旅館の若き女将と小説書き (抹茶のぷりん)
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登場人物ー紹介 その1

いわゆるキャラクター紹介。
登場人物が増えるごとに随時更新予定!
新しい人物が増えるだけでなく、物の説明とかもあるかと思います。
その1と言うからその2があるわけですが、それはまた別のところに書く予定です。


〈登場人物紹介〉

 

神子戸 湊(みこと みなと)

年齢 18歳(プロローグ時点)、高校3年生(卒業)

身長 166cm

体重 55kg

性別 男

誕生日 12月6日

趣味 読書

特技 文章を書くのが早いこと

学生兼小説家だった。高校生で1人暮らしをしたりと1人で動くことが多いが、高校を卒業した後はどうするか決めてないふわふわとした生活を送っている。

しかし、成績は優秀で常に上位5人に入っている。

高校3年の12月のスランプ時に泊まった冬月旅館が忘れられず卒業後に再び訪れる。

代表作は『天弓のパライソ』。

周りと比べると少し身長が低めなのがコンプレックスだったりする。

家族とは疎遠気味。

 

冬月 幸(ふゆつき さち)

年齢 11歳(プロローグ時点)、小学5年生

身長 137cm

体重 27kg

性別 女

誕生日 6月1日

趣味 読書

特技 卵割り

冬月旅館の1人娘。普段から女将のお手伝いをしていたりと結構しっかりとしている。

お手伝いをが無い時はいつも暇してるため、客の中では比較的年齢の近い湊に懐いた。

和樹曰く、『幸は可愛いを形として表した美少女』。

笑顔が可愛い。可愛いは正義。

髪はショートより少し長く、髪を後ろで結んでいる。

着物は緑色、紺色、山吹色の3種類を持っている。

周りよりも全体的に色々小さいことが最近の悩み。

お父さんがいないようだがそれはまた別の機会に。

 

五月雨 和樹(さみだれ かずき)

年齢 16歳(プロローグ時点)、高校1年生

身長 161cm

体重 46kg

性別 女

誕生日 8月30日

趣味 お笑い

特技 剣道

冬月旅館の従業員。金髪ポニテのいわゆるギャルのような女子高生。

剣道は習ってないが、竹刀や木刀の使い方が上手かったり、勝気な性格だったりと男勝りなところもあるが、大の可愛いもの好きで幸のことを溺愛している(幸は気づいていない)。

湊のことは幸を狙う危険人物と思いながらも、幸が楽しそうにしている姿を見て安心している。

スタイルはそこらのJKよりも良く、密かに幸の目標のスタイルになっている。

中学生の時から冬月旅館で働いているみたいだが、何か理由があるのだろうか?

 

栗花落 菜花(つゆり なばな)

年齢 17歳(プロローグ時点)

身長 140cm

体重 33kg

性別 女

誕生日 4月3日

趣味 クロスワード

特技 数学

冬月旅館の経理担当。仕事中は長い髪をお団子にしている。

高校には通っていない…のではなく高校は既に飛び級で卒業をした。

今は色々資格を取ったりしているが、最近飽きてきた。

勉強ばかりしてたため体力が無く、肉体労働は3分ももたない。

喋り方に癖があり周りから浮くこともあるが、時たま年相応の素顔を見せる。

同年代と比べると身長が低く、胸が小さいことがコンプレックス。

勉強ばかりしてたせいだと開き直っているところもある。

周りからはつーちゃんと呼ばれている(呼ばせている)が、五月雨からのあだ名はど貧乳。

 

八重樫 白穂(やえがし しらほ)

年齢 14歳(プロローグ時点)

身長 147cm

体重 37kg

性別 女

誕生日 1月3日

趣味 料理研究、ゲーム

特技 料理

冬月旅館の料理長にして唯一の料理人。髪型は湊が色々弄るため様々。

過去のトラウマから学校には行っていない。

料理のスピードは1人で旅館全ての料理を出せるほど早く、料理の味は美味しすぎて料理のためだけに泊まりにくる人もいるほど。

また、ゲームもよくやっており、特に格ゲーの腕前はなかなかのもの。

気が弱く人見知りだがそれは過去のトラウマや母親の死から来ているもので、知り合いにはそんなこともなく本来の性格が現れる。

つーちゃんのことをなぜか尊敬しており、苗字で彼女の名前を呼ぶのは白穂1人だけ。

 

雨宮 橙子(あまみや とうこ)

年齢 46歳、主婦

五月雨の下宿先の頼れるおばさん。

冬月旅館は元から従業員が少ないため掃除などをたまに手伝っている。

前女将の幼馴染みにして、幸の家事の先生。

湊に冬月旅館で働くことを勧めるなど突拍子のないことを言うことも。

 

〈用語説明〉

 

冬月旅館

某県某温泉地にある温泉旅館。プロローグ中の説明にもある通り、この温泉地は四季の移り変わりがとても分かりやすく、春夏秋冬観光客が絶えないため冬月旅館もかなり忙しい。冬月旅館は家族向けと言うよりは夫婦や一人旅向けの旅館でその分部屋も多め。これは掃除が大変そうだ。

 

天弓のパライソ

湊のデビュー作で代表作。湊曰く、「これ以上のバトルものは俺には書けない。」と作者自身も自信のある作品。アニメ化にコミカライズとかなり人気が出たおかげで湊は1人暮らしを始めることが出来た。

 



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プロローグ

初めて小説を書かせていただきます抹茶のぷりんと言います。
拙い文章ですが読んで戴ける嬉しいです。



外は満開の雪の花。

今日は12月25日のクリスマス。

つまりホワイトクリスマス。

世間ではそういうことになっているが俺には関係ないことだった。

彼女いない歴=年齢。おまけに高校生だが一人暮らし。

友達?察してください。

学校には一応行っているが俺は休み時間。いや、授業中も。つまり学校にいる間ずっと小説を書いているか本を読んでいる。

中学2年の時に書いた小説が大賞に選ばれ、今ではプロの作家ということになっている。

俺の書く小説はバトルものが多く、大賞に選ばれた作品もバトルものだ。

その作品はそれなりに売れ、今こうして一人暮らしができているのもその作品のおかげだ。

「あの…神子戸さん?大丈夫ですか?」

俺は不思議そうに覗き込む少女の声で現実に戻される。

「……あ、ごめん。えっと…なんだっけ俺の小説が見たいって話だよね。一応これが俺のデビュー作。」

俺はそう言って旅行鞄から出した小説を少女に渡す。

「…てん…ゆみの…?」

流石に小学生には難しい漢字だったか。

「そう書いて『天弓』(てんきゅう)って読むんだよ。」

「へー…簡単な漢字なのに読み方は難しいんですね。漢字は奥が深いです。」

少女は目をキラキラとさせている。

俺の名前は神子戸(みこと) 湊。

苗字が珍しいからペンネームも本名を使っているが、未だ学校でバレたことはないという悲しさ。

俺の代表作は『天弓のパライソ』。

厨二感溢れる名前だが、書いたのが中学2年の時だからね?

まあ、アニメ化、コミカライズとそれなりに有名にはなった。

バトルものだから難しい設定とかはあるが、一応中学生でも読めるような内容で読みやすかったというのも売れた原因だとかSNSでは言われてた。

しかし、それからは全滅だ。

何度か本にもなったが全くと言っていいくらい売れない。

高校3年生だから進路を考えないといけないが、小説家への道は正直厳しくなってしまった。

成績はそれなりだから大学からは何校か呼ばれてるんだけど。

担当編集には「お前には癒しが必要だ。」とか言われ、この『冬月旅館』へと来た。

この旅館は有名な温泉地にあるため露天風呂が最高らしい。

春には満開の桜、夏は花火大会、秋は紅葉、冬は銀世界と四季が楽しめるのも人気の理由だとか。

実際この旅館は知らなかったが、俺もニュースでこの温泉地の話はよく耳にした。

ちなみに俺の隣にいる少女はこの旅館の女将の1人娘の冬月 幸ちゃん。

小学5年生ながら既にこの旅館のお手伝いをしているらしく、緑色の着物に少し長めの黒髪を短く後ろで束ね、動きやすくしている。

俺のような若い人が泊まるのは珍しいらしく、泊まってからは毎日朝昼夜と部屋に来てくれる。

本はよく読むらしく、俺が小説家であることを話した時には目を輝かせていた。

と、その時部屋の襖が突然開けられ、制服を着て金色の髪が目立つ女子高生が入ってきた。

「また幸はこんなとこに来て…お前、幸を泣かせたらただじゃすまねーかんな。」

「一応言っとくけど俺、お前より2歳年上なんだけど。」

こいつ…失礼、この人の名前は五月雨 和樹。

男の子っぽい名前だが、バリバリの女子高生だ。

金髪の見た目で分かるとは思うがいわゆるギャルというやつだ。

これで高校1年生。末恐ろしい。

彼女も冬月旅館の従業員だ。幸ちゃんのことを溺愛しており、突然現れた俺を凄いライバル視してくる。解せぬ。

「和樹さん…神子戸さん今日で帰っちゃいますからもう少し仲良くしてくださいよ…」

幸ちゃんがそう言うと五月雨は悔しそうな顔をして、それ以上何も言えずにいる。

ぷぷっ…小学生になだめられてやんの。

と、まあ俺もこんな感じで対抗心をね?

「神子戸さん。どうでしたか?この旅館は。いいアイデアとか浮かんだでしょうか?」

幸ちゃんは上目遣いに聞いてくる。

可愛い。いや、ロリコンではないけど何かくるものがあるよね。分からない?

「どうだろう?でももし書けたらその時はこの旅館宛に本を送るよ。」

正直なところ何も思いつかなかった。

いや、景色は素晴らしいし、すごくいい旅館で日頃の疲れもだいぶ取れた。

だが、何かが足りなかった。それが分かるまでは小説を書けないかもしれない。

「楽しみにしてます!それとこの本貸していただいてもいいでしょうか?後で郵便で送りますので。」

「なんならあげるよ。家にももう一冊あるし。」

「えっ、いいんですか?ありがとうございます!お荷物バスまで運びますね!」

そう言うと幸ちゃんは俺の荷物を持って嬉しそうにロビーへと向かう。

その後ろから俺と五月雨はついて行く。

「おい、今の幸すげー可愛くね?」

「確かに可愛いな。」

俺は正直に答えたがこう言うと…

「お前…ロリコンか?」

五月雨は引き気味に言う。

「何度目だよこのやり取り!」

ここまでテンプレというやつである。

大抵はこの後「うるせー。」とか言われるのだが、今回は下を向き黙ったままだ。

「ん?どうした五月雨。」

俺が聞くと五月雨は顔を上げ、

「ありがとな。幸と遊んでくれて。私も女将もずっと働いているから幸と遊んでやれねーんだ。もし、また来たいと思ったならまた幸と遊んでくれねーか?」

なんだこいつ可愛いとこあるじゃん。

「俺もこの旅館は気に入ったしまた来るつもりさ。今回みたいに長い日にちは取れないかもしれないけどな。」

卒業式の後とかなら時間がありそうだし。

「それときつく言い過ぎて悪かった。昔から幸のことになるとこうなるから気をつけてんだけど無理ぽだから。」

「なんだ?デレてんのそれ?」

俺がからかうと五月雨は顔を赤くし、持っていた木刀を俺に向け…

いや、なんで女子高生がそんなもん持ってんの?

「やっぱりお前はうぜぇ!これでもくらえ!」

振り下ろされた木刀を避け、俺は幸ちゃんの方へ逃げる。

「おっかねぇな!幸ちゃん助けて!」

「おま…それはずるいぞ!」

名前を呼ばれた幸ちゃんは振り向き、

「また和樹さんは…でも、喧嘩するほど仲がいいって言いますからね。」

「「仲良くない!」」

不覚にも五月雨とハモってしまった。

そんな俺達を見て幸ちゃんは笑顔を見せる。

「さてと…もうすぐバスが来ます。神子戸さん、今回は本旅館に泊まっていただきありがとうございました!またのお越しをお待ちしております!」

幸ちゃんがそう言うと外に丁度バスが到着する。

「ああ、また来るよ。近いうちに。」

俺は自動ドアを潜り幸ちゃんから荷物を受け取りバスへと乗る。

バスの窓からは手を振る幸ちゃんとそっぽを向いてる五月雨が見えた。

俺はバスが出発してからも見えなくなるまで幸ちゃんに手を振り続けた。

 

3月1日無事卒業式を迎え、誰もいない部屋へと戻ってきた。

進路は結局保留することにした。

と言うのも少しだが、小説を書き始めることができた。

別に小説を書きながら大学に通ってもいいのだが、軌道に乗るまでは小説の方に集中したかった。

俺が誘われた大学には夏から入れるところもあるためそっちの方に入ろうと思う。

そんなことを考えながら、俺は冬月旅館へ向かう準備をしていた。

小説書くのは向こうでもできるし、部屋で書き続けるのも健康に悪い。

気分転換にあそこ以上の所はないんじゃないかと個人的に思ってる。景色もいいし。

そうだ。多めに本を持って行こう。幸ちゃんも喜ぶと思うし。

旅行鞄の3分の1くらいの本、着替え、ノートパソコン、その他必要な物を詰め、支度を終える。

 

「幸ちゃん元気かな。おまけに五月雨も。」

夜行バスの中、外を眺めながら呟く。

時間は12時。流石に眠たくなりそのまま俺は寝てしまった。

 

夜が明け、バスは冬月旅館に到着したが、降りたのは俺だけだった。

12月に来た時はかなり多かったはずなのに。

桜の開花もまだだから少ないのかと思ったが、深夜バスには人が多く、それが理由とは思えなかった。

今日は太陽の光が春とは思えない強さでそれが余計に俺を不安にさせる。

「なんか嫌な予感がするな。」

そう思う俺の目の前には休業中の札と暖簾のかかる自動ドア。

しかし、自動ドアに近づくと静かな中に不快な音を鳴らし開く。

中はほんのり明かりがついており、フロントには見覚えのある金髪ポニテがクリックボードをしかめっ面で見つめていた。

彼女は客の気配に気づいたらしく顔も上げずに、

「お客さん、今ウチは休業中なんすよ。札出してませんでした?近辺にも旅館あるんでそっちの方あたってもらえます?」

相変わらずの喧嘩腰である。

「お前、他の客にもそんな感じなのか…」

そこで五月雨は初めて顔をあげる。

「あっ!お前は確かみこなんとかとか言う名前の幸を誑かした男じゃねーか!…やべ、大きい声出しちまった。」

まさかの名前も覚えられてないとは…

接客業だから仕方ないのかもしれないが。

「誑かしてはないけどみこなんとかさんですよ。どうしたんだ?休業中って。」

俺が聞くと、五月雨は下を向き、

「お前には関係ねーよ。他の所まで案内するから今日のところは諦めてくれ。」

そう言って五月雨は俺を引っ張って外に出ようとするが、俺はそれを止める。

「待った。せめて幸ちゃんには合わせてくんない?小説の感想とか聞きたいし。」

「今お前を幸とは合わせられねー。」

即答である。が、五月雨は少し迷った表情をして、

「やっぱり会ってくれ。だけど、私の後に入ってくれ。」

そう言って五月雨は別棟の方へと向かって行く。

別棟は幸ちゃんと女将さんが普段住んでいる場所だ。

俺は入ったことはないが何度か目にしたことはある。

ちなみに五月雨は近所ではあるがここには住んでいない。

五月雨は別棟の1番奥の部屋の襖を開ける。

「幸に会いたいって言う人が来たぞ。」

部屋の中には幸ちゃんが1人暗い中電気もつけず、部屋の隅で体操座りをして顔を埋めていた。

髪はボサボサで前にあった時とは随分と違う。

「とてもじゃないけど人と会える気分じゃないです。」

幸ちゃんは顔を上げずに答えるが、五月雨さんは、

「いや、会ってくれ。幸のためにもだ。」

「だから誰とも会いたくないって言ってるじゃないですか!」

幸ちゃんは声を荒げ、顔をあげる。

そして五月雨の隣にいる俺と目が合う。

「み…こと…さん?」

幸ちゃんは俺の苗字を呼ぶと、目に涙を浮かべ、俺の方へと駆け出し抱きついてきた。

「うわぁぁぁぁぁぁん!」

俺がどうすればいいのかと五月雨を見る。

「もう少しだけそのままにしておいてくれ。声をあげて泣いたのも初めてなんだ。」

そう言う五月雨も少しだけだが目に涙を浮かべる。

ふと窓の外を眺めると桜が少しずつだが開花へ向け準備を始めていたところだった。

 

 

 

 

 

 




どうでしたでしょうか?
出来るだけ次の話を早く書きたいですが、かなり時間がかかるかもしれません。
文字数は大体同じくらいかこれより多いかだと思います。
どのくらい長くするか分かりませんが、最後まで読んで戴けると嬉しいです。
タグ付けしておくつもりですが、日常系と言いながらも恋愛要素もいれる予定ですのでご理解のほどお願いします。
それとキャラクター紹介的なのは別枠で書いておきます(随時更新)。


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第1章 それは終わりか始まりか
第1話 冬月旅館最悪の日


少しだけですがプロローグを修正しました。
対して変わっていないので内容的には問題ないと思います。


「すみません神子戸さん。大変見苦しいところを見せてしまいました。」

幸ちゃんが泣き始めてから30分が経ち、少し落ち着きボサボサの髪を整えた幸ちゃんと五月雨、俺はロビーで机を囲んで座っている。

「俺は大丈夫だけど…」

俺は五月雨を見る。

「何があったか言ってもいいか、幸。」

五月雨の問いかけに幸ちゃんは頷く。

「もうここらの旅館には知れ渡っていることだから隠す必要はないって言えばないが、できるだけ口外しないでくれ。下手すりゃウチが潰れることになるかもしれねー。」

五月雨は珍しく真面目な顔をして話し始める。

 

〜1週間前〜

「ありがとうございました!またのお越しをお待ちしております!」

うん。今日も幸は可愛い。

今日は女将が外の方へ出かけており、幸が実質女将の代わりになっている。

もちろん他の従業員も働いているが、幸の人気は格別だ。

と言うのもこの時期は雪もだいぶ溶け、スキー目当ての客が来なくなり、高齢の夫婦が大部分を占めるため健気に働く幸を見て癒されるのだとか。すげー分かる。

私が幸を眺めていると幸は私が見ていることに気づいたようで、

「…?和樹さん?どうかしました?もしかして髪跳ねちゃってます?」

そう言って慌てて髪を確認する幸。

いとエモし。

「和樹ちゃん。そんなにニヤニヤするのやめなさいな。女の子なんだから。ウチの夫と同じような顔してるわよ。」

そういうのは私の下宿先の雨宮さん。

実はたまに冬月旅館の掃除もしてくれている。

なんたってこの旅館の部屋数はとても多い。

とてもじゃないけど私達じゃ全ての部屋を毎日掃除するのは難しい。

私も高校通ってるし。

雨宮さんはおまけに料理も上手い。

と言うか主婦の仕事は人より数倍上手い。

幸も時たま家事を教えてもらっているらしい。

「そうは言っても幸は可愛いすから。こればかりはどうしようもないっす。」

私も思う。正直幸を眺めている時の私は他人から見れば完全に変態だ。

そう言えば完全変態ってどっかで聞いたな。授業で言ってたっけ?まあいいや。

「和樹ちゃんの幸ちゃんへの溺愛っぷりは本当に尊敬ものね。それじゃ帰って夕飯の準備をしてくるから。」

そう言って帰っていく雨宮さんを見送りつつ私は問題の部屋へと行く。

問題の部屋へと向かう途中、後ろから可愛い足音がこちらへ走って来る。

私レベルにもなると足音だけでも幸だと分かる。

幸検定一級取れるんじゃないだろうか。

「和樹さん。あの部屋に行くんですか?」

幸は嫌そうな顔をして聞いてくる。

「一応客だし?しょうがねーかんな。」

私の発言でなんとなく分かるだろうが、問題の部屋の客はクレーマーだ。

旅館で働いていると大抵はあるものだ。

今回のクレーマーは『部屋の景色がネットで見たものと違う』という初級クレームだから対応も比較的楽。

だったのだが、なんと面倒なことに宿泊費を返金してくれるまで部屋から出ないと言い出したのだ。

普通のクレーマーの場合は1つ安めのサービスでも無料でやれば満足するものなのだが。

「私もついて行きます。少しは和樹さんに恩返ししたいですから…」

なんと可愛いのだろうか。今ならあの客にも負けそうにない。

そんな私のやる気に反し、外は黒い雲が広がっていた。

 

私と幸の2人は問題の部屋の前へと到着した。

私がノックをすると「どうぞ。」という女性の声がした。

私と幸の2人は顔を見合わせる。

今回のクレーマーは中年の男1人で来ているはずだ。

正確には2人で予約していたのだが、連れが来れなくなったと言っていた。

不思議に思いながらドアを開け、短い廊下を通り襖を開けると、声の主と思われる40代前半くらいに見える女性とクレーマーの男がいた。

クレーマーの男は私達と目を合わさないようにしている。

「ごめんなさい。ウチの主人が。返金しろとか言ってたのでしょう?おまけに私の分までキャンセルしてるなんて…」

話を聞くと、元々男と女性は夫婦で泊まる予定だったらしい。

ウチへ来る際女性は温泉地を観光したかったらしく、男だけで先にチェックインをした。

その時に男は宿泊費を安く済ませようと女性の分をキャンセルしたのだ。

女性がウチに着いた際、部屋に湯呑みが1つしかなかったのを不審に思い、男を問い詰めたところ発覚したそうだ。

「私の分もきちんと払うから、一晩泊めてくださる?」

女性は説明し終えた後遠慮がちに聞いてくる。

「もちろん大丈夫です!元々2人でのご宿泊予定でしたので。」

幸は笑顔で答える。

その幸の笑顔に罪悪感でも生まれたのか、男は頭を下げて謝り、このクレームは解決をしたのだった。

 

「良かったですね。無事解決して。」

私と幸は来た廊下を通りロビーへと戻る

「クレームがないのが1番いいんだけどな。」

私も幾度となくクレーム対応をしてきたが、やっぱり特殊な人もいるわけで私の思った通りにはいかない。

そろそろクレーム対応マニュアルを作り替える頃合いだろうか。

ロビーに戻った時ふとテレビを目にした。

この時間は大抵ニュース番組が多いため、お笑い好きの私にとってはつまらない。

しかし今日はそのニュースに見入ってしまった。

ニュースの内容は高速道路での玉突き事故。

ここからそう遠くないところで起きたようだ。

死者は確認されているだけでも12人、重軽傷者は15人。

近年稀に見る大事故である。

こういう事故のニュースは見ていて心を痛めることはあるがそれ以上は無い。

だが、何故かこの事故のニュースからは何か変な胸騒ぎを感じた。

「怖いですね。こういう事故は。」

隣にいる幸も同じ胸騒ぎを感じているのだろうか。

少し不安そうにしているようにも見えた。

その時突然フロントの電話が鳴り始めた。

私達の位置からは遠く、取ったのは他の従業員。

「はい。こちら冬月旅館です。ー」

その従業員が話し始めるのを見て私は再びニュースを見る。

「はい。ウチは冬月旅館で間違いないです。ーーーーーーーえっ?女将が⁉︎」

その従業員の声に私と幸は振り向く。

「ーーーーーーはい…………………すぐに向かわせます…」

従業員の声は最後の方へかけてだんだんと窄んでいく。

「お母さん……女将に何かあったんですか?」

幸は不安そうに従業員に聞く。

「幸ちゃんは和樹ちゃんと石江病院に向かって。仕事は私達がなんとかするから。」

私も幸も病院と言う単語を聞き、全ては分からずとも女将に何かがあったことだけは悟った。

 

石江病院自体はそう遠い距離ではない市街地へと出ればすぐに着く。

市街地も10分もあれば着く位置だ。

だが私にはその時石江病院までの道のりはとても長く感じた。

普段なら気にならない赤信号の待ち時間も無限のように感じられた。

石江病院に着いた時外は大雨だった。遠くで雷も鳴り始めている。

けたたましい救急車のサイレンが遠くから聞こえてくる。病院内に入るとかなり慌ただしい様子だった。

受付を訪れるとすぐに1つの病室へと通された。

「お母さん!」

病室に入るや否や幸は白い布を全身に巻かれ、人工呼吸器をつけた女将の元へ走った。

女将は幸の声が聞こえたのか薄く目を開き、顔を傾ける。

私の後ろからついて入ってきた医者は悔しそうな顔をする。

私はその時点で女将の死を悟った。

「最善を尽くしました。尽くしたつもりです。だが力が及ばなかった…」

私はこの医者の異常なほどに悔しそうな姿に驚いた。

医者は何人もの患者を相手にするため1人1人に感情移入していれば拉致が開かないものだ。

だからここまでは悔しがらない。

「私は救えるかもしれない命を救えなかった。医者として失格だ。」

それだけ言うと医者は病室を去ろうとした。

「先生は最善を尽くしたんすよね。なら、立派な医者っすよ。こんな女子高生に何が分かるのかって思うだろうすけど、私は知ってるんすよ。」

最悪の医者、失格どころではない悪魔のような医者を。

「だから、やめようなんて思わないことっすね。」

その医者は私の言葉に何かを感じたのか。はたまた何かを思い出したのか。

医者は手術室の方へと走り出していった。

事実、女将が今少しの時間でも生きているのはさっきの医者のお陰だ。

「…………………幸…」

女将は声を絞り出す。

「お母さん…もう喋らなくていいから!」

幸は涙を目に浮かべ女将の手を握る。

女将は私の方へと顔を向ける。

「かず…ちゃん…さち……を………よろし…くね…』

そう言うと女将の手は幸の手から溢れ落ちた。

心電図の緑の直線。これを再び見ることになるとは思わなかった。

 

夜が開ける。仮眠室の窓の光で私は目覚める。

女将が息を引きとった後医者から詳しい話を聞いた。

死因はニュースでやっていたあの事故。

嫌な予感というものは当たってしまうものだ。

しかし、客には関係のないことと言われればそれまでだ。従業員総出で対応に追われている。

私は少ない時間ながらも仮眠を取ったが、幸は眠らずに従業員の人に指示を出していた

幸はお手伝いをしていただけとはいえ女将の仕事は覚えている。

母である女将から大体のことは教えてもらっている。

女将亡き今、冬月旅館は臨時休業をせざるを得なくなった。

客には事情を話し、他の旅館に移ってもらうしかなかった。

仮眠室のドアが開く。

そこには青い顔をしてフラフラと入ってきた幸がいた。

目の下にはクマができていて、感情の死んだ目をしている。

いつもの可愛い幸とは真反対だ。

「和樹さん…10分間だけ寝かせてください。」

今にも消え入りそうな声で言う。

そして次の瞬間にはソファに倒れ込んだ。

幸には悪いが、10分間じゃ女子小学生の睡眠時間は満たされない。

私にも幸ほどではないが少しくらいなら指示を出せる。

私は仮眠室から出て仕事へと戻る。

幸が起きたのはそれから5時間後のことだった。

 

「そこから通夜、葬儀と終えて幸は疲れて部屋に引きこもってしまったってことだ。」

俺が幸ちゃんを見ると確かに疲れた顔をしていた。

思い出すのも酷なものだろう。

だが俺はそれだけではない冬月旅館の違和感感じていた。

「他の従業員はどうしたんだ?いくら臨時休業とは1人や2人掃除というか旅館の維持に来ているものだと思ったけど。」

俺が聞くと五月雨は目を伏せた。

「他の従業員の方は葬儀の後にほとんど辞めてしまいました。しょうがないといえばしょうがないことなんですが…私みたいな頼りない女将じゃ…」

非情なものである。いくら前女将に助けてもらったとしても自分の人生がかかっている。幸ちゃんの言う通りしょうがないことなのかもしれない。

冬月旅館の次代の女将は幸ちゃんということで前女将が生きている時から既に決まっていたらしい。

他の従業員にできないこともないが、仕事をきちんとこなせるかどうかは五分五分だそうだ。

「お母さんがせっかく残してくれた旅館だし、和樹さんや他の残ってくれている人にも悪いですけど、もうこの旅館は続けられないかと思います。」

幸ちゃんの言葉に五月雨も悔しそうな顔をする。

「まさか幸ちゃん。この旅館売る気じゃないよね?」

幸ちゃんは下を向いたままで否定をしない。

俺としても1度しか泊まってはいないが、この旅館が無くなって欲しくはない。

どうすればこの旅館を救えるのか。

俺の小説を書く脳しか無い頭ではそれを考えるのは無理な話だ。

「幸。私は絶対に続けていきたい。この旅館は私にとって生きがいだから。」

五月雨は顔を上げ、強くも悲しい表情で幸ちゃんを見る。

幸ちゃんも顔を上げるが、その表情は今にも泣き出しそうだ。

「でも、私にはどうすることもできないんです…再開するには従業員数が圧倒的に足りない…」

どうすることもできない自分がもどかしい。

その時、旅館の自動ドアが開かれる。

「幸ちゃん、和樹ちゃん今日はロビーに集まってるのかい?……その人は?」

ドアから入ってきたのは40代くらいの女性だった。

「雨宮さん…お久しぶりです。この方は一度ウチにお泊まりいただいた神子戸さんです。」

幸ちゃんによるとこの女性は雨宮橙子さん。

五月雨の下宿先の人らしい。

「幸ちゃん。幸ちゃんは冬月旅館を続けたいんだね?」

雨宮さんは冬月旅館の現状を知っているようだった。

「それはもちろん続けたいです…」

その幸ちゃんの言葉に雨宮さんは少し考え、なぜか俺を見る。

「神子戸くん。冬月旅館で働いてくれないかな?」

 




次の更新はかなり先になると思います。
それとあらすじはこの話が投稿される頃には書いてあると思います。

登場人物紹介に雨宮さんを追加!(謎の!)


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第2話 美少女の笑顔は最高の報酬

コロナウイルスの影響で思ったよりも早く書き終わりました…
いいのやら悪いのやら…
いや、悪いよ。
今回は前回よりも少し長めです。
なので、誤字もいつもより多くあると思いますがよろしくお願いします。

少しだけプロローグと1話の誤字修正しました。


「神子戸くん。冬月旅館で働いてくれないかな。」

「「えっ?」」

雨宮さんの言葉に思わず声が出てしまったのは俺と五月雨。

「いや、こいつは無理でしょ雨宮さん。なんたって作家っすよ。それに幸を狙ってるし。」

五月雨の俺に対する評価は幸ちゃんのストーカーみたいな感じらしい。

前泊まった時から分かっていたけどね!

「別に幸ちゃんを狙ってる訳じゃないんだけど。普通にこの旅館が好きなんだけど。………まあ、五月雨の言う通り作家って言う仕事は意外と大変な時もありますから。それに家からじゃここまで通えないですし、こっちに引っ越すお金も無くは無いですけど厳しいと思いますよ。」

近々パソコンやら家電やらを丁度新調しようと思っていた。それやめれば余裕で引っ越せるけど。

「それに旅館の仕事とか言われても一から学ばないといけませんし。コンビニでバイトくらいはしたことありますが…」

俺は正直なところ冬月旅館で働くことになってもいいと思った。

大学も別に目的があって向かう訳でもないし、就職もお金があるうちは考えていなかった。

我ながらなんてふわふわとした人生なんだろう。

まさに地に足がついてないってやつ。

ただ俺は幸ちゃんが心配だった。

「私は神子戸さんに働いて欲しいです。男手が欲しいというのもありますが………」

ここで初めて幸ちゃんが自分の意見を言う。そして、何かを言おうとしたが雨宮さんは手で止める。

「幸ちゃん。そこはまだ言う時じゃないよ。」

「えっ⁉︎雨宮さんもしかして…」

「私だって伊達に40年以上生きてる訳じゃないからね。そのくらいは気付くよ。」

雨宮さんがそう言うと幸ちゃんは頬を赤く染め下を向く。

俺と五月雨は顔を見合わせ首を傾げる。

「と、とにかく私は神子戸さんに働いて欲しいです。給料も多めに払いますから。家は…用意できるまではここになってしまいますけど…」

幸ちゃんは涙目で俺を見る。

男ならこれには勝てないだろう。

だが、ここは俺の優柔不断さが勝ってしまった。

「幸ちゃん。1日だけ考えさせてくれない?」

 

場所が変わって冬月旅館の部屋の中。

俺は雨宮さんと話していた。

俺には1つだけ気になることがあった。

「なんで俺に冬月旅館で働いて欲しいって言ったんですか?」

俺1人が冬月旅館に入ったとしても何が変わるのだろうか。

しかし、雨宮さんには確信があるように見えた。

「なんでだと思う?…って言うのはやめとこうか。正直冬月旅館の人手は足りないことはないんだよ。人は少ないとは言え幸ちゃんと和樹ちゃんがいれば大抵はどうにかなるし、料理長と経理の人は残ってくれてるらしいからそこらも大丈夫なんだよ。私もたまに掃除に来ているし。」

聞いている感じだと確かに大丈夫のような気がする。足りないところもあると思うが、規模を小さくすれば難無く経営できるだろう。

「でも、無理ってことは人手以外に理由があるんですよね?」

俺の質問に雨宮さんは頷く。

「それは幸ちゃんの気持ちだよ。幸ちゃんは今、お母さんが亡くなってしまったショックの上に冬月旅館をどうするかという問題もあるからね。その影響からかげっそりしてるし。とにかく幸ちゃんには心の支えが必要なんだよ。」

それが俺だと言うことか。

でも、五月雨や他の従業員では駄目なのだろうか。

俺よりも断然長い時間を一緒に過ごしているはずだ。

「和樹ちゃん達は支えになってないって訳ではないんだよ。神子戸くんに期待してるのは別の部分での心の支えだから。まあそれは幸ちゃんに聞いた方が私の口から言うよりはいいでしょうね。」

心の支えの別の部分とはなんなのか気になったが、雨宮さんはそれには答えてくれなかった。

「雨宮さん。幸が呼んでるっすよ。聞きたいことがあるらしいっす。」

しばらく沈黙が後、続いた部屋に入ってきたのは五月雨だった。

「それじゃ神子戸くん。まだ時間はあるから考えておくんだよ。」

そう言って雨宮さんは五月雨の横を通り過ぎ部屋を出ていく。

五月雨はそんな雨宮さんを不思議そうな顔で見る。

「雨宮さんと何話してたんだ?」

五月雨は俺へと顔を向ける。

「大した話ではないよ。いわゆる世間話ってやつさ。」

五月雨には雨宮さんの話はしない方がいいと思った。

彼女は幸ちゃんのことを第一に考え行動しているように思える。

そんな彼女が自分では幸ちゃんを救えないことを知ってしまったらショックを受けるに違いない。

「ふーん。興味もねーし言わなくてもいいけどさ。……正直お前はここで働きたいのか?」

五月雨は躊躇いがちに聞いてくる。

「どうなんだろな。俺が入って解決するのかどうか分かんないし、色々問題もあるからさ。将来の目標とかもないし、大学も行かなくてもいい気がするし。それならばここで働く方がいいかな。幸ちゃんを助けることもできるし。」

なんて適当な人生なんだろう。五月雨もそう感じたのか溜息をついた。

「私はお前が働こうが働かまいが興味はない。だけど、そんな適当な感じなら働かないでくれ。そのままじゃ働いたとしても幸に迷惑しかかけねーぞ。お前もそれは望まねーはずだろ?」

五月雨は分かっていたのだろうか。五月雨の言ったことが判断を遅らせた理由だ。

俺は幸ちゃんのためになるのであれば働きたい。しかし、決意というには程遠いものだった。

俺には何も言い返せない。そのまま自分が思っていたことなのだから。

俺が数十秒黙っていると五月雨はどこか悲しげな顔で部屋を出て行った。

どうしたものだろうか。五月雨からの評価は完全に悪い。

それを理由にして帰ろうか。そんな最低なことを考える。

バックから徐にノートパソコンを取り出して立ち上げる。

冬月旅館のことはきちんと考えなければならないのだが、俺は小説活動へと逃避することにした。

さてと…今書いているのはもちろんバトルもの。

ていうかそれしか書けないんじゃね?

昔、恋愛小説にも手を出してみたけどもさっぱりだった。

圧倒的に経験値が足りない。友情ものも同じく。

こういう時ばかりはもうちょい青春しとけばよかったなとか思ってしまう。

友達同士はどこへ出かけるのか。彼女との初デートの場所といえばどこなのか。部活?何それおいしいの?

もしそれらをやったとしても結局小説のためだけになるから続かなそうだけど。

カタカタとキーボードを叩く音だけが部屋の中に響く。

今この旅館には客が俺以外に全くいない。

俺も客かどうかは怪しいところだ。お金は払うけども。

しばらく小説を書き続けたが全然集中できず、ほとんど進まなかった。

ノートパソコンを閉じ、リモコンを手に持ちテレビをつける。

夕方のこの時間には地元のローカル番組のニュースが放送されている。

小説を書いている間に随分と時間が進んだようだ。小説は進まなかったけど。

見たこともない。恐らく地元のアナウンサーが何かを喋っている。

地元の名産品の話だろうか。そう言えばここの温泉地の温泉饅頭はすごく美味しかった。

あれは絶対買おう。実家の妹にでも送ろうか。

そして、ニュースは次の話題へと移る。

……これは幸ちゃんのお母さんが巻き込まれた事件の話だろうか。

死者がさらに増えて21名になったらしい。

これは本当に大きな事故だ。

最近ここまでの事故は起きてなかっただけに、1週間前初めて事件を知ったときは衝撃だった。

幸ちゃんは俺の前では最初以外見せなかったが、相当ショックを受けて部屋に引きこもりがちだ。

俺が来たためようやく部屋から出たものの、まだ心の中は旅館のことを考える余裕はないように見える。

次の飲酒運転のニュースに切り替わったところで俺はテレビを消し、その場で横になった。

 

俺の目が覚めたのは夜の9時。食事は幸ちゃんが用意してくれたのだろうか。コンビニ弁当がテーブルの上に置かれてある。

とりあえず部屋にある風呂へと入った。食事の前に風呂に入る派です。はい。

風呂から上がり、浴衣へと着替え、俺が弁当を食べ始めたところで幸ちゃんが部屋へと入ってくる。

その格好はいつもの着物ではなく、寝間着だった。寝る寸前だったのだろうか。

「こんばんは。神子戸さん。布団を敷きに来ました。」

幸ちゃんは押し入れの戸を開き、布団を出す。

「ありがとう。幸ちゃん。この弁当も。」

「料理長が今は食材不足でどうしようもないと言ってたのでこんなものしか用意できませんでしたが…」

幸ちゃんは布団を敷きながら申し訳なさそうにする。

コンビニ弁当とか久しぶりに食べたな。普段自炊してるし、作れない時は外で食べてるし。

そんなことを思いながら弁当を食べ終えると、丁度幸ちゃんは布団を敷き終わったようだ。

しかし、幸ちゃんは部屋を出ない。

「……神子戸さん。今日は一緒に寝てもいいでしょうか?」

「え?」

俺は思わず声を漏らす。

「私はお母さんが死んでからずっと1人で寝てきて…それがとても寂しくて…わがままを言ってるのは分かってます。だけど、今日だけはお願いできませんか?」

幸ちゃんは1週間この広い旅館に1人で暮らしてきた。

それだけに人が恋しいのかもしれない。それに一緒に寝ると言ってももう1つ布団を用意すれば問題ない。うん。外から見れば事案だけど。

「それじゃもう1つ布団を出そうか…」

俺が布団を出そうとすると幸ちゃんは俺の浴衣の袖の裾を引っ張る。

「一緒の布団がいいです…」

可愛すぎる。が、流石にそれはまずいのではないだろうか。

「ほら、俺も男だし幸ちゃんを襲ってしまうかもよ?」

すると幸ちゃんは少し笑顔を見せ、

「私の知ってる神子戸さんはそんなことしませんから。」

確かに何もしないけども。俺の引きの弱さがここで出てしまう。

それに神子戸さんなら…

幸ちゃんは小さい声で何かを言うも聞き取れなかった。

俺が電気を消し、布団に入ると幸ちゃんは俺の横へとぴったりくっついてきた。

俺は今幸ちゃんに背を向けているが、幸ちゃんの心臓の音は聞こえてくる。

幸ちゃんも緊張しているのだろうか。

「神子戸さん。私達が最初に出会った時のこと覚えていますか?」

最初というとあれか。前に泊まりに来た時のことだな。

 

「傘持ってきといてよかったな。いきなり降り始めるとは思わなかった。」

俺は冬月旅館に荷物を置き、温泉地を観光していたが、突然雪が降り始めた。

天気予報では雪は降らないとなっていたが念のため折り畳み傘を持ってきていた。

温泉饅頭のお店から傘をさしながら外へ出ようとした時、向かい側のお店の軒下に1人の女の子がベンチに座って空を眺めていた。

女の子は山吹色の着物を着ていて、足には片方だけ草履を履いている。もう片方の草履はベンチの上で鼻緒が切れた状態で置いてあった。

この時代に着物を着た女の子は珍しいと思いながらも女の子が心配で声をかけた。

「大丈夫?鼻緒が切れているみたいだから…これは直らないね。」

草履は俺にとって結構見慣れたもののため鼻緒が直るかどうかくらいは分かる。

女の子はいきなり話しかけてきた俺に戸惑いつつも笑顔を見せる。

「大丈夫です。なんとか歩けますから。」

そう言って立とうとするも足を挫いているのかバランスを失い倒れそうになる。

俺はそんな女の子を抱き止める。そして女の子を再びベンチに座らせる。

「足やっちゃてるなこれは。ほら、家まで送ってやるから。」

俺は女の子に背を向けてしゃがむ。

「見ず知らずの人にそこまでしてもらうわけには…」

女の子は申し訳なさそうにする。

「俺は神子戸湊。名前を知ったからこれで見ず知らずではないでしょ?」

すると女の子は声を出して笑った。

「そうですね。じゃあお言葉に甘えさせてもらいます。……えっと…私は冬月幸です。」

「それじゃ幸ちゃんでいいかな。よし。それじゃ幸ちゃん。捕まっててね。」

女の子もとい幸ちゃんは俺の背中へと乗り、俺はそれを確認して立つ。

「家はどの方向?」

「この道をずっとまっすぐ行ったところです。」

幸ちゃんが指し示す方向は丁度俺の泊まる予定の冬月旅館と同じ方向だった。

冬月?………幸ちゃんの苗字も冬月じゃなかったっけ?

気のせいかな。

俺は冬月旅館の方向へ歩き始める。

「神子戸さんはどうしてここへ?」

道中幸ちゃんに質問をされる。

「気分転換かな。そういう疲れる仕事をやってるんだよ。」

俺はそう返答するも、今は思い出しくなかった小説の話を思い出してしまい憂鬱な気分になる。

「お仕事をされているんですね。てっきり高校生かなと思っていました。」

「一応高校生だけどね。」

幸ちゃんは高校生ながら仕事をしている俺に驚いているようだった。

「高校生でできる仕事…バイト以外に思いつきません…」

「バイトではないよ。」

幸ちゃんは俺の仕事について考えるもなかなか思いつかないようだ。

そんなこんなで冬月旅館の前まで来たところで幸ちゃんに声をかけられる。

「ここです。私の家は。」

「え?」

さっきの冬月という苗字はやはり聞き間違えではなかったようだ。

俺は幸ちゃんを下ろすと、幸ちゃんは笑顔で俺を見た。

「神子戸さん。ようこそ冬月旅館へ!」

 

「そう言えば幸ちゃんあの時俺がここに泊まるって分かってたよね。」

俺の苗字は目に留まりやすいし、幸ちゃんは予約表を見て覚えていたのだろう。

「そうですね。名前を聞いた時すぐに分かりました。」

やはりそうだったのか。

「その時のことはよく覚えてるけどそれがどうかしたの?」

すると幸ちゃんは一瞬間を開けて、

「私はあの時途方に暮れていました。草履の鼻緒が切れているだけでなく足も痛くて…そんな時神子戸さんが現れて。最初は親切で優しい人なのだなと思いました。だけど、話しているうちに私は神子戸さんのその優しさに惹かれてしまいました。」

幸ちゃんは息を飲み言葉を続ける。

「私は神子戸さんのことが好きです。だから…私は神子戸さんと一緒にこの旅館でずっと…」

幸ちゃんは俺に抱きついてくる。

思えばヒントは多くあったかもしれない。

雨宮さんの言葉もそういうことだったのだろう。

俺は幸ちゃんの手を掴み、幸ちゃんと目を合わせる。

俺はある決心がついた。

「幸ちゃん。今は幸ちゃんの気持ちには答えてあげられない。だけど、俺はこの旅館で働くよ。いつか幸ちゃんの気持ちにも答えられるようにするから、それまで待っててくれるかな。」

俺はこの旅館のために。いや、幸ちゃんのためにこの旅館で働く決心をした。

「私はまだ小さいですからね。答えられないと言われても仕方ないですね…でも、嬉しいです。神子戸さんが働いてくれると言ってくれて。」

幸ちゃんは今日初めての笑顔を見せる。

俺はそんな幸ちゃんにドキッとした。

多分…いや、確実に俺も幸ちゃんのことが好きなのだろう。

今は幸ちゃんの気持ちには答えられないけれど、絶対にいつか俺は幸ちゃんを幸せにしたいと思った。

それに俺はこの笑顔のためならば俺は何でもできる気がした。

 

 

 

 

 




完 全 に 事 案
幸ちゃんは作者の理想のヒロイン的要素が強く出てるので作者もやばいやつ。
ですが安心してください。私は二次元限定ですから。

そんなどうでもいいことはおいといて、
1に手洗い!
2に消毒!
3、4がなくて、
5に換気!
これだけでもだいぶ違うと聞きました。
今は辛抱の時ですね。
コロナウイルスがすぐに収束することを願っています。


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第3話 ゼロから始める旅館運営

サブタイトルをどこかで聞いたことがある?
正確に言えば旅館は準備されてるからゼロからじゃない?
細かいことは気にしちゃいけないっすよ。


朝、小鳥のさえずりで俺は目が覚める。

結局あの後は何も起きずに一晩を過ごした。

何も起きなくて本当によかったよ。

『起こさなくて』のが正しいか。

「神子戸さん。おはようございます。朝ご飯できてますよ。」

先に起きていたのか割烹着姿で部屋へと入ってきた幸ちゃんの手には木製のおぼんに乗せられた味噌汁やご飯、焼き魚などが見られる。

何だこの溢れ出る新妻感。

昨日の告白を聞いているからだろうか。余計にその雰囲気を感じられてしまう。

俺は座布団に座り、朝ご飯を口へと運ぶ。

「……どうでしょうか?」

幸ちゃんはおずおずと聞いてくる。

「めちゃくちゃ美味しいんだけど。これ相当練習したでしょ?」

ご飯だけでも炊くだけなのに最高に美味しく感じる。

特に味噌汁はやばい。それこそ今まで食べたことないくらいには美味しい味噌汁だった。

出汁の味がしっかりしているにも関わらず味噌の味もきちんと残していて、それらと具のマッチも完璧。これぞ究極の味噌汁と言っても過言ではなかった。

「男の子の胃袋を掴むには味噌汁からって雨宮さんから教えてもらいましたからね。」

幸ちゃんはウインクをする。可愛い。

そして、ここでも出てくる雨宮さん。こうなることも見越しているんじゃないだろうか。だとしたら雨宮さんは何者なんだろう。経験値じゃ語ることのできないくらい先を読む力に長けている。五月雨辺りに聞いてみるか。

「ごちそうさま。本当に美味しかったよ幸ちゃん。」

俺は幸ちゃんに感謝の言葉を述べおぼんを持つ。

「誰かに食べてもらったことはないから褒められると照れますね…あっ、おぼんは私が片しておくので大丈夫ですよ。」

そう言うと幸ちゃんは俺からおぼんを受け取り、若干スキップがちに部屋の外へと出る。

雨宮さんの言う通り幸ちゃんは変わった。昨日とは大違いである。

そんな幸ちゃんに少しだけ違和感を感じたが、あの幸ちゃんだ。

何か裏があるわけではないだろう。

少し経ってから制服姿の五月雨が部屋へと入ってきた。

高校へ行く前に幸ちゃんの様子を見に来たのだろう。

「おい、幸がとてつもなくかわい…すげー喜んでたんだが。働くことに決めたのか?」

相変わらず欲丸出しの五月雨はいつものように睨みながら話しかけてくる。

「ああ、だけど昨日とは違う。俺は幸ちゃんとこの旅館を立て直すよ。もちろん五月雨も一緒にだからな。」

俺の言葉に五月雨は少し寂しそうな顔したように見えた。

「分かった。お前に決意が生まれたことは。それだけ知れたら私は何も言わねー。けど、幸を泣かせたらただじゃおかねーからな。」

いつも通りの五月雨に俺は参った顔する。

が、俺も昨日とは違うのだ。

「幸ちゃんを泣かせるわけないだろ。俺は絶対に幸ちゃんとこの旅館を守ってみせるから。」

すると五月雨は無言で手に持っていた木刀…いや、だからなんで持ってんの?

その木刀を俺の溝内へ…

「ゲホッ⁉︎」

結構本気でやられた。ゴツンという鈍い音は部屋中に響いた。

幸い骨まではやられてないみたいだけど。

「あんまかっこつけんな。私はまだお前を認めねーから。」

いや、さっき何も言わないって言ったじゃん。あれ、認めたってことじゃないの?

そんな俺の叫びは声にならず五月雨は部屋を出ていった。

 

今日は月曜日。幸ちゃんは久しぶりに小学校へと登校するらしい。

「久しぶりで授業ついていけないかも知れませんが、その時は勉強教えてくださいね?」

幸ちゃんは俺も小学生の頃によく見た赤いランドセルをからい、いつもとは違う洋服に身を包みロビーで俺が来るのを待っていた。

「これでも俺は成績よかったから何でも聞いて。……もうお母さんのことは大丈夫?」

あまり聞くべきではなかったような気がするが、やはり違和感は解決しておくべきだと思った。

「いくら落ち込んでもお母さんは帰ってきません。それにお母さんが残してくれたこの旅館はとても心が暖かくなります。確かにお母さんはこの世にはいませんけど、私はお母さんの魂がこの旅館には宿っていると思っています。……ちょっと小学生っぽくないですかね?」

確かに考え方が大人すぎる。社会経験は他の小学生より多いはずだからそういう考えもできるのだろう。

「幸ちゃんらしい答えだと思うよ。幸ちゃんが元気にこの旅館で働くことが女将さんの願いでもあると思うし。」

俺の言葉に幸ちゃんは笑顔で頷く。

「だから、神子戸さん。ずっと私とここにいてくださいね?」

そう言って幸ちゃんは俺にハグをする。

俺はその間全く動けなかった。

数秒経って俺から離れ、俺に手を振りながら学校へと向かう。

「行ってきます!湊さん!」

そんな幸ちゃんに俺は手を振り返す。

あれ?今幸ちゃん俺の名前を呼ばなかった?苗字じゃなくて名前を。

すんごい恥ずかしい。いやいや、まだ付き合ってはないんだからね!

俺も幸ちゃんが好きだけど………これって絵面的にアウトじゃない?

てか、幸ちゃん一気に大胆になったね…

今時の小学生は進歩してますな。

さてと…今日はとりあえず旅館内の施設を覚えることにしよう。

そうだ、幸ちゃんに部屋を用意されたんだっけ。

俺は荷物を別棟へ移すため部屋に戻ろうとした時、雨宮さんが旅館に入ってきた。

「やあ、神子戸くん。冬月旅館で働くことを決めたのかい?」

「はい。もう幸ちゃんには言ってあります。」

すると雨宮さんは満足気な顔で頷く。

「でも雨宮さん。何か隠していませんか?」

俺の言葉に雨宮さんの目は一瞬曇る。

雨宮さんは思えば最初から何かおかしかった。

一応冬月旅館の外部の人だが、深く冬月旅館に関わっている。

幸ちゃんの違和感。

合間に見せた五月雨の悲しい顔。

雨宮さんはその全てを知っているのではないか。

俺はなんとなくそう感じていた。

「神子戸くん。君は何も知らない方が今は幸せだよ。私の目的と君の願望は共存できる。そのうちこの旅館が私の目的をを教えてくれるよ。」

一瞬だけ見せた雨宮さんの目は人を憎むものだった。

「とにかく君は知るべきではないよ。でも、私を信用してほしい。」

雨宮さんの目的は分からない。だが、幸ちゃんやこの旅館に危害をもたらすものではないと信じたい。

「分かりました。ですが、幸ちゃんに何かあれば俺は許しませんよ。」

雨宮さんは俺の言葉を聞き、笑う。

「安心して。私の目的は幸ちゃんのためだから。」

そう言うと雨宮さんは旅館を出て行った。

まだ信用できていないところもあるが今はまだ考えない方がいいだろう。

俺は次こそ部屋へ戻ることにした。

その途中ふと厨房が目に入った。

前に泊まった時も思ったが、厨房はいつも『入るな危険』という立札がドアの前に立てかけられている。

ドアの横には小さな窓があり、いつもはそこから料理が出てくるみたいだ。

中には何があるのかという好奇心に誘われるが、流石に幸ちゃんの許可を取らずに入るのはまずいな。

俺は厨房から目を逸らし廊下を進む。

その時厨房の小窓から俺を見ている何かには俺は気づかなかった。

………なんてラノベ的展開はあんのかな。

そんなこんなで部屋へと到着すると、部屋からは何か足音がした。

あれ?今はこの旅館には誰もいないはずじゃ…

まさか泥棒じゃないよね?

俺は恐る恐るドアを開け、音を立てずに廊下を進み、襖の取手に手をかける。

「およ?帰ってきましたかな?」

中からは俺と同世代くらいに聞こえる女の子の声が聞こえた。

てかバレてるんですけど。

「入りたまえ。少年よ。」

一応ここ俺が借りてる部屋なんだけど。

俺が部屋を借りてることも知ってるみたいだし、泥棒ではないだろう。少なくとも。

襖を開けると幸ちゃんと同じくらいの身長の女の子が俺の荷物の上に足を組んで座っていた。

長い髪で、髪は結ばれていないが綺麗に櫛で梳かして手入れしてあるのか艶がある。

口調の割には小さい女の子だったので、俺は他に誰かいるんじゃないかと周りを見るも、他には誰もいなかった。

「学校行かなくても大丈夫?小学校まで送ろうか?」

言うべき言葉は他にもあるが、とりあえず既に学校の時間のため今この場にいる女の子は確実に遅刻だ。

子供はきちんと学校に行かなくてはいけない。義務教育だし。

「少年よ…とりあえず一回死ぬか?」

物騒なセリフとともに取り出したのは銃……ではなくおもちゃのピストル。

「ははは…参った参った。ほら、そんな物騒なもの人に向けちゃダメだ痛っ⁉︎」

飛び出してきたのはBB弾ではなく輪ゴムだった。

しかも手に持ってみるとかなり硬い。

「さっちんに免じて今回はこれだけで許しておいてやるのだよ。」

さっちんていうのは幸ちゃんのことだろうか。

「ってことはこの旅館の関係者か?」

すると女の子はドヤ顔になる。

「その通りだよ少年。私の名前は栗花落(つゆり)菜花。冬月旅館では経理を担当しているよ。つーちゃんと呼んでくれたまえ。君は小学生と言ったが、私は17歳だ。今年中には選挙権のもらえる年なのだよ。」

なんだこの喋り方。一応俺年上なんだけどな。

「中卒か?それで経理をしてるってどういうことだ。」

「少年。声が漏れてるよ。誰が中卒やねん。…おっと変な関西弁が出てしまったようだ。私は一応高校までの学習内容は全て履修済みだ。」

うわっ。この子飛び級だ。稀に見る天才というやつである。

「で、なんだっけ。栗花落さんはどうしてここに?」

俺が聞くと栗花落さんは頬を膨らませる。

「むー。つーちゃんと呼んでくれていいんだよ。ていうか呼ぶまで荷物は渡さないからね。さっちんは幸ちゃんって呼んでるくせに。」

喋り方が素に戻った栗花落さん。この方が年相応でいいと思うけど。

とりあえず話が進まなそうだしつーちゃんって呼ぶしかないようだ。

話が進んでも俺の気が進まないけど…

「つ、つーちゃんは何か俺に用事があるということでいいのかな?」

やっぱし照れ臭い。女の子をニックネームで呼んだこととかないしな。

ただし、呼ばれたつーちゃんも頬を赤らめる。

「……いや、よく考えたら男の子にそう呼ばれるの初めてだった…」

ぼそっと呟いたその言葉により、俺とつーちゃんの間には微妙な空気が流れる。

「あ…えっと…そうだそうだ用事だったね。さっちんから少年が……いや、少年って言うのやめた方がいいかな…神子戸君。こう呼ぶとしよう。さっちんから神子戸君がこの旅館で働くことになったことは聞いたよ。だから私がこの旅館の現状を教えようと思ってね。」

喋り方がどうにかならんのかな。いや、でもこの喋り方もいいけど。

嫌いではないっす。

「とりあえず。今、冬月旅館は臨時休業中なのは分かるね?前女将が亡くなった今、それは仕方のないこと。次はもちろんさっちんが女将をやることになるんだけど、従業員数はまだしもお金の方は結構カツカツなのだよ。臨時休業とはいえ維持費にはお金がかかるからね。できれば今すぐにでも営業を再開したい。さっちんのの体調もだいぶ良くなったようだし後は新入りの神子戸君次第なのだけどどうかな?」

俺のやる気はもちろん最高潮。だが、

「何をやればいいのか全く分かんないんだけど。」

つーちゃんはそれも分かっていたという風に頷く。

「それは習うより慣れろ!ってところもあるからね。私が軽く教えてあげることはできるけど、実践あるのみなのだよ。」

なんとなくそう言われるだろうとは感じてた。

だが、こういう系の仕事は確かに教えられるよりもやりながら覚えていったほうが良さそうだ。

「ということで荷物を運んだらロビーに集合してくれたまえ。」

つーちゃんは俺の荷物の上から離れ部屋の外へと出て行った。

 

俺は荷物を別棟の幸ちゃんに教えられた部屋へと荷物を置く。

別棟の部屋は全体的に小さい部屋が多く、この部屋は布団が用意されていないようだ。

寝室は後で幸ちゃんに聞くことにしよう。

おっとつーちゃんを待たせていた。

そろそろロビーに戻ろう。

ロビーに戻るとつーちゃんは髪を結んでいる最中だった。

「思ったよりも早く来たようだね。私の方が準備できていないのだけど。もう少しだけ待っていてくれたまえ…えっと…こうして…よし!」

つーちゃんは髪をお団子にしていた。

「一応これが私の正装って感じなのだよ。普段は着物も着ているがね。……どうかな?」

つーちゃんは上目遣いに聞いてくる。

「めちゃくちゃ似合ってるよ。旅館の雰囲気とも合ってるし。」

思えばこの旅館のレベルはすごい高い。もちろん可愛い幸ちゃん、残念なところはあるが素は美少女の五月雨、そして喋り方に癖があるものの素に戻ると可愛いつーちゃん。もしかしてかなり恵まれた環境にいるのではないだろうか。

「似合ってる?ふふふ…それなら見せた甲斐があったというものだよ。」

ドヤ顔で無い胸を張るつーちゃん。

「それじゃあ、まずは神子戸君がさっき使ってた部屋まで行こうか。」

スキップで部屋へと向かうつーちゃんを俺は歩いて追いかけていった。

「よし。まずは布団だね。これは基礎の基礎なのだよ。とりあえず畳んでみて。」

部屋に着くなり慣れた手つきで布団を広げたつーちゃんは俺の手を引き布団の横に立たせる。

「つーちゃんやい。つーちゃんやい。俺にこれをやらせるとはね。」

若干つーちゃんに似た喋り方になった俺は慣れた手つきで布団を畳む。

「おー!神子戸君すごいじゃないか!ここまで完璧にできるのはここの従業員にもなかなかいなかったよ。」

畳まれた布団を見たつーちゃんは驚きの声をあげる。

「そんじゃ、次行きますか!」

「仕切るのは一応私だからね!」

調子の良くなった俺はその後も次々と仕事をこなしていった。

 

「いや、驚きだよ。神子戸君。ここまでできるとは思わなかったよ。」

興奮気味に話しながらコンビニ弁当を口へ運ぶつーちゃんとドヤ顔の俺はロビーへと戻っていた。

旅館特有の仕事以外の家事に似たような仕事や接客系の仕事はほとんどクリアできた。

「前に泊まった時特にすることもないから幸ちゃんの動きとか見てたしね。この程度なら全然いけるよ。」

実家でそういうことはやらされていたからっていうのもあるんだけど。

「これなら明日には再開できそうだね。しばらくは私も従業員として働かせてもらうよ。体力には期待しないでほしいがね。ただね、神子戸君私達にはもう1つ解決しなければいけないことがあるのだよ。それを解決しなければ営業再開することは夢のまた夢なのだよ。」

つーちゃんは苦笑いにも似た表情をする。

「この旅館にはまだ何か問題が?」

するとつーちゃんは食べ終えた弁当の蓋を閉じ、どこかを見る。

「もう君もなんとなく分かってるんじゃないかな。冬月旅館営業当初からの問題で最大の問題だよ。」

つーちゃんの見つめる先はあの厨房へと続く廊下だった。

「ただいまっす。…ど貧乳先輩じゃないすか。どうしたんすか?」

その時ロビーへ入ってきたのは五月雨だった。

「ど貧乳は余計だよ五月雨君。言っておくが私だって一応ブラはつけているのだからね。」

五月雨はつーちゃんにも厳しいようだ。

その呼び方は人によっては殺されかねんぞ。

「スポブラっすよね。この前着替えてるの見ましたが。」

「そん時はたまたまなのだよ。私だってね、たまにはせくしーな下着を着ることもあるのだよ。」

何故だろう。俺の頭の中でつーちゃんの言うセクシーという単語が平仮名変換されていた。

てかそう言う話は女の子だけでやってほしい。

「んで?なんで遅い昼ごはんみたいすけどどうしたんすか?」

思えばもう16時。時が経つのは早い。

「神子戸君に色々と仕事を教えていたところなのだよ。で、あの問題を解決しようと思ってね。」

あの問題というだけで五月雨には伝わったようだ。

「あれどうにかなるんすかね?幸ですらどうにもできないんすけど。」

「私達には救世主がいるじゃないか。」

そう言って期待した目で見るつーちゃんと俺の存在に今更気づいた何も期待していない目で見る五月雨に見られた俺はなんとなく面倒なことになったことを察した。

 




あれ?これ他ヒロイン敗北確定じゃん。と思ったそこの方!
すごく分かる。この時点で決まってるようなものだもの。
だけど(余裕があれば)複数endにする予定なのでまだ分からないですよ。
ていうか何も起きないendの可能性も十分あると思う。
ぶっちゃけ方針決めてないのでどれを本編endにするかはまだ分かりません。
旅は道連れ世は情けってやつですかね。(違う)

雨宮さんは「神子戸くん」なのに対し、つーちゃんは「神子戸君」と呼んでいるのは差別化するためです。
つーちゃんはこっちのが似合う気もするし(自己紹介につーちゃん追加します)。


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第4話 フライパンで人を殴ってはいけません

最近ゆるキャン1〜9巻を書いました。
感想
・しまりん可愛い!
・キャンプ知識がすごい増える
・しまりん可愛い!
・基本自然の中なので心が安らぐ
・料理作りたくなりましたとも
・純粋にキャンプしたい(ぼっちなのでソロキャン)
・しまりん可愛い!
・しまりん可愛い!
・ちくわぁぁぁぁぁぁ!

以上です。

それと今回は前よりまた長くなっているのでまた誤字ががが…


「いやいや、なんで俺が…」

厨房の前で五月雨、つーちゃんは俺を無理矢理厨房に押し込もうとする。

「はぁ…君ならね…はぁ…あれも動いてくれると思うのだよ…あ…体力切れた。」

つーちゃんはその場にぶっ倒れる。

体力が無いのは本当だったのか…それにしても早すぎない?

「ど貧乳先輩。仕方なく付き合ってあげてるのにそれは酷すぎじゃないすか?」

俺を押し込みながらまだ余裕そうな表情の五月雨。

「先輩は余計…あ、間違えた。ど貧乳は余計なのだよ五月雨君。」

うつ伏せのままお団子髪をゆらゆら揺らしながらつーちゃんは返事をする。

つーちゃんや。もう貧乳受け入れてない?

俺は悪くないと思います。

「先輩やっぱ貧乳自覚してんすか……よし、お前はいい加減入れ。」

五月雨は今までで一番の力を出し俺を厨房のドアへ押し付ける。

鍵がかかってないためそのまま俺は厨房へと押し込まれた。

俺が入ったのを確認した五月雨は厨房のドアの鍵を閉める。

どうやら内側の鍵は壊れているようだ。

はい?

そしてドアの小窓から五月雨は俺を見る。

「解決するまでは出られないようにしたから。お前にはこのくらいがいいだろ?」

「よくねえよ!」

俺の渾身のツッコミは五月雨には届かず、五月雨はそのままどこかへ行ってしまった。

どうしたものか。厨房の問題というのもまだ分からないのに短時間で解決できるものだろうか。

とりあえず俺は真っ暗な厨房を捜索してみることにした。

その前に電気だな…

「せめて懐中電灯でもあればいいんだけど。」

小窓のお陰でその近辺は少し明るいが他のところは何も見えないほど暗かった。

近くの棚の戸を開けてみると懐中電灯が見つかった。

これは運がいい。

が、その時辺り全体が真っ暗になった。

小窓が閉められたのだろうか?でも外には小窓を閉める扉はなかったはずだ。

ってことはここに何かいるのか?

俺は懐中電灯をつけようとしたが電池が入っていないのか、いくらスイッチをonにしてもつく気配がなかった。

俺はその瞬間に後ろに何かの気配を感じた。

「ぶべらっ⁉︎」

後ろを向いたその時には遅かった。俺は何かで頭を殴られ意識を失ってしまった。

 

俺が次に目覚めたのは薄暗い部屋の中だった。

すぐに目に入ったのはそこそこ大きいパソコンのモニター。薄暗さの正体はこれか。

幸いと言えるのかは分からないが殴られた頭は無事のようだ。

どのくらいの時間が経ったのかを腕時計で確認するために手を動かそうとするがそこで異変に気付く。

俺は縄で縛られていたのだ。

「い、今は16時40分です。ごめんなさい…男の人は力が強いから縛るしか私には考えられませんでした…」

俺が声をした方向を振り向くと、そこにはフライパンを持って立っていて怯えた目をしている女の子がいた。

髪は長くボサボサで随分と長い間手入れをされていないように見えた。

「君が俺を殴ったってことで間違いはないのかな?」

俺の言葉に女の子はフライパンを構える。

「はい…で、でも手加減はしたつもりです…」

手加減云々の話ではないんだけど。まあ事実怪我もしていないみたいではあるけども。

「ど、どうしてここに入ってきたんですか?」

俺も色々聞きたいことはあるがこの子の質問に答える方が早いと思った。

「俺は厨房を使えるようにしてほしいってつーちゃん…栗花落さんに頼まれたんだよ。」

すると女の子はフライパンを机に置き俺の近くへ来た。

そして俺を縛っていた縄を解き、頭を下げた。

「ご、ごめんなさい!栗花落先輩に言われてきたんですね…てっきり私を追い出しに来たものだと…」

追い出しに来たというのはある意味正解かもしれない。

やっぱりこの子も冬月旅館の従業員ってことか。

厨房に居候している一般人説は消えた。

「じゃあ君が料理長ってことでいいのかな?」

幸ちゃんによると冬月旅館に残っているのは幸ちゃんと五月雨、経理のつーちゃん、そして料理長だと聞いていた。つまりこの子がその料理長だということだ。

「そ、そうです。えっと…料理長の八重樫白穂です…料理長と言っても私1人ですが…」

女の子…もとい白穂ちゃんは下を向いたまま自己紹介をする。

「俺は神子戸湊。冬月旅館で働くことになったからよろしくな。一応前までは白穂ちゃん以外も料理人はいたんだよね?」

正直白穂ちゃんは幸ちゃんより1〜2歳年上なだけに見える。

この旅館全ての料理をそんな女の子1人で賄えるとは思えない。

いざ営業再開するとなればその人達の手も必要になるだろう。

「いえ…私1人です…最初から…」

冬月旅館は2年前に営業再開した、そういう意味で言うと新しい旅館だ。

昔は幸ちゃんのおばあちゃんとおじいちゃんが旅館を経営していたが、その2人が亡くなってからは幸ちゃんのお母さんは幸ちゃんを育てるために休業していたらしい。

その2年前からずっと1人でやってきたというのか。

「あの…私の料理…食べてみますか?」

本当に今まで1人でやってきたとしたらとてつもなく早く作ることができ、美味い料理だと言うことだ。

白穂ちゃんを疑うわけではないがその料理を食べてみたくなった。

いや、前に泊まった時食べているのだが。

「じゃあお願いしていい?」

俺の言葉を聞き白穂ちゃんは部屋から出ていった。

俺もその後ろからついていく。

俺の縛られていた部屋と厨房は繋がっていたみたいだ。考えれば当然なのだけども。

白穂ちゃんは厨房の明かりをつけ、調理を始める。

………いや、ちょっと待って。

俺は自炊はするから全く料理ができないわけではない。

だからこそ分かるのかもしれないが白穂ちゃんの手際が良すぎる。

とてつもなく早いだけでなく、工程での無駄がない。

料理をしながらも皿洗いや片付けを丁寧に行う。

これを年中やっていたのか…

とてもじゃないけど普通の人にはできないだろう。

白穂ちゃんはさっきまでとは違い真剣な目で調理を続ける。

これが俗に言う料理人の目というやつだろうか。

「ふぅ…できました!神子戸さん、食べてみてください。」

出来上がったのはオムライス。

ふわふわの卵は中のご飯を包み隠す。

その卵の更に上にはデミグラスソースが乗っている。

「いただきます。…………………美味い。」

卵とデミグラスソースの絶妙なマッチ。

デミグラスソースはただのソースとは違うようだ。何が入っているのかは分からないが。

中のチキンライスは卵の味を消さない程よい味だが、味が薄い訳ではなくきちんと味がついている。

白穂ちゃんは満足そうな笑顔を見せる。

「お口に合ったようで何よりです。」

俺はオムライスをあっという間に完食する。

「ごちそうさま。料理は美味しかったよ。だけど、白穂ちゃんどうしてここに引きこもったのかな?…言いたくなかったら言わなくてもいいから。」

つーちゃんに頼まれたのは厨房の解放。

そのためには白穂ちゃんが引きこもった原因を解決しないといけない。

だが、無理矢理解決するのは白穂ちゃんの負担になるだろう。

白穂ちゃんは顔を曇らせる。

やはり聞いてはいけない系の話だったのだろうか。

しかし白穂ちゃんは俺の方を向く。

「神子戸さんには迷惑をかけましたから…それに私は多分誰かに聞いて欲しいのだと思います。だから、私の話を長いですが聞いてくれませんか?」

「もちろん。ゆっくりでもいいからね。」

俺の言葉に白穂ちゃんは安心した顔をする。

「ありがとうございます。………私の料理は母の遺産なんです。」

白穂ちゃんはゆっくりと、だがハッキリと話し始めた。

 

私のお母さんは料理人だった。お父さんは私の小さい頃にお母さんと離婚したのでお母さんは1人で私を育ててきた。

「お母さん!今日の夜ご飯は私も手伝うね。」

私はお母さんの料理が大好きだった。特にお母さんの作る唐揚げは絶品だ。

その日は私の10歳の誕生日でお母さんは私の大好きな料理をたくさん作ってくれた。

「ありがとう白穂。白穂が手伝ってくれるならお母さんいつもより頑張っちゃう。」

お母さんは手際良く料理を進め、私もそれに倣って料理を作っていく。

私はお母さんを尊敬していて私も将来はお母さんのような料理人になりたいと思っていた。

だから、お母さんが料理をするところをいつも見ていた。時にはお母さんに教えてもらいながら実践もしていた。

そんなこんなで出来上がった料理を私は並べていく。

私の大好きな料理ばっかりだ。

「よし。いただきます!」

私は手を合わせてから料理を口に運び頬に頬張る。

お母さんはそんな私の様子を見ているが料理を口に運ぼうとしない。

「お母さん?食べないの?」

「ああ、うん。お母さんも食べようかな。いただきます。」

お母さんは箸を持ち料理を口に運ぶもその手はいつもに比べると遅い。

そんなお母さんを疑問に思いつつも当時の私は気にせず食べ進めた。

「ごちそうさまでした!」

私は食器をシンクへ運び、皿洗いを始める。

「白穂。ちょっといい?」

夜ご飯を食べ終えても座ったまま動かなかったお母さんは私の名前を呼ぶ。

「?お母さんどうしたの?」

私は再びテーブルの椅子に座る。

「あのね。白穂。落ち着いて聞いてほしいんだけど……もうすぐお母さん死んじゃうの。」

「えっ?」

突然のお母さんの言葉に私の頭はその言葉を理解することを拒んだ。

お母さんの突然の告白から1ヶ月後、お母さんは癌で死んでしまった。

お母さんの告白から猶予があったとは言え私はお母さんの死を受け入れられなかった。

「もしかして初音さんの娘さんですか?」

お葬式が終わった後部屋の隅の方で体操座りをしていた私に声をかけて来た女性がいた。

初音というのは私のお母さんの名前だ。

私は涙を拭い、その女性の顔を見る。

隣は私より少し年下に見える女の子を連れていた。

「そうですけど…どなたですか?」

女性はにっこりと微笑む。

「私は冬月旅館で女将をやってる者です。と言っても今は休業中なんだけどね。初音さん…お母さんとは高校生の時に同級生で卒業してからも親しくさせていただきました。」

冬月旅館……お母さんから何度か聞いたことがある気がする。

確か最近流行りのなんとかという温泉地にあるとか。

お母さんはたまにその旅館へ行って料理を教えたりしているらしい。

「えっと……私に何か用事でしょうか?」

私は正直誰とも話したくなかった。気を遣って話しかけてくれたのだろうけど今はそっとしておいてほしかった。

「名前は白穂ちゃんだったよね。もしよければなんだけど私の旅館に来ない?聞いた話だと親戚の家に行くことになってると思うんだけど…」

私はお母さんと過ごした家に住みたかったけれども、流石に小学生1人では住めないためおじいちゃんの家に行くことになった。

おばあちゃんはまだしもおじいちゃんは酒癖が悪く、おばあちゃんやお母さんに暴力を振るったりしていたらしい。

そのせいからかお母さんは私が産まれてから1、2回しか家を訪れていない。

私はそんなおじいちゃんと仲良くできるのか心配だった。

そんな中女将さんのこの提案は私にとってプラスになるものだと思った。

「少しだけ考えさせてください…」

だけれども私はそんなことを考える余裕はなくその提案を保留にした。

それから3日ほど経って私は学校に復帰した。

最初は元気のなくなった私に声をかけてくれたクラスメイトも私が何も答えずにいるとだんだんと話しかけてこなくなった。

仲の良かった友達とも一緒に帰ることはなくなった。

お母さんのために何ができるか。

そう考えた時、私は自分の夢を思い出した。

お母さんのような料理人になりたい。

私はその日から料理の研究に没頭した。

学校のない日は朝から晩まで研究をした。

授業中や休み時間も料理ノート作成に励んだ。

お陰でお母さんが死んで3ヶ月後にはかなり上達してきた。

でも、そのせいでクラスからは浮いてしまうようになった。

学年が変わりクラス替えがあったのも原因かもしれないが、1番は私が毎日料理の研究をしていることにある。

周りからは私の陰口がたくさん聞こえてくる。

言われるだけなら大丈夫。

お母さんの教えてくれた技術を磨くこと。それがお母さんへの恩返しになると信じていた。

だから他人の目なんて気にしなかった。

だけど、それは起きてしまった。

私がいつもの通り学校帰りに近所の図書館に料理本を借りに行こうとした時、クラスのリーダー的な存在の男子とその取り巻きの男女数名が私を裏路地へ連れ込んだ。

「なんだぁ?このノート」

私が胸に抱いていた料理ノートをリーダー的な存在の男子が取り上げる。

「か、返して…!」

私は必死に取り返そうとするも取り巻きに取り押さえられる。

「りょうりのーとぉ?なんだこれ。」

その男子はそう言いながらノートを破っていく。

「や、やめて!」

私はなんとか抜け出してノートを取り返そうとするも相手は男子。

グーで殴られ返り討ちに遭う。

「キメェんだよ。教室でいつも何か書いてんのが。」

ノートだったものを私の髪に叩きつけ、男子とその取り巻きは下品に笑いながら帰っていった。

私の努力の結晶がバラバラになってしまった。地面散らばる紙片に涙が溢れる。

これによって私は学校に全く行かなくなり、部屋からもほとんど出なくなった。

そんなある日、私は机の奥に入れてあった1枚の小さな紙を見つけた。

それはお葬式の日に冬月旅館の女将さんから貰った電話番号などが書いてある紙だった。

こんなところからは逃げたい。そんな気持ちが私は強かったのかもしれない。

私はすぐに電話をかけ、女将さんへと会いに行った。

冬月旅館へ着いて女将さんに私は第一声でこう言った。

「私を厨房に1人で住まわせてください。」

 

「前女将さんはそんな私の無茶振りにも快く応えてくれてこの場所を用意してくれました。そして、私はその時から今まで厨房で旅館のご飯を作りながら料理の研究を続けました。いじめにあってからも夢は諦めきれませんでしたから。…………………すみません。涙が…」

俺はハンカチを取り出し白穂ちゃんの目から流れる涙を拭う。

「色々辛いこと重なってここに閉じこもったんだね。だったら俺は諦めるから。」

俺は白穂ちゃんの頭を撫でる。

「ありがとうございます。だけど、私も幸ちゃん達と協力しないと…だから、私頑張りたいです。」

白穂ちゃんは俺の顔を真剣な眼差しで見上げる。

「無理はしなくていいからね。俺も出来る限り手伝うから。」

白穂ちゃんは笑顔を見せる。

「神子戸さんは優しいお兄ちゃんみたいですね。」

「あはは、お兄ちゃんって呼んでもいいんだぞ。」

「……お兄ちゃん…」

白穂ちゃんは照れ臭そうに言う。

破壊力は抜群で尊さの許容量が限界値を超えてしまった。

「……おっと、そうだ。まずはその髪のボサボサ具合をどうにかしないとね。」

俺は逃げで言ったがそう思ったのは事実だ。

白穂ちゃんは自分の髪を触り、驚いた顔をする。

「え⁉︎こんなにボサボサだったんですか?恥ずかしい…」

俺は近くにあった段ボール箱とビニール袋を取りに行き白穂ちゃんの元へと戻る。

「俺が切ってあげるよ。これでも妹の髪を切ってあげてた頃もあったからね!」

 

場所を俺が縛られていた部屋に移し、俺は白穂ちゃんの髪を切り始める。

どんな感じにしようか。白穂ちゃんにはおまかせでって言われたし。

女子のおまかせは罠って聞くしな…

この部屋は白穂ちゃんの寝室のようで部屋の隅に布団が畳まれて置かれてある。

目の前のパソコンのモニターには料理のレシピが細かく書かれたものが映っていた。

「これは白穂ちゃんが書いたやつ?」

白穂ちゃんは俺の言葉に少し頷く。

「はい。ここに来てからはノートじゃなくてこっちに書いてます。でも、このパソコンのモニター大きいからゲームとかもしやすいんですよ。ゲームとか好きですか?」

「もちろん。俺の仕事上そういうものに触れておかないといけないからね。」

作家という仕事はアイデアが思いつかないとどうにもならない。

そういう時はゲームや漫画などを楽しんだりすることはよくある。

それによって結構アイデアとか浮かぶもんだよ。

「仕事?何か他にもやってるんですか?」

しまった。口が滑った。

別にバレても問題無いんだけど。

「えっと…俺、一応作家やってるんだよ。って言っても売れたのは少し前までで今は全然なんだけど。」

白穂ちゃんは少し考え込む。

「……?お兄ちゃんの名前って神子戸さんでしたよね。あっ!もしかして天弓のパライソの著者の!」

「知ってんの⁉︎」

白穂ちゃんは俺の作品を知っていたようだ。

俺の作品は男子受けはいいが女子受けは悪いので女子のファンはいないと思っていたから意外だった。

「はい。って言ってもアニメから入ったにわかですけど。キャラクターの戦闘シーンとかすごくてかなり好きでした。あっ、ちゃんと小説版も読みましたよ。」

小説も読んでくれたのか。ありがたき幸せ。

「でも、そんな人がどうして冬月旅館に?」

幸ちゃんのため!というのはやめておいた方がいいな。

「前の女将との縁でね。幸ちゃんを助けようと思って。」

少しだけ話をいじったけどこのくらいならバレないバレない。

「うーん?…まあいいか。でも書いてくださいね。次の作品も。楽しみにしてますから。」

最近ようやくまともに書け始めたけどまだスランプ気味だから完成はまだ先になりそうだ。

それに何か今のままではいけないような気がする。なんとなくだけど。

「まあ小説は書き始めたら結構早いから。……えっと、こうやって…ほいできた。」

俺は鏡を白穂ちゃんに渡す。

「三つ編みだ!一度やってみたかったんです。ありがとうございます。お兄ちゃん!」

どうやら三つ編みは白穂ちゃんのお気に召したようだ。

「喜んでくれたようで何よりだよ。白穂ちゃんは元が可愛いから何でも似合うと思うけど三つ編みは絶対いいと思ったからね。」

他にもツインテールとかはいいと思う。

「元が可愛いなんて…お兄ちゃんのセンスがいいからですよ。」

そう言いつつも嬉しそうな白穂ちゃん。妹キャラっていいっすな。今度キャラとして書いてみよう。

「何かお礼できるものは…そうだ!今日届いてるはずのあれがあるはず…少し取りに行ってきますね。丁度トイレにも行きたくなってきたし…」

そう言って白穂ちゃんは部屋から出て行った。

お礼とかいいのに…料理も食べさせてもらったし。

という間もなく出て行った。

あれ?ちょっと待って。五月雨が鍵閉めてなかったっけ?

俺がそれを思い出した時白穂ちゃんは青ざめた顔で戻ってきた。

「お兄ちゃん…厨房のドアが開きません…」

 

「お、お兄ちゃん…もう…限界かも…」

白穂ちゃんはスカートを押さえへたり込む。

18時が過ぎるも俺と白穂ちゃんはまだ閉じ込められたままだった。

白穂ちゃんはトイレを我慢していたみたいで今は顔が青ざめ汗が出ている。

俺も何度も誰かを呼んでいるが全く反応がない。

みんな出かけているのだろうか。

こういう時に限ってスマホも持っていなかった。

「私…こんな歳になって…」

白穂ちゃんは諦め気味で呟く。

「白穂ちゃん。諦めたらダメだよ。まだ来るかもしれないから。」

そういう俺もなかなか人が来なく、ずっと放置されるんじゃないかと思ってしまった。

「お兄ちゃん…」

白穂ちゃんは俺のズボンの裾を掴む。その時だった。

「ふぅ…やっと帰り着きました。湊さんいますか?」

これは幸ちゃんの声だ!

「幸ちゃん!厨房のドアを開けて!」

俺は出せる限りに声を出し幸ちゃんのを呼ぶ。

「厨房?何で鍵が?すぐ開けますので待ってください!」

幸ちゃんが走ってくる音が聞こえる。

「白穂ちゃん立てる?」

俺はへたり込んでいる白穂ちゃんに手を差し出す。

「はい…なんとか…」

白穂ちゃんはゆっくりと立ち上がる。ドアさえ開けばトイレは目の前だから間に合うだろう。

「湊さん!開けましたよ!」

鍵の開く音とともに幸ちゃんの声が聞こえ、扉が開く。

開いた瞬間に白穂ちゃんは飛び出してトイレへと向かう。

「わっと⁉︎白穂さん?」

幸ちゃんと白穂ちゃんはぶつかりそうになるも幸ちゃんがギリギリで避けた。

「ずっと厨房に閉じ込められていたからトイレを我慢してたんだよ。五月雨のやろうめ。」

五月雨が鍵を閉めさえしなければこんなことにはならなかったのに。

まあ五月雨を責めても仕方ないが。

「和樹さんも多分良かれと思ってやったことだと思いますから…」

幸ちゃんは苦笑いをする。

五月雨も悪いやつじゃないことは分かってるんだけどね。

「でも、白穂ちゃんとは仲良くなれたし良かったよ。」

俺の小説を知っていたりと気も合いそうだし。

「近々、旅館も営業再開できそうですかね。」

幸ちゃんは嬉しそうに言う。

「お騒がせしました…」

白穂ちゃんはハンカチで手を拭きながらトイレから出てきた。

「間に合ったようで良かったよ。厨房は再開できそう?」

幸ちゃんとしてはここが一番気になるところだろう。

白穂ちゃんの気持ち的にはできるんだろうけど、食材がないことには再開できない。

「食材的には厳しいかと思います。食材の供給が完全にストップしてるみたいですから。」

どうやら臨時休業した時にそこらの契約が切れてしまったのかもしれない。

「あ…そのこと完全に忘れてました…白穂さん、再契約頼めますか?」

大事なことを忘れているのはしっかりものの幸ちゃんとしては珍しいことだ。

「この旅館のためですからね。私も頑張らないとですね。お兄ちゃん、一緒についてきてくれませんか?」

女の子1人で行かせるのは危険か。それに1人で行くよりも複数で行った方が契約をしやすいだろう。

「もちろん。それとつーちゃんも一緒に来た方がいいかもしれないね。」

経理担当のつーちゃんが一緒であればよりスムーズに話が進むだろう。

「私を呼んだかね。神子戸君。そう言う話は私の得意分野だから任せてくれたまえ。」

話を聞いていたのかつーちゃんがドヤ顔で現れる。

やっぱつーちゃんは心強いぜ。

「私はどうせ学校だから行けないですもん…」

あれ?幸ちゃんは拗ねてしまったのだろうか。

学校行ってない組の俺、つーちゃん、白穂ちゃんは平日暇だからできるものの幸ちゃんは学校に行かなくてはいけない。

どうしようか。

「幸ちゃん。土曜日に一緒に出かけない?」

せめてそれだけでもできればね。

俺も幸ちゃんと出かけてみたいし。

「むっ。湊さん。それで私の気分を取ろうと?取られてやりますよーだ。」

そう言いつつも嬉しそうな幸ちゃん。

「とにかく明日から湊さん、白穂さん、つーちゃんお願いします。」

いや、幸ちゃんもつーちゃん呼びなんだね。

営業再開にはまだまだ課題があるが、それでも初めの一歩目を踏み出せた俺達だった。

 

 

 

 




あれ?主人公の作家要素だんだん減ってね?
うん。分かってます。
もう少し我慢してください…

つーちゃんのキャラブレブレですが、そういう設定なのでお願いします。
湊と五月雨の身長を調整しました。


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