崖っぷちラノベ作家は静かに執筆したい (赤備え)
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不運な邂逅

 「それでは、第70回雷電文庫大賞(らいでんぶんこたいしょう)を受賞された作者の灰川ユキムラさんに登壇していただきましょう!」

 

 某高級ホテルの会場内で各局の報道陣がステージへ上がった俺にカメラを一斉に向けてフラッシュを焚いた。

 

 「え〜……灰川(はいかわ)ユキムラです。この度、雷電文庫大賞という大変名誉ある賞を受賞しましたが、正直、先程まで私はこれは夢なのではないかと思い、何度も頬をつねりました。ですが、お集まりいただいた報道陣、並びに関係者の方々の顔を見てようやく僕が受賞したんだと実感しました」

 

 ここで一旦口を閉じもう一度周りを見渡した。

 夢にまで見たラノベ作家に今日俺はなる事が出来た。数えきれない程の作品を執筆して応募したが全て落選し、何度悔しさに枕を濡らした事だろう。

 

 しかし、そんな辛い日々は今日をもって終わりになる。今まで血の滲むような努力の末にようやくラノベ作家の登竜門と言われる雷電文庫の大賞を勝ち取った。ここから俺の新しい人生が始まるんだ。

 

 「ライトノベル作家として、世界中の人々に最高のエンターテインメントを届けられるように精進して参ります。本日は僕の為にお集まりいただきありがとうございました!」

 

 割れんばかりの拍手の渦が俺を覆い、カメラのフラッシュで視界が真っ白になる。見ていろ、世界中に俺の名前を知らない人間はいないラノベ作家になってやるーーー。

 

 

 

 

 『ボツ、一から作り直して来て』

 「ええ!!またですか!?」

 

 午前中の授業が終わるチャイムが鳴った途端に全速力で教室を飛び出しいつも利用している空き教室へ飛び込んだ俺はスマホから聞こえる担当者の無慈悲な通達に思わず声を荒げた。

 

 『当たり前です。なんですかこれは……こんなもの出版できるわけないでしょう』

「ど、どこが駄目何ですか!?俺の作家人生をかけた傑作ですよ!?」

 『ストーリーが酷すぎます。5人の幼馴染であるヒロインが主人公を取り合うラブコメをテーマにしてる分にはまだ許容出来ます。ですが何故突拍子もなくヒロイン全員がいきなり腕や口からロケットやガトリングをぶっ放して戦争するんですか。読者完全に置いてけぼりですよ』

 「ロボ娘はロマンなんです!主人公の恋人になりたいが故、邪魔なヒロインを殺す為に身体を改造して戦う!何と健気なんだと読者も涙を流します!」

 『んな訳ないでしょ。とにかくまた新しい作品書いてください……灰川さん、自分の書きたいものがあるのは分かりますが、世間の求める作品を書いてください。このままだと本当に作家廃業になってしまいますからね』

「あっ、ちょっとーーー」

 

 反論する間もなく切られたスマホには間抜けな自分の顔が映っている。ポケットにスマホをしまい大きな溜め息をついた。

 

 「何でロボ娘の良さが分からないんだ……」

 

 今は高校一年生である俺こと金田一洋介(きんだいちようすけ)は現役の中学生作家である灰川ユキムラとしてデビューした俺は受賞した『俺の姉が義理の姉だった件』のシリーズを10巻まで刊行し、そこそこの売上を伸ばした。

 

 アニメ化やコミカライズもしたし、この勢いで誰もが称賛する超有名作家になってやると息巻いていたものだ。

 

 だが『ギリ姉』の連載が終わり次作の『僕が作ったロボ娘がこんなに強いわけがない』は俺の予想とは裏腹に『作者の自己満足ラノベ』『性癖丸出しの小説』と酷評の嵐、当然一巻で打ち切りになりそれ以降は一冊もラノベを刊行出来ていない。

 

 「はぁ……だが俺は諦めんぞ。ロボ娘の良さを世間に知らしめてやるまではな!」

 

 拳を握りしめそう固く誓う。早く新しい作品を書く為に構想を練らなければならない。

 

 キーンコーンカーンコーン〜。

 

 「うわ、もうこんな時間かよ!」

 

 予鈴が鳴りスマホの時計を見るともう一時前だ。早く行かないと間に合わない。

 

 「学校で問題を起こしたくない。折角成績が良いのに変な噂は立てられて欲しくないからな」

 

 鞄からノートパソコンを取り出して机の上に置く。放課後になったらまたここに来て執筆するのが俺のルーティンになっている。

 

 空き教室から飛び出して一目散に教室へと走りなんとか間に合った。授業中に軽く世界観の設定練るか……。

 

 

 

 

「音曲浴場の瓶牛乳六本、お願いしますよ」

 「二本増えとるのだが!?その代わり今日のアニメ研一緒に見学しておくれよ」

 「分かってますよ。浅草氏は本当に人見知りが激しいですね」

 「乙女の繊細な硝子のハートだからな!」

 「心臓がマリモみたいに毛で覆われてる人間の台詞じゃないですよ」

 

 洋介が立ち去った少し後、小走りで廊下を駆ける二人の女子生徒がいた。

 

 「ん……?」

 「どうしました?」

 

 頭に迷彩柄の帽子を被った浅草と言う名の小柄な少女は空き教室のドアが開いているのを見つけた。

 

 「おかしいな、ここは普段使わない教室だから施錠されてる筈なのだが……はっ!もしや学校を支配しようと企む秘密結社のアジトか!?」

 「想像豊かなのは構いませんが人前で言わないでくださいよ。私まで同類と思われるんですから」

 

 浅草は好奇心に満ちた瞳を輝かせながら空き教室の中へと入り込んだ。

 

 「予鈴鳴ってるんですよ。寄り道してる時間はないです」

 「まぁまぁ、そこは金森氏の伝家の宝刀詭弁で乗り切れば……おや?何でこんな場所にノートパソコンが?」

 

 浅草は暗い室内を青色で淡く照らしているノートパソコンに近付き画面を覗き込んだ。

 

 「……おお!?」

 「どうかしたんですか?画面から白装束の女でも出て来ましたか」

 

 興味が湧いた金森と呼ばれた少女も室内へと足を踏み入れて横から画面を覗き込む。

 

 「……ほう、これは、金の匂いがしますね」

 

 

 

 「ぜぇっ……はぁっ!やべぇ……忘れちまった!!」

 

 翌日の朝になって空き教室にノートパソコンを置き忘れてしまった事を思い出し、朝食を食べる間もなく家を飛び出した。

 

 「教職員達に見つかって没収されたら厄介だっ……!頼むっ!見つからないでくれっ……!」

 

 俺が作家としてライトノベルを書いている事は学校中の誰にも知られていない秘密だ。もしバレたらどんな処分が下るか考えるだけでも恐ろしい。

 

 「はぁっ……!はぁっ……!」

 

 やがて視線の先に見慣れた校舎ーーー公立芝浜高校の建物が見えてきた。

 度重なる増改築のせいで雨後のタケノコみたいに乱立した校舎群の中は複雑に入り組んでいて生徒達からは公立ダンジョンとの愛称で呼ばれている。

 

 何百段もある長い階段を駆け上がり校舎の正門に辿り着き上履きも履かずに目的地である空き教室で立ち止まった。

 

 「よし……誰もいないよな……」

 

念の為廊下を見渡し他の生徒がいないか確認する。まだ開門して三十分も経っていないおかげで俺以外登校している生徒はいないようだ。

 

 「ふう〜……良かった〜……次からは予鈴十分前には片付けないと」

 

 どうも集中すると時間が経つのを忘れてしまう。今度はスマホのアラームを五分単位で設定しようと反省しながら引き戸を開けた。

 

 

 

 「おはようございます灰川ユキムラさん。始業一時間以上前に登校するとは勤勉ですね」

 「は……?」

 

 何故か空き教室の中には下衆な笑みを浮かべながら俺のノートパソコンを抱えている女生徒がいる。

 

 これが俺と映像研の初めての邂逅で俺の不運の始まりになるとはこの時のおれは夢にも思わなかった……。

 

 

 

 



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