ハーレム展開撲滅ゲーム (劇鼠らてこ)
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シリアス・ストーリーは突然に

いつもの。
また増やしてごめんなさい。


 "一緒に遊ぼうよ!"

 

 その笑顔と、差し出された手を見て。

 僕は──俺は、彼女が好きだって事を自覚した。

 

 "──うん"

 

 そしてその手を取り。

 

 "──ッ!"

 

 この世界のすべてを思い出した。

 

 

 

 

 

 

「痛ッ……ちょっと、何?」

 

「邪魔」

 

 高校生活二日目。

 一日目の入学式+書類等々の配布、自己紹介を恙なく熟した俺達は、早くも険悪な雰囲気に包まれていた。

 新しい友達なのだろう。

 こちらとあちら、双方を心配そうに見つめる少女二人。どちらも目の痛くなる程の美少女。しかし俺と睨み合っている彼女には負ける……と思ってしまうのは、見ているのが俺だからなのだろうな。

 

「邪魔って、ここが私の席なんですけど」

 

「席の近くで立ってたら邪魔だろ。そんなことも理解できないのか」

 

 吐き捨てるように言って、自分の席に着く。そしてそのままうつ伏せ。HRまでこうしているつもり。

 後ろで"気にしないで"とか"大丈夫だから"とか……まぁ、申し訳ないな、と思いつつ。

 

 仕方のないことなのだと言い聞かせながら、"この世界の仕組み"について、再認する。

 

 

 この世界。

 世界そのものに名前があるわけじゃない。惑星は地球だし、場所は日本だ。

 ただ、ここは。

 ここはゲームの世界である。ゲームの中の世界。それも、所謂ギャグゲーに近い……システムのしっかりしたおふざけゲー。 

 名を、【ハーレム展開撲滅ゲーム】。

 

 ──全く、ふざけている。

 

 本当にふざけている。

 このゲームのコンセプトはタイトル通り。ハーレム展開が起こりかけると、()()()()()()()という──心の底からふざけたゲームなのだ。

 

 滅亡のトリガーは「主人公が複数人に好意を向けられる事」。

 好意は数値化され、それが一定に達すると「ハート状態」になる。この状態になるのが一人だけならば何も問題はない、なんならその辺の恋愛ゲームにも満たない主人公の一生を辿るゲームになるのだが、複数人──二人以上になった途端、平穏は崩壊する。

 

 例えば、パンデミックが起きたり。

 例えば、インベーダーが襲来したり。

 

 例えば──隕石が落ちてきたり。

 

 所謂死に覚え系ノベルゲー。選択肢によっては一択でDEAD ENDが待っている、理不尽なゲーム。

 慣れてくれば数値化された好意を管理するゲームに変わるのだが、このゲームの厭らしいところはもう一つある。

 

 それは、()()()()()()()()()()()ということ。

 

 何故かって?

 

 死ぬからだ。

 死ぬ。事故や事件や天災で。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ふざけるな、と。

 この世界をゲームだと思い出した時に、叫んだ。

 

 俺は──このゲームの主人公だった。

 幼馴染の、あの笑顔の眩しい彼女は──このゲームのヒロインだった。

 

 歯噛みする。唇を噛む。

 ゲームには様々な好意上昇イベントが用意されている。彼女はあの時点で俺に親友くらいの好意は持ってくれていて、それをゼロにすることはできない。

 ハート状態は決してぞっこん……大好き、という状態ではないというのがキモだ。

 ちょっと好きかも、くらいでハート状態になる。恐ろしい話。

 しかも曲がりなりにも恋愛ゲームの主人公。加えてハーレム展開を撲滅するためのゲームということで、主人公──つまり俺は、顔とスタイルが良い。どんなに不健康な生活をしても、ダメだった。この顔になることは固定されていて、このスタイルになることは確定していた。

 

 街で歩いていたら一目惚れされて世界滅亡、ということは例外(イベント)を除いて存在しないのが救いだが、危ないところを助ける、だとか。優しくする、だとか。

 たったそれだけのことで好意ゲージが上昇する。まさしくふざけたゲームだ。

 

 そして、複数人、というのは──何も女の子だけの話ではない。

 男も、含まれる。

 友情も好意として数えられ、親友になってしまうと、ハート状態扱いされる厄介な仕様。

 

 故に孤独でなければいけない。

 適度に好かれ、大いに嫌われ、常に好意を管理し続ける。

 そうでなければ世界が滅亡する。そうでなければ──誰かが死ぬ。

 それは先ほどの少女たち二人か。教室で談笑するクラスメイトか。

 

 子供の頃からずっと好きな──彼女か。

 

 させてなるものか。

 ゲームの終わり。ゲームにおいては高校生活の終わりがこのシステムの終わりと信じているが、もしそうでなかったら──最後まで。最後の、最期まで。

 

 俺は。

 

「……君。藤堂君……? HR始まるんだけど……」

 

 ……立ち上がる。

 なーにが俺は(キリッ。だ。

 傍から見れば単なる迷惑わがまま野郎。調和を乱し不和を生むだけのクソ野郎だ。

 

 気楽にはできない。気長にはできない。

 けれど、思いつめないようにしなければ。

 

 ──彼女は、気づいてしまうかもしれないから。

 

 

 

 

 

 高校入学後二日目なんて、授業らしい授業はない。せいぜいがレクリエーション、あるいは教科書を読み込むだけの時間だ。

 知識こそ十分でも、教科書自体が読み物として面白い。だから特に何も考えずに教科書を読んでいた。

 

 その時である。

 

「藤堂君って、真面目なんだね。ちょっと見直しちゃった」

 

 話しかけてきた──少女の側頭、少し上方。可視化されたゲージ。赤色のバーが、ツツ……と伸びた。

 ゲージのタイトルは、
天羽(あまはね)久希(ひさき)15。

 

「……」

 

「あ、ご、ごめんね……邪魔しちゃったかな」

 

 何も言わず、睨み返す。

 赤色のバーは減少こそしないが、停止した。心の中で溜息を吐いて、教科書に目を戻す。

 

 山月記。

 

 すぐに教科書を閉じて、数学にシフトチェンジした。

 

 怖い怖い。

 本当に、やめてほしい。

 

 ……なんて考えるのは、それこそこホントウに、失礼な話である。

 

 

 ──後ろの席。

 彼女の好意ゲージが、また少し減少するのを感じた。

 

 

 

 

 

 

 下校時刻。

 ゲームの"イベント"が──最初のイベントが始まるのは、明日からだ。

 故に安心していたら、教科書の件も含めて四度、好意上昇イベントが起きた。おそらくゲームで描写されていたイベントは大きなものや特徴的なものだけであり、それ以外にも細々とした好意上昇のトリガーが潜んでいるのだと思われる。

 

 悲しいことに、何をしていても"サマになる"見た目は、女子にも男子にもかっこよくみえてしまう。それはこの世界をゲームとしてみていた頃の俺ですら思ったことだ。イケメンだと。残酷にも。

 

 学生カバンを肩にやって、フラフラ歩く。

 寄り道はしない。余計なフラグやトリガーが立つ可能性があるからだ。

 

 最短ルートを、しかし急ぐわけでもなく──。

 

 キキーッ!

 という。まぁ、このゲームにおいてはそれなりの頻度で耳にしていた音を聞いて、咄嗟に駆け出した。

 

 この肉体は天に恵まれている。比喩ではなく、最上を用意されている。ギャグゲーだから、というのもあるが──なにより、そうであったほうが恋愛フラグが立ちやすいから、という理由で。

 本来は唾棄する事だ。普通の世界であれば大いに歓迎したこの体は、この世界においては大嫌いだ。

 

 だが。

 だが。

 

「──ッ!」

 

 50mを5.6秒で駆け抜ける長身は、確実に絶望の表情で蹲った少女を抱え上げる。

 そして一切スピードを落とすことなく対岸の歩道まで突っ切った直後。

 

 大型のトラックがブレーキなんて一切考えていない速度で先ほどまで少女のいたところを突っ切った。

 さっきブレーキ音がしたにも拘わらずコレだ。再加速でもしたのかよ。

 

「……ふぅ」

 

 住宅街を60km/hで走る大型トラックなど、常識で考えればあり得ない。

 しかし常識の通じない世界では、よくある事なのだ。

 

 特に誰かを──俺を嫌う誰かを轢き殺すためであれば、頻繁に。

 

 俺の腕の中で動きすらしない少女。

 ……クラスメイトだ。見たことがある。前も、さっきも。

 

 見た感じ、目立った外傷がないことを確認。

 座り込んでいるその様子を良いことに、そっと離れる。

 

 離れようとする。

 

「ッ、待って!」

 

 できなかった。

 腕を掴まれたからだ。

 

 その行為に流石に、と振り返って──思いっきり、手を振り払った。

 

「きゃっ!?」

 

「道のど真ん中で座り込むなんて馬鹿が過ぎるだろ。そんな奴に付き合ってられる程暇じゃないんだ」

 

 別に、好きで座り込んでいたわけじゃないはずだ。

 足を挫いたか、腹痛か、あるいは何か別の原因か。

 そんなことはわかっている。

 

 けれど、爆発的に伸びた赤いバーだけは無視できない。

 俺の罵声にその伸びこそ止まったものの、バーは半分を超えている。危険だ。

 

 ゲームの仕様上では、主人公を嫌った人間を死から救いだすことはできなかった。死んだら終わり。そのままゲームが続く場合もあるし、DEAD ENDとして滅亡と同じ扱い……ゲームオーバーになる場合もあった。

 とはいえそこはゲームなので、終わってしまったらセーブポイントに戻ってやり直し。選択が好みではない結果を生んでも戻ってやり直し。

 そういうゲームだった。そういうものだった。

 

 だが、今ここは現実で。

 セーブポイントなんてない。死んだら終わりだ。誰しもが。

 だから救うしかない。なにがなんでも。

 最悪なことに主人公を嫌うことで起きる誰かが死ぬイベントは、必ず主人公の近くで起きる。

 例えば今のように目の前であったり。

 例えば檀上に上がった生徒が撃ち抜かれたり。

 

 必ず、主人公に見せつける形で、死が齎される。

 

 俺が嫌われる行動を取ったせいで誰かが死ぬ。そんな責任は負えない。

 だから救うのだ。だから助けるのだ。

 

 だが、助けた人間の好意ゲージは少なからず上がってしまう。

 恐らくはゼロのままだと同じイベントが立て続けに起こるからだろう。少量であれ多量であれ、好意ゲージが上昇する。今まで助けてきた人間はこれほどまでに上がることは……少なかったから、油断していた。

 

「ッ……!」

 

 やはり足を挫いていたらしい。

 抗議の声をあげようとした彼女が痛みに顔を顰めている内に、対岸……元居た歩道に放り投げた学生カバンを取りに行く。

 入学早々酷い扱いをしてごめんな。

 

「じゃあな、ノロマ女」

 

 最後に一声。

 好意ゲージの減少……はないのか。存外、命を助けられるというのは印象が大きいらしい。

 いや当たり前か。

 

 ……痛むだろうけど、頑張って帰ってな。

 トラックに轢かれるよりは……痛みも少ないだろうしさ。

 

 なんて。

 そんな免罪符を掲げながら、帰路に就くのだった。

 

 

 

 

 

「……」

 

 ただいま、は言わない。

 

 家。既に帰宅している中学生の妹と、二人暮らし。

 妹ももちろんヒロイン。なお、両親は死んだとかそういうのではなく、単純に海外勤務。

 中学生を置いていく時点で大分あり得ないが、まぁ、ゲームなので、というコト。

 

 そのまま部屋に直行し、ベッドに倒れこむ。

 

 腕で光を覆って、目をつむる。

 

 とたん、リストアップされる【キャラクター一覧】。

 この世界がゲームであると自覚してから、毎夜毎夜見えるようになったこのリストは、その名の通りキャラクター……攻略対象一覧。

 とはいえこの世界においては恐らく全員に好意ゲージが設定されているため、このリストにある人物はゲームにおけるヒロイン(男含む)である。

 

 そこにリストされている中から、天羽久希と紙葉(しよう)美紅(みく)の欄を意識すれば、そのウィンドウが開いた。

 

天羽(あまはね)久希(ひさき)15。

紙葉(しよう)美紅(みく)15。

 

 この紙葉美紅という少女が、先ほど助けた少女。

 ゲージは半分に届くか届かないかくらいに留まっている。痛む足を引きずって帰って、多少は好意が下がった、というところかな。

 その事実に安心しつつ──ウィンドウを戻って、とある少女のウィンドウを開きなおす。

 

浅海(あさうみ)由岐(ゆき)15。

 

 バストアップで表示されたその顔は、笑顔。

 今の俺にはもう絶対に見せない顔。かつて俺に見せてくれていた顔。

 

 はぁ、と大きなため息。また見たい。こんな画像じゃあなくて、また。

 今でも好きだ。大好きだ。

 

 だけど──。

 

「兄さん。夕ご飯、置いておきましたから」

 

「──……あぁ」

 

 思考を中断。

 可愛くて優しくて凛々しい妹が作った料理を食べるために、ベッドから降りる。

 

 ……すでに兄妹間は冷えている。冷え切っていないことだけが救いか──と思いつつも、冷えさせているのは自分だ。何をいまさら、と独り吐き捨てる。

 部屋を出ても、妹の姿はない。自室に戻ったのだろう。

 

 リビングへ降りると、白米にピーマンの肉詰め。茄子のおひたし。

 いただきます。

 

 

 あぁ。

 明日も世界が──滅亡しませんように。




天羽(あまはね)久希(ひさき)15
紙葉(しよう)美紅(みく)15
浅海(あさうみ)由岐(ゆき)15


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恩は大騒ぎ

「全てのハーレム展開、撲滅すべし」
【ハーレム展開撲滅ゲーム】 -作:飴梨花


みんなのおすすめレビュー

☆5
フリーゲームとして考えれば満点。商業だったらクレームもの。説明書を寄越せ説明書を。でもゲームを進めるうちに好意管理が楽しくなってくるから面白い。楽しくなると説明書がいらない。楽しくなるまでは絶対必要。
-作:人生に説明書、ありますか?


☆1
クソゲー。死にゲー。グロゲー。何が目的なのかわからない。あと容量でかすぎ。バトロワかよ。
-作:もしかしてゲームタイトル知らない方?



 

 普通の恋愛系ノベルゲームであれば、いくつかのフラグを経て、ルートを固定し、その上で選択肢をとってひとつのエンドを目指すのが常識(テンプレート)だ。

 だが、こと"ハーレム展開撲滅ゲーム"においてはそうはいかない。

 何故なら、明確なフラグというものが例外(好意ゲージ)を除いて存在しないのだ。

 あるのはトリガー。無理矢理言い換えるなら、「立った直後にイベントが発生するフラグ」。

 ここで何々をしたからここでこれが起きる、という予測は出来ず、代わりにと言っては何だが何をしても()()()()()()()()()()()()()()取り返しがつく。

 

 ついて、しまう。

 

 だから例えば、昨日助けた紙葉のように。

 あるいは、辛うじて繋がっている家族の絆で持ちこたえている妹だとか、彼女だとか。

 

 嫌われ切っても、好意上昇さえ起こればイベントが起こるし、逆に冷め切ればそれはそれでそっちのイベントが起こる。すべてが好意ゲージに支配されている……というのは、聞こえは悪いが真実その通りなのだ。

 好意変動のみがトリガーであるからこそ、好意管理が大事になる。

 本当に、ふざけた話である。

 

 そして用意されたイベントは、これはこれで現在の好意ゲージを無視して発生する。

 その上で選択肢によっては固定量、ゲージが上昇するものだから、これの把握を怠ることは地雷原にスキップを死に行くようなものだった。もとい、しに行くようなものだった。

 

 

 さて、入学三日目。この日はどのような手を使っても遅刻する。ゲームにおいてそうだった……今がどうであるかはわからないが、現在進行形で赤信号にすべて引っかかるという不運(777)を叩き出しているあたり、急いだところで無駄だろう。

 街を行く人行く人、全員にウィンドウがある。好意ゲージは無。0ではなく-だ。好意ゲージの上昇が一度も起きていない場合は、0になろうがマイナスになろうが関係はない。イベントは起こらないしそもそも関わってこない。だから割と、サラリーマンの多い通勤時間帯は好きだったりする。最も現時刻8:30と通勤時間帯を大降りに過ぎているのだが。

 

 ……副産物として。

 某死神書物の"対価"のように、初対面だろうがなんだろうが関係なく対象人の名前を知ることができるのは、そこそこ便利だったりする。

 歳もわかるから失礼がない。まぁ、基本的に失礼になるように振舞っているからそこは本当に関係がないのだが。

 

 そうやって、フラフラと疲れない程度に歩いて、少し。

 

 到着だ。何ってもちろん、学校に。

 

 昇降口へ入ってサンダルに履き替え、自身の教室に向かう──向かおうとした。

 

「こら! そこの……男子生徒! 遅刻したなら届け出を出しなさい!」

 

 だが引き留められる。

 これが入学後最初のイベント。

 振り返って、視線を下に。

 

「ぅ……新入生ですか……すみません、じゃあ知らないのも無理はないですね。それでは説明するので、こちらについてきてください」

 

 下だ。

 俺、というか主人公のタッパは高い方で、176cm。その目線の高さから見下ろして、さらに下。

 ちんまーり。

 

 春だというのにファーのようなものを耳につけた、身長を133cmの幼稚園児……もとい、高校三年生の風紀委員長(ロリ属性のヒロイン)だ。

 

「……」

 

「……? ……あ! ちゃんとついてきてください!」

 

 まぁ、恋愛ゲームあるあるではある。現実に超絶小さい大人もいなくはないのであり得ない事ではない、のだが、まぁまぁ異様な光景だ。

 なお、ゲームにおいては「最も死ににくいヒロイン」として名を馳せていた。この人はとことん好意ゲージが減少しづらいのだ。だから同時に、「世界滅亡系ロリ」とも呼ばれていた。この人の前で善行をしていると、それだけでハート状態一歩手前くらいまでゲージが上昇するためだ。

 

 よって、これを無視。

 主人公の身体能力を持って別ルートを選択し、彼女の元から離脱した。どうせすでに遅刻をしているのだから、今更5分や10分変わりはない。

 

 ミッションコンプリート。

 階下でロリ委員長の叫び声が聞こえたが、ガン無視。

 好意ゲージが上がりさえしなければ、基本的にこういう無視が一番なのだ。

 

 ……昨日彼女に難癖をつけたのは、彼女からの好意が何故か一ゲージ分増えていたためである。

 怖い怖い。

 

 

 

 ほかの生徒が恐らくコミュニティホール*1から帰ってくるのに混ざって、自分の席へ着く。

 当然HRにいなかった人間が現れれば視線を集めてしまうが、話しかけてくる生徒はいない。昨日起きた好意上昇イベントのすべてで悪態をついているからな。大体どういうやつかは伝わったはずだ。

 

 一応、という風に、横目で。

 紙葉の席をチラ見する。

 

 ……いない? 足の痛みがぶり返したか? あるいは、捻ったりして更なる怪我を……。

 それは……少し悪いことをしたかもしれない。やっぱり荷物を持ってやるくらいはしたほうがよかったか……?

 あぁ……だが、謝る、というのは好意を上げてしまうからできない。歯がゆいが……。

 

「藤堂」

 

 その()()()()()に、ゾクっとした。

 背後──というより、俺が向く方向の後ろ。そこから聞こえた声は、紙葉のもの。

 

「昨日は、ありがとう。お礼、言えてなかったから……」

 

 振り返る。

 振り向く。向き直る。

 

 そこにいたのは、微妙な顔をした紙葉だ。

 だがその顔の横に、
紙葉(しよう)美紅(みく)15。

 半分を超えたゲージ──何故。昨夜の時点で半分を割っていたはずだ。何故。何故増えた。

 

「……」

 

「……それだけ、だから」

 

「……」

 

 何も返さない。

 ぶっきらぼうにしようとも、殊勝にしようとも、どうゲージが増えるかわからない以上──うかつに動けない。

 俺に反応がないのを悟ると、紙葉は痛めたほうの足を庇いながら、自分の席へと戻っていった。

 

 表には出ないが、冷や汗が止まらない。

 何をした。俺は。何を間違えた?

 やっぱり救うべきじゃあないのか? 死ぬ運命に宛てられた人間……俺のせいで死ぬ人間を。

 

 そんなことはない。

 そんなことはないはずだ。それが、間違っている、なんて。

 

「随分懐かれたじゃあないか」

 

 カチ、と一度、震えを鳴らし始めた奥歯を止めようとして、現れた顔面ドアップ。一気に落ち着いたテンションに関しては礼を覚えつつ、そのニヤついた頬を掴んだ。

 むにゅ、と潰れるその顔は、この学校では珍しいふくよかさだ。直球に言うとデブである。

 

「酷いなぁ、変わらず悪友続けてやってるオトモダチに対して」

 

 ぐひひひ、と下種に笑う男子生徒。

 ゲームにおける、唯一の癒し枠。普通の恋愛ゲームでいう相談役。

 

「この原田辺サマが直々にお前の机まで出向いてやったんだ、ありがとうの一つも言えんのか?」

 

「……クラスを一緒にした教師を殴りたいところだな」

 

 ゲージのタイトルは、
譲司(ジョージ)和審豚(ワシントン)XX。

 

 ちなみにゲームの作者は飴梨花という人。このゲームの"どれだけふざけていたか具合"が伝わっただろうか?

 

「それで、何の用だ」

 

「そりゃあ簡単だよ。お前、もう噂になってるぜ?」

 

「……」

 

 ニヤニヤと挑戦的に笑うその顔は、殴ってやりたさNo.1。

 こいつが癒し枠と呼ばれていたのは好意ゲージが存在しないからであり、こいつのキャラ(性格)は普通にウザい。あと話が長い。

 

「人間不信のイケメンクン、初回授業を遅刻する不良ぅ、トラックから少女を救い出したヒーロゥ! けひっ、良い噂も悪い噂も広まり広まって尾びれつきまくり!」

 

「広めたの、お前だろ」

 

「かぁ~っ、お見通したぁ参った参った」

 

 そしてこいつは相談役だが、味方ではない。

 捏造した情報や脚色した情報を流布しまくるイベントメイカー。ゲームにおいても、学校内で起きるイベントのおよそ三割がコイツ絡み、あるいはコイツの誤情報を起点に起こったものであり、面と向かって話している分には何も気にしなくていい癒し枠なのに、野放しにした途端好意管理の最大レベルの敵となる"悪友"。

 ちなみにさっき名乗った原田辺というのは恐らくその場で思いついた偽名……その場の気分で『ゲームに保存されたテキストからランダムに名前っぽいものを抜き出して名乗る』というよくわからない仕組みを紐づけられていたコイツは、たぶん俺しか本名を知らないはずである。

 

「それで、危険なのは?」

 

「相変わらず無駄がねぇなぁつまらん人間だこと。まぁいいさ、そろそろ授業だしな。わかってると思うが、あの子と、この子と、……この子だ」

 

 周囲に見られないように、机の上に立てた指を少しだけ曲げながら、悪友は言った。

 紙葉と、その周囲にいた少女……(はしばみ)。そして──彼女。

 

 このやり取りからわかるだろう、コイツは世界の仕組みを知っている。

 ゲームであったことまで知っているかはわからないが、俺に向けられる好意で世界が滅亡する、ということを知っているのだ。

 そのふざけた名前と、そのふざけた年齢に何か関係があるのかもしれないが……こいつの事情に踏み込んで、好意ゲージが発生するかもしれない、なんて杞憂を思うと、踏み込む気にはなれなかった。

 世界が滅亡すると知ったうえである事ないことの流布をやめないのだ。作者と同じく頭がおかしいとしか思えんが。

 

「お前のせいか?」

 

「んにゃ、女子ってのは怖いもんだよ。内輪で話してるうちに勝手に悪印象を強めたり、逆に好印象を強めたり。今回は後者さ。あの子とこの子が昨日のことを話していて、盛り上がっている内にピピピってな」

 

「……クソ現実め」

 

 ゲームではそんなこと、起こらなかった。

 良くも悪くも主人公の行動かコイツの行動でしか好意ゲージは変動せず、昨日のように俺の行為を見て後々、という事はあっても、友達同士で話している内に、など……いや、俺の行為あってこそ、なのか?

 

「ちなみに野郎連中からの評価はずっと最低だ。よかったなァ?」

 

「あぁ、それは素直に嬉しい」

 

 二重の意味で。

 

 もう少し話せるか、と思ったところで、予鈴が鳴る。

 肩をすくめる悪友の脛を蹴り飛ばし、席へと戻した。

 

 目をつむっても、キャラクター一覧は出てこない。あれは夜にしか出ない。それはゲームでも同じだったから、仕方がないと言い聞かせる。

 だが、少しばかり不安なのは事実だ。昨日確認しなかったクラスメイトのだれか。あるいは、好意上昇イベントがあった生徒のだれかの好意ゲージに変動が起きている可能性がある。

 

 ……迂闊に学校内を歩き回るのもやめよう。恐ろしすぎる。

 

 あぁ、でも。

 ──まだ、彼女が俺への好意を持ってくれている事に、どこか安心してしまっているのは……本当に、救えないなぁ。

 

 

 

「おい、一年坊。お前ガタイいいな。バスケ部、入らねえか?」

 

 放課後。

 今日から部活勧誘の解禁日ということが大きいのだろう、廊下に出た瞬間そんな風に声をかけられた。

 浅黒い肌の男子生徒。身長は俺より低いが、しっかりと鍛えられた筋肉が見え隠れしている。

 

 しかし、生憎だ。

 そんな暇はないし、そんな衆目に晒される(かっこよく映ってしまう)ことはやりたくない。

 

「結構です」

 

 一応は年長。だから、丁寧に。

 丁重に断った──つもりだった。

 

 だが、先輩だろうその男子生徒のゲージが、減ったのを確認した。

 最初に俺を見つけて、一ゲージだけ上昇していた好意ゲージが、減ったのだ。

 

 0に。

 

 窓が割れる。

 

 割ってきたのは、野球ボールだ。

 

 そんなこと言わずに、の「そ」の字に口を開いた彼の顔に直撃コース。このコースは頬ではなく、側頭。

 反射的に右腕を伸ばし、先輩の顔とボールの間に手のひらを差し込む。

 あまりにもギリギリだったため軽く先輩の顔に手が当たってしまったが、これを止めることに成功した。

 

「いてっ!?」

 

 だが、曲がりなりにも主人公の身体能力を十全に生かして繰り出された右ストレートである。拳こそ握っていないものの、手の甲──固い部分が頬に当たったのは事実だ。

 先輩の上体は大きく後ろにのけ反り、そしてそのまま倒れてしまう。

 

「……どういう角度で飛ばしたらそうなるんだよ」

 

 という悪態は、口の中で。

 ここは二階である。そこの窓を突き破って、人間の側頭部に直撃コースの打球。強打者が過ぎる。

 

 大丈夫ですか、とは問わない。

 問えば好意ゲージが、上がる可能性がある。だから。

 

「──何してるの?」

 

 だから、未だ放心状態で倒れている先輩の横を通って帰ろうとした。

 それは叶わず。

 

()()()()()()()()?」

 

「──っ」

 

 彼女だ。

 俺の大好きな彼女が、俺の横で倒れる先輩を見て、そう問うた。

 

 また。

 そうだ。過去にも人を殴ったことがある。

 

「結果的に見れば、そうだな」

 

「窓は?」

 

「勝手に割れた」

 

 だが、真実は言わない。

 言ってしまえば……美徳を見せつけてしまえば、彼女の好意ゲージが上昇する可能性がある。悪友の言うように、彼女はずっと危険状態だ。ゲージは4分の1ほどであるのに、不思議な信頼のようなものを俺に向けてきている。

 彼女の前でかっこいいことはできない。絶対に。

 

「……そう」

 

「ああ」

 

 また、少し。

 少しだけ……一ゲージにも満たない量だが、好意減少が起きたのを確認した。

 悲しそうな顔に胸が痛くなる。だって、前に人を殴ったとき……彼女に、無理矢理にとはいえ約束させられたのだ。もう人は殴らないと。

 その約束をしなかったら、彼女の好意ゲージがゼロになっていた可能性があるから、その時は従うしかなかった。

 

「……じゃあな」

 

 その場を立ち去る。

 大分──ボールを受け止めた手が痛みを訴えているが、まぁこの体なら大丈夫だろう。

 バスケ部の先輩の命を救って、野球部のだれかを殺人犯にせずに済んだ代償と考えれば安いものである。

 

 この部活動勧誘期間は少々気を引き締めよう。あともう少し言葉遣いを考えるべき、だろうか。……だが柔和にするとそれはそれで上昇が……。

 

「あ、こら! 今朝の男子生徒!」

 

 逃げよう。

 

 

 

 

 

 もちろん、ただいまは言わない。

 明かりはまだついている時間ではないが、おそらくは自室にいるだろう──とはいえ、万が一を考えて右手をぽっけに突っ込んだまま帰宅する。

 

「……おかえりなさい」

 

 わぁ、ばったり。

 ……昔の口調が出てしまうくらい、万が一の一が出た。

 

「……ああ」

 

 兄妹の会話としては、冷めているのか……いや、高校生中学生の兄妹なんてこんなものの可能性もあるな。

 可愛くて美しくて凛々しい妹の視線は冷たい。

 ただいまも言えないのか、という意思が伝わってくる気がする。

 まぁいつものことだ。言わないのは。

 

 だから、彼女の横を通り過ぎて階段を上がる。

 上がる、つもりだった。

 

「兄さん?」

 

 でも、その……いつも俺に聞かせる声としてはあり得ないくらいの"心配色"に、思わず足を止めてしまう。

 

「右手。どうしたんですか?」

 

「……特に、何もないが」

 

「手すりを持たずにポケットに手を入れているというのに、何もない、と」

 

 ……いやぁ流石秀才。大いに贔屓目に見て言うけれど、頭もよくて顔もよくて声もいいなんてトリプル役満だと思わないかい?

 今はその才能を発揮してほしくはなかったけど。

 

「手、出してください」

 

 妹を──彼女の側頭にあるゲージを見る。

 五分の二、といったところか。

 

 一瞬の思案。出すか出さないか。

 結論。真実を言わなければいい。

 

 だから、観念したようなそぶりで右手を出した。

 

「……! 救急箱、持ってきますから。先に手を洗っておいてください」

 

 理由を先に聞いてくれないのかぁ。

 これ、部屋に戻っても押しかけてくるなぁ。

 

 まぁ、いいや。

 手を洗う間に上手い言い訳でも考えておこう。

 

*1
視聴覚室のようなもの




☆3
属性多いし攻略キャラ多いのが良い。死に要素唐突すぎるのさえなんとかしてくれれば結構いい。
なんでジョージ君は攻略できないんですか?
-作:好意を持たないからです。


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恩哀裁断

こっちはこうなってるっていう話。


 兄は横柄な人だ。

 女性に手を出すこと、数知れず。そしてそれを捨てたことも、同数。

 友人には暴力を翳し、目上にも敬いがない。

 

 横柄を人の形にしたらこうなるだろう、という見本例。

 それが、世間一般の……兄への印象。

 

 だが、家族相手となると、少し。少しだけ、違う。

 否、家族だけというよりは、私にだけ、だろうか。母も父も滅多には帰ってこないし、帰ってきたときは必ずと言っていいほど兄のいない時間だから。

 

 私にだけ。

 私にだけ、感じ取れるもの。

 それは、とても青臭い表現をするなら、家族の親愛、とでもいうべきものだ。家族愛。

 

 私の顔すら認識していないように遠くを見ている兄。だというのに、その顔から、声から、私を心配しているような、気遣っているような気持ちが伝わってくる。

 本当に微かな差だ。僅かな違い。

 ほかの人と、私とで。少しだけ──何かを慮っている。

 

 それは決して、私との関係を修復したい、といった類のものではないのだろう。

 それよりも、何か私個人に。私自身に心配事がある、とでもいうような色を見せるのだ。

 

 だから。

 だから、既のことで、私は兄を嫌いになれなかった。

 悪い噂ばかり聞く。兄が自身のクラスメイトを殴るところも見た。軽率に女性に手を付け、とても酷い振り方をしたことも知っている。

 だけど。

 ……嫌いにはなれなかった。兄を。兄さんを。

 

 何故かそれが……とても、悲しいことに思えたから。

 

 

 

 その日、兄さんはいつものように無言で帰ってきた。

 おかしい、とは。

 すぐに気づいた。いつもはもっとけだるそうにしているのに、今日は普通に歩いていたから。

 そしてそれは、手すりもつかまずに階段を上ろうとする姿を見て確信に変わる。明らかに、何かを隠していた。

 

 呼び止め、追及すれば──やはり。

 手のひらに擦過痕。それなりの重傷。ところどころに土が混じっているあたり、転んだ……いや、この兄に限ってそんなことはない。横柄で不真面目な兄だが、その身体能力はアスリートにも匹敵する。それに、手のひら以外は無傷。

 つまり、鉄棒などに捕まって全体重をかけた、とか。

 あるいは──高速で回転する何かを素手で受け止めた、とか。

 

 そんな事を。

 原因をつらつらと考えながら、救急箱を持って洗面台へ向かえば、意外にも大人しく此方の言うことに従って手を洗っている兄の姿があった。

 

「兄さん」

 

「……ああ」

 

 面倒を嫌うように、痛むだろうその手を振って水を切り、そのままこちらに突き出してきた。

 大きな手だ。そしてその手のひら全体に、酷く爛れた皮膚が赤々と広がっている。

 

「消毒します」

 

 無言。了承と取って、傷に消毒液を塗っていく。

 もっと、"痛くないようにやれ"とか"下手"だとか言われると思っていただけに、大人しい兄が妙に映る。

 

 ……悪い噂ばかり聞いていて、悪い印象ばかりあったから、いつの間にか先入観ができてしまっていたのかもしれない。兄は……兄さんは、痛みを我慢しているのだろうか、目をつむったままじっと待っている。

 先ほどまでより幾分か落ち着いた心で消毒後の手のひらにガーゼを巻き、包帯を──。

 

「遅すぎる。自分でやるから、もういいぞ」

 

「──……」

 

 いつの間にか目を開いていた兄が、そう、言った。

 こちらを見て、額に皺を寄せて。

 本当に嫌そうに。本当に怒っているように。

 

「……、……そうですか。わかりました。じゃあ、もう勝手にやってください」

 

 折角見直したのに。

 やはり、兄は兄だ。噂通りで、昔から変わらず……苦手な、兄。

 

 救急箱を置いたまま、足早に自室へと戻る。

 まだ夕飯を作っていないのでどの道降りる必要があるが、とりあえず今はベッドに飛び込んでしまいたい気分だった。

 というか、飛び込む。

 枕に顔をうずめて……大きく息を吐いた。

 

「本当……なんであんな人なんだろ」

 

 なんで、嫌いになれないんだろう……。

 

 

 

 

 

 

 目を覚ました時、既に時計の針は0時を回っていた。

 

 やってしまった、という思いと共に、急いで階段を降り、一階へと向かう。

 明かりのないリビング。

 電気をつける。

 

「……え」

 

 テーブルの上。

 そこに、ビニール袋があった。

 

 おそるおそる中を見てみると、そこにはコンビニのお弁当が一つ。

 

「……ほんと、変な人……」

 

 

 

*

 

 

 

 消え失せろ、と……叫んでいたと、聞いた。

 全部噂だから、どこまで本当かはわからない。けれど、色んな人から同じ話を聞くから……真実とは相違ないんじゃないかと思っている。

 

 始まりは、兄がその女の子の手を引いた事だったらしい。商店街近くの横断歩道で、そこを渡ろうとしていた女の子の手をグイと引っ張って、まるで御伽噺の王子様のようにその身を抱き留めたのだと。

 容姿と身体能力だけは本当に良い兄の事だ。さぞかしサマになったことだろう。

 その後各所で──水族館や映画館やら、所謂デートスポットで女の子と兄の姿は確認されていて、その度に"王子様みたいだった"とか"何かの撮影かと思った"とか……兄の本性を知らない浮かれた子達が逐一私に報告をしに来たものだ。

 

 しかし、その"甘い時間"は、女の子の誕生日のその日に終わりを告げる。

 

 頭を傾けた。女の子が。兄の腕に。

 体重を預けるようにして、笑顔で身を寄せた──その瞬間。

 

 ──"やめろ"と。

 

 ものすごい剣幕で、その子の体を振り払った、らしい。

 訳も分からないといった顔で困惑する女の子に向かって、"消え失せろ"と叫んでいたとも聞いた。

 

 女の子は泣きながら、兄は鬼のような形相で帰路に就いた──と。

 

 その日は直撃こそしなかったものの、未曽有の規模の台風が近くまで来ていて、夜は大雨だった。

 だというのに兄が外出したことを覚えている。私は一応、止めた。けれど聞かなかった。

 

 一時間ほど経って帰ってきた兄は川にでも潜ったんじゃないかというほどずぶぬれで、何をしに行ったか知らないけれどこちらの忠告を聞かないからそうなる、という旨を伝えた……と思う。

 その時は珍しく、自嘲するように"そうかもな"と言ったはず。その顔をだけは、なぜか鮮明に覚えている。

 兄が自分の非を認める事など、そうそうないことだからだろうか。

 

 事の顛末を聞いたのは台風が過ぎ去って学校が再開してからで、私が直接見聞きした事ではない。

 だけど……本当なら、やっぱり酷いと思う。

 その気がないなら初めから断っておけばよかったのに。そもそもナンパしたのは兄って話だけど……。

 それに、なにもそんな大勢の前で、とも思う。

 何の説明もしなかったみたいだし、それではその子はずっと"つらい"が続いてしまう。

 

 恐らくは野次馬根性と同情込みなのだろう、一部始終を見ていた私のクラスメイトが、兄へ真実を問うて来てほしいなどと頼み込むもので、しかし私は頷いてしまった。

 私も知りたかったから、というのが大きい。

 

 ……答えは、得られなかった。

 一言。"さぁな"、だけ。

 否定もしないけれど肯定もしない。どころか、私に興味がない、とでもいう風に。

 

 その話はだんだんと学校からも、街中からも薄れていった。女子の噂流行りが早いのは事実だが、街の人の井戸端会議もいつまでも同じ話題を扱うわけじゃあない。

 だから、波が引くように。

 忘れられたわけではない。けれど、話題の中心になるようなことはなくなったのだ。

 

 

 

 久しぶりに私がその話を聞いたのは、この中学に入ってからのこと。

 私の苗字を聞いて、もしや、と思ったらしい。

 

 その子は、なんと件の噂の女の子──の、妹さんだというのだ。

 

 一瞬身構えた。それは許してほしい。

 だって、自身の姉をこっぴどく振った男の妹だ。恨みを共有している可能性は大いにある。

 

 けれど、その子はにこやかだった。

 にこやかに、嬉しそうに。本当に──奇跡に感謝する、とでもいうように。

 

 ──"お兄さんに、ありがとうございます、って言っておいて!"

 

 などと。そう言うのだ。

 当然、私の頭は「?」一色。

 しかしその子もそれ以上説明する気はないらしく、早々と自身の席へ帰ってしまった。

 

 なにがなんだかわからないまま学校から家に帰り、一応預かった言葉を兄に伝えた。

 

 ……その時の顔は、初めて見るもの。珍しい、とかではなく……初めて。

 初めて、私は兄の安堵する顔を見た。

 

 ──"そうか……目を覚ましたのか"

 

 と。

 ただそれだけ。私への説明は一切なく、言葉への返事もない。

 兄は……兄さんは、恐らく私に聞かせないつもりで吐いたのだろう、「本当に、良かった」という限りなく小さな声を漏らした後、自室に戻っていった。

 

 何があったのかは、知らない。

 兄がその子を酷い扱いで振ったのは事実だし、それを否定する気もないことは確かだ。

 

 ……だけど、何か隠している。それだけはわかる。

 

 多分これが、私が兄さんを嫌いになりきれない理由の一つ。

 あの人が、今度は私に向かって"本当の顔"を見せてくれるまで……私は納得ができないから。

 

 だから──。

 

 

 

 

 そんな。

 昔の夢……自己認識? を見て目が覚めた。

 今度は寝坊していない、いつも通りの朝。

 

 着替えを終えて自室を出ると、丁度兄も部屋を出るところだったらしい、ばったり、遭遇する。

 

「……邪魔なんだが?」

 

「……」

 

 私の顔を見るなり、開口一番にコレだ。

 

 溜息を吐きたくなる心を抑えて、廊下の端へ避ける。

 チラと兄の右手を見れば、そこには新しい包帯。ちゃんと自分で巻き直したらしい。

 

 私の手はいらない、という事か。

 

 階段を下りていく兄。

 その背──というか、後頭部に向かって、声をかける。

 

「兄さん」

 

 ぴく、と止まる体。その顔がこちらを向き、その口が開かれる──その前に、言う。

 

「私はまだ、納得してませんから」

 

「……何の話だ?」

 

「さぁ、なんでしょうね」

 

 兄が説明をしてくれないのなら、私だって説明をする義理はない。

 これは宣戦布告みたいなもの。

 私は兄が苦手で。苦手だから、こそ。

 だからこそ、苦手を苦手のままにしておくのは……私自身が許せない。

 

 私が兄を苦手に思うのは、単純に性格が合わないからなのか、それとも何か理由があるのか──あるいは、苦手を克服できるのか。

 

 どうやら、まだ嫌いにはなれそうにないみたい。

 

「……お前の中二病に付き合ってる時間はないんだが」

 

「ちゅうに……?」

 

 兄は肩をすくめて、階段を下りて行ってしまった。

 朝食を食べる気はないのだろう。すぐにドアの開く音が聞こえて、次いで閉じる音が響いた。

 

 ……昨日の優しさはやっぱり幻覚だったのだろう。うん。

 

「べーっだ」

 

 普段は兄にもクラスメイトにも見せないはしたない行為で兄を見送った。

 

 

 

 

 

 



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天使にジェラシー・ソングを

隙を見せてはいけない。

付け込まれるからだ。

天使? それとも悪魔に?

好意に。


フリーゲーム攻略サイト-遊ing-より引用



 朝──。

 今日は何の偶然もなく起き、何の偶然もなく登校に成功した。何故か信号にはまる事も、何故か工事中で迂回路を取らされることもなく、である。

 一度小さな地震があったらしいが、歩いていると小さな揺れというのは気にならないもので、全く気付かなかった。もう少し危機管理能力を上げたほうがいいかもしれないな。

 

 ただまぁ、多少、心の痛む出来事というか。

 

 幼い頃。俺がこの世界に気づく前の幼少期に、お世話になっていたお兄さんがいた。

 今は花屋を営むその人には、俺も妹もとてもよくしてもらっていた──のだが。

 

「……やぁ、彩人君。やっぱり君も、この道を通って学校に行くんだね。なんだか嬉しいよ」

 

「……」

 

「彩人君?」

 

「あの、急いでるんで。話しかけないでもらっていいすか」

 

「──」

 

 まぁ、そういうことである。

 俺の噂は耳にしていたのだろう、思ったよりかは好意ゲージが低かったが、それでも半分近くあった。

 毎日通る可能性のある道だ。毎度顔を合わせていては、上昇するも減少するも悲惨な未来しか見えない。

 

 だから、ごめんなさい。

 心の中で謝って、歩を早める。振り返らない。手も上げない。ポッケに突っ込んだまま、そのまま。

 

……昔はかわいい子だったんだけどなぁ

 

 小さく呟かれたその言葉に、もう一度ごめんなさいと謝った。

 

 

 

 

 さて、今日は委員会決めという好意上昇イベントの発生する日である。

 黒板に描かれたいくつかの委員会から入りたいものを選ぶのだが、「一緒になった生徒との好意ゲージが一ゲージ増える」という最悪のイベントである。まぁゲーム中に用意された好意上昇イベントは大体最悪なのだが。

 

 何を選んでも結果は同じ、ということはない。

 みんながやりたくないような仕事を選べばさらに周囲の人間の好意が上昇するし、暇そうなもの・人気の高いものを選ぶと「ランダムでほかの委員にならされる」というクソ仕様。抽選会はインチキ極まれりだ。

 

 よって、何を選ぶかは最初に決めていた。

 若干杞憂はある──が、他がどう考えても危ないので消去法だ。

 

「次──藤堂君。やりたい委員の下に名前をかいてください」

 

 メガネの男性教師……もとい担任の言う言葉に従って、席を立つ。

 一瞬のざわつき。

 昨日の先輩殴打事件が広まりでもしたかね。

 

「ふむ」

 

「え──」

 

 真横と後ろ。

 俺がチョークを持って止まったそこにある文字に、担任のメガネと"もう一人の少女"が驚いた声を出す。いや担任は……まぁ、ゲーム中では"驚いた声"というテキストではあったから、驚いた声なんだろう。

 

「選挙管理委員会、ですか」

 

「……悪いすか」

 

「いえ、そんなことはありませんよ。では次、時旗くん──」

 

 舞台装置かと見紛う程平坦に司会を務めるその姿に若干の畏怖を覚えながら、席に戻る。

 一応好意ゲージは存在して、一ゲージ分、進んでいる。まぁ教師が生徒に好意がなかったらそれはそれで怖いわな。高くは、ないだろうが。

 

 席へ着き、座り──感じる視線。後ろ。横。斜め前。チラチラしすぎ。

 その中で、最もチラチラ……というかキョロッキョロしてるのが、少し遠方斜め前に座る少女。

 俺と、その少女の後ろの席に座る少女をキョロキョロキョロキョロと見比べている。

 

 (はしばみ)。苗字を榛。名を公佳(きみか)。紙葉の友達の子だ。

 その顔は、困惑……というか、絶賛困り中だな、あれは。

 

「では、これで決定します。学級委員は安西くん、篠原さん。広報委員は柴田さん、池神君──」

 

 彼女にとっての俺がどういう位置づけなのかはわからないが、少なくとも好印象ではないだろう。ゲージが物語っている。

 ……というか、ちょっとマズめ。あれはフォローしたほうがいいやつだなー。

 

「──選挙管理委員、藤堂くん、榛さん」

 

 どうせこの後すぐに会う。

 それでは一年、よろしく。

 

 

 

 

 

 

 ──"早速で悪いのですが、この資料を選挙管理委員長の元へ届けてきてください"

 

 そう言われ、昼休み、俺と榛は二人で廊下を歩いている。

 渡された資料の束はそれなりの量があり、どう考えても榛が持てる量をオーバーしていた。

 

 ので。

 

「無理するな」

 

「へ……え?」

 

 彼女の持っている資料を片手で持ち上げ、自分のものの上に乗せる。

 主人公の体はバランス感覚も筋力も最高値であり*1、特に危なげなく持ち上げることに成功した。

 そのまま、先ほどと変わらない速度で歩き出す。

 

「え、え……ちょっと、大丈夫だ、だよ?」

 

「こっちも、大丈夫だ」

 

 君に持たせてるほうが危ない。

 という言葉はもちろん言わないけれど……あぁ、良かった。

 先ほどは1.5ゲージしかなかったゲージが、

 
(はしばみ)公佳(きみか)15。

 3ゲージにまで回復している。

 十分だ。

 

「あ、待ってよ!」

 

 それには答えず、スタスタと歩く。

 

 ……出来るだけゲージは2か3をキープしたい。1は……いつ死亡イベントが起きるかわからないから、怖すぎるのだ。

 最低な行いであることはわかっている。でも、それを怠れば何が待ち受けているか。それを考えたら、やめることはできない。

 

 結局榛に資料を返すということもなく、不在だった選挙管理委員長の席に資料を置き、こちらの所属をしたためた附箋を張り付けて、退室。

 榛は教室へ戻るらしく、俺は購買へ昼飯を買いに行くため、そこで解散。

 最後には"これからよろしくね"と言われるまでになっていた。

 ……あんまり好意を持たれても困るから、後々不誠実な行いをしておくべきかな。

 

 

 

 

 購買でパンを購入し、今はまだ解放されていない屋上へと続く階段で一人、そのパンを食べている──時だった。

 

 カツン、と。

 誰かが階段を昇る音が響く。

 別にここ自体は立ち入り禁止でもないため教師が来ても問題はない、と高を括っていたのがマズかった。

 尤も高を括っていなかったとしても回避できたかどうかは怪しいが……。

 

「ねぇ、なんで?」

 

 開口一番。疑問。

 携帯端末に落としていた目を上げれば、足音の持ち主がそこに立っていた。

 

「なんでよ」

 

 半分より上にあったゲージが、また一段。増えた。そして今もなお、チリチリと増え続けている。

 それはふつふつと湧き上がる熱のように。

 

「……何がだ」

 

 声を殺して問う。気を静めて発声する。

 焦るな。焦らなければ問題はない。

 焦らず冷静に──なだめろ。

 

「なんで──なんであの子には、あんな優しい声で!」

 

 その子は。その少女は。今にも泣きそうで。

 紙葉だった。紙葉美紅は、怒りと悲痛を混ぜた声で、問う。

 

「なんでよ。私にはあんなに冷たかったのに。そんな声、出せるなら。そんな顔できるなら……」

 

「お前は別に関係ないだろ」

 

 マイナスのイメージによって勘違いされがちだが、嫉妬は好意の一種だ。

 妬ましいという感情は、好意の上で成り立つものだ。

 

 だから、増える。また1ゲージ。

 

「どうして? 私の何がだめなの? なんで? 別に好きじゃなくたっていい。ただ、優しい声をかけてくれるだけで。それでいいのに。なんで。あの時。守ってくれた時。助けてくれた時。なんで、あの声で……ねぇ、どうして……」

 

 加速度的に好意が爆発している。本来はこんなにも大きな感情を俺に向けていたわけではないはずだ。だが、嫉妬によって好意ゲージが上昇した事で、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ──ふざけた話だ。本当に。

 この世界は好意ゲージに支配されている。それは言葉通りの意味なのだ。

 

「落ち着けよ。つか、黙れよ。こっちは飯食ってんだよ」

 

 弁明をしてはいけない。じゃあ、私にもしてほしいという足掛けになってしまう。

 優しさを見せてはいけない。それはそのまま好意ゲージの上昇につながる。

 

 冷静に──冷徹に。

 非情に徹しろ。隙を見せるな。

 

「痛かった。痛かったのよ。足、挫いて……あそこで座っちゃったのだって、座りたくて座ったわけじゃない。動けなかったの。ねぇ、なんでわかってくれなかったの? あんなに気遣いができて、あんなに優しいことができるのに。私は、私じゃ、ダメだったの?」

 

「黙れって」

 

 止まらない。マズい。

 冷徹はそのままに、冷静ではいられない。だってゲージが──。

 

「痛かったよ。帰るとき。帰るとき。ずっと辛かった。気付いていたんでしょ? 足、見てたもの。知ってた。でも無視した。なんで? 私が、私が、私がかわいくないから? 私の顔が気に入らない? 私の声が嫌い? 教えて。教えてよ。直すから。だから!」

 

 

「黙れっつってんだろうが!!」

 

 

 ──響き渡った。

 

 主人公の肺活量──加えて、こっちの怒りの乗った怒声は、恐らくは校舎中。果ては隣の校舎にまで聞こえただろう。それほどの大声。

 

「──」

 

「……失せろよ。うるさいんだよ。飯くらい静かに食わせろ」

 

 好意ゲージの上昇が止まったのを見て、心の中で安堵する。

 恐怖が勝ったか……それでいい。

 

 しかしまだ立ち去ろうとしない紙葉。

 

「失せろって。どっか行けって意味だ。わからないのか?」

 

 泣きそうな顔で。

 もう半分泣いた顔で、彼女は俺を見る。睨むように。

 

 だから、止めに──殴った。

 

 消火栓を。

 

「ぇ……ぅ、あ……」

 

 ガッシャァン! と大きな音が響き渡る。

 退く意思を見せるな。同情するな。

 

 怒りを見せろ。

 

「もういい」

 

 埒が明かないと、パンや携帯端末などを持って立ち上がる。

 そのまま、固まったままの紙葉の横を通り過ぎた。

 

 小さい声で、言う。

 

「お前、ほんとウザいわ」

 

 ……本当に、ごめんね。

 

 そのまま階段を下りる。

 教室のある階まで下りれば、やはり先ほどのが聞こえていたのだろう。

 こちらを見つめる視線、複数。

 

 それらすべてを無視して、自身の教室へと戻った。

 

 

 

 

 放課後。結局教室には戻ってこなかった……保健室にいるらしい紙葉の事を気にしつつ、その資格もないな、と自嘲して帰り支度を整える。

 といってもカバンに適当にものを詰めるだけだ。学業に必要なものはすべてロッカーに放り込んであるしな。

 

 昨日割れた窓は新品になっていて、仕事が早いというべきかなんというか。

 ……弁償とかしなくていいのだろうか。いやまぁ俺が割ったわけじゃないのだが。

 

 そうして、おもむろに携帯端末を取り出してニュースアプリを起動し──蒼褪めた。

 

 近くの沖合で震度五──津波の心配はありません。

 

「……」

 

 このゲームにはフラグといった"イベントの前兆"は存在しない。

 だが、災害や天候には前兆がある。それはゲームシステムではなく、自然という意味での前兆だ。

 

 たとえば、異常気象とされるほどの寒波が北上してきたり。

 たとえば、好意上昇に伴って超大型の台風が近づいてきたり。

 

 たとえば、小さな揺れ──前震が起きていたり。

 

 破滅を齎す何かは、確実に。

 目に見えるところにいるのだ。

 

 ……それを把握できていないのが、今回の俺の落ち度か。それに、もっと人目を気にするべきだった。

 

 頼むから、死なないでくれよ、と願う。

 もし──また、好意が0にまで落ちたら。

 

「……死なせてたまるか」

 

 誰も。

 それだけは、阻止しないと。

*1
そんなステータスは見えないが




(はしばみ)公佳(きみか)15


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好き。

恐らく賛否両論だと思いますが、元からそういう話です。
※前話と内容の被りがあります。ご了承ください。


 自分がおかしい、ということには、気付いていた。

 

 いつからだったのかは、明確ではないけれど、たぶん、あの時。

 横断歩道の真ん中で足を挫き、座り込んでしまった直後の出来事。迫りくる死と──力強い腕。

 

 気付いた時には抱きしめられていて、私は死んでいなかった。

 

 その時、多分、確実に、恐らく、絶対に。

 "嫌い"が"好き"になったのを、感じた。

 

 

 藤堂彩人、という名前は、あまり好ましいものではなかった。

 県内に5つある中学の、そのどれもに悪名を轟かせているのだ。少なくとも女子の間では、その名に抱くイメージに悪いものが欠片もないという人間はいないのではないか、というくらいには、好ましくなかった。

 無論、容姿に優れることも知れ渡っていたから、その点を評価する子もいたけれど……。

 でも、やっぱり。

 割合でいえば確実に、悪印象。女の敵。それが藤堂彩人の印象。

 

 そしてその印象は、高校生活二日目の朝に確信に変わる。

 新入生代表として挨拶をしていた浅海(あさうみ)さんとの喧嘩……というか、衝突。アレで一気に空気が悪くなった。あんな風に無理矢理肩を掴んでどかす、なんてことしなくていいのに、とも思った。

 小中学校と彼らと同じクラスであった子から話を聞けば、藤堂彩人と浅海さんは幼馴染なのだという。けれど仲の良い二人の喧嘩、ではなく──ほとんど冷え切った、本当に険悪な二人の姿は……私の中の彼の印象を最悪に落とすに十分な材料だったと思う。

 そのすぐ前に浅海さんと話していて、その人となりの良さを知っていたから、尚更に。

 

 その最悪──嫌悪は、授業中の天羽さんに対する態度だとか、別のクラスの子に手をかけようとしていた、という噂を聞いた当たりで、心底の忌避に変わっていた。

 私はこの時点で、藤堂彩人が大っ嫌いだった。──死んでほしいとさえ、思っていたかもしれない。

 

 

 授業らしい授業のないその日を終えて、そのモヤモヤした感情を抱えたまま帰路に就いた。

 多分、それが悪かったのだろう。集中力が欠片もなかった。

 私は小石に、あるいは地面の出っ張りに足を取られ、挫き、座り込んでしまった。

 

 大きく遠のいた、自らを掠めていった死を目の当たりにしながら──彼の腕の中で、私の大嫌いは綺麗さっぱり消えてなくなっていた。

 あれだけ嫌っていたのに。あれだけの悪印象だったのに。

 

 それは、それまで持っていたマイナスの感情は、すべてプラスの……好き、という感情に変わったのだと思う。

 自分でも惚れやすすぎる、とは思うけれど。

 でも、本当に──()()()()()()()のだ。

 カッコいいと。素敵だと感じた。思った。

 カッコよくて素敵でなんて凄い人なんだろう、と。身を挺して、友達でもない誰かを助けることができる──素晴らしい人だと。

 

 ……その幻想は、あろうことか本人に打ち砕かれる。

 突然の罵倒。一瞬挫いたほうの足に目が行ったにもかかわらず、知らぬ存ぜぬとばかりに立ち去ろうとするその言動に、一度は制止をかけた。

 

 その手は振り払われ、再度の罵倒。

 そのまま彼は本当に立ち去ってしまったのだ。

 

 

 痛む足を引きずりながらの帰り道、溢れてきたのは嫌悪ではなく()()()だった。

 何故、と。

 何故、と。

 何故、何故、どうして、と。

 

 悲しみだった。嫌い、なんて感情は湧いてこない。どうして、どうして──もっと助けてくれないのか、という思いでいっぱいだった。もう少し、手を差し伸べてくれてもいいじゃないか、と。

 

 ようやく家に着いて、家族に治療をしてもらって、自室でベッドに横になって──そこでようやく、我に返った、というべきだろうか。

 

 なんて独り善がりなんだと。どれほど厚顔無恥なのだと。

 少し間違えば自身も死んでいたかもしれないというのに、私を助けたことへ何の見返りも要求しなかった彼に対して──どうしても何もないのだろう。

 恥ずかしくなった。自責の念でいっぱいだった。

 さっきまでの私は()()()()()()()()()()()と、そう思った。

 

 

 翌日、痛みはほとんど引いていて。

 学校に着いた私は、仲の良い公佳(きみか)に昨日のことを話した。

 足を挫いて道路に座り込んだ事。それを()()()()()()()()()()()()()()()()()()()の事。

 話している内に熱が入って、公佳に言われて自分がどれほど幸運だったのかも自覚して。

 やっぱり彼が──あの人が()()()()()()()()()()()()()

 一緒に話している公佳もまた、そんなに良い人だと思っていなかったと……()()()()()()()()()()()()

 

 そのあと彼が登校してきたから、思い切って彼にお礼を言った。

 何も言ってこなかったけれど、そういう人だというのはもうわかったから、文句は言わない。

 

 席に戻った私に対して、公佳が少しだけ目を細めていたのが気になったけれど、些細な事。

 昨日の悲しみなんかは完全に忘れて──私の目は自然と、藤堂彩人を、藤堂を追うようになっていた。

 

 

 

 ()()が聞こえたのは、本当に偶然だった。

 翌日のことだ。

 

 昼休みになってお手洗いにいって、お手洗いから出ようとした、その時。

 

「無理するな」

 

 咄嗟に身を隠してしまった。

 それくらい、驚きが強かったのだ。驚き。驚き。……あるいは、心の悲鳴。

 

「こっちも、大丈夫だ」

 

 口調こそぶっきらぼうなのに──その声色の、なんと優しいことか。

 相手を気遣う気持ちが込められていた。相手を心配する気配りが込められていた。

 優しい声だ。優しくて、優しくて、優しくて──心が裂けてしまいそうな声を、彼は。

 

 私じゃない、私じゃない私じゃない。私じゃない──公佳にかけていた。その声を。彼は。

 

 冷静な私が落ち着けと叫ぶけれど、それをすべて上塗りして有り余るくらい──ドロっとした感情がボコボコと膨れ上がる。

 コールタールのような粘性のあるソレが、視界を覆った。

 

 忘れたはずの悲しみが。封じたはずの"どうして"が。

 

 ドロドロと。ぐるぐると。

 音を立てて──裂けた心から溢れてくる。

 

 自分がおかしい、ということには、気付いていた。

 気付いていてなお、止められない。

 

 よたよた、と。よろよろ、と。

 まともな思考の保てない頭を抱えて、幽鬼のように廊下を歩く私は、さぞ恐ろしく映ったことだろう。誰かが心配して声をかけてくれたのかもしれないし、遠巻きに眺めてみていないふりをされたのかもしれない。

 そのすべてがどうでもよくなる程、私の心は荒れていた。

 

 そして、私は。

 

「ねぇ、なんで?」

 

 言った。言う。

 

「なんでよ」

 

 言った。

 言う。零れる。あふれ出る。

 言葉が。言葉が。止まらない。

 言いたかった事が、言えなかった事が、苦しいほどに。狂おしいほどに。

 

「なんで──なんであの子には、あんな優しい声で!」

 

 叫ぶほどだった。叫んでいた。

 ずるい。ずるいずるいずるいずるい。私も、あの時、優しくされたかった。

 痛かった。痛いよ。足が痛い。心臓が痛い。それをわかっていたのに、どうして無視したの。ずるい。なんであの子には優しくするの。優しくできるの。できるなら、できるなら、私にだって。

 

 私の何がダメだったの?

 私に何が足りなかったの?

 貴方は素敵だった。カッコよかった。それでよかったのに。

 どうして。なんで。

 

 優しくしないなら。

 どうして──助けたの。

 

 コールタールのような粘性の感情が止まらない。それは糸を引き、ねばつき、ところどころに張り付いて──増殖する。

 冷静な私を塗りつぶして、広がり続ける。

 

 助けてくれた。支えてはくれなかった。

 どうして? 私が好みじゃなかったから? じゃあなんで助けたの?

 だって、私だって、私は、私に。

 ずるい。おかしいよ。それじゃあ、私はなんなの?

 

 何が気に入らないの?

 私の顔? 声? 性格? 

 公佳にはあって、私にはないものがあるの?

 

 教えて。それを、それのためなら、それがあれば貴方は私を──!

 

 

 その思考が。

 その真っ黒い汚泥が断ち切られたのは、彼の怒声を聞いたその瞬間だ。

 

 恐ろしいほどの剣幕。凄まじい声量。

 怒りの表情は私をにらみつけていて、私は、私にはそれが──酷く悲しそうに見えた。

 

  

 その後、何かを言われたけど、なにも覚えていない。

 気付いた時には保健室にいた。

 

 眠っていたらしい。

 

 自分がおかしい、ということには、気付いていた。

 ううん。

 

 気付いた。

 私はおかしい。

 今でも彼の事は……嫌いではない。悲しみも、失ってはいない。

 なんで。どうして。

 その思いはまだ心にある。

 

 おかしいな、と思う。

 何故。

 

 何故、こんなに穏やかなんだろう。

 

「失礼します」

 

 その時、保健室のドアが開いた。正確にはノックされてから、開いた。

 声でわかる。

 公佳だ。

 

「……ぁ、美紅……起きたんだ。良かった……」

 

 公佳は、心底安堵した表情で、私のベッド脇の椅子に座り込んだ。

 

 ──"無理するな"

 

 幻聴が耳朶を打つ。

 

「榛さん、ちょっと紙葉さんのこと見ていてくれる? 先生、職員室に行かなきゃいけなくなっちゃったから……あら、紙葉さん。起きたのね? 良かったわ」

 

「……私は」

 

「頭を打った、とかでもなさそうだし、多分寝不足や疲労だと思うのだけど……今日は安静にしたほうがいいわ。もう親御さんに連絡してあるから、もうすぐ迎えに来ると思うわよ」

 

 見れば、外は夕暮れ……時計は17時を指している。

 放課後だ。

 

「榛さんが倒れているのを見つけてくれたからよかったけれど、ちょっと危険よね。明日になっても不安だったら、ちゃんと休むこと。入学シーズンは緊張で倒れちゃう子も少なくないから……あ、っとと、それじゃ先生はちょっと行ってくるから、戸締りとかは気にしなくていいからね」

 

 そういって出て行ってしまう保健の先生。

 忙しい人だ。

 

 先生が去って静かになった保健室で、一度、私と公佳は目を見合わせた。

 

 沈黙。

 

「……ありがと。公佳」

 

「え、あ、うん。……」

 

 また、沈黙。

 ……。

 

 ──"こっちも、大丈夫だ"

 

「……公佳」

 

「ごめんね!」

 

 声をかけようとした──それに被せて、公佳が頭を下げた。

 ──。

 

「……何が?」

 

「え、ぁ、いやだって……その、藤堂、くんのこと……」

 

「……わかってたんだ」

 

「ぅ、その……あの」

 

 しどろもどろになりながら、公佳は言葉を選ぼうと無い頭を回転させる。

 ……なんて言ったら怒るんだろうなぁ。

 

 ふぅ、と大きなため息。

 幻聴なんて、もう聞こえない。

 だってこんなにも──穏やかだ。

 

「そのごめん、って」

 

「う」

 

「藤堂に、無理するな、とか、大丈夫だ、とか……優しい声かけられたことであってる?」

 

「うぇっ、め、めっちゃ知ってる──ッ!?」

 

「仲良くなっちゃったのが、後ろめたくなった……ってことでいいかしら」

 

「……その……ハイ。だって美紅ちゃん、あんなにもその……コイスルオトメ! みたいな感じで藤堂くんのこと語ってたから……その」

 

 ……そんな顔だったのか。

 いや。いやいや。そう、私はおかしかったので問題はない。

 

「そうね。正直、嫉妬してる。ずるい、って思ってる」

 

「……」

 

「でも、思ってるのは藤堂に対してなのよね……。公佳に対しては嫉妬してない。どうしてかしらね」

 

「それはワタクシメが嫉妬するに値しないというそういうことですか」

 

「そうかも?」

 

 ひどい! とオーバーリアクションをする公佳を後目に、考える。

 彼が、藤堂が公佳に優しくするのは、ずるいと思う。私にしてくれないのは、悲しいと思う。

 公佳に対しては、なんとも。友達だし。ずるい、なんて思わない。

 

 穏やかな心で分析する。

 

「……美紅ちゃんて、藤堂くんのこと好きってことでいいんだよね?」

 

「そこなのよねぇ」

 

 私は、彼が好きかどうか。

 ……好ましいとは思っている。だってカッコいいし、良い人……の割合が強い。はず。

 でも、好きかどうか。恋愛感情かどうか、と問われれば。

 

「……違う、かな」

 

 口にしてみて、さらに飲み込んで。

 

 違う。

 

 私は、恋愛感情で彼を好いてはいない。

 ドロっとしたものが消えていく。

 

「ねぇ、公佳」

 

「はい、はひ」

 

「公佳は彼の事、好き? 藤堂のこと」

 

「……えー、あー」

 

「私は気にしないから、素直に言って」

 

「好きかどうかといわれれば、まぁ、好きの部類? 嫌いじゃないよ、今は。わかんないけど」

 

 そうだ。私もそう。

 好きだ。括りとして、好き。

 

 でも彼の彼女になりたいとは思わないし、彼に振り向いてほしいとも……まぁ、思わない。

 好きだけど、()()合いたいわけじゃない。

 

「ん、スッキリしたわ。改めて、ありがとね、公佳」

 

「お、おう! え? うん。うん?」

 

 何のことかよくわかってない公佳も、私は好きだ。友達だもの。

 もちろん恋愛感情じゃない。括りとして好き。

 

 藤堂に対しても、少しだけ深度は高いけれど、同じなんだと思う。

 

 穏やかだ。

 自身がおかしかった事に、ようやく気付けた。気付いていたけれど、理解した。

 

 ……彼の前で平静を保てるかどうかはまだわからないけれど。

 

 でも、少なくとも今は……大丈夫だと、そう言える。

 

「良かった。気付いた人が増えたみたいよ、お姉ちゃん」

 




紙葉(しよう)美紅(みく)15。


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ライクライブ

内容としては薄いかもしれない。説明多め。


 ハーレム展開撲滅ゲームにおいて、"ヤンデレ属性のヒロイン"というものは存在しなかった。

 

 キャラクター一覧に載っているヒロイン+男友達にはそれぞれ属性があり、例えば天羽なら"メガネ+巨乳"、榛なら"元気+天然"。彼女であれば、"幼馴染+真面目"等。

 彼ら彼女らが様々な属性を明確に持っていたのは、曲がりなりにも恋愛ゲームならでは、といったところだろう。一応主人公にも属性があり、"イケメン+行動力"だった。

 だが、"ヤンデレ"は存在しない。もちろん病みだの闇だのも存在しない。

 

 何故なら、()()()()()()()()()()()()()()()()()から、である。

 

 ヤンデレというのは一途の化身だ。そして独占欲の化身でもある。

 彼ら彼女らは周囲を牽制する。ほしいものに手を出させないようにする。

 それはハーレム展開の撲滅に、あまりに都合がいい。

 

 言い換えれば──ゲーム性を損なう。

 

 このゲームは「プレイヤーにハーレム展開を撲滅させる」ゲームである。そのため、ゲーム中には好意上昇イベント……つまり「ハーレム展開になりやすいイベント」が多数用意されている。

 しかし一度(ひとたび)ヤンデレが出てきてしまうと、せっかく用意したイベントはすべて台無しになる。ヤンデレは主人公がほかの女性、あるいは男性に手を付けることを嫌うからだ。ある意味で、主人公よりもハーレム展開を撲滅しにかかる存在こそをヤンデレと呼ぶのだから。

 

 これは、好意ゲージが絡んだとしても同じである。

 一途になる、という部分は好意ゲージの上昇によってみられる症例ではあるが、他者を牽制する、という事は無い。愛も思いも注がれるのは主人公に対してのみであり、害意も悪意も他者に注ぐには()()()()()()()()()とばかりに振るわれる事は無い。

 ある意味で健全な世界だ。故にだろう、この町における世界滅亡や好意減少による死亡イベント以外での犯罪件数は限りなく低く、あったとしても故意ではないことばかり。

 俺に対し、少なからず好意を持ってしまった者は、犯罪()()に割くリソースを失くしてしまうのだ。

 好意ゲージの支配がどれほど強力であるのかが窺い知れる現象である。

 

 逆に言えば。

 

 ハーレム展開を撲滅するのに都合の悪い属性を持つキャラクターは、それなりの数がいる、という事である。

 それはたとえば、あのロリ風紀委員長先輩。彼女は"ロリ+博愛主義"という、割とサイコみのある属性の持ち主だ。基本、どんな選択肢・行動・会話をしても、好意ゲージが上昇する。恐ろしすぎる。

 先に挙げた榛の"元気+天然"もその一つ。彼女はハート状態になるまで自身の好意に気付かないという特性があったため、好意管理上での会話選択が非常に難しいキャラクターだった。

 

 そして今、俺がいる場所──図書室にそろそろ来る彼女もまた、都合の悪い属性を持つキャラクターの一人であった。

 

 

 

 司書室からも入り口からも死角になる場所がいくつかある、構造的に問題がありすぎる図書室。

 ここで起きる好意上昇イベントはとある少女との出会いであり、どのような受け答えをしてもその少女の好意ゲージが1ゲージ以上は上昇するというイベントだ。

 この好意上昇イベントは図書室に行くまで起こらない。ゲームクリア(=卒業シーン)まで図書室を利用しなければ、このイベントを完全にスルーすることもできる局所的イベントである。

 

 ならばスルーしておけばいいじゃないか、と思うだろう。だがそうもいかない事情があった。

 

 ゲーム中には、時間の進行の節目として用意されている"一日の終わり"と以外にも、その日までの好意ゲージやイベントを清算する日──"学期末"というのが存在していた。

 この"学期末"が好意管理にあたって非常に厄介で、このシステムのせいで評価を一段階二段階と下げたものも少なくなかったくらいだ。

 

 "学期末"──好意ゲージやイベントの清算。行われるのは、言葉通りのこと。

 つまり、上昇した好意ゲージやイベント中で取った主人公の言動を()()()()()()()()()()()()()、主人公の手の届かぬ所で好意の増減が起きる、というもの。

 主人公はリザルト画面でそれを眺める以外の術を持たず、だからこそ好意ゲージが少なすぎたりハート状態一歩手前のまま放置をしていたりすると、その画面での清算直後に世界滅亡イベント・死亡イベントが起きる場合があった。それも結構な確率で。

 

 で、その"学期末"では、上昇した好意ゲージやイベント中での主人公の言動以外に、"スルーしたイベントの清算"も行われるのである。

 「強制イベント以外のイベントはスルーして、管理する好意ゲージを最小に抑えればいいや」という甘い考えは通用しないのである。

 スルーしたイベントの清算では、上記の思い返しと同じく好意ゲージの増減が行われる。そして、行われるのは主に減少だ。ハート状態手前のキャラクターを多数作ってしまっている場合は救いになりうるこの清算だが、今の俺のように少ないゲージをギリギリで維持し続けるスタイルをとっている場合は、幾つもの死亡イベントのプレゼントボックスになりかねない。

 

 恐ろしく、ふざけた話。

 

 そしてその中でも最も死にやすい先輩が、今俺が待っている少女──北山楓である。

 彼女はあのロリ風紀委員長の対極にいる存在で、とにかく好意ゲージが上がりづらく、下がりやすい。初めから持っている一ゲージは、上げておかないと一瞬で削れて一瞬で死ぬ。

 よって誰も死なせないためには、早めにこのイベントを起こしておく必要があるのだ。

 

 

 と。

 

 己の目的を再認している内に、来た。

 そこまで高くはない身長。キツく吊り上がった目は、冷たく細められている。どう見ても度数の入っていない眼鏡はひどくアンバランスな大きさだ。

 北山は入ってきてすぐに図書室内を見渡す。

 隠れている俺を除き、誰もいないことを確認すると──慣れた足つきで、窓際へと向かった。

 

 息を殺し、その様子を手鏡越しに眺める。

 

 図書室の一番奥の窓際。

 北山はそこの本棚へと腰を掛けると、徐に窓を開けた。強くない風が入ってきて、カーテンを揺らす。

 

 そして彼女は──カバンから、小さな箱を取り出した。

 

 カラ、と乾いた音を出すそれを開け、中から円筒状の白いものを取り出す。

 さらには内胸ポケットから青みがかった透明な直方体を取り出し──ジ、という音がした。

 

 頃合いだ。

 死角から身を乗り出し、北山のいる場所へと向かった。

 

「──おい」

 

「……何?」

 

 突然声をかけたにもかかわらず、一切の動揺を見せない北山は、その指で挟んでいるものを隠そうともせずにこちらを見据えてきた。

 胡乱な瞳。こちらの容姿を見ても、なんら怯まないその姿勢。どころか会話の途中だというのに白い筒を口へ咥え、大きくそれを吸った。

 

「何よ。一年生。正義感でも振りかざす気?」

 

 その頭の横に、ウィンドウが見える。

北山(きたやま)(かえで)17

 ……やっぱり今日来てよかった。"学期末"の清算以外にも、普通に俺の悪評を聞いて死んでいた可能性がある。

 

「そうだ。図書室は禁煙だからな」

 

「へぇ?」

 

 ここで彼女に事情を聴いたり、同調して「一本くれ」などと言おうものなら、好意ゲージはあっさり減少して0になる。咎めたほうが好意ゲージが上昇する、とんだ天邪鬼。

 

 俺の言葉に嬉しそうに口角をあげた北山は、上を向いてもう一度、大きく円筒……煙草を吸った。

 息を吐く。充満する煙。それはほとんどが窓の外へ吸われていくが、一部は図書へと付着した事だろう。

 

「いいね、面白い。真面目なのは好きよ。……でもさ、一年生。確かオマエ、色んな女子に手を出してその気にさせてるオンナノテキ、ってヤツだろ? 私にも粉かける気で声かけてきた、ってワケじゃあないよな?」

 

「声を掛けたのは、可愛いと思ったからだが?」

 

「──……ふぅん?」

 

 まだ好意ゲージは上昇しない。イベントの完遂で一ゲージ分が上がることは確定のはずだが、それ以前にもう少し……一ゲージに満たなくてもいい、上げておきたい。ちょっと、危険すぎる。

 だから彼女の望むままの事を言ってあげる。彼女が疑問符をつけて聞いてくる事は、そのまま彼女の望んでいる事だ。キャラクターの性能的に好意ゲージが上がりづらいのは事実だが、言動によって上げやすい対象ではあるのである。

 

「へえ、へえ。じゃあ何、可愛い子がタバコ吸ってるのは気に入らないか?」

 

「ああ、やめてほしいな。教師に見つかったら事だし、何より体に悪い。本にも悪い。俺は吸ってほしいとは思わない」

 

「……いいねぇ」

 

 北山は嬉しそうに笑って──携帯灰皿に火のついた煙草を押し付けた。

 ぐりぐり、とやって、そのままケースへ吸殻を放り込み、それを閉じてカバンへとしまう。

 そしてまた大きく、窓の外へ向かって深い呼気を吐き出した。

 

 北山は首を傾げ、こちらへ振り向き。

 

「要望通り、止めてあげたよ。んー、でも、オマエの要望を聞いてやったんだ。私にも何かメリットがあってもいいよな? なぁ?」

 

「……要求による」

 

「へぇ、してくれる気はあるんだ。それじゃ、何をしてもらおうか──」

 

 指を唇へと当て、視線を上に思案をする北山。吊り目とはいえ、その上がった口角は隠しようもなく、完全に楽しんでいるのがわかる。めちゃくちゃ楽しそうだった。

 北山はトントントンと唇を何度か指で叩いた後、そうだ、と言って指を立てた。

 

「何か、カッコイイことをしてみてよ。私に粉をかける一環だと思ってさ。できるだろう? イケメン君」

 

 ……良かった、ゲーム中にあった無茶ぶりで。

 俺はそこまでアドリブ力に優れていない。結構すぐに冷静さを失う。だから何が来るのかと身構えていたが、ゲーム中にあったことであれば話は別だ。

 覚えている。ならば、出来る。

 

「ん、いきなり過ぎたか。まぁなんでもいいぞ、髪をかき上げるとか、キメ台詞を言うとか……私を抱きしめる、とかどうだ?」

 

「わかった、それでいいんだな」

 

「──ぇ」

 

 実際、結構焦っていた。好意ゲージが上がりづらいのは知っていたはずなのに、微動だにしないそのゲージには焦りも覚えよう。さらにイベント完遂前……つまりイベント中に失望でもされようものなら、今ここで死亡イベントが起きる可能性もあったのだ。

 もちろん全力で助けるつもりではあるが、この人の死亡イベントはあんまり出くわしたくない……回避が難しすぎたり、凄惨なものだったりが多いからだ。

 

 だから、要求通り。

 疑問符の要望通り。

 

 正面から、彼女を抱きしめる。小柄な身体はほんのり暖かく、そしてか弱い。先ほどまで強気で煙草を吸っていた少女とはかけ離れたほどに、簡単に手折れそうなその身を、苦しくない程度に。

 

「ちょ……ぁ、ちょ、え」

 

 彼女の属性は"天邪鬼"と"初心"。前者は好意管理においてわかりづらく、後者はハーレム展開の撲滅において都合が悪い。一歩引いてしまうから、他の女性を許してしまいがちなのだ。独占欲も薄いしな。

 耳まで真っ赤になっているのを無視しつつ、別に位置を固定されているわけでもない好意ゲージのウィンドウを見る。

 

 その頭の横に、ウィンドウが見える。

北山(きたやま)(かえで)17

 微かに……本当に微かにだが、好意ゲージが上昇している。これだけしてこれだけしか上昇しない事に戦慄を覚えないでもないのだが、まぁゲーム通りではある。普通の恋愛ゲームだったら最難関キャラクターかもしれないな……。

 

 そろそろいいだろうか、と体を離す。

 

「……」

 

「これで、いいか?」

 

 俯いたまま動きもしない北山に声を掛ける。その体がビクっと震え、何かをぼそっと呟いた。

「これは、好きになるさ、そりゃ」

 

「まだダメか」

 

「……オンナノテキね、本当に。もういい。満足したよ。どうやら私は君の事が苦手みたいだ。出来れば、もうこの図書室に来ないでくれると助かるね」

 

「あぁ、また来る」

 

 疑問符のついていない要望は……そういうことである。

 北山の顔をもう一度、見つめた。

 

「何よ。……勝手にすれば?」

 

 あぁ、そうさせてもらう。

 そう言い残して、不満顔を隠そうともしない北山に別れを告げ、図書室を出た。

 去り際。彼女の好意ゲージが一ゲージ分あがっていたのを確認し、ようやく胸をなでおろしたのだった。

 

 

 

 

「……本当に、誰にでも……なんだ」

 

 開け放たれた窓辺で、そんなことをしたのなら、誰かが見ていてもおかしくはない──そんなことに思い至る頭を持っていたのなら、もっとうまく立ち回れているのだろうが。

 





なお、北山楓は二年生です。


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ラブ・オブ・ウォーター

 ゲームを周回プレイしていれば、一応あのエンドの伏線はここにあったんだな、と思わせるようなイベントが序盤の方にいくつか存在している事に気付き得るだろう。ゲームの仕様上フラグが存在しないために未然に防ぐ事は出来ないのだが、ここで起きていた事がアレに繋がるのか、という考察は出来た。

 

 ゲームでは止められなかった事。

 それを、果たして今──それを現実とした俺ならば、止められるのか。

 

「あの……何か御用でしょうか?」

 

 目の前で怯えた顔をする……なんだろうな、頭にネジがぶっ刺さっている少女。比喩表現ではなく、物理的に。しかもそれはアクセサリなどではなく、縫合痕のある……本当にネジがぶっ刺さっている頭部を持った少女だ。縫合痕の有無は、専用のイベントで確認できる。

 

 こういうゲームにはまぁまぁありがちなファンシーキャラ、と思わせつつ、世界滅亡エンドの()()()になる事が決まっている危ない奴──危ないヒロインである。

 世界滅亡エンドのトリガーを引くのは各キャラクターだが、インベーダー襲来ならインベーダーが、パンデミックなら研究者が、というように下手人はトリガーとなったキャラクターではないのが基本だ。まぁ、普通の高校生に世界を滅亡させる力があるはずがないからな。

 

 で、この少女は例外。

 トリガーにもなり、下手人でもある、所謂爆弾だ。

 

「プールで、眼鏡を落としたんだが、アンタが鍵を所有していると聞いた。貸してくれないか」

 

みながみ みこな

水髪

水神

美子  ♀ 17

巫女

 そう表示されるウィンドウは、しかし名前が明滅していて、ウィンドウが表示バグを起こしている事が伺える。もっともゲームにおいてはこれはバグではなく仕様……名前が二つあると言うだけの話。

 

 色々省いて言うと、この子は神様なのだ。

 

「あ、はい。プールの鍵は所有しています。……けど、貴方は新入生では? まだプールの授業は始まっていません、よね」

「部活動見学の時に置いておいたものが無くなっていたんだ。盗まれたのでなければ、どこかに落とした……誰かが落としたという可能性が高い」

「なるほど。わかりました、鍵を開けましょう」

 

 ……ちょっと拍子抜けした。

 水髪が関与するイベントはゲーム後半に集中していて、序盤は挨拶を返すだけで好意ゲージが一定に保たれるくらいの関りしかない。一周目の初心者にとってはあんまり印象に残らないヒロイン。二週目……いや、三周目かな。そのくらいの中級者にとっては、注意深く動向を見ていたいヒロイン。

 そして何十周もしている上級者にとっては、お前のせいであいつが!! となる……まぁあんまり愛されていないキャラクターだ。

 水髪は他キャラクターと同じく好意ゲージの減少……一度主人公に好意を持って、それをゼロにする事で死亡イベントを引き起こすのだが、その引き起こし方が特殊なものとなっている。まぁ、これも諸々省いて言うと、()()()()()()()()のだ。

 

 一応設定上は現人神と生贄のハーフとかいう重たい設定を持っている水髪。彼女は基本死なない。多分死亡イベントでよく使われる10tトラックをまともに受けても死なないんじゃないか。そんなシーンは無かったので検証の仕様がないのだが。

 神様の加護、とかいう思いっきりファンタジーな力で守られているから、死なない。

 しかし、特殊なもの……端的に言うなら、自殺。()()()()()()()()()()()()()()()、好意ゲージがゼロになった彼女は自殺を図る。入水自殺だ。

 

「更衣室ではなくプール構内で良いんですよね?」

「ああ」

 

 ただし、彼女の場合は死んでも死なない。人間の身体が死んでも神としての魂は死なない。その状態だと、好意ゲージが1ゲージだけ復活しているため、言い方は悪いがやり直しがきく。しかもその好意ゲージはゼロにはならないため、放っておいてもいい存在……に、思われがちだ。

 

 そんなことはない。

 いや、正確に言えば放っておいてもいい存在、というのは間違っていない。神様状態になったらどうしようもないから、という冠がつくが。

 一応このゲームは各ヒロインの組み合わせに応じた世界滅亡エンドが設定されていて、この子とこの子に好かれたらインベーダー襲来、この子とあの子だったらパンデミック、というように、GAME OVERはGAME OVERでもエンドスチルとテキストが変化するのである。

 

 世界滅亡エンドは、水髪が神様状態になっている場合、問答無用で水神エンドと呼ばれるものになる。

 

「どうぞ。私は入り口で待っていますので……」

「いや、一緒に探してくれないか? その方が効率もいい。迷惑だと言うのはわかってる」

「……わかりました」

 

 水神(すいじん)が世界を呪い、世界中の川という川が竜のごとく立ち昇り、暴れ狂い、破壊を齎した後──あらゆる水が枯れる、というエンド。その中で水神が世界を呪った理由が語られるのだが、長い文章量に対して言ってることは"愛しい巫女が死んでしまったから"に尽きる。神様状態の水髪と、それに隠れて憑いていた水神サマがいた、という話。

 

 で、コレの何を対策できるか、という話なのだが、第一に水髪が俺を嫌わなければいい、というのは当然として、水髪のその精神性と弾みで世界を滅ぼしやがる親馬鹿に向けた……なんだ、SEKKYOとかいう奴だ。卒業シーンの後、水髪だけがハート状態の場合そういうセリフイベントがあるからな。

 

「ざっと見てみましたが……ありませんね」

「そうらしい。悪いな、手間をかけた」

「いえ、力及ばず申し訳ありません」

 

 見る。水髪を──その頭頂より、少し上を。目線を合わせる。見えてはいないが、そこにいるのは知っている。

 

「……あの?」

「愛しいのなら、愛しているのなら。そんな回りくどい方法じゃなく……直接話して、直接愛を伝えてやれよ」

「えっと……?」

 

 これが何の役に立つか、というのは知らない。

 ただ、思うのだ。俺がこの世界を生きるにあたって……あるいは、クリアする、という概念を持つにあたって。

 

 世界滅亡のトリガーとなるものを、全て摘んでしまえば……複数人のハート状態にも、耐えうるんじゃあないか、という。

 ……そんなことが出来るのかはわからない。ゲームに無かった世界滅亡エンドが起きるのならもうお手上げだ。()()()()()()()()()()()()()()()()

 だから、知っているものくらいには……意味の有無にかかわらず、やっておきたい。

 

「亡くしてから嘆きを伝えても、返っては来ないぞ。失ってから愛を叫んでも、届くことは無いぞ」

 

 水神エンドにおいて、水神に好意を持たれていた主人公は世界が滅亡し、人類が滅亡する最後の最後まで生き続ける。そして水神が世界を滅ぼした理由を聞き、その後悔を聞き、なんでもっと早く彼女と話さなかったんだ……という説教をかます。正直なところ、終わったことに何を言っても変わらないし、そもそも彼女を嫌わせたのはオマエだろ、というツッコミをしたくなるシーンではあるのだが……この水神は案外チョロい。

 そんなツッコミどころ満載の言葉でも改心するくらいには。チョロイン。

 今はどうか、正直分からん。水髪が死んでいない事や世界滅亡エンドに至っていないから何言ってんだコイツという思いで聞いているかもしれないし、何かしらを感じ取ってくれたかもしれない。あの時はツッコミどころのあった主人公(おれ)も、今は失敗をしていない状態だ。説得力がプラマイゼロの状態。

 

 効果があったかどうかは──。

 

「不遜。しかし、意味のある言葉だ」

 

 ……チョロくないか。本気で。

 一応視線を合わせたとはいえ、妄言の類にしかならない呟きを……わざわざ水髪の身体を借りてまで出てきて意見するとか。神様とは。もっと遠いものじゃないのか。あと神様っていうんならこの世界のシステムでも壊してくれないかな。

 

「少年。名を言え」

「藤堂彩人」

「記憶。良い名前だ」

 

 ちなみに、ゲーム中はこの水神、特に不思議な力を使うとかそういうことは無い。世界滅亡エンドのみ水神らしいところを見せてくれるが、その他の時はまず喋らない。水髪の神様状態に割り込んで、いきなり無表情になって「……」だけを残していく人……いや神、という印象だ。神様状態の水髪も特別な事ができるわけではなく、体が半透明になっただけである。

 ただ喋り方が神っぽくて、水神エンドの元凶、というだけの存在だ。

 

「一つ。問う」

「……」

「何故。私がこの場でしか顕現出来ない事を知っていた。何故。私が水神である事を知っていた。何故。私の存在に気付いた」

 

 ……いやまぁ聞かれるよなぁ、と思っていた。

 本来水神の存在に気付くのは水髪が自殺をした後。彼女が神様状態になってから、だ。俺が今水神の姿を視認できていないように、普通は感じ取れないし知らないしわからないし見えない。完全に知識ベースの対策故に、そういう疑問も当然。

 しかしゲームではそんな質問はされない。される機会がないからな。だから俺のアドリブ力で頑張るしかない。一応予想はしていたから、考えてきてはいるが……さて。

 

「俺の眼は、相手の本質が見える。アンタの名前もわかる」

「驚愕。なんと、神通力は感じぬが」

「そういう力じゃないからな」

 

 ゲームのシステムウィンドウの話だ。この神様……美子那サマは、よくわからんがそういう神通力、とかいう力で動いているんだろう。ゲームのシステムに理解があるわけではない。だから一層奇異に見えるんだろうな。

 もっとファンタジー要素バリバリのキャラクターがいれば話は違った……ああいや、いるにはいるが、今はいないしな。

 

「好意。気に入ったぞアヤト。我が愛し子をよろしく頼む」

みながみ みこな

水髪

水神

美子 ♀ 17

巫女

「っ! ……よろしくされる筋合いはない。愛しているならお前が愛せ。俺に好意を預けるな」

 

 油断していた。神様状態になっていなくても、こんなに上がりやすいのか。……いや、まさかこの上昇分は……美子那サマの好意か? 嘘だろ、加算式とか聞いてないぞ。ゲーム中にはそんなことはなかった。それは人間に興味が無かったからか?

 なんにせよ、少し下げなければ。

 

「疑問。拒絶の理由が見当たらない」

「お前に無くても、こっちにはあるんだよ。俺に好意(そんなもの)を向けるくらいなら、危なっかしいそいつに注げ、うざったるい」

「理解。アヤトの眼は、本当に見えているようだな」

 

 ……ん?

 今何を理解した? 依然として好意ゲージは下がらない辺り、俺の拒絶を一切気にしていないっぽいのが死ぬほど恐ろしいんだが……もっとキツく言わないとダメか?

 しかしここで一気にゼロになって、そのまま神様状態に移行されたらコトなんだよな……。くそ、ゲームに無い展開は本当に扱いに困る。周回二回目の選択肢に対するストレスと似たものを感じる。

 

「おい、良いか──」

「肯定。礼を言う。故に──私達は、お前のためを思って、姿を消そう」

「……どういうことだ」

「返礼。すべてが終わったら、終わりが来るのなら、その時はまた礼を」

 

 意味の分からない話が続く。何を言っているんだコイツ。

 神様というのについての説明は、ゲーム中にはほとんどなかった。勘弁してくれ。これ以上悩みの種を……。

 

 

 

 

 

 

 予鈴がなる前に教室へ戻る。

 榛が少し好意的な目線を、天羽がにへら、とした笑みを、彼女がツンとした表情を見せてくる。他にも俺への好意を持つ……2ゲージ辺りで留まっているヒロイン達が俺を見てくるが、俺側にそんな余裕がなかった。

 

 思い出せない。

 自分がなぜ──プールにいたのか。好意イベントの発生? それとも好意管理のため?

 わからない。プールになど、用は無いはずだ。関連する死亡イベントや世界滅亡エンドも思いつかない。なんだ。俺は何をしていた?

 

 忘れている。忘れさせられている。そんなことが出来るのは……今はまだこの学校に来ていない"宇宙人"属性の少女か、"転移者"属性のあの子か……あとは妹エンドで一瞬だけ出てくる催眠術師なんてのもいたか?

 ……だが、それらは今いない。いたとして、俺にそういうものをかけるメリットがない。

 

 わからない。

 わからない。

 ……これだけ考えて思い出せないということは、イベント関係か。何か失敗したか、あるいは成功したか。とりあえず帰ったら登場キャラクター一覧を見て、おかしなところがないか確認しよう。

 

 何かが分かるかもしれない。

 

 



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ありがとう

※食事中の方はご注意ください。


 登場キャラクター一覧には特におかしなところが無かった。それが一層、焦りを加速させる。

 主人公の肉体は身体能力という面においてはアスリート級だが、オカルトな力が宿っていたり、霊感が強い、という事は全くない。今はまだこの学校に来ていない"宇宙人"属性の子にも、"転移者"属性の子にも、揃って一般人であると判を押されているし、ゲーム中でも特にそういった描写は存在しなかった。

 使えないという事は、耐性が無いという事でもある。

 何故あの時プールにいたのか。それがどうしても、思い出せない。恐らくは自我を取り戻した直前に何かそういうオカルトなものをかけられたのだと予想しているが、対策を練る事が出来ないとなればかなり厄介だ。

 

 俺にとって記憶は"彼女"の次に大事なものだ。

 『ハーレム展開撲滅ゲーム』の記憶。これがなければ世界滅亡は免れず、至る所で命が消える。それが異常だと思えるのも、死に行く命を見捨ててはならないと思うのも、俺に記憶とラベリングされた常識が備わっているからだ。

 今回は短期間の記憶のみであったけれど、もし、もっと深い部分まで消されてしまえば。

 ……考えたくもない。

 

「あの……」

 

 それとも、俺が気付いていないだけで、たとえば丸一日分の記憶を消されている、なんてことがあったりするのだろうか。それは、ああ、余りにも恐ろしい話だ。そんな事があり得てしまうのなら、俺は──。

 

「あの、藤堂君!」

「ん……」

 

 思考を浮上させる。うつ伏せに落とした顔を上げて、呼びかける声の方を向けば、そこには天羽の姿が。

 

「きょ、教室……次体育だから、移動教室だよ」

「ああ……そうか。助かった」

「えっ」

 

天羽(あまはね)久希(ひさき)15

 

 一ゲージ分の上昇に、思わず顔を顰めてしまう。その俺に、天羽はビクっと肩を震わせた。

 ここで何か、たとえば「俺が礼を言ったら変か?」とか「もういいだろ、早く行けよ」とか言ってしまえば、好意ゲージが更に上昇する事だろう。

 だから、何も言わずに立つ。何か言われると思ったのか、目をつむったままでいる天羽の横を通り抜けて、そのまま教室を出る。

 

「……藤堂君」

 

 その、ポツリと零された俺の名に、心中で深く溜息を吐いた。

 馬鹿をやった。負のスパイラルに陥りかけていたのを引き戻してくれた事も兼ねての礼だったけど、言わなきゃよかった。

 天羽久希。ホント、良い名前だよ。全編通して善性の象徴だしな。

 

 

 

 

 

 

 さて、体育の授業だ。

 この学校、何を考えているのか、どの授業においても二人組を作る時は必ず男女で作らせる。それは勿論この体育でも同じで、だからこれは、避けられない好意ゲージ上昇イベント、というヤツだ。しかも固定量上昇イベント。最悪、の一言に尽きる。

 そんな慣習があるなら毎年入学させる生徒を偶数にすればいいものを、何故か俺の年だけ奇数というふざけっぷり。

 

 そうなれば当然。

 

「じゃー、三木島と藤堂は、輪島も入れてやってくれ!」

「ええっ!?」

 

 あぶれ者が出る(こうなる)。そして何故か、当たり前の如く、俺の所に入れられる。可哀相が過ぎる。

 自由にペアを組んでいいぞシステムなら俺があぶれ者になった事だろう。俺と組みたがるヤツいないだろうし。ただ、整列順で隣同士、という組み分けだから、ここが原作通りになることはわかっていた。輪島があぶれる事も。

 体育などという汗をかき、身体が密着する事の多い授業で、女の子二人に囲まれる。普通のハーレムゲーならしゃぶりつくされた展開も、ハーレム展開撲滅ゲームにおいては死の恐怖と隣り合わせ。

 なんたってこのあぶれた方の輪島、"ぼっち"+"ビッチ"属性。作者の頭がどうかしているとしか思えない属性を植え付けられたコイツは、コミュ障でありながら男性に興味津々で、隙あらば主人公に触れようとしてくるし、優しくされたらすぐに懐く恐怖存在だ。

 

「あ、あふ、えへ、よ、よろしくね、藤堂君……」

「……」

「よろですー」

 

 そして初めからペアになる事が確定していた三木島も、輪島程ではないが酷い属性の持ち主。"無知"+"爆乳"。その名の通り天羽の上を行くレベルの胸は凡そ学生の持ち得るモノではない。というか身長に対して大きすぎるし、特注サイズとしか思えない体操服が大変なことになっている。

 その上でこいつは性的知識に余りに乏しい。ハーレム展開撲滅ゲームにおいて主人公が*1胸に触れようが、体操着の中へ手を突っ込んでしまおうが、一切気にしていない様子だった。

 性的知識に乏しいというか、自己認識が無さすぎるというか。

 とはいえだからこそ、三木島側の好意ゲージはそこまで上がりやすいわけではないのが救いだ。下がりづらくもあるんだが。

 

 ともかく、体育の授業で組むには最悪過ぎる二人であることがわかってくれたらいい。

 して、授業は。

 

「おーし、じゃあマット運動始めるぞー」

 

 これまた、最悪なものである。

 

 

 

 

 

「お、おほぉ……」

 

 奇声を上げて鼻息を荒くしている輪島に足を支えられ、隣にいる三木島に無表情で見つめられながらの三点倒立。

 主人公のスタイルや筋力はアスリート並みだ。俺が一切トレーニングの類を行っていなくても、完璧なまでの肉体を掴み得る。

 だから学生授業におけるマット運動なんか苦にもならないし、もっと凄い事だって出来る。当然輪島の支えなんかなくとも倒立は可能で、なんならこのまま跳ね上がって三回捻ったりもできる。

 

 出来る、が、倒立をしている人の足を支える、というのがまずまずの授業。

 それを俺だけ無視、というのは無理だった。支えなくていいぞ、という断りはしたのだが、見守ろうとしていた二人を教師が叱り飛ばしやがったのだ。もとい、怒ったのだ。

 

「藤堂君……何この引き締まった足……おふ、おふっ……」

「……」

 

 ハーレム展開撲滅ゲームでもこのシーンはあって、その時の会話選択肢が「……」か「気色悪い」などの罵声かなのだが、どっちを選んでも好意ゲージは固定量上昇する。量そのものは同じだが、罵声を選んだ時は輪島のガチ目に気持ち悪い笑顔差分のスチルが見られるため、コンプ狙いの奴はそちらを選ぶ事も多いだろう。俺はやらんが。

 

「じゃー交代だ」

 

 教師の声と共に交代する。今度は三木島。

 彼女のやる三点倒立は、しかしその属性のせいで五点になる、なんて攻略サイトに書かれていた事があったか。下品な書き込みだが、作者を含めた多くのレビュアーから賛同マークを得ていたため、このゲームをそういう目線で楽しんでいる奴も一定数いるんだな、と思った事があったのを覚えている。

 別に悪い事じゃないだろう。ゲームなんだから。

 ただ、今、現実で。

 

 少し離れた所にいる男子の一人が、ぼそっと、「あれじゃ五点だな」と呟いたのを、俺は聞き逃さなかった。

 

 俺だけじゃなく──三木島も。

 

「……」

 

 三木島は性的知識にこそ乏しいものの、自らの大きな胸が他人と違う事には気が付いている。それをコンプレックスにさえ思っている。即ちデブなんだと、どうにかして痩せたいと。

 三木島オンリーのルート、というのは非常に難しく、到達者は片手で数えられるほどしかいなかったほどの高難度ヒロインではあるのだが、苦労の末に掴み取った彼女とのデートイベントはそれはそれは素晴らしいものだった。

 まことに残念ながら俺は彼女のルートへは行けず、攻略サイトのネタバレを見たクチであるのだが、見た事を後悔した。自分で辿り着きたかったと、後悔した。

 

 ハーレム展開撲滅ゲームにおいて、ハーレム展開を撲滅しきり、ちゃんと、一つのヒロインと添い遂げた先には、基本滅茶苦茶良いエンドが待っている。ふざけたゲームであるのは疑いの余地もないが、純愛主義とでもいうべきか、個別ヒロインのルートは今までの好意管理の疲れが一気に吹き飛ぶような、癒しエンドである事が多いのだ。全部じゃないが。

 少しくらいは作者にも人間の心があった、とでもいうべきなのかね。

 

「……邪魔だよね」

「否定はしない」

「っ」

 

 何が、と問われたら、胸が、だ。

 倒立者の前面から足を抑えるにあたって、三木島の爆乳は酷く邪魔だ。足の踏み場に困る。だからそこは、否定しない。

 ……こう言っても好意ゲージは減少しないのか。固定量上昇イベントでは好意ゲージの減少は無いと観るべきか?

 

「いひっ、いひひ……み、三木島ちゃん。と、とと、藤堂君は恥ずかしがってるだけだよ、三木島ちゃんのおっぱい、ちょう、でっかいから」

「そ──そう、なの?」

 

 冤罪と問いかけに、言葉ではなく音で返す。

 ガン、と。マット上であるというのに酷く重い音が響いた。俺が足を、思い切り踏みつけた音だ。

 

「ひっ!?」

「ちょっかいをかける相手は選べ。さっきからうざいよ、お前。俺がこんなデブに興味あるわけないだろ」

「ぁ……ご、ごめんなさ」

 

 輪島も輪島で個別ルートにおいては結構な純朴ヒロイン……且つそれなりに重い過去があってのこれだったりするのだが、実際ウザいことはウザいので注意を飛ばす。

 一瞬三木島の好意ゲージが上昇の気配を見せた。上がりづらい事で有名な三木島は、しかしコンプレックス関連の事だとそこそこ上がる。今回はまさにそれで、悪口を言われた後だったから余計に、なのだろう。

 

 ……だが、直後に起こった事は、俺の予測範囲外だった。

 

 

三木島(みきしま)(はるか)15

 

「そう、だよね」

 

 三ゲージはあった三木島の好意ゲージが、爆速で減少する。

 固定量上昇イベントでも好意ゲージの減少が起きるのか、という驚きは──。

 

三木島(みきしま)(はるか)15

 

 そのゲージが、ゼロになったことで、彼方へと追いやられた。

 

 風。初夏であり、そこそこの室温である体育館は窓が解放されていて、だからそこから、風が入ってくる。

 それは突風といって差し支えの無いもの。どういう状況になれば起こり得るのだろうかという程の気象現象は、体育館上層の空気を一気に押し流し──老朽化していたバスケットゴールのリングにとどめを刺した。

 

 ガァン、という音。

 突風に煽られたリングは鉄筋にバウンドし──狙いすましたかのように、三木島の元へ落ちる。

 

 未だその大きな音の出所を探っている状態の周囲を無視して、三木島の腹に思い切り膝を入れる。

 

「ぃ、ぁああぐっ!?」

「ぶぇっ!?」

 

 その勢いのまま輪島の身体を左腕で押しのける。どっちにも申し訳ないと思う。特に三木島は、結構痛かっただろう。ただ倒立の姿勢、突き飛ばしても横に倒そうにも、距離が足りない。首が折れる危険性もある。

 だからこうして、腹を折って、無理矢理担ぎ上げるしかなかった。

 そのまま大きく後ろに跳躍。

 

 直後、轟音を立てて──リングが落ちてきた。

 先程まで三木島のいた場所。倒立姿勢にあった三木島にこれが当たれば、どうなっていたかなど。

 

「ぅ……げ、ぇ……」

 

 そのギリギリさに安堵のため息をついていると、肩で苦悶の声が。

 異臭。加え、腹に湿り気。

 ……まぁ、そうなるか。腹への蹴りと、跳躍で更に衝撃があったんだ。

 戻してしまうのも、仕方ない。

 

「だ、大丈夫か!」

 

 こればかりは流石に、なのだろう。

 どんだけふざけたゲームといっても、ここまでの大事故があれば普段通りには行かない。慌てて駆け寄ってきた教師に無傷である事を示すも、抱えられている三木島の様子は隠せない。

 

「保健室、送ってきます。掃除とか片付けとかいいすか」

「あぁ……、わかった」

 

 俵抱きから普通の抱え方に戻す。姫抱きじゃないぞ。

 それに伴って余計に俺の体操着が汚れるけれど、まぁどうせこの服は処分する。どうでもいいだろう。

 

 一応、未だに嗚咽を漏らし、涙を流している三木島の顔を手で隠しながら、体育館を出る。

 

 ……背後。

 少なくない数の生徒たちの好意ゲージが、一ゲージ分上がってしまっている事に気付きながら。

 

 

 

 

 

 養護教諭に三木島を任せ、体操着を処分し、プールのシャワーを浴びてから、また保健室に戻ってきた。

 三木島の様子が気になるのも勿論だが、ゼロになった好意ゲージがどうなるのかを確認するためでもある。

 

 果たして。

 

「あぁ、藤堂君……大丈夫よ、心配しないで。胃に強い衝撃を受けて、戻してしまっただけだから……」

「うす」

 

三木島(みきしま)(はるか)15

 

 三木島の側頭に出ている好意ゲージは、一を示していた。

 ……回復した、のか。どこに回復するポイントがあったのかはわからないが、良かった。

 あれかな、体育の授業っていうイベントが終了した判定になって、三木島の好意ゲージも固定量上昇が行われたって事かね。だから0から1に戻った……上がった、と。

 

「藤堂君、状況は聞いたから、仕方のない事なのはわかっているけれど……あまり女の子のお腹を強く蹴ってはダメよ? 男の子よりずっと柔らかくて、ずっと脆いんだから」

「……」

「数日は、痣になってしまうと思うわ。痛みも残る。だから、優しくしてあげてね」

「……うす」

 

 些か理不尽を感じないでもないが、元はと言えば俺が三木島を罵倒した事に始まっている。上がってしまった好意ゲージを下げるためにと発言した"デブ"というワードは、三木島には余りにクリーンヒットだった、という事だ。それを見抜けなかった時点で俺が悪い。

 余計な傷と、余計な死亡イベントを引き起こしてしまった。酷く反省している。

 

「先生、少し職員室に用事があるから、彼女を見ていてくれる?」

「了解す」

「あ、不純異性交遊はダメよ?」

「……」

 

 それ、セクハラだぞ。

 という言葉を飲み込んで、冷たい視線を投げかければ、養護教諭は逃げるように保健室を出ていった。

 ちなみにあの教諭にも個別ルートがあったりする。属性は"バツイチ"+"年上"。嫌になるな、このゲーム。

 

 さて。

 

「三木島、起きてるんだろ」

「ぁ……」

 

 そもそも別に、気絶していたわけではない。

 俺がシャワーを浴びている間に眠ったのかとも思ったが、その程度の狸寝入りは流石に見抜ける。多分あの養護教諭も気付いていてああいったんだろう。手を出しちゃダメよ、ではなかったのがその証拠。

 三木島の好意ゲージは未だ一。固定量上昇イベントで回復したとはいえ、まだまだ安心はできない。

 この先何かあってまたゲージがゼロになれば、今度こそ、という可能性もあり得る。

 

 だから。

 

「大丈夫、じゃないよな。……すまん。痛かったよな」

「ぇ……」

「それと……デブ、なんて言って悪かった。その……あまり、ああいうイジリをされるのが得意ではない。だからつい、カッとなって言ってしまった。本当に、すまなかった」

 

 本心を言う。無論好意ゲージの事は話さないけど、三木島の好意ゲージの上昇にカッとなってしまったのは事実だ。もう少しくらい言葉を選べただろうに、俺の語彙力はその程度だった。それで、味わう必要のない死の恐怖と、主人公の身体なんてものから放たれる膝蹴り、着地の衝撃という要らないものを多く与えてしまった。

 本当に申し訳ない。三木島が自らの胸や体型をコンプレックスに思っていると知っていての愚行だ。他の奴……たとえばあの下卑た発言をした男子とは、罪の重さが違う。

 

「……大丈夫、だよ。でぶなのは、事実だし……」

 

 顔をこちらから背けて、三木島が言う。

 好意ゲージ一の状態じゃあそうだろう。このセリフはゲーム内においてもあったもので、けれどその時は好意ゲージ四以上であるのが前提だから、こちらを向いてのものだったはず。

 ……少し早いが、仕方ないか。

 

「"遥"」

「ぇ?」

 

 名前を呼ぶ。

 そして。

 

「"お前の胸は、無駄な脂肪なんかじゃない。誰かを優しく包み込める癒しの象徴だ。遥がどんなにそれを嫌っていても、それは変わらない。俺もまた、お前に癒しを求める一人だよ"」

「え、え?」

 

 ゲーム内、三木島ルートの主人公の台詞。

 正直それはどうなんだ、と思うだろう。セクハラが過ぎないか、と。

 だがそれまでに散々三木島が自らの体型で困るイベントがあって、シナリオがあって、最終的には刃物で自らの胸を切り落とそうとする、なんてシーンでの発言であると考えたら、多少は許せないだろうか。

 刃物を持つ三木島の腕を掴み、その胸に顔を埋める主人公のスチルは見物である。ゲームを経験していないものが見ればギャグテイストにしか見えないそれも、苦難苦節を乗り越えたプレイヤーにとっては極上のご褒美だ。ちゃんとギャルゲーらしいスチルである、ともいえる。

 

「"誰もお前を嫌ってなんかいないよ、遥。みんなも──俺もな"」

「……え、あ」

 

 まぁ、正直。

 正直、好意ゲージ一の状態で吐くセリフじゃなかったかな、と思わないでもない。気持ち悪がられるのがオチなんじゃないか、と。

 だが相手は三木島だ。性的知識に乏しい三木島は、"男性が女性の胸に興奮する"という知識も持ち合わせていない。だから純粋に容姿を褒められたのだと思い込む……はずだ。うん。

 

「わ、たし──」

 

 三木島が、再度こちらに顔を向けた。

 その側頭。好意ゲージは。

 

三木島(みきしま)(はるか)15

 

「ありが、とう。……ありがとう、藤堂、君。それに、命を、助けてくれて」

「別に、大したことじゃない」

「大した事、だよ? ……すごいんだね、藤堂君は」

 

三木島(みきしま)(はるか)15

 

「っ、……俺はもう行く。じゃあな」

「うん。じゃあね、ありがとう」

 

三木島(みきしま)(はるか)15

 

 ぞっとする。

 そのどんどん上がって行く好意ゲージに。三木島がこんなに好意ゲージを上昇させる所なんか、ゲーム中に一度たりとも見た事がない。ダメだったか。個別ルート直前のセリフ使うのは、不味かったか。

 どう、すればいい。

 どうすれば、これを止められる。もう一度デブだと罵るか? いや、それはまた0になる可能性がある。

 思い上がるなよ、は文脈に沿っていない。勘違いするなよ、は、俺の方が何を勘違いしているんだ案件だ。

 

 どうすればいい。

 どうすれば。

 

「すまない」

「え?」

 

 もう保健室を出ようとしていたその恰好で。

 呟くように──懺悔するように。

 

「俺にはもう、好きな人がいるんだ。……期待させて、ごめんな」

「あ──」

 

 だから、正直に、真実を言おう。

 好意ゲージの上昇音が止まったのを確認して。更に、重ねて。

 

「本当に、」

「大丈夫」

 

 懺悔は遮られる。

 告解は妨げられる。

 

「藤堂君が、どうでも──貴方の言葉で、私は今、救われたから──」

 

 膝が崩れそうになるのを耐える。

 この世界に生まれ落ちて、あぁ、初めて、かもしれない。

 こんなことは。

 そんな、ことは。

 

「ありがとう」

 

 返事はしない。

 そのまま、保健室を出て。

 

「やめてほしかったな……そういうことされると、僕、折れそうになっちゃうよ」

 

 一人、呟いた。

 

 自分のしたことに、感謝をされる、なんて。

 それでちゃんと好意ゲージが止まっている、なんて。

 

 そんなのが、あり得るなら。

 今まで俺がしてきたことは──。

*1
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キライバカリ

「あ、藤堂君、おはよう」

「……」

「ぁ……」

 

 心に来るものがないことはない。

 挨拶をしてきた三木島を完全にスルーして教室に入り、自分の席に直行する。好意ゲージは半分のまま。正直な話、かなり怖い水準にあるのは間違いない。どうにかして3ゲージくらいに下げたいところだけど、三木島相手に危ない橋を渡るわけには行かない。

 一瞬輪島とも目が合う。まぁコイツはいいだろ。過去とか経歴がそこそこ重いので触れづらいのだが、何も言ってこない限りは放置で良い。好意ゲージが少々高いのが気になる点か。まぁそれは、あの救出劇を見ていた奴ら全員に言えることなんだが。

 正直、チョロすぎだろ、とか思わないでもない。今まで散々散々なことをしてきたのを知っているのだろうに、人命を救った程度で好意を上げるなんて。

 

 そのまま一限まで眠ろうとして、前の席に座った奴に気が付いた。

 

「よォ」

「……なんだよ」

「噂ってな、面白いモンだよな、って話だ」

「広めたのはお前だろうに、何を今更」

「それがよ、今回ばかりは違ぇんだ。なんたって、あそこでそれが起きる事は誰も知らなかったんだからな」

「……」

 

 譲司和審豚。

 ほんと、どこまで知っているのか、何を知っているのか得体の知れない奴だ。

 

「簡潔に言え」

「おー怖。まぁあんまり時間も無いからな、言ってやる。お前も気付いてるだろうが、このクラスはちょっと()()()よな? あんまり好感持てる行動すんなよ?」

「わかってるよ、それくらい」

「んで、もっと()()()のはクラス外だ。広まってるぜ。噂が。"藤堂彩人は女子に膝蹴りを入れるヤバイヤツ"ってさ」

 

 ぐひぐひ笑うその顔面を殴り飛ばしたくなった。

 そういう広まり方をするのか。あるいは、初めは人命救助の事も伝わっていたのかもしれないが、藤堂彩人が下手人であるというバイアスから善性の行為は省かれて伝わったのかな。

 なんにせよ、それは少しマズイ。

 

「クラスの奴らには嫌われて、クラス外の奴らには好かれる必要がある、か」

「けひひ、いやさ正直思うぜ。お前すげぇよ。俺にぁ無理だね、その立ち回り」

「うるせぇ、俺だっていっぱいいっぱいだよ」

 

 ちなみにだけど、俺達の会話は何故か周囲に聞こえていない。まぁ余りにもメタいからなんだろうな。ゲーム中でもコイツとの会話に言及される事は無いし、たとえ同じ卓についていたとしても、完全に無視される。俺がどう頑張ってもイケメンになるのと同じように、そういうシステムなんだろう。

 

 さて、しかし、有用かつ有益で、最悪な情報だ。

 クラスの奴らの好意ゲージは軒並み高い。半分かそれに至らないくらいか。本来の固定量上昇イベントは三木島と輪島の二人にのみ起こる事だったのだが、大勢の前で三木島を救ってしまったことが仇となったらしい。あの場にいた全員の好意ゲージが多かれ少なかれ上昇している。

 個人的には、本当に超個人的には彼女の好意ゲージも少しだけ上昇しているのが嬉しいけれど、状況的にはかなり危険。つか入学してから調整し続けてきた努力が一部水の泡になっているのが許せねえ。

 

 さらにはクラス外。ちゃんとは確認していないが、女子に手を上げるヤツ、という噂は確実に好意ゲージを下げる事だろう。元から悪印象だった子にはキツイかもしれない。

 目の、そして手の届く範囲であれば助けられるが、全く知らない所で、は無理だ。俺が人間である以上、俺が一人である以上、キツイ。

 

「特に危険なのは?」

「Dクラスの田畑だな」

「一人なのか?」

「特に危険なのは、だ。あと一歩でゼぇロ。それ以外はまだなんとか間に合うくらいだな」

「……Dの田畑ね。了解」

 

 少し、不味い。

 なんたって聞いたことのない名前だ。ゲーム中に出て来なかったヤツ。無論ここは学び舎、ゲーム中に描写しきれない生徒なんて腐る程いる。ましてや別クラスとなれば、当然。

 ……何が不味い、って。

 俺は今まで、一応、相手の属性とか、シナリオ上の地雷なんかを考えながら動いてきた。まぁ学校外の奴らとかはその限りではないのだが、全く知らない相手となると、"一般的に人が不快に思う行為"か"一般的に人が好意的に見る行為"以外の手を取れなくなる。

 しかし好意ゲージがゼロ一歩手前の奴にそれをして、果たして地雷を踏み抜かない事が出来るだろうか。あるいは踏み抜き、しかし助けたとして、回復させる事が出来るだろうか。

 

 チャイムが鳴る。

 

「ま、頑張れや。応援はしてるぜぇ、イケメン君?」

「俺の見ていない所で死んでくれ」

「けけけ」

 

 なんだけけけって。お前とたけけさんか。

 

 ……しかし、ああ、ある意味で、懐かしいのかもしれない。

 まだ攻略情報の無かった頃。ハーレム展開撲滅ゲームがリリースされてすぐの頃から、俺はこのゲームをやっていた。

 だから、その子が、所謂ヒロインとされる女の子達が何を地雷としているのか、何を好意と捉えているのかを見極めながら進めなければいけなかった。ゲーム本来の楽しみ方が、今ここで。

 

「……ふざけんな、って話だよ」

 

 楽しめるかよ、そんなもん。

 

 

 

 

 

 

 

「……なんだよ」

「ちょっとな」

 

 昼休み。流石にたった10分の休み時間では時間が足りな過ぎるがために、この時間を選んだ。

 Dクラスの田畑。顔も下の名前もわからん少女を独力で探し出すのは無理があるので、普通に聞いて。

 

 それで彼女が、所謂ギャル……あるいはヤンキー、と呼ばれる存在である事がわかった。

 

 彼女は授業もほとんどサボるタイプで、クラスにいる事の方が珍しいという。そんな彼女の所在を教えてくれたのは、同じくギャル仲間であるという水橋という女子。Dクラスで抜きん出て俺への好意ゲージが高かったその子は、田畑について聞いてもいない事まで教えてくれた。

 曰く、男嫌い。

 曰く、男勝り。

 曰く、腕っぷしに自信アリ。

 

 正直あんまり関わりたくない手合いだな、とか。

 まぁそれは俺にも言える事だろうけど。

 

 それで、水橋曰く、田畑はいつも教員棟の屋上にいるらしい。なるほど、生徒も教師も寄り付かない場所。サボるにはちょうどいい。不登校にはならない辺りが何かしらのしがらみを持っていそうだ。

 

「……アンタ、Bの藤堂だろ。あたしに何の用?」

「だから、ちょっと、だよ」

「はぁ?」

 

 言われた通りのルート……屋上へと続く階段でなく、外側の非常用梯子を伝って上った屋上に、彼女はいた。

 日サロだろうか、浅黒く焼いた肌に、金髪。レガシータイプのギャル。

 それがあぐらをかいて、携帯片手に壁へ寄りかかっていて……いやほんと何してんだコイツ。

 帰りゃいいのに。

 

「ま、いいや。つか丁度いいや。アンタに言いたい事あったんだよね」

「だろうな」

「……何その反応。キモ」

 

 好意ゲージを見る。

 

田畑(たばた)(かなめ)15

 

 なるほど、これは危ない。

 

「アンタさ、この学校出て行きなよ」

「何?」

 

 一瞬何を言われたのか本当に理解できなかった。

 

「だからさ、出て行きなよ。退学でも転校でもいいからさ。悪い噂しか聞かねーし、アンタのせいで泣いたあたしのダチいっぱいいんだよね。聞いたよ。遥の腹に膝蹴り入れたんでしょ? 死ねよ、ホント」

「三木島と友達なのか。意外過ぎる組み合わせだな」

「はン、友達ってほどじゃないけどね。ただの幼馴染。けど別に、悪い奴じゃないの知ってるし」

「見た目に反して随分優しいじゃないか」

「アンタは見た目に反してクソ野郎だよね」

 

 仲間意識、あるいは身内意識が高いタイプか。まぁクラスにあんまりいないという事で、情報の精査が出来ていないのかな。ソース元が不明瞭なまま起こす行動にしては些か短絡的が過ぎるけど、学生なんてこんなもんだろう。

 さて、はて。

 何が地雷かな、この子は。真っ当に考えると"仲間を馬鹿にされる事"とかに思えるけど、これハーレム展開撲滅ゲームなのがなぁ。作者の感性捻じ曲がってるから、どこに何があるのやら、って感じ。

 

「残念ながら、退学の予定も転校の予定もない」

「そ。じゃあ死ねば? そこから飛び降りなよ。アンタがいなくなれば、全部平和になんだよ」

「──」

 

 ……。

 ……それは。

 

「あたしが言えたことじゃないけどさ、学校つまんねっしょ、アンタ。来る必要ないでしょ。じゃあ来ないで良いよ、邪魔だし、目障りだし、悪い事しかおこさねーじゃん」

「本当に言えた事じゃないな。お前こそなんで学校に来ているんだ。聞いたぞ、授業はほとんどサボって、ここで携帯を弄るだけの日々。学校に来ない方が幸せなんじゃないか」

「アンタと違ってあたしにはダチがいんの。授業とかダルいから嫌だけど、部活とかはたのしーし」

「なるほどね」

 

 ちょっと。

 ちょっと、どころじゃなく……めちゃくちゃ刺さった。

 俺が。……僕が、死ねば。

 いなくなれば。

 

「なるほどね、とか。何カッコつけてんだよ、キモいってさっきから。で、何用? あたし、アンタの顔見てるの苦痛なんだけど」

「……」

「黙んなよ、うざいな」

 

 考える。

 俺自身の事は一旦おいといて、田畑だ。

 彼女の好意ゲージはゼロに近い。が、ゼロじゃない。ということは、口でこれほど嫌っておきながらも、少しばかりの関心や興味があるということ。それが何かを探り当てる必要がある。

 思いつくのは、何故俺が学校に来ているのか、と、何故俺がこんな行動を取っているのか、くらいか。興味を持ちそうなのは。

 

「さっき、俺とは違って、と言ったが、俺にも学校に来る理由はあるんだよ」

「へぇ。何、女子を殴るため?」

「好きな子がいるんだ」

「……は?」

 

 三木島にも言ってしまった事ではあるが、ここでも言う。

 俺は彼女が好きだ。世界を滅亡させず、彼女を殺さず、そして周囲を殺さないために全シナリオを終える、という目的は勿論のことだけど、何より。

 彼女に会いたくて。

 いつ終わってしまうかもわからない世界で、いつ死んでしまうかもわからないこの身で、彼女に会えなかった日があるのが怖くて。

 

 ……そんな女々しい理由で、俺は毎日を生きている。

 

 無論、システム上引きこもりにはなれないし、転校や退学も出来ない、というのもあるのだが。

 

「は──はぁ? っぷ、あははっ、え? は? 好きな子ぉ? アンタ、その見た目で?」

「容姿は関係ないだろ」

「散々悪評立てといて、女子の腹蹴っといて、好きな子? ぷ、ばっかみたい。絶対叶わないから諦めなよ」

 

田畑(たばた)(かなめ)15

 

 正解を引いたらしい。

 仲間意識の高い奴だ。そういう、人間らしい情動には弱いと見ていたのだが、やはり経験が生きたな。

 

「あんまり馬鹿にしてくれるなよ。ちなみにこれは、三木島も知ってるぞ」

「へー。って、遥が? ……もしかしてだけど、噂って真実じゃないとか?」

「俺が何を言っても無駄だからな。自分で確かめろよ」

「……ごめん」

「ん?」

 

田畑(たばた)(かなめ)15

 

「なんか、勘違いしてたみたい。アンタのこと。ちょっと酷い事言い過ぎたわ。だから、ごめん」

「勘違いじゃないぞ。噂の八割は本当だ」

「へえ。自分の噂全部把握してんだ。やっぱり噂、アテにならないね」

 

 チョロすぎる。もう少しくらい人を疑え。いい奴かよお前。

 だが、不味いな。一ゲージの回復で良かったんだが、更に更にと増え始めた。どこかでセーブしないと。

 

「……」

「どうした?」

「……最低。つか、最悪。やっぱ男ってクソだわ」

 

 お、好意ゲージの上昇が止まった。

 スマホに目を落としてから、だ。

 

「きめぇわ、ほんと」

「いきなりだな」

「結局胸にしか興味ないんだ。キモ」

「ああ、そういう」

 

 ああー。思い立ったが吉日というか、すぐさま三木島に真偽確認のSMSでも送ったのか。

 それで、事の真相を聞いて、俺が三木島へ胸が癒しだのなんだのを語った事もバレた、と。

 

 うん、キモいね、それは。

 だってあれ普通にセクハラだし。

 

「もーいーや。やっぱ顔も見たくない。……ただ、遥を助けてくれたのは、感謝する。勘違いで死ねとか言ってごめんな。でもキメぇからもう顔見せないでほしい」

「そうさせてもらう。じゃあな、田畑」

「……結局何しに来たんだよ」

 

 お前の好意ゲージを上げに来たんだよ、とは言えないし。

 本当に何をしに来たのかわからない奴になってしまった。

 

 ……誤解を解きに来たんだよ、的な?

 

 

 

 

 

 そうして、屋上から降りる直前の事。

 

 俺も、恐らく田畑も使用していない屋上階段へと続く扉が、バァンと音を立てて開かれた。

 流石に俺も田畑もそちらを見る。

 そこにいたのは──水橋。田畑に関する情報をくれた子。

 

「綾乃?」

「水は──」

 

 その、彼女の好意ゲージを見て、目を剝いた。

 

水橋(みずはし)綾乃(あやの)15

 

 好意ゲージがゼロになっている。

 そんな唐突に、どういうことだ。

 

「綾乃──」

「た、たすけ、」

 

 そんな。

 救援の声を上げながら、田畑の元へと突進してくる──その背後に、ゆらり、と。

 

 刃物を持った男が現れた。

 

「は?」

「いやぁ!」

 

 男の持つ刃物には、血。

 田畑に抱き留められた水橋の腕にも──血。

 

 やばいのはわかった。これ、好意ゲージがゼロになった時に起きる死亡イベントの一つだ。よくあるテロリストが学校を占拠する、みたいなのと同じ分類にされる、学校に不審者が侵入し、生徒を人質に取ったり殺したりするヤツ。

 死亡イベント。なんらかの要因で水橋の好意ゲージがゼロになったことで起きたそれは──じゃあ、俺の責任だ。

 

「田畑! そこから動くなよ、水橋守ってろ!」

「え、は、藤堂!?」

 

 問題は、コイツが単独なのか複数人なのかが分からない所。単独の侵入者による死亡イベントも複数人の侵入者による死亡イベントも、どっちもあったのだ。ただテキストで最後に犯人の数が書かれるだけの奴が。

 もし、仲間がいた場合、好意ゲージがゼロになった水橋を執拗に狙ってくる可能性がある。梯子で降りた先に待ち伏せ、なんてされていたら目も当てられない。

 

 男を見る。

 その側頭に、好意ゲージは存在しない。やっぱりシステムか。死亡イベントのテキストには基本"男"とか"男女"とかしか書かれないからな。コイツに本名があるのかどうかとか、いつもは日常生活を送っているのかとか、色々考えることは有るが……今は人命優先で行く。

 流石にこれは、正当防衛で許してくれるよな、彼女も。

 

「死ね──」

 

 大振りのナイフが振り下ろされる。好意ゲージがゼロになったヤツを処分するためなら、他の奴を巻き込んでもいいってのか? ……じゃあ、教員棟、やばいな。

 

 避ける。目で見て、身体を反らして。

 主人公の身体能力はアスリート並みだ。その動体視力も反射神経も、クレー射撃で賞を取れるくらいのものがある。身体を翻す速度はムエタイ選手にも匹敵するだろうし、踏み込む速度はフェンシングの選手にも並ぼう。

 そして。

 

「ちゃんと、今までは手加減してたんだ、って話だよ──なっ!」

 

 今回ばかりは、思いっきり、だ。

 思いっきり──男の腹をぶん殴る。アスリート並み。ボクシングや空手家並みの、けれど技術も何も無いテレフォンパンチを、その腹に突き刺した。

 ちゃんと、手加減はしてたんだ。今まで。あのバスケ部の先輩の顔を掠めてしまった時も、三木島の腹を折るしかなかった時も、一応、ちゃんと。

 

 本気で人を殴ったのは、過去に一度だけ。

 天に恵まれた主人公の肉体。そこから繰り出されるパンチの破壊力たるや。

 

 刃物を持った男は吹き飛ぶ──なんてことはない。流石にそんな威力は出ない。

 が、刃物を取り落し、膝を突き、崩れ落ちた。

 

 その体に馬乗りになって、両手を掴む。

 

「……ふう。おい、田畑、もう大丈夫だ」

「もう大丈夫、って……まぁそーだろうけど。ソイツ、泡吹いてるよ」

「マジか。……強く殴りすぎたな。ああ、そうだ。長めのタオルとか、紐とか持ってないか?」

「髪ゴムならあるけど」

「……まぁ妥協か」

 

 未だ震えたままの水橋を視界に収めつつ、ゆっくりゆっくり、近づいてきた田畑からヘアゴムを貰う。

 それを幾度か捻じって固く固く輪にして、男の両の親指に嵌めた。

 

 これでよし。

 

「救急車を」

「もう呼んだ。綾乃、痛いと思うけど、もう少し頑張って」

「……うん」

 

 その腕からは、少なくない血が出ている。

 ……俺の怠慢だな。あのクラスの中では抜きん出て好意ゲージが高かったから慢心していた。何のきっかけで好意ゲージを落としたのかわからないのが怖い所。それさえわかれば対処の仕様もあるんだが。

 何より。

 

「……水橋」

「ちょっと、服切れてる女子に近づくとか、マジ最低なんだけど」

「ああ、すまん」

 

水橋(みずはし)綾乃(あやの)15

 

 未だに、ゼロ。

 ……これ、不味いな。回復してないとなると、いつ次なる脅威が迫ってくるか。

 世界のシステム側もあんまり殺せない事が続くと躍起になって隕石でも落としてきそうで怖い。世界滅亡イベントにはそういうのあるのがな……。単なる死亡イベントには無いんだが。

 水橋を見る。震えが止まらない様子の彼女は──その唇が、白い。

 

「田畑、ハンカチ持ってるか?」

「持ってるけど」

「ちょい貸せ。……すまんな、近づくぞ」

「あ、ダメだって!」

「ぅ……」

 

 やけに水橋を覆い隠そうとする田畑を押しのけて水橋に近づけば、ああ、なるほど。

 斬られている。服が──胸元と、腕を。腕の方は肌にまで入っていて、そこから血がだばだばと。

 

「い、いや……」

「夏服なら良かったんだが……」

「ちょ、やめろってば!」

 

 未だ四月。制服は冬服。

 その長い袖は、学校によっては取り外し可能らしいのだが、少なくともウチでは無理。

 だから正面のボタンを外すしかなかった。ボタンタイプで良かった、というべきではあるか。

 そのボタンに手を掛けた所で、制止がかかる。

 

「なんだ」

「なんだ、じゃねーし。やりたいことわかったから、あっち向いてなよ」

「出来るのか。じゃあ頼む」

「……た、多分」

 

 言われた通り、水橋を背にして座る。

 俺がやろうとしていたのは止血だ。ちょっと、不味そうな出血量だった。

 確かにデリカシーを欠いていたか。人命の前にデリカシーも何も、とは思わないでもないのだが、田畑が出来るなら俺がやる必要も無いのは事実。好意ゲージがある以上、俺がやらなきゃ、とかいう変な使命感が出ていたのだろう、反省する。

 

「多少痛がってもキツめに縛って、腕は心臓より上に上げさせとけよ」

「……わかった。ごめんね、綾乃」

「う、ぅうう」

 

 裂かれた服越しよりしっかり素肌に巻き付けた方がいい、という考えの元だったが、果たして。

 本当はガーゼなんかの厚みがある奴の方がいい。だから一刻も早く保健室か病院に連れて行くべきなんだが、ああ、嫌な物が見えてしまった。

 

「すまん、田畑。水橋は任せた」

「は?」

「そこに熨してある男には十分気を付けろよ。万一起き上がりそうになったら、何しても良いから阻止しろ」

「……フツー、女子二人残してどっか行く? 噂がホントじゃないってんなら、守るくらいはしてよ」

「八割ホントだっつってんだろ」

 

 男の持っていたナイフを取る。

 いやさ、いつからバトル物になったんだ。まぁ世界滅亡エンドの一つには"異世界の魔王軍が侵攻してくる"なんてのもあるのだが。"転移者"属性の子が関わる滅亡エンドだな。

 そこで、一応。

 一応、主人公も戦っていた。テキスト上だけだが、異世界の魔物を殺したりもしていたはずだ。結局死ぬんだが。

 

 ……いや無理だろ。ファンタジーが過ぎる。

 

 今はただ、侵入してきた同じ人間を倒せりゃ、それでいい。

 

 

 

 

 

 校内で起きた刺傷事件。ナイフを持った男五人が学校へ侵入し、生徒や教師たちに刺傷を負わせたその事件は、しかし死亡者ゼロで話を終えた。

 重傷者五名。軽傷者十余名。重傷者はいずれも女生徒であり、いずれも交友関係のある者同士。警察は男らの動機を調べている……と。

 

 新聞に書かれた短い文章に、溜息が出る。

 こんなこと、あるんだな、と。

 ハーレム展開撲滅ゲームの世界は、死亡イベント・世界滅亡エンド以外の物事はかなり平和に進む。好意ゲージ以外の点では世界平和が成されていて、戦争をする国も、何かを画策する国もない。本当に平和。

 国同士の仲も良ければ、大きな不幸も訪れない。

 ハーレム展開の撲滅以外に考えを割かせないためなのだろうが、まさに理想の世界と言えるだろう。その例外が何よりも最悪なのだが。

 

 だから、正直驚いた。

 好意ゲージをゼロにした水橋と、その友達の四人。いずれも好意ゲージがゼロになっていて、いずれも刃物男に追い掛け回されていた。早いうちに見つけて各個撃破できたのは幸いだったのだろう。死亡した生徒は一人もいなかったのは、上々の結果、と言って良いはずだ。

 だが、軽傷者が出過ぎた。

 死亡エンドに関わらない他の奴らまで傷付く展開なんて、あるのか。

 

「……クソ現実が」

 

 リアリティ、とでも言うのだろうか。

 あくまでハーレム展開撲滅ゲームのシステムを含み持った現実、と。そういうことなのだろう。

 ふざけている。

 

「まぁ、救えたのは、良かったか」

 

 はぁ。

 ずっと独り言だ。だって周囲には誰もいない。

 ここは病室で。

 俺は入院着を着ていて。

 

 今、入院中だから。何故か個室で。

 

「主人公の肉体も……刺されりゃ死にかけるんだなぁ」

 

 他人からしたら何言ってんだコイツ案件である。

 今回の件で、俺は負傷した。最後の最後、狐の最後っ屁とばかりに投げられたナイフが脇腹にぐっさり、である。それはもう痛かった。もっとも柄をもって差し込まれたわけではなかったから、傷は浅い方なのだが。それでも痛いもんは痛い。

 差し所が良かったのか悪かったのか、内臓こそ傷つけなかったものの出血量がやばく、腹という事もあって止血も難しいもんで、救急車に運ばれている時は意識がなかった程。今でこそこんなに快復しているが、ちゃんと命の危機を彷徨ったりしていたらしい。

 

 医者って凄いわ。救急隊員って凄いわ。ほんと、感謝。

 彼らにも好意ゲージがあるため素直にはなれないんだけど。

 

「……水橋、大丈夫かな」

 

 結局、水橋の好意ゲージがどうなったのかを確認していない。

 重傷者とされた水橋含む五人全員が好意ゲージをゼロにしていたから、ある意味で、それぞれに起きた死亡エンドが重なった、という結果なのだろうけど、それが解消されたのかどうかで色々な話が変わってくる。

 まだ、回復行動を取らなければいけないのか。

 それとももういいのか。夜中の主人公の家のベッド上じゃないと【登場キャラクター一覧】が開けないのは不便すぎる。

 

 果たして、その答えは。

 

「入るよ」

「ん?」

 

 ノックはあった。あったけど、声とほぼ同時。

 そのままこちらの返事も待たずに扉は開かれ、そこには。

 

「よ」

「田畑。どうしたんだ」

 

 田畑要。

 あの後ちゃんと水橋を守り切り、救急車に付いていったらしい彼女がそこにいた。

 

田畑(たばた)(かなめ)15

 

 ……なんか上がってないか?

 

「あの子らの代わりに、お礼をね」

「礼? 何の」

「何のって、助けてくれたでしょ。物の見事に全員あたしのダチなワケよ。ちょっと偶然が過ぎてキモいけど、事実だからさ」

 

 そういえば交友関係がどうとか書いてあったな。

 ……ふむ。

 

「一つ聞いていいか」

「いーけど、礼は受け取ってくれるワケ?」

「ああ、言葉だけでいいんだが。それより、今回怪我した水橋達と、三木島。そして田畑。お前ら、同じSMSのグループに入ってたりするか?」

「……何その質問。キモいんだけど」

「大事な事なんだよ」

「はあ。ホントアンタってはぐらかすの好きだよね。ああ、入ってるよ。そのグループの子みんな知ってるから、アンタが三木島の胸大好きだって事。助けた弱味に付け込んで手を出そうとしても無理だから」

「他に入ってる奴は?」

「そりゃまあいるけど」

「……そいつらの名前、教えてくれないか」

「キッショ。え、何? 一応あたしお礼言いに来たんだけど、嫌われたいワケ?」

 

田畑(たばた)(かなめ)15

 

 とりあえず死亡イベントが起きた原因はそれ、なんだろう。

 "無知"の三木島より共有された俺のセクハラ発言。それにより、失望でもしたか。あるいは悍ましく感じたか。なんにせよ、それが原因で好意ゲージを落とし、死亡イベントが発動した。

 となると、今回怪我をしなかった奴らも危うい。ゼロ一歩手前にまで来ている可能性がある。まぁもしくは男とはそんなもんだ、って割り切ってる奴もいるかもしれないが。

 

「ふぁぁ……ふ」

「眠いのか」

「まーね。ま、んなことどうでもいいっしょ。そんじゃあたし帰るから。……一応、死ななくて良かったね、くらいは言ってやるケド」

「そりゃありがとさん」

「ん」

 

 次の登校時、あの豚に要相談、って感じかね……。



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アイラブユーで魔法に戻る

「ぷりーず、ふりーず、ほーるどあっぷ」

「……」

「おや、案外従順ですね、トウドウアヤト」

 

 不躾にも、という言葉では収まらない程に不躾な事をして、言ってきた少女に、けれど逆らう事無く手を上げる。背中に付きつけられた堅い円筒状のもの。それはゴリ、と俺の肌をえぐり、痛みを発す。

 

「我々の要求は一つです、トウドウアヤト。──私と結婚しなさい」

「断る」

「……え?」

 

 まるで、断られることなど一切想定していなかったかのような呆けた声。

 ゲーム通りだ。

 だから、上げろと言われた手を下げて、動くなと言われた身体を動かして、振り向く。

 

「あ、だめっ!」

「"道路を挟む赤い屋根の家二つ。その屋上。この道路を直線的に見られる小ビルの二階。すぐ近くの電柱の裏と、街路樹の枝の上。極めつけには1km離れた廃ビルの窓から"、俺の頭を射抜かんと狙っているスナイパーがいる……んだろ?」

「な、え」

 

 本来の台詞は、廃ビルの窓から私の仲間が貴方を狙っています、なのだが。

 この動揺を見るに、配置は変わっていないし、言い間違いもなかったみたいだな。

 

「だからこうして、お前を抱きしめてしまえば。お前の髪にでも顔を(うず)めてしまえば、奴らは撃てない」

「ちょ、えっ、えっえっ、いや、え!?」

「落ち着けよ、錨地原。とりあえずあいつらに銃を下げさせてくれよ。そんで、交渉だ。こんな往来でなく──お前の家で」

「えぇーっ!?」

 

 その好意ゲージをチラ見する。

 

イカロスの子14

 

 ……相変わらず。

 いや、まぁコイツに関してはそこまで難しい話じゃない。とっとと終わらせよう。

 

 

 

 

「まずは……非礼を詫びます。トウドウアヤト」

「当然だな」

 

 人の家で、家主に正座をさせて、俺は足を組んでソファに座って。

 ──大量の黒服に取り囲まれている。

 それぞれにしっかりと好意ゲージがあるが、全員一律で二ゲージ。こちらに興味はないが、嫌いでもない、って感じかね。

 

「しかし、どうして?」

「どれがだ。どうしてわかったのか、なのか、どうして断ったのか、なのか。それとも──どうして、私を好きにならないの? なのか」

「……全部です。参りました、トウドウアヤト。私達は……私は、貴方を見誤っていました。どうかご容赦ください」

 

 主語や主題が宙に浮いたまま話が進む。

 コイツ、そうなんだよな。明確に何の話をしているのか言わないから選択肢が曖昧になる。初心者には攻略の難しいキャラクターだったし、割とはた迷惑な死亡イベントや世界滅亡エンドを引き起こしやがる厄いヤツ。その分役には立つんだが。

 

「前提から行こう。お前は錨地原(いかちばら)霍公(ほととぎ)。あるいは、イカロスの子。武装組織イカロスの羽根が愛娘、であってるか?」

「そ、そんなことまでお知りになられているとは……」

「世辞はいい。それで、お前が俺に求婚してきた理由は、ここら一帯でもっとも身体能力の高い男子と子を成せ、と親に言われたから、であってるか」

「あぁ、トウドウアヤト……貴方は予知者なのですか?」

「違う。で、本題だ。お前にとって大事なのは次の内のどれだ」

「え、あ」

「1.イカロスの羽根。2.俺。3.何気ない今の日常。お前が中学生最後の年である三年生として、毎日楽しく過ごしているのは知っている。どれだ。今選べ」

 

 矢継ぎ早にまくしたてる。こうでもしないとコイツどんどん話逸らしていくんだよな。

 属性を"お嬢様"+"ヤクザ"とかいう出るゲーム間違ってませんかみたいなものを抱えている錨地原。彼女の持つ*1イカロスの羽根は、敵に回すと世界滅亡エンドの下手人に、味方に付けると他の世界滅亡エンド時に一緒に戦ってくれる仲間になる。まぁ一緒に抵抗しようが世界は滅亡するんだが。

 武装集団イカロスの羽根。平気でスナイパーライフルだのアサルトライフルだのを携行し、その精度も抜群とかいう意味わからん組織。好意ゲージのせいで酷く平和なこの世界において、あまりに浮いているのは否めない。

 無論こいつらが出てくる状況は基本少しばかり殺伐としてきた頃合いなので、実際のゲーム中は「あぁ、やっぱそういうのもいるかー」くらいにしか思わないのだが。

 

「そ……その三つなら、最後の、です……」

「じゃあその本能に従え。親の言う事なんか気にするな。余計な口出しをしてこようものなら、力づくで上下をわからせてやれ」

「は、はい! ……その、トウドウアヤト……いえ、アヤト様は、どうしてこれらの事情を」

「どうせお前如きには言っても理解出来ん」

「……っ。……わかりました。聞きません」

「いいか、再三言うぞ。本能に従え。親に流されるな。"今持っている、失ってはならないものを、見誤るな"」

「はい。ありがとうございました」

 

 と。

 これで一件落着。

 出現時期と出現場所が曖昧なためにそもそも出会えていない、というプレイヤーも多くいた錨地原。逆にこのゲームの仕組みもわかっていない、楽しみ方さえ知らないプレイヤーの元に現れては求婚し、プレイヤーが了承の意を返そうものなら()()()()()()()()()()()()()とかいうあまりにもあまりにもな危険物。

 ただ、コイツは特に重たい過去とかしがらみとかを抱えているわけではないので、ゲーム中のセリフ通りに親へのヘイトを誘導してやればこれこの通り。

 平穏無事に回避できる、というわけである。

 

 

 

 

 わけであった、はずだった。

 

「……兄さん」

 

 錨地原の家から出てすぐの事。血相を変えて走ってきた、とでもいった様子の妹に──少し嫌な予感がした。

 微かだが、地鳴りが聞こえる。

 

「兄さん」

「……なんだ」

 

 好意ゲージが。

 ──半分を、優に超えている。

 

 それはもうすぐで、ハート状態になりそうなほどに。

 

「兄さん」

「……」

「聞きました。全部」

 

 その声は。

 その顔は。

 

 ──その、俺に向けられる、一切に……嫌悪がない。

 これは。

 なんだ。

 

「先日の、喧嘩して入院、と言っていたの。あれ、嘘だったんですね」

「嘘じゃないさ。ちょっと、ヒートアップしたんだ。腹に一本食らったが、五人も熨してやった」

「はい。みんなを、助けたんですよね」

 

 にっこり、と。

 本当に、心から嬉しい、みたいに。

 

藤堂(とうどう)(しるべ)14

 

 あ、と声が出た時には。

 手が、出ていた。

 

 かつてない好意ゲージの高まりに、あ、と。

 

 あ。

 

「──え」

「……」

「兄……さん?」

 

 渇いた音が鳴ったのだと思う。聞こえなかったけれど。

 その顔が今、どうなっているのかはわからない。見て、いないから。

 

「……消えろ」

「ぁ」

「俺の視界に入ってくるな。目障りなんだよ。ずっと、昔からちょろちょろちょろちょろと。家族だからか何か知らねえけど、何上から見てんだお前。自分の方が優れてるとでも思ってんのか。なんだその──よくできました、みたいな目は。ふざけるなよ」

「そ──そんなつもりはありませ」

「うるせぇっつってんだろ!!」

 

 往来だ。

 まだ昼下がり。どのようにして妹が俺の居場所を突き止めたのかはわからない。ただこうして──ちらほら、通行人のいる前で。

 叫ぶ。嫌悪感を露に、吠える。

 

「うぜえんだよ。お前なんか──家族じゃねえ。妹だなんて思ってねえよ。もう、兄さんなんて呼ぶな、気持ち悪い」

 

 頼む、頼むと。

 頼むからその好意ゲージを下げてくれと。

 あらん限りの罵倒をする。あらん限りの嫌悪を込める。

 

 ごめんね。ごめんね。いつもずっと、僕の事を想ってくれているのは知っているよ。

 ごめんね、ごめんね。本当は何か隠しているんじゃないかって、ずっと信じてくれているのも知っているよ。

 

 でも──だからこそ。

 ダメなんだ。お願いだから、好かないでくれ。

 

「……じゃあな」

 

 逃げるように、踵を返す。

 

藤堂(とうどう)(しるべ)14

 

 好意ゲージの減少が確認できたからだ。

 半分を優に超えていたゲージは、見る間もなく下がっていく。これなら大丈夫だろう。

 この分なら、でも、妹は俺の事を信じてくれているだろうから。

 

 一ゲージくらいは──。

 

藤堂(とうどう)(しるべ)14

 

 ぎぃぃ、という音がした。

 靴裏で感じ取った振動は地鳴りの比ではない。

 

 地震だ。

 

「あ──」

 

 踵を返さんとしていた足を無理矢理捻って、飛ぶ。

 未だ茫然自失といった様子で座り込む妹の元へ。

 

 その小さな体に向かって倒れてくる、電柱を掻い潜るようにして。

 

 間に合、えっ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──その日。

 

 この街を震源地とした直下型地震によって、()()()が確認された。

 それは、屋内にいた所、倒れてきた電柱に圧し潰されての死亡。

 

 妹を抱き留めるようにして跳んだ俺は見てしまった。

 窓辺にいて、俺達の会話を聞いていたのだろう誰か。その誰かの顔が絶望に染まる瞬間。確実に目が合った。確実に目が合った誰かは、けれど、次の瞬間石柱によって圧し潰されて──死んだ。

 

 死んだ、のだ。

 死亡イベント。倒れてきた電柱で圧死。ゲーム中にも、あったイベント。その一つ。

 

 死んだのだ。

 

 あの、誰かは。

 

「……ふぅ」

 

 主人公の肉体は天性のもの。倒れてくる電柱程度に遅れは取らないし、妹を抱きかかえ、範囲外へ逃げるのもおちゃのこさいさい。

 流石に擦り傷こそ免れなかったが、あの場にいたとは考えられない程の軽傷で済んでいる。

 済んでしまっている。

 

 目が合った。

 その時の好意ゲージは──確実に、ゼロだった。

 

 妹の死亡イベントがその誰かの死亡イベントに置き換わった。あるいは、元から一辺に二人とも、という予定だったのか。

 ……。

 

 救えなかった。

 

「なのに、なんだ。……この、()()()()()

 

 ああ。

 違和感はあったさ。ずっとあった。

 こんなにも手ひどく、こっぴどく女の子達に酷い事をして、他の人にも素直にならなくて、酷い事を言って。

 どうして俺の心は折れてしまわないんだろう、って。

 ずっと、ずっと。

 思ってはいた。

 

「……何かしなきゃ、と……あぁ、なんだ。はは」

 

 次の行動をしなければいけない。立ち止まってはいられない。

 そう思う。そう思ってしまう。そう考え、その通りに行動してしまう。

 

「属性か」

 

 主人公の属性は──"イケメン"と"行動力"。

 そんな主人公に、心折れて立ち止るなんて停滞は許されない。

 

 結局俺も、ハーレム展開撲滅ゲームのシステムに縛られた一人という事だ。

 

 人が死んだんだぞ。

 誰か知らない。あの一瞬では好意ゲージを見る事しか出来なかった、名前も知らない誰か。警察にでも聞けば、あるいは新聞でも読めばわかるのだろう。けれど今、俺は、あの人が誰だったのかを知らない。

 全く知らない誰かを。

 妹の好意ゲージを下げるために放った罵倒で──殺したのだ。

 

 殺したんだぞ、俺が。

 自覚しろ。

 

「……ごめんな」

 

 それは誰への謝罪なのか。

 誰かか。それとも、妹か。

 

 俺でさえ、その答えは持ち合わせていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 朝。

 

 あのまま家出でもしよう空気だったが、主人公は家に帰るものであるようで、どれだけ離れようとしても家に足が向いてしまう。前回の入院時くらいしか自由は無いらしい。

 だから帰って、当然妹とも出会った。病院に運ばれ、どちらもが軽傷と判を押され、別々に帰って──ばったりと。

 

 でも、会話は無い。

 好意ゲージは一。一度はゼロになったそれを、何かが繋ぎ止めたのだろう。

 

 けど。

 食事はもう、作ってくれなかった。当然か。家族じゃないもんな。

 

 だから昨晩はコンビニ弁当で済ませて──朝だ。

 今、だ。

 

 退院後、初の登校。昨日が日曜日だったからな。丁度、学校が無かった。

 それで、学校へ着いて、教室へ着いて。

 ヒュッっと変な息が喉から漏れた。

 

 俺の机。

 

 何かが、置かれている。

 いじめの手法でよくある花束、じゃない。何か汚いもの、でもない。

 

 震える。近づけば。否、近づかずとも、主人公の視力ならそれが何かわかる。貼り付けられた付箋の文字まで読める。

 

「……」

 

 そこには──"おかえりなさい。みんなを救ってくれてありがとうございます。これは藤堂君が入院していた時の分の授業で習った内容です"、と。

 

 丸文字。女子か。

 誰か、はわからない。名前が書いていない。

 

 ただ、クラス中の軒並み高い好意ゲージを見て──ふぅ、と溜息を吐いた。

 

 そして。

 

「──え」

「あ」

「お、おい」

 

 机に置かれたノートを──破る。

 ビリビリと、バリバリと。

 中身なんて読めないくらいに。貼り付けられていた付箋も破いて、ぐしゃぐしゃにして。

 

 ゴミ箱に捨てた。

 

「──テメェ」

 

 その怒気の乗った声は、背後から。男子の声だ。

 振り向けば、そこには……あー、鬼の形相、という言葉がもっともしっくりくる男の子が一人。

 好意ゲージのタイトルは、夕闇(ゆうやみ)大翔(はると)。♂ 15。

 ゲージは二。いや、今一になった。

 

「一生懸命! 休み時間とか使ってまで書いてくれてたんだぞ、てめぇ、それを、それを!」

「余計な世話だ。授業内容なんざ全部頭に入っている。紙の無駄だ」

 

 今教室にいるクラスメイトの好意ゲージが下がるのを確認。

 その調子だ。だが、加減を間違えるな。

 

「よくわかった。よくわかったよ、藤堂。てめぇ、一発ぶん殴られねえと目が覚めねえらしい」

「そうか。じゃあ殴ればいい。それで気が済むんだろ」

「あぁそうさせてもらうよ!!」

 

 拳。少なくとも俺のテレフォンパンチよりはいくらか技術の練り込まれたそれは──思いっきり、俺の頬へ突き刺さる。

 が、踏み止まる。おー、痛。正義感凄いねぇ、でもそれ普通に犯罪だよ。正当防衛じゃないし。

 ……まぁ昨日の妹へのビンタも十分にやばいか、それだと。

 

「あぁ、助かったよ。目が覚めた。改めて言うが大きなお世話だ。こんな汚いノート、俺の机に置くなって書いてくれた奴に言っといてくれ」

「──」

 

 ガン、と。

 殴られた。

 

 背後から。

 

「最低。折角見直したのに、やっぱゴミじゃん藤堂って。顔が良いだけで何でも許されるとでも思ってんの?」

「誰に許されるんだよ。俺はいらないって言ってるだけだろうが。善意の押し付けは必ず答えなきゃいけないのか? 小学生かよ」

「……お前なんか、帰って来なきゃよかった。腹刺されてそのまま死んどけばよかったんだ」

「そうだな。俺もそれが一番良かったと思うよ」

 

 改めて、席に就く。眠りはしない。

 険悪も険悪な空気に、好意ゲージが減少を見せ始めている奴も多い。が、ゼロにはならなそうだな。まぁ学校を救ったのは事実だ。それが曲がりなりにも繋ぎ止めてくれてんのかね。

 ……誰が書いてくれたノートなのかは、知らない。夕闇の激昂具合から察するに、真面目な女子なんだろう。優しい系か。

 

 悪い事をした。ノートにも。

 だが必要な犠牲だと、そう思ってほしい。

 

 昨日からずっと地震があった。あれは死亡イベントのための地震、ではない。そう考えている。

 三木島の件とナイフ男の件。立て続けに起こった俺の人命救助エピソードのせいで、ハート状態に差し掛かっている子が多くなっているんじゃないか、と考えたのだ。

 だから、その予兆として。

 

 ハーレムが起こる予兆として──微弱な地震が起き続けている。

 

 ハーレム展開を、撲滅するために。

 

「……やめてくれよ、ホント。わかってくれよ。俺がこういうヤツなんだ、って」

 

 小声で呟かれたそれは、けれど誰の耳に届くこともなく。

 腕で囲った小さな暗闇の中に溶けて消えて行った。

*1
正確に言うと現在は彼女の両親が所有している



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解放リボン

短め


 浅海由岐。

 幼馴染で、小さな頃からの、俺の、一番大事な人。

 あの時手を差し伸べてくれた彼女。あの笑顔を、あの声を、忘れた事など一時足りともない。

 光なのだ。彼女がいるから──彼女が、何故か、ずっとずっと。

 

 その好意ゲージを減らし切らずにいてくれるから。

 

 俺はまだ、大丈夫。

 

 

 

 

「……」

「……」

 

 教室。

 未だあのノートを書いてくれたのが誰なのかはわからないまま、一週間が過ぎた。

 侵入者の事件と、電柱倒壊の事件。その二つを経てから、けれど妙に静かな日が続いている。無論毎日の好意ゲージの調整は怠っていないのだが、なんというかこう……突発的な、ゲームのシナリオを考えたら起きていておかしくないイベントがすっぽり抜けてしまっている、よう、な?

 ……そんなことはないはずだ。俺が何度このゲームを周回し、どれほどやり込んだと思っている。見逃しなんかあるはずもない。

 

「……どけよ、そろそろ」

「嫌」

「は?」

 

 にらみ合い、と言えるのだろう。

 割合恒例になってきつつはある、俺と彼女との睨み合い。わかっているのだから迂回でもすればいい俺と、分かっているくせに入り口から俺の席までの直線ルートに必ず陣取っている彼女。

 その戦いは、いつもであれば、俺が彼女を無理矢理にでもどかす結果で終わる。

 

 だが今日は違った。

 

「嫌、と。そう言っただけ」

「……子供かよ」

 

浅海(あさうみ)由岐(ゆき)14

 

 彼女の好意ゲージはちゃんと低い。

 だが、その態度の割には、そして日々の俺に対するストレスの割には、高い。

 それがずっと、よく、わからない。

 嬉しい事は嬉しい。それは勿論だ。だけど。

 

「なぁ」

「何」

「……なんでもねえ」

 

 どうしてだ、と問おうとした。

 けどここは教室で、周りにも目がある。余計な好意ゲージの増減に繋がる可能性もある。

 だからやめた。やめて──迂回する。

 

 息を呑む音。そんなに意外かね。

 

 彼女を避けて席へ就けば──目の前に、ふくよかな腹が来た。

 

「よぉよぉ、お疲れみたいだなイケメン君」

「お疲れだからあっちいっててくれ。結局あの件も教えてくれねえんだ、役立たずめ」

「いやー、この文枝サマだってプライバシーには気を遣うってもんよぉ。ましてや女子のSMSグループの参加者を明かせ、だなぁんて! カァー! イケメンだからってなんでも許されると思うなよ? 普通に変態的ストーカー行為だぜコイツぁ。このこのぉ~」

「デブでも喉突きゃ死ぬよな」

「イケメンでも人を殺せば捕まるぞ~」

「……早く何の用か言えよ」

 

 また違う名前を名乗っている。こいつの偽名システムは健在か。

 しかし、いつになくウザイ。いやいつもウザイんだけど、今日はなんだかニヤニヤ度が凄い。下卑た笑みすぎて殴りたくなる。

 

「そう急かすなって。俺様、この世界で唯一の癒しなんだろ? けけけ、知ってるぜ」

「いなくなってくれて一向に構わないが」

「おいおい言葉が過ぎるぜ親友~。今日は良い知らせと悪い知らせ、どっちも持ってきてやったんだから、感謝しろよー?」

「早く話せ。どっちが先でも良い」

「へへ、つまんねー奴。もっと余裕ないとどっかでボッキリ折れちまうぜ。それが許されないのはまぁ、お前自身が一番よぉく分かってると思うが」

「早くしろよ。チャイム鳴るだろ」

 

 ホント今日は何時になく饒舌だ。

 なんだ、一体。

 

「じゃあ、良い知らせから行こう。おめでとう、藤堂彩人。お前は入学からの一か月間、主要ヒロインを一人も欠くことなく過ごし切った。その祝いに、コレをやろう」

 

 言って、譲司はそれを取り出した。

 赤いリボン。至ってシンプルなソレ。

 ……初心者の頃はよく見ていたそれ。

 

「"解放リボン"……いらねぇよ、アホ」

「ああそうだろうな。だが安心してくれ。捨てても必ずお前のポッケに戻ってくるぜ。けひひ、呪いのアイテムってヤツだな! あぁ、おっと、祝いのアイテムだったわ」

「クソめ。何が良い知らせだ」

 

 解放リボン。

 ハーレム展開撲滅ゲームにおけるアイテム。ノベルゲームであるハーレム展開撲滅ゲームでは、RPGの様にアイテムを売買したり使用したりする場面はほとんどない。無いのだが、一部。一部分だけ、そういう要素があった。

 それは──イベントスチルの解放。

 ハーレム展開撲滅ゲームは非常に難度の高いゲームだ。好意管理はそういう管理ゲームに慣れている人ならともかく、初心者にはとっつき難い。周りでヒロインたちがすぐに死ぬ。少し欲を見せると世界が滅亡する。フリーゲーム故、一時間遊んでアンインストール、なんてのも多かった。*1だから、その救済措置であるのが、この解放リボンだ。

 一つのセーブデータにつき一個まで支給されるこのリボンは、そのデータにおいて死亡してしまったヒロインとの個別ルートや、世界滅亡時に最も好意ゲージの高かったヒロインとの個別ルートを垣間見る事が出来る。

 

 無論その条件故、未だ出てきていない・出会っていないヒロインには使えないし、世界滅亡までにちゃんと好意ゲージを上げておくか、そこそこにトラウマとなるだろう死亡イベントをしっかり見てからでないといけない。

 結局初心者が心を痛めるのは確定で、その後にお助け要素がありますよ、程度のアイテム。

 死亡イベント後のセーブ画面か、世界滅亡後のリザルト画面でのみ使用できるこのアイテムを、何故今渡したのか。

 

「それはな、今使っても、機能する。けひひ、ゴホービって奴さ、藤堂彩人。お前の愛しの彼女が──どうやっても避けきれない、どう頑張っても助けられない状況になったとしても、そいつを使えば、未来が」

「ふざけるなよテメェ。んなもんご褒美でもなんでもねぇじゃねえか、クソ」

「まあまあ、落ち着けよ。最後まで聞けって。その使い方は所謂"正しい使い方"だ。だがな、ソレは、贈った相手にも同じ未来を見せることが出来る。"正しくない使い方"だが、お前ならその有用性はわかるだろ?」

「……」

 

 わかる。

 それ。つまり、世界滅亡エンドのトリガーとなる存在に──幸せな夢を見せてあげられる、という事だ。

 単純に馬鹿やらかして、のヒロインも少なくはないが、この世に絶望して、という感じで世界滅亡エンドに関わるキャラクターはかなり多い。それこそ"転移者"属性の子はそうだ。正確には投げやりになって、が正しいのだが。

 だから、わかる。

 

 もし、彼女らに、そういう未来も──在り得た未来を信じさせることが出来たら。

 

 だけど、それは。

 

「これを使って、好意ゲージが上がる結果にはならねえのか」

「さぁ、どうだろうなぁ。お前も俺も、そんなことが()()()()()()()()()しか知らねえもんなぁ?」

「……死んでくれ」

 

 死亡した後か、滅亡した後にしか使えなかったリボン。

 それを、生きている間に使って、どうなるのか。

 イベントスチルを垣間見るのが俺だけなら何も問題なかったのだろう。だが、相手も見ると来た。

 未来を見ると来た。

 

 それは。

 

「どう使うかは任せるぜ、イケメン君?」

「……ああ」

「んじゃ、悪い知らせの方を行こうか」

 

 世界のシステムに吐き気を覚えつつも、少しだけ違和を覚えた。

 どうして"正しくない使い方"なんか教えてくれるんだ、コイツ。こいつにとって世界滅亡なんかどうでもいい事じゃないのか。

 

「悪い知らせは三つある。まず一つ」

「多いな」

「このままだと、学期末の清算で死ぬ奴が出るぜ。はい次、二つ目」

「……」

「システム限界だ。キャラクター一覧、あるだろ? それ、今の10ページ目で終わりな。それ以上は記録出来ねぇから注意~。人間、多すぎるぜっ☆」

「クソ現実にクソシステムだなオイ」

「んで最後。一年後だ。正確には11か月後だな。このままいけば、地球に小惑星がぶつかる。直径800mの小惑星君は、余りに正確に、この学校を叩き潰し、この街を破壊しつくし、この国を火の海に変えるだろう。今はギリギリ逸れるコースを10km/sで移動中だ」

「……世界滅亡エンドの前兆か」

「大正解」

 

 前にも述べたが、ハーレム展開撲滅ゲームにはフラグというものが存在しない。だが、大災害が起きるための前兆が存在する。少なくない地鳴りがしていたり、台風が近づいてきていたり。

 到底どうしようもない前兆たちだけど、ゲームの主目的通り、ハーレム展開さえ撲滅出来れば、その災害は避けられる。

 

 一年後。

 本来のゲームの終わりは卒業だ。高校三年生の最後の日。卒業の日に、プレイヤーは管理から解放される。

 それが一年後にまで縮まったのは、システムとやらの作為か。それとも。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()、だよ。藤堂彩人。イケメン君」

「……躍起になってる、って考えは間違いじゃなかったのか」

「けひひ、だってよぉ、このままお前が、なんとかしてみんなを救って行ったら……ああ、それは、紛う方なきハーレム、だろう? たとえ好意ゲージが低かろうと、誰もがお前に感謝し、誰もがお前の事を見ている。それはハーレムなんだってよ。じゃあ、撲滅するしかない」

「プレイヤーに撲滅させるためのゲームだろうが。何そっちが意思持ってんだ、クソめ」

「先に例外を突いたのはそっちだぜ、害悪プレイヤー」

 

 全く、ふざけた話だ。

 本当に。

 

「ああ、だが、あくまで前兆だ。本来のルールに則り、一年後……お前が誰とも縁を深めずに、従来通りのハーレムを作らずにいたら、小惑星はちゃあんと地球を逸れて行くだろうぜ」

「じゃあ、何も変わらない。どっち道ハート状態が複数人になった時点で世界滅亡は起きるんだ」

「その追い撃ちが来るか来ないか、って話さ、イケメン君」

 

 追い撃ち。

 あぁ──確かに、そうか。

 世界滅亡エンドの中には、なんとかすれば少人数だけは生き残り得る、というものがいくつかある。

 インベーダーの襲来や異世界の軍勢の侵略も、運が良ければ生き残り得る。

 

 多大なる犠牲に目を瞑れば、あるいは、俺と彼女だけ助かる、なんてことも……出来てしまうかもしれない。

 

 それを。

 叩き潰さん、という。……死んでくれ、ゲームの作者。

 

「それと、もう一つ。良くも悪くもないお知らせがあるぜ」

「なんだ」

「SYSTEM ERRORだ。お前の異常行動のせいか、はたまた別の要因か。覚悟しておけよ、藤堂彩人」

「意味が分からん」

「俺もだ。けひひ」

 

 楽しそうに笑って。

 譲司は、何を言う事もなく自分の席へと戻っていった。

 

 直後、鐘が鳴る。

 

 いつの間にかポッケには、赤いリボンが入っていた。

 

 

 

 

 

 

「よっす」

「……なんだ、田畑」

「んー? 昼飯でも、一緒に食わねーか、って思ってさ」

「帰れ、うざったるい」

 

 昼休み。

 別クラスである田畑が、何を思ったか俺の教室に来て、俺の前の席*2に座って、そんなことを宣った。

 なんだコイツ。

 

田畑(たばた)(かなめ)15

 

「いいでしょ、別に。借りの作りっぱなしはヤなんだよ。とりあえず昼飯と、後放課後すいぞっかんにでもいって、チャラ。どうよ」

「意味が分からん。それに、もう礼は受け取った。それ以上は要らん」

「へえ。やっぱ、おもろいね藤堂って」

 

田畑(たばた)(かなめ)15

 

 ……上がった。

 不味いな。適当に対応しちゃいけない相手かもしれない。

 先日家で田畑のステータスを閲覧した。その時確認した限り、属性は"ギャル"+"百合"と、比較的安全そうな……男の俺に対しては元から興味を持っていないか、嫌悪しているレベルのそれだと思っていたのだが、違うのか。

 

 その検証はともかく、これ以上の好意ゲージ上昇を見過ごすわけにはいかない。

 

「帰れ。そのアホ面晒してる暇あったら勉強でもしてろ」

「何、心配してくれてんの? やっさしー」

「ああ、わかった。あの時の言葉を返すけどな、お前とっとと退学しろ。お前こそ必要ねえよ、ここに」

「別に、知ってるケド?」

 

 暖簾に腕押しだ。

 元々不良生徒なだけあって、罵倒が効きやしねえ。不味いな、なんとかしないと。

 

「お前は、女好きなんだろ」

「うげ、なんで知ってんの?」

「見りゃわかる」

「今までバレた事一回も無かったんだけど。んー、まぁ女の子好きだし、男嫌いだけどさー」

 

田畑(たばた)(かなめ)15

 

「アンタならいいかなー、とか。思ってんだよね。あたし自身おかしーとは思うけどサ」

 

 ……好意ゲージの支配か。

 本来であればその好きさの度合いを示す好意ゲージだけど、逆に言えば、好意ゲージが高いから好き、という影響も及ぼす。明らかに嫌っているのに好意ゲージが一だったから巻き返し可能だ、って判断したあの時の逆。

 好意ゲージが高いから、田畑は俺の事が気になってしまっている。

 どうして高くなったのか、なんて。

 

 ……病院で会ったあの時に彼女の好意ゲージを下げずに放置していたのが問題だろう。

 あのゲージ量のまま一週間以上を過ごしたのだ。勘違いしてしまうのも無理はない。

 

「お断りだ」

「えー。折角このあたしが誘ってやってんのに、にべもないなぁ」

「どんだけ自分に自信持ってんだテメェ。帰れよ。んで二度と来るな、アホ女」

「いひひ、じゃあ今日は退いてあげるケド。また来るよーん。だってあたし知ってんだ。アンタがいろーんな女の子に手ェ出してるってこと。それならあたしもチャンスあるでしょ」

 

 最悪だ。

 下げられなかった。かなり高いゲージ量のまま、田畑が去っていく。

 

 最悪だ。

 

「……なんだよ」

「別に」

 

 何より、それを彼女に見られていたことが──何よりも。

*1
らしい。作者のブログ曰く

*2
よく譲司が座っている所




Q.どうして解放リボンなんて作ったんですか? 作者は絶望とかが好きなんじゃないんですか?

A.飴梨花:ずっと絶望だとみんな飽きるから


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雌伏の煙

折り返し


 自分がおかしい、という事には気付いていた。

 

 いつからだったのかは明白だ。絶対に、あの時。

 怪我をした親友と自らを置いてどこぞへ去っていった彼が、事件を解決したのだと聞いた時。彼もまた入院し、けれど──自分を見る目が、一切変わらなかった、あの時。

 

 あたしは多分、彼に恋をしたんだと思う。

 

「カナ、どうしちゃったのさ、最近」

「え?」

「ぽけーって口空けて、なーんもないとこ見てさー」

「ああ……別に。平和じゃん、って思って」

「ナニソレ」

 

 未だ包帯は取れないけれど、無事に快復したといえるだろう親友に、上の空で返す。

 ぽけーっとしている。ああ、そうだろう。

 これが噂に聞く恋煩い、というヤツか。

 

「好きな人、出来たっぽいんだよね」

「へー。……へ? ん? なんて?」

「好きな人」

「……どこのコ? 別クラス?」

「好きな、男の人」

 

 言えば──ずさ、と。それはもうびっくりする勢いで後退る親友。まだ腕が痛むだろうに、機敏な動きをする者だと思う。

 でも、その驚きにも納得だ。

 だって。

 

「えー……いや、カナ、男嫌いじゃん。ゴツいし臭いし、何も考えてない馬鹿ばっかだー、って」

「それは今もそう。女の子の方がいいよね、かわいいし。けど」

 

 けど。けど。けど。

 気になる。好き。恋をしている。止まらない。

 理屈とは別の所が、彼を求めている。理性とは別の何かが、彼に惹かれている。

 

 それは、そう。

 本能だ。あたしの。あるいは──。

 

「綾乃は、どうなの?」

「どう、って? 男? 今も嫌いだよ。トーゼン。最近失恋したし」

「藤堂?」

「ム。分かってて聞くじゃん。そーだよ、女の子の身体とか一切興味ないって感じのイケメンだったから、この人なら、とか思ってたのに。ハルハルに言ったって言葉でゲンメツ」

「まぁ、それはあたしもそうなんだけどさ」

 

 男は嫌いだったはずだった。日常的な会話をしていてもすぐに視線が下に行く。見ないように努めている男もいるけれど、見ないように努めなきゃ見てしまうという生態自体がキモい。異性を性的略取の対象としか見ていない、下卑た会話を公然と繰り広げる奴らは唾棄に値する。

 一部を見て全体を判断するのはいけないとはわかっている。例外もいるのだろう。ただ、出会ってきた男が、今まで見てきた男が全部そうだったから、とりあえず、今は、男が嫌い。

 

 だった、のだ。

 自分でもおかしいということには気が付いている。

 

 嫌いなのに、こんなにも──好き。

 

「しかも藤堂って、ちょっと調べたらめっちゃヤバいじゃん。彼女作っては捨てて、彼女作っては捨てて。こっちの地元中のコに聞いたら、悪評しかなかったし」

「まぁそれは、あたしもヒトの事言えないかなーって」

「……確かに。カナもとっかえひっかえだもんね」

 

 なんせ遥含む例のSMSグループは、あたしの元カノで構成されているわけだし。

 もちろん綾乃も。

 

「えー、でもやだなー。カナが男と付き合うの。どうしちゃったのさー、戻ってきてよ私のカナー」

「別に綾乃のじゃないし。……自分でもどうしちゃったんだろうとは思うよ。けどさ、あたしの性格的に……自省とかできると思う?」

「ムリぽい」

「うん、よくわかってる」

 

 好きなのだと。

 好きなのだと。

 恋しているし──なんなら、愛してしまっているのだと。

 

 もう止まれない。

 

「でもさ、聞いてよ綾乃」

「おうおう吐き出せ吐き出せー」

「藤堂、好きな人いるんだってさ。あ、これオフレコね」

「へー。……え、カナじゃなく?」

「ん。誰なのかは教えてもらえなかったけど、……めちゃくちゃ楽しそうな、本当に、心から想っている、みたいな顔でさ。悪ぶろうとしてたけど、隠しきれない好意があったよね。そんな表情で、好きな子がいるんだ、なんてさ。……ちょっち妬いちゃうなー」

「マジ? 藤堂だよ? いつもしかめっ面で仏頂面で、確かにイケメンだけど、笑う事なんて厭味ったらしく以外は無いって言われてる藤堂だよ?」

「あたしが思うに、多分あっちが素だね。そういうトコの勘は鋭いんだ、あたし」

 

 一瞬だけ垣間見せた、純朴な少年みたいな表情(カオ)

 多分あれを見せるのは、見せ続けるのは、その好きな子とやらにだけなんだろう。

 

 凄く、嫉妬する。

 元から嫉妬深いというか、独占欲の高い方だ。その分飽きは早いんだけど、それはそれとして。

 

「どうするの、それ。奪うの?」

「どうしよっかなーって。奪うにしても、相手が誰なのかわかんないと始まんないじゃん?」

「まさか調べて欲しいとか言わないよね」

「始まんないじゃん?」

「出たー、カナの悪いとこ! 言っとくけど私達元カノだからね? カナに振られてんだからね? その私達に、カナが新しく好きになった人の好きな人が誰なのか調べてこいって……」

「お願い綾乃……あたしこの学校にそんなに友達いないからさ」

「惚れた弱味ッッ!」

 

 悪いとは、ちゃんと思ってる。

 一番目の彼女にして恋も愛も判らずに自然消滅した遥のソレと違って、以降の彼女らはちゃんと恋愛をして、その上で今に至る子達、だから。

 いやその。

 悪いとは思ってる。

 

「……まぁ調べるのは別にいいんだけどさ。もう一度だけ、はっきり聞かせて。男嫌いのカナが、田畑要が、控えめに言って性格最悪の変態男な藤堂彩人を好きになった理由って、何?」

「人が好きな相手の事随分ひどく言うじゃん」

「だって私あんま好きじゃないもん」

「……。んー、まあね。好きになった理由は」

 

 きっかけは明白だ。自らの変調も自覚している。

 その上で、好きになった理由は。

 

 多分。

 

「必死だったから、かな……。わかんないけどね。何にあんなに焦ってるのか、どうしてあんなに……泣きそうなのか。勿論本能が彼を好いてるのはあるんだけどさ。それ以外に……彼にあんな顔をさせる、彼の好きな人にも、文句をいってやりたいし。彼の素顔を、見てみたいし」

「げぇ」

「カエル?」

「砂糖を吐いたんですー! ……はいはい、もうわかりました、わかりましたよ。恋する乙女じゃん。……もう見つけた女の子食い荒らすのは止めるカンジ?」

「彼が許してくれるならガンガン浮気する所存」

「最低だー!」

 

 許して欲しい。

 貴方にはとうに心に決めたヒトがいるのだろうけれど。

 

 あたしが貴方を好くことを、どうか。

 

 執拗に他者を遠ざける貴方を愛してしまう事を、どうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 兄は横柄な人だ。

 女性に手を出す事数知れず。それを手酷く捨てた事、同数。女性に手を上げる事も最近では増え、少しは鳴りを潜めていたと思っていた喧嘩沙汰も息を吹き返してきた。

 その容姿こそ、妹の私から見ても美しいものだと思う。俗な言葉にするならイケメン、というヤツだ。少なくとも私は今まで生きてきて、兄よりかっこいい男性を見た事は無い。それは近所の人だとか、学校の子と比較して、でなく──テレビの中の俳優なんかも、すべて合わせて、最上。

 

 だけど、その性格は最低。

 最低、なのだ。

 

「……もう、9時」

 

 時計は嘘を吐かない。

 9時。夜。21時。

 だというのに兄は帰ってきていない。

 

 まぁ、当然だ。

 食事が用意されていないと知っている。だから、外食で済ませているのだろう。

 

 私が、作っていないから。

 

「……別に」

 

 家族じゃないと、言われた。

 妹だなんて思ってないと、言われた。

 

 だから私が兄の食事を作る必要なんて無い。元々そうだ。別に、どこの家庭を見ても、妹が兄の食事を作らなきゃいけない決まりなんてないだろう。

 そもそもこれは──私自らが、進んでやっていた事だから。

 口を突けば最低な事ばかりが出てくる兄を、唯一。私の手で、黙らせる事のできるもの。それが料理。

 

「……はあ」

 

 独りでの食事は溜息が出る。

 早く帰ってこないかな、お父さんとお母さん。まぁ予定では帰ってくるのは半年後なのだけど。

 この広い家に独りは、ちゃんと、寂しい。

 

「ふう」

 

 ……兄は横柄な人だ。

 その日、同学年の女性に膝蹴りを入れたと、兄と同じ高校に通う人から話を聞いた。聞いた時は耳まで赤くなった。怒りで。

 なんだそれは、と。暴力にも程がある。捕まるべきだ、そんな人は、と。

 

 それを問い質そうとした日。

 兄の部屋の前まで来ていた。兄の部屋の前まで来ていて、そのドアをノックせん所まで来ていた。するつもりだった。いつもの様に静かに、ではなく、激しく、糾弾するように。

 

 中から漏れる、嗚咽を聞くまでは。

 

「……あの人、泣くことあるんだなぁ」

 

 泣いていた──涙を流していたのかまでは定かではない。

 ただずっと、「クソ」とか「なら、今までのは」とか、「じゃあ、もう」とか。具体的な内容は一切判らなかったけれど、何かを後悔しているようなその声に、私の手は止まっていた。

 

 その、次の日だ。

 兄の緊急入院。喧嘩をして、腹部を刺されたと。兄は言っていた。

 あの時私は、「もう勝手にしてください」と言った気がする。そんなことの面倒は見ていられないと。それに対し兄は、「ああ、帰って良いぞ」と言った。その言葉にもうカーッとなって、本当に帰ってきてしまったのは……冷静さを欠いていた、としか言えない。

 後日、真実を聞いた。

 兄がやった事の全て。学校に侵入してきた不審者を倒し──怪我で動けなくなった少女を庇い、腹部を刺された兄の話を。

 

 本当、最初は嘘を吐かれているんじゃないかと思った。

 だって今までの兄とのイメージが違い過ぎる。兄はもっと横柄な人で、自分だけが大切で、そんな、大勢のために、あるいは女の人のために、命の危険を賭してまで立ち向かうような熱血漢ではない。

 けど、嘘ではなかった。

 生徒のどれだけが嘘をついても、流石に警察は嘘を吐かないだろう。病院の人は嘘を吐かないだろう。

 必死に、もしくは、嘘である事を求めて、信じて、みんなに聞いて回って……真実だと確定した。知った。

 

 その衝撃がどれほどのものであったか。

 私が。

 私が、ずっとずっと覚えていた違和感。排他的且つ攻撃的な兄に秘された、微かな感情。私の求めて止まない何か。私に向けられた親愛。私にいつかくれた──優しさ。

 兄は横柄な人。

 では、なかったのだ、と。

 

 兄は横柄な人でなく。

 兄は優しく、正義感に溢れ、家族である事を誇り得る──素晴らしい人なのだと。

 

 だから私は、兄を探し回った。

 今までの事を謝りたくて。兄の事を見抜けなかった自分が悔しくて。

 兄は目立つから、聞き込みをすれば大体足取りは辿れる。その日もすぐに見つかった。

 

 そうして。 

 そう、して。

 

「お前なんか家族じゃない、か」

 

 頬を撫でる。

 ビンタされた。びっくりしてあの時は何も感じなかったけど、兄は……私に手を上げた。

 それで、激しい剣幕で、凄い形相で捲くし立てて……そこで、おしまい。

 

 お前なんか家族じゃない。うざい。妹だなんて思ってない。

 兄と呼ぶな。気持ち悪い。

 

「……」

 

 机にべったりと身体をつける。

 腕に頬を押し付けて、べったりと。

 

 ……。

 ショック、だったらしい。

 存外。自分は……あの兄を、あの兄が自らの兄である、という事実を……好いていた。

 あの兄の妹が私であるという事実を、誇っていた、らしい。

 

 事実上の絶縁宣言は、私を酷く傷付けた。

 

「ホントはそこで、おしまいだったはず、なのに」

 

 不満を込めて言う。

 

 直後にそれは起こった。狙いすましたかのようなタイミングで、それは起きた。

 直下型地震──震度は4。この辺は古い街並みだから、建物の倒壊の恐れあり。なーんて知識が頭を駆け巡って、けれど身体は動かなくて。

 

 必死の形相で、泣きそうな顔でこちらに飛びついてくる兄を、ただ見ているだけしか出来なかった。

 

 覚えている。

 ぎゅうと、痛い程に抱きしめられた身体。地面とは兄が自らの身体をクッションとして挟んでくれて、私に怪我はなくて。

 私の顔を自らの胸板に埋めて、決して外を見せないようにして……"ぁ"と、小さな呼気を漏らして。

 轟音。轟音だ。

 耳をつんざくような破砕音。何かが割れて、何かが折れて、何かが壊れる音。

 兄の腕の力が強くなる。耳を塞がれた。けれど、その程度で音の完全遮断は出来ない。

 

 ちゃんと、聞こえた。

 誰かの悲鳴──断末魔が。

 

「大丈夫だ。大丈夫だ。聞かなくていい。頼むから、聞かないでくれ、(しるべ)……ね。あーあ。はぁ」

 

 もう、がっつり。

 ぜーんぶ聞こえていた。全部。ちゃあんとトラウマになってしまったし、ちゃんと……大嫌いになりかけた兄を、また、信頼してしまっている。

 久しぶりに名前を呼ばれた。

 久しぶりに兄の親愛を受け取った。

 

 久しぶりに、兄と触れ合った。

 

 あの時の事は忘れたくても忘れられない。

 兄の言葉は一言一句覚えている。最低極まりない絶縁宣言も──彼の、兄としての、私へ向けた庇護の言葉も。

 

 嫌えない。

 嫌えないよ、あんなのされたら。

 

 兄は多分、聞かれていないと思っている。聞かれたと知ったらまた酷い言葉を捲くし立ててくるんだろう。だから絶縁宣言の通りに食事は作らずにいる。

 けど、私の心持ちは少し違う。

 私はまだ、兄を嫌えていない。

 絶対にまだ何か隠している。私にすら言えないようなとびきりのもの。家族にさえ相談できない程に大切で、苦しくて、つらくて……可哀想な、何か。

 

 だから私は、まだ。

 兄を、兄だと呼んでいる。

 

 

 

 

 

 

「流石にアポ無しはヤバイと思うんだけど、どうかなお姉ちゃん」

「……どう考えてもヤバイし、頭もヤバイと思われるから、止めといた方がいいと思う」

「だよねー。でも、ほら。シルベちゃんとは一応お友達なわけですよ。ふふん」

「だからこそ、まだ、よ。この前の……紙葉さんと同じ感じにはなってないでしょ?」

「ぽいね。でもほら、あの三木島って人はあと一押しって感じだぞん!」

「……はあ、全く。妹の中二病に付き合わされて振り回されるこっちの身にもなってほしいものなんだけど」

「えー? お姉ちゃんの車椅子私が押してるんだから、疲労とかはないでしょ?」

「精神的疲労はマックスに近いわ。道行く人に"アナタの好きは本物ですか?"なんて聞いて回る奴、どう考えても頭がおかしいのに……それに押されなければ移動できないなんて」

「さっすがー! 本物じゃなかった人はいう事が違うね!」

「いっそこのビルから突き落としてやりましょうか」

 

 双眼鏡を覗く少女と、その後ろで車椅子に乗る少女。

 双眼鏡の少女は元気溌剌に、車椅子の少女は不機嫌そうに、それを見る。

 

 藤堂彩人。彼の周囲にいる女性達。

 

「ちなみに再燃したりしてない?」

「……少しはね。でもこの気持ちは、今度こそ本物だから」

「ほんとにー? また暴走しない? 大丈夫?」

「大丈夫よ。それに、私はあの人の気持ちを蔑ろにしてまで、自分を貫き通したいとはもう思えない。二度も命を救ってもらって、それは望み過ぎ」

「じゃあ私が貰っちゃおっかヌェァ!?」

「馬鹿言ってるとアキレス腱轢くわよ」

「轢いてる轢いてるもう轢いてる──ッ!」

 

 二人は姉妹で。

 別にこんな、遠く離れたビルにいる必要性は全くなくて。

 

「一回やってみたかったんだよね。遠くのビルから双眼鏡で覗く奴!」

「はいはい。ちなみに見えた?」

「え? 全然。他の家とかビル邪魔すぎ!」

「でしょうね」

 

 彼に彼女らを視認する事は叶わないだろう。

 だって彼女らには、存在しない。

 

 好意ゲージが、存在しないのだから。

 

「目指せ全人類の解放! 我々KKDKT委員会の旗揚げだぜー!」

「何の略?」

「KOUKANDOKAITAI!」

「……だっさ」

「なにおう!」

 

 System Error.

 大丈夫。大丈夫。藤堂彩人のしてきたことは、決して。

 

 無駄なんかには、させないのだと。

 



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愛の名は

R15描写(用語)多めです。


 ハーレム展開撲滅ゲームはノベルゲームだ。見下ろし方のドット絵RPGや、3Dポリゴンの探索アドベンチャーなどでなく、あくまで背景スチルとテキストとVCとBGMのついた、自由度の低いゲーム。

 選択肢は沢山用意されているし、その日の行動や誰に会うか、なんかはプレイヤーが決められるものの、選んだあとのテキストや展開は定められたもの。作者が膨大な時間をかけてつくったテキストと背景絵と、どこぞの作曲者のBGMに、同人声優の声が込められた"用意された運命"が広がっている。

 

 だから俺は、この街に、この世界に詳しいわけではない。

 あくまでゲーム上で上がっていた情報のみを知っている。あくまでゲームで描写された範囲のみを知っている。それは本来であればだれもが知らない事……コトを起こす張本人でさえ、現時点では知らない事であったり、宇宙人の襲来の可能性や異世界の魔王軍の準備状況など、この世の誰もが知らない事であったり。

 でも、それ以外はてんでさっぱりだ。

 この街についてはなんとかなる。住民として知っている範囲であれば知っている。

 だけど、たとえばこの街に巨大ロボットが隠されている、とか。国宝級の何かが眠っている、とか。そういう、ゲームに無かった情報はてんでわからない。今言った妄想が実は当たっているのかもしれないし、地質まで調べに行っても何も無い、に終わるかもしれない。

 

 あくまで、世界滅亡エンドに関係する秘密にだけ俺は詳しい。

 それ以外の事は──例えば、ゲームに登場しなかった人物の好き嫌いとか、描写されなかった施設の内部とか、そんなことは。

 

 

 

 

「あっちあっち。サメ見にいこーよ」

「……」

「ねー、藤堂? ちょっとくらい笑いなよ」

「うぜぇ」

 

 水族館。

 水族館だ。

 街の外れにある、そこそこの規模の水族館。暗い館内に刺す水光は幻想的な雰囲気を醸し出し、それがムードを高める。ムード。むー、ど。

 ……そんな場所に、俺は。

 

田畑(たばた)(かなめ)15

 

 一緒に来ているのは田畑。

 その顔の、その横に出ている表示に、喚き散らしたくなる衝動をグッと抑えて……溜息を吐く。

 

 ハート状態だ。紛う方なき。

 あの日以降、田畑の好意ゲージを下げる事は出来なかった。日増しに上がって行く好意ゲージに俺は何度も罵倒をしたし、手を上げんとしたこともあった。ただ如何せん田畑も腕っぷしが強く、加えてあの性格。

 残念ながら有効打はゼロ。初めの方は強い嫌悪感を露にしていた性的、あるいは身体的な話をしても、「ギャップが可愛い」だの「強がらなくていい」だのと糠に釘。

 明らかに好意ゲージの、そしてハート状態の悪影響だ。今でも彼女の"ギャル"+"百合"という属性は変わっていないため、好意ゲージの上昇が彼女を捻じ曲げてしまっているのだと言えるだろう。

 

「ちょいちょい、()()といる時に溜息とか、やめてよね」

「別にお前彼女じゃねえだろ。言ったよな、俺。好きな子がいる、って」

「浅海っしょ?」

「──」

 

 ドキ、とした。

 心臓が止まったかと思った。何故、それを。

 俺は──この世界の事に気付いてから、一度もそれを口にしたことは無いのに。

 

「アンタ毎度毎度浅海に突っかかってるっていうじゃん。アンタの同中のコに聞いたら幼馴染らしーし。浅海も浅海でたまにアンタのことじーっと見つめててさー、いやこれは完全にソウじゃん、ってなったわ」

「……それで、それがわかっていて、なんで付きまとう」

「あっは、否定しないんだ。本当に好きなんだね。そこだけは偽りたくないと見た」

 

田畑(たばた)(かなめ)15

 

 俺に好意を向けている二人以上の人間がハート状態になった時点で、世界は滅亡する。

 だから、一応。一応、まだセーフなのだ。田畑のみがハート状態である現状は。王手である事に変わりはないが。

 どうにかして、どうにかして。

 田畑の好意ゲージを下げないといけない。現状、針の上でタップダンスを刻んでいるようなものだ。危ないが過ぎる。

 

「カンケーないかなって」

「……」

「アンタは浅海が好きで、浅海がどう思ってんのかはしんないけど、あたしはアンタが好きなワケよ。アンタが浅海を好きなのが勝手なら、あたしがアンタを好きなのも勝手っしょ? んで、こうやって無理矢理に連れ出せば水族館くらいなら付いてきてくれるってわかったワケ。んじゃ脈ありでしょ」

「ナシだよ。俺がお前を好く可能性は億に一つもない。うぜぇしダりぃし、進行形で嫌悪感が増していってる。今どんだけお前の事嫌いかわかるか。サメのいるプールに突き落としてもいいくらい嫌いだよ」

「でも、もし本当に、あたしが足を滑らせて落ちたら、助けてくれるんでしょ?」

 

 ……厄介だ。

 見抜かれている、という感覚がある。俺の、"俺"という殻を。その中にある意思の弱い"僕"を。こんな横柄じゃなくて、こんな横暴じゃなくて、こんなに強くない、僕を。

 でもそれは些事だ。僕が見抜かれているのはもう仕方ないにしても、田畑のハート状態を解除しないことには、僕は彼女にさえ本心を明かせない。たとえ卒業でシステムの全てが終わったとしても、僕は彼女を愛せずに終わる。

 

 ……それは嫌だと、そう、言おう。

 

「……はぁ、わかった」

「お」

「じゃあ今、ちょっと胸出してくれよ」

「は?」

 

 わかっている。

 万事滞りなく終わり、あらゆるシステムから解放され、自由の身になったとして……俺のやってきたことが消えるわけじゃない。そこで「ハーレム展開撲滅ゲームというものがこの世界」で「俺が沢山の人に好かれたら世界が滅亡してたんだよね」なんて説明したって信じられるわけがない。

 ただ、「やっぱり頭がおかしかったんだ」なんて烙印を押されて、誰からも相手にされず……死んでいくのだろう。それは勿論、今まで散々な仕打ちをした彼女や、妹にも。

 

 嫌だ。

 それは変わらない。嫌だ。なんで俺が、とも思う。

 ……でも、やっぱり、誰かを目の前で失うのは嫌だし、世界が滅亡するのも嫌だ。嫌だっていうか世界滅亡に関しては俺も死ぬわけだから嫌とか以前の話なんだけど。

 

 なら、自分が拒絶をするのなら、やっぱり。

 自分も拒絶される……何か対価を支払うべきだと、そう考える。既に散々払っている気がしないでもないけど、俺は、それでも彼女を望むから。

 社会的信用性くらい、くれてやる。

 

「ちょ、ちょっとやめてよ」

「三木島は爆乳だけどよ。田畑も結構デカいよな。それに、いいカンジに焼けてる肌が……そそる。いいだろ、どうせ見えねえよ。暗いんだ。なんなら俺が手を入れてやろうか?」

「……いや、いいよ。わかった、触れるもんなら触ってみなよ。どーせいつもの強がり……──ッ嫌っ!」

 

 迷いなく。躊躇なく。

 胸元に荒々しく手を突っ込んで、その胸に触れた。

 

 その腕に強い衝撃があって、更には田畑が大きく飛び退く。振り払われた、のだろう。めちゃくちゃ痛い。

 

田畑(たばた)(かなめ)15

 

「なんだよ、彼女になるんじゃねえのかよ。今までのコは嬉しがって自分から見せてくれたぜ? その上で大好き大好き、ってな」

「……最低」

「もしかしてお手て繋いで水族館見て回って、そんだけが彼氏彼女の関係だとか思ってねぇよな。勿論その後までヤんだろ? お互い高校生さ。別に、咎めるヤツもいねぇ」

「……」

 

 近づく。後退る。

 水槽湧きの暗がりでの一進一退。介抱以外で初めて女の子の肌に触れた俺はちゃんと緊張しているけれど、そんなものを感じる僕は封殺して圧殺して、俺が一歩を踏み出す。

 

「どうせ処女でもねぇんだろ? 知ってる、っつか聞いたぜ。お前、女の子侍らしてイイコトしてるらしいじゃん。そうだ、紹介してくれよ。俺が誰を好きでも問題ないんだろ? 別に彼女名乗っても許してやるからよ、エロい子、ちょいと頼むわ」

「……」

 

田畑(たばた)(かなめ)15

 

 いいぞ、順調だ。

 譲司の口調を参考にしたこの変態三下チンピラムーブ、百合属性には刺さる刺さる。みるみる好意ゲージが下がっていく。

 あと一押しで、ハート状態も解除できそうだ──。

 

 

「──嘘つき」

「あン?」

「……アンタさ、無理だよ。アンタがそんな悪い奴じゃないって、もうわかってる。多分ね、浅海もわかってる。そのさ。その……()()()()()()()()()()()()()()()、どんな目的なのかもわかんないし、何があってそんなことしてんのか知らないけどさ」

 

田畑(たばた)(かなめ)15

 

「無理だよ。アンタが思ってるより、女の子は賢いよ。賢いしビンカン。あたしもだけどさ、というか、あたしなんかは特にさ」

「……」

「藤堂の視線や言動に──性欲だとか、あたしへの、気持ちとか。()()()()()()()()()くらい、わかる」

 

 あぁ、敵わない。

 やばいな。不味いな。俺なんかより、この子の方がずっと偉い。ずっと怖い。人生二週目の俺なんかより、この子の方がずっと経験を積んでる。

 ゲームには登場しなかった"ギャル"+"百合"属性の少女、田畑要。

 ああ、そうだろう。こんな子が登場してしまえば、ハーレム展開の撲滅など難度が跳ねあがるに違いない。上級者であればともかく、初心者は絶対に越えられない壁となってしまう。

 だから、出さなかったのかもしれない。

 だから、出て来なかったのかもしれない。

 

 ……上級者だよ、俺は。多分ね。

 

「そこまで言うなら、ヤらせてくれよ」

「話、聞いてた? それが本気じゃない事くらいわかるよ」

「ああ。本気じゃねえ。お前なんか欠片も好きじゃないし、エロいとすら思ってねえ。俺がそういう対象に見るのは浅海由岐ただ一人だ。だから、()()()()()()()()()()。ずっと、もう、ずっと。アイツに笑ってもらえてないんだ。ずっと、アイツと触れ合えてないんだ。もうずっと、ずっと、アイツと──ヤってないんだ」

「……そこまで行ってたんだ?」

 

田畑(たばた)(かなめ)15

 

「ああ、襲った。好きだったからな」

「付き合ってたの?」

「いや? 襲ったら、涙目で蹴られたよ。良い顔だった。今でも覚えてる」

「泣き顔を、良い顔なんていうんだ」

「ああ。俺、女の子が悲しむ顔好きなんだよ。これは恋愛対象じゃなくて、単純に性的嗜好な。今度こそ本当にそそるんだぜ。お前の肌なんかより、よっぽどな」

 

田畑(たばた)(かなめ)15

 

 ああ。

 ちなみに全部嘘。あの頃の僕に女の子を襲うなんて勇気あるはずないし。彼女の泣き顔は見た事あるけど、良いなんて思わないし。……あの頃は、もうこんな顔させて堪るか、とか思ってたんだけどな。今では積極的にさせる側か。はは。

 ああ。

 いいよ。順調だ。ちゃんと下がってる。僕としても、そして俺としても、こんなセクハラしたかないけどさ。道端でイケメンがこんな言葉吐いてたら、警察に捕まってでもぶん殴りたいけどさ。

 

 頼むよ。

 もう、嫌いになってくれ。俺の内側なんか見透かさないで、もう、好かないでくれ。

 俺は貴女のようなカッコイイ人にはなれないんだ。好意ゲージの支配か、あるいは貴女の本来の性質かはわからないけれど、その想いには応えられない。

 ただ単に世界滅亡エンドを起こしたくないってわけじゃないんだ。ただ単に死亡イベントを回避したいってわけじゃあないんだよ。

 

 俺は、彼女が好きなんだ。

 浅海由岐が好きなんだ。そのためには、他者に好きになられちゃ困るんだ。

 

 頼むよ。

 俺の内側が見えるというのなら、これを汲み取ってくれよ。

 

「……あはは」

「なんだよ」

「いやさ、……やっぱり無理だよ、藤堂。アンタどんだけ悪ぶっても、良い人過ぎる。自分のために行動してるんだろうけど、それは、多分、みんなのためになるんだ。でも、うん。わかった」

「何がだ」

「わかったよ、藤堂」

 

 笑う。

 田畑はにっこりと笑った。

 それは多分、本当に、可愛らしい笑みで。

 

「アンタのこと、嫌いにはなれない。アンタのこと、好きじゃ無くなれない。それで、アンタからの愛は要らない。いらないし、受け取らない。仮にあたしのことを愛してくれてもね」

「だから、お前なんか興味ねーって」

「うん。あたしさ、ちょっと離れるわ。ガッコ、辞める」

「……え」

 

 驚きの声。

 それは、学校を辞める、という事に対して──ではない。

 

 彼女の、側頭。

 彼女に付随する、その、その。その。

 

「デート、無理に付き合わせちゃってごめんね。ありがとう。……またね、藤堂。次会った時は、()()()、本当の言葉でさ」

「お前、ソレ……」

「じゃ!」

 

田畑(たばた)(かなめ)15

 

 手を上げ、踵を返し……マナー悪く館内を走り去っていく少女。

 その、好意ゲージが。

 

「……ゼロに、なった? いや……消えた?」

 

 好意ゲージがゼロになれば、死亡イベントが起きる。

 だから気を付けてはいた。水族館で起きる死亡イベントなどゲーム中には出て来なかったが、海系のスチルにサメに食われる、というのがある。ガラスが割れて、のパターンかと思って、飛びつけるよう姿勢は変えていた。

 が。

 が。

 

 ……が。

 

「……見た事が、ある。この……シーン」

 

 予測していた事態は起こらず。

 代わりに、酷い既視感が脳裏を襲う。

 

 水族館。違う、暗い場所。暗い場所で──誰かが走り去っていって。主人公()が手を伸ばして、けれど走り出す事は無くて。

 ゲーム本編、じゃないはずだ。俺がどれほどハーレム展開撲滅ゲームをやり込んだと思っている。取得していないスチルはあるが、攻略やら何やらで全てが頭に入っている。

 だからこれは。

 

「ホームページの……確か、由岐、の」

 

 今しがた走り去っていった少女は誰だったのか。由岐、なのか。

 浅海由岐。俺の大事な人。そもそもなんで俺は水族館(こんな所)にいる。どうして、誰と来ていた。そんな、好意ゲージが上昇しかねない迂闊な行動を、どんな必要に駆られてしていたのか。

 

 意識が落ちる。

 わかる。ああ、俺は眠るんだって、わかる。

 

 ──まるで、ローディングが挟まったかのように。

 俺の意識は──闇へと。

 

 

 

「……こんな田舎町に水族館がある、なんて。おかしく思わないのかね、コイツ」



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愛し脅し

またR15描写あります。


 五月病、という奴なのだろう。

 最近、どこかボーっとしている事が多い。四月の入学式より始まった本編……ハーレム展開撲滅ゲームの数々のイベントを経て、多分、緊張の糸が切れてしまっているのだろう。これから体育祭という大きなイベントも控えているというのに、しっかりしなくては。

 

「こら! そこの男子生徒、止まりなさーい!」

「……」

「遅刻ですよ、ちーこーく! 届け出を出しなさい!」

 

 五月の第二木曜日。この日は必ず遅刻をする日だ。ハーレム展開撲滅ゲームに設定された、数少ない固定且つ不可避イベントの一つ。世界滅亡系ロリ風紀委員長先輩に、主人公は必ず捕まる。

 相も変わらず届け出を出さない気の主人公は学校の裏門からこっそり侵入し、しかし見回り中の彼女にばったりあって、追い掛け回されることになる。

 ゲーム内での選択肢は三つが三回。隠れる、廊下を行く、階段を行く、の三つを三回繰り返し、見事逃げきれたらそのまま教室へ、捕まったら好意ゲージ固定量上昇イベントへ連行される次第だ。

 

「む……逃げ足が速いですね……」

 

 隠れる、の選択肢。無論選択肢など見えてはいないが、メタ的に見るならそういう事だろう。

 そのまま廊下の窓を開け、身を乗り出し、その傍らを伝う縦樋を伝って上階へ。裏門から侵入する時、二階の窓が開いているのは確認済みだ。そうして上がって。

 

 上がった先に。

 

「こら! 危ない事はいけません!!」

「げ」

「なーにが"げ"、ですか! ほら、行きますよ、届け出を出しなさい!」

 

 まさか先回りされていようとは。

 怒った口調だが、その好意ゲージは半分近い。下がりづらいオブ下がりづらい好意ゲージを持つこの人は、多分俺の噂のいい部分だけを聞いて、その評価と好意ゲージを上げている。恐ろしすぎる。

 

「あ、逃げるのもダメです!!」

 

 もう一度窓の外に出て、そのままさらに上へ。呼樋の金具に手を掛けて、逆上がりの要領で一回転。屋上へ。

 ……いや、普通にやばいよな、これ。流石は主人公の肉体。俺、筋トレとか何にもやって無くてこれだぜ。努力してスポーツやってる連中に申し訳ないよホント。

 

 屋上。

 屋上か。

 

 ふと、何気なしに教員棟の方を見る。

 

「……あそこで、ナイフ男と戦ったんだっけ」

 

 水橋を護った場所だ。腕を刺された水橋を庇い、男に拳を刺した。

 今思えば、少々蛮勇が過ぎる。主人公の肉体が凄まじいものとはいえ、相手は刃物。乱雑な振り回しだけでも致命傷となる可能性があるのに、突っ込んでパンチ、なんて。

 そもそもけが人がいたんだ、抱えて逃げる方を優先したら良かったのに。まぁ待ち伏せなんかの可能性があったから出来なかったんだけど。

 

 それ、以外に、

 何かあったような。

 

「こらー!!」

「うげっ!?」

「屋上は立ち入り禁止ですよー!!」

 

 屋上のドアがバァンと開く。彼女の言う通り、屋上は立ち入り禁止だ。施錠もされている。

 だから彼女とて入って来れないはずなんだけど。

 

「風紀委員権限です!!」

 

 出たぁ。

 ギャルゲー特有の超常権限を有す風紀委員会……。いや確かにゲーム内でもそういう類の描写はあった。特にこのロリ委員長の個別ルートに入ると、平気で風紀を乱すような事をやらかしつつ、全部裏で処理しておきますね、とか言うのだ。

 "ロリ"属性はともかく、"博愛主義"とかいうサイコな属性の持ち主はやる事がやっぱり違う。

 さて。

 逃げ場はまぁ、いっぱいある。登ってきた時と同じように、どこへなりとも逃げ果せるだろう。

 

 問題は、果たして、この委員長が逃がしてくれるかどうか、である。

 ゲームでは不可避イベントの一つだったこれ。入学式の時は見逃してくれたか、探し切れなかったのどちらかだろうが、今回ばかりは違う様子。校外に逃げても地の果てまで追ってきそうな剣幕だ。

 しかしまともに捕まると、固定量上昇イベントが始まる。その上昇量、なんと二ゲージ分。今が半分少し手前である彼女の好意ゲージはあまり上げたくない。下げる方法見つからないし。

 

 なら──やっぱり、逃げるしかない。

 

「あ、待ちなさい! 飛び降りたら危ないでしょう!」

「危ないとかそういうレベルじゃないけどな……」

 

 飛び降りる。

 屋上だ。三階建ての校舎から、ひょい、と。

 

 そのまま中庭の樹に入って、枝やら何やらをクッションに衝撃を殺して、着地。

 ちなみに対話という選択肢はない。あの人は対話するだけでも好意ゲージが上昇する事がある。だからダメだ。

 

 さて、こっからどこへ逃げようかな、と校内マップを思い浮かべていた所。

 

「こっちよ、藤堂君」

 

 と、声がかかった。

 

 

 

 

 

 

「皆森先生、ここに一年の男子生徒……藤堂彩人君が入って来ませんでしたか?」

「いいえ? 今朝から今まで、ここへ来たのは貴女が初めてよ」

「そうですか。ありがとうございます。失礼しました」

 

 そんな会話が、カーテンの向こうで行われた。

 ガラガラと引き戸の閉じる音。キャスター付きの椅子がキュル、と回る音がして、シャッとカーテンが開けられた。

 

「もう大丈夫よ」

「……」

 

皆森(みなもり)朝霞(あさか)27

 

 表示される好意ゲージの量は多い。

 養護教諭、皆森朝香。"年上"+"バツイチ"属性のヒロイン。

 ハーレム展開撲滅ゲーム本編唯一の成人女性*1で、その個別ルートはR15ラインギリギリのアダルティなものとなる。当然人気は高かったけれど、伴って死亡イベントがNTR展開という、ユーザーの地雷を踏み抜くトラウマ物固定であったため、ルートの評価は最低に近い不思議な人気を持つキャラクターだった。

 そんな人が、何故。

 

「いいのか、教師がそんなことをして……って目ねぇ」

「あぁ、なるほど? こうやって危ない所を助けて弱みに付け込んで、秘密の共有みてぇな背徳行為をすることで、簡単に堕ちてくれそうな男子生徒食い漁ってんすか」

「……先生、そんな目で見られてるのね。悲しい」

 

 よよよ、と泣き真似をする養護教諭に、しかし警戒は解かない。

 好意ゲージが高い事もそうだが、今言った言葉の半分くらいは正解なのがこの人の怖い所。主人公と添い遂げることになる個別ルートで明かされる話だが、要約すると「欲求不満だったの」で終わる。R18系のアートサイトにはソウイウ絵が多数上がっていた。

 この人はロリ委員長とは違った意味で話が通じない。

 包容力というには些か汚いのだが、こちらの言動を「まぁ学生のいう事だし」で済ませてしまえる余裕があるため、これまた同じく好意ゲージが下がり難い。

 

「答えろ」

「そんな怖い言葉使わないで? 三木島さんの時、ちゃんと養護教諭していたでしょう?」

「……」

「ふふ、アツイ視線。でも大丈夫、本当に安心していいのよ。()()()()()()()()()()()()()()()

「な、に?」

 

 冷静にゲームでのイベントなどを思い返している思考に、突然罅が入る。ピシリと入ったそれは、予想外の衝撃に寄るもの。

 

「どういう」

「その前に。貴方は今、自分がどんな状況にあるかわかっているかしら」

 

 ……なんだ。

 何を知っている?

 

「……わかっている、つもりだが」

「そう? その割には冷静ね」

「何がその割には、なんだ」

「だって、水族館の中だったとはいえ、公衆の面前で女の子の胸を触って逃げられた、って。もう、飛び切りの噂になってるわよ?」

 

 ああ。

 なんだ、そっちか。なんだ。そっちかぁ。

 一瞬身構えてしまった。ハーレム展開撲滅ゲームの事を言っているのかと。

 

 そっちか。

 いやそっちも面倒臭いのは事実なんだけども。

 

 そっちも──ん?

 いや待て。

 公衆の面前で女の子の胸を触る? ……ん?

 

「それ、事実だと思ってんすか」

「目撃者がいっぱいいるもの」

「……確かに俺は、……素行の悪い方すけど。そんなことまではしないすよ」

「そう? でも、現に貴方の周りには女の子の影が沢山ある。榛さん、三木島さん、水橋さん。他にもたっくさん。スキンシップも多めよね。頭を撫でたり、肩を抱き寄せたり。ソウイウ、欲求があるんじゃないのぉ?」

 

 ああ、やっぱりそっちに話持っていくのか。

 知識通りで安心した。

 それより、だ。

 

 なんだ、その噂。

 いつもの悪行(こと)か、と思って流しかけたが、俺は……そんな変態的行為をする奴だったか?

 いや、好意ゲージを下げるためなら別にやりかねないだろうが、もう少し場所を選ぶというか。そんな、公衆の面前で女の子の胸を触るとか。ちょっと、変態過ぎないか。

 

 いつも通り噂の尾ひれがついている……わけでもなさそうな言い方だった。

 目撃者がいっぱいいる、らしい。いやまぁそれもいつも通りではある。噂を聞いただけの、詳細を目撃者から聞いただけの目撃者気取りが風評というものを形作るから、その類じゃないかと。

 

「でも貴方は決まって彼女を作らない。女の子に優しくするし、女の子に酷い事をするけれど、決して誰かを彼女にする事は無い。それってやっぱり、付き合えない理由があるんでしょ?」

「……」

「だから……ね? 藤堂君。別に、付き合えとは言わないのよ。私も貴方を好きにはならないから。ね? 実はね、先生、早くに夫と別れてて……その」

「"貴方の顔を見るたびに、貴方の声を聴く度に。カラダがアツくなって、カラダの芯がキュンキュン音を立てて……もう、我慢できないのよ"……とでも言いたそうな目線すね」

「え──え、演技派ね、藤堂君。凄いわ、そんな特技があったなんて」

「大学生から付き合ってた彼氏と卒業後に入籍、けれど結婚してから彼氏の性格が豹変し、DV被害を受けるように。二年後、意を決して離婚。その後養護教諭の道へ、だったか」

「……何、藤堂君、貴方……もしかして私のストーカー?」

 

皆森(みなもり)朝霞(あさか)27

 

 お、このアプローチが正解か。

 元の彼氏を髣髴とさせるような、メンヘラ男っぽい言動、で好意ゲージを抑えられると見た。

 

「肉体関係を持ちたい、って事すよね。要は」

「いえ……その……」

「大歓迎すよ、()()。ああ、安心してください。アンタが耳が弱点なのも知ってます。甘噛みされると全身の力抜けるんしたよね」

「……藤堂君。貴方、もしかして恭二と」

「ええ、知り合いすよ。聞かされました。逃げられたイイ女、って話」

「ッ!」

 

 嘘である。

 恭二というのは、皆森朝香の死亡イベントに出てくるNTR男……まぁ一応元鞘というか、元カレとなる存在で、余りにも古風なビデオレターを送ってくるタイプの一般サラリーマン。何故か主人公の家にも現役のビデオデッキがある。

 スチルは主人公が暗い部屋でビデオを見ている絵で、テレビの内容は映されないものの、テキストで何やら惨たらしい事が行われたのだ、と理解して、終了。

 他の死亡イベントもグロかったりゴアかったりするのだが、この死亡イベントは特にソッチ系に耐性の無いプレイヤーを傷つけた。☆1評価に、"他すべては楽しかったけどこのイベントが存在しているだけで無理"なんてのもあったくらいだ。

 俺はソッチの趣味を否定するつもりはないが、まぁ、嫌いな人には絶対に受け入れられんのだろうな、という所感。ちなみに元カレ氏の苗字は根鳥。ふざけてる。

 

皆森(みなもり)朝霞(あさか)27

 

 皆森朝香は自らの両肩を掻き抱いて、震えるようにしながら、キャスター付き椅子ごと少しずつ下がっていく。

 

「いや、そんなに怯えなくていい。アンタが言い寄ってこないなら、この話は無しだ。俺だってあの人に好き好んで関わりたいわけじゃない」

「そ……そう、よね。ごめんなさい。余計な事を……言ったわ」

「ただまぁ、今後サボる時にここ使うの、黙認してくれってだけだ。ああ、別に良いんだぜ。ここで養護教諭やってる事あの人に教えても」

「それだけはやめて。……わかった。わかったわ。自由にしてくれていいから、それだけはやめて」

 

皆森(みなもり)朝霞(あさか)27

 

 ……ちょっと下げ過ぎたかもしれない。

 一ゲージは、不味いな。そんなに効くのか。あぁ、三木島の時から何も学んでないじゃないか、俺。余計な発言をして余計な傷を増やす。もしこれでゼロになってたらどうする気だったんだ。

 

「いや、こっちこそすみません。挑発されると、カっとなっちゃうタチで。最近ちょっと色々あって、疲れてるんす」

「あ……あぁ、そう、よね。本当にごめんなさい。そう……あんなことがあった後だものね。もしかしたら私達もあの日死んでいたかもしれないのに、貴方に全てを押し付けてしまって……」

「いえ、あれは自分のためなんで」

「その。……ほ、本当にやめてね? 恭二に連絡するのだけは」

「勿論す。さっきも言ったけど、俺もあの人に積極的に関わろうとは思えないんで」

「……そうよね。そう、やっぱり恭二は、普通の人からしても最低だった。のよね」

「それはまぁ、疑う余地もないかと」

 

 "普通時の根鳥恭二"を俺は知らないが。

 まぁ、あんなことをする輩が正常なワケがない。

 

皆森(みなもり)朝霞(あさか)27

 

 よし、とりあえず二ゲージには回復した。

 これで十分だろう。

 

「んじゃ俺、授業行くんで。明日からまぁ、避難所、お願いしますわ」

「……ええ、わかったわ」

 

 これで世界滅亡系ロリから逃げ果せる手段を確立できた。

 ヒロイン一人をほぼほぼ無害化出来たようなものだし、結果は上々なのではなかろうか。

 

 確実に関係性は悪くなったけど、まぁ、今更か。

 

 

 

 

「よーォ変態クン! 重役出勤か、お疲れぃ!」

「うっざ」

「ははは、知ってる」

 

 休み時間を狙って席についた途端、譲司がいつものにやけ顔三倍増しで近づいてきた。

 変態クン。さっき聞いた噂の話か。

 

「噂、聞いたぜ。いやぁすげぇよお前。水族館で、女子の服脱がそうとして、脱がなかったからって襟から手ぇ突っ込んで胸揉みしだいたらしいじゃねぇの。くぅ~、流石イケメン君! 世の中自分中心に回ってるゥ!」

「そこまで尾ひれついてんのか」

「尾ひれェ? いやいや、事実さ。事実。お前に取っちゃ些事なんだろうがな、やられた側はたまったもんじゃないと思うぜ?」

「わかった、わかった。反省するよ。覚えちゃいないが、そういうコトやったんだろう。嫌われるために。それはもういい。早くいつも通りの情報を寄越せ。上下、一番危ないのは誰だ」

「ハート状態一歩手前なのは今んとこいねぇな。さっきの噂がかなり評価下げてるぜ。やったなぁ」

「ああ、嬉しい嬉しい。下は?」

「夕闇クンさ。ほれ、この前お前に突っかかった男子。夕闇大翔クン。アイツ潔癖でフェミだからな。これも今回の噂で、やべぇとこまで行ってら。けけけ、お前、女子にゃ優しいが、男子は救うのかぁ?」

「当たり前だろ、アホか」

 

 性別で選別なんかするかよ。

 救うに決まってるだろ。

 

「けひひ、だろうな。じゃあサービスしてやる。アイツ、隠れオタクってヤツだ。見た目陽キャだがな」

「……珍しい。なんだそのサービス。なぁ、お前は敵じゃないのか、譲司」

「敵ィ? この丙午(ひのえ)サマが敵ィ? 馬鹿いっちゃいけねぇよ、イケメン君。俺はお前の相談役だぜ? けけけ、癒しだぜ? 敵なわけねーだろー? なぁ?」

 

 一切信用は出来ないが。

 ……コイツにも何か、あんのかね。世界に対して……システムに対して、思う所とか。

 

「けけ、お前、誰彼構わず身内認定するの止めた方がいいぜ。そんなんだから──」

「うっせ。わかってるよ。でも……俺が居なければ、とは。思うからな」

「はン。……んじゃ、とっとと行ってこい。夕闇クンの心のケアに。んで救ってきな。今日、俺から出る情報はもう無いぜ」

「なんだいきなりテンション落として。おい、蹴るなよ。行くにしても昼放課だろ」

 

 言えば、そいじゃ、と片手を上げて、自分の席に帰っていく譲司。

 なんなんだアイツ。

 

 わかってるよ、そんなのこと。

 背負い過ぎって言いたいんだろ。知ってるよ。

 でも、背負える肉体渡されてんだから、そんなの。

 

 無視できないだろ。

 

 

 

 

 

 夕闇君とは、「実は俺二次元にしか恋愛感情持てないんだよね」という言葉で和解。好意ゲージの回復も出来た。

*1
一部人間換算で未成年あり



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キライオネット

 体育祭──。

 六月という一番涼しい時期に設定されたこのイベントには、固定量上昇イベントが複数設定されている。

 怖いのは、それら複数イベントにおいて、誰と一緒になるかわからない、という所。固定量上昇は固定量上昇として、誰の好意ゲージが固定量上昇するかわからない──そして基本、逃げる事は出来ない、と。

 そしてそれだけでなく、プログラム……体育祭らしくいくつかの競技があって、そのペアやチームとの好意ゲージも上がると来ている。最もこちらはあらかじめ練習があって顔合わせは済んでいるため、適度なラインまで好意ゲージを下げているからあまり問題視はしていないのだが。

 

 その、一つ目。

 生徒に配布される各チームのビブスに不備があり、それを届けに行く、というイベントだ。ただし知っての通り俺の性格はコレなので、任される事は無い──と思っていたのだが。

 

「……」

「藤堂くん、赤黄お願いしてもいい?」

「……ああ」

 

 なんでもあちらのチームでビブス管理をしているのが選挙管理委員会の一人だとかで、顔見知りだろう、なんて理由で俺と榛公佳が駆り出された。ゲーム中、主人公を選挙管理委員にしてもこういった理由でのイベント発生は無かったため、俺が知らなかっただけでこれも不可避のイベント、というヤツなのだろう。

 ウチの色である青以外の各種ビブスを分担して持っていく。

 榛のゲージは三。これをキープしたいところだな。

 

「……ね、藤堂くん」

「なんだ」

「ちょっとさ。最近、変わったよね」

「……」

 

 正直あまり会話をしたくない。会話でも好意ゲージの上昇があるヒロイン相手には、無言が一番だ。

 出来ればこの固定量上昇イベント分のみの増加だけで済ませたい所。

 

「なんていうかさ、ちょっと……怖くなくなった、っていうか」

「無駄話に付き合うつもりはない」

「──美紅のこと。どう、思ってるのかな、って」

「知らんな、そんな奴」

 

(はしばみ)公佳(きみか)15

 

 ……なんだ。今なんで下がった。

 ミク? ……友達か。アレか、こないだ黒板消すの手伝った……のはミカか。ええと、養護教諭は……アサカ。全然違う。コイツはキミカ。

 ミク……? そんな奴いたか? いや居はするだろうけど。特に珍しい名前でもないし。あとで登場キャラクター一覧を見ておくべきか。こういう聞き方をするって事は、好意ゲージがかなり下がっているのかもしれないし。

 

「そ、……そっか」

「別に……ソイツには限らん。噂くらい聞いてるだろ。俺がどんな奴か、くらいは」

「あ……うん、その、一応」

「醜聞に違わん。俺はそういうヤツだよ、榛。どんな幻想を抱いているのか知らんが、あまり期待するな」

「……」

 

 水橋の一件で学んだことでもある。

 「私は噂を信じない」というスタンスの奴が、俺についてのアレコレが本当の事だったのだと知ると、それだけで好意ゲージがゼロになる。期待が反転する、という奴だ。

 噂を信じて好意ゲージを二くらいで保っていた奴より、その衝撃は大きい。

 なら初めから期待させない事が重要だ。嫌われすぎてはいけないのでクズムーブに徹す事はタブーなのだが、自己保身をしないでおくのは大事だと。

 

「じゃ、じゃあ私はDとEに行ってくるから」

「ああ」

 

 任された赤と黄色のビブス。AクラスとCクラス、そのままAチームとCチームのビブスとなる。

 ……いやマジで、不備にも程があるだろ。逆になんでBのビブスだけ正常に届いたんだよ。

 

「……あれ?」

 

 榛と別れてから、一人、思わず素の口調で呟く。

 あれ。

 ……好意、上昇しなかったな。固定量上昇イベントなのに。むしろ下がった。

 

 ──"SYSTEM ERRORだ。お前の異常行動のせいか、はたまた別の要因か。"

 

「コレ、が、なのか」

 

 それなら。

 都合は良い……か? いや、今後の予測がしづらくなるという点では……。

 でも、本当にそうなっているなら、この先も。

 

 

 

 

 二つ目のイベント。こちらは固定量上昇イベントでなく、体育祭に設定されたプログラム……競技の方だ。

 体育祭とは名ばかりに、内容は大体運動会と一緒。正直無駄だと思わないでもないし、何より主人公の肉体が強すぎる。だから徒競走やハードル走の類は出なかった。一瞬期待の目が集まったけど、ガン無視した。流石にそれくらいじゃ好意ゲージは下がらなかったが。

 結果俺に宛がわれた競技は──コレ。

 

「玉入れ、ねぇ」

「えいっ、えいっ!!」

 

 何が楽しいんだか、どこに競技性があるのかわからない。無論プロシーンというか、そういうの専門でやってる人達の大会ともなれば白熱するのだろうし、競技性ばっちりで見ごたえ十分なんだろうけど……高校生の、それもロクな練習をしていない奴らのソレに、どんな意味があるのか。明確なルールもフライング禁止くらいだろうに。

 いやまぁ、全員素人だからこそ、なのかな。カジュアルに出来るわけで。賞金が出るわけでもないんだ、俺が水を差すのも違うだろう。

 

「……」

「えい! とう! やぁ!」

 

 玉入れを選んだのは、チーム練習が必要無いから、である。これが二人三脚とかだと厳しい。練習期間中にガンガン好意ゲージが上がって行く可能性がある。余計な茶番ドラマが生まれる可能性がある。

 だからノー練習で良いコレを選んだのだ。

 

 が。

 

「……」

「おい、みんな! 藤堂ントコに玉集めろ!」

「流石藤堂! 全然楽しくなさそうだが百発百中だな!」

「えい! やぁ!」

 

 この。

 ……アレだ。言い方は凄く悪いが、安い。少年漫画によくある奴。周りより圧倒的に優れた肉体より繰り出されるゴリ押し。汗も涙もない機械的なソレは、凡そ体育祭というラベルに最もふさわしくない。小学生チームにプロが混じってる感じ。しかもプロに負ける気が一切ない感じ。

 男子連中は勝ちに貪欲なためか、早々にプライド捨て去って俺の所にボールを運び始めている。俺はそれを適当に放る。放れば入る。主人公の肉体の恩恵だが、目を瞑っていても入るので、何かしらの力が働いてるんじゃないかと勘繰っている。

 

 反対に、というか。

 先程から俺の横で、暴投も暴投を繰り返している女子をチラ見する。

 

 天羽久希。"メガネ"+"巨乳"属性。違わず、激しく揺れるソレ。

 彼女は俺にボールを渡すことなく、ひたすらに投げ続ける。投げ続ける。だが一個も入っていない。一つも、バスケットを掠める事すらしていない。

 

 でも体育祭ってそういうもんだよなぁ、って。

 いや勿論高校生なんて自意識の高まり始めた時期だ、勝ちに拘るのは良い。必要な事だと思うし、何かに必死な人間をかっこいいと思う心は俺にもある。恐らく彼らだって出来るのなら自分で頑張りたいのだろう。だが、効率の点から見て、苦渋を飲んででも俺に託した方が勝てると思っている。

 ううん。なんだかね。

 嫌な予感がする、って言えばいいのかね。

 

「──そこまで!」

 

 笛の音と共に、種目が終わる。

 五チームあって、球は三百個。内、我らがBチームの点数が二百十二。そりゃそうだ。普通は拾って、狙って、投げる、という工程を必要とするものを、ウチのチームは落ちてる玉全部拾う、にシフトしていたんだから。もう違う競技である。

 

 それでも、「よっしゃあああ!」なんて言って喜んでる男子連中に、少しだけ……可笑しくなった。

 

「藤堂君も、嬉しいんだね」

「ッ!」

 

 顔に、出ていたか。

 天羽に言われ、気を引き締める。まぁ、言われなくても引き締めてはいただろう。

 

 なんせ──上げている。

 天羽久希を含む、玉入れの参加者全員。八人チームの七人が、その好意ゲージを一つ分。

 ……固定量上昇イベントのツケ、か? だとしたら最悪なんだが。

 

「こんなお遊びで、よくああも喜べるもんだ、と思ってな」

「うん。みんな全力で……凄いよね」

「全力、ね。ほぼ俺一人の力で勝ったようなもんだが、それで嬉しいのか、あいつら」

「嬉しいと思うよ? 私も嬉しいから。だって、藤堂君も、私達のチーム。もしこれで負けてても、藤堂君のせいじゃない。一人の成功とか失敗でね、そのせいでチームが勝ったり負けたりする、なんてことはないんだよ。だって、そうじゃなかったら──」

「……なんだ」

「あ、いや、しゃ、喋りすぎて、ごめんね」

 

 天羽久希。

 本来の彼女は、こういう性格だ。ゲーム主人公に対しては、お姉さん、みたいな雰囲気で接してくる。その過去に他のヒロインにあるような重さは欠片もないが、趣味をボランティアにしてるくらいにはいい奴だ。生来の性格、らしい。天羽の個別ルートにある家族との面会で色々語られる。

 暖かい家で育ち、友達にも恵まれ、みんなに優しく、それでいて、しっかり芯がある。

 ただ、ハーレム展開撲滅ゲームを好むようなプレイヤーは大体捻くれているため、そんなに人気は無い。重い過去、暗い過去があった方が人気投票なんかでは票を獲得しやすいのだ。天羽はマジで一般人だからな。

 

「……いつか、さ」

「……」

「いつか。藤堂君が、全力で楽しめるような事、見つかると良いね」

 

 ああ。

 本当に、いい奴なんだろう。あれだけ無下に扱っても、幾度とない罵倒をしても、コイツの好意ゲージは未だに二以上を保っている。先ほど上がった分で、現在は四。

 他人を嫌わない──嫌えないのかね。結構、コイツの死亡イベントは遭遇した記憶があるんだが。

 天羽の好意ゲージが下がる条件はなんだったか。

 

 確か。

 

「あ、次の種目始まるよ」

「……」

 

 "人の死を悼めない人とはわかりあえないよ"……だったか。

 ゲーム本編における主人公のサイコ要素の一つ。幾度となく起こる死亡イベントを越え、個別ルートを目指すのがハーレム展開撲滅ゲームの趣旨となるわけだが、それには当然、周囲で人間がバタバタ死んでいくことになる。

 そのことについて──それなのに女の子との対話を止めない、時にはデリカシーの無い事も言う主人公に対して、天羽は問うのだ。

 

 "どうして、君は、平気なの?"と。

 その時の選択肢は三つ。「平気じゃないさ」か「何が?」か「好きな人がいるから」。うん、後ろ二つはサイコだな。勿論だが、後ろ二つを選べば好意ゲージはガン下がりする。「平気じゃないさ」のみ好意ゲージの上昇が見られる。

 

「おい! 藤堂!」

「ん……なんだ、夕闇」

 

 去っていく天羽の背を追って俺も天幕に戻らんとしていた所で、声をかけられた。

 夕闇大翔クン。隠れオタク。この前和解した男子。

 

「俺はお前の事、まだ嫌いだけど……ナイスだったぜ! 俺らも頑張るから、応援してくれよな!」

「知るか。勝手にやってろ」

「おう!」

 

 えぇ……。

 何その元気な返事。今の激昂するトコじゃないのか?

 

 ……不味いな。最近、周囲の人間がこういう反応をするようになってきてしまっている。

 暖簾に腕押し糠に釘豆腐に鎹泥に油沼に釘。最近……そう、最近、だよな?

 慣れられている、のか。

 本当にそれは、不味い。俺の中の好意ゲージを下げるムーブのレパートリーはそんなに多くない。先日聞いた女子の服に手を入れて胸を揉む、くらいはやらないと……そういう変態的行動をしないといけなくなってきているのかもしれない。

 

 ……それを、したら。

 彼女は、どう思うかなぁ。はあ。

 

「次の出番は……二時間後か」

 

 応援は参加しない。

 涼しい校舎に戻って、ゆっくりさせてもらおう。どうせ固定量上昇イベントからは逃れられないのだし。

 

 

 

 

 

 パリン、と。

 何かが割れる音がした。考えるより先に動いた足。腕が何かを受け止める形になって──落ちてきたソレを、衝撃を殺しながら抱き留める。

 

「──は、っあ──っはぁ、はぁ」

「……大丈夫か?」

「あぁ……じゃなくて、え、ええ」

 

ていわえいす

鄭和

    ♀  17

衛須  ♂  17

 

 ……驚いた。

 いや好意ゲージがゼロになっていることも十分驚くべき事なんだけど、この人と主人公が会うのはもっと先のはずなのだ。

 この少女とは。

 なんたってまだ──少女になっていない時期のはず、だから。

 

「そ……そろそろ下ろして、くれるか……しら」

「いや──」

「ま、まさかおれ、じゃない私も食べるつもりじゃないだろうな、藤堂彩人、女食いのクソイケメンヤロー──うぎゃあっ!?」

 

 少女を抱えたまま、後ろに飛び退く。

 するとそこに窓枠……ガラスがバリバリに割れた窓の枠組みが落ちてきた。わざわざ角を下にして落ちる辺り、殺しに来ている。

 

「あ、あぶな……」

「……」

「お、おい藤堂彩人、助かった、助かった事には礼を言うから、下ろせ! い、いつまでも野郎にお姫様抱っこはきつい、」

「まだか」

「は? ──うわっ!?」

 

 俺だって別にこんなことをしたいわけじゃない。

 ただ少女の好意ゲージが未だにゼロだからか、次々と危険が襲ってくる。いつぞやの野球ボールやバレーボール、残っていたらしいガラス片、鉄柵、雨樋、ビーカーにフラスコ……おいおい、誰か故意に落としてないか?

 つか、体育館の耐久性がアレだったんだ、校舎の方も見るべきだっただろ。なんだ雨樋落ちてくるって。今後どうするんだよ。んでどこの鉄柵だよ。

 

「うわ、ぎゃあ、ひゃああっ!?」

「まだすか」

「な、何がだよ──おい上、()()()!!」

「ハ──」

 

 どういうこっちゃねん、のツッコミを入れる前に、大きく横へ飛ぶ。ああ、姫抱きじゃ無理だな。俵抱きに切り替えて──壁を駆け上る。無論垂直平面を、ではなく、ベランダやらなにやらを辿って、だ。

 そうして先ほどの窓。つまりこの少女が落ちてきたであろう場所にイン。流石に無傷とは言えないが、少女は傷つけていない。この世界、何が原因で死ぬかわからんからな。それに三木島の時のように吐かせてしまう可能性もあるし。

 

 背後、というか階下でドシン、という凄まじい衝撃音。どうすんだよ、俺以外に人いたら。いない事は確認済みでサボってたとはいえ。

 ……校舎内で寝てたら、例のロリ委員長に見つかったんだよな。

 

「は……はは、ま、漫画かよ……」

「流石に大丈夫だとは思うが……もう少し警戒するか」

「あ、……お、下ろしてくれ。藤堂彩人、もう、いいから……大丈夫だから」

「そういうんなら、とっとと」

 

 好きになってください、という所まで出かけた。

 いやだって、俺が降ろさないのも、こんな目にあっているのも、この人が俺を好きにならないから、というか。そもそも面識無かったのにどうして好意ゲージがゼロになったんだ? アレか、期待してて、真実知って失望、のパターンか?

 ……なんでもう、少女になっているんだか。

 

「おい、藤堂! 俺は先輩だぞ! 早く下ろせ!」

「自殺志願者すか」

「何言ってんださっきから……まだ、とか、とっとと、とか。意味わかんねえこと言ってないで下ろせよ!」

 

 少女が暴れ始める。

 が、そんなことではビクともしないのが主人公の身体。元の身体ならいざ知らず、その体では力も出んでしょうに。

 ……うわひっかき始めやがった。おとなげねぇ。

 

「どうだ! 終いにゃ噛むぞこのやろー!」

「とりあえず落ち着けよ、衛須パイセン」

「っ! ……な、なんで」

 

 鄭和(ていわ)衛須(えいす)。三年の先輩であり、ゲーム本編のヒロインの一人。

 その属性は。

 

「お、俺の名前……()()()を知ってて、俺と結び付けられるヤツなんて、早々……」

 

 "性転換"+"俺っ娘"。いや、俺っ娘も何も、という話だが。

 

「知ってる知ってる。鄭和衛須パイセン。最近女の子になった、元野球部のエース」

「お、おま、お前……俺のストーカーか──!?」

 

 ……そのワード、最近よく聞くなぁ。

 まぁ、確かに。知ってるはずの無い知識だし。

 ……早く好意ゲージ上げてくれないかな。この人の好意ゲージの上げ方は"会話をする"だったはずだから、そろそろだと思うんだけど。

 

「……降ろしてもいいすけど、逃げんでもらえるすか」

「逃げねえよ! なめてんのか!」

 

 降ろす。

 ……身長152cm。男の頃は俺より高い180とかだったはず。

 それがまぁ、なんとも。

 

「パイセン、体育祭でないんすか」

「……お前がそれ聞くのかよ。……出れねえよ、女の身体(こんなからだ)じゃ」

「別に、女子の出場選手は沢山いるすけど」

「う、うるせえ! 出れねえもんは出れねえんだよ!」

「ハズいから、すか」

「ッ!」

 

 鄭和衛須。ハーレム展開撲滅ゲームにおいて、皆森朝霞同様物議を醸したヒロインの一人。

 元、高校球児。汗臭く泥まみれで坊主頭なゴツイ男子生徒が、ある要因によって性転換してしまった姿。

 ちなみにテイワエイス……テイワス的な隠し意味がありそうに見えて、ただTSというだけな人。元々ふざけた作者だけど、ネーミングもたまにふざけるんだよな、あの作者。

 

 そんな彼女(?)は、そこそこ胸がある。

 だから恥ずかしい、のだそうだ。大好きな野球をする事も、体を動かす事も。

 単純に身体能力の低下による無様を見せたくない、と口では言いながら、その体に刺さる視線が嫌、だとかなんとか。

 ゲーム本編での個別ルートでは、その事実を受け入れるようになるのだが、そのルートもまた……まぁ、賛否両論。性転換は精神的BLだのなんだのの層がやかましいからな。俺も、まぁ、好んでそのルートに入ろうとは思わなかった。スチルコンプは楽な部類なのでやりはしたが。

 

「わかってるなら……聞くんじゃねえよ、ばか。クソ、いいよなぁ、お前は。そんな……そんな体でさ。野球部入らないか? へへ、今ならエースになれるぞ」

「嫌すね。メリットがない」

「……チッ、だろうよ。そういう感じでバスケ部も断ったんだろ。……ずりぃよ、お前。そんな恵まれた体してて、部活もしてねえのに……」

 

 好意ゲージは上がらないまま。

 嫉妬、か。体育祭に自分が出られない事と、俺の活躍でも見て落ち込んだのか? あれを活躍と取るのは……なんだかなぁ、と思うが。

 

「顔が良くて、女に恵まれてて、運動出来て……クソッ、やっぱ俺お前嫌いだ!」

「別に、今のパイセンなら女に混ざっててもおかしかないんじゃないすか。着替えだって女子更衣室で着替えてんすよね」

「は、はぁ!? 着替えてねーし! ちゃんとトイレで着替えてっし!」

「女子トイレすか」

「男子トイレに決まってんだろ! なんだ、どうにかしてでも俺を変態にしてぇのか!」

 

 ううん。さて、どうしたらいいんだろう。

 好意ゲージが上がらない。今はあの猛攻が落ち着いているが、これ教室出たらまた色々来るんだろうなぁ。ああ、今は一応イベント扱いで、好意ゲージの判定死んでるとかか? いや、体育館では普通に起きてたし、違うか。

 なんにせよ、何も起きていない内に上げときたいんだが──ああ、噂をすれば。

 

「っと」

「うわぶっ!?」

 

 先程降ろした先輩を、もう一度抱きかかえる。

 そこに落ちてくるは照明。いやさ、マジで老朽化やばいって。

 

「な、なんださっきから。俺、呪われてるのか!?」

「そういやさっきなんで落ちてきたんすか」

「え? あぁ、いや、落ちてたスリッパに躓いて、よろけて、ガラスにもたれかかったらいきなり割れて……」

「その前。何してたんすか。なんでこんなトコにいたんすか」

「べ、別に何もしてねぇよ。ただ体育祭の様子見てて、一番よく見えるとこにいただけで」

「俺の事、見てたりしなかったすか」

「……ッ! お、おま、お前! 自意識過剰が過ぎるぞ!! つか、女の身体なら誰でもいいのか!? 誰でも口説くのか! クソ、最低変態やろーめ! わかってんだろ、俺は元男だぞ!」

 

 うわー。

 どっちが自意識過剰だよ、とか。

 ……いやまぁ俺の聞き方も不味いか、普通に。

 

「埒が明かんな」

「何がだよ、さっきから──あぶねえ!」

 

 何が危ないのかを確認する前に、先輩を抱えたまま前へ飛ぶ。

 直後、轟音。そればっかだな。芸が無い。

 

「……やべえ、マジで俺呪われてるかもしれん。おい藤堂彩人、俺から離れた方がいいわ、これ」

「そうはいかないんすよねぇ」

 

 倒れてきたのは、黒板。

 おいおい、っていう。廃校じゃねえんだからさ。空き教室、ではあるみたいだけど。うわこの詰まれた椅子とか倒れてきそー。

 さっきのタイヤも、どっから飛んできたんだよ。タイヤが飛んでくるってなんだよ。

 

「何がそうはいかない、だ。カッコつけやがって一年坊主が! 俺はお前みたいな最低変態やろーに守られるのは嫌なんだよ! 離せこのやろー!」

「残念すけど、俺も目の前で人が死ぬのは嫌なんで」

「──」

 

ていわえいす

鄭和

    ♀  17

衛須  ♂  17

 

 お?

 え、そんなことでいいのか。そんな当たり前の事で、回復するのか?

 チョロインか? この人も。割と、ある世界滅亡エンドでは重要な役割を果たしてたりする人なんだけどな。結構なキーパーソンというか。

 勿論だから、というわけじゃないんだけど、この人に怪我があると不味い。世界滅亡エンドを引き起こすある人物が、この人の怪我をした姿を見て──みたいな展開だから。

 

「……くそ、なんでいい奴なんだよ」

「一応聞いとくすけど、俺どんなイメージすか」

「あぁ? ……近づく女全部食って、なんでもないかのように捨てて、周囲に迷惑ばっかかけて、だってのになんでもかんでも優秀に熟すヤなヤツ、だよ。まさか自覚してねぇのか?」

 

ていわえいす

鄭和

    ♀  17

衛須  ♂  17

 

「!? い、いや、自覚してるすよ、勿論。つか、最近はちょっと……反省もしてるすよ。なんか、変な噂出てるじゃないすか。水族館で女の胸を、みたいなの」

「ああ、聞いた時は警察に捕まればいいと思ったよ」

「でもアレ事実じゃないんすよ。なんか目撃者がいっぱいいるとかで噂大きくなってるすけど、そもそも俺水族館なんかいかねーし。水族館の場所自体しらねーし」

「……捏造された噂が流されてるって事か?」

 

ていわえいす

鄭和

    ♀  17

衛須  ♂  17

 

 パリン、と。

 ()()()()の窓が割れる音がした。……また野球ボールとか、その辺臭いな。

 いや、そんなことより、だ。

 なんだこの人。ゲーム中ではこんな扱いづらいキャラじゃなかったぞ。こんな精神状態が不安定な、ゼロと一を行ったり来たりするのも初めてのケースだ。

 

「まぁ、俺を悪く言うならいくらでもでっち上げられるすからね」

「それは……そう、だな。多分俺も、簡単に信じると思う」

「俺に関する噂、半分くらいは嘘すよ。何より、女の子に手ぇ出しまくってるってのが嘘す」

「それは、違うだろ。俺は実際に被害者を何人も見てる」

 

ていわえいす

鄭和

    ♀  17

衛須  ♂  17

 

「被害者て。……ああ、もう。オフレコで頼むすけど、俺、好きな子いるんすよ。小さい頃からずっと好きな子が」

「……へぇ?」

 

ていわえいす

鄭和

    ♀  17

衛須  ♂  17

 

 今度もまた隣の教室で、何かが崩れる音。

 成程、こういう回避の仕方もあるのか。あんまり他の奴の場合には参考にならなそうだけど。

 

「だから、正直、他の子に手ぇ出す余裕ないす。その子、全然振り向いてくれないんで」

「いや、そりゃそうだろ。お前、振り向いてほしい子がいるならもっと色々気を遣え! 素行もそうだし、その仏頂面もだし! おいなんだよお前、すっげー人間らしいっつか、すっげー青春してんじゃねえか!」

 

ていわえいす

鄭和

    ♀  17

衛須  ♂  17

 

「クソ、くそっ! 応援したくなっちまった! 俺お前の事大嫌いなのに!」

「あ、パイセン口軽そうなんで名前は教えないす」

「えー、なんでだよ!」

 

ていわえいす

鄭和

    ♀  17

衛須  ♂  17

 

 ……潮時だな。

 会話をすればするほど、激しい増減が見られる。これ以上の会話がどちらに転ぶかわからない以上、ここらで引いておいた方が身のためか。

 好意ゲージが回復した今、死亡イベントも起こらない……起こりづらいだろうし。

 

 問題は、何故この人がこんな早くに性転換してしまっているのか、っていう原因調査と、この人の精神状態が何故こんなに不安定なのか、って調査をしなければならない事だが……。

 前者はともかく、後者は無理だな。会話が必要だから。

 

「あ、やべ。パイセン、そろそろ俺出番す」

「ん……あぁ、体育祭か。そか、そうだったわ。……あー、くそっ!」

 

 その言葉に、また好意ゲージが下がるんじゃないかと一瞬身構えた。

 けれどゲージは変わらず。

 

「出たくねえし、誰かに姿を見られるのも嫌だったけど……ちょっくら応援行くわ、俺も」

「心変わりすか」

「ばっか、一年坊主にばっかカッコつけさせてたまるかよ」

 

 さいで。

 

 ……SYSTEM ERROR.、か。

 正直知らんがな、とか思ってたけど……ちゃんと考えなきゃダメなこと、なのかね。



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NALUV

R15描写があります。


 そもとして、鄭和衛須が性転換するに至ったきっかけに、"宇宙人"属性のヒロインの姿がある。というかゲーム本編で起こる科学的なオカルトは"宇宙人"属性の、魔法的なオカルトは"転移者"属性のヒロインがほぼほぼの原因で、時たま他の奴らが関わっている、くらいのソレ。

 ただし、前述したように"宇宙人"属性の子も"転移者"属性の子もまだ地球にすら来ていないはずの時期で、だから鄭和衛須が性転換しているのもおかしな話。

 逆を辿れば、もう彼女らは来ている、という事になる。ただゲーム本編では主人公のクラスに転校生として入学してくるので、それがないということは、もう俺には予測の出来ない異常事態が起こっている、としか。

 

「……来ないと思った。藤堂彩人」

「そっちが呼びだしたくせに、何言ってんだ」

「無視するものだと。案外律儀なのね」

「あんな脅迫状送っといて、良く言う」

 

 さて、現在。

 種目の一つである綱引きをこれまた圧勝で修め、「これならもっと少人数チームの固定量上昇イベントの方が良かった、選択ミスだ」なんて思いながらチーム全員の好意ゲージの上昇を眺めつつ戻ってきた校舎──の、昇降口。

 スリッパに履き替えよう、としたところで、そこに一枚の紙きれが入っている事に気が付いた。

 内容は長ったらしかったが、要約すると「お前の秘密を知っている。バラされたくなければ教員棟階段下の暗室へ来い」という感じ。脅迫状だ。

 

 秘密。

 そんなもん、抱えすぎてどれがどれだか状態だけど、最近は少しばかり嘘を吐く頻度が増えたので、一応向かって、コレだ。

 

東郷(とうごう)アミチア16

 

 金髪。縦ロール。碧眼。

 その余りに煌びやかな容姿を持つ彼女の名は、東郷アミチア。"留学生"+"お嬢様"属性の持ち主で、親に海外の資産家を持つ属性通りの少女。その財力は湯水が如きで、何故こんな田舎町に、そもそも日本なんかに留学に来ているのかわからない程の家柄。加え、アミチア自身の能力も高く、才媛と称するに最も似合う少女と言えるだろう。

 無論、彼女が日本に来ている理由もゲーム中では語られている。

 曰く日本文化が好き。

 正確に言えば、ローカライズされた日本文化……忍ばない忍者や高速戦闘をし、銃弾を切り落とす侍なんかに憧れているようで、本編においてはそれを主人公に求めてくる。

 

 ……もしや、それか?

 

「単刀直入に問うけど──貴方、忍者、よね?」

「違うが」

「……安心なさい。この部屋の防音は最上級。外に音が漏れる事はないわ」

「違うが」

「……証拠は挙がってるのよ。貴方が人一人を抱えて壁を駆けあがっていく姿。屋上から落ちても無傷。その走行速度に気配察知能力! どれをとってもチョウイチリュウ……!」

「あー」

 

 見られて、いたのか。

 ちゃんとクリアリングはしたはずなんだがな。ああでも、遠くから、とかだと流石に気付けん。

 この好意ゲージの高さも憧れであるなら納得だ。探し求めていたジャパニーズニンジャ。その性格に多少の難あれど、求めて止まなかったものだというなら、まぁ。

 さて、これを下げるにはどうしたらいいのか。

 

「用件はそれだけか」

「ッ! ま、待ちなさい。そうよね、私のような一般人、それも海外籍の者に秘密を明かすわけにはいかないわよね。……なら、コレを見なさい」

「いい加減に──、」

 

 秘密兵器、と言わんばかりに。

 アミチアはそれを──二枚の写真を取り出した。

 

 それは。

 

「こ、れは」

「どう? この、()()()()()()()()()()()。貴方は事実無根だと吹聴しているようだけど、この決定的な証拠がバラ蒔かれたら、どうしようもないでしょう?」

 

 俺が。

 どこ、だろう。多分、水族館。暗い。暗い場所で、けれど水槽の灯りに照らされた場所で。

 見知らぬ少女の胸に。襟首から、腕を入れて、その胸を──揉んでいる、その姿。そしてもう一枚には、赤外線カメラだろうか、薄い緑に染まった写真が、これまた同じ構図で撮影されている。こちらの方が明瞭で、顔の形までくっきりわかる。

 

「……合成、か?」

「加工なんてしてないわ。あの時。貴方が、田畑さんに連れられて水族館デートに行ったのを、私は尾行()けてた。そして一部始終を見たわ遠くから! ああ、大丈夫。私はアアイウの、別に気にしないから。もっとオープンになった方がいい、と考えているくらいには。けれど……日本人に、そして日本文化には、痛烈な打撃を与えるのでしょう? 勉強したのよ、これでも」

「……流石は才媛だな。反吐が出る」

「ふふん、なんとでもいいなさい」

 

 知らないワードが出過ぎて混乱している。

 誰だ田畑って。そして、未加工らしい写真。じゃあ、出回ってる噂は本当に本当なのか。

 だとしたら。

 ……いつか俺が、何故かプールにいた時があった。

 最近、榛から美紅という名を聞いた。

 

 忘れて、いるのか。

 何か。

 記憶が……消えて。あるいは、改竄されている?

 

「それで、その脅しを以て、アンタは俺に何を望むんだ、東郷アミチア」

「えっ!? ど、どうして私の名を」

「今更か。そんなの、」

「やっぱりニンジャ! 情報収集はお手の物というわけね……やられたわ!」

 

 だる。

 ……好意ゲージが然程増加していないのが救いだが、これどうしたらいいのかね。

 あまり酷い罵倒をすると、コレがばらまかれる、のか。

 単純な醜聞……言葉で伝わる風評より、こういう実物があった方が好意ゲージの減少は大きいだろう。これがインターネットにでも流れた時点で、多くの命が失われる可能性がある。鄭和衛須なんかは最たる例か。俺が嘘を吐いていた事もバレるというか、嘘をついていた事になるからな……。

 となると、その田畑とかいうのを探してこれは事実無根である、合成写真である、と表明してもらう、か。

 

 あるいは、コイツの要求を飲むか、か。

 

「東郷アミチア。アンタが日本文化に憧れてるのは知ってる。だから、あー……忍者っぽい動きでもすればいいのか?」

「っ! バカにしないで! 忍者っぽい動きって……違うのよ、貴方のその、日常に現れる忍者らしさにこそ惹かれたのであって、見世物用に作られた動きなんかいらないわ!」

 

 面倒くさいなこの人。

 ゲーム本編でもオタクっぽい片鱗は見せていたが、他が有能なのとビジュアルがめちゃくちゃ可愛いので相殺されていた。実際に相対するとダルいなオイ。

 

「じゃあ何が欲しいんだよ」

「貴方よ」

「……は?」

「だから、貴方。忍者の末裔と結婚したいわ。そのまま本家(ウチ)に来て、忍者の技術を私の作ったハイスクールの者達に教えなさい!」

「ことわ──」

「へぇ、いいの? 写真がばらまかれることになるけれど」

 

 性格の面倒臭さは今わかったが、ああ、厄介だ。

 ちゃんと逃げ道を埋めた上で呼びだしたのか。まぁアミチアは俺が社会的尊厳の死を恐れていると思っているのだろうが、そこは違えど結果は同じ。ばらまかれた時の被害を考えるに、首を横に振るのは難しい。

 ……とはいえここで頷いてみろ。好意ゲージが上がる。ハート状態になりかねん。

 そのまま結婚、なんて。

 それは、俺が嫌だ。するなら……彼女とがいい。もう今、彼女からの俺の評価なんて虫けらも同然だろうけど、それでも、そこだけは変えたくない。

 

 八方塞がり。

 

「ああ、勿論、私も鬼じゃないのよ」

「よく言う」

「メカケ、を認めるわ。わかる? メカケ。私以外の妻を作る事を許す、と言っているの。既に貴方には好きな子がいる……そうでしょ?」

「……誰から聞いた」

 

 それ、ばらしたの。

 誰だ。……思いつくのは、三木島か、鄭和衛須か。どちらかだろう。

 

「保健室で話していたのを聞いたのよ」

「盗み聞きか。つか、さっきから聞いてて思ったんだが、アンタストーカーだな。完全な」

「そんな口聞いていいんだ? しゃ・し・ん」

「別に、それをばら蒔かれた時点で俺はアンタの要求を飲まなくて良くなる。アンタが俺と結婚するには、そして自国へ連れ帰るには、その写真が流出していない状態が条件だ。違うか?」

「……ふぅん、流石は忍者。交渉事にも長けているのね」

 

 忍者のイメージおかしくないか。

 あれ、木っ端だぞ。間者だぞ。交渉事て。それもっと上の奴がやるもんだろ。

 

「でも依然、こちらの有利は変わらないわ。そもそも何が嫌なの? 名を知っているのなら分かっていると思うけれど、私の家はとても大きいわ。お金が沢山あるということ。加えて、あまり自ら評するのは好まれないとわかっているけれど、顔立ちも整っている方だと自覚している。貴方の大好きな胸……おっぱいも、ほらこの通り」

「勝手に人の好みを決めつけるな」

「あら? でもほら、三木島さん、だったかしら。あの凄く大きな胸の子。その子には胸に関する口説き文句を沢山言ったのよね? 文面を見せてもらったけれど、言われてもいないこっちが恥ずかしくなるくらいの」

 

 ……そうか、確か……水橋を中心とするSMSグループがあって、そこに俺の言った、三木島の個別ルートで使われるあのセリフの全文が掲載されているんだったか。

 それを見るのは、確かに。このお嬢様なら簡単にやってのけそうではある。

 

「このように私自身は問題なくて、メカケも許すと言っているのよ? 三木島さんもそうだし、榛さんも、紙葉さんも、田畑さんも、水橋さんも、水髪さんも、鄭和さんも、天羽さんも、北山さんも、なんなら皆森先生も、勿論貴方の妹さんも。あ、輪島さんもね?」

「……ストーカーが過ぎねえか、アンタ」

「だって将来の夫となる人の情報よ? 調べないはずがないわ」

 

 幾つか知らない名前があった。

 が、それより。

 

 彼女の名がない。

 ……調べきれなかった、か? いやまぁそうだろう。だって誰にもバレたことはない。話した事すらない。校内ではずっと険悪で、だから妾候補になるとは思わなかったのだ。

 しかし妾、て。意味ちょっと違わないか?

 

「ハーレム、よ? 男の子なら、一度は憧れるものでしょ? それを、経済的な恐れ無く提供してあげようとしているのに、どうして迷うのよ」

 

 ああ。そりゃ、迷うだろ。

 それを作らないために、俺は、ずっとずっと奔走してんだから。

 

「勿論、個別に部屋を……なんなら一人一人に家を用意してあげてもいいわ。私が本妻である事だけは譲れないけれど、子供を作る事も許してあげる。もう学校に行かずとも働かずとも良い。全員、私が養ってあげる。どう? あまりに魅力的な条件じゃない?」

 

 もし、俺が。

 この世界に生まれていなくて、こんな、余計な事を考えなくて良かった前世であれば、何も考えずに飛びついたくらい"美味しい"話であるのは事実だ。

 アミチア本人の容姿は勿論最上級で、ハーレム容認、なんて。

 ただ、この世界で、俺が藤堂彩人なら。

 

 ……飛びつけるはずもない。何より俺には、心に決めたヒトがいるのだから。

 

「断る」

「ッ……! い、いいの!? 写真、ばら蒔くわよ!」

「それもダメだ」

「はぁ!? どっちか一つよ! そんな欲張り、許され──」

 

 だから、これは。

 心からの苦渋の決断。心の奥底からの、泣きたくなるほどの、選択。

 

「──!」

「……」

 

 無言の時間が続く。

 喋れないのだ。

 だって、どっちも。

 

 口が塞がっているから。

 

「ん……ぷ、ぁ、っはぁ」

「……」

 

 流石に主人公クラスの肺活量がないためか、アミチアが音を上げたように酸素を求める。

 それでも、止めない。

 

「んんっ、んー! ……ん、ぁ──っはぁ、っはぁ!」

「……はあ」

 

 ようやく。

 こちら側もキツくなったので、リリース。

 小さく息を吐いてアミチアの方を見れば──涙目で、頬を上気させて。肩で息をして──こちらを、ぼうっとした表情で見つめていて。

 

東郷(とうごう)アミチア16

 

 その側頭のゲージは、予想通りの所にまで来ていて。

 

「ご……強引、なのね。ああ、どうして、かしら。凄く……素敵。私、こうやって強引にされたかったのかな……」

「俺には好きな人がいる」

「え──?」

 

 暗室の出口は一つだ。

 鉄の、重たい扉。

 その前に陣取る。未だ混乱の極致にいるだろうアミチアに、対峙するように。

 

「さっきアンタが挙げた名の中に、その好きな人はいない」

「な、──にを」

「だからアンタの言うハーレムには何の魅力も感じないし、アンタにも、一切、だ」

「わ……私の、唇を、奪っておいて……?」

「今からもっとひどい事をする」

「え──ぁ、ひっ!?」

 

 体を掻き抱いて、後退るアミチア。

 けれどこの部屋はそんなに広くない。逃げ場など、どこにもない。

 

 どうだ、ここまですれば、流石に──。

 

「それも……いい、かも……」

「──」

「やだ、私、こんな……こんなはしたない子じゃなかったはずなのに。あは、貴方のような強引で強気な男性、周囲にはいなかった。……キて?」

 

東郷(とうごう)アミチア16

 

 マズい。

 好意ゲージが一定量以上になるとハート状態になるのは散々述べているが、それより先の段階がある。

 それはMAX状態。正式名称ではないのだが、プレイヤーにそう呼ばれるその状態は──好意ゲージが下がらなくなる。

 本来は個別ルートでのみ起きる現象であるため、もう好意ゲージを下げる必要はないと判断されるのだ。

 それが。

 こんな、ところで。

 

「どうして……キてくれないの? ああ、その好きな人、というのに遠慮しているのね。大丈夫、貴方に襲われた、なんて、言わないから。貴方はここで種を吐いて、私と一緒に国へ行って。勿論その人も連れて。その人が入って無いからハーレムに魅力を感じないというのなら、その人を入れたらいいだけだものね」

「……」

「それとも──虚勢、だったの? それなら」

 

 どうにか、どうにかして嫌われる手段を。

 どうにか、どうにかして、好意ゲージを下げる手段を。

 

 そうやって思考を巡らせていたら、いつの間にか。

 目の前──超至近距離に、アミチアがいた。

 

「ッ!」

「貴方が来ないなら──私が襲うけど」

 

 反射的に、手が出ていた。

 ああ、俺は、ダメだ。女の子に。そんな、最終的に暴力に頼るしかないなんて。

 嫌われる手段なんか。言葉なんか。簡単に思いつくだろ。もっと簡単に、いくらでも。

 こんな詰め寄られるまで、こんな追い詰められるまで待つのが、もう、ダメだ。

 

 ああ、ヤバイ。

 手が──止まらない。

 

「え」

「ごめ、」

 

 ん、と言い切る前に。

 俺は──消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 いやいや。

 消える、とは。

 

「ふいー、間一髪だったねぇ!」

 

 その天井を見て、そこがどこなのかすぐにわかった。

 すぐにわかったし、その下手人も判明する。

 銀色の天井。壁。滑らかな流線形のデザインは、既存の建築物にないもので。

 時折走る光の筋と、その粒。それもまた、地球には存在しないもの。

 

「や、初めまして、未来の旦那さん! ボクの名前は晴巻夜明。見ての通り、宇宙人さ!」

 

 "宇宙人"属性のヒロイン──本来、まだ地球には来ていないはずのその少女が、そこにはいた。

 ……やばいな、それは。



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ザ・スーラブ

長いです。
ただ、SF設定が文字数を膨らませているだけなので、読み飛ばしても大体大丈夫です。


「や、初めまして、未来の旦那さん! ボクの名前は晴巻夜明。見ての通り、宇宙人さ!」

 

晴巻(はるまき)夜明(よあけ)1500000

 

 その側頭にあるゲージをみれば、何がやばいのか、など一目瞭然だろう。

 "宇宙人"+"侵略者"属性、晴巻夜明。日本の学校に来るにあたって改名したその元の名を、ハルマゲドーン。世界の終わりを指し示す戦いの名。すべての終わりを齎す黙示録の一節を冠す少女。

 世界滅亡エンドが"インベーダー襲来"のトリガーとなる女の子。

 その好意ゲージが、あと一歩でハート状態、という段階にある事実に──ぞっとした。

 そんな。

 そんな、馬鹿な事があるかよ。

 俺がどれだけ必死にそれを回避しようとしてきたと思ってる。

 俺がどれだけのものをかなぐり捨てて、それを遠ざけようとしたと思っている。

 

 それを、こんな。

 SYSTEM ERRORだかなんだか知らないけど、予測も推測も憶測も準備も覚悟も何にも出来ない状態で、こんな。

 もう──寸前、だなんて。

 

 そんなふざけた話があるか。

 

「もう」

「お、言語はこれであってるみたいだね。最初の子は錯乱していたけど、やっぱりボクの未来の旦那さんは違うね!」

「──来ているのか、もう。ハルムの星々は」

「え?」

 

 ハーレム展開撲滅ゲームにおける世界滅亡エンドは、ハート状態となった各ヒロインの組み合わせによってその内容を変える。目立った特徴の無いヒロインだと基本的に大地震やら大型台風といった災害系になるのだが、他のヒロインとは一線を画す属性を持つヒロインが組み合わせに入っていると、世界滅亡エンドの属性もそちら側に引っ張られる。

 スチルのコンプを目指すプレイヤーはそこの組み合わせ……大規模x大規模な属性持ちをわざとハート状態にして新しい世界滅亡エンドを見る、という事もやっていたくらいには、様々なスチルとテキストが用意されている。ハーレム展開撲滅ゲームの看板みたいなものだからな、世界滅亡エンドは。

 だからたとえば、天羽と榛であれば日本沈没が如き大地震になるし、錨地原と水橋だったら全世界のテロリストが一斉蜂起するし、目の前の晴巻が絡んでいれば──インベーダー襲来になる。

 残念ながら、東郷アミチアの属性ではインベーダー襲来を打ち消せる要素には成り得ないのだ。"異世界"属性の子がいれば、違う世界滅亡エンドになるのだが。

 

 けれど、要素として。

 既に東郷アミチアがハート状態になっている……そのままであった、という事実が、何よりもやばい。

 

「お前達の母艦は。造艦惑星群であるハルムの星々は、もう来ているのか」

「……すごい! ボクの未来の旦那さんは、時を読めるのかな? それとも遠くが見えるのかな? うん、来ているよ。もうすぐ到着するんだ! あ、パパとママ達に、未来の旦那さんを紹介しなきゃだね! ()()()()()()()()()()

「……」

 

 本来、晴巻夜明が来るのは、転校してくるのは、主人公が二年生になった時点……つまり一年目をなんとかやり過ごした時点となる。その頃には初心者も好意ゲージの管理に慣れてきていて──だからこそ、コイツにボロボロにされる。ベテランは見越して動いているが。

 ハート状態になるヒロインが複数いたら世界滅亡、というのが一年目だ。だから俺がやったように、一人だったらまだセーフ、と考えているプレイヤーが多い。他に嫌われていれば好きな子をハート状態にしてラブラブちゅっちゅしていいのだと。

 だが二年目となり、コイツの出現が全てを狂わせる。

 

 コイツの好意ゲージは初めからハート状態一歩手前。

 その上で、ほとんどの事でそのゲージを下げる事は無い。下げるための選択肢は分かりづらく、下がっても一度のイベントで一ゲージ分のみ。

 それはまぁ、当然なのだ。ある意味で東郷アミチアと同じく、主人公と番うためだけに地球に来ている。

 "その星で最も愛される魂"を目印に主人公を狙い、この星に根を下ろし、植民地にする……なんてのが、本来の晴巻夜明の目的。勿論個別ルートに入る事が出来れば侵略を遠ざけて「このまま二人で逃げちゃおっか」エンドにも行けるのだが、それにしたって侵略は為されている。彼女の背後に控える親族方々、ハルムの星々によって。

 

 ハルムの星々。

 正式名称巨大造艦惑星群ハルム。人工物の惑星で宇宙を渡り、他の惑星を侵略しては自らの惑星群に加え、その勢力を増していく紛う方なきインベーダー。

 世界滅亡エンドたるインベーダー襲来の原因にして下手人であり、数ある世界滅亡エンドの中でもかなりの現実離れしたSFな世界設定と超美麗なスチルが人気なエンドの一つである。

 その、被害も。

 なんなら──主人公の学校は、一番にジュッとされてしまう。高出力広範囲レーザー。植民地にするんじゃなかったのか、というツッコミは初見プレイヤーの誰もがしたことだろう。

 

 世界滅亡エンドを引き起こすのは勿論ダメで、個別ルートに入るのもダメ。他のヒロインを生かしたいなら、殺したくないなら、どうにかしてその好意ゲージを下げないといけない。

 

 既にハルムの星々が近くに来ているというのは、東郷アミチアがハート状態であるが故の前兆だろう。彼女がハート状態になったのはついさっきの事のような気もするが、その前に皆森朝霞がハート状態に近い所まで行っている。もしあそこで皆森朝霞がハート状態になっていたら。そしてもしもっと早く、コイツが俺を見つけていたら。

 ……そういう積み重ねがハルムの星々を引き寄せたんだ。実際に侵略するかはともかく、航路上に地球がそもそもあったのだという説明もあったし。

 

 それに、東郷アミチアがストーカーが如く俺を尾行し、その好意ゲージを高めていたというのなら、知らぬ所で世界滅亡エンドの危機は来ていたのだろう。こちらは大地震や嵐などの災害になっていた事だろうが。

 ……綱渡りが過ぎる。やっぱり好意ゲージは二とか三で留めておくべきだ。

 早く東郷アミチアの好意ゲージを下げに行きたい。だがコイツを野放しになんかできないし、そもそも。

 

「あ、逃げられないよ。君達の科学じゃ助けを送る事も出来ないだろうね」

「わかってるさ。惑星を自分たちで作る、なんて超科学、地球人にはあと千年あっても届かないだろうからな」

「うーん、このまま順当に成長しても、一万年でギリギリかなぁ」

 

 ハルムの星々にいるコイツの両親は、その数兆を優に超える規模がいる。惑星群だからな。その数など、計り知れないというレベルではないだろう。なお晴巻夜明は「見ての通り宇宙人」と言ったけど、瞳孔が星マークになっている事とケーブルと電球みたいな尻尾が生えている事以外はあまり地球人と変わらない容姿をしている。流石にグレイみたいなのはヒロインにはならなかったワケだ。流石にな。

 ただ、ハルムの星々にいる奴らにはそういうのがいる。というか人間形の方が少ない。がっつりインベーダーだ。プレデターでエイリアンで、ちょい、いやかなりキモい。

 

「……」

「わ、反抗的な目! いいよ、その方が屈服し甲斐があるもんね! 未来の旦那さん!」

 

 "宇宙人"属性に加え、"侵略者"属性を持つ晴巻。

 その本質は絶対レベルのサディスト。無論R18ゲームではないし、R18Gのゲームでもないからソウイウ事はしないが、主人公を()()()()()ためなら結構なんでもやる。その実験台となった……最初に目を付けられていた人が、鄭和衛須先輩だ。

 これまた余り深くは語られていなかったが、イロイロされたらしい。晴巻と鄭和先輩が同席すると、今までの威勢はどこへやら、蛇に睨まれた蛙のように鄭和先輩がカチコチになってしまう、なんて会話シーンがあったくらいだ。

 

 ゲーム本編では存在しなかったが、主人公がそういう目にあわされる可能性もある、という事。

 "侵略する事"を至上の歓びとする疑いようもない人類の敵。それが晴巻夜明。

 

 そんな彼女の好意ゲージを下げる方法は。

 

「何言ってんだテメェ、屈服するのはそっちだ、馬鹿が」

「んー?」

 

 にっこりとした笑顔。

 その手に何か、銃のようなものが出現する。あれはテーザーガン……電気銃、というヤツだ。俺を転移させたのもそうだけど、ああやって瞬時に物を出し入れするワープ的な技術が著しく発達しているのもハルムの星々の特徴の一つ。

 敵や侵略対象に直前まで存在を察知させず、いざ開始、となればその超超規模の艦隊が突然至近宙域に出現する。防御不可、迎撃不可の大侵略。

 

 ……とはいえこちら地球も普通ではない。

 インベーダー襲来エンド時は、他の世界滅亡エンドの下手人たちも一緒になって立ち向かうため、かなりの徹底抗戦が見られる。あれだけで小説になるんじゃないかってくらい。

 主人公の通う学校が消滅させられても何故か生き残っていたヒロインや、消滅してしまったヒロインの仇討ちにと本気を出す大人の方々。それと共に戦う主人公。

 

 結局はみんなやられるのだが。

 無理だよ、数には勝てないよ。

 

「なんか、言ったかな? ボクの未来の旦那さん」

「間抜け、って言ったのさ。お前の星の言葉にしてやろうか? ge rmn kili

「ばぁん」

 

晴巻(はるまき)夜明(よあけ)1500000

 

 

 痛み──右肩を刃物で貫かれたかのようなソレに、けれどリアクションをしない。

 すれば喜ばせるだけだ。何、マジで腹ぁ刺された時よりかは痛くない。経験が生きたな。

 

「ボクだってね? あんまりこういうテ、使いたくないんだよ。だって未来の旦那さんだもん。傷付けたくないし、恐怖も抱いてほしくない。結婚するんだからさ、穏便に行こうよ。ボクの夫になれるんだよ? 君だけは、助かるんだ。ボクのパパとママがあの星を侵略しても、君だけは安全。だってボクの夫だからね」

「そういう所が馬鹿だって言ってんだよ。結局お前は尖兵さ。あっちじゃ愛娘だの皆から愛された子だのと持て囃されてたんだろ? それを信じて、期待されてると思い込んで、こんな辺境惑星に番いにきたワケだ。泣ける話だね、愚かすぎて」

「……ホントに、色々な事を知ってるみたいだね。さっきの言葉を返すよ、kili ab smelik

「誰からも愛された家畜、ね。はは、言い得て妙だ。じゃあよ、それを求めてきてるお前はなんなんだ?」

 

 晴巻曰く。そして"転移者"属性の子曰く、主人公の魂は"その星で最も愛される魂"らしい。ある意味で俺が知っている属性のようなものか。"イケメン"属性がそうなのかね。

 とにかく晴巻はそれを狙っている。自らの子にそれが受け継がれて、惑星群で最も愛される魂を手にするために。

 ……というのが、晴巻を送り出したハルムの星々の一派閥の狙い。晴巻は「お前ならできる」的な事を言われてやってきた尖兵に過ぎない。個別ルート終盤、実は晴巻と同じような境遇の少女が沢山いた事が判明するのだ。

 各惑星に一人ずつ、"その星で最も愛される魂"がいる。それを手に入れるために作られた少女こそが晴巻であり、当然その惑星の生物にとって魅力的に映る容姿に設定されている。だから人間形なのだ、コイツは。

 

 その背景を……まぁ、心苦しくは思う。

 可哀想だな、とは思う。知らずに行っている、自分は皆に愛され、期待されて送り出されたのだと思い込んで侵略活動をしている少女を。

 

 けど、ああ。

 多くは望めない。

 俺は彼女が好きだし、彼女といる世界を守りたい。たとえ彼女と添い遂げる事が出来なかったとしても、死なせるなんて事は絶対に嫌だ。

 それは勿論、あの学校の面々全員に言える事。あの街の全員に、そして知りもしないどこかの誰かに言える事。

 

 あの時。

 初めて目にした、好意ゲージによる死。名前は教えてもらえなかった。プライバシー、だそうで。

 だから、誰かなのだ。

 誰かが、俺の行動のせいで、好意ゲージを失って──死んだ。

 

 今、俺の行動のせいで、世界滅亡が訪れようとしている。

 ……絶対に、阻止しないと。

 

「君さ。未来の旦那さん。どこまで知ってるの?」

「全部さ」

「全部……。じゃあ、ボクのパパとママ……()()()パパとママの名前も?」

「グリーゼとテムドゥスだろ」

「わ。本当に知ってるんだ。じゃあさ、ボクが今君を見て、良いな、って思った所はどこかわかる?」

「目だな。"まるで深い宇宙の闇のようで、この辺りにある恒星をも超える輝きを持った、不思議な瞳"……だろ」

「心まで読めるんだ! すごい……凄いね。……余計欲しくなっちゃった!」

 

晴巻(はるまき)夜明(よあけ)1500000

 

 マズった。

 折角一ゲージ下げられたのに。

 クソ、才能だとか、資質を見せるのもアウトか。ゲーム主人公はこんなことしないから、知らなかった。

 

「待遇を改善してあげる。ペットにするつもりだったけど、本当の夫みたいに扱ってあげる。だから、早く折れてくれないかな!」

「それは無理だな。なんたって、お前がハルムの星々に帰ったとして──居場所なんざ、残ってないんだから」

「──え?」

 

 一瞬、引き金が引かれかけた。

 しかし聞き捨てならなかったらしい。思いとどまり、何か……怯えるような目で、晴巻はこちらを見る。

 今の今までで、俺が本当に全部を知っているし、遠くも見えるし、色々な物が読めるとコイツは信じ切っている。

 だから、効くだろう。

 その事実は。

 嘘偽りない──本当のコトは。

 

「ど、どういう事?」

「哀れだな。愚かだ。本当に気付いてないんだな」

「……言いなよ。言わないと、撃つよ。地球人の雄は()()を撃たれるのが一番痛いんでしょ。この前の子は、のたうち回ってたよ」

 

 ……鄭和先輩。

 南無。

 

「そっちこそ、いいのか? 聞いたら後悔するぜ」

「いいから、言えよ! どういう事? ボクの居場所がない、なんて……そんなの在り得ない!」

 

晴巻(はるまき)夜明(よあけ)1500000

 

「別に、簡単な話さ。お前は地球の植民地化のために送り出された尖兵。となれば、当然。母艦に帰ってくる、なんてことは前提として存在しない。地球に根を下ろし、俺と子を育み、そこからじわりじわりと侵略して行く。それがハルムの星々のやり方だ。"その星で最も、誰からも愛されている裏切り者"の製作。晴巻夜明。お前はそれを作るための道具でしかない。お前に期待されているのは俺との子を産む事だけで、俺との結婚生活を送る事や、お前が賞賛される何かしらの成果を残す事じゃないんだよ」

 

晴巻(はるまき)夜明(よあけ)1500000

 

 コイツの好意ゲージを下げる方法。

 それは、コイツの自信を無くさせる……お前は愛されていないんだと突きつける事。

 一見簡単そうに聞こえるだろうが、本来はこれを学校生活の、日常の一コマでやらなければならない。選択肢は基本三つで、どれも同じように見える。ただ一つ一つに込められた微妙な"お前には期待してないよ"感で以て、コイツの自信を削っていく。

 必然コイツに会う時間を増やさねばならず、今までの好感度管理における時間配分の大部分を取られるため、ゲーム難度のシビアさが増すのだ。

 

 あんまり好かれていないキャラの代表格。まぁ世界滅亡エンドのトリガーとなるヒロインは大体そうなんだが。

 

「お前はもう、母艦には帰れない。仮になんらかの手段で帰ったとしても、お得意のレーザーで焼却処分されるんじゃないか? あるいはブラックホールにでも転移されるか、宇宙ゴミとして捨てられるか。ハルムの星々とてその資源は無限じゃあない。無駄な物をいつまでも抱えてはいられない。植民も満足に出来ず、見つけたペットと似非夫婦生活を送らんとするデザインベイビーに、何の価値があるっていう、グッ!?」

 

晴巻(はるまき)夜明(よあけ)1500000

 

 流石に反応してしまった。マズい。

 だが反応しないのは無理だ。その、宣言通りの場所に、刃物が如く痛み。そりゃ鄭和先輩ものたうち回る。

 

 ……いや。

 もう、大丈夫か。

 

「う……うるさい、うるさい。うるさいよ! そんなの……嘘だ。こんなゴミみたいな星の、こんなに頭の悪い家畜が、そんなこと知ってるわけ!」

「ッ、……ふぅ。じゃあよ、信じられるように追撃でもしてやろうか。晴巻夜明。ハルマゲドーン。俺はお前の誕生した施設の名前も、お前の両脇にいた子の髪色も、お前の胃と喉に彫られた管理番号も、全て言えるぜ」

「ひ……そ、そんな、とこまで」

「なんならもっと恥ずかしい秘密も知っている。お前が初めて育てようとした煌蝶の名。何故死なせてしまったのか。お前の初恋の相手。何故振られたのか。お前の、この船における自室の、亜空間パッケージの底にある()()の事も」

 

 カァ、ッと紅潮する晴巻の頬。

 こういう人間的な生理現象も、対人間用に調整されたが故。だったら目の星マークと尻尾消せよ、とか思わないでもない。必須なんかな。

 

「追い詰められてるのはお前なんだよ、晴巻。お前にはもう、俺と結婚する以外の選択肢が残されていない。失敗すれば消される。要らねえからな。んで、こっちの返答も突きつけてやる」

 

 身長は主人公の方が高い。

 だから、思い切り見下した目で、人差し指をピンと向けて。

 

「お断りだ、間抜け。お前みたいな阿呆と結婚なんて、死んでもごめんだ。うぜぇしダルいし、可愛くも無ぇ。気持ち悪い、二度と近づくな。お前と違って俺は"その星で最も愛される魂"──価値があるんだよ。価値無しのお前では一生かかっても辿り着けない価値が」

「──」

 

晴巻(はるまき)夜明(よあけ)1500000

 

 手応えアリ、だ。

 俺への好意は……まぁ、元から恋愛感情のソレではなく、欲しい、という欲求ではあったのだろうけど。

 それが全て、絶望に変わっていくのが目に見える。

 ……まぁこれは全ヒロインに言えることだけど。言葉程度で、そこまで変わるかね、とか。

 俺が一番思っちゃいけないのだろうことを、少しだけ思ったりして。

 まぁこれで、諦めもつくだろう。あとはどうにか帰してもらって、東郷アミチアの好意ゲージ下げをしなければ──。

 

「あ」

 

晴巻(はるまき)夜明(よあけ)1500000

 

 それは、どちらの呼気だったのか。

 突然──ガクン、と。

 地が揺らぐ。

 地。

 地、じゃない。

 

 ここは──上空。宇宙船。だから。

 

「ぁ──ぁは」

 

晴巻(はるまき)夜明(よあけ)1500000

 

 膝からガクンと崩れ落ちる晴巻の肩を抱き、膝に手を入れ、姫抱きの状態にする。

 そのままダッシュ。全力ダッシュ。

 この宇宙船の構造はわかっている。個別ルートで結構語られるからな。原理だのなんだのは一切判らないけど、どこに何があるか──正確には、どこにその目的のものがあるのかは、わかっている。

 

「ッ、掴まっとけ……いや、いい、ちょいと強く掴むぞ!」

 

 掴まっとけよ、というのが無理なのは一瞬でわかった。

 放心状態。心此処に在らず。強く言い過ぎたんだ。まただ。同じことをしている。三木島から何も学んでいない。馬鹿なのは俺だ、本当に。アホで愚かで間抜けで。ああ、クソ。

 

 傾き始める床。

 この宇宙船は晴巻の意思で動いている。睡眠など一年に一回程度で良い晴巻の意思が途切れる事など普通はあり得ない。眠る時はどこかへ着陸させるらしい。だから、そう。

 こうやって宇宙船の稼働に割くリソースを失い、前後不覚になってしまえば──落ちる。

 

 落ちる。

 ここは恐らく大気圏外。がっつり宇宙だ。地球よりはそう遠く離れていないはずなので、地球の重力から逃れる事は無い。落ちる。

 海に落ちればまぁ、大丈夫だろう。宇宙人の技術は相当で、対ショック機構も十二分に作用するはずだ。あれだけ価値がないと罵りはしたが、"その星で最も愛される魂"と番う前にアクシデントがあってはいけない。なのでエアバッグ的な、安全装置は各所に為されているはず。なんなら地面に落ちてもそれは作動するだろうし、この中の安全は保たれるだろう。

 

 問題は、落下場所だ。

 さっきも述べたが海ならまだいい。海洋生物の皆さんには申し訳ないが、少なくとも人間の被害は出ない。運悪く船舶が、という可能性もあるので油断はできないが、陸上よりはリスクの少ない場所だろう。

 だが、陸地は。

 ……無理だ。この宇宙船の大きさは全長四十メートル。それが住宅街にでも落ちてみろ、どれだけが死ぬか。住宅街でなくとも、都会、あるいは何らかの施設。地球の七割が海なのは理解しているが、そんな賭けに出るつもりはない。三割って結構当たるんだぞ。

 

「──あった、脱出ポッド!」

 

 このテの船にはありがちなソレ。

 船内の安全機構が……対ショック系の防護機構がどれだけしっかりしていても、内側で事が起これば対処の仕様がない。たとえば単純に動力源の故障。人間モデルのデザインの為された晴巻には有毒なガスが出るかもしれないし、火災が起きるかもしれない。寄り道をした惑星からウイルスや菌類を貰い、ゾンビパニックなんかが発生するかもしれない。工具を使って戦うかもしれない。

 そういった、本当にどうしようもない時のために、脱出ポッドが用意されている。

 この脱出ポッドは自らの排出と同時に本船を()()()()()とかいう物騒な機構を積んでおり、それは上述したようなパンデミック等を外に漏らさないための処置。つまり、これで脱出出来れば、この四十メートルの金属塊を地球に落とすことなく、安全に着陸できる、というわけだ。

 

 脱出ポッド側にはちゃんと目的地の設定機能が備わっているからな。そこも安心。

 

「っ、せま……!」

 

 申し訳ないが晴巻の私物なんかは全て消滅する次第となる。

 仕方なかろう。この宇宙船墜落自体が恐らく死亡イベントだ。避けようがない。先ほどから呼びかけたり抓ったりをしてみているが、晴巻の意識は戻りそうにない。「ぁは」とか「ぁぇ」とか言って、口の端から涎を垂らして、こちらに完全に身を預けている。汚い。

 復帰は恐らく無理。考えている時間は無い。

 消えてもらおう。

 

「ふ、たり、用じゃねえ、のか……たりまえか」

 

 なんとか体勢を整える。晴巻と抱き合う形になってしまうし、物凄い密着を強いられるのだが、仕方のない事だ。本来は小柄な晴巻一人が脱出するために作られたもの。当然スペースは最小限に絞られている。俺みたいなのが入る前提じゃないんだ。

 ああ、抱き合わなきゃだし、ちょっと背を屈めなきゃだし。クソ……なんだかいかがわしい格好になるな。

 

「──発射ッ!」

 

 まぁ、四の五の言ってる時間は無いのだ、本当に。

 ハッチを閉めて、内側の発射ボタンを押す。ちなみに脱出ポッドがある事自体はゲーム本編で語られていたものの、内部は特に描写されていなかった。

 だからハルムの星々の言葉で書かれたボタンの内、"発射"っぽいものを選んで押したわけだが……いや大丈夫だろう。嫌な事は考えない事にする。少なくとも今の間だけは。

 

 ガクゥン、と大きな振動。排出されたのだ、というのが感覚でわかる。

 脱出ポッドに窓のようなものは存在しない。ただ映し出された海域マップのようなソレにタッチが出来て、落ちる場所を選べるらしく──。

 

「ぁ、ふ」

「わっ!?」

 

 ……思わず素で驚いてしまった。

 意識の朦朧としている晴巻が、その頭を擦り付けてきたのだ。それだけではない。何故か服の中に手を入れ、ぎゅう、と抱きしめてきている。子供かよ。少し可愛いとか思っちゃったじゃねえか、クソ。

 

「……そういうさぁ、余計な事をさぁ!」

 

 ああ、まだ好意ゲージがゼロであったのを忘れていた。

 鄭和先輩の時、回復するまで持続的に死亡イベントが発生していたように──まだ晴巻は安全じゃない。

 今ので、腕がモニターに当たってしまった。

 

 決定された行先は──太平洋のど真ん中。

 ああ、良かったのだろう。落下地点を心配する必要はない。

 どうすんだよ、オイ。

 太平洋のど真ん中に突っ込んで、どうやって帰んだよ。

 

 振動。

 ……排出に当たってかかるGの方向から、微弱なソレ。

 まさか、今ので消滅したのか? あの船が。

 

 こわ。

 宇宙人の技術こわ。

 

「晴巻! おい、晴巻! 起きろ!」

「ん……んぅ、ぃゃあ……」

 

 とかく、この状況をどうにかするためには、コイツを起こすしかない。

 起こして好意ゲージを回復させて、脱出ポッドを操作してもらうしかない。

 

 けれど晴巻は何かをいやいやと拒否するようにして、俺の胸板に頭を擦り付ける。くすぐったい。

 

「おい、起きろ──起きろ、ぐっ!?」

「ぅーぁー」

 

 どういう技術かはわからないが、大分緩和されている──にもかかわらず感じる膨大なG。

 加速している。着陸……着弾地点を見定めたからか、一気に。

 これ、不味いか? たとえ晴巻を起こしたとしても、この状態から軌道修正なんて出来ないんじゃ。

 

 ……でもこれ、本当に死亡イベントか?

 たとえ海に着弾したとしても、晴巻は死なない。むしろやばいのは俺の方だ。コイツは一年以上飲まず食わずで生活できるけど、俺はそうも行かない。これで死ぬのは俺だけだ。

 晴巻を見る。

 

晴巻(はるまき)夜明(よあけ)1500000

 

 未だにそのゲージはゼロ。

 死亡イベントは発生しているはず、だ。

 

 それが来ないのは、何故か。

 

「……ねえ」

「っ! 起きたのか! 晴巻、これ操作出来るか、今太平洋のど真ん中に──」

「やっぱり、全部知ってる、っていうの、嘘なんだね」

「──」

 

 今、そんなことを。

 つか起きてたなコイツ。クソ、騙された。

 

「ナビモニタの操作方法なんて、ボク、生まれてすぐにわかったよ。あの船も別に消滅させる必要なんてなかった。舵モードに切り替えて、安全に着陸できたもん」

「あぁ、嘘だよ嘘。そんな嘘に騙されたんだよお前は! 馬鹿が──痛ッ!?」

()()。弱点なんでしょ。こんな目に見えた弱点があるとか、本当にゴミみたいな種族だよね、地球人って」

「ッ、この期に及んで、まだ屈服しろとか言うのか」

「……言わないよ。今さ、交信してたんだ。パパとママに、今聞いた話を」

 

 知らなかった。

 そんな事出来たのか。危ないなオイ。俺、綱渡りしすぎだろ。っていうか交信中はあんなアホ面になるのか? どんなだよ。

 

「開口一番、"もう産んだのか"だったよ。その後色々話したけど、うん。真実みたいだね、君の言った事」

「確かに俺が知ってるのは全部じゃない。けど、真実の一端は知ってる」

「信じるよ。というか、信じざるを得ないかな。ボクもわかったよ。自分が愛されているっていう先入観を捨てて、パパとママ達と話してみて……ああ、ボクの事なんか、どうでもいいんだな、って」

「どうでもよくはないだろう。侵略のための大事な駒、ヅッ!?」

「口が減らないね、君。もしかしてそういう嗜好? それならボクとぴったりかも」

「……なんだ。まだ俺と結婚したいのか。俺の名前も知らない癖に」

「あ、バレてた? うん。ボク、君の名前知らない。未来の旦那さんなのはわかってたけど、君の事、何も知らないや」

 

 俺の胸元に顔を埋めているので、晴巻の顔を窺い知る事は出来ない。

 ただ少し──湿ってきている。

 そういう機能も備わっているのは知っていた。個別ルート、「このまま逃げちゃおっか」でこれら晴巻の真実が語られるのだが、そこでも彼女は涙を流す。居場所がないと知った彼女は、インベーダー……ハルムの星々の侵攻から逃れるために、主人公と二人、宇宙船で宛てのない旅を始めるのだ。

 背後、背景として地球の全てが侵略尽くされていくのを見ながら。

 

「藤堂彩人、という」

「……アヤト。うん。ヘンな名前」

「お前に言われたかねーや」

 

 まだか。

 まだ、好意ゲージは回復しないのか。

 こんなに親身になっているのに、どうして。

 

「アヤト」

「なんだよ」

「多分、明日になったら……君はボクの事を忘れてる。ボクの事も、宇宙の事も、君とボクの相性がぴったりだって事も」

「……どういう事だ」

「パパとママ達と話したんだよ。()()()()()って。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って」

「それは──」

「まるで何か引き寄せられるように。まるで何かを、求めるように。まるで何かに──()()()()()()()()()()()()。ボク達は、予定をかなり早めて、ここへ来た。そしてボクが送り出された」

 

 ……地球人より、宇宙人……ハルムの星々の民の方が遥かに頭が良い。その科学力然り、単純な知識量然り。

 気付いた、という事か?

 この世界に。

 この世界の仕組みに。

 SYSTEMに。

 

「そういうの、嫌いなんだってさ。パパとママ達は支配されるのが嫌で逃げて、自分達が支配する側に回ったって種族だから……このよくわからないものに支配されるのは嫌だ、って。だから、帰る、って」

「帰る?」

「うん。この星から興味を無くせば。正確にはアヤトから興味を無くせば、目に見えない支配が薄まるのに気づいたみたい。()()()()()()()()()()()()()()()()()、コレは自分達に干渉してこない、って」

「……よくわからんが──じゃあ、もう、お前は」

「ホントウに用済み、ってことだね!」

 

 明るく元気に。

 植民地化さえしない。侵略さえしない。

 だから、帰る場所も無ければ──目的もない。

 本当に、価値を無くしてしまった。

 

「……すまん」

「うん。こっちもごめんね。ボク、もっと……自分が凄い子だと思ってたから」

「だが、きっぱり言っておく。俺はお前を好きにはならん。お前とも結婚しない」

「わかってるよ。さっきも言ったでしょ? 君は明日になれば、ボクの事を忘れてる、って」

 

 それは。

 それが、どういう意味なのかを。

 

「本当は、君も解放してあげたいけど……どうやら君が中心みたいだから、それは厳しいかな。アヤト、君は凄いものの中心にいるね。何か、酷い悪意が君を縛り付けている。呪いのようで、祝福のようで……あはは、こんなオカルト、パパとママ達の前で言ったら怒られちゃうけど」

 

 コイツの亜空間パッケージの底にあるお宝。

 それは魔法だの魔力だのといった、ファンタジーな書物。ハルムの星々にもそういう創作があるらしく、けれど全てが子供向け。当然だ。そんなものはないと、超科学が証明しきっているから。ちなみに"魂"は科学的に存在すると立証されているらしい。

 晴巻は、憧れがあるのだ。

 そういうオカルトに。1500000歳──人間換算十五歳で、だからまぁ、少し遅めの中二病かね。

 

 ……あるいは、"転移者"属性の子であれば。

 

「今度、もし、お互い無事に会えたらさ」

「結婚はしないぞ」

「あはは、それはまぁ追々考えてもらって。そうじゃなくて──教えて欲しいんだ」

 

 晴巻が、顔を上げる。

 涙で泣き腫らした目。星のマークまでぐじゃぐじゃになっている。どういう仕組みなのか、まったく。

 

「君の本当の名前。"藤堂彩人"は、縛り付けられた名前でしょ?」

「──」

 

晴巻(はるまき)夜明(よあけ)1500000

 

 好意ゲージが──消える。

 ああ、つい最近、似たような現象を見た覚えがある。

 あれは、相手は、誰だったっけ。確か知らない、少女……いや、由岐……いや。

 だれ、だっけ。

 

「またね! ありがと、ボクを自由にしてくれて。君のせいで全部失ったし、君のせいでいらない真実に気付いちゃったし、ボクの幸せはぜーんぶ崩れ去ったけど……うん」

「どこへ、」

「なんか、感謝してる! 新生ボク! 今日から人間として生きるんだ。それで、それで」

 

 周囲の風景が歪む。空間が歪む。

 あ、これは、知っている。

 

 転移の前兆。先ほど東郷アミチアと共にいた時は気付かなかったが、これは、わかる。

 跳ぶ。

 

「──全部が終わったら、君の幸せを崩しに行くよ。無理矢理君を奪って、今度こそ屈伏させてあげる。君の愛する人から、君を大事にする人達から、貴方を奪いに行く」

「人間として生きるなら、尻尾は隠せよ!」

「っぷ、あはは! じゃあね! 首洗って待ってろゴミ家畜ー!」

 

 消えた。

 晴巻夜明が、ではない。脱出ポッドが、でもない。

 消えたのは俺だ。

 

 そして──出現する。

 

 

 ──下着姿の東郷アミチアの前に。

 その部屋に。



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叡智(H)

R15描写があります。


「貴方が忍者であることはもう言い逃れの出来ない事実……。観念して、私に身を委ねに来た、と見てもいいのよね?」

「違うが」

「あら? このように私は今あられもない姿。こんな姿を見せるのは家族か夫にのみよ。となれば、この姿を見た時点で貴方は私の夫」

「下着姿くらい、学校の奴らは見てるだろ。プールの授業とかで」

「そも、私を妻と認めないのなら、すぐにでも出ていけばいいのに、それをしない。これは口ではツンケンしておいて、カラダはショウジキな……ツンデレ、というヤツ?」

「日本文化習い直してこいよ、落第」

 

 さて──。

 どうしよう。

 

 明日になったらボクの事を忘れてしまう、と。そう、意味深にも程がある言葉を吐かれて飛ばされたのは東郷アミチアの家。その部屋。私室。

 下着姿で机に向かい、何やらPCで作業をしていたらしいアミチアは、その姿のままこちらへ振り返って、こんなけったいな言葉を吐いている。

 

 ……晴巻夜明の事はまだ覚えている。インベーダーの脅威が地球から手を引いたことも、彼女が人間となる決意をした事も。

 明日になったら、か。

 現在時刻は──十八時。一応まだまだ余裕はある……が。

 忘れてしまうのであれば書き留めておけばいい。それをしたいのは山々で、だけど目の前の脅威も忘れてはならない。

 東郷アミチア。その好意ゲージは未だに高く、ハート状態が続いている。

 もし、どこかで。

 どこかの誰かが、突然、俺への想い余り余ってハート状態にでも移行したら、世界滅亡エンドが起きる状態、というわけだ。

 ゲーム本編ではそんなこと学期末以外絶対に起こらなかったため、誰か一人をハート状態でキープするのはまぁまぁ許されるプレイングであったが、やっぱりダメだ。現実じゃ、危なすぎる。

 

 どうにかして下げないといけない。

 

「さっきはニンジュツで逃げられたけど、自ら赴いてくれた、という事は、今すぐにでも精を吐き出す準備が出来ている、という事よね」

「少しは慎みを持て」

「勿論、他の異性にはこんなこと言わないから。貴方にだけよ、藤堂彩人」

「この世で最も不要な特例だな」

 

 ああ、どうして俺をこんな場所に転送したんだ晴巻夜明。

 いや家に帰されても困ったけど。東郷アミチアがハート状態である事には変わりないんだし。……じゃあ、とっとと解決して来い、って意味での転移? いやいや、好意ゲージの支配をそこまで明瞭に理解しているわけじゃないだろう、流石に。

 

「貴方?」

「まるで夫みたいな呼び方やめろ」

「もしかして、下着姿は好まないの? なんなら脱いでもいいわよ」

「やめろ。気持ち悪いもん見せるな、目が腐る」

「……これでも、社交界では至宝、と呼ばれるスタイルなんだけど」

「脂肪の間違いだろ。アッチの価値観は肉付きが良い方が好まれんだ、こっちとは違う」

「貧相な方が好きなの?」

「少なくともお前よりは好きだな」

「──じゃあ、やっぱり、三木島さんの胸へ対して言った言葉は嘘なのね」

 

 う。

 ……不味いな。

 個別ルートの台詞は、結局はゲーム主人公のセリフ、あるいは脚本家の台本でしかない。俺のパーソナルな部分からは絶対に放たれないような言葉が詰まり詰まっている。

 だから、まぁ、適当、になるのだろう。

 嘘だ。俺の言葉じゃないから一貫性がない。何より個別ルートに入るって事は、そのヒロインの属性に合わせたフェチズムを持っていることになる。"無知"と"爆乳"が好きなヤツが選び抜いた三木島の個別ルート故、そこでのセリフは"無知"と"爆乳"好きな主人公が考えた内容となるわけで。

 それは例えば、晴巻夜明を選んだ場合とか。それはたとえば、皆森朝霞を選んだ場合とか。

 そういう、全く違う属性を選んだ場合の主人公とで、主人公自身のフェチズムが変化する。

 

 いやまぁ、要約すると。

 

「嘘じゃない。嘘なんかじゃない」

「嘘じゃないけど、本心じゃない。本心ではなく──最適解、よね?」

「──……お前」

 

 ああ。

 そうだ。

 相手に対して最適な言葉で好意ゲージを回復している。だから各ヒロイン自身の視点からした主人公像……いやさ藤堂彩人像は、所々に差異があったり、全く乖離していたりするだろう。

 

「貴方に口説かれた女の子達から色々な情報が得られたのよ。貴方はぶっきらぼうで横柄で傍若無人……だけど、時々優しくて、時々勇敢で、時々、可愛らしい。けれどその評価の詳細は、それぞれで少しずつ違う。身体的コンプレックスを認めてくれた。好きだと言ってくれた。容姿など関係がないと言ってくれた。全てを背負う必要はないと言ってくれた。自分の足で立てと言われた。容姿でなく声で人を好きになると言っていたし、声など気にしないとも言っていた」

 

 下着姿で、足を組んで。

 金髪、縦ロール。東郷アミチアは不敵に笑う。

 

「その子、その子に合わせた最適解……。あれだけ醜聞たる言動をしておきながら、女の子相手には、あるいはクラスメイト相手には、ギリギリの所で踏みとどまれるような──()()()()()()()()()()()()言葉を吐いて、()()()()()()()()()()

「……何が言いたい」

「──何に縛られているの?」

 

 ぞっ、とした。

 晴巻夜明はまだわかる。アイツは宇宙人で、超科学の文明に生き、そもそも気付いたのはハルムの星々の奴らで。

 だから、ソレに気付くのはまだわかる。

 けど、コイツは。

 才媛とはいえただの人間で、同じく縛られたヒロインの一人だ。

 

「それが、私の夫になれない理由?」

「それは、違う」

 

 返答に目を細める東郷アミチア。

 それは。

 それは。

 

 それは、違う。

 たとえ好意ゲージの支配がなくとも。そのシステムから解放されようとも。

 俺は東郷アミチアの告白を受け入れはしないし、夫にもならない。

 

 俺が好きなのは、愛しているのは、ずっとずっと、一人だから。

 

東郷(とうごう)アミチア16

 

「……最低」

「ああ。知っている」

「貴方のその行為は、他人の感情を弄ぶ最低な行いよ。貴方がどんなことを気にしているのか、何を恐れているのかはまだわからないけれど、たとえどんなことだったとしても、許されるものではない」

「だろうな。自覚してるよ」

「知ってる? 貴方を心から好きだ、っていう子はあんまりいなかったけれど、感謝をしているか、って聞いたら、口を揃えて皆"それは勿論"と言っていたのよ。恋愛のそれで好かれてはいない。けれど、親愛の目で……貴方を善性の目で捉えている子はたくさんいるの」

「知らんな。どうでもいい。俺はそもそも、誰からも好かれたいなどと思ってはいない。言っただろ、俺には好きなヤツがいるんだ。そいつにだけ、そいつにだけ好かれたのなら、他はどうでもいい。俺の適当な言葉に勝手に酔っていればいい。そんなの、ソイツが騙されやすかったというだけだ」

 

東郷(とうごう)アミチア16

 

 ああ、順調だ。

 何を言っても上がる、何を言っても下がらない暗室の時に比べたら、上々にも程がある。

 だがやりすぎるな、俺。三木島から、そして晴巻から学んだんだ。加減をする、という事。

 

()()()()()()()()()()()

「──」

 

 つい、言葉に詰まってしまった。

 言葉を飲んでしまった。そんなの、事実と認めているようなものじゃないか。

 

「私の場合は、貴方を好きすぎているから……嫌わせるための最適解を選んでいる、と行った所? これで、たとえば私が、貴方を嫌い過ぎたら、今度は好かせるための最適解を選ぶのよね」

「妄想が激しいな」

「何が悪いの? 別に貴方に好きな人がいても良い。さっきは本妻だけは譲れないといったけれど、それさえも別にいいのよ。その人が本妻で、貴方と愛し合って、私が、あるいはほかの子達がメカケ、というのでも、構わない。わざわざ嫌わせる必要なんて無いと思うけど」

「興味ない奴に好かれてるのは気持ちが悪いだろ」

「もう通用しないのよ、それは。安直な罵倒でこちらを不快にさせようとしているのが透けているから」

 

 弁で負けている。

 頭の回転が速すぎる。俺の稚拙なアドリブ力じゃ、この場を切り抜けられる気がしない。

 

「……もしくは、その、恐れているものが。あまりに……あまりに、本当にどうしようもないくらい、この世の誰にも手出しが出来ないくらい恐ろしいもの、という可能性も……いえ、けれど、それって何? そんなファンタジーがあるわけ」

「高二にもなって中二病か。救えないな」

「正解、なのね。それこそ妄想の類と思いたいけれど、そうも行かなそう」

 

 う。

 余計な事はもう喋っちゃいけない気がする。強すぎる。人間として。

 ……ああ、でも。

 そもそも別に、バレちゃいけない、なんてことは、ない、ような。

 

「ねぇ、この肢体を見て、本当になんとも思わないの?」

「……なんだ、いきなり」

「性欲は無いのかと、問うているのよ」

「だからもっと慎ましやかさを」

「自省。自戒。己を律する力に長けているのね。本当の自分を押し殺して、口だけで喋る方法を心得ている。心情と表情が全く別物で、その演技力は誰をも惑わす。……残念ね。私には効かなかったみたい」

 

 どんどん、どんどん、剥がされていくのを感じる。

 見えてはいけない部分まで。見せてはいけない部分まで。

 ああ、彼女にだけ明かそうと思っていたのに。

 彼女にだけ、たとえ信じてもらえなくても、彼女にだけは真実を話そうと思っていたのに。

 

 東郷アミチア。

 本当に俺は、僕は、この人に全てを話してもいいのだろうか。

 

「ね」

「……」

「──えっち、しましょう」

「は?」

 

 いつの間にか。

 暗室での出来事を思い出す間合いの詰め方で。今度は殴られないようにか、肩を押さえつけられて。

 

 俺は東郷アミチアのベッドへ、引き倒された。

 

 ……いや力強いな案外。主人公の体幹凄まじいはずなんだけど。

 

 

 

 

「ちょ、ちょっと待て! やめろ!」

「素直になるのよ。男性はSEXの時に本性が出ると言うわ。優しかった人が乱暴になったり、普段暴力を振るう人が子猫のようになったり。貴方の本性、私が引き出してあげる」

「この……ッ!」

 

 コイツ遠慮とか配慮とか無さすぎる。

 全部を話してしまってもいいかな、なんて信頼しかけてたけど、ダメだ。

 もしこの人に話したら、学校中に話が浸透して、絶対ややこしくなる。協力者を仰ぎまくって全員の好意ゲージが上昇してどうしようもなくなって世界滅亡エンド、という未来が見える。

 

「何よ。あの時言ってくれたじゃない。"もっとひどい事をする"って。私のキスも奪った癖に」

「ファーストキスじゃねえだろ、知ってんだぞ!」

「あら、流石は忍者。私の男性経験まで知っているなんて、プライバシーの侵害。心が傷付いたわ。弁償してもらわないと」

「話が通じねぇなこのサイコ女!」

 

 ズボンに手を掛けようとするアミチアを、ぐぎぎと押し返す。

 好意ゲージが高いから暴走気味になっているのだろうが、それを差し引いてもヤバイ人だ。こっちが嫌だって言ってるのに同意なしで……その、コト、をしようとする、なんて。

 誠意というものが足りない。

 いや俺が言えた義理じゃないんだけど。

 

「逃げたいなら逃げればいいじゃない。あの消えるニンジュツで」

「俺が使ったんじゃねえんだよアレは!」

「あぁ、もしかしてクチヨセのジュツというの? 誰かに呼び出されたと?」

「そうだよ! だから俺は忍者じゃねえって」

「え、忍者仲間に呼び出されたのよね。で、用事が終わったから帰ってきた」

「少しくらいこっちの言葉受け入れてくれねえかオイ」

「貴方が私の言葉の一切を無視しているのだから、私が貴方の言葉を受け入れる必要はないのよ」

 

 ぬ、ぐ。

 正論ッ!!

 

「つか、アンタの情報収集能力ならわかんだろ! ウチの両親が忍者じゃないってことくらい!」

「残念ながら貴方の両親の足取りは掴めなかったのよね。でも、妹さんは文武両道。身体能力も貴方には及ばずとも高く、頭脳明晰。忍者足り得るでしょ?」

「忍者像がおかしすぎる」

 

 足に乗られた。馬乗りだ。

 そのままぎゅっと両足を閉めてくる。動きが封じられた。

 ……いやいや、主人公の脚力だぞ。どういう事だよ。

 

「貴方、ポテンシャルはアスリート並みだけど、知識はそこまででもないのね。どれほど脚力が高くても、関節の関係上そこを抑えられたらどうにもできない、という部位がいくつか存在するのよ、人間には」

「なんでそんなもん知ってんだ……」

「これでもお嬢様よ? 誘拐された場合の対処法、護身術は一通り身に着けているの」

「誘拐犯に馬乗りになる護身術がどこにあるってんだよ」

「私を誘拐するのは基本男性となるはずだもの。()()に攻撃しやすい形を取るのは当然よね」

 

 本日二度目だ。

 晴巻といいコイツといい、もっとお淑やかさを持って欲しい。そんなん明言するな。

 

「……本当に、徹底しているのね。下着姿よ? 太腿もお腹も二の腕も、全部が全部見えているというのに、半裸の女の子に乗られているというのに……()()しないなんて」

「お前には性欲なんざ湧かねえって事だよ、だから降りろアホ」

「いいえ、違う。本当は私の事をえっちだと思っている。むしろ初心な感じかしら。その経歴から女慣れしていると思っていたけれど、そうではないのね。むしろ女の子の肌にびくびくしてしまう……女慣れして無さすぎるタイプ。勿論表情や声色には出さない。称賛に値する演技力ね」

 

 どうしたらいいんだ、この状況。

 受け入れる? ……いや、俺には心に決めた人がいる。その一線だけは越えられない。

 跳ね飛ばす? ……出来は、する。だけど、流石に怪我をさせる。怪我だけで済まないかもしれない。足が動かない以上上半身のバネで行うことになるけど、それにしたって威力は十分だ。誰も死なせないために動いているのに、自らが、なんてありえない。

 どうしたらいいんだよ、オイ。

 助けてくれよ晴巻夜明。もう一回転送してくれ頼むよ。

 

「抵抗が緩んだ……これは受け入れ準備OKという事ね?」

「ちげーよ、ばか」

「あら弱弱しい。そそるわね」

「変態女め……」

「では……いただきます」

 

 あわや。

 

 と、その時。

 音が鳴った。音楽だ。

 どこぞから──着信音、だろうか。救いの手だ。そう思った。

 

「……」

「……出ろよ」

「……でも、降りたら貴方は逃げてしまう」

「当たり前だろ」

「じゃあ無視するわ」

「コール鳴ったままするのか? は、とんだBGMだな」

「別に、少し待てば諦めるでしょ」

 

 コールコール。

 音楽音楽。

 

 音は鳴りやまない。一度途切れても、何度も何度も電話がかかってくる。

 いいぞ。やれ。諦めるな。出来る出来る。お前は富士山だ。

 

「ああもう! うるさいのよ! 今いいとこだったのに!! もうすぐだったのに!!」

「なーにがもうすぐだ、アホ女」

 

 流石にしびれを切らしたらしい。

 携帯がベッド脇に無くてよかった。PCの横にあったそれを取りに行った東郷アミチアを尻目に、ベッドから降り、そのドアへ向かう。ドアノブを……ん?

 

「残念でした。そのドアは私か家族の指紋・虹彩がないと開閉不可よ。ふふ、希望を抱いていたのよね? わかるわ。でももうこれで、貴方は逃げられないと悟りなさい」

 

 携帯を手に取り、こちらへ振り向くアミチアが言う。

 ……。

 あったま来たわ。

 

「はいはい、何用? 今取り込み中なのよ、後に……え? あ、あぁ。その件ね。それはもうよくて……え、違った?」

「強姦未遂を黙っててやるから、弁償はチャラにしてくれよ?」

「え?」

 

 ドアノブから手を離す。 

 ドアに体重を乗せる。

 技術など欠片も無い。単なる、主人公の肉体強度にモノを言わせた──ショルダータックル!!

 

 がり、という音がした。

 ドアなんてのは所詮、接合部の金属が組み合わさっているに過ぎない。壁の音から厚みは大体わかるし、この厚みならどういう機構が備わっているのかも理解できる。知識はないと言ったな、お嬢様。雑学なら任せろ馬鹿め。

 

「ちょ──嘘でしょ?」

「もうい──っかい!」

 

 今度はガン、という大きな音。

 流石にタックル程度で金属を歪ませるのは無理だ。それはもうアスリートじゃなくて達人級。ブルースリー的なソレがやる奴。

 だから、狙ったのは壁の方。

 ドア側から飛び出る金属を受け止めている金具。それを抑えている周囲の木材は、金属ほどの耐久性を持たない。

 それなら、突き破れる。

 

「ぁ──」

 

 最後にバリ、という音がして。

 扉が開く。ドア枠に大きな亀裂を残して。

 

 そして振り返る。

 

東郷(とうごう)アミチア16

 

 ……あれ?

 何か好意ゲージが下がっている。ハート状態も消えている。

 今の暴力的行為で評価を下げた……とか? いやそれならもっと早くに下がっていそうなものだけど。

 

「まだ止めるかよ、お嬢様」

「……いいえ。まだしっかりとした確認は取れていないけど……貴方が忍者ではない事が判明したわ」

「そうかい。そりゃ重畳」

「けど、貴方自身は、それを抜きにしても魅力的に思う。だからこちらの都合の確認と、そしてそちらのしがらみの清算。それらが正式に済んだら、今度は正面から告白しに行く。今度は正面から、ベッドに縛り付けて、一週間以上監禁して、私の夫にする」

「それ正面からって言わないぞ」

「貴方はそのしがらみのせいで自己評価を下げている。自身はハーレムになんか相応しくないと。だから、そんなことはないって教えてあげる。貴方のせいで人生と感情をめちゃくちゃにされた女の子達を引き連れて、貴方を飼ってあげる。嬉しい?」

「これは最適解でなく心からの言葉なんだが、気持ちが悪い。あと怖い」

「嬉しいと言ったと記憶しておくから」

「ホントに言葉通じねえなコイツ」

 

 まぁ、ハート状態が解除されたんならいいや。

 勝手に言ってろ、って感じ。俺はアンタらとは関係ない所で、彼女と添い遂げるから。……いやまぁ受け入れてくれるかどうかは別として。

 ……憂鬱だなぁ。九割九分フられるとして、立ち直れるかなぁ僕。

 彼女に。

 あの、笑顔の、笑いかけてくれた彼女に。

 

「ああ、手出しは無用よ。まっすぐ返してあげて」

「御意に」

「え」

 

 すぐ近くで聞こえた声に驚いて振り向く。

 そこには、破られたドアの裏側には、スキンヘッドの黒服が。

 

 こっわ。

 

「私の未来の夫よ。脅したり、傷つけたりしないように」

「はい。では、彩人様。こちらです」

「名前呼びすんな婿入りなんてしねーよ」

「こちらに」

 

 まぁ、なんだ。

 助かった……のかね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 家に帰って。

 急いで、晴巻夜明の事をノートに書き留める。

 彼女の背景。素性。巨大造艦惑星群ハルム──ハルムの星々のこと。そして、その脅威が去った事。

 ゲーム側におけるワードも書いておく。インベーダー襲来エンド。クリア後の評価。作者のコメント。

 

 そして、最も大事な言葉を。

 

「……よし」

 

 未だ険悪な妹との仲もどうにかしたい、とかなんとか思いつつ。

 二十四時を回った途端、眠気が来て──。

 

 俺の意識は、闇へと堕ちていった。

 



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遠い日の忘れ物

 ──"宇宙人の脅威は去った。もうインベーダー襲来エンドは起こらない。"宇宙人"+"侵略者"属性の晴巻夜明は人間となり、ハルムの星々は帰還した。もう、お前の妨げにはならない。"

 ──"インベーダー襲来エンド。属性"宇宙人"が絡む事で起きる世界滅亡エンドの一つ。飴梨花のコメント:長編SF大戦はロマン。でも地球側に勝ってほしくないよね。ってことで。クリア後の評価:C。宇宙人には勝てなかったかー。残念残念。でもいいよね、宇宙人。サディストなのもいい。わかるよー"

 

 朝起きて、枕元に置いてあったメモ。

 俺の字だ。だから、俺が書いたものだと思われる。

 

 内容は理解した。最近の俺はボーっとしている事が多く、何かを忘れているらしいことも分かっている。東郷アミチアに撮られた写真から、本当に記憶を失っているらしい事を理解している。

 だからこれは、忘れる前に俺が書いた、明日の俺……つまり今の俺へ残したメッセージなのだと思われる。

 助言、という奴だ。このインベーダー襲来エンドとやらに一切の覚えはないし、晴巻夜明という名前に聞き覚えはないが、作者コメントとクリア後の評価の"ふざけ具合"には覚えがある。こう、適度にうざい感じ。

 

 フリーゲーム故か、レビューだのSNSの投稿だのに作者が反応する事の多かったハーレム展開撲滅ゲームは、そのwikiに作者のコメントまとめが掲載されていた。

 それぞれの個別ルート、世界滅亡エンド、死亡イベントに回答したものであるそれは、全部が全部ではないものの、プレイヤーの印象に強かったものは大体ついていたように思う。

 だからこれがあるという事が、逆に言えば"インベーダー襲来エンド"なるものが実在した証左。

 その脅威を解消した事でそれを忘れてしまった……というのは流石によくわからないので、多分宇宙人の仕業なんだろう。キャトルミューティレーションでは攫った相手の記憶を消す、なんてのはよくある話だし。ギリギリの所で書き留めて、これを残せたのかな。少し走り書きっぽいし。

 

 ただ、気になるのは。

 

「……"好意ゲージで支配を行っているのは()()だ。何かじゃない"、ね。……それも宇宙人の知識、か?」

 

 最初の書置きとは別に、もう一枚。

 そう書かれたメモがあった。

 

 順当に考えれば、支配を行っているのは作者……飴梨花だ。が、ゲームの作者が干渉してきている、と考えるのは……ちょっとファンタジーが過ぎないか? いや"転移者"属性の子を考えればファンタジーも無くはないんだが、ベクトルが違うというか。

 誰か。それが指す意は、やっぱり──周囲の誰か、なのだろうか。あるいは本当に何もわからないけど、少なくとも人為的である、とだけわかった、とか? ううん、情報が少なすぎる。もっと仔細を書けよ俺。

 

「宇宙人を探して聞き出すのが手っ取り早い……いやいや」

 

 口に出して見て、(かぶり)を振るう。

 んなもん素っ頓狂が過ぎる。第一どうやって探すんだ。この晴巻夜明……という名前を頼りに行くか? 市役所とかに。そもそもなんて読むんだよ。捻りなくはれまきよあけ……いや、仮にヒロインの一人だとしたら、もっと当て字っぽくなる気がする。夜明……Dawn? はれまきどーん。はるまけ……ハルマゲドーンか!

 ドーン、という子。確かにそれなら探せそうだ。あんまりいなそうな名前だし。

 

 問題はどこで探すか、だ。

 市役所に登録してあんのか? 宇宙人の名前。

 ……無理だろ。ないだろ。

 

 まぁ、まずは。

 譲司に問い質すところから、だな。

 

 

 

 

 

 

 

「よぉ」

「聞きたい事がある」

「お、相談役に相談か、嬉しいねぇ。本領発揮、本懐ってヤツだ」

「皆を好意ゲージで支配してるのはお前か?」

「ちげえなぁ」

「じゃあ誰だか知ってるか?」

「知らねえなぁ。誰だかも、何だかも。ああよ、まぁ辿り着いたってんなら"何だか"は潰してやる。誰だか、で合ってるよ」

「知ってんじゃねえか」

「それが、本当に知らないんだぜ。お前にわかる言葉を使って言えば、インプットされていない、って感じだ。けひひ」

 

 ……外れか。

 インプットされていない。じゃあやっぱり、コイツを送り出したのは、コイツの上にいるのは、黒幕的な誰かなのだろう。ただそれをコイツにすら知らせていないだけで。

 一時はSYSTEMに思う所あるように見えたコイツだけど、手先である事は変わらないのかね。

 

「それよりいいのか? もうすぐ学期末だぜ」

「……わかってるよ。本当に……クソシステムめ」

「けけけ、今更だろ。ま、この曲利様に言わせてもらえば、弱者救済に目を向けたシステムだとは思うけどな」

「どこがだよ」

「だって慈悲だろ? 好きになったら、勇気が与えられるんだ。どんなに気が弱い奴でも、行動を起こす活力が与えられる。たとえそれが叶わなくても、告白をした、って事実は何物にも代えがたい人生経験だぜ」

「強制されてるようなもんだろ、美化しすぎだ」

「それに気付いてるのはお前だけだ。なら、お前以外の人間にとっては、自らが起こした気力と変わらない。けけけ、知らないものは無いのと同じ、ってよく言うだろ。お前が余計な事を言わなければ、余計な気を起こさなければ、お前以外の奴らは前に進み続けられるんだ」

「……ふざけんな。それを成長と呼ぶんなら、停滞してた方がまだマシだ」

「お前は好きなヤツがいるからまぁそうだろうぜ。けけけ、だが、初めて人を好きになったヤツにとっちゃ、どうしていいかわからない自らを導く存在は必要なのさ。添え木って奴だ。それは加工でなく、干渉でなく、いずれ自らの一部として成長と自称する。ひひ、誰も彼もがお前みたいに強いわけじゃないんだよ」

 

 最近、饒舌だ。

 譲司和審豚。ゲーム本編では相談役として頻繁に喋る相手とはいえ、雑談のテキストは当然ヒロインよりか少ない。基本応対で、こういう風に自身の思想を喋る事なんてない。

 ここへ入学し、初めて会った時もそうだった。まだ、言っては何だがN()P()C()()()()()()

 それが、最近になって、どんどん。

 どこか思春期を思わせるような、高校一年生らしい、ような。

 そんな印象を受ける。人間らしい、というか。いや笑い方は人間らしくないんだけど。

 

「解放リボン。使う機会が来なきゃいいな」

「……なんだ、いきなり」

「何って、相談されたから、その返答さ。アドゥォヴァアイス。ぐひひ、気にするかしないかはお前次第だぜ、イケメン君」

「使わなくて済むなら使いたかないが……一人、危ないのがいるんだよな」

「ま、精々気を付けるこったな。再三言うが、ちゃんと登場キャラクター一覧を確認しろよ? 学期末、死人が出るぜぇ」

「……ああ」

 

 言って、自らの席に戻る譲司。

 解放リボン。

 "幸せな未来を見せる道具"、ね。……でも、俺の事を好きになってもいない奴に、俺と添い遂げる夢を見せたとして、効果がある……のだろうか。

 ……使いどころは、決めてある。

 

 パンデミック。

 世界滅亡エンドの一つ、ある薬品の流出によっておこるゾンビパニック──その下手人に。

 

 

 

「おい、藤堂!」

「ん?」

 

 俺が秘かな決意を革めていると、怒気に近い声がかかった。

 見ればそこには──男子連中。軒並み好意ゲージが低い、男子連中。

 

「てめぇ、昨日どこ行ってたんだよ!」

「どこ、って……なんでンな事教えなきゃいけないんだ。関係ないだろう、お前達には」

「はぁ!? 最初ちゃんと活躍してたから見直したのに、クソ、結局かよ!」

()()()()()()()()くらいなら、最初から参加すんじゃねえよクソ野郎!」

「大変だったんだぞお前の穴埋めるのは! 一言くらい謝れ!」 

 

 あ。

 

 ……完全に忘れてた。

 あれ俺、昨日何してたんだっけ。確か東郷アミチアに暗室に閉じ込められて……アイツの家に誘拐されて、貞操の危機に陥って。

 俺悪くない。……よな。うん、どうしようもなかったし。

 

「最初から参加するな、ね。懇願されて参加した覚えがあるんだが。参加しなくていいのなら、これからの行事は全部遠慮させてもらうわ」

「……学業を放棄するの?」

「あ?」

 

 その声は、男子連中でなく。

 背後──彼女の席から。

 

 彼女、から。彼女の声で。

 

「クラスメイトからの問いかけにいちいち凄む必要、ある?」

「うるせぇな、横槍入れてきた時点でそっちに正当性はねぇんだよ」

「クラスの総意だと思うけれど。後半いなかった貴方のせいで、代わりに出なければいけない子や、その段取りに各方面に迷惑がかかったから。何か事情があったのだとしても、一言入れておくことも出来ないの?」

「知るかよ、んなもん。勝手だろ俺の」

「学校という組織に属している以上、勝手な事なんて無いとわからないの?」

 

 ごもっともです。いやさ、全部正論。ぜーんぶ正しい。

 僕、彼女に対しては割と全肯定気味だけど、それを抜きにしても確実に僕が悪いです。いや不可抗力だよ。うん。俺は悪くないんだよ。でも悪いんだよ俺と東郷アミチア以外から見たら。

 悲しい。けどここで悪いと認めたら、好意ゲージ上がっちゃう……んだろうなぁ。

 学期末の清算に対する調整はしなきゃとはいえ、じゃあここでハート状態二人出ました、世界滅亡! なんてなったら目も当てられない。

 

浅海(あさうみ)由岐(ゆき)15

 

 それに、これだけ強い口調にも拘らず、これだけ悪い態度にも関わらず、相変わらず彼女の好意ゲージは三のまま。ミリ単位での上下はあっても、変わらない。

 ……やっぱり、少しだけ、怖い。

 何を見てくれているのか。何を覚えてくれているのか。多分それが、俺への好意を繋ぎ止めている何かであるのだろうけど、俺にはそれがさっぱりなのだ。

 

「浅海さん、いいよもう。藤堂に何言っても無駄だって。コイツの事で怒るの、エネルギーが勿体ないって」

「ありがとう、深田さん。でも、彼も一応クラスメイトだから。それに、幼馴染だもの。他に正せる人がいないのなら、私がしないと」

「はん、まだ幼馴染面してんのか。いい加減にしろよ、小学生からろくに喋ってもいねぇだろ。いつまで姉面してんだ、気持ちわりぃ」

「姉面をした覚えはないけど? そっちが勝手に下手に出て、尻尾を振っているんじゃない」

「はぁ?」

 

 姉、だとはまぁ確かに思ってない。好きな人だと思ってる。大好き。今でも大好き。

 その怒ってる顔も、ごめん、正直大好き。可愛い。笑ってほしいけど、それが無理なのはわかっているから、それで満足できる。目を見て喋ってくれるのが凄く嬉しい。いつかまた、一緒に。手を繋いで遊びたい……けど、無理だと思う。だから、こうやって喋ってくれるだけで。

 ありがとう。感謝しか出て来ない。ごめんね、酷い事言って。本当にごめん。

 

「ま──まぁまぁ! 浅海さん、落ち着いて落ち着いて! ほら藤堂くんも!」

「榛さん?」

「榛……余計な口を出すな」

 

 空気に耐えられなくなったのだろう。

 榛公佳が仲裁に来たが……ああ、これで引き下がったら、ダメだ。好意ゲージが上がる可能性がある。榛の好意ゲージは高い方だから、そこに影響するのは不味い。

 が、この膠着状態……喧嘩もどうにかした方がいいとは思う。あんまり悪い態度見せ続けると、彼女以外のクラスメイトの好意がゼロになりかねん。この規模の人数の死亡イベントとか考えたくもない。隕石でも降ってくる可能性がある。

 

 さて、どうするか。

 

「──やめなさい、公佳。どうせ言っても聞かないし、本当に何も感じてないと思うから」

「あ、うん……」

「……?」

 

 榛を止めた少女がいた。

 仲裁に来た彼女を制止し、引き戻し。

 ……強い。

 強い既視感に、襲われる。

 

「何よ」

「……お前、は」

「ああ、私の事なんか忘れてるんだっけ? ふふ、酷い話。あの事抜きにしても、クラスメイトなのに。今更自己紹介してあげましょうか? 私の名前は紙葉美紅。()()() ()()()()()()

 

 激痛、だ。

 頭に鋭い痛み。顔には出さない。そんな、心配されるような事はしない。

 

 紙葉美紅。

 ミク……榛の言っていた、俺の忘れている子。クラスメイト、だったか。

 ああ、見覚えはある。クラスメイトだから。だがあの件とはなんだ。俺はこの子と、何があった。

 痛い。なんだ。なんだ。なんだ。

 

「無理みたいね。別に、気にしてないから。浅海さん、あんまり責めないであげて。彼にも事情があったのよ」

「紙葉さん、何か知っているの?」

「いいえ? でも、彼は、貴女が思っているよりは誠実よ。私の事なんか忘れてしまうくらいには誠実」

「切れ味の良い皮肉ね」

「まぁ、いいじゃない。昨日は優勝できたわけだし。藤堂がいなかったせいで、藤堂にヘイトが溜まったせいで、私達は一致団結出来た。そうでしょう?」

「……藤堂のおかげっていうのは癪だけど、そうだな。なんなら藤堂が最後まで居たら喧嘩になって、優勝できなかったかもしれない」

「あはは、そうかもね。ほら、みんな。藤堂はこういうヤツだって、知ってたでしょ。あんまり期待しない方がいいわ、私みたいに忘れられちゃうから」

 

 わからない。

 誰だ。コイツは。俺と同じクラスにいるという事は、ヒロインだ。その容姿の美しさがそれを際立たせている。確実にヒロインだ。それを何故、俺は忘れている。

 いや。そうだ。宇宙人。ドーン、という子。あの子の事も忘れているが、恐らくはヒロイン。宇宙人の技術で記憶消去と考えれば、この頭の痛みにも説明がつく……気がする。脳をこう、レーザー的な。こわ。

 

 あれ。

 

「……え?」

「何よ。人の顔みて、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして」

「そ、れ……お前、なんで」

「……ふぅん。あの子達の言ってた事は本当、みたいね。じゃ、コレ。あの子達の連絡先。渡しとくから」

 

 無い。

 無いのだ。

 

 好意ゲージが──無い。

 紙葉美紅、と言った。その側頭に出ているステータスにも、そうと名前が出ている。

 けれど、無い。その下にあるはずの好意ゲージが。ゼロ、でなく、無い、だ。

 

 そんな事があり得るのか。

 いや、あり得る。だって俺は一人、そういう奴を知っている。

 

 譲司和審豚。相談役であるアイツ。

 黒幕の端末と思われる、アイツ。

 

 まさか、コイツも。

 じゃあこの連絡先は。

 

「紙葉さん、そろそろHRが始まるわ」

「ええ、ありがとう。……KKDKT委員会、というそうよ」

「……委員会……?」

 

 最後に小声で、そう告げて。

 紙葉もまた、自らの席に帰っていく。他、俺と彼女の喧嘩に腰を浮かせていたクラスメイトもまた、落ち着きを取り戻していく。

 好意ゲージがゼロになった者はいない。紙葉の言葉に持ち直した、のか。

 ありがたい、が……脅威だ。

 誰なんだ、一体。

 

 渡されたメモを見る。

 携帯番号。フリーダイヤルとかではない。普通に、誰かの番号。

 ここに、あるのか。

 その黒幕とやらの真相が。

 

 ……ああ、けど、どうしよう。

 その前に全校生徒の好意ゲージ調整をした方がいい、気もする。学期末。皆が皆、自宅で清算するその時に死ぬ、なんて。

 助けようがない。救いようがない。

 それだけは、どうにかしなければ。

 

「はい、HRを始めます」

 

 どちらを取るか。

 

 

 

 

 

 

 

 善は急げ、だ。

 連絡先にコンタクトを取る方を選んだ。

 もしそれで、この好意ゲージの支配自体を、システム自体をぶっ壊せたら、学期末なんか考えなくてもよくなるわけだから。

 空き教室で一人、そこへ電話をかける。

 

 コールコール。

 コールコール。

 

 ──"はいはい、何用? 今学校でしょそっちも"

 

 また、頭痛。

 聞いたことのない声──同時に、酷く既視感のある声。

 

 ──"? もしもし? ねぇ、聞こえてる?"

「……聞こえて無かったら、その問いかけ意味無いだろ」

 ──"……ごめんなさい。完全に割り切ったつもりだったんだけど、ちょっと涙出るかも"

 

 聞いたことのない声だ。

 聞いたことのない声だ。

 聞いたことのない、声、の……はずだ。

 

「お前が誰か、聞いてもいいか」

 ──"貴方が可哀想だから、教えない。多分、私の名を聞いても、私の顔を見ても、何も思い出せないから。思い出せないのは辛いでしょ。だから貴方は、私のありがとうだけを聞けばいい。ありがとう、私の命の恩人。あの深い水底で、貴方が手を伸ばしてくれた事。貴方自身も危うかったのに、命を賭して私を救い出してくれた事。全部全部感謝してる。あの時は妹経由になってしまったけれど、本当はちゃんと、自分で伝えたかった。ありがとう、彩人さん"

「お、おい。捲くし立てるな。何のことかわからん」

 ──"今度は、私が貴方を救う番。今、貴方のために、貴方を救うために、色々な人と協力してる。昨日、元宇宙人も入会したのよ"

「宇宙人……? おい、その子の名前は、ドーン、か?」

 ──"いえ違うけれど"

 

 違うのか。

 どんだけいるんだ宇宙人。少なくとも二人来てるの、普通に怖くないか。

 

 ……ああ、懐かしい。何も思い出せないけれど、俺は多分、コイツを知っている。

 勝手に捲し立てて、情緒が結構不安定で、だけどちゃんと、()の事を見抜いてくれた、初めての人。懐かしい、のだ。思い出せない。去来する感情だけが、何かを告げている。

 

 良かった、と。

 元気になって、本当に良かった、と。

 

「……すまない」

 ──"謝らないで。これでも他の人達よりは、貴方の事をわかってる。貴方が私を好きにならない事も含めて、ね。もう勘違いしないから。貴方は貴方の恋に専念して"

「お前は……黒幕、じゃないんだよな」

 ──"貴方の味方よ、彩人さん。私は、私達は、みんな。貴方に感謝してる。貴方を大事に思っている。ねぇ、だから、教えて欲しいの。七月。()()()()()()()()()()()()"

 

 彩人さん。 

 そういう風に呼ぶ人は、本当に少ない。

 いや、いないかもしれない。

 だから多分、忘れてしまったけれど──唯一の人、だったのだろう。

 俺がそこまで、気を許していたのだろう。ああ。ああ。何故こんなにも──懐かしい。

 

 彼女以外に、こんな感情を抱くことがあっていいはずないのに。

 

「七月は……学期末だ。そこで、清算が起こる」

 ──"なるほどね。それ以上は言わなくていいわ。その情報があれば、妹がなんとかしてくれるはず。ありがとう、彩人さん。大丈夫よ。必ずその渦から、救い出してあげるから。もう少しだけ頑張って"

「……KKDKT委員会、と言ったか」

 

 ぶふっ、と。

 何か噴き出す音が、電話の向こうで鳴る。

 大丈夫、だろうか。

 

 ──"え、ええ。そうよ。私達はそう名乗っている"

「無理だけは、しないでほしい。アンタらが思っているより……一般人が立ち向かうには、危険な状況なんだ。余計な事をするな、とは言わん。お前は言われたところで守れはしないだろうからな」

 ──"ッ! ……ええ、そうね。私も妹も、誰かに止められたところで、止まらない"

「大丈夫だ。俺はお前が思っているより、強いよ」

 ──"馬鹿ね。彩人さんはこの世の誰よりも弱いのよ。それは、私と初めて会った時に確認したでしょ"

「覚えてないんだ。ごめんな」

 ──"わかってる。彼女さんを大事にね。最悪──世界がどうなっても。一番大事なのは、彩人さんの心だから"

「そうも行かないんだ。それも、ごめん」

 ──"バックアップは任せて。大丈夫よ。いつか必ず、貴方は幸せになるの。そうじゃないとおかしいもの。彩人さんはみんなを救っているのだから、貴方自身が幸せを手に出来なければ、バランスが保てない"

 

 KKDKT委員会。

 何の略だろう。わからない。

 でも黒幕なんかではないのだけはわかる。わかった。

 その声色の優しさから、その口調の柔らかさから。その言葉の暖かさから、この記憶の懐かしさから。

 

 この相手は信用できると、忘れてしまった過去が、そう告げている。

 

「電話、切るぞ。じゃあな」

 ──"ええ。またね、彩人さん"

「ああ──藍那

 ──"え?"

 

 最近の、そして今朝の彼女との諍いのせいで荒んでいた心が癒された感じがする。

 本当に、誰だったのだろう。思い出せない。名前も顔も判らない。

 でも、大事な人、だった気がする。……こんなことを思うの自体、彼女に不誠実、なんだけど。

 

 ありがとう、と。

 言われた。

 でも今度は、何故か……心に傷を付けなくて。

 

 ただただ、暖かい気持ちになった。

 

 



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裏目裏目裏目

 最近、兄のいい話をよく耳にする。

 美談、という奴だ。

 正直耳を疑う話ではあるのだけど、実際に沢山の人がそれを口にしているのだから、疑いようもなくなってくるというもので。

 曰く、車に轢かれそうになった所を助けてもらった、だとか。

 曰く、川に落ちた所を救ってもらった、だとか。

 曰く、暴漢に襲われて、追われていた所を守ってくれた、だとか。

 

 噂に共通するのは、兄が誰かを救っていて、しかし周りに人がいない、という状況であること。

 証拠がない、とでもいえばいいのか。

 救われた人しかわからない話だったから、その美談が広まるのに遅れが生じた。それが今になって台頭してきたのは、先日、兄の高校で起きた不審者侵入事件を受けて、らしい。今まではその行動と風聞が違い過ぎて、別人説まで出ていたくらいには、救われた人自身も信じることが出来ていなかった、とのことで。

 藤堂彩人その人と、自らを救った恩人とを、重ねることが出来なかった、と。

 しかし、此度の件は多くの人の目に留まった。

 兄は真に人々を救い助けるヒーローが如き存在なのだと。

 

「赤坂さん、ご無沙汰しております」

「あぁ、導ちゃん。おはよう。そんな、ご無沙汰なんてかしこまらなくても」

「赤坂さんにはお世話になったので」

 

 近所で花屋を営む赤坂四郎さん。

 今日は彼の元へ花を買いに来たのだけど、当然の様に、話題は兄についてとなった。

 

「最近、凄いね」

「兄、の事ですよね」

「うん。昔は可愛い子、って印象だったけど、最近はちょっと……ヤンチャな感じで」

「変わってしまった、でいいですよ。もっとも、私にとってはああいう兄が規定値ですけど」

「ああ、そっか。導ちゃんが生まれた頃にはもう、ああなっていたっけ。でも」

「はい、でも、です」

 

 これは多分に"誇らしい"という感情なのだと思う。

 横柄で横暴で傲慢で……とかく挙げればキリがない程の欠点を持つ兄の、良い話。

 身を呈して誰かを救うなんて、言葉にするのは簡単だけど、実際にやれるかどうかと言ったら無理な人が大半だろう。川に落ちて助けてもらった、という人は、台風の日の激流に浚われたなんて話だったらしい。一歩間違えれば兄もろとも死んでしまっていたかもしれない所を、けれど兄は救った。

 車に轢かれそうになった人も、迫りくるトラックから力強くその身を掻き抱いて救い出してくれた、なんて話をしているし、他の噂のいずれもが兄を褒め称えるものばかり。

 命の危機に瀕した誰かを、恵まれた体を遺憾なく発揮して助け出す。

 才能に胡坐をかいて、顔立ちを盾に好き放題しているだけな人、ではなかったのだ。

 ちゃんと、出来る事を。ちゃんと、手の届くものを。

 守っていた。救っていた。

 

 それが誇らしくなくて、なんだというのか。

 

「良かったね、導ちゃん」

「はい。……でも、だからこそ、申し訳なくて」

「それは……僕もだよ。彩人くんを、全然信じてあげられなかった」

「はい」

 

 ほぼほぼ、見限っていた。

 謎に感じる親愛らしき感情でこそ繋ぎ止めていた信頼も、もしそれが無ければ、変わってしまった、あるいは堕落してしまった人だと見離して、嫌っていた事だろう。

 簡単に女性に手を上げ、友人を殴り、誰とも仲良くしない人。

 無論人々を救ったからと言ってこれら欠点が補われるわけではないけれど、心情として、やっぱり緩和されるものがある。

 もしかしたら、何か理由があったんじゃないか、とか。

 もしかしたら、何か事情があったんじゃないか、とか。

 

 だから──兄はまだ、堕ちて何かいなくて。

 私の、藤堂導の兄、藤堂彩人は、胸を張って自らの兄だと言える人なのだと。

 ……結局はそれを信じてあげられなかった自分が悔しくて。

 そういう複雑で上手くまとまらない感情が綯交ぜになっている。多分私だけじゃなく、赤坂さんも、そして兄の周辺にいた人達……たとえば由岐さんなんかも、そうだと思う。

 

「この前、近くで地震があったじゃないですか」

「ああ、大きかったね」

「あの時、私と兄は屋外にいて。それで、電柱が倒れてきたんです」

「それは……大丈夫だったのかい?」

「はい。この通り。でも、大丈夫だった理由に、兄がいて。ほとんど直撃コースにいた私を、決死の思いで助け出してくれて。一歩間違えば兄も怪我だけじゃ済まなかったはずなのに……」

「そんなことが……」

 

 これも同じだ。

 わざわざ自ら吹聴する事の無かった兄の美談。

 こういう状況にでもならない限り、こんな話はしなかった。他の噂も、だからこそ広まりはしなかったのだろう。

 今この街が、こうなっている。

 だから、これからはもっとそういう話が出てくると思う。

 

 それが、やっぱり──誇らしい。

 

「……よし、出来たよ」

「あ、はい。ありがとうございます」

 

 本来の目的である花を受け取る。

 花瓶に差していたものが枯れてしまったから、こうして新しいものを、と。

 

「そうだ、もうすぐ夏休みだろう? 今年の夏は、彩人くんとどこかへ行ったりするのかい?」

「……そんなこと、考えてもみなかったですけど……確かに、今の兄となら、旅行も楽しいのかも」

「ああでも、夏休みの始まり……七月の下旬辺りは控えた方がいいかもしれない」

「台風、ですよね」

「流石導ちゃんはわかってるか。うん、結構な大型の台風が来ているからね。気を付けて」

「はい、ありがとうございま、……!」

「……揺れたね」

 

 小さな地震。

 最近、多い。それこそ先日の地震もだけど、毎日の様に震度一程度の地震が起きているように思う。

 少しだけ不吉だな、とか。オカルトだけど。

 

「改めまして、ありがとうございました」

「うん。気を付けて帰るんだよ」

「はい」

 

 空は灰色。梅雨時だから仕方ないとはいえ、青空が見たいなぁ、なんて。

 そんなことを考えながら、最寄りのショッピングモールへ向かう。ごめんなさい、まだ帰らないんです。

 

 

 

 

 

「あら? 貴女確か、藤堂君の妹さんよね」

「はい?」

 

 買い物中、そんな風に声をかけられた。

 振り向けば──超・美人。

 金髪縦ロールの髪型と、目鼻立ちの整った外国人顔の女性。あ、歳は同じくらいかも。でも雰囲気が、女性、という感じで。

 モデルさん、って感じがする。買い物かご似合わないなぁ。

 

「あ、不躾でごめんね。私、藤堂君の彼女なのよ」

「か……か、彼女?」

「あ、正確には予定、だけど」

「え、あの、その」

 

 不躾というか、唐突が過ぎる。

 そんなことを言われる準備なんて出来ていない。

 

「ね、ちょっと話さない? 彼の事……気になるでしょ? 高校での事、とか」

「あ、えと」

「私は東郷アミチア。彼の先輩で、彼の未来の妻。お夕飯の材料のお金、出してあげるから、ね?」

「いえ結構です……ひぅ」

「ね?」

 

 断れない剣幕がそこにあった。

 

 

 

「兄は……どう、ですか。高校では」

「実はクラスどころか学年が違うから、どんな様子かは見た事がなかったり」

「帰ります」

「ああ、待って待って。でも、色々な筋から色々な情報が入ってくるのよ。それでね、導ちゃんが見たいと思う情報が一件あるの」

「……何を根拠に」

「こ・れ」

 

 言って。

 東郷さんは、一枚の写真を取り出す。

 

「これは……兄、と……女の子?」

「そ。それは、藤堂君が、誤って上階から転落してしまった女の子を受け止めている所。学校の監視カメラ映っていたものよ」

「上階、って」

「三階ね。受け止められなかったら、どうなっていたことか」

 

 渡された写真には、背の低い女の子を必死に受け止める兄の様子が映し出されていて。

 監視カメラにしては随分と画質の良いその様子は、やはり伝え聞く素晴らしい兄そのもの。

 

「他にもこれとか」

「これは……まさか、あの事件の時の」

「あとこれも」

「あ、さっきの女の子……」

 

 何枚も何枚も出てくる写真。一部明らかに監視カメラによる撮影ではないものも混じっていたけれど、総じて兄の善行を指し示すもので。

 私に会うと決めていたわけでもないだろうに、わざわざ現像して持ち歩いてるのかな……。それはちょっと怖いけど。

 

「あの、兄とは本当にお付き合いを?」

「あ、それは嘘。さっき言った通り、予定なだけ。フラれちゃったから」

「……その」

「でも、諦めてないのよ。少々家の方がごたついてて、彼を私の伴侶とは認めない、なんてことを言いだした両親も昨日説ぷ……説得したから。あとは彼を頷かせるだけ。彼、必死になって"悪い人"ぶってるでしょ? なんとしてでも、私がそのベールを剥いでやるのよ」

「悪い人、ぶってる……」

 

 やっぱり、そうなのか。

 やっぱりそうなのか。

 

 兄は、本来は良い人で。

 人の命を、体を張って救いに行くような、凄い人で。

 どうしてか自分を悪く見せようとしているだけで……!

 

「何故、兄はそうするのでしょうか」

「……ま、そこには多分、凄く複雑な事情があるんだと思うけど。関係ないのよね。私、彼と結婚するって決めたから。あ、貴女にも譲らないわ」

「いえ別に、私は兄を……家族としてはともかく、恋愛感情などは持っていないので」

「そう? それならよかった。ああでも、ゴサイ、というのならいいのよ。私が本妻で、貴女がゴサイ。彼のハーレム、良いと思わない?」

「……不潔です」

「まだ中学生だものね」

 

 そんな、大人になったらわかるのよ、みたいな色香を出して。 

 東郷さんは、ふふん、と鼻を鳴らした。

 

「それじゃ、交換ね。私は高校での藤堂君の事を教えたから、家での藤堂君の事を教えて?」

「……いいですけど、あまり面白い話じゃないですよ」

「問題ないわ。こういうのは実話である事が重要だから」

「?」

 

 そうして、世間()話に花を咲かせて。

 あっという間に時間が過ぎて──いつの間にか、買おうと思っていた食材が全て購入されていて。勝手に支払われていて。

 

 また今度会いましょう、なんて約束の後、私は帰路に就いた。

 

 

 

 

 

 変質者がいた。

 

「はッ! ……そこの少女! 今私の事を変質者だと思わなかった!?」

「……」

「無視!?」

 

 やばい(あぶない)人だ。

 関わらないでおこう。

 

「はいストーップ!」

「きゃっ!?」

 

 掴まれた。

 ……恐らくプラスチックで出来た、超大型のアームで。

 やばい人だ。助けて兄さん。

 

「私、怪しい者じゃないネー。でもちょっと困ってるネー。ね、助けてくれない少女?」

「離してください。警察呼びますよ」

「そ、それはご勘弁を」

 

 離してくれた。

 携帯を取り出す。

 

「ちょちょちょーい!?」

「……今、110番を入力しました。怪しい動きを見せたらかけます」

「お、おぅけい、おぅけい、脅しってワケね。現代っ子こわー……」

「それで、何用ですか」

 

 その人は、居住まいを正す。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、こちらに向き直った。

 

「ワタクシ、千式真那比といいます。この街へは転校兼フィールドワークにやって参りましたどうぞお見知りおきヲ!」

「……はあ」

 

 どう考えても変態としか思えないその恰好で、そんなことを宣う少女。

 そう、少女だ。多分私より年上の、少女。

 スクール水着のセンターにはしっかりと「まなび」と印字されていて、それが一層、異様さを引き立たせている。

 

「……あ、帰らないで帰らないで!」

「私、急いでるんです」

「またまたぁ~。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だけでしょ~?」

「ッ!?」

 

 一気に警戒度を上げる。

 変態から──不審者。危ない人から、怖い人へ。

 

「おぅ、そんな怖がられるとは思ってなかったでやんす。失敬失敬。あ、でもね。聞いて聞いて?」

「……ッ」

「そんな貴女のお兄さんに用事がある、って言ったら……正義感の強い妹ちゃんは見て見ぬふりが出来るのかにゃ~?」

 

 そんな風に、嫌らしい目と笑みを浮かべて、にじり寄ってくる千式真那比に。

 

 私は──通話ボタンを押した。

 

「ぎゃっ!?」

「もしもし、警察ですか。不審者に襲われていて」

「こ、怖い! 現代っ子怖いよ~~!」

 

 一目散に逃げて行く姿に、携帯電話を耳から離す。

 そもそも110を入力した、というのが嘘、だったりする。

 不審者には有効な手だ。

 

「……夕飯の材料買わなきゃ」

 

 なんだか悔しいけれど、言い当てられた通り、私は兄にまた食事を作ってあげるつもりでいて。

 それくらいのご褒美があってもいいかな、って。聞けばどれだけ人を救おうとも、その見返りは一切要求していないそうだから。

 じゃあ、家族くらいはやっぱり、暖かく出迎えてあげたいな、って。

 

 出来れば、それで。

 あの横柄な態度も緩和されるといいんだけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 家に帰ると、なんと兄が出迎えてくれた。

 これは本当に"そう"なのでは? なんて思いつつ、その顔を見れば──酷く焦燥としたソレに、なんだか悲しい気持ちになる。

 

「お夕飯、作りますね」

「……いらねえ」

「え、でも」

「いらねえっつってんだろ!」

「ぁ……」

 

 突然不機嫌になって、突然怒鳴り散らした兄は、どすどすと足音を立てながら上階へ行ってしまう。

 何か、気に障るような事をしただろうか。それともいつもの癇癪?

 

 なんにせよ、口でああいったところでお腹は減るはず。良い匂いがリビングからしてくれば、出てくる事だろう。こう、ウナギ漁みたいに。悪ぶってるんだ、あれも。

 食材を余らせるのが勿体ない、というのもあるかも。

 

 そんなことを思っていたら、また兄がリビングへ戻ってきた。

 

「……あ、やっぱり食べたく──」

「言ったよな。俺はお前の事、妹だとも、家族だとも思ってねえ、って。もういい、きめぇわ。お前がそういう態度取るんなら、俺が出て行く。絶縁だ、これで」

「え──」

 

 その背には、小さなリュック。

 冗談などではないのだと、窺い知れた。

 

「あ、あの! ご……ごめんなさい、兄さん。やめます、今すぐ料理するの、やめますから」

「ッ! だから、兄じゃねえっつってんだろ! ぶっ叩くぞてめぇ!」

「……!」

 

 噂は、やっぱり。

 結局噂、なのだろうか。

 兄の横柄さは、横暴さは、エスカレートしていっているように思う。ここまですぐに暴力をひけらかすような人じゃなかったはずだ。

 こんなにまで怒鳴り散らすような人じゃなかったはずだ。

 

 いらいらしている、だけなのか。

 それとももしかして、何か事情があるのか。

 命の危機に瀕す他人を救い得る兄が、私にだけこんな非情になるはずがない。

 何か──家族ではいられない、理由が。

 

「そ……そういえば、さっき、変な人に出会いました」

「はぁ? いきなり何の話を、」

「千式真那比、という人で……()()に用があると」

「!?」

 

 その名を聞いた途端、兄の表情は焦燥から絶望に変わった。

 やっぱり、危険な人だったのか。

 話を聞かなくて良かった。

 

「ど──どこで」

「一丁目の春香山公園の、自販機がたくさん並んでいる所です」

「な……まさか、自販機の下の小銭を探してたりはしなかっただろうな……?」

「え、凄い。はい、探していまし」

 

 た、と言い切る前に。

 兄が──消えた。

 勿論比喩表現だ。消える、なんて実際に起こるはずがない。

 

 ただ、物凄い速度で──玄関を出ていった。

 物凄い剣幕で。泣きそうな表情で。

 

「……兄さん」

 

 やっぱりだ。

 何かを抱えている。

 何かに直面している。多分、それが理由で、私とは家族でいられない、なんて思っている。

 大丈夫。

 表面上はもう、兄さん、なんて呼ばないように気を付けよう。ちゃんと距離を置くから。

 

 私は貴方をもう、見限ったりはしない。

 

「ッ、地震……」

 

 まただ。

 今度は震度二くらいだろうか。

 

 ……料理を作ろう。

 兄は多分、誰かを助けに行ったんだと思う。だから、帰ってきた時にお帰りを言うために。

 大丈夫、もう兄とは呼ばない。でも居候が、あるいはシェアハウスの相手がご飯を作る、なんて、別におかしな話ではないはず。

 だから。だから、大丈夫。

 

 兄さん、貴方は私の自慢の兄です。

 頑張ってください。応援しています。

 

 いつか──私の前でだけは、悪ぶる必要なんて無くなることを願って。




赤坂(あかさか)四郎(しろう)27


藤堂(とうどう)(しるべ)14


東郷(とうごう)アミチア17




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いっかいめ

 その日、朝。妹に会わないよう早くに家を出て、その時から少しばかりの違和を感じていた。

 会う人会う人──正確には見かける人すれ違う人。

 軒並み、好意ゲージが三から四、なのだ。無論そういうことがあり得ないわけじゃない。風聞なんか、噂なんか、聞こうと思わなければ聞こえてこないものだ。たまたますれ違った人がそういう事に無頓着で、単純に俺の容姿的好感度から好意ゲージをそれくらいにしていた、という可能性は無きにしも非ず。

 ただそれが。

 目的地へ行くまでの道のりの、すべてで"そう"だったら。

 流石に──恐ろしくもなる。

 

 急遽マスクやサングラスで顔を隠し、バリバリの不審者丸出しで目的地へ向かう事にした。顔の良さは、隠せる。

 

 そうして辿り着いた──目的地。

 

 表札には『平岩』の文字。

 ここに住まうは世界滅亡エンドの一つ、ゾンビパニックを引き起こすにあたるトリガー、"不登校"+"天才"の属性を持つヒロイン、平岩木の実。

 幼きに両親を亡くし、親戚一同も辿り得ない程が死に、故の天涯孤独となった平岩は、けれどその天才性ゆえに今日(こんにち)までを生き延び、なんなら稼いでいる。

 その早熟すぎる知識は高校生活におっさんが青春時代に抱くような憧れを灯し、故に入学手続きを済ませたようなのだが、渡された教科書を読んで失望、時間がもったいないと不登校になった……とのことで。

 いやそれくらい調べられるだろ、とか。高校で習う内容くらいわかっとけよ、とか。

 色々ツッコミ所はあるのだが、まぁそういう経緯の少女がいる。

 

 とかく、この子は未来に対して一切の希望を抱いていない。天才であるが故に、自身の寿命が尽きるまでに目新しい発見や発明は起きない、と知っている。正確には、知ったつもりになっている。

 未来が予知出来るわけじゃないからな。予測が出来るだけ。だから世界滅亡エンドには対応出来てなかった。他人発のものでも、自分発のものでも。

 

 そんな彼女の元に来たのは、解放リボンを使うため、である。

 

 ハーレム展開撲滅ゲームはノベルゲームだ。

 3Dモデルを使用したゲームや、ドット絵で、マップがあるようなゲームとは違い、自ら街を探索する、という事は基本出来ない。用意された選択肢を選ぶと、それに応じて主人公がどこかへ行く、というシステム。

 だから基本、一週目、あるいは何周したとしても、wikiなんかを見ない初心者が平岩の元に辿り着くことはほぼ無い。学校が舞台のゲームだからな、学校に来ない奴なんか気にしようがないのだ。

 さらに言うと放っておいてもあんまり問題がない。なんなら誰かと添い遂げる個別ルートに入るまで──つまり卒業までをプレイしたとしても、コイツの存在を知らずに終わる事もあるくらいだ。学校側が主人公にプリントを渡してきてください、なんていうイベントさえ起らない。知らずにプレイしていてその名を目にする機会があるとすれば、最初の最初、学校前に張り出された全クラス全生徒の名簿……クラス分け表にその名が書かれている時くらいだろう。

 

 本当に、そこ以外では関わらないヒロイン。

 

 ただし、プレイヤーが上級者となってくると話は変わってくる。

 上級者は好意管理が上手い。今の俺の生き方の如く、死なせず、好きにさせず、そのままそのまま、を維持する者が多くなってくる。勿論ゲームでは一度好意ゲージがゼロになったヒロインを救うなんて出来ないのだが、それでも上手い奴はいるもので。

 そうやって好意ゲージが一定量のヒロインを複数……言い方は悪いが侍らせていると、平岩木の実の干渉が始まる

 "不登校"+"天才"。故に登校してくる事は無いのだが、主人公の使用するSMSにメッセージを投げつけ、脅迫をする。「お前、うはうはハーレム作ろうとしてるみたいだけど、許さないからな、女の敵」みたいな文面で。

 

 ある意味でハーレム展開撲滅ゲームの趣旨に則った……けれど、本来プレイヤーがハーレム展開を撲滅するべきゲームにおいて、NPCが取る行動としては真逆も真逆なその脅迫文には、けれど裏がある。

 

 その裏、とは。

 

 ──"今日来ると思ったよ、藤堂彩人"

「ああ。だから玄関開けてくれ」

 ──"……わかった"

 

 オートロックのドアが開く。 

 ロックだけでなく、ドアそのものまでが開く。この家にあるあらゆるものは遠隔で操作できるようになっていて、平岩がベッドにいるまま、要塞化したり武装化したりも出来る改造ハウス。尚テキスト上でだけだが、''風呂もトイレもベッド上で済ませている。機械ってサイコー''というのがあるので、まぁまぁソウイウ絵がソウイウサイトに上がっていたりいなかったりした。

 天才ってのは勤勉ってイメージがあるのだが、作者飴梨花にとっては怠惰の象徴だったんだろうな。

 

 ──"階段上がって右の部屋"

「ああ」

 ──"驚かないね。流石"

「驚かないのも知ってるだろ、お前」

 ──"まあね"

 

 方向の掴めない位置から聞こえてくる平岩の声。スピーカーを通してなのだろうが、監視カメラの位置も、そのスピーカーの位置も、皆目見当が付かない。ゲーム中でも主人公視点だったし。

 

 言われるがまま階段を上がって右の部屋に入る。

 

 そこは。

 

「お出迎えじゃないか」

「そりゃね」

 

 ──前面、金属張りの部屋。

 鋼鉄によって彩られた部屋の内面と、そこからいくつも突き出る──武器の類。チェーンソー。刀。銃器。ターンソー。モーニングスター。ハンマー。エトセトラ。

 お出迎え、歓迎だ。

 ガラス張りになった奥の部屋に、平岩はいて。

 ベッドの上で、パジャマのまま、こちらを見ている。

 

「ああ、もう出られないよ。鍵は閉じたから。ちなみにこの部屋は」

「特殊合金、だろ? 中二臭え、アダマンタイトだかなんだかって名前の」

「へえ。流出してないはずの情報なんだけどね。それも流石だよ、藤堂彩人」

 

 パジャマだ。

 片足をベッドに上げ、もう片方を下げ、上げた膝を抱いて顎を乗せて、蠱惑的に此方を見つめている。

 その側頭。

 

平岩(ひらいわ)木の実(このみ)15

 

 高い。

 そりゃそう、なのだ。

 コイツは失望している。大体わかってしまうから。

 だから、意外さを求める。予測を外れた行いにこそ興味を持ち、好く。

 主人公の来訪を予測していたと先ほどは言っていたけれど、今日だとは思ってなかったはずだ。だからそれで好意ゲージを上げた。俺が今アダマンタイト云々を言って、また上げた。

 こいつにとっての例外的行動をすればするほど、こいつの好意ゲージは増幅していく。

 

 ちなみに「流石」とか「まあね」は口癖。例外的行動は好きだけど、あくまで優位に立っていたいので「知ってましたよ」感を出すための口癖。"天才"属性に恥じない天才っぷりではあるものの、年相応に思春期で、大人ぶりたい時期なのだ。

 

「それで?」

「それはこっちの台詞だよ」

「"呼び出してもいないのにどうして来たのか"、だろ? 呼び出すつもりではあったから」

「まあね。こちらとしては願ったり叶ったりだし、こうしてまんまと罠部屋に拘束出来たからいう事は無いんだけど、何用で来たのかな、と思ってさ」

「未来を見せに来たんだよ、平岩木の実」

 

 ちなみにこの罠部屋、ガチモンばかりを使用している。つまり、殺傷能力がある。

 これら武器は虚勢でなく、しっかり主人公を殺し得る設備、というわけだ。ゲームでその真価が揮われるのはゾンビパニックが起きた後だけど。

 

「……その様子だと、私が君を呼ぼうとしていた理由もわかっているのかな?」

「勿論。"私のおかげでそのハーレムが維持出来ていると理解しろ、お前の実力じゃない"、だろ」

「……っぷ、は、ハーレム? 君が? どこに君のハーレムがあるというんだ、君は皆に嫌われているじゃないか」

 

平岩(ひらいわ)木の実(このみ)15

 

 もう一つ。

 例外的行動でも、予想を下回るような言動をすれば、このように好意ゲージが下がる。

 割と下げやすいのだ、コイツは。意外でない行動か、予想を下回る行動か。どちらもで管理が出来る。

 

「いいかい? 私が君を呼び出した理由はただ一つ。"私の実験を悉く潰しやがって許さねえぞドアホ"、だよ。代償は身体で支払ってもらう。命でね」

「周囲一帯に希釈に希釈を重ねた媚薬を散布して、ハーレムを作り出さんとする実験の事か?」

「……へえ」

 

平岩(ひらいわ)木の実(このみ)15

 

 そう。

 "不登校"+"天才"属性の此奴は、ハーレム展開撲滅ゲームでは珍しく、そこまで善性の存在じゃない。割と自己中で自分勝手で、自分のために他人を食い物に出来るヤツだ。

 こいつは、その天才性である薬品を作り出した。

 興奮剤──。ガッツリ法に触れるレベルの効力を持つ、マジの媚薬。R18でないフリーゲームに出してはいけないレベルの媚薬。

 それを、あろうことかコイツは──近所に散布している。

 

「わかってて来たのか。そう、そうだよ。私は二丁目に住む家々の全てに媚薬を散布している。無論、この量で出る効果なんかたかが知れている。ちょっと気分があがって、ちょっと気分が……えっちになる程度だ。でも、この状態で、たとえば君のようなイケメンを見たら、すぐ好きになってしまうだろうね」

「"そんなことをしている理由は単純だ。現代に創作物が如きうはうはハーレムが降臨するのを見たい。自然な欲求だろう"、と。言うんだろ」

「流石だ、藤堂彩人。まるで未来でも見えているかのような……ああいや、未来を見せに来た、んだったか」

 

 ハーレムもの。

 創作物としてはありがちな、主にライトノベルに多いそのジャンル。

 平岩木の実はそれが主食である。ここからは見えないが、平岩木の実のベッドサイドチェストにはハーレムものの創作物が沢山ある。ハーレムは男性女性問わず揃えられ、とかく"一人が複数人に言い寄られている状況"が好きすぎるらしく、そこに分別は無い。

 

 天才で変態で、馬鹿。

 それが平岩木の実だ。

 

「折角さ、私が。手をこまねいて、最高の状況を作ってあげたというのに。君は少女らに手を出さないどころか、嫌われるような行動ばかりを繰り返している。正直言って邪魔なんだよ。殻を突き破った雛鳥が最初に見たものを親だと誤認するように、私が散布している媚薬にアテられた少女たちは、最も印象に残ったイケメンを好きになる。つまり君だ。あの学校には君以外にも沢山のイケメンがいるというのに、君が強烈過ぎて皆が皆心奪われてしまう。消えてはくれないかな。君が消えてくれたら……そうだな、クラスメイトの夕闇大翔君あたりを次のハーレムの王に添えよう。そうすれば、今度こそ実験は上手くいく」

 

 平岩木の実が主人公に脅迫文を送った裏の意図。

 それは、もっとヤれ、と。もっと手広く、もっと激しく、学校全体を巻き込むような大ハーレムを見せてくれ、と。

 彼を家に呼び出し──媚薬を握らせるのだ。大丈夫、安心しろ、精神を操作する類ではない、少しばかりえっちな気分になるだけだから、と。

 

「お前、自分が最低な行いをしている自覚は?」

「勿論ある。自分自身の興味のためだけに他人を操るなんて最低な行いだ。よぅく理解しているよ。でも止められない。()()()()()()()()()()?」

「……」

 

 東郷アミチアもそうだったが、多分、俺の行動に何か一本芯がある事には気付かれている、と思う。

 客観的に見たら、ちぐはぐで──けれど一線を越えない俺の行動は、結局は素人考えでしかない。ちゃんとした情報通が見たら、あるいはマジモンの天才が見たら。

 簡単に、何をしているかバレてしまう。

 だからこんな風に手ぶらできたし、嘘を吐くこともしていない。

 

「君さ、見えているんだろう。他人の、自分に対する好感度……好意、みたいなやつが。あるあるだ、他人の感情が数値化されるメガネ。その類。頭上か……いや、視線の動きから察するに、側頭かな?」

「……」

「だから、()()()()()()()

 

 心中で溜息を吐く。

 やっぱりシステムの事まではわからないか。というかまぁ、そうだよな。

 そう見えるよな。遊んでいるように、見えるよな。

 

「ゼロにならないように調整しつつ、けれどラブラブぞっこんにならないようにも気を付けつつ。そういう……数値の管理ゲームをしている。私に最低な行いをしている自覚があるか、と問うたね。そのまま返すよ、藤堂彩人。でも、止められないんだろ。だって楽しいから!」

 

 狂気的な笑みを浮かべる平岩木の実。

 ……まぁ。今、この時点においては全力で否定するけれど──ハーレム展開撲滅ゲームをプレイしていた頃は、そうだった。好意管理が楽しくて、その難しさにハマって、やめられなくて。何周も何周もしたし、何千人とヒロインを死なせたし、何百回と世界を滅亡させたし。

 それぞれの個別ルートを舐めるように見て、それぞれの死亡イベントをコレクションして、それぞれの世界滅亡エンドの組み合わせを楽しんで。

 

 最低な行い。

 ぐぅの音も出んな。

 

「だからさ、これは脅し。私はこの家から出たくない。必然、実験対象はこの近所の住民になる。当然、あの高校に通う生徒にね。だから、私はここから動かない。動けない。けど君は違うだろ?」

「転校でもして、転校先でそのゲームをすればいい……と、言いたいわけだ」

「流石。勿論費用は出そう。これでも稼いでいてね。なんなら現在女子校であるところに無理矢理編入、なんてラノベ的展開も出来るぞ」

 

 それは地獄。

 好意ゲージのシステムが無くても地獄。

 

「頷かなければ?」

「無論、()()()()が猛威を揮う」

 

 指し示すは凶器たち。

 既にターンソーやチェーンソーらは稼働を始めているのか、ウィーンという機械的な音が鳴っている。

 

「断る」

「そうかい」

 

 ぽち。

 そこに躊躇は存在しない。「本当にいいのか」みたいな重ねての問いかけもない。

 だってコイツにとっては、消えてくれても、死んでくれても、どっちでもいいから。

 

 刃が迫る。

 

「言っただろ、平岩木の実。俺は未来を見せに来たんだって」

「今更何を」

 

 胸ポケットから──赤いリボンを取り出す。

 この明るい部屋で、尚輝くリボン。赤い光は粒子を纏い、それが幻想的で、けれど血液さえ思わせる。

 

「なんだ、それは」

「No.14-平岩木の実──解放。エンド『あり得るはずのなかった未来へ』」

「どういう原理で光って──!?」

 

 部屋が光に包まれる。

 ……おいおい、ファンタジー過ぎないか、このアイテム。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「君さ、私より先に待っていてくれるのは嬉しいんだが、なんでナンパされてて、しかもそれを断らないんだ」

「ごめんって。というか、断りはしたんだよ。でも思いの外力が強くて……」

「……まぁ君から出るフェロモンをあの薬と同じような効能にしたのは私なんだけど」

「え?」

 

 男女。

 公園のベンチで、寄り添って。女の子の方はむすっとした顔で、男の方はあはは、と快活に笑って。

 

「……まさか私が、外でデート、なんてのをする日が来るとはね」

「嫌だったかい?」

「それこそまさか、だよ。君と共に在るなら別に、どこでもいい。この日差しも……悪くはない。何より外には──」

 

 画角が引きになる。

 公園、ベンチ、男女。

 それだけ、ではなかった。

 

 空には巨大な羽の生えたクジラ。ビルに巻き付く龍。空を飛ぶUFOに、尻尾の生えた三人組アイドルが乗ってライブをしている。

 砂場ではハーピーらしきものと人間の子供が遊び、その隣では機械の犬が金属の骨を咥えて喜んでいる。

 控えめに言ってカオス。控え目に言ってファンタジー。

 

「こんなにも、発見がある」

「ありすぎだけどね」

「正直に言えばね。こんな未来は予想してなかった。私が死ぬ頃には、ようやく他の惑星への移住計画が整ったくらいで、けれど私は乗れなくて。その程度だと思っていた。まさか宇宙人が襲来して、まさか異世界から旅行客がやってきて、まさか神々が降臨して、まさか新しい大陸が出来上がる、なんて。思いもしなかったんだ」

「そんなの、みんなそうだよ」

「……待っていてよかったと、本当に思う。あの時──もう面倒になって、あの薬を誰かに投与していたら。恐ろしい事が起きていた。私の作る科学が、機械が、多くの人類を殺していた事だろう」

「木の実……」

 

 ぐ、と。

 少女の肩を抱き寄せる男。少女は頬を朱に染め、ひと、と寄り添った。

 

「まだ、ハーレムなんてのに憧れがあるの?」

「いいや。もう、ない。他人に君を盗られるのは嫌だ。私だけを見て欲しいし、私だけを愛してほしい。もし君が他の女に盗られそうになったら、あるいはほかの女に現を抜かしそうになったら。私はどんな手を使ってでも君を取り戻すし、君を繋ぎ止めるよ。薬を使ってでも、ね」

「ダメだよ、それはもうしないって」

「君が浮気をしない限りは約束を守る。君が浮気をしたら、先に約束を破ったのはそっちだから、私も破る」

「……浮気なんてしないよ」

「信じてる」

 

 このカオスな世界は、けれど幻想や幻覚ではない。 

 実際に在り得る世界だ。全てがそうなり得る世界。

 

「"一人に複数人を言い寄らせるための薬"、か。……過去の私は、本当に馬鹿だったな」

「でもあれは君が悪いんじゃないよ」

「千式真那比に唆された時点で私の負けだよ。天才の名折れだ」

「……他の女の子の名前、出さないでほしいな」

「っぷ、それ、()側の台詞だぞ?」

「ね、今日はクスリとか使わず、機械も使わずに……シようよ」

「なァ!? き、君は、こんな往来でまたそういうことを!」

「木の実が魅力的過ぎるんだもん。天才の名折れなんかじゃないよ。君は天才だし、天才的なカラダだし、この世で一番魅力のある人だ」

「せ……せくはらだぞ……」

「いいじゃん。僕ら、彼氏彼女でしょ?」

「うぅ……」

 

 耳まで赤くなった女の子をぎゅ、と抱いて。

 そのまま立ち上がって。

 うつむいたまま、何かをぶつぶつ呟く少女の手を引いて。

 

 二人は帰路に就く。

 このカオスな世界で、あり得るはずの無かった世界で、けれどまるで──それが日常のように。

 

「大好きだよ、木の実」

「それは、勿論……私もだよ、彩人」

 

 二人。

 天才は今、機械や薬の援けなく──彼と添い遂げたのである。

 

 

 

 

 

 

 

「……」

「……」

 

 あの豚野郎。

 本来の解放リボンじゃねえかコレ。

 本来の──だから、俺も、俺じゃなくて、主人公の藤堂彩人君の性格で。

 

「……ええと」

「今のが、未来か」

「あ、ああ。未来では、ああいうことになる。異世界からの旅行者が来るんだ。そこで科学は一層発展するし、既存の法則がかき乱される」

「ふむ。それは……魅力的、だね。今の現象を単なる幻覚と断じるにはリアリティがありすぎたし」

 

 凶器の類は停止されている。

 良かった、解放リボンのスチル再生が終わった瞬間にお陀仏、じゃなくて。いやまぁ主人公の肉体なら多少の怪我はせども生き残れた気がしないでもないんだけど。

 

 とにかく、未来への興味は持たせられた……のか?

 

「しかし何故──君と私がデート、なんてものをしていたのかな」

「……それは」

「"一人に複数人を言い寄らせる薬"。成程、データにさえしていない成果物が言い当てられたのも驚きだ。最終手段……全世界の人間が一人を求める暴徒と化す薬。ある意味でゾンビパニック。その肌、その髪、その唾液。設定した一人の全てが欲しくてたまらなくなる薬を創っていたのは事実だ。それを、馬鹿な事、と断じられてしまった。正しければ、未来の私に」

「信じて、くれたのか」

「こうも事実を当てられてはね。こればかりは推測や憶測ではどうにもならない域だ。私とて、全く知らない誰かの金庫の中身など言い当てられようもない」

 

 一応成功、だろうか。

 ちなみに世界滅亡エンドたるゾンビパニックでは、言う通り、"一人に複数人を言い寄らせる薬"の流出が原因となる。

 同じく天才──属性こそ違うものの、並び天才とされる千式真那比というスク水白衣なヒロインがそれを入手し、あろうことかその一人を主人公に設定する。投与の際に改造……改悪を加えられた薬は人々をゾンビ化し、主人公は勿論、主人公の匂いがする存在の全てを狙うようになる、と。

 

 いやもう、最悪のエンドの一つ。

 まぁ世界滅亡エンドは全部最悪なんだけど。

 

「君さ、私が好きなのかい?」

「は?」

「いやだって、今のが未来なのだとして、どうして私と君がああなるのかが理解できない。私にそう言った感情は無いからね。君が見ている数値がどれくらいなのかはわからないが、ぞっこん、という事は無いはずだ。であれば君側が私を好いている、としか考えられない」

 

 まさかゲーム本来の個別ルートですよ、なんて。

 そりゃ考え付くわけもなし。

 

「そして、残念だがお断りをさせてもらう。私はハーレムが見たいが、ハーレムに巻き込まれたいわけじゃない。先ほどの未来とやらでは私は君を一途に愛していたようだけど、そんなのは御免だ。もっともっとハーレムを見たい。いやさ、確かに世界中をゾンビ化する、というのは馬鹿な考えだ。やめよう、という気にはなった。もしそれが狙いだったのなら君も天才だ。だけど、幸せな未来を見せて私の心をゲットしよう、という狙いだったのなら愚かが過ぎる」

「……いや、その」

「未来への期待が持てた。それだけで君への評価は爆上がりだ。ありがとう、と言える。先程のリボンも気になるが、大気に溶けるようにして消えたね。今すぐ君をその部屋から出して、空気中の成分をくまなく調べたい。だから早く出ていって欲しいありがとう」

「あーっと」

「だけど、私は君を好きにはならない。他のチョロい奴らと同じにしないで欲しい。というか君、ああも公然と、公衆の面前でソウイウ事を口にするような奴だったんだな。幻滅だよ。というか私の薬や機械を使ってヘンな事するのやめてくれないか」

 

平岩(ひらいわ)木の実(このみ)15

 

 些か高い、が。

 ハート状態にはならない程度で、完全に停止している。

 評価はそのままに、もう興味はない、といった感じか。

 

 それなら、こちらとしてもありがたい。

 

「じゃあ、帰らせてもらう」

「ああ。……ハーレムを作る実験は一旦凍結しておいてあげよう。君はそのゲームを楽しむと良い。君が卒業したら、私も実験を再開するからね」

「好きにしてくれ」

「それじゃあ、ボッシュート、だ」

「は?」

 

 ガション、と。

 床に穴が開く。

 流石の主人公と言えど空中で何かをするのは無理だ。二段ジャンプとか出来ない。

 

 だからそのまま穴に吸い込まれて──。

 

 バタン、と開いた玄関口に、そのまま放り出された。

 ご丁寧にしっかり靴を履いた状態で。

 

「……ウォ○スとグル○ットかよ」

 

 こんな、あっさりと。

 ゾンビパニックの脅威は去った……らしい。

 

 

 

 

 

 

 その、帰り。胸ポケットに帰ってきていた解放リボンに嫌気を差しながら、顔を隠して……けれど。

 流石におかしいと気付く。会う人会う人。見る人見る人。 

 この街にいるすべての人間の好意ゲージが、軒並み高い。

 ついこの間までは、一とか二とか、その辺りで保っていたくらいだったのに。

 

 三や四から──ハート状態一歩手前くらいの人まで。

 世界滅亡エンドを一つ取り除けた浮かれ気分は、一瞬で消し去られた。

 

 早く。

 早く家に帰って、登場キャラクター一覧を見なければ。

 何が起きているのか。学期末を目前に、こんなこと。

 死亡イベントが起きない代わりに──世界滅亡エンド、なんて。

 

 笑えない。

 

 早く──。

 



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悪無き逃走の果て

 家に帰るまでに、多くの人を見た。多くの人とすれ違い、多くの人の目が変わっている事を知った。

 俺を見る、その目が。

 

 そして、帰って。家にいなかった妹にやきもきした気持ちを抱えながら、普段であれば絶対にしない"お出迎え"をして──愕然とする。愕然と、した。

 高いのだ。街の人々同様に、周囲の人々同様に──妹の好意ゲージが。

 何をした、というのか。今さっき、命の危機を覚えながらも世界滅亡エンドの種を一つ摘んだばかり。あらかじめ防ぐことが出来るのだと──それを証明したばかりだというのに。解放リボンなんていうファンタジーアイテムまで使って、それをやっとこさ成し遂げたばかりだというのに。

 何故。何故。

 

 妹の好意ゲージを下げようと暴言を吐く。思ってもいない事を言う。

 けれど、その好意ゲージが下がる素振りはない。どころかまた、一つ上がった。罵倒されて喜ぶような子じゃなかったはずだ。そんな属性は持ち得ていないし、実際に悲しそうな顔をして、けれどどこか決意に満ちたような顔をして。

 どうして、嫌わない。

 どうして俺を見限らない。

 

「そ……そういえば、さっき、変な人に出会いました」

「はぁ? いきなり何の話を、」

千式(せんじき)真那比(まなび)、という人で……貴方に用があると」

「!?」

 

 話を逸らされたと思った。だから逸らせないよう詰めようとして、その名前に息を呑む。

 千式(せんじき)真那比(まなび)

 まさに、ついさっき潰してきた世界滅亡エンドの芽……その下手人となる研究者の名前。トリガーは平岩木の実だが、パンデミックそのものを引き起こすのはコイツだ。スク水白衣とかいう気の狂ったファッションをしておきながら、平岩に並び立つ天才。

 ただしコイツはバリバリの悪意持ちで、平岩のような他人を食い物に出来る、とかそういうレベルでなく、故意に世界滅亡を引き起こさんとしている紛う方なき世界の敵。属性を"変態"+"研究者"。そのままマッドサイエンティストだ。

 

 世界滅亡エンドが一つ『ゾンビパニック』。アチーブメントに収集されるこのエンドのテキストにおいて、こんな一文が掲載されている。

 

'自販機に並べられた新商品。誰が手に取ったのか、誰の興味を引いたのか。飲んでしまったが最後、食欲旺盛な一匹の獣が生まれる。それは徐々に徐々にと仲間を増やし、最も美味しそうな獲物へと追い縋る。

'そう、君だ。藤堂彩人。

'とかくこの街、この学校。現れたるはゾンビの群れ──狙うは君と、ついでにニンゲン!

'ゾンビパニックのはじまりだ!

 

 また、ゲーム後半において出会う千式もまた、一丁目の春香山公園の自販機にいて、自販機の下の小銭を漁っているスチルが彼女の全身図を初めてみる機会となるだろう。

 コイツの好意管理自体は今までの難関ヒロインに比べたら容易な部類なのだが、如何せんやる事が最悪過ぎて攻略したがる奴はほぼいない。コイツの個別ルート入ると世界滅ぶし。死亡イベントが起きても世界は半壊するとかいう厄ダネ。コイツの死亡イベントは皆森朝霞と同じく固定で、自らがゾンビ化するとかいうもの。

 

 ただ、そのゾンビ化云々は平岩木の実のゾンビウイルスありきのものだ。

 世界滅亡エンドも、個別ルートも、死亡イベントも、平岩木の実が改心した今起き様がないと高を括っていたの、だが。

 

「クソ……」

 

 妹に仔細を聞く時間も惜しい。

 何かを言いかけていた妹のことも勿論気になる。ハート状態一歩手前なんて放っては置けない。だけど、世界滅亡エンドの下手人が、あろうことか俺に用があると……しかも妹に対して言ってきている。

 どういう魂胆なのか、なんて俺にはわからない。けど、不味い。アイツがこの街にもういるという事実もそうだし、腐っても天才である千式の俺への用なんてろくでもない事に決まっている。

 それを放置したらどうなるか、も。

 

 春香山公園。

 ゲームでは何度か出てくる公園だ。春香山と呼ばれる小さな山を切り分けた時に作られたらしいその公園は、しかし立地が立地だけにあまり人の寄り付かない場所。少し大きなショッピングモールと住宅街のちょうど中間点辺りにあるため、地元の住民がショートカットに使うくらいで、子供の姿が見られた事は一度もない、なんて言われるくらい、寂れた公園。

 ただその通路である性質上自販機は非常に役立つらしく、年々その台数が増していっている。

 

 そこに。

 

 そこに、いた。

 

「んー、アレ絶対500円玉だと思うんだけど……長い棒、長い棒……」

「……」

 

 自販機の前で這いつくばり、地面に顔を擦り付ける少女。

 体に纏う白衣はまだ良い。だが、その身に張り付くスク水はもう完全なる変態だ。なお旧スク。

 

「む……私のぱーふぇくとぼでーを視姦する鋭い目つき……!」

「……」

「なんだなんだ、やっぱり思春期ボゥイだったりする? おねーさんのスク水に、下卑た妄想膨らませたりしちゃってるー?」

「何用だ、千式真那比」

 

千式(せんじき)真那比(まなび)17

 

 側頭に見えるステータス。その好意ゲージは、かなり高い。

 出会ってすぐは三固定のはずなんだが、もうその常識は通用しないようで。

 

「ありゃ~? おこ? おこなの?」

「この街で何をするつもりだ、てめぇ」

「何かをするつもりでこの街へ来た、って事までわかってるんだぁ。成程ね~。噂通りだねぇ?」

「噂……?」

 

 舌をベロン、と出して、悪辣に笑う千式。

 ちなみに悪意全開なコイツだけど、主人公と関わるまでに何か悪事を犯していたかというとそんなことはない。ハーレム展開撲滅ゲームのヒロインは基本みんな善性で犯罪なんてしたことがない、という子がほとんどだけど、千式や平岩のようにバリバリの犯罪者もいて、けれどそいつ等に前科は無いのだ。いやまぁ平岩は捕まってないだけで法には触れまくっているが。

 それは多分、ハーレム展開撲滅に都合が良過ぎるから……ヤンデレ属性がいないのと一緒で、ハーレム展開を潰しかねない経歴や犯罪歴なんかは存在出来ないのだろう。警察突き出して終わりだからな。わざわざ囲わん。

 

「そーそー噂噂。とーどーあやと君はー、──未来が見える、っていうね?」

「……誰だ、そんな噂流してる奴」

「知りたいぃ? んでも教えてあげなーい! あそうそう、学期末、だっけ? 大変なんでしょ? 放っておいたら、沢山の人が死ぬ、ってサ!」

「──……」

 

 学期末。

 そのワードを、そのワードに必要以上の意味があると知っているのは。

 

「──だから私が正しに来てやったでヤンス」

 

 千式は。

 その、投げ出した舌に──カプセルを一つ、乗せていた。

 緑色のカプセル。

 見覚えは、ある。見覚えしかない。

 

「それは」

「見覚え、あるよねぇ? そう! ヒトをゾンビにしちゃうオ・ク・ス・リ。とーどーあやと君はぁ、コレを作らせないように、ヒコノミーちゃんの所へ行ったんでしょ今日~?」

「……」

「でもざぁんねん! もう作っちゃってましたー! ヒコノミーちゃんの手を借りずとも、私が! 私が、この手で! 完成まで──改良まで!! 元の名をハーレム化薬。今の名をゾンビ化薬。じゃあじゃあ、ここで問題問題もんだぁい!」

 

 ハイテンションに。

 その狂気に呑まれてはいけない。個別ルートでわかる事だが、コイツの狂った様子はほぼほぼ演技だ。素のコイツは背筋が凍える程冷静沈着なテロリスト。道化染みたテンションで相手を激情させて、その心を支配する──そういう人心掌握術に長けている。

 ミスディレクションだ。見逃してはならないのは言動でなく手の動き。

 

「──このオクスリ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

「……!」

「ちなみに大ヒント! 一錠目が無くなったのは今日──それも、ついさっきデェス!」

 

 行きついた可能性にぞっとする。

 俺が考え付いたのがわかったのだろう、千式もニヤリと笑って。

 

「ねぇねぇ、いいの? ──妹ちゃん、ほっといてさ」

「クソッ!」

 

 踵を返す。

 来た道を戻る。

 しかし、千式はそれを許さない。俺の身体に玩具のような、しかし巨大なアームを突き付け、掴み──。

 

「邪魔すんなクソ野郎!」

「うっそぉ!?」

 

 主人公の肉体でこれを破壊。

 駆けだす。

 

 天秤だ。挑発に簡単に乗せられた、という自覚はある。だから、天秤。

 千式を放置し、その誘いに乗って激情する事と、冷静に、優先順位をつけて物事を対処する事。

 

 俺は前者を選んだ。

 

 ずっとずっと、世界滅亡エンドを回避しようと動いてきたけど。

 ずっとずっと、このふざけたゲームに愚痴ってきたけど。

 大事じゃないはずがない。

 妹だぞ。あの子は、ずっとずっと、俺を見限らなかった、大事な大事な妹だ。

 

「導ッ!」

 

 あぁ、果たして。

 

 

 

 

 

 

 

「おかえりなさい、兄さ……あ、いえ、彩人さ、きゃっ!?」

「導、大丈夫!? ああ、いや、安心して。その衝動は決して導がおかしくなったってわけじゃなくて、全部薬のせいだから……大丈夫、僕さえいれば、落ち着くはずだから」

「に──兄さん?」

 

 帰って早々、導を抱きしめる。

 少なくとも、平岩木の実の作り出したハーレム化薬……"一人に複数人を言い寄らせる薬"の中和方法はこれだ。一人、に設定された人物が欲しくて欲しくてたまらなくなる薬だから、その一人が自分に最も近い所にいてくれたら、その衝動は収まる。

 だから、大丈夫、大丈夫だよ、と。その背をさすって、その肩を抱いて。

 

「あ、ぁの、あのあの、えと」

「混乱するのは、わかる。そんな不調は本来あり得ないから。でも、そういう薬が存在するんだ。大丈夫、僕は治療薬も知っている。今手元にないけど、それを作る手段も持ってる」

「いやえとそのあのにににに兄さん」

「これでも足りないなら──キス、する?」

「キ……ええええっ!?」

 

 キスもまた中和法の一つ。というかR18ゲームじゃないから詳細は語られなかったけど、多分肌を重ねるのも有効な手段だ。ただ、段階を経て、俺に触れない期間が長すぎたり、俺に触れる前に人間の味を覚えてしまうと、もう戻れない。

 あとはただ、人間を食らう本物のゾンビが誕生する。俺ですらただの食い物にしか見えなくなるだろう。まぁ味は他のより良く感じるかもしれないが。

 

「落ち着いて。息を吸って。大丈夫、大丈夫だから。……僕が、ついてるから」

「……ほ、本当に……兄さん、ですか?」

「落ち着いてきた? そうだよ、僕だよ。藤堂導の兄の、藤堂彩人だよ」

 

藤堂(とうどう)(しるべ)14

 

 良かった、症状はまだ浅い方だったらしい。

 ステータスは……流石にハート状態に至ってしまっている。が、仕方ない。

 恐らくこれは好意でなく食欲になるんだろうけど、先に言った治療薬さえあれば元に戻るだろう。

 治療薬そのものは割と簡単に手に入る。が、今は手に入らない。まだ来ていないから。"異世界"属性の彼女が。

 だから、もう、仕方ない。

 他の感染者を増やさないように留意しつつ、妹のハート状態をそのままに、他を下げて行くしかない。今まで以上にハート状態への警戒をしつつ。……東郷アミチア辺りが危険すぎるな。

 

「夢、みたい」

「ああ、夢さ。悪い夢だ。大丈夫、今は眠っていいよ。僕はどこにもいかないから」

「そんな、勿体ない事……」

「勿体ない?」

「だって……兄さんが、私に……優しい、なんて。夢でも……嬉しくて」

 

 ……ふむ。

 気のせい、か?

 あんまり食欲に突き動かされているようには見えない、というか。

 ゲームでのスチルでは、もっと涎がだらだら垂れて、白目を剥いて主人公に襲い掛かるゾンビの群れ、みたいなのばかりだったんだが。症状が浅いから?

 

「でも、ちょっと恥ずかしいな……。私、こんな……こんな憧れが、あったんですね。兄さんとキ、キス、したい、だなんて……」

「……導、もしかして、なんだが」

「夢の中なら……いい、よね?」

「もしかして──どこも悪くない、か?」

 

 問う。

 そろり、と身体を離して──その顔を見て。

 見ようと、して。

 ガバ、と。今度は導の方から抱き着いてきた。

 

「ああ、離れたらダメです、兄さん。……気付かなかった。ずっとずっと、こうしたかったんですね、私。……キス、していいんですよね」

「導? いや、これも症状の一つ……っぽいっちゃぽい、けど」

「ん──」

「!」

 

 キス、だ。

 それも結構濃厚な……舐るような。

 ああ、やっぱり症状の一つだ。中学生の導がこんなキスを知っているわけがないし、そもそも普段の妹が俺の唇を自ら奪う、なんてするわけがない。

 いやゲーム本編の藤堂導であれば、その属性が"ブラコン"+"常識人"であるためちょくちょくアブナい言動も見られたけど、今の導じゃ絶対にありえない事だ。

 

 このキスも、食欲の現れ。"一人に複数人を言い寄らせる薬"。その改悪である"一人を複数人が求める薬"の効果・症状そのもの。

 だから大人しく受け入れて……。

 

「兄さん、兄さん……。ふふ、夢なのに、凄い質感。これが明晰夢、というものなんでしょうか」

「……導。大丈夫、もう眠って」

「あは、夢の中で眠るなんて、夢の兄さんはおかしなことばかり言いますね。……もう、目覚めなくていいかも。んちゅ、んぶ、ふ……これが、兄さんの味。現実でもこんな味がするのかな」

 

 何か。

 何か、おかしくないか。

 ゲームでは、キスの一回で中和され、暴走で蓄積した疲労からすぐに眠ってしまう、みたいな描写があった。それは千式の死亡イベントでの描写だから、薬の種類が違う、という可能性も考えられるが……なんか。

 なんか、違わないか。

 

「お、やってるやってるねぇ」

「ッ!」

 

 背後──その声に振り返ろうとして、けれどがっちりと導に顔を掴まれてしまっているため動けない。勿論主人公の肉体なら無理矢理、なんてことも出来るけど、それをしたら導に怪我をさせてしまう。ので無理。

 声。

 千式真那比の、ニヤ付いた声だ。そうか、俺鍵かけてないんだ。導の様子を早く見たくて、急ぎ過ぎてた。

 

「どうどう? とーどーあやと君。妹ちゃんに馬乗りになられて、顔掴まれてキスされてる感覚は。気持ちい? 気持ちいいよねぇ? えっちな気持ちになってムクムク~? だったりして!」

 

 最低だなコイツ。本当に。

 

「でも、凄いねぇ、妹ちゃんも。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。若さ、って奴?」

「は?」

「兄さん……もっと、キスしましょう……?」

「ちょ、どういう、んぶっ」

 

 コイツ、言うに事を欠いて何を。

 薬なんか投与してない? じゃあ、導のこの言動はなんだよ!

 

「でもさ、これで証明されたよね。君は未来が見えるわけなない、って事ぉ。噂は噂、ってヤツ? ちょっちがっかり」

「ん、ぷはっ、てめぇ、さっきから好き勝手言いやがっもが」

「ダメ、です。乱暴兄さんに戻らないでください……優しい兄さんのままでいて」

「ちなみにゾンビ化薬だけど、アレも私の手元にはないよーん。悔しいけど、アレ作れるのはヒコノミーちゃんだけだね。そもそも私生物系じゃないしぃー」

「ん、ぐっ、っぷ! くそ、じゃあ何しに来たんだよてめぇ、俺に用ってなんだよ!」

 

 薬を投与されていないらしい妹は、けれどマジのゾンビが如く執拗に俺の唇を狙ってくる。これで暴走してないっていうのか? いや、あるいはハート状態の暴走……にしてもこんな子じゃないだろ。やっぱり何かされてるとしか。

 

「んー、君への用は、噂の真偽を確かめに来たのとぉ」

「兄さん、兄さん、兄さん……!」

「君を、殺しにね」

 

 チャキ、という音。

 カチャ、という音。

 パァンという乾いた音。耳をつんざくような轟音。

 どれもが引き延ばされた時間の中で、強く強く響いて。

 

「私、死にたくないからさ。小惑星にどっか行ってもらうためには、君が死ぬのが一番、なんだよねぇ~」

 

 そんな声が。 

 脳天に、頭頂に、あつい、きんぞくの、かきみだされる、はじける──。

 

 俺は。

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「ところがどっこいそうは問屋がトントントン!」

「──う」

「いよぅ! この前ぶり! 多分ボクの事覚えてないし、カッコよく別れた手前すっごい恥ずかしいんだけど、妹ちゃんに逆○イプされてる今の君よりは恥ずかしくないよね?」

「ぐ……」

「って、あぁっ、ちょっと間に合ってなかった? た、大変だ。治療しないと! じゃじゃーんなんでも治せる宇宙粒子治療ポッド~! へへ、宇宙技術凄いよねボクも今になって思うぜ! 地球文明遅れすぎだろー! いえー!」

 

 誰か、知らないし。

 誰とも、覚えてはいないんだけど。

 

 コイツ、こんなテンション高かったっけ、なんて思いながら。

 

 俺の意識は闇へと堕ちていった。 

 ……最近の俺の意識闇へと堕ちすぎじゃないか?



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蠢く思惑、轟く当惑

 世界滅亡の時は近い。

 ──あまりにも突拍子もないその"結論"が下されたのは、六月初頭。某日某所。

 ある天文台の観測した事実。それは、地球に直撃する軌道で小惑星が迫ってきている、というもの。

 粉砕、とまでは行かない。だが確実に地表は火の海になる。現存生物の凡そ八割が死滅するだろう、という予測は、憶測の域などとうに通り越して、事実であると各方面で証明されてしまっている。

 掠る、程度じゃないのだ。

 直撃。どれほどの計算機で、どれほどのスーパーコンピューターで、どれほどの量子コンピューターで。

 あらゆる手を使って、あらゆる学問を用いて、その事実を否定出来るかを試して──全てが敗北。

 

 少なくとも、一年後。十一か月後。

 小惑星は地球に衝突し、人類の文明は崩壊するだろう、と。

 そう、判が押された。

 

 無論一般人にこの情報が洩れる事は無い。情報は全て機密処理がなされ、パニックを生まないよう、すべての口に戸が立てられた。

 十六年。世界では、情報漏洩も、取り扱いミスも、スパイも、ハッキングも。そういう、()()()()()()()()()の類が一切起きていない。

 そういったオカルティックな学問の専門家は皆揃ってこう言う。「真の平和が訪れたのだ」と。十六年前、何か我々にあずかり知らぬ事が起き、それが世界を平和にしたのだと。

 

 しかしそれが今、崩れようとしている。

 あるいは、この破滅が確定していたからこその、最後の猶予として、平和が訪れていたのかもしれない。そう力説する者もいる。

 とかく世界は滅亡する。この決定付けられた事実に、しかし研究者らがパニックを起こす事は無かった。

 無理なのだ。

 たとえ急いで宇宙船を建造し、宙へ逃げたとしても、行先など見つかるはずもない。地表の火が消えるまでにどれほどの時間がかかるかもわからず、たとえ消えたとしても、再度人間が住み得るようになるまで一体どれだけかかるのか。

 衝撃によって太陽系から外れる可能性も高い。太陽から離れても近づいても、人間の住み得る環境ではなくなる。奇跡の星。青い星。ノアの箱舟から救命ボートを出したって、大洪水に揉まれて海の藻屑となるだけだ。

 

 だから、無理だと。

 だから、どうしようもないと。

 

 故に一年。

 最後の一時を過ごさんと、誰もパニックになる事は無かった。

 あるいは、何か不思議な感覚が、彼らを鎮静していた、と……客観的な視点を持つことが出来れば、誰かが気付いたのかもしれないが。

 

 世界滅亡。

 手立てはない。

 

 

 

 ……と、思えない者も存在した。

 パニックにはならずとも、解決せんとする人々が。

 小惑星の飛来などというどうしようもない事実に打ち克たんとする者達が。

 

 千式真那比はそういった研究者・技術者らのグループに所属する一人だった。

 

 弱冠十六歳でありながら大人達に混じって大人達以上の研究成果を出す千式は天才と名高く、しかしその変態性からあんまり友達のいない一匹狼。それが何故グループなんてものに所属していたのかというと、いい感じに世界を滅ぼせる技術とかないかな、なんて興味で入ったら知識欲が刺激されて云々かんぬん。

 自らが世界をめちゃくちゃにしてみたい、という欲求こそ変わらなけれど、それはそれとして人々の役に立つ研究をするのも面白いと、そういうスタンスでの所属。

 

 そんな彼女が小惑星の事実を耳にした時、こう思った。あるいは、言った。

 

「世界を滅ぼすのは、それを解決してからにしよーっと」

 

 あくまで、自らの手で。あくまで、自らが観測して。

 そういうありきたりなエゴを持ち合わせる千式にとって、当然の様に自身も死にかねない小惑星衝突なんて世界滅亡は、受け入れられるものではなかったらしい。

 何より小惑星の衝突ではパニックになった人間模様が見られないから──なんて、最低最悪な思想もあったようだが。

 

 だから、千式は、その天才性と変態性を以て、之に挑む。

 これが自然災害でなく、何か作為的なものがあるのではないかと、そういうアプローチを最初から踏み出したのは、彼女の特異性が故なのだろう。

 小惑星の衝突予測地点。それが日本であり、しかも近所である、なんて事を知ってから、余計にそのアプローチは勢いを強めた。

 

 衝突地点には高等学校がある。ピンポイントに、そこに直撃する。地図で見る経度緯度まで完全に精確な軌道で小惑星が飛来し、そこから世界滅亡が始まる。

 これに意味を見出さない方がおかしいと、千式はその学校への転校を決めた。元の学校ではほぼほぼ不登校を極めていたがために、それは簡単で。

 

 そしてその学校、それがある街を調べて行くと、不思議な事実が浮かび上がる。

 

 犯罪率が高いのだ。

 

 ここ十六年──世界には平和が訪れている。

 疫病も戦争も大事故も殺人も窃盗も何も無い。誰もが心穏やかになる程、平和。千式はそれがつまらなくて世界滅亡を考えていたし、彼女の友達である平岩木の実も同じようなことをしていた。

 

 だが、この街だけ。

 台風で大きな被害を受けていたり、直下型地震があったり。ひき逃げ未遂、暴行、誘拐、殺人未遂、無差別殺人未遂──。

 未遂である、という事実こそ存在すれど、あまりに犯罪が多い。あまりに()()()が多い。

 まるでこの世の悪をこの街に集中しているかのように。

 

 そして、どうしてひき逃げや殺人、無差別殺人が未遂と終わっているのか、に関して。

 聞き出すのには、そして調査を行うのにはそれなりの時間を要したが──ある事実が判明する。

 

 阻止、されているのだという。

 起こる前に。あるいは、起こった後すぐに。

 大事になる前に、誰かが死ぬ前に、大惨事になる前に。

 

 ある一人の、少年によって。

 

 千式は()()()()()()()()と思った。

 まるで、少年を英雄にするために、神が試練を用意しているようじゃないか、と。

 その疑惑は、少年の在籍する学校が、まさに小惑星の衝突地点である高等学校であると知って、さらに加速する。

 

 その少年に絞って聞き込みをすれば、出るわ出るわのオカシナ話。

 何故か丁度、その少年は誰かの窮地にいるのだという。トラックの前で足を挫いた少女の前に。足を滑らせて川に落ちた少女の近くに。倒壊する直前だった廃屋の中に。火災によって二階から降りる事の出来なくなった男の子の家の近くに。

 誰もがあまり、口を割りたがらなかったけど。

 誰もが知っていた。

 

 素行の悪い──ヒーローの話。

 

 まるで未来が見えているかのように、みんなの窮地に現れる英雄の話。

 

 藤堂彩人。

 小惑星の衝突も──この少年のための試練なのではないかと千式が辿り着くのに、そう時間はかからなかった。

 

 

 

 

 

「……消えた、か」

 

 藤堂家。

 床に散らされた数滴の血痕は、けれど銃弾で頭蓋を破壊したにしてはあまりに少量。

 何より、先ほどまで盛り着いていた少年の妹と、その妹を振りほどけずにいた少年の姿がどこにもない。

 今の科学技術に人体のワープを成功させるものなど存在せず、しかし目の前で起きた事実を頭ごなしに否定する程千式は科学者をやめていない。

 

「さて」

 

 であれば。

 物色、のお時間である。

 藤堂彩人がそういった技術を持っていた──あるいは、能力を持っていたのだとすれば、それに纏わる手掛かりが残されている可能性がある。

 

「まずは、お部屋ちぇーっく」

 

 二階へあがる。どうせこういう家は兄妹の部屋が二階にあって、ドアにどっちがどっちかわかるような壁掛けがしてあって。

 そういう創作知識で二階へ上がれば、案の定、青と赤のフェルト生地がドアにかけられていた。

 千式は青の方に手を掛け──開く。

 

「罠の類は無い、か。……いけないねぇ、ヘンな事に慣れすぎちゃって」

 

 ワープ装置なんてものを持っているのなら、あるいは、平岩木の実のようなトラップ部屋も、とも考えたが、杞憂だったらしい。

 千式にとって平岩木の実は友達だけど、家を訪ねるごとに命を狙ってくる存在を果たして友達と呼んでいいものか、などと最近は考えている。

 

 さて、物色である。

 千式は片っ端から棚やら引き出しやらをあけていって、躊躇いもせずにノートやメモ帳を開く。求めていたものでなければポイポイと後ろへ捨てていくから、部屋の中はザ・空き巣に入られました。みたいな様相になっていく。

 ちなみにエロ本の類も探しているけれど、驚くことに藤堂彩人はそういう類の一切を持っていなかった。PCも持っていない。どうやって性欲を解消しているのか気になりすぎる千式。

 

「ん?」

 

 そうやって物色を続けるも、何もでない。

 何も出ないはずがないとさらに緻密な捜索を始めて、それに気付いた。

 

 ゴミ箱の中。ティッシュや爪といった常人では触りたがらないゴミ類の中に、ノートの切れ端が一枚。

 

 ──"宇宙人の脅威は去った。もうインベー■ー襲来■■■ない。"宇宙人"■■■■の■■夜明は人間となり、■■■■星々は帰還した。もう、お前の妨げにはならない。"

 

 文章の上から黒で塗りつぶされているために読み取れない箇所も多いが、裏面を見たりなんだりして読み取れたのがコレで。

 

「宇宙人。インベーダー。夜明け……星々。それで、お前の妨げ、ね。……協力者がいるのかな?」

 

 突拍子もないワードだけど、今まさに目の前でワープを見せられたばかり。

 信じないはずもない。

 藤堂彩人、及びその協力者は宇宙人とコンタクトをとれる存在であったか、あるいは"試練"としてインベーダーの襲来を退けていて、宇宙人を人間にしていて、そして宇宙人が来る事は藤堂彩人の妨げになっていた、と。

 

「やっぱりとーどー君は自分が試練を課されてる事知ってるみたいだねぇ。それに……」

 

 未来が全て見えているわけではない。それは先ほど証明した。

 けれど、限定的な未来は見えている。それは街の人々の窮地であったり、この宇宙人の襲来であったり。

 それは総じて──人の死、だろうか。宇宙人、人間拉致って殺しそうだし、インベーダー襲来といえば大量虐殺だし。

 

 死の運命にある人間を救う。なんとも英雄らしい話だ。

 

「じゃあ、待ってればとーどー君が小惑星もなんとかしてくれるって?」

 

 ニヤつきながら声に出す千式。

 無理なのがわかっている。だって、世界中の数多の研究者や技術者をして、無理と言わしめた滅亡だ。

 高校生一人に何が出来るというのか。ワープでもさせるのだろうか。

 

「やっぱり、殺すべきだねぇ」

 

 千式が藤堂彩人を訪ねてきた理由は、彼を殺すため。それに尽きる。

 彼がこの街の中心なのはわかりきっている事だ。そして小惑星の衝突さえも、彼のために用意された試練。彼がこれをクリア出来なければ、巻き添えで、世界が滅ぶのだろう。

 だが、その前に。

 彼の努力次第でクリアの可否が決まるのではなく──そもそもその時に、彼が居なかったら。

 彼のために試練が用意されていて、彼が乗り越えてこそ英雄となるのなら。

 

 彼が、死んでいたら。

 試練なんか、要らなくなる。

 

 十六年間──世界は平和だった。

 この街以外の世界は平和だったのだ。

 

 それが何故か、って。

 

 必要なかったからだろう。

 藤堂彩人の関わらない世界に、試練など必要ない。

 神か悪魔かは知らないが、そういった上位存在が藤堂彩人だけを見ている事は確実で、藤堂彩人が生まれてからこの街に災難が降り注ぎ始めたし、藤堂彩人が人々を救えば救う程災難の規模は膨れ上がっている。

 成程、インベーダー襲来なんて災難より上と来たら、小惑星の衝突は妥当だ。

 そうやって段階的に用意された試練を乗り越え、藤堂彩人は英雄と持て囃される人生を歩むのだろう。

 

 巻き込まれた側の世界はたまったものじゃない。

 

「……あるいは、私も試練なのかな?」

 

 藤堂彩人を殺さんとする存在。

 神だの悪魔だのに操られている──のだとすれば、千式は乗り越えられる、とでもいうのだろうか。

 

「でも、完全に拘束すれば、少なくとも銃弾を当てる事は可能みたいだったし」

 

 ならば──隙はある。

 転送装置の行く先など見当もつかないから今日は退くにしても、いずれは。

 更なる聞き込みをして、外堀を埋めて──なんなら、人質とかを取って。

 

 必ず殺す。

 

「世界平和のために死んでねぇ、とーどーあやと君?」

 

 なんて。

 ……ちょっとカッコつけて、恥ずかしくなったのは秘密である。

 千式真那比。未だ十七歳の思春期である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「KKDKT委員会、ね」

 

 晴巻夜明が人間となったその日のことだ。太平洋をえんやこらさっさと泳いで日本へ上陸し、行く当ても帰る家もなくフラフラ彷徨っていた所へ声をかけられた。

 地球の常識をある程度仕込んだ今だからこそ思うけれど、当時の夜明は明らかに異質な格好をしていて、声をかけたがる人は一人もいなかったのに──その少女二人だけ。

 

 片方は快活に、片方は溜息を吐いて。

 夜明の手を握って、いきなり──「委員会に入りませんか!!」と。

 

 アブナイ人だ、と思わなかったのは、夜明がまだ地球文化に慣れきっていなかったが故だろう。

 

「んー……。なるほどなぁ」

 

 少女らは姉妹だという。

 二人はとある活動のためにこの街を練り歩いているのだとかで、そのお眼鏡に適った人物に片っ端から声をかけているのだと。

 

 そのお眼鏡、とは。

 

「好感度、か。……彼が縛られてるのはソレか」

 

 ──"ピキーンッ! 君には好感度メーターが存在しない……っぽい! ので! KKDKT委員会への入会条件をクリアです!"

 ──"なんと今入会すれば衣食住を完全保障ッッッ! なんならお仕事も斡旋!! 魅力! 圧倒的魅力!!"

 ──"是非、KKDKT委員会への加入を!!"

 

 それをアヤシイと思わなかったのは、夜明がまだ地球文化に慣れきっていなかったが故だろう。

 家がなかったから、衣食住をくれると聞いて、夜明は頷いた。

 

 用意されたのはとあるマンションの一室。

 なんでも二人の親は超絶お金持ちらしく、妹の方が主に推し進めているこのヘンな委員会も、親の許可あって全面的なバックアップを受けられるのだとか。

 その辺の事情は元宇宙人である夜明にはてんでわからない話なのだけど、つい最近親からの愛を見失った夜明は、二人を少しだけ羨ましく思った。

 

 ──"ちなみに男性に関わりがあると知られたら即座に叩き潰されるので、間違ってもお父さんの前で彼の名を口にしないでね!"

 

 訂正、少しだけ可哀想に思った。

 

「この星を覆うヘンな気配。好感度メーター。アヤトに向かう好感度が上昇する事で感情が暴走、下降する事で──死が訪れる。……ファンタジーだなぁ」

「宇宙人がソレ言う?」

「元だよ元。今は人間」

「でも尻尾生えてるじゃない」

「酷いな、人を見た目で判断するんだ?」

「見た目っていうか……まぁいいけど」

 

 ここはマンションの一角。

 KKDKT委員会に所属する者で、特に家がなかったり、あるいは家に居づらかったりする者が移り住んでいるこの牙城では、日夜彼と彼を取り巻く環境への情報交換、及び研究が行われている。

 彼女らにとって晴巻夜明の宇宙知識やヘンなものの知識は非常に役立ったようで、こうして夜明の部屋に来てまで明日を憂う少女らの姿が散見されるのだ。

 

 姉妹の、姉の方。

 

「アイナ」

「何よ」

「……最近凄く嬉しそうだよね。最近というか、ボクと出会ったすぐあとから」

「エ゛ッッッ!?」

 

 突然仰け反り、挙動不審になる少女、アイナ。

 足が不自由らしい彼女の移動手段はもっぱら車椅子だが、こうして家の中にいる間は松葉杖を片手に普通に座っていることが多い。最も松葉杖を用いたとしてもまともに歩くことは困難で、基本は夜明やその場にいる少女らが彼女の介助をしている。

 そんな彼女は、最近上の空だ。上の空というか、ぽわぽわしている、というか。

 

「……仕方ないじゃない。完全に忘れられたはずなのに……名前呼ばれたのよ? ……嬉しいでしょ、普通に」

「やっぱり今でも好きなんだ?」

「そりゃね。あの、凄く苦しい、暗い水の中で……手を握ってくれて、体を抱きしめてくれて。水面に上がるまでの短い短い、とても永い間の事は……多分、一生忘れられない」

「ボクは酷い事されただけだからなぁ」

「でも好きなんじゃないの?」

「まーね」

 

 親からの愛が偽物だと突きつけてきて、自室とも言える宇宙船を完全消滅させやがってくれて、あと恥ずかしい思いもさせやがってくれたアヤト。

 だというのに夜明の心は惹かれている。宇宙人的観点でいう容姿の優劣は割合普通だからそこじゃないし、その行動も本来は嫌うはず……なのだが、どうしてか、惹かれている。

 

「夜明は多分、サディストぶってるけど、好きになった相手にはドマゾなのよ」

「別にサディストぶってないけどなー」

「唯葉から聞いたわよ。"情報出し渋ったら、すっごい笑顔でおっぱい掴まれて、千切るよ? って言われた!"って」

「あはは。あれはあの子が悪いよ。ボクは丁寧な対応をした方」

「それはまぁ認めるけど」

 

 妹の方、唯葉。

 常にハイテンションで、常に明朗快活で、常に……あんまり空気の読めない子。

 しかしこの委員会の発足者であり、"好感度メーター説"の提唱者。且つ、世界への影響や個人の感情への影響、その結末などのデータを全て纏めていた人物でもある。

 天才、とは少し違う。

 異質、が正しいか。

 

 元宇宙人である夜明からしても──唯葉は異質な子だった。

 

「学期末。それって、彼の通ってる学校の、だよね。七月二十三日、だっけ?」

「そう。その日に何かが起きる。唯葉が言うには──沢山の人が死ぬか、世界が滅亡するかのどっちか、らしいわ」

「同じに聞こえるけど」

「私も。でもあの子曰く、前者の方が被害は少ないけど、防ぎ難い、とかなんとか」

「それが好感度メーターによって為されてる、と。ボク、ファンタジーは個人的な趣味として大好きだけどさ。ちょっとファンタジー過ぎない?」

「でも貴女の両親はそれを察知して帰ったんでしょ?」

「まーねー」

 

 この星を覆う何か。

 それがあるのは確実で、それはやっぱり、好感度メーターなるもので。

 

「ちなみに好感度メーターってのは正式名称なの?」

「あの子のオリジナル。他、色々変な専門用語使ってくると思うけど、大体オリジナルだから気を付けて。外で使うと大変な目に遭うわよ」

「ボクも母星語で喋れば対抗できるかな」

「やめて。目を輝かせて飛びついてくるから」

 

 そういえば、アヤトは夜明の星の言葉まで知っていた。

 そういうのも忘れてしまったのだろうか。それなら、少し悲しいかもしれない。

 もう夜明とあの言語で会話できる者はいないのだ。ハルムの星々は交信圏外にいってしまったし。

 

「なんでアヤトなんだろうね。ちょっとどころじゃなく、可哀想」

「そう、ね。唯葉が言う所には、彼は好かれすぎてはいけないし、嫌われすぎてもいけない。だから少しだけ好かれて、大いに嫌われないといけない。それをあらゆる対人関係で徹して、自分を滅して、常に気を張ってないといけなくて……」

「うわぁ、当事者になりたくない」

「貴女、頭が良いんじゃなかった? それくらい余裕じゃないの?」

「自分の感情の出所もわからない赤ちゃんだよ、ボク。無理無理。割とパパとママ達の事もまだ引き摺ってたりするんだから」

「ちなみに私も無理。……だから早く、解放してあげたい」

 

 解放。

 出来るのだろうか、と。夜明は疑問視する。

 

「ユイハは、どうやって彼を解放するつもりなの?」

「現実的だけどリスクの高い方法か、現実的じゃないけどリスクの低い方法か。二つ、今は見えているらしいわ。ああ、もう一つあるけど、秘密だって言われた」

「ボクには教えてくれない感じ?」

「まさか。現実的じゃないけどリスクの低い方法は、全人類から好感度メーターを取り除くことよ。私や貴女のように、好感度メーターが無くなってしまえば……彩人さんがそれを気にして人付き合いをする必要もなくなる。全人類から好感度メーターが取り除かれたら、ようやく、彩人さんは解放される」

「地球人って何人いるんだっけ」

「今は七十億人とされているわね」

「無理っぽい」

 

 あるいは、洗脳装置でも作って世界全土に……いや無理かな、と夜明は考えを破棄。

 もしくは、催眠映像でも作って世界全土に……いや無理かな、と夜明は思考を放棄。

 

「現実的な方は?」

「現実的だけどリスクの高い方は──」

 

 そこで、一度言葉を止めて。

 アイナは夜明の目をじっと見つめて、再度口を開いた。

 

 

 

 

 

「世界滅亡を、一度起こしてしまう事、よ」

 

 

 

 

 

 そう──真剣な眼差しで。

 



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為す術などあるはずもなく、誰かの協力も拒んで

 目を、覚ます。

 白い天井──どこか流体を思わせるデザインのそれは、見覚えのないもの。

 近未来的、というか。

 もう少しいうなら──宇宙船、みたいな。

 

「あ、起きた?」

「……お前は、誰だ」

「うわ、面と向かって言われると傷付くー! ……けど、時間無いから、ぱっぱと説明させてもらうよー」

 

 仰向けに眠っていたらしい俺の顔を覗き込むは、これまた見覚えのない少女。

 その眼球に星が彫られているというファンキーな容姿。ただ──声に、聞き覚えがある。

 前の世界。前世。そこでよく耳にしていた、同人声優の声。

 

 ハーレム展開撲滅ゲームはフリーゲームでありながら多くの同人声優を起用した金のかかったゲームであり、同人声優も有名どころが当てられている。

 だから、わかる。

 コイツ自身に見覚えはなくとも、コイツがハーレム展開撲滅ゲームのヒロインであると。

 俺が憶えていない、忘れてしまったヒロインなのだと。

 

「まず、君は命を狙われている」

「物騒だな、いきなり」

「何故狙われているかっていうと、君が命を落とす事で世界滅亡が阻止されるから、だね」

「……何?」

 

 忘れてしまったヒロイン。直近で思い当たるのは、インベーダー襲来エンドとやら。

 ならばコイツがドーンか。

 

「この星を覆う好感度メーターは君を中心として世界を模っている。君を好けば感情が暴走し、君を嫌えば死が訪れる。さらに、君を複数人が好けば──世界が滅ぶ。ここまでで、間違っている所はあるかな」

「……何の話だ」

「はぐらかさなくていいよー、見えてるでしょ? ボクには好感度メーターが無い、って事」

 

 言う通り、コイツの側頭には名前や性別、年齢の表記はあれど、好意ゲージは存在しない。年齢の表記がバグり散らかしているのは多少疑問だが、好意ゲージが存在しないというのには驚きと、そして納得に近いものがあった。

 紙葉美紅。あれなるも俺が忘れてしまった、不可思議な存在。彼女にも好意ゲージが存在しない。

 

「お前は……何者だ」

「気付いたのはボクじゃないからボクに聞いても無駄だけど、一応答えるとボクの名前は晴巻夜明。未来で君をかっさらうお嫁さん」

「勝手な事を」

「まーね、それは主題じゃないし本題じゃないから、今はおいとこーよ。それで、君の現状と世界の仕組み。間違ってるとこはある?」

「……無い。強いて言うなら、好感度メーターではなく好意ゲージだ。正式名称は」

「それホント? ……委員会の名前変わっちゃいそうだけど、まぁわかった。ありがとう!」

 

 委員会。

 ……あの、電話の相手。俺の協力者を名乗っていた誰か。暖かい気持ちになった、誰か。

 けれど同時に、千式の言葉から漏れた──学期末というワード。

 俺か、譲司か、そして電話の相手か。学期末に死を結びつけることが出来るのは、その三人しかいない。

 

 本当に味方、なのか。

 

「アヤト。僕達は、世界滅亡を目論んでいる」

「……敵か」

「それは早合点だねー。あれ、使い方あってる? まぁいっか! ええとね、アヤト。君が沢山の人に好かれたら、世界が滅亡する。その世界滅亡は、けれど起きた後に世界を救い得るのなら──君を取り巻く環境は全てが解決する。違うかな?」

「……」

 

 そんなこと、考えた事も無かった──わけじゃない。

 勿論、考えた。

 だけど。

 

「リスクがでかすぎる」

「そうかな?」

「何人死ぬと思ってやがる。お前達は世界滅亡を軽く考えすぎなんだよ。それで、誰かが死んだ時……俺はその後悔を受け止め切れない」

「でも、それを本気で考えて、本気で解決しようとしてる子がいるんだ」

 

 世界滅亡エンドが一度起きてしまえば、好意ゲージも消えるのではないか。

 それは勿論俺だって考えた。一番対処しやすいエンドを起こして、解決して、そうすれば解放されるのではないか、と。

 けれど、絶対にそうなるという保障はどこにもないし、解決できるのかすらわからない。ゲームではそれが終わりだったのだ。世界の終わり。シナリオの終わり。

 もしかしたら──世界滅亡エンドが起こった時点で、その先の未来なんかなくなってしまうのかもしれない。

 

 だから、起こさない。

 少なくともゲーム本編の終了する高校卒業までを耐えきる。

 それが最適解。

 

「ソイツに言っといてくれ。余計な事はするな、って。俺は……俺のやり方でやる」

「うーん、それは了承しかねるかな。だってボク、というかボクらは、君に感謝してる。君に生きて欲しいし、君の幸せを願ってる。浅海ちゃん、だっけ? あの子と添い遂げる事を真に願ってる。まぁボクが君を奪うつもりではあるんだけどね!」

「それこそ了承しかねる。アンタらの願いなんか知らないし、アンタらの都合なんかどうでもいい。なんでアンタらに俺の人生を曲げられなきゃならないんだ」

「君に曲げられたからだよ。ボクらの人生は」

 

 頭痛。

 ああ、何かを忘れている。泣きたくなる何かを。憤りたくなる何かを。

 それを思い出せない内にコイツと会話するのは危険だ。丸め込まれる。

 

「……とっとと帰してくれ。やらなきゃいけない事が沢山ある」

「ちなみに妹ちゃんはボクらの手にあるよ」

「──」

 

 起き上がって、飛び退く。

 体は自由に動く。痛みはない。

 

「安心して、安全なところにいるから」

「会わせろ」

「それは出来ないかな」

 

 踏み込む。主人公の肉体は素早く、鋭く、そして的確にドーン……夜明の胸倉を掴み──。

 

「!?」

「あはは、女の子の胸を揉もうとするなんて、アヤトはやっぱり強引だなぁ」

「消えッ!?」

「こっちこっち」

 

 消えた。そしてその声は背後から。

 急いで振り向くも、夜明の姿はなく。チャキ、と。つい先ほども利いた、無機質な金属の音が後頭部に響く。

 

「ま、落ち着いてよ」

「……銃突きつけて置いて言うセリフじゃねえな」

「何も悪意あって会わせないわけじゃないよ。妹ちゃんは今君を好いてるからさ。君に会わせるのは得策じゃない。暴走しちゃうからね」

「じゃあ、言い方ってものがあるだろ」

「ボクも地球文化におけるインベーダーについて勉強したんだよ。どう? 似合ってた?」

「勉強し直せアホ」

 

 落ち着く。

 焦ったって仕方ない。宇宙人、なのだろう。主人公の肉体がどれほど優れていても、宇宙人には敵わない、っぽい。恐らくはインベーダー襲来エンドとやらの下手人、あるいはトリガー。そうである以上、主人公がどうにもできなかった天災クラスのそれである可能性が高い。

 落ち着け。

 隙はあるはずだ。

 

「あれ、なんでこんなに敵意剝き出しなんだろ」

「理解はした。だから、聞きたい。導の状態はどうなんだ。落ち着いているのか?」

「あ、それはうん。というか、今はちょっと自己嫌悪気味かも。ボクらには好き好きちゅっちゅラブちゅっちゅちゅ状態であるかどうかがわかんないから何とも言えないけど、少なくとも自身の行動を省みることが出来るくらいには落ち着いてるよ」

「……なんだその頭の痛い状態は」

 

 いや多分ハート状態のことなんだろうけど。

 ……好感度メーターと言った辺りでも思ったけど、委員会とやらにいるのは元プレイヤー、ってわけではないっぽいな。あるいは俺の様に転生を、とも思ったのだが、違うらしい。

 現地人で、好意ゲージやハート状態、そしてシステムの事にまで詳細に気付いた、なんて。

 そんなの、天才を通り越して傑物だ。

 

「ソイツに」

「ん?」

「その……けったいな状態を名付けた奴に、会う事は出来ないのか」

「あー、どうだろ。会えるかどうかはボクにはなんとも。それよりさ、状況説明の続きしていい? 割と時間無いんだよね」

「まだ何かあるのか」

「あるよー。大事な事が一つ、ね」

 

 後頭部に金属塊を当てられたまま、夜明は言う。

 

「君さ、ハーレムを作ってみる気、ない?」

 

 そんなことを。

 

 

 

 

 

 

 

「空き巣に入られた……いや、千式か」

「……あの」

「クソ、めちゃくちゃにしていきやがって……」

「その、あの」

「片付けるか……」

「あの、兄さん!!」

 

 あのけったいな宇宙船から俺達は帰還した。マイクロチップを埋め込まれたりはしてない。改造手術もされてない。

 ただ、色々と。

 面倒なことを吹き込まれての、帰還。

 

 久々に感じない我が家は、それはもう荒らされていた。空き巣。しかし金品の類には手を付けられていなくて、主に俺の部屋がめちゃくちゃになっただけ。

 千式真那比が物色したのだろうことは容易に窺える。特にみられて困るものはないが、盗聴器の類が仕掛けられていないかだけ後で確認しておこう。

 

「あの、あの!」

「んだよ、うるせぇな。何付いてきてんだ。ここ俺の部屋だぞ」

「いえ、その……ご、ごめんなさい、と」

「は? だから、謝るくらいなら出てけって。邪魔なんだよお前」

「ずっと──気付けなくて。ごめんなさい。兄さんが……世界と戦っていた、なんて」

「……」

 

 次会ったらアイツら殴ろう。

 

「前、言ったよな。お前の中二病に付き合う気はない、って」

「全部! 全部、知りました。兄さんがどうしてあんなことをしていたのか、とか。兄さんがどうして私に冷たいのか、とか。だから……」

「なんだ、そんなに家族やめたいのかお前」

「え、あ」

 

 目を細める。

 導のステータス。ハート状態こそ解除されているものの、好意ゲージは高いまま。落ち着いた、という事ではあるのだろうが、余計な知識を仕入れて好意が下がらなくなっているらしい。

 本当に余計な事をしてくれた。

 電話の先の彼女こそ味方かもしれないが、あの宇宙人とクソネーミングセンスの奴は敵じゃないかと思う。

 

「お前が何を聞いたのかはわかってる。その上で言うが、俺はお前といるのが苦痛なんだよ。聞いたんだろ? 知ったんだろ? じゃあわかるだろ。お前は、俺にとって爆弾だ。厄ネタなんだよ。お前が俺についてそうやってわかってるとでもいうような、想っているとでもいうような態度を取る事が、何よりも苦痛で、何よりも不快だ。お前だから厳しくしてるとか、お前だから冷たくしてるとか、そんな特別視はしてねぇんだよ。等しく、俺にそういう感情を向けてくる奴は俺の敵だ。それをやめないってんなら、俺は出て行く。関わり合いになりたくない」

「う……」

「……もういい。どうせ部屋もこの有様だ。じゃあな、導」

 

 リュックを持って、適当なものを詰め込んで。

 引き留める事が出来ないでいる導を避けて。

 

 目を離すのは怖い。俺がいない内に俺への想いを募らせて、なんて事があるかもしれない。

 けど、それは共にいたって同じだし、何より語らえば語らう程、俺を確かめれば確かめる程、その好意は上がって行ってしまう事が窺える。

 なるほど、委員会とやらに預かっていてもらうのはアリだったかもしれない。

 無理だ。もう。

 真実を知ってしまった導が、俺を嫌うのは……無理だ。可哀相に、あるいは委員会の奴らのように好意ゲージを失っていればその状態でも耐えられたのだろうが、未だ好意ゲージを持つ彼女と俺は一緒に居られない。

 

 ごめんね。

 

 でも、彼女はしっかり者だから。

 一人でも大丈夫。俺を嫌えないから、死亡イベントも起こらないだろうし。

 

「に、兄さん」

「……」

「ごめんなさい。貴方の言う通り……私は私を抑えられそうにない、から」

 

 振り返らない。

 階段を下る。階上から言葉を発す導を、決して。

 視界に収める事をしない。

 

「待ってます。兄さんが──世界を救ってくるまで」

「……中二病だろ、普通に」

 

 何を期待してんだ、ホントに。

 俺は世界滅亡を起こす気なんか、さらさらないってのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

「とうとう明日で学期末だ、イケメン君」

「……そうだな」

「が、素晴らしい事に、この学校にも、この街にも、お前を嫌ってる奴は一人もいない。むしろハート状態一歩手前くらいの奴がいるくらい、お前は好かれ始めてるぜ」

「素晴らしくなんかないが」

「もし、このままいけば……学期末の清算で、死亡イベントが引き起こされる事は無い。可能性としてゼロだ。どれほど思い返しても、どれほど想い馳せても、好意ゲージがゼロになる奴はいない」

「そうか」

 

 ……良かった、のだろう。それは。

 死亡イベント。各家庭で起こされたらどうしようもなかったそれは、出所の分からない俺の"良い噂"とやらによって回避された、らしい。

 誰かが吹聴しているらしいのだ。俺が如何に英雄か、如何にヒーローかを。

 人々の窮地に現れ、人命を救う少年の噂を。

 

「──だがよ、イケメン君」

「世界滅亡エンドは違う、だろ」

「けけけ、わかってんじゃねえか。そうさ。今日、何もせずに、学期末を迎えたら……九割九分九厘、世界滅亡が起きる。好意が高すぎたな。上げ過ぎ、って奴だ。今にもハート状態になりそうなやつがわんさかいるんだ、どうしようもない」

「……どうしたらいいと思う?」

「けけ、俺にそれを聞くかよ」

 

 譲司は笑う。

 凄惨に笑う。

 心から──馬鹿にするように。

 

「せめて、人助けなんかしてこなければ。せめて、誰からも好かれるような事をしなければ。世界は救えたかもしれない。滅亡は免れたかもしれない」

「……」

「お前が悪いんだぜ、イケメン君。お前は世界が滅びる仕組みを知っていた。お前は世界が亡びる条件を知っていた」

 

 手を広げ、無駄に抑揚を付けて。

 

「だってのにお前は」

 

 地鳴り。

 

「自分のために、自分のエゴのためだけに、善行を重ねてきた」

 

 だから世界は滅亡するんだ。

 お前が助けた命の分、お前が救ったすべての分を、世界が支払うんだ。

 

 全部お前のせいだよ、藤堂彩人。

 

「……そう、だな」

「オイオイ、認めちゃうかぁー! ま、そうだよな。お前があの子を諦めたら良かった話だ。お前が自死を受け入れたら良かった話だ。お前さえいなければ、この世界は平和だったんだ」

「返す言葉もない」

「じゃあ教えてやる。前に一年後と言った小惑星。アレ、もう来てるぜ。もうすぐぶつかる。けひひ、天文台とかは気付いてんじゃねえかな。世界の終わりに」

「まだハート状態が複数人にはなってないのにか」

「ま、学期末の不可避をどうにか出来れば、ギリギリを掠めて去っていくだろうなぁ。それが出来りゃ、の話だが」

 

 それ、被害はどうなるんだろう。

 ギリギリを掠めた所で世界が滅亡するような天体の余波。到底無事に済むとは思えないのだが。

 

「……一つ、聞きたい」

「ああ、いいぜ。相談役だからな」

「世界滅亡が起きた後に、ハート状態を解除したら、どうなる?」

「どうなると思う?」

 

 待ってましたとばかりに。

 ニヤついて、下卑た笑みで、問い返してくる。

 

「滅亡は、回避される」

「ワケねぇよなぁ?」

「……やっぱり、そうなのか」

 

 ほら。

 じゃあ、どうしようもない。

 

「確かに? 例えばゾンビパニックで、すべてのゾンビを駆逐しきったら、滅亡は回避できるかもしれねぇ。だがハート状態を解除した程度じゃゾンビは消えねえよ。わかるだろ?」

「成程、じゃあ小惑星を消し飛ばしたらどうにかなるわけだ」

「けけけ、出来んのかよ」

「出来るならとっくにやってる」

 

 世界滅亡の解決は可能。だが、ハート状態が複数人になった時点で解除は不可。

 

「世界滅亡エンドが起きた後、好意ゲージはどうなる?」

「どうなると思う?」

「おい、相談役」

「お前にとって、ここはそんなに都合の良い世界か、って聞いてるんだぜ、イケメン君」

「……」

 

 ああ。

 そうなのか。ああ、そうか。

 先に聞いておけばよかった。もっと先にこれを聞いて、無理だ、って。彼女らに伝えてやればよかった。

 

「だからこう言ってやる。()()()()()()

「……それは」

「けひひひひっ! 希望のある言葉だろ? 世界滅亡エンドが訪れた時点で、好意ゲージは消えるのかもしれないし、消えないのかもしれない。ただ絶対に消えない、という確定はしないでおいてやる。泣いて喜べよ、コレが掴むべき未来の切符だぜ?」

「見え透いた罠だな。やっぱり世界滅亡を起こすのはやめよう。どうにか今日、みんなに嫌われて、どうにか、死亡イベントを回避する方向で固めて……」

 

 ダメだ、そんなあやふやなの。

 委員会の奴らもどうにか抑制して、クラスの奴らも、街中の人々にも、どうにかして俺を嫌わせないといけない。

 

「けひひ、流石腰抜け野郎。リスクは取らねえか」

「うるせぇよ豚野郎。あと解放リボンよくもやってくれたな」

「ああ、気まずかっただろ?」

「最高にな」

 

 胸ポケットに未だに入っている赤いリボン。

 本来は一度使ったら無くなるものだけど、それが帰ってきた。

 ……何か、意味があるのだろうか。

 

「とにかく、今まで以上に最低な行動を取らなきゃいけない。とりあえず殴られてくれないか、譲司」

「ああ、ダメダメ。俺ぁ噂を流す時以外こいつらに認識されてねぇのさ。知らなかったのか?」

「知らなかったよ、クソ野郎」

「あと、もう人を殴る程度じゃ嫌われないぜ。嫌う奴もいるだろうが、いる、止まりだ。全員にはならねえ。良い言葉教えてやろうか、イケメン君。手遅れ、ってんだ。この状況は」

「……うるせえ」

 

 知ってる。

 そんなこと、知ってる。

 どうやったら一日で街中の人全員に嫌われる事が出来るというのか。噂の広まりやすい街であるとはいえ、流石に一日じゃ無理だ。そして全員に伝わる事もまた。

 

 どうすればいいかなんてわからない。

 どうしようもない事だけは、俺が一番良く分かってる。

 

「小惑星なんてものを消せる奴には、心当たりがある」

「"異世界"か」

「ああ。彼女か、彼女を追う魔王軍であれば、可能だろ?」

「だがまだ居ないぜ。この世界のどこにも、まだ」

「……そうか」

 

 淡い期待は無残に砕かれた。

 

「クソ。小惑星の衝突エンドなんか、本編には無かっただろ」

「だから、前も言っただろ。先に例外を行ったのはお前なんだよ、藤堂彩人。死の定めにある命を勝手に救って、生かした。死の運命だけが溜まりに溜まってる。その代償を世界が支払うだけだ。お前が文句を言う筋合いはねぇのさ」

「……俺が、他人の人生を曲げたから、か」

「そうさ。お前が曲げたから、お前の人生も、そして世界の命運も曲がっちまった。けけ、世界の敵だよな、お前」

 

 晴巻夜明にも言われた。

 俺の命を狙う集団がある、と。そいつらは、世界を救うために。動いている。

 俺さえいえなければ。藤堂彩人さえ、死んでしまえば。

 少なくとも俺の行動による好意ゲージの上昇は起きなくなる。だから確かに、世界滅亡は遠ざけられる。

 ただし、俺の死後、俺への思いを募らせる奴が二人以上出来れば世界は滅亡するだろうし、死亡イベントもまた同じ。

 

 だからやっぱり、俺がなんとかするしかない。

 

 誰からも嫌われる方法。

 わかりやすく、勘繰られず、誰が見ても好意を下げるような行動。

 

「……なぁ」

「ぐひひっ。……そりゃ本末転倒じゃねぇの?」

「俺が──()()()()()()()

「嫌うだろうよ。殺人犯だ。犯罪者だ。社会のゴミだ。否、生物としての致命的エラーだ。少なくとも言語を持ち、文明を持ち、社会的行動をする人間生物の異常行動だ」

「……ふぅ」

 

 無い。

 それだけは、しない。

 誰も死なせないためにずっとやってきたんだ。俺が、なんて。

 あり得ない。

 

「ま、世界滅亡が起こるのは明日以降だ。明日の夜以降。それまでに、最後の晩餐でも楽しめよ? 俺もそうするからよ」

「お前も、死ぬのか? 世界が滅亡したら」

「ハ、当たり前だろ。世界が滅亡するんだ。なんで俺様が生きてんだよ」

「……思う所とか、無いのか。お前をこの世界に配置した誰かに」

「けけけ! おいおい同情か? 俺に? このハルム様に!? ひひ、ひひひっ!」

 

 譲司は笑う。

 でも、先ほどまでの下卑たそれや、凄惨なそれでもない。

 楽しそうに笑うのだ。

 

「馬鹿野郎。お前、大切なものを履き違えるなよ。全部救うなんて土台無理さ。この世界にはいなかったが、お前の世界には過去幾人もの英雄がいたんだろ。そいつらが全身全霊を賭して、けれど出来なかった事なんだよ。あらゆるものを救う、なんてのは。それがなんで、お前に出来る。お前に救えるのはちっぽけな範囲で、一握りの人数だけだ。余計な事考えんじゃねえよ馬鹿野郎。お前のせいでお前の世界は滅ぶんだぞ。ならせめて、お前の大事な奴くらいは守れよ。後ろにいるだろうが、お前の愛してやまない奴が」

「……小惑星の衝突に、どうしようもないだろ」

「じゃあどうしようもねぇよ。お前が諦めてんなら俺様にはどうしようもない。クソ野郎。精々目移りを繰り返すうちに死ね。"大切を一人に決められないハーレム野郎"。最低だよ、お前は」

 

 その、楽しそうな表情を一息で潜めて、今度は拗ねたように。

 本当に人間らしくなった。本当に、まるで、一人の人間みたいに。

 

「じゃあな。もうチャイムが鳴る前に話す事もないだろ。巨石の落下を前に、自分を滅して奔走しろよ、イケメン君」

 

 言って、いつものように、自分の席へ戻っていく譲司。

 怒っている、のだろう。アイツは味方ではないはずだけど、でも、敵でもなかったんだと思う。

 協力者──共犯者か。

 何か思う所があったのだろう。

 

「……とりあえず、椅子投げてガラスでも割るか? いや、黒板を叩き割るのも手……」

 

 最後のあがきをしよう。

 どうにかして、嫌われるような。

 好意ゲージを下げるような。

 

 どうにか、して。

 

「ねぇ、藤堂」

 

 その声は。 

 背後から──心臓を刺すように、鋭く。

 

 響いた。

 




たとえシステムからはずれても、ハーレムはゆるさない


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ここが分岐点。運命と未来の分水界。

こちらからでは見えない世界がある


「な──……ん、だよ」

 

 振り返らずに。

 その目を見てしまえば、合わせてしまえば、何かが起こるという確信があった。

 

「あの日の事、覚えてる?」

「……さぁな。何の事なのかさっぱりだ。つか、話しかけてくんな。耳障りなんだよ」

「あの日。貴方が杉原君を殴った、あの日の事。もう人を殴らないで、って。私と約束した、あの日の事を覚えているかと、そう聞いているの」

 

 振り返らない俺に、彼女は、けれど矢継ぎ早にそう問いかける。

 中学二年生の頃の話だ。別に、特に面白い話じゃない。

 ただ、その時。杉原光一という、所謂"気の良い奴"がいて。

 男子で、唯一ハート状態になりかけた彼を──それを止める手立てを思いつかずにぶん殴った、というだけの話。

 ただ、場所と状況が最悪で。

 彼女や他の女子、クラスメイトの数人が見ている廃工場であった事が、どうしようもなくて。

 断れば良かったんだ。あの頃は、あの時は、色々な事を甘く見ていた。どうにかなると思ってた。肝試し、なんて。やらなければよかった。ゲーム本編にもない子供のイベントになんて。

 杉原の頼みなんか聞かなければよかった。ちゃんと断れていたら……あんなことには。

 

「砂埃と、色々な物が倒壊する音。轟音。破裂音。耳をつんざくような音の群れに、私達はみんな耳をふさいで、蹲ってた」

「うるせぇな、さっきから」

「でも──そんな、砂埃の中で。誰かの人影が見えたのよ。他の子は誰も気付いてなかったし、杉原君も意識を失っていたからわからなかっただろうけれど……誰かが居て」

「ぶつぶつぶつぶつうるせぇって、」

「その後──奇跡が起きた。どうしてか、私達の周りにだけ瓦礫が落ちて来なくて。怪我をしたのは、貴方だけで」

 

 よく、見ている。

 あの轟音と、あの砂埃の最中だ。自身の命すら危ういだろう状況で、周りを観察できる判断力。

 流石。いつもかっこいいな、由岐は。

 

「……知ってる? 病院に運ばれた杉原君が、目を覚まして、一番に、最初に何を言ったのか」

「知るか。それに、さっきから杉原杉原と……名前だけは覚えてるが、顔も忘れたよ、そんな野郎」

「"彩人に怪我はないのか?"って。"アイツが守ってくれたんだ"って」

「──……?」

 

 え?

 ……いや、それはあり得ない。彼女自身が先ほど述べたように、主人公の肉体から繰り出されたパンチで杉原の意識は刈り取られていたはずだ。初めて人を殴ったあの日。どうしようもなくなって、どうしたらいいかわからなくなって手が出てしまったあの日。

 だから加減なんかわからなくて、腰の入ったパンチをしてしまって。

 脳の揺れた杉原は崩れ落ちて、呼びかけにも反応できなかった程なんだ。それがどうして、俺の動きを察知出来よう。

 

 夢だ。そんなものは。

 

「今、この街に流れてる噂。知らない事は無いんでしょ? 貴方が、みんなの命を救って、守っているヒーローだ、って噂」

「……知らねえな。なんだ、その気色の悪い噂は」

「それで、確信した。やっぱりあの時の人影は貴方で、降り注ぐ瓦礫を全部、自分が怪我をしてまで払ってくれていたのは貴方で」

 

 好意ゲージの上がる音がする。

 振り向かない。振り向けない。振り向けば、全てが終わるような気がする。

 

「ね、──()()。貴方、本当は」

 

 ああ、でも。

 これが最後、なのかもしれない。

 対面で──彼女の笑顔を見ることが出来る機会、なんて。

 

 視界の隅で、見たくもないデブのにやけ顔が踊る。

 これを最後にするくらいなら、振り返って。

 

 

「うるせぇよ、ブス」

 

 

 振り返って。

 手の甲で、彼女の頬を叩いた。

 

 

「っ……?」

 

 譲司と違って、彼女の声は周囲に聞こえている。

 彼女の話を聞いてか、クラス中の好意ゲージが上昇しているのは音でわかっていた。

 ああ、成長なんか出来ていない。どうしようもない。

 

 だから、こうするしかなかったんだ。

 

 上昇音が止まる。

 

「もう隠す意味も無さそうだしな、言ってやるよ。あの時あの工場を倒壊させたのは、俺なんだよ。杉原が怪我をすれば万々歳ってな。が、アイツはクソみてぇな事を言ってきやがったから、カっとなって殴っちまった。流石にヒトゴロシは足が付く。あの場にいる奴らに口封じ、なんてのはダルかったからな。だから守ってやったんだ。そうすればアイツの人気は俺が奪える。そう思った」

 

 静かな教室に、朗々と、俺の犯罪自慢が響く。

 好意ゲージの上昇は止まっている。どころか、下がり始めている奴もいる。

 

「だが、お前らは自分の事ばっかで周りを見てなかったからな。助かったと分かれば、俺だけが怪我をしたとわかれば、やれ日頃の行いだの、やれ天罰だのと罵詈雑言のオンパレード。そっからだよ。俺がお前含めて、中学の奴らともつるまなくなったのは。俺の思い通りにならねぇ恩知らず達となんか付き合ってられねえだろ」

「……」

「あァ、噂だったか? 知ってる知ってる。そりゃ知ってるよ。だって流してんの俺だからな」

 

 結局、藤堂彩人良い人説の噂の出所は分からず終いだった。幾人かの少女だという人もいれば、黒服のグループだという人もいる。近所のおばさんから聞いた、妹から聞いた、友達から聞いた。それぞれが伝聞でそれぞれが又聞きで、参考になった話は一つもない。

 

 なら、利用してやる。

 

「最近流石に嫌われすぎてて面倒になってきててさ。へへ、チョロイもんだぜ。その辺の女に"ちょっとごめんね、お願いがあるんだ"とかなんとか甘いフェイスで囁いてやれば、イチコロ。今や街中が藤堂彩人を英雄扱いだ。つい最近まで酷評してたってんのに、単純な生き物過ぎて呆れる。こちらとしては大助かりだけどな」

 

 どうだ。良い噂で好意ゲージが高まったのなら、出所が俺であると判明した事で、それは反転するんじゃないのか。

 これは起死回生の一手になるんじゃ──。

 

「オイオイ、嘘は良くないぜ、イケメン君」

「は──」

「なぁ、みんな! ()()()()()()! ()()()()()()()()()()()()()()()()()! けひひ、ま、噂なんてとんでもねぇ、ちゃぁんと写真付きさ。新聞部の俺様はそういうとこ抜かりねぇんだ」

 

 そう、手を広げて、椅子の上に立って。

 奴が叫ぶように言う。

 

 その声を無視する者は、誰一人としていない。

 認識されてない? どこがだ。そうだよ、そもそも認識されないなんて、そんなファンタジーあり得るわけがない。クラス名簿にも名前があるんだぞ。どうやって認識されないんだ。

 

「……そうね。()()()の言う通り。貴方はそういうものに興味無いのでしょうけど、私達は彼の出している校内新聞を読んでいるのよ」

「へへ、今更悪ぶったって無理だぜ、藤堂! お前すげーんだよな、知ってる! 色んな子を救ってきて、色んな命を助けてきて、この前だって、俺達を守ってくれて!」

「嫌な奴なのは間違いない、とか思ってたけど、それも演技なんだろ? ホントはめちゃくちゃいい奴なんだろ? この前なんか、銃持った凶悪犯から妹を守ったらしいじゃないか! すげーよな!」

「それに加えて、水族館での一件な。オレには真似出来ると思えねえよ。流石は藤堂」

「私もあんなことされてみたい。藤堂君なら顔かっこいいし……」

「あんな風に笑えるんだねー藤堂君って」

「体育館事故の時も三木島助けてたしな!」

「ああ、あれ直撃したら死んでたんだろ? それを誰よりも早く察知して、誰よりも早く動いて……マジですげーよ藤堂は」

 

 なんだ。

 なんだ、これ。

 気持ち悪い。褒めるにしたって、もう少し濃淡があるだろ。なんでこんな、ペラペラのテキストみたいに、褒め言葉を上げ連ねられる。

 なんでこんな言葉で──下がりかけていた好意ゲージの全体が、上がり始めている。

 

 アイツは、味方ではなく──けれど敵じゃなかったんじゃ、ないのか。

 

「入学してすぐ、お前はこぉーんな事を思ってたよなぁ? "捏造した情報や脚色した情報を流布しまくるイベントメイカー"……けけけ、ご紹介頂きまして恐悦至極。ってかぁ!?」

「ッ!」

「敢えて今もう一回言うぜ。……大切なものを履き違えるなよ、イケメン君。誰が味方で誰が敵か、だって? 決まってんだろ、そんな事」

 

 世界ぜぇんぶ、お前の敵だよ、イケメン君。

 

「異物はお前だ。例外はお前だ。いつまでも続く平和であったこの世界をかき乱し、世に争乱と動乱を産み落とし、星を渡った先にまで戦乱の種を広げ、隔て異なる世界にまで混乱の手を伸ばす。お前がお前で無かったら起こらなかった──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、藤堂彩人の人生を曲げたんだよ、お前は」

「……これは、聞こえてんのか」

「いや? ゲームに忠実さ。俺とお前の会話は周囲に聞こえない。が、俺が誰からも認識されねぇはずねぇだろ、普通に考えてよ。"捏造した情報や脚色した情報を流布しまくるイベントメイカー"様が、誰からも認識されなくてどうするよ」

 

 ああ、その通りだ。

 ああ、そして、そうなのか。

 

 この世界は。

 この藤堂彩人は。

 

 ……浅海由岐の、個別ルートを辿る運命にあったのか。

 

「彩人」

「……なんだ」

「もう、いいから。貴方が何を悩んで、そんなことをしてるのか知らないけど。そろそろ、仲直りしましょう。あの時。凄く凄く昔の、遠い遠い昔の、あの日。私が笑いかけたら、貴方も笑ってくれたあの日。あそこまで戻りましょう」

「は」

 

 気付かれていたのか。

 俺がいつから変わったのか、を。

 よくそんなことを覚えている。良くそんな事に気が回る。"幼馴染"+"真面目"属性……。なるほど、これらは多くの属性を包含する二つ。特に"幼馴染"が広い。彼女は、浅海由岐は、様々な要素を持って、だからこんなにも気が利いて、気が回って、だから。

 

「──ちゃんと。私達を、ちゃんと見ていたあの頃に。戻ってほしいの。今のその、ラベルを眺めるような目をやめてほしいの」

 

 彼女の好意ゲージは──三のまま。

 ミリ単位ではあがっているけれど、ハート状態には行かない。クラスの奴らは一歩手前がゴロゴロいるのに、彼女だけは三のまま。

 停滞している。固定されている。

 

「なぁ、浅海」

「久しぶりに名前を呼んだわね。何?」

「お前さ。もしかして──」

 

 しかし、言い切れない。

 その続きを言う事は出来なかった。

 

 パリン、パリン、パリンパリンパリン、と。軽い音だ。けれど、高い音だ。

 続け様に響くその音は──当然、ガラスの音。

 ガラスの割れる音。

 

「きゃっ!?」

「なんだ!?」

 

 教室中の窓が割れている。いや、音を聞くに、他の教室も、他の校舎も。

 そうして割れて、ようやく気付く。

 

 轟音だ。暴風が外を吹き荒れている。空は快晴も良い所なのに、風だけが激しい。

 

「っ、大変。早く手当しないと!」

「これ、は」

 

 窓際に座っていたクラスメイトの幾人かが怪我を負ってしまったらしい。腕や額に赤が見える。

 けど、これは。

 死亡イベントなんかじゃない。

 

「さ、始まったぜ。()()()()()()

 

 小さな声なのに嫌に響くその言葉。

 割れた窓から大きく身を乗り出して──宙を見る。

 

 青だ。

 そして、黒だ。

 見えるわけがない。肉眼で視認する事なんて出来るはずがない。まだ、そんな距離には無いはず、なのに。

 

 それははっきりと視認できた。

 聞いていた大きさじゃない。それは、星を、砕く規模の。

 

「彩人、手伝って!」

 

 どうするべきだろうか。

 どうしたらいいんだろうか。

 前兆。そう言った。だからまだ、世界滅亡エンドが起きているわけじゃない。

 ただ、起きた瞬間に着弾するんだろう。何が明日の夜に起こる、だ。それは学期末で世界滅亡エンドが起きた場合の話だろう。

 

 今。もし。

 誰かと誰かが、ハート状態になったら。

 アレが。

 

「彩人!」

「……」

 

 怪我人の手当て?

 冗談だろ。そんな事よりアレへの手立てを考えなければ。

 今から晴巻夜明に連絡して、宇宙技術でなんとかしてもらうか? 連絡手段など持っていないが、委員会の番号にかければいいだろう。そうだ、それしかない。"転移者"のあの子がいないのだから、あと頼れるのは宇宙人くらいだろう。何か、持ってるんじゃないのか。インベーダーなんて名乗るくらいだ。俺の知らない何かを。

 

「ちょっと!」

「ッ」

 

 パシン、と、背中を叩かれた。

 

「何呆けてるの? 貴方は力持ちなんだから、みんなを保健室に運ぶの手伝って」

「なぁ、譲司」

 

 彼女をガン無視して、言う。

 問う。

 

「もし、俺が、ここで」

「……けひ」

()()()()()()。──みんなは俺を嫌ってくれるかな」

 

 どう思う? 譲司。

 

「俺が言える事があるとしたら……それは、馬鹿な選択だと思うぜ、イケメン君」

 

 ああ。ありがとう。そう言ってくれて。

 やっぱりお前は友達だ。あるんだろう、俺が恐れて、踏み込まなかった事情が。

 あるんだろう。お前にもどうしようも出来なかった何かが。

 

「由岐」

「な──何? 変な顔してないで、早く運ぶの手伝って、」

「ごめんな」

 

 踏み込んで。

 彼女を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……全く、あの時はちょっと怖かったんだから」

「ごめんって。もう、何回謝らせる気?」

「謝って済む問題だと思ってるの? ……まぁ、誰も死ななかったから、良かったけど」

 

 公園のベンチは、春の日差しが暖かい。

 あの後、世界はちょっと変わった。"異世界"と呼ばれるところが遊びに来たのだ。

 侵攻や侵略ではなく、遊びに。リベルタ・モーディがこちらに門を開いたことで、あちらの世界の人々も安全にこの世界に渡れるようになった。

 異世界の技術により諸問題は解決。地球には防護結界が張られ、宙からの脅威にも目を向けなくて良くなった。無論宇宙からの来訪者には然るべき手続きの後訪問が許され、だからハルムの星々もたまに遊びに来ている。

 

「彩人はさ。怖くなかったの? ずっと独りで戦ってきたんでしょ?」

「怖かったよ。ちゃんとね。でも、ほら。ずっと由岐が見ててくれたし。由岐が僕を嫌ってないって、ずっとずっと、わかってたし」

「それは……だって、嫌えないでしょ。私の……初恋、なんだし」

「んー、聞き逃す事も出来るけど、ばっちり聞いちゃった」

「聞き逃してたら叩いてた」

「おーこわ」

 

 あの件の後、譲司はふらっと姿を消した。なんでも世界を旅してくる、のだそうで。

 異国の地で余計な噂を流していないか心配で仕方がない。日本にいるトウドウアヤト伝説、とか出来てたりしないよな。

 また、委員会も解散した。続ける理由がなくなったからな。"折角色々準備してたのに! でもまぁ、使わなくて良かったよー"とは唯葉の言だ。藍那は何か言いたい事がありそうだったけど、身を引いてくれた。本当に、ありがとうと思っている。

 

「今、別の女の事考えたでしょ」

「うぇ、由岐ってそういう束縛タイプだっけ?」

「考えるな、とは言わないけど。せめてデートの時くらい、私を見る努力が出来ないわけ?」

「仕方ないじゃん。僕にとっては、この三年間は激動のソレだったんだよ。色々な女の子に酷い事しちゃったし、男子も同じ。大翔とか光一には謝っても謝り切れないよ」

「別に、夕闇君も杉原君も気にしてないと思うけどね」

「だといいんだけど、まぁこっちの問題」

 

 好意ゲージは消滅した。

 世界滅亡エンドが起きたあの瞬間に消えなかったのは、ある意味で救いだったんだと思う。それが僕らの運命を分けた。

 アレだよね。ネバーギブアップって奴。バケモンにはバケモンぶつけんだよ! って奴。

 

「今、幸せ?」

「勿論。ホントはずっと、こうしたかった。由岐が笑いかけてくれた時、僕は君を好きになったんだ。さっき初恋、って言ったけどさ。こっちも同じだよ。なんなら小声じゃなくて、声を大にして言う。僕は君が初恋で、今まで生きてきてそれは変わってない。ずっとずっと好きなんだ。愛してるレベル」

「……私もよ」

「じゃ、ちゅーしようよ今」

「い、今?」

 

 あの時。

 彼女を殺さなくて、殴らなくて、本当に良かった。

 馬鹿な考えだったと猛省してる。多分、たとえもし、本当に、あそこで彼女を殺してしまっても……間に合いはしなかっただろう。ただ彼女を殺して、その事に絶望して──世界も滅亡していた。

 そんな最悪を引いてしまっていたはずだ。

 

「今。出来ない?」

「そういう……ちょっと強引になった所は、成長かもね。昔は私の方が強かったのに」

「なんならちゅーの後、お姫様抱っこもしてあげるけど」

「要らない。ほら、早くしてよ」

「はいはい、お姫様」

 

 でも、大丈夫。だから。

 もう大丈夫だ。まだ、間に合うよ。

 

  これ以上彼女と僕を引き裂く物事は訪れない。これ以上はもう。ちゃんと考えるんだ。ちゃんとこの、幸せな未来を引き当てるんだ。

  このまま、僕は彼女と幸せな未来を歩んでいく。こうやってたまにキスをして、手を繋いでまだ手はあるよ。この解放リボンは、決して、偽りの未来を見せる道具じゃないって。

 

 もう、世界滅亡は訪れない。君が証明するんだ。

 

「……あの時も思ったけど、彩人ってキスの時目を瞑らないのね」

「え、だってキス顔見たいじゃん」

「変態。……でも、私も見たいから、今回だけは彩人が目を瞑ってよ」

「えー」

 

 それがたとえ、幸せな夢だとしても。最適解を引き当てるのは、得意だろ?

 それがたとえ、一時の幻だとしても。僕はあのお嬢様苦手だけどね。

 

 僕はようやく、彼女を好きだって。それじゃ、僕は目を閉じるから。

 そう言えるんだ。このキスの感触は、自分自身で掴んでね。

 

「ん……」

「──」

 

 

 

 

 

 

「No.1-浅海由岐──エンド『彼女との、ありふれた幸せな日常へ』「No.X-浅海由岐──エンド『彼女との、いつか夢見たその先へ』

 




No.1とNo.X


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幸せな夢を、一時の幻を、切り拓いて行け。

前話のラストはどちらが本当、とかは無いです。ナンバリングが違うので。


 その細い首にかけようとした手を。

 自らの胸ポケットで輝く赤が、引き留める。

 

 ああ、それは幸せな夢だったのだろう。

 ああ、それは一時の幻だったのだろう。

 

 けれど授けられたそれが。託されたチャンスが。

 やっとの思いで、それを拭い去る。

 

「な──何よ」

「由岐」

「だから、何、って、──!?」

 

 それは多分、本当は、許されない事なんだろう。

 過去の俺も、未来の僕も、これを許す事は無いだろう。

 そんなことのためだけに、なんて。

 

「えっ」

「うわ、すご」

「やっぱりあの二人……!」

 

 教室中が騒がしい。けれど彼ら彼女らが僕の視界に入る事は無い。

 僕の視界は真っ暗だ。

 だって、目を瞑って。

 

 見せびらかされた"やり方"を、先に体験しているんだから。

 

「ん……っぷ、ふぁ、え? え? 何?」

「由岐。今まで、ごめん。さっきの事も、これまでの事も。そして、これからの事も」

「あ、彩人?」

「君のファーストキスを、奪った事も」

 

 理解の追いついてない様子だった彼女に現実を突きつける。

 そう、今、僕は彼女の唇を奪った。

 首に添えた手を肩に降ろして、そのまま彼女を抱きしめて、キスをした。

 

 けれど彼女の好意ゲージは上がらない。

 やっぱりか。本当に凄いな、由岐は。

 

「みんな……今までごめん。もう嘘は吐かないし、もう暴力は振るわない」

「藤堂君……?」

「天羽さん。いつも気にかけてくれてありがとう。君のその、些細な気遣いが、どれほどの癒しを与えてくれたか。今の今まで言えなかった事だけど、もう一度言わせてほしい。ありがとう。君の優しさが、僕をずっと救っていた」

「え……う、うん? どういたし……まして?」

 

 手を握って、瞳を見つめて。

 笑いかけて。

 

「榛さん」

「うぇっ!?」

「ごめんね。紙葉さんの事を僕は忘れてしまっているけれど、多分、僕と紙葉さんの間にはなにか確執があって、それに挟まれて窮屈な思いをしたんだろう。だから、ごめん」

「どどどどどうしよう美紅ちゃん、誠実過ぎて怖い!」

「正直ね公佳。私も同意よ」

「紙葉さんも……本当にごめんなさい。僕は多分、自分でもわからない何かを患っている。君の事を一切思い出せないんだ。それでも、」

「ああ、いいから。言い訳はいらないし、そもそも気にしてもいないわ。忘れたの? 私は委員会との仲介役を務めたのだから、粗方の事情はわかってる。なんなら、このクラスは任せてもらってもいい。街の外では、委員会のメンバーが真実を明かしている。後は私達の知らない貴方の繋がりを洗いなさい」

「──恩に着るよ、紙葉さん!」

 

 全速力で教室を出ようとして──けれど、もう一度。

 未だ混乱の極致にあるのだろう彼女に向き直る。

 

「浅海由岐さん」

「あ、う、うん。何?」

「僕は君が好きです。あの日、君が笑いかけてくれたあの日から、僕は君の事が大好きになった。あの日から僕は本当の事を言えなくなってしまったけれど、ずっと好きだった。だから」

「……いい。それ以上言わなくていいわ。彩人」

 

 す、と。冷静になって、彼女は言う。

 頭の中ぐちゃぐちゃだろうに、よく。

 

「わかってる。私もだから。……何か、やらなきゃいけない事があるんでしょ。はあ。手当は私達がやっておくから、行ってきて。どうせまた、私達に事実を明かすことなく、けれど私達を守ろうとしてるのはわかってるんだから」

「うん。ちょっと世界を守ってくるよ」

「ええ、いってらっしゃい」

 

 抱きしめはしない。それをやってしまえば、離れられなくなりそうだから。

 だから、踵を返して。

 

 教室を出る。

 

 行先はまず──屋上だ。

 

 

 

 

 

 

 

「……やっぱり来た」

「こらー!! そこな男子生徒! 屋上は立ち入り禁止です!!」

 

 俺が屋上に入って一分と経たない内に、彼女は来た。

 ロリ風紀委員長こと。

 

仲帳(なかとばり)先輩」

「はい、風紀委員の仲帳です! って、そうじゃなくて、藤堂彩人君! 屋上は立ち入り禁止ですよ!」

「今まで、申し訳ありませんでした」

「……む? ん……はい、はい。素直に謝れるのは良い事です!」

 

 仲帳すみれ。"ロリ"+"博愛主義"の彼女は、目に映るあらゆるものを愛している。

 故にちょっとやそっとの事では対象を嫌いにならず、そしてちょっとやそっとの事で愛情が深まるサイコ属性の持ち主。

 風紀委員をしている理由も、その愛がため。

 

「ここへ来たのは、どうやったら仲帳先輩に会えるかわからなかったからで」

「ふむふむ。成程、私に会いたかったのですね。確かに私はいつも校内を駆け回っていますから、直接の用事がある時は、特に一年生では難しい。こうやって私が来そうな場所にいるのは最適解です。でも立ち入り禁止ですよココは!」

「ごめんなさい。どうしても貴女に会いたくて」

「む。……その用向きによっては、許さないでもないです!」

 

 愛するが故に正さんとしている彼女は、実は風紀というものをそこまで気にしていない。

 博愛主義であるが故に、愛せればどっちでもいい。自らの手の届く範囲に、目の届く範囲に、みんながいればそれでいい。

 そして自らが与える愛がそうであるならば、自らが貰う愛も。

 

「お礼を」

「お礼?」

「いつも叱ってくれてありがとうございます。おかげで僕は、今まで外れていた道をようやく正せました」

「ほほう!」

「今まではちょっと、不良生徒気味だったけど……これからは優良生徒になれるよう頑張りたいと思います」

「それは良い事です! ふふん、私の毎日の頑張りも報われた気がします!」

「はい。先輩のおかげです」

 

 その対象に愛が届いたのだという事実こそが、彼女にとっての愛。

 一途な恋愛感情や重苦しい愛情を求めない彼女が、唯一愛を感じられるもの。

 

 自分の愛する生徒や後輩らからの労い。お礼。労わり。

 そういうもので、仲帳先輩は──簡単に。

 

「貴方のような後輩を持てて、私は鼻高々です! これからも精進するよーに!」

「はい。ありがとうございます」

 

仲帳(なかとばり)すみれ18

 

「それじゃ、出ましょう! いいですか? 屋上が立ち入り禁止なのは、何も貴方達を苦しめたいがためとかではなく、危険だからなんです。落ちてしまえば怪我所では済みませんからね!」

「はい、わかりました」

「素直でよろしい!」

 

 大人しく従う。

 したがって、屋上階段から廊下へ出れば、仲帳先輩はその低い身長からピンと腕を伸ばして、高らかに宣言する。

 

「じゃあ、私はパトロールに行ってきます! ちゃんとHRにも出るのですよー!」

「はい」

 

 ……いや先輩は?

 とか思わないでもない。あの人、いつでもどこでも りに来るから、実はHRも授業も一切出てない不良生徒説あるんだよな。まぁ流石に深読みなんだろうけど。

 

 ……これで、一人。

 最低な行いであるのはわかっている。

 でも、大事だから。

 

 リボンが、その先の未来で俺が言ってたじゃないか。

 バケモンにはバケモンぶつけんだよ! って奴。……って。

 

 それが、答えなんだろう。

 

 

 

 

 

 

「鄭和先輩」

「ん、お、藤堂か! よっす!」

「おはようございます」

「……ん? お前本当に藤堂か? なんか……めちゃくちゃなよっとしたな」

「あはは。つい先日、宇宙人に連れ去られまして」

「……マジか!?」

 

 鄭和衛須先輩。

 宇宙人に連れ去られ、TSさせられたとかいうけったいな設定を持つ先輩だ。テキストでは宇宙人としか語られていなかったけれど、ワンチャン晴巻夜明が下手人なんじゃないかと睨んでいる。宇宙人ていったらあの子しか知らないのもあるけど。

 

「だ、大丈夫だったか!? その……潰されたりしてないか!?」

「あんまりよく覚えてないんですよね。なんか頭をグチャグチャされたみたいなんですけど」

「それで性格がこんなに丸く……いや良かったのか? いや、いや! 俺がされて嫌だったことを良かった事、なんて、ダメだろ!」

「あ、そろそろ良いですか?」

「ぬ、む、うん? あ、そうか。俺に何か用があるのか」

「はい」

 

 自問自答を繰り返しながら百面相をする少女に、一つ、あるものを提示する。

 

「男に戻れる薬がある、って言ったら、先輩は飛びつきますか?」

「本当か!?」

 

 飛びつきますか、は比喩だったのだが、先輩は実際に飛びあがって僕の身体に飛びついてきた。

 いやいや、僕じゃなかったら押し倒されてたよ、それ。

 

「知り合いに天才研究者が居まして。彼女が戯れで作った性転換薬……そして、僕をキャトった宇宙人。その両名に、僕から先輩を戻してもらうよう打診します」

「お、お願いだ! 頼む! それは、それをしてくれるなら俺はなんだってする!」

「なんだって、ですか?」

「え、お、おう。なんだって……するぞ。え、なんだ? 俺ももしかしてなんか不味い事言ったか?」

「なんだって、ですね」

 

 なら、と。

 改まって。前置きして。

 緊張に固唾を飲む先輩に──告げる。

 

「僕と友達になってください」

「……はあ?」

「僕、実は男友達少なくて……先輩に対して言う事じゃないと思うんですけど、アイタッ!?」

 

 ぶっ叩かれた。

 別に痛くはないけど、痛がっておく。

 ……鄭和先輩の個別ルートにおける攻略法の一つが、これ。

 

「もうフツーに友達だろ、馬鹿! あぁ、俺が言ってたお前の事大嫌い、が悪いのか? そーだよな、すまんすまん! 別にもう俺お前の事嫌いじゃねえや! だってお前、すげーじゃん。色々やってきてるみてーだし、何より、聞いたぞ! お前こーぉんな時から一人の女の子愛してるらしいじゃんか。くそっ! 俺もそういう恋してみてーよ!」

「……ちなみにそれ、誰から聞いたんですか」

「ん? あー、誰だっけな。ああ、違う違う。新聞で見たんだ。今月号がお前特集でさ」

 

 なんだよ一個人の特集って。

 ……あーあ。譲司は、本当に。クソみたいな"悪友"だ。

 

「んで? 要求はそんだけかよ」

「あ、はい。連絡ついたら二人に言っておきますね」

「ん! 頼むわ! いやー、お前との巡り合わせに感謝だ、ホント!」

 

ていわえいす

鄭和

    ♀  17

衛須  ♂  17

 

 ……ダメだったか。

 これ以上は出来ない。鄭和先輩の個別ルートに入るには、彼女を捨てる必要がある。

 それは出来ない。

 

「じゃあ、先輩。そろそろ僕行きます」

「ん、おう! ……なんか知らねーけど、忙しいみたいだし、頑張ってるみたいだし。応援してるぜ、彩人!」

「あ……はい!」

 

 鄭和先輩をハート状態に出来なかったのは残念だけど。

 なんだか……友達が増えたのは、良かったな。

 

 

 

 

 

 

 

「来たわね」

「はい。ずっと尾行けてましたよね」

「当たり前よ。そして、それに気付く貴方はやっぱりニンジャ……!」

「あれそれ違うって断定したんじゃ?」

「ご両親が違っても貴方が違う理由にはならないと判断したのよ。貴方は演技が相当上手いようだし。ま、今は素で話してくれてるようだけど?」

「あはは。敵いませんね、東郷先輩には」

 

 東郷先輩は、何故か例の暗室にいた。

 彼女の教室へ出向いたというのにその姿が無かったときは絶望したものだ。彼女が一番チャンスのある存在だから。

 僕がこの暗室へ来たのも偶然。たまたま通りかかって、そのドアの赤く光る使用中の文字に、もしやと思って開いたらこうだ。

 

「SP、生徒の中にもいるんですね」

「当然じゃない。黒服スキンヘッドを校内に置いておけると思う?」

「成程、不審者ですね」

 

 僕の後ろをこそこそと尾行してきた生徒の存在については把握していて、その生徒がビデオカメラのようなものを持っていたのも確認済み。

 遠隔でそれを見ていたのだろう、隠す素振りもなく、暗室のPCにはそのカメラ映像が流れている。

 

「貴方のやりたい事、言いたい事は察したわ。──私に、貴方を好きになれ、と。そういう事でしょ?」

「……流石です、東郷先輩」

 

 さっきから僕がやっている事。

 物の見事に言い当てられた。

 

「貴方は散々……というかずっと、ずーっと、それをしないようにしてきた。自分を好きになる人を作らないように立ち回って、嫌われるように仕向けて、けれど嫌われすぎないように振舞って。あの時貴方の言葉から、世界だのなんだのが関わっている事も察せられた。貴方は独りで何かと戦っている。何かと向き合っている」

「……」

「そしてそれは、さっき学校中の窓ガラスが割れた事にも関係している。貴方の教室が赤い光に包まれた事にも、そして──」

 

 東郷先輩は、人差し指をピンと立てて──上を示す。

 十二時の先。宙を。

 

「今、地球に迫ってきている小惑星にも、関係している」

「凄いな。東郷先輩の家はそんな事までわかるんだ」

「政府や天文台は事実をひた隠しにしているようだけどね。流石に各家々が抱える天文技師の口までは封じることが出来なかったみたい」

「はい。そう、先輩の言う通りです。今、世界が危機に瀕しています。けれどそれは──先輩が僕を好いてくれる事で、解決します」

「……貴方、自分が本当に最低な事を言っている、っていう自覚はあるのかしら」

「ありますよ。ずっとずっと、あります」

 

 東郷先輩の好意ゲージはまだ消えていない。

 高い数値で止まったまま、下がってもいない。

 

「なら、契約をしましょう」

「はい」

「……まず、一つ。貴方は絶対に幸せになる事。もしかしたら犠牲になる人が出るのかもしれない。けれどそれは貴方の責任ではない。だって、貴方が何もしなかったら、全てが滅んでいたのだから」

「……はい」

「そしてもう一つ。浅海さんを幸せにする事。貴方が大切に想うあの子を、なんとしてでも、よ。たとえ彼女にフラれたり、愛想を尽かされるような事があっても、貴方は浅海さんを守りなさい」

「それは勿論です」

「で、最後」

 

 ふぅー、と。大きく溜息を吐く先輩。

 本当に賢い人なんだろう。研究や勉学の面で天才を謳う平岩木の実や千式真那比などとは別ベクトルの賢さ。

 相手の心理を、そして世界の真理に辿り着く、洞察力の天才。

 

「私を、()()()()()()()

「──」

 

東郷(とうごう)アミチア16

 

「貴方は自分が思っているよりずっと、ずーっと不器用だから。多分、関わってきた女の子達に責任を感じてしまえるくらい、誠実な人だから。私は、あるいは私達は、貴方を想い続けるけれど。ちゃんと、しっかり、それを振り払う事」

「……それでいいんですか」

「嫌よ。ただまぁ、それでいいという事にしておくわ。そもそも、貴方が浅海さんと結婚するかどうかはわからないわけだし。高校生のカップルなんて、付き合ったけど長続きしなくて破局、なんてよくあることでしょ」

「酷いなぁ」

「もしそうなったら、私は容赦なく貴方を奪いに行くから。監禁して私しか考えられないように躾けてあげる。精々頑張って浅海さんを幸せにすることね」

「肝に銘じておきます」

 

 既に、東郷先輩は抜け出しているのかもしれない。

 その支配から。自らの感情との折り合いを。その制御を。

 

 凄い人だ。でも、成程。

 苦手、というのは。全くだ、としか。

 

「これで?」

「はい。でも、まだ。出来る限り」

「そ。……ウチの財力を以てしても、技術力を以てしても、アレはどうしようもない、という結論が出てる。貴方にはそれをどうにかできるのね?」

「出来ます」

「じゃあ行ってらっしゃい。忍者の力、とくと目に焼き付けるわ。ほら、アレ……カ○イ!」

「忍者の勉強やり直しといてくださいね」

 

 暗室を出る。

 

 仲帳すみれ。東郷アミチア。

 ハート状態が──二人。

 

 世界滅亡の始まりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 皆森先生を抱きしめる事で懐柔し、強引にハート状態へ持っていくことに成功。

 北山先輩は無理だった。まぁあの人は上がりづらいから仕方無い。また、水橋も上がりきらず、断念。ただし水橋はその属性……"ムードメーカー"と"情報通"であるが故か、むしろ僕についてのいい話を広めてくれている側だったようで、非常にありがたい。その口の端に「要が」とかなんとか言っていたけれど、それも多分、僕の忘れていることなんだろう。

 少しばかり焦りを覚えながら一度教室に戻れば、天羽も榛も夕闇君も輪島も三木島も、しっかりとハート状態になってくれていて。

 

「よぉ、首尾は上々ってかぁ?」

「もう終わったのかしら?」

 

 煽ったのだろう奴と、明かしてくれたのだろう少女に感謝をする。

 ハート状態は別にぞっこん、というわけではない。限りではない、が正しいか。ちょっと気になるかな、でもハート状態に入る奴は入る。

 だから、もう。

 このクラスにハート状態でない奴はほぼいなくて。

 

「はい、これ」

「これは?」

「委員会の子に繋がってるから。外行くなら持って行きなさい」

「……準備が良いね」

「全部唯葉……委員会のトップの差し金よ」

 

 ああ、"好き好きちゅっちゅラブラブちゅっちゅ状態"なんてけったいな名前を付けてた人か。

 結局あの宇宙船では会う事が出来なかったけど、どんな人なんだろうな。

 傑物である事には間違いないだろうけど。

 

「それじゃ、私達は教員の所にも行こうかしら」

「けひひ、俺様パスー。もう疲れた、イテェッ!?」

「私、貴方の事良く知らないけど。どうせ貴方も噛んでるんでしょ。手伝いなさい」

「こ、このっ、この水先様に何すんだ!」

「水先? よくわからないけど、貴方が事情を知ってるのはわかってる。あのバカの友達なんでしょ? 手伝いなさいよ」

 

 ……なんか、新鮮。

 アイツいつも余裕あるというか、自分は一歩引いてるんだぜ、感が凄いのに。

 こうやって……誰かに認識されて、一人の人間になっていると、こうも。

 

「頼むよ」

「任せなさい」

「おい見捨てんのかイケメン君!」

「お前には頼んだ、って言っとく。頼んだ、譲司」

「……けっ」

 

 何度も諭されてきたのに、これだ。

 優先順位、ね。そんなのをつけて友達を見れるか、って話だ。

 まぁ、もし。どうしてもつけないといけないのだとしたら。

 彼女が一位で……譲司は、二位とか三位とか、結構上位にいる事だろう。お前が思ってるよりも遥かに高い順位に。

 

 さぁ、あと少し。

 頑張ろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「計器がイカれちゃってさぁ。上からは小惑星、下からは大地震。横からは大洪水に、なんかよくわからない空間震動。まさに滅亡って感じィ~?」

「おはようございます、千式さん」

「え。うわキモっ! え? 君そんなだっけぇ? もっと……"ハ、ざまぁねぇぜ"とか"残像だ"とかいうタイプじゃないっけ?」

「流石にそんなじゃないですね」

 

 学校を出てすぐに、彼女はいた。

 千式真那比。僕の命を狙うと公言している正義のミカタ。

 

「殺しますか?」

「いーや。流石にもう無理っしょコレぇ。たとえ試練がアンタの死によって回避されたとしても、あの石が落ちてくるのは止められないし、太平洋沖で起きてる大津波も止められない。おっそろしい規模の地震が来そうな前兆もだし、何よりコレね。よくわからない……ヘンな空間の震動。次元震動、ってヤツ?」

「そういうの観測出来るんですか?」

「まーね。……いつになく余裕そうだけど、もしかして助かる手段があったりするぅ?」

「はい」

 

 その答えに、チャキ、と。

 もう何度聞いたかわからない、鉄器を構える音が響く。

 

「じゃ、今すぐ実行してほしいナ~? オカルトでもファンタジーでもいいからサ。そうしないと、私も君も、この学校も、妹ちゃんも。ぜーぇんぶぜーぇんぶ、壊れちゃうよ?」

「じゃあ好きになってください」

「……ん?」

 

 踏み込む。

 間合いに入ってしまえば、銃を持つ手を抑えてしまえば、それを撃つ事は出来ない。

 千式真那比の動体視力はそこまでじゃない。その腕力も速力も常識の範疇。どころか、妹にすら敵わないだろう程度。

 だから、無力化出来る。誰かに身体を押さえつけられでもしていない限り、彼女に後れを取る事は無い。

 

「僕、今から世界を震撼させます。世界を脅かさんとする全てを消して、先の未来を掴みます。だから僕の事好きになってください」

「ん? ん? んん? えーと、もっと筋道立てて話てもらえたりしない?」

「時間、無いので。千式さん。貴女が全てに飽いて、だからこそ世界を面白おかしく滅ぼそうとしているのは知ってます。だから、見ててください。平岩木の実でさえ辿り着けなかった未来に、僕が連れて行ってあげます」

「それは魅力的な提案だけどぉ、それがなんで君を好きになる事に繋がるわけぇ?」

「貴方が僕を好きになる事で、世界滅亡が加速するからです」

「……?」

 

 気でも狂ったのか、と。

 普通の人になら、そう思われるだろう。そういう「……?」が常人であれば発生する事だろう。

 けど、彼女は違う。

 

 彼女には見えているはずだ。

 僕が一切の嘘を吐いていない事実が。表情。瞳孔の開き具合。発汗。

 あらゆるところから、全てを察せられる変態的研究者。

 

「ステータス、って奴?」

「そんなところです」

「そ。……なる程ねぇ。そういう因果か。じゃあ逆に、私が君を嫌いになったらどうなる?」

「貴方は死にます。僕が助けない限りは」

「うへぇ、ひっどい仕組み。ああ、じゃあ君の英雄的行動はそういう事?」

「はい」

「そっかぁ。じゃ、君を殺してもそもそも意味なかった感じかぁ。だって世界がソウイウ仕組みなら、君の死を悼む子がいるだけで、世界滅亡が起きてた可能性があるわけでぇ」

「そこまでわかりますか」

「ふぅん? じゃあ、あれ? 今起きてるのは……ははーん、なるほど、なるほど」

 

 千式は、銃をポイ、と捨てて。

 至近距離にいる僕を──ぎゅっと抱きしめた。そのまま、キスまでしてくる。

 

「私、性格悪い自覚あるケド。君最低だねー。ド底辺の性格してる。女の子達の純情使って世界を救おうとしてるワケだ。あ、男の子もかな?」

「好きになれそうですか」

「もちもち! いいよ、そういう子だぁい好き。何より」

 

 千式は舌をでろり、と出して。

 僕の頬を、ゾゾゾと舐め抉る。

 

「私の命を救ってくれようとしてるんだもん……好きになってあげる」

 

千式(せんじき)真那比(まなび)17

 

 え、普通に気持ち悪いけど。

 とかは声に出さずに。

 

「ありがとうございます」

「今普通に気持ち悪いな、って思ったでしょ」

「はい」

「んー素直ッ! いいねー、最近の子は素直で。んじゃ、私帰るけど。なんか私に出来る事あったりするぅ?」

「貴女の研究者グループの人達に、僕の美談でも語っといてもらえれば」

「おっけーおっけおっけー。んじゃね、英雄クン。次会う事があるとしたら……その、変わり果てた新しい未来で、かな?」

「お元気で」

 

 これで。

 更に、一人。

 

 

 

 

 

 

 平岩木の実は門前払い。花屋の赤坂さんは開口一番の謝罪と頭を下げたらハート状態になってくれて、錨地原霍公には出会えなかった。

 そうやって、今まで関わってきた人を周り続ける。

 携帯で見るニュースには、天変地異だの大災害だのという速報が出回りまくっていて、何よりの天上──青い空に輝く黒点が、全世界を騒がせていた。

 

 その最中。

 僕は──自宅に。

 

 ここ数日帰らなかった自宅に、いる。

 

 妹が連日中学校を休んでいる、というのは、先ほど判明した話。

 イカロスの子を探しに行った中学校で、話題として用いた妹の話から分かった事実。

 どうして休んでいるのか、など。

 

「ただいま」

 

 声に出して。

 声を出して。

 

 けれど答えは帰ってこない。

 ただ、上階でガタガタと何かが動く気配はした。

 

 彼女の部屋へ向かう。

 

 

「入るよ、導」

「……あ」

 

 部屋に入れば──ボサボサの髪をそのままに、クッションを掻き抱いてベッドに座る妹の姿が。

 栄養状態は悪くない。ちゃんとご飯は食べているらしい。それは安心。

 だけどお風呂には入ってないのかな。そんな感じがする。

 

「だ、だめです。に……彩人さん、私今、臭いから……」

「いいよ、兄さんで。もう拒まないから」

「え、ぁ」

 

 彼女の好意ゲージは未だ高いまま。

 いや、あと少し、表面張力が如きギリギリでハート状態にならずにいる。

 

「ずっと、我慢してくれてたんだね」

「……好きに、なっちゃだめ、なんですよね。わかるんです。理性では、理屈では。でも。でも。心が……止められない。知ったんです。分かったんです。兄さんが置かれている状況が。あの後……唯葉さんから連絡が来て、もっとたくさんの事を知りました。だから、兄さんの事で、苦しくて、ああ、ごめんなさい。一番苦しいのは兄さんなのに、私は」

「ありがとう、導」

 

 抱きしめる。 

 罪滅ぼしになんかならないだろう。彼女には多分、一番迷惑をかけた。

 家族として。この家で暮らす、唯一の肉親として。

 

「もうすぐ──本当になるから。全てが本当になる時が来るから。今は、いいよ。その感情に身を委ねて良い。理性で律せられる世界が来る。理屈で考えられる世界が来る。だから今は、その心に従っていい。それが世界を拓くから」

「……兄さんまで、中二病、ですか?」

「お、言うようになったね。ふふ、そうだね。中二病だ。世界だの滅亡だの、何もかもが中二病だ」

 

 意味を調べたのだろう。

 調べた時、何を思ったのかな。憤慨したのだろうか。

 可愛らしく、頬を膨らませて。

 

「……また、夢、じゃないですよね」

「うん。もう乱暴兄さんはいないよ」

「……ちょっとだけ、ちょっとだけ……俺、っていう兄さんを、かっこいいな、とか思ったり……してません」

「してないんだ」

「して……ません。今の兄さんがいいです」

 

 僕的には俺俺イキってるあの演技あんまり好きじゃないんだけどね。

 心の中まで変えてるから普段は恥ずかしいとか思わないけど、正直ちょっとどうかと思う。俺様系って奴? ああいうのは王子様みたいな人じゃないと似合わないでしょ。

 

「導」

「はい」

「愛してるよ。僕の大切な、最愛の妹」

「大好きです。……そう、言って良いんですよね」

「勿論。おやすみ、導。ずっと寝てないんでしょ?」

「……おやすみなさい。次、起きた時……傍にいてください、兄さん」

「うん」

 

藤堂(とうどう)(しるべ)14

 

 力の抜けた彼女の腕。その体をゆっくりと寝かせて、毛布を掛ける。

 ありがとう。おやすみ、導。

 

 

 

 

 

 これで、準備は整った。

 電話をかける──相手は、委員会。

 

 ──"ようやく来たのね"

「うん。唯葉、という子に代わってほしい」

 ──"ええ、勿論。私達が協力できないのは、少しばかり心苦しいけれど"

「十分協力してくれてるよ。ありがとう、藍那」

 ──"……! ……ええ、貴方の、そして世界のためだもの。彩人さん"

 

 そうして、ようやく。

 対面……じゃないけど、ご対面だ。

 

 ──"あー、お電話お電話お電話代わりましてぇ~こっちらKIKT委員会代表、宵待唯葉ちゃんです!"

「KIKT委員会? KKDKT委員会じゃなかったっけ」

 ──"好感度解体委員会は好意解体委員会に名を改めましたぁ!"

「なるほどね」

 

 その略だったんだ。

 しかし、なんというか。

 

「テンション高いね、君」

 ──"高くなるよ~そりゃ! だって"

 

 嬉しそうに。

 楽しそうに。

 電話口の女の子は、言う。

 

 ──"私と貴方で、世界を救おう、っていうんだから!"

「……お手柔らかに頼むよ」

 

 直後──轟音。

 轟雷、だ。快晴の空を、光の槍が走った。

 

 天変地異。

 世界滅亡はもう、始まっている。

 



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あるいは約束された道を断つ標識

 宵待唯葉。

 その名前に、やはり聞き覚えは無い。

 宵待という姓にも、唯葉という名前にも。そして、その声にも。

 ゲーム本編にいなかったキャラクター……攻略対象でない、あるいは、高校生でなく、この街の住民ではないキャラクター、という事になるのだろう。

 

「君が委員会の首魁。好意ゲージやハート状態の事も見抜いて……この()()()さえもを早期に思いついていた傑物、でいいんだよね」

 ──"いやぁ、そんな言い方されると照れちゃうなぁ~! あ、今好意ゲージ上がったよピピンと!"

「まさか、見えたりする?」

 ──"それはまさかだよ~! それが見えるのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()、でしょ?"」

 

 少しだけ。

 少しだけ、目を細める。電話越しだ、どうせ伝わりはしないけれど、少し警戒を。

 

「……」

 ──"あ、あ、待って待って、警戒しないで警戒しないで~。今真実だ、ってわかった程度のソレだから!"

「推測、ってこと?」

 ──"そそ! えへへ、何を隠そうこの唯葉ちゃん、推測と憶測の天才なのであーる!"

 

 たかだか憶測で、この世界の仕組みに、そして僕がその中心にある事までを見抜いた、って?

 いやいや。あり得るワケ。

 

 ──"信じてない、って顔だね~"

「監視カメラでも仕込んでる?」

 ──"勿論推測!"

 

 それが、本当なのだとしたら。

 恐ろしい、なんてレベルじゃない。未来予知だとか、そういう類だ。平岩木の実でさえ完璧に成し得なかったソレを、ゲーム本編にも出て来ないような子が。

 

「時間が無いから、あまり余計な事を聞きたくないけど……この先、どうなるかまで、わかってたりする?」

 ──"わかんないでゴザール! だからほら、この前お姉ちゃんに頼んで、貴方から学期末ってワードを聞き出したわけですし!"

「それだけで今日が全てが決まる日だってわかったんだ」

 ──"イエーイドゥームスディ! 貴方を好いたお姉ちゃんが暴走したのも、貴方を嫌ったお姉ちゃんが死にかけたのも、全部全部見てたからね~。唯葉ちゃんとしては、これだけの手掛かりがあれば真実に辿り着くのなんてお茶の子さいさい!"

「……ごめん。僕はそれを覚えてないんだ」

 ──"それもわかってる。大丈夫大丈夫、貴方は自分を卑下しなくていいのです。苦しまなくていいのです! 何故なら! このKIKT委員会の首魁!! 宵待唯葉ちゃんがいるのだから! 集中線! 集中線!"

 

 テンション高すぎてついていけない。

 けど、完璧に未来が予知できる、というわけではなさそう。ただ与えられた情報から妄想を膨らませ、それを的確に当てる、という技術に長けているだけ……いや、だけ、なんて話で済ませられるものじゃないけど。

 たとえ妄想だとしても、的確に真実を掴み取れるのなら、それはやっぱり異能の類だろう。

 

「手短に話すよ。君がどこまで知っているかわからないけど、いちいち確認は取らずに行く。推測は得意なんだよね?」

 ──"もちですモチモチ! youがナニも言わなくたってワタシにはワカリマース! ウソデース! ちょっとくらい言ってくれないと何もわかりまセーン!"

「うん。じゃあまず、現状からだ。今、僕は無暗矢鱈に世界滅亡エンドを引き起こした。それは大地震であったり、大洪水であったり、大嵐、大風、雷に雹……凡そ災害と呼ばれる物で、特に規模の大きいものを」

 ──"それはタイヘン! 加えてテロリストの一斉蜂起、各天文台のストライキ、なんか手から炎出す人が現れたり後光照らす人が現れたり! だよね?"

「そう。それが世界滅亡エンドだ。この世界の仕組みにおける最終装置。僕らの人生を終わらせる大幕。けど、それが、一斉に起こったらどうなるか」

 ──"たとえば、大風と大嵐が同時に来たら。たとえば、炎天下と雹が同時に来たら。たとえば──小惑星とトンデモ技術が、一緒に来たら!"

「そこまでは掴めたんだね。でも、少しだけ言っておかなくちゃならないことがある」

 ──"何々なんですか!"

 

 頭の回転も速い。対処しなきゃいけない事もちゃんと理解してる。

 けど。

 

「──現状、小惑星の衝突に対抗し得る世界滅亡エンドは存在しない」

 ──"うぇ"

「"異世界からの来訪者"……リベルタ・モーディという女の子であれば、あるいは彼女を追いかけてくる魔王軍と魔王その人であれば、小惑星を消滅させる事くらいは出来たんだろう」

 ──"もも、もしかして、インベーダーも行けてたりして! ワープ技術に特に進化した惑星群なら出来てたりして! して!"

「インベーダー襲来エンド、って奴だね。うん、もしかしたらそうなのかもしれないけど、僕はそれを覚えていない。晴巻夜明だっけ? 彼女に聞いてほしいな。可否を」

 ──"出来ないって! あの規模は今の設備じゃ無理、らしい!"

「仕事が早いね」

 

 そう、無理なのだ。

 たとえどれほど地球が揺れたって、たとえどれほど風が吹いたって、水が落ちたって。

 小惑星の飛来、なんてエネルギーに勝る世界滅亡エンドは存在しない。ゾンビパニックを起こそうが、テロリストの一斉蜂起を起こそうが、国同士が突然争い始めようが、関係なく。

 小惑星は、地球にぶつかるだろう。当然の様に。当たり前の如く。

 

「でも、方法はある」

 ──"聞きましょう! というかあるって思ったから今電話に出てます! そしてそれは──この! 唯葉ちゃんが、役に立てる方法であるということも!"

「まず一つ目は、祈る事」

 ──"……んにぇ?"

「リベルタ・モーディが来る事を。最後の最後の瞬間に、彼女が出現して、彼女に防護結界なりなんなりを張ってもらう事」

 ──"お兄さんお兄さん、実は! ななななんと! 実は! 時間があまりなかったりするんだよね~~~~! ね!?"

「二つ目は、この僕が、今から全世界に好かれる事。世界人口七十億だ。一人くらい、小惑星をも打ち消せる"属性"持ちがいるだろう」

 ──"希望的観測!! すごい! この人この危機的状況において希望的観測ばかり!! 主体性ゼロ! 運命/Zero!!"

「そして、最後」

 

 息を吸う。

 吐いて、吸って。

 目を開く。

 

 ──"僕が死ぬ事、とか言ったら、許さないよーん"

「……そんなこと言うと思う?」

 ──"言いそうな雰囲気だった! すごく!"

「じゃあ、君の慧眼はそこまでだった、ってことだね」

 ──"間違っててよかった!"

 

 僕が死ぬ事。

 一度は否定した。千式真那比の事を否定するために、僕を用いて、否定した。

 けど──試したことは無いのだ。死んだことが無いから、当たり前。

 

 僕が死んだら、この好感度システム自体が消えるんじゃないか、と。

 死亡イベントも、世界滅亡エンドも消えて──だから、今起きている様々な事が"なかったこと"になるんじゃないか、って。

 確証はない。もしかしたら無駄死にで、さらには全世界に破滅を齎すに終わり、その寿命を早めた最悪の咎を背負う事になるかもしれない。

 けど、確証がないのはどちらも同じで。消えるかもしれないし、消えないかもしれない。

 小惑星の衝突から世界を救うのに二分の一で済むのなら、確かに。どうやっても避けようがなく、どうやっても破壊しようがないゼロパーセントから、五十パーセントになるのなら、確かに。

 とか。

 

 ちょっと、実は、思ってた。

 

「最後の手段は、少しだけ、突拍子もない事でね」

 ──"大丈ブイ! 今までの事で、突拍子もなくない事一つ足りとてナッシング!"

「確かに。それじゃ、話すけど」

 

 多分、この子もわかってる。

 それは最適解。それはたった一つの冴えたやり方。

 

「──もう一個、小惑星を呼び寄せる。君が知りたいのは──僕が用いた属性、だよね?」

 ──"YESYESYESYES! そのために、今日の日のために! いっぱい人を集めておりましたので!!!"

 

 最後の最低行為と行こう。

 ハーレムものの主人公らしく、ね。

 

 

 

 

 

 

 

 女の子だけが住むマンションの内部映像、というのは、その、多少ばかりのインモラルなそれを感じてしまう。

 

「やっはろー! 見えてる? 聞こえてるー!? 藤堂彩人さん……こと、お兄さん!」

「逆じゃない?」

「んもう細かいなぁ!」

 

 美少女、だ。

 無論ハーレム展開撲滅ゲームに出てくる女の子はみんな美少女……というかこの世界で美女美少女イケメン以外をあまり見た事がないんだけど、そういうの色々おいといて、美少女。正確には……僕の好みに色々合致する、というか。別にそれだけで好きになる事は無いんだけど、ね?

 そんな美少女がハンディカメラを持って、自分を映したり、周囲を映したりしながら歩いている。テレビ通話、という奴。

 

「まぁ、そりゃそうだよー。だからお姉ちゃんのデートのお申込みに頷いたんだろうし!」

「……藍那さん、だっけ」

「あ、ダメダメ! お姉ちゃんの事は呼び捨てするよーに! お姉ちゃんが傷付くから……って、そんな事言ってる暇はナッシングだってバッシング!!」

「話逸らしたの君だけどね」

 

 上階へ上がる……事無く、一階の、ホールになっているらしい場所へカメラが移動する。これ、マンションっていうか何かの施設なんじゃないかなぁ、とかなんとか思ったり。

  

「どこから気付いてたの? というか、どの時点でわかってたのかな、こうなるって」

「学期末ってワード聞いた時から! あ、でも女の子集め始めたのはお姉ちゃんが好感度メーター……じゃない、好意ゲージから解放された時からかな!」

「じゃあ、学期末って言葉を聞くまでは、自分で何をしてるのかもわからずに女の子を掻き集めてた、って?」

「そんな誘拐犯みたいな言い方をー! 違うよー、そうじゃなくて、これはホゴ! 保護なのです!」

「完全に誘拐犯の言い分だね」

 

 ホールへ辿り着く。

 そこには──ああ、壮観、と行ってしまうけれど。

 沢山の女の子が、いた。それはもう、()()()()()()()()

 

「必要なのは?」

「うん。"ロリ"、"博愛主義"、"お嬢様"、"留学生"。この四つだ」

「一つサイコなの混じってるけどお任せアーレィ!」

 

 小惑星の衝突を防ぐ方法。

 そんなものはない。ただ、未来を掴んだ僕から齎されたヒントに、「バケモンにはバケモンぶつけんだよ!」というのがあった。

 それが答えなんだ。

 小惑星の衝突には、小惑星の衝突をぶつける。

 

 世界滅亡エンドには前兆があり、それが前震や画策という形になって世に観測されていたけれど、どれだけ前兆が絶望的だとしても、実際にハーレム展開が起きなければ前兆は前兆のまま、何も無かった事になって終わる。

 逆に言えば──今から唐突に新しくハーレム展開を起こした場合、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と、そう考えたわけだ。

 そして同時に、前兆から滅亡へのトリガーとなった属性は、その組み合わせを確定できる、という事も。

 

 前にも述べたけど、ハーレム展開撲滅ゲームにおける世界滅亡エンドは主人公を好きになった二人の属性の組み合わせから確定する。"研究者"や"科学者"であればパンデミックになるし、"転移者"だったら異世界関連、"テロリスト"だったら政治関連と、そう決まっている。

 ただし言い方は悪いけどノーマルな属性……彼女の持つ"幼馴染"と"真面目"や、妹の"常識人"といった属性の組み合わせでは、大災害である事は確定しても地震か洪水か大嵐か、までは確定しない。自然災害になる、くらいしかわからない。

 それを逆手に取らせてもらう。

 今回は前兆があらかじめ用意されていた。小惑星の飛来、という前兆が。目に見える形で提示されたそれは、先ほど、僕が仲帳先輩と東郷アミチアをハート状態にしたことで世界滅亡エンドとして確定した。

 よって、"小惑星の飛来エンド"を引き起こす属性が"ロリ"、"博愛主義"か"留学生"、"お嬢様"のいずれかの組み合わせに確定した……という話。

 

 ならば、もう一度。

 "ロリ"、"博愛主義"、"留学生"、"お嬢様"の子をハート状態にしてしまえば──小惑星の飛来エンドがダブって、相殺されるんじゃないか、と。

 

 ちなみに学校やその他の場所でハート状態を乱立させていたのは、同じく小惑星の飛来エンドを引き起こせないか、そして他の世界滅亡エンドをダブらせられないかを試すものであり、その結果あってか、あれほど地鳴りがしていた地面も、津波洪水の警鐘が鳴らされていたこの街も、未だ無事にいる。

 出来る、という事だ。同じエンドを引き起こして──バグらせる、というグリッチが。

 

「ははいはいはいははいのはい! じゃじゃーん!」

 

 自身の行動を省みていると、唯葉ちゃんから声がかかった。カメラが動く。

 じゃじゃーん、と。

 そこに並んでいるのは、女の子達。ロリロリしている子から、明らかにお嬢様っぽい子、外国人っぽい子。

 

「選別! よろしくお願いします!」

「……言い方悪くない?」

「私達はもうわかってるので! みんな──世界を救うために、お兄さんとらぶらぶちゅっちゅ待機中なのであーる!」

 

 情報漏洩、じゃないけど。

 共有は終わってるんだ。じゃあこの子達は、自分の感情が利用されるだけだと分かってて、ここにいる、と。

 ……本当に、酷い話だ。

 

「見させてもらうね」

 

 画面越しに見た少女たち──その側頭に見える、ステータス。

 名前と性別と年齢と好意ゲージ。それを書き出して──目を瞑る。

 

 時刻は夜。ここは自宅の部屋のベッド。

 感謝しかない。千式真那比に荒らされたこの部屋を、僕が出ていった後、しっかりと。

 導は片付けてくれていたらしい。

 

 瞼の裏に、脳裏に浮かぶ──登場キャラクター一覧。

 一気に追加される情報は、けれど右下に10/10の文字が見える。

 

 唯葉ちゃんが用意してくれた少女らの内に該当者を探す。

 "博愛主義"+"留学生"はいた。"お嬢様"もいた。けど、"ロリ"は……少なくともこのページの中には存在しない。

 ロリ、なんて。ありふれた属性だろうに、何故。小さな女の子はいるけれど、みんな"速筆家"+"やんちゃ"とか"合法"+"耳年増"とか……まぁ、強い属性に掻き消されている。

 

「ええと、まず、アネス・レンシアちゃん」

「ほほう、一番の綺麗所を! この! 抜群のぷろぽーしょん! ないすばでぇ! ぐらまらぁすぐらまらぁす! FOOOOOOOO!!」

「それで──」

 

 いない。

 並べられた中にも、カメラに映る、後ろで談笑を始めている女の子達の中にも、いない。博愛主義なんてサイコ属性が見つかったのに、ロリ属性持ちがいない。

 ロリお嬢様。

 

「もしかして、いない?」

「……うん」

「ナンティコッタィ! え、え、嘘ー! これだけいて、いない!?」

「いないね。ちなみにだけど、唯葉ちゃん。君もダメだった。"サポーター"+"誇大妄想家"……その範疇に無いとは思うけどね」

「おおう、生まれてきて十四年! 初めて知る自分の天性……誰が誇大妄想家カーッ!!」

 

 考えていても仕方がない。

 唯葉ちゃんに頼んで、アネス・レンシアちゃんにテレビ通話を代わってもらう。

 

「初めまして、僕の名前は」

「知ってるし、聞いてるし、全部見てきたし、全部わかってる。ワタシはもう、貴方を尊敬している。それは多分、多少の誇張と、洗脳のようなものが混じっているのかもしれないけれど、ワタシは貴方を好ける自信がある。だから」

 

 ちょっと怖いな、とか。

 思っちゃいけないんだろう。彼女らは利用される側で、僕はする側。被害者は彼女らなんだから。

 

「だから、何かな」

「お願いがある。ワタシがしてほしい事をしてほしい」

「あ、うん。なんだろう。僕に出来る事なら」

「ワタシの告白を、断ってほしい」

「うん、それくらいなら……ん?」

 

 ん。ん?

 

「ワタシは美しいから、多分、ワタシからの告白を断る人はいない。だから、貴方程のクールガイであれば、貴方程のメンタルであれば、ワタシの告白に耐えられるはず」

 

 ん。

 ん? なんだこの人。

 怖いぞ?

 

「ん……ん。じゃあ、行く」

「あ、うん」

 

 "博愛主義"っていうか、"ナルシスト"……いや、僕がそう考えたから、認識したから、じゃあそうなりました、とかなられても困るし。いやそんなシステムなら今すぐにでも唯葉ちゃんをロリお嬢様だと思い込むんだけど。

 

「──I Love You

「ごめんなさい」

 

 ……これでいいのだろうか。

 確かに綺麗だし、確かにフェロモン凄い。画面越しなのに。

 だけど僕には心に決めた人がいるから。彼女を思えば、美女の告白に傾いたりはしない。

 

「……ふふ、流石はユイハさんの認めた男。アイナさんの慕う男性。合格。貴方はワタシに相応しい」

「お断りします」

 

 終わりにしてもらえないだろうか。

 僕は一刻も早くロリお嬢様を探さなければいけないのだから。

 

「どう?」

「どう、って……うわ」

 

 うわ、とか言っちゃったけど。

 レンシアさんの側頭、ステータス。好意ゲージは一定数以上を記録し、ハート状態の表示が出ている。

 本当にこんなのでいいの? 

 

「ふふん、お兄さんが思っているより、お兄さんは慕われているのです! 我がマンションに備え付けられたトウドウアヤト伝説の数々! お兄さんが如何に凄いかを纏めた映像資料! 合成映像!! 捏造画像!!! とあるスジより入手した実際の写真!!!」

「とあるスジの名前、教えてくれる?」

「お兄さんが思っている通りであーる!」

 

 ……結局、味方なのか敵なのか。

 あるいは、利敵行為によって間接的に助けてくれていた、とか。

 本当によくわからない奴だ。

 

「でも、どうするの? ちなみにだけど、唯葉ちゃんの憶測的にもう時間無いよ! みんな、何を感じる間もなく、一瞬で──じゅっ」

「君の妄想は現実になるんだから、やめてほしかったな。……どうするか、か。ううん」

「お兄さんお兄さん! 余裕すぎ余裕すぎ! もっと危機感持って!」

「焦っても仕方ないよ、唯葉ちゃん。そういえば君達一応お嬢様だよね。藍那さ……藍那は見た目ロリだったりしない?」

「しない!!」

「そっかぁ」

 

 もう一人思いつくお嬢様といえば、錨地原霍公だけど……彼女の属性は"お嬢様"+"ヤクザ"だ。ロリじゃない。

 ……今から探すとして、どう当たればいい。日本にいるお嬢様から、さらにロリであるものを見繕う、なんて。

 何よりもうページがいっぱいなのだ。見つけたとして、それがそうであるかを見分ける方法がない。

 

 八方塞がりか。

 

「……最後の別れを、してきた方がいいかもね」

「馬鹿発見!! 馬鹿発見! 諦めるなばーかばーか! 諦めないのが! 藤堂彩人じゃないんですか!」

「僕の属性は"イケメン"+"行動力"だよ。不屈、じゃない」

「うるへー!!」

 

 ドアップに、唯葉ちゃんの顔が映る。

 

「彼女さん殺したいのかてめー! いいから動けばかやろー! 結局顔だけかよくそやろー!」

「言いたい放題だね。……でも、その通りかも。僕は」

「ナイーブになるなぁ! ああもう! ちょっと待って、今お姉ちゃんのトコ行くから!!」

 

 画面がぐしゃぐしゃになる。どたどたと足音がして、ばたばたと足音がして、ドチャガチャと物音がして。

 一分くらい、だろうか。

 

 ぜぇぜぇという荒い呼気から──ようやく、前に。

 前方に。

 

 カメラが向いた。

 

「……こ、こんばんは?」

「あ、こんばんは」

「お見合いかばかやろー!!」

 

 映った。そこにいた。そこに映った。

 頭痛がする。思い出してはいけない事を思い出そうとしているから。思い出してはいけない、じゃない。

 思い出せなくされた事だ。

 思い出せなくされた、封じられた、忘れさせられた記憶。

 

 好意ゲージの存在しない少女。

 宵待藍那という名前。同い年。思い出せない。覚えている。思い出せない。

 

 彼女の事を、覚えてはいない。

 

「藍那」

「……ええ、そう。私よ、彩人さん」

「君が、そうか」

 

 容姿は、ああ、なるほど。唯葉ちゃんの言う通りだ。

 完全に好みに一致する。合致する。もし、ゲームで、彼女を見つけていたら──真っ先に個別ルートを見ていたんじゃないか、と思うくらい。

 いなかったんだ。彼女は。

 彼女らは、ゲームに居なかった。それは確信できる。

 

「お姉ちゃん! この腑抜けやろーになんか言ったげてよ!」

「腑抜け? ……よくわからないけど」

「いいから! なんか罵倒して!」

 

 罵倒されるのか。

 唯葉ちゃんもなんか自棄になってないだろうか。

 ……ああ、いや。

 だから、わかるのか。唯葉ちゃんは。

 妄想で──自分の死が、ありありと。

 

「彩人さんに罵倒、なんて。私には出来ない。けど」

「ここへ来てラブラブやめてよー!」

「一つだけ。浅海さんを諦めるなら、私に靡いてほしい。私は今でも……その、好意ゲージとやらが無くなった今でも、貴方を愛しているから」

 

 だから。

 それはまさしく、最適解だったんだ。

 彼女もまた、その推測力で最適解を掴み取る達人。

 

「……ありがとう。そして、ごめんね」

「うん。わかってた」

 

 画面越しだけど。

 その笑顔に、涙が出そうになる。

 その表情に、頭が痛くなる。

 

 僕は多分、本当は、ちゃんと。

 宵待藍那を──。

 

「……あ」

 

 携帯電話が振動する。

 コールコール。コールコール。

 

 表示される名前は──東郷アミチア。

 

「──お兄さん、それ、出て。今すぐ。それが──答えだよ、多分」

 

 先程までとは打って変わった冷静な声。

 画面の向こう、画面内から去っていく藍那を尻目に、僕は。

 

 その着信に、出た。

 



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存亡と生死のシーソーゲーム

 東郷アミチア。

 あのリボンの先で、僕が言っていた苦手なお嬢様。

 彼女からの着信。

 

 ──"ハロー、未来の○影さん"

「勉強やり直したんじゃないんですか?」

 ──"やり直したわ。やっぱり面白いわね、マンガ"

 

 戦々恐々として出た先の声色に、真剣なソレは見当たらない。

 唯葉ちゃんの神妙な表情とは裏腹に、顔の見えないお嬢様は随分と楽しそうだ。

 

「何用かな。僕はこれでも結構焦ってたりするよ」

 ──"ええ、勿論わかってる。世界滅亡はビョウヨミで、イッスンサキハヤミで、世界の各機関が匙を投げるレベルのテンペンチイが起き続けている"

「財閥の観測チームは優秀みたいだね」

 ──"精鋭を掻き集めてるわ。それで"

「うん。何用なのか、教えて欲しい」

 

 唯葉ちゃんの"誇大妄想家"……属性としてみれば単なる嘘吐きにも捉えられるかもしれないけれど、今までの功績がソレを未来予測の類だと知らしめている。特に僕にとっては、あらゆる物事を妄想で言い当てた傑物だ。

 事実でなければ誇大妄想。この世界が実はゲームで、プレイヤーが一人いて、自分達には好感度を表すメーターが付随している、なんて。普通の世界でそんなことを言ってる人を見たら、気をやったとしか思われない。

 けど、事実なら。事実を言い当てているなら。

 彼女の言葉一つ一つに意味が出てくる。彼女の一挙手一投足に未来が見えてくる。

 

 答えだと、唯葉ちゃんは言った。

 なら。

 

 ──"このままだと、世界が滅んでしまう。ニホンは勿論だけど、地表にある国の全てが被害を受ける。火の海に包まれて、ホノオとガスとチリが渦巻く空になって"

「そうだね」

 ──"貴女がカ○イを使えないというのなら、違う手段がいる"

「手段はあるよ。けど、足りないモノがある」

 ──"()()()()()()()()()。それで、足りないモノって何かしら? 貴方が今まで築いてきた人間関係で賄えないモノ?"

「ロリータ」

 ──"What?"

「幼い少女だ。それも、お金持ちの娘……君のような、お嬢様と呼ばれる存在」

 ──"小児性愛に目覚めた、という事ネ?"

「君さ、大体わかってて言ってるんだろ? 割とね、本気で時間がないんだ。宙の巨石は、本来であれば既にどうしようもない距離にまで来ている」

 ──"ジョークよ。焦っているみたいだったから、ウィットをね。それで、幼い少女で、お金持ちの娘。ええ、ありがたく思いなさい。心当たりがあるわ"

「紹介してほしい。今から僕は、その子と恋愛をしないといけない」

 

 ジョークというなら、この願いこそジョークみたいな話だ。

 世界滅亡の危機にあって、ロリお嬢様を求める、なんて。それもこれも仲帳先輩がロリなんて普通の属性を持っていたのが悪い。

 人は属性を二つしか持てない。普通の属性は強い属性に上書きされてしまう。たとえば僕は"イケメン"+"行動力"だけど、もし大量の無差別殺人でも犯したら、"イケメン"+"大量殺人犯"か"無差別殺人犯"+"行動力"になるだろう。

 どちらが弱い属性なのかはわからない。そういうゲームじゃなかったから、判断基準がない。ただ鄭和先輩の"性転換"+"俺っ娘"や皆森先生の"年上"+"バツイチ"のように、最新の情報且つ主人公目線の情報が属性になる事は分かる。

 だから最新の状態がロリでお嬢様な少女がいれば、登場キャラクター一覧で属性を見なくとも"ロリ"+"お嬢様"である確率が高いというわけだ。無論、他に強い属性を隠し持っていたらどうしようもないんだけど。

 

 ──"そうね、紹介できる──というか、そのために電話をかけた、と言った方が正しいかもしれない"

「そのために?」

 ──"勿論貴方が幼い少女を求めている、なんて知らなかったから、そのために、ではないけれど"

「是非、お願いする。どんな目的でもいい。今はロリのお嬢様が必要なんだ」

 ──"真剣なコワイロなのに凄くシュール"

「東郷先輩」

 ──"アラ、怒らないで? それに、いつものようにフルネームで呼び捨てしてくれていいのよ? 貴方が心の中でそう呼んでいるように"

「……」

 ──"ごめんなさい。時間がないんだった。それじゃあ、電話代わるから。ステイシー、はいこれ"

 

 ステイシー。東郷ステイシーか。一応一瞬だけ目を瞑って登場キャラクター一覧を確認するけれど、10/10から更新は無く、既存情報の中にも少女の名は無い。

 怖いね。色々な物がかかっている最後の攻略が、前情報なしのキャラクター、なんて。……キャラクター、なんていうのは、もう失礼か。彼女らは人間何だから。

 気を付けなければならないのは──好かせることに躍起になって、好意ゲージの減少から死亡イベントを引き起こしてしまう可能性があること。

 電話越しでは、守れない。東郷のSPがどれほどの実力者であるかは計り知れないけど、埒外の死亡イベントにまで対応できる可能性は薄い。テロリストなんかには滅法強いかもしれないけど、部屋の中で突然花瓶が落ちてくる、みたいなのにはどう頑張っても対応できないだろうから。

 

 心して、かかろう。

 

 ──"お電話かわりまして、とーごー・すていすです。あいしょうをすていしーといいます。ご安心ください。わたしは英語できないです"

「あ、うん。初めまして、ステイシーちゃん。僕の名前は藤堂彩人。よろしくね」

 ──"おねーさまから聞いております。たくさんのにんじゅつが使えるニンジャであると"

「少しならね。準備が整えば、隕石を消す事も出来る」

 ──"ゆえに問います。とーどー・あやとさん。あなたは、わたしのことが好きですか"

「うん。大好きだよ」

 ──"うそつきぽいんといち。おねーさまに大好きだって言えないのに、わたしのことを大好きだと言えるはずがないです"

「う」

 

 声が幼いから、油断していた。

 東郷先輩の妹なんだ。たとえロリとはいえ、その頭脳は僕の上を行く可能性が大いにある。

 ……なんだって幼女と腹の探り合いなんかしなくちゃいけないんだ、とかは。

 まぁ今更か。

 

 ──"しつもんそのに。とーどー・あやとさんには、今、好きな人がいますか"

「いるよ。今というか、昔からね。大好きで、大事で、大切で……愛してる人がいる」

 ──"ほんとぽいんといち。そのあいじょうは本物です。うそいつわりのないように"

「う、うん。そうするよ」

 

 ロリ、なんだよね?

 こう……語彙力が。なんか。

 

 ──"しつもんそのさん。とーどー・あやとさんは、──今まで傷つけてきた女の子たちの事を、どう思ってますか"

「……え」

 ──"世界のためのとはいえ、たくさんの女の子をその気にさせて、ふって、きらわせて。きらう、というこういは自身の心にも大きなだめーじをおいます"

「……」

 ──"あなたが苦しんだのは間違いないでしょう。でも、あなたの行動で傷をおった女の子は、そして男の子も、たくさんたくさん、います。その子たちに対して、何を思っていますか。たとえこのあと、あの星をどうにかしたとして……その先で、そのあいしている人とつがったとして。しあわせを手にしたとして"

 

 なかったことにするんですか。いままであなたをあいし、あなたにきらわれ、なみだを流した少女たちを。

 

「ステイシーちゃん……君は」

 ──"いま、一部の少女らは、あなたをかわいそうに思い、身を引いてでも想い続けるだけでいい、なんてことをいって、あなたを許してしまいました"

「そう、だね」

 ──"それがすべてだと思い込めるような、あっぱらぱーな頭をしているわけではないのでしょう。今でこそあなたの良いうわさに流されて、あなたのしんしな言動にほだされて、あなたをきらえずにいる女の子たちがたくさんいる。けれど、しつれんの悲しみは消えないし、こんご一切、あなたがふりむいてくれることはない、という事実は消えません"

 

 痛い。

 心が痛い。

 だってそれは、僕が、僕自身が一番わかってる事だ。

 けど、誰もが許してくれて、誰もが仕方ない事だとして、誰もが──"最低な行為"だと、そう、具体的な事を言わずに否定していたことだ。

 こうして並べられると。罪を陳列されると。

 ああ。

 本当に、最低なクソ野郎だって。

 

 ──"ゆえに問うのです。あなたは一時の幻をふりはらい、しあわせな夢にたどりつくためにほん走し──そのぎせいとなる女の子たちの事は、忘れてしまう気ですか、と。かのじょらに何もあたえず、かのじょらに何も返さず、のうのうと、あなたの大好きな人とのしあわせなえんどろーるをむかえる気ですか"

()()

 ──"……!"

 

 刺すような言葉。心臓を貫くような言葉に──言い訳をせず、肯定で返す。

 そうだよ。

 僕はそのために生きてきたんだから。彼女を死なせないために、彼女のいる世界を守るために。そして、願わくば──彼女と添い遂げるために。

 

 犠牲となった女の子を救ってほしい、とでもいうようなステイシーちゃんの言葉。

 その気にさせられて、ふられて、癒えない傷を負ったままの女の子を省みてあげて欲しいと。ステイシーちゃんが何を知っているのかはわからないけれど、主張はこうだろう。

 お前だけ幸せになる事を、誰が許すというのか、と。

 

「凄く。今更な事を言わせてもらうけどね。僕は、ハーレム否定派なんだ」

 ──"では、女の子たちには傷をおわせたまま、苦しませたままに、自分のしあわせだけをのぞみ続けると。そういうことですか"

「うん。僕は今から君に好きになってもらうつもりだけど、君を幸せにすることはないし、君に何かを与える事もない。君のお姉さんにもそうだね。君のお姉さんのこと、僕は苦手だけど。色々助けてもらって、色々助言してもらって。背中まで押してもらった。その上で、言うよ。僕は君のお姉さんを好きになる事は無いし、君のお姉さんに惹かれる事も絶対にない。たとえ彼女にフラれて心身ともに憔悴していたとしても、だ。この世に絶望したって、死ぬ間際にあったって。僕は彼女を想い続けている。彼女が好きなんだ。彼女を愛している。その先で幸せになれるかもしれないし、なれないかもしれない。それをひっくるめて、僕は変わらない。自分の幸せを望み続けるというよりは、自分の人生を臨み続ける、が正しいかな。僕はこの生において、それを貫くよ」

「さっきちょっと諦めかけてたくせに」

「うん?」

 

 茶々を入れてきた唯葉ちゃんの方ににっこり笑いかければ、唯葉ちゃんは画面越しであるにもかかわらずホールドアップをした。

 

 ──"ほんとぽいんとじゅう。おそろしいです。怖いです。あなたの言葉には、うそいつわりがない。あなたは本気で、傷つけてきた女の子たちを、ぎせいになった人々を、そのままにする、と言っている。だんせいはみな女の子を傷つけたくなくて、えらべなくて、だからはーれむをつくってしまうんじゃないんですか?"

「凄い偏見だね……。でもまぁ、そういう人を否定する気はないよ。ハーレム否定派だけど、そういう生き方しか出来ない人はいるんだと思う。きっぱり断る事で、傷つけてしまうんじゃないか、って。思いを受け取れないという事で、縁が切れてしまうんじゃないか、って。勿論、選べないくらい両者に魅力がある……なんて妄言を宣う人もいるんだろうけど、大概前者なんじゃないかな。相手を傷つけたくなくて、相手に悲しんでほしくなくて、押し切られてハーレムを形成してしまう。お金や情報の絡まないハーレムは大体そうだと思う。お金や情報が絡むと感情なんか関係なくなるんだろうけどね」

 ──"ほんとぽいんとひゃく。あるいはそれが、あなたのしんこうなんですね。あなたは一途だから。あなたは他になびかないから。たとえうらまれても、たとえにくまれても、あなたは相手に同情しない。かわいいと思うことはあるのでしょう。美しいと思うことはあるのでしょう。けれど、それはあなたの心を動かす理由にはならない。もし、あなたの心が動くことがあるとすれば"

「僕のもっと深い所に触れてきた子には、まぁ動いちゃうかもしれない。恋愛観の奥底、僕の世界観までもを見抜いた子には」

 

 それが多分、杉原君だし。

 覚えていないけれど、多分、藍那だし。

 恋愛感情の繋がりというよりは──家族のような、あるいは身内のような括りに、入れてしまうのかもしれない。

 

 ──"なれば。最後の問いです、とーどー・あやとさん"

「うん」

 ──"この世界に生きる人々は、()()()()()()と、そう思いますか"

 

 問いの意味を反芻する。

 ふざけている。好意ゲージに支配され、暴走し、用済みとなれば死の運命が迫る人々。

 茶番だと、そう断じる事も出来るのだろう。あるいは僕に取る事の出来なかった選択肢……死亡イベントなんかとっとと見捨てて、形振り構わず想い人と添い遂げるような未来も。

 誰も気にしないのだから、自分が死を気にする必要はないと。ふざけた彼らにとって、このふざけた世界は普通なのだから……自らは身を引いて、安全圏で眺めていればいいと。

 

「思わないよ。みんな、生きている。人間だ。それはあの譲司でさえも。そして──君も」

 

 ふざけたシステムなのは変わらない。

 けど、人々までもがそうか、と言ったら。

 絶対に違う。僕も彼女も、僕が傷つけてきたみんなも。

 

 真剣に生きてる。真面目にね。

 

 ──"理解しました。あなたをみとめます。わたしが好きになるに足る、人物であると。そして、かいじします。わたしのぞくせいは"ロリ"+"お嬢様"。ごしょもう通りのぞくせいです"

「君は、やっぱり」

 ──"そして──条件を満たしたことにより、世界のめつぼうが始まります。どうしようもない、どうすることもできない小わく星の飛来。そのしょうとつ。その、二つめ"

 

 直後、世界から光が消える。

 窓を開けて身を乗り出せば、闇が落ちているのがわかった。夜──月明かりが遮られた、だけじゃない。

 街灯も、照明も、唯葉ちゃんとのテレビ電話は勿論、携帯の光までもが失われる。

 

 完全な闇。陰が落ちた、と。上空から見た誰かは言うのだろう。

 日本を中心として、丸い影が落ちたと。

 

 ──"地しんは地しんにそうさいされ、津波は津波にそうさいされ、嵐は嵐にそうさいされました。日本を中心として起こったあらゆる世界めつぼう……だいさいがいの数々は、同じえねるぎー量を持つ同じさいがいによって打ち消され、あれほどのてんぺんちいのさなか、死人の一人足りとて出ていない。世界中の科学者はこれを世界の終わりだとしょうしていますが──いいえ、これは、確実に"

 

 通信が切れているはずの携帯から、ステイシーちゃんの声だけが響く。

 誰もが天上を見上げている中で、僕の意識だけは、携帯電話に向いている。

 

 ──"きせき、と。そう言えるでしょう。それを引き起こしたのは、まぎれもなくあなたです、とーどー・あやと。あなたの積み重ねてきたぜんこうが、一本芯の通ったそのせいしんが、きせきを起こしました。そして、であるならば、ゆえに"

 

 空が歪む。円形状に、へこむ。

 違う。落ちてきているのだと誰かが言った。もう隠しようがない。けれど、ああ、やはりファンタジーだ。

 こんな距離にまでくれば、すでに地表は無事じゃ済まないはずなのに。多分、着弾のその瞬間までは──アレが平気なのだと確信できる。

 

 そして。

 

 ──"世界めつぼうは必ず起こります。例外はありません。ゆえに、世界めつぼうによって世界めつぼうがさえぎられそうなのであれば、時間を早めてでも間に合わせます。二つめの小わく星は加速し──自らの仕事をじゃまする一つ目を、どかすような軌道で"

 

 彗星だ。ほうき星だ。

 巨大な尾を持つ星は──けれど、その大きさが従来の比ではない。落ちてきている巨石と同等の大きさのソレが、勢いと威力を持って体当たりをかます。

 起こるのは爆発。たかだか隕石、じゃないのだ。小惑星……ちゃんとした質量を持ち、引力を有す惑星同士の衝突。それは当然、凄まじい熱波と破壊力を周囲に齎す。

 

 今度こそ、誰もが思っただろう。

 世界の終わりだと。

 目に見えない真っ黒な巨星より、目に見える真っ赤な破砕──双方が砕けて落ちる、数えきれない程の隕石となって飛来するそれこそを、世界の終わりだと。

 

 そこまでは僕も予想していなかった。

 消えるものだと。ファンタジーが如く、世界滅亡がダブって、それこそ空間に飲み込まれるようにして消えるものだと。

 

 これじゃあ。

 これじゃあ、意味がない。

 確かに世界滅亡よりは死亡は減るのだろう。これならばあるいは、半分くらいは無事で済むのだろう。

 けど、そんなの。

 

 僕の求めていた結果じゃない。それじゃあ彼女を──守り切れない。

 間に合わない事は分かる。今から彼女の家に向かったって、もう。

 無理なのはわかる。妹をどこに隠しても、共にどこへ逃げても、もう。

 誰と、どこへ行こうとも。

 あの巨石群から逃れる術はない。

 

 

 

 ──"きせきです。あなたの積み重ねて来たぜんこうは、世界めつぼうを防ぎ──さらに、世界のはんかいまでもを防ぎます"

 

 

 

 その言葉が終わる前に、それは起こった。

 見える範囲、視界のすべて。その至る所で水柱が立ち上がったのだ。

 

 一本縦、じゃない。うねるように、蜷局を巻くように。まるで──竜のように。

 周辺の河川という河川、あるいは海という海から、水の竜が飛び出した。

 それはまるで──"水神の怒り"とでも表現すべき光景。あまりにファンタジーなそれは、しかし向かう。向かうのだ。

 僕らを脅かさんとする巨石の元に。

 僕達を守るかのように。

 

「てってれー! 何もしないワケじゃないんだぜボクも! なんかすっげーのが出てきて霞んでるけど、くらえ消失ビーム!」

 

 物凄い速度で上空を駆け上がる円柱。取り付けられたけったいなスピーカーから、聞き覚えのある声が聞こえる。

 巨石の轟音で掻き消されるはずの音量は、けれど確かに僕の耳に届いた。晴巻夜明。宇宙人。

 円柱から飛び出したか細い一線は巨石の一つに当たり──それを消す。無数の岩に対してあまりに無力なそれは、けれど確実に効果を発揮している。

 水竜では漏らしがあるのだ。その大部分を、その多くを受け止めた水の竜達は、けれど水であるが故に、取りこぼしがある。

 それらは元の数に比べれば極少数といえるだろう。しかし地表に落ちれば被害は免れない。だからこそ、それらの零しを晴巻夜明が消していってくれている。

 

「やっはろー、少年。なんだよアイツを信じた私が馬鹿だったぜ、とか思ってたけど、マジじゃんマジじゃん。世界おもしれーじゃん。ってことで、用意しましたルチノーイプラチヴァターンカヴィィグラナタミョート! 撃つ? 撃つ?」

「いや、ロケランは弾頭が落ちると危ないし、外したら目も当てられないのでやめてください。というか住宅街にそんなもん持ち込まないでください」

「うっは冷てェ~! これでもテンション爆上がりしてんだよ私。ヒコノミーも大興奮でLI○Eしてきたし。手伝えることとかあったりする?」

「火傷に対する薬とかをありったけ」

「おっけおっけー、よかろう。私達天才研究者をそんな当たり前でありきたりな事に使うのを許可する。でさ、こういうのがマジで起こって、試練が阻止された、ってことは……来るんだよね」

「来ますよ。多分これが終わったら、異世界の住民が次元の門戸を叩きます」

「十分なモチベーションだことで。んじゃねー、少年。藤堂彩人。私は多分もう、君の目の前には現れない。研究室にいた方が有意義だから。だから、まぁ、私を外に出さないように、世界を彩り続けてクレヨン?」

「いや別に僕が未来を決めてるわけじゃないんですけど」

「アデュー!」

 

 言って。

 屋根から声をかけてきて、でっかいロケランを背負ったままに、白衣スク水の少女は屋根と屋根の上を伝って去っていった。

 ……あれ、あの人妹より運動能力ないんじゃないっけ。ドーピングでもしてるのかな。

 

「兄さん」

「大丈夫だよ、導。大丈夫、ちゃんと守るから」

「いえ。私より、由岐さんを大事にしてください。たとえ私の身が危険にさらされたとしても、由岐さんを優先してください」

「……でも」

「兄さん、自分が思ってるより声大きいんですよ。聞こえてました。さっきの言葉。兄さんの愛の話」

 

 ……寝てるものだとばかり。

 ああいや。起こしちゃったのかな。そうだよね、部屋となりだもんね。

 

「私は兄さんに愛される事は無いと、わかりました」

「……うん。ごめんね」

「許しません。だから、償いとして。もうどこにもいかないでください」

「うん」

「なので今は早く行ってください。危険かどうかはわからないし、由岐さんは多分ご両親と一緒に居ると思うので、真夜中にけしかけた不審者になると思いますけど……今行かないで、いつ行くんですか、兄さん」

「ありがと、導。そうするよ」

 

 ベランダのサンダルを履いて──飛び降りる。

 二階の高さなんて主人公の肉体には衝撃にすらならない。飛び降り、着地硬直も感じさせない動きで駆けだす。

 向かう先は彼女の家。といっても、そこまで離れてはいない。だから一直線に向かう。

 

 向かって。

 向かって。

 

「──ふざけるなよ、おい!」

 

 上空──光が見える。

 全体に比べたら破片も破片。晴巻夜明も撃ち漏らしだとすら思っていないのだろう程度の大きさのソレ。

 家屋を一つ潰すにも至らないだろう光点が、一つ。

 

 彼女の家に。

 彼女の──部屋に。

 一直線に。

 

 何の冗談か。どんなふざけ具合だ。

 彼女に死亡イベントは発生していないはず。世界滅亡エンドもグリッチによって取り除かれた。その余波も水の竜やら宇宙人やらが頑張って取り除いてくれている。

 

 だというのに。

 だってのに。

 

「そんな、取ってつけたかのようなバッドエンドを!」

 

 彼我の距離、約七十メートル程。

 今から説明したって当然間に合わない。なれば、破壊するしかない。だがどうやって。

 蹴り壊す? いやいや、主人公の肉体が如何に優れているからといって、そんな曲芸染みた事が出来るわけじゃない。第一どうやってその高さまで飛ぶんだ。

 何かを投擲する? それも無理だ。優れた肉体に反し、僕に技術の類は無い。あるいは鄭和先輩なら出来たのかもしれないけれど、僕には狙ったものを狙った場所に投げつけるという技術を高い段階で修めてはいない。

 ならば。

 ならば。

 

「窓から突っ込んで──安全圏まで逃がす!」

 

 一番の力技に頼るしかない。

 彼女の家の石垣に飛び乗り、高くジャンプ。一階の屋根へと一足で辿り着いて、その勢いのままベランダの窓を割る。

 

「きゃぁっ!?」

「由岐、ごめん!」

「痛ッ、ちょっと、何!?」

 

 一階のリビングに彼女の両親がいることは確認済みだ。光漏れるカーテンは内の光景を透かす。

 彼女は一人っ子。その部屋だけは犠牲になってしまうけれど──それはもう、ごめん、としかいえない。

 

 命が一番大事だ。

 だから、だから、ぎゅっと抱きしめて。

 出来るだけ彼女の部屋から離れて──直後。

 

 

 

 視界の全てが、目を開けていられないような眩い光に包まれた。 

 

 



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終幕

お疲れ様でした。


「……全く、あの時はちょっと怖かったんだから」

「ごめんって。もう、何回謝らせる気?」

「謝って済む問題だと思ってるの? ……まぁ、彩人に怪我がなかったから、良かったけど」

 

 公園のベンチは、春の日差しが暖かい。

 

 あの後、世界はちょっと変わった。"異世界"と呼ばれるところが遊びに来たのだ。

 侵攻や侵略ではなく、遊びに。リベルタ・モーディがこちらに門を開いたことで、あちらの世界の人々も安全にこの世界に渡れるようになった。

 異世界の技術により諸問題は解決。地球には防護結界が張られ、宙からの脅威にも目を向けなくて良くなった。無論宇宙からの来訪者には然るべき手続きの後訪問が許され、だからハルムの星々もたまに遊びに来ている。

 

「それにしても……扉、だっけ。あれの位置、どうにかならないの?」

「ああ、それについては近々変わるよ。もっと安全な位置で、もっと大きな扉を春香山公園に開くらしい」

「それはありがたいわ……」

 

 あの、取ってつけたような破片によるバッドエンドは、無事に回避された。

 眩い光と共に現れたリベルタ・モーディ。彼女の纏っていた防護結界に衝突、消滅する形で。

 だから、僕が彼女を抱きしめて横になっている所も彼女が怯えている所もばっちり見られて、それを暴漢に襲われる憐れな娘だと勘違いしたらしいモーディが僕を吹っ飛ばしたりなんだり……みたいな事があったけど、なんとか解決。彼女が誤解を解いてくれなければ流石に死んでたね、百八十メートルは流石に。

 リベルタ・モーディ。"転移者"+"勇者"の属性を持つ女の子。本編においては最終盤に出てくるヒロインであり、彼女自体の攻略難度はそこまでではないものの、彼女が絡むシナリオの悉くがファンタジー寄りになるため、「途中からゲーム変わった」とか「出るゲームが違う」とか言われてたキャラクター。

 

 正義感が強く、身内には甘い。敵には非情であるものの理解力はあって、憎しみという感情からは無縁。

 そんな、正しくどこの主人公だよ、みたいなキャラクターであるモーディは、この世界に来て早々だというのにすぐに動いてくれた。この世界の現状を見て。世界滅亡も半壊も防がれたものの、未だ危機の魔の手より逃れられぬこの世界のために。

 

 そして。

 

「……もう、見えないのよね? その……好意ゲージ、というのは」

「うん。まぁ、見えてても見えてなくても、君に関しては変わらなかったけどね。ずーっと三固定……初めから好意ゲージになんか支配されてなくて、ずっと僕の事を想ってくれてたんでしょ?」

「よく恥ずかし気もなくそういう事言えるものね……」

「だってもう、何も気にせず言っていいんだもん」

 

 好意ゲージは消滅した。

 どのタイミングで、かはわからないけど、多分ステイシーちゃんの最後の電話が切れた辺りだと思う。あまり覚えてはいないけれど、導に背中を押された時にはもう、消えていた気がするから。

 同じくして登場キャラクター一覧も、そもそものステータスウィンドウも消えた。

 晴巻夜明曰く、もうこの世界を覆っていた嫌な気配はない、とのことで。

 

 だから、ちゃんと。

 システムとやらは壊れたのだろう。

 

「譲司君」

「ん」

「まだ見つかってないんでしょ? ……いいの? 友達なんでしょ?」

「いいよ。大丈夫、アイツはどう頑張っても死なないだろうし。どうなったって、友達のままだし」

 

 あの件のあと、譲司はふらっと姿を消した。

 解放リボンで見た通り海外を旅しているのか、それとも黒幕の元に戻ったのかは、定かではない。その黒幕についても判らずじまい……まぁ心当たりある人は一人だけいるけど、それを追求する気もない。

 また、何かあったら。

 何でもないような顔をして、ふらっと現れるんだろう。

 

 そういえば、解放リボンもいつの間にか消えていた。多分これも好意ゲージの消滅と共に、なんだろう。一回目は気まずかったけど、二回目は本当に役に立ってくれた。違う分岐先を見せるアイテム。

 こうしてちゃんと、その先を掴み取れた。それは本当にリボンのおかげだと思うから。

 

「由岐」

「何?」

「……なんでもない」

「何よ。……このラブラブカップルみたいなやり取り、やめない?」

「僕も言っててちょっと笑いそうになった」

 

 記憶は戻った。

 宵待藍那の事も、紙葉美紅の事も、晴巻夜明の事も、水髪巫女奈の事も、田畑要の事も思い出した。これもまた、好意ゲージの消滅と共に。彼女らの関わるエンドの事も同様に。

 水髪……水神の方は特にモーディの助力に寄って小惑星を完全に滅した後でコンタクトがあったから、鮮明に色々と思い出す事が出来た。

 曰く、"返礼。安心してほしい、愛し子の身に何が起きたというわけではない"とのこと。水髪が死んだから水神エンドになったわけではなく、あの後ちゃんと二人で話し合った結果なのだという。水髪の意識ある内から美子那様が表出するようになって、だから此度の結果は水神の意思でもあり、水髪のお願いでもあるのだと。

 

 ……水髪の意思一つで水神を動かせる、というのは中々に怖い所があるけど。

 まぁそれは異世界組や晴巻夜明も同様か。

 

「それより、あのお嬢様から何かされてない? 貴方なら大丈夫だとは思うけど、何かあったら言いなさいよ?」

「あはは、大丈夫大丈夫。ちょっとこの前ハイ○ースに連れ込まれたりしただけだから」

「されてるじゃない」

 

 平和になった世界で、尚も僕を狙ってくる存在は二つ。

 東郷アミチアと、晴巻夜明。

 委員会の解体により晴巻夜明はフリーとなったわけだけど、ハルムの星々が遊びに来るようになったためか晴巻の設備・装備も充実。移動拠点も取り戻して、委員会にいた頃より多くの伝手と多くの手段を以て僕の所に()()()()()

 東郷アミチアもまたNINJAの血は諦めきれないとかなんとかで財力を総動員。曰くステイシーちゃんの意思もあって、だそうで、普通に誘拐とか監禁とかしてくる。

 他の子が割とちゃんと身を引いてくれた中で、この二人だけは精力的だ。しかも話し合いだとか合意の上で、とかじゃなくて、"心折って従僕させればいーや"のスタンスで来るからタチが悪い。

 

「モテモテじゃない。そういうの、ハーレム、っていうんでしょ」

「はは、もしかして僕の想い伝わってない?」

「……ちょっとした冗談じゃない。だから、真昼間から抱きしめるのとかやめて……恥ずかしい」

 

 僕の今までの行いが褒められたものではない、という事くらいわかっている。

 事実真実の知れ渡った今でも水橋や榛は僕から距離を置いているし、鄭和先輩もあまり良い顔をしていなかった。天羽だけは「つらかったよね」とか「すごいね、藤堂君は」とか言ってくれたけど、ちょっと善性過ぎて面食らったくらい。

 紙葉も田畑もあの件以降のコンタクトは無い。田畑に関しては退学しているのもあるけれど、同じクラスの紙葉はもう関りが無かった、という風に過ごしているように見受けられる。

 そうしてくれるのはありがたいけど、大丈夫かな、とか。僕が一番やっちゃいけない、心配、なんてものをしてみたり。

 

「杉原君には会いに行ったの?」

「うん。開口一番、なんて言ったと思う?」

「"ありがとう"か、"久しぶりだな"か。どっちかね」

「正解。"ほんっと久しぶりだな彩人! 元気してたか? あの時はありがとな!"だってさ。あの時から一切連絡してなかったのに、僕を認識した瞬間肩組んで背中叩いてきてさ。……なんというか、変わらないよね、アイツ」

「貴方がこうもガラりと変わったのを気にしない胆力は確かに凄いわね」

「俺、って言ってた方がいいか?」

「今更やめてよ。無理してるようにしかみえないから」

「僕も恥ずかしいからやめたい」

 

 人間関係の清算。

 学期末におけるそれではなく、僕が、藤堂彩人がしてきた事への清算は、まだ全然済んでいない。

 僕から離れた人も多いし、する必要はない、という人も多い。というか、わざわざ「最低」だとか「死ね」とか言ってくる子がいない、という方が正しいか。そういう不和を生むような発言をしない大人な子ばかりで、だから今平穏無事が保たれている。

 責めてくれた方がありがたかったかもしれない、なんてのは、甘えだろうね。

 

「……ところでさ」

「何?」

「由岐って、あそこ……ちょっと離れたとこにある水族館、行った事ある?」

「ああ、あそこ。まだ行ってないのよね。行ってみたいとは思うのだけど」

「そっか」

 

 一つだけわからない事。

 僕が田畑要と別れたあの水族館で見た、ハーレム展開撲滅ゲームのHPらしき光景と、由岐の後ろ姿。主人公が走り去る彼女の背に手を伸ばしていて、けれど届かなくて。

 あの悲劇的なシーンの光景が、何故あの時に見えたのか。

 そしてあの後、意識を失った僕が、いつの間にか家に帰ってきていた事も、不思議で。

 

「そろそろ、帰らない?」

「えーっ、デートもう終わり?」

「そうじゃなくて、続きは家で、にしない? って事。こうして駄弁っているのはいいけれど、少し暑いし、ちょっと……どころじゃなく騒がしいし」

 

 それはそう。

 

 ──空には巨大な羽の生えたクジラ。ビルに巻き付く龍。空を飛ぶUFOに、尻尾の生えた三人組アイドルが乗ってライブをしている。形状は三輪バギーの車が逆さまに壁面を行き、その後ろを追いかける形でパトランプのついたパワードスーツがドッシャンガッシャン。

 路上ではハーピーらしきものと人間の子供が遊び、その隣では機械の犬が金属の骨を咥えて喜んでいる。保護者だろう女性の手にはグネグネと捻じ曲がった杖。光を発すそれが子供らを包み、守っていて。

 控えめに言ってカオス。控え目に言ってファンタジー。

 

「じゃ、帰ろっか。それで、家でイチャイチャしよう。人目が無ければ恥ずかしくないんだよね?」

「げ、限度は弁えてほしいわ」

「勿論。僕らはまだ未成年だし、ね?」

「なにその前置き。身の危険を感じる」

「はは、冗談冗談」

 

 ちょっと本編主人公みたいな事を言ってみたり。

 僕らは、手を繋いで。

 肩を寄せ合って──家路につく。

 

「ちなみに、キスは?」

「それも帰ってから。人前では無理」

「由岐は恥ずかしがり屋だなぁ」

「普通よ普通。これが普通」

 

 あの時、リボンの先でお預けされた感触は、まぁ。

 こっちでも、僕達だけの秘密、ということで。

 

 まだ、解決すべき事は残っているし、清算すべき間柄も残っている。

 けど、ごめん。貶されようが、罵倒されようが──もう、この幸せだけは手放すつもりないから。

 

 これにてハーレム展開は完全に撲滅された、という事で。

 

「エンド名は、もう要らないね」

「何が?」

「なんでも」

 

 名称は、ハッピーエンドで。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

「それで、なんで俺様まだ日本から出してもらえないわけで?」

「ちゃんと仲直りしてから出て行きなさい」

「えーっ! つかアンタ、性格変わりすぎだろ! いつもはもっと悪辣な顔して悪辣な笑みして悪辣な事考えながら悪辣な言葉吐く奴だったのに」

「もうかんしょうは受けてませんから。あなたと同じで、私は一つの人間になりました」

「けひひ、そりゃ残念。じゃあもう未来の事も、アイツの心情も教えてもらえないワケだ」

「どの道、未来のことはもうだれにもわかりません。げーむが終わった時点で、未来はあやふやになりました。あなたに渡したもう一つのかいほうりぼんも効果を失い、外の世界に関わるすべも消えました。この世界はすでにげーむでなく、一つの世界。ぷれいやーやくりえいたーのいる世界とはえんの切れた場所です」

「つまんねー話だな、そりゃ。つーかよ、だったら俺様の名前もどうにかしてくれよ。こんなふざけた名前じゃなくてよ」

「てきとうに名乗ればいいのでは? 今までしてきたように」

「ひでー。この世で唯一の共犯者だってのに、他人事みてーによ」

「正しく他人ですから。私はお金持ちでお嬢様でだれからも愛されるろりぼでー。大して貴方はふとっちょで両親もいなくてお金もないないないづくし。助けてあげるぎりもありません」

「ま、いーぜ。そっちがその気なら、俺様にも考えがある」

「ほう」

「けけけ、ネットって怖いんだぜ。アンタ自身の恥ずかしい写真ややべー写真なんか俺様は沢山持ってんだ。全部放流してやる。アンタの家柄がどれほどでも覆い隠せないくらいの規模でな」

「さいてーですね。なればもう、貴方をにがす理由はありません」

「おう、養ってもらうぜ、お金持ちさん」

「……そういうことですか」

 

 とか、なんとか。

 そんな話があったとか。

 

 暗い場所での、幼女とデブの一幕である。

 




No.名前属性
1
浅海(あさうみ)由岐(ゆき)
"幼馴染"+"真面目"
2
天羽(あまばね)久希(ひさき)
"メガネ"+"巨乳"
3
錨地原(いかちばら)霍公(ほととぎ)
"お嬢様"+"ヤクザ"
4
北島(きたじま)(かえで)
"天邪鬼"+"初心"
5
紙葉(しよう)美紅(みく)
"友達想い"+"ツンケン"
6
千式(せんじき)真那比(まなび)
"変態"+"研究者"
7
田畑(たばた)(かなめ)
"百合"+"ギャル"
8
鄭和(ていわ)衛須(えいす)
"性転換"+"俺っ娘"
9
藤堂(とうどう)彩人(あやと)
"イケメン"+"行動力"
10
藤堂(とうどう)(しるべ)
"ブラコン"+"常識人"
11
東郷(とうごう)アミチア
"留学生"+"お嬢様"
12
(はしばみ)公佳(きみか)
"元気"+"天然"
13
晴巻(はるまき)夜明(よあけ)
"宇宙人"+"侵略者"
14
平岩(ひらいわ)木の実(このみ)
"不登校"+"天才"
15
仲帳(なかとばり)すみれ
"ロリ"+"博愛主義"
16
三木島(みきしま)(はるか)
"無知"+"爆乳"
17
水橋(みずはし)綾乃(あやの)
"ムードメーカー"+"情報通"
18
水神(みずかみ)美子那(みこな)
"神"+"過保護"
19
水髪(みずかみ)巫女奈(みこな)
"現人神"+"生贄"
20
皆森(みなもり)朝霞(あさか)
"年上"+"バツイチ"
21
夕闇(ゆうやみ)大翔(はると)
"熱血"+"オタク"
22リベルタ・モーディ"転移者"+"勇者"
23
輪島(わじま)いなみ
"ぼっち"+"ビッチ"
24
赤坂(あかさか)四郎(しろう)
"花屋"+"メガネ"
25アネス・レンシア"留学生"+"博愛主義"
26
宵待(よいまち)藍那(あいな)
"純情"+"車椅子"
27
宵待(よいまち)唯葉(ゆいは)
"サポーター"+"誇大妄想家"
28
譲司(ジョージ)和審豚(ワシントン)
"相談役"+"NPC"
29
東郷(とうごう)ステイス
"ロリ"+"お嬢様"


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