境界線上の神殺し (ノムリ)
しおりを挟む

三年梅組

 どれだけ願っても

 

 どれだけ祈っても

 

 返っては来ないもの

 

 配点《命》

 

 

@ @ @

 

 

 空を泳ぐように飛行するのは準バハムート級航空移動都市艦・ 武蔵。その中に建てられた学院武蔵アリアダスト教導院前の橋にある複数の人影があった。

 先頭に立つのは、長剣を背負いジャージ姿の教員オリオトライ・真喜子。その前に並ぶのは勿論、オリオトライが教師として世話をする学生三年梅組の生徒たちである。

 

「三年梅組、注目ッ!」

 その号令に反応してお喋りをしていた生徒たちはすぐに前を向き、口を閉じる。

 よしよし、と頷きオリオトライも続けて話し始めた。

「んじゃ、これから体育の授業を始めるわよ。先生はこれから品川にあるヤクザの事務所まで、ちょっと全力で殴り込みに行くから全員ついて来るように。そっから先は実技ね。───わかったら返事!」

 

「「「Judgement!」」」

 

 返事は?と聞かれ反射的に返事を返すが、その後はて?これは体育なのか?と頭に疑問符を浮かべるがそれは長年の付き合いからそういうものだと自己解決を脳内で行う。

 

「教師オリオトライ。体育と品川にいるヤクザにどのような関係が?もしや金ですか?」

 金髪長身のむすっとした顔つきの“会計 シロジロ・ベルトーニ”が教師に親指と人差し指を繋げて輪っかを作り、お金のマークを指で作り質問する。

 

 そんなシロジロの隣で裾をちょいちょい、と引っ張り“会計補佐 ハイディ・オーゲザヴァラー”と記された腕章をつけた女生徒が、周囲に聞こえる小さな声で情報をもたらす。

「ほらシロ君。先生、地上げにあって最下層行きになって、暴れて壁壊して、教員課にマジ叱られたから」

「中盤以降は全部自分のせいのようにしか思えませんが…報復ですか?」

 誰から問う。

「報復じゃないわよ。単に腹が立ったんで仕返すだけだから」

 

「「「それを報復って言うんだよ!!」」」

 

 生徒たちの声が重なる。

 オリオトライはそれを聞き流し、刀を脇に挟んで投影した出席簿を開く。

「んで、休んでるの誰かいる? ミリアムはいつもどおりの自宅学習だからしょうがないとして、東は今日のお昼ごろにようやく戻ってくるって話だけど、ほかは――」

「ナイちゃんが見る限り、ソーチョーとセージュンがいないかな」

「正純は小等部の講師のバイト。それから午後から酒井学長を送りに行くらしいから、今日は自由出席のはず」

 黒い三角帽子をかぶる金髪少女が“第三特務 マルゴット・ナイト”背中にある金の六枚の翼を揺らし、マルゴットの腕の抱き着く黒髪の黒翼の少女 “第四特務 マルガ・ナルゼ”が首を傾げながら情報を追加する。

 そう、と二人の情報に頷き、出席簿を操作していくオリオトライ。

「じゃあ、トーリについて誰か知ってる人いない?」

 その質問に答える人物はいない。

 代わりに、クラスと教師含めてがトーリという人物の実姉の“葵・喜美”を見つめる。

 

「うふふ……みんな、愚弟のこと知りたいの? 知りたいわよね? だって武蔵の総長兼生徒会会長の動向だものねぇ?───でも教えないわッ!」

 

「「「教えないのかよ!?」」」

 溜めに、溜め込んだ末に教えないという返答。

「だってこのヴェルフローレ・葵が朝八時に起きたときにはもういなかったんだもの!その代わりに早朝のランニングしていた朱唯(しゅい)を母さんが捕まえて、私を起こしてくれて助かったし、ついでに朝ごはんとして持っていたおにぎりを一つ奪いとってやったわ!」

「だから、しゅーちゃん今朝口に非常食のカロリースティック咥えてたのか。というか、喜美ちゃん、また芸名変えたの?」

「ええ、そうよ、マルゴット。私のことはヴェルフローレ・葵って呼ぶのよ? いいッ!?」

 マルゴットの肩を掴み、前後を振る喜美。

「こ、この前はジョセフィーヌじゃ無かったかな?」

「あれは三軒隣の中村さんが飼い犬に付けたから無しよッ!」

 

「んじゃあ、まあ、連絡なしの無断欠席はトーリだけでいいかしらね。それと朱唯、アンタはいつまでエナジースティックを齧ってるつもり?」

「しかたないだろ、ランニング後に食べる用の朝ごはんを喜美に食べられたからな。これやるって言ったら要らないからおにぎり寄こせって奪われた」

 戦闘時に非常食の食事として配布される人気最下位の味度外視の高カロリー&高タンパクのカロリースティック(プレーン味)をガリガリと齧る少し茶色く日が当たるとワインレッド色にも光る綺麗な髪の神無月朱唯。

「朱唯くん、流石にそれは皆食べたくないと思いますよ。それ、不人気すぎて在庫処分という名目で貴方が一人食べているだけじゃないですか」

「でも、美味しいよ。携帯食とおつまみは絶品が多い。酒井学長にもおつまみの餞別は好評だし」

 エナジースティックを食べ終え、持ってきていた水分で喉を潤し口の中の物を胃に流し込む。

 

「……さて、それじゃあ今からルールを説明するわよ。先生が事務所に向かっている間、先生に攻撃を当てることが出来たら出席点を五点プラス。意味わかる?五回サボれるのよ」

 生徒たちに堂々と「サボれる」と言うオリオトライの言葉に各々反応する。

「先生! 攻撃を「通す」ではなく、「当てる」でいいので御座るな?」

「戦闘系は細かいわね。いいわよ、それで。手段も問わないわ」

「では先生のパーツでぇ、何処か触れたり揉んだりしたらぁ、減点されるとこありますか?」

「または逆にボーナス点ポイント出るような所は?」

 手を挙げてオリオトライに質問をしたのは帽子を目深にかぶった忍者“第一特務 点蔵・クロスユナイト”が隣にいる航空系半竜の“第二特務 キヨナリ・ウルキアガ”と共に質問した。

「授業、始まる前に死にたい?」

 点蔵とウルキアガは悲鳴を上げ、他の面々は言わなきゃいいのに、と呆れた目で二人を見る。

 

「それじゃ……」

 その一言と共にオリオトライは階段から跳んだ。

 その行動に全員がついて行くことが出来ず、遅れを取った。

「───授業開始よッ!」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

授業

 遊びもする。

 

 喧嘩もする。

 

 それでも最後には肩を並べて歩いていく

 

 配点《友達》

 

 

@ @ @

 

 

「いいぞ貴様ら!もっと金を使え!」

 シロジロはいつもの仏頂面とは打って変わってお客(クラスメイト)との商売が加速。オリオトライに一発当てる為とテンションが上がるの二つ効果で商売の売れ行きは右肩上がりだ。

「はーい! 契約成立、ありがとうございましたぁ!」

 ハイディと隣で契約申請の鳥居画面を操作して会計を済ませていく。

「よぉし受け取れぇ……商品だぁ!!」

 シロジロが鳥居画面を両手に収め揉み込み、空に投げるそれは注文した術式へと姿を変えた。 

「商品ありがと~」

 マルゴットとナルゼのコンビは自分達が乗る箒に術式を書き込み、それを発射台として、宙に浮かぶ投げられた術式に向かって射撃を開始。

 発射された弾は術式の衝突すると十発ほどに分裂して、先頭を走るオリオトライを追尾するが、その程度で攻撃を当てられるほど簡単ではない。

 多少スピードは落としたが一発も当たることなくオリオトライは弾の嵐を抜け、ケーブルを橋のように渡り武蔵を構成する一隻“多摩”にある商店の立ち並ぶ商店街へと突入した。

 

「最初は貴方だと思ってたわ!」

「Jud.! 自分、脚力自慢の従士ですんで!」

 ぶかぶかの制服を着た眼鏡の少女“アデーレ・バルフェット”の手の中にはアデーレ自身の身の丈を超える青と白のツーカラーの槍を抱えて走る。

 

「従士、アデーレ・バルフェット!一番槍行きます!」

 加速術式を発動、自慢の脚力と術式の二つから速度を増したまま、姿勢を低くして下から救い上げるように初撃を繰り出す。

 突き出された槍をオリオトライは肩から外した長剣を抜くことなく鞘で槍を受け流す、だが、まだ攻撃は続いた。 

 受け流された槍から手を離し、自身の足を軸としてくるくると独楽のように回転しながら槍を掴み二撃、また回って三撃と攻撃を繰り返していく。

 それも加速術式の効果切れと共に衰え、四撃目には完全に失速。隙あり槍を横から蹴り飛ばし、槍を握っていたアデーレはコントロールの利かなくなった槍に振り回され。

「あ~~~れ~~~!?」

 アホっぽさ感じられる悲鳴を上げながら目を回すアデーレ。

 目を回すアデーレの後ろから飛び出してきたのは、ターバンを頭に巻き頭の上に大皿一杯にご飯とルーが一緒に盛られたカレーライスを掲げる褐色の少年“ハッサン・フルブシ”。

「カレー!どうですカ!?」

 と叫びながらカレーで攻撃をしようとする。

 そもそも、食べ物で遊ぶな、カレーでどうやって攻撃?という疑問は持ったとしてもそれは口に出してはいけない。

「お昼に貰うわッ!」

 そう答え、オリオトライは目の前でフラフラと目を回し足もおぼつか無いアデーレの襟首を掴み、力一杯振り回す。アデーレの持っていた槍はそのままハッサンの腹に見事に命中、自分は野球のボールのように吹っ飛ばされながらもカレーが盛られた皿は死守して吹っ飛んでいた。

 続いて、長剣は野球のバッターのように構え、ふらふらしているアデーレに狙いを合わせ、フルスイング!

「あいたー!」

 オリオトライの膂力を持ってしてお尻をフルスイングされたアデーレは、ハッサンとは違い一段と高く吹っ飛んでいった。

「アデーレとハッサンがリタイアしたわよ!」

 オリオトライが問題でも出すように言ったその言葉に反応して、梅組の作戦参謀“トゥーサン・ネシンバラ”が非戦闘系の生徒に指示を飛ばす。

「くっ。イトケン君!ネンジ君とでハッサン君を救護して!誰かバルフェット君を救護出来る人

!」

『あ~、こちら朱唯。空からアデーレが降ってきたんだけど?』

「ナイスだよ、神無月君!」

 

 

@ @ @

 

 

 非戦闘系の生徒の集団から飛び出したのは頭に筋肉逞しい全裸に蝙蝠に類似した羽を持つ男、いやインキュバスと言うのが正確だろう。

「おはようございます!怪しいものではありません。淫靡な精霊インキュバスの“伊藤・健児(けんじ)”と申します!商店街の皆様、ご無礼を失礼致します!」

 そしてもう一人、いやそもそも人の形をしていないがもう一人。

 HP3くらいしか無さそうなスライムの“ネンジ”が地面を跳ねながら屋根を移動していると、グシャリと潰れる音がした。

 

「あら、御免ね、ネンジ!悪いとは思ってるわ、ええ、本当よ!」

 その犯人である喜美は、ネンジを踏みつけたまま前を走っていく。

 梅組が屋根を走る中で、一人だけ通りを走る縦ロールのボリュームある銀髪の少女“第五特務ネイト・ミトツダイラ”は喜美に向かって叫ばずにはいられなかった。

「喜美、貴女、人に謝るときは誠意を見せなさいッ!淑女たるもの!」

「妖怪説教女め、それよりもミトツダイラ、アンタ何地べたなんて走ってるの?いつも見たいに鎖でドカンやればいいじゃない」

「この周辺はワタクシの領地ですのよ!?それなのに貴方達は!」

「あんまりミトツダイラを煽るなよ、喜美」

 喜美がからかい、ミトツダイラが怒る。初等部の頃からのやり取りは高等部になったいまでも変わらず行われている。

「あまり、ミトツダイラをからかってやるなよ、喜美」

「あら、朱唯じゃない。アデーレはどうしたのよ?」

「途中で目を覚ましたから自分で走るってさ、俺も五点欲しいから少し前に行こうかと。というわけお先」

 術式を使用せず、先頭に追いつくべく走る速度を速めて喜美の隣を抜け、前へと進んでいく朱唯。

 

 

@ @ @

 

 

 

 先頭でオリオトライに攻撃を仕掛けたのは、近接系攻撃系団の点蔵やウルキアガたち。

 居住区画を抜けて企業区画に入る。

 此処を抜けた先にあるのは、貨物区。文字通り運搬している荷物が置かれているだけの場所だ。そこに入ってしまえばオリオトライに当てるのはより難しくなり、近接攻撃系にとっては最初で最後の見せ場がこの企業区画なのだ。

 民家と違い、建物の屋根には建造物や煙突がある。悪路を走破する訓練を受けていない者にとってはどれだけ足が速くとも速度を落とさなければならず。梅組に置いて道の障害を受け付けないのは当初、射撃を行っていたマルゴットとナルゼのコンビのみ。

 

 故に、点蔵たちは理解している。この場所が自分たちがオリオトライに攻撃を当てられるチャンスがある唯一の場面であると。

 

戦種(スタイル)近接忍術師(ニンジャフォーサー)、点蔵───参るッ!」

 可能な限り低い姿勢で術式を使わず身体能力のみで走る。

 剣の利点は多い、使いやすい、持ち運び、利便性、とあるが、どんな武器にも欠点もある。その一つが低い位置への攻撃。

 剣は円軌道をつまり振って攻撃か、突いて攻撃かの二種が基本。

 屋根の上で低い姿勢の相手に攻撃を当てようと振り下ろす攻撃をすれば、長剣は屋根を突き破り、突きをしても同じ結果になる。

 点蔵が低い姿勢を取ったのは空気抵抗を減らし速度を上げるだけではなく、攻撃をされるリスクを減らすことにも繋がっていた。

 

 そんな思惑を無視するように、オリオトライは長剣を鞘ごと振り下ろす。

「行くで御座るよウッキー殿!」

「応!」

 上空から影が舞い降りる。

 半竜のウルキアガが、背翼を使った短時間の加速と飛翔を駆使。オリオトライへパワーダイブを決行していた。

 半竜の体は鱗と外殻に覆われ、それだけで打撃武器となる。そこにダイブという重力加算と速度が足されれば強力な攻撃となり、オリオトライと言えど無事では済まない。

 時間差を利用した攻撃。

 点蔵を無力化する為に振り下ろされた長剣はすでに止められない。振り下ろしきれば上空からのウルキアガが防げず、仮に振り下ろすのを止め、ウルキアガが無力化すれば点蔵が残ってしまう。

 

「甘いッ!」

 ニヤリ、と歯を見せて笑うオリオトライにしまった、と思うのは同時だった。

 普通の刀剣類なら柄を握り、鞘から本体を抜くことで抜刀となる。

 オリオトライの長剣は柄の引き金を引っ張るだけで鞘から本体が抜刀される仕組み。振り下ろしている最中に、それを行えば遠心力によって鞘か刀身の延長軌道に沿って剣が伸びるかのように鞘がスライドする。

 スライドした鞘は停止不可能のウルキアガの頭部を直撃。

 オリオトライは鞘に着けたベルトを噛み、首の捻りだけで鞘を引き戻し、そのまま点蔵に打ち付けた。

 愛用の忍者刀で振り下ろされた長剣を受け止め、そして衝撃を緩和。弾き返されるはずだった長剣は弾き返されず、振り下ろされままである。

 そして、点蔵は本命の名を叫ぶ。

 

「ノリ殿!」

 点蔵の後ろから制服をラフに着こんだ少年“ノリキ”の名をオリオトライは叫んだ。

「本命は、ノリキね」

「解っているなら言わなくていい」

 既にノリキの右手には愛用の術式が発動済み。あとは拳を当てれば術式が発動、そして体育授業である一発当てるもクリアとなる。

 一人、二人、三人のチームワークと作戦の成果がいま出る―――はずだった。

 

 オリオトライが取った策は長剣を手放すだ。

 手前に傾けるように手放して長剣は向かってくるノリキの顎を狙い、標的より先に現れて障害物を無力化する為に準備していた右の拳を使ってしまった。

 威力は十分、長剣は弧を描き宙を舞う。オリオトライも武器という重しが無くなった分身軽になり、体を沈め後ろに跳躍しようとして瞬間、オリオトライ、点蔵、ウルキアガ、ノリキの予想しない攻撃が入った。

 小柄な身長を活かし、点蔵と同様に体に低い姿勢を保ち、気配を消し。オリオトライから見て、ノリキに重なる位置取りを心掛けて三人の後をついてきていた人物が一人―――朱唯である。

 

 

 

 

 

 小等部の頃から使い続けた愛用の小刀を前を走るノリキの左手と左脇腹の隙間から投擲。

 三人と打ち合わせをせず、完全に漁夫の利を得る為の攻撃。

「相変わらず、いやらしい攻撃ね」

「正面から勝てないなら絡め手が良いって、酒井学長も言ってたんで」

 残念ながら朱唯の近接戦闘系の中での強さは中の下だ。

 小柄故に力は弱く、手足も短く、歩幅も狭い。それは近接戦闘で大きなハンデとなる。

 それを埋める為に朱唯は多くの技術を会得し、その一つが投擲だ。石、木片、角材、短剣、投げられるものなら何でも投げる。

 相手の注意を削ぎ、集中を乱し、邪魔をする。短時間戦闘なら良くて中距離攻撃や軽い損傷を与える程度でも、長時間の戦闘となれば投擲の攻撃が地味にストレスが溜まる。

 そして、今回は意識外からの一手。

 警戒されたとしても、より警戒すべき存在の影に潜ませ攻撃を当てる。

 

 狙うは太もも。

 すでに体は沈み、あとは後方に跳ぶだけ。

 防ぐにした行動をすべく準備に入った体で、急に別の行動をしようとするのは難しい。今回は前方にではなく後方に跳ぶ為、僅かに体重を後ろにかける。それを加味すれば十分チャンスのある攻撃。

「よっ!」

「…あ」

 少しバランスが可笑しくなりながらもオリオトライは短刀が太ももに当たる前に、後方へと跳躍していった。

 それこそ朱唯を嘲笑うかのように、高く跳んでだ。

 オリオトライがやってのは至極単純。狙われた左足のみ力を僅かに抜き、後方へ跳躍する為に掛ける力のバランスを変えただけだ。 

 両足で跳ぼうしていた中、左足の力を少し抜き、代わりに右足に力を掛けた。そうすれば力を抜けた分だけ左足の方が先に動き、迫る短刀を回避できるというわけだ。

 勿論、やろうと思って出来るような芸当ではないが、残念な事にリアルアマゾネスはやってのけた。

 

「マジかよ」

「朱唯殿でも足りぬで御座るか。後はお任せするでござるよ――浅間殿!!」

 点蔵が後方組に声かけをおこなった

 

「惜しかったで御座るな、朱唯殿」

「いけると思ったんだけどな~」

 どこぞの建物の屋根に刺さっていた短刀を抜き、鞘にしまい走るのを再開する。

「浅間が狙うか、その間にもう一回前に出られるか」

「朱唯殿、リベンジで御座るか?」

「チャンスがあったらね、五点は美味しいから。それじゃお先」

 すでに役目を終えた点蔵たちと別れ、梅組の巫女が弓でオリオトライの速度を落としている間に、前線へと駆け上がる朱唯。

 

 

 

 

 

@ @ @

 

 

 

 黒髪長身、左目にエメラルド色の義眼を入れた少女“浅間・智”は折り畳み式の弓を準備する。

 弓は狙撃銃などと同様に精密射撃武器。

 走りながら撃つなど不可能。なにより進んでいる場所は悪路だ。ならば、どうするか。

 

「ペルソナ君、足場を!」

 浅間の掛け声に反応して、後方から速度を上げてきた大男。上半身裸、頭部を隠すのはバケツと変わらない見た目の西洋ヘルムメット。既に片方の肩に目の見えない黒髪ポニーテールの少女“向井鈴”を乗せていた。

 ペルソナ君が浅間に追いつき、言葉を交わさず頷くだけで行動する。右手を弓を構える浅間に伸ばす。

 同じくして差し出された右手に飛び乗り、弓を構える。

「地脈接続!」

 声を共に義眼からは鳥居画面の照準術が表示される。

「行きます。神社経由で神奏術の術式を使用します!」

 そして浅間の声と共に、襟元、軽装甲の右部分が開き、そこから巫女の姿をした二頭身の走狗(マウス)“ハナミ”が飛び出した。

「浅間の神音狩りを代演奉納で用います!射撃物の停滞と外逸と障害の三種祓い、あと照準添付の合計四術式を通神祈願で」

『ん 神音術式四つだから 代演四つ、いける?』

「代演として、昼食と夕食に五穀を奉納、そのあと二時間の神楽舞、ハナミとお散歩+お話、これで合計四代演!OKでたら加護頂戴」

『許可、でたよ。拍手!』

 パン、とハナミが両手を打ち鳴らし拍手をすると、浅間の矢に光が宿る。

 

「義眼・木葉、―――会いました!行って!」

 光を帯びた矢が放たれた。

 それに対して、オリオトライは背負った長剣を僅かに抜き、すぐに戻して鞘に納め。素早く長剣を鞘ごと抜き、振り下ろす。

「無駄です、回り込みます!」

 振り下ろされた長剣を矢が自動で軌道を変えて避け、横からオリオトライに向かう。

 音が響き、光が爆ぜた、それを見て一同、当たった!という確信と共に唯一浅間のみが自分で射った矢が標的のオリオトライを捉えていないことを理解した。

 

「そんな…!?食後のアイスが……何で……」

 浅間の疑問に答えたのは鳥居越しにオリオトライの行動を注意深く観察したいたネシンバラだ。

『髪だ! あのとき刀を一瞬抜いたのは自分の髪を切って、空中にばら蒔くためだったんだッ! それがチャフとなって、先生に当たったと判断されたんだ!』

「そんな~」

 渾身の矢は予想だにしない方法で落とされ、流石にショックを受けている浅間を、反対の肩に乗る鈴がだい、じょうぶ?と慰める妙な光景が出来上がっていた。 

 

 

 

@ @ @

 

 

 多摩と品川を繋ぐバイタルケーブルを超え、ついに足を踏み入れたオリオトライ。

 このままでは一分もしないうちに品川に入る、つまり目的ののヤクザの元に到着してしまう。

 

「行くわよ!マルゴット!」

「はいはいガっちゃん!急ぐと危ないよ!」

 マルゴットとナルゼは上空で乗っていた箒から下り、重力に従って降下する。

遠隔魔術師(マギノガンナー)の白と黒!堕天と墜天のアンサンブル!」

 落下しながらハイタッチを決め。翼を広げて空気を溜め、集まった空気を爆発させて推進力を得て加速する。

「あ!しゅーちゃんがまた走ってる」

「朱唯の奴、また仕掛けるみたいね。相変わらず女の子みたいな顔ね、背も低いし同人誌のネタになって大助かりだわ」

「あんまりそういう事していると嫌われるよ?」

「う゛ぅ、それは…避けたいわね」

 苦い顔をしながら少し力が抜けるナルゼとアハハ、と苦笑いするマルゴット。

 何せ色んな種族がいる武蔵で魔女も多く無い。

 学校というコミュニティーに入ればそれは一層際立つ。梅組として学校生活を共にする中で種族だの、性別だのを気にせずに最初に声を掛けてきたのが朱唯だ。たった一言「綺麗な翼だね!」と今に思えば簡単な女だ、と言いたくもなるが甘酸っぱい思い出なのに変わりはない。

 

「術式主体の二人が追い付いたわけ?それでみんなの術式展開の時間稼ぎに、わざわざ出てきたわけだ!」

「そう言うこと!授業だから黒嬢(シュバルツフローレン)白嬢(ヴァイスフローレン)も使わないであげる!」

 マルゴットが箒の穂先をオリオトライに向け、穂先にナルゼが術式に書き込んだ弾を装填。

「行くよガっちゃん!Herrlich(ヘルリッヒ)

 マルゴットの掛け声と共に穂先が膨らみ、輝く弾丸が砲撃の如く発射された。

 オリオトライは自分に向かってくる砲撃を長剣で狙い、少し前にアデーレのお尻をフルスイングした時と同じように、砲撃をフルスイング。狙いは自分の進んできた道を走ってきている梅組一同。

 何かに衝突して砲撃が爆散、辺り一面を煙が覆い隠した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

葵・トーリ

 教師オリオトライと梅組生徒の体育授業という名の戦闘訓練を高みの見物をする人物が二人。中央前艦の艦首付近、黒い髪の自動人形。肩には“武蔵”と書かれた腕章をつけ彼女は、血の繋がらない弟分(朱唯)の活躍を映像記録をしながら眺めていた。

 

 マルゴットの砲撃が原因で生まれた煙から飛び出したのは、短刀を構えた朱唯。

 周囲に置かれていた貨物を収納しておくようの木箱を足場に跳び、壁蹴りで移動し立体的に動き、オリオトライを錯乱しながら攻め立てる。

「相変わらずちっこいのに良く動くね。武蔵さんは朝から掃除かい」

 武蔵は向かってくる人物、口に煙管を咥え老人“酒井忠次”の方を見ず、変わらず朱唯の戦いを見ている。

「酒井学長……何か御用ですか?――以上」

「いや、義理とはいえ息子(朱唯)の成長を見ておこうと思ってね」

 展望台となっているデッキに腰を下ろし、自分が拾ってきた子供、朱唯の姿を見つける。

 

 二人が静かに朱唯の戦いを見つめていると、オリオトライの長剣が朱唯の脇腹と捉えるが、長剣と体の間に短刀を滑り込ませ衝撃を緩和し、再度攻撃を仕掛けていた。

「短刀を得物としてから動きが酒井学長に似てきたと判断できます――以上」

「そうかな。子供は親に似るって言うしね」

 照れくさそうに笑う酒井に、冷たい視線を送る武蔵。

「別居してから他人行事が増えてきたことを酒の場で愚痴っていたこの親父は何を言っているのでしょうか――以上」

「ぶっ!?何で知っているの武蔵さん!」

 五歳くらいの幼かった朱唯の相手をあまりしてこなかった酒井は今になって義理とはいえ子供に親として接してもらえない苦悩に悩ま背れていた。呼び方すら、おじさんから酒井さんになり今では酒井学長となった。

 高等部に上がって現在では別居している状態だ、戸籍上保護者が聞いて呆れる関係である。

 一方で、酒井が世話をしていなかった間、姉のように文字を教え、勉強を見て、世話をしてきた武蔵さんを含む、八艦の名前を名乗る八人の自動人形たちは姉のように慕われている。

「思春期の娘に嫌われる父親の気持ちが分かるよ」

「嫌われるどころか相手にされてないと判断できます――以上」

 ガックシと分かりやすく落ち込む酒井にどこか勝ち誇った顔をしている武蔵さん。

 

 

@ @ @

 

 

 二人が話している間に、朱唯とオリオトライの一対一は接戦だった。

 朱唯は一撃でもクリーンヒットを食らえば終わり。

 同じく朱唯も一撃を当てられれば、出席点五点を手に入れられる。

 

「朱唯!いい加減諦めなさいよ!」

「だったら一撃当たれよ!五点寄こせ!」

 空中で回転して短刀と蹴り、裏拳をランダム繰り出す連撃に、床と壁を足場とした移動方は小柄な朱唯が狙いをつけられないようにしながら攻撃を与えられるように編み出した攻撃方法だ。

 とわいえ、少しづつ進んでいる以上、タイムリミットは迫りつつある。

 

「悪いけど、他の連中が到着する前に終わりにするわよ!」

 本日一番鋭い長剣の一撃が朱唯に振り下ろされた。

 朱唯は直感で察知した、あ、これ避けられない、とだから苦し紛れに左手で短刀を投擲、それを体を捻り蹴り飛ばし速度を増す。

 振り下ろされる剣を防ぐよりも、攻撃を当てる事優先した瞬間の判断だった。

「っかは!」

 振り下ろされた長剣は両手を交差することで防ぎ、長剣の重量を木製の地面に叩きつけられる。肺の中の空気が一気に抜け、足止めをしていた朱唯が居なくなったことでオリオトライは目的の品川へと足を進めよ僅かに後方に下がった時、コツン、と何か背中に軽く当たる感触があった。

 その正体は朱唯の投げた短刀―――ではなく少し前にマルゴットが砲撃に使用した弾の貨幣である。

 

「あ」

 オリオトライの気の抜けた声が漏れる。

「…あったり~」

 朱唯が短刀を投げて蹴りで速度を増したのはオリオトライを狙ってではない。

 オリオトライがフルスイングで飛ばした砲撃が床に着弾後暴発。投擲する道具として確保しておいた貨幣を回転に紛れて投げたものだ。

 勿論、避けられず、地面に転がっていたところを長剣が振り下ろされたものを視界の端に捉えた。

 攻撃を当てられないのなら、移動に紛れて自分から当たりに行くように仕向ければいいと思い。短刀は、貨幣を地面から空中に弾くために、蹴りは少し高めに貨幣を打ち上げられるように短刀の速度を増した、振り下ろされる長剣の攻撃によって生じる風を受けないように。あとは運だったが、上手くいったようだ。

 

 

 

@ @ @

 

 

「こらこら! 後からやってきて勝手に寝ない!」

 朱唯の運任せの悪足掻きを除いて一撃も食らうことのなかったオリオトライは、品川に到着。

 数十秒遅れる事梅組一同も到着。ほぼ全員が息切れをして座り込んでしまっている。

「朱唯、あんた、よく無事だったわね」

「死にかけた」

「あ、うん、ごめん!それじゃ気を取り直して」

 完全に無かった事にしたオリオトライである。

 

「うるせぇぞッ!何処のどいつだ!」

「ふひぃ!?」

 オリオトライの背にある建物から出てきたのは赤い皮膚に頭に二本の角を生やし、四本の腕を持つ魔人族。

 目の見えない鈴はその魔人族があげた大声にビックリして、ビクゥ!と体を震わせる。

「それじゃあ皆!今から実技を始めるわよ。魔神族の倒し方、よく見てなさい!」

「この前の高尾の地上げ、憶えてる?」

「ああ?そんなこといつまでも憶えてねぇなあ!」

「理由も分からずに殴られるのって大変よね」

 オリオトライも態度の悪い魔人族に食って掛かる。

 明らかな挑発に乗って、丸太のような腕を振りかぶり、オリオトライを潰そうとするが回避。

「いい?生物には頭蓋があり、脳があるの。頭蓋を揺らせば、同時に脳が揺れ、脳震盪を起こすわ!魔神族の頭蓋の揺らし方は───こうね!」

 拳を避ける動きを利用して長剣を振り、先端を魔人族の片角を打つ。

「そんで対角線上を素早く打つ!」

 白目をむき、膝を付く魔人族に留めの一撃として顎を打ち、完全に意識を狩り取った。

 意識を失った魔人族は地面に伏し、背後になるヤクザの事務所は速攻で扉をしめて施錠した。

「あ、警戒されたかな」

 そう呟きに、ヤクザの対応はまじがっていないとツッコミを入れたい所だ。

 

「おいおい皆。こんな所でなにやってんの?」

 その声の主は梅組の集団にはおらずもう少し後ろ、学院の制服を着て人混みを歩いていた。

 全員の視線が“総長 葵・トーリ”に集まっていき、住人たちは自然と左右に別れて道が出て行く。

 小脇には紙袋抱え、手には食べかけのパンを持ち、ゆっくりと進む。

「なんだよ皆? そんなに呼ばなくても俺、葵・トーリはここに居るぜ?しっかし、皆、奇遇だな。やっぱ皆も並んだのかよ?」

「ほうほう……話ハショると、授業サボって何に並んだって?」

「先生まじで、オレの収穫物に興味あんの!ほらこれ見えるか先生。今日発売のR元服のエロゲー“ぬるはちっ!”これ超泣かせるらしくて限定版が朝から行列でさ。俺、今日帰ったらPCにインストールして涙ポロポロしながらエロいことするんだ!」

 背中越しに紙袋から取り出した限定エロゲを見せるトーリ。

「あのさ……今先生が何言いたいのか分かる…?」 

「あ?何言ってんだよ先生!当たり前だろオレと先生の仲だぜ!?先生の言いたい事はしっかりと俺に通じてるぜ!」

「通じてるなら、君は今すぐこの武蔵から紐無しバンジーしなきゃいけないんだけどな」

「ええ!?オッパイ揉ませてくれるんじゃねえのかよ!」

「おいこら君、何か変なもの見えてない?」

「うん。今はこれだな」

 むにゅり、という効果音が聞こえてきそうな行動、トーリはオリオトライの胸を鷲掴みした。

 

「───あれ? これって攻撃が当たったことに?」

 ハイディがそんな事を言っているが、オリオトライを含めた梅組の生徒たちは誰も聞いてはいない。

「あのさみんな、ちょっと聞いてくれ。――明日、俺、コクろうと思うわ」

 

 

「「「……は?」」」

 梅組の反応は全員が同じだった。

 

「ンフフフ……この愚弟。いきなりオパーイ揉んだかと思えばコクり宣言なんて、エロゲを持って口にするセリフじゃないわね。だってコクる相手が画面の向こうにいるんですもの!」

「おいおい姉ちゃんッ! これはエロゲ卒業の為に買ってきたんだぜ? 明日コクるんだから、エロゲからおさらばしないとなッ!」

「じゃあ愚弟、その相手とやらをさっさとゲロっちゃいなさい!さあ!」

 

「ばぁかだな知ってるだろ───ホライゾンだよ」

 

 その名に全員が顔を伏せた。

 過去に共に並んで歩いて友人。今は無き友の名に。

 

「あの子は十年前に亡くなったでしょアンタの嫌いな後悔通りで――墓碑だって、父さんたちが作ったじゃない」

「分かってるよ、姉ちゃん。でも、もうその事から逃げねえから。コクった後、きっと皆に迷惑かけると思うんだ。俺、何もできねえから」

 

 

 

「トーリ?後ろ」

 朱唯を指で後ろ、後ろとさすと振り返ったトーリの傍に居たのは、怒りが頂点に達したリアルアマゾネスである。

「人間って、怒りが頂点に達すると音が聞こえなくなるんだけど…」

「おいおい先生。もう一度だけ言うぞ?今日が終わって、無事に明日になったら、俺、コクるんだ!」

 再度、宣言。

 そして宣言が終わったと同時にオリオトライの渾身の回し蹴りが、トーリの当たり事務所に大きな穴をあけた向こう側に大の字でトーリは壁にへばりついていた。

 

 

 

@ @ @

 

 

 

 多摩の中央付近、軽食屋である青雷亭(ブルーサンダー)の店の前のすぐ横で蹲る自動人形P-01sは店主に言われ、店の前に水撒きに使っていた柄杓で下水から出てきた珍妙な生物、黒くて丸い五センチほどの塊に水をかけていく。

 自己申告によれば藻らしい。

 黒藻の役目は下水処理役それゆえに匂うが、P-01sは気にせず水を浴びせていると後方でバタンという音がする。

 いつもの見慣れて光景に、いつも通りP-01sは、店主に報告した。

「店主、いつも通り正純様が―――餓死寸前です」

 

 

 

「餓死寸前はヤバいよ、正純さん。男子として通っているとはいえ、一応女の子なんだから。朱唯が店の前で倒れているのを担いできた時は焦ったもんさ」

「ぷはっ!以後、気を付けます」

 コップ一杯の水を飲み干し、一息つく。店主も慣れた対応である。

 

「いいって、これから生徒会の仕事?サボリじゃないよね?」

「Jud. 三河に着いたら、副会長として酒井学長を関所まで送り、今日は自由出席です。待ち合わせの前に母 の墓参りに行こうかと」

 

「そうかい、副会長さんも大変だね。そういや、親御さん、暫定議員の御偉いさんだっけ?正純さんも卒業後はそっちに?」

「ええ、まあ……そのつもりです」

 店主は空になった正純の前に置かれたコップに水を注ぎ、彼女自身も前に腰かけた。

「だったら、生徒会長になればよかったのに。総長はともかく、生徒会長だけでも」

「……生徒会長には総長である葵・トーリが立候補したので。武蔵の住人たちにとっても、三河から転校して一年の私よりも武蔵生まれの彼の方が人となりを知ってるでしょうし……」 

「でも、あれは馬鹿だよ。朱唯もよくあんなの手助けをするもんだよ」

「朱唯とは葵は幼馴染と聞いています」

 店主は頷き、昔を思い返しながら話した。

「酒井学長がどっかから、あの子を拾ってきたのはいんだけ、まだ若かったからね。相手をしない事が多くてさ、そん時に葵とホライゾンが手を引っ張って来てね。よくうちのパンを美味しいって言いながら食べてたよ。よく食べるのに小さかったけどね、今も小さいけど」

 

「そんな昔からの付き合いなんですね」

「そうだね、あの子は何処か変わった子だよ。ちょっと抜けてる癖に勘だけは良くて、鼻が利くっていうのかな、動物みたいな所もあったね。正純さん、いつでもいいからさ“後悔通り”のことを調べてみたらどうだい?もし正純さんが、トーリや朱唯、皆ともう一歩近づきたいと思ってるなら」

 

「後悔通り……ですか」

 場所としての名前は知っている正純は、なぜ店主がその名を出したのか、今はまだ分かっていなかった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

授業

 

 オリオトライの授業は基本必罰主義。

 1:授業する。

 2:解答者に質問する。

 3:答えられなかったら授業点数は引かれずに厳罰が下る。通称“処刑”

 4:答えられたら、申告していた厳罰に応じて授業点数が得られる。

 分かりやすく説明するなら、通常通り授業を受けて、質問されたら答える。

 答えられなかったら、月始めに自分で決めた罰ゲームをやることになる。

 答えられたら、罰ゲームの内容によって点数が貰える。

 ここで重要なのが厳罰つまり罰ゲームの内容をどうすか、といことだ。内容が軽すぎると野次が飛び。協議次第では罰ゲームが十倍に加算される。

 罰ゲームの内容が厳し分だけ答えられた時の見返りに点数も多くなる。ハイリスク・ハイリターンというわけだ。

 さらに、彼女の授業には教師の代わりに内容を説明する“ご高説”というものがあり、此方は間違っても厳罰は受けなくてもいい。

 因みに、罰ゲームには他人の名前も出すことも良しとされる。

 

 オリオトライは誰にするかを生徒たちに視線を向けると大半が生徒が視線を逸らす。

 ご高説は本日、先生が授業でやる内容を代わりにする、予習をしてきたか、前から知っていたということが無い限りまともなご高説は出来ず、恥をかく。そもそも梅組の生徒で真面目に授業を受けている生徒の方が少数だ。

 

「じゃあ鈴。知ってることだけでいいから、先生の代わりに“重奏統合争乱(じゅうそうとうごうそうらん)”についてよろしく」

「J、Jud.ご、ご高説はですよね」

 鈴は席を立ち、皆が理解しやすいように、嘗て極東日本と呼ばれた国の地図を鳥居画面に表示。重奏統合争乱についての説明を始めた。

 

「む、昔、世界は、現実側の神州と、別空間に、コ、コピーした重奏神州に、わか、分かれていました……現実側の神州には信州の民、重奏神州には、世界各国の民が……住み、お互い、に仲良くしていた、と思うんです…けど…」

 たどたどしくもしっかりと要点を抑えて説明をしていく鈴。 

「いいわよ、その調子で続けて」

 

「おーい!ベルさん心配すんなよ。ヤバくなったら代わり俺が殴られてやるし、朱唯が守ってくれるって! 少なくとも俺は、エロゲの最初の分岐点まで進めるまで死ねえから!」

 窓際に座り、授業用意だけを出して太陽を見つめてボー、としていた朱唯が「え、俺?」と関係ないところで自分の名前が出たことに反応していた。

 

「おいこら君、死亡フラグみたいなこと言わない。てか何ちゃっかりアンケート用紙に書き込んでるわけ?」

 トーリの手には今朝、小脇に抱えていた“ぬるはちっ!”の中に入っているアンケート用紙に住所、名前を書ききり、あとは送るだけの状態になっている。

「なんだよ先生!会員特典欲しいだけなんだから放っておいてくれよ!」

 

「静かにしろ、トーリ」

 ボケとツッコミの会話という授業妨害に、静かに声を荒げたのは教室前方に座るシロジロ。顔には出さずややご立腹に―――。

 

 

「仕事中だ」

 の一言。

「あのね、シロくん。今、授業中でもあると思うんだけどな」

 隣に座るハイディがシロジロに言うが聞き流す。

「やはりおかしい、三河からの荷物が来るばかりでこちらへの発注が無い」

 鳥居画面と睨めっこしながら荷物の不自然さに頭を悩ませているシロジロ。

 

「ねぇ、ガっちゃん。ここのネームってこんな感じ?」

「そこはもう少し暗くでお願いできる?」

 ナルゼの描いている同人誌のネームの手伝いをしているマルゴトット。

 

「うるさいよ君ら。……執筆の最中だ」

 ネシンバラは机に原稿用紙を広げて小説を執筆している。

 

 クラスの大半は授業を聞いてはいない。

 オリオトライは仕方なという顔をしながら通路を挟んだ隣に座る浅間に声を掛けた。

「しょうがない、浅間、鈴を手伝ってあげて。朱唯黙らせて」

「Jud.それは実力行使で?」

「そうよ」

 分かった、と腰に下げた短刀を鞘ごと取り外し、コン、机の上に置く。

 今朝大活躍を果たした短刀を見て、机の上に広げていた授業に関係のない物を素早く支配、鳥居画面を閉じ、全員が鈴のご高説を代演して読み上げる浅間の声に大人しく耳を傾けた。

 

「それじゃ鈴さん。私が代わりに読み上げますから、文面をお願いできますか?」

 

「あ、はい。お、願いします!」

 

「すべては、南北朝戦争です。当時、神州と呼ばれた極東の地に、二人の帝の代理人が存在し、争った戦争です。聖譜歴一四一二年に、その戦争のなかで地脈を制御していた神器が失われ、支えられていた重奏神州は地脈の制御を失って、こちら側、神州に落ちてきました。落ちた世界は半分以上が崩壊消滅しており、残った部分は神州側に上書き合体。その部分は現在神州に重奏領域が誕生しました。そして、重奏神州に住んでいた人々は神州に移り、事件の責任を追及。各地で争いが起きました。これが重奏統合争乱です」

 

「はい、ありがと。次回も鈴に頼もうかしら」

 という言葉に椅子に座ると、緊張から解放されふぅと息を吐いた。

「はい!じゃあ皆、注目!今夜は俺の告白前夜祭ってことで騒ぎます!場所は―――」

「金の掛からないとこにしろ」

「なら此処だな!ついでに肝試しもすっか!」

「あの、トーリ君、それはちょっと洒落にならないかもしれないです。今、去年に比べて怪異の発生率が上がっていますから」

 トーリの肝試しに待ったを掛けたのは、浅間だった。

「じゃあ幽霊祓いしようぜ!」

「んー…実は先生もそろそろかなって思って、宿直入れておいたのよね。それはそうとトーリ。とりあえず君『厳罰』ね?」

 

「ほえ?」

 なぜ?という顔しながら首を傾げるトーリ。

 

「さっきの鈴のご高説、北朝の独裁が始まったのは一四一二年じゃなくて一四一三年なの。チョイミスね。まあ、その後の説明で十分挽回できたし、鈴はオッケー。そもそもご高説で失敗しても厳罰はないしね」

 で~も~、とオリオトライは教師が生徒に向けるべきでない悪い笑顔を浮かべ。

 

「殴られるなら俺が代わりになるって言ったバカがいたわよね?…トーリの今月の自己申告厳罰は『朱唯と脱ぐ』」

「あはん!」

 トーリの頭部側面に鞘に入ったままの短刀が激突した。

 

 

@ @ @

 

 

 

「武蔵の民も冷たいッ! 東くんが帰ってきたというのに、麻呂以外の迎えがないとは…」

「いえ、余も静かな方が良いし、それに聖連からも騒ぐなと言われてたので」

 

 授業中の廊下を歩く二人組

 金髪の中年は、頭には金の王冠、白いタイツに金の装飾があちこちにある、腕につけた腕章には“教頭兼武蔵王 ヨシナオ”の文字。

 その隣を歩くのは、旅行カバンを手に歩く梅組の一員“東”。

 

 二人は梅組の教室前に到着した。ヨシナオが扉に手を掛けようとした時、中から声が聞こえてきた。

 

『おいおい皆!朱唯の体だけじゃなくて、俺も見てくれよ!俺なんて全裸だぜ!」

 

 

『『『『……はっ(鼻笑)』』』』

 

『鼻で笑うとか流石に酷くね!?』

 

『うるさい馬鹿者!お前の全裸と違って、朱唯の半裸は金になる。写真一枚でいくらすると思っているんだ!』

『ちょっと愚弟、そこどきなさい!朱唯の上半身が見えないじゃない!具体的には、中性的で女の子みたいな顔して白い肌に六つに割れた腹筋と無駄のない筋肉に、いつか賢姉が抱かれる予定の上半身が!」

『ガっちゃん、凄まじい速度でスケッチしてるね』

『当たり前よマルゴット。朱唯の半裸なんて、そうそうスケッチするチャンスないんだもの!』

 

 中から聞こえてくるのは、授業中とは思えない会話。

「貴様!神聖なる学び舎で一体何を!」

 流石に我慢の限界を迎えたヨシナオは勢いよく扉を開けた。

 

「おー!麻呂に東じゃねぇか!どうしたんだよそんなところに突っ立って!」

 教室の中の光景を説明するならカオスという言葉以外には無い。

 

 黒板の前で全裸にコカーンのみゴッドモザイクで隠され、あとは生まれたままの姿のトーリ。隣には、白い肌ながら六つに割れて腹筋が男らしさを醸し出す朱唯。

 

 二人のというか、主に朱唯の半裸を写真に収めて商売する気満々のシロジロとハイディの守銭奴夫婦に、一人卑猥な言葉を連呼する喜美、残像が見える速度でスケッチを行うナルゼ。

 

 見事にカオスが空間が出来上がっていた。

 

 

@ @ @

 

 

 呼んでも返事は返ってこない

 

 姿を見たくても見る事は出来ない

 

 触れたくても触れられない

 

 配点《亡き人》

 

 

 

 

「こんな所でお前と会うとはな。P-01sは掃除か?」

 声の主は正純。

 

「Jud.ここの掃除は日課にしております」

 墓所の周りに生えている雑草を抜く作業を二人でしていると、ホライゾンは溜まった雑草を側溝に持っていくと蓋が持ち上がり黒藻が顔を出して。

『ばれてない?いけそう?』

「バレておりません。いけております」

 バレてるぞ!という言葉を、正純は口には出さずに心に留めておくことにした。

 

「正純様は、よくこちらの墓石の手入れをなさってるようですが」

「ああ、あぁ、母の――と言っても、遺骨もなにもないから、形見の品を入れているだけなんだが……自動人形は『魂』から生まれてくるから、母親なんて分からないか」

「Jud.ですが、率直に申しまして、正純様はお母様がお好きなのですね」

 

 そう、なのか、なのかもな。

 他人に言われて、初めて自分の心の理解する時も人間はある。

 

「そうだな、大好きだったんだ」

 少し会話に間が空き、自然と正純の口は語り出した。

 

「私は、もともと三河に居たんだ。三河の君主、松平には二つ(・・)の本多が必要だとされていた。一つは、松平四天王の一角である『本多 忠勝』を筆頭とする()の本多家。そしてもう一つは、『本多 正信』を筆頭とする()の本多家。私の父は、その正信を襲名しようとしたが、適わなかった。父に代わって私が正信の子、正純を襲名しようとしたのだが、それも叶わなかった」

 

 襲名の為に男性化の手術を受け、まず胸を無くし、性別を変えるための手術を受けようとした。

 しかし、突然、松平家が家臣の人払いを行ったため、その手術を受けることはなかった。

 正純の家を含めた多くの家臣が左遷や役の免除を受け、それ以降は自動人形が担当するようになり、目標を失った正純の父親は武蔵に、三河に残った母親は去年、『公主隠し』と呼ばれる神隠しにあって姿を消した。死体も残ることはなく、残ったのは喪失感だけだった。

 

「ほんと…なんでだろうな……失ってばかりだ…」

 

 溢れてくる涙。

 ポツ、ポツ、と地面に痕をつけていく。

 組んだ腕に頭の乗せて溢れる涙を隠す。

 

「いつも男性の服を着ていらっしゃったのは、正純様の趣味ではなかったのですね」

 

『『づか?づか!』』

 黒藻も何処からか仕入れてきた知識を連呼。

 

 涙を拭い、酒井学長の待ち合わせに向かうべく立ち上がると、武蔵と並んで飛ぶ一隻の艦。

 艦の側面、三つ葉葵の家属紋章。

「松平 元信公の船か」

 

『やあ、久しぶりだ武蔵の諸君!――三河の当主、松平元信だ。先生と呼んでくれ!』

 外部拡声器から聞こえてくる、男の声。

 鳥居型の巨大な表示枠(サインフレーム)が現れた。映ったのは、艦橋をバックにして立つ帽子をかぶった男。

 

『今夜は私の方で面白い物を用意してある。夜に、三河の方を見ているといい。ちょっとした花火とサプライズを用意してある。では―――本日の授業はまずこれにて』

 この夜の花火とサプライズが、世界を大きく動かすなんて誰も思ってはいなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

会議

 放課後。

 梅組の一同は階段に陣取り、皆の前にネシンバラが立ち、進行役を務めていた

 

「今日の議題“葵君の告白をどうやって成功させぞ!会議”です。書記である僕ネシンバラの提供でお送りします。では葵君、どうぞ」

「おいおい!いきなり俺に丸投げかよ。朱唯、お前、この前年下の女子に告白されてたろ。何かアドバイスとかねえの?」

 

 トーリの言葉に反応して、数名の女子が朱唯の方を向くが、朱唯といえば気にせずに話を始める。

「そもそも、俺は告白される側だから、する側の心境は分かんないよ」

「いいんだよ、される方の心境も知っておいたほうが成功率あがるだろ。でどうなんだ?」

「そうよ、朱唯。さっさとゲロっちゃいなさい。そうすればこの賢姉が貴方の望む告白をしてあげるわ!」

 いつの間にか朱唯を背後から抱きしめ、階段の段差を利用して朱唯の頭の上のたゆん、と揺れる胸の乗せるというどこぞの男なら夢に見るような体験をしていた。

 

「喜美、人の頭に胸を乗せないでくれ」

「いいのよ、触っても柔らかいオパーイよ。それに良い感じに楽なのよ」

 体重を掛けてくる喜美。

 頭の上にむりゅり、とオパーイが変形。周囲の男陣営は羨ましそうに朱唯を睨みつける

 

「はいはい、そうだな……ただ好きって言われるよりは、どこがとか、何が理由で好きになったか言われたら嬉しいかな」

 

 ほう、と頷く一同。どうも朱唯の言った事は男女共に共感できる所があったようだ。

 

「フフフ、良い事聞いたわね彼女いない歴=年齢の負け犬共。朱唯の言ったことを参考にして告白に活用するといいわ!具体的には、ロリコンぽっちゃりに姉萌え半竜に犬臭い忍者」

 

「「「彼女いない歴=年齢言うな」」」

「しかも負け犬って付け加えて、ピンポイントで指名きたで御座るよ!」

 

 ぽっちゃりお腹の“御広敷・銀二(おひろしき・ぎんじ)”、ウルキアガ、点蔵は思わず叫んだ。

 悲しいかな、日頃から性癖を暴露している時点で一般常識を持つ人間は告白をOKするはずもない。

 

「てか、男が告白するなら点蔵に聞いた方が早いだろ、点蔵よく告白して振られてるじゃん」

「朱唯殿!結構、心に刺さることを言ってくれるで御座るな!」

「いいから話せよ、点蔵。数だけはこなしてるだろ」

 点蔵の心の傷なのどうでもいいとばかりに催促するトーリ。

 

「さっきから自分の扱いが酷いで御座るよ!全く…ごほん、ここは手紙作戦とかどうで御座ろうか」

 ポケットから手帳とペンを出してトーリに手渡す。

「簡単な話でござる。前もって伝えることを箇条書きにして、告白する代わりにそれを手紙にして手渡すのでござるよ」

 

「えっとつまり、これにどうして相手を好きになったのかを書けってことか……『顔がかなり好みで上手く言葉に出来ない』『しゃがんだ時にエプロンの裾からインナーがパンツみたいに覗けて上手く言葉に出来ない』『ウエストから尻のあたりのラインが抜群で上手く言葉に出来ない』……やっぱり言葉にするのって難しいなぁ」

 

「随分とスラスラ出るで御座るな!」

「トーリ。貴様、オパーイ県民であろう?何ゆえ相手のオパーイに対する言葉がないのだ!」

 

 

「「「!!」」」

 

 

 ウルキアガの言葉を聞いていつになく真面目な顔をするトーリ。

 

「オッパイは、揉んで見みないと、解らない……季語どうしよ?」

 

「「「うわぁ」」」

 もはやドン引きである。

 流石に恋文にセクハラの言葉を並べるとは誰も思ってはいなかった。

 

「愚弟、つまりオパーイに対してはいい加減出来ないのね?」

「おう!俺、こうみえて真面目だからな!」

 

 真面目な奴はオパーイを連呼はしないと思う、という言葉を思っては口には出さないでおく。

 

「こんなところで何をしてるんですの?…喜美!貴女はまた朱唯にくっついて!」

 学院の方から歩いてきたのはネイトと酒井学長だった。

「あら、チパーイの貴女には出来ないでしょ!指くわえて見てなさいよ。それに結構、抱き心地が良いのよ、体温高くて」

 

 階段の下まで降り、酒井学長がトーリに質問する。

「噂になってんだけど。トーリ、お前さん告白するのか。相手は誰だ?」

「ホライゾンだよ」

「…やっぱり、お前さんもそう思うか」

「学長先生も思うだろ」

「いや、そりゃ~まあな」

 曖昧なコメントをしながら目を逸らす。

 

「いんじゃね、告白すれば。今朝だってきっと皆に迷惑かけるって言ってたけど、トーリが原因で迷惑掛かるのなんて今頃って感じだし」

 

 

 

「「「「確かにな!」」」」 

 

 

 小等部の頃からトーリが原因で梅組が被害を被るのは昔から同じだ。

 それが告白であっても何か問題が起きたなら、皆で解決する。そうやって今まで過ごしてきた、これからも変わらない。

 

「だからトーリはやりたいようにすればいいと思うよ」

「……やべぇ、朱唯がめっちゃ男前な事言ってる!これは…惚れちまうぜ!」

 頬を赤くしながらくねくねしている変態(トーリ)がそこには居た。

 

 

@ @ @

 

 

 

 専用の場所に着地した武蔵から降り、街道を通って三河を目指す二人組

 

 煙管を咥え、昔に馴染みに三河に向かう酒井学長と、その付き添いとして関所まで見送る役目を全うしている正純。

 

 

「変、ですね、武蔵への荷はあっても三河への荷がありませんね。まるで三河が形見分けをしているような」 

 

「オイオイ。物騒な事を言わないでくれよ。俺、今からその三河に行くんだよ」

 ハハハ、と苦笑いしながらすれ違う荷台を横目で見つめていると、低空を飛行する艦が数隻。その中でも一際目立つ大きな艦。

「“K.P.A.Italia”の教皇総長“インノケンティウス”が所有するヨルムンガンド級ガレー“栄光丸”だね。教皇総長、大罪武装開発の交渉に来たみたいだね」

「情報が正しければそのはずです」

 

「大罪武装については知ってるよね?」

「“大罪武装”。元信公が開発した、世界のパワーバランスの一旦を担う、世界で八つしかな都市破壊個人武装。七つの大罪の原盤である八想念をモチーフとし武装で、所有者は“八大竜王”とも呼ばれています」

「詳しいね。じゅあ、噂は知ってる?」

「噂…ですか」

「そう、大罪武装は人間を部品にしてるって噂」

 

 誰が言ったか、世界に伝わっている噂。

 信憑性は無し、確証も無し。

 真実を知るのは元信公のみだ

 

 

 

 他愛もない話をしている間に、二人は関所に到着。

 

「お疲れさん、あとは自由にしていいよ。正純くんはこの後、トーリの前夜祭に行くのかな」

「いえ……後悔通りについて調べてみようと思います」

「そうかい、なら踏み込んでみるといい。朱唯にあったらよろしく言っといて」

 

 笑みをこぼしながら関所の向こう側。三河の地を歩いていく酒井。

 

「踏み込む、か」

 その言葉を口に出して、噛みしめる正純。

 

 

 

@ @ @

 

 

 

 

 部屋番号が書かれてメモ用紙を片手に立つ、東。

 隣に荷物の入ったトランクを置いて、一人溜息を吐く。

 

 最初は、緊張しながらも新しい生活に期待で胸を膨らませていたはずが、流石は武蔵。同居人は女子だった。

 

 

『いいんじゃねえの別に!若い内は体裁が大変か!』

 と寮長は大口を開けて笑っていた。

 

『いいじゃんいいじゃん別に!若い内は体勢が大変か!』

 とオリオトライは酒瓶に口つけてラッパ飲みしていた。

 

「…はぁ、押し切られる余も、余だよ」

 いくら押しに弱いとはいえ、女子との同居を押し切られるほど押しに弱いとは。

 自分の押しの弱さと何とも言えない感覚を溜息と共に吐き出し、部屋の前で立ち尽くす。

 

「入ってこればいいのに、何してるの?」

 声を扉越しに部屋の中から聞こえてきた。

 

 その声に誘われて、トランク片手に部屋の中に足を踏み入れた、東

 車椅子の少女“ミリアム・ポークゥ”は呆けている東を見ている。

 

「教導院に、今日からこの部屋だって言われて…」

「いいわ別に、ルームシェアは初めてじゃないし、男の子が来たのは初めてだけど」

「だ、だったら!」

「さっき一度出て行ってから、色んな所に抗議して、それでも駄目で戻ってきたんでしょ」

 見ていないはずなのに、見ていたかのように話してくる。

 

「一つ約束しましょ」

「約束?」

「そう、互いの生活に口を出さないこと。分かりやすく言うと、貴方が女を連れ込んでも関与しないってことよ」

「そんなことしないよ!」

 フフフ、と口を手で隠して笑う。

「本当に馬鹿で真面目ね」

 そう言いながら右手を東に差し出す。

「…私は、馬鹿で真面目な人を疑えないの」

 

 

 

@ @ @

 

 

 本番は明日

 

 それでも今日も騒ぎたい

 

 熱が出るほどに

 

 配点《前夜祭》

 

 

 浅間、鈴、アデーレ。そして、咥えた煙管に右腕義手に大型のレンチを担いだ姉御肌の少女“直政”は四人で揃って買い出しに来ていた。

「流石に買いすぎじゃないかい」

 手に持った大きな紙袋から食材が零れてしまいそうなほど詰め込み、前夜祭と肝試しに使う食材を買い込んでいく。

 残ったら次の日に回せばいい。

 トーリの告白が上手くいったならおめでとパーティー、失敗したならドンマイパーティーで使う食材となることだろう。

「大丈夫だと思いますよ、皆、一杯食べますから」

 浅間は自分の持つ、紙袋の中身を覗きながらそう言った。

 肉ならネイト、野菜ならハッサンがカレーの具として美味しく使い。残る心配などとくにせずに店主の口車の乗りつつオマケをしてもらって食材を増やしていた。

 

「にしても三河では花火とサプライズがあるって言ってましたけど、皆さん総長の告白に行くんですね」

「わた、私も、行きます」

「やっぱりみんな、なんだかんだでトーリ君のことが気になってるんですね」

「やれやれだよ。世間は織田だの大罪武装だの末世だの騒がしいけどさ――そんな中、一人のバカの告白が通るかを気にしてるんだ……通し道歌じゃないけど怖いさね……」

 思わず思い出してしまう、今は無き友、ホライオゾンのことを。

 

「トーリ君は今回の告白どうもっているのでしょう。今回の告白の事を、清算の始まりか、それとも継続か……心機一転の再スタートなのか」

 

「そこらへんは喜美も覚悟してんだろ?もし、トーリがコクって上手くいったら、一番食らうのは自分だろうにさ。トーリはあれから十年“後悔通り”を歩いてことはない」

「そうですね、朱唯君はふらっと立ち寄っては花やお饅頭を置いて行っているみたいですけど」

「ホラ、イゾン……優しい人、だったの……し、しってる?トーリ君が私に声、かけたり、するとき絶対、「おーい」とか、「あのさ」っ、て、言うの。そして、私に手を貸して、くれたりするときは、こう……」

 鈴の手が、自分の制服の腰のあたりを拭うように擦る。手を拭うように見えるが、僅かに布が擦れ合う音がする。

 

「これ、合図、なの。私目、みえないから。こうして、別の音とか、声で。いきなり名前、呼ばれたり触られると、ビックリして、みんなに、迷惑かけ、ちゃうから」

「ああ……小等部のときにバカがやってるのを見てあたしらも真似してそうしだしたんだっけか……あん時は細かいところで点数稼ぐなとは思ってたけど」

「これ、朱唯君が、始めたの。短刀を叩いて知らせて、くれるてたの。そしたらホライゾンが、皆で出来る、ようにって、考えてくれて」

 

 目の見えない自分の手を引いてくれた二人。

 元気な男の子と優しい女の子。

 もう一人は、少し不思議だけど困っていると、助けてくる男の子。

 

「トーリ君も、朱唯君も――ホライゾンが、いなくなっても、忘れなかったの」

「今、思うと朱唯君って結構、謎ですよね。酒井学長が拾ってこられて、武蔵さんによく連れられていて浅間神社にも顔出してます」

「そういえばそうさね。中等部から機関部でもバイトしていたね」

「よく、日向ぼっこしてますよね」

「たまに、うちの、温泉にも来て手伝ってくれるよ」

 四人は、知り合って長年が経つが、いまだにだ謎が多い友人に首を傾げた。

 




ストーリの都合上、オリキャラのカンピオーネが生まれることがあるかもしれませんがご了承ください。
 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

旧友との酒

 正純と別れて関所からある程度進み。林の中で、自分を呼び出して旧友と再会していた

 男二人と女子一人の三人が立っている。

 

「松平四天王の、榊原・康政殿と本多・忠勝殿の御二人がお出迎えとは。井伊の奴はどうした?」

 

 旧友の二人の姿はそこにあるが、もう一人井伊・直政という人物がいると思っていたが、酒井の予想に反して姿は無い。それについて、二人に問う。

 

「…酒井君、実は――」

「榊原、井伊については他言無用だ」

 

 榊原の台詞を遮るように、台詞を被せてくる忠勝。

 え、何、秘密なの?なんか疎外感を感じちゃうな~、と気の抜けたリアクションを取りながら、顎を撫でる酒井。

 

「―――見せろ」

「は?見せろって、だっちゃんが言うと大抵、碌なことにならない――」

 

 酒井の台詞が終わる前に、忠勝の隣に立っていた髪を結んだ少女が、鞘から抜かれて刀を両手に握り動いた。

 無駄のない動きで素早く迫ってきた少女から目を離すことなく、酒井は腰から短刀を抜き構える。

 少女にあって、酒井の無いものは、武器のリーチだ。

 刀は近接武器のイメージも強いが、超至近距離、一定の間合いが無くては振ることすら満足に出来ない。相手よりも自分が速いなら、自ら速度と距離を調節することで、その間合いを生み出し攻撃をしかける。

 対して、酒井にあって、少女に無いもの、それは経験、圧倒的な実戦経験の差がこの勝敗を分けた。

 敵の動き、視線、武器の種類、次の行動、目的、を視覚情報と感覚によって“力”ではなく“技”で補う。

 

「ぺたり」

 

 握っていた短刀を手放しするりと手を少女の尻に向かって伸ばした。

 数秒の間。

 

「――あぁあああああああああああ!」

 少女の口から驚きと羞恥を孕んだ叫びが森に響き渡った。

 

 

 

@ @ @

 

 

 

 

「明日は楽しい日になると思わない?ガっちゃん」

 金色の六翼を左右に揺らしながら、手押し車を押して歩くマルゴット。

 顔の傍で展開した魔術陣を通して、別の場所で同じ仕事をしているナルゼにお喋りの相手をしてもらいながらながら、着々と荷物を減らしていく。

 

『そっちはどう、マルゴット』

「あと少しかな、急ぎの荷物が一つだけあるから届ければ終わりかな。ねえ、ガっちゃんそこから、喜美ちゃん見える?」

『……Jud. 今武蔵野なんだけど……よく見えるわよ。ていうかあの階段から一歩も動いてないわね』

「喜美ちゃんが動いてないって事は、ソーチョーも動いてないってことだよね」

 

 階段の会議が終わる時に、後悔通りへ行く、と十年振りに言いだしたトーリを見守る為に残った喜美。

 その姿がいまだ階段にあるということは、トーリはまだ後悔通りに足を踏み出すことが出来ていないということだ。

 

『てっきり、朱唯も残ると思ってたわ』

 

「寧ろ、幼馴染だからじゃないかな。見なくてもちゃんと行ける、って分かってるから買い出しにいったのかも」

 

『そうかもね、アイツらラブラブのカップルみたいに理解し合ってるくらいだし』

 

「階段でのクサイ台詞も信頼からだよね。ほんと、仲いいよね」

 

『羨ましい?』

 

「ちょっとだけね、でも、ナイちゃんたちもしゅーくんとは仲いい方だと思うけどな」

 

『朱唯は、難聴系鈍感主人公というよりは、好意を分かってて流してるって感じがするわ。喜美も、浅間も、ミトルダイラも結構、解りやすくリアクションするじゃない。前に二人で抱き着いた時だって、顔を真っ赤にして恥ずかしがってくらいだし』

 

「あれは良かったね。結局、しゅーちゃんが暖かくて三人で日向ぼっこしながらお昼寝しちゃったしやつ」

 二人が考えた末に行動に移したアプローチ方法はシンプルに二人で抱き着く作戦だった。

 日向ぼっこしていた朱唯に抱き着くだけ。

 腕に体を絡ませて無理やりにでも意識させたら、予想に反して解りやすい反応をしていた。

 

『マルゴット、そろそろ配達は終わった?』 

「最後はこれかな、急ぎ最後の荷物なんだけど生徒会宛でね?配送票に思いっきり“絶頂っ!ヴァージンクイーン・エリザベス初回版”って書かれるんだけど、これ、間違いなくソーチョーだよねぇ?」

 

『……しんみりしたいのか突っ込みたいのかどっちかにしなさいよ。あの男…朝のエロゲが最後だって言ってなかったかしら?』

 やはりあの変態がエロゲを手放すのは無理だと言うことが一日も経たずして証明されてしまった。

 

「包装紙でカモフラージュしてあるけど、配送票でミスったよね」

『今頃、エロゲを買ったって武蔵の住人は驚きもしないのに、なんでそんなところで恥ずかしがってるのかしら』

 二人して、溜息混じりの呆れ笑いを浮かべていると、

 

「あ、セージュン」

 手押し車を押しながら歩ている、マルゴットの前に酒井学長の見送りを終えた正純が通り掛かった。

 

 

 

 

@ @ @

 

 

 

 急に名前を呼ばれてビクッ!と声の聞こえた方を見ると、同じクラスの双嬢の片割れが手押し車を押していた。

 

「こんなところでセージュンに会うなんてねー、どうしたの?」

 

「ああ、三河からの帰りでな。これから後悔通りのほうへ行ってみようと思って」

 

『マルゴット?正純が居るの?だったら、夜の幽霊祓いの事とその荷物頼んじゃえば』

 マルゴットの横に展開されて魔術陣から聞こえてくる、ナルゼの声。

 

「今日の夜、ソーチョーが学校で幽霊祓いするんだけど、セージュンも来る?」

 

「…いや、うちは村山のほうにあるから夜に教導院のある奥多摩にいこうとしたら夜番の番屋を通ることになる。そうなれば父に迷惑が掛かるから」

 

「そういえば、セージュンのお父さんで暫定議員の偉い人だっけ?なら、そんなセージュンにプレゼント!」

「まあ、そんな感じ―――なんでこんなものが生徒会宛に!?」

 思わず、配送票の書かれて文字を見て、叫んでしまった。

 なにせ、生徒会宛の届け物がエロゲなのだから。

 いくら、変態とバカと守銭奴といえど……いや、買う奴が生徒会長だったな。

 

「文句はソーチョーにお願いね。今は多分後悔通りに居ると思うから、それに、セージュンって――」

 マルゴットの話を遮るように高らかになったラッパの音。

 上を見上げると、上空をいくつもの人影が駆け抜けていく。 

  

「今度は負けねぇ!早く上がって来いよ“双嬢”!」

 そのうちの一人が、マルゴットをサングラス越しに見ながら、声を掛ける。

 

「じゃあ、セージュン。荷物よろしくね!」

 それだけの言葉を残して。箒に跨り、上空へと舞い上がって行った。

 数秒で、正純の手の届かない高さへと昇り、横を飛ぶ走り屋たちと並走して飛んで行ってしまった。

 

「…行くか」

 荷物を脇に抱えて再び一人となった

 

 

@ @ @

 

 

 

 見知った間柄

 

 顔を合わせれば昔の話

 

 酒を交えれ盛り上がる

 

 戻れぬ過去に思いを馳せて

 

 配点《旧友》

 

 

「やるなぁ、酒井!お前、昔と一緒で戦っている相手の尻触るかよ!」

 お猪口を片手に向かいに座る酒井に向かって、忠勝は学生時代から同じことをしていた、と指摘する。

 

「普通はな、久しぶりに顔を合わせた旧友に娘を仕掛けるさせないんだよ。二代だっけ?強くなったもんだ」

 アハハ!酒が入って高くなったテンションのまま懐かしい、最後は見たのはいつだったか、と思い返しながら笑う。

「父上、改めてご紹介を」

「俺?酒井・忠次ね。松平四天王の実質のリーダー、学生時代は松平・元信公が学長兼永世生徒会長だったから俺は総長で、君のお父さんが特攻隊長」

「副長って言えよ馬鹿野郎!」

「井伊が副会長で、この榊原がまた口先だけの男でな!」

 横目で斜めに座っている、お猪口を傾けている榊原を見ると、ブー!と酒を噴き出した。

「そんな事は無かったのですぞ。書記で、文系としの能がありましたした」

 一人でキメ顔をしている榊原を放置して、酒井は二代に声を掛けていた。

 

「ダ娘君、うちの教導院来ない?君みたいな、かなり欲しいなあ俺。本田・正純も居るよ、憶えてる?」

「正純とは中等部以降、あまり顔を合わせる機会がありませんが、武蔵では副会長をしているとか」

「そうそう、だから、うちに来ない?」

「そう言われるとは、光栄で御座るな」

「待て、酒井」

 酒井の勧誘に待ったを掛けたのが、父の忠勝だった。

「二代には、いま三河の警護隊の総隊長を任せている」

「へぇ、極東で唯一聖連に存在を許された武装戦力の総隊長か」

「実はな、二代はこれから武蔵の為に、安芸(あき)までの回廊の安全を調べる任務で先行艦で三河を出るんだが、安芸まで行ったら、その後は好きにしと言ってある」

「好きにしろって――」

「父と決めたことに御座る。全部、拙者が判断しろと」

「だから酒井、誘いたいなら、そのとき誘え。二代が武蔵やお前に必要だと思ってなら加わるだろうさ」

 さっきまでの酒を飲んで顔を赤くしていた顔とは違う、それは父親としての旧友の顔だった。

 その事に、何処か寂しさを感じながら煙管に火を入れる。

 

「これから世が動く。娘くらいは、自由にさせてやりたくてな……お前も一応は義理とはいえ息子を持つんだ分かるだろ?」

「―――そうか、東国無双といわれた本多・忠勝の選んだ逸材が旅立つか……西では西国無双の立花・宗重が三征西班牙(トレス・エスパニア)襲名されたと聞く」

 

 思い出話は一時のみ、その後はいくら酒を飲もうと現実の話に戻されてしまう。

 過去よりも現在、そして未来を考える話ばかりだ。

 

 この場には居ない、義理の息子の朱唯はこれから何処へ向かうのか、と煙管を吸いながら考えていると、忠勝の向こう側、通路を歩いてきた自動人形を見て思わず声を上げてしまった。

 

「げぇ!?鹿角!」

「Jud.どなたかと思えば酒井様ですか」

 

 鹿角と呼ばれて自動人形は、呆れような目で酒井を見つめる。

 

「相変わらずこの女、ダっちゃんとこ?」

「しょうがねえだろ。コイツが一番、女房の料理再現できるし、太刀筋も再現できるし、礼儀作法とかも人に教える分には問題ねえしな」

「現在は私が二代様の基本師範を勤めております。二代様も年頃の女性ですが、忠勝ときたら一緒に風呂に入ろうとか、焼き肉に行こうとかいろいろ駄目ですので。忠勝様そろそろ準備を」

 鹿角は一礼して、来た道を戻り。それにそれに続くように、二代も立ち上がった。

「――では、我はここまでだ。しっかりやれよ」

 その言葉、総長をなのか、父親をなのか、それとも両方の事なのかと、酒井は言葉の意味を噛みしめていた。

 

 

 

 先に出て行った忠勝に続いてお店の外に出た酒井と榊原。

 外は既に夕暮れとなり、空が茜色に染まっている。

 二人だけになり、酒井は今まで聞きたかった事を榊原に質問する。

 

「榊原、聞きたいことが二つある。一つは井伊の事だ、何か用事での出来たのか、それともアイツに何かあったのか…。もう一つは、P-01sって自動人形がいる、先年に三河から来たんだがあれはなんだ?」

 聞かずには、いや聞かなくてはいけないことだ。

 旧友は来ない理由と、死んだ少女にそっくりにな自動人形について。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

目に見えない繋がり

 

 右足からか

 

 左足からか

 

 どちらかよりも、行動が重要

 

 

 配点《踏み出した一歩》

 

 

 

@ @ @

 

 進んでは戻り、進んでは戻りを繰り返して偶に変な行動をしてはまた進んで戻る。

 傍から見れば、ただの奇行でも当の本人は真剣である。

 

 そんなトーリ(愚弟)を少し前に会議の場所として使っていた階段に腰を下ろしたまま長い髪を風に靡かせる、喜美。

 

「怖かったら戻ってきてもいいのよ」

 

 トーリに向けた言葉なのに、声は口にした本人にしか聞こえない。

 

「トーリは何やってんの?あれ、新種の遊び?」

 

 喜美の背後から小脇に酒瓶を抱えた担任教師オリオトライが隣に座る。

 

 

「先生、手櫛は駄目よ。髪が痛むんだから」

 

 乱れた髪を手櫛で直していると、喜美は懐から櫛を取り出してオリオトライの髪を梳い始めた。

 

「へへぇ」

「何よ先生、気持ち悪い」

「いやさ、先生、昔にさ近所のおばちゃんによくこうやってもらったなって」

「教え子をおばちゃん扱いだなんて失礼しちゃうわ」

 

 喜美はフフフ、と笑いながら髪を梳い続けた。

 

「頑張れ頑張れ」

 見守る子供が歩くのを応援するように手の届かない所から見守る大人のように小さく、けれど確かな応援を口にした。

 

「あら、先生も愚弟の味方をしてくれるの?」

「勿論、トーリだけじゃなくてクラスの皆の味方だからね。そういえばてっきり朱唯も居ると思ってたんだけど?」

 

「朱唯ならトーリが後悔通りに行くって言った時に、アイツなら行けるから大丈夫だって、とか言って買い出しについて行ったわよ」

 

「信頼してるって言うか、なんて言うか」

 

 オリオトライは呆れたような顔をしながらも信頼している二人の関係に微笑みながらトーリの事を眺めていた。

 

 

@ @ @

 

 

 

 正純の現状を一言で説明するのなら“迷子”と言うのがピッタリな状況だった。

 草木をかき分けて道なき道を進んで行く。

 

「近道しようとして、横に入ったのが悪かったな」

 青雷亭(ブルーサンダー)の店主のアドバイスに従って“後悔通り”に行ってみようとして、近道しようと思ったのが悪かった、と思いながら足を進め、草木を抜けるとやっと少し開けた場所に出る事ができた。

 

「道は間違ってなかったか」

 

 やっと出られてことに一息つきながら休憩所の建物を見る。

 

「…御霊平庵」

 

 そう金属の刻印がされてプレートが壁に貼られている。

 鎮魂の為のもの、かと正純は判断して横を通り過ぎ、舗装された道に出た。

 

「ここが、後悔通り…」

 多くの人が口にした“後悔通り”という単語の場所に立つ。 

 

「こんな所で何をしている正純」

 

「……父上」

 

 自分の横を通り過ぎようとした馬車から聞こえてきた声に反応して緊張が走った。

 

「まだ武蔵のことで分からないことがありましたので、実地で調査を……」

 

「ふむ……では、お前の出てきた森にあった休憩所について、何か分かったことはあるか?」

 

「――あの休憩所が、なにか……」

 

「……勉強不足だな。何一つ、理解がないとは」

 

 落胆。そう思ったに違いないと正純は自分と視線を合わせない父親についてそう感じた。

 母が公主隠しにあってからまともな会話もなく、視線も合わせようともしない血の繋がった父親と言葉を交わす勇気も出ない正純()

 

「――しかし、御子息、また変わった物をお持ちですな」

 

 声の主は父の乗っている馬車の向かい側に座った優しそうな顔をした人物。

 正純の小脇の抱えた小包の値札を見ながら、

 

「私の商いでは、そういったモノも取り扱ってましてなぁ。――初回版とはまたレアな」

 

 正純が小脇の抱えている小包の正体はマルゴットから受け取った……受け取ってしまったトーリ宛のエロゲーである。

 

「よく分からんが、差し上げろ」

 

 無理だ―――そう口にしたかった。

 

 仮に自分の物だったなら渡しただろう、けれどこれは友人とは言えなくとも知り合いの物だ。他人の物を誰かに譲り渡すなど出来るはずがない、そう正純は思い、そう口にしたかったが声は出ない。

 

「し、しかし……これは、その、友人のもので」

  

 絞り出したような言葉が正純の出せる精一杯の声だった。

 

「正純」

 

 叱るように自分の名を父に呼ばれる。

 無意識に下を向いて固まってしまうと、掠れたような声で自分の名を呼ばれて気がした。

 

「おっしゃ、セージュンいい仕事だ!」

 

 その声を聞いた三人は声が聞こえてきた方を向くと青白い顔をした総長 葵・トーリが立っていた。

 

「ありがとうよ。今日中にプレイしないといけなかったのに、ナイトとナルゼがなかなか運んでくれなくってさ!」

 そそくさと、正純の持っていたエロゲーは剥ぎ取るように奪い取る。

 

「それよりセージュン聞いてるか!?オレ明日惚れた女にコクるから今夜、教導院で騒ぐんだけどお前も来いよ!」

 

「は?いや、校則違反だろ!いくなら三河の花火を見にいくさ」

 

「そっか、出来れば来てほしかったんだけどな、コクる人、セージュンも知ってる人だから!」

 

「は!?おい、待て!それ私に迷惑及ばないんだろうな!」

 

 ど~だろうな~!と叫びながらくねくねと千鳥足でトーリは離れて行った。

 

「申し訳ありません」

 

「いやいや、まさか、ここで後悔通りの主が来るとは―――十年振りですな」

 

「後悔通りの……主?」

 

 正純の問いかけに、優しそうな顔をした人物はうむ、と頷き。

 

「向こう側をご覧になられるとよろしい」

 

 三人の目が通りの道から脇にそれて、木々の影の中で太陽の光を浴びて鈍く光る一つの石碑とその傍にお供え物として置かれて牛乳のガラス瓶に一輪のタンポポが挿されていた。

 

「昔、ここで、一人の女の子が事故で亡くなりましてな。まあ、公にはなってありませんが。その女の子の名が、ホライゾン・アリアダスト」

 

 アリアダストという単語は正純も何度も耳にした記憶があった。

 

「アリアダストって教導院の名前じゃ…」

 

「三十年前、元信公が三河の頭首になった際に、松平家の名を逆さ読みにし、更に頭の一文字を削ることで聖連への恭順(きょうじゅん)を意をしめそうとしたのですな。MATSUDAIRA(マツダイラ)からARIADUST(アリアダスト)とし、もはや松平の(かばね)の加護は要らぬと」

 

 優しそうな人物の口から語られる松平家とアリアダストという単語の歴史に、正純は聞き入っていた。

 自分の知らぬ歴史を見てきた者、自分の知らぬ歴史を経験してきた者からの言葉は、書物を読む以上に有益な情報である。

 

「無論、聖連は元信公の意志を認めて姓を戻させましたが、その姓はいくつかのものに残りました。教導院然り、そして、その姓を用いる子というのは――」

 

「お前も噂くらいは聞いたことがあるはずだ、元信公には内縁の妻と子がいたと―――その子の名は、ホライゾン・アリアダスト」

 

 正純が話に聞き入っていると、父も続けて言葉を続けた。

 

「ホライゾン嬢を事故に遭わせた馬車は、元信公の馬車でな。ホライゾン嬢の遺体は三河の松平家に引き取られ、遺品も何も武蔵には来なかった。―――明日で丁度、十年になる」

 

「ですが、後悔通りの主からすれば、後悔のリアルタイムなんでしょうな。結論から言えば、彼がホライゾン嬢を殺したようなものですから」

 

 

「彼が殺したって…それは、どういうことですか?ならば、後悔通りの主って」

 

 いくつもの疑問が生まれ、正純の頭の中で渦巻く。

 

「葵・“トーリ”の後悔ですよね。“後悔トーリ”との言葉遊びですよ」

「彼も負傷してすぐに運ばれて行きましたが、帰ってきたのは彼だけ。あとはずっと後悔です」

 

「しかし、それでどうして…」

 その後に言葉は続けられなかった。

 そんな経験をして今、笑っていられる?クラスメイトも彼を受け入れて一緒に歩ける?いくら考えても答えの出る事のな疑問がいくつも思い浮かび続ける。

 

「どうして、彼は皆から支持されるのでしょう」

 

「なら踏み込むか、正純。彼の後悔の行き場へ」

 

 父の言葉に思ず下を向いて考えこんでいた頭が上がる。

 

「会合の時間に遅れる―――ここまでだ」

 そう告げると場所は走り去って行った。

 

 再び、後悔通りで一人となった正純。

 

「私はまだ、何も分かっていない、ということか」

 誰も聞く者のいない言葉が零れた。

 

 

 

 

@ @ @

 

始まりに気づかず

 

気づいた時にはもう遅い

 

いつの間にか始まっていること

 

 

配点《手遅れ》

 

 

@ @ @

 

 

「酒井君は公主隠しというのを、知っていますか?」

 

 日も傾いた空の下、二人並んで歩く。

 

「公主隠し?」

 

「聞いたことくらいはありませんか、三十年くらい前から言われるようになった存在です。当時は噂話程度のものでしたが、最近になってまた少し広まっているようです」

 

「多少は知ってる。うちの正純や浅間の所は関係あるからな。特に正純の所は、母親が公主隠しにあってる」

 

 公主隠しにあった人物は文字通り残らない。

 体も、痕跡も、まるで最初から存在していなかった、とばかりに何も残らず綺麗に消えて無くなる。残るのは、残されて人の虚無感と喪失感だけだ。

 

「Jud. 話が早くて助かります。酒井君、公主を追ってください」

「公主を…追う?」

 

 言っている意味が分からない、それが榊原の話を聞いて酒井が思ったことだ。

「待てよ。公主隠しってのは神隠しの事だろ、それを追えって……」

 

 榊原は足を止め。草履の爪先で、砂に模様を描く。

 円を一つ描き、それを横断するように横一線。

 

ニ境紋(にきょうもん)と呼ばれている印です。公主隠しがあった現場には必ずの印が残され、井伊の書斎にもこれがありました」

 

「おい、待てよ、井伊の書斎に持って…」

「ええ、その通りです。井伊君は今日来なかったのではなく、来られなかったが正確ですね。なにせ居なくなってしまったのですから」

 

 酒井だけが知らなかった。

 四人(松平四天王)で酒を飲むはずが三人となり、一人(井伊)が消えて事を、一人(酒井)だけは知らずに昔話に花を咲かせていた。

 

「本田君は、井伊君の事を話して、君に心配掛けたくないんでしょう」

 思い返せば、井伊の事を聞いた時、ダっちゃんは話そうとして榊原の言葉を遮った。酒の席でも井伊の話題は出てこなかった。

 

「僕として四天王の間で仲間外れは、したくないもので。井伊君の書斎の資料やらが家にありますので、その写しを後で自動人形に持たせますから、茶屋で茶でも啜って待っていてください。大丈夫、松田の四天王(まつだいらしてんのう)は、皆、共に居ると信じてますよ」

 

 そう言って、榊原は屋敷の門の向こう側に姿を消して行った。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。