僕のヒーローアカデミア 飛べない鳥 (残月)
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第一話

 

 

 

事の始まりは中国、軽慶市。

発光する赤子が生まれたことを皮切りに、各地では次々と超常現象と呼ばれる能力を持つ人間が生まれるようになった。

そして世界人口の約八割が何らかの特異体質である超人社会となった現代。

人々の持つ超常の爆発的増加に伴い、それを用いた犯罪も増加していた。

法律ができる速度を無視して増え続けるそれらの犯罪者に対抗するため、同じく超常を使い、犯罪者を捕まえる者たちが現れた。

 

 

『ヒーロー』

 

 

空想の産物でしかなかった存在が『特異体質』と呼ばれた『個性』を持つ者が成り得る職業となった。

そして……それと対する様に『個性』を犯罪に使う者を人々は『敵(ヴィラン)』と呼んだ。

 

 

 

 

 

緑谷出久は、ヒーローに憧れる少女だった。

世界総人口の八割が何らかの特異体質『個性』を持つ世の中で、それを持たぬ『無個性』と呼ばれる存在であった。

『個性』を前提とした超人社会において、その『個性』を活かし活躍する職業『ヒーロー』

 

 

『無個性はヒーローになれない』

 

 

『個性』を持たぬ故に可能性の芽すらないのだと知り、出久の心は絶望に苛まれた。

世間でも『無個性』は下に見られ、馬鹿にされる風評がある。その姿勢は子供達にも受け継がれてしまう。

幼い悪意は周りに伝播し、小学校に入る頃には出久はイジメの対象となっていた。小馬鹿にされる程度ではあったが、それは確実に少女の心を蝕んでいく。

 

出久はそれでも諦めなかった。ヒーローの事を観察、研究して『無個性』でもヒーローになれる様に普段からノートに書き纏めていた。

 

しかし、出久が中学になってから幼馴染みの爆豪勝己から自身に対する扱いが酷くなっていく。

爆豪は元から口が悪い。そしてそれは思春期を迎えると更に悪化した。幼馴染みの少女に対しても悪辣な言葉を投げ掛け、爆豪の個性『爆破』で持ち物を爆破される事も増えた。

そんな扱いを受けても出久は爆豪と変わらずに接した。それが気に入らないと更に爆豪の怒りを買う事になるが出久は爆豪を心配するし、微笑んだ。

 

そんな日々が続いた……ずっと、そんな関係が変わらないのだろうと誰もが思っていた。

ある日、爆豪は出久が書き留めていた手帳を奪い爆破しようとする。ブツブツと言いながら必死に何かを書いている姿が気に触ったらしい。

出久は焦った。その手帳は出久にとって特別な物だった。

 

 

「これはダメーっ!」

「なっ!?よせ、馬鹿!」

 

 

出久は爆破される前に爆豪から取り返し、手帳を胸に抱き締め、爆豪から背を背ける。

同時に聞こえたのは爆豪の焦る声と個性の爆破の音。

それと同時に出久は頭が軽くなった感覚に襲われる。パサリ、と何かが落ちる音が聞こえ振り返ると驚愕の表情をしている爆豪と………視線を下に降ろすと其処には自分が髪を纏める為に使っていたオールマイトデザインのバンダナと千切れた長い髪。反射的に出久は自分の首筋に手を這わす。其処にあった筈の長い髪は爆豪の爆破でバンダナもろとも爆破され千切れていた。

爆豪が手帳を爆破しようと火力を最小限にした事で爆破されたのはバンダナと後ろ髪だけだったのは不幸中の幸いだったのだろうが、その光景に教室内はシンと静まり返っていた。

 

 

「ふん……無個性の癖にヒーローなんか目指すからだデク」

 

 

爆豪は悪びれた様子もなくバンダナを拾い上げると出久の胸の辺りにバンダナを投げ渡す。投げ渡されたバンダナは出久の胸に当たり、そのまま地面に落ちた。

 

 

「そうだ、デク。個性を出す秘訣を教えてやろうか。来世は個性が宿ると信じて、屋上からワンチャンダイブ!!」

 

 

 

そう言って爆豪は悪い笑みを浮かべた。その仕草に爆豪の取り巻きになっている男子生徒が数名、笑い始めると、その笑いは教室中に伝染した。

 

髪の爆破はやりすぎと思ったが緑谷を苛める事は少年達にとっては、いつもと同じちょっとしたからかいであった。苛めたとしても『どうせ、無個性の緑谷だし』と、そんな軽い考えだった。女子達からの冷たい視線に気付かない男子生徒達は笑い続けた。

 

 

 

「ゴメンね……かっちゃん……」

 

 

そう言って床に落ちたバンダナを拾った出久は教室を出ていった。

爆豪やクラスメートには、いつもの光景。緑谷出久にとってもそうであっただろう。

 

しかし、それが大きな間違いだと少年少女が気づく日はそう遠くなかった。

 

 

放課後になり、出久は学校の屋上に足を踏み入れていた。屋上から見る景色に「これがヒーローがビルの上から見ている景色なんだよね」と一言だけ溢し、膝を抱えて震えた。

 

 

『来世は個性が宿ると信じて、屋上からワンチャンダイブ!!』

 

 

幼馴染みの爆豪から放たれた一言は出久の心に深い傷を刻み込んでいた。

 

 

「やっぱり……無理なのかな……無個性じゃ……」

 

 

膝を抱えて涙を流す出久。いつもなら諦めない心があるのだが爆豪に爆破で千切られた後ろ髪の事もあり、気分は最悪だった。癖っ毛の出久は幼い頃、髪を伸ばすのが嫌だったが髪を伸ばす切っ掛けは爆豪だった。

親同士が仲が良い事もあり、爆豪とは良く遊んでいた間柄で互いの家でテレビを見ていたりもした。オールマイトが事件を解決したニュースの中で髪の長い女性ヒーローが映った時に爆豪はただ思った事を口にした。

 

 

「女って髪が長い方がいいな」

 

 

その一言を切っ掛けに出久は後ろ髪を伸ばし始めた。中学に上がる時には髪も背中に届くくらいの長さになり、髪留め代わりにオールマイトデザインのバンダナで後ろ髪をうなじの辺りで一本に纏めていた。

 

だが、その伸ばしていた髪も爆豪の手により、千切られた。大事にしていたオールマイトデザインのバンダナも爆破の影響で焦げ付いていた。

 

 

夢を否定され、伸ばしていた髪を台無しにされ、出久の心は今までで一番絶望に塗り潰されていた。

 

 

「現実を見る……か」

 

 

それは今までで散々言われていた。

『無個性はヒーローになれない』『現実を見ろ』『夢を見るな』

出久の脳裏に今まで大人や友人達に言われた言葉がリフレインする。

 

 

『来世は個性が宿ると信じて、屋上からワンチャンダイブ!!』

 

 

幼馴染みの言葉が一番大きく出久の脳裏に響く。

そう思った時、出久は屋上のフェンスを既に乗り越えていた。

 

 

そして足を踏み出し、屋上から身を投げ出す。一瞬の浮遊感。その直後、落下していくのが分かった。

『走馬灯って本当に見れるんだ』と出久は何処か他人事の様にも落下していく景色を見ていた。

 




『緑谷出久(♀)』

そばかすを気にしている地味目の中学生。
長い髪をうなじの辺りで一本に纏めている。髪留め代わりに使っているバンダナはオールマイトデザインの限定品。
一人称は『僕』


無個性の少女。幼い頃からヒーローを夢見ていたが無個性である事に絶望する。しかし、夢を諦めずにヒーローを目指していたが幼馴染みの爆豪の手により、夢を否定され、心が折られる。屋上で泣いている最中、爆豪に言われた一言を切欠に屋上から飛び降りてしまう。



本来ならオールマイトに出会い、一時的にヒーローになる事を否定されるがヘドロに襲われた爆豪を助けに行く姿にオールマイトからヒーローの素質を見いだされ、個性『ワンフォーオール』を受け継ぎ、ヒーローを目指すのだが、この物語では爆豪に髪を爆破されたショックで学校の屋上で泣いていた為にオールマイトには出会わなかった。


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第二話

 

 

 

爆豪勝己にとって『緑谷出久』は『腐れ縁の幼馴染み』だった。

 

親同士が仲が良い事と家が近い事から昔から付き合いのある幼馴染み。

無個性で女の癖にヒーローになりたいとほざく上に、遊んでいる時や学校行事の際にも自分を心配する腐れ縁女。

 

周囲は『幼馴染みに愛されてる』なんて言われて吐き気がした。自分が、無個性のデクの坊である出久に対等に扱われているというのは許しがたいとさえ思っていた。

 

格の違いを見せ付けようが、どれだけ罵倒を浴びせ、持ち物を爆破しようが、自分の周囲をウロチョロする出久の姿に、何度怒りを爆発させたことか。

いっそ目の前から消し去れたらどんなに楽だろうか。

その思いは、出久の姿を目の端に捉える度に年々強くなっていた。

 

中学生になってから、その思いは加速していく。似合わないセーラー服に長い髪をうなじの辺りで一本に纏めていた出久に爆豪は妙にイライラしていた。

イライラの正体は分からないが出久を見ているとイライラする。マトモに話せない自分にもイライラした。

結局は『無個性の馬鹿女』にイライラしているのだろうと結論付けた爆豪は幼い頃よりも出久を否定した。

中学生活がある程度過ぎた頃、爆豪の思惑とは裏腹に出久は今でもヒーローになろうと必死にノートに何かを書き込んでいた。ブツブツ言いながらペンを走らせる姿に爆豪は苛立ちを隠せなくなる。

 

書き纏めてるノートを爆破すりゃコイツもヒーローを諦めるだろう、と思った爆豪は出久が必死に何かを書いていた普段のノートとは違う手帳を出久の手から取り上げた。

 

 

「無個性がヒーローなんざ目指すんじゃねーよ。いい加減、現実見ろや」

 

 

そう言って手帳を爆破しようと個性を使おうとする爆豪。その瞬間だった。

 

 

「これはダメーっ!」

「なっ!?よせ、馬鹿!」

 

 

爆豪が個性を使う寸前に出久は爆豪から手帳を奪い返し、背を背けた。

その結果、爆豪の爆破は奪われた手帳を爆破する事なく、背を向けた出久のうなじの辺りを爆破してしまう。個性を止めようとしたがあまりにも突然の事で間に合わなかったのだ。

 

個性を使って人を傷つけてしまったかと焦る、爆豪だったが出久に怪我は無い様で安心したのも束の間。

爆豪の目の前で出久の髪を纏めていたバンダナがパサリ、と落ちた。

出久の後ろ髪は過去に自分が漏らした一言が切っ掛けだったのを爆豪は覚えていたが、その時は『単純だなー、出久』と位にしか思っていなかった。

 

そんな爆豪の思考は反射的に自分の首筋に手を当てて髪の有無を確認している出久によって引き戻された。

其処にあった筈の長い髪は爆豪の爆破でバンダナもろとも爆破され千切れていた。その事に出久の表情は青ざめているのが分かる。

爆豪が手帳を爆破しようと火力を最小限にした事で爆破されたのはバンダナと後ろ髪だけだったのは不幸中の幸いだったのだろうが、その光景に教室内はシンと静まり返っていた。

 

 

「ふん……無個性の癖にヒーローなんか目指すからだデク」

 

 

爆豪は悪びれた様子もなくバンダナを拾い上げると出久の胸の辺りにバンダナを投げ渡す。投げ渡されたバンダナは出久の胸に当たり、そのまま地面に落ちた。

 

 

「そうだ、デク。個性を出す秘訣を教えてやろうか。来世は個性が宿ると信じて、屋上からワンチャンダイブ!!」

 

 

 

そう言って爆豪は悪い笑みを浮かべた。そう、いつもの事だ。コイツはどんなに罵倒しようが、叩こうがヘラヘラ笑う。爆豪はそう思っていた。爆豪の一言にクラスの誰かが笑い始めると、その笑いは教室中に伝染した。だが、今日は様子が違った。

 

 

「ゴメンね……かっちゃん……」

 

 

そう言って床に落ちたバンダナを拾った出久は教室を出て行った。いつもならヘラヘラ笑っていた出久が俯いたまま教室を出て行く様子に爆豪は再び、妙なイライラを感じるが『デクの癖に俺に楯突くからだ』と自分を納得させていた。

 

その日の放課後。爆豪はヘドロのヴィランに襲われた。体を乗っ取られ、町を破壊しそうになったが偶々通り掛かったナンバーワンヒーロー、オールマイトに助けられた。爆豪はヘドロヴィランに体を乗っ取られそうになっても抵抗した事をオールマイト以外のプロヒーローに褒められていたが、ヴィランに遅れを取った事実が爆豪をイラつかせていた。更に警察からの事情聴取で家に帰れたのは夜になってからだった。時計を見れば時刻は既に20時を回っていた。

 

 

「帰ったぞ。ババァ」

 

 

口の悪い爆豪は自身の母を『ババァ』と呼ぶ。いつもなら此処で反論が飛んでくるが妙に静かな事に爆豪は眉を潜める。

 

 

「ちっ……いねぇのか?」

 

 

爆豪がキッチンに行くと何故か食材が出されているままだった。まるで夕食の準備中に何処かに慌てて出掛けたかの様だった。

 

 

「なんだってんだ……あん?着信36件?」

 

 

スマホを確認すると母親からの着信が凄い事になっていた。ヘドロヴィランと警察の事情聴取で爆豪はスマホを見る暇がなく母親からの着信に今頃気づいたのだ。

すると、タイミング良く母、光己からの電話が鳴り響く。

 

 

「………なんだよ?」

『勝己!アンタ、今何処に居るの!?』

 

 

電話に出ると母の叫びがスマホを通して爆豪の耳にダメージを与える。キーンと耳鳴りのする耳とは反対の耳にスマホを押し当て爆豪は叫んだ。

 

 

「うるせぇんだよ、クソババァ!さっきまでクソヴィランに襲われたから警察の事情聴取受けてたんだよ!」

『なっ、こんな時に……アンタは無事なの!?怪我は!?』

 

 

爆豪が自身の帰りが遅かった事と電話に出なかった理由を叫ぶと母の心配そうな声が聞こえたが、それ以上に爆豪には気にかかる事があった。

 

 

「おい、『アンタは』ってどう言う事だ?」

『夕方だったんだけど……引子ちゃんから電話があって、出久ちゃんが学校の屋上から飛び降りて……病院に搬送されたんだけど、まだ意識が戻らない程の重体だって』

 

 

何があったかを問う爆豪の耳に……絶対に聞きたくなかった事が聞かされる。それと同時に自分が学校で何を言い放ったか……その言葉が頭の中でリフレインした。

 

 

『来世は個性が宿ると信じて、屋上からワンチャンダイブ!!』

 

 

自分の一言でデクが学校の屋上から飛び降りた?病院で治療を受けているけど意識が戻らない重体?

 

 

『勝己?ちょっと聞いてるの、勝己!』

 

 

爆豪は自分の手からスマホが落ちている事にも気付かない程に動揺していた。落ちたスマホから母の声が聞こえるがマトモに爆豪の耳に届いているのかも怪しかった。

 

自分が無責任に言い放った発言が、どれほど残酷で人を傷付けていたのか思い知らされる事となる。



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第三話

 

 

光己から病院の場所を教えられた勝己は行くか行かないかを相当悩み……行く事を決意した。それを決めるまでに家で一時間はたっぷりと悩んだ末の結論だった。

 

普段なら乗らないタクシーに乗って出久が入院した病院へ到着した勝己。治まらない心臓の鼓動がバクバクと鳴っていた。

病院に入ると病院特有の消毒液の臭いがする。今はそんな臭いですら煩わしかった。勝己が慌ただしく動く看護婦から出久が居る病室へと案内された。

勝己が悩んでる時間と病院へ向かってる最中に出久の治療は終わっていたらしく、今は面会は出来ないが一命はとりとめたと説明を受けた。

 

病室には入れないが病室の前に設置されたベンチに出久の母である引子と自身の母である光己が座っていた。

二人とも憔悴しきった顔をしていた。性格に言うと憔悴している顔を見れたのは光己だけだ。

引子の方は顔を俯かせて表情を窺えなかった。仮に俯いていなかったとしても勝己は罪悪感から引子の顔を見れなかっただろう。

光己は手術の最中も引子にズッと付き添っていたそうだ。顔は伺えないが憔悴した引子を放っておけないのと出久が心配だったからだと光己が喋る。

 

 

「勝己君……出久の為に来てくれて、ありがとうね」

「え、あ……は、い……」

 

 

そしてズッと俯いていた引子が顔を上げると泣き晴らした顔を上げ、勝己に礼を言う。誰がどう見ても無理をして笑っているのが目に見えた。勝己はそんな引子に絞り出した様な返事しか出来なかった。

自分の一言が出久を追い詰めたなんて言える筈もない。今まで自分が出久を苛めていたなんて言える訳がない。そんなお礼を言われる側の人間じゃない……俺がデクを……そんな思いが勝己の頭の中を駆け巡る。

 

居たたまれなくなり勝己はその場を逃げる様に後にした。トイレに駆け込み、勝己は胃から込み上げてくる物を吐き出した。

 

 

「か……は……うぐっ……」

 

 

夕食の前で胃の中にある物は殆ど無かっただろう。だが、それでも勝己は込み上げてくる物を吐き出さずにはいられなかった。胃液を吐き出し、少しだけ気分が落ち着いたと同時に出久に向けて放った自身の言葉が頭を過る。

 

 

 

『来世は個性が宿ると信じて、屋上からワンチャンダイブ!!』

 

 

 

高らかに笑いながら言った自分の声が、頭の中で繰り返されていた。

いつもの事だった……出久を馬鹿にして苛めて……そう、いつもの日常だった。あんな奴、消えてくれと願った。殺す、死んでくれとさえ口にしていた。

 

その思いは、叶った。最悪の形で。それも自分が原因でだ。

勝己は自分の無責任な言動と行動がどんな結果に繋がるか、それを思い知らされていた。

 



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第四話

 

 

 

 

勝己はその日、家に帰らされた。出久が心配だろうが勝己は学生でしかも受験生だ。あまり病院に長居はさせれないと光己がやって来た夫の勝に勝己の事を任せて共に帰らせたのだ。光己は引子と共に病院に残った。なぜなら引子の夫であり父の久は海外出張ですぐに日本には戻れない。現状で引子が頼りに出来る人物は少なく、ならばせめて自分だけでも付き添うと光己は決めていた。

普段なら反抗する勝己だが、出久の件で茫然自失状態の勝己は珍しく親の言うことを聞いてしまっていた。

 

 

出久の見舞いに行った翌日。学校は臨時休校になっていた。

理由は二つ。一つは勝己がヘドロヴィランに襲われてオールマイトに助けられたから。もう一つは出久が学校の屋上から飛び降り自殺を図ったから。

 

その日から数日、学校は臨時休校となり、学校には報道陣が詰め掛けていた。勝己のヘドロヴィラン事件も世間を賑わせたが、それ以上に『飛び降りた無個性の女生徒』の方に関心が向いたらしい。未成年だから勝己や出久の名が出る事は無かったが中学校の名前は全国に広まった。

学校の教師は記者会見を開き……自分達に都合の良い解釈の話をしていた。

 

 

『無個性で他の生徒から虐めを受けていた』

『少々変わった子で周囲から孤立気味だった』

『無個性ながらヒーローを目指そうとする夢見がちな少女』

『無個性である事が少女に絶望を与えた』

 

 

これが学校側が主張する出久の評価だった。その記者会見をテレビを通して見ていた勝己は思わずテレビを爆破してしまうところだった。ギリッと歯軋りが鳴る。

学校の教師達は自分達に落ち度はなく『無個性』の生徒に問題があったと主張したのだ。学校は生徒を庇うよりも保身に走ったのだ。本当の事を告げてしまえば虐めが日常的に行われていて、尚且つ教師はそれを見て見ぬふりをしていたと認めるのだから。

 

世間でも『無個性』に対する評価は酷いものだが、これはかなり露骨な話だった。

勝己は、その虐めをしていた側であったが、この記者会見にキレていた。自分自身の事は棚上げしていると理解しつつも勝己は苛立ちを隠せなかった。

 

この記者会見を見ていたヒーローやニュースの評論家などは、この記者会見や事件に対して賛否両論な討論をしていたが勝己はそれらを見た後に行くと決めていた場所へと行く為に家を出た。

 

勝己は目的地に行く途中の道で見舞いに行った初日の晩に、勝から聞いた出久の容態の事を思い出していた。

屋上から飛び降りた出久は運が良いと言うべきなのか死には至らず、重体となった事。頭を強く打ち、全体の損傷が激しく、最悪何らかの後遺症が残るかもしれない事。そして……現在、頭を強く打った影響なのか昏睡状態でいつ目覚めるか分からないという事だった。

 

 

勝己は目的地である病院に到着すると教えてられていた病室へと足を運ぶ。その足取りは一歩一歩が重く感じられた。一歩、歩みを進める度に足が重くなる感覚に襲われていた勝己だったが出久が居る病室にたどり着いた。

病室のドアを開けようとするが手が重い。まるで錆びたロボットの様に勝己の腕が上がらなくなっていた。

 

 

「あれ、勝己?」

「…………おう」

 

 

病室のドアの前で立ち尽くしていた勝己だったが突如、病室のドアが開く。開いたドアの先には光己が驚いた様子で勝己を見ていた。

光己は引子の付き添いで病院に良く来ており、今日も一緒に来ていたらしい。

 

 

「来たんだね。ほら、中に入んなさい」

「……ああ」

 

 

 

光己に促されるままに病室に足を踏み入れる勝己。しかし、足を踏み入れ病室の中を見た瞬間、心臓が止まるのでは無いかと思うほどの衝撃に教われる。

 

病室のベッドで眠る出久は全身が包帯やギプスで固定され、腕には点滴。口には人工呼吸器が取り付けられていたのだ。自分の仕出かした事で出久が重体になったという現実が勝己の心に重くのし掛かっていた。

 

枕元には出久が髪留めとして使用していたオールマイトデザインのバンダナがあり、それが勝己の心に棘のような物が刺さる感覚になっていた。

 

 

「勝己君……ありがとうね。出久の為にお見舞いに来てくれて」

「あ……はい……」

 

 

出久が眠るベッドの隣に椅子に座っていた引子が勝己に礼を言う。勝己はそんな引子の顔を見る事が出来ず思わず顔を背けてしまう。そして、その視線の先に見付けてしまったのは出久が飛び降りた日に自分が爆破しようとした手帳だった。

 

 

「あ、その手帳……勝己君が出久にプレゼントしてくれたんでしょ?前に出久が言ってたわ」

「…………え?」

 

 

引子の言葉に勝己は思考が止まる。

『俺がデクに手帳をプレゼントした?』身に覚えの無い事に勝己は焦り、過去を思い出そうとする。そもそも自分は出久にプレゼントを渡すなど、あり得ないのだから。

必死に思い出そうとして、記憶の糸を辿る。朧気に思い出したのは勝己と出久が中学生になったばかりの頃だった。

学校の帰り道に本屋に寄った勝己は、その店で何らかのキャンペーンが行われていた、くじ引きで引いて当たりのシステム手帳を貰った。しかし、勝己は手帳なんて使わない。その時、目についたのが出久だった。偶然、同じ本屋に買い物に来ていた出久に、そのシステム手帳を投げ渡したのだ。「いらないからやる」と。

 

勝己は自分に必要ない物を出久に押し付けた。ただ、それだけだった。

だが、出久にとっては違ったらしい。少なくとも押し付けた、それを出久は大事にしていた。

 

自分はそれを完全に忘れて、悪びれもなく爆破しようとした。勝己は置かれているシステム手帳に手が、それを手にする。軽い筈のシステム手帳が何故か重く感じた。

 



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第五話

 

 

学校の臨時休校が解かれ、久し振りに登校した勝己はクラスで孤立していた。

普段から連んでいたクラスメイト達は遠巻きに勝己を見ていた。まるで腫れ物を触るかの様にビクビクとした態度だったのだ。

 

その態度に勝己は舌打ちする。

クラスの男子は勝己に乗って出久を苛めていたし、無個性と言う事で下に見ていた。クラスの女子も出久を露骨に苛める事は無かったものの見て見ぬ振りをしていたと勝己は記憶している。それが事件が起きてから自分は関係ない、自分は苛めに参加していないと言わんばかりの態度だった。担任の教師も入院した出久に「応援の寄せ書きを書こう」等と自分は教師として全うな事をしていると白々しい態度を取っていた。

学校全体がそんな雰囲気になっており、それが勝己の苛々を加速させていた。

 

「テメェ等もデクを苛めてただろうが」と、その一言が言えたら、どれだけ楽だっただろう。だが、勝己は沈黙を貫いた。此処で責任転嫁をして逃げてはいけないと考えていたのだ。

 

くだらねぇ、とクラスメイトの態度に舌打ちし放課後は出久の見舞いに行こうと思っていた勝己は昼休みにクラスの女子に呼び止められる。話があるからと人気の無い場所に連れ出される。

 

 

「………なんだ?」

「その……緑谷さんの容態って分かるんでしょ?どうしてる?」

 

 

女子生徒の態度に苛々している勝己に女子生徒は怯えながら勝己に出久の状態を尋ねる。

 

 

「知るかよ……デクの事なんざ」

「そんな、だって……爆豪君、緑谷さんのお見舞いに行ってるんでしょ!?」

 

 

知った事かと、その場を後にしようとする勝己を女子生徒が呼び止める。

 

 

「ああん!テメェもデクを無個性だって、シカトしてただろうが!!なんで今さら、デクを気にかける!?」

「だって……緑谷さんを庇えば爆豪君は私達を苛めるでしょ!?庇いたくても私達は庇えなかったのよ!」

 

 

イラついた様子で女子に食って掛かる勝己に女子生徒は涙目になりながら反論する。

 

 

「爆豪君が緑谷さんを無個性だからって苛めて!男子もそれに便乗してたから女子達は何も出来なかったのよ!緑谷さんを庇ったら今度は私達が狙われるじゃない!」

「なっ……」

 

 

右手で女子生徒の胸ぐらを掴んで左手は個性の爆破を使用してBOMと威嚇する勝己だったが、女子生徒の叫びに動きが止まる。

自分は出久に嫌がらせはしていたが、それを庇った奴を苛める気など更々無かったが女子達の認識は違ったらしい。初めて知ったクラスメイトの女子達の思いに胸ぐらを掴んでいた力が緩む。

 

 

「爆豪君、雄英に行くって広言してたけど……緑谷さん、苛めててヒーローになれるの!?」

「………っ」

 

 

周囲の認識なんか関係ない。自分はオールマイトを超えるナンバーワンヒーローになると幼い頃から自分自身に誓っていた。だが、今は女子生徒の言葉が妙に心に響く。

そんな勝己の様子がただ事ではないと察した女子生徒は「後で良いから緑谷さんの事、教えてよね」と勝己の手を振り払い去ってしまう。

 

勝己は幼い頃からヒーローを目指していた。それは間違いない……だが、何故ヒーローを目指そうとしていたのか。それを思い出そうとすると頭に靄が掛かった様に思い出せなかった。

 

勝己は昼休みが終わるチャイムが鳴るまで、その場に立ち竦み……その日は毎日、行っていた出久の見舞いに行く気にならなかった。

 

 



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第六話

 

 

 

勝己は幼い頃の夢を見ていた。自分がまだ出久の事を『デク』と呼ぶ前の頃だ。

 

 

『凄い、カッコいい……オールマイトだ!』

『ああ、カッケーな!』

 

 

一緒にテレビを見てヴィランを捕まえているオールマイトを見て二人で興奮していた。

 

 

『僕、オールマイトみたいなヒーローになるんだ!』

『俺だって!』

 

 

『オールマイトみたいなヒーローになりたい』二人でそう願った。幼い頃の純粋な思い。あの頃は出久と手を繋いで遊んだり、一緒に風呂にも入っていた、本当に幼い頃。

 

 

 

そこで勝己は目を覚ました。自室のベッドから起き上がり頭をガリガリと掻く。目覚めの気分は最悪と言えた。よりによって出久の夢を見た。それも関係が険悪になる前のだ。しかし、懐かしい夢だったと考える。

 

 

「あの頃は……まだ名前で呼んでたんだよな」

 

 

誰に聞かせるわけでもなく勝己は呟く。何時から出久との関係が険悪になったんだったか。『ヒーローになりたい』その願いが歪になったのは、いつからだったのか。勝己は思い出せない過去に苛立ちを隠せなかった。

 

 

学校は相変わらずだった。出久を励まそう、応援しよう、なんて空気になっているが、その実は保身に走ってるだけだろ、と勝己は思っていた。しかし、昨日のクラスの女子生徒の発言を考えるとそれは違うとも思えた。

 

自身が描いていたヒーローとしての像と周囲が自分に向けていた像は大きく違っていた。その思いが今の勝己の心を締め付けていた。

HRが始まると担任から出久の現在の状況が報告された。何でも昨日、勝己が行かなかった見舞いと入れ違いに担任は出久の様子を見に行っていたらしい。

そこで医師から聞いた事を話し始める。意識不明の昏睡状態でいつ目が覚めるかも分からない状態なのだと。クラスの男子達は青ざめた表情になり、女子達の顔色も悪い。片方は苛めていた罪悪感で片方は何もしなかった後悔なのだろう。

 

昼休みになると昨日、絡んできた女子が来るかもしれないと考えていた勝己だったが女子は来なかった。担任から話は聞けたし、昨日の怯え方を見るに相当無理をして勝己に出久の話を聞きに来たのだろう。

 

 

放課後になると勝己は憂鬱な気分のまま出久の病室に来ていた。昨日は来れなかったが出久の容態を見ていないと何処か落ち着かない気分だったのだ。病室に入ると引子が出久の近くの椅子に座っており「お見舞い、ありがとう」と言われ、勝己の心を更に締め付けていた。

本来なら礼を言われる立場などではなく、批難される側なのだ。本当の事を話して、土下座でもしなければならない……だが、それを口にしてしまえば自分はもう、出久の見舞いには来れないだろう。それが勝己に後一歩を踏み出せない要因となっていた。

 

「少し、席を外すから出久の事をお願いね」と引子は席を立つ。引子の背に何かを言おうとして勝己は何も言えなくただ立ち尽くしていた。こうして出久と病室で二人きりなど今まで無かったのだ。

どうするべきか悩んだ後に勝己は引子が座っていた椅子に座る。先程まで引子が座っていた人の温かさを感じながら勝己は人工呼吸器を付けられながら眠る出久を見つめた。

 

自分と出久が小さい頃には一緒に寝たり、手を繋いで遊んでいた。昨晩見た、夢の中でもそうだった。何時からこんなにも離れてしまったのだろう。勝己は眠り続ける出久の顔を見てながらそんな事を思っていた。ふと、布団から出ている出久の右手に視線が移る。恐らく、引子が出久の手を握っていたのだろう。引子が先程まで座っていた椅子の位置との距離を考えれば、それが自然だった。

 

勝己は恐る恐る出久の右手に手を伸ばす。出したり引っ込めたりを数回繰り返してから勝己は出久の手を握った。

コイツの手、こんなに柔らかかったのか……と久し振りに握った出久の手の柔らかさに驚く勝己。そう言えば出久以外の女子と手を繋いだ事など無かったし、関係が険悪になってから出久と手を繋ぐ事も無かったと勝己は思う。そもそも自分の個性を知っていれば手を繋ごうなどと思うバカはいないだろう。

 

 

「………デク」

 

 

勝己は出久の手を握りながら、デクの渾名を呼ぶ。出久本人はそう呼ばれたくないだろうし、手を握られるのも嫌がるだろう。だが、今の勝己はそうしたかった。そうしなければならない気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

因みに勝己の行動を戻ってきた引子と出久の見舞いに来た光己が目撃し、勝己を温かい目で見ていた。物思いに更けていた勝己がそれに気付くのは十数分後の話である。

 

 



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第七話

 

 

 

出久の昏睡状態が続いて数週間。勝己は毎日、見舞いに病院へ来ていた。罪悪感と義務感から勝己は見舞いに来るが心情は穏やかなものではなく、以前の様な覇気が無い。

 

それと言うのも近い内に進路を決めなければならないからだ。行くと決めていたのは勿論、数多くのヒーローを排出し、オールマイトも通っていた雄英高校だ。しかし、勝己はまだ進路希望の用紙を出していない。理由は単純明快で出久の事だ。

最近の勝己は出久への態度やしてきた事を顧みて猛省している。だからこそ、雄英に行くと言い辛かった。出久も雄英志望で挑戦したいと言っていた。だが、その可能性と芽を摘んだのは自分だ。そんな俺が雄英に進学しても良いのかと自問自答を繰り返す日々だった。担任もそれを察してか今まで勝己に進路の話をしなかったのだが、流石にタイムリミットが近くなり、進路希望の用紙は明日までに提出する様にと言われたのだ。

 

だが、心の踏ん切りが付かない。勝己は最近、毎晩の様に過去の夢を見る。その過去の時間はバラバラでまだデクを出久と呼んでいる頃の夢も見れば、最悪の夢も見る。勝己にとっては悪夢の日々だった。自分が散々してきた事を再び、それも他人の視線で見せられているのだから。

 

しかも最後は決まって自分がヒーローを目指すと決めた時の言葉だった。しかし、それはいつも聞こえなかった。

 

 

 

『無―性の―久がヒーローに――るかよ。出――無個――んだからヒーローは―がやる』

『出久――個性で女――だから俺が――やる』

『俺がナンバー――ーローになって出久の――なるんだ!』

 

 

 

飛び飛びで聞こえる過去の自分の言葉。これが聞けりゃ俺がヒーローを目指した理由を思い出せるのだろうか?そんな勝己の思いとは裏腹に夢を見てもそれは聞こえなかった。

そんな苛々を毎日、引きずり。更に進路の悩みと勝己は精神的にも肉体的にも結構、キテいた。

 

そんな思いを背負いながら勝己は今日の放課後も出久の見舞いに来ていた。ナースステーションの看護婦達は既に顔見知りになっていて、勝己がナースステーションの前を通ると軽く会釈され、勝己は「どうも」とだけ返した。

勝己がいつもの様に出久の病室に入ると引子が出久のベッドの近くの椅子に座り、何かを読んでいた。それは勝己が爆破しかけたシステム手帳だった。

 

 

「あら、勝己君。ありがとう」

「………うす」

 

 

このやり取りもほぼ毎日だった。勝己が来る頃に引子も大体、出久の病室に居る。元々ペラペラと喋るタイプじゃない勝己は最小限の挨拶をして、引子もそれに慣れていた。

 

 

「そう言えば勝己君、進路希望の用紙は出した?」

「……なんで、知ってんスか?」

 

 

勝己は何故、引子が自分が進路で悩んでいて、しかも進路希望の用紙を出していない事を知っているのか疑問だった。

 

 

「あ、光己さんから聞いたのよ」

「………そッスか」

 

 

あのクソババァ……と内心、毒づく勝己。光己には進路をどうするか、話を持ちかけられた事もあったが、まだ用紙は出していないとだけ伝えていた。恐らく出久の見舞いか、その帰り道で光己が引子に話したのだろう。

 

 

「悩んでるの?」

「…………はい」

 

 

引子と勝己の視線はベッドで眠る出久に注がれる。考えの違いはあれど、勝己が出久に負い目を感じて雄英を受験するか悩んでいるのは明白だった。

 

 

「勝己君……読んでみてくれる?」

「え……あ……」

 

 

引子から手渡されたのは出久がメモに使っていたシステム手帳だった。手渡されたのはシステム手帳は軽いのに勝己には重く感じられる物だった。引子に促され、ページを捲るとヒーローの強さや個性の効率的な使い方等が所狭しと書かれていた。普段はメモに走り書きをして、家に帰ったらノートに清書しているらしいのだが、それでも手帳に書き込む情報量じゃねぇだろ、と勝己は心の中でツッコミを入れた。

 

ページを捲っていると勝己の手がピタリと止まる。そのページに書かれている事に勝己は目を奪われた。その刻まれた言葉に勝己の目に以前の様な力が籠る。

 

 

「おばさん、今日は帰ります」

「うん。頑張ってね」

 

 

勝己はシステム手帳を引子に返すと病室を後にした。

勝己が見付けた、そのページにはこう書かれていた。

 

 

 

『いつか、かっちゃんの隣に並び立ちたい。Plus Ultra』 と。

 

 

『Plus Ultra』はラテン語で「もっと先へ」「もっと向こうへ」「更なる前進」を意味する言葉。そして雄英高校の校訓ともなっている言葉。

 

出久は無個性である事に絶望はしていたが諦めなかった。勝己が出久の心をへし折るまでは。そんな出久がずっと思っていた言葉が此処に集束されている。勝己にはそう感じられた。

 

 

俺がするのは償いでもなんでもねぇ。元々、俺がやりたかった事の筈だ。デクになんざ負けられねぇ。今よりも強くならねぇと……デクに合わせる顔がねぇ!

 

才能が無く、泣き虫で、個性も無い癖に自分を心配する幼馴染みの少女。何故だか今の自分は出久が並び立ちたかった『爆豪勝己』ではない、と勝己の心に火が灯った。

 

 

この晩、勝己は久し振りに悪夢を見なかった。

 

 

 

 

 

 



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第八話

前回からアンケートを設置しましたが正直、轟焦凍がトップで次点が耳郎響香かな?と思っていましたがエンデヴァーの票が予想以上で驚きました。恐るべしエンデヴァー。


 

 

 

翌日、進路希望の用紙に『第一志望 雄英』と記入した勝己は今までの遅れを取り戻す様に勉強とトレーニングに打ち込んだ。勿論、出久の見舞いは忘れずに通っていた。

 

学校では出久の話は持ち上がるものの受験が近付くに連れて、その存在が忘れられていくように話題に上がらなくなっていく。空席となった出久の席は最初から誰も居なかった様な静けさを見せていた。

 

勝己は以前ほど、悪夢は見なくなったが時折、過去の夢を見ていた。相変わらず自分がヒーローを目指した時の事は朧気だったが勝己はそんな事は問題じゃないと受験勉強に勤しんでいた。

出久は少しずつギプスや包帯が外れていったが未だに眠り続けていた。

季節は巡り、受験日が近付いても勝己は出久の病室に来ていた。当初は怯えながらも握っていた出久の手を現在は自然に握っていた。

 

 

「デク……俺はもうすぐ受験だ……」

 

 

眠り続けた事で元から細かった出久の指は更に細くなっていた。勝己は力を込めすぎない様に出久の指に自分の指を絡ませる。力加減を間違えれば折れてしまう様な気がしていたからだ。

 

 

「………行ってくるわ」

 

 

それだけ告げて勝己は手を離す。何処に受験するかも、意気込みも話さない。だが、勝己にはこれが精一杯だった。謝罪も懺悔も出久が起きてからじゃないと意味がない。だから最小限の事しか告げなかった。

病室を後にしようとすると入れ違いで引子と出会う勝己。

 

 

「あら、本当にいつもありがとうね。勝己君」

「……はい」

 

 

引子の様子も以前に比べれば窶れたものの出久が入院した頃よりも顔色が良くなっていた。出久の見た目もギプスや包帯が外れた事で心情的に少し余裕が出てきたのかも知れない。

 

 

「勝己君、受験日も近いのに出久のお見舞いに毎日来てくれて、ありがとう。出久も喜んでるわ」

「………いえ、俺が望んでる事ですから」

 

 

引子は出久が喜ぶと言うが、目を覚ませば出久は勝己を許さないだろうし、真相を知れば引子も勝己を責めるだろうと勝己は考えていた。だが、勝己は話せなかった。話してしまえば全てが終わってしまう気がしたから。

 

その日から数日後、勝己は雄英高校を受験した。筆記は当然のように問題がなかったし、実技も問題なくクリアした。後日届いた合格通知に投影されたオールマイトからトップ合格したと告げられた。勝己は合格した事を出久の見舞いに行った際に自身から告げる事が出来なかった。勝己の合格は眠り続ける出久に引子から告げられたが出久は相変わらず何の反応の無く眠り続けた。

 

 

季節は巡り、勝己は折寺中学校を卒業し、雄英へ入学した。



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第九話

アンケートにお答え頂き、ありがとうございます。

A組は原作出久の代わりに他のヒーロー志望者が入学しましたが除籍処分となりました。


 

 

 

雄英高校ヒーロー科、1年A組の轟焦凍はヒーロー科に在籍するだけあって、当然ヒーロー志望である。

 

個性は炎と氷を生み出す『半冷半燃』

強力な個性だが父であるエンデヴァーへの反抗心から自分自身に枷を付け、母の個性である左側の氷しか使わないと決めていた。

そんな轟は同じクラスの勝己とは相性が悪かった。正しく言うなら一方的に勝己が轟と険悪な雰囲気になっているのだが、天然な轟は無意識に勝己を煽ってしまい、勝己は更に爆発するという悪循環だったりする。

 

しかも勝己は入学式の翌日に行われた戦闘訓練でマジギレした。理由は焦凍が漏らした一言だった。「戦闘においては左側は使わない」つまり炎は使わず氷のみで対応すると言い切ったのだ。それを告げた瞬間、勝己は爆発した。マジギレする勝己に他のクラスメイトは何故、そこまでキレるのか理解するには入学式から二日目では理解もできない。結局、勝己はオールマイトに鎮圧され、相澤から反省文を書かせられる事で一応の決着は付いたが、その日以降、勝己と焦凍の喧嘩はA組の名物と化していた。

 

 

入学式から数日後、焦凍は学校からの帰り道で道端に踞る女性を見付けた。「大丈夫ですか?」と声を掛けると、女性は妊婦で病院に行く途中で産気づいたらしく動けなくなってしまったとの事だった。それを聞いた焦凍は救急車を呼び、妊婦を任せようとした。しかし、付添人として来てくれとレスキュー隊から言われてしまい、病院までならと焦凍は快諾する。

 

クールと言えば聞こえが良いが悪く言えば不愛想と言えた。そんな焦凍だが根は優しく、ヒーローを志すだけあって人助けは当然の行動だった。

 

病院に到着するまでの間、妊婦の相手をするレスキュー隊員の一人と別の人間に、妊婦と会ってから救急車に乗るまでの間の話をした。とは言っても焦凍はスマホで救急車を呼ぶくらいの事しかしていないのだから説明する事は少ない。簡単な状況説明を終えると病院に到着し、レスキュー隊から「後は任せなさい」と言われ焦凍は解放された。妊婦は「せめて、お名前を」と言われたが焦凍は「雄英高校、ヒーロー科の者です」とだけ返して帰ろうとした。

 

焦凍が病院に来たのは、全くの偶然だった。しかし、偶然は重なってしまう物なのは昔からのお約束と言えた。

 

 

 

「「お」」

 

 

 

偶々通りがかった病室から出てきた勝己と焦凍は目が合い、まったく同じリアクションをして固まった。

 

 

「おい……なんで此処に居やがる舐プ野郎……」

「お前こそ……病院に居るなんて珍しいな、爆豪」

 

 

ギリギリと苛立ちを隠せない様子の勝己と純粋な疑問を投げ掛ける焦凍。(勝己の一方的な)険悪な雰囲気に待ったを掛けたのは病室からの声だった。

 

 

「勝己君、どうしたの?」

「あ、いや……」

 

 

帰る筈だった勝己がいつまでも病室の前で誰かと話しているのを疑問に思った引子が様子を見に病室から出てきてしまう。引子の登場にいつも強気な勝己が恐縮しているのを焦凍は珍しそうに見ていた。

 

 

「あら、その制服は雄英高校のね。勝己君のお友達?」

「はい。爆豪と同じクラスの轟です」

 

 

引子の問いに即座に違うと言いたかった勝己だが、先に焦凍が引子に頭を下げて自己紹介をしていた。

 

 

「そう……勝己君も轟君も雄英は授業も大変だろうけど頑張ってね」

「はい……あ、あの……」

 

 

引子の言葉に頷いた焦凍だが引子の背後。ベッドに眠る少女を見て焦凍は言葉に詰まってしまう。

 

 

「………おい、帰るぞ。失礼します」

「あ、ああ……」

「ええ、また来てね」

 

 

勝己はそんな焦凍を察したのか、この場に留まりたく無かったのか焦凍のネクタイを引いて帰る事を促し、引子に頭を下げた。焦凍もそれに倣い、頭を下げて、その場を後にする。引子はそんな二人を微笑んで見送った。

 

 

 

病院の外に出た勝己と焦凍に会話は無い。そもそも仲が良い訳ではない二人が揃った所で会話が発生する訳もなく沈黙が場を支配していた。勝己はそのまま歩いて帰るつもりだったが焦凍は逆方向に行かねばならない。焦凍はその前に勝己に聞いておきたい事があった。

 

 

「爆豪……病院に居た子はお前の友達だったのか?」

「………幼馴染みだ」

 

 

焦凍はベッドで人工呼吸器を取り付けられて眠る少女に一瞬だが目を奪われた。病院に入院して、あんな機材を付けられてる段階で重病人なのは間違いないが、聞いておかねば気になって仕方ない。焦凍は聞きづらい事だと思いつつも勝己に質問していた。

 

 

「……何か病気なのか?」

 

 

焦凍が聞きづらいと思いながらも質問を重ねたのには理由があった。病室のベッドで眠る出久に母、冷の姿を重ねていたからだ。父、エンデヴァーにより、病院に入院させられている冷とは10年近くあっていないが、もしかしたら出久の様な状態になっているのかもしれないと焦凍の心に焦りを生んでいた。そんな焦凍の思いは関係ないとばかりに勝己は舌打ちをした後に口を開く。

 

 

「一年前……折寺中だ。後は察しろカス」

 

 

焦凍の問いかけに勝己はそれだけ言い放ち、焦凍に背を向けて歩き出す。もう、これ以上話す事は無いと言わんばかりに。

 




アンケートの結果、最初に関わったのは『轟焦凍』となりました。
次のアンケートを設置しましたので、そちらもお願いします。


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第十話

長くなったので分割。なので短めです。


 

 

勝己と別れ、帰宅した焦凍は一年前の事件を調べた。まだ一年と言うべきなのか、もう一年と言うべきなのか話題に上がったニュースだから検索をするとすぐに出てきた。

 

『折寺中で無個性の女子生徒が苛めと無個性を苦に自殺を図った』とニュースサイトの文字を見つめる焦凍。この事件は焦凍にとっても印象に残っている事件だった。

何せ、自分と同じ年齢の女子が学校の屋上から飛び降りたと、かなりインパクトのあるニュースだったからだ。小学校の教師をしてる姉の冬美も悲惨な話だとニュース見て嘆いていたのも印象的だった。

 

この超常社会では無個性は軽く見られるのは世の中の当たり前となっている。それを苦に自殺を図るとは彼女に何ほどの思いがあったのか。

そして飛び降りた女子生徒は勝己の幼馴染みだった。だから勝己は病院に彼女の見舞いに行っていた。

 

それを思えば、勝己が戦闘訓練でマジギレしたのは出久の事を思ったからなのではと焦凍は思う。

「戦闘においては左側は使わない」その発言は無個性を苦に自殺を図った出久をバカにした様な発言とも言える。それに対して勝己は怒りを露にした……と焦凍は考えたが、実際の所は勝己が飛び降り事件に関わっていた罪悪感と舐められていた事にキレていただけなのだ。が、それを知らない焦凍は自分が悪かったと考え始めていた。

 

自分はエンデヴァーから「オールマイトを超える為の存在」として虐待気味に育てられた。父の個性を嫌い母の個性のみでトップを目指そうとしたのはエンデヴァーの反抗心からだった。

だが、それは自分自身に課した思いであり、クラスの皆には関係ない。真っ先にキレた勝己がそれを体現していた。

 

あんなクソ親父の言いなりになって堪るかと言う思いと、自分の行動が『自分勝手な思いで他者を傷付ける』エンデヴァーの行動と同じだったと言う思いが生まれ始めていた。

更に病室のベッドで眠る出久の姿に長年会っていない母の姿を重ねた焦凍は苦悩する。自分は母に会うのを躊躇っていたが勝己は病室で眠る幼馴染みの見舞いに行っていた。その姿勢は焦凍には無いものだ。

 

 

「弱いな……俺は……」

 

 

自分の部屋で呟く焦凍。その一言は今の自身を表していた気がした。

 

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

「おい……何のマネだ?」

「見舞いに行きてぇ」

 

 

翌日、放課後になり出久の見舞いに行こうとした勝己の後を焦凍が付いて歩くという異常事態が見られた。当然のように勝己はキレ気味だったが。

 

 

「テメェはデクと何の関係も無いだろうが!」

「あの子……デクって言うのか?」

「テメェがデクとか言うなや!」

 

 

キレ気味だった勝己は焦凍の一言にキレた。

 

 

「悪りぃ、あの子の名前を聞いてなかった」

「誰が教えるか!」

 

 

ギャーギャーとキレる勝己と天然丸出しの焦凍。相性が悪い筈の二人が会話してるだけでもレアだが、揃って歩いてるのも更にレアな状態だった。

 

 

「病院に来ても病室には入んなよ!」

「それ、もう見舞いじゃねーよ」

 

 

あくまで拒む勝己と意地でも見舞いに行こうとする焦凍。

バラバラな方向を見ている筈の二人は緑谷出久という一人の少女によって同じ方向を見始めていた。



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第十一話

 

 

 

最近、雄英高校ヒーロー科1年A組では個性とは違う超常現象が起きていた。顔を合わせれば勝己が轟にキレる。それはいつもの事だった。しかし、ある日を境に勝己と焦凍が一時的にだが喧嘩をせず静かに会話をしている光景が見られたのだ。本来、クラスメイトならそれが当たり前だが、この二人にその当たり前は通用しない。因みにこの唯一喧嘩しない時間とは出久の話題が出た時のみで、それ以外は勝己が焦凍に噛み付いているのは相変わらずである。

 

それを知らないクラスメイトは疑問を抱くが、当人達に聞いても勝己は「テメェ等には関係ねぇ」と言い放ち、焦凍は「爆豪が話さないのに俺が言う訳にはいかない」と口を閉ざした。それが更なる憶測や混乱を招くのだが勝己は出久の飛び降りた事件を掘り返されたくないし、焦凍は勝己に義理を通したのだ。A組のクラスメイトは真相を知るまで憶測と噂話が飛び交う事になるが二人は知った事ではないという態度だった。

 

焦凍が出久を見舞うのは結局、勝己が折れて一緒に出久を見舞うと言う形に収まった。勝己は最後まで拒もうとしたのだが、同じく出久の見舞いに来ていた光己に「病院で、しかも出久ちゃんの病室の近くで喧嘩すんな!」と勝己の頭に拳骨が落ちた。その光景を見ていた焦凍は『爆豪の母さんって怖いんだな』と自分の母と比べてパワフルな光己を見て驚いていた。その後、光己と引子の許可を得て焦凍も出久の見舞いに来ることを許された。

 

だが、出久の見舞いと言っても勝己は出久の手を握り静かに出久を見つめ、焦凍はその二人を見ているだけだ。

ふと視線を出久や勝己から移すとベッドやテーブルの上にはヒーロー雑誌やオールマイトの人形が飾られていた。以前、勝己から出久がヒーローオタクである事を聞いた焦凍は「オールマイトが憧れなんだな」と心の中で呟く。見舞いに来ているとは言っても焦凍は勝己と出久の時間を壊したくない。そう思っていた。

 

 

そんな少し変わった見舞い風景もある日、破られる事となる。

 

 

「今日からデクの見舞いはテメェだけで行けや」

「…………何言ってんだ爆豪?」

 

 

今日の放課後も出久の見舞いに行くのだろうと思っていた焦凍は勝己に屋上に呼び出され、あり得ない話を聞かされた。

 

 

「お前が緑谷の見舞いに行かないで俺だけ行けるかよ」

「るせぇ……」

 

 

焦凍には爆豪の考えが理解できなかった。今まで欠かさず通っていた出久の見舞いに行こうとしないなんて、何があったと言うのか。

 

 

「緑谷も……お前を待ってるんじゃ無いのか?それを……」

「うるせぇってんだ!デクが俺を待ってる!?そんな事、ありえねぇ!」

 

 

焦凍の言葉を遮り、勝己は焦凍の胸ぐらを掴み上げる。目は血走り、今にも個性を使って焦凍を爆破させかねない勢いだ。

 

 

「先週のUSJから……様子がおかしいとは思ってたが……何があった?」

「けっ……デクみたくストーカー並みの観察だな半分野郎……」

 

 

焦凍の言うUSJとは雄英高校の訓練施設の一つであり、A組は先週、そこで侵入してきたヴィランに襲われた。生徒の尽力や教師達の増援、そしてオールマイトの活躍により、主犯格のヴィランには逃げられたが数多くのヴィランを逮捕する事態となった。

 

焦凍が言っている勝己の様子がおかしかった状態は脳無と呼ばれるヴィランに襲われた時だった。勝己は爆破で脳無と互角の戦いを繰り広げていたが、一瞬の隙を突かれ、脳無の拳が勝己の顔面に迫っていた。このままじゃ勝己がやられる。戦いを見ていたクラスメイト達が悲鳴を上げるも勝己は棒立ちだった。しかし、次の瞬間。勝己が両手を前に突き出し、両手から今までの軽く三倍近い破壊力の爆破が放たれた。それが決め手になり、脳無は倒され主犯格のヴィラン達も撤退していった。

クラスメイト達は勝己を称賛したが、勝己は顔を俯かせ、何も答えなかった。

 

 

「兎に角……俺はもう行かねぇ……」

「ふざけるな!お前と緑谷の間に何があったかは知らない!だが……勝手すぎるぞ!」

 

 

覇気が消えかかった勝己に遂に怒り始めた焦凍は勝己の胸ぐらを掴み上げる。

 

 

「ああ……勝手なんだよ、俺は!俺は!」

「爆豪?」

 

 

焦凍の言葉に勝己はギリッと歯軋りを起こすとUSJの事を思い出す。脳無にやられそうになった時、勝己の脳裏に過去の思い出が甦る。勝己は走馬灯でも見てるのかと思ったが、それはいつも見ていた悪夢の続きの様だった。

 

 

『俺がナンバー――ーローになって出久の――なるんだ!』

 

 

飛び飛びで見える過去の思い出。映像にも音声にもノイズが走ったの様にマトモに見れなかった。だが、何故か今回は普通に見れた。

 

 

『俺がナンバーワンヒーローになって出久の一番になるんだ!』

 

 

この言葉を出したのは一緒に見ていたオールマイトが事件を解決していたニュース映像を見た時に自身が決めた決意だった。

出久がオールマイトに憧れる前。出久はいつも勝己を憧れの瞳で見ていた。

 

 

幼馴染みの出久は泣き虫で臆病だった。いつでも勝己の後ろを歩き、遊ぶにしても何をしても出久は勝己を憧れの瞳で見上げていた。しかし、出久の一番はオールマイトにより、アッサリと塗り替えられる。

出久が憧れたオールマイトに自分自身も憧れたが、それでも『出久にとっての一番のヒーローになりたい』それが勝己が抱いた最初のヒーロー願望だった。

 

だが、その思いは歪められた。他でもない自分の想いでだ。自身には『爆破』という個性が発現し、出久は『無個性』だった。その関係が勝己自身が望んだヒーロー願望を忘れさせ、苛めに発展し、出久が屋上から飛び降りるといった事態に至った。

それを思い出した勝己は自分自身への怒りを外に押し出すかの様に両手から爆破を放った。その怒りは脳無に直撃し、USJに侵入したヴィランを退ける切っ掛けとなったが、勝己の心は一切晴れなかった。

思い出した過去の思い出。しかし、その思いから勝己は出久の見舞いに行く事が出来なくなった。

 

 

「兎に角……幼馴染みの爆豪が見舞いに行かないでどうする……緑谷も待ってるぞ」

「デクが俺を待ってるなんざ、ありえねぇんだよ!教えてやろうか?デクが屋上から飛び降りる切っ掛けを作ったのは俺だ!」

 

 

勝己は焦凍を目線だけで殺せそうな程ギロリと睨む。そして今まで誰にも言わなかった。言えなかった事を叫ぶ。

 

 

「デクは無個性で弱い泣き虫で女なのにヒーローになろうとしやがった。身の程知らずに雄英受けようとまでしやがった……だからよ、個性を出してヒーローになれる方法を教えてやったんだよ。屋上からのワンチャンダイブ。来世に、期待しろってよ。そしたらアイツはマジで飛び降りやがった」

 

 

勝己の思わぬカミングアウトに焦凍は何も言えなくなっていた。呆然としてしまい、掴んでいた爆豪の胸ぐらを離していた。出久の為に見舞いに行っていると思っていた勝己がエンデヴァーと同じく、誰かを傷付ける側だったと言う事にもショックを受けていた。

 

 

「そんな俺が……アイツの見舞いに行けるかよ。行くならテメェだけで行けや」

 

 

勝己は掴んでいた焦凍の胸ぐらを離し、そのまま屋上から校舎の中に戻ろうとする。しかし、そこで予想外の人物が勝己と焦凍を見ていて……帰ろうとした勝己と振り返った焦凍は、その人物と目があった。

 

 

「あ、その……お二人が屋上に行くのを見てしまって……喧嘩をしてしまう様なら止めようと思っていたのですが……盗み聞きしてしまって申し訳ありません!」

 

 

屋上の扉の陰から勝己と焦凍を見ていたのはA組委員長の八百万百だった。

 



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第十二話

 

 

 

八百万百は雄英高校ヒーロー科1年A組のクラス委員長である。性格は真面目で責任感が強い。お嬢様育ち故の世間知らずではあるが優しく思いやりの有る娘だ。

 

そんな百がA組きっての問題児である勝己が焦凍を屋上に呼び出すのを目撃してしまう。普段から衝突の多い二人だ。万が一、喧嘩に発展したら……と思うとA組委員長として、見過ごせなかった。

 

 

「でも、殿方は河原で殴りあって友情を育む、と皆様から借りた漫画に載っていましたし……」

 

 

等と若干の勘違いをしていたが、最悪の事態を想定して屋上の扉の陰に隠れて様子を窺っていた。しかし、百の思っていた事態とは違った事態に発展していく。

単なる口喧嘩をしているのかと思えば、誰かの見舞いに行く行かないと言い争いに発展していく。

 

 

「兎に角……幼馴染みの爆豪が見舞いに行かないでどうする……緑谷も待ってるぞ」

「デクが俺を待ってるなんざ、ありえねぇんだよ!教えてやろうか?デクが屋上から飛び降りる切っ掛けを作ったのは俺だ!」

 

 

勝己の叫びに百は冷や水を浴びせられた様な感覚に陥り、口許に手を這わせ座り込んでしまう。

 

 

「デクは無個性で弱い泣き虫で女なのにヒーローになろうとしやがった。身の程知らずに雄英受けようとまでしやがった……だからよ、個性を出してヒーローになれる方法を教えてやったんだよ。屋上からのワンチャンダイブ。来世に、期待しろってよ。そしたらアイツはマジで飛び降りやがった。そんな俺が……アイツの見舞いに行けるかよ。行くならテメェだけで行けや」

 

 

百が呆然としている間に勝己と焦凍の言い争いは終わっていた。百は正気に戻ると咄嗟にその場から離れようとするが間に合わず、立ち上がったタイミングで屋上から校内に戻ろうとする勝己とその後ろの焦凍と目が合う。

 

 

「あ、その……お二人が屋上に行くのを見てしまって……喧嘩をしてしまう様なら止めようと思っていたのですが……盗み聞きしてしまって申し訳ありません!」

 

 

必死に頭を下げる百に勝己は舌打ち。勝己は百の隣を通り過ぎようとする。

 

 

「で……盗み聞きした話をどうするよ委員長?担任にチクるか?」

「い、いえ……そんな事は……」

 

 

勝己の悪い笑みに百は言葉に詰まってしまう。確かに過去の話とは言っても自殺教唆をした者を放っておくのか、とヒーローとしての矜持が叫ぶ。しかし、先程の話を聞く限り、勝己は過去の自分を反省しているし、それに水を差したくないと言う思いもある。

 

 

「兎に角……テメェも関わるな」

 

 

そのままその場を後にしようとする勝己の背を見た百は少なからず驚いた。いつも自信家で実力者である勝己が、いつも堂々としてるのに今はその背が小さく見えたのだ。

 

 

「なら……今の爆豪さんは逃げているのですね」

「あぁっ!?」

 

 

百は勝己に対し、挑発的な一言を漏らした。普段の百なら絶対に言わないような一言に勝己は即座にキレて、焦凍は目を丸くしていた。心根が優しい百からこんな厳しめな発言が飛び出すとは思わなかったからだ。

 

 

「今の爆豪さんは思い出した過去に囚われて、それと向き合う努力を避けておられる様に見受けられます」

「後から来た奴が勝手な事を抜かしてんじゃねーよ!」

 

 

百の発言にキレた勝己が百の胸ぐらを掴み上げる。

 

 

「私には今の爆豪さんが正しいのか間違っているのか、判断できません……ですが、雄英高校に入学してからの爆豪さんは見てきましたが今の爆豪さんは逃げているだけに見えます!」

「んだと……っ!」

 

 

百の発言にギリギリと歯軋りを鳴らす勝己。

 

 

「今まで、そのご友人のお見舞いに行かれていたのであれば最後まで責任を持つべきです!」

「俺がどの面下げて会いに行けってんだ!」

 

 

百の説得に勝己は納得せず叫ぶ。だが、百は勝己に掴まれている胸ぐらを優しく手を添えた。

 

 

「ヒーローは進んだ先で後悔しても、進まなかった道を悔やむ事はしてはならない。私が幼い頃に会った方から教えていただいた言葉です。今の爆豪さんがご友人を避けているのはご自分の気持ちともご友人への思いからも逃げているからなのではないですか?」

「…………ちっ」

 

 

百の言葉を自覚している部分があるのか勝己は舌打ちし、掴んでいた百の胸ぐらから力が抜ける。

 

 

「爆豪さんが以前の戦闘訓練でおっしゃっていた『ぶっちぎりのナンバーワンヒーローになる』と言うのは自分の過去から逃げる今の爆豪さんなのですか?」

「…………人の気も知らないで正論ばかり投げ掛けやがって」

 

 

百の発言に勝己は先程までの苛つきが多少は収まっている様に見えた。百の言葉に勝己は悪夢に怯えていた自分と少しずつ向き合えたのかも知れない。

 

 

「当然です。爆豪さんは普段から私達にも本心を語らないのですから。そのご友人にもそうだったのでしょう。ご友人が爆豪さんを赦すにしても責めるにしても爆豪さんは謝るという行為を止めてはいけないのだと思いますから」

「半分野郎といい、テメェといい……お節介なんだよ」

「余計なお節介はヒーローの仕事だろ?」

 

 

百の諭すような言葉に勝己は屋上に来た時のような苛立ちは消え、勝己の言葉に焦凍が僅かに微笑みながら勝己に話し掛ける。

 

 

「だから緑谷の見舞いに行こうか」

「私もクラス委員長として同行させて頂きます」

「おい、待てやコラ!」

 

 

焦凍が勝己の右腕を掴み、百が左側を掴む。左右に挟まれ、引き摺られる勝己は怒りを露にするが、焦凍は問答無用という表情で百は責任感からプリプリと心を弾ませながら勝己を病院まで連行した。

この日から放課後になると焦凍と百に連行され病院に行く勝己が見られ、クラスメイトからは更に奇異の目で見られるのだが、それはまた別のお話。

 



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第十三話

 

 

出久の見舞いに百が加わるようになって数日。初めて病院に行った際に引子は「出久のお見舞いしてくれる子が勝己君以外にも……」と涙目で喜んでいた。元担任や元クラスメイトは相変わらず出久の見舞いには来ていないらしい。それもその筈、迂闊に出久の見舞いに来ようものなら自分も苛めに荷担していた事がバレてしまうかも知れないからだ。だとすれば、彼等がする事は一つだけ。『貝の様に固く口を閉ざす』これだった。勝己に食い掛かった女子生徒も、それ以上の行動が出来ない辺り、保身に走った側なのか、それとも既に出久の事を過去の事として忘れているのか。

どちらにしても勝己は彼等に出久の所へは来てほしくないと考えていた。かつて苛めの主犯で数日前には見舞いに来る事を止めようとしていた自分が言うのもなんだが、出久が目を覚ました時に彼等が居るのは正直、悪影響だと思う。

雄英高校1年A組の連中ならヒーロー志望だし、出久も喜ぶだろうと勝己は思う。クラスメイトの前では絶対に言わないが勝己はA組の雰囲気は気に入っている。喧しいと思いながらも自分に積極的に絡んでくるクラスメイト達は勝己が今まで共に居た友人達とは違う気がするのだ。『でも、まあ……アホ面とブドウ頭はデクには会わせない』と勝己はA組のチャラ男と性欲魔神は出久との接触は避けようと画策していたりする。

 

そこで勝己は気付く。出久が目覚めてから何を話すかだ。勝己は今まで、出久を苛めてきた主犯で飛び降りの切っ掛けを与えた人物である。それは絶対に否定できない事実だ。それに対する謝罪と贖罪の意味もあり勝己は出久の見舞いに来ていたが、いざ出久が目覚めたら何を話せば良いのか分からなかった。

 

『すまなかった』『俺が悪かった』『これからは俺が守る』『お前は可愛いぜ』こんな言葉を並べた所で出久は勝己を許すだろうか?特に最後のは違う気がする。

 

目を覚ます事無く眠り続ける出久に勝己はモヤモヤと悩む思いが生まれてきていた。出久には目が覚めてほしい、だが何を言って良いのか……何を言うべきなのか。勝己には答えが出せなかった。

 

 

そんな勝己の考えも雄英体育祭の準備で忙しくなり慌ただしい日々の中では思いも薄れていった。まだ目も覚ましてないのに、考えすぎだと焦凍や百にも忠告されたのも理由の一つだが、一番の思いは体育祭で一位を取る為だ。過去の自分が誓った『ぶっちぎりのナンバーワンヒーローになる』出久への誓いも勿論だが先ずは体育祭での一位を取るのが勝己の目標だった。

 

 

 

そして体育祭当日。勝己は事前に許可を取り、出久が入院している病院に早朝から来ていた。勿論、見舞いには適さない時間だが体育祭に間に合わせるには、この時間しかなかった。勝己はいつもの様に出久の手を握り、眠る出久の顔を見ていた。

 

 

「デク……俺は今日、雄英の体育祭で一位を取ってくる。今さらかもしれねーが……昔の事を思い出したからよ」

 

 

本人が起きていたら絶対に言わないであろう過去の自分が決めたヒーローになる為の目標『俺がナンバーワンヒーローになって出久の一番になるんだ!』

先ずは雄英のトップに立つ。その意気込みを高める為と夕方に見舞いに来るのは難しいだろうと判断した勝己は早朝の時間帯に無理を言って出久の見舞いに来ていたのだ。

 

 

「んじゃ……行ってくるわ」

 

 

時間も差し迫っていたので勝己は少し名残惜しそうに出久の手を離し、布団の上に優しく乗せる。

病室を出る際に最後に出久の方へと振り返ったが、勝己は何も言わずに、病室を後にした。

 

 

 

 

 

だから勝己は気付かなかった。布団の上に置かれた出久の手が僅かに動いていた事に。

 

 

 

 

 

 



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第十四話

 

 

 

 

 

雄英高校体育祭は盛り上がっていた。盛り上がって『いる』ではなく『いた』それには理由があった。

第一競技の障害物競走は焦凍が一位を取り、勝己を苛立たせたが第二競技の騎馬戦に闘志を燃やしていた。そこまでは良かった。しかし、その騎馬戦で問題が起きた。

それはB組の物間寧人が勝己を挑発する為に放った一言だった。

 

 

「あっれ~?人参をぶら下げた馬みたいに頂点を目指してる爆豪君じゃないか?キミ、多方面でも有名だよね。「ヘドロ事件」の被害者。更に先日のUSJの時もヴィランに襲われてさ。参考までに教えてくれないかい、年に一回、ヴィランに襲われる気持ちって奴をさ」

「ああん、殺すぞ!」

 

 

騎馬戦の最中、寧人は勝己を煽る。そして、言ってはいけない事を言ってしまう。

 

 

「そう言えば、キミのいた中学校で自殺した女子生徒が居たんだってね?アッハハハハ!キミみたいにヴィランみたいな奴がいたから飛び降りたんじゃないかい?」

 

 

寧人は勝己の事情を知らない。単純に勝己を苛立たせて思考を単純にし、出し抜こうと考えていた。それが最悪の結果を引き起こすとは露にも思っていない寧人は笑いながら叫ぶ。

 

 

「死ねやっ!」

「消えろっ!」

「懺悔なさいっ!」

「ひぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!?」

 

 

その直後、勝己の爆破で吹き飛ばされ、焦凍の炎に飲み込まれ、百の創造によって造り出された巨大な鉄製の十字架で叩きのめされた寧人。

騎馬戦のルールを無視して寧人のリンチが行われた事で体育祭は一時中断してしまう。しかし、勝己、焦凍、百のルール違反を咎められる事は無かった。教師達が生徒達に事情聴取をした結果、寧人のモラルと常識を欠いた挑発に問題があったとされた。騎馬戦の最中で生徒が密集していた事で寧人の発言は、その場に居た者全てが聞いていた。寧人のした事はヒーローとして……と言うよりも人として最低の行為だったとして問題視され、寧人は体育祭の後に二週間の停学が決定。更に停学明けにはB組内部でも白い目で見られる事となる。

 

後にA組のクラスメイトは『爆豪の怒るのは、いつもの事だけど、あの時は怒りの桁が違った』『クールな轟があんなに感情を高ぶらせたのは初めて見た』『優しい委員長の八百万があんなに怒るなんて……』とそれぞれが驚きと恐怖を隠せなかった。

 

その後、寧人を除いた上位生徒で体育祭は続けられ、最終的にはトーナメントの戦いへと発展する。勝己は宣言通り、体育祭で一位を獲得し、焦凍は二位、百はトーナメント下位で敗れてしまったが、それぞれが体育祭に複雑な思いを抱きつつも新たなる思いが胸に刻まれていた。

 

 

 

体育祭がフィナーレを向かえた頃、出久が入院している病院でも、ある変化が起きていた。

 

 

 

「出久?……出久!」

「ど、どうしたの引子ちゃん!?」

 

 

出久の病室に設置されたテレビで雄英体育祭を見ていた引子と光己。引子は出久の手を握りながらテレビを見ていたのだが、途中から引子が取り乱し始めた。あまりの取り乱し様に光己も慌て始める。

 

 

「出久が……出久が、手を……握り返して……」

「そ、そうなのっ!?」

 

 

引子の発言に光己は思わず、ベッドで眠る出久に視線を移す。出久は依然眠り続けていたが確かに引子の手を握り返したのだ。

 



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第十五話

 

 

 

 

「デクの体が動いた?」

「そうなのよ。まだ意識が戻った訳じゃないんだけど、引子ちゃんが握っていた手を握り返す様な動きがあったんですって」

 

 

雄英体育祭の次の日。振り替え休日になった日の朝に勝己は光己から出久の様子を聞いて驚愕した。自分が体育祭で戦っている最中に出久は目を覚ますかもしれない予兆を見せていたのだ。勝己は一悶着あったものの雄英体育祭で優勝した事を出久の見舞いがてら報告するつもりだったが益々、病院へ行かねばと思う気持ちが強くなった。

 

 

「出久ちゃんは今日は精密検査をするって引子ちゃんが言ってたから行っても会えないかもよ?」

「………ちっ」

 

 

光己から出久の本日の予定を聞いた勝己は舌打ちをする。勝己は予定が潰れたと舌打ちをしたつもりだったが、光己は勝己が出久に会えない寂しさから舌打ちしたのだと考えていた。これは勝己も意識していない事だが、勝己は以前とは比べ物にならない程に出久を気に掛けている。焦凍や百を連れてきた時も不満そうにしていたのは出久の独占が出来なくなるからと無意識で思っていたのだろう。今でこそ納得しているだろうが、最初の頃は酷く荒れていた勝己を思い出すと光己は微笑ましい気持ちになると同時に、出久や引子に対する申し訳なさで一杯になる。

 

出久が学校の屋上から飛び降りた理由はほぼ間違いなく勝己が原因だろうと光己は推測していた。普段は勝己は出久に対して素直じゃないだけだと考えていたのだが、出久が飛び下りてから、その考えが間違いだったと思い知らされる。勝己の出久に対する当たりが悪いのは思春期特有の気恥ずかしさなのだろうと見守っていたのだが、それが今回の事態を招いてしまったとも言える。

 

 

「出久ちゃんが目覚めたら目覚めたで、大変になりそうね……」

 

 

今の勝己なら出久を無下に扱う事はないだろう。それは間違いないと確信している光己だが、目覚めた出久に勝己を会わせるのは正直、どうなのだろうかと考えている。最初の対応を間違えれば出久は勝己を拒絶してしまうかも知れない。それを光己は恐れていた。

しかし、そんな光己の思いを汲んだかの様に出久は目覚める事はなく、眠り続けた。精密検査でも脳波に僅かな動きが見えたがそれだけだった。

出久が引子の手を握り返したのは気のせいだったのか?そんな事を関係者に思わせつつ、日々は経過していく。

 

そんな中、雄英高校では職場体験の話題になっていた。職場体験とはヒーローを目指す学生が現役のヒーローの下で職場体験をし、現場の苦労を学ぶ行事。雄英高校では体育祭の活躍を見た、ヒーロー達がドラフト指名で生徒を指名する事になっている。

焦凍は父であるエンデヴァーの所へ、百はウワバミの所へ、そして勝己はベストジーニストの所へと赴いていた。

 

それぞれがヒーローとしての向上心を胸にヒーローの下へと向かったのだが……勝己の心は荒れていた。勝己が訪れたベストジーニストの事務所で勝己は椅子に座らせられた上で髪を矯正されていた。勝己の髪型は七三分けに固定させれていた。

ベストジーニストは勝己の性格を矯正する前提として髪を矯正し、勝己は選ぶ事務所を早まったと後悔していた。

 

 

「正直に言おう。私は君をあまり快く思っていない」

「あ……?」

 

 

七三分けにされた恨みをベストジーニストにどう返そうかと考えている最中、ベストジーニストから放たれた言葉に勝己はドスの利いた返事を返す。

 

 

「雄英体育祭は見させてもらった。確かにキミはそれで優勝を果たしたのだから実力はあるだろう。だが、キミはどちらかといえば性格がヴィラン寄りだ。相手チームの生徒が暴言を吐いたとは言っても流石に、あのリンチは見過ごせなかったよ」

「うるせぇよ……」

 

 

テレビ放送で寧人が発した暴言は騎馬戦の最中の細かい音声まで拾えていなかったが後に他の生徒への事情聴取で明らかにされた。流石にこの部分はテレビ放送はされなかったが、一部の関係者には何があったのかを知らされた。その知った事実にベストジーニストは勝己の為人を知りたかった。

 

 

「キミは……何を行き急いでいるんだい?体育祭全体でのキミの動きは何かに焦っている様に見えた」

「…………俺は果たさなきゃならねぇ事が二つある。一つはナンバーワンヒーローになる事。もう一つは……」

 

 

ベストジーニストの指摘に勝己は自身が抱えている心情を吐露した。自分の中で押さえ込んでいた物が溢れそうになっている。そして勝己が抱えるもう一つの果たさなければならない物を口にしようとした瞬間。勝己の脳裏に、あの日の出久の姿が過る。

 

 

『かっちゃん』

「ぐ……う……」

「お、おい……大丈夫か!?」

 

 

屈託の無い笑顔で勝己と手を繋ぐ出久。それを思い出した瞬間、勝己は胃に込み上げる物を感じ、椅子から崩れ落ち、膝を突く。ベストジーニストは突然崩れ落ちた勝己に焦る。

 

 

「気にすんな……げほっ……」

「そのもう一つがキミの心に楔を打っているのだね。そして、それはキミがリンチに及んだ理由でもある」

 

 

なんとか立ち上がった勝己にベストジーニストは何かを悟った様に話を進める。

 

 

「キミは私が思っていた以上に深い何かを抱えている様だね。そして、雄英体育祭での行動はキミなりに何かに対しての筋を通したって事かな?」

「勝手な推測で……語るんじゃねーよ!」

 

 

ベストジーニストの発言に勝己はベストジーニストの胸ぐらを掴み上げる。その瞳は体育祭で寧人をリンチにした時の様につり上がっていた。対するベストジーニストは勝己に掴み上げられている胸ぐらに手を添えて勝己の手を包む。

 

 

「キミはキミなりに目指すヒーロー像があるのだろう。だが、器を満たす中身を得なければ道を外してしまうのかも知れない。そして道を外さぬように見守るのは大人の使命だ」

「とっくに道を外してたらどうするんだよ……道を踏み外して!間違いに気づいて!でも、もう戻れないと感じたら!」

 

 

ベストジーニストの発言に噛み付く勝己。その表情はA組のクラスメートが見たら驚愕しただろう。弱々しく叫ぶ勝己は普段の面影は無かった。

 

 

「もう戻れないと感じるのは何故だい?そう感じるのはキミが焦っているからだ。本当に戻れない状態だったら、そんな事すら考えられないだろう。人生をやり直せないと感じるのなら、焦って前しか見えていないか、やる気が無いか、結果を急いでいるか……兎に角、見ている範囲が狭いからだ。職場体験は一週間。その間に存分に悩み、答えを出すと良い」

「………糞が」

 

 

ベストジーニストの言葉は確かに勝己に響いている。だが、元々がプライドの塊である勝己が素直に頷く訳も無かった。尚且つ、未だに出久に対する複雑な思いを抱えるのだから心中穏やかではないだろう。

 

そして、この日から数日後。世間的にも大事件が発生し、否応なしに巻き込まれる事を今の勝己は知るよしもなかった。



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第十六話

 

 

 

 

 

勝己がベストジーニストの下で矯正されている頃。焦凍は父であるエンデヴァーの所へ職場体験に来ていた。自身が悩んでる事を打ち明けに来たかと言われれば否である。

焦凍が今まで見て見ぬ振りをしていた家族。母を追い詰め、姉兄を無視し、自身を虐待に近い形で鍛えていた父。そんな父の思いを知ろうともしなかった焦凍は母から受け継いだ個性だけでヒーローになり、エンデヴァーを見返してやる。それが焦凍が抱いていた雄英高校での思いだった。

だが、そんな思いはクラスメイトの勝己の幼馴染みの事情を知ってから四散した。無個性を苦に自殺を図った出久。その話を勝己から聞かされた焦凍は今まで自分が抱いていた思いがちっぽけな物のように感じてしまったのだ。自分は父から虐待を受け、母とは離ればなれになり、姉兄とは確執が生まれ、自分を理解してくれる者などいない、自分は一番不幸なのだ、と。

しかし病院のベッドで眠り続け、目覚める事の無い出久と出久が自殺を選択するまで追い詰めてしまった勝己を間近で見た焦凍は自身を顧みる様になった。

 

体育祭の後、焦凍は職場体験にエンデヴァーを選んだ。体育祭の決勝で勝己に敗北した焦凍は自身に足りない物が数多くあり、学ぶ為にヒーローランキングでNo.2のエンデヴァーを選ぶのは当然とも言えた。それ以上に、焦凍の心にあるのは勝己が自身の過去と向き合っているのに自分は向き合わないのかと言う部分が大きい。

 

そしてエンデヴァーの事務所に来た焦凍は職場体験としてパトロールにも同伴していた。普段のエンデヴァーの管轄から外れた地域だが最近、世間を騒がせている『ヒーロー殺し』を捕らえる為だ。

そこで見えてきたのはヒーローとしての父は実にストイックで指示も的確。今まで見えていなかった。見ようともしなかった。簡単な事だった。簡単な事で身近な事なのに見えてなかった。父から学ぶ事が非常に多いと焦凍は思う。

 

そんな中、焦凍はヒーロー殺しが現れたのは飯田の兄が敗北した保須である事と……病院で眠る少女はどうなったのだろう?と考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

百はスネークヒーロー『ウワバミ』の所へと職場体験に来ていた。ウワバミは持ち前の美貌で様々な企業の広告塔としても活躍するプロヒーローで男性からの高い支持を得ている。ヒーローに許されている副業として、CM出演もしている。そのウワバミが職場体験では、百とB組の拳藤を指名する。ウワバミによれば2人に指名した理由は将来有望そうでかつ可愛くて見た目がいいから、との事だった。更に一緒にCMに出てくれと告げたのだから絶句した。普通なら、ふざけるなと言うような理由だが真面目な百は『人の為になるならば』と引き受けた。それ以外にも百の心にあるのは出久の事だ。今の出久はCMの事を断る事はおろか起きる事すら出来ない。未だ目覚めぬ出久に『何かを断る』なんて贅沢な選択肢は存在しない。だったら自分はヒーローを志す者としてCMくらいこなせなくてどうする、と百はウワバミのプロデュースをするCMを引き受けたのだ。

CMの内容は新商品のヘアスプレーの紹介だった。試供品を手に取り、百は出久が目覚めたら使って上げようと考えていた。あの癖のある髪には使い勝手も良いだろうと百は思っていた所で同じく、CMに出た拳藤から話し掛けられる。

 

 

「どうしたんだい、八百万?試供品のヘアスプレー見て、ニヤニヤしてさ」

「あ、その……私の友人、いえ、友人の友人……ええと……」

 

 

拳藤の質問に疑問系を重ねる百。正確に出久と友人関係になった訳ではなく、勝己に連れ添って出久の見舞いに行っている身だ。果たして友人と言って良いのかと百は悩む。

 

 

「ああ、うん。友達ね。それで、どうしたの?」

「その……癖っ毛の強い方なので、このヘアスプレーは効果的なのでしょうと思ってまして……」

 

 

そんな百の心情を察したのか拳藤は明確に出久と百の関係を『友達』と言いきった。

 

 

「へえ、仲が良いんだね」

「いえ……病院に入院してる方なんです。昏睡状態でいつ目覚めるかも分からなくて……」

 

 

しかし、今度は『地雷を踏んだ!』と心の中で叫ぶ拳藤。百の表情は明らかに沈んでいた。

 

 

「そっか……でも、八百万がその人を友達だと思ってるんなら、そんな顔しちゃダメだよ。眠りから目覚めた時に、その顔で会う気?」

「………そうですね。ヒーローを志す者として、何よりもお友達として笑顔で迎えなければ!」

 

 

拳藤の言葉に笑顔を取り戻す百。プリプリと張り切る姿にA組のクラスメイトがいたら『かぁいいね』と言っただろう。

 

拳藤はそんな百を眺めながら、『誰かは知らないけど、八百万の友達さん。早く目覚めて八百万を安心させてやんなよ』と窓から空を見上げながら心の中での呟き、百は『待っています、出久さん!』と心新たに出久の目覚めを渇望した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う……あ……?」

「出久?……出久!分かる、出久!?」

 

 

場所は変わって出久が入院している病院では大きな変化が起きていた。勝己、焦凍、百の思いを受け取ったかの様に少女は閉ざされていた瞳が開かれた。

出久の手を握っていた引子は出久の瞳が開き、何かを発しようと口が動いている事に思考が止まり、理解が追い付かなかった。しかし、思考が追い付くと、引子は出久に向かって捲し立てる様に話し掛けた。

 

1年と数ヶ月の眠りを経て、緑谷出久は目を覚ました。



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第十七話

お待たせしました。


 

 

出久が目覚めた時に最初に目にしたのは見覚えの無い天井だった。視線が少し移れば泣き顔で自分を覗き込み、何かを叫ぶ母の姿。思わず、動かそうとした口からマトモな言葉は発せられず、掠れた息だけが出た。体は鉛の様に重く、動く事は叶わなかった。

 

 

 

 

『どうして……生きてるんだろう』それが出久が目覚めた際に抱いた最初の感情だった。どうやら三途の川の渡し賃が足りずに追い返された様だ。

 

 

 

出久は自分が病院に入院している事を母・引子から聞かされた。自分の身に起きた事。自分がしてしまった事。今が自身が飛び降りてから一年半後だと言う事。長らく昏睡状態だった事などを聞かされた。

 

出久は引子から聞かされる話と病院の検査をするだけの日々を過ごす。そんな日々が足早に過ぎていった。出久は自分の事なのに何処か他人事の様に思っていた。現実感がまるで無いのだ。

 

あの日、飛び降りた事も。大事に伸ばしていた髪を爆破された事も。自分がヒーローになる夢を諦めた事も。

全てが只の夢だったのでは無いかと思えるのだ。

 

だが、自分の記憶の中よりも憔悴し痩せた母の顔や幼馴染みの母である光己の申し訳なさそうな顔を見るとこれが現実であり、自分がした行動で様々な人に迷惑を掛けたのだと実感する。

 

『来世は個性が宿ると信じて、ワンチャンダイブ』

幼馴染みの言葉を真に受けて、あの日、屋上から飛び降りた。普段の自分なら、そんな事はしないだろう。

あの時の自分が何を考えていたのか、それは今の自分では届かない思考に行き着いていたのは間違いない。

 

 

『ねぇ……かっちゃん。なんで僕はまだ生きてるんだろう。言われた通りに飛び降りたのに個性は出なかったよ』

 

 

ベッドで眠り続け動けない体では眠気も来ない。引子も帰り、夜一人で居ると時おり、こんな思考に陥る事がある。

引子は日常の事や自身が眠り続けた間の事は教えてくれたが、幼馴染みの話題を避けている節がある。質問しようにもまだ喋る事すら叶わない体では問いかける事すら叶わない。

 

 

そんな日々が過ぎていく中で、僅かにだが、喋れるようになった、ある日の事。

幼馴染みの勝己の母である光己が出久と対面して座っているのだ。いままで光己は引子と共に来る事があったが基本的には黙ったままで、出久との会話は無かったのだ。それが今は出久と一対一で向き合っているのだ。引子は光己が願ったからなのか今は席を外している。

 

 

「出久ちゃん……その、ごめんなさい!」

「え、ちょ……おばさん!?」

 

 

意を決した様に頭を下げた光己に出久は慌てた。焦って頭を上げさせようとしたが出久は体が動かない為にそれは叶わなかった。

 

 

「頭を上げてください。なんで、僕に頭を……」

「出久ちゃんが飛び降りたの……勝己が原因なんでしょ?アイツも何も言わなかったけど、あの態度を見れば分かるわ」

 

 

光己の頭を上げさせようとした出久は思考が止まる。光己は勝己の行動を知っていたのか?それよりも出久には気にかかる事があった。

 

 

「あ、あの……かっちゃんの態度って……」

「ああ、うん……出久ちゃんが目覚める前の話なんだけど……」

 

 

光己は話した。勝己は出久が入院してから欠かさずに見舞いに来ていた事。出久の手を握り、優しそうに微笑んだ事。雄英高校に入学してからも変わらず、見舞いに通い続けた事。雄英の友達を連れてきた事。

 

それらを聞いた時、出久は『それは本当にかっちゃんですか?』と聞きたくなった。少なくとも自分の知る勝己なら、そんな行動はしない筈だ。そして何よりも勝己が自分の手を握るなど、そんな行為は過去を振り返っても無かったと言える。それこそ、勝己に個性が発動する前ならあったかも知れないが少なくとも、この数年間ではあり得ない話だった。

 

 

「ごめんなさい。あのバカが出久ちゃんに酷い態度を取っているのは何となく察していたけど思春期特有の馬鹿な行動だと思ってて……」

「そんな……おばさんは悪くないですよ。僕も……かっちゃんには何も言えなかったですし……無個性ですから」

 

 

 

光己の言い分は分かっているつもりだ。だが、今の出久の心を絞めているのは勝己の事だ。

 

 

「その……かっちゃんは今、雄英高校に?」

「あ、うん……今はヒーローインターンでヒーローの所に職場体験に行ってるの。でも、後数日で終わる筈よ」

 

 

出久の質問に答えた光己。出久は正直、ホッとした部分がある。目覚めた時や今、勝己に会うのは出久にはハードルが高かった。もしも目覚めた時に勝己に会っていたならば感情のままに様々な罵詈雑言を投げ掛けていただろう。目覚めてから数日が経過し、幾分か冷静になったからこそ光己の話も感情的にならずに聞けた。

 

 

「お願い出久ちゃん。身勝手なお願いだっていうのは分かってる。でも……勝己に会ってやってくれない?インターンが終わったら……勝己も出久ちゃんに会いたいって言うだろうから」

「そ、れは……」

 

 

光己の願いは勝己と会って欲しいと言う物だった。出久の中では『会いたい』と思う気持ちと『会いたくない』と思う気持ちが渦巻いていた。

自身をこんな事に追い込んだ張本人に会えと言うのかと思う気持ちと自分自身の中にある気持ちに整理を付けたいと思う矛盾した思いが交差する。でも、だからこそ……

 

 

 

「はい、わかりました。かっちゃんが来る日が決まったら……教えて下さい」

「うん……ありが、とう……出久ちゃん……」

 

 

勝己に会ってくれると言う出久に光己は途中から涙を抑える事が出来なかった。ボロボロと涙を流しながら出久に礼を言う光己。正直、断られるとすら思っていたのだから受け入れてくれた出久に光己は感謝しかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、テレビのニュースでは保須市で脳無と呼ばれるヴィランとヒーロー殺しがエンデヴァーとサイドキックの活躍で倒されたと速報が流れていた。

 

 



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第十八話

お待たせしました。更新再開します。


 

 

テレビから流れるニュースを出久はぼんやりと見ていた。幼馴染みの勝己の母である光己から勝己に会って欲しいと言う願いを聞いてから頭の中で様々な感情が入り乱れていたからだ。

 

自分が飛び降りる切っ掛けを招いた勝己と会いたくないと言う気持ちと会いたいと思う気持ちが交差する。頭の中がぐちゃぐちゃになり、思考が定まらなかった。

光己に言われたからではなく、出久も勝己に会いたいと思う気持ちはあった。寧ろ、光己の申し出は出久が言い出せなかった事なので渡りに船と言えた。しかし、それでも心は落ち着いてくれなかった。会おうと決意しても体が拒絶しようとしている。

しかし、今日は勝己と会うと決めた日。時間が来れば勝己は出久の見舞いに来るのだ。その時が来ると思うと出久の心臓はバクバクと胸に鳴り響くのだ。母、引子もそれを察してるのか先程から口を開かなかった。

 

 

その時だった。出久の病室のドアがノックされたのだ。それは勝己が来たと言う合図に他ならない。出久の心臓は痛い程に揺れ動く。

 

 

「出久ちゃん、入るわね。ほら、勝己」

「…………おう」

 

 

光己と共に入ってきた勝己の姿に出久は驚かされた。自分の記憶にある勝己よりも成長した体に雄英の制服を身に纏う姿は出久の知る勝己とは違って見えたのだ。しかし、それ以上に違ったのは……

 

 

「かっちゃん……その怪我は……?」

「ん、ああ……気にすんな」

 

 

勝己の体は所々が包帯で巻かれていた。手や頭等に巻かれている包帯が無事ではない証であるが、勝己は出久に気にするなと告げる。

出久には言えない事だが、勝己はヒーロー殺しと呼ばれるヴィランを相手に大立ち回りをしていた。クラスメイトの焦凍と飯田も同様に戦ってヒーロー殺しを捕らえたのだが、その事は箝口令が敷かれたので当然の事ながら出久には喋れない。尤も勝己は出久に余計な心配を掛けさせない為に言うつもりも無かったが。

 

 

「うん……久し振りだね、かっちゃん」

「………ああ」

 

 

出久の挨拶に勝己はぶらっきぼうに返事をすると定位置になっていた椅子に乱暴に座る。馴れた様子の勝己に驚いていた出久。そして勝己はスッと手を伸ばした。

 

 

「………っ」

 

 

その仕草に出久は身じろぎをする。長年の苛めと飛び降りる前に髪を爆破されたトラウマが出久を襲う。しかし、未だに自由に動けない身体では身じろぎをするのが精々だ。恐怖に顔が歪みそうになった出久だが、その表情はすぐに変わる事になる。

 

 

「………ふぇ?」

 

 

勝己は優しく出久の手を握った。勝己の思わぬ行動に出久の口からは妙な声が出た。自分の記憶にある勝己がこんな優しかったのは幼稚園の頃よりも更に幼かった頃。しかも勝己の手は温かく、マトモに動かせない出久の手を温めるかの様だった。

 

 

「細いな……折れちまいそうだ」

「え、あ、うん……ずっと寝たきりだったから」

 

 

勝己の呟きに答えた出久。寝たきりで動かしていなかった出久の手は痩せ細りガリガリになっていた。そんな出久の指を折れそうだと呟く勝己の手は優しく出久の手を包んでいた。

 

 

「早く……治せや。リハビリは付き合ってやる」

「う、うん……」

 

 

折れそうな出久の手に負担が掛からない様に。それでいて力強く出久の手を握る勝己。その力強さと勝己に手を握られている事実が時間差で訪れた出久はドキドキとしていた。

勝己とこんなに穏やかな会話をしたのはどれくらいぶりだろうと出久は思っていた。勝己に個性が発現し、出久が無個性だと判明してから勝己は出久を見下し、出久は勝己に憧れを抱いていた。その頃から二人の関係は歪な物になっていたが、突如あの頃に戻ったかのような感覚に陥っていた。

 

だが、それと同時に出久の脳裏には自分を追い詰めたのは勝己なんだと言う感情も沸き上がってきていた。急に優しくなったのも罪滅ぼしのつもりなのかと、そう言いたくなる自分も居た。

 

 

(まるでかっちゃんじゃないみたいだ)

 

 

出久は今の勝己が知らない人の様に見えた。自分が行きたかった雄英高校に進学し、ヒーローの卵として活躍する勝己は自分の知る勝己でない。雄英に行った事で勝己が何か変わったのだろうか。今まで眠りについていた出久にそれを知る術は無い。

 

今の勝己を知りたい。だが、それと同時に『どのツラ下げて会いに来たの』と怒鳴りたい気分であるのも事実だった。

 

 

「出久、勝己君……そろそろ時間よ」

「………はい」

「あ……」

 

 

勝己が出久の手を握り、黙ったままの時間がどれほど続いたか、スッと勝己が手を離し出久の手を布団の上に乗せた。時計を見れば面会時間ギリギリになっていた。引子は勝己と出久を気遣って時間が来るまで知らせに来なかった様だ。勝己が離した手を出久は少しだけ名残惜しそうにしていた。

 

 

「……また、来るわ」

「うん……あ、かっちゃん」

 

 

今まで出久の手を握っていた手を乱暴にズボンのポケットに入れて病室を出て行こうとする勝己を出久が呼び止めた。

 

 

「雄英……受かったんだね、おめでとう」

「…………おう」

 

 

出久の言葉を勝己は振り返らずに背中で受け止め、そのまま病室を後にした。勝己は振り返らなかったのではなく、振り返る事が出来なかったのかも知れないが。

 



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第十九話

 

 

 

出久が目覚めてから初めての見舞いの帰り道。勝己は先程まで握っていた出久の手の温かさと脆さを思い出していた。ズボンのポケットに入れていた右手を出してジッと掌を見詰める。

 

 

「………くそが」

 

 

再び手をポケットに乱暴に突っ込んで歩き出す勝己。出久が目覚めて嬉しい筈だがその表情は晴れなかった。勝己は出久への罪悪感に苛まれながらも見舞いに行った。それこそ罵倒される覚悟も断罪される覚悟もしていた。しかし、目覚めたばかりの幼馴染みの一言は罵倒でも断罪の言葉でもなかった。

 

 

「かっちゃん……その怪我は……?」

「ん、ああ……気にすんな」

 

 

自分を恨んでいる筈の幼馴染みは恨み言を言うよりも勝己の怪我の心配をした。幼い頃から出久は勝己の心配を良くする。その事は勝己にとっては侮辱以外の何物でもなかった。

無個性のクズが俺の心配なんざ百年早ぇ。出久の心配にそんな思いを抱いていた。だが、それは他者を思いやれるヒーローの素質とも言える。

自分に恨み言を放つよりも心配を選んだ幼馴染みの言葉に勝己は安堵と刺の様な痛みを感じた。

 

 

「うん……久し振りだね、かっちゃん」

「………ああ」

 

 

そして刺の正体に気付く。自分は罵倒されて責められる事を望んでいたのだと。今まで出久は眠り続けていて何も言わなかった。言えなかった。

勝己を直接責める者は誰もいなかった。だからこそ勝己は無意識に追い詰めてしまった少女からの叱責を望んだのだ。罵倒し、殴ってくれ。誰も言わなかった罪を暴いてくれと望んでいたのかもしれない。

だが、出久はそれをしなかった。それどころか普通に……ただ久し振りに会った友人との再会を喜ぶように小さく微笑んだ。

 

 

(なんで、こいつは……こんなに……)

 

 

勝己は出久の心を知る事は出来ない。だが、出久は勝己との再会を拒絶する事もなく……この場での勝己の断罪をする事もなかった。

 

気が付けば勝己はいつもの様に出久の隣の椅子に座り、いつもの様に手を握ろうとしていた。

今まで眠っていた出久の手を何度も握っていたのに今日、握る時は今更躊躇いが生まれた。

それと言うのも手を伸ばした瞬間に出久の顔を見てしまったからだ。恐怖にひきつる出久の表情。今までも恐らく、恐怖や泣き顔もしてきたのだろうが勝己はそれを知らない。幼馴染みの事なのだから知っていた筈なのに自身は出久の事を分かっていない。

 

 

「………ふぇ?」

 

 

そんな事を思いながらも握った出久の手から温かさを感じ、出久のキョトンとした顔を見た。鳩が豆鉄砲を食らった様な顔に思わず勝己の頬も緩みそうになったが、自分が此処で笑ってはいけない。謝罪をしなければ。あの日……いや、何年も苛めて追い詰めてしまった事を。

 

 

「細いな……折れちまいそうだ」

「え、あ、うん……ずっと寝たきりだったから」

 

 

悩んだ末に勝己の口からは出た言葉は謝罪ではなかった。言ってしまえば何かが終わる様な気がしたからだ。それでも出久は勝己を責めようとしない。勝己はいっそ怒鳴ってくれやとすら思った。

 

 

「早く……治せや。リハビリは付き合ってやる」

「う、うん……」

 

 

だからこそ勝己は出久への贖罪として出来る限りの事をするつもりだった。拒まれなければリハビリにもとことん付き合うつもりだった。

その後はお互いに終始無言となってしまった。でも、今はこれくらいの距離感が良いのかも知れない。出久が俺の事を責めるまでは……そんな事を考えていた勝己の思考を呼び覚ましたのは出久の母である引子が面会時間ギリギリだと教えてくれた時だった。

 

 

「……また、来るわ」

「うん……あ、かっちゃん」

 

 

それまで自分が考えていた思考の照れか恥からなのか、勝己は今まで握っていた出久の手を布団の上に乗せると乱暴に手をズボンのポケットに入れて病室を出て行こうとする。

また来ると言って拒まれなかった事に安堵しながらも病室を出ようとした勝己の耳に……ある意味で聞きたくなかった言葉が聞こえた。

 

 

「雄英……受かったんだね、おめでとう」

「…………おう」

 

 

出久のその言葉を聞いて勝己の胸は張り裂けそうな程の痛みに襲われる。出久は雄英高校を目指していた、ヒーローに成るために。

だが、そんな願いを潰したのは勝己だ。そんな勝己に『おめでとう』等と言う出久の忸怩たる思いはどれ程のものか。それでも出久は勝己に祝いの言葉を贈った。それを聞いた勝己は振り返らずに、逃げる様にその場を後にした。

 

 

そして冒頭に戻り、勝己は自分の掌にある幼馴染みの手の感触を確かめる様に手を何度も開いては握った。

そこにあるのは後悔や葛藤。様々な感情が勝己の思考を交差する。だが出久が叱責をしなかった以上、自分に出来るのは出久に対する贖罪として見舞いに行く事やリハビリに付き合う事だ。

 

 

「後は……明日、奴等にも教えるか」

 

 

そこで勝己が思い出したのはクラスメイトでお節介焼きの二人だ。勝己はガリガリと頭を掻きながら再び帰路に就いた。



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第二十話

 

 

 

「よ……良かったですわ、緑谷さーん!!」

「わ、わわわっ!?」

「おい、コラ!病人に抱きついてんじゃねーっ!」

 

 

勝己から出久が目覚めた事を知らされた百は放課後になると出久の見舞いに同行し、病室に入るなり起きている出久を見て感極まって泣いて出久に抱き着いて号泣した。対する出久は「誰、この美人さん!?もしかして、かっちゃんの恋人!?」と混乱する上に百の豊満な胸の中に顔を埋められパニックに陥っていた。

 

数分後、騒ぎを聞きつけた看護師に怒られ、漸く静かになった病室で出久と百は自己紹介をしていた。

 

 

「こ、こほん。取り乱して申し訳ありませんわ。八百万百と申します」

「ううん、ビックリしたけど僕なんかの為に泣いてくれたのは嬉しかったよ」

 

 

今までは百が一方的に出久を知っていただけなので出久に百の事を教えているだけなのだが、百は勝己のクラスメイトで偶々、出久の事を知った百が見舞いに同行していたと言う事実に出久は胸を撫で下ろし、なんで安心したのかと自分で首を傾げていた。

 

 

「え、と……」

「まだ起きたばかりですもの。無理をせずにゆっくりと話をしましょう」

 

 

何か話題を切り出そうと悩んだ出久だが、百は先程の自分の事を棚上げしている自覚はあるものの出久を落ち着かせる様に静かに告げた。

 

 

「私の他にも緑谷さんのお見舞い来ていた方もいらっしゃいます。本日は他の方のお見舞いに行ってしまいましたので、ご挨拶は別の日となりますが……」

「そっか……かっちゃんの他の友達も来てくれてたんだね」

 

 

百の発言から出久は他にも自分の見舞いに来てくれて人が居てくれた事に喜ぶと同時にチクリと胸が痛くなった。先程と違い、この痛みの原因は自覚があった。

その後、少しだけ話をして百は「長居をして無理をさせてはいけませんから」と帰って行った。勝己はその後も少し病室に居座っていた。いつもの様に手を優しく握り労る様な仕草と視線。その時間も病院の面会時間が過ぎてしまいそうになったので、勝己も帰る事になった。

 

 

「んじゃ……また来るわ」

「うん、またね……かっちゃん」

 

 

手を離した勝己は乱暴にポケットに手を突っ込み、帰ろうとする。出久は少しだけ動かせる様になった手を振って見送る。パタンと閉じられた扉を見て、出久は静かに手を下ろす。

 

 

「……かっちゃん」

 

 

出久は先程まで握れていた手を見つめる。今の勝己は出久の知る勝己とは違う。言葉遣いは乱暴だが出久を気遣う態度を取り優しい。大人になったのかな……と思う出久。大人になるきっかけは自分自身の事だったのだが出久には自覚が無かった。

今の勝己は雄英高校の生徒でヒーローの卵。出久の知らない勝己が居る。勝己の幼馴染だが、今の勝己は自分の知らない友人が居て、満喫した日々を過ごしているのだろう。

優しくなった勝己の変化を喜ぶ自分も居るが出久の心にはもう一つの心が生まれていた。

 

 

『ボク二ズットヒドイコトヲイッテイタノニ』

 

 

出久はブルリと震えて、考えてしまった事を頭の中から追い出す様に頭を横に振る

勝己が病室にやってくる度に、許せない気持ちを言葉にして吐き出してしまいそうになる。長年、出久をずっと傷つけ、貶めてきたはずのあの掌が、自分の痩せた手に触れられる度に、それらの言葉は消えてしまう。

口を開けば「死ね」しか言わなかったはずが、今は自分を気遣うように話す。

 

自身が飛び降りる原因を許せないと思う気持ちを吐き出したくなるが、出久本来の性格から言い出せないのと今の優しい勝己にそれを言い出せない気持ちが出久の心に歯止めを掛けていた。自らの心情を吐露出来ないのも苦しみが出久の心を苦しめる。

止めて欲しいと願っても言い出せない。逃げたくても体が動かない。

 

 

 

「ボクは……」

 

 

動かない体のリハビリはこれから行われる。でも、リハビリが終わった後は?本当に元に戻るのだろうか?体が治っても個性が無い自分はヒーローを目指せるのだろうか?

 

答えの出ない自問自答を繰り返す出久はやがて涙を流してベッドに寝転んだ。

 



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