プリンセスヒーロー 〜冒険者になったけど仲間に変人しかいないのですが〜 (明日美ィ)
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1 私が英雄(ヒーロー)を目指すわけ

 ガラガラと私が乗っている馬車が走る。この馬車は私の婚約者のいる屋敷へと向かっている。

 

「暇ですわ」

 

 馬車の窓から外を見ると、まだこの馬車は山森の中を走っているようだ。この調子ならバスタード家に到着するまであと数時間はかかるだろう。手元には暇を潰せそうなものがなく、私は手持ち無沙汰に足をブラブラさせる。丈がくるぶしまである、ピンク色のロングスカートが足にまとわりついて思ったより重く感じる。

 

「プリステア様、王女たるあなたがそのような無作法をしてはなりません。殿方の前でそのような態度をすれば周囲から笑われるだけではなく、父たる国王の威信にも関わります。王女としてふさわしい振る舞いをなさってください」

 

 同乗している私の乳母が口うるさくいうが、私は無視する。

 

 私は馬車で移動するのは好きじゃない。馬車が石を乗り越えるたびにガタッと大きく揺れるからお尻も痛くなるし、移動中は暇だからといって騎士道物語や軽本ラノベを馬車の中に持ち込もうにもすぐに乳母に取り上げられてしまうのだ。

 

「プリステア様はこんな本を読んではいけません。このような本は殿方や騎士様が読む本です。姫様はせめて恋愛物語や詩歌の本にしてくださいな」

 

 私の乳母は本を取り上げるときはいつもこういう。ぽっちゃりした体型の彼女は腰に手をを当てて、毎回毎回私を諭すようにいうのだ。

 

 つまんない。

 

 なぜヴァッツなら大丈夫で、私はだめなのかしら。

 ヴァッツは私の幼馴染みたいな人で、今は私の婚約者ということになっている。ヴァッツの名前は正確にはカイト・バスタードって言って、彼の父は国の騎士団長を務めている。ヴァッツはその次男で、王女である私は『お国の事情』とやらで彼と成人後に結婚しなければならないのだ。

 そしてそのあとはおきまりのコース。世継ぎのために子供を産んで、育てて、夫となるヴァッツの一歩後ろで彼を引き立

るだけの人生。騎士道物語も、軽本ラノベも、チャンバラごっこも、心が踊るような冒険も、私が結婚したら全て捨てないといけないのだ。今私は13歳で、結婚は15歳にしないといけいないらしいからあと2年後にはヴァッツの”奥さん”にならないといけないのだ。

 

 つまんない。つまんない。

 

 私もドレスじゃなくてヴァッツみたいに騎乗服を着て風のように馬を走らせてみたい。

 

 金銀で飾られた装飾品ではなくて、木刀を振り回してチャンバラごっこをしたい。

 

 腰まである茶髪も男みたいに短く切って、靴も動きやすい皮か木の靴に履き替えて山の中を走り回りたい。

 

 とはいえ一度ヴァッツの屋敷に着けば滞在している間、乳母や従者の監視の目から解放される。周りの人は「婚約者との愛の語らいも必要ですよ」とかいうけれど、私からすれば自由に行動ができる時間だ。

 ヴァッツを連れて山を探検したり、こっそり武器庫から木刀を借りてチャンバラごっこしたり……。

 

 そうだ、木刀を用意しないといけないんだ。以前借りた木刀を折ってしまって以来武器庫に立ち入り禁止になったし、敷地内の庭の木の枝を折って拝借したら草の陰で庭師のおじいさんが草の陰で泣いていたのを見つけてしまったのだ。今ちょうど森の中を走っているしそこら辺の枝を拝借すればいいかな。

 

「あのーごめんなさい。私、お花を摘みに行きたいのですが、馬車を停めてもらえないかしら?」

「姫様、用をたすならこちらでなさってください」

 

 馬車を止めようとしたら乳母が花瓶のような壺をこちらによこしてきた。要は馬車の中でこの中に出せということだが、私も一応年頃の娘だ。どうして衆前でそのような羞恥プレイをしないといけないのだろうか。

 

「嫌です!そうやってもし大事なお洋服が汚れたらカイト様やバスタード家の人がどう思いになるでしょうか!もう我慢できません!早く停めてください!」

 

 婚約者のヴァッツの名前を借りてなんとか馬車を停めることができた。私は乳母を振り切って一人で馬車を飛び降り、森の中に駆け込む。そして手頃な枝を1本拝借させてもらう。枝は私の腕の長さくらいで、小さな私の手にすっぽりと収まり振り回すにはにはちょうどいい。あとは無駄にひだの多いドレスの中に棒を隠して何事もなかったかのように馬車に戻るだけだ。

 

 馬車に戻ろうとした時何かが燃えるような匂いを感じ取り、背後が炎に照らされたように熱くなった。

 

 振り返ると、馬車が大きく火をあげて燃えていた。

 

 燃えている。馬車が、馬が、人が。馬車を包み込んだ炎は空へ高く高く伸び上がり、あらゆるものを焼き尽くしていた。

 

 そして空から、巨大なドラゴンが土煙をあげて降り立った。全身が黒いうろこに覆われていて、そこから黒い靄のようなものが漏れている。頭は馬車と同じくらいの大きさで、2つの目が私をみつめている。

 

 逃げなきゃ、でも逃げても駄目かもしれないし、あの中には乳母も御者も残っているから助けないと。

 でも手にあるのはただの木の棒で、敵はまるで物語に出てくるようなドラゴンだ。もし物語の英雄ならきっとエクスカリバーみたいな伝説の剣を持っていて、あんなドラゴンだって退治できるのだろう。でも私はただのお姫様で、おてんばだけど強くないし、持っているのもただの木の棒だ。

 

 勝てるわけがない。

 

 結局引くことも立ち向かうこともできずにいると、ドラゴンはその口を開けた。ドラゴンの口の中からチロチロと小さな炎が見えたと思ったら、油臭い匂いがして炎の息をこちらに吹きかけてきた。

 

 私は避けようとしたが、ドレスに足を絡まれてその場で転んでしまった。炎の息は頭上を越えたところを飛んで、その先にある大木に直撃して、木は炎を上げ崩れ去った。

 

 背中が焼けるように熱い。そしてドラゴンが息を吸いこみその後また油臭い匂いがして、またあの炎の息がとんでくることを確信した。

 

 今度は避けられない。お父様、お母様、あとヴァッツもごめん。私はうずくまり思わず目をつむった。

 

 

 

 しかし今度はいくら待てども体が燃えるような感触がしない。

 恐る恐るまぶたを開けるとそこには男が立っていて、魔法でできた壁でドラゴンの炎の息を防いでいた。

 

「よかった、間に合った」

 

 男は私に振り返らず腰の剣を抜きはなち、巨大なドラゴンに向かって切りかかった。彼は華麗な剣さばきと魔法で、体格が何倍も大きい敵に引けを取らなかった。そして体にいくつもの傷をつけられたドラゴンはやがて翼を広げてどこかに飛び去っていった。

 

 男は剣を収め、私に手を差し出した。燃えている馬車の炎が逆光となっていて、男の顔はよく見えなかった。

 

「すまない、あいつを取り逃がしてしまった。それよりも君、怪我はないか?」

「だ、大丈夫です。それよりも、あなたの名前を教えてもらえませんか?」

「名乗るほどのものではないよ。んじゃ後は気をつけて」

 

 そう言って男は風のように去っていった。私は彼を見つめることしかできなかった。

 

 

 

 この世界には軍隊でかかっても太刀打ちできないドラゴンや巨人のような魔物に、一人で戦うことができる人がいる。礼を求めず人々を救う、まさに騎士道物語や軽本ラノベにでてくる英雄ヒーローのような人たちがいる、ということを私は初めて知った。

 その姿がとても格好良く感じて、憧れた。私も彼のような、物語にでてくる英雄ヒーローのようになりたいと思ってしまった。ただ、

 

「馬車も燃えてしまいましたし、どうやってこの山から下りればいいのでしょう?」

 

あの男は礼を求めないのは美徳だが、アフターケアがないのはどうにかして欲しい。

 

 

 

 馬車はすでに燃え尽き、中に乗っていた人や馬は炭になっており誰が誰だが区別がつかなくなっていた。

 この後偽装のためにティアラなどの燃えない装飾品を燃えかすになった馬車に置き、命からがら山を下りて麓の街にたどり着いた。その街には魔物を退治してお金を稼ぐ『冒険者』と言う存在がいて、身分に関係なく誰でも冒険者として登録できることを知った。きっと彼のような英雄ヒーローも『冒険者』の一人に違いないと思った私は冒険者として登録することにした。

 

 冒険者は偽名で活動することができるらしいので、名前は今の『プリステア・フォン・デーニッツ』と言う王女の名前を捨て無名の英雄ヒロと名乗ることにした。髪も男みたいに短く切り、服は動きやすい半袖の上下に着替え、話し方も男らしく変えた。

 

 

 今の私は王女プリステアではなくただの冒険者ヒロだ。いつかあの時の彼のように強くて頼れる物語の主人公ヒーローのような人になるんだと決意して街で生活を始めた。



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2 ゴブリン退治

1と旧2の間を埋める話となります 時系列は1、2、2.5(次の話)の順になります


 そうして冒険者として活動を始めて3年がたった。はじめのうちは街で暮らす平民の生活がわからず様々なトラブルがあったが、今は一応きちんとした冒険者になれたと思う。

 

 そして現在は駆け出しを抜けた程度の腕前の冒険者になった。

 

 そして今は街の北部の森の中でゴブリン退治に挑戦している。

 

 時刻は夕方。夜行性のゴブリンが活動を始める時間帯で、洞窟や縦穴などの巣穴からゴブリン達が顔を出す時間帯だ。

 そして私は近くの茂みの中でゴブリンを襲うタイミングを伺っていた。

 

 腰には武器屋で買った長剣を帯び、丈夫な皮のコートを羽織り、懐には石を何個か用意している。

 王女時代のドレスは高級品であったものの汎用の物だったので店に売り払い現金に変えてしまった。

 髪もバッサリと短く切り、顔に泥を塗った今の私はどこからどう見てもかつての王女プリステアには見えないだろう。

 

 今回の依頼は街の近くに巣穴を作ったゴブリンの掃討である。この巣穴は地面に掘られた縦穴のタイプで、中にいるゴブリンの数は七、八匹前後だと思われる。

 このまま放置すれば数が増殖し、街の食料を奪ったり女子供を娯楽のために襲うかもしれない。それを未然に防ぐために冒険者ギルドから依頼が出されたのだ。

 

 ゴブリンは人型の魔物で、身長は子供サイズ程度である。力も知恵も人間のそれと比べて劣っているが、繁殖力が強いのが特徴で巣穴にはだいたい十数匹がいると言われている。

 単体では弱いが、群れると数の暴力を生かして襲いかかり、たまに新人の冒険者が殺されたり凌辱されたりする場合もある。

 軽本(ラノベ)だとよく人間やエルフの女を襲って孕ませるという設定のものが多いが、現実のゴブリンはゴブリンのメスがいるため子供を作る目的で襲うことはない。

 反面残虐性が高く捕虜をいたぶり殺すことを好み、その一環で女子供を犯すことはあるらしい。

 

 要はゴブリンとの戦いは初心者にとって一対一なら倒すのは容易ではあるが、一対多はそれなりに難しいと言われている。

 そして万が一失敗すれば命か尊厳が失われるとも言われている。

 

 私は一人でこの討伐依頼を受けている。

 なぜ一人なのかというと理由の一つとして自分の実力を試したいからだ。

 さすがに冒険者を3年やり続けていたのでゴブリン退治は何回かしたことがある。そのとき私は新人で実力も全然なかったので、同じパーティの別の冒険者にほとんどの戦果に取られてしまったのだ。

 

 だから今回は一人でゴブリン退治をすることにした。

 

 一応作戦は考えているがそれがうまくいくかどうかは分からない。

 

 ゴブリンは見張りを一匹立てて、それ以外は一見したところ外にいるようには見えない。

 

 もうそろそろいいタイミングだろうと、私は作戦を決行する。

 私は事前にかき集めた石を一つ掴み、力一杯石を見張りに投げつける。

 

「グギィ?!」

 

 豪速球で投げつけられた石はゴブリンの顔に大きくめり込み、ゴブリンは即死した。

 

 よっし、当たった!と心の中でガッツポーズをする。

 茂みの中から立ち上がって、地面に掘られた巣穴に向かう。そしてバッグの中から煙玉を出して、松明で煙玉に引火させる。

 煙玉からもくもくと煙が出はじめたので、それを巣穴の中に放り込む。

 その後急いで巣穴から離れて茂みに隠れて、煙に燻されたゴブリンが飛び出していくのを待ち続ける。

 

「グギィ?!ゴフッゴフッ」

 

 しばらく待つと五匹のゴブリン達は咳き込みなからたまらず飛び出してきた。

 それらに対してさっきと同じように石で一匹ずつ処理していく。

 

 投げつけられた石はゴブリンの胴体や手足に命中し、当たった箇所の骨を砕く。

 ゴブリンは奇襲によって一時的に混乱したが、茂みに隠れていた私を見つけるとこちらに駆け寄ってきた。

 それまでに死んだのは二匹、怪我を負ったのは一匹でまだ生きている三匹が襲いかかってくる。

 このタイミングで石の残りが少なくなったので、長剣を抜き構えを取る。

 

 まず怪我を負っている一匹に対して剣をおおきく振りかぶって、全身の力で剣を振り下ろしてゴブリンを頭の上から真っ二つに断ち切る。

 

 それを見た残りのゴブリン達は警戒をして私から距離を取る。二匹のゴブリンはそれぞれ石でできたナイフと短槍を装備していた。

 

 最初に処理するべきは武器のリーチがある槍の方を狙うべきか。

 私も二歩くらい後退して、槍持ちにまだ手持ちに残った石を一つ投げつける。

 

 まだ石の手持ちがあるとは思わなかったのか、槍持ちは不意を突かれたがそれでも反射神経が良いのか体をひねってギリギリで回避する。

 

 その瞬間、私は駆け出し剣を構え槍持ちに対して袈裟斬りに斬りかかる。

 剣は槍ごとゴブリンの胴体を断ち切り、即死させた。

 

 そして生きているゴブリンは残り一匹、ナイフを持ったそれは怯えたのかこの場所から逃げようとしている。

 

 逃げようとしているゴブリンに近づいてトドメを刺そうと剣を構える。

 そのとき、不意に焦げ臭いような匂いを鼻が感じ取った。

 

 思わず振り返ると、そこには人の大きさ程度のゴブリンが棍棒を振りかぶって私に襲いかかろうとしていた。

 それはゴブリンの上位種のホブゴブリンである。

 おそらく夕暮れ前から外に出ていたのだろうが、今になって戻ってきたのだろう。

 

「?!」

 

 私は思わぬことに体が一瞬すくんだが、殺らなければ殺られると思い体をひねり、回し蹴りをホブゴブリンの腹に叩き込む。

 蹴りを食らったホブゴブリンの巨体は吹き飛び、地面に擦り付けながらゴロゴロと転がっていく。

 そして横倒しになったその巨体を足で押さえつけ、心臓に剣を突き刺し止めを刺す。念のために首を切り飛ばして完全に殺しておく。

 そして残った一匹も剣で処理する。

 

 これでこの場にいるゴブリンは全て倒したことになる。

 

「危ないところだった……」

 

 さっきのことを思うと冷や汗が出る。最後まで油断は禁物というところだろうか。

 依頼は終わったので街に戻って冒険者ギルドに報告することにしよう。

 

 

 

 冒険者ギルドは街の中心部にある。

 すでに日が落ちて周りはすっかり暗くなっているが、ギルドの近くは店内の明かりが漏れていてそこだけほんのりと明るくなっている。

 

「ただいまー!」

 

 樫の木でできたドアを開けると、中からまばゆい明かりと男達の活気のある声が飛び込んできた。

 中では魔法のランタンが何個も吊るされていて、何十人の冒険者達がたむろしていた。

 ぷんと漂う酒臭い匂いから推測するに、すでに彼らは飲み会をはじめているようだ。

 

 冒険者ギルドは組合(ギルド)の一つで、討伐依頼などの仕事を依頼する依頼人とそれを受注する冒険者との間を受け持つ役割を持つ。

 それ以外にも冒険者の養成や、冒険者間のいざこざを仲裁するなどの便宜を図ることもある。

 

 依頼の報告をするために受付に向かう時に途中で知り合いの冒険者に声をかけられた。

 

「おうヒロちゃん、おかえり!ゴブリン狩りは大丈夫だったか?」

「まあなんとかなったかよ。ありがと」

 

 冒険者達と軽く言葉を交わして受付のカウンターに向かった。

 受付には恰幅のよい、40代の女将さんがいた。

 かつてはこの酒場の看板娘だったらしく、この支部のギルドマスターと結婚してからはギルドでも働くようになったらしい。

 

「女将さん、依頼が終わったから報酬ちょうだい」

「あいよ、ヒロさんお疲れ様」

「あと今日の依頼の報酬とギルドに預けた預金を貨幣と交換してくれない?」

「あいよ」

 

 依頼終了の報告のサインを記し、女将さんに渡す。女将さんからは金、銀貨が詰まった袋を受け取る。

 

「さてとゴブリンを一人で退治したし、次のステップに行きたいんだけど……」

 

 依頼掲示板の前に立ちそこに貼られた張り紙を見てみる。

 

「んん……っと、北の森の奥で5メートル級の巨人を見つけた。万が一こちらの街に被害が及ばないように退治してほしい……と。報酬もかなり高いな」

 

 騎士道物語定番の敵、巨人の討伐の依頼を見つけてしまった。

 



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2.5 婚約者との再会

2の後半 こちらが以前の2にあたります


「巨人か……やっぱこういう物語に出てくるような魔物と一度は戦ってみたいよな……。でもランク8以上か……」

 

 冒険者ギルドにはランク制度が存在し、ランクは1から最大20まで存在する。ランクが高いほど実力がある冒険者とみなされ、ランクによって受注できる依頼が制限されるのだ。現在私のランクが5だからランク8の依頼を受注することはできない。

 

「ウォルター君、この依頼をすでに受注している奴っているか?」

「この巨人討伐ですか?確か一人いますけど、まだヒロさんランク足りてないはずなのであまり無茶しないでくださいね」

 

 ギルドのウェイターに案内してもらってすでに依頼を受注している冒険者に会いにいき、パーティーに参加できないかをリーダーと交渉することにした。ランクの制限は直接依頼を受注するリーダーのみに適応され、それ以外のメンバーはリーダーの一存で決められる。それを利用すれば本来受注できない依頼にも参加できるのだ。

 

 ギルドに併設されている酒場のテーブル席に着席して、今回の依頼のリーダーと顔を合わせる。

 

「失礼します、っと。この討伐依頼のメンバー募集をしているかお聞きしたいのですが……、え?」

 

 その人は成人を迎えたばかりの、金髪碧眼の顔立ちの整った青年だった。身なりからして明らかに貴族の、それに明らかに冒険者に似つかわしくない身分の出身で、そして私が残念ながらよく知っている人物だった。

 その男は私を見て、まるで幽霊を見たかのように驚き席を立った。

 

「——今日のところは失礼させてもらいますね」

「おい、逃げんなプリス」  

 席を離れようとしたら男に腕を掴まれた。

「ぷ、プリステアなんて名前は知りませんわ、おほほ」

「俺はプリスとしか言ってねぇぞ。いちいち墓穴掘らなくていいからちょっと座れ」

 

 男は掴んだ腕を引っ張り私を引き寄せる。男はこめかみに手を当てた。

 

「プリステア、お前行方不明になっていた間何やっていた?その格好はイメチェンのつもりか?」

 

 私が男のように髪を短く切って、長袖のズボンにコートを羽織っていることを指摘しているらしい。

 

「……冒険者のつもりだけど?」

「バカか!王女が王女をやめて冒険者しているときいたらみんな腰抜けるぞ」

 

 男は私の婚約者?のヴァッツ、カイト・バスタードだった。

 最後に会ってから3年以上経ったが、ヴァッツはすぐに見分けがついた。背も随分と伸びて、声変わりもしたが姿形にまだ面影が残っていた。

 一応周囲に人がいるのでヴァッツは小声で話す。

 

 周囲の冒険者たちは「なんだ痴話喧嘩か……」「とうとうヒロさんも男ができたのか……」と私たちから意図的に距離を取り始めた。

 

「いやヴァッツもそれ冒険者のつもり?てかなんでここにいるわけ?」

「当然だが?ちゃんと冒険者登録カードも持っているぞ」

「ヴァッツは貴族じゃん。貴族が冒険者をやるって珍しくない?」

「それ言ったらお前は王女だろうが!なんで3年間も連絡をよこさずにこんな所にいるんだよ!」

「別いいじゃん、”オレ”は好きで冒険者やっているんだから」

「”オレ”って……。いや気にするほどではないけどさ。そんで、お前王宮に戻るつもりあるのか?」

「ないよ」

「ないんかい」

 

 まあ3年以上王城に戻っていないなら戻るつもりはなさそうだな、とヴァッツはぼやいた。

 彼は少し落ち着いたらしくそれ以降は声のトーンを落とした。

 

「確か王族含めた貴族は3年以上行方不明だと公では死亡扱いになるはずだし、そもそもオレは冒険者をやりたくてここにいるんだから邪魔しないでくれない?」

「まあ流石にこの街に来るときに王女を見たら連れもどせ、とは命令されていないしな。お前が望んで残っているならこの件はとりあえず保留にするか」

「さすがヴァッツ、話が分かる。お腹すいたし、何か食べながら話そうよ。ヴァッツのおごりで」

「奢りかよ。でこのメニューから選んで注文すればいいのか?」

 

 ひとまず何か腹に入れることにする。ヴァッツは厚紙製のメニューの方を手にとり広げた。私はそれを元の場所に戻し、光沢がある方のメニューを手に取った。

 

「そっちはお金がない冒険者や貧民向け。お金あるんだからこっちのメニューから選ぼう」

「貧富の差でメニューが違うのか。……なんか実家じゃみられないメニューもあるな。なんだこの『アツマキタマゴ』とか『ハイボール』とかは?」

「多分冒険者ギルドオリジナルの創作メニューなんじゃない?ウォルター君、『アツマキタマゴ』1つとソーセージの盛り合わせ、飲み物はビールで。ヴァッツはどうする?」

「俺もビールで」

 

 注文してしばらくすると酒と盛り合わせと、『アツマキタマゴ』がでてきた。味付けした卵液を薄く伸ばしながら焼いて、それを折り重ねた『アツマキタマゴ』は素朴ながらも再現が結構難しい料理だ。

 

「お、平民向けの酒場だがなかなか口にあうな」

「だろ?でも貧民向けのメニューだと味より量重視だからそうはいかないけどね」

 

 料理に舌鼓をうち、それから巨人討伐の話を本題のを持ち込んだ。

 

「だめだ」 ヴァッツは首を振った。

「いーじゃんケチ」

「ランク8の依頼でランク5を連れていけるわけがないだろ。バカか」

「というかヴァッツはもうランク8以上だから前から冒険者やっていたの?」

「いやまだ一週間くらいだ。ギルドの受付に冒険者学校卒業証明書とバスタード家の紋章を見せたら、いきなりランク8からだってさ」

 

 ええー、嘘でしょ。私は3年ずっと頑張ってランク5で、ヴァッツが初めからランク8とか。

 

 冒険者ギルドは建前上は”実力第一主義”で、全員がランク1から始めて本人の実力と実績をみてランクを上げるのが普通だ。

 ただあくまでそれは建前で、ギルドとしては即戦力は欲しいし、冒険者は冒険者で実力があるのにわざわざランク1からランクを上げるのを面倒臭がる人たちがいる。

 そこでギルドと冒険者両者の利害が一致するので、実力の証明になるもの、例えば冒険者学校(冒険者を3年育成する学校)の卒業証明書や流派の免許皆伝を提出すれば、最初から高いランクで冒険者登録できるのだ。

 

 多分ヴァッツがランク8なのは卒業証明書に加えてバスタード公爵家の次男坊だからだと思う。家柄補正ずるいぞ。

 私は王女だけど一般人枠で入っているからランク1から上げているのだ。

 

「はあ。そもそもヴァッツはなんで冒険者になったんだ?あれか、邪悪なドラゴンを倒して塔にとらわれた姫を助け出してラブロマンス?」

「それはお前の趣味だろ。でも半分正解。冒険者って今はやりの職業だろ。当然冒険者の実力や高貴な家柄があればモテる!だったら俺は一大ハーレムを冒険者で築く!」

 

 ああ、いつものヴァッツだ。

 

 王女時代からヴァッツは私以外に妾を囲ってハーレムを築くと、婚約者である私にわざわざ宣言しているのだ。別に貴族は正妻以外にいくら妾をめとっても問題ないが、結婚する前から宣言するヴァッツはそういうやつだ。

 

「でもオレとの婚約はどうなるのさ」

「婚約はすでに解消されているはずだぞ?王女プリステアが死亡したなら当然俺の婚約もなかったことになる。要は今俺はフリーだ。仮にプリステアが生きていれば話は別だが、もしかして俺と結婚したいのか?」

「それはいやだ」

 

 ヴァッツと結婚するということは、つまり王宮に戻されるということだ。冒険者生活を続ける方がずっと楽しい。

 というかそっかぁ、プリステアは世間では死んだ扱いなのか。

 

「だから死んだと思っていたお前が冒険者になっていたを見たときはさすがに驚いたぜ。まさか元の名前プリステアのまま活動しているわけではないだろ?今はどんな名前で活動しているんだ?」

「ヒロだよ。オレもヴァッツにまた会えるなんて思わなかった」

「んじゃその再会を記念して、乾杯」

 

 コツ、とジョッキを合わせて再会を祝福する。

 

 

 

「ちょっとお隣いいかしら?」

 

 そのとき背後から女性に声をかけられた。

 振り返るとそこには背の高い女性の魔法使いがいた。

 腰まで流れる白銀の髪は酒場の明かりに照らされて輝き、肌も白い。体は細身ながらも、豊かな胸がゆったりとしたローブの上からでもわかる。

 尖った耳はエルフの象徴だ。私と同じ歳の少女に見えるが、長命種の彼女の本当の年齢はわからない。

 深緑のローブを着て、とんがり帽子をかぶり、杖を持った美少女だった。多分私より100倍可愛い。

 

「こちらで巨人討伐のメンバーを集めているとお聞きしましたが、あなたかしら?」

 

 彼女は形の整った唇でにっこり笑みを作った。



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3 銀髪の魔術師と赤毛の錬金術師

「お初にお目にかかります。私わたくしはカテーナ・アイツベルグと申します。放浪修行ヴァルツをしている魔法使いです」

 

 ウェイターに連れられた彼女は優雅な仕草でお辞儀をした。喧騒な酒場で明らかに場違いな雰囲気を持っていた。

 

 えーと、エルフのアイツベルグ家は聞き覚えがある。確かここの国デーニッツ王国の特別自治区エルフランドの公爵家だったかな。あくまで自治区の公爵家なのでたいした影響力はないが、なにせ数千年以上の歴史を持つ家なので国内の公爵家にも劣らない権威はある。

 

「あ、どうもオレはヒロといいます。でこいつがヴァッツで……」

「カイト・バスタードと申します。初めまして、美しいお嬢さん」

 

 ヴァッツは席を立ち、カテーナの前に跪ひざまずいて手の甲にキスをする騎士の礼をした。

 一見すれば美男美女の組み合わせで絵が映えるが、いやなにやってんのヴァッツ。

 

 私とヴァッツの婚約関係はプリステアが世間的に死亡したことで解消されている。だから別にヴァッツが何しようと勝手ではあるし、別に私も気にはしていない。

 ただヴァッツは王女時代からハーレム宣言をしている下半身に正直な男だ。

 

 おまけに度あるごと私にセクハラをしてくる最低な男だ。

 こいつルックスと家柄はいいから、それに惹かれた少女たちが将来不幸な目にあうかも、と思うと黙って見ているわけにはいかない。

 

 というわけでヴァッツの耳を引っ張る。

 

「いてて!耳がちぎれる!」

「すみませんカテーナさん、ヴァッツは美人を見つけると声をかけたくなる男なんですよ」

「なんだ嫉妬しているのか?」

「ちがう」

 

 ちょっとむくれるが別に嫉妬ではない。

 

「ふふ、仲がよろしいのですね。ヒロさん、ヴァッツさんよろしくお願いしますね」

 

 カテーナはうふふと微笑むと席に着席した。

 着席した瞬間バラのような匂いがした。帽子にバラの造花らしきものが飾られているがもしかしてあれからだろうか?本当は造花ではなく、枯れないだけの本物のバラ?

 

「巨人討伐の依頼を見かけて、こちらで仲間を募集していると聞きましたがこちらでよろしいでしょうか?」

「ああ、俺がリーダーだ。ランク8の依頼だからできればランク8であることが望ましいが、ギルドカードはあるか?」

「ええ。さっき登録した時に渡されましたが、これですかね?」

 

 カテーナはギルドカートをヴァッツに渡した。

 

「ああ、今日登録したのか……ってはぁ?!ランク10?!」

 

 周囲が急にどよめき出した。ランク11以上に昇格するときは複数のギルドの支部が承認する必要があるため、ランク10というのは最初に登録する時の最高ランクに当たる。軍に例えるならば、ランク1が一兵卒で、カテーナはいきなり百人隊長に任命されたに等しい。

 

 

「嬢ちゃんは一体どの学校の卒業なんだべ?おいらは10年以上冒険者しているが、ランク10は初めて見たべ!」

 

 隣で聞いていた冒険者のおっちゃんが急に話しかけてきた。

 

「エルフランドのマギカリッジ大学魔法科の首席卒業です」

「マギカリッジ大学魔法科……確か初等科から含めて卒業までに30年はかかると聞いたことがあるな。となるとカテーナは少なくとも50歳はこえ……」

「あら、短命種である人間の年齢の基準に当てはめないでくだざいね?私は全然若いですわよ?」

 

 カテーナは端正な顔に青筋を浮かべる。

 

「ああ、すまん。とはいえランク10相当、それに主席なら実力としては十分だ。俺としてはあなたをパーティーに受け入れるには異存はない。それでいいか?」

「ええ、放浪修行ヴァルツ中の魔法使いはそこで様々な体験をし、経験を積むことを義務付けられています。よろこん」

 

 カテーナがいうには放浪修行ヴァルツとは学校を卒業した魔法使いが各地を放浪して経験を積む修行の一環で、魔法使いが魔導師になるための方法の1つとのことだ。

 修行の期間中は規定の服装に身を包み、金銭や一晩の宿と引き換えに放浪先の住人の頼みを叶える。

 魔術師と住人との関係を繋げる仲介業者が魔術師ギルドであり、のちに聞いた話だがこれが冒険者ギルドの前身とのことらしい。

 

 

「んならオレも……」

「だからお前はランクが足りないだろ。足手まといになるだけだからやめろ」

「ヴァッツ、冷たくない?」

「ヒロさん、どうしてこの依頼にこだわるのですか?」

「やっぱ冒険といえばドラゴン退治や巨人討伐でしょ!今は修行中の身だけどそういう冒険は心踊らない?」

「なら戻って修行でもしとけ。足手まといはいらん。これで4人集まったしこのあと別室で作戦会議をしてから、問題がなければ明日早朝に向かうことにする」

 

 ヴァッツは両手をパチンと叩き話を切り替えようとする。

 

「何その対応、ひどくない?オレ荷物持ちとか森の案内とかできるよ?」

「あのな、俺とお前の付き合いも短くないからわかるけどさ、お前そういうとき何も考えずに突撃するだろ。どうせ敵見つけた瞬間仕事放棄して敵に斬りかかるのが目に見えるわ!」

「まあまあ喧嘩なさらずに……」

「もういい、帰る」

「おう帰れ帰れ」

 

 ヴァッツはしっしと手を振り私を追い払う。去り際にあっかんべーをしてギルドを出た。

 

 外に出るとすっかり暗くなっていた。午後8時を過ぎると冒険者ギルド以外の店はほとんどしまっているので、ギルドからもれる明かりだけが夜道を照らしていた。

 

 冷たい風が怒りで火照った頰をなでる。別にヴァッツもあそこまですげない態度を取らなくていいのに。

 婚約者は置いておいてヴァッツは私の幼馴染ではある。久しぶりに会えたのは少しは嬉しいが、あんな態度をすれば私は怒るに決まっている。

 昔は二人でこっそり裏山に行って、野犬やゴブリンを退治していたんだけどなあ。

 

 もう外に出てしまったし、帰って寝ることにするか。

 

 

 

 

「あのーすみません」

 

 帰り道を歩いている途中に不意に声をかけられた。

 ふりかえるとそこにはフードを被った少女がぼろぼろのシートの上に商品らしきものを並べて座っていた。

 どうやら露店のつもりらしい。夜間に開いているのは普通ではないが。

 こういう時は大抵訳ありである。

 

「ポーションいりませんか?」

「ギルドで売っているので間に合っているのでいらないです」

「いえいえそう言わずに話だけ聞いていくださいよ。このポーションは市販とは比べ物にならないくらい効力が強くて、腕がもげそうなほどの傷でも回復できるのです」

 

 そういってカバンからガラス容器に入ったポーションをを取り出した。私はちょっと興味を覚えた。

 

「確かにそのくらい強力なのはなかなか見ないな」

「それだけではなく教会で販売している聖水と同じ効果も含まれているのです。つまりこれ1本で致命傷や呪いの類を解除できるのですよ!」

 

 たしかにここまで強力なポーションは聞いたことがない。というかここまで強力だというと本当か怪しい。

 

「どこから仕入れたんだ?」

「いえ、あたしが作りました。あたしは錬金術師ですのでこのくらいなら簡単にできます」

 

 だったらありうる、かもしれない。

 錬金術は魔法と異なる体系の学問で、おもにポーションや非魔法魔道具を生産する。中にはお金持ちが不老不死の薬を求めて自ら錬金術を始めたり、錬金術師と呼ばれる錬金術に長けた人を雇うらしい。確かにそれなら錬金術師がギルドに流通していないポーションを生産していてもおかしくはない。

 

「なるほど確かに有用そうだな。で、いくらだ?」

「1本6万G、6本まとめて30万Gでどうです?お得ですよ?」

「ぼったくりじゃねえか!」

 

 ギルドで市販されているポーションは安いもので1本1000G、上質なもので5000Gが相場だ。30万Gあれば平民の5人家族が一月は暮らせる額で、到底消耗品に出せる額ではない。

 ただ実はお金がないわけではない。ここ1ヶ月私の師匠が依頼で遠方に出かけているため、その間依頼をこなし続けいたのだ。

 今日報酬を受け取るついでにギルドの口座に預けていた預金もまとめて下ろしててまとまった額のお金を持っている。ただこれはあくまで武具と趣味の軽本ラノベに充てるためで、無駄に高いポーションを買うためのお金ではない。

 

 帰ろう。帰って寝よう。

 

「えーと、ん、じゃ、さよなら。次はいいお客さん見つけなよ」

 

 その場を去ろうとすると、彼女が私の足をしがみつき止めた。

 

「お願いです!あたし仕事に失敗して、借金たくさん作って……。このままだと、あたしの大事なものを売らないといけなるんです!」

 

 足にしがみついたまま私の体を大きく揺さぶり、泣きつかれてしまった。その時に少女のフードが外れて、そこから猫の耳らしきものが現れた。よくみると彼女に尾もついている。

 彼女はおそらく獣人の一種で、主に隣国アルキミアに生息している種族である。そして人間の割合が高い獣人は性奴隷として高く取引されていて……私も一応同じ女性としてこれ以上はあまり考えたくはない。

 

「わかったから!わかったから!はい!これでいい?」

「あ、はい!お買い上げありがとうございます!」

 

 ……結局30万G分買わされた。私の1ヶ月の収入のほとんどが持って行かれたことになる。

 

 はあ、物語の英雄ってお人好しの人が多いけど、お人好しって大変だなあ。




カテーナは人間換算で大体20前後です


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4 真夜中の幼女

 色々とあったがなんとか帰宅した。

 厳密にこの家は私の家ではなくて、師匠の家に住み込みで修行しているのだ。

 

 ギルドの制度の1つに『師弟制度』があり、望むなら新人が高ランクの冒険者の元で住み込みで修行することができるのだ。

 修行を積んでから仕事に望めば強くなれるし、そのぶん生存率も上がる。ただその間は受けられる依頼も自由に決められないし、ランクの上昇も遅い。

 冒険者学校が登場してからはそちらに通う人が多く、今では師弟制度を利用する冒険者はそこまで多くない。

 

 師匠の家は町外れの丘の上にある一軒家で、屋敷とまではいかなくとも師匠と私の2人で住むには十分に大きい。

 

「ただいまー」

 

 師匠は長期の依頼で出張しているため、家には誰もいなくてずひっそりとしている。

 リビングに入り魔道具の蛍光ランプをつけ中を照らす。今日はギルドの酒場で食べてきたので晩飯は作る必要はないか。

 

 自室から日誌を取り出し、先週から今日まで起きたことを日誌に書き込む。

 今日は3年ぶりにヴァッツにあって、なぜかヴァッツの態度がすげなかった。カテーナというなんかすごい魔法使いにあって、帰り道で押し売りに有り金を持っていかれた。

 

 先週は森の中で偶然死にかけているワイバーンに出会って、とどめを刺して他の冒険者と一緒に街まで運搬した。

 ワイバーンはまるで全力で走り続けて潰れてしまった馬のような状態で、とどめは簡単に刺せたが1人ではさすがに運びきれなくて他の冒険者を呼ぶ必要があったのだ。関わる冒険者が多い分報酬は引かれたがそれでもいい収入になった。今はもう残っていないけど。

 

 師匠がいると思うように依頼ができないので、最近はすごく冒険者をしている気がする。師匠は「危険な依頼を受けるならまず俺を倒してからにしろ」といっているので普段は依頼を自由に受けられないのだ。ランク12の冒険者を倒すって無理に決まっているでしょ。

 

 書いている日誌は私の冒険譚であり、いつか私が立派な英雄ヒーローになった時に貴重な記録になって、まるで物語の英雄のような活躍を本にして出版するのが私の夢だ。もちろんドラゴンから私を救ってくれた英雄もちゃんと載せている。

 

 日誌を書き終えて、私はベットに横たわる。

 今日は色々とあったなあ。ふわあ……。

 眠くなったし今日はもう寝よう。

 

 おやすみ。

 

 

 

 何かが窓をこする音がして急に目が覚めた。

 ベッドから跳ね起き、机の上に置いた長剣を手元に引き寄せる。

 

「誰だ!」

 

 窓のほうを見ると、月明かりの中に照らされた庭に少女が立っていた。

 少女、というよりもっと幼い、歳は10歳くらいの女の子だろうか。赤いシスター服を着て、腰まで流れる金髪は月夜に照らされて輝いている。夜も遅いからか眠たそうな目をしているが、黄金の瞳はその目に反して爛々らんらんと光っている。

 彼女は何か語りかけているようなので、私は剣に手をかけたまま窓を開けた。

 

「儂わしは叡智を司る神ミーティスなり、今汝なんじに神託を下す」

 

 前方に両腕を突き出し、幼い彼女の口からは出たとは思えないまるで老婆のようなしわがれた声で話し始めた。

 

 ああ、押し売りの次は新手の物乞いか。

 

 街に住む孤児は貧しさに困窮して物乞いをすることがあるし、教会に引き取られた孤児も、富裕者に対して寄付を募る目的で物乞い行為をさせる時があると聞いたことがある。

 おそらく彼女も教会の孤児院に暮らす孤児で、あの手この手で自分たちが生活する寄付を募っているのだろう。さすがに自ら神を名乗る物乞いは初めて見たが、その演技を見るになかなか芸達者な娘だ。

 

「あーはいはい。今日はちょっと手持ち少ないから、これぐらいしか出せないけどごめんな。あとどうせ来るならこんな夜遅くじゃなくて早めに来いよ」

 

 彼女の手のひらに大銅貨3枚、3000Gを手渡す。

 

「じゃあなー。悪い大人にさらわれるなよ」

「儂わしは物乞いじゃないわい!まあこれはこれとして受け取っておくがな」

 

 物乞いじゃないくせに受け取るんかい。

 

「コホン。汝なんじに神託を下すを言っておるじゃろ。『明日男を跡を追って森の中に入れ』、以上じゃ」

「ちょっとまって!男ってヴァッツのこと?ヴァッツに何があるの?」

 

 急にそのようなことを言われると不安になる。ヴァッツはともかく、カテーナは世間知らずなお嬢様みたいな雰囲気しているし、彼女の身にも何か起きるのかもしれない。

 

「そこまでは儂わしも話せぬ。まあ3000G分くらいの情報は話したと思うぞ。じゃあ達者でな」

「ちょっと?!」

 

 料金分情報を話したって、お前は情報屋か! と突っ込もうとしたら彼女は立ち去ろうとした。

 窓は小さくてそこからは外に出ることはできない構造であるため、私は玄関から外に出て庭に飛び出した。しかしその時には幼女のような、老婆のような彼女はすでに行方をくらませていた。

 

 あれはなんだったのだろうか。もしかしたら物乞いとかではなく、本当に神の御告げだったのかもしれない。

 

 ありえなくはない。日常では起きえない不思議な出来事をきっかけに、物語の非日常は始まるのだ。

 例えばそれは王女様が乗る馬車がドラゴンに襲われるのを発見した時とか、何年も会っていない友人に出会えた時とか、きっかけはなんだってありえる。先ほどの出来事もそのきっかけの1つかもしれない。

 

 軽本ラノベでも騎士道物語でもこのような展開は読んだ。ならありえるかもしれない。

 

 となると本当に明日、森の中で何かが起きるのか。

 

 今すぐ森に向かおうとも思ったが、深夜の森を一人で出歩くのは自殺行為である。それに彼女は『跡を追え』と言った。となるとヴァッツが率いるパーティーの後を尾行するように追えばいいはずだ。

 

 となると今できることは明日に備えて寝るだけか。ギルドの掲示板に書かれた書き込みを見るに出発は明日の午前10時。その時にギルドにいればいいか。直接ヴァッツと顔を合わせると文句言われそうだからなるべく会わないようにしよう。

 

 ではあらためて、おやすみ。

 

 

 

 朝6時に目を覚まし、2時間鍛錬をした後に冒険の準備を始める。

 長剣を研ぎ直し、防具は鎧は動きにくいのが嫌いなため革のコートを着る。昨日押し売りに買わされたポーションも腐らせておくのは勿体無いので、6本全部バッグに突っ込み、森の地図と方位磁針、懐中時計も同じくバッグに入れる。最悪狩りや採取で食料は確保できるため食べ物と飲み水は2、3日分でいいだろう。

 

 これから起きることを考えると緊張が走る。

 でも逆にいえば、私が駆けつけるおかげで間に合うということだ。

 ピンチの時に颯爽と現れて人々を助ける英雄ヒーロー、かっこいいではないか。

 もしこれが現実になれば私の英雄伝の新たな1ページになる。いや新たな英雄ヒロの誕生だ。ここから私の伝説が始まるのだ!

 きっと冒険者ランクも急上昇して、ヴァッツも私のことを認めてくれるだろう。

 

 そう思うとなんか楽しくなってくる。

 

 そうしているうちに時間が出発時間に差し掛かってきた。私は師匠の家を飛び出し、ギルドまで駆け込んだ。

 

 

 

「え?もう先に出て行ったんですか?!」

 

 集合時間になってもギルドにはヴァッツもカテーナも、それらしき冒険者も見当たらなかった。

 

「ええ、バスタード様のパーティーは1時間前に出発しましたよ」

「そんな!だったら今すぐ行ってきます!」

 

 ヴァッツはすでに出発していた。おそらく昨日私が帰った後で予定を変更したのだろう。おのれさすが私の幼馴染、私の行動を予測してすでに対処していたか。

 

 もう直接跡を辿ることはできない。ならば。

 

 

 

 森の入り口まで移動し、すんすんと鼻を嗅いで匂いを辿る。

 私は生まれた時から人より嗅覚が優れているようで、匂いで花や香水を見分けることができたし、ある程度強い匂いなら跡を辿ることができる。さすがに野生動物ほどではないが、こういう時に私の能力が役に立つ。

 

 今回匂いの目印になるのはカテーナのとんがり帽子の飾りのバラの匂いだ。野生にもバラは存在するが品種によって匂いは微妙に違うし、あのバラとは全然匂いが違うので辿ることは可能だ。

 

 そしてかすかだがバラの匂いを嗅ぎ分けられた。

 

 その匂いの跡をたどりながら森の中を駆け抜ける。この森は私が3年も出入りしているので土地勘は私にある。おそらく一行ははじめに巨人の目撃現場に向かうだろうから、おそらくそこで追いつくことができる。

 

 待っててなカテーナ。気分は姫を助けに白馬で駆けつける王子様だ。私は元王女だからどちらかというと姫の方だけど。

 

 ヴァッツは……別にいいや。いまのところは。




微妙に人の話を信じ込みやすいヒロさん


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6話

 私が追いついたのは、巨人の目撃現場の付近だった。

 ここは私が住む街ヴィレッジから北方に広がる森の中で、5000m級の山がそびえ立つ山脈の麓に当たる。 

 

 結果としてヴァッツ一行に追いつくことはできた。

 

 しかしすでに遅かった。

 

 

 

 まず気がついたのは匂いだ。

 辿った飾りのバラの香り以外にも焦げ臭いようなを嗅ぎ取り、現場に近づくにつれその匂いはだんだん強くなった。現場付近ではそれらに加えて鉄のような、血の匂いがするようになった。

 

 私の嫌な予感は確信に変わり、消耗を減らすための速足から全力で走った。

 

 私が現場に着いた時、あたりは凄惨せいさんな光景だった。

 

 周辺の木々や草は黒く変色ししおれ、漂う焦げ臭いような匂いがひときわ強くなった。

 

 そしてそこに横たわる冒険者が1、2、3。

 

 一人は神官服の青年で体があらぬ方向に捻じ曲げられていた。

 もう一人は全身鎧を着た戦士で木の幹に叩きつけられたままピクリとも動かない。

 そして最後の一人は首がない男性の死体が2人より少し離れたところにいた。

 

 

 

 冒険者の嫌がる仕事はいくつかあるが、その1つが未帰還の冒険者を発見しレスキューする仕事である。

 私が冒険者になってから知ったが、初心者はモンスターとの戦闘だけではなく、遭難による餓死や凍死などの死因も多い。それゆえに未帰還者を捜索しても、すでに死亡し白骨化しているケースも少なくない。

 魔物との戦闘による死傷ならさらに都合が悪い。不慮の事故が起きたか、それとも想定以上の魔物と遭遇したかなどの原因が不明ならば、そこに赴きレスキューする仕事の危険度は未知数だ。

 

 私も冒険者の亡骸を見たことは何回かある。木のうろにうずくまるように座った姿勢のままミイラ化した冒険者を発見したこともある。

 

 今回はそれらをはるかに超えるひどい状況だった。

 

 

 

 みんなは、ヴァッツやカテーナは大丈夫なのか。

 汗で手がじわりと濡れて、心臓がバクバクと激しく鼓動を鳴らす。

 

 死亡している冒険者の身元確認は義務なのでギルドカードで確認すると、神官と男はどれもランク8の冒険者でどちらも死亡していることが確定した。どちらもヴァッツではなかった。

 

 全身鎧の冒険者を確認しようと鎧に手を触れると、わずかだが体がピクリと動いた。

 

 まだ生きてる!

 

「大丈夫ですか!」

 

 ヘルムを持ち上げると、持ち上げた時にできた隙間から銀の髪がふさりと流れ落ちた。

 

 カテーナだった。

 

 彼女は全身を強く打って気を失っているが、まだ浅い呼吸がある。装備している鎧は大きくひしゃげているが、鎧の装甲が彼女の命を救ってくれたようだ。

 

 確かカテーナは魔法使いで、昨日は深緑のローブを着ていたはずだ。どうしてこれを?

 疑問はあるしヴァッツの行方も分からないが、カテーナの手当てをして救出するのが急務だ。

 

 彼女の白い顔には黒の斑点状のシミのようなものが浮かんでいた。呪いの瘴気を吸い込んだ影響だ。

 

 呪いとは魔物に与えられる力の1つらしく、通常の魔物よりもひと回りかふた回りも強化される。

 そのような個体は体表から黒い瘴気を吹き出し、それを吸い込むと体が麻痺したり最悪死に至る。木や草に触れると黒く変色するため、魔物の通り道が黒い道になるのだ。

 

 師匠が教えてくれたことを思い出すと、顔に斑点が浮かんでいる状態は内臓が瘴気に侵食され始めていて、数時間以内に教会で治療しないと命を落とす非常に危険な状態だ。もしくは教会で販売している聖水を飲ませられればいいのだが……。

 

 聖水とかそんな都合のいいものがあるわけが……、あったよ。

 

 

 

 昨日押し売りの少女に買わされたポーションが確か回復効果だけではなく、呪いを解く聖水の効果も持ち合わせていると言っていたのを思い出した。

 

 正規のルートで買ったポーションではないし、正直眉唾ものだが他に方法がない。それに1本5万Gもするのだからそのくらいの価値があってもいいだろう。

 

 彼女に与える前に私が毒味をしてみる。王女時代はあらゆる食べ物から飲み物は、侍らせている侍女が毒味をしてから私に渡されることになっていた。このポーションの正体が不明ならなおさら毒味をしてからカテーナに与えるべきだろう。

 6本あるポーションのうち1本を取り出し、コルク栓を抜き中の液体を一口飲む。ポーション特有の薬臭さはあまりなく、ほのかに甘みがした。そして飲んだ瞬間、いままで森の中を走り抜けた疲れが取れて、薄い瘴気を吸ったことによる息苦しさが軽くなった気がする。

 

 これならいける。そう思ってカテーナにポーションを飲ませる。飲み口を彼女の口に当てゆっくりと口の中にそそぐと、カテーナの顔の斑点が消えて体を少しみじろぎをした。まだ目を覚まさないがひとまずは大丈夫だろう。

 

 ……これはかなり強力なポーションに違いない。高かったけど買っておいてよかったな。一安心して一息つく。

 

 ヴァッツも探さないと。

 

 カテーナを置いていくわけにはいかないので、鎧を着たままの彼女を背負う。横に転がっていた杖ととんがり帽子を回収して、帽子は彼女の頭に乗せておいた。

 

 

 

 彼の匂いは婚約者時代からあまり変わっていない。ただヒトの体臭は個人差があるが花の匂いよりは強くないので辿るのは少し時間がかかってしまった。

 

 ヴァッツは3人から離れたところの、陽の当たりが良い場所で倒れていた。

 おそらく他のメンバーよりも怪我が軽くて、救助を呼ぼうと這いつくばって移動したが力尽きたのだろう。

 

 

 

 冒険者になって3年が経つが、これまで何人もの人たちが帰らなかった。

 酒場で自分の夢を語りあった冒険者が、次の日にはギルドカードと遺品だけになって帰ってきたこともあった。

 知り合って1年以上経つなじみの冒険者が知らない間に行方をくらませて二度と会わなかったこともある。

 

 そう思うと昨日と今日ヴァッツに会えただけよかったかもしれない。

 ヴァッツはかつての私の婚約者で、いまでも私の大切な友達だと思っている。

 昨日は私のわがままで喧嘩をして、仲直りをしていないままだったな……。

 

 ヴァッツに近づいて両手を合わせる。冥府の神ハイデスよどうか彼の魂を神々のおわすところに導いてください……。

 

 

 

 不意に足を掴まれた。

 

「プリス……逃げろ……。ここは……あぶねえ……」

 

 え? 足元を見ると、顔を血だらけにしたヴァッツが足首を掴んで私を見上げていた。

 

「うわああああ!ぞんびぃぃぃぃ!」

「ちょっと待ってプリス俺を引きずるな!死ぬ死ぬ!」

 

 足首を掴まれて思わず逃げようとしたら、ヴァッツが引きずられる形になってしまった。ホラーである。

 

 

 

 ヴァッツは別に死んでいなかったので、ポーションを1本渡す。

 

「なんだこれ?このポーションは他のやつよりも治りが早い気がするな」

「それ1本5万Gするんだから一滴もこぼさないでよ?あとヴァッツも驚かせないでよ、びっくりしたじゃないか。今日はズボン履いているから下から覗いても見えないぞ」

「お前は俺をなんだと思っているんだよ」

「死ぬ直前だろうが隙あらばスカートの中を覗こうとするスケベ」

 

 すきあらばスケべをする男が私の印象である。

 

「死にかけてそんなみみっちいことをするか。俺なら胸を揉む」

「また死にかけたいの「遠慮しとく」」

 

 軽口を叩いている間にヴァッツは歩ける程度には回復したようだ。

 

「ともかくここはあぶねえ。ギルドに帰還して討伐失敗の報告とメンバー再編成しないとな。行くぞ、プリス」

「ヒロだよ。今は」

「そうか」

 

 歩けるようになったとはいえ、まだ体力的にヴァッツにカテーナを預けるわけにはいかない。そばに寝かせて下ろした彼女を持ち上げ再び背負う。気を失った上に鎧まで装備している彼女はずっしりと重いが、このくらいならなんとかなる。

 昔から私は男性より力持ちで、大人達からは気味悪がられたこともあったが、冒険者を始めてからはすぐれた嗅覚とこの怪力に助けられたことが多い。

 

「彼女を脱がさないのか?鎧を着たままだと重いだろ」

「……意識を失っている婦女子から無理やり脱がすなんて最低。ヴァッツがやったらぶっ飛ばすからね。それにこのくらいなら問題ないよ」

 

 いきなり脱がすと言ったヴァッツを睨みつけると、ヴァッツは肩をすくめた。

 

 これから私とヴァッツ、カテーナの3人でこの森を脱出する。現在時刻はほぼ午後3時。日没までには街に戻れないのでどこまで安全な場所までいけるかが鍵だった。




「もろに殴り飛ばされたけど、即死せずにすんだわ」
「もしかしてヴァッツ結構頑丈だったりする?」
「誰かさんに鍛えられたからじゃないですかねえ」


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6 巨人

 そのあとはお互い何も話さずに、黙々と森の中を歩き続けた。

 

「……ここは?」

 

 1時間ほど経過したところでカテーナが目を覚ました。

 

「まだ森の中。今は街に帰る途中で、このままのペースで歩くと3時間で着くよ」

「その声はヒロさんかしら?私わたくしは……あのときいきなり黒い巨人に出くわして、仲間が死んで、私も死ぬかとおもって……」

 肩にかけられた力が強くなった。

 

「安心して、今敵はここにいないし、オレが責任をもって街まで連れて行くよ」

 

 こまった人に手を差し出し助ける、それが英雄ヒーローの義務だと私は思う。3年前見知らぬ女の子を助けてくれたあの英雄のように、私はなりたい。

 

「ありがとう、ヒロさん。頼りにしていますわ」

 

 かけられた力が少し緩くなった。

 

 雰囲気が少し和らいだところで、ヴァッツが口を開いた。

 

「そういやさカテーナ、この鎧って確かあの……神官じゃない方が装備していたはずだろ?」

「神官ではない方って首がなかった冒険者だったっけ?」

「そうだな。俺が覚えている限りでは、最初に意味もなく突出したあいつが頭をかじられて殺されて、そのあとカテーナの方に突撃したはずだ。その一瞬で奴の鎧を装着したように見えたがどうやったんだ?」

「この魔法は【装着】でつけたのよ」

 

 【装着】とは自身か味方の装備品が手元にあれば即座に装備できる魔法とのことらしい。

 

「正直ネタか趣味の魔法の範疇と思っていたから、こういう時に役に立つとは思わなかったわ」

「いやその魔法どこがネタ魔法だよ。たとえ武装解除してもすぐにフル装備になって襲い掛かられたらたまったものじゃないぞ」

 

 魔法が得意すぎるエルフの感覚が良く分からんとヴァッツはぼやいた。

 背負っているので直接は見えないがカテーナは肩をすくめて少し微笑った、ような気がした。

 

「こっちこそ武器や鎧がないと戦えないヒトの感覚がよくわからないわ」

「それは今のお前さんがいえたことじゃないけどな」

「あなたがパーティーの音頭をきちんと取っていれば、こうする必要はないはずでしょ」

「それに関しては俺の不手際だ。申し訳ない。あの巨人が呪いで強化されていたとはいえ、俺が指揮をとれていればこうなるはずはなかったからな」

 

 歩きながらだがヴァッツは頭を下げた。

 

 ヴァッツの説明によると、あの時鎧の元の持ち主がヴァッツの指示を無視して先行して巨人に一人で遭遇。

 ロクに抵抗できずに巨人の手に捕まり、ヘルムをむしられた上で頭を丸かじりされたらしい。

 

 どちらかというとヴァッツよりも死んだ男の不手際の気がする。

 

「プ…ヒロ、お前冒険者ギルドのランクの制度について何か知っていることはないか?俺は冒険者生活は長くないが同じランク8の冒険者でも……言いにくいが人によってかなり実力に差があるようにみえた。この鎧の持ち主はリーダーの俺の命令を無視して突出したために死んだ。俺と同じ学校の卒業者ならそのような間違いは犯す奴はいないとはずだ」

「うーん、オレが聞いた話だとランク上げはランク11以上は複数の支部が承認する必要があるけど、ランク10まではそれぞれの支部の裁量によるらしいね。だからヴィレッジみたいな田舎にある冒険者ギルドは冒険者を集めるためにランクの基準が緩めているらしいよ」

「俺は王都の冒険者ギルドで登録したが、支部によって裁量が違うのか……。ありがとう、助かる」

 

 後で報告しないとな、とヴァッツはブツブツと何か言った。

 

 

 

 もうすぐ日が落ちるが森の中はしんとしていた。日が落ちると魔物の活動が活発になり、遭遇する可能性が上がるが、今日はまだ出くわしていない。

 何かがおかしい。日が落ちてあと1時間で森を抜けるというときに異変は起こった。

 

「……ねえ、聞こえない?何かがこっちに近づいているわ」

「そんなこと言っても何も聴こえねえよ、エルフの耳を基準にするな。あいつが来たのかもな。ヒロ急ぐぞ」 

 

 私たちは走り始めたが、鎧を装備したカテーナを背負っているので全力で走ることができない。

 私の鼻が例の焦げ臭い匂いを感じて、その後しだいに木々が倒れる音と巨大な何かがこちらに向かっているのが私の耳にも聴こえるようになった。

 振り返るとそこには人の3倍の高さはあろうかという巨人が、そしてその肌が見えないくらい濃い瘴気に覆われた巨人が私たちを追いかけていた。

 

 

「……ヒロ!追いつかれるぞ!」

「これ以上速度を上げるのは無理!確かこの近くにゴブリンの古巣があるからそこに逃げ込もう!」

「わかった!少し時間を稼ぐぞ……【凍結フリーズ】!」

 

 ヴァッツは走りながら振り返り、剣を抜いて地面に先端をつけ詠唱をすると、先端をつけた地点の地面に膝の高さくらいの氷の塊が発生した。

 直後に黒い瘴気をまとった巨人氷の塊に足を取られ転倒した。

 

 ……ヴァッツは魔法を使えるんだ。魔法に適性はあったみたいだし、冒険者学校に通っていたときにそこで?

 

 ゴブリンの古巣は地面を掘って作られた巣穴で、入り口は人間がギリギリ1人通れるくらいの大きさだ。

 カテーナを穴に詰め込み、私とヴァッツが巣穴に飛び込む。

 巣穴の内部は人間が膝立ちできる程度の横穴で、かつての住人の持ち物と思しき石のナイフや木を削って作られた器が残っていた。

 ヴァッツが飛び込んだ直後に足音と地面が大きく揺れて、巨人はそのまま通過した。

 

 そこではじめて一息息ついた。危ないところだった。

 

 しかしいつまでたっても呪いの焦げ臭い匂いが消えない。まだ巣穴の近くに潜んでいるのだろうか。

 時々私が巣穴の入り口から顔を出すと、巨人は巣穴の周辺をうろついているのが見えた。

 

「食料と水は切り詰めれば2、3日は持つ。もしこのまま巨人がここから離れないなら俺たちはこのまま籠城しよう」

 

 次の問題はカテーナの全身鎧をどうするかについてだ。このままでは鎧が重いので背負って逃げることも、カテーナ自身が走ることもできないからだ。鎧は大きく潰れているせいで鎧の部品を外すことができない上、私が力一杯引きちぎろうにもビクともしない。

 

「お前の怪力でも無理なのか……。ちょっと明かりをこっちによこせ」

 

 明かりをヴァッツに渡すと、彼は鎧の継ぎ目に書いてある紋章を指差した。

 

「この鎧の継ぎ目に描かれている小さな魔法陣は装甲を強化するために強化魔法を付与されている。無理やり鎧を引き剥がす方向にも耐性が付与されているみたいだな」

 

 外すには街に戻って専用の魔道具が必要らしい。

 

「魔法で鎧を装備できるなら魔法で外すことはできないのか?」

「不可能ではないけど、こう全身鎧を着ていると行使できる魔力に制限がかかるのよ」

 

 カテーナの説明によると魔法は空気中のマナを体に取り込み、そのマナを利用して発現させるという。

 マナを取り込む経路は口からの呼吸と体表面からの吸収の2つがあり、鎧を着ると体表面からの吸収ができなくなるため、魔術師は防御の高い鎧を着ることはないのだ。

 

「だからこのまま魔法で鎧を脱がすと、最悪制御に失敗して体に鎧がめり込んでしまうかもしれないわね」

「街まで戻るまで鎧を外すのは無理みたいだね……」

 

 カテーナがか細く微笑う。

 

「——ヒロさん、ヴァッツさんごめんなさい、私わたくしがこんな足手まといで……。いざとなったら私わたくしを置いて行って構いませんわ」

「弱気にならないで。安心して、オレが絶対に護るから」

「とりあえず夜明けまで様子をみよう。俺とヒロの2交代で見張りをする」

 

 

 

 深夜はヴァッツと交代で時折巣穴から顔だけ出して、周辺の様子を探った。

 例の匂いはまだ消えていなかったが巨人も動いている様子はない。夜は魔物が活発になる時間帯だが、ここは街に近いため低級の魔物しか生息せず格上の巨人が居座ってるせいかあたりはひっそりと静まり返っている。ただ巨人は暗闇でも目が見えているのか、時折巨人と目が合うような気がしてその度に顔を巣穴の中に引っ込めた。

 

「全然いなくなる気配がないよ」

「随分としつこいな。もしかしたら敵対した俺たちを皆殺しにしないと気が済まない性格なのかもな。下手したら長期戦になるかもしれねえ」

「でもこのままだと食料や水が尽きてしまうよ」

「それが問題だよな。それに街から近いし、住民に被害が及ぶ前に街に報告しないとまずい」

 

 ヴァッツは土壁に背中を預けて唸った。

 

「だからさ、おとり作戦でもしない?」

「おとり作戦?」

「オレとヴァッツが一斉に別々の方向に出て、あの巨人に追われた方が巣穴に戻って引きこもり、その間にもう一人が街にたどり着いて応援を呼ぶんだ」

「……お前昔は突撃するしか考えていないはずのくせに、妙にまともな作戦を思いつくな。いやさすがに3年もこんな生活をすればお前も変わるのか」

「ねえちょっとひどくない?」

 

 私は口を尖らせる。

 それでは私が突撃しか考えないバカみたいではないか。

 

「ふふふ。私わたくしが今使える魔法は補助程度しかありませんが、可能な限りあなたたちをサポートさせていただくね」

「決行は明日の夜明けだ。それまではヒロもカテーナも休息をとること」

 

 私たちはそれから少し睡眠をとった。

 

 そして夜が明ける直前の午前5時、事件は起こった。



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7 巨人との死闘

 目を覚ますといつのまにか雨が降り出していたのか、雨粒が地面を打つ音が聞こえた。ゴブリンの古巣の中にある木の板で蓋がされていたので、それを取り外して外の様子を見る。

 空が少し明るくなっていて、黒い巨人は別の方向をじっと眺めて座っているように見えた。

 

 いいタイミングだから行くよ、と2人に合図をしようとした時不意に巨人が立ち上がり巣穴から離れていった。

 そして森の中から女の子の悲鳴が聞こえた。巨人が向かった先だ。

 

 おもわず私は巣穴から飛び出す。

 

「ヒロさん?!」「プリス!」

 

 声がした方向に駆けつけると巨人が少女を襲おうと突進するのが見えた。青い髪の少女は山菜採りをしていたのだろうか、恐怖でカゴの中をぶちまけてうずくまり頭を抱えている。

 少女に見覚えがある。果物屋の娘のフキノだ。

 

 この時期になると彼女は夜が開ける前から森に出てベリーやアケビを採取しに出かけるのだ。

 冒険者が街に近い森にいる魔物を討伐しているため、普段ならこの時間でも女子供が一人で出歩けるくらいには安全なのだ。

 でも今日は彼女にとって運が悪かった。本来なら街近郊には存在しない強大な巨人が冒険者を追いかけて、彼女と遭遇してしまったのだ。

 

 巨人は見たものを皆殺しにしないと気が済まないのか、フキノに拳を振り下ろす。

 

 私は息を切らし全速力で走るが、このままでは間に合わない。

 二本足で走っても間に合わない。なら三本足ならどうだ。四本足なら……。

 

 そう意識している間に、いつのまにか自分が姿勢が前に傾いているのに気がついた。そのまま両手が地面につき、私はまるで獣のように地面を駆けていた。走る速度が急速に上がり、巨人の腕の下をくぐり、少女にぶつかるようにして抱きつく。

 両腕でフキノを抱え込んで走る勢いのまま、体が背中から落下してゴロゴロと転がる。それと同時にさっきまで彼女がいた場所に巨人の拳が殴りかかり、地面が大きく揺れる。

 

「逃げて!」

 

 彼女を解放して背中に隠すように立ち上がり、剣を抜く。

 私が今愛用している魔剣グリムⅤファイブで、世界に5本しかない剣の1つだ。その刃の鋭さは闇すら切り裂く、という設定だ。

 

 足を踏み出して剣を上段に構え、巨人が振り下ろした拳の腕に私の怪力と体重の全てをかけて振り下ろす。

 

 そしてその瞬間激しい閃光が走り、私の魔剣グリムⅤファイブは瘴気をまとう巨人の腕に弾かれて折れてしまった。

 

 ……この魔剣グリムⅤファイブは私が自分の依頼料で買った5本目の剣であり、ただの安物の剣である。これまで剣を4本折って5本目だからⅤファイブであり、設定は私が全部勝手に作った嘘だ。

 当然呪いで強化されて、ランク8の冒険者が損害を受けて撤退する程度には強力な魔物に対して剣は歯が立たなかったのだ。

 

 それでもかなり痛かったのか、巨人は怒り狂って私に対して拳や蹴りを放っていく。

 私は時に一歩下がって、またある時は折れた剣で拳を反らしながらギリギリで回避していく。

 

「ヒロお姉ちゃん!」

 

 少し離れたところからフキノが叫ぶ。私は折れた剣をだらりと降ろし、巨人と正面から向き合って少し笑う。

 

「オレは大丈夫だから先にいきな。少し時間稼ぎをするだけから」

 

 このセリフは私の好きな軽本ラノベからとった名ゼリフだ。

 3年前私を救ってくれた英雄や、物語の主人公になりたいと思い続けた私は彼らの強さには到底及ばなかった。でも人々を悪から守るために戦う英雄ヒーローに憧れ続けた私にとって、たとえ今ここで死んでも後悔はない。

 

 お父様、お母様、兄妹にあとヴァッツごめんなさい。私は王女の肩書きを捨てて冒険者になって、ここで命を散らすことでしょう。

 

 折れた剣を再び強く握り、下段の構えをとって巨人に突撃する瞬間、

 

「バッカヤロォォォォォ!」

 

 ヴァッツが、鎧を着たままのカテーナを背に担いでこっちに走って来た。

 

 

 

「ヒロ、お前はバカか!実力がないくせに正面から突っ込むとか正真正銘の大バカだ!カテーナ!無駄に重いあんたをここまで背負って連れて来たんだから、そのご自慢の魔法とやらで巨人をぶっとばしてみろ!」

「淑女レディーに対して『重い』とか失礼よ。私わたくしはマギカリッジ大学主席のカテーナ・アイツベルク!その要望にお応えするわ!xxxx……【氷柱アイスニードル】!」

 

 呪文の前に聞きなれない言葉を添えて、カテーナは杖を構えて詠唱をする。杖の先から小指の先くらいの大きさの氷の柱にできて、それが高速で発射され巨人の目に命中する。

 巨人は鳩が豆鉄砲を食らったように一瞬動きが止まり、カテーナとヴァッツの方を見た。

 

「おい、全然威力がねえじゃねえか!なんだあのへなちょこ魔法は!それでもお前エルフか?!」

「なによ、ちゃんと急所に当てたじゃないの!魔力が制限された状態で、あんたが走り回っていながら正確に当てたんだから文句言わないでよ!」

 

 ヴァッツは私のもとまで駆けつけると、「邪魔だ!」と言ってカテーナを背中から放り出した。

 

「あの瘴気を吸いすぎると体が麻痺するぞ!ほらこれで口と鼻を覆え!それにお前の剣は安物じゃねえか!俺の剣を使え。お前の剣より何倍もマシだ」

 

 ヴァッツは私に予備の剣とハンカチを投げて渡した。

 剣を抜いてみるとこの剣はさすが騎士団長の家の息子の物、予備の武器とはいえ名のある匠が鍛えた剣で私の魔剣グリムとは比べ物にならない。とりあえずこの剣の名前をヴァッツの家の名前にちなんでバスタードソードとしよう。

 私がハンカチで、ヴァッツは自分の服を切り裂いて目と口を覆った。ヴァッツが着ている服は1着100万G以上するはずなのにもったいない。

 

 振り返るとフキノの姿は見えなくなっていた。無事逃げ切れただろうか。

 私たちは巨人を倒すか、彼女が街までたどり着くまで時間を稼がないといけない。

 

 私とヴァッツの背が向き合うように、私の背中に彼の背中が合わさる。

 重ね合わさる背中の感触はなんとなく懐かしい感じがした。

 ただあの時は身長差はほとんどなかったが、いつの間にかヴァッツの方が背が伸びてうなじに後頭部が当たる。

 

「——ねえ、思い出さない?オレとヴァッツが山で遊んでいた時に野良犬の群れに出くわしたときとかさ」

「そうだな。でも今戦っているのは野良犬よりはるかにでかくて強い敵だ」

「でもヴァッツとオレならなんとかなる、そうは思えてくるんだよね」

「……ひょっとしたらそうかもな。昨日今日会ったばかりのあいつらよりも、お前の方が頼りになる気がしてくる」

 

「ちょっとお邪魔しますわね。【防御プロテクト】。ふふふ、状況は良くはありませんがあなたたちを見ているときっとなんとかなる、そう思えてきますわ。攻撃魔法はあまり使えませんが、補助は任せてください」

 

 カテーナは投げ出された状態から杖をついて立ち上がり、私たちに補助魔法をかける。昨日よりカテーナが元気になったのだのか、帽子の飾りのバラの造花から匂いが濃くなった気がする。

 

「じゃあいくよ!」

「おう!」

 

 

 

 そこからはかなり辛い戦いがつづいた。何しろランク8以上の冒険者4人が敗れた相手なのだ。

 カテーナは後方に下がり、私とヴァッツが前線で戦っている。1本5万Gのポーションを前衛で2本ずつ配分して、受けた傷をポーションを少しずつ飲むことでなんとか回復している。今1本目の半分をすでに飲んだが、黒い瘴気をまとい呪いで強化された巨人は傷を受けているようには見えない。

 

 次第に雨脚が強くなり、汗と雨でハンカチも服もじっとりと濡れる。

 

「【氷結剣アイシクルソード】!」

 

 ヴァッツは剣の上から氷を被せて実物以上のサイズとリーチを稼いだ剣で、巨人の足元に斬りかかる。しかし氷の部分が砕け、逆に巨人に蹴られてヴァッツは大きく吹き飛ぶ。

 

「ヴァッツ?!」

 

 ヴァッツは受け身を取り頭部の衝撃を減らして、吹き飛んだ勢いを利用してすぐに立ち上がる。防御魔法のおかげでダメージは少ない。だが蹴られた衝撃でポーションの容器が割れたのか、バッグから液体が漏れて雫となって地面に垂れている。

 

「ちくしょう!ポーションが1本割れやがった!」

 

 ヴァッツが悲痛な声を上げる。

 

 今メンバーに回復職ヒーラーはいない。このままではポーションで回復すらできなくなる。

 

 絶体絶命だ。



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8 閃き

「ヒロ!足元を見ろ!黒い靄が足の部分だけ薄くなっているぞ!」

 

 足元を見ると、確かにヴァッツを蹴った方の足から瘴気が消えて緑色の地肌が露出している。もしや……。

 

「ヴァッツ、もしかしたらこれで呪いを解除できるじゃない?!」

 

 押し売りの少女に買わされたポーションは聖水並みの効果があるのなら、これで巨人にかけられた呪いを外すことができるのではないか?実際に瘴気に侵食されていたカテーナの一命を救った実績もあるし、信用できる気がする。

 

「でも近づいて液体を全身にかけるなんて無理だ!そもそも量が全然足りねえぞ!」

「だったら飲ませる!」

「はあ?お前バカなんじゃねえの?!高さ何メートルあると思ってんだよ!」

「でも勝機はこれくらいしかないよ。だったらそれに賭ける!ヴァッツ、時間を稼いで!」

「あーわかったよ、どうやって飲ませるかはわからんが任せたぞヒロ!」

 

 すれ違い様にヴァッツの残ったポーションを回収して、私の半分残ったやつと中身を合わせて1本分のポーションを作成する。空になった容器には水をいれて、私は近くの木に登る。

 その間ヴァッツはこぶし大の氷の塊を巨人に投げつけ、距離を取りつつ時間を稼ぐ。カテーナの魔法より明らかに威力が高いが命中精度が低く、体に当たる場所はランダムで時折外れることもある。

 木に登った私は比較的高く張り出している枝に移り、まず水だけが入った容器を手に取る。そして巨人の口の中に狙いを定め、剛腕に任せて全力で投げる。

 投げられた容器は放射線状に弧を描いて、巨人の口から大きく外れ肩にあたって割れた。

 

「おい外れたぞ?!」

「今のは練習!」

 

 ヴァッツが牽制しているおかげで巨人は移動していない。だから次は外さない。

 ポーションが入っているほうの容器を取り出し、さっきの練習を参考に軌道を修正して再び投射する。

 投射されたポーションは今度はうまく口の中に入り容器が割れた。

 その瞬間、体をまとう黒い瘴気の大半が晴れ緑色の地肌が露出した。そしてはじめて魔物の正体が判明した。

 

「あれはトロル!嫉妬深い巨人で、自分より小柄で美しい人を見つけると執拗に襲い掛かる性質があるわ!」

 

 要は人間を見つけると襲い掛かる魔物か、めんどくさいやつだ。

 

 私は2本目のポーションを取り出し、同様に投げる。これも口の中に命中しかかっていた呪いが完全に解け、瘴気も消え失せた。反面傷も回復したらしく、巨人は疲れを見せずにヴァッツに攻撃を仕掛けるが先ほどよりは攻撃に精彩を欠いていた。

 しかしヴァッツは回復手段を失い、防御魔法も切れかかっているせいか次第に疲れが見え始めてきた。

 

「xxx……、【炎弾ファイアボール】!」

 

 その時カテーナが飛ばした石ころほどの大きさの炎の球が巨人の胸に命中して小さく爆発する。

 

 巨人はじっとカテーナを見つめ、疲れて隙を見せたヴァッツを跳ね飛ばして彼女に向かって走り出す。カテーナはほとんど身じろぎせずにそのまま巨人の手のひらの中に捕まってしまった。手を自分の目線と同じ高さに持ち上げた巨人は手に力を込め、ミチミチと彼女を潰しかかろうとしている。

 本来なら抗う力も装甲もない魔法使いはこのまま握力で潰されるに違いない。

 だがカテーナは装備している全身鎧の装甲に加え自身に防御魔法をかけているおかげで魔法使いとしては異常なくらい硬く耐えることができた。

 

 鎧を着た魔法使いはフッと笑った。

 

「……本来金属の鎧を着ていると攻撃魔法はうまく使えません。ですが接触した状態で使う魔法ならばそれでも十分な威力を持つものも少ないですが存在します。魔法を修めて30年、私わたくし渾身の魔法をくらいなさい。【体力吸収ドレインタッチ】!」

 

 その瞬間彼女を掴んでいた巨人の腕が細かく震え、腕だけが急にやつれたように細くなる。カテーナが巨人の体力を吸い取っているのだ。

 

 すでに木から降りた私はをバスタードソードを構えて巨人の方に走り出す。

 

「ヴァッツ、氷で足場作って!腕を斬る!」

「はあ?無茶言うなよ!こっちだって息上がってるんだぞ!」

「いいから!お願い!」

「まったく、分かったよ。【氷結フリーズ】!」

 

 高さの異なる2本の氷の柱が目の前に現れ、私はその氷の柱を足場にして高く飛び上がる。

 剣先の加速度を徐々につけ、巨人の腕が目の前にきたところで最上段に振りかざす。

 そしてバスタードソードを全体重を乗せて巨人の二の腕めがけて振り下ろす。

 最高速度で振られた剣は巨人の腕をいともたやすく切断した。

 切られた腕の断面からは紫色の血液が吹き出し、カテーナごと地面に落ちた。

 私は落下しながら剣先の速度を維持するために剣を旋回させ、地面に着地する直前に巨人の足首を斬り飛ばす。巨人は片足を失いバランスを崩してうつ伏せに倒れこむ。

 

 さすが騎士団長の家にあった剣、切れ味も耐久も全然違う。それだけでなく呪いを解除したことで全身が弱体化したのに加えて、カテーナの【体力吸収ドレインタッチ】で腕が細くなり斬れやすくなったおかげらしい。

 

 巨人は片腕も片足も失いながらもなお暴れていたが、息を整えたヴァッツが氷をまとわせた剣で心臓のあたりを刺してとどめをさした。

 

 ランク8の冒険者を2名屠り、パーティーを一度壊滅させた魔物はついに討伐された。

 

 

 

「ついに……終わったのか。ハハハ、やっと終わったんだ」

 

 ヴァッツは緊張が解けたのか膝から崩れ落ちた。肉体的疲労だけでなく仲間を失い、リーダとしての責任の重圧をを2日間受け続けたのだから当然である。

 カテーナも恐怖をごまかすために今まで強気を張っていたらしく、ほとんど泣きそうな顔していた。雨が降っていてわからないが、もしかしたら本当に泣いていたのかもしれない

 

 騎士道物語の代表的な敵の一つで、私が長年戦うことを夢見た巨人討伐を果たせたのだが、その結果は苦いものだった。

 

 私も疲れてその場に倒れこむ。強く降り注ぐ雨が髪や服を濡らす。早く街に戻って乾いた服に着替えないと風邪をひきそうだが動く気力はほとんどなかった。それどころか昨日ほとんど眠れなかったせいか急に眠たくなった。

 

 そしてその眠気に抗うことができず、私の意識は深い闇に吸い込まれてしまった。

 

 

 

 次に私が目覚めたのは冒険者ギルドに併設している宿の一室のベッドの上だった。

 どうやら風邪をひいたらしく全身が火照って、おでこには濡れたタオルが乗せられていた。それ以外に体に異常はなく、服も乾いたパジャマを着せられているようだ。

 

 首だけを動かすとヴァッツが私のベッドに上半身を乗せたまま眠っていた。妙に掛け布団が重かったのはそのせいらしい。

 脇には水が入ったたらいが置かれ、彼の指先が赤くなりふやけていた。どうやら私のタオルを取り替えてくれたのはヴァッツらしい。

 こういう仕事は貴族社会なら従者や医者がするのが当然なので珍しい感じがする。

 

 やがてヴァッツは目を覚ました。

 

「ん、起きたか」

「ヴァッツ……」

「今回の討伐依頼の細かい話は風邪を治してからにするぞ。喉が渇いたなら水差しとコップはこの台の上にある。パジャマは最初は俺が着せたが汗で濡れたなら着替えはこっちにある」

 

 着替えもヴァッツがやったのか。そこであることに気がつき、火照った顔がさらに熱くなる。

 

「ちょっとまって、意識を失った女性の服を勝手に脱がすのはダメだっていったよね?!」

「おいまて!だけどあの時ギルドの職員はカテーナの鎧を魔道具で外すのに総動員されていたし、朝早いせいで女性の冒険者もほとんどいなかったんだ。だからできるのが俺くらいしかいなかったし、俺とお前が婚約していることを話してみてなんとか部屋に入れたんだよ」

 

 ヴァッツは左手の中指にはめてある指輪を見せる。確かに私たちが婚約した時の指輪に違いないが、実際には婚約は破棄されているし多分私がプリステアであることはバレないだろう、多分。まあ後で若干めんどくさくなる気がするのだが。

 

 ヴァッツの弁明を聞いて私はため息をつく。

 

 ヴァッツの弁明を聞いている限り、彼の主張は納得できなくはない。しかし忘れてはいけない。彼はあのスケベのヴァッツである。

 婚約者時代から私にしてきたセクハラはあまた知れず、その度に私が彼をぶっ飛ばした思い出もあまた知れずである。

 

 現に胸に巻いていたはずのさらしがない。そのため普段よりこんもりと胸のあたりが盛り上がっている。

 

「プリス、お前中身は全然変わってねえけど体はそれなりには成長したんだな!」

「ばかぁ!」

「がはぁ!」

 

 ヴァッツが病室から廊下まで吹き飛ぶ。

 どうしてヴァッツは評価を上げた後で自ら下げるのだろうか。

 体は成長しても中身は全然変わらないのはヴァッツの方じゃないか。



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9 カテーナの正体

 3日後に熱が引いて、私は冒険者ギルドに来た。

 

 ギルドに入ると馴染みの冒険者のおっさんたちが私に声をかけに来た。

 

「ヒロちゃん、先日はよくやったな!」

「さすがヴィレッジいちの怪力女だな!」

「怪力女はやめてよ……」

 

 ヴィレッジは初心者向けの街なので、ここの街にいる冒険者は基本的に駆け出しか実力が足りずにくすぶっているベテランしかいない。

 ランク8以上になるとあの4人とセイバ師匠しかいなくて、そのうち4人は外から来た冒険者である。だから私みたいな街に住んでいる人が例の巨人を討伐できたのは快挙といってもいいらしい。

 

 おっさんたちに今度一杯奢るぞ、と約束されながら私はヴァッツとカテーナがいる席に向かう。

 

 

 

 酒場のテーブルの1つで私たち3人は依頼の清算をした。

 

 カテーナも無事で以前のように深緑のローブを着ている。ただ少し落ち着きがないのか時折私やヴァッツをチラチラと見ている。

 

 ヴァッツはテーブルの上に、すでに受付で受け取った報酬の札束を6つ載せた。

 

「で報酬を受け取ったわけだが、なんだこれは?」

 

 ヴァッツは札束を手に取り、そのうち1枚を抜き取ってひらひらさせる。これは紙幣と呼ばれていて、植物製の紙の上に金額が記入され中心には人物の絵が描かれている。

 本来お金は金銀銅などの金属から鋳造ちゅうぞうされた貨幣を指し、それぞれ金貨、銀貨、銅貨と呼ばれる。私は紙幣もよく使うがヴァッツはそうではないらしい。

 

「あれ、ギルド紙幣を見たことない?」

 

 ギルド紙幣は通貨の一種でギルド内ではこれが貨幣の代わりになる。基本的に依頼の報酬はギルド紙幣で支払われて、希望があるなら紙幣を貨幣に交換してもらえるのだ。

 

「紙幣の存在は聞いたことはあるが、本気で報酬をこれで支払うとは思わなかった。国が認定した機関以外で貨幣を製造するのは重罪だが、冒険者ギルドはそれを理解しているのか?」

「うーん、確かに『金属製のお金』の製造は禁止されているけど、『紙のお金』は法律でそもそも貨幣として定義されていないはずだよ。それに別にここの支部だけじゃなくて国内の支部のほとんどでギルド紙幣は利用可能だし、国も黙認しているんじゃない?」

「いやそれは法律の穴をついたグレーゾーンだと思うが……」

 

 ヴァッツは頭を抱えた。

 私はこれでも王族としての教育を受けていため、冒険者になる以前の法律ならそれなりに覚えている。数十年前まで紙を量産する技術は無く、国も紙幣が通貨になるとは想定していなかった。紙の量産が可能になるとギルドが即座に紙幣を量産し、それに法律が追いついていないのだ。

 

「まあ普通に使えるし大丈夫じゃない?」

 

 カテーナもまじまじと紙幣を見つめた。

 

「私わたくしも初めて見ました。これで買い物ができるのですか?」

「紙幣は基本的に冒険者ギルド内で使うものって考えてくれればいいけど、この街ならほとんどの商店で使えると思うよ」

 

 この街は冒険者が魔物討伐の拠点として開拓した街の1つで、経済の中心も冒険者ギルドが中心となっている。そのため街中なら紙幣と貨幣両方の通貨が利用できるのだ。

 ただギルド紙幣での支払いでは割引が効くため普段私は紙幣を使い、紙幣が使えない本屋では貨幣に交換している。

 

「となるとヒロさん、武具防具はこの紙幣で購入が可能なのですか?」

「できるよ、でもカテーナは武器とかいるのかなあ……」

 

 魔法使いだし、彼女がつけているローブも杖も一級品である。

 

「いいえ、せっかくだし明日買いにいきますわ。ヒロさんとヴァッツさんもご一緒にどうです?」

「いいよ」「よろこんでご一緒しましょう」 

 

 ヴァッツはいつも通りである。

 

「でこの報酬600万Gは3人分まとめてきたけど、どう配分する?」

「本来討伐に参加していないヒロの報酬は少ないらしいが……。正直俺はヒロに命を助けられたし自分の取り分は無くてもいいと思っている」

「だったら3等分しようか。あ、借りた剣も返さないとね」

「剣は予備として持っておけ。また折れたらどうする気だ」

 

 カテーナは何が面白いのか、口に手を当てて微笑う。

 

「ふふふふ、お二人は本当に仲がよろしいのですね」

「ああ、ヴァッツとオレは一応?幼馴染の関係といっていいのかなぁ?」

「あぁ、いいですわね……。その話、もっと詳しく教えてもらえませんか?」 カテーナが身を乗りだす。

「えっと……昔からこいつの屋敷に遊びに行ったりして、一緒にチャンバラとか山の散策とかしていたな」

「ヒロは昔から負けず嫌いで俺に勝つまで諦めなかったからなあ……。あの時と比べると成長したよな」

 

 ヴァッツはじみじみと語る。

 

「あぁ……すばらしい関係ですわね。そして職員の方から少しお伺いしたのですが……今のお二人の関係は……」

 

 カテーナは白い頰を赤くさせ、モジモジと尋ねる。おいヴァッツ、噂が広まっているぞ。

 

「えっとそれは……まあ否定はできないかな」

「まあ!さすが人間!我々エルフの何歩先も制度が進んでおられるのですね!ヒロさん、ヴァッツさん、あなたたちの行き先は険しい道かもしれません。ですが!このカテーナ・アイツベルグの名にかけてお二人の愛の旅路を祝福しましょう!」

 

 カテーナが不意に立ち上がり、まるで風に煽られる草のように全身をうねらせる。

 その度にバラの香りが強烈に立ち込める。ちょっときつい。

 あれ……なんか違和感を感じる。『何歩先も進んでいる』?『行き先は険しい』?

 その違和感はヴァッツも感じているらしい。

 

「おい……念のために言っておくけど、ヒロは女だぞ」

「そして身分の差や性別などの障害を乗り越えて二人は晴れてゴールイン!そして二人は幸せなキスをして……へ?」

 

 カテーナの動きが止まった。一体何が起こっているんだ。

 

「え?ヒロさんは女性?おほほほご冗談を……、へえ?!」

 

 あれ、私今まで男だと思われていたの?

 

「あれ……里を出る時にお父様が人間の男性は髪は短くズボンを履いて、女性は胸があって髪は長くドレスを着ているとおっしゃっていましたが……」

「ああ……確かにヒロはその条件だと男に判断されるのか。いやそれでも人間の男女の区別がつけられないのかよ……」

 

 確かにエルフの年齢は人間の私からは判別できないし、エルフは中性的な顔立ちの人が多いらしいからそれはお互い様かもしれない。

 

 いやそれ以上の問題があるのだが。

 

「か、カテーナは男同士の恋愛で妄想していたのか……?」

「はい!私わたくしは殿方同士の恋愛を見るのが大好物なのです!」

 

 カテーナはにっこりと笑った。

 

 は?

 

 月の光のような銀髪に、白い肌に整った顔立ち。見た目は可憐な美少女なのにその内面は想像もつかないくらい腐っていた。

 



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10 白銀鎧の魔術師

 次の日私たちは武器屋に買い物をしに行った。

 店内には数多の武器や防具が展示されており、奥の工房から鉄を打つ音が響いてくる。

 展示されている武器は値段が数千G程度の安物から数十万Gの比較的高級なものまで揃っているが、田舎町にある武器屋であるためか一級品の武器は無い。

 この店も冒険者ギルドと提携しており、ギルド紙幣で買い物が可能である。

 

「あ、この武器かっこいいじゃんこれにしようよ」

「バカ。お前は以前も武器壊したからもっと丈夫なやつにしろ、あと鎖帷子くさりかたびらでもいいから鎧くらい買っておけ」

 

 ヴァッツはそう言って私に分厚い剣と鎖帷子を押してつけた。

 

 カテーナは武器には目をくれず防具を見比べていた。

 

「すみません、ここにある防具の中で一番防御力のあるものはありますか?」

 

 カテーナはカウンターから工房にいる職人に声をかけた。

 

「んあ?なんだお前さんは。あんたは魔法使いだろうが」

 

 応じた職人は髭面のドワーフの親方だった。彼の身長が子供の背丈くらいしかないが、横幅が筋肉質でがっちりとしていた。

 親方は魔法使いが防具を求める事に首をかしげたが「ちょっとまってろ」と工房に戻ると、しばらくして白銀の全身鎧を持ってきた。

 

「ミスリルのプレートメイルだ。魔法金属製だから防御魔法のノリはいいし、重量も鉄製よりはだいぶ軽い。正確にはこの工房で製作したわけでは無く、数年前にとある冒険者がうちに売却したやつだ」

 

 親方はポンポンと鎧を叩く。この鎧どこかで見たことがあるような……。

 

「これってオレのセイバ師匠が、王宮で報酬としてもらってきたけど自分に不要だから、って買い取りに出した鎧じゃない?」

「そうそうのセイバさんだよ。いやぁこれは俺が鍛えていないというのが悔しいくらいの逸品だが、これの価値を理解しているやつは全然いねえのさ。いや別に冒険者の悪口を言っているわけじゃねえが、これの価値を理解している冒険者が少ないのがなぁ。まあ値段もかなり張るからこの田舎町だと買い取り手もつかないのさ……」

「それでおいくらでしょうか」

「500万Gだ。俺は最低でもそのくらいの価値があると思っているから、これ以上の値下げはできん」

 

 かなり高い。冒険者ランクが上がれば買えなくはないが、それより先に冒険者たちは別のギルド支部に移ってしまうため買い手がつかないのだ。

 

「なら買います。報酬以外にも実家からの持参金もありますので払えます」

「お嬢さん魔法使いだろう?どうしてこんな鎧がいるんだ?」

 

 親方はカテーナをじっと見つめた。

 

「新しい魔法使いの形の模索、のためでございます」

 

 カテーナはそう断言した。

 

「新しい形?」

「通常の魔法使いは防御の低いローブを着て前衛に守られます。ですがいざという時に自身を守れないといけないと先日の戦闘で理解しましたわ。ですので私わたくしは鎧を着て防御を固めます」

 

 ……へ?

 

「お嬢さん、金属と魔法の行使は相性が悪いのは知っているだろう?しかも全身鎧を着るとほとんど魔法が使えなくなると聞いているぜ?」

「いいえそれなら問題ありませんわ。この鎧を調整してもらいたいのですが何日くらいかかります?」

「本気か?まあ調整はしなくとも、ある程度の体格の差なら自動で調整してくれる機能付きだ」

「ありがとうございます。では試着してみますね。【装着】」

 

 一時的にミスリルの全身鎧の所有権をカテーナに移してから呪文を唱えると、即座に鎧が装備された。

 カテーナはヘルムを外し、テーブルに置いておいたとんがり帽子をかぶった。そのせいで全身鎧に杖と魔女帽というチグハグな見た目になってしまった。

 

「頭部が心持たないのですが……、放浪修行ヴァルツ中は卒業した学校の帽子を着用する事が義務付けられてますからしかたありません。それにしてもいい鎧ですわ。防御魔法のエンチャント度合いがローブと全然違いますね」

「……カテーナさん」

 

 それだと戦士職なのか魔法職なのか全然わからないよ。

 

「では紙幣と貨幣の両方でお支払いしますね」

 

 お金が入った袋を取り出し、カウンターで支払いに行こうとしたようだが。

 ——カテーナは一歩も動けなかった。

 

「あ、あれおかしいですわ?!」

 

 親方はため息をつく。

 

「今まで魔法一筋で生きてきたんだろう?お嬢さん、この鎧は鉄より軽いと言っても全身で20kg以上はある。訓練された戦士ならこのくらい大したことはないだろうが、ろくに体を鍛えていないのならいきなりプレートメイルは重すぎるはずだ。最初は無理しなくていいから、例えばこの鎖帷子くさりかたびらだけとかにしておいたほうが……」

「いえ私わたくしは問題ありません。この程度のことで諦めたらアイツベルグの名がすたれ……」

 

 カテーナがそれでも無理に動こうとして片足をあげると、まるで人形のようにその姿勢のまま倒れた。

 

「この鎧は鎧のパーツ同士の隙間が少なく弓矢も通せないのだが、そのぶん関節の自由度が低くて慣れないと身動きが取れなくなることもあるんだ。お嬢さん、無理は言わねえ別のやつにした方がいいと思うぞ」

「……いいえこの程度問題にもなりませんわ。ヒロさん、できれば起こしてもらえないでしょうか」

 

 問題しかないのですが。

 しかしこう見えてカテーナはプライドが高いというか負けず嫌いというか……。

 

 結局ギルドまで私が背負って運ぶことになった。その間ヴァッツがプレートメイル以外に必要なものを用意してくれるらしい。

 

「カテーナはローブの上から直接鎧を着ているが、本来はそうじゃねえ。下着の上に鎧下よろいしたていう専用の服を着て、その上に鎖帷子くさりかたびらをつける。で、鎧の上にはサーコートを着る。【装着イクイップ】とかいう魔法を使って一瞬で装備していたが、普通は従者が何十分もかけてつけるもんだ」

 

 さすが騎士団長の息子。鎧に関しては詳しい。

 

 

 

 武器屋を出た時は12時くらいになっていた。ヴァッツと合流したらご飯にするか。

 背負ったカテーナの重さは最初に背負った時と比べて気持ち軽くなったかな?と思える程度の違いだ。

 

 カテーナを運んでいく途中で気になることがあったので尋ねてみた。 

 

「もしかして、怖い?」

「怖いって……なにがですか?」

「魔物との戦闘。『新しい魔法使いの形の模索』とか大仰なこと言っていたけど、本当は死ぬのがとても怖くて、魔物と戦うことすらもうしたくない。でもどうしても戦う理由があるから防御を上げれば大丈夫だって自分に言い聞かせよう、とか思っているんじゃないかってね」

 

 今まで見てきた通り魔法使いに鎧、特に全身鎧は相性が悪い。

 それを知っていて当然のカテーナが急にそういうことを言い出したのだ。前の戦闘のトラウマが影響していないわけがない。

 

「はい。長い間大学で魔法の勉強をしていましたが、恥ずかしながら私わたくしは実践の機会がほとんどなかったのです。それで巨人に襲われた時、私わたくしがもっと持ちこたえていれば最悪の事態は防げられたのではないかと思いまして……」

 

 背中でカテーナが少し震えた。

 

 トラウマというよりも自分に足りないものを何とかして補おう、という彼女の姿勢が感じられた。

 

「やっぱりこういう魔法使いはおかしいですかね?」

「うーん、全身鎧を着た魔法使いなんて聞いたことないよ。もしかしたら前代未聞じゃない?誰も歩んだことのない道を進むのはすごいことだと思うよ」

 

 可能かどうかはここでは置いておく。

 ついでに言うと鎧を着ない方が10倍有能であることも置いておく。

 

 なにせ機動力は置き物同然、魔力も人間の魔法戦士であるヴァッツにも劣り、肝心の防御面も重戦士と比べて体力が圧倒的に劣るのである。

 

 正直さっさと諦めてくれないかなと内心では思っている。

 

 ただ、

 

「ヒロさんはお優しいのですね」

 

——私は英雄ヒーローは紳士的な存在だと思うから言わないことにする。

 

 とはいえ、このままだと話の流れで彼女を受け入れる流れになりそうなのが気が重い。

 まあ彼女のトラウマが解消されるまで気長に待つことにしよう。

 

 

 

 

 冒険者ギルドにたどり着き、更衣室でなんとかしてプレートメイルを外したあたり(かなり時間がかかった)でヴァッツと合流した。

 その後、私たちはギルドの酒場で料理を注文をしようとしたとき、バンと勢いよくドアが開く音がして、一人の少女がこちらに近づいてきた。

 

 肩にかかるくらいの赤毛、上着と短ズボンを履いているが女の子らしさを残した服装で肩と腰からバッグをつけていて、猫獣人の特徴である猫の耳と尻尾がついた少女に私は見覚えがあった。

 

 彼女はダンと私たちがいるテーブルを叩いた。

 

「ねえ、あたしを雇ってくれない?」

 

 数日前、ヴァッツと再会した日に高額なポーションを売りつけた、あの押し売りの子だった。



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11 赤字の借金術師

「あたしはクレア。錬金術師よ。あなたたちがこの街有数の冒険者であることは噂で聞いているわ。それで頼みがあって来たの」

「おいヒロ、誰だあいつ。お前の知り合いか?」

「巨人と戦った時にヴァッツに渡したポーションの製作者」

「ああ、あのバケモンみたいな効果のポーションを作った人か」

 

 クレアと名乗った少女は頷いて、薄い胸を張った。

 

「そう!あの〈セイハイポーション〉を作ったがこのあたし!あのポーションはあたしの何年もの年月をかけて製法を築き上げた努力の結晶の一つなんだけど……ここ何日も食べていないから詳しい話は食べてからにしない?できればそっちの奢りで」

 

 クレアは力なく床にぺたりと座った。

 

 あ、うん。

 

  何日も食べていないのは本当らしく料理が出来上がるまでの間、クレアは「浄化魔法で磨き上げた水ね。味気も何もないわ」とか文句をつきながら無料サービスの水をがぶ飲みしていた(水がタダなのは冒険者ギルドだけである)。

 そして恐るべき速度で料理を平らげたクレアは少しは落ち着いたようで本題を話し始めた。

 

「で本題に入るのだけどあたしを雇ってくれない?」

「雇うっていっても、オレたちは冒険者だぞ?不老不死を求める貴族ならともかく、オレたちには錬金術師を雇うメリットがないと思うが?」

「違う違う。あたしは錬金術師として雇って欲しいわけじゃないの。パーティーの回復職メインヒーラーとして雇って欲しいのよ?」

「回復職メインヒーラー?」

 

 回復職は冒険者パーティーには必須の職業の1つだ。

 戦場で負った傷を即座に回復させ、戦線復帰を促しパーティーの継戦力が増強する。

 そのため回復効果がある神聖魔法を扱う神官プリーストは需要が高く、冒険者から引っ張りだこである。それ故に固定メンバーにつく神官プリーストは少数で、依頼ごとに契約してその場限りの仲間になることの方が多い。

 競争率が高いと言うことは当然神官プリーストを雇う金額も高額で、冒険者が頭を悩ます種の1つである。

 

「……その場限りの関係ではなく、固定メンバーとして雇って欲しいということか?」

「そういうこと。あの〈セイハイポーション〉を使ったなら解るでしょうけど、あたしが作るポーションは回復職メインヒーラーにも不足ない能力があると思っているわ。あとそこの彼氏があなたたちのリーダーなのよね?」

「ヴァッツは彼氏ではないぞ」

「その男が率いた冒険者一行は魔物に神官プリーストと魔法使いが真っ先にやられてせいで危うく全滅しかけたと、ここのギルドの職員から聞いたわ。でもあたしならポーションを作るだけで、戦闘に参加しなければ死ぬことはないし、今の容器はビン製だけどいつか割れない素材に差し替える予定だからその点は安心して!それ以外にもアイテムでの補助も色々できるわ!」

 

 クレアは胸をトンとたたく。

 

 ——確かにそれは道理かもしれない。

 神官プリーストも人である以上死ぬリスクは常にある。そして一度死ぬと戦線が崩壊するため、前衛は必死になって回復職を守るのだ。そのリスクがないことは非常に大きい。

 カテーナもヴァッツも回復魔法が使えないから、クレアの提案は渡りに船だ。

 

 と言っても私はリーダーではないので決定権はないのだが……。

 

 そう思案に暮れていると、カテーナが私を見ていることに気がついた。

 

「私はリーダーの意向に従うわ」

 

 あれ、いつのまにか私がリーダー?

 助けを求めてヴァッツを見る。

 

「俺も仲間を死なせたから、しばらくリーダーはこりごりだ。ヒロ、お前が決めろ」

 

 え、ヴァッツも?

 先日の死闘でランクが上がったものの私はまだランク6で、ランク8と10の2人のどちらかがリーダーをやった方が依頼を取る上で都合がいいのだが……。

 

「あら、あなたがリーダーになったのね。それでお互いに利益のある提案だと思うけどどうかしら」

 

 魔物から守るリスクがない、支援も可能な固定メンバーの回復職。一見すると都合が良すぎるように思えるが……。

 

「でも錬金術師の賃金は高いのだろう?」

「条件を飲んでくれれば、あたしはただ働きでも構わないわ」

 

 へ?

 

「まず1つめの条件はあたしの借金の肩代わりをしてくれること。大体1000万Gくらいかしら」

「それはタダとは言わない!」

「そう?まともに錬金術師を雇ったら給与2年分にも満たないのだけど?その気になれば5年でも10年でもこき使っていいわよ」

「でもポーションを売ればそのくらい捻出できるんじゃないのか?」

「ああ、それね。あたしの工房ごと街の商業ギルドに差し押さえをくらったのよ。冒険者には販売許可が下りないから、あたしは見つからないようわざわざ真夜中に露店を開いていたのに、あいつら全部持って行ってしまったのよ」

 

 差し押さえを食らったのかよ。

 冒険者、つまり冒険者ギルドに属するものは商業ギルドに加入することはできない。

 自衛能力がある冒険者が行商人と護衛を1人で兼ねると行商人の仕事が奪われるので、冒険者ギルドと商業ギルドが互いの利益の確保のために協定を結んでいるのだ。

 露天も農夫がリンゴを売るとからならともかく、何万Gのポーションを売るなら商業ギルドから目の敵扱いされるのは当然である。

 

「ん?クレアは冒険者登録しているのか」

「ランク1だし、いわゆるなんちゃって冒険者だけどね。お金を手っ取り早く借りるには冒険者になるのが一番だし」

 

 おい!ギルドからも借りているのかよ!

 組合ギルドの互助制度の一環で、冒険者はギルドからお金を借りることができる。

 かつギルドで申請すれば審査すらなく冒険者になれるので、冒険者ギルドは手軽にお金を借りられる街金として有名である。

 その反面借金の支払いが滞れば、各街にあるギルドの情報範囲網の広さと冒険者という無数の戦力のおかげで、たとえ山林に逃げ込んでも冒険者が催促に押しかけてくるのだ。

 そして一度捕まれば借金を返すまで鉱山で働かされるとか娼館に身を落とすとか噂で聞いたことがある。

 

 つまり借金を肩代わりすると言うことは、ギルドから追われるリスクも負うことになるのだ。

 

 問題は山積みだが、なんといっても私は冒険者。仕事次第だが報酬は悪くない。

 

 巨人討伐で600万G稼いだし1000万Gくらいなら割となんとかなる、と思いたい。

 

「な、なんとかしよう」

「それが問題ないならもう1つ。さっきも言ったけど工房も取り上げられちゃったし、新たに立てる必要があるからその経費や開発費は請求させてもらうわ。これは今すぐじゃなくていいけど、あたしをフル活用させるならオススメするわね」

「それは……多分問題ないな」

 

 借金1000万Gに比べればいくらかインパクトは少ない気がするし、今すぐ調達する必要はないので多分大丈夫だろう。

 

「それ以外に質問はある?」

「工房ってどんな場所に立てればいいんだ?」

 

 彼女いわくある程度の閉鎖的な空間が必要で、かつ万が一爆発事故が起きても周囲に被害が及ばないように周辺に建物がないことが条件らしい。

 

 この条件だと冒険者ギルド周辺に建物が集中し、ある程度離れると建物がなくなるヴィレッジだとかなり限られてくる。

 クレアもそのことは理解していたらしく、以前の工房は裏路地にこっそりと作っていたらしい。そのため爆発の危険性がわずかでも錬金術の実験はできなかったそうだ。

 

「となると……オレの家の納屋とかどうかな?」

 

 街から遥か離れたボロ小屋や馬小屋を除き、私が思いつくのはそれくらいしかない。

 厳密には私ではなく師匠の屋敷にある納屋だが、屋敷からそれなりに離れているため都合がいいだろう。勝手に使うことになるが、まあ屋敷が無駄に広いせいで納屋も使い切れていないし多分大丈夫だろう。

 もっともこの後師匠が帰ってきてから、死ぬほど叱られたのだが。

 

「これ以上なければ契約を結びたいんだけど。ほら口約束だけじゃあたしが不当にタダ働きさせられているって訴えるかもしれないわよ?」

 

 借金を肩代わりさせた上で訴えるつもりかよ!

 ……なんとなくカテーナと別方向だがやばい感じがするけど気のせいだと信じたい。 

 

 契約内容は私が借金を背負う代わりに、クレアは私たちのパーティーで回復職として働く。賃金以外の必要経費は私が負担して、彼女が生産したものは私たちが自由に扱っていい。

 

 要約すると以上のようになった。

 

 全員に確認を取り契約は締結された。

 

「これで契約よしっと。ではよろしくねあたしのパトロンさん。あたしはクレア、立派な錬金術師になるのが夢なのよ」

「オレはヒロ。冒険者で、いつかはオレを助けてくれた英雄みたいな人になりたいんだ」

「私わたくしはカテーナ・アイツベルグ。放浪修行ヴァルツ中の魔法使いよ」

「俺はカイト・バスタード。なぜかみんなから『ヴァッツ』て呼ばれている」

 

 ああ、なんというかこうやって仲間が集まっていくのってすごく冒険をしているように感じる。

 私は師匠の元で修行していてもなかなか強くなれず、同期の冒険者は先に町の外に出て行ってしまったから仲間ができることがすごく嬉しい。

 

 

 

「それで俺から質問なんだが、工房を建てるのにいくら必要なんだ?」

「ん〜最低300万Gくらいかなぁ。できれば500万くらいは欲しいけど贅沢は言えないわね。研究費は月に100万Gあると嬉しいけどそこは予算を決めてからね」

 

 え、1000万以外に300万?さらに月に100万?!

 

「質問されなかったし別にいいのかなあって思っていたから、わざわざ話さなかったけどね。改めてよろしくねあたしのパトロンさん」

 

 クレアはにっこりと笑ったがその笑顔が怖い。

 神様、どうせ仲間を与えてくれるならまともな仲間をください!



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12 クレア

 クレアと握手した時、彼女の体臭が気になった。

 

「クレアちょっと臭い。いやかなり臭い」

「え?確かに一週間以上体洗っていないけどそんなに臭い?」

 

 クレアは体をすんすん嗅いでいる。二人もそう思うのかカテーナとヴァッツはそっぽを向いている。

 

「正直ノミだらけの野良猫のような匂いがする。オレの家で体洗いなよ、ついでに納屋を見に行こう」

 

 本当は師匠以下略。

 

 

 

 家の鍵を開けると、玄関に手紙が置いてあった。配達の仕事をしている冒険者がドアの隙間から滑り込ませたのだろう。

 宛先はセイバ師匠からだった。手紙の中身は一旦置いといて風呂場に向かう。

 

 風呂場は大理石でできた浴槽とシャワーが設置されており、浴槽とシャワーのタンクに水を張ってから火の魔石のかけらを入れるとちょうどいい感じのお湯になる仕組みだ。

 

 風呂を沸かして更衣室でクレアの服を剥ぎ取る。仕立ての良い服で、クレアの以前の生活が想像できる気がした。

 

「ええっと……私一人で風呂入れるから……」

 

 クレアは猫耳をヒクヒクさせる。

 私としては王女時代に飼っていたラシアンブルーの猫を思い出す。あの猫はたまに大浴場で洗ったが嫌がって暴れるから結構苦労した覚えがある。クレアはどちらかというと街にいる雑種の野良猫に見えるが。

 

「大丈夫だってほら耳とか背中とか自分だけじゃ上手く洗えないところとかあるでしょ」

「ちょっとあたし猫扱いされていない?!」

 

 私はクレアを濡れ鼠にした後、植物油の石鹸を取り出し泡だてて彼女を丹念に洗う。

 

 

 

 背中を洗っていると、クレアが恐る恐る私に話しかけてきた。

 

「……ねえ、ヒロはあたしのこと恨んだりしないの?」

「恨むって何を?」

「何ってさっきの契約のことよ。別に騙したつもりじゃないけど、色々とそっちが不利なことを伏せたりして……。あたしも事情が事情だし、できるだけ自分に有利な契約が取れるようにあんな態度をとったのよ?それにヒロは人が良すぎ。コロッと騙されたり、またいつか面倒ごとを持ち込まれるわね」

 

 ハハハ、否定できねえ。

 現時点で使えるか分からない全身鎧魔法使いとか、借金持ちの錬金術士とか面倒臭い仲間をどんどん引き入れているから、今後もありえなくはない。

 

「——でも、オレはクレアに感謝している」

「へ?」

 

 私は例の高額ポーションを飲ませたおかげでカテーナやヴァッツの命を救うことができ、呪い解除の効果を利用して巨人を倒せたことを話した。

 

「確かに6本30万Gは高かったけどそのおかげで2人を救うことができたから、安い買い物だったと思っている。それにクレアに恩があるからいつか報いたい……とか思っていたよ」

「別に恩にきる必要はないわ。あたしは物の価値に応じた対価を要求しただけ」

「それでも、だ。ありがとう」

「……なんかちょっと照れるわね。実はあたし、錬金術師をやる前は両親と行商人をしていたの。——錬金術師になるときに親と別れちゃったけど、両親はきっとどこかで旅をしていると思うわ。だから交渉ごとはあたしに任せてよ。多少は力になれるわ」

 

 タダ働きの上にサービス産業を積み上げる感じかしらね、とクレアは小さく呟いた。

 

 

 

 シャワーをかけて泡を落とした後、二人で一緒に風呂に入った。

 クレアは猫と違って水を嫌がる様子はない。

 

「はぁ〜生き返るわ。こうしてお風呂に入るのはいつぶりだっけ」

「オレも最近は風呂沸かさずに、水で汗を流していたからなあ。久々な気がする」

 

 湯船はそこまで大きくはなく、二人が入るといっぱいになる。

 

 クレアは両手を組んで天井に向けて伸ばして、大きく伸びをした。

 

「そういえば契約が破棄されたら借金の返済をどうするつもりだったんだ?」

「どうするも何もほぼ完全な詰みよ。お金を借りて建てた工房は差し押さえられ、ポーションが作れなかったしね」

「冒険者は冒険者ギルドに魔物の素材やポーションを納品できるからわざわざリスクを冒す必要はなかったんじゃない?」

「あそこケチだから1本5万Gで売れるわけがないでしょ。それに真っ先に試したけど、これまでにないポーションを納品するのだから審査をするため2、3ヶ月待ってほしいって言われたわ」

 

 手っ取り早く稼ぐにはリスクを冒してでもポーションを直接冒険者に売るのが一番だとクレアは言った。

 

「そんで商業ギルドにバレて、こっそり作った工房も何もかも取られたから、どうしようかって思ったときにあんたの顔が思い浮かんだのよ。ちょうど冒険者ギルドで話題になっていたから、試しに契約を持ちかけたのよ」

 

 その時、クレアは言葉を切り耳が少し動いた。

 

「……窓の外、人が1人。多分男。足音は隠しているみたいだけど」

「……?……分かった」

 

 私は意図を理解し、石鹸を掴んで窓に手をかける。窓は曇りガラスになっていて外の景色は見えないが、ミスリルサッシにはめ込まれているため左右にスライドさせて開閉が可能だ。

 そして窓を半分スライドさせて、その隙間から石鹸を外へ全力投げつける!

 

「覗きやっているんじゃねえー!アホー!」

「ぐあぁ!」

 

 外の男は当然ヴァッツだ。

 石鹸はヴァッツの頭に直撃した……と見せかけて、例の全身鎧のヘルムに当たり粉砕四散した。それでも衝撃はそれなりだったらしく、ヴァッツは尻餅をついた。

 

「おいヒロ!俺は偶然通りかかかったかもしれねえだろ!冤罪だ!」

「ヘルムだけ被った不審な格好でよくそんなこと言えるな!スケベ!遭難しろ!」

 

 私はビシャッと窓を閉じ、厳重に鍵を内側からかけた。

 

 

 

 風呂の後は夕食を支度をする。

 クレアが現状金なしホームレスなので、部屋が余っている私の(師匠の)家の空いた部屋に泊めることに決まった。そしてクレアと私のご飯を作るついでに夕食を4人分にして作ることにした。

 

 実は私はこれでも料理は得意な方だ。というのも王女時代は料理のりの字も無かったが、冒険者になってからは師匠と私の飯を作る必要があった。それに加えて騎士道物語はともかく最近の軽本ラノベにでてくる主人公ヒーローは戦闘だけではなく料理も優れている人がいるから、私はそれをなぞって練習したからという理由もある。

 最近は一人で食べることが多いから外食も多かったが、今日はヴァッツはともかく人が多いので腕が鳴る。

 

 牛肉の赤ワイン煮込みにポテトとチーズのグラタン。バゲットは温め直しておく。

 どうせ次の日の朝も同じものを食べればいいので多めに作ったのだが、

 

「なんか俺だけ量が少なく無いか?!」

「少ないなら自分でよそえばいいでしょ、ふん!」

 

 ヴァッツだけ料理の量が他の人と比べて絶賛7割引されている。

 料理は余っているので足りないぶんは自分でよそえばいいが、公爵家の生まれであるヴァッツは下働きに任せるため自分で料理を盛り付けたことはなかったはずだ。

 さっきの覗き疑惑に対する私からのささやかな意趣返しである。

 

「ヒロさんはいわゆる『ツンデレ系オカン受け』かしら。フフフ」

 

 カテーナがなぜかニコニコしているが、私はそれを無視する。

 

 リビングに置かれた大テーブルを4人で囲むが、これでもテーブルには余裕がある。

 

「神々の恵みに感謝を」

 

 手を合わせ、食事の挨拶をする。一応食事前に挨拶をするのが正式らしく以前は毎回していたが、こっちに来てからは忘れていた。

 

「いただきまーす!…………。おー、おいしいじゃん!」

「牛肉も短時間でよく煮込まれてトロトロになっていますわね」

 

 クレアとカテーナには大好評のようだ。

 

「信じられん……。泥団子が『私の得意料理だ』と言っていたあのお前が?幻術の類かなんかじゃ無いだろうな……?」

 

 ヴァッツはなんだか信じられないというような顔つきをしている。ひどい。嫌なら食べなければいいのだが、ヴァッツは恐る恐る口に料理を運ぶ。

 

「……お、普通にうまいじゃん」

「普通って何よ、ふつーって」

 

 それでも褒められるのはちょっと嬉しい。師匠はいつも「食える。問題ない」としか言わないし作りがいがあまりないのだ。

 

 さすがに3割だと量が足りないらしく、ヴァッツは慣れない手つきで器に牛肉の煮込みをよそった。



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13 クレア流スライム退治

 夕食後自室に戻り、師匠から送られた手紙の封を切って中身を読んだ。

 私の師匠であるセイバはランク12でこのヴィレッジどころか国有数の冒険者で、国内外の依頼で各地に赴くことが少なく無い。

 

 手紙を読んで見ると、今回の依頼は隣国アルキミアの調査だったようだ。

 最近アルキミアで革命が起きたらしく、王城まで押し寄せた革命軍が王様と王妃を処刑、二人の一人娘であるアルキミア王女は行方不明らしい。また現在も王国軍と革命軍の内戦が続いており、その余波で難民が溢れアルキミアと我が国デーニッツの間にある関所はパンク状態になっている、とのことだ。

 この手紙も伝書鳩を経由して配送されたそうで、師匠はしばらく戻れないと書いてあった。

 

 王都から近いとはいえ田舎町であるヴィレッジは情報の伝播が遅く、この手紙で革命のことを初めて知った。

 きっと今頃王都はなかばパニック状態に陥り、王であるお父様は胃を痛めているだろう。

 

 一方私は借金のことで頭が痛い。

 冷静に考えればこんな田舎町で、冒険者が駆け出しを抜ければ出て行くような街で高額の依頼なんてそうそう無い。

 安請負やすうけおいした私が悪いのだが、それでも堪らずベッドで足をジタバタさせる。

 昔なら1000万なんて端金とはいかないけど、ものすごく高いとは感じなかったけどな……。

 後悔しても仕方ないので手紙は机の引き出しに入れて、部屋から出る。

 

 部屋を出ると宿に帰るヴァッツと出くわした。

 

「ヒロ、大丈夫か?」

「大丈夫ってなにが?」

「借金のことだよ1000万Gくらい俺の実家から出すことは造作もないぞ?」

 

 私は首を横に振った。

 確かにヴァッツの実家からお金を貸してもらうなら簡単に解決するだろう。

 

「オレが決めたことだし、自分でなんとかするよ。それに今のオレはヴァッツの婚約者じゃなくてただの冒険者だから、ヴァッツに頼るのは悪い気がするよ」

「そうか。ならおやすみ」「おやすみ」

 

 

 

 次の日から私たちは借金を返すために依頼をこなすことにした。

 

「といっても高額な依頼はそうそうないよな……」

 

 強力な魔物はとうの昔にあらかた狩り尽くされたせいで、例の巨人のような報酬の良い依頼は見つからなかった。

 となると数をこなすしかないか……。

 

「ねえヒロ、このスライム狩りとかいいんじゃない?」

「ええースライム?」

 

 クレアは一枚の張り紙を指差す。依頼の内容は街の南でスライムを退治するというもので、討伐数に応じて報酬を支払うというものだ。

 

 スライムは草原に生息する半透明でゼリー状な魔物で、攻撃しなければこちらに危害を与えない比較的穏やかな性格をしている。ただ畑の野菜を体内に取り込み吸収するため、畑を荒らす害獣として駆除してほしいとのことだ。

 ただスライムは物理打撃系はほとんど効かず、剣でも直接コアを破壊しないと倒せない。普通のスライムなら倒すのに時間がかかるだけだが、アシッドスライムが飛ばしてくる酸は武器や防具を溶かし皮膚に当たればただれてしまうため、新人冒険者が受ける依頼としてはあまり人気はない。稼げる依頼でもないため上級冒険者にも人気はない。

 

 要は割とめんどくさい魔物である。

 

「普通のスライムが1匹2000G、アシッドスライムが1匹5000G……数をこなせばそれなりの額になるんじゃねえか?」

「でもアシッドスライムと格闘して武器がやられると最悪収支がマイナスになりそうなんだよな……」

 

 量産品だって武器防具は決して安くはない。

 

「ふふん、ならあたしに良案があるのだけど。聞いてみる?」

「金欠だし、大してお金はかけられないぞ」

「そこは大丈夫よ。錬金術師のやりかたをみせてあげる!」

 

 クレアは胸を叩いた。

 

 

 

 スライムはヴィレッジの南の草原に生息しているため、私たちはそこまでバケツを何個も持って向かった。

 バケツには飼料用の岩塩と家々を巡回して集めた灰が詰められている。

 さすがに所持重量的にカテーナを背負うわけにはいかないので、カテーナは今日はお留守番だ。

 

 今の季節は春が終わり初夏が訪れたばかり。草木は青々と生い茂り、日当たりのいいところにいれば少し汗ばむくらいの暑さだ。

 

 スライムはこの時期なら草むらに数匹いるのが普通だが、退治にくる人があまりにもいなかったせいか大繁殖して少なくとも30匹以上はいる。そのせいでところどころ草むらがスライムの食害で禿げて地面が露出している。

 こいつらが農家の畑に一斉に突撃したら大損害を被るだろう。骨が折れるがなんとかしないと。

 

 私はクレアの指示通り岩塩の入ったバケツをもって普通のスライムの1匹に近づいた。スライムは膝くらいの大きさの半球の形をしていて、石ころくらいのコアが体内に埋め込まれている。

 

「で、これを被せるのか?」

「そう、とりあえずバケツの3分の1くらいでいいわ」

 

 岩塩をスライムにかけ、しばらくした後棒切れでスライムと岩塩を混ぜるようにつつきまわす。

 

 するとなんとスライムから水分がにじみ出し、縮んでいったのだ!

 スライムも暴れ出すので棒切れで押さえつける。体内の水分が抜けて行くに従ってスライムの動きが悪くなり、最終的には固まって弾力のあるボールのようになってしまった。

 

 このスライムボールは後で回収してギルドに買い取ってもらい、余ったやつはクレアが研究材料にするとのことだ。

 

「クレアすごいじゃないか!」

「これは体の中と外の『浸透圧』の差を利用した方法よ。外の方がしょっぱいから、スライムの中から外に水分が染み出して縮んだのよ」

 

 クレアは得意そうに鼻をこする。

 

「【凍結フリーズ】、【凍結フリーズ】、【凍結フリーズ】……。やっぱこっちの方が速くないか?」

「ヴァッツは魔法が使えるからなあ……」

「誰でも魔法を使えるって思わないでよ」

 

 一方ヴァッツは剣をスライムに突き刺して剣の先端から氷魔法を放って体内から凍らせていた。樹氷状にできた氷はスライムの中で成長し、核を貫くため一瞬で倒すことが可能である。

 確かに圧倒的に速いし、魔力の消費も少ないため大量にスライムを捌けることはできるが魔法を使える人じゃないとできないやり方である。

 

「じゃあ普通のスライムはヴァッツに任せて、あたしたちはあのアシッドスライムにしましょ。ヒロ、岩塩と灰を持ってきて。最初に灰をかけてから岩塩をかけて混ぜるのよ」

 

 実際に挑戦するとアシッドスライムは攻撃に反応して酸を吹き出すが、棒に酸が触れても溶けずに残っていた。

 クレアの言うには、スライムが出す酸と灰の『アルカリ』とが中和することで酸を無力化できるということだ。

 

「確かにこれなら武器も壊れないし、安全に倒せるな」

「じゃあ後は2人に任せるわね〜。あたしは休んでいるから」

「え、ちょっと?!」

「だってあたしは錬金術師で非戦闘要員よ?それに、こういう知られていない新しい技術には高い情報料がつくのよ。少なくともあたしが働く以上の価値がある情報だと思うわ」

 

 そう言ってクレアは木の陰に座って休み始めた。

 

「あー暑い暑い」

「俺たちも少し休もうぜ」

 

 あれからスライムを20匹ほど倒した。太陽は高く昇ってかなり暑くなり、少し動くだけでも汗が流れる。ヴァッツから水筒を手渡されて、水を一口飲む。

 

「あースライムスライムスライム、スライム飽きた!ドラゴンと戦いたい、精霊王と殴り合いたい。せめてここにいるスライムが集まって合体して巨大スライムになったりしないかな」

「本当にそうなったら俺は逃げるぞ。酸対策で普段の装備は宿に置いておいたからな」

 

 暑い暑い、と言いながら残りのスライムを処理しているうちにクレアはいつの間にか眠ってしまったようだ。

 

 スライムを全て倒した時、クレアが寝ていた方から悲鳴が聞こえた。

 振り返ると緑色のスライムが木から垂れ下がり、柔らかい体がクレアの全身にまとわりついていた。

 彼女には目立った外傷はないが着ている服のところどころの繊維がほぐれ、スライムの体内に取り込まれているのが見えた。

 

「あ、あれは『服だけ溶かすスライム』!滅多に見られないレアな魔物で、文字通り服だけを溶かしてそれ以外は一切溶かさないと言う性質を持っているスライムなんだよ!」

 

 いやなんだそんな目的がピンポイントな魔物は!

 

「それは大変じゃん!ヴァッツ、クレアの肌があらわになる前にあのスライムをひっぺがえすぞ!」

「ちょっとまって!『服だけ溶かす』ということは服の繊維だけを選択的に溶かして、かつ人の皮膚は溶かさないっていうなかなか珍しい特性を持っているじゃない!先にこのビンにサンプルを取るから、その後スライムを剥がして!」

 

 クレアは何を言っているんだ!

 

 

 

「ううう〜しょっぱい」

 

 サンプルを採取後、岩塩をクレアごと全身にかけて縮んだスライムを回収した。

 帰宅途中、クレアは焦点の定まらない目でトボトボと歩いていた。

 幸い素肌を見せずに済んだが、着ていた服に穴が何個も空いてしまって、髪や肌は岩塩とスライムの体液でキラキラテカテカと光っていた。

 少なくとも女の子がそうなっていい光景ではない。

 

「大丈夫か?」

「どう見ても大丈夫に見えねえけど」

「——この服、あたしの友達から初めてもらった服なのよ。なのにこんな風にしちゃった……。あと持っている服これしかない……」

 

 私はクレアの言葉に少し表情を緩める。彼女は出会った時からお金お金言っていたので、まるでクレアは拝金主義者であると勘違いしていた。でも友達からの贈り物を大切にするその姿からその考えを改めた。

 

「服の修繕費ってパーティー全体の予算からでる?」

「依頼の最中に発生した損害だと考えれば……でるんじゃないかな」

「ホント?あーよかった。この服結構高いから修繕費いくらになるか見当がつかないのよね」

 

 クレアはさっきまでと違ってぱっと表情を明るくした。

 さっきの考えを撤回する。金のことしか考えてねえ。

 そもそも服のこと気にしているのだって、友達からタダでもらったものだからじゃない?それにもらったものしか服を着ないのなら持っている服が1着しかないのも当然だと思うぞ。

 

「それにスライムの体液を浴びたところの皮膚がつやつやしているから、もしかしてこれって美容効果があるんじゃないかしら?これは持ち帰って研究しないとね」

 

 どうやらクレアの機嫌が良くなったらしい。

 

 ポジティブで何よりです。



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14 特訓前半

 次の日の午前中は丘のふもとの訓練場でカテーナとヴァッツと3人で訓練することにした。

 

 訓練場といっても何もない原っぱがあるだけだが、筋トレをしたり武器を振るうには十分な空間はある。

 

「いぃーーーーーーーーーー……ペシャ」

 

 カテーナの希望により(というより鎧を着るとあまりにも役立たずなので)、筋力をつけるためにトレーニングを施すことになった。

 そしてそのカテーナは腕立て伏せの1回目、それも体を地面まで下げたところで筋肉が体重に耐えきれず崩れてしまった。

 

「さすがに体力なさすぎないか?」

「ハァハァ……魔法使いに体力を求めないでよ」

「でも騎士は見習いの時から鎧を着て全力疾走したり、武器を振るうんだぜ。あんたも鎧を着るなら最低限筋力はないと身動きすら取れないということはよくわかっているだろ?」

 

 今のカテーナは鎧でもローブでもなく動きやすい運動服を着ているが、すでに汗が吹き出して服が張り付いている。

 

 ヴァッツはカテーナの姿をじっと見て、時折腕立て伏せの姿勢についてアドバイスをしているようだ。

 さすが騎士団長の息子と見直していたが、

 

「ほれいーち、にー、さーん……。ほらもっと激しく腕を、全身を上下に動かして」

「ねえ、なんか一点に目線が寄っているのだけど」

 

 どうやらカテーナの腕立て伏せをするたびに激しく揺れる豊かな胸を凝視していたらしい。ヴァッツの評価をさっき上げた分だけ下げる。

 

 一方私は訓練場に転がっている岩の1つを肩の上に背負ってスクワットをする。これ1つで70kgはあるが、なにせ取り柄が怪力しかないため弟子入りした時からこういうことをやらされ続けていた。

 

「11、12、13、14……」

「ヴァッツさん、私わたくしもあの程度筋肉をつけるべきでしょうか……」

「いやあれは異常だから」

 

「……28、29、30!」

「ヒロ、お前人間か?」

「ちょっとひどくない?」

 

 ヴァッツは私を信じられない目で見ているが、いくらなんでもその言い方はひどいと思う。

 というか知っているよね?

 

 そしてしばらく淡々と3人で筋トレをしていた。

 

「もう無理……」

 

 30分後カテーナは限界がきたようで地面に体を預け、腕や足はピクピクと痙攣している。

 

「やっぱ体力と筋力の鍛錬が急務か」「なら休憩しない?」

 

 

 

 皮袋に入った水を飲んで軽く休憩する。

 

 その後私は剣の素振りの練習をする。

 ——お前の取り柄は怪力しかない、と私は修行を始めてすぐ師匠に言われたことがある。

 お前の魔法の才能は皆無。剣術のセンスもない。だが魔物を圧倒できる筋力がある。それを存分に活かした戦い方をしろと。

 それを言われてから腕力だけでなく、全身の力を使い敵を両断する技術を中心に磨いてきた。

 

 でもヴァッツは魔法も使えるしきっと剣術のセンスもある。私はヴァッツの才能に嫉妬している気がする。

 

 だからその差を埋めるために私はある画策をする。

 

 用意するのは長剣とボロ布、それに度数の強い蒸留酒と火打ち石だ。

 

「……ヒロ、お前何するつもりだ」「ちょっと見てて」

 

 ボロ布を長剣の刃の部分に巻きつけ、蒸留酒を布に染み込ませる。それに火打ち石で火花を飛ばせばお酒に引火して剣が青い炎を立てて燃え上がる。

 

「ジャーン!名付けて【火炎剣フレイムソード】!ねえヴァッツどうどう?」

 

 素振りをすれば剣に沿って炎の青い軌跡が描かれる。

 

「ヴァッツが【氷結剣アイシクルソード】なら対抗してオレは【火炎剣フレイムソード】にする、ってあっつ!」

 

 炎によって剣が熱せられて、握っている柄つかの部分まで熱くなり私は思わず剣を落とした。剣は地面に落ちて、やがて燃料のお酒が切れて炎が消えた。

 

「バカかお前は。魔法じゃないんだから持ち手が熱くなるのは当然だろ」

 

 手がちょっとヒリヒリするのでヴァッツが魔法で作った氷で手を冷やす。

 

「だってぇ……」

「ヒロは昔から魔法に適性がないんだよ。カテーナ、魔法が使えない人が魔法を使えるようになる方法は知らないか?」

 

 この道魔法を30年極めたエルフは思案するように耳をピクピクと動かす。

 

「……多分ない、わね。魔法に適性があるものが魔法を習得する方法は何種類かあるけど、適性がないものが後天的に適性が発現したというケースは聞いたことがないわ」

「つまり魔法の適性は先天的、血筋とかで影響するのか?」

「半分はそうね。エルフはみんな適性がある種族だから、ヒトの王族は一族とエルフを婚姻させて魔法適性のあるヒトの子供を産ませた、とお父様から聞いたことがあるわ。もう半分は突発的に適性があらわれる場合ね。ヒトなら10人に1人くらいに魔法の適性があるらしいわね」

 

 ゆえに王族から遠くとも血筋を引く貴族は魔法の適性を持つ人が多く、王族に近い人ほど魔法の適性が優れているという。公爵家の次男坊であるヴァッツはその一例だろう。

 一方王女でありながら魔法の適性がない私は周囲から色々と言われたのだが……あまり思い出したくないので考えを打ち切る。

 

「だぁーやっぱり魔法は無理かあ。ヴァッツはいいよなぁ、魔法が使えて」

「といっても使えるのは氷の属性だけどな。カテーナ、魔力を上げる方法とか魔法の扱いが上手くなる方法とか知っているか」

「そうですね、私わたくしが教えられることは大したことはないでしょうけど……」

「大学で魔法を学んだんだろ?俺らとは素質も知識も段違いなはずだ。俺たちが知らないことなんていくらでもあるはずだ」

 

 そうではない、と彼女は首を振った。

 

「立場上、私わたくしの口からは話せないのです」

「話せない?」

「エルフの高度な魔法技術は軍事的な秘匿事項に触れる可能性があるのですよ。かつてヒトの国が私たちの里に攻め入ったのはヒトにとってははるか昔の話かもしれませんが、私たちにはまだご存命の人がいます。長老の中ではまだヒトに対してあまりいい感情を持たない人がいるのです」

 

 500年ほど前まだ小国だった我が国デーニッツ王国はエルフの里を取り囲み焼き討ちにした。しかし森の中でゲリラ戦術を取り抵抗したエルフに追い帰された。ただ撤退戦の途中でエルフの王子を捕虜にすることに成功し、交換条件でエルフランドは降伏し、属国になる代わりに自治権を認められたという歴史がある。

 

 要はかつて里を燃やした種族ヒトに自分達の魔法技術は簡単には渡せないということらしい。

 

「特にヴァッツさんは公爵家の一族で軍事に関わる一族であるなら教えるわけには……」

 

 カテーナは言葉を濁しながらもはっきりと断った。

 ヴァッツはそれでもと詰め寄った。

 

「それでもお願いできないか?俺は今後騎士団に所属するつもりはないし冒険者を続けていくつもりだし……」

 

 ヴァッツは私に振り返ってちょっと見た。なんのつもりだろうか。

 

「俺はもうこれ以上仲間を失いたくないから、強くなるためなら手段は問わない。頼む。なんなら口外しないと俺の父ラウンド・ヴァスタードに誓ってもいい」

 

 そういってヴァッツはカテーナに頭を下げた。

 仮にも公爵家の息子である彼が頭を下げるのは珍しい気がする。

 

 カテーナは彼の頼みを聞いて、ため息をついた。

 

「そこまで言われると仕方ありませんね。全てとはいきませんが一部はお教えしましょう。それでヴァッツさん、何をお教えすればよろしいのでしょうか」

「前に巨人と戦った時に、呪文の直前に何か詠唱を挟んでいただろう?それにあの時は『あの速度で正確に命中させた』と言っていたよな。もしかして魔法の制度をあげるのがその詠唱なのではないか、と思ってな。学校では教えてくれなかったから、あれはもしかしてエルフの秘伝なのかもしれないと思ったんだ」

 

 カテーナは一瞬驚いた表情を見せ、それを頭の中から振り切るように首を振った。

 

「……あの時の私の言葉を耳にして、しっかりと覚えていましたか。ヴァッツさんは思ったよりも侮れない人ですね。あれは『制御魔術』と呼ばれるものです。攻撃魔法の威力をを犠牲にして命中精度を高めるための魔法技術の一つです」

 

 ——ヴァッツはスケベではあるがバカではない。

 彼は騎士団長の息子であり、冒険者学校で優秀な成績を収め、そして元々目端の利く人物である。

 

 才能に溢れ、仲間を思いやり、努力を惜しまない。そうヴァッツはまるで——主人公のような人だ。

 私が主人公みたいになりたいのに、ヴァッツの方がその適性があるのは面白くない。

 

「……ヒロ、お前なんで膨れているんだ?」

「別に」

「ふふふ、せっかくですしヒロさんも講義を聞いていきますか?」

「もちろん」

 

 私は魔法は使えないが、ヴァッツに対する対抗心から頷いた。



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15 特訓後半

 私達以外誰もいない原っぱの訓練場で、カテーナは説明を始めた。

 

「それでまず魔法の基礎は知っているかしら?」

「学校で習ったことはある。ただあいにく魔法使いコースではなく魔法剣士コースだったから、完全に知っているとは言えないが」

 

 私はもちろん習ったことはない。

 

「そうですか。でも魔法の基礎知識のおさらいを一応しますね。魔法は空気中のマナを体内の取り込み、そのマナを利用して現実世界に物理現象として発揮する一連の流れを指します」

 

 マナを取り込む手段は呼吸と体表面からの吸収の2つがあり、魔法使いはこの両方を最大限生かすためにマナの通しの良い布地を使ったローブを着るのが普通だ。

 そして物理的現象としてマナを利用するために呪文が存在する。

 

「エルフの古い伝承によりますと、かつての私わたくし達は呪文を使わずに魔法を使っていたと言われています。当時はそもそも言語体系が完成されておらず呪文がそのそも存在しなかったため、術者の思念によってマナを操っていたらしいです」

「思念?イメージとかそういうの?」

「そうですね、基本的にそのような考えでいいと思います。思念を使って魔法を形成する方法を古代魔法と呼んでいます。私わたくしも大学で古代魔法を習ったので試して見ましょうか」

 

 そう言ってカテーナは右手の人差し指を立てて、少し俯いて瞼を閉じる。

 しばらくしてポッと彼女の突き立てた指から炎が燃え上がった。

 その炎はそよ風に揺られて、炎の大きさが大きくなったり小さくなったりした。

 

 カテーナはその炎を宙に投げつけるように腕を振った。

 投げつけられた炎はふよふよとゆっくりと飛んで、何メートルか空中を進んだ後で消えてしまった。

 

「これが古代魔法です。昔の人たちは炎の魔法なら炎のイメージを頭の中に作り上げて魔法を形成していました」

「これと呪文がある魔法とはどう違うんだ?」

「呪文とは魔法の効果を一定にするために使われるのです。呪文なしでも魔法は使えますがこちらの方が魔法は安定するのです。【火球ファイアボール】」

 

 カテーナは今度は呪文を唱えて魔法を唱えた。

 すると彼女の指先にこぶし大の火の玉がともった。鎧を着ていた時と比べてできた玉の大きさが圧倒的に大きい。

 今度の火球は風に揺られても形を保っている。

 それを彼女が飛ばすとまっすぐに飛んで行った。

 

 飛んだ先には訓練用の案山子(高耐久)がありそれに直撃し、案山子は一瞬燃え上がった後一部が黒焦げが残って鎮火した。

 

「これが呪文付きの魔法です」

「なるほど、こっちの方が戦闘に向いているのか」

「そうですね。発動は呪文の方が早いですし、それに加えてこちらの方が間違えようがないというのも長所です。イメージだけに頼ると、イメージがぶれてしまえば炎の魔法のはずが氷の魔法にになったり、逆に回復の魔法のはずが炎の魔法になったりすることもあり得ます。そのため呪文で魔法の効果を制御するのです」

 

 エルフは大昔に魔法を呪文によって『言語化』し、魔法の使い手として世界中で一世を風靡したと言い伝えられている、と彼女は言葉を続けた。

 

「そして呪文の前に詠唱をつけ、呪文のみよりもさらに制御性をあげた魔法。それが『制御魔法』と呼ばれるものです」

 

 カテーナは今度は腕を先ほどの方角とは逆の方向に向け、魔法の詠唱を始めた。

 

「xxx……【火球ファイアボール】」

 

 呪文の前に聞きなれない呟きを添えて彼女はまた火球を生成し、発射した。

 当然先ほどとは真逆の方向に飛んでいったが、途中で軌道を180度変えてこちらの方に向かって飛んで行った。

 そしてそのまま私たちのそばを通り過ぎ、背後にあった先ほどの案山子に直撃した。

 

 つまり彼女は背後にあった標的に、火球を正確に命中させたのだ。

 

「xxx……【火球ファイアボール】、【火球ファイアボール】、【火球ファイアボール】」

 

 こんどはバラバラの方向に火球を発射したが、火球はどれも途中で放物線状に軌道が変化し、その全てが案山子に命中した。

 

「……すごいなこれは」

 

 これにはヴァッツも驚嘆の声をあげた。

 

「ヒトの魔法使い達のカリキュラムがどうかはわかりませんが、これがエルフに伝わる『制御魔法』です。ヴァッツさん、これはヒトの街では見たことがないということでいいですか?」

「ああ、初めて見た。すごいな。でもこれがエルフの軍事機密にどう関わるというんだ?」

「ではお二人に聞いてみますか。ヒロさんは魔法は何を重要視するべきだと思いますか?」

「火力と破壊力!」

 

 ヴァッツは何を行っているだお前というような表情でため息をついた。

 

「燃費。人間はエルフと比べるとマナの消費が大きいから、体内のマナの消費を考えずに魔法を連続して使うと息切れがするし威力もガタ落ちする。だからいかにしてマナの燃費を良くするかを考えるようにと学校の先生が言っていた。それに急激にマナを消費すると心臓が耐えきれずにショック死を引き起こすとも聞いたことがある」

 

 やっぱりお前は魔法は向いていねえなとヴァッツが言い放った。

 私が余計なお世話だとむくれると、カテーナはクスッと笑った。

 

「なるほど、ヒトの街ではそのようにお考えになるのですね」

「エルフは違うところを重視するのか?」

「ええ。私わたくし達は『正確さ』を重視します。正確に敵の急所に魔法を当てて敵を倒すこと、これがエルフ式の魔法の真髄です」

「なぜ正確性を求めるんだ?エルフは魔法が得意で、魔力のコントロールができるのなら範囲火力に特化して敵をなぎ倒すことももできるだろう?」

「私わたくし達の里は森の中にあります。そして森と共に暮らしています。ですので……」

「広範囲の魔法をつかえば森に被害が出るということか」

「そういうことです。例の戦争の時もそうでしたが、私わたくし達は森の中に引きこもって奇襲を繰り返すことを基本戦術とします。魔法使いは木陰や茂みに潜み、別部隊の陽動に誘い出された敵を各個撃破します。その時にできるだけ森への被害を少なく、かつ効率的に敵を倒すために魔法の正確性を求めるのです」

「ふーん、わかった」

「お前は理解しているか怪しいな」

「ひどくない?」

「で、俺が呪文に詠唱をつければその制御魔術は使えるのか?」

「ええ。ヒトには本来教えてない技術ですが、私わたくしの真似すればおそらく可能だと思います」

「なら教えてくれ。頼む」

 

 この後ヴァッツはカテーナの指示を受けながら制御魔術の練習を始めた。

 カテーナ曰く、制御魔術は目標の位置を正確に把握することが第一であり、詠唱は単純に言うと『その位置に向けて攻撃魔法を当てるための』魔法の呪文にあたるらしい。

 

 ヴァッツは手の平を前方に伸ばし、魔法の詠唱を始める。

 

「xxx……【氷柱アイルニードル】!」

 

 ヴァッツは呪文の前に詠唱をつけて氷の塊を発射する。打ち出された氷の塊は遠くにある案山子に向かって飛んで行き、急所の顔をかすめて通り過ぎてしまった。

 

「さすがに最初はうまくはいかねえな」

「練習あるのみですわね。ヴァッツさん」

 

 今日の練習の残りはひたすらヴァッツの魔法の練習に明け暮れた。

 その間魔法適性のない私はヴァッツを見ていることしかできなかった。

 




1話と2話と間を埋めるために 2話と2.5話(旧2話)に分割しました


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16 マルフィリア過激派

 借金のせいでお金を稼がないといけない羽目になっているので、午後は依頼を探しに冒険者ギルドに向かうことにした。

 ヴァッツから資金の融資の話も断ってしまったし、ギルドの掲示板を見ても報酬の高い依頼は依然としてない。スライム討伐の報酬はそれなりの額だったが、あれはスライムが大繁殖していた上にレアな個体がいたから次回も同じだとは思えない。

 他にお金を稼ぐ方法なんてお姫様と冒険者しかしたことがない私には想像がつかない。

 

 どこかに短期、高収入の仕事とかないかな……。

 

 そう思い悩みながら一人で大通りを歩いていると、道端で二本足で歩く大型犬のような魔物がに出くわした。

 銀色の体毛で覆われた体に、つぎはぎがあるがきちんと仕立てられた服を着ていて、手にはリンゴが入ったカゴを持って困ったことがあったのかうろうろとしてる。

 

「お、ポチ。こんにちは」

「ヒロ、さん、こんにちは。ちょっと、頼みたい、ことが、あるの、です」

 

 その大型犬はたどたどしく話す。

 彼はコボルトという種類の魔物で名前をポチという。

 彼は魔物であるが、この街の商家で使用人として働いている。稀にであるが魔物の中には温厚な性格を持つ者がいて、こうして人の街で働きにくるものもいるのだ。

 

 彼らに対する街の人の感情は様々で、一部に露骨に嫌うものもいるが大半は温かい目で見守ってくれている。

 冒険者が多い街であるがそれはそれ、これはこれと、敵対する魔物と友好的な魔物を区別して扱ってくれる人たちが多いのだ。

 

 私は以前からポチとは色々と縁があるし、とりあえず話は聞くことにする。

 

「別に大丈夫だけどどうした?」

「ご主人の、家から、リンゴがたくさん、届いたから、孤児院に、届けたいの、です」

 

 この街の歴史は浅いせいか、孤児院がある教会は一つしか思い当たらない。そしてその教会は魔物を嫌っているため、ポチがうかつに近づくのは危険だろう。

 

「ああ、ご主人の実家からリンゴが送られたから、孤児院におすそ分けしようとしたと」

「そう、です。お願いしても、いい、ですか」

 

 クゥンとポチはつぶらな瞳で私を見つめている。

 こうしてみると本当に犬にそっくりだ。

 

「いいよ。その代わりモフモフさせて」

 

 教会まではここから遠くないし、快く快諾する。

 カゴをポチから受け取り、彼を抱きしめる。ご主人から大切にされているようで毛並みは良く、触っていて気持ちが良い。

 コボルトを抱きしめてると、あの焦げ臭い匂いがわずからながらにする。

 たいていの魔物はこの匂いがして、魔物の強さに応じて匂いの強さも変わるのだ。

 

 それでもかわいい。うちに1匹置いておきたいくらいだ。

 私はポチを解放し、彼に手を振って教会に向かう。

 

「ありがとう。行ってくる!」

「ワフ。気をつけて、ください」

 

 5分くらい歩いて教会にたどり着いた。

 

 孤児院も併設されているため教会の入り口付近では孤児達が2、3人遊んでいて、私が近づいてくるとこちらに駆け寄ってきた。

 そのうちの一人は歳は13くらいの黒髪の活発な男の子で、孤児院の中では最年長であるはずだ。

 

「ヒロ兄ちゃん!」

「こら坊主。せめてお姉ちゃんって言いなさい。シスターさんに用があるのだけど中にいる?」

「ああいるぜ。ヒロ姉ちゃん、また今度剣の稽古をつけてよ。俺も来年は冒険者になって魔物をたくさん殺すんだ」

「いいよ。今日はまだ用事があるからまた今度な」

 

 冒険者が多い街なので、この街の孤児院の子供達はここから出た後は冒険者になり生計を立てることが多い。

 

 子供達と別れて教会に足を踏み入れる。

 建物は比較的新しいが、荘厳で他を寄せ付けない雰囲気を漂わせている。

 中に入ると教会の左右の壁に壁画があり、神官達がゴブリンやオークなどの魔物達を剣や棍棒で皆殺しにして、死体を積み上げ、さらに別の神官が死体の山を燃やしている光景が描かれている。

 教会の中に入るたびに、ここが普通の教会でないことを知らしめている。

 

 教会の中はガランとしていて、一人のシスターが神像に祈りを捧げていた。

 

「すみませんお邪魔します」

 

 声をかけると彼女は振り返った。歳は40前後のヒトの女性で、黒いシスター服を着ていた。

 彼女はここの教会を束ねる司教である。

 

「おやヒロ様ではございませんか。先日の噂はかねがね私の耳にも届いています。呪いの加護を受けた邪悪な魔物の討伐、大義でございました。ミィーティス様の心も少しは晴れることでしょう」

 

 シスターはいきなり物騒な話題を口にし、頭を下げ礼をいう。

 

 この教会は神々の一柱『叡智の神ミーティス』を祀る教会の1つで、その中で魔物を血祭りに上げることに全身全霊を傾ける『マルフィリア過激派』に属している。

 

 ミーティスはヒトに知恵を与えた神で、彼女が与えた知恵は世界の真理に通じる完全なものであったとされている。

 だが悪しき魔物達はその知恵をヒトから半分奪い去ってしまったので、ヒトは不完全な知恵しか残らなかった。だから魔物を1匹でも多く殺し奪われた知恵を奪い返す、というのがマルフィリア過激派の主張だ。

 

 魔物を殺すという理念に共感を得た冒険者は少なくなく、派閥の1つながらもその影響力は侮れない。

 

 先ほど述べた人間に友好的な魔物を嫌う人達が彼女らである。

 孤児院のガキはともかく、彼女らの価値観とは私の価値観と合わない。

 だから居心地が悪く、用件が終わったらさっさと教会から出たい気分である。

 

「それで本日はどのようなご用件で」

「あそこの商家からリンゴを預かってきたから孤児院の子供達に配って欲しいんだけど、大丈夫ですか?」

「はい、わざわざありがとうございます」

 

 シスターはうやうやしくカゴを受け取った。

 これでここには用はないのだが一つ気になることがあるので聞いてみた。

 以前真夜中に出会ったあの女の子のことだ。

 

 あの時はよくわからない御告げのおかげでヴァッツとカテーナを助けることができた。だからお礼を言いたいのだが、今まで機会がなかったのだ。

 

 彼女がシスター服を着ていたことから、この街唯一の教会であるここに在籍している可能性が高いだろう。

 

「それで少しお聞きしたいのですけど、赤いシスター服を着た、長い金髪の女の子はここの孤児院にいますか?歳は10くらいの子ですが」

 

 シスターは無表情のままだったが、少し目が泳いでいた。

 

「……うちの孤児院にはそのような容姿の子はいません」

 

 ——嘘をついているわけでもないが、真実を話しているという感じではない。

 直感的にだが、私はそう感じ取った。

 

 かつて王族として君臨していた時は常に貴族や人々からの『嘘』に晒され続けていた。

 たとえ私のことが個人的に気に入らなくても王族に対して従順な態度を頭を下げる時、思っていたことを隠して表面上を取り繕う時、そうしなければ不敬罪で自分の首をはねられる時、周りの人たちはあのような表情をするのだ。

 

 父上はかつて、王族の一員ならば嘘か本当かを見抜けなければならないと言っていた。

 そのため私も人の嘘には敏感になのだ。

 

 あの子はシスターの知り合いだが既にこの街にいないのか、それとも教会にはいるが孤児とは別枠で引き取られているのか。

 だがもしシスターの発言が嘘でも真実でもないと仮定するなら、どちらの仮説も彼女がごまかす理由にはならない。

 

 何か嫌な予感がする。

 

 あの赤いシスター服に金色の髪と瞳をした、自らを神と称し未来のことを話したあの少女。

 思い返すと初めて出会ったはずなのに、どこか見覚えのある印象が残っていた。

 どこかで似た人物を見たことがあったのだろうか?

 

 私は過去の知識を総動員して推測する。

 

 赤い修道服は魔物を焼き殺す炎のイメージで、マルフィリア過激派の人なら高位の人が着るものだ。

 

 ——マルフィリアの聖女リーヴィス。教会を束ねる法王の娘で、過激派のトップに君臨していた女性だが11年前に突如失脚して王宮で話題になった。

 幼い頃に一度見たことはあったが彼女も金髪で金の瞳を持ち、赤いシスター服を着ていた。

 

 もし神に仕え、独身を貫く彼女が妊娠を理由に失脚したなら、あの女の子くらいの娘がいてもおかしくはない。

 そして聖女の子でありながら表には出せない事情があるのだろうか……。

 

「あの……どうかしましたか」

 

 いつの間にか私は少し長い間思案に暮れていたらしい。心配したシスターの呼び声でふと我に帰る。

 

 もしかしたらあの女の子に何か大変なことがあったのかもしれないと私は思った。

 そして私はこれまでの推測を口に出してみる。

 

「——ああ、すみません。失礼ですが聖女リーヴィス様の娘はこちらにおられるのでしょうか。私は彼女が神より授かった神託のおかげで命拾いし、その礼を申し上げたいのですが……」

 

 彼女は衝撃で目と口を大きく開き、その直後に慌てて口を手で塞いだ。

 どうやら大当たりらしい。

 

 彼女は周囲に私達二人以外に誰もいないことを確かめると、ゆっくりと口に当てた手を下ろした。

 少し思惟した後、シスターは意を決したのか私に話しかけた。

 

「……あなたがどこまでご存知かは存じません。もしこれがミーティス様の導きであるならば、こちらについて着てください」

 

 シスターはくるりと背を向け、奥へと歩き始めた。礼拝堂を抜けて渡り廊下を歩き、彼女が寝泊まりしているだろう居間にでた。

 部屋の中は簡素ながらもしっかりとした家具が備え付けられ、火はついていないが暖炉も設置されていた。

 

「少しお待ちください」

 

 彼女はそういって暖炉に火をつけると、リンゴをカゴごと暖炉に放り投げた。気が付いた時にはカゴはすぐに燃え尽き、リンゴはしばらく炎に照らされ赤々としていたが、やがて黒く炭化し燃え始めた。

 

 彼女は無表情に、その行為がさも当然のことのように行った。私はその光景をただ見ることしかできなかった。

 

「……失礼しました。ではこちらに」

 

 服の袖に付いていた銀色の毛を指でつまみこれも暖炉に放り込むと、彼女はもう一つの鉄の扉に手をかけ私をそちらに誘導した。扉を鍵で解錠し開くとギギギッと重い音がした。

 

 扉の先は階段で、地下へとつながっていた。



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17 囚われの幼女

 石を削ってできた階段を降りると、地下特有のひんやりとした空気に包まれた。

 地下階に到着すると廊下に沿って空の牢屋がいくつもあった。ここで囚われていたのは罪人かそれとも魔物なのか。

 先導するシスターは手燭(てしょく)にロウソクを刺し、カツカツと木靴を鳴らしてまっすぐ進む。

 

「こちらの部屋の先に()()はいます。どうぞお入りくだざい」

 

 こちらも装飾の1つもない鉄の扉で鍵もかけられている。

 孤児院の子供達が悪いことをした時は反省させるために懺悔室に閉じ込められるというが、それにしてはあまりにも厳重すぎる。

 鍵を開け、シスターは扉を開いた。

 

 物が何もない部屋だった。

 装飾品の類はおろか、家具の類や食器らしき木の器以外道具の一切がない部屋だった。部屋の中に明かりはなく、ただ空気孔からヒューヒューと空気の流れる音だけが聞こえた。

 

 その中に彼女はいた。

 長い間日に当たっていなかったからだろうか肌の色は透き通るように白く、体はひどく虚弱であるように見えた。

 そしてその細い腕には鉄の手かせを、足には足かせが付けられていた。

 

 彼女は横たわっていたが、私が部屋の中に入ると気が付いたようでゆっくりと起き上がった。

 

「だれ?」

 

 私の目の前で目をこする彼女は、あの夜見た赤いシスター服を着て金の瞳を持った女の子に間違いなかった。

 ただ声は老婆ではなく年相応の、幼い女の子の声だった。

 

 どこからどう見ても可憐な女の子で、彼女に付けられた鉄のかせはあまりにも異様だった。

 

 どこからどう見ても彼女にしていいしうちではない。

 

「ちょっと待ってください、なんなんですかこれは!おかしいですよ!何をしたらあの子はこのような仕打ちを受けるのですか?!」

 

 私は思わず彼女に駆け寄り抱きしめる。

 彼女は驚いてすこし身じろぎするが、彼女のかせに付けられた鎖がジャラリと鳴った。

 

 彼女が着ている赤いシスター服は自浄作用がある高級品らしく、体がひどく汚れているわけではなかく体臭も気になるほどではなかった。

 だから分かった。どうして教会がこれほどまでに厳重に彼女を閉じ込めている理由が分かってしまった。

 

 彼女からは、微かながらコボルトのポチの同じ匂いがした。

 

 ハッとなり女の子を解放し、入口に立ち中に入ろうとしないシスターへと振り返った。

 

「シスターさん、彼女は……」

「……詳しい話は外でします」

「分かりました。じゃあね、お姉ちゃんはちょっと外でお話しするから」

「おねえ、ちゃん?」

「そう。お姉ちゃん。いってくるね」

 

 彼女の髪を撫でると金の髪の毛は柔らかく、女の子はちょっとくすぐったそうにした。

 

 私が部屋から出ると、シスターは外に出て再び扉を閉め鍵をかけた。彼女はため息をひとつつくとゆっくりと口を開いた。

 

()()は聖女リーヴィス様と吸血鬼(ヴァンパイア)との間に生まれた忌み子でございます。リーヴィス様は愚かにも吸血鬼(ヴァンパイア)の男に恋をして子供を成しました。それが原因となり彼女はマルフィリア派から失脚しました」

 

 彼女は淡々と話し続け、首を少女がいる部屋の扉の方に向けた。

 

「そして()()の処分に我々教会は困っています」

 

 まるで捨てたくともも捨てれない粗大ゴミの処分に困っている、とでも言うかのように彼女は語った。

 

()()は忌々しき血を引きながらも、同時に聖女の娘でもあり、法王の孫娘にもあたります。故に表にも出すわけにもいかず、我々の手で抹殺するわけにもいかず、あのように地下室に閉じ込め人目に触れないところに幽閉するしかなかったのです」

 

 手や足を拘束したのはつい最近のことで、シスターが目を離した隙に少女は教会から抜け出したので今後脱走を計られないようにするためだそうだ。

 彼女は罪のない少女を地下に幽閉し手足を拘束する、到底人の所業でないことをさも当然のように行っている。

 

 狂っている、と私は思った。

 だが抑揚もなく淡々と話すシスターからは狂気の兆候は見られなかった。

 単に私と彼女の認識の間に明らかな隔たりがあるだけだった。

 

 

 

「——というわけで思わず連れて帰ってきちゃったけど、どうしよう」

「いやヒロ何しているんだよ。バカかお前」

 

 あまりの惨状に彼女を引き取ると申し出た。

 母親はすでに獄中死したらしく、制度上は彼女は孤児という扱いになり引き取りが可能だった。

 

 シスターは「あなたはセイバ様の弟子で、冒険者としてこれまでの業績を考えると信用してもいいでしょう」と言って割とすんなりと了承してくれた。

 教会は単に彼女の扱いに困っていたからだけでなく、魔物抹殺を目標に掲げている派閥のせいか普段から魔物を狩る冒険者に対しての信頼が妙に厚いから、という気もする。

 

 結局ギルドに立ち寄らずそのまま師匠の家に持ち帰り、またやってしまったと頭を抱える。

 以前も捨て犬よろしくコボルトの子供を拾って、セイバ師匠の目から隠して飼っていたことがあった。当然師匠に見つかってボコボコにされた挙句、引き取り手を探して街中を散々歩き回った記憶がある。

 

 というわけで今は4人+1人でリビングのテーブルを囲んで夕食を取りながら、会議をしている最中である。

 

「で、どうするのさ」

神官(プリースト)だし回復魔法が使えるならいいんだけどね……。カテーナ、彼女に魔法の適性はあるか分かる?」

 

 カテーナは魔力を確かめると言って少女の頰をプニプニと指でつつく。

 

「——多分かなり高い魔力の出力を持っているわ。ぱっと見るだけじゃどの魔法に適性があるかはわからないけど、到底ヒトとは思えないわね」

「ホント?!このままじゃあたし回復職(ヒーラー)として大して活躍してないのに、そのまま用無し?!」

 

 ヴァッツは呆れたようにため息をつき、クレアは急なライバルの登場で自分の立場が脅かされることにおののいた。

 みんな三者三様の反応をしていたが、少女はというと……。

 

「——————お姉ちゃんおかわり!」

 

 彼女に与えられていたご飯(教会曰くエサ)はよほど少なかったらしく、少女はスプーンすら使わず手で掴みで私の料理をむさぼるように食べた。

 

「はいはいおかわりね。ちょっと口が汚れているんだけど」

 

 あまりにも彼女が勢いよく食べているせいで服やら顔やらに食べかすが飛び散っている。服に当たった汚れは自浄作用で消えるが、顔はそのまま食べかすが付着しているのでタオルで彼女の顔を拭く。

 

「俺もおかわり」

「ヴァッツは自分でやって。私はこの子の面倒で忙しいのだから、あんたもそのくらい自分でできるでしょ」

「へーいへーい」

 

 クレアはいぶかしむように私たちを見た。

 

「いつのまにか子供を世話する妻と亭主みたいな感じになっているけど、やっぱりあなたたち付き合っているんじゃないの?」

「「違う」」

「そーですか。いや別にいいけど。それでこの子、名前とかあったりするの?」

「ローザ・リーヴィス。教会の人達はそう言っていたけど」

「リーヴィス……確か昔聖女の名前で聞いたことがあるな。その親戚か」

 

 ヴァッツも知っていたらしい。

 

「まあ細かい話はまた後でするよ……問題なければこのままうちのパーティーに加えたいと思うけど大丈夫だよね?」

 

 彼女が半魔であることはとりあえずこの場は伏せる。

 

『我々は()()におのれが半魔であることを伝えていません。もしそうすれば自分の血が(けがれ)れていることに耐えきれず舌を噛み自害するでしょう。間接的とはいえ聖女の娘に手をかけることを我々は望みません』

 

 シスターはそれがまるで世間の常識のように語った。

 ローリーに話すかどうかは一旦保留しておいて、彼女がいないところで事情は話そうと思う。

 

「——まあ偽名を使って冒険者登録すれば足はつきにくくなるみたいだしな。聖女リーヴィスは表舞台から降りた聖女だしその娘なら問題ない……のか?」

 

 ヴァッツは頭をひねるが了承するようだ。他の二人も(クレアは怪しいが)大丈夫なようだ。

 

 

 

「おかわり!」

 

 料理に舌鼓を打ちニコニコと笑う彼女を見て、同時にホッとした。

 

 いままで私のパーティーメンバーは残念ながら変な人しかいなかった。

 剣も魔法の腕も優秀だけど下半身に正直な男、元婚約者ヴァッツ。

 魔法も魔力も一流だがそれを投げ捨てて鎧を付けた、腐れエル()カテーナ。

 錬金術師のくせに先に借金を(つく)っている、赤字の借金術師クレア。

 

 この3人に比べれば経歴こそ重いが、まだ幼い純朴な少女で今後思う存分魔法の才能を開花してどうにでも成長できると想像していた。

 

 ローザは可愛い神官(プリースト)として、きっと無駄に濃いパーティーの癒し枠になってくれるだろうと思っていた。

 

 だが私は完全に失念していた。

 彼女はマルフィリア過激派の被害者だが、同時にマルフィリアの一員であることに気がつかなかったのだ。



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18 ローリー

 それは次の日の午前に判明した。

 私たちは彼女を冒険者として申請するためにギルドに向かっていた。

 

 宿を出た冒険者たちは依頼を探すために私たちと同じ方向に歩き、彼らに果物や軽食を売りつけるために露店がいくつも並び大通りは活気にあふれていた。

 

「ヒロさん!」

 

 その時果物屋の店主に呼びかけられた。先日巨人狩りの際に助けたフキノのその父親だ。

 

「ああ、ご無沙汰しています」

「うちの娘を助けてくれてありがとうな。さすがセイバさんの一番弟子だ。娘からヒロさんの勇姿は何回も聞かされたぜ」

「あぁ……はい」

 

 一番も何もセイバの弟子は私だけなのだが。

 

「このリンゴ美味しい」

「そりゃなんて言ったってそのリンゴは今朝とれたての新鮮なやつだから……ん?」

「ん?」

 

 ローザは露天に置いてあるリンゴを1つ勝手に手に取って、シャリシャリと口いっぱいに頬張っていた。おまけに腕に何個もリンゴを抱えている。欲張りだ。

 

「ちょっとまって!それはお金を出して買わないといけないんだよ!」

「お金?買う?」

「お嬢ちゃん、お金を見たことがないのかい?これが紙幣でこっちが貨幣。これとリンゴを交換してもらうことを『買う

』って言うんだ。お店で買うときはお金を出さないとダメだからな」

「おとうさんすみません……」

 

 店主は昔を懐かしむように語り続ける。

 

「さすがヒロさんの仲間だな。ヒロさんも昔はお嬢ちゃんみたいに『お金とはなんだ?ここの果物は食べ放題ではないのか?』とか言って食い逃げしようとしたよな……。あのときはなんだあのクソガキって思ったが、今は本当に冒険者にはもったいないくらいのいい娘に成長したな……」

「本当にすみません……」

 

 申し訳なくなり頭を下げる。

 あのときは街に降りてすぐでお姫様感覚が抜けていないせいで貨幣制度がよく分かっていなかったのだ。

 あの後店主に捕まり罰として1日店番をやらされた。この店は多分世界で初めて王族が働いた果物屋だろう。

 

「ヒロ、お前……」「うるさい」

「まあヒロさんには娘の命を助けてもらった恩があるし、好きなだけ持って行きなさい。このくらい娘の命に比べれば安いものさ」

「ありがとうございます……」

 

 果物屋の店主に頭が上がらない。

 

「お前、昔とはえらい違いだな」「うるさい」

 

 何が面白いのかヴァッツはニヤニヤとしている。

 

 店主と別れて再び大通りの人の流れに合流する。

 いつからかは分からないがローザは長い間地下に監禁されていたため、世間の常識を知らないのだろう。今後は彼女の教育も視野に入れないといけないようだ。

 今後の課題に頭を巡らせながら歩いていると、今度は昨日も会ったポチと出会った。

 

「わふ、ヒロさん」

「ポチ!昨日のリンゴはちゃんと教会に届けておいたぞ」

「ありがとう、ございます」

 

 ポチはぺこりと頭を下げる。

 確かにリンゴは渡したけどシスターに焼却されたことは黙っておく。別に嘘は言っていない。

 

 カテーナはポチを物珍しそうに見て、ヴァッツはこんな街にもコボルトがいるのかと頷いている。

 

「お、こいつコボルトか。王都だとたまに見たがこの街だと初めて見るな」

「ヒトの街では魔物も働いているんですね」

「冒険者ギルドが成立した時から友好的なやつは人間の社会に参加し始めたらしいし、3、40年前くらいからじゃないかな。王都でもたまに見るくらいだけどな」

「かなり最近の話なのですわね」

「あ、みんなに紹介するねこの子はポチで……」

 

 私がパーティーのみんなにポチを紹介しようとしたが、急に周りの空気が変わった。

 

「魔物、コロす」

「へ?」

 

 ドスドスドスとローザの腕からリンゴがこぼれ落ち、石畳にぶつかってリンゴの表面が潰れる。

 

 彼女は右腕を伸ばして手のひらをポチに向ける。その手のひらから火の玉が膨張と収縮を繰り返し、火の玉の密度を高めていく。

 魔法に疎い私でもわかる、圧倒的な魔力の奔流。

 そしてローザから発せられる圧倒的な殺意。その殺意さえあれば魔法の詠唱すら不要とでもいうのだろうか。

 

 突然の事態に恐怖で座り込むポチは、訳が分からずブルブルと震えている。

 

「コロす!」

「ちょっとまったあああああ!」

 

 私はローザを背中から抱えて、こぶし大ほどの火の玉を生み出す右腕を空高く挙げて魔法の軌道を上にそらす!

 その瞬間、火の玉は超高速で発射され上空で大爆発を起こす。もし軌道をそらさなかったらポチどころか私たちも巻き込まれて危なかった。

 

「ポチ逃げて!」「は、はい!」

 

 ポチは弾む鞠まりのようにその場から駆け出し、大通りから外れた裏路地に逃げた。

 大通りは一時騒然になった。魔物とはいえ、彼は居住を許された町民の一員である。仮に冒険者が町民を襲うことがあればそれは冒険者の信用に関わる。それだけでなく人目のある場所で乱闘騒ぎを起こせば、他の冒険者が最悪加害者を殺害してでも止めることだってあり得るのだ。

 

「申し訳有りません……申し訳有りません……。ほら、ローザも謝って!」

「どうして」

 

 振り返って、どうして、と不満げに彼女は言った。彼女からすればそれが当然とでも言うかのような態度だった。

 そこで私は初めて気がついた。あの教会の影響を受けているため。彼女の思想はマルフィリアに限りなく近い。

 ただマルフィリアの連中は街中で騒ぎを起こさないと言う分別がつくように教育されるため、街中で魔物に出くわしても唾を吐きかけることはあるがいきなり襲いかかったりはしない。

 だが中途半端に思想を受け継いだローザは、さっきみたいに分別なくいきなり襲いかかっても良いのだと、そう考えているようだ。

 

 残念ながら彼女もまともな人ではなかったようだ。

 

 事態はこのままでは収まる様子は見せない。彼女の魔力の出力は常人を遥かに超え、その彼女が騒ぎを起こしたのだ。いくら私でもこれを収められない。冒険者たちは今にも剣を抜くか否かという状態で、周辺の空気は一触即発だ。

 

「ちょっと待ってほしい」

 

 その時私の隣にヴァッツが現れ、冒険者たちを制した。

 

「俺はここのバスタード領の当主ラウンド・バスタードを父とするカイト・バスタードだ。今は訳あって冒険者の身だが、今回の事態は俺の監督不行き届きも原因の1つだ。幸い今回死傷者は出なかったため、できればこの場を穏便に収めてほしい」

 

 ヴァッツがそう言うと、少し場の空気が緩んだ。

 冒険者は名目上その出自を問わず平等であると、冒険者ギルドの規律に書いてある。そのため本来いくら公爵家の息子だとしても、冒険者が貴族の権力を行使するのは褒められたことではない。

 しかし今回は被害者が出ず、ヴァッツが高慢な態度を取らず対等な目線で語りかけたためこの場を鎮めるができたのだ。

 

「あれ、この街ってバスタード領だったの?」

「いやお前住んでいて分からなかったのかよ?!」

 

 騒動の原因であるローザは事態を把握できていないのか、頭に?を浮かべ困惑していた。

 

「いい?魔物は殺していい魔物と殺したらダメな魔物がいるんだ。オレだってたくさん殺しているけどそれは殺していい魔物だけを殺しているんだよ。だから街中でいきなり魔物を殺そうとして騒ぎとか起こさないで」

「…………?わかった?」

 

 彼女は本当に理解しているか怪しいが頷いてくれた。

 私も殺していい魔物とダメな魔物の違いはさっぱり分からないが、とりあえず問題は解決したということにしておこう。

 

 

 

 ギルドになんとかたどり着き、彼女を冒険者登録するために申請書に書き始める。

 とはいえ書くべき事項は名前と担当する予定の役職だけなので本来そこまで時間はかからない。

 

 ただ今回彼女の申請は難航していた。

 名前は本名のローザ・リーヴィスのままにはするわけにはいかないので、冒険者名もとい通り名を考えないといけないのだ。

 

「で、やっぱり名前はかっこいいやつにしない!?アルトリウスとかヘレクレスとかランスローとか!」

「お前バカか。女の子にそんな名前つけたら近所の子に笑われるぞ。もうちょっと無難な名前にしろよ」

「あんたたちいちいち子供の名前を考える新婚夫婦ムーブかまさなくていいから。もう名前と苗字を合わせて『ローリー』とかでいいんじゃない?」

「ローリー、いい名前なの」

「いやその名前でいいのかよ」

 

 ローザ改めローリーはその名前が気に入ったのか頷いている。

 本人が大丈夫ならいいのかな?

 

 カテーナはギルドで販売していた魔力適性検査用のクリスタルをローリーの頰に押し付ける。

 

「カテーナ、ローリーの魔法適性はどういう風になっている?」

「——攻撃魔法、それも炎の属性に特化しているわね。それ以外の適性はほぼ皆無ね」

「回復魔法もダメか?」

「だめね。魔法の出力はヒトならトップクラスだと思うから火力担当メインアタッカーとしては逸材と思うわ」

「火力担当メインアタッカーの神官プリか……聞いたことがねえぞ」

 

 ついでに私もわずかな期待を込めて魔法適性の検査をしたら、適性は一切なかった。悲しい。 

 

「それと……分類しにくいけど、神聖属性の自己強化?みたいな適性があるわね。これ天から直接マナが送られているのかしら。もしかしてこれ、憑依ひょうい魔法?珍しいのを持っているわね」

 

 カテーナ曰く憑依魔法とは自分の体に自分以外の物、例えば霊魂を降ろして体の支配圏を一時的に譲り、霊魂に語らせる魔法だそうだ。

 私はそれに心当たりがあった。

 

「それってもしかして神も降ろせる?」

「可能ね。非常に少ないけど神を降ろせる人は種族問わず存在するわ。歴史上そのような人は俗に『預言者』と呼ばれ、未来に起こる大災害を予測できると言われているわ。だから周囲の人は神の代弁者として彼らを崇め奉るのよ」

 

 私は以前ローリーと面識があり、その時彼女は自らを叡智の神ミーティスを名乗りヴァッツの跡を追えと預言らしきことを告げられたと話した。

 そこに今まで話を聞いていただけのクレアが首を突っ込んできた。

 

「その預言者って実はかなり価値があるってことじゃないの?!それって大発見よね!ヒロ、ローリーの登録は明日にしない?」

「ん?なんでさ」

「あたしにいい考えがあるの。こんな可愛い子を地下室に押し込める教会をギャフンと言わせて、ついでに大金をゲットする画期的アイディア、閃いたかも!」



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19 口先の錬金術師

「とりあえず必要なのは情報ね。ヒロ、とりあえず3万Gちょうだい」

「いきなりせびってきた!」

「今回あたしがやるのは教会と交渉して大金を巻き上げることね。マルフィリアの人たちはローリーの価値を低く見ているせいであんな事態が起こったのよ。だったらあたしたちが彼女の価値を彼らに知らしめてやるのよ」

「そのための情報が必要、ということかしら?」

 

 クレアは頷き、3本の指を立てた。

 

「そ。とりあえずマルフィリア派とそれ以外のミーティスを信仰する派閥に関する情報、国内全体の教会の動向、あとあの教会と例のシスターについての3つ情報が欲しいかな。ヒロには知り合いがいるけど、あたしはコネがないから冒険者に一杯奢ったりしないと情報がもらえなさそうだからお金が必要なの」

「そういうことならしかたないな」

「大丈夫、後で100倍に返してあげるから。あとついでに護衛で冒険者を雇う時の相場も教えて」

「なんでそんなものがいるんだ?」

「それは後で話す!決行は明日のお昼!ヒロはシスターと面会の予約を取っておいて!」

 

 やけに自信満々で不安になるが、どうやら大金を得るチャンスと考えているらしい。

 

「俺はどうすればいい?」

「万が一武力沙汰になった時に備えてヴァッツはあたしたちの護衛をお願い。カテーナはヒロの家でローリーと待機して家の周辺に結界を張ってもらえるかしら」

「ヒロさん、クレアさん、ヴァッツさんの3人で行くのね。わかったわ」

「よしじゃあ解散して情報収集の後に集合!」

 

 金のことになるとやけに張り切るクレアであった。

 

 

 

 翌日、私たちがシスターに案内されたのは居間ではなく執務室だった。3人がけのソファーに私たちが腰掛け、テーブルの向かいにあるソファーに彼女は座る。

 彼女はこうしてみるといたってごく普通の女性だ。少なくとも少女を監禁し拘束するようには見えない。

 話し方も物腰が柔らかい。

 

「それで今日はどのような案件ですか」

「依頼の受注について相談したいと思っています」

 

 交渉の要はクレアに任せるが、きっかけと終わりはリーダーの私が担当することになった。

 

「依頼、魔物の討伐依頼ですか?それなら既にギルドの掲示板の方に……」

「そうではなく護衛です。年契約でローリ、じゃなくてローザ・リーヴィスの護衛依頼を受注しませんかということです」

 

 シスターは眉をひそめた。

 

「それはどう言うことですかヒロさん。なぜ我々があ・れ・にお金を払ってまで護衛を依頼をしなければならないのですか」

「ここからはあたしが説明するね。シスターさん、預言者はご存知ですか?神を自分の体に降ろし、神の言葉を発する代弁者を」

「ええもちろん。神に仕えるものなら当然の知識です」

「だったらローリーちゃん、あの子が預言者ということも」

 

 彼女は言葉を詰まらせた。

 

「……はい」

「ならあなたすごく惜しいことをしたのよ。預言者は現在、世界中の境界を見ても数人しかいない非常に希少価値がある人材なの。叡智の神ミーティスに仕える教会はマルフィリア派以外にも派閥があって、その派閥には預言者はいないのよ。もし私たちが彼らに彼女を引き渡したらどうなるかしら?」

 

 要はクレアはローリーを政治的取引の材料とみなして交渉をするつもりなのだ。これを初めて聞いたとき私はひどく怒ったが、クレアはこれが一番彼らに有効な一撃だと言った。

 

 預言者はときに国を動かすほどの力を持つ。マルフィリアの連中は預言者だろうとも半魔の時点でそこらの汚泥より価値がないとみなすが、魔物に対する忌避がそれほどでもない派閥ならローリーの能力は金塊以上に値するのだ。

 現在は冒険者を多く抱えるマルフィリアの権力が強いが、もし他の派閥に彼女が渡れば派閥同士のパワーバランスが崩れるのだ。

 

 そしてその可能性に気がついたシスターは顔面が蒼白になった。

 

「……今あ・の・こ・はどこにいるのですか?」

「ヒロの家ね。カテーナが結界を張っているからそこらへんの冒険者じゃ破れないよ」

 

 シスターは近くに仕えている神官戦士に指示を出そうと持ち上げた腕を下に下げた。

 

 ローリーの奪還も暗殺もできないということだ。

 カテーナの張った結界は私の全力で殴ってもビクともしなかった。やはり鎧を着ていない時の方が100倍有能だと思う。

 

「それに近いうちに法王選挙が起きるかも、と聞いているわ」

 

 法王とはミーティスを含めた神々に仕える教会の頂点に立つ人物で、国なら国王か皇帝に当たる存在である。

 法王はそれぞれの神に仕える教会から1人選抜されて、そこから法王選挙と呼ばれる選挙で選ばれるのだ。

 最近現法王の体調が優れないらしく、数年以内に選挙が行われるのではないかと酒場の神官が噂していた。

 

「いままでは最大派閥のマルフィリアが選抜されていたけど、今後はそうもいかなくなるかもしれないわね?」

 

 クレアが怖い。彼女は今、口先だけで世界を動かそうとしているのだ。営業用のスマイルを絶やさずに彼女は言葉を続ける。

 

「——我々を脅しているのですか」

「だからあたしたちに護衛の依頼をしないか、と言っているのよ。目的は他の派閥や教会にローリーを奪われないこと。期間は……法王選挙が終わるまででいいかしら?」

 

 つまりローリーを他の派閥に渡されないようにしっかり護るから依頼料をよこせ、ということである。

 

 シスターは表情はそこまで変わっていないが、テーブル下でハンカチが引きちぎらんばかりに握っていた。

 

「…………はい、お願いします」

「依頼料は……いちいち交渉するのも面倒だし年契約で500万Gでいいかしら。もちろん1年ごとに同じ金額を払ってもらうわね」

 

 1年という期間で考えると500万Gは安いが、そもそもローリーの存在が知られ渡っていないため脅威度が不明でこれ以上釣り上げるのは難しいらしい。

 

「……そのような大金を我々が払えると思っているのですか」

「払えないとおかしいわよ。マルフィリアは高ランクの冒険者を何人も抱えていると聞いているけど。孤児院出身もいるらしいし寄付金もかなりの金額でしょ。500万Gくらいは余裕で払えるでしょ」

 

 シスターはうなだれ、一気に何十年も老けたように見えた。

 それと付け足しておくが、と今度は追い討ちをかけるようにヴァッツが口を開いた。

 

「デーニッツ王国にも当然法律が存在します。あなたたちがしたことは少女の監禁と拘束です。少し前から『人権』という言葉が法律に導入され、彼女に対する『人権侵害』は罰則の対象になります。もう教会が国の権力をコントロールできる時代は終わったのです」

 

 その瞬間シスターが泣き崩れた。人前で大声を出して泣き叫び、ハンカチで目から溢れる涙を無茶苦茶に拭う。

 かつては世界中に信者がいる教会、特にトップの法王は強い権力を保有しており、もし100年以上前ならマルフィリア派が王国を黙らせることができたかもしれない。だが人々の信仰が薄れ、国が力をつければそれは通用しなくなる。

 今回の件が世間に露見すればマルフィリア派そのものが取り潰されるかもしれないのだ。

 

 彼女はかつては政治なぞ知らない、ただの善良な村人だった。

 夫と子供を魔物に殺され、故郷を失った彼女は20年前マルフィリア過激派であるこの教会の門を叩き、今日まで復讐の炎を燃やし続けたのだ。

 魔物は絶対的な悪。全てを焼き払わないと夫と子供たちの無念は晴れない。そう思い込んで生きてきたのだ。

 ローリーがこの街に移送された時も、聖女の娘だから殺してはならぬとだけ聞いて政治的な価値を理解せずとりあえず地下室に押し込めたのだ。だから私が引き取るという申し出も快く引き受けたのだ。

 

 彼女は泣きながら胸の内を話した。

 

 私は席を立ち、シスターのいる側に座り彼女の背を優しくさすった。

 

「オレはこの街に最初に来た時、何日かここの教会に泊めてもらいました。それ以降も炊き出しとかでちょくちょくお世話にもなりました。……色々とアレな教会でしたがここが失くなることは寂しいです。クレア、ヴァッツ、今後教会がローリーに関わらないという条件でこの件を無かったことにしてくれないか」

「まったく、そういうところはあたしは甘いと思うけど。口止め料100万Gで手を打つわ」

「俺はヒロがそういうなら別に構わん。ローリーは自分の状況を把握しているか怪しいし、もし怒りに任せて教会ごと焼き払われたら領主一族としては非常に困る」

「ありがとうございます……」

 

 シスターは少し落ち着いたようだ。

 

 程なくして私たちはギルドの職員を呼び護衛依頼の契約を結んで、ついでに口止め料100万Gを教会から受け取った。

 1年分の護衛料と合わせて600万Gをわずか1時間にも満たない交渉で手に入れたのだ。

 

 クレアは大勝利、とホクホク顔だったが私はどこか心にしこりのようなものを感じた。



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20 収穫の対価

 教会から出ると孤児たちが何人も集まっていた。

 そのうちの一人が箱を差し出した。その中には貰い物なのか饅頭が3つあった。

 

「あげる」

「毒入っていない?」

 

 クレアがいぶかしむので、私は1つ手に取り食べる。普通に美味しいチョコあんの饅頭だ。

 

「大丈夫だと思うよ」

 

 そう、といってクレアも1つ饅頭を手に取り、口にするがその瞬間吐き出した。

 

「ちょっとまってこれ中にチョコレートクリーム入っているじゃない!猫獣人がチョコレートを食べたら中毒で死ぬんだけど!あんたたちまさか私を毒殺する気?!」

 

 子供達は途端に表情を変えクレアを罵り出した。

 

「化け猫!」「銭ゲバ!」「チョコと玉ねぎとニンニクに当たって死んじゃえ!」

「ちょっとこのクソガキ!待ちなさい!」

「逃げろー!」「ポケットん中の小銭を隠せ!」「身ぐるみ全部持っていかれるぞ!」

 

 孤児たちは蜘蛛の子を散らすように去っていった。

 

 依頼の受注のために教会に来た職員にローリーの申請書を渡したので、私たちは家に帰ることにした。

 時間は午後2時。午後最も暑い時間帯で、歩く大通りの先は陽炎のように揺らめいている。

 

「クレア、嫌われたな」

 

 私はクレアのことを心配したが、クレアは嫌われて当然よと言い切った。

 

「孤児院も寄付金で賄われているし、恨まれてもしょうがないわね。でもあの教会に取っても悪いことではないはずよ。もしこのままローリーを監禁し続けてそれが世間に露見したら、あのシスターは物理的に首が飛ぶだろうし、孤児院の子供達は露頭に迷うことになるからね。金銭的はダメージがあっても最悪の結果は免れたはずよ。それに、」

 

 嫌われるのは初めてじゃないからね、と彼女は言葉を漏らした。

 道の端を歩くクレアの顔半分に軒下の影がかかっていた。

 数秒の間沈黙が続く。

 

 彼女は金貨の詰まった袋を私に渡して、場の雰囲気を変えるためか話題を変えた。

 

「でもこれならヒロの借金の半分くらいは返せそうね。こんな短時間でこれだけ稼げたあたしってもしかしてすごい?」

 

 クレアはえへんと胸を張る。

 いやもう突っ込んだりしない。

 私とクレアの間に挟まれて歩いているヴァッツはクレアの方をまじまじと見ている。

 

「なに?何か文句でもあるの?」

「いや……クレアの胸はいくら胸張っても全然盛り上がらないなって」

「はあ?何よ突然に。揉みたいならそっちにしなさい!」

「急に飛び火した!」

「いやどうせ揉むなら俺はカテーナちゃんのデカい胸が揉みたい!」

「「いい加減にしなさい!」しろ!」

 

 ヴァッツの左右の大臀部に2人の蹴りが炸裂し、ヴァッツは倒れ顔面から石畳に直撃した。

 

 

 

 師匠の家に帰ると、結界を解除したカテーナとローリーが出迎えてくれた。

 

「ヒロお姉ちゃんお帰りー!」

「皆さんお帰りなさい。あらヴァッツさん顔どうしたのですか?」

「君があまりにも魅力的だからさ」

「それで交渉とやらはどうなりましたか?」「完全にスルー?!」

 

 私はことの顛末てんまつを話した。

 

「……なんといいますか、えげつないやり方ですわね。それでこのお金はどうするのですか?」

「とりあえずこれととオレが持っている報奨金200万Gを合わせて800万Gだから。500万Gは返済に充てて、残りは工房のために使おうと思うよ」

 

 ローリーが回復職ではないことが判明したので、回復の要であるクレアの工房は急務の課題だ。

 ギルドは真面目に借金を返済すれば金利は安い優良貸金なのでそれ以外の貸金、特に非合法なところを重点的に返せば当面は大丈夫だろう。

 彼らにも負担を掛けることになるので、一応お金の使い方を相談しようと思ったのだが……。

 

「まあ俺は金に困っているわけでもねえし、それでいいなら構わんぞ」

「私わたくしも問題ありません。お金が必要なら実家から送金してもらいますし」

 

 この金持ちめ!

 やっぱり金銭面は二人に頼ったほうがよかったかもしれない。

 とはいえ自力で返すと言った以上、助力はもらうとしてもお金を借りるのはやめておこう。

 

 家のリビングに戻りクレアに300万Gを渡すと、彼女は事前に用意していたらしく発注用するための魔法のスクロールとカタログを取り出した。

 

「こういう瞬間って人生で三番目くらいにワクワクするのよねえ〜〜。やっぱ一番は錬金術の研究だけど」

 

 カタログをパラパラと開きながら、注文する品物と数量をスクロールに書き込んでいく。

 

「予想通り予算はほぼ300万Gくらいかしら。オーダーメイドで欲しい器具があるけど、それは後回しね」

「本当に300万G使うのか……送料だけで10万Gもするし」

「それはこの国の王都から馬車で運ばないといけないからね。冒険者の護衛料も加算されるし。届くのは3日後だけど、もし今日中に欲しいのならワイバーン便で空から直送してもらって100万Gくらいはかかるわよ」

 

 高い。注文書を見ても『シャーレ』、『カンテン』、『ラクトなんとか』とかよく分からないものが多いため、いまいち適正価格が分からない。それも1つ数万Gとかするから、正直金銭感覚が狂いそうになる。

 

 最後にクレアが代金分の金貨を紙の上に乗せ、スクロールの右端を人差し指で突く。すると事前にスクロールにかけられていた魔法が発動し、つけられた指の指紋が赤色に浮かび上がりそこから燃えるように紙と金貨が消え失せた。

 

「これで注文終了と。3日後の午前中に荷物が来るから、その前にあたしは納屋の掃除をして荷物を搬入する準備をするね」

 

 クレアは立ち上がってリビングを出た。

 

 

 

 

 クレアが器具を発注してから次の日、私は今日も仕事を探しに冒険者ギルドに向かうと、ギルドの依頼の掲示板の前に冒険者が何人も集まっていたのに気がついた。その掲示板には魔物の目撃情報が貼られていた。

 

「モウンタイン山脈中腹でドラゴンの影……?」

 

 街の北にある森の先、モウンタイン山脈にドラゴンらしきものを見かけたらしい。

 ドラゴンといえば3年前私を襲ったドラゴンを思い出すが、今回の影はそれよりはるかに小さい個体らしい。

 だが小さいとはいえドラゴン、ここには対処できるものがいなかった。万が一ヴィレッジまで押しかければ街丸々滅ぼされるかもしれない。

 そういう不安は冒険者の間で広まった。

 

「ドラゴンさすがに俺らじゃ力不足だべ」

「せめてセイバさんがいればなあ……」

「ヒロさん、セイバさんはいつ帰って来るか知っているか?」

 

 手紙の内容は極秘事項かもしれないので答えだけを簡潔に出す。

 

「すぐには帰ってこられるか怪しいなあ」

「そうか……。下手したらこの街から移動したほうがいいかもな……」

 

 私の師匠のセイバはそれほどまでに慕われている存在なのだ。田舎町のヴィレッジには駆け出し冒険者しかいないため、ランク12の師匠は文字通り街の守り神なのだ。

 彼がいない今私がやるしかない。

 

 私はその張り紙の隣にある依頼書を手に取り、ギルドの受付のおばちゃんに渡す。

 

「おそらくセイバ師匠はすぐには戻れないので、オレたちが代わりに調査依頼をしたいのですが」

 

 例のドラゴンの調査依頼だ。調査依頼は魔物の討伐が目的ではなく、その下準備としてその魔物の情報収集を行うタイプの依頼だ。今回なら山に出向き、脅威度の測定や巣穴の居場所の特定をして情報を持ち帰る。

 

「ヒロちゃん、大丈夫かい?今の所ヒロちゃんのパーティーがこの街にいる冒険者で一番安心できるんだけどね。ほらカイトくんやカテーナさんもいるし、ね?」

「大丈夫ですよ。オレはこの街を守りたいし、それに……」

 

 ドラゴン退治とか最高にワクワクするじゃないか、そう言おうとした瞬間誰かに肩を掴まれた。

 

「おい待てヒロ。まさか調査依頼という名目でドラゴン退治に出かけたりしないだろうな」

「…………そんなつもりないよ」

「おい待てその沈黙は、またお前やらかすつもりか!」

 

 ヴァッツは肩から手を離し今度は耳を引っ張る。

 

「痛い痛い!」

「お前一週間前に巨人討伐で同じことをしでかした覚えがあるぞ。今度は本当に死ぬぞ!」

「冒険をしてこそ冒険者でしょ?」

「バカか!それは無謀って言うんだ!とにかく今回の依頼はなしなし!また王都から高ランクの冒険者を呼べばいいだろう!今日は帰るぞ!」

「痛いから痛いから!」

 

 私はヴァッツにギルドの外まで耳引っ張りながら連れ出された。



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