DullGoldenMu-mon (パオパオ)
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一話 雪の降り止んだ村で

 ぶるりと体を震わせ、布団から体を起こす。

 

 最近は激しい降雪が続いていたせいか、家の中もひどく寒々しい。

 二度寝の誘惑を受けつつも、なんとか振り切って外の様子を確認に向かう。

 

 玄関の戸を開けてみれば、一面に広がる銀世界。

 照りつける日差しの反射が寝起きの瞳に刺さるように映り込む。

 

「引きこもりにはつっらい……」

 

 のそのそと戸を閉めると、踵を返して布団へ。

 

 ばふん。ふかふかの感触に思わず口元が緩む。

 けれど既にそこは冷えきって、望んでいた暖かさは消えていた。

 

「起きよ……」

 

 くぁ、とあくびを零しながら着替えを済ませる。

 

 ともあれ、待ち望んでいた晴れの日なのだからやらなければいけないことは多い。

 どれほど自分が面倒くさがりだろうと、頼る相手もいないのだから溜め込んだ家事だのを消化していかなければならない。

 

 そう自覚していても億劫に感じてしまうのが、どうしようもない性根だと自虐するのだが。

 

 

 

 

 

 

 お昼ごはんを簡単に済ませ、とりあえずやらなくてはならないことは片付いた。

 

「ふー……ふー……ずず、あちち」

 

 ほう、と息を吐く。

 縁側に腰掛けながら、食後の緑茶でじんわりと温もりが広がる心地よさを堪能する。

 

 こんな生活も気がつけばもう1年近くになる。

 都会から離れ、テレビでしか知らなかった田舎でのスローライフ。

 何故こうなったのかと、幾度となく自問してきたがいつもどおりに答えは出ない。

 

 片手で髪を弄りながら、もう片方の手で湯のみを傾ける。

 吐く息は真っ白く、なんだかおかしくて苦笑が浮かぶ。

 

 そんな風に時間を過ごしていれば、どこからか元気な歌声が聞こえてきた。

 

 狭い村落だ。いくら自分が引きこもりでも声を聞けばそれが誰かは判別がつく。

 加えて相手は顔見知りだ。

 

「ほわーん」

「だ~だだだ~らったった~だ~ら~だ~だ~」

 

 呼びかけの声が小さ過ぎたせいか、相手には聞こえなかったらしい。咳払いをしてもう一度。

 

「おーい、ほわーん!」

「だ~だ~いこ~……ん? リリアンちゃんだ、こんにちは!」

「ちゃーっす、ほわん」

 

 天真爛漫、といった様子で駆け寄ってくる女の子。籠を背負い、大根をぶんぶんと振る姿には微笑ましさを覚える。

 彼女は白っぽいきつね族の少女、ほわん。

 私が引っ越してきたこのえいやっと村で生まれ育っており、一番年が近い同性ということもあって仲良くなった相手だ。

 

「珍しいね、リリアンちゃんが外に出てるの。どうかしたの?」

「いや、久々に晴れたしさー……あれだよ、日光浴、みたいな? 流石の私もそろそろ根が腐っちゃいそうな気がしてさ」

「そうだったの!? リリアンちゃんは大変なんだね」

「ん、いやー……うん、まあそんな感じで。それでさ、ほわんはお仕事?」

「うん! 畑からお野菜の収穫してきたよ! 見て見て、美味しそうな大根でしょ」

「おお、見事に真っ白、こいつは間違いなくいい大根だね。流石ほわん先生の収穫の腕だ」

「やだもう、ほわん先生なんて。リリアンちゃんはお世辞が上手なんだから」

「ついでに歌も上手いよね。聞き心地の良い鼻歌がここまで聞こえてきたよ」

「やだなーもう! からかってるでしょ!」

「からかいじゃないよ、本気だって。都会でも通用するくらいの歌声だと思うよ」

「そうかなぁ……?」

 

 以前聞いたところによれば、ほわんは村から出たことがないらしい。

 そのせいなのか、彼女は自分の実力に懐疑的だ。

 

 客観的に見て、彼女はアーティストとして十分な実力を持っている。

 ギターの演奏も、歌声も、どちらも光るものがある。

 磨くべき場所で磨けばすぐにでも輝く原石だろう。

 

 けれど、そんなことを彼女に伝えても、ただの世辞と思われるだけなのがいつもの私と彼女とのやりとりだった。

 

「ねえリリアンちゃん、手紙が来てるみたいだよ」

「は、手紙? 私宛に? 一体誰から……?」

 

 ほわんの指差す先にあるのは雪の積もった我が家のポスト。普段確認しないそこには確かに手紙らしい物体があった。

 

 手紙を手に取り、ばさばさと雪を払って宛名を見れば確かに私の名前。次いで差出人を確認すれば、うげっと声が漏れる。

 

「手紙、誰からだったの?」

「母さん。んで、内容はまあ、うん、そうだよなあ……」

 

 内容は私の体調を心配する旨と、どうにか一度顔を見せられないかというものだった。

 何のかんのと理由をつけて、私はこの一年間一度も母と顔を合わせていない。当然心配もされるというものだ。

 

 しかも、ある日までにこっちに来ないようなら様子見も兼ねて迎えを寄越すとまで書いてある。

 

 なお、その予定日は既に過ぎていた。雪の影響で手紙の到着が遅れたか、単に私が手紙を見過ごしていたのか、まあどっちだろうと現実は変わらない。

 

「都会、行くのかー……」

「えっ、リリアンちゃん都会に行っちゃうの? それで、もしかして、もうここに戻ってこられないとか?」

「いやいや、ちょっとの間だけね。久々に母さんに顔見せてくるだけだよ。迎えの人が来るらしいから、その人に連れてってもらうんだけどー……荷物も準備しておかないとだし、あー嫌だ嫌だ」

「リリアンちゃんは都会、あんまり好きじゃないよね」

「だって私、この村で緩やかに生活してるのすごい好きだし」

「うーん、でもやっぱりうちは羨ましいな。都会行ってみたいな」

「そんなに遠くもないんだし、ほわんも行けばいいじゃない。ていうか私と一緒に行かない? ほら、折角だし」

「えぇ!? うーん、でもうちが行ったってお邪魔になるだけじゃないかな」

「邪魔なわけないって。連れて行かれるのが一人が二人になったって変わらない変わらない。まあ、無理にとは言わないけど、一緒に行けたら嬉しいよ」

「リリアンちゃん……」

 

 気が進まない様子のほわんをそれ以上誘うのも躊躇われ、結局そこで彼女と別れる。

 

 ふりふりと揺れる彼女の尻尾を見送って、ため息を一つ。

 

 すっかり冷めきった緑茶を流し込んで、別方向からこちらに近づいてくる長身の男性を迎える。

 村の雰囲気とそぐわない黒いスーツに身を包んだ彼は、私と視線が合うや深々と礼をした。

 

「手紙は届きましたかね、リリアンお嬢様。壮健なようで何よりです」

「その呼び方やめてくれないかな。それと、手紙は今読んだところだよ。母さんのところに行くのはいいけど、準備の時間くらいはくれるんだよね?」

「勿論ですとも。この雪ですし、多少遅れた所で社長もお怒りにはならないでしょう」

「そうだといいんだけどね。用意は今日中に済ませる、手伝いはいらないから」

「畏まりました。では、翌朝お迎えに伺います」

「うん、すまないね。それじゃあまた明日」

 

 ひらひらと手を振って彼を送り出す。

 視界から人の姿が消えた頃を見計らって、背中から倒れ込んだ。

 

「あーあーあーーー、面倒くさーい! すっごい面倒くさいけど、久々のアンダーノースだし、楽しいことあるといいし、てかあるはずだし、準備もしなきゃだし、やるかー」

 

 

 

 

 

 翌日、村中にほわんが宇宙に行くという話が広まっていた。まったく意味がわからなかった。

 



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ニ話 電車の中で

 電車はえいやっと村を出発し、MIDICITYへ向けてと進んでいる。

 村の人達総出で行われた送別もそろそろ解散している頃だろう。

 

「ほわ~~~~~」

 

 ぷしゅう、と気の抜けた様子のほわん。

 対面の座席で力が抜けていく姿に苦笑する。

 

 どうやら彼女もアンダーノースへと向かうことになったらしい。

 私としては久しぶりの帰郷に同行者がいるだけでも嬉しいが、それはそうと彼女に一体何があったのやら。

 

 ちなみに私の迎えの男は傍にはいない。長い列車の旅中、あの顔を見て過ごすのは耐えられないからだ。

 

「それでほわん、何があったのさ。昨日は都会行くのはちょっと、みたいな雰囲気だったじゃない?」

「ほわっ! その、ね。みんな誤解してるみたいだけどうち、宇宙に行くとか映画に出るとかそういうのじゃなくてね」

「いや、私も都会行く準備で忙しくてその誤解すらよく知らないんだけどね。なんか騒ぎになってたやつ?」

「そうなの? うん、お母さんがね、うちがオーディションの一次審査に受かったって話をみんなに伝えてたらね、いつの間にか話がすごい飛躍しちゃってね」

「へ? オーディション?」

 

 照れたようなほわんの言葉に驚いた。

 言い方は悪いが、彼女が本当に都会に出るために行動してるなんて思っていなかったのだ。

 昨日のやり取りだって、彼女がそういうことをしてる素振りは感じられなかった。

 切っ掛けでもあるのかと尋ねれば、ほわんは元気よく首肯する。

 

「リリアンちゃんがね、いつもうちの歌とか褒めてくれるでしょ? 村のみんなの贔屓目だけじゃなくてね。リリアンちゃんの言うように、もしかしたら本当にうちにも都会に出て頑張れるくらいの何かがあるのかなって、そう思って。一度だけだって思って、応募してみたんだ。そしたらね、受かったの!」

「そうなんだ。うん、ほわんの自信になれたなら嬉しいよ、本当に。それと、遅れたけど一次審査の合格おめでとう」

「ありがとう! えへへ、でもまだ一次審査だからね」

「そうだね。でも、ほわんの実力ならいいところまでは行けるよ、絶対。保証する」

 

 緊張でよほどパフォーマンスを落とすだとか、何かしらのアクシデントでも起きなければほわんなら大丈夫だろう。そもそも人前で歌うことも好きなようだし。

 

 強いて心配な所といえば、村育ち故に都会に耐性がないところか。

 こればっかりは自分で経験してみないことには身につかないし、そもそも私も一年のブランクがあってよくわからないというのが正直なところ。

 都会の時間の流れは非常に早いのだ。音楽における流行なんかは特に。

 

「そういえばどこのオーディション受けたの? アンダーノースだとどこが有名だったかな……ここのところテレビくらいしか見てなくて全然思い浮かばないけど」

「えっとね、これこれ。『歌って即デビュー! 次世代アーティストオーディション』っていうんだって」

「……うん? ごめん、ちょっと見せてもらっていい?」

「うん、いいよ」

 

 耳の調子を疑ってほわんから受け取った紙には、間違いなく『歌って♥即デビュー! 次世代アーティストオーディション 一次審査合格通知書』の文字が、非常にポップな書体で書かれていた。

 

 付記を見るに、名前ほど怪しさのあるオーディションではないらしい。

 それにしたってほわんはこれに応募したのかと考えると、なんというか、彼女の感性が少しばかり不安になる。

 

「そっか、いや、うん。まあ頑張ってね、ほわん」

「うん、うち頑張るよ。絶対、都会で一発ブチかますんだから!」

「お、おう……左様で」

 

 なんだか他に言いたかったことがあったような気もするが、気と一緒に色々抜けてしまった。

 

 

 

 それからは穏やかな時間が過ぎていく。

 

 ほわんと他愛のない話を交わし、気疲れからか眠ってしまった彼女を起こさないようにしながら、窓の外を眺める。

 雪景色や山村も見えなくなってしばらく。既に日も暮れかけ、車窓から見える街の様子も段々と賑やかさを増している。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 そんな懐かしい光景を見て、やはり心はざわめいてくる。

 

 メロディシアン・クリスタルが暴れだそうとするのを胸ごと抑えつける。

 

「大丈夫ですか、リリアンお嬢様!?」

 

 誰かが近づいてきていたことにも気づかなかった。

 様子がおかしいのに気づいたのか、迎えの男が駆け寄ろうとするのを視線で牽制する。

 

「うるさい、ほわんが起きるだろう。あっちに行っていろ」

「ですが、その様子では……」

「MIDICITYに来たんだからわかってたことだ。それに、今すぐにどうにかなるわけじゃないし、お前が気にした所で何が変わるわけでも……あった、薬」

 

 荷物から取り出した錠剤を口に含み、差し出された水を奪うようにして一気に飲み下す。

 

「はぁー……実際、一度診てもらうことは必要だったんだ。多少は無理してでも来なきゃいけなかったし、母さんの手紙はいい機会だよ。何よりこの子と一緒だったから大分リラックスできてた」

「やはり、治ってはいないのですね」

「当たり前だろう。村に居た時は調子は良かったけど、結局私自身が何も変わってないんだからな。ほら、戻れ戻れ。ほわんと別れるまでは姿見せるなよ」

「……了解しました」

 

 渋々引いていく男がいなくなったのを見計らい、眠っていたほわんを起こす。

 ほわっと鳴き声を上げてきょろきょろ周りを見回す彼女の姿を見て、さっきまでの苦しさが薄れていくのを感じた。

 

「ほら、もう到着するよほわん。都会だよ都会。アンダーノスザワだよ」

「起こしてくれてありがとうねリリアンちゃん。うちいつの間に寝ちゃってたのかな」

「可愛い寝顔してたよ」

「もうリリアンちゃん、そんなことばかり言うんだから」

「ほら、寝癖ついてる」

「ほわ~……」

 

 再びのほわんの鳴き声を楽しみながら彼女の頭を撫でつける。ふわふわの感触が心地よい。

 

「それじゃ、名残惜しいけどこっちついたら母さんに会ったりやること色々有るからさ、しばらくは連絡取れなくなると思う。ニ、三日もかからないとは思うけど……オーディションの結果とかわかったらメール頂戴」

「うん、わかったよ。うちもリリアンちゃんに良い結果を聞かせられるように頑張る!」

「その意気だ、頑張るんだぞ!」

「うん! って、あれ? リリアンちゃん、なんか汗かいてるね」

「え? ああ、ちょっと暖房が効きすぎて暑かったかも」

「言われてみるとそうかも。えいやっと村に比べたらこの当たり暖かそうだもんね。これでよし!」

「ありがと、ほわん」

 

 真っ白な手ぬぐいで汗を拭われたところで、丁度車内のアナウンスがアンダーノースザワへの到着を告げた。

 慌てて荷物を準備し、ほわんと二人で停車した電車から降りる。

 

「ほわぁ……」

 

 キラキラと輝く町並みを見て言葉を失うほわんを眺めていた。

 

 胸の苦しさはなかった。

 



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三話 アンダーノースザワ

文章全般のレイアウトなど見直しました
内容の変更はありません


 アンダーノースザワ病院の玄関口を出て、数日振りの町並みに怖気づきそうになる。

 先日まで暮らしていたえいやっと村にしろ、入院生活にしろ、音楽からは離れた生活を過ごしていた。

 

 アンダーノースザワは音楽にあふれている。

 MIDICITYの中でもインディーズの聖地として名高く、そこかしこで演奏やパフォーマンスが繰り広げられている。

 それは単なる自己表現であったり、経験を積むためであったり、スカウト待ちだったり、事情はそれぞれだ。

 

 昔は自分もあの中に混じっていたのだ。懐かしさに襲われる一方で、せり上がってくる不快感を飲み下す。

 

「それで、母さんは?」

「それが、社長は急な仕事が入ったということで……しばらくの間、リリアンお嬢様にアンダーノースで滞在させるようにと仰せつかっております」

「あの人が呼んだんだろうに……いいけどね。診察の結果待ちもしなきゃいけないし、薬も余剰できたし……で、具体的にはどのくらい?」

「それが、なんとも。かなりの大きな一件になるらしく、会社は上も下も関係なしに走り回っている有り様でして……」

「いや、いいよ。てかごめんね、そんな忙しい時期にうちの母さんとの連絡係なんてやらせちゃって。親子間の関係取り持つなんて超面倒くさいでしょ」

「いえ、そんなことは……」

 

 返答に困った様子の男を尻目に、ぶらぶらと街を流していく。

 

 滞在場所はどうしようか。

 おそらく、以前過ごしていた住まいはそのまま残っているだろうが、いい思い出もないし気が進まないからノー。

 親元はそもそも考慮の外だ。

 

 後の当てらしい当てというと……なくはない。

 いつぶりかも思い出せない相手の連絡先を呼び出し、緊張しながらメールの文面を考える。

 

 正直なところどんな反応が来るか不安はあるが、躊躇しても仕方がない。送信ボタンをポチリと。

 これでダメならその時はその時、嫌々ながら古巣に戻るか新しく賃貸契約でもするかというところか。

 

「そういえばほわんどうなったかな?」

 

 メールセンターに問い合わせて溜まっていたメールを回収してみれば、10件近いほわんからの近況メール。

 上から流して読んでいけば、なんともはや。中々に波乱万丈で、充実した日々を過ごしているらしい。

 

「上京したその日に同年代の友達作ってルームシェアとかロックじゃん。同性相手じゃなかったらヤバいやつか? いや、同性でもヤバイかも」

 

 新しい友達が3人も増えたという内容が喜びが伝わってくる文面で続く。

 今はバイト探しの最中ということで、アンダーノースを色々と見て回っているらしい。

 まったく返信できてなかったこともあり、段々とこちらを心配する内容が増えてきているところでで最後のメールが終わっていた。

 

 ほわんへの返信の内容を考えていると、メールの着信音が鳴った。

 

「何々? 近況報告がてら一度顔を見せに来い、と。簡潔明瞭なのはいいんだけど」

 

 今の住所にたったそれだけを足しただけの文面を見て、知らない人が見たら誤解を招きかねないなと苦笑する。

 この様子ならばしばらくの間押しかけてお邪魔するくらいは問題ないのだろう。

 

「お待たせ。ひとまず寝床に目処はついたからそっちに向かうよ。母さんの予定が空いたら連絡入れてね」

「了解です。その、どちらへ行かれるので?」

「秘密。相手に迷惑かけるのもアレだしね。一応言っとくなら昔から仲のいい女の人だよ、心配はいらないから」

「そうですか。わかりました、では私は会社に戻って報告に向かいます。何かあれば名刺の連絡先に」

「わかってる。じゃ、お仕事頑張ってね」

 

 足早に去っていく男を手を振って送り出す。

 

 私も移動しなければいけないが、久し振りのMIDICITYだ。少しばかり寄り道をしても怒られはしないだろう。

 この街に率先して来たかった訳ではないのだが、えいやっと村で暮らしていた頃に不便を感じなかったといえば嘘になる。

 

「CDショップでも巡る? いや、まずはほわんへの返信かな。どこか落ち着ける場所を探すか。馴染みの店潰れてなきゃいいけど」

 

 私に碌な変化がなくとも、一年もの期間、街が何も変わらないままということもない。

 とりあえず、かつて通い詰めたチェーン店のバーガーショップへと足を向けた。

 期待通り、そこは昔と何ら変わらなかった。

 

 

 

 

 

 催促のメールが届いた。

 寄り道も程々にして早く来いということのようだ。相変わらず、他人の性格をよく見抜いている。

 

 ほわんとのメールのやりとりを切り上げて彼女の住居を目指す。

 タクシーを呼び止め、行き先を告げると少し驚かれたが、すぐに着きますよと言われ車が発進する。

 迷うような行き先ではないが、市街地からは少し外れているため徒歩では辛い。

 

 運転手の言葉通り、到着はすぐだった。

 滞在費用代わりにと受け取っていた資金は潤沢だ。サウンドルを支払ってタクシーを見送って、目的地の玄関部分を潜る。

 

 受付に指示された通りの番号で呼び出しをかけてもらうと、間を置かずに返答が届く。これは待たせすぎたかもしれない。

 

 すぐさまエレベーターで上へと運ばれる。慣れない浮遊感がしばらく続き、最上階へ。

 一フロア丸々使った部屋とはまた豪勢な話だ。そんな感想を抱きながら、呼び鈴を鳴らした。

 

「遅かったじゃないか。待っていたよ、リリー」

「お待たせしてすみませんでした、ララリン姉様」

 

 エントランスで待っていたのは、歓迎の言葉を口にする、我が実姉の姿。

 一年の間に飛躍を遂げていた家族に対し、真っ先に浮かんだのは尊敬の念。加えて、名状しがたい感情も混ざっていた。



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四話 REIJINGSIGNAL

アニメ8話の展開と著しい齟齬が発生した場合内容を修正します


「久し振りだね。積もる話もあることだ、まずは中に入るといい」

「はい姉様、失礼します」

 

 うん、と頷いて、振り返った姉の輝く金髪が翻る。その背を追い、エントランスを抜けて部屋に入る。

 

 想像通りの広々とした部屋。

 部屋の惨状に関しては言及を避けておく。

 少し驚いたのは、そこにスモモネさんとういういさんも居たことだ。

 

「久し振りッスね妹ちゃん。スモモネお姉さんッスよ、覚えてるッスか~?」

「懐かしい顔ゼヨ」

「スモモネさんもういういさんもお久し振りです。事前連絡も無しに押しかけてしまってすみません」

 

 ひらひらと手を振る桃モモンガ族のスモモネさん。頬杖をついている氷うさぎ族の少女のような外見のういういさん。

 二人に向かって頭を下げれば、堅いッスね~と笑い声が上がった。

 

 軽く挨拶を済ませると、姉が咳払いを一つ。

 雑談が止まり、部屋中の視線が集まる。

 

「それでリリー、君は転地療養中と聞かされていたんだが。MIDICITYに来たということは、病状は快方に向かっているのかな?」

「いいえ、良くも悪くも以前と変わりません。今回は母さんに呼ばれて経過観察のためと、合わせて家族に顔を見せに来た……んですが、母さんの近況はご存知ですか?」

「ああ、少しは耳に入ってきている。となると、しばらくはアンダーノースに滞在するということかい?」

「ええ、話が早くて助かります。そこで、当面の滞在先についてララリン姉様のお力をお借りできないかと思いまして」

「ふむ……」

 

 姉は思案するように口も世に指を当てる。

 感触は悪くないと思ったが、何か問題があるのだろうか。

 

「まず、僕としてはリリーの力にはなってやりたい。けれど、今の僕たちにはあまり時間の余裕がないんだ」

「あたしら、売れっ子ってやつなんスよ~」

「ミーたちには遊ぶ時間もないゼヨ。アーティストとしては嬉しい悲鳴ゼヨ」

「はい、多少ですが承知しています」

 

 MIDICITYについてから軽く調べてみると、彼女たちは今や一流のアーティストとなっていた。

 部屋の中を見回してもファンからのプレゼントらしき包装が散乱しており、人気の一端が窺える。

 

「当面の間、ここの使ってない一室を貸すくらいなら構わない。元々、僕達にしてもここは寝床程度にしか使っていないからね。ただ、もうすぐ全国ツアーが控えているんだ。ツアーが始まってしまえば、長くここを留守にしてしまう。万が一のことを考えると、リリーが一人になることは良くない」

「そう、ですね。薬があるにしても、ここは安静にしていられる療養地とは違いますから」

「今の君には保護者が欠かせないだろう。それに私たちがなるのは難しい。関係が悪いことはわかっているが、母親を頼ることも考えるべきだと……いや、あちらはあちらで忙しいのか」

「それなんですが、事情を知っている友人がこちらに来ているので、その子を頼ろうかと」

「ふむ……難しい話だけれど、仕方がないか。わかっているとは思うけど、その相手にはちゃんと感謝を伝えるんだよ」

「はい、それはもちろんです」

 

 私の答えに納得したように姉が頷く。

 

「難しい話は終わったッスか~?」

「スモモネちゃん? そうだな、リリーはまだ何かあるかな」

「いえ、ひとまずは大丈夫です。それでスモモネさん、何でしょうか」

 

 それッスよー! とびしっと指先を向けてくるスモモネさんを、はしたないと姉が嗜める。

 だがそれでも止まらず、姉とじゃれ合いになりながらスモモネさんが続ける。

 

「だーかーらー堅いんスよ~! 妹ちゃんもここでお泊りするなら、もっと砕けてくれないとお姉さんつまんないなーって思うッス」

「いえ、ですがお二人は姉の友人ですから。私が礼を失する訳にもいきません」

「ミーも同意するゼヨ」

「ういういさん?」

 

 不満そうなスモモネさんにういういさんも同調した。

 

「今のリリアンには壁を感じるゼヨ。そんな相手と同居していては、ミーとしても気が休まらないゼヨ」

「わお、すすめちゃんってば辛辣~」

「言い出したのはとまれちゃんの方ゼヨ」

 

 二人の様子を見て、やれやれだと肩を落とす姉の姿。どうやら止めるつもりはないようだ。

 

「二人がそう思うなら、僕も否定するつもりはない。そういう訳だから、リリー、いいね?」

「……わかりました」

「もう一度言うが、いいね?」

「うん、わかった」

「よろしい。私に対しても遠慮はしないように」

 

 うげ、という声は幸いにして漏れなくて済んだらしい。

 スモモネさんとういういさんはともかくとして、姉に対して今更態度を変えるというのは難しい。難しくともやらなければ厳しい言葉が飛んでくるのだろうが。

 

「それじゃあ今からパジャマパーティーやるッス!」

「あのなとまれちゃん、明日の仕事が何時からか覚えてるか? そろそろ眠らないとパフォーマンスに影響が出るぞ」

「そこをなんとか、いそげちゃんも妹ちゃんと話したいことたくさんあるッスよね?」

「勿論ある。だが、リリーはしばらくいるんだ。無理に今日やらなくてもいいだろう」

「相互理解のためのミーティングは必要ゼヨ」

「すすめちゃんも……わかった、一時間だけだ。それ以上は許さない」

「いそげちゃんは話がわかるッス~!」

「辛いのは明日のミーたちに任せるゼヨ」

「そういう訳だ、リリー。部屋に案内するから、そこに荷物をおいて着替えてくるんだ。クリーニングは定期的に来ているから、埃まみれということはない筈だ」

「あ、うん。わかったよ姉様、じゃない姉さん」

 

 とんとん拍子に進んでいく話に介入する間もなく、パジャマパーティーへの参加が決定していた。

 掛け合いのテンポの良さといい、手分けして手際よく準備を始めているのといい、姉たち三人は非常に息が合っている。

 

「ほらほら妹ちゃん、何ぼーっとしてるッスか~? 妹ちゃんが今日の主役なんだから、蚊帳の外みたいにしてちゃダメっす~」

「ああすみません、今着替えてくるので……」

「うんうん、期待してるッスよ~」

 

 スモモネさんに背中を叩かれ再起動する。

 

 ここまで好意的に歓迎されて気分が悪い訳もない。

 姉を追って部屋へ向かう足取りは軽かった。



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