鋼の錬金術師Reverse 蒼氷の錬金術師 (弥勒雷電)
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序章 始まりの記憶

いつもと変わらない晴天の日だった。

 

雲一つない青空、

そよぐ風に揺れる木々…

平地を静かに流れる川のせせらぎ…

そこに群がり魚を捕る鳥達

 

全てがいつもと変わらない、普通の風景に見える。

でもなんか違うと少女は幼いながらに感じていた。

 

その日、黒づくめの衣装を着た二列の行列は小高い丘陵をゆっくりと登っている。

 

一角にその少女は居た。

 

齢3歳、この行列の意味もまだ介してない少女の瞳はその日の晴天のように真っ直ぐで希望に満ちていた。

 

まるでピクニックに出かけているかのように。

 

————————————-

 

その日、1914年某日、

志半ばでこの世を去った1人の軍人の葬儀が執り行われようとしていた。行列の中には生前の彼をよく知る同僚、上司、ライバル、友人と沢山の人間が参列している。

 

この人の多さだけで生前の彼の人望を手に取るように理解することができる。

 

その行列の一角、棺のすぐ後ろを母親らしき女性に手を引かれて歩く少女はまだ今日の日という意味を理解できないでいる。

 

「ねぇ!どうしてパパを埋めちゃうの?もうお仕事できなくなっちゃうでしょ?やめてよ?ねぇってば!!」

 

丘陵の頂上、墓地が広がる場所に着いた時、

少女はようやく違和感が現実だと理解した。

 

父が入っている棺が地中に埋められていくのだ。

少女は母親や父の友人の男性に棺を埋めるのをやめるよう懇願する。

 

彼女の父が入っている棺は丁寧に土の中に置かれ、同じく黒い礼服を見にまとった若い男達がそこへ土をかけていく。

 

もちろん少女の叫びは止まらない。埋められていく父を助けようと泣き叫ぶ。

 

もちろんそこにいる大人達は答える事はできない。

その少女にとって残酷以外の何物でもない現実だからだ。

 

その時彼女の母親らしき人物が今にも飛び出そうとする少女を抱きしめる。だが、少女の瞳はじっと土をかけられ、見えなくなっていく棺に向けられている。

 

「エリシアやめなさい!」

 

母親の腕を制して棺に向かおうする少女。

母親は彼女をを強く抱きしめながら嗜める。

周囲は健気な少女の言葉とそれを取り成す母親の言葉に胸を打たれる。

 

「でも…パパが…パパが…」

 

それでも少女は母親の制止を振り切ろうとする。

その様子に母親は大粒の涙を流しながら声を絞り出すように叫ぶ。

 

「パパは…死んじゃったのよ」

 

母親から聞かされた瞬間、

少女の中で何が弾け、

そして周囲が暗闇に満たされる。

 

そして自分から背を向け去っていく父親の姿が浮かんだ。

振り向きざまに見たその笑顔は彼女が知っている自分の父のそれ、そのものだった。

 

「パパまって!ねぇ!まってってばーーー」

 

少女の叫びだけが暗闇にこだましていた。

 

 



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第1話『真理の扉』part 1

大陸歴1930年11月9日 6:30am

イーストシティ グレニッジホテル

 

目を開くと見慣れた白色に塗装されたコンクリート調の天井が目に入った。

 

夢か…

 

久しぶりに父の葬儀の時の夢を見たとエリシアはそう思った。

 

《全く今日は大事な作戦があるのに縁起が悪い》

 

彼女はそう心の中で悪態をつくとベットから這い出し時計を見る。まだ朝の6時半、9時の集合までには時間がある。

 

《少し早いが司令部にでもいくかしら》

 

彼女はシャワーを浴びるとクローゼットから群青色の軍服を手に取るとその身に纏う。そしてエリシアは鏡に映った自分の姿を見る。

 

あの頃の父と同じ軍服を身に纏っているのは母親と同じ栗色がかった金髪の長髪を肩まで下ろし、栗のような藍色の瞳、小粒な鼻と口の少女がそこにはいた。

 

彼女、エリシア・ヒューズは身を翻すとテーブルの上に置かれた六芒星の刻印をされた銀時計をポケットに入れ、部屋を後にした。

 

—————————-

 

同日 7:20am

イーストシティ 東方司令部

 

「おはよう。ヒューズ少佐、早いな。集合は9時だぞ」

 

ヒューズ少佐と呼ばれたエリシアは自身の現在の勤務先である東方司令部の廊下で前から歩いてきた男性に声をかけられた。

 

彼女は壁際に寄り、敬礼の姿勢を取る。

 

「これはマイルズ司令。おはようございます。朝早くに目覚めてしまい、やる事もありませんので、医療錬金術の研究査定報告書でも書こうかと思いまして」

 

彼女の返答に東方司令部司令官マイルズはサングラス越しの目を細める。

 

「そうか。それはご苦労なことだ。だが、お前ほどの勤務実績があればそれほど頑張らなくても十分査定は問題ないと思うが?」

 

マイルズの言葉に彼女はふっと笑みを浮かべる。

 

「いえ、カインズ准将の査定は厳しいですから。作戦の集合時間までには切り上げるようにします」

 

エリシアはそう答えると再度敬礼をし、踵を返す。その背中にはこれ以上の問答は不要と書かれている。

 

マイルズはその様子を見てやれやれと肩を落とすと彼女の後ろ姿を見つめる。そこに彼に付き従っている側近の男が口を開く。

 

「あの女性士官初めて見る顔ですが?国家錬金術師でしょうか?銀時計を所持しておりました」

 

「エリシア・ヒューズ少佐だよ。若干18歳にして国家錬金術師の資格を取った今やセントラルのエースだよ。大総統きっての推挙で今回の作戦に参加してもらうことになった」

 

その上司の返答に側近の男は感嘆の意を漏らすしかできない。マイルズは彼女の姿が見えなくなったことを確認すると踵を返す。

 

「蒼氷の錬金術師エリシア・ヒューズか。どういう理由があるかは知らんが18歳で国家錬金術師とはあのエルリック兄弟以来か。大総統も何をかんがえているのやら」

 

ふとマイルズは彼女が作戦に参加する際にセントラルから送られてきたエリシアの経歴書のことを思い出し、独り言のように呟いた。

 

一方のエリシアはマイルズと別れた後、今回の遠征中に自分にあてがわれた部屋に入ると椅子に腰を下ろした。

 

「ふぅ」

 

小さく溜息を吐くとデスクの上に置いた六芒星があしらわれた銀時計に目を向ける。

 

国家錬金術師の証、軍の犬、血税泥棒証などいろんな揶揄をされるこの銀時計である。それが故に恩人であるロイ・マスタングから国家錬金術師への推挙を打診された時は迷った。

 

国家錬金術師の巷での評判のこともあるが、父を殺した軍に入ることも母親の気持ちを考えると憚られた。

 

『あなたは貴方のやりたい事をやりなさい。貴方がパパの後を継いでお国のために働きたいと言ったら泣いて喜ぶと思うわよ』

 

あの日の母親の言葉でエリシアは国家錬金術師になる事を選んだ。特に発展が遅れている医療分野研究をこのアメストリスで更に進める事が今の彼女に課せられた使命であり、彼女が父に変わって国に貢献できる唯一の目標であった。

 

—————————————

 

『エリシア、東方で過激派組織の掃討作戦が行われるのは知っているな?』

 

3週間前、突然大総統府に呼び出されたエリシアは恩人であり、父上親代わりであるロイ・マスタングからそう尋ねられた。

 

ロイ・マスタングは14年前のキング・ブラッドレイが死亡したクーデターの鎮圧で多大な功績を認められ准将に昇格、その後イシュヴァール再興に尽力、2年で結果を出し、大将へ昇格した。

 

その後グラマン大総統の退役後、軍内部からの圧倒的な支持を得て晴れて目標であった大総統の地位につく。

 

それから8年の間、軍民分割などの民主化政策を進め、まずは大総統の任期を4年と定めた。また民主化に向けた政策は民からの信頼も得て、二期続けて総統の椅子に座り続け、今年が最後の年になる。

 

しかしながら未だ軍民分割政策の軍内部からの反発も根強く、それが目下の彼の大きな悩みでもある。

 

『はい。存じております』

 

エリシアの返答にマスタングは満足げにうなづく。

 

『ならば話が早い。今回の作戦はセントラルとしてもかなり重要視をしていてね。うちからも軍を派遣することになった。それに君も同行してもらいたい』

 

『私がですか?』

 

医療分野を専門にしているエリシアにとっては当然の質問だった。戦闘用錬金術も得意ではあるが、専門分野ではない。

 

『あぁ、今回の作戦では大規模な戦闘になると私は読んでいる。そこには君のような医療分野に精通した錬金術師が必要だ。カインズ准将の許可は取ってある。また君が今持っている任務についてはハボックにやらせることにした』

 

そのマスタングの有無を言わさぬ物言いにエリシアは異を唱えることもできず、首を縦に振るしかなかった。何分大総統の決定に異を唱えることなどできない。

 

エリシアはこうして彼の鶴の一声で現業をハボック大尉に引き継いだ後イーストシティへと向かうことになった。

 

「はぁ」

 

エリシアは誰もいない部屋の中で再度溜息を吐いた。

 

『君も軍の一員だ。今後の医療錬金術の研究にも現場を見ておくといい。だが、無茶だけはするな?君に何かあったらヒューズに化けて出られるからな』

 

そう言って締めくくったマスタングの笑い声が脳裏に反芻される。彼の言うことは理解できる。確かに現場での経験は今の研究職一色の自分にとっては願ってもない機会でもある。

 

でも人がたくさん死ぬだろう戦場はやはり少し怖い。それがエリシアが今回の作戦への同行に気が向かない理由でもあった。

 

その時、ガチャリと部屋のドアが開いた。

エリシアはその音にまとまらない思考を中断させ、ドアから入ってくる人物に注意を向けた。

 

「あ、エリシアおはよう。早いな」

 

入ってきたのは銀髪に褐色肌、赤い瞳を持つ男性士官の青年であった。その出で立ちからイシュヴァール人であるとすぐに分かる。15年前のクーデター後のイシュヴァール再興政策において、イシュヴァール出身の軍人も増えた。

 

錬金術を習い始めるものも増え、彼スヴァン・スタングベルトは少年期より錬金術の基礎を学び、イシュヴァール人初の国家錬金術師となった。

 

「スヴァンも掃討作戦に参加するの?」

 

「あれ?部隊表みてなかったのか?俺とお前は同じ第2連隊所属だぞ?」

 

「あぁ、自分の所属だけ確認して後は見てなかった」

 

エリシアの返答に項垂れるスヴァン。

 

「まぁ、なんたってうちの上官が対策本部長だからな。参加しない訳には行かないよ。それにもうこの東方で内乱なんてごめんだよ。せっかく大総統の尽力で勝ち得た平和を誰にも壊されたくないんだ」

 

《昔から変わらないなスヴァンは》

 

エリシアは彼のまっすぐな思いを聞き、率直にそう思う。戦場が怖いと怯え、今回の作戦の意味を理解しながらも乗り気になれない自分とは大違いである。

 

スヴァン・スタングベルト少佐。

東方司令部所属の国家錬金術師。二つ名は血晶。

イシュヴァール内乱後に生まれ、幼少期に両親が行方不明となり、その後後の武僧に拾われる。

 

エリシアとの出会いは彼女が10歳の時、マスタングが東方司令部から大総統として中央に異動する際の式典に参加した時だった。エリシアの錬金術に魅了された彼はその後、錬金術を学び、彼女と同じくマルコーに師事していた。

 

国家錬金術師になった後は東方で治安維持軍に従事、数々の戦功をあげている。

 

エリシアとは対照的にマルコーの医療錬金術を戦闘用に応用する研究をしている。

 

 

———————————

 

「なぁ、今回の作戦どう思う?」

 

集合場所に向かうため、廊下を2人で歩いている時、ふとスヴァンが口を開く。

 

「どう思うってどういうこと?」

 

エリシアの問いにスヴァンは苦笑いを浮かべながら答える。

 

「たかが過激派組織の殲滅作戦に中央からお前みたいな国家錬金術師を召集するなんて規模が大きすぎないか?ってな」

 

スヴェンの言葉にエリシアは少し唸ると天井に目をやり少し不安そうに自分に視線を向ける彼を見る。

 

「確かにね。動き方が派手すぎる感はあるけど、あの大総統が変なことするはずないでしょ?私たち国家錬金術師は軍の方針に従う。それ以上でもそれ以下でもない。そして今のマスタング大総統はその方針を間違うような人物じゃないと思うわ」

 

「まぁ、そうだな。俺たちみたいな下っ端が考えても仕方のないことか。お互い生きて帰ろうぜ」

 

スヴァンのその言葉はエリシアの胸の中にざわつく何かを強く埋め込んだ。やはり戦場のことを私は分かっていないんじゃないか。そんな思いに駆られる。

 

「おぃおぃ、そんな不安そうな顔をお前がするなよ!同期の中で成績トップのお前がそんなんじゃ、俺まで不安になるぞ?」

 

ドンっとスヴァンに背中を叩かれる。

 

「ごめん」

 

「っとまあ、お前のことは俺が守ってやるよ!なんて言っても俺にはイシュヴァラ神が付いてるからな」

 

そう言っておどけるスヴァンの様子に思わず笑みが浮かぶ。彼のこういう底のない明るさに何度助けられたか分からない。

 

「ははは!イシュヴァラの神って」

 

少し救われた気がした。

 

「頼りにしてるわよ?血晶の錬金術師さん」

 

エリシアは先ほどのお返しとばかりにスヴァンの背中をドンっと叩くと彼を置いて歩き始めた。

 

《私は大丈夫。私だけじゃない。ここにはたくさんの仲間がいる。そして私も彼らを助けるんだ》

 

エリシアは胸にそう強く想いを刻み、過激派組織スム・ダム掃討作戦に身を投じた。



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第1話『真理の扉』part 2

大陸歴1930年11月10日

アメストリス東方地区 ドラン近郊

 

アメストリス東方地区ではここ数ヶ月の間で過激派組織によるテロの件数が増え続けており、マイルズはじめ東方司令部上層部の悩みの種となっている。

 

過激派組織はその名をスム・ダムと名乗り、今のアメストリス軍政府が掲げている軍民分割思想、所謂民主主義への傾聴に反目、各地でテロを繰り返しており、現大総統のロイ・マスタングの絶対可否の功績である再興したイシュヴァールが格好の標的となっている。

 

またこれはセントラルでも同様に現国家体制を揺るがす大問題として認識されており、密偵の結果、彼らの本拠地がこの東方地区ドラン近郊にあることが分かった。

 

それ故中央からは豪腕の錬金術師アレックス・ルイ・アームストロング大将、月華の剣舞の異名を取るライオネット・ブラックフィールド大将を始めとしたかなりの数の兵、錬金術師がこの東方司令部に召集されている。

 

そんな中でエリシアとスヴァンが所属する第2連隊は他の部隊から半日遅れて作戦行動を開始する手筈になっている。

 

アレックス・ルイ・アームストロング大将率いる第1連隊とライオネット・ブラックフィールド大将率いる第3連隊は本隊である第2連隊の陽動部隊としてスム・ダムの拠点であるマリエッサ、ハートバンへ先制攻撃を既に開始している。

 

「エリシア・ヒューズ少佐入ります」

 

そんな中でエリシアは単身彼らの指揮官であるスガサ・マークインの幕舎へと呼ばれた。

 

「こうして話すのははじめてだな。蒼氷の錬金術師エリシア・ヒューズ少佐。まぁ、掛けたまえ」

 

第2連隊指揮官スガサ・マークイン中佐。

黒髪色黒、中肉中背の出で立ちからは想像もできない威圧感と落ち着きを与えるその印象にエリシアは一瞬で取り込まれてしまった。

 

「単刀直入に話そう。あまり前置きが長いのは好きじゃないんでね。作戦前夜に申し訳ないが、君にも前線の指揮を頼みたいと思っている」

 

そのマークインが発した言葉にエリシアの思考が一瞬固まる。彼の言った言葉を反芻する中でその意味を介し、驚きの声をあげる。

 

「なっ、私は医療班として本作戦に帯同することになっているはずです 。それに前線の指揮の経験もありませんし」

 

突如言い渡された命令にエリシアは戸惑い、異議を唱える。彼女は本来医療班として召集されていたのである。

 

「スヴァンの班を補佐に付ける」

 

「しかし!」

 

エリシアは更に異議を唱えようとしたが、マークインの威圧感に気圧され次の言葉を発することが出来ない。

 

「これは決定事項だ。異議は認めん。従ってもらうぞ。ヒューズ少佐、自身の肩書きに見合う功績を期待する。作戦内容が分かったならもう下がってよいぞ」

 

エリシアは言われるがままマークインの幕舎を後にする。

 

《大変な事になった》

 

自身の幕舎へと戻る道中でそうエリシアは心の中で嘆く。まさか初陣の自分が部下を持ってしまうことなんて想像もしていなかった。

 

大総統はこうなる事を見越して自分をこの戦地に行かせたのだろうか。何にせよ、誰も死なせるわけにはいかない。

 

《今夜は眠れないだろうな》

 

エリシアは眠れない夜になる事を覚悟し、彼女の行く末を暗示するかのような満月の空をただ呆然と見上げた。

 

———————-

 

同日

セントラルシティ 大総統官邸

 

「そろそろ掃討作戦が開始される時間か」

 

ロイ・マスタングは朝食後のコーヒーに舌鼓を打ちながら時計を気にする。

 

「彼女の事が気になるの?」

 

そこに金髪ショートカットの女性がマスタングに話かける。彼女の腕には生まれたばかりの赤子が抱かれていた。

 

「中尉、いやリザか。あぁ、情報では彼女が医療班としてではなく、現場指揮に回されたとの事だ。少々心配でね」

 

鷹の目と呼ばれ、マスタングあるところに彼女ありと言われたリザ・ホークアイはマスタングが大総統になった後、彼と結婚、軍を退役し、名をリザ・マスタングと改めた。今は3人の子どもを育てる立派な大総統夫人となっている。

 

「可愛い子には旅をさせろと言ったのは貴方でしょ?私はハナから反対でした。ヒューズ准将の忘れ形見をわざわざ死地に追いやる必要はないと思いますけど?」

 

愛する夫人から正論を突きつけられたマスタングはひとつ咳払いをすると新聞を拡げる。その様子にリザは小さく溜息を吐いた。

 

「しかしだな。俺は彼女には現場を見てこいと言った。人殺しをして来いとは言ってない」

 

半ば駄々っ子に似たような声を出す夫にリザはクスッと笑みを浮かべるとマスタングを後ろか抱きしめる。

 

「貴方はいつでもそう。本当は彼女なら大丈夫と思ってるんでしょ?貴方の判断は間違ってない。彼女なら大丈夫。あのヒューズ准将の娘で私や貴方がしっかりと支えてきた子なんだから」

 

リザの言葉にマスタングは自身の不安をかき消すように「そうだな」と呟いた。

 

——————-

 

同刻

 

アメストリス東方地区 ドラン近郊トロント遺跡

 

「突入!」

 

第2連隊司令部のマークインの号令によりスム・ダムの本拠地と目されたトロント遺跡の四方の入口からアメストリス軍がなだれ込んで行く。

 

エリシアとスヴァンの小隊も東側の入口から一気に突入し、分岐に従い、他の小隊と別れまるでアリの巣のような遺跡内部を進んで行く。

 

「前方注意して進め!」

 

スヴァンが叫んだ時曲がり角の先から銃声が響く。

咄嗟に兵たちは壁際に戻り隠れるが数人が足や肩を撃たれ負傷する。

 

「大丈夫?」

 

エリシアは引き戻された負傷兵に駆け寄り、錬金術の処方をしようとする。だがその時襟首を誰かに引っ張られた。

 

「何やってんだ!致命傷じゃない。まずは敵を片付けるのが先だ!」

 

スヴァンはそう言うと曲がり角の先に出て手を地面に置く。青白い火花とともに真赤な無数の槍が生成され敵に向かって飛んで行く。

 

数秒後、敵からの銃声はやみ、静寂が広がる。

 

「先に進むぞ!エリシアは2人の手当てをしてから追いついてこい」

 

スヴァンの剣幕に圧倒され頷く事しかできないエリシアを追いてスヴァンは彼女の小隊も率いて先に進む。

 

「あ、手当てを」

 

エリシアが負傷した兵の手当てをしようと2人に駆け寄る。そしてその2人の冷たい視線に気づく。

 

「少佐。我々は置いて先に行ってください」

 

「こんな傷かすり傷です。自分たち自力で外に出られます。早く先に行ってください」

 

将兵の言葉にエリシアははっと我に返る。初めての戦闘、目の前の負傷兵に気が動転し、部隊の規律を乱した。だからスヴァンは自分を置いて先に進んだのだと理解する。

 

気をとりなおしたエリシアは負傷兵たちの傷を見た。よく見れば致命傷でもなく、彼女の医療錬金術で治せないほどの物ではない。

 

「貴方達も一緒に行くの!戦力は多い方がいいわ」

 

そういうとエリシアは自身の左手に医療錬成陣の施された灰色の手袋を装着した。

 

「私の医療錬金術をなめないでよ。こんなかすり傷くらいで戦線離脱される方が小隊としては痛手だわ」

 

それぞれの患部に手を当てると見る見るうちに出血は止まり、体内に残っていた弾丸は組織細胞として再構築され傷口を再生して行く。

 

ものの数秒で2人の将兵の傷は完全に元通りにになった。

 

「すごい」

 

「これが国家錬金術師の力か」

 

2人は自分たち撃たれた場所の痛みがなく問題なく動く事を確認するとエリシアの力に感嘆の意を漏らした。

 

「さぁ、行くわよ」

 

そうしてエリシア立ち上がると先に向かったスヴァン達の元へ駆け出した。

 

その頃スヴァンは敵の足止めに合っていた。

 

無数の弾丸が錬金術で作った壁に吸い込まれて行く。スヴァンが壁を作り、将兵達は銃撃戦を繰り広げている。今壁を解いて他の武器を錬成すれば、確実に自分たちは蜂の巣になる。

 

「くそ!これじゃ血液がいくらあっても足りない」

 

元来スヴァンの錬金術は自身の血を媒介し、強固な武器を多数錬成し敵を攻撃するものである。同時に体内細胞を血液に錬成する術も心得てはいるが、消費量に間に合うものでもない。

 

「このままじゃ壁がもたな…」

 

その時丸い球形の物体が飛んでくるのをスヴァンは見た。それが手榴弾とわかった時、スヴァンは叫んだ。

 

「下がれ!」

 

「いえ、大丈夫よ」

 

彼の叫びと同時に女性の声が聞こえ、彼らの後方で青白い火花が散る。すると途端に周囲の温度が下がり始め壁一面が氷始める。

 

敵が投げてきた手榴弾は完全に凍りつき、スヴァンの血の壁に当たり地に落ちる。

 

その機能は完全に失われている。

 

「エリシア!」

 

スヴァンがこの氷漬けの主の名を呼ぶ。

 

「ほんっと戦闘用錬金術は専門外なんだけど」

 

エリシアはそう悪態をつきながら右手にはめた白い手袋を頭上に掲げ、指を鳴らす。

 

刹那エリシアの周りに無数の氷の槍が現れ、彼女が手を振るのと同時に敵に向かって突っ込んで行く。

 

雨のように浴びせられる銃弾をも吸い込み氷の槍が敵部隊に当たると、一瞬にしてその周囲が氷漬けになる。

 

「おぉ!すごい」

 

兵達から感嘆の声があがる。初めてエリシアの錬金術を見たのだ。マスタング大佐仕込みの錬成陣の書かれた麻手袋をはめた右手をパチンと鳴らすだけで、ここが北方のブリックスかと思われるように周囲の温度を奪う。

 

それは動の焔の錬金術に対して静の芸術と呼ばれる氷の錬金術所以である。錬金術にあまり馴染みのない一般兵を魅了するには十分過ぎた。

 

「お前ら覚えとけ?これが今やセントラルが誇る蒼氷の錬金術師エリシア・ヒューズ少佐の力だ」

 

なぜかスヴァンが誇らしげに熱弁を振るう。

 

「さぁ、先に進むわよ!地図によると多分もうすぐ中心部だわ。敵の首魁を早々に捕まえてこんな戦いは早期に終わらせるのよ」

 

エリシアはそんなスヴァンの熱弁を無視し、部隊を鼓舞する。先ほどまでおどおどしていたエリシアの変わりように兵達は驚くも、見せつけられた彼女の力にも感服し、素直に彼女の後に続く。

 

「スヴァンも早く」

 

その様子にあっけに 取られたスヴァンは先ほどと立場が逆転したことを認めつつも彼女の実力を隊のものが認めたことが喜ばしく目を細める。

 

部隊の先頭をいくエリシアの後ろ姿を誇らしげに見つめ、自身は部隊の最後尾につくことにした。

 

スム・ダムの拠点であるマリエッサとハートバンへの第1、第3連隊の侵攻が功を奏しここトロント遺跡守備隊も分散されたか、そもそもこの場所が国軍の攻撃目標になっていると想定していなかったのか、第2連隊の半分の兵力しかいなかった。

 

エリシアの心配をよそにトロント遺跡中枢部の制圧と組織幹部の逮捕は事速やかに完遂される。

 

だが、彼らの首魁であるガーサス・ロズワイドの姿はどこにもなかった。

 

「なんか呆気ない」

 

拠点制圧から残存勢力の探索にその任務を移行させた第2連隊は遺跡の中の探索を行っている。エリシアとスヴァンの班もまた共同で遺跡探索を行っている。そんな中で発せられたスヴァンの言葉にエリシアも同調する。

 

「えぇ。確かに組織幹部は一網打尽にできたけど組織のトップには逃げられた後だったし」

 

彼らは地下へと続く階段を降りていた。

すると次第に灯りが見え、おそらく最下層であろう場所に到着する。

 

そこには二つの石の扉がある。

 

「俺はこっちに行く。エリシアはあっちを頼む」

 

銃を構えたスヴァンは片方の扉を部下に開けさせ中に飛び込む。一方のエリシアももう片方の扉に近く。そこには見たこともない言語だろう文字の羅列があった。

 

《何だろうこれ…なんか見たことあるような気もするけど嫌な予感がする》

 

ふとエリシアは中に突入するのを躊躇する。

 

「少佐!」

 

その時、部下の1人がエリシアを呼ぶ。その声に我に返ったエリシアは部下に向かって頷く。

 

「私たちも行くわよ!」

 

彼に石の扉を開けさせ、中へと飛び込んだ。

 

「何これ?」

 

そこは東方司令部の中央広場ほどの大きさ。2万人は収容できるであろう広大な部屋であった。だが、殺風景な石畳調の床と中央にある祭壇以外は何もない。

 

エリシアはとりあえず中央の祭壇に足を向ける。その後ろには彼女の小隊メンバーが周囲を警戒しながら続く。

 

「エリシア!戻れ!それに近づいたらダメだ」

 

刹那、扉の外からスヴァンの叫び声が聞こえる。刹那灯りが消え、殺風景な石畳調の床に六芒星が浮かぶ。

 

「え?錬成陣?」

 

エリシアは状況が飲み込めず立ち尽くす。

 

「エリシア早く戻れ!全部持っていかれるぞ!」

 

「「「うわぁぁぁぁぁ!!」」」

 

その時、部屋中に部下達の絶叫が響き渡った。

 



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第1話『真理の扉』part 3

スム・ダム遺跡 最下層

 

エリシア達が敵の首魁を捉えるべく突入した最下層。

彼女の隊が突入した部屋には東方司令部の中央広場ほどの大きさ、2万人は収容できるであろう広大な部屋があった。

 

殺風景な石畳調の床と中央にある祭壇以外は何もない。

 

その中心部に今や六芒星の光が現れ、エリシア達を今にも飲み込もうとしていた。

 

「エリシア戻れ!全て持っていかれるぞ」

 

スヴァンの声にエリシアが振り返ったその時、目に飛び込んできた光景にエリシアは絶句した。

 

「「「うわぁぁぁぁぁ!!」」」

 

部下達の叫び声が部屋中にこだまする。

それはまさに異形の境地であった。

 

「え?うそ?何これ」

 

エリシアは声にならない声を絞り出す。

なんと広大な錬成陣から真っ黒な手が生え、部下の手足首に巻きつき、彼らを宙に押し上げていた。

 

エリシアは足が固まり動けない。

咄嗟に錬金術で部下を助けることもできないほど目の前の光景は混沌を極めていた。

 

「少佐……助け…て」

 

先ほど足を治療した将兵が恐怖に満ちた表情でエリシアを見る。

その声にエリシアは我に返り、彼に手を伸ばそうと足を一歩進める。

 

その刹那、何かが弾けるように彼の姿はそこからなくなり、

どす黒い灰となてしまった。

 

「きゃぁぁぁぁぁぁ」

 

エリシアは悲鳴をあげた。

逃げようにも恐怖で足が動かない。

 

次々と将兵達がどす黒い灰に変わっていく。

部下が命を落としていく瞬間をただ見るしかできない彼女はその場に膝をついた。

 

「エリシア!早く逃げろ!」

 

スヴァンの言葉にも体が恐怖と後悔で身体が動かない。

 

同じだった。

あの時、土に埋められていく父の棺を見て何もできなかったあの時と。

人を守るために錬金術師になった。

あらぬ罵声も、最年少という肩書きに対する嫉妬の目も我慢した。

 

でも今目の前の部下1人として助けられない。

エリシアは絶望の淵に立ちかけていた。

 

すると今度はエリシアにその触手に似た黒い手が無数に忍び寄る。

 

「え?いや、いやぁぁぁぁ」

 

エリシアの首、腕、手、胸、腰、足にそれらは巻きつき彼女を宙に押しやる。今度は自分の番?死の恐怖が彼女の身体を駆け巡る。

ふとその時、今にも部屋に飛び込み自分を助けようとしているスヴァンと目が合う。

 

「エリシア!!」

 

「ダメ!!」

 

エリシアは咄嗟に彼を強く制止する。

 

「貴方にはこの場所のことをマイルズ司令や大総統に報告する義務があるわ!私は大丈夫だから先に逃げて!」

 

「バカ!お前を置いて逃げられるか!」

 

「バカはあんたよ!一緒に死ぬ気?さっさと逃げないとそこに氷漬けにするわよ!早く行って」

 

スヴァンはエリシアの気迫と彼女の言いたいことを理解し、「くそっ!」と叫ぶとその場から離れた。

 

彼の気配がなくなったことを確認するとエリシアはホッと胸を撫で下ろす。これ以上、犠牲者を増やすわけにはいかない。死ぬのはもう自分だけでいい。

 

エリシアは死を覚悟した。

 

《こんなところで私は死ぬの?》

 

そう直感したその時、何やら巻きついている手足から何かが入り込んでくる感覚に陥る。

 

《何これ?力が湧いてくる》

 

次の瞬間、彼女は腹部から胸部にかけて激しい痛みに襲われる。そしてその力の正体に検討がつく。

 

《これは地脈。これは錬金術を増幅させる錬成陣》

 

そう達観した時、エリシアはなぜ小隊メンバーが消滅したのか合点がいく。錬金術の素養を持たないものに地脈のパワーを大量に注入した結果、暴走し、弾け飛んだ。

 

こう考えるのが正しいだろう。

 

《だったら錬金術を使い続ければ時間が稼げるかも》

 

エリシアは指を数回鳴らす。周囲にいくつもの氷の造形が並ぶも地脈の力は衰える事を知らない。むしろ体内に地脈が注ぎ込まれている事が分かるほど、その流れは強く、そして速さを増す。

 

《もうキリがない!どうすれば…》

 

と考えていた刹那、ドクンと彼女の体の中で何が脈を打つ。身体中が何かに満たされていく感覚。

 

《やばい。錬成が間に合……》

 

体の中が満たされて、その何かが、外へ出よう出ようと自分の体を押し広げている。

 

ふとエリシアの脳裏に亡き父の姿が浮かんだ。

 

《やばい。まじでやばい。ババ…助けて。私はこんなところで死ねない》

 

父の名を心の中で呼んだその刹那、眼前の天井に黒い楕円形の影が浮かび中央に亀裂が入る。

 

亀裂が左右にゆっくりと開き、そこから現れたのはなんと大きな眼球…

 

 

 

「ひぃぃ!化け物?」

 

 

 

その一つ目と目を合わせた時彼女は意識を失った。

 

————————————

 

「え?ここは……」

 

あたり一面真っ白な世界。

 

《これが死後の世界?》

 

ふと後ろを振り返る。

 

「これは…何?」

 

そこには自分の身長の三倍もありそうな長大な鉄の扉が聳え立っていた。扉に昔どこかで見たような複雑怪奇な紋様が刻まれている。

 

「君は何を信じて生きる?」

 

突如聞こえた無機質な声にエリシアははっとし後ろを振り返る。そこには全身真っ白の顔もない誰かが立っている。

 

「君は何を差し出す?全身?心?声?それとも命?さてどれがいいだろうね?」

 

その物体の言葉を理解する事が出来ずエリシアは恐怖に口を開けない。

 

その時背後の扉で気配がする。

 

「なーんだ。もうお迎えが来ちゃったか!ねーちゃんの通行料はすでにもらってるからもう帰りな!また会えるのを楽しみにしてるさ」

 

その訳のわからない物体はそういうとその場から姿を消した。そして後ろを振り返ると扉の間から手だけが見えている。

 

元の世界に帰りたければ

 

これを掴めと言わんばかりに。

 

エリシアは咄嗟にその手を掴んだ。

だがその時、ごつごつとしたその手の感触に驚く。

 

「これ…って?」

 

懐かしいその感触は幼き頃の記憶を思い出される。だが、エリシアはその扉の中に吸い込まれたその時、再び意識を失った。

 

——————————

 

「んっ……っつ」

 

気だるさとともに目が覚めた。

エリシアは体を起こすと周囲を見渡す。

 

先程の祭壇の間で間違いない。

 

だが、錬成陣もあの黒い無数の手足も、天井に浮かんだ黒い影と眼球もなく、再び殺風景なそれに戻っている。

 

《夢…だったの?》

 

いや違うとエリシアは達観する。

周囲に主人を失った軍服や銃が落ちている。あの時消滅した小隊メンバーのみんながここに居た証。

 

《あれは一体なんだったの?》

 

再び恐怖が心の中を支配しようとしたその時、背後に気配を感じた。エリシアは咄嗟に前転し、距離を取ると振り返り、銃を構える。

 

「なっ……」

 

そして眼前に現れた人物の姿に言葉を失った。

 

「おいおい、物騒だな。せっかく真理から助けてやったっていうのに」

 

《何これ?どういうこと?どうして…》

 

エリシアは気が動転していた。

なぜあの人がここにいるのか。

 

短髪黒髪に無精髭の目立つ顔、

 

中肉中背の肉体にトレードマークの眼鏡

 

そして人を食ったような人懐っこい笑顔に喋り方。

 

その全てが記憶の中のあの人にダブる。

 

「ちょっとおーい?大丈夫か?あーこれは意識を混濁しちゃってるなー」

 

その男はそうエリシアの前にしゃがみ込むと視線を扉の方に向けた。扉の外が何やら騒がしい。

 

「ちぇ!お客さんが来たみたいだな。嬢ちゃん!また今度真理の話でも聞かせてくれや!じゃあな」

 

男はそういうと立ち上がる。

 

「ちょっ……待って!」

 

彼をよびとめようとエリシアが顔をあげた時、そこにはもう彼の姿はなかった。

 

「エリシア!!」

 

スヴァンが部屋の中に飛び込んで来た。

そしてエリシアを抱きしめる。

 

「大丈夫か?どこもやられてないか?」

 

「多分大丈夫…変な夢を見てたみたい」

 

エリシアの言葉にもスヴァンは首を傾げながらも医療班を呼ぶ。担架に乗せられたエリシアは祭壇を再び見る。

 

《夢…じゃないよね。でもなんで?どうして?あなたは生きているの?生きているならどうして私達の前に帰って来てくれなかったの?今私の名前を呼んでくれなかったの?》

 

エリシアは再び薄れゆく意識の中でそうたずねる。

 

「パパ……」

 

最後にそうとだけ細く呟くと彼女の意識は再び遠く彼方へと飛ばされた。

 

 

第1話『真理の扉』 完

——————————————————




【 次回予告 】

微睡みの中でエリシアは父との思い出に浸る。


彼女の父親かわりの男は


この国に不穏な動きがあると悟り


闇に紛れる謎の男の存在に想いを馳せる。


次回、鋼の錬金術師Reverse-蒼氷の錬金術師-


第2話『謎の男』


闇に紛れし男の真意は
虚空の空へと消えていく


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登場人物紹介①

第1話を読んでからご覧下さい。
第1話ネタバレありです


【登場人物一覧】

◯エリシア・ヒューズ

CVイメージ:日笠陽子

18歳。アメストリス軍中央司令部に所属する国家錬金術師。二つ名は蒼氷。氷を主体にした錬金術とマルコー直伝の医療錬金術を得意とする。戦闘用錬金術の医療錬金術との融合、医療錬金術のさらなる発展を目指している。

 

15年前ホムンクルスとの戦いで命を落としたマース・ヒューズ准将の娘。父の死後はロイ・マスタングの庇護を受けて母とともセントラルで暮らす。

 

東方地区の過激派組織スム・ダム掃討作戦に参加し、トロット遺跡地下の祭壇の間で真理の扉に強制的に引き込まれてしまうが、父にそっくりな謎の男に助け出された。

 

◯スヴァン・スタングベルト

CVイメージ:梶裕貴

22歳。アメストリス軍東方司令部に所属する国家錬金術師。二つ名は血晶。イシュヴァール人初の国家錬金術師として有名。エリシアとは彼女が10歳の時に出会い、彼女の影響で錬金術の勉強を始める。また同じく、マルコーに師事していた中でもあり、年は違うが士官学校も同期である。

 

◯スガサ・マークイン

CVイメージ:中村悠一

32歳。アメストリス軍東方司令部副司令。階級は中佐。過激派組織スム・ダム対策部の指揮官にしてスヴァンの上官。

 

◯ロイ・マスタング

CVイメージ:三木眞一郎

44歳。アメストリス軍中央司令部大総統。国家錬金術師。二つ名は焔。15年前のクーデター鎮圧の中心人物として名を上げ、准将に昇格。イシュヴァール再興政策でも2年で一定の成果を出し、大将に昇格し、東方司令部司令官になる。その後グラマンが大総統の地位を退いた際に軍内の圧倒的支持を得て兼ねてからの目標であった大総統に就任する。大総統就任後は軍民分割政策など軍国主義からの脱却を図るも軍内部からの抵抗も強く苦労している。

 

兼ねてからの側近だったリザ・ホークアイとは大総統になったことを機に結婚。6歳の息子と2歳の娘の父親でもある。

 

◯リザ・マスタング

CVイメージ:折笠富美子

39歳。大総統夫人。マスタングが東方司令部勤務時代からの忠臣。鷹の目と呼ばれた射撃の腕は随一。大総統になるまでマスタングを公私ともに支え続けた。マスタングが大総統就任後に結婚、軍を退役し、6歳の息子と2歳の娘をもうけて、立派な大総統夫人となっている。

 

◯アレックス・ルイ・アームストロング

CVイメージ:内海賢二

50歳。階級は大将。アメストリス軍七将軍の1人。国家錬金術師で二つ名は豪腕

 

◯ライオネット・ブラックフィールド

CVイメージ:神谷浩史

35歳。階級は大将。アメストリス軍七将軍の1人。月華の剣舞の異名を取る剣の達人。

 

◯マイルズ

CVイメージ:中井和哉

45歳。階級は大将。アメストリス軍七将軍の1人。東方司令部司令官を務め、イシュヴァール人初の大将職に就任する。

 

 



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第2話『謎の男』Part 1

1930年11月15日

イーストシティ 東方司令部国軍病院

 

颯爽と病院の正面玄関の扉が開かれる。

 

そこから黒色の軍服を身に纏った兵士が10人ほど入り込んできた。兵士達は2列に並び扉の両側に並ぶ。その手には保安用のライフルが見て取れる。

 

少し間を置いて今度は群青色の軍服の兵士が5人ほど入ってきた。

突然の出来事に病院の待合にいた一般市民の視線が一度に集まる。いくら国軍病院だからといって轟々しい。

 

住民の顔に一抹の不安の色が浮かぶ。

 

「皆のもの済まない。私のことは気にしないでくれ」

 

そして最後に1人の男性が同じく群青色の軍服を翻し、中に入ってくると開口一番、待合室の住民にそう話かける。

 

その彼の姿を見留めた一般市民からどよめきが上がった。

 

男はその様子にフッと笑みを浮かべると病院内を真っ直ぐに歩き、部下が待たしていた昇降機に乗り込む。

 

《一体、このイーストシティで何が起ころうとしているのだ》

 

簡単な報告はマイルズ大将、そしてエリシアと作戦行動を共にしていたスヴァンから聞いている。しかしその内容は信じるに値しない。

彼は最初はそう思った。

 

もうあの化け物はいない。15年前に全ては終わったはず。

 

そこまで考えていると昇降機は3階に到着、少し古さを強調している昇降機の扉がギシギシと音を立てて開いていく。。

 

廊下に出てるとアルコール薬品の匂いが鼻を突く。

ナースステーションで目的の人物の部屋番号を尋ねると看護師が1人病室に案内してくれというから彼は彼女の申し出に甘える。

 

ナースステーションから突き当たりの角を曲がった1番奥の部屋が目的の場所である。その病室の前に病院には不釣り合いな大男と緑色の髪に色白の端正な顔をした男性が立っていた。

 

2人は彼の姿を視認すると敬礼をする。

 

「こんな東方までご苦労様です。閣下」

 

大男の方がそうロイ・マスタング大総統に挨拶する。

 

——————————-

 

「将軍2人が揃って出迎えとはな」

 

ロイ・マスタングは意地悪な笑みを浮かべ、出迎えの2人、アレックス・ルイ・アームストロング大将とライオネット・ブラックフィールド大将に声をかける。

 

「閣下がわざわざ出向かれるとの事であればどんな激務であっても駆けつけますぞ!」

 

アームストロングはそう言って豪快に笑う。

その横ではライオネットが何やら不服そうにマスタングを見ている。

 

「ライオネットは不服のようだが?おそらくまだ20歳にもなっていないお嬢様を見舞うためにわざわざセントラルから出向く必要ないと言いたいところか?」

 

意表を突かれたライオネットは思わずアームストロングを見た。

彼は何一つ表情を変えずにライオネットの次の出方を見守っている。

 

「閣下がわざわざ出向いて労いをするような事ではないとは思いますが…」

 

「バカを言うな。閣下はエリシア・ヒューズの父親代わりに世話をしてきたのだぞ?初陣で負傷し、病院に運ばれたとなれば気が気でないだろう」

 

ライオネットの諫言に異を唱えたのはなんとそのアームストロングであった。この場に自分には味方がいないと理解したライオネットはそのまま口をつぐみ、そんな不服そうな顔を崩さないライオネットにマスタングは苦笑いを浮かべる。

 

「ああ、あいつに何かあったらヒューズに化けて出られるからな。それに君らからの報告も聞かねばなるまい。スム・ダムの頭の調査状況と合わせてな」

 

そう言うマスタングの厳しい視線に2人は背筋を伸ばす。

一瞬の緊張感ののち、マスタングは自分でも顔が引きつっているのがわかる。

 

「それで彼女の容態は?」

 

その問いにはライオネットのとなりに立つ医療班の士官が口を開く。

 

「はい。トロント遺跡地下の祭壇の間で倒れているところをスヴァン・スタングベルト少佐が発見してこの病院に運んだのですが、それから意識が戻っていません。目立った外傷もなく、命には別状はないとの事ですが」

 

報告にあがったスヴァンという名を聞き、先程少し話を聞いた男性が脳裏によぎる。

 

「スヴァン・スタングベルト少佐か。彼は確かあのイシュヴァール人の?」

 

「はい。また少々妙なこともありまして」

 

スヴァンに関する質問にはアームストロングが応える。

彼は小さくため息を吐くと少し目線を落とす。

 

「アームストロング大将、詳しくは中で聞こう。ライオネットはもう軍務に戻っていいぞ。それでスヴァン・スタングベルト少佐にここへ来るように伝えてくれ」

 

そのままマスタングとアームストロングはエリシアの病室に入る。そうして1人病室の前に残されたライオネットは小さく溜息を吐いた。

 

《アームストロング大将が言った妙なこと…おそらくあの時、エリシア・ヒューズ以外の兵がその姿を消していたことだろう。そして大総統の真の目的はそちらと言ったところかな》

 

そうライオネットはマスタングの行動を分析する。

 

だが、今自分がその会話に入る理由も義理もないとも感じ、マスタングからの命令通りその場を後にした。

 

—————————-

 

病室はそれまでの古ぼけた廊下や待合室とは違い、立派に改装されている。ドアと反対側の壁面に頭を向けるようにベットが置かれている。またテレビやラジオ、洗面にシャワーと設備の方も及第点であろう。

 

《一体一部屋どれくらいの改装費がかかっているのか…そもそも予算は大丈夫なのか》

 

そんなことを考えながら病室に入ったマスタングは一通り周りを見回すとベットに横たわる女性に目を落とす。彼女はまさにまるで何もなかったかのような穏やかな寝顔である。

 

マスタングは少し時間を忘れ、思わずその吸い込まれそうな寝顔に思わず見入ってしまう。

 

大親友だった男の忘れ形見。

 

《まさか今回の作戦でこんな事になるとは…》

 

マスタングは心の中に後悔の念が少しだけ浮かぶ。

 

「ゴホン」

 

アームストロングが咳払いをするとマスタングははっと顔を上げ、襟を正し、彼の方を向いた。

 

「すまん。少し感傷的になってしまった」

 

「いや、彼女は亡きヒューズ准将の忘れ形見。閣下のお気持ちをお察しします」

 

彼の労いにマスタングは素直に頷くと大きく深呼吸をし、ベッド脇の丸椅子に腰を下ろす。その視線は鋭く、さっきまで感情的になっていた男とはまるで別人である。

 

「話を聞こうか」

 

そうマスタングが舵を切ると、アームストロングは堰を切ったように話を始めた。

 

—————————

 

アームストロングからの情報を聞く中でマスタングは心身がざわめくのを感じていた。アームストロングの話は先日のマイルズやスヴァンからの報告は相違ない。

 

ただ一点を除いては…

 

「正体不明の錬成陣に地面から這い出す黒色の手、それに天井に現れた一つ目だと?」

 

マスタングが驚きとともに立ち上がる。

 

「はい。彼女とともに残存兵の探索を行っていたスタングベルト少佐からの報告によるとそのような現象がそこで起こっていたとのこと」

 

アームストロングは言いにくそうに言葉を選んでいる。

そしてら彼自身も合点がいっていない表情をしている。

 

《無理もない。その現象はまさに…》

 

マスタングは少しだけアームストロングの心中をねぎらった。

彼にとってもエリシアは大事な娘のようなもの。

彼女が幼少時代には近所の丘陵や公園でよく遊んでいたらしい。

 

彼自身も今回エリシアの身に起こった事についてある程度の確信を持っているのだろう。話が一通り終わると小さくため息を吐き、目尻を下げながらマスタングの言葉をまった。

 

「なぜ発動した?」

 

一言だけマスタングはそう問いかける。

その刹那、一瞬だけだが、アームストロングの顔が空中を彷徨った。

 

「分かりません。祭壇の間をくまなく探索しましたが、錬成陣はおろか不審な点は見られませんでした」

 

「スタングベルト少佐が嘘をついている可能性は?」

 

「彼の小隊の幾人かが現場を目撃しております。その可能性は低いかと」

 

そのアームストロングからの返答にマスタングは「うーむ」と唸ると再び丸椅子に腰を下ろし、黙りこんだ。

 

 

 

 



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第2話『謎の男』part2

その頃、エリシアは微睡みの中にいた。

意識ははっきりとしているが周りはぼやけた見たこともない空間である。その中の一つの窓から何やら映像が飛び込んでくる。

 

幼き時に父と遊んだ記憶。

母の手作りのアップルパイの味。

父との想い出。幼き時だけの記憶のはずなのに

全てが懐かしい。

 

全てが昨日の事のように蘇る。

 

『せっかく真理から助けてやったのに』

 

その刹那、父親の顔はあの遺跡で出会った父と瓜二つな男性の顔に変わる。エリシアはじっと彼を見つめ問いかける。

 

「貴方はだれ?」

 

だが、目の前の男は何も答えない。

 

エリシアは半ば期待した。

父が実は生きているのかもしれないと。

 

だが、次の瞬間彼の姿が歪み、周囲は真っ白な空間に変わる。気がついた時、目の前には全身真っ白な顔のない誰がが立っている。

 

「いやっ!!」

 

そう叫んだ時、目が覚めた。

 

——————————-

 

白を基調にした殺風景な部屋、おそらくイーストシティの病院の一室だろうか。

 

「おぉ、お嬢様のお目覚めか」

 

その言葉にハッとする。

声の主を見るとそこにはロイ・マスタング大総統とアームストロング大将の姿を目に留める。

 

「あ、私…」

 

「いや。そのままでいい。すまないが医師を呼んでくれ?大将」

 

体を起こそうとしたエリシアをマスタングはそう制し、

アームストロングに指示を出す。

 

「はっ!」

 

マスタングの意図を察したアームストロングは急いで部屋を飛び出していった。

 

バタバタとアームストロングは部屋を出て行く。

扉が力強くバタンと閉じられるとベットの脇の花瓶が少しだけより揺れた。

 

「やれやれ、相変わらず加減と言うものを知らん」

 

マスタングはそう言って苦笑いを浮かべるとエリシアを見た。

 

2人の視線が交わり、しばし2人の空間が流れる。

エリシアはなぜ大総統であるマスタングがここにいるのかという疑問と彼が来てくれた事にひどく安心している自分に気がつく。

 

「率直に聞こうと思うがいいか?」

 

マスタングの問いにエリシアは首を縦に振る。

 

「何があった?」

 

刹那、マスタングから発せられた質問が鋭く自分の心と記憶を抉っていくのを感じた。

 

「一体何を見た?」

 

確信を迫るマスタングの言葉にエリシアは一瞬たじろぐ。

そしてあの時の出来事に思いを馳せる。

 

胸が締め付けられる感覚。

そんな気持ちを私に経験させるために彼はここに来たんじゃないと言う事は理解している。

 

ではなぜ、大総統直々に見舞いなど…

 

彼はあの錬成陣や、異形の手、片目のお化け、全身真っ白の顔のない人間とも呼べない生物について何か知っているのだろうか。

 

「どこまでご存知なんですか?閣下は」

 

エリシアは単純に自分の心配だけでわざわざ来てくれた訳ではない育ての親に嫌味を込めて尋ねた。

 

「閣下はやめなさい。今は君と私しかこの部屋にはいない。おじ…さんでいいぞ」

 

マスタングはそうおどけてみせる。おじ…さんの言い方に少し引っかかりを感じたが、無視する。

 

「アームストロング大将から概略は聞いた。正体不明の錬成陣に地面から這い出す黒色の手、天井に現れた一つ目というところまで」

 

エリシアはその言葉に少し目を伏せる。

 

「そっか。スヴァンからの情報か」

 

そう言ってベットにもたれたエリシアにマスタングが言葉を続ける。

 

「では、もうすこし具体的に、そして確信から聞こう。君は真理の扉を見たのか?」

 

エリシアはその言葉の意味を理解できなかった。

だが、おそらくあの事を指し示しているのだろうと思考を巡らせる。

 

「大きな真っ黒い片目と目が合った時に一瞬で気を失いました。次の瞬間、真っ白で何もない世界に飛ばされたようでした。そこで複雑な紋様が記された大きな扉がありました。そこに居た真っ白な体に顔のない人のようなものと話もしました」

 

その話を聞きながらマスタングは息がつまるのを感じた、

また一方のエリシアはその彼の様子にエリシアは彼が何か知っていると悟った。

 

「おじ…さんは何か知っているの?」

 

その問いにマスタングは苦渋の表情を浮かべる。

それはおじさんと呼ばれたからでなく、15年前の記憶は自分でも時々忘れてしまいたくなるほどで、正直エリシアにその話をしたくないのが正直なところであった。

 

「それで何か持っていかれた?」

 

エリシアはそのマスタングの問いの意味がわからず、ただ首を傾げる。

 

「持っていかれたの…でありますか?」

 

自分の言った意味を理解していないと分かったマスタングは苦笑いを浮かべる。

 

「通行料…という言葉をその真っ白で顔もない得体の知れないものからそんな話はなかつまたか?」

 

その言葉にエリシアがビクッと反応する。

それをマスタングは見逃さなかった。

 

『通行料はもうもらってるから帰りな…』

 

エリシアは心の中で反芻する。

 

確かにあいつはそう言った。

 

「えっと…」

 

もちろんマスタングのおじさんも同じように伝えるつもりである。

 

「おじ…さんもあいつに会ったことあるの?」

 

そうとしか考えられなかった。

 

彼の物の言いようはマスタングのおじさんも同じものを見た。そしてそれはあまり良くないこと。エリシアは言いようのない不安にかられる。

 

「あぁ、一度だけな」

 

そのマスタングの言葉にエリシアは顔をあげる、

 

「あれは真理の扉という。人は誰でも持っているこの世の真理というものだ。扉の中を見るには通行料と呼ばれるものが必要でかつてある者は右腕と左脚をある者は全身を、そして私は視力を奪われた」

 

エリシアはその突然の話に少し戸惑う。

 

 

「真理?おじさんも視力を?でも今は…」

 

彼女の問いにマスタングは小さく頷く。

 

「あぁ。それなりの対価を払って取り戻させてもらった。真理は言えば錬金術の源、この世の摂理を司るようなものだ。先の2人は錬金術師としての禁忌を犯し、私は闇なるもの手により強制的に開かされた。おそらく君が見たものはそれだろう」

 

エリシアはマスタングの言葉に考えを巡らす。

 

「今は理解できなくても良い。詳しいことは追って教えてやる。それで君は何を持っていかれた?」

 

マスタングからもう一度同じ事を聞かれ、その強い眼差しに引き込まれそうになる。

 

「おそらく何も。『通行料は既にもらっている』とその真理の世界の人は言っていました」

 

エリシアの返答に目を見開きマスタングは何かを考え込み始める。

 

「そうか。なら良かった」

 

マスタングはそういうと立ち上がり窓際に寄る。

 

「その時誰かに会わなかったか?その錬成陣を発動させた誰かが、そこにいたと推測される」

 

マスタングはそう質問を変える。エリシアはその問いに1番にあの父と瓜二つな男性の顔を思い出す。

 

「じ、実は…」

 

彼女にはもう一つ、マスタングに必ず伝えなければならない事が残っていた。

 

————————————-

 

「ヒューズと瓜二つの人物だと?」

 

マスタングは思わず椅子に腰掛け、目を見開き遠い記憶の中でいくつかの可能性を必死に探る。

 

《他人の空似か、はたまたかつて対峙した姿形を自由に変えられる奴らの仕業か、もしくは…》

 

そこまで思考を巡らせマスタングは1番考えたくない思考に行き当たったことに憤りを感じる。だが、今はエリシアに全てを伝えるわけにはいかない。まだ不確実なものが多過ぎる。

 

「なるほど。状況は理解した。ありがとう。感謝する。エリシアは今は体の回復を優先してくれ。ヒューズに似た男性のことは私の方で調べてみる」

 

ひとまずマスタングはこれ以上の情報はエリシアからは出てこないと感じ、そう言葉をかける。後半部分は育ての親としての責務、エリシアに対する労りの気持ちからである。

 

どう言われても自分も人間の心を持っている。

そう自分に言い聞かせる。

 

一方のエリシアは彼の意図を感じ、不服そうな顔を向ける。

 

「なんだ?不服か?」

 

「なんだじゃないですよ!おじさんは分かりやすすぎます。私ももう国家錬金術師です。子供扱いは無用です」

 

エリシアの予想外の反撃にマスタングは一瞬返す言葉を忘れる。

彼女は育ての親からの返答を待たずに更に畳み掛けた。

 

「それにパパの事が今回の事に何らかの関係があるなら私がそれを何とかしないといけないと思うんです。だから安っぽい言葉で遠ざけないで下さい」

 

マスタングは思いもよらないエリシアの言葉に一種の感傷に浸る、

 

《子は知らぬ間に大きくなるとはこの事か》

 

ふっと笑みをもらすとマスタング尚も攻撃姿勢を崩さないエリシアの頭をぐじゃぐじゃと撫でる。

 

「分かった分かった。だが、まずは傷を癒して軍務に復帰しろ。セントラルに戻ったらうちを訪ねるといい。その時に全て教えてやる」

 

マスタングは駄々っ子をあやすようそう言うと、何か言いたげなエリシアに背を向け、病室の扉の方に向かう。

 

「もういいぞ。待たせたな」

 

扉を開けるとそこにはアームストロングとこの病院の医師だろう男性と看護師が立っている。

 

「では、先生彼女をお願いします」

 

アームストロングの言葉に医師と看護師が病室の中に入る。入れ替わるようにマスタングは外に出た。

 

「お話は終わりましたか?」

 

アームストロングの問いにマスタングは少し難しい表情を浮かべ答えた。

 

「あぁ、子とは知らぬ間に大きくなる事を痛感させられたよ。ヒューズにもこの感覚を味あわせてやりたかった」

 

「私は独り者ゆえ、そのような感覚は分かりかねます」

 

アームストロングの返答にマスタングはふふっと笑みを浮かべる。

 

「だが、忙しくなるぞ大将。君やあの鋼のにも手伝ってもらわなければなるまい」

 

マスタングの返答にアームストロングはその意味を理解して真剣な眼差しを彼に向ける。

 

「なるほど。また国が荒れますな」

 

「いやそれだけは避けなければならない」

 

マスタングは強い意思の籠もった瞳で前を見つめる。そしてそこに彼らの方に歩いてくる銀髪に褐色の肌の軍人を目に留める。

 

「そうか。彼にも色々と手伝ってもらわなければな」

 

そうマスタングの瞳が怪しく光ったのをアームストロングは見逃さなかった。



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第2話『謎の男』part 3

同刻

 

東方地区ドラン地方トロント遺跡 祭壇の間

 

「なぜあの娘を助けた。国家錬金術師を取り込めば我々の計画は更に一歩前進していたのだぞ!」

 

仮面を纏ったその男は眼前の飄々とした男性をそう怒鳴りつける。だが、怒鳴られた本人は意に介する様子もなく、人を食ったような瞳を仮面の男に向けた。

 

「気まぐれ?いや、魂がこうなんか引き寄せられる感覚ってやつ?まぁ、俺が助けたいって思ったから助けただけだよ。そうカッカするなよ」

 

男は眼鏡をくいっと持ち上げ、そう仮面の男に告げる。

 

仮面の男はイライラした様子を見せると両手をあわせて地面に掌を当てる。その刹那、眼鏡の男性の足元が隆起する。

 

「おいおい。何すんだよ」

 

眼鏡の男はそう叫ぶと隆起した地面から飛び降り、腰に携えた投げナイフに手をかける

 

「あのなぁ。あの娘はお前の望むそれにはまだ未熟なんだよ!真理の扉を開いても怖気づいて扉を開く事すら出来なかった。まずは経験を積ませ、知識を持たせないとな」

 

眼鏡の男は更に錬成を続けようとする仮面の男の足元に投げナイフを投げ、そしてそう告げる。その言葉に仮面の男は体を起こし、その口元に不敵な笑みを浮かべる。

 

「まあ、良い。まだまだ候補は沢山いるからな。今回はお前の言葉を信じてやろう。だが、次は私の命に背くことは許さんぞ。ヴァルニス」

 

ヴァルニスと呼ばれた男は仮面の男のその言葉に笑みで返すとその場から消えた。

 

「もう少し素直ならあいつも使えるんだけどね」

 

その時、仮面の男の背後から声が聞こえ、暗闇から女性が1人現れる

 

「ふん。変に人間の知識を持ってるが故に頭の回転も早い。あいつの監視を緩めるなよ。アメンダ」

 

仮面の男は金髪を腰のあたりまで伸ばし、妖美なグラマラスな体にぴったりとまとわりつくような服を纏っているアメンダと呼んだ女性にそう告げる。

 

「あら、次は私を使ってみないかい?先生?ヴァルニスの監視はニール1人で大丈夫でしょう?」

 

アメンダは妖美な雰囲気にグラマラスな肉体を仮面の男に擦り付けながら言う。

 

「ふん。誰を狙うつもりだ?」

 

「ふふっ。内緒」

 

アメンダはそれが仮面の男からの合意と捉えたのか不敵な笑みを浮かべるとその場から姿を消した。

 

「やれやれ。困ったやつらだ」

 

仮面の男はそう呟くと祭壇の中へと入っていく。そしてその姿は見えなくなった。

 

—————————-

 

1930年11月17日

イーストシティ 東方司令部

 

エリシアは目覚めた後2日後、病院で検査を受け退院した。

今日はマスタング大総統へのスム・ダム掃討作戦の結果報告とガーザス・ロズワルドの行方調査の経過報告である。

 

病み上がりの身でありながら、そこにエリシアも参加していた。

 

マスタングは結局、エリシアを見舞った日から予定を繰り下げてまで今日までこのイーストシティに滞在。昨日はトロント遺跡の検分にも行ったのだという。

 

エリシアは病室でのマスタングとのやり取りを思い出していた。

父の名を出した時のあの狼狽、

そしてこのイーストシティへの長期滞在。

 

自分とのやり取りの中で彼の中で何か感じるものがあっただろうと推測する。

 

今はスヴァンの上官のスガサ・マークイン中将がトロント遺跡での制圧作戦を報告している。

 

事の顛末についてはマスタング達が去った後、病室に入ってきたスヴァンからだいたい聞いていたので、エリシアは聞き流していた。

 

だが、マスタングの口止めなのか、エリシアの身に起こったことはひた隠され、報告には上がってこなかった。

 

《あの時私は私を信じて付いてきてくれた部下を死なせた。彼らの家族になんと説明するつもりなんだろう。おじさんは》

 

ふとそんな想いに駆られる。

 

目覚めた日から日を追うごとにあの時に錬成陣に巻き込まれ、この世から消滅した将兵の顔が浮かんでは消える事の繰り返しだ。

 

そんな事を考えているとマークイン中将の報告は終わり、次に第3連隊指揮官のライオネット・ブラックフィールドが壇上に立ち、スム・ダム首魁のガーザス・ロズワルドの探査経過報告に始めた。

 

《ブラックフィールド大将、顔は格好良いんだけどやっぱりあの冷めた瞳と雰囲気は好きになれないな》

 

そんな事を考えていると周囲にどよめきが走った。

 

それはライオネットが

 

「スム・ダム首魁ガーザス・ロズワルドはイシュヴァール地方へ逃げ込んだ模様。複数のイシュヴァール人が彼を援助しているとの情報も入っています」

 

との内容を報告したからであった。

 

「その情報はどの筋からだ」

 

マスタングがその場に立ち上がり声を荒げる。

そのマスタングの様子をあざ笑うかのようにライオネットは笑みを浮かべ口を開く。

 

「もちろんイシュヴァールの民からです」

 

ライオネットの言葉に場内にイシュヴァールに対する疑念の声が出始める。このテロ行為もイシュヴァール人が手を引いているだの、彼らは我々の再興支援に泥を塗ったなど憶測や怒りの感情が渦巻き始める。

 

キング・ブラッドレイ政権が瓦解し、グラマン大総統指揮の元、マスタングが舵を取ったイシュヴァール再興と融和政策。

 

形上は双方の歩み寄りは見えたかに見える。

だが、まだまだアメストリス人からすればイシュヴァールとは心底相入れないのかもしれない。

 

この社会全体の縮図を改めて見せられたような気がしたマスタングは隣に座る東方司令部司令のマイルズ大将の顔を見る。

 

するとマイルズは立ち上がり、ライオネットを睨みつける。

 

「ブラックフィールド大将。その情報が本当なら由々しき事態です。早急に我々の方でも裏取りと探索を進めさせます」

 

マイルズの言葉をライオネットは鼻で笑う。

 

「ふん。我々中央軍の情報が不確かだと?」

 

彼がそう言った時マスタングが再度口を開く。

国家権力の象徴である大将2人が険悪な空気を醸し出す。

本来ライオネットは反イシュヴァール思想が強い。

 

「もうやめんか!ブラックフィールド大将、君の今の発言は私も初耳だ。なぜ一報を先に私とマイルズ大将に入れなかったのかね?」

 

マスタングの問いにライオネットは真剣な顔でマスタングを見る。その瞳はまさに対抗心そのものであった。

 

「閣下に事前に報告していては握り潰されると思ったんですよ。閣下とマイルズ大将はイシュヴァールに対する思い入れが強いですからね」

 

その言葉に今度はアームストロングが立ち上がろうとした。それをマスタングが制する。

 

「そうか。分かった。ブラックフィールド大将、貴重な調査報告を感謝する」

 

そうマスタングは皮肉から入る。

 

「だが、国としてイシュヴァール政策を進めている事もある。事を焦るな。それにもしガーザスがイシュヴァールに逃げ込んだなら逆に好都合だ。かの地には我々に協力してくれる人たちの方が多い」

 

そう言ってマイルズ大将を見た。

 

「だがな。マイルズ大将。彼が少し調査しただけで上がってくるような情報を君が把握してない事は問題だな。以降の調査は君が率先して行いたまえ。そしてできるだけ早くガーザスの行方を捜せ。早くせんと第2、第3のガーザスが出てくるぞ」

 

そう強い言葉で締めくくったマスタングは少し不服そうなライオネットを一瞥し「続けてくれ」とだけ言う。

 

一連のやりとりを見ながらエリシアは中央軍も東方軍も一枚岩じゃないと感じた。軍民分割の政策は進めど、人々の意識、価値観はそう簡単に変わるものではないと思い知らされる。

 

その後のライオネットの報告は紛糾する事なく終わり、報告会は滞りなく閉会した。

 

「エリシア」

 

会場を後にしたエリシアは誰かに呼び止められる。

彼女が振り返るとそこにはマスタングの姿があった。

 

「もう大丈夫なのか?」

 

マスタングの心配そうな顔にエリシアは頷く。

2人は並んで廊下を歩き始めた。

 

「私のことよりも閣下は大丈夫ですか?やはりまだ軍上層部が一枚岩になれてないみたいですね」

 

エリシアの言葉にマスタングは苦笑いを浮かべる。

 

「いやーまったく面目無い。ライオネットの奴は特別でね。彼は生粋の軍国主義者なのだよ。いつも何かと私に突っかかってくる。もしかして私に気があるのかな?」

 

真剣な表情でそう言うマスタングにエリシアはプッと吹き出す。その様子に彼は満足げに微笑む。

 

「やはり君は笑っている方がいい」

 

そう言われてエリシアは顔を赤らめる。

 

「ありがとう…ございます」

 

エリシアはそう返すのがやっとでそれ以降黙り込んでしまった。しばしの沈黙が2人を包む。

 

「そうだ。大事な事を伝え忘れていた」

 

マスタングは突如手をぽんと叩き、そう沈黙をやぶる。

 

「後で、私の執務室へ来てくれたまえ。あのイシュヴァール人の錬金術師と一緒に」

 

「スヴァンとですか?」

 

その問いにマスタングは小さく頷く。

 

「承知致しました」

 

そう言って敬礼をしたエリシアはマスタングと別れ、自分の部屋へと向かう。

 

《改まって一体何の用だろう》

 

そういろいろと想像を巡らせる中でエリシアは自分の前を歩く銀髪に褐色肌の軍人の姿を見つけた。

 

「スヴァン」

 

そう彼を呼び止め、駆け寄る。

 

「エリシア、もう体は大丈夫なのか?」

 

彼女の姿に驚く彼にエリシアはうんと頷く。

すると周りにいた彼の同僚だろう人たちがエリシアを興味深そうに見る?

 

「なぁなぁ、この子誰?」

 

紫色の髪の小柄な青年がそうスヴァンに尋ねる。

 

「あ、俺の名前はカイル。スヴァンとは同部屋で所属は第3連隊。で、君は?スヴァンの彼女?」

 

その言葉にスヴァンは飛び上がり、右の拳がカイルの左頬に命中する。

 

「この子は俺の同期、俺と同じ国家錬金術師だよ」

 

その言葉にカイルは目を丸くする。

 

「まじ?じゃあ君があの蒼氷の錬金術師?もっとごつい人かと思ってたのにこんなに可愛い子ちゃんだったなんて」

 

《なにこの軽薄な男…》

 

エリシアは苦笑いを浮かべながらスヴァンを見る。

 

「スヴァン、大総統がお呼びよ」

 

エリシアはカイルを無視してそう告げる。

 

「え?大総統が?」

 

スヴァンは目を丸くする。

 

「そう、分かったらさっさと行くわよ」

 

そう言うとエリシアは彼の襟首を持って引っ張る。

 

「エリシアちゃん!今度ご飯でも行こう!」

 

カイルのその叫び声だけが、廊下に響く。エリシアは恥ずかしさに顔を赤らめ、下を向きながら歩く。

 

「悪く思わないでくれよ?あいつ悪気はないんだ」

 

スヴァンの言葉にもエリシアは答えない。

 

《悪気ないのは分かってるけどあんな人は嫌い》

 

エリシアは再度自分の気持ちを確認する。

 

しばらくして2人は大総統の執務室に到着した。



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第2話『謎の男』part 4

 

扉の前に立ち、3度ノックする。

 

「エリシア・ヒューズ少佐とスヴァン・スタングベルト少佐です。大総統からの出頭命令につき、やって参りました」

 

「入れ」

 

すぐにマスタングの声が聞こえた。エリシアは「失礼します」と扉を開けると中に入る。スヴァンがその後に続く。

 

「マイルズ司令」

 

スヴァンがそこにいた彼と同じ銀髪に褐色肌、サングラスを掛けている男性に気がつく。東方司令部マイルズ司令であった。

 

「司令がなぜ?」

 

スヴァンの問いにマイルズはふっと笑みを浮かべると空いているソファを指差した。

 

「御託はいいから座りなさい」

 

マイルズの言葉に2人はソファに腰を下ろす。

 

「エリシア・ヒューズ少佐、スヴァン・スタングベルト少佐。2人にはリオールへ行ってもらいたい」

 

マスタングから発せられた言葉に2人は顔を合わせる。

 

「リオールですか?」

 

「あそこは確か昔暴動があって今は昔ほどの賑わいはなくなってしまったんですよね?どうしてそこに?」

 

エリシアとスヴァンがそれぞれ質問をぶつける。

 

「リオールで旧レト教信者の一派がスム・ダムと呼応しているという情報があった。そこには今回マリエッサから逃亡した幹部グラニア・マラカスが逃げ込んだとの情報もある。彼の捜索と逮捕が君たちの新しい任務だ」

 

マイルズから出た言葉に2人は衝撃を受ける。

 

「こちらからはそのあたりに詳しいものを向かわせる。現地で合流してくれ。何か質問はあるか?」

 

マスタングはそう言うが、2人は率直に何を質問したらいいか分からず黙り込む。

 

「なければ以上だ。私は今からセントラルへ戻る。報告は直接セントラルへ来たまえ」

 

そう言うとマスタングが立ち上がる。

マイルズも立ち上がり、それに合わせて2人も慌てて立ち上がると敬礼をする。

 

「そうだ。大事な事を言い忘れていた。ヒューズ少佐。君が探している人物の目撃情報もリオールであった。任務も大事だが、そのことも心に留めておくといい」

 

マスタングの言葉にエリシアはぱっと顔をあげる。そして今回の任務におけるマスタングの意図を理解し、頭を下げる。

 

その様子を見てマスタングは微笑むと執務室を後にした。

 

——————————

 

前日大陸歴1930年11月16日

東方地区 リゼンブール

 

とある民家の電話がなる。

その音を聞いた老女はこんな時間に珍しいと昼ごはんの支度を中断し、電話の元へ向かう。

 

「はい、ロックベル」

 

老女は受話器を取るとそう告げた。

 

「おーマスタング大総統、お元気ですかな?」

 

その問いに電話口のマスタングの答えが返ってくる。

 

『なんとかやってますよ。ピナコ殿もご息災で何よりです。早速で申し訳ないのですが“元”鋼のはいらっしゃいますか?』

 

その問いにピナコは訝しげな表情を浮かべる。

 

「また何か変な事を企んでるんじゃないだろうね?」

 

ピナコのその核心をついた言葉にマスタングからハハハとから笑いが電話越しに返ってくる。

 

「まぁ、いい。ちょっとそのまま待ちな」

 

ピナコはそう言い、受話器を保留のままおくと部屋の窓際に向かう。窓から外を覗くと大樹の木陰で昼寝をしている金髪の青年を見つけた。

 

「おーい、エド!お前宛に珍しい人から電話だよ」

 

その言葉に目を覚ましたエドは大きく伸びをするとまだ寝ぼけ眼の瞳をピナコに向けた。

 

第2話『謎の男』 完






【 次回予告 】

リオールに降り立ったエリシア達を迎えたのは


懐かしき人物であった。


今闇に紛れしもの達は


自分たちの存在を隠すために行動を起こす


次回、鋼の錬金術師Reverse-蒼氷の錬金術師-


第3話『東方の闇』


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第3話『東方の闇』part 1

大陸暦1930年11月19日

東方地区 リオール

 

エリシアとスヴァンはマスタングからの指示を受け、東方地区リオールに向かう列車の中に居た。

窓の外にはのどかな農作地帯が拡がる。

セントラル育ちのエリシアにとってはなかなか見る事も出来ない貴重な風景である。

 

「リオール事件。確かレト教って新興宗教の信者と反信者同士の争いに中央軍が介入したのよね?」

 

エリシアが東方司令部史料室から取り寄せたリオールに関する史料を見ながらスヴァンに尋ねる。

 

「ああ、公式発表はそうなってたけど、実はいろいろと逸話があるらしいよ?レト教を仕切っていた教祖は突然や行方不明になったみたいだし」

 

「そうなんだ」

 

スヴァンの返答にエリシアは興味深そうに頷くと史料に再び目を落とす。そして意外な名前を見つけ驚く。

 

「エドワード・エルリック」

 

エリシアがその名を呟くとスヴァンが顔をあげる。

 

「ああ、確か最初にレト教の不正を暴いたのがエルリック兄弟って聞いたことがあるな。でもまぁ、彼らがやったことで、レト教信者と反レト教市民との抗争に繋がったって言っている歴史家もいるけどね」

 

エリシアは懐かしい名前に思いを馳せる。15年前、父がこの世を去った時に一緒に泣いてくれた人。それから自分や母親の事を何かと気にかけてくれた恩人の1人。

 

「でも、それは曲解しすぎな気もする。もともと反レト教の市民はいた訳だし、例えエドワードさんとアルフォンスさんが暴かなくても、遅かれ早かれ抗争には発展していたんじゃない?それよりも抗争を未然に防げなかった軍の問題よ」

 

エリシアの返答にスヴァンは苦笑いを浮かべる。

 

そうこうしている間に窓の外にはリオールの駅舎が目に入り、列車がその速度を落とし始めた。

 

—————————————

 

「んー」

 

セントラルとは異なり幾分か空気が美味しい気がする。

エリシアは駅舎から外には出ると大きく伸びをする。

 

そしてリオールの駅舎前で落ち合う事になっている案内人の姿を探す。

 

すると眼前に辺りをキョロキョロしながら誰かを探しているだろう人影が目に入った。

 

「確か案内人の人が駅舎前にいるって聞いてたけど、まさかあの怪しい人がそうかな?」

 

スヴァンも同じ人物を見つけたのか、半ば訝しむ視線をその人影に向ける。

 

「ちょっと待って!」

 

その時、エリシアの心の中に懐かしさが溢れ出す。彼女はスヴァンを強く制し、その人物にに目を凝らした。

 

栗色のブロンドを後ろで三つ編みにし、更にフラメルの十字架を背負った真紅のマント。それを確認するとエリシアの顔が綻ぶ。

 

「エドワードさん!」

 

エリシアの声に振り向いたその人影は彼らの姿をその金色の瞳に見留めるとその瞳が驚きのそれに変わる。

 

「え?エドワードって?」

 

彼女の発言に驚くスヴァンを尻目にエリシアは彼の元へ走った。そして彼女を出迎えたその人物はまさにエドワード・エルリックその人であった。

 

「まさか、大佐が言ってた軍人ってエリシアの事か?」

 

その言葉にエリシアはニヤリと笑うと頷く。

 

「まさか大総統が言っていた案内人がエドワードさんだったなんて。お久しぶりです。2年ぶりくらいですか?」

 

エリシアの言葉にエドは少し興奮した様子で記憶を辿るように視線を泳がす。

 

「ああ、前にアルが帰っと来た時以来だな。元気してっか?」

 

エドの言葉に大きく頷くエリシア。

その時、スヴァンが追いついてくる。

 

「あの…これって?」

 

エドとエリシアを交互に見て不思議そうな顔をする。その様子にエリシアは驚いたように尋ねる。

 

「スヴァンは初めて?こちら元鋼の錬金術師のエドワード・エルリックさん。それで、こっちは東方司令部のスヴァン・スタングベルト少佐です」

 

スヴァンはエリシアからの紹介に驚きの表情でエドを見て背筋を伸ばし敬礼をする。そして先ほどの列車での発言を少し後悔した。

 

「スヴァン・スタングベルト少佐あります」

 

そう言ったスヴァンの様子に思わず吹き出すエドとエリシア。不服そうなスヴァンの肩をエドがポンポンと叩く。

 

「やめろやめろ!俺はもう軍人じゃないんだし、そんな堅苦しいのはいらないよ。で、マスタング大総統様からの遣いはお前ら2人?」

 

そのエドの質問の真意を掴めずにただ頷くだけのエリシアとスヴァンを見てエドは頭を抱える。

 

「ったく、大総統直々の依頼だからって、こんなとこまで来てみたら、お前らのお守りとは。やれやれだ。あの野郎、後で法外な額請求してやる」

 

その言葉にスヴァンは再度不服そうな顔をエドに向ける。

 

「ちょっと待ってください!今のどういう意味ですか?俺がイシュヴァール人だからですか?あなたは大総統直々に依頼を受けたのでしょう?」

 

思わぬスヴァンからの剣幕に一瞬エドはたじろぐ。更にスヴァンは興奮した様子で続ける。

 

「国家錬金術師の称号を剥奪された貴方にそんな言い方されたくはないです。俺たちはれっきとした国家錬金術師なんですから」

 

スヴァンの言葉にエドはムッとした表情で彼の姿を頭の先からつま先までをじっくりと見やる。

 

「国家錬金術師がそんなに偉いのかねー?」

 

そう言ったエドの予想外の冷徹な声色にエリシアは鳥肌がたつのを感じる。

 

「まぁ、年長者に対する敬意もないお前にこそ、言われる筋合いはないね。それに俺は称号を剥奪されたんじゃねぇ!弟に譲っただけだ!」

 

エドはスヴァンの方に向き直ると彼の眉間を指差しながら言う。その不思議な威圧感に少し圧倒されるスヴァンは一歩後退りする。

 

「何なら今からここで手合わせしてみるか?まだまだ国家錬金術師成り立てのお前らに負けるほど俺の腕も衰えてないぞ」

 

逆に今度はエドがスヴァンを挑発するように一歩更に踏み出す。

スヴァンは背中に冷たい汗が流れるのを感じた。

 

「ちょっとエドワードさんにスヴァンもここじゃ目立ちすぎます。2人とも!場所変えましょう?」

 

2人の様子を見るに見かねたエリシアが2人の間に割って入る。

 

《あーもう、スヴァンも一体どうしたのよ。エドワードさんも大人への尊敬の念とか言いながら大人げなさすぎ》

 

エリシアは心の中でそう悪態をつきながら2人に提案する。確かにあまり見慣れない栗色ブロンドの長髪男とイシュヴァール人の間の喧嘩となれば目立ちすぎる。

 

「「ふん」」

 

エリシアの提案にエドとスヴァンは渋々納得するも、互いに顔も合わせないまま、近くの喫茶店へと入った。

 

—————————-

 

 

「今回のお前らの任務がレト教絡みってのは本当か?」

 

喫茶店に入ったエドは特大のパフェを頼み、少しがっついて落ちつきを取り戻すとそうエリシアとスヴァンに尋ねる。

 

「はい。そうです」

 

エリシアはまだそっぽを向いているスヴァンに小さく溜息を吐きながらもエドの質問に答える。

 

そして、過激派組織スム・ダムの幹部がこの地域に逃げ込み、それをレト教信者が匿っているとの情報があることを告げた。

 

「なるほど」

 

エドはエリシアの説明に納得したように呟くと懐から何かメモのような物を取り出した。

 

「それでその捜索と逮捕にお前ら2人の錬金術師が派遣されたていう訳か。これは思った以上に大役だな?本当にこいつとで大丈夫か?」

 

エドは再びスヴァンを煽るような言葉を並べる。

 

「なっ」

 

「大丈夫です。彼意外と喧嘩っ早いし、頼りないところもあるけど国家錬金術師としても、軍人としても優秀です。私なんかより」

 

スヴァンはまた抗議の声を上げようとしてエリシアにその声を遮られた。そしてエリシアの言葉に暖かい何かを感じ、エドに敵対心を向けていた自分を少し反省する。

 

一方のエドもエリシアからの予想外の返答に苦笑いを浮かべ、「そうか」とだけ言葉を返す。

 

「『このリオールで案内人に会え。彼ならば君達が欲しい情報を持っているだろう。』というのが閣下からのお言葉です。」

 

スヴァンは素直にそうエドに問いかける。エドは少し考えたのちに一枚のメモを懐から出す。

 

「案内人か。あいつも最初からそう言えばいいのに。まぁ、そういう事ならあそこに行けば情報があるかもな。善は急げだ。行くぞ!」

 

エドはそう言うと立ち上がり、颯爽と喫茶店を後にする。

エリシアとスヴァンは慌てち立ち上がると店員に銀時計を見せ、エドの後を追った。

 

———————

 

「それにしても2年も会わないうちに綺麗になったな」

 

エドは改めてエリシアの姿を見て彼女の変化を素直に賞賛する。

 

「ありがとうございます。ウィンリィさんはお元気ですか?」

 

返す言葉でエリシアはもう1人の恩人、ウィンリィ・エルリックについて尋ねる。エドは15年前の騒動の後、錬金術師の資格を返上、“鋼”の称号は弟のアルフォンス・エルリックに譲渡した。

その後6年間の世界放浪の後、リゼンブールに戻り、ウィンリィと結婚、今4歳になる息子と1歳になる娘の父親である。

 

「あぁ、相も変わらず仕事に育児に大忙しだよ。息子も4歳になった。ちょうど俺たちが出会った頃のエリシアと同じ歳だな」

 

「そうなんですね!じゃ、こんな任務とっとと終わらせて早くリゼンブールに帰らないとですね。」

 

エリシアは無邪気にそう言うが、エドは今回の大総統直々の依頼ということが引っかかっていた。一筋縄ではいかないだろうという予感がする。

 

エリシアはふと自分達から距離を置いて歩くスヴァンに気がつき、エドの元から離れる。

 

「あいつ信用できるのか?」

 

自分の元に寄ってきたエリシアに視線を向け、前を歩くフラメルの十字架を見ながらスヴァンがエリシアに尋ねた。

 

「大丈夫よ。あの人は信用できるわ」

 

エリシアの凜とした表情にスヴァンは再び前を歩く背中を見る。彼はまだマスタング大総統はなぜ彼のような退役軍人を自分達の案内役に選んだのか不思議で仕方なかった。

 

当のエドは2人を省みることもせずリオールの街を歩く。そして雑貨屋を数件通り過ぎたのち、一本の路地へとその体を滑りこませた。

 

エリシアとスヴァンも後に続く。

 

すると街の喧騒と切り離されたように薄暗く静かな路地が続く。少し路地を進むと一つの木の扉がエリシア達の目に入った。

 

「俺だ」

 

エドはその扉を二度ノックするとそう告げる。すると扉が開き、エドが中に入れと手招きする。

 

エリシアはスヴァンの背中を押し、エドの脇を通り過ぎるとその木扉の中へと入った。

 

 



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第3話『東方の闇』part 2

—-リオール旧市街 路地裏

 

「なんか怪しくない?」

 

スヴァンは路地裏に突如出現した扉、その中に入るように促すエドを見てエリシアに小声で話しかける。

 

「んー。でも行くしかないでしょ。エドワードさんが私達を騙すような事はしないと思うし」

 

エリシアはそう答えるとエドの方に向かって歩く。

 

「早くしろ。誰かに見られるとまずい」

 

するとエドが声を潜めながらもスヴァンにも早く来るように言う。

スヴァンは一瞬躊躇の表情を見せるが渋々エリシアの後に続き、エドに促された扉を潜った。

 

エドが扉を閉めると青白い光が扉を包み、そこは元の煉瓦の壁に戻った。街は何もなかったように喧騒を続けている。陽は少し傾き出し、足早に家路を急ぐ人が増える時間にさしかかろうとしていた。

 

—————————

 

通された部屋は先ほどの路地と較べても引けを取らないほど薄暗く、小さなランプが一つ灯っているだけである。

 

エド、エリシア、スヴァンの順で中を進む。埃っぽい匂いに咳込みながらスヴァンは外で待っていればよかったと後悔を始めていた。

 

5分ほど歩いただろうか。

エリシアもスヴァンもどこをどう歩いたか分からない。今どの方角に向かっているかも分からない。そんな感覚を覚え出した時、視界の先が少しだけひらけた。

 

どこかの部屋に出たようである。

正方形のその部屋には左右の壁際には本棚がありみっしりとなにかの書物が並んでいる。右奥には茶色い事務机が置かれている。部屋の中央にはソファとテーブルがある。

 

薄暗さのせいか殺風景にも思えるその部屋に3人は足を踏み入れた。

 

「これは珍しい客だの?エドワード・エルリック。それにこちらは新しいお客様ですかな?」

 

すると部屋の奥、灯りの向こう側から声がする。

目が慣れてくると次第に事務机に座る男性の姿が視界に浮かんできた。

 

エリシアとスヴァンが目を凝らすとそこ座る初老の老人を見てエリシアとスヴァンは目を見開く。

 

「グラマン元大総統閣下、なぜ貴方がこんな所に」

 

声を上げたのはスヴァンである。

 

無理もない。

 

彼ら目の前にいたのは8年前に早々と大総統の地位をマスタングに譲り、隠居生活に入ったはずのグラマンの姿があったのだ。

 

だか が、グラマンはスヴァンの質問に答えるそぶりはない。

その様子を見てエドが口を開いた。

 

「ああ、現大総統閣下からの勅命でね。ちょっとアンタの情報網を使わせてもらいたい」

 

エドの言葉にグラマンはヒゲの下に笑みを浮かべた。

 

「ふぉっふぉっふぉっ。なるほど彼からの勅命というのはスム・ダム幹部がこのリオールに逃げ込んだというあれかな?」

 

グラマンの言葉にエリシアは冷静になぜ彼がその事実を知っているのか疑問に思った。

 

過激派組織スム・ダム関連の情報は今や超S級の極秘事項である。それを元大総統とは言え、8年も前に退役した一般人に知り得るものではない。

 

「どうしてその情報を!スム・ダムの情報は統制が敷かれていて一般市民には知らされていないはず」

 

スヴァンも同じ問いに行き着いたのであろう。

エリシアの頭に浮かんだのと同じ質問の声をあげる。

ただこの状況でその質問をした所で皆目自分達を納得させる回答は得られないだろう。

 

スヴァンはこの非日常な状況に判断が短絡的になっている。

グスマン元大総統と渡り合う事が必要ならば、思った事を口にするだけでは到底太刀打ちできない。

 

エリシアは脳内をフル回転させ、グラマンにかけるべき言葉を探した。

 

一方のグラマンはエリシアの予想通り、そんな彼を滑稽なものを見るような視線で一瞥するとスヴァンを指差し、エドに問う。

 

「こんな男で大丈夫か?」

 

グラマンはそういうとエドがニヤリと笑う。また自分がからかわれたと真に受けてまたスヴァンが少しだけ前のめりになった。

 

「スヴァン、ここは私に任せて」

 

今度はグラマンに対して噛み付こうとしているスヴァンをエリシアは半ば呆れながら制すると頭の中で整理した内容を口にする。

 

「グラマン元大総統閣下、直接お目にかかるのは初めてと思います。私は中央司令部第7師団所属エリシア・ヒューズ少佐です。一応国家錬金術師です。今日はよろしくお願い致します。」

 

エリシアはそう言うと頭を下げた。その姿にグラマンは目を細め、エドワードは感心した様子を見せ、スヴァンはまだ自分の名前すら名乗っていなかった事に気付き、自分の無礼さを恥じた。

 

「こちらは東方司令部所属のスヴァン・スタングベルト少佐です。彼も一応国家錬金術師です。」

 

そう言うとエリシアはクスリと笑う。その仕草にグラマンの表情が少し柔らかくなるのを感じた。スヴァンは深々と頭を下げる。

 

「先程は無礼な事を申し申し訳ありませんでした。東方司令部第2師団所属のスヴァンン・スタングベルトです。」

 

スブァンは自らの無礼を詫びると顔を上げ敬礼をする。

エリシアはその相棒の様子に小さくうなづくとグラマンに対して向き直った。

 

「エドワードさんとの会話である程度合点がいきました。なるほど。軍直属の情報屋という事ですね?グラマン元大総統閣下。前に大総統から聞いたことがあります。東西南北の各地域に軍に精通した情報屋がいると」

 

エリシアの言葉にじっと耳を傾けるグスマン。

その様子を見て更にエリシアは続ける。

 

「そして軍が掴んだスム・ダム幹部がこの地域に逃げ込み、レト教信者が匿っているとの情報源はグラマン元大総統閣下ってことですね」

 

エリシアの推理にグラマンは満足げに頷く。

 

「そちらのお嬢さんはなかなか聡明みたいだ。さすがヒューズ准将の愛娘と言ったところかな?100点満点の回答じゃ」

 

グラマンはそういうと杖に体を預けながら立ち上がり、スヴァンを一瞥する。スヴァンはその鋭い視線に思わず目をそらした。

 

「如何にも私がマスタングに情報を提供した張本人さ。他にもいろいろあるが見てみるか?」

 

グラマンは右手に持つ一冊のノートをひらひらとはためかせながらそういう。

 

「え?なんですか?」

 

グラマンからの誘いに思わず身を乗り出したエリシアの襟首をエドが引っ張り制する。

 

「やめとけ!無闇にあのノートを見ると法外な情報料を吹っかけられるぞ」

 

そのエドの忠告に今度はグラマンが大袈裟な笑い声をあげた。その様子にエドは不服そうな顔を見せる。

 

「ふぉっふぉっふぉっ。昔このノートを見て軍からの退役金を根こそぎ持っていかれたバカがいたな」

 

グラマンからの指摘にエドの顔が真っ赤に染まる。

 

「うるせー!いつか絶対に取り返してやるからな!」

 

エリシアはグラマンの言うそのバカがこの人なんだと察し、思わずある考えが浮かぶ。

 

「って、私達をここに連れてきた理由って…まさか!?2人で私達に法外な情報料を払わすため?」

 

そう言って顔を引きつらせ後ずさりをするエリシアにエドは頭を抱え、グラマンは更に笑い声をあげる。

 

「心配せんでも情報料は大総統閣下からもらっておるよ。そなたらへの協力も含めてな」

 

グラマンの言葉にエリシアはホッとしたように息をつく。

一気に場の空気を掴んだエリシアをスヴァンは流石だと感嘆した。

既にグラマンの心を掴んでいるように見える。

 

それに比べて自分はやはりこの身体にイシュヴァールの血が流れている事を卑下に感じているのだろうか?アメストリス人の嘲笑や言葉を簡単に受け流す事ができない。

 

この東方でイシュヴァール再興、融和政策を担当する身としてその事実は確実に自分自身の足枷になっている。だが、今はまだどうしたらいいか分からない。

 

エリシアは自分のことを優秀だと言った。

だが、こういう場面を目の当たりにすると彼女に対して劣等感しか感じない。年下の彼女に憧れて国家錬金術師を目指したとう始まりからして間違っていたのではないかと思わされる。

 

「ちょっと待て!大総統から既に依頼料をもらってるって事は俺たちが今日来ることも知っていたな?この薄れたぬきが!」

 

エドがグラマンの悪戯心に気がつき、そう悪態をつくとグラマンはより一層大きな笑い声をあげた。

このエドワードという男も不思議な男だとスヴァンは思う。

言葉遣いは荒いし、性格も悪そう、だが、得てして周りからの信頼を集めている事が流石のスヴァンにも手に取るようにわかった。

 

グラマンは机からソファに移動すると深々と腰を下ろす。

 

「今日はもう日暮れも近い。また明日出直してくるといい。そこのイシュヴァールの坊主は先に戻って今夜の宿でも取ってこい。エドワード・エルリックとお嬢さんには別件の話があってな」

 

グラマンの言葉に何かに気付いたエリシアは申し訳なさそうに両手を合わせてお願いする仕草をスヴァンに見せた。

 

「後でちゃんと教えろよな!」

 

ひとり除け者にされる事に異を唱えようとしたスヴァンだが、そこにもなにか意味があるのだと察して、足早に部屋を出て行く。使用人らしき女性が出口までの道を案内してくれるようである。

 

木扉を閉め、路地に出るとグラマンが言うように空に少し夕暮れの色が重なり始めていた。

 

スヴァンは足早に路地から外に出ると少し賑わいが薄れたリオールの旧市街を少し歩く。

 

《多分あの祭壇で起きた錬成陣のことだろう》

 

スヴァンはエリシアが残された理由をそう察していた。彼女の身に何かに別の事が起こっているのではと今回の任務が大総統から言い渡された時から薄々感づいてはいたが、先ほどのやり取りでスヴァンの中で確信に変わった。

 

《エリシアが話せるようになったら話してくれるだろうし、いらぬ詮索はしないでおこう》

 

そう心に決め、スヴァンは既に予約していたホテルの中に入った。

 

——————

 

一方、グラマンの部屋に残ったエリシアとエドはグラマンと向き合うようにソファに腰を下ろす。

 

「それで、君はもう一つ聞きたい事があるだろ?」

 

まるでエリシアを試すように尋ねてくるグラマンに少し気圧されながらもエリシアはエドをみた。

 

まだ父に瓜二つな男性の事はエドにも話していない。

 

「大総統からはこいつにも情報を入れるように言われておる。心配せんでも良い」

 

全てを見透かすようなグラマンの発言にエリシアは自分の思考が読まれているのではないかと言う錯覚に陥る。

 

「なんだ?俺にも関係あることか?」

 

エドの問いに少し迷った末、エリシアは小さく頷く。

 

「実は…」

 

エリシアは素直にあの日祭壇の間で経験した事を2人に話す。彼女の話を聞く中でエドの顔がどんどん険しいものになっていく。

 

「それは本当なのか?」

 

エドの冷えきった言葉にエリシアはゾッとする。恐る恐る頷くエリシアにエドは天を仰ぎ頭を掻き毟る。

 

「大総統の野郎、嫌な役回りを押し付けやがって。あのな、エリシアよく聞け?真理の扉から無傷で帰ってくるって事はそれ相応の対価を払ってるってことだ。そう、このじじいの調査料みたいにな!」

 

そう言ってグラマンを一瞥したエドは真剣な表情を崩さずに更に続ける。

 

「しかもその通行料は金じゃない。お前が望むもの、未来、夢への対価だ。その時お前は何を願った?」

 

エドの言葉にエリシアはハッとする。

 

「あの時、とっさに思ったの。『パパ、みんなを助けて』って」

 

エリシアの言葉にエドは泣きそうな顔になる。

 

「エリシア、よく聞け。多分お前の通行料はおそらくお前の目の前で消えた将兵たちの体、魂だと思う。お前は彼らのおかげで無事戻ってこれたんだ」

 

エドの言葉にエリシアは脳天をオノて真っ二つにされたような衝撃を受ける。涙が頬を伝い、声にならない嗚咽が漏れた。

 

「うそよ…どうして?…ひどすぎる…。ねぇ…エドワードさん…彼らは…もう…戻ってこ…ないの?」

 

エリシアの嗚咽交じりの言葉に苦痛の表情を浮かべるエド。彼は膝をつくエリシアの傍に腰を下ろすと背中をさする。

 

「正直分からない。たが、可能性はある。俺は昔、とあるどでかい代償とともにアルの体と魂を真理から取り戻した。でもエリシアが同じ事をしても多分全員を取り戻すのは無理だ」

 

エドの言葉はエリシアを更に絶望のどん底へと突き落とす。泣きじゃくるエリシアの様子にグラマンもこれ以上話ができないと判断し、彼女を宿まで連れていくようにエドに指示を出した。

 

 

 

 

2人が去った後の部屋でグスマンは黄昏ていた。

 

「小僧が粋な事をやりおった。これはちょいと厄介な事になりそうじゃの」

 

グスマンはかつての愛弟子マスタングに対して悪態をつくと、胸ポケットから一枚の写真を出す。

 

そこに写るのはこのリオール旧市街のカフェでお茶を飲んでいる3人の人物。

 

金髪色白のグラマラスな女性

白髪痩躯の青年

そして中肉中背、無精髭とメガネが特徴的なグスマンもよく知る人物に似た男性

 

「お前は一体何者なんだ?」

 

グスマンの問いは薄暗い虚空に吸い込まれ、誰もその答えを示す事はなかった。

 

 

 

 

 

 

 



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第3話『東方の闇』part 3

大陸暦1930年11月19日

アメストリス東方地区 リオール市内 某所

 

かつての宗教上の対立による暴動勃発後、人口の流出と産業に衰退の危機に晒されているこのリオールでも夜の酒場の賑わいは昔と変わらない。

 

それは今男性2人と女性1人が卓を囲んでいるこの酒場も同様でこの喧騒は彼らのような道ならぬ者を隠すには最適な場所である。

 

「なんで追って来ちゃうかなー。そんなに俺がいい男ってことかな?アメンダちゃん」

 

黒髪短髪に無精髭とメガネがトレードマークの男、ヴァルニスはそう眼前のブロンドの髪に抜群のプロポーションを持つ美女アメンダにそう問いかける。

 

「さぁ、たまたまじゃないの?」

 

アメンダのそっけない態度に彼女の右隣、ちょうどヴァルニスの対面に座る男がニヤリと笑う。

 

「ニールは酒ばっか飲んでないで喋れよ」

 

ヴァルニスにニールと呼ばれた白髪痩躯の男性は鋭い青紫の瞳でヴァルニスを睨んだ。切れ長な瞳から覗くその眼光は今にも自分を貫きそうだとヴァルニスは一瞬身構えた。

 

「お前…殺していいか?監視任務は飽きた」

 

ヴァルニスにとっては予想通りのその台詞に顔をひきつらせる。

一方アメンダが飲みかけの葡萄酒を吹き出した。

 

「あははは。なかなか切れ切れ冗談言うじゃん」

 

アメルダはそう言って高笑いをする。そんな2人の様子にヴァルニスは小さく溜息を吐く。

 

「おいおい。そう簡単に殺すなよ?俺だってこうやって先生のおかげでこの世に存在してんだからよ」

 

ヴァルニスはそう言うと手に持っていた葡萄酒を一気に飲み干す。そしてニールの前に置かれたグラスにも手をかけようとする。

 

刹那、そのヴァルニスの手をニールが払いのける。

そして青紫色の鋭い眼光をヴァルニスに向けるとその瞳の色に淡い朱色が混じり始める。

 

「ニール、ダメよ」

 

そこにがアメンダが静止に入る。今までとは打って変わって低い殺気のこもったその声にニールはアメンダを一瞥する。そして再びヴァルニスを睨んだ。

 

瞳の色は既にもとの青紫色へと戻っている。

 

「さて、私は今からいい男を漁りにでも行ってこようかしら。あんた達も喧嘩ばっかりせずに仲良くしなさいよ」

 

場が収まった事を確認したアメンダはそう言って席を立つ。

 

「まーた男漁りかよ?飽きないねーアメンダ姉さんも!ま、入れ食いには注意しなってな」

 

そう言ってヴァルニスは酒場から出て行くアメンダを見送る。

そして依然として自分を睨んでいるニールに視線を戻すと大きく溜息を吐いた。

 

———————————

 

男は焦っていた。

自分の存在がバレたのかもしれないと。

また葡萄酒は半分ほど残っていたが、そそくさと酒場を後にした。

 

人気のない道を足早に歩く。

早く安全な場所へ行かなければならない。

あの連中は危険だと皆に伝えないといけない。

 

だか、彼の想いは虚しく、その背後に殺気に似た気配を感じる。

 

「ちょっとそこのお兄さん」

 

アメンダは酒場を出てしばらく歩くと路地を曲がったところで、目の前を歩く男性に声をかけた。だが、男は彼女の呼びかけに止まることなく歩を進める。

 

既に酒場の喧騒はなく、夜の闇と昼間とは正反対の静寂が辺りを包んでいる。

 

「ちょっとーこんないい女からの誘いを断るの?さっきあの酒場で私のことずっと見てたじゃない?」

 

アメンダは少し小走り気味に男に追いつくと男が被っているフードにに手をかける。フードの下からは刹那銀髪に赤い瞳が夜の闇に煌めいた。

 

「あら、すごい!あなた素敵な髪と目の色!是非遊んで頂きたいわ。ふふふふふ」

 

男は自身の運命を呪い、不敵な笑みを浮かべるアメンダから咄嗟に跳躍して離れると拳を前に突き出し構えを取る。

改めて男はアメンダを見る。金髪色白、濃いめのルージュにタイトなドレス、スタイル抜群なボディライン、妖美な雰囲気漂う大人の女性から誘われていい気にならない男はいない。

 

だか、今男はその妖美さから覗く殺気と先程酒場で見た狂気に似たこの女の顔を思い出すと恐怖そのものでしかない。

 

「お前、何者だ?なぜこのリオールに来た?」

 

男の問いにアメンダは何も答えず、不敵な笑みを狂気のそれに変える。

 

「あーら!釣れないわね。女性の誘いに暴力で答えるなんて最低ね…ってかさ、どうせ死ぬんだからその前に楽しめばいいのに。私が最高の快感で昇天させてあげるのにねぇ。愚かだわ」

 

アメンダはそう言うとただ悠然と男に近づく。

男の顔がその圧倒的な威圧感に徐々に歪んでいく。

 

「くそぉぉぉぉ」

 

男は雄叫びを発しながらアメンダに殴り掛かる。

その拳がアメンダの顔面を捉える。

 

ゴキッと骨の砕ける音がした。

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 

と同時に男の叫び声が街中にこだまする。その彼の手首から先がありえない方向へひん曲がっている。

 

「ば、化け物!!ホムンクルスめ!!」

 

男は折れた右手を抑え、苦悶の表情を浮かべながらアメルダに背を向け走り出す。

 

「もう!そんなに大声をあげちゃったらみんな起きちゃうじゃない。本当に愚かな男ね」

 

アメンダはそう言うと一度足元を見る。

 

「それから…」

 

そしてアメンダが顔を上げるとその端正な顔の至る所に青筋が入り、目と口は釣り上がり怒りをその顔いっぱいに表現する。

 

瞳と瞳孔は燃えるような真紅に染まる。

 

「あんた今禁句を言ったね。万死に値する」

 

刹那、男に闇と影が迫る。男は必死に逃げようとするも足がもつれその場に倒れる。

 

男は後ろを振り返り、

 

赤色の瞳を刮目し、

 

自身に迫り来るそれを目に焼き付ける。

 

「うわぁぁぁぁぁ!」

 

男の雄叫びは一瞬、次の瞬間街を静寂が再び包み込んだ。

 

————————

 

「終わったのかい?」

 

ヴァルニスは部屋に戻ってきたアメンダに声をかける。アメンダはヴァルニスを睨みつけると次の瞬間吊り上がった目と口、青筋が入った額が元に戻る。

 

「ニールは?掃除中?」

 

アメンダの問いにヴァルニスは両手を広げて首を左右に振る。その反応にアメンダは溜息を吐くとヴァルニスに抱きついた。

 

「あの男、私のことをホムンクルスって言ったわ」

 

「だから殺したのか?」

 

「仕方ないじゃない。禁句を言っちゃったんだから。私たちをあんな下等生物と一緒にしないで欲しいわ」

 

アメンダはヴァルニスの肩の上に自身の顎を置き、彼の耳元でそう呟く。

 

「おっと!」

 

ヴァルニスはアメンダからの誘いを断るように立ち上がると冷蔵庫から牛乳を取り出すとバックを開け、口の中に流し込む。

 

「あらやっぱりだめなの?いつになったら体許してくれるのかしら?ヴァルニス、あなたは私が欲しくないの?」

 

アメンダの問いにヴァルニスはニヤリと笑うとメガネをくいっと上げ、窓際に立つ。

 

「同志には興味ないよ」

 

その返答にアメンダは満足したように膝を組み直すとヴァルニスに笑みを向ける。

 

「あなたはあの娘にご執心だものねー。柄じゃないけど妬けちゃうわね。でもね。この街の闇はあなたの想像以上に深いかもよ」

 

アメンダの言葉にヴァルニスは答えることなく、ただ悠然と夜の闇を見つめていた。

 

———————-

 

あの女軍人と出会ってから変な夢を見るようになった。

俺に似た男が、2.3歳の養女と遊んでいる姿だ。

その傍らには栗色の髪の美女が優しく微笑んでいる。

 

その夢から醒めるといつも胸を掻き毟られるような衝動に駆られる。

 

今日の寝覚めも同じだ。

 

ヴァルニスは寝起きにも冷蔵庫から牛乳を取り出し、コップに入れて一気に煽った。

 

そして再び思いを馳せる。

 

お前があの少女なのか?

 

そして……

 

俺は一体何者なんだ…



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第3話『東方の闇』part 4

 

大陸暦1930年11月20日

アメストリス東方地区 リオールプラザホテル

 

エリシアは自室のベッドの中にいた。

結局昨晩は一睡もできなかった。

 

昨日のエドの言葉が頭の中をぐるぐると回る。

 

『お前は彼らのおかげで無事戻ってこれたんだ』

 

エドの言葉が胸を抉るように痛い。

 

《私の体と魂が無事なのは私を信頼してくれたみんなのおかげ。私は今彼らの魂の上で生きている》

 

そう考えると身を投げ出したい自分と彼らの魂の分強く生きなければという想いが交錯する。

 

《どうにかして彼らを助けられないだろうか。エドワードさんはアルフォンスさんの魂と体を助けたと言ってた。だったら私も自分を代価に彼らを戻せるはず》

 

そこまで考えた時にエリシアは自分の考えを即座に否定する。

 

《エドワードさんも言っていた。将兵全員分なんて私1人じゃ足りない。足りない?》

 

そこまで考えた時、

エリシアの脳裏におぞましい考えが浮かぶ。

 

だが、それは考えたくもない結論であった。

 

それは錬金術師における禁忌。

 

《私があのパパ瓜二つな男性を錬成…した?》

 

人体錬成…

 

そのおぞましいその思考に胸が押し潰されそうになる。だが、一転それは彼女の中に一筋の光を差し込んだ。

 

エリシアはベッドから飛び起きると着の身着のまま部屋を飛び出す。そして隣のエドの部屋をノックする。

 

「はい。っとエリシア」

 

昨日のことで彼なりに気を使っているのだろうか。エドのエリシアを見る顔もさえない。

 

「お話があります。失礼します」

 

エリシアはそうエドに告げると部屋の中に入る。

 

——————————-

 

「人体錬成?人間の体と魂で他の人間を錬成した?確かに等価交換の理論上は可能だが、死者の錬成はできない。それが真理。だから俺たちは代償を払った」

 

エリシアは自分の仮説をエドにぶつけた。

だが、彼の見解を聞き、またも打ちのめされる。

 

それでもエリシアには確信に似た仮説があった。

だからどんなに先輩錬金術師に否定をされても食い下がる。

 

「あれは父ではありませんでした。父の器に別の人が入り込んでいるような感覚でした。だから父と瓜二つのあの男を見つけて…もう一度…真理の扉を開いたら…みんなを…みんなを助けられるんじゃないかと…」

 

半ば涙声になりながら問いかけるエリシアにエドはかける言葉を失う。錬金術師として彼女が積み上げた理論には一抹の可能性があることも事実とエドも感じたからである。

 

「もう誰かが目の前からいなくなるのは嫌なんです。もしどこかに可能性があるなら、私は…私は諦めたくない」

 

エリシアの言葉にエドはもう返す言葉がなかった。

 

「分かったよ。俺はもう錬金術は使えないし、西に戻らないといけないけど、お前の力になってやる。今回の任務が終わったら俺は俺でその新手の人体錬成について調べてみるよ。だから気を確かにもて!強い意思さえあれば、必ず道が拓ける。お前にはあのヒューズさんの血が通ってるんだ。だから自身を持て。」

 

エドはそう言うとエリシアの頭を撫でる。

エリシアは涙が溢れ頬を伝っていくのを止める事ができない。

そしてエリシアはエドに抱きついた。

 

「ありがとう」

 

か細い声でお礼を言う彼女の背中をエドは優しく撫でる。

 

「まずはグラマンのじじいの所へ行こうぜ!そのヒューズさんによく似た男の情報を昨日は聞きそびれたからな」

 

声を押し殺して泣くエリシアはエドの胸に顔を埋めたまま小さく2度頷く。一方のエドは思わず天井を見上げた。

 

《これは予想以上に闇が深いぜ。大総統さんよ》

 

エドは心の中で自分に密かにこの大役を任せようとしたのだろう仕掛け人の男に悪態をつく。

 

そして胸の中で泣きじゃくる少女と彼女が背負った十字架、そしてその未来に一抹の不安を覚えていた。

 

 

第3話『東方の闇』 完

 

 

 

 




【 次回予告 】

グラマンとエドから告げられた事実に
エリシアとスヴァンは自身のあり方に想いを馳せる

2人の出す決意には何れにしても

嶮しき道が待っていることは紛れも無い事実であった。

そんな中、スヴァンはとある少女と出会い、エリシアは謎の男を見つけるためにエドとともに行動を起こす。

次回、鋼の錬金術師Reverse -蒼氷の錬金術師

第4話 『嶮しき茨の道』

闇に紛れしものも密かに行動を開始する。


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登場人物紹介②

第3話まで見た状態で閲覧ください。
ネタバレ要素含みます。


【登場人物一覧】

◯ヴァルニス

CVイメージ:藤原啓治

年齢不詳。トロント遺跡でエリシアを助けた謎の男。先生と呼ばれた謎の仮面の男に付き従っている。容姿はエリシアの父マース・ヒューズに瓜二つ。頭の回転が早い、投げナイフが得意など謎が多い。

 

◯アメンダ

CVイメージ:沢城みゆき

年齢不詳。仮面の男を先生と呼び、付き従う。金髪の髪にグラマラスな体をタイトなスーツを着ている。砕けて陽気な性格だが、スイッチが入ると極悪非道の悪魔に変貌する。

 

具体的な能力は不明だが、能力発動時には目と口角が釣り上がり、額に青白い血管が浮き出て、瞳、瞳孔が真紅に染まる

 

◯カイル・ハンドレイク

CVイメージ:森田成一

25歳。スヴァンと同じ隊に所属する兵士。紺色の髪の端正な顔立ちをしているが、ノリが軽く、初対面で一目惚れしたエリシアに『こういう系の人は苦手』の烙印を押される。その軽いノリに似合わず射撃と車の運転の腕は部隊で随一。

 

◯エドワード・エルリック

CVイメージ:朴路美

31歳。かてて鋼の錬金術師と呼ばれた史上最年少の国家錬金術師。15年前のクーデターの際にキング・ブラッドレイを中心としたホムンクルスと戦い、それを殲滅した。その際に弟のアルフォンスの魂と体を真理から取り戻すため、自身の真理を対価として献上したため、錬金術が使えなくなった。

 

戦後は国家錬金術師の資格を返上し、ウィンリィに告白し、西へと旅立つ。その後、ウィンリィと結婚し、2児の父となる。ピナコの容態が悪くなったとの知らせを受けて家族を西に残し、リゼンブールに戻った。

 

リオールに逃げ込んだ過激派組織の幹部を探すために派遣されたエリシアとスヴァンの案内役として東の情報屋グラマンと引きあわせる。

 

◯グラマン

CVイメージ:納谷六朗

81歳。元アメストリス大総統。

15年前のクーデター鎮圧後、中央司令部のホムンクルス派一派を一掃し、虎視眈々と狙っていた大総統の地位に就く。その後、徐々に軍部解体の布石を打ち、マスタングを通じてイシュヴァールの再興とシン国との友好条約締結を成し遂げた。その後、大陸暦1923年、自身の体力の限界を理由に大総統の地位を勇退、後進としてマスタングを指名する。

 

その後は隠居したと思われていたが、東の情報屋の任を引き継ぎ、過激派組織や軍内部の反軍民分割政策の政治家に関する調査を行なっていた。

 

マスタングからの依頼により、エリシアとスヴァンに過激派組織スム・ダムの情報を渡し、エリシアにヒューズそっくりな男性の情報を与える。

 

◯ニール

CVイメージ:吉野裕行

ヴァルニスやアメンダの仲間。白髪痩躯で無口でつかみ所のない性格。ヴァルニスの監視任務を負っているようだが、その実サボっていることも多い。

 

◯ガーザス・ロイドベルク

CVイメージ:不明

年齢不詳。過激派組織スム・ダムの首魁。



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第4話『嶮しき茨の道』part 1

 

大陸暦1930年11月20日

アメストリス東方地区 リオール旧市街

グラマンの隠れ家

 

「ほーう。君が来るとは驚いた」

 

グラマンは早朝の来訪者に驚きを隠せないでいた。

 

「スヴァン・スタングベルト少佐。エドワード・エルリックとエリシア・ヒューズはどうした?」

 

敬礼の体勢を維持していたスヴァンはグラマンのその問いに答えることなく神妙な面持ちで彼に尋ねる。

 

「グラマン元大総統閣下。ひとつお聞きしたいことがございます。よろしいでしょうか?」

 

スヴァンはそう言うと敬礼を解く。

 

「一体今、この国で何が起ころうとしているのです?15年前の再来でしょうか?」

 

スヴァンの問いにグラマンは苦笑いを浮かべると杖を支えに彼の元に歩み寄る。

 

「どうして君はそう思う?」

 

グラハムは質問を質問で返す。

 

「昨日ホテルに戻ってから15年前の資料を取り寄せました。その中に書いてあった国土錬成陣と呼ばれる代物、規模は違いますが、あの時エリシアを襲った錬成陣に酷似しています。」

 

なるほどとグラマンは唸った。

まだ彼としても一体この国で何が起ころうとしているのか実態を掴めていなかった。それに気になる事も出てきている。

 

突如過激化した過激派組織の活動。

ヒューズに似た男性の存在

トロント遺跡で行われていたであろう何らかの実験。

 

まだまだ断片しかない情報での判断は早計である。

 

「まだ何とも言えん。何か起こるかもしれないし、ただのテロで終わるかもしれない。マスタングも言っていたが、まだまだ情報が少なすぎる。ただ…」

 

そこまで話をしてグラマンは言葉を切った。

スヴァンは少し体を前のめりに傾ける。

 

「昨日の夜、私の情報屋稼業の仲間が3人ほど行方不明となった。酒場で飲んでいる姿まで確認できておる。これが何を意味するか分かるか?」

 

その言葉にスヴァンは息を飲む。

人が3人消された。しかも極秘裏に動く情報屋稼業がか…

スヴァンは背筋に冷たいものを感じる。

 

「後でエドワード君とエリシアにも伝えようとは思うが、敵は我々が思っている以上に厄介だろう。しかし確実に我々の動きを嫌がっている節がある。まずは君達の任務を完遂する事だな。あと少しで2人も来るだろう。そうしたらレト教の情報教えてやるとしよう。一度宿に戻りたまえ。それまで私は奥の部屋で休むとしよう」

 

そう言うとグラマンは白杖を頼りに立ち上がる。

 

「1つだけ忠告しておこう。君はまだこの世界のことには無知すぎる。あまり下手に首を突っ込むと早死にするぞ?イシュヴァールの青年よ。お前は彼女を護りたいのだろ?」

 

スヴァンは耳が痛かった。

国家錬金術師だと言ってもこの世界には知らない事も多過ぎる。

先のスム・ダム掃討作戦、このリオールに来てからの話も初めての経験ばかりだ。

 

グラマンの言う通り、まだまだ自分はこの世界に対して無知である。

 

「その自覚があるだけましだな。もし彼女を守りたいなら彼女と一緒に学び、世界を知り、真理を学べ。さすれば今、君が感じている焦りや不安はそのうち消える。焦って下手に首を突っ込むと彼女を失うか早死にするぞ。冷静さを忘れるな。」

 

その言葉にスヴァンはただ頷くしかできない。

グラマンは徐に右手を上げて伸びをすると大きな欠伸をして部屋の奥へと消えていった。

 

—————————

 

《真理を学べと言われてもな…》

 

真理なら錬金術の基礎学習で学んだくらいである。そんなものを知らなくてもこれまでは十二分にやってこれた。

 

《俺はイシュヴァール人初の国家錬金術師だぞ。俺が学んできたのは手段や技術であって、その真髄までは理解できていないということか》

 

「イシュヴァラの神よ。私はどうすればいい。何をすればいい」

 

スヴァンはそう呟くとフラフラと立ち上がり、

グラマンの隠れ家を後にする。

このままではエリシアに置いていかれてしまう。

その焦りと不安で頭の中がいっぱいになる。

 

スヴァンは当てもなくリオールの街を歩く。

すれ違う人々は彼を避けるように歩く。

それほど今の彼のそれは危ない雰囲気を醸し出していた。

 

今は何も考えたくない。その心の中に生まれた空虚感にスヴァンはただただ無力を感じずにいられなかった。

 

『下手に首を突っ込むと早死にするぞ』

 

グラマンが去り際に言った言葉が脳裏から離れない。

 

《エリシアはいつの間にそんなやばい山に首を突っ込んでいるんだろう。もしかしてまだ巻き込まれていることにも気付いてないのか》

 

スヴァンは同じような思考をただ繰り返し、リオールの街を歩く。

その時、何かが右膝にぶつかった。

 

「いったーい!!」

 

思わず足元を見ると3歳くらいの幼女が尻餅をついた状態で泣いている。その声にスヴァンは周りの景色が灰色に染まっていた事に気がついた。ぱっと視界の色が元のそれに戻る。

 

「あぁ、ごめんごめん。大丈夫?」

 

その場にしゃがみ幼女を立たせるとお尻についた土を払ってあげる。その時母親らしき女性が駆け寄ってきた。

 

「すみません。アリサ大丈夫?」

 

そういいながら女性はスヴァンに会釈をする。

 

「ロゼおねーちゃん!ちょっとお尻痛い」

 

アリサという名の幼女の言葉に笑みを浮かべるロゼと呼ばれた女性。

 

「すみません。お怪我はありませんか?」

 

そう聞かれてロゼの顔に見惚れていた自分に気がつく。

どこか自分の義理の母と同じ懐かしさをスヴァンは感じていた。

 

「いえ、私は大丈夫です。ぼーっと歩いていた私も悪いです。ごめんね?」

 

スヴァンはロゼにそう言うと再びしゃがみアリサと目線を合わせると頭を下げる。するとアリサはうんと大きく頷いた。

ロゼは再びスヴァンに会釈をするとアリサに歩くよ促す。手を繋いだ2人はスヴァンの背後にある建物に入ろうとしていた。

 

Panti asuhan(孤児院)

 

ふと孤児院と書かれた看板が目に入った。

 

「あの…」

 

スヴァンは思わずロゼに再び声をかける。

前髪がピンクでそれ以外は黒髪という特徴的な髪色の女性が振り返る。

 

「ここ孤児院ですか?」

 

「えぇ、そうですが」

 

スヴァンの質問にロゼは毅然と答える。そしてスヴァンの事を値踏みするように見た。

 

「突然すみません。こんな事を言ったらびっくりするかもしれませんが、これだけを私から寄付させて下さい」

 

スヴァンはそういうと銀時計と軍人コードの入った紙を渡す。

銀時計を見たロゼは目を見開き、

スヴァンの事を一瞥すると丁重にスヴァンに返した。

 

「どうして?」

 

スヴァンは驚きの表情でロゼを見る。今まで孤児院を見つけたら寄付をしてきた。自分自身、戦乱で両親を失い、寺に預けられた。そこから孤児院を転々とし、15年前に額に傷のある男に拾われた。

 

それからはイシュヴァール再興と融和政策で大量の金と物資がイシュヴァールには入ってきた。それまでの生活苦が嘘に思えるほど生活は安定した。

 

一方で軍に入ってから知った事もある。

イシュヴァール政策の予算確保のため、アメストリス国内の各都市の予算が削られていたこと。そのしわ寄せは弱者である老人や孤児、妊婦、病人に向けられていたこと。

 

だから自身への贖罪の意味も含めて孤児院には寄付をしている。

だが、断られたのは今回が初めてであった。

 

「私たちは自分達の足で立って生きていきます。軍からもレト教からも施しは受けません。お気遣いは感謝します」

 

ロゼの言葉にスヴァンは一瞬戸惑う。

おそらく哀れに思った軍人からの施しだと彼女は思ったのだろう。

だが、根本的な部分でそれとは違う。

 

「実は俺も孤児院出身なんです。貴方達の力に是非なりたい。何か力になれる事はないでしょうか?」

 

孤児院出身と聞いたロゼは口元に手を当てるが、すぐに笑顔で「じゃ、子供達の相手をしてあげて下さい」と返す。

 

するとアリサがスヴァンの元に駆け寄り、手を握ってくる。

 

「おじさん、遊ぼう!」

 

そう思うアリサにスヴァンは「あぁ」と笑顔を向けた。

 

その時、その少女の手を握った時、スヴァンは少しだけ救われた気がした。

 

————————————

 

一方ホテルでは出発の準備を終えてロビーに降りてきたエドのもとにエリシアが駆け寄る。

 

「何?スヴァンの坊主がいないのか?」

 

エドの問いにエリシアが頷く。

 

「えぇ。『野暮用があるからグラマンさんの所にはエリシアとエドワードさんで行ってくれ。俺がいると聞けない話もあるんだろうしな』ってさっき電話がかかってきました」

 

「あー何をやってるんだ。あいつは。まぁ、仕方ない。俺たちだけで行こう。それよりもお前は大丈夫か?」

 

先程は号泣したエリシアであったたが、目は少しまだ腫れているが顔の血色は良くなっている。

 

「はい、大丈夫です。今進まないといつまでも前には進めない気がするし、涙なら昨日とさっきで流し尽くしました」

 

そう言って少し腫れた目をさすりながら笑うエリシアにエドは思わず口を開く。

 

「グレイシアさんに似てきたな?俺たちが初めてあった頃のグレイシアさんにそっくりだ」

 

エドからの突然の言葉にエリシアは笑みを浮かべた。

 

支度を終えた2人はホテルを出てグラマンの隠れ家に向かう。

街は昨夜闇夜に起こった事を忘れたかのように昨日と同じ喧騒を取り戻し、賑わいを見せている。エリシアは周りで楽しそうに話し、笑い、遊んでいる人達を見て溜息を吐く。

 

「ここにいると過激派組織が暗躍してる事なんて忘れそうになるね、なんか不思議な気分だわ。なんか1人で悩んでるのがバカらしくなってくる」

 

エリシアの言葉にエドは何も言わずに頷く。

 

「この平和を守るのがお前達の軍の役目だ」

 

今度はエドの言葉にエリシアが頷く。

 

再び2人は薄暗い路地へと入り、木の扉を潜る。

 

するとこれも昨日と同じように薄暗い部屋の中でグラマンが悠然と2人を出迎えた。

 

グラマンは今度は1人足りない事に気がつき、目を細める。

 

「お、今度はあのイシュヴァール人の坊主はどうした?一緒ではないのか?」

 

グラマンの言葉にエドとエリシアは目を見合わせる。

 

「今度はってスヴァンが来たのですか?」

 

エリシアの問いにグラマンはコクリと頷くのをみて再び目を見合わせた。

 

「あぁ、小二時間ほど前に来た」

 

「何をしゃべった?」

 

今度はエドがグラマンに問う。

その問いにグラマンは首を左右に振る。

 

「何もしゃべっとらん。彼にはまだ早過ぎる。それよりもエドワード・エルリックよ。わしはこの件から手を引かせてもらうぞ」

 

グラマンの言葉にエドは驚きの表情を浮かべる。

 

「何があった?まさか…」

 

グラマンはエドの問いにバツが悪そうに頷く。

 

「昨夜のことだ。対象を探索していた工作員3名が消息を絶った。いずれもマース・ヒューズ准将に似た男性を探していた奴らだ」

 

その話にエリシアの肩がピクンと反応する。

エドがそっと彼女の手をを握る。

 

「奴らにやられたって事か?」

 

「あぁ、1人は完全に消息を絶ち、残りの2人は変死体で発見された。しかも体内の血液がすべてなくなっていた」

 

グラマンから聞かされた奇妙な話にエドは静かに考え込む。

 

「警告ってとこか?これ以上、自分達の事を詮索するな…と言ったところか?」

 

エドの考えにグラマンも同意する。

 

「分かってくれたなら理解してくれたまえ。我々の情報網はこの国の生命線だ。それに敵が予想以上に強大で厄介な可能性も出てきた。これは中央で動いた方が良い。マスタングには私から連絡は入れておくく事にするよ。」

 

グラマンの言葉にエドとエリシアは従うしかなかい。

そこまでにグラマンの言葉には逼迫感と焦りが感じられた。

 

「で、情報は?」

 

「これがスム・ダム幹部の潜伏状況と不完全だが例の奴らの情報だ」

 

エドとエリシアはグラマンの使用人から暗号化された調査報告書を受け取ると立ち上がると頭を下げた。

 

「巻き込んですまなかった」

 

「巻き込まれてなんぞない。我々が安易に首を突っ込んだ結果だ。気をつけろよエドワード・エルリックにエリシア・ヒューズ、君達の無事を心から祈っているよ」

 

グラマンがそう場を締めくくると早々に彼の隠れ家を後にした。

 

木の扉から路地に出ると彼らが出てきた扉から青白い光が迸りると跡形もなく元の壁に戻っていく。継ぎ目には錬金術の後は残っていない。

 

《錬丹術の応用か》

 

エドがそんな事を考えているとエリシアは不思議そうにもともと木の扉があった場所を指でなぞっている。

 

「こうやって入口の場所をころころ変えて潜伏場所がバレないようにしてるんだ。もうここには扉は現れる事はないよ。それより早いとこホテルに戻って暗号の解読をしようぜ」

 

エリシアは振り返ると小さく頷くとエドの後ろに続き、

ホテルまでの道のりを歩く。

 

おもちゃを与えてもらった子どものようなエドとは対照的にエリシアは考えていた。

 

《また3人も犠牲になった…私のせいだ》

 

再び彼女の脳裏に暗い影が舞い降りようとしていた。

 



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第4話『嶮しき茨の道』part 2

スヴァンがホテルに戻る頃には少し夕闇が街を覆い始めていた。路地から吹いてくる隙間風が少しだけだけ肌寒さを感じさせる。

 

「あ、スヴァン」

 

ホテルのロビーに入るとエリシアがちょうど降りてくるところだった。シャワーを浴びたのだろう。栗色の髪の毛が少し湿っている。

 

「どうした?」

 

エリシアはそう尋ねるスヴァンの顔に少し闇が晴れたような表情を見て少し安堵した。昨日グラマンの家に行った後の思いつめたような様子に少し心配していたのだ。

 

「あ、ママに電話でもしようかと思って。今エドワードさんの部屋でグラマンさんからもらった調査報告書の解読をやってる」

 

エリシアの話に少しバツが悪そうに頭をかくとスヴァンは「分かった」とだけ答えるとその場を離れる。

 

スヴァンはエドの部屋の前に立つと小さく深呼吸をする。内心今日の別行動の事を咎められるんじゃないかと不安を抑えながら部屋を2度ノックする。

 

「へーい。開いてるよー」

 

そんな軽いエドの声に機嫌は悪くないらしいと安堵するとドアを開けた。

 

「失礼します」

 

扉を開けたスヴァンをその視界に捉えたエドは少しスヴァンの顔を凝視するとニヤリと笑う。

 

「ちょっとはマシな顔になったじゃねーか」

 

スヴァンはその言葉の意図を図りかね、笑みを返すしかできない。そしてエドの隣に腰を下ろすと恐る恐るエドの様子を見る。真剣な眼差しで調査報告書に目を落としている彼の姿を見てスヴァンは安堵した。

 

「それで何か分かりましたか?」

 

スヴァンの問いにエドは顔を上げた。

 

「あぁ、スム・ダム幹部はやはりレト教の施設に匿われているみたいだな。こちらは信者を装った軍の工作員の手引きで中に突入できるように軍の駐屯部隊に明日報告しよう。これ、一応目を通しておいてくれ」

 

スヴァンはエドから報告書を受け取る。

 

「ありがとうございます。拝見します」

 

スヴァンはそういうとページを一枚一枚めくって行く。スム・ダム幹部の顔写真とプロフィールから始まり、レト教施設内部の見取り図と潜入経路、レト教信者の予定、イベントスケジュールとその詳細が主な内容である。

 

スム・ダム幹部の面々はレト教施設本塔の10階に匿われているらしい。

 

「凄い」

 

調査内容の綿密さにスヴァンは唸った。

今まで軍にいた中でここまで完璧な調査報告書は見たことがない。それほどグラマンの情報収集が凄いということだろう。

 

スヴァンがもう一度資料に目を通そうとした時、部屋のドアが開き、エリシアが中に入ってきた。

 

「よし、行くか」

 

エリシアを見てエドが立ち上がる。その様子にスヴァンは目を丸くして2人を見た。

 

「どこに行くんですか?」

 

スヴァンの問いにエドは笑みを浮かべる。

 

「まぁ、ついてくれば分かるさ。行く場所と理由は歩きながら説明すよ」

 

そう言われスヴァンも渋々立ち上がるとエドに続く。

 

「あの、スヴァンも連れて行くんですか?」

 

今度はエリシアが恐る恐る質問するとエドは2人を見返し状況を理解し、頭をかく。

 

「お前、話してなかったのか?」

 

エドの問いにエリシアが頷くとエドは額に手を当て宙を見上げた。

 

エドは2人に軍服から私服に着替えるように告げた。エリシアは白色の絹製のシャツに茶色の皮製の上着を羽織り、黒のズボンスタイル。スヴァンはフード付きの長袖の服に紺色のズボンに着替えると軍人には全く見えない。2人の私服にエドは満足するととホテルを出た。

 

夕闇が包み込み始めたリオールの街を歩く。商店街を抜け、歓楽街に入ったところでスヴァンが声をあげた。

 

「そんなことって…」

 

道中、エリシアはあの遺跡の地下祭壇で起こったこをスヴァンに告げた。そしてその父に似た人物がこの街にいること、グラマンの尽力により、その尻尾を掴んだことを順に話す。

 

「そういう訳だから今からその酒場に向かう」

 

そしてエドが最後にそうまとめた。エド達3人はグラマンからの情報でマース・ヒューズに似た人物が度々目撃されている酒場に向かっている。

 

 

「多分スヴァンにはまだ理解できないと思うし、これはあくまで私の事情。それに危険かもしれない。だからホテルに戻っている方がいいと思う」

 

エリシアは申し訳なさそうにそう言い、エドを見るが当のエドは我関せずとも言いたげに澄ました顔でただ前を見て歩を進めている。

 

「いや、行くよ」

 

スヴァンの言葉にエリシアは目を丸くする。

 

「でもグラマンさんが手を引きたがるほどの相手よ?昨日、グラマンさんところの人が3人も殺されてるって言うのに」

 

エリシアの言い分もスヴァンには理解できた。これが危険なことは今朝単独でグラマンを訪ねた時から薄々感じていた事である。

 

 

《でもだからと言って逃げたくない》

 

スヴァンの心の中にはそのような想いが湧き上がっていた。

 

「君の気持ちは十分理解しているつもりさ。危険だって事もね。でも今は俺が君のパートナーなんだ。それに戦力は多い方がいいだろ?」

 

「でも…」

 

まだ納得した様子じゃないエリシアが口を開こうとした時スヴァンはそれを遮る。

 

「もう誰かの帰りを待つのは嫌なんだ。だから俺も一緒に行く。行かしてくれ」

 

スヴァンの決意に満ちた瞳にエリシアは何も言うことができなかった。エドに助けを求めるように視線を送るも彼はそんな2人を見てニヤリと笑った。

 

 

「決まりだな」

 

「エドワードさん!」

 

自分を助けるどころかスヴァンの言い分に同調したエドにエリシアは抗議の声をあげる。

 

「お前がスヴァンを巻き込みたくない気持ちは分かる。でも男がそれなりの覚悟を決めた事だ。そうだろ?」

 

エドはそうやってスヴァンを見る。

スヴァンはエドの視線に臆する事なく頷いた。

 

「それにスヴァンの言うように戦力は多い方がいい。俺は錬金術使えないし、役立たず…だからな」

 

そう言って自嘲気味に笑うエドの様子に思わず吹き出すエリシア。

 

「分かったわ。今まで話してなくてごめん」

 

そう眉を潜め申し訳なさそうに謝罪するエリシアにはスヴァンは胸を張り笑顔を作る。

 

「俺にはイシュヴァラの神が付いているんだ!簡単には死なないよ。君に誓う」

 

そう言って胸を叩いたスヴァンの得意の台詞にエリシアも笑顔を浮かべる。2人の様子をエドは微笑ましく見守っていた。

 

「あれじゃないか?」

 

そしてしばらく歩くとエドが目的の酒場を見つける。3人は店の前に立ち酒場の看板を見上げる。

 

【歌姫の館】

 

と看板には書かれている。その時、エリシアが突然後ろを振り返った。

 

「どうした?」

 

エドの問いにエリシアは首を左右に振る。

 

「ううん。大丈夫です。誰かに視られているような気がしただけです」

 

エドとスヴァンが周囲を警戒するが、怪しそうな人影は見えない。エリシアも不安げに辺りをキョロキョロと見渡していた。

 

「虎穴に入らずんば虎子を得ず。とりあえず中に入りましょう。それから考えればいいんです」

 

酒場の前に戻ってきたスヴァンが2人にそう告げる。

 

「そうだな」

「そうね」

 

エドとエリシアはスヴァンの提案に首を縦に振ると3人は酒場の扉を開けた。

 

 

「うわぁ」

 

中に入ったエリシアが感嘆の声を漏らす。

酒場の中は実に活気に溢れていた。

 

街中の人が集まっているのかと思うくらい、所狭しと酒を飲み、談笑している。前方にはステージもあり何やら見たことのない楽器が置いてある。

 

「それはギターっていう遠い大陸の楽器らしいよ。今日のメインイベントの歌手が使うらしいんだ」

 

ギターと呼ばれる楽器を不思議そうに見ているエリシアに店員の男がそう教えている。エドとスヴァンもその聞いたことのない名前の楽器に興味を持つ。

 

「カウンターしか空いてないけどいいかい?」

 

店員にそう言われ、エドが快諾すると3人はステージ横のカウンターに3人並んで腰を下ろした。

 

「ざっと見た感じ、それらしき人物は見当たらないな?まっ、とりあえず飯でも食うか」

 

エリシアとスヴァンは頷くとカウンターに置かれているメニュー表に手を伸ばした。

 

 

—————————-

 

 

同刻リオールの街某所

 

「あら、早かったじゃない」

 

アメンダは扉を開けて不機嫌そうに入ってきたヴァルニスを見てそう尋ねる。ヴァルニスには珍しく不機嫌そうな顔をアメンダに向ける。

 

「うるさい」

 

そうとだけ告げるとヴァルニスはソファに腰を下ろした。その様子にアメンダは何かを察したようにいたずらっ子のような顔になる。

 

「まさかあの娘とでもバッタリ会った?」

 

アメンダの言葉に更に不機嫌になるヴァルニスの様子に彼女は自分の予想が当たったと思った。

 

「へぇ。昨日殺した奴らから漏れたのかな?それとも全くの偶然か。どっちでしょうね?」

 

アメンダの問いにヴァルニスは更に不機嫌そうにテーブルに置いたウィスキーの蓋を開く。

 

「偶然に決まってるだろ」

 

ウィスキーを瓶にそのまま口をつけて一口飲んだヴァルニスがこれも珍しく怒鳴るように言う。

 

アメンダは彼の変化を興味深く見る。体には大した変化もない。興奮しているのかどこか呼吸は早い。そして何より全身の毛が逆立っているかのようにイライラしているのが分かる。

 

「しばらくはあの酒場に行けそうにもないわね?」

 

アメンダの問いにヴァルニスは彼女を睨みつけると再びウィスキー瓶に口をつけ、「うるさい」とアメンダを威嚇した。

 

「はいはい。でももしかしたら近いうちに出会うかもね?彼女は1人だったの?」

 

ヴァルニスは目を閉じるとあの時、酒場前で見つけた3人組の姿を思い浮かべる。

 

「ああ、3人いたよ。イシュヴァール人の男と、栗色長髪の元国家錬金術師さんとな」

 

ヴァルニスが出した意外な人物の特徴にアメンダも思わず飲みかけていたジュースを気管に入れてしまい咳き込む。

 

「エドワード・エルリックが彼女に協力している。多分スム・ダム絡みの事だとは思うが、念には念で酒場には入らずに戻ってきた」

 

ヴァルニスは少し冷静さを取り戻したかのようにあくまで平静にそう答える。

 

「当分はあの酒場に行けそうにもないわね?それにあのやることやらないと厄介な事になりそうだし」

 

そう言うアメンダにヴァルニスはこくりと頷くと腕を組み何かを考え始める。

 

「あ、私男を漁りに行ってくるわね」

 

そんなヴァルニスの邪魔をしないようにとアメンダは軽口を叩くと立ち上がる。ヴァルニスの前を通り過ぎる時に彼と視線が会う。

 

「大丈夫。彼らに手は出さないわ」

 

そう言って部屋を後にした。その後ろ姿をヴァルニスは横目で見送る。

 

「遊んではあげるけどね」

 

しかし部屋の外に出たアメンダはそう呟くとその顔に卑しい笑みを浮かべた。

 

 



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第4話『嶮しき茨の道』part3

同刻

リオール 歌姫の館

 

「うん。美味しい」

 

エリシアは自身の目の前に置かれた鹿肉のソテーに舌鼓を打っている。入念に下準備をしているだろう肉は予想以上に柔らかく、口に入れた瞬間に溶け出していく。更にそこに少し辛味を加えたソースが肉汁の旨みを倍増させる。

 

「リオールは意外と飯が美味いんだ」

 

そう言ったスヴァンは葡萄酒を一口飲むと同じく鹿肉を一切れ口の中に運ぶ。

 

「お、何か始まるみたいだぞ?」

 

エドの言葉に2人はステージの方に目を向けた。そこには数人の音楽家らしき面々がそれぞれの位置につき、楽器の準備を始める。

 

ギター呼ばれる楽器を肩からかけた男性が弦を指で弾き、音を確認している。その軽快な音階と指の動きにエリシアは耳を奪われる。

 

するとそこに花柄のワンピースを着た女性。顔の特徴はアメストリス人に似ているが目が吸い込まれそうな漆黒の黒。少し切れ目だが、美人の印象を与える彼女が歌を歌うのだろうとエリシアは想像した。

 

「なんか凄いな」

 

スヴァンがエリシアに囁く。エリシアは首を縦に振るとさっきまで雑多て賑わっていた店内が静寂に包まれていることに気がつく。

 

客は一手にその女性に視線を向け、静かに次の動向を見守っている。女性は舞台中央に立つと目を瞑り、大きく深呼吸をする。

 

その仕草、表情に釘付けになっている自分に気づいた。そしておそらくこの場にいるすべての客がそうなのだろう。それだけこの女性には引き込まれる何かがあった。

 

すると女性は腰まである黒髪を後ろで束ねる。均一の取れた輪郭、耳、うなじがその姿を現し、男性だけでなく、エリシアを含む女性までもがその妖美な仕草に魅力された。

 

女性は大きく息を吸い込むと口を開く。彼女の口からその容姿通りの甘い歌声が酒場の中に響く。

 

言葉はアメストリス語ではなかったので理解するのは容易くなかったが、その旋律と歌声はエリシア達の心を容易に射抜いた。

 

エリシアは目を閉じ、歌声と旋律に酔いしれる。

 

思わず母の顔が浮かんだ。

 

そして父の顔、幼少期に楽しかった思い出。

 

すべてが走馬灯のように駆け抜けていく。エリシアはこの安らぎの時間がいつまでも続けばいいのにと切に願った。

 

1時間ほとの演奏が終わるとその余韻を楽しむように客達は散々午後、席を立ち始める。エドは周囲を見渡し、小さく溜息をついた。

 

「今日はこなさそうだな」

 

エドがそう呟く。既に時間は閉店時間近くになっており、酒場内も空席が目立つようになってきた。

 

「そうですね。お客さんもまばらになってきましたし、今から誰か来ることはなさそうですね」

 

スヴァンが辺りを見回しながらそう付け加える。

 

「そろそろ店仕舞いだが?」

 

するとそこにカウンター越しにこの酒場のマスターに声をかけられ、エドが伝票を渡される。そして銀時計を出そうとポケットに手を入れたエリシアとスヴァンをエドが制した。

 

「ここは俺が払うよ」

 

エドはそう言うと飲食代を現金で支払う。

 

「よし、行くぞ」

 

不思議そうにエドを見つめる2人はエドが立ち上がり出口に向かって歩き出すと慌てて後ろに続いた。

 

「ごちそうさまでした」

 

エリシアがそういうとエドは鼻で笑う。

 

「馬鹿野郎。ちゃんと大総統様宛に請求させてもらうさ。それにあの場で君たちが軍の者だとバレたらまずい。明日以降の作戦にも支障をきたす」

 

エドの言葉に2人は納得したように頷く。

 

「また明日も来るか……っと!!」

 

エドはその時何かの気配を感じすっと2人の前に手を伸ばすと辺りを警戒し始めた。

 

「そこか!」

 

エドは懐に隠していたナイフを商店街の肉屋の屋根の方に投げる。するとその時何かの影が動いた。

 

「イヤっ!」

 

その影に気付いたエリシアがスヴァンにしがみ付く。一方のスヴァンはエリシアの様子と体の感触に苦笑いを浮かべるが、目だけはしっかりと動く影をじっと追いかけていいた。

 

「大丈夫。お化けじゃないよ」

 

スヴァンの言葉に自分の思考が読まれた気になったのかエリシアは安堵の表情とともに顔を赤らめる。

 

彼女が再び屋根に視線を移した時、ちょうど影は屋根から飛び上がる姿を視界が捉える。

 

「来るぞ!俺から離れるな!」

 

エドが叫んだ。

 

その刹那、正体不明なその影はドスンと言う音とともに地面に降り立った。

 

 

 

 

第3話『険しき茨の道』 完

 




【 次回予告 】

未知なるものと出会った時
人はその真理を確かめようとする。


闇なるものとの邂逅、


非現実な戦いの中で湧き上がる


彼らの思いとは


次回、鋼の錬金術師Reverse -蒼氷の錬金術師


第5話『未知なるもの』

人の想い…それは儚くもまばゆく駆け抜ける


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第5話『未知なるもの』part 1

大陸暦1930年11月20日

アメストリス東地区 リオール

 

既に辺りの店は店仕舞いを済ませ、辺りは昼の喧騒がまるで嘘かのように静まり返っている。そんな雑踏の中でエリシアは言葉を失っていた。

 

《何、この気配…》

 

エリシアは目の前に降り立った人のような獣…

否、獣のような人間の気配に戸惑いを感じていた。

 

「エリシア!避けろ」

 

エドが叫ぶ。その声に心より体が先に反応したエリシアは右へ飛んだ。エリシアの居た場所にその敵が突っ込んでくる。

 

何とか敵の突進を避け、転がるように体を回転させたエリシアは白色の手袋を両手にはめる。

 

四足歩行の状態で地を這うように駆け出した敵が再びエリシアに迫る。そこにエドが割って入った。敵の左側頭部に飛び蹴りを食らわす。

 

「スヴァン、エリシアを!」

 

言われたスヴァンはエリシアに駆け寄ると彼女と同様に錬成陣の書かれた手袋をはめる

 

「お前、要らない」

 

だが、エドが注意を引いたはずの敵はエドを見上げ、そうか細呟くと後ろに向き直る。そしてスヴァンとエリシアに狙いを定めた。

 

《こいつ…》

 

エドは相手が自分を相手にしない事に苛立ちを感じた。だが、同時に敵の狙いがエリシアであるも悟る。

 

「お前、捕まえる」

 

敵はそう呟くと4本の手足で地面を蹴り、エリシアとスヴァンの方へ突っ込んでくる。

 

「させるかー」

 

スヴァンは地面に手を合わせて真紅の長槍を何本も精製し、一気に敵に向かって投げつける。

 

10本ほどが敵に命中、動きを止めた。

 

「よし!行くわよー」

 

そこにエリシアが手を合わせて指をパチンと鳴らす。

 

途端に周囲の温度が下がり始める。

そして動きを止めた敵の周りを氷漬けにしていく。

 

「んぐぐぐぐぐ」

 

敵は氷漬けにされていく自身の下半身を見てもがくもどうすることもできない。

 

氷は敵の腰から腹、胸へと侵食を続け、次第に敵の動きを奪っていく。

 

そして頭のてっぺんまで氷漬けにされると敵は完全に動きを消した。

 

一瞬の静寂が辺りを包み込む。

 

「凄いな。エリシアの錬金術初めて見たよ」

 

エドは素直にエリシアの成長を喜ぶ。

そしてかつて対峙した氷の錬金術師を思い出した。

 

 

「こいつは一体何者ですか?」

 

スヴァンの問いにエドも下を向いた。

 

可能性としては人と何かの動物の合成獣(キメラ)という線もあるがエドは奇妙な違和感を感じていた。

 

《なんだ?こいつは》

 

その違和感が何なのかな分からない。だが、確実エドは自分は知っていると分かっている。

 

《こいつは…まさか…》

 

そう平和な暮らしの中で封印したはずの記憶。

 

それはかつて対峙した異形なるもの。

この国を構築して破壊しようとしたもの。

 

そしてエリシアの大切な人を奪ったもの。

 

「エリシア、この氷はどれくらい保つ?」

 

エドの問いにエリシアは少し考えると半日くらいと答えた。その回答に今度はエドが考え込む。

 

「スヴァン、駐屯軍に連絡できるか?彼らの牢獄に運んだ方がいいだろう」

 

そう言ってエドはコンコンと氷漬けになっている敵を叩く。その時エリシアとスヴァンは目を見開いた。エドの影がすっと一直線に伸びていき、そこから金髪の髪が見え始めたのだ。

 

「エドワードさん!」

 

エリシアがエドの後ろを指差す。

刹那、エドは前転をしてその影と距離を取る。

 

「ふふふ…」

 

そこには金髪の髪に色白、紅い目をしたグラマラスな女性が微笑んでいた。

 

《こいつ…気配が》

 

エドは焦る。

 

彼女の気配を全く感じなかったのだ。ぞくりと全身に寒気が走る。その感覚はかつて戦った異形なるもののそれと似ていた。

 

「お前、ホムンクルスか?」

 

エドは先ほど感じた違和感と併せてたどり着いた答えを相手にぶつけた。金髪の女性はまだその唇に淫靡な笑みを浮かべている。

 

「疑問形だから許してあげる。でもね、私たちはホムンクルスではないわよ!」

 

そう言って伸びた手を前に差し出す。

刹那女の爪が伸びエドに襲いかかる。

 

エドはとっさに横へ飛びその攻撃をかわすが、錬金術を使えない今となってはこのリーチの差も覆す攻撃の術がない。

 

「エドワードさん」

 

スヴァンの叫びにエドは身をかがめる。

再び真紅の長槍が金髪の女性に襲いかかる。

 

だが、金髪の女性は不敵な笑みを浮かべると爪先を操作し、すべての長槍を両断する。

 

「何だよ!こいつ!」

 

スヴァンが目を見開き、驚きの声をあげる。

 

「イシュヴァール人が小賢しいわね」

 

金髪の女性はターゲットをスヴァンに変えると爪先を伸ばす。スヴァンは反応が遅れ、彼の額に向けて鋭い刃と化した爪が襲いかかる。

 

「スヴァン!」

 

エドが彼を庇おうと懸命に走る。

だが、間に合わない。

 

「ちぃ!!!」

 

スヴァンは舌打ちをすると再度手を合わせ、真紅の盾を精製し眼前に掲げる。だが、金髪の女性の爪はその盾をも貫き、その刃はスヴァンの左肩に突き刺さる。

 

「なっ…」

 

スヴァンは右肩に走った痛みに顔を歪めた。そして奇妙な感覚を感じる。気力や体力が左肩から抜けていくような感覚。

 

おぞましく不快な感覚にスヴァンは気を失いそうになる。

 

「スヴァン!」

 

エリシアが叫ぶ。その時エドと目が合った。

 

彼の目配せに気がつくと彼女は地面に手をつくと鉄の曲刀を錬成してエドに放り投げる。

 

「なかなかいい趣味してるじゃねーか!」

 

エドはそうニヤリと笑うとスヴァンの肩に突き刺さっている爪牙に向けてまっすぐ剣を振り下ろした。

 

だが、金属音とともにエドの剣の刀身が折れ、宙を舞う。

 

「なんつー硬さしてんだよ!」

 

エドは相手の爪牙の硬さに驚く。

 

「スヴァン、お前錬金術師だろ!なんとかしろ!」

 

エドはそう叫ぶと地面を蹴り金髪の女性の方へと向かう。左手から伸びた爪牙を掻い潜り、女性の懐に肉薄し、体当たりを食らわす。

 

「小賢しいわね!エドワード・エルリック」

 

金髪の女性はそう叫ぶと後方に飛びエドと距離を取る。その反動でスヴァンの左肩に突き刺さっていた爪牙を抜き、エドを背後から襲う。

 

「やばっ!」

 

エドの反応が一瞬遅れ、足をもつれさせその場に倒れる。そこに押し寄せる爪牙の波。

 

「エドワードさん!」

 

スヴァンが叫んだその時、彼の眉間のすぐ手前で爪牙が動きを止めた。金髪の女性は不思議そうに自分の手に視線を移す。

 

「なっ…」

 

なんと彼女の両指が氷漬けになっている。爪の付け根まで氷漬けにされ、彼女はこの攻撃を仕掛けた人物の意図を察した。これでは爪の伸縮は不可能。

 

そしてエドはこの所業の主を見ると親指を立てた。

 

「エリシアよくやった」

 

そうエリシアはスヴァンの影に隠れこの機会を狙っていたのだ。エドはエリシアのこの状況での判断と度胸に改めて彼女を見直した。

 

「さてと…」

 

相手が攻撃できないと悟ったエドはパンパンと手を払うと立ち上がり、金髪の女性の前に立つ。

 

「いろいろ聞かせてもらおうか」

 

その言葉に金髪の女性は挑むような瞳をエドに向ける。スヴァンとエリシアはただその様子を見守るしかできなかった。

 

 

「お前のその爪の能力、確かラストとか言う奴の能力、硬化はグリードだな!お前やっぱりホムンクルスだろ?一体何者だ?何が目的だ?」

 

エドは先ほどと同じ質問を金髪の女性に向ける。

 

だが、金髪の女性は未だに淫靡な笑みを浮かべている。自身の武器を封じられた状況でも変わらないその様子にエドは背筋がゾクッとするの感じる。

 

「あーら!そこまで分かってるのね?やっぱり貴方の存在は邪魔だわ!それからそのお嬢ちゃんの錬金術も厄介ね。それに…」

 

そう言って笑う金髪の女性の瞳が光った。

 

刹那にその顔が歪み、異形なものに変わっていく。

 

「な、なにあれ?」

 

エリシアはみるみる変わっていく金髪の女性の変わりように口を抑えて目を見開く。今まで見たことのない異形の姿に声が出ない。

 

純白の肌には青白い血管が顔中に浮き出て…

吸い込まれそうだった瞳の色は…

燃えるような真紅に色を変える

 

髪の毛が赤みを帯びて浮き立つ様子が更にその異常さを冗長する。

 

そして真紅に輝く瞳がエドを捉えた。

 

 

 

 

 



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第5話『未知なるもの』part2

3人はその女性の変体に戸惑いを隠せないでいた。エドワードにしてもこんな変化をするホムンクルスは知らない。エリシアとスヴァンに至っては異形の者と出逢った事すらない。

 

2人にとってはそれはお伽話の中の住人だった。

 

まさにそれは神話の怪物である

岩磔の魔女『メドゥーサ』のそれそのものであった。

だれもが振り返る美人だった顔は無残に醜く壊れ、綺麗なストレートだった金髪は蛇を模したそれに変わり、色も黄土色になっている。

 

エリシアとスヴァンは状況を理解できず、足がすくむのを感じた。

 

「アンタも禁句を言った。私はホムンクルスじゃないって言っているでしょうが!!」

 

そしてそう叫んて大きく開かれた口は人の頭ほどにまで肥大化し、そこから虚空のような闇が覗く。

 

女の変わりようにエリシアとスヴァンは足が竦み、体は金縛りにあったかのように動けない。

 

「ちょっとだけ遊んであげるつもりだったけど貴方たち厄介だわ。ここで死んで頂戴」

 

エドはその得体の知れない何かに思いたある節があった。それは思い出したくもない記憶…。

 

「ちぃ!これはヤバイ!逃げろ!2人とも」

 

エドが叫ぶも2人は動けない。

エドは舌打ちをするともうダメかと観念する。

その脳裏に家族の顔が浮かぶ。

 

《流石にこれはウィンリィに怒られるな》

 

エドはこんな時自分が錬金術が使えたらと今更ながらに後悔し、死を覚悟した。

 

そしてあの時のヒューズ中佐の気持ちが分かったような気もした。家族に対して申し訳ない気持ち、自分がいなくなった後の残された彼らに対する気持ち。

 

そしてこの国がまた何か大変なものに巻き込まれようとしていることを仲間に伝えらない歯がゆさ。

 

《アルのやつなんて言うかな?》

 

エドは今は東方の異国にいる弟の事を思う。自分が死んだら悲しむ人が多いことにエドは改めて気がつく。

 

エドは全身を研ぎ澄ませる。

だが抗おうにも抗う術が頭の中に浮かばない。

 

「そこまでだ!」

 

その時、頭上から声が聞こえた。それと同時に何か風を切る音を耳が捉える。見ると金髪の女性の額に小型ナイフが突き刺さっている。

 

エドは屋根の上に見つけた人影に目を向けた。

 

「いい加減にしろ。手は出すなと言ったはずだ」

 

屋根上の男がそう叫ぶ。一方のエドはその声が聞き覚えのある懐かしい響きであることを悟り、身震いした。

 

《まさか…》

 

エドは心の中で自問する。エリシアの話を話半分に聞いていた訳ではない。だが、俄かに信じれなかったことも事実。

 

その声の主はスッと屋根の上から飛び降りるとエド達3人に向き直おる。エドは眼前に現れたその男性の姿に目を疑い、言葉を失う。

 

エリシアも突然の出来事に口に手を当てて驚きを隠せない。

 

エリシアは突然の出来事についていけないでいた。

心のどこかであの人がまた現れるのではないかとこの戦いが始まってから予感はしていた。

 

《でもまさか本当に現れるなんて…》

 

心の声が少し上ずる。この危機的状況で喜んでいる自分がいることにエリシアは驚いた。

 

「お前らもそんなに嗅ぎ回るなよな?早死にするぜ」

 

でもそれは致し方ないと自分にいい聞かせる。

 

そう言ってわらった顔と声

特徴的な無精髭とメガネ

人を食ったような表情

 

全てがーー

 

 

ーーあの人だったのだから。

 

 

「パパ!パパなの?」

 

エリシアが叫ぶ。

男の顔が驚きに変わった。金髪の女性に突き刺さった投げナイフを額から抜く。そして彼女の氷漬けの右手に触れると氷が瞬く間に消え去った。

 

「はいはい分かったわ。今日は引いてあげる」

 

金髪の女性はそう肩を落としながら言うと氷漬けになってる仲間を一瞥する。その顔は先ほどの淫靡なそれに戻っている。

 

「ニールちゃんは貴方が連れて帰ってきてね」

 

その言葉に男はムッとした表情を見せる。その様子を楽しむかのように金髪の女性は笑うと男の影の上に立つ。

 

「ばいばい。また遊んでね」

 

エド達3人にそう告げると女の足元が揺らぎ、彼女は影の中に吸い込まれていく。

 

「待て!」

 

エドが彼女に向けて折れた刀身を投げようとした時彼の足元に投げナイフが突き刺さる。

 

「やめときな。あいつをこれ以上刺激するな」

 

男が、少しドスの効いた低い声でエドをけん制する。エドはその表情に得体の知れない何かを悟り、投げかけた手を止め、折れた刀身を脇に捨てた。

 

「よしよし、素直なことはいいことだ」

 

男はそういって笑う。その様子に懐かしさがこみ上げて来て、胸の奥を抉る。

 

今ならエリシアの気持ちがわかる。

 

顔も表情も声も仕草もあの男そのままだとエドもそう思ってしまったのだから。

 

「あんた、ヒューズ中佐なのか?」

 

エドはこの男の名として認識している名前を呼ぶ。

 

だが、彼は首をかしげると笑みを浮かべた。

その人を食ったような笑みも今は亡きヒューズ中佐そのままだとエドは思う。

 

 

「ヒューズ?俺はそんな名前ではないよ。俺の名はヴァルニス。まぁ、ならず者ってとこだ。確かそこのお嬢ちゃんは俺をパパって呼んだな?あいにく俺には娘はいない」

 

その言葉にエリシアの膝がガクンっと落ちる。それを支えるスヴァンはヴァルニスを睨む。

 

「おいおい。怖いな。俺はお前達を助けたんだぞ?感謝されても恨まれる筋合いはねぇよ」

 

そう吐き捨てるように言うヴァルニスは氷漬けになっている仲間、女がニールと呼んだその氷像に手を向ける。

 

「悪いな。こいつをまだお前達に渡すわけにはいかないんでな。返してもらうぜ」

 

ヴァルニスはそう言うと氷の表面に手を置く。するとニールを覆っていた氷が瞬時になくなり、獰猛な獣が姿をあらわす。

 

「グルルルル…お前殺す」

 

ニールがエリシアに向かって怒りの咆哮を上げた。その声に身を竦ませるエリシア。だが、ヴァルニスがニールの額に手を当てると先ほどまで暴れまわっていた猛獣とは思えないほど大人しくなった。

 

「ヴァルニス…お前…」

 

ニールの自分を恨めしげに見るその瞳にヴァルニスは困ったように眉をひそめる。

 

「お前、また命令無視してこいつら襲っただろ?先生に言いつけてもいいんだぜ」

 

その言葉にニールは大人しくなる。

 

そのやり取りの間、3人はなんとか一矢報いようとしていた。だが、体が金縛りにあったように動かない。

 

先ほどの恐怖で体が竦んだのではない。

 

ヴァルニスという男に睨まれた瞬間、ただ動かなくなったのだ。

 

《間違いない。あの時の人…近くにいるのに。動け!動いて!私の身体…》

 

エリシアは動かない自分の体に何度もいい聞かせる。

 

何度も…何度も

 

「君達。今日はこの辺で引いてやるけどこれ以上首を突っ込むな?今日は助けてやったが、お前らの命、次は保証しねぇぞ」

 

そう3人を見回すとヴァルニスは凍傷がひどく体を動かせないニールの体を肩に担ぐ。その時、袖を誰かに引っ張られた。

 

「な…に?」

 

ヴァルニスは思わず驚きの声をあげる。

 

この状況で動けるものなんていない。

そう思っていたのだ。

 

「お前…」

 

そこには顔を蒸気させ、やっとのことでヴァルニスの袖を掴んだのだろうエリシアの姿があった。

 

「エリシアやめろ!そいつはヤバイ」

 

エドが叫ぶ。だが、エリシアは首を左右に振るとヴァルニスを見上げる。

 

その瞳には泪で溢れていた。

 

「そっくりなの…ううん、全く同じなの。喋り方も仕草も顔も声も手の大きさも暖かさも…」

 

そう呟くエリシア。

 

当のヴァルニスですら彼女の様子に目を見開き驚き、彼女の次の行動を呆然と見ている。

 

「何もかも…」

 

「何もかも!見れば見るほど!貴方はパパなの!貴方は一体誰?どうしてそんななの?私の…私の1番会いたい人…パパと同じなのよ!」

 

エリシアの叫びが静寂の街にこだまする。

 

「そうか。なるほど」

 

ヴァルニスは何かを悟ったように頷くとエリシアの頭を撫でる。そして悲しそうな瞳をエリシアに向けた。

 

「悪かったな。俺はお前のパパじゃない。だから忘れてくれ。お前にはそれが1番の幸せだ。俺にはこれ以上もうかかわるな」

 

ヴァルニスはそう優しくエリシアに語りかけ、手刀を彼女の首筋に見舞った。

 

エリシアの体がビクンッと跳ね上がり、

その場に崩れ落ちた。

 

 



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第5話『未知なるもの』part 3

 

「エリシア!貴様ぁ!」

 

エリシアが倒れたのを見てスヴァンが怒りの声をあげるが体は動かない。

 

「そこのイシュヴァール人の小僧、お前これ以上この子を巻き込んだらまずお前から殺すからな。いいな!それがこの娘のためだ」

 

はたから見れば子どもじみた脅しだっただろう。だが、スヴァンは何も反論できない。彼としてもこの未知なるものとの遭遇はヴァルニスと同意見を導き出すには容易い。

 

そしてヴァルニスは最後にエドの方を向く。

 

「お前はさっさとリゼンブールへ帰れ」

 

エドはヴァルニスのその言葉にハッとする。

 

刹那、ヴァルニスはエドにニヤリと笑いかけると屋根の上に飛び上がった。

 

「ちょ、待て!お前なぜ?」

 

エドがそう問いかけた時、そこにはもうヴァルニスとニールの姿はなく、雲間から3人を嘲笑うかのように満月が顔を出した。

 

「あ、動ける」

 

スヴァンは自分が動けるようになった事を確認するとエリシアに駆け寄った。ただ気を失っているだけのエリシアの様子にほっと息を吐く。

 

「スヴァン、エリシアを担げるか?」

 

エドの言葉にスヴァンは首を縦に振る。先ほど金髪の女性に刺された右肩はエリシアが治療してくれていた。

 

生体錬成と呼ばれる医療錬金術で、血管と血管、神経と神経、皮膚と皮膚をつなぎ、細胞を再生させる。今はそこまで医療錬金術は進歩していた。

 

「あいつらは一体…」

 

スヴァンの問いにもエドは答えない。一点にヴァルニスという名の男が去っていった虚空を見上げている。

 

「帰るぞ!いろいろと大総統にも報告しないといけないからな。それから…」

 

エドは苦虫を噛みしめるようにエリシアを見る。

 

「あの男の言う通りだ。この件は危険すぎる。お前達は一度セントラルとイーストシティに戻った方がいい」

 

エドの言葉にスヴァンは少し考える。

 

「いえ、それはエリシア次第だと思います」

 

その言葉にエドはかつての自分の姿をスヴァンに重ねた。

 

「だから、危険だって言ってるだろ?」

 

少し怒気を強めたエドの言葉にもスヴァンは怯まない。エリシアを肩に担ぐとエドと向き直った。

 

「でもそれだったらエリシアも俺も納得できません。あんな異形なものを見せられて、はいそうですかって帰れません!」

 

スヴァンはグラマンに言われた言葉を思い出していた。

 

真実を見て世界を知る。

 

彼は確かにそう言った。

 

それがエリシアの為になると…

 

ようやく彼に言われた意味の一端を掴めた気がした。なのに今更退く訳にはいかない。

 

そんな想いがスヴァンの中で芽生え始めていた。

 

 

——————————

 

 

同刻

リオールの街 某所

 

「お前は一体何を考えているんだ?」

 

ヴァルニスからの叱責にアメンダとニールは肩を竦める。ヴァルニスは苛立っていた。いつも以上に不快感がこみ上げてくる。

 

「あの3人に俺たちの存在が知られた。それだけでも由々しき事態だ。その上、アメンダは能力までみせてしまった。どうするつもりだ?」

 

ヴァルニスにとって怒る相手、内容はどうでも良かった。心の奥底から湧き上がる激情を誰かにぶつけられれば良かったのだ。

 

「それはニールが悪い。それに私はまだ奥の手までは出していない」

 

「当たり前だ!そういう事を言ってるんじゃない」

 

アメンダは借りてきた猫のように大人しい。激情に駆られてあそこまでしてしまった事の罪深さを彼女は十分理解している。

 

「俺はこの街を出る」

 

ヴァルニスの言葉にアメンダは驚きの声をあげる。

 

「出るってどこに行くのさ?」

 

アメンダの問いにもヴァルニスは答えない。

 

「ニールも連れていく」

 

するとアメンダは顔面蒼白になる。

 

「作戦は?」

 

そう問うアメンダの顔をヴァルニスは見ていない。ニールに目配せをすると自分の荷物を片付けはじめた。

 

「ちょっと待ちなよって!何も今夜出ていくことはないだろ?一晩一緒に…」

 

そこまで言ったアメンダはぎょっと目を見開く。ヴァルニスの瞳が彼女を捉えていた。燃えるように鋭いその瞳に睨まれただけで何も言えなくなってしまう。

 

「もう時間がない。あとはお前1人でも大丈夫だろ?仕込みは終わってるんだから」

 

そう言うとヴァルニスは扉に手をかけた。

そして何かを思い出したかのように振り返る。

 

「あの3人は絶対に殺すなよ。殺したら俺がお前を殺す」

 

また子どもじみた脅しだとアメンダは思う。だが、ヴァルニスの場合は確実に本気だった。

 

あの娘の事になると人が変わってしまう。

 

「そんなにあの娘がいいのかねー」

 

ふとアメンダはニールの気配もなくなっている事に気がつく。

 

「はぁ…」

 

アメンダは小さく溜息を吐くと電球が切れかかっているのか小刻みに点滅している部屋の天井をしばらく見つめていた。

 

 

————————

 

 

「ヴァルニス…どこにいく」

 

ニールが闇にに紛れるヴァルニスに尋ねる。だが、ヴァルニスは答えることをしない。

 

「ヴァルニス」

 

ニールにしては執拗にヴァルニスに尋ねる。

だが、ヴァルニスは答えない。

 

彼はマントで顔を隠しながら、足早に歩を進める

 

「西に向かう」

 

ヴァルニスはそう呟くと静まり返った街を出る。

 

 

もう2度とあの娘に会うことはない。

 

 

そう心に誓いながら…

 

 

 

第5話『未知なるもの』 完




【 次回予告 】

未知なるものとの遭遇は


若き錬金術師の心に一粒の波紋を落とす


そして彼らは新たなる戦場に


その身を投じようとしていた


次回、鋼の錬金術師Reverse -蒼氷の錬金術師

第6話『黒曜の砦』

緑の剣風が戦場を駆け抜ける


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第6話『黒曜の砦』part.1

大陸暦1930年11月22日

アメストリス東方地区リオール。

 

エリシアが目を覚ますと既に太陽は空高く舞い上がっていた。時計を見てはね起きる。既にお昼をまわっている。

 

軍人としては由々しき事態である。

 

「私は一体…」

 

飛び起きて洗面所に飛び込んだエリシアは鏡に映った自分を見て驚愕した。酷く疲れた顔の自分がそこにいたのだ。

 

 

《あ、そうか。昨日私…》

 

そこで昨日自分がしでかしてしまった事を思い出し青ざめる。確かに今は考えれば普通の精神状態ではなかった。それは認めざるおえない。

 

「エドワードさんとスヴァン、怒ってるだろうな」

 

エリシアはシャワーを浴びながらそう呟く。

 

《でもまさかまだ2日しかこのリオールの街に滞在してないなんて信じられないわ》

 

エドとの再会

グラマンとの出会い

そしてあの異形なるものと戦い

 

まだ2日しかこの街にいないのにもう何年もいるかのような気分になる。

 

それだけ昨日の出来事は衝撃だった。

 

シャワーを浴び髪型を整えたエリシアは下着姿のまま、ベットに腰を下ろし、息をついた。部屋に備え付けられている水差しからコップに水を入れると一口含む。

 

ふと昨日のヴァルニスの姿が目に浮かぶ。

 

「あなたは誰…」

 

顔も声も仕草も口調も何もかもがエリシアが大好きだった父親とダブる。

 

また会えばあの頃のように抱きついて来て頬ズリされると思っていた。だが、それを期待した自分が恥ずかしいとエリシアは思う

 

《もう一度会って話がしたい》

 

エリシアは率直にそう思った。そして一度湧き上がったその想いを止める事ができなくなっていた。

 

ジリリリリリリーーー

 

その時、そのエリシアの思考を遮るかのように電話のベルが部屋の中に鳴り響いた。エリシアはおもむろに立ち上がると受話器を取った。

 

「もしもし」

 

エリシアは気を取直して電話越しに声をかける。電話の主はホテルの従業員からであった。

 

『セントラルシティのヴァフリー・カインズ様より一般回線でお電話がかかっています。繋がれますか?』

 

業務的にそう告げる従業員の言葉にエリシアは少し考える。

 

ヴァフリー・カインズ准将。

 

エリシアの上官で軍内での医療錬金術の第一人者。数々の生体錬成の技術を編み出し、セントラルにこの人ありと言われている人物である。

 

エリシアはそんなカインズが一体自分に何の用だろうかと訝しむ。研究レポートとの催促だろうかなどと考えながらも通話を受けるしか選択肢はないとも分かっている。

 

「お願いします」

 

エリシアは電話口でそう伝える。

するとすぐに音声が切り替わった。

 

『やぁ、カインズだ。エリシア元気か?どうだ?東方の空気はうまいだろう?私も休暇を取って行ってみたいものだ』

 

陽気な声と笑えない冗談が突如として耳に飛び込んできた。思わずエリシアは受話器を耳から遠ざける。

 

《そうだ。こんな感じの人だった》

 

と改めて彼の性格を思い出しエリシアはその顔に苦笑いを浮かべる。

 

「はい。東方軍の力も借りながら何とかやっています。准将はお変わりありませんか?」

 

だが一方で、セントラルを出てからまだ2週間だが、それでも准将の声をエリシアは懐かしく感じる。

 

『ああ。ラモンとベティがよくやってくれているよ。生体錬成を応用した骨神経の再生術もある程度目処が立った。だが、大総統が寄越した君の代わりはクソの役にも立たん』

 

そう言って笑うカインズの声にエリシアは少し癒され、救われた気がした。

 

同僚と先輩の2人がカインズの指示でテキパキと動き、そしてカインズに怒鳴られ焦るハボック大尉の姿が目に浮かび、思わず口元が緩む。

 

『そう言えば変わったことはないか?』

 

カインズの問いにエリシアの表情が強張る。

電話越しでなければ何かありましたと顔に書いていて、すぐにカインズ准将にはバレていただろう。

 

だが、やはり昨日の事はまだ話さない方がいいとエリシアの頭の中で誰かが警鐘を鳴らす。もちろんエリシアもその声に従うつもりだ。

 

「いえ、特にありません。スム・ダム幹部の居場所はだいたい掴めましたので今、駐屯軍と作戦を練っているところです」

 

エリシアは慎重に言葉を選び、話題を自分の本任務の方に逸らす。我ながら普通に話せたとホッと意をついた。

 

『そうか。それが終われば戻ってこれるのか?』

 

「いえ、分かりません。私のこちらでの指揮官はスガサ・マークイン中佐ですし、この任務は大総統勅命ですから」

 

エリシアの返答にカインズは残念そうにため息を吐いた。

 

『早く戻ってきてくれ。君がいないと研究が先に進まないんだよ。私からも大総統に進言しておこう』

 

カインズ准将がそこまで自分を認めてくれている事にエリシアは素直に喜んだ。やはり自分は軍人より研究者の方が向いていると思う。

 

《そうか。分かった。くれぐれも無理はするなよ》

 

しばらく世間話に華を咲かせたのち、カインズ准将はそう締めくくると電話を切った。

 

少し気持ちが楽になったとエリシアは思う。

 

《あの男のことは後でエドワードさんに相談しよう》

 

エリシアはそう前向きに考えると急いで支度を済ませ、部屋を出る。スヴァンとエドの部屋をノックするがもちろん返答はない。

 

諦めてエリシアはホテルのロビーに向かうことにした。

 

————————-

 

同刻

アメストリス国セントラルシティ

第5研究所 執務室

 

「そうか。わかった。くれぐれも無理をするなよ」

 

そう言ってカインズは受話器を置いた。

椅子の背にもたれ大きく息を吐く。

 

茶色の髪を耳上まで刈り上げた短髪に日に焼けた肌からは研究者よりも軍人という言葉の方が似合う。

 

カインズ立ち上がると白衣を手に取り羽織る。

切れ長な瞳が壁際に立てかけられた数々の賞状やトロフィーを捉える。

 

全てカインズが成し遂げた功績である。

 

生体錬成。

 

錬金術の禁忌とされる人体錬成とはまた異なる医療用錬金術の総称とされている。この世界での第一人者は結晶の錬金術師ティム・マルコーである。

 

彼は今東方のイシュヴァール地方で病院長を務める傍ら、医療錬金術の進歩のために教鞭を振るっている。その門下生は既に軍にも研究所にも多数いる。

 

当のカインズ自身も軍人の肩書きを持ちながらマルコーに5年師事し、国家錬金術師の資格を得た。

 

彼の二つ名は“硬糸”

 

国家錬金術師の資格を取った後はその後は軍に戻り、数々の功績を残すと第五研究所の所長にまで登りつめた。

 

彼の研究成果は数多に渡り、臓器細胞からその機能の再生、神経細胞の再生と数々の功績を残し、今やヴァフリー・カインズという名を知らないものはアメストリスにはいない。

 

また軍の狗という国家錬金術師に対する世間の印象を決定的に変えたのも彼であった。

 

それだけ彼の編み出した技術と理論は当時も今も錬金術の医療への応用に限界を感じさせない。

 

カインズは賞状やトロフィーを誇らしげに見つめると、その脇に置かれた写真立てに視線を移した。

 

そこには若き日のカインズを囲むように若い女性と2人の子どもが映っている。

 

カインズは写真を一瞥すると部屋を後にした。

 

———————————

 

同刻

アメストリス東方地区リオールの街

駐屯軍司令部。

 

街の中心部から外れた郊外に東方司令部リオール駐屯軍司の基地がある。

 

もともとレト教団が持ち主だった土地をリオール事件の暴動の折に接収し、そこに駐屯軍司令部を作った。敷地は広大でイーストシティの東方司令部よりも大きい。その南東部にこの簡易テントを使った商店街のような場所があり、その中央に黒紫色に輝く教会がある。

 

そこを東方軍は司令部としている。

 

エリシアはそこでエドとスヴァンの姿を探している。

 

ホテルのロビーにそう2人からの書き置きが残されていたのである。エリシアはホテルを出ると一直線にこの司令部を訪れたのだ。

 

エリシアは駐屯軍内部の賑やかさに驚いた。

 

駐屯軍基地内部では軍人たちの活気に溢れている。真面目に鍛錬を続けるもの、数多の教本の山に囲まれ、勉強をしているもの、腕っ節を競い合うもの。

 

その行動は皆バラバラでここの指揮官は自由な風土なのだろうと察する。軍内の規律はその指揮官の色がより濃く反映されるものであるとも聞く。

 

「エリシア・ヒューズ少佐」

 

そんな雑踏を歩いているとエリシアは自分の名を呼ぶ声を耳にする。彼女自身、駐屯軍には知り合いはいないはずと不思議に思いながら辺りを見回す。

 

「ライオネット・ブラックフィールド将軍」

 

エリシアは雑踏の中の食堂と思しき場所で自分に向かって手を挙げている青年士官の存在に驚き、思わずその名を呟く。

 

ライオネットはエリシアを手招きする。

正直ここにいるはずのない緑髪の将軍がなぜここにいるのか不思議でならない。

 

「どうして将軍がこちらに?」

 

エリシアはライオネットのもとに寄るとそう尋ねた。



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第6話『黒曜の砦』part 2

今回の作戦は『駐屯軍と連携して実施せよ』との命令をマスタングからは受けている。もし仮に東方司令部から援軍を得るとしても彼ではなく自分の上官であるスガサ・マークイン中佐の第2連隊が遣わされるのが常識なようにも思う。

 

だが、当のライオネットは不思議そうに彼女を見た。

 

「ん?まだ聞いてなかったのか?」

 

ライオネットはそう前置きすると小さく溜息を吐き、とエリシアの顔を見つめる。その瞳は全てを見透かしているような鋭さがあり、エリシアは一瞬体をビクつかせた。

 

「君とスヴァン・スタングベルト少佐は俺の部隊に編入されたんだ。そして俺が今回の作戦指揮を執る事になった。マイルズ司令から辞令が届いているはずだが?」

 

編入?辞令?

 

エリシアは一瞬耳を疑った。

 

まだ今の部隊に配属になって3週間も経っていない。普通で考えたらありえない人事である。

 

しかしながら少し冷静に考えるとその辞令の元凶にエリシアは察しがついた。

 

《おじさんは私を東方から中央に戻したいのかしら》

 

エリシアはマスタングが出した辞令の意図を読む。

 

ライオネットの第3連隊はその大半が中央軍である。

一方の第1連隊のアームストログの部隊とスガサ・マークインの第2連隊は東方軍が中心である事を考えると、この第3連隊にいた方が中央への帰還は早まる事を予想するのは容易い。

 

もしくは早速カインズ准将あたりがエリシアの帰還を打診したのだろうか。たが、マスタングがカインズの打診があったからとはいえ、素直に受けるとも思えない。

 

それに自分だけでなくスヴァンも一緒に異動したその意図をもエリシアは測りかねていた。

 

そんな事を考えていたエリシアはライオネットの向こう側から水色の青年がトレイに人数分の飲み物と食べ物を運んでくる姿を確認した。

 

嫌な予感がした。

 

そして彼はエリシアの姿をその目に留めると髪の色と同じ水色の瞳を輝かせて笑う。

 

「エリシアちゃん!!まさかエリシアちゃんと同じ部隊になれるなんて感激だなー」

 

カイルの無邪気な姿な声に彼女はため息を吐く

 

「何?何!その反応?感動のあまり声も出ない?」

 

「私はあなたと友達になった覚えはありません」

 

カイルのあまりにも軽快な物言いにエリシアはイラつき、ぴしゃりと斬って捨てる。やはりこの人を好きにはなれないとエリシアは思う。

 

「そんなーひどい」

 

「だってまだ私たち1回しか会ってないでしょ?まともに話もしてないし。友達みたいに振舞われる筋合いはないわ」

 

エリシアのきつい一言にカイルは少し顔を引攣らせるが、さらに言葉を続ける。

 

「じゃ、これ友達の印に」

 

すっと差し出された飲み物にエリシアは顔をしかめる。オレンジ色の液体の上に白い泡が乗っている。少しだけ鼻につくアルコールの匂いにそれが麦芽酒であると分かる。

 

「私はまだ未成年です」

 

エリシアは再びぴしゃりとカイルを強く制すると顔を背ける。そのエリシアの様子にカイルは母親に怒られた子どものように苦笑いを浮かべ、グラスを持つ手を手前に引き、口をつけると一気に飲み干した。

 

「将軍、今は勤務中ではないのですか?」

 

カイルの行動以前に感じた違和感をエリシアはライオネットにぶつける。

 

「今日は俺たちは移動日、こいつらは非番だよ。俺は元から酒はダメだから飲む気は無いけどな」

 

そう言って麦芽酒に舌鼓を打ち、生ハムにがっつく彼を見て笑みを浮かべる。

 

「そうでしたか。それは失礼しました。私は今から取り敢えず司令部に行って辞令を確認してきます。作戦内容については後ほど」

 

エリシアはこれ以上ここに居ても仕方ないと感じ、そう言って敬礼をすると足早にその場を離れた。カイルが自分を呼ぶ声が聞こえたが構う暇はないと聞こえなかった振りをする。

 

「信じられない」

 

エリシアは色々な意味を込めた言葉を呟くとしばらく駐屯地の雑踏の中を歩く。

 

すると眼前に石造りの建物が見えた。外観の全てが黒色の石で塗り固められた砦。

 

これがリオール駐屯軍司令部である。レト教信者の拠点を接収したその素材には希少価値の高い黒曜石が使われており、太陽の光を浴び、黒紫色に輝いている。

 

エリシアは改めてその妖美に輝く建物を見上げると当時のレト教教主が錬金術で金を作っていたという噂話もにわかに噂話ではないのではないかと疑ってしまう。

 

「どうして俺が行ったらいけないんだよ」

 

すると建物の中から叫び声が聞こえる。何か中でゴチャゴチャと口論している声が聞こえた。

 

《エドワードさん?》

 

その声は確かにエドのものであった。エリシアは思わず司令部の中に飛び込む。そこには頭を抱えるスヴァンの隣でリオール駐屯軍司令官イライザ・ヴァーツタイン少佐に噛み付くエドの姿があった。

 

するとスヴァンとイライザがエリシアの存在に気づき、彼らの目線を追うようにエドも振り返る。

 

「エリシア、お前からも何とか言ってくれ!」

 

エドの言葉にエリシアは目を丸くした。全くもって状況が分からない。だが、ひとまずはエドと口論をしていたこの部隊の指揮官であるイライザの前まで進み、敬礼をする。

 

「エリシア・ヒューズ少佐です。着任のご挨拶が遅くなり申し訳ありません」

 

イライザは赤い瞳をエリシアに向けると彼女を頭からつま先までを何度も見る。

 

「エリシア・ヒューズ少佐。そんなに固くならなくてもいいよ。私達の階級は同じだからね」

 

褐色肌に赤い瞳、銀髪をショートカットに切りそろえたイライザはそう笑みで返した。

 

イライザ・ヴァータイン少佐。

このリオール駐屯軍を指揮する数少ないイシュヴァール出身の女性士官。イシュヴァール人の父とアメストリス人の母を持つ。

 

見かけによらずその武勇は中央まで聞こえてきており、『東方の虎』と呼ばれていることをエリシアも耳にしたことがあった。

 

イライザは椅子から立ち上がると脇に立つ部下から書類を受け取り、エリシアの前に差し出す。

 

「ヒューズ少佐。東方司令部マイルズ司令より辞令を預かっています」

 

エリシアは敬礼の姿勢を解くとイライザの部下から表面に何も書かれていない茶封筒を受け取る。

 

「拝見します」

 

エリシアは封筒を開けると中の紙を取り出す。

 

『エリシア・ヒューズ少佐 1930年11月22日 本日付で中央司令部生体錬成第5研究所付 東方司令部第2連隊への転属を命じる』

 

そこにはそのように書かれていた。先ほどライオネットの口から聞いていたのでそれほどの驚きはない。

 

「承知致しました」

 

エリシアはイライザに向けて敬礼をすると彼女も敬礼で返す。そして双方に笑みを浮かべる。

 

「よろしくね!ヒューズ少佐。蒼氷の錬金術師の力頼りにしてるわ」

 

イライザはそう言うと手を差し出してくる。エリシアは彼女のその容姿さながらの垢抜けた雰囲気に好感を持った。

 

「こちらこそ、少佐とご一緒できるなんて光栄です。よろしくお願いします」

 

エリシアは握手に応じると笑みを浮かべる。

 

そして手を離すとまだそっぽを向いたままのエドとそのエドに困り果てた様子のスヴァンの方に向き直った。

 

「エドワードさん、スヴァン。今朝はすみませんでした。おかげさまでよく休めました」

 

エリシアが2人に向けて深々と頭を下げる。

 

「ああ、もう大丈夫か?」

 

「元気になったみたいで良かった。俺もエリシアと同じ辞令をさっきもらった。それから昨日入手した情報はヴァーツタイン少佐とブラックフィールド将軍には伝えてある。もうすぐ作戦会議があるって」

 

エドは面白くなさそうに手を挙げ、ふいっと横を向く。その様子が10以上も年長の所帯持ちの男性の仕草と思うとエリシアは思わず吹き出す。

 

一方のスヴァンはそのエリシアの元気な姿に安堵の表情を浮かべた。

 

「ところで今、何か揉めてました?」

 

エリシアはエドの様子ですべて分かっていたが、エドの様子が面白くそう突っ込んで見る。予想通りエドはふて腐れたまま口を閉ざしたままだ。

 

そんな彼の代わりにイライザが呆れたように口を開いた。

 

 

 



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第6話『黒曜の砦』part 3

「彼、従軍したいって言うんだけどね。元国家錬金術師だとは言え、今は一般人だし、錬金術使えないなんて使えないやつだからね」

 

そう言って笑うイライザをエドが睨む。確かに軍に所属していない者が従軍するなんて前代未聞である。それこそ非常事態で猫の手も借りたい時か、大総統勅命があった時かである。

 

今はそのどちらでもなく、エドはただ自分の為にイライザに頼み込んだのだと察する。そう思うとエリシアはイライザには悪いがエドの肩を持ちたくなった。

 

「俺は大総統からの勅命でこいつらの護衛兼案内役なんだ!最後まで行く末を見届けるのは当たり前だろ」

 

エドから出た大総統という言葉に言葉に一同顔をしかめる。そしてその視線は2人の国家錬金術師に向けられた。

 

 

「確かに正式な命令書は頂いていませんが、大総統から任務を直接言い渡された時はそのようなお話でした」

 

エリシアは精一杯の援護射撃を試みる。そしてスヴァンに目配せをする。突然のエリシアからの振りにスヴァンは戸惑いながらも「そうです」とだけ答えた。

 

2人の様子にイライザが困ったように眉を潜める。確かに一般市民の従軍をいち駐屯部隊の指揮官が許可できる立場にはないのは確かである。

 

「まぁ、2人がそこまで言うならねぇ…」

 

イライザが思案顔のままそう呟いた時、入口の扉が勢いよく開いた。そして緑色の髪をゆらゆらと揺らしながらライオネットが入ってきた。

 

「おいおい、揉め事か?」

 

ライオネットの言葉に一同が静まり返る。カウンターを介して正面に向き合うイライザとエド、そしてその脇で困り果てている彼女の部下とエリシア、スヴァンの姿を一瞥し状況を理解する。

 

「貴方がエドワード・エルリックさんですね?元国家錬金術師の。何やらヴァーツタイン少佐とやり合っていたようで。すみません。彼女、なかなか熱くなりやすい太刀でして」

 

そう低姿勢に出たライオネットの様子にエリシアは違和感を感じる。それはイライザも同じだったようで、彼に反論することなく、事の行く末を見守る。

 

「ヴァーツタイン少佐。先ほどマスタング大総統から通達がありました。彼を今回の作戦に従軍させるようにと。正式な文書通達は追って行うとの事だ。」

 

ライオネットの言葉に皆一様にどよめく。大総統勅命で従軍など本来はあり得ないのだ。鋼の錬金術師のかつての威光を知らぬ者達にとってエドは今興味の的となっていた。

 

「そう言う事ですので、エドワードさんは私の第2連隊に同行してください」

 

ライオネットの言葉にエドの顔が輝く。そしてほら見たことかとイライザを見る彼の視線にイライザは不服そうにエドを睨む。だが、大総統勅命とあってはこれ以上文句も言えない。

 

「ですが、一つだけ忠告しておきます。私は一般人の従軍など認めた訳ではありませんからあしからず。我々の作戦の邪魔だけはしないで頂きたい」

 

ライオネットはそう一言付け加えた。ご丁寧にその高圧的な笑みも添えて。思わずエリシアはエドの顔を見る。

 

「それも大総統からの命令か?」

 

だがエドはエリシアの心配とは裏腹に冷静に言葉を選び、ライオネットに尋ねる。するとライオネットは爽やかな笑みを浮かべる。そこに卑しさを感じさせないのは流石だとエリシアは思う。

 

 

「いえ、私の個人的お願いです。一般人を従軍させて怪我でもされたら困りますし、貴方を守るために大事な部下を割くこともしませんので」

 

その爽やかな笑顔とは裏腹なライオネットの言いようにエリシアはまたエドを見る。今度は流石に不機嫌さを前面に押し出しているエドは大きくため息を吐くと「嫌なやつ」と最大限の抵抗をライオネットに向けた。

 

エドもよく理解しているのである。ここで変ににライオネットに突っかかり従軍自体を取り消されてはままならない。将軍の立場にはあるライオネットにはそれくらいの権限は元より持っているのだ。

 

「分かったよ。お前らの邪魔はしないようにするさ。だが、この2人に危害が及びそうになったら好きにやらせてもらうからな」

 

エドはそう啖呵を切ると踵を返し、司令部から出て行こうとする。その様子にライオネットは口元を緩め、声をかけた。

 

「今から作戦会議ですが、参加されますか?」

 

その呼びかけに扉に手をかけたエドは立ち止まる。

 

「いや、遠慮しとくよ。どうせ俺はあんた達について行くだけだからな。少し敷地内を見て回ってくる。作戦はエリシアとスヴァンから内容は聞けば十分だろ?」

 

エドはそう答えてライオネットを振り返る。

 

「まぁ、そういう事にしておきます」

 

ライオネットはふっと笑うとそう答える。その返答を合意と取ったエドはエリシアとスヴァンに目配せををすると扉を開け、外に出て行った。

 

エリシアはエドが外に出て行くのを見送ると心の中で緊張の糸が切れたのを感じた。おもむろに近くの椅子に座り込む。そして2人の言葉以上の圧力に少し圧倒されていた自分に気がつく。

 

 

「さすが将軍」

 

一方のイライザは結果的にエドを追い払ったライオネットを賞賛する。エリシアは複雑な気持ちになる。おそらくエドも昨日の事がなかったらこうまで意地を張らなかったはずだ。

 

改めてエリシアはエドの存在と行動に感謝していた。そして誰かに頼りっぱなしの自分にも改めて気がつく。

 

「エリシア・ヒューズ少佐」

 

そのエリシアの思考を遮るかのようにライオネットが声をかけてきた。はっと顔を上げたエリシアにライオネットの翠緑の珠のような瞳が飛び込んでくる。

 

「悪かったね」

 

そうまたも下手に出てきたライオネットの様子にエリシアの心に再度警戒心が蘇ってくる。

 

「いえ、私達こそ将軍にあらぬ気遣いをさせてしまいました」

 

エリシアは少し皮肉を込めてそう答える。だが、ライオネットは意に介した様子もなく淡々と口を開く

 

「さっきも言ったが今から作戦会議だ。スヴァンには伝えていたが、君たちから事前の調査結果を報告してもらう手はずになってる。よろしく頼むぞ」

 

そう言ってライオネットはイライザの元に戻ると何やら耳打ちをする。すると2人は連れ立って司令部の奥へと消えていった。

 

「はい、これ目を通しておいて」

 

そんな中、スヴァンはそう言い紙の束を渡してくる。彼が作ったのだろうか、昨日自分とエドの2人で解読した調査報告書を元に作られただろうレポートがそこにはあった。

 

「ちょっと!報告ってどう言うこと?」

 

エリシアは問いにスヴァン申し訳なさそうに首を縦に振る。察してくれと言わんばかりのその仕草にエリシアはため息を吐く事しか出来なかった。

 

3時間後、作戦会議を終えたエリシアはぐったりと疲れた体を司令部外のベンチで休めていた。陽は少しだけ傾き始め、オレンジ色の陽光が黒曜石の柱と壁面に反射し、幻想的な雰囲気を醸し出している。

 

既に辺りは明日の作戦準備を終え帰路につく駐屯軍兵士の姿がちらほらと見え始める。エリシアは呆然と道行く人の流れに目を向けていた。

 

「これは反則よね?」

 

その時後ろから声をかけられる。

ハッとして振り返るとそこにはイライザの姿があった。その手には紙コップを二つ持っている。

 

「反則…ですか?」

 

不思議そうに問いかけたエリシアにイライザはニコリと笑うと紙コップを一つ彼女に渡す。中ならは珈琲の香りがする。

 

「ありがとうございます」

 

エリシアはそう呟くと陽の光を浴び幻想的な輝きを見せる司令部棟を見上げるイライザに視線を戻した。

 

「えぇ。こんな幻想的な風景の中で演説とエセ錬金術を見せられたら誰だって奇跡を信じるわよね」

 

イライザの言葉には妙に説得力があり、その言葉にエリシアは興味を持つ。当のイライザはエリシアの視線に気がつくと影のある笑みを浮かべ、下を向いた。

 

「私の両親はレト教の信者だった」

 

突然の告白にエリシアは驚く。だが、イライザの瞳に憂いに帯びた表情を見とり息を呑む。

 

「リオールの暴動もね。もちろん参加したわ。まだ子どもだった私を置いてね」

 

ふとイライザが見上げていた視線を落とす。彼女の話の結末が予想できたエリシアはぐっと胸にこみ上げる何かを感じる。

 

「それは…大変でしたね」

 

エリシアはそのような表面的な言葉しか見つからない自分に嫌気が差す。だが、それ以上にイライザほど有能な人がこの駐屯軍にこだわり続ける理由と彼女の強さの理由を知った気がした。

 

「私は明日、レト教を壊滅させるわ。それができないと私は前には進めないの」

 

イライザはそう決意の一端をエリシアに告げると視線を彼女に向ける。エリシアはその真っ直ぐな瞳に吸い込まれそうになる自分を抑えながら今度は自分からその右手を差し出した。

 

「期待してるわよ。ヒューズ少佐」

 

イライザは満足げにエリシアの握手に応じると笑みを浮かべた。

 

「ごめんなさい。初対面の人にこんな話をして。でも同じ戦場を駆ける貴方には私の想いを何故か知っておいて欲しくて」

 

イライザはそう言うと頬を少しだけ赤らめる。

 

彼女のそんな想いに自分を認めてくれていると感じ、エリシアは素直に嬉しいと思った。

 

エリシアはイライザの手を握る右手に力を込める。

 

「私も全力で少佐をサポートします」

 

エリシアはそう言うと司令部に視線を移す。

 

太陽の傾きとともにその光を増す黒曜はまるでイライザの決意を表すかのように紅く燃えたぎるような輝きを放っていた。

 

そしてそれはエリシアにとっても同じである。彼女もまたイライザの決意に触れ、また自分だけが過酷な運命を背負っているわけではないという現実を知ったことで少し前を向けた気がしていた。

 



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第6話『黒曜の砦』part 4

大陸暦1930年11月24日

東方地区リオール レト教総本部

 

総本部の周りは普段と同じ喧噪が流れている。

 

そんな中、民間車に偽装した軍用車が何台か総本部周辺に車を止めた。そしてその中の一台は最も人通りの少ない路地への入り口に車を停めると路地側の扉を開いた。

 

車の中から8つの人影が路地へと飛び出す。

 

勿論、街の喧騒を楽しむ人々には路地へと入っていく人影には気づいていない。

 

「こっちだ」

 

その影の中で1人、ライオネットがそう手引きをする。その手招きに反応する7つの影の中にエリシアとスヴァン、エドの姿もある。

 

「このマンホールがお前らの情報にあった総本部の中に繋がる隠し通路だ。作戦通り俺たちはここから内部に潜入し、対象を確保する。お祈りの時間が始まる今がチャンスだ。行くぞ」

 

ライオネットの言葉に7人は首を縦に振る。それを確認したライオネットは先頭を切ってマンホールの下に降りて行く。

 

その次にスヴァンが、エリシアがエドも続き、他のライオネットの部下を4人も続いた。

 

ドブ臭い匂いが鼻をつき、エリシアは思わず手で鼻を覆う。地下水道をしばらく進むと下水道に出た。

 

下水道には灯りがない。もちろん潜入に気づかれない為、ランプのような光源は持ってきていない。また足元も足音のする靴ではなく、足袋に似た履き物を使っている。

 

8人は下水道へ出ると目が慣れるまで待った。

 

一方の総本部の正面玄関ではイライザが車の中で時を今か今かと待っていた。もちろん彼女と同様に総本部周辺に配置された10台の車に総勢80名の部下が待機している。

 

半分はライオネットが連れてきた第2連隊、半分はイライザ以下、リオール駐屯軍の精鋭。いずれもライオネットとイライザが選び抜いた兵たちである。

 

街中で動くにはこの人数が限界であった。

 

その時、総本部の鐘の音が鳴り響く。

 

街中に聞こえるだろうその大音量はレト教総本部で週1回行われるお祈りの時間の合図である。

 

すると眼前の黒紫色の建物から白い服を着た人々がゾロゾロと出てくる。そして街の至る所からも人々が総本部に集まってきていた。

 

「全員配置につけ」

 

イライザはその光景を確認すると通信機越しに指示を出す。その声に乗じて、総本部周辺に配置された車から同じく白装束を身につけた兵たちが降りるとレト教信者の流れに乗る。

 

その群れの中に紛れたイライザは胸の高まりを隠せずにいた。今日の作戦がうまく行けば、レト教の本性を民衆に分からせることができ、彼らを解散に追い込める。

 

彼女はそう信じて疑わない。

 

情報通りお祈りに備え門は開かれている。

イライザは先頭でその中に入った。そして彼女の部下達、ライオネットの部下達もその後に続く。

 

そしてイライザは見上げる。

 

 

リオール駐屯軍司令部と同じ黒紫色に輝く建物を、そしてその頂きの間に立つ1人の男性を。

 

 

そしてそんなイライザに挑むかのようにその黒曜の砦の頂きに立つ男性は大きく手を広げた。

 

 

 

第6話『黒曜の砦』 完

 

 




【 次回予告 】

人は何故こうも愚かなのだろうか。

イライザは自身の足枷を破壊するために

ライオネットは己の役目を果たすために

それぞれ動き始める

その時、エリシア達が目にしたものとは…


次回、鋼の錬金術師Reverse -蒼氷の錬金術師


第7話『命の価値』


紅き煌めく残像はまさに夢の如し


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第7話『命の価値』part 1

大陸暦1930年11月24日

セントラルシティ 中央司令部 大総統官邸

 

「ふむ」

 

マスタングは自身の執務室で難しい顔をしている。その正面には長身筋肉質にヒゲを生やした男性が立っている。

 

男は黙ったままマスタングの次の句を探している。

 

「少しは距離を取ってくれんか、大将」

 

その空気に負けたマスタングが口を開く。すると長身筋肉質にヒゲを生やした男性、アレックス・ルイ・アームストロング大将は敬礼をすると一歩だけ下がった。

 

「で、閣下はどうお考えなんですか?」

 

すると壁際に立つアームストロング程ではないが締まった体にタンクトップ姿の男性が口を開く。

 

「あぁ、今それを考えているのだハボック大尉」

 

マスタングは苛立った様子でハボックにそう告げる。彼の不機嫌の原因は今朝セントラルに戻ったばかりの彼にかかってきた一本の電話だった。

 

「エドワード・エルリックが一緒とはまた閣下も思い切ったことをなされます」

 

アームストロングの言葉にマスタングは目を細め彼を見る。するとまたハボックが口を挟んだ。

 

「今この国で鋼の旦那ほど頼りになる奴はいませんからね。それだけまぁ、緊急事態ってことですかね」

 

そう言いハボックはズボンのポケットから煙草とジッポライターを取り出す。

 

「ここは禁煙だ」

 

マスタングはそうハボックを制すると彼は「へいへい」と苦笑いを浮かべ、それらをポケットに戻す。

 

「冗談はさておき、東方の情報屋がこの件からは手を引きたいと言ってきた。これをどう見るかね?大将」

 

アームストロングは話を振られ、一瞬びくつくが、マスタングが不機嫌になっている理由も理解した。

 

「あのお方がそう簡単に尻込みするとは思えません。やはり、例の件には何やらキナ臭いものが潜んでいると考えるべきでしょうか」

 

アームストロングの返答に少し不服そうな顔を見せたハボックに向き直る。

 

「あぁ、かなりキナ臭い。だが、15年前の戦いでかのホムンクルスは壊滅した。唯一残ったセリム・ブラッドレイも夫人と一緒に西部で問題なく育っている。スム・ダムの背後に何かいると踏むのが確かではあろうが、まだ何も分かっていない。ただ、何かとんでもないものが動きだそうとしている事は確かだ。一刻も早くその尻尾をまず掴まなければならん」

 

ハボックは憶測ばかりで物を言うその様子にマスタングらしくないと思った。

 

だが、そんなマスタングもまだ何か光明を見つけている訳ではない。全ては手探りの状態なのである。

 

「我々に何かできることはありませんか?閣下」

 

アームストロングの問いにマスタングは「うむ」と呟く。

 

「大将には西へ行ってもらいたい。君にしか頼めない事だ。その間の隊の指揮はブレダ中佐に任せると良い。私からも彼に言っておく」

 

アームストロングはマスタングの言わんとする意図を理解すると敬礼で応える。するとマスタングは徐に立ち上がる。それはこのお昼の茶会の終了を意味している。

 

「あの、俺は?」

 

するとハボックが慌てて疑問の声を出す。

 

「あ、すまぬ。忘れていた。大尉には引き続きカインズ准将の補佐を頼みたい。准将からヒューズ少佐が戻ってくるまでの代わりは大尉にと頼まれてな」

 

そう言って笑うマスタングをハボック訝しむような瞳で見る。

 

「そんな目で見るな。それもこれも大事な任務だ。さて、私は午後の実務がある故、大総統府に戻る。2人はもう軍務に戻っていいぞ」

 

そう言われハボック大尉は不服そうに敬礼をすると先に執務室の扉に手をかけたアームストロングに続きマスタングの執務室を後にした。

 

「はぁ、閣下は何を考えてるんですかねぇ。学のない俺にカインズ准将の補佐なんて」

 

そう言って愚痴るハボックをアームストロングがなだめる。

 

「まぁ、閣下にもお考えがあるんだろう。今は従っておくと良いと思いますぞ」

 

ハボックはアームストロングの慰めにも不服そうな顔を崩さない。彼自身頭の中では分かっている。マスタングが無意味な指示を自分に出さないこと、彼の指示をには何か意味があること。

 

だが、その意図が理解できない自分の不甲斐なさが少し腹立たしかったのだ。

 

「にしても、エリシアちゃんもとんでもない事にまきこまれちゃいましたね?」

 

「あぁ、そうだな」

 

ハボックの率直な感想に素直に同意するアームストロング。彼にとってもエリシアは亡き戦友の忘れ形見で娘のような感情を抱いている。故に今回のきな臭い何かに巻き込まれてしまった現状にはかなり同情している。

 

2人が階下に降りると玄関口で赤ちゃんを抱いた女性が見送りに出てきている。

 

「おぉ!これは、ご婦人。今日はよき昼食を閣下と取らせて頂きました」

 

リザはそう声をかけてきた2人に笑顔を向ける。完全に大総統夫人、幼き赤子の母という風格が出てきている。

 

「あの人、また無茶を貴方に頼んでいませんか?」

 

その質問に「まさしく今…」と言いかけたハボックの尻を力一杯抓るアームストロング。その様子に全てを悟ったのか苦笑いを浮かべるリザ。

 

「そうですか。帰ってきたらしっかりと言っておきます」

 

そう言った彼女の瞳はかつての鷹の目ホークアイと揶揄され、同胞からも異形の敵からも恐れられたリザ・ホークアイのそれ、そのものであった。

 

 

———————-

 

 

大陸暦1930年11月24日

セントラルシティ 中央司令部 第五研究所

 

カインズはいつもの日課で執務室から外に出て研究所内を歩いて回る。彼自身他人の研究には興味津々で、会う人会う人に声をかけてはアドバイスを送っている。

 

「カインズ准将お疲れ様です」

「准将お元気ですか?」

「准将、ちょっとお聞きしたい事が」

 

カインズが研究所内を歩くと至る所から声をかけられる。この研究所の職員も軍人から民間人までカインズを慕って集まってきたものばかりだ。

 

もちろんカインズもそんな彼らを無下に扱ったりはしない。一人一人に対して丁寧に応対する。

 

それもまた彼の人心掌握術なのだろう。

 

 

そんな中でカインズはとある部屋の前で足を止めた。表札には“第13研究室”と書かれている。

 

「ベティ、ちょっと」

 

カインズは第13研究室の中を覗くと中にいる人物に声をかける。ベティと呼ばれた緑色の眼鏡をかけ、プレートに置かれた白色の物体と格闘している人物は振り返るとカインズの存在に気がつく。

 

そして背筋を伸ばして敬礼の姿勢を取った。

 

「准将、何か御用でしょうか?」

 

そう言って帽子を取ると桃色の髪がばさっと肩下まで下ろされる。

 

ベティ・クランザ研究員。

 

目の下にソバカスの残るあどけない表情をした小柄な女性である。童顔な出で立ちとその桃色の髪から若輩と勘違いされがちだが、彼女はカインズの右腕として、今やもっか今年の論文発表のメインに据えられている『骨神経の再生術』の責任者である。

 

「何か御用でしょうか?」

 

ベティは眼鏡を取るとその小粒な瞳をカインズに向けた。彼女ももちろんカインズを慕ってこの研究所にやってきた研究者である。そして彼女もまたカインズやエリシアと同様にマルコーのもとで学んだ経験もある。

 

「国家錬金術師の試験を受ける件、考えてくれたかな?」

 

ベティはカインズのその質問を予想していた。

 

最近10回に8回はその話をしてくるからだ。

そしてベティはいつも丁重にお断りしている。

 

今回も例に漏れずベティは少しだけ考える素振りを見せるだけカインズに見せる。

 

「この研究が終わったら考えます」

 

そしていつも同じ回答をカインズに返していた。

 

カインズは予想通りのベティの反応に少し不服そうな顔を見せると再度口を開く。

 

「君ならエリシアにも勝る研究者になれると思うんだがな?どうだ?真剣に考えてみないか?」

 

いつもなら一回のやり取りで終わるところにカインズが更に食い下がった事にベティは驚く。

 

そして何よりエリシアより自分を評価してくれたとも取れるその言葉に耳を疑い、心の底からこみ上げる嬉しさが顔には出ないように我慢する。

 

エリシアは彼女にとってマルコーに師事していた時からの妹弟子にあたる。そんな彼女が国家錬金術師となり、自分で研究予算を持っていることは羨ましいし、確かに面白くはない。

 

「それは光栄です。ありがとうございます。しかしながらこの研究をやり遂げないと私は次には進めません。研究者とはそういうものでしょう?」

 

だが、ベティにはやはりこの道しかなかった。断固として取り付く術もないベティの様子にカインズは苦笑いを浮かべるしかできない。

 

「そうか。今日もダメか。邪魔したな。また明日来るよ」

 

今日はこれ以上言っても無駄と感じたのかカインズはそう言い残し踵を返した。

 

部屋の外を出るカインズに対してベティは『もう来なくていいのに』とは口にも出せずただ無言で一礼をして見送った。

 

カインズは廊下に出ると再び研究所内を巡回し始めた。ふと頭の中に描いているプランを推敲する。

 

《ベティには国家錬金術師になってもらい、私のより近くで研究をしてもらった方がいい。本当なら今の骨神経の再生術の研究も誰かに渡したいくらいだが彼女が聞き入れないだろうな》

 

カインズはそこまで心の中で呟くと口元を緩める。そして研究所一階の応接スペースに足を向けた。

 

《あと少しだ》

 

応接スペースの壁には人体を模した解剖図が飾られている。その大多数は赤色に染められ、あとは骨神経、脾臓、リンパ節、脊髄が白く残っている。

 

《あと少しだ。あと少し…》

 

カインズは心の中でそう自分を鼓舞するとその解剖図をじっと眺め続けていた。

 

 

 

 

 



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