声でやっと異変に気付いた。眼から光が消えている。さっきまであった照れて恥ずかしがる年頃の少女だったエフィはもういないのだと言うかのように、声も底冷えするような低いものへと変わっていた。

 なんだこれは。一年の月日の中でもこんな側面がエフィにあるなんて知らなかった、それはまだいい。たかだか一年で全てを知れる程浅くないし、知ろうとする間に成長してまた新たな一面を作るのがエフィという少女なのだ。

 

 だが、だ。

 

 相対して身の危険を感じさせるような『これ』はなんだ……?

 

どうやらエインは疲れているみたいですね

「あ、ああ……任務の後だからそりゃ疲れてるが」

そうではありません、他の術師と組みたいなんて言葉は出てこないはずです

「いやいや、え? ちょっとエフィさん?」

あ! 最近良いお茶が手に入ったので、私の部屋で飲みましょう?

 

 満面の笑みを浮かべながらの提案は悪くない。喧嘩の後、会話をしていなかったのだからそれを埋めるためにもコミュニケーションは大事だ。

 だから言わせてくれ、何故小さな火球を横に浮かべているんだい? と。

 

だから、少しの間おやすみです……

「や、やめろおおおお────────

 

 


 

 

「ぬおわああああ!!!」

 

 余りにも現実離れした光景、誰か助けを呼ぼうと大声をあげて──ここが布団の上だと気付く。

 乱雑に飛ばされた掛け布団、冷や汗の止まらない身体、時計に目をやれば朝ごはんのために待ち合わせる時間まであと少し。ベッドの上を片づけるのも後回しにして部屋の中を走る。

 

「ゆ、夢か……」

 

 思い返してみれば確かに不自然である。そもそもロドスでの活動は半月程度、スカイフレアというオペレーターがいるのは知っているが会話しているのを盗み聞きした程度で実際に話した事は一度もない。

 夢を見ている間は欠片の違和感もないが、起きて内容を覚えているうちに反芻すると穴だらけでいっそ笑えてくる。

 

「いやでも俺本当に疲れてんのかね……」

 

 ここまで変な夢を見るとは肉体的にではなく精神的に疲れているのかもしれない。ロドスの基地は至れり尽くせりだが、それが却ってなんとなく過ごしづらい雰囲気が自分の中にはある。

 いっそ一日休みを申請して近くの都市には羽を伸ばしに行くのもありかもしれないな、などと考えながら朝の支度を済ませる。

 シャワーを浴び、服を着替えて朝食のために食堂へ。しかし、ここに至る間にも夢の内容がこびり付いて離れない。

 特に、戦い続けた結果鉱石病が悪化しましたというのは大変よろしくない。幸いにも、エイヤフィヤトラは出撃条件に俺を必ず同行させることを盛り込んでいるから、要は俺が他の人と出撃すれば自動的にエイヤフィヤトラは待機になる。

 

「おはようございます、エインさん」

「お、おう、おはよう」

 

 そしていつものように、エイヤフィヤトラとテーブルを共にする。夢に引き摺られて挨拶が若干おかしくなったが、特に気付かれた様子はない。

 

「あー、それで今度の任務なんだけどな」

「あれ? 何かドクターから仕事振られたんですか?」

「いや、まだなんだが次は別の奴と行こうかと思って」

「へぇ、誰とですか?」

「あー、そうだなあ……メイリィが同じ部隊に友人の術師がいるって言ってたから紹介してもらおうかなと」

 

 その時だった。向かいに座るエイヤフィヤトラが、朝食を食べる手を止めてこちらをジッと見つめてきたのは。

 

「私がいるのに他の術師と組むんですか?」

 

 夢で聞いたのと同じような意味の台詞、もしかしてこのまま進めば有り得たかもしれない未来だったのではないか? そんな疑念が頭を支配する。

 いや、まずすべきなのはその疑念について考える事ではない。

 

「──なぁーんて……ってエインさん!? ちょっと! なんで逃げるんですかー! ちょっとぉー!!」

 

 そう、『お茶』を飲むために意識を刈り取られる前に、逃げる事である。

 朝食を中断し、席から立って脱兎のごとく走り出す俺と座ったまま呆然、直後に意味が解らないと叫ぶエイヤフィヤトラ。好奇の視線を浴びせられるが知った事ではなかった。

 

 この後エイヤフィヤトラに滅茶苦茶謝ったし、経緯を盗み聞きしていた輩のせいでしばらく不名誉な目に遭うのだがそれは余談である。

 

 



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一章-龍門近衛局奪還作戦-
Ep.06-壊闘乱麻-


 いくら感染のための防護品を用意していようとロドスの任務は常に危険が付き纏う。感染者のみのチームで戦うならばともかく、健常者が混じっていれば加減を間違えた場合とても危険だ。身も蓋もないことを言えば、どちらの場合も『間違った』後の始末が大変であることを考えれば、力を抜く等ということは出来ない。

 

「ま、おめーは良くやれてるよ」

「はは、まあ給金はいいからなぁ!」

 

 昼間から飲む酒は最高である。ロドスアイランド基地地下四階、自分と同じくここに残った傭兵仲間と休日にかこつけて酒を煽ぐ。店員担当がめんどくさそうにこちらを見ているが、アルコールの入った傭兵に申し訳程度の意思表示など子供が作った雪玉以下の火力だろう。

 

「俺はよー、感染者だのなんだのなんて気にしてねーと思ってたんだぜ?」

「俺だってそうさ」

「いーや、こっちはそうじゃなかったって話なんだよこりゃーよー」

「おいおいやめとけやめとけ」

 

 空になったジョッキが丸いテーブルへと叩きつけられて鈍い音がする。ちらりと見れば紅潮した顔の傭兵仲間は、辛気臭い顔で地面へと視線を落としていた。

 彼の言わんとすることを察し、軽い声で制す。その内容はロドスという組織に属する者としてはよろしくないであろうことは想像がつく。ましてや、加入して一月も経っていない身である。それを言えば今後、任務中の連携に支障が出るばかりか基地内での扱いが如何様になるかもわからない。

 口を慎むべき事だからこそ、それに反して軽い声色で制したのだが──

 

「ふと脳裏に過ぎるんだよ、ここで感染者を間違えて殺したら俺も感染者に(そう)なっちゃうんじゃねーかって」

「やめとけっつったろうが」

「いいや言うね! だから自分が恥ずかしいんだ! チーム組んでる奴は俺を信頼してくれてるっつーのに!」

 

 酔った勢いだろう、油を挿したかのように滑る彼の自虐を当分の間聞くハメになる。このような時の酒は大体味が三割程落ちるから勘弁してほしいのだが。

 

「──ってわけよ! その点おめぇは嬢ちゃんとよくやってる」

「はいはい……あ、店員さんすみませんね、酒二つ。お任せで」

「おめー、自分が変わった事に気付いてるか?」

 

 お互いのグラスの中身を見ながら、手を挙げて追加の注文を飛ばす。飲んでいる時に酒を切らした場合、次に出てくるまでが長く感じるので切らしてはいけない。そんな配慮をしていれば、神妙な顔で笑いながら傭兵仲間が俺を見ていた。

 はて、と首を傾ける。何か変わった事はあっただろうか、ここに来る前とそれまでと比べての変化など、感染者への見方くらいだろう。それを伝えれば、おかしそうに彼は笑った。

 

「そりゃあ面白れー! いいね!」

「前と変わらねぇだろ?」

「いやいや、おめー、昔よりずっと声が大きくなってるぞ? 正直、うるさいくらいだ」

「えぇ……」

 

 こちらを罵倒しているにも関わらず弾んだ声と楽しそうな顔。しかし、その顔は何か眩しそうに眼を細めていた。

 

「エイヤ嬢のためだろ? 耳が悪いからって、それで声を大きくして話してる」

「はぁ?」

「金だけを信用出来ないおめーの悪い癖だ。傭兵としちゃ落第点だろーが人間で言えば満点だな」

「花丸は貰えないのか?」

「傭兵にならなかったらもらえたろーな」

 

 お互いに言葉を投げ合って、酒を仰ぐ。傭兵という存在はいつどこでどのように死ぬかもわからないからこそ、今だけを見て生きる。下らない言葉の応酬も、あそこで言い返せば良かったと後悔しないために遠慮がない。

 更に言えば、傭兵は賞金稼ぎとは違ったベクトルでお金で生きる。依頼金の額は危険性で、それと自分の実力を鑑みて受注するかどうかを決める。一度受ければ死ぬかどうかの瀬戸際まで完遂しようと努力するし、失敗した場合も出来るだけのケアはする。

 アルコールの摂取で酔った傭兵は、羨ましいと言った。護送依頼の時点で、エイヤフィヤトラに構う必要性は一切なかった。怪我さえ負わなければ、ロドスまで運んで終わりなだけで、最低限の世話だけしていればそれで良かった。けれど、お前は不自由を感じないように出来るだけの配慮をしていた。事前に感染者だと知らされてなお、そこまでしていたのが羨ましいと。

 

「おめー、嬢ちゃんを大事にしろよ?」

「御守りくらいきちんとやって見せるさ、もし悩んでもここには頼れる人間が沢山いるしな」

「ちげーねー」

 

 ゲラゲラと笑って、お互いのグラスを割れんばかりに衝突させる。こうやって朝から酒の席を共にするからには、それ程気の合う相手なのだ。そんな奴からの言葉はきちんと胸に刻み込むのが、同じ傭兵として出来る限りの礼儀だろう。

 

 数日後、龍門へ向かうメンバーへと選ばれたそいつは、レユニオンの凶弾から仲間を庇って死んだ。周りを囲まれ、脱出出来るかどうかの瀬戸際だったから遺体の回収も出来なかった。「今おめーが死ぬと他の奴にも感染の危険があるし龍門の上層部にだって何か言われるかもしれねー、それだけだ」なんて言葉を誰も信じるわけがなく、庇われた奴はその場面を泣きながら伝えてくれた。

 だから肩を叩いて明るい声でそいつに言ってやった。──また一つ、墓地に刻まれる名前が増えただけさ。

 

 

 

 


 

Ep.06-壊闘乱麻-

 


 

 それから数日後、オペレーターに支給された端末から管理者権限を用いて呼び出された。極秘任務、もしくはそれに準ずる連絡事項が発生し、第二ブリーフィングルームへ来いとの事。

 前に立つのはアーミヤとはまた違った形でロドスの頂点に立つケルシー。これから、そんな人物が直々に伝える任務の重要性を覚悟し唾を飲んだ。

 

「作戦を説明しよう。君に来てもらったのは、ドクターと深く交流していないからだ」

 

 重々しく口を開くケルシーだが、その切り口はとても不可解なものだった。とん、と指揮棒でホワイトボードを叩くと、プロジェクターからとある場所の地図が表示された。しかし、その地図は大部分が赤く染まっており、青い部分は一部しかない。その地図に、見覚えがあった

 

「これが現在の龍門の状態だ」

 

 予想通りの場所、だがこれはいったい……と息を飲む。

 

「数日前、我々はチェルノボーグから分離したと思われる移動都市の廃墟を見つけ、そこに偵察隊を放った。そこには数を数えるのも億劫な程のレユニオンが存在しており、龍門付近に存在するという観点と偵察隊が危機に陥っている事からこれを攻略しようとアーミヤとドクターを派遣した。だが、奥深くで敵の精鋭部隊と交戦、生死不明の間にレユニオンの別動隊が龍門を電撃的に襲撃、攻略してしまった。感染者を厳しく隔離していた龍門はもはや存在せず、暴徒とレユニオンが暴れまわる都市へと変わった」

 

 廃墟に関する情報は知っていたが、龍門に関する事は知らなかった。つまるところ、あの廃墟は陽動で本命はこちらだったのだろう。レユニオンが一枚上手だったわけだ。

 

「さて、この大事な時に住処を留守にしていた龍がいるわけだが、君にはその龍に協力して貰いたい。ドクターやアーミヤを見捨てたと宣う龍──彼女の名前はチェン、龍門近衛局特別警察隊隊長、チェン警司だ。正直言って、本当の事ならば業腹モノであるが龍門との約束がある手前同じことをやり返すわけにもいかん」

 

 がんがんとホワイトボードを叩いて苛立ちを表すケルシー。なるほど、と呼ばれた理由に得心がいった。自分は確かにロドス加入で一月経っていない。類いまれなる指揮能力と人を惹き付けるカリスマに合わせて伝え聞く功績から、組織内部で彼を慕わない者はほとんどいない。そのような存在を敵の陣地内へ置き去りにしたばかりか、龍門を奪取された挙句に部下を損耗させて数時間意識不明(のんびり寝ていた)彼女に何のしがらみも感じず協力できる存在がどれだけいるか、である。

 

「よって、君にはチェン警司指揮下に入ってもらい、ドクター達が戻ってくるまでに龍門の状況をある程度改善してほしい。」

 

 

 

Date:Unknown 09:13 AM

Lok Tai Chau,Lungmen Harbor Weather:Drizzle.

Operation:Chasm

 

 

「ロドスからの協力はたった一人と言えど嬉しいが、貴様が姿を現した時は私も驚いた」

「ああ俺も、まさか会社勤め一ヶ月目で因縁の相手と肩を並べる事になるとは思わなかったよ」

「そんな奴でも頼らないと手が足りんのが龍門の、そして私の現状だよ。笑うか?」

「今の俺の置かれた状況の方が笑えるだろ」

「ご愁傷さまです、「コードネームはエインウルズだ」……エインウルズ」

 

 無理難題をおしつけられてから一時間も空けず、二刀を構えて部下を整列させる女と、巨大な三角形の盾を持ったオニ族の女性の元に到着する。

 世話しなく動く俺に話しかけてくる職員もいたが、うんざりした顔で「貧乏くじを引いた」と言えば合掌か十字を切られるか、とにかく放っておいてくれた。

 会話の通り、この二人とは面識がある。と言っても、ラブロマンス溢れるようなものではなく鉄と独房の素晴らしき臭気を漂わせたものだが。

 

「とにかくロドスからは俺だけが出ることになった。このままあんたの指揮下に入る」

「盾はホシグマがいるが……今は貴様程度の手も借りたいくらいなんで遠慮なく使わせてもらう」

「あなたの堅さは私も知っています、よろしく」

「ホシグマさん、よろしく頼むよ」

「私に挨拶は無しか」

「豚箱に突っ込んだ奴へ挨拶なんざしたかないね」

 

 とまあお察しの通り、龍門でちょっとした問題を起こした俺は警察から追われることになり、数日逃げ続けたらいよいよ近衛局直々に捕まえに来たのでそのまま御用となった。ちょっと追われてる間に実力の低い警察組織を煽りに煽っただけで住民や器物に被害は与えなかったのに、どうしてだろうか。

 ふと、違和感に気付く。てっきりチェンは俺を見ているのかと思ったが、その後ろ。肩の向こう側からやや下方向へと目線を向けている。

 

「先ほどロドスからは貴様だけと言ったが……その後ろの少女は何だ?」

「……は?」

 

 ケルシー(女狐)が珍しく気でも利かせたのかと思い、後ろを振り向き──

 

「なんで来たんだ」

「エインさんが貧乏くじ引いたなんて周囲に言ってるのを見ちゃいまして」

 

 ロドスで事実上のパートナーであるエイヤフィヤトラがそこに佇んでいた。良く追ってこれたなと嫌味混じりに言えば、体温が見えたからその後ろをずっと走って来たと恐ろしい事を言うし、オマケに用意は最低限しかしてないなんて言うのだから口から「帰れ」と言葉が出てくるのは仕方がない。

 龍門へ出撃する前に、まずエイヤフィヤトラを説得するという任務を完遂しなければならなくなった。

 

 




補足:何故エイヤフィヤトラが追ってこれたのか
最初はロドス基地が龍門から離れたところに待機してたかなと思っていたのですが、5-1の戦闘後シナリオを見てるとハッキリ「龍門接舷区 落蹄州 ロドス七号船室」と書いてあってビックリしました。
移動都市は各区域をバラバラにしたり適当に接合したりするので、つまりそのための場所にロドスくっつけたって事なんですね、たまげたなあ(ストーリー流し読みしてた勢)
なのでエフィが追って来れたわけですね


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Ep.07-鬼面仏心-

「今までの任務は訓練みたいなもんで今日は実践なんだ、エイヤフィヤトラは経験が足りない」

「実戦経験はいつか必要ですよ? それが今日ってだけじゃないですか」

「あのなぁ……今回のは中等部の子供が大学の実験をするってくらい無謀なんだよ」

「それだったら私は適任です! なんてったって飛び級で大学に行きましたから!」

 

 なんとかロドスに返そうとする俺とあの手この手でこちらを言いくるめようとするエイヤフィヤトラ。お互いが全く譲らず、結果としてチェンやホシグマさん達を少しばかり待たせることになった。

 

「ロドスに来る途中の戦闘とは訳が違う、自分の意思で、故意に人間を殺す事になる。お前を子供扱いしてる訳じゃない、対等な仲間だと考えているからこそ、ここで潰れてほしくないんだ」

「対等な仲間だと考えてくれるなら、素直に『力を貸してくれ』って言うべきじゃないですか?」

「馬鹿言え、相手は暴徒じゃない。幹部に統率された、軍隊みたいなもんが相手なのに言えるか」

「尚更です」

「強大な敵と当たれば、強力なアーツを使わせてしまう。鉱石病が、悪化する……」

「……それで、仲間を守れるならばやります」

 

 情に訴えようと危険性を訴えようとしても駄目、両肩に手をかけて少ししゃがみこんで顔を寄せ、目を逸らさないようにして鉱石病を持ち出しても、強い意思を表すかのように目を合わせてきて退いてくれない。

 

「すまないが我々には時間がない。エイヤフィヤトラ、だったか。私とコイツの指示を聞くならば同行を許可する」

「おいてめぇ」

 

 いよいよ痺れを切らしたのか、会話の外側からチェンが割り込んできた。その内容は自分にとって許せるものではなく、エイヤフィヤトラの肩を掴んでいた手を離して掴みかかる。しかし、チェンはその抗議を意に介さないかのように振り払い、麾下の部隊へと出発の令を飛ばしていた。

 

「すみませんエインエルズ、しかし隊長の言う通りなのです」

「そりゃあ解ってるがよ……」

「それに、貴方にとっても悪い話ではないはずです。勝手に後ろからこそこそついて来られて敵に襲われるより、きちんと連れて行って自分で守ってやればいい」

 

 確かにホシグマさんの言うことには一理ある。これだけ頑固なエイヤフィヤトラを、説得もそこそこに放置していったらそれこそ最後尾に並んで歩いてきてもおかしくない。その存在に気を取られ、部隊の歩調が乱れて余計な被害が増えてしまう事だってあり得る。

 要するに、ついて来られた時点でどうしようもなかった。時間もなければ説得材料もない、チェンに協力しろと命令された以上ここで言い争って不興を買うのもよくはない。

 本当に仕方がない、と息を吸ってそのまま見せつけるように長く吐き出す。

 

「さっきの女な、チェンって言うんだがあいつと、特に俺の指示に絶対従えよ」

「はい、もちろんです!」

「俺を見捨てて逃げろと言えば必ず逃げろよ?」

「逃げてまた戻ります」

「頓知を利かせる必要はないんだが??」

 


 

Ep.07-鬼面仏心-

 


 

 ともあれ、なし崩し的にではあるがエイヤフィヤトラを連れながら龍門へと足を踏み入れることになった。少数精鋭、五十人前後の規模で会敵を避けながら侵攻するので周囲の警戒や足音への配慮でガリガリと体力が削られるが、どうにか道を進んでいく。

 特筆すべきはエイヤフィヤトラの能力だろう。少し壁から顔を覗かせるだけで、遮蔽物へ完全に隠れていない限りは敵が頭や手を出しているだけで存在を感知する。健常者では出来ない芸当により、迂回か撃破をスムーズに行う事が出来た。それによって瞬く間に進行した俺達は、かくしてある部分で足を止める事になる。

 

「ここは……倉庫か?」

「ああ、我々の仲間がここにいる」

「そして情報も」

 

 固く握られた武器、チェンはともかくホシグマさんもどこか焦っているようだった。しかし、コンテナや建材等が意図的に動かされたような跡をそこかしこに見受けられる場所に仲間とは……十中八九救出に来た仲間を嵌めるための罠だろう。

 それは二人も解っているらしく、ホシグマさんが先行して突入し、炙りだされたレユニオンを俺達が包囲撃破する作戦が立てられた。

 何人いるかもわからず、雑兵だけとは限らない危険な賭けだが、強固に反対するチェンをそれでも構わないと説き伏せ、ホシグマさんは建材を吹き飛ばして突入していった。

 

「三分後に我々も動く。各員、しくじるなよ」

「≪了解!≫」

 

 視界の先にはホシグマさんの暴れる音と姿が、映画のように映し出されている。仲間を守るために盾を扱うタイプにありながら、それを攻撃にも転用してレユニオンを蹂躙していくその姿。それでも次々と現れる雑兵、時には術師がコンテナを吹き飛ばして質量攻撃を放ち、その隙を遮二無二突っ込んでくるレユニオンが掴み取ろうとする。

 しかし飛んできたコンテナを片手で持った盾で逸らしたかと思うと、突っ込んできたレユニオンの首を狙い定めたかのように掴み、地面へ盛大に叩きつける。

 一瞬、レユニオンの攻勢が止まる。あの馬鹿デカい三角盾を片手で扱うのはまだ良いとして、それでコンテナを弾くなんて人外染みた力を見せつけられれば、怯むのもわかる。だが生き残りたければその間にも攻撃するべきだった。一瞬と言えど止まった敵、その致命的な隙を見逃す程優しい存在ではない。

 

「まさに、鬼人ってやつだなぁ」

「エインさんと同じ重装オペレーターの分類ですよね……?」

「ホシグマさんと一緒にするのはやめてくれ……ありゃ埒外の存在だよ、チェン共々な」

 

 視力と聴力の悪いエイヤフィヤトラには何が起きてるか詳しくはわからないだろうと戦況を解説しているが、疑わし気な表情をしている。

 時折戦意喪失し、逃げ出すレユニオンもいるが包囲下にある以上ロクな連携も取れず隠れる事もしないレユニオンが突破する事など出来るわけなく、次々と捕縛されていく。

 こちらが一人取り押さえる間に、ホシグマさんは高く積まれたコンテナの上部に陣取る敵術師をコンテナごと薙ぎ倒し、そうでなくとも敵が潜んでいそうだと感じたのか小さなコンテナを盾で両断する。勘は当たりだったのか、肩付近から綺麗に二等分された構成員の赤に染まった服がちらりと見えた。

 

「エイヤフィヤトラの眼が悪くて良かったなこりゃ」

「……何か言いましたか?」

「いやなにも」

 

 視力が悪くとも温度を感知するエイヤフィヤトラには、コンテナの影に半分が隠れているからあの無惨な死体は確認出来ないだろう。死体に慣れる必要はあるが、だからと言って惨いものを積極的に見せようとは思わない。

 やがて戦闘音が散発的になり、インカムから作戦終了の伝達が流れてきた。つまり、ホシグマさんは宣言通り三分以内に倉庫外の安全を確保した訳だ。

 

「こっちもクリアだ。行くぞエイヤフィヤトラ」

「ずっとその呼び方ですよねエインさん。いい加減エフィって呼んだっていいじゃないですか」

「わかったよ。エフィ、これでいいか?」

「え……よ、呼ばない事に関してはD32鋼より固かったエインさんがこんなあっさり!? なんでですか……!」

「掃除してない台所の汚れより頑固ってわけじゃねえぞ俺は」

 

 すんなりと呼ばれた事にエフィは杖を落としかけ、まるで別次元でも見ているかのような声を出す。ついでに言うならば、そこまで頑なになっていた訳ではない。あの頃は一定の距離を保つ必要があったからそうしていただけで、その理由がなくなった今はもう拘らなくて良くなったから言われた通り呼んだだけである。

 

「作戦中はフルネームだと言いづらいってお前も言ってただろうが……」

「今日もここに来るまではずっとフルネームでしたよね?」

「ここからはもう状況が違う。あんなお祭り戦闘したんだ、こっからは敵さんも警戒もより強化するはずだ」

 

 特に、高々と打ち上げられたコンテナとそれの落下音はどこまで伝わったのかわかったものではない。中心部に近付いている以上ここらへんが隠密行動の限界だった。それにしては少々派手にやりすぎだとは思わなくもないが、ここに派遣される敵が少しでも増えてくれれば遊兵化して後が多少楽になる。

 綺麗な直方体や立方体だった頃の面影をすっかりなくしたコンテナ群と、力任せに割られてギザギザした断面図を晒す木材を避けつつ、局員と合流する。

 倉庫内にはホシグマさんとチェンが入り、他の人員は周囲の警戒。仲間と情報が倉庫内にあって、そこにはレユニオンの罠があった。その仲間が生存している可能性は絶望的、それでもここにきた。チェンの事はいけ好かない奴だと思っているが、その仲間までも嫌っているわけではない。

 

「無事だと良いのですけど……」

「そうだな」

 

 ホシグマさんが鉄製の扉を咆哮と共にひしゃげさせて中へと入っていく。少し経ってから、チェンが先に出てくる。部隊の集合と目的地の更新、仲間から受け取った情報を無駄にはしまいと考えているのか、声には力が込められていた。

 それから一分程後に、血塗れの男に肩を貸しながらホシグマさんが歩いてきた。生来の友人と話すように、戦場には合わない程の穏やかな声で会話をしながら。医師が回復術をかけているが、それでも一向に良くはならない。

 

「これより情報提供された地点へ向かう」

「……了解」

 

 見えているのはホシグマさんと、担がれた仲間の背中。どんな表情をしているかはわからず、仲間を慮って足取りはとてもゆっくりだ。

 その前をチェンと数人が警戒のために先行し、残りが二人の後ろに隊列を為す。もちろん歩く速度を二人に合わせて。やがてホシグマさんが立ち止まり、連動して少し部隊が止まった後、進軍速度は元に戻った。

 



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Ep.08-君子不器-

「私達はここの家を探る、お前たちは周囲の警戒だ」

「Sir!」

 

 


 

Ep.08-君子不器-

 


 

 

 やがて、近衛局は一つの家に到達した。周囲にレユニオンの姿を見つけるも、こちらが攻撃を仕掛けると途端に撤退していった。その様子にチェンとホシグマさんは訝しんでいたが、自分としては戦闘しない方が都合が良い。

 人っ子一人居ない通り道、チェンが豪華そうな屋敷のドアを斬り捨てて中へと侵入していく。さりげなく住民の財産を破壊しているのだがそれは良いのだろうか。

 

「なああんた」

「……俺か?」

「そうだよ、あんた以外に誰がいるってんだ」

「驚いただけだよ」

「そうか?」

 

 何を驚くことがあるんだと首を傾ける局員だが、こんな敵地のど真ん中で周囲を警戒している最中にお喋りを持ち掛けてくるなんて考えていなかったのである。困難な任務に当たる精鋭、種族的な鬼と性格的な鬼の二人を上司に持っているにしては、『軽い』感じがしたのだ。

 それを伝えれば、装着した防具を揺らして局員が笑った。

 

「俺達の偵察隊は本物さ、だからそいつらから連絡がない限りは安全だ」

「なるほど、仲間への信頼か」

「そういうこった。で、声をかけたのはまあ聞きたい事があってな」

「あん?」

「今でも語り草になってるぜ、日中の太古プラザで堂々と100万もするバイオリンを叩き割ったヤツがいるってな」

「あー……」

 

 それは数年前、龍門で警察の厄介になった件だった。

 

「あの時追いすがる警察に付かず離れずの位置を走って、挑発しまくってプライドずたずたにしたって話、少し聞かせてほしい」

「人違いだろ」

「隊長のお世話になった、ホシグマさんとも戦った事があるような口ぶり、そして大きな盾持ち」

「なるほど」

 

 確かにそうかもしれない。龍門で起きる事件の内訳は知らないが、当時はホシグマさんとチェンが文字通り『鬼』の形相で追ってきたのだから依頼という形で自分を亡き者にしたいのかと本気で疑ったレベルだった。

 ただし、この話は誇張混じりなのは言っておくべきだろう。

 

「先輩達は訓練でサボってる奴がいる度にその話をする。実践で腑抜けた姿を見せると死ぬ寸前まで鍛え直されるぞってな」

「楽しそうにしてるところ悪いが、壊したバイオリンは偽物だ。事前にすり替えてるって依頼主は言ってたが」 

「そうなのか?」

「そもそもその依頼の時は太古プラザは人払いされていたし、本来は警察隊の実力を測るためだったんだよな」

「……訓練ってことか」

「ああ。ただ余りにもアレだったからついあれこれ嫌がらせをしてたらな……」

 

 何せ連携のれの字もない。バラバラに追いかけてきたと思ったら階段で転び掛け、ちょっと投げた閃光手榴弾をマジの手榴弾と勘違いして背中を向けて逃げる、狙撃班は陽光が反射して簡単に位置バレする、術師は攻撃されないと思っているのか後方で姿を晒して突っ立っている。

 仮にも市民を守るべき立場でありながらお粗末と呼ぶことすら憚られる練度ではこちらも煽り倒してやろうと思うものだ。

 

「ただ、チェンとかホシグマさんが出てきた挙句、牢屋に突っ込まれたのは納得行かねぇ……」

「ははは! まあ、推測だが、やり過ぎたんじゃないか?」

「やり過ぎたって言っても重傷者は出してねぇが」

「ま、しつこいぐらい先輩達が語るって事は相当だったろう。んで、依頼した傭兵からその実情が漏れればどうなるかとか心配したんじゃないか」

「なるほどな? お陰で俺は冷や飯食わされて二人の鬼に殺されかけたと」

「災難だったな」

「良い根性持ってるぜ龍門は」

 

 死にかけた事をたった一言で片づけた局員もそうだが、仕掛けてきた当時の二人の様子からして詳細を伝えていない可能性が高い。

 あれのおかげで龍門で行う依頼はどれ程美味しいものであろうと受けないようにしている。

 

「……っと、どうやら敵さんが来たようだな、数は40。全部ドローンだ」

「40?」

「奴さん、もしかしたら家ごと俺達を爆破するつもりかもしれん」

「そりゃまた、爆弾でも持って突っ込んでくるってのか?」

「ああ、腹にドデカい一物抱えてる。あれがバラバラに来たら流石に迎撃が間に合わない」

 

 局員が通信機に手を当て、どうしたものかと深刻そうにしているのは訳がある。

 この突入部隊、術師や狙撃の数が極端に少ないのである。道中まで隠密する必要があった事と、それ以降は強行軍の予定だったこと。更に気を引くための陽動部隊へ解りやすい脅威の術師を集中させていた事。それらを勘案し、付いていける術師を選抜した結果が術師タイプと狙撃タイプが合わせて五名で他が全て前衛なのである。

 無論、先鋒の隊員も遠距離アーツが使えない訳ではないが、この後の事を考えれば消耗は出来るだけ避けるべきだった。

 

「なるほど……じゃ、俺らの出番だな」

「何?」

「俺の相方に任せな……エフィ!」

「はい!」

 

 何もない空の向こう側へ視線を向けていたエフィを、こちらへ呼び寄せる。

 

「敵のドローンが接近してくる。それの迎撃を頼みたいんだが」

「数はどれくらいですか?」

「約40。向こうだが……見えるか?」

「……少しですけど、反応がありますね」

 

 ドローンが見えた方向へ指せば、エフィが難しそうな顔で首を振る。

 

「流石に全部は無理です……」

「そりゃあわかってる。出来るだけでいい」

「頑張ってみますけど……」

「相手は爆弾を持ってるから、反応が見えたらほんの少し下を狙えば誘爆で勝手に墜ちる」

 

 顔を横に振っているが、狙撃タイプ程連射の利かない術師一人で40ものドローンを撃墜しろなどは俺でも無理だとわかる。だから、味方の消耗を避けるために出来るだけ数を減らしてほしいのが狙いだ。

 最近練習していた威力を弱めて発射間隔を短縮する戦法、今のままでは活用が難しいと言われていたが可燃物を抱えた相手ならば違う。

 

「訓練通りやればいいさ。出来るだけ早く撃て。優先すべき目標がいたら指示するからよ」

「……もし失敗したら?」

「なんのために俺がいるってんだ。爆弾程度なら守ってやる」

「わかりました、頼りにしますね?」

 

 任せろ、と大盾を構え、エフィの横へ陣取る。俺達の後ろには近衛局の隊員が各々の武器を空へと構え、小粒程度のドローンを睨み付けている。

 チェンとホシグマさんが家探し中の襲来、目的は取り巻き局員とロドス組である俺達の掃除か、もしくは家ごと爆破して二人を生き埋めにしようとしているのか。どちらにせよ阻止しなければならない。

 

「攻撃開始のタイミングはエフィに任せる」

「はい!」

 

 雨こそ止んでいるが雲が垂れこめており、そこに数こそ少ないが龍門から吹き上がる黒煙のせいで気が滅入るような空。

 やがてドローンがはっきりと見えるようになった頃、エフィが自前の杖を空へと向けた。真ん中からやや先の方から二つに分かれ、円形を象りつつ交差して種族の角を模しているかのように伸びているそこから更に二つ、鋭く伸びたものを見れば二又槍のように見えなくもない。

 ドローンも攻撃態勢に入ったのか、四つのグループに分かれてそれぞれが別の角度から攻撃を仕掛けるように動く。あるグループは低空から、あるグループは更に上昇し、残った二つはそのまま突っ込んでくる。

 

「先頭にいる術師一人に、何が出来る。なんてお相手は思ってそうだが……」

「いきますよー!」

 

「エフィはただの術師じゃあねぇんだよなあ」

 

 瞬間、杖の先端である二又から火球が勢いよく空へと放たれる。いつもの戦闘時に飛ばすものよりややコンパクトだが、その分次の発射までラグが短い。

 まず狙われたのは密集して突撃してきたドローン達だ。数発が左右をすり抜けて外れたが、戦闘を飛ぶ一機が直撃を受けて花火に変わった後、更に二機三機と撃墜され次に中心に位置するドローンが撃墜された瞬間、周りのドローンも巻き込んで大爆発を引き起こす。

 

「なんだありゃあ!」

「改良型らしき存在も混じってるみたいですね……」

「エフィ、出来るだけ中心にいる相手を狙ってくれ」

「はい、やってみますね」

 

 たかだか爆弾一つが誘爆したには有り得ない大きな花火を見て叫んだ俺に、横の近衛局員が冷静に分析する。あれをそのまま投下された時点で、負けが確定しているのに大分冷静だ。

 とは言え、やること自体は変わりない。例え外見で区別出来る機体だろうと、エフィに伝えたところで鉱石病のせいで活かしきれない。

 そのまま残った数機を地面に叩き落とし、数秒で一つのドローン群を葬ったエフィは次へと狙いを移した。

 次に狙ったのは正面から来る二つの集団だ。先の大爆発で、心なしか動きに乱れが見えるドローン達に、エフィは容赦なくアーツを放っていく。「上方から来るドローン達は任せましたよ!」エフィの鋭い声を聞くまでもなく、既に近衛局員はそれらへ向けて攻撃を始めている。狙いが自分達ではなく、自分達の隊長が入っている家の方だと気付いたからだろう。

 

 局員が手早く片づける頃には、エフィの方も集団の一つを減らしている。密集体勢から散開し、一矢でも報いようとする相手へ向けて、炎弾をはきだす度に一機また一機と容赦なく叩き落とすエフィの技術には舌を巻く程であり、残り一つのドローン群も投弾体勢に入った時には全てが終わっていた。それを近衛局が手早く撃ち落として戦闘終了、怪我人なし。強いて言うならばドローン撃墜のせいで壊れた道路や家屋だが、これは龍門を守るための致し方ない犠牲なのでしょうがない。

 

「初の実戦おつかれさんエフィ」

「ありがとうございます! 本当に訓練通りやれば出来ましたよっ」

「機械が相手とはいえ完璧だ、よくやったなあ」

「でも緊張したから結構疲れました……」

「だろうな、次の移動は背負ってやるからゆっくり休め」

 

 訓練と実践は違う。自分の命が掛っている以上に、仲間の命も背負わなければならない。相手がドローンで命を奪う覚悟が必要ない事を差し引いていても、エフィの実践は満点をつけても問題がないものであった。

 

「あの若さで素晴らしい才能ですね、未来が楽しみです」

「……そうだな」

 

 戦闘音を聞きつけ、家の中から出てきたチェンが部隊を纏めている中、同じ術師として尊敬の念を隠せないであろう近衛局員の一人が喜色で染めた声を出す。全く同意見だ。誘導性能があるとは言え、的確にドローンの爆弾を狙ってアーツを当てるエフィの才能は素晴らしいものがある。視界にハンデを持っているのならば尚更に。

 ただし局員の言葉は頷けない部分もあって、その『才能』とやらだって本来ならば必要なかったし、そもそも持っていなかったかもしれない。

 

「未来か……あってほしいな、本当に」

「? ……なるほど、失礼しました」

「別にいい」

 

 俺の口ぶりから察したのであろう、局員が頭を軽く下げて口を閉じる。

 厳しい訓練を乗り越え、エリートに分類される正規隊員から賞賛の眼を向けられる代償が不治の病では、釣り合いが取れない。ちらりと少し離れた場所で休息を取るエフィに目を向けて、今回の任務で何も起こらないようにと祈った。

 

 



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Ep.09-捲土重来-

「つまりあの家には何もなかったと?」

「ああ、全く不気味な事だが」

 

 家探しの後、チェンは顔を歪めていた。いくら個々の力量が雑兵とは言え、その量と作戦でチェルノボーグを手中に収め、今も龍門を陥落させかけているのがレユニオンである。それが意味もなく一つの家に兵隊を割いていたなんてちぐはぐだ。

 だからチェンも『不気味』と表現したのだろう。財産を奪うつもりならば俺たちを片付けて完全に掌握してからでも良い、家屋の主を攫って人質などに使いたいのであれば、あれほどアッサリと引いた理由がわからない。

 

「もしくは」

「心当たりが?」

「……いや、そんなわけがない」

「?」

 

 チェンの横顔は珍しいものだった。仏頂面と阿修羅のような顔と、眉間に皺を寄せる難儀な顔しか見ていなかった俺にはとても珍しい、感傷をぎちぎちに詰め込んだようなものだった。

 

「まあわからん事を考えてても仕方ねぇ、次はどうすんだ?」

「このまま一息に局を奪取したいところだが……」

「その前に一つ、攻略すべきところがあります。エインウルズにとって因縁が深い場所ですよ」

 

 しかしその顔も一瞬の事で、瞬きした時には二十余名を指揮する顔に戻っていた。チェンの見据える先には一つの巨大な建物の上階がひょっこりと見える。道を進み、全容が明らかになればそれが何かわかった。当たり前と言えば当たり前だが数年前のと一切変わらない外観。地獄の鬼ごっこを繰り広げた思い出を持つため、巨大な監獄にも見えてしまう場所。

 いやあれを監獄だと言うならば、チェンとホシグマさんが出てきた時点で契約内容が違うと龍門の街に逃げ出したので脱獄犯になってしまうのだが。

 

「……解りやすい説明どーも」

「あ、それって太古、なんとか……でしたっけ?」

 

 背中から聞こえるのはエフィの声、文字通りの意味でだ。今の俺は大盾を片手に持ち、背中にエフィを乗せて無理矢理空いた手で支えているのだ。首にはエフィの両腕が回され、落ちないようにしっかり掴まっておけと言い含めて、なんとか形になっている。たまに杖が俺の身体に当たるのはご愛敬。

 あの戦闘の後、これからの進軍を考えれば少し休むべきだったがそれも叶わず、「言わんこっちゃない」「散々出発前に止めただろうが」と直前の出来事を棚に上げてエフィへ得意気に説教をした結果、大層機嫌が悪くなってしまった。人間、自分の意見が正しい事が証明されると気が大きくなってしまう失敗は大抵が体験するので、俺もその例に漏れなかった。当然見ていた全員から汚い言葉を浴びる事になった。

 エフィも少し休めば戦えると意欲的なこと、チェン達も戦力が欲しいこと、いくら掃討が順調だからと言って深くまで進軍したここから二人でロドスに戻るのは危険なこと等を考えたのが、今の俺の姿である。

 

「そろそろ下ろすぞ、乗り心地は良くなかっただろうが」

「とても悪かったですよ。要練習です」

「戦場でこんなことやらねぇよ。仮にもロドスからの戦力なのにこの体たらく、信用問題になりかねないんだぞ」

「先の戦いだけでも充分な働きだったと局員からの話では判断出来る、安心しろエインウルズ」

「お前は少し慎みを覚えるべきだ、チェン」

 

 とは言え、冗談抜きにして言えばエフィはきちんと解ってくれる存在だ。「帰ったら訓練します……」とすぐに反省するから俺としてもとやかく言わずに済む。エフィは独断専行で着いて来て、敵中のど真ん中で足手纏いになりかけている。これだけならばエフィが悪いのだが、裏を返せばきちんとそれらを説明しなかったことと強引にでも置いて来なかった俺が悪いわけで。帰ったらアーミヤ社長かドクターか、とにかく始末書モノなのは間違いない。ホシグマさんの後押しや状況を鑑みた結果であろうとそれは変わらない。

 

「しっかし室内戦だと場所によってはエフィが苦労するかもな」

「彼女、視力が良くないとお聞きしましたが……」

「うー、すみません」

 

 ホシグマさんの心配するような声、懸念と言えば確かにそれであろう。

 外とは違って建物内となると、通路の曲がり角や部屋の中など遭遇戦になりやすい場所が多い。エフィの温度を感知して索敵する強みも活かしきれず、勝手の違う戦場なのと相まって判断が遅れる事は多くなるかもしれず、援護に一瞬の遅れが生じるだろう。

 が──

 

「いや、なんの問題もない」

 

 チェンが首を振って否定する。

 

「というと?」

「龍門の市民が休日に押しかけても大丈夫なように通路は広くそして緩やかになっている、狭い場所や曲がり角というのはほとんどない」

「……そうなのか?」

「中身は昔と比べれば改善が施されている。更に言えば太古プラザは吹き抜けになっている部分もあって馬鹿正直に入口から入っても撃ち下ろされるのが関の山だ」

 

 つまるところ、エフィにとって問題はないがそれはレユニオンも同じ事だった。

 

「故に、我々は非常口から屋上まで登って外壁を伝う」

 

 なるほど。確かに理に叶った作戦ではあった。忌々しい建物の構造が過去と寸分違わないのであれば、それも可能だろう。非常口と銘打った割に各階に繋がるドアが存在せず、地上と屋上のみを繋いでいるものだからだ。見張りは置いてあるとしても地上と屋上のみ、近くには同じ高さの建物もあるから屋上に何人も配置されていなければ狙撃役を配置して同時に倒せば気付かれる可能性はかなり低くなる。

 

「随分都合が良い仕様は残しているんだな」

「……否定はしない」

 

 ともあれ、一応の作戦は決まった。太古プラザ周辺に到着し、周囲の建物へ杖や弓を構えた局員が護衛を連れて入っていく。

 

≪奴ら、申し訳程度の人員しか配置していませんな≫

「ほほう? 屋上はどうなってる?」

≪驚かないでください、なんと三人しかいません≫

「……本局が近い割にはザルだな」

≪やりますか?≫

「少し待て、我々がまだ位置についていない」

≪了解、いつでも出来ますのでその時は合図を≫

 


 

Ep.09-捲土重来-

 


 

 窓ガラスの割れる音が太古プラザに響きわたると同時に俺達も上階から支援を開始する。

 ホシグマさんと同じ様に突入した隊員が、手槍式源石術(けんじゅう)の引き金を引いて奇襲に狼狽えるレユニオンを一人ずつ刈り取っているであろう音が聞こえる。時折聞こえる一際大きな音は爆発物だろうか。

 俺達は頃合いを見計らって屋上からの侵入だ。階下での騒ぎに気を取られ、集中している敵を背後から叩き潰す。

 

(気張れよ、エフィ)

 

 ちらりと後ろを向けば、いつもより力を込めて握られているのか少し震える杖を携えたエフィが見える。今度こそドローンやチンピラ、自棄を起こした感染者達とは訳の違う、本物の犯罪者を相手にするのだから当然だろう。

 

「なんだ貴……ぐあ!」

 

 階段の踊り場を抜け、降りた先に居た白服の相手を盾で容赦なく殴り飛ばす。更にもう一人がこちらに気付くが、その時にはエフィが容赦なく炎弾を叩きこんでいた。そのまま昏倒した相手へのトドメは自分の役目としてキッチリとこなした。

 ふうと一息ついて周囲を見れば、階下の騒ぎに相当数が持っていかれているのがよくわかる。チェンとホシグマさんはレユニオンにとって最優先目標だと考えれば当然の話で、だからこそ悠々と俺達は背中を刺す事が出来る。

 

「敵は大分少ないみたいですね」

「チェンの奴め、もしかして要らん配慮でもしたか?」

 

 同じ様に上階から侵入する隊員は他にもいるため、どこかが少なくなるだろうと説明を聞きはしたがそれにしたって敵の姿が見えない。更に数メートル先の相手へ、エフィがアーツで狙いを定めるも一撃で倒しきることは出来ず、体躯の大きな相手が二人して俺の盾をガンガンと叩き始めた。

 

「女性の扱いとドアへのノックは優しく丁寧にって教わらなかったかぁ!」

「黙れ犬めぇ!」

 

 二人に攻撃されているが、実のところ攻撃そのものに脅威は感じていない。明らかに手を抜いているとわかるそれは、隙あらば後ろのエフィを先に殺してやろうという雰囲気がバレバレな程漂っている。

 仲間の盾となるためにはそれらを逃さず察知する嗅覚が必要だが、相手が全く隠す気がなく、油断を誘っているのではと疑ってしまう。

 

「そら!」

「ッ、チィ!」

 

 一人が攻撃すると同時にもう一人が横をすり抜けていくが、盾で受け流している間に相手の進路上にファルシオンの刃をそっと置いて防ぐ。

 突然現れた凶刃にたたらを踏んだ男が舌打ち混じりにこちらへと狙いを変えるが──男の命運は決まっていた。視界の端に映るオレンジ色が勢いを保ったまま男へと激突し、紅蓮の熱気が俺の頬を撫でる。それに気を取られて固まったもう一人は、力を込めて押してやれば、倒れまいと一歩二歩とどんどん後ろに下がっていき、すぐに欄干へ背が触れる。

 

「待っ」

「わりぃな」

 

 こちらの意図を察したのか、手すりを掴んで必死に抵抗してくるが構わず更に力を入れ、押し上げていけば欄干を越えて何もない空中へと相手は放り出された。悲鳴が少しだけ聞こえて、大きな落下音が続く。更に二度程の戦闘を交えたところで再び階段を下り、チェン達と合流を果たした。

 

「貴様らか、早かったな」

「抜かせ、これで遅かったら査定に響くだろ」

 

 局員がレユニオンとドンパチやっている間に一言二言と通信機で状況を説明していく。他の局員も続々とこの階へと集結しつつあり、掃討は間もなく終わるとチェンは言っていた。

 

「ところで貴様ら、きちんと施設への被害は出していないだろうな?」

「床とか壁くらいはいいよな? そもそも被害と言っても売り物はほとんどなかったが」

「そうなるようにしたのだから当然だろう」

「……の割にここは大層な有様だな」

 

 ぐるりと周囲を見渡して言葉を淀む。見える範囲でも、壁が粉砕されて風通しのよくなったテナントや、服かアクセサリーを飾るはずだったマネキンが死体役にジョブチェンジしていたり、ごっそりと抉り取られたり夥しい程の弾痕が付いた床、爆砕されて配管のぶら下がっている天井。事前に『なるべく無為な破壊はするな』と言っていた人物が指揮した戦場とは思えない。

 

「思いの外レユニオンが頑強だったのでな」

「一応はこのデカい建物を任されてるだけあるってわけか」

「ところで貴様はどこにいる?」

「丁度良い障害物があったんでそこに身を隠してる。随分と高価そうなもんだがこの大きさじゃあ持ってけねぇか」

 

 チェンへの疑問に答えながら、身を乗り出して銃の引き金を押し込む。攻勢に晒されている部隊の掩護として吐き出されたそれは、敵へのダメージこそ及ばないが気を引くことは出来たようで、数人のレユニオンが鉱石術の矛先をこちらへ向けているのがわかった。

 反対側からはエフィも杖先を空中で走らせて、数個の炎を打ち出している。俺の武器と違って確かにダメージを与えたが、それでもこちらへの攻撃を中断させる程ではなく、更に言えば怪我を負いながらもそのまま反撃してくる骨のある奴までいる。

 

 エフィの手を掴み、着弾の少し前に思いっきり飛び出して後ろへと下がる。全体が漆黒に塗られ、煌びやかな舞台で主役と共に観客を魅了するはずだったピアノが道具としての生命を終えた。放たれた鉱石術は全てが狙い違わずピアノ本体を打ちのめし、弦が引き千切れて鍵盤が空を舞い、職人の御業を無意味なものにした代わりに数人のピンチを救う。

 

「なあ、参考までに聞いておきたいんだが、ありゃいくらだったんだ?」

「ホシグマが言うには龍門幣換算で180万らしい」

「……俺にとっちゃ一生縁がない数字だな」

「持ち主との縁は出来そうだぞ。一応、説明義務が私にはあるからな」

 

 まあ流石に弁償してくれとはならんだろうがとチェンは笑っているが、俺にとっては笑えない冗談である。無残な姿になったピアノを見ながら、その通りになることを祈った。

 

 



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Ep.10-剛毅果断-

Date:unknown 07:20 PM

670m east of L.G.D.Headquarters,Upper Factor St.,Upper Lungmen

Weather:over cast

 

 

 近衛局のビルを前に、チェンが部下たちに演説をしている。近衛局のビルを背景に戦意を高揚させる局員たちだが、その中にホシグマさんの姿はない。

 

 太古プラザ制圧も終わりかけた時、一つ下の階から大量の爆薬を用いた攻撃。一部が吹き抜けだからこそ出来た爆破攻撃は、狙い違わずチェンを捉えた。建物が崩れるのではないかと危惧する程の揺れを感じる中、瓦礫と一緒に落ちていくチェンだったがその横にエメラルドグリーンの糸が追随していくのが見えた。

 


 

Ep.10-剛毅果断-

 


 

 慌てて階段を下りて見えてきたのは盾と膝をつくホシグマさんと、その前で群がるレユニオンを斬り捨てるチェンの姿。ホシグマさんの方は至る所に裂傷が刻まれ、息も荒々しくああしているのもやっとに見える。

 

「隊長!」

「ああ、思ったより早かった」

 

 俺達を見つけ、安堵の息を吐くチェンを援護せんと、一緒に降りて来た局員が援護射撃でレユニオンを一人ずつ倒していく。結構な数を倒したと思っていたが、下層階にはこれほど潜んでいたのかと思う程の数が残っていたようで、チェンとホシグマさんが爆発に巻き込まれたのは不幸だったが転じて残党を炙りだせたのは幸いだろう。

 

「何かしらの傷を負ったかと思ったが……まさか無傷たあどういうこった」

「ホシグマが守ってくれた。最初は私もホシグマも瓦礫の下だったのだがな、こう、ホシグマが瓦礫を支えてくれていて」

「ああ、いや詳細を聞きたいわけじゃあねえんだ。お前、そんなテンション高い奴だったか?」

「────すまない、少しおかしかった」

「いや俺はいいけどよ……」

 

 小声で「*龍門スラング*」と呟くチェンをひとまず置いておき、次にしゃがんで顔を伺うようにしながらホシグマさんへと声をかける。

 

「そっちは大丈夫そうじゃ、なさそうだなぁ」

「はい。でも悪い気分ではないですね」

「ホシグマ、余計なことは言わないでくれるな?」

「いいではないですか。あれほど情熱的な言葉を聞けたのは幸運でしたよ。録音してロドスに送りつけてみたいと思う程には」

「*龍門スラング*」

「それは俺も聞いてみたいが、まだ作戦中ってのが残念だ。事が終わったら、ロドスに来て話してくれよ」

「えぇ、必ず」

 

 憮然とするチェンを置き去りにして、ホシグマさんは嬉しそうだった。怪我を負った事も気にしていないかのように、楽しそうに悪態を付くチェンを見ている。

 

「ホシグマ、その怪我と疲労では後方に下がった方が良さそうだな」

「チェン! 意地悪したのは謝罪しますから……」

「自分でもわかっているのだろう?」

「……少し休めば大丈夫です」

「身体はな、だが疲労は無視できまい」

 

 若干の間、立ち上がったホシグマさんだが足は覚束なく盾も持つのがやっとのように見える。これから向かう場所の事を考えれば、チェンの判断は正しい。ここまで負傷してしまえば、逆にお荷物になりかねない。

 

「本当に小官抜きで行くつもりですか?」

「そんなに心配するな、私を信じてしっかり休んでいろ」

「わかりました……ロドスのお二人に頼むのは気が引けますが、チェンをよろしくお願いします」

 

 なおも言い募ろうとていたが、譲る気はないらしい。その空気を感じ取ったホシグマさんは少し落胆したあと、こちらを向いて少し頭を下げた。その雰囲気は正にやるせなしと言ったようで、言葉通りこんなことは頼みたくないという本音がありありと醸し出されていた。

 本丸を前にしての脱落、友人の背中を誰かに託さなければならない歯がゆさと、ロドスへの後ろめたさの両方が混ざっているのは間違っていないだろう。

 

「ま、出来る範囲でな」

「ホシグマは私の母親か……?」

 

 さもありなん。それからメディックが到着するまでの間、ホシグマさんからチェンへの小言とも言えるアドバイスが延々と流されたのを後から来たエフィとニヤニヤしながら聞くことになる。

 

 


 

 

「不気味だと思わないか?」

「それはどっちの話だ。ふらふらと歩くだけみたいなレユニオンか、素直に力を貸してくれと頭を下げたお前の話か」

「……エインウルズ、貴様はどうしてそうなんだ。数年前に盾をケーキのように切り分けた事をまだ恨んでいるのか?」

「冗談だよ。悪かったって」

「エインさん、少しは真面目に出来ないんですか……?」

 

 近衛局への潜入は予想より遥かに簡単に完了した。偵察隊が先鋒を務めた数十名から成る精鋭は、ここに至るまでただの一度も戦闘をしていない。単純に隊員の練度がずば抜けているだけなら手放しで賞賛出来るが、そうとも言えない理由が別にあった。

 

「それは部下も言っていた。だがこうして近衛局に入りこめた以上、気にしている暇も余裕もない」

「あれはいったい、なんだったのでしょうか」

 

 エフィの顔も戸惑いと恐怖で埋め尽くされている。確かに俺から見てもあれは恐ろしかった。ぼろぼろの戦闘服と半ばから寸断された剣やパイプ、割れた瓶などを持ち、どこを見るでもなく無表情で身体を曲げて歩く、どう見てもおかしい集団の姿。周囲を警戒するでもなく、ただただ幽鬼のように闊歩する彼らは複数のグループに別れて近衛局へ進軍する俺達を気に掛ける事はなかった。それどころか、明らかに視界に入っているにも関わらず武器を上げる事なく、素通りしていく。

 龍門のシンボルも一つとも言える近衛局の前でこれなのだから、到着した全員が安堵よりも警戒を先に抱くのは至極当然だろう。

 そしてもう一つ、エフィに言われてから警戒するようになった事がある。

 

「チェンさん」

「エイヤフィヤトラ、どうかしたか?」

「気のせいかもしれないのですが……」

 

 不安そう杖を両手で握りしめ、こちらをちらりと見やるエフィに強く首肯して先を促す。

 

「誰もいないはずなのに、誰かいるような気がするんです」

「なんだ、それは?」

「私、目は悪いのですが代わりに人、いえ、生物の温度を感じ取ることが出来るんです」

「それはまた便利な能力だな」

「それでその、時折見えないのに温度だけ感じる事があって……」

 

 それは勘に近いものだった。近衛局の隊員と混じっていてエフィの中でもはっきりと確証が取れないもので、時折集団から外れてはどこかへ行くものがあること、周囲がそれらになんの疑念も抱かないこと、注意深く見ていたらその後ぱたりと起きなくなった事。全てをチェンに伝えたエフィは一歩後ろに下がった。

 

「本来なら早く言って欲しかったが……」

「す、すみません」

「いや、余計な事を言って混乱させたくなかったのだろう? すまない」

「チェン、お前いつからそんな気配りが……」

「私だって成長するさ。それより、信じるならば敵は隠密能力に特化した存在がいるということになる」

 

 チェンはそれを全て信じているようだった。他の局員から不審な点があったとして似たような報告を受けていたらしい。曰く、何もないところで喋り声がしたり、敵を追って先の曲がり角が一直線にも関わらず見失ったなど。更に言えば、内部に居るレユニオンが外の連中と同じように亡霊のようにふらふらとした挙動であることも。

 敵の中に姿を隠せる敵がいる事を今知れたのは、もしかしたら大きいかもしれない。

 

「どこから攻撃を受けてもいい様に心構えをしなければならんな。敵が展望デッキに居を構えているのは聞いていただろう」

「ああ、どっからどう見ても罠だろこれ」

「だとしても、我々はそれを正面から打ち破らなければならない。私に任せろ」

「何言ってんだお前。隊員か俺らを連れて行かないと危ないだろう」

「チェンさん、それは……私達も一緒に行きます!」

 

 あまりにも無謀な行動。エフィもほぼ同時に顔をあげ、一歩踏み出してチェンの顔を見る。罠だと解りきっているところへ、自分一人で乗り込むのはいくら強くても危険が過ぎる。

 確かにチェンはいけ好かない奴で俺の話も聞かず問答無用で牢屋にぶち込んだ人でなしだ。けれど今日は半日も戦場で肩を並べて戦った戦友でもあるのだ。ホシグマさんに頼まれた事もあって見殺しになど出来ない。

 

「意外だな、貴様がそれ程熱心に私を心配するとは」

「俺の血は青でも緑でもないんだ、心配なんて当たり前だろうが」

「昔の貴様からは想像も出来ない言葉だ」

「エインさんは少し捻くれてるんですよ」

「少し……?」

 

 あれこれと言い募り、ついでに報告に来たらしき隊員も巻き込んだがチェンは頑として曲げようとしない。

 

「嬉しい話だが、私だって勝算が無いわけではない。危なければ撤退もするし、何より私が周囲に気を使わなくて良い」

「足手纏いはいらねぇってか?」

「曲解しないでくれ……詳しくは言えない。けれど決してそんな悪く思っているわけでなく、必要な事なのだ」

 

 どうあっても考え直してくれない。これ以上は時間の無駄だと悟った俺は両手を挙げて降参する。溜息を吐いて、処置なしと首を振った。

 

「わかったわかった、後でホシグマさんに何か言われたら助けてくれよ」

「……約束ですからね、チェンさん。私達は仲間なんですから」

「あぁ。無事に終わったら飯を食いに行こう、私の仲間と共にな」

「今から終わった後の約束をするのは死ぬ前兆だぞ」

「それは物語の話だろう? ここは龍門近衛局だ、そうはならんさ」

 

 部隊は動く。さび付いたドアの音の先は埃が積もった非常用通路だ。ここからチェンは展望デッキへ、俺達は最上階を攻略してチェンの援護と、背中を守らなければならない。

 最後にもう一度と同行を願い出た隊員もいたが、結局変わらず、チェンは光の先へと姿を消していった。

 

「さて、俺達もやるぞ。死にそうになったら割って入ってチェンを笑うためにもな」

「今回の事で気付きましたけど、エインさんって本当に面倒くさいですよね」

「エフィも言うようになったなぁ……」

 

 ロドスに来た当初、エインさんエインさんと後ろを付いて来た少女はもういない。戦場を共にくぐり抜け、遠慮がなくなった少女はすっかりと俺の相棒になっていた。

 それを悲しいと見るべきかどうかについては、悩ましい話だった。

 

 

 

 

 

 



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Ep.11-砂上楼閣-

07:55 AM 5-1 ロドスでチェンが気絶から回復
11:11 AM 5-3 近衛局員を集合させてロドスより出発
07:40 PM 5-7 近衛局より620m東でチェンが演説
11:20 PM 5-9 近衛局ビル2Fにて作戦会議
04:21 AM 5-10 ロドスアイランドの増援到着

五章時点で読み取れる時間軸。なんだこの強行軍!?
あとざっくりカットした理由は近衛局ビルの構造がわからないからです。ほんま、地図くれないかな……


 展望デッキを除いて近衛局の制圧自体は時間がかかったものの比較的簡単に終わった。徘徊するレユニオンがただ歩き回っているだけでこちらから仕掛けない限り反応がないため、複数のグループに別れて少し小突いて捕縛するだけで済んだからだ。あとはチェンが指揮官を討伐したあとと、増援の部隊と共同で別館や外のレユニオンを片付ければ終わる──はずだった。

 

「どうなってやがるこいつら!」

「あの人達燃えながら向かってきますよ!?」

「あいつら炎タイプだったのかもしれねぇな!」

 

 きっかけは隠れていたレユニオンの狙撃手と、指揮官らしき人物が放ったアーツのようなもの。それが発動してから倒れていたり拘束されていたレユニオンだけでなく、内外の歩く死体のような奴らまでが凶暴化して暴れ始めたのだ。

 オマケにこいつら、力は強いわ倒しても倒しても起き上がってくるわアーツを受けながら突進してくるわで非常に厄介な存在になっている。現に今も、エフィの炎弾で服を燃やしながら俺の盾をがんがんと敵が叩いてくる。

 

「エインさん!」

「わりぃ助かる!」

 

 横合いから別のレユニオンが殴りかかって来たところを、エフィがアーツを当てて吹っ飛ばす。普通ならあれで意識を刈り取れるはずだが、すぐに起き上がってくる光景をもう何度も見ている。

 近衛局の隊員も奮戦はしているが、いかんせん数が多すぎる上に頑丈でいたちごっこにしかなっていない。この階にいたレユニオンだけでこの有様だから、階段で下の階から登ってくる敵を足止めしている隊員達や、下層階で入口を守っている部隊が決壊したらどうなるか考えたくない。

 突然、今まで力任せに殴るだけだった敵が武器を捨てて盾を掴んできた。咄嗟に振り解こうと盾を押すが、更にもう一人も同じ様に抑えてきて上手くいかず、その場で一瞬止まってしまう。

 頭上に影がかかる。はっと顔を上げれば、得物を大きく振りかぶるレユニオンの姿。妖しく目が光り、どう見ても正気を失っている顔がにやりと笑った気がした。

 

「ぐ──!」

 

 頭に感じる衝撃が、身体を伝って一瞬視界がブレ、戦闘による喧騒が遠くなる。盾を握る手から力が抜けそうになり、膝が地面に落ちた。

 緩むな、確かに痛みは酷く頭から流れる血で視界の一部が赤くぼやけているが経験がないわけじゃない。そう自分を叱咤して、身体に力を込める。

 俺に痛打を与えたレユニオンは満足そうにもう一撃と振りかぶっているが、それは致命的な隙であった。

 炎の波がそいつを焼き、更に火炎弾を撃ち込まれる。エフィによるアーツの攻撃だ。後方から俺だけでなく見える範囲の味方に支援火力を送り続けた結果、一瞬俺への援護が間に合わなかったのだろう。俺の名前を呼ぶ声には悔恨が混じっているのが聞いてとれる。

 

「おおおお!」

 

 二人がかりで掴まれていた盾だったが、その拘束は緩んでいる。有効打を与えた事に関する気の緩みと、仲間が真横で致命傷を負った事の動揺か。果たしてそれを感じる程理性があるのかわからない。だが推測できる理由はそれくらいで、そもそも俺にとっては都合が良いので何が原因かはどうでもいい。

 ファルシオンを抜き、右側で掴んでいる男の指を力任せに斬り落とす。すぐに再生するかもしれないが、この瞬間は拘束している力が一人分更に減ることになる。

 

「ッらぁ!」

 

 盾をそのままスイングすれば、呆気なく敵の手が離れ、丸見えになったそいつの身体を蹴飛ばして距離を取る。

 

「俺を殺したきゃもっと力の強い奴を連れて来いってんだ」

「だ、大丈夫ですか!?」

「これくらいなんてことねぇ、そんな事より敵から目を離すなよ?」

 

 エフィがいるところまで下がると、すぐに隊員がカバーに入り、俺の抜けた穴が塞がれる。その隊員へ火力支援を行いながら、エフィは心配そうに俺を見た。思えば、初めて会って道中護衛してからロドスに加入して今まで、怪我らしい怪我を目の前で負わなかった。

 そんな俺がどっかから引っこ抜いて来たような鉄の棒を頭に叩きつけられ、頭から血を流しているのだからエフィとしては気が気でないのだろう。

 昔はこれよりもっと酷い負傷をしたことがある。両腕があらぬ方向を向いていたり、肩の少し先から半分くらい切れて血が出ながら千切れかけたとか。それに比べればこんなもの軽傷だ。

 とはいえ、この状況が続けばいずれ押し負けるのは目に見えている。なんとかしなければいけないが……

 

「くそっ! こいつは硬い奴だぞ!」

城壁崩し(Door Knocker)で爆発させても生きてる奴もいる!」

「こっちは柔い! 成長する前に急いで無力化しろ!」

「それが出来たら苦労しませんけどね!」

 

 隊員が応戦している通り、全員が全員硬い訳ではない。源石が身体を突き破り、異形となったような存在は現状の装備でも倒せない程だが、そこまで症状──と表すのが正しいかはわからない──が進んでいないやつはそれ程でもない。例えば俺が相手していたのはまだ人間の方で、指を斬り落とす事が出来た。これがヤバい方になれば指ですら鉄のような硬度で、盾を持ちながらとか周囲を見ながらの応戦では表面に傷を付けるので精いっぱいになってしまう。

 

「窓だ! 窓から落とすしかねぇ!」

「もうやってる! が……結論から言えば相当上手くやらないと掴まれたまま一緒に落ちる!」

「隊長も複数の狙撃手と肉塊のせいでどうにも決め切れていないようだ……!」

 

 目元を擦り、口まで流れてきた血を舐める。感染者の咆哮と隊員の悲鳴。死者はかろうじて出ていないが、それも時間の問題だ。内外共に数える気も起きない敵の姿と有様は、増援部隊がよほどの重装備と沢山の人員を連れてこない限りは援護の期待すら出来ない。

 

「っぶねえ!」

 

 目の前で態勢を崩され、巨体の感染者に圧し掛かられようとしている隊員を見て慌ててフォローに入る。念のため回復術師のところまで戻りたかったが、やはりそうもいかないようだ。

 ただただ力と数に任せた攻勢。敵は後方から術師が援護する事もなく、全員が何度倒しても立ち上がって肉弾戦を仕掛けてくる。通常ならば一蹴出来る群れが、恐らく痛覚がないというだけで呆れる程有効な戦術へと変わっていた。

 

「す、すまない助かった!」

「礼はいいから早く下がれ! 怪我治してきたら敵さんのおかわりやるからよ!」

「エインさん! 正面から二人来ます!」

「くそったれ、こんなとこで化け物に殺されるなんて冗談じゃねえぞ!」

 

 道中で休憩を何度となく挟んではいるが、チェンの部隊についていって二日近く戦闘を繰り返している。エフィは最近まで一般人だったのかと疑う程良くやってくれているが、俺も含めてどこまで体力がもつかわからない。終わりの兆しすら見えない現状に、くそったれとしか言えない無力感が辛かった。

 


 

Ep.11-砂上楼閣-

 


 

 

Date:Unknown 4:18 AM

Weather:over cast

 

Call Sign:"Bad Bud"

40m above L.G.D Headquarters,Upper Lungmen

 

 

「もうすぐです、間もなく龍門近衛局に到着します」

「別に助ける必要はないんじゃない? アーミヤちゃんを置き去りにした奴なんか、もう少し苦戦してほしいくらいだし」

 

 轟々とエンジン音が鳴り響く機内で、二人の女性が会話をしていた。一人の女性は不満を隠せない声で事前に説明された作戦を否定するが、小柄な少女──アーミヤはたしなめるように首を横へと振った。

 更に続けざま、フルフェイスのメットとそのうえから制服のフードをすっぽりと被って素顔を隠した存在が不満げな女性を宥める。

 

「駄目だよブレイズ」

「ドクターの言う通りですブレイズさん。それに、あそこにはロドスのオペレーターもいるんですから」

「えぇ! ドクターとアーミヤちゃんを見捨てた奴に協力してる人がいるの!?」

 

 それは出撃前に周囲から散々説得されて渋々やってきた女性、ブレイズにとっては信じられない事であった。オペレーター達にとってアーミヤはただの上司というだけでなく、結束や尊敬などを抱く仲間でもあった。この素顔を隠した存在、ドクターも記憶を失ってはいるが自分の命を預けるに足る指揮能力を持つ優秀な仲間かつ鉱石病の治療のために必要な希望であることは今も昔も間違いない。

 それをレユニオンの精鋭が蔓延る廃墟に置いたまま龍門へと戻った事は一億万歩譲れば納得できずとも頑張って理解しようと思えるが、その龍門をレユニオンの手に落としたのは頂けない。ブレイズにとって、今から行う事はそんな彼女の尻拭いなのだと感じてしまうのである。

 

「私達がチェルノボーグで戦っている間に入った傭兵、だそうです」

「え、えぇ……そんな新人をこんなところに? ケルシーってば酷くない?」

「先生によれば、戦闘能力はお墨付きだそうですけど……」

「つまりその新人を助けに行くって事さ。頼むよブレイズ」

「……そんな念押ししなくても、命令ならちゃんとやるから」

 

 二人からこうも注意されれば、ブレイズも別の意味でまた不満だ。ロドスの栄えあるエリートオペレーターを自負する彼女は、一度引き受けた命令を私情で無碍にしたりはしない。

 ましてやこうしてロドスに加入したばかりのオペレーターを見捨てるなどどうして出来ようか。

 ブレイズが武器の最終チェックを終えたその時に目的地へ到着したのか、正面の壁でしかなかった部分が上へと持ち上がり、外の明るさと同時に強い風が機内へと流れ込んでくる。

 

「チェンに置いてけぼりにされた事は気にしてないさ、さあ行こうブレイズ!」

「ここでチェンさんを死なせてしまっては、ロドスの努力が無駄になってしまいます」

「もう! わかったってば! 降下の姿勢に注意して、熱流から離れたら駄目だからね!」

 

 近衛局とその周辺のレユニオンがどうなっているか、協力者から事細かに報告を受け取ったアーミヤは展望デッキがどうなっているかわかっていた。だから何か覚悟を決めたようなチェンへ無線を通じて行為を止めさせ、その身に宿る特別なアーツを詠唱して解放する。黒い帯のような何かが降り注ぎ、怪物と化したレユニオンの動きが困惑するかのように止まった。それは明確なチャンスだった。

 

「行くよ!」

「はい!」

 

 その瞬間、三人はパラシュートも身に付けず、ペイロードから空中へとその身を躍らせた。展望デッキまで40ⅿの高さ、万が一そこへと着地出来ないと地表まで一気に激突のコース。

 だがそうはならなかった。チェンを苦戦させた狙撃部隊の矢も軌道を逸らし、数多いるレユニオンの怪物がいる展望デッキへ──その一部ごとレユニオンを爆砕する大技を使いながら──無事に降り立った。近衛局奪還作戦は、最終局面へと入る。

 

 



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Ep.12-人生行路-

 永遠に同じ状況が続くかと思われた戦闘だったが、全くの埒外によって戦場の空気が変わった。無線機から切羽詰まったチェンの「崩落に注意しろ」の声。

 直後、轟音と共に天井の一角が崩れ展望デッキにいたであろうレユニオンが瓦礫と共に落ちていく。驚いてる間もなく、近衛局員と共に衝撃による揺れとコンクリートの破片から身を守るべく動いている。

 

≪──ザザッ はぁい! ロドスの新米オペレーター! 生きてるー?≫

 

 それが収まった時、チェンの次に無線機から放たれた陽気だが凛々しくもあるそれは今まで聞いた事のない声だった。

 

「危うく死にかけたけどな……その言い草からして、ロドスからの増援か?」

≪大正解! コードネームはブレイズ、貴方の大先輩だよ!≫

 

 大先輩というところはともかく、言葉を聞く限りは待ちに待ったロドスからの援軍だった。これが来たという事は、ケルシーが言っていた通りドクターとアーミヤは生きているのだろう。声色から混乱も見られず、高揚感が全てを占めている感じがするし、何より後ろから数回しか聞いた事の無いアーミヤとおぼしき声が聞こえる。

 とはいえ、命の危機すら感じている今はこれほどの遅参には文句の十や二十も言いたくなるのもわかってほしい。

 

「そりゃ結構。間に合ったから良いが、随分と遅い到着だったじゃないか。これからは≪ブービー≫を名乗った方がいいかもな!」

「せっかく来てくれたんですからそんなこと言わなくてもいいと思いますけど……」

「ってもなあエフィ、お前だってこんな極限状況に二日近くも置かれてんだぞ?」

≪ほーう? 随分とエッジの効いた新人だねえ? 私の得物とどっちの切れ味が鋭いか、勝負してみる?≫

「いやぁ! 絶妙なタイミングで助けられて惚れそうですよブレイズさん! レンジャーさんに勝るとも劣らないアーチャーの腕前で俺の心を撃ち抜きましたね!」

「エインさん……」

 

 皮肉の一つを返したら容赦ない脅しが飛んできた。冗談じゃない、こんなところに残されてたまるかと無線の先にいる相手を煽てて悲惨な未来を回避しようと試みる。

 変わり身の早さにエフィは呆れているが、プライドで死の危険や疲労が無視できるなら俺達はとっくに龍門を奪還しているわけで。

 

≪私の役割はアーチャーじゃなくてソードマンだからごめんね? あと、コードネームを馬鹿にしたお礼に帰ったらミッチリ鍛えてあげる≫

物理的に失恋(Heartbreak)はやめてくれませんかねぇ……」

≪ま、その話は残ってるレユニオンをぶった斬って(chopper)からね!≫

 

 咆哮にも似た雄たけびと何かの駆動音が聞こえ、そのまま無線が途切れる。随分と不穏な言葉が聞こえたが、間違いなくレユニオンを殲滅した後は問答無用で訓練室行きだろう。

 

「おっかねぇ……」

「自業自得ですよ、初対面なのにあんな失礼な事言って!」

 

 


 

Ep.12-人生行路-

 


 

 

 驚く事に、その後戦闘処理はあっというまに終わった。化け物になったレユニオンの動きが鈍くなり、あれほど強かった力も弱体化していて簡単に無力化する事が出来た。『後処理』を専門とする部隊が急行しているらしく、これで一段落だとようやく肩の力を抜く。

 

「実際に顔を向けるのは初めてですね、エインウルズさん」

「アーミヤ社長、と横にいるのは……」

「どうも、皆からはドクターと言われてる者だよ」

 

 次に待っていたのはロドストップとの面談だった。エフィは後からやってきたオペレーターに付き添われてロドスアイランドへと帰艦しており、ブレイズさんはチェンと共に戦場の後片付けの手伝いをしている。なにせ、展望デッキを見た時はあまりにも破壊されていて唖然としたほどで、四分の一程は下の階を合わさって瓦礫の山になっているしそれ以外の半分程も亀裂が走っていたりコンクリートがめくりあがったりしていた。

 そう言う訳で今は短い時間の間に俺とアーミヤ達で話をする運びとなった。自分の胸ほどの身長しかない少女と素顔を隠した怪しげな風貌の存在。「これがロドスのトップと頭脳です」なんて言われて信じる人間がどれ程いるのだろうか。

 

「まずは申し訳ありません。ケルシー先生からの命令とはいえ、ロドスに所属したばかりなのに二日間もこのような事態に巻き込んでしまったのはこちらの落ち度です」

「ああいや、気にすることはねえですよ。『ロドスから出せたのは一人だけしかいなかった』もんで、それが俺ってだけだったんです」

「……えぇ、そうですね」

 

 一人の部分を強調すれば、アーミヤは少しの間を置いて首を縦に振った。横でドクターが笑っているから聞いてみれば、さっき似たようなやりとりをアーミヤとチェンの間で繰り広げられたらしく、それが可笑しくて笑いを堪えきれなかったのだとアーミヤへ指を向けて説明してくれた。

 

「こんな気分だったんですねチェンさんは」

「まあそれは後においておきましょう、用件はなんですか?」

「ロドス本艦へと帰艦してください」

「なんだって?」

 

 あまりにも予想外な一言に聞き間違いかと思わず聞き返すが、戻って来たのは一言一句同じ言葉。

 

「理由をお聞きしても?」

「ケルシー先生から提示された命令は達成されました」

「俺はまだ戦える」

「だからこそです。メフィストが逃げ続ける限り異形の感染者は増えるでしょう。一旦帰艦し、治療と休息を行った後に接舷区の防衛をお願いしたいです」

 

アーミヤの言葉になるほどと頷く。近衛局の精鋭ですら手を焼く相手、エフィのアーツを受けてなお立ち上がり暴力を振るうアレは確かに大きな脅威だ。たった一体いるだけでも装備がなければ防衛線を突破されかねない。接舷区を抜かれた先にあるのは非戦闘員の住宅区であり、ロドスアイランドに所属する人間の帰るべき場所でもある。

 未だ戦乱が燻る龍門も大事だが、それと繋がるロドス本艦の防衛もまた疎かに出来ない。

 

「了解した。そういうことなら、お任せください」

「私達はこれから龍門奪還作戦の最終フェーズに入ります。何かあれば無線機で連絡してください」

「エインウルズ、これが終わったら改めて面談をしよう。曲がりなりにも上官だからね、部下とはきちんと話をしておきたいんだ」

 

 メットで素顔を隠し、表情を窺い知れないはずなのに、ドクターの笑っている顔が見えた気がした。それはきっと、こんな状況でも楽しそうな声だからだろう。アーミヤは以前無線で話した記憶が残っているのか、あんまり良い表情はしていない。「お酒はきちんと自制しないと駄目ですよ?」と言ってくるが、この後治療が終わった後にでもに飲む気満々だ。戦闘中だろうが一仕事終えたのなら一杯くらいは良いだろう。べろべろになるまで飲むのは良くないが、たった一杯くらいなら影響は全くないのだから英気のためにも摂取すべきである。

 

「駄目と言ったら駄目ですよ!」

「ああ、そんな雷落とさんでくださいよ、全く石みたいに固い頭ですね」

「給料も減らしましょうか?」

「ほんとすみませんでした社長」

 

 ブレイズさんの次はアーミヤにまでこんな茶番をするとは思わなかった。横でドクターがまた笑っているが、話を纏めたらしいブレイズさんとチェンがやってきたことで真面目な雰囲気が戻ってくる。

 

「うん? きちんと見ると良い顔しているわねあなた」

「普段はもっとマシなんすよこれでも」

「さっきの威勢が欠片もないね」

「二日間も戦い続けた疲労……ですかね」

 

 嘘は言っていない。激戦は最後だけだったが、レユニオンの数に比べて圧倒的少数な近衛局との合同作戦は神経を使うものだった。傭兵として渡り歩いていた俺でも体力と精神の両方で疲れているのだから、それについてきたエフィははっきり言って異常だ。高揚感や色々一周回った結果だとしても、最後の最後まで泣き言を漏らす事もなかった。龍門での仕事が終わったら何かご褒美でもあげるべきだろう。

 ぱしんと、肩を叩いて褒めてくるブレイズさんだが、正直言って力が強過ぎて痛いからやめてほしい。元気そうに見えるかもしれないが、俺は負傷しているのである。頭に一発以外にも大小様々なダメージを貰っているし、ちょっと無理して盾をぶん回したりしているからちょっと肩とか肘とかが痛む。

 

「……ありがとうエインウルズ。貴様がいたおかげで部下の損失をかなり抑えられた」

「チェン」

「本当ならば、この後も共に戦ってほしいのだがな」

「やめろやめろ、お前らしくもない。鳥肌が立つ」

 

 わざとらしく自分の身体を抱き、ぶるりと身体を震えて見せれば心外だと言わんばかりにチェンの口が『へ』の字に曲がる。下らない冗談を投げる割には、こちらが返してやるとすぐに腰に差す武器へ手を伸ばすのはチェンの悪い癖だ。

 それはさておき、冗談交じりに言った俺の言葉も半分は真意だ。いくら柔らかくなったからといって硬さを全て失ってしまっては張り合いがなくなる。昔の堅物だったチェンには、癪だが認められる点があったのだからそこまで無くすべきではない。

 

「貴様と言うやつは……まあいい、終わったら酒に付き合え」

「いや本当に、今回の作戦ではお前に驚きっぱなしだ。酒代は全部お前が持てよ、チェン」

「女に集るとは甲斐性がないな」

「女に見られたくばもうちょっと御淑やかさを身に着けるべきだなお嬢様」

 

 今度は得物が半分くらい顔を出して煌めいている。これでいい、こうやって軽口を言い合っていると記憶の通りだと安心出来る。まあ、チェンと飲みに行くくらいは構わないだろう。奢りではなく折半で、が前提だが。

 だいぶ先ではあるが楽しみが出来たところで、俺が乗るであろうヘリが半壊した展望デッキへ足を下ろす。後部の座席へと身体を滑らせ、盾を置いて緊張を完全に解けば、二日間の疲れが押し寄せてきたのか瞼が重くなる。

 ロドス本部まで、短くも貴重な睡眠時間。良い夢を見れれば良いなと思いながら、意識を深くへと潜らせた。

 

 

 

 

 


a

一章

a

龍門近衛局奪還作戦

a

-完-

a


 

 




大陸版の翻訳読んだんですけど六章は入る余地がない(そもそもキツい)ので一旦離脱という形になりました
ここからの時系列は大体イベントのように龍門での事件から数か月後みたいな感じの日常回を書いていくつもりです。


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ロドスアイランド加入時プロファイル

時系列的には一章前の設定。特殊タグに四苦八苦しながらそれっぽく作ってみたよ!!


★★★★★

Einurd

エインウルズ

  ■  

攻撃範囲

近距離
素質  堅守の傭兵 素質詳細

 堅守の傭兵 昇進段階2強化

防御力+5%,術耐性+5

防御

 

防御力強化Ψ自動回復手動発動  35秒

防御力+25%術耐性+7

未習得
昇進段階1で習得

未習得
昇進段階2で習得

 

 エインウルズの印 

 エインウルズの潜在能力強化に用いられる。

 彼の名前が刻まれた鈍色に輝くドックタグ。ロドスに入ってから新調されたそれには、激戦の爪痕のように黒くなった血痕が刻まれている。

 入手手段

 オペレーター入職時獲得

 

 

エインウルズ──── 24/24

■配属状況     
停止中

残り時間
--:--:--


 

 

 

 


◇金の匂い

製造所配置時、金属製造の製造効率+20%、保管上限+5

○世話焼き

昇進段階2解放

 

基礎情報

【コードネーム】 エインウルズ

 【性別】男

 【戦闘経験】十五年

 【出身地】非公開

 【誕生日】10月1日

 【種族】非公開

 【身長】176cm

 【鉱石病感染状況】

メディカルチェックの結果、非感染者に認定。身体具合は良好で十分健康と言える。

能力測定

 【物理強度】標準

 【戦場機動】普通

 【生理的耐性】優秀

 【戦術立案】普通

 【戦闘技術】優秀

 【アーツ適性】劣等

個人履歴

エインウルズはある少女の護衛依頼を受けて多数の傭兵と共にロドスまでやってきた。その際に職員や護衛対象の少女の熱心な勧誘を受けて情勢などの流れからなし崩し的にロドスへと加入した。大盾を構え、防御を最優先で行う姿は個人の傭兵の中では珍しく仲間がいる事を前提とした戦闘スタイルを持つ。

性格や言動は軽いものが見られるが行動の節々に世話焼きな面が見られるために、仲良くなった子供達に絡まれている場面が多数のオペレーターによって目撃されている。

健康診断

造影検査の結果、臓器の輪郭は明瞭で異常陰影も認められない。

循環器系源石顆粒検査においても、同じく鉱石病の兆候は認められない。

 

【源石融合率】0%

鉱石病の兆候は見られない。

 

【血液中源石密度】0,15u/L

職業柄、体表に傷跡などが見られますがそれ以外は健康です。──とは言え、最前線で戦う彼は感染者との接触も多くなるので感染の危険には万全の注意を払う必要があるでしょう。

第一資料

個人履歴ではなし崩し的に加入したと書かれているエインウルズであるが、実際はケルシーの半ば脅迫じみた勧誘のせいであることを知る人物は限られている。それもあって彼女との仲は大変悪く、互いを「女狐」「傭兵」と呼び合い口論する様がみられる。また、待機時に朝から夜までだらだらと酒を飲んで過ごしていた一日をアーミヤに見咎められ散々にお説教された後にケルシーに煽られるコンビプレーを受けた後はアーミヤも苦手になったようだ。

 

それ以外の人物との仲は概ね良好、エインウルズ自身が積極的に交友していくこともあり、彼に悪印象を抱いている人物はあまりいない。

第二資料

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信頼上昇で解放

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第三資料

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信頼上昇で解放

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第四資料

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信頼上昇で解放

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昇進記録

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昇進2で解放

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《警告》閲覧権限がありません

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二章-エインウルズの華麗なる日常-
Ep.13-水滴石穿-


傭兵は毎日が晴天のように過ごす。

大きな事件が終わった後であれば尚更に。

これはロドスアイランドに籍を置く一人の傭兵の日常。

オペレーターエインウルズの華麗なる日常-開幕-


「ねーねーこの姉ちゃんかみの毛めっちゃきれいだな!」

「でっかい剣めっちゃかっこいいじゃん! すごーい!」

「ちょっと……! ああそんな服を引っ張らないで!」

「この帽子ぼくもほしーい!」

 

 とある昼下がり、ロドスアイランドの一角で繰り広げられていたのは喜劇だった。数人の子供が群がる先にいるのは白金の髪を漂わせ、困惑するスカジさんの姿。

 オペレーターや一般職員には威圧感を剥き出しにして関わらないようにしているスカジさんだが、作戦が終わってドクターへ報告が終わった帰り道、『偶然』遭遇した子供達を相手に同じような事をするわけにもいかず。俺に助けを求めるような視線を注いでくるが、多分気のせいだろう。

 スカジさんと付き合いは長いが、以心伝心が出来るまでに至っていない。もしかしたら俺の考えがあってるかもしれないけどいやーちょっとわからないなーという意味もこめて首を捻っておく。

 

「あなた、本当に……!」

「駄目ですよスカジさん、子供の前で怒っちゃあ」

「覚えていなさい、絶対に」

「こわ……」

 

 恨み言を呟いているが、少なくとも今のところは被害が来ないので貸し出された端末をそっと取り出してこのお祭りを記録している。無論、逐次録画終了してデータを転送するのも怠らない。万が一子供を飛び越え端末を破壊しに来た時におじゃんになりましたでは怒られてしまう。

 そう、貸し出された端末やデータを転送なんて言った通りこれはさる人物に頼まれて起こした行動──いや頼まれていたのは事実だが今目の前で起きているのはあくまで偶然。

 子供達とスカジさんがわちゃわちゃしているのを見ながら、数日前にドクターから呼び出されたあとの一幕を思い出していた。

 


 

Ep.13-水滴石穿-

 


 

 

「スカジさんの噂についてどうにかならないかって? ドクター、それについては俺もどうにかしたいとは思ってますけどね」

 

 ドクターに指定された時間は多くのオペレーターが寝静まった深い夜の時間だった。許可を貰って執務室の窓に肘を置き、外に向けて煙草の煙を吐き出す。ロドス本艦の明かり以外は月光しかない荒地で、煙草の火は良く映える。

 

「難題だというのは理解しているよ。けれどこれもロドスを円滑に動かすために必要な事なんだ」

 

 最初こそ交流を避ける姿と謎に包まれた出自から悪評すら立っていたが、そこはアーミヤが頑張って取り除いたそうだ。結果、悪評こそなくなったが相変わらず近付き難い雰囲気と、チームを頼らない戦い方に合わせて埒外の力の持ち主の要素が全て合わさって人が寄り付かなくなってしまった。他のオペレーターが連絡事項を伝える時に委縮して支障が出る事があるため、いよいよどうにかしようと思い立ったらしい。

 とはいえそれはドクターの考えであって俺個人としては、はいそうですかと頷いて安請け合いするには気が進まない。

 

「彼女が一人を好んでいるのもわかる、それに何かしらの理由があるのもね」

「それを知っててなおやるんで?」

「余計なお節介なのは百も承知。けれど知っているかい?」

「何を?」

「彼女が甲板で一人きりの時に口ずさむ歌、ちょっと悲しいんだ。だからちょっとくらいは挑戦してもいいだろう?」

 

 と意気込んだはいいものの良案が浮かばずに時間だけが過ぎていき、最終手段として俺を呼びだしたのが今日の面談の真相だ。

なるほど確かに、言葉ではこちらを突き放すスカジさんだが仕掛けられた腕試しへ律儀に付き合ってくれるし、昏倒した集団を一人が目覚めるまでわざわざ待つ、何よりも俺の突貫に幾度となく武器を構えてくれた。

 今までは俺も最低限の一線を引いてきた。けれどドクターがこう言っているなら、スカジさんへ二度目に挑んだ時のように冒険してみるのもいいかもしれない。

 煙草を咥え、一息に肺へ煙を送った後に夜の闇へ煙を一気に送り出す。ぼろぼろになった先端を携帯灰皿へと落とし、取り出した時の半分未満の長さになった残骸を念入りに潰してから仕舞う。

 

「いいですね、俺もそれに一枚噛ませてもらいますよ」

「結構、それじゃあ今から共犯者だ」

「今まで引き受けた依頼の中でも五指に入る難易度かもなぁ」

「報酬は君が欲しがりそうなものを用意しておいたさ」

 

 そう言ってドクターが放って来たのはとある施設のチケット。確かにそれなりの報酬にはなっている。「アーミヤには言い含めておく」とご丁寧に付け加える辺り俺の懸念にしっかり気付いているようで心強い。

 それを頭の上に掲げ、ひらひらさせながらドクターを見て笑みを浮かべる。

 

「こんなもん用意してるとは準備がいい」

「頼める相手が君以外にいなかったからね」

 

 いやまあ、これで俺以外に適任がいるのならばそれはそれで何があったのか気になって仕方がないのだが。

 

「機材はこちらで用意するから逐一──」

「俺単体だとスカジさんも慣れてるでしょうし、何か外的要因を──」

 

 引き受けたからには全力で。この夜、ドクターの執務室から光が消える事はなかった。

 余談だが朝になって起きて来たアーミヤに二人して散々に怒られた。「ちゃんと寝ないと仕事の効率が下がるんですよ!」って本当に厳しいな。

 


 

 

 あれからドクターと話してる後ろから気配を消して近付いたら首の皮一枚斬られたり、ミッドナイトがスカジさんを口説きに行って一言で切り捨てられたり、今まで一人で挑んでいたのを連携が大事だからと知り合いの腕を掴んで複数人で挑んでみたり……どれもが上手くいかず、やっぱ駄目だと匙を投げかけた時ロドスにいる子供達がスカジさんに興味を示した。

 ロドスにいる子供達とは暇な時に色々構ったりしていて仲良くなっていたから、子供からしたら「兄貴」の俺が最近追っかけ回してる美人の存在が気になって仕方ないのだろう。マセガキ共めと普段なら小言の一つでも飛ばすところだが、今回に限ってはよくやったと褒めたい。

 

 男の子は「大きな武器がかっこいい」

 女の子は「さらさらな髪や肌のお手入れの方法が知りたい」

 

 しかし、興味を示したところであのスカジさんが子供の相手をするとは思えず、こうして帰艦直後に『偶然』遭遇した体で子供達を絡ませることにした。快く協力して引率してくれたレンジャー翁には上質な酒を献上するべきだろうな。

 そういう意味も込めて、近くの壁に背を預ける頼りな年長者に頭を下げる。

 

「ありがとうございますレンジャー翁」

「なに、若人の悩みを解決するのもまた老輩の役目じゃ」

 

 無愛想にしていても離れない子供達を前に諦めたのか、剣を様々な角度で構えて男の子を喜ばせるスカジさんを見て、ロドスでも古参に位置される弓兵は顎に手を添えて興味深そうにしている。

 

「悪い存在ではないと解っていたが、意外と面倒見が良い」

「流石に今回だけだと思いますけどね」

「ふむ、それは惜しい話じゃ」

「俺が頼まれたのはある程度までの話ですから」

 

 次は女の子からの質問に答えている。といってもスカジさんは特段意識して何かをしているわけじゃないらしく、女の子たちに膨れられて腕や足をぷにぷにされて鬱陶しそうな顔のまま固まっている。こういう愉快な気分をSNSでは「草」と表現するらしい。うん、草。

 

「……そろそろ止めておくかのぅ?」

「そうですね。目的も達成しましたし、あまり長く世話させたら後が怖い」

 

 手を大きく二回叩けば、スカジさんに夢中だった子供達が俺の方を向く。

 

「ほらほらあんましお姉さんに迷惑かけんな! 飯の時間だぞ飯の時間!」

「えー兄貴ばっかずるくない?」

「そうだよー、私達ももっとお話したいもん!」

「いいかい? このお姉さんは人と関わるのが苦手なんだ、今回は特別だ特別!」

「「「えー」」」

「えー、じゃない。今度から一緒に任務出る人にスカジさんが戦う姿撮ってもらうようにするから、それで我慢しろー!」

「……ちょっと、勝手にそんな約束取りつけないで」

「群がられるよりはマシでしょう」

「そもそもこれはあなたの差し金よね?」

 

 違います、と言うと嘘をつくことになるのでスカジさんの細まった視線ごと黙殺し、子供を引率して食堂へと向かう。十人近い子供たちと最後尾にレンジャー翁とスカジさんと異色の面子で食堂に入れば、先に食堂でご飯を食べていたオペレーター達が一斉にその手を止める。

 あるオペレーターはスプーンを落としかけて慌てて拾い上げ、別のオペレーターは同席していた同僚と呆気にとられて間抜け面を晒す。端っこにいる好奇心の高そうなオペレーターは写真を撮ってニッコニコ顔で端末を操作している。というかメイリィだった。あいつ絶対SNSに投稿してるだろ。

 

「今日は俺が奢ってやるから好きなもん頼め!」

「いいのか兄貴! カレーにコロッケ付けてプリンは?」

「おうおう許す、たんと食って健やかに育ちたまえ。」

 

 今日の功労者である子供達のご飯くらい持とうと券売機に向かう。カレーにコロッケだろうとメンチカツだろうとデザートにプリンやアイスを付けたって文句は言わせない。

 

「じゃあ私はこれとこれとこれと」

「……あのスカジさん?」

「お金はあなたが持ってくれるのでしょう?」

「いや子供達の」

「労働の対価は必要だと思うの」

「いや頼みすぎ」

「何か問題でもあるかしら?」

「……なんでもないです」

 

 子供達に向けられなかった分の圧力が全部俺に来ている気がするのは気のせいだろうか。いかんせん、直前の事があるためにこれ以上何かあったら別のところで帳尻を合わせられそうな気がしたため、券売機から吐き出される紙の数から目を逸らしながら甘んじて受け入れる事にした。スカジさんがこんなに食べるなんて今まで知らなかった、作戦成功で貰った給金はほとんど消えました。

 

 スレッド 

    カーディ

     @Cardigan_M

スカジと子供達の組み合わせ、レンジャーさんもいるんだけど何事!? 皆驚いてる!

07:30 PM・1097年 X月X日・TimeLine Web App


 31 リツイート   148 いいねの数


 ◇     ♲     ♡     ↑

    龍門近衛局警司@Lungmen_Guard_C・3分    ↓

    返信先:@Cardigan_Mさん

    どう見てもそこの傭兵が原因ではないのか……?

◇          ♲          ♡          ↑

    マッターホルン@Matter_Defender・11分     ↓

    返信先:@Cardigan_Mさん

    また女子供に振り回されているのですか

◇          ♲          ♡          ↑

    LeaderOne@LeaderOne・20分     ↓

    返信先:@Cardigan_Mさん

    草

◇          ♲          ♡          ↑

 

 

 

 

 

 

 



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Ep.14-青天霹靂-


 

Ep.14-青天霹靂-

 


 

 

 エフィはオペレーターとしても優秀で、既にロドス内でも替えの利かない存在であると認知されている。組んだ相手は数知れず、その度に駆り出される俺はチームになったオペレーターがエフィをベタ褒めしているのを見聞きし、腕を組んで何度も何度も首を縦に振る人形になってしまう。

 不自由な視界のせいで少し手間取る事もあるが、それで文句を言うような奴がいた時には例え護衛依頼の相手だろうと舌打ちを止められないくらいには大事に思っている。

 最初は同情や罪悪感で手伝いをしていたのは間違いない。けれど色んな依頼や近衛局奪還作戦を経て、エフィはただの少女から誇るべき相棒になったのは紛れもない事実だ。

 

「なんか、お兄さんみたいだよねえエインは」

「あ、それわかります! 私、作戦中の待機時間とかエインさんがなんでもやってくれるんですよね、過保護なぐらいですよ!」

「いや俺は兄になったつもりはないけどな……?」

 

 いやまあ確かにちょっと道が険しいところは背負って行こうかと提案するし、備品を落として破損するのはともかく、拾った時に手を切ったりするかもしれないと考えて割れ物は全部俺が扱うからご飯から水分補給時まで全部俺がしっかり手渡しをしている。だからって兄なんて評されるとは思わなかった。あと過保護ではない。

 こんな扱いを受けるのはロドスに馴染んできた証だろうか。エフィの面倒を見始めてからロドスにいる子供達の遊び相手、更にドクターと酒を飲みすぎて一緒に叱られたり。隙あらば美味しい依頼を先取りしようと目をぎらつかせ、日常的に戦闘していた傭兵時代よりは遥かに平和に過ごせている。実際、今もエフィとメイリィの三人で一緒に昼飯ついでの世間話をしているが、昔だったら考えられない事だった。

 

「メイリィが妹だと俺は何回スチュワードの奴に頭を下げなきゃいけないかわからないな。ああ、そういやお前が製造ラインの機械をぶっ叩いて壊したせいでその時の管理補佐だったグラベルさんに謝りに行ったなあ?」

「藪蛇だった!」

「リターニアでの作戦後、アドナキエルとメランサ、更にスチュワードを無理矢理連れて氷点下の中『これがそりだよー!』って言ってはしゃぎ回って風邪引いたのは誰だっけ?」

「はい、本当に、ごめんなさい……」

 

 あとはあれとこれとと責めるなら両手の指を折り返してもなお足りない。それをつらつらと諳んじてやれば、耳をぺたんと伏せて居心地悪そうにフルーツオレを飲むメイリィ。その横でエフィは口に手をあててくすくすと笑う。

 

「そういうところですよエインさん。それだけ迷惑を被っても、結局見放さないじゃないですか」

「こいつを放し飼いにするとアンセルとスチュワードの胃が死ぬんだよ。こいつが何かやらかして俺が拳骨落とす度に、あいつらはホッとするんだぞ」

 

 アンセルにはその背負わされた苦労の重さから酒の一杯でも奢りたくなるが、スチュワードの方は自業自得だ。いや、ロドスに来た経緯から理解は出来るんだがそれとこれとは別問題。そうやって甘やかしたツケが回り回って別の場所で返ってくる。

 それに付き合わされるのは決まって俺なのは何の因果なのか。そんな苦労を善人だらけのロドスアイランドの誰かに背負わせるなど傭兵であっった俺ですら思え………………………………まあ、どうにもならない時が来たら投げてもいいな。メイリィと仲を深めるというのは、こういうことである。

 

「ま、それらを考えれば妹にするならエフィかメイリィのどっちかって質問された時は簡単だな」

「私を見捨てないでよおにいーちゃーん!」

「だから俺は兄じゃねぇ」

 

 向かい側の席から飛び降り、靴でドリフトを決めながら抱きつこうとするメイリィの頭を掴んで阻止、露骨に嫌そうな顔をしながら兄呼びを否定する。エフィに言わせれば律儀にこういう茶番に付き合うからなんだろうが……いや一回拒否したんだよ。その時の拒否されることをまるで想定していなかったかのような捨て犬顔見たらこう、罪悪感が凄い。計算でやってるなら捨て置けるが、残念な事にメイリィはそこまで頭が回らない事をわかっているからそうもいかない。

 

「ほんと、そういうところですよね」

「言うなよエフィ、俺が今一番よくわかってる」

 

 もっと言えば、メイリィが同じ様に重装クラスのオペレーターであることもある。地に足をつけ、敵の攻撃を全て受け止めるタイプの俺と、受け流しをメインにして重装と銘打ちつつも機動性で敵を翻弄するタイプのメイリィ。俺が持っていない価値観と思想で、キッチリと成果を上げているから尊敬できる相手に慕われて邪険に出来るだろうか。いやない。

 

「実際、私は長女で下の子達を前にしっかりしなきゃって思ってたから、お兄ちゃんがいるって思うと悪くないかなー」

「お兄ちゃんじゃないが」

「わかりますよメイリィちゃん。私は一人っ子でしたから、尚更思います」

「二人とも俺の声聞こえてないな?」

 

 だからまあ、口ではこう言いつつもまんざらでもないと思う自分がいるのは否定できない事実だ。

 

「弟や妹達を連れまわしてた頃が懐かしいー」

「リターニア行った時は作戦行動前後の時間少なくて里帰り出来なかったしな」

「メイリィちゃんは大家族ですもんね」

「そ、兄弟姉妹の数は私含めて五人だもん」

「俺が一番驚いてるのはこいつが長女ってとこでな、その割には落ち着きがなさすぎるんだ」

「ち、違うよー! 下の子達見る時はしっかりしなきゃって気を張ってたけど、今はそうじゃないでしょ? だからその分気の緩みが……ゆるみ……、こわした備品が……あれとこれと……うぅ、言い訳が出来ない……」

「ちょっとエインさん、虐めちゃ駄目ですよ!」

 

 人聞きの悪い事を言うな。周囲を見渡して知り合いがいないか確認しつつ、滅相もないと肩を竦める。俺としては破壊的な一撃を起こす前に直してほしいとメイリィを思っての事だ。そう、ほんのちょっと周りを見てくれるようになれば俺としてはもう、言うことがない。

 優秀だがコミュニケーションと決断力に若干の難がある隊長のメランサを公私で引っ張り、鉱石病に感染した友人を見捨てずロドスの門を叩いてここまでやってきた。どれ程予備隊A4のメンバーがメイリィに手を焼こうと嫌わず笑顔なのかと言えば、それ以上に皆がメイリィを好きだからだ。本人に自覚は欠片もないだろうが、三人の鉱石病患者の心を救っているから、アンセルは羨ましそうにこいつを見る。間違いなく、メイリィは予備隊A4の柱なのだ。

 と言う事を掻い摘んで話してやれば、さっきまでしょんぼりしていたメイリィはぱあっと顔を輝かせ、尻尾をぱたぱた振ってはしゃぎ始めた。

 

「あくまで俺個人の意見だからな?」

「わぁーかってるってー! 私、色々助けられてばっかりだから少しでも返せてるなら、良かったなって!」

「あ゙ー若者っていいなあ……」

「おじさんみたいなこといいますねぇ」

 

 いやいや、予備隊A4やエフィ達に比べれば俺なんておじさんである。愛だの恋だの友情だのに全てを賭けられる程情熱を持ったお年頃ではない。自分の信念に従って、気に喰わない事に関してだけ抗える老いぼれだ。例えば馴染みの良く飲みに行く傭兵が鉱石病にかかったとしよう。メイリィと同じように現状打破のためロドスを見つけるまで根気強く付き合えるかと問われれば最終的にNoと答える。

 

「気になったんですけど、エインさんは兄弟や姉妹っていなかったんですか?」

 

 エフィから見ればそれは当然の疑問だったであろう。二人が兄という存在に思いを馳せ、俺が言及していなかったのだから気になって聞いてくるのは道理に叶う。

 

「弟がいたよ。今はどうしているのか知らねえが」

「へぇ~なんか、一人っ子ってイメージだったよ」

「まあ、兄らしい事をしてやれなかったからな」

 

 いやはや、お恥ずかしい話である。俺より遥かに優秀で、両親に溺愛されていた年の離れた弟をどうにも好きになれず、辛く当たってよく泣かせては両親に怒られて余計に嫌いになる。今だからこそ愚かだと言えるが、昔の自分はただただ『俺ばかりが怒られるなんて理不尽だ』と不満を募らせていった。

 積み重なった不満が溢れた時、丁度地区に滞在していた傭兵団の積荷に紛れ込んで家出という手段に出てしまった。率直に言って馬鹿であり、そんな子供の面倒を見てくれた往時の団長には頭が上がらない。『鼠一匹紛れ込んでる事に都市から出るまで気付かなかったなんて喧伝したくねえ』だったか。それにしては知りたい事はなんでも教えてくれたし、独り立ちする時には装備一式や金銭の融通まで行ってくれた。団長がいたからこそ今の俺がいると言えるくらいには恩人だ。『ただのガキだからさっさと音を上げて帰らせてくれって言うかと思ったんだがなあ』と月の下で感慨深そうにしていたのを覚えている。

 

「うっ、こ、込み入った事情があったりする……?」

「ねぇよ。ま、弟にしてやれなかった分をロドスのガキ達に対して兄貴面してるって言われれりゃ否定は出来ねえが」

 

 要するにただの代替行為だ。100%の善意からではなく、そう言った面があるのを俺は否定しない。

 

「それでもよけりゃあ、好きに兄扱いすると──」

「ホント!?」

 

 あやっべ。口が滑ったと咄嗟に噤んだが、既にメイリィは乗り気である。エフィの方もジッとこちらを見つめ、

 

「しっかり言質取りましたからね」

「いやなんか流れで言ったけど俺は兄って柄じゃないだろ」

「それはエインさんが決める事じゃないですよね?」

「お? お、おう?」

「そーそー! 私達が決めることだからさー!」

「……まあ予備隊A4の前とか俺達だけの時な。間違っても大勢いるところで言うなよ?」

「えーなんでー?」

「俺の立場が死ぬからだよ」

 

 心底わかっていなさそうなメイリィに俺は懇々と説明してやることにした。一回り以上年齢が離れた相手、しかもオペレーターという立場を同じくする者からお兄ちゃんと呼ばれてみろ。若いは正義で老いは悪、エフィに振り回されて色々不名誉な評価を貰った過去から龍門事変を経て持ち直したのに、また急降下するのはよろしくない。

 それから、ケルシーとチェン、ブレイズやキャッスル3、ミッドナイト等々他にも色んな奴に一ヶ月はネタにされるだろう。

 だから、頼むから俺の言うことを守ってくれ、兄としての最初のお願いだと言い聞かせた。「うんわかったー!」と満面の笑みを浮かべるメイリィに、これから定期的に言ってやれば忘れることもないだろうと算段をつける。

 そして翌日、

 

「おっはよー! お兄ちゃーん!!」

「昨日の話もう忘れたのかてめぇ!!!!」

「あだだだだ忘れてたぁ! アイアンクローはやめてぇ!!!」

 

 綺麗サッパリ忘れたメイリィが朝いちばんに食堂でやらかして俺の名誉は死んだ。死んだ顔を晒した俺はアンセルに胃薬を差し出され、スチュワードに肩を叩かれて同情され、アドナキエルが悪知恵を働かせた結果メランサにも控えめな声で「お兄ちゃん」と呼ばれて完全に地に伏した。

 

 

 

 



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Ep.15-率先励行-

 ロドスアイランドにある訓練室の一角はとあるオペレーター専用のものとなっている。

 オフの日でも最低六時間を鍛錬に費やす彼女のため、設けられたそこに一人の招待客の姿──要するに俺なのだが、今まさに生命の危機を感じて顔を引きつらせていた。

 

「大丈夫よ! 私なら寸止め出来るから! ほらほら押し返さないと!」

 

 いやそういうことではない。自分の持つ盾を伝う断続した衝撃と火花、盾の影を僅かにはみ出た刃は凶悪の一言で全て表せるものであり、何より俺の恐怖を駆り立てるのはその駆動音。大型獣の咆哮と比べても、遜色ないプレッシャーを感じる。武器の持ち主であるブレイズの好戦的な声と合わせて耳から入る音が俺の心臓を握って離さない。

 足に込める力を更に増やし、連動して両腕に全身全霊を込めて押し上げるようにすれば、合格と言わんばかりに立ち塞がるもの全てを両断してきた彼女の武器が離れていく。

 

「うんうん、始めた頃よりずっと強くなってる。その調子ね!」

「な、なあそれ……刃を回転させるのは必要なことなのか?」

「何言ってんのよ、実戦感を少しでも出さないと──ね!」

「勘弁してくれ!!」

 

 ブレイズの周囲に立ち昇る白煙。彼女が己のアーツを解放した証であり、それを纏って地を蹴るブレイズの速度は先ほどより一段早い。反応は間に合ったが力を行き渡らせる前に受けてしまったために態勢を崩される。

 

「あ、やっば」

「──おい?」

 

 間の抜けた声と共にちり、と足に走る痛み。振り下ろされた刃が盾を滑り、地面に突き刺さるまでに俺の足を掠って訓練服がずたずたにされ、焦げた匂いが漂ってくる。ブレイズによるアーツで服が刃に触れた瞬間に燃やされていなかったら服が巻き込まれて大怪我どころでは済まなかっただろう。

 にへらと表情を崩すブレイズを見れば、加減を間違えたなこの野郎と状況を察した。

 

「……」

「……」

「ま、大丈夫よね」

「ふっざけんなこのアマァ! いやすみません助けてくれドクタァ!」

 

 思わず罵声を口に出せば、ニッコリと無言で更に速く走りだすブレイズに、流石にヤバイと思ったのか監視役のドクターが乱入してめちゃくちゃ止めてくれた。

 当然、ブレイズには有人訓練時の制限がかけられた。

 

 


 

Ep.15-率先励行-

 


 

 

「あっはっはっはっは! あなた、そんな理由であの時無理を通したの!?」

「……俺にとっちゃ『それ程』の理由だったんだよ」

 

 身体のあちこちから発せられる鈍痛に耐えながら、夜のバーで酒を呷る。隣の席にはいつもの戦闘衣装から私服に着替えたエリートオペレーターのブレイズが豪快にエールを飲み干していた。

 龍門の一件以来、目を付けられた俺はたまにブレイズに捕まっては対火力の防御訓練を課せられ、その度に足腰と肩腕に痛みを植え付けられている。模擬戦からの感想会が終わったあとは、こうしてアルコールを摂取して身体の痛みを騙くらかすまでがセット。模擬戦はともかく、ブレイズは遠慮のいらない相手だから今みたいに飲み交わす時間は嫌いじゃない。

 今話していたのは丁度、俺とブレイズが無線越しに邂逅した時の出来事。その延長線上の事だ。詳しく話すと長くなるが、まあそれは置いといて。

 

「ま、そういう男はキライじゃないよ私」

「どーも」

 

 嫌いじゃないが、嬉しいかどうかはまた別問題。都合四杯目となるグラスを飲み干し、マスターに捧げれば、心得たよう商売道具を手に取る。

 

「聞きたいんだけど」

「なんだ」

「あなたはどうして強くなりたいの?」

 

 ブレイズの疑問と同時に、マスターが眼前にグラスを戻してくる。ジンをベースにドライベルモットを合わせ、軽くかき混ぜたソレをカクテル・グラスに注いだ後、宝石の如くカクテルオニオンを添えたもの。一口含めれば辛みが口内に広がり、喉を少し焼く。

 そうして、一拍置いてから言葉を出す。

 

「護りたいものが出来たからだ」

「ほー」

「口に出すと恥ずかしいなこれ」 

 

 酒が入っていなければ絶対に言わないだろう言葉だった。

 傭兵時代は命を天秤にかけ、名誉と金銭を追い求めていた。それがロドスアイランドに迎合し、沢山のオペレーターや子供達と接していくうちに自分の中での優先順位が変わっていく。天秤の反対側に乗せるのは今まで乗せていたものより遥かに重い仲間の命、今のままではいつか天秤を壊して台無しにしてしまうと龍門で思い知った俺は、ブレイズとの実戦的訓練を渡りに船だと思っている。

 より厚く。より硬く。目に入る全員とは言わないまでも、仲間ぐらいは護りきれるようになりたい。

 

「いいわねー男の子って」

「男の子って年齢じゃねぇがな……」

「男の子は何歳だって男の子よ。若さってやつ」

「俺よりはブレイズの方が若いと思うが」

「まあそうかもしれないけど……でも、私は生き急いできたから」

 

 そう言って遠くを見るように目を細めるブレイズは、普段からは想像出来ない雰囲気だった。……全くどうして、ロドスでは難のある奴ばかりと親交を深めてばかりな気がする。予備隊A4のひたむきな若さが恋しくすらある。

 

「何言ってんだ、あの女狐に比べればオペレーターのほとんどは若いだろうが」

「ケルシー先生に殺されるわよ」

「ロドスの全てに盗聴器でも仕掛けてたらそうだろうな。けれど、流石の女狐もそこまではしてねぇはずだ」

「どうかしらね」

「ここは神聖なアルコール広場だぜ? 天災だって邪魔出来ない聖域なんだ」

 

 ブレイズの中にあるケルシーへの評価はさておき、ブレイズだって見る感じはまだまだ若い。もしかしたら俺よりもずっと、だ。

 そんなやつが、過去に思いを馳せながら自分は若くないと宣う。そこに、どれほどの苦労と困難があったのかを邪推するのは簡単だ。邪推と解っていても、緩くなった口は止められない。

 

「いいじゃねえか、お前は間違いなくイカれた奴だが……それでも信頼も信用も出来る」

「私がなんとかするからバッドガイ号がいる上空1000mから飛び降りろと言われたら?」

「………………………………俺と目を合わせて頷いてくれたら、まあ情けない悲鳴をあげながらでもやってやる」

「相当考えたわね今」

 

 当たり前だろ。

 

「俺の盾に誓ってもいいぜ」

「覚えておくからね」

 

 こんな事を聞くなんてブレイズもまあまあ酔っているに違いない。偏見なのは間違いないとして、このまま一緒に訓練して俺の実力が一定ラインを超えれば、その時は引き摺って飛び降りるのがブレイズだ。

 で、なんの話をしてたっけと聞けば、「戦う理由よ」と答えてくれる。

 

「ああそう、それだそれ。根無し草の俺にとっちゃあ随分な衝撃でなあ」

「惚れた女のために?」

「ほれっ……あのなあ」

 

 あまりにも直球な表現に思わずグラスを落としかけ、きちんと握ってから呆れた事を示すために溜息をして首を振る。

 

「エフィだけじゃねえ、予備隊A4だってそうだし、鉱石病に罹りながら笑顔で過ごすガキどもも、故郷を一番自分は二番に考えて板挟みになった女も、まだまだ若いのにロドスを背負う黒兎も、馴れ合い過ぎていつの間にかな」

「いままで良く傭兵やってこれたわね、あなた」

「うるせぇ。……ずっと他人事だったんだ。鉱石病を発症した相手への差別は、はっきりと見えなかったからな」

 

 傭兵仲間には確かに鉱石病の奴もいたがそういうのは大抵腕っぷしが強かったから一般人が表立って何か出来る訳もなく、嫌な顔をされる程度だったし舐め腐った同業者は袋叩きにされていた。何度か他人が虐げられている光景に遭遇しても、『当たり前の事』として何も思わなかった。

 でもロドスじゃあ傭兵時代と話が違う。患者を迎えにいくために赴いた先で、住人達から安堵の表情を見せられるのは可愛い方で、酷い時には──いや、酒の席で思い返す事じゃないか。

 

「……私にとっては腹立たしい事よそれ」

「すまん」

「いいのよ、とは言わないけど今はそうじゃないでしょ」

「まあな」

 

 不満を飲みこむような声に、短く同意。

 

「今まで目を逸らしてきた分、しっかりと働いてもらわなくちゃね!」

「もとよりそのつもりだ。もう知らん顔出来ねえよ」

「私がたっくさん稽古つけてあげるわね!」

「俺が死なない程度に頼むぞほんとに!」

 

 感染者のためにではなく、近しい仲間のために。ただでさえロドスの重装オペレーター枠は厳しいのである。エフィの足を引っ張らないためにも今よりずっとずっと強くなる必要がある。

 こうして本格的に強さを求め出したのもロドスに来てからだったか。メイリィもそうだが、ニアールさんやホシグマさん、ノイルホーン等々、俺と同じ盾役で遥かに格上だったり追い越されそうな奴ばかりが目立って仕方がない。怠けていれば一瞬で蹴落とされるような環境だが、これはこれで悪くなかった。

 

「そう言えば、新米ちゃん達にお兄ちゃんなんて呼ばせてたんだっけ」

「なあ、話の前後が全く関係ないんだけどその話いるか?」

「ええとっても。私だってアーミヤちゃんにさ、お姉ちゃんとか呼ばれたいもの」

「いや何同類見つけたみたいな顔してるんだよ、俺は違うからな」

 

 なるほど、幼き少女に似合わぬ責任を背負わせた方から見れば、屈託ない笑顔でそう呼ばれる日があれば、皆が幸せになった後だろうか。だが今の状態でそう呼ばれたいと思うような性癖は持っていない。

 

「ブレイズ、お前そんな願望が……」

「だってそうじゃない。慕ってるドクターは記憶喪失、更に腹の中どころか性根まで真っ黒な政治家連中共と交渉したりしてるのに……頼ってほしいのよ、私は」

「それは……俺から言える事はなんもねえな」

 

 エリートオペレーターの意外な願望から一転、寂しそうにグラスを傾けるブレイズに俺は何も言えなかった。

 アーミヤは充分頼っているように見えるが、それは彼女があくまでエリートオペレーターだからかもしれないし、ブレイズは作戦などの血生臭い事ではなく日常の中でこそ袖を引いてもらいたいのかもしれない。

 まあでも──

 

「いいか、断じて言うが俺はオペレーターにそう呼ばれたいような癖は持ってねぇからな」

「えぇー! つまんなーい!」

「タチがわりぃ……勘弁してくれ……」




一ヶ月経ってたってこれマジ?
というわけでブレイズと絡んだお話。欲しいキャラ引いて自力でプロファイル全開放して酒を飲みながら読みこむのは堪らんよなあ
ところでブレイズ昇進2絵の後ろに書いてある英語を解読したニキがいたらしいんですけど内容が覚悟ガンギマリ過ぎて余計に好きになってしまった……どうしてくれるんや!!!


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Ep.16-多情仏心-

 エイヤフィヤトラことエフィの機嫌はここ最近大変によろしくなかった。

 というのも、相棒とも言える重装のオペレーターが他人に現を抜かしていたからである。例えば龍門近衛局に所属していたやり手のオペレーター、例えばロドスでも上位に位置するエリートオペレーター、例えばロドスで他人に距離を置かれていたが最近になってちょっと親しみやすさが見えてきた前衛オペレーター。ご丁寧に全員女性、全くだらしない。

 当時は一緒にいるのが当然だったのが、ここ最近は別行動ばかりで朝昼夜のどこかでご飯を共にするくらいしかない。

 

「そ、それで十分じゃないの……?」

「ぜっんぜんですよ!」

 

 対面に座るオペレーターのムースが純粋な疑問を呟くが、それに対する答えは怒り混じりの叫び。あまりの勢いにムースがびくりと身体を縮こまらせる。

 

「あ……ご、ごめんねムースちゃん」

「いいよ。ふふ、エフィちゃんってば、お兄ちゃんを取られたみたい」

「お兄ちゃん……確かにそうかも? ロドスじゃあ、ずっと一緒だったし、この前もメイリィちゃんとそんな話したんですよね」

 

 ただ、件のオペレーターを思い浮かべてお兄ちゃんと呼ぶとしっくりする反面、違うのだと思ってしまう部分もあった。安心して背中を任せてくれる心地よい信頼と、何があっても自分はアーツをただ敵に当てればいいだけの自信。

 

「でも、うん、エインさんは私の相棒なんですよ。ただお兄ちゃんって言うにはぁー……」

 

 言葉を一旦切り、そのまま続けようとエフィの声が喉を通る前に、ドアが勢いよく開かれる。二人が音の方向を向けば、息を切らせた天災トランスポーターにしてロドスオペレータープロヴァンスの姿。

 

「エ、エインウルズのやつ、今度は別の女を引っ掛けようとしてるよ! 次はペン急のモスティマさん!」

 

 エフィは激怒した。必ず軽率短慮のエインを除かねばならぬと決意した。右手に杖を、左手に手錠を。ムースは何かに祈るように胸の前で十字を切り、プロヴァンスはいつもはやれやれと仕方なさそうに動くエフィの様子が今日は怪しい事に気付いてたらりと冷や汗を零した。

 

 


 

Ep.16-多情仏心-

 


 

 

「だからさ、誤解なんだよ」

「……違うもん」

 

 違わないだろうが。喉元まで出かかった言葉を寸でのところで飲みこむ。ペンギン急便に所属しながら各地を放浪する天災トランスポーターにして攻撃目標周囲の敵を纏めて拘束出来る天才術師のモスティマ。そんな彼女がロドスに来ていると聞いてその実力を見せて貰おうと(かなり強引に)約束を交わしてそれを果たそうとなった時、横から出てきたエフィにがしりと腕を掴まれた。

 モスティマとの先約があるからと言っても聞かず、むすっとしているのはいったい何故なのか。皆目見当もつかない。……いや、本当は解っている。龍門事変の後半にエフィをロドスに置いてから帰ってきた俺は大怪我して療養、その後は少し気まずくなって会話が少なくなったり、誤魔化すように他のオペレーターとばかり交流してエフィをないがしろにしていたのが、いよいよ返ってきたのだろう。

 ちなみに、モスティマは困り果てた俺の顔と威嚇するようなエフィの顔を性格の悪そうな顔で交互に視線を向けたかと思うと、『後で返してもらうからね』と半オクターブくらい高い声をわざとらしく投げ捨ててどっかへ歩いて行った。そのせいでエフィの機嫌が更によろしくなくなったのだが、俺から言えるのは一言。地獄に落ちろロクデナシ。

 

「なあ、自慢じゃないが俺は今まで女の一人すら出来なかったんだ」

 

 もちろん、嘘である。大口の依頼を完遂した日は歓楽街に足を運んだ事もあったし、遠征した時は現地でその場限りの関係を持ったこともある。そんな意味では嘘だが、しかし身持ちの意味なら決まった女性は今まで出来た事もないので嘘ではない。

 

「なるほど、ロドスに就職したからこうやって美人のオペレーターに声をかけているんですね」

「断じて違う」

「あ、女の子なら誰でも良かったんでしたっけ?」

「どうしてそうなるんだ……」

 

 ずんずんと進むエフィにされるがまま、やがて到着したのはロドスのカフェテラスだ。無言で座るエフィに、俺も対面に座って言葉を待つ。

 

「その、すみません突然」

「気にするな、そうする程だったんだろ?」

「……最近、お兄……エインさんと話す機会がなくて、なのに他の人ばっかり構うから、ごめんなさい」

 

 とりあえずとお互いに飲み物を頼み、それで喉を潤して少しばかり無言の時間を過ごしたあと、両手をテーブルの下に潜り込ませてか細い声を出しながら目線を下にやるエフィの顔は不安に彩られていた。その頭が痛くなる言い間違いは後できちんとお話するとして、心当たりがありまくりなので首をゆっくりと横に振ってエフィの言葉を否定する。

 

「いや、俺こそ悪いな。龍門で頑張った事にもお返し出来てねぇし」

「……! た、確かに! そうですよエインさん。私、その報酬を受け取ってません!」

 

 助け舟ではないが、前々から俺の気になっていた事を言えば、きちんと意図を理解して乗ってきてくれる。

 

「エフィがなあ、酒でも飲めれば簡単だったんだが」

「あ、それ知ってます! お持ち帰りするお話ですよね」

 

 はずだったのが突然雲行きが怪しくなってきた。いったい何故だ。

 まあいい、落ち着け。俺は分別のある大人なのだ。

 

「で、今度は誰に吹き込まれた?」

「先輩です!」

「アイツをロドスアイランドから叩き出せ!」

 

 反射的に、そう口にしていた。エフィが先輩と呼ぶのはただ一人、ロドスアイランドの要にして総指揮官のドクターのみ。エフィに余計な事を教えた報いを受けさせたくなるが、それを実行するには立ちはだかる壁が高すぎて採算が取れない。脳内でヘルメットの下にイイ笑顔を浮かべるドクターに渾身の右ストレートをぶち込んで精神を落ち着かせる。

 

「あのな」

「はい?」

「ここじゃそんなこと出来ないから」

「………………」

 

 沈黙は肯定と受け取って良いか?

 

「アーミヤかケルシーか、酒場にカメラはなくとも通路のどっかにはあるんだから、酔いつぶれた相手を俺の部屋まで連れてってみろ。次の日には艦内放送で呼び出されるぜ。『重装オペレーターのエインウルズさん、至急執務室まできてくださーい』ってな」

「……あれ? たまにエインさんって呼びだされてるような」

 

 すっと目を細めるエフィにげんなりする。ほろ酔い気分でロドスの下層を散歩していたらケルシーとバッタリ出くわしたような気分だ。毎回毎回俺の言った通りの理由で呼び出されているならとっくにロドスの甲板で逆さまに吊るされてるか、男性オペレーター達にやっかみで俺一人相手に40人くらいでフクロにしてきているだろう。

 

「俺は重装の中でも対アーツ装備を持っているからなあ……マッターホルンの奴はカランドからの出向だから、それよりは動かしやすいって急に作戦に駆り出される事があって」

「あー……」

 

 疲れた声で明後日の方を向けば、エフィも思い至ったようでなんとも言えない同情の声が漏れる。

 ここらへんはドクターも悩みのタネだそうで。更に厄介なのがカランド貿易のトップかつ名家の当主であるシルバーアッシュ。あっちこっちに出せば痛くもない腹を探られるが、戦闘力はロドスで上から数えた方が早い実力で替えの利かない戦力なのだから自分の中で誘惑と戦うのが大変だとかなんとか。

 エフィにしても、強大な能力と引き換えに鉱石病の症状が深いためにおいそれと引っ張り出す事も出来ず。契約のせいでエフィを出すには俺も一緒に連れていかなければならないため、毎度毎度ドクターがそれとなくお伺いを立ててくるのは流石に笑ってしまうが。そこらへんに関してはドクターを信用しているから文句は言わないんだがな。

 

「確か、エインさんってロドスでの最速昇進記録持ちでしたっけ?」

「それなら確かこの間モスティマに抜かれたんじゃなかったか。そもそも俺の昇進はあの時の一回だけなのに対してモスティマはすぐに二回目まで行ったしなあ」

 

 思い返すのは龍門事変の時。啖呵を切った俺にケルシーは言い返せず不愉快な顔をする一方、ドクターは面白いと言わんばかりに一室に連行して作戦開始三時間前までオペレーター達が経験してきた戦闘記録を延々と見せられた記憶。

 

『充分な能力があるオペレーターには作戦中、ある程度の裁量権を与えるんだ。所謂【昇進】というやつなんだけど、これを君にね』

『そうでもしないとケルシーは納得しなさそうだったから。だから、大量の作戦記録を君に見せる必要があったんだよね。実力は充分あるみたいだし』

 

 閲覧中に少しでも集中していなさそうな雰囲気を見せると鬼の形相(推定)で睨んでくるドクターは、とても記憶が欠落している存在とは思えないスパルタっぷりだった。きっと、記憶と一緒に人間性も欠落したんだろう。

 実はドクターから昇進しないか! ほらもっと活躍出来るようになるからさ、大丈夫予定は開けられるから! と熱烈なアピールがかかったりしているが、そこは法外な対価を要求してのらりくらりと交わしているところだったりする。具体的にはD32鋼や融合ゲル、ナノフレーク等々上級素材を惜しげもなく使った最硬の盾と、RMAなんちゃらや希少な異鉄を使ったアーツ補助を兼ねた片手剣の装備。あとはついでに金。理不尽だと声を荒げていたが、これ以上使い勝手を良くされるのは困るのだ。

 

「それで、話を戻すんだが」

 

 まあ、そんな過去はともあれ。

 

「今度出掛けるか、近いうちにシエスタ行くって話も出てるし、それ用の服でも買いに行かないとな」

「それなんですけど、私はロドスで休んでいようかと思って」

「マジで?」

「人が多い所はあんまり好きじゃなくて……人混みに呑まれて逸れたら大変ですし」

「そうかあ」

「あとは、シエスタの火山が気になってるので、データを送ってもらって眺めたいんです」

「……ああうん、なるほどな」

 

 忘れがちだがエフィは元々火山関係の研究を進めるために治療すべくロドスへやってきた。本来ならばその足を以てシエスタの火山へ赴き、心行くままにフィールドワークと洒落込みたいのだろうが……残念ながら夏の祭典真っ最中であるシエスタには大量の観光客もやってくる。そんな中で現地を歩き回るのは大変なのだろう。

 気にしていなさそうな言動とは裏腹に曇った表情を見て俺はふと思い立った。ロドスがシエスタに到着するのは祭りの最中から終わりまで。であるならば、終わり際なら人も多少は少なくなっているし、少しくらい強引に連れ出すのも悪くない。

 

「……それに、私がこっちに居た方が良い気がするんです。なんとなく、ですけど」

 

 か細く呟かれた言葉は意図的に無視する。なんとなく呟かれた割には不穏な影を感じ取り、面倒事が起きませんようにと心の中で祈りをささげた。




今回の独自設定:エフィは人混みが苦手。まあ目が悪いし体温感知出来る中で知り合いを見失いそうな群れの中ともなれば多少はね?


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Ep.17-朝種暮穫-

危機契約始まったんですけど、障害物利用してうろちょろさせるの苦手なんですよね……なので重装で固めて全部受け止めました(脳筋)


 夏、夏、夏! 収入源が安定しない傭兵にとってシエスタのサマーフェスティバルとは決して手の届かない最上の休暇である……はずだった。

 だが今こうして俺はサングラスをかけながらぶらぶらとシエスタの街をアテもなく歩いては露店で軽食やアイスを無造作に買って日々のストレスを解消している。ロドスアイランドは素晴らしい組織ですと今なら胸を張って言えよう。

 

 いや、正しくは言えた(・・・)だが。

 

「てめえ、くたばったと思ったらこんなところで何をしてやがる」

「こちらこそ、貴方を見ると昔を思い出して嫌な気分になる」

 

 路地裏で、お互いがお互いに敵愾心を隠そうともせず刺々しい言葉の応酬を繰り広げる。俺の眼前には過去に散々めんどくさい戦闘を繰り広げたクロスボウの使い手。無論、向こうからしたら護衛対象の前をうろついて簡単に任務を終わらせてくれない忌々しい相手だと思っているだろうが。

 

「シュヴァルツ、こんなところにいたのね! ……その殿方は?」

 

 そんな剣呑な雰囲気の中、視界の外から乱入してきたのは如何にもなお嬢様だった。落としたら壊れそうな日傘を差し、姿の見えなくなった家族を見つけたように安堵の息を漏らす白を基調とした服を着る女の子だ。

 血生臭い傭兵とはどう転んでも縁がなさそうな少女へ先ほどまでの険しい表情をすっと消して柔らかな笑みを浮かべる女を見てこの世の終わりは今日かもしれないと覚悟した。

 

「お嬢様、何故このような場所に」

「護衛の方にお聞きしましたわ。貴方が私の傍を離れる程だもの」

「それを察せられるならば容易に来るべきではないはずですが……」

 

 過去に、やたらと強気な傭兵の四肢を撃ち抜いたとは思えない程腑抜けた対応。なるほど、と納得して俺は笑いを堪えきれない。

 

「いいじゃねえか、シュヴァルツ。たかだか小娘一人に翻弄されるとは随分と丸くなったものだ」

「……何を言うかと思えば。ええ、確かにそうかもしれませんが、それを私は悪い事とは思いません」

 

 からかい半分で出た言葉を、シュヴァルツは反論する事なく呑みこむ。ああ、なるほどこれはもう重症だろう。昔に見た、冷徹な瞳を上手く隠して。ただ、傍らに立つセイロンと呼ばれた少女を大事そうに見る優しい目だけがあった。

 

 


 

Ep.17-朝種暮穫-

 


 

 

「どくたぁーーー! 俺達はここになぁにしに来たんでしたっけぇ????」

「ごめんってエインウルズ、埋め合わせは絶対にするからさ!」

 

 なんて一幕があって、その後に俺が何をしているかと言えば、市長代理のクローニンとかいう奴とその護衛相手にドンパチである。レユニオンや直前にあったいざこざに比べればまあ、文字通りシエスタ(お昼寝)みたいなもんだが、俺達はここへ休みに来たのであって戦いに来た訳ではない。逃避行の最中に恨みがましくドクターを詰る。

 シュヴァルツを見かけてからいつ狙撃されても良い様にと相棒()を持っていたのが幸いと言っていいのか、それのせいとも言うべきか。いやでも休暇のために訪れた街で俺達の指揮官が問題ごと起こすとか予想出来るか? オマケにドクターが引っ張ってるお嬢様はさっき見た人だしよ。

 

 

「エインウルズ!」

「っとぉ……ぐお!?」

 

 ドクターの掛け声に合わせて盾を振る。若干の痺れと甲高い音と共に弾かれる鉄製の矢が見えた──瞬間に小規模な爆発が俺を包む。あのくそったれ、町中でソレを使うか!

 昔相対した中で幾度となく使われた爆発矢。一発辺りの威力は控えめではあるがこうやって周囲にばら撒かれると割とどうしようもないのがいやらしい。

 破片が頭を切ったのか血が流れてくるが、平衡感覚や視界に異常なし、かすり傷で済んだか。

 

「ドクター! これマジやばいってお嬢様誑かすから怒ってんじゃねえか!」

「軽口叩けるなら上等でしょ! 行けエインウルズ!」

「ざっけんな!! 対遠装備ならとかく、水着と盾でどう止めろと!?」

 

 軽口を叩ける余裕があるのはドクターも同じだった。現在の俺の装備は盾を除けば白に青色の花が描かれたラッシュガードとスイムショーツ、オマケに投擲用の小さなナイフが数本のみ。爆破弓を容赦なく放ってくるシュヴァルツ相手に有効手段を持たない。足止めくらいは出来るかもしれないが、あの女は壁を走って登ったりそこから跳躍したりと機動力も中々ある。最悪、俺の事を放置してドクターを追いかねない。

 

「ドクターとお嬢様、もうちょっとこっちに寄れ」

 

 あ、と思い付いてドクター達を手招きする。近寄って来た二人と並走しながら後ろを見て、一瞬後悔した。追跡者の表情が、ない。

 

「……なんかめっちゃ怒ってない?」

「そらそうだろ。俺、今人質取ってるもん」

「は?」

「いいかドクター、あいつは強いを通り越してヤバい、俺の折り紙付きだぜ」

「それは心強いね」

「味方なら、そうだったな」

 

 ドクターの顔は一瞬で歪んだ。

 

「周囲に観光客がいないのを確認しているが平然と町中で爆発矢をぶっ放して来やがる」 

「セイロンさんからシュヴァルツさんの事は多少聞いてるよ」

「そら手間が省けた。ええと、お嬢様?」

「セイロンで結構ですわ。あの時に聞きそびれていましたが貴方のお名前は?」

「エインウルズ。一緒に逃げる仲だ、よろしくな」

 

 セイロンの顔も歪んだ。何故だ。

 どこかで会ったのかとドクターに聞かれたので『休暇中』に少しと嫌味を含めて答える。

 

「話を戻そう」

「シュヴァルツさんがCASTLE-3より無表情な話」

「まあ傭兵だった頃のあいつは狼よりおっかねえ奴でな。それが久しぶりに見かけたと思ったらティーカップより重い物を持てなさそうな女の子の御守りなんかやってんだ」

「お顔の通り失礼な方ですわ。少なくとも、アーツユニットを振りかぶって無礼者を叩けるくらいの力はありますの」

「おお怖い」

「ところで傭兵が女の子の付き添いだなんて、どこかで聞いた話だね」

 

 合いの手のように入れられた一言が深く突き刺さる。

 笑っているドクターの足を引っかけて生贄にするかどうか、たっぷり五秒程迷って止めた。死ぬかもしれない今を回避して未来の死を確定させるべきではない。

 

「凄い顔をしますのね、さっきの私も同じくらい嫌な顔をしていたかもしれませんわ」

「あいつとセイロンお嬢様が話してるところを見たからわかるぜ。相当大事にしてる」

「それも経験則?」

「ああ、ドクターがエフィに何かしたら毎日面倒ごとを起こして事務仕事の数を二倍にしてやるぐらいにはな」

「面白いお話ですけれど、結論を言ってくださりません?」

「爆発矢は今の装備じゃどうにもならんからセイロンお嬢様を近くに寄せて盾にしてる」

「最低ですのね」

「生き残るための知恵と言ってくれ」

 

 現に、さっきから飛んでくるのは通常矢ばかり。それでも武器とあいつの膂力が加われば馬鹿にならない威力がある。なんかロドスに来てからこんな手合いと戦う事が増えたような気がするのだが。

 さて、問題はこの後。いつまでも走っていればこっちの体力が先になくなる。

 

「それにしても、シュヴァルツが昔は傭兵だったなんて……」

「知らなかったのか? まあそれは後にしとこう。とりあえず問題は今だ。ビーチにゃ他のオペレーターもいるが武器を持ってない。源石術を使える奴もいるが……」

「あんまり良くないね。どんな影響が出るかもわからないし、何より民間人の避難をさせなきゃならない。そんな時間はないよ」

「シュヴァルツ以外の護衛もいるから手詰まり感がな……チッ」

 

 交差点に差し掛かったところで、目前に黒服の男達が数人姿を現す。さっきからシュヴァルツ以外の姿がやけに少ないと思ったら迂回して挟み撃ちにする作戦だったらしい。

 ……しょうがない。これは俺が足止めをするのが最適解だろう。

 

「ここは俺に任せて先に行けよ!」

「それ死亡フラグ!!」

「ここで捕まってドクターが酷い目に遭えばどっちにしろ俺は死ぬんだよ!」

 

 一本二本と一番近い黒服の足めがけてナイフを投げる。吸い込まれるように刺さったソレに呻き声を漏らす黒服に周囲が一瞬動揺し──

 

「ほら行け行け!──『暗愚ども、俺様が相手だ!!』」

 

 盾を大きく振りかぶって、よーいドン。声に力を込め、見下して挑発するように叫べば残った黒服は走り去るドクターとセイロンではなく、俺に敵意の全てを向ける。

 

「これは、やられましたね」

「ああ、まあちょっとした小技を覚えてね。声に鉱石術を乗せて対象の意思に働きかける、だったかな」

 

 殺気立つ敵の中で、シュヴァルツがクロスボウを装填しながら歩いてくる。余裕綽々、されど油断の欠片も見当たらない。

 

「ただこれ、手練れには効かないはずなんだけどな。いいのか? 俺にかまけて二人を見逃しても」

「もう一つ先のブロックにも人員は配置しておりますので。見たところドクターと呼ばれる人物は強くないようですし」

「なるほどね」

 

 つ、と冷や汗が背中を伝る。道理でシュヴァルツまで残ったはずである。賭けるとしたらお嬢様が実は凄腕だったという奇跡だが……

 

「あーところで? 周りの奴らよりお前の方が何倍も敵意が強いみたいなんだが」

「昔は相対する度に殺してやりたいと思っていました、その名残でしょう」

「……で、今は?」 

「お嬢様を盾扱いした貴様が楽に死ねるとは思わない事です」

「なるほど、さてはセイロンお嬢様の怖さはお前譲りだな?」

「戯言を!」

 

 開幕の一矢と共に黒服が四方から取り押さえようと走ってくる。シュヴァルツがいなければ十分は時間を稼げただろうが、現実は非情だ。

 まずは一人目、遮二無二突っ込んできた貧乏くじの足を引っかけ、強く押して抱擁先を地面に変えてやる。左右同時にやってきた相手は先の黒服を押した手をそのまま振り回して顔面を殴りつけ、もう片方は盾で押し返す。

 

「獲った!」

「そうでもないさ!」

 

 盾から手を離し、後ろから警棒を振る敵の腕を掴む。後ろから攻撃してくる奴は何故どいつもこいつも声を出すのか、これがわからない。

 

「ぐ、なんて馬鹿力……」

「褒めてくれてありがと、よ!」

 

 姿勢を下げ、男の脇に腕を添える。そのまま持ち上げて背中越しに放り投げてやっと一息つく。多対一にも関わらず初動を捌かれたのか、周りの男達は警戒しているようで襲ってこない。

 だが────

 

「やはり避けられますか」

「ああ、まあ間一髪だったが」

 

 足元には地面に刺さる矢が一本。機動力を削ぐために放ったものだろうが、舗装された道路を易々と突き破っている。

 生きるにしろ死ぬにしろ、五体満足で済むかどうか怪しくなってきたな。



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Ep.18-墜茵落溷-


 

Ep.18-墜茵落溷-

 


 

 

 俺にとって計算外だった事は二つある。

 一つは黒服だけを足止めするつもりでシュヴァルツが残るとは考えなかった事。これのせいで足止め出来る時間が大幅に減るだろうと舌打ちをした。

 もう一つは、その割にシュヴァルツが手を出してこない事。黒服に指示を飛ばすが積極的に殺しに来ない。ここが町中で周囲を破壊しないように気を遣っているとしても、利き腕を庇えるくらいの傷しか負ってないのは奇跡だとしても有り得ない。

 

「随分と手を抜いてるじゃねえか。本気出すまでもないってか?」

「今の私は殺し屋ではありません。多少傷は深くとも生きて捕らえなければならない」

「コーヒーに角砂糖何個入れたらそうなるんだか気になってしょうがないね」

 

 飛んできた矢を弾き、合間にやってくる黒服を斬って態勢を崩し、跳躍して背中を盛大に踏みつけて意識を奪う。こちらも会社勤めな都合上、不用意に殺しては不味いから同じ立場と言えよう。──その手加減もここで打ち止めだ。最初は倒してもすぐに補充が出てきた黒服だが、おかわりの気配がない。ドクターの方にかまけているにしても時間がかかり過ぎる。推測になるが丁度ドクターに救世主が現れたのだろう。それもどれくらいかはわからないが敵を一掃出来るくらいには強い味方が。

 

「貴方こそ、急所は避けて殺さずに無力化しているではないですか」

「俺は今就職して傭兵じゃないんだよ」

「その口からは皮肉か罵声しか出ない貴方を雇う場所があるなんて、世界は広いものです」

「おいおい、女への口説き文句だってしっかり出るぜ」

「不貞を働いた時の言い訳の方が淀みなく出せそうですが」

「残念と言うべきか幸運と言うべきか、そっちは披露する機会に恵まれなくてな」

 

 会話をしながらも戦闘は続いていく。と言っても現状はほぼ詰みと言って良い。警棒による打撲と些細なアーツの被弾、あとは避けきれなかった矢や爆発で削がれた肉がほんの少し。それらも積み重なれば体力の消耗も大きくなる。

 大前提として装備が万全でないから反撃が出来ない。機動力もあちらさんが上回るから距離も詰められないし、じりじりと建物に寄ろうとしても即座に進路を防ぐ形で飛んでくる。嫌らしい動きは昔から衰えているどころか洗練されてんな。

 

「随分とかっこよくなりましたね」

「素材が良かったのかもしれねぇな」

「ええ、私の矢は良質な鋼材を使用した特注品です」

 

 そういう意味じゃねえ。反論する前に新しい矢が飛んでくる。

 体力の温存を狙って最小限の動きで避けようとすればそれが地面に刺さった瞬間に爆発したりするし、それを警戒して大げさに避ければただの矢だったり。性格の悪さがしっかり反映された攻勢を繰り返されたために選択はほとんどない。刺さったと同時に耳障りな音と共にコンクリート片が巻き上げられた光景を見て今度は予想が当たったなと他人事のように思う。

 

「そこまでにしてもらおうか」

 

 突然、意識の埒外から誰かの声が飛んできた。図ったかのようにシュヴァルツと顔をそっちへ向ければ、2m近い巨漢の老人の姿がそこにあった。

 

「あまり若者を虐めるのは感心しない」

「あなたは」

 

 俺に殺意を振りまくシュヴァルツですら、全神経をその老人に向けてしまう。強者特有の威圧感を一直線に向けられているのだろう、そんなことをされれば誰だってそうなる。

 一方で、俺の方がシュヴァルツより近い場所にいるにも関わらず、威圧感の欠片も感じない見事な制御。これがロドスで戦闘訓練をしたくないオペレーターランキングをぶっちぎりで一位を獲得した貫録。

 

「ヘラグ爺さん、あんたにとっちゃ俺もシュヴァルツも若者だろ」

「せっかく助けようとしたのにその言葉、少しは感謝と敬意を以て迎えても良いとは思うが、どうかね」

 

 老いを一切感じさせない佇まい、青色基調に肩の部分が黒い制服はロドスではなく過去に所属してた診療所のもの。巨躯が携えているから相対的に小さく見えるが実際は長く大きい武骨な剣を鞘に納めて腰に吊るしている。

 ロドスでも五指に入る実力者の名前はオペレーターヘラグ。

 

「もちろん、酒場で一番高い酒を奢りましょう」

「常々思うが、酒類は通貨の代わりにはならないのだよ」

「それでは別のものがいいんで?」

「他のものにしろとまでは言ってないだろう」

 

 いやまあこれでなんとか助かった。ヘラグの爺さんが来てくれたならば安心だ。少なくとも優先順位はしっかりしているオペレーターで、この騒ぎの中心を見誤らない男ではない。黒服を予備含めて残らず病院送りにしてドクターを助けた後、改めて俺を助けに来たに違いない。

 

「……なるほど、ここは私の負けということですか」

「理解が早いのは、老骨にとっても助かるよ」

「お戯れを。負けはしないまでも勝つことが出来ない敵に歯向かう程愚かでないだけです、……ミスターヘラグ」

「それで良い、貴女は長生きするだろうな」

 

 シュヴァルツがクロスボウを下げ、それの追随するように柄に乗せていた手をヘラグ爺さんが下げる。

 

「どうでしょう? ここは下がりますが、すぐにお嬢様の居場所を突き止めます。その時は私の命を以てでも取り戻す」

 

 こっわ。

 

「我々の名誉のために言っておくが、箱入りのお嬢様を言葉巧みに操ってこの土地をどうにかしようと考える程、ロドスアイランドは切羽詰まってはいないのだよ」

 

 一般人ならそれだけで殺せそうな眼光の前でも、嘆息だけで物ともしない。我儘な娘に言い聞かせるように、ヘラグ爺さんは優しさを乗せた声でシュヴァルツを諭す。

 

「何故そう言い切れる? 私はそこの男が所属している組織と言うだけでマイナスなイメージが離れない」

「この女性に何をしたのかねエインウルズ」

 

 スッと爺さんの目が細くなる。冗談じゃねえ、そんなキラーパスをされても困る。

 

「仕事終わりのチキンディナーを食べ損ねる原因になったぐらいしか心当たりがありませんね」

「何度かね」

「意地悪はやめてくださいよ。あいつより俺の方がコース料理を手放した回数は多いんですよ」 

「……もう一度貴女に言っておこう。ロドスアイランドはそこまで切羽詰まっていない」

「そうかもしれません。ですがお嬢様は? 旦那様があらゆる手を使い、心血捧げて作り上げたこの都市を、お恨みになっていて行動しているかもしれないのです」

「今日一番面白いジョークだな、センスがある」

 

 握る手に力が入っているのか、クロスボウが小刻みに揺れている。殺意の裏で、間違いなくシュヴァルツは苦悩していた。あのお嬢様がそんな鬱屈した感情を抱えているかもしれない情報は初耳だが、聞いたところで俺達の行動が変わる訳でもない。

 これは大分偏見なのだが、箱入りにしては俺のジョークにおっかない返しをしてくるくらいに肝が据わっているあのお嬢様が、そんな性格には見えない。嫌いなものをどうにかするならもっと強引にやるんじゃないかと思える。

 

「エインウルズ、少し黙っていなさい」

「口が滑りました」

「いつもそうではないか、上級砥石で磨いた源岩塊の表面と良い勝負だ」

「ヘラグ爺さん、あいつの思い込みと決めつけでドクターは疑われて扇動者扱いされ、挙句に俺は海水浴も出来ない身体にされて新品の水着も駄目にされたんですよ?」

「それ以上岩塊と競争するつもりなら、医療担当をガヴィルにしてあげよう。すぐに泳げるようになるぞ」

「泳ぐのが海じゃなくて三途の川になりそうですがね!」

 

 いや本当に、堪ったものではないのだ。あちこち傷だらけ、自慢の盾はクロージャにお願いしてまた直してもらわないといけない。この日のために買った水着は武器磨き用のタオルにリサイクルした方がマシ。これで嫌味の一つも言わない人間がいたらそいつは余程のお人好しかただの馬鹿だろう。

 ましてや、こいつにやられっぱなしで終われなど嫌なのだ。やられたままでいられ────不満げな俺の顔から内心を読み取ったのか、シュヴァルツにぶつけているであろう『圧』が俺にも向けられた。

 こうなれば俺は引き下がらなければならない。ヘラグ爺さんは温厚ではあるが、優しい訳ではない。そもそも助けてもらった身分でベラベラと口を回すのはよくないしな。

 まあ多少は嫌味も言えたし頃合いだろうと肩を竦め、口に手を添えて右から左へ動かして噤む。

 

「茶番は終わりましたか? 結論だけ言ってくれれば私は助かるのですが」

「……わりぃ爺さん、これだけは言わしてくれ」

「何かね?」

「結論を急くのはお前とセイロンお嬢様、どっちが伝染(うつ)されたんだ?」

()いてはないです、充分待ちました」

「少し離れていたまえ。話が進まない」

 

 


 

 

「セイロンお嬢様とシュヴァルツは一回話し合うべきだな」

「あなたに言われずとも、解っております。そのための作戦なのです」

 

 ところ変わってとあるホテル。セイロンお嬢様が取ったホテルも、俺達が取ったホテルも追手に抑えられている可能性も考えると戻れないために別の新しいホテルだ。

 箱入りお嬢様は姉のように慕っていた護衛の血に塗れた過去を知り、ヘラグの爺さんから不幸な行き違いがある可能性を伝えられた。賞賛すべきは、その心の強さ。沈んだ期間はごくわずか、ドクターが寄り添ったとはいえ即座に立ち直ったのは生来から持つものであろう。

 

「時にドクター」

「なに?」

「アーミヤにはこの事報告したのか?」

「はっはっは」

 

 ドクターの反応で全てを察した。終わった後で共犯として怒られなければいいなと願う。

 

「エインウルズは、大丈夫なの? 盾に目印生えてたけど」

「まあ大丈夫だろ、シュヴァルツ並の実力者が居たら話は別だがな。休暇から駆り出された他のオペレーターもいるし、俺の盾が必要とは思わねぇ」

「でも着いてくるんだね」

「乗りかかった船からは降りないタイプなんだ、龍門でもそうだったろ?」

「間違いないね」

 

 後に報告書を出す時、これがフラグだったなと思い返す事になる。

 

 



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Ep.19-天災地変-

等級18逆RTA始まる前に投稿



 

Ep.19-天災地変-

 


 

 

「ドクターは俺を疲れ知らずのロボットかなんかと思ってるに違いない」

「その話は聞き飽きましてよ」

「エインなら安心だよねって送り出したけど」

「俺の盾は壊れかけだって断ったんだ。そしたらマッターホルンの盾を持ってきたんだぜ」

 

 本当に度し難い、人権という言葉を戦場に置いて来たんだろうな。そうでなければシエスタの陽気に中てられて良識が黒く焼けたか、頭の中がロックに汚染されてしまったか。愚痴をこぼしながらも不安定な地面を注意深く見ながら歩く。

 今回の任務は万が一のために観光客達を避難させる時間を稼ぐ事と、噴火を抑えるために元凶を探しに行くこと。プロヴァンスと道案内のセイロンお嬢様、そしてスカイフレアの三人を守るのが俺に課せられたお役目ってわけだ。

 その酷使っぷりに不満だらけだが、シュヴァルツが別行動の中で俺がセイロンお嬢様に着いていくって知った時の顔は見ものだったな。騒動が終わった後の未来を差っ引いても後悔しないくらいには満足出来た。

 

「そもそもあなた、行く気は満々だったのに私がいると知った途端微妙な顔を浮かべたの、覚えていますわよ」

「ああいやちょっと、スカイフレアが悪い訳じゃねえんだけどよ……夢見が悪かった時の事をまだ覚えててな」

「まあ! あなたの夢の中で私がどんな事をしたのか、気になりますわね!」

「その話はいいだろ……で、噴火の原因になっているオリジムシってのはどこに?」

「そんな焦らずとも、見ればわかるくらいには大きいはずですわよ。オリジムシが群れで住処を作るなんて上位の存在がなければ出来ませんもの」

 

 スカイフレアは聞きだそうとして、俺が頑なに言わないのを察したのか空中に指で円を描いて説明を続ける。黒曜石を主食とする変異オリジムシの動き、過剰な採掘によって餌がなくなり行き場を求めて動く群れ、飢餓と怒りが充満する個体たちを束ねる存在の示唆。

 

「────ッ!」

 

 正に応えるかの如く、洞窟の奥から巨大な音が木霊したのはその時だった。

 

「このような音を出すくらいには、大きい体躯をお持ちですわ」

「スカイフレア、一つ聞いておきたいんだが」

「何をですの?」

「果たしてそんな存在と敵対した場合、俺は役に立つか?」

 

 俺の疑問を聞くと、スカイフレアは顎に手を当てて考え込むが、答えが出るのはすぐだった。

 

「おそらく、周囲には無数のオリジムシがいますから、それらを処理する役割が出来るはず」

「デカいオリジムシの攻撃を受け止める事は?」

「遠距離からの攻撃ならば大丈夫かもしれません。が、接近して近距離でとなると、その盾で溶岩を堰き止める自信がお有りなら止めませんわ」

「回避に専念する」

「懸命だね」

 

 となると、別の問題が出てくるな。この場にいるのはセイロンお嬢様、プロヴァンス、スカイフレア、そして俺の四人。これでなんとか出来るのだろうか。しかも、俺はただの木偶の坊でセイロンお嬢様は道案内と回復が本職、効果的な攻撃を出来るのが実質二人しかいない。

 

「そんな相手に私達だけ……大丈夫かしら」

「俺も不安になってきたな」

「何を仰いまして? この私、スカイフレアがいるのだから大丈夫ですわよ。いくら変異個体とて所詮はオリジムシ、私のアーツでちょっと手傷を追わせて巣穴に返せばいいだけですの」

 

 そう言ってスカイフレアは穂先が刺突できる形状のアーツユニットを鳴らす。その言葉を疑う人物はここにはいない。セイロンお嬢様も、ドクターから事前に情報を聞いてスカイフレアが如何に優れたオペレーターかよく言い聞かされていた。無論、アーツ使用時の彼女の近くに立つのは推奨されないことも。

 暑さが徐々に強くなる洞窟を更に進み、ぽっかりと緩やかな下り坂の向こう側へ広大な空間が見え出した時だった。

 

「あ、あれが、変異したオリジムシ……? 下の方に居ますわ!」

 

 セイロンお嬢様の指す先に、それは居た。

 

「周囲の温度が更に上がってきますわね、あれほどのエネルギーを一個体が持つなんて……」

「あれがムシだって!? あんなの動く火山って言った方が正しいよ!」

 

 脈動する体躯、岩石のような皮膚に走る真っ赤な線を辿ると、小さな太陽かと見紛うくらい明るい部分が根元になっていた。地面を這い、動くたびに溶岩らしきものをまき散らす姿は巨大生物の名に恥じない威圧感があり、とても俺が役に立つとは思えない程であった。

 

「スカイフレアさんや、何か言い訳は?」

「分析と考察の時間が足りなさ過ぎたんですわ! たかだかオリジムシと思っていましたけれどここまでなんて誰が予想出来て!?」

「あの飛んでる火球を見るとエフィちゃんが恋しくなってくるよね」

「実はメイヤーの作った生物機械で、中にエフィが乗って操縦してますよって言われても俺は信じるぜ」

「そんな事言ってる間に来ますわ!」

 

 巨躯の周りを蠢く何かが、一斉に俺達へ走ってくる。よく目を凝らせばそれらがオリジムシの塊だとわかるだろう。その悍ましい光景に眉を顰めるが、嫌悪感に馳せる暇はない。

 

「チームの盾として言っておくが、あれに近付かれたらおしまいだぞ!」

「言われなくても解ってるよ!」

「私もちょっとの焦げくらいなら治せますけど、丸焦げになるとちょっと……」

「それも皆解っていますわ!」

 

 スカイフレアのアーツが進路上のオリジムシを薙ぎ払いながら奥の特異個体を痛めつけ、プロヴァンスの矢が突出してきた虫を容赦なく射貫く。セイロンが熱気を緩和しつつ逸れのオリジムシをアーツで掃討してくれているのでいつの間にか回り込まれる心配もない。

 俺はと言えば、彼女らの少し手前に陣取ってオリジムシ達のターゲットとなっていた。というか、それしかやるべきことがない。

 

「あなた、よくそれで防げますわね」

「結構頑丈な造りにしてるからな。本当は!」

 

 時折飛んでくる燃えている岩を上手く弾きながら、スカイフレアに答える。そらまあ、重装兵の使ってる盾のど真ん中に矢が生えてたら気になるよな。

 使えと渡されたマッターホルンの盾を受け取らず、シュヴァルツの矢が生えたままここまで連れて来たのである。上級異鉄とRMA70-24を融合剤で混ぜた逸品は、生半可な攻撃では傷一つ付けられないはずが、あいつは易々と矢を突き立てたんだから恐ろしい。筋力を不正な手段で増強させて馬鹿みたいに改造したクロスボウを撃ってるとしか考えられない。

 

「──────ッ!!!」

 

「なんか攻撃が激しくなったぞ! エフィの機嫌が悪い時にそっくりだ!」

「その言葉、エイヤフィヤトラさんが聞いたらどう思うか楽しみですわね」

「虫の居所が数日悪くなるからやめてくれ!」

「ちょっと! 言葉遊びをする前にきちんとターゲットを取ってくれないかな!」

 

 取り巻きが倒された悲しみかスカイフレアやプロヴァンスによる攻撃で傷を負った怒りか、より攻撃が激しくなってくる。具体的に言うとエフィが龍門でドローンを落としきった時みたいな感じで炎岩を乱射しだした。あれよりは大分マイルドな連射速度だが、威力の方は大分ハードだ。弾いてステップを踏んで、避けてまた弾く。

 盾に岩がぶつかる度に腕が軋み、地面にぶつかって欠けた岩が俺の身体を徐々に傷付ける。やってる事はシエスタでシュヴァルツ相手にした時と同じだが、その時と違って仲間がいるから詰んではいない。

 

「エインウルズ様は私に少し感謝するべきだと思いますわ」

「さっきからずっと感謝の念しかありませんよセイロンお嬢さ、ま!」

 

 そして何より、こうして水のアーツを用いた回復術が飛んでくる。

 特異個体が近づくにつれて強くなる熱気を和らげ、俺が傷を負ったのを見るや即座に治療され血の流出を抑える。減らず口を叩きながら舞踏会に参加し続けられるのはセイロンお嬢様のおかげと言っていいだろう。

 

「スカイフレア、徐々にだが距離が縮まってる、手を打たないとじり貧だ!」

「ダメージは与えているはずですのに、随分しぶといですわね」

「こうなったら全力の一撃を与えるしかないよ!」

「私に良い考えがあります、プロヴァンス、しっかり合わせなさい!」

 

 背後でのやり取りの後、空気の流れが変わっていくのを感じて俺も意識を切り替える。

 

「よし、周囲のオリジムシは俺とセイロンお嬢様が抑えておくから頼むぞ!」

「勝手に決められるのは困りますっ」

「出来ないのか?」

「それは、出来ますけれど……」

「じゃあ決まりだ! 『鈍間な虫けら共よ、お前らの欲しい食い物は俺の後ろにあるぞ!』」

 

 腹に力を込め、声帯を振るわせる過程でアーツを乗せる。そうすればオリジムシ達が一瞬動きを止めたあと、一斉に俺だけを見て身体を蠢かせる。モテる男は辛いって事がよくわかる光景。しかし、それが俺の仕事だ。

 スカイフレアが一撃の準備をしているため処理しきれなくなったオリジムシが迫ってくるが、近づいてきたものは特異個体の攻撃に巻き込まれるようになったため想像よりは楽に守れている。

 弾いて避けて、ステップと同時に剣を抜いて斬りつけて、オリジムシの悲鳴が奏でる。炎岩を受けさえしなければいいため、別のオリジムシの突進はわざと受けて数歩後ろに下がりながら攻撃の密度が許容量を超えないように意識。即座に飛んでくる治療アーツに感謝しながら後ろに下がった分だけ進む。

 しかし何分数が多い。ちらほらと横を抜けていくオリジムシが出てきて、その度にセイロンお嬢様とプロヴァンスの援護が途切れて傷が増え、その度に休暇中だったはずなのに何でボロボロになっているんだろうと悲しくなってくる。

 

「私が、無尽蔵に回復と攻撃を出来ると思っていたら、大間違いですわ!」

「じゃああとどれくらいならいけるんだ!」

「も、もうあんまり余裕はありませんの!」

「上出来でしてよ、お二方!」

 

 息切れを起こしかけてるセイロンお嬢様の声をかき消すように、上機嫌だろうとわかるスカイフレアの褒め言葉。

 次の瞬間、特大級と言って間違いない大きさと、セイロンお嬢様の援護の上からでもわかる熱気を持つ火炎弾が俺の頭上をフライパスして、特異個体の体表面にある円形に光る部分へと狙い違わず直撃する。ともすれば洞窟が崩れてしまうのではないかと心配になる程の衝撃と轟音を発しながら、その一撃は確かに特異個体の命中した。着弾の衝撃で舞った煙が晴れた時、その部分が大きく抉られて苦しそうに呻く特異個体の姿が見えた。

 

「──しっぽ!」

「これで、どうだぁ!」

 

 プロヴァンスの目に紫炎が揺らめく。アーツ使用時に現れる副次的な効果で、それがある間は視力がよくなる、と彼女の言だったが、その紫炎と同じ色の軌跡を残しながら、抉られた傷へ数本の矢が勢い良く突き刺さった。

 

「────ッ…………」

 

 特異個体が歩みを止め、延々と波状攻撃をしかけてきた群れが特異個体を守るように後ろへ下がっていく。

 

「どうですの……?」

「オリジムシ共が退いてったのが答えだ」

 

 訝し気に群れを見るセイロンお嬢様を安心させてやるために、洞窟の端へと腰を下ろす。ずっずっと、再び動き出した特異個体の進行方向はさっきまでと真逆。つまり作戦成功を示していた。

 

「今度こそ疲れたぞ俺は。帰ってでかいベッドに身を委ねてぇ」

「私も、シュヴァルツと紅茶を飲んでリラックスしたいですわ……」

「ああっと、エインウルズ。君は後ろ向きに歩いた方がいいよ」

 

 緊張状態が解けたらどっと疲れが襲ってきた。黒服共とシュヴァルツから始まりシティホールでの残党狩りとここまで連戦続きだったせいだ。一時の疲労は医療オペレーターのおかげで無視出来るだけで、なくなった訳ではない。なんだったらここから動きたくないから誰か運んでくれないかとすら思える程疲れた。

 そこへプロヴァンスがとんでもないことを言うから俺の機嫌が少し悪くなった。整地された道ならいざ知らず、洞窟の中はデコボコしていて疲労困憊の中でそんな芸当は出来ない。

 

「疲れた体になんて無体な事を」

「スカイフレアの服がぼろぼろなんだ。スカートがちょっと焼けてて……」

「共に戦場を潜り抜けた仲間相手に、そんな事は気にしませんわよプロヴァンス。お気遣いだけ受け取っておきます」

「助かるぜスカイフレア、殴られてでも俺は前を向いて帰るつもりだった」

「そんな野蛮な事はしませんの、やる時はきちんと焼くのが、私のモットーですわよ」

 

 最近会う女、どいつもこいつも思考回路が蛮族過ぎてタイムスリップした気分になる。

 俺もスカイフレアも、お互い制服がボロボロで無惨な姿を晒している。横に並んで歩いていると目が合い、お互いがお互いの有様を一通り確認したあと、スカイフレアがしゃん、とアーツユニットを鳴らして俺に向けて来たからお疲れさまの意を込めて盾を軽くぶつけ返した。

 

「苦労しますわね、お互いに」

「休暇中に駆り出されるのはこれきりにしたいね」

 

 俺は聡明だったので、後ろでアーツ攻撃に専念していたスカイフレアの服がボロボロだった理由を揶揄ったりはしなかった。



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Ep.20-灯紅酒緑-


 

Ep.20-灯紅酒緑-

 


 

 観光都市シエスタを巡る一連の流れは終息した。黒曜石を利用し、自然へ払うべき敬意を無くした愚か者が乱掘したせいで、五桁に及ぶ命が失われる事態も避けられた。

 仕事で上塗りされた休暇はその分だけ延長が認められ──結果としてロドス本艦に滞在していたエフィが合流できたのは喜ぶべきことだろう。

 

「眼福ってやつだな」

「えぇよーくわかりますよ。エイヤフィヤトラ嬢の水着は実に美しい」

「サングラスのいらない身体にしてやろうか?」

「理不尽がすぎませんかね!?」

 

 陽光で輝く水の外側、綺麗な砂浜の一角をロドスアイランドは貸し切りで利用していた。市長からロドスへ事件解決報酬の一つとして、シエスタでも最上級の場所を借りる事が出来、各々が自由に夏を満喫している。今年が“この”シエスタの最後だからなのか気持ち大きめに羽目を外しているオペレーターの姿も少なくない。

 隣に座る男がエフィへ邪な視線を投げていたため、少し本気で忠告しつつ他のオペレーターを見るように窘める。エフィ以外にも今回の功労者であるプロヴァンスやスカイフレア、最初は渋っていたがグラニを邪険にすることも出来ずにずるずると来てしまったスカジ姐さん。セイロンお嬢様とシュヴァルツは優雅にティータイムと洒落込み、俺は少し離れた場所でミッドナイトと一緒になって海を見て目の保養をしていた。

 

「ミッドナイト的にはあれ、どう思う?」

「いいですね……」

 

 俺が指を向ける先にいるのはプロヴァンスだ。黒い布地の三角ビキニの上から両肩が見える薄地のシャツを着て、クリアバッグにビーチ用の道具を詰め込んだものを横に置いてアイスを食べている。水着というものは普段見られない素肌や太腿、実り豊かな双丘へと目が行きがちになるが、プロヴァンスの尾はそれらを押しのけてより主張していた。

 熱気と陽射しで溶けて崩れそうになったところを慌てて持ち上げ、アイスに口付けして舐め揚げる傍らで、尻尾の方はバランスを取らんとしているのか左右に揺れている。

 

「あれは間違いなく過去最高の手入れをしていますね。俺の目は誤魔化せません」

「自慢する程だからな、肌と同じかそれ以上に手入れしてるだろ。ちょっと暑そうな気はするが」

「それが良いんですよ、近くに居れば汗を振り落とす時に飛散する水滴が絵になりますよ」

「そこまでは聞いてねぇ」

 

 どこかうっとりとした表情をするミッドナイトはただの変態だった。付き合い方を改めようかな……

 

「……これは失礼」

「じゃああっちはどうだ?」

「あれもいいですね……」

「それしか言ってねえじゃねぇか」

 

 次に目を向けたのは海に近いところ、パラソルの下にシートを敷いてぼんやりと海を見つめるスカジさんの姿。自らの髪に近しい白のオフショルダー型の水着をチョイスしつつ、ある部分によってもたらされる負担を和らげるために首から青い布が伸びて支えている。横にあるドリンクに手を伸ばし優雅に寛いでいると思いきや、グラニがやってきて慌てて帽子を掴んで海へ向かう姿に思わず笑って、ミッドナイトがどうして笑うのか聞いてきた。

 

「傭兵の間じゃ厄災なんて言われてた姐さんが、ロドスじゃただの一オペレーターってのが面白くてな」

 

 グラニは良い理解者になるだろうと勝手に期待をかけていた。とある村で起きた騒動で武器を交えた以降、姐さんは小さな騎兵をやたらと気に掛けるようになり、騎兵の方は言葉少なな仲間の事を理解しようと歩み寄っていた。姐さんが取られたと思う反面、新たな理解者のお陰でロドス内に少し馴染んだ気がする様子を見て嬉しく思う自分がいる。姐さんは凄い。そして、お前らが思うよりもずっと優しいんだぞと思っていた事が周知出来てうれしいんだ。

 

「夜のロドスで独りを謳っていた美女が陽光の元で休日を友人と居るのは、素晴らしい事だと俺は思いますよ」

「同感だな」

 

 ドクターに聞く限りでは、今までワンマンだったのが作戦中に出来るだけ仲間に合わせようと努力している素振りが見えるとか。

 

「次はあちらでしょう? グム嬢のワンピース」

「いや違う。あっちだ、なあ、なんであいつがここにいるんだ?」

「なんででしょうねえ」

 

 俺が眉を顰めながら見る方に居るのは龍門近衛局のチェンだ。あいつも紆余曲折の末に龍門ではアンタッチャブルな存在になったが、傍らにいる女性が確か近衛局の職員だから良い塩梅に着地出来たのだろう。問題は、ここがロドス貸し切りであってあいつは部外者のはずだという事。

 

「それはねえ、ロドスにはまだ在籍している事になってるからだよ」

「……ドクター、気配を殺して後ろに立つのはやめてくれ」

 

 急に後ろから声が聞こえてきて、二人してぎょっと仰け反って振り向けば真夏の中でもフルフェイスに制服を着たドクターが立っていた。

 

「ごめんねえ、ちょっと癖になっちゃって」

「その癖は早く直した方がいいぞ。相手によっては物理的に分身するハメになる」

「相手は選んでるさぁ」

 

 なお悪いわ。

 

「ま、それはともかく席は残してあるしこっちにいる間は色々助けてくれたしちょっとくらいはね」

「それくらいならいいけどよ」

「釣れないねえ、あの時はケルシー相手に啖呵切った癖に」

「それは俺も気になりますね。噂話しか聞こえてきませんし」

「っやめろドクター! あれは俺の中で無かった事にしたい記憶なんだよ本当に……」

 

 もうこのネタで揶揄われるのは何度目になるだろう。あれはちょっとチェンが気に喰わなかっただけで他意は決してないのである。

 

「ちなみにチェンだけど、シエスタからまたロドスに乗るからね」

「はっはっは……マジ?」

「大マジだとも」

「はーーーー…………結局一月くらいで戻って来たな」

 

 ビーチチェアに倒れるように寝そべり、目を覆う。また三分の一の確率で逆さ鱗を触るチキンレースが始まるかと思うと憂鬱で仕方がない。

 

「というわけでごめんねミッドナイト、あんまり話したがらないんだよエインウルズは」

「友が言いたくない事は聞かない主義ですので大丈夫ですよ」

「お前のそういうところ、本当に助かってる」

「素直に褒める辺り重症ですね」

「エインさーん! 一緒にご飯食べませんかー?」

 

 げんなりしている俺を呼び止めるのはエフィの声だ。砂を蹴り、とてとてと横まで走ってきてしゃがみながら俺の顔を覗き込む。

 

「ああ、そうだな……なんか無性に食いもん食べたくなってきてよ……」

 

 人、これをやけ食いと言う。腹筋に力を入れ、一息に起き上がって額を拭う。ミッドナイトが投げてくれた水筒をキャッチして、ドクター合わせて二人に一言告げてエフィの横に並んで歩く。

 ちらりと視線を下に向けると、水着姿のエフィが目いっぱいに広がる。ワンピースタイプでトップにフリルのついた水着、色気を求める訳でなく、可愛らしく着こなそうとシンプルなものを選んだのは俺的にもポイントが高い。ってか、俺と買い物行った時にこんなもんを購入した記憶がないだがいつの間に買ったんだ。

 

「水着、良く似合ってるぞ」

「あ、ありがとうございます」

 

 いやほんと、これで際どい水着だったらどんな顔をしていいかわからなかったからな。心からの褒め言葉と一緒に頭を軽く撫でる。

 

「向こうでイフリータちゃんがお肉とか野菜とか焼いてくれてるんですよ!」

「ちゃんと焼けてんのか? 宿題と始末書はよく灰にしてるから、焼きすぎてないか不安だ」

「それ、本人の前で言っちゃ駄目ですからね?」

「もちろん、本人の前で言っちゃ駄目な事は本人の前で言わねえよ」

「つまりそれ以外の場所では言ってるってことじゃないですか!」

 

 ばれてーら。太陽に照らされて熱くなった砂を踏み、砂浜を歩く。

 

「例えば、今回の特異オリジムシが私みたいなんて言ったり、してましたよね? 私知っているんです」

「?????」

 

 ばれてーら。

 いや待て、何故エフィがそれを知っている。酒場で脱力していたらラテラーノ人に銃を突き付けられた気分だ。くそっ誰がバラした。あそこにいたのはスカイフレアとプロヴァンスとセイロンお嬢様の三人。ありそうなのはセイロンお嬢様からシュヴァルツに漏れて、そのままフェリーン族の皮を被った天災が面白半分にエフィにチクったルート。

 しかし一番有り得そうな可能性が実は一番有り得ないのだ。戦いでは脳筋で撃って殺せばいいとしか考えてないゴリラのような女だが、それは戦闘に至る過程で相手を詰ませているからこそだ。つまり頭はきちんと回る。そんな奴が勝ち確になった時点で俺にざまあ見ろと言わんばかりのツラを見せに来ていないのはおかしい。よってセイロンお嬢様ではない。

 

「エフィ違うんだ」

「なにが違うんですか?」

「これは不幸な誤解なんだよ」

「『エフィの機嫌が悪い時にそっくりだ!』って言ってた事のどこが誤解なんです?」

 

 俺はシエスタの空を仰いだ。

 

「……誰に聞いた」

「プロヴァンスさんが言ってました、エインウルズったら酷いよねーって」

「あの尻尾ほんと許さねえ」

 

 俺があいつに何したって言うんだ。絶対に仕返ししてやる。俺はやると言ったらやる男だ。傭兵は舐められたら終わりの世界、絶対に面白半分でエフィに報告したであろうプロヴァンスには何かしら御礼をしなければ気が済まなかった。

 

「悪気はなかった、特異個体が燃える岩を連続で飛ばしてきたからつい身近なもので例えちまったんだよ」

「口が軽いのはエインさんの特権ですもんねー」

「褒める時は心から褒めるし、過ちはきちんと認める。誓って言うけど悪意があったわけじゃない」

「でもちょっと面白いと思ったんですよね?」

「…………そんな事はないさ」

「嘘ですね」

 

 ぴしゃりと言いのけるエフィの顔は笑顔だった。ただし随分と可愛らしくないものだが。その後もつらつらと元の笑った顔を取り戻そうとあれこれ言い募るも聞き流された。

 そうこうしているうちに数個のグリルとそれを囲うようにオペレーター達が立つ場所までやってきた。

 

「イフリータちゃーん、私達のお肉はありますかー?」

「エーフィーっ! オレサマにかかりゃこんなんチョチョイノチョイってやつだぜっ。おっちゃんも、肉食うか?」

「俺はおっちゃんじゃねえ」

 

 笑顔で串を差し出すイフリータ。その腕には鉱石病患者に良く見られる身体に浮かぶ結晶が数カ所見えていた。

 黒曜石が鉱石病に効くという話はなんの根拠もないとドクターやアーミヤ社長は言っていた。だがシエスタの民はそれを信じていて、結果としてここでは鉱石病患者はあまり差別を受けずに肌を晒す事が出来る。騒ぎの首謀者と動機を知っている身からすれば、皮肉な話だと思う。鉱石病を見捨てた人間の言葉が巡り巡って鉱石病の人間の助けになっているとは。

 

「あ、エインさんにお肉はあげなくていいですよ。これとこれと、あとこれ。私に酷い事言った罰です」

「ん、ヒドイ事言われたって? オレサマ、肉じゃなくておっちゃん焼いた方がいいのか?」

「自分で焼くから大丈夫ですよイフリータちゃん」

「お、おう……? ならいいケド……じゃあおっちゃんは野菜食べる係な!」

 

 聞き逃した事にするには随分と物騒なやり取りがあったが、問い詰める前にイフリータから野菜がこんもりと盛られた皿を押し付けられる。ピーマンタマネギニンジンとネギ、どれもこれもイフリータが嫌いな食べ物ばかり。

 

「に、肉は……?」

「ないですよーだ!」

「うっそだろ」

「自業自得ですからね?」

 

 正にけんもほろろ、諦めた俺は悲しみにくれながら野菜を食べる。火もよく通っていてたれも絶妙な美味しさ、きっとこれに肉があればもっと美味しかったんだろうな。肉、食べてぇなあ……

 




投票者数24→41
ぼく「????????????????」(宇宙猫の顔)

いやほんと感想評価ありがとうございます! これ程の数が入ってくると思わず狂喜してました。


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Ep.21-内疎外親-


 

Ep.21-内疎外親-

 


 

 

「私もセイロン様と一緒にロドスに行くことになりました」

「そうかそうか。俺はな、同僚のせいで肉を食い損ねた不幸に遭ったばかりなんだ、これ以上災難に遭いたくない」

「セイロン様の居るところに私は居るのです」

「それはいいな感動すべき友情だ。ならば今すぐ辞表を書かせてお父様と今までの埋め合わせをするべきじゃないのか?」

 

 そうすれば俺もお前も、互いに嫌な思いをせずに済むだろ? と問いかければ、正面に立ったフェリーン族の女はこくりと頷いた。

 

「ですが私は考えました、これはお嬢様にとってチャンスだと」

「紅茶に砂糖を入れるしか知らないお嬢様に、コーヒーを教える良い機会だとでも?」

「いえ、紅茶の正しい入れ方と砂糖の適切な量です」

「…………」

 

 俺はそっと目を逸らした。敵として相対した時よりずっと適切に感情を排した女の声に掛けるべき言葉が見つからない。確かに、ビーチではお嬢様ではなくこいつがティーポッドを持っていた。いつボウガンの矢が飛んでこないか警戒してずっと二人のいる方を意識していたからわかる、セイロンお嬢様は確かに一度も紅茶を淹れていなかった。

 

「そして旦那様にも許可は得ています。ドクターも二つ返事で喜んでくれましたよ」

「俺はその求人票をシュレッダーに掛けた後、塵一つ残らないように焼いてくれと他のオペレーターに頼みに行くだろうな」

 

 ……なんだか様子がおかしい。俺の命を常々狙い、平和と友好が大好きな俺をして『世の中には言葉で解決できない事もある』と言わしめたこの女が、言い返すことすらせずに俺と会話をしている。こんな事は天災が直撃した都市で死者が一人も出ませんでしたと報告を受けるより信じられない事態であり、俺の危機感知センサーが窓を割らんとする勢いで警報を発するきっかけになった。

 

 

「今回の事は…………感謝しているのです」

「たっぷり間があったな、シエスタの海で潜水でもした? それとも良心が咎めたのか?」

「シエスタもセイロン様も、私にとっては宝物なんです。それを守って」

「俺はなんもしてねぇよ。ドクターとうちのオペレーター、何よりセイロンお嬢様の行動力あってこそだろ」

 

 俺が今年学んだ事で一番有益だと思ったのは、因縁のある相手から本心の籠った感謝を貰うと身体が拒否反応を示すことだ。火山へ赴く時のこいつの顔を未だに覚えているから尚更鳥肌が酷い。言葉を遮り、バルコニーの手すりへ両腕を預けて温かい夜風に当たる。さっきから本能がさっさと逃げるべきだと伝えてくるが、戦場ならいざ知らず平和なここでこいつから尻尾撒いて逃げるなどありえない。

 

「私が貴方に感謝する光景が気持ち悪いのは事実」

「よくわかってんじゃねえか」

「ですが、それをしても良いと思えるくらいには大事だったのです。貴方にもそういう存在があったりはしないのですか?」

「……ああ、そうだな」

 

 思い当たる事は、ある。例えばオリジムシと同じだと言われて機嫌が悪くなっている術師オペレーターだったり、ずっと一人だった狩人だったり、チーム全員で絡んでくる予備隊だったり。人の事を言えないくらいには俺も変わっていた。

 

「だがそれとこれとは別問題、そうだろ?」

「貴方がそれでいいなら、そうしますが」

「ああそうしてくれ。お前が俺の立場だったらと考えればわかるだろう」

「その仮定だけで虫唾が走りますね」

 

 即答だった。元に戻ったようで変な安心感がある。それでも先ほどから止まらないこの悪寒、もしかしたら風邪かもしれないなと思い始める。

 

「えぇ、それとこれとは別問題です」

「ん?」

 

 流れが変わる。『らしい』顔に戻った女は感謝の言葉を出したその口で悪態をつく。

 

「貴方がセイロン様と火山に向かう時のこの世の悪意を全て煮詰めた顔を私は忘れていません」

「おいおい、街で避難誘導するために行けないお前のために俺は頑張ったんだぜ? 心外だ」

「よくもそんな心ない事をすらすらと言えますね、クローニンではなく貴方が同じ計画を企てたら間違いなく成功していたでしょう」

「俺はそんなことしねえ。きちんと無関係な人間は避難させて、しっかりシエスタの山をお前だけの墓標にしてやるさ」

「そうなる前に火山へ貴方を投げ込みますよ。話を最初に戻しましょうか、私はセイロン様と共にロドスに所属する事になります」

「ああそうだな、それが何か?」 

 

 意図がいまいち読めない。

 

「はあ、つまりです。その」

「何が言いたい」

「少し覚悟を決めさせてください」

「?」

 

 胸に手をあて、数度の深呼吸。ぶつぶつと何かを呟いたかと思うと、だいぶ頑張ったであろう引き攣った笑顔で宣った。

 

「つまり貴方は先輩になるわけです、よろしくお願いしますね先輩」

 

 ……なんだって? あまりにも理解できない言葉が聞こえてきた。

 

「あー……なんだって? 聞き間違いか? もう一度頼む」

「先輩、よろしくお願いしますと言ったのです」

 

 足元がぐらりと揺らぐ感覚、遅れて全身が粟立ち嫌悪感が全身を駆け巡る。鉱石病より重篤なアレルギー反応だ。世界の理の埒外にある別世界の力が働いてるに違いない。

 

「お、お前……解って言ってるだろそれ! や、やめろ……!」

「く、く、私にも結構来ますねこれは……」

「じゃあなんでこんなバクダンムシ紛いな自爆をしたんだよ……!」

「この間の仕返しとして貴方の酷くなった顔を見たかったんです」

「あんまりだろ、こんな、やっていいことと悪い事があるだろ……?」

「先輩、今回のは貴方の、自業自得では」

「ああ、ああ、悪意100%でそれを言っているのがよーくわかる! 先輩なんて言うんじゃねえ!!」

 

 息が苦しく、呼吸をするのが難しい。確かに俺の命を奪うためには手段を選ばないような奴だと思っていたが、まさか自分の身を犠牲にしてまで攻撃してくるとは想像していなかった。霞む視界で睨み付ければ、向こうも胸を掻くように掴んでいて顔には苦痛が浮かんでいる。それでも、俺の身体を支配する吐き気には遠く及びまい。

 ワインの入ったグラスを落とさないよう慎重にテーブルへ置こうとするが、拒絶反応からか酷く震えて中々上手くいかない。変な汗が指からも分泌され、そのせいでグラスを落としかけてしっかりと持ち直す。

 

「俺が、俺が悪かった……」

「なんの、ことですか?」

「こ、こいつ」

 

  カジミエージュの上層部より腐った根性を発揮し、ハガネガニよりも硬い意思で俺への仕返しを遂行しやがった。他の誰かが見ても俺が苦しんでいる理由はわからないだろう。正真正銘、俺だけを狙った精神攻撃だった。やたらと脳裏で鳴っていた警鐘は正しかった。が、どうせならもっと激しく鳴ってくれれば俺は一時の恥と同時に心の安寧を保つことが出来ただろう。

 立つことが困難になり、膝を屈して這いつくばる態勢になる。綺麗だったシエスタの夜空とビーチは消え失せ、無機質な地面と灯り、そして影だけが視界を占めていた。

 

「どうやら気分が優れないご様子ですね、運びましょう」

「やめ……」

 

 最後に俺が見たのは、血の気が失せたのかと思う程白い殺し屋の手だった。

 

 


 

 

 目覚めた時、視界は白一色だった。いや、天井にある見覚えのある傷は、確かミッドナイトが酔っぱらった時に一芸をやると言って武器がすっぽ抜けた時に出来たやつだ。つまりここはシエスタで借りてる俺の部屋なんだが、どうにもベッドに入る前の記憶が思い出せない。なにかこう、とてつもなく酷い目にあったような気がしなくもないが、深く考えると頭が酷く痛む。

 

「起きた?」

「あー……ドクターか……」

「意識ははっきりしてるようでなによりだよ、特に身体に異常もなさそうだしよかった」

 

 天井から左右へ視線を移せば、相も変わらず素顔を見せない人間の姿。声でドクターだとわかるが新入りには中々区別がつかないだろう。

 肘を立てて身体を持ち上げ、ヘッドボードに背中を預ける。何かないかと頼めば、ドクターはボトルに入った水を差しだしてくれた。

 

「昨夜、君がバルコニーで倒れてるのを他のオペレーターが発見してね、大慌てさ」

「疲れてたのかもしれねえ……まったく、自分の身体の管理も出来ないなんて全員から笑われる」

「頑張ったってことだろう? いいじゃないか」

「そりゃあ戦わなきゃ駄目な時に倒れるのはいいけど、今回はそうでもないだろ。ブレイズ達にドヤされる」

「そう言えば情けないなーって言ってた。もっと訓練付けてあげようって」

「だよなぁ……」

 

 こうしてぶっ倒れて寝込んだんだ、あの炎属性のゴリラならきっとそう言うだろう。ロドス本艦を使った走り込み、その後肉体労働に駆り出されて重量物の運搬をこなしたあと、やっと体術や武器を使った訓練を始める。下手をすれば貴重な休日すらも首を掴んで訓練を課すのがブレイズだ。

 

「もう少し寝る事にする。出発はもう少し先だったよな?」

「うん、まだまだシエスタにはいるつもりだから今日はゆっくりするといいよ」

 

 ドクターが退室し、部屋で一人になった俺は何をするでもなく大人しくベッドへ潜りこむ。

 シエスタでしばらく過ごして休暇が終われば、またロドスでの日常に戻るだろう。ブレイズや他のオペレーターとの訓練は激しくなりそうだが、今日の俺を鑑みれば渡りに船と言ってもいいかもしれない。

 ただ今は、シエスタを楽しむために全力で寝る事にするのだった。

 

 

 

 


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二章

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エインウルズの華麗なる日常

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-完-

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Ep.22-日居月諸-

 賭け事はやるもんじゃない、というのが俺の感想だった。

 

「いやあ、非常に残念です。俺が負ければオーキッドさんを四六時中口説けたのに」

「その欠片も残念に思っていなさそうな声は止めたほうがいい」

「ああ同意するぜ、俺の手が滑って良い男を口の裂けた化け物にしちまう」

「今日のオペレーターエインウルズは実に運がありませんでしたね」

「歪んだ育ち方をしたロボットを綺麗真っ新にフォーマットするのも追加だ」

 

 俺、スポット、ミッドナイト、CASTLE-3の三人で暇つぶしにとポーカーを続けていたがやたらと負けが込んでいた。全勝負通して俺の手はストレートまでしか出ないって呪われてんのか。

 結局負け越してその中から一番負け数の多い俺が罰ゲームを受けるわけだが。

 

「オペレーターチェンはどうです?」

「いや流石にそれは上半身と下半身が泣き別れするだろう」

「エイヤフィヤトラ嬢は面白みに欠けますしねえ……」

 

 こいつらが放り投げたトランプを回収して片づけているが、一体俺に何をさせる気なのだろうか。チェンにやったら恐ろしい目に遭う事という時点でもうヤバい。

 

「おい、命に関わる事だけはごめんだからな」

「俺達はそんな薄情に見えるか?」

「この間ミッドナイトが負けた時、いの一番に頭の上にリンゴ乗せてカタパルトの訓練標的にしようって言いだしたの誰だったかな?」

「カタパルトはちゃんと射った」

「俺の目の横10cmにピタリでしたけどね!?」

「絶対わざとだったよな」

 

 けらけらとスポットは笑うが、まあつまりはそういうことだ。敗北者の命は危険に晒さない代わりに死ぬ思いはするかもしれない。

 

「よし、エインウルズ。スカジさんに膝枕してもらってこい。俺達がその瞬間を写真に撮るから」

「エイヤフィヤトラ嬢ではあまり面白みがありませんからねえ。頼めば彼女はやってくれるでしょうし」

「こいつらマジで言ってんのか?」

「オペレーターチェンを選ばなかった辺りが我々の親切心を感じ取れるはずですよ」

「お前のサブアームをへし折って二度とゲーム出来ない身体にしてやるからな?」

 

 


 

Ep.22-日居月諸-

 


 

 

 あいつら絶対面白がってやがる。なるほど確かにロドスでスカジさんと一番親しいのが俺なのは間違いない。次点にドクターとグラニ。ただし親しいには種類があり、この場合はあいつらが期待するような方向でないのは明白だ。ただなんというか、スカジさんはそれでも頼めばやってくれそうなのが申し訳ない。

 

「殴らないで聞いて欲しいんですけど」

「その前置きはいったい何かしら」

「膝枕って知ってます?」

「もしかしてあなた、私を馬鹿にしているの?」

「違うんですよ! ちょっと寝付けが悪くてですね」

 

 もちろん嘘である。いやちょっとシエスタで悪夢を見たような気がしなくもないが記憶がないので悪夢と言っていいかどうかも怪しい。

 ロドスの艦上で、温い夜風に当たりながら月を見上げていたスカジさんは、すっと目を細めたが仕方なさそうに両足を広げて腰を落とし──いわゆる女の子座り──

 

「……しょうがないわね、ほら」

「えっ」

「どうしたの? 私だって鬼じゃないのよ」

 

 そんな簡単に了承するなんて思わないじゃん? もちろんお邪魔するが。

 こうしてスカジさんに触れる機会はあんまり無かった気がする。身の丈程もある大剣を気軽にぶん回してトーチカや守備陣地を整地していく剛力を見せる割には、手も腕も女性らしい柔らかさを持っていたが膝の方も侮れなかった。日夜ドクターを眠らせるために科学的に進化するロドス製寝具よりも遥かに心地が良い。気を抜けばそのまま夢の世界へと潜れる程のフィット感と安心感。

 

「どう、かしら」

「良い夢が見れそうです」

 

 白磁の手が俺の頭をなぞり、目だけを上に向ければ暗い夜の闇でもわかる赤い目と繋がる。甲板で歌っている姿を何度も見る度に感じていたが、スカジさんは夜が良く似合う。頭を下げているせいか、銀の雨が俺の顔に降ってくるが不快感はなく、そっと指を通せばなんの抵抗もなく滑る。

 

「手触り、いいでしょ? 私の数少ない自慢なのよ髪は」

「俺の口より滑らかです」

「それは褒め言葉になってない」

 

 心外だと言わんばかりに頭を叩かれ、髪を首の後ろでまとめて背中に回し、それでも垂れるぶんは耳にかけて俺にかからないようにする。しまった、俺の口の方が滑らかだったか。

 

「すみません、でもとても綺麗ですね」

「そうよ、維持するにも大変なんだから」

 

 語るわ語るわ、俺には到底理解できないヘアケアーの数々。もちろん、入ってくるそばから逆方向へと聞き流して凌いだ。髪に頓着するならば己を守る盾に気を配るべきだしな。

 

「ちょっと、聞いてるの?」

「聞いてますってば」

「流れるように嘘を付けるのは尊敬するわ」

「そんな、照れますって」

「褒めてないわよ……まったく、あなたは……」

 

 回りくどい言い方が駄目、人の神経を逆なでするのが得意、話は聞かなくて自分本位で他人の事を考えない、デリカシーもない、逃げ足が早いのは良い事だけど日常でもそれは駄目。

 オリジムシだってもうちょっとマシな言われ方をするだろうに、俺ときたらなんて散々な言われよう。スカジさんは俺の事をそんな風に考えていたかと思うと涙が止まらない。

 

「ずっと気になっていたけれど、あなたは厄災と言われている私が恐くないのかしら」

「クラッシャーも真っ青の筋力を持つのにどこにも筋肉が見えないのは恐いと思いますけどね」

「……!」

「いってぇ!」

 

 やっべ。

 

「いやまあ冗談はさておき、最初は恐かったですけど何度も付き合ってくれるから悪い人じゃないなって思ったんで」

「最初はすぐに飽きて消えると思っていたもの」

「俺はしつこい性格なんですよ」

「ロドスに来て少し懐かしいと思っていた頃にバッタリ遭遇するとは思わなかったわ」

「懐かしいなんて思ってくれたんですね」

「……毎回の様に顔を合わせればそうなるわよ」

 

 とても意外だった。こちらは一方的でかつ一般常識に照らし合わせれば真っ当とは言えない交流の仕方だったから、それが途切れて幾ばくかしたスカジさんが懐古の念を抱く程度には悪く思っていなかったなど。うっかり口走ったのか、再び月を見て決して俺と目を合わせようとしない。

 

「いい機会だから言うけれど」

「?」

「あなたには感謝してるのよ」

「えぇ!?」

 

 続けられたのはもっと驚愕の事実だった。明日の天気は晴れで、新聞のトップはカジミエージュの腐敗をすっぱ抜いた記事が一面に出るんじゃないかと思ってしまう程だった。

 あまりに驚きすぎて科学を超越した快適さを誇る膝を手放して起き上がる程で、直後に感じた事の無い強力な力に押されて無理矢理元に戻された。

 

「おごっ」

「グラニが私に構うのを見ると、あなたを思い出してね」

「あのちんちくりんが?」

「なんだか懐かしくて。無碍に出来ない内に仲良くなったの」

「それは……よかったですね」

 

 スカジさんとグラニの仲の良さはシエスタでも見た通り。武器に変わってスカジさんが振り回されるのは、長年付き合いのある俺から見れば微笑ましいと言えよう。そう、以前の刺々しさは鳴りを潜め、グラニ以外にもロドスの子供たちも袖にする事無く相手をしている光景を見ると、ドクターの作戦は成功したと確信できる。

 別に一人でいることを選んで、過ごしている事が悪いわけではない。ただ、誰とも仲良くならずにいるのはロドスじゃ勿体ないと思ったから、もっと他の人と仲良くなってほしかった。スカジさんが口にする深い海の底、全てが包まれるような感覚でその癖真っ暗で何も感じる事の出来ない世界。そこから少しでも掬い上げる事が出来たのならと考えただけだ。

 

「きっと、あなたに迷惑をかける。これは予想でもなんでもなくこのままいけば必ず起きる未来なのよ」

「そうですか」

 

 神妙に呟いている下で、俺は心の中で指をいくつも折り始める。あれとこれとそれと、過去のスカジさんにとって俺は厄介ごとだったので数えるにも何往復も折る必要があった。

 ちなみに一番ヤバいなと思ったのは勢い余ってスカジさんの頼んだ飯と酒をひっくり返した事である。その後、五体満足ならいいよねと言わんばかりに痛めつけられた。

 

「…………」

「…………」

「…………あの、それで?」

「あなた、少し鈍くないかしら」

「野良犬の嗅覚より鋭いなんて言われてる俺がですか?」

「初耳ね。……いいえ、きっとそれが“応え”なのね」

 

 何も言わずとももとよりそのつもりであり、お人好しのロドスアイランドもきっと同じだ。花の無い事を言ってしまえば、戦力として手放すなど有り得ないし、源石融合率があり得ない数値を叩きだしたとかで一部の医者が暴走して不祥事にもなりかけたらしい。何より、ドクターとアーミヤ社長がそれを許す人間じゃない。勝手に出て行けば難解なアーツ理論の教科書より分厚い就業規則を振りかざして連れ戻すだろう。

 

「今夜は、ここで寝るといいわ。別に誰にも言ったりしないから」

 

 一等優しく側頭部から頬までを撫でるスカジさんは、俺の返事を待たずに歌いだす。なんの言語か判らない未知の言葉で、それにしては不思議と安心感を得る安らぎのアカペラ。

 うとうとと瞼を閉じたのが、その夜最後の記憶だった。

 

 


 

 

「貴方達、わかっているわよね?」

「………………」

「別に盗み見た事を咎めているわけではないの。ただ──次はない、とだけ」

「……………………………………」

「それから、他言無用よ?」

「………!」

 

 


 

 

 

 

 

 夢を見ていた。青と黒の世界で脱力して漂うだけの心地よい夢。

 上からは光が差し込んでいるからだろう。綺麗でずっと見ていられる青い世界だった。

 下の方は光が届かないからだろう。心まで吸い込まれそうな程、綺麗な黒の世界だった。

 暗闇に魅入られ、瞳の中心に捉え続けてかなりの時間が経ち、飽きかけた時に暗い世界の奥底に何かがいる気がした。よく見れば口もある。本当に微かに、それこそずっと見て目を慣らしていたから見えてきたソレが、四文字の言葉を発していた。

 

 ──ィ

 ──ゥ

 ──ェ

 ──ア

 

 なんと言ってるか、今は良く聞こえない。

 

 

 



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三章-ロドスアイランドもふもふ特集-
Ep.23-盗人上戸-


「頼むよプロヴァンス!」

「そ、そんな事言われても……!」

「お前のせいで俺がこの前エフィにどれだけ気まずい感情で接するハメになったか、わかるだろ!?」

「知らないよ!」

「後生だ頼む!!」

 

 


 

 

「はぁ~~~初めて見た時から手入れの行き届いた素晴らしいものだと思っていたが……」

「そ、そう思うなら、いやらしい手つきを止めたらどうかな?」

「は? 俺は100%純粋にもふもふを味わっているが??」

 

 拝み倒した。それはもう拝み倒した。前々から何かの機会に一度は触ってみたいと思っていたのだ。

 天災オペレータープロヴァンス。紫色が特徴な彼女は得物のクロスボウで弱った敵を見逃さないが、この瞬間だけは俺が彼女を見逃さない。

 そもそも毎度毎度俺が女性に声を掛ける時、こいつが休暇だったりすると半分くらい楽しんでエフィを召喚されるのである。それによって生じた損害のいくらかぐらいは回収させてくれてもいいだろう。

 と、言う訳で恐らくロドスでも一番であろうプロヴァンスの尻尾をもっふもふさせてもらっている。これは俺が彼女の護衛役を何度か引き受けて荷物持ちをしていたこともプラスに働いたのだろう。少しだけならばと言質を取ることが出来た。

 

 俺の盾と同じくらい雄大、立派な毛並み、顔を埋めれば夏の快晴の下で干した布団顔負けの気持ちよさ。この美術に目を引かれない男がいるだろうか? もし、我こそはと名乗り出る男がいたら是非出てきてほしい。

 現物を目の前に、如何に毛並みが素晴らしいか、如何に触り心地がよいか、俺達を抱擁する移動都市とは違った頼もしさを感じる尾に感嘆の息を漏らすだろう事は確実だ。

 

「ちょ、ちょっとぉ何してんのぉ!」

「うるせぇ! 俺は今忙しい!!」

 

 ちなみにここ、酒場である。定期的に模様替えする艦内酒保は、その時々でバーだったり居酒屋だったり高級料理店の装いだったりと自在に姿を変えるのだが、今日の装いはありきたりな大衆酒場だ。

 壁にはつまみや酒の種類が書かれたメニュー板がずらりと並べられており、カウンター席以外は粗削りな木製のテーブルと背もたれのない簡素な椅子、適当にやりましたと言わんばかりの無機質な鉄の黒い床。深酒するからと店の片付けを引き受けた俺と呼びこんだプロヴァンス以外は誰もいない貸し切り状態だ。

 さっきの要素に加えて酒に酔った現状に心のどこかで、酔いが醒めたら大変だなあと他人事な自分が投げやりになっているが、今の俺は無敵なので何も聞こえない。だってもふもふしてるし。尻尾に包まれてるし。

 よく手入れされた薄紫の大地へ指を差し込み、すすすっと根幹に沿って指を動かす。ここで注意なのが、指を押し付けてはいけないことだ。マイスターに頼んだ特注品を手にした時がごとく、手を震わせてゆっくりと、偉大な大地へ一歩を踏み出すように歓喜しながら繊細にタッチする。

 

「ヒッ、な、そんな的確に……!」

「疲れた時に抱き枕になんねぇかなこれ、最近こき使われ過ぎてつれぇんだよ」

「く、ボクはこんなの、に屈したりは」

 

 週一とまでは言わないから、一月に一回くらいは(尻尾を)抱かせてほしい。ああくそ、こんな、莫大な報酬よりも手を伸ばしたくなるようなものがあるとは。金? 名誉? いやいや、そんなものでこれが買えるならば世の中苦労しないし戦争はなくなるし俺は田舎に骨を埋めてる。

 毛の一本一本に至るまで指に引っかかることのない滑らかさ、注視しても見つけられない枝毛、この大きさなのに一本すらないとはどれほど入念に見ているのか。誰に誇るでもなくメンテナンスに手を抜かない、プロヴァンス(の尻尾)がどれ程素晴らしく魅力的かを語るにはロドスが狭すぎるくらいだ。

 

「君、はどこかで触り方のレクチャー、でも受けたのか、い?」

「我流だ。一端の傭兵はこっちの扱いも覚えないと、夜が大変だからなぁ」

「さいっ、てい!」

 

 言葉は強気に聞こえるが、その意気が行動に反映されないのであれば意味がない。痛くない程度にきゅっと握り、少しばかり横へ手を横へ揺らした後、一気に揺らした分を戻す。

 こうして撫でていると気付くが、プロヴァンスの尻尾は中々に感度が良いらしい。それを素直に褒めてやれば、俺の方へ振り返って心外だと否定した。

 

「君の、せいなんだからね。全く、ふだんはこんな……」

「そう言っても尻尾は正直なようだな、見ろよこんな、俺に身を寄せてくるんだ」

「く、悔しいけど、君の触り方は今までで一番なんだよ」

「なら俺の提案、飲んでくれるよな?」

「月一は、……でも……」

「ほう?」

 

 熱っぽい吐息がプロヴァンスから漏れる。何かに悩むように、視線を四方に泳がせては口元をひくつかせ、諦めたのか何かを思っているのか、強く瞼を閉じて続きを声に出そうとして──

 

「エイーン、ちょっとアンセルくんが呼んでたん、だけ……ど…………?」

 

 Q.今の状態を客観的に述べよ(10点)

 A.色っぽい表情の天災トランスポーターと少女が兄と慕う男性がその天災トランスポーターの立派な尻尾を酒を飲みながら弄りまわしている。

 

 朝の混雑する食堂で前日の約束を寝ている間に夢の向こう側へと追いやって、俺の社会的地位をバンジージャンプさせた下手人であるメイリィが俺達を見て言葉を失う。

 俺も開いたドアの音の方向へ顔を向けて、そこに立つメイリィの姿を見て一瞬で酔いが醒めた。第三者から見て、この状況はドクターへの直通電話を使っても文句の言われない場面だからだ。

 鏡がないからわからないが、間違いなく俺はだらしない顔を晒していた。そしてプロヴァンスも、予想ではあるがまあまあ人様に見せられない表情をしていたはず。ディピカも筆を投げるような展開を現実に見てしまったメイリィが処理落ちでフリーズするのも止む無し。

 

「な、な、なぁ……!」

「メイリィ、いいか、声が大きいのは戦いじゃ美徳だが日常じゃ欠点にもなる。だからな、落ち着け」

 

 残念ながら、俺の注意は伝わらなかった。この後どうなったかは語る必要もないだろう。

 時々思うんだが、神様って俺の事嫌いなんじゃねえかな。

 

 


 

Ep.23-盗人上戸-

 


 

 

「違うんだよ、俺だって癖の一つや二つを持つんだ」

「誰に対して言い訳しているんですか?」

「アンセルならわかってくれると思うんだが」

「誰もいなくなった場所でオペレーターの尻尾を堪能する事がですか? 私には難しい世界ですね」

 

 薬品の匂いと染み一つない清潔さが取り柄の医務室で薬の梱包をするアンセルに愚痴るが、その反応は芳しくない。

 なんだかんだ予備隊A4に所属して付き合いが深くなった男、解ってくれると思っていたが見込み違いだったようだ。

 

「……まあそれはさておき」

「ああそうだな、置いておこう」

「診察の結果ですけど、大丈夫でしたよ。以前と変わりなく、です」

「そりゃ朗報だ」

 

 ロドスでは全職員が定期検診を受ける義務がある。今回アンセルに呼ばれたのもそれの結果を伝えるためだろう。

 検査結果の書かれた紙をデスクに置き、ペンで数カ所を叩いてから医療オペレーターらしい愚痴を零す。

 

「ちょっと酒と煙草は抑えてほしいんですけどね、医者的には」

「ドクターから男装を止めろと言われて、お前は止めるかって話だな」

「私は男ですが???」

 

 俺の軽口に、アンセルはこめかみに青筋を浮かべて「なんだったら禁酒を進言したって良いんですよ。ブレイズさんと一緒に」と脅してくる。報復のためならデータを改竄することすら厭わない心意気は認めるがそれをやられると非常に困るから止めてほしい。

 

「いえ改竄するまでもなく、飲酒時の振舞いから当然ですよ」

 

 ……原因を探られた結果、酒が飲めなくなった未来に絶望したブレイズのチェーンソーに細切れされる未来が見えるからだ。

 確かにブレイズはエリートオペレーターで、容姿や普段の性格にケチを付けるところが欠片もない人ではある。

 

 が、ことアルコールが関わってくると普段からは想像もつかないワーストオペレーターに成り下がる。

 何度やっても学習せず泥酔して同席者に迷惑と失言をまき散らし、後片付けを一切しないどころか自分の面倒まで見させる堕落っぷり。

 出身と性根はヴィクトリアだが、身体の頑丈さと好きな飲み物はウルサス帝国の魂を持ったハイブリット。どんなに邪悪な性格を持つ悪役と言えど、あいつを尊敬している人間にはとても見せられない醜態を晒す。

 

 そんなやつが俺の巻き添えでアルコールを禁じられたらどうなるか、メイリィだって想像できる末路を辿るだろう? とアンセルに問う。

 

「艦内で見世物が始まるのはわかります」

「ああそうだろうな、処刑ってのは大衆の娯楽みたいな一面もあったらしいからよ」

 

 俺だって知り合いが私刑で吊し上げをくらってたらジョッキ片手に見に行く。だが、間違っても俺がされる方になるのはごめんだ。ただでさえ多数のネタを提供しているのに、また新鮮な話題など提供したくない。

 

「……わかったよ、少し控えればいいんだろ?」

「それでいいんですよ。いつ壊れるかわからないんですから」

 

 ようやくわかってくれましたか、と笑顔を浮かべるアンセル。クリップボードに挟んだカルテにさらさらとペンを走らせ、机の引き出しから流れるように判子を出して押し付ける。上の棚へと手を伸ばし、青いファイルにボードから剥ぎ取ったカルテを差し込んで元の場所へと戻した。

 

「じゃあこれで本当に終わりです。お疲れさまでした」

「次回も頼むよ、アンセル先生」

 

 薬剤を受け取ってポケットへ乱雑に突っ込み、椅子を元の場所へ戻して医務室から出る。

 それから少しの時間をかけて自室まで向かうと──ドアの横にエフィが立っていた。酒場の片付けから医務室での一幕を終えて、夜も良い時間になっているのに何故こんなところにいるのだろうか。

 

「どうしたエフィ」

「………………」

「エフィ?」

「閉店した後の酒場でプロヴァンスさんに無理を言ったって聞きましたけど」

 

 俺はその一言で全てを理解した。まずは真っ先に踵を返し、ミッドナイトの部屋へと向かう事にしよう。アンセルとの約束? いやいや、酒で身体を壊す前に、今まさに、黒焦げになって命をなくす危機が訪れているのだ。

 

 この後めちゃくちゃ怒られた。

 



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Ep.24-熱願冷諦-


 

Ep.24-熱願冷諦-

 


 

 

 その日、俺の機嫌は著しく悪かった。

 アンセル先生による節酒契約、プロヴァンスが持つ至高の宝物をもふもふしたのがエイヤフィヤトラにバレてお説教を頂戴した件、当然の様に艦内でネタにされて顔を合わせた相手に失笑された回数。これでも歴戦の傭兵である俺は自認する己の力量と周囲から受ける扱いのギャップに苦悩した。

 酒は確かにアンセルと約束したから昨日の今日で飲むわけにもいかない。となれば、懐の内ポケットに残されたものに手を伸ばすのは当然だろう。

 

「あーー畜生、なんで俺はこんな」

 

 即ち、煙草。

 健康を損なうという理由で医師たちから嫌われているそれは、俺にとっては落ち着きたい時に手を伸ばす相棒のような存在。特に高所から街や自然を見下ろして吸う煙草は別格の味であり、ナントカと煙は高いところが好きと言われてなおその癖を直すことはなかった。

 

「おーにーいーちゃーん! 何度言えばわかるんですか!」

「げえっ! スズラン!」

 

 しかし、ロドスアイランド本艦の甲板でのんびり煙草を吸って至福のひと時に浸っていた俺を邪魔だてしてくる存在がいた。

 他の同族と違って尾が九つもあるヴァルポ族の少女は、俺を兄と呼ぶオペレーターの一人だ。金色のショートヘアーは前面と横に伸びているものは先が白くなっている。少女の純真さを表すようなフリルエプロンとコートのようなオプションを腕に付けていて少女が腕を振る度に揺れ動く。その上から付けるロドス支給のタクティカルベストがアンバランスさを際立たせているが、それが逆にマッチしているように見える。

 そんな少女に後ろから声をかけられて、座っていた姿勢から慌てて立ち上がって吸っていた煙草を携帯灰皿へと押し込んだ。

 

「なんですかその反応は? そ・れ・よ・り! まーた煙草吸ってたんですか!」

「別にいいだろ煙草くらい」

「駄目ですよ! お兄さんが長生きするためには、必要ないどころか害になるものですっ」

「今を生きるのに必要なんだよ!」

「そう言って一日何本も吸ってるじゃないですか! メイリィお姉ちゃんが教えてくれましたよ!」

「あのポンコツA4(アフォー)め……!」

 

 スズランとの関係はそんなに長くない。

 だが、ロドスアイランドの艦内でおろおろしていたスズランを最初に見つけたのが俺で、それからスズランが迷わないようにと案内を繰り返すようになったおかげでちょっと懐かれた。その結果、煙草を吸っている場面を見かけると止めてくるようになったのが災難。唯一幸いなのは、まだ幼い事とアーミヤや他のオペレーターをお兄さんお姉ちゃんと呼んで慕っているためにメイリィとは状況が違った事か。それでも、一部のオペレーターからは呆れた目を向けられるが。

 

「まあ待てよスズラン」

「何をですか? そう言ってこの前は私が眠くなってうとうとするまで関係ない事を喋りましたよね?」

「長生きしてほしいって気持ちは嬉しい。けど、今日を生きるのに煙草が必要なんだよ」

「普通は要りませんよね?」

「いや、気苦労が絶えないからな。メイリィ……カーディの不始末を押し付けられる事があるし、オーキッドさんにはミッドナイトのやらかしを止めなかった事を咎められるし、ドクターは何かと俺を作戦に出したがる。心身ともに疲労が溜まってる中、昨日アンセルにせめて酒は控えろと言われた」

 

 そうですか。熱弁を振るった結果はスズランの平坦な声という残念なものだった。ぱしん、と携帯灰皿を引っ手繰った後は近付いてきて背伸びしながら俺の上着へと手を伸ばし、がさごそと弄って内ポケットに入れておいた箱を目ざとく見つけると握りつぶす。

 くしゃくしゃになったそれを、ベストに突っ込んで得意気な表情。これが例えば男だったら代金を取り立てているところだが、スズランは俺と比べて40cm近く小さい少女である。そんな子供の仕草にいちいち腹を立てる程狭量な人間ではない──ロドスに来てからは自然と大きくならざるを得なかったとも言う──

 

「あ、じゃあ私のしっぽ、もふもふしますか?」

 

「なん……だと?」

 

 俺は即座に周囲を見渡し、この幼気な少女に余計な知識を植え付けた下手人を引き摺りだしてやろうと目を尖らせた。

 

 なるほど確かにスズランの尾はもふもふだ。他のヴァルポと違って九つもあってプロヴァンスの地位を脅かしていると言っても過言ではない。大きさこそ敵わないものの、上質な金色の大地が九つに別れて優しくしてくるであろう事実、あれに包まれれば誰しもが大地(テラ)の雄大さに似た何かを感じ、怖い夜を母に抱きしめられて寝た過去も思い出すに違いない。触らずともわかる程度には毛並みは整えられ、汚れによるくすみも見当たらず。プロヴァンスの尻尾とはまた違った抗いがたい魅力を放っている。

 

 だが、非常に残念なことに、スズランはまだ子供であり俺のような男がはいそうですかと触ってよいものでもない。

 事は重大だ。慎重に動かねば数日後に俺を待っているのはアーミヤ社長からの解雇通告であり、ロドスから退艦した後に謎の将軍斬によって荒れた大地に無慚な姿を晒す未来だ。

 

「フォリニックお姉ちゃんも疲れた時は私のしっぽに抱きつくんです。『ないんてーるぅ~~……私は今生きてる』って」

「何やってんだあの人……」

 

 いや何も言うまい。普段の研究と合わせてオペレーター訓練も欠かさない戦う医師を尊敬こそすれど本人同意の元で行われている事に関して呆れたりはしない。

 両手を肩の高さまであげ、腰を捻って自分の九尾を見るスズランに「ありがたい申し出だが」と断る。

 

「他のオペレーターさんのはもふもふしてたって聞きましたけど」

「もうちょっと大人になってからで頼む」

 

 俺とスズランは40cm近い身長差だ。絵面がやべえだろ、プロヴァンスの時より言い訳が利かないし俺だって同じ光景を見かけたら通報する。

 

「でもでも、そうしないとエインウルズお兄さんは煙草吸っちゃいますよね?」

「そうしても吸うけどな。無駄無駄、俺は酒煙草と結婚してるんだ」

「むー……」

「心配してくれる気持ちは嬉しいけどな」

 

 ぽんぽん、と丁度良い位置にあるスズランの頭を軽く撫でる。悪い気はしなさそうなのか、片眼を瞑りつつもされるがままで、上目遣いに俺を見て不満気な表情。

 

「それにな、煙草は美味しいんだ」

「美味しい……?」

「大きくなったら……いやスズランにゃいらねえか」

「……やっぱり私のしっぽをもふもふさせるしか」

「どうしてそうなるんだ」

 

 何か決意しかけている眼下の少女に呆れ、懇切丁寧に煙草の前にオペレーター辞める事になる理由を説明する。

 

「まずな、スズランの尻尾を触りたいと俺が言うだろ?」

「触りたいんですか?」

「仮定の話だ。それを聞きつけるとまずエフィが突撃してくる」

「あ、私それ知ってます! この間もプロヴァンスお姉ちゃんの件で怒られたって!」

 

 知っているならその賢明な頭で後々を想像してくれれば俺も説明しなくて良いんだが。

 まあ、俺からも言われた方が納得はするだろうと自分に言い聞かせて話を続ける。

 

「二日か三日すればロドス全体に話が行き渡るだろうな。で、相手はお前だと知るとロドスの半分が怒りだすんだ」

「なんでですか?」

「それだけお前が好かれてるってことだよ」

 

 純粋でひたむき、何事にも真剣に取り組んで教えた事はどんどん吸収する優等生。周囲への気配りも欠かさずわがままも言わないとなれば、嫌いになる奴の方が少ない。もうちょっと我儘を言ってくれてもいいのにと困った顔をする職員もいる程度には皆スズランを好ましく思っている。

 

「次に艦内放送でアーミヤに呼ばれる。噂についての裏付けは終わらせてて、真顔のアーミヤに罪状を言い渡されるのさ。『エインウルズさん、いくらなんでもスズランちゃんに手を出すのは駄目です……』ってな」

「そ、そんな……私のせいで……」

「仮定の話だからな??」

 

 服の端をぎゅっと握り、目じりを下げて悲しそうにしていたので改めて念押し。そんな反応されると、今度は俺が泣かしたって話が出てきて結局残念な事になる。

 

「ドクターは処置無しと首を振り、ロドスの地下にある小部屋に放り込まれて適当な都市で俺は艦を降ろされる。そしたらもうバイバイだ、会う事もない」

「私は……お兄さんと会えなくなる、嫌です……」

「俺だってスズランの成長していくところ見れなくなるのは嫌さ。な、わかっただろ?」

「ううう……わかりました……」

 

 よし、なんとか乗り切った。スズランにバレないように息を吐く。本音を言えばそりゃあ俺だってもふもふしたい。尻尾に年齢は関係ないが、様相にはめちゃくちゃ関係してくる。俺が遠慮なくもふもふするには、せめてあと十年くらいは必要だろう。

 ところが、俺が安堵するにはまだ早かったらしい。

 

「じゃあ、誰にも内緒でやればいいんですね! 私のお部屋ならどうでしょうか!」

「違うそうじゃない」

 

 なお悪いわ。両手で拳を作り名案ですねと明るい笑顔で別方向に振りきれたスズランに、俺は今日にでもフォリニックさんと話をすることを決めた。お前のせいで俺は破滅しそうだと教えて、ただちにスズランへ自分の言った事の意味を教える義務を果たせと詰め寄るつもりだった。

 スズランは確かに優しいオペレーターなのだが、それがこうして悪い方向に発揮されるのだけは勘弁してほしい。本人に悪気は毛頭なく、善意100%なのでタチが悪い。

 

「じゃあどうすれば煙草を止めてくれるんですかっ」

「何をしても止めねぇよ。尻尾を使って篭絡したかったら十年後にまた来い!」

「どうせ十年後に言ったらまた十年って言うに決まってます!」

 

 いやほんとうに、職員達はスズランを可愛がるのはいいんだがもうちっと情操教育をやるべきだと思う。任務で街に出て、悪い大人とかに騙されたりしないか不安になってきた。

 ちょっと、聞いてるんですか! と下から聞こえてくる幼い声を意図的に無視して、いっそドクターにそれとなく言っておくべきかどうか悩んで、改めて溜息を心の底から吐き出した。

 

 



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Ep.25-咽元思案-

 基本的に俺は尻尾が好きだ。

 フェリーンに多く見られるコンパクトで可愛い尾、ヴイーヴルやサヴラのように滑らかで引き締まった尾も素晴らしいが、なんと言ってもヴァルポやループス、一部のクランタのようにそこそこ大きくて両手で抱えられるような尻尾が好きだ。

 

「ステイ、ステイだ。意味はわかるか? オペレーターレッド」

「…………」

 

 最初に言っておくが、俺は好みの尻尾だからって相手が誰であろうとほいほいモフろうとする節操なしではない。触れていいかどうかちゃんと交渉はするし、スズランやシャマレのような子供相手では自分の名誉のために我慢だってする。

 つまり、だ。このフード付きの赤いコートを着たループス族に手を出す程勇者では、断じてないって事を言っておきたい。

 

 俺の後ろではプロヴァンスが尻尾を抱きながら震えている。尻尾を触らせてほしいとレッドにお願いされたらしいのだが、そのレッドが現れた場所がプロヴァンスの背後にピッタリだから、悲鳴を上げてしまった。そりゃあだれだって真後ろに突然気配がして耳元で声が聞こえりゃ驚くわな。

 

「レッド、意味わかる」

「よし、偉いぞ。だがプロヴァンスの尻尾は駄目だ」

「何故?」

「ありゃ俺のだ」

「僕の尻尾は僕のものだけど!?」

「……でももふもふ尻尾、レッド、もふもふしたい」

 

 この言葉を聞いた時の衝撃たるや、同志にしかわかるまい。ロドス内でも姿を見る事は稀で、あの女狐が担当して作戦に出しているオペレーター。ループス族の職員や他の強者が挙って警戒を払うと噂されているのが、ちょっと残念そうにしているのがとても意外だった。

 彼女も一人のもふもふ好きに過ぎないのだと知った俺に出来ることと言えば。

 

「ついてこい、ちょうど良い相手を知ってる」

 

 

 


 

Ep.25-咽元思案-

 


 

 

 コンマ以下も見逃すまいと集中する視線の先で、レッドと金色の騎士が激しい戦闘を繰り広げている。

 凄まじい身体能力を駆使し、障害物の壁面どころか天井すらも蹴って三次元機動を行い、全方向から攻撃を仕掛ける。その一撃一撃が正確無比で強力、かつ絶妙な意識の隙間を狙って突いているのが見てとれた。

 これが並のオペレーターであれば一桁秒も保てばいい方だろう。かく言う俺もタイマンでどこまでやれるか考えて絶望的な予想しか出来なかったし、チーム戦なら一回武器を交えたら後方に抜けられてゲームオーバー。それを鑑みれば、もう三十分近く戦闘行為をしている金色の騎士がどれほどの実力を持ち得ているのか考えるまでもなく。

 

 件の金色の騎士……と言うには装備している胸当てやショルダーガード、手甲や盾の外周部などは無骨な銀の色でそれ以外は真っ黒なレザー装備──ロドスによって魔改造されたせいでそこらの金属鎧より遥かに頑丈──に身を包んでいている。

 ではどこが金色なのかと問われれば、その力強い眼と、育ちの良さを感じてしまう程綺麗な髪だ。

 

 ニアール。それが騎士の名前であり、今もまた真後ろから空中を走るレッドの短剣を片腕でいなした実力者だ。

 ロドスで最も総合能力が高いと噂され、作戦メンバーに名前があるだけで出撃前に勝ちを確信するくらいにはオペレーター達から信頼を寄せられる人格者。

 

 そんな彼女にレッドを引き合わせた理由は、もちろん尻尾だ。

 器量よし気立てよし、ついでに尻尾もよしなニアールさんは、訓練で挑発混じりに尻尾を握ってやると息巻いた俺を容赦なくたたき伏せた。

 

『好きなだけ握らせてやろう。私に勝てれば、の話だが』

 

 ちなみにクランタ族にとって「尻尾を握る」とはお前の心を奪ってやる、悪い虫は俺が追い払うという意味になる。攻撃全部を正面から受け止められ、小手先のフェイントもそれごと純粋な力で無意味にされたので大言壮語も清々しい程だった。

 

 閑話休題。とかく、その言葉を覚えていたのでループスのが良いと渋るレッドに食わず嫌いはよくないと説き伏せてニアールさんにけしかけたのである。

 

『珍しい組み合わせだな、エインウルズ』

『レッドが尻尾を触りたいらしくてな』

『もふもふ、ループスのが、いい』

『クランタ族だって負けちゃいないってさっき言っただろうが。また同じ事言わせる気か?』

『うぅ、プロヴァンスのもふもふ』

『…………なんだこれは』

『とまあそんな訳でな、勝てば好きなだけ尻尾触らせてくれるんだろう?』

『どんな訳だ』

 

 これで引き受けてくれたニアールさんは本当に良い人である。

 最初は乗り気じゃありませんと態度で表すが如く緩慢な動きだったが、単調な動きを繰り返していたレッドが一瞬で背後に回って頬に掠り傷をつけた瞬間から変わった。

 

「躾のなっていない飼い犬に道理を教えるのは飼い主の仕事だと思うが、今日は私直々に行ってやろう!」

 

 盾ではなく、愛用の鈍器を用いて伸びきった剣の腹を叩き、左手で態勢の崩れたレッドの腕を掴んで嗜虐的な笑みを浮かべたかと思うと、逃れようともがくレッドの身体に容赦ない膝蹴りを突き刺した。

 

「うっへえ……容赦ねぇ」

「ニアールさんって本当に強いよねー」

「部隊の指揮も出来るし本人の戦闘力も高いし、隙がないぜ本当に」

 

 日課も終えて暇だと言うことでついてきたプロヴァンスが、目の前の模擬戦を見て何度も頷いている。

 欠点らしい欠点は探した限り見つからず、この手の人物にありがちな頑固さも持ち得ず、突飛な理由を受け入れて相手してくれる度量もある。重ねていうが、ニアールさんは本当に良い人だ。

 

 そんな良い人は今、レッドの腕を掴んで離さずに二発三発と追撃の殴打でダメージを重ねている。

 それでもレッドは足に仕込んだ暗器でニアールさんの腕を狙い、回避のために力が緩んだ隙を突いて振り払った。

 

「まだやると言うのか」

「もふもふのため、当然」

 

 とん、と優しく大地を蹴る音がした。

 正面からの突撃、ニアールさんの振るう鈍器の下を潜るように低く低くとしゃがんだ姿はまるで蛇のようだ。

 ただし、それを潜り抜けた先は鉄壁の盾が待っている。盾は基本的に守るための装備で、種類にもよるが取り回しはあまりよろしくない。だが剣や槍、斧などと違って対近距離に限り面での攻撃が出来る。武器で進路を誘導し、懐に潜り込んできたところを盾で押し潰す。単純故に生半可な実力では避けきれないそれを。

 

「マジか!」

「そんなのアリなの!?」

 

 再度の跳躍。空中で前転して回避しながら、ニアールさんの腕を掴んで重心を得てから身体を捻って放つ蹴撃。

 曲芸師が披露する芸術のような身のこなしに二人揃って驚愕の声をあげるが、その間にニアールさんは腕を振り上げ、難なく凌いでいる。

 

 ──いや、そこまでレッドは考えていたのだろう。気がつけば、レッドの足は音もなく天井を蹴っていた。

 訓練用の短剣を逆手に持ち、重力に身を任せたまま一閃。

 

「狙いは良い」

 

 観戦してる第三者もレッドの姿を一瞬見失っていた。であれば目の前で相対するニアールさんも同じはずだと思っていたが、本人は首を狙った完璧な一撃を、メイスを首もとに構えてしっかりと防いでいた。

 着地したまま一足に距離を取るレッドの顔は芳しくない。

 

「が、しかし『良すぎた』な。訓練だからと言って正直に狙ってくるのは遠慮のし過ぎと言うものだ」

「──くっ」

 

 出来の悪い生徒へ言い聞かせるかのような優しい声のニアールさんと対照的にレッドは悔しそうに睨みつけていた。

 それから数分。短剣を壊され、それでもなおと徒手空拳で果敢に挑んだものの全てをいなされて、レッドは訓練場の床に大の字で倒れ伏していた。

 

「も、もふもふ」

「一応そこそこに痛めつけたはずなのだが、その言葉がまだ出てくるのか……だがまあ、中々良い訓練になった」

 

 武器を地面に突き立て、満身創痍でなお初志を忘れず手を伸ばすレッドに呆れているのか感心しているのか。判別するには難しい顔でニアールさんはレッドを褒める。

 

 で、

 

「ほら、次はお前だろう、エインウルズ」

「な、何のお話でしょうかね……?」

 

 何故か俺にご指名が入る。

 

「レッドを連れてきたのはお前なのだから、そこで息も絶え絶えなお仲間のために私へ剣を突き立てるべきではないのか?」

 

 いや模擬戦であなたに勝った事は一度もないんですが、と言いかけて口を噤む。

 

「エインウルズ……お願い、レッドに、もふもふを……」

「そうら、懇願しているぞ。それとも、今日から重装ではなく口の軽さに見合った軽装オペレーターになるか? ああ、心配しなくとも面倒な申請などは全て私がやっておくから安心すると良い。私の尾のことも諦めろ」

 

 ギリ、と奥歯が鳴る。

 レッドの弱った目を放置して、同胞が死力を尽くしていたのに俺だけがこのまますごすごと退散するなど、誰が許しても自分自身が許せそうにない。

 いやそんな、見え見えの挑発に引っかかったなんてわけでは決してない。ないったらないんだ。

 控え室から訓練用の装備を一式持ち出し、何度か感触を確かめて強く握る。

 

「上等だぜ……! クランタ族の吠え面も見たかったところなんだよ!!」

「せいぜい足掻け、元傭兵!」

 

 過去に一度も勝利してないからなんなのか、それならば今を記念すべき初勝利の日にしてやればいい。

 訓練の後にレッドとの戦闘を経て多少は疲れているはずだ。卑怯だが誘ってきたのがニアールさんであるならば、容赦などいらないだろう。

 そう、俺が今すべきことはここに連れてきた選択の結果倒れ伏しているレッドに対して、同志として最後まで責任

を果たすこと。

 勝負は今! ここで決める!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

ニアール ○(00:30:14)● エインウルズ

 

 

 駄目でした。

 まるでお仕置きだと言わんばかりに全身を丁寧に殴打され、しかし降参するにはやや物足りない威力なので試合は継続せざるを得ず、物理的に一回り大きくなったのではないかと思い始めた辺りで強烈な一撃を見舞われてレッドの横に転がった。

 

「全く、情けがないな」

「あなたが、強すぎるん、ですよ……」

 

 痛みに耐えながら、途切れ途切れに嘆息するニアールさんに素直な言葉を返す。痛すぎて皮肉を言う余裕もない。

 

 ロドスの戦闘オペレーターは全員が能力測定を受けており、本人の意思によって下された評価を公開するか非公開にするか選ぶことが出来る。

 大まかに六つの項目があり、そこから更に細かい文字の羅列や評価値があるのだが、公開されるのはその大まかな六つのみ。

 その中でニアールさんは、評価《卓越》こそないものの、公開されているオペレーターの中で唯一、全項目が評価《優秀》以上を誇っている。

 レッドの測定結果は見たことないが、それでも一本の短剣でニアールさんと本気でやりあえた事や伝え聞く話を聞く限りでは相当な高評価だろう。

 

 つまり何が言いたいかと言うと、ちょっと疲れている程度じゃあまだまだ足りなかったってことだ。

 

「あー、尻尾な、すまねぇレッド」

「しょうが、ない。ニアールは強い……」

「まったく、何やってんだか」

 

 天井しか映っていなかった視界に上から紫色が割り込んでくる。

 眼だけを動かしてそっちを見るとプロヴァンスが大きく息を吐きながら上半身を倒して俺達を見ていた。

 

「もふもふが……でも、エインウルズの……」

「あのねレッドちゃん、僕の尻尾は僕のものだよ?」

 

 プロヴァンスはレッドの横に座り「だからほら」とレッドの手に尻尾を乗せた。

 

「しょうがないなあって。少しだけだからね?」

「……! もふもふ、ありがとう!!」

「ああ、ちょっ! そんな無造作にしないで!」

「柔らかい、ふさふさ、温かい!」

 

 一瞬で元気を取り戻したレッドがその腕の中にすっぽりとプロヴァンスの尻尾を抱きしめ、嬉しそうに頬ずりしながらわさわさと両手を動かしている。

 

「そんな物欲しそうにしているお前、さては反省が足りないな?」

「まままま、まさかあ!?」

 

 手持ち無沙汰になってなんとなくニアールさんの尾を見ていたのだが、バッチリと見咎められた。

 

 

 

 

 

 



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Ep.26-鼻元思案-

W引くまでにエリジウム完凸したので初登場です


Date:Unknown 3:13 PM

Rhodes Island Weather:Rainy.

 

 

 

「さて、何故お前がここに呼ばれたのか、わかるか?」

 

 外ではしとしと雨が降り注いでいるが、我らがロドスアイランド艦内に限ってはなんの障害も受けずに午後の休暇に勤しむことが出来る。

 小会議室でのちょっとした催し物というには机を挟んで対面に座る人物の顔色がよろしくないが、俺以外の同室しているオペレーターは部外者根性で楽しそうにしているから差し引きでプラスだ。

 

「皆目見当もつきませんよエインウルズ。今まで何度も話した事はありますが取るに足らない雑談ばかり、僕がエインウルズの不興を買う事もなければエインウルズが僕の不興を買う事もない」

 

 完全アウェーであるにも関わらず、いつもの調子を崩さずに肩をすくめ、心外だと首を傾ける男は俺の目を真っ直ぐ見る。全く、恍けるのが上手くて親近感が湧くね。

 

「ああ、そうだ。いや、『そうだった』と言うべきだな」

「過去形ですか。それでは教えて欲しいけど、僕がいったい何をしたのかな?」

「──数日前、俺はロドスの甲板でとある人物と世間話をしてな。自分で言うのもなんだが、他人に聴かれると誤解を招きかねない話だった」

「それはまた……恐ろしい話ですね」

「で、だ。その話が何故かロドスで広がった。お前に解るか? 誤解を解いてくれと必死になってヴァルポの少女に頭を下げた時の気分が」

「……………………想像しても及びがつきません」

 

 俺がなんの回り道もせず、核心を最初に話し出したのが意外だったのだろう。一瞬だけ目を背け、ややあって絞り出すように答えた。

 全く、これで解るなんて言われたら机を派手に叩いていただろうから正しい答えを選んでくれて助かった。

 

「さて、その話は速やかに上へと伝えられた、具体的にはドクターとアーミヤ社長へな」

「数日前の艦内放送はそれでしたか。僕の周りの皆は、あー例の件かと呆れていましたが」

「お前はどう思った?」

「今度こそ退艦になるのかなと」

 

 その言葉が空中に吐き出された時、右に立つ元ホストが思わず笑いを零し、レイジアン製の製造プラットフォームが電子音をかき鳴らした。俺は力の限り机を叩いて強くて鈍い音を会議室に響かせながら、地獄の底のように煮えたぎる感情を押し殺した低い声で身を縮こませた男を問い詰める。

 

「俺にとって幸いだったのはヴァルポの少女が献身的だった事、その過程で一人の医師の名誉が少し汚されたが些細な犠牲だろう」

 

 少なくとも俺にとっては。

 

「さて、疑いの晴れた俺が一番に取り掛かった事は、いつ、どこで、誰が、どうやって、この話を知り得たか探ることだ」

「犯人探しってやつですね。……僕が呼ばれた理由はそれですか?」

「良いね、頭の回転が早いのは良い事だ」

 

 問い詰められている男が左右に立つオペレーターへ助けを求めるが、残念ながらこいつらはそんな優しい存在じゃない。安全圏から他人が落ちていく様を笑って肴にするよう奴らだ。一応、名誉のために言っておくが、命の危険があれば助ける方を真っ先に選ぶし、真面目に振る舞うところでは当然止めたりもする。

 つまりこれは茶番だと言うことだ。命を取られることもなければ何か無理難題を言って困らせる事もしない。それをわざわざ本人に言って安堵させる事も、またしないが。

 

「さっきの少女がまた、協力してくれた。まー不用意な言葉でオペレーター一人の人生を閉ざしかけたからな、罪悪感もあったんだろ」

「子供を、利用したんですか?」

「世間話を盗み聞きして、それを言いふらすこととどっちがマシかは意見がわかれるところだ」

「それは……」

 

 言葉に詰まる。そりゃあそうだろう。なにせ調査の結果、噂の出どころはよりにもよってその日行われていた新米オペレーターのロドス艦内スタンプラリーへと集約され、まだ初々しい新人たちに詰め寄る事になった俺は当然の様に怖がられた。それを何度か繰り返して、向かいの男に行きついたのだから俺の怒りも大きくなる。

 栄えあるロドスのオペレーターになったばかりで緊張ガチガチ、すれ違うオペレーターは一定の確率でヤバい奴。危険地帯にいる後輩を和ませようと握ったばかりのホットな話題を提供して肩の力を抜かせたのは責めたりしない。

 ただし、それがネタにされた本人の耳に入れば話は別だ。

 

「俺はな、とても優しい男なんだ」

「あなたとはそれなりに親しいですけど、初めて知りました」

「知れて良かったな。無知のままだったら──俺はお前の赤メッシュを一本残らず収穫するところだった」

「自然愛好家でもありましたか……今なら神にもお祈りできそうです」

 

 ここに至って減らず口を絶やさないその根性。なんというか、性格が似ていて危機感を覚えすらするのだが、つまりはそんな理由で俺はこの男が嫌いではなかった。

 イベリア生まれの白髪イケメンで長身のお調子者、戦闘では敵の動きを妨害しつつ部隊の指揮と鼓舞をするオペレーター。

 

「人事科には俺から伝えておこう、エリジウムはラテラーノ人だったって」

 

 エリジウム。

 

 俺の満足いく答えを引き出し、口角を緩めさせた男のオペレーター名だ。

 

 


 

Ep.26-鼻元思案-

 


 

 

「俺が思うに男ってのは簡単に仲良くなれる。一つの戦場、一個の武器、一杯の酒。だが一番簡単なのは一つの趣向」

「つまり、エインウルズはこのロドスアイランドで女性の品評会でも開こうと言う訳ですか。凄いですね、命がいくつあっても足りはしない」

「やるのは君だけどね、エリジウム。エインウルズも俺も、そこのCastle-3も、通った道だ」

「冗談……ではなさそうだね」

 

 冗談であれば良かった──エリジウムの望みをミッドナイトが粉砕し、そのミッドナイトの一言を聞いたエリジウムは諦めたような溜息を吐く。あれこれと迂遠な言い回しをする必要はなくなったようだ。

 茶番にカーテンコールを降ろし、舞台だった会議室をただの会議室に戻した後に、CASTLE-3が淹れてきた茶を三人で味わいながら本題に入る。

 

「ここに何人かピックアップした。俺の独断と偏見で選んだ数人だ」

 

 写真を数枚ファイルから取り出して机にならべる。写真に写る被写体はカメラの方を向き、時には指でVの字を描いているから無許可で撮られた非正規品ではなく、事前許可済のクリーンなものだとわかるだろう。

 

「……質問、いいですか?」

 

 全ての写真に目を通した後、さっきの空気を引きずったままなのか俺の感情を伺う様におずおずとエリジウムが手をあげた。拒否する理由はどこにもない。 

 

「ああいいぞ」

「これ、やたらと彼女達の尻尾が強調されるように映ってますが……趣味ですか?」

 

 なるほど、それは確かに大事かもしれない。力強く、ひょっとしたらさっき机を叩いた時よりも力を込めて、仰々しく首を縦に揺らす。

 

「そうだ」

「なるほど」

「どう思う?」 

「正気を疑いますね」

 

 もちろん、あなたの趣味の事ではないと前置きしてエリジウムは続けた。

 

「まずこれ、レイズさんですよね?」

「何か問題が?」

「大ありですよ! 炎国の官僚! 下手な事をすれば外交問題! というかよくこんな写真撮れましたね!?」

 

 そこに写っていたレイズさんはノリノリで杖を構え、周囲にアーツによる雷を迸らせて自分の髪の毛や尻尾を逆立てている姿。身体を傾け、半身の形になることでより映えるようにしてある。尻尾が。

 まあ確かにエリジウムの言う通り懸念もあるが、もう既に何か月とロドスに滞在しているのだから大丈夫だろう。ヤバかったら写真を撮り始めた辺りで誰かが止めに来る。

 

「いいよな。触ることは叶わないが、立派なもんだ。ヴァルポやフェリーンと違って、毛並みが縦に長く続いている割には絡まる事が一切ないらしい」

「これで既にお触りしていましたなんて言ってたら、僕はこの席を立っていましたよ。間違いなく、パスタが茹で上がる前にです」

「俺が聞いた話では既にお願いして断られたって言ってるけどね」

「正気を疑ったのは間違いじゃありませんでしたか」

「気付くのは大分遅いですよ、オペレーターエリジウム。ミートソースのパスタはもう出来上がっております」

 

 散々な評価だが、俺は正気なので何も問題はない。お茶の次にと壁を作るかのように湯気がたんまりと昇る熱々のスパゲティが各々の前に置かれ、フォークで巻き取って口へと運ぶ。

 お堅くて真面目と評されるレイズさんだが、話せば意外と悪くもなく──俺の評判を聞いてなお要求を聞いてくれた事は大変疑問だが──書類仕事の手伝い程度ならたまに手を貸すようにしている。

 そのことはまあさておき、だ。

 

「スパゲティ美味しいな……ん、見間違いじゃなければこれはプラチナさんですよね」

「ああ、好きに撮って良いと言われたからな」

「片目だけカメラ目線、ポーズも完璧だ……」

 

 ソースが跳ねないように注意しつつ数口食べた後、フォークの代わりに持った写真。

 ロドスの訓練場、密林ステージで後ろへ跳んで地面に倒れ込みながら写真外へ向けて弓矢を構えるプラチナさん。白尾は彼女自身のロングヘアー、それと衣服に合わさり巨大な旗の様にも見える。「中々ね」とは本人の感想だが「シーンならもっと上手く撮る」と本職と比べてくるのはあんまりだ。

 

「気が合うんだ、プラチナさんとは」

「尾を触った経験は?」 

「気が合う事と気を許すことはイコールじゃないんだよ」

 

 エリジウムの問いかけにイエスと答えられていたら俺はもうちょっと嬉しそうに話すし敬称も取れている。プラチナさんの計画する悪戯に助力を乞われ、もしくは俺がターゲットの場所がわからずプラチナさんに索敵をお願いしたり。そんな協力関係を結んでいるが、俺の盾に勝ると劣らず尾へのガードは固いのだ。

 

「この、ニアールさんを彷彿とさせるプレートアーマーの麗人やその人に叔母と呼ばれていた教官はともかく、ですよ」

「エインウルズ、どうすんですかこれ。エリジウムのキャパシティがだいぶヤバい」

「今まで女の話をしたことなかったんだろ。お前の経験を以てご指導ご鞭撻してやれ」

「オペレーターエリジウムが大きいのは武器だけ、と言う事ですか」

「女性関係くらいありますけどね!? そうじゃなくて写ってる人物が軒並みヤバイ存在なんですよ! ……特にこれ!」

 

 もう半ばヤケクソなのだろう。エリジウムは数枚を一気に机に置き、いよいよ残った一枚を叩きつける。膝まで届く髪、雪のようと表すには白さが足りなく更に先端が灰色、それが完璧でないと彼女の可愛らしさを引き立たせている。遠くはイェラグの民族衣装を身にまとい、他でもない彼女自身しか扱えない神聖な鈴を胸に抱いている写真。

 

「カランドの巫女! そしてシルバーアッシュさんの妹! プラマニクスさんじゃないですか!」

「そうだな」

「そうだな、じゃないですよ!」

 

 エリジウムの懸念も尤もだ。なにせ、彼女もまたレイズさんに劣らず爆弾になり得る存在なのだから。信じがたい事だがカランドの巫女であるプラマニクスは当初、イェラグを『抜け出して』ロドスにやってきた。その事実は当然のように権限処理を施されて守秘義務が科されたが──いつの間にかそれもなくなり当たり前の様に馴染んだ。

 

「怖くて聞きたくないけど……聞いた方が良いよね?」

「尻尾な、触ろうとした事はあったんだ」

「あったんですか」

 

 俺も最初はノーマークだったのだ。そんな奴がいたなくらいの認識だったのだがロドスの功労賞でブランドメーカーの特注服を着ている姿を見て、びびっと来てしまったのだ。──意外とあるな、と。

 毛量、抱き心地はレジェンドに比べると物足りないが、鮮やかな毛並みと冬でも困らない程熱を保っていられる適切な硬度を持っているのだろう。神授の聖鈴よりよっぽど神々しく見える。

 だがいざその用件を伝えようとすると、通路の曲がり角からやってくる殺気と羽ばたき音が、俺の口を閉じさせる。気のせいだろうと思ったが次もその次も全く同じような事があり、更に数日間視界の端に見覚えのある鳥が映りこんだ辺りで俺は『マジ』だと理解した。このまま同じ事をすれば、不幸にも白塗りの真銀斬にめった斬りにされてしまうのは想像に難くない。

 プロファイル上では不仲のはずなのだが、やはり長兄としては気にしているらしい。そして多分、拗らせてる。

 

「その話があってなおここに写真を混ぜられる度胸が凄いね。もしかして、命がストック制だったりする? 一日何回までは死んでもベッドの上で復活します系の」

「俺がそんな化け物なら、とっくに命を使い果たしてくたばってただろうな」

 

 とにかく、これでエリジウムは全ての写真に目を通したことになる。

 

「で、この中なら誰が一番良いと思う?」

「魅力的な、という意味ですよね? 何かさせるわけでもなく、誰に言うでもなく」

「何かしたかったのか? そして、言いふらしてほしかったのか? お前がしたように」

「とんでもない! あれは僕にとって痛恨のミスでした。今では後悔しかありませんよ……で、選ぶとすればそうですねえ……」

 

 机に散らばる無数の写真から一枚を抜き出し、指の間に挟んで俺達へと見せる。

 誰を選んだかは俺達のみぞ知るわけだが、誰にでもわかる確かな事実としては今日まであった不幸な行き違いは解消され、エリジウムと俺は仲間に戻ったという事実だけである。

 

 

 



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Ep.27-背信棄義-

「もふもふさせてくれエフィ」

「えぇ? エインさん、何のこと……」

 

 ある日の夜更け、そろそろ眠ろうかという時間になってエフィの部屋を訪ねる者がいた。時間を考えてほしいと思いつつやる気ない声と共に扉を開けば、そこに立っていたのは良く行動を共にするエインウルズだった。

 挨拶もなく開口一番に真剣な表情でお願いしてくる姿には冗談の欠片も感じ取れず、エインウルズの必死の懇願に困惑で返す。

 

「頼む! 俺はもうもふもふが足りないんだ!」

 

 重ねてのお願いに、エフィはやっと困惑から逃れて冷めた視線を送ることが出来た。

 もふもふ、とは彼の好みである尻尾を思う存分触りまくる行動であり、つい最近に友人であるプロヴァンスが顔を赤らめて謝ってくる程の手練手管と絶妙な言いくるめによって他に数名の犠牲者が出ている。

 過去の出来事を思い出して少々不機嫌になったエフィは、平坦な声で切実な望みを切り捨てる。

 足りないとはなんなのか。知らないと思っているようだがここ最近オペレーターや職員の尻尾を触ってにっこりする姿は複数の通りすがりに目撃され、それが更に数人を経由してエフィの友人の耳に入り、日々の雑談の中で「そう言えば」と伝えられるのでエインウルズがどこで誰のもふもふをもふもふしたのか全て筒抜けだった。

 

「私にはエインさんを満足させられるような尻尾はないんですけど……」

 

 そして、これは全く悲しい事実だった。

 キャプリニーのエフィには、クランタ族やループス族などにある立派な毛並みのソレがない。覆すことの出来ない種族の壁がある。それすら忘れてしまったのだとしたら、何回目かの折檻で火加減(・・・)を間違えてしまったのだろう。

 というかエフィに御立派なそれが生えていたら、冗談ではなくエインウルズを笑う話が半分にまで減少する。

 

「何を言ってんだ?」

「え?」

 

 まるでドクターが丸一日の休みを貰えた日のように、エインウルズはさっきまでの熱意が嘘のようにきょとんとして指先をエフィへ向けた。

 

「あるだろ、エフィにだってもふもふが」

「え、えぇ!?」

 

 あった。

 およそ生物学的にあり得ない、テラを護る巨大樹と言っても過言でないソレがゆらゆらと主張をしていた。

 当然だがエフィに心当たりがあるわけもなく、思考はクエスチョンマークで埋め尽くされる。肩の高さまで腕をあげ、肘を曲げて左右に体を捻りながら視線を落として確認しても、消えることなくちょっとした子供くらいはありそうな大きさの尻尾が左右に揺れていて、ますます何がなんだかわからなくなってきた。

 

「そ、そんなぁ! なんですかこれ!?」

「俺、もう我慢出来ねぇんだよ、なあエフィ、いいだろ……?」

「だっ、いえ、でも……」

 

 わからないこと尽くしの中で、一つだけ明確に脳内ではっきりと判明していることがある。

 たぶん、いや絶対。僅かに残る理性以外は上質な肉を前にする、餓えた獣のような眼光を放つ己の相棒に、このまま“はい”と頷けばどうかなってしまう確信。

 

 しかし、その気迫に喉元で言葉がつっかえ、明確に拒絶する事が出来ない。

 がしり、と何度か繋いだことのある硬くて大きな手が、エフィの両肩を掴む。重ねて頼む、と続けるエインになんとか首を振ることが出来てのは僥倖だ。

 

「俺はこんなにもお前を求めているのに」

「も、物は言いようですね?」

「心から思ってる事さ」

 

 そして、あんまりな建前を前に一周回って冷静になれたのもまた、僥倖。

 半目になって欲望に正直なエインウルズを睨みつけ、こんなはずじゃあなかったんだけどなあと幸せが1%程度なくなる溜息を地面に落とす。

 

 出会ってから、そしてロドスで一緒に仕事を始めてからも、頼れる背中をかっこいいと思っていたのに。今ではすっかり制御装置の立ち位置に収まってしまった。

 余計な邪推をしてからかっていた同僚も、今ではすっかり肩を叩いて同情してくる始末。それでいて、彼は嫌悪されるどころか好意的に捉えるオペレーターが多いから納得がいかない。

 

「……触りたいんですか?」

「もちろんだ」

 

 エフィにとって驚く事に、今まで存在しなかった器官のはずなのにどうすれば動かせるか手に取るように理解していた。ゆらゆらとふりふりと、左右上下や円を描くように大振りに揺らし、生まれた時から付き合ってきたかのように自在に操れる尻尾。これをお預けというのは……いくらエフィでも惨い事だと思った。

 とは言え、好き放題触られるとどうなるか怖いのも事実。大きなソレを胸元に引き寄せ、抱くようにして目だけをエインウルズに向けて。

 

「しょうがないですねエインさんは…………少しだけ、ですよ?」

「……! ありがとう、エフィ! 優しくするから、な」

 

 自分の尻尾を開放し、相棒に差し出す。今まで誰かに触られた経験は当然ないが、あのプロヴァンスが顔を赤らめていたのだからどうなってしまうのか、優しくするなんて言っているが好みの尻尾があればほいほい口説く相棒が本当にそうしてくれるか確証もない。

 何があっても気をしっかり持とうと覚悟をエフィが決め――

 

「いやあ、ずっと気になってたんだ、エフィの髪って長いしこれもまたもふもふだよなって」

「は?」

「うわめっちゃさらっさらじゃん。手櫛でも全く抵抗なく指が滑るし」

「は?」

 

 まさかの尻尾をスルー! なんとこの男! 世界遺産級の尻尾を無視してエフィの髪を撫ではじめたのである!!

 しかも片手で掬って、もう片手で興味深そうに摘まんでしげしげと見つめている!

 無駄……! エフィが決めた覚悟は……! すべて…………! 無駄!!!

 

「いやそこは流れ的に尻尾じゃないんですかこのばかーーー!!!」

 

 感情の導線が一瞬で燃え尽きて内に秘めた心へ一瞬で着火(イグニッション)、溢れるエネルギーを手に集めて開放し――――

 

 

 

 

 

 

 

「…………………………」

 

 気持ちの良い朝だった。ぱちりと目を覚まし、しげしげとアーツロッド無しにイラプションした自分の両手を見て、そのまま顔を覆った。

 

「な、な、な、なんて夢を見ているんですか私は…………」

 

 清々しい朝の空気が台無しになるくらい、羞恥の感情に埋め尽くされて再起動まで十数分ほどかかった。

 

 


 

Ep.27-背信棄義-

 


 

 

 その日、俺の気分は最高だった。言葉巧みにエリジウムを唆し、ドーベルマン教官が開催する研修への参加名簿にサインさせて送り出したからである。

 新人だらけの研修、そこにぽつんと経験者が混じっていればこれ幸いと教官はエリジウムを横に立たせて(実験体に)進行するだろう。

 これにはCASTLEー3も援護射撃を加えてくれたので、やはり持つべきものは友なのだと深く胸に刻み込まれた。

 

 さて、こんな上質な一日の終わりはどうするか、と考えて最近気になっていた事を片付けようと思いつく。

 誰に危害を加えるでもなし、一人の承諾こそ必要だが知らない仲どころかロドスでも一番に知る仲の相手。思い立ったが吉日と相手の部屋へと急ぐ。

 こん、こん、こん、とノックを三回。時間的には日も暮れて夕食も食べ終わったであろう時間。けれど寝るにはまだ早い頃合い。ぎい、と扉が開いて部屋の主が顔を出した。

 

「エインさん……?」

「少し、いいか」

 

 その主は俺の相棒、エフィ。こくり、と神妙に頷いて綺麗に片付けられた部屋の中へと招き入れられる。

 夜に訪ねてきたのに文句の一つもなく、ベッドに座ったエフィはちらちらとこちらを見ながら、何かを待っているようだった。

 

「あのな、お願いがあるんだ」

「はい」

「ずっとこうしたいと思ってきてだな」

「…………」

「その、もふもふをな、させてほしいんだ」

「…………!」

 

 しまった、言葉が足りない。失策を悟るも、通じないはずの意思が通じたかのようにエフィは首を縦に振る

 

「なんとなく、そんな気がしましたから……」

「お、おうそうか」

 

 女の勘って凄い。ぼんやりとそんなことを思いながらも、解ってくれてくれているならお願いもしやすい。

 ぱしんと両手を合わせ、頭を下げて口を開く。

 

「頼むエフィ! ちびめーちゃんを抱いてもふってもいいか!!」

 

 これこそ俺が最近抱えていた葛藤。『ちび』とエフィは呼んでいるがその実態は結構大きく、エフィが疲れからかうとうと寝ている時に抱き枕替わりになるくらいの大きさがある。

 どこからともなく現れるエフィのペット。今は亡き母親から送られたらしそれは、ロドスアイランド技術部をして首を捻る程謎に満ちており、尻尾メインの俺の目を奪わせるぐらいに立派で上質な毛並みを持ち合わせていた。

 あれを抱いて寝れば、どんな疲れも綺麗さっぱり漂白されているだろうと思えてしまうもふもふな毛並み、一度味わってみたいと思っていたのだがその機会が訪れる事はなく。よろしいならば直接お願いだと今日の上向き気分のまま乗り込んだわけだ。

 

「………………はい?」

「いやー、実はずっと気になっててな。あれはまた違った魅力を持っているだろって」

「……………………」

「なあに、ちょっとの熱さなら俺だって我慢できる! いやまあ、エフィがちょっとお願いしてくれればいいんだが」

「………………えぇ、よおおくわかりました」

「ほんとか!?」

 

 よし、と両手を叩いて弾む声。それぐらいには喜ばしい事であり、禁酒でどんよりした夜の時間に差す光明と言ってよかった。

 エフィが身体をずらし、その後ろから黒毛の双角獣が小さく鳴きながら歩き出て(エフィ)の身体に寄り添う。朝は目覚まし代わりの鳴き声から夜は枕にと文字通りおはようからおやすみまで過ごす彼(?)らしい堂々たる従者面。

 

「ちびめーちゃん、ちょっとお願いがあるんだけど……」

 

 ちょっと、と言うにはやけに凛々しい顔だった。俺がもふもふするだけなのに何故、と思う間もなく、『ちびめーちゃん』は俺の足にすり寄る。そっと触れば沈み込む手、体毛に包まれて温かさがダイレクトに伝わってきて心地よい。最初はほんのり程度だった温かさが徐々に強くなって――

 

「ん? 強く?」

 

 そんな疑問を言葉に出した瞬間、エフィの怒号が部屋の壁を叩いた。

 

「エインさんの馬鹿ーーー!!」

「なんでだ……あっちぃ!! ちょっと待てエフィなんかめっちゃ熱くなってるんだが!?」

「知りませんよ、もう!!!」

 

 

 

 今回ばかりは、彼にも多少同情の余地があると思います。夜に淑女の部屋を訪ねることや、自分の欲求に正直過ぎたのはさておき、複雑な乙女心と“夢見が悪かった”事を見抜けというのは、酷でしょう

 

 

――顛末書を読み終えた事務オペレーターの一言より抜粋

 

 

 




他のアークナイツ二次読んでて一番ショックだったのは某ロドスの備品担当スタッフも大変良いものをお持ちだと知ったものの、六章は概ね原作通りに進んだこっちとは世界線が違うのでどうあがいても手が届かない事でした。


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Ep.28-不得要領-

ガバガバ理論を展開しているけど大体戦車出してきた二次創作が悪いよ!(責任転嫁)(俺が書きたい雰囲気を描いてくれて大変満足したなどと申しており)
つまりこの話は独自設定・解釈のオンパレードや



 Thermal-EXにとって、とある傭兵は彼にしては珍しく嫌悪感を示す存在であった。

 

「いやお前攻撃手段が自爆だけじゃん」

 

 Thermal-EXは激怒した。無知蒙昧なくそったれを爆破せねばと神と偉大なるメイヤー様とついでにクロージャ様に誓った。光とパワーが融合した『爆発』は最強の攻撃手段であり、己がしばしシャットダウンする事に目を瞑れば一機で敵群を一掃出来る素晴らしい能力なのだ。

 

「いや待てよ? お前を量産してバッドガイ号のハッチから大量に投下すれば一面焼き払えるな!」

「不届きものが、そこに座りなさい!」

 

 パワーユニット部分を明滅させて時刻を考慮していない長時間の説法は、発端となった傭兵の心身に多少のダメージを与えたのちに、通りがかったオペレーターが不機嫌を隠さず真っ二つにした酒瓶の、やすり掛けされたかのように滑らかな部分をチラつかせるまで続いた。

 

 日を改めて後日、暑苦しい普段の彼からは想像も出来ない気落ちした様子でメイヤーのラボを訪れたThermal-EXは、原因を事細かに説明した。

 

 


 

Ep.28-不得要領-

 


 

 

「メイヤー様、私は悔しゅうございます……」

「なんてやつだいそいつは! 目にものを見せてやらなきゃ!」

 

 メイヤーは激怒した。なんと言っても彼はクロージャと共に手ずから改造した我が子のような存在である。作戦に連れて行き、ロドスのオペレーターの窮地を救った事は何度もある。それを言うに事欠いて自爆だけが取り柄のポンコツ野郎等と言われたら*1、これはもう宣戦布告と変わりない。

 しかし技術職のメイヤーは、同時に感情だけで動く存在ではなかった。そのまま静かな我が子を引き連れ――すれ違ったオペレーター達がThermalーEXの静かな様子に二度見しまくった――クロージャの部屋へ向かう。

 

「なるほど、私もあの傭兵には借りがあるから手伝うよ!」

「よし! じゃあどうしようか……」

 

 クロージャはふって湧いた恩返し(仕返し)のチャンスにほぼ即答でメイヤーの手を握った。

 さもありなん。正義の心を持ち、ドクターと自分の補佐をするだろう息子(Castle-3)はいつの間にか彼奴の皮肉屋を真似て反抗期になるし、(Lancet-2)は『一番好きなのはかわいいクロージャお姉さま』という設定の抜け道を教えられてドクターにべったり。別に再設定すればいいのだが、それは負ける気がするし、何よりAIを簡単にリセットしてしまうのはエンジニアの誇りに反するわけで。

 え? 色々弄って遊んでただろって? それはそれ、これはこれ、だ。(悔しくて悔しくてなんて言えないよ!)

 

「うーん」

「ThermalーEXはどうしたいんだい?」

「わたくしにとって爆発は譲れません! ですのでそこを残して頂けるならばこのThermalーEXはどんな苦難も乗り越えましょう!」

「そっかあ……」

 

 とはいえ、高級モデルとしてリリースされた作戦プラットフォームをロドスが誇るエンジニアが弄繰り回して出来たのがThermalーEXだ。今からまた改造するとして、その余地が残されているかは微妙なところだった。

 そうなると取れる手段は限られてくる。二人は顔を見合わせ、同時に頷いた。

 

「「外部ユニットを作ろう!」」

 

 接続式凹型追加武装基盤の構想だ。退却用煙幕を一部取り外して――全部取り外した方が安定するがThermalーEXが左右に最低一個ずつ残すようにと譲らなかった――出来たスペースに結合パーツを装着、ケーブルを繋いでThermalーEXが武装を操作する形だ。

 様々な状況に対応するため複数のユニットを製作し、ブリーフィングから戦場の変化を予測して最適なユニットを接続して出撃する。さすれば今まで以上にオペレーターを補助出来るし、何より傭兵の鼻も明かせよう。

 

「とりあえず対空よね、爆発もそんなに高いところまでは届かないし威力減衰が……」

「ThermalーEXは弓を引けないから、銃ってことになるんだけど……」

 

 そして早速躓いた。

 当然である。人の身であれば必ずある二つの腕が、機械であるThermalーEXにはないし、当然ながら源石術(アーツ)の適性なぞあるはずもなく。必然、空中を飛ぶ敵には銃による弾幕しかないのだが……そんな銃は本体の価格も相応にするし、景気よくばら撒く弾の代金も当然無視できない。

 さらに一門だけでは効果が薄いし本体のせいで死角も出来る。欲を言えば本体左右に一門、後方に一門と合計三門は取り付けたいが三つの銃と効果的弾幕を張るための弾薬代なんてもの、試算しただけでも輜重科が殴り込みに来る未来がありありと浮かんだために却下。

 

 そして大前提として、銃を使うにはアーツ適性と、知識が必要だ。

 Q.機械であるThermalーEXのアーツ適性は? A.そんなもんねーよ。

 

 全量エネルギーアーツショック発生器と言えばそれっぽく見えるが、要はエネルギー貯蔵デバイスに対して強烈な刺激を与えて無秩序な爆発を発生しているに過ぎない。情熱で人間関係の壁を乗り越える彼とて、緻密な制御が必要な銃という技術の壁を越える事は出来ないのだ。

 

「……気付いちゃったんだけど、最終的に爆発するなら外部ユニットって使い捨てになるよね?」

「あっ」

「あっ」

 

 かくして話し合いは最初に戻る。

 

「どうせ爆発するんだし、もういっそ発煙弾別のにしちゃおうか」

「そんな殺生な!」

「殺生を行うための攻撃手段を搭載するんだよ!」

「最初から殺傷目的はいけないんじゃないかなクロージャ……」

 

 しくしくと泣くThermal-EXが逃げないように作業台へしっかり固定して、発煙弾発射機を取り外す。倉庫から引っ張り出してきたのはレユニオンの鹵獲品である37mm迫撃砲。それをThermalーEXの身体へ左右に二門ずつ取り付け、屈強な戦士すらも悲鳴を上げる強催涙弾を突っ込めば暴徒鎮圧に心強い仲間の出来上がりだ。

 合計四発、再装填は不可能だがどうせ撃ったら突撃して爆発するから問題ない。

 

「こんな、こんな無体を受けるなど想像しておりませんでした!」

 

 射角調整は可能だが0~10°と微妙なことこの上なし、無理な取り付けのために改造元の素晴らしい射程は台無しで10m先に届けば御の字、当然固定砲なので後ろはもちろん左右に1°も動かせないポンコツ。

 どうしてこうなった、上手くいくはずだったんだとクロージャは頭を抱え、終始Thermal-EXのうめき声を聞いていたメイヤーは罪悪感に苛まれ、実験体は頭頂部を明滅させて落ち込んでいた。

 

「ね、ねえ……やっぱりこれ、やめない?」

「うっ……確かに性能は下がると思ってたよ? けどここまでだなんて……」

 

 しくしくと今度はクロージャが「ごめんねぇ」と泣きながら、粗大ごみを撤去して彼の要望通り発煙弾発射機を左右計五基キッチリと設置し直した。身体は元に戻っても心に受けた傷は戻らない。拘束から解放されたThermal-EXは無言で加速してクロージャを轢く。メイヤーはそれを止めなかった。

 

「発想を転換しましょうお二方! 『爆発しかない』ではなく『爆発だけでいい』にすれば良いのです!」

「つまり、威力を強化してほしいってこと?」

E x a c t l y !(その通り!)

 

 ぱちぱちと、Thermal-EXの見えない両手が拍手している姿を幻視しながらメイヤーは頷いた。

 確かに威力増加は出来ない事もない。モーターを最新のものにし、貯蔵装置をより大容量に換装すれば範囲・威力共に簡単に強くなるし、もしくは車体に釘や鉄くずを載せれば飛び散ったそれらで甚大な二次被害を与える事もできる。

 その代償としてはThermalーEXの身体が今より大破して修理に時間がかかってしまうがThermalーEXはそれも覚悟してのことだった。

 

「出来ない事はないけど……」

「わたくしも解っております! しかし! 男には時としてやらねばならない時がある!」

「痛ぅ……でもそうなるとケルシーに許可取らなきゃ。最新のってなると流石に持ってないしね~」

「図面引こうか……ほら、サーマルもクロージャに好き放題されたくないでしょ?」

「えぇ全くです! 今度はきちんと私の要望も聞いて貰いますよ!」

 

 そこから二人と一機の議論は白熱した。

 威力増加に伴った機体の装甲強化、当然速力は低下するのでメカナムホイールを四輪から六輪へと変更、モーターはより馬力が出る物へ載せ替え、更には外部ユニット案が復活してジェットパックを応用した超加速装置の搭載。

 話し合いが始まった時間が既に夜だった事もあり、終わって窓の外を見れば眩しい朝日が見えていた。

 

「やばい、徹夜しちゃった……」

「あちゃあ、ケルシーに怒られるねこれ」

「ですがこの改造案は実に素晴らしい! ケルシー様が許可してくれればわたくしは更なる高みへ到達することでしょう!」

 

 そうして纏められた改造要望書は速やかに纏められ、技術部を通してケルシー及びドクターが内容へ目を通した。

 

 

 

 

不許可

 なるほど確かにロボットオペレーターの能力向上は課題だ。しかし、それにかこつけて深夜に何も考えていない暴走した思考の嘆願書を渡されても困るのだ。

 一つ一つを見れば確かに合理的であろう。だがそれを全部載せた挙句、墳進装置などというコストパフォーマンスに欠けるものまで載せるのは掛かる費用的にも許されない。メカナムホイールをさりげなく二つ増やしているのも駄目だ。君たち技術職はそれがレイジアン工業のカタログに何十万で記載されているのかもわかっているはずだ。

 最後に一つ、その改造案ではせいぜい発煙弾発射装置とThermal-EXのAIしか改造前の面影が残っていないのだが、それはもう全てを一から作った方が安上がりだと進言するがいかがだろうか?

 

――特注と思われる巨大な『不許可』の印が押された封筒の中身、その一説より

 

*1
そこまでは言ってない




八章は丸一日かけて攻略しました、映画を見ているような感じであっという間でしたね……ガチ泣きポイント多すぎてしんどかったです。
ここネタバレ反転→フロストノヴァがね、パトリオットのこと「父さん」って呼んでるし、マントの端っこ燃やされて怒ってタルラと決闘してるんです……ヴッ

話は変わって今回の話を書くに当たってテラ世界の「銃」において考えたんですけど、敵ドローンが機銃装備してるのが謎過ぎて困るんですよね、大陸版のR6Sコラボでかなり重要な事が描かれてましたし、それを鑑みてもなおさら「?????」ってなりました。
最終的に「どうせ俺の作品も色々ガバってるしな」と細かいところは投げ出しました、すみません。ガバってるところはいずれ直します……

いつも感想と評価ありがとうございます! 数か月ぶりなのにありがとう、待ってたと言われてぼかあ嬉しかった


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Ep.29-平安一路-

 突然だがドクターが過去に飛行装置を使ってアカフラまで旅に行った事を覚えているだろうか。テラの奥地、移動都市と比べれば未開もいいところのジャングルに住まう民。休暇だって言って飛んでったのに帰ってきたら新顔数人ゾロゾロ連れてきて、ピカピカだった飛行装置はボロッボロってんだから面白いよな。付いていったブレイズ諸共減給処分もらってるし、良い酒が飲めたよ。

 で、だ。その数人の新顔がまた問題だった。なんせ都会のルールを知らない奥地からやってきた野生の住人だ。そこらにいる傭兵崩れの方がまだ奥ゆかしさがある程の喧嘩っ早さを持ってるもんだからしばらく医務室が盛況になったのは言うまでもなく。

 

 ちなみに一番割を食ったのは俺だろう。

 おかしいよな? ブレイズが子分作っててそいつが上下関係をはっきりさせるべく俺に強襲仕掛けてきた時はため息が止まらなかった。そいつを地面に叩き伏せたら次はLancet-2を姉様呼ばわりする奴に「兄弟子!」とか言われたからもう限界よ。なんでだよ。俺がいつLancet-2に弟子入りしたんだよ。むしろLancet-2に悩みの抜け穴を教えてあげたんだから俺が師匠だわ、敬え。

 

「ふふ、兄弟子は煙に――いや、Lancet-2姉さまも確かに恩人だと言ってたしな、師匠……はクロージャ師匠が既にいるから、あなたは兄さまと言ったところか」

 

 それは違うから決して人前で言うなよ。頼むから。

 どうしてそうなったんだろうな、疲れたと言って訓練場の床で寝転ぶユーネクテスの尾を磨くように触りながらそんな事を思った。

 見た目からは想像し難いすべすべの手触り、ザウラと違って弾力のある柔らかさ、これはこれで夏場の抱き尻尾に向いているのではなかろうか。俺はクランタとかヴァルポとか、そっちのもふもふっとしてる方が好みなんだが手触りという一点に限ってはフィディアの尾は素晴らしい、こればかりは認めざるを得ないだろう。

 

 


 

Ep.29-平安一路-

 


 

 

「それでユーネクテスさんを口車に乗せて尻尾を触ったんですか?」

 

 口車に乗せたなんてとんでもない。むしろLancet-2直々に恩人だって説明してもらったんだ。

 そう弁明してもソファに座るエフィは納得してくれない。キャプリニーってのは服に収まらない程の尻尾を持たないから中々理解できないかもしれないが、基本的に尻尾を露出させている種族ってのは合意さえ取り付ければいくら触っても問題ないのだ。

 そりゃあな、ちょっとマッサージみたいな触り方したら他人に誤解されるワンシーンが出来上がるのは当然だろうが、大事なのは合意の上で触ってることだ。俺が今までに一度でも無断で尻尾を触ったことがあったか? そもそもユーネクテスなんか付け根まで開けっ広げにしてるもんだから逆に注意したわ。

 首を傾けてエフィに問いかけてみれば、難し気に眉を顰めて頷いた。

 

「それは、そうですけど……」

「まあそうだろ? ただ俺に唯一の誤解があるとすればそのあとにトチ狂ったヤツが「エインウルズ兄さま」とか呼び出したことだ」

 

 きっとアカフラでは何も考えず好きなことだけをしてきた弊害だろう、訓練場でそれはやめろって言った数時間もしないうちに食堂で呼んだんだぞ? 「Lancet-2姉さまが恩を持つあなたを兄さまと呼ぶのは当然のこと」って何がなんだかわからなかった。ここはロドスアイランドってとこであってアカフラじゃねえんだぞ。メイリィのポカのせいで俺は名誉を汚されたのに、この上ジャングルの泥まで塗りたくられるって、そんなことあっちゃダメだろ。

 

 エフィは相も変わらず悩んでいるようだった。杖の先から出した炎のアーツを器用に操り、○だったり×だったり△だったりと記号を作っている。あれが×で止まった時が俺の命日になるのだろうかと思うと気が気でない。

 

「で、でも、女性の身体にそんな気軽に触るのっていけないことだと思うんですよ私は」

 

 ×印から川の流水のように伸びだした炎がちろちろと俺の首元を撫でる。

 最初は大人しい子だったんだけどな、いつの間にか元気が有り余る育ちざかりの少女になれたようで。さりげなく行っているアーツ操作も、もはや達人の域にまで到達している。これだけ近いのに炎の熱さを全く感じないのもヤバい。『炎』という現象にはありえない程の低温、常識を捻じ曲げていると言ってもいい。

 こういうの見るとね、俺もエフィに負けてられないなって思うわけよ。

 

「えへへ、沢山練習しましたからね!」

「ああうんそうだな。出来ればその成果を俺に向けて発表するのは止めてほしいんだが」

 

 そう頼み込めば渋々と杖を振り、俺の周りを流れていた炎が霧散する。エフィはきちんとしているので真っ黒の時しか説教は飛んでこない。難点はその線引きがエフィの価値観によるので俺の基準でやると飛び越えてしまうことか。

 

「ところで、怪我はもう大丈夫なんですか?」

 

 怪我? と今度は俺が首を傾け、ややあってあの事かと記憶を引き出すことに成功する。

 俺たちはすれ違い続ける生物であるからして、形式上はブレイズ小隊に名を連ねている俺は訓練中、不幸にも黒塗りの作業プラットフォームに体当たりを貰ってしまったのである。

 ちょっと前にポンコツとか量産してバッドガイ号から大量に落としてやろうとか言ったのが拙かった。高さ160cm程度の鉄塊が爆発の衝撃を後ろに回して飛んでくるなんて可能性を欠片も考えちゃいなかった俺は、横から突入してきた兵器のおかげでエグイ吹っ飛び方をしたらしい。

 

 らしいと言うのはブレイズの声に反応して咄嗟に盾を割り込ませる事が出来たところで記憶が飛んでいるからだ。くそっ、そりゃあ「悔しかったらいつでも性能発揮してみろ」とは言ったけど誰が流星になれつったよ。お礼に発煙弾を全て抜いて破棄しといた。

 ともかく、そんなことがあって訓練は一時中断されて意識を失った俺は医務室に運ばれ、改造を施した犯人二名は顛末書の作成を余儀なくされ、ThermalーEXとは和解した。なんだよ、結構出来るやつじゃねーかと。

 

「わ、わかりません……何がどうしてそうなったんですか?」

 

 俺の周りの傭兵とかはそうだったんだけどな、基本やられる奴がわりぃんだ。命を奪うまではやらねぇ代わりに強い勢いで小突かれたり頭からビールを浴びせられて酒のつまみにされたりな。「命があってよかったな」って煽り散らすまでがセットなんだ。ましてや今回は俺自身が挑発した身であるかして、それなのにいざやられたらふざけんなってのは道理が通らねえだろ。あいつは実力を示した、俺は報復行為をした、ほら解決だ。

 エフィには中々わからないだろうけど、男ってのは拳を交えて解りあう事もあるんだ。ぺらぺらと頭を使って言葉を振りかざすよりは肩の先についてる手を握り締めて口と脳を直結させて吐き出した方が早い事もある。あいつは拳ないから身体ごと飛んできたけどな。

 

「でもエインさんは口を回す方が得意ですよね?」

 

 酷い風評被害だった。俺はわかってますよと頷くエフィにしっかりと言い聞かせる。

 あのな、早い事もあるってだけでまずは対話が大事なんだよ。戦った方が早いけど後始末が大変だろ? 医療チームのお世話になるのもそうだし、ボコボコにした訓練場を直す整備課の苦労だってある。翻って、会話でお互い納得出来たらどうだ? お互い怪我もしなければ備品を壊すこともないし他人に後片付けを手伝ってもらうこともない、やっぱ言葉なんだよ。俺たちは言葉を交わすことで文明を築き成長させて――

 

「ほら、そうやって喋るじゃないですか」

 

 それを言われたら俺は口を閉ざすしかない。しかし喋れないよりは喋れるほうがマシなのは確かだ。

 

「私、最近少し危機感を持っているんですよ?」

「……危機感?」

「そうです! このままではエインさんがいずれセクハラでロドスからいなくなってしまうんじゃないかって」

「酷い風評被害だろ!」

 

 二回目は流石に声を張り上げて無罪を主張する。おまけに変わって消えたはずの話がまた戻ってきた。

 傭兵は引き際を弁えるのが大事な職種、そんな不名誉な退艦理由でいなくなる事は断じてありえないと言える程度に立ちまわっているつもりだ。

 いや、まあ、そのなんだ。ロドスは人材が豊富だからな、ちょっとばかし魅力的な奴が多いのは認めよう。しかして俺は歴戦を自負する傭兵、死線は超えていないはず。

 

「最初の面倒見が良いお兄さんだったエインさんはどこへ行ってしまったんでしょう……」

「幻覚、だったんじゃないか?」

「本当に幻覚だったなら私はこうやって流暢に会話していませんよね?」

「そりゃあ相対しているからな」

「そういう意味じゃないんですけど」

 

 じゃあどういう意味だ、と言いかけてなんとか言葉を飲み込む。

 

「私にも尻尾があればエインさんを満足させられたはずなんです」

「……ごめん、後遺症か知らねえけど耳が悪くてさ、なんだって?」

私にも尻尾があれば――

「オーケイわかった、それ以上は言わなくていい」

 

 ……もしかしなくても、エフィは嫉妬しているのだろうか。最近は機会があってオペレーター達の尻尾に触れる事が多くなっていたからな。プロヴァンスやレッド、ユーネクテスに他のオペレーターをもふっとした記憶は新しい。「わ、私の尻尾も触ってください!」なんて初々しい子もいた。

 ただなあ、男は手入れを怠ってる事が多いからそこから指導しなきゃいけねえんだよな。プロヴァンスとペアで男どもを集めて講習会を開いたこともある。

 そちらにかまけて相棒と過ごす時間を疎かにしてしまったのは言い訳出来ない。この間ちびめーちゃんに焼かれかけたのもわからなくもないな。

 

「悪かったって、次に接舷した時はぱーっと遊びに行こうぜ」

「それで毎回毎回傭兵さん達に挨拶周りするから本当に遊ぶ時間は減ってるんですけどね」

「ドクター達に掛け合って二日」

「……」

「三日、三日な、貰ってやるから」

「……いいですよ、約束ですからね?」

 

 無言の圧力程怖いものはない。確か、とロドスの航路を頭の中で反芻し、次の都市がどこだったか思い出す。

 クルビアのとある移動都市、あのレイジアン工業が居を構えるところと言えばその規模も想像出来るだろう。

 なんにせよ、溜め込んだ金を吐き出す場所としては申し分ないわけで。現地でどうやってエフィの機嫌を取るか今のうちから考えることにした。

 

 

 

 

 

 



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Contingency Contract β
異界 CC.01 増幅:傭兵機動Ⅰ


だくしんスカジをどくしんスカジと見間違えたので責任を持って濁心に戻すために初投稿です。


「は? 面白い冗談ですねドクター」

 

 昼下がり、ロドスアイランドの甲板で仕事をサボっているドクターと雑談に興じていた傭兵は上司をはっきりと馬鹿にした。

 

「いやいや、冗談でもなんでもないよ。スカジと一緒に来た君だからこそ(・・・・・・・・・・・・・・・)聞いてみるのさ」

 

 ――君は厄災と言われた彼女と交際しているのかい?

 


 

CC.01 増幅:傭兵機動Ⅰ

 


 

 スカジと名乗るオペレーターとは長い付き合いであった。ロドスへ来る前、傭兵同士徒党を組んで腕試しに行ったのが初対面で、それから腕前に惚れ込んだ傭兵が付きまとったのが始まりだ。

 情報屋をこき使い、やたらと邪険にする賞金稼ぎにそれでもと密着し、諦めが100%を占める溜息と共にコンビを結成し、やがてロドスアイランドという船に流れ着いた。

 

 結局は彼女の求めるものがあったからと所属することになったが、それのみを欲した傭兵の相棒は周囲と馴染もうとはしなかった。交流を求めるオペレーターには感情のない言葉で応対し、戦場では自分の力だけで解決せんと全力を出してドン引かれ、それが悪循環を生んで誹謗中傷にまで肥大した。

 

 当然、相棒は自分しかいないと公言する傭兵は現状にブチ切れた。

 

 そりゃあこの愛想の欠片もなくて表情筋が死んでると言われても反論出来なくて人外じみた力を持つコミュニケーション能力を荒野に捨ててきたような社会不適業者だとしても!

 そこに悪意なんて欠片も含まれておらず、むしろ過去の話を聞いた自分だからこそはっきりと言えるが、それは彼女の優しさなのだと。

 親しくなった相手が一人残らず事件や事故で命を落としているとなれば、心を開く事だって躊躇うだろうと。

 一度や二度なら偶然でも、それが三度四度五度と続けば必然だ。

 

 だから、偶然が両手で数えられなくなる前に独りになることを選んだ心優しい女性なのだと。

 ドクターから放送室の鍵を盗んで(借りて)ロドス全艦に思いのたけをまき散らしただけである。

 

 ――何も話さないのを良い事にあることないこと尾ひれ付けて広げやがって!

 ――俺は話して貰ったから知ってるんだ! 優しいんだぞあの人は!

 ――そりゃああの人が八割がた悪いけど、中傷じみたことを言うのはいくらなんでも酷すぎだろうが!

 

 お昼ご飯を食べるには良い時間帯に、防音室を無意味にする程の声量でマイクを過労死させんと傭兵は叫ぶ。

 普段の陽気なBGMが流れるはずのスピーカーから、男の荒々しい声が大音量で流れてくれば、何事かとロドスのオペレーター達が足を止める。

 

 ――お前らは知らないだろうけどなあ! あの人は朝が弱いんだぞ!!

 

 渦中の賞金稼ぎは突然の出オチに座っていた椅子を粉砕した。

 

 ――寝間着が若干大きいせいで肩のところが丸見えだし、ぼんやりと眼を擦りながら起きてくるけど朝ご飯を作れない!

 

 今度は賞金稼ぎがキレる番だった。

 

 ――ご飯を作らないと拗ねるんだぞ! ロドスに来る前は俺が無理矢理付いてきて全部世話を焼いていたから、それがここに来ても習慣が抜けきってない!

 

 あれだけ距離を取っていたはずのオペレーター達が、生温い視線を向けてきて一部は肩を叩いて通り過ぎていく。彼女には屈辱的な時間が始まった。

 

 ――敵をぶった切る事と装備のメンテナンスと風呂に入って寝ることしか出来ないと言われて反論できないとしてもだ!

 

 この時点で常在戦場を心得て武器を携帯していた彼女は武器を構えて食堂を後にしていた。

 

 ――俺には優しくしてくれたんだ! 疲労を隠してもすぐに見抜いて寝ずの番を引き受けてくれたり、なんだかんだ言い訳しながらその日を休みにしてくれたり!

 

 後にすれ違ったオペレーター達は口を揃えて言う。「ああ、本当にヤバいのってあの時みたいなんだなって」……それが彼女がロドスに馴染む理由の一つになった。

 

 ――何い? 気まぐれかもしれないって? あーーそうだよな! お前らは聞いたことないもんな! 目を覚ましたけど枕が枕じゃなくて太ももだった時の気持ちなんてお堅くて行儀の良いロドスのオペレーターは知らねえよな!

 ――めっちゃ柔らかかったぞ! その上でなんだこれって視線で問いかけるとちょっと恥ずかしかったのか黙殺してくる時の顔たるや!

 

 彼女は風になった。今まで行ったどの救援作戦時よりも早く、クランタを置きざりに出来る程の速度で放送室へと向かった。曲がり角は壁を蹴り、トップスピードを維持して直角に曲がりきる。傭兵の死の瞬間は爆速で迫ってきていた。

 

 ――無愛想で何考えてるのかわからないってのはわからんでもないがよ! 注意深く見るとちょっと目じりがあがってたり口元を歪めてたり、意外とわかりやすかったりするんだぞ!

 ――救援作戦で死にかけのやつを運んだあとは助かったかどうか報告来るまで気にして部屋でうろうろしてるし、助かった時は声が浮ついてそうじゃなかったらその日はもう寝てしまうし。

 

 放送室のドアは目前だ。

 狩人は剣を構える。

 一閃。

 

 埒外の膂力で大質量を叩きつけられたドアが、真っ二つになって放送室の壁に叩きつけられる。轟音と言って差し支えない音量は当然マイクを通してロドス中に流れ、多くのオペレーターが耳をふさいだ。

 

 

 ――ビックリした! スカジぃ! どうすんだよこれ、俺がドクター達に怒られるだろうが!

 ――あちょっとまってなんで剣が俺に向けられてしかもそんな怒って。

 ――そうですね、ちょっとしたおちゃめのせいですねだからってこのドアが未来の俺なんてことは。

 

 ……静寂。

 騒がしかったスピーカーが不気味な沈黙を保ち、直前のやり取りを反芻した職員たちは何も聞かなかったことにして職務へと戻った。

 放送室をジャックして暴露大会した男の安否? なんのことかなあ……

 

 

 

 

 

 

 

 

「私は別に気にしてないのよ。あなたみたいな人の方が可笑しいって事は、考えるべきね」

「はい、おっしゃる通りです……」

 

 会議室で、傭兵が詰められていた。椅子に座る賞金稼ぎと対象的に、硬い床に膝を畳んだ正座態勢のガチ詰めである。

 

「けどよお、お前がある事ない事言われるのは我慢ならねえんだよな」

「……気持ちは嬉しいわ。だからって、言わなくても良い事まで言うのはよくないと思うの」

「何もわからないから怖がられてるって考えたら、ちょっとプライベートな事を暴露すれば親しみやすくなるかなと」

「もっと話を選びなさい! 私の事を恐れていた人たちが、一転して微妙な顔で私を見てくるの、本当に恥ずかしかったのよ……!」

「そりゃ話した甲斐があったもんだ」

 

 ゴン、と鈍い音が響く。賞金稼ぎの拳が傭兵の頭を強烈に叩いた音だった。

 彼女からしたら正しく堪ったものではない。関わりの深くなった相手が軒並み“不幸”に見舞われた過去を持つ彼女は、今のところ唯一の例外と言っていい傭兵だっていつ居なくなってしまうのか、ふとした拍子に不安に思うのだ。この上で二人三人と友人を作る心的余裕はない。

 

 それに、誰であろうと絶対に言うつもりはないが騒がしいこの傭兵が居るならばそれだけで良いと考えるくらいには彼の存在に満足している。言うと調子に乗るから絶対に言わないが。

 だからモーニングコールは任せているし、朝と夜の食事は作ってもらっているし、休暇で出かける時も大体一緒に行動している。そこを解ってくれずに言いふらすのは暴挙を通り越して戦争だろう。

 

「次に似たような事をしたら甲板に吊るすわよ」

「はっはっは」

「………………」

「あ、これマジなやつか。わかったわかった、ロドスに来る前とかも色々あったもんな」

 

 作り笑いで言質を取らせまいとした傭兵を無言で連れ出そうと立ち上がった賞金稼ぎに一瞬で保身に走ったのは悪くない判断だ。

 

 色々、そう色々あった。

 

 賞金稼ぎが傭兵に弱音を吐いた記念すべき第一回。引き剥がしても引き剥がしても頑なに付いてきたり目的地に先回りしてくるストーカーが、死ぬ事なく数ヶ月と共にするに至りこいつは大丈夫かもしれないと恐る恐る手を伸ばした日から十日後。友人知人が軒並み死んでいく呪いじみたものがあると切り出して、『じゃあ死んだらそれまでって事で』とシリアスを盛大にぶち壊して無言の抵抗と圧力(物理)を受けた事とか。

 

 厄災と恐れられていた賞金稼ぎの実力が飛びぬけているため、コンビと言ってもほとんど仕事をしていないことに危機感を覚えたら案の定初対面の傭兵団に馬鹿にされまくった事とか。依頼を終えて都市から出るころには何故か傭兵団が解散していた事に冷や汗が止まらなかったのは内緒である。

 

 細かい事が苦手だと気付いたのも一緒にいるようになってからだろう。土よりマシという携行糧食を躊躇なく噛みしめ、武器に出来るのではと揶揄される激マズパン擬きをスープに浸して食べるといった食事と言う行為を冒涜していると言って過言でない食生活に、財布を握ることを決意した事。初めて作った料理は出来栄えも悪く今と比べれば美味しくなかったが、それでも賞金稼ぎは美味しいと言って食べてくれた話とか。

 

 コンビ結成して一年目に傭兵が注意を怠ったせいで生死の境を数日ほど彷徨い、やっぱり不幸を呼ぶのだと消えた賞金稼ぎを追いかけたりとか。曲がりなりにも一年行動を共にしてきたのに突然ブッチされ、勝手に死んだことになった傭兵は割と怒っていた。懐かしいものを見るような顔の情報屋が全面協力したために呆気なく捕まった賞金稼ぎに本気の説教をかました事とか。

 

 特に濃いのはこれら辺りだろうか、それ以外にも大小様々な思い出があり、密度の高い生活を送っていた事がよくわかる。 

 

 例えばシラクーザへ滞在していた時に発生した臨時の任務で幼い少女を鉱石病に感染させたクズを粛清したり、リターニアでは試作兵器の実験に付き合ったものの賞金稼ぎの地力が強すぎてあんまり意味がなかったり、ヴィクトリアの不味い飯にずっとしかめっ面だったり、イェラグでは政争に巻き込まれてめんどくさくなったので最終的に二人で物理的に解決したり、炎国の龍門ではなんか建物一個ぶっ壊すことになったし、クルビアを一周した時なんか常に正体不明の勢力に襲われていた。

 

「ちょっと、聞いているの?」

「ごめんちょっと聞いてなかった」

「まったく……今日のご飯の話よ。私、ハンバーグが食べたいわ」

「それ昨日も言ってたじゃねえか。野菜も食べねえとダメだぞ」

「でも今日も食べたいの……駄目かしら?」

 

 残念そうに声のトーンを落としつつも、我儘を言っている自覚はあるのか傭兵の様子を窺うようにお願いする姿を見れば――

 

「明日は別のにするからな」

 

 渋りつつも彼女の期待に応えてしまうのが傭兵の甘い部分であり、悪いところだった。

 

「それから明日の朝食なのだけれど」

「はいはい味噌スープな。一週間くらい毎日飲んでるけどそんな美味しいかあれ」

「意外と悪くないわよ。身体にも良いらしいじゃない」

「そうじゃなきゃ毎日おんなじもんなんて許さねーよ」

 

 また食堂に保管してある食材を借りるためにドクターのところへ行かなきゃなあと傭兵は見て見ぬフリをしてくれたワーカーホリックな上司の姿を思い浮かべる。しかし、行けば間違いなく始末書も書かされるだろう事も思い出して気が進まない。が、これもまた相棒のためだと傭兵は己を奮い立たせた。

 

 


 

 

「いや付き合ってないですよ」

「今の話の後でそれを言うのかい!?」

 

 ドクターは驚愕のあまり動かしていたペンを天井まで飛ばした。放送室をジャックした後の話はわざわざ聞くことでもないからと触れなかったが、ここに来て特大のネタがあったなんて。ふっつーに浮いた話が間近にあったなんて惜しい事をした。

 しかしそれを言う傭兵の顔は文字通り心外そうであった。何言ってるんだこいつと言わんばかりの顔を隠そうともしていない。

 

「大体、スカジがそんな愛だの恋だのに興味あるように見えます?」

「あのね、スカジがそんな一面あるって私は今日知ったんだよ。もしかしたらあるかもしれないでしょ」

 

 というか、ドクター的にはぶっちゃけそれ恋人と何が違うの? と言いたいくらいだが。朝に起こしてご飯を用意しつつ身支度を手伝い、休みの日には二人でよく並んで歩いている――そもそも一人でいることの方が少ない――なんてもう恋人だろう。いや恋人通り越してもはや夫婦と表しても過言ではない。

 それで付き合っていませんってのは無理があるはずなのだが……この傭兵はマジでそう思っているとドクターは見抜いていた。

 

「いやないない。加入したときに俺達は一部屋で構わないって表情も変えずにスカジさんが言ってたからな」

「初耳だ………」

「あー、まだドクターいなかったっけ」

「お二人とも? 私語はそこまでにして早く始末書を完成させてくれませんか」

 

 コータス族の少女が、無駄口を叩く二人の男に満面の笑みを向けて机を指で小突く。とんとんとん、と私語を全くするなとまでは言わないが、二人ともペンを止めている現状には流石に口を挟む。一回り二回りも下の少女へ何も言い返さない辺り、少女がどれだけ恐ろしいかを二人はよくわかっていた。正論過ぎて返す言葉がないとも言う。

 

「その」

 

 しかし、予想外にも当の少女がちらちらとこちらを見た後、ややあって傭兵に声をかける。

 

「あ、はいなんでしょうアーミヤ社長」

「確かに面接時にその話はお聞きしましたが、本当にお付き合いされていないのですか?」

「ええまあ」

 

 いくら厳しく仕事を割り振り妥協を許さない生真面目な性格だろうと年頃の好奇心には抗いきれなかったらしい。年相応な一面を垣間見た傭兵は一転して微笑ましい気持ちになった。

 さりげなくペンを置きながら「そうですねえ」と視線を上に向ける。ドクターも便乗して筆を置いた。この部屋には時計が置いてないが、窓の外の様子から見るに大体の時間を予想した傭兵は口を開く。話を選べとは言われたが、上司の言葉に逆らうことは出来ないのだからこれは不可抗力。

 

「スカジの奴がどう思っているか知らないですけど、あいつには俺が居てやらないとダメですからね」

「そ、そうですか……」

「携行糧食で三食賄おうとするんですよ? そんなのほっとけねえですよ」

「なんか、お母さんみたいですねその言い方……」

「おか……いやそんなのじゃないんだが」

 

 あれ? 思ってたのと違うような。コータスの少女は内心で首を捻る。

 

「剣一本あればいいなんて考えてるもんで備品の買い出しや申請も俺がやってますし、財布は任せるってんで資金の管理もしてます」

「やっぱりお母さんではありませんか?」

「…………そうかもしれねぇ」

「確かに浮ついた雰囲気が感じられないね」

 

 ドクターが苦笑交じりに言うがそれを見咎められてサボっているところもバレ、少女の説教が始まった。傭兵の場合は少女が見せた好奇心に応えるためというお題目があったが、ドクターの場合は純然たるサボりである。少女は怒りながらもきびきびと腕を動かさせ、空白の多かった紙を文字で埋めさせていく。

 

 横でその光景を見つつ、傭兵も再びペンを持つ。放送設備の無許可使用、鍵の窃盗と保管室への侵入、それから真っ二つになったドアで器物破損の罪状が付いてきて、そこに食堂の椅子も加えられた。偶然鍵が開いていなければここに不正開錠の項目も加えられていただろう。

 少女は話がわかる相手なので傭兵の相方たる賞金稼ぎが粉砕・両断した設備の分もキッチリ原因の根本へと責任を背負わせたのだが、優しき少女もまた心無い噂をどうにかせねばと考えていたので形式的に書かせているだけに過ぎない。酸いも甘いも嚙み分ける……とまでは言わないが、その程度の清濁を合わせるのは出来る。

 

「……ところで掃除や炊事をしてるみたいだけど、洗濯とかは流石にしないんだね」

「ああ、それなら断られました。いくらなんでもそれくらいは出来るって」

「そこは出来るんだ……」

「既に断られていたんですね……」

「そうよ、いくらなんでも洗濯くらいは出来るわ。あなたが着いてくるまでは一人だったんだから」

 

 ぴたり、と部屋にいた全員が動きを止める。

 真っ先に動いたのはドクターで、片腕を横に伸ばして首を振っていた。一瞬で現れた複数の殺意の余波を感じ取っていた傭兵は圧力が消えたことでやっと息を吐く。彼の予想では、あと数秒ドクターの復帰が遅ければロドスの区画が二つか三つばかし大破していた怪獣大決戦が始まっていただろう。

 

「えっと、スカジさん、いつの間にここへ?」

「たった今よ。彼ったら、私のご飯を用意するって言ったのにいつまでも戻ってこないから」

 

 恐る恐る口を開く少女に対して賞金稼ぎの声はフラットだ。日々の延長線とでも考えているのかもしれない。

 

「……その、次からはきちんとドアをノックしてくれると助かります。貴方への風評はかなり和らいでいますが、今みたいな事をすると刺激される方がいますので」

「それは失礼したわ。でも彼を連れて行ったらすぐに出ていくから」

「ええとですね、彼はその、今書類仕事をしていまして」

「あ、終わったんでここ置いておきますね」

「えっ」

 

 少女とドクターは驚愕した。今までやる気なくだらだらと書き進めていたものを、この短時間でさくっと終わらせた傭兵に不信感たっぷりの半眼を向ける。何か言ってやろうと二人で傭兵の提出した紙をじっくりと見るも、文句の付け所がない程度にはしっかり完成されていた。

 

「わかりました、もう帰って大丈夫ですよ」

「よっしゃ、んじゃ飯の準備するかあ……」

「今日は私も手伝うわ。任せきりばかりじゃ悪いもの」

「最初はまな板ごと斬ってたのを考えると今は凄い上達したよな。簡単なもんなら一人で作れるようになったし」

「ねえ、他の人がいるところでそれを言う意味がどれ程あるのかしら」

「褒めてるからいいんだよ」

「そ、そう? ならいいのだけど……」

 

 使用していたデスクの上を綺麗に片付け、道具を元の場所に戻した傭兵は迎えに来た賞金稼ぎと連なって部屋を出ていく。

 二人だけになった部屋で、少女とドクターは顔を見合わせた。

 

「なにあれ」

「さ、さあ……」

 

 

 

 

 

 




この話は主に-196℃ 日向夏500mlとこだわりレモンサワー檸檬堂500mlとSTRONGZEROダブルパイナップル500mlを主成分に製作されました。正直すまんかったと思っている

CCはIFを書いていく感じで(雑)


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異界 CC.02 強敵:九尾妖艶Ⅰ

 誰か助けてくれ、というのが傭兵の叫びだった。

 

「お兄さん? 私、もうこぉーんなにおっきくなったんですからね!」

 

 ああ、あの頃の純粋で誰にも分け隔てなかった少女はどこへ行ったのだろうか、彼の嘆きは誰にも届かない。

 

「そうだな、俺もリサがすくすく育ってくれて嬉しいよ」

「え、えへへ……」

 

 すりすりと、いつもの癖で少女の頭を撫でたのは正解だ。悪巧みをしていた九尾の狐はそれだけで万人を魅了するだろう警戒心の欠片もない表情で、なされるままに傭兵の手を感じる。

 ひとまずは乗り切ったが、傭兵の心は晴れない。いかんせんこの少女、数年前と違って自分の魅力を自覚して運用するようになってしまったのだ。気が付いた時には既に遅く、外堀なんてものはとっくに埋まっていたどころか傭兵を囲む城壁にまで進化した。

 

 何かを、どこかで間違えた。そうに違いない、違いないんだ……

 

 心の中で誰かに向けて言い訳する傭兵。それに答えてくれそうな職員はどこにもいなかった。

 


 

CC.02 強敵:九尾妖艶Ⅰ

 


 

 

 他のヴァルポとは違い、九つの尾を持つ少女との出会いは万人が憧れるドラマティックなものではない。

 いつの時代どこの国にも見下げた下種は偏在していて、少女はそんな場所に生まれて、大人の悪意にさらされただけ。偶然シラクーザを訪れていて事件に巻き込まれた傭兵が流れで護送する事になったのが発端。「そんな偶然があってたまるか!」という嘆きも、積まれた札束と周囲を囲む少女の両親と、その仲間達の前では意味がなかった。

 

『そもそも年頃の娘さんの護衛が男ってのはどうなんですかね』

『何かあったらシエスタかドッソレズの海に沈めますので』

『ちょっとした疑問を聞いただけなのに“本気”の目を向けてくるのはやめてくれ……』

 

 一週間。娘を傷付けられた両親達の怒りを鎮めるのにかかった期間だ。

 目的地へ辿り着いてから厳重に防諜措置が施された部屋で聞かされた傭兵は、何事もなく依頼を成功させた自分に一層自信を持って、安堵の溜息を吐く。当然の権利としてロドスには危険手当の追加を申請し、四桁文字数に及ぶ八つ当たりとも取れる強い語調の書類を提出。情報部からの口利きもあって報酬は増えた事で留飲を下げた。

 

 だが本当の苦労はここからだった。

 大人の悪意に晒された幼い少女、親元を離れる事になってからロドスに到着するまでの道中全てが新しいものだった少女。あれこれと傭兵が気を利かせて快適であろうと努力し、シラクーザを離れてからは俯きがちで暗かった少女に職場の面白い話を聞かせ、野生生物から幾度となく守り抜き、怪我の手当をしていたら少女がやらせてほしいと道具を奪い取ったり、立ち寄った移動都市で少女が選んだ飯屋がとんでもない味で店を出た後に喧嘩をしたり、時には夜に一人で眠るのが怖いと少女に袖を掴まれ、渋面しながらも手を繋いで朝まで傍に居た事もあった。

 

 その結果、お兄さんお兄さんとロドス艦内で背中を追ってくる少女の姿が散見されるようになったのは傭兵の目を以てしても予想外としか言いようがなく。

 更に言えば、鉱石病に感染してもなお失われない少女の純真と勤勉さ、誰に対しても敬意を前面に礼儀正しい少女を善人だらけのロドスアイランド職員たちが気に入るのも当然の話で。

 二つの要素が合算されたのが傭兵へのやっかみだ。てめえ我らが光をなに誑かしてんだこのヤローとか、手を出したらわかってんだろうなとか、悲しい顔をさせたその日がお前の命日だとか。五割本気で五割が冗談、少女の人気に傭兵は戦慄した。

 

『お兄さんってどんな女性が好みなんですか?』

『よし、今から犯人捜しを始めるか、第一容疑者ァ! フォリニック出てこい!!』

『フォリニックお姉さんは関係ないですよ! 今はお兄さんの話をしているんです!』

『あーそうだな、大人の女性とかかな……』

『大人………………なるほど!』

 

 なるほどって何が? それを衆人環視の中で聞くほど傭兵は愚かではない。翌日から家事を手伝い始めたり食堂で料理の練習をし始めたりお洒落に興味を持ち始めたのは偶然なんだと思うことにした。職員達の態度が少し冷たくなったのも偶然である、いやー困ったなー。酒場でドクターに漏らした笑いはテラの大地より乾いていたとかなんとか。

 

 それから数年、純粋無垢だった少女が世界の厳しさの一端を知ったり、力及ばずどうにもならない無力さを知ったり、小さかった身体も伸びて可愛かった声も耳を通りやすくなって。少女は自分が持つ特異とも言える魅力に気付く。

 悩んだ、そりゃあもう悩んだ。だって今まで自分を好いてくれた人たちは無意識にこの魅力を使っていたからで、それがなければこんな恵まれる事はなかったのではないかと。

 三日悩んで、一人で答えが出なかったから少女は自分が一番に信じている男を頼った。無意識に人を誑かす事がどう思われるかよく考えてから、それでもなおと限界だったから。

 

『なるほど』

『私はずっと皆さんの心を操っていたんでしょうか……色々良くしてくれたのも、本心からではなかったんじゃないかって』

『いやぁ……それは、どうかな……』

 

 相談を受け、脳裏に浮かぶのは少女と喧嘩した後にすれ違う能面のような顔を浮かべて何を言うでもなくガン見してくる職員達。確かに少女がそんな能力を巻き散らしていたのならば、人の良いロドスの面々は容易く術中に嵌っていただろう。

 だが少女の懸念は傭兵にとって笑い飛ばせるものでしかない。この数年、少女を誰よりも近くで見てきた――少女が雛鳥のように付いてくるから必然的ともいう――傭兵は確信を持って否定した。

 

『リサ』

『はい』

『ロドスはな、お人好しの集まりなんだ。鉱石病っつー不治の病を治してやろう、差別される患者たちに手を伸ばして誰に何を言われても味方なんだって両手広げて受け入れる奴らの集まりさ』

『……』

『だから別にお前の言う力がなかったとしても、感染しても真面目で泣き言一つ漏らさないで良く笑って泣き腫らす子供たちのケアもして、あまつさえオペレーターになったお前の事を溺愛してたさ』

『本当、ですか?』

『同じ事皆に言ってみろ、怒られるまであるかもな。私たちがどれだけ君を溺愛しているかご存じない!? ってな』

『ふふ、ちょっと想像できるかも、です』

『だろ? だから大丈夫。そんなもんがあってもなくても、リサは十分魅力的だよ』

 

 少し口を滑らせたような気もするが、普段は明朗快活な少女がこれほどまでに落ち込んでいるのだからしょうがない。前を見ていた顔がずっと地面を見ていて、表情を窺い知れないし声の調子も沈み込みすぎていて聞き取りづらい。

 更にこれを放置していると普段は散々言ってくる馬鹿どもが早く解決しろと突いてくるし、嘘を言っている訳じゃないから良いだろう。

 

『お兄さんは……』

『ん?』

『お兄さんは、どうなんですか?』

 

 ふむ、と腕を組んで傭兵は目を瞑る。

 

『あいたっ!』

『人の話を聞かないのはどっちの耳だ? ん~~??』

『ちょ、そんな雑に耳を触らないで……!』

 

 割と強めのゲンコツを一つ、ついで頭頂部の耳をわしゃわしゃと揉みしだき、少し引っ張った。

 

『俺は今も昔も、自分の意思でお前の面倒見てきたんだよ』

『……ごめんなさい』

 

 言葉少なく、けれど微かに込められた憤りの感情を少女は正確に読み取って。その不器用な優しさに心がポカポカと温かくなりながら傭兵に謝った。

 それから少女は然るべき立場の人へ相談へ行って少女の持つ能力が周知されて、それでも扱いは今までと変わる事なく、そうなんだねーと流されて終わった。

 

『いや、あの皆さん軽すぎません?』

『考えてもみろ。今のウチにゃ解析不能の技術を持つ無職や絵の中に人を閉じ込められる引きこもり無職がいるんだぞ、そっちのがよっぽど脅威だ』

 

 少女は納得がいってなさそうだが、ロドスは少女が思うよりずっと強いところなのだ。

 しょうがないので傭兵は他人からの受け売りだがたとえ話をしてやることにした。

 

『だがまあそうだな、例えば他の人から見た俺の魅力が10として』

『100です』

『100としてな、リサの評価は1000なんだよ』

『せ、1000!?』

 

 少女の訂正を間髪入れずに採用した結果、少しスケールは大きくなったがまあ細事だろう。

 

『そこにお前の……例えば魅了の力があったとして、それは俺たちにとって1000を1100にするぐらいなんだ』

『一割くらいですか?』

『そうだ。思い出してみろ、ロドスに来る道中だってそうだし、今も作戦で出る時に感染者ってだけでお前に悪意を向ける奴はいる』

『悲しいですけど、そうですね』

『ロドスでもお前を大切にしてる奴は多いけど、別にそうでもなくフラットな感情の奴もいれば年を重ねた女の方が良いって見向きしない奴もいるだろ?』

 

 まあ要するに、その程度なのだ。誰もかれも惑わす魔性の魅力と言うわけではなく、少女を好ましく思っている存在にとってより愛おしく思わせるようなもの。最初から興味を持っていなかったり嫌悪している相手を無理矢理に振り向かせる程凶悪ではなく、こうして自覚的になったということは制御出来るように訓練する事も始められる。

 

『それがわからない程、ロドスは馬鹿じゃねえのさ。別ベクトルの馬鹿はいっぱいいるけどな』

『あ、あはは……』

 

 

 


 

 

 

 これで終われば美談だったのだが、そうはいかなかったのがこのお話だ。

 

 翌日からだ。食堂のカウンターの向こう側、歴戦のおばちゃん達の中に混じって少女が働いていた。そして自分の頼んだ食事が中々出てこなくなり、覗いてみたら少女が一生懸命に料理を作っていた。

 まあそんなこともあるだろうとスルーし、待たされた分の価値はあると普段より美味しかったことを伝え、

昼と夜に同じことを繰り返して少女を溺愛する職員達に凄まれた。

 更に次の日、作戦から帰艦すると散らかっていた部屋が片付けられ、溜まっていた洗濯物は残らずふかふかになって綺麗に畳まれていた。ひたりと危機感が傭兵の背筋を伝う。ちなみに食堂のご飯は少女が作っていたし、手渡しでお弁当のオマケつきだ。10割善意なので苦言を呈するのもやりづらく、終始微妙な顔で受け取るしか選択肢はなかった。

 

「急にどうしたんだ」

「ふふ、だってお兄さんは私のこと魅力的だって言ってたじゃないですか」

 

 しっかりと覚えていやがったか。傭兵は自分の軽い口を呪いたくなったが出した言葉は引っ込められない。顎に指を添えて妖しげに笑う少女はニッコリと宣言した。

 

「だから、これから本気でいきますね?」

「お、おぉそうか……」

 

 何を本気でするのか、傭兵は恐ろしくて本気で聞くことが出来なかった。

 それからロドスを歩けば少女がどこからともなく横に並ぶし、職員たちはSNSで炎上させようとして失敗を繰り返していよいよ何も言わなくなるし、ドクターからは「あのね、相部屋になりたいって……言ってるんだけどどう思う?」ととんでもない事を言われ、即座に拒否の判子を押さなかったドクターの倫理観を叩きなおすことまでするハメになった。

 

 これは不味いと距離を取るようにして隠密行動を心がけても少女は見つけてくるし、あまりにも簡単に見つかるのでダメ元で聞いてみれば、端末をひらひらさせて「皆さんが教えてくれました」とまで言う始末。

 少女に贔屓にされただけで恨めしそうに見ていた職員達が一転して少女に協力している事実に戦慄したが、もう傭兵に出来る事はなくなっていた。

 

「陳情がね、来ててね」

 

 ドクターの苦虫を噛み潰したような声色はこの先ずっと覚えていられるだろうなと他人事のようにドクターの声を聴く。

 

「君の隣の部屋へ引っ越しさせてあげるくらいはいいんじゃないかって皆が言うんだ」

「……本っ当にすみませんドクター」

「私は別にいいんだけどね。ま、昔みたいに年端もいかないって訳じゃないんだから向き合うべきじゃないかな?」

「………………」

 

 ドクターの言う事は御尤もだ。傭兵とてそれが一番正しい事なのだと理解しているのだが……まあなんというか、傭兵は意気地になっているのだ。清々しい程の攻めっ気を発揮している少女に、数年続く防衛線の終わりどころを見失っただけというか。

 なんだったら、それを感じ取って周囲の職員達を取り込んだまでしているのがあの少女だ。昔からの癖が抜けずに皆をお兄さんお姉さんと呼んでいる事すら計算しているのではと疑う程に強かに成長した。

 

「まあそういうわけで、スズランとはしっかり話し合うように」

「はい……」

 

 ドクターの部屋から離れ、自室に戻れば当たり前のようにいる渦中の少女。

 食事を作っただけでそのまま帰らせるのはよくないからと食器を買い足して、こっそりとソファーや椅子を大きめの物に買い替え、尻尾を手入れするための道具を置き始め、そんな変化を少女は当たり前のように享受する。

 いやこれ篭絡されているのでは? 傭兵は片隅に過った思考をすぐにポイ捨てした。

 

「あ、お兄さん! ご飯、出来てますよ!」

「確かに美味そうな匂いすんなあ……」

「今日はフォリニックお姉さんが持たせてくれたお肉を使ったご飯ですよ!」

 

 それを聞いて、あのフォリニックさんがなあと傭兵は苦笑いを浮かべる。過去の言葉を借りるならば可愛い可愛い少女についた悪い虫、というのが件の医療オペレーターからの傭兵に対する評価で、事あるごとに噛みついてきたはずなのに今ではこのザマだ。

 

「ふふ、憎まれ口は相変わらずですよ。けど前ほどお兄さんを目の敵にはしてないです」

「……それはそれで困るな」

「困るんですか? 本当に?」

「その言い方はずるくないかリサ」

「素直じゃない大人にはこうした方がいいって職員さんが」

 

 会話しながらもテーブルに食事を並べていく少女の動きは淀みがない。丁寧に配膳を終え、傭兵が座れば対面ではなくごく自然に隣へ座る。それが当たり前だから、傭兵は何も言わない。

 同時に手を合わせて極東式の挨拶を。食材へ「いただきます」と感謝を捧げて口へと運ぶ。少女の手料理は初めて食べてから一度も不味かった事はなく、月日を重ねるごとに上手くなっていく料理が今では必要不可欠になっていた。好みの味付けもしっかり把握されていて、困難な作戦を終えた時に真っ先に考えるのが今日は好物が出るかどうかなのだからどれだけ胃袋を握られているのか察せられるだろう。

 

「ねえお兄さん、どうですか? 私、大人の女性になれてます?」

 

 とっくになっているのだが、それを言うと全てが終わるので口を噤んでご飯を食べるしかない傭兵。

 少女はそんな傭兵を見て、満足そうに箸を進めるのだった。

 

 

 

 

 




悪い子スズランちゃんを書きたかったけど上手くいかなかったなどと申しており

感想と評価ありがとうございます!
いつも貰うたびにニヤニヤしているのでこれからも頂けると嬉しいです。私はエサを待つ金魚のように口をパクパクさせて待ってますので


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