流れゆく世界で、愛を謳う獣 (鴉の子)
しおりを挟む

風の鳴り行く残影:1927年の邂逅
昔話:Gang of NY


外伝2話……のようで昔話と、七岐の視点の1人語り。
主人公のちょっとした影響力が知れたり、そんなことはなかったり。


 紐育の夜は明るい。むしろ、この時代は夜の方が明るいという印象さえ抱かせるほど、街の灯は絢爛なものだった。

 

 1922年、ジャズ・エイジの熱狂冷めやらぬ騒がしい時代。しかして、最も人の闇の色濃く顕れた、暗黒を有している時代だ。

 法の裏に生きるギャング達、そのおこぼれに預かる無数の商売人、賄賂で違法な酒場(スピークイージー)に通う警察。

 

 絢爛なその街並みのあらゆる場所に法に守られた余地はなく、何処かしこにも薄暗い香りと、危険な誘惑に満ちた世界。

 

 その世界を、大いに好む女がいた。

 

 出身も、国籍も、所属も、何もかもが謎に包まれた女。この国が、未だ新大陸、フロンティアと呼ばれていた頃から目撃され、恐れられた生き物が。

 

 かつて、人の祖である蛇の女神に準え“シワコアトル”と恐れられた女がいた。

 

 ギャングスターの様なロングコートに、日によって千鳥格子や市松模様など、柄の変わる派手なジャケット、フェラード帽子を被った女の姿。あるいは、何処とも知れぬ遠い異国の民族衣装に身を包むことすらある、紅い瞳と、白と黒の鮮烈なモノトーンの長髪の女。

 見たものは呪われる、あるいは、ツキがあるなどと言われる、ある種の酒の席で謳われる御伽噺。

 

 ──────だった、ハズだったのだが。

 

 ニューヨーク、悪名高きファイブポインツにて。小さな賭場で、コートを着た女と、男がカードを片手に向き合っていた。

 

「ツキが巡って来たか? それとも、失った? どうしたよ、未来のギャングスタ。挑む(コール)か? 逃げる(フォールド)か?」

 

 テーブル、それに張られた緑の羅紗の上、積み上がるチップ。氷柱を背骨に捩じ込まれた様な怖気が男を襲う。

 

 男の名はサルヴァトーレ・ルカーニア。近年頭角を顕した新進気鋭の犯罪組織の首領だった。“チャールズ・ルチアーノ”を名乗るこの男は、極めて優秀な男であり、自ら信頼できる仲間と組織を立ち上げ、ものの数年で強盗で稼いだ金で賭博の元締めを始め、急成長させた傑物であった。

 

 暗黒街をくぐり抜ける頭脳と、度胸、そして運を持った男が、今冷や汗をかきながら伏せたカードを睨む。

 

(なんだ、この女は……いや、そもそもこいつは……?)

 

 偶然、顔を出した自身のカジノに随分と物珍しい客がいると聞き、気まぐれで相手をしたサルヴァトーレだったが、勝負を始めて暫く、女を目にした彼はすぐにその異様さに気がつく。

 

 いつもなら騒がしい賭場の男達が、皆押し黙り、女を見つめている。幾人かは恨めしそうに、残りは皆畏怖の感情の篭った視線で。

 

「……あんた、ここの何人に勝った」

 

「ん、わかんない。その辺の奴らからは随分稼がせてもらったけど」

 

 ジッポで紙巻きに女は火をつける、伏せたカードの手は随分と良かったらしいとわかる上機嫌さで煙を吸い、吐き出した。

 

「随分とまぁ、度胸も腕もあるとは」

 

「褒めるなよ。お前たち全員が銃を持っていても、度胸試しにもなりゃしないだろ?」

 

「……冗談、じゃあなさそうだな。怖ぇ女だ」

 

 普通なら一笑に付すような戯言だと受け止めるだろう、実際に、この勝負を眺める男達は“冗句”を笑った。

 

 ──しかし、対面するこの男だけは、それが冗談ではないことを理解する。

 

 圧倒的な強者を相手にした時、その力量を測れないものから皆死んでいく。この街でのし上がるつもりならば、知らねばならない不文律だった。

 

 おそらく、トミーガンやダイナマイトを持ち込んでいようが、この女を殺せないだろうという理屈に合わない直感がサルヴァトーレを突き動かす。

 

「あんた、名前は?」

 

「ティフォン、今じゃそう名乗ってる」

 

 神話に謳われた、全ての怪物の祖を名乗る不遜な女に、畏れを悟られぬよう、ウィスキーのグラスを呷り、笑う。

 

「それで、悪名高いシワコアトルがこんな場末の賭場に何のようだ?」

 

「ハ、そんな御伽噺を信じてるのかな?」

 

「信じちゃいないが、目の前に化け物本人が出てきちゃ、そう言わざるを得ないだろう」

 

「────いいね、気に入った。やっぱりここに来てよかった」

 

 女が、蛇のような笑顔を浮かべた。あり得ざる笑み、怪物の表情。

 

「────受けよう(コール)だ。何しに来たか知らないがな、ここは俺の庭だ」

 

「それで?」

 

「何をしに来た、御伽噺の化け物」

 

「君に会いに来たと言ったら?」

 

「高くつくぜ、俺ほどの色男を口説きに来ってならな」

 

「おや、君と賭け金は足りない?」

 

 既に積み上がったチップは、この小さな賭場では見られたことがない程積み上がっている。額にして5000ドル、現在の価値にしておよそ5万ドル、この裏通りに生きる人間が一年を過ごしていけるに等しい額がそこに積み上がっていた。

 

「ああ、勿論」

 

「なるほど、いいね。レイズだ」

 

 さらに賭け金を上乗せする、追加の1万ドル、この賭場で初めてやり取りされる額に金庫番は冷や汗をかいた。

 

「────」

 

「ん? 君が言ったんだろう? 足りないって」

 

 既にこちらの手持ちを超えた金額が提示されている盤面、サルヴァトーレの思考が加速する。勝負を降りるのが最も賢明な判断であると告げる理性に、目の前で提示された金額を得ようとする野心が鬩ぎ合う。

 

「────」

 

「あ、胴元相手に何のつもりだって顔してる。遊びだよ遊び、負けたら全額持っていかれるし、私は楽しく、君は儲かるだけ。勝ってもまぁ……ちょっと君の賭場から現金が減るだけだ、嫌かい?」

 

「いいや、勝負(コール)だ」

 

 勝負を受ける、宣言をして手を晒す。手札に揃った役はフルハウス。通常ならば確実な勝ちを狙える理想的な手札、アウトローの中であって土壇場の運ではこの男を超えるものはいと言われる勝負運だった。

 

 ──無論、人間相手には、だが。

 

「ん、6のファイブカード、残念」

 

「────」

 

 ディーラーが目を剥く。イカサマを見抜くことにかけてはサルヴァトーレの最も信頼できる男が、何も言わないことに彼は慄いた。

 

「…………換金は裏の窓口だ。一部支払いは後日足の付かない口座から小切手で出すが、構わないか」

 

「足りない分は構わないさ」

 

「それじゃあメンツがつかねぇ、金は必ず……」

 

「代わりに」

 

 女が言葉を遮る。

 また、蛇のような笑顔を浮かべた。サルヴァトーレは、自分が今まさに大蛇に巻きつかれているような生暖かい怖気を覚える。

 

「────君の旅路に、手助けをさせてくれないかい?」

 

 

 

 

 

 

 と、まぁ。

 これがアメリカの暗黒街を牛耳る、コーザ・ノストラを作った男と、私の出会いだ。

 

 え? 何でこんな話をしたって? 

 ま、要するさ、この街で私と、私の()が作った秘密結社が関与してない場所は殆どないっていう話。

 

 え? 今それどころじゃない? 大変だねぇ風鳴の若様も。大変にしたのはお前? 怒らないでよ、サンドイッチ食べる? 

 

 ま、落ち着きなさいな若人よ。君を変えるものが、ここにはきっとあるからさ、気分転換だと思って。

 

 英語があまりできねぇ? それは知らない、脳みそ弄っていいなら解決出来るけど。え、やるの? マジ? 

 

 えーい☆(掌から先を触手にして耳から脳に突き刺す)

 

 ほれ、若旦那、スラングまでサポートしてやったぞ、これで明日から安心だな。余所者だから追い立てられるぅ? 全員叩きのめせよーできるだろ? 

 

 防人としてそういうのは良くない? 真面目だねぇ君。いいじゃん別に、君が守るべきものなんて今は自分の身だけなんだから。

 

 折角だしさ、難しいことも、家の事も、全部忘れて好きにしてきなよ。ま、今日は私の住処に来るといい、豪華だぞぉ? あ、嫌いな食べものある、後で聞いとくけど? 

 ない? いい子だ。

 

 ────それじゃ、存分に、気が済むまで遊ぼうぜ、少年? 

 

 




・こぼれ話

「ああ、イカサマじゃないかって?いやいや、カードの順番全部覚えてたから出来ただけだよ?」

「んな馬鹿な、ゲームごとにシャッフルされるだろう……!」

「シャッフルの瞬間を見てれば、それも込みで覚えられるだろう?」

「は?」

「ショットガンシャッフルは見易くて、覚えやすいから好きよ」

「ああ、忘れてた、お前化け物だったな……」

「おや、ベッドの上では君の可愛い愛人だけど?」

「ハ、逆だろう?また女増やしたって聞いたぞ」

「おや、女の子も君みたいな子も、私としては可愛い恋人だよ?」

「本気で言ってるのがわかるのが困るな」

「ふむ、私的に恋人は沢山いる方が生き物のとして正しいと思うのだけれど」

「人間的には難しいところだ、刺されても死なんだろうが、面倒が起きたら言えよー」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

序説:蛇の夢、母の夢、少年の月

気の狂った外伝です。主人公はみんなも知ってるある人だよ!


 ────1927年、東京の夏の日。

 

 風鳴訃堂という、妙な男が、生まれた(恋をした)時の話だ。

 

 ────そう、事の始まりは、ある女との出会いだった。

 

 

 

 

 

 工場の排煙が煙る東京、夏の昼下がりだった。

()は元服……15になった折に鎌倉から離れ、東京の分家の屋敷に住まわされていた。『当世で刀を学ぶなら、風鳴の家とてこちらから出向かなければならぬ相手がいる』と名のある剣術道場へ通う都合、数年をこの街で過ごす事になっていた。

 そうして、毎日の鍛錬は欠かさなかった。夜明けに屋敷から出て、川沿いを走り、落ち着いてから素振り、型の確認。

 

 ────独りで行い、独りで終える。

 

 本家の人間である己を腫れ物のように扱う家も、東京という人に溢れた街も、どうにも好きになれなかったが、殆どの人間が起きてこないこの時間の鍛錬の時間は好きだった。

 

 だが、ある日から些かその様子が変わっていた。

 

 河川敷、ぼんやりとしたガス灯の光と月明かりだけが照らす空間。川の流れと自身の呼吸、木刀が空を斬る音だけが響く心地よい空間に、闖入者が現れた。

 

「やぁ、こんな早くに随分頑張るねぇ、少年」

 

 蛇の鳴き声の様な、だが艶やかな女の声が響いた。

 

「──────」

 

 息を呑む。化かされたか、と思った。

 何より、あまりに美しかった。

 およそ、人では無いだろうという程の悍ましく美しい(かんばせ)が、蛇の様な笑顔を浮かべている。

 月明かりの下、葡萄染の様な蛇の眼が、此方を覗き込んでいるのを、儂は恐れた。

 

 怯んだ儂は、すぐに頭を振り、女を睨め付けた。白混じりの長い黒髪、派手な花柄の、しかし色味は随分と暗い着物に、履物は最近流行り始めた“はいひーる”とやら。

 

「何用か、()は鍛錬の最中故邪魔をしないで頂きたいが」

 

 内心に浮かんだ、訳のわからぬ感情を努めて抑えて、答える。

 

「ん? 何の用でも無いよ。変わった子がいたから声をかけただけ。あ、お団子食べる?」

 

「……要らん」

 

「そ、真面目だねぇ」

 

 何だこいつは。これでも元服した男に向かって少年などと呼びかけ、挙句菓子など恵んでくる。怒りと共に女の元へ駆け寄り、一言強く言ってやろうとした。

 

「おっと、風鳴の少年。忘れてた」

 

「────!?」

 

 なぜ、名前を。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()思うより先に木刀を振るった。何処かの間諜か、あるいは次期当主の儂を狙った刺客か。悩むより先に身を護る為に体が動く。

 

 流れる様な一連の動き、ただ一文字に振り下ろすのみの単純な技だが、それ故にその速度は鋭く、対処は容易では無い。

 

 筈だった。

 

「危ないなぁ。ちょっと苗字を読んだだけじゃないか、ただの近所の人だったどうするつもりだい?」

 

 鋒を摘まれるだけで、止められる。

 

「っ!?」

 

「驚くなよ、少年。君の周りにはこれくらいできるやつは沢山いるだろ?」

 

「クソッ動か……」

 

 渾身を込めても動かぬ木刀を、話す判断が出来なかったのは未熟故か。理外の膂力で、儂の肉体は引っ張り込まれる。

 

「んなっ!?」

 

「よいしょ、あら、近くで見ると結構可愛い顔」

 

 気がつけば、木刀は奪われた、女に抱き止められていた。女の顔が目と鼻の先まで近づいた。化粧の匂い、香水の匂い、女の匂い、白い肌、今まで受けた事のない情報量に、脳が火花をあげる音がした。

 

「なっなっなっ……!?」

 

「顔真っ赤にしちゃって可愛い〜! いいもん拾っちゃったな!」

 

 ケラケラと女は笑う、くらくらする頭の中でその顔が焼き付くような感覚がした。

 

「んふふふ、ちゅっ」

 

「!?!?!!?」

 

 首筋に唇が当てられる。困惑しているうちに気がつけば女は離れていた。残る柔らかい感触が、熱さを持って響いた。いや、寧ろ顔全体も熱い。他所から見れば、それはもう無様なほど真っ赤な顔をしているのがわかる。

 

「きっ、きさ……きさ……!?」

 

「あはははははは、首筋にキスくらいで随分とまぁ。許嫁くらいいるでしょ?」

 

「ま、ま、まだそういうことは早いわ!!!」

 

「え゛真面目、嘘でしょほんの30年くらい前とかなら余裕で子供いてもおかしくないのに」

 

「時代が違う!!! いつの話をしてるんじゃあんたは!!?」

 

 まだ手だって触れてないんだぞこちとら、何で女だ。……東京は怖い、ここに来て2年だが鎌倉に帰りたくなってきた。

 

「風鳴の長男が随分とまぁ……」

 

「……言葉は関係ないじゃろうが!! 儂だって結構頑張っとるんじゃぞ! どいつもこいつも儂の事を……」

 

「あら可愛い、家族が安芸とかその辺?」

 

 今口走った言葉に気づき、先程まで熱いほど感じていた血の気がサッと引いた。

 

「……あっ。いや、忘れろ、今のは忘れろ」

 

「いいじゃん、地元の“言葉”は大事にしなよ。気がついたら無くなったりするもんだからね」

 

 きょとん、とした顔で女が言った。

 

 ────初めて聞く、言葉だった。

 

「……馬鹿にしないんか」

 

「なんでさ」

 

「…………田舎者だと、不出来な母の真似事などするなと」

 

 儂は何をペラペラと、敵かもしれない女に話しているのだろうか。先ほどから、勢いのまま喋り続けている気がする、しかし、鬱屈した心の澱は堰を切ったかのように口から流れ出した。

 

「……家の連中は、儂ら家族のことを当主が気の迷いで連れてきた田舎者じゃ田舎者じゃと遠巻きに馬鹿にしおる。偉い先生どもはどいつもが儂が母様から教わった言葉を汚い言葉と言いおるんじゃ」

 

 4年前、我が家の唯一の男児だからと、母様が死んだ後に群がる親戚共や、偉そうな先生らのニヤケ面が浮かんでは消えていく。

 

「嫌気がさして、刀一本持って逃げ出した先でも、同じように言われておる。妾の子じゃと馬鹿にされるが嫌で、言葉使いを直したのはよいが、死んだ母様の言葉が儂から無くなっていく気がして喋る気も起きん」

 

 2年前、家宝の群蜘蛛を分取って、汽車に乗った日。分家に転がり込み、道場の師範を叩きのめし、遠ざかられるようになったあの日。

 

 母様が死んでから、嫌な思い出ばかりだった。

 

「────そっか」

 

「……すまん、見ず知らずの女に何を儂は言っとるんじゃろうな」

 

「んーん、いいよ。どんな子も、私の子供みたいなもんだからね!」

 

 離れていた女が、いつのまにか儂を抱き締め、頭を撫でていた。その顔は先程までの蛇の様な愉しげな笑顔ではなく、母の様な、そう、在りし日の自身のそれによく似ていた。

 

「風鳴の家は、嫌いかい?」

 

「…………嫌いじゃ」

 

「そっかぁ、じゃあさ、ここにおいでよ。いつでも話をするからさ」

 

「ここに?」

 

「うん、私暇だからね。あと、本当に嫌になったら何処へでも連れてってやろうじゃないか。何を隠そう、私、実は神様だったりするんだぞ?」

 

 やっぱり化かされたか、あるいは美人局か。悪いモノに捕まったかもしれないと、脳裏によぎるものの、何故か、この距離は先ほどより心地よかった。

 

「──君、名前は?」

 

「……訃堂、()げるの訃に、お堂の堂じゃ」

 

「ありゃ、随分不吉な名前。お母さん君の事大事だったんだねぇ」

 

「────」

 

「あれ? 知らない? 子供の時には縁起の悪い名前をつけると、長生きするのさ。もうそれなりに古くなった習慣だから、そのまま戸籍に書かれちゃったんだろうねぇ」

 

「私、石楠七岐。石楠花(しゃくなげ)と、七つに岐れるって書いて七岐ね」

 

「……本名か?」

 

「んー……浮世で生きる上での本名、かな?」

 

「なんじゃ、それは」

 

 思わず、笑ってしまった。

 

 はて、母様が死んでから、こんなふうに笑ったことはあっただろうか? 

 

「あ、笑った。そっちの方がいいね、君」

 

 ────そう言って笑う七岐の顔は、月よりも綺麗だったと、昨日のことの様に覚えている。

 

 

 

 

 

 

 ────しかして、これが言った通りに、大変なことに巻き込まれるきっかけだったのだが。

 

 まぁ、代わりに儂の人生が楽しくなったと思うと、そんなに悪くもない。

 




はい、シンフォギア十周年おめでとう!!!
うちの風鳴訃堂がどうして綺麗になったのかとかいう話とか、色々なあれ。
風鳴訃堂の言葉遣いって、老人言葉じゃなくて方言なんじゃないかなーって言う発想と、なんであんな護国の鬼になっちゃったんだろとか色々考えた結果の色々です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

本編
1話 旧い獣


久しぶりに書きたくなって書きました。


 地球という星に文明が生まれた。地は征服され海も暴かれたこの頃、ある獣が一糸纏わぬ姿で砂浜を寂しそうな顔で歩き続けていた。

 

「──xるojtるに/&g」

 

 それは白と黒の入り混じり、足元まで伸びた長い髪を持ち、菫色の瞳をした美しい少女の姿をしていた。

 少女の姿をとるにしては身長は高いが均整の取れた肉体をした獣は、しかし人が話す言葉を用いることが出来なかった。

 それはおよそ人の発声出来ない奇妙な声音で何かを呟くと立ち止まり、海を眺める。

 

「=にvm|なぶぅぃるm/8+%はのま」

 

 そうして空と海の狭間を眺めていた獣は世界がひび割れる音を聞き取った。

 わかり合っていたはずの人々が言葉を失い、全てが混沌に満ちる匂いと、音色を受け取ったのだ。

 

「……はoq<〒€るぃびえfk@#なる8!!!」

 

 獣は哄笑する。

 

 世界が壊れていく音を獣は確かに聞き取った、彼女にとって美しいものが見れる世界が訪れようとしていた。

 不和、誤解、破壊、裏切り……そして、それを乗り越える超える程の美しきものが。

 

 獣は愛ゆえに生まれたが、不和を知らない世界を呪っていた。

 獣は再誕する世界を祝福する、そうして一頻り咆哮した獣は、空を駆け出した。

 

 ────ある創世神話より

 

 

 ───────────────────

 

 

「というのが“世界最古の創世神話”と言われるべルーズ陶片に書かれた1節だね。まぁそこそこ有名だと思うから知ってる人も多いと思うけど」

 

 リディアン音楽院の講堂、黒髪に白い髪が束状に混じった変わった髪に、これまた教師としては変わった赤のレザージャケットを着た長身の女教師、石楠 七戯(せきなん ななき)が教壇に立ち、歴史の教科書の内容を掻い摘んで板書をしていた。

 

「まぁぶっちゃけ受験にはぜーんぜん出ないから忘れてもいいけど、歴史に興味があるなーって人は先生のとこに来れば幾らでも教えてあげるよ、専門だからね」

 

 板書に一通りピンクや黄色のチョークで補足を書くと、教室の時計を覗き込んだ。

 まだ終わりには少し早いがこれ以上早めのペースで教えても仕方がないなぁと判断する。

 

「うーん、ちょっと早いけど終わりね。各自好きなように過ごしてていいよ、あ、質問ある人は今のうちに聞くといいね。テストどこら辺出るかも教えてあげる……かも?」

 

石楠(せきなん)せんせー! それダメじゃないですか?」

 

「いいんだよ、お前ら今年担当変わって音楽科目大変だろどうせ。 一般科目もそこそこにしとかないとせっかくの青春勉強ばっかになるぞ」

 

「イェーイ! 神! ありがとう先生!」

 

 そうして生徒たちが続々と手を挙げて質問をし始めた。大半は『テストどこでますか?』『赤点取らないためにはどこ勉強すればいいですか?』のようなのばかりだったが、 ある程度テスト範囲が絞られるようになると、皆が各々自分の興味のある内容について質問し始めた。

 

「先生、この獣ってなにかの象徴とかモチーフなんですか?」

 

「いい質問だね黛、創世神話において共通言語が失われるというのはバベルの塔が有名だな?」

 

「えっと……バベルの塔を建てたら、神様が怒ってみんなの言葉をバラバラにしたってやつですよね」

 

 黛菜々、長い焦茶色の髪を三つ編みにした素朴な少女は少し自信なさげに答えた。

 

「その通り、それで人はわかり合うことが出来なくなり、争いを始めたという。しかしこの獣はそうは思わなかった、争いや不和があっても、わかり合うことが出来なくても人は愛を持てると言いたかったんだ」

 

「はぁ……?」

 

「つまりだな、分かり合えなくても人は生きていけるって話をこれを書いたやつは言いたかったのさ。 何もわからない他人だから、誰かを好きになって恋に落ちたり、嫌いになったり出来るんだよ」

 

「なるほどぉ。じゃあ先生って恋とかしたことありますか?」

 

 黛がふとそんな質問をする。なるほど、高校生という思春期真っ只中の人間達が恋バナに食いつかないはずもなく、教室中の人間は皆恋愛遍歴について聞き始めた。

 

「うーん、そりゃ君たちより永く(・・)生きてる訳だからそれなりに経験はあるけど……プライバシーだから教えない♡」

 

「「「「えー」」」

 

「えーじゃない、大体私みたいなのの恋バナ聞いてもしかたないだろう」

 

「でも先生カワイイから絶対モテたでしょー」

 

「ふふふ……まぁね! 褒めるじゃないか。平常点足しとこうね……冗談だよ冗談」

 

 清々しい返事に教室が笑いに包まれると、ちょうどチャイムが鳴り響く。

 

「ん、終わりだね。 じゃあ各自ノート昼休み楽しんでな〜 あ、来週簡単な小テストするから、成績に反映するので忘れずに。 でも今日の板書の範囲軽く見直すだけで解けるようにしとくから心配すんなよー」

 

 石楠は教室を出る、背伸びをして今日の予定をスマートフォンで確認した。

 これで今日の授業は終わり、非常勤講師なだけあって比較的此処での勤務時間は長くはない。

 街に出てランチでも行くかと思った矢先、もう一つの仕事用端末に呼び出し音がなる。

 携帯の画面を見ると通知欄には[童貞拗らせ乙女]の表記が出ている。

 

「やぁやぁ櫻井女史、何の用事だ?」

 

『あら、もう授業は終わり? 生憎と今日の用事は櫻井了子としてじゃないわ』

 

「ああ、なるほど。アメリカ? それとも骨董品? どっちだ?」

 

『どっちもよ、今度のネフシュタンの鎧の起動実験に横槍を入れる奴らを始末して頂戴』

 

「ああ、翼ちゃん達のライブか。 それは二課としてじゃなく、私個人としての頼み事って事でいいのかい?」

 

『ええ、そう取って貰って構わないわ。 長い付き合いの友人として、たまに手伝ってくれてもバチは当たらないんじゃないかしら?』

 

「おや、拗らせた女の恋愛を眺めるのは好きだが、手伝うのはそこまででもないぞ?」

 

 スピーカー越しに向こうの端末がミシリという音を立ててヒビが入る音が聞こえた。

 

『……黙示録の獣め、相変わらずその口からは余計なことしか口に出さないな』

 

「おや懐かしい名前で呼ぶね、お前は。いつものように気軽にななちゃんと呼んでくれてもいいんだぜ?」

 

『ぬかせ、獣畜生』

 

 渾身の冗談がにべも無く切り捨てられる。会話をしながら今日のランチを検索し、場所を確かめお気に入りのバイクに火を入れた。

 

「おお、手厳しい、それよりどうして私個人に対して頼むんだ? 弦十郎辺りだけで警備は足りないかい?」

 

『……米軍の中でも厄介なのが動き出している、流石に面倒なことになりそうだ』

 

「ああはいはい、お前の横流しした異端技術を弄り回してる奴らか」

 

『異端技術解体技研、別名イドフロント。 あれらの探究心はさすがの私も舌を巻く」

 

「てことはあれか? 頭でも出張ってくると?」

 

『いや、それはありえん、“暁天”は暫く研究に集中する為基地に篭りっきりだ。 出てくるにしても部下の拝者(オプスクラタス)達だろう』

 

「なんだ、尚更私が出る意味ないじゃないか」

 

『いや、イドフロントの技術提供を受けた米軍の特殊部隊が実戦投入される噂もある、先んじて全て踏み潰してくれ』

 

「普通に骨な仕事じゃないか、今度スイーツバイキング奢れよ」

 

 軽口を言ってバイクに跨る。

 

『ふっ、了子さんに任せなさい。三つ星レストランのディナーもつけてあげるわ』

 

 電話越しの彼女はすぐさま櫻井了子としての空気を纏い直すと軽口を返した。

 

「じゃあもう切るぞ、今日は早上がりなんだ」

 

『あら残念、じゃあねぇ』

 

「あ、そうそう。 今ねぇ行きつけの喫茶店の近くにノイズの気配が出たのが引っかかんだけど。これお前?』

 

『……えっ』

 

「お前だな? 茶店のマスター死んでたら二度と頼みごと聞かない」

 

『ちょっ、わかったわよ! 待ちなさい、すぐ退かすから!』

 

「早くしろ、電話切る」

 

『えっ、ちょま』

 

 バイクのアクセルをフルスロットルにして商店街に向かう。特製カレーがこの世から失われる危機が彼女には迫っていた。

 走行中、時速300kmぽっちのスピードに耐えきれなくなった、石楠は走行中のバイクから飛び降りる(・・・・・・・・・・・・・・)。そして地に足をつけだ瞬間に走行中のバイクに速度を合わせて疾走、そのままバイクを持ち上げ背負いあげる。幾らバイクの方が走るより遅く邪魔になったとはいえ買って四年の愛車を使い捨てにするほどアホではない。

 

「どっせい!」

 

 バイクを背負いあげたまま全速力で足元のアスファルトを粉砕しながら駆ける。衝撃波を出さない程度のスピードで急ぐこと3分、行きつけの喫茶店の近くで発生していたノイズの殆どは了子の指示か、皆散り散りに移動し始めていた。

 

「危なかった……了子め、ディナーの時に高いワインしこたま空けるので許してやる」

 

 背負ったバイクを道端に置き、ヘルメットを

 投げ捨てる。

 

赫翠回路起動(イニティエイト)、架空炭素繊維装甲展開」

 

 人体において心臓にあたる部分を構築する完全聖遺物、無限に等しい出力を引き出す失われた永久機関が起動する。

 全身の表皮が黒ずみ、厚さを増していく。全身が黒い装甲に覆われ、顔ものっぺらぼうのような覆われ見えなくなった。

 

「昼飯を邪魔したから、もれなく全員消えてもらうしかないな」

 

 起動した聖遺物の気配に気がついたのか、散会指示を出されたはずのノイズ達が石楠の元に集まり始めた。

 

「あいも変わらずしつこいね、お前たちは。 造物主が死んでも役目からは逃れられない姿はいっそ哀れだけどさ。ちょっとくらいは私みたいに悪い子になった方がいいぜ?」

 

 ノイズは四方から彼女に向かい飛びかかる。 しかし装甲で覆われ、尖った指先はそれらを紙切れでも破くかのように引き裂いていく。

 現在の世界に存在しながらも“存在しない物質”という矛盾した要素を孕んだ架空炭素化合物で構成された肉体は位相差障壁を容易に貫通した。

 

「さて、翼ちゃん達が来るまでに片付けないとめんどくさいなぁ」

 

 黒いのっぺらぼうのような顔面が人の口の位置から真一文字に引き裂かれるように開く。

 そうして出来上がった顎を目一杯開き、咆哮する。

 現在肉体が存在するものを除いた世界全てに浸透する破壊の波動が周辺環境を破壊せずに位相をずらしていたノイズのみを破砕した。

 

「さて、あらかた終わったしカレーでも食べに……げっ」

 

 眼球に埋め込まれた周天を見渡すことを可能とする機構が全速力でこちらに向かうシンフォギア装者を捉えた。

 

「石楠先生!」

 

 こちらを心配するような目でこちらを睨みつける生徒の姿を見ると微妙にやりづらさを感じてしまう。

 というか奏ちゃんまでいるのかぁ、とため息を吐きたい気分になる。無論ため息を吐く器官は現在構築していないため存在しないが。

 

 彼女たちは風鳴翼と天羽奏、特異災害対策機動部二課所属のシンフォギア装者である。

 石楠七岐も櫻井了子のコネで起動した完全聖遺物と同化している特異な人間という触れ込みで所属をしていた。

 

『あー、翼ちゃんに奏ちゃん。 今日も大変だねぇ、元気?』

 

 即席で発声器官を喉に造り話しかける。急いで作ったせいか若干声がザラついているが仕方がない。

 

「先生、迅速な対応はありがたいですが、せめて連絡をですね……」

 

「そうだぜ七岐、私の事情もわかるだろ?」

 

『いやいや 、緊急事態だったからね不可抗力不可抗力』

 

 しかし天羽奏はLiNKERにより体に体に負荷を負いながら適合率を上げているためこうした緊急出撃はその体にかける負担が増す。

 それのため先に連絡を入れておけば出撃を抑えられたという指摘は正しくはあった。

 

(私怒られてるけど、これそもそも了子のマッチポンプだとか言っちゃダメだよなぁ……)

 

 そもそもノイズの大量出現自体フィーネの計画のせいである上にシンフォギアとLiNKERを作ったのもフィーネである。それを知っている身としては叱られているのは微妙に納得がいかないのである。

 しかしそんなことを言えるはずもなく、とりあえず装甲を元の肉体に変換し完全に素の状態へ戻る。

 

「はいはいわかりました、わかりました。悪かったよ」

 

「先生、もう少し真面目に……」

 

「もういいよ翼、別に悪気があったわけじゃないだろう?」

 

「しかし……」

 

「ところでお二人さん今度のライブ、準備は万端かい?」

 

 明後日に控えたデュランダル起動実験、その準備は万端でないと困るのだ、主にフィーネが。

 正直石楠的には別に失敗しようが別にどうでも良いのだが、貸し切りスイーツバイキングが待っている為成功を願わざるを得ない。

 

「ああ、準備のために明日はLiNKERの投与は抑えてライブ準備に専念するつもりさ」

 

「ええ、私も練習は万端です」

 

「そっか、ならよかった」

 

 ならばここからは自分の仕事である、たった今個人用の端末に了子から送られてきたのは現在ライブの情報を探っている米軍の所在地だ。

 路肩に放置していたバイクのエンジンをかける。

 

「ん、ちょっと別件の仕事が入ったから、バイバーイ!」

 

 石南を乗せたバイクは走り去り、ノイズ騒ぎで人のいない道路を爆走し数秒ほどで見えなくなってしまった。

 

「……行ってしまった」

 

「相変わらずよくわかんない人だな」

 

「…….それなりの付き合いだけど、私も全然わからないわ……」

 

「翼、あの人いると口調戻るな」

 

「えっ」

 

 ───────────────────

 

 

 都内某所、廃ビルの一角、異端技術を用いた装備を提供されているアメリカ軍の特殊部隊“ドーンブレーカー”の隊員たちが2日後の完全聖遺物起動実験を調査するために拠点としていた場所がそこに存在した。

 

「ミスク、二課の連中明後日に向けて警備を厳しくしているらしい。探らせていたフューリーの消息が途絶えた」

 

 隊員の1人マーク・ロジャースは一室に設置された大量の機材のディスプレイを睨み、そう言った。

 

「フューリーがか? あの悪趣味野郎が作った装備は持たせてたんだろう?」

 

「──天蓋の反応ごと消滅した」

 

「──なんだと? 中の人間はともかく2000ポンドの爆撃耐える装甲だぞ! なんの冗談だ!?」

 

 不完全ながらも行われた異端技術の解析とリバースエンジニアリングによって生まれた最新鋭のパワードスーツ、それがこの部隊に支給されている天蓋と呼ばれるアーマーである。

 航空爆撃の直撃に耐える装甲、パワードスーツとしての優れた性能や、局地環境に対する適応性など既存の武装とは一線を画す米軍の秘蔵っ子である。

 秘匿のためアーマーの一片に至るまでに微細な発信器が備え付けられており、たとえ破壊されてもすぐに行方を追える仕組みになっていた。それがある一瞬で消滅、着用者を含め完全に行方しれずとなったのである。

 

「捕らえられ、発信器の信号が追えない箱にでも詰められたか……それこそ丸々消し飛ばされたかだ」

 

「……現実的なのは前者だろう、あれを完全に粉砕できるものがあるなど考えたくh」

 

 途切れる言葉、ディスプレイを覗いていたマークは同僚が突然言葉を切ったことに違和感を覚えた。

 

「おい、ミスクどうしっ!?」

 

 そこにはかつて仲間だった物の残骸が残されていた。正中線に沿って力尽くで引き裂かれた肉体は、破片となった肉と血を部屋じゅうにばらまいた。

 

「クソッタレ!! 全隊員、敵襲!! 至急応援を──」

 

「ああ、残念だがね、もうみんないないんだ」

 

 頭上から声がする。マークが見上げると、そこには血塗れになった髪の長い女がこちらを覗き込み嗤っていた。

 

「ひっ……!?」

 

「ああ、そんな怖がらなくていいじゃないか。心外だなぁ」

 

「──お前が仲間を」

 

「ん? ああ、そうだね、君の部隊の人間を全員殺してしまったのは私だね」

 

 天井に張り付いていた女、石楠はスタッと床に降りるとマークに歩み寄り始める。

 

「近づくな化け物が!」

 

 マークは即座に自らの天蓋を起動、腰に巻きつけられた装置から全身にアーマーが瞬時に展開。右腕部に備えつけられたレールガンを発射する。MBTの正面装甲を容易に貫通する弾頭は石楠の頭部に衝突すると激しい音を立て弾かれる。

 

「おいおい、マジかよ……」

 

 マークは驚愕するも、冷静な思考は即座に離脱を選択する。廃ビルの窓から飛び出し地上へ落下、アーマーの性能に任せていれば逃げられると確信したその瞬間、自由落下が何者かにより妨げられガクンっという音を立てて肉体が吊り上げられる。

 

「おや、逃げるとはつれないなぁ」

 

 石南の長い髪、それらの一部が伸縮しマークの肉体に絡みつき拘束をしていたのである。

 

「……正真正銘の化け物かっ」

 

「その通り、君達曰くオーバードだっけ? で、君はこれから残念ながら殺されてしまうわけだけれども……命乞いとかある? ないならないで手間が省けるからいいんだけど」

 

「……殺せ」

 

「うわぁ潔い、なんかないの? 『私には娘が!』とか」

 

「家族はいない、部隊が唯一の家族だった」

 

「ありゃ、それは悪いことしちゃったな」

 

「──悪いと思うならくたばれ、化け物」

 

 マークの天蓋の腕部が発光した次の瞬間、拘束していた髪が裁断される。石楠は彼女にしか認識できない架空炭素繊維が焼け焦げた匂いで何をされたかを即座に判断した。

 

「枢機に還す光……! 私の髪を切断するか、いいね!」

 

 髪を切断された石楠は歓喜の表情を浮かべて落下したマークを追いかけ、ビルの壁面を疾走する。

 

「殺す……!」

 

 受け身を取ったマークはレールガンを三発、両脚と頭部に発射。直撃した弾頭は僅かながらも通った衝撃で動きを阻害、1秒程時間を稼ぐことに成功した。

 

 天蓋により強化された筋力で行われる踏み込みは彼我の距離10mをコンマ1秒で圧縮する。両腕に展開された光の刃、“枢機に還す光”は3秒程度しか展開できないものの聖遺物を含めたあらゆる物質を切断する。しかし、無防備に動きを止めた石楠に光の刃を振るいその肉体を焼き切ろうとしたその瞬間、マークの腕が受け止められ、目が眩むほどの光が爆発した。

 

「枢機に還す光、私の肉体にも損傷を与えられる数少ない物だけどね、別にそれも無敵ではないんだ」

 

 いつのまにか展開されていた架空炭素装甲を纏った両手、それが光の刃を展開した両腕を受け止めていた。

 

「馬鹿な!?」

 

「──枢機に還す光の仕組みは莫大な熱量で焼き切るだけじゃない、直撃した物体が従っている世界法則を劈開して破壊を齎すものなんだ。だから架空炭素みたいな同一軸に存在する矛盾した現象に衝突すると、バグを起こして反発を起こす」

 

「何をわけのわからんことを……!」

 

 マークは焦っていた。枢機に還す光が消えるまで残り2秒、再装填にかかる時間は0.5秒、目の前に存在する化け物相手には無限に等しい長さの隙である。

 刃を受け止めて両手が塞がっている今、鳩尾を蹴り飛ばし次の一撃のために距離を取る、そう判断し、実行。

 

(再装填までの時間、レールガンを当ててもう一度隙を……は?)

 

 石楠を蹴り飛ばし、距離を取るはずが宙を舞っていたのは自分の身体。視界の端には地面を掴むように食い込んでいる石楠の足が映った。天蓋の身体強化により増した膂力により放たれた蹴りはマークの肉体を弾丸のようなスピードで弾き飛ばす。

 

「しまっ」

 

 生まれた一瞬の隙、空中では体勢を立て直すことも叶わず、獣は喉元にすでに迫っていた。

 

「名も知らぬ青年、楽しかったよ」

 

 鋭い爪が胴を引き裂く、周囲に内臓と血が飛び散り、マークは絶命した。

 

「……さて、スイーツバイキングの分は働いたかな?」

 

 部分的に展開していた装甲を解除、グッと伸びをするとマークの死体、正確には装備されていた天蓋からヘルメット部分を首ごと引っこ抜く。

 

「……なんで首だけもって帰らなきゃならないんだろうね、相変わらずフィーネの考えてることはわかんないなぁ」

 

 首を小脇に抱えてフィーネに指定されていた場所へ持って行こうとしたその時、光を失っていたヘルメットが再び起動する。

 

『──ガガッ────ガッ──ああ、ようやく繋がりました』

 

「……首型の電話って趣味悪いと思わない?」

 

『仮面越しでの挨拶は少々無礼でしたか、久しぶりですね、七岐』

 

「お前に呼び捨てにされる謂れはないんだけど……まぁいいや、用件は? “暁天”」

 

『おやおや、私のことはバルトロメオと読んでくださって構わないのですが……まぁ良いでしょう。 用件といってもちょっとした事ですが……近々、と言ってもあと数年はかかりますが。我々イドフロントは米国から離脱しようかと考えていまして』

 

「……もしかして勧誘? やだよ、お前絶対私で実験するじゃん」

 

『ええ、貴方ならそう言うでしょうと思っていました。まぁ構いませんとも、友人として少し連絡を入れておくのが良いと思っただけですよ』

 

「そう、で? 終わり?」

 

『ええ、あともう一つ、起動した天蓋には自爆機構が備え付けられています。あと30秒程で爆発しますので、耐えられた時は私に威力等の評価を教えてくださいね』

 

「……(化け物)が言うのもあれだけど、お前ほんとどうかしてると思うよ?」

 

『貴方なら間違いなく耐えられると信頼しています、頑張ってくださいね』

 

「──次会ったら拝者(オプスクラタス)の5人は覚悟したほうがいいぞ?」

 

『貴方の戦闘行為を間近で見れるのは嬉しいですが、不用意に拝者を消費されては研究に支障が出ますね。来るときは是非連絡を入れてください、歓迎しますとも』

 

【自爆システム起動、動力炉縮退開始】

 

 機械音声と共に仮面が黒い波動を放ち振動を始める。石楠の視界で捉えられる放たれるエネルギーの量からしてこの廃ビル一つを巻き込んで余りある爆発が起こる事は明白であった。

 石楠は全身装甲を纏い直すと、廃ビルの壁面を駆け上がり、そのまま空中へ飛び上がった。

 全力で飛び上がった反動で廃ビルの屋上及び最上階は崩壊、上空およそ300mほどの高さまで上昇した時点で爆弾は起爆した。

 重力崩壊により発生した擬似ブラックホールが石楠の肉体を襲い、莫大な重力に圧縮された装甲が軋んだ。

 数秒後、発生したブラックホールは消滅し右腕と左脚が奇妙な形に折れ曲がった石楠が落下を始める。

 

「あの外道が自由になるか……やだなぁ、あいつ面白いけど怖いし……」

 

 完全聖遺物起動実験を控える中、不穏な情報ばかりが面倒な友人達から集まり始める。

 神が消え、バラルの呪詛が広がった世界が少しずつ変わり始めているような気配を、獣は感じていた。

 

「それはそれとして、どうしよ仮面……」

 

 頼まれごとのちょっとした失敗に、若干気分が萎えていた石楠であった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2話 何度目かの過ち

ちょっと短めです




 米軍特殊部隊を始末した2日後、ネフシュタン起動実験『Project:N』を行う日がやってきた。ライブ会場の別室、石楠と了子の二人は機材を取り付けられたネフシュタンの鎧のすぐ側、ちょうど待機している人間の死角になるような場所で会話をしていた。

 

「懐かしいなぁこれ」

 

「これのシステムの雛形、貴方だものねえ」

 

「あ、了子、ここ禁煙?」

 

「勿論」

 

「一本だけダメ?」

 

 懐から出した特徴的な煙草、クローブを使った物で非常に匂いが強いことで有名な物を一本取り出した。

 

「ダメよ、というか禁煙じゃなくてもそれ吸ったら叩き出すわ」

 

「ダメか、まぁいいけどさ。 で、どういう手筈を想定してる?」

 

「起動試験は想定の通りなら確実に成功するわ、起動後にノイズの襲撃を起こしてその混乱に乗じて鎧を強奪、いい感じに行方を晦ますの」

 

「うわぁ雑。あ、私はもうなんもしないから、邪魔もしないけどさ」

 

「貴方の方が動けない理由は適当にでっち上げておくから大丈夫よ、私以上に聖遺物に詳しい人間なんていないから誤魔化すのは難しくはないわ」

 

「あっそ」

 

 ポケットから取り出した別の普通の煙草にジッポーで火をつけ深く息を吸う。 肺にあたる部分には呼吸を真似るだけの胞が存在するだけだが、味覚や痛覚は機能するため問題はなかった。

 

「禁煙って言ったでしょうが……はぁ、一本だけよ」

 

「ん、ありがと。 おっと、ライブ始まったな」

 

 ツヴァイウィングの歌が聞こえ始め、それと同時に観客の歓声が鳴り響くのが別室にまで届き始めた。

 

「ライブ中盤になれば十分なフォニックゲインは溜まるはずよ、起動して暫くしたら合図を出すから、そしたら隠れてていいわ」

 

「ん、避難誘導とか邪魔しなくていいのか?」

 

「……してもいいけれど、貴方そういうの嫌いでしょ?」

 

「やるべきならやってもいいんじゃないか? そりゃ勿論目の前で人間がいっぱい死ぬのは悲しいけど、そういう時にしか見れないものもあるしね」

 

「──そこまでする必要はないわ、どうせ勝手に足引っ張りあって山ほど死ぬもの。人間ってそういうものでしょう?」

 

「まぁね、だから好きなんだけどね」

 

 煙草を携帯灰皿に入れ、揉み消すと満面の笑みで石楠は答えた。

 

「見解の相違ね」

 

「いやいや、単純に好みの違いだとも」

 

「貴方、本当に人間好きねぇ……」

 

「大好きだとも、矛盾を抱えながら、愛を語る生き物は見てて楽しいだろう?」

 

 雑談をしながら、恙無く時間は流れた。そして規定値のフォニックゲインが溜まったことを示すサインが機材のディスプレイに示された。

 

「────時間よ、始めるわ」

 

「そっか、後でな」

 

 石楠はそう言ってライブ会場、観客席の中に紛れ事の行く末を見守る。ライブ中盤、歌が一つ終わり、盛り上がりを見せ始めた頃、ライブ会場外周から爆発と破壊音が鳴り響きフィーネの召喚したノイズが殺戮を開始する。炭化する観客、混乱に包まれる会場、逃げ惑う群衆。

 

「派手にやるねぇ、奏ちゃんと翼ちゃんはもう応戦中と」

 

 歌姫達がノイズを切り倒していく中、石楠は崩れた瓦礫の隙間に身を潜めて会場の様子を窺っていた。

 

「うんうん、極限状況で自分の命欲しさの行動、実に美しい生命活動だ。あっ、また死んだ」

 

 ノイズから逃れようと逃げ惑う人々、将棋倒しになり圧死する人間や、一人だけ逃げるために目の前の人間を突き飛ばし、ノイズの囮にする者。極限状況が、人々に様々な行動を取らせていた。

 

「なるほどこっちは無駄なことをしてでも人助けする善良な人々、いいね」

 

 瓦礫に挟まれた見ず知らずの他人を救おうと必死に救助をしようとノイズに炭化される人々。混乱に負けず避難誘導をしようとするが、混乱した群衆に押し潰される男。

 

「そして、命をかけてノイズを倒すシンフォギア装者達。 やっぱり人間はいいなぁ、慈しむ愛があるのに利己的だ。 不和の生み出す混沌に愛、最高に楽しい」

 

 善き人々に、愚かな行い、高潔な意思、全てが彼女にとっては輝かしいものに見えていた。人を愛した獣として伝説に残ったソレはたしかに平等に人を愛しているが、あまりに人のそれとは程遠い。

 そうしてノイズを倒し続けている奏と翼を眺めていた石楠だったが、奏の様子がおかしいことに気づく。

 

「ん? ああ、LiNKERの効果限界か」

 

 LiNKERの限界時間を超えた奏は、足場が崩れたことにより動けなくなった子供を庇い、ギアに損傷を負った。そして損壊したギアの破片がその少女に突き刺さる。

 

『──おい! 目を開けてくれ! 生きるのを諦めるな!』

 

 少女は目を開く、それを見た奏が安堵する様子を石楠は眺めている。

 

「ガングニールの破片が刺さったか。あの子、放って置くと私ちゃん二号だな……ぁ? 絶唱? うーん、それは困る、非常に困る」

 

 LiNKERの効果が切れかけた奏が短期決戦の手段として選んだ、絶唱。しかし現場のコンディションで放った場合、バックファイアによる確実な死が彼女を待ち受ける。

 

「ぽちぽちっと、もしもし了子? 今どこ?」

 

『もう脱出したわ、どうしたの?』

 

「奏が絶唱しようとしてるからノイズ消し飛ばしていい?」

 

『……構わないけど、どうして?』

 

「いやさ、力がある人間は生きてた方が面白いことが起きそうな気がしない?」

 

『……私的にはちょっと困るのだけど、まぁいいわ、好きにしなさい。ああ、言い訳は自分で考えて置くのよ』

 

「じゃお言葉に甘えて」

 

 装甲を纏った戦闘形態に瞬間的に変化すると絶唱しようとする奏の顎を壊さない程度の強さとスピードで殴りつけた。

 

「はいストーップ」

 

「ほべっ!?」

 

 その場に崩れ落ちる奏、その間に襲いかかるノイズは硬質化した髪が自律的に迎撃を行い、細切れにされていた。

 

「い、いきなり何すんだ!? てか今まで何してたんだ七岐!?」

 

「うん? ノイズと戦ってたら瓦礫が頭蓋に直撃して脳機能が落ちてた。まぁそれはいいとしてさ、生きるのを諦めるなって言った口で絶唱はお姉さんよくないと思うぜ?」

 

 黒い無貌がミチミチと音をあげ、大きく口を開く。心臓の回路は唸りをあげ、熱核兵器に匹敵するエネルギーが供給される。

 指定対象は生物は完全に除きノイズのみ、ライブ会場一つ分の範囲ともなると多少の判別不足によって消し飛ぶ建造物は生じるが、やむを得ないと切り捨てる。

 極限まで圧縮されたビー玉ほどの黒い球体が石楠の異形の顎門から発射、会場中央へ近づき停止。

 数瞬の静寂、ノイズ達もそれから逃げようとしていた観客たちも時が止まったかのように停止する。

 

 ────縮退天体・黒天

 

 圧縮されたエネルギーは黒い爆発となりノイズと、少しばかりの瓦礫とステージの何割かが消失(・・)した。

 

「うーん、スッキリした」

 

「聞きたいことは幾らでもあるけど……あんたが間一髪で間に合ってよかったよ、本当」

 

「いやぁ、ごめんね? 私が寝てる間にこんなことになってたとは」

 

「──ッ、七岐、この子を」

 

「ああ、心配しなくても重要な臓器には刺さってないよ。 失血死だけ気をつければ助かるよ、多分」

 

 実際はすでに刺さった聖遺物が体組織と融合を始めているためだが、説明するだけ面倒な石楠はそれを言わず、少女を抱え既に限界を迎えている奏を負ぶる。

 

「おっ、やぁやぁ翼ちゃんおつかれー」

 

「奏!! 七岐さん! 無事でしたか!」

 

「うん、丈夫だからね。随分と荒らされてるからね、弦十郎あたりは大丈夫かもしれないけど他のみんなはヤバそうだし、救助に行こうか」

 

「はい」

 

 ノイズの消えさった現場では比較的恙無く避難は終わったものの、それまでに起こった被害は死者行方不明者合わせ5673人。早期にノイズが消失したため最悪よりはマシな状況に抑えられたものの人々に残された爪痕は大きなものであった。

 

 そしてシンフォギア装者の奮闘のその裏で、ネフシュタンの鎧は起動は為され、フィーネの手の内に落ちた。

 

「という訳でフィーネ、完全に起動したネフシュタンの鎧の感想は?」

 

 ライブ会場襲撃から幾ばくかの時間が経った後、フィーネの隠れ家の一つで石楠はビール瓶片手にソファーで寝転がっていた。

 

「上々ね」

 

「私からするとただの私の型落ちだけどなぁ」

 

「そりゃ全身完全聖遺物の貴女ならそうでしょう。比較にならないわ」

 

「ふふん、伊達に黙示録の獣だなんて言われてないんだな、これが」

 

「開発者も、人類滅ぼすため作った奴がこんななのは流石に哀れね……」

 

「で、世間話するために呼んだの?」

 

「いいえ?」

 

 そう言って指を弾くと、立体ホログラムデイズプレイが壁面に現れた。そこには現在著しく政府能力が瓦解、弱体化し完全に治安が崩壊しているヨーロッパで暗躍する大量の秘密結社に関する情報だった。

 

「──うわぁ、アダムだ」

 

「パヴァリア光明結社が妙な動きをしている」

 

「……いつものことじゃん」

 

「その通り、つまり?」

 

「「邪魔してこい」」

 

「いえーい」

 

 ハイタッチの乾いた音が部屋に響く。その音で隣の部屋で眠っていた少女、雪音クリスが目覚め、イラついた顔で部屋に乗り込む。

 

「うるっせぇ!! 今何時だと思ってんだ!?」

 

 ソファーに寝っ転がりながら石楠はビール瓶をプラプラ振って返事をする。

 

「午前2時」

 

「そうだよ午前2時だよ、まともな人間なら寝てる時間だぞ」

 

「怒るなよクリス〜ビール飲む?」

 

「要らん!」

 

「まぁまぁクリス、騒いじゃってごめんなさいね。夜食でも食べるかしら?」

 

「……いい、太る」

 

「じゃスムージーとかにしましょう」

 

「いや、いいよ別に!」

 

 酒瓶を置き、タバコに火をつけた石楠はクリスに構い倒すフィーネをぼんやりと見つめていた。昔よりはるかに丸くなった友人を見るのは中々にこそばゆい気持ちになる。

 昔のフィーネなら『痛みだけが人の心を絆と結ぶ』とか言って虐めてただろうに、などと益体もないことを考えていると先程までフィーネがフルーツを切っていた包丁が額にスコンと突き刺さった。

 

「んべっ」

 

「今余計なこと考えたでしょう」

 

「これくらいじゃ死なないとはいえ痛いのは痛いんだぞ」

 

「フィーネ、もうこれ使って料理できないんじゃねぇか……?」

 

「洗えば落ちるわ」

 

「そういう問題なのか?」

 

 惨劇の裏で、次なる動乱の芽生えが起こるその時まで日常は緩やかに流れる。

 

 数千年を生きる少女は真実を知りながらも過ちを抱えたまま走り続ける。獣は、過ちと痛みを抱えてそれでも走り続ける少女の肩を支えて歩き続ける。

 

 数千年の果て、終わりは見えつつあった。




しばらくソードワールドを遊び続けていた結果、更新は遅れに遅れこの始末。
反省、できたらいいなぁ……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3話 全能たるヒトガタ 壊れたケモノ

更新が遅いのはFF7Rが悪い(責任転嫁)
FF7の1番のヒロインはクラウド


 イタリア行きの航空機に乗りながら、黒いワンピースにトレンチコートを着た石楠は窓の外を眺めぼうっと眺めていた。機内食は食べ終え、映画を見る気分でもない、最近の飛行機は禁煙でやだなと棒付きキャンディを齧る。

 

(いやー訃堂にゴネてよかった、まさかファーストクラスとは。金あんだなぁ)

 

 フィーネの頼みでヨーロッパのパヴァリア光明結社との揉め事の解決を頼まれた石楠は2課の諜報活動という体で出張に出ていた。

 なお、当初はビジネスクラスでの移動の予定だったが風鳴邸に顔パスで乗り込んだ石楠が風鳴訃堂に直談判してファーストクラスをもぎ取った経緯が存在する。

 

『ファーストクラス? まぁいいじゃろ、代わりにどうせヨーロッパに行くなら何か面白い土産でも持ってくるのを期待しておるぞ』

 

『りょ』

 

『相変わらず気安い喃、お前……』

 

『百年以上友達やってるんだから今更でしょ』

 

『かっかっかっ、それもそうか。土産頼んだぞ』

 

『ん、適当な異端技術でも拾ってくるよ』

 

 といった一部始終を経て、石楠はイタリア行きの飛行機の中で豪華な機内食を食べながら優雅な空の旅ができているわけである。

 到着まで後数時間程度になり、適当に映画でも見るかと、パクパクと雑に、しかし本人的には丁寧に機内食を口に入れ食べ終える。

 皿を片付けをようと近づいてきたCAに、食後のコーヒーでも貰おうとした石楠は錬金術師特有(…………)の薬品と異端技術の匂いを嗅ぎ取った。

 

「……あー、あれか? また転職でもしたか、サンジェルミ」

 

「違うわよ……! 貴方ならこっちに来るって言うからお目付役しろって局長に……!」

 

 石楠の目の前で青筋を浮かべるその人物は、CAの変装をしたパヴァリア光明結社の幹部、数百年を生きる錬金術師サンジェルマンだった。

 

「お前、苦労してるなぁ」

 

「原因は貴方でしょうが……!」

 

「お疲れ様、で、コーヒーは?」

 

 わかった上でおちょくられ、さらに額の青筋は増えるが、怒りを押し殺したサンジェルマンの手によりきちんとコーヒーは渡される、一通の手紙を添えて。

 

「ん?」

 

「局長からよ、『風情があっていいだろう? 親友に渡す手紙というのも』だそう」

 

「……友達いないんだなあいつ」

 

「プッ、ふふ……それ、本人に言ってやりなさい」

 

「お前たちの拠点が更地になっていいならね」

 

 呆れた顔で石楠は手紙を開く、上手いようで微妙に味のある文字で書かれたそれを至極面倒だ、という面で読み進める。

 

『拝啓、我が友よ。どうやら会いに来るらしいね、私に。言葉を交わすのも数十年ぶりか、今でも昨日の事のように思い出すよ、あの喧嘩を。最近の近況だが、暗黒大陸と言われている欧州も、経済面はともかく裏の面では我々の統治が進みそれなりに治安の回復は進んでいる。友の忘れ形見の動向だけが懸念事項だが、上手くいっていると言えるだろう、概ね。到着したら裏面の番号に連絡をくれたら案内役の車に乗ってくれ。予約しておいたんだ、いいワインを出す店を』

 

 裏面には携帯電話の番号がこれまた同じ書体で書き込まれていた。格好つけて手紙に香水まで吹き付けてあるのに気づき、石楠は腐れ縁のハシャギっぷりを早々に見せつけられ辟易とする。

 

「……で、案内役もお前?」

 

「……そうよ」

 

「お前、本当に幹部? 雑用係じゃなくて?」

 

「言わないで! 最近私も局長の尻拭い役ばっかやらされてるのちょっと気にしてるんだから! ……とにかく、ここでの仕事は終わりよ、降りるまで話しかけないで」

 

「……お疲れ」

 

「憐むな……」

 

 哀れなパヴァリア光明結社筆頭幹部を見届けると石南は着陸までの数時間を備え付けのディスプレイで映画を観て暇を潰す。

 

 そうしているうちに飛行機は空港に到着、革の旅行鞄一つを持って降り通常の税関ではなく外交官用の窓口を通り空港の外へ出る。

 

「乗って、送るわ」

 

「……リムジンかよ、金あるな」

 

「今空いてる防弾、耐爆仕様の車両がこれくらいしかなかったのよ」

 

 石楠は黒塗りフルスモークのリムジンに乗り込み、備え付けられていたシャンパンを勝手に開け、瓶のまま飲み始める。サンジェルマンはその素行の雑さに呆れながら車を出発させた。

 

「何処と抗争中なんだ?」

 

「今は各地方のマフィアが錬金術師達の地下組織を取り込んで連合を組んでる状態よ、いつ何処で襲撃があってもおかしくないの」

 

「で、局長の友人らしき私が来て一騒動起きそうだと」

 

「そうね、どうせフィーネの差し金でしょう? 何を探りに来たのかしら?」

 

「ん、最近やけに勢力拡大が激しいのが気になるってさ」

 

「ああ、そういうこと。別に隠してるわけじゃないわ、単純に欧州の錬金術師達が暴れすぎているから無理やりにも統合してやろうってだけよ」

 

 サンジェルマンはそう言うと現在の欧州の実情を説明し始める。欧州は経済崩壊により治安が悪化の一途を辿っており、地下に隠れ潜んでいたオカルト組織、つまり異端技術を習得した人間達による分割統治が始まっていた。かつての都市国家時代のような群雄割拠の地獄絵図の中パヴァリア光明結社局長、アダムがそれらかなりの部分を併合し完成したのがパヴァリア光明結社である。ここまでは裏の世界では常識であったが、現在ではさらに事情がややこしくなりつつあった。

 

「今に始まった話じゃないだろう? なんで今頃になって問題になるんだ?」

 

「米国の介入が激しくなったのよ。我々の組織統合と綱紀粛正で、治安が安定化し欧州の復興も目処が立ちつつあるわ。様々な利権のパイを奪うのに丁度いいと判断したんでしょうね、今まで潰してきた各組織の残党がアメリカの支援を受けて暴れ出しているの」

 

「なるほどね、絡んでるのは暁天周りか?」

 

「そうね、その辺りも怪しいけど、国家首脳陣でも欧州に食い込もうとする動きは顕著よ。欧州の異端技術を取り込んで世界のイニシアティブを取りたいんでしょうね」

 

「アダムはそれについて?」

 

「今のところ局長は何も、実際今のところは対処療法でどうにでもなる範疇だから興味がないんでしょう」

 

「だろうな、そういう些事に拘うタイプじゃないだろ」

 

「だから困るのよ……さて、着いたわよ」

 

「うん、ありがとなサンジェルミ」

 

「お礼は言わなくてもいいわよ、かわりにしっかり働いてもらうことになるわ」

 

「……ああ、私もしかして餌?」

 

「────C'est vrai(そうよ)

 

bât*rd(クソが)

 

 罵声を浴びせながら、投げつけられたシャンパンの空き瓶をこともなくサンジェルマンはキャッチする。石楠は澄ました顔を見て額に青筋を浮かべながらリムジンから降りた。

 

 そこは一見小さな家にしか見えない場所だったが、しかしよく見ると小さいながらも看板が置いてありレストランだというのが見て取れた。

 

 古めかしい木の扉を開け中に入ると、ほんの数席だけが用意された小さなレストランがそこには存在した。壮年の給仕に案内され、石楠は店の最奥に存在する窓のない個室に向かった。

 

「やぁ、久しぶりだね、親友」

 

「相変わらず喋り方が鬱陶しいな、アダム」

 

 白いスーツを着た美しい青年が一人、パヴァリア光明結社局長、原初のヒトガタ、アダムである。

 

「で、いいワインは?」

 

「既に用意してある、つきたまえよ、席に。ワイン以外も絶品なんだ、特にラム肉料理が」

 

 促され、アダムの対面に石楠が座る、すぐさま給仕がワイングラスに赤ワインを注ぎこんだ。なみなみとワインが注がれたグラスを2、3回ほど回し、一息に飲み干した。

 

「──いい趣味だ、それなりに新しいが美味い」

 

「そうか、嬉しいね。友人が葡萄農園と酒蔵を持っていてね、そこで作られたものなんだ」

 

「ふっ、なんだ、私以外に友達いたのかお前」

 

「いるとも。私と君の間の繋がりは友という言葉で括るには些か深すぎるとは思わないか? なぁニムロド(……)

 

「深くない、殺し合いしただけの古い友人ってだけだろう? それとその名前で呼ぶな、むず痒い」

 

「おや、恥ずかしがらなくともいいだろう、自明だよ、我々の仲が良いのは」

 

 アダムは久しぶりの友人の来訪にワインのハイペースで飲み干していく。

 

「しかし、不便だな、酔いを知らぬ体というのも」

 

「昔のお前が聞いたら発狂しそうなセリフだな」

 

「ふ、完璧な肉体と自負していたのは昔の話さ。君という存在に敗北した日から、生まれ変わったと言っても良いだろう、私という存在は」

 

「ただの親離れ(……)の表現がいちいち気持ち悪いんだよお前……ところで、ここの店員、避難は終わってるか?」

 

 給仕達はすでに姿を消しており、部屋にはアダムと石楠の二人のみが残される。

 

「勿論、必要な料理を並べてもらった後は全員地下室に待機中だとも」

 

「そう、手際がいいな、じゃあお前は暴れるなよ。お前が動くと店が消し飛ぶ」

 

「失敬だね、友よ。最近は出来るようになったんだよ、手加減」

 

「……規模は?」

 

「難しいね、人間大より小さくするのは」

 

 その言葉を石楠は鼻で笑うと、手酌でワインを注ぎ、一口だけ飲みグラスを置く。その液面に不自然な波紋が走る。石楠はテーブルクロスを机上の料理を一切巻き込まずに一瞬で引き抜くと壁面に投げつけた。

 すかさずアダムが手元のフォークとナイフで壁にそれを縫い付ける。

 

「食事中だ、三下」

 

 壁の四隅に投げつけられたフォークとナイフで縫い付けられたテーブルクロス、次の瞬間爆発音と共に壁が粉砕。

 一瞬だけ布で受け止められた瓦礫を石楠は発勁の要領で布に包まれた破片全体に衝撃波が伝わるよう掌底を叩きつける。

 瓦礫はチリ一つを料理につかせる事なく外へ全て弾き出され、襲撃者達を巻き込み街中は放り出された。

 

「これは弁償だね、食器代は」

 

「壁はどうする」

 

「向こう持ちだとも」

 

 壁に縫い付けられた布を引き裂き、二人は襲撃者の元へ向かう。

 

「ぐっ……完全な奇襲だったのでありましたのに……」

 

「なんだ、子供か」

 

 そこには旅行鞄を抱え、異形の尻尾を生やした狼少女が一人。彼女は瓦礫の中から立ち上がりこちらを睨みつけていた。

 

「ほう、興味深いね、パナケイア流体を用いた人工怪物かい」

 

「なんだ、知り合いか?」

 

「必ず目を通していてね、部下の研究成果には。数ヶ月前に結社を抜けた者達のだったが、実物を見るとは思わなかったよ、こんな形で」

 

 かつての部下の失敗作(……)がどういうわけか自らを襲撃している。結社の局長として粛清の詰めが甘かったか、と内心反省をしながらアダムは頬を掻いた。

 

「敵前でおしゃべりとは油断しすぎなのであります!」

 

 少女の前に立つ二人に上空からミサイルの雨が降り注ぐ。石楠が動こうとするのをアダムが静止した。

 次の瞬間、アダムが指を鳴らすことで生じた多数の極小規模の核融合反応により爆発することなくミサイルが蒸発。

 

「そんなっ!?」

 

 上空でブースターで飛行しながらミサイルをばら撒いていた女は驚愕した。女の身体は一見するだけで全身が機械で構成されているということが見て取れた。足の裏側のブースターで飛行しながら今も指先から機銃を撃ち続けているが一切効く様子が無いことに焦りの表情を浮かべていた。

 

「どうだい? 出来ただろう、手加減?」

 

「お見事、正直馬鹿にしてたぜ」

 

 思ったより我が友人は頑張っているらしい、と感動していたところ、石南は背後からの気配を感じ足下にあったコンクリート片を掴み叩きつけた。

 

「ぐぇっ!?」

 

 生身の顔面をとらえた感触がしたが、肉を削ぐ感覚がなかった為殴り飛ばした者もおそらくは人間ではないだろうと予測する。

 

「で、こいつら何者?」

 

「ヒトとヒト以外を繋げる物質、パナケイア流体を用いた伝承の怪物の再現実験、その産物さ。だが失敗だろう、結果はね」

 

「要するに私の後輩(……)か。それにしてもパナケイア流体ね、よく再現出来たな?」

 

「作られた怪物という点ではあながち間違いではないな、我が友。だが比べ物にならないよ、完成度では。パナケイア流体と称しているが僕たちに流れるモノの再現度としては1%ほどに過ぎない。稀血で浄化しなければ生存すら危うい失敗作さ」

 

「なんだそりゃ、どうしてそんなもんを人間にぶち込んだ? バカか?」

 

 空中を飛んでいた機械仕掛けの女は地上に降り、狼少女と、先程石楠に背後から襲いかかった少女が集まる。少女二人を庇うように立つ機械(……)に石楠は問いかけた。

 

「名前は?」

 

「……それを聞いてどうするというの」

 

「ああ聞く必要はない、友よ。久しぶりだヴァネッサ、それに初めましてかな? ミラアルクにエルザ」

 

「っ……お久しぶりです、局長」

 

「死んだと報告されていたよ、ファウストローブ実験の事故でね。義体処置をされていたとは、いやはや、彼はやはり殺しておくべきだったな、あの時」

 

 ため息を吐き額を抑えるフリをするアダム、そもそもパナケイア流体を用いた実験自体が非人道的な者であったため、内々で研究員達を含め全員を粛清するはずだったのが、直前で雲隠れされたのだ。

 

「あら局長の手を煩わせる必要はもうありません、もうすでに片付けました」

 

「おや、ありがたいね。吝かではないよ? その功績を持って我が結社に再び来るのは」

 

「……残念ですが、我々はパヴァリア光明結社に戻る気はありません。私達はノーブルレッドとして、人に戻る方法を探します」

 

「構わないさ、素晴らしいものだよ、雛鳥の旅立ちはね」

 

 パチパチと手を鳴らし、アダムはいつものような薄い微笑みを浮かべる。境遇が境遇である、自身以外の錬金術師への不信感からこちらに戻る気がないことなど百も承知だった。

 

「ああ、しかし残念だよ、飛び立とうとする雛鳥を殺してしまうのはね」

 

 アダムは指を三度パチンと鳴らす、ノーブルレッドの三人がいたその場所に先程使用した極小の核融合爆発が生じようとしていた。

 

「エルザちゃん! ミラアルクちゃん! 逃げて!」

 

 ヴァネッサは二人を庇い突き飛ばそうとしたその瞬間、アダムの指が石楠の手によってへし折られる。

 

「……なぜ止めるんだい、我が友?」

 

「せっかくの後輩だ、私が相手するよ」

 

「ふむ、そうか」

 

 へし折られた人差し指を気にすることなくアダムはさっさとその場を去り、先程の食事の席に戻っていく。

 

「却説、化物後輩諸君、遊ぼうか?」

 

「……貴女、何者? 局長の友人というだけじゃないみたいだけど」

 

「言ったろ? 化物の先輩だって。遊んでやるよ」

 

「────舐めんな!」

 

 拳に外套状に身体を覆っていた羽を、バイオブーステッドユニット「カイロプテラ」を巻きつけ、筋力を極大まで増強させたミラアルクが石楠の顔面に拳をたたき込んだ。しかし顔面で直接受け止めた石楠の身体はピクリとも動かない。

 

「なっ────!?」

 

「吸血鬼の怪力の再現か? 喜べよ、イギリスの本物の足元に小指程度はかかってるのは保証する」

 

 皮膜に包まれた腕を石楠が握りしめる、万力のような力で締め上げられた腕は骨は粉砕、急激にかけられた圧力に血管が耐え切れられず破裂する。

 

「ぐ、ゔっあああああああ!?!」

 

「5回ほど叩きつけるが、壊れてくれるなよ?」

 

 激痛に苛まれるミラアルクを構わず地面に、まるでおもちゃを投げつける子供のように乱雑に叩きつける。一度、二度、三度、四度目の途中で握っていた腕が肩口から千切れ、ボロ雑巾のようになったミラアルクが転がり落ちた。

 

「4回か、存外脆いな」

 

「ミラアルクちゃん!? ッ──コレダー!」

 

 激昂し、ブースターで間合いに飛び込んだヴァネッサ脚部が展開、強烈な雷撃を石楠の肉体に流し込もうとする。

 

「なんだ、ちょっと壊れた程度で怒るなよ、後輩」

 

 しかし、石楠は指先で展開した足先を掴むと雷撃を物ともせずにその場に立ち続ける。

 

「家族がボロボロにされて、怒らないわけないでしょうが!」

 

「化け物が家族ごっこね、懐かしい(……)

 

「貴方に、何がっ!」

 

 ヴァネッサは蹴り足をさらに捩じ込もうとするが、力を込めた瞬間、まるで支えをなくしたかのように体が倒れ始める。突如として起こった異変に困惑、掴まれていたはずの右脚を見る。しかし、そこにあるはずのモノが、ない。

 

「っ……あ゛ぁ!!」

 

「人の群れに放り込まれた化け物の気持ちなら嫌というほどわかるぞ? なんせ、神様がまだいた頃からそうだからな」

 

 膝上から手刀で切り落とされた脚を片手で弄ぶと、タバコの吸殻を道端に捨てるような乱雑さでそれを投げ捨てた。

 

「本当に何者なのよ!?」

 

「ヴァネッサ、頭を下げるのであります!」

 

 ヴァネッサの身体で埋まった視界に隠れ、飛び込んできたエルザのテールアタッチメントが襲い掛かる。鋼鉄の顎門が石楠の肉体へ齧り付く、がきん、という硬質な音を立てて。

 

「えっ……!?」

 

「肉を引き裂くにはまだ力が足りないな、子犬」

 

 石楠は悠々と鋼鉄の顎を素手で、まるで障子紙を引き裂いていくかのように破壊。ワンピースの裾にかかった埃を払う。

 

「で? 終わりか?」

 

「まさか! エルザ! ミラアルクちゃんは!?」

 

「腕の止血は終わったであります!」

 

「気にすんなヴァネッサ! ウチは平気だぜ!」

 

 片腕と片翼を失ったミラアルクが駆けつける、すぐさまノーブルレッドの3人は満身創痍ながらもどうにか石楠から距離を取る。石楠が『遊んでやる』と言った以上、油断して1発は食らってくれるという確信を持ったヴァネッサの起死回生の一手。

 両手をかざし、創り上げるは伝承の迷宮。

 弱々しい化け物が創り上げる強大な哲学兵装、ダイダロスの迷宮。『迷宮には怪物がいる』という人々が長き時間に渡って積層してきた認識を元に、『怪物がいる場所こそが迷宮』と因果反転させた最大全長38万km超の大迷宮である。未だ不完全な技であるため迷宮には所々の綻びはあるものの3人の最大の技であることに変わりはない。

 

「これなら……!」

 

 そしてノーブルレッド達には嬉しい誤算がここで生じる。

 

「しかもなんだか知らないけど迷宮のエネルギーが高まってるぜ! これなら!」

 

 怪物が3匹いることで成立してこの大迷宮、その内部に正真正銘の怪物を封じ込めたことによる概念の補強が生じたのだ。迷宮はより強固に、実在性を持ってそこに誕生した。

 しかし彼女達の力では万全の状態ですら維持できるのはおおよそ10分、片脚を失ったヴァネッサに片腕を失ったミラアルクがいる現状では5分と持たせられるかすら怪しい状態であった。

 

「今なら倒せるぜヴァネッサ!」

 

「やるであります!」

 

「ええ、今よ! ダイダロスエン……ぇ?」

 

 ダイダロスの迷宮を構成する概念境界で構成された薄青色の正三角錐がひび割れる。咄嗟の判断で、即座に三者がエネルギーを注ぎ込む。異常が顕在化する前に、迷宮を爆発させるほどの一撃を叩き込み片をつける、その判断は正解ではあった、通用するならの話ではあるが。

 迷宮は自壊ではなく内部から加えられた急激な圧力と破壊によって爆発、術者の制御外れた破壊は運悪くミラアルクとエルザを巻き込み彼女らを吹き飛ばすと近くの建物に衝突、二人は気絶する。

 

「何……? 今のは……!? 迷宮にヒビが……そうだ、ミラアルクちゃん!? エルザちゃん!?」

 

 爆風と巻き上がる土煙の中、ヴァネッサはどうにか衝撃から逃れ、どうにか地面に這いつくばる形で踏ん張っていた。

 

「縮退天体、大質量を持った爆縮する際に発生させる重力崩壊を再現した概念武装(哲学兵装)だ。世界一つの崩壊に等しいエネルギーをぶつけられればいかに迷宮といえど崩壊する。まぁ……一瞬遅かったが、いやぁ、油断していた、生身の全身が焦げたのは久しぶりだ」

 

 全身が黒焦げになった石楠が土煙の中から既に気絶しているミラアルクとエルザを両脇に抱え、現れる。明らかに熱傷Ⅲ度に達するほどの重傷を負いながら、まるでカフェで友人に話しかけるような穏やかさで石楠は話を続ける。

 

「ああ、心配しなくても後40秒もすれば元通りだ。お気に入りのワンピースを焼かれたのはかなり悲しいけどな」

 

「化物……!」

 

「なんだ、自己紹介か? お前らも大差ないだろうに」

 

「うるさい! それでも、私達は……!」

 

「ああ、残念だが人間に戻りたいって言うなら無理だと思うぞ」

 

「────っ!」

 

「これでも()友人(フィーネ)その道(異端技術)の専門家でね。特にお前達みたいのはよくわかる。パナケイアの紛い物を混ぜられた時点で人に戻る方法なんてありゃしないさ」

 

「っ……何を……!」

 

「どうせ薄々わかってるんだろう? 神に縋らなきゃ、どうしようもならんよ、それは」

 

「……っそれは」

 

 それは錬金術師として幼少期から長く研究に努めていたヴァネッサには薄々わかっていた事であった。通常の方法ではどう足掻いても人間に戻ることすらできず、それこそ神の力に縋るほかないと。その為に、信用ならない米国の仮面男(……)と綱渡りを繰り返しながらようやく渡りをつけたのだ。

 

「大方、お前達を誘ったのはイドフロントだろう。神の力に手を掛けているのはあの探究バカとアダムだけだ。あれが素直に約束を守る奴だったら、世界の行方不明者の数が三割は減るね、間違いない」

 

「それでも私達は……人間でいたいのよ……!」

 

「それになんの意味がある?」

 

 まるで世間話でもするような気軽な声で石楠はそう言い放つ。

 

「人であろうがなかろうが、お前らが生きることになんの関係もないだろう?」

 

「ッそれは強者の理論よ!」

 

 稀血が無ければ生存すら危うい自分たちのような醜い化け物が生きるためには、どうしても人間に戻る必要がある。

 

「死ななければいいのか?」

 

「えっ?」

 

「死ななくなったら、どうする? それでも人間に戻りたいか?」

 

「それは……」

 

「中途半端は身を滅ぼすぞ? ああ、それと忠告だが、人並みに扱われたいというのと人並みになりたいを履き違えるのは……まぁ、やめとけ」

 

「貴方はさっきから……っ! 何が言いたいの!」

 

 石楠はニンマリとチェシャ猫のような笑みを浮かべる。その表情を見たヴァネッサは、猛烈な悪寒を感じた。このままでは取り返しのつかないことになる、確信にも似た予感と同時に、少しの光明が見えるような奇妙な感覚とともに。

 

「正真正銘の化け物になる気、あるか?」

 




パナケイア流体に関しては完全なる捏造だ!!
パナケイア(万能薬)→万能な液体→生体型聖遺物に共通で使われてた人工血液的な流体じゃない?という連想ゲーム、間違ってたら……まぁ、その時はその時


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4話 閃光、その芽生え

非常に投稿が遅れました……ちょっと色々と忙しすぎたね……


「という訳でこれが今回のお土産だ」

 

「儂、確かに面白いものとは言ったが、ここまで妙なものを連れてくるとは思わなんだ」

 

 イタリアの騒動からしばらくして、石楠は鎌倉、風鳴邸にて風鳴訃堂の目の前に石楠の髪で編まれたワイヤーでグルグル巻きにされたノーブルレッドを転がし茶を啜っていた。

 

「何がという訳でだ!? 人を簀巻きにして勝手に話を進めるなだぜ!?」

 

「はいそこの吸血鬼、今解くから文句言わない。あと、お前達の立場を保証するにはこれが一番いいの、わかったらそこでションボリしてるわんこと、あらあらみたいなツラしてる奴と一緒に静かにしてなさい」

 

「わんこじゃないのであります……」

 

「私、あらあらって顔してたの……?」

 

 こうなった顛末として、まずイタリアの騒動でノーブルレッドの3人を鎮圧した石楠がアダムに対してこんな会話をしたことが始まりであった。

 

『アダム、これ貰っていい?』

 

『構わないさ、別にね。ああそれと持って帰るのなら、外した方がいいと思うね、発信器は』

 

 ノーブルレッドの体内には襲撃を支持した者の手によって発信器が埋め込まれていた。少々手荒な手段(素手)でそれを摘出されたそれは細かく調べれば米国の手によるものであるというのは明らかだった。

 

 そもそもノーブルレッドに稀血とそれを輸血する環境を与えていたのは誰だったのか、そしてヨーロッパで騒動を起こしアダムとフィーネの両方の邪魔をする存在は現在エリア51を拠点としている米国の研究機関の片割れ(……)イドフロントのみである。

 

 異端技術を扱う連中の中でもロスアラモスを拠点とするF.I.Sとは一線を画す、異端児とも言える狂気の集団、米国政府ですら完全な制御が難しい獅子身中の虫ともいえる彼らは世界中にその手を伸ばしていた。

 パヴァリア光明結社による大規模粛清の混乱に乗じて非道な錬金術師の元から逃げ出した彼女たちはイドフロントの末端の仕事をさせられていた。

 

 そのためあらゆる社会的な身分を持っておらず、そのままでは石楠が計画している“弄ってワクワク化け物もどきを本物にしてあげよう作戦”(命名:本人)をやるどころではないと判断した。そして彼女はその時80年来の友人、風鳴訃堂にお土産を持っていく約束をしていたことを思い出し、厄介事を任せることを思いつき現在に至る。

 

「で、施術が終わったらお前の好きに使っていいからさ、身分とかよろしく」

 

「うむ、承った。ちょうどこちらで使える人員も少なくなっていたところだったので喃、鶴咲のわんおぺ(……)で仕事を回してあるのもいい加減忍びない」

 

「あの白髪頭ならいくらこき使っても倒れなさそうなもんだが……まぁいいや、とにかくよろしく」

 

「む、待てい石楠、そこの娘達の名は?」

 

「だってさ、ほら、自己紹介」

 

「……ミラアルクだぜ」

 

「エルザであります!」

 

「ヴァネッサよ」

 

「なるほど、良い名だ。ところで今晩一緒に食事でもど「ふんっ」甘いわ!」

 

 一瞬で繰り出された石楠渾身のドロップキックを片腕で止める訃堂、齢100歳をゆうに超えているというのに腕の筋肉は鋼で編まれたかのように太い。

 

「このクソガキャア! 何人女口説きゃ気が済むんだ!? そのせいでアホほど八紘が胃を痛めてんだぞ!」

 

「フハハハハ! 男はいつであろうと美人を手にしたくなるもの! そしてこの儂は女に無理を強いたこともない紳士! 恥じることなどあらぬわ!」

 

 二人のアホらしいやりとり、その裏で畳が割れて、障子が吹き飛ぶ惨状が起き、ノーブルレッドの3人は庭へ数人の家政婦と共に逃げ出していた。

 

「……私達、こんなのについてきて大丈夫なのでありますか……?」

 

「ま、まぁ大丈夫だぜ! 多分……」

 

「大丈夫よ、きっと。あの人、私達と同じだから」

 

 ヴァネッサ達は敗北の後、石南と語りあった。『本物の化け物になる気はないか?』という誘いの真意や、なぜそこまで自分たちに肩入れするのか。

 そう問うと石楠は『え、だって見てられないでしょ。 化け物が人間になりたいなんてさ、私も同じ事したけど辛くなるだけだぜ?』とだけ答え、詳しいことははぐらかしていた。しかしそのセリフは本当に信じられるものだとノーブルレッドの3人はなぜか確信していた。

 当たり前のように“お前たちのしていることは辛いことだ”と断言するその様子は誤魔化しなどではないと確かに感じられたのだ。

 

「でもなぁ……あれ、どうするんだぜ?」

 

「止めに入ったら間違いなく死ぬのであります」

 

「んーお茶でも飲んで待ってましょうか」

 

「「賛成(だぜ)(であります)」」

 

 自らを化け物の道に誘った張本人達が、大砲を撃ち鳴らしたかのような轟音が響き渡らせながら生身の拳をぶつけ合って戯れている様子を見ながら、暫くは話が進まなさそうだと3人は諦めていた。

 

「ぜぇー……ひゅー……また……腕を上げた喃……」

 

「お前が老けたんだろクソガキ……変身してないから疲れた……」

 

「あの、石楠? 終わったのかしら……?」

 

 1時間後、息も絶え絶えで畳の残骸の上で寝転がる二人に近寄るヴァネッサ達3人。

 

「ん? ああ、ヴァネッサか、このバカの相手で話が止まっちゃったか、ごめんな」

 

「いえ、いいのよ、それで結局私たちはどうなるの?」

 

「殴り合いながら話したけど、風鳴が用意した一軒家に住んでもらうことになる、監視はつくけどな。その間に戸籍や諸々の手続きが済むのに一月、その間に施術を受けてもらうことになる」

 

「施術?」

 

「あー詳しくはそろそろ専門家が来るから、そっちに聞いてくれ……疲れた……」

 

「はぁ……?」

 

 石楠がそういってゆっくりと立ち上がると、まるでタイミングを図ったかのようにいつのまにか直されていた障子戸が音を立てて開かれる。

 

「はぁーい! 呼ばれて飛び出す天才科学者櫻井了子とは私のことよー! 待った?」

 

「うわ」

 

「次その反応したら鼻の穴にレーザーメスねじ込むわよ」

 

「……すまん」

 

 そこに現れたのはおそらく現在の地球上で最も異端技術に精通している科学者、櫻井了子もといフィーネであった。

 

「ふむふむ? なるほどなるほど……ああ、だからあなたが連れてきたのね」

 

「さっすが、見るだけでわかるか」

 

「当たり前よ、貴方で見慣れてるしね。さてじゃあ施術をついて説明するわね。まぁ簡単に言うと、血液を全部そこの寝転んでるのに流れてる血と交換するだけなんだけど」

 

 了子の説明する内容は至極単純なものであった。要するにノーブルレッドの達の欠点の全ての原因は、肉体に使われているパナケイア流体が本物のパナケイア流体、かつてのあらゆる生物に適合する体液として開発され、生体型の聖遺物に汎用的に用いられた物の紛い物であるからということ。

 本当のパナケイア流体自体の生成法は確立しているため、入れ替えは簡単だがいきなり全部を入れ替えるのは肉体の負荷的にも体内に入れてから置換されるスピード的にも無理であり、よって完全に治癒されるのには半年程度になるということ。これらを簡潔に丁寧に伝えられた3人は皆一様に喜びを示していた。

 

「つまり……私たち、もう何にも縛られずに生きていけるってこと……?」

 

「そうね、稀血を輸血する必要はなくなるわ、ただ、身体の性能はよりコンセプト通りになっていくでしょうね」

 

「つまり、より人間から離れていくということでありますか?」

 

「ええ、どうなるかはやってみるまでわからないけど、じゃ七岐ー連れてくから来なさいな」

 

「ん」

 

 フィーネの声に石楠が立ち上がると、同様に先ほどまで倒れていた風鳴訃堂も起き上がる。吹き飛んでいた座布団を拾うとその場に座り込み、グッと伸びをしたかと思うと何かを思い出したかのようにフィーネとして所有するラボに向かおうとしていた一行を呼び止める。

 

「ちょっと待てい、少し二人で話がしたい、少し外に出てくれるかのう?」

 

「ん? ええ、いいわよ。じゃ七岐、先に向かってるわ」

 

 ノーブルレッドの3人を連れて了子は屋敷の外へ出る。確実に荒っぽい運転に巻き込まれる3人の若干の不運を石楠は少しだけ悼んだ。

 

「それでツツジ(……)よ翼の様子は今どうだ?」

 

 石楠は未だにかつての日本にいた時の旧い名前で呼ぶ彼に苦笑しながら振り返る。

 

「昨日会った分にはあんまり変化はないかな、奏がしばらく戦えなさそうな程度に負担をかけたことには落ち込んでるけど、致命的ではないとは思う」

 

「そうか、ならば良い。あまり落ち込んでいるようなら休暇の一つでも取らせてやりたいがそうもいかんし喃」

 

「あの子は仕事してる方が色々誤魔化せるタイプだとは思うがね。ま、()

 心配ならたまには自分から会いに行くこったな」

 

「カカカ! バカを言うな、ただでさえ自らが微妙な立ち位置なことはあの娘も気づいておろう。だから八紘に預けたのだ、あれに任せて居れば心配ない」

 

「お前の話をしてんだよ、死んだ早苗(母親)に似てるあの子を、戦場に立たせてるのを気にしてんのは分かってんだ。遊び(護国)の楽しさと天秤をかけられるほど、あの子の存在は軽くあるまいに」

 

 翼を生んだ数ヶ月後に亡くなった彼女の母親の名前を出すと、訃堂は渋い表情を浮かべた。

 北条早苗、20年前風鳴訃堂という男がアメリカ諜報部との異端技術を巡った大騒動を引き起こした際、紆余曲折あり結ばれた、彼が当時既に亡くなっていた妻以外で唯一子を作った女性である。

 

「ふん、相変わらずお節介な化け物だ喃、お主。そこまで言うなら、手隙を見つけて土産でも持っていくことにするか」

 

「そうしておけ、姿見せればあの子も少しは元気出すだろ」

 

「うむ、ああそれと、最近米国の動きが妙なことは知っておる喃?」

 

「ああ、知ってる……というかこいつらがそうだった」

 

 ノーブルレッドの三人を指差す石楠。

 

「こちらでもネズミ数匹が紛れ込んでおった。これは儂の勘じゃが、面白いことになるぞ? おそらく、世界を巻き込んだ何かが起こる。いやなに、最近はノイズばかりで人間はつまらんと思っていたが、中々楽しめそうなことになりそうとは思わんか?」

 

「お前もそうか、80年前とどっちが楽しめるとお前は思う? 私は多分お前と同じ感覚だと思うけど」

 

 かつての大戦期、異端技術を巡って起こった血みどろの暗闘。その真っ只中で戦った二人の(彼らにとって)愉しい事を見極める嗅覚は同様の結論を出していた。

 

「恐らく今だ喃。儂も久々に動くかもしれん」

 

「だよなぁ、こっちの事情も込みだが、色々ありそうだ。 じゃ、その時はまた遊ぼうぜ、訃堂」

 

 荒れ果てた広間を石楠は後にする、煙草に火をつけて屋敷を出る。いつの間にか出発してしまっていたノーブルレッドやフィーネ達の後を追いかけるか、と自前の車に乗り込み、エンジンに火を入れた所で携帯に連絡が入る。

 

『施術開始しちゃったから別に来なくて良いわよ〜護衛も要らないわ』

 

 すぐさま返信を返す。

 

『貧弱科学者一人を獣の群れの中に? 冗談』

 

『もう()()は埋めたわよ、心配しなくても大丈夫』

 

『……暫くして、裏切りの心配が無くなったら外すからな。マジで』

 

『やっぱりこういうのは嫌い?』

 

『もち』

 

 携帯を閉じ、無くなってしまった予定をどう埋めるかを考え始める。やるべきことはなく、やりたいことも特に思いつかないとなると、定番なのは喫茶店か。そう決めると、車を走らせ行きつけの喫茶店に向かう。鎌倉の風鳴邸から車を走らせること暫く、リディアンの近く、学生達も時々勉強しにいくような静かな喫茶店に石楠はいた。

 店の名は『まいるす』、店主の花刃壊牙(はなば かいが)とは()()()()であったためよく珈琲を飲みにきていた。近年では珍しく喫煙可能スペースがあるというのも石楠の好みであった。

 

「いらっしゃいませ……おや、石楠殿ですか、お久しぶりで御座います。お元気でしたか?」

 

「元気も元気さ、()()。 珈琲、今日のブレンドひとつ」

 

「かしこまりました、ではいつもの席を空けておりますので、どうぞ」

 

 片側に流したウェーブのかかった白髪に名家の執事のような佇まいをした一人の、老人が石楠を出迎える。彼が店主の花刃壊牙、齢94でありながらその佇まいは老いを一切感じさせず、手慣れた様子で珈琲を入れる。

 その間にカウンターの一番端、店の最も奥、彼女の特等席に移動する。

 平日の午前、昼時にはまだ早く、客も少なく軽快なジャズのレコードが流れる店内で石楠は用意されていた灰皿を傍に置き、紫煙を燻らせる。

 

「今日のブレンドコーヒーで御座います。今日の豆は少し酸味が強いので、気に入って頂けると」

 

「ん、ありがと。……うん、相変わらずコーヒーはここが一番だ」

 

「こちらこそ、いつも御贔屓にしていただいて有り難い。お陰様か、喫茶店にいる美人の噂で客足も増えまして」

 

「噂っつうか怪談だろ、あれ? 何年も姿が変わらない女の幽霊が喫茶店に出る〜って、まぁ幽霊じゃないの以外は正しいけどさ」

 

 長年生きていて全く姿が変わらない女が通い詰める喫茶店、確かにオカルト好きには格好の餌食になりそうな店である。アホらしいと煙をため息と共に吐き出す。

 

「ホッホッホッ()と共に暴れていた貴方も最近は随分と丸くなりました。あ、これはサービスのクッキーで御座います、忍華(しのは)嬢のおやつに作ったのですが、少々作りすぎまして」

 

 壊牙はそういって小皿に乗った数枚のクッキーを渡す。それは小麦粉と卵、砂糖だけで作られたシンプルなクッキーだったが腕がいいのか珈琲に実に合う味であった。

 

「ああ、忍華か、最近は仕事も少ないだろう? 暇してるんじゃないか?」

 

「いえいえ巷の悪人(ワル)をブッ殺せども、最近は()()()の被害も甚大です故、救助の仕事が大変で御座います」

 

「あー……すまん」

 

「……貴方も微妙な立ち位置で御座いますね、本来であれば間違いなく悪事(ワルさ)かましている時点でブッ殺しますが、そもそもの戦力が足りませぬ」

 

「……段蔵には悪いと思っている」

 

「そこまで七岐殿が気に病む必要は御座いません。緒川家に義理を通す必要もあります」

 

「だが、それはそれとして、私を殺したいのはそうだろう?」

 

「ええ、理由はどうあれ無辜の民を脅かす者をブッ殺すのが我々の役目です故、ですがかつて長が敗北し、約定を結んだ以上、こちらの手出しのしようも御座いません」

 

 日本の忍びには二種類いる、一つは緒川家を本流とする飛騨出身の隠忍の末裔。

 関ヶ原の合戦以降その姿を消していたが、明治維新の後、日本政府に仕え、国家転覆を企てる国内外の敵と戦い続けた、いわば国家の暗部を一身に背負った存在。

 そしてもう一つ、徳川の世、御庭番衆として太平の世を守るため、あらゆる悪人、怪異を抹殺した神賽段蔵率いる忍び衆、“暗刃”。

 しかし先の大戦で、異端技術を巡った戦いの中で罠に嵌められその殆どが壊滅、しかしその後独自の戦闘技術を立ち上げた彼らは現代に何者にも仕えず人々を闇から守る忍びとして蘇った。無論ノイズを使役し、災禍を広げている石楠やフィーネらも彼らに命を狙われる対象ではあったが、かつてある一件で暗刃の長と争い、これを打倒した石楠が結んだ不可侵の約定が結ばれた。“お互いは決して敵対せず、またどちらかが窮地に陥る時のみ協力をする”という契約は忍を殺すことを望まず、本質的には人々を好んでいた石楠に対する信頼でもあり、暗刃を存続させるための保険でもあった。

 

「ようやくなんだ、それに、()()()()のやることだ、終わるまで精々手出しはしないでくれよ」

 

「ええ、今の貴方はただの客で、私も喫茶店のマスターで御座います、それに貴方方のやる事は()()()()()()()()()、と長は見ております故」

 

「そうか、ん、灰皿交換してくれ」

 

「かしこまりました……おや?」

 

 普段客が来ないこの時間に珍しくドアベルの音が鳴り響く。しかし奇妙な事に、互いに長身の二人の視界には入ってきたはずの客が見えなかった。はて、と二人が視線を下げると転がり込むように入ってきたのは一人の少女。

 少女は頭に怪我を負っているのか、額からだらだらと血を流している、足取りはふらついており、数歩歩いたと思うとパタリとその場に倒れ込んだ。

 

「…………妙な縁だなぁ」

 

「言ってる場合では御座いませんな、すぐに手当てを」

 

「頼んだ、多分、知り合いだ」

 

 ライブ会場の災害、その騒動の中生き残った者たちの中で最も印象に残っていた少女。名前は知らないが、胸に刺さる神殺しの残滓の気配は間違いなく同一人物であると石楠に告げていた。

 

「……額を切っているが命に別状はなさそうだな、倒れたのも脳震盪程度だ、脳内の出血はない、()()()()()()

 

「でしょうな、止血と消毒で十分でしょう。しかしこれは……投石による怪我でしょうか」

 

「あの事件の生き残りだ、この子がこうなったのは私のせいだな」

 

「────そうで御座いますか」

 

「謝らないぞ、それこそ私が死ぬしかない話だ」

 

「ええ、ええ、この壊牙、貴方のしていることは知っております故、憤ることもありません」

 

「ただの気休めだ、私が死ぬべき者な事には変わりないよ」

 

「いいえ、それでも。貴方は人がお好きでいらっしゃいますから、だから長も貴方を許しておいでなのです」

 

 ライブ会場の惨劇の残した傷跡は大きい、被害はかなり抑えられたとはいえ、総死者数およそ6000人弱、逃げ惑う混乱の中で死んでいった者たちの遺族の怒りや、それを利用したマスコミの煽りを受け、生き残った人々への風当たりは厳しい。エスカレートした嫌がらせにより目の前の少女はこのような怪我を負って、たまたま目の前にあったこの場所に逃げ込んだのであろう。

 無論、石楠はそういった相互不理解をも好むため、基本的にあまり何か罪悪感を感じることもないが、それはそれとしてあまり二次被害で人が死んでしまうのも本意ではなかった。長年溜め込んでいるだけで腐らせていた数々の財産、主に不動産や、骨董品、幾つか所有している後ろ暗い組織からの上前、それらの何割かを投入して雇用確保や、生活圏の移動など生還者への支援を行っていた。

 それは石楠の個人的には個人の理不尽な情動は面白いので、特に迫害を止める気もないが、理由なく石を投げられる気持ちは()()()()()()()()()()ため、せめて死なない様にはしようというひどく勝手な理由である、と()()()()()()()()()

 

「──まぁ、気付くまではそういう事にしておきます哉」

 

「? なんだ、含みのある言い方だな」

 

「いえ、気のせいで御座いましょう」

 

「……そうか」

 

「とにかく、この子を寝かせてあげます哉。スタッフルームなら空いております故、そこに」

 

 壊刃がカウンターの裏の扉を開ける、少女を抱き上げた石楠は中に入ると、大きめの簡素なソファーに少女をそっと横たえる。

 

「起きるまで私が面倒見るよ、暇だしね。ああ、それとさ、一つ提案があるんだけど」

 

「はい?」

 

「この子にあれ教えてよ、“暗刃”」

 

「────冗談にしては、笑えませんな」

 

 帝都に潜む忍者、その名を冠する基本にして最強の拳、“暗刃”。かつての大戦後、物資の不足によりなす術なく外敵に貪られ、著しく数を減らした帝都の忍びが編み出した最強の殺人術、弾丸を模した象形拳を気の遠くなるほどの修練により磨き上げ、音速を超え、あらゆる現代兵器を超える刃へと研ぎ澄ます。その過酷な訓練とあまりに高い目標から才無き者は全て殺されると言う闇の刃、それが暗刃であった。

 

「いいや、本気も本気。多分ねぇ、この子、これから始まる色々に関係しそうな気がするんだよ」

 

 少女の胸の中心、胸骨が存在するはずの部分をそっと撫でる。指先から伝わる感触は“同類”の気配、かつて己とミーミルか共に旅をした片目の神の持ち物、その残滓。

 

(稀代の名工、イーヴァルディの造りし槍、その破片、しかも見事に溶け合っている)

 

 永い時の中、人間を見続けた獣の感じる僅かな予兆。膨大な悲劇(過去)と、膨大な英雄譚(未来)を創り出し得る才覚の微かな匂い。

 人間性(エゴ)がどれほどかはまだわからないが、起き出してから聞き出せばよい話だ。

 

「この子、きっと化けるぞ? まぁ、話半分でもいいさ。 続きはこの子が起きてからだ」

 

「……この娘になにが降りかかると言うのです」

 

「さぁ? そういう(未来予知)機能は生憎と随分昔にあげちゃってね。でもまぁ、きっと色々あるんじゃないかな、多分」

 

「曖昧な……才覚のない者に暗刃を教えることは出来ませんぞ、修められなければ殺すが定め」

 

「あっはははは、随分古い脅し文句だ。お前がノウハウの構築ちゃんとしてるの知ってるんだぞ? それに、多分大丈夫さ。ダメだったらダメで私が貰うよ」

 

「……この子は、ただの子供で御座いましょうに」

 

()()()()()()()()()()()()

 

 慈悲深い笑みで、凄絶な感情を滲ませて石楠は言い放つ。

 

「この子はきっと必要になる、あいつ(フィーネ)の為もそうだが……何か変わる気もする、それが何かはわからないが」

 

「────長の次に付き合いの長い貴方です、そうなったらテコでも動きませんな。わかりました、同意が得られれば基礎の修練だけは確約しましょう」

 

「ん、すまない」

 

「いえ、無茶振りには慣れておりますから、では」

 

 壊牙が部屋を出て、扉を閉める。片付けているのか、扉の向こうからはカチャカチャとカップの鳴る音が聞こえてくる。

 

 静かな部屋の中、魘されている少女の頭を撫で、大昔に習った子守唄を歌う。親烏が山に帰る、たったそれだけの光景を唄うその曲が石楠はなんだか好きだった。

 

「さて、君はどうなるんだろうな? 出来れば、幸せになってくれると楽しいが」

 

 だってほら、悲しい英雄譚は嫌いだろう? 

 

 ポツリとこぼした独白が、虚空に消えた。




忍者と極道はいいぞ(好きなものは放り込んでいくスタイル)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5話 萌芽する閃光、引き裂くは翳りか?

真剣(マジ)遅れて謝罪(スイマセン)ッ!!!!!
ちょっと短いですが帰って来ました……


 どうして、世界はこんなにも不条理と不理解に満ち溢れているのか。まだ幼い心と、幼い肉体にはまだ納得も理解も出来ないだろうな、と石楠は少女の薄く金色がかった髪を撫でる。

 フィーネは多分、こういうのは嫌いだろうなだなんて感想がふと浮かんできた。あれは真面目にすぎるから、こういう事を愉しむ度量が存在しない。まぁそれは可愛げでもあるが、少しつまらないのは確かであった。

 

「……んぅ? あれ、ここは……?」

 

「ん、目が覚めた? お嬢さん(未来の英雄)

 

「あ、えっと、私……」

 

「怪我をしてこの喫茶店に逃げ込んできたのが大体数時間前、クラクラしたりとかはしない?」

 

「は、はい、あの、すいませんご迷惑お掛けして……」

 

 コートの内ポケットから眼鏡、もちろん伊達を取り出してかける。これは教師という役割(ロール)に精神を切り替える一種の儀式のようなもので、無垢な子供相手や、初対面の人間と会話するのに必ず行うルーティーンであった。

 

「子供がそんなこと言わない、子供は大人を頼るものなんだから、遠慮しなくていいの。何があったの?」

 

 努めて普段の高圧的とも取られかねない態度は抑える。この場にフィーネがいたら間違いなく大笑いしていただろうな、と益体もない事を思い浮かべた。

 

「えぇと、その、転んじゃって、あははドジですよね」

 

「はい、嘘つかない。転んでつくような傷じゃないでしょ、石でも投げられた?」

 

「…………はい」

 

「やっぱり、いじめ?」

 

「……」

 

「ああ、いいのよ言いづらかったら。ごめんね、そうだ、コーヒーでも……無理か、コーラとかどう?」

 

 無理に聞き出して嫌われるのは困ってしまう、これでも嫌われると傷つきやすいタイプなのだ。壊牙が持ってきた瓶のコーラの栓を指で開ける、コップに注ぐ。

 

「ありがとうございます……その、実は」

 

 ぽつり、ぽつりと少女は事情を話し始める。自分の名前は“立花響”であるということ、ライブ会場の事故から生還し、そのせいでいじめを受けているという事。家に居づらくなり、外に出て当てもなく歩いていたところを石を投げられ気がついたらここに居たということ。

 

「なるほどね……響ちゃんか、家は近いの?」

 

「ちょっと離れた所に」

 

「そっか、最近学校は行けてる?」

 

「いえ……未来にも、あ、私の親友なんですけど、その子にもあんまり会えてなくて……未来、今頃何してるのかな……」

 

「そっか」

 

 見たところ中学生、予想通り生還者に対する世間の迫害の被害者。しかし、彼女の()()()()()()()()、理不尽に苛まれながら傷ついた心身の奥に、確かに光が見て取れる。

 なるほど、勘は外れていなかった。なら早急に手元に引き寄せて、巻き込んでしまった方がいい、それに奏も無事を知ったら喜ぶだろう。

 

「響ちゃんと未来ちゃん来年は高校?」

 

「え? はい、そうですけど……」

 

「そうね、なら学校が辛いなら行くのはやめちゃいなさい」

 

「えっ? で、でも……」

 

「義務教育なら卒業させてもらえるし、高校からうちの高校に来るといいわよ、全寮制だし。知ってる? リディアンって」

 

「あ! 知ってます、ツヴァイウィングの翼さんが通ってる高校!」

 

「そうそう、私そこの教師やってるの。勿論、試験でズルとかはさせてあげられないけど、受験に間に合うように勉強教えるくらいなら出来るから、この喫茶店に来るといいわよ。店主も私の知り合いだし、はいこれ私の連絡先」

 

 懐から名刺を出し、手渡す。何種類かある名刺のうち、一番表向きの考古学者兼リディアンの非常勤講師のものを選んでおく。

 

「えっと……その……私、お金とかないですよ……?」

 

「────あ、そうか急にこんなこと言われたら詐欺だと思うか、普通」

 

 いきなり話を進めすぎて警戒されてしまったらしい、ならばこういう時は日頃の行いというものがモノを言う。二課に裏で手伝ってもらったノイズ被災者支援のためのNPO法人の名義で作っておいた名刺も渡しておく。国とも提携している極めて健全な組織の役員と言う名義はこういう場合では極めて便利である。

 なお、実態は石楠の使い道のないポケットマネーを人道的に有効活用してもらおうという身も蓋もない組織であり、そのため本人は金を出資、信用できる人間に実務を任せてノータッチという有様で、役員という肩書は実質飾りだった。

 

「こういうこともしてるからさ、放っておけないのよ」

 

 あながち嘘は言っていない、真実を明かしたとはとても言えないが。

 

「あ、ここテレビで見たことある……」

 

「そ、ネットで調べたら国のHPにも載ってるわよ、顔写真含めて。詐欺とかじゃないから、不安なら親御さんと一緒に決めなさいな」

 

 普段の口調を出来る限り隠し、丸くしようとするとフィーネ(了子)の口調が混ざるな、と石楠は内心で苦笑する。

 

「えっと……いいんですか? なんだか色々して貰っちゃうみたいですけど……?」

 

「ん? いいのよ、趣味だから」

 

「しゅ、趣味……」

 

「本当本当、歩ける? なんなら家まで送るけど」

 

「えっと……お願いします……そもそも此処、どこだかわかんなくて」

 

「あらま、迷子か、お家の住所とかわかる?」

 

「あ、はい」

 

 石楠が話を聞くと、意識が朦朧とした状態でフラフラとしばらく歩いていた為かいま自分がどこにいるかをわかっていなかった。

 幸い、住所はわかっていたため、送ることに問題はなかった。

 

「あ、でもヘルメット無いかも」

 

「そう言うと思いまして、こちらに」

 

 いつのまにか部屋に現れた壊牙がヘルメットを手渡す。

 

「……予備あったのか?」

 

「いえ、少しばかり疾走(ツッパシ)って参りました。あ、お代は頂きますので」

 

「おう、あ、そうそうさっきの件」

 

「……まだ良いでしょう、護身術の(てい)で基礎の修練を積みませんと」

 

「ん、まぁそうだな。ま、好きに頼むよ」

 

「ええ、気楽に教えるというのも中々ない経験で御座いますから。かつては習得できぬ者の扱いはそれはもう酷いものでありまして」

 

「ああ、修められなければ死ぬって奴? 今時流行らんぞ」

 

「ええまぁ、最近は緒川の方にも技術だけだからお伝えしてはおりますが

 

「ま、技だけ教えたって習得できる訳じゃないしな。ま、気長に頼むよ」

 

「ええ、忍華嬢にも同年代の友達が欲しかった所ですし。ちょうど良いでしょう」

 

「まだ友達いないの? あの娘」

 

「いる、事にはいるのですが……」

 

「ははーん? 男か」

 

「まぁ、そんなところでして」

 

「ようやくそんな時期か。 ま、いいやまた来るよ」

 

「ええ、お気をつけて」

 

 流麗な所作でお辞儀をし、見送る壊牙に手を振りバイクに跨る。後ろに乗った響に胴を掴んで離さないようによく言い含め、アクセルを鳴らす。

 

「よし、あ、飛ばすから気をつけて」

 

「へ?」

 

「喋ると舌噛むぞ、そーれっ」

 

 石楠の愛車、市販の大型スポーツバイクに数々の改造を施した、静止状態から時速100kmまでの加速時間僅か2秒のモンスターマシンが唸りを上げ加速を始めた。

 

「ひえっ!? うえええええ!?」

 

「ひゅーう!」

 

 道交法を全く無視したスピードとコース取りで目的の家へバイクは向かう。無論コーナリングは脚が擦れそうな程スレスレである。

 

「せ、石楠さん!? 信号!!」

 

「うん? 大丈夫大丈夫」

 

 石楠は()()()()()()脳にあたる部位で発生させた電磁パルスを架空炭素と位相境界面接合体で編まれた髪の毛を通して信号の切り替えを制御するユニットに干渉する。

 歩行者や走行している車が事故に遭わないよう、必要最小限の干渉で、自身が通るタイミングをちょうどよく青にするように演算、実行、これを数度繰り返し、計算通りにバイクの巡航速度を落とさないよう運転すればずっと最高速でいられるという理屈である。

 無論それだけで通れない障害もあるが、そこは運転テクニックでどうにかする。()()()()()()()()()()()()()()()()()()が事故を起こす可能性など無いに等しいので道交法は守りたい時に守れば良いという理屈であった。

 

「ほんとに大丈夫なんですかぁ!!?」

 

「少なくとも良い子は真似しない方がいいぞー」

 

「答えになってませんよ!」

 

 そうして公道を駆け抜けること十数分。二人は響の家にたどり着いた。

 そこはどこにでもある一軒家だったが、無数に貼られた不細工な貼り紙と落書きは不格好で少しばかり不快になるが、とりあえずは響を送り届けることを優先する。

 チャイムを鳴らすが返答がない、出払っているのか()()()()()()()()

 

「鍵持ってる?」

 

「あっ、あります」

 

 鍵を開け、響を家に戻す。両親は泣きながら彼女に駆け寄ると抱きしめた。その様子を笑顔で石楠は眺める。しばらくして落ち着くと立花夫妻はしきりにお礼を言う。恩と負い目を感じている、こういうタイミングが物事をゴリ押しするのには良いということを経験則から知っていた。

 

「ええと私こういう者なんですけど〜」

 

 伊達に長生きしているわけではない全力の営業スマイル。名刺を渡し、学校での諸々などを鑑みて支援をするという旨を懇切丁寧に解説、最後にお金はいらないということなどを伝える。返事は後でいいとは言っておいたが、反応を見る限り少し相談するだけで翌日には連絡が来るだろうということが石楠にはわかった。

 

「わかりました、少し家族で検討してみます」

 

「ええ、勿論、もし断られても何かしらで支援はさせて頂きますのでよろしくお願いしますね。じゃあ私帰るから。響ちゃん、じゃあね」

 

「あ、えっ、もう帰るんですか? お茶とか……」

 

「いいのいいの、いきなり押しかけちゃってるしね。それに用事もあるから」

 

 席を立ち、そそくさと家を出る。深々とお辞儀する響を横目に石楠は軽く手を振ると家を出た。ドアを閉め、外に出れば再度くだらない落書きや貼り紙が溢れているのが視界に入って来る。どうせ目に入っちゃったんだし、と紙を全て剥がし落書きはこっそりとペンキだけを極小の繊維である髪を使って削ぎ落とす。一通り片付け、両手いっぱいになった紙をくしゃくしゃにゴルフボール程まで圧縮しポケットにねじ込んだ。

 

「よしと、ゴミ掃除はスッキリするな、うん」

 

 いい気分になった石楠はぐっとノビをしてバイクの所に戻ると異変に気付いた、ピカピカに磨いていたボディが小一時間置いていただけでカラースプレーの餌食になっていたのである。

 

「……………………」

 

 ギリィと埒外の力でタングステンより硬い歯を噛みしめる音が周囲に響く。犯人はすでに逃げ去ったいるがそんなことは関係なかった、スプレーの渇き具合からまだ遠くには行っていないことを把握すると周辺に漂う匂いを辿った。シンナーの混じった体臭を確かに嗅ぎ分け、緩やかな足取りでそれを追っていく。辿り着いたのは小さなアパートの一部屋、部屋の奥からは確かに人のいる気配がする。間違いないな、と石楠は周辺の建物の監視カメラを一時的に信号を弄ったのと同じ要領で機能停止させる。

 

「お邪魔するぞ」

 

 ドアノブを小枝を折るようにへし折り、柔らかいスポンジを貫通させるように金属扉に指をねじ込んで開く。

 部屋の中を覗き込めば、突然の出来事に驚いた男女二人組の姿が見える。ふと、足元を見ると玄関には使用した跡のあるカラースプレが二本転がっていた。

 

「な、な、なに……!?」

 

「ん? ああ、さっき私のバイクに落書きしたのってお前達?」

 

「え、あ、いや……えっと」

 

「ああ、混乱してるみたいだな? じゃあこうしようか」

 

 そう呟いたその時、長髪がまるで生き物のように蠢いた。瞬く間に部屋にいた二人を縛り上げ拘束し、数本がそれら片割れ、女の頭蓋を貫通して脳の記憶領域に接続される。

 

「ひっ、あっ、ぎっ……!?」

 

「ああ、動かないでくれ。もし冤罪だったら無傷で返さなきゃ……ああ、もういいやなんでもないよ」

 

 嬉々として愛用のバイクに落書きをする二人の記憶を読み取ると脳内に挿していたそれを引き抜いた。拘束は解かないまま土足で部屋に入り込み、冷蔵庫から適当な飲み物を勝手に持ち出し、ソファーに座り欠伸をしながらそれを飲み始める。

 

「ああ、勝手に貰ってるよ。悪く思わないでくれ。 ん? 『どうしてこんな目に?』って顔をしてるな、聞きたいか?」

 

「ば、化物……なんで、なんでこんな、ちょっと落書きしただけで……」

 

「ああ、よくわかってるじゃないの。私の物を勝手に汚したね?」

 

 脚を組み、ケラケラと笑いながら石楠は答えた。女の方は怯え切っているのか、プルプルと震えて何も喋らない。

 

「そ、それは、そうだけど……でも、あんな家に来る奴だし「ちょっとくらいやっても怒らないと思った?」ひっ」

 

 突然立ち上がり、ニコニコと怖気すら感じる満面の笑みで石楠は男に近づいていく。頭をギリギリと音が鳴る程度に優しく掴むと子供に言い聞かせるような声音を使い始めた。

 

「私のものが汚れるなら、まだ許してやろうかなと思ってたんだよ。でもね、お前が軽率に汚したアレは、私の大切な大切な大切な人からのプレゼントだったんだ、わかる? それを汚されて怒らない奴がいないって、バカでもわかるよな? なぁ?」

 

「ご、ごめんな「ああ、謝って欲しいわけじゃないんだ」あがっ!?」

 

 ばきゃり、と顎の骨が強すぎる握力で粉砕され、頭蓋骨が軋み始めた。

 

「別に汚れは落とせばいいんだ、だからお前の謝罪も要らない。要するにこれは()()()()()簡単に言うと私刑と言うやつか?」

 

 男の体に巻きついていた髪の毛が蠢き、その先端を男の全身の血管に刺突する。体内を流れるパナケイアの組成を組み替え未知の毒素を生成、髪を構成する架空炭素繊維を通して浸潤、体内へ流し込む。

 

「ぃぎっ……あ゛ぅ……!?」

 

「全身に溶けた鉛を注ぎ込まれたみたいに痛いだろう? 実際それもやった事あるけど同じような反応だったよ」

 

「痛ぃ……は、はしゅ……」

 

「あ、それは無理。今投与した毒は全身の神経系に浸潤して残留する、つまりまぁ……死ぬまで痛がって貰うほかないな」

 

 顎を壊され、命乞いすら危うかった男が絶句する。全身の血管に無数の針が通っているかのような激痛がやまない中、のたうち回っていた。

 

(まぁ、嘘だが)

 

 実際は12時間程で消えるのだが、ここでは一応絶望感を演出する為の嘘をつく。実際は全身に激痛が走るだけで身体には一切の無害、安心安全な毒物である。

 

「で、お前の方だけど……どうしよ」

 

 片割れの女は一緒になって遊んでいた事に変わりはないが、別に自分でやったわけでも唆したわけでもないことはわかっているので処遇に困っていた。

 

「あ〜めんど、これでいいか」

 

 先ほどのように脳に髪の数本を差し込むと今度は多量の脳内物質に類似したものを流し込む。それは負の方向に感情をの振れ幅を酷く大きくする様に作用させるものだった。

 

「いや……私、なんてこと……うぇ、ゔぉろ」

 

「あれ、ん〜? 効きすぎたかな……まぁ、反省してるみたいだしいいか」

 

 最後にのたうち回る男と床に嘔吐し死にそうになっている女の記憶領域を軽く電磁パルスで混線させこの十数分の記憶を消す。一応、男の携帯を使い救急車を呼んでおくが石楠は特にその後の生死には興味がなかった。

 そうして最低限の証拠隠滅を施し、周辺の人間に見られぬよう立ち去りバイクの元へ戻る。

 吹き付けられたカラースプレーは体内パナケイアを塗装を溶かさないような性質を持った溶剤に変化させて噴霧、近くで買った雑巾で拭き取った。

 

「神様お手製の獣が洗剤吹き付けてバイク磨いてるって知ったらフィーネめちゃくちゃ笑うだろうな……」

 

 独り言を呟くと石楠はバイクに跨り、今頃フィーネと雪音、そして最近増えた化物見習い三人衆が待っている今のセーフハウスへ向かった。

 




「本日のニュースです。○○市にて○○日正午、男女二人が意識不明の重体で発見されました。現在命に別状はありませんとのことです。家のドアは破壊されており、なんらかの事件性があると見て警察は調査しています」

雪音「だってよ」

石楠「いや〜怖いね最近の治安は」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6話 ノーブルレッドの受難 その1

ノーブルレッドをいじってたら長くなったのでその1です。
作者はノーブルレッド大好きだよ!ミラアルクが一番好き、リアクション良さそうだからね。


 六話

 

 ちょっとした人助けをした数日後、石楠は風鳴家の私有地の山林深くでノーブルレッドの3人と共にいた。

 

「はい、では昨日の施術で成り損ないから化け物初心者になったお前達に指導を開始しまーす」

 

 ヴァネッサは紫、エルザとミラアルクは赤の三本線のジャージ、いわゆる芋ジャーを着せられて石南の前に立たされている。

 

「…………なんでジャージでなんだぜ?」

 

「そりゃお前“先生”と“生徒”ならジャージと相場が決まってるだろう。あ、そっかお前らそういうのも知らんか、すまんすまん」

 

 同じく小豆色のジャージ姿でケラケラ笑いながら準備運動をしている石楠、後ろには何故か忙しいはずの風鳴訃堂が作務衣姿で木刀を持ち仁王立ちしている。

 なんとも言えない奇妙な光景にノーブルレッドの3人は共に“帰っていい?”という思いを一つにしていた。

 

「む、そこのヴァンパイア(仮)! 今帰りたいとか思ったろうが無駄だ。お前達の首に埋め込まれた特殊チップにより、逃亡した場合全身が面白おかしい色になって、その上変顔晒しながら痙攣する羽目になるぞ」

 

「何故そんな無駄に残酷な所業を!? 爆発とかじゃないんだぜ!?」

 

「折角連れてきた後輩を死なすのは可哀想だろ? でも一応首輪は必要となったので〜じゃあ折角だから楽しいことにしてやろうかと」

 

「「「私達は全然楽しくない(わよ)(んだぜ)(であります)!?」」」

 

「お〜いいツッコミだ、やはり新鮮味があると違うな。最近雪音のやつは塩対応でつまらんし。あ、ちなみに色が変わるのは嘘だ、変顔で痙攣するのは本当」

 

「そこじゃないんだぜ!?」

 

「ではこれからやることを説明するぞー」

 

 ぜぇはぁとツッコミが追いつかなくなり若干疲弊しているノーブルレッドの3人を無視して石楠は話を進める。木刀を素振りして剣圧で大岩を叩き斬っている風鳴訃堂に声を掛け、素振りをやめ横にやって来た訃堂と肩を組み、満面の笑顔で宣言した。

 

「私と訃堂の二人が手加減しながらちょっと殺す気で追いかけるので、全力で逃げるだけ。簡単だろ?」

 

「うむ、ちなみに真剣は使わん。この木刀と素手のみという条件をつけておく、死ぬ気で励むべし!」

 

 人間辞めている化け物と、真正の化け物二人に追いかけられるという苦行としか思えない内容に顔を蒼ざめさせながらヴァネッサは当然の疑問を問うた。

 

「……あの、死なないかしら?」

 

「大丈夫だ、今のお前達なら首から上さえ無事なら生き残る」

 

「何も安心できないのでありますが!?」

 

「殺す気か!?」

 

「シャラッ〜プ! そういう“死ぬんじゃないの〜? ”とか“安全第一に”みたいな考えが適用される生き物じゃないことを叩き込むというのが今回の趣旨です。あと今口ごたえした奴は全員今日の夕飯を昨日雪音が失敗したシャバシャバで絶妙に美味しくないシチューに変えてやるからそのつもりで」

 

 問答無用で始まる地獄のブートキャンプ、ノーブルレッドに明日は来るのか。3人がそんな不安に苛まれながらも、無慈悲に準備は進んでいく。全員に配られる時計、そこにはあらかじめ5時間というタイマーが設定されており、それが鳴るまでは何がなんでも逃げ続けなければいけない。

 

「範囲はこの山一帯、GPS見れば範囲は分かるからよく見ておくこと。あと最初の30分私たち二人は動かない、その間に好きに逃げるなり作戦を立てるなりするといい。よし、始め」

 

 パンパンと手を叩くと、全速力で逃げ出すノーブルレッド。石楠は必死の形相で逃げているのを滑稽に感じ、ニヤニヤと笑いながらそれを眺める。

 

「さて、奴らどう出ると思う? 若旦那」

 

「やめよ、若旦那という歳でもあるまい。ふむ、彼奴ら程度の力ならば、手前の山の尾根を越えて向こうの山に陣取る……といった所か」

 

「ま、上を取ってくるだろうな。煙草いるか?」

 

「いらぬ、翼にいい加減止めよと釘を刺されてな」

 

「────なんだお前、話したのか」

 

 きょとんとして訃堂の方を向く石楠、苦笑するこの国で最も化け物に近しい男を怪訝そうな目で見遣った。

 

「お主に言われた後すぐにな。何、拙速を尊んだまでよ」

 

「ふーん、で、何話したんだ?」

 

「他愛のないことばかりよ、身体の調子はどうだ、友達は出来たかだの聞いておったら逆にこちらの心配をしおったわ、『いいお年なのですから煙草はいい加減……』とは! ……いやはや子供が大きくなるのは早い、娘は初めてだからか余計に喃」

 

「ふっ……ははははは、お前の身体の心配? あの子そんなこと言ったのか! くっ、ははは!」

 

 世界でも屈指の化け物相手に言うこと欠いて“煙草やめろ”と言った少女の姿を思い浮かべて石楠は笑い続けている。

 

「あー笑った、久しぶりに笑った。で、煙草やめたと? お前も人の親だね、良いことだよ」

 

「娘に言われれば仕方あるまいよ、お主こそ雪音嬢とはどうなのだ」

 

「どうって、あの跳ねっ返り娘は相変わらずだよ。もう母親と父親に全然似てない。この前二人のコンサート連れてった帰りにみんなでフレンチ行ったら、食べ物溢すわ間違えてワイン飲むんでベロベロになるわの大惨事」

 

 苦笑しながら煙草をふかし、石楠は楽しげに話す。

 

「……お主の責任ではないか?」

 

「違いますーフィーネの責任ですー」

 

「典型的な責任転嫁だ喃。まぁ、お主らあの娘がいなかったら一生部屋を片付けんからの、苦労しておる……」

 

「いや私らに育児は無理、もうはっきりわかった事実だこれは……最近あいつも忙しそうだしな」

 

 煙草の煙と共に深い溜息を吐き出すと手元の時計を見やる。残り15分といったところか、山の稜線から感じる気配を捉え続けながら欠伸をする。すると横で素振りを続けながら会話をしていた訃堂が、ピタリとそれを止めている事に気がつき視線を向ける。

 

「……おお、怖い顔。残念ながら忙しい理由はしらないよ、必要なこと以外は聞かないことにしてるからな」

 

「あの女が忙しいととなれば企み以外あるまい、幾らお主といえど我が国に害なすならばその企みは潰さねばならぬが」

 

 険しい顔でこちらを見つめてくる訃堂に胡散臭い笑顔を返して石楠はふいと空を見上げる。

 

「今更だなぁ、ま、その時までは精々頑張ってくれよ? 私はあの子(フィーネ)の味方しなくちゃいけないからさ。止めるなら、私の知らないところでやってくれ」

 

「お主なぁ……まぁ良い、そろそろ時間じゃ」

 

「っともうか。さて、軽く揉んでやりますか」

 

「軽く“揉んで”やっても構わんと?」

 

 ニヤリと軽薄な笑みを深々とシワの浮かんだ顔に浮かべる訃堂、その表情はどこか若々しさを感じるもの……要するにスケベジジイの顔であった。

 

「……軽度のセクハラまでなら許してやるよエロガキ」

 

 ニタリと笑った直後、石楠の全身は黒い泥の様なものに包まれる、が、常の戦闘形態の裂口を開いたのっぺらぼうではなく、顔だけは生身の姿で全身に有機的な装甲を展開する。

 

「あ、捕まえた数で負けた方が罰ゲームな。お前のセラーの日本酒で一番高いの貰うから」

 

「ならば儂はお前の家の棚にあるコニャックで一番高価なものを頂こうか」

 

「よしきた、今度暇な時教えろ。負けた方二人で空けるぞ」

 

呵呵呵(かかか)! いいだろう、では先に行かせて貰おう!」

 

 言うが早いか、目の前から消えていく訃堂を笑顔で見送ると石楠は笑みを浮かべながらゆっくりと歩き始めた。

 

 所変わってノーブルレッドの三人は現在山の山頂付近にて肩を組み作戦会議を行なっていた。三人の胸の内にある“ぶっちゃけ作戦とか立てても無理なんじゃね? ”という思いを押し留めどうにかこの虐めを切り抜けようという算段を立てる。

 

「いい、まともに戦ったら100回やって100回負けるわ。どうにか時間ギリギリまで逃げるのよ」

 

「そりゃあ賛成だけどよ……相手が悪すぎるんだぜ」

 

「罠を張るというのはどうでありますか?」

 

「罠って言っても何を……」

 

 ジャージ着せられて最低限の物(エルザのテールユニットなど)だけを持たされ山に放り出されただけの三人に装備などあるはずもなく、あるとすれば自らの能力のみ……というところに思考が及んだところで、あ、と三人が同時に声を上げる。

 

「私達、もう別に能力使うのに消耗気にしなくてもいいのね……」

 

「むぅ、実感ないんだぜ」

 

「では! わたくしめにいい考えがあるのでございます!」

 

 ごにょごにょと相談を始める三人。すでに15分が経過、残り時間はわずかである二人がこちらにたどり着く時間を鑑みても用意されている時間はおよそ20分程度。用意できる罠もできるだけ簡素でなおかつ時間稼ぎに決定的な効果を持つ必要がある。思案、構築、逃げるためという消極的なそれでも本人たちにとっては真剣(マジ)なのである。15分間の決死の準備ののち完成した領域に閉じこもる。相手側は強者故確実に踏み込んでくれる、と判断しての待ち伏せである。

 息を潜め、地に這い、相手を待つ。ざく、ざくと土を踏み締める音が響く、しかし焦らず、三人は好機を待つ。

 罠の張り巡らされた空間に敵が入るまで、耐える。たとえ猛烈な剣気に晒され、今すぐにでも逃げ出したくなるような気持ちを抑えて、遂にその時がやって来る。

 

「ミラアルクちゃん! いま!」

 

「おうともなんだぜ!」

 

 虚空から聞こえる声、霧と化していたミラアルクの肉体が極小の繊維となって木々の合間を走る。吸血鬼としての性能を完全に発揮したミラアルクはその身体分の質量、自在の形態変化を可能としている。その力で()()()()()()使()()()糸による結界を形成、並の人間なら鋼鉄を切断するほどの鋭さを持ったその罠に踏み込んだのは木刀を片手にした訃堂であった。しかし動けば裂かれるという状況においてこの男はいたって冷静であった。

 

(即席だが、人間の肉体なら確実に傷つき、少なくとも拘束は出来るはずなんだぜ……! 多分……きっと……!)

 

 微妙に確信の持てないまま、三等身程の姿に縮んだミラアルクが空中で様子を伺う。そして眼下で糸に囲まれた訃堂がニヤリと笑うのを見て若干の諦めと共に失敗を悟った。

 

「ふん、この前化生に成ったにしては上出来だが……甘いわ!」

 

 最小限の踏み込みにより衝撃を発生させ、地面を揺らす。木々に張り巡らされた糸がその衝撃により僅かに撓んだその隙間を縫い、糸を足場に上空へと()()()()()()のだ。

 

「━━━━インチキなんだぜ!?」

 

 咄嗟に糸を霧の状態へと変化させ足場を消失させるがもう遅い、木刀による突きは裂帛の気迫をもってして打ち込まれ、ミラアルクの肉体は爆散する。

 

(マジで人間かこいつ!? だが、掛かったな!)

 

 飛散する肉体をどうにか再構成しながら、ミラアルクは内心でほくそ笑んだ。空中に躍り出た訃堂の体を肉体の半分を使い()()()()()()()で包み込む。

 

「食らいなさいっ!」

 

 そして、完全に無防備になった所へ光学迷彩によって隠れていたヴァネッサによる高密度のミサイル弾幕が襲いかかる。

 エルザが即席で考えた罠、地上に張り巡らせせた糸で動きを止めると思わせ、中空のミラアルクを囮にし、無防備になった相手を攻撃する2段の囮作戦であった。

 

「ぬぅ!」

 

 より高度に拡張された義体から繰り出されるミサイルの群れは一つ一つが対艦ミサイルと同等の威力を持つ。そしてそれらの弾頭を全て人体に対して最も有効的な焼夷弾に換装している。

 無論、それだけでどうにかなるという考えは既になく、良くて重傷を負わせる程度、最悪の場合何かしらの手段で突破される可能性は大いにあることをヴァネッサは理解していた。それ故に彼女のこの攻撃も後への布石に過ぎない。

 

「エルザ! 頼んだわよ!」

 

「━━━━任されたであります!」

 

 爆炎の中を4本の尾を生やした獣が疾走する。複数装備されたテールアタッチメント、様々な状況に対応できるようにと新たに増設されたそれを駆使して()()()()()

 ノーブルレッドの中でも空間戦闘能力が欠如していたエルザに施された強化改造、瞬間的に時空を歪ませ空間を掴む、異形の歩法であった。

 鋼鉄の顎、更なる改造により犠牲者を磨り潰す回転ノコギリが内部に無数に仕込まれた大顎が爆炎を切り裂き、訃堂の身へ襲い掛かるその瞬間。

 

「────甘いのう」

 

「──は?」

 

 4本のテールアタッチメント全てが瞬時に切り払われ、軌道を逸らされる。そして目の前には作務衣が少し焦げただけの訃堂が拳をワンインチパンチの要領でエルザの正中に叩き込む。

 

「────ひぎっ!?」

 

 肺の空気を叩き出され、無防備になったエルザを蹴り飛ばし、その勢いで地上のヴァネッサに訃堂は襲い掛かる。

 

「憤ッ!」

 

 重力と化物じみた膂力が合わさった一撃をヴァネッサはどうにか回避、即座にその場から離脱、空へ飛び上がる。

 

「なんて出鱈目……!」

 

呵呵呵呵(かかかか)! 焼夷弾の対策など、大昔に済ませておるわ。肺に炎が入らねば安泰よ!」

 

「意味不明よ!?」

 

 こうして用意していた手札を全て切り、ノーブルレッドは風鳴訃堂と正面切って戦う羽目となった。

 

 ────そして、その光景を少し離れた場所から眺めているものが一人。

 

「んふっ、めっちゃ頑張ってて笑える。んー……まだまだ面白くなるか? ……よし! 久しぶりにあれやろ!」

 

 軽く息を吸い、足でトントンと地面を叩き軽く背伸びをする。数秒後、石楠の腹部が急速に膨れ上がる。

 

「おぇぶっ!? やべやべやべ作りすぎたおぇっ」

 

 薄いピンクの口紅を手につかないように口を押さえながら石楠はうずくまる。さながら夜の街で見かけるような酔っ払いのような姿だが、その実態はそんなものではない、悍ましいものである。

 先程膨らんだ腹の中に蠢いているものは食物、あるいは臓器ではなく、()()()()()()()()()()()

 

「おぇぇ、久しぶりに造ったから加減間違えた……失敗したらここ焼かないといけなくなるからな……危ない……」

 

 黒い液体を口の端から垂らして石楠は膨らんだ腹を抑えて、グッと力を込めそれを元の形に戻していく。そして2、3度押し込んで、完全に戻ったことを確認するとふぅ、ため息をついた。

 

「ではでは、ちょっかい掛けさせてもらうぞ、後輩?」

 

 石楠はゆっくりと口を開く、そこからはキチキチと硬質のものが擦り合わされるような音が鳴る。そして、口の端から節足動物の脚に似た黒いものが次々と飛び出し、体を伝ってぞろぞろと這い出す。その数はおよそ数千匹、足元の地面はこの異形の体で埋まり見えなくなるほどである。

 

「「「血vgsd#yw鳴tvsml殺機? ギチ! ちyqm%#ば!?! ん! mhw#dt?!」」」

 

「はいはい、落ち着けー」

 

 パンパンと手を鳴らして口から湧き出し、足元に群がる無数の異業に声をかける。蟋蟀(コオロギ)に似た節足動物のような見た目だが、体は兎ほどの大きさで全身は光を呑むような黒で染まり、ギチギチと不快な音を全身から鳴らし続けている。一見すると黒いだけの虫のようだが、口に当たる部分は細い触手が集まりグニグニと蠢いており、翅にあたる部分は硬質の金属のような光沢と鋭さを持つ。また蟋蟀では腹にあたる部分から本来あるはずのないもう一対の脚が生えているなど、極めて奇怪な外見だった。

 

「視覚と聴覚と触覚はある? ない奴はいる? あ、お前はだめか、こっち来な……よしよし直った」

 

 群れの中から数匹が石楠の手元に飛び、寄ってくる。彼女はそれを鼻歌混じりにぐちゃぐちゃと音を立てながら握り潰すと、パッと手を離す。そこには先程と変わらぬ姿の虫が存在していた。心なしか少し嬉しげに虫は跳ね回ると群れに戻っていく。

 

「じゃお前たちは全員ちょっと遠くの方で見える()()を襲ってな? バーっと行ってわーっと襲い掛かれ、あ、でも女の子3人は殺しちゃダメよ? わかった? ダメな奴はもっかい説明するけど」

 

「「「yqjdj58ゆm#:[njいvdqw#じvhmょ」」」

 

 群れは耳を劈くような大きく猥雑な声で返事をする。およそそれはまともな生命体の出すような音ではなかったが、石楠はその声に対して小さな子供をあやすような笑顔を見せる。

 

「よしよし、じゃ行ってらっしゃい。あ、訃堂は殺す気で行っても多分負けるから気にしなくていいぞ?」

 

「「「vm€#いt#xtpmu/&z#a殺ii!!」」」

 

「おー元気いっぱい、頑張れよー女の子は殺しちゃダメだからなー」

 

 異形の群れが唸りを上げて進む、蝗害の様な黒い嵐はそれとは異なり木々の群れを幾何学的な軌跡で掻い潜りながら山の山頂付近で争う四者の下へ近づいていく。

 

 

 一方その頃ノーブルレッドは、ミラアルクが接近戦を仕掛け、反撃で爆散している隙に残りが火器とテールアタッチメントによる遠距離攻撃をねじ込むという戦法でどうにか訃堂を抑え込んでいた。正確には、遊ばれているという状況を受け入れていた、というのが実情ではあったが、それでもタイムアップまでの時間稼ぎに成功していることに間違いはなかった。

 

「本当に人間かよっ!?」

 

「なんでガトリングガンを弾けるのよ……」

 

「────不味いであります、テールがもうボロボロで、わたくしめの継戦はもう……」

 

 両者無傷ではあるものの、全力で攻撃し続けその全てを捌かれているノーブルレッドと、最初の一撃以外は一切の攻撃を入れずに()()を続けていた訃堂とでは精神的疲労の度合いがあまりにも差があった。

 

「もう終わりか喃?」

 

 ニヤリと悪戯小僧のような笑みを浮かべた訃堂が空いた左手をワキワキとさせながらにじり寄る。

 

「…………すっごい嫌な予感がするんだぜ」

 

「奇遇ねミラアルクちゃん、私もよ……」

 

「うへぇという感じなのであります」

 

「いや何ちょっと触るくらいええじゃ────いかん、お主ら離れろ!」

 

 訃堂が咄嗟に山の麓の方向を向き、全力で木刀を振り下ろす。

 

「あのバカが、此奴らを殺す気か!」

 

 そして中空に生じるのは真空の刃、木々をすり抜け隣の山へまで抜けていく大気の空白が乱気流を巻き起こし、迫りくる異形の群れを叩き落とす。

 

 ────が、その程度で止まらない。

 

 地に落ちた群れはすぐさま体勢を戻し、また飛び上がる。時速400km、拳銃弾に匹敵するスピードで飛翔するそれらは突然の事態に驚き、隙を見せていたノーブルレッドへと襲い掛かった。

 

「へ、ちょっ……ガっ!? 痛っ……ひっ!?」

 

 まず最初にやられたのは前衛として最も訃堂の近くにいたミラアルク。高速で飛翔したそれの衝撃は軽く、一瞬拍子抜けしたが、貼りついたそれが触手を広げて腹に食らいついた痛みで思考が嫌悪と恐怖に染まる。

 

「っ゛う……離れ、ろっ!」

 

 ベリベリと肉の剥がれる音とともにソレは引き剥がされる。そして剥がされたその姿にミラアルクは絶句した。

 

 触手の塊を掻き分けた中、そこにあったのは()()()であった。

 

「btvatdtav##vadz(omh!!」

 

 ケタケタと人語を話すべき口から意味のわからない言語と笑い声を吐き出す異形、それはノーブルレッド全員の嫌悪感を抱かせるに十分なものだった。

 

「なんでありますか……これ……」

 

「────七岐だ、あれの分体のようなものよ。あれはラハムと呼んでいた」

 

『そのとおーり! 訃堂には懐かしいかな?』

 

 異形、ラハムの一匹から突然石楠の声が響く。

 

「お主、此奴らを殺す気か?」

 

『私がなんで可愛い後輩殺さなきゃならないのさー? あの子たちは死なない程度にって命令してるとも』

 

「…………儂は?」

 

『ノーカン♡頑張れ〜あ、このメッセージを伝えた個体は速やかに爆散します、気をつけてね?』

 

 その宣言通りにスピーカー代わりだった個体は爆発四散し黒い飛沫となってあたりに飛び散る。

 

「あやつ……ならば気が変わった。ノーブルレッドよ」

 

「はいであります!」

 

「あの馬鹿の差し金を全部潰すまでは手伝ってやろう、そのかわりここから逃げ出したら頭から叩き割る」

 

「「「えっ」」」

 

「気張れぃ!! さもなけば死ぬぞ!!」

 

「「「は、はいぃ(なんだぜ)(であります)!!」」」

 

 ────第二ラウンド開始♡────

 

 ふざけたニヤケ顔でそう宣言する女の姿が全員の脳裏に過り、心は一つとなる。

 

((((あの女許せねえ(であります)(んだぜ)(わ)))))

 

 

 




七岐先生メモ

・吸血鬼について

『吸血鬼な〜もうだいぶ減ったからなあいつら、一昔前にすげぇ増えたけど。7、80年くらい前にドイツで色々あってわらわら増えちゃってさ、もう大惨事。最終的にほぼ全員一人に“纏まっちゃったけど”、すごいぜ?当時の人口の70分の1が吸血鬼になってな、いやーもうてんやわんやよ、あれは死ぬほど面白かった」

・フランケンシュタインの怪物について

『フランケンシュタインの怪物?あーヴィクターのバカが作ったやつ?あの娘なー可愛いかったなー!ちょっと言動はアホっぽいんだけど凄く聡い子でね、今は北極圏でトナカイとフラフラしながら暮らしてるよ?グリーンランドとか行けば会えるんじゃない?』

・人狼について
『んー伝承じゃない元々の人狼ってのはな、空を走るんだ。霧の体に、不死の肉体、嵐の夜に現れる正真正銘の化け物……ま、吸血鬼にお株を奪われてからは大人しくなったがね。もう殆どいなくなっちゃった、幾らかの生き残りが黒い森の奥地の隠れ里とか、そこら辺の街に紛れ込んでたりしてるくらいかな」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7話 ノーブルレッドの受難 その2

更新が遅れて本当に申し訳ない……


 

 ─────古代において、蟲の群れというものは得てして全て災害と同義であった。

 神の奇跡によりエジプトを襲った蝗は飢饉により国を傾けた。洪水ともにやってくるブヨと蚊の群れは疫病を媒介し、世界を薄暗い絶望の中に引き摺り込んだ。

 それに、黒い渦雲のようにやってくる蟲の群れはそれだけで人の恐怖を煽る。小さくて蠢いているものというものはそれだけで生理的嫌悪感を想起させ、正常な判断を失わさせる。

 

 つまるところ、私の“これ”は極めて合理的に何かを苛めるのに役に立つというわけだ。

 

 空を覆う程の群れ、一つ一つが訓練された軍人を容易に殺害出来る殺傷性を持たされた蟲たちがたった四人の化け物に襲い掛かる。

 

 数分前、それらを送り込んだ石楠は数百メートル離れた場所、山の稜線の岩場に座り込み、ニヤニヤと笑いながら慌てふためいているノーブルレッドと忌々しそうに顔を歪めている訃堂を眺める。ヴァネッサの内臓火器を面制圧に適した物に再構成、エルザも同様にテールユニットによる迎撃を行う。

 そして、訃堂により四方八方に放たれた剣圧による結界でどうにか雪崩のような群れの襲来を抑え込んでいるが、討伐には至らない。石楠の腹から生み出された大量の異形の蟲達、その一つ一つが()()()()()としてのスペックを()()している。無論、風鳴訃堂という男の剣が直接当たって耐えられる程ではないが、剣圧や火器程度で群れが崩壊するほどではない。

 

「私の環境適応型捕食形態(ラメンティング・ラハム)の一部再現だ、しっかりやらないと食い散らかされるぞ? んふふふ、流石に《モーセの時》よりは優しくしてあるから頑張れよ〜ここで死んだら私悲しくて泣いちゃうぞ?」

 

 そう言って石楠はケタケタと笑いながら岩肌に寝転がる。しかし、終わるまで雲の数でも数えていようかと思った石楠の脳裏にミラアルクの姿が過ぎった。

 

「……あれ、あの子どこいった?」

 

 “数分前まで視界に居たはずの後輩がいない? あ、もしかして”とそこまで思考が及んだ時、声が聞こえる。

 

「ここなんだぜ……!」

 

 視界外からの急襲、石楠の顔面に身体の容量を限界まで膂力の強化に回したミラアルクの拳が捻じ込まれる。どごん、と鈍い破砕音が響いた直後、頭を鷲掴みにし再度地面に叩きつけようとするがミラアルクは掴んだ頭が全く動かないことに気づき、困惑した。

 

「──は!?」

 

 頭を地面に叩きつけられ、ブリッジのような姿勢でのけぞった石楠がその体勢のまま全身をロック、唯一付いている足元だけの力でミラアルクの膂力を上回り体を固定したのだ。無論物理法則を無視した力の使い方である、通常ならばふくらはぎの筋肉が断裂するが……そもそも()()()()()()()()()()()()()()()()()石楠には関係のないことであった。

 

 力の行き場を無くしてつっかえたミラアルクは体勢を崩し、ぐるりと身体が回転、空中に無防備な形で身を放ってしまう。

 

「……やばっ!?」

 

「ん〜50点、よく知らない相手を掴んじゃダメでしょー」

 

 板バネのように身体を跳ね上げるその勢いのまま、強烈な平手打ちがミラアルクの鳩尾に叩き込まれ……その衝撃で肉体が血煙となって四散した。

 

「あれ、まだ生きてるよな、ん?」

 

「なんつー……化け物……!」

 

「あ、生きてた」

 

 ミラアルクは霧散した身体を再構成して再び目の前に現れる。明らかな怯えを帯びた視線に、ニタリと石楠は笑った。

 

「んふふふ、そうとも。化け物の先輩だぜ? ……霧になって一人だけ抜け出して来ちゃったか、あの子たちの感覚器の共有は切ってたから、わからなかったな」

 

 軽く背伸びをして、ふぅと息を吐き、()()()()()()()()()

 

「じゃ、遊ぼうか。今度は壊さないようにするからさ」

 

 ジャージ姿のままニコニコと笑顔を崩さず、両腕を前に緩く突き出すように構える。

 

()()()()で遊んであげよう」

 

「正直、ありがたいぜ……!」

 

 目の前の化け物が手を抜いてくれている、その事実はミラアルクの内心に少しの安心感を覚えさせた。しかし、直後彼女はそれが大いに間違いであったと思い知る事になる。

 全身の再生を終えたミラアルクが地面を踏みしめ飛び出すと拳を叩き込む。しかし、顔面を捉えた筈のそれがそっと添えられた石楠の手によって捕らえられる。

 

「ほいっと」

 

 ミラアルクはくるりとベクトルを変えられた腕を掴み取られ、ダンスのターンの様な動きで身体を投げられ、地面に叩きつけられた。

 

「────かはっ」

 

 急速に収縮した肺から空気が追い出され、意識が混濁する。何をされたのか分からぬままどうにか反撃をしようと体を起こしたところに喉元に石楠の腕がするりと入り込んだ。

 

「──大昔、アメリカの女軍人に教わった技でな。CQCとか言ってたっけ、まぁ殺さずに人間を大人しくさせるのに便利でさぁ」

 

 石楠はギリギリと首を絞め上げながら世間話をする様に話を始める。ミラアルクは必死で腕を外そうともがくが、一寸たりとも動かず、ただ服の繊維が指先で破けていく。

 

「っ、がっ、ひゅ……!」

 

「人の感覚が残ってると苦しいよな〜気絶も死ぬことも出来ないって大変なんだよ」

 

「──────」

 

 口端から泡を吐き、必死でもがくミラアルクを見ながら、石楠はニコニコとした笑顔を崩さず、絞め上げる力を一定に保ち続ける。

 

「ああ、どうして霧散して逃げられないかって? お前の脳を私の髪を経由してジャックしてるからなんだな、これが。早めに慣れるかどうにか力尽くで外すのがおすすめだぞ」

 

「────!? ──ゅ──っ──」

 

 窒息の苦しみで混濁する意識の中、絶望の表情を浮かべて暴れるミラアルクを見て、何かを思いついた様な顔とした石楠は腕に軽く力を篭めた。

 

「ちょいさ」

 

 ぺきょ、と気の抜けた音がしてミラアルクの首が折れ、直後激痛と共に粉砕した首の骨が再生、元の姿へと復元される。

 

「一瞬の衝撃で体がバラバラになるよりこういうのが痛いって、勉強になったろ?」

 

「───こ────す」

 

「ん?」

 

「───こ──ろ─す」

 

 苦しむミラアルクの口から微かに漏れる殺意の言葉に石楠はニンマリと笑顔を溢す。

 

「ようし、いい子だ。めげない子は好きだぞ?」

 

 諦めない限り無限回の試行を繰り返して勝ちを拾う、それが不死者の基本的な戦い方である。無論、ミラアルクの肉体は完全な不死ではない、生体内のエネルギーを完全に失えば肉体の維持すらままならなくなり崩壊するだろう。実際のところ、4時間も脳への血液供給を遮断すれば脳神経の再生が追い付かずに死に至るというのが石楠の目算であった。

 

「さて、4時間もすれば脳が腐ってゾンビになるだろうけど……殺し合いじゃないからね」

 

 ごきり、とミラアルクの首の骨を再度へし折る。再生までの一瞬、意識が落ちている彼女の身体を放り投げる。

 

「そうだな折角来てくれたんだ、格闘技の基本くらいは仕込んでやるよ。あ、飛ぶなよ?」

 

 先ほどの軽く手を開いた構えからギリィと拳が軋む音を立ててファイティングポーズをとる。そしてすたん、すたんとステップを踏み体を揺らし始めた。

 

「ゲホッゲホッ……ぺっ、今度はボクシングかよ、多芸な奴だぜ……誰が付き合うかなんだぜ、逃げ……あれ?」

 

 付き合ってられないと一旦飛んで逃げようとするミラアルクだが、翼が先ほど拘束を逃れようと腕を強化した状態から戻らない。

 

「こちとら紀元前生まれよ、拳闘ならパンクラチオンが生まれる前から知ってるとも。あ、脳に刺さった私の髪がまだお前の身体操作は制御してるから。霧とか蝙蝠になったりあと飛ぶのも禁止な」

 

「はぁ!?!?」

 

「では試合開始〜!」

 

「────ああもう! ヤケクソなんだぜ!」

 

 顎を両拳で挟むように構えた石楠が右足を軽く踏み込む。数度のリズムを刻むようなステップ、左右に淀みない動きでダッキングする石楠の顔面を捉えようとミラアルクの振りかぶった拳が打ち込まれた。

 しかし、最後の一ステップのリズムが()()()。先ほどまで一拍子ずつ行われていたステップに半拍子のステップが織り交ぜられ反応を狂わせた。

 石楠の頬を撫でるようにミラアルクの拳がすれ違う。そして容赦なく打ち込まれた石楠の左フックがミラアルクの顔面に突き刺さる。

 

「へぶっ!?」

 

「おっと、まだだ」

 

 即座に怯んだ顔面に右ストレート。そして、のけぞった体を浮かすような左フックが胴部にねじ込まれる。

 

「がっ!?」

 

「反射神経は人間と比べ物にならないからと油断すると、ああいうフェイントが刺さりやすいぞ〜次から気をつけろよ」

 

 そう言ってニタニタと笑う石楠は構えを解くと、ちょいちょいとミラアルクを挑発するように手招きする。

 

「じゃ、実戦だ。今度は気の向くままに打ち込んでみろ、顔面に1発でも当てられたら今日は許してやろう」

 

「1発と言わず100発叩き込んでやるんだぜ……!」

 

 ミラアルクの返答に石楠は悪戯っぽく微笑んだ。

 

 と、このように心温まる(七岐視点)トレーニングが始まっていた頃、無数のラフムに囲まれている訃堂達3人は一向に勢いが緩むことのない異形の群れに四苦八苦していた。

 

 既にヴァネッサとエルザは満身創痍とまではいかないがかなりの手傷を負い、訃堂は無傷ではあるものの絶え間なく襲い掛かる異形の群れを迎撃し続けその場に釘付けにされている。

 

 しかしラフムの群れはどんどんと減り続け、その総数は最初にぶつけられた時の1/3程になっていた。しかし主要火力として大きく役立ったヴァネッサの火器の残存は既に底を尽きていた。

 肉体の再改造によって理論上無尽の内蔵火器を使用できるヴァネッサだが、最大火力での面制圧砲撃を絶え間なく続ければエネルギーは一時的にでも枯渇する。それはエルザも同様である。寧ろ増設されたテールアタッチメントが肉体にかける負荷は尋常ではなく、既になんとか立つのがやっとという有り様であった。

 

「ぬぅん!」

 

 一方、風鳴訃堂は一切の疲労を見せぬまま群れを捌き切っていた。むしろ群れを一息に吹き飛ばしてしまわないよう手加減すらしていた。

 訃堂はそもそも石楠七岐という生き物の性格をそれなりに理解している。身内に甘いあの生き物だ、宣言通り本当にあの3人を殺しはしないだろう。その上で“お前一人で全部潰さないように手加減しろ”という言外のメッセージを込めて放たれた群れに対して、訃堂は若干飽き始めていた。

 なにしろこの男、齢100歳を超えておきながらが筋金入りの女好きの阿呆である。可愛い女子に修行にかこつけてあわよくば尻の一つでも触ってやろうと思っていた所にこの仕打ち。万が一本当に命の危険があった場合のために警戒と発破をかけたものの、その心配も完全になくなった今、訃堂のやる気は完全に無くなっていた。

 

(ふうむ、数も十分減ったとなれば……)

 

 訃堂は飛んでくる無数のラハムを木刀と拳で叩き潰しながら欠伸をする。

 

「ふむ、大分減らしたしもうよいか。じゃ、儂帰る」

 

「「…………は!?」」

 

 突然の発言にヴァネッサとエルザは呆気にとられる。

 

「だって儂、カワイコちゃんと修行ついでにキャッキャウフフするつもりで来たのにあの若作り女の蟲に囲まれて段々やる気失せたし喃……」

 

「ちょちょ、待って!? 待って! 私たちだけで残りの相手したら死ぬわよ!?」

 

「死なん死なん。あの女身内には甘いから宣言通りに死にはせんよ、死ぬより酷い目に遭うかもしれんが」

 

 そう言って訃堂は木刀を上段に構え、右手で九字を刻む。そして霊験あらたかなる焔を纏わせ振り下ろし、灼熱の斬撃を以て帰路を斬り開いた。

 

「じゃ、儂屋敷で夕飯仕込んどくから。洋食にしとくから心配せずともいいぞ」

 

「え、いや、ちょっと待つでありま、痛っ!」

 

 思わず引き留めようとしたエルザが伸ばした手を咎めるようにラハムが一匹掠めるようにして肉をかじり取る。

 

「では然らば、何、戦場で限界を迎えることなどよくある。そこからどのように生き残るかを学ぶのもよかろうて」

 

「えっちょっ、ああもう!」

 

 脱兎の如く訃堂は駆け出し、目にも止まらぬ速さで屋敷へと戻っていく。

 そして、この場における最大の強者が欠けたこのタイミングでラハムの群れは二人に一斉に襲い掛かった。

 

「━━━━━━ええい! やってやるでありますよ!! ええ!! ヤケクソであります」

 

「━━━━━━ああもう畜生! やるわよ! なんて自分勝手な人達なの!?」

 

 

 ─────この後、ヴァネッサとエルザがラハムの群れをほぼ素手で殲滅するのにかかった時間は3時間。

 その間にミラアルクは肉体が爆散する事37回、複雑骨折374回、過度の損傷による感覚麻痺、顔のタンコブ無数、というボロ雑巾のような有様となっていた。

 

 ラハムの全滅の少し前、余裕そうな表情でゆらゆらと揺れる立ち姿の石楠に対し、青痣とタンコブだらけになったミラアルクがふらつきながら拳を構えていた。

 

(ん〜頑張ってるな、あの子たち。訃堂の奴は夕飯の準備にいったし、もうちょっとかかると思ったけど……こっちも()()()()かな?)

 

 一見足元も覚束なさそうなミラアルクだが、一瞬体を倒し、ふらついたように見せかけたその時、タタラを踏んだその足を強化し間合いを一気に踏み潰した。

 

 一歩、二歩、あえて途中で二の足を踏む事でタイミングをずらすステップで拳の間合いに入り込む。

 

「オラァ!」

 

 身長176cmの石楠と比べて、ミラアルクの身長は二回りも小さい。そしてダッキングによってより低い体勢からカイロプテラによって強化された拳がコンパクトな動きで連打される。

 一般に人型は、自身の目線より著しく低い場所からの攻撃は避けることが困難である。しかし、事も無げに乱打を掌でいなすと胴部へ鋭い爪先蹴りを射し込んだ。比喩ではなく胴体を貫通し得る威力で撃ち込まれた蹴りは虚空を裂くのみだった。

 

「────ヒュウ、やるぅ」

 

「くたばるんだぜ……!」

 

 蹴りが差し込まれた瞬間、ミラアルクは()()()()()。そして身体を地面を蹴ることで回転、石楠の顔面に空中回し蹴りが叩き込まれようとしていた。

 

(ちょっと吃驚したが、まだ避けられ────!)

 

 ぐるりと空中で回転するミラアルクと()()()()()

 

「しまっ────!?」

 

 その時、吸血鬼のもう一つの能力、『不浄なる視線』(ステインドグラス)が発動する。再改造によって相手の精神状態に依らず、人間の精神に気儘に介入することを可能とした精神摩耗(マインドフレア)の閃光が人外たる石楠の精神を一瞬だけ揺らすことを可能にする。

 轟音をたて、蹴りが炸裂。石楠の肉体は地面に叩きつけられる形で崩れ落ちた。

 

「━━━━━━よっしゃぁあああああ!! ざまぁみやがれだぜ!!!」

 

 ミラアルクはぴょんぴょんと跳ね回り、喜びを露わにする。地面に叩きつけられた石楠がすぐに起き上がり心底驚いたという表情でその様子を見つめていた。

 

「…………ぐぇ、ぺっぺっ。まさか本当に出来るとは」

 

 口に入った砂を吐き出して石楠は微笑む。

 

(ガッツがあるとは思っていたが、なるほどこれはいい子達を見つけた……)

 

 ミラアルクの一撃と同時にラハムが全滅している事を確認し、懐から出した煙草に火をつける。紫煙を吐き出し、小さく伸びをする。

 

 却説、満身創痍の状態ではしゃいだおかげで全く動けなくなったミラアルクを担ぎ、石楠は残りの二人と共に屋敷に戻る。そして締め括りとしてこう宣言した。

 

「──────ようし、お疲れ様! これにて()()()後輩育成計画は終了! 夕飯までゆっくり休めよ〜」

 

「「「第 一 回 ?」」」

 

「心配するな、第二回以降は未定だ」

 

 ほっ、と安堵する声が響く。その様子に石楠はケラケラと笑う。

 

「まぁ何、今日はお前達の試運転と休暇も兼ねててな」

 

「休暇? 私たち別に働いてないんだぜ?」

 

「違う違う、お前たち今まで追われててゆっくり休めてないだろう? だから温泉のある別荘借りてきたんだよ、あ、夕飯は訃堂と私の交代でやるから」

 

 屋敷の縁側に座り煙草をふかす。

 

「あと、お前らの戸籍と家用意するのに一週間くらいかかるからそれまで暇だしせっかくだから遊ばせとこうって話よ、いや〜私って後輩思い〜」

 

「……はい?」

 

 ノーブルレッド達は一様に首を傾げる。

 

「つまり今日から一週間は自由時間です、屋敷にボドゲとゲーム機もあるし、山遊びするなら訃堂が得意だぞ。釣竿とかも納屋にあるし」

 

「私達、騙されてるのかしら……?」

 

「いやぁ……どうなのでありますかな……?」

 

「……あれ、結構お節介焼きだから多分本当に休暇だと思うんだぜ」

 

 コソコソと目の前で相談を始めるノーブルレッドを見て石楠はもしかしてこいつらは天然なのだろうか? と笑った。

 そうしているとスパンと襖を開き、鍋をを持った訃堂が現れた。

 

「夕餉の時間だ、儂特製ビーフカレーを食うがよいッッ! 我が子らは全員これを食べて育った防人のための栄養素を兼ね備えた完全食よッ!」

 

「うちの後輩を防人にするなこの護国バカ」

 

 ぺしりと訃堂の脳天にチョップが入る。その様子を困惑しながら眺めるノーブルレッド達を二人は屋敷の食卓に引っ張り、食うだけ食わせたあと石楠の『泥塗れで汚ねぇ』という本人の行動を完全に棚に上げた発言により全員を温泉に叩き込み、石楠の第一回後輩育成計画のメインイベントはこれにて終了した。

 

 

 

 ちなみに、5人は翌日丸1日を桃太○電鉄で潰し反省のタメゲーム機の使用制限をかける事になる“桃○事件”や、山での熊との乱闘後の和解など些細なトラブルがあったものの無事休暇を完遂した。

 

 それと、この合宿兼休暇は仕事をサボりたかった石楠と訃堂の結託により生じた物であるというのは永遠の秘密である。




風鳴訃堂のキャラ違いすぎない?問題に関しては後々理由を過去編とかでやる可能性がないわけではないです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8話 突発旅行

サボってたので初投稿です


 拝啓、未来へ……テスト勉強大変でしょうか? 私は先生に教わって大体終わって余裕が出て来たところです。最近は護身術の授業も割と楽しいです、手先だけで木の板くらいなら割れるようになりました。

 

「フィーネ、アメリカ土産何欲しい?」

 

『要らない』

 

「りょ!」

 

『りょ! じゃないわよバカ、何してるのあなた』

 

「写真送るよーほれ」

 

 私は今何故かアラスカにいます……そして七岐先生と雪合戦していました。

 そして目の前で雪まみれで友人に写真を送っているはちゃめちゃな先生を死んだ目で見ながら、なんか怒涛の展開だけど楽しいな……と、なっています。

 

「……なんか、すっごい豪華な休日なのかなぁ? どうなんだろう……?」

 

「響ちゃーん! これ終わったらメインの方までロブスター食べに行くから!」

 

「え゛ロブスター! 食べたことないんですけど美味しいんですか!」

 

「モチ! 無駄に舌の肥えた親友(アダム)のお墨付きもある!」

 

「行きましょう!」

 

「いいぞ〜楽しそうな顔する君は好きだぜ!」

 

 

 ────事の始まりはつい先日、七岐が金曜日の夜、本場のピーカンパイを食べたいと思い立ったしたところまで遡る。

 

「ひっびきちゃ〜ん! アメリカ行くぞ!」

 

「────へ?」

 

 立花響は相変わらず学校ではいじめられていたため、最近ではあまり登校はしていなかった。そのため、その分の勉強は七岐が教えるという形を取っていたが、ここ数日はノーブルレッドの合宿があるため七岐が不在。

 渡された宿題の自習と音楽鑑賞や未来との通話くらいしかやる事がなく手持ち無沙汰に過ごしていたのだ。

 そんな久しく得られた平穏な日々を過ごしていた矢先である。世は週末、響も未来と買い物にでも行こうかと思っていたところに“先生”の襲来である。

 

 両親を勢いで説得するとあれよあれよと荷物を纏めさせられ、七岐の愛車マクラーレン720S/U(違法改造車:別名アルティメット号)に載せられて気がつけば羽田へ。

 

 しかも何故か普通の旅客機ではなく、(フィーネの)プライベートジェットを借りてアメリカへ。無論最新鋭の異端技術が盛り込まれた最高の機体である。

 日帰りでアメリカ旅行が可能なそれを使い紐育に土曜の明朝に到着。

 その後七岐の馴染みのホテルであるコンチネンタルホテルに()()でチェックイン。

 

 その後ホテルで夕食を済ませ、ウイスキーを一瓶飲み干した七岐が寝落ち。

 最高級スイート並の豪華な部屋で落ち着かずにいたところを寝相の悪い七岐に抱きつかれ酒臭いやら大人の女性に抱きしめられている状況に照れるやら大変なことになるなど、幾らかの問題がありながらも就寝。

 

 そして翌日、『NY観光だ! スパイディ好きかい? エンパイアステートビルの上からの景色を見せてあげよう!』とどうやって許可を取ったのかヘリで屋上まで移動させられる。

 

 正直この時点で響は『この先生もしかしてなんかヤバい人なんじゃないか?』『何処からこんなにお金が出てくるの……?』と若干不安になっていたが、その度に口に美味しいピザを突っ込まれ、細かいことを考えるのをやめた。

 

 その後、気がついたら寒冷地用のダウンや登山用シャツまで用意されまた飛行機で移動。現在アラスカで雪合戦の後メイン州に移動してロブスターを食べに行くとかいう意味不明な状況になっていた。

 

「先生、もしかしてめちゃくちゃお金持ちですか?」

 

「うん? そうだよ? 非常勤講師なんて遊びでやってるに決まってるじゃん」

 

「えー……遊びで先生やってる人に私勉強教わってるんですか……?」

 

「あ、心配しなくてもおよそ人間が解ける学校の勉強なら大体わかるから。先生昔ギリシャの数学者に論文添削してもらった事あるし」

 

「添削して貰っただけで出来るかとは言ってないじゃないですか」

 

「大丈夫大丈夫、あいつ間違い指摘できなくてイラついてて、ダメ押しに煽ったらクソキレててめちゃくちゃ面白かったよ」

 

 嘘ではない。実際古代ギリシアで秘密主義を拗らせたピタゴラスを煽り、嫌いな炒り豆を投げまくった結果キレた彼に追いかけ回された実績があるのだ。

 

「あ、ギリシャで思い出しました! この前の社会の課題、教科書と全然違いましたけど」

 

「いやほら、高校受験の為なら教科書とか無視してやった方がいいし。まぁリディアン一般科目の試験簡単だからあんまり意味ないけど」

 

「意味ないじゃないですか〜〜〜!」

 

「いやほら、為になるよ? 具体的には入学してから私の授業のノート取る必要なくなるし」

 

「マジですか」

 

「マジマジ」

 

「じゃあやります」

 

 先取りして勉強させられているだけなのだが、朝三暮四というのはこのことだろうかと七岐は思った。

 

「……ところで、なんで私連れてきたんですか?」

 

「え、暇そうだったから」

 

「……それだけ?」

 

「うん? そうだよ? こっちに用事あってさぁ、じゃついでにNYでピーカンパイが食べたくなって……で、一人で行くの寂しいから今学校行ってない暇な響ちゃんを連れてこうかなって」

 

「今度は未来も連れてって下さいよーさっき電話したら凄い心配されちゃいました」

 

「君のこと本当に大好きだねぇ……いい子だね?」

 

「はい! 私の大事な人ですから!」

 

「……そっか」 

 

 暇だったから連れてきた、というのは嘘ではない。実際急にアメリカンな食べ物が食べたくて突発的にフィーネの飛行機を借りたのは本当である。

 しかし半分くらいは“護身術”がどの程度出来てるのかなーというのが気になって雪合戦に連れ出したのだ。

 

 立花響を預けた、喫茶店のマスターは日本に存在する忍者の系譜の一つ“帝都八忍”最強の男である。

 

 そも日本には現在大きく分けて三つのグループに分かれて忍者が存在している。代表的なものは豊臣秀吉に仕えていた飛騨忍群の末裔であり、現在は明治政府の発足と共に政府隠密として宮仕えとなった“緒川家”。

 かつて西洋化生を率いたタウロス双生児と戦い、「サンクチュアリ作戦」を阻止するなど規模においては現在最大の忍者組織である。

 

 もう一つは幕府に仕えていた伊賀、甲賀、そしてその後吉宗の代から現れた御庭番の流れを汲む忍者達が明治政府の樹立後緒川家と立場を入れ替える形で没落しかけるものの警察組織へと流入、現在では“公安0課”と呼ばれる殺しのプロ達だ。

 

 両者はかつての幕府に関するイザコザから未だに確執が深い(実際には公安0課が一方的にライバル視しているだけだが)。

 

 そして、そのどちらにも属さない“帝都八忍”。

 総勢僅か“8人”という組織規模としては最小の組織だが、忍者一人で軍をもってしてなおまだ不足という圧倒的個人武力によってたとえ相手が国であろうとも、民を護る為に動く独立組織である。

 その性質上、法で裁けぬ悪を誅殺することも厭わないため政府としては犯罪組織の分類とされている。

 

 なお他にも風魔一族の末裔が現在でも存続しているが、彼らは忍ではなく半魔の道を行ったため忍として数えられていない。

 

 まぁつまるところ、立花響には無理を言って世界最強の忍者の技をこっそり無自覚に仕込んでいるわけである。才能があるのか、気がつけば体捌きも中々なものだしいい感じである。

 

 これならば、心臓に食い込む人の神(ヴェラチュール)の槍の破片が呼び寄せる試練にも対応できるだろう。

 七岐は気に入った娘をエインヘリヤル(死せる戦士)になどはさせる気はサラサラないのだ。

 

「先生? 何か考え事してます?」

 

「うん? いや、別に? あ、飛行機来たよ」

 

「……先生、私よく知らないんですけどあれってこう、軍人さんが使うやつじゃないんでさか……?」

 

 やってきた“飛行機”は現在米軍にて正式採用されている最新型の垂直離着陸機、通称スワローテイルであった。異端技術を解析、応用する事で現代技術で作れる最高峰の航続距離と積載量、安定した飛行速度を持つ名作機である。

 なお、その値段一機150億円。

 

「ああこれ? この前大統領(知り合いのおっさん)からパクっ……貰った垂直離着陸機だよ、中はシャンパンも完備だぞ? 飲む?」

 

「今すごい事言いませんでした!? あと私未成年ですけど!」

 

「冗談冗談、じゃあ行こっか!」

 

 そうして乗り込むと目的地へと向かう、何せ休みは幾らでもあるのだ。折角だから中西部の荒野とかで西部劇ごっこしたり、ハリウッドの看板を見に行ったりと色々と遊びがいがある。

 ふむ、となるとやっぱりもうちょっと遊びたくなる訳で。

 

「うーん響ちゃん、一週間くらい旅行するかい?」

 

「え゛っ、着替えとか持ってきてないですよ!? あと勉強は!?」

 

「勉強? ぶっちゃけリディアンって偏差値そんな高くないので如何とでもなるなる」

 

「そうなんですか!?」

 

 無論、別にリディアンが著しく色々とよろしくない(迂遠な表現)学校だという訳ではない。シンフォギア装者の候補を集める為、適合率が高い人間を全国から集める都合上集められた成績は上から下までいる訳である。そのため勉学周りはある程度の幅を持たせていないと色々と不都合が生じるのだ。あとそのためか推薦枠がめちゃくちゃ多い、ねじ込もうと思えばいくらでも捻じ込めるくらい多い。

 

「国立で色々と緩い学校だかんねー。あ、歌上手くない子は大変だからあんまり入らないけど」

 

「そうなんですね……いやでもそういう問題かなぁ……?」

 

「まぁほら、気分転換だと思ってさ。今まで色々大変だったんだしご褒美だと思って」

 

「うーん……私だけこんな楽しくていいのかな……? 家族も連れて行きたかったような」

 

「あ、じゃあ今度ハワイ旅行のチケットとか用意しとこうか? えーと確か顔パスで予約できるスイートが何個か……」

 

「いやいやいやそこまでしてもらうのは悪いというか」

 

「家族も連れて行きたいって言ったじゃん?」

 

「言いましたけどぉ!」

 

 この人、優しいけど全然加減を知らない人だぁ! と内心で響は叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 同日、日本にて。

 

「はぁ……あの馬鹿、気に入った子がいるとすぐ構い倒すんだから」

 

 2課本部にて、櫻井了子ことフィーネは友人が突然国を離れ、何やら最近お気に入りらしい娘を連れて遊び呆けていることに頭を抱えていた。

 

「ノーブルレッドの3人の調節もまだなのに、何してんのかしらあいつは……」

 

 彼らの体内に流れ、人と魔を融合するパナケイア流体を七岐の体に流れるより高純度なもの、とある平行世界では()()()()()()()()()と呼ばれるそれに置換した結果ノーブルレッドは生存に稀血を必要としなくなり、一定の出力の向上も見られた。

 

 しかし、本来ならば彼女達はより怪物として進化する筈だったのだ。彼女達の身体の形象崩壊を防ぐための緊急処置的な施術しか行えなかった為、本来のスペックを発揮するためのより高濃度のパナケイア流体を投与する必要があったのだが……。

 

「きっちり試験管三本用意して行きやがったわねあのアホ、試薬は調製失敗した時のために多めに用意しなくちゃいけないの分かってないのかしら? というかこれ私じゃなくてDr.ウェル(五月蝿い英雄馬鹿)の仕事じゃないかしら? なんかもう面倒になってきたわね……」

 

 昔からの友人だが、あの気分が乗ったら最低限の用事だけこなしてすぐ遊びに行ってしまう悪癖にはほとほと困らされている。まぁいつものことなので、別に怒ってはいないがそれはそれとして疲れてしまう。

 

「あ〜〜〜クリスに会いたいわ……それかソネットと飲みにでも行こうかしら……」

 

 悪いことの黒幕やりながら生活するのだって楽じゃないんだから……フィーネはため息をついた。

 

 




〜ある日の電話〜

『アダム〜うちのフィーネがやらかすしれんから万が一の時はよろしくな』

『大分やらかしてるだろう、既に。ライブ会場のそれは正直どうかと思うよ、僕は』

『しょうがないだろ、楽しかったし』

『好きだけど嫌いだね、君のそういう所は』

『すまんにゃ〜』

『謝るべきは僕ではないよ、我が親友』

『……いや、遺族のケアはちゃんとしてるよ、うん』

『神に懺悔などしないけどね、我々は。それでも悔いは持っておくべきさ、君は特に』

『無理♡』

スマートフォンに表示された冗談めかしたメッセージを見て、アダムは寂しげな表情を浮かべ彼方にいる親友を思った。

「…………愉しめなければ壊れる君を救えないんだね、僕は」

アダムはその日、未だ死せぬ母(■■■=■)を思い出した。おそらく()()の中で最も神の愛を受けた我が親友は、心を得て、愛を得て、そして不可逆な破損(喪失)を経て、未だ治る事はない。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

むかし、むかしのおはなし

 

 なに? 眠れない? だいぶ疲れたはずなのに大変そうだねぇ。

 

 じゃあ、響ちゃん。私が子守唄でも歌ってあげようか? 

 

 なんだ、断られちゃった。

 

 ふむ、じゃあ眠くなるようにお話でもしてあげよう。

 

 

 ──例題だ。

 

 いや、ただのおとぎ話かな? 

 

 昔、昔のこと。

 

 まだ人が、かみさまと一緒だった頃。

 

 そう、あるところに……ひとりの女の子がいました。

 

 言葉も、愛も、何も知らない可哀想な娘がいました。

 

 娘はいつも蹲っていました、言葉を知らなかったからです。

 

 娘はいつもいじめられていました、誰とも分かり合えなかったからです。

 

 たった一人の(■■■)とも彼女は喧嘩ばかりしていました。

 

 娘の母(かみさま)は言いました。

 

『お前らしく生きなさい』

 

 娘は言いました。

 

『お母様、それでは壊すことしかできません』

 

 母は言いました。

 

『お前はそのために生まれたのよ』

 

 娘はひどく哀しみました。

 

 彼女は三日三晩泣きました。

 

 涙は海となり、泣き声は嵐となりました。

 

 海から鯨が生まれて、

 

 雨粒から獣が産まれて、

 

 吹く風から、鳥が生まれました。

 

 泣いて、

 

 泣いて、

 

 涙が枯れた頃。

 

 かみさまは、いなくなっていました。

 

 娘は、ほんとうに、ひとりになりました。

 

 泣き疲れた娘は、もう哀しくありませんでした。

 

 それから、娘は、ただひとりだけで世界を知って。

 

 ただひとりだけで世界を生きて。

 

 そうしているうちに、娘には二人のともだちができました。

 

 ひとりは、彼女に言葉を与えました。

 

 ひとりは、彼女に愛を与えました。

 

 そうして、娘は寂しく無くなりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ほんとうに──────? 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 言葉を知っても、愛を知っても。

 

 娘は世界でたったひとりです。

 

 それでも、もう彼女は泣きません。

 

 彼女はもう、泣き方がわかりません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──ずっと後、娘のともだちが、(かみさま)に殺されました。

 

 それでも、彼女はもう泣きません。

 

 でも、哀しくて、哀しくて、娘はともだちを食べてしまいました。

 

 すると、彼女はかみさまと同じ姿になっていました。

 

 そうして(かみさま)に言いました。

 

 あなたを殺すと。

 

 世界にあまねく、尊いものを守るため。

 

 彼女は、かみさまを殺しました。

 

 でも、問題が一つ。

 

 すなわち……。

 

 ────世界とは? 

 

 彼女は答えました。

 

「この手の届かないもの、全て」

 

 そう言って──

 

 彼女は、初めて、生きることができました。

 

 それが、今からずっとずっとむかしのことです。

 

 

 

 ────なんのお話かって? 

 

 …………旧い、旧いお話だって言ったろう? 

 

 かみさまと、友だちになれた時代の話さ。

 

 




何処かで見たことあるような事があったら多分それです。
ガクトゥーンは面白いです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9話 Remnant【残影】

──例題です。

ここに、一人の少女がいました。

少女は、神様になれる素質がありました。

でも、少女は世界にいじめられています。

自分以外、あらゆるものは敵でした。

そんな少女に、とても悪い(かみさま)が手を差し伸べました。

竜は、哀れな少女に自分を重ねていました。


──どうすべきですか?

少女は、悪い竜の手を取るべき?

少女は、悪い竜の手を払うべき?

少女は、一人で荒野を歩くべき?


 聖遺物との融合、立花響の心臓で緩やかに進んでいるその現象について現在最も研究が進んでいるのは何処か? 

 

 聖遺物自体の研究ではフィーネや現在パヴァリア光明結社と名を変えた錬金術協会が最も先んじているだろう。

 

 しかし、聖遺物を人のものとする為の研究が最も進んでいるのは彼らですらも米国で間違いないと言うだろう。

 

 米国に存在する研究施設は二つ、まず一つは米国連邦聖遺物研究機関、通称F.I.Sだ。

 

 櫻井了子の米国通謀をきっかけとして生まれた機関であり、個人の才に左右される「歌による起動」ではなく機械的安定起動方法の開発を重視する研究を進めていた。

 しかし、現在ではDr.ウェルによる低負荷LiNKERの安定製造により、シンフォギアシステムへの研究にも力を入れ始めている。

 

 そしてもう一つ存在する組織が、米国に所属していながら、実態は公海上に存在する巨大な移動可能メガフロートを拠点とする、異端技術解体技研『プロメテウス』である。

 

 あらゆる技術開発の最前線と言う意味で前線基地(イドフロント)とも言われるプロメテウスは“聖遺物のあらゆる利用方法の模索”を名目にあらゆる実験を一切の法や倫理規定を無視し、己の領地である基地上で行う集団だ。無論米国政府もそれを認めてはおらず、幾度も監査や圧力をかけるものの目立った効果は出ていない。またその功績もあまりに大きいことから強く言うことも出来ていない、言わば有能な問題児達だ。

 

 そしてこのプロメテウスはある一人の天才的な破綻者によって運営されている。

 バルトロメオ・ディールクルム、“赫き天蓋”“暁天”“血塗れの聖者”と呼ばれる男だ。全身を黒ずくめのコートや仮面で覆い隠し、慇懃な態度を崩さないが、実態は科学者の欲望だけを煮詰めて人型にしたような生き物であった。

 

 ──何故そんな事を今解説してるか? 簡単に言うとそいつが今目の前にいるからなんだな、これが。

 

「よう、年中脳みその倫理が浮かれポンチ、なんの用だ?」

 

 深夜3時、響をホテルの部屋に寝かせた七岐はお客が来たと、ホテルのロビーへ。その後応接用の小さな個室へ案内されると、そこにはおそらく()()()()()()()()か、中肉中背の特徴のない男の姿に()()()()バルトロメオがいた。

 

 普通の人間ならば気づかないが、七岐はその体に大量に仕込まれた聖遺物由来の武装の()()を嗅ぎ取った。

 

「相変わらず口が悪いですねぇ()()()()()

 

「次その名前で呼んだらお前の基地を海溝の底に引きずり落とす」

 

 七岐はその発言があえてこちらの逆鱗を踏むための戯言だと分かった上で怒りを示す。何故なら、そこで怒らないのは人間の仕草だから。

 

「おやおやおやそれは困ります。気を悪くしたならすみません。どうも最近は部下以外と話さないもので、冗談も下手になってしまいますね」

 

「で、何しに来た」

 

「聖遺物との融合症例のサンプルがあると聞きまして、頂けると幸いなのですが」

 

「そうか、失せろ。でなけりゃその外出着(からだ)を土塊に帰してやろうか」

 

 なるほど、この研究馬鹿の理由としてはわかりやすい、と納得する。殺意を込めるほどでもない、そうするならやるという明確な意思を伝える。

 

「やはり駄目でしたか、基地を破壊されては割りに合いませんし大人しく帰らせて貰いますね」

 

「……なんだ、上手くいってないようじゃないか」

 

「ええ、どうしてもバランスが崩れて成り損ないになってしまうのですよ。貴方の血液サンプルがあればもう少しマシになるのですが」

 

「昔、酔ってた私から騙し取った奴あんだろうが?」

 

「ああ、あれはこの前輸送中に錬金術師に奪われちゃいまして。残ったのも継体と培養が不完全なものしか」

 

「はっは、お前が? よくやるな、そいつ」

 

「ゴマドウという女性でしたね、非戦闘用とはいえ数名の拝者(オプスクラタス)再誕者(キュベレー)を数体消費してしまいました、痛手ですね」

 

「お前の研究員(残機)を削ってったか、それなりだな」

 

「ええ、おそらくは近いうちに、あるいは既に生体の成功例がいくらか生まれるでしょう。心当たりは?」

 

「─────」

 

 ──まさか、と脳裏に3人の姿が過ぎる。

 

「……チッ、通りで」

 

「おや、心当たりがおありで? ああ、お気をつけて、どうやら学術用途ではなく兵器開発が目的なようですよ?」

 

「自分が学術目的だと言わんばかりの言いようだな? おい」

 

「はて? そうですが……? ああ、不完全なサンプルでも研究が随分進みましたよ。感謝しています。元々容易な生体部品の培養はともかく、難しかった人体応用可能な幹細胞治療のレベルは数世紀分は短縮出来たでしょう。来年には一般化出来ると予想しています」

 

「結構なことだな、過程で何人死んだ?」

 

「雑多な副作用で562人、拒絶反応だと明確にわかるもので2896人、生存しましたが後遺症が残ったモノが68……いえ、胎児を含めると71人でしたね。皆さん本当に頑張ってくれました」

 

「私が言うのもなんだけどな、最悪」

 

 本当に感謝してるのがわかるから手に負えないのだ、こいつは。まぁ友人としては悪いやつではないし、気をつけていれば問題はない。今頃これの部下が響の生体サンプルを寝てる間に取りに行ってるだろう。

 

「ま、研究進めるなら進めてくれ。こっちとしても経過観察してくれるなら文句は言わんよ」

 

「ふむ、こちらの人員を派遣しましょうか?」

 

「どうせもう居るだろうが……正式に二、三人面貸せ」

 

 以前米国から来た特殊部隊、あれは技術供与されただけの哀れな実験台だった。しかし、あれは序の口で既に手の物は数匹潜り込んでいるだろう。

 

「わかりました、ところで例の件は」

 

「黙っとくよ、あの大統領に知らせたら明日にも殴り込んでくるだろうからな」

 

「あれはあれで苦労している方ですから、無闇に敵対したくもないのですよ」

 

「ハ、どうやったってザンジバーランドの再来になるだろうが、しかもお前がやるとなりゃジャックの奴より嫌がられる」

 

 前線基地には米国第7艦隊に匹敵する武力と人員が内包されている、それが手元から離れることを双頭の鷲(議会と大統領)は許さないだろう。そうなれば必然、武力蜂起が必要となる。()()()()()()()という前世紀のトラウマを抱えた米国からすれば大人しくするわけがない。

 

「いえ、敵対はしません。独立国家としての同盟……という形に持ち込むでしょう。既に基地は一個のアーコロジーとして改造、海中潜航機能とステルス機構を増設しました、『超大型機動潜水艦イドフロント』とでもしましょうか」

 

「……昔それやった奴いたぞぉ? ま、愛国者(サイファー)はもういないがな、国家という枠組みから逃れるのは難しいぞ」

 

「ええ、ですので()()()を持とうとあなたを勧誘したのですが」

 

「お断りだバーカ、誰が反応兵器の真似事なんかするか」

 

「残念です、おっと、サンプル採取も終わりましたしお暇させていただきましょうか」

 

「帰れ帰れ、こちとら旅行中だぞ」

 

「そうでしたね、ではお詫びにこれを」

 

 差し出されたのは小さなデータチップが一枚、石楠はそれを受け取る。

 

「あなたの思いつきに必要な各種データを纏めたモノです。ああ、ちなみにDr.ウェルからも多少の供与を受けています。後ほどそちらにもお礼を言ってあげてください」

 

「あのバカが?」

 

「ええ、あの方が」

 

「……なんで?」

 

「『生体と聖遺物の融合はサブプランとして有用』だそうです、得難い経験でした。また共同研究を行いたいですね……何やら、嫌われてしまったのが残念ですが」

 

「同じ馬鹿でも比較的常識はあるからだろうな、あれで」

 

「……」

 

「心外だなぁという顔をするな、馬鹿が」

 

 首を傾げる目の前の男にちょいちょいと指でこちらに寄るよう招き、小声で囁く。

 

(決行するならうちのフィーネがしでかしたタイミングのどさくさでやれ、それなら確実に捻じ込める隙があるはずだ)

 

(──何をするかは?)

 

(2回目の“神殺し”だ、知りたきゃ自力で至ってみせろ)

 

(……ふむ、そう言われてはこれ以上は聞けませんね)

 

「では、またいつか。次は食事でも」

 

「じゃあな、九龍(ガウロン)に良い店を知ってる。機嫌がよけりゃ呼んでやるよ」

 

 溜息を吐いて、ホテルから出て行く姿を見届ける。そして、先程受け取ったチップを()()()。あらゆる情報媒体は、摂取することで彼女の原初の泥(肉体)に刻まれる。

 

 口直しだ、と目配せしたホテルのボーイに金貨を握らせ葉巻とブランデーを持ってこさせる。

 

「新品のX.Oでいい、氷は要らない」

 

「貴方様のリシャールもお持ちできますが……」

 

「いや、いい」

 

「かしこまりました、デキャンタで?」

 

「どうせ飲み切る、そのままでいいよ」

 

 数分待ち、運ばれてきたコニャックをグラスに注いで一息に飲み干す。吐く息が熱くなる感覚を味わった後、葉巻にマッチで火をつける。

 小煩い英国紳士がいたら皮肉の一つでも言う雑な吸い方だ、シガーリングも外さず、吸口は刑事コロンボの様に齧り取る。

 

「ふぅ……さて、明日は何処に行こうかな」

 

 軽くふわつく頭で明日の予定を考える。

 そもそも、アルコールが体内に入ったところで本来酔うはずもないのだが、石楠は擬似的にアルコールに酔えるように体を人間寄りに構築している。アルコールの酩酊感は人が作り出した文明の叡智である、と石楠は考えている。

 

 ──たまに、()()()()()間違えたりするけど。

 

「……ん?」

 

 不意に、メッセージアプリに通知が二つ。

 

『奏:なっちゃーん、ここわかんないから教えて』

 

 一つはツヴァイウィングの片割れのヘルプ宣言であった。ちなみに中身は数学と世界史二問。

 

『ナナッキー:ん、世界史は教科書76pよく読め。あとそっちはそもそも最初の段階で因数分解が違うの見落とし。多分疲れてるからコーヒーか甘いものでも食べて飲んで休め』

 

『奏:げ、本当だ。さっすが〜』

 

『ナナッキー:(サムズアップのスタンプ)』

 

 ふと、やりとりをしながら思い出す。

 

『ナナッキー:そういえば、翼ちゃん元気?』

 

『奏:(泣いている猫のスタンプ)』

 

『ナナッキー:ダメか』

 

『奏:あの時以来ちょっと思い詰めてるかなー、防人としての責務が云々って』

 

『ナナッキー:そっか、まぁ気にしてやってな』

 

『奏:言われなくても』

 

 あの防人娘が落ち込んでいる、おおよそ予想はついていたが中々に面倒くさい。というかあの子は地味に面倒くさい。

 

『真の防人に成るはどうすればいいんでしょうか……』って言われたから『なんかこう、言葉遣いから変えてみれば?』って言ったら最近面白いことになってるし。まだ慣れてなさそうだけど。

 

 さて、もう一杯を飲み干し、ボトルの半分を空けたところでもう一つのメッセージを確認する。

 

『ミラちゃん:今何処にいるんだ?』

 

『ナナッキー:ミラちゃん(笑)文字だとだぜって言わないんですねwwwww』

 

『ミラちゃん:ナナッキーに言われたくない』

 

 可愛い怪物後輩からである。ついさっき娘だと判明したけど、まぁそれはそれとして。

 

『ナナッキー:現在地はニューヨーク』

 

『ミラちゃん:は?』

 

『ナナッキー:教え子と旅行中〜羨ましい?』

 

『ミラちゃん:いや別に(添付されるノーブルレッドのみんなでピザを食べながらマリ○カートをしている写真)』

 

『ナナッキー:ズルい』

 

『ミラちゃん:あ、あんたのカード勝手に使って買ったけどいいのか?』

 

『ナナッキー:あ、それあげる。限度額無制限だから好きに使うといいよ』

 

『ミラちゃん:え』

 

『ミラちゃん:?????』

 

『ミラちゃん:マジで言ってるのか? おい、返信しろよ、おい!?』

 

 携帯をしまって葉巻を吸う。甘い煙を吐き出して、また酒を飲む。酩酊感は強くなって行く。

 

「……寝よ」

 

 グラスを置き、シガーケースだけを持ち、立ち上がる。空いたグラスと瓶は勝手に片付けるだろう。

 

 部屋に戻り、ベッドへ寝転がる。隣で小さな寝息がする。心臓に呪いを埋め込んだ少女。その頬に軽く口付けをする。

 

「|Fairest lady, that art most rich, being poor; Most choice, forsaken; and most lov'd, despis'd! 《ああ、美しい少女よ。あなたは貧しくなって、もっとも豊かに、棄てられて、もっとも気高く、さげすまれて、もっとも愛すべきひととなった》」

 

 劇のセリフを誦じる、静謐だが、よく通る人ならざる声がホテルの一室に響いた。

 

 眠り込む立花響の胸に、触れる。まるで、そこに何もないかのように、彼女の指が心臓へと滑り込む。

 

 ──眠れ、眠れ、愛し子よ。茨は心臓を蝕み、ヤドリギは君を神へと変えるだろう。

 

 歌うように、(まじな)いを言紡ぐ。神にも人にもなれなかった、愛した女を思ったあの日と同じように。

 

混沌の娘(エキドナ)は君に歌うだろう。君は、誰かを愛していい。誰かを呪っていい。君は、神にならなくていい」

 

 ────■■■■■。わたし、平気よ! だってこんなにも幸せだったもの! 

 

 遠い残影が、目の前の少女に重なった。




──回答です。

『そうさ、正解なんてない。』

『きっと、どうしようと。彼女は立ち上がるだろう』

『だから、これは(わたし)の、ただの愚かな我儘なのさ』


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10話 御伽噺の後で

(激遅更新)(言い訳不可)
黄雷のガクトゥーンとか……Far Cryとか……TRPGとか……私生活の変化とか色々あったが……無事更新!
繋ぎ回です、全然話動いてねぇな?


 

 ────先生は、変わった人だ。

 

 ある日突然、私の前に現れて、私の周りの何もかもを変えてしまった。

 

 痛いのも苦しいのも無くなったけれど、あの人が何を考えているか、いまいちよくわからない。

 慈善事業で色んなところでこんな事をやってる、というのは後で教えてもらったけれど。

 それがどうして、暇な時にはいっつも私のところに来るのか。

 

 本人に聞いても『んー? 気まぐれ!』としか答えないし、なんなのだろう? 

 

 まぁ、でも、優しい人には変わりない。旅行に連れ出してくれるし、来ると色んなところのお菓子をくれる。

 勉強を教えてもらう時、難しい問題が解けると何故かいつも小さなチョコレートを一つ渡してくれる。しかもちょっと高い奴。

 

 ────あれ? もしかして私、小さな子供扱いされてる? 

 

 いやいや、まっさかぁ。……でも、旅行中私の布団で寝てること多いもんな……本当に子供扱いされてる……? 

 

 今だって、何故か私を抱き枕にして涎を垂らして眠りこけている。うぇ、酒臭い……。

 

「すぅ……」

 

「先生〜暑いです酒臭いです離れて〜」

 

「むぅ〜」

 

 黒と白銀の混ざったツートンの長髪が私の体に覆い被さる。視界一杯にはいつもはそこにルビーの様な真っ赤で、綺麗な瞳をきらきらさせている顔が。

 

(近い……! うわぁ……美人だとは思ってたけど、可愛い……あとおっぱい大きい……! 大人だ……)

 

 流石に同性といえど、殆ど裸みたいな状態で抱きつかれると恥ずかしい。

 

 ──ん? 裸? 

 

 もう一度先生を見る。うん、いつもの顔だ。

 もうちょっと下を見る、おお、綺麗な肌。

 

「にゃあ゛────────ー!?!?」

 

「んむぅ……なんだよ、うるさいな……まだ朝食には早いだろう……」

 

「はだっ、は、はだ……」

 

「なに、壊れたオルゴールじゃあるまいし? どうした?」

 

「裸!!! 先生なんで裸で私のベットにいるんですか!?」

 

「訂正、ここはベッド一つしかないから私のベッドでもある。裸な理由は昨日はお酒を飲んで暑かったから、終わり」

 

 平然とした顔で起き上がり先生は言い放つ。よく見たら黒いレースのショーツ以外なんも着けてないこの人。

 

「ま、ままさか変なことしてないですよね!? ね!?」

 

「はっ」

 

 鼻で笑われた!? なんて人だ!? 

 

「ん〜からかっても面白そうだけど……セクハラになっちゃうからやーめた。先生クビになっちゃうし」

 

 裸になって教え子に抱きつくのはセクハラじゃないんですか? という疑問が浮かぶが、混乱の極みにあるため口から出てこない。

 

「あ、今日の行先、どうする?」

 

「ど、どうするって、何を?」

 

「グランドキャニオン行ってアリゾナででサボテン引っこ抜いて遊んで明日帰るか、ハワイ行くか」

 

「なんでサボテン引っこ抜くんですか……?」

 

「え、楽しそうだろう? それともテキサスでタンブルウィード見に行って西部劇ごっこする?」

 

「え、いや別に……」

 

「本場のタコスとチリコンカンがついてくるぞ」

 

「えー……ん〜じゃあ行きます」

 

「響ちゃん……君本当にご飯に弱いね……」

 

 失礼な、先生の連れてくるお店が全部美味しいのが悪いんだ。

 

「そんなことありませんー!」

 

「にゃはは、ごめんごめん。じゃ、シャワー浴びてくるから、本当に行先決めといてね?」

 

「さっきの三つから?」

 

「それ以外でも、今日は一日自由だからね、好きにするといいさ」

 

 そう言われても、困る。来たこともない場所に連れてかれて自由と言われましても……あ。

 

 ひとつ、やりたいことがあった。

 

「────オーロラ」

 

「オーロラ?」

 

「昨日、アラスカで雪合戦したじゃないですか。あの時、帰りの飛行機でちょっとだけ見れたんですよ」

 

「ちゃんと見たい?」

 

「はい! 綺麗だったので!」

 

 その瞬間、少しだけ先生の表情に翳りが差したような気がした。

 

 ──どうして? 

 

 何か、変なことを言っただろうか? そう思っているうちに二、三瞬きをすると、元の表情、いつも浮かべているちょっと怪しい笑顔に戻っていた。

 

 立花響(わたし)には、その意味がわからない。気のせいだったのかな? とその場で疑問を飲み込んだ。

 

「オーロラ、ね。キャンプ用具、用意しよっか」

 

 先生がそう言って電話をする、あれこれ準備をするのだろう。私はその間に荷物をまとめて自分の準備に取り掛かった。

 

 それを横目に見た石楠は、飛行機の準備を頼む。自分の荷物はほとんどない。携帯にカードと金貨数枚。これだけあれば世界中どこにでも行けるのが自慢である。

 

 

 

 

 

 ───石楠にとって、オーロラにいい思い出はない。無論、オーロラは太陽風のプラズマが地球の磁力線に沿って落ち、大気の原子が励起するだけの自然現象だ。

 

 だが、まだそれが戦乙女達の権能だった時代。空を舞う光は死者と聖者を分け隔てるヴェールだった。

 

 楽しげな姿をした目の前の少女(立花響)の姿に、ふと、()()を見てしまう。

 

『心配しないで■■■■■? オーロラの向こうに行ってしまっても……あなた、一人じゃないわ?』

 

 遠い記憶、遠く響く雷霆が、未だ幻想の物であった頃。忌まわしくも愛おしい記憶が、彼女の視界を埋め尽くした。

 

「────」

 

 目を閉じ、眼球、及び視覚に関する神経回路の()()()()を停止する。

 透明な眼球は、即座に自らの構成要素たる黒い泥と溶け、自身に還る。視界が遮断される。

 

 1秒にも満たない時間、幻影が消えたことを確認すると即座に再生する。問題は、なかった。

 

 視界は戻る、飛行機の準備は終えた。あとは、彼女を連れて行くだけだ。再生ヨシ、携帯のインカメラで顔を見る、うん、今日も美人! 

 

「オーロラを見たら、そのあとは?」

 

 振り返り、いつもの笑顔で聞いた。

 

「んー……もう帰ろうかなって。あ、でも、もうちょっとお土産とか買いたいかな……?」

 

 ふむ、お土産とな。ではこれだ。

 

「ふふふ、ではこのアメリカ特産のあんまり美味しくないお菓子シリーズをあげよう。昨日買った」

 

 古くからの友人のアナンシ君の教えである。現地のあんまり美味しくないお菓子はお土産としては割と盛り上がるぜと。

 

「美味しくないものだけなぜ……!?」

 

「ウケ狙いとしてはおすすめよー。それはそれとして美味しい特産品系は飛行機にどうせ勝手に積んでくれるし」

 

「えー、でもなんか、お菓子とかは自分で選びたいんですよぅ」

 

「じゃあ帰りにスーパーでちょっとしたものと、……他は空港で買おっか」

 

「はーい」

 

 さて、到着までは特筆することも無く。

 

 二人は無事アラスカのオーロラを眺めるのにちょうど良いロッジへと到着した。日が暮れるまでBBQをして、ホットココアなんかを飲みながら空を眺める。

 

 ゆらり、と薄緑色の輝きが空を走った。

 

「ん、来るね」

 

「え、本当!」

 

 ほんの少し、予兆のような煌めきの後、オーロラは空一面に広がって行く。星空を覆うような輝きを見て、キラキラとするような笑みで響は空を眺める。

 

 ──────さようなら! 

 

 声が、する。

 

 遠い昔に置いてきた、古い思い出の残骸が、旧い龍の頭に響く。

 

 ────悲しくもないのに、何故思い出してしまうのか。

 

 思わずため息を吐いてしまう、ここ数百年は思い出しもしなかった癖に、何故こんなことを思い出してしまうのか。

 

「──い──んせい?」

 

「先生?」

 

 教え子の声が聞こえた、

 

「ん、なんだい?」

 

「なんだか、怖い顔してましたけど……何かありました?」

 

「んー? 昔フラれた人のこと思い出してたの」

 

「え、なんですかそれ。詳しく聞きたい!」

 

「だーめ」

 

「えー」

 

「女の子はね、一つくらい胸に秘めた失恋があった方が可愛く見えるもんだよ。こういうのは明かさない方がいいの」

 

「そんなものですかね?」

 

「そんなものだよ」

 

 首を傾げる響の頭を撫でる。ストーブの火以外は冷たさしか存在しない雪原のロッジの中、唯一の温かみを持った人間。

 

「傷と秘密が多いほど、女の子は可愛くなるものだよ。まぁ、受け売りだけど」

 

 主にフィーネの。

 

 さて、そうして話したり、沸かしたコーヒーを飲んでいるうちに、オーロラはいつのまにか消えていた。30分ほど煌めいていただろうか、また少し待てば次のオーロラが来るかもしれないが、石楠はもうそれを見る気はあまりなかった。

 

「じゃ、私は寝る。まだ見るかい?」

 

「うーん、もう少し粘ってみます」

 

「そ、無理しないでね? 体冷やさないように!」

 

「はーい!」

 

 そう言ってベッドに潜り瞼を閉じる、別に閉じなくても意識を落とすことは出来るが、気分である。

 

 会話が途切れ、呼吸音とストーブの音だけが響く部屋。立花響は窓から空を眺める……フリをして、寝転んだ石楠の顔を見た。

 

 目を瞑り、ほんの数分で眠りこけた先生は、すぅすぅと子供のような寝息をたてていた。

 

 ────優しい人、でも、よくわからない人。

 

 私のひび割れた心に寄り添った、知らない人。白黒の変わった髪に、真っ赤な瞳をした綺麗な人。

 

「……なんで、そんなに優しいのかな」

 

 先生は好きだけど、ちょっとだけ、怖い。いつもみんなに優しい人だけど、私のそれはちょっと違う気がして。

 

 でも、自分の子供みたいに撫でてくれるその手はやっぱり優しくて、好きだった。

 

「──おやすみ、先生。また明日」

 

 

 

 そうして翌日、吹雪に巻き込まれて帰還不可能……などということもなく平和に帰国することになる。

 

 ちなみに、お土産は大量のお菓子と、何故か大量に渡され、サイズもぴったしな大量の服と靴(全て最高級品)だった。

 

 響は特に値段を知らないため、後日未来が値段を調べて卒倒することになったのは余談である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────機内、防音、防諜された通話用の個室にて。

 

「あ、調〜♡元気してた〜? 切ちゃんとも仲良いかい? そう、良かった。ナスターシャに代わってくれる?」

 

 石楠は猫撫で声で電話越しに話しかける。

 

「やぁやぁ、アナスタシア、胃を交換して三ヶ月は経ってるけど、気分はどうだい?」

 

『あなたに心配されるほど弱ってはいません。それで、何の用ですか?』

 

 怜悧な少しばかり冷たさを含む声で返答が返る。

 

「ん、話が早い。近々うちのが事を起こすみたいだからさ、身の振り方とか考えた方がいいって伝えとこうかなって」

 

『────何をするかは、教えてくれないのでしょうね、あなたのことでしょうし』

 

「正確には、私も半分くらいしか知らなーい。なんか隠してるみたいだしね! ま、“神殺し”するってんだから身内にも隠したいことの一つや二つあるだろう?」

 

『……わかりました、伝えてくれるだけあなたにしては親切だと思っておきましょう』

 

「ああ、最悪失敗しても、あの子達は大丈夫さ。私が責任持って守るよ、私の“娘”もいることだしね」

 

『────調は、貴女のモノではありません』

 

()()()()()()()()、あの子の母も、その母も、()()()には違いない。そして、(みこと)も死んだ、だからあの子は私の娘だよ」

 

『────旧き母、大いなる龍、やはりあなたは……』

 

「あら、気持ち悪い?」

 

『いいえ、そうあるしか出来ないあなたを、変えられないのが悔しいだけです』

 

「相変わらずお人好しだねぇお前、ワルシャワで会った時からおんなじだ」

 

『いいえ、変わりましたよ。ただ、目の前のことと向き合っていればよかった少女だった日々が懐かしく思えます。……あなたは本当に変わらないままでいるというのに』

 

「生き方を変えられるのが人間(お前たち)の長所だろ? 私はいいのさ」

 

『────』

 

「辛そうな声を出すなよ、折角健康になったばっかなんだしさ。塩分控えて、長生きしなよ、ナーシャ」

 

 電話を切る、煙草に火をつけて目を瞑る。

 

 ────そういえば、私の3人娘(ノーブルレッド)は元気してるだろうか。

 

 日本まで、あと数時間。ふと、そんなことが気になった。

 

 

 




朝霧の巫女無料公開中だから今日中に見に行こうな!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

11話 入学式:愚か者 on Stage

ようやくリディアン入学したよ。


 数ヶ月後、2月受験シーズンを終え、順当に(実際はギリギリまで詰め込みまくる羽目になり流石の石楠も不安になる程だったが)合格した。

 そして、石楠は春休みに突入した立花家で一家の一員の様に鍋をつついていた。

 

「時に響ちゃん、入学祝いは何がほしい?」

 

「入学祝いですか?」

 

「あら、悪いですよ……もうこんなにお世話になってるのに」

 

「んーいいのいいの、お金なんて使った方がいいんだよ。……あれ、そういやお父さんどうしたのさ」

 

「仕事中ー、あとちょっとしたら出てくるんじゃない?」

 

 現在、一家の大黒柱である立花洸はそれまでの会社を辞め、在宅で可能な仕事に転職した。なお会社の筆頭株主は石楠だったりするのだが、今のところそれは誰にも気付かれていない。

 

「大変そうだねぇ、あ、煙草吸っていい?」

 

「ダメですよー壁紙が汚れるので」

 

 煙草を取り出そうとした石楠の口に響が肉を摘んだ箸を突っ込む。あむ、とそれを食べると、緩い笑いを浮かべた。

 

「ちぇー、あ、そういえば響ちゃんって翼ちゃんのファンなんだっけ?」

 

「はい! 先生もそうなんですか?」

 

「いや、知り合いだからサインあげる」

 

「え゛」

 

「あ、なんか欲しいものある? 余程じゃなきゃそれにサイン貰ってくるけど」

 

「え、え、いや、え?」

 

 困惑する響、突然の提案に脳の処理能力が追いついていない。というか、そんなの貰ったら使えないじゃん。と思考がぐるぐると空転する。

 

「じゃ、じゃあ今度新作CD買うからそれに!」

 

「発売前に貰ってこようか?」

 

「あ、それはダメです! ダメ! 発売日にお店で買うのも楽しいんですから!」

 

「むー……それじゃ結構後だなぁ、じゃあ先にこれあげる」

 

 石楠は懐から黒いカードを一枚取り出し、手渡す。

 

「……何ですかこれ」

 

「カード」

 

「……何の?」

 

「クレジット、限度額無制限」

 

「「「──────」」」

 

「あれっ」

 

 一家全員が絶句する。もしかしてジョークかな? という期待を込めた目線が送られるが、石楠は首を傾げたまま何も言わない。

 

「最近の若い子ってあんまり買い物しない……? おっかしいなーうちの奴らは色々好きなもの買ってたのに」

 

「いや、受け取れないよ先生!?!?」

 

「わっびっくりした、なんでよ」

 

「おか、お金大事!」

 

「いいよ別にそれくらい、家族カードだからあんまり酷かったらいつでも止められるし」

 

「「「ダメです!!!」」」

 

 その後、石楠は一家総動員で何故か叱られ、しょんぼりした顔で炬燵に潜り込んだ。

 

「なぜぇ……」

 

 捨てられた仔犬のような顔で蜜柑を響に口の中に放り込まれ続けている石楠を囲み、一同は苦笑いをする。

 

 ライブ会場の惨劇以来、悪くなる一方だった家の状況を一変させた謎多き“先生”は、どこか子供っぽく、いつのまにか家に馴染んでいた。時々、先程のように妙な金銭感覚を見せることはあるが、しばらく家庭教師として通っていた事も合わせて、概ね立花一家には受け入れられていた。

 

 無論、突飛な事をやる困ったちゃんとも思われているのだが。

 

「先生、うちの子に優しいのはいいんですがね、それはやり過ぎです。ちゃんとお小遣いもあげてますし、これから高校生ならバイトとかも始めるかもしれないでしょう? 金銭感覚を育てるのも大事なんですから……それに、これ以上お世話になる訳にはいきません」

 

 響の母、立花真衣の最もな説教を受け、更に石楠の顔がしわしわにしょんぼりしていく。

 

「何も、与えるだけが良いわけじゃないのよナナちゃん」

 

 追い討ちのように祖母である摩耶が淹れたお茶を渡しながら嗜める。石楠はしょげた顔でそれを受け取った。

 

「そうかにゃぁ……」

 

「そうよ、人間ってあんまりいっぱい貰うと潰れちゃうのよ。あなたのそれは……ちょっと大きすぎるわ? お世話になってる私たちが言うのも申し訳ないんだけれどね。たまには、私たちに恩返しくらいさせて欲しいわ?」

 

「…………大昔、おんなじこと言われたー、まだダメかぁ」

 

「ダメじゃないのよ、優しいことは悪いことじゃないのだけれど……少し不安になるわ? あなたに優しくしたい人もいっぱいいるのよ?」

 

「えー? ()()()()

 

 口に放り込まれるミカンの数が二つ目に突入したあたりでカラカラと石楠は笑う。

 

「ま、いいや。じゃああれだ、携帯電話とかどう? 契約とかの仕方も教えてあげるって事で。今度からは自分で契約出来るように」

 

「──それでも十分高価すぎますけれど……ああ、そんな顔しないでください私が悪いみたいじゃないですかぁ」

 

 響のその言葉にさらに落ち込んだ様子を見せ、石楠はみるみる表情を曇らせていく。その様子は叱られた子供のようにも、子供に嫌われた母親のようで、響は妙に居心地が悪くなる。

 

「あ、じゃあ、バイト始めたら返すってことで! 壊爺が喫茶店のバイト雇ってくれるって」

 

「それじゃお祝いにならないじゃ〜ん……」

 

「これ以上は譲歩しませんよ! 本当に! もう十分お世話になってるんですから!」

 

「……半分! 返すの半分だけね!」

 

「えー」

 

「えーじゃない、お祝いだからこれで終わり!」

 

 

 石楠は響の頬をむにむにと引っ張る、「むえー」と気の抜けた声を出す少女の姿を見て、皆が微笑んだ。

 

 平和な、少し変わった団欒の風景、少女が失う筈だった物。

 

 

 

 ────英雄が生まれるまで、あと少し。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 4月1日、入学式当日。

 

 リディアン音楽院高等学科の入学式は、音楽に力を入れているだけあり、学生たちや教師陣による様々な催しがされる。

 

 無論、在学生による新入生の為の合宿、音楽関係の教職員や芸能関係に進んだOGによる小ライブなどが例としてあがる。無論関係ない教員も多く、特に非常勤の講師などは殆どが関係ない。石楠も非常勤であるため、通常ならそうであるのだが……彼女は少々特殊なため、この行事に参加する。

 

 教師としてではなく、“来賓”として。

 

 私立リディアン音楽院は、私立でありながら学費が一般的な公立校と遜色ない程度に抑えられている。これは、財政界からの多額の寄付金と、シンフォギア装者の選出、 ならびに音楽と生体から得られる様々な実験データの計測を目的とした政府が補助金の名目で供出している予算のお陰である。

 

 そして、こうして得られる運営資金、その3割を一人で供出しているのが石楠七岐であった。

 

 石楠七岐は、欧州の経済崩壊にも関わらずに未だ全世界へ強い影響力を持つ経済四騎士(大規模グローバル企業)、その一つを担う()()()()()()()の筆頭株主である。

 テンプル騎士団が母体だったり、有史以前から先史文明の遺産を巡って色々やっているのだが、ここでは割愛する。

 

 それ以外にも、世界中に有形無形の無数の資産を分散、運用(人任せ)している彼女は、小国家予算程度の金額を好き勝手に動かせる。

 

 しかし、面倒なCEOや資金運用は“娘”に任せ、本人は自由気ままに非常勤講師などをやっているのが彼女であった。無論、自身の金の出所は徹底的に隠蔽しており、この事実を知っている人間は、風鳴家、及び二課に所属している人間のみである。

 

 ── 何故このようなことが出来ているのか、と言うことに関しては、少々複雑な事情になるため、ここでは割愛する。

 

 要するに、超絶お金持ちなので来賓として毎回この行事に参加させられていると言ったところだ。

 

 させられている、とは言うものの本人も毎年ノリノリで参加するのが常であり、変なパフォーマンスをするのが在校生からすると名物になりつつあるのだが。

 

「で、ナナちゃん今度は何するの?」

 

 早朝、学校に唯一存在する喫煙室、利用者を減らすためか教員室から遠く離れたそこに同僚かつ飲み友の漢文担当の非常勤講師、有峰霧子(ありみね きりこ)の質問に石楠はニヤリと笑った。

 

「ふっ、なんだと思う?」

 

「あ、別にそう言う反応は面倒なのでいいです」

 

「なんでー!?」

 

「ナナちゃんがそう言う反応する時大抵やらかすじゃん」

 

 フランス人のハーフであり、考古学者を行う傍ら教師をするという移植の経歴を持つ彼女と石楠は、若干周囲から浮いている非常勤ということでしばしばこのような雑談に花を咲かせていた。

 二人とも音楽を志す者の多いこの学校で珍しい喫煙者、ということもあり、喫煙所はほぼ二人の休憩所となるのが恒例だった。

 

 そんな場所で、楽しげに石楠は笑い、懐からスマートフォンを取り出す。そこには、やたらと気合の入ったダンスを練習する自身の動画が映されていた。

 

「ふっ、見るがいいこのアイドル衣装早着替えかつ5連続ガチダンスを」

 

「うわっ」

 

「は? なんだ? 失礼か?」

 

「身長176cm25歳(自称)のアイドル衣装に引かなかっただけ偉いと思う」

 

 ────なお、実際の年齢は+500万年くらいされる。

 

「は? このナイスバディに父兄も釘付けなんだが? 甘ロリ趣味のミニマムボディオタクの僻みか?」

 

「無駄にでかいおっぱい(B120)揺らして一部の好感度と不埒とか不健全とかいう保護者のクレーム集めて楽しいか?」

 

「胃を痛める理事長と校長が面白いから楽しい」

 

 紫煙とともに嫌味を吐き捨てる同僚に石楠は満面の笑みで答える。

 

「ウケる〜てか衣装どうしたのさ」

 

「作った」

 

「お値段幾らよ〜言ったら作ってあげたのに」

 

「キリコっち忙しいじゃん、一昨日くらいもインターpむぐっ」

 

 石楠の口が有峰の手に塞がれる。そして、その直後に強烈なデコピンが炸裂した。

 

「待てや待てや待てやナナちゃん? 幾らここでもそれはダメ? おーけぃ?」

 

「ムグムグ(おーけい)」

 

「よし、じゃあそろそろ準備しなきゃでしょ? 早く行って新入生一同をドン引きさせてきな!」

 

「ふっ、見惚れさせてやるとも!」

 

「無理だね、あ、谷間見せんなよ! いたいけな新入生の家族の性癖壊れるからな!」

 

 グッとサムズアップをして小走りで喫煙所を出る石楠を見て、ゲラゲラと有峰は笑い……石楠が見えなくなったところで、すっと笑みが消える。

 

「────さて、ステージ下と床に仕掛けたカメラは……流石にスパッツは履かなかったら後で叱ってやるか……」

 

 悲しい哉。変な教師は、一人ではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リディアンの入学式はオーケストラなどを招く、或いは実際に学生たちが自らの技術を披露する場として作られた巨大な多目的ホールにて行われる。

 有り体に言えばデカい体育館なのだが、構造としてはある程度縮小された武道館に近いだろう。

 

 そして、小、中、高、それぞれの各種学科の新入生はこのホールの客席へ、在校生や来賓、校長は中央のホールに設けられたスピーチ台へ。

 

 校長や来賓は前年との差も時事問題の話題以外変わらぬつまらない文言を並べ立てており、新入生の幾人かも舟を漕いでいる。

 

 苦痛にも等しい退屈な時間が1時間ほど過ぎると、眠気を払うような鮮烈な音楽がスピーカーから放たれた。

 

 在校生によるパフォーマンスの時間である、選ばれた音楽系の部や、芸能科の生徒による煌びやかな踊りや、巧みな演奏により新入生は大いに楽しむ。中にはこの日のためにペンライトを用意しているような子もいた。

 

『これが君たちの未来だ』と言わんばかりの誘蛾灯のような煌びやかさに、次の番を待つ七岐は微笑む。その笑みは少々の嘲りと慈しみを持った、複雑なものだった。

 

「キラキラしてるよねぇ、わかるわかる、まぁ大抵は自分がキラキラしてることに気づかずに終わるんだよねぇ」

 

 人は誰だって生きているだけで輝かしいのだと、そう信じている言葉だった。だが、大抵はその輝きに気づけずに、世界の放つ七色の光に飲み込まれていくとも、彼女は思っている。

 

「と、真面目なこと考えるのは後にして……と」

 

(ふふふ、見よ! この学校行事でギリギリ許される露出度を! 一応肌色タイツだし!)

 

 ちなみに、高速早着替えには種も仕掛けなく、液状化した肉体に衣装をしまい、着替えたくなったら表出させ、外側を引っぺ剥がすという剛力で解決している。

 

「ふっ、見るがいいいたいけな新入生達! よ、アホな大人による超絶技巧を──!」

 

 意気揚々とステージへ走り出す石楠、本気を出したアホのオンステージであった。

 

 

 

 

 ────ちなみに、ダンスは超一流(ツヴァイウィングの振り付け担当)だった為、会場は普通に盛り上がった。

 

 一部の父兄はダンスのたびに揺れる部位に釘付けだったり、しなかったり。

 




・有峰霧子
年齢:24歳
身長:152cm
体重:秘♡密
誕生日:3/31
趣味:ギャルゲ、エロゲ攻略、ロリータファッション収集
好きなもの:いちご牛乳♡/高身長女子
血液型:B型
備考:女の子が好き

世界一金髪ツーサイドアップの似合う成人女性(生徒談)としてリディアンに名を馳せる名物教員。教員としても優秀で1〜3年生全員の古文を担当しており、受験対策もバッチリと評判。

低身長なので、よく生徒に見下ろされているが、その辺の子供より自分の方が可愛いので別にいいと思っている。

ご先祖に伝説的大怪盗がいたり、枕元にワルサーが置いてあったり、居合の達人だったりするが、ただの一般人である。

……一般人である。

最近、ラ○スシリーズ最新作の発売で無断欠勤をした。


──────────────────────────

いやほんと、久しぶりの本編です、マジでスランプだったぜ。
次は1920年代編かなーという感じもありつつ、リディアン入学後のあれこれもやりたい、時間が足りない。

ナナッキーこと主人公の体型は大体アズー○レーン(概念)だと思っていいです。人間じゃないからどんなにデカくてもいい。
人間じゃないからクーパー靭帯も切れないぞ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

12話 Noisy Session/No Use in Crying!

生活環境変わって忙しかったり、エルデの王を目指してたりしてたせいで遅れました……。



 

 雲一つない青空、地平線近くに漂う白日からの陽光を受けてもなお、極寒の大気の中。まるで春先の陽気の中で街の中を歩くような気軽さで女が歩く。

 

 ここは南極、ボストーク湖中心部。現在気温-40℃の中、喪服なのか、黒いドレスに身を包んだ女、石楠七岐が一人、何故か凍ることすらない花束を抱えて佇む。

 

「やぁ、お母様。100年振りかな?」

 

 氷床の上に立つ、高さ2m程の黒い十字架。凍える風の中、一切風化する事なく、人が生まれたその頃から聳える未知物体(アノマリー)の一つとして、かつて南極を旅した数々の冒険家、あるいは研究者から、かつて磔刑にされた救世主のそれに準えて、こう呼ばれていた。ゴルゴダの黒十字(ゴルゴダオブジェクト)と。

 

「墓参りに来なかったのが100年くらい、いいじゃないか。どうせ何処にでもいるんだ、こういうのは気分の問題だろう?」

 

 十字架の下に花束を備える、一般的な、百合の花、オレンジ色のそれは少しの恨みを込めて。

 

「あんたのいなくなった世界は随分と楽しいよ。きっと、嫌いだと思うけど」

 

 十字架を撫でる、かつて、神が消えた日に作った墓標を。

 

「誰も彼も傷ついているし、全然いいことなんてないし、むしろ私が沢山傷つけちゃってるし!」

 

 にゃはははと、凍てつく風が吹き荒ぶ中、最初に造られた女が笑う。

 

「──────そろそろ、あんたみたいになる日が近いのかもな。……ああ、あとな、最近、面白い娘見つけてさ」

 

 煙草に火をつける、煙を吸い、吐き出す。ライターの炎は揺らぐことなく、パチンと閉じられるまで燃え続けていた。

 

「ヤドリギとトネリコで造られた、高き者の槍、その破片を心臓に受けて生きている。全くの偶然だけれども、その点だけでは()()()()()

 

 けらけらと鈴を転がしたような明るい声、まるで長い間会えなかった恋人に会うような、そんな声。

 

「私に人間(子供たち)を産ませたクソッタレのお母様。あんたはもう、本当に死ぬ。誰にも省みられることなく、たった二人の子供達だけに看取られて」

 

 吐き出された煙が、風雪に混じって消えていく。

 

「────心配するなよろくでなし、ついでに私も死ぬからさ。子供たちに嫌われてるのは、お前も私も同じだしな! ははは」

 

 雪原に笑い声が響く、空虚な、何処か悲しげな声が。笑い声は風に飲まれ、雪に消え、そして、女の姿も消えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 

 

「──編入試験?」

 

 ノーブルレッド達は、与えられた住居、高層マンションのペントハウスのバルコニーでBBQの準備を進めながら、突然の発言に首を傾げる。

 

「おう、ヴァネッサは好きな事してもらうとして、エルザとミラアルクにも学校通ってもらうから。あ、これ決定事項なので勉強間に合わなかったら脳に直接教科書のテキスト書き込んでやるから、よろしく」

 

 スキニージーンズに白いシャツ一枚のラフな姿をした石楠が煙草片手に言い放つ。

 

「は?」

 

「は? じゃないが? お前ら学校行ってないだろ?」

 

「いや、そうだけどよ……」

 

 肉を包丁で切りながら、串打ちをするミラアルクは困惑する。そもそも、目の前の女は一応、命の危機とか、クソみたいな環境から救って恩人ではあるが、勝手にこっちをボコボコにして完全な化け物の身体に進化させた奴である。

 

 お前ら正真正銘の怪物になったんだぜと教え込んでおきながら、普通の人間みたいに学校に通えとはどういう了見か、本当に意味がわからなかったのである。

 

「あ、化け物がなんで学校行くんだよって思ったな?」

 

「……いやまぁ、思ったけど。実際、行く必要ないと思うぜ?」

 

「だーめだーめ、そもそもお前らの大間違いを教えてやろう」

 

 ピッ、と煙草でミラアルクを指差して石楠は指摘する。

 

「お前達は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……それは」

 

 ヴァネッサが言葉を濁す。それはあまりに身も蓋もない話だ。それが出来れば、苦労はしない、並外れた力や異形の形を持っているものがそう出来るはずがない。

 

「考えてもみろ? 銃で撃たれたら死ぬし、空も飛べないし、腕が取れても再生しないし、尻尾で高いところの物を掴めないんだぞ? お前達が今更人間に戻っていいことあるか?」

 

「いや、それは流石に暴論でしょう……」

 

 包丁で野菜を切りながらヴァネッサが理解できないと言う表情を浮かべた。

 

「何が暴論だよ、力があっても普通に暮らせたら別に文句ないだろー?」

 

「……それは、そうかもだぜ」

 

 ミラアルクの、怪物になる前の記憶が蘇る。なすすべもなく悍ましき拷問倶楽部の犠牲者に選ばれ、四肢を切り落とされ、モノのように売り飛ばされた日の事を。今ほどの力が有れば、あそこにいた下衆外道を皆殺しにすることも容易だったろう、と肉を串打ちしながら思う。それこそ、こんなふうに串刺しにして並べられたらよかったのに。

 

「そうそう、弱いと面倒ごとが多いんだから、今のまんま幸せに暮らせばいいのさ。という訳で失われた学園生活をエンジョイしなさい、9月ごろから編入な」

 

「こう、コネでなんとかなったり?」

 

「なりませーん、嘘、ぶっちゃけ裏口とか簡単だけどやらせてあげなーい」

 

「えー」

 

「えーじゃありません! お母さんそんな子に育てた覚えありませんよ! 見なさいエルザを、もう参考書探し始めてるからね!」

 

「だーれがお母さんだぜ、顔面ボコボコにしてきたくせに」

 

「教育でーす、嘘、ごめんちょっとは反省してる」

 

「ちょっとかよ! あ、炭に火つけとくと助かるぜ」

 

「着火剤ある?」

 

「そこにあるぜ」

 

「よしよし、あっやべ」

 

「のわ゛────!? 全部入れるとかバカか!? どうすんだぜこれ!?」

 

「しょ、消火!! 消化であります!」

 

 バケツに水を汲んでいたエルザが咄嗟に火にかけようとするが、石楠がそれを静止する。

 

「肉乗せちゃおうぜ、消すと面倒だし」

 

「折角の黒毛和牛を消し炭にするつもりなんだぜ!?」

 

「ふっ……ブラジルのギャングに習った調理法を教えてやろう、そーい!」

 

 そう言って彼女は燃え盛る直火の中にまだ切っていない肉塊を布で巻き。放り込み、大笑いする。しかも、慌てふためくエルザとミラアルクの二人を両腕で抱え込む始末である。

 

 わちゃわちゃとBBQの準備をしながら、将来の話について話し合う。ふと、3人の様子を見ながら、感慨深い思いがヴァネッサの胸に去来した。

 

 明日をも知れぬ化け物達が、もっと恐ろしい化け物に拾われて、気が付いたらこんな所で明日に怯えず暮らしている。

 

 なんだか、おかしくなってしまって笑みが溢れる。

 

「────ヴァネッサ、楽しいかい?」

 

 いつのまにか振り向いていた石楠の声が届く。いつものように、何処か遠くから見つめるような、優しい瞳がこちらを覗いている。

 

「ええ、昔よりもずっと」

 

「それはいい、人間やめた方が楽しいって言えるようになるのが一番だ!」

 

「……一番ではなくないかしら?」

 

「自分なりの幸せを見つけられたら一番! 難しいこと考えない!」

 

 脇に抱えたエルザとミラアルクを備え付けのプールに放り投げ、氷バケツの中に入れていたワインとグラスを手に取る。

 

「子供は焼けるまで水遊び! という訳でこっちは飲もうか」

 

「いいわね、どこのワ、イ……ン」

 

 

 

 ────その後、ワインのラベルを見て銘柄とその高価さにヴァネッサが卒倒しかけたのは余談である。

 

 

 

 

 

 BBQは恙無く終わり、石楠は帰路に着く。家、といっても世界中に住処を持ってはいるが、今の住まいはリディアンから程近い高層マンション最上階、“後輩”たちの住うペントハウスと同じデザイナーが建築したものだ。

 別に一軒家を買ってもいいのだが、『高いところに住むと夜に飛んでもバレにくいじゃん?』というのが彼女が高い場所を好む理由であった。

 

 家には至る所に無数の無駄な世界中の土産物、本物のシャーマンが彫ったトーテムに、由来不明の仏具や、シンプルに木彫りのクマなどが小綺麗に並べられている。

 どれにも埃はなく、掃除が行き届いているがどうしても雑多な印象が拭えない。

 

 リビング、ソファに寝転がりながら、TVから流れる映像をぼんやりと眺める。

 

 今日は行うべき授業もなく、暇な一日、“後輩“にちょっかいをかけるにはちょうど良い日だった。しかし、どうにもなにか嫌な予感がして早めに切り上げて自宅に戻っていた。

 

 ──────この嫌な予感というのは、高密度な情報流体で構築された、■■■■■としての高度な演算予測により弾き出される確度の高いものであった。

 

 無意識下で行われるものであれば、正確性は翌日の天気予報程度、との談である。

 

 つまるところ、大体は確実に厄介事が生じる。

 

 例えば、教え子の帰り道と、友人の危険な仕事がバッティングするとか。

 

『警報です、周辺でノイズが発生。近隣の住民は速やかに避難を行なってください。警報が解除されるまで、決して外に出ては……』

 

「おーやってら、最近派手だねどうも。フィーネの奴、またなんか……あ」

 

 石楠はカレンダーを見やる、風鳴翼CD発売日。

 

「…………………………やっば」

 

 周辺地図と、発生したノイズの分布をシュミレート、近隣のCDショップと下校からすぐ向かった場合の位置を導き出す。

 

「まずいまずいまずい、()()()()!」

 

 バルコニーへ飛び出し、地上63階の高さから迷わずに飛び降りる。

 

 ──────最速到達可能時間、演算。条件付け:周辺被害少。全部武装を省略し、空間制圧型殺戮形態(レイジング・グランティ)への変形が最適と判断。

 

()()()()()()()()()が最適解を算出する。聖遺物としての、最も冷静な部分。

 

「場所見つけるの合わせて、2.43秒。んー……多分死なないな、これ」

 

 自由落下で生じる風が頭を冷やす。落ちながら、全身が黒い粘性の液体に変わっていく。泥と呼称されるそれは、次第に形を変化させていく。

 

 背には翼竜を思わせるような羽と、現代的な戦闘機のような推進器の噴出口が。腕と、足は、竜のような爪が形成される。

 

「騒音注意だ、勘弁してくれ!」

 

 きゅおん、と甲高い音が鳴り響いた次の瞬間、青白い光を吐き出しながら加速する。

 0.001秒で音速を突破、物理法則を蔑ろにするような加速で全てを置き去りにする。

 周辺大気を対象とした高度な流体制御により最低限度、街を破壊しない程度に衝撃波を抑制したため本来のスペックの十分な加速は得られなかったが、近場の救助にはあまりにも過剰な速度であった。

 

 だが、都市上空を超音速飛行し、予測より随分遠くまで逃げたことに驚いた2.67秒後。

 沿岸部、工場地帯にて対象を捕捉、救助に入ろうとした、その瞬間。

 

 

 

 歌が、聞こえた。

 

 

 

 

 

 

「──────── Balwisyall nescell gungnir tron」

 

 

 

 

 

 

 

「──ズルいぜ。私の英雄ちゃん」




空間制圧型殺戮形態:レイジング・グランティ
要約:FGOのメリュジーヌ(本来なら大量のミサイルポッドなどがついてたりする)


感想などあれば、是非よろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。