動かぬ鼓膜と君の頬 (疋倉ヨバラ)
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黙殺

「…」


「そういや聞いたか、あの噂?」

「噂だぁ? 何だい噂って?」

「お前知らねぇのか? 陰口叩いたら鬼に殺されるってぇ、巷じゃ話題んなってるってのに」

「ガキを仕付ける為の大人の嘘じゃあるめぇしよ、んなもん噂は噂だろ?」

「それがよ、噂じゃあねぇかもしれねぇんだよ」

「はぁ? どういうこったい?」

「通りの角の酒屋んトコに(せがれ)がいるだろ?」

「あぁ、あのいけ好かねぇ野郎か。そいつがどうした?」

「あの野郎が一昨日死んだらしいんだよ。それも身体中バラバラに斬り殺されてたってぇ話だ」

「そいつこそ黒い噂の絶えねぇ奴だったじゃねぇか。恨み節の一つや二つはあんだろうよ」

「いや、俺もそう思ったんだがな、斬り殺されてるってのにその晩は悲鳴どころか物音一つ聞こえなかったそうだ」

「へぇ、それが噂ってわけかい。怖いねぇ」

「ま、誰がやったのかは知らねぇが、あの野郎を殺してくれたんならありがてぇ限りだがな」

「ははっ、違ぇねぇ!」

 

「……」

 

 ──────────

 

 ここは幻想郷。

 外の世界で忘れ去られたモノが行き着く場所。

 ここには人間だけでなく、現代での空想が今も存在し息づいている世界。

 そしてまた一つ、忘れ去られたモノが幻想入りしてきたのだった。

 

「……ということだ。そして先日、その噂話をしていた大人二人も同様に殺されたそうだ」

「穏やかじゃないわねぇ、人里も」

「同じ手口はこれで五人目。いくら怠け者のお前でも、ここまでくれば博麗の巫女として動かざるを得まい、霊夢?」

「そうだけど……鬼なら萃香に任せればいいでしょう? 何で私な訳?」

「あれは嘘を嫌う。理由は分からないが、陰口を狙う件の鬼とは恐らく反りがあうだろう」

「なら尚更いいじゃない」

「尚更お前が行くべきだ。萃香までもが賛同したらどうする」

「分かってるわよ、言ってみただけ。そもそも今は出掛けてるしね」

 

 今は命芽吹く春。

 暖かい縁側から動くのは誰でも億劫になるものだろう。

 そこに暖かいお茶とお饅頭でもあれば、なおのこと。

 不穏な話題とは裏腹に、とても穏やかな日のことだった。

 所変わって、人里よりそれなりに離れた場所に一つの山があったとさ。

 そこは誰が言ったか「妖怪の山」

 件の鬼だけでなく、天狗などの様々な妖怪が住まう妖怪たちの園。

 そこでも、やはり噂は広まっていた。

 

「しかし、陰口を喰らう鬼ですか……」

「萃香様じゃ無いんですか?」

「昨日ご本人に聞いてみましたが違うそうです。どうやら、聞いた限りではこの妖怪の山に住んでるようですし、本当に鬼なのかも分かりません。何せ人間が勝手に鬼と言ってるだけなようなので」

「でもただの報復、ではありませんよね。いくらなんでも、それだけでここまで事が大きくなるとは思えませんし」

「私の見立てでは、新たに幻想入りしてきた音に纏わる妖怪や九十九神の仕業だと思うんですよね。私が知る限り、そこまで物騒なことをする輩は妖怪の山に居ない筈ですし、何より人間と友好的な妖怪や博麗の巫女がいずれ出てくるのを分かっていながらこんな派手な事をするとは思えません」

 

 妖怪の山、特に天狗は強固な縦社会を形成している。

 その中でも鬼は高い地位を有していた。

 現在ではその多くは地下に行き、萃香の様に地上にいる鬼は極めて少ない。

 要するに、天狗は鬼に頭を上げられないということだ。

 

「……ところで、文様?」

「はい? なんでしょう、椛?」

「何故私はここでお茶を淹れているのでしょうか? 私にも一応白狼天狗としての仕事があるのですが……」

「ちょっと話しかけないで下さい、そろそろ原稿落としそうなので急がないと……」

「えぇ……」

 

 ともあれ、ここまで大事になってしまえば全てが公になるのも時間の問題だった。

 その件の鬼はというと、今まさに妖怪の山を下っているところだった。

 髪は地に着くほど長く、永く手入れをされていないことが一目で分かる。

 瞳はまるで恨みを煮詰めたように暗く、それでいて眼光だけが鋭く輝く様は酷く不気味だった。

 そして何よりも、草葉を踏む音、木々を抜ける風の音、髪を摺る音、呼吸、鼓動さえも死に絶え、鼓膜はとんと震えを忘れ、音という概念を忘れ去ってしまいそうな感覚が、彼の鬼にとってひどく嬉しい事だった。

 

「……」

 

 その手には、『()()』が握られていた。

 鉈や刀と呼ぶには余りにも長く、余りにも赤黒いそれを、まるで赤子をあやすように優しく握る手は美しかったように見えた。

 

 ひたり……ひたり……ひたり……

 

 しかし音は聞こえない。

 これは幻聴であって幻聴ならざるもの、いわば死神の足音とも呼ぶべきもの。

()()の狙う首にだけ響くのだ。

 

「クソッタレが! たかが噂ごときで怖じ気づきやがって、お陰で俺の商売は上がったりだ! なにが陰口を喰らう鬼だ! んな奴ぁとっとと博麗の巫女様にでも退治されちまえ!」

 

 ひたり……ひたり……ひたり……

 

「ん? なんか音がしたような? 気味が悪いったらありゃしねぇ。っとと、そんなん気にしてる場合じゃねぇわな」

 

 ひたり……ひたり……ひたり……

 

「にしても、春だってのにやたら寒いな……何故だか耳も聞こえずれぇし、さっさと帰るか」

「……」

「なんだぁ手前(テメェ)は? 小汚ぇ格好しやがって、御慈悲なら仏様にでもすがってな」

 

()()は何も答えない。

 男が踵を返すと、()()の手にはやはり長く、赤黒い何かがあった。

 男は気付かない、()()が今まさに振り下ろしているその腕の美しさに。

 そして男は知りえない、その腕の持ち主こそが自らの商売を妨げた噂そのものであるということを。

 

 そうして、また一人、凪に呑まれた。

 もう、音はない。

 命芽吹く春の事だった。




いかがでしたでしょうか。
一話目で主人公が一言も喋らない、もしかしたら二話目も喋らないかもしれないという、この作品を作った作者を疑う仕上がりに。
ヒロインすら出てこないし、これは本当にどうなんだと自分でも思う今日この頃、皆様如何お過ごしでしょうか?
私は日々デュエリストとして仲間と共に研鑽しています。

雰囲気重視な作風なので出来るだけ原作寄りの口調にしていますが、「こうじゃないよ」とか「こうするべきだろ下手くそ」といった感想があれば遠慮なくどうぞ。


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