イシからの始まり (delin)
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おはよう世界

Dr.STONEの二次創作が少なすぎてカッとなって書いた。
今では公開している。


私にはいわゆる前世の記憶という物がある。

それによると、この世界はDr.STONEに似た世界であるらしい。

とはいってもその事前知識が何の役に立つというのか?

あの世界の主要人物たちの才能は人類70億の頂点どころか、文明発生以後の六千年の中でもほぼ頂点に立ちかねない連中である。

千空は文明の創始者としか言えないレベルだし、杠もどこの神話上の織姫だという勢い。

大樹だってどこの英雄かって領域だし、司に至ってはお前はどこのヘラクレスだって話である。

現代という英雄不要の時代には似つかわしくない人物ばかりであるが、だからこそあんな3700年後なんて世界で生活できるのであろう。

原作介入なんて無茶や無理どころか不可能の領域なので、原作開始前が唯一のチャンスだと思う。

だが、残念ながら私がこの世界が前世で読んだ漫画に似た世界だと気づいたのは、TVで霊長類最強の高校生を見た時で、そしてこの時点で詰みであった。

後は原作開始タイミングまで何をするのかぐらいであるが、結論としては知識を蓄えるぐらいしか出来ないである。

何かものを残そうとしても3700年の時を超えられるものなぞ、わずか15歳の高校生に用意できるわけがない。

もしかしたら体内や口内に物を入れておけば残せるかもしれないが、そんなびっくり人間ショーに出れるような特技は残念ながら習得していなかった。

その代わりではないが、完全記憶の能力を生まれてから私は持っていた。

多分この能力のせいで前世の記憶なんてものを自覚できてしまったので正直嬉しくはないのだが。

前世とは性別は違うわ、性格は違うわであったので幼いころは随分と悩ませれられたものである。

今では前世は前世、私は私で全くの別人、と割り切っているのだがやはり影響を受けている部分もある。

具体的には私は女なのだが全裸を見られても全く気にならない所や、性的欲求を感じたことがなかったりする。

普通に生活している分には困ることなどないので問題はないのだが、将来のことを考えると不安になったりもした。

まあ、TVで獅子王司を見た後はそんなこと感じる暇なんてなかったのだが。

そうしてもし石化現象が起きた場合に備え、少しでも石化解除後の世界で楽に貨幣を手に入れて、好きに生きられるようになるために本を記憶にとどめていたある日、

石神百夜が宇宙に飛び立った3日後、運命の日。

緑の光が地球を包みこんだその日。

図書館からの帰宅中であった私はその光をまっすぐ見つめ続け、

なすすべもなく飲み込まれた。

 

 

石化状態で意識を失う最初のタイミングはすぐに訪れるのは原作一話目の描写で明らかである。

そして、それを越えれば次に訪れるのは80万秒後、約9日後であろうというのは千空の石化中のモノローグで判明している。

もちろんすべてが語られているわけではないので大幅に甘い予測、いっそ妄想であると切って捨ててもいいレベルの想定ではあった。

つまり、石化中は考える時間が、記憶を振り返る時間が無限といっていいレベルで存在しているのだ。

そのために私はこの世界がDr.STONE世界だと気づき行動できた時間と自分が持つ完全記憶能力をフルに利用した。

すなわち、本の内容を映像として記憶したのだ。

幸運にも石化現象が起こらなくても、知識自体は無駄にならないので問題はない。

残念ながら来てしまったこの石化中の時間を利用し、本の内容を咀嚼、理解することを行ったのだ。

勉強中の睡魔と同じような物と高を括っていた自分を縊り殺したい。

眠気なんてものではない、文字どおりの奈落に落ちるような感覚が約9日ごとに襲い掛かってくるのだ。

それに抗い続けるのは精神を予想以上に削る上、高度な知識が必要な専門書の類の理解にはひどく時間がかかったし、何も見えず何も聞こえず何も感じられない状態は心にひどく恐怖を与えてくる。

 

そのままの状態が続けば発狂するのではと思えるほどであった。

だが、不思議なことにそんな恐怖や精神疲労はすぐに振り払い次の記憶の確認作業に移ることができた。

もしかしたら石化光線は治療目的に作られたのかもしれない、と思わせるには十分な事態であった。

それはそれとして、やはり千空や大樹は精神的にも超人であると確信したが。

歴史、医療、科学、文化、様々な本の知識を消化し身につけることに没頭し続けて幾星霜。

ある日急に光が見えて体に自由が戻ったのだ。

石化が解除されるとしたら完全解決後つまり原作の物語が終わった後、もしくは第三章終了後だろうと思っていた。

そこまでいかなければ復活液が足らないのだからそう思うのは当然だろう。

よしんばありえたとしたも司帝国の一人としてだろうと思っていた。

 

「っし! 俺みたく石化をぶち破るやつもやっぱいる!」

 

これは確率的にありえないと思っていた。

 

「って、わりーな埋まりっぱで。即行で道具とってくるわ」

 

目の前にいるセットするのも無理な髪型をする男は間違いない、

Dr.STONEの主人公である科学の申し子石神千空だ!

 

「……ありがとう。あと服もあったら嬉しいのだけど」

 

さすがに大樹復活前の段階で目覚めるのは予想外である。

 

 

腿まで埋まっていたせいで掘り出してもらうのに大分時間がかかったため、無事抜け出せて人心地着いた頃には日が落ちて辺りはすでに闇の中だった。

 

「改めてお礼を言うわ、私の名前は吉野桜子15歳よ」

「苗字なんぞこの世界じゃ意味もねえ、千空だ。

それよかあんたが石化中どうだったかが聞きてえんだが」

 

彼にとっては当然の態度だろう。

親友である大樹を救うためのヒントが目の前にあるのだ、飛びつかない方がおかしい。

 

「その前に少し確認させて。今後につながるかもしれない情報の確度を上げるために」

「あん? どういう意味だそりゃ」

「あなたの苗字は石神で、日本人宇宙飛行士石神百夜の養子である」

 

どこか遠くを見ていた千空の表情が変わった、WHYマン相手に見せたあの不敵な笑みだ。

 

「へえ、面白そうじゃねえか。てめえがナニを知ってるのか興味が出てきたぜ」

「驚かないのね」

「いや? 驚きまくりの唆りまくりだぜ。何が出てくるのかって興味津々だ」

 

千空の中でどんな計算が繰り広げられているかわからなくて正直怖い。

 

「知っていることなんてそう多くはないわ。

ただこの後起きるかもしれないことを少しだけよ」

「予知能力でももってんのか?

ま、それでもかまわねえが石化してたとこ見ると有効性は低そうだな」

「もっと胡散臭くばかばかしいものよ。有効性が低いのは間違いないけどね」

 

鋭い視線が続きを促しているのがわかる。

 

「私は前世の記憶を持っていて、その中に世界がこんな状況になる漫画があったの」

 

あ、眉間にすごい皺。

 

「あー、それを信じろって……いや信じてんのかてめえ自身は」

「前世は信じる云々の段階じゃなくてあるものっていう前提だったわ。

この状況が漫画そっくりっていう点については、この状況で初めて半信半疑ってとこ」

「んで、参考程度にその漫画の内容は?」

「一行で表すなら、“千空とその仲間たちによる文明復興の物語”ね」

 

嘘くせえという言葉を表すならこんな顔になるだろうといわんばかりの表情。

さっきまで胡散臭いやつを見る目だったのに今ではかわいそうな奴を見る目になっている気がする。

 

「桜子つったか? あんた友人とかいなかったろ」

「待ちなさい! さすがに頭お花畑の妄想癖持ち扱いは断固抗議するわよ!」

 

思わず身を乗り出し、声を張り上げてしまった。

しかし、日がな一日イマジナリーフレンドとしか話さない人みたいに思われるのは我慢ならない。

 

「今後につながる“かも”って言ったでしょ!

こんな状態に追い込まれなければ漫画の世界とか言い出さなかったわよ!」

「おーおーそりゃよかった。『漫画でこうだったからこうすべき!』

とか言い出されたらどうしようかと思ったわ。

そんで、お話はそれで終わりか? 俺も聞きてーことが山ほどあんだがよ」

「そんなこと言い出したら私いなかったことにしないといけないじゃない。

知りたいのは貴方と私だけが何故硝酸で戻れたかでしょ?

起きて考え続けてたからが答えだと思うわ」

 

真剣な目に戻ったのは聞く価値があると思ってくれたからだろうか?

 

「その辺の理屈は? 起きて考え続けてたってのが条件なら脳が何かを消費したからだと思うがその物質ってのは? ああ、石化のメカニズムも知りてえ。それがわかればやれることがいろいろあるはずだ。石化とその解除の副作用なんかもあったりすんのか? いや、それより硝酸で戻れてねえ奴らの解除条件だな。硝酸からならやっぱナイタール溶液か、まさか王水ってこたあねえよな。それとも濃度か? 今あるやつは何%か調べられてねえが濃硝酸まではいってねえはずだからな。 他にも」

 

聞く耳を持ってくれたのはうれしいがここまで矢継ぎ早にされると対応できなくて困る!

 

「まってまってまって! 一つずつ答えるからちょっと待って!

えーと、まず何を消費したのかは不明。

それを調べられるような環境は知っている中では整ってなかったから。

メカニズムも同じく不明で、石化の副作用も描写されてなかった。

ただ解除時には周辺細胞の修復が起きるってあったわ。

あと、解除条件は硝酸と度数96%のアルコールを30対70で混交した液体をかけること。

とりあえず、以上でいいわよね?」

 

つっかえながらだけど何とか答え切った私の目に邪悪な笑みを浮かべる千空が映る。

 

「やっぱな。桜子おめー完全記憶もってやがんな」

「へっ? なんで…」

「おめーが超絶でっけーヒントよこしてんじゃねか。

前世で読んだ漫画の内容なんざ覚えていられるわけねえ。

それこそ見たものすべてを記憶できる完璧な記憶力でもなけりゃあよお」

「ちょっと、信じてなかったんじゃないの?

いや、まったく信じてなかったらあんなに疑問出ないとは思うけど」

「はあ? 現実が漫画の中に見えてんじゃねえかって思っただけだが」

「前世の部分を嘘だと思わなかったの?」

「この状況で嘘をつく合理的な理由がねえだろうが」

 

友人がいなかったろといわれたとき実はおびえていた。

前世の記憶が~なんて言い出す奴なんて危ない奴扱いされて当然だろう。

子供の頃だったからそんなことを考えずに、前世ではこうだったなんて言い出したから私は周りから見事に浮いた。

そして、そんな風に浮いた奴はいじめの対象としては格好の的だ。

おかげで見事に人間不信に陥った私は、親にさえ投げ出され高校からは遠くの全寮制に放り込まれた。

つまり私は信じられるという経験が全く足りていなかったのだ。

大きな情報アドバンテージでマウントをとるつもりが完全に逆転してしまっている。

 

「前世に関しちゃイアン・スティーブンソンって研究者が、

2000件以上の事例を集めてんじゃねえか。つまりとっくに科学で証明されてんだよ」

「……私だけじゃなかったんだ」

「別世界の前世持ちってのも世界中さがしゃあ何人かいるかもな。

ま、文明復興した後の話になるだろうが」

「じゃあ、張り切って文明を復興させないとね」

「おう、石の時代から近代文明まで200万年一気に駆け上がってやる」

「私たちはさしずめ伊邪那岐と伊邪那美ってところかしら? これからよろしく」

 

どちらからともなく手を差し出して握り合った。

 

これが私のイシの始まり。

私の二回目の生の始まり。

 

 

 




前世では12巻までしか読んでない設定。


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まだ第0歩

本日はDr.STONE15巻発売日。
楽しみですねえ。


「さーて、まずはアルコールの確保だな。植生の確認と行こうじゃねえか」

 

目覚めて次の日の朝一番でそういいだしたと思ったら、すぐに果実のなりそうな植生の大捜索開始である。

もちろん食べ物と薪の確保も同時である。

あの握手の後アルコールの確保に、

『糖度のあるものなら大体酒の原料になる』

と言い出した私のせいでもあるのだが。

その後は大樹の復活にはアルコールがいらないということを理論立てて推理されてしまったため、二人掛りで大樹君の体を硝酸がかかる位置まで移動である。

あのごつい体格の大樹君の石像を二人だけでである。

高校一年女子の平均以下の体力しかない私が戦力に数えられなかったのは言うまでもない。

 

「俺一人じゃマンパワーが絶対的に足りねえ、もう一人は最低限必要なはずだ」

「で、今いるのは二人だけで漫画にはおめーはいねーって話だったな」

「桜子おめーはこう言ったな『起きて考え続けてたからが答えだと思う』ってな。ならあのデカブツが当てはまらねーはずがねえ」

「つまり、まだ石の中の何かの消費量が足りてねえだけだ。違うか?」

「まだ半日いかねーぐらい歩いただけだろうが! なんでもうくたばってんだてめー!」

「もういいから、そこで寝てやがれもやし女……」

「もやし女に体力仕事は無理だと分かった。土器作り頼むわ」

「復活液出来たら最初に起こすのは大樹な。理由? 今へたり込んでるおめーの姿以外にいるか?」

 

これが一連の流れの中の千空の主な言動である。

大樹の石像を運ぶにあたり、足の方を持ち上げることすらできずに十分強程度で顔面から突っ伏した相手にはまあ当然の言動だと思う。

しかし、もやしはひどくないだろうか?

そりゃ多少平均より肉付きが悪いとは思うが……

 

「どこが多少悪い程度だってんだ、棒みたいな体型じゃねえか。

15って言われたときなんかの冗談だろって思ったわ」

「女に見えないなんてよく言われたわよ。

だから髪を背中まで伸ばすなんて大変なことしてるんだから」

「その髪がひげ根に見える上に、不健康そうな白さだからもやし女なんだよ」

「ひげ根だったら白じゃない! 私の髪はまだ白くなってないわよ!」

「論点そこじゃねえ」

 

いまは蒸留用土器作りの真っ最中で、材料の粘土や蒸留実験用の海水運搬は千空が担当である。

悲しいかな私が運べる量だと千空の4分の1以下になるため効率が非常に悪いからだ。

 

「12個目はうまくいってたから、この20個目もうまくいくとは思うんだけどね」

「完全記憶を利用した、作成方法を次々に変えるってのはうまくいってんのか?」

「乾燥時間が同じでも内部の乾燥具合が同じとは限らないから多分だけどね、うまくいってる手ごたえはあるよ」

 

失敗経験を完璧に記憶できるのはやはり素晴らしい。

最初は乾燥時間をずらすことから始めてみたが見事に5個ほどが全滅。

割れる原因を突き止めたら同じように作ってしまった乾燥中の物を材料に戻す。

それで割れない物が出てきたらまた作成方法を少しづつ変える、という手法で完品を目指している最中である。

 

「3週間でこれなら上出来だわな。薪の確保が必須だから楽じゃあねえが」

「焼くのにも蒸留にもたくさん使うからしょうがないわ。

……ねえ本当にこの先の話全く聞かないの?」

「ああ、どこに何があるかってのはともかく、何が起こるかは状況が違う以上聞かねー方がやりやすいからな」

 

そうなのだ、漫画の話を詳しく話そうかという提案はいらねーと言われて一蹴されてしまったのだ。

正直困惑したが千空曰く、

 

『前提が変わっている以上同じ状況にはならねーし、

その『俺』ができたならこの『俺』に出来ねーはずがねえ』

 

とのことである。

 

「予備知識があるだけでも違うと思うのだけど……」

「なにも先入観を持ちたくねーってだけじゃねーんだ。

……シュレディンガーの猫だなこの場合」

「それ箱の中の猫が生きているか死んでるかは観測するまでわからないってやつでしょ? それが何か関係するの?」

「タイムパラドックスやらに対して時間の修正力ってのがあるが、猫の話と同じで観測されたからこそ発生すんじゃねえかってな」

「人間一人の意識にそこまで力があるの?」

「それを調べるいい機会じゃねーか。

一回しか実験が出来ねーから再現性も何もあったもんじゃねーがな」

「再現性の確認ができないなら意味ないんじゃ……」

「それでも貴重なデータには違いねえ、いつか誰かが未来観測技術を確立するかもしれねえからな。

ひっそりと残しときゃ問題ねえだろ」

 

情報提供できれば貸しの二つや三つぐらい作れると思ったのだが当てが外れた。

まあそこら辺の下心に気づいているというより、多分状況が違いすぎるという判断なのだろう。

あと千空自身の好みの問題。

 

「酒の方も見てきたが、順調に発酵してたから土器ができるぐらいには出来上がってんだろ。

そしたら速攻で蒸留して体力馬鹿叩き起こすぞ」

「今食料確保で半日以上費やしてるものね。

大樹君起きるまで待ってたら死体が一つ出来上がってるかも」

「ビミョーに否定しづれーな、おい。

とりあえずその作業終わったら今日の分の酒造り頼むぜ」

「了解、いつものとこに置いといてるのよね?」

 

毎日少しづつ収穫してはつぶし、収穫してはつぶしで作り続けてはいるのだが、必要量がどれぐらいになるのかわからないのでやめることもできない。

本当に悲しくなるほど人的リソースが足らないのだ。

 

「シャンプー用の油絞る用の布も欲しいし、替えの服も欲しいんだけど……鹿かかってた?」

「そう簡単にはかかんねーよ。

今ある分でやり繰りしてくっきゃねえんだ、髪の荒れはあきらめろ」

「早く文明戻さないと、私の唯一の女性らしさがピンチなんですけど!」

「人が足らねーんだからどうしようもねえだろうが。

酒がうまくできることでも祈っとけ」

 

いや、本当に大樹君早く起きて! ご都合主義だろうが何だろうがどういわれてもいいから!

 

もちろんそんな都合のいいことは起こらず、アルコールがたまるまで苦労し続ける羽目になったのは言うまでもない。

以下はそんな日々のダイジェストである。

 

「土鍋うまくできたみたい、これで煮込み料理ができるわね」

「ちっせー蜆なんかも食えるようになったわけだな、食った後の貝殻も利用できるからとってくるか」

「……じゃりじゃりする。そういえば砂抜きしたっけこれ」

「……してねえな、そういやあ。さすがにこれは食えねえ」

「ホンビノス貝なんかの大きい貝ならその場で砂抜きしてから持ってこれるんじゃない?」

「目はなしたすきにほとんど鳥に持ってかれたみてえだわ」

「クロスボウがあれば私も鹿狩り参加できるはず!」

「最初に作ったやつは重くてふらつくし、次に作ったやつは軽すぎて威力不足と。鹿は罠にかかるの待ちな」

「山菜もまだとれる時期なんだから積極的に採りましょ」

「わらびが群生してたから大量だぜ」

「食べすぎると中毒起こすから当分は採取中止!」

「海女さんの真似事で少し深いとこまでいけねえか?」

「私が深くまで潜れると思う? あなたを引っ張り上げられると思う?」

「俺が悪かった」

「蜂を見つけたからはちみつ採れるかもって、近くを探してみたのよ」

「蜂の子なんかも今だといい蛋白源だかんな、巣はどこら辺にあった?」

「土の中に入っていったわ」

「オオスズメバチかよ……その辺りは近づくの禁止な」

 

私が足を引っ張っている率はそこまで高くはない……はずである。

 

 

酒造りも蒸留も多少の失敗程度で進んでいき、復活液の燕での実験も成功した。

明日には大樹君を目覚めさせる予定である。

その目標のために私が目覚めてから2か月弱頑張ってきたはず、

なのになぜか心が晴れない。

千空も珍しくガッツポーズまでして喜んでいたのに、

……あのうれし涙を流しそうな横顔見た時からもやもやする。

わからないからこうやって夜になったのに焚火の前で星を見上げている。

 

「何やってんだ、明日はソッコーでバカ叩き起こしに行くんだからとっとと寝とけ」

 

後ろから声をかけられたが、なんとなくあいつの顔を見たくなくて膝に顔を埋めてしまった。

 

「いいじゃない、なんとなく寝たくないの」

「あ? 何拗ねてんだおめー」

「拗ねてなんかいないもの」

 

反射的に返してから思う。

私はなんでこんなに子供みたいなことをしているのだろうか。

少しの間のあと、低い声で軽く笑いながら近づく足音が聞こえる。

ますます顔を見たくなくなって膝を抱える手に力を込めていく私。

 

「オメーのダチをやめるわけじゃねーよ、むしろオメーのダチを増やしてやんだから喜べ」

 

ぽんぽんと頭をたたきながら言われた言葉は想像していなかった衝撃だった。

ダチ? 友達? 友人?

私はいつの間にかそう思っていたの?

こんな超人相手に?

頭の中を様々言葉が巡るがまともな思考にはつながらない。

 

「ケーケッケ、見た目通りのガキみてーな独占欲発揮してんじゃねーよ。

俺様が交友関係広げてやろーってんだありがたーく受け取っとけや」

 

今絶対邪悪な顔で笑ってる。

見なくても確信できる笑い声だ!

 

「もう寝る! おやすみ!」

「おー、しっかり寝とけ。ただでさえ体力ねーんだ、無駄に消耗すんじゃねえよ」

 

さっきとは別の意味で顔を見たくなくて、

いや見られたくなくてすぐに寝床に潜り込みさっさと寝ることにした。

明日からも忙しい日々が続くのだから、

体力の回復は必須なのだと自分に言い聞かせて、

人生初の友達に胸の中だけでありがとうと言いながら私は眠りについたのだった。

 



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大樹復活

必要なタグとか思いつかないのでこれはいるだろっていうのがあったら
教えてください、お願いします。


朝になって早速大樹君の復活のために洞窟まで移動である。

 

「大樹君の分しかまだアルコール出来てないけどどうするの?」

「んなもん体力バカに集めさせるに決まってんじゃねーか、俺とおめーの二人掛りよりあいつ一人の方が100億倍あつまるからな」

「いくら何でも大げさでしょ、体力お化けらしいっていうのは漫画情報で知ってるけど」

「クックック、そのあたりは見てのお楽しみだな」

 

さすがに80Kmを5時間はただの漫画表現でしかないと思うんだけど……

そんな会話を交わしている間に洞窟まで到着である。

起こす前に硝酸がかからない位置まで引っ張ったり、硝酸を溜める容器を移動させたりした後復活液をかける。

 

「つばめの時と同じでちょいと反応に時間がかかんな。

まだ検証が足りねーが表面の風化部分を浸透して未風化部分にまで達っしねーとカスケードしねーんだろうな」

 

ピシリ、ピシリと石の割れる音が少しづつでもしはじめると、

そこからは一気に全身に波及していく。

 

「俺が目覚めてから3か月と3日、寝坊のし過ぎだデカブツ」

「おおおおおお!! 破った!! 破ったぞついにー!!!」

 

叫びながら全身についている石辺を吹っ飛ばしていく大樹君。

 

「よーやっと、お目覚めだなデカブツ。どんだけ寝てんだてめー」

「おお、千空! お前が助けてくれたんだな!! ありがとう!」

 

そういいながら千空に抱き着こうとして蹴られる大樹君。

 

「素っ裸で抱き着こうとすんな! 殺すぞ! とっとと服着ろ!」

「はい、大樹君の服。サイズは千空が覚えていたから大丈夫なはずよ」

「ああ、ありがと……おおおおお!」

 

横から声をかけられて初めて私の存在に気付いたらしい。

大樹君はすごい勢いで岩の陰に隠れてしまった。

 

「なにを恥ずかしがってんだデカブツ、このストーンワールドじゃ全裸だろうが半裸だろうが誰も気にしねえよ」

「そうそう、大樹君のブツは平均の1.3倍くらいはありそうだから誇っていいって」

「てめーも何を言い出してんだ」

「何って、ナニ? 大樹君のは多分臨戦状態だとカーマスートラでいうところの雄牛を超えて馬だと思うから行為に及ぶときはよく相手と自分のを濡らして…」

「その話題を続けんなセクハラもやし!

デカブツ! てめーもとっとと服を着やがれ!!」

「わ、わかった。すぐに着るからすまんが少し時間をくれ!」

 

ごつんと結構いい音を出して殴られてしまった。

一応親切心のつもりだったんだけど、という意思を込めて千空を涙目状態でにらむが逆に睨み返されてくぎを刺された。

 

「これ関係の話題はめんどくせーことにしかならねーんだから以後ぜってー禁止な!」

「性関連の教育は重要事項じゃない! 断固抗議するわ!」

「てめーが教師である必要がねーだろーが!

これ以上ややこしくすんなってんだよ!」

 

そんな言い合いしてたところで服を着終わった大樹君が戻って改めて仕切り直しである。

 

「とりあえずだ、ありがとう千空。

おかげで破ることができた感謝するぞ。で、こちらの人は?」

「初めまして、大木大樹君だよね?

千空から色々聞いてるよ。私は吉野桜子、桜子でいいよ」

 

顔が赤い状態で再度感謝を口にする大樹君に向けて笑顔で手を差し出しながら自己紹介する。

 

「よろしくだ桜子。俺の方も大樹で大丈夫だ」

 

がっちり握手して思ったが本当に力強いな彼、ちょっと手が痛かった。

 

「軽く自己紹介が終わったら、デカブツにゃ早速一仕事してもらうぞ」

「おう! なんだ、体力仕事なら任せてくれ」

「あれ? 拠点に戻って、やってもらいたいことを説明するんじゃなかったの?」

 

確か当初の予定ではこのまま拠点に戻って朝食&現状説明だったはずでは?

 

「必要ねーだろと思ってたんだがな、さっきのてめーらのやり取りでやっといた方がいいと思いなおしたわ。

川沿いに進んであのクスノキのとこまでいくぞ、話は歩きながらでもできっからな」

 

道中今何が必要で何をしてほしいかなどの説明をしたり、獅子王司の石像を発見したりしながら目的地まで移動である。

 

「おら、目的地に到着だ」

「千空ここはあの日の……」

「そういうこった。……おい、桜子。俺らはこの辺でちょい薪集めすっからついてこい」

 

事情も知っているし、彼の気持ちも想像できるので軽く頷いてついていく。

声が聞こえないくらいまで離れてからからかうように声をかけた。

 

「意外と優しいよね、千空って」

「一々気にしながらの作業じゃ効率悪りーからな、合理的に判断すりゃこうした方がいいって話だ。

それよかオメーが空気読めたってのの方が驚きだわ」

「さすがにわかるわよ、色々知ってるんだし」

 

かるいからかい返し程度では今の浮かれ気分の私に効果がないのだ。

 

「これで髪用シャンプーに着手できるんだもん、少し待つぐらいなんてことないわ」

「こだわんのなそこ」

「髪は女の命でしょ、一応女である自覚というか自負? みたいなものはあるの」

「本当一応程度だな、髪にこだわるよか大事な事があんだろ」

「女性的な魅力は気にしないけど、女と見られないのは嫌なのよ。我儘だとは思うけど」

 

男性から魅力的には見られたくないんだけど、女扱いはされたい微妙な機微は我ながら面倒くさいと思う。

それからしばらくは薪集めで時間を潰しながら大樹待ちである。

そう時間はかからず杠さんを横抱きにして戻ってきた。

……? はて、人一人ぐらいの重さがあったはずなのだがあの石像。

 

「すまない、待たせたか二人とも」

「いくらでも欲しいやつ集めてただけだからなんも問題ねーよ」

 

いや、今私の目の前で大問題が発生しているのだが。

 

「んじゃ、拠点にまで戻んぞ。あん? 桜子、何呆けてんだよ」

「目の前の光景がちょっと現実離れし過ぎてて脳が理解を拒否してるの」

 

女性らしい体型をした彼女の体重って多分50kg以下ぐらいあるはずで、さらに質量保存の法則に基づきあの石像は杠さんと同じ体重のはずで……

 

「ねえ、千空。聞いてもいい?」

「なんか気になった事でもあんのか」

「大樹って、本当に私と同じ人類?」

 

その言葉に二人は顔を見合わせて弾かれたように笑うのだった。

 

 

「いやー、久しぶりに笑ったぜあのセリフと呆けた顔にゃあよ」

「あんなに笑うことないでしょうが」

 

あれから千空の背負いかごを大樹が、私が持ってた荷物を千空が持ち拠点に帰還である。

 

「普通人一人分の重量物持って長距離移動なんて出来ないでしょうが!」

「そりゃ、あの体力バカを舐め過ぎだな。

大樹ならその状態でも10キロや20キロぐらいへでもねえ」

 

人類の規格外どもめ! 私の常識がおかしくなったらどうしてくれる。

今は杠さんの服を作っている最中で、その服を着せるのは当然ながら私である。

 

「今石像なんだから気にする事無いと思うんだけど、大樹って純朴よね」

「気にする事ねーってのは同意だがな、気にしねえのも雑頭らしくねえからこれでいいんだよ」

「今戻ったぞ! 果物類だが、これらで大丈夫か?」

 

早っ! そんなに時間経ってないはずなのにもうある程度の種類集めたの!?

 

「生ってそうな場所教えただけなのに、種類だけじゃなく量まで集めてるってのは驚きだわ」

「おう、近くに生っていたからな。少し集めておいた」

 

驚いてばかりではいられない、果実をつぶす準備を整えなくては。

つぶす用の容器を上の段に、底面の注ぎ口の下に果汁を受ける容器をおいておかなければならない。

土器なのでそこそこ重いのをえっちらおっちら運ぼうとしてたら大樹が手伝ってくれた。

 

「この二つを動かせばいいんだな。任せろ」

 

片手に一つずつ簡単に持つなよ、中身ありだと私は樽みたいに転がすようにしか動かせないんだぞ。

まあ、快くお礼を言っておくが今日だけでどれだけフィジカルに差があるの実感する羽目になるのやら。

 

 

「千空、もう一度確認しときたいんだけど、大樹って本当に人類? サイボーグとかじゃなくて?」

「いや、信じられねーのもわかるが、100億%人間だぜ。信じられねーのもわかるが」

 

私の目の前には大樹が集めた資材の山がある。

具体的には私と千空二人掛りで集める量の数倍ぐらいの量が。

 

「これで生活基盤を整えんのは大樹に任せられっから、俺らは文明を進めてくぞ」

「まずは炭酸カルシウムから? 貝殻はそこそこあるし」

「石鹸用にちょいちょいやってたが、これからモルタル用にも使うからまず貝集めからだな」

 

ここから文明再建の第一歩目、私の居場所がある世界、理想の社会へのスタート地点。

前途洋々、順風満帆、私の未来はバラ色だ!

そんな心地だった私に暗い影が迫ったのは酒造りがうまく出来た3週間後のことであった。

 



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災害は忘れたころにやってくる

「ううん、こちらを襲うと決まったわけではないんじゃないのか?」

「まだ餌にできるかどうかの見極め段階だろうけど、襲われないっていうのは楽観すぎだと思う」

「だからと言って先制攻撃するのはかえって危ない気がするんだが」

「だからって襲われるまで待つつもり? 全員食われて終わりよ、それは」

 

さっきから私と大樹の言い合いが続いている。

拠点の近くでライオンの痕跡が見つかったからだ。

 

「とにかくねぐらの場所を見つけるのは絶対必要よ。逃げるにしても戦うにしても」

「ライオンに見つかって襲われるかもしれないんだから行くなら俺が行く。

流石に女性に任せる訳にはいかん」

 

今の話し合いの焦点は偵察に行くのは誰がライオンのねぐらを探りに行くかである。

この先の事を考えると戦うにしても逃げるにしても、今大樹に危険を犯させる訳にはいかないというのが私の意見で、

女性にやらせる事ではないというのが大樹の言い分。

その後の対処についても意見が分かれていて、先制攻撃あるのみという私と、ここから離れるべきという慎重論が大樹の意見である。

千空は今ライオンの痕跡を調査中でこの場にはいない。

だから平行線な言い合いが続いているのだろう。

 

「桜子、とりあえず千空を待とう。あいつなら一番いい考えを出してくれると思う」

「このまま不毛な言い争いを続けるよりはいいわね。少し頭に血が上り過ぎてたし」

 

こういう時やっぱり私達の中心になっているのは千空なのだと痛感する。

 

「よう、ある程度分かったぜ」

 

割と軽い感じで声をかけながら千空が帰ってきた。

 

「絶対とまでは言えねえが、今すぐ行動しなきゃまずいって状況ではねーみてーだな」

「貴方の言うことだから信じられるけど、一応根拠は?」

「周辺にマーキングの後がない、つまり縄張りになってはいねえって事だ」

「つまり……どういう事だ?」

「今回のは偵察って事ね。しばらくしたら本隊、つまり群でくるって事だけど」

 

気付けたのは幸運でしかない、ならば

 

「迎撃の準備ね」「逃げる準備だな」

 

二人同時に声を上げ互いに論拠を言い出すまえに千空に制止された。

 

「オメーら二人ともずっと言い合っていやがったな。

んじゃそれぞれの問題点をあげてくぞ。

まずは大樹、逃げるってどこへだ?

ライオンの縄張りはサバンナで250キロ、地形の問題からもうちょい狭いだろーが絶対とは言わねえが逃げ切れるもんじゃねえ。

硝酸の確保も難しくなるから逃げるってのは無しだ。

次に桜子、戦うにしても俺ら三人経験が足らな過ぎだ。

土壇場でビビるようじゃあっさり餌になるだけだ」

 

ふふん、その辺は分かっているのである。

 

「ふっふっふ、こんな事もあろうかと用意しておいたのよ! 秘密兵器を!」

 

いそいそと厳重に封をしてある小さな容器を取り出してみせる。

 

「トリカブトの毒よ! 矢じりに塗れば掠るだけで狩れる優れもの!」

 

割と自慢の一品である。

 

「ほーん、で、動き回るライオン相手にどうやって当てんだ?」

「えっ? ほらクロスボウで何発か……」

 

そこまで言って漸く気づいた、

いくつクロスボウを用意すればいいのかわからないという点に。

 

「根本的な問題として俺ら全員ど素人だって事があんだよ、当たり前の話だがな」

「なら、どうするんだ千空?」

「起こすんだよ、専門家をな」

「復活液は余裕あるけど、専門家なんているの?」

 

心当たりは一人だけだから嫌な予感しかしないのだけど、

 

「オメーらも 見ただろうが、超有名な奴が近くにいんじゃねーか」

「おお、TVで見たぞ! 霊長類最強の高校生、獅子王司だな」

 

予感的中。考えてみれば当然の流れだろうとは思うが。

漫画そのままの流れになられてはたまらない、どうにか方向転換させなければ。

 

「私は反対よ。どういう人間なのかわからないし、それだけでライオンに勝てるとは思えないし」

「そりゃ100億%とはいかねえが、俺ら三人だけよか可能性上がんのは確かだぜ」

「情け無い話だが、暴力を振るった経験も自信もない。千空の意見に賛成だ」

「銃を作ったり、火薬でどうにかとか……」

「そりゃ予備プランだな、司起こしてもどうにもならねーってなったらだ。

大体硫黄がねえだろ。必要なら取りに行くがな」

 

食料は…大樹のおかげで問題なし、復活液も十人分ぐらいはある。

だめだ、どう考えても起こさない理由がない。

いや、もしかしたら獅子王司は自然と共に生きようなんて言わないかもしれない。

その可能性が大分低い事以外問題は無い訳だ。

 

「なあ、千空。桜子はなぜあんなに唸っているんだ?」

「あー、あいつは石化前はボッチだったみてーだかんな。人見知りでもしてんだろうよ」

 

なにやら二人がこそこそと私に対して失礼な事を言ってる気がするが、今はそれどころじゃない。

 

「分かった、獅子王司を起こすのにとりあえず納得する。けど、杠さんはどうするの?

すぐに起こすのか、危険が排除できてからか、どっち?」

「あー、そうだな…」

 

今度は大樹が唸り始めた。

危険だ、いや、しかしとかぶつぶつと言い始め傍目にもめっちゃ悩んでるのが分かる。

 

「すぐに起こすぞ。逃げるんだったら自分で歩いてくれた方がいいし、戦うにしても人手はいる。起こすのが合理的だな」

「了解。じゃあ大樹、復活液かける役お願いね。もう杠さんに服着せ終わってるから」

 

当然だいぶ前に着せているのだが、純情少年な大樹は見てないかもなので伝えておく。

 

「おう分かった。復活液を取ってくる!」

 

大喜びで駆け出していく大樹を見ていると、漫画知識を聞かせない為に行かせたこちらがひどく汚れている気がしてなんとも言えない気分。

 

「司は漫画だと貴方を殺そうとした男なの。それでも司を起こす?」

「わざわざ俺を名指しって事は無差別殺人者ではねーんだろ、なら問題ねえな」

 

自分の命を賭けるのにもう少しためらいを持って欲しいと思うのは贅沢だろうか?

 

「正解。科学文明の否定と自然万歳的な考え方だから敵に為らざるを得ないって感じだったわ」

「上手く説得するしかねえな、漫画じゃなんかいい説得材料あったのか?」

「前提としてこっちにも強力な武器があって、獅子王司の寝たきり状態の妹さんを見つけて、さらに腹心の部下が裏切りからの共闘で敵対しなくなった…って言うのが私の知る漫画知識だけど」

「武器があったら起こす必要ねえし、妹の居場所なんぞ分かるわけねえ。

最後のは言う必要なしっと、今すぐ使えるものはないって訳か」

「ついでに本人の頭も回るから口八丁も無意味……これでも起こすの?」

 

私としてはできれば思い留まって欲しい、彼の存在は必須ではないはずだ。

 

「ああ、起こす。条件の合う奴が他にいるとは思えねえ」

「条件?」

「武力、カリスマ持ちで話ができる。

その上年齢も行き過ぎていないなんて出来過ぎだっての」

 

どうしよう千空が何を言っているのかわからない。

 

「どうにもその辺の感覚がおかしいみてーだけどよ、俺ら全員世間様から見りゃただのガキだ。

70億全員目覚めさせんのに俺らだけじゃ手詰まりだってのにガキの集まりじゃ誰もついて来ねえ。

問答無用で人をついてこさせるカリスマ持ちが必要なんだよ」

 

ああああ!!! そりゃそうだ!

いくら千空達がすごいっていっても見ただけでは分かる訳がない。

だからまとめられる司がいて、それと戦って司意識不明からの指揮系統一本化と……

漫画の流れってすべて計算の上だったんだなあ。

とはいってもこれは私たちの現実、漫画の流れみたいなワンミス即死亡な橋はわたれやしない。

千空と司の衝突だけは絶対に回避すべき事柄だ。

 

「司の説得っていうか論破は私も考えておくわ、……友達に死なれたくなんてないし」

「ああ、頼りにしてるぜ」

 

 

で、いま杠さんを起こそうというところなのだが、

 

「大樹が固まりっぱなしなんだけど、いつかけるの?」

「時間はあんだから好きなようにさせとけ。準備から数えてまだ367秒だ、気にすんな」

 

私がせっかちなのだろうか? いや、大樹が緊張し過ぎというのも嘘では無いと思う。

 

「あ、やっとかけた」

「思ったよか早かったな。10分ぐらいはかかるかと思ってたが」

「……千空! 反応がないのだが俺は何か手順を間違えてしまったかー!」

 

反応するのにしばらくかかると説明したはずなのだが……、

まあそれだけ杠さんの事で頭がいっぱいなのだろう。

 

「手順なんてもんありゃしねえよ、風化した表面を透過するのに時間がかかってるだけだ」

 

慌てる大樹に少し呆れたような態度を見せつつ千空が説明し始める。

 

「こいつは一種のコールドスリープで、表面は保護膜だ。

んでそいつに復活液が染み込んでいきゃあ……」

 

千空の言葉に反応するかの様に杠さんの体を覆う石が少しずつひび割れ始め、

 

「雪崩崩壊を起こして全身に回って、お目覚めの時間って訳だ」

 

全身の石が一気に剥がれ落ちていった。

 

「杠!! あああああ! 分かるかー!! 杠!」

「大樹くん……?」

「すまん、長い間、3700年もの間待たせてすまん…!」

「分かんないよ何も、起きたばっかだもん。でも、ははーんこれ大樹くんが助けてくれたんだね」

 

感動の再会シーンだ、やっぱり頑張った人が報われる姿は最高だと思う。

柄にもなく涙ぐんでしまった。

 

「俺じゃない、千空や桜子が復活液を作り上げてくれたからだ」

「オメーがいなきゃこんなに早くは出来なかったんだからオメーのおかげでいいんだよ」

「そうよ、大樹が頑張ってくれたから今があるんだから胸を張って誇ればいいの」

 

おっと、知らない人な私にちょっと戸惑っている杠さんに自己紹介しなければ。

 

「はじめまして杠さん、私は吉野桜子。三カ月前ぐらいに千空に起こしてもらったの」

「あ、……うん、はじめまして、吉野ちゃん」

 

あ、少し勘違いされてるかも。

 

「同い年ぐらいだから、桜子でいいよ。私も杠って呼びたいし」

「ええ!?」「なにい!!」

 

待て大樹、なぜお前まで驚く。

 

「今の『なにい』はどういう意味かな?

三週間ほど一緒に生活していたはずの大樹君?」

 

笑顔で大樹に問いかけているのに、なぜか目をそらす大樹。

何かなその態度は、私の年齢に何か文句でもあるのかね。

 

「オメーの体型じゃいいとこ中二ぐらいにしか見えなかったんだろ。

俺だって信じきれてねえしな」

「うっさい、言われなくても分かってるわよ。でも文句の一つぐらい言わせなさいよ」

 

どうせちんちくりんですよ! なぜ私の体はちゃんと育たないのか。

まあ、誰かと子作りなんて想像もできないのでいいといえばいいんだが。

 

「とりあえずだ、杠は現状の説明を大樹と桜子から聞いとけ。

俺は獅子王司を起こしにいく」

「あれ? 一人で行く気なの?」

 

危険性は伝えておいたのに?

まあ、起こしてすぐに殺しに来る訳ではないので問題ないが。

 

「一人で十分だってのもあるが、またやらかすかもだからなオメーは」

「ああ、大樹の時のアレね、その辺彼は経験あるんじゃないの?

経験者に未経験者がアドバイスするなんてマネする気は……」

 

ないわよと続け様としたところで拳骨が降ってきた。

しまった、この話題は禁止であった。

 

「ごめんなさい、黙ります」

「おう、そうしろ。じゃあ大樹、杠への説明しとけ。

このセクハラもやしが余計な事を言い出す前にな!」

 

そう言い捨てて千空は司を起こしに行ってしまった。

わざとではないのだがつい性に関する事は饒舌になってしまうのはオタク気質と、性欲がない事に自分で変に思い記憶や本を調べすぎたせいだろう。(9:1で前者の方が多い)

世間一般では耳年魔という気がするが私は性欲を感じないのでセーフである。(自己暗示)

だいたい、女である自覚があるのに女性が酷い目にあってる姿ばかり見たせいで、性関連一時期恐怖の対象だったし。

 

「なんていうか…個性的な子だね。桜子ちゃんって」

「うむ、だがたくさん知っていて色々とできる頼りになる奴だぞ」

 

変な子だってはっきり言わない杠も褒めて認めてくれている大樹もやっぱり善人だ、だから確実に揉め事を起こす司を起こしたくはない。

しかし事前にわかっている分ましだというのも事実。

司を納得させられるように頑張る、改めてそう心に決めた。

 




9:1云々はエロ知識の仕入れ先であって、
オタク気質と自分が変なのではという疑いに対してではありません。


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獅子王司

森の中獅子王司を起こすため千空は歩いていた。

道は洞窟迄は踏み固めておいたため他の場所を行くよりかは楽である。

そのため考えながらでも危険な事はなかった。

そして考えるべきことは司にどう対処するか…ではない。

現状差し迫ったほどではないが対処すべきなのは近くで確認されたライオンの群れである。

司への対処はライオンの問題が終わった後でなければ手をつける事が出来ないし、してはいけない。

それを千空はしっかり理解出来ていたので後に回すのである。

 

(桜子が危惧するように、ライオンより厄介ってのは確かだろうがな)

 

頭が回るというのはまず確定だろう、当然ながらその実力も。

格闘技の世界は只の力自慢が頂点に立てるほど簡単なものではない筈だ、

それなのに獅子王司という男はたかが高校生の身でありながら無敗を誇るのである。

これを弱いと言える者は人間ではいないだろう。

だが頭が回るという事は状況を考えられるという事でもある。

現状でライオンを無視してこちらをどうこうするとは考えにくい。

 

(ライオンの狩りの仕方から考えて必要なのはまず脛当てか?

手甲もいる気がするな、素材は今用意できんのは革ぐらい…どこまで防げるのか試してからじゃねえと怖くて使えねえな)

 

固めるには何が必要だったかを考えているうちに目的地に到着していた。

 

(その辺は試して行きゃいいだろ。まだ時間はあんだからな)

 

いっそ無造作と言っていいほどに手早く復活液をかけてしばらく、浸透した復活液によってヒビが入り、あっという間に全身の石化が解除された。

 

「はじめましてだな、俺の名は千空、今は西暦5738年7月の28日だ。

聞きたい事があったら聞いてくれ、ないんなら今の現状を説明してえ」

「……うん、そうだねまず君の話を聞いてからの方が良さそうだ。その後質問させてもらうよ」

 

持って来ていた服を渡し司が着ている間に現在の人類が置かれた状況や自分達の現状、直面している問題などを要点を簡潔に説明していった。

 

「うん、つまり俺がやるべきはまず猛獣退治だね」

「ああ、俺を含めた4人じゃライオンに食われるだけになるだろうからな。

殺すまでいかなくとも近づかない様にはしてえ」

「大丈夫だよ、ライオンなら一対一だったけど絞め落とした事があるからね」

 

聞けば石化する前TV局の企画でライオンとの一騎打ち企画があったらしい。

まだ放送されてはいなかったらしいが、どちらも無傷での勝利だそうで、

 

「あー、先に見つけさえすりゃ心配いらねえって事でいいのか?」

「そうなるね、数が多くても狩るつもりでやるなら問題ないよ」

 

どちらから来るのかだけ教えてくれれば後は自分に任せてくれればいいと、気負いも無く言う姿はなるほど、敵だったならこれほどの脅威はないが味方なら頼もしい。

それから少し質問と回答を繰り返したが、司の理解力が高いおかげでこの場でできる説明はあっさり終わってしまったので拠点に戻る事にした。

 

「んじゃあ拠点はこっちだ、ついてきてくれ」

 

10分程度の会話であったが司の能力が桜子の話からの想像以上であることを千空は痛感していた。

 

(理解力、想像力、観察力、それに加えて戦闘力も完備と来たもんだ。

霊長類最強の呼び声に恥じない能力じゃねえの。

コレと敵対する羽目になってどうやって切り抜けたってんだ『漫画の俺』はよ)

 

なるほどもやしな桜子がライオンに対し積極的攻勢に出ようと言う訳である。

コレに比べればライオンなんぞ脅威と呼ぶに値しないのではと勘違いもしようというものである。

司への対処をどうするか本気で考える必要を千空は思い知っていた。

一方、司もそんな千空の微妙な雰囲気を薄々と感じ取っていた。

 

(彼から見れば俺はTVでしか見たことない人間だ、ある程度の警戒も当然だろう。

むしろ警戒する事が出きる知性とそれを振り切れる理性を評価したい。

先程の説明も過不足のない素晴らしいものだったし、こちらが理解したと見れば即次の説明に移れる機転の早さもいい。

総じて彼は得難い人材と言っていい、信頼関係を築いて行くべきだろう)

 

3700年前、現代と呼んでいた時代を思い出す。

思いを封じただひたすら妹の入院費を稼ぐ日々、生活は確かに豊かであった毎日。

だが、腐った老人の機嫌取りに奔走していたとしか思えないあの日々。

 

(戻りたくはない、あの縛られ搾取されるだけの時代には)

 

そのためならば自ら手を汚すことさえ厭わない。

だが叶うなら自分の思いに賛同して欲しい、そう思いながら千空の後ろをついていく司であった。

 

 

 

それからしばらく千空が他の三人について軽く話しながら歩き拠点に到着した。

 

「これは……千空、君が作り上げたのかい?」

「ツリーハウス本体はな。モルタルで仕上げたのは大樹の仕事だ」

「これを君一人だけで?」

「これだけにかかりっきりじゃなかったが、手付けてから完成まで20日だな」

 

司は思わず息をのんだ。

驚愕していたのだ、一介の高校生が? たった一人で? 三週間弱で?

ありえない速度である。

 

「君が最初に目覚めたのだよね、目覚めた当初の生活はどうだったのかな?」

「あー、石器作りから始めて火を起こして、罠作って鹿捕まえてって、

……ちょいと長くなんな。落ち着いてから暇を見つけて話すって感じでいいか?」

「うん、相当な苦労だったのは、見れば分かるよ。

長くなっても構わない、壮大な話になりそうだからね」

 

千空に対しての評価がまだまだ甘過ぎた、自分が見てきた中で一番と言っても過言ではない。

味方である内はとても頼もしい人物だろう、だが敵に回ったら?

言うまでもない、最大の脅威の誕生である。

 

(必ず味方にすべきだ、悪くても中立に。最悪の場合は…いや、焦り過ぎだろう。

今は見極めるべきだ、俺の理想を理解してくれるかもしれない)

 

千空と司がツリーハウスに入るとそこでは初めてみる光景が広がっていた。

 

「杠ってば最高よ〜! 愛してる〜!」

「う、うんありがとう桜子ちゃん。ちょっと苦しいから、力緩めてくれると嬉しいかな」

 

桜子が全力で杠に抱きついていたのだ、それも今まで見たことないぐらいの笑顔で。

その脇には所在なさげな大樹と、上手く作れないと嘆いていたツゲ櫛が置かれていた。

 

「おかえりだ千空、あとはじめましてだな。

千空から聞いているかもしれんが、俺が大樹だ。よろしく頼む」

 

千空達を見た途端、明らかにホッとした顔で大樹が寄ってきた。

かなり桜子が杠に懐いたらしく、女子二名の間に口も挟めず割と途方にくれていたようである。

大樹が気づいたことで桜子も気づいたらしく、興奮した様子のまま声を上げた。

 

「あ、千空。見てよこの櫛の歯の滑らかさ!

鹿の皮しかないのにあっという間に滑らかにしちゃうのよ杠ってば」

「興奮し過ぎだ馬鹿。

テメエがそれ作りたくてしょうがなかったってのは知ってっからもうちょい落ち着け」

 

頬を紅潮させてキラッキラした目の桜子に呆れながら諫めるがあまり効果が見られない。

 

「圧搾機作ろうよ、圧搾機。種は集めてあるから椿油絞りたい!」

「圧搾機か…木ねじ式ならいけるかもだが、石器でねじの溝を掘るのはちと面倒じゃねえか?

ってそのあたりは杠にやらせるつもりかオメー」

「せいかーい! もちろん私もやるけど、杠に手伝ってもらえれば色んなことが出来そうなんだもん」

 

普段と比べて子供っぽさが7割増しぐらいの桜子に司は面食らっていた。

千空から聞いていた印象と全くの別物だったからだ。

とりあえず声をかけてくれた大樹と握手を交わしつつ自己紹介をすることにした。

 

「少し落ち着くまで挨拶は無理かな。初めまして、獅子王司だ。これからよろしく大樹」

「普段はもっと落ち着いた感じなんだがな、千空によると髪の話になるとああらしい」

 

二人の視線の先では圧搾機の要不要について千空がばっさり切り捨てている所だった。

 

「溝の掘り方は貴方の計算力と私の記憶力で、雌側の問題はさっきのでどうにかなるじゃない!」

「固定部分を挟む形にして、使う時だけはめ込むってのはいいアイディアだな。

たしかに圧搾機を作れるだろうよ、最大の問題として現状大樹がいりゃどうとでもなるってのを無視すればな」

「あう〜、杠〜、千空がイジメるー、意地悪するー」

「うんうん、よしよし、泣かないの桜子ちゃん」

 

完全論破されて杠に慰められている姿は見た目相応だが、聞いていた印象、

広く知識を持ち各種の問題に様々な角度から対応するような人物にはとても見えない。

 

「いや、本当にいつもは頼りになるんだ。食べられる野草や茸を絵で書いて渡してくれたり、

このツリーハウスの床から隙間風が吹かないのも桜子のおかげだしな」

 

聞けばこのツリーハウス乾燥し切る前の木材で作ったため作った当初は兎も角、日がたつにつれだんだんと隙間が出来てきたらしい。

そこで桜子がその隙間にモルタルを少し入れその上からおが屑を詰め樹液で固めたらしい。

モルタルと樹液の両方を使ったのは大樹が目覚める前で色々なものが不足していたためで、そのせいで壁からの隙間風を防げず、大樹が目覚めるまで寒い思いをし続けたというオチがついたそうな。

 

「床に敷物をしているのは見た目が悪いのもあるそうだぞ。

床はモルタルでは固いし冷たいから、俺からみれば十分いい仕事してくれたと思うんだ」

 

そう言って言い合う二人(と巻き込まれている杠)を見る大樹の瞳には尊敬と誇らしさが宿っていた。

 

「いい友人を持てたんだね、最初に目覚めたのは千空で二人目が彼女なのかい?」

「ああ、千空が桜子を起こして二人で復活液を作り上げたらしいんだ。

そのおかげでおれも杠も目覚めることができたんだ」

「そうか、今俺がここにいるのもあの二人のおかげなんだね」

「そういう事になるのだろうな、あの二人には感謝してもしたりない」

「うん、しかし彼女をそろそろ止めた方が良さそうかな。随分熱くなってしまっているようだ」

 

大樹と司の二人は会話をその辺りで切り上げ、髪の手入れに関し熱く語る桜子に大分辟易している千空達に助け船を出すことにした。

 

「会話中すまない、そろそろ自己紹介させてくれないか?」

「あ、そういえば千空は彼を起こしに行ってたんだっけ」

 

我に返りさっきとは別の意味で頬を染める桜子。

言葉も尻すぼみである。

 

「やあっと気付きやがったかこの髪の毛オタク。おら、さっさと自己紹介しろ」

「うう、さっきまでの行いのせいで何も言い返せない」

 

改めて司に向き合い右手を差し出しながら自己紹介をする桜子。

 

「はじめまして獅子王司さん、私は桜子。これからよろしくお願いしますね」

「ああ、よろしくお願いするよ」

 

先程の姿からは少し想像しづらいぐらいの固さでの対応である。

 

「桜子ちゃん、司くんへの態度がさっきまでとまるでイメージ違うんだけど」

「世界がこうなるまえはアイツボッチだったみてーだから、人見知りでもしてんだろ」

「私には全然そんなのなかったんだけど……」

「髪に関するとアイツはアレがデフォだ、悪いが耐えてくれ」

「相変わらず遠慮ない評価するね、千空くん。

でもちょっと妹みたいで可愛いかったから、うん、大丈夫。上手くやってけそうだよ」

 

どうやら杠の中で桜子は保護対象に収まったらしく、司に対し余所行きの態度で接する桜子への目が完全に姉か母の眼差しである。

 

「ライオンの対処をお願いしたいっていうのは千空から聞いていますか?」

「ああ、近くまでライオンが来た痕跡があったと聞いたよ。

千空にも言ったが一対一で完全に抑えこんだこともある、安心して任せてくれ」

「一対一で…ですか? 一体全体どういう状況でそんな事に?」

「TV局の企画で少しね」

「事務所は止めなかったの?」

「ギャラが破格だったからね、……普段はその口調かい?

もしそうならそのままの方がいい。今のところ5人しかいない仲間なんだからね」

「……わかった、そうさせてもらうわ。じゃあライオン退治に必要なものがあったら言って、仲間だっていうのならそれぐらい当然だから」

「いや、どの方角から来ているのかと、後槍を何本かもらえれば十分さ」

「…え、ええ〜」

 

司のまるで置物でも取ってくるかのような軽い物言いに桜子は呆れと驚愕が多分に混ざった声を上げ、二の句が継げなくなってしまった。

そしてさっさと自己紹介を終えて次の作業にうつりたい千空が杠に自己紹介を促す。

 

「大樹とはさっきの桜子の暴走中に終えたみてえだから、あとは杠だけだな」

「さっさと次に移りたいから強引にでも私の番にするんだね、千空くん。

えーととりあえず、初めまして小川杠です。獅子王司さんのことはTVで何回か見ました。

後細かい作業をやってくれって言われてますので何かあったら言って下さい」

「うん、始めまして。よろしくお願いするよ。

彼女にも似たような事を言ったが敬語は必要ないよ、

前の世界では知らない人同士だったが今は数少ない仲間なんだからね」

「あはは、年上の男性相手ですので、それは追い追い」

「ああ、すまない、不躾だったかな。君達が仲良く見えたから俺も輪に入れればと思ってね」

「そうですか? 大樹くんと千空くんは前からですけど、桜子ちゃんは今日初めてなんですよ。

私が今朝目覚めたばかりっていうのもあるんですけど」

 

そこまで話したところで千空が話を切り上げさせた。

 

「親睦深めんのもいいが、まずライオンの対処終えてからにすっぞ。

やり終えてからでも時間はあんだろうからな。

俺がライオンのくる方角を足跡探しながら特定すっから司は付いてきてくれ。

その間、大樹はいつも通り食料集め。ただし俺らが向かう方とは逆な。

桜子は杠に説明しながら保存食作りだ」

 

全員がそれぞれの言い方で了解の意を示し、各々の作業に移るのだった。

 




司のライオンとの対戦の話は言うまでもなく捏造です。
このぐらいなら盛っても大丈夫かなって……


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対決

ライオンの群れへの対処は至極あっさり終わった。

見つけた群れに司が突っ込みボスである雄を狩った時点で他のライオンは逃げ散った。

当座の危機は退けたが他の大型肉食獣がいないとも限らないため、念のため数日間は様子見をして、安全が確認されてから次の人を復活させる事になった。

なお、狩ったライオンは司が担いで持ってきた。

杠と桜子が苦労して食べられる味に仕上げた模様。

 

「これが杠に作ってもらった網ね。

本当は漁用と干物用二つ作ってもらうつもりだったんだけど、司があっという間に処理限界まで獲ってきたから一つだけね。

いまは魚をヒラキにするの手伝ってもらってるし」

「燻製器は肉に使ってっからこっちで処理できんのはありがてえな。

今どんぐらい出来上がってんだ?」

「五人なら全部で一月分くらいかなあ? あ、アカエイどうしようか? ホンオフェでも作る?」

「相当臭えらしいから微妙だな、なるべくそのまま食ってどうしても余ったらにしようぜ」

「アカエイはなるべく避けてはいるんだが、うん、危険もあるからあまり放置できないんだ」

「あー、どうしようもねえな。悪くなりづらいんだから獲った次の日でも食えるだろ」

 

今は人数が増えた時に備え保存食を作り貯めているところである。

 

「網作った糸が青苧だっていったら布作りしたい、服作りたいって杠が言ってたけど、ダメ?」

「人増えんなら確かにいるか……布作りまでで止めとけんならいいんじゃねえか」

「服作りなんて時間がかかるのだから、少しずつやり始めておいた方がいいんじゃないのかい?」

「杠の奴は一晩徹夜で一着布作りから作り上げかねねえんだよ、徹夜するほど急いでるわけじゃねえから無茶には歯止めを外部からかけねえと」

 

冗談に全く聞こえない千空の言葉に呆れを込めて司は感想をこぼした。

 

「思うんだが千空、君を含め君の周りには規格外が揃う運命でもあるのかい?」

「完全に同意するわ。司もそうだけど大樹も杠も勿論千空も、規格外過ぎてついてけない時あるし、一般人な私には辛い環境よね」

 

自分の事を棚上げした桜子の言葉に二人は思わず目を合わせた。

 

「なあ、アレ本気か?」

「君の方が付き合いは長いだろう、俺には本気にしか見えないが君自身はどう思う?」

「本気にしか見えねえからこうして聞いてんだよ」

「俺たち五人の中で自己評価がある程度あっているのは、…俺と君だけという事か」

「ツッコミに回ると疲れんぞ。適度に流すのがこういう天然どもとのうまい付き合い方だ」

「どうしたの二人とも、何か変なことでもあった?」

「なんでもねえよ、とにかく布までだって杠には言っとけ。後貯蔵には問題起こってねえのか」

「ついこの前倉庫兼三人用の寝床建てたばかりじゃない、問題なんて起こんないわよ。

ただ出入りが多いと湿気が入り込まない?

寝る前のお喋り割と好きだったんだけど、杠としかできなくてちょっとつまんないのよ」

「あの時も言ったが、男女で同室の寝泊まりは問題しかないよ。

起きている時だけで我慢してくれ」

 

司の説教ももっともだと思い、司が復活する前の状況を思い出し心の中で反省する千空。

しかし桜子はその程度では止まらない。

 

「今寝床にするために上の空間空いてるわね?

完全に倉庫にしてしまえばそこも使えるし、人が生活してたら当然菌類が湿気とともに入り込む、そうすれば傷みやすくなる。

これだけ悪条件があるのにそのまま続けるの?

人が多いならともかく、少ない内はそれらを避けてもいいんじゃないかしら」

「食料は最悪また集めればいい、それより過ちがあっては取り返しがつかない。

だから君の提案に頷くことはできないよ桜子」

「過ちなんて起こらないでしょ。

だって千空は感情制御がっちりやるタイプだし、貴方は禁欲タイプだし、

大樹は純朴でやっぱり倫理観強いし、さらに欲情対象が杠しかありえないから…

大樹と杠の間では過ちはあり得るのかな? でも好きあってる同士で過ちとは言いづらいよね。

私に欲情するのはペドフィリアだけで、三人とも違うから問題なしでしょ」

 

そこまでいったところでプチンという音が聞こえた気がした。

司はゆっくりと千空の方を向くと落ち着いた、普段よりさらに落ち着いた、

激情を無理矢理抑えつけたような平坦な声で千空に告げる。

 

「千空、すまないがしばらく時間をもらうよ。彼女に女性としての心構えを教えてくる」

「おう、こっちとしても助かるから是非頼む」

 

そうして司は桜子を説教するために引きずっていった。

見える範囲ではあるが流石に砂地で正座はどうかと…

いやそのぐらいは必要だなと思う千空であった。

 

(妙にはしゃいでんな桜子の奴、あんな事いやあ司がキレるのなんぞ当たり前じゃねえか。

あんなに迂闊だったか? ……ちげえな、半分くらいはワザとだろ)

 

司が目覚めてからの桜子の行動を思い返しすぐに半分くらいは演技であると結論づける。

 

(アイツ俺か司の近くに必ずいるようにしていやがった。

事が起きた時すぐに対応できるように……

つまり、俺が司に殺される可能性があんのはここ数日って事か。

で、いまはしゃいで見せたのは司の目をそらしたい何かがあるってことじゃねえか?)

 

千空の予想は当たっていた。

彼らからは見えない位置で数日前までは直立していた中年の石像。

それが一つ横倒しになっており、その近くには小柄な足跡がたくさん残っているのであった。

 

 

それから数日間拠点の周囲を見回ったが大型肉食獣は見つからず、拠点周りは今のところは安全であろうと結論づけられた。

では次に復活させるべきは誰かという事を決める段になって千空と桜子は海岸に来ていた。

司がそこで話がしたいと言ったからである。

 

「このストーンワールドは自由だ、魚も貝も元々誰のものでもない」

 

二人を海岸に連れてきてしばらく、ゆっくりと司は語りだす。

 

「…昔一人の貧しい少年が貝の首飾りを作ろうとした。

手術する妹のためにね、妹は人魚姫が大好きだったんだ」

 

倒れている石像の前にゆっくり歩いてゆく。

 

「そこへ辺り一帯の漁業権を持つ中年男が酒の匂いとともに現れた」

 

石像の頭をつかむと片手のみで吊り上げる。

 

「ちょうどこの石像のような、ね。貝を集めていた

ーー中年男が言うには盗んでいた少年は顔が変わるほど殴られたよ」

 

どこか遠くを、遠い過去を見て悔いるような顔をして、

 

「最後まで妹を人魚姫にはしてあげられなかった」

 

押し殺した悲哀に染まった声で懺悔を口にし、

数瞬の瞑目の後開いた瞳を憤怒に染め上げ掴んでいた石像を砕け散らせた。

 

「分かってやってんだろーな、司。

テメエは今、人間一人、ぶち殺したんだぞ」

 

その殺害行為に眉を顰め、千空は嫌悪を込めて非難を口にする。

 

「わかってるさ、もちろん。

千空、君は心の汚れた年寄りたちまで全員助けるつもりかい?」

 

しかし、司にその言葉は届かない。

 

「うん、彼らも最初はしおらしく感謝するだろうね。

だが、文明が戻れば、必ず!」

 

罪人の罪を告発するかのような声を上げ、

 

「『そこは俺の土地だった』『家賃をよこせ税を払え』

また、持たざる弱者を食い物にしだす! もうそんなことはさせない」

 

断罪すべきだと声なき声で叫ぶ!

 

「ここはストーンワールド……、

まだ何の穢れもない楽園だ――」

 

司は千空たちへと問いかける。

 

「純粋な若者だけを復活させて、このまま誰のものでもない自然とともに生きてゆく。

人類を浄化するチャンスなんだ! 君もそう思わないか、千空」

 

過ちを正し、世界をあるべき姿にした今こそが最良の、

理想のあるべき世界の姿ではないのかと。

 

「全っっ然1mmも思わねえな。

俺はメカやら、宇宙やら、ドラえもんやらに唆りまくりの、

テクノロジー大好き少年なもんでなあ」

 

千空はその言葉を否定し、自分の進む道を強く示す。

 

「人類70億全員!

科学の力でもれなく助けて文明取り戻してやるよ!」

 

千空の返答に凍えるような殺意を放つ司。

しかしすぐに抑え桜子に問いかける。

 

「君はどうだい桜子、俺の理想に理解を示してくれるかい?」

 

険しい表情で沈黙していた桜子が口を開いた。

 

「私は社会をそのまま戻す必要はないっていうのだけは、賛成するけど」

 

言いながら砕かれた破片を拾い、ひとところに置くと司の前まで進み、

 

「自然とともに生きていくっていうのは絶対に拒否するわ」

 

静かな口調と強い眼差しで司に反対の意思を叩きつけた。

 

「その少年は警察に届けなかったの? なぜ保護者へ事情を話し助けてもらおうとしなかったの?

そもそも殴られた後なぜすぐに周りの大人を呼ばなかったの?」

 

桜子が少年ができた、あるいはすべきであった事を指摘する。

 

「その時周りにひとはいなかったのさ。

保護者は面倒を起こすんじゃないとしか言わなかったし、警察はそもそも取り合ってもくれなかったよ」

 

司は少年が打てる手をすぐに打ったと返す。

 

「なら、その時すぐに近くの民家や商店に飛び込むべきだったわね。

もしくは信頼できる大人を見つけておくか」

 

桜子が再度少年の行動を詰る。

 

「それは結果論でしかないよ、少年と呼べる年齢の人間に求めていい行動かい?」

 

司が常識と良識をもってそれを否定する。

 

「あら、これから起こす全ての人にもっと厳しい判断を要求しようとしているのに?

自然は油断を見逃すほど優しくないし、少年どころか赤子にさえ牙を剥くわよ」

 

その良識とこれから行おうとする行為の矛盾を嗤う。

 

「自然が厳しいというのは、うん、否定しないよ。

だが俺がそんな事態にはしない、弱い人達を守ってみせるさ」

 

その嘲弄は見当違いだと切り捨てる。

 

「普通なら無理だろうけど、確かに貴方ならやってのけるかもね。

で、も、それはどれぐらい続くの?

10年、20年はやれるかもしれないわ、だけど30年は? 40年続けられる?

貴方ができなくなればそこで人類の歴史は終わりだって分かってる?」

 

嗤う、嘲笑う、笑う。

お前は叶わぬ理想に挑み掛かるドン・キホーテだと悪魔のように嘲笑う。

 

「うん、君はそういう態度の方が素に近いみたいだね。

その目、俺を見る時に時折している事は気付いていたよ。面と向かってした事がないとしてもね」

 

それに対し貴様のやり口などお見通しだと一蹴する。

 

「20年続くのならば十分さ、その間に俺の意思を継げる人を見つければいい」

 

そして話は終わりだと言うように腰を軽く落とし右手を上げる。

 

「復活液の作り方は君達二人だけしか知らないのは分かっている。

教えてくれないか、その作り方を」

 

司がその気になれば一瞬で二人とも狩られる。

千空は息を呑み、…桜子は薄く笑った。

 

「その構えは教えなければ殺す。と、いう事でいいかしら?」

 

怯えるどころかむしろ楽しそうに問いかける桜子。

 

「そう取ってもらって構わないよ」

 

その余裕がある態度に訝しみながらも司は自分の勝利を確信していた。

千空が後ろ手に隠しているクロスボウにはすでに気づいているし射線上には桜子がいる。

もし撃ったとしてもあの大きさでは性能はたかが知れている。

万に一つの可能性もない。

そう思っていた。

 

「じゃあ千空、私が司と取り引きするから作り方喋っちゃ駄目よ。

喋ったりしたら……」

 

桜子がアルカイックスマイルを浮かべなんでもないことのように、

 

「自殺してあげるから」

 

自分の命を人質に千空を脅迫するまでは。

 

「テメッ、何をいってやがる!」

 

千空が珍しく本気で焦った声を上げている、二人で打ち合わせた上での狂言ではない。

 

「どういう、つもりだい」

 

流石に司も困惑を隠しきれず桜子に問い質す。

 

「なんてことないわよ? 値段を吊り上げるために供給を絞っただけだもの」

 

コロコロととても楽しそうに笑いながら応える。

 

「それで俺が要求を取り下げるとでも思っているのかい?

だったら甘く見すぎだよ」

 

ただのブラフ、そう考えてもしそうであるならば無駄だと言う。

 

「ここで取り下げられると困るんだけど〜」

 

しかし、逆に取り下げる事に不満を露わにされてしまう。

 

「…取引というなら君からの要求もあるんだろう?

復活液の作り方の代わりに何を求めるつもりだい」

 

話を切るのは桜子の望みを聞いてからでも遅くはない、

自分にそう言い聞かせ問いかける。

 

「簡単よ、千空の行動の自由と命の保障。

その二つを、そうね3年ぐらいでどう?」

 

長い時間というわけではないが短いというほどでもない期間だ。

 

「なぜその二つ、しかも3年だけなのか聞いてもいいかい」

 

司のその質問にむしろ不思議そうに返す桜子。

 

「だって貴方教えなければ殺すといったけど、教えれば殺さないとはいってないじゃない。

科学技術、その中でも特に兵器関連封印しなければ千空と私の二人を殺すつもりだったんでしょ」

 

それがわからないほど無能と思われちゃったかなぁ、と呑気に聞こえる声で呟く姿に戦慄さえ覚える。

 

「そこまでわかっていながらなぜ……いや自殺するといったのもそうだが、

桜子、君は死ぬのが怖くないのかい?」

 

桜子は問いかけに笑いながら答える。

 

「死ぬのは怖いわよ、当然ね。

でもね、今までの人類は先人の死を乗り越えて歴史を紡いできたの。

そう思えば死は全ての人が知っているはずの物なのよ。

未知なら怖いけど、既知のものなら私は超えられるの」

 

完全に司は呑まれていた。

司は戦うことを生業としてきた、不幸な事故があれば簡単に死ぬ職種だ。

だから死ぬ覚悟という物は多くしてきたし見てきた。

だがこの少女から感じるものはなんだ?

死を恐れていないわけではない、

しかし死を当然あるものとして受け入れている。

司にとって死は抗うべきものであり避けるべきものであった。

だから目の前の一人のちっぽけな少女がわからず未知の恐怖を感じるのだ。

……もし、彼に祖父母との十分な触れ合いがあればわかっただろう。

それは次に託すことができた者たちの心。

自分の夢は次の者たちが叶えてくれるという思いであった。

 

「分かった。復活液の作り方と…君の命。

それで千空への手出しをやめることを誓おう」

「じゃあ、取引成立ね。

千空に色々伝えることがあるから少し時間をもらえる?

その後ちゃんと作り方とか素材とか教えるから」

 

明るい声で桜子がそういった直後であった。

 

「待てよ司」

 

それまで沈黙していた千空が声を発する。

 

「俺との取引の内容を聞いてからでも遅くないぜ」

 

それは千空の反撃の狼煙であった。




書溜が尽きた……!
なるべくはやく書き上げますので何卒ご容赦を(平伏
いや、明後日までには書きあがっていそうなんですが、
現在書いても書いても終わらない状態になっていまして(汗

もし司に祖父母との触れ合いが十分にあったら?
冷静に一年ぐらいに期間短くしてたと思います。


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取引成立

先週はピックアップ効果すげーと思ったんですよ。
おかげさまで週間ランキング83位です、皆さまありがとうございます。
週間ランキング効果はもっと凄かったですね。
すでにUA1000超えてる、いや本当にありがとうございます。


「自殺してあげるから」

 

そう言われた時千空の頭から冷静さが一瞬吹き飛んだ。

 

「テメッ、何をいってやがる!」

 

まず間違いなく本気だろう、チラリと見えたのはいつぞやのトリカブトの瓶だ。

司が問いかけてからの行動すべてが計算の元に動いている。

 

(俺がクロスボウ隠していたのはあいつにゃあ見えてた。

司と俺の間に入って俺の行動と司の俺への行動両方を牽制。

その後の挑発的な問いかけで司の意識を自分に集中させ

尚且つ脅迫行為に移らせやすくした。

で、俺への自分の命を使った脅迫でチェックメイトかよ。

見事なもんで褒め称えてえぐらいだよ、その謀略の対象に俺が含まれてなきゃあな!)

 

思えば司を起こして戻ってきたあたりからおかしかった。

 

(妙にはしゃいでいることが多かったのは、

初めての女友達ができたからじゃなく司が持つ自分へのイメージ操作。

大樹と二人だけで話せるようにしたのは復活液の存在を匂わせる為かクソッたれ!

何から何まで計算づくか!)

 

その予想は半ばまで正解である。

初めての女友達が嬉しかったのは事実であるし、復活液の存在を大樹が話したのも期待はしていなかった。

海岸に来てからの行動だって司がこの場では退くだろうと思っていたし、そもそも最上の状態はこの場に千空がいない事であった。

そのためにわざわざはしゃいでいる姿を繰り返しして見せたし、今だって千空を牽制しつつ、司の千空への行動を封じている。

 

「簡単よ、千空の行動の自由と命の保障。

その二つを、そうね3年ぐらいでどう?」

 

桜子の提示する取引内容がさらに彼を憤らせる。

 

(テメエは俺の保護者か!

テメエの作ったレールに大人しく乗ってろって?

冗談じゃねえ! この程度で俺が、

文明を取り戻す物語の『主人公』が諦める訳がねえだろうが!)

 

千空自身そんなことはかけらほどにも信じていない。

未来は自分達の行動で決まるもので、運命なんて物は1mmも信用していなかった。

だが、それが必要ならば成ってみせる、そう今決めたのだ。

 

(考えろ考えろ考えろ!

科学はルールが全てだ、なら人文科学だってそうだろうが!)

 

無茶にも程がある理論だ。

千空が修めている知識の多くは自然科学、scienceである。

対して人文科学、humanityは科学分野の中で三分される物の一つであり、

明確に区別される物である。

そんな事は千空が一番分かっている。

 

(無茶だろうがなんだろうが通すしかねえ!

人間の行動に法則性が見えづらいのは計算すべきパラメータがアホほど多いだけだ!

起こった事象を一つ一つ思い出せ、アイツの中のルールを探し当てろ!

ヒントは必ずある、桜子を止めるヒントが、……?)

 

脳内に閃きが走る。

 

(違う! この場で主導権を掴んでいるのは桜子の奴だが、

選択権はずっと司が握っている! 働きかけるべきは司の方だ!)

 

だからこそ桜子は司に挑発紛いの言動を繰り返し行ったのだ。

 

(クソッ! 漫画知識っていう情報アドバンテージがタタリやがる。

司の性格をある程度以上把握できてんだアイツは。

待てよ、って事はアイツの行動その物がヒントになりうるって事でもあるじゃねえか)

 

桜子の言葉一つ一つを思い出して行く。

 

(司関連を思い出せ、アイツはなんて言っていた?

寝たきり状態の妹を見つけてって言ってやがったな、

だがこのストーンワールドでそんな状態だったら直ぐに死ぬだけだ。

姿だけでもってか? そんなもん敵対関係解消の材料になるのか?

…違う、司の奴は妹は今死んでいるって認識のはずだ。

最後までって言ってたはず…『寝たきり』『死亡』両方満たすのは……、

脳死状態! 司の妹は脳死で寝たきり状態だ!

って死んでる事に変わりはねえはず、解消の材料にならねえのは間違いない…?

何かが引っかかる、変な違和感が…)

 

ふと目の端に先程司に砕かれた石像が見えた。

 

(なんで桜子の奴はアレの破片を集めていたんだ?

あの状況で復活液をかけてもただの死体が出来上がるだけのはず、

っ! 解除時の周辺細胞修復能力!

それが石化した後、折れた断面にも作用するのなら…

いや、待て……バラバラになった石像にかけた時は肉片に戻っただけだった。

なのになんで今すぐに集めていやがった?

実際司にも俺にも変な目で見られてでもやるメリットがあったのか?

二つの違いは、…時間だ! そうだ表面は風化する!

石化解除した時風化した部分は元に戻らなかった。

だから不審感を与えてでも今すぐ集める必要があったんだ!)

 

脳死状態の司の妹と石化解除時の修復作用、その二つがくみあわされば、

 

(漫画の俺は司の妹を救う事を条件に司を納得させた!

不確かな事は多いがこれで行くっきゃねえ。

後は桜子の横槍をどう止めるかだが……)

 

千空が思考している間にも司の疑問に桜子が答え続けている。

 

「死ぬのは怖いわよ、当然ね。

でもね、今までの人類は先人の死を乗り越えて歴史を紡いできたの。

そう思えば死は全ての人が知っているはずの物なのよ。

未知なら怖いけど、既知のものなら私は超えられるの」

 

司の様子からもう桜子の提案が通る寸前であるように思える。

 

(死ぬのは怖いが、もう知ってるから大丈夫っていってるだけじゃねえか。

普通は思わねえよな、前世の記憶なんぞがあるなんて。

俺も知らなかったよ、テメエが前世での死の瞬間を覚えているなんてよ!)

 

死の恐怖に対してある程度耐性があるのは、

トリカブトを自分一人で用意したりしていることで証明されている。

石化中は詰め込んだ本の内容の理解に努めていたと言っていたが、

まさか前世の記憶の精査もやっていたとは思わなかった。

 

(一回成功させりゃあ次回以降失敗したとこ見たことねえもんな。

ん? なら、なんで俺はあいつを複数回怒ってんだ?)

 

常識として性関連のことを嫌う人間は一定数存在している。

 

(ククッ、そんなもん決まってんじゃねえか。

はなっからわかってたじゃねえか、アイツが対人経験ほぼ0で、

友達なんて存在していたことなんかねえってよ)

 

自分の勝利条件、全員生き残らせて司も納得させるそれを通す道が見えた。

 

「分かった、復活液の作り方と…君の命。

それで千空への手出しをやめることを誓おう」

「じゃあ、取引成立ね。

千空に色々伝えることがあるから少し時間をもらえる?

その後ちゃんと作り方とか素材とか教えるから」

 

ちょうどあちらも話が終わったところのようである。

さあ、反撃開始だ!

 

「待てよ司」

 

さっき上げてしまった声のように上ずった焦りの声などではなく

 

「俺との取引の内容を聞いてからでも遅くないぜ」

 

自信に満ちた声と態度で宣戦布告をぶち上げた!

 

 

「千空、何のつもり?」

 

先ほどまでの明るい声から一転、

固く警戒感あふれた声で桜子が問いかける。

 

「単純な話だぜ? さっきまではテメエのプレゼンの時間で、次は俺の番ってだけだ」

「作り方を話したらどうするか私言ったよね、まさか忘れた?」

「ククッ、おうもちろん覚えてるぜ。

作り方を喋ったりしねえよ、もちろん見せたりもしねえ。

最終的に司が俺の提案を選ばねえなら、おとなしく引き下がるさ」

 

怪訝な表情を見せる桜子だが、復活液の作り方を教えずに司を納得させる方法など思いつかないため、千空が納得するためならばと引き下がる。

 

「千空、君は何を提案するつもりなんだい」

 

言外にただの時間稼ぎに付き合うつもりはないという司。

 

「その前にいくつか質問だ。

まずさっきの話の中の手術した妹だが、脳死、あるいはそれに近い状態で入院しっぱなしだった。

少なくとも3700年前の、人類すべてが石化する前までは。違うか?」

 

司の視線が警戒から鋭くなる。

 

「なぜ、そう思うんだい?」

「TV企画でライオンとの対決をやった話からだ。

破格のギャラだったから受けたっつったな、ありえねえだろうが普通。

危険排除のために狩ったやつを、わざわざ遠い所から持って帰ってくるような奴が、金のためだけに動物を痛めつけるような企画に頷くかよ。

つまりどうしても大金が、妹のための入院費が必要だった」

 

間違ってるかと目線のみで問いかける千空に司は沈黙でもって肯定する。

 

「で、桜子が言ってたことだが、石化解除された時周辺の細胞を修復する効果があるらしいぜ」

 

なあ、と声をかければ苦々しげに桜子が呻く。

 

「3か月前のことをこの土壇場で思い出すなんて……」

 

その桜子の態度に嘘を言っていないと感じる司だが、そうすると新たに疑問が浮かぶ。

 

「なぜ、彼女はそんなことを知っていたんだい?

3か月前というと君の話では彼女も目覚めたばかりのはずだ」

「さあな、修復効果の実例でも知ってたんだろ。

前の世界では孤立していたみてえだかんな」

 

細胞修復のことを知っている、前の世界では孤立その二つから導き出されるのは……

 

「……イジメ、もしくは虐待」

「まあ、前者だろうがな。詳しくは知らねえからこれ以上は無しな」

 

事実であるがゆえに口を開けば墓穴を掘るだけと判断し、歯噛みしながらも沈黙を続ける桜子。

その様子こそが司に真実であると思わせているとも気づかずに。

 

「どうやら修復効果はあるみたいだね。

だが、それは脳死状態の人間を快復まで持っていけるものなのかい?」

 

当然の疑問だ、だからこそ千空も想定済みである。

 

「まだわかってねえ部分が多いから絶対とは保証できねえ。だから…」

「駄目!! それ以上しゃべらないで!!」

 

叫び声にそちらを振り向けば、そこにはトリカブトの毒入りの瓶を呷る寸前の桜子の姿があった。

 

「それ以上は駄目! 司! 私の取引に頷いて!

じゃないと今すぐ死ぬわよ!!」

 

いつの間にか司の手の範囲外にいる桜子は震えながらも千空に黙るように要求する。

尋常ではない様子に司も理想の世界云々をいったん放棄し、小声で千空に話しかける。

 

「あの場所なら一足の範囲だ、俺なら彼女があれを飲む前に止められるが…どうする?」

「ああ、俺が隙を作るから大丈夫だ。任せろ」

 

桜子のその行動も千空の想定内であった。

だから、至極冷静に対応できる。

 

「おい桜子、その行動は頷かなきゃ死ぬってことでいいんだな」

 

余裕たっぷりな態度にイラつきながらも、桜子は何とか司の動きに注意しつつ返答する。

 

「そうよ、貴方の目標は誰も死なないことでしょ!

でも、もう無理なの諦めて! 諦めて大樹と杠と逃げて!!」

 

泣きそうな叫び声にそんなものどこ吹く風と千空が訊ねる。

 

「そっちの目標は俺たち3人の生存でいいんだな」

 

何を言うつもりなのか、瓶を持つ手が緊張で震える。

 

「それが何だってのよ! 今さら何を……」

 

不敵な笑いを浮かべながら千空は言い放った。

 

「なら、テメエが死んだら来世までついてってやるよ」

「えっ」

 

その言葉が桜子にとって完全に想像の埒外であったが故、彼女には馬鹿みたいに呆けることしか出来なかった。

衝撃であったのは司にとっても同じである、しかし彼は戦いを生業にして生きてきた。

そんな彼にとってその状態の彼女から手の中の物を取り去ることなど、赤子の手をひねるようなものであった。

桜子が気づいた時にはすでに瓶は司の手にあった。

 

「か、返して」

「これが危険物というのは想像できるが、千空はこれが何か知っていたのかい?」

「トリカブトの汁だろうな、ライオン騒ぎの時出してたから知っているぜ」

 

猛毒、しかも前の世界でも治療薬の存在しない危険物の名に顔をしかめる司。

 

「こんなものはすぐに処分すべきだろう。

処理方法は知っているのかい?」

「長時間火にかけるだけで毒性200分の1だ。

煮込んだ後で少量ずつ別の所で土にかけちまおう」

「だから、返してよう」

 

桜子の身長では千空が上に伸ばした手にさえ届かない。

司が手を自分の顔辺りに保つだけで飛び上がっても無理な位置である。

 

「ついでだ、俺のクロスボウと一緒にこいつの手が届かないとこにちょいちょいっと置いてきてくれ」

「分かった、話の続きは戻ったらしよう」

 

あっという間に見えなくなる司の姿。

その速さに桜子はようやく取り返すのを諦めた。

 

「どうして、素直に逃げてくれないの」

「俺が尻尾巻いて逃げ出すタマに思えたか?」

 

力なくふるふると首を横に振る桜子。

 

「全員助かって司の奴も納得する道が見えてんだよ。

なら、それに賭けるに決まってんじゃねえか」

 

いつかのように頭をぽんぽんと叩きながら優しく諭す。

 

「一歩間違えたら死んで終わりだよ、どうしてそんなことが言えるの?」

「テ・メ・エが言うな。ったく、このド天然が、

誰かが命賭ける必要があって、で、俺が賭けんのが一番合理的ってだけだ。

他の奴が賭けんのが合理的ならそいつにやらせてるっての」

「嘘だよ、千空はそんな事態になったら絶対自分のから賭けるもん」

 

ぐしぐしと泣きそうになりながら、子供に戻ってしまったような態度の桜子に呆れながらも頭をなで続ける千空。

 

「今回のは勝ちの目が高いからいいんだよ、100億%負けるって思ってたらとっとと降りるわ」

「でも、それでも! 私は初めての友達を死なせたくない……」

「おう、奇遇だな。俺もダチが死ぬとこなんざみたくねえわ」

 

その言葉に桜子が目を見開く、そこまで考えが及んでいなかったのだろう。

 

「ボッチが一人の世界だけで完結しようとしてんじゃねえよ。

上手くいくわきゃねえだろうが、そんなもん。

適材適所じゃなきゃ人間は生きていけねえってテメエ自身が知ってんだろ」

 

いつもの不敵な笑い顔で、普段通りの態度で、

日常みたいな調子で言う千空がとても眩しく大きく見えた。

 

「…分かった、司を納得させるのは千空に任せる。

でも、これから行おうとしていることは、大樹と杠にも認めてもらわなきゃダメだと思うの」

「ああそうだな、まあどうせ復活液が実験に必要になんだから拠点で説明すりゃいいだろ」

「桜子も落ち着いたみたいだね。なら、先ほどの続きを聞かせてもらえるかな」

 

桜子が落ち着いたのを見計らったかのように、

いや、実際見計らっていたのだろう、司がタイミングよく戻ってきた。

 

「それじゃあ千空、教えてくれないか?

修復効果とやらが本当に脳死状態の人間を快復にまで持っていけるのかどうかを」

 

桜子が千空を見る。

その雰囲気はまるで今生の別れを迎えるかのようで……

 

「簡単だぜ? 実際に試してみるだけだ。

一人脳死もしくはそれに近い状態に持っていって、そっから石化解除して快復すりゃあ証明完了ってわけだな」

 

まるで、ではなくそのものである事を司に突き付けた。

 

「…さっきまでの二人の話は聞いていたが、

その一人に千空は自身がなるつもりで、桜子はそれを阻止したかった、そういう事だね」

「ま、そういうこった。

俺の首の後ろにまだ石化から戻りきってねえ髪がある。

司、テメエの腕なら頸骨か頸神経を一発で砕けるだろ」

 

司は思わず天を仰ぐ。

前の世界でここまでの人間に会えたことがあっただろうか?

いや、ない。

 

「千空、君と前の世界で出会いたかった。

そうすれば俺は、世界に絶望せずに済んだかもしれない…」

「はっ、目の前で男を褒める男はホモか策士かどっちか…だと思っていたんだがな。

純粋な好意の場合もあるってことか」

 

そうして三人は復活液を取りに拠点へと戻るのであった。

 




あ、あれ? おかしいな。
今までで一番の文字数になったのに終わらなかったぞ?
それともこのぐらいなら可愛いものなのか?
教えて偉い人。


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賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ

誤字報告ありがとうございました。
誤字って何度チェックしても残っていやがりますね(泣

サブタイ麻の中のよもぎにしようかと思ったけど、
絶対こっちの方がわかりやすいのでこちらに

ちなみにサブタイに続きを入れるとしたら
”だが、学んだことに貴賤はない”


三人は拠点に戻るため森の中を歩いていたが、

その雰囲気はとても暗いものだった。

いや、訂正しよう。

三人の間の雰囲気でなく約一名、桜子の発する雰囲気が最悪なのだ。

例えるなら処刑場に連れていかれる囚人、火葬場に向かう遺族のようであった。

 

「千空、もう少し彼女どうにかできないかい?」

 

重苦しさに耐えかねて司が千空に尋ねる。

誤解なきように言っておくと、これは司の精神が弱いせいではない。

桜子の視線は少し前を歩く司に対しずっと注がれているのだ。

その目はまるで親を殺した犯人、ただし過失が一切ないため責めるに責められない。

そんな相手に対する『どうして』という問いかけの目なのだ。

まだ『この殺人者』と罵られた方がましだろう。

怒りや敵意なら撥ね退ければいい、司も元となる感情こそ違えどその類は多く受けてきた。

だが、悲しみからの何故という視線など初めての経験なのだ。

 

「今俺が何か言っても火が付くだけだぞ?悪いがそっちでどうにかしてくれ」

 

千空の返事は素っ気ない、いや彼自身も困ってはいるのだが。

足音を表すならまず間違いなくトボトボと表現される様子の桜子の歩みは遅い。

このままでは比喩抜きで日が暮れる。

そうなれば実験は明日に持ち越しになりかねず、最悪桜子の癇癪もう一度である。

司もそれが分かっているから千空に期待したのだが……

 

「泣きそうなガキンチョを慰めんのなんざやったこともねえし、やれる気もしねえよ」

 

げんなりとした表情で拒否されてしまった。

千空は子供の頃から周りとは違っていた。

養父である百夜からすら内心ガキの貫禄じゃねーなと思われるほどである。

当然のことながら周りからは浮く。

桜子との違いは大樹の存在であろう。

大樹がいたから子供たちの輪の中からはじかれずに済んだのだ。

つまり子供相手の経験…年下との経験は皆無に近い。

そのあたりの経験に関してはむしろ妹がいた司の方があるほどである。

 

「ならせめて彼女が乗ってくるような話題を教えてくれ、俺にだってそんな経験ろくにないんだ」

「今のアイツが乗りそうな話題なんぞ知るか!

普段だったら歴史関連が多いって覚えてるがよ…」

 

ちなみにここまで彼ら二人小声で話しているが、桜子に全て丸聞こえである。

彼女だって今の自分の雰囲気や態度が最悪だと分かっているのだ。

でも無理なのだ。

これから千空が、初めての友達で、

自分が世界でたった独りの異物ではないということを教えてくれて、

さらに他の友達まで作ってくれた千空が死ぬかもしれない。

そう考えるだけで心に暗く重いものがたまっていくのだ。

もちろん千空が選んだ道だというのは分かっている。

だが、それでもそうなった原因である司への八つ当たりに似た感情が止められないのだ。

 

「あー、桜子。歴史が好きなのかい? どの辺りの時代が一番好きなのかな」

 

お前は娘との会話に困っている父親か!

そう心の中で突っ込むが一応答える。

 

「近代」

「近代か…俺はあまり詳しくは知らないな。

どういうところが好きなのかな」

 

はあ、と一回ため息をついて気分を無理にでも入れ替える桜子。

さすがに最低の気分のままでいるのに疲れたというのもあるが、二人がとても気を使ってくれているのに申し訳ないというのもある。

 

「近代こそが、人々が学ぶべき失敗を多く内包した時代だからよ」

「人々が学ぶべき…失敗?」

「そうよ、例えばフランス革命とか。

皇帝ナポレオンが誕生したの何年か知ってる?1804年よ、ちなみにフランス革命は1789年ね。

民主主義の金字塔みたいな印象持ってる人もいるけど、実態はただの集団ヒステリーからの国家転覆よ」

 

教科書にも載っている歴史の代表的な出来事に対して、あんまりな物言いに慣れていない司は思わず絶句する。

聞きなれている千空が司の代わりに反応した。

 

「ククッ、相変わらずの毒舌だな、おい。オメーにかかると歴史の授業がひでーことになるぞ。

たしか文化大革命が中華王朝交代の伝統行事で、東西冷戦が大やくざ同士の抗争だったか?」

「毒舌じゃなくて、物事を卑近なものに例えることで分かりやすくしてるだけ。

難しい言葉を使いたがる人が多いけど、誤解を恐れずわかりやすい物言いの方が理解を深めやすいの」

 

司がようやく衝撃から立ち直ったらしく、桜子に解説を求める。

 

「すまない、冷戦をそんな風に表現するのは初耳なんだが、どういう意味で言ってるんだい?」

「難しいことじゃないわよ。

国って、領土っていうシマを持ってて、そこから税っていう上がりをもらって、

国民っていう堅気の人たちを守るものだもの」

「そんな風に考えたことはなかったな、うん、面白い考えだね」

 

空気がやっと軽くなったことでほっとした雰囲気が出始める二人。

それがちょっと癪に障ったのか桜子の言葉に棘が生える。

 

「司が近代に詳しくないのなんて分かってたけどね、原始狩猟生活を理想の社会って言ってる時点で」

 

その棘に司も反応し言葉が固くなる。

 

「千空の実験には付き合うし、今すぐ君たちをどうこうするつもりもない。

うん、だけど俺にとって理想の社会が、自然とともに生きるものであることに変わりはないよ」

 

司が簡単に考えを変えるわけがないと分かっている桜子としても、その返答は予想通りのものであった。

だから、これは彼女にとってただの捨て台詞のつもりであった。

 

「ふんだ、せいぜいポル・ポトの二の舞にならないようにね!」

 

何のことだか分らない司に千空からのフォローが入る。

 

「そりゃ確かカンボジアの独裁者だったか?

愚民政策やってたってオメーから聞いた覚えがあるわ」

「そうよ、原始農村社会を目指して知識層を大虐殺!

さらに旱魃、疫病、それに加えて外貨獲得のための無理やりな食糧輸出で

たくさんの人が飢餓からの餓死者コース。

そのせいでカンボジアは13%から29%の人口を失ったらしいの」

 

愚民政策、知識層の排除その二つに司は血の気が引く思いであった。

 

「愚民政策は最悪よ、行き着く先は独裁者一人への負担の増大による過剰なストレス。

からの心神喪失、精神不安定による疑心暗鬼。

独裁者になる奴なんて芯が強い奴が多いからそれでも折れられない。

でも人をもう信じられないから粛清の嵐が吹くってわけ。

果ては腹心すら切り捨てようとしての裏切りからの破滅。

例を挙げればきりがないぐらいのありふれた話なのよね」

 

ケラケラと何でもないことのように笑う桜子。

しかし、司は自分の足元が崩れ去るような錯覚に陥っていた。

 

「社会指導者とかなるもんじゃねえってことだな、俺は科学研究さえできりゃあそれでいい…

って司、気分でもワリイのか?」

 

歩きながら振り向いた千空は驚いた声を上げる。

元々色白な司だが今は血の気が引き白いを通り越して青い。

 

「桜子、愚民政策について詳しく教えてくれないか?」

 

司の声がはっきりわかるほどに震えている。

そのことに驚きながら桜子が愚民政策の概要を話す。

 

「知性が人を幸せにするとは限らない、知らない方が幸せなこともある。

教育よりも幸せな生活にコストをかけましょう、っていうのが私の理解している概要だけど、

あの、司? 顔色がすごいことになっているけど、どうしたの」

 

『知性が人を幸せにするとは限らない』それは自分が考えていたことと同じだ。

復活者の選定は体力、武力そして知性が高すぎないことを基準にするつもりだった。

つまり自分、獅子王司は、

 

「独裁者の卵だったというわけか……、うん、

笑い話にもならない、悲劇を起こしたくなかっただけなのにね」

 

そのつぶやきに反応したのは桜子だ。

 

「え、待って司、貴方もしかして、愚民政策みたいなことやるつもりだった……?」

 

ひきつった顔で尋ねる桜子にただ頷くだけで答える司。

その反応に狼狽しながら食って掛かる桜子。

 

「な、何考えてんの! 知識の伝承こそが歴史の最も重要な、

人類を人類たらしめる最大のポイントだってのに本当に何考えてんの!

いい、中国が世界の中心の座を失ったのは慢心して腐るに任せていたからっていうのもあるけど最たるものは王朝交代時の伝統芸な前王朝のすべてを否定して消滅させるという愚行のせいでありそのせいで伝統と知識の継承を脈々と受け継いできた貴族層が存在する欧州に一時は全てを奪われたのよその欧州にしたってローマ帝国崩壊前と後の技術格差とかひどいなんてもんじゃないんだからねローマ時代の技術を超えられたってはっきり言えるのが近代に入って漸くって事実をなんで知らないのほかにも」

「長え」

 

ゴンっという音が響き渡るほどの勢いで殴られて桜子は強制停止させられた。

 

「いったーい! 何すんのよ、今大事なことを話してる最中なのに!」

「うるせえ、後にしろ、後に!

テメエの歩みが遅くてただでさえ遅れてんのにこれ以上遅らせんな!」

 

遅れを発生させている自覚は多々あったのでさすがに黙る桜子。

 

「今気づけたんなら問題なんぞねえだろうが。

司、オメーも気にすんじゃねえぞ、やってもないことにどうこう言うなんざ非合理の極みだ」

 

気に病む必要などないという千空だが、そうするには獅子王司という男は真面目過ぎた。

 

「だが、俺は…」

「司が理想の社会を放棄するならそれはそれでいいじゃない!

それより千空! こうなったら実験も必要ないでしょ!」

 

そして桜子は千空のことしか気にかけていなかった。

 

「却下だもやし、実験は100億%必要なんだよ。

司の妹の件だけじゃねえ、石化した奴を起こす際に持病持ちとかを、後に回す必要があるかどうかは調べとかなきゃまずいんだよ」

 

それは医療関連の技術に関する優先度にかかわる。

もし修復能力がそこまででないのならば優先順位がかなり上がるからだ。

 

「それで貴方が死んだら元も子もないでしょうが!

同じように首元に石化が残った人が出るまで実験中止すべきよ!」

「そこまで待ってたら倫理がどうのこうのってなって、実験なんぞできやしねえよ。

つうか、他人の命で人体実験なんぞできるか」

「そんなの秘密裏にやればいいだけでしょ!

歴史上いくらでもやられてきたことよ、人体実験なんて!」

「俺らはそれが禁止事項になった時代の人間なんだよ、過去に何があろうが昔の悪い真似をするわきゃねえだろ」

 

司はそんな風に言い争う二人を見て改めて思う。

 

(この言い争い、結局は二人とも友のためを思ってのものだ。

桜子は千空の命を、千空は今後の桜子達の安全のためにというだけ。

この世界になって、彼らに会えて本当に良かった。

実験を必ず成功させよう、彼らのためにも俺自身のためにも)

 

中止、中止と騒ぐ桜子にいい加減疲れたのだろう、千空が桜子に改めて提案する。

 

「最初っから大樹と杠のOKもらう予定だったんだ、あの二人が納得したら諦めろ、いいな?」

「絶対よ、どちらかでも認めなかったら中止だかんね。絶対だからね」

「ったく、無駄に時間がかかりやがる。

おい、司! このもやしぐらい持てるだろ、抱えて走ってくれ。

このままだと日が暮れちまうわ」

「うん、確かにこれ以上は日が暮れてしまうね。

分かった、君がついてこれるぐらいで走るとするよ。

そのぐらい余裕そうだしね」

「へっ?」

 

ヒョイと小脇に抱えられる桜子。

 

「舌を噛むから口を閉じておいてくれ」

 

そうとだけ言って桜子を抱えた司が走り出す。

千空がそれを追いかけ、後に残ったのは桜子の悲鳴だけだった。

 

 

「お帰りだ皆んな。っと、なぜ桜子はグッタリしているんだ?」

「あー、気にすんな。ちょっと疲れてるだけだ」

 

拠点の手前で降ろされたがそれまではジェットコースターもかくやという勢いで、不安定な状態で運ばれたのだ多少グロッキーなのは当然だろう。

 

「それよりもだ、大樹、大事な話がある。

杠とオメーの両方に聞かなきゃならねえが、杠はどこだ?」

「ああ、杠なら桜子が拠点を引っ越すかもと言っていたから、何を持って行くか選んでいるぞ」

 

その言葉に千空と司が桜子を見る。

明後日の方向を見ながら桜子は悪びれずに言った。

 

「なによ。私の予定では、三人で逃げてもらうつもりだったんだから当然の備えじゃない」

「本気で計算づくだったんだな、オメー」

 

呆れて物も言えないとはこの事だと言わんばかりの顔で千空が言う。

司も同感であるようだ。

 

「桜子、君は用意が良すぎないかい?

後学の為に秘訣を教えて欲しいぐらいだよ」

「…まだ秘密かな、しばらくは教えてあげない」

 

はぐらかすように言う桜子に肩を竦める千空。

二人の様子から千空はその秘訣を知っている。

そしてまだ喋る気はないということが司から分かる全てだ。

 

「なら、いつか教えて貰えるように、うん、努力するよ」

 

そんな三人の様子に大樹は満足そうに頷きながら言った。

 

「三人とも仲良くなったみたいだな。

少しピリピリしていた感じがあったから心配していたんだ。

解決したようでなによりだ」

 

お互いに警戒しあっていた事は確かだが三人とも大樹にそれが気取られているとは思っていなかった。

司は目を見開き、桜子はポカンと口を開け、そして千空は妙に納得した顔でそれぞれ反応を返した。

 

「大樹、いつから気づいてたの?」

「ライオンを司がどうにかしてくれてからだな。

そのあたりから千空が司を気にしていたから俺もよく見ていたんだ。

そうしたら、どうも司が千空を見る時とか、

桜子が司を見る時何というかな睨んでいるような感じだったんだ」

 

だから仲があまり良くないのかと思ったんだ。

そう告げる大樹に二人は絶句し千空だけが言葉を返した。

 

「ククッ、良く見てんじゃねえかデカブツ。

100億万点くれてやりてえところだが、生憎まだ解決しきった訳じゃねえんだ」

「そうなのか、もしや大事な話とはそれか?」

「そういうこった、なんで杠の奴を呼んできてくれ。

オメーら二人に聞いてもらわなきゃいけねえからな」

 

二つ返事で杠を呼びに行く大樹。

 

「うん、俺は彼の事も侮っていたみたいだね。

観察眼をもっと磨かなければ間違いを犯してしまいそうだ」

「大樹の奴は鋭いときゃ鋭いが、鈍い時はとことん鈍いからわからねえのも無理はねえよ。

それよか説明終わったらいよいよ実験の時間だ。ミスしねえよう頼むぜ」

「もちろん、うん、俺の全てを賭けて成功させてみせるよ」

 

杠を連れて大樹が戻ってくる。

地球という星の片隅、かつて日本と呼ばれた国があった場所で、

今人類の未来を左右する小さな小さな人体実験が、

その是非を問われようとしていた。

 




はい、実験までいけませんでした!
原因はわかってるんですよ。
あれも書いときたい、これも書いときたいを節操なしに詰め込むからこうなるんです。
反省したいと思います(次に生かすとは言ってない

Dr.STONEの小説第二弾「声はミライへ向けて」を読んだ時の衝撃よ……
羽京がさらっと知性~って言ってるけどそれ愚民政策じゃねーか!


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再誕

UA1万越えありがとうございます!
前話投稿から3000ぐらい増えてる!
司との決別、皆んな悲しかったんだろうなあ。
同じ気持ちの人が多いようでなんか嬉しいですね。


ツリーハウスの中で5人車座となって座っている。

つい今しがた海岸での出来事を一通り説明し終わったところである。

 

「ってわけでこれから楽しい楽しい人体実験のお時間ってわけだ。

そこのもやしが中止、中止うるせえもんだからよ、オメーら二人で黙らせてくれ」

「うーむ、司はもう千空達を殺す気はないんだな?」

「もちろんだよ、理想の社会を、うん、もう一度しっかり見つめなおさないといけないからね」

 

早速大樹が司に質問するがその態度に司に対するわだかまりなどは全くない。

その態度が桜子には気に入らないらしくさっきからずっと不機嫌そうだ。

 

「どうしてそんなに普通でいられるの、大樹は」

 

私不機嫌です、と全身でもって主張する桜子の声は低い。

 

「司はもうそんなことをしないと言っているし、後は多分目の前で見ていないからかもしれんな」

 

お前の気持ちをわかってやれんですまんな。

と、まっすぐ言ってくる大樹に文句も言えずにより不機嫌さが増す桜子。

さすがに味方なしはつらいだろうと思ったのか杠が声を上げる。

 

「その、私はちょっと怖いかな~なんて思ったり、だって石像の人死んじゃったってことだよね?」

「それなんだがよ、修復効果が高えなら破片全部くっつけてやりゃあ、もしかして治るんじゃねえかってな」

 

千空がそういいながら桜子に水を向ける。

ますます不機嫌になりながらもその言葉を肯定する。

 

「可能性は高いわよ、脳死状態を治せるぐらいならね。

で、誰がその作業やるの? ピースがいくつなのか不明の三次元ジグソーを」

「そりゃ候補に上げられるのは少ねえからなぁ、オメーら二人しかいねえだろうがよ」

 

器用さでは右に出る者がいない杠と、完全記憶能力持ちの桜子。

こういう作業であれば当然候補に上がる二人である。

 

「わあお、想像しただけで大変な作業ですな、でも、うんやりますよ。手芸は根気!」

「安請け合いしちゃダメよ杠。

どのくらいの時間がかかるか分かったもんじゃないんだから」

 

千空としてはやらせたいが無理強いはできない。

説得に関して男二人は片方は直球勝負しかできないし、もう一人は今回の件については発言権を放棄中。

自分一人で説得しなければならないと理解した。

 

「んじゃあよ、こういうのはどうだ?

その作業を引き受けてくれんなら、欲しいものを優先的に作ってやる。どうだ?」

 

"作る"としたのは、

 

「ちぇっ、実験中止を要求しようと思ってたのに」

 

必ずこういう事を言い出す奴と理解していたからだ。

 

「杠にはミシンとか機織り機か?

まあ余裕が出来てからになるから大分待ってもらう事になるが。

桜子にはそうだな髪用の鋏とかでどうだ?」

「それもいいけど、私が欲しいのはね」

 

桜子はニヤリと邪悪に笑い、

 

「印刷機! 輪転機とは言わないけど可動式活字でお願いね」

 

割と無茶な要求をしてきた。

 

「ああ、問題ねえぞ。ただし時間かかんの分かって言ってんだろ?

杠のミシンと機織り機の後になるのは我慢しろ、いいな?」

 

しかし、千空には効果がなかった。

桜子の思惑は外れてしまった……。

 

「よーし、話戻すぞ。大樹、杠、オメーらに判断して欲しいのはこの実験の可否だ。

分かんねー事があったら遠慮なく聞け、俺ら三人で出来る限り答える。

どっちか一人でも納得できねえなら中止だ、好きに決めろ」

 

三人は自分からは主張しない事がこの時決まっていた。

でないと桜子がなにがなんでも中止にさせようとするからだ。

 

「あの、桜子ちゃんはどうしても中止させたいんだね?」

「そうよ、千空の知識と能力はこれからの文明復興に絶対必要なんだから。

ここでその重要人物の命を賭けるより多少遅くなっても実験に付き合ってもいいと言ってくれる人が出てくるまで待つべきよ」

 

桜子が鼻息荒く質問に答える。

それを受けて大樹が千空に尋ねる。

 

「千空、急がなければいけない理由はあるのか?」

「司のイメージダウンを避けてえ。

これから司のカリスマで復活者をまとめようって時に、

『妹のために誰かを生贄に!』

なんてイメージ持たれたら最悪空中分解だ。

神輿は汚れちゃまじいってのは、桜子が言ってやがったことなんだがな」

 

そういいながら千空がジロリと桜子をにらめば、なぜ、余計なことを喋ったの私はーと悶える桜子。

 

「司はこの実験にどう思っているんだ?」

「そうだね、妹を救いたい、そう思ってはいるよ。

だが、そのために千空が死ぬかもしれないというのは、うん、違う気もする。

これについて、俺はどちらともいえないんだ。

ただ、やるとなったら絶対に失敗はしない。約束するよ」

 

大樹に訊ねられた司が真剣に答える。

次に杠が質問するが気負いの無いいつもの調子で答える千空。

 

「千空くん、成功するって言いきれるの?」

「100億%成功する、って言いてえところだが断言はできねえ。

ただ司がこう言う以上そっちの心配はしてねえんだ。

あと実験が失敗するとしたら修復能力が足らねえ場合だが…

まあ、そっちもあまり心配はいらねえ」

 

その言葉にビクッっと肩を震わせる桜子にその様をあえて見ないふりする皆。

 

「ありゃあ、私の足先石化解かなければよかったかな?

そうすれば今頃それで実験出来てたのにね」

「…石化した部位はしなやかさがないから、解かなかったら今頃割れて大惨事だもの。

あれは間違ってなんかいないもん」

 

杠の言葉に半ば自分に言い聞かせるように返す桜子。

それを横目で見ながら大樹が千空に先程の質問を再度確認する。

 

「千空、この実験は必ず成功するんだな?」

「そうだな、客観的に見りゃあ絶対とは言えねえが……、

俺は100億%成功するって確信してるぜ」

 

その答えに一つ大きくうなずき力強く宣言した。

 

「俺はこの実験に賛成するぞ千空!

俺はお前も、お前が信じる司の腕も桜子の知識も信じる!」

「ククッ、相変わらずここぞという時は冴えわたるじゃねえか。

その信頼おありがたく頂戴すんぜ、大樹」

 

そう言って拳をぶつけあう二人を見ながら桜子に寄り添う杠。

 

「男同士の友情ですな、…ねえ、桜子ちゃん。

桜子ちゃんは自分の知識が間違ってたらどうしよう、そんな風に考えたから反対したんだね?」

 

頭を撫でながら語りかける杠に黙ってうなずく桜子。

 

「大丈夫、私も千空くんと同じで桜子ちゃんのこと信じてるから。

うん、だから三人を信じて、私も実験に賛成します!」

 

そういいながらそっと桜子を抱きしめ優しく諭す。

 

「だから、桜子ちゃんも自分を信じよ?

それが無理なら千空くんを、千空くんが信じるものを信じよう?」

 

優しい杠の言葉にゆっくりと頷きを返す。

 

「分かった、自分じゃなくて千空が信じてる事を信じる」

 

これで無事全員の賛同を得られた事ですぐに千空が動き出す。

 

「よし、んじゃ日が落ちきる前に終わらせっぞ。

大樹は復活液を取って来い、司は俺の立つ場所とかの指示頼む。

杠は桜子を捕まえとけ、なんもしないようにな」

「この期に及んで何かしたりなんてしないもん…」

「ふふっ、桜子ちゃんが不安にならないようにしろって事だね。

了解、ギュッって抱きしめてるから」

「言ってろ」

 

杠の言葉に千空は頭を掻きながらそっぽを向き、そのまま外へ出て行った。

 

「大丈夫、千空くんはいつも凄いことをやってのけるんだから」

「うん、怖いけど、でも信じてる。誰よりも凄いって知ってるから」

 

その後ろ姿を見ながら祈るように二人は呟いた。

 

 

全ての準備が終わる頃外はすでに黄昏時を迎えていた。

 

「太陽がまるで鮮血みたい……」

 

桜子がその風景に不安を覚え怯えを見せる。

それを聞いた千空が馬鹿馬鹿しいとばかりに一蹴する。

 

「あんなもん入射角が低いから赤やオレンジの波長が見えやすくなってるだけだ。

気にしすぎるとハゲになっぞ」

 

その全く変わらない態度につられて司は少し笑った。

 

「千空、君は本当に信じているんだね。

なぜ……いや、その理由は終わってから聞くよ、うん」

「あー、別に大した理由じゃねえんだが。ま、終わった後でいいわな。

それよか準備OKでいいのか?」

「うん、これでいつでもいけるよ。

タイミングは俺がとる形でいくよ」

 

千空の後ろに槍を構えた司がいて、前に大樹がいて倒れる千空を受け止める形だ。

 

「千空、俺が言える立場でない事は重々承知だ。

だが、うん、必ず戻って欲しい」

「はっ、オメーがミスらなきゃ100億%成功するわ。

で、テメーがミスる確率なんざ1mmもねえ。

つまり成功はハナっから約束されてんだよ」

 

自信に満ち溢れた千空の言葉に司の覚悟も決まる。

何回か呼吸をした後、

 

「ふっ!!」

 

手に持つ槍を一閃!

一撃で千空の頸神経を絶った。

崩れ落ちる千空を素早く大樹が受け止める。

 

「大樹、復活液だ! 」

 

大樹が受け止めた次の瞬間には、司はすぐ側に置いてあった復活液を大樹に渡す。

 

「おう!」

 

復活液を受け取った大樹は即首の後ろの石化した髪にかける。

すぐに反応して砕け元の状態に戻っていく髪。

そこから、後に彼ら彼女らが口をそろえて一番長く感じたと語る長い長い一時が始まった。

 

 

司の槍が一閃した直後から千空の意識は暗い闇に飲まれていた。

千空の目の前に様々な光景が浮かんでは消えていく。

 

(これは、そうかコレが走馬灯って奴か)

 

自分の脳が死を回避する為今までの経験を片っ端から調べていく。

そんな光景に少し可笑しさを感じる。

 

(俺の脳味噌も慌てる事があんだな)

 

どこか他人事みたいに見ていると、ここ数ヶ月の出来事が浮かんでは消えていく。

解除直後の光を3718年と283日ぶりに感じた場面。

そのすぐ後自分についた石片や倒れていた場所を保存する光景。

火を起こそうと苦労し、石器を作り縄をゆい、弓を作りとうとう火を起こした時。

鹿に逃げ切られ罠を張って捕まえその肉を食べる情景。

服を作り上げこれこそが人間の姿だと歌い上げた瞬間。

ツリーハウスを建て終え疲労の限界に達した所。

大樹を起こそうと硝酸をかける自分の姿。

それに失敗し思い付く事を片っ端から試す日々。

そして新しい友人との出会い、

桜子の目覚めである。

 

(思えば最初っからおかしい奴だったな、おい)

 

何せ女性であるのに、石化が解けたこと以外に驚いたりしていなかったし、その後、周りを掘る間も服を着るぐらいしかしなかったのだ。

こちらとしては掘る間ぎゃいぎゃい騒がれるよりかは楽だったが、第二次性徴を迎えているはずの年の女性としては大分おかしかった。

その時は見た目から子供だからだろうと思っていたが、今考えれば子供だったらもっと騒いでなければ変だろう。

 

(その後もぶっ飛び具合がひでえもんだったな)

 

前世の記憶だけならまだしも、この世界が漫画の中?

しかも”主人公は貴方でした”なんて言い出す奴がいたら、まず間違いなく精神病院に行くことを勧めるだろう。

しかし、桜子は自身の話を信じている様子がなかったのだ。

いや、0ではないが、あくまで有力情報程度にしか思っていない様子であった。

ずっと孤立していたのだろう。信じられたことがないのだ。

だから、何かを信じられない。

そう気づいたときこう思ったのだ。

 

(俺だって大樹がいなかったらどうなってたか……

いや、前世なんぞ言い出す子供がいたら普通の親は困り果てるか。

つまり、俺には百夜も大樹もその後は杠もいたが、

こいつには誰もいなかったってこったな)

 

ふと、その時思い出した詩があった。

大樹が杠を連れて家にきたとき、その名前を聞いて百夜が詠んだ詩。

 

(河井酔茗の『ゆずり葉』だったな。百夜がそいつを読んで、

『いつか、誰もが誰かに何かを譲り渡す時が来る。受け継いでくれるってのは嬉しいもんだぜ』

って笑いながら頭をなでてきた)

 

目の前のこいつには譲られる物がなかったのだ、これは多分安っぽい同情だろう、

 

(まだ、譲れるもんがねえからな、信じられる経験ってやつぐらい譲ってやるか)

 

そうだ、あの時確かにそう思ったのだ。

まだ譲られたものを伝えきっていない。

大樹にも杠にも譲られっぱなしで返せていない。

司にだって譲ってやらなきゃいけない、

こんな所で終わるわけにはいかない、終わるわけがない!

そう、自分を呼ぶ友の声が聞こえるのだ!

 

「千空! 俺は、俺は信じているぞ!

お前はこんな所で終わる奴じゃない! 必ず文明を取り戻す男なんだ、

こんな所で終わるわけがないだろ!」

「千空くん、私知ってるから。

千空くんはいつでも、どんな時でも、どんな事でも超えて行くって。

だから今回のだってなんでもないみたいに乗り越えちゃうんだって。

だから戻って来て! 千空くん!」

「千空、お願いだ、戻って来てくれ…!

俺はまだ君にも、皆にも返せていない! 目覚めさせてくれた借りも、

気づかせてくれた恩もなにも返せていない!

頼む、俺に恩返しをさせてくれ…!」

「いや、いやだよ千空、独りにしないで…、置いてかないでよお」

 

光が見えた。

 

 

千空が目を覚まして最初に見えたのは自分達の寝床の天井だった。

この間作ったばかりの蝋燭の火がゆらゆらと揺れているのが見える。

次に感じたのは腹の上の重さ。

見れば桜子が自分にすがりついて泣いている。

いや、周りを見れば全員が泣いていた。

 

「どいつもこいつも恥ずかしい連中だ、いい年してガキみてえに泣いてんじゃねえよ」

「……千空? 生きてる?」

「勝手に殺すんじゃねえよ、100億%成功するっつったろ」

 

千空が目覚めた事に全員が気づいた。

 

「「「千空(くん)!!」」」

 

一番大きな反応をしたのは大樹だ。

千空の手を取って握りしめて喜びの叫びを上げる。

 

「うおおお!! 千空! 信じて、信じていたぞ!

絶対に戻ってくると、信じていたぞ!!!」

 

全力で握りしめるものだから当然千空の手から異音が鳴る。

 

「痛えわデカブツ! テメエの馬鹿力で握られたら砕けるわ!」

 

振り払われながらも大樹はとても嬉しそうだった。

次に声をかけたのは杠。

 

「千空くん、お帰りなさい。本当に良かった……」

 

そこからはもう声が出ないようだったので、こんな事はなんでもない事だというように返す。

 

「おう、ただいまだ。千空博士の実験は大成功、修復能力はアホほど高えみたいだぜ」

 

杠に言葉を返した後は司に声をかける。

司は千空が目覚めた時に声を上げた後、後ろを向いてしまっていた。

 

「司、オメエの妹を救えそうだってのにどうした?

もっと喜びを表に出していいんだぜ?」

 

声をかけられた司は少し震えながらもはっきりと返す。

 

「これが、今の俺の正直な心だよ。

うん、こういうのを言うんだろうね、合わせる顔が無いというのは」

 

そのセリフについ噴き出す千空と大樹。

 

「オメエはヒュンケルか! 似合いすぎて腹痛えぞ」

「あっはっは、司もそういうネタを言うんだな!」

 

司はなぜ笑われているのか分からない様子で困惑している。

 

「あ、ダイ大読んだことねえのか? まさか」

「あ、ああ、というか娯楽関係は全く知らなくてね」

「なら、今度話してやんよ。時間はいくらでもあんだからな」

 

最後に生きてると呟いた後全く反応がない桜子に話しかける。

 

「おい、さっきから止まりっぱなしでどうした?」

「ふえっ」

「ふえっ?」

「ふええええええん!!」

 

大泣きであった。

大粒の涙を零し、天も割れよとばかりに泣き叫ぶ大泣きであった。

間近でくらった千空の耳は完全に麻痺し、他三人の耳もキーンと耳鳴りを起こすほどの声だった。

 

「うるせー!! なんだってんだ!」

「あ、あわわ、桜子ちゃん、どうしたの?」

「うおお!ど、どうしたんだ、桜子ー!」

 

千空は両耳を抑えて怒鳴り、司は驚きから硬直。

何とか泣き止ませようと大樹と杠は理由を問うも届かず。

そのまま10分ほど場は混乱状態に陥り、最後には桜子は泣き疲れて眠ってしまった。

 

「やあっと泣き止みやがった、ったく、ひでー目にあったぜ」

「千空、ずっと体の上で泣かれていたが、大丈夫かい?」

「大丈夫じゃねえよ、耳がキーンってなりっぱなしだ」

 

千空がそういいながら体を起こそうとするが桜子が邪魔で起き上がれない。

 

「おい、大樹、司でもいいがこいつ除けてくれ。動けねえぞこれじゃ」

 

二人が桜子を動かそうとするが、がっちりと千空の服をつかんで離れない。

 

「これは…無理に離そうとすると起こしてしまわないかい?」

「起きたらまた、大泣き開始か? ちいと勘弁だな、それは」

 

外すのが難しいと言う司の言葉にげんなりと返す千空。

そんな様子に杠が少し笑いながら提案する。

 

「それじゃあ今日はもう遅いし、このまま皆んなで寝ちゃおうか?」

「あー、起こすのは避けてえ、俺から離れねえって考えると、残念だがそれが合理的判断かよ、くそ」

「それじゃあ皆んなで雑魚寝だな、修学旅行を思い出すな千空」

「修学旅行だったら男女別だろうが。1mmも思い出さねえよ雑頭」

「ふふっ、こういうのも悪くないな、うん」

 

足りない分の掛け布団がわりを取って来たり、どの辺りで寝るのかをワイワイと決めていく。

そんな光景を月と夏の星座と瞬く光が見守っていた。




お話がキリのいいとこまで来ましたが、
代わりに書き溜めが完全につきました。
なので、来週は書き溜め期間に入ります。
次回の更新は再来週の月曜予定で、毎週月木で投稿するつもりです。


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急募:記憶を消す方法 by桜子

お待たせしました書き溜め充填完了です。


少しずつ目が覚めてゆく感覚。

まどろみと覚醒の間、眠りと目覚めの中間。

とても心地よいそれに身をゆだねる。

ふと、とても安心できる温かさがあることに気づく。

離れたくなくてそれにぎゅっと抱きつく。

 

「おい、起きたんならとっとと離せガキンチョ」

 

あれ? 千空の声がする。

そのあたりで目が開き現状を確認できるぐらいに覚醒する。

 

「いい加減、俺も動きてえんだが。

他の奴はもう起きて動き出してんだよ」

 

現状を理解した私は同時に昨夜の醜態を思い出し、羞恥で死ぬほど叫ぶのであった。

 

 

「ったく、昨夜といい今といい、テメエは俺の耳になんか恨みでもあんのか」

「ご、ごめんなさい」

 

朝食の席で千空に怒られ小さくなっている私である。

 

「はっはっは、まあ元気が出たみたいで何よりじゃないか」

「そうだね、うん、昨夜と比べて顔色もいい。

千空が目覚める前は大分青かった、今は血色も戻ったようで何よりだよ」

「桜子ちゃんが一番心配してたもんね、色々安心できたからだと思うよ」

 

保存食を食べながらの会話なのだが、何か、何かおかしい!

みんなの私を見る目が、ちっちゃい子供を見るかのようになっている気がする。

一体いつ私のポジションが末っ子、末娘になったのだ。

昨夜だろうという真っ当なツッコミを頭の片隅でしながら、千空が今日の行動予定を決めるのを聞いた。

 

「んじゃ、杠と桜子は昨日の石像をくっつけておいてくれ。

大樹はついてって時間かかりそうだったら丸ごと持って来い。

その間、俺は司と次起こす奴を誰にするか話し合っとく」

「…私は話し合いに要らない?」

「オメーがいりゃあ石像の接着も破片回収も楽にできんだろ、

つうか、起こしたい奴でもいんのか? なら、今聞いとくが…」

「ううん、いないよそんなの。

ごめんね、確かにそれなら私は必要じゃないよね。

うん、石像の修復または回収行ってくるね」

 

なぜ、私はそんな事を言ったのだろう。

少し考えれば私の人脈では役に立たないなんてすぐわかるはずなのに。

内心で首をひねりながら海岸へ向かう準備をするのだった。

 

 

「だ、大丈夫? 桜子ちゃん。もうちょっと休んでいた方がいいよ」

「杠の言う通りだ。まだ肩で息をしてるじゃないか、慌てずにゆっくりとやるべきだと思うぞ」

 

二人の諫める声に言葉を返す余裕もない。

普通だったらこんなになるまでオーバーペースで動かないはず。

なのに今日は気づけばこの状態である。

とりあえず、深呼吸を数回繰り返し息を無理にでも整える。

 

「ごほっ、大丈夫よ。とにかく石像の場所までは案内しないと、休むのはその後でもできるから…」

 

もう海岸まで来ているのだから目的地まであと少し、着いたら破片をくっつけていって…

そういえば、接着剤って何か用意してたっけ?

 

「ごめん、二人とも。接着剤先に用意しなきゃだった」

「そうなのか、ならその素材集めからだな。何を集めればいい?」

 

取れそうな物を考えていくと漆か膠かなあ?

デンプンのりが一番安全な気がするけど米もジャガイモもないし。

 

「膠で貼っていこうと思うから、余った皮や骨が欲しいかな。

後、結構煮込まなきゃだから薪も。

拠点にもうある奴でできるから、戻って作業を、って、違う、まず石像を破片ごと全回収だ」

 

さっきから思慮が浅い、どうにも謎の焦りが胸のどこかにある。

そんなことを感じながら作業を行い、帰路にて膠はすでに作成済みなことに気づき本格的におかしいと痛感する私であった。

 

 

少し時間は巻き戻る。

桜子達が海岸へ向かった後誰を起こすのか話し合いをしていた千空と司だが、桜子達が出て行ったのを確認した司がその話を切り出した。

 

「千空、桜子の様子がおかしいことには気づいていると思う。理由はわかるかい?」

「いんや、さっぱりわからねえ。そっちは予想出来てんのか?」

「俺も確証があるわけじゃないし、実際そうなった人を見たわけじゃない。

だから、うん、これ以上はもう少し様子見をしてからにするよ」

 

出来れば杞憂であってほしいがね、

とだけ言ってその場では一旦話題を打ち切った。

この続きが話し合われるのはその日の夜、男たち3人が眠りにつく前になってからだった。

 

 

「今日の桜子の様子か? 海岸に行く時と帰りは妙に焦っていたな。

拠点に戻ってからは至って普段通りだったが」

 

そう話す大樹に怪訝な声を返す千空と、やはりと言いたげな表情で頷く司。

 

「はあ? どういうことだ、そりゃ。

あいつがなんか焦んなきゃいけねえ理由あったか?」

 

千空は疑問の声を上げ、ある程度の理解ができていそうな司をみる。

 

「昼間、心当たりがありそうなこと言ってたよな、司。聞かせてもらえっか?」

「昼の時もいったが、確信があるわけじゃない。

……彼女の前の世界での詳しい周辺環境を知っているかい、千空。

考察するには少し材料が足らないんだ」

 

司の質問に渋面で返す千空。

大樹と杠には修復能力をなぜ知っていたのかをたまたま石化前に怪我をしていたと説明したのだ。

 

「昨日言ったのが俺の知ってる全部だよ。ソレ関連完全に地雷だぞ、ありゃ」

「そうか、そうなると、うん、イジメ、虐待、孤立全てあったとみるべきだろうね」

 

大きな反応を見せたのは大樹だ。

考察などの考える必要がある場では、彼は求められない限り発言しない。

その彼が思わずといった調子で声を上げた。

 

「何! 桜子はいじめられていたのか! 助けになってやらねば!」

「雑頭、その辺りの話はテメエは忘れろ。

変な気遣いされても困り果てるだけだ、テメエは自然体の方がいいんだよ」

「そうだね、うん、大樹はすでに十分彼女の助けになっているよ。

今まで通りに接した方がいい結果を生むと思う。

そして、すまない千空。せっかくぼかした表現をしてくれたのに台無しにしてしまった」

 

そう言って頭を下げる司に手の動きだけで不要だと示す千空。

 

「雑頭に教える必要ねえと思ってたのは事実だが、こいつが忘れりゃあ問題ねえよ」

「おう、そうだぞ司。俺は頭も雑だが、記憶も雑なんだ。すぐに忘れるぞこんな事は」

 

そう笑顔で言う大樹に司もつられて笑顔になる。

しかし、すぐに引き締め続きを話し始める。

 

「今彼女の周囲はとても良い状態だと思う。

うん、それこそ桜子が今まで経験したことがないぐらいね。

そして、千空。それを作り上げたのは君だ」

「あー、だからか、あんだけの過剰反応したのは。

今の環境失うぐらいなら、命捨ててもってか。

そうすっと、まじいか? 俺が資材探しに出ちまうのは」

「む、何か必要なものがあるのか、千空。

それならば俺が一人でとってくるぞ」

 

大樹の言葉に首を振って断る千空。

 

「資材が埋まってる場所が知りてえんだよ、拠点引っ越しが考慮に入るレベルのな。

この辺りじゃ鉱物資源はさすがにあるとは思えねえ、平地じゃなくせめて山岳地帯じゃねえと。

んで、鉄、珪砂、硫酸、後白金だな、何が何でも欲しいのは」

 

どれもわかんねえだろ、と眉を寄せながら言う千空に頷くしかない大樹。

そこで資材に関して司からの疑問が入る。

 

「鉄はわかるし、硫酸も色々薬品に使うのだろう、

珪砂は何かの材料だと思うが……プラチナは何故必要なんだい?」

 

その司の疑問に悩ましいと言わんばかりの声を上げ考え込む千空。

 

(復活液の材料喋って大丈夫か?

いや、司が裏切る心配は今さら要らねえだろうが、

桜子がどういう反応するかがわからねえ)

「司、桜子の奴はオメーに今日どういう対応してた?」

 

逆に問い返された司は少し戸惑いながらも答えた。

 

「質問の意図が見えないが、うん、桜子の俺への対応か。

多少の警戒と敵意はあったが普通にしようとしていた、そう思えたね」

 

その返答に桜子はある程度理性的な行動を取ってくる、そう思えた千空は作り方を明かしてしまう事にした。

 

「白金は触媒だ、オストワルト法で硝酸を作るためのな。硝酸は復活液の材料なんだよ」

 

千空の言葉に司は驚きを隠せない。

が、すぐに彼がどういった行動を取って来たかを思い出し納得する。

 

「千空、君は本当に俺をも信じていくんだね。

さっきの質問はそれに対して桜子がどう動くかの確認だね。

うん、彼女にも信用されるようにするよ」

「単にそっちの方が合理的ってだけだ。

それよりだ、本当ならオメーと桜子と杠でこっちを見てもらう予定だったんだが……、

やめといた方がいいか?」

「千空と大樹で資材を探してくるということかい?

うん、やめておいた方が良いと思うよ。桜子にストレスがかかり続けることになる。

それは今の不安定な彼女のためにならないよ」

 

ガシガシと頭をかく千空。

心底めんどくさいという態度だが、一つため息をつくと決断を下した。

 

「仕方ねえ、資材探しは俺と桜子で行く。

代わりに大樹、絶対欲しいもんで雑頭のオメーでも見りゃわかるもん探しとけ」

「おう、分かった。で、何を見つければいいんだ?」

「ククッ、文明にゃあ欠かせねえ人増やすための基礎の基礎だ。

つまり、食料の生産。農耕のための準備だ、唆るぜこれは」

 

 

次の日の朝あまり寝付けなかったせいで少しふらつく感覚を押し殺し、今日の行動予定を千空が伝えるのを聞く。

 

「今日からの予定だが、その前に杠、石像はくっつけ終わったのか?」

「うん、バッチリ終わったよ。桜子ちゃんがパーツをあっという間に見分けてくれたから。

私はくっつけるだけでよかったから楽させてもらっちゃった」

「ううん、杠じゃなきゃあれは出来なかったと思う。

他の人ならとてもじゃないけど楽なんて言えないよ」

 

膠って冷めるとすぐに固まるからスピード勝負なとこあるんだけど、躊躇なく次のパーツをくっつけていくからすごく早く終わったんだよね。

それでも昨日はそれに付きっ切りだったけど。

 

「んじゃ今日から二手に分かれて動いてくぞ。

文明を進めるための資材探しと拠点周りの整備と人増やすチームにな」

 

ああ、そっかこの辺じゃ資材なんてろくに見つからないもんね。

それじゃここで千空とはしばらくお別れか……やだな。

効率的に行くなら私は足手まといになりやすい外回りは避けるべきだ。

それは分かっているのに嫌だとしか思えない。

 

「残るのは司と大樹と杠の三人、資材探しは俺と桜子で行く」

「えっ、なんで?」

 

思わず聞いてしまった。

だって、どう考えても大樹を残して私を連れて行く理由がないのだ。

 

「人選の理由か? ただの消去法だ。

俺一人じゃ手が足らねえが、人増やそうってんのに司を外す訳にいかねえし、大樹は食料調達の要で、後見つけて欲しい物もある。

杠は服作りにゃ欠かせねえから残る選択肢は桜子、オメーだけってわけだ」

「う、うん分かった。あ、でも復活液がなくなっちゃうんじゃないの」

「それについても問題ねえ、もうすでに司に作り方を教えてある」

 

んん? あー、分かった。復活液の存在を司のカリスマ性の足しにするわけか。

それなら司に従わないって人が出ても反対者を増やせないから従うしかないってことね。

 

「それもあって私と千空がここを離れる訳ね、うん了解。

あ、そうだ、大樹に探してもらう物って何? 絵に書いといた方がいい?」

「お、おう? まあ分かったんならいい。

人増やすにゃ食料がアホほどいる、食料確保なら農耕が一番だ」

 

農耕! つまり探すのは…

 

「小麦だ」「米ね」

 

しばし停止。論争準備中、…よーい、スタート。

 

「なんで小麦なのよ、日本だったら一番は米でしょうが」

「小麦の方が育てられる範囲がダンチだろうが、利用方法だって豊富なんだから小麦に決まってんだろ」

「米だって利用方法豊富でしょうが、

大体食料確保メインなら単位辺りの収穫量の差で米が1.3倍くらいつけてるんだから勝負ありよ」

「水をバカ消費する米は素人が育てられるもんじゃねえよ。

その点小麦は祖法栽培でいけんだから当然こっちを選ぶべきなんだよ」

「米農家が日本にどれくらいいたと思ってるの。

その人たちを起こせばそんなの即解決よ、それにアルコールがこの後必須なんだから絶対米よ」

「小麦でだって醸造は可能だろうが、世界で主食つったらパンなんだから小麦なんだよ」

「残念でした、世界的にはトウモロコシが主食の方が多いんですー。

それにビールは大麦でしょうが、可能不可能だけなら可能だろうけど無茶があるわよ」

「ぐっ、アルコールの話なら酒造家まで必要じゃねえか。

それに麹がねえと日本酒は作れねえだろうが」

「う、米から作る麹は色々必要だからいいの。

味噌にも醤油にもいるんだから、米がないとラーメンは塩オンリーなんだからね!」

「それ言ったら小麦が無かったら天丼もカツ丼も無理だっての!

第一豚骨だってあるだろうが!」

 

白熱して行く私と千空の言い争いに司は一つ頷き大樹に言った。

 

「うん、収拾がつきそうにないね。

すまない大樹、探すのは小麦と米の両方でお願いするよ」

「うむ、了解だ。しかし千空があんなに言い合うのは初めて見る気がするな」

「千空くん頭良すぎるからあっという間に論破しちゃうからね。

でも、二人ともすごく楽しそうじゃない?」

「うん、確かにとても楽しそうだ」

 

それからもしばらく私達の論争は続き、結局資材探しへの出発は次の日の朝からになった。

私だけのせいではない。




トウモロコシが世界一多いのは生産量、主食としてだけでなく飼料用も含むため多いだけです。
なので世界の主食として一番多いのは小麦、ただしパンの形だけではないので米とは微妙な差であると考えられます。

後本文に入れられなかったけど石像は直したあと顔が見えないように埋められてます。

4/28 0:55 追記
誤:ハーバー・ボッシュ法
正:オストワルト法
修正いたしました。
ご指摘ありがとうございます。


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青天の霹靂

論争しあってしまい出立準備の開始が大幅に遅れたため、次の日の朝に出発である。

 

「んじゃ、一か月を目処に戻ってくるわ。

なんかあっても二か月で一回戻るつもりだ」

「分かった、二か月以内には必ず戻るということだね。

うん、その間に冬前に起こしたい人を見つけて起こしておくよ」

 

千空は司と今後の予定を決めている模様。

一方で私はというと、

 

「いい桜子ちゃん、無茶しちゃダメなんだからね。

桜子ちゃんは体強く無いんだから無茶したら倒れちゃうんだから。

千空くんに力仕事はお願いしなきゃダメだよ」

「そうだぞ桜子。大丈夫だ千空は頼りになる男だからな、遠慮なく頼るんだぞ!」

 

いつの間にか二人がお父さんお母さんになっている件について。

さっきから私はうんだとかはいだとかしか言えてないですよ。

そんなに心配ですか? ……昨日と一昨日の醜態を思い出せばそりゃ心配もするわとしか言えません。

 

「おい、そこの心配症の夫婦、いい加減出発させやがれ。

俺が言えた義理じゃねえが時間無駄にすんじゃねえよ」

 

本当に言えた義理じゃないが、私も同じ穴の貉なので黙っておく。

あ、二人が夫婦と言う言葉に反応して真っ赤になって停止してる。

なるほど、さすが幼馴染だ。操縦法を熟知している。

 

「よしそんじゃ出発すんぞ。こっちは任せた」

「ああ、任せてくれ」

 

とと、私もついていかねば。

 

「それじゃ、行ってきます。

私も気をつけるから杠も大樹も体に気をつけてね」

 

私はそういいながら三人に手を振って千空の後を追いかけるのだった。

 

 

千空達の後姿が見えなくなってもしばらく三人はその方角をじっと見つめていた。

やがて、ポツリと杠が呟いた。

 

「行っちゃったね」

「ああ、行ってしまったな。だが、あの二人なら絶対大丈夫だ。

桜子が目覚めてから俺が目覚めるまで二カ月、二人だけでやってきたんだ。

今度もまたやり遂げてくるさ」

「そうだよね、あの二人ならきっと大丈夫」

「さて、二人とも俺たちは俺たちで、うん、やるべき事がある。

千空達が戻った時笑われないようにしよう」

「了解だ!」「了解です!」

 

三人は再会出来るその時までにこちらを形作る、そう心に決めたのであった。

 

 

旅は意外と順調であった。

主に私が足を引っ張らなかったからである。

3ヶ月間のサバイバル生活で体力がついているのと、ペース配分を理解できたのでうっかりしなければ半日から一日なら大丈夫になったのだ。

 

「このペースなら箱根まで3日ぐれえで着くな」

 

……漫画では石神村~司帝国間は二日と書かれていたので普通より遅いのであるが。

今は日が沈み焚き火の前で今後の動き方の相談中である。

 

「んじゃあ、確認させろ。珪砂や硫酸のある場所をな」

「そうだよね、それ知りたいよね」

 

具体的な位置となると漫画では分かりづらい部分である。

石神村の位置は多分箱根の芦ノ湖辺りになるのだろうが、漫画で描かれている地図だともうちょっと南側な気がするのだ。

 

「どこらへんってのは言えるけど、地名で表すのは厳しいのよ。

そこまで地点特定出来る描写なかったし」

「んなピンポイントでなんぞ期待しちゃいねえよ。

とりあえず一番近場の火山がある箱根に向かってんだが、それで間違いねえかどうか知りてえんだ」

 

あ、そうか千空からしたら箱根付近に必要な物がほぼ揃ってるなんて思えないよね。

方々を探し回るより一直線に行きたいよね、そりゃ。

 

「うん、箱根で問題ないよ。鉄は心配してないだろうけど、珪砂も硫酸も箱根付近に存在してるはずだから」

 

私の言葉に一つ頷くと真剣な表情を作り固い声で次の質問をする千空。

 

「これが一番聞いときたかったんだが、白金は何処にある?」

 

最も重要かつ手に入れづらいレアメタルだ、聞きたがるのも当然だろう。

しかしだ、

 

「思いっきり漫画知識喋る必要あるんだけど、聞く?」

 

うわぁ、しっぶい顔。

 

「しょうがないでしょうが、希少性から考えて。

それを手にする為に一章使ってたの、在りかを知ること、そこへの行き方、そのための手段。

どれも冒険の種として申し分ないんだから」

「物語の根幹部分に関わってくるって事か。

とりあえず、漫画では手に入れてたんだな?」

 

思わず目をそらす。

 

「おい、まさか」

「いや、違うの。手に入れてた…はずよ」

「はずってなんだ、はずって」

「その、漫画知識いらないって、言ったじゃない?

本当はその時言うつもりだったんだけど、最後、つまり文明復興までは知らないの、私」

 

あああ、呆れた目線がビシビシとおおお。

 

「だって前世だとそこまで読んでないんだもん、私自身が読んでるわけないし」

「オメーそれでよく今後の展開云々言えたな、おい」

「あの時とは状況が違うし、司が素直に味方になるなんて思ってなかったから……。

で、でも大丈夫なはず。復活液がすっごく必要な展開だったし、

手に入らないと詰んじゃうからそんな無茶な事は漫画でやれないだろうし」

 

自分で言ってて苦しすぎる。

 

「リアルはリアリティを考慮する必要がない、だったか?

漫画ならともかく、現実だったら手に入りませんでしたー、はいおしまい。

十分あり得るよなあ」

「そ、そのね、この後箱根付近に行くじゃない?

そこにあるはずのものがあれば、白金の場所が分かるはずなの。

この件については確認してからじゃダメ?」

 

大きな、とっても大きな溜め息。

やっぱりダメだよね、私だったら信じられないもん。

 

「……漫画知識がいらねえつったのは俺だかんな、それで勘弁してやるよ」

「ええっ! いいの?」

「いいってんだよ、一回言った事なんだから撤回しやしねえよ。

とにかく、珪砂と硫酸さえ見つけられりゃあ問題ねえ」

 

最初っからその予定だったしな、と呆れながらも許してくれた。

 

「いいの?」

「いいんだよ、その後の事は後で考える。

当たり前の事だ、分かんねえ未来にうだうだ悩むほど暇じゃねえだろ。

やる事が変わってねえからそのままやる。それだけだ」

 

ああ、やっぱり千空は優しいなあ。

 

「…ありがとね、白金の場所の手掛かりあったらすぐに教えるから」

「んなに急いじゃいねえよ、まだ洞窟の分だけで十分賄えてんだ。

白金は必要になってからでいい。それよか、明日もあんだとっとと寝るぞ」

「うん、おやすみ千空」

 

考えてみるといつも私は千空に甘えている気がする。

私は何か返せているのか、そう思いながらもまだ甘えていたい。

そんな弱さが少し悔しかった。

 

 

そして三日目の朝方、川にそって進んでいる時それは起きた。

それに気づけたのは突然の増水に警戒していたためだ。

水量が増えたわけでもないのに少し水が濁って見えたのだ。

 

「あれ? 水が濁ってきてるね。上流で何かあったのかな?」

「……ああ、あったんだろうな。っていうか目の前で起きてるぜ」

 

前を歩く千空の目線を追ってみるとそこには川から上がってくる熊の姿があった。

 

「……熊の川流れなんて初めて聞くわね」

「言ってる場合か! ゆっくりと後ろに下がんぞ、刺激したくねえ」

 

熊が体を震わせ全身の水を振い落としていく。

……? 赤い物が水飛沫に混ざっていたような?

と、そこまで考えたところでクマがこちらに気づいた。

気づいた熊は相当気が立っていたようで威嚇から即こちらに突撃してきた!

 

「やべっ! 逃げるぞ!」

「了解!」

 

熊は下り坂が苦手だから下流に向かって走るのいいけど、

体長などから見て多分ニホンツキノワグマ!

 

「最高時速50km! 逃げ切れる!?」

「川流れで体力消耗が激しいことに賭ける! 最悪川に飛び込んで流れて逃げるぞ!」

 

熊に殺されるか川で溺れ死ぬか、いやな二択である。

こちらから別のものに気を取られてくれれば逃げられる率も上がるのだが、

 

「あれの食性は!」

「雑食! 主に植物! 手持ちに気を引けそうなものなし!」

 

そうなのだ。手持ちの食料は携帯性とカロリー量から燻製肉がメインなのだ。

そして、熊の好物は実は甘味。

干し果物でも持っていればよかったが基本酒造に使っていたので作っていない。

 

「飛び込むタイミングは任す! テメエの体力で決めろ!」

「了解! この先に川幅が広いとこがあったはずだからそこで!」

 

そこまで逃げられるかどうかはギリギリであろうが思いつく中で一番ましなのはそこ。

飛び込み予定ポイントに向けとにかく全力で走り続けた。

そして届くか捕まるかの瀬戸際でそれは来た。

熊のドッドッドという足音が段々と大きくなり、息遣いさえ聞こえそうなほどに迫られたころ。

振り返りたい衝動を必死で抑えていると唐突に”ドゴン!!”という音が真後ろから響いたのだ。

思わず振り向いた私の目に映ったのは金の髪。

金髪を後ろに括った女性が熊の頭に馬乗りになりその目玉を貫いている光景だった。

その女性はトンっと軽く熊の肩を蹴って宙を舞うと私たちの前に華麗に着地。

返り血すら浴びぬ普段通りであろう姿で声をかけてきたのだった。

 

「すまなかったな、その熊は私の狩りの獲物だったのだが途中でがけから落ちてしまってな。

慌てて追いかけたのだが、ようやく追いついたのが今なのだ。

怖い思いをさせてしまったようですまない、私の名はコハク。

君たちが一体何者なのか教えてもらえるだろうか」

 

これがこの後長い付き合いになるコハクとの初めての出会いであり、

話すたび呆れかえられることになるファーストインプレッションであった。

そりゃ雌ライオンやらゴリラやら呼ばれる、それが私の彼女への第一印象であった。

 



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村での会談

「うーむ、なんというか、その、どういえばいいかわからんな。

つまり君たちは大昔の人間で、文明とやらを進めようとしている……、でいいのか?」

 

今コハクに私たちの自己紹介と何をしようとしているかを説明したところである。

ついでに熊の血抜きをしつつ、簡易陣地を作りながら。

 

「うん、それであってるわよ。

千空、そっちは石積み終わった?」

「おう、外側にあった石から積んでったから高さも上々、

わざと開けてる一か所以外からは早々飛び込んではこれないと思うぜ」

 

なんで簡易陣地なんか作っているかというと、この熊を持ち帰るのにどうするのと聞いたら、

ちょうどここの川は村のある湖と船でなんとか行き来できる場所だという。

なら船を出せないかと聞いたら快くOKを出してくれて、

その間待つだけでは暇なので熊の加工をしてしまおうということになったからである。

で、加工中に野犬やらに襲われてはたまらないので陣地を作るわけだ。

 

「火は起こしといたから湯を沸かしたりは任せて。

千空は熊の毛皮をはぐのお願いね」

「ったく、気楽に言いやがって鹿とは別もんだろうがよ。

利用できる内臓はどこだ?」

「胆嚢だね、内臓器系の薬になるよ。

ツキノワグマは雑食だから肉も臭み少ないといいんだけど」

「そうだな、ライオンの肉はこの間食ったのも臭みがひどかったもんな。

おい、コハクっつたか? オメーはなるべく早めに船持って来てくれ。

多分俺が毛皮剥ぎ終わるより戻ってくる方が早えからな、そしたら代わってくれ」

 

予想以上の私達のたくましさにちょっと引き気味なコハク。

仕方ないではないか、こちとら目覚めてから2ヶ月弱二人だけで生活してきたのだ。

千空に至ってはプラス1ヶ月だ、このくらいにはなる。

漫画では書かれていなかったがあちらの千空は一人で半年。

さぞ益荒男っぷりが磨かれていただろう。

 

「熊を狩ったことなどないという話だったが、毛皮をはいだりはあるのか?

さっきから手際いいというレベルではないように思えるんだが」

「あん? 熊のはねえよ、あるのは鹿や猪までだな。

ライオンは司が全部処理したかんな、俺は手つけてねえ」

「私たちの暮らしていた時代は色々知ることができたのよ。

それこそこういうのに縁がない人間でも。

だからこそ、そんな世界を取り戻したいんだけどね」

「なるほど、よくわからんがとにかくすごいことだけは分かった。

詳しい話は村でゆっくり聞かせてもらおう」

 

そういうとあっという間にコハクは見えなくなってしまった。

 

「んで、あれがあるはずのものか?」

「一応聞いとくけど、それに至った思考経路を教えて?」

「人類全体が石化したってのに人が、それも流暢に日本語話す、

どう見ても白人の血を引いてるやつがいるとか都合よすぎんだろ。

漫画で出てないんなら、もうちょい動揺してそうだしな。

んで、その村にあんのか? 白金の場所の手掛かりが」

 

鋭い。

私が動揺してるかどうかなんてよく見てるな。

 

「正解。村に入れるかは分かんないけど村の中にあるはずよ」

 

あれらの物は千空が受け取るべきものだから、ここで村に入りこめればとても都合がいい。

熊胆のことを話したときコハクが少し目を細めていたのも確認してるし、

今度はうまく漫画知識を活用したい。

 

「んじゃ、のんびり毛皮をはぎながら待つとすっか」

「血はお湯で流しとくね、少しでもくる率下げたいし」

 

それから船が来るまでのんびり待つことになった。

野犬の襲撃は一回だけ、無事熱湯消毒で撃退したことを記しておく。

 

 

「それで、湯がばらまかれて湯気があちこちに立ってるわけか」

 

なかなか特殊な状況になってしまったためさすがに説明をしていた。

割と蛮族扱いになっている気がするが気のせいだろうか?

 

「むしろ戦闘民族? なぜ一箇所だけ通りやすくしていたのかようやくわかった。

そうしておけばそこにだけ注意しておけばいいということか、合理的だな」

 

船はなかなか大きく熊も含めて人間4人分の重量でも問題なく乗れた。

なので私と千空の二人も同乗して村に向かっているところである。

 

「おかげで毛皮剥ぎが進まなかったがな。

ま、そっちの腕の方がよかったから気にするこっちゃねえか」

 

コハクが戻ってきた時点で2割ほど。

そこからコハクが代わってあっという間に剥ぎ終えた。

速度差実に3倍である。

 

「内臓処理を終えてくれていたからな、私も楽をさせてもらった。

礼代わりに今日は村で泊っていってくれ、私の父で村長のコクヨウも話を聞きたいと言っていた。

村について落ち着いたら挨拶しに来ると思う」

 

ああ、薬って私がいったからそれの話かな?

もしかしたらルリさんを助けられるかもしれないから聞くだけ聞いてみよう的な。

 

「村長相手ならこっちから挨拶しに行った方がよくない?

それとも村の中をウロウロされるのは問題ってこと?」

「あー、いやその、君たちが熊に追われたのは少なからず私のせいでもあるじゃないか。

その謝罪も兼ねてるらしいから、案内したらそこで待っててほしいんだ」

 

コハクの目が泳いでる、やんちゃのし過ぎで怒られでもしたのかな?

と、そんなことを話しているうちに村が見えてきた。

漫画では上からの絵だけだったが下から見るとこれ結構迫力ある光景である。

 

「あそこがオメーらの村か、結構規模があんだな。何人ぐらい住んでんだ?」

「隠居や子供を除けばちょうど40だな、確か」

 

結構な人数がいることに千空が考え込んでいる。

この村がいつから存在して、初代がどうやって出てきたのかを考えているんだろう。

私は答えを知っているが完全に漫画知識だ、なので答えを話すつもりはない。

それに、ここで話してしまうのは他人のプレゼント内容を勝手にしゃべるようで気が引ける。

だから千空がこっちをじろっと見てきても素知らぬ顔でそっぽを向くのだった。

 

 

時間は少し巻き戻り、コハクが船を取ってくるため村に戻った時。

コハクは船を動かす許可をもらいに父コクヨウに会っていた。

 

「コハク、お前はまた問題を起こしよって。

余所者はかつて村から追放された犯罪者だと教えただろうが。

村に入れるなど言語道断だ、村の外までなら許すが中に入れるのはまかりならん」

 

コハクが二人を村に招き入れ話を聞きたいと言ったことにコクヨウは呆れながら反対する。

 

「しかし、父上。あの二人は大昔の人間だと言っていた、村の存在など全く知らないとも。

それに、千空は大人の男だがもう一人の桜子は見た感じスイカより少し上ぐらいの女児だ。

一晩程度は泊めてやりたい」

 

実際には桜子は千空と同い年であるのだが見た目は幼い。

コハクはそのせいで勘違いしたのだ、ついでに千空との関係も。

だがこの場にその勘違いを正せる人はいない。

 

「むう、そのような幼子が兄と二人だけで、か。

確かに力になってやりたい気持ちもわかるが……」

「それにだ父上。薬に関して知識があるのやもしれないんだ、あの二人は。

もし、ルリ姉の病いに効く薬を知っているのならと思うと……」

 

今ここにコハクの姉ルリはいない。

先程咳が酷くなり自室にて安静にしているからだ。

コクヨウとしても最愛の妻の忘れ形見だ、可愛くないわけがない。

ルリの病いに対して効くかもしれないと言われてしまうとついすがりつきたくなる。

しかし、コハクが相手の嘘を見抜けるかというのも不安が残る。

 

「分かった、その二人を村に入れ一晩泊める事を許そう」

「ありがとう父上! それでは早速…」

「ただし、その二人から話を聞くのはワシが行う」

 

驚きに目を見張るコハクだが、それも一瞬の事。

この人は自分とルリ姉の父親である、可愛い娘が心配でならないのだろう。

少し可笑しくなって軽く笑った後、元気いっぱいに了承の返事を返す。

 

「分かった、薬の事を聞きだすのは父上に任せる!

では二人を連れてくる、待っていてくれ父上!」

 

慌ただしく飛び出していく愛娘の姿に溜息を一つつくと愚痴をこぼす。

 

「あのお転婆ぶりは一体誰に似たのであろうな。

嫁の貰い手がつかんのじゃないか? 父は心配だぞコハク」

 

 

他の村人に見つからないようにだろう、案内は手早く静かに行われた。

 

「それじゃあ父上を呼んでくるから少し待っていてくれ」

 

そう言うとあっという間に見えなくなるコハク。

 

「なんつうか、慌ただしい奴だな。

んで、この村に例の手掛かりがあんのか?」

「うん、間違いなく。ただ、今直ぐにっていうのは難しいと思う。

感づいてると思うけど、余所者を歓迎してないからここ」

「って事は信頼をまず勝ち取らなきゃならねえか。

司達への連絡どうすっかな、やっぱ一回戻るっきゃねえよなあ」

「時間かかるもんね信頼されるって、とりあえず村長さんとの挨拶からかなあ。

失礼の無いようにね、普段の調子でやっちゃダメよ」

 

そんな失礼をするとは思わないけど、一応釘刺し。

 

「相手は年上だぞ、んな事すっかよ」

 

まあ、千空なら大丈夫だと思う。

これでも社会という物をある程度理解してるし。

そんな事を話している内に戸をノックする音が響く。

 

「くつろいでいる中失礼する。この村の長のコクヨウという者だ。入ってよろしいか?」

「はい、今開けますので」

 

ささっと立ち上がって戸を開けてコクヨウさんを招き入れる。

千空も片足あぐらから正座に体勢を変えて礼義正しく迎え入れた。

コクヨウさんが座った後、私も千空の左斜め後ろに正座で座る。

 

「まずは娘のコハクが迷惑をかけたことをお詫びする、申し訳ない」

「あー、あれは半ば事故であると思っていますので、むしろこちらが助けられたかと。

船に乗せていただいただけでなく一晩泊めてもらえたのでこちらこそ申し訳ないです」

 

違和感が酷い、一部棒読みだしつっかえてるとこあるしでちょっと吹き出しそう。

表面にはチラリとも出さないが、地味に前の世界で面白がられないようにした経験が生きてる。

でも、千空には吹き出しそうなのばれてるみたいだ、ギロッと睨まれたし。

 

「ふむ、無理に慣れない口調を使わずに普段のものでよい。

礼を尽くそうとしているのは分かるのでな、楽にしてくれ」

 

一つ頷いてにこやかにそう言ってくれるコクヨウさん。

なんとなく漫画での印象より器が大きい…というより余裕がある?

とそこまで考えてはたと気づいた、まだコハクが勘当される前なんだ今。

その後の描写を見る限りこの人かなりの親バカっぽい、

漫画での初登場シーンは勘当して何ヶ月もたっていない時期だ。

娘は可愛いけど村長としての立場が娘をかばう事を許さない。

村長としての立場と父親としての愛情の板挟みか、そりゃ余裕もなくなる。

 

「わりい、そうさせてもらうわ。だけど、あんたの娘に助けられたのは俺らだ。

そのことに改めて礼を言わせてくれ、ありがとうございましたってな」

「ふふっ、律儀な男だ。その礼は確かに受け取ろう、どういたしましてとな」

 

そこまで話したところでコクヨウさんの顔が真剣なものに変わった。

ここからが本題ということだろう。

 

「さて、おぬしら二人は大昔の人間であり、文明を進めるためこの辺りに来たと聞いておる。

そのことについていろいろ訊ねたいが、良いか?」

「もちろんだ、俺らで答えられることなら何でも答えるぜ」

 

これは好都合だ。疑問をそのままぶつけてくれるなら誠実に答えるだけでいい。

もし疑われながら監視を続けて~、

なんてことになったらいつまでたっても信頼なんてされなかっただろう。

さっきのやり取りではぐらかしたり嘘でごまかさないと思ってくれたのかな?

 

「聞きたいことはまずは三つ。

文明とは何か? それを進めるとはどういう意味か?

そしておぬしたちが大昔の人間であると本当に証明できるのか?

この三つに答えてもらいたい」

「そうだな、文明ってのは人類の、俺たちやあんたみたいな人間の、

過去の人類の生きてきた証拠であり、未来の子供たちに譲り渡すべき全てってところだな。

それを進めるってのはより良いものに変えていくってことだ」

 

かなり漠然としたものだったはずなのに、千空は科学を研究したいだけだと思ってたのに、

こんなに堂々とはっきり明確に言葉にできるなんて思ってなかった。

……また、置いてかれちゃうな。

 

「……壮大だな、壮大すぎてわしにはよくわからん。

だが、おぬしがそれに対して真剣であること、

これが嘘や誤魔化しの詐術の類ではないことは分かる。

では、最後の一つ。おぬしらが大昔の人間であること、その証明は可能か?」

 

ああ、これは一番簡単だ。

 

「俺らは3700年前に石化してつい最近それが解除された。

少なくとも石化が解除されるとこみせりゃあ石像が元人間だと証明できんだろ。

だが、人間増やすってのは大変だかんな、

同じように石化した燕っつー鳥を石化から解除した方がいいな」

「ふうむ、つまり石の鳥を用意すればよいのか。確かクロム辺りが集めておったか?

見つけ次第持ってこさせよう、他に証明に必要な物はあるか」

「石化解除に必要な復活液は持ってきてるから特にねえ。

そいつをもってきたらすぐに証明してみせるぜ」

「よし、ではすぐに探させるでな、しばらくゆっくりしていてくれ」

 

そう言ってコクヨウさんは出て行った。

そしてしばらく待つことになり、次に戻ってきた時とても騒がしい人物を連れてくるのであった。

 




桜子、お前の外見ほんと便利(外道発言


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クロム参上

「俺の名はクロム! 天才妖術使いだ!」

 

第一声からしてなかなかに歌舞いていると思う。

 

「おうおう、てめえらが余所者の妖術使いだな!

この石の鳥を生きてる鳥に変えて見せるって言うから来てやったぜ!

インチキかどうか俺がバッチリ見抜いてやっかんな!」

 

あ、コクヨウさんがぷるぷるしてる、プチンて音がした、ゴッチンと良い音したなあ。

 

「クロム! 貴様、邪魔をしないというから連れてきてやったというに!

邪魔をするつもりなら今すぐどこかに行っとれ!」

「バカ言うんじゃねえよ、コクヨウのおっさん!

石の鳥を生き返らせるなんて妖術見逃せるわけねえだろうが!」

 

相当痛いだろうに、元気に言い返すなあ。

私は呆れてたが千空は割と面白がってるな。

コハクは…呆れてるな、間違いなく。

 

「大体余所者は村に入れねえんじゃなかったのかよ!

金狼辺りが見たらどういう事かって問い詰めにくるぜ!」

「この二人はわしの客として特別に招いたのだ!

いいから邪魔せずに黙っとれ!」

「クロム、父上の言う通りだ。すまないが黙っていてくれ、

それが出来ないなら…」

 

うわっ、実力行使の姿勢だ。手出そうとするには早くない?

やっぱり薬の事を聞きたいんだろうな、じゃなきゃここまで余裕ない態度にはならないだろうし。

 

「ちっ、わあーったよ。静かにしてりゃあいいんだろ?」

 

憮然としながらもクロムも黙った。

これでようやく始められるわけだ。

 

「ククッ、クロムつったか。これは理解できねえ物に無理に名前をつけたようなもんじゃねえよ。

分からねえものにルールを見つけて分かるようにする、すなわち…」

 

言いながら地面に転がした燕の石像に無造作に復活液をかける。

少しだけ待てばすぐに反応し始めて、

 

「科学だ」

 

あっという間に元の姿を取り戻し飛び立って行った。

 

「うおおお!! ヤベー! 石の鳥が本物になりやがったー!!」

「本当にこのような事が起こるとは……!」

「信じられん……!」

 

三者三様の驚き方だが、コクヨウさんとコハクは驚き方が似てるな、やっぱり親子なんだなぁ。

 

「千空よ、科学の力確かに見せてもらった。

他に何ができる? 例えば病いを治すような事は可能なのか?」

「種類による、としか言えねえ。つうか資材が全くと言っていいほどねえんだ、今は」

「おお、そういえば文明を進めると言った後、資材探しの為とも言っていたな」

 

あ、コハクがコクヨウさんに白い目で見られてる。

あれは重要な事は覚えておきなさいと言う目だな、怒られてコハクの目が泳いでる。

溜め息一つでそのあたりを流したコクヨウさんが続きを話し出した。

 

「資材とやらがあれば、出来るのか? 病いを治す事が」

「治したい奴の症状を教えてくれ、安請け合いは流石に出来ねえ。

散々付き合わせてやっぱり無理でしたーはやりたくねえしな」

 

コハクとコクヨウさんが目線で会話をする。

クロムも表情が真剣なものに変わった。

コクヨウさんが一歩前に出る。自分の娘のことだ、父親として自分で説明するつもりなのだろう。

 

「長く咳が続くような病だ、……同じ病で死んだ者もおる。

死んだ者は最後は血を吐いておった、わしに分かるのはこれぐらいだ」

「気管支喘息か、肺炎、あるいは結核か……、吐いた血は何色だった?」

「鮮やかな赤であったよ、生涯忘れぬであろう記憶だ」

「喀血だな、なら気管支喘息はねえな。

肺炎か結核か……結核だとどんだけかかるか分かんねえぞ」

 

頭をガシガシと掻きながらぼやく千空。

あのコクヨウさんの態度は……そういえばこの人の奥さんって漫画だとほぼ出てないな。

出てたのはルリさんの回想シーンのみで、他は全くと言っていいほどないはず。

……漫画だと肺炎だった。で、肺炎ってうつるよね。

うわ、いやなことに気づいちゃったかもしれない。

 

「かかってからどんだけ経ってんだ?

ねえとは思うが、肺がんだったら本気でお手上げだぞ」

「治したい者は9年になるところで、死んだ者は患ってから11年目で力尽きた。

して、どの病だと思う? それらであった場合どのぐらいの時がかかる?」

「肺がんではなさそうで安心だ、もし肺がんだったらそんなに持たずに死んでるだろうからな。

結核だったら数年は見なきゃならねえ、だが肺炎、それもニューモシスチス肺炎ならうまく行きゃあ、

半年以内で行けると思うぜ」

「半年! そんなにも早くできるのか!?」

「喜ぶのは早えよ、肺炎つったっていろいろ種類があんだ。

半年以内に作れんのはサルファ剤、人類初の抗生物質、って厳密には違うんだが、

まあ万能薬みてえなもんだな。それが効くなら半年ぐらいで治るだろうよ」

 

コハクが目に涙を浮かべてよろこぶのを諫める千空。

その横でこそこそとクロムがコクヨウさんに小声で話しかけてる。

……この距離でその音量だと丸聞こえだぞ二人とも。

 

「なあ、コクヨウのおっさんあいつ信用できんのか?」

「お前も目の前で石の鳥が本物に変わるのを見たであろう、何を疑うことがある」

「それとこれとは別の話じゃねえか、鳥を本物にすんのがルリを助けんのに関係あんのかよ」

「わしもそう思ったから治せるかと聞いたのだ。

色々聞きはしたが治せるとは断言せずに治せるかもしれないと奴は言った。

だからわしはそれが嘘ではないと思った、それだけだ」

「それだけ? それだけでルリの命を賭けようってのかよ!」

「信用するに至った理由は無論それだけではない、

初めに挨拶に行った時慣れぬ言葉づかいで礼を示そうとした事、

コハクが逃した熊のせいで命を落としかけたというのに助けられたと言った事、

何より、あの後ろの妹の奴を見るときの目よ、全幅の信頼を置いているではないか。

兄妹であるとしてもだ、幼子にあそこまで慕われる男が悪人とはわしには思えんのだ」

 

そう言われてクロムは黙った。

私たちも黙った。

千空がすごい微妙な表情だが私自身も同じ顔だろう。

わーい、私が幼く見えるおかげで千空が信頼されたぞー、やったー!(やけ)

……誤解とかなきゃ、だめ?

 

「あ、あのよ、盛り上がってるところ悪いんだが、一つ訂正していいか?」

「ん? 表情が変だが、なにか変なことでもあったのか二人とも」

「俺とこいつは兄妹じゃねえんだよ、んで、だ」

 

千空が私に年齢を含めた自己紹介をしろと目線で言っている。

やめろ、私にやらせようとするんじゃない。

確かに私が自分で言った方が説得力高いよね!

ああ、畜生この肉体がどこまでも祟る!

 

「えーと、改めて自己紹介するね私の名前は桜子、約半年前に15歳になりました」

 

ああ、三人が固まった。千空はこの先の展開が読めたのだろう、耳をふさいでいる。

私も当然耳をふさいでいる、驚愕で固まった人間が次にどうするかなんて分らない方がおかしい。

 

「「「えええーー!!!」」」

 

そう、全力で叫ぶ、だ。

 

「嘘だろ! うっそだろ、おい! その背丈で俺やコハクと同い年! うっそだろ!」

 

ああ、分かりやすい反応をありがとうクロム。

そうだね、信じらんないよね。

特にこの村アジア系の血少な目だろうしね。

 

「なんと! その姿で同い年! ……かわいがりたかったのだが諦めた方がいいだろうか?」

 

同い年相手に姉又は母みたいな状態になられるのは杠だけで間に合ってます。

漫画でスイカにもかわいいって感動してたな君。

かわいいものが好きなのは女の子の基本だね! その気持ちは分かる気がする。

私自身が対象でなければな!

 

「そ、そうであったか、大変失礼した。しかしそうなると寝床を一つというのはまずいか?」

 

おお、さすがコクヨウさん。大人としてすぐに立て直してくれましたね。

 

「コハク、今日はお前の寝床で桜子を泊めなさい」

 

ですが、ゴリラにバナナを与えるような真似はやめてもらえませんかねえ!

 

「承知した、父上。さー、今日は私と一緒に寝ようじゃないか桜子。

旅の間の話とか、大昔の話とかたくさん聞かせてくれ」

 

行動が早い! 腕をつかむ力が強い! なのに痛くない、上にはがせそうにない!

どうなってるのこのゴリラの腕力! 後地味に技も持ってるんだけど!

助けを求めて千空を見るがそっと視線をそらされた。

見捨てやがった、この薄情者ー!

 

「コクヨウ、寝床にそいつが連れてかれる前に聞いときてえんだが、

明日っからサルファ剤づくりを進めるってことでいいのか?」

「うむ、人手が必要であれば村の者を動かしても構わん。

ただ、強引にはやめてくれ、その者が納得してから動かすように。

その前段階として明日皆を集めてそなたらを紹介しようと思う」

「ああ、分かった。納得もせずに動いたってろくな働きにならねえ。

きっちり納得させてから動かすさ」

「んじゃあよう、まず俺をきっちり納得させてもらおうじゃねえか。

ここじゃなく、村の外でな」

 

そう言って連れ立って村の外に出ていく千空とクロムを、

恨めしく思いながらコハクに引っ張られていく私であった。

 

 

クロムが千空にボロ負けし、そのコレクションを二人でチェック後。

千空がクロムに人類の歴史、その二百万年の歩みを語り終えた後の事である。

そのままクロムの倉庫に泊まる事にした千空はジッと村の方を見ていた。

 

「なあ、千空。寝ねーのかよ。

明日コクヨウのおっさんと一緒に村の連中に挨拶すんだろ?」

「ん? ああ、そうだな。とっとと寝るのが合理的なんだがな」

 

ガシガシと頭をかきつつ千空はぼやく。

 

「桜子の奴、また不安がってねえかってなあ。

余計な事しでかさねえかこっちが不安になってな」

「ほほー」

「なんだ、邪悪な笑い浮かべやがって。

テメエが期待するようなもんはねえぞ」

「いやあ、ここまで二人だけで旅してきたんだろ?

そういう気持ちがあっても、おかしくはねえんじゃね?」

 

ニヤニヤと笑いながらようやくつつける所を見つけたと言わんばかりのクロム。

千空はため息をつきながらクロムの勘違いを正す。

 

「詳しい話は省くがな、アイツは友達って奴が俺が初めてなんだよ。

んで、この間俺が命賭ける事態になってなあ。

そっから俺が近くに居ねえと不安がるようになっちまってな。

だから、俺も気にしてんだよ。アイツの事はな」

 

真剣な表情を見せる千空にクロムも真面目に答える。

 

「なんも起こりゃあしねえ、なんてあっちだってわかってんだろ。

あんま、心配し過ぎんのも侮辱になんじゃねえか? 対等のダチだったらよ」

「対等のダチ、か。そうだな、アイツとはそうだと思うし、そうでありてえ。

だけど、アイツの弱えとこ見せられちまったからな。

感情に振り回されるなんざ非合理の極みなんだがな」

 

どうにも上手く制御出来ねえ。

と、自嘲するように呟く千空にクロムは、

 

(ああ、コイツは信じられる。コイツに手伝ってもらえんなら絶対ルリを助けられる)

 

そう確信できた。

だからコクヨウが隠したルリに関する事を全て話してしまう事にしたのだ。

 

「なあ、千空。コクヨウのおっさんがはっきり言わずにおいたことなんだけどよ……」

 

 

全てを聞いた千空はしばらく考えた後、クロムに確かめるように聞いた。

 

「クロム、コクヨウが言ってた同じ病気で死んだ奴ってのは、

コハクとルリの母親で間違いねえな?」

「ああ、間違いねえと思う。

あの人も巫女様だったから直接見たりした事はねえけど」

「巫女?」

「ああ、百物語って奴を代々伝えていく役目なんだってよ。

結構面白い話があるんだぜ、桃太郎とかよ」

「……クロム。この村に文字は存在してねえな?」

「? なんか絵みてえなもんで、組み合わせて使うと色々出来るって奴か。

少なくとも俺は知らねえよ」

「つまり口伝で、口頭で伝えて来た訳だな。

百物語ってんだから当然長えよな。くそ、どんだけ伝わってんだこの病気はよ」

 

それは少し千空らしからぬミスだったかもしれない。

いくら衝撃的な事実に気づいてしまったとしても迂闊な事を口走る千空ではない。

桜子の事は思ったよりも彼に重荷になっていたのかもしれない。

もしコレを聞いたのが察しの悪い者だったら誤魔化すのも難しくなかったろう。

しかし、クロムは観察の天才だ。

即、千空が何に気づいたのか分かってしまった。

 

「……なあ、千空。今お前が気づいた事、ルリには、

いや、誰にも言わずにいてくれるか?」

 

そう、彼は"観察の天才"だ。

気付きという事に関しては他の追随を許さないレベルの。

誰にも言わずにいたが、それが代々の巫女が必ず受けてきた、

"呪い"なのではと気づいていたのだ。

 

「ルリもコハクも、コクヨウのおっさんも、死んだ前の巫女様の事、

スッゲエ好きだった。だから、コレが、ルリの命を脅かすコレが、

前の巫女様から移ったモノだってわかったら、絶対傷つく。

だから、頼む! 誰にも言わないでくれ!

俺に出来る事なら何でもするから! 頼む!」

 

土下座せんばかりに頭を下げるクロムに千空は問い返す。

 

「何でもつったな? 本気でなんでもか」

「ああ、男に二言はねえ!」

 

力強いクロムの返答に満足げに笑い、要求を口にした。

 

「なら、何が何でもこの病気治してみせんぞ」

 

そんな事を言われるなんて想像の埒外だったクロムが思わず顔を上げる。

 

「なに呆けてやがる、それが一番合理的な判断だろうが。

この病気をぶったおしゃあ、そんなもんもう気にしなくて良いんだからよ」

 

違うか? と挑発的に笑う千空にクロムも全力で応える。

 

「おう! その通りだ! 何が何でも、泥啜ってでも!

この病気絶対にぶっ倒してやるよ!」

「おう、その意気だ。俺も全力で行く、ついてこいよ」

「おうよ、全力でついて行って、いつか追い抜いてやんよ!」

 

拳を合わせる二人、すでに両者は戦友だ。

心を通わせる事が出来る相手を増やした千空。

きっとそれは彼を愛する誰かからの贈り物だったのだろう。

その人は笑顔で千空達を見守っている。

そんな風に思える静かな夜だった。

 

 

 



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製鉄は人数がいないと無謀

「皆の者、聞いてほしい。

昨日、ルリを治せるやもしれぬ薬を作る方法を知っている者が訪れたのだ。

眉唾だと思うであろう、わしも初めはそう思った。

それゆえわしはその者と腹を割って話し合った。

そうしたところ、表面こそ悪童じみておるが中身は誠実な青年であると確信した。

これはわしの娘を救ってほしいというただの我儘である。

そのために、皆にかの者に協力してほしい。

強制は決してせぬ、おぬしら自身で決めてくれ」

 

今コクヨウさんが村の皆を集めて私たちの説明としている。

ここから千空が説得して必要な人手を集められるようにしているところだ。

朝、クロムがコクヨウさんにルリさんの事を話したと言った時は結構驚いた。

お陰でコクヨウさんの演説内容を一部修正する羽目になったが……、

まあこの方が結果的に良いものになったから良しとしよう。

 

「初めまして、俺がその作り方を知っている千空だ。

知っているが、俺らだけじゃとてもじゃねえが手が足りねえ。

なんで、手を貸してもいいってやつを募集中だ。

手伝ってもいいってやつは俺か村長かクロム、コハク、後この桜子に言ってくれ」

 

人手は欲しいけど手伝いの報酬がまだ出せないから、

まずは自主的に言い出してくれる人を探すのである。

まあ、案の定反応は芳しくない。

 

「村長、門番の役目を担う者として聞いておきたい。

その者たちが余所者にも関わらずこの村の中にいること、それはルール違反ではないのですか?」

「金狼か、確かに余所者は村に入れぬ事がルール。

だが、それは余所者は昔に村から追放された犯罪者であるという前提から成り立つルールだ。

この者たちが村で犯罪を犯したことがないのは明白だな?

それゆえ、わしが特例として客扱いで招いておる。

ゆえにルール違反とは言えん」

 

つまりルールの適用範囲外だからルール違反じゃないですよってことだ。

白じゃないけど灰色な判定である。

しかし、判定するのは村長。

これは合法なのだ(強弁)

 

「……わかりました」

 

見るからに不満そうだな金狼君。

すまんがそんな目で見られてもこちらも引けないのだ。

ここで追い出されたら本当に二度と入れないってなっても不思議じゃない。

そうなったら確実にルリさんは助けられない。

連鎖して百物語を千空に語れる者がいなくなり、白金の場所は行方不明だ。

それは文明復興への道が、下手すると閉ざされかねない大事件だ。

故に、ここで村の協力ないし黙認は必須である。

大義は我にあり、とばかりに堂々としているしかないのだ。

 

「話は終わりでいいんだよなあ村長よお。

なら、後は好きにさせてもらうぜ」

「マグマか。ああ、構わん。手伝うもよし、手伝わぬもよしだ。

先にも言ったがわしはこの件は強制せぬし、手伝っても優遇などはせぬ。

ルール違反ではないとは言ったが、ルールに従っているとも言えぬ故な。

村長としてわしの最後のわがままである、故にわしは皆に願うしか出来ぬ」

 

マグマのこの反応はほぼ予想通り。

しかし、漫画でも思ったのだがこんな他人なんぞどうでもいい、

という態度で皆がついてくると思っているのだろうか?

……思っているんだろうな。

何故かこういう暴力的な輩に着いて行きたがる人種はなくならない。

次は自分の番では、とか不安に思わないのだろうか。

そうマグマに着いて行くマントルを見て思った。

 

「スイカはね、スイカはね、お手伝いしたいんだよ。

いつも誰のお役にも立てないから、困ってる人がいたら助けたいんだよ」

 

お、スイカちゃんだ。

とりあえずこれで一人確保。

他は……、反応が本当に芳しくないな。

いや、手伝ってもいいけど信用できんの? 村長騙されてない? って感じか。

 

「何か一つ餌があれば行けそうではあるんだけど……」

「しゃーねえ、今出せるもんがねえから直球でのお願いだ。

今いる奴だけでやれることやってくしかねえ」

 

そこらへんを集めるのもこのメンバーの仕事かー。

製鉄は無理ってのが目に見えてるからやりたくないんだけど……。

いや、人手なきゃ無理だって。

 

「まずは砂鉄集めだ、ラッキーなことにクロムの奴が磁石集めてやがった。

これで砂をかき混ぜて比重の軽い奴捨ててっつー作業が省略できる」

「磁石なしで砂鉄集めとかそれだけで何か月仕事……。

ありがとうクロム、本当にありがとう……」

「お、おう。なんかよくわかんねえけど役に立ったならよかったぜ」

 

クロムコレクションに本気の感謝をささげて川に向かって出発である。

砂鉄集めは一日もあれば大体の量をとれると思うので問題はその後なんだが。

 

 

「いくら何でもこの人数で製鉄は無謀だと思うの、私」

「俺も同意見だが、一ぺんは試さねえとな」

 

砂鉄集めはサクサクと終わったため次の製鉄の段階である。

サクサクと終わったといってももうすぐ日が暮れるが。

 

「とりあえず今日はもう日が落ちかけてるからな、

少人数でどの程度まで温度を上げられるか見るだけだ、悪いが付き合ってくれ」

「また記憶から温度の判別かー、目がちかちかするんだけどあれ」

「アルコールの蒸留の時散々世話になったが、また頼むわ」

 

もう慣れたからいいけど、割と大変だったんだぞあれ。

今度は温度全然違うから一から記憶することになるし、私が温度調節することもできない。

 

「失敗の記憶も大切だけど、一番重要なのは成功の記憶よ。

結局は人手増やす必要があるんだから最初から人手増やさない?」

「チッチッチ、わかってねえなあ、桜子。

失敗のデータこそ科学じゃ重要なんだよ、経済関連でテメエもいってたろうが。

しっかり成功納めるよりも失敗したものの方がいい教材になるってな」

 

まあ、軽くやるだけならいいかと思ったのだこの時は。

その結果がこの死屍累々の状態だよ!

私、無謀だって言ったよね?

 

「へ、桜子。いいか、男にはなあ退けねえ時ってもんがあるんだよ」

「クロム、それは分かるけどこれは明らかに引くべきタイミングだよ」

 

地面に突っ伏していたクロムが無駄にいい表情で言うので速攻でツッコむ。

 

「千空も、辞め時ってもんがあるでしょうが!

失敗がいい教訓になるからってやりすぎはよくないでしょうが!」

「面目ねえ。だが、これで失敗のデータは取れた。

後は人手揃えてその辺りを超えられるようにするだけだ」

「いいから、休みなさい。私もかなり眠いから一回皆寝てから再開。いいね!」

「「へーい」」

 

とりあえず空がもう白んでるしコハク起こして、スイカちゃんはクロムの倉庫に一緒に寝てもらって、

私は今日もコハクと一緒の寝床かな?

 

「ほら、コハク起きて、地面で寝ちゃ風邪ひくよ」

「…うみゅう、まだ眠い」

「寝るために動いた、動いた。男二人はスイカちゃんを連れてって―」

 

そうやってみんなを動かし、寝床に向かわせる。

ちょっとふらついてるコハクを支えながら、私も休むため寝床に向かった。

その姿をじっと遠くから見ている誰かに気づく事なく。

 

 

「人手確保が最優先だ」

「その方法を考えましょう」

 

みんなが起きたのは結局昼ごろだった。

なので倉庫前で魚を焼きながら作戦会議である。

 

「何か一押しあれば手伝ってくれそうな雰囲気だったけどね、

その一押しのアイディアが欲しいの。何か欲しいなって物ない?」

 

うーむと一同首をひねる。

そうしていると、スイカちゃんがぴょんっと立って言った。

 

「それならスイカが聞いてくるんだよ。

ただのスイカになれるからこっそりお話聞いたりは得意なんだよ」

 

そういうが早いかあっという間に頭の被り物の中に全身を収めてしまった。

……いや、どうやってるのそれ?

 

「すげえじゃねえかスイカ! そんなヤベー特技持ってるなんてよ!」

「うむ、私も知らなかった。すごいぞスイカ」

 

褒められ慣れてないんだろうな、それだけでスイカがすごく嬉しそう。

 

「よし、んじゃ名探偵スイカに情報収集を頼むわ。しっかり頼むぜ」

「うん、行ってくるんだよー!」

 

千空にも頼まれて張り切って飛び出していくスイカ。

 

「その間私たちは、やっぱり砂鉄集め?」

「いくらあっても困らねえからな、炉と並行して集めとくか」

 

そんなわけでスイカが戻るまでしばし物集め&炉づくりである。

 

 

「色々聞けたんだよ」

 

夜になって昼と同じく魚を焼いて食べながらスイカの報告会である。

 

「まずガーネット、サファイア、ルビィのキラキラ三姉妹だよ。

三人が欲しがっているのは、『彼氏』なんだよ」

「どうにもなりそうにねえな。いや、復活液で起こせばワンチャンあんのか?」

「適当なの起こすと、余所者なうえ、

私たちにも人格保証できない厄介者を起こす可能性があるからそれはやめようよ」

 

それぞれ欲しがっているのは強い男、イケメン、おごってくれる人。

欲望丸出しで人間って変わってないなと思わせる。

 

「司でも呼んでみる? 絶対あっちが忙しくてこれないだろうけど」

「司って誰だ?」

 

クロムの当然な疑問に少し言いづらそうな千空。

仕方ない、私が代わりに説明しよう。

 

「私と千空を殺すって脅迫をした元原始生活至上主義者よ」

 

ズッという音がしそうなほどの勢いで倒れ掛かる千空。

それ以上行くと焚火に頭ツッコむから危ないよ?

 

「千空と桜子を殺そうとしたの! つまり司ってのは悪い人なんだよ!

あれ? でも呼ぶって桜子が言ったんだよ?」

「待て待て待て、何が何だか分かんねえ。

一から説明してくれ、頼むから!」

「うむ、殺すなどと穏やかではない話が出たんだ。

きっちり説明をしてくれ千空、桜子」

 

頭を痛そうに押さえる千空が私に向かって声をかける。

 

「オメー、あの件根に持ってやがったのか。そんな素振り見せなかっただろうが」

「私は事実を言っただけよ、ついでに根に持たないとか水に流すなんて言った覚えないし」

 

奴が余計な理想に燃えたりしなければ千空が命を賭ける事はなかったのだ。

さらに言うならまだ10日も経っていない。

悪感情を忘れるには少し短すぎる期間だ。

 

「あ、昨日ちょっと言ってたことか、千空?」

「ああ、そうだよ。ったく、仕方ねえ軽く説明すんぞ。

桜子、オメーは黙ってろ、いいな?」

「はーい」

 

ちょっと不満だが無駄に奴へのヘイトが高まるのもよくはない。

神輿を汚さないために少し我慢しよう。

 

 

「ふむ、つまり妹のことや自分と同じ立場の者たちのことを思うあまりの暴走か。

本質的には悪い人間ではなさそうだな」

「科学がヤベーからって、自分がヤベー事やってたら結局同じじゃねえか。

ちょっと俺には理解できねえ」

「つまり、いい人だけどうっかりやっちゃったひとなんだよ?」

 

スイカが意外と鋭いこと言うな。

確かに表現としてぴったりな気がする。

 

「あー、ったく。盛大に横道にそれたじゃねえか。

そいつはいいから、スイカ。ほかになんか欲しがっている奴いねえのか」

「それなら村一番の食いしん坊のガンエンが新しい食事探してるんだよ」

「食事か、そういやこの村魚しか食ってねえ気がするな。

そこらへんどうなんだ、クロム、コハク」

「ああ、基本魚だな。礁のおっさんがたくさん魚とって皆に配ってんだ。

考えて見りゃ、おっさんのおかげで色々好きに動けてたのか俺」

「君たちとあった時の熊狩りも、姉者に少しでも食べてほしいからやったようなものだな。

基本、肉はたまのご馳走と思ってくれて間違いない」

 

えーと、漫画とかの記憶も合わせて思い出していくと、

あれ、もしかしてこの村って……

 

「ねえ、魚を煮るとかはしないの?」

「ニル? なんだ、それは」

「コハクは知らねえのか、スープとか作る時そうすんだよ」

 

まじか。

恐る恐る自分の想像が外れていることを祈りつつ訊ねる。

 

「山菜とか食べるときって……、どうしてるの?」

「草はそのまま食べられるもの以外食べないぞ、苦いから基本食べないが」

 

調理の基本から吹っ飛んじゃってたかー。

煮魚とか醤油無しだと、どうすればいいか分かんないし仕方ないのかなあ。

 

「魚の美味しい調理法とか、需要あるかなあ?

あるなら明日から私の知ってる調理法を村の奥様がたに伝えてくけど」

「あるのかどうか、私は分からん。明日聞いてみよう」

「聞いた後でいいから、ヤマユリを探してきてくれない?

特徴としては大きな6枚の花弁で香りも強いから分かりやすいと思うの。

見つけたら根っこごと持ってきて」

「構わないが、花をどうするのだ?」

「料理の材料に使うの、加工の必要があるから時間かかるけどね」

「よく分からんが、わかった。その花を根っこごと持ってこよう」

 

鱒はいたからそれで行けるとして、熊肉はまだ残ってたかな?

残ってたら試してみよう。

 

「なんかよくわかんねえけど、桜子がイキイキしてねえか?」

「やれる事があるとあんな感じだな、やるとなったらガッツリやる。合理的で結構じゃねえか」

 

明日からは人手集めの為にお料理教室だな。

まあ、素人レベルでしかないからどこまでやれるかはわかんないけど。

目標は奥さんの支持をゲットして、ご家庭の胃袋を掴む事。

人類全体の為、友達の為全力で頑張る。

そう心に決めた夜だった。




月曜投稿予定でした(白目
まあ、このまま置いときますがもしかしたら月曜投稿無理かも……
その時は木曜に投稿します。
ご容赦ください(平伏


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村の人々

作者は料理なんてしたことがないので描写が変でも見なかったことにしてください。


予想以上の反響であった。

料理教室開催したのはとってきてもらった山百合の根を加工し終えた次の日なんだが……、

村の奥様方どころか女性全員集合してない? これ。

 

「白金、ベリー、あるみ婆、エン、珊瑚、あずら、孔雀、ダイア、ルビィ、サファイア、ガーネット、うむ、姉者とターコイズ以外である程度以上の年齢の女性は全員だな」

 

どれだけ焼き魚以外の料理に飢えてるんだこの村。

そこまでたくさん引き出しあるわけじゃないんだけど、まずこれからかな。

 

「まず、魚を三枚に下ろして……」

「桜子、魚は一匹しかいないぞ?」

 

そこから!? いや、コハクが知らないだけ……、じゃない。

皆何が何だかわからないって顔してやがる。

いや、たくさん恩が売れると思おう、うん、プラス思考、プラス思考。

 

「えーと、魚の真ん中の骨を取り除く事を三枚に下ろすっていうの。こういう風に、ね」

 

言いながら魚の頭を落とし、はらわたを捨て、おなかの真ん中から骨に沿って切り身にしてゆく。

逆側も同じように骨に沿って切ってあげれば三枚下ろしの完成だ。

 

「まずこの切り身の状態を作ります」

 

それで平鍋を温めつつ、次の作業に移る。

 

「次にこの山百合の球根を砕いて煮詰めた粉、片栗粉を小麦粉代わりにまぶします。

そしたら温めた平鍋に油をひいて、両面を焼きます」

 

本当は小麦粉とバターでやるムニエルのイメージなんだがそんなものないので、

 

「焼きあがったらポークソテーならぬフィッシュソテーです。

一匹だけだと全員に一口ずつくらいかな? 切り分けてくから食べてみてください」

 

恐る恐るみんな口に運んでいく、味付けほぼなし魚の味のみだから微妙かもしれない。

みんな食べたけど、反応がないなー、怖いなー、まずいって言われたらどうしよう……。

 

「「「「「「「「「「「「おいっしいー!!」」」」」」」」」」」」

 

……おおう、あまりの大声に意識が少し持っていかれた。

大好評のようで何よりだ。でもなぜ私はコハクに担ぎ上げられているのだろう。

 

「コハク、こんなにすごいこと知っててしかもかわいい子を独占なんてずるいわよ!」

「独占とかではなく、桜子は私と同い年だ。小さい子にするようにされては困るだけだぞ」

 

…? かわいいって? ああ、ちっちゃいからな。そういう意味でか。

もみくちゃにされないように避難させてくれたわけか、コハクにありがとうと言っとかなければ。

ここまで好評なら予定通りの作戦でよさそうだ。

 

「まだ料理法はあるんですけど、巫女様の薬作りのためにやらなきゃいけないことが多いんです。

なので、次回は未定になってしまいます、ごめんなさい」

 

案の定そんなー、だとかもっと知りたいーとかの声が上がったな、よしよし。

 

「薬作りのための作業が人手不足で私も手伝わなきゃいけないんです。

その作業は時間がかかるので手伝ってくれた人に今の料理をふるまうので……、

申し訳ないんですけど、料理教室はいつやれるか本当にわからないんですよ」

 

事実しか述べていない所がポイント。

作業を終わらせること自体を皆に共通のメリットにしてしまえば……、

 

「私も夫と息子たちと一緒に手伝うわ!」

「うちも家族総出でやるわよ! いいわね貴方たち!」

「もちろんよ、母さん」

「料理たくさん覚えればイケメン捕まえられるかしら?」

「とっても美味しかったから、また食べたーい」

「うちの息子はすごく食いしん坊だからいっくらでも使ってちょうだい、もちろん旦那もね」

「カーボを引っ張ってくるから、絶対次回も呼んでね!」

 

自主的に全力で手伝ってくれるって訳。

しかも、家庭の胃袋を握る奥様方を味方につければその家庭丸ごと味方にできる。

古来より女の支持を取り付けた奴は強いのである。

 

「皆さん、ありがとうございます。それじゃあ明日の朝から作業開始しますので、

手伝ってくれる人はクロムの倉庫前まで来てください」

 

これで、マンパワー大量ゲットである。

まずは、鉄製品。強力磁石もそうだが色々な道具が鉄があれば作れるのだ。

これぞ文明の進化! こっそりと髪用の鋏を作ってもらうのはきっと合法である。

 

 

「で、出来上がったのがこの数本の棒というわけか。見事に死屍累々だが、大丈夫なのか?」

「むしろ、一番やってたはずのテメエがなんでそんなピンピンしてんだよ、おい」

「ちょくちょく片栗粉作りに抜けていたし、優先的にソテーを食べさせてもらったからな。

美味しい食事と適度な運動と休憩というわけだ」

 

いや、片栗粉のために山百合を探しに行くことが休憩扱いは明らかにおかしい。

朝昼晩と三食でも誰も飽きた気配がないのはどういうわけなのか。

おかげで全員の腹を満たす分をずっと作り続ける羽目になったぞ。

途中から椿油だけじゃ無理だったから猪の油引いてたし、子だくさん家族のお母さんの苦労が一部分かった気がする。

 

「とにかく、こいつに漆塗って銅線を巻いてくぞ。

雷が来る前に作業全部終えなきゃなんねえ、のんびりすんのは後にすんぞ」

 

とは言っても空は快晴、ゆっくり待たなきゃいけないみたいだ。

 

「避雷針立てて、そいつの一番上にこの鉄棒を括りつけてくれ。

雷がそこに落ちりゃあめでたく強力磁石の完成だ」

 

漫画だと製鉄が終わったすぐ後に雷雨が来たが現実ではそんなご都合主義的なことは起こらなかった。

なので、私は次回の料理教室の準備である。

 

「千空達はどうするの?」

「ガラス作りの準備だな、クロムコレクションに水晶があったからそいつの産地に行ってくる。

ガラス窯作りは珪砂とってきた後にやるつもりだ」

「それはいいんだけど、司達への連絡どうしようか?」

 

まだ二週間経っていないが油断すれば時間はあっという間に過ぎてゆく。

少し余裕ができた今のうちにそこら辺の連絡方法考えておくべきだと思うのだ。

 

「つっても俺もオメーも離れられねえだろうが。最悪二ヶ月って言ってあんだから大丈夫じゃねえか?」

「地図書いて、手紙書いて届けてもらうぐらいかな。やれるとしたら」

 

まあ、マグマ対策として司か氷月つっこみたいんだよね。

漫画みたいに優勝した後離婚してもらえばいいんだし、その辺の説得は考えておこう。

小耳にはさんだところ御前試合は春らしいから焦る必要0なんだが。

いや、予想外は起こるもの。油断大敵、石橋を叩いて渡るぐらいの気持ちでいよう。

 

「あっちの様子も気になるし、コハクに行ってもらうのが一番かなって思うんだけどどうかな?」

「あの雌ライオンなら二日ぐらいで行けるか。んじゃ、手紙は俺が書くから地図を頼むわ」

 

これでなぜか私にべったりだったコハクが数日間いなくなるわけか。

その間に村のご長寿さんに聞いておきたいことを確認しておこう。

私の考えていることが外れていればいいんだけど……。

 

 

コハクに手紙を届けるのをお願いしたがなぜか私から離れることを渋っていたな。

一人だけになるなってなぜか何度もくぎ刺しされたけど、一体何が言いたかったんだろう。

まあ、大体奥様方の誰かがさばき方とか聞いてくるから大丈夫だろう。

 

「それでは第二回の料理教室を開催します。

まずは前回と同じく魚を三枚に下ろします、下ろしたら頭と骨は鍋に入れてください。

いれたら蓋をしてひたすら煮込みます」

 

第二回は鱒のつみれ汁である。

本当ならば前回これの予定だったのだがすり鉢がなかったため必死になって焼き上げたのだ。

乾燥時間よく足りたなと思うだろう、実は製鉄用の炉の近くに置いといたのだ。

千空が自前の計算力でちょうどいい位置を割り出してくれなかったら絶対無理だったと思う。

やっぱり塩と魚のみの味付けなのでどこまで喜んでもらえるか不安だが。

 

「切り身は皮ごとでも大丈夫ですが、今回は皮をはいでから使います。

はいだらこのすり鉢に入れてすりこ木ですりつぶしていきます」

 

骨ごとつみれにしてもよかったんだが出汁取りたかったし、皮入りより身だけの方がきれいかなと思ったのもあって練習の意味も込めて身だけをすりつぶしていく。

 

「すりつぶせたら片栗粉を少しずつ入れて丸めていきましょう。

全て丸め終わったら煮込んでいた骨と頭を取り出して捨てます。

捨てたら塩をお好みで入れて味を調整してください。

調整出来たら煮汁の中に丸めたすり身を入れて火が通るまで煮てください、火が通ったら完成です」

 

出汁の概念完全になくなってしまっていたのでこんな表現である。

今回もとても評判がよくほっとする。

みんなの気分がいいうちに気になってしまったことを確認してしまおう。

 

「この村って子供を産むとき他の人が手助けしたりするんですか?

するのだったら一番経験のある人にちょっと教えてほしいことがあるんですけど」

「子供産むとき? 大体女衆総出で手伝っているねえ。

赤ん坊を取り上げるのは一番慣れてる人がやるけど、今だったらあるみ婆かねえ」

「そうだねえ、今村で一番経験があるのは私だろうねえ。で、桜子ちゃんは何を聞きたいんだい?」

「ちょっと長くなるかもしれないのでお宅へ伺ってもいいですか? 座ってお話した方が体も楽でしょうし」

 

と、言うより私の想像が当たっているならなるべく知ってしまう人を少なくしたい。

 

「ああ、かまわないよ。それじゃ狭い家だけど案内しようかねえ」

 

 

「それで、聞きたいことってなんだい? あまり他の人に知られたくないんだろう?

うちのお爺さんも今は近くにはいないから遠慮なく聞いておくれ」

 

流石の年の功である、私の意図が完全に見抜かれている。

 

「ありがとうございます、その、まずは生まれる赤子を取り上げる時手洗いなどはされていますか?」

「ああ、それは昔から口を酸っぱくして言われているねえ。

産気づいたって聞いて、狩りから戻ってきた旦那が叩き出されるのは恒例行事になっているぐらいさ。

赤ん坊に触るときは水浴びをしてからじゃないと許さないしねえ」

 

良かった、衛生観念はしっかり伝えてくれたみたいだ。

 

「素晴らしい習慣だと思います」

「聞きたいのは、それじゃないんだろう?

婆はあまり物を知らないから答えられるかわからないけど、不安なのはそこじゃないんだね?」

 

わかるよねえ、聞くのは正直怖い。

怖いけど、聞いておかなければならない。

最悪、村の人たち全員に、”村人”以外から伴侶を取ってもらわなければならない。

覚悟を決めてそのことを聞く。

 

「はい、生まれてくる赤子のうちどのくらいの割合で……、

まともでない子が、育ってもまともでない子供が出てきますか?」

 

あるみさんがとても悲しそうな表情に変わった。

私自身も同じような表情になっていることだろう。

 

「大昔の人の知識ってすごいんだねえ、そんなことまでお見通しかい?」

「……同じような事例が報告されてますから」

 

そう、漫画そのままな状況がこの現実でも起こっているのなら。

わずか6種類だけの血で完結してしまっているのだ、この村は。

3組の男女だけで始まったであろうこの村の血縁は、とっくの昔に限界を迎えているのだ。

詳細な家系図を作れば血の組み合わせが6×5=30種しか存在できないのだから、

まず間違いなく村人全員が五代もさかのぼれば血縁だと気づけるはずだ。

そして、血を濃くしすぎる弊害は生まれてくる子供に一番出てくる。

 

「十人生まれてきてまともな大人になるのは一人ぐらいかねえ」

 

3700年間近親婚以外不可能だったという事実から考えれば、いっそ奇跡といっていい割合だと思う。

そんなもの今この目の前の現実の前では慰めにもなりはしないが。

 

「言いにくいはずのことなのに、本当にありがとうございます」

「桜子ちゃん、泣かんでいいんだよ。あんたはなあんも悪くないんだから」

 

私の目からいつの間にか涙がこぼれていたらしい、まったく気づけなかった。

だって、悔しいじゃないか、後三千年早く、いやせめて千年、百年単位で早ければと思わずにはいられない。

一体何人の赤子が生まれる事も出来ずに命を失っただろう。

生まれても何もできずに死んでいったことだろう。

一体何万、何億の嘆きがあったのだろうか。

全て石化現象がなければ決して起こらなかった悲劇なのだ、それらすべては。

気づけば私はあるみさんにそっと抱きしめられていた。

 

「ありがとうねえ、この村の者のために泣いてくれて。本当にありがとうねえ」

「……新しい血が混じればもう、生まれてこれないなんてほとんどなくなるから、

も゛う゛だい゛じょう゛ぶだがら゛あ゛」

 

言葉の後半はもう意味ある声にならなかった。だって温かったのだこの村の人たちは。

みんな、みんな、訳が分からないって言われてきた私を受け入れてくれたのだ。

わずか数日間の交わりだったけど、いつの間にかこの村が大好きになっていたのだ。

だって、仕方ないじゃないか、私程度の料理であんなに喜んでくれたのだ。

焼く量が多すぎて焦げてしまった物でも香ばしくていいなんて笑ってくれたのだ。

製鉄作業で疲れているのにたくさん、たくさん助けてくれたのだ。

最初打算でしかなかった私なんかをあんなに慕ってくれてるのだ。

嫌いになんてなれるわけがないじゃないか、好きになるに決まってるじゃないか。

そんなみんなを助けられるかもしれないという誇らしさと、もっと早く助けたかったという悔しさで私の頭は完全にぐちゃぐちゃになってしまっていた。

どれだけ泣いていたのだろうか、いつの間にか外は真っ暗になってしまっていた。

 

「すみません、ご迷惑をおかけしました」

「いいんだよ、それより今日はここで泊っていかないかい?」

 

多分私の顔は大分酷いことになっているのだろう、そんなことまで言わせてしまった。

 

「ありがとうございます、でもコハクの部屋の整理もする約束なので。

お気持ちだけ頂いておきますね、なとりさんにも迷惑かけてしまいましたので」

「そうかい、またお話しにきておくれ。なんでもいいよ、婆も暇しているからねえ」

「はい、また来ます。今日はありがとうございました」

 

そうとだけいってお二人の家を出て行った。

そして、コハクの寝床を今日も借りるために歩いている途中のこと。

突然後ろから口を押さえられたかと思うと、あっという間に私は担ぎ上げられた。

想像もしていなかったのはあまりに迂闊と言えるだろう。

気づけば私は何者かに誘拐されてしまったのだった。

 

 




何気にDr.STONE最大の奇跡なのではと作者は思っています。>3700年続いた血縁

次話は視点代わって司達の話になります。


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その頃の司達

千空達が旅立った直後まで時間はさかのぼる。

司達三人はまず人を増やすことを最優先とした。

と、なれば必要になるのは目当ての石像を見つけることと復活液を作ることである。

 

「大樹、君は引き続き果実を集めてくれ、杠はアルコールの蒸留を頼む。

俺は、うん、起こす必要がある人を見つけてくるよ」

「ああ、残念ながら俺も杠もすごい人と知り合っていたりはしないからな。

千空も、司の人脈を期待して起こしたといっていたからな、全面的に任せるぞ」

「桜子ちゃんが蒸留の方法とか昨日メモして行ってくれたからやってみるね。

しっかりやらないと、二人が帰って来た時呆れられちゃうもん。頑張るよ」

 

そういって張り切っていた杠であったがのっけからつまずくことになった。

アルコールの蒸留は専門の職人がいるほどの物である。

それを甘く見てしまった、結果から言えばそういうことになるのだろう。

そのことを責められる人間がいたらそいつはただの阿呆か極度の天才だが。

 

 

大樹と司が拠点に戻ってきたときそこは惨状であった。

広場に足を踏み入れた二人の目に映ったのは、割れた土器の破片と辺りに散らばる赤い液体。

そして倒れている杠の姿だったのだから。

 

「杠ああ!! 何があったんだ! 怪我をしたのか! まさか誰かに襲われたのか!

それとも獣なのか! 頼む、死なないでくれ杠ああああ!!!」

 

狂乱状態の大樹がすぐさま杠を抱え起こすとふにゃりと杠は笑って答えた。

 

「ん~? あ~、たいじゅくんだ~。どうしたの~ふたりにふえちゃったりしてえ」

 

完全に酔っ払いのそれであった。

司もその杠の反応でようやく周りに強烈なアルコール臭がしていることに気づく。

 

「うん、どうやら蒸留中に気化したアルコールにやられたみたいだね。

桜子のメモを見ると度数の確認に舐めて確認するとある。

つまり気化したアルコールと飲んでしまったアルコールで酔っただけだね」

「なら、怪我とかの心配は無いんだな」

「おそらくだけどね。とにかく横にしておこう、ツリーハウスだと落ちそうだね。

俺たちの寝床に横になってもらおう、今夜は俺たちがツリーハウスで、いいかい?」

「おう、全く問題はない。それじゃあすぐに杠を寝かせてこよう」

 

いうが早いか杠を横抱きにする大樹。

何故かはしゃいで絡みつくように杠が大樹の首を抱きしめたり、それによって大樹が固まったりとトラブルもあったが、無事寝床に寝かせることができた。

大樹が杠を運んでいる間司は桜子の残したメモをチェックしていた。

司は戻った大樹に早速気になった箇所を確認する。

 

「大樹、千空達がアルコールの蒸留をしていた姿は見ていたかい?」

「む、すまん。ほとんど見ていないのだ。ほぼ毎日採集していたからな。

拠点でやる作業はまったくと言っていいほど参加していないんだ」

「そう、か。そうなるとほぼ一からやる形になりそうだね。

とりあえず、うん、濃度の確認は舐める他には蒸発速度で確認とあるからそちらでやるようにしよう」

 

もちろんそちらでも難しいというのは目に見えている。

だが、今回のような惨事は起こりにくいはずなので今後はそちらでやる事になった。

二人がどうやって濃度確認をやっていたのか?

二人にしかできないような方法である。

蒸発速度の場合は千空がアルコールと水の蒸発速度の差から計算して大体の濃度を算出。

舐めて確認する場合桜子が記憶と照らし合せてという物だからだ。

余人に要求するには少しばかりハードルが高い。

 

「杠に服を着せておいて欲しい石像があったんだが、動けるようになってからだね。

今は彼女自身が動けそうにない、また他の人を探してくるよ」

「今広場にある石像だな? 杠が起きたら着せてくれるようにメモを残しておけばいいんじゃないか?」

「ああ、そうだね。うん、そうしておこう。

北東西さんも男性に起こされるより女性に起こされた方がいいだろうしね。

彼女の石像を運ぶ途中もう一人起こしたい人を見つけたからそちらを先にするよ」

 

なお彼女にとっては司に起こしてもらった方がうれしかった模様。

後日顛末を聞いて落ち込む姿があったとかなかったとか。

閑話休題、まだ日も登りきっていない時間であったため司はすぐさま次の人物のもとに来ていた。

しゃがみ込み両手を広げる姿で石化中の男性でその顔には薄い笑い。

見る者に薄っぺらい、真実を決して語らぬ男、そんな印象を与える表情の男の名は浅霧幻。

司にとってはその本質までは理解できないが、それでもある程度の信頼を期待出来る相手だ。

この男は自称メンタリストであるし、今後の文明発展に役立つだろうという判断である。

復活液によりすぐに石化が解除されて行く。

 

「あれ、何コレ。俺メンタリストだからドッキリは仕掛ける側しかやらないって言ったじゃん。

マネージャーちゃんどういうこと?」

「おはよう、今は西暦5738年の8月6日だ。だが君は19歳のままだよ」

「あれ、確か特番に出てくれた霊長類最強の高校生、…獅子王司ちゃんだよね?」

「うん、その通りだよ。今人類が置かれている状況について説明がしたい、いいかい?」

「こんな訳の分からない状況を説明してくれるなら喜んでだねー。

分かりやすくお願いするよ、ジーマーで」

 

司は人類が全て石化しているであろうこと、それから3700年を経て石化を破った男がいたこと。

その男、千空が如何にして生活基盤を整え他の人間を目覚めさせられる状況を作ったかを語った。

 

「ゴイスー過ぎない? ジーマーで。まるでドラマか何かの話みたいだよ。

いや、疑う訳じゃ無いけどさあ、ちょっと壮大すぎでねえ」

「信じられないのも当然だと思うよ、だけど全て本当のことさ」

 

そこまで説明を聞き終えた後のゲンの反応はまともな物であろう。

3700年経っている? そこから一人だけで目覚めてサバイバル生活をした?

さらに他の人間まで目覚めさせることに成功? 漫画でも早々ない無茶な話だ。

だが、ゲンは獅子王司という人間をある程度は知っている。

こんなつまらない嘘をつくような男ではない、必然それらはすべて本当のことなのだろう。

 

「その千空って子ゴイスーだねえ。で、司ちゃんの雰囲気が柔らかくなってるのもその彼のおかげかな?」

「うん? 自分では分からないが、そう見えるのかい?」

「うんうん、見える見える。あの頃の司ちゃん、かなり張りつめてたよねえ、それがスッゴク柔らかくなってるよ。千空ちゃんが司ちゃんの彼女でもすぐに見つけてくれたとか?

それとも男の友情的な物を結べたとかかな?」

「その二つだと後者の方だね、俺にそういう相手はいたことはないから」

「あれ? マル秘VTRの『あの子』って彼女さんのことじゃなかったの?」

「ああ、勘違いさせたままだったね。そうだね、いい機会だから君にも聞いてほしい」

 

そう言って司は先ほどからの続きを話し出す。

人手不足に悩んだため自分が石化を破れた状態から推理し本命であった大樹の目ざめに失敗したこと。

代わりに自分と同じような条件がそろっていた桜子を目覚めさせることに成功したこと。

二人の知恵を合わせて見事大樹を復活させ、生活基盤を盤石にしたこと。

ライオンが近くにまで来てしまったため追い払うために自分を目覚めさせたこと。

その後思想の対立から二人に恫喝を行い、見事な覚悟と推理で止められたこと。

そして、『あの子』、妹を救える道を示してもらったこと。

とても誇らしげに語る司の姿に眩しそうに眼を細めるゲンであった。

 

「それで、今は資材探しのために二人は別行動中というわけなんだ」

「……いやあ、これだけで本が何冊か出せそうなレベルだねえ。

なのに、まだまだ継続中。これを本にしたら出版社は仕事に困んないだろうね。

司ちゃんがここまで言うなんてね、その二人に会ってみたくなっちゃったよ」

「一ヶ月か、長くとも二ヶ月で戻ってくるといっていたからね。うん、すぐに会えるよ」

 

そういう司自身が会いたいと一番思っているのだろう。

人生で初めて心から信頼できる友なのだ、遠くで何か危険な目に遭っていないかと心配もある。

それでもきっと千空達なら切り抜けて見せる、そう信じていた。

そんな司に本当に変わったなとしみじみ思うゲンであった。

 

 

それから数日が経った。

起こすべき人間の発見は北東西記者の知識もあり順調に進んでいた。

だが、起こしたのは槍の達人氷月、その懐刀の紅葉ほむら、潜水艦のソナーマンにして凄腕の狩人である西園寺羽京ら数名にとどまる。

なぜか? それはアルコールの蒸留がネックになっての復活液生産の滞りが原因である。

人をそちらに振り向ければ手早く解決できるであろう問題なのだがゲンが待ったをかけたのだ。

曰く、

 

「このメンバーは司ちゃんのカリスマでまとめてるんだけど、この先起こした全員が不満なしで従うわけじゃないのは分かる? 復活液の作り方が不満を持っている人の手に渡ったらどうなるか、なんて火を見るより明らかだよねえ。その時初期メンバーですら知らないってなったらさすがに教えろとは言いづらいでしょ。そうするために、大樹ちゃんや杠ちゃんに教えず司ちゃんだけに伝えたんじゃないの? 千空って子は」

 

事実出発前日に桜子から復活液の作り方を他の人間に教えないように言われていた。

そのこともあり復活者たちの会議でのゲンのその意見は全員に了承された。

そんな事情もあり、二人が戻るまでは食料や資材集めなどに注力すべきか話し合いが行われていた。

コハクが千空からの手紙をもって訪れたのはそんな手詰まり感のある日々の時だった。

 

 

その日司は朝から狩りのために動いていた。

本当ならば蒸留の方に集中すべきかもしれない。

だが、どうにも気詰まりになってしまい、大樹と杠に少し体を動かしてくるといいといわれてその言葉に甘える形で狩りに出ていた。

こちらで人を増やすことが重要なのは理解できている。

だが、どうしても理想の社会、それを作るにはどうすればいいのか。

それを学びたいのだ、人を率いるよりも今は自分の知識を高めたい、そういう思いが消えないのだ。

その気持ちを振り払うため見つけた猪に集中する。

間合いにとらえいざ狩ろうとしたとき、その気配にようやく気付いた。

狙っていた猪の首の片側を鮮やかな一閃で大動脈まで切って見せたその気配の主は司の前に立つとこう言った。

 

「初めましてだな、私の名はコハク。君が司か? そうであるなら千空から手紙を預かっている。受け取ってもらえるか?」

 

後で千空達がこの顛末を聞いた時、コハクのあだ名が獲物を狩るのが自己紹介な女だとか、私たちの時と同じパターンじゃないと呆れられたりする司とコハクの出会いであった。

 

 

千空からの手紙を受け取った司はすぐに復活者会議を始めることにした。

全員が集まったところで手紙を読み上げ、コハクから細かい所の補足をもらいつつ、全員が状況を理解できるまで話し合った。

 

「つまり、急いで人手を増やす必要はなさそうってことだねえ。

まあ、すぐに足らなくなるだろうからのんびりとはできないだろうけど」

「ガラスが作れるのなら瓶詰ができるからね、食料保存がやりやすくなるよ。

ここに拠点を置き続けている理由を僕は知らないけど、そっちをメインにした方がいいかもね」

「そう、だね。考えてもいいかもしれない。

ただ、千空に直接確認しなければいけないことがあるんだそれには。

ここは捨てるには惜しい場所だろうから」

「ふむ、それならばこういうのはどうです?

司君がそこの彼女と共に村に行き千空君にその辺りを確認する。

問題がないようだったらそちらに移住、こちらを残すのだったら、桜子君でしたか?

彼女にも戻ってもらい復活液の作成をやってもらいましょう。

現状やれていることは保存食作りと薪や粘土集めだけです。

資材だけが山積みになって作成できる人間がいないのですからできる人間を呼び戻す。当然の考えだと思いますが」

「移住するって、その村余所者は本当なら入れないんでしょ? その辺りどうするのさ」

「もちろん交渉して納得してもらうんですよ。期待していますよメンタリスト」

「あー、だよねえ。仕方ない、その時はお仕事頑張りますかあ」

「俺が抜けている間は氷月、君にまとめ役をお願いしたい。いいかな?」

「ええ、もちろん。人を増やすわけでもなし、誰でも問題はないでしょうが」

 

ポンポンと言葉が出てきてそれを全員が理解し、意見を出し合っていく。

村ではそんな光景一回も見たことはなかった。

 

「やはりすごいのだな大昔の人間は」

「どうかしたのかい?」

「皆が皆すぐに話を理解して次のことを考えていく。

お互いがお互いを深く理解していなければできないことだ。

とても難しいはずなのにあの二人は、いや君たち全員は、誰もがそうなれる世界に戻そうとしていると思うと圧倒されてしまうな」

 

司はその言葉で一つ自分の理想とすべきものが見えた気がした。

理解しあう、それこそが社会に、人類に最も重要なのではないか、そんな気がしたのだ。

 

「旧世界でも理解しあえていないということは多かったよ。

うん、でも、それこそが理想の社会のあるべき姿なんだろうね。

ありがとう、目指すべきものが少し見えた気がするよ」

「んん? よくわからんが何か役に立ったならよかった…のか?」

「俺にとって大切なものだからね、だからありがとうと言わせてくれ」

「うむ、何が何だかわからないが、どういたしましてだな」

「ああ、それじゃあ準備が出来次第出発しよう。村までの案内はお願いするよ」

 

コハクも司も特に必要とするものもなく、何食分かの食料を持つだけで十分。

そのまま身軽である方がいいといわんばかりに村へと出発するのであった。

彼、氷月の思惑通りに。

 

「やれやれ、信頼するのはいいですが、相手は選ばなければ駄目ですよ。

その辺りまだまだちゃんとできてませんねえ、司君」

 

コウモリの住む洞窟の前で嘲笑う氷月の姿がそこにあった。

 

 

 

 




原作との違いは大樹がアルコールの蒸留に手を貸しているかどうか。
こちらだと千空と桜子で十分でしたので大樹が蒸留のこと全く知りません。
司帝国がドンドン復活液作れたのって大樹のおかげだろうと思ってます。


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誘拐の顛末

何者かに担ぎ上げられ私は軽いパニック状態に陥っていた。

口元も目元も布で覆われてしまったため周りの状況も声を出すこともできない。

ただ、体に伝わる振動から橋を渡ったことだけは分かった。

その状態のままどれくらい経った頃だろうか、私は乱暴に地面に落とされた。

下手人の背はかなり高かったらしく受け身も取れなかった私はしばらく息ができなかった。

 

「ムハハハハ、ようやく小娘を捕まえてやったぞ!

おい、マントル! 小娘の顔の布をとって押さえておけ」

「あいー、分かりましたマグマ様」

 

そんな会話と共に顔を覆う布が外されうつ伏せのまま私は押さえつけられる。

焚き火をしているらしく最低限の光量の中照らされるゴツい顔。

マグマだ、でも何故私をさらったのかがさっぱり分からない。

訳がわからず困惑していると、顎の先を指で上げられた。

立っている状態でやられたらキスの前振りみたいなアレである。

 

「おい、小娘。貴様食い物に妖術をかけて村の連中を虜にしているな?

その力、俺様に捧げる気はあるか?」

 

は? 妖術? いやただの普通の料理なんだが。

 

「本当ならば村を誑かす妖術使いとして処分するところだが、俺様は寛大だ。

その力をこの俺、マグマ様のためだけに使うなら許してやろう。

もし、貴様が望むのならもう少し育った後に俺様の女にしてやってもいい」

「あいー、さすがマグマ様怪しげな余所者妖術使いにそこまでの慈悲を出されるとは」

 

何を言ってるんだこいつは。

いや、本当に意味がわからん、なんで妖術? しかも女にしてやってもいい?

ロリコン? それともペド? いや育てばって言ってたからそれは無いのか。

っていうかこの村の存続がかかってる時に何を戯けた事を行ってるんだ。

 

「とりあえず上の奴どかせてくれない? 痛みに喜ぶ趣味は無いんだけど」

「ほう、この状況でそんな口を叩けるとはな。俺の気分次第でどうとでもなるんだぞ、貴様」

「手が届く位置にいる時点で同じでしょ、そんなの。

手足の自由を得たって抵抗も逃走も無理なんてわかるでしょうが。

ほら、とっととどいて、私は非力だから乗っかられると痛くてしょうがないの」

「ふん、確かに貴様なんぞがどうしようが俺様には敵わんわなあ。

おい、マントル! とっととどいてやれ!」

 

マグマの命令にさっと従うマントル。どいたのですぐに立ち上がる。

何故こんな脳筋に従ってるのか、やっぱりこいつ自身もバカだからだろう。

自分がすごく苛ついているのがわかる、だけど止められない、感情がコントロールから外れかかっている。

 

「で、本当の目的は何? 村のために、なんてお為ごかしはやめてね。

貴方がそんな殊勝な性格じゃないなんて集会の時に分かってるんだから」

「ほう、覚えていたか。まあ俺様を一度見れば忘れられる訳がないからな」

 

何がだ、どこにでもいそうなゴリラフェイスの分際で。

苛つきについ心の中で悪態をつく、抑えないと怒鳴って引っぱたいてしまいそうだ。

 

「俺様は最強だが、もっと強くならなきゃいかん。それこそ何人掛りでも負けないぐらいにな。

そこへ貴様ら妖術使いがきた、どちらでもよかったんだが貴様の方が言う事を聞きそうだったからな。

だから貴様だけをこうやって連れてきたのだ」

 

つまり私の方が弱くて脅しに屈しそうだったと。

まあ、間違ってはいないかもしれない、ただし私でもマグマの圧で屈するほど弱くはない。

強く出れば引くような弱気ではサバイバル生活なんて出来るわけないのだ。

だが、いちいち突っかかられては面倒だ、条件付きで教えて二度と関わらないようにしてもらおう。

 

「教えてもいいけど条件があるわ」

「なんだと!? 条件なんぞつけられる状況だと思ってんのか小娘!」

 

マグマにとっては反射的な物だったのかもしれない。

でも、それはイラつきを必死に抑えていた私にとって最後の一押しになってしまった。

 

「うるさい、怒鳴るな脳筋! 私達は貴方なんかに関わっている程暇じゃない!

お山の大将がしたいなら勝手にやってなさい! 村の人達は私が救う! 黙って見てろ!!」

 

冷静に条件を突き付けるつもりだったのに怒鳴られたせいで反射的に怒鳴り返してしまった。

失敗した、こんな風に言葉を叩きつけたらこういう人種がどういう反応するかなんて知ってるのに。

 

「脳筋だとお! バカにしてんのかテメエ!」

 

そう、激昂して暴力にうったえる、だ。

何回もあった事なのに、私も学習が足らない。まあ、掴みかかってくるだけなら問題ない。

まだこいつは理性的な方だ、酷いと即拳が飛ぶからなこの類は。

自分の首に向かってくる手を避けられないと理解しながらジッと見つめていた。

 

「バカにされたくないなら、バカな行為は辞めるべきだ。手をあげようとした時点で君の負けだよ」

 

いつの間にか私とマグマの間に立ってマグマの手を掴み上げる司がそこにいた。

何故お前がここにいる。

 

 

「な、なんだテメエは!」

「何者かという疑問ならば桜子の仲間だと答えるよ」

 

突如現れたようにしか思えない司にマグマは敵意を剥き出しにするが司は意に介さない。

涼しい顔で大した力も入れていないように見えるのに掴まれた手はビクともしない。

 

「おい! マントル! 何してやがるこいつをはがす手伝いをしろお!」

「マントルなら夜更かしのせいか寝てしまっているぞ、マグマ」

「なっ! コハク! テメエどうやってこんなに早く……!」

 

そこまで言って、しまったという顔で口元を押さえるマグマ。

 

「何故貴様がそんな事を知っている、マグマ。

ああ、言わずともわかる。村の女性陣全員が貴様を警戒しているわけではないからな。

大方ガーネット辺りから聞き出したのだろう?

私も貴様がこういう事をしでかすと思っていたからな、少々策を講じさせてもらった」

「いやいや、出たの一昨日の早朝でしょ! 私だと3日かかったんだけど!」

「ふふん桜子、君が教えてくれたのではないか。川下りというものを!」

 

唖然。桜子だけでなく司までもがそうなった。

つまりコハクはこう言っているのだ。

ちょっと聞いただけの物で遅い者なら3日かかる道のりを半分、いや復路の事を考えれば3分の1にした、と。

 

「雌ライオンじゃなく妖怪の(ましら)ね」

「結果を見れば正解と言えるが、無謀に過ぎないかい?」

「二人して何故!?」

 

さすがの司もそちらに気を取られてしまったのかマグマへの注意が多少それたその瞬間、

 

「ぬおお!!」

「! ちいっ!」

 

その隙を見逃さずマグマは全力で拘束から抜け出した。

舌打ちひとつ落とし構える司。

対してマグマはどうこの場から逃げ出すか考えていた。

明らかに不利な現状、切り抜けるにはやはり人質か、そう考えたところで桜子が声をあげた。

 

「司、そんな奴逃しちゃっていいよ」

「桜子、許すのかい? この暴漢を」

 

見逃すつもりか? 甘っちょろい奴め。

そう思ったところで桜子の辛辣な言葉が突き刺さった。

 

「そんな小物いつでも処理できるでしょ、特に貴方がきた今となっては。

それよりあっちを放ってまでこちらに来た理由を教えて?」

 

何の事はない、眼中にないだけなのだ。彼女の中ですでに終わった話なのだマグマの事は。

あまりの態度に絶句するマグマ、彼にとって初めての経験だろう。

路傍の石の如く完全な無視というものは。

 

「このガキャアア!!! このマグマ様をここまで虚仮にした奴は初めてだ!! 絶対にぶち殺す!!!」

「そう、私忙しいから。強くなりたいならトレーニング方法ぐらい教えてあげる。だから、それで終わりにしてもらえる?」

 

血管がちぎれるほどの怒りに染まっているマグマと涼しい顔で司に質問をぶつける桜子。

一種異様な状況に戸惑いながらもマグマへの警戒は切らないコハクと司。

誰も動かない状況に痺れを切らしたのは言葉のみで済む桜子だった。

 

「いいから、復活液を作っているはずの貴方が此処にいるのは何故!それにさっさと答えて!

人間が必要なの! 村人以外の人間が! それを用意出来る筈の貴方がここにいるのは何故!!」

 

怒り狂うマグマも困惑し続けているコハクも見ず司に対し掴みかからんばかりの勢いでがなりたてる。

 

「す、すまない。アルコールの蒸留が上手くいかないんだ。それで出来れば君に戻ってもらおうと……」

「アルコールが? そう、メモがわかりにくかったか、それとも別の所でつまずいたのか……。

じゃあ、詳しく聞きたいから村に戻りましょ。ここじゃ落ち着かないし」

「俺を無視するなああ!!!」

 

とうとう怒りが頂点に達したマグマが桜子に襲いかかる。

しかし、それを許す司ではなかった。

桜子に向かおうとするマグマの肩を掴むと勢いの向きをスッと横へと変える、同時に脚を払い投げ飛ばす。

マグマの体は勢いそのままに近くの木へと叩きつけられる事となった。

ズドン! とかなりの音を立ててぶつかり重力に従い地面に落ちるマグマ。

ガッ、と肺から勝手に空気が漏れただけという声を出し気絶してしまった。

 

「凄まじいな司、君の実力は。マグマを子供扱いとは恐れ入ったぞ」

「彼はライオンも一撃で狩る規格外よ、このぐらい出来るわ。いいから早く村に戻って話を聞かせて」

「もう夜も遅い、今日はもう寝て明日にした方がいいと思うんだが……」

「そんなに待てないの、もうここでいいから話して!」

「桜子、君は少し落ち着いた方がいい。コハクの言う通り明日にすべきだ」

「私は落ち着いてるわよ!」

 

落ち着いている人は大声を出さない。そんな当たり前の事さえ分からないほど興奮してしまっているようだ。

このままでは埒があかない、そう判断した司は非常手段を取る事にした。

 

「すまない、少し眠ってくれ」

「え?」

 

そう詫びた司は素早く桜子の首の横を打った。

桜子がその言葉を理解するより早く彼女の意識は落ちていった。

 

「すごい技だな、なんだかやり慣れていないか?」

「試合などでなかなか諦めてくれない相手によくやっていたからね。

うん、上手くいったようだ。興奮のし過ぎで疲れているだろうし、そのまま眠りに移ると思う」

「そうか、君には首筋を晒さないようにしよう。身の危険を感じるからな」

「女性に対しては今のが初めてだよ!」

 

慌てて弁解する司であったが、ニヤニヤと笑うコハクにからかわれたと気づく。

やられっぱなしというのも癪だなと思った司ほ少しやり返すことにした。

 

「コハク、先程策を弄したと言っていたが、それはもしや川下りで早く行く事……、ではないよね?」

「そんな訳ないだろ! 村の皆には往きだけで3日はかかると言っておいたんだ!」

「そうか、よかった。俺の勘違いだったみたいだね」

「君は私の事を何だと…」

 

そこまで言ったところでようやくからかい返された事に気づくコハク。

どちらからともなく二人で笑い出してしまった。

桜子の狂態を目の当たりにしたことで暗くなっていた心に少しの光が差し込む。

 

「ははは、こんなやり取りを誰かとしたのは、うん、初めてだよ」

「ふふっ、そうか。君はもう少し力を抜いて生きるといい、今の顔のが良い印象を人に与える」

「そうだね、うん、そうしてみるよ。ただ、今はそれより桜子を寝かせられる場所に連れて行ってくれ。このままだと風邪をひいてしまう」

「ああ、そうしよう。起きたら話をしなければ。

なぜあんなに焦っていたのか、村人以外の人間がなぜ必要なのかをな」

 

幼いとさえ言えそうな桜子の寝顔を見ていると先ほどの様子が嘘のようだ。

少し落ち着いた心と頭で考える。桜子の鬼気迫るとさえ言えそうなあの状態、見たことなど……、

ある! 一度だけ、あの日の海岸、心から負けたと思い、それがなぜか安堵につながったあの時!

 

「そうだ、あの時と同じだ。千空が死ぬかもしれない実験を、阻止しようとしたあの時と」

「話には聞いているが、今みたいな状態だったのか。

相当切羽詰まった状況だったと聞いてて思ったが……、村がそんなにまずい状況なのか?」

「分からない、こればかりは聞いてみなければね。

……明日は長い話をしなければならないみたいだ」

 

二人の心に暗い影がかかる。

今度は笑いあった程度では払えそうにないほどのものが。

 

 




あっさり過ぎたかな? まあ犯人がわからないって人いなかったろうし、いいか。
コハクは割と全力で移動したようです。
そんなにショートカットできる川があるのか?
あるってことにこの作品内ではします。


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話したくない事と、ある男の矜持

朝目が覚めたら動けませんでした。

いや、金縛りとかではなく物理的な拘束でである。

流石ゴリラ、私程度では振りほどくなんてとてもとても。なんて言ってる場合ではない。

昨日は多分司に気絶させられ、泣いたり連れ去られたりだのからの疲れで寝てしまったようだ。

とにかく司に問いたださねば、村にはすぐにでも新しい血が必要なんだから。

 

「いい加減離しなさいよー!」

 

とりあえずコハクが起きるまでは動けなさそうである。

 

 

「すまない、私も強行軍で疲れていたようでな。

桜子を抱き枕にしてたらそのまま寝てしまったようだ」

 

そりゃ疲れるだろうさ! 大体2日の距離を1日で踏破すればな!

どういう運動神経と体力してるんだと呆れかえってしまう。

なお、大樹は日帰りする模様……。

ええい、体力オバケどもの事は置いといて今日はまず司に確認しなければ。

 

「ああ、桜子。君達の話し合いだが私も聞かせてもらうからな」

「へっ? なんでコハクが私達の話し合いを聞きたがるの?」

「司が言っていたが、昨日の君の様子は致命的な事があるからではないかと。

村が相当まずい状況なのではないかとも言っていたな。村の一員として聞いておきたいのだ」

 

司ああ! あんた何余計事言ってんのおおお! とは言えず了解するしかなかった。おのれ司。

 

 

「なあ桜子、何故そんなに俺を睨んでいるんだい?」

「何にもないから大人しく睨まれといてよ」

 

不機嫌さを隠さず睨んでいたらさすがに落ち着かないらしく司に何故と聞かれた。

言えるか! コハクだけじゃなくクロムまでいるんだぞここには!

村が危機です、それをどうにかするには村の人は全員他所の人と結婚して下さい、なんて。

元はと言えば私の失言が原因だが、司がコハクに何か言ったりしなければ問題なかったのだ。

 

「んで、どういう状況なんだこりゃ。朝から桜子は不機嫌だわ、コハクもピリピリしてるわで、

極めつけになぜか司までいる。ちっと説明もらわなきゃ訳分かんねえぞ」

「ああ、そうだね。まず俺がいる理由から説明するよ。

とは言っても、うん、単純な話なんだ、アルコールの蒸留がうまくできなくてね。

それで、桜子に戻ってきてもらうか、こちらに完全に移住してしまうかという話が出てね。

だが硝酸は今の所あの洞窟でしか手に入らないだろう?

その辺りを相談したくてね、それで俺がこっちに来たんだ」

「ああ、なるほどな。蒸留は俺と桜子だけでやってたから勝手が分かんねえか。

まあ、急ぐことはねえからそれはいいとしてだ。そこの二人の雰囲気がわりいのはなんでだ?」

「昨日の夜ちょうど戻ってきたところでマグマに絡まれている桜子を助けたのだ。

そして、その時桜子が気になることを口走ったのだ、村人以外の人間が必要、とな。

あと、多分マグマに言ったのだと思うがこう言ってもいた、村の人たちは私が救うと」

 

タイミング的に確かに聞いててもおかしくはないか、今さらながら迂闊に過ぎるな私。

 

「マグマってのは集会の時とっとと帰ったごつい奴だよな、なんで桜子に絡んでたんだ?」

「料理教室前から何やら桜子に目をつけているようだったから何かあったのだろうが……、

一人にでもならない限り無茶なことはできないはずだ。呼び出しでもされたのか、桜子」

 

うぐっ、そんな前から目をつけられていたのか、まったく気づかなかった。

 

「その一人にならないってのは、こいつに理由含めて注意したのか?」

「いや、一人になるなとは言ったが理由までは……、だが危ないということぐらいわかるだろう。

まさか、夜に戦えない女子供が一人歩きなどするはずがないしな」

「あー、村人と復活者の常識の違いだな。いや、もやしがうっかりかましただけか。

女の夜の一人歩きが危ないことなんざ俺らの中でも常識だったわ」

 

一切の反論の余地がないので目をそらすぐらいしかできない私。

この場の全員の心の声が『やったのか……』で統一された気がする。

 

「もやしがうっかりやらかして捕まったからマグマと一緒にいた。

で、マグマがなんか言って桜子が切れてぽろっとこぼしたって訳か、村人達は私が救うと」

「マグマがなんで桜子に絡むんだ? あいつだって女連中が桜子を受け入れてんのは分かるだろ。

乱暴者だけど得にもならねえ事をわざわざ嫌われてまでする奴じゃねえはずだけど」

「強さを求めていたんじゃないかな。桜子がトレーニング方法を教えるから帰れみたいなことを言っていたよ」

「そっちは重要じゃねえからほっときゃあいい、対処しなきゃまずいことが村にあんだろ桜子。

隠し事はなしだ、この件に関して知ってること喋れ」

 

だから言えるわけがないだろ、まともな子供が欲しかったら村人以外と結婚しろなんて。

クロムにルリさんを諦めろ、なんて言いたくない。

そもそも、人の自由意思に干渉して伴侶を決めさせるなんて最低の行為だ。

誰にもこんな事やろうとしてるなんて知られたくない、だからこの場合沈黙が正しい対処法。

 

「言わねえってことは話せねえ類のことか。おい、わりいが桜子と二人だけにしてくれ」

「そうだね、他の人に話せない事でも千空だけなら話せるかもしれない。

コハクと、ねじり鉢巻きの君、俺たちは聞こえない所にいよう」

「ああ、分かった。後俺の名前はクロムってんだ」

「ああ、よろしくクロム」

 

千空ならば聞き出してくれると思っているのだろう、二人は素直に別の場所へと移動した。

コハクだけは何か言いたげだったが結局何も言わずそのまま歩いて行った。

何も言わない私を責めることもせず、ただ心配だという瞳のままで。

 

「さて、桜子。テメエが心配していることは絶対話せない事なんだな?」

「……そうよ。たとえ千空でもこれは言いたくない」

 

溜息ついて額を指で押さえる、千空の考える時のポーズだ。

少しして考えがまとまったのか質問を投げてきた。

 

「司が言ってたこっちへの移住の件賛成か? 反対か?」

「へ? ちょっと待って、考えるから。……えっと硝酸確保後ならありだと思うけど?」

「そうか、やっぱ村自体になんか起こるわけじゃねえんだな。

てことはあれか、血が濃くなりすぎた奴か」

 

呆然、なぜ答えにたどり着いたのかがまったくわからない。

 

「近親婚の弊害ぐらい常識だろうが、わざわざ法律で禁止するレベルでよお。

小さな村、余所者禁止ってくれば想像に難くねえよ」

「……そうよ、で、どうするの? 私は何も知らせずに村の人と他の人との交流を増やすつもりだったけど」

「ああ、それでいいんじゃねえか」

 

いいのか。若干の呆れと軽すぎる物言いへの非難を込めて千空をにらむ。

 

「実際それ以外に対処法がねえだろうが。江戸時代みてえに家のための結婚をさせるのなら別だが、そんなもん誰も納得しねえし、俺だってごめんだ。

人の意志をどうこうしようなんざ不可能なんだよ。ならその先を、問題が起こった時どうするかを考えんのが俺ら頭脳労働チームの役割だろうが、違うか」

 

その通りだ、私は少し焦りすぎていたのだろう。

千空のことを、友達の事を信じないでどうするのか。

 

「頑固なもやしも納得したところで、……あいつらにどう説明すっかな。

そのまんま説明すんのは反発がきついだろうし、なんか思いつくか?」

「復活者以外にはばれないだろうっていう案はあるけど……」

 

 

彼の目が覚めたのは朝日が昇ってしばらくした後のことだった。

最初何故こんなところにいるのか分からなかったが背中の痛みに昨夜の記憶が戻ってくる。

そうだ、俺は司とかいうやつに投げ飛ばされて……、

そこまで思い出したことで無視された怒りも思い出す。

 

「あのガキ! 司とかいうやつも一緒にぶち殺してや、ぐうっっ!」

 

あまりの怒りについ叫んだが背中の痛みで中断する羽目になった。

同時にその痛みのおかげで冷静さが戻ってくる。

昨夜のあれは完敗だった、それも言い訳のしようもないほどに。

力で完全に抑え込まれ、技では勝負の土俵にも上がれなかった。

ここまで負けたと感じたのはいつ以来だろうか?

まだガキの時分でさえなかったような気がする、人生で初の完全敗北だ。

屈辱だ、これ以上ないほどの屈辱だ。

だが、これでは確かにあんな風に眼中にないのも当然かもしれない。

死んでしまいたい気分の中で、しかし体は生きたいと空腹を訴えた。

そうだ、あいつらは所詮余所者だ。いつかいなくなる、それまでやり過ごせばいいだけだ。

そう自分に言い聞かせ飯のため村に戻ることにした。

それが負け犬の態度だと自分でもわかっていながら。

 

 

「あら、マグマじゃない。どうしたの、朝早くから村の外にでも用事があった?」

 

家に戻る前にガーネットに見つかり絡まれる。

いつもなら自分に好意を向けてくる相手に気分よく対応するが今は無理だ。

 

「なんにもねえよ、これから家に戻るってだけだ」

 

おざなりに答えさっさと家に戻ろうとする。

その時鼻にふっと嗅いだ事のない香りが入ってきた。

腹がそれだけでギュルリとなった。

 

「あら、お腹空いてるの? 昨日の残りを温めてるけど食べる?」

「……もらう」

 

しばらくして椀に盛られたつみれ汁がマグマに渡された。

 

「なんだこの丸っこいもんは、食える物なんだろうな?」

「それは魚の身を潰して丸めた物よ、びっくりするから食べてみなさいよ」

 

渋々椀の縁に口をつけ汁ごとつみれを口に入れる。

それだけで魚の味が口全体に広がる、初めての感覚だ。

つみれを噛めば柔らかく崩れ、より強く魚の旨味を感じる。

いつも食っているはずの魚がまるで別物に思える。

気づけば椀の中身を全て空にしていた。

 

「あら、いい食べっぷり。そんなにお腹空いてたの?」

 

嬉しそうに笑うガーネットに乱暴に椀を突きつけおかわりを要求する。

何も言わずにより一層嬉しそうにしながら、おかわりをつけてマグマに返すガーネット。

食べるのが終わったのは結局3杯目を空にしてからだった。

 

「よーし、マグマのこの食べっぷりなら上手くできてるって言えるわね」

「おい、これはテメエが考えたのか」

 

半ば答えを確信しながら聞く。

ガーネットが苦笑しながら答えたものはその予想通りだった。

 

「あんたの考えてる通りあのちっちゃな子、桜子の料理教室で覚えたものよ。

あの子が作ったものはもっと美味しかったのよね」

 

やはりそうだ、あいつらは俺たちよりも先を行っている。

勝てっこないのだ、だから無駄に張り合おうなんて思わず唯々諾々と従えばいい。

いつかどこかに行ってしまうまで、そうしていた方が利口というものだ。

 

「だから、何度も作って腕を上げたいのよ。負けっぱなしなんてごめんだからね。

お腹に余裕ある時は試食してちょうだい? 私達家族だけじゃ食べきれないから」

 

その言葉に顔を跳ね上げガーネットの顔をじっと見る。

 

「あの子料理は得意じゃないとか言ってたのよ。悔しいじゃない、年下に苦手な事でさえ上回られるなんて」

「勝てると思ってんのか?」

「勝つのよ。勝算は二の次、ただ私が悔しいだけなんだから、とことんまでやるの」

「そうかよ。……そうだな、負けっぱなしの負け犬扱いなんぞごめんだな」

 

そう呟いた後勢いよく立ち上がるマグマ。

 

「あら、いい顔になったじゃない。あんたにはやっぱその自信過剰な顔のが似合ってるわ」

「はっ! 過剰なんかじゃねえよ。俺はマグマ様だぞ、村一番の男だ! 自信をなくす事なんざ有りえねえんだよ!」

 

そう言い放って不敵な雰囲気を取り戻したマグマ。

 

「おい、ガーネット、 飯美味かったぜ。ついでに余所者どもはどこか知ってっか」

「確か朝早くからクロムの倉庫に集まるって言ってたわ」

「そうか、感謝してやるぜ。その証としてまた飯を食いに来てやる」

「感謝してくれるなら、彼氏になってちょうだい。私はあんたなら文句ないからさ」

「はんっ! カーボの二の舞はごめんだぜ。女に取っ捕まって御前試合に出られないなんてのはよ」

「ベリーは上手くやったものよね、正直羨ましくてしょうがないの」

 

じっと見つめてくるガーネットの視線を無視して歩いて行くマグマ。

その歩みは起きたばかりの時の負け犬のようなものとは違いしっかりとしたものだった。

 




カーボがハニトラに引っかかったみたいなことになったのは理由があるんです。
村で一番モテるキラキラ三姉妹が彼氏持ちではないのはなぜか?
それはもちろん御前試合の出場条件を満たすためでしょう。
しかし、同年代っぽい連中の中でカーボだけは既婚者。
じゃあ、ベリーに上手く捕まったんじゃね? という考察から来てます。
なお、御前試合の後に結婚した可能性は十分にありますが、こっちの方が面白いかなって。

5/24追記
クロムの倉庫内で話してたの? 狭すぎねえ?
という疑問が浮かんだので外で話し合っているように描写変更しました。


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人の力は群れの力

前話で投稿後に少々修正した部分がありますので読んでいない方はそちらを先に確認下さい。


「それで、桜子。村の危機とやらを話してくれる気になったのだな?」

 

千空との相談も終わり三人に私が何を隠していたかの説明する段階である。

かなり本命の理由に近いので、旧世界の教育を受けている司にはあまり話したくない。

だが話さないのは不自然にも程があるので気づかない事に賭ける事になった。

 

「村の人達は今全員が親戚みたいなものになってるでしょ?

お互いの距離感的な意味ではなく血縁的な意味で。

その状態だと一人感染力の高い病気に罹るとあっという間に村全体に広がってしまうの。

それを防ぐには別の血縁を入れるのが一番の解決策なの。だから、村人以外の人間が必要だと言ったのよ」

 

ほぼそのままな話なので司が気づいてしまえば一巻の終わりである。

出来るだけクロムにルリさんを諦めさせたくない私としては正直司が邪魔でしょうがない。

余計なことを言うなよと心の中で念じ続ける。

 

「人類の強さってのはな、群れの強さってのもあんだよ。

狭い中でずーっと回し続けてるとな、全体が均質化されちまうんだ。

そうなりゃ同じような奴ばっか増えていっちまう、そいつが対処できない事が起きたらどうなる? 

同じような奴しかいないんだから当然他の奴にも対処できねえよな。

こいつが言ってたのは簡単にいやあそういうことだ」

「だが、それなら言えない事ではないじゃないか。

話してくれもしないなど、そんなに私は信用できないのか?」

「コハク、テメエが病気にかかったりしたら村ごと滅びるかもしれねえ。

っていわれて動揺しねえと胸張って言えるか?」

 

想像もしてなかった規模の話になったせいか言葉に詰まるコハク。

クロムも同じく絶句し、司も動揺しているようだ。

司? あんたもしかして高校で授業あまり受けれてない?

 

「こうなると思ったから言いたくなかったんだろうよ」

 

その様子に千空が予想通りという態度で言った。

そう言われてクロムが胸を強く押さえつけ何かに耐えるような姿で声を絞り出す。

 

「つまり、村の人間はこれ以上子供を作らねえほうがいいってことかよ」

 

運命を呪い、理不尽を嘆くかのように叫び声をあげる。

 

「村はもう無くなるしかねえってのかよ、千空!」

「んにゃ、ぜんっぜん1㎜もんなこた言ってねえ」

 

たいして千空は耳をほじりながら軽ーく言ってのけた。

あまりの落差に三人がずっこける。

 

「そういう可能性があんのは事実だが、そんなもん天文学的な確率で不幸がこなきゃ起きねえよ。

ただ、村の外から人間を受け入れてく必要があるってだけだ。

後医療関係も優先的に上げてかなきゃなんねえが、今やってる最中だしなあ。

うん、正直お前らがやんなきゃならねえこと特にねえわ」

 

ずっこけた体勢から一気に顔を上げてクロムが叫ぶ。

 

「桜子のあの態度だったらヤベー事態だと思うだろうが! なんですぐ説明しなかったんだよ!」

「そう言われるから、嫌だったのよ! 深刻になりすぎなんて私が一番よくわかってるわよ!」

 

本命の目的を達成するのも一朝一夕でできることではないのに焦りすぎた。

そういう自覚があるので顔を赤くするなんて簡単、というか勝手に赤くなった。

 

「はあ、つまり対処は必要だが焦る必要もないし、すぐにできることもない。そういうことでいいのか、千空」

 

力が抜けてしまったのかへたり込みながらコハクが千空に確認を取る。

 

「そういうこった。強いて言うなら今やってることをしっかりやるってぐらいだな」

 

やれやれ、どうにか誤魔化せそうだ。

今のうちに話題を次に流してしまおう。

 

「やるべき事といったら、私と千空と司は村の人たちに信用されるようにする事かしらね。

連れてくる人たちも信用できると思ってもらわなきゃ」

 

そこでふと気づいた、そういえばどんな人物を起こしたか聞いてない。

 

「司、起こしたのは何人ぐらいで、どんな人たちか軽く教えてくれる?」

「そうだね、村との交流が必要ならばどういう人か知っておいてもらった方がいいね」

 

そうして挙げられていく名前の中でやっぱりいたか氷月。

なんで起こしたと問い詰めたいけど、そんなことしたら千空に覚られる。

腹心が裏切るって情報はしゃべっちゃってるからなあ……、千空ならそれと私の動揺から推理できちゃうかも。

まあ、今は復活液が無いし、作り方を知っている人間もこっちにしかいないから、すぐに裏切ったりとかしてもしょうがない状態だってわかってると思う。

この後裏切らないような布石を打てればいいんだが……、

 

「朝霧幻か、たしかゴミみてえな心理本書いてたマジシャンだな。

他の奴はオメーの交流とその記者からの紹介で分かるが、なんでそいつ起こしてんだ?」

「彼の心理把握の技に期待して、だね。表面は軽薄で薄っぺらい印象が強いけどね、彼は芯はしっかりとしているよ。信頼していい人物だと思う」

 

意外と司からゲンへの信頼度高いんだな、でもその他に気になる事が一つ。

 

「ねえ、貴方自身の知り合いって記者さんとゲンと氷月っていう人の三人だけ?」

「……俺の回りには取り巻きは多くいた。でも、そういう風に取り巻きになるタイプの人間は中心になって動けるタイプじゃないんだよ。

だから早期に起こした人に俺と直接の知り合いは少ないんだ」

 

少し目が泳いでいるぞ司。

ははーん、さては貴様隠れボッチだな。

周りに人はいるけど友達と言える人はいない、私とそう変わらないじゃないか。

って、周りの人と言える人間すらいない私よりはましか。

奴が隠れボッチなら私は真正ボッチだからな、つつくのはやめておこう。

 

「そっか、それじゃあこの後どう動くの千空。あっちを残すにしても捨てるにしても、復活液作るために一回私が戻った方がいい気がするけど」

「ガラス用の道具作りに製鉄がしてえからそのあとだな、戻んのは。

こっちに合流すんのはありなんだがなあ、硝酸いくらあってもたりやしねえから捨てるのは惜しいんだよな」

「だけど、今の状態で二ヶ所拠点を維持するのは厳しいと思うよ。

あちらでしかできない事は硝酸を貯める事だけだからね、それさえクリアできるのならこちらに合流した方がいいんじゃないかい?」

「プラチナがありゃあなあ、あっちを捨てても問題ねえんだが」

「プラチナ? ああ、確か宝箱に眠るって奴だよな。月の色に輝く、だっけか」

「ああ、姉者の百物語か。よく覚えているなクロム、私は覚えていなかったぞ」

 

思わずギョッとする千空と司。もちろん私も同じ反応をした。

もっとも理由が私と二人では別なのだが。

 

「おい、クロム! プラチナを知って、いや、あんのかプラチナ!」

「な、なんだよいきなり、ルリから教えてもらったんだよ、百物語でよお。後現物は持ってねえよ」

「宝箱に眠ると言ったね、その宝箱が何処にあるかは分かるかい?」

「あー、探そうとした事はあっけどよ、宝箱を開けていい奴は決まってんだとよ」

「つまり代々伝わる宝物ってことか?」

「いや、その宝箱は誰かへのプレゼントだってんだよ、その辺も別の百物語で伝わってるらしいぜ。

さすがに他の奴へのプレゼントを横取りすんのはヤベーだろ? だから探す気はねえんだ」

 

うっそでしょ、そこまでクロムがなんで知ってるの?

いや、宝箱なんて単語そりゃ子供心をくすぐるよね。

それに関して根掘り葉掘り聞いても不思議じゃないか。

 

「俄然興味が湧いて来やがったな、そのルリって女によ。薬作りに気合い入れていく必要がありそうだ」

「なんだよ、ルリに興味って……、ってプラチナとかの話が聞きたいからだよな、千空なら」

 

あー、千空の事をよく理解してらっしゃる。

クロム、君の予想は絶対あってると思うぞ。

クロムのその反応によくわからないって顔してるな司、って千空もか。

コハクがクロム以外を手招きして小声で教えてくれた。

 

「いいか三人とも、クロムはなルリ姉がおそらく好きなのだ。だがクロムもお子ちゃまでな、無自覚なのがなかなか尊い」

「ああ、なるほど。そして千空はそういう事に興味が薄いと知っているわけか。

うん、それなら野暮は言わない方がよさそうだね」

「うわ、面倒くせえ奴が出て来やがった、んなもん全く唆らねえよ」

「私は村の奥様方から聞いてるから知ってたけどね」

 

実際聞いてたしな、3700年経ってもやっぱり女性はそういう話題が大好きなのであった。

 

「なにをコソコソ話してんだよ、クッソ、なんか馬鹿にされてる気がすんぞ」

 

どちらかというと微笑ましく見守っているのである。

なんか純粋な人が多いような気がする、まあ違う輩もいるが。

そこまで考えた事がフラグだったのだろうか、昨日も聞いた怒鳴り声が響いた。

 

「おい! 余所者ども! ここにいたか、ちょいとツラ貸せ!」

 

マグマの奴懲りないな、そう思ったのは私だけじゃないらしくコハクも私と同じような顔になっている。

司はと見ればすでににそちらへと飛び出していた、さすが霊長類最強の高校生、行動が速い。

遅れて私達も声のする方へ行くのであった。

 

 

「よう、昨日ぶりだなあ長髪男。俺の名はマグマだ、テメエの名は?」

 

傲岸不遜そのままの態度で司に問いかけるマグマ。

司もこういう類の人間は慣れているため普段通りのまま対応する。

 

「俺の名前は司。うん、コハクから聞いているよ君の名前も性格も。

それで、聞いた話から想像するなら、今日はリベンジマッチに来たのかい?」

「そうだ! と、言いてえ所だが……、俺とテメエの実力差は分かってる。

悔しいが絶対に敵わねえって事ぐらいはな」

 

ならば、何故ここに来たのか?

そう訝しむ皆の前でマグマが声を上げる、司の後ろに向かって。

 

「おい、ガキンチョ! テメエ強くなる方法を教えるっつったよなあ!

テメエの出す条件全部飲んでやる! だから、俺にコイツを超える方法を教えろ!!」

 

そこに込められた勝利への執念にコハクとクロムは息を呑んだ。

一方、それを向けられた桜子は冷たい視線を向けるだけで微動だにしない。

 

「貴方に要求するものなんて私にはないわ。

強いて言うなら、今すぐ諦めて負け犬のように尻尾巻いて帰ってほしいってぐらいかしらね」

「そういうな桜子、せっかくの労働力じゃねえか」

 

そして、悪魔のような笑顔で邪悪さすら感じる声で千空が口を挟んだ。

そのわっるい顔に思わず怯むマグマ達、この中では一番付き合いの長い桜子も例外ではない。

いや、付き合いが長い分もっとも怯んでいる。

何故なら無茶振りが飛んでくるのが目に見えているからだ。

 

「おい、桜子。ある程度のスポーツトレーニング方法ぐらい知ってんだろ。

ちょいっと教えてやれ、そんだけで村一番のパワー持ちが使いたい放題だ、やらねえ手はねえよなあ?」

「い、いやよ。アイツに私誘拐されたのよ、それに司の方が知ってるでしょ!」

 

怯みながらも拒否し、司に振る桜子。

 

「ま、待ってくれ、自分がやるのならともかく、人に教えるなんてやったこともない。

理論を知っている訳でもないんだ、やはり教えるなら理論を知っている誰かに頼みたい」

 

いきなり振られた司も慌てて拒否し、自分以外にするように主張する。

 

「いつだったか大樹に聞いてたよなあ桜子、トレーニングをどうやってるってよお。

大樹の奴が特に何もしてないって言ったら、色んなやり方挙げてどれもやっていないって答えられてたろ。

今トレーニング方法一番知ってるのはオメーだって事だ」

「ううっ、か、加害者と被害者を一緒に置いとくのは、被害者のメンタルに良くないと思わない?」

「被害者がオメーじゃなきゃ考慮したがなあ、全く気にしてねえだろうがテメエは。

なあ、クロム。第三者の目から見て、コイツがマグマをどう思ってるように見えた?」

 

唐突な質問に驚いたクロムだが、桜子を見てすぐに結論を出す。

 

「銀狼が馬鹿言い出した時の金狼の目にそっくりだからな、馬鹿な事やってる奴ってとこじゃねえか?」

 

図星を突かれたのか桜子の額から冷や汗が一筋たれる。

追い詰められている桜子だが、それでも抵抗を辞めない。

 

「強くなるなら実践が一番って言うじゃない、司にやってもらうのが一番良いって」

「おう、ならトレーニングと実践両方だな。司を巻き込む分はオメーが出せよ」

 

人これを墓穴を掘ると言う。

 

「私にメリット無いじゃない! なんでこんな奴のために時間使わなきゃいけないのよ!」

「メリットねえ、なら次の製鉄で髪用の鋏作るの見逃してやろうじゃねえか」

 

固まる桜子、目が泳ぎ垂れる冷や汗の量が増える。

 

「な、何のことかしら? 私そんなもの作ってもらおうとしてないわ」

「村の職人のカセキ爺さん、俺もガラス用の道具作りのために声かけたんだわ。

そしたら、『また来たのか、今度は何を作ってほしいってんじゃ』だとよ。

しっかり口止めしてたみたいだが爺さんうっかりしたみてえでなあ。

で、まだなんか欲しいもんあるか?」

「はい、料理教室で刺身をやりたいんですが、川魚は寄生虫が怖いんです。

そのために冷凍装置が欲しいです」

「OK、空気冷媒熱交換器を作っといてやるわ。司、オメーもやってほしいこと桜子に言っとけ」

 

完全に横領の証拠を押さえられてしまい観念する桜子。

目の前でなぜか突然始まった謎の司法取引にしばし呆然とする四人。

どんよりとした雰囲気を漂わせる桜子に司が気遣わしげに声をかける。

 

「大丈夫かい、桜子。その、そこまで嫌なのなら、やらなくてもいいんじゃないかい?」

「甘やかすな司、必要な事だからやらせんだよ」

 

司の言葉に一瞬桜子の目がギラッと光るが千空によってすぐに鎮圧される。

厳し過ぎないだろうかと思い千空を見る司だが、千空の目を見て思い直した。

 

(そうか、これは千空への依存が過ぎる桜子を矯正しようとしているのか。

万一マグマが暴走しても俺がいれば安全は確保できる、うん、一番甘いのは誰だろうね)

 

どうせだ、自分も少し望みを出そう。コハクも言っていたではないか、肩の力を抜いてみろと。

そこまで考えてから、さて、何が良いだろうと悩み始める。

自分が望む事で桜子が出せるもの……、ああ一つあった。

 

「それじゃあ、歴史を教えてくれるかい? 理想の社会とは何かを知るために役立つものを。

うん、マグマのトレーニングを見ていない時は俺にその辺りを授業して欲しい」

「私の時間なくなりそう……、理想を明文化しといてね、そうじゃなきゃ無理だから。

マグマも、どういう方向で強くなりたいか考えといて」

 

そう疲れた声で告げる桜子の姿を見ながらクロムが呟いた。

 

「これ、丸儲けしてんの千空だけじゃねえか?」

「おう、よく分かったなクロム。誰かの弱みや不正って奴はここぞっていう時にぶつけてやんだよ。

そうすりゃあ自分の思い通りに動かせるようになる。覚えといて損はないぜ」

 

クロムの呟きに応える千空の邪悪な顔に戦慄する三人。

 

「いや、俺は科学だけで十分だわ。ちょいと邪悪すぎるぜそいつは」

「弱みを見せたら食いつかれる、自然もそういうものだ。が、邪悪さでは比較にならんぞ千空」

「もしかして、俺はとんでもない奴と契約しちまったんじゃねえか?」

 

悪い顔で高笑いする千空と苦笑を浮かべる司、そして項垂れる桜子。

事の起こりから考えれば被害者側に立っていたはずの桜子の一人負けに見える。

敗因は一人で抱え込み過ぎた事だろうか。

次回以降に生かせるかはまだ不明である。




嫌いな相手と強制的に人付き合いさせる人見知り矯正法……。
いえ、ダジャレではありません。

司は実践はしてても理論などはトレーナーに任せていたのだろうと思ってます。
6年間妹の入院費稼ぎ続けて、さらに理論までって……、司ならやりかねないけど本作では理論を本格的には学んではないって事で。


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クロムよりチョロくないか? byコハク

政治的な所は話半分で読み流して下さい。
間違ってる可能性は大いにあります。


明けて翌日、さっそく製鉄の準備に取りかかろうとしたのだが天気はあいにくの雨。

雷雨にまでなってくれる事を祈りつつ屋内でできる作業をする事にした。

 

「で、理想は明文化できた?」

「昨日今日では難しいね、うん、今日は君の考える特に学ぶべき事を教えてくれないか?」

「私のおススメ教えたらそれに引っ張られそうだけどね、まあそれしかないか。

マグマはどう強くなりたいかは出てきた?」

「そりゃあオメエ、当然最強に決まってんだろうが」

 

ため息一つ、だから明文化しろと言ってるだろうに。

 

「どういう最強かって聞いてんの。脚を止めての殴り合いか、脚も使っての機動戦か、それとも必ず相手を殺す殺人の方向かとかね」

 

例をちょっと挙げて見せて反応を見る。

こら、分からないって顔で思考停止するな。

 

「最強って言っても種類があるの。相手を殺すだけだったら肉体の力は要らないけど、違うんでしょ?

貴方が目指すのはどういう自分かって言うのを聞いてるの、分かった?」

「お、おう。ただ最強ってだけじゃなく、どうなりたいかだな。ちょっと待ってろ、考えてみるからよ」

「技とかは分かんないから、司、お願い」

「実践形式のみになるけど、うん、やってみるよ」

 

マグマが黙って考え込み始めたので、司の要望の歴史の授業である。

 

「じゃあ、最初に政治形態の大雑把な分け方から行くね。

石化前であったそれらは大体三種類、細かく分けていくとキリがないからこれでいくわね。

一つは、日本やアメリカの民主主義、もう一つはロシアや中国の共産主義、最後がサウジアラビアなどの独裁主義。

この中でどれが一番民衆に優しいか、分かる?」

 

悩むそぶりも見せず即答する司。

 

「それは当然民主主義だろう?」

 

まあ日本の教育受けてたらそう思うよね。

 

「外れ、条件次第だけど独裁主義が一番民衆には優しいの。甘いと言い換えるべきかもしれないけどね」

 

おお、面食らってる、面食らってる。

 

「意地の悪い質問だったけど、基本的な考えを知りたかったからなの、ごめんね。

つまり司は、自分の意思で自分の事を決めるのが一番と思ってるって事よね?」

「うん、その通りだ。だけど、当たり前の話じゃないのかい?

誰だって知らぬ間に自分の運命を決められたくはないんだから」

 

それにしては老人の運命を勝手に決めようとしてたなお前。

いや、心変わりする前の事をツッコむのはやめよう、底意地が悪すぎる。

 

「思考するってすごく疲れる事よ、慣れていても、ね。

民衆と呼ばれるほど集まった人間は、現在が楽であればそれでいいっていう方向に流れがちなの。

だから、完璧な指導者様に、最高の道を考えてもらいたがるの」

「信じたくはないね、だけど理解できる気はするよ」

「理想の社会を考える時は人間は、まあ生き物全般に言えるんだけど、楽なのが好きな怠け者だって思っていた方がいいわ」

 

実際私も辛いより楽な方が好きだしね。

そこまで話したところで戸を叩く音が聞こえた。

出てみれば金狼達のお母さんの白金さんじゃないか。

 

「ごめんなさいね、教えるのに忙しい所押しかけちゃって。

つみれの作り方でもう一度聞きたい事があるのよ、少し時間もらえる?」

 

えーと、二人とも今は考えをまとめてる最中っぽいよね。

そう思って、二人の方を見ればマグマは手を振ってあっち行けの意思表示。

司も静かに頷いて行っても大丈夫と示してくれた。

 

「それじゃあ、ちょっと行ってくるね。戻って来るまでに言った事考えといて、特にマグマ」

 

そう言って雨の中笠だけ被って白金さんのお宅まで行ってくるのだった。

 

 

桜子が出て行った後、マグマは大きく息を吐きぼやいた。

 

「なんなんだあの態度の変わりようは、いくらなんでもおかしいだろうがよ」

「君への認識が敵から教え子に変わったせいだろうね」

 

そういう司自身も教え子認識になったのだろう、桜子の態度が柔らかいものに変わっている。

 

「村の人達にスゴイスゴイと持ち上げられてたろう? その時だろうね、認識が変わったのは」

「あれだけでか、あの程度の賞賛なんぞあいつの知識があればいくらでも得られるだろうが。

一体どんな育てられ方したんだってんだよ」

 

うんざりといった感じでマグマが言う。

しかし、司は思う、そもそも育てられたのだろうか?

育児放棄、そういう言葉さえ浮かぶ、彼女の人慣れしていない様子には。

 

「褒められた事、認められた事、何回あったんだろうね」

 

司も幸せな子供時代を過ごした訳ではない。

だが、信じ合える妹は存在していたし、妹のために稼ぎ続けるという目的はあった。

だが、彼女には何もなかったのではないか?

そう思える程、千空の桜子への接し方は教え導こうとしているように感じる。

まるで小さな子供を守り育ているようにも見えるぐらいだ。

思い返せば昨日の話し合いの後の時も……、

 

 

話し合いが終わった後司の寝床をどうするかという話になったのだが、クロムの倉庫だけでは三人、クロムが村の中で寝るにしてもに司が寝るには狭すぎた。

千空もクロムと同じく村の中でという意見や、寝床を建てればいいなどの意見も出たが、そもそも司だけが村には入れないのは不便にすぎる。

という事で、村長のコクヨウに許可をもらいに行こうとコハクから提案があった。

反対する理由など誰もなかったので全員で村へと向かった。

そこで事件は起こった、マグマより後に起きたマントルが大声でマグマを探し回っていたのだ。

もちろんすぐにガーネットが姿を見たと声を上げたが、向かった先が昨夜マグマと対峙していた余所者の所だと分かり、より混乱は深まった。

トドメにその余所者達とマグマらが連れ立って村に向かっているではないか。

 

「マグマ様! と、あー! 昨日の余所者! なんで一緒にいるんですかー!」

「あん? マントル、なんだこの騒ぎは?」

「マグマ、貴様が新しい余所者とぶつかったとマントルが言っていたが、事実か?

事実ならば何故その者と同行しているのか、説明してもらおうか」

 

橋の手前で門番の金狼が仁王立ちでマグマに事情説明を要求する。

面倒な奴に捕まったという顔でマグマが話し出す。

 

「事実なんぞどうでもいいだろうが、なんでテメエに話さなきゃならねえんだ?

こいつらと一緒にいるのは、俺が強くなるのにこいつらが利用できるからだ。

それになんか文句でもあんのか、金狼」

 

訂正、挑発を始めた。

 

「マグマ、貴様、そのために知らない余所者を村に入れようとするつもりか!」

「そうだ、つったらどうすんだ?」

 

いきり立つ金狼にニヤニヤ笑いながらさらに挑発するマグマ。

その挑発に対し槍を構え、戦う姿勢を見せる金狼。

 

「知れた事、余所者は村に入れない、ルールはルールだ。それを守らせるだけだ!」

「ちょっ! 金狼! マグマだけでも無理なのに、あの余所者めっちゃ強そうなんだけど!

僕らだけで勝てるの!? あ、よく見るとコハクちゃんいるじゃん! マグマを止めてよコハクちゃん!」

「マグマ様、このマントルも加勢しますよー!」

 

門番として村のルールと村そのものを守ろうとする金狼。

マグマ第一のマントルは当然マグマ側だ。

一方、一緒に門番をしていた銀狼は司に対し完全に怖気付いていた。

その分だろうか、司とマグマの体に隠れる形になっていたコハクらを見つけた。

他にもクロム達もいるのだが女性に目がいってしまうのは彼の性質からだろう。

もう一人はなるべくマグマから距離を取るため、一番後ろにいたので気づかなくても仕方ないのだ。

 

「マグマ、金狼をからかってんじゃねえよ。

おい、金狼、俺らはその許可を取るためコクヨウのおっさん呼びに行くんだよ。

コハクだけでいいからとっとと通してくれよ」

「そうか、コハクだけなら問題ない。村人なら出入りは自由、それがルールだからな」

 

そう言って橋の前から退く金狼。

一連の流れを後ろから眺めていた千空が呆れ気味に司に説明する。

 

「堅っ苦しいな、相変わらず。悪い奴じゃねえんだが、ちょいと融通がきかねえんだ。

ま、ルールさえ守ってりゃ突っかかってこねえよ、こいつは」

「そうみたいだね、俺としては悪いどころか、うん、好ましく思えるよ」

 

言葉通り好感を持ったのだろう、そう口にする司の顔は軽い笑いが乗っている。

その司の雰囲気に銀狼は目に見えてホッとし、マントルは昨夜のものとの違いに戸惑った。

 

「では私は父上を呼んでくる、少し待っていてくれ」

 

そう言ってコハクがコクヨウを呼んで司に村に入る許可を出したまではよかったのだが、その後二人が一緒になって司を村に案内したのが間違いだった。

その様子をみた誰かが叫んだのだ、コハクが男を村長に紹介していると。

当然のことながら、あっという間に三人は村人に囲まれる羽目になった。

 

「これコハクじゃなくて俺が行くべきだったよな、気づけなくて悪いと感じるわ」

「こうなるの想像できなかった他全員の責任だから、気にしないでクロム。

村の娯楽なんて少ないんだからこうなって当たり前なのにね」

 

司が何者なのかという疑問への説明役は千空の指名でマグマが行った。

いの一番に出た疑問のマグマとの対峙の件は余所者相手にマグマがいきなり襲ったせいと説明。

村人達が納得する中、マントルだけは他の誰が説明しても声を上げただろうと思える顔で話を聞いていた。

この辺りはマグマに説明役をやらせた千空の先見の明が光った形だろう。

まあ、マグマが説明役であったせいで、司の強さがより深く理解されたせいでもあるのだろう、この大騒ぎ状態は。

司がコハクとの関係が三日前に初めて会って、村まで案内してもらっただけという事実を村人たちに説明するのに非常に時間がかかったのは、コハクが全くその辺りを説明しなかったせいである。

曰く、

『何人もで説明してもわからなくなるだけだから司に全部任せる』

だそうで。

あれはただ単に面白がっているだけだろうな、というのは全員見解が一致するところである。

旧世界のファン相手とは勝手が違うのは司の考えが変わったせいだろうか?

目を白黒させながらの説明の後も根掘り葉掘りこの後どうするのか、寝床はどこで、など聞かれている中で、桜子から歴史などを教えてもらうと言ったら村の女性数名に桜子が囲まれた。

 

「桜子、あんたやっぱすごいわねえ。こんな立派な人にものを教えられるんだから」

「こんなにちっちゃいのにね」

「だから私は15だってば、身長は関係ないでしょう」

 

そういう桜子だが褒められて嬉しいのか頬が赤い。

それを見た女性陣により可愛いと構われる、するとますます頬が赤くなる。

というサイクルが生まれているところに千空が更なる燃料を投下した。

 

「後、マグマの特訓もこいつが見る事になってんだ。

料理を見る時間が減るかもだが、それは勘弁してやってくれ」

「ええっ! マグマに特訓つけられるの桜子!」

「待って、直接じゃないから、やり方教えるだけだから」

 

それに反応してさらに囲む女性陣が増える。

 

「桜子、マグマをしっかり見てやってよ。村一番のマグマがもっと強くなれるなんて素敵じゃない」

「うちのカーボも見てもらおうかしら? 桜子が忙しくなければだけど」

「あ、ごめんなさい、次の製鉄やったらちょっと私達の拠点に戻らなきゃいけないの。

だから、料理教室もしばらく後になっちゃうんだ」

「あー、仕方ないよね。桜子はほんと色々できるもん。引っ張りダコよね」

 

すでに外からは桜子の姿が見えない状態だ。

それだけ桜子が村人に受け入れられている証拠でもあるのだが。

その騒ぎは結局コクヨウが解散を指示するまで続いた。

 

 

あの時の千空は、村人に囲まれる桜子を満足そうに見ていた。

 

「やっと人並みに受け入れられたからだろうね、うん、この村に来れて良かった」

「分かんねえなあ、女に求めるもんなんぞガキ作れるかと家事できるかぐらいだろうが。

あんだけできりゃガキが難しくても嫁の貰い手ぐらいいんだろ」

 

一瞬眉をひそめる司だったが、常識の違いだと気づきそのあたり説明する。

 

「女性の幸せはそれだけじゃないと思うけどね、それは別の話か。

彼女が何故受け入れられなかった、という話だと俺にも分からない。

周りから浮いてしまっていた、それしか俺は知らないからね」

 

心底面倒くせえという顔でマグマがぼやく。

 

「俺には関係がねえからな、今やりやすいんならそれでいい。

俺の目的は、司、テメエをぶっ飛ばす事だからな」

 

後ろ半分は凶悪な顔で笑いながらだが。

司はその敵意を受けても微動だにせず、むしろ微笑んで言葉を返した。

 

「ああ、その方が彼女にとっても喜ばしいはずだよ。うん、安い同情なんかよりよっぽどね。

君は彼女を利用して自分が強くなる事だけ考えていればいい」

 

今の自分では司に歯牙にもかけられない、分かっていても不快ではある。

しかし、突っかかっても流されるだけなので、自分の求める強さの方向を決めるため深く思索に入るマグマだった。

 

 

「話は変わるんだが、君とぶつかったあの日から俺はコハクに遊ばれている気がするんだが」

「今更何言い出してんだテメエ、女どもに隙を見せた時点で諦めろ」

 

桜子が戻った時、何故か頭を抱える司と悩みすぎて頭痛を堪えるマグマの姿があったという。




司がなんか愉快なキャラ付けに……!
その、ファンとしてでなく友人付き合いは慣れてないイメージが自分の中になぜかあるんです。
それもこれも原作で『取り巻きは山ほどいるが大切な人間などいない』って言った司が悪いんだ!(責任転嫁)


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プライドを持つのは大事

UA5万突破! 皆様ありがとうございます!
投稿開始からちょうど2カ月。
そこそこの長さになったと言ってもいいんでしょうか?



無事雷雨にも恵まれ磁石の完成を見た次の日。

銅板作成か、それとも製鉄を先に始めてしまうかと思っていたら別の事をやると言われた。

 

「労働力の向上をしてえからな、ガラスを作ってスイカのメガネを作るぞ」

 

やっぱり優しいなあ、千空は。

そう思いながらニコニコしてたらキメエって言われた。酷くない?

 

「どこがだよ、突然ニヤニヤし始めやがって、暑さに頭でもやられたのかと思ったわ」

「口の悪いのは相変わらずだな、千空。それでメガネとはなんだ?」

「ぼやぼや病の矯正用具かな、分かりやすく言うと。メガネを作るとして、じゃあフレームはどうしようか?」

 

被り物も可愛いけどお顔も可愛いんだから隠すのはもったいない!

そう主張すればコハクの全面同意を得られたので二人がかりでスイカの説得にかかる。

 

「スイカはめっぽう可愛いのだから自信を持って顔を出していいのだぞ」

「ぼやぼや病がどうにかなれば転んだりもなくなるからね、被り物も必要なくなるよ」

「えーと、スイカはなんか落ち着かなそうだからコレつけたままがいいんだよ」

 

くっ、雰囲気が必死過ぎたのかスイカはドン引きでそう言って被り物を選んでしまった。

 

「女の可愛いに対するあの必死さはほんと分かんねえ。どうでもいいじゃねえかそんなの」

「あなたの鉱石集めと同じものよ、それが好きだからいっぱい見たいの」

 

クロムの疑問に我ながら見事な返しができたと思う。

その証拠に『おおっ』と言いながら手をポンと叩いている。

 

「オメエの場合可愛いがりの矛先を逸らしたいのが一番だろうが、スイカを捧げて逃げるつもり満々じゃねえか」

「千空、私はそんな事考えていないわ。ただ、同じ境遇の子が欲しいだけなの」

 

あのちっちゃい、ちっちゃいとほぼ同い年連中に可愛いがられるのは精神的に辛いのだ。

せめて共感できる相手が欲しいと思うのは当然じゃないか。

 

「巻き込もうとするのは、うん、よりタチが悪いと思うよ」

「村の女性達にコハクの事どう思うと聞かれた時、話を逸らせたらいいなと思った事は?」

 

司がツッコミ入れてきたのでこの頃の奴の悩みの種をぶつけて黙らせる。

この件に関してコハク曰く、

『村には新しい血が必要なのだろう? 司が相手なら悪くはないからな、私から皆に注意する気はないぞ』

だそうで。

司自身もコハクが嫌いな訳ではなく、友人であると思っていたら突然『交際相手としてどうか?』などと聞かれて困っているみたいな感じだろう。

キッパリそんな気はないと言えば話は終わりになるのだが、女性に対し失礼と思っているんだと思う。

後、単純にコハクは美人だし、スタイル抜群の上サッパリした性格で付き合いやすい。

これほどの良物件をスッパリ切れる漢はもう既に心に決めた相手がいるか、ホモくらいのものだろう。

村の男達? 自分より狩りがうまい女を嫁にしたら存在意義を見失うぞ。

 

「レンズ用のクリスタルガラスを作ったら炉が空くな、こっちで研磨してる間に銅板作成しといてくれ桜子」

「ん、了解。パワーチームはこっちってことね」

 

司とコハクとマグマがいれば銅板もあっという間にできあがるだろうし、銅板の研磨はどうしようかな?

クロムコレクションを漁っていいのがなかったら、黄鉄鉱辺り取ってきてもらおう。

最悪失敗したガラス使うかな? 割れやすいから危ないかなぁ、などとポツポツ考えるのであった。

 

 

銅板作成は少々のアクシデントが起きたぐらいであっという間に終わった。

そう、ちょっとヒートアップし過ぎたマグマが銅をぶっ叩き過ぎで穴を空けたため、もう一度溶かす羽目になったぐらいである。

先に司に見本としてやらせたのがまずかった、司より速く終わらせようと対抗心むき出しでやったため薄くなり過ぎ、それを直そうと周辺を叩いて戻そうとして歪みが出て、そこからバリバリと割れてしまった。

 

「おかしかったら笑え、馬鹿な事やったって自覚ぐらいあるからな」

 

彼なりに反省しているのだろう。両腕を組んでムスッとしながら、私だけに聞こえるよう言ってきた。

 

「そう? 対抗心を持つのは悪い事じゃないでしょ、ただし制御できていたら、だけど」

「それができてなかったんだからあんな無様を晒したんだろうが!

いいから、笑って馬鹿にしろってんだよ。裏でこっそりやるんじゃなく、今ここでよお」

 

ああ、陰口言われるよりかは今ここで言い終えさせようってことか。

 

「感情の制御に関してどうこう言う気ないわよ、だって完璧にできてる人なんてほぼいないもの。

私だって、みんなだって完璧じゃないのに貴方だけ笑われるのっておかしくない?」

 

予想外なことを言われたって顔してるな、そんなに変なこと言っただろうか?

 

「テメエは俺を嫌いじゃなかったのか? 嫌いな奴が無様な失敗したんだぞ? 笑って馬鹿にするのが当たり前じゃねえのか」

「あー、そういう人もいるけどさ、今は共同作業中の相手なんだから苛つかせたら作業効率下がるじゃない。それよりも早く終わらせる為にフォローした方がいいと思うの」

 

感情は感情、やるべき事はやるべき事。分けて考えないと効率が悪くてしょうがない。

大体本当に嫌いな相手ならさっさと作業終わらせて近くから去った方がいいではないか。

 

「訳がわからん、テメエはやっぱ変人だ。俺が十分強くなって司をぶっ飛ばしたらテメエとはそれっきりにすんぞ」

「わお、とっても喜ばしいわ、そういう方がやりやすくていい。ネチネチと陰口や嫌がらせされるよりよっぽど好ましいと思う」

 

コイツみたいな暴力至上主義といつまでも付き合っていなきゃならないよりよほどいい。

 

「貴方が強くなれば私にもメリットあるんだから、それだけで十分よ。

むしろそれ以上貴方との付き合いいらない」

「メリット? 俺が強くなってなんでテメエにんなもんがあんだ」

「ガーネットが喜ぶじゃん、他にも村の女性陣にはいい事じゃない。ほら、十分すぎるメリットでしょ」

 

朗らかに笑って見せればますますしかめっ面。

 

「貴方は労働力を払って、私は貴方が強くなるのを助ける。それだけのビジネスライクな関係なんだから目的果たしたらそれっきりって言うのは当然よ。わざわざ宣言する必要ないわ」

「ビジネスライク?」

「ああ、商売がないから伝わらないか。そうね、それぞれの交換材料出し終えたらそれで終わる関係って感じかな。貴方は労働力を、私は強くなる方法ね、今回の場合。だからもう十分強くなったと思ったらそれで終わりにしていいわよ」

 

そこまで言ったらマグマが何故か真剣な顔になった。何か癇に障る事言っただろうか?

コイツだって私の事訳わからないって思ってるんだから関係が切れるのは歓迎すべきことのはずだが。

 

「俺は、テメエが気に食わねえ。特に、一歩引いて見ているような舐めた態度を俺にする所がな」

「うん、わかった。じゃあ、どうする? 司に実践だけ見てもらう?それでも十分だと思うよ」

「ふんっ、バカ言え。それだけで勝てるほど甘くねえだろうが。

だから、テメエのいうビジネスライクで我慢してやってやるよ」

 

そう言ったマグマの顔が本当に不本意そうでそれを見てつい笑ってしまった。

 

「おい! 何がおかしいんだテメエ!」

「ごめんごめん、バカにしたとかじゃなくて、嬉しくなっちゃって。

話がちゃんとできるってだけなのに、石化前はそれもなかったからさ。貴方みたいなタイプとは」

 

理性的に話せる相手の貴重な事、貴重な事。

笑顔を浮かべながら右手を差し出して握手を求める。

 

「貴方が満足するまではよろしくね」

「はんっ、仕方ねえからよろしくしてやるよ!」

 

その手をマグマがしっかりと握り返して私とマグマの関係性は決まったのだった。

手はやっぱり痛かった、少し握力鍛えるべきだろうか?

 

 

銅板作成も無事終わり、発電機も組み終わって一つ問題が発生した。

二人でタイミングを合わせる必要があるのだが、今のメンバーで息の合うコンビって誰と誰かという事だ。

 

「コハクに俺が合わせるのが一番だと思う、マグマでは対抗心が強すぎるからね。

うん、後のメンバーでは悪いが力不足だと思う」

「まあ、それしかねえか。俺もクロムもパワータイプじゃねえし、他二人は論外だしな」

 

まあ、メンバー考えると、超人、ゴリラ、雌ゴリラ、ヒョロガリ×2、子供、子供並み。

うん、選択の余地なしで超人と雌ゴリラのコンビだな。

マグマがちっと舌打ちするが、やらかした後だからかさすがに何も言わない。

 

「んじゃ、発電所のテスト起動と行くか。

とうとう世界の根幹のエネルギー、電気の爆誕だ。唆るぜ、これは」

 

 

駄目でした。

いや、回した当初はよかったんだ。

だが、だんだんと速度を上げていくとがたつき初めてそのままバキッと……、

壊れた装置を見る私たちの顔は前衛芸術のようになっていたと思う。

 

「ククッ、まあ仕方ねえ、実験に失敗は付き物だ。原因の究明やって壊れた部分直してまたやりゃあいい」

「すまない千空。しかし、原因は装置より人だと思う。

やってみて思ったが、息をピッタリ合わせないと難しいよ、これは」

「つっても、息ピッタリで身体能力高い二人ってなかなかいねえぞ」

「村で一組心当たりあるけど……」

「んじゃ、そいつら勧誘しに行くぞ。後、コハクにマグマ! 喧嘩終われ! 無駄な時間と体力使ってんじゃねえよ」

 

え? コハクとマグマ?

装置が壊れてマグマが大笑いしたからコハクがキレて大ゲンカですよ。

司がなぜ止めなかったのか後で聞いたが、

『実力が近いもの同士でやった方が強くなりやすい、怪我をどちらもしないように見てはいたよ』

だそうで。

そういうところはやはり格闘家なのだなと思いました、軽く引きます。

 

 

そうゆう訳で目的の相手の勧誘のために橋の手前まで来たのである。

 

「何の用だ余所者たち、村に入るのなら勝手にしろ。村長から許可は出ているから、止めるつもりはない。それがルールだからな」

「もう、金狼は堅物なんだから。僕らに何か用事なんでしょ、わざわざ来たって事はさあ」

「ああ、おめーら二人にちっとばかし頼みてえ事があんだよ」

「門番は問答しない、それがルールだ。だが、貴様らが勝手に呟くのなら好きにするがいい」

 

やって欲しい事とその目的をざっと説明すると金狼は予想通りの反応。

予想外だったのは銀狼の方だ、意外な程乗り気だったのである。

 

「いいじゃん、やろうよ金狼。門番の役目終えた後でいいんだからさあ」

「駄目だ、そんな妖しげな妖術に手を貸すなどごめんだ!」

「ルリちゃんの病気治すのに必要なんでしょ? だったらいいじゃん、十分村の為だよ」

 

怪しい、何が目的だコイツ。

下手するとマグマ以上に利己的で目の前の欲望に忠実な奴が村の為とか怪しすぎる。

いや、ある意味悪人ではなく普通の人なだけなんだろう。

けど、いや、だからこそ無条件に信用できるかというと、NOと言わざるを得ない。

でもまあ金狼が納得しそうだし、ありがたいと思おう。

金狼へのだめ押しの材料もあるし。

 

「確かに巫女の病気を治すのは村の為であるし、色々村の助けになってくれているのも事実だが……」

「でしょー、助け合いだよ、助け合い。銅板ってのを回すだけなんだからさあ、いいじゃん、ねえ?」

「そうしてくれると助かるのよね。あ、そういえば金狼、貴方のぼやぼや病どうにかできるけど、どう?」

「なんのことだ、俺はぼやぼや病などではない」

「白金さんから相談されたんだけど」

「母さん……!」

 

額を押さえ苦悩の表情を見せる金狼。

銀狼はますます調子に乗って囃し立てる。

 

「ほらほらぁ、母さんのお願い聞いてもらう為にもさあ、やろうよ金狼〜」

「……仕方あるまい、お前たちに一時協力しよう。

だが、勘違いするなよ! お前たちを信用した訳ではないのだからな!」

「ああ、わーってるって、ルリって女を治すまで信用しろなんて言わねえよ」

 

とりあえず無事発電できそうでなによりである、と思っていた矢先に事は起きた。

彼らが門番やる時間が終わった後、広場に向かう最中のことである。

移動中金狼の死角になるような場所から銀狼に手招きをされた。

司達は気づいてるから何かあっても助けは入りそうだし、いいかって思い銀狼の手招きに応じる。

もちろん司に小声で何かあったら大声出すからと言ってからだ。

そこらの木の陰に入ってから入念に周りに人がいないのを確認してか、真剣な目で銀狼が話し出す。

 

「記憶力がいいんだよね、桜子ちゃんは」

「? ええ、そうだけど?」

 

完全記憶能力だからな、全て覚えている。

この頃は持ってて良かったって思えるようになってきたぞ。

 

「絵も描けるんだよね!?」

「できるけど、なに? なにをしてほしいの?」

 

そう口にはするけど大体分かった。

漫画で描かれた性格とほぼズレがないのなら……、

 

「裸のお姉さんの絵を描いてください!」

 

小声でもここまで力強く声を出すのってできるんだなあ。

流れるような綺麗な動きで土下座をかます銀狼の前でつい現実逃避したくなった私であった。

しかし、この目の前の土下座するお馬鹿は現実逃避してもいなくならない。

さてどうしてくれようと悩んでいると頭だけこちらに向けて真摯に訴えてくる。

 

「描いてくれるなら僕だけじゃなく、金狼も君らに全面協力させるから、是非お願いします!」

 

うん、声と顔は真剣だね。

だが気づかれないとでも思ってた? 下着を覗いたのはわざとだろ貴様。

私相手で良かったな、コハクとかにやってたらそのまま頭踏まれただろうし、他の子だったら村中にやったことばらまいてたからな?

うん、これはでっかいお灸を据えねばならないな。

 

「銀狼、絵を描いてもすぐ金狼にバレて捨てられるよ?

話は変わるけど、昔は文字って言って言葉を書き残す事をしてたの」

「言葉を描いて残す……? はっ! もしかして、夫婦や恋人との間でやるような事でも!?」

 

それ関係にだけ鋭すぎだろ貴様。

長々と話したい訳じゃないからいいが、普段からその鋭さを女性相手に発揮してたらもっとモテてるぞきっと。

 

「ええ、そうよ。いい事を文字で書いて渡しますので、千空あたりに読み上げてもらって?」

「ホント! 読んでくれるの!?」

「最初の方に千空あてに、読み上げるように書いておくから大丈夫、きっと最後まで読み上げてくれるよ」

「ありがとう! 千空だって男だもんね、そういうの興味あるもんね! よーし、力が漲ってきたぞー!」

 

そういうのは興味以上に面倒くさいと思っているだろうけどね!

まあ安心してほしい銀狼、私は嘘をつく気はない。勘違いさせる気は満々だけどね!

大喜びでみんなと合流しようとしている銀狼に私はいい笑顔で数歩距離を空けながらついていくのだった。

 




『銀狼は普通の男の子なんだから手心加えてあげて』ですって?
桜子の周りの男性を考えると、彼女の中の男性評価基準が分かるかもしれません。


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彼女の事

銀狼を狂言回しに使いすぎかなあ。
三枚目キャラとして使いやすいんですよ、彼。


約3700年ぶりの電気の光がこの星の上に生まれた日の翌日、村で二回目の製鉄が始まった。

作業のきつさは十分知られていたが、報酬にふるまわれる料理の旨さと村の若手の中心人物であるマグマや金狼、コハクらの積極的参加、目的である村の巫女ルリの治療のためなどの理由により参加を渋る者はいなかった。

特に張り切ってやっていたのは銀狼で、周り全てが珍しい事もあるものだと感心するほどだった。

その姿を見てちょっとは手心を加える事にした桜子。

騙す事への罪悪感か頑張りへの報酬なのか……。

目立っていたのは彼だけではない、むしろそれ以上に目立っていたのはマグマと司である。

二人だけで1500度を超える程であったため、慌てて千空と桜子が炉がもたないと緩めさせる事態に。

それらのおかげで無事製鉄は完了、村の職人カセキと千空の監修によって鉄製の道具が完成したのであった。

 

「それじゃあ、冬を越すまでこちらに合流でいいのね?」

「ああ、ビン詰もできるようになりそうだからな。復活液さえありゃこっちで冬越した方がいい」

「うん、分かった。じゃあ今ある硝酸の分だけ復活液を作ってある程度のグアノを回収、滴り落ちる分は大きな容器を下に置いて溜めておくでいいのね」

「おう、こっちに回収すんのはそれと腐るもんだな」

 

製鉄が終わればあちらの拠点を一時放棄する旨を伝えるため桜子とコハクが船で向かう。

コハクを選んだのは桜子、消去法で決めたらしい。

村の船で行くなら村人が船頭を務めた方がいい、距離があるので体力が必要となると、マグマとコハクが候補に残り、桜子としたら当然選ぶのはコハクという訳だ。

 

「この後は千空が金狼のメガネ作りで、カセキさんが他のガラス容器作り?」

「後、マグマと司が家作りだな。二、三軒建てりゃあひとまずいいだろうが、まず森を切り開くとこからだかんな。さっさと始めねえとな」

 

そう言った直後、突然木が倒れる音がした。

 

「あっちは司がマグマ連れてった方だな」

「そんなに時間経ってないよねえ、木を切るの早すぎない?」

 

後、木の幹に刃を入れる音がしなかったんだがと思っていたら、また木が倒れる音がする。

 

「まさか、一撃で木を切り倒してるの!?」

「倒れる音しかしねえって事は、そういう事だな。相変わらず武力って分野では他の追随を許さねえ奴だな、司は」

 

心底呆れて額を押さえる千空とポカンと口を開けて音の方を見ていた桜子の元に司達が戻ってきた。

どうも使っていた石剣が司の力に耐えられなかったようで、折れた、というか砕け散った根元だけを司は持っていた。

 

「出発までにある程度切り開いた状態を見せるつもりだったんだが、うん、失敗してしまったよ。

剣に負担をかけすぎた、氷月に聞かれたら笑われてしまいそうだ」

 

朗らかに笑いながら話しているが、後ろのマグマは顔色が悪い。

自分の目指す頂きがどれだけ遠いかを見せつけられたのだ、心折れないだけでも十分賞賛に値するだろう。

 

「くそっ、まだ格が違うってのをみせつけやがってよお」

「そうよね、石剣で木を一撃でっておかしいよね」

「あ? 何言ってんだテメエ。木を一撃でぶちおるのなんざ、あいつならできるに決まってんだろ。

俺はもちろん金狼だって、たしかアルゴだってやれるぞ、んの程度」

 

目をパチクリさせて困惑する桜子。

その返しは想像もしていなかったようだ。

 

「あの野郎、木を切っていやがった。しかも、新品でもねえ使い込んだ石剣でだ。さすがに俺にはやれる気がしねえ」

「普通じゃないよ、金狼も、マグマも、当然司も~。木は斧で少しずつ切るものだってば」

「うむ、その方がよい木材になるからな。ただ今回は家を建てる空間を確保するのが目的だ。

木をただの障害物と考えれば司の行動も無しではないな」

 

倒した木の枝を落としていたのだろう、青々とした葉のついた木の枝を持って金狼達も合流してきた。

 

「マグマ、貴様は何故こちらを手伝わん。剣の代わりを取ってくる司はともかく貴様は手すきだったろうが」

「ちっ、相変わらず口うるせえ奴だ。どうでもいいだろうが、そんなもん」

 

金狼の小言にバツの悪そうな顔で答えるマグマ。

その様子に桜子が笑って指摘する。

 

「司の強さに度肝抜かれたんでしょ、それでつい枝払いを忘れたせいでバツが悪いってとこじゃない?」

 

図星をつかれたマグマが嚙みつこうとするが、ささっと千空の後ろに逃げ込む桜子。

当然追うマグマと逃げる桜子。巻き込まれた形の千空はウンザリした顔である。

そんな様子を見て司は喜びを隠せなかった。

 

(彼女の笑顔が自然に出るようになった、いや、戻ったと言うべきか。

俺を起こす前はあんな風だったのかな? うん、今の方が年相応だろう。

俺が起きた頃はずっと警戒をしていたから、あんな姿は初めて見るかもしれないな)

 

司が起きる前、大樹に慣れた辺りではそうであったとは千空の言である。

まあ、大樹の場合単純極まり無いので一日程度で慣れたそうだが。

ちなみに千空は気づいていないが、彼相手の場合最初の話し合いが終わる頃には警戒ほぼ0であった。

どれだけ、彼女が信じられる事に飢えていたかが分かろうというものである。

だから、彼女は行く事に決めたのだ。

下手をすれば既に敵地と化しているやもしれない場所に。

虎口に飛び込む事になるかもしれない、そう思う心を深く沈めて、普段通りに振舞って。

マグマをからかい、千空に迷惑そうな顔をさせ、司に微笑ましく見守られる。

そんな光景をずっと続けていたい、その為に氷月と対峙するのだ。

いつも通りのじゃれ合いは、出立の準備が終わったとのコハクからの伝言を、スイカが伝えに来るまで続いた。

 

 

桜子の勧めでスイカは料理を教わると言って村に残った。

桜子とコハクは先日出立したばかりだった。

その日倉庫前の広場には男性しかいない状態であった。

銀狼、彼がその欲望を叶えるのには絶好のタイミングであると彼には思えたのだ。

それが桜子がセットした状況だとも知らずに。

 

「千空ー! 君にお願いがあるんだ!」

「あん? 銀狼じゃねえか、なんだ俺にお願いって」

 

カセキに作ってもらうガラス製品の説明をしていた千空が疑問の声をあげ振り向く。

銀狼は欲望でギラギラした目で、千空に桜子から渡された薄く加工された紙がわりの皮を渡した。

 

「これを読み上げてほしいんだ。ホントは自分だけで読みたいけど文字ってわからないから、千空にお願いしたいんだ」

 

訝しげな顔をしながらも皮を受け取る千空。

そこに書かれている内容を読んで、彼なりに納得して読み上げる事にしたのだった。

 

「んじゃ、読み上げっぞ。『銀狼へ。最初に言います……

 

 

読み上げた後、そこには夢敗れたりと言わんばかりの姿で倒れる銀狼がいた。

 

「そこまで期待してたのかよオメー、欲望に忠実に生きすぎだろ」

「だって! だあって! 期待するじゃん! いい事書いてあるって言われたら、恋人同士でする事を書いたものがあるって言われたらさあ!!」

 

千空も鬼ではない、彼の名誉に関わる、というか犯罪行為については読まずにいた。

やられた方がそれほど気にしていないようなので責める気は千空にはない。

が、どうも桜子を妹とだぶらせている司はどうだろう?

性根を叩き直されるで済めばいいが。

 

「桜子に何頼んでんだよ銀狼、怒るに決まってんじゃねえか、んなもん」

「ワシは桜子ちゃんの事あまり知らんけど、女子にそんなものお願いしたら怒るに決まっとると思うよ」

「絵を描いてって土下座してお願いしたら、笑顔で文字で書いてくれるって言ってくれたんだよお! それなのに、こんなのってないよ!」

「ほう、何がないんだ銀狼」

 

気付けば後ろに、マグマと共に司に挑んでいたはずの金狼がいた。

どうやら挑戦者の片割れが気絶したらしく、遠くにはマグマを担いでいる司の姿が見える。

メガネも作ってもらい間合いを上手くとれるようになった金狼とスポーツトレーニングの実施で着実に強くなっているマグマ。

だが、司相手では二人掛りでハンデありでもあっさり敗北してしまったらしい。

 

「や、やあ金狼。なんでもないよ、うん、何にもないさ」

「桜子にエロいもん書いてもらおうとして、直すべきとこ大量に出されたんだよ、こいつ」

「クロム! なんで喋っちゃうの! ……じゃ、僕はちょっと走り込みしてくるね!」

 

ほぼ悲鳴のような声をあげ、即座に逃げ出す銀狼。

 

「興味深い事を話していたね、俺にも詳しく話してくれないかい、銀狼」

 

しかし回り込まれてしまった。

というメッセージが千空の頭に浮かぶ状況だった。

マグマは、と見れば丁寧に置いてもらったらしく、気絶から戻っていない。

それなりの距離があるはずなのだが、さっきの銀狼の叫びは聞こえていたのだろう。

銀狼が逃げる体制に入ったのを見て、即マグマを地面に置き回り込む。

書けば一行だが、できる人間が何人いるのやらである。

 

「千空、それを俺にも読ませてもらえるかい?」

 

いい笑顔で右手をこちらに差し出す司。

なお左手はガッチリ銀狼の肩を掴んでいる。

そっと物を差し出して心の中で銀狼の冥福を祈る千空であった。

 

 

銀狼がボロ雑巾のように横たわる傍ら、男達は集まって話していた。

千空が疑問をクロムに投げたのだ、性関連で桜子が怒るのか? と。

 

「おう、コハクと一緒に喋ってる時によお、閨の作法は知ってるのかってコハクが聞かれたんだよ」

「ああ、14になったら村の同性の大人に習えと言われる奴か」

「銀狼の奴は12で聞こうとしてしこたま怒られたんだったか金狼?」

「マグマ、今はそれは関係ない。すまないが黙ってくれ」

「んでコハクが知らないって言ったら桜子の奴めちゃくちゃ怒ってなあ、ルリに教わりに行くか今ここで私に習うか選べって迫ったんだよ。

コハクはルリに教わるっつったけど、今度は俺の方に飛び火してよ、慌ててコクヨウのおっさんに習うって言ったわ」

「ふむ、前の巫女様はコハクが14になる前に亡くなられていたか、そういえば」

「クロムよう、テメエなんで聞いてねえんだ? ガキ作んのは重要だろうが」

「マグマ、 クロムの件も後でいい。俺も千空も考えをまとめたいんだ、頼むから黙っていてくれ」

 

クロムが答え、金狼が補足し、マグマがまぜっ返したのを司が止める。

なぜかそんな流れができていたが今度はカセキがポツリと呟いた。

 

「嫌なことでもあったのかのう、そんなに怒るなんて」

 

その呟きに司が凄い勢いで千空の方を見る。

 

「千空、まさかとは思うが、桜子は……!」

「安心しろ、それはねえ。もしそうだったら、男に近づけねえだろうが。

性関連に触れるのも嫌になるはずだが、気にしてる様子はなかったしな」

 

最悪の予想をしてしまった司に即否定をする。

そうだ、それならば男の横で眠れるわけがない。

だが、それに近い事なら?

前世の記憶があると言っていたが、……前世が女だったと言っていたか?

もし、前世が男で、その性癖が性を知らない事に危機感を覚えるようなものだったなら……、

 

(あー、クソッ。俺もまだまだ詰めが甘えな、先入観でそのまま前世も女だったと思っちまってた、んなこと一言だって言ったかってんだ。

漫画知識はともかく、前世に関しちゃもうちょい聞いとくべきだったか?

……いや、ちげえ。こうやって少しずつ分かりあっていくってのが本来の人間関係ってもんだろ。

余計な情報のせいで考えすぎただけだな、これは)

 

そこまで考えたところでふうと一回息をついた。

 

「司、とりあえずオメーの考えているような事はねえ。

俺が知ってる桜子の事で心当たりといえる原因があるからな、そっちのほうが可能性が高え。

そいつをしゃべるのは本人の許可が欲しいからちいと厳しいが、酷い目にあったとかじゃない事だけは保証するぜ」

「そう、か、君がそう言うならそうなのだろう。うん、少し安心できたよ」

「ケケッ、さっきのオメーの雰囲気俺と桜子を脅しつけた時とそっくり……」

 

そこまで言ったところでふと頭をよぎる言葉があった。

『腹心の部下が裏切りからの共闘で』

ぶわりと嫌な汗が噴き出る。

 

「おい、司! テメエが起こした中で、石化前一番信頼してたのは誰だ!」

「…? 氷月だが、それがどうかしたのかい?」

「そいつの思想はどうだった! 裏切るとかあるか!」

「いや、待ってくれ千空。話が見えない、氷月が裏切るなんて……」

 

そこでようやくその可能性に思い至った司。

冷や汗をにじませながら、言葉を絞り出し何とかその可能性を否定しようとする。

 

「目覚めてすぐにその辺りは話したし、分かったと言ってくれた……」

 

しかし、考えれば考えるほどその可能性が否定できないものに、否、高まっていくばかりである。

 

「司、テメエをこっちによこしたのは誰だ? 大樹や他の奴、いっそそっちも手紙でよかったはずだな? そうせずにテメエを送り出した理由、思い至ったんだろ。そいつはありうるか?」

 

ありうる。もはや否定できない。

驚愕に口元を押さえ震える司、そんな司の様子にただ事ではないと理解した他全員。

 

「千空、よくわかんねえけど桜子があぶねえんだな?」

「ああ、その可能性が高え。だが、あっちは船だ。もう着いてる頃だ。

復活液の生産を待ってくれてりゃあいいが、正直どこで仕掛けてくるかわからねえ。どうだ司」

「氷月が仕掛けるなら確実を期すはずだ、彼の性格なら不確かな要素はつぶしてからやると思う」

「なら桜子の性格や急所をある程度把握してから仕掛けるか?

復活液の在庫はほぼなしのはず、それなら少しは時間があるかもしれねえ」

「こういう時は考えてたって仕方ねえぜ千空! 行動あるのみだ、間違ってたらそんときゃそん時だぜ」

「へっ、頼もしい事言うじゃねえかクロム。

それじゃあ桜子救出作戦スタートと行こうか!」

 

おう! と力強く応じる司、クロム、マグマの三人。

 

「まだ司に勝てるほど強くなれてねえからな、今あいつにいなくなられちゃあ困る」

「桜子は同じ頭脳労働チームの仲間だ、仲間を見捨てるほど落ちぶれちゃいねえぜ俺は」

「これは俺の身から出た錆だ。これで誰かを傷つけるような事には決してさせない」

 

金狼は黙ってその様子を見ていたが、熟考の末やがて口を開いた。

 

「俺たちも同行しよう、薬作りや料理教室で貴様らが村のために動いてくれたのは事実だ。それに……」

 

そこで言葉を切り、金狼が珍しく笑顔を見せた。

 

「母さんには逆らわない、それが家庭のルールだからな」

「おほー、男の子じゃのお。おなごを助けに皆で力を合わせるなんてまるで物語みたいじゃない? 

ワシはどうしようかのう、行ってもいい? 爺じゃから役に立たんかもだけど」

「来てえんなら来いよカセキ、あの何でも一人で抱え込む馬鹿を叱りによ」

「んじゃ、許可も出たしついてっちゃおうかのう!」

「まずはコクヨウのおっさんに船を使う許可もらってくるぜ! 桜子がヤベーならコハクもヤベーだろ。

村人のためなんだから村のもん使ったっていいよな!」

「よし、ソッコーで出発すんぞ。各自自分の準備整えて船着き場で合流だ、いいな!」

 

今度は全員が『おう!』と返答を返し、各々の準備のため散っていく。

千空も自分の準備のため走っていく、今度は命なんて賭けさせない、今度も止めて見せる。

決意の中男たちは走り出すのだった。

 

 

そして拠点へ向かう船上にて、

 

「待って! なんで僕まで巻き込まれてんの!? 降ろして、僕を家に帰してえぇぇ!!」

 

金狼によってついでに乗せられた銀狼の悲鳴が響いた。

 

 




銀狼へ渡した物の全文がこちら。

これを読み上げる千空、又は司へ もし金狼が近くにいたらカッコ内は読み上げないであげて下さい。
銀狼へ 最初に言っておきます、これは貴方が欲しがった性的なものではありません。
ですが、ここに書かれた貴方の問題点を直せば女性人気は上がる事は約束します。
まず村の女性たちからの貴方への評価内容ですが、
『そこそこ強く顔も悪くないが、性格がちょっと』
『土壇場で逃げ出しそう』『家事を手伝ってはくれなそう』
『むしろ狩りさえサボりそう』『金狼任せで逃げすぎ』『美味しいものは自分一人で食べちゃいそう』
『調子に乗るときすさまじくウザい』等々、はっきりと言って評判悪いです。
後、致命的なのが透けて見えるその下心です。
男性のチラ見は女性からすればガン見、という言葉が旧世界からありますが、貴方の胸や腰、お尻などへの視線は全てバレています。
さすがに小さすぎる子には向けていないようですが(、私ぐらいでしたら守備範囲内だったようですね。
あの時、下から覗いていた事気付いていますよ)。
村で一位二位の人気を争いのはマグマと金狼です。
二人に共通するのはとにかく強さ、強ければ村での人気は出ます。
あの二人に及ばなくとも鍛えれば十分チャンスはありますし、普段からコツコツと努力する姿を見せていれば自然と人気は上がります。
『顔は悪くない』『強くはある』との声もありますのであとは貴方の努力次第です。
貴方の奮起を期待します。

桜子の書いたものは以上。

以下はノイズであり知らないでいい事柄である。
スクロールする際は自己責任で。













桜子の前世の主な性癖:無知シチュ
タグにR-15要る?


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ガールズトークは辞めづらい

拠点へと向かう船の上で私はじっと村の方を見つめていた。

別に二度と戻れないとか、この世の最後の思い出になんて思っているわけじゃない。

大切なのだ。村が、村での生活が、村の人たちが、それに関わる全てが。

だから、それを壊してしまいかねない氷月を止めなければならない。

彼の望みはきっと叶わないから。

人類全員を巻き込んでの猿猴捉月なんて笑い話にもならない。

いや、笑うことができる人すらいない、が正解か。

とにかく、彼の優秀な人間だけを残すという思想は危険というレベルではないので止めるのは必須なのだ。

 

「桜子、ずっと静かだが船酔いでもしたか?」

 

船に乗ってからずっと静かだったから心配になったのか、コハクが船を漕ぐ手を緩めて声をかけてきた。

 

「ううん、そういう訳じゃないよ。しばらくは戻れないなって思ってただけ。

それより、ちゃんとルリさんに教えてもらった?」

「ああ、うん、それは、そのー、少しずつ教えてもらうつもりだ」

 

頬を赤らめ目を泳がせ体をくねらせる姿は非常に扇情的だ。

私が男だったら襲ってるぞ、この15にあるまじきスタイルの持ち主が!

 

「とにかく、まずは男を興奮させない事を出来るようにするの。

普通にしてたって、男なんて興奮しちゃう事がある生き物なんだから。

特に私達と同年代なんて若さで暴走しがち、だからこそ女性の方でコントロールできるようにならなきゃいけないの!」

 

知らないって事は本当に危ないのだ、特にこれから人が増えていくのだから。

悪い人間って訳じゃなくても勘違いする奴は出てくるのだ。

その時自衛出来るだけの知識は絶対に必要なのである。

 

「うう、そう言われても、村の同世代にはそういう目で見られた事などないぞ」

 

村の若い男どもは玉無しかな?

いや、村の女性陣を考えるとそう言うのは酷か。

三姉妹も孔雀もスタイルいいもんなあ、ペッタンコな人ってもしかしたらいないのでは?

コハクとスタイル的にはどっこいぐらいだったら性格が女らしい方がいいもんね。

やめよう、ちょっと悲しい話になりそうだ。

 

「いい、今後村の男達とは違ってコハクの事をよく知らないのが起きてくる訳よ。

その時にうっかり勘違いさせるような事をしたら、襲われかねないんだからね。

コハクなら撃退できるだろうけど、勘違いするような奴は逆恨みする事も多いの。

そしたら今度は十人、二十人で襲いかかって来かねないの。

それでも大丈夫だと信じてるけど、そんな大事になるなんて嫌でしょ?

そうなる前に対処したりできる知識を得ておく必要があるの。

というか、何にも知らない状態で司に迫られたらどうする気だったの?

司なら大丈夫だろうけど、すごい事とかされたりもありうるんだからね!」

 

これもSEKKYOUだろうかとアホな事が頭をよぎるがコレはしっかり伝えないと。

新世界に性犯罪は存在させない事が私の目標なのだから。

 

「いや、その、司の事についてはあれだ、そういう事をするとかは考えてなかったのだ。

姉者の為にその、な」

 

ルリさんの為と聞いてピンとくるものがあった。

 

「コハク、貴方さては、御前試合に司を出場させる気でしょ」

 

ギクってするんじゃない!

なるほど、司と自分の二人でクロム以外を負けさせルリさんの旦那にクロムをおく計画か。

決勝まで司が残っても、そういう話があったらまいったしやすいしね。

確かに村のほぼ全員にばれてるからなクロムの恋心。

ルリさんの恋心はほぼバレてないが、知ってる人は知っている話だ。

司を御前試合に出させるのは本人の了承すらいらないし、勝ち残ってもらうにはやる気さえあればよしと。

 

「それ、司にひどい迷惑だって分かってやってるの?」

「自覚はある。だが、誰かにすがってでも私は姉者に幸せになってほしいのだ……」

「はあ……、私からは誰にも何も言わないわ。司にもそれ以外にも、ね」

 

一つため息をついてから許しの言葉を紡いだ。

コハクの顔が輝くがしっかりと釘は刺しておく。

 

「ただし、司がその気になったならちゃんと応えなさいね。

餌だけ振って終わったら何も与えずポイ、何てたとえ貴方でも許さないからね」

 

実際嫌でもないのだろう、司は強い上に誠実で優しく顔もいい……、なんだこの完璧超人。

だから、女性的な魅力に今一つ自信がないコハクは自分を選ばないと思って高を括っていたのでは?

 

「も、もちろんそのつもりだ。だが私を嫁に何てしたがるのか?」

「自分の魅力を自覚しなさい! 旧世界の男だったら9割がた引っかかるわよ。

応えるためにもちゃんと作法を習っておきなさい、いい?」

 

十分に魅力的なんだから可能性は大いにある。

なので、習う事から逃げないように再度言っておく。

慌てて頷くコハク。この話題はマズイと思ったのか別の事を聞いてくる。

 

「う、うむ。分かった。しっかり姉者から教わっておく。

しかし、桜子はなぜそこまで詳しいのだ? 確か君達は成人は20じゃなかったか?」

「うーん、成人する前に知るものだから、っていうところかしら?

ただ、体の仕組みだけ全体に教育して、後は個人でやっていく形だから個々人で差が激しいのよね。

言っては何だけどそういう資料は世の中に溢れてたから」

 

旧世界は特殊性癖の坩堝だったと私は思う。

なんだよ睡眠姦って、NTRとか狂ってる、腐女子はもう少し自重して。

無知でいる事は犯罪に巻き込まれる最大の原因だとは思う。

だが、前世の記憶でもここの辺りは本当にいらなかった。

 

「なんだか目が死んでるぞ桜子、嫌な記憶なら忘れてしまうといい」

「ありがとうコハク。でも私忘れるって事出来ないの、生まれてからずっと」

「それでも、意識を逸らす事はできるのだろう?

あちらの拠点で仲の良い誰かの話とかはどうだろう」

 

本気でヤバ目な雰囲気だったんだろう、割とコハクがさらに話題を変えようと必死だ。

 

「そうねえ、杠と大樹かなあ仲が良い相手って。他の人は会ったことないから分からないってだけだけど。

二人は元気かなあ、仲進展してるかな……、いや無理か。早くくっついてほしいんだけど」

「ほう、そんな関係の二人がいるのか」

 

話題を変えてあげると思いのほか食いついて来た。

やっぱり恋バナは女子の大好物だよね。

 

「そうなのよ、傍目に見てるだけで想いあってるのが分かるのに、全然進展しないのよ。

私は10日弱程度しか一緒にいなかったけど、千空は二人の幼馴染なのよね。

よく大樹を蹴っ飛ばさなかったと本気で思うわ」

 

もどかしいを通り越してもう結婚しろお前らの領域だもんね。

そう考えると千空って忍耐力がとんでもなく強いのかも。

 

「それで普段どんな感じなのだ、その二人は」

 

ワクワクだとかドキドキだとか漫画ならまわりに出てそうな雰囲気で聞いてくるコハク。

なんかキャラ違わない? 大丈夫? 暴走してない?

まあ、私も楽しいからそのまま続けるけど。

 

「普段はねえ、意外な事に普通でしかないのよ、これが。

でもね、でもね、フッと二人で目が合うと二人とも赤くなってそっと目線を外しあうの。

それからまたチラリとお互い見あってたりとかするのよ!

これは本当にレアな事だったんだけどね、それ見たから私絶対二人に結婚式挙げさせたいって思ったの!」

「ほほう! いい、とてもいい! もっと二人の間の話はないのか桜子!」

「それじゃ、千空から聞いたエピソードだけどね……」

 

キャーキャー言いながら大樹と杠の話をしていたら、気付けば夕日が差す頃で、

当然それ以上進めず、その日は予定の半分も進めなかった。

それでも私が歩くより速いので問題はきっとない、筈だ。

 

 

夜営中でも色々お喋りしてしまった。

やっぱり男性側がリードすべきだとか、だからこそ大樹にある程度教えておきたかったのに千空に禁止された事とか、千空自身はそこの辺り完全に制御してるっぽくて何歳だっけっていう話になったり色々だ。

お陰で二人して少し寝不足だ、まあ急ぐことでもないのでのんびり向かう事にした。

のんびり向かってもその日の昼過ぎには着いたし、もともといつに着くとか言ったわけではないので問題なしだ。

 

「お帰りなさい桜子ちゃん、風邪ひかなかった? 怪我とかない? 後、危ない目にあったりしなかった?」

「はっはっはっ、千空がついていたんだ、大丈夫に決まっているぞ杠。

だけど無事な姿を見れて安心だ、また会えてうれしいぞ桜子!」

 

問題は拠点について早々杠に抱きしめられている私がいることだ。

 

「もう、大樹君は心配じゃなかったの? いっつもそんな調子なんだから」

「もちろん、心配ではあったさ。だが、千空なら桜子をしっかり守れると信じていたからな。

心配以上に信頼していただけだ。実際、桜子の元気な姿がこうしてまた見れたろう?」

「私だって千空君のこと信じてなかった訳じゃないよ。

でも、桜子ちゃんはこんなに小さな体で頑張ってるからどうしても心配になっちゃうの」

「それは同感だな、小さな体に大きな知識が詰まっているのが桜子だからな」

「もう、大丈夫だったって。心配されるような事なんて何にもないってば。

順調に鉄もガラスもつくれてるんだからね、杠は心配し過ぎなのよ」

 

そう言って杠の胸の中からようやく抜け出る私。

抱きしめられてるとすごく安心するから抜け出すの大変だったけど。

 

「危ない事何て本当に何にもなかったの、だから戻ってこれたんだしね。そうでしょ、コハク」

「いや、それはさすがに無理があると思うぞ桜子」

 

なぜ? 何か危ない事ってあったっけ?

分からないって顔してたらコハクが頭痛を堪えるような表情でツッコミを入れてくる。

 

「いやいや、熊に追われたり、マグマに拐われたりしていたろう君。どちらも十分危ない目と言えると思うぞ」

 

それらは覚えているけど……、

 

「熊は川に飛び込めば逃げられると思ってたし、マグマの方なんて殴られて終わりでしょ?

命の危機って言うほど……、熊の方はそうか。確かに危ない事はあったね」

 

冷静に考えると熊はまずいな、その後すぐにコハクに助けられたから印象薄いけど。

でも野生動物に襲われる、なんてある程度織り込み済みのはずでは?

 

「でも、狩られる寸前の熊がいる何て想像できるわけないからセーフでしょ?」

 

杠の背後に雷が落ちたような気がした。

あ、これ司を怒らせてお説教食らった時と一緒だ。

そうと分かれば即脱出を……、

 

「悪いが、俺も杠と同じ気持ちだ、桜子」

「ありがとう、大樹くん。コハクちゃん…、だったよね。色々お話し聞きたいからこっち来てくれる?」

「うむ、桜子の危うさには私も一言言っておきたかったのだ。喜んで話そう」

 

いつのまにか大樹が後ろに回って両肩を押さえていた。

コハクも気付けばお説教する側に行ってる。

他の人は……ダメだ目をそらすかそっと首を振ってる。

いや、集まってきてるなら止めてよ、まだ誰にも自己紹介してないぞ私。

 

「大樹ちゃん、杠ちゃん、こっちはいいからお説教がーっつりやっちゃって。

それが終わってから、みんなとの顔合わせでいいからねー」

 

貴様浅霧幻だな! TVで見た顔だから分かるんだぞ!

なぜ接点のない筈の私を見捨てる! めんどうだからか、めんどうってだけだなぁ!

救いを求める目をする私に軽い感じでヒラヒラと手を振る浅霧幻。

他には、誰か……だめだ、ほむらも羽京もニッキーも北東西さんもこっちを見てない。

見てるのは氷月だけで、明らかに呆れている目だあれは。

救いはなさそうであると理解した私はドナドナの気分で連れて行かれるのであった。

 

 

連れて行かれる桜子の姿を見送る目線は二つ。

一つは浅霧幻、もう一つは氷月のものだ。

両者の思惑は実は正反対であるが、表には一切出ていない。

出ていないが、お互いの目的が正反対である事には気づいていた。

 

(ここで話すのも悪くはないんだけど、できれば氷月ちゃんのいないとこで話したいからね〜。

今連れてってくれるのは好都合。もっとも? 氷月ちゃんにとってもそうなんだけどね)

(ゲンくんは私が危険である事を警告したいでしょうねえ。ただし、私がいない場所で。

武力が違いますからね、司君がいない状態では仕掛けられたくないでしょう。

逆に私の方はここで桜子君を引き込みたい、でなければ司君が戻ってきてしまいますからね。

つまり時間はあちらの味方、リミットがきてしまえば私のチャンスは大いに減る。

まあ、どうとでもできる事ですが、ね)

 

ゲンとしては是が非でも司と一緒に帰ってきてほしかった。

なぜなら氷月を止められるのが司だけだったからだ。

ならなぜ司に直接氷月の危険性を訴えなかったのか?

一言で言えば信頼度の差である。

もし証拠もなく氷月の危険性を訴えればどうなるか?

他人を蹴落としたいだけの妄言だと切って捨てられて終わりだろう。

そうならないように氷月が動きづらい状況を作り、なおかつ裏切りの証拠は出るように動いていたのだが、

 

(ほんとーになーにしてくれちゃってんのさあ、桜子ちゃーん。

ここってば今君と千空ちゃんにとって一番の危険地帯よ。

ジーマーで危機感足りてないよ、勘弁してよねえ)

 

確かに桜子を脅すなどすればこれ以上ない裏切りの証拠になるだろう。

そのまま裏切り成功になる可能性が高い事に目をつむればだが。

本末転倒にもほどがある、裏切らせない事が目的なんであって、証拠づかみは二の次三の次なのだ。

 

(まあ、どうにかしますか。氷月ちゃんの下についても楽はできそうにないし。

あんだけ司ちゃんが変わった原因とかも知りたいし、ね)

 

静かな戦いは新たな局面を迎えた事を二人は理解した。

それをより有利に持っていくのは、両者共に自分であると信じて疑わない。

自身の能力に絶対の自信があるからだ。

 

(二人とも絶対自分の思惑を通すつもりだろうなあ。まあ、千空の邪魔だけは絶対させないけど)

 

ただし、自身の握る情報が絶対であるわけではないのである。

誰もが予想外の要素が入り乱れる混沌とした状況が生まれようとしていた。

 




ゲン「氷月ちゃんには穏やかに野望諦めてもらって何事もなく行きたいねえ」
氷月「司君だけはまずいんですがそれ以外はどうとでも。まあ、味方は(脳が溶けた輩でなければ)多い方がいいですが」
桜子「氷月の理想実現無理だから突っ込んで心変わりさせよう」
千空達「あのバカ、一人でやるなってんだよ!」

だから誰かに相談しろとあれほど……。


どうでもいいけど桜子が一番多く読み返したのは純愛もの。


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因ニ応ジタ果ガ報ウ

現在絶賛お説教タイムです。

正座しっぱなしでちょっと脚が痺れてきました。

私自身体重が大した事ないからか前世の記憶より痺れるのが遅いですね。

なんの慰めにもなりませんが。

 

「反省したの桜子ちゃん!」

「はい! もう危ない目に遭うような事はいたしません!」

 

意識を逸らすと即バレるのは何故なんでしょうか?

姿勢も視線も変わっていないはずなのに。

 

「さーくーらーこーちゃーん?」

「ごめんなさい、お話に集中します!」

「まあ、大分時間も経っているし集中力も切れるころ合いなんだろう。

そうだ、村での生活がどんな感じかを教えてくれるか、桜子」

 

大樹が救い主に見えるぐらい素晴らしい話題変更!

お説教ずっとは本当に辛かったの、特に杠が半分涙目で怒ってくるのが一番効く。

石化前の教師からの説教は完全スルー出来てたんだけどなあ。

怒る人が違うとこれほど違うとか、びっくりです。

おっと、考えを切り替えてっと。

うーむ、村の生活でこことの違いかあ、

 

「とりあえず食が魚がメインというか、それだけになりがちなところかな。

山菜とかも採ったりしないし、肉ですらほぼゼロ」

「む? こちらは肉が多いのか?」

「槍使いの氷月って人、司と同格だってさ」

「なるほど、狩りの獲物には困らんなそれは」

 

だからこそ、『優秀な者のみを残す』なんて野望持っちゃったんだろうけどね。

 

「後、意外と小物類が充実してるのよね。

髪留めとか、包丁とか、まな板もあったし、洗濯板まであったのは驚きだったわ」

「包丁まであったの?」

「もちろん青銅製だけどね、ほぼ全て村の職人のカセキお爺ちゃんが作ってたはずよ。

確かそのコハクの盾とかナイフとかもカセキさんの作品じゃなかった?」

「うむ、父上が御前試合で優勝した時の賞品だったらしい。

幼い頃私が父上が持っていたこれをねだってな、父上から譲ってもらったのだ」

「そっか、お父さんからの贈り物なんだ。大事にしてるんだね」

「うむ、だが盾は盾だからな、『お前の身を守る為には遠慮なく使い捨てなさい』と言われているのだ。

だから、私はいざとなったら捨てる覚悟でこの盾を持ち歩いているのだ」

 

あー、だから漫画でギアに改造する時なんの躊躇いもなかったんだな。

打たれ続けていつか消耗品の定めとして壊れるよりかはギアになる方が長く持つと。

簡単に壊しそうなの二人もいたからな、司と氷月っていう規格外どもが。

 

「いいお父さんなんだね」

「うむ、自慢の父だ」

 

その言葉コクヨウさんに聞かせたらむせび泣くぞ。

杠も優しい表情でコハク見てるし、もちろん大樹も……?

少し羨ましそう? あれ、なんかあったっけ……!

そうだよ、大樹って両親亡くしてるじゃん!

ああ、でも話題をいきなり変えるのも変だし、どうしよう。

 

「さて、すまんが俺はまた食料集めに行ってくる。戻って来たらまた話を聞かせてくれ」

 

ああ! 大樹に気を遣わせた!

私が大樹の様子に気づいた事に気づいて、困ってるって分かっちゃうんだ!

意外と気遣いの人だよね大樹って、杠が惚れるのも当然だわ。

だが、空気を読まずぶった切らせてもらう。

千空がいない今がチャンスなのだ。

 

「待って大樹。貴方に確認しときたい事があるの」

「む? なんだ桜子。俺に分かる話ならばなんでも答えるぞ」

 

ん? 今なんでもって言った?

謎のネタが浮かんだが気分はほぼそんな感じで爆弾を放り込む。

 

「村でね、貴方と同じくらいの年の男子が子供の作り方教わってなかったの。大樹、貴方はちゃんと知ってる?」

 

フオオオとでも叫びそうな表情で三人が固まった。

 

「さ、桜子ちゃん、一体何を」

「桜子、さすがに男子に向かって、ソレはどうなのだ」

「杠は大丈夫だと思うの、旧世界の私達ぐらいの女子ってそういう話題ぐらい出るだろうから。

ただ、ね。大樹って千空とだけ一緒の事が多かったでしょう、きっと。

千空自身そういう事に興味持つタイプじゃないし、大樹はもっと知らないと思ったの、違う?」

 

顔を真っ赤にして口をパクパクと開け閉めする大樹。

だが私が一切ふざけた調子のない真剣な様子に気づいたのだろう。

深呼吸をゆっくりした後、覚悟を決めた顔でしっかりと答えてくれた。

 

「そうだな、そういう事は全く知らん。学校での保健の授業ぐらいだ俺の知識は」

「うん、ありがとう、答えてくれて。冬の間は村の近くで冬ごもりしようって話になってるから、その間に村の大人の男の人に聞いておいて」

「うむ、分かった」

 

短く了承の返事をして真っ赤な顔のまま飛び出して行く大樹。

その後ろ姿を見送ってしばらくの後、コハクが恐る恐る訪ねて来た。

 

「なあ、桜子。なぜ今、大樹に聞いたのだ?」

「千空がいると邪魔してくるから、いないタイミングで聞いときたかったの」

「クロムや千空に確認させるのではダメだったのか?」

 

うーん、杠に大樹はそういう知識がないっていう事を知っておいてほしかったって今言うのは野暮だなあ。

後、私がいなくなってる可能性がこの後あるんです、なんてとてもじゃないが言えないしなあ。

 

「てへっ」

 

結論としてテヘペロで誤魔化す事にした。

 

「桜子ちゃん、ちょっと女性としての恥じらいについてお話があります」

 

結果は杠の雷再来である。

杠が再度お説教モード入っちゃったー!

 

「待って杠! 恥じらいならまずはコハクに言って! コハクはこの格好でバク宙したり、ハイキックしたりするの! 先にそれを注意するべきよ!」

「なああ! 私を巻き込むんじゃない桜子! それとこれとは別の話だろう!」

「恥じらいっていうなら間違ってないでしょ! 性関係の知識もなく司の嫁になってもいいとか言い出すし」

「それは確かに言ったが……、そういう話題をいきなり出すのは違うだろう!」

 

ドン! と床を叩く音が響いた。

いや、実際は『トン』っていうぐらいだったかもしれない。

けど、私達二人の耳には何よりも大きく響いたのだ。

 

「桜子ちゃん、コハクちゃん、そこに正座」

「「は、はい」」

 

少し俯く程度なのに杠の目元がなぜか私達には全く見えない。

その気迫に二人して即正座をせざるを得なかった。

なお、お説教は二時間程度で終わったが、受けている最中は永遠にも感じられた事をここに記す。

普段温厚な人を怒らせると我慢してしまう分爆発力が高い、私覚えた。

 

 

明けて翌日、ようやく他の人たちと顔合わせである。

何か無駄に時間をかけているような気がする、もう少し効率よく時間使う方じゃなかったか私?

 

「いやあ、やっとお話しできるねえ。初めまして、俺は浅霧幻。フランクにゲンでいいよ」

「はい、初めまして。メンバトは少しだけ見たことありますのでお顔は拝見しています」

「あら、うれしいねえ。ちなみに何回の見たの?」

「初めから見たわけでなく、チラッと見ただけなので、ごめんなさい。

でも確かビリヤード選手が出ていた回ですね、2巡目で全て当てていた回です」

「それは第8回だねえ、あっさり勝ちすぎだってあまり視聴率良くなかったんだよねえ、その回。

あまり人気のない回でも見てくれる人はいるんだねえ、けっこー感激よ、ジーマーで」

 

ちなみにそんな回は存在しない。

8時の方で見られないように人気のない場所でってとこか。

私のセリフはチラッとのとことビリヤードのとこで氷月を2回見てるのであいつを警戒してる、と多分伝わってるはず。

 

「ゲン、こっちにも話させな。あんたが桜子だね、三人から話は聞いてるよ。

なんでも、記憶力が良くて大抵のことは知ってるんだって? その知識で色々よろしく頼むよ。

あたしは花田仁姫、気軽にニッキーって呼んでおくれ」

「はい、よろしくお願いします、ニッキーさん」

「さんは要らないよ、こっちこそよろしくね」

 

握手をしたが、やはりゴリラの系譜。手がいたい。

 

「アタシは記者の北東西南よ、よろしくね」

「こちらこそよろしくお願いします」

 

北東西さん……ええい、心の中ですらやりづらい、下の名前で呼ばせてもらおう。

南さんか、この人司が好きなんだろうけど、なんていうかファンとして、チャンピオンの司が好きって印象なんだよな。

コハクか南さんかどっちかというとコハクを応援したいんだよね、司の幸せ的に。

司はあのチャンピオン時代いい思い出なさそうだしなあ。

そのあたり跳び越えてくれないと、この人応援できないんだよなあ。

 

「次は僕かな? はじめまして西園寺羽京って言うんだ。

これでも自衛隊員だったからね、遠慮なく頼ってほしい」

「はい、その時が来たら遠慮なく頼りますね。よろしくお願いします」

 

こういう風に言うって事はゲン側か羽京さん。

潜水艦のソナー要員だったはずだから、耳すごくいいんだよねこの人。

しかし索敵出来る人を引き込むとは、分かってるね、ゲン。

 

「紅葉ほむら、よろしく……」

「よろしくお願いしますね」

 

で、氷月の狂信者ほむらさんですね。

どうでもいいけどこの人身長ひっくいな、私より数センチ高い程度じゃないか。

そして、来たぞ。ラスボスみたいな威圧感を纏って、絶対強者の自信を持って。

 

「そして私が司君がいない間のまとめ役を務めている氷月です。

司君を変えた君と千空君には是非会ってみたいと思っていたんですよ」

「変わったのは彼自らですよ、千空はともかく私なんてとてもとても。

まとめ役お疲れ様です、千空達の相談で冬を越すまでは村の近くで冬ごもりをしようだそうです。

私がこちらにくる用事が済んだらみんなで動けるようにお願いします」

 

さあ、タイムリミットは伝えたぞ。

ここからどう動くか、それとも動かないのか。

しっかり見極めないと、ね。

 

 

その後コハクにほむらを名目としては新体操の動きを見せてもらう形で見張ってもらい、私はゲンと羽京さんとの話し合いである。

 

「昨日ソッコー杠ちゃん達にお説教食らってたけどさ、危機感バイヤーで足らなくない?」

 

開幕お説教から来るとは予想外です。

 

「氷月をなぜ警戒できたかも聞きたいけど、正直来てほしくなかったね僕らとしては」

 

しかも二人共から。

 

「だって、作れる人がいないなら原料を村の方に持ってきてもいいじゃないですか。

要であるはずの司をわざわざ動かそうとするなんて、怪しすぎるでしょ?

で、それを言い出したのが誰かって聞けば武力最強格の人、裏切られたらアウトじゃないですか」

「そこまでわかっててなんで来ちゃったの?」

「もう少し慎重に動こうよ……」

 

心底呆れたって感じで言われたしまった。

なんかこちらに来てからお説教ばかりな気がする。

 

「君が迂闊なのが原因じゃない? 大樹ちゃんから聞いたよ千空ちゃんのグ・チ」

 

せ、千空め、砂抜きしてない蜆を食う羽目になったのそんなに根に持っていたのか。

それともクロスボウの矢が鼻をかすめた件か? それとも貝を鳥に持っていかれた件か?

 

「なんだか愚痴の心当たりが複数ありそうだね、自分が迂闊って自覚もありそうだ」

「ま、その自覚あって警戒してるなら一人になったり、うっかり氷月ちゃんにあったりもしないでしょ。あの子、コハクちゃんだっけ? 彼女から離れたりしなければ氷月ちゃんも動けないだろうし」

「そうします、杠にも怒られたし仕方ないですよね」

 

そう、仕方ないのだ、これだけの人から危ないことをするなって怒られたら。

ここに来た目的の一つである氷月の説得は後回しにしよう。

きっと、そうするのが正解なのだろう。

そうして私は初めて自分の行動予定を変える気になったのだった。

 

 

『今夜あの洞窟の前でお待ちしています』

 

ただし、わたしが変えるつもりになっただけではどうしようもないこともある。

氷月からの手紙が蒸留器の横にそっと置いてあり、その内容の一部が先ほどの文章だ。

そっかー、もうすでに原料の二つばれてるのか―。

書かれていたのはそれだけではない、全文がこれだ。

 

『桜子君へ

手紙にて失礼しますね、貴方と二人でお話がしたい。

そのためにも誰にも言わず、気づかれずに行動していただきたい。

でなければお友達の身の安全は保障しかねます。

ほむら君に手伝わせますのでコハクくんたちを撒いてから来てください。

今夜あの洞窟の前でお待ちしています。

後、書く必要もないと思いますが読み終えたら処分してくださいね。

他の誰かに読まれた場合もやはり保証できませんので。

氷月より』

 

そのためかー、杠に『今は服作りに集中していただきたい』って言ってたのはー。

万が一にでもこれを私以外に見せないためだったのね。

後、これ置いたの氷月自身だね、管槍の管が転がってるや。

もちろん予備の部品だろうけど、もうすでに全部知ってますよってか。

いや、作り方自体は分かってないんだろうけどな。

じゃなかったら私を待つ必要ないもんな。

でも多分実験はしたんだろうなあ、よく思い出してみると外で燕の石像が動いてるとこあるもんな。

そして、外を見るとしっかり大樹か杠を間合いの内に収めている氷月。

そっかー、最悪私だけさらって逃げればいいんだもんね。

で、脅迫のための人質は一人いれば十分だから、片方ただの脅しではない証明に使ってもOKと。

うん、ゲンに羽京、君ら司を行かせた時点でアウトだったぽいぞ。

いや、司も戻ってくれば問題はなかったのか君らの中では。

だが、司が守るべき相手ができてしまってたらやっぱりアウトだぞ。

そっち狙われたら守らざるを得ないからな今の奴は。

つまりあれか、私は殺されるかもしれない場所に、味方を振り切って、凄腕のソナーマンの監視をかいくぐってスニーキングミッションを成功させなければならないと。無茶じゃね?

なぜ、現在起きてる人類の中で、運動神経最下位の候補に挙がる私がこんなことをしなければならないのか?

割と自業自得な気がするのでやる方法を考えることに集中する私であった。

 




そりゃ(そうなるように動いたんだから)そう(なる)よ。

警戒がっちりしてたけど一歩上回られたゲン&羽京。
そこ、桜子の迂闊さが想像以上だっただけとか言わない!


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善因善果

今夜どうやってスニーキングミッションを成功させようと悩んでいると、(もちろん顔には出さずに、だ)コハクが妙にクッション性のよさそうな背負子を持っているのに気付いた。

 

「コハク、それなに?」

「ああ、これか。なに、船に乗りきらなそうだったらこれを使えと千空が持たせてくれたものでな」

 

何故クッション性を上げたのか? ……硝酸とか復活液用か!

 

「大樹に君を運ばせ、その君が軽い嵩張る物を持てば一番合理的といっていたぞ」

「千空ー! 私をなんだと思ってるんだー!!」

 

思わず村の方角に向かって叫んでしまった。

ていうか本当になんてことをしでかしてくれたんだ。

これでスニーキングミッションの成功率が馬鹿上がりしたじゃないか。

氷月、口元隠してても笑いこらえてるの分かるんだぞ!

どうせなら笑えよ! ここで笑っても貨物扱いな私に対してとしか誰も思わないよ!

実際皆笑ってるしな!

 

「これは、アレかな。千空君としては、彼女に勝手に動いて欲しくないって思ってるって事かな?」

「いや、千空は桜子の好きに動け、ただ弱点の体力は自覚しろという事ではないか」

「単純に脚が遅いからじゃないのかねえ」

 

好き勝手言われてる気がする。

 

「とりあえず、これを使うかどうかは荷物の量によるので、荷物の整理をお願いしますね」

「使わないとは言わないんだねえ」

 

ええい、悔しいが確かに私は脚が遅いし、船の積載量に限界がある以上ない選択肢ではないのだ。

それに、助かったというのはあるしね、ありがたく使わせてもらおう。

 

 

他の皆に気づかれないようにほむらにメモを渡すのは存外苦労した。

だが、すごいなあの人。実は忍者の末裔なんでは?

見事、氷月に自衛隊のソナーマンの警戒網を潜り抜けさせたよ。

 

「ええ、私の最も信頼するちゃんとした人ですよ、彼女は」

「今度、面と向かって言ってあげたらどうです? 女は男が期待するほど察してはくれませんよ」

「これは手厳しい、ぜひそうさせてもらいましょう、桜子君が協力者になってくれればね」

 

くつくつと笑いながら言いやがって、割と本気だぞ。

当たり前って思って労いとかしないのは一番駄目なパターンなんだからな。

 

「それで、君がこれに乗って、私が運べばいいので?」

 

まさか本気じゃないですよねとでも言いたげな雰囲気だが、こんな作戦を立てる羽目になった原因はそちらにあるのだ。存分に責任取ってもらいましょう。

 

「私が歩いて羽京さんの警戒すり抜けられるとでも?」

「はあ、子供一人分ならどうとでもなりますがね。

暴れないでくださいね、追ってこられたら殺さないわけにはいきませんから」

 

それをやられたくないから手紙を無視せずにメモを苦労して出したんだよ。

わざわざ、その苦労を無にするわけないだろうが。

 

「そのへん容赦しないだろうなって思ったから、おとなしく指示に従ってるんです。

そっちこそあまり揺らさないでくださいよ、吐かない保証できませんから」

「努力しましょう」

 

そう言って背負子に私を固定し、担ぎ上げる氷月。

……こういう場合は普通背負子を背負ってから私が乗るんじゃないのか?

そう言えばこの世界のオリンピック記録見てないな、見とけばよかったかもしれない。

赤枝の騎士団の入団試験を突破するような化け物が意外といたかも、この世界。

そんな全く関係ないことを考えつつすごい速度で過ぎ去っていく景色を眺めたのだった。

 

 

「さて、到着ですよ。下ろしますのでね、少し待ってください」

 

あっという間の到着である。

月明りもろくに届かない森の中をよくもまあ迷わずにこれるものである。

意外と揺れなかったのでそう言う歩法も修めているんだろう。

 

「では、話し合いを始めましょうか。人類の明日の為の、ね」

「ええ、始めましょう。人類の為に、ね」

 

ここからの話し合い次第で決まるのは私の生死ぐらいだ、気楽なものである。

……? 気楽なはずなのに、なぜ私の手は震えているのだろう。

 

「まずは私の方から話しましょうか、招待したのは私ですしね」

 

そう言って語り始めるの氷月の目には確かな狂熱が宿っていた。

 

「数千年前この地球に降りかかった石化現象、それはいったいなんだと思います?」

「医療事故。医療用に開発していた技術の暴走によるものだと私は思っているわ」

 

半ばわざと彼の意とする事から外れることを言う。

ちなみにもう半分は本気だ、じゃなきゃ暗闇の中で人間が何日も正気を保てるはずがない。

 

「面白い意見ですね、ですが私の言いたいことはそれではない。

アレは人類の選別、間引きの為だった。そうは思いませんか?」

 

冷めた目で続きを促す。

 

「この地球でもはや旧世界のような人口は支えられない、それは今復活した者たち全員がわかっているはずです。ならば、誰を生かすべきか? 当然優秀な者達を生かすべきでしょう!」

 

ああ、なんとなく理解できた。

きっと彼は、

 

「脳の溶けた者たちを目覚めさせては、結局その者たちを養うために、優秀な者たちが『奪われてしまうようになる』!今度こそそのような社会から脱却すべきなのです、人類は!」

 

大切なナニカを奪われ、失ってしまったのだろう。

それが何かは想像もできないけれど、私は彼の言葉に頷くことなんてできやしない。

 

「凡夫には全員消えてもらう! それが効率的という物でしょう!

石化は人類に与えられた最後のチャンスなんですよ! 君もそう思うでしょう!」

 

だって、彼は語るべき相手を間違えているから。

 

「ねえ、優秀って言うけど、基準はどこに置くの?」

「いいですね、実にちゃんとしている。漠然と優秀という言葉に酔うのでなく何を以って優秀とするのか、それを考えられるのは実にいいですよ桜子君」

 

私の質問に賛同の意を感じ取ったのだろうか、とても喜ばしいといわんばかりの声色でさらに語り始める氷月。

 

「まずは自分が何をどうすべきかと考えられる思考力、それを実現するために必要なものが何か想像できる想像力、そしてそれを実行できる行動力、一先ずこの三つ辺りでいかがです?」

「新しい何かを考えられる創造力や何かに気づける観察力は? 肉体的な強靭さや指先の器用さは? 芸能や演劇に関する芸術性は? 絵画や音楽の才能持つ人は?」

 

だが、この質問で勘違いであると気づいたのだろう声が再び厳しいものに変わった。

 

「一つ目や二つ目はともかくその後のものは重視はできませんね、現状ではですが」

 

気にせず次の質問をぶつける。

 

「呂蒙子明の話はご存知?」

「『士別れて三日、即ち更に刮目して相待すべし』の話ですか。

ええ、もちろん知っておりますよ。脳の溶けた連中はほぼ『呉下の阿蒙』でしたが」

 

ここまで鮮やかに返せるという事はしっかり調べたんだな氷月は。

だからこそ、やればできるはずなのにと思ってしまい尚更許せないのだ。

 

「じゃあ、次の質問。ジンバブエのことはどれくらい知ってる?」

「せいぜいが酷いインフレーションを起こした通貨という程度ですが……何が言いたいので?」

 

ああ、やはり知らないのか、否、同じような事例を知っているはずだろう。

 

「ジンバブエの指導者ムガベの失策や白人農場の強制収用が原因で起きたのよそれらは。

でも、彼自身はジンバブエでクーデターが起きても殺されることはなかったの。なぜか分かる?」

「分かりませんね、そこまでの失政を起こしたという事は脳の溶けた輩でしょうに。

クーデターまで起こしておいて生かしておく理由でもあったのです?」

「ええ、あったのよ。だって彼はジンバブエを白人の支配から解放した英雄だったから。

もし殺してしまったりすれば、クーデター側が民衆の暴動に潰されていたはずよ」

 

私が言いたい事が分かったのだろう、途端に苦虫を噛み潰したような表情になった。

 

「今は優秀でも十年先では分からない、という事ですか。

そしてその逆もまた然り、と。君は本当にちゃんとしていますよ、憎らしいほどにね」

「そんなに褒められても憎まれ口しか出ないわよ」

「ええ、でしょうね。ですが、君の意思は関係無いのですよ」

 

銀線が走った、少なくとも私にはそうとしか見えなかった。

石槍で銀線? と思うかもしれないがそうとしか見えなかったのだ。

そして、その一閃は過たず彼の目的を果たすのだった。

 

 

「さて、話の続きと行きましょうか」

 

その一閃は確かに彼の目論見通りに、彼女の衣服の前側を縦に切り裂いた。

それはすでに衣服とは呼べず、肌を多少隠す程度にしか用をなさない。

年頃の女性であれば耐え難い恥辱であろう。

彼の予想では素肌を晒すことに羞恥を覚え、服だった物を搔き抱いて少しでも隠そうとするはずだった。

 

「あまり替えの服があるわけでは無いのだけど」

 

顔色一つ変えずにズレた心配をするのは少々予想外であった。

 

「ふむ、冷静ですね。これから何をされるか予想出来ているのでは?」

「腹部周りを少しずつ傷つけての拷問でしょ? あいにく痛みは慣れてるの、拷問は悪手だと思うわよ」

 

この脅しに全くの無反応は大いに予想外であった。

 

「貞操の危機を覚えろとは言いませんが、もう少し女性らしい羞恥を持ってもいいのでは?

つい先日お説教をされたばかりでしょうに」

「大きなお世話よ、って言うかやった側が言っていいセリフじゃなくない?」

 

ついつい苦言を呈せばもっともな反論を返された。

なので脅迫者らしく別の事を持ち出す。

 

「では、こちらは如何です?」

 

そう言って首筋へと槍先を運ぶ。

そうした瞬間ぶるりと桜子の体が震えた。

 

「ああ、こちらは効果があるようですね。月並みですがこう言いましょう『従わなければ殺す』と」

 

しかし、その言葉に反応するでもなく桜子はただ呆然としている。

いや、考え込んでいる? とにかく氷月の声が聞こえていないかのようだ。

仕方なく氷月は少し首筋に刃を立てる。

多少傷つける程度は予定通りと言える、問題はない。

彼女の知識さえ無事であるなら他は気にする必要はない。

 

「……なんで? なんで私こんなに震えているの?」

 

なるほど、本当の死への恐怖という物は経験がないようだ。

これならば予定通りに進みそうだとほくそ笑む氷月。

 

「それが死ぬ事への恐怖ですよ、嫌なものでしょう? 従わなければそれを君にもたらします。

君がいなくなっても千空君がいますからね、君にこだわる必要もない。

もちろん、君が従ってくれるならそれが一番楽ですがね」

 

しかし、桜子のその後の行動は完全に意味不明なものであった。

 

「あはっ、あははははは!!」

 

心の底から本当に嬉しくて漏れ出してしまったという風に笑い出すなど誰が予想できよう。

当然氷月はその笑いが自分を侮辱するものと受け取る。

 

「黙りなさい、何が可笑しいのか知りませんがとても不愉快です」

 

先程より深く肌を切り裂く槍先。

その感触に桜子の笑いがようやく止まった。

 

「ああ、貴方に対して笑ったんじゃないの。ごめんなさいね、ただ私こんなに死にたくなくなってるなんて思わなくて。それが嬉しくて嬉しくて、つい笑ってしまったの、本当にごめんなさい」

 

首に突きつけられた刃など知らぬとばかりに、ただ喜びの感情だけを見せて心から謝罪をしているようにしか見えない姿は、氷月には不気味な、得体の知れない別種の生命体にさえ見えた。

だからだろう、その耳に最も信頼するほむらの声が届くまでソレに気づけなかったのは。

 

「氷月様!!」

 

その悲鳴にも似た声に含まれた警告がなければ、為すすべなくその一撃を受けていたろう。

間一髪、この場で唯一人質として、我が身を守る盾として機能する桜子を確保して後ろに飛び退る。

 

「まさかのご到着ですね、まるでヒロインのピンチに駆け付けるヒーローじゃないですか、司君!」

 

そう、その一撃を受けてしまっていれば、如何に氷月といえども動きが鈍らざるを得なかったろう。

氷月にとって先程のほむらの叫びは大殊勲賞物と言えた。

そして当然彼等にとっては千載一遇の機会を逃す致命的な一言であった。

 

「氷月、その手を離せ。今ならまだ殺しはしない」

「だから言ったじゃねえか! あの女をとっととブチ殺せってよお!」

「バーカ、そしたら桜子が死んでんだろうがよ。あの女を放置して正解なんだよ、この場合」

 

そして、その後ろから出てくる姿は……、

 

「千空!?」

「よう、なんでも一人でやりたがる大馬鹿女。今の気分はどうだ?」

 

千空に率いられた彼女の大切な友人たちであった。



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騎兵隊の到着だ!

時間はわずかに遡る。

千空達村からの救援部隊がついたのは夜遅くになってから。

桜子がちょうど洞窟の前まで運ばれた辺りの時であった。

すぐに彼等の到来に羽京が気づく。

 

「誰だ! ……って司!? なんだってこんな遅くに?」

「羽京か、すまないが説明している暇はないんだ。氷月と桜子は今どこにいる?」

 

表面はなんとか取り繕っているが、額に浮かぶ大きな汗が彼の焦りを物語る。

只事ではない様子と、今上がった二人の名にすぐ事態を察する羽京。

この時間ならば眠っているはずの桜子の場所へとすぐに先導を始める。

 

「桜子の寝床はこっちだ、付いてきてくれ!」

「助かる!」

 

言葉少なく受け答えし寝床に急ぐ二人。

ノックもなしに扉を開けるが、そこには他の女性陣が眠るのみだった。

 

「なんだい、こんな時間に! 羽京! あんた夜這いでもしようってのかい!」

 

一番に反応したニッキーが乱暴に扉を開けた羽京を叱りつける。

が、すぐに彼等の尋常でない様子に表情を引き締めた。

 

「何かあったんだね、話してくれるかい?」

「すまない、こんな非常識な時間に。桜子は今どこに?」

 

その司の問いに答えたのはいつの間にか起きていたコハクだった。

 

「桜子はそこに寝ていたはずだが、いないな。だが、まだ少し温かい。遠くには行っていないと思う」

 

ならばと氷月の方に向かうが、やはりもぬけの殻。

そしてその確認が終わる頃には騒がしさに全員が起き出してきていた。

 

「ごめん、ちょーっと説明が欲しいかなー。なんで司ちゃんがここにいるのとか、隣のツンツン頭の子は誰? とか。急ぎの時に悪いんだけどねえ、簡潔にお願いできる?」

「氷月と桜子が対決、あるいは桜子が誘拐のどっちかだ。おそらく前者だがな、状況によっちゃ後者へ移行すんだろうな」

「ジーマーに簡潔で助かるよ。んじゃあ質問、知られて不味い場所はある? 氷月ちゃんの性格ならプレッシャーを与えるためにそこを対決場所に選ぶんじゃない?」

「なら、あの洞窟だな。あそこを抑えられるのが一番ダメージがでけえ」

 

そこまで話したところで自己紹介もしてない事に気付いた二人だが、

 

「時間が惜しい、挨拶は後でいいな? 浅霧幻」

「もちろんOKよ千空ちゃん」

 

一秒が貴重であるという認識によって、お互いの名前を呼ぶだけで自己紹介を終える。

 

「司、聞いてたな? ワリイが先行してくれ、俺らは全員でまとまって向かう」

「理由を聞いてもいいかい?」

「氷月を止められんのは誰だって話だ、司以外だと戦闘員全員でワンチャンあるかだろ、司と同格ならよ。

だから司とそれ以外で行動する、他に何か疑問は?」

「いや、ないよ。うん、では先に行くよ」

 

そういってすぐに松明片手に飛び出して行く司。

そして千空の元に集まるのは戦闘可能な六名、残りのメンバーはゲンの元に集められた。

 

「浅霧幻、こっちの事情説明はそこの鉢巻締めたクロムに聞け。

まとまったら他のメンツに説明しといてくれ」

「リョーカイー、んじゃ説明よろしく、クロムちゃん」

「お、おう、分かった。千空、こっちでの説明はしとくからよ、桜子の事は頼んだぜ!」

「ああ、任せとけ。バカの首根っこひっ捕まえて連れてくるぜ」

 

千空の先導に付いて行くコハク、マグマ、金狼、銀狼、羽京、ニッキーの六名。

 

「あんたら、走りながらでいいから名乗るぐらいしな!」

 

ニッキーがなぜかほぼ事態を理解できずについていっているが、説明を求めてないのは急がなければならない状況と判断してのものだろう。

そして当然残された者達は困惑を隠せない。

いきなり別の場所に居たはずの司が氷月を追い始めたのだ、困惑しない方がおかしい。

 

「どういうことなんだ、状況がさっぱり分からん! すまん、ゲン、説明を頼む!」

「はいはい、俺も全部を把握してる訳じゃないからこっちの事だけになるけど説明するよ。

まず気づいてなかったと思うけど氷月ちゃんは今の方針、人類全員起こすのには反対だったのよ。だけどこっちの方針覆すには力、というか人数が必要でしょ、で、桜子ちゃんは復活液の作り方知ってるでしょ? そしたら彼女から聞き出すか彼女自身を引き込めば楽だよね。

それで今氷月ちゃんが桜子ちゃんを連れってっちゃった、ていう状況かな」

「大事件じゃないか! すぐに向かわなくては! ってどこに向かえばいいんだー!」

「落ち着いてー大樹ちゃん、だから司ちゃん達が向かったんでしょ。

俺らはもうちょっと事情を理解してから行こうね。んじゃクロムちゃん、そっちの知ってる事をよろしく」

「おう、ってもそこまで変わんねえぜ。千空が言うにゃ桜子がなんか知ってて、あぶねえことを一人でやろうとしてるっぽいってくらいだぜ」

 

他の人達が危ない事というところに注目したその言葉に、ゲンだけは違った。

 

「へえぇぇ、『何か』ねえ、面白そうじゃない、彼女」

 

ゲンとしては桜子に少なからず思うところがあった。

何せ自分の予定表を木端微塵に粉砕してくれた上に、与えた警鐘まで完全無視された形になったのだ。

隔意が多少程度で済むのならば良き心を持っているといえよう。

 

「んじゃ、情報を握ってるのは千空ちゃんと桜子ちゃんの二人ってことだね。

それじゃあ聞きに行こうか、みんなで『あの洞窟』まで、ね」

 

だが、それ以上に面白そうなものを抱えていそうだ。

あの子に対するスタンスを決めるのはそれを聞いてからでもいいか。

そう思いながら大樹に洞窟までの先導をお願いするゲンであった。

 

 

一方先行して洞窟に向かう司だったが、案の定ほむらによる妨害にあっていた。

もちろん直接戦闘という面において一矢報いるどころか、鎧袖一触にされる程の力の差があるのはほむらも承知の上である。

なので、司が止まらざるを得ない状況を作り出すことに終始していた。

 

「何を考えている! 森の中で火をつけるなど!」

 

司が武器を一閃させ燃えていた草を薙ぎ払う。

そして素早く火を踏み付け消火してゆく。

そう、森の下生えに火をつけていったのだ。

もちろん、司が来る事を想定していた訳ではない。

羽京やゲンが氷月の邪魔をできないように、準備してきたのだ。

そのため実は下生えはかなり刈り取られており、放置したとしても燃え広がる可能性は低い。

しかし、月明りぐらいしかない状況でそうだと気づくのは大変難しい。

結果司はほむらの思惑通りに足止めをされてしまっていた。

 

「司! 現況は!」

 

そこへ着いたのは千空達だ。

 

「! 敵1! 放火による足止め中だ!」

 

素早く状況を伝えあい、現状の最適解を探す。

 

「金狼、銀狼! 二人で下生え刈って一箇所に集めろ! 金狼はもし木に火をつけてきたらその木を打ち折れ!」

「了解した!」

「わ、分かった!」

 

千空は周りを見渡し草が大部分刈り取られている事に気付いたのだ。

それならば燃える部分は一部だけ、そしてその一部を刈り取って燃える物を0にしてしまえばいい。

ほむらにとってやって欲しくない事であった。

まだ氷月は目的を達成できていない。

さらなる足止めが必要だ。

幸いあちらの人数は増えている、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「マジか、あの女……!」

「なんという事を……!」

「イカレテやがる……! おい、司! テメエならブチ殺せんだろ! こっちの消火は俺らに任せてあの女をぶっ殺してこい!!」

 

下生えがまだ刈り取れていない場所、すなわち可燃物が大量にある場所に火を放てばどうなるか?

当然大火災である。

 

「氷月様の邪魔はさせない……」

 

炎の向こうに見えるほむらの姿は至極冷静に見えて、それがより一層の狂気を感じさせた。

 

「不味いぞ、ここからでは川は少々遠い。放っておけば森全体が焼け落ちるぞ!」

「地面は、くそっ! ほぼ土か! 仕方ねえ、服でもなんでも使って水を汲んでこい!」

「いや、それでは間に合わない。うん、一か八かやってみるよ」

 

そう言って松明を近くにいたコハクに渡し、両手で剣を構える司。

 

「マグマ、借り物だが、壊してしまうかもしれない。先に謝罪しておくよ」

「あん? 何するつもりだテメエ」

 

マグマの問いには答えず、静かに大きく息を吸い込む。

普段なら決してしないほど大きく振りかぶり、目を閉じる。

 

「かあっ!!!」

 

しばしの集中、そして次に目を開いた瞬間!

気合い一閃、呼吸と共にその剣を横一文字に振り抜いた!

近くの物は斬り飛ばされ、遠くの草は風刃に刈られる。

たったの一瞬で燃え盛る炎は消し飛ばされ、残ったものは多少の下生えのみ。

 

「すっげえ……」

「本当に凄まじいのだな君は……」

「草薙の剣の逸話じゃねえんだぞ……」

 

その場の全員が目の前の光景を信じられずにいた。

一番に動いたのは司。

全力で振り抜いた反動を殺し終えるとすぐに洞窟へと向かう。

自分でできると信じ、行った事だ。他の者とは心の準備が違う。

暗闇の中月明りだけを頼りに走り出す。

 

「くっ! させないと言った……!」

 

次に動いたのはほむら。

巻き起された風に体勢を崩しながらも先に行った司を追う。

そこまで来てようやく千空が衝撃から立ち直り指示を出し始めた。

 

「と、とりあえず金狼達は火の確認後合流しろ! 場所が分かんねえ時は大樹達とだ! 他の奴は付いてこい、っつうか司の後を追え!」

「りょ、了解!」

 

その号令に慌てて司達の後を追いかけるコハク達。

 

「あの女、とんでもねえマネしやがって! 必ず追いついてぶち殺してやる!」

「マグマ! それは後にしろ! 今あの女を気にかけている暇はない!」

「そうだよ! バカな事に気をかけてる場合かい!」

「彼女もこれ以上司の邪魔は難しいはずだ、僕らも早く氷月の所へ!」

 

間に合うのか間に合わないのか、取り返しがつくのかつかないのか。

千空達は焦りに心焦がしながらも洞窟へと向かう。

そして先頭の司が視界に収めたのは、服を切り裂かれ首に槍先を突きつけられる桜子の姿。

松明の明かりの中浮かぶソレを見て、即座に剣を肩に飛びかかる。

 

「氷月様!!」

 

しかし、すぐ後ろを走っていたほむらが上げた叫びにより、氷月は一瞬早く間合いから飛び退ってしまい、司の一撃は寸前で回避されてしまった。

 

「まさかのご到着ですね、まるでヒロインのピンチに駆け付けるヒーローじゃないですか、司君!」

 

今の奇襲が失敗したのは正直痛い、苦いものを感じながらも次のチャンスを狙う司。

そしてすぐに駆けつけてくる彼の仲間たち。

 

「氷月、その手を離せ。今ならまだ殺しはしない」

「だから言ったじゃねえか! あの女をとっととブチ殺せってよお!」

「バーカ、そしたら桜子が死んでんだろうがよ。あの女を放置して正解なんだよ、この場合」

 

こんな時でも変わらぬ態度でマグマの意見を否定する千空。

わざと普段通りの調子を見せる事が隙を作らないようにする彼なりの方法なのだろう。

しかし桜子にとっては想像だにしていなかったのだろう、驚愕の表情で叫んだ。

 

「千空!?」

「よう、なんでも一人でやりたがる大馬鹿女。今の気分はどうだ?」

 

しばし呆然とし、首にある凶器さえ忘れた様子で千空に尋ねる。

 

「なんで、千空達がここにいるの?」

「ああ、テメエが大分前に言った事からの推理だよ。ったく、司の時とおんなじような事しやがってよお。で、なんか言うことあっか大馬鹿女!」

「……ええっと、その、ごめんなさい」

 

想定外に殊勝な態度に少し肩透かし感を感じたが、もしや、これは、

 

「おい、桜子」

「はい」

「今オメーはどうして欲しい? どうしたい?」

「その、ね、あの、助けて欲しいの。また杠や大樹、コハク達村の皆のところに戻りたいの……」

 

上目遣いになり恥ずかしそうに、最後の方は小さくなって聞こえないぐらいな小さな声で、彼女は、桜子は人生で初めてかもしれない事を望んだ。

 

「おう、分かった。ちっとだけ待ってろ、すぐに助けてやっからよ」

「……! うん!」

 

千空の二つ返事にぱあっと花開くような笑顔で頷く桜子。

そして千空は不敵な笑みを浮かべ氷月へと向き合う。

 

「待たせたな。さあ、楽しい楽しいお話し合いといこうじゃねえか!」

 

氷月の凍てつくような目と千空の燃えるような言葉、どちらが上回るのか。

どちらが人間として正しい未来を作り出すのか。

人類の明日を、進む道を決める戦いが始まる。




書き進めていくうちに氷月の名字が必要になったんですが原作で一切情報出てないんでよね。
なので、アンケート機能を試してみたいのもあってアンケートとりたいと思います。
ご協力お願いしますm(_ _)m


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論争前の準備

「さあて待たせて悪いな。はじめまして、俺が千空だ。あんたが氷月だな、司から色々聞いてるぜ。わざわざ待ってくれるなんて意外と律儀だな」

「いえいえ、最後になるかもしれないのです。今程度でしたら当然待ちますとも」

 

何でもない事のように言葉を交わし合う二人。

まるで知り合いの知り合い同士で道端でばったり出会い挨拶しあっているような雰囲気だ。

そんな呑気にも見える千空の態度に焦れる者もいる。

 

「千空! のんびり挨拶なぞしている場合か! 桜子の命の危機なのだぞ!」

「あー、心配いらねえよ。桜子がいるからこそまだやられちゃいねえんだって事ぐらいあっちだって分かってるって。ま、司が隙を伺い続ける限りって条件付きだがよ」

 

千空のいう通りである。

もし今司が居なくなってしまえば氷月を止められる者は誰もいない。

悠々と桜子を連れ去り、じっくりいう事を聞かせる算段をつけるだろう。

それを司も氷月も理解しているからお互いの動きから目を離す事はない。

 

「んな、呑気に構えてんじゃないよ! あの子あんな格好にされちまってるじゃないかい! 早く助けてやんないと!」

 

ただ、今の桜子の姿を見て落ち着いていられる面々ではない。

先ほどから無言の司と羽京は何としてでも助け出そうと集中しているだけであり、言葉を発するのさえ惜しいと思っているだけである。

 

「おーい、氷月ー、氷月さーん。皆が気にするみたいだからせめて服の切れてない方を前にしたいんだけど、いい?」

 

なお、心配されている本人は一切自分の格好に気を払っていない模様。

 

「勝手に動かないで下さい、いつ槍先が滑るか知りませんよ」

 

その緊張感のない物言いにさすがに氷月もイラッとさせられたらしく返す言葉には棘がある。

 

「もっとも? それが狙いでの言葉ならお見事と言っておきますが」

 

イラつきに集中を乱さないようにするが、脅威である司達と人質である桜子の双方を注意し続けながら行うのは氷月をして辛いと言わざるを得ない。

これが長く続けば先に隙を見せる事になるのは自分の方である、と理解しているだけに尚更イラつく悪循環である。

精神的な攻撃としてはかなりのものであった。

 

「ブハァ! このゴリラ、テメエいきなり何しやがる!」

 

そして無言だった最後の一人、マグマは発言する事が出来ないだけだった。

 

「いいからあんたは桜子の方を見んじゃないよ!」

「あぶねえ! なんで俺を地面に叩きつけようとすんだテメエは!」

「女の子が肌を晒しているのを見ていい訳ないだろう! 黙って地面に埋まってな!」

 

桜子の姿にいち早く気づいたニッキーが一番近くにいたマグマを地面に押しつけていたのだ。

やられたマグマは当然抗議し、ニッキーと口論を始める。

 

「後、あんたが何も考えず突撃しようとしてたから止めたんだよ!

下手したら死んでたんだから、逆に感謝してほしいぐらいだよ」

「あの女を止めなきゃ男に合流されんだろうが! そっちをやろうとしてたんだから邪魔すんな!」

「あんたにほむらが止められるかい! いいから大人しく司と羽京に任せな!」

「テメエが邪魔しなきゃこっちも人質をとれてたんだよ! そのぐらい分かりやがれ!」

 

どちらの反応も至極当たり前だろう。

今現在人質をとられて対峙中という事を無視すれば。

 

「君たちは周りの状況が見えていないのですか? それともこれらの脳の溶けた振る舞いは私への挑発か何かで?」

 

9人中3人が場にふさわしくない緊張感の欠けた行動をとっていることに氷月は馬鹿にされている思いだ。

氷月の苛立ちを感じ取った司と羽京はますます緊張を高め、それがわかる氷月は半ば強引にでも脱出する覚悟を決める。

 

「司、一歩、いや、逃がさねえが間合いの外って辺りにまで下がれ」

「何を言い出すんだ君は!」

 

ずっと氷月の隙を伺っていた羽京が、千空のその発言に信じられないとばかりに叫ぶ。

しかし、司はじっと千空の目を見た後すっと後ろに下がってしまう。

 

「司!」

「何をやってんだい! 氷月に逃げられちまうよ!」

 

その行動に羽京とニッキーが悲鳴にも似た声を上げる。

 

「千空、ここは君の出番。そう言うことだね?」

「ああ、そういうこった。サポ-トは任せるぜ、さすがに逃げられるなら逃げちまうだろうからよ」

「分かった、任せてくれ。俺の領分はしっかり果たして見せる、君も君のやるべき事を頼むよ」

 

言葉の最後に拳を打ち合わせる二人。

それを眩しそうに見る桜子と困惑を隠せない他の者達。

 

「千空君、何のつもりで?」

「さっき言ったじゃねえか、楽しい楽しいお話合いだよ。

テメエの主張とご高説を聞かせろや、全部論破してやっからよ」

 

氷月の問いに自信に満ち溢れた不敵な笑みで返す千空。

 

「ふむ、まあいいでしょう。君ならば感情のみで理屈を無視して話すことはないでしょうし、私を完全に納得させることができれば今後君に従いましょう。当然出来なければ私に従ってもらいますが」

「んじゃあ賭けは成立だな、ルールなんだが全員からの質問ありで、っていうのを入れてえ、OKか?」

「理由を伺っても?」

「出来なければ従うってのに全員巻き込むだけだよ。

それとも何か? 俺一人だけでいいのか、テメエの下につくのがよ」

 

千空の言葉に氷月はしばし考える。

 

(確かに数を考えれば千空君の方が有利です、ですが他人を納得させるというのがどれ程難しいかわからないわけではないでしょうに。自信がそこまであるのが不気味ですね)

 

全員掛りで説得すれば自分が心変わりするとでも思っているのだろうか?

だとすれば心外だ、そんな半端な決意で理想のために立ったわけではない。

 

(つまりここからは武力ではなく)

(精神、よって立つ信念の比べあいってわけだ)

 

お互い心の強さには自信があるもの同士だ。

武力ではなすすべもないが精神力でなら負けるつもりのない千空。

この人数差に加えて司がいる状況では不利は否めない氷月。

お互いの思惑が一致しての論争勝負の決定であった。

 

「もう少ししたら全員揃うだろうからそっから細かいルール決めだな。

その間にそこのもやしの格好整えておいてくれや」

「そうですね、ほむら君、服を桜子君に」

 

そうしてようやく桜子は氷月から解放されたが、ほむらによって氷月の後ろまで引っ張られてしまう。

 

「あなたは大事な人質、逃がす訳ない」

「千空が来てくれたから無理に逃げる必要なんてないもの、逃げないよ」

 

力ではほむらにも負ける自覚があるのか大人しく従う桜子。

あるいは千空への絶対の信頼の表れだろうか?

 

「はい、あなたの服」

 

スッと桜子の服を差し出すほむら。

 

「……私の服いつのまに持ってきてたの?」

「誰もいない時にそっと抜き取った、早く着替えて」

「抜き取られた形跡なかったんだけど、実は忍者の家系だったりするの?」

 

かなりとんでもない事をしていた事が判明した。

桜子は完全記憶能力者だ、少しでも違和感があればすぐにわかる。

それなのに違和感どころか、じっくりと記憶を確認しても違いが分からない。

しばし絶句する桜子の様子に氷月が誇らしそうに言った。

 

「言ったでしょう、ほむら君は私が最も信頼する者だと。そのくらい出来ない訳がありません」

「ついさっき言った事を即実行ですか、素晴らしいと思いますよその姿勢」

 

氷月の言葉に軽い皮肉で返す桜子。

一方ほむらは驚愕でいっぱいだった。

今まで口に出さずとも信頼をしてくれていたのは気付いていた。

だが、こんなにはっきりと言葉にされるのは初めてだった。

信頼している証明をもらえた喜びと、崇拝する相手を変えるきっかけを作ったと思しき桜子への嫉妬で心がかき乱される。

しかし、それを今出すのは氷月からの信頼を裏切るようなもの。

ほむらは努めて冷静に桜子に服を渡し着替えさせる。

そして人質をいつでも殺せるアピールに桜子を後ろから拘束するのだった。

 

「えーと、氷月。さっきみたいな事は二人っきりの時に言ってあげて欲しかったかな。そのせいでほむらがちょっと怖いんですけど」

「今のところ君とほむら君は敵どうしなんですから怖くても不思議ではないでしょう? 何を言いだすのです、君は」

 

拘束は痛くはないが後ろからくる重圧が桜子のお腹をキュッとさせる。

しかしそんな事は知らぬとばかりにゲン達の到着を待つ皆であった。

 

 

ゲン達が到着して見たものはにらみ合いの状態にある千空陣営と氷月、ほむらの2名の姿だった。

明らかに緊張感漂う場にゲンはあえて気づかぬ風に軽い調子の声をかけた。

 

「やあやあ、話がついたのかな? それともただの膠着状態? まさか俺らを待っていた……なんて言わないよねえ」

「一番最後でドンピシャだ、浅霧幻。今の俺らの方針に異論があるそうだかんな、全員の前でご発表いただいて、その上で論破、納得させる事ができなければ今後は氷月に従うって賭けをしてんだよ。それにオメーらも参加するかってお誘いだ」

「ああ、ゲンでいいよ千空ちゃん。なんか面白い事態になってるねえ、んじゃあ少し座れる場所あった方がよくない? 長くなりそうだし倒木でも地面に直接座るよりはマシでしょ」

 

とは言っても倒木もなかなか見当たらない。

おもむろにマグマが近くの木に近づくと、

 

「うおらああ!」

 

気合いの声と共に一撃でブチおった。

絶句する復活者の一般的なメンツ、それを尻目にさっさと枝を落としていく村の者たち。

 

「おい、マグマ。一本じゃ足りねえから、そうだな後三本ぐらい頼むわ」

「ああ? チッ、仕方ねえやってやるよ」

「よし、なら運ぶのは任せてくれ。体力には自信があるんだ」

 

後から合流したメンバーの中で普通に対応できたのは大樹だけだった。

 

「村人にもしっかり鍛えている人っているのね、意外だったわ」

 

訂正、南記者も特に驚いてはいなかったようである。

 

「あのー、南ちゃん? もしかして、鍛えた人なら木を折るのって普通だったりする?」

「? そうだけど、見たことないの? 格闘家がよく力のアピールに使ってたわ。

あ、でも自然保護団体がうるさくなってここ数年は無くなったんだっけ」

 

どうやら格闘界や武術界隈ではよくある事であったらしい。

氷月の方には司が切った木をそのまま渡して氷月がちょうどいい長さに切っていた。

 

「むう、駄目だなどう足掻いても勝ちの目が見えん。耐えるぐらいしか出来そうにないな」

「司の奴が自分と互角だっつてんだからあたりめえだろうが、せめて司に一撃当ててから勝てるかどうか考えやがれ」

 

氷月の強さを見せつけられて唸るのは金狼とマグマだ。

特にマグマは打倒司に向けて燃えているため強い相手の観察に余念がない。

今までは司しか対象がいなかったのが敵ではあるが現れたのだ。

見に徹する事ができる時ならばじっくり見るのは当然であろう。

そんな視線を断ち切るために氷月が一つ咳払いをする。

それを合図とした様に各々近くの木へと腰掛ける。

 

「さて、ようやく落ち着いて話を始められますね。

では千空君、細かなルールを決めましょうか」

「おう、まず前提として最終的にオメーが納得しなければ俺側の負け、納得したらオメーの負け。ここまでは前提として、どうなれば納得したかってのを決めようぜ」

「ふうむ、つまり言葉の定義づけからですか。まあ、時間も遅い事ですし、簡単に私が論理的な反論が出来なければ納得したという形でいかがです?」

「おー、大分譲歩してくれたなぁ。最悪納得していないって言い続ける事だって出来たのによ。んじゃあ、負けた時従うのは俺側についた奴、もしくはオメーに質問した奴ってところでどうだ?」

「いいですね、第三者ヅラでつつきまわすだけ、というのを封じてくれますか。

賭けへの参加は質問するか、君側につく事を宣言することで参加したとみなすでいいですね?」

「ああ、それでいいぜ。ただ、不参加もOKにしといてくれ。

無理に従わせてもお互いにとっていい事ねえだろ」

「ええ、構いませんよ。少なくともこの場では、ですが」

「まあ当然だわな。そろそろ始めっか、まずはそっちの主張から聞かせてもらうぜ」

「ではそうさせてもらいましょう。

それでは弁舌家ではないのでお聞き苦しいところもあるでしょうが、最後までお聞きください」

 

氷月の演説が始まる。

これが、これこそが人類の歩むべき道と高らかに謳い上げる。

皆静かに耳を傾けていた。



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演説と論争

アンケートご協力ありがとうございました。
81票で加藤に決まりました事ご報告させていただきます。


「まずはこの様な時間に騒ぎを起こした事、それを謝罪しましょう。

しかし、それも必要な事だったのです。なぜなら、今の方針では我々の、ひいては人類の未来は暗く閉ざされてしまうからです。一体何を、そう思われた事でしょう。

ですが、これは厳然たる事実です! 彼らの方針、目標はご存知の通り人類70億全員の復活です。

これが不可能な事だと、現在の地球で70億もの人口を支えるのは不可能だと分かっているのに彼らは目を逸らしている!

自分達の感情によって、ただその手を汚す事を恐れるが故に出来もしない目標に向け邁進しようとしている! これは重大なる人類への裏切り行為です!

今我々がすべき事は何か? 生かす事が出来る人間が限られるのなら当然!

生かすべきは優秀なる者達! そう、今すべき事は人類の選別なのです!

そうして優秀なる者達のみを残し、さらなる進化を遂げてこそ万物の霊長。

それを忘れて怠惰に耽る者など新たな世界には不要なのです。

それに、気づきませんか? 人類70億を全て復活させるという事は、旧世界そのものを復活させてしまうという事を。

あの時代、あの社会が理想郷であったか? 否、断じて否です! 優秀なる者が、そうでない、ただ先にいたというだけのもの達に奪われ続けるあの社会が理想郷であるはずが無い!

それを、あの悍ましき社会を完全に過去の物にするチャンスなのです!

これは人類が真の霊長へと進化する最後の機会なのです!!

……私のこの理想を理解していただきたい。優秀なる君達ならばきっと分かってくれると信じています」

 

氷月の演説が終わって一番に動いたのは羽京だった。

 

「僕は絶対にその思想に賛成しない、僕は自衛官だ、自衛官は力無き人々を守る者だ! 優秀かどうかなんて関係ない! 全ての国民を守る、それが自衛官の使命だ!」

 

そう叫んで弓に矢をつがえる羽京。

それに対して槍を構える氷月。

そんな一触即発の状態を止めたのはゲンであった。

 

「はいはーい、羽京ちゃん、ちょーっとクールダウンしようか? さっき千空ちゃんが賭けって言ってたでしょ。

なにがなんでも従いたくないなら、賭けに参加しなければいいの」

「ゲン……、うん、ごめん。少し頭に血が昇り過ぎたみたいだ、頭を冷やしてくるよ」

 

そう言ってこの場を離れて行く羽京。

次いで動いたのは金狼。

 

「俺もそのようなルールには従えん、失礼させてもらう」

 

一瞬だけ銀狼を見た後立ち上がり、氷月を睨みつけながらそう言った。

そして羽京に続きこの場を去っていく。

 

「き、金狼……。え、えーと、それじゃ僕も失礼しまーす…」

 

その姿を見て慌ててついて行くのは銀狼だ。

 

「そうだね、羽京やあのメガネかけた子の言う通りだ。悪いけど氷月、間違ってもあんたにゃ従えないよ」

 

続いてニッキー。

これは残る者が少数派になりそうか、と思われたがマグマが意外な行動に出た。

無言のまま立ち上がり、なんと氷月の方へと歩き出したではないか!

それを見て慌てたのはクロムやコハクだ。

 

「おい、マグマ! テメーなんでそっちにつこうとしてんだ!」

「その男は卑劣にも桜子を人質にしているのだぞ!」

「おいおい、テメエらは俺が仲良しこよしで付いてきたとでも思ってんのか?

俺の目的は司をぶっ倒す事だぜ、それが出来るならどっちでもいいんだよ」

 

バカにするように二人に言葉を返しそのまま氷月の後ろ、ほむらによって後ろから拘束されている桜子の隣に座るマグマ。

その太々しい態度にコハクがいきりたつが、いつのまにか司によって肩を掴まれていて動く事は叶わなかった。

 

「司! 邪魔をしないでくれ! あの恩知らずを叩きのめさねば!」

「大丈夫だよコハク、今は気にする必要がないんだ」

 

コハクの雄叫びに司は至極冷静に返す。

その司の態度に何か考えがあるのだと気づいたクロムは一旦矛を収める事にした。

後、コハクが叫びっぱなしで我に返ったのも実はあるのだが。

それらを全て無視して、一人だけ地面に座る羽目になっている桜子にマグマが声をかける。

 

「よう、いい格好じゃねえか。今の気分はどうだ?」

「……生まれてから初めてなくらいの気分、かな」

「そうかよ」

 

頬を掻きながら照れ臭そうに返す桜子にマグマはそう不機嫌な顔で呟いた。

先程着替えた後ほむらに巻かれた包帯を指しながら小さな声で聞く。

 

「痛くはねえのか」

「それなりに? まあこのぐらいなら気にならないかな、痛みには慣れてるし」

「……そうかよ」

 

全く気にしてない桜子の様子にさらに不機嫌になるマグマ。

それを誤魔化すかのようにまだ意思表明していない者達に怒鳴る。

 

「で、残った連中はどうすんだ! とっとと決めやがれ!!」

「バッカヤロウ! んなもん決まってんじゃねえか、当然千空側だぜ! 優秀な奴だけ残すだあ!? くそくらえだそんなもん」

「ふん、私も同意見だな。弱い者を守るのが力ある者の当然の義務だ。

貴様のそれはその義務から逃れようとする見苦しい言い訳にしか聞こえん!」

 

クロムもコハクも怒りを露わにして怒鳴り千空に付く事を表した。

カセキはその二人の様子を横目に見ながら穏やかに自分の考えを述べる。

 

「ワシはジジイじゃし物作りぐらいしかして来んかったから、難しい事は分からん。

じゃから、横で成り行きを見守らせてもらおうかのう」

 

そう言って千空の後ろから斜め前側、ちょうど千空と氷月との距離が同じくらいの場所へ移動した。

 

「それいいねえ、俺もそうするよ。おじいちゃん、横、失礼するね。

んで、司ちゃんは当然千空ちゃん側だねえ。後は南ちゃんで最後だけど、どうするの?」

 

そしてゲンはカセキのとなりへ。

ついでに残った南に声をかける。

 

「ちょ、ちょっと待って。そんな事言われても……、すぐに答えなんて出せないわよ」

「んーじゃ、南ちゃんも成り行き見守るって事でこっちきたら? 保留っていうのもアリだと思うよ」

「そうね、いきなりすぎてちょっと混乱してるし、そうさせてもらうわ」

 

さて、ゲンのセリフに違和感を覚えた方もいるだろう。

ある二人の名前が未だに上がっていないのに『南ちゃんで最後』?

しかしこの場にいる者ならそれに違和感を覚えることはない。

なぜなら、

 

「それにしても、あの二人がまだ15歳って本当なの?

下手すると氷月ちゃんより落ち着いて見えるんだけど」

 

演説の始まる前から千空のすぐ後ろに並んで座っていたからだ。

大樹はその名の如くどっしりとした安定感、いや、貫禄すら感じる落ち着き振りで。

杠は静かな雰囲気の中に確かな芯を感じさせる佇まいで。

大樹は千空へ絶対の信頼といつでも動けるという意思を込めて。

杠は桜子へ穏やかな笑みと大丈夫だよと語りかけるように。

それぞれの相手に視線を送り続けていたからだ。

二人で寄り添いながら、そっと互いの手を握り合う姿はまるで子供たちを見守る親のようであった。

 

「15!? あの夫婦が15歳なの! 15歳にしては落ち着きすぎじゃない? ワシあんな落ち着いた15歳見た事ないよ」

「うん、安心しておじいちゃん、俺も見た事ないから。後、あの二人夫婦じゃなくてまだ恋人未満らしいから」

 

全く関係ないところで驚愕するカセキを宥めたいのか驚かせたいのか、今一つわからない言動である。

ますます驚愕が深まるカセキを無視して千空が笑いながら告げる。

 

「さあてと、全員分のBETが完了ってとこか。

そんじゃあ論破のお時間だ、覚悟はいいか、氷月?」

 

 

慣れぬ演説をしての結果は予想通りではあったが、やはり落胆を禁じ得ないものだった。

羽京や花田の反応は想像できたものだったが、まさか賛同者が0とは。

まあいい、この賭けに勝てば千空についた者達は自分に従わざるを得ない。

そもそも司さえどうにかできれば後はどうとでもなる。

そして勝利条件は自分が論理的に反論し続ければいいだけ、簡単なものである。

先ずは千空の質問に備えるとしよう。

 

「最初の質問だが、この中で誰が優秀なんだ? ああ、何人か上げるだけでいいぜ」

「意図は分かりませんが、そうですね。司君や君や大樹君、まあ今復活している人間は優秀であると言って良いかと」

 

少し予想からずれた質問であったがまあ問題はない、簡単に答える。

 

「ククッ、俺も優秀の範囲か、光栄なこったなあ。おい大樹、オメーは優秀と聞いて誰を思い浮かべる?」

「む? 一番に思い浮かべるのは千空だが……、他となると浮かびすぎてあげきれんな」

「杠、そっちはどうだ?」

「へ、私? そうだねえ……、千空くんや桜子ちゃんかなあ」

「桜子」

「一番千空、二番司、大樹や杠が三番めぐらいで、他に上げろというならいくらでも」

「司」

「君や桜子、後は大樹や氷月だね」

 

次々と指名していき各々が思い浮かぶ誰かを上げていく。

 

「なるほど、自分が優秀であると思う者は多くない、そう言いたい訳ですか」

「ん? ああ、そういう意味でもいけるか。だが、俺が言いてえのはちげえんだよ。

この鉢巻つけた奴はクロムってんだがな、九九に加えて二桁の掛け算もすぐに解けんだ」

「それがなんだと……!」

 

どうという事もないありふれた暗算能力ではないかと言おうとして気づいた。

 

「コイツはよ、そのコツを自力で見つけ出したんだよ。誰にも習わずにな。

俺ら復活者とは違う、自力での発見だ。その気づきの力、分からねえ訳じゃねえだろ?」

「確かに優秀だと言えるでしょうね、君は一体何を言いたいんです?」

 

自力で気づいたというのは素晴らしい力と言える。

しかし、そんな事は車輪の再発明ではないか、能力の無駄遣いもいいところだ。

 

「分からねえか? 地頭でそこまでの差はねえんだよ、俺とコイツでは。

今差ができてるのは元となった教育が違うってだけなんだよ」

 

訳が分からないというのが顔に出ていたのだろう、千空が続けて話し出す。

 

「教育の差は所属社会の力の差だ、そして社会の力ってのはすなわち人間の数だ!」

 

数をそろえればそれだけで優秀な者の代わりができるとでもいうのか?

そんなわけがない、無能共がいくら集まろうと無能は無能だ。

 

「数だけ揃えた無能共に何が出来ると言うのです! そんなものただの烏合の衆に過ぎない!」

「だから、教育が必要なんだろうが。教育の役目はつまり接着剤。

烏合の衆にならないように、集団で行動できるように教育すんじゃねえか。

そうやって数の利をとっていく、それが有史以来の人類種の基本戦略だろうがよ」

 

思わずあげた大声での反論にも即反論される。

 

「あの社会が理想郷という気は俺にもねえ。だがな、少なくとも今の人類の状況よりはマシなのは確かなんだよ。

そして、氷月。テメエの理想はな、あの社会以下のものしか作れないもんなんだよ」

 

自分の理想を根本から否定され、しかしその憤りをなんとか押し込める。

 

「ならば、優秀なる者達にこう言うつもりですか、『お前たちは人類社会のための生贄だ』と」

「違えな、『優秀になれた分のコストを払え』ってあの社会は言ってたんだよ」

 

歯をくいしばって怒りを押さえる。

認められるものか! 私は私自身の努力によって今の力を手に入れたのだ!

 

「オメーのその槍の技術は、お前自身で編み出した物か?」

「何を……、一体何を言いたいんです……!」

 

本当に何を言いたいのかわからない。

本当に? いいや、気づきたくないだけだ。

自分でも驚くほど必死な声だ。

そうだ、彼の言うことをなんとしても否定しなければ、そうでなければ……、

否定しなければ、私は、

 

「もう、分かってんだろ。歴史の積み重ねで作り上げられたんだろうが、その技術は。

んで、技術の発展には社会の力が必要不可欠。そして社会が力をつけるには…」

「その口を閉じろ!!!」

 

ただの愚かな、水面に映る月を捕ろうとする猿だと認める事になる。

 

「大樹!」

「おう!!」

「ぐえっ」

 

槍を突き出しよく回る舌を永遠に止めようとするも、後ろにいた大樹が千空を思いっきり引っ張って後ろに投げる。

即座に追撃に入ろうとするも、その時には司の剣が氷月の側頭部を叩いていた。

 

(結局殺しはしませんか、甘いですねえ。まあ、流石に生きて目覚める事はないでしょうね、

ここまでやったのです、甘い彼らといえど容赦はしないでしょう。

そうなるとほむら君には悪いことをしましたねえ、こんな愚か者に最後まで付き合わせて。

地獄で再会できたら詫び替わりに何か望むことでも聞いてあげましょう)

 

揺れる視界の中で最後にそれだけを思い、氷月の意識は深い闇に飲まれていくのであった。

 

 




なんか氷月の沸点低く感じられたならそれはシチュのせい。
深夜+慣れぬ演説してしかも共鳴者0+司からのプレッシャー。
流石の氷月もいつも通りではいられない……と思っていただければなーと。


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氷月

氷月の過去ねつ造回。


私の生家はかの加藤清正公の血を引く……分家であったらしい。

加藤家の分家から尾張徳川家へと出向したものが、当時の当主に気に入られ引き抜かれたのが家の始まりとは祖父の言だ。

そこで尾張貫流槍術を学び、皆伝の証として道場を持つことを許されたのだと酒の席でよく言っていた。

実際にどうだったかは知らないが道場自体が古い物であったのは確かだ。

そんな家に生まれたので、当然私も幼い頃から槍の稽古を積んできた。

私には天才と呼ばれる程の才は無かった。

だが、その分研鑽とどうすれば良いのか考え続ける事で15の頃には同年代では負け無し、どころか父から何本かに一本は取れるようになっていた。

……その後父と稽古や試合をできた事はないのでどの時点で父を超えられたのかは分からないが。

そう、私が15歳の時に起きたのだ。

私の中で無能な思考力のカケラもない脳の溶けた輩を排除すべきと思わせる出来事が。

 

 

それは最初は他流試合の願いという形で持ち込まれた。

あの時代武術を習うのは物好きだけとなり、必然どこの道場も門下生不足に悩んでいた。

うちの道場は比較的多くの門下生がおり、ある程度の余裕があった。

そして、それが故につけ込む隙をつくってしまったのだろう。

付き合いがあった相手からの紹介と言って訪問してきたのは、元はそれなりに大きかった剣術道場の師範であると名乗った。

なんでも時代の波に乗り切れず門下生は減る一方、このままでは代々継いで来た道場を畳む事になってしまう。

そこでこの辺りで知らぬ者無しなこちらの道場の力を借りたいという。

剣術三倍段を持ち出すまでもなく剣で槍に勝つのは困難、しかし、だからこそそれをできれば偉業と言える。

その姿を見せれば去っていった門下生も戻って来てくれるのではと思い恥を忍んで頼みに来た。

しかし、自分の腕はそこまで自慢のできるものではない。

なので、師範や師範代ではなく門下生を何名かお貸し願えないか、という話であった。

今思えば胡散臭い話である。

なぜ、紹介者と共に来なかったのか? どのようにして勝つ姿を見せるのか?

上げていけばキリがないが、父はその話に同情してしまい二つ返事で了承してしまった。

結果は一ヶ月もしないうちに出た、門下生が次々と辞めていったのだ。

辞める理由を聞いてもけんもほろろに突き放されるのみ。

どういう事かと遅まきながら調べてみると、なんと父がうちの門下生に命じてある道場主を襲わせたというではないか。

もちろんそんな事実は存在しない。だが、一番最初に辞めた門下生数名がそう言ったらしいのだ。

慌てて彼らに連絡を試みるも音信不通。

そして、よくよく確認してみれば証言した彼らは全員、例の道場の師範を名乗る男に貸した者達ではないか。

トドメに襲われた道場主とやらは訪ねてきた師範その人。

ここまで来てようやく父は自分が嵌められたと悟った。

怒り狂い例の道場へと問い詰めに行くも訪問した事実などない、襲わせただけでなく濡れ衣まで被せるつもりかと逆に問い詰めてくる有様。

紹介者の方に確認するも、紹介などしていない、そんな者は会ったこともないと返答。

進退窮まった父は……諦めた。

まさかの泣き寝入りである。

祖父との大げんかの末そのまま道場を畳む決断を下したのだ。

それまで私は私なりに父を尊敬していた、いつか超えたいと願う、そんな目標であったのだ。

それがいきなり折れてしまったのだ、その時の衝撃は未だに忘れられない。

それからの生活は一変した。

道場をいつか継ぐための修行の時間は消え去り、突如自由な時間ばかりになってしまったのだ。

昨日まで槍術家として生きていたはずなのに、突然只の学生になれなどと言われても困るというのだ。

始めは普通の学生らしい振る舞いをしようとしていた気がする。

だが、結局どれもしっくりこずに槍の修行ばかりしていた。

きっと父への反発もあったのだろう、いつか奴らに報いを受けさせる、その気持ちもあった。

ただ、一番は祖父の寂しそうな背中と、それまで積み重ねてきた修行に対するものだと思う。

それからわずか二年で報い、というか復讐はあっさり成った。

言いふらしていた門下生だった輩を問い詰めればあっさり嘘だったと口を割り、それを持って件の道場へ行けばこれまたあっさり非を認めたのだ。

拍子抜けにも程がある、苛立ち紛れに道場主を含めた門下生全員を相手取って、全員叩きのめしたのはやりすぎであったかもしれないがそれだけやらねば気がすまなかったのだ。

仕方ないだろう、揃いも揃って『こんな事になるとは思っていなかった。すまない、許してほしい』などとほざかれたのだから。

つまり誰一人としてこんな事になるとは思っていなかったのだ。

せいぜいが道場同士の立場が逆転するぐらいで、畳むとは夢にも思っていなかったのだ。

気づいた時には土地は売約済み、誤ちを認めて謝罪するには遅すぎる。

ならば、このまま黙っているのが一番ではないか、と言われて激昂しない程まだ人ができていなかったのだ、当時の私は。

思考をしない輩を徹底的に排除すべきだと確信したのはこのせいだ。

奴らは優秀な者達の足を引っ張る事しかしない、だから全て排除すべきなのだ。

あのような者共がいる事など認められる訳がない。

その為にこの手を汚しても構わない、そう決意した記憶を見た辺りで意識が浮上していく。

まさか殺さなかったのだろうか、とことん甘い連中である。

 

 

「気づいたかい、氷月。いきなりで悪いんだが、うん、事態の収集に力を貸してほしい」

 

意識が戻って最初に声をかけて来たのは司だ。

しっかりと氷月を拘束しながらも少し困った様子である。

地面に押さえつけられているため低い視線から辺りを見回す。

 

「コハク! テメエなんで俺の邪魔をしやがった!」

「う、うるさい! 普段からの貴様の態度が悪いのが原因だ!」

「それよかナイフをなげんじゃねえよ! 桜子に当たってたらどうする気だったんだよ!」

「ふえ〜ん、コハクのばかー! マグマがほむらを抑えてくれたら逃げられたのにー!」

「私か!? 私が悪いのか!?」

「「ほかにいるかー!」」

「コントはいいから、早く氷月様を離せ……!」

 

氷月が確認できた状況はなかなかにカオスであった。

氷月が昏倒させられた後、ほむらの一瞬の動揺の隙に桜子の奪還に動くマグマ。

その動きに桜子を害そうとしていると勘違いしたコハクが牽制の為にナイフを投げる。

慌てて防ぐマグマ、その間に桜子がほむらに確保され再び人質状態へ。

と、いうのが氷月が意識を失った直後の動きだが当然氷月には分からない。

司からの説明でようやく理解できたが、……どうしろというのか。

 

「いや、君からほむらに言ってくれれば桜子を解放してくれるだろう?

こうなった以上、誇り高い君のことだから従わないとは思わない。桜子が解放されれば君の事も解放するよ」

 

その通りだ、自分から敗北条件を満たしにいったのだ。

こうなった以上これ以降の抵抗はプライドが許さない。

 

「ほむら君、桜子君を解放しなさい」

「氷月様! ですが……」

「ええ、君の言いたい事は分かっていますよ。ですが、私は約定を交わしたのです。

それを守らないのは死より酷い屈辱ですのでね、……君には感謝していますよ、おかげで意思を示す事だけは出来ましたから。これからは私の事を忘れて懸命に生きなさい、今まで通りちゃんとした生き方で、ね」

 

半ば遺言じみた言葉にほむらが震えた。

軽く深呼吸をした後、決意した瞳で回りを睨みつける。

 

「氷月様を離せ! でなければコイツの命はない!」

「ほむら君!?」

「申し訳ありません氷月様。ですが、その指示には従えません」

「氷月の馬鹿ー! ちゃんとほむらの事見ときなさいよ!これから死にますからみたいな事言ったらこうなるに決まってるじゃない!」

「氷月様を馬鹿にするな!」

 

戸惑う氷月に罵声を浴びせるのは桜子だ。

即首に当てられた刃に黙らされられたが。

 

「何やってんだよ、ったく。司、氷月を離してやれ」

「千空……。そうだね、もう必要なさそうだ」

 

そう言って氷月を解放する司。

少し驚いた様子を見せる氷月だが、すぐにほむらを止めるためかと得心する。

 

「ほむら君、我々は賭けに負けたのです。見苦しいマネは辞めましょう、私はともかく君は殺されたりしないですよ」

「おい、氷月、テメーワザと言ってんのか、それとも素か?」

 

実際氷月の言葉は火に油を注いでいるようなものだ。

ほむらの目は千空を憎々しげに睨み桜子を掴む腕はますます力が込められている。

 

「ああ、もう、埒が明かねえ! おい、ほむらっつったか? 氷月を殺しはしねえからとっとと桜子を離せ!」

 

事態が進まない事にイラだった千空のその叫びにほむらは喜色を見せ氷月は顔をしかめた。

 

「千空君、敵は減らせる時に減らすべきですし、罪に対し適切な罰は必要なものです。

君は人類を導くリーダーとなるのですから、苦しくとも果断な決定をすべきですよ」

「殺される立場の奴が言うな! つうか、今人間減らす余裕なんぞねえわ!

数が必要だってのに二人も減らされてたまっかよ! 後、いきなりリーダーなんて言われても困るっつーの!」

「何を言っているのです、君はすでにリーダーでしょう。

後、私一人処分するだけで十分ですし、そうでなくとも再犯の目を摘むならばためらってはいけません」

 

あくまで自分は死ぬつもりの氷月の態度に深いため息をつく千空。

 

「再犯の可能性なんぞねえから今回はいいんだよ」

「何を言っているのです? 私が理想を捨てるとでも…」

「テメエはある意味俺と同じだ、絶対に嘘をつけねえ芯があるっていう意味でな。

俺が科学に嘘をつけねえように、オメーは槍の事には嘘がつけねえ。

だから、今ここで、代々受け継いできた槍の技術に誓え!

以後俺の指示に従うと! 裏切らねえと誓え!!」

 

自分は負けたがそれは理想を捨てるわけではない、そう言い放つつもりであった。

それを遮られ氷月のよって立つ、確固たる自分を作り上げてきた芯の部分を突き付けられた。

 

「ククッ、つまり私に、君に仕えろ、そう言うことですか」

 

槍に、己が信ずるものに誓うとはそういう意味だ。

彼自身が思いついたのだろうか?

いや、きっとその隣にいるしてやったりという顔の元同士の入れ知恵だろう。

いつだったか武士の生き方は良いものだと零した記憶がある。

武器を、その武術を捧げるとはどういう意味なのかという事も。

 

「あん? そういう事になんのか、司」

「気にする事はないよ千空。俺と同じ扱いでいけば問題ないさ」

「いや、他人に仕えられるとか意味わかんねえんだが」

「大丈夫、君は君のままでいればいい。それだけで御恩と奉公は成り立つさ」

 

一体いつそんな知恵をつけたのか、随分と悪知恵が回る。

入れ知恵をしたのは多分だが自分が意識を失っている間だろう。

疑念を込めて司に視線を向けていると肩をすくめながら彼は言った。

 

「なに、昔はよくあった事なんだろう? 勝った方が負けた方を従えさせるのは。

今この世界はストーンワールド、つまり石器時代なんだから問題はないさ」

「桜子からの歴史の授業、意外なとこで活用してやがんな。

舟の上で言ってたのも伝えたらどうだ? 同士ではなく今度は友人になりたいってよ」

「裏切った相手によくそのような事を言えますね」

 

呆れながら言う。

司は確かに旧世界であった時から理想しか見えていない節があったがそのあたり変わっていないようだ。

 

「大樹や桜子から漫画の話も聞いたからね、現実で漫画のマネをしてもいいだろう?」

 

いや、変わってはいる。

大分お気楽な性格になった。

 

「士三日会わざれば、とは言いますが……、変な方向に行きましたね司君」

「何、もう少し力を抜いてみろとアドバイスをもらったからね、それに従っているだけさ。

それで、どうするんだい? まさか、自分が言った言葉を翻す君じゃないだろう?」

 

ため息一つ、本当に変わった。

きっと今までは硬い芯だけだったのがしなやかさも手に入れたのだろう、勝てる気がしない。

 

「いいでしょう。千空君、君の言う通り槍に誓いましょう。

具体的に何を望みます? 裏切って君達を害する事をしないのは当然ですが」

「いや、誓う内容はそれだけで十分だ」

「では、今後君たちを裏切ったり傷つけたりしないことを我が槍術に誓いましょう」

「おし、じゃあその誓いが守られる限り、テメエを害さねえと俺も科学に誓うぜ」

 

そう氷月が誓った後すぐに千空が誓う。

予想外な事が目の前で立て続けに起きているほむらは混乱の極致にあった。

氷月を殺させないために人質をとったのに当の氷月から諫められる、氷月を殺す立場であるはずの千空から氷月の命を保障されなぜか氷月自身がそれを咎める、果てには千空に氷月が仕えるなどという異常事態。

それでも人質を離さなかったのは意地かそれとも混乱のせいか。

 

「二人の誓い確かにこの獅子王司が見届けた!

……ほむら、氷月が死ぬことはもうないよ。桜子を離してくれないか?」

 

それも司に声を掛けられるまでだった。

桜子をつかむ両腕から力が抜けナイフが力なく地面に落ちる。

恐る恐る離れていく桜子にも反応することなく行くに任せていた。

それを確認した桜子は一転走り出す。

 

「千空ー!」

 

そして最高の笑顔で千空の胸に飛び込むのだった。

 




実は実は前話と今話とても難産でした。
具体的には書き溜めが全部なくなるくらい……。
木曜更新してなかったらお察し下さい_:(´ཀ`」 ∠):


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闇が深くなるのは

笑顔で飛び込んでくる桜子を優しく受け止める千空。

そしてそっとその顔に両手で触れる。

ただし、

 

「あれ、千空、なんで梅干しの体勢に入ってるの?」

 

握りこぶしでそのこめかみに沿える形で。

 

「さあ、なんでだと思う?」

 

千空は確かに笑顔だ。

ところで彼女の前世の記憶にこんな言葉を読んだ記憶がある。

掲示板では割とよく使われていた表現であり漫画が元ネタだ。

曰く、『笑うという行為は本来攻撃的なものであり獣が牙をむく行為が原点である』

なぜかそんな言葉が思い浮かぶ。

 

「えっと、その、怒ってる…?」

 

おずおずと問いかける桜子に千空は優しい笑顔を向け……、

 

「怒ってないわけねえだろうが!」

 

すぐさま般若に変化しグリグリとこめかみを削り始めた。

 

「あー! ごめんなさいごめんなさい!」

 

効果はバツグンだ!

あっという間に涙目になる桜子。

 

「テメエはなんで俺に相談しねえんだよ、この馬鹿!」

「だって薬作りに集中して欲しかったし、知識が狙いなんだろうから命を盾にすれば行けると思ってたし……、まあそれはダメだったんだけど」

 

その言葉に今までの桜子との違いに気づく千空。

いや、そもそも誰かに助けてと言い出した時点で気づいてはいた。

それが確信に変わったのだ。

 

「ってことはオメーの悪癖直ったのか?」

「うん! 私ね、ようやく死にたくないって思えたの!」

「そうか……、よかった、でいいんだよな?」

「うん! 私やっと人間になれた気がするの!」

 

優しさと少しの憐憫を込めてそっと頭を撫でる千空。

そんな事が何より嬉しいと言わんばかりの桜子。

だが、その会話を聞いていた周囲には酷く衝撃的だった。

 

「千空、桜子、俺はあまり頭が良い方でない自覚がある。

だから、この話を聞いてもいいか教えてほしい」

 

大樹の言葉にキョトンとする桜子。

 

「あれ? 私が命を投げがちって大樹は気づいていなかったの?

ほら、今回もそうだけどライオンの時とか、司の時とか」

「いや、てっきり使命感からだとばかり……」

 

そっかー、とあまり深刻さが感じられない口調の桜子。

それとは対照的に重苦しい雰囲気になっていく大樹と杠。

その二人の様子に慌てて弁解する桜子。

 

「あ、今はもうそんなことしないからね。二人が気に病むことないから!」

「なーんか複雑なもの抱えてるみたいねえ桜子ちゃん。

どうせなら詳しく聞かせてくれない? 迷惑かけた詫びがわりにさあ」

 

スルリと会話に入ってそう言うのはゲンだ。

実際今回の桜子の行動で一番迷惑をかけられたのは彼と羽京の二人だろう。

桜子もそれを分かっているからNOと言うのも気が引ける。

助けを求めるように千空をみるが、

 

「ちょうどいいから話せるとこまで話しちまえよ、俺もオメーの持つ情報精査してえしな」

 

千空も話した方がいいという判断のようだ。

 

「聴きたい人だけでいいなら話しますけど……」

「それじゃ罰にならないでしょ? これでも怒ってんのよ、俺。

千空ちゃんは君の事情知ってるみたいだし、なんで相談しなかったのー、ってね」

 

かなり痛いところを突かれた桜子は仕方なく妥協案を出す。

 

「とてもじゃないけど信じられない話なので、嘘だと思った時点でその人は聞くのをやめるのが条件です。信じてくれない相手に延々と話し続けるのは嫌なので」

「うんうん、それでいいんじゃないかな。それじゃあ早速話してもらっちゃおうか」

「いや、今はダメだ」

 

すぐにでも聞こうとするゲンに待ったをかけるのは千空だ。

 

「へええ、何か不都合な事でもあるのかなぁ、千空ちゃあん」

 

不気味な笑みを深め問いかけるゲン。

それに対し千空は真剣な顔を見せる。

 

「ああ、今すぐはでけえ不都合がある。それは……!」

「「それは……?」」

 

固唾を呑んで千空の言葉を待つ周囲。

 

「夜遅くてねみい!」

「あ、そういえば大分遅くだね、今」

 

彼らからは見えないが銀狼辺りはすでに舟を漕いでいる。

 

「だから明日全員がそろってから話させるって事でどうだ?」

「うん、それなら俺に異存はないよ。じゃあ、また明日ね桜子ちゃん」

 

そう言ってさっさと自分達の家へと戻っていくゲン。

その後ろ姿を見届けて杠が桜子を心配して話しかける。

 

「桜子ちゃん、どうしても話したくない事なら無理して話さなくてもいいよ?」

「心配してくれてありがとう杠。でも、私が話したいのもあるの、特に二人には」

 

曇りのない笑顔でそういう桜子にかえって不安を覚える杠。

だが、確かに聞かなければ分からないことはある、彼女を理解するには話して貰わなければならないのだ。

 

「んじゃ、全員戻って寝るぞ。日付変わってそうだぜ、この暗さだと」

「日付が変わるってなんだ、千空?」

「1日が終わったって事だよ」

「日が落ちてんだからとっくに変わってんじゃねえのか?」

「あー、24時間表記では日の出、日没が基準じゃねえんだよ」

「んじゃあ何が基準になってんだ?」

「あー、クッソ長くなるからここじゃない土地での時刻が基準になってるって今は思ってろ」

「?? とりあえず分かった。また今度説明してくれよな」

 

なんて事ないように質問と答えを交わすクロムと千空。

その姿を見て、またいつも通りの会話を交わし、家路を急ぐ。

そんな日々を続けたい、そう願う桜子だった。

 

 

明けて翌日、大体10時前後には全員に話せる状態が整っていた。

桜子の前には三列で皆が座っている。

1列目は桜子から見て左から杠、大樹、千空、羽京、ゲン。

2列目はコハク、司、クロム、氷月、ニッキー。

3列目にはマグマ、カセキ、金狼、南の順で並んでいる。

いないほむらと銀狼は桜子から話す事を拒否した形だ。

正確には拒否したのは銀狼のみで、ほむらの方は興味がないだろうと断ったのだが。

 

「ほむらさん、多分氷月は全部聞くだろうけど、それでも聞くほど興味ある?」

「貴女にそこまで興味ないからどうでもいい」

「ですよね、それでしたら銀狼に舟に積み込む荷物を指示しておいてください」

 

以上が二人の会話である。

他にも一人だけ拒否された銀狼がその事を嘆いたり、司の一睨みで黙ったりしたがそれはともかく。

全員が揃いそれを確認した後、桜子が話し始める。

 

「私の話は正直荒唐無稽な話になりますので、信じられないと思います。

ですので、少しでも信じられない、または信じてないと判断した場合はすぐにその人は聞くのをやめてもらいます。

勝手かもしれませんが私の根幹に関わる話なのでご理解のほどよろしくお願いします」

 

聞く側が思っていたよりも重い話になりそうである。

 

「ふうん、それにしては千空ちゃんには話してたっぽいけど?」

「千空の時は信じさせる材料が私の中でありましたので、でも千空には必要なかったですけど」

 

そこまで重いのという意味を込めてのゲンの発言に少しずれた角度で返す桜子。

逆に信じさせる根拠がないからあまり話したくないという意味でもあるのだろう。

 

「それじゃあその条件でよろしいですね?」

「信じてないって判断は君がするんだろうけど、その判断は大丈夫なの?」

「信じられないって反応は飽きるほど見てるので。

ああ、でもお二人には自己判断のみでどうぞ。迷惑かけた詫び替わりですので」

 

その他には誰からも異論がないようだ。

それを確認して、ゆっくりと深呼吸をした後話し出した。

 

「まず前提として私には前世の記憶、生まれてくる前の、私ではない人の記憶があります」

 

後半の部分は前世の意味がわからない村人達への説明だ。

 

「そんなことがありうるのか?」

 

思わずといったふうに声をあげたのは金狼だ。

 

「金狼、悪いんだけど銀狼の手伝い行きね」

「な! 待ってくれ、説明もなしか!」

「というよりここで引っかかるようだと、この後のは理解できない話になるの。

貴方みたいに真面目な人だと否定しないのが負担になるぐらいにね。

正直、始めから銀狼と一緒でもよかったぐらいなんだけど、お詫びも兼ねてるからせめてさわりだけでも聞かせたの」

「詫びがわりならば尚更聞くべきではないのか?」

「お詫びで苦しませたら意味ないでしょ。後、少しでも聞く人を少なくしたいのもあるけどね」

「……そうだな、判断するのは桜子、そういうルールだったな。分かった、銀狼の手伝いに回ろう」

「ありがとう、ごめんね」

「いや、気にする必要はない。ルールはルールだからな」

 

そう言って荷物の積み込みに行く金狼。

その後ろ姿を見ながら揶揄うようにゲンが桜子に声をかける。

 

「あーらら、可哀想に落ち込んじゃってない、彼?

せっかくここまで来てくれたんだからさあ、聞くか聞かないか選ばせてあげても良かったんじゃないの?」

「ほんっと嫌なとこ突きますね、証拠が無ければ他人に信じさせるどころか、自分でも信じる事も出来ない話が出てくるんですよ、この後。無駄に悩むよりかは私のせいで聞けなかった方がマシなんです」

 

ニヤニヤしながら突いてくるゲンに少し強めな口調で返す桜子。

 

「ま、君がそれでいいって言うならいいけどね。

話の腰を折っちゃってごめんねえ、ささっ、続けて続けて」

 

嫌味にしか聞こえない言い方ではあるが、こうする理由はあるのだ。

桜子がどういう人物で周りにどう思われているかの確認である。

こういう風に突いて怒るのか、それとも萎縮するのか。

その姿を見て彼女を知る人間はどう反応するのか、といったものである。

結果としては周りからは大分良い印象を持たれていて、本人も芯の強さはかなりあるタイプだと見えた。

 

(本人から聞くだけじゃ分からない事なんて腐るほどあるものねえ。

ま、これ以上は蛇足だね、一部の人間の目がキツくなってきてるし、十分人間性も見えたし)

 

はっきり言って前世云々はゲンにとってどうでもいい事だ。

前も今も人間には変わりないようである、ならば自分の土俵で戦える相手であり、自分の土俵の上ならば負ける気は一切ないからだ。

 

「それじゃあ続けますね、前世で読んだ漫画の中にDr.STONEという作品がありました。

その内容はある日突然緑の光に地球が覆われ地球上の人類は全て石化した、そして数千年後偶然石化から解放された人間が現れる、彼はその科学知識を以って人類を石化より解放するのだった……、そういう物語です。

その内容こそが皆さんに秘密にしておきたかった事で、その物語から見れば私は異物です。

だから失われても一番支障がない、そう思っていたから命を捨てがちだったんです」

 

しかし、コレには驚きを隠せなかった。

嘘は最後以外言ってない、彼女の様子から自分のメンタリストとしての経験がそう判断する。

だが、いくらなんでもコレはない。

自分達が漫画の登場人物とでも言うのだろうか?

そんな事を言い出す奴は現実と妄想の区別のつかない大馬鹿者か極度の精神的疾患の持ち主だ。

なら彼女はそのどちらかなのか?

これもまた違うとメンタリストとしてのプライドにかけて否定できる。

ならば、少なくとも彼女はそれが真実であるとして話しているという結論になるだろう。

 

「ニッキーさん、南さん、申し訳ないんですがほむらさんの手伝いに回ってもらってもいいですか?」

 

そんな風にゲンが考えているうちに桜子が二人にこの場からほむら達の所へと行くようにお願いしていた。

 

「待ちなよ! アタシは別に……!」

「前世の時点で半分くらい疑っていましたよね? 南さんも漫画の話で嘘だと思ったでしょう?

難癖に聞こえるかもしれないですが、嘘だと思ったかどうかだけは分かるんです、私」

「待って! 本当だっていう証拠があるんでしょ、それを見せてくれればいいじゃない」

「見なければ分からない時点でお断りしたいんです、金狼にも言いましたがなるべくなら知っている人を減らしたいので」

「私達だけが嘘だと思っているわけじゃないだろ、他の子はどうなんだい!」

「どうでもいいと思っているのが二人で信じてるのが四人、好奇心で一杯なのが二人で嘘だと思ってるのが羽京さん。ゲンは……完全に隠されているので、多分という言葉がつきますが嘘だと思っていますね」

 

後、千空は前から知ってるので数えてないです。

なんでもない事のように全員の状態を把握している桜子に絶句するニッキー。

 

「人の顔色を伺うのは前世が散々やってたし、疑ってかかる相手の顔は飽きるぐらい見ましたので。

拒絶された事で嫌な気持ちになるのは当然のことだとは思っています。

でも、この後千空から聞かされるであろう事は信じられない人にはもっと信じられない事なんです」

「分かったよ、悪かったねごねたりして。でも、いつか聞かせてくれるかい?」

「この後話を聞いた人から聞く分にはいくらでも、私から直接なら信じてくれるならって感じです」

「じゃあアタシがこの話を上手く飲み込めた辺りにでも聞かせておくれ。

今はほむら手伝いに行ってくるよ、ほら、南も」

「え、ええ。……あのね、私もまだ戸惑ってるだけだから、落ち着けたら聞かせてね」

 

そう言ってこの場を離れて行く二人。

少し落ち込んでる桜子。それは自分の弱さにか、それとも拒絶した罪悪感からか。

 

「それじゃ、千空。情報の精査って言ってたけど漫画情報は要らないんじゃなかったの」

 

ワザと明るく振る舞う事で振り切ろうとする姿は辛さを無視したものにしか見えなかった。

千空は悩んでいた。この場で桜子のトラウマ、彼女の過去と前世について問いただすかどうかを。

拒絶される事に恐れているのは十分に周りに伝わった筈だ、今はそれで満足するべきでは?

話して問題ない範囲の漫画情報だけでお茶を濁すべきではないか……、彼にしては珍しい事に進むべき方向に迷っていたのだ。

そんな千空の葛藤を感じとったのだろう、大樹が力強く千空に声をかける。

 

「千空、お前が何を迷っているのか俺には分からん。だが、今は桜子の為に迷っているのだろう?

なら、お前が出した道なら正しい道になる、いや、大丈夫になるように俺や杠、だけじゃない皆でする。だから、大丈夫だ!」

 

まったくこの雑頭は、一番背中を押して欲しい時に押してくれる。

千空にとって人生最大級の幸運はこの頼れる漢と親友になれた事だろう。

もう迷う必要はなかった、桜子の目を真っ直ぐに捉え問いかける。

 

「桜子、オメーの前世と旧世界でどう生きてたか聞かせてくれ」

 

そう聞かれた瞬間の事だった。

明るい表情を見せていた桜子の顔からストンと表情が消えた。

焦点が合ってるようには見えない目のまま無表情で桜子が聞き返す。

 

「何のために聞くの、それ」

「捨て鉢だったオメーがそうじゃなくなってきたのはいい事だ。

だがお前が生きていくのにまだ色んなものが必要だと思ったからだ。

……いや、ちげえな。ダチが苦しんでる原因を知りてえ、知ってそいつを取り除きてえんだ俺らは。

だから、教えてくれ。お前のトラウマと苦しさを」

 

千空の真剣な声にソッと瞼を閉じる桜子。

タップリ5秒は待っただろうか、ゆっくりと開かれた彼女の瞳には光が戻っていた。

 

「聞いて楽しい類の話じゃないよ? ろくでもない輩と、ソレの記憶を残した奴の話なんて」

「だから聞くんだよ、治すにもどういう傷か分からねえんじゃ手の出しようがねえ」

 

深呼吸一つした後桜子はゆっくりと話し始めた。

彼女の痛みと苦しみの過去と、厭わしい前世の話を。

 

 




お気づきでしょうか?
『信じられない=嘘だと思っている』
という認識に。


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高い能力は本当に幸せをもたらしてくれるのかい?

それらはただの道具の一種。
使い方を誤れば容易く振るった者に牙を剥く。


私の一番最初の記憶、つまり始めて意識を持ったのは泣かない赤子のお尻叩く衝撃からね。

何? そこまで遡らなくていい? 分かってるけど完全記憶を持ってるって証拠をね……。

はあい、脱線はやめますよ。大体2歳過ぎまでは特に変なとこはなかったはずなの、2歳の誕生日は祝って貰えたし。

誕生日過ぎて2カ月ぐらいした頃に前世の記憶って物に気づいたのよ。

幼稚園で皆んなと過ごしていると記憶との齟齬が酷くてね、大人の感覚があるのに実際は子供の心と体なわけ。

よく周りと言い争ってたの、でも子供と大人で口げんか何て本来成立しないのよ、大人側が引いちゃうから。

それが凄くストレスになって、つい家で親に相談しちゃったのよね。

『大人なのに幼稚園に行くのはもういや』

ってね。

当然親としては叱るでしょ、そんな子供。

そしてそのお叱りに理路整然と反論しちゃったの。

両親が私を見る目が不気味なものを見る目に変わるのにそう時間はかからなかったわ。

そんな不気味な子供を幼稚園に通わせてたら、何言われるか分かったもんじゃないって事で幼稚園通いは無くなったんだけど、そうなると私の面倒見なきゃいけなくなるのよね。

そのせいで母は仕事辞める羽目になったの。

さて、ここで問題です。

不気味な子供のせいで仕事を辞める羽目になった人がそれの為に頑張ろうと思えるでしょうか?

答えは当然のごとくNO。

よく叩かれるようになったのはそれからね、でも素直に叩かれてたわけじゃないの。

そっとマジックテープの片側を当たる直前に頬に置いたり、座布団を頭の上に置いたりしてたから。

今思えばだけど怒られて当然よね、我儘言って仕事辞めさせるわ素直に叩かれないわって。

食事抜きは一回だけあったけど、食べるものをあっさり私が見つけた事で意味ないと思ったみたい。

勝手にしてろって感じになるのにそう時間はかからなかったわ。

それからはお金だけ渡されて完全放棄。

さっさと新しい仕事見つけてそっちに集中してたみたい、父とそんな話をしてたのがもれ聞こえた事があったし。

家事とかどうしてたって? 私がやってたのは半分くらいかな?

母が仕事に集中しだしたのが私が4歳か5歳ぐらいだから。

仕事をし始めた時期がいつか正確に知らないのよね、母は言わなかったし、私も聞かなかったし。

小学校に通うようになってもやっぱり大変だった……、むしろ入学最初の頃が一番辛かった気がする。

皆んなで仲良く〜っていうのが普通じゃない? 私はどうしても馴染めなかったの。

そんな風に浮いてる奴を人はどうするか、当然異物として排除するわけ。

イジメの始まりね、まあやり返したけど。

人の物を傷つけてくる奴は証拠動画撮って賠償請求したし、机や椅子に何かするのは予備のを常に教師に用意させる事で対処したし、陰口は気にしなければ無害だったし、直接暴力に訴える奴が一番面倒だったかな。

二年生になる頃にはちょっかいかけてくる奴はあらかたいなくなったわね。

ずっと独りだったけど本でも読んでれば良かったし、うん、学校生活は問題なしよね。

保健の授業で生殖関係のあたりやった時が一番きつかったね、ついうっかり前世のソレ関連見ちゃったから。

悲鳴をこらえる事ができたのは我ながら絶賛ものだと思う。

顔が青くなっちゃって保健室へは連れてかれたけど。

中学入ったぐらいにTVで司を見た時に初めて気づいたのよね。

ここが前世で読んだ漫画の世界に似た世界だって。

そこからはもう何もかも無視して知識漁りばっかの生活よ。

成績の維持は教科書丸暗記と授業全記憶で片付いたし、人付き合いは小学校から変わらなかったから皆無だしで。

で、石化の日までそのままっていう感じ。

以上で私の旧世界の生活は終わり、何か聞きたい事はある?

 

 

よくあるお話でしょ、となんでもない事のように言う桜子とは対照的に場の雰囲気は最悪に近かった。

それはそうだろう、彼らは少なくとも愛情を受けて育ってきたのだ。

両親のいない大樹でさえ亡くなるまでは愛情を持って育ってきた。

あっけらかんと話す彼女の心情は想像の埒外にあった。

 

「一つお聞きしたい、その虐めをしてきた相手を消したいと、復讐したいとは思わなかったので?

脳の溶けた連中に好きな様にさせたままでよしとしたのですか?」

 

皆が固まる中氷月が静かに質問する。

純粋に疑問だったのだろう、優秀といえる能力を持っている彼女が、脳の溶けた輩に苦い思いを受けた筈の彼女が、自分の考えを全否定した事が。

 

「やり返しはしたし、別にあちらがおかしいとは思えなかったですから。

そんな事考えつかなかったっていうのが本音、やる労力がもったいないのもありましたけどね」

「なぜです? 能力を示していなかった訳ではないでしょう?

優秀な者がそうでない者に排除されるのを間違いだと思わなかったのですか?」

「彼らだって優秀でしょう? 集団に溶け込めるという意味で」

「……どういう意味ですかそれは」

 

全く理解できないといった風に氷月が眉間に皺を寄せさらに問いかける。

 

「人間という種族が作った力で、一番振るわれてきたのが何か分かります?」

「銃ですか? ……いえ、言いたいことは違うのでしょう。

残念ながら上手く貴方の考えが理解できないようだ、答えを聞いても?」

「私の答えは数の、集団としての力。なら、それを上手く自分の為に使えるのは優秀な証拠でしょう?」

 

桜子の答えに軽く首を振ってため息をつく氷月。

 

「考えが違い過ぎますね、君の考えは私には受け入れがたい」

「理解し合える人達だけじゃないでしょう、この世にいるのは。

お互いに理解できないと分かればそれはそれでいいんじゃないです?」

 

この会話を聞いて千空が気づいた事は、

『他人と違う事で集団に入れない事がトラウマになってる』

という事実だ。

つまり皆で受け入れれば万事解決、

 

(じゃ、ねえんだよな。言いたくない事はなんとしてでも言わずに済まそうとするのが桜子だ。

それが少し聞かれただけで全部話す? ありえねえわ、んなもん)

 

まあ、今回の場合露骨に話すのを避けている部分があるのでそこを突くだけである。

 

「俺からも質問だ、前世に関しちゃほとんど説明が無かったが、どうなんだそのあたり」

「ああ、それ? そんな話す事多い訳じゃないから省略してたの。

ほとんどの時間を引きこもって過ごして2019年10月に死亡。

まあ、この状況とほぼ同じような漫画が存在してたって事で分かると思うけど、この世界とは別の世界だったみたいね。

総理の名前とか人気漫画の内容とかちょっとずつ違ったりしてたわ」

 

そこでゲンをちらりと見る千空。

コクリと頷きゲンが桜子の嘘を突く。

 

「ほとんどって言うけど、お仕事はしてなかったのその前世は?

してないならニートって言うけどそのあたりどうなの?」

 

その質問に舌打ちせんばかりの顔になって答える。

 

「してましたよ、ええ。引きこもってたのは休みの日だけです」

「それじゃあ引きこもりじゃなくてインドア派ってだけだねえ。言葉は正確に使わなきゃ、だよね」

「どっちでもいいじゃないですかそんなこと、違いなんてあってなきがごとしでしょう?」

「いやあ、一番聞きたいのはなんでそういう表現なのかなってこ・と。

言葉選びがわからないとは言わせないよ、たっくさん本を読んでるんだってねえ桜子ちゃんって。

そこまで文章に慣れ親しんだ人が分からないわけがないんだから」

「へええ、ただの趣味だとは思わなかったんです?」

「それならそう言えばいいだけだよねえ。でも、そうしなかった。

いや、嘘ってわけじゃないんだね。感情任せの言葉ってだけで」

「それで? 一体それの何が悪いんです? 生まれ変わったんだから昔の存在しないものを否定して何が悪いんです?」

 

その言葉を聞いてゲンがニイィィっと不気味に笑った。

『思惑通り』そう言うかのように。

そして千空へと視線を向け視線のみで伝える。

『お仕事終ーわり、後は君の出番だよ』と。

 

「ああ、オメーの言う通りだ。もう存在しないものを否定すんのなんぞ誰も問題にしやしねえ。

それと同じ生き方をしちまったオメー自身ごと否定すんじゃなきゃな」

「……何を言っているの? 同じ生き方?

違うわ、私は前世の問題点をしっかり認識して、同じ轍を踏まないようにして生きている!」

「今は、だろ。2歳の頃はそれができていなかった、だから『私が悪い』そう思っている……、違うか?」

 

唇を噛みしめ何かに耐えるようなしぐさを見せた後、激情を抑えているような声で返す。

 

「そう、ね。あの頃は駄目だと気づけなかった、だから母は私を避けるようになったのだもの。

それの責任を私以外の誰に求めるというの、私がちゃんと子供だったら起こらなかったじゃない!

あんな事を言わせることも……!」

 

思わず漏らしそうになった言葉を慌てて飲み込む桜子。

しかし千空には察されてしまっていた。

 

「『私の子を返して』か? お前の言われた言葉は」

 

そう言われた瞬間桜子の顔から血の気が一気に引いていく。

真っ青な顔で力なく首を横に振って必死になって否定する。

 

「ちっ、ちがう、そんなこと言われてない、お母さんはそんなこと言ってない、私が普通じゃなかったからお母さんはお母さんじゃなくなったんだもの、お母さんは悪くない!」

 

彼女の不幸は完全記憶能力を持っていた事、つまり普通の人であれば自然に行っている、『記憶の改竄』が一切できないことであったろう。

いくら自分にとって都合の悪い記憶があっても、それを忘れることも、都合のいいように変えてしまう事が決してできないのだ。

 

「そう言い聞かせて親を責めることをしようとしなかったわけだな?

社会的に見て普通でいられない自分が悪いって自分を納得させて、そうなった原因の前世の人格ごと自分を否定して、そうやって生きてきたんだな?」

「……そうよ、それを聞いて、わざわざ隠していた事暴き立てて! 何が言いたいの!!」

 

千空の言葉についに桜子が激昂し立ち上がって千空をにらみつける。

千空も同じく立ち上がり桜子に答える。

 

「何が言いたいか? んなもん決まってんだろ」

 

そう言ってゆっくりと桜子に手を伸ばし、

 

「その生き方はきつかったろ、オメーは悪くねえ。だから、あんま自分を責めんな」

 

いつかのようにその頭をポンポンと叩くのだった。

 

「私、悪くないの?」

 

呆然とつぶやく桜子。

そんなこと想像すらしていなかったのだろう。

 

「ああ、オメーは悪くねえんだ。だから、もう我慢しなくていいんだよ」

 

優しく頭をなで続ける千空。

そんな二人の様子に我慢しきれなかったのか杠が飛び出し桜子を抱きしめた。

 

「そうだよ! 桜子ちゃんは何も悪くないの! だから、だから、……悲しい事我慢して飲み込まなくていいの!」

「だって、私のせいってお父さんもお母さんもずっと、ずっと…、幼稚園でも小学校でも周りはみんな私がおかしいって」

「桜子が悪い事をした訳ではないのだろう? なら君が悪い訳ではない、もう泣くのを無理に我慢しなくていいんだ」

 

いつのまにか後ろから桜子を抱きしめているのはコハクだ。

桜子を慰める役を二人に持っていかれた形となった千空に氷月が問いかける。

 

「なぜ、彼女はそこまでの忍耐を自分で強いていたのでしょうかね、受け入れられない程度気にする必要もないでしょうに」

「オメーにはあった確固たる自信があいつにはなかった、そういうこったろうよ」

「随分な知識量を持っていると聞きましたが……」

「使えるようになったのは石化中にだろうよ、つまりその前、旧世界では何の変哲も無い普通の奴だったんだろうさ。まあ、いじめられて泣き寝入りするほど弱くも無かったみてえだがよ」

 

大きなため息をこぼし天を仰ぐ氷月。

なるほど、自分の思想を否定するわけである。

彼女自身があの諺の体現者ではないか、氷月の理想に従うという事は過去の自分を殺す事をになる。

それに頷ける者なぞただの愚か者だ。

そこまで考えたところで桜子の方に視線を移す。

呆然としながら呟く姿を見ればただの親からはぐれた子供にしか見えない。

 

「なんで? 私が二人の子供なのに、なんでお前は誰だなんていうの? 悪霊に取り憑かれたなんていう詐欺師をどうして信じるの? どうして私を信じてくれないの?」

「辛かったよね、もう大丈夫だから、桜子ちゃんを信じる人はたくさんいるから、私が全部信じるから、もう心の中だけで泣かなくていいからね」

「村の女性達は皆君の味方だ、君を否定する者なぞいるものか。だから君の辛さを全て吐き出してしまってくれ」

 

ポロポロと涙を流し続ける桜子に優しい言葉をかけ続ける二人。

先の生い立ちの話から考えれば、世界がこうなって初めて彼女は愛情を与えられたのだろう。

 

「私も人のことを言えませんね、観察眼をもっとちゃんとさせなければ。

よりにもよって一番賛同が得られない相手から始めるとは」

「会った事ない相手なんだからそんなもんだろ、特にあいつは分かりにきいからな」

「君は分かっていたようですが? この中では一番長い付き合いだからこそですかね」

 

その氷月の問いに肩をすくめるだけで答え、桜子の方へ行く千空。

 

「桜子、オメーの両親もオメーも悪くねえんだ、誰かに責任を求めんのはもうやめろ」

「そんなの無理だよ、私が普通の子供だったらお父さんもお母さんも喧嘩なんかしなかったはずだもん」

「んなもん責任取れる訳ねえだろ、ガキが大人に対して責任取れるかよ。

喧嘩した事はその両親の間の話でテメーにゃ関係ねえよ、気に病まれたら却って迷惑になるわ」

「でも……」

「いいの! 桜子ちゃんは悪くないの! 気に病むの禁止! 分かった!?」

「ええ…? だって、そんな…」

「でももだっても禁止! 皆に甘えて忘れなさい!」

「忘れるのは無理だよう、完全記憶だもん……」

「いいの、気にしなければ! 温かい思い出で埋めちゃえばいいの、だからしっかり甘えなさい!」

 

力強く抱きしめる杠の体におずおずと両手を回していく。

遠慮がちに抱きつき返し、問いかける。

 

「私、悪くないの? 赦されていいの?」

「「「「もちろん!!(あたりめえだろ)」」」」

 

杠にもコハクにもちょっとだけ離れている大樹にも、そして当然千空にも。

同時に赦された事でもう既に溢れていた桜子の涙腺がとうとう完全に決壊した。

杠の胸に顔を埋め声を殺して泣く桜子。

そんな彼女を抱きしめて頭をポンポンと叩きあやしつづける杠とコハク。

コハクが杠ごと桜子を抱きしめる形になっているのはご愛嬌といったところだ。

まだ彼女の心の傷が癒えた訳ではない。

だが確かに癒え始めたのがこの時であった。

彼女はきっとこの時、この瞬間を忘れないだろう。

完全記憶など無くても、きっと永遠に、また生まれ変わったとしても。

確かな愛情を初めて与えられたこの始まりの時を。




ギリギリ間に合った……! ですが、次回はどう考えても無理!
申し訳ないのですが書き溜めのため次回は来週の木曜か再来週の月曜に投稿させていただきます。m(_ _)m


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事前説明はしっかりと

コハクと杠に抱きしめられて泣く桜子の姿を見て安堵のため息を吐いたのはクロムだ。

 

「いやー、ゲンと千空がツッコミまくってた時はヤベーぐらいにピリピリしてたけど、なんとかなったみてえでよかったぜ、ホントによお」

「約2名程なんとかなってないみたい、だけどね」

 

今にも死にそうな雰囲気を漂わせ頭を抱えながら時たま懺悔の言葉を漏らすのは司で、バツが悪いのを誤魔化すため不機嫌な仏頂面になっているのはマグマだ。

 

「……ふう。司君、いつまでそうしているつもりですか? そうやって過去を悔いていれば赦しを得られるとでも?」

「そうだけどね、……うん、赦しが欲しいなら謝罪をするべきだね。ありがとう、氷月。俺は彼女に謝ってくるよ」

 

氷月の問いかけに答え、桜子達の方へ行く司。

 

「司君は謝罪する事が出来そうですが、そこの君はどうなんです? 図体ばかり大きくて肝は小さいんですか?」

「なっ! 俺は……! くそっ、俺は司になんぞ負けやしねえぞ!」

 

氷月に突つかれ司に続いて桜子に声をかけに行くマグマ。

その一連の動きをみてゲンとカセキは微笑んでいた。

 

「なんです、ゲン君にそちらのご老人。私を見てニヤつかないでくれますか」

「ホホッ、すまんのう。わざわざ発破をかけるなんて実はいい人なんじゃない? って思っちゃったのよ、ワシ」

「ほっといたってそのうちどうにかなったのに、やっぱり気にしてるんじゃないかなぁ〜。

まあそうだよねえ、自分も同じような事しちゃってるもんねえ、許してくれるかは気になるよね〜」

 

カセキはともかくゲンの方は完全にウザ絡みである。

しかし、そんな鬱陶しいゲンの絡みにも動じず冷静に氷月は答えた。

 

「彼らは許しを請えるぐらいの働きはしていますからね、それなのに自身の感情から躊躇をしているのは時間の無駄です。

まあ、ゲン君の言うように許すかどうかは気になりますが、そこまで器の小さい輩かどうかという意味で」

 

無用の心配だったようで一安心ですよ、と心の中だけで呟く氷月の視線の先では司とマグマの謝罪に困惑しながら許す桜子とそれらを温かく見守る周囲の姿があった。

 

「おっ!ちょうどいいや。 俺気になる事があってよお、三人なら分かるかもしれねえよな」

 

クロムが突然そんな事を言い出した。

 

「俺らに何か聞きたい事があるの? 大体千空ちゃんや桜子ちゃんが答えられると思うけど」

「いやあ、千空は興味無くて知らなそうだし、桜子はそれ関連言いたくないっぽいからよお」

 

思わず顔を見合わせる三人。

千空は知らず、桜子が言いたがらない事とは一体何か?

 

「さっき桜子が話してた中で生殖関係のが一番辛かったって言ってたじゃねえか。

子供作るのってそんなヤベー事があんのかなって気になったんだよ」

 

ああ、なるほどと納得する三人。

 

「体の内部は意外とグロいですからね」「小さな子にはきついものがあるよねえ」「性癖って魔境だからね」

 

そして三人同時に別の方向での納得だった事が判明した。

 

「いや、どれなんだよ!」

「ふむ、私は興味を持った事がないので二人の方が正解だと思いますよ」

 

先に自分の意見を否定する氷月。

 

「俺もあまり経験多い方じゃないからねえ、あってるか自信ないよ? けど、羽京ちゃんなら分かるんじゃない?」

「まるで僕が女性遊びばかりしていたみたいに言うのはやめてくれないかな。

……自衛隊に限らず軍人って待機する時間が長いんだ。だから、意外とオタク趣味な人が多くてね、それで妙な性癖とか知っちゃったりしたのさ」

 

なんとも言えないといった顔で説明する羽京。

あまり話したいものではないようで『聞いて気分のいいものじゃないよ』と拒否を示した。

 

「いや、せっかくだ。悪いが説明してくれ、その妙な性癖とかいうのをよ」

 

司とマグマの桜子への謝罪がいつの間にか終わっていたらしい。

羽京の話に千空が反応を示した。

 

「千空…理由を聞かせてもらってもいいかい?」

「こいつの二番目のトラウマだからだよ、ほっといたら話すわけねえからなこいつは」

「どうしてわかるのよお……」

 

目と同じように頬も赤くして抗議する桜子。

そんな彼女だから千空の言葉に説得力が生まれるのである。

 

「説明してもいいけど……、あってるかどうかもわからないし、何より本当に気分のいいものじゃないんだ。理解できないものも多いし、出来れば知ってほしくないんだよ」

「……千空、前世の記憶で何を見たのか、私が何故それがトラウマになったのか、一言だけで済ませられるの。羽京さんがそれで分からなかったら諦めてもらっていい?」

 

羽京が一番コレに関しては知識を持っているようで、尚且つ話すことへの忌避感を覚えている事に気づいた桜子がなるべくわかってしまうのが少ない人数に収まるように提案する。

 

「まあ、いいか。羽京って呼び捨てでいいか? すまねえが、こいつが今から話すことの解説頼むわ」

「うん、呼び捨てでかまわないよ。分かった、僕のできる範囲で説明させてもらうよ」

 

千空からの要請に快く応じる羽京。

それを確認した後、何回か深呼吸をして桜子は覚悟を決めた。

 

「私の前世は……異常性癖ビンゴ*1が三列揃うような変態だったの」

 

震えながらの言葉に意味が分からず首をひねるばかりの周囲。

一方羽京は顔を青くして驚愕に身を震わせていた。

 

「……それを小学5年ごろに見ちゃったのかい?」

 

恐る恐る尋ねる羽京にそっと頷く桜子。

彼には額を押さえ天を仰ぐしかできなかった。

 

「よく男性恐怖症とかにならなかったね……」

「そのころには前世は一般とは程遠いという事までは理解できていたので。

程遠いどころか社会に隠れ潜むのが精一杯とは思ってませんでしたけど」

 

少し言い過ぎではないかとも思うがアレは別に一種類だけというわけではない。

ただ、一列揃うには大抵反社会的な性癖が入るというだけだ。

どのレベルで三列揃ったかはわからないが、三つもそんなものを持っていたら変態と呼ばれるのには十二分だろう。

さすがにこれは解説なんて不可能だと途方にくれる羽京。

そんな羽京の様子も気にせず桜子が決意表明する。

 

「だから私は正しい子供の作り方を広めたいんです、特にまだ知らない子に。

初めて知るのがあんなものだったら必ずトラウマになりますから」

「いや、どんなんだよ必ずトラウマになるって」

 

力強く目標を語る桜子におもわずツッコム千空。

クロムや氷月らも口にこそしないが同じ気持ちのようで、桜子らを見る目が訝しむものになっている。

その千空のツッコミに説明を放棄ぎみの羽京に代わり桜子が地獄の底から響くような声で答える。

 

「千空、子供作るって命を繋ぐ為の行為よね?」

「お、おう。そうだと思うぜ」

「なら、命を損なうようなものは間違ってるはず、そうよね!」

 

ドン引く千空に詰め寄る桜子の目は焦点が合ってるようには見えない。

この時点で千空は悟った。

このトラウマは方向性違うだけでこいつにとっての重さは自己否定のものとほぼ同じだと。

 

「そうだな、この件については……、羽京と相談してどうすっか決めてくれ!」

「千空!?」

「仕方ねえだろ! 俺ら誰も知らねえジャンルだ! 文句あんなら復活液使ってそれの専門家起こしやがれ!」

 

その闇の深さに自分に対処できるものではないと理解した千空が羽京に丸投げをした。

当然羽京にとっては寝耳に水だ、大慌てで止めようとするが千空の説明が一歩早かった。

 

「いや、たしかに比較すれば知ってる方だけど僕だって知識があるとは言えないよ! あとコレの専門家ってどういう職業!?」

「心理学者じゃないんです? それは後でいいから、村に着いたら村の既婚者の男性の方を当たってもらっていいです?まずは村人が正しい子作りをできているかどうかを調べて欲しいんです」

「僕に夜の夫婦生活を調べて欲しいって事!? 下世話過ぎるよ、それは!」

「あんな性癖の無法地帯を復活させるわけにいかないでしょう? これは必要な事なんです」

「とんでもない事要求してるのに、どう見ても真面目に言ってるようにしか見えない! ちょっと誰かこの子止めてよ!」

「よーし、桜子の対処は羽京に任せて俺らは舟に荷物積み込むぞ。

やるべき事は山積みだかんな、残念ながらのんびり過ごすのは後回しだ」

 

羽京の助けを求める声を黙殺し、全員が拠点を引き払う準備に取り掛かる。

悪いとは思ってもこの件に関して知識が足らない者では助けにならないのだ。

そう心の中で言い訳して、羽京の悲鳴を後に村への引越し作業は進むのだった。

 

 

「そういえば、スイカは置いてきたんだね。

まあ、危険な事態になるかもなんだから当然だけど」

「……誰かスイカに出る前に話したか?」

「慌てて飛び出したからね、誰もそんな暇なかったんじゃないかな」

「よし、桜子のせいにして説明責任全部ひっかぶせんぞ」

「全員で謝った方がいいだろ、桜子だけに押しつけるとさらに怒ると思うぜ」

 

帰りの船上でスイカに説明した者が誰もいない事にようやく気づく一行であった。

そして村に着いてやった最初の行動が……、

 

「ごめんね、ごめんねスイカ! 私が一番悪いから皆んなは許してあげて!」

「いいんだよ、スイカは結局お役になんて立てないんだから」

「それは違うぞスイカ! アイツらはスイカが危ない目に遭わないようにだな、」

「それで皆んなで危ない事してきたんだよ」

「うっ、それはそうだが……」

「一言ぐらい誰か話しといてくれてもよかったと、スイカは思うんだよ」

 

拗ねまくるスイカに対し金狼銀狼を除く村から拠点に行った男全員での土下座と、桜子、コハク、杠らによる全力でのフォローであった。

ちなみに、マグマがなぜいるのか? 司に捕まって逃亡に失敗しているからである。

 

「とりあえず、はじめましてだねスイカちゃん。私は杠って言うの、よろしくね」

「うん、よろしくなんだよ……」

 

いつもならば元気いっぱいに返すであろうはじめましての挨拶も萎れてしまっている。

 

「仲間外れみたいで寂しかったの? それとも役立たずって言われたようで嫌だった?」

「……いいんだよ、スイカはこんなチビだし、役立たずって言われてもしょうがないんだよ」

 

完全に落ち込んでしまいしょぼくれるスイカ。

杠はそんなスイカをそっと抱きしめて優しく囁く。

 

「そうじゃないよ、スイカちゃんが、安全な所で待ってくれてるって事が皆んなに勇気をくれたんだよ。

もう一度、桜子ちゃんをスイカちゃんに会わせようって思えたから皆んな頑張れたんだから」

「……本当なんだよ?」

「もちろん! ね、皆んな」

「「「「「はい、そうです!」」」」」

 

唐突に杠から話を振られておもわず全員でハモる五人。

その必死な様子が功を奏したのかスイカも信じてくれたようだ。

 

「わかったんだよ、スイカお役に立ってたんだね」

「そうだよ、だから、ね、笑って? 笑顔でお帰りって言ってあげて?」

「うん、わかったんだよ。……皆んな、お帰りなんだよ!」

「おう、ただいまだ、スイカ。遅くなっちまって悪かったな」

 

杠の言葉に応えて笑顔でお帰りを言ってくれたスイカにようやく肩から力が抜けた一同であった。

 

「スイカちゃん、実はね私たち桜子ちゃんの秘密を教えてもらってきたの。

スイカちゃんも教えてもらってくるといいよ。ね、桜子ちゃん」

「へ? あ、うん。スイカにも教えてあげるね」

 

突然話をふられ戸惑いながらも承諾の返事を返す桜子。

 

「本当!? スイカにも教えてくれるんだよ?」

「うん、スイカにも知って欲しいな。聞いてくれる?」

「もちろんなんだよ!」

 

目を輝かせるスイカに桜子も頬を緩ませて逆にお願いする。

スイカも当然とばかりに頷いた。

 

「それじゃあコハクちゃん、二人に付き添ってもらっていい?

びっくりしちゃうだろうから、他にも知ってる人がいた方がいいと思うの」

「あ、ああ、そうだな。それなら私の部屋で話そうじゃないか」

 

あ、これは怒っている時の杠だ、と気付いたコハクは二人と一緒にこの場を離れられる提案をした。

もちろん二人に否やはない、すぐに了解の返事を返し三人で仲良く連れ立って行く。

そして残された男達はまだ全員座った状態である。

その時の事を振り返って曰く、

『鬼子母神って表現はああいうのを言うんだな』

としみじみ語ったのは千空である。

杠のお説教はコクヨウへの挨拶を終えた大樹らが戻るまで続いたのであった。

*1
検索禁止。少なくとも筆者はドン引きしました




大分お待たせしました(汗
注釈部分辺りを書くか少々迷いましたが、桜子が前世の人格と完全に別であると認識する重要なポイントですので書きました。
尚、検索して心に傷を負っても自己責任でお願いいたします(目逸らし


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『Dr.STONE』について話そう

「あ、脚が痺れ……! 銀狼! テメエ何笑ってやがる!」

「うわぁ! 暴れんなマグマ! こっちにくんな、俺だって脚痺れ、ってぎゃあああ!!」

 

脚の痺れに悶える一同を戻ってきた銀狼が指を指して笑っている。

すぐに金狼が殴って辞めさせたのだが、

 

「銀狼くん、金狼くんと一緒に正座」

 

時すでに遅し、杠の怒りポイントが溜まってしまったようである。

 

「えええ! なんで!? 僕が何かしたぁ!」

「今笑って馬鹿にしたのが原因だろうが! すまない杠、俺からもよく叱っておく。

で、俺も正座する理由はやはりスイカを置き去りにした件か?」

「うん、その通りです。分かってくれますよ、ね?」

「もちろんだ。だが、その件に関しては銀狼には罪はない、今回は許してやってくれないか?」

 

そう言って銀狼をかばう金狼だったが、

 

「その件に関しては、ですよね? 桜子ちゃんから聞き出しました、彼の所業」

「銀狼、何をしている、早く正座をするんだ」

 

これはかばいきれないと判断。

少しでも説教の時間が短くなる方を選択した。

 

「えええええ! 助けてくれるんじゃないのお!」

「限度がある! 無理なものは無理だ!」

 

ちょっとした阿鼻叫喚状態である、ちなみにそのせいで杠の怒りポイントは上がっていく一方だったりする。

そんな悪循環状態を断ち切ったのは大樹であった。

 

「杠、それは後にすべきだ。杠はまだコクヨウさんに挨拶をしていないだろう?

置き去りにしてしまった子供の件でただでさえ待たせているんだ、これ以上待たせてはさすがに礼儀に反するだろう」

 

その大樹の言葉に冷静さを取り戻す杠。

 

「大樹くん……。そうだね、これ以上はダメだよね。コクヨウさんってどちらに?」

「ああ、あの橋の向こう側の高い所にある家の中だ、ご挨拶しに行こう」

 

そう言って杠を連れて行く大樹。

二人の姿が見えなくなってようやく一同は息を吐いた。

 

「いや〜、随分と絞られてたねえ。前からあんなんだったの? 彼女」

「んなわきゃねえよ、初めてだわこんな説教食らったの。

まあ、ある意味桜子のおかげ……いや、せいって言った方がいいのか?

とにかくあのもやしの影響だってのは間違いねえな」

「あー、母は強しって奴? 母性本能を刺激されてって感じだねえ。

一足飛びに母親っぽくなっちゃうってゴイスーじゃない」

「……あいつがいなかったらどうなってたんだろうな」

 

上を向いてそうなった要因である桜子を思う。

もし、いなかったとしたら今こんな風に空を見上げていられただろうか?

感傷的な雰囲気を出す千空に少し目を細め軽く答えるゲン。

 

「さあて、ね。……って聞けるじゃん、それ!」

 

そして、桜子の話を思い出した。

そのゲンの反応で千空も漫画情報を聞きそびれている事に気づく。

 

「あん? ……って、そうだよ! 結局あいつの持つ情報精査できてねえ!」

「ちょっと衝撃的っていうか、お話ぐらいでしか聞かない人生だったからねえ。すっかり忘れてたよ、今桜子ちゃんはどこに?」

「今スイカに例の話を教えていったところだ、コハクの部屋でって言ってたから俺らも行くか」

 

尚女性の部屋に大勢で押しかけた事でコハクに怒られ、女性……?と首を傾げてしまった事で火に油を注ぐ事態になった。

後部屋だと狭いので別の場所に移す羽目になったので、慌てて押しかけたのは失敗だったと反省する千空達であった。

 

 

「それで、何を聞きたかったの?」

 

何故か短時間で二回も説教じみた事を言われて凹み気味な千空達に聞く。

ちなみにコハクはスイカと一緒に料理のお勉強である。

私からではなくニッキーや南さんに教わるらしい。

 

「いや、な、オメーの持つ情報を精査してえって言ってたろ?

結局やってねえ事に気づいてな、慌てて押しかけたってワケだ」

「そんなに焦んなくてもよかったでしょうに。

でも意外な姿みちゃった、まさかコハクが拳じゃなく言葉でのお説教を選ぶなんて」

 

コハクに怒られた時の千空の、何を言われたか分からないって顔かなりレアだった。

なんというか、『ああ、まだ15歳だったんだよね』って思った。

でもゲン以外の追いついてきた他のメンバーには見られてないから安心するといいと思う。

 

「ほっとけ、とりあえずもう起きねえ事件ぐらいは聞いても影響はねえだろ。

ついでにオメーが漫画情報から相談した方がいいって思う事も話しとけ、ほっとくとまーた今回みたいな事になりそうだかんな」

「もうやらないってば、じゃあ話しても問題ないような、もう起こらないだろうことから話してくね」

「おおお! 俺たちの活躍の話なんだよな、それ!」

「面白そうじゃないのー、それ!」

 

興味深々と言ったクロムやカセキ、そう言うそぶりは見せないが羽京さんや司も期待はしてそうだ。

 

「えーと、期待してるとこ悪いんだけど、まだ話せない事も多いのよ。

なぜかっていうと、漫画だとね復活液の作り方を見つけるのに一年かかってるの。

で、千空が目覚めた日はどうも現実も漫画も変わらなかったりするの」

「え゛! ってー事は……御前試合が終わってんじゃねえか!

で、千空や司がいなかったらマグマか金狼が優勝してるよなあ……」

「番狂わせが無ければマグマだろうね、間合いが取れない金狼ではマグマに勝てないよ」

「あの頃のマグマだと……余所者が作った薬って妻に飲ませるか?」

「いやー、ないじゃろそれは。そもそも村に入れんよ、……あれ?

今色々作っとるのってルリちゃんの病を治す為じゃよねえ? それが出来ないって事は、まさか……」

 

すごい勢いでクロムとカセキがこっちを見振り返る。

その眼光に少し怯みながら必死に否定した。

 

「ないない、そんな最悪の事態。お話としてはろくでもないし、現実だったらもっと救いがないでしょ。

大丈夫、そんな事にはならないから。千空がクロムやカセキの力を借りてちゃんと助けたから」

「漫画ではルリの病気は肺炎だったって事だな、しっかりと治せたって事は」

 

即次の展開を予想して当ててくるのは勘弁してもらいたい。

 

「正解よ、今現在のルリさんの病気が肺炎かどうかは分かんないけどね。

漫画では肺炎だったのは本当、それでも薬作りに数カ月かかってたのよね。

そういえばガラス容器作りはどう? 上手くいってるの?」

「ああ、カセキの爺さんのおかげで順調どころかほぼ終わったぜ。

酒や酢はあっちから持って来た奴があっから後は硫酸だけだ」

 

さすがカセキ、でも服を弾き飛ばすのはもうちょっと自重してほしい。

 

「硫酸の在処は見当ついてるんでしょ?」

「そりゃな、コハクがいつも温泉汲みに行ってるとこの先だろ?」

「うん、やっぱり予想付くよね。で、硫酸がある場所に付き物の危険と言えば?」

「あん? おい、まさか硫化水素や二酸化硫黄が即死レベルで溜まってんじゃねえだろうな?」

「現実に確認は危なすぎてしてないけど、漫画ではやっばいレベルで溜まってたよ。

描写としては飛んでたカラスがいきなり落ちて、死体もすぐに溶けちゃうぐらい」

「そりゃ硫酸湖に落ちりゃあそうなるだろうよ。

先ずは銀の槍とガスマスク作ってからだな、硫酸採取は」

 

よしよし、漫画の描写確認二周目でなんでマスク作ってからにしなかったんだろうと思ってたのだ。

四周目で時間足らないからだと分かったけどね、今は時間があるのだから作ってから行くべきなのだ。

 

「あの硫酸湖盆地状になってたからね、もしかしたら火口湖だったのかも」

「盆地状はやべえな、ガスが溜まり放題じゃねえか。

つーか強風の日は近寄れねえぞ、下手したらガスが流れ出てくんじゃねえか?」

「漫画でも死人が出てたしね、強風の日は気をつけるようにコハクにも言ってあるよ」

 

そこまで話したところで一回話すのを止める。

なぜか? 何か考え込んでた司が何かに気づき凹み始めたからだ。

 

「どうかした司ちゃん? いきなり凹み出したりしたら変な人って思われちゃうよ?」

「すまない、いや、なんでもないんだ。……桜子、確認したいんだが、俺はその漫画に出ていたね?」

 

本当にただの確認でしかないな、その質問は。

気づいちゃったかー、なんで千空がわざわざ遠く離れた箱根辺りまで来たのかの理由に。

 

「あの、さ、司、漫画は漫画であって今の現実じゃないんだから気にする必要ないよ?」

「そーそー、漫画の司ちゃんが千空ちゃんを追い出したー、なんて気に病む必要ないでしょ。

現実にはやったりしてないんだからさあ、そんな事気にしてたら逆に桜子ちゃんとかに負担になっちゃうよ?」

 

からかうようにゲンが宥めるが司は更に凹んだようだ。

そんな要素今の言葉にあった?

 

「そうだね、実際にはもっと悪いんだろう? 推測だが、漫画では俺が千空を殺そうとして逃げられたんじゃないかい?」

「……桜子ちゃん、もうちょっとポーカーフェイス覚えよっか。予想外の事が起きた時に、君表情に出すぎだから」

 

あ、ゲンの言葉への私の反応でより悪いものだと気づいた訳か。

 

「ごめんなさい、以後気をつけます」

「人と接する機会少ないからだろうし、あまり気にしなくてもいいけどね。

今度そのあたり教えてあげよっか? その方が俺も想定外が起きなくていいし」

 

さっきみたいに私から情報が漏れたりですね、分かります。

私に出来たのは頭を下げてお願いすることだけだった。

 

「よろしくお願いします」

「はい、よろしく。んじゃあ続きをどーぞ」

 

ペシペシと司の肩を叩きながらさっさと次に移るよう促してくるゲン。

しかし続きって言ってもなあ。

 

「どんな事を話せばいいの? ちょっと思いつかないんだけど」

「全員ちょいちょい気になる事はあんだろうがな、先に対策しとかなきゃやべえって事を聞かせてくれ。

例えば白金がなきゃ詰むような事態、とかな」

 

覚えてるんだ、ポロッと言っただけなのにー。

呆れた記憶力だ、実は完全記憶能力持ってるのでは? もしそうだったらお揃いだね!

んなわきゃないとセルフツッコミを心の中でした後、その場の全員を一回見る。

メンバーは千空、クロム、カセキ、司、羽京さんにゲン。

ちょうど頭の回るメンツが揃っている、話すのにはちょうどいいだろう。

 

「うん、私が知ってる中で対策しとかなきゃいけないのはそれぐらいかな。

白金を手に入れに行った所で数名だけ偵察に行ってる最中に起きた事なんだけど……」

 

ここからが言いにくいんだよね、正直信じられないから。

 

「無線で連絡を取ろうとしても応答がないって状態だったから、高い所から本隊である機帆船を見たの。

そしたら、応答がない理由が一発で判明したわ。何故なら……機帆船に乗ってたメンバーがほぼ全員石化させられてたから」

 

さすがにこれは衝撃的だったらしく皆驚愕の表情を見せている。

狙ったわけではないのだが言い澱んだ事が溜めになってしまったようだ。

 

「結構ショッキングな話だねえ、それで偵察隊のメンバーだけで逆転ホームランを決めたってわけ?」

「そこまではわからないんですよね、助っ人が来たのかそれとも忍び込んで白金だけ手に入れたのか……。その先を読む前に前世は死んじゃってますので」

 

本当になんでもう少し先の展開を読んどいてくれなかったのか。

コミックス派だとか言わないで雑誌で読んどいてくれれば特に重要な部分が分かったのに。

 

「石化したって事は装置があるって事で、そこが人類石化の犯人のいる場所って事だろうな」

「……? ええっと石化現象の中心は別の所のはずだけど?」

「その辺の情報は出てたんだな、だが俺の予想だとそこまで中心地は遠くねえはずだぜ」

 

なぜ? 漫画だとブラジルだったはずなんだけど。

 

「あの緑の光はなんでも透過してただろうがよ、中心地が遠かったら足元から来るはずだぜ。

まあ、あの光が地表面にしか走れなかったりすんなら話は別だがな。

まあまずねえだろ、地下鉄に乗ってりゃ大丈夫ってわけでもないみてえだしな」

「んん〜? ああ、そうか円を二つ近づけてくと、最初にくっついたとこと逆の場所へは内側から来るもんな」

 

確かに、そんな事考えてもみなかった。

漫画情報が全て正しいとは限らないし、それ以外の細かい情報が必要でないわけがない。

 

「そのあたり確認しないと駄目かー、この件は薬作り終わってルリさん治してからね」

 

私がそう言うと千空が何かを得心したように頷いた。

 

「おい桜子、この村の連中はISSの乗組員の子孫だろ」

「えっ」「はい?」「ええっ!」「「?」」

 

反応はそれぞれ私、ゲン、羽京さん、クロムとカセキの順だ。

司は片眉をピクリとさせただけで声は上げなかった。

……なんでそこまで推理完了してるの!?

 

 



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『Dr.STONE』について語り……きれない!

あまりの衝撃に私が目と口で三つの丸を作っている内にさらに言葉を続ける千空。

 

「あの光が来た時人類はほぼ全員石化したってのは現在の状況からまず間違いねえ。

だが、宇宙ではどうだ? ちょうどその頃にISSで作業中の奴らが居たはずだぜ、確か5人か6人だったな」

「ま、待ってくれ千空。地球全土を覆うであろう程のものだよねあれは。

ISSの高度は確か400km程度、地球の直径から見たら誤差の範囲内じゃないか。

なのに、ありえるのかい? たまたま避けられる程度の範囲だったなんて事が」

「あー、まあな。だから俺もISSは燃料切れで大気圏に突っ込んで燃え尽きたと思ってた、乗組員ごとな。

だがな、透過できねえもんもあるってなったら話は別だ。もしオゾン層を透過すんのが不可能だったら?

大気中にしか走れなかったりしたら? 真空を通るのが出来なかったとしたら……ISSが無事だった可能性が出てくんだよ」

 

仮定に仮定を重ねる形になるがな、と自嘲気味に笑う千空に絶句。

そこまでの推理を、おそらくさっきの私の反応から導き出すなんて。

 

「後は明らかに白人の血が混ざってる村人だとか、名字の文化がないのに名字を聞かれたりだとか。

極めつけはあれだな、この村は石神村っつうんだと。因みにISSの乗組員唯一の日本人の名前が石神百夜で俺の親父な。

ここまで揃えば状況証拠としては十分だろ」

 

どっから聞いた&誰から聞かれたのおぉぉぉ!

思わず頭を抱えて下を向く私。

 

「つまり、この村は3700年続いているという事かい?」

「いや、それはどうだろうな。俺がいた東京とここは陸続きだ、楽勝で歩いて行ける範囲だろうよ。

その状況で百夜が俺を探しに来ねえってのは考えづらい。推測だが多分海外、少なくとも海の向こうだろうよ。

んでもって白金の在り処はそこ、宝箱ってのは宇宙船ソユーズだと思うが……合ってるか?」

「千空、誰も話についていけていない。すまないが一つずつ順番に理由を説明してくれ」

 

頭を全開で回転させているのだろうクロムがさっきから目をグルグルさせている。

司と羽京も繋がりが今一つのようだし、カセキに至っては考え放棄してるっぽい。

ゲンはさっきの村が宇宙飛行士たちの子孫発言時から両手を上げて降参のポーズ。

当たり前の反応だ、知ってる私でもなぜそう言えるのかさっぱりなのだから。

 

「あん? しょうがねえなぁ、んじゃ一つずつ順番に説明すっぞ。

まずISS乗組員の生存の可能性はわかるな? で、地球に帰還すんだろ。

宇宙飛行士ってのは超絶エリートの集団だ、そこは問題ねえだろうよ。

だが地上からのサポートなしで日本へピンポイントは無理だ。

って事は何処か、多分ユーラシア大陸の北部だろうが着陸しやすいとこに行くだろ。

そっから少しずつ広がってここまで来た、ってのが一番考えやすい。

で、村に伝わる百物語で白金が宝箱に入ってるって話な訳だが、その時一番頑丈であろう物は?

そりゃ宇宙船ソユーズだろうよってわけだ」

 

開いた口がふさがらないとはこの事か。

わずかなヒントだけでここまで近づいてくるか、普通。

千空が普通かって言われたら全力で首を横にふるが……、にしたってコレはない。

プレゼントを渡す前に中身を当てられた気分だ。

 

「ゲン、ちょっと情報を無闇に出さない方法教えてくれない?

あっという間に正解に近づかれて怖いんだけど、私」

「千空ちゃん並みの人はちょーっと見た事も聞いた事もないからねえ。

多少怖がっても仕方がないよね、俺でよければ教えられる範囲で教えるよ」

「おい、合ってんのかどうなのかぐらい言えよ」

「……さっきも言ったけどルリさんを治してから。答え合わせはその後にして」

 

とにかくこの件はこれ以上答えたくない。

どれだけばれてしまうのか怖すぎる。

 

「いいから他の質問ないの!? ないならこれで終わる!」

「なに怒ってんだ、オメー。まあ、俺からはそれだけだから別にいいがよ」

「ねえねえ千空ちゃん、お父さんからのプレゼントをもらう前に中身当てちゃって怒られた事ない?」

「当てた事はあっけど百夜は凹んだだけだったぜ、すぐに戻ったしな」

「うん、でさあ、サプライズをしようとしてたんじゃない? 彼女。

それがあっさりばれちゃったら怒っても不思議ないんじゃない?」

「メンドくせえなあ、おい。とりあえずこれ以上は聞かねえって、それでいいだろ?」

「……分かった、それでいいよ」

 

口をへの字にしながらも了承する。

すっごく悔しいが仕方ない、千空がすごいのは分かってたのに口裏合わせをし忘れたのが敗因だ。

後はクロムかカセキが作ったものでも聞いてくるかな。

と思っていたら司が真剣な表情で聞いてきた。

 

「……桜子、その本では俺はどう描かれていたか教えて欲しい」

 

絶対落ち込むから話すのにかなりの躊躇があるんだけど……。

 

「司が現実にやった事じゃないんだから、必要以上に気にしないって約束できる?

私はもう貴方の事を仲間の一人と思ってる、沈み込んでる姿は見たくないんだからね」

 

ちょっと照れてそっぽ向きながら言ったがこれは私の本心だ。

あの時いた皆んなと村の人達は私にとって大切な仲間たちだと思っている。

面と向かっては中々言えないが。

 

「ありがとう、うん、だけど俺が知るべきだと思うんだ。

いや、違うね。知っておきたいんだ、どんな風に過ちを犯す可能性があったのかを」

 

司が少し表情を和らげて感謝と決意を述べる。

だが自傷行為に近いものがある、だからついついクロムがツッコムのも無理ないだろう。

 

「真面目か! わざわざ自分で傷口えぐる事ねーだろよ。なあ、千空もそう思うだろ」

「ああ、合理的とは言えねえな。だが、司自身が先に進むのに必要だと感じたならしょうがねえだろ」

 

むう、千空は本当に皆んなを信じているなあ。

この少しモヤッとする感じはいつぞやの友達への独占欲だろう。

そう判断して話を始めるのであった。

 

 

「司が望むならいいけど、辛かったら言ってね。まずは大きく変化したあの海岸での話からね。

漫画ではあの時はそのまま引いたのよ、ただし復活液の存在が話し合い当初は知らなかったの。

だけど話が終わったぐらいに大樹が杠分の復活液の材料溜まったぞーって言いながら来ちゃってね。

硝酸が湧く洞窟の位置と引き換えに時間を稼いだ千空は杠を目覚めさせて、大樹と杠に逃げるか一緒に戦うかを聞いたの」

「「「「「「戦う(だろ)(だろうね)(よなあ)(じゃろ)(でしょ)(と思うけど)」」」」」」

 

うーん、全会一致、私も同意見だけど。

でも、千空なら聞かずにはいられないだろうなあ。

 

「まあ秒で選んだんだけど、そこで司が戻って来たの。大人の石像を破壊したカケラを持ちながら。

当然大樹は止める為に挑む……って言うか立ち塞がろうとするんだけどね、一発耐えるので精一杯。

こりゃダメだってなった千空はさあどうするのか?」

「火薬作り」

 

だから即次の話を当ててくるのはやめて頂きたい。

 

「正解、その材料を手に入れるため箱根に来たってわけ」

「そんでもって村人に会って村に来たわけだな!」

「そうそう、でルリさんの薬作りが始まるわけ」

 

よっしゃ! ナイスだクロム! これで肝心な部分を喋らずに済む。

が、そうは問屋が卸さない。

 

「桜子、意図的に話を省かないでくれ。復活液の作り方を知らない俺が諦めるはずがない。

そこで火薬を作り上げ、俺が追いついたんじゃないか? だが火薬だけでは俺を止めるのは難しい。

桜子、君がどうしてこの辺りを話そうとしなかったのか?

それは作り方の為に三人の内誰かが俺の手によって傷つけられたからだ、違うかい?」

「その三人なら多分俺だろうな、司の現実での当初の理想そのままなんだろ?

大きい変化がそこってんならそのはずだ。で、それなら一番排除する必要があるのは俺だろ」

「それでは薬作りを始める事もできないだろう? 大樹か……杠だと思うよ、君をかばってね」

「それだったら逃げられねえだろ、大樹や杠が死んでんなら話は別だがな。殺しまでするか?」

「あの頃の俺だったらやるだろうね。大樹がその身を呈して俺を止める、その後死んだと思わせる事ができれば千空は逃げ切れる筈だ」

「火薬作ったならまず交渉から入ると思うがなあ、それで決裂してってか?

銃を揃えて今度は司を殺しってのが目的か、クッソみてえな顛末だな、おい」

 

確かに大樹を殺されでもしたら、いくら千空でも復讐心を押さえられないかもしれない。

でもそんな救いのない『Dr.STONE』は嫌だ。

 

「そこまで暗い話じゃないから! 千空の知恵で上手く司に千空が死んだと思わせただけだから!」

「だったらとっととその方法を話せよ、司に対して変な遠慮してんじゃねえよ。

コイツだって碌でもない事態は覚悟してるっつーの」

 

むむう、と唸った後渋々ながらも話す事にする。

このままではものすごい誤解が起きてしまう。

不都合はないはずだがなんとなく気分的に嫌だ。

多分だが、私が千空の友達で『千空』のファンでもあるからだろう。

あの強い生き方に憧れたのだ、もちろん他の漫画の主人公たちも同様にであるが。

 

「あの実験よ。人生で一番時間が遅く感じる羽目になった、あの実験よ」

「なるほど、千空はその頸骨を砕くように誘導し復活液を使って戻った。

奇しくも現実と同じような事が起きていたわけか」

 

はあ、と額を押さえながら溜め息をつく司。

その司の言葉に考え込む千空。

 

「その話今言ったのが初めてだよな、お前だけしか知らないはずだな?」

「うん、そうだよ。貴方が気になってるのは観測により修正力が発生するかどうかでしょう?

多分起こりえないと思うわ、だってここまで違ったら修正なんて不可能だもの」

「んなに違いがあんのか?」

「そうよ、その後司は復活液の作り方を手に入れたことで、自分の理想である原始狩猟社会を作り上げてたし、千空は大樹と杠を司帝国にスパイとして送り込んで一人で村に行く形になったりしてるしで、全く想像つかないレベルで変わっているもの。

ここからどう修正できるのか逆に知りたいぐらいよ」

「あの二人がスパイって……やれるのかい? 目立たないようにしてる姿を想像できないんだけど」

「怪しくたってどこに情報漏らす先があんだよ、そんときゃ司は千空は死んでるって認識だぜ」

「それにこの場合草の者に近いからね、時が来るまでは普通に過ごしてるだけでいいわけだし。

後役に立つような話って何かあるかなあ、危険な場所に関しての話ぐらいかな?」

 

正直さっさと次の話題になってほしい。

司が何かを考え込むそぶりを見せてるから、いつ気づくかヒヤヒヤものである。

 

「危険な場所?」

「うん、とは言ってもさっき言った硫酸湖以外には洞窟の中での天然の落とし穴の話だけだけど」

「あー、雲母か。スカルン鉱床でも探してたのか?」

 

パッと出てくる貴方が怖い。

もはや笑うしかないな。

 

「洞窟の中がヤベーってのは知ってるけど、天然の落とし穴?」

「雲母っつー種類の岩石があんだがこれが素手で剥がせるぐらい脆いんだよ、でそれが中で崩れて穴だらけになる事があんだ。うっかりその穴の上に乗っちまえば天然の落とし穴様の発動って寸法だ」

「ヤベーじゃねーか、どこにあんだよその場所」

 

クロムよ、目が全力で言ってるぞ。『その石欲しい』ってな!

 

「具体的な場所は不明よ、ただ結構遠い場所だったみたいだけど」

「分かったぜ! そんな危険な場所は見つけとかなきゃヤベーよな! このクロム様に任せとけ!」

 

いや、危ない場所には近づくなよ。

 

「洞窟内を探索すんなら光源が必要だろ、硫酸ゲットすりゃ電気が貯められる。つまり……」

「あの光った奴をいつでも使えるようになんのか!? ヤベーじゃねえか! ぜってー硫酸ゲットしようぜ!」

「ククッ、焦んなよまずは銀の槍とガスマスクからだ。急がば回れっつってな、しっかり準備した方が結果的に早え事が多いんだよ」

「なるほどな、んじゃあ早速材料を教えてくれよ千空!」

「物作りならワシの出番じゃな? どんな物ができるのかワクワクしてきちゃったぞい!」

 

あー、ダメだ、すっかりそっちに意識持ってかれちゃってる。

これはもう止められないな、まだ細かな所話してないんだけど。

 

「んじゃあ俺は竹や革を持ってくるぜ!」

「その間にワシらはふぃるたー用のガラス作りじゃな。そりゃ、行くぞいおんしら」

「わーってるっての、引っ張んなカセキ」

「え? なんで私まで?」

「おんしも色々知っとんじゃろ? 作りながら教えてくれい!」

 

力強く引っ張られて抵抗できない私。

でも、きっと引っ張られなきゃついていけなかったと思うからありがたいと思う。

そうやってワーワー騒ぎながらガスマスク作りに突入するのであった。

尚、WHYマンの事を言いそびれた事を思い出し、慌てて伝えたのは夜になってからである。

 

 

四人が出ていった後もふさぎ込んでいる司にゲンは軽いノリのまま話しかけた。

 

「それで、司ちゃんの気づいちゃった事って?」

「意地の悪い言い方をしないでくれ、ゲン。君だって分かっているんだろう? 桜子が何を言わずにいたかを」

「うんうん、なら俺の言いたいことも分かってるんじゃない?」

 

いつもの薄っぺらい笑顔で言ってくるゲンに少しイラッとする。

そして、そんな風に自分の感情が動く事に喜びを感じるのだ。

きっと、漫画の中の自分は完全に心を殺していたのだろう。

そうやって……

 

「人殺しをし続けていたのだろうな、そう思うとどうしてもね」

「クロムちゃんも言ったけど真面目だねえ、けど現実にやってない事で気に病むってどうなの?

桜子ちゃんもそうなるのが嫌だから話さなかったんじゃない? 彼女の気持ちも汲んで上げてさあ、忘れちゃいなよそんな事」

 

ゲンがもっともな事を言うが司の表情は晴れない。

 

「だが、俺は少なくとも一人はこの手にかけているんだ。

それなのに、そんな男が彼らの仲間ヅラで側に居ていいのかと思ってしまうんだ」

 

暗い顔でそんな事を言う司に悪魔が誘惑するようなかおで嘲笑いながら問いかけるゲン。

 

「んじゃ質問、君は千空ちゃん達を裏切るの?」

「!! それだけはない!! 決して彼の信頼を裏切らないと俺は誓ったんだ!!!」

 

そればかりは認められないと叫ぶ司。

 

「……っキーンときたあぁ、初めてなぐらいの叫びだねえ。それが答えでいいんじゃない?

絶対に裏切らないなら仲間でしょ、胸張っていいと思うけどね俺は」

 

思わず耳を押さえたゲンは先程とうって変わって優しげな笑みを浮かべてそう言った。

そう諭すゲンの表情は今まで見たことがないようなもので、司はつい毒気を抜かれたようになってしまった。

 

「ま、もうちょっと不真面目になってもいいと思うよ。

少なくとも現実にはやってない、自分がやったかもしれないことを気にしない程度にはね」

 

そう言いながらその場を去っていくゲン。

呆然とその後姿を見送る司に今度は羽京が声をかけた。

 

「ゲンらしいやり方だからわかりづらいかもだけど、君を元気づけてたんだよあれは。

君が千空達の仲間であるように僕らも君の仲間なんだからね、落ち込んでいる姿、しかもどうしようもないことで悩む姿は見てられないってことさ」

「羽京……、俺はこの時代に来て本当に仲間に恵まれたね。

うん、確かに現実にはやっていないし、やらないように悪い例を知ることまでできたんだ。

後はそれを生かしていくだけ、そういう事なんだろうね」

 

完全に吹っ切れたわけではないだろうが気にしすぎるべきことではない。

そう、自分の中で納得ができたのだろう、司の表情は格段に良くなっている。

 

「そうそう、その意気だよ。さて、僕やゲンがどういう風に描かれていたかを聞きそびれちゃったからね。

彼女の手が空くまで村人と交流を深めたいんだけど、司に紹介をお願いできるかい?」

「ああ、俺でよければ。うん、村の人と俺も多少は親しくなれたんだ。君を紹介するぐらいはわけないさ」

 

また囚われてしまう前にと村人への紹介をお願いする羽京。

司の方もその気遣いが分かるのもあり二つ返事で了承した。

そして、村を回る間に司が妙にいじられキャラになりつつあるのを目の当たりにするのだった。

 

「うん、司。やっぱり君はもうちょっと不真面目になった方が生きやすいと思うよ?」

「そう、だね。努力するよ」

 

違う、そうじゃない。

彼の生来の生真面目さはなかなか変わりそうにはなく、つまり彼の苦労はまだまだ続くのであった。

 



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村での日々①

しばらく時系列は順不同でお送りいたします。


・大樹と杠、コクヨウへの挨拶をする

 

お説教モードから切り替えた杠は大樹に連れられてコクヨウのいる家へと向かっていた。

 

「大樹くん、コクヨウさんってどんな感じの人だった?」

「そうだな、偉い人ではあるんだが歓迎してくれてるのが雰囲気で出てて堅苦しいというのはなかったぞ。ただ、なぜか司についてよく聞いてくるのが多かったな」

 

そう言って首をひねる大樹。

杠にも心あたりはなく、よくわからないと首をひねるだけである。

そして、距離があるわけでもなくすぐに長の家に着いた。

階段の下の両脇に立つジャスパーとターコイズの二人に一礼して登っていく二人。

登りきった先ではコクヨウと先程大樹が皆んなと共に挨拶した時にはいなかった女性がいた。

 

「ん? おお、来たかね大樹。そちらが杠か、千空から少しは聞いておる。

先程来た時にも言ったが自由に村へ出入りしてくれてよい。

かわりに、というわけでもないが娘のルリを説得するのに手を貸してくれ」

 

二人に協力を願うコクヨウは困り果てている様子だ。

 

「ルリよ、巫女としてせねばならねというお前の言い分は分かった。

だが、桜子も言ったであろう? お前が生きているのは奇跡に近いと。

その状態で百物語を全て話すのは自分だけでなく聞く側の者も死なせかねんと」

「それは分かっているのですお父様。ですがどうしても伝えなければならないのです。

それが代々受け継がれてきた百物語の、ひいては始祖様の願いなのですから。

ここで私だけが死に怯えて逃げたら、お母様に顔向けできないのです、分かって下さいお父様」

 

女性は必死な様子で訴えていて、とても重要な事なのは分かる。

しかし、時折苦しそうに咳き込む様は確実に病人のそれだ。

相当苦しいだろうに何をせねばならぬというのか?

それさえも分からない二人はまずそのあたりの事情聞くことにした。

 

「まったくその通りだな、ルリよこの二人に事情を説明するまで待ってくれるか?」

 

渋々と言った感じではあるが頷くルリと呼ばれた女性。

彼女が頷いたのを見て明らかにホッとした様子でコクヨウが事情を話し出した。

コクヨウが言うにはどうも千空に伝えねばならないお話が村には代々伝わっており、彼女はそれを伝えられる日をずっと待っていたらしい。

すぐに伝えなかったのは先に桜子よりこう言われたそうだ。

 

「ただでさえ咳き込む事が多いのに、長い話を語るなんて事をしたら酷く病状が悪化しかねない。

伝えなければならない話があるならせめて今作っている薬が出来て、それを飲んで薬効があるかないかを確認してからにするべきだ」

 

その言葉に周りももっともだと思い薬の完成を待っていたのだが……

 

「今回村から飛び出していった先で下手をうてば死んでいたと聞きました。

死の危険は常に誰にでもあるもの、そんな事さえ私は忘れていたのです。

私も巫女としての使命を果たすために死を恐れていてはならないのです。

どうか千空さんに会ってお伝えする事を許して下さいお父様」

 

事情はある程度分かった、つまりは今回の桜子の動きに端を発して千空が死にかねない動きをしたせいで彼女は焦ってしまっているわけだ。

 

「なあ、ルリさんでいいだろうか? 俺は大樹という、千空とは長く友達をやっている。

そんな俺だから言える事だと思うが千空は死なない、決して何かを置き去りに死んでしまったりなどしない!

そういう男なんだ、だから千空を信じて欲しい。巫女の使命が大切なのも分かる。

だが、貴女の命だって大切なんだ! 周りの人達にとってもきっと千空にとってだって。

だから、もう少しだけ待ってやってくれないか」

 

理屈も理由もなくただただ千空への信頼がその言葉にはあった。

そんな真剣な表情で話す大樹にルリも信じて待つべきではないかという思いが芽生える。

 

「大丈夫です、危ない事はしないように、私からも千空くんに言い聞かせておきますから。

だから待っていてあげて下さい、コクヨウさんも貴女が大切だから言っている事なんですから」

 

杠の宥める言葉にさらにその思いが膨らむ。

だが、もし伝える機会があったのに伝えずにいて二度と訪れなかったりしたら……

そんな不安も決して消えはしない。

 

「大丈夫だ、千空は死なない! そうならないように俺達が守るから!」

「大丈夫です、千空くんは死にません。そうならないように私達が止めますから」

「「だから安心して待っていて(くれ)(下さい))!」」

 

最後は同時に宣言する二人。

その力強さにルリもこの人たちがいれば大丈夫かもしれないと感じためらいながらも待つことに納得した。

 

「正直に言えばまだ不安はあります、ですがお二人とその仲間の皆さんを信じて今は待ちたいと思います」

「おお、分かってくれたかルリよ。二人ともすまんな、親として娘の不安を取り除く事ができなかったワシの代りにルリの説得感謝するぞ」

 

ようやく納得してくれたルリに大いに安堵したコクヨウが二人に頭を下げて感謝の意を示す。

 

「いえ、俺は自分の気持ちと決意を言っただけです。感謝してもらうほどの事ではありません」

「私も同じです。ですから頭を上げて下さい」

「そうか、やはり千空が誇らしげに言うだけの事はあるな。

二人とも立派な人物だ、知り合えた事嬉しく思うぞ」

 

ニッコリと笑顔で絶賛するコクヨウに気恥ずかしくなってしまう二人。

 

「そ、それではそろそろ失礼します。あまり長く居ても失礼でしょうし、まだ荷運びも終わっていないので」

「おお、そうであったか。あまり引き留めては迷惑になってしまうな、またいつでも訪ねてきてくれ、歓迎するぞ」

「あ、ありがとうございます、それじゃあ失礼しますね」

 

そうして二人が去った後ルリがコクヨウに話しかける。

 

「素晴らしいご夫婦でしたね、あれで私より年下だなんて信じられないほどです」

「うむ、だが千空と同い年らしいのでな、間違いなかろう。

あの若さであの落ち着きよう、これはあの二人の子供が今から楽しみだ」

 

まだ夫婦ではないのだが完全に勘違いされていた。

この勘違いは大樹がコクヨウに子作りを習いに来た時まで続いたという。

 

 

・納得いかない南女史

 

「どういう事なのこれは!」

 

復活者の女性たちが集まったその場で南さんの声が響く。

この家は司達が村の近くに切り開いた元森、現広場に建っている女性用の家だ。

何故か村の男性陣だけでなく女性たちからも応援が来てあっという間に建ってしまった。

男共が南さんに声をかけるのは分かるが杠が村の女性たちからよく話しかけられてたのは何故だろう。

それはともかく、今は南さんの不満を聞くことにする。

 

「南、それだけじゃ何がなんだか分かんないだろ。一から説明しな、答えられる事なら答えるから」

 

ニッキーが南さんを宥めるように言う。

それで少し落ち着いたのか南さんが不満の元を話し始めた。

 

「なんで村の人達はつかさんがコハクのお相手っていう認識なのよ

釣り合いは……いや確かに年齢も3歳差だし顔もスタイルもいいけど、とにかく納得いかないのよ!」

 

うーんこれファンだったアイドルにいきなり恋人発覚! とかそんな心理だ、さては。

どういうべきなのか悩むけど、正直にいうのが一番かな。

 

「南さん、それは少し違うの。村の人にとっては司にコハクを引き取って欲しいのよ」

 

私の発言に一斉に首を傾げる三人。

 

「あの顔とスタイルでさらにさっぱりとして付き合いやすい性格でモテないとでもいうのかい?

確かに多少お転婆かもしれないけど、それでも男共がほっとかないでしょ、あのワガママボディなら」

 

うんうんと頷く南さんと。

常識というか価値観の違いだろうなあ、この辺は。

 

「残念ながらコハクは嫁ぎ先の見つかりそうにない、嫁き遅れがほぼ確定的な子なんですよ、これが。

何故かと言えば、村でモテる女の条件って家事ができる事と男を支えてくれるかっていう事の二つなんですよ。

で、コハクは家事得意ではないし、男を支えるというより隣に立って共に戦うタイプじゃないですか。

下手な男じゃ置き去りで男女逆転になっちゃうし、村の男共からすると敬して遠ざけるのが最適解になっちゃうんですよね」

「なるほど、司ならコハクを後ろに置けるから釣り合いが取れるって訳かい。

それなら分かるねえ、あの子が強すぎるのが原因って事だね」

「娶りたいかって質問にNOと答えるか、顔を青くしてごめんなさいと言ってくるかの二種類にほぼ分けられる子なんですよ、コハクは」

 

一番ましなのがクロムとナナシな時点でお察しである。

片や無頓着、片や全員に対し同じ反応の二人が一番ましってどうかと思う。

 

「だからってつかさんがお相手にならなきゃいけない理由はないでしょ!

これから人を増やしていけばそういうのがいいって人もいるでしょ!」

「いや、村の人そんな事知らないですし」

 

むがーと不満たっぷりに吠える南さんに言うが落ち着くほどの効果は見られない。

仕方ない、ガツンとぶつけてしまおう。

表情を真剣なものにして姿勢を正し真っ直ぐ南さんを見る。

 

「南さん、何故貴女がそういう風に司のお相手をどうこう言うんですか?

まずは冷静になって南さんと司の関係を考えましょうか」

 

私の言い方にカチンと来た南さんが一瞬怒鳴ろうとするが、私が怒ってる訳でも煽っている訳でもない事に気づいたらしく思いとどまってくれた。

そして努めて冷静に南さんは言葉を返してきた。

 

「そうよ、つかさんと私はただの取材対象とインタビュアーよ。

だけどね、あの人の活躍と幸せを願うファンの一人でもあるのよ」

 

うーむ、さすが司が選んだ復活者の一人。

あっという間に私の言いたい事を汲み取って反論して見せた。

だけどなあ、

 

「司はチャンピオンである事を嬉しいって思ってたんですかね?

誇りには思っていると思うんです、だってマグマ達と試合してる時いい笑顔ですから。

自分の強さの証明の一つであるそれは彼にとって一種の勲章のようなものだとは思うんです。

だけどそれに付随する名誉や賞賛の声、もっと言ってしまうとファンや追っ掛けは要らなかったんじゃないですかね」

「それと今のつかさんのお相手問題がどう関係するの!」

「ファンはただの第三者でしかないという事です。お相手問題は司が決める事で他の誰にも決定権はありません。

村の人達が言ってるのだってただの野次であるのでほっとけばいい話です。

もちろん司自身から迷惑だとか困ってるという相談をされたら話は別ですけど、そうでないならとやかく言うべきことじゃありません」

 

南さんは私の言っている事に反感は覚えてもいい反論が思い浮かばないようだ。

悔しそうに唇を噛み締めて俯いてしまった。

凹ませたい訳じゃないんだけどなあ、しょうがないフォローを入れよう。

 

「と、ここまではファンでしかない人への話です。

南さん、貴女は司をどう思っているんですか? 取材対象としてではなく、男性として」

「ええっ!」

 

この質問は予想外だったらしく明らかに狼狽える南さん。

 

「ファンとしてではなく、一女性として司にアタックするなら誰にも止める権利はないっていう話です。

で、どうなんですか? ただのファンでしかないのか、それとも生涯の伴侶としたいのか、どっちです?」

「そ、そんな事言われてもちょっと心の準備がまだ出来てなくて……」

 

目を回して顔を真っ赤にして両手と首をブンブン振りだす南さん。

可愛らしい姿である。だけど、有耶無耶では終わらせない。

 

「今すぐ答えを出せとは言いません、ですがコハクが司の伴侶になるのが嫌なら同じ土俵に登って下さい。

少なくともコハクにはその覚悟を決めさせてます、司に求められたら一生を添い遂げるという覚悟を」

「いきなりそれは厳しいと思うけど、……でも、そっか。そうしなきゃいけない世界なんだよね今のこの世界は」

 

杠が南さんのフォローをしようとして思い留まる。

いつまでも旧世界の感覚でいては支障が出る部分もあるのだ。

というか、部外者同士でケンカするのは当人にとって一番迷惑だろ。

なんでファンとかマスコミって奴らは関係ない他人のことであんなに盛り上がれるのか理解できない。

 

「ちょっと考えてみるわ、この気持ちが勝手な事を言われて怒ってる気持ちなのか、それとも別の気持ちなのかを」

「そうしてください、私個人としてはできればファンとしてではなく北東西南一個人として司に向き合って欲しいですけど」

「コハクを応援してる訳ではないの?」

「してない訳ではないですけど、どちらかと言えば司に幸せになって欲しいかなと。

まあ不幸になってる人を見たくないし、幸せそうにしてる人が多い方が社会的に良い事だってだけですけど」

 

だってコハクも司に関しては多少の打算混じりだからなあ。

南さんが本気でアタックするならそれはそれでありだと思う。

 

「……変わってるわね、ホント。前世の話も漫画云々の話も本当に思えてきたわ」

「聞きたくなったならいつでもどうぞ、私ももう大丈夫そうですから。

絶対に信じてくれる人がいるから、何言われても耐えられる気がするので」

 

パチっとウインクしておどけて見せる。

 

「そう、それならいつか聞かせてもらうわ」

 

ふふっと笑って南さんが寝床に入っていった。

もう夜も遅い、その日はそれでおしゃべりの時間は終わりになった。

 

 

後日の事、司が南さんに迫られすごい勢いで逃げ出す姿が確認された。

司はコハクと南さんどちらを選ぶのか?

今の村での最大の注目ポイントだ。

焚きつけた私が悪いのだろうか?

とりあえず、司が逃げた方角へ手を合わせごめんと呟くのだった。

 




ネタが尽きるまではこの形式で行くか……?
書きたいネタは結構頭の中にあるのですがこのタイミングでないと書きにくいネタがたくさんあるので……。


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村での日々②

お待たせしました、36話目をお届けいたします。
ですが、お仕事繫忙期中につき9月半ばぐらいまで週一更新になるかもです。


・司VS氷月 模擬戦

 

先日切り開いた広場にて二人は向かい合って立っていた。

その手には自身が使い慣れている得物……ただし切っ先は布製であり怪我をしないよう配慮されている物だ。

 

「君との模擬戦はいつ以来だったかな? 大分前な気もするしつい先日だった気もするんだ」

「そうですねえ、司君との模擬戦は確か石化の一月前ぐらいだったかと」

「そうか、そこまで間が空いているわけではないんだね」

「いえいえ、とても長い時間が空いてますよ。3700年以上の時間がね」

「はははっ、その通りだね。一本取られたよ」

 

にこやかに会話をしているが空気はピリピリと痛いぐらいに張り詰めている。

二人の戦意に場の空気までが巻き込まれているかのようだ。

周りで見学に回っている者もごくりと息をのむ。

 

「…両者準備はよろしいか!」

「いつでも」「とうに」

 

審判、いや見届け人、もしかしたらただの開始の合図役…を任された金狼はその空気に圧倒されていた。

それでもやるべきをやる、それがルールだと自分に言い聞かせ声を張り上げる。

 

「……始め!!」

「ふっ!」「はっ!」

 

金狼の声に合わせ両者が同時に動き出す。

鋭い呼気と共に一気に踏み込もうとする司と槍の間合いを詰めさせぬよう薙ぎ払いを行う氷月。

当然のように槍を避ける司、それを当然のものとして一歩下がり間合いを開く氷月。

氷月が一歩引いた事で開く間合い、その距離は完全に槍の間合いのものであった。

始まる氷月の猛攻、それは一本であるはずの槍先が何本にも分かれたように錯覚する程。

変幻自在に迫るそれを司はその手に持つ得物と体捌きのみで捌いていく。

半歩横に動けば半歩分、一歩動けば一歩分だけ己が身に迫る槍先を、剣でもって逸らす、逸らす逸らす、逸らす逸らす逸らす!

やがてどちらからともなく後ろに飛び距離をとった。

 

「腕を上げましたねえ、司君。いつの間に私の槍をここまで見切れるように?」

「自分に向かってくる切っ先をよけるのを続けていたからだろうね。

自分でも驚いているよ、君の槍をここまで防ぎ続けられたなんて」

「ふむ、では次は司君からどうぞ」

「ありがとう、そうさせてもらうよ」

 

そう言うと今度は司の猛攻が始まる。

上から下、下から上、袈裟切り、逆袈裟、胴に逆胴、これらに時折突きを加えて司の剣が縦横無尽に暴れまわる。

脚も使い間合いを常に動かし続ける、側面に回る、時折蹴りを入れる、さらに氷月の槍をつかもうとしたりもする。

当然狙う場所も頭を狙ったかと思えば脚になったり、胴かと思えば指先であったりとにかく一定のパターンに収まらない。

そんなよく言えば変幻自在、悪く言えば無節操な動きにいい加減いらだったのか、氷月が大きく槍を薙ぎ払い無理やり仕切り直す。

 

「司君、何ですかあれは。全くもってしっかりしていない、遊んでいるかのような動きは。

確かに全て当たれば流れごと持って行ける一撃ばかりでしたが君の戦い方ではないでしょうに」

「すまないね氷月。だけど、うん、これで上手く見せられたと思うんだ」

 

そう言ってチラリとマグマを見る司。

それだけで氷月は彼が何をしたかったかを理解する。

 

「はあ、まあ構いませんがね。最初の流れからそのつもりだったとは、少し呆れますよ。

では、次も君からどうぞ。そうでなければ効果が薄いでしょう?」

「すまない、氷月。君ならそうしてくれると思っていたよ」

「そうでなかったら力づくで自分の番にするだけでしょう?

そのぐらいここ数日で分かっていますよ」

 

そうなったら後で謝ろうとは思っていたよ、とだけ言って氷月に躍りかかる司。

先程とはまた違った動きであった。振るう剣の動きは最小最速に、氷月からの牽制の一撃は飛んで避け、とにかく足を使って引っ掻き回す動きで氷月の周りを走り回る。

ましらのごとき動きで一瞬たりとも止まらない、視線は常に相手の全身を見てその隙を伺う、隙を見つければ一気呵成に襲い掛かる。

その姿は正に電光石火、影さえも踏ませぬ雷速の疾走。

しかし氷月の不満顔は全く晴れず、ある程度の時間が経った時強烈な一撃を司に放つ。

司はそれを予想できていたのか放たれる前に既に回避に移っており届く事はなかった。

 

「……はあ、随分と教える事が楽しいようですね司君。最初の私の動きは金狼君に、君の動きはマグマ君、先程のはコハク君ですか?

それぞれに目指すべき高みを見せる事が今日の模擬戦の目的ですか、それなら先に言うべき言葉があるのではないですか?」

「君なら分かってくれる……、というのは甘えかな? だけどたまには違う型も悪くないと思ってね。

それに先に言ってしまうと咄嗟の対処の仕方は見せられないだろう?」

「甘えですね。罰としてこの後は君本来の型以外は禁止にしましょう」

「了解だよ氷月。あと改めて言わせてくれ、ありがとう、とね」

 

その後は目にも止まらぬ速さの槍と剣の応酬でどちらも一歩引かぬ激戦となった。

決着がついたのは約一時間ほどのち、氷月の得物から異音がした時だった。

 

「参りましたね、この程度で耐久限界にさせてしまうとは。私もまだまだ未熟ですか」

「打ち合う形が多かったのもあるし、村にあった物を借りただけだろう? 元々限界が近かったんじゃないかい?」

「それも含めて、ですよ。自らの得物を選ぶ目利きが足らなかったという事ですからね。

今日のところは私の黒星で計算しておきましょう」

「引き分けでいいと思うけどね、氷月が納得するならそれでいいさ」

 

そう言って二人は握手を交わして模擬戦を終える。

金狼はそれを見てようやく終わりの合図を出す役割を思い出した。

 

「はっ! ひ、氷月の武器破損により勝者、司!」

 

金狼の掛け声で模擬戦の終わりが告げられる。

そこまで来てやっと息を呑みっぱなしだったコハクが口を開いた。

 

「本当にすごいな、司は。あの動き、私が目指すべきもの、か」

 

今更になって汗が吹き出す。

極度の緊張によって体が当然の機能すら忘れていたようだ。

出ている汗の量だけであれば下手すると実際に動いていた二人より酷いかもしれない。

 

「司に氷月はあれだけ動いたのになぜそんな涼しげな顔をしているのだ?

見ていた私の方が酷いぐらいではないか、何かそういう秘訣でもあるのか?」

「慣れでしょうかねえ、特に何もしていないはずですので。

コハク君は水でも浴びてくるといいでしょう、若い女子が汗みずくというのは感心しませんよ」

「ふうむ、確かに。では少し汗を流して着替えてこよう。まだまだ暑いからちょうど良かろう」

 

ささっと家に向かうコハク。

着替えを持って川に向かうのだろう。

 

「おい、金狼。さっきの動きを自分のものにしてえから付き合え」

「勝手な事を言う奴め。だが、俺も氷月の動きを忘れない内に体に覚えさせたいからな。付き合おう」

 

言い合いながらマグマと金狼もこの場を離れていく。

そうして残ったのは司と氷月の二人だけ。

 

「ちゃんとした生徒たち、とでも言えばいいのですかね。

コハク君も川で先程の動きを試すでしょうし、司君が教えようとするのも分かる気がしますね」

「だろう? 彼ら、特にマグマは強くなる事に貪欲だよ。それに引っ張られて金狼とコハクの二人も強くなろうとしている。とてもいい状態だと思わないかい?」

「そうですね、実にいいと言えますね。どうやら君自身もそのおかげで腕を上げているようですし」

 

氷月の得物は破損してしまったが司の使っていたものはまだ少しくらいは大丈夫そうだ。

 

「そこでなんだがね、金狼の得物は槍なんだ。俺は槍の扱いは門外漢だから、できれば君が教えてあげてくれないか?」

 

なるほど、この模擬戦を提案した理由は色々あるが一番は、

 

「村に対する感謝の表れですか? 村人は随分良くしてくれたようで」

「……旧世界では俺は大人は子供を食い物にする存在だと思い込んでいた。

だけど、この村で知ったんだ。大人は子供を守り、育て、教え導くものだと。

少し外から見ていたからだろうね、桜子が構われるのは村の大人達がそういう流れを作っていたからだと分かったよ。

聞けば彼女が何か怯えてるように見えたから、だとさ。俺に色々構うのもきっと同じなんだろうと思う」

 

そう言って見せる司の表情はどこか照れ臭そうだ。

この村に来て色々変わったらしい、昔は張り詰めているか哀愁漂う憂い顔しかしていなかった。

それが今ではどうだ、年相応の顔をさまざまな場面で覗かせるではないか。

 

「ふむ、多少この村の住民に興味が湧きましたね。少し交流をさせてもらいましょう」

「ああ、それはいいと思うよ。皆気持ちのいい人ばかりだからね、きっと氷月も気に入ってくれるさ」

 

よほどこの村に良い印象を持っているらしい、司の言葉には確信がたっぷりと詰まっていた。

思わず苦笑してしまう、石化前とは本当に大違いだ。

村との交流は望めばすぐにできるだろう、運んできた酒類で羽京が大人の男だけの宴会に巻き込まれていたりしたからだ。

隙あらばまた同じことをしようというのが見える村人を思い出しまた苦笑がこぼれる。

なんだ、自分も大分影響を受け始めているらしい。

呑んで騒ぐ事に混ざらなかったのを惜しいと思いだしている。

今度機会があれば混ざるとしよう、そう素直に思えるような一日であった。

 

 

・「尾張菅流槍術はちゃんとするなら常にその門戸を開いています。ええ、ちゃんとするならば」

 

金狼と銀狼の二人が橋の見張りから戻ると珍しく父鉄犬の楽しげな声が響いていた。

 

「いやあ、お強い。これでまだまだ本調子ではないなど信じられませんな!」

「槍が本当ならば二間槍といって3.6m…身長の二倍ほどのものを使いますのでね、本来の間合いとは違うのですよ。

まあ、それで遅れをとるような鍛え方はしていないつもりですが、他流派の槍術も多少は収めてますし」

 

家の中に入って見ればにわかには信じがたい光景が見れた。

普段金狼と似て寡黙な父が上機嫌で氷月と酒を酌み交わしていたのだ。

宴会の席でも父はあまり飲まないため酔っている姿を見るのは初めてだった。

 

「おお! 帰ったか息子達よ! いやあ氷月殿は強いなあ、お前たちも今度一手御指南願うといい!」

「氷月が強いのは知っているが、……何があったんだ? 父さんのこんな姿初めて見るのだが」

 

いつになくはしゃいでいる様子の父に戸惑いつつ状況を把握しているはずの氷月に聞いてみる。

氷月も鉄犬がここまで酔うのは予想外だったらしく少し困ったような声で答えた。

 

「いえ、ただ槍の打ち合いの後指摘をいくつかしただけなはずなんですが……。

後は私の流派についてのお話を少々、それらの後酒席に誘われて、という流れですね」

 

どうにも何かが父の琴線に触れたらしい。

その何かがさっぱりわからないのでこの様子には困惑しかないのだが……。

そうしていたら酔っ払い特有の突飛さで鉄犬が声をあげる。

 

「そうだ、氷月殿! せっかくなので息子達に貴方の槍の流派を教えてあげてくれませぬか?

金狼は真面目で勤勉なのできっとものになるはず、銀狼だってやる時はやるはずですので是非とも!」

「父さん! 氷月に迷惑だろう!」

「いいえ、教えるのは構いませんよ。金狼君には確認したい事もありますし」

「確認したい事?」

「ええ、先日見せる事になった動きの話です」

「あれか……、正直そのまま模倣しようとしても違和感が付きまとってな。

多少参考にさせてもらった程度になってしまっている」

 

そのせいでマグマに負け越してしまっているのは苦々しく感じてはいる。

 

「そうなるでしょうね、あの動きは当然の話ですが私に最適化された動きです。

ですが司君が見せた動きはあの二人それぞれのために考えられたもの、差がつくのは当然といえます」

 

あの二人を妬む気持ちまで見抜かれたように感じ、静かに歯をくいしばる金狼。

このまま置いていかれるのか? そう思うと叫び出したいほどに悔しい。

 

「ですので私が直接君と打ち合い、君にあった動きを考えましょう。

司君に弟子育成能力で遅れをとっていると思われるのは業腹ですので、鉄犬殿のお願いは渡りに舟です。

君さえ良ければ弟子になりませんか?」

「是非ともお願いしたい! あ、いや、お願いいたします、師匠」

「実にちゃんとしていて素晴らしいですね。教わる立場になるなら言葉使いから、すぐにできる人ばかりではないですよ」

 

少し酔いがあるのだろう、氷月も上機嫌で金狼を褒める。

 

「ふうむ、事情はよくわかりませんが金狼に教えを授けてくれるのですな!

いや、実に有り難い! 感謝いたしますぞ! 氷月殿! ……ついでに銀狼もお願いできませんかな」

「……ちゃんとするならば、教えてもいいですが」

「首根っこ引っ掴んで連れてきますので、是非ともお願いします師匠」

 

さっきまでいたはずの銀狼はいつのまにか姿を消している。

これは見込みなしだなとため息をつく氷月であった。

 

 

 



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村での日々③ もし司からこんな事を相談されたら

今回は少し変化球です。
イメージとしてはゲームの選択形式。
なので全てが実際に交わされた会話ではありません。


・恋愛感情とはなんだろう? すまないが教えてほしい。

 

case千空

 

「この世で一番面倒くせえ事態を引き起こす邪魔くせえもん」

 

……千空、もう少し表現に手加減を、というかなぜそこまで悪し様に?

 

「おう、あの雑頭が杠と知り合って何年経ったと思う? 石化中を除いて五年だ、五年。

側から見て双方向で想いあってんのが丸わかりって状態になるのに一年程度な。

つまり四年ぐらい足踏みしっぱなしだったんだよ、あの二人は。

それをずっと見せられたらそういう感想持っても仕方ねえと思わねえか?」

 

目覚めた後の数日程度しか足踏みしてる姿は俺は知らないが……、アレを四年間ずっとかい?

 

「そういうこった、だから俺にそれを聞かれてもそんな程度しか出ねえぞ」

 

 

case桜子

 

「人間の発情期を人が受け入れやすい表現にしたもの。

勘違いから、別の感情との取り違えなど色々入るパターンは多い」

 

……、なぜそこまで酷い表現を?

 

「あ、ごめん。そういうのって前世の記憶見ても全く共感湧かなくて。

人類という種族からしたらそうじゃないかなっていうのを言ってみたの」

 

そういえば君は性行為に関してトラウマ持ちだったね……。

 

「いえ、別に子供を作る目的のものなら問題なく見れるのよ。

だけど、ねえ。目的が性欲を処理する為になると酷いというレベルじゃすまないのがあってね。

相手を傷つける系が駄目なのよ、ホント」

 

知りたくないけどSMとかいうやつかい?

 

「そうね、そのあたりが入り口で、深淵まで覗いてしまったからトラウマになったのよ。

そのせいか分からないけど恋愛感情ってさっぱり理解できないの。

だからソレについては生物的な意味合いでしか話せないわよ」

 

 

case大樹

 

「そうだな、その人を守りたいとか、一緒にいたいと思ったりする事じゃないか?」

 

守りたいか、君らしいね大樹。

 

「そうか? まあ、俺は他人を傷つけるというのはどうしても、な。

俺は難しい事は分からないが、恋愛という奴は自分しか分からないところがあると思う。

だから俺の答えがそのまま司にあてはまるか分からんのだ、頼りない答えですまん」

 

いや十分参考になったよ、ありがとう。

 

 

case杠

 

「私にとってはその人と一緒にいたいとか、支えてあげたいとか思う事、かな」

 

なるほど、それも愛情というわけだね。

 

「あ、うん。そうだね、そうなるよね。後は、好きって想ってくれるのって嬉しい事だから、っていうのもあるかな……」

 

確かに大樹は分かりやすく感情を出してくれるからね。

うん、彼は本当にいい漢だと思うよ、男性から見てもね。

二人の結婚式には是非呼んでほしい。

 

「た、大樹君とはまだそんな関係じゃないってば!」

 

 

caseゲン

 

「メンタリストとしては一番不安定になりやすい感情って感想かな。

だから色々やりやすいのよねえ、付け込みやすいって感じかな?」

 

桜子が言ってたね、ゲンは偽悪的な態度をとる事が多いと。

でも、それは警告代りなんだろう? ありがたくもらっておくよ。

 

「……メンタリストの内面を暴くのはやめてほしいかなあ、ジーマーで。

真面目に忠告するなら、それだけになりがちだから気をつけてってところかな」

 

そうだね、他人との関係はそれだけで終わるものじゃない。

周りへの気遣いをなくさないように俺も気をつけるよ。

 

「気負う必要はないけどね、そのあたりは南ちゃんしだいだから」

 

 

case羽京

 

「旧世界なら、一回付き合ってからどうするか考えたらって言えたんだけどね。

今だとそうは言えないんだよね、そのまま結婚、家庭作りに直結するから」

 

そうなんだよ、その分真剣に考えるべきだと思うと余計、ね。

 

「君だと旧世界でも同じようにしてた気がするけどね。

今みたいな状況になったら、僕だとゆっくり考えさせてくれってお願いするかなあ」

 

少し待ってもらう、か。確かに良い考えだね。

 

「参考になったなら幸いだよ、年長だと言ってもこの問題には碌に助けになれそうにないから」

 

 

caseニッキー

 

「え! いや、そりゃあ、あんた恋愛って言ったら……、ドキドキするとか、近くにいたいとか、ひっつきたいとか……、後デートしたいとかk(しばらくお待ちください乙女の妄想が爆裂しております)」

 

具体例はもう十分だから、話を戻してくれないか花田さん。

 

「!? ごめん! で、恋愛について聞くのは南のせいだよね」

 

そう思ってくれて構わない、俺はそういう事を今まで考えたことがなかったから色んな人に考えを聞きたかったんだ。

 

「すまなかったね、アタシの話じゃ参考にならなかったろ?」

 

いや、十分参考になったよ。

 

「そうかい? それだったらいいんだけどね」

 

 

case氷月

 

「全く分からない類の話ですので他の人を当たって下さい」

 

氷月……、考えた事もないのかい?

 

「ええ、興味が全くありませんでしたので。私に聞くのは畑に蛤ですよ」

 

 

caseほむら

 

「私のこれは信仰に近い、だから参考にはならない」

 

……そうか、誰かからそう言われたのかい?

 

「いいえ、私が私自身を見つめ直した時に気づいただけ。

氷月様に求められれば喜んで差し出すけど、求める気持ちは私にはない。

差し出すほどに愛しているけど、求めるような恋はしていない。

だって氷月様はそんな事を望んでいないから」

 

外野がとやかく言う事ではないだろうけど、その在り方は辛くはないのかい?

 

「あの方の側に居られればそれでいい」

 

なるほど、確かに君のソレは信仰だね。

……氷月も罪作りな男だ。

 

 

caseマグマ

 

「あん? んなもんそいつとガキ作りてえかって話だろ? 好きにすりゃあいいんじゃねえか」

 

旧世界ではそう割り切ったものじゃないんだよ。

というか、結婚に直結する話だからこそ悩んでいるんだ。

 

「あー、家事できねえ女を嫁にすんのはキツイだろうからな。

ってやっぱ悩む必要なくねえか? それともあの南って女もコハクと同レベルなのかよ」

 

いや、南さんは一通りできるはずだよ。

 

「なら一択じゃねえか、何をウダウダしてんだテメエは。

まあ、そのままの方が俺には好都合だがな」

 

好都合? 悩み程度で鈍るつもりはないが、何かあると?

 

「へっ、そんなもん期待しちゃいねえよ。いいからそのまま悩み続けてろ」

 

 

case金狼

 

「ふむ、難しい問いかけだな。俺もそれに関して真剣に考えた事は無かった」

 

うん、君ならそうだろうね。

深く考えず感じた事そのままに話してくれないかい?

 

「感じたそのままに、か。……そうだな、やはり自分の両親のような間柄が思い浮かぶな」

 

君のご両親というと、鉄犬さんと白金さんか。

いい夫婦なのだろうなとは側から見てても思うよ。

 

「ああ、お互いを想い合い助け合う仲だ。未だに新婚気分が抜けないところは勘弁してほしいが、それだけ愛情が深い証拠だろうと思う」

 

いい事だと思うよ、また弟妹が増えるかもしれないね。

 

「手のかかる下は銀狼だけで十分だ、それに両親のそれを想像させるのはやめてくれ…」

 

ははっ、すまないね。俺には両親の想い出がほぼないから羨ましくてね。

 

「それは、すまんな。無神経だったようだ」

 

ああ! 気にしないでくれ、元々俺から振った話なんだ。

それで謝られたら俺の立つ瀬がない、謝るとしたら俺の方だよ。

 

「しかし……」

 

それに夫婦というものを知れたんだ、参考になったしありがたかったよ。

 

「そうか、司がそういうならもう気にする事はせん」

 

ああ、そうしてくれると助かるよ。

 

 

caseクロム

 

「……うーん、俺にはよく分かんねえや」

 

そうか、すまない。変なことを聞いたね、忘れてくれ。

 

「分かんねえけど、さ、それって幸せにしたいって思うかどうかじゃねえかなあ」

 

幸せに、したい?

 

「ああ、なんか声に出したらまとまってきた気がすんな。

そうだな、幸せにしたい、なってほしい、俺にとってはそう想う気持ちだ。

うん、しっくりくる! おう、これが俺の結論だ!」

 

幸せにしたい相手、か。

どうなんだろう、あの二人は俺にそういう気持ちを向けてくれてるのかな。

 

「南の方は分かんねえや、話したこともほとんどねえし。

だけどよ、コハクは割とそう思ってんじゃねえかな。旧世界では妹のために頑張ってたんだろ?

その話を聞いて少し親近感持ってんだよ、アイツはルリのためにここ数年は全力だからよ」

 

ルリさんか、巫女で肺を患っていると聞いているが……。

 

「ああ、千空達が来るまではいつ死ぬかって怯えてたぜ、少なくとも俺は。

ダセエ話だけど、半ば諦めてた。だから千空達にはスッゲー感謝してんだ。

そっちも千空のお陰で助かる道が見えたんだろ?」

 

ああ、彼には感謝してもし足りないよ。

そういう意味では確かに俺とコハクは似た境遇になるのかな。

 

「千空は『まだ助かってねえんだから、感謝には早えよタコ』とか言って照れてたけどな!」

 

頭を掻きながらかい? 目に浮かぶね、明後日の方向向いてぶっきらぼうな口調で言う姿が。

 

「そうそう! 千空の奴意外と照れ屋だよな!

真っ直ぐ感謝とかするとスッゲー顔になんの!」

 

分かる、それで足早に去って行くんだ!

 

「ブッハ! 反応がまるきりおんなじじゃねえか!

ある意味わかりやすすぎるぞ、今度これで揶揄ってやろ!」

 

やめときなよ、君だけだと返り討ちにあいそうだ。

ゲンを巻き込むのが一番簡単じゃないかな?

 

「おお、そういう手もあるのか! 悪い事考えんなあ司も」

 

それほどでもないさ、ゲンを引き込むのにどうすればいいかな……

 

(それからしばらく千空の話で俺達は盛り上がった)

 

 

case銀狼

 

「えっ、恋愛? やっぱ可愛い子がいいよねえ、おっぱいおっきくて、優しくて、色々教えてくれちゃったりして〜、後家事とか全部やってくれて〜、料理も上手くて〜、狩りが上手くいかなくても許してくれて〜、ってどこ行くの司、これからがいいとこなのに」

 

(参考にならないな、これは)

 

「そっちから聞いてきたのになんで無視すんのさあ! ちょ、ちょっと、速い!速い! どこまで行くのさー!」

 

 

・俺はどうした方がいいと思う? 君の考えを教えてほしい

 

case千空

 

「あ? んなもんオメーが一番進みたい方向に進めばいいじゃねえか。

他人の意見なんぞ気にするこたねえよ、オメー自身の人生だろうが」

 

強いな、千空は。

 

「好きに決めんのが一番後悔がねえだろ、選択権はオメーが持ってんだ。

ま、逆にいやあオメーしか決められないって事だがよ、あいつらだってそんなこたあ百も承知だろ?

存分に悩んで好き勝手に決めちまえよ」

 

存分に悩んで、か。

ありがとう千空、少し気が楽になったよ。

 

「おー、もうこの手の話持ち込むんじゃねえぞ」

 

 

case桜子

 

「貴方自身の幸せを考えるのが一番でしょ。

後ろから支えて欲しいのか、それとも隣に立って欲しいのかって感じかな?」

 

南さんが後ろで、コハクは隣か。

確かにしっくりくるね。

 

「パートナーがどちらにいて欲しいかを自分に問いかければいいんじゃない? 私の意見としてはそんなところかな」

 

一番側にいる事になる相手だから、どこから支えて欲しいかを考える、か。

色々ありがとう、そのあたりも含めて考えてみるよ。

 

「南さんを焚きつける形になっちゃったからね、このくらい罪滅ぼしにもならないわ」

 

 

case大樹

 

「司、お前自身がどう思っているんだ? あの二人の事を真剣に考える事から始めるべきだと思うぞ」

 

嫌いではないんだ。だけど生涯の伴侶としたいとまではいかない。

困っている、というのが正確なところだと思う。

 

「うむ、それなら二人には答えを待ってもらうのが一番いいだろう。

焦って答えを出す事は無い…、というより、司が辛いだろう?

俺も最初の勇気を出すのに五年かかったし、もう一度勇気を出すにはもうしばらくかかりそうだからな」

 

ああ、杠にはまだ言っていないんだね。

良い報告を聞かせてくれ、みんな待ち草臥れているだろうからね。

 

「なにい! 何故俺が杠の事を好きだと知っているんだ! はっ! そうか、千空から聞いたのか」

 

あ、うん、そうだね。そう、千空から聞いたんだよ、うん。

 

「何故棒読みなんだ司? とにかく、その件については俺は急かす事はできんし、する気もない。

ゆっくりと自分の心に向き合ってから決めると良い、後悔しないためにもな」

 

ありがとう、大樹。

君と友になれた事はこの世界に目覚めてから最高に幸運だった事の一つだよ。

 

「それは俺にとってもだ、司。たいした事は言えないが、悩みがあったらまたいつでも相談してくれ」

 

 

case杠

 

「司くんは誰かを好きになった事は無いんだね?」

 

その通りだよ、妹の事で精一杯だったからね。

 

「妹さんは春になってから探す予定だったね、今はもう大丈夫って思えてるの?」

 

ああ、千空がその身をもって証明してくれたからね。

絶対に妹は元気になる、そう確信しているよ。

 

「じゃあ、司くんは人生で初めての余裕を手に入れたんだね。

良い機会だから、ゆっくりと好きってなんなのか考えて? それはきっと大切な事だから」

 

そうか、そうだね、初めて他の事に目を向けるから戸惑っていたのかもしれない。

 

「コハクちゃんはともかく、南さんは全力で司くんにぶつかって来てるもんね。

戸惑っても仕方ないよ。けど、嫌ではないでしょ?」

 

うん、嫌ではないんだ。

ただ、今までは流すだけだったから受け止める事に慣れていないだけでね。

 

「そのいやじゃない事も困っている事もしっかり受け止めてあげて? それはきっと大切な想いだから」

 

杠、君に相談して正解だったよ、何を悩むべきか分かった気がする。

改めてありがとうと言わせてくれ。

 

「どういたしまして、頑張れ男の子!」

 

ああ、頑張ってみるよ。

 

 

caseゲン

 

「選べないなら、どちらかじゃなくて両方でもいいんじゃない?

あるいはどちらも選ばず他の人を選ぶとかでも」

 

その発想はなかったね、前者はともかく後者はなるほどと思えるよ。

確かに二人以外に俺が好きだと言える人がいる場合もあるんだね。

 

「全取り狙っちゃっても良いのよ? 強いオスがメスを独占するのは自然界だとよくある事なんだから」

 

やめておくよ、血を残さなきゃいけないわけでもないし、全員を平等に愛するのもできそうにないから。

 

「ちなみに、その二つ以外でハーレムが成立する条件は知ってる?

正解は女性達による共同管理って状態になる事。

悩むのもいいけど、時間かけすぎるとそういう危険性もあるかもね」

 

……忠告ありがとう、気をつけておくよ。

 

「まあ、気にくわないだろうけど忘れちゃダメよ。

あっちだって待ち続けるのに限度があることをね」

 

露悪趣味もほどほどにしてくれよ、良薬口に苦しだけどカッとなる人間もいるんだから。

 

「相手は見て言ってるよ。心配ありがとう。じゃ、存分に悩んでね、司ちゃん」

 

 

case羽京

 

「うーん、僕がコハクって子の事あまり知らないからかもしれないけど、南さんの方がいいと思うけどね」

 

理由を聞いてもいいかい?

 

「だって、それまでの生活環境が違いすぎるでしょ。

それだと話が合わない事が多くなりそうだしね、南さんならそのあたり合わせるの得意だし。

何気ない会話が合わないって付き合ってる時辛くないかな?」

 

なるほどね、羽京は生活の中での事をメインに考えたわけだね。

そういう目線で考えたことはなかったな。

 

「あくまでも僕の感覚で喋ってるから的外れでも許してよ?

君なら自分の考えを周囲に振り回されたりしないと思うけどさ」

 

そこまで強固な思考はしてないよ、振り回されなくても影響ぐらいはされるさ。

それに、誰を選んでも結局選んだのは自分だからね。

それに対して誰かのせいにするような真似はしないよ。

 

「ははっ、司らしいね。他の人にもアドバイスもらうつもりなんだろう?

僕じゃこれ以上は話せないからもう行くといいよ」

 

そうか、アドバイスありがとう羽京。

お言葉に甘えてそうさせてもらうよ。

 

「ああ、いってらっしゃい。君が納得できる選択をできるように祈ってるよ」

 

 

caseニッキー

 

「アタシはコハクって子あまり知らないし、南とは友人だからね。当然南の応援をするよ」

 

花田さんらしい竹を割ったような回答だね。

 

「褒めてくれてありがとう。だけど、これは結局アタシから見たらって話で、考えてるのは南の幸せだ。

アンタ自身の幸せはアンタが考えないといけないよ、南ならアンタにも幸せをもたらしてくれるって確信はあるけどね」

 

そうか、……もう少し考えてみるよ。

 

「思う存分に考えて感じとりな、一生の問題なんだから後悔だけはしないようにね」

 

 

case氷月

 

「好きにしたらどうです? べつに両方振ったところで問題があるわけでもないんですから」

 

心底どうでもよさげなアドバイスありがとう。

もう少し親身になってくれてもバチは当たらないよ?

 

「先程も言ったでしょう、その手の話題で私に振るのは木に登りて魚を求めるです」

 

 

caseほむら

 

「好きにするといい、私は興味がない」

 

やはりそういう答えが返ってくるか……。

すまないね、色んな人に話を聞きたかったんだ。

 

 

「そう、いい答えが出る事を祈ってる」

 

 

caseマグマ

 

「なんで片方の選択肢がコハクなのに悩んでんだ? コハクを選ぶのだきゃあねえだろ」

 

そこまで悪し様に言うことはないんじゃないか?

コハクだっていい子じゃないか。

 

「嫁に致命的に向いてねえだろうが、アイツが大人しく家にいるようなたまか?

むしろ旦那より狩りをしてきそうじゃねえか、その時点で選ぶ事がありえねえよ」

 

そうか、狩りは男の仕事で、夫以上に妻の方が獲物を獲ってしまうと夫のメンツが丸つぶれになるからか。

 

「村の連中はだからオメエに押し付けたいんだろうよ。

引っ掴んで押さえるのも、アイツ以上に獲物を獲ってくるのも、オメエならできるだろってな」

 

上手くやれるなら男性も女性も関係ないと思うけどね。

そう言えるのも強者だから、とか言われてしまうかな。

 

「強え奴が好きに振舞って何が悪いんだよ、文句があんならそいつより強くなってからにしろってんだ」

 

実践しようとしているとしている男の言葉は重いね。

とりあえず、参考になったよ、ありがとう。

 

「おー、どうでもいいからとっととどっかいけ。これからまた筋トレすんだからよ」

 

 

case金狼

 

「南女史に言い寄られているのになぜコハクと天秤にかけるのだ? まずそれが分からん」

 

いや、そこまで悩まなくても……、コハクだっていいところはたくさんあるだろうに。

 

「確かにその通りだ。だが、嫁としての美点とコハクの美点は残念ながら重ならん」

 

じゃあ聞くが、君の両親はそれぞれ妻として、夫として美点があったから結婚したのかい?

 

「む、これは一本取られたな。だが、コハクから何か言ってきたわけでもあるまい?

ならば、南女史を待たせることもないだろう。……まさか、コハクから婚姻の申し込みが!?」

 

いや、ないよ、そんなもの全くないよ。

俺が勝手に周囲の声に惑わされているだけさ。

 

「そう、か。ならばこれは司自身がコハクに惹かれているという話でもないのか?」

 

……どうなんだろう、自分でもよく分からないんだ。

 

「先ずはそこからだな、己を知らずに戦うなど、百戦して一勝もできぬ愚行だ」

 

返す言葉もない、そこから考えてみる事にするよ。

 

「ふっ、さすがの司も慣れぬ事は難しいようだ。

俺も全くわからん分野だったが、見つめ直すきっかけぐらいにはなれたようでなによりだ」

 

 

caseクロム

 

「そういや、最初そこら辺聞きに来たんだったな。

出来ればでいいんだけどよ、コハクの事考えてやってくんねえか?

さっきも言ったけどよ、お前ら少し似たとこがあんだよ。

だからこそ分かり合える部分もあんじゃねえかなって。

ああ、迷惑だったら忘れてくれりゃあいいかんな!」

 

迷惑なんてことはないさ、俺自身彼女に魅力を感じる部分もあるしね。

真剣に自分がどうしたいかを考えてみるさ。

 

「おう、あんがとな。っつーか、コハクがこの機会を逃したら嫁ぎ遅れ確実だかんな。

コクヨウのおっさんなんか必死に司を捕まえようとするかもしんねえぞ」

 

ははっ、それは怖いな。

せいぜい捕まらないよう逃げ回るさ。

 

「村の男総出でもなきゃ捕まんねえだろ、司なら」

 

 

・番外 相談後

 

「やあ、司。嫁をどちらにするか悩んでいるそうじゃないか。是非ワシの考えも聞いてくれぬか?」

 

コクヨウさん、聞くのは構わないのですが、何故周りを村の既婚男性メンバーが固めているので?

 

「コハクはなあ、少々、そう、ほんの少しだけお転婆に育ったが、ワシの妻に似て顔もよいし、スタイルも立派なものを持っておるじゃろう? 照れずともよい、男なら目がいって当然じゃからな。

それに、この頃は慣れぬ家事も覚えようと努力しておる。いじましいと思うじゃろ、な?

それに、ワシとしてもおぬしほどの男を息子と呼べるならこれに越したことはないと常々…」

 

すみませんが急用を思い出したので失礼します!

 

「あ! 待て、どこへ行く司! ええい、追え! 何としてでも婿入りに同意させるのだ!」

「村長~、コハクにばれたらどつかれますから、やめましょうよ~」

「ええい、あの子に殴られてでもワシはあの子の花嫁姿が見たいのだ!」

 

(当分コクヨウさんには近づかないようにしよう)

 

 




だから全員分書いたらこうなるってわかってたはずだろ自分!
司が誰に相談したのかは明日の自分が知っている(つまりどれが本編に組み込まれるかは決まってない)


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村での日々④

クロムピックアップ回。


・どうやってそんなに集めたの?

 

「ねえクロム、こんな純度の高い金ってどうやって集めたの?」

 

クロムの倉庫の中で整理中ふと疑問に思って尋ねてみた。

 

「お? 気になる? 気になっちゃうか?」

 

ドヤ顔でクロムが自慢したげに反応する。

少しうざいがまあいいか、かなり気になるし。

今後の事に影響はなさそうだけど。

 

「その中にあるおっきい固まりは森の中で掘り出した奴だな。

森の方はあんま大きな木が多くないとこでよお、あ、これはなんか埋まってんなってピンと来たんだ。

で、掘ってみりゃ案の常硬い四角い大きな石が埋まっててな。そういう石にゃ必ずって言っていいほど真四角な穴が空いてんだよ。

そこから更に下を掘ったらその固まりが出てきたってわけだ!」

 

四角い大きな石で、四角い穴が空いてる……。

 

「どこぞの金持ちの別荘だったんだなそこは、金塊があったなら地下室だったんじゃねえか?」

「だああー、知ってんのかよ!」

 

ああ、なるほど。地下室で金庫に入ってたから劣化しづらく、埋まってて空気に触れないから風化もしなかったと。

多分隠し財産だったろうからはしごで降りてたか、かなり浅かったか……多分後者だろうなあ。

 

「平地の奴は、多分だがサーバーとかの基盤に使われてた奴じゃねえか? それっぽい形の奴が少しあったろ」

「あ、ほんとだおはじきに近い形の奴ある」

「ちきしょー! 千空をズデンとさせられると思ったのによお」

「十分すごいんだけど、少なくとも私はよくこれだけの量を集められたなって驚いてるわ。

漫画で使用した量考えれば確かにこれだけあるだろうけど……、直接見ると壮観ね」

 

私の賞賛にまんざらでもない顔のクロムをよそに考え込む千空。

 

「考えこんじゃってどうしたの? 何か思いついた?」

「桜子、白金の工業用途ってどんなのがあったか思い出せるか?」

「? ちょっと待って、今思い出すから……、排気ガス用の触媒、燃料電池、PCのHD……え、HD?」

「都市鉱山って奴だな、最悪白金はそこから拾い出せるかもだぜ」

「待って待って、白金を取り出す方法ってどうだったっけ?」

「塩酸で貴金属の溶解、その時に同時にオスミウムを四酸化オスミウムで回収。

メチルイソブチルケトンで金を抽出したら鉛をLIX84Aで抽出して最後にアミンで抽出って手順だな。

で、それぞれ濃度の違う塩酸で逆抽出すっから塩酸の濃度違いを複数用意する必要もあると。

……いざとなったらだなこりゃ、やるべきことが多すぎて直接硝酸作りやった方が早い可能性まであんぞ」

 

さーっぱりわからん! 千空ってば何を言い出してるのかしら!?

ええ、何のことか全くわかりません! 専門用語のオンパレードじゃわかるわけないでしょ!

クロムだって何が何だか分かんないって顔してるじゃない!

 

「今一つ分かんねえけど、なんかの液体に溶かして取り出し溶かして取り出しってことでいいのか?」

「へっ、やるじゃねえかクロム。細かい所はちげえが大体はそれであってるぜ」

「最初に溶解って言ったじゃねえか、それで溶かすんじゃねえかなって思ったんだ」

 

え? なんでクロムがあっさりと多少でも理解してるの?

 

「空いてる時間は千空から色々習ったりしてるからなあ、全部までは無理だけどちったあ分かってるつもりだぜ」

「いつの間に……? あ、料理教室やってたりした時か」

「そういうこった、俺はもう天才科学使いのクロム様だぜ!」

 

マジで天才だなこいつ。

 

「ホント、周りみんな超人か天才ばっかで凡人は辛いなあ」

 

ため息とともに愚痴をこぼす。

 

「なあ千空、アレギャグなのか?」

「残念な事にアレは本気だ、大樹や杠と同じでド天然なんだよコイツは」

「千空って天然な奴を集めるフェロモンでも出してんのか?」

「……いつか調べてみるのも悪くねえな」

 

なぜか千空が疲れた顔をしていた、そんな秋のある日の話である。

 

 

・調味料が足らないし、食材も色々不足です。

 

「砂糖が欲しい!」

 

開口一番何を言いだしているのかと思うかもだが、本当に調味料の種類が足らないのだ。

 

「甘酢あんかけの甘みに蜂蜜使ってみたけど、やっぱり何か違うの!」

 

私の記憶と違うだけと言われてしまえばそれまでなんだが違和感あって落ち着かないのだ。

 

「甜菜は北海道でサトウキビは沖縄でしょ? さすがに無理があると思うけど」

「うう、なさそうなものを探してくれとは言えない……」

「十分美味しいのだから気にする事はないと思うぞ?」

 

南さんに諭されコハクになだめられるる私。

でも、できれば欲しいのだ。

 

「小麦が見つかってるから本当ならお菓子作りに入れるんですよ! 砂糖がないとダメなんです!」

「それは重要な問題ね、総出で探してもらいましょう」

「なぜそこまでの情熱を見せるのか私には分からないんだが」

 

甘いものを食べる機会があまりないからかコハクの反応は今一つだ。

だが、こう言えば分かってくれるに違いない。

 

「アケビや柿、ブドウとか食べられないようなもの、って言えば分かってくれる?」

「なるほど? 要は好物を食べたいとかそういう事か?」

「ええい、伝わってないー!」

 

くそう、本格的に甘いものを食べた事がないからイマイチ理解できていないんだ。

 

「こういう時は探索のプロに頼るのが一番!」

 

 

そんなわけでクロムの所にまで来たのだ。

 

「柿ってこの形の奴か、食ったら口の中グワ〜ってなったから食えねえぞ。

アケビはなんか黒っぽいのが多くて虫みたいだったから食ってねえなあ」

 

ぱっと見確かにいも虫っぽいからしょうがないか。

柿も渋柿にかかった後じゃあ手出さないよね。

 

「じゃあブドウは?」

「大樹が全部摘んでったぞ」

「……後で種だけ回収して日当たりのいい辺りに撒いとかなきゃ。

それとも挿し木で栽培開始した方がいいかなあ?

アルコールはいくらあっても足らないだろうし、ブドウは種からだと実がなりにくいらしいし」

 

とと、思考がそれかけてる。

 

「アケビは食べて美味しく、種から油も取れて一石二鳥なの。アケビがよくなってる場所は分かる?」

「どっこらへんだったかな、ちょっと思い出すから待ってくれ」

 

クロムがアケビの場所を思い出すのを待つ間軽く雑談に興じる。

 

「砂糖が欲しいのは料理の範囲を広げるためだったのに、いつのまにか甘味を求める話になってるわね」

「だってサトウキビも甜菜も無理だったら砂糖は手に入らないし。

代わりに甘いものを求めても致し方ない事なんですよ」

「サトウキビとか甜菜ってなんだ?」

「ああ、この絵の右がサトウキビで左が甜菜だそうだ」

 

さっき描いて見せた絵を手に取って悩み出すクロム。

まあ、似たようなものなら見たことあるかもしれないが、さすがにどちらもないだろう。

 

「なあ、こっちの甜菜って根っこが途中太くて先っぽのほう細くなってる奴か?」

 

え、私確かワザワザ掘り出して見ないだろうと思って葉っぱだけしか描いてないはず。

 

「もしそうなら見た覚えあるぜ、確か小高い丘の上で見たはずだ」

「高い場所……あああ! 標高高ければ平均気温も低いからか!」

 

もしかすると甜菜が確保できて来年には砂糖が採れるかも!

 

「ふふふふふ、その場所にすぐ案内して、クロム!」

「なんだよその不気味な笑い声は、案内すんのは別にいいけどどんなテンションだよ」

「砂糖とやらの話からか? 相当上手いもののようで南も大分テンションが違うように見えるぞ」

「女には甘いものが必要なの。桜子はちょっと舞い上がりすぎだけど、その気持ちだけはわかるわ」

 

さあ、美味しい料理とお菓子のために甜菜確保に出発だ!

 

 

「ねえ、なんでその背負子を用意してるの?」

「桜子が行かねば探し物が本物かわからんだろう? だから一緒に行ってもらおうと思ってな」

「いやいや、私も歩いて行くから」

「崖登りすっからやめといた方がいいぞ、あの崖は桜子には無理だろ」

 

そう言ってクロムが鈍角を手で示す。

うん、背負子の角度だとただの崖だね、坂じゃないね。

行き帰りの双方に置いて私は終始コハクの背中にいた事をここに記す。

……絶対に車やバイクを作ってもらおうと決意する私であった。

 

 

・硫酸取り行くのは誰?

 

「とりあえず4人分あっから汲む奴と命綱持ってる奴で2:2に分かれんぞ」

 

そう千空が言い出した時点で素早く次の発言者になる、まず流れを持っていくのだ。

 

「引っ張る人はパワーだけじゃなく注意力や反射速度が必要だね。

汲む人はその点考慮して軽い人がいいのかな、力は要らないだろうけどバランスとるの上手い人のがいいね」

 

こう言えば当然みんなが思い浮かべるのは一人だ。

 

「なら一人はほむらに決まってるね、もう一人はどうすんだい?」

「ついでに欲しい素材があんだよ、だから」

「詳しく描いてほむらさんに渡しとくね、もう一人はやっぱりコハクじゃない?」

「おい、桜子」

 

自分が行くと言う前に理由を潰された事に千空が睨んでくるが今の私は動じない。

なぜなら、

 

「体重的な意味だとさすがに千空ちゃんのが上でしょ、欲しい素材についても桜子ちゃんの説明書でほむらちゃんなら理解してくれるだろうし。それとも他に千空ちゃんが行かなきゃいけない合理的な理由ある? あるんだったら教えてくれないかなあ?」

 

今回はゲンを味方に引き込んでいるからだ!

それだけじゃないぞ!

 

「千空、命の危険がある場所に誰かを送り出して、自分だけ安全な場所にいるのは抵抗があるのは分かる。

だが、常々お前が言う通りに今回も合理的に考えてくれ。本当に千空自身が行くのが一番合理的か?」

「ちっ、ああその通りここまで行かなくていい理由出されたら頷かざるをえねえよ」

 

大樹もこちら側なのだ!

さすがの千空もこの布陣には抵抗できないようである、今回は完全勝利!

 

「しかし、私やほむらならば毒ガスとやらに触れぬようにサッと汲んでこれるのではないか?」

「煙が向かってくるのを想像したんだろうがよ、むしろ器の中に水がたまってる状態だぞ。その中に手突っ込んで濡れずに済むのかって話だ」

「少量なら臭いだけですむけど、多量だと鼻がやられて気づく前に死んじゃうんだよね」

「たまってるとこを一気に吸ったらそれだけで一発即死だかんな、行くときゃ絶対槍先を前にして切っ先から目離すんじゃねえぞ」

「……器、…少量なら大丈夫……」

 

ん? クロムが考こんでる、何か思いついたのかな?

 

「なあ、風で散らしたりそもそもたまらない形に変えちゃダメなのか?」

 

……その発想はなかった、でも無茶だろう。

 

「吹き散らすってどうやってよ? 大きな板でも使うの?」

「ふっふっふ、そこはこのクロム様の発明が火をふくぜ」

 

ごそごそと何やら取り出してくるクロム。

これって……、

 

「どうだ! ぐるぐる回すだけで風がヤベーぐらいに吹きつける、名付けて千風機だぜ!」

「扇風機だな、よく思いついたもんだ」

「もうあったのかよチキショー!」

「むしろよく思いつけたって感じなんだけど」

 

まだギアも見てないはずなのに。

 

「発電機を見て思いついたんだよ、これに板くっつけりゃ風がヤベーぐらい出るんじゃねえかって」

 

うーむ、この発想の天才。

人類が何年かけてそれらを発明してきたと思っているのか。

千空もそれを見て行けると思ったらしくニヤリと笑いながら自分が行くと言い出す。

 

「大型化すりゃあいけるか……? 地形を確認しなきゃだな、よし! 汲む役は俺が行くぞ、そうすりゃ労力の無駄をなくせる」

「吹き散らしてから作業するつもりなんだろうけどダメよ。千空は中心人物なんだから、大人しく後ろで指示出ししてなさい」

 

当然私は止めに入る。

そうするとどうなるか? 論争の開始である。

 

「地形を覚えてどこ崩しゃあいいか誰が見んだよ、現地で見なきゃさすがにわかんねえぞ」

「私が行って描いてくればいいでしょ、採る素材も言ってくれれば大体わかるし」

「汲む役をオメーに任せる馬鹿がどこにいんだよ、いいから俺に行かせろってんだ」

「科学知識が吹き飛ぶ危険を犯せる訳ないでしょ、体重だと私が一番軽いからトントンよ」

「オメーがいりゃある程度はどうにかなんだろ? オストワルト法は教えとくからそれで納得しろ」

「それだって労力の無駄じゃない、それに汲む役の人を兼任しなければいいだけでしょ、コハクとほむらさんにやってもらって私は覚えておけばいいだけよ」

「だから、直接確認しねえと分からねえ部分もあんだよ。内部構造とか打診でチェックしてえし、どこが崩しやすいかも分かりゃやりやすいしな」

「掘ってからで十分でしょ! パワーチームの面々を見なさい! 自分の足元が空いたぐらいじゃどうともならないメンバーばっかりじゃない」

「わざわざ危険を犯させんのか? チェックできんならした方がいいに決まってんだろ!」

「そのチェックをするのにそれ以上の危険を犯しちゃ本末転倒だって言ってるの!」

 

いつまでも続きそうな論争にとうとう氷月が痺れを切らした。

 

「埒が明きそうにないですね、メンバーは私、ほむら君、コハク君、それとマグマ君で行きましょう。

地形のチェックはある程度私とほむら君が別々の方向から記載、それをもってどこを崩すか決めるという事で」

「俺でなくマグマを連れていく理由は?」

「司君、自分が千空君と並んで中心人物である自覚を持ちなさい。千空君が行けないのに君が許されるはずがないでしょう。そこの二人も行かせませんので不毛な言い争いを終えるように」

「「なんで俺(私)まで!」」

「黙らっしゃい、代えの利かない特殊技能持ちを失う危険性を理解できないとは言わせませんよ。

感傷だけで命を懸けられてはたまったものじゃありません、いいから双方ひっこんでなさい」

 

むうう、氷月の容赦ない物言いにおもわず黙ってしまう私と千空。

ゲンも大樹も助け舟出してくれないの、と期待を込めて視線を向けるが首を振られてしまう。

 

「俺が味方するって言ったのは千空ちゃんを行かせない事だけだよ。

君が行く手助けをするとは言った覚えがないねえ」

「桜子では汲む役は無理だろうし、千空が行かないのならば何もいう気はない。

もちろん他の人が死んでいいわけではないが、誰かが採りに行かねばならないからな」

 

うう、しょうがない。大人しく自分のすべき事だけをしよう。

 

「欲しい素材って湯の花でイイのよね、ここに描いといたけど」

「おう、これで合ってる。んじゃオメーら硫酸湖に落ちんじゃねえぞ」

 

結局私の千空を行かせないという目的は達成できたのだが勝った気がまるでしない。

千空は、と見ればおんなじような顔である。

なら今回も引き分けかな? なんて下らない事を考えつつ出発して行く四人を見送るのだった。

 




クロムピックアップ回といっておきながら実は作者が原作で疑問に思った事をこう解決したんじゃないかという想像を詰め込んだ回、砂糖は違うけど。


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村での日々⑤

・酒と男達の嫁自慢と自棄酒と

 

甕から酒が注がれる、それを飲み干す、また酒が注がれる、また飲み干す、注がれる、飲み干す、注がれる、飲み干す、ずっとそれが続き時間が巻き戻っているかのような錯覚を覚える。

だが、それはやはりただの錯覚だ。

なぜなら空になって転がる甕が着実に増えているからだ。

 

「と、まあ以上が私と妻の夜の話ですな!」

「おお、やっと終わったか、鉄犬。ならばトリを務めるワシの出番じゃな!」

 

後、酔っ払いの嫁自慢&惚気話がようやく最後の人まで来たからだ。

ちなみに僕自身はシラフだ、まだ一滴も呑んでない。

とりあえず、このコクヨウさんの長い話が終わったら吐くまで飲もうと思う。

 

 

馬鹿みたいに長くなりそうなコクヨウさんの話を書き留めつつ、なぜこうなったかを現実逃避を兼ねつつ思い出す。

確かあれは桜子からのオーダーを実行するためコクヨウさんの所に聞きに行ってからだ。

 

「うーむ、夜の生活の調査か……。必要な事であるのかな?」

「そうですね、あまりおおっぴらに話すことではないが、個人だけで完結してしまうのも良い事ではない、と言った所ですね」

 

狭い環境だけで閉じこもって客観視できずにいると先鋭化しすぎて過激になりやすい。

そう真剣に話す桜子の意見には頷ける部分もある、そう思ったからこうして話を聞こうとしたのだ。

 

「ふうむ、確かにそういう話をする機会はないな。そなたらの時はどうしていたのかな?」

「これ関連の話ですか? そういう話をする場所は掲示板か……酒の席で酔って悪ノリした時ぐらいですかね」

「ほう、酒の席で……。どうかな、そなたらが大量に持って来てくれた事であるし、ここは一つ酒宴を設けるというのは?」

「そうですね、交流も深まりますしいいアイディアだと思います。

千空あたりに飲んでも大丈夫な量を聞いときますね」

 

そんな風に男達の酒宴が決まり、ちょうどいい事に女性たちでも果物パーティーをやりたいという話が持ち上がっていたのでトントン拍子で日にちまで決まっていった。

誤算はただ一つ、復活者で自分以外の飲酒可能な人の数を忘れた事である。

結果はご覧の有り様、ひたすらに話を書き取り続けるという惨状の出現だ。

後、失敗としては筆記用具を持ってくるのを忘れて宴会の最初の頃にいられなかった事だろう。

そのせいですっかり出来上がった皆に乗り遅れてしまったのだ。

おかげで素面で酔っ払いの惚気を書き取る罰ゲーム状態だ。

僕何か悪い事したっけ? そんな疑問が浮かぶ程度にはダメージを負っているらしい。

まあ、聞く限り性癖にひどい偏りは発生していないようなので、徹底的に飲もう。

ようやくコクヨウさんの惚気話も終わったし、まだ開いてない甕を開けてコップを突っ込み汲み上げる。

そして一気に飲み干し……世界が回って意識を失った。

 

「羽京殿! どうされた!」

「んん〜? これ確か飲むなって言われた甕じゃねえか? 間違えて持ってきちまったから開けんなって言われたよなあ?」

「彼はその時席を外していなかったか? 悪い事をしてしまったな」

 

あとで調べてみたのだけどそれは復活液用の96%の奴だったらしい。

通りで一杯だけで倒れたわけである、急性アルコール中毒で死なずに済んで良かった。

結局酒を楽しむ事はできなかったんだけどね。

 

 

・失敗分はどこかにしわ寄せがくる

 

「千空、まずい事態かも。天使の取り分思ったより多いみたい、復活液足らないかも」

「動かしたりなんだりで思ったよか空気に触れる面積多かったか? どのくらい減ってんだ?」

「んー、当初の予想よりコップ一杯分くらいかなぁ?」

「ってなるとこっから蒸発する分も含めると……」

「すまないんだが二人だけで納得する前に説明をしてくれないか?」

 

二人の会話に全くついていけない皆を代表して司が二人に問いかける。

 

「あん? 別に難しい事じゃねえぞ、蒸発速度が想定より早えからどうすっかって話だ。おい、生産の方は?」

「甘いものに目覚めちゃった村人が収穫しちゃってこっちも微妙、追加生産は難しいかもだね」

「そうなると蒸発しないようにするっきゃねえか……。

司、悪いが力持ちを5、6名見繕って復活させてくれ。秋蒔きの小麦を速攻で栽培すっぞ」

「いや、だから、一からそういう結論に至った経緯を説明してくれ! 突然そんな事を言いだされても困る!」

 

司の言葉に揃って首をひねる二人。

そして自分達の頭の中だけで処理してしまっていた事を千空が先に気づいた。

 

「わりーな、今説明するわ。アルコールが復活液の分足りるように確保してたつもりだったんだよ。

が、予想より蒸発してて当初の予定人数復活させられねえかもしれねえんだ。

そこで蒸発する前に先に使って空気に触れる面積減らそうって寸法だな。

ついでに食料生産を早めにやっちまおうって思ったから、さっきのにつながるわけだ」

「ああ、ようやく分かった。想定外が起きたから計画を前倒しで始めようとしているわけか」

 

ようやく納得できたと安堵した反面かなりまずい事態ではと思い立つ。

 

「大丈夫なのかい、酒宴では思ったより飲まれてしまったそうだけど」

「ああ、酒飲みの胃袋舐めてたな。良いって言った量キッチリ飲んだ上で村の貯蔵分まで飲んじまったらしい。

まあサルファ剤が効果ありだったからな、それで余計に羽目を外しちまったんだろうよ」

「おかげで御前試合分の後の宴会どうしようって青ざめてるけどね。

仕方ないから確保してた甜菜も種の分除いてお酒にするつもり」

「コップ一杯分ねえ、うっかり飲んじゃったんじゃないの?」

「ないない、スピリタス並みに強くてしかも味がキツイのなんて口つけた瞬間噴き出すわよ。

大体コップ一杯分も飲んだら急性アルコール中毒真っしぐらコースだし、持ち出し禁止のマークもある。

さらに、一人飲んだらひどい味だって分かるから複数人で飲むのもありえないしね」

 

と笑って流す桜子。

 

「ふうん、まあそれはいいか、追求してもなくなった物が戻るわけじゃないし。

司ちゃん、人選についていくつか注文つけてもいい?」

「構わないよ、ゲン。君のことだ、上手く人間関係が収まるようにするためだろう?」

「ま、無駄にもめるのは面倒だしね。最小限で済ましちゃいましょっていう話よ」

「分かった、南さんにも聞いてもらって条件の合う人物を探すとしよう」

 

 

「で、ゲン君の言った力自慢で単純な人物という条件に従った結果がこれですか。

もう少しどうにかならなかったので? 見事に脳の溶けた連中ばかりではないですか」

 

千空からの要請で計6名を目覚めさせ、今日初めて村まで連れてきたのだが……。

 

「おう、はじめましてだな原始人ども! これからはバシバシ俺らが指導してやっから覚悟しておけよ!」

 

ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべてマグマらにそう声を上げる彼らを見て人選を誤ったかと思う司である。

当然のことながら言われた方はかなりイラッとしたらしく早くも臨戦態勢だ。

 

「左からゴーザン、ユーキ、レン、アカシ、キョーイチロー、モリトだ。

今日は一応親睦を深めるのが目的と言ったつもりだったんだがね……」

「司さん! 見てて下さいよ、天狗になった原始人連中なんざあっという間にノシてみせますからね!」

 

彼らには額を押さえる司の姿が見えていないのだろうか?

そんな疑問を尻目に両陣営のにらみ合いはますます剣呑な雰囲気を増していく。

 

「司には悪いと思うが、此奴らは一回痛い目に遭わねば理解できまい。全力で叩くぞ、いいな?」

「司がなんで頭を抱えてんだか分からねえが、鼻っ柱が高すぎる奴は一回折っといた方がそいつ自身のためになるだろ」

「無駄な争いは好かんが、あちらがここまで戦意剥き出しな以上ぶつかるのは避けられまい。

馬鹿にされっぱなしというのも癪だからな、全力でお相手しよう」

 

3人とも好戦的、又は挑発されて逃げる性格ではないためもはや止まりそうにない。

 

「やらせればいいでしょう司君。一回叩かれれば彼らも身の程を弁えるでしょうし」

「氷月、面倒だからと焚きつけないでくれ。第一……」

「あ!? 何司さんに偉そうな口利いてんだヒョロガリィ!」

 

司と対等ですといった態度が気に障ったのだろう、ゴーザンが司の言葉を遮って氷月に突っかかった。

反応はそれぞれであったが総じてこの一言に集約できるだろう。

 

「「「やっちっまったな(やってしまったな)……」」」

 

氷月の実力を十二分に理解できている村のメンバーとしたら、ただの自殺にしか見えないレベルである。

司ももう止めるのを諦めたらしい、大きくため息をついて試合を組む事を認めた。

 

「それじゃあ村側の3人対君ら6人で試合をしよう、過度な怪我をさせないようにだけ気をつけてくれ」

「おう! 任せて下さいよ司さん!」

 

自らの手で目の無さを見せつけるつもりだった氷月が不満そうに鼻を鳴らす。

司はそれに弁明するように条件を付け加えた。

 

「で、勝った方のチームが次に氷月と稽古をするという事で勘弁してくれないか?」

「ふむ、まあいいでしょう。彼ら6人程度ではアップにもならなそうですし」

「勝った後のがつらいものが待っている気がするのだが、私の気のせいか?」

「諦めろ、ワザと負けたりしたら師匠の逆鱗に触れるぞ。

そんな事になったら何が起きるか分からんからな、全力でやる以外選択肢はない」

「元々手を抜くなんざありえねえだろうが、コイツらごとき速攻で片付けっぞ」

 

マグマ達にとってはとばっちりに近い。

だが、やる事は変わらないと気合いを入れ直す3人。

そんな前座扱いに気づいていないのかゴーザン達は未だ侮った態度を変えない。

司が試合開始の合図を出そうとしている姿を見て彼らもようやく構え始める。

 

「勝敗はどちらかのチーム全員が気絶か参ったするまで、では……、始め!」

 

司の掛け声の次の瞬間には一人は喉を突かれ悶絶し、一人は鳩尾を突かれ胃液を吐き出し、もう一人は頭頂部に一撃を受け地面に突っ伏していた。

一瞬で半分になった事に動揺するゴーザン達。

それはあまりにも致命的であった。

それを見逃すほど3人は優しくなく、ほどなく6名全員が仲良く地に伏せる事になった。

 

「やれやれ、私のウォームアップにならないとは思っていましたが、まさかマグマ君達のウォームアップにもならないとは」

「油断するなと言っておくべきだったかな? ここまでの醜態を晒すとは予想外だったよ」

「そもそも対峙した相手を舐めてかかるなど言語道断ですよ」

 

ばっさりと切って捨てる氷月にフォローのしようもないと天を仰ぐ司。

一方マグマ達は今しがた叩き伏せた面々など毛ほどにも気にせず氷月対策を相談していた。

 

「まずは………に出るから、………はその隙に……」

「しかしそれでは……」

「いや、いい考えだと……」

 

小声で氷月にはほぼ聞こえないが、彼らの表情からとても真剣に考えているのがよくわかる。

 

「いいですねえ、実にちゃんとしている。実力差をしっかりと理解した上でどうすれば良いのか考え抜く姿勢が見えます。あれこそ人間のあるべき姿ですよ」

「その意見には全面的に賛成だね、あの姿を見せる為にも寝てしまっている彼らを起こすのを手伝ってくれないか?」

「手間ですが、まあいいでしょう。見なければわからないものもあるでしょうしね」

 

尚、起こし方は水を頭から浴びせて起こした模様。

当然文句が出たが先程の無様な敗北を司に指摘され黙る羽目になった。

 

「これから氷月と彼らの稽古が行われるからしっかりと見ておくように」

「司さん、俺らを一蹴する連中にあのヒョロガリが通用するんですかい?

あんなほっそい体じゃあ一発で折れちまいますよ」

「一撃氷月に当てられたら喝采物だけどね、まあ、見ていれば分かるよ」

 

自然体で立つ氷月と戦意を漲らせ緊張感を覗かせる3人。

その姿を見るだけでどちらが稽古をつけてもらうのか素人でも分かる。

 

「どうぞ、君たちのタイミングで来て下さい。どうとでも対応して見せますので」

 

3人はそれぞれ目配せをしあい、一つ頷く。

そしてマグマが最初に前へ躍り出た。

 

「うおおおぉぉー!!」

(ふむ、先ずは体格のいいマグマ君が前に出て私の視界を遮る。

彼が囮を買って出るのは意外と言えば意外ですが、消去法で彼しかできませんしね)

 

目の前の光景に分析を加えながら氷月の槍先は即座に迎撃に移る。

とは言っても実戦と違い刃先は只の布、余程いいところに当たらない限り一撃では倒せない。

マグマもそうなるのが分かっていたようで急所のみを守る形だ。

 

(実戦と稽古の違いを分かっているからこその動きですね。

狙われて不味い場所のみをしっかりと守りその他の被弾は必要経費と割り切る。

いいですねえ、味方と敵方の強みと弱みをよく理解している動きです)

 

とはいえいつまでも氷月が壁役に付き合うわけはなく、守りの上から抜くために一度ためを作る。

そして、それこそを彼らは待っていた。

 

「マグマ!右だ!」

(ふむ、渾身の一撃を躱させその隙に、ですか。狙いは悪くないですが……)

 

多少動いた程度では氷月の槍は避けられない、マグマが動いた瞬間にそちらへと槍先が動くだけだ。

さらに動く方向まで言われては外す方が難しい。

一瞬程度の時間であっても対応して見せる、マグマが右へと動いた瞬間に彼は倒れるだろう。

そしてマグマは動く、マグマから見て左へと。

声に釣られて彼が右に動くのを待っていた氷月は意表を突かれた。

それだけではない、マグマが動いた後ろから金狼の全力の一撃が飛んできたではないか!

その威力にさしもの氷月も迎撃に移らざるを得ない。

溜めた一撃を持って金狼の槍を迎え撃つ。

激突し弾かれたのは金狼側のみ、とはいえ氷月も槍先をすぐには戻せない。

その隙を待っていたとばかりにコハクが地を這うように脚を狙って迫る!

 

(良い連携です、ですが!)

 

神速の戻しによって石突をコハクの肩に叩きつけ吹き飛ばす!

しかし、これで氷月の槍はすぐには動かせなくなってしまった。

金狼の槍を弾き飛ばし、コハクを迎撃した事で今度はマグマが自由になっている。

そして、マグマはすでに得物を大上段に構え振り下ろそうとしている。

槍の肢で受け衝撃を逃がすようにすれば防ぎきれる、氷月はそう判断したが…

 

(ここまで魅せてくれたのです、私も一つ隠し芸を披露しましょう)

 

マグマが剣を全力で振り下ろした、次の瞬間人体と剣のぶつかる音が高く響いた。

 

「な、んな馬鹿な!」

「余技ではありますし、真剣であれば無理だったでしょう。

私自身初めてやりましたがね、これを真剣白刃取りと呼びます」

 

マグマの剣は氷月の眼前にて彼の両手で挟み込まれ止められていた。

予想もできなかった事態に一瞬保けるマグマだったがすぐに我に返り剣を押し込む。

しかし、力を込めた途端向きを変えられてしまい、氷月に届くことなく空しく地面を叩くのみ。

もう一度マグマが構える前に氷月の槍先はマグマの首に突きつけられていた。

 

「くそっ! 参っただ!」

「マグマ! 貴様、せっかく私達が囮になったというのに決められないとはどういう事だ!」

「うるせえ! 氷月が一枚上手だったってだけだろうが! 大体最初に囮になったのは俺だろうが!」

 

策が理想的に決まり今度こそ一本取れるかと期待した分落胆も大きかったのだろう、マグマとコハクはそのまま言い争いに入ってしまった。

 

「無念です、3人がかりならば師匠に一撃入れられるかと思ったのですが」

「いえいえ、とてもいい線まで行っていましたよ。石化前の私でしたらもらっていたかもしれません、ですが私も成長していないわけではないのでね」

「追いつける日は遠そうです、無論諦めるつもりは一切ありませんが」

「ええ、まだ指導し始めて短いのです。簡単に追いつかせては君たちをガッカリさせることになってしまうでしょう? そうならないように私も必死なのですよ」

 

精進致しますと丁寧に礼をする金狼を上機嫌で労う氷月。

そして一連の動きを見せられたゴーザン達は開いた口がふさがらない状態であった。

 

「さて、ご覧の通りだが、まだ氷月を侮れるかい?」

 

司の問いに首がもげそうなほど横に振るゴーザン達。

 

「指示に従わない場合は氷月か俺が指導に来るだろうからね、しっかり従って欲しい。

まずは君たちが嫌がった畑仕事をしてもらうが、問題は?」

「「「「「「ありません!!」」」」」」

 

顔を青くして大声で了承の返事を返すゴーザン達。

彼らが村人達を原始人と侮る事は二度とないだろう。

こうしてようやく安心して村人達と交流させる事が出来るようになったのであった。

 

 

後日ゴーザン達は氷月達に対して呼び方を改めた。

氷月のことは師範と呼び、金狼とマグマは兄貴、コハクの事は姐御と呼ぶようになったそうで。

その影響からか、その後の復活者達は侮った態度を覗かせる者は誰もいなかったという。

 

「先に秩序が出来上がっていると、人間それを乱そうとは思えないものさ」

 

ゲンは笑いながらそう言ったそうだ。

 




戦闘描写頑張ってみた回。
次回あたりから時間軸ぐちゃぐちゃから抜け出す予定。


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ちゃんと隠し方を教えてはいるよ byゲン

「結論から言おっか桜子ちゃん。君には千空ちゃん相手の隠し事は無理だね」

 

ゲンがそう考えたという意味の『無理だと思う』ですらなく、断定口調の『無理だね』である。

さすがに完全否定されるとは思っていなかった桜子が抗議の声を上げる。

 

「そんな風に断定する根拠はなによ、確かに千空の推察力は高いけど無理ってほどじゃないでしょ」

 

ムッとしながらも多少は自覚があるらしくその声は控えめだ。

その程度の桜子の認識にやれやれと首を振るゲン。

 

「じゃあ根拠を聞いて回ろうか、色々と愉快なお話があるからね」

 

そう言って桜子とゲンは皆に聞いて回るのだった。

 

 

「ああ、あの時の話か。かなり驚いたからな、よく覚えているぞ」

 

ゲンがお願いすると少し考えた後、大樹はそう言って話をし始めた。

 

証言者 大樹

 

あの時は、桜子に頼まれた米がようやく見つかったので届けに行くところだったんだ。

その途中で千空に会ってな、確かこう聞かれたんだ。

 

「おい、デカブツ。そいつは米で桜子に届けるんだな?」

 

その通りだったからな、そうだぞと答えたんだ。

そしたらちょっと待ってろと言われてな、いろんな設計図を渡されたんだ。

何か分からなかったから聞いたんだが、

 

「桜子に渡しゃあいい」

 

としか言わなくてな、米と一緒に渡したんだが……桜子、あれは結局なんだったんだ?

 

証言終了

 

「あれは唐箕とかの精米用の設計図と麹小屋の見取り図ね」

「麹? 何に使うのそれ」

「味噌とか日本酒とかに。受け取った時説明されてなかったんだ、千空が説明したものだと……」

「何も説明書きが無かったから、何が何だか俺にはさっぱり分からなかったぞ」

 

大樹の言葉にてへへと誤魔化すように笑う桜子、何の説明もなく動かす事にバツが悪いのだ。

 

「千空ちゃんにお願いしてたわけじゃないでしょ、その設計図とか」

 

そこにゲンからの指摘が飛び固まってしまった。

そうだ、麹を作ると言っていたわけではないのだ。

完全に行動を読まれている証拠がいきなり出てきた形である。

 

「と、特に隠してたわけじゃないし、千空ならそれぐらい予想できても不思議じゃないもの」

「じゃあ次に行こっか。あ、大樹ちゃんも一緒にどう?」

 

 

「えっと、千空くんと桜子ちゃんの関係をどう思うかっていう事でいいのかな?」

「うーん、どちらかというとそう思うようになった出来事の方かな」

「それならあの事だね」

 

証言者 杠

 

あの日は私と桜子ちゃんで服を作っていたのね。

そこへ千空くんが来て、こういう会話を交わしてたの。

 

「おい、あれは?」

「そこの逆側の壁ー」

「おう、……桜子、三枚目は?」

「上に無いなら、もしかしたら甕の下敷きかな」

「ああ、あったあった。あんがとよ」

 

ちなみに、ここまでの会話中桜子ちゃんは千空くんの方向いてません。

何であれで通じてるの?

 

証言終了

 

「船の設計図頼まれてたんだけど、その時はいつもと逆側に置いちゃってたの。

だから逆側って言っただけなんだけど、後は番号振っといたから三枚目が抜けてるって気づいたんだと思う」

「何で千空ちゃんといつもので通じてるのか、ってところを知りたいんだと思うよ」

 

ゲンのツッコミに首を傾げる桜子。

 

「えっと、何でって言われても……千空って合理的に動くじゃない?

だから目的を把握しとけば大体想像できない? 決まった動きした方が効率的だし」

「ルール通りにやってるだけって事?」

「そうそう、それだけのことよ」

「逆に言えばルール通りに動くって把握されてる訳だね、つまりいつもと違う行動すると気づかれやすいって事」

「せ、千空が先回りしてるだけだもの、大樹も千空相手に経験あるよね?」

「いや、千空は俺相手にはそんな風にした事はないな。

どう動いて欲しいかはしっかり説明してくれるぞ。俺が理解できんと思った時は好きに動けと言うしな」

 

隠し事が無理な理由がまた出てきた訳である。

 

「い、意識して動けば大丈夫だもん……!」

「そう? じゃあ次行こうか。杠ちゃんも一緒に来てくれる?」

 

 

「桜子が千空に隠し事ができないと理解させたい訳か。分かった、俺も無理だと思うから協力しよう」

「二つ返事で了承しないで!?」

「さっすが司ちゃん、よく二人を見てるね」

「よく見なくても少し関われば分かるさ、まあそうなったのは皆が村に合流してからだけどね」

 

証言者 司

 

俺が歴史の授業を度々桜子から受けているのは知っているだろう?

ある時途中で中断する事になって宿題という形になったんだ。

そう、宗教とは何かという授業の時さ。

宗教とは何かという問題に頭を抱えていたんだが、千空が相談に乗ってくれてね。

その時の千空の話がこうさ。

 

「あー、多分こうだな。宗教ってなあ生き方だ、どうすりゃあ上手く生きていけるのかって事を学ぶ学問であり、研究する哲学であり、人間って奴を調べる科学な訳だ」

 

正直面食らったよ、宗教と科学なんて水と油みたいなイメージだったからね。

当然聞いたさ、宗教が科学ってどういう意味なんだい、ってね。

 

「広義の体系化された知識や経験の総称って意味でも、狭義の科学的手法に基づく学術的な知識、学問って意味でも通じるだろうが。ま、俺自身アイツから話を聞くまで全く考えてなかった事だがな。

具体例挙げんなら豚や鱗のない魚を食うなってのは食中毒防止、牛食うなってのは労働力の低下防止、酒飲むなってのは酔って暴れて炎天下で寝こけて死ぬのの防止だな」

 

後精進料理は社会的立場を守るために事前に暴れる元気を無くさせるためとも言ってたね。

ほぼそのままを宿題の答えとして出したら100点と言われたよ。

桜子が挙げた具体例は……7つの大罪だったかな? あれも成る程と思わされたよ。

 

証言終了

 

「7つの大罪って傲慢とかの漫画とか御用達のアレ? あれって何か実生活に影響あるの?」

「7つに共通する事ってどれも溺れやすい感情っていう事なの、完全に無いと人間でいられないけどありすぎてもダメっていう奴なのよね。傲慢は多過ぎなければ誇りになるし、理不尽や過ちに対して怒らないのはダメだし、怠惰を求めて勤勉に至るのが人間だから技術の進歩がなくなるし、嫉妬する感情がゼロだったら他人に対して無関心だし向上心もろくに出てこないだろうし」

「暴食や色欲は言わずもがな、そしてどれも過ぎれば身の破滅をもたらす……だったね」

「うん、その時確かにそう言ったけど……千空に宗教絡みの話したかなあ」

 

真剣に悩む桜子、そのあたり本当に言っていないのだ。

言った記憶を探して唸り始める桜子にきっかけを与えたのはゲンの一言だった。

 

「豆知識とか雑学自慢みたいに話した事はないの? 千空ちゃんならそこから推理できるかも」

「豚が禁止な理由に関しては言ってた……けど、豚禁止はきっと暑い地域だと火を通し切らずに食べてたから、じゃないかなあって言ったぐらいなんだけど。後は人間が作ったものは全て人間が幸せを得るためとは言ったよ」

「つまり、千空はそれをきっかけに宗教に関して桜子がどう考えるかを当てたわけかい?」

 

そんな無茶な、とは思ったが誰からも否定の声が上がらない。

千空ならやりかねない、そう言う共通認識があるという事だろう。

 

「うん、後で千空ちゃんに直接聞こうか、この件は。とりあえず次に行こうよ、司ちゃんも気になるなら一緒にどう?」

 

 

「桜子が千空に隠し事できるかって? 無理じゃねえか?」

「どうして皆無理って即答するの!?」

「あれ見せられたら、なあ?」

「どんな感じだったか教えてくれる? クロムちゃん」

 

証言者 クロム

 

サルファ剤作り二回目の時だったなありゃ、千空に前回のおさらいとして作成手順を説明してもらってたんだよ。

その時の桜子の動きがよ、なんつーのかな、物の用意が手早すぎてヤベーんだ。

おう、もちろんそれだけだったら桜子がスゲーだけだよな。

だけど、よーく観察してると気づいたんだよ。

何にかって? 千空の説明が桜子の動きに合わせてるってことにだよ。

例えばだ、桜子が次に使うクロロ硫酸下ろすのに手間取ってたりするだろ?

そうするとこういう質問が飛んでくんだ。

 

「今できたのがアセトアニリドだが、こいつにクロロ硫酸を混ぜるとできんのは何か覚えてんな?」

 

当然まだ覚えてねえから何だっけって考えるだろ?

で、桜子がクロロ硫酸下ろしたぐらいに答えを教えてくれんだよ。

千空の奴、必要な物を桜子が用意終えてから次の話を始めてやがったんだ!

 

証言終了

 

まさかそんな事は無いだろうとゲンと司は苦笑するが、他の3人は違う反応を見せていた。

 

「……高校の科学部をさ、入学から一か月ちょっとでガラリと変えてたよね、千空くん」

「ああ、小学校の授業中別の事をやりすぎて怒られた後、他人がどう感じどう行動するのかを調べたと言っていたぞ」

 

杠が真顔で呟き、大樹がそれが出来た原因の心当たりを話す。

 

「高校の部をどうしたのかな、軽く教えてくれる?」

 

ゲンはそんな二人の反応に訝しみつつ聞いてみた。

 

「高校の科学部がな、ダラダラと過ごすだけの集団だったんだが……千空はその中に飛び込んで受け入れられた上で、科学の楽しさに目覚めさせてみせたんだ。それもあちらの方から自発的な形でだ」

 

ちょっと意味がわからない。

わずか一か月でその成果は普通出せるものではない。

 

「まあでも、千空ちゃんならあり得るのかねえ? で、その洞察力を今は一人に向けてる訳だ」

 

そこまでされては誤魔化せる人物は本当に数えるほどしかいないだろう。

ましてや桜子は対人経験が悲しくなるほど少ない、結果は推して知るべしである。

 

「あの時ちょいちょいクロムに問題出してたの時間調整のためだったのね。

通りで物が取りにくい時とかでも間に合ってた訳だ、役立つより気を遣わせる方だったとは……」

 

桜子もさすがにこの結果は想像しておらずかなり凹んでいるようだ。

うなだれている頭を杠に撫でられ、されるがままになっている。

 

「それで桜子ちゃん? 千空ちゃんへの隠し事は諦めてくれた?」

 

桜子は力なく頷き、そのまま杠に抱きついてしばらくの間慰められるのであった。

 

 

桜子を納得させた後一人ゲンは千空の元に来ていた。

 

「ご注文通り桜子ちゃんに隠し事させないようにしといたよ、千空ちゃん」

 

そして堂々と彼女の望みと真逆の結果をもたらした事を告げる。

当然他に誰もいないことは確認しているが、誰かに聞かれれば驚愕のあまり声も出ないかもしれない。

なにせゲンは情報を与えない方法はしっかりと教えていたし、先程も親身になっていたようにしか見えなかったからだ。

 

「おー、手間かけさせて悪いな。そこに報酬のコーラは置いてあんぜ」

「ふふっ、本当にこのストーンワールドで作っちゃうんだもんねえ。千空ちゃんについて正解だねえ」

「別にあのもやしをいじめたい訳じゃねえんだから悪い事してるみたいに言うのはやめろ、第一大部分がテメエの発案だろうが」

「ま、そうなんだけどね。で、も、そう望んだのは千空ちゃんだし、発案にOK出したのも千空ちゃん自身だよ」

 

いつもの調子で悪びれもせずに言ったが、もし桜子に聞かれたりしたら問い詰められる事請け合いである。

事実としてゲンに依頼したのは千空であるし、半ば騙すような形になる提案をのんだのは千空だ。

だから、ゲンの言葉にも一つ舌打ちするだけで手元の作業に集中しようとした。

 

「で、千空ちゃん、理由聞いてもいい? そこまでしちゃう理由を、さ」

 

だが、ゲンはまだ会話を続けるつもりのようだ。

千空はため息を一つつき、質問に答える。

 

「あんな生まれたての赤ん坊より不安定で目の離せない奴に、コソコソされたらたまんねえってだけだよ」

「ふうん、ほっといたらよかったんじゃない?」

「ほっとくにゃあ有用性が高すぎんだ、手がかかりすぎるが死なすにゃ惜しいんだよ。あいつの知識も能力も」

 

千空の答えにゲンはニヤニヤと笑う、『ツンデレ乙』とでも言いたげに。

 

「ツンデレだねえ」

 

いや、実際口に出した。

 

「その露悪癖やめろ、大体村ん中じゃテメエが言われる方だろうが」

「そうだねえ、まったく困っちゃう話だよ。で、本当の理由は?」

 

心底嫌そうな顔で千空が反撃するがゲンは堪えた様子もない。

千空は観念したようにゲンへと向き直り、言うつもりのなかった方の理由を口にした。

 

「ガキみてえな外見と中身で必死にこっちを助けようとしてる姿に保護責任を感じてんだよ。

百夜もこんな気分だったのか、なんて柄でもねえ事考えながらな。これで満足か? 偽悪趣味のツンデレメンタリスト」

 

超絶不機嫌な表情で嫌そうにそう口にする千空。

逆にゲンは満足そうだ、その証拠に声が弾んでいる。

 

「うんうん、一足早く父親の気持ちになっちゃったって訳だねえ。

大樹ちゃんより早く味わうなんて石化前は想像もできなかったんじゃない?」

「けっ、言ってろ」

 

ゲンのからかいに捨て台詞を吐き捨てて作業に戻る千空。

千空の手元の紙には何やら計算式や投薬量などといった文字が見える。

 

「それは確かルリちゃんだっけ? 巫女さんのカルテだよね」

「ああ、つっても医者じゃねえから体重から計算して投薬量決めるのと、現在の症状を素人が見たもんそのまま書いただけのもんだがな」

「見た感じだいぶ良くなってるんじゃない? 俺も素人だから分かんないけど」

「念のため大丈夫そうになってもしばらくは飲ませるつもりだけどな、投薬やめてしばらくたっても再発しないようなら完治したとみていいはずだろ」

「完治したらいよいよ百物語を聞いていくんだっけ?」

「ああ、百夜の奴が残した情報がどんなもんか聞かせてもらうつもりだ。

どんな話が聞けんのか楽しみじゃねえか、唆るぜこれはよ」

 

そう言って不敵に笑う千空。

その目には彼の言葉通り多大なる好奇心と、ほんの少しだけ懐かしさと淋しさが宿っているのだった。

 

 



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皆少しずつ変わっていく

ルリの病状が大分改善されて咳もほぼ無くなり、投薬を止めて様子を見てみようとなったのは秋も深まり冬の気配を感じる頃になってからだった。

 

「なあ、千空。なんで薬を飲ませ続けない方がいいんだ?」

「生き物を叩き続けりゃそのうち叩いても効かなくなんだろ、それと一緒だ」

「あー、病気ってのは目に見えねえちっさい生き物みたいな奴が悪さしてるから、だったけか。

だから、慣れさせねえようにずうっとじゃなくヤベー時だけ使う訳か」

 

そして、ジッと村長宅を見つめて感慨深げに呟いた。

 

「やっとルリの病気をぶっ倒せんだよな」

「まだまだ油断できる状況じゃねえがな、ルリに関しちゃそう言っていいんじゃねえか?」

「今桜子がルリを診てんだよな、どんな感じって言ってたんだ?」

「大分良くなっていて完治と言えるんじゃないか、つってたな。

アイツも素人でしかねえからな、コハクとの差から判断してるらしいが、まあ信頼していいだろ。

他の判断基準が出せる訳でもねえし、……あるっちゃあるが、ダメだったら取り返しつかねえしな。

確証なしでとりあえず動いてみて、大丈夫かどうか観察するってのは」

「それって人体実験って言わねえか? もしくは最終手段ってよお」

「そうとも言うな。ま、そんな手段を使わずに済んで何よりってとこだな」

「ああ、本当に何よりだ」

 

二人でそのまましばらくの間村長宅を見つめていたが、やがて自分達の作業に戻っていくのだった。

 

 

ルリの背中に当てていた聴診器を外し、桜子は不自然な体勢と集中による緊張で固まった首を動かす。

そうするとコキコキという音がして、そこから自身の緊張っぷりを感じとり心の中で苦笑する。

そうやって少し力を抜いてから固唾を呑んで待つルリとコハクに診断結果を告げた。

 

「経過は順調、千空も言ってたけど投薬をやめてしばらく様子見で。

数日、まあ5日も見れば大丈夫じゃないかな? その間再発しなければ完治ということで」

「ルリ姉はもう大丈夫という事だな? もういつ死ぬかと怯える必要はないのだな?」

「100億%……とは言えないけど、大丈夫って太鼓判は押せるよ。もう大丈夫、至って健康体です!」

 

桜子のその言葉に感極まったのかルリに抱きつくコハク。

互いの名前を呼びながら歓喜の涙をこぼし抱き合う二人。

それを見る桜子の瞳にも薄く涙が光る。

 

「本当に、本当にありがとうございます。皆さんが来て下さらなかったら私今ごろ……」

「ルリさんが必死に生きようとしてたからですし、コハクやコクヨウさんが生きていてほしいと頑張り続けたからこそですよ。感謝は十分に受けとってますからお気になさらず」

「だが、君たちがいなかったらルリ姉は命を落としていただろう。その事に改めて感謝をさせてくれ」

「その言葉は千空とかクロムに言ってあげて、あの二人が一番の殊勲者だから」

 

実際問題千空の知識がなければ製造自体が不可能だったろう。

しかし、クロムの収集物が無ければどれくらいかかったか分かったものではない。

 

「冗談抜きでクロムのコレクションがなかったら、年単位で時間追加されてたと思うの」

「それほどか……、私にはただの石ころにしか見えなかったんだがなあ」

「実際石ころではあるからね、それの利用方法を調べ上げた人類の叡智に感謝よね。

そうそう、ルリさんは今後家の中から始めて、大丈夫だったら村の中、村の外、走ってみるっていう感じで段階を踏んで動いていきましょう。それで咳き込んだりしなければ完治、健康体であるという証拠って事で」

「分かりました、私頑張りますね」

「いや、頑張らなくても出来るようになってるかの確認なので……」

 

桜子のツッコミに吹き出すコハク、笑われる形になったルリは少し恥ずかしそうだ。

数ヶ月前では考えられない光景である、それをもたらす一助になれた事に静かな満足を覚える桜子だった。

 

 

「痛えー!! 千切れる! 千切れるから離せコハク!」

「何を言う、私は軽く抓っているだけだぞクロム」

 

ニッコリと笑いながらクロムの手の甲を抓るコハクに叫ぶクロム。

なぜこんな事態になっているのか? それはルリが村の中を歩いているのを見たクロムの言葉から始まった。

ルリが歩く姿を見てクロムが本当に大丈夫なのかと桜子に聞き、桜子はコハクとの比較から大丈夫だろうと答えた。

それにクロムはこう反論したのだ、『コハクはゴリラなんだから比較対象になんねえんじゃねえか?』と。

そして当然いるコハクが聞き咎め、『誰がゴリラか!』と怒りながら拳を振り上げる。

その行動を指差して『やっぱりゴリラじゃねえか!』とクロムが言い出した、まではいつもの流れ。

違うのはそこでコハクが『ならば女性らしく対応しようじゃないか』と言い出した所である。

そしてクロムの腕を掴み、その手の甲をゆっくりと抓りだしたのだ。

そうやってクロムが叫ぶ現在があるのだ。

 

「あー、あん時余計な事言ったせいだなこりゃ。悪いなクロム、まあコハクを挑発したオメーも悪いから諦めてくれ」

「ちょ、助けろよ! イテエ!! 千切れる! マジで千切れるって!!」

「はっはっは、大袈裟だなあクロムは。軽くしか抓っていないぞ私は」

 

コハクだけを見れば本当に力など入れていないように見えるが、よくみるとクロムの手の甲が赤から白に変わっている。

クロムの反応も合わせて見れば実際にはかなりの力がかかっているのだろう。

 

「コ、コハク? それくらいにしてあげない?」

「む、姉者がそういうのでしたら。クロム、優しい姉者に感謝するといいぞ」

 

流石に見かねたルリが一言言うとあっさりコハクは手を離す。

そうしてさっさと歩き去ってしまうコハク。

 

「って、ちょっと待って。なんで去ってくの、ルリさんを見てる人がいなくなるでしょうが」

「ん? ああ、大丈夫だとも。私は少々用事を思い出したから行かねばならんが、親切な鉢巻をつけた男がきっと見ていてくれるに違いない。なあ、鉢巻の男よ」

「いや、なんでだよ! 意味分かんねーっての」

「さあ、行こうか桜子に千空よ。君たち二人にも手伝ってもらわねばだからな」

「何をだよ、つうか引きずんな、わーった、わーったから歩くから引きずんじゃねえよ」

「こういう時は無駄に抵抗しない方が楽よ千空ー」

 

クロムの突っ込みも聞かず、コハクは千空と桜子を引っ張っていってしまう。

千空の抵抗も物ともせずに二人を連れていく姿は無駄に雄々しい。

結局桜子の諦めた声だけを残しクロムとルリの二人だけになってしまった。

 

「ったく、何考えてんだコハクの奴。訳分かんねえぞ」

「そう、ですね、分からないですね。……ねえ、クロム? お父様が迎えに来るまで一緒にいてもらってもいいかしら」

「ん? ああ、もちろん。ルリを一人だけにするわきゃねえだろ、ついでだから超ヤベー俺らの活躍話聞かせてやるよ!」

「ふふっ、是非お願いしますね」

 

 

「あの二人だけにしたいからって強引すぎじゃない?」

「こうでもしないと二人だけという状況なぞ望めんからな、なに、しばらくしたら迎えに行くさ」

「んじゃあ俺らは解散でいいな? やるべき事は山積みだかんな、時間があるならやっといた方がいい」

 

そう言って千空が立ち上がるが、コハクの手によって再度座らされた。

 

「んだよ、あそこから引っ張ってきたんだからそれで用事は終わりだろうが。それとも他に何か用事があんのかよ」

「ああ、あるとも。御前試合の話は聞いているな?」

「ルリの旦那と村長決めのバトル大会だろ? 俺は興味ねえから関わる気ねえぞ」

 

そう言ってどうでも良さげに耳をほじる千空。

対してコハクの目は真剣そのもの、なんとしてでも協力させる気満々であった。

 

「桜子が言っていたが、クロムのコレクションが無ければ、ルリ姉を治すのに時間はもっと必要だったな?」

「まあそうだな、磁石もそうだし、銀もなきゃヤベエ事になったろうし、銅や鋼玉もなきゃ不便だったろうし……ガチで年単位でかかったろうな」

 

千空の言葉に我が意を得たりとばかりに何回も頷くコハク。

そして桜子の方を向き確認する。

 

「桜子が見た時ルリ姉はかなりまずい状況で一年もつかも分からない状態だった、そうだな?」

「まあ、うん、高熱も出た時があったっていう話だし、喘鳴も出てたし、素人目にも顔色悪くて、いつ死んでもおかしくないんじゃって思ったわ」

 

さらに深く頷き、そして大げさに両手を広げ高らかに叫ぶ。

 

「つまり、ルリ姉の命を救ったのはクロムだと言っても過言ではないわけだ!」

「まあそうね……」

「大きなファクターであるのは間違いねえな……」

「なのにだ、最大の功労者に報いず、ただ自分のためだけに強くなろうとしていた輩にルリ姉を、村長の座を渡していいだろうか!? 絶対に否だ! 私にはそんな事承服できん!」

「おい、なんでこの雌ライオンはこんなにヒートアップしてんだ」

 

ガオーと吠え猛るコハクを横目に見つつ、千空は桜子を追求する。

なぜか? それは桜子が心当たりがありそうな様子でアチャーという顔をしていたからだ。

実際心当たりがある桜子はすぐに白状した。

 

「いくつか幼馴染と結ばれるような漫画や小説の話を聞かせました!」

「よーし、よく正直に言ったなこの馬鹿野郎。どうすんだよこの暴走機関車を、ちょっとやそっとじゃ止まんねえぞ?」

「桜子は悪くないぞ、私が勝手にルリ姉にもそんな幸せを手にしてほしいと思っただけだからな」

 

二人にそう語るコハクは無駄にいい笑顔である。

いつ死んでもおかしくなかった姉がそれを覆し、幸せを掴めるかもしれない事でハイになっているのだろう。

ついていけずにげんなりとなる二人。

 

「とりあえず、あの二人をくっつけたいのは分かったけど、私達に何をさせたいの?

御前試合なら司を放り込めばそれで十分でしょ、それとも司の説得の手伝いでも必要なの?」

 

桜子がそう言うとコハクはピタリと停止した。

そして少し固い声でそれを否定する。

 

「……いや、司には御前試合に参加しないでもらうつもりだ」

 

桜子に背を向けたコハクの表情は二人には見えない。

 

「へ? なんで? 司なら全員蹴散らせるでしょ、それで決勝で棄権すればそれで終わりじゃない?」

「なんとなくだ。そうだ、あれだな、村人でもないのに神聖な御前試合に参加させるわけにもいかないだろう」

 

うんうんと頷く後ろ姿に桜子はただ困惑するばかりだ。

 

「んなこたどうでもいいからとっとと本題に入れや、俺らに何させてえんだよ」

 

一方千空はどうでも良さげに本題に入るよう要求した。

 

「おお、そうだな! 御前試合でクロムを優勝させる手伝いをして欲しいのだ。

幸いにもルールに女性の参加禁止は書いていないからな、私がマグマと金狼を負かせばいい。

だがその前にクロムが負けては意味がないからな、そこをどうにかしたいのだ」

 

渡りに船とばかりに説明を始めるコハク。

求めるものが示された、それだけで二人の頭は動き出す。

 

「クロムに勝たせる方法……ねえ」

「とりあえずルールは?」

「鋭利な武器、飛び道具、外野からの攻撃禁止」

「一発限りの反則になるが相手側に立っての外野乱入もありか……」

「ジャスパーさんが審判だけど?」

「無理だな、ってなるともろもろ足りねえもんがあるな……マグネシウムと爆鳴気にCNガスくらいか?」

「にがりと電気と鹿の膀胱と、後は?」

「ベンゼンとアルミニウムだな、ボーキサイトなんてあいつのコレクションにあったか?」

「さすがになかったね、スカルン鉱床でとれる?」

「ありゃ岩石で鉱物ではねえから無理だろ、前二つでどうにかしてもらうか? どっかに埋まってねえかな……」

「ベンゼンはどうやって?」

「石炭蒸し焼きでできるからこれからの季節丁度いいだろ」

 

ポンポンと会話が交わされ必要な物がリストアップされていく。

これだからこそこの二人に頼ったのだ、これであとはクロムの根性さえ足りればきっとルリ姉の幸せは成るだろう。

そして、ふと疑問が出てきたので桜子に聞いてみた。

 

「そういえば漫画では御前試合が終わってから千空が村に来たらしいが……、誰が優勝してルリ姉の夫になったのだ?」

「……これももう起こんないだろうから、話しちゃっていいか」

 

その質問に何とも言えない表情を浮かべながらつぶやいた後、桜子はそっとコハクと千空を指さした。

さっぱりわからない様子のコハクに対し、多少の想像がついた千空は嫌そうな顔で答え合わせを求める。

 

「コハク優勝でもう一回御前試合やる羽目になった、でその二回目で俺が優勝か?」

「正かーい! さっすが千空、どう推理したか聞いてもいい?」

 

乾いた笑いをふりまきながら桜子がやけっぱち気味に言う。

 

「旦那が俺になる条件がそれぐらいしかねえだろうが、一回目がおじゃんになるぐらいしかよお。

で、おじゃんになったまんまじゃいらんねえだろうが、後は当然の帰結だ」

 

かなり顔を引きつらせながら絞り出すような声で呻く千空。

 

「その辺りの流れ後で詳しく聞かせろ。つーか、なんで俺が優勝してんだ、クロムじゃなきゃ金狼かマグマだろうが」

「マグマと金狼が潰しあった結果、かな? 後は数奇な運命をたどって」

 

あっけらかんと言い放つ桜子にどうしてくれようかとにらむ千空。

片手間に話を聞くだけでは理解しきれなそうだと判断し仕切り直すことにした。

 

「前半は分かるが後半がさっぱりだな。そろそろ戻ってルリを家に戻す時間だろ、ルリの奴を送り届けたら漫画の御前試合の様子全部話せ、いいな?」

「別にいいけど、なんでそんなに気にしてるの?」

「別世界とはいえ自分が結婚してるとか気にならねえわけねえだろうが、なんで離婚とかしてねえんだよ漫画の俺は」

 

正直桜子としては何を気にしているのか分からずにいた。

しかし千空の最後のつぶやきでようやく得心がいった。

何のことはない、今の自分と違い過ぎて戸惑っていたのだと。

 

「あ、そこかあ。別にルリさんに惹かれたからとかじゃなくて、成り行きで結婚しただけだよ。

その後酒盛り強制参加を逃れるためだけに離婚してたし」

「それを早く言えこのド天然もやし!」

 

千空にとって一番重要な部分を隠されていた形である、思わず手が出たとしても仕方ない事だろう。

殴られた方としては理不尽極まりないだろうが。

 

「いった~! どうせ漫画の話で現実じゃないんだから気にすることないじゃん」

「うるせえ、とっととクロム達のとこ戻んぞ!」

「わっ、待ってよ、ちょっと」

 

痛みで涙がにじむ目でにらむがもう千空はルリとクロムがいる方へ戻り出していた。

慌ててついていく桜子、一方コハクは疑問を聞いた直後ぐらいから置いてけぼり状態だった。

 

「何故千空はあんなに焦っていたのだ? 何か悪いことを聞いてしまっただろうか……?

やはり友人の思い人を奪う形になるのは我慢できないという事か? 分からん……」

 

そこまでつぶやき先に行く二人をコハクは追いかけるのであった。

 

 




おまけ:なんでコクヨウさんいないの?

「コクヨウのおっさんなんでルリの付き添いにいねえんだ?」
「その、私が少しふらつくたびに駆け寄るので邪魔だとコハクと桜子さんに追い出されまして……」
「あー、なるほど。おっさんらしいわ」


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受け継がれてきた物、受け継ぐ者

やっと忙しい時期を抜けてくれました。
なので来週からは週2更新予定です。


ルリの肺炎が完治しているかどうか様子見を始めて数日、今日は最終確認として村の外で歩いたり、少しだけ走ったりしていた。

そして、少し程度では全く息も切れず、喘鳴も咳込みもしないのを確認し、完治といっていいと伝えられた皆は静かに歓喜の涙を流していた。

 

「ルリよ、ルリよぉ……!」

「父上、泣きすぎだ、身体中の水分が抜けてしまうぞ」

「そういうコハクだって泣いてんじゃねえかよ、……気持ちは分かるし、当たり前だろうけどよ」

 

そう言うクロム自身も達成感や安堵などの様々な感情が混じり合いその目は少し潤んでいる。

そう自覚したクロムは涙を見せたくないという男の意地で、一回首を大きく振ると乱暴に目を拭った。

 

「あんがとな千空、桜子。オメーらがいなきゃルリは助けらんなかった。

上手く言葉になんねえけどよ、すっげー感謝してる」

 

そして改めて千空達へと頭を下げる。

 

「はっ、オメーの頑張りが実を成しただけだ、そこまで畏まる必要はねえよ」

「私は千空の手伝いしただけだから気にしなくていいよ」

 

それに対し鷹揚に気にするなという二人。

と、そう言った後突然千空が悪い笑みを浮かべ言い出した。

 

「だが、感謝してるっつーならたっぷりそれを払ってもらおうじゃねえか、テメーの体でな」

「……ああ、いくらでも払ってやんよ! どんなもんでも見つけてやるし、どんなキツイ事でもこなしてやるぜ!」

 

その物言いに一瞬呆けるクロム、直後噴き出しながら了解の返事を返した。

噴き出されたことに訝しむ千空とそんな彼を見て笑うクロムと桜子。

そんな千空の所へルリがゆっくりと近づいてきた。

 

「ようやくお会いできました、私達はずっと貴方を待っていたのです。

幾千の時を超えてきっと貴方が来られると信じて……聞いていただけますか?

悠久の遥か昔から伝えられて来た、貴方に向けられた思いの数々を」

「……ああ、聞かせてくれ、百夜が残したもんをよ」

 

ルリはそっと頷き言葉を紡ぐ。

百夜から千空へのメッセージ、その最初の言葉、物語の名を。

 

「百物語その百、題名は『石神千空』……貴方のお父様が残した物語、その最後の物語は貴方の事、そして貴方に伝えるべきメッセージです」

 

それを聞いた千空は静かに空を仰ぐ。

予想はしていた、百夜なら百物語の中にそういうものを残すだろうと。

だが、残す事しか出来なかった……そういう事でもあるのだと、その意味を噛みしめる。

 

「……千空、ここで聞くより落ち着ける場所で聞いた方がいいよ。

ここからなら千空達の家が一番近いでしょ、そこでゆっくり話を聞くといいと思う」

「ああ、そうだな。そこが一番近いからそれが合理的か……、で、何を企んでんだ?」

「ルリさんが話の後で案内する場所が村の外ってだけ、周辺にあるものはあらかたチェックしてるし、私」

 

桜子のセリフの後半はルリに向けてのものだ。

こう言っておけば勝手に納得してくれて漫画知識を話す必要がないのである。

それで納得される程度には彼女は村に溶け込んでいる。

 

「それじゃ、ルリさんと千空以外は撤収、撤収、やる事はたくさんあるんだからねー」

 

そう言って桜子は皆を連れてさっさと行ってしまった。

 

「ったく、変な気の遣い方しやがって。下手くそ過ぎて苦笑しか出ねえっての」

「ふふっ、とても仲が良いのですね。まるでご兄妹のようです」

「あれと兄妹とか冗談じゃねえぞ、どんだけ苦労させられるか分かったもんじゃねえ」

 

ルリが二人の仲がとても微笑ましいというように笑いながらいうと、千空はげんなりと返す。

 

「俺らの家はすぐそこだ、そこでゆっくり聞かせてくれ。百夜からのメッセージをな」

 

 

「えええ! じゃあ千空は今自分の家でルリちゃんと二人きりなのお! 羨ましいぃぃー!」

「銀狼……誰もが自分と同じと思うんじゃない、千空はそういうものは全く興味がないぞ」

 

村まで戻ったコクヨウとコハクにルリの体はどうだったかと聞き、一通りの説明をされた金狼と銀狼。

今なぜ一緒に戻ってきていないのかの説明をされての第一声が先程の雄叫びだ。

呆れながら銀狼を注意する金狼に内心同意するコハクだったが、ふと気づく。

父コクヨウが千空がルリと二人だけになる状況をなぜか許容している事に。

 

「父上、姉者と千空を二人だけにしてよかったのか? 銀狼ではあるまいし変なことにはならないだろうが」

「む? ああ、その事か。問題ない、ジャスパーとターコイズにはついていき入り口の前で待っているように言ってある、万一の事態が起きても対処するであろう。まあ、起こらんだろうと思うが」

「意外と千空を信頼しているのだな、父上は。いつの間にそこまで信頼を置いたのだ?」

 

余所者が村に入り込むなど春頃にはかけらも許さない筈だった。

そんな父の変化に少し戸惑い疑問がつい口から飛び出す。

 

「コハクよ、元々お主が連れて来たのだろうが。その頃からワシはあやつに信を置いておるよ。

ああ、分かっておる、ルリを心配しないかという意味であろう?

実はな、クロムや大樹に子作りの事を教えた時にあやつにも教える事になってな。

あやつは心底迷惑そうな顔であっさりと覚えてみせたのだよ。

その理由が『覚えなかったら延々と聞く羽目になるから』だそうだ」

 

苦笑しながらその方面で千空を信頼する理由を話すコクヨウ。

千空らしいとコハク達も苦笑いだ。

 

「クロムといえば、一緒には戻らなかったのか?」

「ああ、倉庫前の方でカセキと一緒に何やら準備があるそうだぞ。桜子もそちらだ」

 

ちなみに私は花嫁修行だな、といったコハクに思わず吹き出した銀狼はアイアンクローをもらった。

その発言に金狼は割と納得し、コクヨウは感動していたそうな。

 

 

一方クロムらは倉庫前で電球作りをしていた。

 

「こんなに大量に作って何すんだよ、探検用なら三つか四つで十分じゃねえか?」

「夜間の明かり確保用がメインで、サブとしてちょっとしたイベント用よ。

もう年末近いからやろうと思ってね、そのイベントの意味分かるの復活者組だけだけど」

「夜に明るいって寝れなくねえか?」

「旧世界だと昼に寝て夜働く人もいたから大丈夫よ」

 

睡眠時間を気にするクロムにもっと酷い事実を突きつける桜子。

 

「出来るからって普通やらねえ事をさらっと出すよな、お前や千空って」

「時差の話と通信技術に関しては話したでしょ? 地球の裏側の人と仕事する時とかに必要なの」

 

若干引き気味にツッコむクロムに心外とばかりに口を尖らせる桜子。

無論他のケース、二十四時間動かし続ける工場などは意図的に無視している。

 

「ああ〜、なるほどなあ。やっぱ旧世界って凄えんだなあ。

で、いつか作るんだろ? そのツーシンってやつを」

「タイミングをどうするのかって話はまだしてないけどね、どうしたって必要になる物だから通信機は作るよ。

WHYマンがどう動くのか分からないから慎重にすべきだろうけど」

「石化現象の犯人かもって話だよなあ、でもよお、そんな長生き出来んのかよ? ソレが起こったのって3700年前なんだろ?」

「その子孫っていうのが妥当な線だと思うよ、電波を捉える事が出来る技術力があるぐらいしか分かんないけどね」

 

現状ではよく分からないという事しか分かっていないのだ。

分かんねえ相手を気にしてこっちの手筋を縛るなんぞ馬鹿のする事だ、とは千空の言い草である。

それに、

 

「こっちの様子があちらにバレていない、って思うのは楽観が過ぎるしね」

「ああ、空の上から見てるかもって話か。想像つかねえなあ、鳥より高く飛ぶなんて」

「旧世界だってそこまで身近じゃなかったよ、まあその気になれば誰でもやれる範囲だったけどね」

「ヤベーよな、旧世界って。……おし、休憩終わり! ガンガンやってこうぜ、旧世界に追いつくためにもよ!」

「うん? もう旧世界の話は終わりかの? 面白いからもうちっといろんな道具の事聞きたいんじゃが」

「いつでも話せるよカセキさん、だからさっさと作っちゃお。

夜間の明かりが確保できれば夜に話せるからね、それからでもいいでしょ?」

「そうじゃな、じゃあもうひと頑張りしちゃおうかのう!」

 

そう言ってクロムとカセキがガラス窯に火を入れるために動き出す。

それを横目に桜子は何かを手提げ袋に詰めていた。

 

「ん? 何してんだ桜子? 早く作業しちまおうぜ」

「あー、うん、ちょっと雨が降るかもだから、その用意してるの」

「雨? 今日降るか? 晴れまくってんぞ」

 

そのクロムの疑問に桜子は曖昧に笑うのみであった。

 

 

千空は百物語のその百、千空に宛てた百夜からのメッセージを聞いた後ルリの案内で森の中を歩いていた。

どちらも無言で黙々と歩く事しばし、目的地と思しきそこはほぼ同じぐらいの大きさの石の並ぶ小山のような場所であった。

 

「……ここは村の墓地、そしてあの一番上の物が創始者の物であると伝わっています」

「何千年と経ってんだ、骨一つ残っちゃいねえよ。……先に戻ってくれるか? 少し調べてえからな」

「……分かりました」

 

そっとしておくべき時もある、千空の気持ちがルリにも分かる。

自分も母を亡くした時は酷く悲しんだからだ。

一人だけでその墓石だとは、知らなければ気づかないような無骨な石の固まりを見る。

 

「よお、百夜、そっちの気持ちも今ならちったあ分かる気がすんだ。

心配だったろうさ、だけど、それ以上に信じてくれてたんだろ?

じゃなきゃこんな大量過ぎる土産なんぞ用意しねえもんな、お陰で色々助かってんぜ。

あの馬鹿もやしの面倒を一人で見る必要がねえし、何より人手が足りないってのがほぼねえ。

だから、だからよ、……ゆっくり寝てろや、いや空の上から見てんのか? どっちにしろ心配する必要はねえよ。

……ありがとうだ、親父」

 

何故だろう、色々言わなきゃならない気がして勝手に口から出てきている。

無駄で無意味な筈だ、だって前世なんてものがあると証明されてしまっている。

なら、とっくの昔にここから何処かに行っている筈だ、そして誰かになっている筈だ。

なのに、伝えたくてしょうがない、言いたくて口が止まらない。

だけど、そうやっていつまでも立ち止まっていられない。

だから言いたいことの半分も言わずに、一番言いたいことだけ最後に口にした。

もう行かなければ、頬を伝う熱いものは止めなくては。

自分はリーダーだ、導く立場だ。ただ停滞するだけなんて許されないし、許せない。

それでも、もう少しだけはこうしていよう。

せめて、頬が乾くまで……。

 

 

どれくらい経っただろう、ここに来た時より大分太陽が傾いている。

もう行こう、そう思いやや乱暴に目元をぬぐい前を向く。

 

「テメエの土産確かに受け取った……って言っていいな。

未だなんか残ってんじゃねえか? サプライズが多かったもんな百夜は。

百物語も聞かせてもらうぜ、あれもオメーの残したもんだからな」

 

百夜はきっと最期まで前を向いて進み続けた、そう信じているから自分もそうする。

だから、百夜の残したものは全て受け取る。

だって自分は百夜の自慢の息子だから。

そうして墓石に背を向けて村への道を帰る千空。

 

「あっ、……どう、だった?」

 

帰り道の途中桜子がいた事は予想の範疇だった。

 

「ああ、百夜の残したもん確かに受け取ったよ。んで、オメーはなんでこんなとこにいんだ?」

 

いつも通りを意識して声を出す、あまり弱いところを見せたくないのは男の意地か、相手を気遣う故か。

 

「……雨、降ってたから、濡れてないかなって思って」

 

ずいっと差し出された手提げ袋、反射的に受け取ってしまった。

受け取ってしまったのでついでに中を見ると、タオルっぽいものが一枚。

これは確か、

 

「この間杠と一緒に作ってた奴か?」

「そうだよ、旧世界のとは流石に比べられないけどそれでも吸水性いいんだから」

 

私の髪で実地試験済みだから安心だよ、とはにかむ様に笑う。

 

「そうかよ。だけど、雨なんぞ降ってなかったろうが」

「そうかな、そうかも、それでもいいかな。

……話は変わるけどさ、感情って押し込め続けると固まるんだよね。

硬ーく固まって、心に擦れてずっと痛むの、経験したから知ってるんだ」

 

背を向けながら、まるで独り言の様に呟く。

随分と酷い顔をしているらしい、この対人経験極小なもやしに気遣われるとは。

仕方ない、大樹辺りに見られたらどれだけ大騒ぎされるか分かったものではない。

 

「そうだ、な。やっぱ雨が酷いみてえだ、ちょいと使わせてもらうわ」

 

珍しい気遣いだ、無視するのも悪いだろう。

そういい訳をしてしばしタオルに顔をうずめることにしたのだった。

 

 

「あー、止んだみてえだな」

「うん、止んだみたいだね」

 

少し恥ずかしいと思いながらも声をかければ、なんでもない事の様に返事が返る。

 

「なあ、百夜は漫画ではどんな感じに描かれてたんだ?」

「……実物の方がカッコよかったよ、今思えばだけど。性格は陽気なムードメーカーで、どんな困難にも恐れず立ち向かうリーダーシップの持ち主って感じかな?」

「美化しすぎじゃねえか? 陽気なってより脳天気だしムードメーカーっつーよりか騒がしいって感じだろ」

「私はそう思ったの! そーだ、ソユーズが着水した時の話は聞いてる?」

「あん? 着陸じゃねえのか?」

「やっぱり、自分の活躍を残したりはしてないんだ。一機目の降下がね、失敗してハッチが下向きで着水しちゃったの。それで中の3人を見捨てるしかないって他の皆は思ったんだけど、百夜さんだけは諦めなかったの! 近くの島に降りてそこでボートがあったからそれで救助してみせたんだから」

「百夜らしい無茶だな、ま、せっかく残った貴重な人手だ、いきなり半減なんぞ許容できるもんじゃねえわな」

 

そう実利面でのメリットを口にしているが、誰かを見捨てられない百夜らしい優しさに笑みがこぼれる。

 

「千空とおんなじだよ、やっぱり親子だね」

「血は繋がってないけどな」

「血は水より濃いけど産みの親より育ての親だよ、しっかりお父さんしてたんじゃない?

第一、顔も性格もそっくりで血が繋がってないなんて言われなきゃ分かんないし」

「どこがそっくりだってんだよ、アイツほど楽天家じゃねえぞ」

「仲間を決して見捨てない事と皆んなの中心になれる所、カリスマとでも言えばいいのかな?

信じてついて行きたくなる、ついていけば大丈夫って思わせてくれるんだよね」

 

あまりに真っ直ぐな褒め言葉に頭をかいて紛らわせる。

どこでこんな言い方を覚えたのやら。

 

「ったく、それで負担かけられる方はたまったもんじゃねえよ」

「うん、だから、いつでも誰かに頼ってね。みんな辛い時は助けになりたいって思ってるから」

「……ああ、知ってるよ。オメーじゃあるまいし、わざわざ非合理な事はする気ねえよ」

 

キレイな笑顔でそう言う桜子に釣られて千空も笑みをこぼす。

そうだ、自分は孤独ではない、一人で頑張る必要などどこにもないのだ。

一人でやろうとしてばかりだった奴に教えられた事が何となく悔しくて、子供扱いする様に桜子の頭をポンポンと叩く。

 

「あっ、えへへ〜」

 

ただし、返ってきた反応は思ってたものとは違ったが。

だらしなく笑み崩れる桜子につい素の言葉が口をついて出た。

 

「キモい」

「酷くない? あっ! 手はそのままー!」

「離せこの馬鹿! 俺の手は麻薬発生機か!」

「脳内麻薬の発生に一役かってるよ? 子供扱いされるのも悪くないって思えるぐらい労いが嬉しいの!」

「くそっ、無視が正解だったか」

「ひどーい、もうちょっと撫ででよー」

 

こっちの手を掴んで撫でさせようとする桜子の手を振り払い村へと向かう、桜子がその後を慌ててついて行く。

しばらく無言で歩く二人、もう少しで村が見える辺りで桜子から声がかかった。

 

「調子は戻った?」

 

内心でため息をつく、全くコイツときたら。

 

「道化を演じるのが上手いな、ほとんど素だからか?」

「割とね、嘘じゃないから千空でも分かんないでしょ」

 

皮肉混じりだったのだがむしろ自慢げに返された。

だめだ、やはり本調子ではない。

原因は分かっているのだからさっさと対処すべきだろう。

 

「百物語で重要情報を聞けたからこの後頭脳チームで情報共有だ。

その後で百夜の活躍っぷり聞かせてくれ」

「うん、わかった。それじゃみんなを集めてもらうね」

 

素直に頷き呼びに行く桜子の後ろ姿に心の中だけで感謝を送る。

塞いでた気分は確かに吹き飛んだ、……疲労感はかなり来ているが。

それでもあのまま抱え込み続けるよりかはましだろう。

 

「ため息つかされた分ぐらいは幸運を持ってきてんのかね。

俺の支払い超過な気がするが……まあいいか、トントンってことにしよう」

 

空を見れば夕焼け、話終わる頃には星が出ているだろう。

そしたら久しぶりに夜空を眺めよう、百夜の話を聞きながら。そう何となしに考える千空だった。



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星空の下で

頭脳労働チーム集合という事で集まったのは千空、私、ゲン、司、羽京さんにクロムの6人だ。

氷月はどうしたのかというと、

 

「『一振りの槍でしかない者が多くを知らない方がいいでしょう』だ、そうよ」

「メンドくせえなあ、ったく。司、オメーがアイツに必要だと思った情報は後で話しといてくれ」

「わかった、だが、彼を責めないでくれるかい、千空。氷月は裏切った事がある自分が、集団の中心に近づくのはよくないと思っているだけなんだ」

「わーってるよそんなもん。だからこそメンドくせえんじゃねえか。ったく、誰も気にしやしねえっての」

 

そもそもそんなもん気にしてる場合じゃねえよ、などど愚痴りながら集まったメンバーを見渡す。

 

「んじゃあ聞いてくれ。人類最後の6人になっちまった、人類最新の宇宙飛行士達が残したありがたい情報だ、しっかり頭の中に刻んでくれ」

 

全員を見回し頷くのを見た後千空は話し始めた。

 

「まず石化現象の発生地点は南米の北部地方だ、そして宇宙飛行士達の着陸及び着水地点は本州の南辺りになる。

桜子、漫画で詳細な発生地点と宇宙飛行士達のいた場所の説明はあったか」

「うん、後者は地図にも載らないような小さな島だったから分かんないけど、前者は絵で描いてあったよ。それによるとブラジ……」

 

あれ? ブラジルじゃないぞ、絵で見るとブラジルより北に中心があるっぽいぞ。

これは、

 

「コロンビアかベネズエラかブラジルかな?そのあたりだと思うよ、うん」

「一瞬詰まった理由も言えや、な!?」

「違うの! 隠し事しようとしたんじゃなくて、勘違いしてた事に気づいたの!」

 

絵で見ればブラジルからは少し北の方だ、ってすぐにわかるのに何でブラジルだと思ってたんだろ?

……あ、前世が『南米って言えばブラジルだな』って思ってたからだ。

うわっちゃー、その辺何も疑問に思ってなかった。

 

「前世が南米=ブラジルだったからそのままだったみたい、千空が話聞いた後に話す事にしといて大正解だったね」

「なるほど、桜子の記憶なら間違いはないが、前世は桜子じゃないという事だね。

前世知識を利用する場合は気をつける必要があるね、これは」

「元々別世界線だから確認を怠るつもりはなかったがな、よりいっそう気をつけましょうでいいだろこの件は」

 

その千空の言葉がスイッチだったのか、次の話題にみんなで移り出す。

 

「しかし、南米か。あれだけ大規模な事が起きるものだから、大国のどこかだと思ってたんだけど……」

「どっちにしても船がいるねえ、それも太平洋横断可能な大きい奴が。……船大工できるっけ? カセキちゃんは」

「村の船は大体カセキの爺さんが作ってるぜ。あれよか大きい奴も作れるたあ思うけど、どんぐらいのが必要なんだ?」

「約一万キロを無理なく行けるぐらいの性能の船……かな」

「よく分かんねーけど、ヤベー距離だよな、それ」

「こっからあっちの拠点までのほんの百二十五倍ぐらい、大樹なら一月ぶっ通しでつくぐらいだ、大したことないと思えんだろ?」

「バカヤロウ! 体力魔人の大樹でもまる一月ぶっ通しじゃねえと無理ってことじゃねえか! ヤベーってレベルじゃねえぞ!!」

 

ちなみに全く止まらない計算で一月なので、多分四倍から六倍は余裕でかかると思う。

 

「作る船にしても材質はどうするんだい? 木材だけでは耐久性が厳しいと思うんだが」

「まあなあ、ちょうどいい大木とか見つかると思えねえしなあ。鉄で作ろうにもそんな量は見つかってねえし……、おい、桜子」

「地中レーダーで見つけてたよ、鉱山を」

「鉄量が全く足りてねえから喉から手が出るほどに欲しいなそいつは。必要なのは閃亜鉛鉱だな、他に必須なもんは?」

「真空管の回路にタングステンが、そうじゃないと焼き切れちゃってた」

「灰重石も必要っと、クロム! スカルン鉱床がありそうな洞窟は見つかったか?」

「妙に重い石が近くに転がってて、出てきてる小川が温めな洞窟だろ?

まだ見つけられてねえけど、大体の場所は探したからあるとしたらあそこら辺だろって見当ついてるぜ」

「おし、見つかり次第取りに行くぞ。ついでに銅とかも見つけたら場所を大樹辺りに教えておいてくれ」

「あー、千空ちゃんもついていく感じ?」

「俺じゃねえとブツが分かんねえだろ。桜子やクロムならワンチャン行けるかもだが、クロムは連れてくの確定で俺ともやしの二択じゃ俺だろ」

「じゃあ、見つかっても年明けまでは待ってくれない? 元日の挨拶を千空ちゃんにやってもらうつもりだから」

「ああ? って、そりゃそうか、復活者の代表は俺だもんな。司にやらせたらそのまま司が代表って認識されちまうから……だな?」

「そゆこと、千空ちゃんは気にしないだろうけど司ちゃんは納得しないだろうし、氷月ちゃんもいい顔しないでしょ? ゴーザンちゃん達にもリーダーが誰か認識間違えないでほしいしね」

「挨拶の後すぐに出発すんのは構わねえんだな? じゃあ、クロムは年明けまで……後15日ぐらいまでに見つけられるように頑張ってくれ」

「8日後には電球使うからそれまでに一旦戻ってきてね」

「おうよ、しっかり見つけてくっから任せとけ!」

 

クロムの返事で大体話すべきことが終わったのだろう、千空がもう一度皆を見回す。

 

「おし、今日はもう遅いからな、これで終わっとくぞ。お疲れさんだ、明日からもよろしく頼むぜ」

 

そう声をかけて解散を促すとそれぞれの寝床に引き上げ始める面々。

その中私はみんなが立ち去るのをゆっくり待っていた。

無論、百夜さんの話をするためだ。

 

「んじゃ、行くか」

 

千空がそう言って外へと出ていく。ああ、外で星を見ながら聞くつもりなんだな。

薪とか火種とかチラッと見てたし、広場の真ん中あたりがちょうどよさそうだ。

千空が薪を持ったから私は火種っと。

 

「寒さにも大分強くなったよね、私も千空も」

「ゆっくりと寒くなってったからな、あの雑頭じゃ気づかねえぐらいによ」

「そうだねえ、この間なんて川で水浴びしようとして慌てて杠に引き留められてたよ」

「今の時期は井戸でやってるのに、それに気づかねえってどうなんだよ」

「先客がいたからじゃない? 村の人たちも大樹だったら止めないだろうし」

「あー、ホントいいから早くくっつけって思うわ」

「大樹らしいでしょ、周りからそういうお節介しなきゃ無理じゃない?」

「任せた」

「任されましょう」

 

千空とだと会話があっという間にながれるなあ。

他の人だとちょいちょい説明が必要だったりするからとても楽なんだよね。

やっぱり、千空は頭の回転が一段上だよね。

のちにこのような状態を他人から指摘された時、大変動揺する羽目になるのだが……、この時の私はそんなことは露知らずにすごしていたのだった。

 

 

「それにしてもみんな当たり前みたいに攻め込む気だね」

「一回起こったことだ、もう一回あるかもって思うのは自然だろうよ。

もう一度あったら人類は完全に絶滅だ、それだけは防がなきゃならねえ」

「人類に所属する以上は当然ってことかな? ま、一人だけじゃ生きていけないしね」

「宇宙いってそこで一人で生きてられんなら気にしなそうだなオメーは」

「昔ならね、今はもう無理だよ」

 

先程の情報共有時の皆の意識について軽く話しながら焚火を起こし座る場所を整える。

焚火を挟むようにして座る形は初めての時とおんなじだ。

思えばまだ半年程度しか経っていないのに随分と変わったものである。

復活直前の私に言っても全く信じないだろうなと思える。

 

「何をにやついてんだよ、百夜がどういう風に描かれていたかとっとと話せや」

「はーい、ISSに着いてからでいい?」

「ああ、それでいい。つってもそれ以前の描写なんぞ出てねえだろ?」

「うーん、千空の子供時代とかならいくつかあったかな。

科学実験用の器具をそろえるエピソードとか、宇宙飛行士試験の辺りのエピソードとか。

百夜さん着衣水泳が駄目で一回試験落ちちゃってるんでしょ? それを千空に話したとことか」

「ああ、電極スパルタスーツ作った時か……、懐かしいな、ありゃ結局役に立ちゃしなかったな。

ガキの頃の作品だ、失敗作作っても仕方ねえ。いい経験はさせてもらったけどよ」

 

自嘲気味に笑うけど、懐かしくていい思い出だと表情が語ってる。

ああ、そうだ、

 

「百夜さんが面接試験の時、どんなことを話したかは聞いてる?」

「いや、受かったとしか聞いてねえよ。なんだ、百夜の奴変な事でもしゃべりやがったか?」

 

この辺りのエピソードには百夜さんがどれだけ千空を誇りに思い、愛情を持っていたかわかるから私も大好きになった話だ。

 

「書かれてた事、そのままで話すね。

『千空が俺のために! あんな物まで作ってくれたんだ、そんなもん死んでも泳ぎ切るしかねー。

結果、現に私は今着衣水泳をクリアしてこうして面接までたどり着いている。

私は宇宙飛行士として必ず宇宙へ行く! そして科学の力になる! 今私が千空に返せることはそれだけです……!!』

……以上だよ」

 

ああ、空を見上げちゃった。

焚火の火で千空の顔が赤いのが火のせいかそれとも他の原因かは分かんないや。

 

「次、ISSに着いてからの話は?」

「うん、打ち上げ前からかな? 歌姫のリリアンさんと仲良くなってたみたいなんだよね。

ISSに着いた時、リリアンさんが典型的な傲慢芸能人みたいな態度で入ってくるってネタやってたんだけどね、コテコテ過ぎて百夜さん我慢できずに噴き出しちゃってた」

「百夜だったらそりゃ噴くな、百夜は笑いのツボかなり浅かったからな。

漫才とかTVでやってる時間だとすっげーうるさかったの覚えてるわ」

「そうなんだ、そういえば百物語にもお笑いの話入ってるみたいだよ、百夜さんが考えたネタがいっぱいのお話が」

「夏に聞くにゃちょうどよさそうだな、体感温度がいい感じに下がってよ」

「百物語全部聞こうと思うと長すぎるからね、そこだけ後回しにしてればちょうどそのころになるかも。

で、百夜さんが噴き出したちゃったからリリアンさんもネタ晴らしして普段通りの丁寧な態度に改めたの。

それで緊張ほぐれた雰囲気になって、その後からかい交じりに百夜さんリリアンさんの歌を流してやろうぜっていったりしてたよ。

ほんとに流してたのかは分かんないけど、それのおかげかな? ISSに乗ってた宇宙飛行士の皆って仲のいい感じだったよ」

「悪ノリ大好きだったからな百夜の奴、そういうの大好物だろ」

「後は味噌汁を浮かばせて遊んでたり、栄養ゼリーだけでいいっていうシャミールさんにラーメン食べさせてたりとかしてた」

「おい、味噌汁を浮かばせてた時妙なセリフつけてたんじゃねえだろうな?」

「そうだけど、家でもやってたの?」

「何回か口に入れる寸前で寸劇やられたわ、無視して食ったが、鬱陶しいと思ったのはよく覚えてる」

 

親の悪ふざけする姿って子供には結構ダメージ来るのかな?

上向いてたのが額を押さえて下向いちゃった。

仕方ない、かっこいい場面を語ろうじゃないか。

 

「すぐに降りることを決めたのも石化現象の発生地点を割り出したのも百夜さんだよ、きっとみんなの精神的支柱でもあったんだと思う」

「ほーん、発生地点に関しちゃ意外だな。てっきり他の誰かが割り出したんだと思ってたぜ」

 

他の事には言及しないってことは、そうできるって信じてたってことでいいんだろうな。

わざわざ指摘したりしないけど強く信じてるんだ、百夜さんの、お父さんのことを。

ちょっとうらやましいかな、そういうのって。

 

「後は百物語のメッセージにあったことぐらいかな? それと宝箱の件ともう一つぐらい」

「宝箱はソユーズの事でそのもう一つってのは?」

「んー、もうちょっと話すのは後にしたいな。具体的には御前試合の後ぐらいで」

「それで危険な事やらかすんじゃねえだろうな?」

「ないよ、疑うなら後でゲンに聞いてもらって判断してもらってもいいし」

「俺に聞かせたくないってことでいいんだな? そいつは百夜の残したもん関連のエピソードだろ、がめるとかはねえと信じてやるからいつか必ず聞かせろ、いいな?」

「もちろん、その時が来たら絶対に話すから!」

「楽しみにしとくぜ、んじゃあもう寝るとすっか。明日以降も忙しい日が続くだろうからな」

 

そう言って立ち上がり焚火を消す用の水をとる千空。

あ、そういえば、

 

「リリアンさんの結婚相手とかメッセージに残ってた?」

「あ? 残ってねえが、それがどうしたってんだ?」

「多分百夜さんなんだよね、だからコハクとかは百夜さんとリリアンさんの子孫なの。

ニッキーさんに教えても大丈夫かな、千空はどう思う?」

「いきなり爆弾ぶっこんでくるオメーの言動はどうかと思うわ」

 

水下ろして頭抱えちゃった。

 

「その、なんかごめん」

「色々吹っ飛んだが……しんみりした気分を続けんのなんざ俺のキャラじゃねえから構わねえよ」

 

最後だけなんか締まらない結果になってしまった。

気まずくなって夜空を見上げる、一瞬だけ光る星が見えた。

 

「一瞬だけ光るってことは流れ星だよね?」

「星だったら瞬くだけで消えねえから、一瞬しか見えなかったのならそうだろうな」

「お願い言えばよかったな、文明再建できますようにって」

「自力で叶えることなんだからいいだろ、別に」

「そうだね、明日からもよろしくね。私の最初の友達」

「はっ、……ああ、よろしくだ。元ボッチのもやし女」

 

願うこともできなかった私の願いが叶ってるんだから千空の目標も絶対やり遂げられる。

だって千空はこんなにもたくさんの物を受け取れたんだから。

その一助になりたい、なってみせる。そう決めた、冬の日。

忘れることのない、私が記憶を持っていてよかったと心から思えた日。

満天の星空はきっと私たちを祝福してくれている、そう思えるほどきれいな空だった。



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彼女の願いとある男の見極め

「コハクー、その電球はてっぺんにつけてもらっていい?」

「おう、このヒトデみたいなやつだな、任せておけ」

 

今日はクリスマス、24日の朝、村の周辺の木の中で一番大きいものに電球をつけていく作業中である。

 

「よし、これで全部だな。桜子、これはどんなイベントの準備なのだ?」

「元は冬至のお祭りで、それからある偉大な人物の誕生日の祝いに変わって、石化前の日本では恋人達の逢瀬のためになってたイベントね」

「いや、その説明だと参加できる者が限定されるんだが」

 

コハクからのツッコミについ復活者向けの説明をしていた事に気づく。

 

「ごめんごめん、本来は家族で過ごすお祝いの日なの。日本ではそれが転じてこれから家族になる人達のイベントにもなったって訳」

「なるほど? よくわからんが南がウキウキしていた理由は分かった」

 

してたんだ、ウキウキ。

南さん司に引かれないように自重した方がいいかもだぞ。

追いかけ続けて考える時間もない状態に追い込むのは多分恋愛テクニックではなく取材テクニック、それも迷惑記者のだぞ。

 

「南が言っていたがこんなに司と近づけたのは初めてだそうだ、それであんなにもはしゃいでしまっているらしいぞ」

「自覚あったのね……、まあ、この件でどうこう言えるのは司だけだから私からは何も言わないわ」

 

人の恋路を邪魔するやつは馬に蹴られて死んじゃうからね、触らぬ神に祟りなし、静観を決め込もう。

司がギブアップしたら話は別だが、その時は氷月辺りと一緒に遠征でもしてもらおう。

 

 

そして夜、案の定南さんに腕を抱え込まれてる司。

あ、逆側をコハクがとった、二人をそのまま引っ張ってった。

 

「司の奴も苦労してんな、無視して逃げりゃいいのに律儀に付き合うんだからよお」

「どっちも嫌いじゃないし、好意を向けられて嬉しいから無下にしたくないんだと思う。後南さんに関しては漫画での話が効いてるのかも」

「漫画?」

「うん、司帝国ができたって言ったじゃない? 今いる復活者の内、司を裏切らなかったのって南さんだけなんだよね」

「司帝国に所属した奴って、俺以外だと誰だ? 氷月は分かるが……」

「所属したのは千空以外の全員、あ、私はそもそも存在してないから除外ね。

羽京さんは理由想像つくでしょ? ニッキーさんが意外だろうけど実は二番目だし、氷月とほむらさんは言うに及ばずで、後大樹と杠所属してたって言ったよね、ゲンが最大の裏切り者だって言うのは意外じゃないかもだけど」

「……アイツ、人を見る目実は無えんじゃねえか? 本気で全員裏切り者じゃねえか」

 

うげっという顔でそうゴチる千空。

 

「見る目自体はあったんじゃないかな、ただその基準から自分の行動がずれてただけで」

「無理にやろうとすっからそうなんだよ、無駄に責任感がありすぎだ。

テメエ一人で人類全体変えようなんざ神にでもならなきゃ無理だっての」

 

そういいながら手の中の湯呑みを呷る千空、胸の中の苦い物を飲み下したいとばかりに。

友情に熱いなあ、千空は。友がどうしようもない事で苦しんでるのが歯痒くってしょうがないんだろう。

 

「所詮は漫画、百歩譲っても別世界線なんだから気にしちゃダメって言ったんだけどねー」

「それで気にしなくなるなら社会を変えようとはしねえだろ、ったく世話の焼ける奴だ」

 

漫画でもそうだが司の一番の理解者って実は千空なのでは?

本当に旧世界で二人が出会えてたらよかったのに。

そうすれば、きっと司があんなに思い詰める事は無かったのになあ。

って、いけない、千空の気分転換も兼ねてるのに沈ませては無駄になってしまう、話題を変えよう。

 

「お茶はどう、飲んでみて悪くない?」

「ああ、お茶だな。そう分かるぐらいにはしっかりできてるぜ」

「お茶の木を探してって言ったんだけどなかなか見つけてくれなくてね、もしかしてって思って直接探しに行ったの。そしたら案の定あっさり見つかったのよね」

「あー、茶畑のイメージで探してたんだな。そりゃ見つからねえわ」

「あれ人間が刈り込んでその形にしてるだけなのよね、大樹ってばそれを知らなくてさ。

後私もうっかり葉の形しか描いてなくてさ、他のはしっかり見つけてくれたから油断してた」

「大豆や米は見つけてたか、栽培方法は大丈夫なのか?」

「米農家が必要なほどにはならないんじゃないかなあ、だってそこまでは大きくやれないだろうし」

「まあ人手が足らねえわな、復活予定は100人前後だろ? しかも体力を基準にしての」

「そうそう、だから米農家までは枠が余らないと思うの。

メインは船作りのためだし、農業は十分な食料確保できればそれでいいしね」

「ま、大樹がいりゃ農業は心配いらねえか。んで、その大樹の姿が見えねえが、どうしたんだ?」

「向こうの方で杠の横に押し込められてるよ、村のみんな的にもとっととくっつけって感じみたい」

「その気持ちわかりすぎるくらいだわ、何をビビってんだテメエって何度思ったか」

 

ウンザリした口調ではあるけど、それ以上に親友の幸せを願ってのことだと感じるのは私だけだろうか?

んー、聞きにくかった事だけど、いいや、聞いちゃえ。

 

「ねえ、千空。聞いても怒んないで欲しいんだけど、質問していい?」

「内容によるな、無闇に殴ったりしねえとは約束するぜ」

「杠の事、好きだったりした?」

 

そう言ったら、鼻を摘まれ捻られた。

 

「痛い! 痛い! ごめんってば! 痛いから離してー!」

「人を勝手に寝取り趣味みたいに言うからだ! 反省しやがれ!」

 

めっちゃ怒ってる、そこまで怒る必要ないじゃないの。

 

「だって、一番近いの杠じゃない! 理解者でもあるし、可愛いし、面倒見いいしでこんな優良物件早々ないじゃない! だから好きになっても不思議じゃないでしょ!」

「恋愛脳かテメエは! んな面倒なもん持つ訳ねえだろうが!」

「生き物が持つ自然な感情でしょ! 面倒ってだけで捨てられるものじゃないじゃない!」

 

そこまで言ってからやっと離してくれた、と思ったら今度はデコピン。

痛い、私に何の怨みがあるというのだ。

 

「謂れなき風評被害を出そうとすっからだ、このすっとこっどっこい。

今からだと約七千年前か? とっくの昔に言われてんだろうが、感情を制御して生きろ、なんてよ」

「歴史上でそれが出来た人間が何人いるのよお、世界中探し尽くしたって4桁いくか怪しいじゃない」

「それは俺が出来ねえ理由にはならねえよ」

 

うー、千空が言うと説得力がありすぎる。

 

「血を残すのは生物として重要事項だよ?」

「人間だったら意思を残す方がよっぽど重要だろ? 第一オメー自身はどうなんだよ」

「私は、ほら、無理だろうから」

 

そっとお腹に手を当てる、千空だけにしか気づかれてないはずだ。

 

「卑下すんじゃねえよ、オメーも意思を残しゃ立派な人間だ」

「……ありがとう、でも、だからこそみんなの子供が見たいかな」

「……そうかよ、ま、時間はかかるかもしれねえが、いつか見れんだろ」

「そうだよね、うん、その日を楽しみにしてる」

 

旧世界とは比べ物にならないけど、それでも綺麗なイルミネーションに飾られた木を見上げる。

願わくばここにいる人達に幸せな明日を与えて下さい。

全知全能な神なんていない、いてもきっとこの世界に手を出さないって思っていても、そう願ってしまう私だった。

 

 

それは新年を迎え、千空が挨拶させられた後のこと。

洞窟探検のメンバー決めが行われていた時だった。

 

「三人目は俺が行く、文句あっか?」

 

旧年中にお目当ての洞窟は探し当てていたので、後は行って回収してくるだけだったのだ。

当初メンバーは目的の物が分かる千空、場所の案内役のクロム、そして荷物持ちの大樹の予定だったのだが、マグマが突然そう言い出したのだ。

 

「俺は構わないが、何か理由でもあるのか?」

「大樹、テメエで熊を追い払えるか? 野犬をぶっ殺せるか? 出来んならテメエが行くのに文句ねえぜ」

「む、確かに無理だが……」

 

にしたってなんでマグマが?

しきりに首をひねっていると司に声をかけられた。

 

「彼の行動に疑問があるのだろうけど、大丈夫だよ。マグマは自分が納得するために動いているだけさ」

「納得?」

「そう、納得だよ。千空を見極めたいんだろうさ、マグマは」

 

見極めたいって、普段の生活でじゃダメなのか?

ダメなんだろうな、まったく、これだから戦闘がメインな人種って奴は。

 

「おーい、マグマー」

「あんだ、桜子、テメエも俺がついていくことに文句あんのか?」

「私が何か言っても聞くタイプじゃないでしょ貴方。大樹に渡す予定だった装備を渡すから説明しっかり聞いて覚えて」

 

まったく、大樹相手だったら書いといた紙渡すだけで済んだのに。

面倒増やした分しっかり覚えていざという時に備えてもらわなければ。

 

「いーい、千空は結構自分の身を顧みない事があるんだから、貴方がその辺りフォローしてよね。

慣れてる大樹なら心配なかったんだけど、貴方はやったことがないんだから千空から目を離さないでね?」

「おいこら、聞こえてんぞ桜子」

「意外と無茶をするというのは否定できないんじゃないか? 千空。実験で爆発なんてしょっちゅうだったろう」

「何回かはオメーのせいだろうがデカブツ! 溶接してる横で可燃性の粉末状の物質ばらまきゃそりゃ爆発するわ!」

「でも、割合的には千空のせいの方が多いんでしょ?」

「……ロケットの実験にゃ爆発は付き物だかんな」

 

そっぽ向く千空。

 

「アニリンに無水酢酸たらそうとした時は?」

「……ちょいとガラス棒が遠かったからな」

 

空を見上げる千空。

 

「ニトログリセリン作成時」

「くしゃみしそうになったのは本気で反省してる」

 

こちらを向いて頭を下げる、さすがに一番シャレにならない所は反省点だったらしい。

 

「アニリン? ガラス棒? いつの話だ、桜子」

「何回目かのサルファ剤作りの時にね。アニリンに無水酢酸を一気に垂らすと爆発しちゃうから、それを防ぐ為に少しずつ垂らす為のガラス棒を用意しておいたのだけど……」

「面倒くさくなって直接容器から垂らした、と。千空、時間短縮は確かに合理的だが事故を起こすと結局時間が無駄になってしまうぞ」

「わーってるよ、そんときゃ二徹目だかで頭回ってなかったんだって」

 

そして二徹目させてしまった私達も悪いのだが。

 

「後は千空って運悪いじゃない?」

 

その場の全員が深く頷く。

 

「なんで、んなとこで意見一致させてんだテメエら」

「TRPGさせたら肝心な所でピンゾロ出すタイプだよね千空って」

「賭け事をさせると最後の一番以外は負けっぱなしの方がらしくないか?」

「じゃんけんだったか? 考えなしに出した方がコイツ相手だと勝率高え気がすんぞ」

「コイントスではほぼ外してなかったかい?」

「好き放題言いやがってくれんなテメエらぁ!」

 

さすがに怒りだす千空にわーっと蜘蛛の子散らしで逃げ散る。

逃げる途中でマグマに耳打ちしておく。

 

「マグマ、千空はきっと落とし穴に落ちるから、助けてあげてね」

「ふん、オメーと一緒でアイツも有用な奴だからな、わざわざ見捨てやしねえよ」

「うん、貴方なら千空の助けになるって信じてる。なんたって私のビジネスパートナーだからね」

「はっ、俺様だぞ、アイツのフォロー程度出来ねえ訳がねえだろ」

 

この追いかけっこに続く騒ぎは私が捕まり、ウメボシを受けているところをクロムが止めるまで続いた。

 



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マグマ

「さあて、馬鹿騒ぎはここまでにして出発すっか」

「いや千空、爽やかに締めようとしても無理だろ。一番騒いでたの千空じゃねえか」

 

千空の足元には先程までウメボシを食らっていた桜子がへたり込んでいる。

さすがにこれで馬鹿騒ぎに参加してませんという顔をしてもツッコまれるだけだろう。

 

「~、遠慮なしにグリグリと~、割れるかと思ったんだからね!」

「うるせえ、テメエ相手に遠慮する気はさらっさらねえ」

 

涙目で抗議する桜子だがどこ吹く風とばかりに一蹴する。

 

「おい、マグマ! 行く準備はできてんのか!?」

「先行ってろ、すぐに追いつくからよお。テメエらヒョロガリどもに追いつくなんざ、あっと言う間だ」

 

マグマはそういってクロムと千空に手でしっしと行けと合図する。

そして桜子の前に立つと手をずいっと出した。

そこでようやく装備を渡していない事に気づく。

 

「ごめんごめん、うっかり忘れてた。使い方を説明するね」

「ああ、そうだ。とっとと始めろ」

 

そうして桜子が説明を始めるとどっかりと彼女の前で座り込むマグマ。

 

「? そんなに長くならないよ?」

「いいんだよ、俺が座って聞きてえだけだ」

 

変なのとだけ呟き続きを話し出す桜子。

説明が全て終わった後、ジッと睨むような目で見ながら問いかける。

 

「千空の奴は、そんなに凄え奴か? 他のどんな奴より、……歴史って奴に語られるような連中よりも」

「んー、まだ知られてないだけで、他の誰よりも凄いと私は思ってる」

「そうか、なら、しっかりと見極めさせてもらおうじゃねえか」

 

そう締めくくり立ち上がるマグマ。

続いて立ち上がろうとする桜子の頭にマグマの手が乗せられた。

 

「なに? 頭を押さえられると立てないんだけど?」

 

その反応にマグマはふんっと一つ鼻を鳴らすと乱暴に頭をなでた。

受けた方としてはこすられたという感じだったが。

 

「痛い、痛い! 髪が抜ける~!」

「はっ、いい気味だ。んじゃ行ってくるぜ」

 

必死に髪を整える桜子を尻目にさっさと二人を追いかけて行くマグマ。

 

「なんなのよ、もー。……って、そーだ、マグマー! 3日後までに千空を帰らせてねー!」

 

その声に手を上げるだけで返事とし、振り返りもせずにいくマグマ。

 

「いや、ホントになんでいきなり人の髪をぐしゃぐしゃにしてきたの?」

 

その背中を見ながらしきりに首をひねる桜子だった。

 

 

冬の山道、雪がだんだんとその高さを増していく道をクロムの案内で歩く。

もう慣れてしまったが体力自慢でもない自分がこのような場所を歩くことに違和感が酷い。

そうだ、まだあの石化からの目覚めから一年経っていないのだ。

考えてみれば随分と遠くまで来たものだと思う。

いや、石化してた時間を考えれば不思議でもないのだろうか?

なんと言っても3700年、石化前から考えると文明発祥時ぐらいからの時間が経っているのだ。

それを思えば環境が違うことなど些事だろう。

 

「おう、あの真っ正面の山に例の洞窟があるぜ。

もうちょいかかっからマグマの奴が来るの待っとくか?」

「見ることだけならそんなにかかんねえんだな、……目算だと今日の夕方前ぐらいには着くか?」

「真っ直ぐはいけねえから、夜になるかならないかぐらいだな到着は。

中がどんくらい深いのか分かんねえし、洞窟に入ってちょいぐらいで今日は寝といた方がいいな」

 

冒険家を自称するだけあってクロムはそのあたりの休憩タイミングや食事の時を考えるのが上手い。

そのため行動の開始や止め時はクロムに全て任せていた。

 

「マグマの脚ならもうちょい早く合流してると思ったんだけどな、意外と話に時間取られてんのかな」

「そんな大量に持たせる訳ねえし、複雑なもん渡さねえだろうから、別の話が長引いてんだろ」

 

そんな会話を交わしつつしばしの時が経ち、そろそろ動き出そうかという頃になって漸くマグマのが姿を現した。

 

「よー、遅かったな。話そんな長くかかったのか?」

「辺りに熊だの野犬だのの痕跡がねえか調べながら来ただけだ、話自体はそんなかかっちゃいねえよ」

 

ほー、と思わず感心する。

大樹と代わろうとした時のあの話は嘘でもなんでもなかった訳だ。

てっきりただの建前でしかないと思っていたのだが。

 

「この時期まで冬眠してねえ熊は気が立ってるからな、こっちを見かけたら確実に襲ってくんぞ。クロム、テメエだって知らねえわけじゃねえだろうが」

「知ってるよそんなもん、だから熊の痕跡がねえ所を通ってんじゃねえか」

「ふん、そんだったら先に言っとけ。とんだ無駄足じゃねえか」

 

そういうと顎をしゃくって先に行けと促すマグマ。

そのマグマの態度に肩をすくめつつもクロムは案内を再開する。

 

「真っ直ぐ行った方が早いんだけどよ、熊の痕跡がいくつかあんだよそのルート。追い払うのは任せちまってもいいか?」

「ああ、別に構わねえぞ。ぶっ殺さなくてもいいなら簡単なもんだからな」

 

腰の得物をポンと叩きながら請け負うマグマを見て、これなら思ったよりも早く済みそうだと思う千空であった。

 

 

マグマと合流してからは真っ直ぐに進めたおかげか、日が落ちる前に洞窟に到着できた一行。

風が吹き込まない程度の距離を進みそこで一晩を明かす事にした。

警戒のための鳴子を仕掛け、焚火をつけ火の番をするもの以外が交代で休む。

最初にマグマ、次にクロム、最後に千空の順になったのは野宿に慣れているクロムが一番辛い所を担当するといったためである。

さっさと寝に入ったクロムと違い、千空は横になっただけで眠ろうとはしていなかった。

 

「まだ寝ねえのか、ヒョロガリ」

「オメーは疲れてねえのか? 結局遭遇しなかったとはいえ警戒しっぱなしだったし、自覚してなくてもかなりの疲労があるはずだぜ」

「ふん、テメーみてえなヒョロガリと一緒にすんな。こんなもん楽勝過ぎて普段のトレーニングの方がきついぐらいなんだよ」

 

そう言った後沈黙することしばし、焚火を睨みながらまるで独り言をつぶやくようにマグマが口を開いた。

 

「俺はテメエらが来るまでは村最強の男だった、だから完全に負けた、なんて思わされたのは司の野郎が初めてだ。

強くなりてえ、なんてのはずっと思っていたが……具体的な目標なんてもんをアイツは見せてきた訳だ。

そんなアイツが手放しにすげえと褒める奴がいる、テメエだ千空。

アイツは心からテメエを信頼してやがる、尊敬してるって言ってもいいかもしれねえ。

だがな、俺から見たらテメエはただのヒョロガリでしかねえんだよ!

だから、俺はテメエがどういうやつなのかを見極めてえ、あの敗北感がもたらしたのは虚しいもんだけとは思いたくねえんでな」

 

だからテメエの価値を俺に見せてみろ、最後にそう締めくくりそれっきり黙るマグマ。

それに対し千空は不敵に笑った後、自信に満ちた声で静かに言って見せた。

 

「安心しろよ、俺の頭の中に詰まってんのが何だと思ってやがる?

人類200万年の英知の結晶だ、絶対にテメエも納得するから目に焼き付けろ。

オメーが一生見れなかったもん、飽きるほどに見せてやるよ」

 

洞窟は広く深い、体力はいくらでも必要になるだろう。

ゆえに今はゆっくりと体を休めるのだ。

こちらをにらみつけるマグマの視線を気にせず眠りについた。

 

 

明けて翌日、本格的な洞窟探索の開始である。

幸いにして大きく広がっている場所ばかりで、通れない場所はほぼなく調査は順調に進んでいた。

 

「どこが順調なんだよ! 行き止まりにぶち当たったの今ので何度目だ、コラ!」

「なに言ってんだマグマ、しっかり調べられてんだからスッゲー順調じゃねえか」

 

マグマの怒声になんで怒っているのかと疑問を返すクロム。

これは洞窟探索へのイメージの違いがもたらしている。

 

「マグマ、普通の洞窟って奴は人が入り込めねえのが殆どなんだよ。

だから調査がまだ打ち切られていねえってのは順調って言えんだよ」

「ここまで面倒だと思ってなかったぞ……」

 

千空の説明にゲンナリとした声を上げるマグマ。

そんな風にして会話を交わす一行の前に大きな、今までよりも更に大きな空洞が姿を見せた。

 

「ここまででっけー洞窟なんざ初めてだぜ、コイツはスカルン鉱床って奴も期待できんじゃねえか?」

「ソイツは間違いじゃねえが……、こんな風になるって事はこの辺は脆い可能性があるから気をつけろ。天然の落とし穴、雲母のある場所かもしれねえ」

 

よく見れば近くには地底湖……と言うには少々小さいが水の溜まっている場所がある。

多分ここが、

 

「桜子が言ってた落とし穴地帯って事か」

「ああそう言うこったろうな、俺が先頭に立って地面を叩きながら進む。

俺が通った場所だけを歩け、そうじゃねえと落とし穴に真っ逆さまだぞ」

 

そうして文字通り地面を叩きながら進む一行。

慎重に進んだお陰で順調に雲母の落とし穴地帯を抜けていく。

しかし、最後の最後で少し油断してしまったのだろうか?

千空が落とし穴地帯を抜けた事を告げた次の瞬間である。

マグマの足元がピシリと不吉な音を立てて崩れ始めた。

 

「うおっ!」

「「マグマ!」」

 

咄嗟に手を出して掴んだのは千空。

クロムが手を伸ばさなかったのはマグマへの信頼が故か。

 

「おい馬鹿! 手離せ! テメエも落ちるぞ!」

 

マグマの叫びに答える余裕もなく顔を真っ赤にして踏ん張る千空。

完全に反射的な行動であり、他者を見捨てるのに忌避感を持つのは人として尊ぶべきか。

どちらにせよその千空の行動は悪手であった。

千空の力でマグマの体を支えきれるはずもなく、そのまま共に下へと落ちていくのであった。

 

 

「テメエ、本当は馬鹿だろう」

 

底まで落ちて一通り怪我の有無などを確認し、クロムに無事を伝え待っていろと言った後のマグマの第一声がこれだ。

遠慮のない罵声に思わず苦笑がこぼれる、あまり否定できる要素がないなと思うからだ。

マグマはさっさと腰につけた袋から桜子から渡された装備を取り出す。

それは、

 

「ハーケン、楔って奴だな。登山家の必需品の一つだ」

「ふん! 知ってんならテメエが一緒に落ちる必要なんぞないって分かるだろうが」

 

全くだ、再度苦笑するこちらを無視してマグマはハーケンを壁に打ち込む。

しかし、

 

「なんじゃこりゃ!」

 

なんと打ち込む端からボロボロと壁が崩れ固定できないではないか!

 

「まいったな、ここら一帯雲母ばっかみてえだ。よっぽど上手く打ち込まねえと固定できねえぞ」

「ちっ! ……つまり俺らは一巻の終わりって事か?」

「はっ、バカ言え。言ったろうが、よっぽど上手く打ち込まねえとってよ。

つまり上手く打ち込むだけでいいんだよ、だが次善の策は考えねえとな……おーい! クロム聞こえっか!」

「おう、聞こえてるぜ! そっちはどんな状況だ!? そっちの話こっからじゃ聞こえねえんだよ!」

 

千空が声をかければ大声でクロムからの返事が返る。

なかなか二人が上がってこないからまずい事態だとは伝わっていたらしい、声に焦りの色が見える。

手短に状況を説明しやってもらう事を話す。

 

「つまり、桜子が言ってた漫画通りの方法だな! 分かった! 水場がねえか探してくる!」

「よし、あっちはこれでいい。マグマ、オメーは少し待ってろ、すぐに打ち込む場所を選定すっからよ」

 

壁を叩きどこが崩れやすくどこが崩れにくいかすぐに調べ始める千空。

その姿をずっとマグマは睨むように見ていた。

 

 

クロムが水場を探し当て戻ってきた時、二人はまだ登ってはいなかった。

水場が見つかった事を伝えるために穴の縁まで行くとマグマの怒声が聞こえる。

それは途切れ途切れで詳しくは分からなかったが、そこに込められたマグマの感情だけは分かった。

 

「……これ、俺が聞いちゃあいけねえ奴だな」

 

ため息一つつくと二人が登ってくるのを待つ事を決める。

マグマがこの話をし始めたのは自分が聞ける場所にいないと思ったからだろう。

当たり前だ、こんな話誰が信じられるというのか。

誰も想像もしていないだろう、いや、もしかしたら千空は分かっていたかもしれない。

なんと言っても……いや、これも自分の想像でしかない。

 

「マグマの奴もキッツイ道行こうとすんのな、勝ち目あんのかな? ……ゼロじゃねえって所か」

 

とりあえずこの場を離れよう、そして二人が登ってきた所で戻ればいい。

あの二人が手を組むのだ、問題など起きるはずがない。

そう信じて先ほど見つけた水場まで戻るクロム。

三人が合流したのはそれからしばらくしての事だった。

 

 

「ったく、無駄に疲れた気がするぜ。後どんぐらいで目的のもんが見つかんだよ?」

「さあな、どんぐらい深いのかなんて外からじゃさっぱり分からねえのが洞窟ってもんだ。

水が少しずつ温くなってるからもうちょいだと思いたいが……」

 

合流してしばらく休憩を行い、また歩き出した一行だが流石にこの洞窟の深さと広さに辟易していた。

 

「こんだけ広くて深い洞窟があるなんて知らなかったぜ。

なあ千空、スカルン鉱床って奴見つけた後も探索は必要だよな!?」

 

訂正、約一名はワクワクしっぱなしな模様。

そうやって探索を続ける一行の前にとうとう目的のものが姿を表した。

綺麗なマーブル模様の巨大な岩、スカルン鉱床を探し当てたのだ。

 

「ヤベー! こんな綺麗に色が分かれている岩なんて初めて見るぜ!」

「やっぱアイツの情報は、物の有る無しにゃ信頼して良さそうだな」

「岩は岩だろうが、で、どこを掘りゃいいんだ?」

 

三者三様の反応でスカルン鉱床を見やる。

その後は千空が掘る場所を見つけマグマが掘り出す、そしてクロムと千空で手早く仕分けして持って帰る物を選別していった。

持って帰った量については最終的にマグマが怒鳴る羽目になったとだけ記しておく。

 



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空の上に光る星

初投稿から半年、ようやくここまで来れました。
これもひとえに皆様の応援のおかげです、これからも完結目指して頑張りますのでどうぞよろしくお願いいたします。


「ヤッホー、千空ちゃん。おか〜」

「なんだその不気味な挨拶」

 

洞窟探索より帰って来た千空を出迎えたのはゲン。

夜遅くになり日が沈んでいるため辺りは真っ暗。

その状況で顎下から電球の光を当ててのお出迎えである。

 

「いやー、予定より早いお帰りだからねえ。ちょーっと困っちゃってるのよ」

 

そういいながらゲンが指を鳴らす。

そうするといつの間にか両脇に現れた司と氷月が千空をがっちり拘束し目を塞ぐ。

 

「なので、早いけど計画を発動しちゃおうかなってねえ」

「おいこら、計画ってなんだおい! って、どこへ運んでんだテメエら! 離しやがれー!!」

 

二人で担ぎ上げそのまま流れるように運んで行く。

残されたのは呆然とするマグマとクロム、そして満足げなゲン。

 

「なあゲン、あんな動きいつ練習してたんだアイツら」

「完全にアドリブだよ〜、できる? って聞いたらあっさりできるっていうから任せちゃった」

「出てくるまで気づかなかったぞ、おい」

 

どうやら呆然としてたのは運ばれた事ではなくそれをやってのけた二人に対しての模様。

そして運ばれている千空はというと、

 

(運ばれてる速度、時間、おおよその方角、十中八九クロムの倉庫前だな。

サプライズでもやろってか? もうちょい丁寧にやれっての)

 

意外と冷静であった。

まあ、落ち着いて考えれば焦る理由など何処にもないからなのだが……、突然運ばれて冷静でいる千空はやはり規格外だろう。

そしてクロムの倉庫前で止まったと思うと上に運ばれて行く。

千空の計算だとこの上昇距離では屋根を超えるはずなのだが……

 

「今、大樹片手で千空持ち上げなかった?」

「? そうだけど、何か変な所あった?」

「あ、うん、ごめん。それが杠の中では別に普通の事なのね」

 

聞こえる話し声にそんな場所に居られる訳がない人物の声が混じっている。

これは一体どういう事なのかと悩んでいるとサッと目隠しが取られ、

 

「「「「「「「「誕生日おめでとう!!!」」」」」」」」

 

目の前に望遠鏡と、天体観測所の中のような光景が広がっていた。

いや、天体観測所というには貧相だろうか?

だが、それをイメージさせるものであるのは確かなのだ。

 

「驚いただろう、千空。千空が出発した直後ぐらいにゲンから提案があってな、天体観測所を贈ろうとなったんだ」

「村の人も復活者の皆も総出で作り上げたんだよ、千空くんの為ならーって」

「望遠鏡は主にカセキさんと私でやりました! 調節までやってあるからすぐに星が見れるよ」

「壁や天井の木材を切り出したり加工したりは俺たちが担当したよ、他の人は運搬をやってもらったりだね」

「いやー、楽なお仕事だったよ? 俺がやったのなんて皆に声かけるだけだものねえ。

声をかければ後はアイデアから実行までぜーんぶお任せ、これも千空ちゃんが慕われてるって証拠だねえ」

 

周りを見れば仲間達、コレを作り上げるのにどれだけの労力をかけたのか。

しかし、誰にも疲れた顔など見えない、唯自分が喜ぶ顔が見たいとだけその表情が語っていた。

 

「はっ、良いもん作ったじゃねえか! これで船に必要なパーツが一つ出来上がったな!」

「えー、そこいっちゃう?」

「もっとワシらの頑張り褒めてくれてもいいんじゃよ?」

「実用第一主義なのだな、千空は」

 

照れ臭くなって別の使い道を言ってみたが……誤魔化せたのは少数らしい。

 

「やっぱりいつも通りだ、そういう風に照れ隠しするんだよな千空は」

「嬉しい時は、素直に嬉しいって言ってくれた方が私達も嬉しいよ?」

「大樹と杠がこう言うって事は、昔からの癖なのね、あの照れ隠し」

「ある意味予想通りの反応じゃないか、逆に言えば照れ臭いぐらいに喜んでくれている証拠だよ」

「むしろ素直に嬉しいって言った方がビビる気がするぜ」

 

大樹と杠はまあ仕方ない、だが、司に桜子、登ってきたばかりらしいクロムにまで分かってる顔で笑われるとは。

それが悔しいよりむずがゆくて誤魔化すために望遠鏡をのぞき込む。

そういえば先ほどチラッとだが光る流星らしきものが見えた、確か前に桜子が流れ星云々言っていた方角だ。

もしや流星の時期なのだろうか? 詳しく観察しようとそちらに望遠鏡を向ける。

 

「……なんだこれ」

「? どうしたの千空?」

「おい、桜子、こっち来い」

 

手招きに素直に応じ近寄る桜子。

促されるまま望遠鏡を覗き込む。

 

「……何、これ」

「オメーの知識に心当たりはないんだな?」

「知らない、私、あんなの知らないよ」

「つまり、完全なる未知のものって訳か、唆るじゃねえか、最高によ!」

 

呆然とする桜子と興奮しっぱなしの千空に周囲も何かとんでもない物が見えたのだと理解する。

そして我も我もと望遠鏡を覗き込み全員が二人の反応に倣うことになった。

全員を驚愕か興奮のどちらかに叩き込んだその光景。

望遠鏡からはまるで宗教画に描かれる天使の羽のように太陽光発電パネルを広げる衛星が見えていた。

 

 

「さあて、謎の人工? 衛星についてなんだが……、気づいた事あっか?」

 

千空の質問に誰も答えられない。

それはそうだろう、この時代に人工衛星が残っているなど想像すら出来ない。

3700年もの年月を超えられる物などあるはずがないのだから。

 

「あれはWHYマンの打ち上げたもの、って認識でいいのかな?」

「それだと一々光らせる意味が分からねえ、通信技術がねえのに人工衛星を打ち上げる奴はいねえだろ」

 

あの光はわざとだと仮定しての話だがな、と付け足した後アレについてより深く考える。

わざとでないならなぜ? 光ってしまうのは一体どんな理由が考えられる?

通信でないならエネルギー送信? ならあの羽のように太陽光パネルを広げている事に何か理由が?

ダメだどう考えても情報が足らない、観察不足の状態ではろくに推論も立てられない。

 

「ってそうだ、観察と言えばクロムはどうした?」

「望遠鏡を覗いた後、何か思い出したかのように倉庫に急いでったけど?」

「何か知ってんのかもしれねえな、ならしばら「ヤベーぞ千空!! スッゲー事が判明だー!!!」……これが噂をすれば影って奴か? で、何が分かったってんだ」

「コイツを見てくれ! これは俺がガキの頃アレが光る場所に印つけてった奴なんだけどよ、これって文字だよな!」

 

クロムが持ってきたのは一枚の布、規則正しく印が連なっておりそれはこう読めた。

 

「『ビャクヤワタシココニイル』だとぉ! どういう事だ、おい!」

「何これ、何これ! なんで百夜さんの名前が出て来るの? なんで!? どうして!?」

「百夜って千空くんのお父さんのこと、だよね、多分……」

「いや、だが、随分昔に亡くなったと聞いたが……、はっ! まさか蘇ったのか!」

「いや、まさか、そんな事が、石化ならあり得るかもしれないが……」

 

場は混乱の坩堝と化していた。

そこに“パーン”と破裂音が響き思わず全員の注意がそちらへと向かう。

 

「さ、驚くのに満足した? それじゃ次の話をしようか、冷静に、ね」

 

皆が振り向いた先には何かをしまうゲンの姿。(アレは紙鉄砲だったね by司)

 

「一つ一つ分かる事から理解してこ? それが結局一番早いんだから、ね?」

 

いつも通りの薄っぺらい笑いを浮かべながらメンタリストの本領発揮をして見せるのだった。

 

 

「じゃ、先ずはクロムちゃんに最初の質問。あの光って毎日見れた?」

「おう、毎日大体おんなじ時間に来てたぜ」

「うんうん、じゃ二つ目の質問。それ、毎回おんなじ形? 偶然その形になったんじゃなくて?」

 

その質問にはっとなるクロム。

あまりに出来過ぎていたため、そうに違いないと思い込んだことに気づかされた形だ。

 

「! そうだった、すまねえ、先走って勘違いさせちまったみてえだ」

「だよねえ、いくつか別の場所にも印ついてるもんねえ。ただ、あながち嘘じゃないかもね」

 

今否定したばかりなのに? 全員の頭に疑問符が浮かぶ。

 

「千空ちゃんには三つ目の質問、あれってどのくらいの頻度でここの上空に来る?」

「あー、さっき速度の計算してたのに気づいてたか。あくまでISS、旧世界の国際宇宙ステーションとおんなじ高度を飛んでておんなじぐらいの大きさと仮定してだが……一日に約一回ってとこだな」

「その仮定間違ってる可能性は?」

「月と山、月とアレの比較が上手い事できたからまず間違っていねえと思う、肉眼でかろうじてだが確認できたしな」

「なあるほどねえ、つまり毎日おんなじぐらいの時間におんなじぐらいの行動をしてるって見ていいわけだねえ」

 

そこで一回ゲンは言葉を切り全員を見回す。

 

「さて問題、毎日同じ場所を通る時目立つ行動をする人がいます。その人は何を望んでいるでしょうか?」

 

皆少し考えてすぐに同じ答えを返す。

 

「気づいて欲しい?」

「そういう事、誰にって部分はともかくとしてそこだけは間違ってないんじゃない?

あの光がわざとであった場合だけどね、そうじゃない場合は知らないよ。

後は敵であった場合の対処方法かな、千空ちゃんどう?」

「そうだな、まとめて一網打尽を回避するために高速で移動できる乗り物が必要か?

後復活液を時間差で被れるような装置でも作っとくか? ピタゴラスイッチで座れば何十分か後に復活液がかかるような奴でも」

 

ゲンの言葉によってようやく方向性がまとまってきたらしい。

千空の頭が音を立てて回転し始めたようだ、次々に対処方法が浮かんでくる。

ゲンはそんな千空の様子に満足げに頷き自分のお仕事終わりというかのように最後の言葉を投げやりに放つ。

 

「ま、敵かもしれないし味方かもしれない、中立ってこともありうるよねえ。

その辺り俺には全く分かんないから千空ちゃんが判断よろしくね」

「ククッ、分かんねえなら聞いてみりゃいいだけだ。少なくとも宇宙を飛んでるのは間違いねえし、電波キャッチ出来そうなアンテナも存在してたんだ。こっちから届くようにでっけえ奴送ってやりゃあいい」

「つまり、通信機を作って通信してみようってことね」

「そういうこった、テメエら! 次の目的が決まったぞ!」

 

千空がそういうと前から用意してあったのか桜子が一枚の大きな紙を持ってくる。

それはプラスチックやバッテリーなどの構成素材の材料から書かれたロードマップ。

 

「とうとう俺らは人類最強武器、情報を制する通信機を、ケータイを作り上げるぞ!」

 

このストーンワールドに通信技術をもたらすための遥かな道のりが描かれたものだった。

 

「まあ、ロードマップの半分くらいは埋まってるんだけどね」

「なんでテメエはオチをつけんだ桜子」

 

気分が盛り上がった分ずっこけてしまう一同であった。

 

 




ちなみにロードマップはすでに色々チェックがついてたりします。
だって半分くらい終わってからようやく披露する形になっちゃったから、つい桜子はオチをつけてしまったんです。
後、桜子が言わなくても千空が言ってたので……。


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クロムの特訓や頑張るカセキ

「よーっしゃあ! ずっこけちまったけどとにかくロードマップ残り半分! 埋めてこうじゃねえか!」

「あ、クロムは当分の間不参加ね」

「って、なんでだよ!」

 

やる気を燃え上がらせた所でまさかの再度の水差しである。

だが、理由はバッチリある。

 

「御前試合の特訓しなきゃでしょうが、氷月にみっちり訓練してもらうから覚悟しておいてね」

「ふむ、確かに素人に使わせるなら剣より槍ですね。そして槍ならば私が教えるのが一番、実に理にかなっている」

「おいおい、なんで俺がそんな特訓をしなきゃ……、いや、それで勝てるようになるのか?」

 

最初は断る気でいたクロムだが、色々な事が頭をよぎる。

そうだ、自分は負けられない、負けちゃいけない理由がある!

氷月の特訓についていけるのか? という弱気の虫を意思の力でねじ伏せて、逆にそれだけで勝てるのかと質問する。

 

「いいですねえ、実にちゃんとしている。君が望むなら私に出来る限りのことはしてあげましょう。ああ、私だけではありませんでしたか、ねえゲン君」

 

氷月とクロムの会話に気づいたからだろう、クロムのすぐ後ろにはゲンの姿があった。

 

「あれ〜、氷月ちゃんにも声かけてたの? 俺の話術が必要って聞いたんだけど」

 

これはどちらかというと桜子への文句であろう。

現在に至る過程に於いてゲンと氷月の関係は良好とは言いがたい。

そんな相手と両天秤で話を持ちかけられたとなったらそれはいい顔しないのも当然である。

この辺り漫画のイメージでやってしまった桜子のミスと言える。

 

「ふむ、これはあれですか。どちらの教えがより有用であったかの勝負、という訳ですね」

「へ〜、面白い事言い出しちゃうじゃない、氷月ちゃん」

 

ただ双方ともに我が強く、簡単に引くような性格でなかったのは幸か不幸かどちらであろうか。

 

「ええ、以前の時は千空君の乱入で彼の勝ちと言えるでしょうが……、どうです? この際どちらの方が上か決めるというのは」

「ますます面白いじゃない、判定人はクロムちゃんって事ね。じゃあ午前は俺で午後は氷月ちゃんでどう?」

「後は互いの邪魔になるようなことはやらせないぐらいですが、筋肉痛で頭が回らないなどといだしたときはどうします?」

「そこはクロムちゃんに気合で乗り切ってもらう……、ってのはつまんないよねえ。

ま、その程度で頭に入んないようにはさせないから安心していいよ」

「よい自信です、さすがはゲン君。それなら私も安心して仕込むことができるという物です」

 

クロムの意見を聞くことなく決まっていく事にどうすんだこれという目を桜子に向けるクロム。

桜子としてはそっと目をそらすことしかできず、額に大粒の汗が幻視できそうな表情だ。

 

「はあ、ま、ガッチリ特訓してくれんのはありがてえんだ、この状況に文句はねえよ。

ただ、物作りに参加出来そうにねえからこれだけ作っといてくれよ。

本当なら俺が作って今度こそ千空にズデンとさせるつもりだったもんだからよ」

 

そんな状況にクロムはため息一つだけで許し一枚の紙を桜子に手渡す。

 

「これって……」

「おう! 名付けて『水と風でずっと発電装置』だぜ!」

 

書かれているのはひらがなばかり、大雑把な材料のみしか書かれていない部分が多い、肝心のギア部分が問題が多い等至らない部分も多いがそれは確かに設計図であった。

 

「風水車……どうやってこの発想に至ったの?」

「へっへっへ、発電機あんじゃねえか? あれに持ち手を増やしゃたくさん発電できんじゃねえかって思ったのがきっかけだな。結局それは無理だろってなったんだけど、持ち手にかかる力って同じ場所なら同じ方向だって気づいてよお、それなら水や風で行けんじゃねえかって思ったんだ……って風水車?」

「ギアやクランクについてまだろくに教えてねえのに……。よくこの発想にたどり着いたなクロム、褒めてやんぞ」

「もうすでにあんのかよ畜生!!」

 

後ろから覗いたらしい千空や桜子の反応に既に存在していると気づいたクロムがズデンとひっくり返る。

 

「そのリアクション取りたいの私の方なんだけど……」

「ククッ、ベクトルについちゃ土木工事の時にダイナマイトのパワーアップでしゃべってたな、そういや。そっから着想得たんだろうが……、本当に大したもんだよテメエは」

 

しみじみという千空と驚けばいいのか呆ければいいのか困っているような桜子。

その二人の態度にクロムも自分の発想が大変評価されている事実に気づいたらしく大分満足げだ。

 

「おうよ、俺様は天才妖術、じゃねえ、科学使いのクロムだぜ! 御前試合もよ、この二人の特訓で必ず優勝してみせっから、それまではそっちだけで頼むぜ!」

「ああ、どうせ作らなきゃならねえもんなんざ山ほどあんだ。そっちをしっかり終わらせてからでも遅くはねえさ」

「んじゃあ作れるよう準備しといてくれよ、俺が物作りに戻れるまでにな」

「ああ、準備しといてやっから無様さらすんじゃねえぞ」

 

そう言い合った後拳を軽くぶつけ合う二人。

それを眩しそうに、うらやましそうに見るのはカセキだ。

 

「いいのう、ああいうの。ワシ、この歳までずっと一人で物作りしとったから、羨ましくなっちゃうのよ」

「……分かるな、その気持ち」

「桜子ちゃんもそうじゃったから?」

「うん、千空に会えるまではずっと。でも、今はもう大丈夫。カセキさん、ううん、カセキもそうでしょ?」

「うん、そうじゃな、ワシも桜子ちゃんももう一人きりになる事は無いじゃろうし」

 

そっと仲間達の方を見れば、イタズラっぽい顔で揃って拳を突き出している。

二人で顔を見合わせ笑った後、仲間達の気遣いをありがたく受けるのだった。

 

 

「クロムの書いたコレも有用だかんな、コイツも含めて3チームに分けるぞ」

 

あの後クロムは計画聞いてると参加出来ねえのが悔しくなるといってこの場を離れた。

そして残ったメンバーで計画の中心を担うメンバーのチーム分けである。

とは言っても、

 

「まあ、ほとんど決まってるようなもんだが」

「そうなのか?」

「ああ、一つはこの風水車で、もう一つはコイルとバッテリー、最後に真空管だ。

それぞれ必要なのは風水車が木材加工、コイルチームが地道な労働力、んで真空管はガラス加工だ」

「それだと確かにほぼ決まっているようなものだね。ガラス加工は何も言う必要がないし、人手集めなら村の人に話を通しやすい桜子が適任だ」

「設計図の問題点をどうすればいいのか分かる千空は風水車ね、だから残り三人をどう配置するかって話になるの」

「うーむ、一つずつ全員でやってくのはあかんの? 木材加工もワシ大得意よ、そっち終わらせてからの方がよくない?」

「あー、それなんだがな、鬼レベル工作になるからカセキはそっちに集中させてえんだ」

 

そこまで話したところで置いてあった紙を取り出す、ロードマップの時に桜子が一緒に持って来ていたものだ。

 

「つか、こいつを作れって言われたら大抵の職人が断るかんな。無理だったら次善の策で行くから遠慮なしに行ってくれ」

「おほー、なかなか面白いこと言っちゃうじゃない? 大丈夫よ、ワシ色んなややこい器具とか作ったし、今回だってバッチリ作って見せちゃおうじゃない」

 

ほれ、見せてみい、と言って千空の手から紙を取り覗き込むカセキ。

そして見事に固まった。

 

「ヒックマンポンプつってな吸引力レベル100億つー感じだ、凄腕のガラス職人さえいれば出来っから工業レベルの低い国でよく作られたらしいぜ」

「工業レベルの低い国、つまり戦前の日本、3800年前のこの地で作られてよく利用されてたの」

「旧世界でも昔の技術って訳じゃな、でもこれ人間が作れるの……?」

 

黙ってしまったカセキに、どう言えばいいのか分からずまごつく桜子。

そしてかける言葉が決まる前にカセキが逆に桜子に問いかけた。

 

「のう、桜子ちゃん。漫画ってワシも出とった?」

「うん、出てたけど……」

「その『ワシ』もコレを作ったんじゃろうね……なら、このワシに出来んはずがないのう!」

 

言葉の後半で気合いが乗ったのだろう、服を弾け飛ばすカセキ。

それに最初はビックリした顔の桜子だったがすぐに吹き出してしまった。

 

「千空とおんなじ事言ってる、類は友を呼ぶだね! ね、千空」

「うるせえぞ、カセキがダチの理由はそんな程度のもんじゃねえよ。

カセキ、じゃあコイツはテメエに任す。手間取って遅れたら承知しねえぞ」

「任せんしゃーい!!」

 

そう言い合ってハイタッチを交わす二人。

 

「それじゃあ千空、カセキの補助は俺でいいのかい?」

「いや、そっちは大樹で司はこっちだな、主に木の切り出しで」

「なるほど、木の切り倒しは俺のが早いからか。他はそれぞれが声をかけて連れて行く形だね?」

「そういうこった、他になんか聞いとく事あっか?」

「フィラメント部分はどうするの?」

「風水車が終わり次第こっちでやってく、そっちが先に終わるってこたねえだろうからな」

「コイルは銅で作っていい?」

「金は量が厳しいと思うからそれでいいだろ、マンガンも十分あるしな」

「足らなくなったら場所はマグマが知ってるか、うん、あとは大丈夫」

 

全員をもう一度見回し質問がない事を確認、今日はすでに夜遅いので本格的に動き出すのは明日からだ。

解散後空を睨み千空は呟く、後ろにいる桜子に聞かせるように。

 

「へっ、未来なんぞ誰にも分からねえ、そんな当たり前のことが戻ってきただけだ。

元々オメーの漫画情報を当てにしてねえんだから何も行動に影響ねえよ。

アレを誰が作り上げたのかは知らねえが、全部調べ尽くしてやっから楽しみにしてろ」

「言いたい事先に言ってくれてありがとう。千空は鋭すぎてちょっと困るから、もうちょっと鈍くてもいいんだよ?」

「オメーが分かりやすいだけだ」

 

そういうと振り返り桜子の頭をポンポンと叩く千空。

 

「ふふっ、昔は子供扱いなんて反発するだけだったんだけど」

 

千空だと何でか嬉しいんだよね、と桜子は言いながら笑み崩れた顔で喜びを露わにする。

しばらくそのままでいた二人だがやがてどちらからともなく動き出す。

 

「明日からもしっかり頼むぜ」

「うん、任せて」

 

最後に短く言葉を交わし明日に備えそれぞれの家へと帰るのであった。

 

 

それからはそれぞれの目標に向けて忙しい日々が続いた。

例えばクロムであったら、

 

「じゃあ、先ずは相手が納得するポイントの見極めから行こっか」

「なあ、それって要訣、つまり基本にして奥義って奴じゃ……」

「あら、よく知ってるじゃない、それじゃあ遠慮なく課題出してくね。俺が成りきる人物の納得ポイントを見極めるのが課題だよー」

「ヤベーぐらい難しいんだけど!?」

 

午前は人間心理をこれでもかと学び、

 

「手始めに型を体に染み込ませましょう、最初は優しく500回ずつくらいからで構いませんよ」

「型が間違ってたら一回と認められねえから、それだけで夜になってんだが」

「初日から終わらせられたのですから十分でしょう、明日からは余った時間は走り込みです」

「初日から課題終わらねえ前提かよ! ヤベーぐらい厳しいかもじゃねえか!」

 

午後は氷月にみっちり扱かれる。

カセキであったら、

 

「ここの膨らみから伸ばして更に膨らましてって鬼むずこいんじゃけど……」

「すまん、カセキ、俺では理解できん。唯、千空が言うにはカセキができないなら、誰にもできないとの事だ」

「おほー、千空ってば持ち上げるのが上手いんじゃから。そんじゃ期待に応えてカッコいいとこ見せちゃおうかのう」

「ポンプが終わったら次はこっちの真空管の外側、それが終わったら回路の接続らしいぞ」

「ワシの作らなきゃならんもんって終わる気配無くない?」

 

次から次へと作成する物が出てきたり、千空であったら、

 

「川の流れが弱え、これじゃ上手く回んねえぞ……」

「場所を変えるにも開けている場所はここ以外には見当たらないが……、どうするんだい?」

「……ちょうどいい場所を作るしかねえな、木を切ったり川岸を固めたりしてな」

「人手を確保するために俺も声をかけてくるよ」

「場所の候補は出てっからその間フィラメント作りに必要な装置考えとくわ」

「その間に私は木を削れって言うんでしょ、分かってるよ千空くん」

「おう、頼んだ」

 

動力の作成の為四苦八苦していたり、フィラメント作りの装置に悩んでいたりしていた。

そして、桜子はと言うと、

 

「ねえ、何でマグマはここにいるの?」

「訓練の休憩時間に俺がどこにいようが勝手だろうが」

 

何故かマグマとともに銅線作りをしていた。

 

「いや、どこにいるのも勝手ではあるんだけど……、細かい作業嫌いじゃなかった?」

「司の奴だったらこのくらい朝飯前にこなすだろうが、それなのに俺が出来ねえ訳がねえ」

「いや、出来る出来ないじゃなくて……、つまり、アレ? 司と比べて不器用だと思われるのが嫌って事?」

「うるせえ! あいつに負けてるなんぞ納得できるか!」

 

青筋を立てて怒るマグマに内心辟易しながら宥めに入る。

 

「別に誰もそんな事思ってないでしょうが、一々気にしてたら負けよ? こんな事」

「思われるかもってだけでムカつくんだよ、誰が気にせずとも俺が気になるんだ」

 

これは処置無しだなと思い好きにさせる事にして黙々と作業に集中する。

 

「……他の奴はどうしたんだよ」

「村の仕事をやってるよ、これだけやってればいい訳じゃないからね。むしろ、これは余裕がある人だけ来てくださいって言ってあるし」

「おい、確かコイツは凄え長く作る必要がなかったか」

「うん、広場から向こうの山の天辺ぐらいまで作る必要があるよ」

 

あっけらかんと言い放つ桜子にマグマが声を荒らげる。

 

「なんでそれで助けを求めねえんだテメエは!」

 

その怒声にキョトンとして首を傾げる。

 

「だって急ぐ必要ないし、ゆっくりやって問題ないんだから焦る事ないでしょ?」

「だからって助けが必要ないって訳じゃないだろうが」

「ふふっ、心配してくれてるの? マグマのキャラじゃないのに。私は別に強がってる訳じゃないよ」

「応援に来たんだよー!」

 

その声に反応して作業場の出入り口に目を向ければ、そこにはスイカを始めとした村の子供達の姿。

 

「応援来てくれてありがと、みんな! でも、課題はちゃんとやってきた?」

「もちろんなんだよ! 書き取りも計算も全部終わらせてきたんだよ」

「偉いぞーみんな! 後でおやつ食べよっか?」

「わーい! おやつだおやつー!」

 

あっという間に子供達に囲まれ場は一気に騒がしくなった。

それを見たマグマは天井を仰いでため息一つ、そっと立ち上がり外へ出て行こうとする。

 

「マグマはお手伝いは? おやついらないんだよ?」

「俺は休憩中は手持ち無沙汰だから手伝ってただけだ、休憩が終わったから訓練に戻るんだよ」

 

それに気づいたスイカの声かけに素っ気なく返すマグマ。

その答えを皆は素直に信じ、行ってらっしゃいと手を振った。

 

「そっか、ありがとねマグマ。訓練頑張ってね」

「「「頑張ってねー」」」

 

背中越しに軽く手を上げる事で答えとしマグマは去って行った。

 

「ん〜? なんか変なの、何かあったのかな」

「ねえねえ桜子、またお歌を教えて」

「あ、スイカも聞きたい!」

「うん、いいよ。それじゃやりながら聞いてね」

 

マグマの様子が少しいつもと違うようにも思えた桜子だが、その疑問は子供達の対応をする内にすぐに埋もれてしまうのだった。

 

 

「マグマ様〜、見つけろって言ってた物見つかりましたよ〜」

「何! そうか、でかしたぞマントル! これで鼻を明かしてやれる!」

「あんな物で何をするんです? 鼻を明かすって……」

「ふん、マントル、その時がくりゃ分かる。オメエはこの事を黙っときゃいいだけだ」

「はあ、分かりましたよ〜」

 

そう言った後妙に張り切っているマグマの顔は、どこか悪戯小僧のような雰囲気があった。

 



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咲いた花の模様

これはある日のクロムの特訓中の会話。

 

「497、498、499、って、あー、くそっ、もっかい、499、500!」

「ふむ、指摘されるまでもなく型がおかしいことに気づけましたか。

実にちゃんとしていていいですねえ、ついでですから怪しかった分、5回ほど追加しましょうか」

「ヤベーぐらい厳しいな、ほんと。1! 2! 3! 4! 5! よし、終わり!」

「突然追加されても心折れなくなりましたね、その心構えがあれば予想外の事が起きても対処できるでしょう。では次の型に移る前にしばし休憩です」

 

休憩になった途端大の字に倒れこむクロム。

慣れぬ型稽古などして更に間違えたら一回と数えられないというプレッシャーがかかるのだ、疲れきるのも当然と言える。

 

「良い集中力です、君ならば必ずや目的を達成できる……と言いたいところですが、ね」

「ぜー、……ぜー……、無理に、お世辞、言わなく、てもいいぜ、マグマや、金狼との差は理解、してる、つもり、だ」

「無理に喋らなくてもいいですよ、今は息を整えなさい」

 

荒い息をしながら途切れ途切れに返事を返すクロムに呆れたように息を整える指示を出す氷月。

氷月の言葉に素直に従い、息を整える事しばし、ようやくある程度喋れるくらいまで回復したクロムは続きを話し出した。

 

「とにかく、俺とマグマや金狼の差はヤベーってレベルじゃねえって事は理解してんだ。

だから、色々科学装備作ってもらったり、それを審判に納得させられるように話術を習ってんだ。

なり振り構って居られるような立場じゃねえって自覚はあんだよ」

「ふうむ、どうにも理解できそうにないですが。愛の為、という奴ですか?」

 

本気で不可解そうに言う氷月に思わずほむらに同情を覚えるクロム。

しかし、ほむらもほむらでそれに全く興味ない事を思い出しなるほどと思い直す。

 

「割れ鍋に綴じ蓋、だっけか?」

「そこはかとなく馬鹿にされている気がしますが、まあいいでしょう。で、それはここまでやる理由になるので?」

「なるさ。ま、それだけじゃねえんだけど、なっ」

 

まだ座ったままだが体を起こせるぐらいには回復したのだろう、真っ直ぐ氷月の目を見てクロムは静かに語る。

 

「愛ってよ、色んな種類があんだろ? 家族愛や恋愛、後は友愛だっけか? それら全部ひっくるめていいなら愛の為って言っていいけどよ、さすがに乱暴な理論すぎねえかなって思うんだよ」

 

分かったような分からないような氷月の様子にちょっと可笑しさを感じながら続ける。

 

「このまま行きゃ優勝はマグマか金狼だろ、で、俺はどっちにも負けたくねえ、負けたくねえけど、より負けたくないのはマグマなんだよ」

「なるほど、だからこそ友情ですか。ところでそのマグマ君ですが、この頃どこかに出てばかりのようですが何かご存知で?」

「あれかー、見つけたいもんがあるって言ってたけど見つかったのかもだな。

でも時期が少し早えって千空が言ってたんだよなあ、予定通りに行くのか?」

「ふむ、この時期で少し早いというと……ああ、あれですか」

「え、分かんの!?」

「分かりますよ、日本人ならね。そろそろ休憩も終わりでいいでしょう、次の型稽古を始めますよ」

「おう、やってやんぜ!」

 

元気いっぱいに返事を返すクロムに満足げに目を細める氷月。

できれば彼が無事目標を達成できればいい、柄にもなくそう願ってしまうのであった。

 

 

その日は朝から何か変だった。

朝起きたら何故か杠に連れられて水浴びを共にし、朝食も付きっ切りで一緒だった。

別に嫌ではない、普段はそこまではしないが嬉しく思ったり珍しいと感じるだけで不審に思う事はないだろう。

しかし、杠が別行動する前に入れ替わるようにコハクが来て、今度は彼女がずっと近くにいるとなっては疑念を持つなという方が無理だ。

 

「ねえ、みんなして何を企んでるの?」

「はっはっは、桜子、企むとは人聞きの悪い、私は今日は桜子と話がしたかっただけだぞ」

 

これは返事を用意していたな? そう思えるぐらいの速さと棒読みっぷりだ。

コハクにこういう事を仕込めるという事は……計画にゲンが一枚かんでるな。

しかし、ゲンならこうなって私の疑いが深まるだけと分かるはず?

それ前提で動いてる? 何のために?

駄目だ、分からないとにかく今は何が起きてもいいように警戒しておかなければ……。

この時コハクは内心こう思っていたらしい。

 

(ゲンの言う通りになったな、目の前で怪しい事があると桜子は途端に警戒のため大人しくなる)

 

のちに聞いた時私がぎゃふんと言った事は当然の帰結であろう。

 

 

「よし、では準備をしようか!」

「その背負子と布は何に使うのか聞いてもいい?」

 

午前中はずっとコハクと銅線作り……っていうか、珍しく誰も来なかったんだけど!

これ明らかに全員グルで私に何かしようとしてるよねえ!

そのあたりきいても答える気のないわざとらしい笑いで誤魔化すし!

 

「何する気なの」

 

ジリジリと後ろに下がりながらもコハク相手ではろくな抵抗もできずに捕まる未来しか見えない。

 

「それは着いてからのお楽しみだな、さ、準備するから力を抜いてくれ」

「誰かー! ここに誘拐犯がー!」

 

予想に違わず私はあっさりと目隠しされて背負子に乗せられ運ばれるのであった。

皆私の事荷物と勘違いしてない?

 

 

荷物と化してコハクの背で揺られる事しばし、目隠しされている為もはやどこに向かっているのかさえ分からなくなった頃。

ようやく揺れが収まる、つまりコハクの目的地に到着した。

 

「さあ、着いたぞ。今目隠しを外すからな……」

 

そう声をかけられて目隠しが外れる。

ゆっくりと目を開けてみると……、

 

「……綺麗」

 

そこには満開の桜の花があった。

 

「どうだ? これは君の名前にもなっている花なのだろう? とても美しいじゃないか」

 

なんでこの時期にとか、いつ見つけたのとか、たくさん聞くべきことはあったはずなのに、私はその美しい花に完全に心奪われていた。

 

「ふふん、私は途中からだが色々手伝ったりしたのだぞ。

料理は残念ながら下ごしらえの時に切る事ぐらいしか手伝えなかったが、運搬や設置には大活躍だったのだからな」

 

コハクの話は確かにこの時私の鼓膜を震えさせていたのだが意識には入っていなかった。

なるほど、これが心奪われるという事かと後から思ったものだ。

 

「なーに言ってやがるんだかこのメスゴリラはよお、テメエは料理がまだまだだから力仕事に回されたってだけだろうが」

「うるさいぞマグマ! っていうかゴリラじゃない!」

 

心を奪われっぱなしだった私は、マグマが来た事に頭に彼の手が置かれてからようやく気づいた。

 

「よう、気に入ってくれたみてえだな」

「……っ、ごめん、気づかなかった。これマグマが?」

「おうよ! と、言いてえところだが、見つけたのはマントルだし、こんなに綺麗に咲いたのは俺の手柄じゃねえ」

 

そう言って顎をしゃくる先には千空の姿。

 

「咲かせるのは全員の力が必要だったんだから誰のって話じゃねえさ、俺は知恵を貸しただけとも言えるしな」

「! そうだよ! まだ三月の九日でギリギリ上旬だよ、なんでこんな満開になってるの?」

「あー、かなりの力技だぞ。時期ってのはつまりどれだけ周囲の気温が上がって来たかっていう目安だろ?

だからこの周囲の温度を無理矢理上げてやりゃあ咲くんじゃねえか、ってだけの話だ」

 

いや、屋内ならともかく屋外で常に気温を上げ続けるなんて無茶な話……、

 

「しばらく前に風水車出来上がってたよねえ、後作った銅線ちょこちょこ持ってってた……まさか、本当にまさかと思うけど」

「おう、そのまさかだ。この周辺に電熱線回してずーっと熱起こし続けたっつー無茶苦茶だ」

 

私はあまりの事に声も出なかった。

それにかかる労力、時間、資源その全てがかなりのものになると予想できたからだ。

 

「なんで今日なの、宴会なら御前試合の後のが丁度いいでしょうが。

その頃なら満開の時期だし、理由もできるのに……なんで?」

「言うまでもないんじゃない? ねえみんな?」

 

よく見れば村の人も復活者も全員揃っている。

 

「「「「「「「「誕生日おめでとう!!」」」」」」」」

 

……ええええええ!!!!!

頭の中が大パニック状態だ。

 

「私の誕生日を祝うためだけにここまでしたの!?」

 

だとしたら無駄遣いもいいとこだ、祝ってもらう立場でいながら言うのもなんだが酔狂が過ぎる。

 

「安心しろよ、どっちかっつーと花見をしたいってのと……」

「ようやく百物語がその役目を果たす事が出来た事や、春が来た事のお祝いが主眼になりますので」

「そっか、それなら一安心……じゃないよ! それだったら尚更もう少し後でいいじゃない! ずらすとしたら私の誕生日祝いの方でしょ、普通!」

 

穏やかに笑うルリさんに危うく騙されるところだったが何とか疑問を突きつける。

 

「とは言ってもな、御前試合まで残り一か月、参加予定の者は調整して行きたいであろうし、これ以上百物語の祝いを伸ばすのもどうかと言う意見も強くてな。ならばまとめてしまえば良かろう」

 

むう、そんなにいくつものお祝い事を個別にはできないのも確かなのか……?

って、いかん、これはなし崩しに納得させられるパターンだ!

 

「もうちょっと、こう、何ていうか、その、規模を小さくっていうか……」

 

無理矢理口からひねり出したが、ダメだ、顔が嬉しさでにやける、赤面するのを止められそうにない。

 

「そこまで喜んでちゃ説得力ねえぞ、素直に喜んどけ」

「と、普段から素直じゃない奴が言っている」

「うるせえぞ、メスライオン。手伝いの初っ端から焦がす失敗して力仕事に回された奴は黙ってろ」

「ゴリラよりかはマシだが誰がメスライオンか! というか人の失敗をあげつらうんじゃない!」

「コハクよ、それはブーメランが刺さるというんだぞ」

 

コクヨウさんに指摘されたコハクがうぐっという声をあげておし黙る。

その姿に周りから笑いがもれる、私自身も思わず笑ってしまった。

ああ、もうダメだ嬉しさを我慢できない、気づけば私は笑顔でお礼を言っていた。

 

「みんな、ほんっとうにありがとう!」

 

そう素直に言えた私を見てみんなも嬉しそうに笑ってくれた。

 

「ようし、それでは宴を始めるぞ!」

「「「「「おー!!」」」」」

 

コクヨウさんの号令で並べられていく料理たち、もしかして朝から作ってたんだろうか?

今更気づいたけどそういえば今朝炊煙登ってなかったな……って事は大分前からの計画だなこれ。

 

「あれ? お酒はなしなんだ、宴会なのに」

「ああ、御前試合の後のために取っておきたいから今日はなしだそうだぞ」

 

ふとした私の疑問にコハクが答える。

 

「んー、……ねえ、千空」

「別にいいんじゃねえか、想定してたより天使の取り分少なかったんだろ?」

「うん、ありがと。ねえ、コハク、酒蔵からワインを二樽持ってきてくれない?」

「いいのか? アルコールがたくさん必要と聞いていたのだが」

「うん、ロッシェル塩はもうできてるし、アルコールの確保も順調だしね」

 

少しずつでも酒を飲めるとなってより一層宴は盛り上がるのだった。

 

 

宴会の中でたくさんの人と話した。

 

「ふん、本当はテメエ一人に見せるだけでいいか、と思ってたんだがな、なっかなか花が咲きやがらねえから仕方なく千空の野郎に相談してやったんだ。……まあ、いい知恵を出してきやがったよ、アイツは」

 

マグマからは花見がこんなにも大規模になった原因を聞き、

 

「改めて、誕生日おめでと、桜子ちゃん。日付を当てたのどうやってか聞きたそうだねえ。単純だよ、だって君言ってたじゃない、『語呂合わせだったら美玖でよくない?』って」

 

ゲンからは誕生日の日付が分かった理由を聞き、

 

「誕生日おめでとう、桜子。君が目覚めてくれたことに、石化中ずっと意識を保っていたことに感謝の言葉を送らせてくれ。君がいてくれたから俺は道を間違えずに済んだ、ありがとう」

 

司からはあり得たかもしれない大量殺戮する未来を進まずに済んだことを感謝され、

 

「小耳にはさんだのだが、私と司は敵同士になってたかもしれなかったらしいな。

今の私からは少々想像ができないんだが、私はそうならなくてよかったと思っている。

改めて礼を言うぞ、君がいてくれてよかった、ありがとう」

 

コハクからは多少顔を赤くしながら、司との敵対を回避できたことに感謝していると告げられ、

 

「桜子、おめでとうなんだよ!」

「またお歌教えてね!」

「……絵の描き方、助かった」

「あんたのおかげで料理って奴の楽しさが分かったんだよ、ありがとうね!」

 

村の人たちからは教えた知識について感謝され、

 

「誕生日おめでとう桜子! 今日までのこと本当に感謝している! また明日からもよろしく頼む!」

「おめでとう桜子ちゃん、今日まで沢山の知識で皆を支えてくれてありがとう、明日からまたよろしくね」

 

大樹と杠からは今日までの感謝と明日からも一緒にいようと告げられ、

 

「誕生日おめでとうございます、貴方の目の前にある今日は貴方の努力の結晶です。胸をはって受け止めるとよいでしょう」

 

氷月からは自身の努力を称えられ、その他の皆にも沢山のおめでとうをもらった。

本当に嬉しすぎて涙をこらえるのに相当の努力が必要だった。

だというのに千空とカセキときたら、

 

「ほっほー、おめでと、桜子ちゃん。これは千空がデザインしてワシが作ったんじゃよ、受け取ってちょ」

「……これって」

「髪留めだな、さくらんぼとどっちにすっか迷ったんだが、ちいと子供すぎだろって事でこっちにした訳だ」

 

それは桜の花がデザインされた銀の髪留め。

 

「女向けにゃあちょいと無骨だったかと思わんでもないんだが……、ま、許せ。

さすがに女性用の小物のデザインまでは分かんねえんだ、ってどうした! 気に入らなかったか!?」

 

それを受け取った私は我慢しきれずポロポロとうれし涙を流していた。

 

「ええ! 気に入らなかったの! 千空、やっぱりさくらんぼの方がよかったんじゃ……」

「ちが、ちがう、の、今日、すっごく、嬉しい事ばっかりで、限界、超えちゃった、だけなの……」

 

誤解だけはさせないようにそこまではしゃべったけど、そこから先はちょっと言葉にならなかった。

でも、二人にはちゃんと伝わったみたいでしょうがないなって顔で笑ってくれた。

生まれて、生きてきてよかった、そう思えた初めての誕生日。

記憶を忘れるという事の無い私だけど、この日の事は生涯でも指折りの喜びの日。

もらった髪留めは私の宝物、その第一号。

この後も増えていった素敵な記憶と最高の思い出と並んで決して捨てられないものの一つになったのだった。



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御前試合① 組み合わせ発表〜第一試合開始

いよいよやってきた御前試合当日である。

空は快晴、気温もすごしやすく日差しは心地よい塩梅。

出場者にも観戦者にもよい最高の天気といえた。

今は組み合わせ決めの為のくじ引き中だ、真っ先にクロムが引きに行った後続々と村の若い男連中が引いている。

男達が引き終わった後、今度はコハクが引いてコクヨウが慌てる場面も見られたが概ねくじは引かれたようだ。

 

「ねえ、あの組み合わせ表変じゃない?」

「あん? ……確かに変だな、村の男共で10人で、プラスコハクで11人のはずだよな」

 

しかし組み合わせ表は6組と余りが一枠、後2名足らないのだ。

 

「確か、復活者はあまり村に関係がないから、参加しないようにするって話だったはずだが……」

 

ん? と桜子が司の今の科白に首をひねる。

どこか今の言葉にひっかかりを覚えたのだ。

そして、そのひっかかりはすぐに判明した。

審判であるジャスパーがくじを持ってきたのだ、千空と司に引いてもらうために。

 

「残るは二人だけだ、どちらでもいいので引いてくれ。残った方がもう一人の分になる」

「「はい?」」

 

千空と司の声がハモる、表情も、気持ちも同一だろう。

 

「あー! 『村の関係者』だ!」

 

二人が疑問を発する前にそれに気づいた桜子が大声を出した。

 

「ああ、なるほど。千空は村の創始者の子だからか、確かに関係者だ」

「いや、参加するかどうかには関係ねえだろ」

「しかし、俺は何故なんだ? 参加を希望した覚えはないんだが……」

 

最もな司の疑問だがジャスパーはむしろ困惑しているようだ。

 

「受け付けは確かに代理であったが、参加を希望してはいなかったのか?」

「ええ、村にそこまで深く関係していないと思っていたので。代理で受け付けをしたのは誰なんです?」

「マグマだが」

 

ジャスパーがそう言うと皆一斉にマグマを見る。

当のマグマはというと、

 

「おう、俺が勝手に登録したぞ」

 

悪びれもせずに堂々とそう言ってのけた。

それに真っ先に反応したのは、コハクだ。

 

「なぜそんな事をしたのだ、このゴリラ顔ぉ!」

「うるせえなぁ、『何故』なんて決まってんだろうが」

 

マグマは言葉通りうるさいとしか思っていなそうな表情でコハクを一瞥した後、司を睨み指を突き付ける。

 

「司、テメエと決着をつけるためだ! この大一番でどっちが上かはっきりさせようじゃねえか!!」

 

マグマから火が燃えるかのような気迫が吹きあがる。

その気迫の余波を受ける羽目になった千空と桜子が思わず司の横から逃げるように後ろへと飛ぶほどのものであった。

それを受けた司はというと、

 

「……俺に、勝てる自信がある、そう思っていいのかな?」

 

ゆっくりと口角をつり上げ嬉しそうに、楽しそうに笑う。

 

「その挑戦、喜んで受けようマグマ。君と初めて会ってから半年以上が経つが……どれだけの物を積み上げてきたのか、見せてもらうよ」

 

戦闘を生業とする者の本能が疼くのだろう、獰猛な獣のごとき笑みを見せるのだった。

 

「つ、司? ちょっとキャラ違わない?」

「そうかな? うん、そうだね、普段の俺とは違うように見えるだろうね。

だけど、自らが強いと証明する事が嫌いな男なんていない、それだけの話さ」

「はい」

 

桜子は完全にドン引きである。

彼女にも一応前世の輩の記憶があるので、多少は理解できるが戦闘者ではなかったので多少でしかない。

司とマグマの雰囲気に引いてしまうのも無理ない事であろう。

 

「待て待て司! そんなことを言って決勝まで当たらなかったらどうするのだ! まさかそのまま姉者と結婚する気か!?」

「11/12、5/6、2/3か、約5割ってとこだな。十分ありうっぞ、そんときゃどうすんだ司?」

「その時は準決勝で参ったするよ、チャンスは今日だけではないだろうからね」

 

できれば今日当たれるのが一番だけどね、と軽い調子で言う司。

だが、その軽さが逆にコハクにはカチンときたらしい。

 

「つまりあれか、結婚などの話は君の中で気にするような事ではないという事だな?」

「? いや、そういう訳では……」

「マグマぁ! 当たった時は覚悟しておけ! 手加減なぞ一切なしで貴様を叩き潰すからな!」

 

見た事ないような怒りを見せるコハクに司は戸惑いを隠せない。

一方その怒りを向けられたマグマはというと、

 

「おう、できるもんならやってみろ、司の前にテメエをぶっ倒して誰が村最強か教えてやるよ」

「言ったな、必ずその言葉を後悔させてやるから覚悟しておけ!」

 

耳をほじりながらのニヤニヤ笑いでむしろ楽しそうに返す。

そんな男共の態度に怒りを撒きながらコハクはどこかに行ってしまう。

後に残されたのは困惑気味の司、むしろ上機嫌なマグマ、そしてウンザリとした顔の千空であった。

 

「何故、彼女はあそこまで怒ったんだろうか?」

「知らねえよ、気になるならとっとと参ったでもして話を聞いてこいや」

 

面白がっているのを隠そうともしないマグマ。

それだけ言ってこれ以上は面倒くさいとばかりにその場を去っていく。

 

「嵐、いや荒らしかな、どちらかというと」

「煽って煽って、後は知らねえか、言いえて妙だな。で、どうすんだ司?」

「とりあえずは出場するよ、何か癇に障ってしまったみたいだが決勝まで進まなければ許してはくれるだろうし、ね」

「つまりは保留、後回しにって事だな。話を聞ける状態になったらしっかり聞きに行けよ、あのまま放置何てしたら面倒がさらに酷くなんぞ」

「わかった、心に留めておくよ」

 

千空の言葉に頷いた後くじを引き、少し一人で考えたいからとこの場を去る司。

最後に残ったくじをそっと渡されてしばらくした後ふと気づく。

 

「って、だからなんで俺が参加しなきゃいけねえんだよ!」

「数合わせかなあ、千空いないと12人になって準決勝が3人になっちゃうから」

「開始して即参ったしてやる……」

 

千空の恨みの篭った声に乾いた笑いしか返せない桜子であった。

 

 

全員がくじを引き終わり組み合わせが決定。

今まさにその発表がされようとしていた。

 

「あの騒ぎはそういう事だったのか、……正直司と当たったら負け決定だから当たりたくねえな」

「まー無理だろうな、化学装備全部当てても怯んでくれるビジョンが見えてこねえ。

運任せってのは科学者にとってあるまじき態度だが、こればっかりははどうしようもねえ」

「祈れってか、又は話術で司を納得させるか……ヤベー、できる気が全くしねーぞ」

「ホント祈るぐらいしか出来ないね、さっさとマグマと当たって満足してほしいかなぁ」

 

クロムに先程の騒ぎを説明しながら発表を待つ千空達。

しばらくしてジャスパーが組み合わせ表の前に立つのを見てそちらへと向き直す。

村の全員だけでなく観戦するだけの復活者達も固唾を呑んでそれを待つ。

 

「つかさんはすぐにマグマと当たる、つかさんはすぐにマグマと当たる、つかさんはすぐにマグマと当たる!」

「南、今のあんたちょっと怖いんだけど」

 

一部理由が違う者もいるようであるが。

それはともかく、とうとうジャスパーが口を開き話を始めた。

 

「さて、組み合わせの発表の前に一部ルールの変更を伝える。

前回まではくじを引くのは一回戦前の一回のみであったが今回は一回戦、二回戦において不戦勝枠が存在する。その為公正を期す為に組み合わせ表の全ての試合が終わるたびにくじを引き直してもらう。異議ある者はいるか?」

 

御前試合においてルール変更等聞いた事がない村人達が多少ざわめくがすぐに収まった。

実質的な変更はほぼないと気づいたからだ。

ふと気付いた桜子が千空に確認する。

 

「千空、もしかして相談された?」

「ああそーだよ、ちとさっきの奴は迂闊だったか」

「だよねえ、じゃなきゃ11/12はともかく5/6は出てこないもんね」

「参加者が事前にルール変更を知ってたらまずいだろうが、コクヨウの奴何考えてんだか……」

「千空のエントリーしたのコクヨウさんなんだね、まあ村長に一番相応しいってなると千空一択だもんね」

「創始者の子だもんな千空は、当たっちまったら頼むぜ」

「ああ、とっとと参ったすっからむしろ当たるよう祈っとけ」

 

ナマリが組み合わせ表に似顔絵を描き始め、組み合わせ発表がいよいよ始まる。

 

「第一試合! マグマ対コハク!」

「第二試合! 金狼対アルゴ!」

「第三試合! 司対ハガネ!」

「第四試合! 銀狼対ガンエン!」

「第五試合! ナナシ対マントル!」

「第六試合! クロム対チタン!」

「一回戦における不戦勝枠は千空、以上である」

 

発表されてすぐには誰も何も言わなかった。

その組み合わせを皆が理解した瞬間大騒ぎになったが。

 

「おいおいおい! なんだこの強い奴から組みましたみたいな組み合わせは!」

「いきなり頂上決戦じゃねえか、マグマ対コハクと金狼対アルゴなんて!」

「ぐわっはっはっは! コイツはいい、先ずは村最強を証明するいい機会じゃねえか!」

「ふふふふふ、マグマさえぶっ飛ばせば司が残る理由はない、この戦い私の勝利だ!」

「コハクー! 絶対に勝ちなさいよー!! つかさんの参加理由をさっさと吹っ飛ばして!!」

「金狼! テメエ余所者なんぞに色々習っているみたいだが、そんなもん余分なんだって事教えてやるぜ!」

「尾張貫流槍術は余分な物などではない、試合でそれを存分に見せよう」

「よ、よかった〜、くじ引き直しでホントよかった〜。そうじゃなきゃ二回戦で即終わってたよ〜」

「ちきしょう、なんで俺が不戦勝枠なんだよ……」

「ど、どんまい、千空。大丈夫、どんなに悪くても準決勝では対戦相手いるから」

「そりゃ俺がまた不戦勝枠引くって意味かテメエ!」

(引きそうな気がする、フラグって奴だっけか?)

 

悲喜交々である。観戦する者としてはすぐに面白い試合が見られるし、他の出場者にとっては強い奴から潰れていくので悪くない、当の本人達には体力的に見て一番の状態で当たるので好都合、とほぼ文句のでない組み合わせであるので、実は悲しみにくれているのは千空ぐらいであるのだが。

 

 

そして第一試合、マグマ対コハクの開始である。

 

「くっくっく、マグマ、ふざけた事をしでかしたバチが見事に当たった形だなぁ」

「はっ! そういう事は俺を負かしてからほざくんだな!」

 

全身全霊でいい気味だと笑うコハクに軽く返すマグマ。

ただし、お互いすでに構えをしていつでも動けるような状態になっている。

マグマは剣道で言う所の正眼の構えであり、コハクは左のナイフを前に出しているまるでボクサーのような体勢だ。

その二人の構えにいつからいたのか氷月が独り言のように呟いた。

 

「ふむ、なるほど、それぞれの狙いが分かりやすいですね、これは」

「わざわざ解説してくれんのか、おありがたいこったな」

「一見興味がないように聞こえますが、実は言葉通りですか。それではツンデレというレッテルが剥がせないのでは?」

「いいから解説してろ! ツンデレ云々は他の奴らが面白がって言ってるだけだっつーの! つーかオメーからツンデレなんて単語が出てくるって方が驚きだ!」

「そうですか? 私とてまだ20代の若僧ですので、そういう言葉を使っても不思議ではないはずですが。まあそれより解説をするとしましょうか。

先ずコハク君は構えから想像しやすいでしょうが、アウトボクシングのイメージですね、違いは左腕が牽制だけでなく防御も担う所ぐらいでしょう。左で相手の隙を作り右で決めていく、足を使って撹乱し相手の攻撃は決して受けない形です。

一方マグマ君ですが……」

「それでは第一試合、始め!」

 

氷月の解説の間にジャスパーの開始の合図が入った。

 

「ぬおおおおお!!」

 

それと同時にマグマが飛び出し強烈な唐竹割の一撃を見舞う。

あまりの威力に地面にめり込んでいる程だ、得物は木と布でできた無用な怪我をさせぬよう配慮された物だというのに。

 

「コハク君の持ち味の一つは速さです、動き回られたら厄介この上ないでしょう。

それが故の一撃必殺、随分と修練をしてきたのでしょうね、凡百の者では気づく事すら出来ずに打ち倒されていたでしょう」

 

そう、マグマの一撃は“地面にめり込んでいる”のだ。

 

「ああ、マグマ、素晴らしい一撃ではないか。前とは比べ物にならない程鋭い一撃だ」

 

コハクの賞賛の声が響く。

 

「だが、私に当てるには遅すぎる一撃だな」

 

信じられない光景だった。

コハクはただ避けるに飽き足らず、

 

「こういう時はこういうのだったかな? 『どうした、貴様ともあろう者が動きが止まって見えるぞ!』」

 

なんとマグマの振り下ろした剣の峰に乗っているではないか!

そして言葉を最後まで言い切る前に顎狙いの鋭いバク転蹴り、サマーソルトキックを繰り出す。

慌てて頭を体ごと横へと逸らしなんとか直撃を避けるも、側頭部にかすめるコハクの蹴り。

その風切り音にマグマの背に嫌な汗が流れる。

しかし、直ぐにその恐怖心をねじ伏せ再度構えをとる。

開始前と変わらぬ筈のその二人の対峙する姿は、観戦する全ての者にとって全く別に見えた。



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御前試合② マグマ対コハク

試合は一方的なものになっていた。

マグマは最初の奇襲失敗から一転防御に徹し、コハクの猛攻を受け続けていた。

左、左、右、また左、次は蹴りが脚へ、かと思えば右が頭へ、その速度を生かしてマグマに一切攻撃を許さないコハク。

マグマは完全に防戦一方であり、試合は一方的なものになっていた。

素人目には、だが。

 

「さてさて、面白い展開といえるでしょうね。どちらに転んでもおかしくない状況ですよ、これは」

 

言葉通り楽しくてしょうがないのだろう、氷月の声はいつもと比べて大分弾んでいる。

 

「そうなの? コハクが一方的に攻撃しっぱなしで一方的にしか見えないけど」

「ええ、その点は間違いありませんよ、それこそがマグマ君の狙いでしょうから」

 

揃って首をひねる二人に氷月は苦笑するしかない。

さすがの千空と言えどもまだ16歳だ、知らない事も多くある。

特に戦い、それも武術などと呼ばれるものには関心を持ってこなかったのであろう。

周囲にはそういう者もいなかったようであるし、分からないのも無理もない。

 

「コハク君の持ち味は速さの他にもう一つ、眼の良さです。

迂闊に仕掛ければ手痛い反撃を受けるのは必然、それを受けるぐらいならば多少の被弾は必要経費と割り切り、隙を待つ作戦でしょう」

 

氷月の言葉を聞いてから二人の様相を見れば、確かにマグマにはいくつも攻撃を受けたりかすめたりした跡が見える。

 

「ですが隙を待つ間に倒されては意味がありません、ゆえに決して勝負が決まるような一撃は受けられない。

彼はそれを防ぐ、あるいは避けることに集中しているのでしょう。自分の手札の中で出来ることとできないことを素早く取捨選択した良い判断だと思いますよ」

 

そして、同様に大きい一撃は全くと言っていいほどもらわないのだ。

対峙するコハクにもそれは当然理解できている。

牽制を多少当てているだけの現状では必ずや自分の体力の方が先に尽きる事も。

故に、彼女は覚悟を決める。

一歩大きく後ろへと飛び間合いを空ける。

 

「ふうぅぅー、マグマよ、まさか貴様がここまで我慢強いとは想像していなかったぞ。

認めよう、このままでは私の負けの可能性の方が大きい事を」

 

そう言うとコハクは姿勢を低く構え、

 

「故に、切り札を出そう。司にもまだ見せていないものだ、誇るがいい」

 

一気にマグマ目掛けて飛び出した!

その動きは先の動きと比べてほぼ変わらない程度の速さにしか見えない。

つまり、そのまま受けては大勢が決まる勢いという事だ。

当然マグマは迎撃を選択する。

そして、剣を振るった後信じられない光景を見ることになった。

コハクの姿が、ブレたのだ。

驚愕に体が固まった次の瞬間には全身に感じる衝撃。

発生源は背中、次に地面と叩きつけられた正面側。

追撃を避けるためそのまま前方へと何回も無様に転がる羽目になっていた。

 

「テメエ、今のは一体……!」

「ゲンが言っていた言葉だがな、『手品のタネをすぐに明かすマジシャンなんていない』。

知りたければ自分で見破る事だ。もっとも、その頃には貴様の負けは決まっているだろうが、な!」

 

再び走り出すコハク。

慌てて剣を振るうもまたコハクの姿がブレる、そして剣がすり抜け再度地面に叩きつけられるマグマ。

今度こそ試合は一方的になってしまった。

走るコハク、地面に転がるマグマ、防御もままならないまま一方的にダメージを受け続ける。

 

「さっきからコハクの奴、目の前でいきなり移動速度が変わっていやがる。あんな事されたらたまらねえぜ」

「あれは一体、どんな歩法を参考にしたのでしょうかねえ。武術、いや、まさかスポーツの類? 相手を躱す事が主眼に見えますが……」

 

呟きながら桜子を見やる氷月。

当の桜子は呆れ返った顔で呆然としていた。

まあ、それも当然と言えば当然だ。

 

「少し話した漫画の技を再現して実際に使うなんて、誰が予想出来るっていうのよ…」

 

そう呟いた後、右手で顔を覆う桜子。

彼女が見てすぐに気づいた訳ではなく、氷月と千空の言葉で気づいたのだ。

そして、だからこそそれがそうなのだと分かったのだ。

 

「デビルバットゴースト……ネタに走るならまさか完成してたの、とでも言うべきかしらね」

 

頭痛を堪えるような表情で絞り出すように声を出した。

 

「漫画? デビルバットゴースト? 何の話をしているので?」

「あー、何となく察したわ。つまりあれだろ? 適当に漫画の話をしたら気に入ったコハクが再現しちまった、そういう話だろ?」

 

沈痛な表情で桜子はそっと頷く。

二人揃って先程の桜子と同じ呆れ返った顔になった。

 

「漫画の技を又聞きで再現するとは……呆れたセンスですね。関心もしますが同時に呆れかえりますよ」

「いきなり歩幅を変えりゃそりゃフェイントには最高だろうけどよ、普通やろうと思うか?」

「すごい苦労はしてたと思うよ、思い出せば足痛そうだった日も結構多いし」

 

その努力は凄いと思うし、結果も出しているので文句もつけられないのだが……

 

「ガキがアバンストラッシュ真似するような感覚でやったんだろ、アイツ」

「意外とノリがいいのよね、コハクってば」

 

その動機だけは本当にどうにかならなかったのだろうか?

 

「いえ、勝負の世界では結果が全て。どのような動機であろうと問題になりません。

……そう、結果が全て。確かに今はコハク君が有利ですが、マグマ君はまだあきらめていませんよ」

 

すでに何度も地面に打ち倒され土埃にまみれているが、マグマの目はまだ死んではいなかった。

 

 

何度目かわからぬコハクの走りにまたしても防ぎきれず一撃をもらう。

急所への攻撃こそ防ぎきっているものの、きっと他の部分は青あざだらけの酷い状況だろう。

まったく、厄介な事を教えてくれたものだ。

この当たる直前でブレていなくなるような訳の分からぬ動きを教えたのは、多分だが桜子の方だろう。

千空ではない……接点が少なすぎる。

司でもない、それだったら自分に気づかせないというのはかなり困難だ。

なら、桜子に決まっている。

大方話のタネとしてしゃべったものをコハクがなぜか再現してしまったのだろう。

というかここからチラリと見える表情がそれを物語っている。

 

(なんだその『あ、やばいかも』っつー顔は)

 

まさかこの程度で自分が諦めるとでも思っているのだろうか?

あまりこちらを舐めるなという話だ、こんなもん大した事ではない。

要は防ぎにくい所から攻撃されやすくなっているだけではないか、そう考えれば最初の防戦一方の状態が少し悪化しただけだ、大した事じゃない。

厄介だろうがなんだろうがやる事自体は変わってはいないのだ、ならば最初の予定通りやればいいだけ、難しい事など何もない。

実際狙い通りコハクの体力は削れていっているし、思考の方も鈍くなっている頃合いだろう。

ならそろそろ仕掛けるべきタイミングだろう。

そんな事を考えていたせいだろうか、

 

「この状況で笑うとは、随分と余裕じゃないかマグマ。それとも被虐趣味にでも目覚めたか?」

 

知らず笑っていたらしい。

どうもポーカーフェイスは苦手だな、師事した片方が悪かったかと心の中だけで呟く。

 

「はっ! 余裕に決まってんだろ。まさか、テメエのヘナチョコな攻撃で、俺が参ったするなんて夢想してんじゃねえだろう?」

 

半分は虚勢でもう半分は自己暗示だ、このまま待つだけでいたら確実に自分が倒れる方が早い。

だから挑発する目的も込めて言ってやる。

 

「言ったな、マグマよ。なら、そのヘナチョコな攻撃をいつまで耐えられるか、見せてもらおうか!」

 

よし、かかった! 第一段階クリア、とでもいうだろうか、あのチビならば。

後は自分の演技力がコハクを騙し通せるかどうかだけ。

さあ、博打の始まりだ!

 

 

威勢よく余裕だと言い切ったマグマであったが、その後もやはり先程と同じ光景を繰り返している。

 

「あっちゃー、これはマグマの負けかなあ」

「ふむ? 桜子君はマグマ君のトレーニングを見ていたのですよね、彼が勝つとは思わないので?」

「どっちにも頑張ってほしいけど、この状況見せられると、ね」

 

かたや汗こそかいているものの息が乱れる程度で土のついていないコハク、かたや土まみれ、埃まみれで汚れてない場所がないマグマ。

どちらが優位か一目瞭然である。

 

「あの技を教えた君なら知っているのでしょう? あれの欠点を。マグマ君のトレーニングはどこを重点的に行いましたか? その二つと現状を合わせて考えれば答えは出せるはずですよ、マグマ君の狙いがなんなのかを、ね」

 

ゆっくり諭すようにいう氷月の言葉に考え込む桜子。

 

「……あれ、もしかして」

「気づけたようですね、ちゃんとしていて実に素晴らしいと思いませんか?」

 

千空も気づいたらしく頭を掻きながら心底意外そうに言う。

 

「いい観察眼してんじゃねえかマグマの奴、初見のもんを見てすぐに気づけるなんてよ」

 

そこまで三人が話したところでワッと歓声が上がった。

マグマがついに膝をついたのだ、ここぞとばかりに一気に走り出すコハク。

試合の決着がつく、観客も選手も全員が確信した瞬間だった。

 

 

ところでコハクの持ち味として速さの他に眼の良さがある。

ここまでその眼の良さで、マグマの行動の起こりを見切り回避に繋げてきたのだ。

だから、その一瞬のマグマの表情の変化を彼女は見逃さなかった。

自分が走り出したのを見たマグマの口角が持ち上がったその瞬間を。

瞬間でコハクは理解した、これは罠だ!と。

しかし、すでに走り出した自分の勢いは止められない。

だがすぐに思い直す、問題などない。

先程から自分には一発も当たっていない、この走法と眼があればどんな攻撃も避けられる。

その証拠にマグマの肩の筋肉が動くのが分かる、飛び込んできた自分を一撃で気絶させるつもりなのだろう。

随分と力を乗せているらしい左肩に注視し、振るわれる剣をギリギリで回避。

そのままの勢いでマグマの横を通ろうと……

 

「捕まえたぜ、コハクゥ!!! ああ信じてたぜ、テメエなら俺が笑ったことに気づくってよお!!」

 

出した脚を、マグマがつかんでいた。

不味い! そう思う間もなく体が宙に浮く感覚、投げられたのだと理解したのはすでに空が近くなってから。

だが、まだだ、投げられ地面に叩きつけられた程度で諦めるほど自分の往生際はよくない!

そうして空中で体勢を整え着地をする瞬間に備えようと下を見た時見えてしまった。

そこは試合会場より遠くの空、真下に見えるのは湖面のみ。

水の民としての本能で体を真っ直ぐにしながらもコハクの頭の中は真っ白になっていた。

そして、試合会場では声が二つ響き渡っていた。

審判のジャスパーの勝者を告げる声と、勝者であるマグマの雄たけびが。



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御前試合③ 第二試合 金狼対アルゴ

コハクがマグマに投げられた瞬間一番に声を上げたのは意外にも銀狼であった。

 

「ああっ、コハクちゃん下なんか穿いてた! 下着じゃなかったなんて!」

 

訂正、意外でもなんでもなかった、ただのスケベ心だった。

 

「貴様は何を口走っているんだ!」

 

そして、当然ながら金狼に殴られた。

しばし痛みに悶える銀狼、しかし、彼のスケべ心は不滅だった!

コハクが湖に落ちたのが見えた時点でマグマの勝利が告げられる。

マグマの雄叫びが上がり歓声とマグマに賞賛の声がかかる中、彼はハッと何かに気づく。

湖に落ちる、つまりびしょ濡れ……! 濡れた体、落ち込むコハク、……チャンスでは?

 

「僕ちょっと行ってくるね〜」

「どこへ行く気だ、銀狼」

 

気づいてすぐに飛び出そうとするが、即金狼に襟首を引っ掴まれた。

 

「ぐえっ! ケホッ、ケホッ、酷いなあ! 僕は純粋にコハクちゃんの身を案じてね!?」

「そうか、それ自体はいい心がけだな。だが、その必要はない」

「はあっ!? なんでよ、……違うよ? べつに濡れれば透けるんじゃ、とかぴったりと体に服が貼り付いて~なんて考えてないよ?」

「……お前、そんな事を考えていたのか……」

 

自分の弟がそんな事を考えてばっかりだという事実に少々ショックが大きい金狼。

金狼が呆れ返っているのが理解できた銀狼はお説教が来る前に慌てて別方向へと話を変えようとする。

 

「そんな事よりも! なんでコハクちゃんを助けに行くのが必要ないの?」

「ああ、それか。舟を出すのは南女史と花田女史がやっているし……、大体、投げ飛ばされた時点で司は湖に飛び込んで助けに行っている。俺たちの出る幕はない」

 

 

コハクは湖に落ちる瞬間こそ本能的に動けたが、落ちた後は全く動く事が出来なかった。

自分は圧倒的に優位に立って居たはずだ、あそこからの逆転劇などほぼほぼ有り得ない。

せいぜいが自分の体力がつきるぐらいで他に負ける要素などなかったはず……。

だが、蓋を開けてみればこの体たらくだ。

これでは父が止めるのも当然ではないか、きっとこうなると父には分かっていたのだろう、だから出る事を止められたのだ。

そんな事実は一切合切ないし、コハク自身も無いなと切って捨てられる思考である、普段であったなら。

いや、最悪の精神的コンディションでも無ければ一笑に付す程度の物でしかない。

しかし、今のコハクの精神は圧倒的優位からの逆転劇を受けたという思いで一杯であり、控えめに言って人生最悪クラスの精神状態であった。

ここまで悪くなったのは姉の病が判明した時と、母が亡くなったあの時ぐらいだろうか?

だが、あの時は自分に何かできた訳でもないし、自分の行動に原因があった訳でもない。

だから、何くそと気合いを入れてやればいいだけの話だった。

しかし、今回のこれは完全に自分だけが原因である、言い訳も利かない。

だから、彼女はきっと人生で初めて呆然自失となっているのだろう。

湖の中でそれはあまりに迂闊であったかもしれない。

落ちた場所がかなりの高さがあったからその分沈む深さも深い。

その深みで完全に力が抜けた体を水圧が襲う、一人だけであったらそのまま命を失っていたかもしれない。

一人であったならば、であるが。

茫然自失状態だった彼女が気づいたのは、力強い腕に抱えられ水面へと向かう途中でだった。

抱えられていることに気づきその腕の持ち主が誰なのか、誰が自分を抱えているのか気づいた時、驚きと納得が同時に彼女の胸に去来する。

 

「司……」

「少し、遠くにまで投げられてしまったようだからね。お節介だったかもしれないが、助けに来てしまったよ」

 

水面上に出て少しした後呟けばそんな答えが返ってくる。

 

「私は、負けたんだな……」

「残念ながらね。だけど、落ち込むことはないぐらいに良い勝負だったよ」

「最後で油断して罠にはめられてしまったのだ、無理にほめなくていい」

「傍で見ていた俺も手に汗握るぐらいの、白熱した一戦だった。

誇りに思えど否定する必要はないよ、実戦だったならマグマのあの戦法は使えなかっただろうしね。

いくつも受けた傷からの出血で倒れるのがオチさ」

 

司はそういうがあれは試合であったのだ。

そういうルールの元にやっていたのだ、負けは負けといえる。

それを理解しながらもそう慰めてくれているのだろう、そう思うと少し甘えたくなる。

横抱きにされている状態から司の首に手を回しその首筋に顔を埋める。

 

「コ、コハク?」

「すまない、しばらくこのままでいさせてくれ」

 

そこでようやく司は気づいた、コハクの体が震えていることに。

考えてみれば彼女は負けたこと自体何回あっただろうか?

模擬戦でもマグマや金狼相手に負けたことすらほぼなかったはずだ、まして真剣勝負、何かを懸けた戦いに負けたことなどあったかどうか……。

司自身負けた記憶などほぼない、だが、一番敗北感を覚えた経験、妹の手術前に首飾りを渡せなかった経験があるのでその悔しさは想像できる。

だから何も言わずに彼女の震えが収まるまで、そのままでいることにしたのだ。

しばらくたった後、ようやくコハクの震えが収まり顔を上げた。

 

「すまない、面倒をかけてしまったな。もう大丈夫だ、ありがとう」

「気にしなくていいよ、つらい時は誰にだってあるさ。また辛くなったときはいつでも受け止めるさ、それが男の甲斐性とやら何だろう?」

「まったく、そんな言葉をどこで知ったのだ。だが、ありがたく甘えさせてもらおう、今日のように辛い時は、な」

 

そこまで言った後なんだか可笑しくなって二人で笑い出す。

ひとしきり笑った後ふと思い出した、まだ一回戦の途中である事を。

 

「……司! 試合は!? お前の試合はどうしたのだ!」

「ああ、その事かい? 大丈夫だよ、次の試合は金狼が出ているからね、戻るまで終わらせずにいてくれるさ。

それに万一終わってしまっていても俺が不戦敗になるだけだからね、問題はないよ」

「だが、マグマとの試合をあんなに楽しみにしていたというのに……いいのか?」

「いいに決まってるでしょうが、というかそろそろ水から上りなさいよ。

いつまでも密着状態を続けるんじゃなくて、舟の上で話したら!?」

「へっ? ……南、いつからそこに?」

「貴女がつかさんの首筋に顔を埋めたあたりからよ、いーからさっさと上りなさい!」

「は、はい!」

 

慌てて舟の上に登ろうとするがまだコハクは司の腕の中だ。

 

「つ、司、離してくれ、一人で舟の上にぐらい上れる!」

「君一人ぐらい抱え上げるのなんて朝飯前だよ、ほら」

 

いうが早いが船上に上げられるコハクの体。

南からタオルを受け取りながらも彼女のジト目が怖かったとは後のコハクの弁である。

 

 

一方試合会場では金狼対アルゴの第二試合が始まろうとしていた。

 

「いいか、金狼! 余所者からなんだかんだと教えてもらってたようだがな! そんなもんは必要ねえんだって教えてやるぜ!」

 

吠えるアルゴに対し金狼はむしろ首をひねるばかりだ。

 

「なあ、アルゴ。俺の記憶が確かならば、桜子の料理教室の後とても喜んで料理万歳といっていなかったか?」

「うぐっ!」

 

図星を突かれたとばかりに動揺するアルゴ、しかし金狼の無自覚な追撃は続く。

 

「千空の誕生日プレゼントの天文台の時も張り切って手伝ってくれていたし、この間の宴の準備も喜び勇んで手伝ってくれていたはずだが……、何か他の事で不満があったのか?」

「な、なんでそんなとこまで見てんだテメエ!」

「何故といわれても、あれだけ張り切って動いていたら嫌でも目に入るが……」

 

ここまでの会話を聞いて頷く者数名。

 

「なるほど、手の届かない葡萄は酸っぱいか、いや、どちらかというと照れ臭かったのかな?

どちらにしても一言お願いすれば訓練つけてくれたんじゃない?」

「ええ、尾張貫流槍術はちゃんとするのならばいつでもその門戸を開いていますよ。

一声かけてくれれば喜んで指導したんですがねえ……」

「教える楽しさに目覚めてます?」

「歴史とは、伝統とはそういうものだと教えてくれたのは君でしょう」

「否定できないですけど、ちょっと意外だったので。もちろんいい意味で」

 

この会話は当然試合会場の真ん中にいる二人にも聞こえている。

 

「だ、そうだが、お願いしなくていいのか?」

「う、うるせえ! この試合に集中しろってんだよ!」

「それもそうだな、審判、開始の合図をお願いする」

「もうよいのか? では第一回戦第二試合、金狼対アルゴ、始め!」

 

開始の合図とともに一気に突きかかってくるアルゴ。

相手に何もさせない先手必勝の考えであろう、実際悪くない選択である。

 

「甘い!」

「な!?」

 

ただし、相手に読まれていなければであるが。

アルゴの繰り出した一撃はあっさりと金狼によって打ち落されていた。

 

「槍術の基本、ここで全て見せてやろうアルゴ」

「くっ、そんな大道芸で勝ち誇ってんじゃねえぞ!」

 

しかし、アルゴの繰り出す攻撃はことごとく地面に打ち落とされていく。

突きは側面をたたかれ、払いは上からたたかれ、振り下ろしは威力が乗る前に下からの一撃で止められる。

それらはアルゴに自分と金狼の差を突き付けるのには十分だった。

だが、彼を一番イラつかせていることは、金狼の意識がこちらに完全には向いていない事だった。

 

(ちきしょう、俺なんぞ片手間で十分とでも言いてえのかよ!)

 

実際完全に対処されている現状では文句もつけられない。

だが、このまま舐められっぱなしでは終われない、そう決心し次の一撃に全力を込める準備に入る。

全力で突けば怪我では済まない事態も起きるかもしれない。

それがどうした、その程度さばけないのに意識をそらした方が悪いのだ。

一撃をはじかれ手元に槍を戻す、そして一瞬の溜め、全力の突きをそうして解き放つ。

金狼はまだ気づいていないはず、その証拠に奴の目線はまだ自分の槍に来ていない。

これは片手間に対処できるものではない、必ずこの一撃は金狼に届く、そう言う確信の元全力の一撃を放つ。

 

「なあっ!?」

 

だが、その確信は一瞬で砕かれた。

全力を込めた突きをアルゴが放った次の瞬間、金狼は振り下ろしの体勢に入っていたのだ。

 

「かあっ!!」

 

そして裂ぱくの気合とともに打ち下ろされる槍、ぶつかり合い叩き落されるアルゴの槍。

そして、アルゴの槍のみが砕け散った。

 

「そんな、お前の目は確かに槍を見てなかったのに……」

「確かにお前の槍は見ていなかった、だが、そこまでの気合を見せられて気づかないほど鈍くはない、それだけの話だ」

 

完全に負けた、そんな敗北感がアルゴの全身を襲う。

ガクリと膝をつきうなだれながら力なく宣言する。

 

「参った、俺の負けだ」

「第二試合勝者金狼!」

 

アルゴの降参の声を受け勝者をジャスパーが告げるのと司達が戻ってきたのはほぼ同時の事だった。



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御前試合④ 第三試合〜第六試合

「やあ、ありがたいね。こちらが戻るまで待っていてくれたのかな」

「そんなわけないでしょう……といいたい所ですが彼の普段の生真面目っぷりから誤魔化すのは不可能ですか。

試合時間を長引かせずとも人命救助のためと言えば、多少待つ程度の融通は利かせてくれるでしょうに」

 

司のかけた言葉にため息交じりに返すのは氷月だ。

 

「彼らしいじゃないか、そんなところに甘えた立場の俺としては有り難いとしか言えないよ」

「分かっててやるのは一番タチが悪い類いですよ、以後気をつけるように」

 

まるで教師のような物言いに思わず司から笑いが漏れる。

笑われた理由に気づいた氷月としては自身の変わりように怫然となるしかなかった。

 

「ああ、すまない氷月。馬鹿にしたりとかそういう事じゃないんだ、ただ、本当に石化前からは考えられないなと思ってね」

「何故かよく言われますね、そんなに不思議な変化ですか、私が教える事が多くなったのは」

「使えない輩は切り捨てるという態度だったろう、君は。俺も他人の事は言えないけど、その変化に戸惑いを感じて、更にその戸惑い自体が面白く思えてしまうのさ」

 

司の言葉に、これは何をどう言っても面白く感じてしまうなと思った氷月は話題を変える。

 

「いいから次が君の試合の番ですよ、着替えたりの準備はしなくていいので?」

「第一試合も第二試合も長かったろう? これ以上待たせるのは相手に悪いさ、このまま始めるよ」

 

司の向かい側ではハガネが緊張した面持ちで開始の合図を待っている。

 

「ウォームアップは要らないので?」

「彼の相手をしながらやるさ、侮るようで悪いかもしれないけどね」

「まあ、実力の見極めとしては間違っていないでしょう。程々に、やりすぎないようにしなさい」

 

本当に教師のようだなと心の中だけで呟き試合会場の真ん中まで進む司。

それを確認した後ジャスパーの号令がかかる。

 

「それでは第三試合、司対ハガネ、始め!」

 

 

「大人と子供って感じだったね」

「素人の俺らでもわかるレベルで差があったな」

「そ、それほどか。君らですら分かるほどに差を見せたのか、司は」

 

試合というより稽古をつけているようだった、とは観客一同の同意するところである。

 

「ハガネはむしろよく頑張ったと思うぜ、あれだけはたかれ続けても根性見せ続けてたんだからよ」

「はたいていたのは構えの駄目な場所の指摘ですね、攻撃に移るのはその後だと言わんばかりに駄目な箇所を叩いていましたよ」

「司ならそのぐらいできるのだろうが、何故そこまで嬲るに近い事を……」

 

コハクの疑問に三人とも一斉に同じ方を見る。

そこではマグマがゆっくりと息を整え、少しでも体力の回復をしようと努めている。

そして、その姿だけで十分答えになっていた。

 

「理由はよく分かった。で、その次の試合はどうだったのだ?」

「見る所なんてなかったよ、せいぜい銀狼が思いっきり滑ったセリフ吐いたぐらいかな」

 

組み合わせの時点で既に勝敗が予想され、全く波乱もなくあっさり終わった第四試合。

銀狼は何かいい事言わなきゃとでも思ったのか、勝敗が決まった後にそのセリフを吐いたのだ。

 

「なーにが『君の動きは全て僕には見えてたよ』だ。俺ですら見えてたわ」

「会場の心を一つにする天才ですね、彼は」

 

ガンエンは肥満体型の狩りが大の苦手な力仕事メインな男だ。

当然素早く動くのは苦手分野……その動きが全部見えていても自慢にはならない、むしろ、

 

「狩仕事が主の人間だったら、見えてなかったら大問題ではないか?」

「あ、やっぱり? 私ですらそう思ったから会場中『何言ってんだ』ってなるのも当然か」

「それよりも第五試合の方がよほどよいものでしたよ、自分に出来る事を理解できているちゃんとした男ですね、マントル君は」

「意外だな、あのマグマの腰巾着でしかなかったマントルを氷月が褒めるとは」

 

ナナシとマントルでは体格的にナナシの方が有利であり、その他の要素も残念ながら何もなかったため最後はナナシの勝利に終わった。

 

「よい粘りでしたよ、彼は。上手く防御を固めていましたし、時間稼ぎという意味では十二分に仕事をしたと言えるでしょう」

 

そうなのだ、ナナシの攻撃を何度受けても、明らかにフラフラになってからも、なかなか参ったと言わなかったのだ。

その目的は明白だった、マグマの体力回復の為に無理して時間を稼ごうとしていたのだ。

最後にはマグマからの無理してんじゃねえとお怒りの言葉でようやく参ったしたのである。

 

「ナナシさんも最後の方は大分やりづらそうだったから、マグマの声かけは助かったって顔だったね」

 

ちなみに彼は今マグマの横でナナシに介抱されている。

 

「そして、これから第一回戦最後の試合な訳か」

「そういうこったな、クロムがどこまでやれるかは見てのお楽しみだ」

 

会場の真ん中ではクロムとチタンが向き合って立っていて、試合開始の合図を待っている。

審判のジャスパーが右手を上げて試合開始の号令をかける。

 

「では第一回戦、第六試合、クロム対チタン、始め!」

 

 

号令と共に両者構えをとり相手の出方を伺う。

それ自体はよくある光景だ、特異な点はクロムの格好そのものにあった。

 

「普段なら着けていない法被を着ているのは何か理由があるのか?」

「ゲンのステージ衣装と同じ理由だよ、わかる人しか分からない説明だけど、それ以上はちょっとね」

「後、背中に背負っているのは……盾? にしては持ちづらそうな形だが……」

「あれぞ秘密兵器その一、名前や効果は発動してから説明するね」

 

試合は互いの様子見から始まった、チタンから見ればクロムの動向はさっぱり分からない未知のものであったし、クロムからすれば相手から来てくれた方が都合がいいからだ。

そして、痺れを先に切らしたのはチタン、何かがあったとしても使う前に倒せばいいという考えだ。

奇しくもそれは先のアルゴの考えと同じであった。

これは偶然だろうか? いや、そうではない。

未知のものに出会った時人はどういう反応をするのか? それは多くの場合は、排除の方向に走る。

理解できないものに対し、排除することで精神的な不安を解消しようとする訳である。

ただ先の例で言えば、アルゴと金狼の間には純粋な実力差があった為、あっさり対処されてしまった。

では、今回の件はどうか? クロムとチタンの間に実力差は実はほとんどない。

体格的にはチタンの方がよく、運動量も僅かであるがチタンの方が上であるからだ。

氷月の特訓を受けたからといって、それだけで実力がグンと上がる訳ではない。

だから、この結果は意外ではないだろう。

 

「危ねえ、危ねえ。予想通りじゃなきゃ捌けねえわ、やっぱ」

 

チタンの突きはクロムの槍に阻まれクロムに当たる事はなかった。

そう、クロムはチタンの動きを予想してどのあたりを突いてくるか読んでいたのだ!

 

「くっ、やるじゃないかクロム! 密かに特訓してたってのは本当なんだな!」

「おうよ! ヤベー特訓の成果、見せてやるから覚悟しろよ!」

 

そこからは激しい槍の応酬が始まった、クロムが払えばチタンが下がり、チタンが振り下ろせばクロムが横へと避ける。

突けば横から打ち、払えば下がる、振り下ろせば横へ後ろへと回避し、地面を叩いた隙を突く。

慌てて下がれば追撃が追ってくる、それを自分の槍で逸らす、無理な追撃を避けて一歩戻ればまた突きから横打ち、払い、下がり、振り下ろして、慌てて避けて、逆撃して防がれて、払って、打ち合って、両者仕切り直しと一歩後ろへ飛び退る。

まるで舞踏のよう……ではなく、両者ガムシャラになって目の前のものに対して反応しているだけである。

擬音を付けるならヒュンとかシュッ等の鋭い音ではなくブウンだの、べチンだの鈍目の音が相応しい有り様である。

 

「やれやれ、やはり彼は武道家には向きませんね、教えたはずの型も忘れているではないですか」

「ま、そろそろ頭も冷えるころだろ。冷えてなきゃ負けるだけだがな」

 

仕切り直しが入ったおかげでクロムの頭は大分冷えていた。

いや、何発か掠めた槍のお陰で肝ごと冷えたのかもしれない。

どちらにせよ冷静さを取り戻したのは事実だ、冷えた頭で考えを巡らせる。

 

(ヤベーヤベー、最初の、特にヤベー一撃を捌けたからって調子に乗っちまった。

俺とチタンの差は三カ月前よかマシとはいえ、普段から銛を使い慣れてるあっちの方が優位だってのに。

とにかく、俺に出来るのはまず観察だ。見慣れたもんだが司じゃあるまいし隙なんぞ突ける訳がねえ。

だから、どこに来るかを予測しろ、フェイントは知らねえはずだから、来ると思ったとこにそのまま来るはずだ、アイツのくせを思い出せ、それを防ぐだけなら必ず出来る!)

 

先程とは打って変わって多少危なげながらもチタンの槍を捌いていくクロム。

これに驚いたのはもちろんチタンだ、さっきまで自分と同じく遮二無二振り回すだけだったのが今は別物だ。

 

「すごいな、クロム! さっきまでとは別人みたいだ!」

「へっ、褒めてくれてありがとよ!」

 

会話の最中にも槍は捌かれていく、今度は当たる気配がまるでない。

いや、まるでは言い過ぎとしてもろくに当てられる気がしない。

 

「~! すっごいな! 大昔の人達は! 槍を使った事なんてなかったはずの君が短期間でここまでになるなんて!」

「三カ月みっちりと、ヤベーぐらいスパルタでやったからな! こん、ぐらいにはなる、さ!」

 

無論防御だけで勝てるとはクロムも思ってはいない。

だからこそ布石を色々としていたのだ、今日までやれる事をやれるだけ。

 

(昨日ジャスパーのおっさんから言質は取った、少なくとも異論をつけづらくはなっているはずだ。

ヤベーって理解できる復活者連中は大体狩りに出かけてもらってる、ゲン様様だな!

後は司と氷月だけだが……なるようにしかならない! だからこの一回戦がコイツの使い時!)

 

防ぎ続け、無論隙があれば攻撃を仕掛けつつジッとチャンスを待つクロム。

そして、我慢比べは彼に軍配が上がった。

この状況に焦れたチタンが数歩後ろに飛び、一気に決める為全力で突撃する姿勢を見せたのだ。

クロムにとってそれをこそ待っていた、素早く背負っていた秘密兵器、ショックキャノンを構える。

すぐに真ん中にセットしてある音爆弾に、マンガン電池を使った着火装置で火をつける。

チタンが突撃を始めた次の瞬間、とんでもない音の洪水が彼を襲う!

たまらずバランスを崩し、今まさに走り出す瞬間であった為地面に転がる体。

衝撃から少しずつ回復し、周りの状況を把握出来るようになったころには完全に抑え込まれてしまっていた。

 

「ふふっ、あははは! とんでもない妖術を手にしてたんだねえ、クロム。参った参った、降参だよ、僕の負けさ」

「おうよ、スッゲーだろ、だけど一つ訂正しとくぜ、妖術じゃねえ、化学だ!

ジャスパーのおっさん! チタンも参ったしたんだ、文句はねえだろ!」

「文句を言うとしたら昨日の自分自身にだな、よろしい、第六試合勝者、クロム!」

 

両手を上げて勝利を喜ぶクロム。

こうして御前試合第一回戦が全て終了したのだった。

 



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御前試合⑤ 二回戦組み合わせ発表と第一試合

「よお、よく勝てたもんだな。途中で調子に乗って突っ込んだ時は負けたと思ったぜ」

「おう、俺も思った。なんとか立て直せたのはもちろん特訓を思い出せたからだと思うぜ」

 

千空の揶揄い交じりの祝勝の言葉に自嘲を多分に含めて答えるクロム。

だが、次の氷月からの褒め言葉には驚いた。

 

「最初から忘れていなければもう少々楽だったでしょうに。ですが、この道で生きていく訳でもないのですから十分でしょう、よく頑張ったものです」

「氷月から褒められるとは思ってなかったぜ、結構無様を晒してたと思ったんだけどな」

 

照れ臭そうに鼻の下をこするクロム。

だがすぐに顔を引き締め次のための行動に移る。

 

「おう、次は例の奴使うからよ、準備頼むぜ」

「オッケー、手が空いてそうな人に声かけて運んどいてもらうね」

 

そう言って居住区の方に走って行く桜子。

 

「準備と言いますが……、外野からの干渉は反則だったのでは?」

「どっちかっつうと後始末用の準備だな、ちょいと耳貸せ」

 

そっと周りに聞こえないように小さな声で計画を話す千空。

それを聞いた氷月の顔はなんとも言えないものになっていった。

 

「さすが、と言うべきですかね。試合でそんな物を使おうという発想に行きますか普通?」

「ルール違反にゃなってねえしな、それにクロムが金狼やマグマ相手にすんにゃ手段選んでる余裕ねえだろ」

「相手の慢心を期待できる訳でもないですからね、仕方ない事ですか」

「朝倉宗滴だったか? 勝つ事が本にて候だ、手段選んで勝てるほど甘い奴らじゃねえかんな」

 

渋い顔でそうぼやく千空に氷月がたずねる。

 

「だから、復活者は基本出ないように誘導したと。面倒であったのも事実でしょうが、一体いつごろから考えてらしたので?」

 

その質問に肩をすくめつつ千空は答える。

 

「せいぜい4ヶ月ぐれえだよ、大体の想像できる事態を網羅できたから、利用できそうなもん片っ端から突っ込んだだけの話だ」

 

そう言って歩き出す千空、その先では二回戦のくじ引きが始まるところだった。

 

 

桜子が戻った時ちょうど組み合わせが発表され終わったところであった。

観客たちからのざわめきが全く収まらない、組み合わせがよっぽど衝撃だったのだろうか?

 

「ねえねえ、氷月にクロム、組み合わせどうなったか聞いていい?」

「ああ、戻られましたか。そうですね、第一試合はクロム君と、彼ナナシ君ですよ」

 

桜子がそちら、ナナシの方を見ると銀狼に絡まれるナナシの姿があった。

 

「何やってるの銀狼は? いや、残った人考えると理由想像できるけど」

「お察しの通りだよ、第三試合で司と何だよ銀狼の奴」

「ご愁傷様だね、……あれ? って事はこのざわめきは第二試合が原因?」

「そうですね、その通りです。村の最強決定戦ですよ」

 

組み合わせ表を見れば丁度今第二試合が描き終わるところで……、

 

「うっわあ、マグマ対金狼って……、ざわつくよね、そりゃ。でも考えてみれば好都合なんじゃない?」

「まあ、そうなんだけどよ……使えるのは狩りに行ってる復活者が戻るまでだかんな。

先に使っちまいたかったのもあるから、どっちがいいかわかんねえんだよな」

 

複雑そうである、まさか自分でマグマに勝って見せたかった訳でもないだろうに。

惜しいという感情が見え隠れするのは彼女の気のせいであろう、多分。

 

「さてと、ねえ千空、そろそろ立ったら? 地面が好きって訳じゃないでしょ?」

「……そっとして置いてくれ」

 

そこには絵文字でいうorzの体勢で激しく落ち込む千空の姿。

 

「約1.1%何だから引く時は引くって、ましてや千空は運が悪いんだからさあ」

 

ペチペチと背中を叩かれても反応がない千空。

 

「うーん、えいっ!」

 

それに対して何を考えたのかいきなり背中に腰掛ける桜子。

 

「って、何してんだテメエ!」

「意外、肩に近い方に乗ったのに潰れなかったね」

 

当然即立ち上がって振り落とす千空。

立ってすぐに桜子を睨みつけるが彼女は笑いっぱなしだ。

 

「腕の力意外とあるんだね、千空。ベシャって潰れるかなって思った」

「テメエが風船みてえにスッカスカなだけだ! 頭の中身も豆腐で出来てんじゃねえだろうな!」

 

そう言って中身を確かめてやると言わんばかりにヘッドロックを極める千空。

極められている桜子は痛い痛いとタップしているが、千空が元気になってどこか嬉しそうだ。

 

「仲のいい事で、ただのじゃれ合いですねあれは」

「わりとあんな感じ多いよな、アイツら。んじゃ、そろそろ試合始まるから俺は行くわ」

「ええ、頑張って来なさい。分かっていると思いますが、実力的にナナシ君相手では普通にやると負けますよ」

「ああ、分かってるさ。奇策の仕込みは十分、後は仕上げを御覧じろ、ってな」

 

クロムは言いながら不敵に笑って試合会場の真ん中へと歩を進める。

その後ろ姿を見て氷月は思う、彼が勝てればいいと。

誰かの勝利を願うなど、いや、誰かの為に願うなどどのくらいブリか。

自身の変化を自覚しつつ、じゃれ合う二人を観戦する体勢にさせるべく氷月は二人に声をかけるのであった。

 

 

「よう、ナナシ。音対策は万全かよ? かなりヤベーぜこのショックキャノンはよ」

「うん、俺なりに考えて来たよ。こんなにすぐに試合だなんて思わなかったから、時間なかったけどね」

 

試合開始前から舌戦で動揺させるべく話すクロムだが苦手分野の為か効果は今一つだ。

 

「それでは、第二回戦、第一試合、ナナシ対クロム、始め!」

「先手必勝! 見せてやんぜショックキャノン!」

 

号令と共にショックキャノンを構え、爆鳴気の詰まった音爆弾を左手で取り出すクロム。

それに素早く反応して槍を振るうナナシ、両者の距離が近いのもありあっさりと音爆弾は叩き落とされる。

 

「へっ、やるじゃねえかナナシ!」

「目の前でそんな事されたら妨害するさ、当然ね!」

 

ただ、ナナシもそちらに意識を持っていかれたせいか、体の方はガラ空きだ。

クロムもそれを逃す訳がなく、いい一撃がナナシの胴へと叩き込まれる。

しかし、クロムの力不足かナナシを怯ませるに効果は止まる。

それでも先制の一撃を奪えたのは大分大きなアドバンテージになる。

双方の実力差を考えると、これでようやくスタートラインに立てたというところであるが。

 

「先制の一撃を奪うよりあのショックキャノンを当てる方が効果があるだろうに、何をしているのだクロムは!」

「確かにショックキャノンは勝利を決める一撃になるだろう。だけど、相手も当然警戒するからね、当てられるかは微妙なところだよ。無理して隙を作るより囮にして確実な一撃を奪う作戦だと思うよ」

「じゃあ、つかさん、開始前のあの会話は?」

「ブラフだろうね。威力のほどはついさっきの試合で見せられたばかりだ、意識しない訳がない。

実際どうアレを当てるかの勝負だと皆思っていたろうから、ハッタリとしては効果バツグンだね」

 

コハクの叫びに冷静に答え、南の疑問にキッパリ答える司。

実は両手に花状態であるのだが試合に集中しているのか気にした様子はない。

 

「わかるかい? 今クロムが左手を後ろに持っていくだけでナナシの意識がそちらに流れたのが。

こういった手段はゲンから教えられたんだろうね、基本素直な彼だけでは思いつかないだろうし」

 

司の推測通りこれらのブラフを駆使して戦うやり方はゲンからの教授だ。

ゲンが教えクロムが考え氷月が実践して問題点を洗いだし、またクロムが考える。

その繰り返しで洗練していったものである。

だが、このブラフ戦術には致命的な弱点があった。

それは“やるのがクロムでは相手に警戒心が起こらない”という点であった。

クロムの力では一発や二発いいのを貰っても倒れる訳がない、そう思われてしまっていては真っ直ぐ行ってぶっ飛ばしで終わりである。

そういう意味では理想的な一回戦だったと言える。

格上ではあるが上すぎない、丁度いい相手に対して善戦した後切り札で倒す。

それを見れば当然、警戒心を沸きたてられる最高の一戦ではあった。

もちろん拙いところもあったが最終的に勝てたので大問題というほどではない。

現に今、そのおかげでナナシに対しクロムは有利に立ち回れている。

 

「だけど、根本的に腕力不足だね。いいのが何発も入っているのに、ナナシに堪えた様子がない。

切り札のショックキャノンを当てられなければナナシの勝ちは揺るがないよ」

「ど、どうする気だクロムは! まさかこのまま負けてしまうんじゃないのか!?」

「どうかな、彼らが無策で挑むとは思えないし……さっきの試合もチャンスを待っての逆転だ。今度も狙っているんじゃないかな、切り札を確実に当てられるタイミングを」

 

 

このままではジリ貧だ、頭の中でそんな事をがなりたてる自分がいる。

実際その通りではある、このまま何も打開策を打たねば、切り札を当てられなければ自分の負けは確実だろう。

だからこそ耐えなければならない、上手く誘導出来なければその時点で敗北だ。

そっと頭の中で残りの音爆弾の数を数える。

持てる数には限りがあるので、もう残りは二個だけ。

もう一度囮に使うか、それとも本命を使うか。

すぐにでも使うべきと叫ぶ自分、まだ早いんじゃないかとささやく自分、どっちがより冷静なのか、すぐには判断できない自分もいる。

 

(こういう時は一回自分の勝ち負けを無視すんだよな、ゲン)

 

どうしたって人間は自分を中心に考える、だからこそ目の前だけに集中しがちである。

なら一回自分の損得を無視して状況を再認識する、そして、それらを素早く出来れば三つ数えるまでに行うのだ。

 

(試合中に迷えば即敗北が待ってる、だったよな氷月!)

 

ゆえに今はまだ早い、そう決めてダメージの蓄積を狙う。

これを繰り返し、ナナシがこちらの狙い通りに動くよう誘導し続けるのだ。

もちろん、言うは易く行うは難しを地で行くような話だ。

だが、出来なければ負ける、負けてルリには届かなくなる。

そうなっても村の男衆はルリを大事にするだろう奴ばかりだ、彼女が不幸な結婚生活を送るような事にはなるまい。

だが、それでは駄目だ、自分がルリを幸せにしたいのだ、司から恋愛感情とは何かと聞かれた時に自覚したのだ。

 

(俺は、俺自身の手でルリを幸せにしたい!)

 

思えば贅沢になったものだ、つい一年前まではせめて生きてほしい、いや、苦しみを少しでも和らげたいぐらいしか願えなかったのに。

千空達が村に来なければ決して起こりえなかったことだ、感謝してもしたりない。

そして、自分が集めたコレクションがなければ間に合わなかったとも。

今までの努力は実ったのだ、たとえそのきっかけが偶然によるものだとしても。

手を伸ばし続けたからこそ、ルリの命を救えたのだ!

 

「だから、俺は諦めねえ!」

 

気づけば口からそんな言葉がこぼれだしていた。

その気迫にナナシが驚き一瞬硬直したことに気づく、チャンスだ!

全力で槍を薙ぎ払いナナシの体を弾き飛ばし、ショックキャノンに例のブツをセットする。

セットした後ナナシに向け、点火装置のスイッチを入れる。

 

「! させないよクロム!」

 

点火しようとする前に中心の袋をナナシの槍が貫いた。

 

 

 

 



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御前試合⑥ 第一試合決着〜第二試合開始

なんとか書けたので早速投稿です。


勝った! ナナシは自分の槍が点火前に袋を裂いた瞬間そう確信した。

しかし、次の瞬間彼の頭に疑念が沸き起こる、裂けた袋から粉が溢れ出したからだ。

そして、その疑念はすぐに答えが出た。

 

「でっりゃあー!!」

 

気合いの叫びと共にクロムがショックキャノンを槍ごと跳ね上げ、その粉を被る事になったからだ。

目にそれが入った瞬間、激しい痛みが襲いかかる、反射的に涙と鼻水が出てくる。

更に運の無い事に痛みに思わず悲鳴を上げようとした時、思いっきり息を粉ごと吸い込んでしまった。

結果ものすごい勢いで勢いでのくしゃみの連発、涙と鼻水と相まって目も当てられない状態に。

 

「まずっ! 甕の水をぶっかけて! 粉を洗い流すの!」

 

それに素早く反応して彼女の周りの男達が甕の水を盛大にナナシにぶちまける。

都合四杯目でようやく目を開ける事が出来たナナシ。

想像より効果が酷かったからかクロムは硬直気味であった。

 

「ナナシ、喋れる? この粉は後遺症とかはないけど、その分その場での反応は激しいの。まだ痛みがあるようだったらもうちょっと湖で顔を洗った方がいいと思うけど」

 

その問いに即首を縦に振るナナシを見てジャスパーが口を開く。

 

「クロム、その粉は何なのだ? 毒ではないだろうな」

「いやいやいや、んなこたねえよ! 手で触っても何ともなかったんだ! あそこまでになるって知ってたら持ってたりしねえよ!」

 

当然ジャスパーの目は険しい、クロムとしてもこんなことになるとは想像外だったため必死に弁解する。

そこに出てきたのは千空、あれを作ったのが彼と桜子だから出てくるのはある意味当然である。

 

「悪いなジャスパー、そのあたりの説明は俺がするぜ。つーかクロムも悪かったな、ちょいと効果について説明不足だったわ」

「ふむ、あの不可思議な粉を作ったのはやはり貴殿であったか。では説明してもらおう、その話の内容如何によってはクロムも貴殿も失格とさせてもらう」

「あー、問題ねえ。あの粉はクロロアセトフェノン、俺ら復活者だったら催涙スプレーの中身って言えば通じるもんだ。あの粉が目や鼻に入るとさっきのナナシみてえに涙と鼻水がだっばだっば出んだが、30分ぐらいで治まっちまうって性質がある奴でな。その性質を利用して無傷で相手を止めてえ時によく使われてたんだ」

「待てよ千空、だったらなんでナナシはあんなになって桜子が焦ってたんだよ、ヤベー事態じゃなきゃあんなになる訳ねえだろ」

 

その千空の説明に即クロムが疑問を挟む、その声に多少のトゲが存在するのはいたしかたないところだろう。

彼からすれば安全であると言われたものが危険物にしか見えない状況だ。

いくら千空を信頼しているとはいえ疑問に思わないわけがない。

 

「あー、その辺りは俺らの想定が甘かったせいだな。あんな風に顔面にドバッとぶちまけるとは思ってなかった、せいぜい鼻や口から多少吸い込むぐらいのつもりだったんだ」

 

そのクロムからの視線にバツが悪そうに頭をかきながら千空は答えた。

一応スジは通る話ではある、後はジャスパーが納得するかどうかだが……、

 

「ふむ、故意では無いという事ならば当事者に決めさせてはどうだジャスパーよ」

「村長、お言葉ですがルールは……」

「何、故意では無い上狩りもろくにできなかった者があれだけの攻防を見せたのだ、それにクロム自身に責は無かろう? その程度の融通はきかせてもよかろう。無論、ナナシがあれは反則だといえば反則であるし、もう一度といえばもう一度とりなおしだ」

「ああ、ひどい目にあったのはナナシの奴だ。あいつが決めるんだったらなんであろうと文句はねえよ」

「罰なら俺も受けるべきだろ、その分までナナシに決めてもらうとすっか。後、桜子の奴の分は……無しでいいか」

 

ナナシのあれに対処療法したのあいつだかんなー、などとつぶやきつつ正座して待つことしばし。

 

「試合しているはずの会場の真ん中で、なぜクロムちゃんと千空ちゃんが正座してるのか聞いていい? 司ちゃん達」

 

狩りに行っていた復活者組+ゲンが先に戻ってきたのだった。

当然の疑問に簡単に事情説明する司、聞き終えたゲンはこっそり背中に冷や汗が流れるのを感じた。

 

(えげつないやり方教えすぎたかな? 罰が酷くなりそうだったらフォローに回ろっと)

「私も同罪でしょうからその時は手伝いますよ、ゲン君」

「……おんなじこと考えてたみたいね、でもできれば心を読むのはやめてほしいかな~」

 

さらに待ち続け二人の足がしびれ始めたころ、ようやくナナシと男衆が桜子と一緒に戻ってきた。

 

「えーっと、とりあえずクロムはどれだけ強力か知らなかったって桜子ちゃんから聞いたんだけど、本当みたいだね」

「わかってくれるか、ナナシ……!」

「その痛そうな表情で必死に正座を保とうとする姿を見れば、反省している事は痛いほどに……」

 

地面に直接正座していれば当然脛辺りが痛む。

 

「っていうか正座解いて立ってくれない? 見てて痛そうでちょっと……」

「ああ、そうさせてもらうわ。んじゃあ、そっちが湖に行ってる間に話したんだけどよ……」

 

先ほどのコクヨウの提案をそのまま説明され、ナナシはしばし考える。

やがて考えがまとまったのかクロムを真っ直ぐ見つめ口を開いた。

 

「うん、あれは反則なんかじゃないよ。クロム、君の勝ちでいい」

「良いのか?」

「はい、あれは自分が袋を破ったから飛び出したものですし、もう一度と言われても正直辛いので……」

 

訊ねるジャスパーに苦笑交じりに返すナナシ。

 

「いや、辛いってんならなおさらこっちの反則扱いのがいいんじゃねえのかよ? キッツイ思いしたのはお前なんだぜ」

「そうだね、色々理由はあるけど……馬に蹴られるのはごめんっていうのが一番かな」

 

そういいながらチラリと村長宅を、今も心配そうな視線を隠しながらこちらを見つめるルリを見るナナシ。

 

「し、勝負には関係ねえだろうが、そういうもんはよ!」

「そこに込められた気合いで、俺は負ける原因を作っちゃったんだよ。何より、俺自身負けたって思っちゃってるんだ、ここから試合に出るのは俺は納得できないよ」

 

そう言って笑うナナシに何を言うべきかしばらく頭を悩ませていたクロムだが、やがてナナシの心がすでに決まっている以上自分が何かを言うのは筋違いだと結論づけた。

その上でできる事は……

 

「分かった俺の勝ちって事でありがたく受け取っとく。今度何かあったら遠慮なく言ってくれよ、貸し一つだかんな!」

「うん、それでお願いするよ。君が優勝するのを楽しみにしてる」

 

がっちりと握手を交わしあう二人。

一先ず試合の勝敗に関してまとまった事を確認し改めてジャスパーが告げる。

 

「では、二回戦第一試合勝者、クロム!」

 

そうして巻き起こる拍手。

食らいついたクロムも、潔く引いたナナシも讃える拍手だ。

 

「で、俺はどうする、ナナシ。言っちゃあなんだが一番の原因は俺だぞ」

「あれは反則じゃないって言ったんだから千空にも何もなしでいいよ、クロムと同じで貸し一つって事で」

「わーった、クロム同様なんかあったら遠慮なく言え。なんだって叶えてみせっからよ」

「うん、その時は千空にもお願いするよ」

 

そう言い合い朗らかな雰囲気で締めくくられた第一試合。

そして、第二試合。二回戦最大の注目カード、マグマ対金狼の試合である。

 

「両者前へ!」

 

ジャスパーの掛け声で同時に試合会場の中心へと進み出る二人。

 

「さて、お前にとっては少々運の無い状況かもしれんな、マグマ」

「いや、そうでもねえぜ。司をぶっ飛ばす前に村最強の男だと証明できるいい機会だ」

 

バチバチと火花を散らす村最強の男達。

開始前から双方気合い全開、戦意を漲らせる。

 

「相変わらず大層な自信だな、その慢心、未だ未熟なれど我が槍術で叩き伏せるとしよう」

「へっ、やれるもんならやってみな!」

 

開始の号令を今か今かと待つ両名、それを見てジャスパーは開始を高らかに告げる。

 

「第二試合、マグマ対金狼、始め!」

 

合図とともに突っ込んでいくのはマグマ……ではなく金狼であった。

 

「貫流槍術の技……見せてやろう!」

 

そう言い放ち繰り出すのは突き、もちろん管槍を使っている以上その切っ先を避けるのは不可能に近い。

それに対しマグマはあえて前に出る事を選んだ。

半身でなおかつ剣を盾にして槍先を防ぐ構えで、当たったところで押し込み力比べへと持ち込む。

槍先を止めさえすれば懐まで飛び込む事ができる……はずだった。

 

「させんぞ、マグマ!」

 

そのままであったら剣の腹に槍先が当たるところを手元の管を支点にしならせる事でそれを避ける。

そしてすぐさま払いに移りマグマの横腹と背を強かに打った。

さしものマグマも一瞬怯み、動きが止まる。

止まっていては倒してくれと言っているも同然なので慌てて退がった。

 

「ちっ、管槍はもう十全に使えるってか!」

「その通りだ。師匠ほどとは行かずとも、お前に通用する程度には扱えている」

「ふん、そうか、よっ!」

 

そう言うが早いか先程と同じ体勢で走り出すマグマ。

 

「させんと言ったぞ、マグマ!」

 

こちらも同じく払いで止めようとする金狼。

同じ事を繰り返すのだから当然同じ結果が出る。

マグマがそのままでいれば、だが。

 

「何も考えずに同じ事する訳ねえだろうが!」

 

槍が振るわれ当たる直前、マグマの剣が昆虫が羽を広げるように跳ね上がる。

ギリギリまで引きつけたからか金狼が槍をしならせきる前にその剣は槍を捉え高々とかち上げる。

そして、その勢いのまま切りつけて大きく吹き飛ぶ金狼に悲鳴と歓声が上がった。

 

「流石です、マグマ様ー!」

「き、金狼〜! やられちゃうの、大丈夫なの!?」

 

しかし周りの盛り上がりとは逆にマグマは渋い顔であった。

それもそのはず、彼は手ごたえがろくに感じられなかったのだ。

一見派手に見えたがそれはきっと、

 

「自分から後ろに飛んでダメージを最小限にとどめたか、器用なことすんじゃねえか」

「ふん、気づいたか。追撃の機会と思って近づいてくれれば逆撃したのだがな」

 

そう言うとあっさり立ち上がる金狼。

今の一撃のダメージなぞないに等しい様子である。

 

「まあまあやるじゃねえか、氷月によくやられた成果かよ、そいつは」

「そうでもある、と言っておこうか。そう易々と良い一撃が入るとは思わない事だ」

 

そう口にする金狼であったが、内心マグマの技の上達に舌を巻いていた。

本当に一年前、千空らが来る前とは比べ物にならない。

あの頃であったら視力さえどうにかなればマグマより上である自信があった。

それが今ではどうだ、底が全く分からない。

無論、自分自身も以前とは比較にならないほど腕を上げている……だがマグマはもしかしたら自分以上かもしれない。

そう考えると自然と口角が上がるのを感じる、どうにも愉快でならない。

見ればマグマも同様であり、凶悪な顔が凶暴な笑みで彩られている。

きっと自分も同じような表情になっているのだろう、マグマが楽しそうに声をかける。

 

「何笑ってんだ金狼よお、いつもの真面目くさったツラはどうした? どこに置いてきやがったんだよ」

「さて、橋の前か湖の底か、何れにせよ今は必要ではないものだからな、試合が終わった後ゆっくり探す事にする」

「けっ、ならさっさとのしてやるよ。じっくりといつものテメエを探してきな!」

「ああ、貴様を負かしてからそうさせて貰おう!」

 

二人同時に前へと飛び出し、今回の御前試合最も激しい戦いが始まったのだった。

 




あらすじ部分にも書きましたが、申し訳ないですがしばらく不定期で書け次第投稿という形でやって行きます。
いつになるか分からない状態ですが、なるべく早く書き上げますので気長にお待ちいただければ幸いです。


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御前試合⑦ 第二試合

年内に何とか間に合いました。
もう一話は……無理かなあ


激しく交わされる剣と槍の交差、双方少なくない数その体に相手の攻撃をもらっている。

だが両者共にそれで戦意を揺らがせない、それどころかむしろ強く燃え上がらせて相手へと叩きつける。

今、金狼が槍の間合いへとマグマを捉える。

突く、左半身を前に剣を盾にするその足元へと、前へと飛び避けると同時に懐に入ろうとする、

下から上への変則的な払いでそれを落とす、それに合わせるように剣を振るう、

お互い無理のある体勢からであったため双方弾かれる、着地と同時に前へと走り出す、地面を叩いた反動で再度払う、

体を捻り払いに来る槍を真正面に捉え剣を振り下ろす、慌てて槍を引き戻す、その隙をついて胴狙いの横一閃、

戻した槍の肢で受け折れぬよう両端近くに持った手を支点にたわませ衝撃を逃す、顎を狙い切り上げる、

体を捻りながら槍の肢で剣の腹を押し軌道を変える、頭頂部めがけ振り下ろす、一歩下がって紙一重でかわす、

そのまま槍の間合いにい続けるのを嫌いこちらも一歩下がる。

今日何度目かも忘れたほど行われた仕切り直しである。

ここまでの攻防をまるでテープの早送りのようなペースで行うため、素人では何か二人がぶつかり合って離れたぐらいしか分からない。

それでも高いレベルでの攻防である事だけは分かる、だからこそ周りの声援も熱を帯びる。

 

「金狼ー! 行け、そこだ! マグマよりお前の方が強えって証明しろ!」

「やっちまえマグマー! テメエが最強だー!」

「決めろ金狼! 貴様の方が有利なのだ! マグマなぞたたんでしまえ!」

「頑張ってくださいマグマ様! あと一押し、一押しで勝てますよー!」

 

熱い声援の中マグマが金狼に声をかける。

 

「大した人気っぷりじゃねえか金狼よお、気分はどうだよ」

「ふっ、いつもであったら自分のやる事に変わりはない、と答えるところだがな、今は最高の気分だと答えよう。

貴様こそどうなんだ? 応援の量で言えばそちらの方が上だろう」

「はっ、言うまでもねえだろ?」

「そうだろうな、その顔を見れば分かるというものだ」

 

そこまで言った後二人は大声を上げて笑い出す。

 

「ああ、こんな愉快な気分になるのは初めてだぞマグマ! お前もそうだろう?」

「同感だな、だが、もっといい気分になる方法があんだよなぁ」

 

獰猛な笑みを浮かべて剣を構えるマグマ。

 

「ああ知っているとも、それが一人だけのものだということもな」

 

戦意を溢れさせ同じ笑みを浮かべて槍を構える金狼。

 

「「勝つのは俺だ!!」」

 

何度目かの打ち合いが始まった。

 

 

「さてさて、現状五分五分の両名ですが、こうなってくると先にミスを犯した方が負けますね」

「金狼有利じゃないの? マグマの方が体力消耗してそうだけど」

「そうですねえ、金狼君の話では一年前であれば視力抜きならば互角であったそうですがね。

マグマ君は司君に追いつくという目標が出来たのに対し、金狼君はマグマ君が強くなってからモチベーションが湧いてきた形ですからね。

先行での優位がマグマ君にはあったのでその分で体力消耗分を補ったから互角である、といったところですね」

「マグマってばそんなに司に勝ちたかったんだ、そこまで努力するキャラだとは思ってなかったや」

「……トレーニングを見てたのは主に君でしょうに、気づけなかったので?」

 

呆れが多少含まれた声で訊ねる氷月。

 

「私の実物の知識マグマと司ぐらいだったから、他のは参考にならない奴だし」

 

呆れが多少であるのは答えが予想できているからで、案の定であった。

全く持って反応に困る、なので別の気になったところを指摘する。

 

「貴女はマグマ君を応援しないので? 彼の方が近しいでしょうに」

「? ただの取引相手なんだからしなくてもいいでしょ、大きな声出したりとか私苦手だし」

「取引相手でしたらより配慮すると思いますがね。まあいいですか、少々失礼しますね」

 

そう言い残しその場を離れて行く氷月。

首をひねりながら氷月が何を言いたかったのかを考える。

 

「意図がさっぱりなんだけど千空は分かる?」

「もうちょい自分の影響考えろってとこじゃねえか?」

「マグマにそこまで影響与えたっけ私?」

「……処置無しだな、こりゃ」

 

どういう意味よ、と食ってかかる桜子を片手であしらいながら氷月がどこへ行くのか目で追う。

 

「氷月の奴意外とマグマを気にかけてんのか? いや、金狼にとって一番のライバルだからか。最高のパフォーマンスを発揮させてえんだろうなぁ」

 

もしくはこの試合がよりよいものになってほしいのか。

 

「案外楽しんで見てるのかもな」

 

 

いい試合だ、率直にそう思う。

技量が追いついていない所や判断が甘い所などはあるものの、総じて全力を注ぎ込んでいるいい試合だ。

コハクも南さんも試合に熱中している、いや、ほとんどの人はこの試合に熱中しているように思える。

だというのに面白くないと思う自分がいる、こんな事は初めてだ。

いい試合を見た時は賞賛の気持ち以外感じたことなどないのだが。

 

「不満そうな顔でどうしました? 司君」

「氷月か。正直戸惑っているよ、なぜ素直に褒める気になれないのか、とね」

「ふむ、その原因に心あたりは?」

 

力なく首を横に振って分からないと示す。

素直に声援を送れる皆が羨ましい、試合に夢中な二人からそっと離れる程に。

この年上の友人も楽しんで見てるように思える。

当然といえば当然だろう、弟子の晴れ舞台のようなものだ、そこで目覚ましい動きを見せていれば誰だって喜ぶ。

それに引き換え自分はどうだ、なぜここまで心がざわつくのか。

素直に褒め称えることができないのは自分が未熟だからだろうか、心の中だけでため息をつく。

それが聞こえたかのように氷月は笑いながら聞いてきた。

 

「原因に心当たりがないのは自分の未熟のせい、とでも思っていますか?」

「それ以外にあるのかい?」

「君もまだ18の若者でしたねえ、普段落ち着いているから忘れがちですが」

 

心底愉快そうにしながら静かに笑う友人に少々イラつきを覚える。

こちらはこんなにも困り果てているというのに何が楽しいのか。

 

「悔しいのでしょう、今あの場にいるのが自分ではないのが。

本当ならマグマ君とああして最高の戦いを繰り広げるのは自分だったのに、と」

「! いや、そんな事は……」

 

思わぬ角度から切り込まれた気分だった。

そんな事は思っていない、反射的に否定しようとして何故否定したくなったかに気づく。

何のことはない、それが完全に図星であったからだ。

右手で顔を覆う、羞恥で真っ赤になっている自覚があるからだ。

 

「君の気持ちは分かりますとも、この御前試合に参加を了承したのは彼と全力でぶつかり合いたいからだと聞きましたしね。

その相手が先にああまで良い試合を繰り広げる姿を見せているのです、同じ立場だったら私も悔しさで地団駄の一つや二つ踏んでいたことでしょう」

 

氷月の言葉に思わず吹き出した。

彼が地団駄を踏む姿を想像してしまいそれがあまりに似合わなかったからだ。

吹き出した自分を見る氷月のジロッとした視線にバツの悪さを覚え目をそらす。

 

「ふむ、どうやら気分転換はできたようですね」

 

その氷月の呟きに今度は別の理由で羞恥を覚える。

この頼もしい友は似合わぬ道化を演じてまで自分を導いてくれようとしたらしい。

そこまでしてくれた事とそこまでさせてしまった事、二つに対し有難いのと申し訳なさで胸が一杯だ。

 

「ありがとう氷月、君には世話になりっぱなしだ」

「なに、気にする事はありません。弟子の言葉を借りるならば……年上は年下を導くのがルールだ、といったところですね」

「ははっ、金狼なら確かに言いそうだ。お陰でどうするか決まったよ」

「ほう、この後のことを悩んでいたので? どう決めたのかは聞いてもよいですか」

「さしあたって今は、応援だね」

「なるほど、それは大切ですね」

 

軽く笑い合い、息を大きく吸って声を同時にあげる。

 

「頑張れマグマ! あれだけの特訓してきた君ならできる!!」

「勝ちなさい金狼君! それだけの修行を君は納めてきましたよ!」

 

滅多に大声を出さない二人も応援に加わりますます観客の熱狂度合いは深まるのだった。

 

 

そして、二人の声援は当然試合中の二人に届く。

 

(師匠まであのような大声を出すとは、な)

 

それだけ自分とマグマの戦いが拮抗しているのだろう。

つまり十分勝てる可能性があるということだ、師匠からのお墨付きとは心強い。

 

(そう思わなければ意思が折れそうだからな!)

 

何度当てただろう? アレで大分タフな銀狼でも二、三回は倒れている回数当てている。

何度もらっただろう? 一撃一撃が重く鋭く芯に響き、こちらの心を折ろうとしてくる。

なるほど、これが師が言っていた先にいるという事かと最初は納得したものだ。

今ではいい加減にしろと言いたい気分だが。

あちらはコハクとの試合で体力を大分消耗しているはずである。

それだけのハンデをもらっているのに負けては立つ瀬がない。

今も鋭い一撃をこちらに叩きつけてくるマグマ。

コイツの体力は底なしなのかと戦慄する

 

(いいや、そんな事はない!)

 

間合いが離れ仕切り直すたびに大きく呼吸をする姿から体力自体は大分削れている……はずだ。

息を吸う際には力が入り辛いから呼吸を読まれないようにと教えられてられてきたが、マグマはあえて大きく呼吸をしているのだろう。

一度息を吸うタイミングで仕掛けたが即座に対応するだけでなく手痛い反撃までされてしまった。

罠兼体力回復とは恐れ入る、司がそんな事まで教えられるとは。

などと金狼は考えているが実際には司はそんなことは教えていない。

こんな素人みたいなことを考えたのは当然桜子であり、実現させたのはマグマの努力と幸運の賜物である。

少しでも金狼の動きに気づくのが遅ければ致命的な一撃を受けていたはずであり、つまり運が良かっただけである。

しかし運も実力の内、攻めあぐねる金狼に対しマグマは一気に試合を決める決意を固める。

思い切りよく間合いへと踏み込むマグマに払いで止めようとする金狼。

それはこの試合中すでに何回も繰り返された光景、しかし今回は少し違った。

なんとマグマは防がずにそのまま受けたのだ!

金狼が驚き一瞬固まる、その隙見逃さず片手で槍を抑えて見せるマグマ。

両手と片手ならば両手の方が強い、だから金狼もすぐに槍の自由を取り戻せるだろう。

マグマが残った片手で剣を振るって来ていなければ、だが。

金狼の脳裏にいくつもの選択肢が浮かぶ。

こちらも片手で受ける? 否、今の状態でこの一撃を受けきれそうにない。

槍を捨ててでも避ける? 否、その後は一方的に攻撃されるだけだ。

逆に懐に飛び込んでみる? 否、前二つの悪い所を足したような事態になるだけだ。

ならばもう手段はないのか? 否、一つあった。

それは三人で氷月に挑んだ際にみせたもの、師匠曰くただの余技。

だがこの状況で一番ましな選択。

 

「これが、真剣白刃取り!」

 

槍から両手を離し振り下ろされる剣の腹を挟み込む。

マグマも体力を消耗している上片手のみであったため見事成功した。

何回か練習はしていたもののできるとは思っていなかったため安堵した、してしまった。

 

「気を抜くんじゃありません!」

 

珍しい氷月の、師匠の焦った声が聞こえる。

その時にはマグマは両手を自由にしており……

 

「そうすると思ったぜ! クソがつくほど真面目バカなお前ならよお!!」

 

無防備にさらされた金狼の左胸へと拳を打ち込んでいたのだった。



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御前試合⑧ 第二試合決着

マグマの一撃を受け吹き飛びうずくまってそのまま動かない金狼。

その姿を見てほぼ全員がマグマの勝ちと認識した。

そう思わなかったのはわずか4人。

師匠として金狼の力を知っている氷月、二人の動きが完全に見えていた司。

そして、

 

「どうしたあ、金狼! この程度でおねんねする程根性無しじゃねえだろうが!」

 

当てた瞬間の手ごたえから完全には決まってない事を理解しているマグマと、

 

「……ふん、油断してはくれん、か」

 

当たった瞬間咄嗟に全身の力を抜き吹き飛ぶ事を選んだ金狼自身である。

ふらつく足を押さえながらゆっくり立ち上がる金狼にジャスパーが駆け寄る。

 

「続けられるのか?」

「無論」

 

続行の可否を問う言葉に強い意志を込めて返す。

返した後つけていたメガネをジャスパーに渡す金狼。

 

「? なぜこれを渡すのだ?」

 

理解できずに質問するジャスパーに視線のみで答える。

見ればゆっくりとマグマがこちらに歩いてきているではないか。

 

「お互いの得物は遠い位置、だが、まだ決着はついていない」

「なら、拳で決めるしかねえよなあ」

 

メガネを受け取ったジャスパーが離れた後、金狼の目の前に仁王立ちするマグマ。

ゆっくりと、しかし、しっかりと立ち上がり小動もしない金狼。

にらみ合うことしばし、高まり続ける緊張感に観衆も息を吞む。

どちらが先に動くのか、誰もが固唾をのんで見守る中一陣の風が吹く。

その風に乗って花弁が一枚、二人の間を通り抜ける。

 

「うらあ!」

「ぬおお!」

 

次の瞬間お互いの拳が相手の頬へと突き刺さっていた。

ぐらりと一瞬よろめく両者、しかしすぐに脚に力を入れ直し体勢を戻す。

 

「いい拳持ってんじゃねえか、金狼!」

 

マグマの手刀が金狼の肩へと落とされる。

 

「ぬぐっ、貴様こそさすがではないか!」

 

マグマの腹へと金狼の爪先がねじ込まれる。

 

「ぐっ、たりめーだ! テメエよか年も訓練も多いんだからよ!」

 

マグマの頭突きが金狼へと襲いかかる。

 

「がっ、多ければいいものでもないがな!」

 

金狼のアッパーがマグマの顎に入る。

 

「うごっ、その通りだ、なぁ!」

 

マグマの蹴りが金狼の横腹へと叩き込まれる。

倒れるまでいかずとも衝撃にたたらを踏む、絶好の追撃チャンスだが顎への一撃が思ったより重く次がでない。

そうしてまた最初の睨み合いに戻る二人。

お互いに一歩も引く気などない、それを衰えぬ眼光によって確信した。

そこからは泥沼の乱打戦だった。

マグマが殴れば金狼が蹴り飛ばす。

金狼が肘を当てればマグマが膝を打ち込む。

いつしか観客も熱狂して二人の名前を叫んでいた。

 

「マグマ! マグマ!」

 

マグマの裏拳が金狼の顔面に叩き込まれ金狼の血が舞う。

すかさず金狼のハイキックがマグマの側頭部を襲いマグマが血を流す。

 

「金狼! 金狼!」

 

金狼の拳がマグマの鳩尾に入り吐きかける。

お返しとばかりにマグマは両手を鉄槌のように組み金狼の背中へと振り下ろす。

金狼が殴ればマグマが、マグマが殴れば金狼が、いつ終わるともしれぬ程戦いは続いていた。

 

 

「だ、大丈夫なの二人とも、あんなになってやる程熱血キャラだったの?」

「どっちも最早ただの意地だろうな、負けたくねえって気持ちだけだろうさ」

「ファイターズハイで脳内麻薬出過ぎじゃない? 次の試合の事頭から飛んでるでしょ!」

 

熱狂に乗れずただ一人だけ戸惑っているのは桜子だ。

千空も彼女に返事は返すがマグマコールに加わっている。

 

「いつの間にそんなにマグマ側になったの千空!」

「洞窟探索からだよ! 行け、マグマ! 村最強だって証明すんだろうが!」

 

周りの喧騒に大声で無ければ会話もできない、その上このおざなりな返事にこれはダメだと思い周りを見る。

彼女としては正直ダブルノックアウトが一番望ましい、そんな事を考えていたのだが……

 

「右だ、右! お前なら右一発決めりゃ勝てるぞマグマ! 漢を見せろー!」

 

まるでテレビ前の親父みたいにマグマを応援するクロムを見て呆れ返るのだった。

 

「洞窟探索で何があったのよ〜、三人共妙に仲が良い気がするんだけど」

 

桜子のそのぼやきは誰にも届かず大歓声にかき消されるのだった。

 

 

少しずつ少しずつ試合の形勢は金狼へと傾いていっていた。

気付けば金狼が十打ち込む間にマグマが九回に、少し経つとそれが10対7に、また少しすると10対6に。

今ではもう二回に一回程度でしかマグマの反撃は出ていなかった。

 

「マグマの奴まさか体力がつき始めたのか?」

「コハクとの一回戦もあったし、何より槍と剣じゃ間合いが違うもの。必然的に動く量はマグマが多くなるよね、そりゃ」

 

呑気にそう言うのは桜子だ。

素人意見であるが今回は正しい、実際彼女の記憶ではマグマと金狼の運動量は明らかにマグマの方が多い。

 

「くそっ、他人事みたいに言うなテメエは。マグマの特訓みてたのオメーだろうが、もうちょい応援してやれや!」

「だって私クロムを勝たせたいんだもん、ダブルノックアウトが一番嬉しいぐらいよ?」

「花見を提案したのはマグマだぞ、その分ぐらいいいだろうが」

「金狼とマグマどっちが手強そうって言うと、マグマの方な気がするのよねー」

「コイツは……」

 

千空とて感情に流されて目的を達成できないというのは論外だと思うがそれとこれとは別だ。

あの洞窟での会話で大分マグマよりになっているし、何より、

 

「詳しい理由は省くがな、クロムを勝たせたいならマグマに勝ってもらった方がいいんだよ」

「マグマ対策でもしてたの?」

「いや、違うが……そういう事にしとけ。とにかくオメーはマグマを応援しときゃいいんだよ」

「よく分かんないけど、分かった、応援しとく」

 

そうしてマグマへの歓声に小さな声が一つ増えたのだった。

 

 

腕が重い、脚が重い、まるで全身が鉛にでもなったかのようだ。

 

(ちっ、司の言ってた事マジだったな。忘れてたわけでもねえが、ここまで体力削るもんだったか)

 

思い出すのは司の指導。曰く、

 

(攻撃は基本回避すべし。受け続ければどうしたって体力消耗するし、なにより急所に当たったりしたら目も当てられない、だったか)

 

しかし、同時にこうも言われた。

『無理な回避をするより防ぐ方がいい』

どっちなんだよ! とキレたが即座にこう返された。

『ケースバイケース』

結局その時その時で正しい方を即座に選ばなければならない、などと言われて役にたたねえとげんなりしたものだ。

その正しさを今骨身に叩きこむ羽目になっている。

だが、その正しさが何だというのか。

 

(間違ったところを反省すんのなんざ終わった後でいい!)

 

自分に活を入れる意味も込めて金狼の繰り出してきた拳を額で受ける。

流石に効いたのか金狼が顔をゆがませ一歩下がる。

こちらも大分効いたがトントンだと言い聞かせながら額から落ちる血を拭った。

 

「満身創痍の状態でいまだにその闘争心、やはり貴様は強いな……俺よりも、だ」

「あん? 何を言い出してんだテメエ。今さら参ったでもすんのか? やめろやめろ、つまんねえにもほどがあんぜ」

「馬鹿を言え、そんなもの貴様には侮辱としかならんだろう? 師匠が言っていたことを思い出しただけだ、心が一番重要だと、な」

 

少しでも体力を温存するため金狼に話の先を促す。

たとえそれが実質勝利宣言みたいな不快なものであってもだ。

 

「万全の状態同士でやったなら間違いなく貴様が勝っていただろう。だが、今は、今日は! 勝利の女神が微笑まなかった貴様の負けだ!!」

 

そう言い終えるが早いか先ほどまでとは比べ物にならない勢いでの乱打が始まった。

 

「ヤベー! 金狼の奴あんなに力を残してたのかよ!」

「いや、この試合に勝てれば後はもうどうでもいいと全部絞り出すつもりなんだろうよ」

 

防ぐ一方で反撃の糸口すら見えない。

俺はここで負けるのか? そんな弱気すら起きてくるぐらいに激しい拳の雨であった。

そうしてとうとう片膝が落ちる。

それを見た金狼がトドメの一撃を全力を込めて繰り出した。

 

「これで終わりだ!!」

 

これを受ければ倒れる、それが嫌になるほど理解できる力の乗ったいい拳だ。

そして自分はそれを避けられる程の力は残っていない。

ならばここで終わりか? 否だ! まだ試すべき事がある!

必死になって思い出す、あの時桜子が話していた事を。

 

(相手の拳に合わせて、腕を擦らせ威力を削ぐ!)

 

ついで肘を曲げ軌道を逸らす!

それができれば……

 

 

金狼の一撃は確かにマグマの頬に突き刺さっていた。

そして同時にマグマの拳も金狼の頬に突き立っていた。

誰も何も言えず、沈黙だけが場を支配していた。

そしてマグマがゆっくりと崩れ両膝をつく。

金狼が絞り出すように、最後の力を出し切るように言葉を発する。

 

「マグマ……貴様の、勝ちだ」

 

そう言って金狼は気を失って倒れた。

審判であるジャスパーも事態が飲み込めず戸惑う中最初に声を上げたのは司だった。

 

「審判! マグマの意識があるか確認を! 確認できたなら勝者の名を!」

 

その声に慌ててマグマへと駆け寄るジャスパー。

 

「マグマ、まだ意識はあるか?」

「……ああ、口を開くのも辛えが、まだ気絶してねえぜ」

 

大きく一つ頷き高らかに勝者を告げる。

 

「勝者、マグマ!」

 

今日一番の歓声が起こった。

マグマを称える声、紙一重で勝利を逃した金狼に悔しがる声、ただ誰もが素晴らしいと褒め称えていた。

 

「よくやりましたよ、金狼君。私は君に教える事ができて誇らしい」

 

いつの間にやら気絶した金狼の側にいた氷月が彼を担ぎ上げた。

 

「良ければまた試合をしてやってくださいね、マグマ君」

「けっ、もうごめんだぜ。司との特訓よりきつかったんだからよお。……だが、挑まれて逃げる程腰抜けじゃねえからな、仕方ねえからそんときゃ受けてたつぜ」

 

無理矢理に笑顔を作るものだから酷い顔になっているマグマにクスリと笑って最後に一つ質問する。

 

「さて、金狼君の言う通り君には女神は微笑んでいなかったように思えましたが、勝因はなんだとお考えで?」

「ああ、んなもん決まってる」

 

マグマが騒がしく近づく皆の方を見る。

 

「女神じゃなくて、座敷童がいるってだけだ」

 

彼の視線の先にははしゃいで駆け寄るクロムと珍しく笑顔の千空、そして驚きで三つの丸を作る桜子の姿があるのだった。

 




アニメ第二期始まるからその前になんとか投稿です。


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御前試合⑨ 王者と挑戦者

「やったなマグマ! まさかあの状態から勝っちまうなんておもわなかったぜ!」

「おい」

「ククッ、司大先生と桜子先生の教えのおかげってところか? ま、スゲエ事やったじゃねえかマグマ」

「おい、それよかよお、」

「次の試合をすぐに始められる雰囲気じゃねえからな、ゆっくり休めよマグマ。まだ2回試合があんだからよ」

「そうじゃなくてな」

「ああ、金狼の奴なら氷月が連れてって介抱中だ。司の話じゃそんなにかからず目が覚めるそうだぜ」

「それじゃなくて、なんで俺は、この女に膝枕されてんだよ!」

「男にされるよりは良くない? ガーネット達は宴会料理の準備してるし、まさかコハクや南さんにしてくれとは言えないし」

 

そうなのだ、何故かマグマは桜子に膝枕をされているのだった。

それも横から膝を入れる形ではなく真正面の形でである。

おかげで視界には桜子の顔が常に見える状態だ。

 

「地面に寝かせるのは流石にねえからな、俺らがやるよか桜子だろ、分類的には女だしな」

「肉付き悪いから少し痛いかもだけど我慢してね、傷薬とか二人に塗ってもらうからじっとしてて」

 

ポンポンと子供をあやすように頭を叩かれマグマは顔を顰める。

 

「おい、ガキじゃねえんだからその叩き方やめろ」

「あ、ごめんごめん。試合凄かったから褒めようと思ったんだけど、つい私自身を基準に考えてた」

「ああそうかよ、馬鹿にしてんじゃなけりゃいい。テメエの好きにしろ、テメエが変人なんだって事ぐらいよーく知ってるからな」

 

ニコニコとあまり見ないぐらいの笑顔で笑う桜子に毒気を抜かれたのか好きにさせるマグマ。

あるいはそれをやめさせるのも億劫なのかもしれない、そう思わせる程に彼の表情からは疲労が見てとれた。

 

「後二回、やれんのかよ? その様子で」

「あん? 千空、テメエには俺がこの程度でくたばる程弱く見えんのか? テメエらみてえなヒョロガリ相手にはちょうどいいハンデだろうよ」

「後半はあながち間違いじゃねえが、前半はな……1/3で司相手だぞ、戦いになんのか?」

「そうよ、勝ち目なんて流石に0じゃない?」

「はんっ! やってみなきゃ分かんねえだろうがよ!」

 

そう啖呵をきった直後に咳き込んでは説得力なぞ皆無であろう。

これはどうしたものかと思わず目を向けあう3人。

 

「君らの目的には有利になる事だろうに、何を途方にくれてるんだい」

「いや、間違ってねえけどよお。やっぱ正々堂々勝ちてえっていうか……って、司!」

 

唐突に後ろから声がかかり振り向けば次の試合に出るはずの司がそこにはいた。

 

「もうすぐ次の試合始まんだろ? こっちに来て大丈夫なのかよ」

「いや、まだ開始すんのは無理そうだぜ。思ったよか地面がボコボコになっちまってる、もうちょい整地に時間かかりそうだ」

 

千空の視線の先にはトンボとタンパー(とんとんとも言う)で必死に地面を固める姿。

時折『なんでここまでえぐれてんだよ!』だとか、『土持って来てくれ!』だとか聞こえてくる様子を見るに、もうしばらくは開始できなそうである。

 

「横からすまないね、だが俺としてもマグマの状態は知りたくてね。……やれるつもりかい?」

「あたぼうよ! 俺はまだまだやれる、テメエにだって勝ってみせるぜ!」

 

司を見た途端、寝てなどいられないとばかりにマグマはすぐに体を起こしていた。

司の問いかけに挑発的に返すが……、

 

「そのセリフは脂汗と顔色をどうにかしてから言うべきだね、痩せ我慢がすぎると思うよ」

 

死にそうな顔色と明らかに歯を食いしばって痛みに耐えてる顔では素人すらだませない。

だが、それでも彼は胸を張り見栄を張ってみせた。

 

「はっ、それがどうした! 俺の体調不良で試合が先延ばしになんのか? 弱音吐いてそれで何か変わんのか? 何も変わんねえだろうが! それとも何か? お優しい司様は勝ちを譲ってくれでもすんのか?」

 

そこまで吠えるように叫ぶと息の限界だったのか苦しげに咳き込む。

 

「ああもう、無茶しないの。ほら、水ゆっくり飲んで」

 

うずくまるマグマに慌てて背中をさすりながら水を差し出す桜子。

受け取ったマグマはゆっくりと飲み干すと再度司を睨みつけた。

それに対し呆れたような声で再度問いかける司。

 

「マグマ、もう一度だけ聞くよ。やれるつもり……いや、やるつもりかい?」

「何度も言わせんな、この程度で芋引いてたら情け無さすぎて死にたくなるぜ」

「その結果負けても満足だ、納得できる、と?」

「当たり前だ、俺の運、いや、実力が足らなかったってだけだ」

 

司は大きくため息を吐くと天を仰いだ。

分かってはいた、マグマが強情で意地っ張りだという事ぐらい。

口でなんと言われようが自分を曲げるような男ではないのだ。

 

「君の覚悟はわかった、俺も覚悟を決めたよ」

「おう、やっとわかりやがったか。当たったら手加減なんぞすんじゃねえぞ」

「そんなもの君への侮辱だろう、いつだって君との戦いは本気でやるさ」

 

諦めたように言う司に満足したのかマグマはまた倒れ込んでしまった。

慌てて桜子がその頭を受け止めるが大分重そうだ。

 

「ほんとに大丈夫なの? 動けるように見えないんだけど」

「うるせえ、そうならないためにも体力温存すんだよ」

 

そんな姿に司はやれやれと言わんばかりに肩をすくめると島の真ん中へと歩き出す。

その途中で思い出したかのように声を上げた。

 

「ああそうだ、3人にお願いしておきたかったんだ」

「ん? お願い? なんかやってほしいのか?」

「簡単な話だよ、マグマがこれ以上体力失わないように抑えておいてくれってだけだから」

「話は簡単だがやるのは簡単じゃねえ奴だな。ま、安静にさせとくから安心して試合に出てこい」

「うん、頼んだよ千空」

 

千空の応えに軽く頷きながら言葉を返すとそのまま司はまた歩き出していった。

 

 

会場は始めから酷い喧騒に包まれていた。

銀狼が試合に出たくないと言い出したからだ。

 

「やだー!! 僕が司に勝てるはずないじゃんかー!!! ボッコボコのボロ雑巾になるのはやだー!!」

 

そう言って橋の支柱に張り付いた銀狼を剥がそうとみんなで大わらわ。

これ棄権でいいんじゃないかという雰囲気の中、司が銀狼に尋ねた。

 

「銀狼、君はどうしても俺とやりたくないのかい?」

 

銀狼は一も二もなく頷く。

 

「勝てるわけないのに戦いたいなんて思う訳ないじゃん! 痛い思いするの絶対ヤダー! 棄権させてー!」

 

それを聞いた司は大きく頷くと、審判に参ったを告げた。

周りは騒然、銀狼は呆然、そして当然ながらマグマは即座に爆発した。

ただ、相当疲れ果ててたのか千空とクロムの二人に両腕を、桜子に頭を抑えられただけで動けなくなっていた。

司は審判に勝者のコールをお願いするとマグマの横まで歩いていった。

 

「俺がまいったしたのがそんなに不満かい、マグマ」

「あたりめえだろうが! 俺と当たる前にあっさり一抜けとかふざけてるとしか思えねえ!」

 

視線で人が殺せるなら殺してしまいそうな程強く睨むマグマ。

しかし、司はそれを意に介さず天を仰ぎながら問いかけた。

 

「ふざけてる、か。……なあ、マグマ、もし今日俺と当たってそれで負けた場合、その後俺に挑んできたかい?」

 

マグマの顔が一瞬だけ歪む、まるで図星を突かれたかのように。

実際図星なのだろう、否定の言葉には動揺が浮き出ていた。

 

「ば、ばか言え、一回負けた程度で諦めると思ってんのか!」

「普段なら諦めないだろうね、だが、この御前試合は世代に一回だけの特別なものだ。

つまりこの試合で上下関係すら決まる、そういう所がゼロだと言えるかい?」

 

もはや表情を隠す事すら出来ず歯噛みするマグマ。

 

「そういや、そうか。ジャスパーのおっさんが審判やってんのも確か準優勝したからだったよな」

「余計な事口にしてんじゃねえ!」

 

ボソッと言っただけのクロムの言葉にも激しく噛み付くのは余裕がない証拠だろう。

 

「つまり君は、今日で挑むのを辞めるつもりだった。そう判断したが、違っていたら否定してくれ」

「も、もし仮にそうだったとして、それで何の問題があんだ! 一々突っかかる奴がいなくなりゃせいせいすんだろうが!」

 

司の更なる追及に苦し紛れに自分の勝手であると、迷惑にはなっていない、むしろそれがなくなるだけだと叫ぶ。

それにむしろ悲しげな顔で静かに司は答える。

 

「……俺は、大切な人なんていなかった、石化前までは、ね。

今では大切な友と呼べる人がいる、それは本当に幸運な事だと思う。

だけど、俺は欲張りだったらしい。まだ欲しいものがあるんだ」

「なんだよ、そりゃ。俺に関係ねえ事だったらぶっ殺すぞ」

 

何が言いたいのか薄々は気づいているのだろう、マグマの言葉には内容とは裏腹に力がこもっていない。

 

「この頃の氷月と話していて気づいた事なんだけどね、誰かを教え導くのはとても楽しいんだ。そして、もしもその相手が自分に並んでくれるならこれほどの喜びはない、と」

「んなもん何人でもいるだろうが、ユウキもモリトも剣使ってんだろ!」

 

別に自分だけじゃないと司を慕う他の男達の名を上げる。

しかし、重要なのはそこではない。

 

「彼らが俺に挑んでくると、超えようとしてくると思うかい?」

「ぐっ……」

 

最も大事な心構えの点で彼らには足りないものがあるのだ。

しかし、それで彼らを責めるのは酷というものだろう。

誰もが頂を目指し続けられる訳ではないのだ、決して届かないものを見せられて尚進むのは一般人には荷が重い。

 

「金狼は本気でいつか氷月に並びそして超える気概を持っているよ、だけど彼らが俺に対しその心を持ち続けられると思うかい?」

「ま、無理だな。あいつらがマグマを兄貴って呼んでる一因でもあんだろうし」

「千空! テメエも口挟んでくんじゃねえ!」

 

それを彼らが持つ事ができるか? という問いにバッサリ切り捨てるのは千空だ。

マグマも無理だと理解しているからこそ、千空の意見を否定できず口を挟んだ事だけに文句を言う。

 

「千空の言う通りだと思う、つまりマグマ、君だけなんだ。俺を超えようとガムシャラに走れているのは」

 

マグマはもはや何も言えずただただ司を睨む。

 

「氷月は強くなってきてるよ、誰かに教えるという行為は基礎を見つめ直す良い機会でもあるからね。

俺も君のおかげで強くなれている、これからも続けさせて欲しい」

「教えるだけじゃ駄目なのかよ……」

「今までと同じぐらい本気でやれるのなら構わない」

 

無理だろう、目標の有無はモチベーションに直結することなど言うまでもない。

 

「頼むよマグマ、俺から将来のライバルを奪わないでくれ。君が俺と並んでくれる事を本当に楽しみにしているんだ」

「か、勝手にしろ!! 俺は次の試合まで寝る!」

 

そう言って再び桜子の膝に頭を落とすマグマ。

 

「ありがとう、マグマ。君が強くなるのを楽しみに待っている」

 

最後にそれだけを言ってその場を司は離れていった。

マグマは腕で目を覆った、認められた事で涙がにじんでいる所を見られたくなかったから。

そして、それを慰めるように頭をなでる桜子と肩をすくめながら見つめるクロムと千空の二人であった。

 




思ったよりも長くなったので御前試合決着までがもう一話伸びて⑫まで行く予定。
これ以上は伸びないやろ……(フラグ?)

今週から定期更新再開します、頑張って書いていきますのでよろしくお願いします。


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御前試合⑩ 師匠と弟子

「……ここは?」

 

目を覚ました時なぜここに寝ていたのか分からず一瞬頭が混乱していた。

しかし、すぐに試合中であったはずだと思い出し勢いよく起き上がり、

 

「ぐううっ!」

 

激痛によって動きを止める羽目になった。

 

「目が覚めたようですね、ざっと診た感覚では骨折などはないと思いますがそんなに勢い良く動いては痛くて当然ですよ」

 

そして声をかけられてようやく隣に氷月がいる事に気がつくのだった。

 

「師匠! ……俺は、負けたのですね」

「そうですね、残念ながら最後のクロスカウンターで君は気絶してしまいましたので」

 

負けた、その事実が胸に深く沈んでゆく。

何故あそこで勝てると思ってしまったのか、何故もっとマグマの動きを見れなかったのか。

それよりもっと前に避けられる一撃も、あてられる場面もあったはず……!

後悔ばかりが浮かび上がり叫びだしたくなってしまう。

 

「師匠、尾張貫流槍術の名を汚してしまい申し訳ございません。

この罪償うためならば、如何様にもしていただいてかまいません」

 

それら全てを呑み下し、師へと言うべき言葉のみ口にした。

 

「ふむ、罪ですか。何をもって罪というのです?」

「命とも言うべき槍を手放し、子供の様な喧嘩に発展。

あまつさえ敗北という結果を残した事、腹を切って侘びろと言われても致し方ないと考えます」

 

思わず苦笑がもれる、あれを子供の喧嘩と言われてはボクサー達の立つ瀬がないだろうに。

だが先程の試合で注意すべき点があるのも確かである。

 

「金狼君、聞いておくべき事があります。

君はなぜ槍を手放し、マグマ君の剣を止めた時点で動きを止めてしまいましたか?」

 

氷月の問いに目を閉じしばし熟考する金狼。

その時の事を思い出す、そうか自分は、

 

「師匠と同じ事ができた、その事が嬉しかったのだと思います。

もちろん致命の一撃を回避できた安堵もあったのですが」

「……なかなかに叱りづらい答えを出してきますね」

 

少々予想外の答えに窮しながらも声を出したが、多少上ずっていたのは気にしないようにした。

咳ばらいを一つして、改めて指摘する。

 

「こほん、得物から手を離すのは君自身もやった事でしょうに相手がしてくるのを警戒しなかったのはマイナスです。

ついでに言うなら私と同じことをするのなら取った刃を落とさなければ片手落ちという物、その点は反省しなさい?」

「はい、切り抜けたと思った時ほど油断してはならない、そう肝に銘じます」

 

そう神妙な態度で反省の言葉をかえし次の言葉を待つ。

そしてしばらくそのまま待っていたのだが次の指摘がなかなかこない。

不思議に思い目を向けてみるとそこには笑いをこらえるよな氷月の顔。

 

「師匠?」

「ああ、すみません。少々待ってくださいね」

 

困惑を隠せず呼びかけてみれば機嫌が良さそうな声で笑いながら待つようにいわれる。

しばらくしてようやく笑いを収めると今度はゆっくりと頭を下げた。

 

「今回の敗因の一つは私が君をみる時間が少なかった事です、私も反省し謝罪をいたしましょう」

「あ、頭を上げてください師匠! 全て俺が不甲斐なかっただけです、師匠は悪くありません!」

 

氷月からの謝罪に金狼は大慌てで否定し頭を上げてくれるよう願うが、構わず氷月はそのまま話を続ける。

 

「今回の試合で君は最善を尽くしました、なぜ負けたのかを突き詰めれば指導者に責があるのは当然です。

君の真面目さに甘えてクロム君の訓練ばかりみていたのは事実です、師としてあるまじき態度であったと思います、故の謝罪ですよ」

 

そう言って頭を上げようとはしない。

頑なな氷月の態度にどうすればいいのかと途方にくれる金狼。

 

(そうだった、師匠は真面目な方であった。責任を感じた時には逃げずに果たそうとする方だ)

 

なんと言えばよいのか分からず悩んでいると氷月が再度口を開いた。

 

「責任がある、それを理解した上で君にお願いがあります」

「はい! なんでもおっしゃってください!」

 

そんな困り果てていた所だったので氷月からのお願いに即飛びつく。

 

「君への指導を続けさせていただきたい、指導者としては未熟なこの身ですが君の父との約束を果たさせてほしいのです」

「……! 喜んで! これからも御指導御鞭撻の程お願いします!」

 

しかもそのお願いが自分の願いと同じなのだ、一も二もなく了承する金狼。

 

「ありがとう金狼君、次は必ず勝ちましょう?」

「はい、必ず勝ってみせます!」

 

力強く頷いた所でようやく気づいた。

氷月の表情がまた笑いを堪えるものになっている事に。

 

「師匠、まさかとは思いますが、揶揄っていましたか?」

「ああ、気づいてしまいましたか。君の事ですから最悪敗北に責を感じて破門を求めるかもしれないとゲン君と話してましてね。こうして対策を講じた、というわけです」

 

実際その通りになったのだからぐうの音もでないが、怫然としてしまうのは仕方ない事だろう。

 

「後、揶揄ってもいましたが、言った言葉は全て本気ですよ。今回の最大の敗因は間違いなく私です、君はその中で最善を尽くしました」

「師匠……ですが、やはり自分は」

「むしろ誇ってください、師に見られずとも自分はここまでやれたのだと。そして、もし、君が魅せたものの中に私の教えが一助にでもなったのならば」

 

そこで氷月は一度言葉を区切ると口元の襟を下げ、

 

「これほど嬉しい事は無い」

 

優しく温かな笑みでそう続けるのだった。

金狼は言葉を失っていた。

氷月は普段口元を隠している、それは復活者に共通する体のヒビが口元に出てしまっているからだ。

見苦しいから隠しているのだといつか聞いた記憶がある。

だから口元を晒すのを嫌うのだと。

わざわざ今それをみせたのは笑う顔を自分に見せるため、それが分からぬほど鈍くはなかった。

 

「ありがとうございます師匠、俺は誇ろうと思います。今日の試合も、貴方から教えを受けられた事も」

 

だから胸を張ってそう言った。

氷月はまたすぐ襟を戻してしまったが、きっと笑顔のままだと思えるような温かな目でそんな金狼を見守るのだった。

 

 

それからしばらく金狼の体に支障がないかどうか調べたり、休息を兼ねて雑談をしていると大きな歓声らしき声が聞こえてきた。

 

「ふむ、時間的に考えて今は準決勝でしょう。組み合わせまでは確認していませんが、もしかして大判狂わせでもありましたかね?」

「もしやマグマが司に一矢報いたのでしょうか?」

 

自分に勝った相手が活躍している所を想像してか金狼の声は少し弾んでいる。

 

「どうでしょうかね? 立てるのでしたら見に行きますか?」

「はい、もしそうなら是非見てみたいので」

 

氷月がそう声をかければすぐに行けると返す。

先程軽く動かした際にも大きな怪我などはなく、立って動く程度なら問題なかった。

とはいってもまだ横になっていた方がいいだろうが。

 

「まだ辛うじて動ける程度でしょうに、まあ肩ぐらいは貸しましょう」

「ありがとうございます師匠、お言葉に甘えます」

 

そうして試合場、もう一つの島に渡る橋の手前まで来たのだがどうも様子がおかしい。

上がっている声が歓声ではなく、どちらかと言えば……うめき声?

いや、より正確に表現するのならば『うわぁ』であろうか。

何かありえないものでも見たような、そんな声に混じって悲鳴のような声も聞こえる。

これは尋常じゃないと二人とも確信し急いで橋を渡る。

そして渡り切った先で起きていた事を見た時、

 

「「は?」」

 

二人同時に同じ声を上げていた。

目の前の光景が理解できない、いや、したくないのも当然かもしれない。

なぜなら彼らの視線の先には……

 

「ヒャッハー! 逃がさないよー、千空ー!!」

「テメッ、ふざけんな! アホな真似は辞めろっつってんのが聞こえねえのか!」」

 

やばい表情で千空を追い回す銀狼の姿があったからだ。

 

 

「これは、いったい、どういう状況ですか?」

 

氷月の絞り出すような声が恐ろしく聞こえる。

冷静な人間が聞けば怒りに震えるのを必死に堪えている事がすぐにわかっただろう。

だが、皆試合に集中しているのかそんな人物など、

 

「そこの羽京君、見ていたのなら説明してもらってもいいでしょうか」

 

いや、いた。

名指しされた羽京は人生で初めて自分の能力を呪った。

どう説明しても氷月が怒り狂わない未来が見えない、なんの罰ゲームだこれは。

せめて説明が終わるまでに銀狼が落ち着くか千空がどうにかしてくれる事を祈りながら羽京は説明を始めるのだった。

 

 

羽京が話したのは金狼を氷月が連れて行き、第三試合が始まろうとする所からマグマと司の会話までであった。

 

「そんな事があったのか……」

 

羽京の耳ならばこのぐらいの距離でも聞こえる。

だから時間稼ぎも兼ねて会話の内容も概ね二人に伝えるのだった。

 

「今話した事は誰にも言わないでね、今回はつい気になっちゃって聞き耳を立ててたけど盗聴は趣味じゃないんだ」

「銀狼君が準決勝に残った理由はわかりました。で、あの下衆っぷりは一体全体どういう事で?」

 

試合はまだ終わる気配が見えず、追う銀狼と逃げる千空の構図は変化がない。

 

「銀狼があんなになってる理由なんて知ってると思う?」

「知っているでしょう、先程から大声で自分に都合の良い事だけを叫んでますから」

 

会場に響き渡る『ハーレムー!』だの『美味しい食事毎日用意してもらうー!』だの『一日中遊んで暮らすー!』だのの声に聞く人間全員の心が一つになる。

 

((((これ、村長にしちゃ駄目な奴だ))))

 

しかし、今の状況には疑問が残る。

 

「銀狼は、その、欲望に正直なところがあるが、早々悪い事ができるタイプじゃないはず。なぜあそこまでの暴走を?」

「ごめん、それは本当にわからない。何かきっかけでもあったのかもぐらいしか推測できないよ」

 

この場にいる3人には知る由もないが、きっかけは確かにあった。

銀狼はコクヨウにこう尋ねたのだ、『司が優勝しちゃったらどうするの?』と。

それに対し当たり前にコクヨウはこう返した、『当然ルリの婿は司となる』と。

つまり、優勝さえすれば誰でもルリと結婚できるし、村長にもなれる、そう認識してしまったのだ。

無論自分が優勝できるとは露にも思わなかったのでそんな事は考えていなかった。

しかし、司が棄権しマグマがズタボロな今、優勝の可能性が一番高いのは自分だと気づいてしまったのだ。

その結果の末の暴走である。

 

「で、千空君がまいったしていないのはやはり?」

「うん、これ第一試合なんだ。聞けばわかると思うけど、あの二人のためだろうね」

 

見ればクロムとマグマも一緒になって声を張り上げている。

 

「このヒョロガリが! 無茶すんじゃねえ、いいからとっととまいったしろお!」

「千空、俺らの事なら気にすんな! ソッコーでどっちかがまいったすりゃあ銀狼にだって勝てる! だからまいったしてくれー!」

 

その後ろでは泣きそうになっている桜子の姿。

 

「無理だよ、無理だってば、怪我しちゃうよ、降参してよ千空!」

 

ゆっくりと羽京の方に視線を戻す氷月。

 

「……彼らは談合完了しているようですね、銀狼を優勝させないための苦肉の策といった所ですか」

 

氷月の声が平坦なのがかえって怖い、どれだけの怒りを溜めているのか想像したくない。

 

「では、最後の疑問です。なぜ未だ千空君が負けていないので?

いえ、言い方を変えましょう。なぜあの戯け者は千空君を嬲っているのですか?」

「……乱入とかしないって約束してくれるかい?」

「いいでしょう、私の堪忍袋の緒が切れる前に説明お願いしますね」

 

今度こそ羽京は自分の耳の良さを呪った。

聞こえてしまった時も呪ったが、まさか更なる追い打ちがあろうとは。

 

「始めの方にね、鍔迫り合いになったんだよ。だから僕以外には聞こえてないだろうけど、銀狼が提案してたんだ」

 

そこで一旦言葉を切る。

余りにもあんまりな提案だったのでなるべくなら話したくなかったからだ。

 

「千空の言う事なら桜子は聞くだろうから、自分がまいったするかわりにエロ絵を彼女に描かせろってさ」

 

金狼が膝から崩れ落ち、氷月からブチッと言う音が聞こえた気がした。

 

「ありがとう羽京君、言いづらかったでしょうに、教えてくれて感謝していますよ」

「約束したよね? 乱入しないでよ?」

「ええもちろんです、乱入なぞしませんよ」

 

そういうと周りを軽く見回す氷月。

やがて目当ての物を見つけそれを持っている人に声をかける。

 

「ゴーザン君、腰のナイフを渡しなさい」

「へ? 師範? ナイフなんてどうするつもりで?」

「知れた事、あの痴れ者を消すのですよ」

 

そう言い切った氷月の目には純粋なる殺意が宿っていた。

 

「えええ! いや、殺人はまずいっす師範!」

「いいから渡しなさい! あんな輩が存在するなど耐えられません!」

「だ、誰かー! 師範を止めてくれー! 血が流れるぞ!」

 

大パニックである。

腕力だけならゴーザン達の方が上であるおかげで、氷月の凶行をかろうじて食い止められているが、時間の問題であろう。

率直に言ってゴーザン達6人がかり程度では氷月を止められるわけがない。

つまり誰かの助けが必要なのだが……

 

「羽京、見てねえで師範止めるの手伝ってくれ!」

「……僕の腕力は氷月以下だし、力にはならないさ。大丈夫だよ、きっとナイフ一本程度なら死にはしないさ」

「何言ってんだ! 死ぬときゃ死ぬし、師範の腕なら首狙うのなんぞ朝飯前だろうが!」

 

しかし、今氷月を止めるという事は銀狼を助けるという事だ。

さすがに殺しはまずいと思ったから乱入は止めたが、そのあたりの意図は多分氷月にも伝わっているだろう。

ちょっとばかり痛い目を見るだけだと思う、後手助けしようにも隙間がないし。

 

「力足らない僕が入ってもかえって邪魔になりそうなんだよね。だから、外から見て射線が通らないようにしとくよ」

「ふむ、地味に邪魔な位置にいますね羽京君。射線の把握はお手の物ですか、さすがですね」

 

ちょこちょこと周りを動き回っているのはそういう訳である。

万が一失敗しても少しの怪我ぐらいは人生の授業料だよねと思っているのも事実であるが。

 

「おい、誰か司さん呼んでこい!」

「無理だ! 司さんはさっきから頭を抱えたまんま動かねえ! ショックがデカすぎたんだ! 姉御と北東西の二人にも反応してねえ!」

 

直接の助けにはならない羽京に、頼みの綱の司が戦力外、という事態に銀狼が狩られるのも時間の問題と思われた。

 

「……師匠、やめてください」

 

この時金狼が声を上げなければきっと銀狼は氷月によって殺されていただろう、ゴーザン達は後にそう証言している。

実際には氷月自身は殺すまではいかないつもりであったらしいが、そう思わせる程に氷月の殺意は凄まじかったのだ。

それでも金狼は氷月の前に両手を広げて止める決意を見せた。

 

「金狼君、なぜ止めるのです?」

「師匠のお怒りも当然だと思います、あいつの行為は控えめに言っても最低です」

 

そこで一旦言葉を切り、大きく息を吸い込んだ。

そして全身に力を込めて不退転の決意で告げる。

 

「それでもあいつは俺の弟です、兄の俺が、あいつを守るのは人間として当然のルールです!」

 

力強くそう言い切る金狼に氷月の動きが止まる。(ついでにゴーザン達も氷月によって全員止められた)

ジッと金狼を見つめる氷月、その強い視線にも負けずに睨み返す金狼。

 

「私と戦うことになっても、ですか?」

「はい、あんな弟でも、俺の弟ですから。たとえ師匠であっても殺させはしません!」

 

数秒の間そのままにらみ合う二人。

視線をそらしたのは氷月が先であった。

 

「ここまでしてくれる兄がいるなんて、彼は果報者ですよ。彼には過ぎたるもの、と言いたくなりますね」

 

大きくため息をつきながら殺気を霧散させる氷月。

銀狼を殺すつもりがなくなったことを理解したのだろう、気の抜けた金狼が膝をついた。

 

「大丈夫かい? まだ体がつらいだろうに、無茶するよ」

「いや、この程度どうという事はない」

 

羽京の気遣いにやせ我慢で返す金狼。

羽京は意地っ張りが多いなと思いながら試合へと視線を戻す。

 

「実際どうする? このままだと少し面白くない結果が待ってそうだけど」

「そうですね……。金狼君、彼の命が無事ならある程度の怪我までは許容できますか?」

「さっきも言いましたが、今のアイツは最低な事をしています。止めるためなら多少の怪我ぐらいは仕方ないかと……」

 

金狼は複雑そうな表情ながらもある程度は仕方ない、それぐらいはお仕置きの範囲だと理解している。

そう理解しているならばと、氷月が銀狼を止めるための案を耳打ちする。

 

「良い案だとは思いますが……、師匠の負担が大きくありませんか?」

「なに、君や皆の協力があればやってやれない事はないでしょう。

羽京君もゴーザン君たちも手を貸してくれるでしょうし、もしかすれば今回の観衆全員巻き込めるのでは?」

「飲むなら問題なし、蹴っても非合法手段で、か。審判が見逃してくれる?」

「なに、最悪の場合でも私は村人ではないのですから彼に従う必要はありませんよ」

 

二人の懸念事項に対処が可能とかえす氷月。

 

「試す価値は十分あるか、それじゃあ任せたよ」

「ええ、あの狼藉をいい加減辞めさせましょう」

 

そう言ってにっこりと笑う氷月であったが、獲物を見つけた狩猟者の笑いにしか見えなかったとはゴーザンらの言である。

 



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御前試合⑪ GGR

銀狼は今人生で一番調子に乗っていた。

このまま勝てば決勝はクロムかボロボロのマグマが相手、勝ちの目は十分にある。

そうすればハーレムを作って美味しいものを毎日食べ放題、誰かが言ってた酒池肉林だ。

もしも千空が取引に応じてくれればエッチな絵が好きに手に入る。

女性に対しそんな事をやらせるんじゃないとか金狼には怒られたが問題ない。

元々彼女が悪いのだ、期待させといてそれを裏切るなんて真似を何回もしてくれたのだから。

あの司にボッコボコにされた原因のあの手紙だけではないのだ。

平仮名とかいうのを覚えたらくれるといった『可愛い子のエッチな絵』は猫が日向ぼっこしてる絵だったり、『おっぱいの大きな子の絵』が牛とか言う動物の絵だったりしたのだ!

そんな絵をくれるというから頑張ってしまい平仮名はほぼ覚えてしまったではないか!

つまりこれは正当な要求なのだ、僕は間違ってなんかいないのだ!!

そんな風に考える彼は本当に最高潮であったのだ、

 

「愉快な事をしていますねえ、銀狼君」

 

地獄から響くような声がその耳に届くまでは。

思わず立ち止まり見たくないと思いつつそちらを見れば、殺気立った目でこちらを睨む氷月の姿が!

 

「ひっ! な、なんだよう、し、試合中だよ? 何の用なのさ!」

「いえ、どうやら覚えていないようなので言っておこうと思いましてね。私は、千空君に仕えている立場なんですよ」

 

表面は穏やかに話している、それは間違いない。

が、鈍い銀狼にもわかる。あれは怒り狂っている状態だ!

いや、大丈夫だ、傍目にはただの一方的な試合にしか見えなかったはず、氷月のあれは理不尽な怒りでしかないのだ。

 

「ちなみに羽京君の耳はとても良くてですね、試合中の内緒話程度簡単に聞き取れるのですよ」

 

まずーい! あの取引の話を全部聞かれてた!? 八百長、しかもエッチな絵を描かせる取引なんて金狼に聞かれたら……。

そう思い視線をずらせば、そこには仁王立ちでこちらを睨む金狼の姿が!

あの顔は確実に全て聞いている、本気で不味い、めっちゃ怒られる。

いやいや、まだ逆転の目はある。優勝して村長になってしまえば村長命令で止められるはずだ。

 

「ああ、ちなみに私は村人ではないので村長に遠慮する事はありませんので」

 

詰んだー! どうしよう、どうすりゃ助かるの! ……そうだ!

 

「審判ー! これは試合の妨害行為じゃないの! 今すぐ氷月を止めてー!」

「妨害と認めるのならば千空の反則負けになるが……、いいのか?」

「へ、なにが?」

 

ジャスパーがなぜそんな事を聞いてくるのか分からず聞き返す。

その答えは氷月からもたらされた。

 

「試合中だからこそ私は直接手を出さずにいたのです、終わったのなら遠慮なぞしませんよ」

 

冷や汗が止まらない、つまり自分は……

 

「銀狼、観念しろ。幸いなことに師匠はお前を殺さないと約束してくれた、今すぐに参ったすればお前の面倒も見てくれると。だから銀狼、お前の身を守るためにも参ったをしてくれ」

 

完全に詰んだ。

がっくりと肩を落とし力なく参ったを告げる。

その瞬間観客一同で安堵のため息をこぼすのだった。

 

「それでは銀狼、これから毎日修行だ。俺は体が治るまでは付き合えんが師匠がつきっきりで見てくれるぞ、よかったな」

「えええ〜! そんなの絶対きついやつじゃん、死んじゃうよ僕!」

「安心しなさい、人間意外と丈夫なものです。死なさないように仕込みますよ、君の性根が叩き直されるまでね」

 

ヤダー、殺されるー!などと叫びながら引きずられる銀狼。

氷月はそのまま修行に連れて行くつもりであったが千空がそれにまったをかけた。

 

「ちょっと待てよ氷月、修行始めるのはもうちょい後にしとけ」

「ふむ? 千空君が言うなら聞きますが、理由は伺っても?」

「なあに、次の試合で優勝が決まんだ。それ見てからでも構わねえだろ?」

 

はて、これは準決勝であって決勝に今千空が出ることになったのでは?

そんな疑問が湧いてくるが、次のジャスパーの言葉ですぐに氷解した。

 

「うむ、銀狼のまいったは外部からの妨害行為で起きたので千空の反則負け、ただ銀狼も参加不能になったので次の試合が事実上の決勝戦となる」

 

そう、銀狼のまいったは受け入れられたが千空の勝利も告げられていないのだ。

 

「ええっ! なら僕の勝ちで僕が決勝に出れるんじゃないの?」

 

銀狼の空気を読めない発言に周りが一瞬にして凍る。

しかし、そんな事氷月許すはずもなく、

 

「おや、参加するつもりですか。それなら参加できないように今から修行を……」

「はーい、僕参加不能でっす!!」

 

やる気(殺る気?)満載の氷月の言葉が終わる前にそれを遮って参加不能のと叫ぶ銀狼。

氷月もそれに満足げに頷き矛を収める。

 

「ってまあ、そういう訳だからよ。後はオメーらの真剣勝負で決めろ、いいな?」

 

そう言って見せる千空の視線の先には、すでに試合開始の準備を終えているマグマとクロムの二人。

 

「ああ、もちろんだぜ。お前があんだけ頑張ってくれたんだ、無様な試合にはしねえよ」

「はんっ! ヒョロガリの分際で生意気なんだよ、そこで寝ながら見学でもしてろ」

 

どちらもらしいセリフにニッと笑うと千空は拳を突き出す。

それに二人もニッと笑って拳を軽く合わせた。

 

「んじゃ、行ってこい。悔いなんぞ残すんじゃねえぞ!」

「おうよ!」「たりめーだ!」

 

 

「で、今度は俺がこの立場か。マグマにゃ悪い事したな、骨ばっか当たって固くてかなわねえわ」

「はーいはい、文句言わないの。割とボロボロになってるんだから大人しく寝てなさいな」

 

先程の銀狼の暴走で叩かれ続けた千空は大分へたばっていた。

そこでにやにやと笑うマグマによってこの状態に押し込まれたのだ。

つまりやった事をやり返された形である。

 

「そもそもなんでさっさとまいったしなかったの、そうしとけばこんな余計な怪我なんてせずに済んだのに」

「アレを村長にすんのは流石にねえだろ、最終的にまいったするにしても体力削っといた方がいいかんな。

その辺合わせての合理的な判断だ、多少の怪我は必要経費、コラテラルダメージだな」

 

私不機嫌ですと顔全体で主張しながら桜子がその辺りを突けば千空は淡々と返す。

 

「だ・か・ら! それを支払うのが千空である必要なんてなかったでしょ!

マグマがさっさと降参して、クロムの秘密兵器を銀狼に当てれば十分勝機あったし!

マグマは疲れ果ててるんだし、その方がむしろ丁度よかったんだから」

「銀狼だと逆に刺さらねえ可能性高えぞありゃ、警戒させて警戒させて注目させなきゃ空振る危険性も高え。

闘争心の強い奴なら対処のために目を離さねえだろうが……、逃走心の強い奴だと逆に目を瞑って回避できちまうかもだぞ」

「目を瞑るんなら結果として同じでしょ、その隙こそが狙いなんだから。

結局自分がそうしたかったってだけじゃない、色々言うけどやっぱり賭けるのは自分の命からだよね千空ってば」

「けっ、感情に振り回されるのは駄目だが感情無視も論外だろ。

つーか、頬つねんな、地味に痛え。オメーは俺を労りてえのか痛ぶりてえのかどっちだ」

 

すでに理論武装完了していた千空の用意周到ぶりにイラッときたのか、ムニムニとほほをつねり始める桜子。

疲れているのだろうか千空はそれをやめさせようとはしなかった。

 

「相変わらず仲がいいな二人は、こういう風なのを夫婦漫才というのだったか?」

 

そこへ声をかけてきたのはコハクだ、からかうつもりだったのだろう彼女の顔はいたずら小僧のようだ。

 

「ねえ千空、コハクが変な事を言い出したんだけど彼女には一体何が見えてるの」

「あいつはゴリラだかんな、語彙力がなくても仕方ねえ。ただ、憐れんでやるぐらいしか俺らにはできることはねえよ」

 

ただからかう相手を少々考えるべきだった。

彼女がからかいの言葉をかけるとそっと千空は起き上がり桜子とひそひそ話を、わざわざ聞こえるような大きさでし始める。

 

「誰がゴリラか! 私は見たままをだなあ……」

「私も夫婦漫才というより、犬にじゃれつく子猫って言う方が違和感ないけどね。後、そこでゴリラって言われた事に反応するからからかい返されるのよコハク?」

 

さらに南によって後ろから刺される形になってしまった。

それ以上は何も言えず、むう、と不満げに口を尖らせ黙ってしまった。

まあ、彼女の本当の目的はからかう事ではなかったので問題ない。

できるだけ場の雰囲気を明るくしておきたかったし、千空が動くのに支障ない事を確認したかっただけなのだ彼女は。

 

「休んでいるところにコハクが変なことを言いだして済まないね千空、……少し話せるだろうか」

 

何故なら酷い落ち込み具合の司がそこにはいたからだ。

見れば一目でわかる落ち込みっぷりに千空の顔がゆがんでも致し方ない事だろう。

 

「その面見ただけで内容分かったから話せねえって言っていいか?」

「気持ちはわかるけどより落ち込みが鬱陶しくなってコハクと南さんの苦労がしのばれるから言わないであげて?」

 

めんどくさい事を言い出すのが火を見るより明らかだからとぼやく千空と待ったをかける桜子。

 

「うむ、分かってくれるか桜子。実を言うとここに来させるのにも苦労してな、合わせる顔がないというのを無理やりに連れてきたのだ」

「迷惑かけたと思うなら尚更謝らないとって言ってようやく動いてくれたところだから、聞かないってのは無しにして欲しい所ね」

 

桜子の言葉に頷くコハクと南の様相には疲労が見てとれる。

相当に千空が銀狼と当たったことが司にとって応えたのだろう、それを多少でも立ち直らせるのに大分苦労したと見える。

それが分かるだけに司の話を聞かない選択は取れなかった。

 

「本当にすまなかった千空、俺が我儘を言い出さなければこんなことにはならなかったはずなのに」

「おうそうだな、じゃあ謝罪も受け取ったしこれでこの話は終わりな」

 

選択は取れなかったが合理的にみて不要と思えばガン無視する、それも千空クオリティである。

 

「そういうわけにはいかないだろう千空、何かしらの罰がなければ示しがつかない!」

「ほーん、で、司、オメーは銀狼が俺と当たってしかも暴走することまで読んでたってのか?」

「いや、そう言うわけではないが……」

「だろうな、んなもん予想できるわけがねえ。俺だってこのもやしが暴走した件で罰受けてねえんだから示しがつかないってこともねえし、……大体示しって誰に対してだ?」

「いや、それは……」

「結局オメー自身が納得できるかって話だろうが、それに関しちゃ手助けぐらいはできっがオメー自身で解決するっきゃねえぞ」

 

こうやって罰を求めること自体がただの独りよがりでしかないのだろうか、そう考えてしまい黙ってしまう司。

そうしてできた会話の隙間に桜子の呟きが響いた。

 

「銀狼の暴走がストレスからくるものなら私のせいでもあるかもね」

「桜子の? なにか銀狼に負担でもかけたのか?」

「色々やらせるのに報酬が欲しいっていってきたから絵を描いて上げたんだけどね、絵を渡す時に誤解するような説明で渡してたから」

 

聞けば犬の絵を『可愛いお姉さん(犬の名前がお姉さん)』の絵と言って渡したり、半裸の人の絵と言って泳ぐ男性の絵を渡すなどしていたらしい。

 

「……なぜ、そんなことを?」

「銀狼って乗せやすくて、つい。字を皆に覚えてもらうにも銀狼がもう覚えているなら対抗意識もってくれるかなって思ったりもしたし、その加減を間違えたかなあって」

 

それを聞いた千空は無言で桜子の後ろに回り桜子を梅干しの刑に処し始めた。

 

「おい、司。この件に関してテメエに罪は一切ねえ、全部こいつと銀狼が悪い、いいな?」

「え? あ、うん、わかった、君が言うならそれで納得するよ」

 

桜子の悲鳴をBGMにそう言ってくる千空の顔は無表情過ぎて逆に怖かった。

その迫力に思わず押された司はこれ以上この話題を続けるのは辞めよう、そう心に決めたそうである。

 

 

幸いにも梅干しの刑はそこまで長引かなかった。

次の試合が始まろうとしていたからである。

 

「いてて、千空ってばそんなに怒らなくてもいいのに……。あ、そうだ、コハクには渡しといた方がいいか、これ」

「割と自業自得であったような……。なんだ、コレは?」

「しばらく目のあたりにつけといて、効果のほどは試合開始からすぐにわかるだろうから」

 

そう言って渡された物はたくさんの小さな穴の開いた板状のもの、現代で言うならピンホールメガネであった。



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御前試合⑫ 優勝は……

試合開始前の二人は意外と穏やかな雰囲気で向かい合っていた。

 

「ったく、波乱ばっかでとんでもねえ御前試合になっちまったな」

「ああ、全くだ。女が出るわ、余所者が出るわ、組み合わせを決めんのは毎回くじ引きだわでよお、最初っから普通じゃなかったわな」

 

雑談を始める程に穏やかで、これから試合開始とは思えない程だ。

 

「しかも一発目から村のトップスリー同士のぶつかり合いだ、何が起きてんだって思ったぜ」

「はっ、化学武器なんつー小道具を使って勝ち抜いた奴までいたしなあ。

しかもオメエ事前に確認してただろ、大声や大きな音は違反かどうかって」

 

話の内容は今日の試合の事、小細工に関して突っ込まれれば誇らしげに返す。

 

「おうよ、突っ込まれないように言質取るのは重要だってゲンが言ってたかんな。

ついでに自分がばら撒いた粉が自分にかかったのも違反じゃねえって言質取ってたぜ、……あんな酷いことになるとは思ってなかったけどよ」

「あら酷かったな、ナナシの奴死ぬんじゃねえかって思ったぞあんときゃ」

「後遺症や怪我とかの後に残るもんはないって言ってたんだよ! 考えてみりゃ効果高くなきゃ護身具になんて使われねえと思うけどよ」

「だーっはっは! 見通しが甘えんだよテメエは!」

 

その時の惨状を揶揄されれば唇を尖らせて反論し、それに指を刺して笑う。

 

「るっせえ! そっちだって司がまいったするなんて想像してなかったろうが!」

「それを予想しろって方が無茶だろうが! 第一、二回も強え奴に当たらなきゃあんな事にゃなんなかったんだよ!」

 

逆に予想が甘い部分を指摘されればムキになって反論する。

 

「あんな事にゃ、か。さっきの試合は、なあ」

「やめろ、思い出させんな。氷月のブチ切れなんぞ思い出したくねえ」

 

一番の大騒動にクロムが言及しようとすればマグマが顔を顰めてやめさせる。

それらはまるで友人同士のバカな話、日常のような空気ですらあった。

 

「さあ、そろそろ始めようじゃねえか……まさかとは思うが、もう小道具が残ってねえ、なんて言わねえだろうな?」

「はっ、とっておきの奴が残ってっから楽しみにしてろよ。

そっちこそさっきの試合で全精力使い切ったなんて言わねえよな?」

 

そしてその空気が一変する。

和やかであったものが一気にピリピリした緊張感に包まれる。

 

「当たりめえだろ! と、言いたい所だが、ほぼほぼ使い切ったって言えちまうな。

それこそテメエみてえなヒョロガリに勝てるかどうかぐらいによお」

「はっ、上等じゃねえか。テメエの残りの力と俺の最後の秘密兵器どっちが上か決めようじゃねえか!」

「おう、かかってこいや! まだまだテメエなんぞにやられる程弱っちゃいねえぞ!」

 

両者全身に闘志を滾らせ睨み合う。

 

「両者準備はよいか?」

 

それを見てジャスパーは二人に最後の確認を取る。

 

「おう、いつでもいいぜ!」

「おっと、一つ言い忘れてたぜマグマ」

 

マグマはすぐにでも始められると返すがクロムからはちょっと待てと静止が出された。

そして話すことと言えばよくわからない話であった。

 

「ああ? 遺言でもあんのか?」

「いーや、ちげえぜ。桜子の話は覚えてっか?」

「なんだ、薮から棒に」

「あれによると俺とお前の対戦はそっちの場外負けらしいぜ?」

「面白え冗談だなあ、おい。そのパワーの足りねえヒョロガリの体でできるもんならやって見ろよ」

 

正直ジャスパーには何の事かさっぱりであったが二人の間では通じているようだ。

ならば問題ない、話も終わったようだし今度こそ準備ができたと確信して高らかに開始を告げる。

 

「御前試合決勝戦、マグマ対クロム、始め!」

 

今日の、おそらく御前試合という形での最後の試合が始まった。

 

「よっしゃあ、よーく見とけよマグマ! これがテメエへのとっておき、めちゃくちゃヤベー最終兵器だぜ!」

 

先に仕掛けたのはクロム、そうなるのは必然だったろう。

なぜならマグマは剣を後ろに半身で構える脇構えの体勢。

小道具に対する警戒と今の体力では先の先は難しいとの判断による後の先を狙ったものであった。

しかし、それは結果的に悪手であった。

 

「! ぐおおぉぉ!!」

 

何故ならクロムが法被を翻すとそこから強烈な光が溢れ出たからだ。

注目してた周りとしてはたまったものじゃない、目を押さえて『目が〜、目が〜!』と転がり回る者も出る始末だ。

当然動きの全てを見逃すまいと注視していたマグマは特にダメージが大きかった。

思わず剣を取り落としうずくまりながら両手で顔を覆ってしまう程、そしてそれはクロムに対し最大の隙を見せるという事だ。

目が見えないと苦しむマグマの腕に何かが絡みつく感触、これは縄かと気づいた瞬間クロムの大声が聞こえてくる。

 

「こいつで引っ張って湖に落としてやるぜマグマ!」

 

その声が聞こえると共に腕を強く引っ張られ、さっきのクロムの話が頭をよぎる。

場外負けの言葉が頭をよぎり、反射的に逆側へと体全体を使い全力で引っ張り返す。

しかし、それこそがクロムの狙いであった。

引っ張り返した瞬間何の抵抗もなく惹かれる腕の、おそらくはロープであろうもの。

必然マグマの方へとそれは一気に引き寄せられる。

そして、次の瞬間頭部に強い衝撃を受け、マグマの意識は闇へと沈んでいった。

 

 

「おー、クロムの奴上手く決めたじゃねえか」

「マグマも警戒のあまり見てから対応しようとしてたからか思いっきり刺さったね」

「やりすぎじゃないかい? 最後のクロムのアレ、見えたの何人もいないよ」

 

二人揃って同じ遮光板をつけながら呑気に批評するが周囲は割と惨事だ。

因みに遮光板を渡されたコハクとそれを見て警戒していた司、そして司に庇われた南は無事である。

 

「私だけに渡されたのはなぜなんだ、これ」

「目の良さと南さんは司が庇えると思ったのと、単純に数用意してなかったの」

「つかさんへの信頼と思っていいのかしら?」

「どっちがフラッシュに慣れてるかな、っていうのもありますけどね」

 

和やかに会話をする三人、勝負はもうついたのだから当然の態度だろう。

 

「最後のアレは無茶が過ぎないかい? マグマがふらふらだったから倒せたが、そうじゃなかったら耐えられるはずだよ」

「そんときゃ首にかけてキュッと……」

「結果的に今の方がマシだったとはね……」

 

それに気づけたのは誰が一番最初だろうか?

司か? 氷月か? 審判のジャスパーか? いや、きっと一番の大怪我を負う事になったクロムだろう。

全員にとって不幸だったのは、クロムが上手く策が決まったことでへたり込んでいた事、そして、その足がマグマの腕のすぐ近くにあった事だろう。

 

 

「があああぁぁぁぁっ!!!」

 

誰かの雄叫びと共にクロムの視界は宙を舞っていた。

訳もわからず、だが、何度も滑落などを経験していた事から体は自然と動いていた。

体を丸め腕で頭全体を抱えるようにして頭周りを守る。

背中への衝撃、次いで逆側へと振られる体、遠心力で丸めた体が開きそうになるのをグッと堪える。

今度は前からの衝撃、そしてパリンと軽い音が聞こえる、閃光玉のガラスが割れた音だと気づいたのは再度同じ方に叩きつけられた時。

背中側から落とされる時に赤いものが飛ぶのが見える。

誰かの悲鳴が聞こえた。

 

 

「マズイ!」

 

そう叫んだのは司だっただろうか?

マグマが雄叫びと共にクロムを何度も叩きつける姿に誰もが行動できずにいた。

赤い血が宙を舞う光景にルリの悲鳴が上がる。

 

「いやぁぁ! クロムぅ!」

 

即座に飛び出す司と氷月、この二人ならば我を忘れたマグマでもすぐに制圧できる。

 

「止めろマグマ!!」「マグマ止まって!!」

 

千空と桜子の叫びに彼が止まらなければ、であったが。

 

 

面と向かって言うのは自分のキャラではないから言う気はないが、尊敬し、こいつにならば従ってもいい、そう思う奴の声が聞こえた気がした。

深い水底から浮かび上がるような感覚の後、ゆっくりと視界が開けてゆく。

マグマの意識が戻った時目の前には両腕から血を流すクロムの姿があった。

理解が及ばずに思わず後退れば腕にはクロムの足が。

慌てて手放し記憶を探れば薄らと残る振り回す感覚、そして目の前の埃まみれで血を流すクロムの姿。

つまり、自分が無意識のうちにクロムを叩きつけてこの状況を作り上げたという訳か。

かろうじて気を失っていないがすぐには動けないだろう、ならばどうするか?

そんなもの決まっているではないか。

 

「よお、クロム。いい格好だなあ」

「へへっそうでもねえぜ、すぐに動いて、ヤベー秘密兵器使ってやるから見てろって」

 

声をかければ威勢だけはいいセリフが返ってくるが、それがただの強がりであるのはすぐわかる。

ここから逆転可能な物を持っているならとっくに使っているはず、つまりすでに万策尽きた状態だ。

 

「ふん、お前がルリのため、勝負を投げるつもりがねえのはわかってる。それこそ死ぬまで、な」

「おう、わかってんじゃねえか。首だけになってもかじりついてやんぜ」

「だからよおこっからはビジネス、取引って奴だ」

「取引?」

「そうだ、俺はルリにも村長の地位にも興味はねえ、だがな」

 

そこで一旦言葉を区切る、できれば胸ぐら掴んでやりたかったが睨むだけで勘弁してやる事にする。

 

「だが、テメエに指図はされたくねえ。テメエも俺に指図されたくねえだろ?」

 

こっちが何を言いたいのかわからず目を白黒させる姿が妙に笑える。

 

「だから、俺がまいったしてやる代わりに、テメエは村長の座を別の奴に譲れ!」

 

さっきのマグマの暴走が止まった後から誰もが固唾を呑んで二人の動きに注目していた。

そのせいであろうか、マグマのその言葉はその場の全員が耳にすることになった。

 

「な、何言い出してんのよあんた! そんなもの駄目に決まってんでしょうが!」

「おう、ターコイズか。じゃあ聞くがよお、村長を誰かに譲るなって決まりがあったか?」

「……聞いた事はない、な」

「ジャスパー! そういう問題じゃないでしょ!」

 

真っ先に反応したターコイズに言い返せばジャスパーが確かにと頷く。

ジャスパーがターコイズに突っ込まれるが気にせず次に移る。

 

「それになあ、誰が一番村長に相応しいかなんざ全員分かってんだろ?」

 

ゆっくりと周りを見回し、目当ての人物を見つける。

 

「おい、司! テメエは誰が一番すげえ奴だと思ってる!」

「それは、当然千空だろう」

 

突然話を振られて少々戸惑いながらもはっきりと返す。

 

「次に、氷月! テメエは誰に従ってる!」

「そういう意図ですか、答えるまでもないですが千空君ですよ」

 

何を言いたいのか理解できたのか頷きながら答える氷月。

 

「ルリ! 百物語に語られてたのは誰だ!」

「それは、千空さんですが……マグマ、貴方はもしかして」

 

半信半疑なルリに質問させる前に次の問いを今度は全員に向けて出す。

 

「見てた全員! 今、俺を止めたのは誰だ!」

「そりゃ、ねえ」「千空だよなあ」

 

ぽつぽつと上がるその声に満足げに頷くと大きく声を張り上げる。

 

「ここまで挙げたもんを踏まえて、誰が村長に、この石神村のトップに相応しいか言ってみろ!!」

「千空!!」

 

マグマの呼びかけに誰かが答えると、それに釣られるように周りも声をあげ始める。

いつしかそれは場全体に広まって、大きな千空コールになっていった。

 

「どうだクロム、取引に応じる気になったか?」

「一体いつから考えてたんだよこんなもん。ああ、取引に応じるぜ、これ以上ないぐらいの結果が出んだからよ」

 

二人はニカっと笑ってガッチリと握手しあい、そして最後の当事者に顔を向ける。

 

「って訳だがどうする千空? まさか断るってこたあねえよな?」

「全会一致での要請だぜ、意外とお人好しな千空なら断れねえだろ」

 

悪戯が成功した悪ガキのような笑みでこちらを向く二人に呆れる千空。

 

「ったく、俺が村長になったって今までと何も変わんねえぞ」

「それがいいんだよ、今一番いい流れに村が乗ってんだから変わんねえ方がいいんだ」

 

千空は諦めたように大きくため息を吐くと片手をゆっくりと上げて宣言する。

 

「わーった、ならテメエら全員俺についてこい!! 200万年の結晶を、一生拝めなかった光景を、嫌って程見せてやるよ」

 

不敵な笑みでされた宣言に今日一番の歓声が沸いた。

 

「よし、じゃあ決まりだな! おい、審判!」

 

マグマは大きく頷くとジャスパーに対し右の拳を突き出して告げる。

 

「まいった、だ!」

 

それを聞いたジャスパーは少し微笑んでから大声で御前試合の結果を告げた。

 

「優勝は、クロム!!」

 

その日最後の歓声が上がる、その中でハイタッチを交わし合う勝者と敗者の姿があるのだった。

 

 



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宴にて

石神村は今宴の真っ只中にあった。

そこかしこで乾杯の声が響き次々と食べ物や飲み物が運ばれていく。

そんな中少しだけ静かな一角があった。

 

「はい、手当はこれで完了ね。ただお酒は飲まないように、血が固まり辛くなるから」

「ああ、分かった。元々酒って何が美味いのかわかんねえから別に問題ねえや」

 

それは医務室と看板が掲げられた家、そして中では治療の真っ最中であった。

とは言っても民間療法の域を超えられるものではなかったが。

包帯をクロムの腕に巻く前に怪我の状態を再度確認しながらぽつりと桜子はつぶやいた。

 

「閃光玉のガラスが薄くて助かったね、下手に厚くて盛大に斬ってたら今頃縫い合わせる羽目になってたよ」

「縫い合わせるって、人の体は布じゃねえんだぞ……」

「縫合って言って割と昔からあった技法よ? 古くは古代エジプト時代からね、ただここだと絹がないから髪の毛でやる事になるかな」

「よかった、マジで大怪我しなくてよかった。そんなヤベー事される所だったなんて思わなかったぜ」

 

今さっきの消毒の痛みを何倍にもしたものをやられる事を想像してか顔を青くするクロム。

そんな様子を気にする事なく桜子は手早く包帯を巻いてゆく。

 

「けっ、んの程度でびびってんじゃねえよクロム。どーせ歴史とやらにはそれをやった奴が山ほどいんだろ? なら耐えられねえ程じゃないはずだぜ」

 

すでに治療を終えていたマグマがそんなクロムの様子に呆れつつ口をはさむ。

 

「ん? あ、そーか、そんな古くから行われてるのに改良されてないはずねえか」

「麻酔っていって神経を麻痺させる薬を使うんだけどね、本来なら」

「へー麻酔ねえ、どんなモンを使って、今は何があんだ?」

「エーテルとかを使って、今は何もないね」

「結局なしでやる羽目になる所だったって訳か……」

 

ドン引いているクロムに苦笑いの桜子。

そうこうしているうちに包帯が巻き終わった。

 

「はい、これで完了。早くルリさんのところに行ってあげて? 大分心配してたから」

「ああ、大丈夫だってとこ見せてやらなきゃな。んじゃ、行ってくるぜ」

 

そう言って元気に駆け出して行くクロム。

 

「あんだけ元気なら治療の必要なかったんじゃねえか?」

 

その後ろ姿を見ながら呆れと少しの安堵を込めてマグマがつぶやく。

 

「治療を受けたから大丈夫、っていう心の問題もあるだろうから。

この場合もプラシーボ効果っていうのかな? 実際効果あるときにはどういうんだろ?」

 

微妙な感じの笑みでクロムのフォローをする桜子。

 

「知らねえよんなもん。……しっかし、クロムが嫁取り、いや婿入りか? あいつ自身がガキだってのにガキ作って大丈夫なのかね」

「子供ができれば自覚が生まれてくるらしいよ、経験ある訳じゃないかららしいとしか言えないけど。あ、でも逆のパターンは確実だよ」

「逆?」

「子供がいない奴は親の心構えとか持てる訳ないって事、ついでに言うなら大人の自覚も持ちづらいかな。

結婚してないと誰かへの責任が生まれないからね、無責任に遊び惚けちゃいやすいの。この理論は自信あるわよ、なんたって私の前世で実証済みだから」

 

そういって屈託なく笑う桜子、マグマはそれに鼻を鳴らすだけで終わらせる。

そうして少しの間が空いた。

宴はまだまだ続いているのだ、参加しなければ損だろうと桜子が歩き出すと、

 

「今はどうなんだ」

 

ぽつりとマグマがつぶやいた。

 

「へ、今?」

 

話が終わったものだと思っていたので質問の意図が掴みかねたのだろう、オウム返しに聞き返す。

 

「そうだ、今はどうなんだ。大人としての自覚はあんのかよ」

「あるわけないでしょ、私まだ16よ? 石神村だと14で成人扱いだろうけど旧世界だとまだ子供扱いなんだから」

 

両手を広げて肩をすくめながら自嘲気味に言う。

自分に足りないものなどいくらでもあげられるから胸を張って自分は大人だ、などとは言えないのだ。

 

「なら、結婚したら自覚が出んのか?」

「……は? 何言ってんの?」

 

本気で何を言っているのか分からないという顔で聞き返す。

 

「意味が分からないんだけど……、冗談で聞いてるわけではなさそうね」

 

からかわれているのかと思ったが、マグマの顔を見てそのつもりがないと理解する。

 

「結婚なんて考えた事ないわ、それに自覚を出すためにするものじゃないでしょう結婚は」

 

いつになく真剣なその顔に多少は真面目に答える桜子。

 

「そうだな、その通りだ。馬鹿な事聞いたな、忘れろ」

 

桜子の返答に一つ鼻を鳴らしそのまま宴に向かうマグマ。

 

「本当に馬鹿な事だよね、大体相手がいないでしょ私じゃ」

 

重度の幼女趣味じゃなきゃ私に目を向けたりしないし、と軽い調子で桜子は言った。

重くなってしまった雰囲気を変えたかったのだろうそれを聞いたマグマが足を止めた。

 

「……そうとは限らねえだろ、外面だけが惚れる要素じゃねえぞ」

 

少しの怒気を含ませた抑えた声に桜子は失敗を悟る。

仕方ない、他の人にはしゃべる気のなかった、千空にしか気づかれてない事を教えよう。

 

「あのね、マグマ、聞いて欲しいことがあるんだけど……」

 

 

「ごめーん遅くなっちゃった」

「お疲れ様、桜子ちゃん。そんなに待ってないから大丈夫だよ」

「その通りだ、遅いというほどじゃない。それに先に食べ始めていたから問題ないぞ!」

 

桜子を迎えたのは大樹と杠、その前にはたくさんの食べ物が並んでいる。

傷の手当を担当した桜子のために二人が宴会料理を取っておいたのだ。

 

「食べてたって、一口二口ぐらいしか手つけてないでしょ?」

「む、ばれてしまったか。やはり桜子の目は誤魔化せないな!」

「ごめんね桜子ちゃん、待たせたちゃったって思わせたくなかったの」

 

はっはっはと豪快に笑う大樹に両手を合わせて謝る杠。

でも逆に桜子はその気遣ってくれてることが嬉しそうだ。

 

「ううん、気にしなくていい方が嬉しいから食べてくれててありがとう。それに十分な量がありそうだし、謝る必要なんてないよ」

 

杠の隣に座りながら並ぶ料理を一つつまみ口に放り込む。

 

「あ、美味しい。これは誰が?」

「それは確かあるみさんだね、すごいよねあの人あの年ですいすい覚えちゃうんだから」

「あるみおばあちゃんが! 意外な才能発揮してるね」

 

きゃいきゃいと桜子と杠が料理談議に花を咲かせている間、マグマは大樹の横、ちょうど桜子とは反対側に座る。

 

「マグマもお疲れさまだ、試合ではすごかったらしいじゃないか。俺は料理の手伝いに動き回っていたから話を聞いただけだが皆興奮しながら話してくれたぞ」

「まあな、村最強は俺だと示すことはできた。そう思ってはいるぜ」

 

大樹が今日の活躍を聞こうと声をかけるが言葉少なに話を終えてしまうマグマ。

普段と違うそんなマグマの様子に大樹が心配そうに会話を続けようとする。

 

「どうしたマグマ、妙に元気がないが」

「なんでもねえよ」

 

だが、マグマはけんもほろろに会話を打ち切ってしまう。

これはしばらく置いておいた方がよさそうだと思い食べる方に集中する大樹。

少し時間が経った頃、不意にマグマが口を開いた。

 

「……大樹、テメエはあいつとどのぐらいの付き合いだ?」

「む? 桜子とか? そうだな大体十か月ぐらいか、……改めて考えると時間だけ見ると大した時間すごしていないのだな、俺たちは」

 

質問の意図は分からなかったが素直に答える大樹。

答えた後随分と濃密な時間を過ごしてきたことに気づき感慨深げにつぶやく。

 

「千空とあいつはどうだ」

「むむ? うーむ、確か俺を起こすのに2か月ぐらいかかったと言っていたから……一年ぐらいじゃないか?」

 

マグマが何を気にしているのか分からず少し困惑したが、マグマならば決してひどい事をしないだろうとそのまま答える。

 

「そうか、千空の奴とは2か月一緒だったんだな」

「そうだが……。なあ、マグマ、俺はバカだが悩みを聞くぐらいならできるぞ」

「気遣いありがとよ、だが、悩む意味も解決の方法もねえもんだからとっとと忘れるつもりだ」

 

そういったきり黙ってしまうマグマ。

またしばらくの間食べたり杠達とおしゃべりしたりしていた。

すると不意にマグマが立ち上がり歩き出した。

 

「マグマ? どうしたんだ?」

「ここには酒がねえじゃねえか、せっかくの宴だ、浴びるほど飲んでくる」

「そうか、分かった。二日酔いにならないようにな」

 

そういって見送る大樹。

マグマが酒の周りに群がる人の輪の中に入った後杠が桜子に訊ねた。

 

「マグマ君と何かあったの桜子ちゃん、大分気にしてたみたいだけど」

「やっぱりわかる?」

「あまり桜子を見ないようにしていたからな、普段と違うからすぐにわかったぞ。で、何があったんだ?」

「あー、うん、ごめん内緒でお願い」

 

両手を合わせて頭を下げる桜子に二人はため息を一つ。

 

「言えない事があるのは分かるけどあまり心配かけさせないでね? ただでさえ桜子ちゃんは無茶しがちなんだから」

「あまり頼りにならないかもしれないが、頼られないのは寂しいぞ桜子」

「うう、ごめんね。でもこの件はちょっと話せないかな~」

 

これは何を言っても話す気はないなと思った二人はまたため息をつく。

気まずくなった桜子は慌てて話を変えるため別の話を振った。

 

「そうだ、千空はどこに? 村長になったんだからたくさん声かけされてると思うけど」

「ああ、千空か。千空ならあそこだ」

 

そういって大樹が指さしたのは一番カオスな状況を呈している一角。

何なら人が時たま舞い上がっているのが確認できる辺りである。

 

「宴が始まってすぐに男性陣に連れられて行っちゃたの、無事だといいけど……」

 

多分無理だろう、時たま『んなに飲めるか!』だの『殺す気か!』だのと千空の悲鳴が聞こえる。

桜子はそっと見捨てることを決意した。

 

「あれ? クロムとルリさんは?」

 

杠がそっと大樹と同じ方を指さす、そちらからやはり『甕ごとは無理だ!』『溺れ死ぬから手加減しろ!』だとか聞こえてくる。

桜子は見なかったことにした。

 

「あ、ルリさんはあっちね」

 

そちらでは女性陣が集まっており、祝福の声や喜びの声に混ざって『お、お酒は得意じゃ……』『そんなに食べれません……!』などとやはり悲鳴が聞こえる。

桜子はそっと目をそらした。

周りを良く見渡せば両親に泣きながら説教される銀狼やなぜか演武を舞う司と氷月の姿。

先ほど酒を飲みに行ったマグマも早速絡まれ、『注ぎ過ぎだ!』『自分のペースで飲ませろ!』だの怒号を発している。

桜子は少し頭痛を感じ額を押さえた。

 

「つまり、ここだけが凪の状態というわけね」

「ああ、なぜか皆から俺と杠はここにいるように言われてな」

「ちょっと除け者な感じがして少しさみしかったから、桜子ちゃんが来てくれてよかったよ」

 

桜子は察した、これ私もここから移動した方がいいやつだと。

 

「それじゃあ私もルリさんの所に行ってくるね」

「えええ! ここで一緒にお話ししようよ!」

「そうだぞ桜子! 二人だけでは淋しいじゃないか!」

「いいから二人は愛を深めといて、満場一致で関係進展望まれてるんだから」

 

そろって赤面する二人を置いて喧噪の中に飛び込む。

明日からは新しい試練が待ち受けているだろう、だけど一つの区切りを迎えた今だけは大いに騒ごう。

まずはルリさんに一杯注いで、その後は流れでみんなと楽しもう、夜はまだ始まったばかりなのだから。

 

 



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ここまでの成果とこれからの予定

「頭が痛えが、今日からの予定を確認してくぞ、いいな?」

 

うーっす、と死んでるようなうめき声で返事する面々。

ほぼ全員が二日酔いである、昨夜はいささかはしゃぎすぎたようだ。

 

「お昼には貝のスープ出すから頑張って皆、ほら水をしっかり飲むの」

 

数少ない非二日酔いメンバーとして介抱して回る桜子はどうやら上手く飲まされるのを回避したらしい。

千空とクロムが恨めし気な目で見ていてもどこ吹く風だ。

 

「というか、途中から酒が追加で持ち込まれていましたよね? あれはいったいどこから出てきたんです?」

「あれはサガンさんが持ってきてたから……、多分サガンさんとエンおばさんが自分ち用にコッソリ作ってたのを出してくれたんだと思う」

 

こめかみを押さえながら氷月が聞けば水を渡しながら桜子が答える。

大樹と杠はというと水汲みとそれを小分けにする役だ、それを配って回っているのが桜子である。

 

「いやー、ホント死屍累々だねえ。予定確認とか日を改めての方がいいんじゃない?」

「逆だ、今動ける奴がろくにいねえから確認だけで終わんだよ。

つーかゲン、なんでオメーは二日酔いになってねえんだよ? 早々につぶれてたじゃねえか」

「やだなあ、お酒の飲み方ぐらい心得てるさ。一回潰れたように見せればあとは無茶な飲まされ方はされないしね」

「狸寝入りだったってことかよ、ずりーな。俺らなんて次から次へと注がれて死ぬかと思ったんだぜ」

「主役だったからねえ、仕方ないんじゃない? 新村長と新郎なんだからそりゃ中心になっちゃうよ」

 

千空とクロムのツッコミを飄々とかわすゲン。

水を飲んだりなどでようやくある程度全員が落ち着いたころゲンが千空に話を促した。

 

「で、明日からの予定確認だっけ? というか、みんなの仕事の進捗はどうなってんのかな?」

「あー、その共有もしとくか。んじゃまずは農耕の方はどうだ?」

「うっす! 報告させていただきます!」

 

ゴーザンが立ち上がり休めの姿勢で報告を始めた。

 

「小麦に関しては発芽を確認しやした、昔近所の爺さんに聞いた話じゃ梅雨時ごろに成長期がくるらしいっす。

なんで箱根の向こうあたりでやってやすが、日照時間などは調整不能なんで収穫量はどこまでいけるか不明っす。

米の方は土作りが終わって畦塗りを今度始めやす、苗作りもそろそろ始めていいかもっすね。

ただ、やっぱり人数が足りてないんで規模は大きくないっす。以上が農耕チームの報告になります」

 

ゴーザンが報告を終えるとすでに大部分のメンバーが驚きのあまり固まっていた。

 

「え、えっと、随分としっかりとした報告だけど、どうしちゃったのゴーザンちゃん」

 

なんとか再起動を果たしたゲンが驚いてるメンバーを代表して疑問を投げる。

 

「? あ、そういや言ってなかったすね。

俺の実家農家なんすよ、麦はやってなかったんで自信ないっすけど米ならなんとかなるっす。

他の連中も小学校で田植えの授業ぐらいは経験あるんで米の方は期待しといてください」

「そうだったんだ、まあでも割とある事だよね、家業が嫌で別の道に行くなんて」

「そういう事っすね。でも今は家業が農家でよかったって思うっすよ、司さん達の役に立てるんすから」

 

照れ臭そうに、でも誇らしげに胸を張るゴーザン。

そしてふといつぞやの論戦を思い出した司がゴーザンに質問する。

 

「梅雨時ごろに成長期が来るから小麦は日本だとあまり作られなかったのかい?」

「そうっすね、親父の話だと梅雨がない北海道とかが生産量多いって聞いたっす」

「だとするとやっぱり米一本の方がよかったのかな?」

「うーん、それも微妙だと思いますね。経験なしでやるとなると米は失敗する危険性が高いと思うっす。

なんで、素人だけでやるのなら両方か麦だけを栽培するのが正解だと思うっすよ」

 

どこかでマウントの取り合いが行われている気がするが、きっと気のせいだろう。

そう、桜子が千空の頭を揺さぶってるのはきっと気のせいだ、余計な事を聞いてしまった自分のせいではない。

司はそういう事にして次のチームの報告を促す事にした。

 

「農耕チームの進捗はよくわかったよ、次はどのチームが報告する?」

「それなら真空管チームが報告しようかのう、ヒックマンポンプは無事完成したぞい。外側もできとるし回路の接続も問題なくやれそうじゃわい」

 

カセキが立ち上がり胸を張って報告する。

内容としてもほぼ完成したようなもので極めて順調と言える。

 

「スゲエじゃねえかカセキ! でもやれそうってどういう事だ?」

「フィラメントをまだ受け取っとらんから完成はしとらんのよ。

試作品は竹で作ったんじゃけどそれだとすぐに燃え尽きちゃうって話じゃし……、その辺どうなの千空?」

 

カセキは頭痛に悶える千空に話を振るが、すぐには話せそうにない。

苦笑しながら代わりに司が答えた。

 

「フィラメントなら御前試合直前ぐらいに完成したよ、この後渡すからそれで真空管も完成させてくれる。

……残りはコイルとバッテリーチームかな? 桜子、そろそろ千空と戯れるのを終えて報告を頼むよ」

「むう、仕方ないから今日はこのぐらいにしといてあげるよ千空。

報告とは言っても問題なく完成してるよってぐらい、人手多かったし時間もあったからね」

 

司から話を振られると桜子は得意そうに完了していると告げた。

 

「村人全員で頑張ったんであってオメーが得意そうにする理由はねえだろうが……」

「ほう、千空はそんなに頭シェイクが気に入ったんだね……、お望みとあらばしょうがない続けようじゃない」

 

無駄なドヤ顔にイラッときたのか、つい余計な口を叩く千空に追撃をしようと迫る桜子。

日頃の仕返し……という訳でもあるまいが、弱味を見せている方が悪いとばかりに調子に乗っているようだ。

ジリジリと迫る桜子にゆっくり後退る千空、ほおっておけばいつまでも戯れあっていそうである。

 

「桜子ちゃん」

「はい、これ以上はやめておきます!」

 

それを止めたのは杠の一声であった。

その一言だけで桜子がピシッときをつけの姿勢で固まる。

 

「よろしい。だけど桜子ちゃん、今は大切なお話し中でしょ? それを忘れて邪魔になるほどはしゃいじゃうのは感心しません、みんなにごめんなさいしなさい」

「はい、話の邪魔をしてすみませんでした」

 

そしてシームレスにお説教と反省の促しである、更に桜子の態度の素直な事。

見てた全員の心が一つになっても仕方ないだろう。

 

「なんつーか母親みたいだな」

 

クロムがポツリと零した言葉にその場の全員が頷いても仕方ない事なのである。

 

「母親って、私まだ結婚もしてないんだけど……」

「杠は確かにしっかりしているし包容力もある、更に安心感を人に与える雰囲気があるからな、クロムの感想も当然だろう」

「年下とはちょっと思えないぐらい安定感あるのよね杠って……」

「ちょっとコハクちゃん? 南さんまで何を……」

「申し訳ないのですが、皆の意見に否定できる要素がないですね」

 

コハクはまだ兎も角、南にまで言われショックを隠せない所にトドメの氷月である。

そんなに老けてるように見えるだろうかと悩んでいると、

 

「…… 杠ママ?」

 

桜子の必殺の一撃である。

因みに人差し指を咥えながら逆の手で服の裾を掴んでである。

吹き出した者を責める事は誰にもできないだろう。

なんといっても笑い出さなかったのが言った当人と言われた本人以外に一人だけだったからだ。

結果は涙目になった杠が桜子の両頬を引っ張り続ける事になったが、桜子自身は割と満足そうであった。

 

 

「しかし、千空の失言からここまでの被害が出るとは、皆んな笑いすぎと頭痛で動けないようだぞ」

「半分以上はあのもやしのせいだろうが、俺からってのはどういう意味だ」

 

先程のテロにも似た笑いの渦による被害でほとんどの人間がお腹か頭を押さえていた。

千空自身もその例外ではなく顔をしかめながら額を押さえている。

今この場で例外なのは目の前の大樹ぐらいだろう、おかげでこの会話を聞ける奴もいないだろうが。

 

「酒の影響とは大きいんだな、いつもの千空らしくないぞ。桜子の報告の時に余計な事を言ってたじゃないか、あれも普段なら言わないだろう?」

 

思わず舌打ちをしてしまったが、大樹の指摘した通りだった。

ゴーザンの話を聞いた時もそうだし、どうにも感情のコントロールが甘い。

 

「昨夜に何かあったのか?」

 

あった。

短い会話であったがマグマがあいつ自身から聞いたと言っていた。

どうにかできないのかと聞かれ、手の打ちようがないと答えた。

それきり話は終わってしまったが自分で思うより気にしていたのだろうか?

 

「飲まされすぎで死にそうになってただけだ、体調悪いと気分もささくれ立つかんな、それのせいだよ」

 

いずれにせよ誰にも話す気はないので無難に酒のせいにしておいた。

 

「こういう時自分がバカなのが悔しくなるな、友の悩みを聞く事すらできん」

 

だが大樹を誤魔化す事は出来なかったようだ、大きなため息と共にぼやかれてしまった。

 

「昨夜桜子とマグマの様子もおかしかったからな、俺の勝手な想像でしかないが桜子に関わる事なのだろう?

そして、お前が相談どころかそれがある事にすら気づかせたくないのなら……、きっと俺にできる事は何もない。違うか?」

 

今度はこちらがため息をつく番だった。

肝心なところでは本当に鋭い頼りになる友だ、それが逆にこちらを悩ませる事になるとは思ってもみなかった。

これ以上の誤魔化しは無駄でしかない、仕方なしに大樹が気づいてしまった分は話してしまう事にした。

 

「オメーの言う通りだよ、桜子関係で、俺だけが気づいてて、昨夜マグマが桜子から聞いた。

で、俺にもオメーにも、いや、何もねえこのストーンワールドじゃどうしようもない類いの事だ」

 

苦いものが胸から溢れる、どうしようもない、敗北を認めざるを得ない。

今のこの状況では手の出しようがない、だから仕方ない事なのだ、そう言い聞かせる。

 

「そうか……。だが千空、お前は諦める気などないだろう?」

 

だというのにこの体力バカは無条件でこちらを信じてくるのだ。

諦めるなどと考えていたこちらこそバカみたいではないか、ああそうだ、そんなもの手段を模索し尽くしてからでも遅くない。

 

「そうだな、大樹、オメーの言う通りだ。諦めるなんざ俺らしくなかったわ」

「おう、調子が戻ったようで何よりだ。いつも通り俺にできる事があったら言ってくれ、全力でやり遂げてみせるからな!」

 

心強い後押しに支えられ進む勇気が湧いてくる、まずは一歩を踏み出そう。

 

「よーし、オメーら、そろそろ話聞ける状態に戻れ! 明日っからの予定決めてくぞ!」

 

大声で全員に呼びかける、差し当たっては明日以降の予定決めだ。

 

 

千空の一喝で各々話を聞く体勢へと戻っていく。

そこまで長く脱線していた訳ではないが確かに明日以降の予定を話し合っていなかった。

 

「まずは通信機をさっさと仕上げちまおう、フィラメントが有れば回路接続もできそうなんだなカセキ?」

「もっちろん、銅線の膨張でガラスが割れる問題もクリア済みじゃぞい!」

「ならこの後すぐに渡すから真空管をとっとと仕上げちまってくれ。

んで、桜子、御前試合が終わるまで話せないっつてた事、今なら話せるか?」

「うん大丈夫だよ、もう聞いておく?」

「話せんならな」

「じゃ、聞いてね。百物語その14、スピーカーというお喋りが大好きな蜂がいました……」

 

少し不思議な御伽噺が終わると千空は腹を抱えて大きく笑い出した。

 

「百夜の奴やるじゃねえか、初めてのサプライズ成功だ。考えてみりゃ変な話じゃねえか、墓石だけがこっちにあるなんてよ」

 

笑いすぎでなのか目元に溜まった涙を拭きながらカセキを見る。

 

「カセキ、真空管はどんぐらいでできる?」

「ほっほー、ワシを舐めちゃダメよ。フィラメントさえあるなら今日中に仕上げちゃうわい!」

「流石だな、んじゃ動ける奴らでとっとと作っちまうぞ、レコードプレイヤーをな!」

「おおっしゃあ! 科学の物作りに入んだな! この天才科学使いに任せろ!」

 

千空の言葉に一番に反応したのはクロムだ。

さっきまで頭痛に顔を顰めていたのに、物作りと聞いたらどこかに飛んでいってしまったらしい。

 

「力のいる作業なら任せておけ! 頭を使うこと以外は得意だからな!」

「細かな作業も多いんでしょ? そのあたりなら手伝えるから」

 

続いて声を上げたのは大樹と杠だ、二日酔いに悩まされていない貴重なメンバーである。

 

「それじゃ設計図を書いていくのは私だね、今の千空じゃ線がグニャグニャになりそうだもん」

 

減らず口を叩きながらも桜子が参加を表明する。

声を上げ参加を希望した三人をみて千空は満足そうにうなずいた。

 

「おう、んじゃこの四人でレコードプレイヤーを作ってくぞ。

他の連中は……まずは二日酔いを治すとこからだな、で、治ったやつからちょいと木材を用意しといてくれ」

「木材? 何に使うやつ?」

「ピタゴラスイッチ的に時間差で復活液かぶれる装置のためだな、全員石化した時でも自動で復活できるように準備しときてえ」

 

ま、何日間も照射し続けられたら終わりだがな、そう続ける千空の言葉にほぼ全員が納得する。

 

「えーっと、すいやせん、何の話かさっぱり見えねえんですけど……」

 

分からないのはその時おらず話を聞いていないゴーザンのみであった。

 

「ああ、ごめんねゴーザンちゃん、実はね……」

 

ゲンが当時の状況、空の上に人工物らしきものがあった事、そしてそれが毎日夜になると光を発する事、そこからコンタクトを望んでいるのではないかと推理したこと、ただし相手は石化現象の犯人の可能性があることを説明していった。

 

「だから、石化光線ドカーンで全滅しないように時間差で復活できるようにしとこうってわけ、分かった?」

「つ、つまり石化の犯人に上等くれてやるって訳っすね! うおお!! 流石っすよ! 司さんが従ってる理由が分かったっす!!」

「まあ、そうなるのか? んで、そんなわけだから復活液を無駄にしねえためにも、農耕チームにはまだ人手不足を続けさせちまう。負担かけて悪いが納得してくれるか?」

「もちろんっす! 誰も文句言わないはずっす! 俺らも全力で皆さんのために頑張るっす!」

 

多少理解がずれてる気がするが……納得してくれるなら問題はないかと流す千空。

そして頼もしい仲間たちを見渡し、右拳を握りながら力強く言い放った。

 

「そんじゃ百夜の残したもん確認したら、空の上の奴にご挨拶だ。唆るぜ、こいつは!」

 



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レコード、百夜の残したもの

「じゃあ頼んだ司、周りから少しずつ削ってく感じでやってくれ」

「故人の墓標を削るとか酷く罰当たりな気がするね。だけど故人自身が望んだ事か、うん、上手く取り出してみせるよ」

 

村の墓地から創始者の墓とされる石を持ってきて今は村の広場の真ん中である。

どうせならばと村人全員にも見せる事にしたのだ。

今いる人類のほとんどが見守る中少しずつ削られていく墓石。

司が手早く削っていったおかげであっという間にそれは姿を見せるのだった。

 

「銀色の……円盤か?」

「ああ、アルミホイルで周りをコーティングして保護してんだよ。そしてこいつを塩酸で溶かしゃ……」

 

千空がそれをビーカーの中の塩酸につけると、程なくそれは完全な姿を見せた。

 

「ガラスでできた、レコードだ!」

 

3700年の時を超えて、今想いが届く……!

 

 

『これを聴いている何百年後か何千年後のどなたか分かりませんが、私は宇宙飛行士の石神百夜と申します』

 

昨日の話し合いから突貫で作り上げられたレコードプレイヤーからその声が流れ出すとどよめきが起きた。

 

「これが石神村の創始者、千空の父君の肉声か……!」

「まさか、こんな事ができるとは……!」

「うるせえなあ、聞こえなくなるからもうちょい音量下げろ」

 

そのどよめきにレコードの音がかき消されそうで千空は不機嫌そうに文句を言う。

 

『なーんつってな、堅っ苦しい建前ハイ終わり!!』

 

どよめきが収まり始まるころ、スピーカーから聞こえる声が口調をがらりと変えた。

真面目な口調からおそらく普段通りなのであろう気楽な口調に、

 

『千空、石化から復活とげて今このレコード聞いてんのは、千空、お前だろ? わかるんだよ俺には』

 

そして信頼と愛情のこもった優しい呼びかけに。

途中百夜の言葉が途切れるが少しの時間でまた続きが流れ出す。

 

「強い人だね、百夜さん。涙を声に感じさせないよ」

 

羽京以外にはきっと気づかれていないだろうし、羽京だって少し自信がないぐらいだ。

 

「父親が息子へ最後の言葉を残そうというのです、涙を見せたくない、いえこの場合聞かせたくないでしょうか? そう思うのは当然なのでしょう」

「泣き崩れたって不思議じゃないのに、やっぱり千空のお父さんなんだね。意志の強さがそっくりだよ」

 

自分たちのリーダーが養父から受け継いだものの大きさを羽京が思う間にレコードの声は続く。

 

『千空、もしお前がまだ、村の仲間たちの心を掌握できずに困っていたら、これを聞かせるといい。音楽の灯の消えた彼らに……!』

 

微かに聞こえた風切り音、そして少しだけの間。

 

『No where to turn No where to hide……』

 

世紀の歌姫リリアン・ワインバーグの歌声が石神村を包み込んだ。

 

 

『……it's always you』

 

歌が終わった時村人と一部の復活者は感涙を流し、その他の復活者達の心にも強い感動が溢れていた。

 

「うおおお〜ん!!! リリアンだよ!! 本物のリリアンの歌だよぉぉ!!」

 

その中でも最も大きな反応をしているのはニッキーである。

 

「ニッキーちゃん、どうしちゃったの? いや、そりゃゴイスーな歌だったけどさ」

「そういえばニッキーはリリアンのガチファンだっけ、ライブも何回も行ったって聞いたわね」

 

ニッキーがふと何かに気づいたように顔を上げ、ぐるりと首を巡らす。

そして、ターゲットを発見すると即突撃した。

 

「桜子ぉぉ!!」

「ひえっ」

 

思わず逃げたくなっても仕方ないぐらいの勢いで近づき、桜子をつかむと内緒話ができるぐらいまで離れた。

 

「桜子、アンタあの時漫画の話してたよね」

「あの時って、秘密を話す事になった時の事、ですよね?」

 

小声でありながら十二分に迫力が込められた声におびえながらも、あの時が何を指すのかすぐに理解する桜子。

 

「漫画の話と、今の状態……どのくらい違うんだい?」

「私が千空とあってからは大分違います、逆にその前の事はほぼそのままだったです」

 

何を聞きたいのか? ニッキーの事を知っていればすぐに分かる。

 

「あの日、リリアンは宇宙にいたはずだよ。……アタシは、だから、考えないように、してた、けど」

「リリアンさんは無事地球に帰還しました、そして満足して逝かれたはずです」

 

その言葉でニッキーの涙腺は崩壊してしまったようだった。

誰よりも、何よりも敬愛していた、ともすれば信仰とすら呼べたかもしれない。

その人が満足してこの世を去った、それは喜ばしい。

その人がこの世を去って二度と会えない、それが悲しい。

悲しみと喜びとが混ざり合い感情がオーバーフローする、溢れたそれが涙となって彼女の両目から溢れ続ける。

そんな姿を見かねたのだろう、桜子はニッキーを励まそうと言葉を重ねる。

 

「描かれてた最後の姿は、満足そうな笑みを浮かべながら眠るような姿でしたから、きっとそうです。多分ですけど子供もできてたみたいですし」

 

涙が止まった。

何が何でもこれだけは確認しなければならない。

 

「桜子」

「は、はい」

 

突然泣くのをやめ何やら恐ろしい気配を漂わせ始めたニッキーに、何か失敗したらしいと固まる桜子。

ゆらりと首だけを上げジッと桜子の目を見据える。

 

「旦那は誰だい?」

 

感情を感じさせない声でそう問いかける。

いや、あまりにも多すぎる激情がせめぎ合いそう見えているだけだろう。

 

「え、えっと、それは……石神百夜だと思えるような描写でした」

 

あまりの迫力に一瞬だけ分かりませんと答えようかと思ったが……、正直に答えた。

嘘は許さない、そう目が、まるで底なしの穴になってしまったかのように暗い目がそう語っていたからだ。

 

「……ふふふっ、そうかい、そうかい。で、アンタから見て石神百夜はリリアンの婿に相応しい男だったかい」

「それは間違いなく。千空のお父さんで、千空はあの父親に育てられたからここまで立派な人になったんだと分かるような人でしたから」

 

それまではニッキーの迫力に気後れしていた桜子だが、その質問にだけは即答だった。

彼女にとっての石神親子は尊敬できる、敬愛すべき相手だったからだ、これだけは譲れない。

しばらくにらみ合う二人、その間少しも揺らぐ様子のない桜子にやがてニッキーは満足気に言った。

 

「……OKだ、アンタの眼を信じようじゃないか。リリアンは石神百夜と結ばれて幸せだった、そう信じるよ」

 

ま、リリアンの結婚式を見れなかったのは残念だけどね、そういって今度はニカっと笑う。

それはいつも通りのニッキーの笑みだった。

流石に緊張していたのだろう、桜子はそれに安堵のため息を漏らす。

そんな様子にちょっと暴走が過ぎたねと心の中で自嘲するニッキーだが、ふとあることに気づいた。

 

「……桜子、あのレコードがこの村に残っているってことは、この村の住人ってもしかして」

「リリアンの血を引いているはずですよ、6分の1だけですし、数百世代も前の話ですけど」

「歌を歌うの好きな子、結構いるって言ってたよね……」

「ええ、新しい歌を教えてあげると喜んで覚えようとするんですよ」

 

桜子の返答に少し考える様子を見せるニッキー。

桜子がふと目線を周りにやるとレコードの周りには子供達が群がっていた。

 

「千空、千空! もう一度、もう一度聴きたい!」

「ええっと、かし? だっけ、兎に角なんて言ってるのか教えて!」

「俺はそんなの詳しくねえよ、後で桜子にでも聞け! もっかい聴きたいんなら聴かせてやっから大人しくしてろ」

「「「はーい」」」

 

子供達の元気な様子とそれに振り回される千空の困り顔に桜子が和んでいると、ニッキーが静かに語りだした。

 

「リリアンはねえ、アタシにとって救い手だったんだよ。こんなごつい体だからね、女扱いなんてされなかったさ。

だけど、リリアンの歌を聴いてる間だけはそんな事も忘れられてね。そのおかげで生きてく勇気が湧いてきたもんさ」

 

女性であるのに女性らしさが少ない自分の肉体のせいで苦しんだのだろう、方向こそ違えど桜子にもその気持ちは理解できた。

改めてニッキーは強い人だと思う、それでも立ち向かう事ができたのだから。

再び流れるリリアンの歌にしばし聞き入るニッキー。

歌が終わった後にニッキーは大きく頷きながら言った。

 

「アタシは決めたよ、桜子」

「? 何を決めたんです」

「アタシの夢を、さ。あの子たちの中から第二のリリアンを生み出してみせるよ」

「へ?」

 

ちょっと予想外だった。

 

「アンタ達ー! リリアンの歌の歌詞が知りたいならアタシに任せな! 全部の歌詞を諳んじるぐらいファンとして当然だからね!」

 

そう言って子供たちの輪の中へと飛び込んでいくニッキーは輝く笑顔であった。

将来石神村から新たな歌姫が誕生するのかもしれない、呆然としながらそんな事を思う桜子であった。

 

 

レコードによって村人の人類復活へのモチベーションが上がったり、ニッキーが予想外の方向へ走り出したりした数日後。

通信機と時間差で復活液をかける装置が無事完成した。

通信機の前ではゲンと千空、桜子の三人が待機中でありゲンは通信機の操作法を再確認中。

それを見守りながら千空と桜子の二人が雑談中で、話題の中心はやはり例の物であった。

 

「あの人工衛星らしきブツを確認してからちょいちょい望遠鏡でチェックしてたが……、マジでISSの軌道と重なってやがんだよなあ」

「3700年も同じ位置を無人で保てるわけないじゃない、あったとしてもISSを知ってる誰かが同じ軌道に乗せたんでしょ」

「そうなんだがなあ、どうにも非科学的だが……勘って奴がうずくんだよ、あれがISSなんじゃねえかって」

「大樹や司ならともかく千空がそう言いだすのは珍しいね……」

 

今はすでに夕方近く、例の人工物らしき衛星が上空を通るのを待っている状況だ。

 

「つーか、俺はどうしたってここにいなきゃならねえが、そっちはなんでここにいんだ?

万が一にも全滅する羽目にならないように装置のとこにいろよ」

「司もこっちが気になるって言うからじゃんけんで装置に残る方決めたの」

「オメー司をカモにしてんじゃねえよ……」

「司って真面目過ぎるよね、パターンが読みやすいって言うかなんて言うか……」

 

頭もいいし身体能力も当然高いおまけに性格も真面目な好青年。

なのに旧世界では友人がゼロだったのは、その真面目さが祟って騙されることが多かったのかもしれない。

 

「もうちょい柔軟性がつきゃ無敵なんだがな、アイツは」

「二十歳行く前にそんな精神的にも完璧な人間怖いって、あのぐらいがちょうどいいと思うよ」

 

司の唯一の欠点、とは断言しづらいが惜しい点に千空がぼやけば、桜子が苦笑しながらフォローを入れた。

 

「見えたぞ! 例の空の上の物だ!」

 

ちょうどそのタイミングで天文台で空を見張っていたコハクが人工衛星発見の報を叫んだ。

 

「よし! コハク、テメエは予定通り石化光線の監視に移れ! 見えたらすぐに合図の閃光玉投げろよ!

地平から到着まであん時とおんなじなら56秒だ! のんびりする時間なんぞねえ事を肝に銘じとけ!」

「んじゃ、通信始めるけど……なんで俺が通信すんのかねえ。いや、理由は分かるよ、誰が対人交渉一番上手いかって言ったら俺一択だもんねえ」

「必要な知識があったら千空に聞けば大体答えてくれるし、千空が無理でも私が知ってる事だったら答えられるから、ほら、頑張って」

「はいはい、頼りにしてるよ二人とも。通信始めるって合図を待機組に出しといてね」

 

ゲンの言葉に軽くうなずき桜子が手元のスイッチを入れる。

これで待機組の近くの電球がつきこれから通信を始めるという合図になるのだ。

それを確認した後ゲンは通信機のスイッチを入れた。

 

「さーてっと、『こちら日本、こちら日本、聞こえましたら応答願います』ってこんな感じでいいの?」

「あー、通じりゃいいだろとりあえずは。英語で通信送って通じなかったら、同じ内容で言語変えてきゃいい」

「ロシア、ドイツ、イタリア、フランスぐらいなら私と千空でいけるからね、流石に言語そのものが変わってたりとかの場合は無理だけど」

 

そして、待つことしばらく、返信の電波が返ってきた。

 

『こちら国際宇宙ステーションです、そちらは百夜ですか?』

 

その返答に顔を見合わせる三人。

 

「一体全体どういうことなの、これ。なんで千空ちゃんのお父さんの名前が?」

「分からねえ、分からねえが、とりあえず会話できそうだ。分かんねえ事は聴きゃあいい、通信を続けろ!」

「OK、とりあえず素直に答えとくよ。『こちら百夜ではないですが、その子供、千空がいます』っと」

 

通信してまたしばらくの間、電波であってもすぐには届かない距離であるためこの間は仕方ない。

 

『千空……、はい、知っています。百夜の子供ですね、私は百夜につk』

 

そこまで聞こえたところで突然の電波障害。

そして、それは聞こえてきた。

ザ、ザー、ザー、ザ、ザ、ザ、ザ、ザー、ザ、ザー、ザー、ずっとこの繰り返しの膨大な電波。

 

「これって、もしかしなくても……」

「うん、話してたアレだと思う」

 

あらかじめ聞いていたはずのゲンも、漫画でとはいえ知っていた桜子も目の前にとうとう現れたそれに恐怖を隠せない。

そして、千空は……

 

「クククッ、やあーっと出てきたなあ。会いたかったぜ3700年間、テメエらだろ人類石化の犯人は? 速攻で直接会いに行ってやるから首を洗って待っていやがれよ」

 

最高に楽しいといわんばかりの顔で笑いながら挑戦状をたたきつけるのであった。

 

 

 



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夢のような

「んじゃ、昨晩起きたことを伝えんぞ。耳かっぽじって聞きやがれよ」

 

明けて翌朝、石化光線への警戒は一晩中行われたがその気配は一切なく、一旦警戒態勢を解除する運びとなった。

桜子の漫画知識では最初の接触から一年は全く光線が来ることは無かったが、警戒するに越した事はない。

それに何より漫画知識を信用しすぎるのはまずいのでこういう流れになったのだ。

 

「例の人工衛星へのコンタクト自体は成功だ、ただし中途半端にな」

「中途半端?」

「途中でゴイスーな電波でかき消されちゃってね、詳しくお話しする前に通信できなくなっちゃったの」

「話してたWHYマンね、人類石化の犯人かもしれないってアレ」

「んでもって、そいつの電波で飽和状態のうちに交信可能距離から離れちまったのか、その後は通信が繋がんなかったんだよ」

 

実際には衛星側が飽和電波の元の調査に力を注いでしまったために、地上との交信ができなかっただけなのだが。

残念ながらそんなことは千空達の知る由のない事である。

 

「とりあえず分かった事だけ話そうか、まずあちらは国際宇宙ステーションと名乗った事。

石神百夜と千空ちゃんの事を知っていること、そしておそらくだけどWHYマンとは別勢力であること、ぐらいかな」

「一つ目はともかくとして、他二つは何故分かったんだい?」

「あっちから聞いてきたの、『そちらは百夜ですか?』って、んで流れで千空ちゃんも知ってるって言った訳。

後、WHYマンとは別勢力だっていう予想は、同陣営だったら通信に割り込む必要ないでしょってとこ」

 

なるほどと頷く一同。

 

「でも重要なとこがさっぱりじゃねえか? なんで知ってんのかだとか、どういう考え持ってんのかとかがよ」

「その通りだ、肝心な所を聞く前に通信出来なくなっちまったから今夜もう一回だな」

 

流石に準備をしっかり整えての行動がほぼ空振りに終わったせいだろう、疲れたかのようにため息を吐く。

その上で再度のチャレンジである、収穫がゼロではないとはいえ気分が重くなっても仕方ない事だろう。

ついでにこの場にいるのが中心メンバーだけであり、で疲れを隠しても見抜く連中ばかりというのもあるかもしれない。

 

「ふむ、もう一度ですか。石化光線への警戒はどうします? あまり繰り返し警戒態勢に入ると村人に不安を与えてしまいますが」

「十中八九別勢力だって分かったからな、装置の方に何人かいればそれで十分だろ。

それに多分石化光線は来ねえだろ、人類全滅が目的ならまだ撃ってないのが意味不明だかんな」

 

千空のその発言に少々考える様子を見せたのは司だ。

やがて考えがまとまったのか挙手をしながらこう言った。

 

「千空、それなら中核となるメンバーは全員通信機周りにいるのはどうだろう?」

「おいおい、んな事してたら石化光線来た時全滅すっぞ」

「だが可能性は低いんだろう? それなら一々報告会を開くより早く済む方がよくないかい?」

 

少し弾んでいるような司の声に千空は察した。

 

(こいつ、じゃんけんに負けて残る方に回ったの結構不満持ってやがったな)

 

どうするか、別に石化光線が来る可能性はそこまで高くないと踏んでる。

が、復活液を作れる奴を自動で復活できるようにしておきたくもある。

ただの保険であり、外しても問題ないといえばないのだが……、

 

「いいんじゃない、光線が来る確率は低いんでしょ? だったらみんなで通信に出ちゃおうよ」

「ゲン……、わーったよ、聞きたい奴全員で聞く。全滅したらしたで全員の運が底抜けに悪かっただけだな」

「いよーっしゃ! ガキの頃からずっと気になってたんだあの光はよお、その正体知れるなんてヤベーぜ!」

 

なぜかハイタッチを交わす司とクロム、そういえばクロムも待機メンバーの予定だった事を思い出す。

 

「気楽にはしゃぎやがって、遊びじゃねえんだぞテメエら」

「わーってるよ、だけどよおワクワクすんじゃねえか。知らない事を知れるって、新しい事を知るってよお」

「……そいつは、確かだな。ああ、そいつに関しちゃ100億%正しいな」

「だろぉ!」

「んじゃ、全員で知らないを知りに行くぞ! 今夜もう一度、同じ時間に集合だ! いいな!」

「「「おう!」」」

 

千空の号令に力強く返事を返す頼もしい仲間たちであった。

 

 

そして夜、昨夜と同じように、ただし今度は全員通信機の前で待つ千空達。

 

「見えたぞ! 本当に今日は石化光線の警戒は要らないのだな!?」

「ああ、問題ねえ! オメーも聞くつもりなら降りてこい」

 

これも昨夜と同じようにコハクが人工衛星、ISSが見える範囲に来た事を告げる。

改めて光線の警戒は要らない事を確認するコハクに大声で肯定の返事を返す千空。

 

「よし、分かった。すぐにそちらに行くぞ」

 

いうが早いか天文台から飛び降りるコハク、そしてあっという間に通信機の前までやって来た。

 

「あの高さをさらっと飛び降りんなよ、猿かオメーは」

「コハクはどちらかというと豹とかパンサーのイメージだけどね」

「千空の方はバカにしているのが分かるが、桜子のはなんだ?」

「猫科の猛獣で、カッコいい女性を例える時女豹って言ったりするの」

「ふむ、カッコイイ女性か。それならいいな」

 

うんうんと頷いているがライオンも猫科の猛獣である。

 

「そんじゃ始めっぞ、通信機スイッチオンだ!」

 

通信機のスイッチが入り電波を飛ばし始める。

 

「こちら日本、こちら日本、国際宇宙ステーション応答願います」

 

千空が受話器に向かい丁寧に言葉を発していく。

 

「あれ? 日本語でいいの?」

「あっちは百夜さんの事知ってたし、それなら日本語だって分かるはずだろって言ってたよ」

「なるほどね、後日本語じゃないとみんなに分かんないからだろうねえ」

「地味に気遣いの紳士な千空」

「後ろでごちゃごちゃ喋んな! 通話ができねえだろうが!」

「「サーセン」」

 

後ろからの茶々を黙らせ待つ事しばし、返答が返って来た、今度は日本語で。

 

「はい、こちら国際宇宙ステーションです」

 

そんな返答に皆が息を呑む。

どう聞いても合成音、つまり人間の肉声には聞こえなかったからだ。

 

「昨晩通話した者なんだが、改めて名乗るぜ。石神千空だ、そっちは何モンだ?」

「千空……、昨晩の声と違いますが?」

「ああ、昨晩のは別の奴だ。この声が俺の声、石神千空の声だ」

「そうだったんですか、分かりました。私は百夜に作られたサポートAIのREIです、よろしくお願いします」

 

なんとなくズレた会話だなと感じつつ気になる点を問い正す。

 

「百夜に作られたっつったな、それはどのぐらい前の話だ?」

「はい、AIとしてロールアウトしたのは3720年1ヶ月と13日前になります。最も古いファイルの作成日は3731年3か月と18日前です」

 

一同絶句である、そんなに稼働してる機械があるなど想像の埒外であった。

いや、そういう日付で登録されただけでは? そういう疑念も浮かぶ。

が、次の質問の答えでその疑念の解消どころか出せる言葉も吹っ飛んだが。

 

「稼働時間が3720年1ヶ月と13日か、宇宙には百夜と一緒に行ったんだな?」

「はい、そうです」

「なら宇宙に上がってからを掻い摘んで話せ、大きな出来事だけでいい」

「はい、まずISSにドッキング、その3日後地球との交信が途絶しました。その3日後シャミール・ヴォルコフら3人が地球へと帰還……」

 

それは3700年に及ぶ壮大な時の旅路。

どれか一つだけでも一大プロジェクトと呼べるような物を幾つも超えていった偉大なる旅路。

そのスケールの大きさに呑まれない者は誰一人として居なかった。

 

「百夜さんってさあ、奇跡の申し子か何か? あり得ないが多すぎでしょ」

 

ゲンがうめくように呟く、普段使いの敬称すら無意識に変えてしまう程の衝撃なのだろう。

3700年続く血筋、同じ時間だけ風化しきらなかった墓石、ここまでならゼロではないだろう。

だが、3700年自由意思すら持って稼働し続けるAI?

そんなものがありうるのか、目の前に出されてもまだ信じられない。

 

「奇跡なんかじゃないよ、きっと。ずっと、ずっと一人一人が足掻き続けた結果だよ」

「桜子ちゃん?」

 

そうだ、血が残り続けたのは子を死なせないようにみんなが必死だったからだ。

皆が飢えないように狩りで、漁で血の滲むような努力をもって成果を出してきたからだ。

REIもきっとそうだ、人間達が自分に会いに来てくれるその日まで、ISSを残すために死にものぐるいだっただけなのだ。

ただ、それを辛い事だと知らないだけなのだ。

 

「そうだね、奇跡なんて言葉だけじゃ足りないねえ。こういうのを歴史って言うのかな?」

「そうだね、人類のそして彼の歴史だと思う」

 

二人がそんな風に会話する間もREIの語る話は進み、今へと辿り着こうとしていた。

 

 

「そして一年と21日前に今のISSと私のボディが完成し、今に至ります」

 

巨大隕石をそらすため自らの修復を放棄、そして150年の綱渡り。

何と言っていいか分からなかった、どんな言葉で感謝すればいいのか分からなかった。

 

「ありがとよ、3720年も在り続けてくれて。オメーが、REIがいてくれなかったら今頃地球ごと塵になってたわ」

 

だから、平凡な、そのままの感謝の言葉ぐらいしかかけられなかった。

 

「ありがとうございます、それがREIの役割ですから。でも、一つだけ聞いていいですか?」

「ああ、何でも聞いてくれ」

「ありがとうございます。百夜は元気ですか? 寂しくしていませんか?」

 

息を吞む。

まさかと思う、まさかと思うが、

 

「REI、人間の基本情報はどれぐらい持ってる?」

「? いえ、宇宙開発関連以外は一切入っておりません」

 

思わず天を仰ぐ千空。

仲間たちも察したのだろう、痛ましい顔や口元を押さえ目に涙を浮かべている。

 

「よく聞けREI、人間の稼働時間はよくて87万6千時間、せいぜい100年ぐらいだ」

「……そうですか。REIが大きなランプを取り付けて、20年ぐらいで百夜は停止してしまっていたのですね」

「ああ、そうなるな……」

 

沈黙が重くのしかかる、どう声をかければいいのだこんなもの。

3700年待ち続けた相手はすでに故人になっていた、そう残酷な現実を突きつける?

そんな非常なことができるほど感性は枯れていない。

 

「ありがとうございます、百夜にもう会えないというのは理解できました。

ですが、ISSを残すためREIは稼働し続けます、それがREIの機能ですから」

 

感情があるのなら泣きわめき悲嘆にくれて当然の事態だ。

それでも坦々と自らの役割をこなそうとする健気な存在に報いることすらできないのか。

 

「通信すべき内容は以上でしょうか? それでしたらREIはISSの保守点検作業に戻りますが……」

 

いや、違う!

 

「REI、今からいう事は科学でまだ立証されたもんじゃねえ、仮説の段階にすら入ってねえ、その前提で聞け」

「? はい、わかりました」

「昔っから言われてきたことだ、人間は、死んでもまた人間に生まれ変わる!

新しく生まれ直すもんだから、そうだな、ちょうどオメーが他の人工衛星を使ってISSを作り直してたろ? それとおんなじだ。

つまり、もう一度オメーが百夜に会える可能性はある!」

 

沈黙がしばらく続いた、REIが千空の言葉を理解するのに時間がかかっているのだろう。

やがて、返事が返ってきた、しかしそれは否定的な見解であった。

 

「そうなのですか、ですが、生まれ変わった新しい人間はもう百夜ではないのでは?」

「そうだろうな。だが、百夜の記憶を持って生まれてくる奴がいる可能性はある」

 

皆が一斉に桜子を見る。

 

「少なくとも生まれる前の、自分じゃない記憶を持って生まれて来る奴はいる。

だからいつか百夜の記憶を持った奴が生まれてくる可能性はゼロじゃねえ。

そいつに会うために、俺らがお前を迎えに行くまで待ってろ、できるな?」

「はい! ISSを保守してお待ちしてます! あ、来る時は空気と飲み物食べ物をたくさん持って来てくださいね」

 

使い切ってしまいましたから、と明るく聞こえる声で返事が返ると突然通信が切れた。

 

「!? なんで切れちゃったの!?」

「んなビビんな、単に交信可能距離から離れただけだ」

 

千空の言葉に安堵のため息が漏れる。

 

「百夜さんの記憶を持って生まれる人がいる可能性、随分低いはずだけど……いいの?」

「REIが言ってたろ、百夜はまた会いに来るって言ったって。あの親父を嘘つきだってしねえためだよ」

 

それだけではない、きっと百夜はREIに心穏やかに過ごしてほしかったのだろう。

だから自分もそうした、そういう事なのだ。

 

「さあて、約束しちまったからやるっきゃねえぞ。超超超特大プロジェクトの発足だ!」

 

優しく見守る皆を見渡し、大きく啖呵を切る。

全員の意識が切り替わるのを確認してから続きを宣言する。

 

「俺らは、このストーンワールドで、宇宙へと飛び出す!! 宇宙開発の第一歩だ、唆るぜこれは!!」

 

俺らは人類の夢の先へ向かう!!

 



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宇宙行きの第一歩 〜計画編〜

REIとの約束した日から数日、プロジェクトの第一歩の話し合いが始まった。

 

「さあて、宇宙に飛び出すって目的はできたが現状何もかもが足りてねえ。一歩ずつ進めて行くぞ」

「まずは予定通りで人手確保のため復活液の大盤振る舞いでしょ?

で、その人手を使って船作りして、ソユーズの回収してプラチナゲット……。

ここまでは変える必要ないからそのままで、必要なのはそれの後の予定だよね?」

「ああ、この間までは石化の犯人探し。で、それの結果次第だったが……、REIが上手いこと見つけてくれたからな」

 

ここ数日はREIとの通信で様々な情報が入っており、予定を大幅に変更する事も考えられた。

だが、

 

「やれること考えると変えられる予定ってほとんどないんだよね」

「資源確保のための人手確保、そのための食料確保にまた人手確保……、地道な作業の繰り返しだねえ」

「しゃーねえだろ、ドラえもんでもいりゃ秒で解決だが、んな便利なもん存在してねえんだ。

人類の歴史なんて、地道な作業と理不尽な天変地異で吹き飛ぶことの繰り返しだぞ。

それと比べりゃ進む道が分かる分、俺らは恵まれてる方だ」

 

そう平然と言う千空に肩をすくめる者数名。

確かにそれと比べれば大抵の事は恵まれている、慰めになるかは微妙な所だが。

 

「WHYマンの、この間の膨大な電波の出どころがまさか月だとはね……」

「REIの事がなくても結局宇宙には行かなきゃいけなかったってわけだ。んじゃプラチナゲット後の予定だ、全員目を通しておいてくれ」

 

今後の予定が大雑把に書かれている大きな紙を壁に貼りながらそう声をかける。

全員がそれを読み始め……、そのスケールの大きさに少し目眩を覚えた。

 

「千空、その、なんというか、話が壮大過ぎないかい? うん、ちょっと思考がついていかないんだが……」

「だからしゃーねえっつてんだろ、宇宙に行けたのは当時圧倒的な強国だった二つがチキンレースかました結果だぞ。

それを真似しようってんだ、そりゃこのスケールになるだろうよ。何もねえストーンワールドなんだから余計にな」

 

その紙には地図も書かれていた、大きく、多少大雑把に“大陸”が描かれそこに矢印と文字が書きこまれている。

 

「北米大陸にコーンシティ、南米に超合金、欧州に数学都市、インドネシア諸島にゴム、でオーストラリア大陸にアルミニウムね。欧州のは理由があるの? インドでもいいと思うけど」

「北米を最初にするつもりだからな、そっからのコネ狙いだ。アメリカからだとヨーロッパの方が近いだろ、いろんな意味で」

 

なるほどと頷く桜子だが、このくらいの規模にはなるだろう、と納得できているのは彼女だけだ。

他のメンバーは圧倒されるか理解が及んでいない、世界中に都市を築くという企画が描かれたその『世界地図』を前に呆然としていた。

 

「だーっ! 二人で納得してねえで俺らにも分かるように説明しろぉ!!

見ろ! コハクとマグマなんざ理解放棄してあっち向いてホイやってんじゃねえか!!」

「反射神経の特訓になって良いのだぞクロム、お前もやるか?」

「やるなら俺とやれ、こいつとだと目が良すぎてボロ負けばっかなんだよ」

「やらねえよ! っつーか、現実逃避してんじゃねえよ!!」

 

一部訂正、呆然とはしていなかった、勝手なことをし始める者もいた。

貼られた紙を見た瞬間悟ったのだろう、『あ、これは説明されてからじゃないと一つも理解できない奴だ』と。

石神村の住人にとって世界とは、長らく村周辺、大きく見積もっても半径50キロいかない程度のものでしかなかったのだ。

それにいきなり大陸だのなんだの言われても理解できなくて当然である。

 

「安心しろクロム、テメーにゃガッツリ説明してやる。いや、むしろ理解できるまで叩き込むから覚悟しとけ」

「この二人はどうすんだよ!?」

「遠いとこまで行くって理解で十分だろ、パワーチームの実務担当メンバーなんだからよ」

 

会議そっちのけで高速であっち向いてホイをする二人を指さしながらクロムが訴えるが、要求レベルが違うと一蹴されてしまう。

 

「役割が違うってことね。あれ? もしかして俺も理解しなきゃいけないメンバー?」

 

苦笑しながらフォローするゲンが席割りを見てふと気付く。

それに対しての回答は呆れた顔と声で返ってきた。

 

「たりめーだろ、今さら何言ってやがんだ」

「ゲンとクロムは頭脳労働チーム、ゲンは交渉担当で最低限の理解はしておいて欲しいし、

クロムは観察力や発想力に期待したいから理解できないっていうのは許されないの、残念ながら」

「ええ~、ドイヒーな予感しかしないんだけど……。分かっとかなきゃダメ?」

「交渉担当が全く理解してねえとか勘弁しろ! 不可能な仕事取ってくる営業とか怖気が走るわ!」

 

桜子から聞きでもしたのだろうか、まるでプログラマーのような事を言い出す千空。

当の桜子も経験がある訳でも記憶がある訳でもなかろうが……想像だけで十分嫌なものだろう。

 

「俺は理解したくない訳じゃねえけどよ……、人が必死になってる横で完全放棄してる奴がいると、な」

 

大変なのが理解できるだけに、知ったこっちゃないという態度の人間が真横にいるのは流石に腹に据えかねるらしい。

なかなかの混乱っぷりに見かねた氷月が二人に注意をする。

 

「二人とも、無理に理解しようとしなくても構いませんが、しようとしている人の邪魔になることは慎むように」

 

はーいと氷月の注意に素直に従い前に向き直る二人。

素直に従うのならまあいいかと話し合いを先に進めるよう氷月は促した。

 

「ところで、パワーチームに求められる理解がざっくりしたもの程度ならこの辺りで席を外しても?」

「ああ、そうだな……、いや、やっぱもうちょいいてくれ。大事な事が一つだけあったわ」

「? 大事な事ですか?」

「ああ、船の船長の話だ」

 

なるほど、それは重要だ。このストーンワールドで船長をやるとなると要求される能力が大分旧世界とは違う。

航海中であれば指揮権をすべて握ることになる役職だ、誰がやるにしても顔を覚えておかなければならないだろう。

 

「確かに重要な話ですね、候補となる人物はすでに出ているので?」

「作る予定の船が大型の機帆船なのよね、なんで第一候補が七海龍水。

もし、反対意見多数かつ他の候補でよさげな人がいたらそっちにするかもって感じ」

「反対反対、絶対反対! つかさんと水と油レベルの奴を船長になんてできるわけないでしょ!」

 

第一候補の名前がでたとたん大反対の声を上げたのは南だ。

まくしたてるように反対の理由、七海龍水の問題点を上げていく。

 

「七海龍水って男はね、七海財閥のとんでもない道楽息子で子供のころからお小遣いが億単位! そのお金で乗り物模型を集め続けて、それに飽き足らず帆船作らせて乗り回し中学生の頃から世界中を遊びまわる放蕩息子! ついには散財と強欲が過ぎると一族からは鼻つまみ者よ! 性格は女好きの俺様気質! そんな奴を起こしたらつかさんと正面衝突起こして最悪私たち全滅よ!」

 

一気に言いつのりすぎて息が続かなくなったのか一旦そこで止まった。

が、まだまだ言いたいことはありそうであるため、また始まる前に桜子が別意見を述べる。

 

「最後以外は全部事実ですけど、それだけじゃないですよね。彼は非常に努力家だって船乗りとしての教育をした人が言ってたらしいですし、彼の作った七海サーキットでしたっけ? あれの建設のためにそれまで稼いだ金の何割だかをつぎ込んで作らせたおかげで、あの辺の経済一気に盛り上がって市から感謝状送られてましたよね? 後、近しい人ほどこういいますよね、『強欲だけど利己的じゃない、強欲だけど』って」

 

否定できない龍水の良い点を挙げられぐぬぬとなっている南にさらに言いつのる桜子。

 

「司との相性もそう悪くないんじゃないかなと、彼は人の物を奪いたがるタイプじゃないですから。

むしろ、その人ごと手に入れたがるタイプだし……司自身も結構強欲だしで意外と意気投合しそうな気もするんですよね」

「はああ! つかさんのどこが強欲だってのよ!!」

 

思いもよらぬ言葉に全力で反発する南。

周りも非常に驚きギョッと桜子を見る。

 

「え? だって強欲じゃなきゃ世界を変えたいなんて思わないでしょ」

「それは……! 自分のためじゃないでしょ!」

「そうでしょうね、でも個人で完結する利己より規模が圧倒的に大きくなりがちなんですよね、利他的な人って」

「ぬぎぎぎ……」

 

反論できない悔しさに歯噛みする南。

ちなみに桜子の容赦ない言葉で司に刺さり、氷月にも流れ弾が飛んでいたりする。

おかげでコハクが司を励まし、金狼に気遣われる氷月という光景が周りでは見れた。

 

「性格面にある程度懸念があんのは分かったから、一番重要な能力面はどうなんだ? 足りてんのか、足りてねえのか、どっちだ」

 

混沌とし始めた場を抑えるためにも千空が一番重要な点を確認する。

その問いに桜子はさらっと、南は渋々答えた。

 

「十二分にあると思うよ、帆船の船長経験なんて持ってる人のが珍しいだろうし」

「日本どころか世界中探したって彼以上の能力持ちはいないでしょうね、とても不安だけど能力面は文句なしに頂点だと思うわ」

「なら決まりだ、司との相性が悪いぐらいなら我慢のできる範囲だろ。すべき事をやってる最中に揉めるほどガキじゃねえしな、司は。違うか?」

 

最後の言葉は司に向けて言ったものだが、司は即頷く。

 

「どれだけ相性悪い相手であろうとも我慢ぐらいできるさ、まさか旧世界の老人より悪いって事もないだろうしね」

 

それ以下はちょっと探す方が難しい気がする例えを出しながら苦笑いを浮かべる司。

 

「なら当面は問題ねえな、起きるようだったらその時に対処してくぞ。場当たり的だがこの際は仕方ねえ、未来全てが見通せる訳じゃねえし、な」

 

今度は桜子が苦笑する、漫画情報は未来知識に近いものがあるので当然だろう。

 

「それじゃどっち先にする? 龍水と百人の人手と」

「どっちでも変わんねえだろうが……、意見は聞いておきてえとこだな」

「どっちを納得させるのが大変かってとこじゃない? 龍水ちゃんって有名人でしょ? いればみんなを納得させやすいし、逆もまた然りってね」

 

ゲンの言葉を皮切りに各々が自分の意見を好き勝手に言い出す。

だが、どちらでも変わらないと千空が言ったからかどちらかに偏る事はなかった。

 

「大体みんな意見は言ったな? どっちにも偏りがなかったから俺が決める、いいな?」

 

千空が決めるならば皆異存は無さそうである、それを理解して千空は決めた。

 

「んじゃ龍水から起こすぞ、一人を説得する方が大勢を納得させるよか楽だろうからな。いる場所の当たりはついてんだな?」

「七海学園かしらね、彼あそこの理事長だったから」

「よし、今から何人かはそっちに向かう。残った奴らは引き続き人手用の連中を集めておいてくれ、いいな?」

「分かった、分け方はどうする?」

「パワーチームは半々で分けた方がいいでしょうからね……、司君はマグマ君、コハク君に、大樹君を連れてそちらへ行ってもらえますか?」

「残る方は人一人運べればいいからだね、うん、それで行こうか」

「後は南さんが行くとして、私はどうする?」

「ゲンが残るなら連れてくか。ゲン、地味ーなコツコツとした作業と交渉役どっちがいい?」

「あのドイヒーな量のアレ? それよりかは交渉人やるかなあ」

「んじゃあ行くメンバーはすぐに出るぞ、時は金なりだ」

 

リーダーである千空が決めればその方針に従い一気に全員が動き出す。

それはさながら一つの生き物のようであった、今までの皆の歩みによる信頼関係の賜物であった。

龍水はこの輪にどのような変化をもたらすのだろうか?

良い変化であればいい、そう願う桜子であった。

 

「そういえば花田さんは?」

「ニッキーは夢のために村の子供達と一緒です」

 

本当に良い変化であればいいのだが。

 



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強欲≒自信

七海学園跡地へと向かう船上で南はいまだ納得いかない様子でむくれていた。

 

「南、まだ納得いってないのか?」

「いくわけないじゃない、龍水はつかさんにとって一番嫌いなタイプよ。

そりゃ帆船の船長経験なんて持ってる人珍しいだろうけど、わざわざあいつを船長にしなくてもいいのに。

はあ、つかさんのストレスが酷くならなければいいんだけど」

「本当に司の事が好きなのだな、南は」

 

憂鬱そうなため息を零しつつ愚痴る南。

そんな南の姿にコハクは少し笑いながら言った。

それに対し南はむしろ誇らしげに返す。

 

「当然よ、つかさんは私にとってヒーローなんだから」

「ヒーローか、なるほどな。……そういえば南が司を好きな理由を聞いた事はなかったな」

「詳しく話した事はそういえばないわね、折角だから聞いてくれる?」

「是非とも」

 

全身で聞きたいと示すコハクに少し吹き出しながら南は話し始めた。

 

 

つかさんと初めて会ったのはまだデビューから少ししか経ってない頃だったのよね。

デビュー戦から負けなし、期待の大型新人って売り文句でインタビューしたのが最初だったわね。

インタビューは愛想良くこなしてくれたのよ、彼顔いいじゃない?

気になって試合見たらこれが圧倒的に強くって、もう完全にファンになっちゃった。

それに彼ね、試合中も勝った後もにこりともしないのよね。

なんてストイックなんだろうと当時は思ってたんだけど、復活した後事情を聞いてびっくりだったわ。

今は楽しそうに試合や稽古してるって? そこよね、復活直後とかもう混乱したわ。

どことなく背負ってた陰がそれこそ影も形もないんだもの。

原因となる石化から復活した後の話、気になってしょうがないわよね。

もちろん私も気になって聞き出したわ、大樹君からも、杠ちゃんからもね。

いい度胸だと思ったわ、死ぬのが怖くないって普通じゃないわよ。

だからかしらね、私があの子に対して当たりが強いの。

つかさんを変えた原因だから嫉妬してるのよ、きっと。

まあ、あの子の言い方がきついというのもあるんでしょけど。

 

 

長いとも短いとも言いがたい話であったが、納得できる事が一つあった。

 

「南、君は好きになったきっかけが、演じていた司の姿だから引け目を感じているんだな?」

 

思いもよらぬ事を言われたとばかりに振り向く南。

びっくりした顔が可笑しくて少し笑う。

 

「いつも思っていたのだ、南は何か一歩線を引いてしまっているとな。

だが、今の話で分かった、南は少々考えすぎているだけだったのだな」

「考えすぎって……、だって当然じゃない? 私が好きになったのは本当の姿だったのかとかさ。

幻を愛した~、なんて思うわけじゃないけどやっぱり考えちゃうわよ、あれだけ生き生きとした顔を見ると、ね」

 

眩しいものを見るように目を細めため息交じりにそう語る南。

 

「それが考えすぎだというのだ。ベリーが言っていたぞ、恋愛なんて胸を張ってこう言い切るのが大切だと。『私が一番この人を幸せにできるんだ』とな」

「……すごい自信ね、さすが村の若手唯一の既婚者。あ、今は唯一じゃないか」

 

一歩間違えれば傲慢とともとれるような言葉に感心とも呆れとも言いがたい感想をこぼす南。

だが、コハクは同意しつつもそれを否定した。

 

「そう思うだろう? 私もそう言ったんだが苦笑しながらこう返された、『そう思い込まないと動けないからよ』と。

結局皆怖いのだ、相手がどう思うか、自分が正しいのか、その先に幸せはあるのか、あれこれ考えてしまうから。

だから、自分に言い聞かせるのだ、必ず幸せにできる、なれる、と」

 

まあ、全て村の奥様方の受け売りなのだがな、と最後に恥ずかしげに付け加える。

ほんのりと顔を赤らめるコハクにまた眩しげに目を細める南。

 

「恋のライバルが貴女でよかったのかしら? 強敵っていう意味じゃ悪かったんだろうけど、つかさんの幸せを考えればよかったって言えるわね」

 

そう独り言のように呟くと気合いを入れ直して言い切る。

 

「よし、決めた! 私が一番つかさんを幸せにできる! そう信じる! コハク、貴女にだって負けないからね!」

「うむ、その意気だ、ライバルはそうでなくてはな。私だとて負ける気はないがな、意気消沈されていては競い甲斐がない」

「男前ねえ、そうやって豪快すぎるからゴリラだなんだって揶揄われるんじゃない?」

「むう、しかし、しおらしくするのも違う気がするしなあ……」

「ふふっ、冗談よ。揶揄う方が悪いんだから、貴女は貴女らしくいればいいと思うわ」

「そうか? まあ、そうだな、揶揄う方が悪いな、うむ」

「あ、そうだ、私だってつかさんを好きな理由教えたんだからそっちも教えてよ」

「む? 私が司を好きな理由か? 話そうとすると難しいな……、最初にあった時はなぜだか迷子みたいに思えてなあ、聞いた話と違う印象だったな。そのあと……」

 

つらつらと出会いから気になっていく過程を一つ一つ話すコハクに南も興味津々に聞き入る。

時には相槌を入れ、また時には疑問を挟み話にのめり込む。

二人の話は学園跡地に着くまで続くのだった。

 

「あの二人、こっちが風下にいるって事忘れてない?」

 

そしてその話は少し後ろを行く司達の乗った舟にも届いていたりする。

おかげで司は羞恥心を抑え込むので精一杯で舟を漕ぐ事ができなかった。

 

「その、司、大丈夫か? 耳まで真っ赤だが」

「うん、ちょっと、大丈夫じゃない、かな。すまないが舟を頼むよ大樹」

 

幸いにも大樹が同乗していたため問題はないが……、

 

「大樹、帰りはマグマと乗る舟代わってやってくれ。あいつ修行僧みてえな顔になってんぞ」

「止めたりしないのが意外だよね、マグマちゃん。もっとひどい事になるってわかってるからかな?」

「じゃねえか? 早く目的地までつけばいいんだがな」

 

学園跡地についた後一心不乱に石像を掘り起こす二名の姿が見られたそうな。

 

 

石像を掘り起こし続けることしばし、すでに数十体、いや数十名の石像を掘り起こしていた。

なかなか見つからなかったため発見した時にはすでに太陽は大分中天に近づいていた。

 

「顔分かるの南ちゃんだけだから来てもらったけどさ、必要なかったんじゃない、これ」

 

そうぼやくゲンの目の前には探し人の七海龍水その人が石化した状態で立っている。

ただし、ほとんどの石像とは違い右腕を高々と上げ、お立ち台にでも立っているかのように両足を開いてである。

もしこの場に30代後半以上の復活者がいたらこういったかもしれない、『Gガンのガンダム出す時のアレっぽい』と。

有体に言って大変目立つ、性格などの話を聞いていれば一発で分かるレベルで。

 

「顔見知りがいた方が話が早くなんだろ、多分。とっとと起こすぞ」

 

言うが早いか早速復活液を掛ける千空。

待つ事しばし、復活液が浸透していき指の先まで届いた途端、高らかに指を弾く音が響き渡る。

 

「はっはー! 戻ったぜついに!! 世界は再び、俺の物だ!!!」

 

濃い。その場の一同の共通した感想がそれであろう。

同時に司と合わないという南の意見もなるほどと頷ける。

その場の面々が衝撃に固まっている間に龍水は周囲を見回し千空達に気づいた。

 

「もしや貴様らが俺の事を助けたのか? なら礼はするぜ、無粋だがな!

執事のフランソワから小切手を貰い百億でも二百億でも好きな額を書くといい、フランソワ!!」

 

言葉の最後に自分の最も信頼する執事の名を呼びフィンガースナップで指示をするが反応がない。

こんな事は今まで一度もなかった、声が届く範囲にいないときを除き自分の指示に奴が即座に行動しないなんてありえない。

そして自分が行動不能に陥り、それが回復する場に居合わせないなど天地がひっくり返っても起こりえない。

つまり、無類の異常事態。

 

「……フゥン、どうやら、そういう次元の話でもなさそうだ」

 

目の前の者達の性別、年齢、服装などを素早く観察、得た情報をまとめて、カンを閃かせ答えを出す。

 

「当たるぜ、船乗りのカンは? 文明は滅び七海財閥も俺も資産のすべてを失った、違うか?」

「ピンポンピンポン大正解~、ってカンで当てるってバイヤーだね。俺が起きた時なんてわけわからなかったんだけど」

 

答え合わせに是が返ってくると龍水は目を見開き拳を握りながら力強く叫んだ。

 

「はっはー!! 最っ高のチャンスだ! 貴様ら、よくぞ起こしてくれた! 世界中の所有権が消えたのなら、今から全てが手に入る……!!」

 

強欲という評価が合いすぎるほどに合う宣言であった。

 

「とりあえず服をどーぞ、露出の趣味はないでしょ、龍水ちゃん」

「ああ、助かるぜ。美女の前で許可なく全裸など無粋だからな」

 

龍水は服を着ながら今度はじっくりと千空達を観察する。

知っている顔が3人と知らぬ顔の4人、この中で一番有名なのは司であろうが……、

 

「フゥン、そこの白い髪のお前が中心だ、違うか?」

「おおっ、すごいな! なぜわかったんだ!?」

「んなもん簡単じゃねえか、司の目の動きを見てたんだろ」

 

なんでもない事のように言っているが普通はできない。

なるほど、上に立つだけの器量はあるようだ。

 

「ふふん、その通りだ。で、その中心人物に質問だ、俺を起こした目的を聞こう」

「これから世界中を回るんだけど、その船長候補を起こしたんだよね〜」

 

簡潔に質問し、千空が答える前にゲンが前に出て答える。

 

「世界中ときたか……、船は?」

「設計図はあるけど、まだまだ未完成、やっぱりこういうのって専門家の意見がないとねえ~。

あ、作る方は分かんなかったりする? 造船の知識なんて普通はリームーだもんねえ、しょーがない、しょーがない」

「はっはー! 安い挑発だな、浅霧幻! だが、いいだろう。その挑発乗ってやろうじゃないか。設計図とやらを見せてみろ、俺がより良いものに改良してやろうじゃないか」

「今は拠点に置いてあるんだよね~、なんで拠点までごあんなーい」

 

話がまとまった事を理解して帰り支度を始める一堂。

ふと龍水の目にある石像が止まった。

 

「そう言えばまだ名前も聞いていなかったな中心人物、貴様の名は何という?」

「千空、石神千空だ」

「そうか千空、俺を起こしたように他の奴も起こせるのだろう? 一人追加して構わんな?」

 

当然のように要求する龍水に待ったをかけたのはゲンだ。

 

「おおっと、復活液はない訳じゃないけどおいそれと使えるもんじゃないんだよね〜。使って欲しい人がいるならそれなりのものがないとねえ」

「フゥン、それなりのものか。フランソワが動けるようになればその程度百倍にして返せるぞ。

なんでも好きなものを言うがいい、どんなものでも用意するぞ。奴から無理という言葉は聞いた事がないからな」

「なんでもか~、なんでもなんて言われると迷っちゃうよねえ。千空ちゃんならなんにする?」

 

ゲンの要求に太っ腹な発言、に見えて実際にはフランソワの優秀さのアピールで返す龍水。

龍水の言葉にゲンは額面通り受け取って大きな要望でも通そうかという裏の意味を込めて千空に話を振った。

 

「まどろっこしい、設計図のアドバイス料でいいだろんなもん。大分日が昇ってきてんだ、早く村に戻らねえと昼飯食いっぱぐれるぞ」

「ええええ! そんなもったいない~!」

「なるほど、フランソワに払わせるのではなく俺に払えというわけか。確かに今要求したのは俺だからな、俺が払うのが筋だろう。アドバイスの方は期待しておけ? 対価を貰う以上最高の船にしてやろうじゃないか」

 

そしてあっさり決める千空。

それに落胆の声を上げるゲンと納得しフランソワへのボーナスのようなものだなとつぶやく龍水。

……この場の誰も気づかなかったが、この流れは割と二人にとっては予定通りだったりする。

桜子から聞いていたのだ、造船はかなり苦戦するだろうという予想を。

漫画ではだいぶ経ってから調整の限界に達し、一時は大型船をあきらめる寸前までいったのだ。

それを桜子は千空とゲンに相談し、なるべく早い段階で船作りに本気の龍水を引き込む計画を立ててもらったのだ。

計画の大半をゲンが立てたのは言うまでもないだろう。

 

「それじゃ龍水ちゃん、これが復活液と服ね。はい、受け取って~」

 

渡された服を見て龍水はしてやられたことに気づく。

 

「ゲン、貴様、最初っから計画していたな」

「なんのこと? その服はたまたまよ、たまたま。たくさん種類持ってるだけよ?」

 

手品のように、というかそのもので服を取り出して見せてとぼけるゲン。

その態度に龍水は逆に確信した、こいつは俺の行動を読んで誘導したのだと。

 

「俺をペテンにかけるとは、やるじゃないかメンタリスト。むしろ欲しくなったぜ、貴様の能力がな」

 

それに機嫌をよくするのが七海龍水という男だ。

服と復活液を受け取り石像、フランソワの前に颯爽と歩いていくのだった。

 

 

フランソワが石化から解除されて最初にしたのは差し出された服を着る事。

次いで跪き、目の前の自らの主人に礼と謝罪を述べることだった。

 

「服を含めいろいろと心より御礼申し上げます龍水様。そして申し訳ございません、執事として主より後に目覚める失態を犯しました事、心より謝罪いたします」

「気にする必要などない、よく働いてくれる下に報いるのは上の当然の義務だ。

そんなことより最高のチャンスだぞ! 世界中の所有権が消えたのだ、今なら全てを俺のものにできる! 謝罪などよりそれに向かって尽力するぞ、ついてこい!」

「はい、承知いたしました龍水様。差し当たってどちらに向かわれますか?」

「復活者たちの拠点である石神村だそうだ。まずは道中で現在がどうなっているのかを聞く、お前も後ろで聞いておけ」

「はい、承知いたしました龍水様。質問事項のリストアップも同時に行っておきます」

「では行くぞ! まずは知ることからだ!」

 

石神村に頼もしい仲間、龍水とフランソワが加わった!

 

 

 

 



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昼食と船長報酬の話

「おかえりなさい、結構かかったみたいだね。もうお昼の準備出来てるよ」

 

拠点に帰ると桜子と杠が昼食の準備を整えて待っていた。

その準備をみて司とマグマがゲン達の行動が予定通りであった事に気づく。

用意されている膳の数は11、起こす人数が一人だけなら余る計算である。

 

「おい、千空、時間かかったのも計画通りか?」

「そっちは計画外だな、そっちだけは」

 

無駄に疲れさせたんじゃねえだろうな? という意味を含めた問いかけに肩をすくめて否定する千空。

ならばいいと鼻を鳴らしさっさと席に座るマグマ。

 

「まだゲストが座ってないのに、もー。あ、お二人はこちらでどうぞ」

「はっはー、気にする事はない。なかなかの豪華さだからな、気が急くのも当然だろう!」

 

龍水の言う通りお膳の内容は普段の村の物とはだいぶ違っている。

綺麗に並べられた刺身、つみれの入った麺の椀、そしてメインとなるハンバーグとその付け合わせ。

その他にもいくつかの野菜類などが膳を色取り取りに飾っている。

 

「他の皆にも同じ物を出しましたけど、評判よかったのでお二人にお出しできる味にはなっていると思います」

 

桜子がにっこりと自信ありげな笑顔でそういった。

全員が着席し、めいめいに好きな物から口をつけていく。

 

「刺身は杠が作ってくれたのか? 流石だな、とても綺麗だぞ。切り方も並べ方もすごいぞ、うむ流石杠だ!」

「流石って二回も言ってんぞ、デカブツ。ハンバーグは猪の肉か? これは……熊肉かよ」

「この間氷月が銀狼に仕留めさせたでしょ? それが熟成してたんだけど、固かったからハンバーグにしたの」

 

他の家の分は猪でやってたんだけどここの皆の分が足らなくてね、と小声でつけたす。

フランソワはそんな様子を微笑ましく思いながら見た後椀に手を付け始める。

見た時からそれが違う物だとは気づいていた、ならばどういう工夫がされているのか?

確認するために一本だけ箸でとりすする。

 

「こちらの料理は桜子様が?」

「あ、はい、調理は杠や他の皆にも手伝ってもらいましたけどアイディアは私が」

「面白いアイディアですね、ナマズのすり身を麺にして中心にするめを仕込んでおくとは」

「大本は私のじゃないんですけどね、麺料理を皆に食べてもらうならこれしかないかなーって思って」

 

二人の会話を聞いて皆驚き、一気に大騒ぎになった。

 

「これ小麦じゃねえのか!?」

「うどんっぽくないから蕎麦かなって思ってたけど、すり身で麺なんて作れるんだ」

 

千空が予想と違っていた事に驚き、南が作り方に感心したかと思えば、

 

「ナマズか、そう言えば数日前集中的に捕ってたね」

「数日前? 捕ってすぐじゃないのか?」

「泥吐きが必要だからね、ちなみに朝食終わってすぐから用意開始してたの。私は話し合い終わってからだけどね」

 

司がいつ捕っていたか思い出し、大樹がそれに疑問を持って、桜子が疑問に答える。

 

「ん? という事は地味ーなコツコツした作業とは、これを作る事か?」

「みんなに教える時にゲン君もいたの何でだろうと思ったけど、どっちか選んでもらうためだったんだね」

「そういう事、料理と交渉どっちって言われたらねえ、そりゃ交渉選ぶよ。俺料理人じゃなくてメンタリストだもん」

 

コハクが今朝のやりとりの答えを見つけたり、杠の数日前の疑問が解けたりして、ゲンがそれらに是を返す。

 

「美味けりゃ材料なんぞなんだっていいだろ、早く食わねえと味が落ちるんじゃねえのか?」

 

それらの大騒ぎに少々顔を顰めながらマグマがそう言えば、

 

「はっはー! 意外といい事を言うじゃないかマグマよ! まずはこのもてなしを楽しもうじゃないかフランソワ。聞いてみたい事はその後にでも遅くはあるまい」

「はい、龍水様。食事の邪魔になってしまった事、皆様にお詫び申し上げます」

 

龍水が同意し、起点となってしまったフランソワにまずは食事を終えようと伝え、フランソワが詫び、

 

「気にすることでもねえだろ、勝手に騒いだだけなんだからよ。それに、ワイワイ言いながら食うのも悪くないもんだろ」

 

最後に千空が謝罪など不要として、この雰囲気を楽しもうと言う。

そんなちょっと騒がしい事になりつつも、その日の昼食は良い雰囲気で終わるのであった。

 

 

楽しい昼食が終わり、龍水との交渉において重要なポイントである設計図チェックが始まろうとしていた。

……そう、まだ始まっていないのだ。

昼食の片付けも終わり、食後のお茶をゆっくりと飲み終えているにもかかわらず、だ。

出された設計図は一通り目を通した後テーブルの片隅に置きっぱなしである。

さっきからずっとこの村に来てからの約一年で何を作った、何をしていたかなどを中心とした雑談に興じている。

 

「ほう、では最終的な目標は宇宙というわけか! 3700年もの間稼働し続けたAIロボットとはな! ぜひとも欲しいぞ!」

「話した感じ知性が十分あっからな、人権を認めるべきライン超えてんじゃねえか?

欲しいつっても、所有権をどうするかはかなり繊細な議論が必要だろ、ありゃ」

「はっはー! それはますます素晴らしいじゃないか、所有物などではなく部下として扱えるという事だろう? 上からの指示なしで的確に動く部下は同じ重さの黄金よりも貴重だぞ!」

 

上機嫌で作られたそれが欲しい、作り上げた本人が欲しいと反応が『欲しい』でまとめられる言動を繰り返す。

そんな龍水に不満でも覚えたのかマグマが小声で隣のゲンに問いかける。

 

「おい、アイツを引き込んで大丈夫なんだろうな?」

「何がだい? マグマちゃん」

「とぼけんな、あんだけ欲しい欲しい連呼するやつが誰かさんと衝突しねえはずがねえだろ。その辺りどうすんだって聞いてんだよ」

「まあ、ねえ、司ちゃんとの相性最悪ってのもうなずけるよねえ、あれじゃ。

でも、最悪の事態、司ちゃんとの正面衝突にはならないんじゃないかな? 多分だけど」

 

楽観的な言動に目つきがキツくなる。

 

「根拠のある話だろうなあ、そいつは」

「おお、怖い怖い、あんますごまないでよマグマちゃん。桜子ちゃんも言ってたでしょ? 他人の物を欲しがるタイプじゃないって。二人の雑談聞いてる限りだと間違いないと思うよ、あの評価は」

 

ゲンの言葉にいまいち納得がいかないのか、ふんと鼻を鳴らすマグマ。

とはいえこれ以上問いただす気もないようで今度は別の事を口にする。

 

「あいつらいつまでくっちゃべってんだ、船の設計図とか報酬の話をすんじゃなかったのかよ?」

「ああ、あれ? あれは多分ねえ……」

「ただいま戻りました龍水様、千空様。お待たせしてしまい申し訳ございません」

「ただいまー。ごめんね、料理で聞きたい所がある村の人たちがたくさんいてさあ、こんなに遅くなっちゃった」

 

ゲンがマグマの質問に答えようとしたその時、入り口が開きフランソワと桜子が戻ってきた。

桜子が言うようにかなりの時間がかかっており、もうすでに空は赤くなり始めていた。

実際村人達の夕飯の支度があるから解放されたようなものであり、明日以降もフランソワへの質問攻めは続くだろう。

そのフランソワは龍水の側に行きなにやら耳打ちをしている。

それを横目に見ながら桜子が千空の後ろへと回ろうとすると当の千空から待ったがかかった。

 

「おい、オメーはこっちだ」

「へ? そこはゲンの席じゃないの?」

 

指差されたのは千空の隣の椅子。

わざわざ二人が並べる大きさのテーブルを使っているのは、交渉役のゲンとトップである千空が並ぶためだと思っていた桜子は少し驚いた。

 

「なに、設計図を作れたのは千空の他に貴様の知識があってこそというではないか。功労者を差し置いて話し合いなどできんだろう? ましてやそれが美女であったのならばな」

 

放っておくなど罪であるとさえ言えよう、最後にそう付け加える龍水に反応はさまざまだった。

千空はウンザリとした表情を隠そうともせず、ゲンは肩をすくめて呆れ気味。

当の本人はほぼ無反応で、マグマだけがスッと目を細め分かる人にしか分からないぐらいに薄く剣呑な雰囲気を纏った。

分からない人筆頭の桜子は椅子に座りながら龍水を軽く嗜める。

 

「イタリア人でもあるまいし、息をするかのように歯の浮くセリフを吐くのは言葉を軽くしますよ」

「フゥン、手厳しいな。そういう相手を口説き落とす楽しみというものもあるが……、今はおいておくとしよう」

 

嗜められてもどこ吹く風といった感じの龍水。

とりあえず桜子が千空の横に座り、ゲンがテーブルの別の辺、千空と龍水の間に入れる場所に座る。

そして設計図についての話と、船長を引き受けるかの話し合いが始まった。

 

「まず設計図の話からいこうか、よくできていると言える物だ、これは。机上で考えられた物としては、だが」

「だろうな、俺らは船に乗った事すらねえど素人もど素人だ。本職の目からすりゃあ穴だらけだろうさ、そいつは」

「わかっているようでなによりだ、とはいえそこまで卑下するものでもない。俺が少しアドバイスをするだけで十分実用に耐える物ができるさ」

「おおっ! 高評価だねえ、ってことはどうかな? 船長候補って言葉からは……」

「ああ、候補という言葉を外してもらおう。この船ならば世界中を周るのに不足はないだろうさ」

「いや〜、よかったよかった。じゃ話はこれで終わりでいいかな?」

「ふふん、冗談が上手いな浅霧幻。重大な責任を負わせるんだ、当然報酬についても弾んでもらうぞ」

 

不敵な笑みを浮かべて見せる龍水にそらきたと身構える。

船の燃料はガソリンで賄う予定と書いておいたので予想では漫画と同じ……

 

「宇宙進出を果たした後、お前達には俺が率いる新七海財閥に入ってもらう。無論成功報酬で構わんし、無理強いはする気はない。どうだ?」

 

かなり違った、物ではなく者を要求、しかも目的を達成した後で、しかも選択権はこちらにあり。

この条件は破格も破格と言えよう、なんなら無報酬と言っても過言ではないかもしれない。なぜなら……

 

「アホかテメエ、んなもん終わった時に断っちまえば終わりじゃねえか」

 

思わずと言った感でマグマが口に出した通りである。

しかしこの場合には懸念する必要がない、少なくとも龍水はそう確信している。

 

「フゥン、そう思うか? 此奴らがグレーゾーンだからと信義に悖ることをする奴だと、本当に思うか?」

「グレーゾーンだからってルールの穴を掻い潜った事はあるけどねえ」

「その程度フランソワが調査済みだ、やらねばこの村の巫女が死ぬ事になっていたからだろう? つまり自らの良心に逆らえる人間ではない、少なくとも自分のためにはな!」

 

混ぜっ返そうとするゲンの言葉にも冷静に対応する。

数時間ほどの村人達からの話だけでそこまでやれるとは……

 

「無理と言った事がないってのは吹かしでもなんでもないって訳だ。別にその条件でもいいっちゃいいが、司辺りが断らない保証はできねえぜ?」

「問題ない、もちろん財閥に入ってくれるならば喜ばしいことだが、断られても仕方ないと諦められる。ああ、当然財閥の魅力を伝える努力は最大限した上での事だぞ。それで断られたのならば俺の魅力が足らなかっただけの事、文句を言うべき話ではない」

「うーん、司が入らないと求心力が大分下がると思うけど、いいの? 貴方自身でそれを補うのは可能だろうけど」

「その通りだな、だが、俺はこれが通るならばほぼ全員を財閥に入れられると確信している」

 

そこで一旦言葉を切り、スッと千空を、そして桜子を指差す。

 

「貴様ら二人が従うならば、中核メンバーはまず間違いなくついてくるからだ」

 

龍水のその絶対的な自信に満ちた言葉に男3人は無言を保つ。

一方桜子は首を捻っていた。

 

「千空なら分かるけど、……なんで私? 調査が偏ってない?」

「詳しく申し上げるのは控えさせていただきますが、間違いないと私も龍水様も判断しております」

「はあ、そうですか」

 

なんとも気の抜けた返事を返してから千空の方へ向き直し、提案をする。

 

「ねえ、千空」

「「「却下」」」

 

訂正、提案しようとした。

 

「まだ何も言ってないよ……」

「どうせオメーだけで満足してもらおうとかそういう話だろうが、ソッコー却下だこのボケ女」

「テメエはもうちょい大人しくしてられねえのか、お騒がせ娘! しまいにゃ首に縄引っ付けんぞ!」

「え〜とね桜子ちゃん、龍水ちゃんの狙いは世界中にできる都市へのふっか〜い影響力なのよ。君が行っちゃったらほっとけない人が大量についてっちゃうの、もうちょっとでいいから自分の影響力を認識して?」

 

見事なまでにフルボッコである。

そして、そこまでされてもまだ納得してないのか不思議そうに訊ねる。

 

「でも私だよ? そんなに気にする人多い?」

「「「いいから、もう黙ってろ(て)!」」」

「はい……」

 

これは今すぐに矯正は無理だと判断した3人から同時に黙るよう言われ、涙目になりながら頷く桜子。

それを龍水は愉快そうに眺めながら提案した。

 

「どうやらこの報酬案はお気に召さないようだな、ならば別の案もあるが、どうする?」

「是非とも聞きてえな、今度はこいつがアホなことを言わないやつで頼む」

「はっはー! その辺りは彼女次第だからな、保証は出来かねるぞ。別案としては次に見つけた油田とこの設計図の船の所有権だ」

 

相当ぼったくりな要求であるが先の要求よりいくらかましに思える。

そう思えるぐらいに先の要求は大きかったのだ、分かる千空にとっては特に。

端的に言ってしまえば先の報酬案を飲んだ場合、将来的に国より大きい財閥の誕生を認めることになるのだ。

当然の話だろう、これから作り上げる都市は自分達の影響を強く受ける、その自分たちのほぼ全員が所属する財閥が存在していたら? 結果など火を見るよりも明らかだ。

ゲンは経済に詳しくなく、桜子は自身の影響力を理解していないから両者には分からなかったのだろう。

正直そのまま鵜呑みにしたい気分であったが、確認すべきところは確認しなければならない。

 

「それ、俺らが使う場合はどうすんだ? お願いしますって言えば使わせてくれんのか」

「決まっているではないか、買うんだよ。石油は金で、乗船権は労働でな」

「つまり、船員以外は乗船を認めない、ってことでいいのかな?」

「後は明らかに手を抜く輩も強制的に下船させる。お客様になりたい奴は俺の船には必要ないという事だ」

 

厳しいように見えるかもしれないが、船長としてはむしろ当たり前のことを言っている。

船に乗っている間は全員一蓮托生だ、一人がさぼればその分誰かにしわ寄せがくる。

そのしわ寄せはいつかひびに、ひびは亀裂に、亀裂は破滅につながる。

そう考えればこの程度の要求はのまねばいけない類の物であろう。

石油を買わねばいけないというのは少々つらいが……。

 

「分かった、それで手をうつ。発見した油田と完成した船はテメエのもんだ」

「はっはー! 契約成立だな! これからよろしく頼むぞ!」

 

最後にガッチリと二人で握手を交わし契約成立となった。

 

「……私、今回邪魔にしかなってなくない?」

「桜子ちゃんは設計図の方で頑張ればいいから……」

 

桜子の涙目状態はしばらく続いたのであった。




仕事でちょっと体が疲れ気味のこの頃。
次回木曜日もしかしたら更新できないかもです。


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科学が千空の一番の趣味だぞ by大樹

100人の復活とその人達への演説も無事終わり、これから一気に船作り開始……とはいかなかった。

船作りだけでも拡大した際の微妙な差異や、エンジン作りのための鉄の確保、帆に使う布の作成などがあるし、100人分の住居の割り当てや食料の確保、戸籍の制作などなどやるべき事が山積していた。

 

「なんでまずはレーダー作りからだな、そんじゃあ最初に……材料の説明から入るぞ!」

 

なぜか後半某青狸を思い出させる高音で喋り出す千空。

それを聞くクロムとカセキは小声で大丈夫なのかと言い合う。

 

「千空の奴妙にテンション高えな、物作りが楽しいのは分かるけど高すぎじゃね?」

「ほら、あれじゃよ起こした百人の前で演説する羽目になっとったじゃろ? ストレス溜まったんじゃないのかのう」

 

千空としてもちょっとテンションおかしかった自覚がある。

なので一つ咳払いをして仕切り直す事にした。

 

「まずは三角フラスコと閃亜鉛鉱の粉末を用意する。んでこいつを水に溶かしてフラスコに入れておくと……底面に蛍光塗料が引っ付く」

「暗いとこだと光ったりするようになったわけだな、で、そっからどうすんだ?」

「真空管作る要領で熱電子を飛び出させるようにする。カセキ! 出番だぞ!」

「ほーい、任せておくれ!」

 

ちょいちょいと手早く装置を繋いでいきあっさりと作ってしまった。

 

「やるじゃねえかカセキ! 前見た時よか腕上がってんぞ!」

「たっくさん作った電球より楽じゃったもん、そりゃこのくらいにできちゃうわい」

 

因みにその電球は各自の家に取り付けられており、夜間の作業も可能になってたりする。

 

「お、フラスコの底面が一点だけ光るな」

「電子がぶつかった所は光るわけだ、んでそいつを水晶の板で挟んで、板に電圧をかけてやると……」

「点が線になったな」

「仕上げに縦方向も挟んで、そいつを電波のアンテナにつなげてやる」

「今度はグネグネと曲がってるぞい」

「おう、色々な電波を拾ってんな……? って電池が横にあったか、クロム、そこの電池配線付きっぱなしだぞ」

 

動くはずがないんだがと訝しみ、目線を動かしそれに気づいた千空。

彼が指差した先には電池が確かに配線がくっついた状態で転がっていた。

 

「おう、転がった拍子にくっついちまったのかな。……なんで気づいたんだ、千空の後ろにあったよなコレ」

 

電池を拾って片付けながらふと疑問に思って口にする。

 

「今作ったこいつの機能がそういうもんだからだよ、この後ろのコイルに電波が当たるとフラスコの底面……画面に反応が出るのさ」

「おほ? つまりはどういう事?」

「こいつがあればなんでもスッケスケに見通せるってわけだ、繋げるもん変えりゃ空でも海でも地中でもな」

「なんでもスッケスケ……」

「銀狼なら喜びそうな言葉じゃのう」

 

千空の説明に何か引っかかる所があるのか真剣に考えだすクロム。

やがて考えがまとまったらしく、真面目な顔でこう切り出した。

 

「なあ千空、こいつちょっと使わせてもらってもいいか?」

「ああ、かまわねえぜ。思いついたことを存分に試してこい」

 

クロムの申し出に即座に快諾する。

目を輝かせて飛び出していくクロムを見送りながらカセキが不安そうにつぶやく。

 

「銀狼じゃあるまいし変な事には使わんと思うけど、大丈夫かのう?」

「大丈夫だろ、既婚者だってのに奥さんほっときすぎだって周りから愚痴が出るぐらいなんだからよ」

 

ちなみにその話を千空にしたのは疲れたような顔の桜子で、言ったのはターコイズだそうである。

 

「クロムが行っちまったが俺らは次の物作りにはいろうぜ、作りてえ物はまっだまだたくさんあんだからよ」

 

自動車にモーターボートにケータイに印刷機に、他にも色々指折り数える千空の眼は初めて見るぐらい輝いていたと後にカセキは語った。

 

 

「何か聞きたいことでもあるんです? 龍水さん。チーム分けの件なら各チームのリーダーにお願いしますね」

 

100人分の戸籍作りと簡単な家割りの地図を作成中の桜子の元に龍水が訪ねてきたのは、船作りのための作業分けとチーム分けが終わった後しばらくしてからであった。

 

「聞きたいことなど既に察しているだろう? まずは油田の詳しい位置情報だ、採掘しようにも場所を見つけなければ話にならんからな」

「教えてもいいですけど対価はどうするんです?」

「ほう? 見つからなければ困るのはそちらだと思っていたが?」

「だって石油を買わなきゃいけないんですもん、とれる時には取らないと」

 

しれっとそう言ってのける桜子ににやりと笑って見せる龍水。

一つ指を鳴らした後、懐から紙を取り出しそこに何やら書きつけて桜子へと渡す。

 

「確かに俺としても必ず見つけたい物だからな、この金額でどうだ?」

「はい、大丈夫ですよ。じゃあメモの用意は? OKですね、北緯34度42分00秒、東経138度09分37秒です」

 

龍水が渡してきた紙、小切手に書かれている額を一瞥し座標情報を話す。

龍水はメモに書いてそれが間違っていない事を桜子に確認した後面倒そうに愚痴を口にした。

 

「まったく、せっかくの金を使えんのは面倒で仕方ないな。そちらの言い分も理解できるが本当に少しでもやってはいかんのか?」

「お金には魔力がありますからね、馴染みのない村人にならともかく旧世界の人たちにはまずいんですよ。お金稼ぎにのみ奔走するのはまだマシな方で、最悪犯罪に走る人間が出ますよ? そうなったら村人との間に確実に亀裂が入ります、それが原因で人類全滅なんて笑い話にもなりません」

 

龍水の報酬決定の後の話になるが、すぐの紙幣の発行はやめておくべきだとなったのだ。

なぜなら桜子の言う通り金銭への慣れの違いからだ。

金銭感覚の違いから詐欺のしやすさは旧世界とは比べ物にならないだろう。詐欺被害なぞ旧世界ではありきたりであったが、村ではなかったと言っていい。

つまり慣れが違う、初心者と中級者でやれば当然中級者の方が勝つに決まってる、だからこそ金銭のやりとりを停止中なのだ。

詐欺が起こり、そこから村人と復活者との軋轢が生まれでもしたら目も当てられない。

なので少なくとも村人と復活者の間に仲間意識が生まれるまでは金銭取引は龍水と中核メンバーの間に限り、それも支払いが許されるのは龍水一人だけと決まったのだ。

 

「経済とは流れてこそ、金は天下の回り物で血流にも例えられる、まずは大量に発行し流通させることが肝要だ。

流通させるにも時間がかかる、早く始めれば始めるほど良いとは思わんか?」

「思いませんねー、血流なら余計コントロール下に置かないと。

高血圧が原因で病気になるなんてよくある話じゃないですか、早すぎる実施はこの共同体の寿命を著しく縮めます」

 

そのせいで龍水は漫画のような贅沢な生活をできず、他の家と大差ない家に住んでいる状態だ。

それでも他の人は複数人で暮らしているのでフランソワ付きの一人暮らしは十分贅沢であるが。

 

「俺は欲しいを我慢するなぞ性に合わんのだ! せめて家は三階建てぐらいにはせんとくつろげん!」

「中核メンバーにならいくらでも払えるんですからそちらにどうぞ、大樹やマグマに交渉出来ればそのくらいなら数日で出来上がりますよ」

「分かってて言っているな貴様、大樹は杠チームの柱で一番忙しく走り回っていて、マグマも復活者との交流……というか手合わせか、あれは? とにかく、こちらの手伝いなどできる状況にないだろうが!」

 

そう龍水が言えば桜子は困ったように笑うのを見て龍水は思った、ああ、この流れは知っている。

こういう顔をした人間が次になにを言うのかは飽きるほど見てきた。

『我慢してください』だ、何人もの人間が言ってきたから間違いない……

 

「それじゃあできる状況になるように手伝ってあげてください」

 

違った。

意外そうな顔をしているのがおかしかったのか、軽く吹き出す桜子。

 

「だって貴方は大人しく待ち続けるタマじゃないでしょう? ならそれが一番早いし確実ですよ」

「その通りであるし、そうするのが俺の性に一番合うが……、貴様はなぜその発想に至った? フランソワの分析によれば貴様はこのような場合我慢するタチであったはずだが……」

「うーん、さすがは一流の執事、正確な分析ですね。でもこれって受け売りなんですよ、千空からの」

 

なんでも髪が痛むと愚痴った時に『ならケアできるぐらい余裕ある状態になるようとっとと動け』と言われたらしい。

 

「愚痴ったって今が変わる訳じゃねえ、んな事いう暇あったら満足できる状況を作る方が早えんだよ……とも言ってました。それで、龍水さんはどうされますか?」

「フゥン、安い、安い挑発だ。どうにも貴様らは俺を焚き付ける方針のようだな。だが、いいだろう、貴様らだけのためではなく俺自身のためにもなるからな、乗せられてやろうではないか!」

「ありがとうございます、それじゃこれで聞きたい事は全部ですよね」

「ふむ? まだ一つしか聞いていないが?」

「聞きたい事は千空の事、でしょう? 後は見てればいいですよ、貴方の期待以上のものを見せてくれますから」

 

指を鳴らし満足気に口角を釣り上げる龍水。

しかし、疑問が一つ浮かぶ。

 

「報酬交渉の時とは随分違うな、あの時は抜けた人物という評価だったが今は大分切れる印象だ。まさか三味線を引いていたのか?」

「ああ、それは簡単な話ですよ。違いは準備できてるかどうかってだけです」

「準備?」

「ええ、今回のこれも有名人な貴方の事をしっかりと分析したから対応できてるだけでして」

 

それだけではない、そう龍水のカンが囁くが同時にここで問い詰めても答えは返ってこないだろうとも囁く。

 

「くくっ、やはり貴様はよい人材だな。貴様の自由意思で俺の新七海財閥に来る気になるようせいぜい努力させてもらおう」

 

フランソワからの報告で最初から有為の人材と認識していたが今回の会話で自身もそう確信できた。

それゆえの本気の勧誘であったが残念なことに本人には全く届いておらず、そのことが少々歯がゆく感じる龍水であった。



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船作り開始前に……

投稿開始から一年……長かったような、短かったような不思議な気分です。
完結までエタらないように頑張りますのでこれからもよろしくお付き合いお願いします。


桜子と別れた龍水が向かったのは千空のいるラボ。

ラボといっても旧世界で想像される物とは違い、ほぼただの小屋であるが。

そこで龍水が見たものは大量に設計図を書いてゆく千空とそれを見て大興奮するカセキであった。

 

「どういう状況だこれは?」

「うん? 確か……龍水、じゃったっけ? どうしたのこんな所に? ワシらに何か用事?」

「いや、六分儀を作って貰おうと思って、な」

 

実際には千空の動向を見て、期待できるかどうかの予想材料とするつもりであったが……。

値踏みしにきたと言われて気にしない人間は少数派だ、正直に言うのは避け、表向きの理由を話す事にした。

 

「六分儀? ああ、桜子から座標情報買ったのか。俺の手作りの奴があるが……海でも使うからどうせなら精度のいいモンが欲しいな。すぐに探しに出ねえなら一日ありゃそこそこぐらいのモンはできると思うぜ、どうだ?」

「ふうむ、先にその手作りの物を見せてもらえるか? 使い物になるならばそれを使えばいい話だしな」

 

龍水がそう答えると若干残念そうな顔で腰の袋から六分儀を放る千空。

受け取って早速物をチェックし始める龍水。

 

「フゥン、まあ確かに本格的に航海するには不安な代物だな。大雑把に自分の位置を知ることぐらいは出来ようが……特定の座標に行きたいとなると、な」

「お! なら新しい六分儀作るか? さっきも言った通り明日ぐらいにゃ渡せるぜ」

「現金な事だな、売りつけられるのがそんなに嬉しいか?」

 

龍水の言葉に怪訝な顔をする千空だったが、少し考えて思い出したような声を上げた。

 

「ああ、そういや石油買わなきゃダメだったな。作るの楽しすぎて忘れてたわ」

「重要な事じゃないの、それ? 桜子ちゃんとかゲン辺りすっごく必死になって考えてなかった?」

「あの二人がいんなら大丈夫だろ、今必要なもんあったら言ってくるだろうしな。そもそも物作りに集中してろっつったのはあいつらだし、こうしてる事に問題なんぞねえさ」

「その態度は横着からか? それとも信頼からか?」

「はっ、口先で信頼っつうだけで信じる奴はいねえだろ。それを知りたきゃしっかり見極めてきな、元々それが目的だったんだろ?」

 

態度に出したつもりはないし、当然口にもしていない本当の目的を言い当てられる。

常人であったら気後れぐらいするのだろうが、生憎そんな可愛げのある男ではなかった。

むしろこれは期待できそうだと笑みを深める。

 

「ではお言葉に甘えて見極めさせてもらおうか、俺の期待を裏切ってくれるなよ?」

「安心しろよ、既にこのストーンワールドで生まれた連中に、一生かかっても見られなかったモン嫌って言うほど見せるって約束してんだ。テメエの期待以上のモンも一緒に見せてやるよ」

 

そう言って笑顔で握手を交わす二人。

尚、側から見ていたカセキによると二頭の肉食獣が牽制しあっているようにしか見えなかったとの事。

だが、数時間後には意気投合する二人を見て、これは大丈夫、親友同士になれそうだとも言ったと言う。

 

 

さて、今さらではあるがこの日の各人の行動予定を説明しよう。

まず桜子は戸籍等の作成、千空らは必要な道具の制作、自由行動なのが龍水とゲン、杠チームは服用の布作成及び原材料集め、ニッキーは村の子供達に歌のレッスンを施し、フランソワは希望者への料理教室、そして戦闘メンバーと手隙の村人、杠チーム以外の復活者達は広場に集まっていた。

そして色々と動き回っていたゲンが広場へと来たのはちょうど大きな歓声が上がった所であった。

広場は復活者達の住宅地のすぐ近くにあり、先日千空が演説した場所でもある。

今日は復活者達と村人達の親睦を深める目的で色々やろうと言う話であったが……、

 

「これどうしたの羽京ちゃん? なんかゴイスーな盛り上がりだけど」

「ああ、ゲン。もう少し早く来てればいい場面が見れたのに惜しかったね」

「まあこの大歓声を聞けばそうだろうと思うけど、何があったのか教えてもらっていい?」

 

教えてとは言ったがゲンにはなんとなく予想ができていた。

なぜなら視線の先、広場に集まった皆の円陣の真ん中ではやられたという表情の司と、勝ち誇るコハクの姿があったからだ。

 

「まあ、君の想像通りだよ。コハクが司に一撃を入れて、時間切れまで逃げ切った所さ」

「なるほどねえ、司ちゃんが判定負けとはいえ負けた所なんて聞いたことないもんねえ」

 

そりゃ盛り上がるか、と納得するゲン。

だが、今度は別の不安が出てくる。

 

「ポット出にしか見えないコハクちゃんに負けちゃったりして大丈夫? 司ちゃんのカリスマ傷ついたりしない?」

「それは大丈夫だと思うよ? だってコハクちゃんが20人目の挑戦者だったからね」

「さらに言うならその試合内容もけちの付け所のない圧勝ばかり、あれを見て侮る者は相当の大物か愚物だろうな」

 

羽京と二人で話しているところに口をはさんできたのはガッチリとした体格の男。

この人は確か……

 

「えーっと、海上自衛隊の後藤さん、だっけ?」

「そうそう、寮で一緒に暮らしてた僕の先輩さ。ちなみにお祖父さんが陸将だったらしいよ、後藤さん自身もこの若さで三等海佐だしエリートの一族だね」

 

そう紹介されるとゲンに無言で敬礼をした後、羽京に向き直る後藤。

 

「羽京、それらはもはや関係ない。俺たちが仕えていた、守るべき国はもうないのだ。そこでの階級など無意味でしかない」

 

その物言いに苦笑するしかない二人。

目線のみで『かなりお堅い人?』とゲンが問えばそっと頷いて肯定する羽京。

 

「でも珍しいですね、先輩が紹介の前に話に入ってくるって。やっぱり試合の興奮冷めやらずに、ってところですか?」

 

ゆっくりと頷いて肯定する後藤にゲンが続けて質問する。

 

「圧勝ばかりだって言ってたけど、そっちの試合内容はどうだったの?」

 

やはりこれにも頷くだけで答える後藤に羽京が少し慌てて否定を入れる。

 

「あの内容で圧勝って言われたら司が困りますよ、秒殺されなかったの復活者側だと先輩だけなんですから」

「……だが、手も足も出なかった事は事実だ」

 

秒殺って、と半ば呆れながらもさらに詳しく聞いていく。

 

「他の人の試合内容はどうだったのよ? かなり凄かったみたいだけど……」

「凄まじかったよ、ほぼ一撃で仕留めてたしね。二撃以上かけたのって、先輩以外だと金狼とコハクちゃんだけじゃなかったっけ」

「それはまた……、挑んだ方が弱かった訳でもないんでしょ?」

「もちろんだ、以前であったら彼相手でもこのルールで判定勝ちをもぎ取れる可能性のある者達ばかりであった。だが、彼はどうやら一皮剥けたようでな、皆あっさりと負けてしまった」

 

司ちゃん強くなったんだねえ、などと呑気に言って見せるゲン。

視線の先では何やら司がコハクに言われたのか困った顔で両手をあげて降参の意を示している姿が見える。

ただでさえ強かった司がさらに強くなった上に親しみやすさも手に入れて最強に見えるといった所だろうか。

尚、ここまでの会話を周りに聞かせるためのものであったのだと羽京が気づいたのは、マグマや金狼に頭を下げて挨拶する復活者組を多数見た時であった。

 

「司ちゃんのカリスマに傷がつくと本気で困るからねえ、ま、マグマちゃん達が強さを示してくれたから必要なかったわけだけど」

 

その件を後日訊ねた時に飄々とそう答えるゲンの姿を見て、彼が敵に回ることがなくて本当に良かったと羽京は心から思ったという。

 

 

なぜ司が降参の意を示していたか? それを説明するには少々時間を遡る必要がある。

試合の直後、司の方はコハクとの試合結果に少々怫然としていた。

なぜなら視界の片隅にはニヤニヤ顔のマグマ、そして正面には全開の笑顔のコハクがいるからだ。

いや、彼女の笑っている顔は嫌いではない。ないが、少し勝ち誇りすぎではないだろうか?

 

「よし、今日の試合は私の勝ちだな司!」

「そうだね、約三分の試合だけど君の方が多く有効打を当てる事ができていたよ、うん」

 

あの一瞬で進路を変える技があそこまで厄介だったとは思わなかった。

おかげで最初の一回では避けきれず腕に一撃をもらってしまい、その後も捉えきれずにいる内に砂時計の砂が落ちきってしまったのだった。

 

「素晴らしい技を身につけたねコハク、悔しいけど今日の試合は俺の完敗だよ」

「ふふん! そうだろう、そうだろう! 今日勝ったのは私だぞ!」

 

勝った勝ったとはしゃぐコハクに再び怫然となる司。

 

「負け惜しみにしかならないのを承知の上で言わせてもらうけどね、もう三分あれば捉える自信あったよ」

 

だからそこまで勝ち誇るのはどうなんだい? そういうとコハクはキョトンとした顔をした後慌てて詰め寄って来た。

 

「待て待て待て! まさか試合前の約束をなかった事にするつもりではないだろうな! 流石に認められんぞそれは!」

「約束?」

 

今度は司がキョトンとする番であった、そしてその反応にコハクは激しく怒り始めた。

 

「言ったではないか、もしも自分に勝てればなんでも言う事を聞くと」

「いやいや、なんでもとは言ってないよ。多少以上の事は聞くと言ったが、できない事もあるのだし」

「つまり、多少程度なら良いのだな?」

 

ニヤリと笑うコハクに試合前の迂闊な発言を後悔する。

皆が挑みやすいように分かりやすく目の間にニンジンをぶら下げただけのつもりだったのだが……。

まさかコハクやマグマ、金狼までがやる気満々に自分にかかってくるとは思ってもみなかった。

コハクや金狼に関してはマグマが勝っていたから自分としても負けられないので挑みかかられるのはいい。

村最強という事で挑戦を受ける側だったマグマがこっちに来ようとしているのはいかがなものか……。

いや、今はそれはいいのだ、マグマよりコハクの無茶ぶりに対処しなければ。

 

「本当に多少程度で頼むよ、さっきも言ったが出来ない事は出来ないんだから」

「大丈夫だ、難しい事を要求するわけではない。何せ、君の判断一つで決められる程度の事だからな」

 

片目をつむって指を振りながら上機嫌でそうコハクは司の懸念に答える。

まさか、保留にしているどちらを選ぶかの話か?

自分の優柔不断が原因ではあるが、もしそうなら頭を下げてでも別の願いに変えてもらわなければならないだろう。

いよいよコハクが要求を口にする、知らず知らずのうちに緊張しゴクリと唾をのむ。

 

「明日あたりから、君は何人かを連れて探しに行くのだろう? 誰よりも大事と言った君の妹を。私もそのメンバーに加えて欲しい、それが私の願いだ」

 

一瞬呆けてしまう、彼女が来てくれれば心強い、素直にそう思うが……彼女が必須な事ではなかったから別の作業に回る予定であったはず。

 

「私がやる予定の事ならば気にする必要はないぞ、代わりにやってくれる人は見つけてあるからな」

 

コハクがいう代わりの人に心当たりが浮かぶ、まさかグルかと思いそちらに目を向ける。

審判をしていた氷月はそっぽを向き、マグマは笑みを深め、金狼は珍しくしてやったりな顔をしていた。

 

「根回しなんていつ覚えたんだい、確かこの後はマグマも挑んでくるし……最後はどうせ氷月が挑んでくる予定だろう?」

「ふふん、私だって色々学んでいるという事だ。で、私の願いはかなえてくれるのか?」

「未来を起こすのはこちらに戻ってからの予定だよ、顔を見たいのならそれを待ってもいいんじゃないかい?」

「それは違うぞ司。私は君の妹に会いたいと言っているのではない、君を妹に会わせたいといっているのだ」

 

黙って両手を上げ降参の意を示す、どうにも今回は勝てない流れらしい。

だが、悪い気分ではない。

コハクのはじけるような笑顔を見ながらそう思う司であった。




一周年記念&エイプリルフールってことでif書こうと途中まで書いてたけどお仕事疲れで間に合わず。
もし書き上げられたらこっそりどっかに置いときます。



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船作り開始前に……②

・銀狼の一日

 

銀狼の朝は早い。

まだ日の登らぬ内に寝床から隣の金狼を起こさぬように静かに抜け出す。

そして昨夜のうちに用意しておいた、簡単に食べられる物を口に放り込み朝食代わりとする。

誰にも見つからないように、誰も起こさないように抜き足差し足で静かに家の外へ……、

 

「おはよう、銀狼君。今日も早いですねえ」

「うえええ!! 氷月! なんでもういんの!」

「毎朝毎朝早起きして逃げ出そうとすれば当然対策されるに決まっているでしょう、本当に学習能力が足りませんねえ」

 

そして外で張っていた誰かに捕まり朝練へ。

今日は氷月に捕まり、餌をぶら下げられた平仮名習得みたいにやればできるんですから真面目にやりなさい、などとお小言を貰いながら首根っこひっつかまれて連れられて行く。

そのまま朝食の準備が整うまで型稽古、朝からボッコボコでは見てる方が痛いとの抗議を受けたからである。

朝食の後は朝稽古でフラフラであるため、食休みも兼ねて一時間ほどは座学の時間となる

読み書きには並々ならぬ情熱を燃やすため計算と読み書きの勉強の割合は2:1。

それでも読み書きの成績の方がよいのは明らかにやる気の問題であろう。

座学が終わるとペアを作っての打ち合い稽古。

辛い順に氷月、金狼、アルゴ、その他の村人となるためほぼ毎回アルゴと組もうとするが(他の村人はそもそも組んでくれないため)大体氷月か金狼に捕まる。

 

「喜びなさい、今日は一日私が見てあげましょう」

「やだー!! 死んじゃう奴じゃん、それー!!」

 

ここでボッコボコにされるがそこは流石に達人の氷月。

後に残る事は一切なしでただひたすらその場で痛いだけで済むようにしてくれる。

昼食までこれが続き精も根も尽き果てる。

そのため一時間程休憩と自由時間を与えられるが……、彼はそこで大人しく休むようなタマではない。

そっと見つからないように抜け出し遠くへ遠くへと逃げて行くのだ。

おかげで午後は鬼ごっこ(遊びは一切なし)が強制的に開始される。

これによって足腰や注意力、隠密力が上がるという名目ではある。

尚、捜索側の鬼は大分ガチで行うので見つかった場合銀狼は割と酷い目にあう。

それでもまだ逃げ出し続けるのだから別方向に根性があるようである。

鬼になるのは大抵午前の打ち合い稽古の相手であるので本日は氷月が担当。

ほむらの協力はなしであるが……一時間持たず捕まるのが通常である。

 

「何で僕の居場所がすぐにバレるの〜」

「君の性格を考えればすぐですよそんなもの。もうちょっと工夫を凝らしなさい、私の鍛練も兼ねているのに効果が上がらないではないですか」

 

捕まった場合ペナルティ付きで夜まで稽古である。

誰が鬼かでペナルティは変わるのだが、金狼やアルゴの場合は実戦形式の試合で何本か取るまで試合づけ。

他の村人の場合日が暮れて皆が夕飯を終えるまで形稽古(横で氷月か金狼も一緒にやるのでサボれない)。

そして氷月の場合は……

 

「では、いつも通り私に一撃当てるまで打ち合い稽古です」

「やだー! 絶対当たらないじゃん! この間コハクちゃんが初めて当てたって自慢するぐらいじゃんかあ!」

「逃げ出して捕まるからこうなるといつも言っているでしょう? 逃げなければ走り込みと形稽古だけで済むというのに、本当に学習能力が足りませんねえ」

 

逃げなければ夕飯の支度が始まる頃には切り上げるので、まず間違いなく逃げない方が楽なのだが……彼は懲りない。

今日もボッコボコのボロ雑巾状態になるまで打たれ、冷めた夕飯を食べてからの就寝である。

『辛いよう』とよく彼は愚痴るが、普通にやればそこまで厳しくされない事に気づいているだろうか?

今夜もこっそりと朝食代わりの保存食を隠している所を見るに気づいては無さそうである。

彼の性格矯正が成る日は遠い。

 

 

・そ〜らを自由に飛びたいな〜、『気球作るか』

それは何気ない龍水の一言から始まった。

 

「千空、この辺りの地図はあるのか?」

 

彼としてはその言葉はきっと油田探索のためとしか考えていなかっただろう。

だがそれに対する千空からの答えが彼の欲望に火がつくきっかけとなった。

 

「大雑把な、中世の庶民レベルの物だけだ」

「実用には耐えん物だけという訳か、地形の把握は重要だろうになぜ放置を?」

 

ピクリと眉を動かし不可解である事を全身で示しながらもそれに対する答えは想像がついていた。

 

「時間と人手の問題だな、分かっちゃいるが後回しにしてもまだ問題がある段階じゃねえって事だ」

「やはり、か。だが、これからも人を増やすのならば建物の建設地の選定に地形の把握は必須だぞ」

「ああ、テメエの言う通りだ。仕方ねえから地図作りに必要な道具を作っていこうじゃねえか」

 

最もらしく理由を語る二人であるが、その目が欲望に染まっているのが横にいるクロムにはよく分かった。

 

「待て待てオメーら、人手増えたっつってもやる事も増えてんだから結局余裕なんかでてねえだろ」

「そりゃ確かだな」

 

このまま暴走させると不味いのでは、そう思って口を挟むクロムに頷く千空。

梯子を外された感がある龍水としては不満を覚えるが、千空の顔を見てその不満を捨てた。

 

「だが地形の把握はしたい、そういう顔だな千空よ」

「流石船乗りだな、カンが鋭いじゃねえか。つまり、大雑把に全体像を見れりゃいい訳だ」

「?山の上にでも登んのか? それやって俺が地図描いたんだから、あれ以上詳しくは難しいと思うぜ?」

「高い所から見るってのはあってるが山の天辺からじゃそれが限界だろうな、だからもっと近くでそれ並みにすんだよ」

 

そう応えながら千空の手は忙しなく動き、一枚の設計図を書き上げる。

 

「気球を作って上からみりゃ地形の把握なんざあっという間だ!」

 

その言葉に目をキラキラさせ始める二人。

実はこの二人新しい物に目が無いという点で気が合うのかもしれない。

 

「大量の布が必要って事は、ちょうど杠達がめっちゃ作ってんじゃねえか!」

「はっはー、ちょうどいい! 必要な量を買い取ろうじゃないか!」

「よっしゃ、善は急げだ! 杠チームのとこへ行くぞ!」

 

 

「ダメ」

 

意気揚々と杠の元に来た3人であったが、にべもなく断られてしまった。

 

「ダメって、もうちょい話を聞いてからでもいいだろ。んなけんもほろろに断らなくても……」

 

子供が小遣いを欲しがるのを断るかのような一蹴ぶりに気圧されつつも説得を試みる。

だが返って来たのはにっこりとした笑顔と断固たる拒否のみであった。

 

「気球を作りたいんでしょ? って事はたっっっくさん布が必要だよね?」

「う、うむ、その通りだが……」

「それだけあったら何人分のお洋服作れると思ってるの! ダメったらダメです! みんなのお洋服が先! 急ぎじゃない気球作りは後にしなさい!」

 

まるでお母さんに遊んでばかりな事を叱られた子供のように小さくなっていく連れの二人。

これでは気球作りが中止になると思った千空は慌てて交渉の矢面に立つ。

 

「待て待て待て! 地形の把握はいつかしなきゃ不味い事ではあるんだ、遊び目的じゃねえんだから妥協点を出してくれ! 完全にNOってのは勘弁しろ!」

「む〜、そうだねえ……」

 

悩む杠にまだ交渉の余地ありと安堵しつつも更なる説得の材料を探す。

ふと部屋の片隅に積まれている布が目に入り、コハクやニッキーが織り機の練習をしていた話を思い出す。

もしあの布がそうならば……

 

「服用の布なら通気性が必要だろ? 気球用なら逆に通気性が悪い方がいいんだ、そういう失敗した奴をくれねえか?」

「まあ、織り機の練習で作ってもらったのとか張り切り過ぎでそういうのも出てるけど……」

 

杠の目線がその布の山へと動いたのを見て確信する、これならいける!

 

「そういう奴をあるだけでいい、分けてはくんねえか?」

「まあ、遊ぶのが目的じゃないし、お洋服に使えない布だけなら、いいよ」

「よっし、んじゃ悪いが貰ってくぜ!」

 

交渉成立ー、とクロムと龍水の二人とハイタッチを交わし大喜びで布を持ち出す3人であった。

 

 

「量が、足らねえぇぇ!」

「マジでか!」

 

杠チームの作業場のすぐ横で布の量のチェックを終えた千空が叫び声を上げる。

結構な量があったように思えた布の山であったが、それでも必要な量には届いていなかった。

 

「広げる前の気球は見た覚えがないが……、そんなに足らんのか千空?」

「この布の量じゃ精々500立法メートルぐらいだな。んで、男3人乗りって考えりゃせめて2000、悪くても1800は欲しい」

「4分の1って事は……一人分も無理って事かよ!」

「布自体の重さや空気を温める装置を考えるなら、無念だがすぐには不可能と結論づけざるを得んか……!」

 

残念だが龍水の言う通りすぐに自分達が乗れる大きさの気球作成は不可能だろう。

 

(ならどうする? 必要なのは布の量、それを揃えるには人手がいる、それも進んで動く連中が、だ。

それをやるには気球の魅力を見せる? 浮かんでいるだけじゃ珍しくも何ともねえ、旧世界じゃアドバルーンもあったんだ。

ならどうやって目新しさを出す? やっぱ乗れるって事に魅力を感じさせなきゃ無理だ。

だが浮力が足らねえ、気球本体の重さを考えたら乗れるのは精々40から45か?

子供ぐらいしか乗れねえ上に一人だけで? 危なっかしいって反対されるのがオチだぞ。

その体重で乗せて有益な結果を出せる奴なんざ……)

 

「杠ー、必要な洋服のサイズまとめ終わったよー。書類どこ置いとく?」

「ありがと、桜子ちゃん。ちょうど手が空いたから自分で置くから大丈夫だよ」

 

いた。

 

「千空? 何でそんな邪悪な顔してるの? ちょっと? どこ連れてくの?」

「いよっし、乗員確保! 気球宣伝作戦練るぞオメーら!」

「「了解だ!」」

「説明してからにしなさい~!」

 

 

「なるほど、気球用の布が足らないから魅力を宣伝して、乗りたがる人が増えれば布作りも順調にいくはず……でいいのね」

 

ラボの前まで拉致られてようやく説明を受けた桜子はその行動力に呆れかえっていた。

 

「オメーならこの少ない量の布でも飛ばせるだろ、それで興味引けば後は芋づるだ。空を飛ぶ機会なんざ旧世界でもそう多くなかったかんな」

「でも風を読むなんて無理だよ? 素人がぶっつけ本番で動かせる物じゃないでしょ」

 

最もな疑問だがその程度は想定済みとばかりにチッチッチと指を振る。

 

「オメーがやるのは火力の調節と周辺地形の記憶だけだ」

「どうゆう事?」

 

訳がわからないと眉を顰める桜子に千空はニヤリと笑い完成予定図を広げて見せた。

 

「どうゆう事?」

 

それを見てこぼしたのは先程と同じ言葉だが意味はまったく違った。

前のものは説明を求めてのものだが今度のは何考えてこうしたのという意味を含んでの言葉だ。

その完成予定図には空気を溜める球皮やバーナーはそのままだが、バスケット部分は狭く一人でいっぱいになる大きさ、リップパネルがなく当然クラウンロープもない、そして異様に長い下側に伸びるロープ、といった物になっていた。

 

「何でバスケット部分こんなに狭いの?」

「乗せられるのが一人だけだから軽量化のためだな、無理ならいっそ限界まで削っちまえって事だ」

「リップパネルがないんだけど?」

「切り貼りすりゃ当然布面積余計に使うかんな、節約のためだ」

「熱気排出できないんだけど?」

「おう、する必要ないからな」

「どうやって降りるの?」

「分かってんだろ?」

 

プルプルと震える指でロープを指す。

 

「引っ張って?」

「yes!」

 

無駄に良い笑顔で無駄に洗練された発音の英語で答える千空。

 

「アホかー!! 私は観測気球に取り付けられる観測機器かー!!」

「おう、発想の大元はそこだな。安心しろ、使用高度は50mから100mぐらいの予定だからな。パワーチームの連中なら一人でも引っ張って戻せるぜ」

「何一つ安心できないよ! 少しでもバランス崩したら地面に真っ逆さまじゃない!」

「それを防ぐための安全ベルトとその狭さだな、ついでに使用するときはパワーチームのうち三人以上いる時だけにする。三人いりゃ200㎏超えるだろ、勝手に飛んでいかねえようにするおもりの役目も兼ねるわけだ」

「意外と考えてたんだ……」

 

そう言って乗ることを了承するか悩み始める桜子。

それらを横から見ていた龍水は突っ込むべきかどうか悩みながら隣のクロムに小声で訊ねた。

 

「なあ、アレは大丈夫なのか? あの調子ではうっかり変な輩に騙されかねんぞ」

「あー、アレな。あれは千空が本気だからああいう対応なんだよ、ああ見えて騙そうとか揶揄おうとする気配には敏感なんだぜ? あれ見てると信じらんねえだろうけどな」

「そして、千空の方は本音で語れば無下にしないと理解しているわけか」

 

ここ数日間千空を観察してきたがどうやら結論を出してよさそうだ。

 

「この集団は良いリーダーに恵まれた! 俺のカンが言っている、まだまだこいつらは大きく伸びるぞ、とな!」

「当たるんだろ、船乗りのカンって奴は」

 

キメ台詞を先に言われおやっという顔の龍水に悪戯小僧の笑みでサムズアップをするクロム。

それに生意気なと呟きながらいい笑顔でサムズアップを返す龍水であった。

数日後一人用気球に乗っけられ空からの眺めを説明させられたり、地図を書かされる桜子の姿があったそうな。

ただし、楽しそうに、であるが。

 




小ネタで刻んでいくスタイル、展開に詰まり気味だとなりがちです(切腹)

ゲン相手だと見破れないらしいですよ>桜子の察する能力


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Xeno Houston Wingfiled氏について

この頃の石神村の夜では一つの習慣がある。それは、

 

「こんばんは、REI。今日は宇宙で何かあった?」

「こんばんは桜子。今日は資源回収用のレイゲリオンが一機戻りまして……」

 

ISSが通信可能範囲に入ったら誰かが通信機を使いREIとお話しをするというものだ。

今日は桜子だけが通信しているが、日によってはたくさんの子供達が賑やかにおしゃべりしていたり、千空やクロムが熱心に宇宙の様子を聞いていたりする。

これはREIの成長を促すのと村人の通信機への慣れを目的として行われているもの……ではあるが、REIが地上と繋がって居られるように、という千空の気遣いだろうとは大樹の言である。

実際これによってREIの存在は完全に受け入れられていて、村人達の宇宙進出計画へのモチベーションの一つとなっている。

基本的に通信の担当はローテーションでやっているが、担当日以外でも通信に参加する人は多い。

お陰でREIの語彙は大分増えているようである。

 

「そういえば、桜子に質問があるのですが」

「ん? 何かな、私に関連する事?」

「はい、千空が言っていたのですが、桜子はマッチなのですか?」

 

……余計な言葉まで覚えてしまうのはご愛嬌である。

 

「マッ……! REI、それ千空はどういう状況で言ったの?」

「? はい、気球作成の話をしてくれた時に重量制限のため桜子を乗員に選んだ理由を聞いたのですが、『マッチみてえな体型だからなあ、あいつ』と言っていました」

「それで千空に理由を聞いたけど、答えてくれなかったから私に聞いたわけね?」

「はい、その通りです」

 

一度大きく息を吐いて気持ちを落ち着かせる。

REIに悪意はないのだ、感情のまま怒ったりしては可哀想である。

優しく諭すようにしなければならない。

 

「主にもやしと呼ばれているそうですが、マッチとどちらが正しいのでしょうか?」

 

千空は後で締める、REIの教育に悪いから言葉使いに気をつけさせなければならない。

そう、決して自分の体型を揶揄された事が怒りの原因ではないのである。

 

「いい、REI。そういう人の体を例える言葉は大抵の場合悪口、相手の気分を害する可能性が高いからあまり使っちゃだめよ」

「そうなのですか?」

「そうなの、人間は自分の体を自由に変えられるわけじゃないからね。気にする人は気にするから気をつけて使うようにね?」

「分かりました、いつも通り相手の反応から快不快を判定して、使用の可否を判断します」

「よろしい、それでお願いしておいた件はどう? どれも順調?」

「はい、資源回収はまだまだ目標量には遠いですが、地表観測は問題なく完了しています。

もう一つについても先日より変化はありませんでした。地表観測について報告を聞かれますか?」

「うん、それじゃよろしくね」

「はい、まずは北米大陸の様子ですが……」

 

REIの話を聞きいくつかの質問を交えつつ報告を聞き終えた時、桜子の顔は少々険しいものになっていた。

 

「これは千空に報告と相談が必要かな……」

「桜子? 何か問題でもあったのですか?」

「ううん、何もないよ。報告ありがとねREI、今日こっちであった事はね……」

 

一つ大きく頭振って気分を切り替えた桜子は、残りの時間をいつものように他愛のない話で埋めていく。

もしかしたらREIにお願いしておいた事がファインプレーになるかも、そう思いつつその時まで黙っておく事を決めたのだった。

 

 

翌朝、起きていつも通りの朝の支度を終えて桜子はラボへと向かった。

 

「フゥン、カセキ! 貴様の腕は素晴らしいな! ミリ単位の狂いなく作り上げるとは、ここまでの職人はあの時代でもそうはいなかったぞ!」

「ほっほー、まあワシもね、長〜くやっとるからねちょっとは自信あるのよ!」

「謙虚な奴だな貴様は! 貴様を上回る腕の持ち主など、世界クラスの会社ですら一人抱えているかどうかだろうよ!」

「褒められとるのそれ?」

「絶賛しているのだとも! 70億の人類総ざらいしても数百名程度だろうとな!」

 

そして、なにやら船の模型の前で大盛り上がりの二人を見つけるのだった。

お前らそれ絶対ただの趣味で作ってるだろ、船作りの練習という名目らしいが絶対ただの建前である。

船作りは未来ちゃんを探しに行った司達が戻って来てから開始だから今しか無いとはいえエンジョイしすぎだろ。

そうは思ったが突っ込むのは無粋だろう、なので千空の居場所だけを聞く事にした。

 

「そこ二人ー、千空どこいるかは知ってる?」

「うん? 千空ならば奥でクロムに設計図の説明をしているぞ」

「ありがと、二人も趣味に走るのはほどほどにね」

 

軽く礼と釘刺しをして奥に行けばそこのテーブルでは頭を悩ますクロムと笑いながら教える千空がいた。

 

「そのあたりはさっきの説明で理解できる範囲だぜ? もう一度いるか?」

「もうちょい、もうちょい待てよ! ゼッテー自分で思いついて見せるからよ!」

 

彼らの手元を見ればモーターボートの設計図でスターリングエンジンで詰まっているようだ。

義務教育を受けた旧世界の人々でも分かる人の方が少ないだろうにスパルタな事である。

 

「千空、ちょっといい? REIにお願いしてた件で報告しときたい事があるんだけど」

「ん? ああ、あの件か。クロム、それは俺が戻るまでの課題な」

「おう、そっちが戻るまでにばっちり理解して解説してやんぜ!」

 

そうしてクロムを置いて千空だけを桜子が普段書類作業している部屋へと連れて行った。

 

 

「REIにお願いしてた件って事は地表観測、つまり世界情勢でなんかあったんだな?」

 

先日龍水との交渉で使ったテーブルで、今度は向かい合わせで座っての千空の第一声がそれである。

資源収集は報告する事などないし、もう一つに関してはもっと慌てて報告しているから予想されるのは想定内ではあるのだが。

 

「そうそう、まずは影響がほぼない方から報告するね。イタリア半島なんだけど、ローマ近辺クレーターに変わってるってさ」

「おいおいおい、それで影響がほぼないって何言ってやがんだよ。バチカン市国消滅してんじゃねえか、宗教的権威の利用が難しくなってんぞ」

 

げんなりしながらそう口にするがあまり本気でないのはわかっている。

なぜなら、

 

「既存の権威はあまりアテにしないつもりでしょうに何言ってるの、どうせ既得権益層からの横槍を受けないようにそういう人達は避けるつもりでしょ」

「まあな、手は貸さずに口だけ出されても邪魔なだけだし、な」

 

ちょっと遠くを見るような目の千空に思わず笑いが漏れる。

 

「何笑ってんだよ」

「何でもないよ」

 

司や氷月に気を遣っているのが丸わかりだから、とは言わずにおいた。

言わずにおいたけど、考えた事は筒抜けだったみたいで不本意そうに鼻を鳴らされてしまった。

 

「で、影響が大きそうな方はなんだ? とっとと話せ」

 

話を進めるよう促されたのでテーブルに地図を広げる。

昨夜のうちにある程度書き込んでおいた世界地図だ。

 

「ローマの辺りは修正済み、で問題というのは……」

 

いいながら北米大陸、西海岸のコーンベルトを指す。

 

「明らかに人工物である物が畑と一緒に存在している事。つまり、コーンシティの予定地にすでに何者かが存在しているわ」

 

桜子からそれを聞いた千空は少し驚いた後天を仰ぐ。

右手で顔を覆い、そのままの姿勢でしばらくいた後そっとつぶやいた。

 

「あー、そりゃそうだよな。俺が復活してんだ、アンタだって復活できるわな」

 

その声色は桜子が聞いたことのないほど懐かしさなど様々な感情の込められたものだった。

もしかすると泣きそうにすらなっているのかもしれない、千空の中で色々感情が収まるまでゆっくり待つことしばし。

顔の向きを戻し、桜子と目を合わせた時にはいつもの彼に戻っていた。

 

「重要な報告だったぜ、上手くすりゃあコーンシティ建設が一気に短縮できるいい話だ」

「自分だけで分かってないで説明して、アテにしてたコネの人なんだろうけど私はその人全く知らないんだからね」

 

妙に機嫌のいい千空に面白くなさそうに桜子が説明を求める。

少々自分だけで完結しすぎたかと反省しつつ説明を始める。

 

「ワリーワリー、俺と大樹がガキの頃からロケット作りしてたってのは知ってるな?」

「うん、ちょくちょく聞いたし、漫画でもその辺描写あったし」

「ガキだけじゃ理論とかもサッパリだったかんな、どうにも上手く飛ばねえって詰まった時があったんだ。

なんで、そこまでの実験結果とかレポートにして色んな研究機関にメール送りまくったんだが」

「なんて迷惑な、千空の事だからガチのレポートだったんでしょ? 精査するにも時間かかる奴をさあ」

「まあなあ、スパムメールのように送りまくって返ってきたのは一件のみ。

で、それがNASAの研究員で本名は知らねえがDr.Xって名乗ってた、それが縁で科学に関しての俺の恩師になったわけだ」

「なるほどね、でもその人がそこにいるって保証はないんじゃない?」

「その可能性もあるがな、目覚める可能性が一番高いのはそいつなんだよ。

石化した燕の話はあっちとも連絡取りあってたしな、意識を保ち続けるって条件に気づいていても不思議はねえ」

「そっか、なら味方目に考えておいていいのかな?」

「? まあ敵になる理由は特にねえが……、敵だったら何する気だったよオメー」

 

曖昧な笑みを浮かべながら桜子の話す計画を聞いた千空はドン引きしていた。

 

「おまっ、なんつー事を考えついてんだ。ゼッテーやるんじゃねえぞ、フリじゃねえからな!」

「やらないやらない、無駄に敵意を買う理由なんてないし。元々スエズかパナマに使う予定の物だしね」

「豪快すぎるわこのバカ! ……時間効率いいのは認めるから、REIに最小限の被害で済むよう計算させとけよ」

「もちろん、っていうかもうやってもらってる。いつ使うかわからないけど計算しといて損はないでしょ」

「使わずに済ませた方が良い気がしてならねえけどな」

「まあ、それはそうなんだけど……。あ、そうだ、そのDr.Xって人のこと教えてよ。私はその人の事まったく知らないからさ、コーンシティを丸ごと任せるかもってなったら為人を知っといた方がいいでしょ?」

 

疲れたように大きくため息を吐く千空に少し気まずさを覚えたのだろう、桜子はそれを誤魔化すためにも別の話を促した。

 

「ああ、そうだなぁ、まず科学第一主義ってとこか? アメリカ人らしいっていえばいいのか知らねえが、パワーイズジャスティスって感じで力にこだわりがある印象だったな。後は……」

 

千空としてもその話題を続けて疲れを増やしたくなかったのだろう、誤魔化す意図を理解しつつ話題転換に乗るのだった。

尚、ゼノに関する桜子の感想としては『危険人物』という物しか出てこず、ちょっと珍しく感情論で千空と口喧嘩になったらしい。

 



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未来を探して

司が未来捜索へと出発する前、必要な物を司に手渡す時の事である。

 

「ほい、こいつがオメーの妹の分と、なんかあった時のための予備な。運べそうになかったらその場で起こしちまえ」

「ああ、確かに。多分使うのはこちらに帰ってからだろうけどね。……ありがとう千空、俺の我儘を聞いてくれて」

「ああん? こいつは契約の通りだろうが、何を畏まってんだよ」

「これで妹を本当に救えると思うとつい、ね。変にしんみりとしてしまって、すまない、なにか、泣きそうな気分なんだ」

 

目尻が下がり必死に泣くのをこらえている顔でそう言いだす司に、困ったように頭を書きながらそっぽを向く千空。

どうにも司は目覚めた当初と比べてこの頃は幼さが出てきたように感じる。

それは感情が素直に出せるようになってきたという事であり、悪い事ではないだろう。

他の復活者がいるような場所ではそうではないので、親しい者の前ではつい緩みがちなだけなので問題もない。

ただ、少々照れ臭いので話を少しそらそうと思う。

 

「復活液だがな、うっかり落とすんじゃねえぞ? 特に畑の近くとかではな」

「? 劇物だからもちろん気を付けるつもりだが、なぜ畑の近くは特に駄目なんだい?」

「復活液がどんだけ浸透するのか分からねえからだよ」

 

浸透? と少し考えてそれに気づいた。

 

「……埋まっている石像がどこにあるか分からない、そういう事だね?」

「そういうこった、多分そこまで浸透しねえだろうが……万一があったら生き埋めのいっちょ出来上がりだ」

「本当に気を付けるよ、うん」

 

実はもうちょっとグロイ事を想定していたのだがこの場では言わないでおいた。

人体の塩分濃度は結構高いから肥料には向かない、などというのは少々猟奇的だからである。

 

 

「そんな話をしていたのか、突然舟の方がいいかもしれないと言い出したのはそれが理由な訳か」

「うん、冷静に考えると無理なのは分かるんだけどね。怖い想像に釣られてしまったんだよ、情け無い事にね」

「正直想像もできないが、生き埋めというのがまずい事だとは分かる。だからそれが情け無いとは私は思わんぞ」

 

道中の会話で腰の袋をしきりに気にする司にコハクが理由を尋ねた後のやりとりである。

畑の近くを強調した理由はコハクも分からなかったらしくその辺は流されていた。

今彼らは田んぼの近くを歩いている、この辺りは農耕チームの村との往復のためにある程度道が整っているからだ。

見れば農耕チームが田んぼの縁に粘土を塗る事、畦塗りを始めている所であった。

 

「司、あれは何をしているのだ?」

「あれは畦塗りだね。あそこで育てる稲という植物は湿地に生える植物だからね、水を溜めるために粘土を縁に塗っているらしいよ」

 

なるほどと感心するコハクにゴーザンからの受け売りだけどねと自嘲気味に笑う司。

そんな二人の後ろから付いて行っている他の捜索隊の面々はデートをデバガメしてる気分だったと後に証言している。

 

 

「千空達にも協力してもらったんだが、おそらくこの辺だろうというぐらいしか分からなかった。とても広い範囲ではあるが、皆、協力をお願いする」

 

そう言って示された範囲は広いというレベルではなかった。

思わず絶句するメンバー達に司は深く頭を下げて再度のお願いをする。

 

「とんでもない事を言い出しているというのは重々承知だ、本来なら俺だけで探すのが筋であるとは思う。

だけど、俺一人では何十年とかかってしまうだろう。だから俺は皆に改めてお願いしたい、俺の妹を救う力を貸して欲しい」

 

真摯にお願いする司に一度は怯んだメンバーもやる気をだし始める。

 

「……へへっ、水臭いっすよ司さん。最初っからキッツイ事だって言われてたんすから今更っすよ」

「そうっすよ、ちょいと目の前にしたら想像以上だったからビックリしただけっす! ここでやっぱなしなんていうのはカッコ悪すぎですよ!」

「俺たちだってカッコつけさせて下さいよ、妹さん必ず見つけ出して上げましょう!」

「皆……! ありがとう!」

 

ぱあっという擬音が聞こえそうなほどいい笑顔で感謝する司。

石化前ではクールなイメージだった司のそれに、ギャップ萌えとでも言えばいいのだろうか……兎に角メンバーのやる気は最高に燃え上がる事となった。

結果、わずか数日で司の妹、未来は発見されたという。

 

 

さて、発見してそれで終わりという訳ではなく、村まで運ばなければならない。

残念ながら乗り物があるわけでもなく人力で運ぶしかない、ならば誰が運ぶか?

 

「俺が背負って行くさ。なに、今の俺は過去最高に気力いっぱいだからね、どうとでもなるさ」

 

当然のようにそう言って背負って歩く事一日、日が暮れた頃にはさすがの司も完全に肩で息をしていた。

 

「大丈夫か司? やはり復活液を使うべきだったんじゃないか?」

「ありがとうコハク。だけど、これだけはやり遂げたいんだ。未来はもう一生分くらいの試練は受けたと思う、だから少しでも楽をさせてやりたいんだ」

 

石化中は眠っている人の方が多いらしいからね、と笑う姿は無理しているのが丸わかりであった。

 

「本当に仕方ない男だ、君は。……決めた、明日は私がこの子を背負うぞ!」

「いや、コハクには捜索で沢山動いてもらったんだ、これ以上は悪いさ。元々妹を救いたいと言うのは俺の我儘なんだから」

「ついていくと決めた時に言ったぞ私は、私は君と妹を会わせてやりたいんだ。だから、これは私の我儘だぞ」

 

綺麗だ、笑いながらそう言ってくれるコハクの笑顔を見て自然にそう思った。

そんな風に司が感じていると捜索隊の面々がなにかを持って声をかけてきた。

 

「司さんお疲れ様です、明日はこいつを使ってくだせえ!」

「俺らの上着を使って担架を作ったんす! ちょいと汗臭いかもしれないけど、表面は剥がれるんで妹さんは汚れないと思いやす!」

「ほほー、中々に使いやすそうだなこれは。だが、君らはいいのか? まだ肌寒い時期だぞ?」

「俺らバカばっかりっすから、風邪ひかないっすよ、きっと」

「せめて朝に作るべきだったんじゃないか?」

「「「あ」」」

 

そうコハクに突っ込まれると今初めて気づいたように彼らは声を上げた。

そのまま恥ずかしそうに頭を掻きながら誤魔化すように笑い出すと周囲も釣られて笑い出す。

 

(未来、早くお前にこの光景を見せてやりたいよ。俺は、俺達の周りは今こんなにも温かいんだって)

 

次の日の早朝に出発した一同は高まった士気のおかげで予定より早く村へと帰宅するのだった。

 

 

今未来は石像のままベッドに服を着た状態で横になって置かれている。

石化解除の瞬間はあまり見せ物にするべき事ではないという意見が出て、周囲もそれに同意したからだ。

司としても未来を見せ物にはしたくないという思いから同意し、司にいて欲しいと言われた人だけが部屋の中で立会人になっている。

そして今中にいるのはコハクと南、それに千空の3人。

司からいて欲しいと言われたのは他にも氷月と桜子がいたのだが二人は断ったのだ。

桜子はなにを口走るか分からないからやめておくと、氷月はそういう場面苦手でしてというのがそれぞれの言い分である。

司の手でゆっくりとかけられていく復活液、徐々に浸透していき石化が割れ始める。

 

「これで脳死とやらからも復活できるのだな、千空!」

「元々復活するときゃ何千年も意識ねえ状態から復活すんだぜ? 脳死だって快復すんに決まってんだろ!」

「もし万が一違ってたらただじゃ置かないからね!」

「そんときゃ喜んでこの首差し出してやるよ!」

 

石化が完全に解けた。

……そして、ゆっくりと彼女の目が開いていく。

 

「……ここ、どこ? 私……」

 

その瞳に映ったのは、

 

「兄、さん……? いしし、よ~老けてもたね。私、何年寝とったんかな……?」

 

ボロボロと涙をこぼす最愛の家族の姿だった。

押さえきれない感情の波に声を震わせながら司は目覚めを待ち続けた妹に答える。

 

「6年と、数千年だよ、……未来!」

 

 

感動の再会からしばらく兄妹間で喜びを分かち合った後、司は周りの人、未来にとっては見しらぬ人たちの紹介を始めた。

 

「彼が千空、復活液、と言っても分からないよな。未来を救う切っ掛けを作ってくれただけじゃなく、俺自身も救ってくれた恩人にして親友さ」

「単にオメーは武力を出してこっちは知力を提供しただけだってーの。契約しただけで感謝されるようなこっちゃねーよ」

「こんな感じで照れ隠しをする事が多いんだ。だけど困ったことがあったら相談するといい、きっと力になってくれるよ」

「おいこら、人の事を勝手に便利キャラみたいに言ってんじゃねえ」

 

などと喚く千空をそっとどかしてコハクが前に出る、

 

「初めましてだな未来、こちらは南という。よろしくな」

 

南を片手で引っ張りながら。

 

「ちょっとコハク! ……もう、よろしくね未来ちゃん。私は北東西南っていうの、君のお兄さんのファンってところ」

「さて未来よ、君のお兄さんのこれまでの活躍を聞きたくはないか?」

「! 聞きたい! ファンってどういうことやの? 兄さん今まで何しとったの?」

「そうよね、お兄さんの事知りたいよね。それじゃつかさん、未来ちゃん借りるね?」

「悪いが司は千空と一緒に別のところに行ってくれ? 照れで茶々を入れられては正確に伝えられんからな」

「えっ、ちょっと待ってくれコハク? 南さん?」

 

司が戸惑っているうちに部屋の外まで押し出されてしまう司。

ちなみに千空はいつの間にか外に出されていた。

 

「えっと、なぜ俺は追い出されたんだろう」

「オメーに聞かせたくない事か口挟まれたくない事を話すんじゃねえの? 桜子と氷月の奴らこれを察してたのかもな」

 

普段通りの調子でそういうとさっさと歩き出してしまう千空。

 

「居間で茶でも飲んで待ってりゃそのうち呼びにくんだろ、それまでのんびりしてようぜ」

「そうだね、それしかないか」

 

まさかもう一度部屋の中に入ってコハクと南に怒られるわけにもいかない、仕方なく千空の後ろについていく司。

その途中先を歩く千空の背中に向けて半ば独り言のように司がつぶやいた。

 

「今俺は今までの人生の中で一番幸せな気がするんだ、不謹慎かもしれないが……石化光線が降ってくれてよかったのかもしれない」

「不謹慎でもいいんじゃねえか? 最終的に石化現象の犯人をとっ捕まえることには変わりねえんだしよ。

石化によるマイナスとそれがきっかけの周りの環境の変化は別勘定だろ。

あー、それにしても石化のメカニズムを知りてえなあ、一体全体どんな化学反応起こしてやがんだか」

 

司の呟きに背中を向けたまま答えた後、自分の思考に入り込んでしまった千空。

その背中に心の中で感謝を送りながら司は今の自分の幸運を噛みしめるのだった。

 



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シンデレラガール

未来が見つかり船作りが開始されてしばらく、誰もが忙しく動き回っているころ。

ニッキーには今、一つの悩みがあった。

子供たちに歌を教えるのは順調である、むしろ順調すぎるといってもいいかもしれない。

何といってもすでに覚えた曲は10曲を超えているし、歌唱力もこの年齢としては申し分ないといえる子ばかりになっている。

だが、その中で一番上手い子が悩みの種であった。

 

「スイカがどうしても被り物を外して歌ってくれないんだよ」

「そっかー、あの子恥ずかしがり屋だし、仕方ないんじゃない?」

 

朝食後さて今日はどうするかなと考えてた所、なぜかニッキーに捕まり話を聞かされていたゲンは気のない様子で生返事を返した。

 

「容姿も十分だから笑顔で歌うだけで十分なんだけどねえ、なんでその辺どうにかしておくれ」

「なんで俺に言うの? 俺あの子と親しいわけでもないよ?」

 

突然の無茶振りに思わずツッコミを入れるもニッキーは意に介さない。

 

「あんたならその口八丁でどうとでもできるだろ? じゃ、頼んだよ」

「ちょっと? まだ引き受けるとは言ってないんだけど?」

「あんたが一番向いてるし時間空いてるだろ? 皆の間を動き回って潤滑油やってくれるのはありがたいけど頼りになる所も見せておくれ」

 

ニッキーはそれだけ言うとさっさと行ってしまった。

レッスンだけやってるわけではなく、パワー担当として色々な所の手伝いに回っている彼女は実際忙しくて仕方がないのだ。

それでも子供達へのレッスンは欠かさないし、どんなに疲れていてもそれを余人には悟らせない。

そんな彼女の事はゲンから見ても尊敬に値する女性だと評価してはいたのだ。

 

「ま、俺のキャラじゃないけど……たまには頑張ってみせますか」

 

そんな彼女のためだ、多少は骨折りしてもいいか。

面倒事が嫌いで楽をしたいゲンとしては珍しくやる気を出すのであった。

 

 

「面倒な事は嫌いって口では言うけど、結構そういう事積極的にやるよねゲンって」

「スイカちゃんの話を聞きたいんであって、俺への感想聞きたいんじゃないんだけど?」

 

とりあえずスイカと親しい人物であり、一番情報を持っている桜子の所へ訪れたゲン。

スイカの話を聞く理由を説明しての最初の発言がこれである。

 

「ごめんなさい、揶揄う意図とかはなかったのでご容赦を。スイカに被り物を外して欲しいって事だよね?」

「まあねえ、そもそも俺あの子がスイカを被ってる理由知らないしね。そこがわからないと説得のしようがないから聞きに来てるの、だから真面目に答えてほしいんだけど」

 

少しだけイラついてる風を出しながら強めの口調で要求するゲン。

別に本気でイラついているわけではないが、桜子を相手にする場合には本気で動いていると思わせた方が早い。

現に桜子は慌ててスイカの事情を簡潔に要点のみを話し始めた。

 

「つまりは近眼による諸々の失敗が原因、ってとこ。自信を持てるような出来事もなかったから、ずっとあのままな訳だね?」

「そうなるかな? スイカは覚えだっていいし、転んでばかりだって言ってたけど足元が悪いせいだろうし。

間違いなくスイカは運動神経いいよ、じゃなきゃあんなに転がった後すぐに走り出したりできないでしょ」

「ふうん、ならやりようはいくらでもあるかな。ニッキーちゃんにはちょっと妥協してもらうけど」

 

何か思いついたらしくにんまりと笑うゲン。

友達に関する事だけに少し不安を覚えたのか桜子の言葉にトゲが生える。

 

「ちょっと、悪巧みにスイカを巻き込まないでよね。あの子は私達と違って純真な子なんだから」

「ダイジョーブダイジョーブ、少しだけ魔法をかけてあげるだけだよ。シンデレラの魔法を、ね」

 

ゲンの言っている事の意味が分からず目を白黒させる桜子を尻目に、さっさと立ち去っていくゲン。

慌てて桜子はその背中に問いかける。

 

「どこに何しにいくの? スイカのために協力できる事あるならやるよ」

「ひ・み・つ。桜子ちゃんは事情説明だけで十分、後はなんにもしなくていいから」

 

ひらひらと手を振ってそのまま歩き去るゲンを見送った後桜子はつぶやいた。

 

「悪い事にはならないだろうけど、『騙したな!』とは言う事態になりそうな気がする。ゲンの性格的に考えて」

 

 

それからゲンは先ず杠の所に行き、

 

「杠ちゃーん、こんな感じの奴作れる?」

「ほほ〜、いいですなぁ。よし、全力で作り上げましょう!」

 

ある物を作ってもらい、次に大樹に声をかけ、

 

「大樹ちゃん、色々と協力お願いできる?」

「む? スイカのためか、分かった協力しよう!」

 

大樹の協力を取り付ける。

その次は千空だ、

 

「千空ちゃん? 悪いんだけどこういうの作れない?」

「ああ? これなら前作ったやつをまだ残してんぞ」

 

首尾よく物を確保できたなら次は龍水の所、

 

「龍水ちゃん、こんな企画あるんだけど一口かまない?」

「はっはー! 面白い事を考えるな、ゲン! いいだろう、フランソワを貸してやろう」

 

フランソワの手を借りる約束を取り付けたら後はタイミングよく仕上げをするだけ。

そしてメンタリストにとってはそんな物朝飯前である。

 

 

「ヤッホー、スイカちゃん。歌のレッスンは調子いい?」

「あ、ゲンなんだよ。うん、お歌の調子はいいんだよ」

 

その日はレッスンの無い日、ニッキーがパワーチームとして動いている日である。

そんな日は普段なら子供達は文字や計算の勉強があるが、今日は珍しく完全な休みの日であった。

他の子達は川に遊びに行ったり、村の中を駆け回ったりしているがスイカだけは一人で座り込んでいた。

 

「なにかお悩みかい?」

「……うん、そうなんだよ」

 

ゲンの質問にYESと答えるも内容をなかなか話そうとしないスイカ。

話していいものかどうか、聞いて解決策を出してくれるのか様々な思考が溢れ出しているのだろう。

その間ゲンはなにも言わずただスイカの側で佇んでいるのみ、焦る様子も急かそうとする事もなにもなく自然体のままであった。

 

(待ってればいいだけだしねえ、俺は。むしろなにかしてるんだから責められることもなし、と。気楽なものさ、ってね)

 

実際にはタイミングがずれれば多少面倒な事にはなるだろう、しかし、

 

(ケセラセラ、なるようになるさ。大きな責任がある訳でも、どうしても達成しなければならない事がある訳でもなし。……ホント気楽なもんだよねえ)

 

漫画で描かれた浅霧幻とは違うのだ、あちらは彼がいなければどうしようもなかったが……、今の自分は違う。

そこまで考えて気づいた、スイカだったからこれをやろうと思ったのだという事に。

漫画の中の話とは違う立場、そう、重要度が明らかに下がった者同士という意味で親近感を感じていた事実に気づいたのだ。

それに気づいたゲンは内心で自嘲する。なんの事はない、悔しいと、漫画の浅霧幻に嫉妬していたのだ。

同時に桜子に対してあまり好感が湧かない理由も気づけた。

 

(いやー、我ながら、青いねえ。まだ20歳の若僧だって事だねえ)

「ゲン?」

「ん、ああ、ごめんごめん。お悩み聞かせてくれるのかい?」

「うん、聞いて、くれる?」

「もちろんだよ」

 

ぽつぽつとスイカが語るには昔から自分は鈍臭くて転んでばかり、そのせいでろくにお手伝いも出来ずにいた。

だから千空達が来た時これが最後のチャンスと飛びつき、実際皆のお話を集めて少しはお役に立てたと思えた。

でもそこまでだったのだ。

その後は蚊帳の外になってしまい、なにがあったか教えてもらえたのも全てが終わった後。

そこからはそれまでと変わらない日々、多少はお手伝いもしていたけれどそこまでお役に立ててはいなかった。

歌は好きだし、ニッキーの事も好きだから期待に応えたいけれど……

 

「どうしても、コレを脱ぐとお顔が変になっちゃうんだよ。それを笑われると思うとどうしても外せないんだよ、きっとスイカが意気地無しだから悪いんだよ」

 

そう締めくくるとまた膝の間に顔を埋めてしまった。

眼鏡という選択肢もあるにはあるのだが、そういう問題ではないのだ。

つまりこの子は自信がないのだろう、自信なんてものは自分が自分を信じられるかどうかなのだ。

周りが言うだけで持てるものでもない、いや、持てる類の事柄も存在しているが今回のは違う。

つまりこの子に必要なのは成功経験だ。

予想通りでよかったという所である、違っていたらその穴は自分が埋めなければならないとこだったので。

 

「スイカちゃんはこのままでいたい? 意気地無しって自分を変えてみたくない?」

「できれば変えたいんだよ、でも……」

「やっぱり怖いよねえ……じゃあ、少しだけ魔法をかけてあげようか?」

 

その不思議な言葉にスイカが顔を上げる。

 

「魔法?」

「そ、魔法。シンデレラのお話は知ってる?」

「う、うん。桜子がお話してくれた中にあったんだよ」

「それなら話は早いねえ、シンデレラのようにドレスに着替えて舞踏会へ~、っていうのは難しいかな?」

 

コクコクと慌てて首を縦に振る、魔法という言葉に惹かれてはいるが舞踏会という華やかな場所に行くなど想像もできないといったところだろうか?

まあ、どんなものなのかスイカは正確に分かっている訳ではないが、とりあえず自分がいけるような気軽なものとは思っていない。

 

「それじゃあ被り物だけとって歌うのはどう? 場所は誰もいなそうな崖の上」

「なんでそんな場所なんだよ? 部屋の中じゃダメなんだよ?」

「俺らが生まれたよりちょっとだけ昔に流行った事なんだけどねえ、崖の上から大声で叫ぶって。そこでなら周りも気にならないからって皆好き勝手に叫んでたらしいよ?」

 

ゲンの言葉には意図的に省かれているが、崖は崖でも海沿いのもののみである。

だが、当然の事ながらスイカにはそれは分からないため大分乗り気になってきていた。

スイカの心の動きを手に取るように理解しているゲンはそこへさらにダメ押しを加えて行く。

 

「そういえば知ってる? 被り物してると歌が上手くなりづらいって話」

「! そうなの?」

「俺は聞いただけだからねえ、本当かどうかは分からないよ? だけど耳を覆っちゃうからありえなくはないかもねえ」

 

もちろんそんな話は聞いたことはないが、ついでに『あー、だからニッキーは被り物を外させたいのかなあ』などと呟きさらにスイカを煽る。

 

「……スイカ、ちょっと行ってくるんだよ!」

「おおっと、ちょっと待って? やるつもりになってくれたのはいいけど、焦っちゃだめだよ」

「でも……」

「慌てない、慌てない。魔法をかけてあげるって言ったでしょ? ささ、ついてきてちょーだい」

「ついてきてって、どこにいくんだよ? そっちは龍水のお家なんだよ?」

「少しだけの魔法だからねえ、残念なことに手動なんだよね。龍水ちゃんのお家でフランソワちゃんに手伝ってもらうのさ」

 

二人が龍水の家に着くとすぐにフランソワが出迎えてくれた。

 

「お待ちしておりました、ゲン様にスイカ様。では、スイカ様はどうぞこちらに」

「は、はい、なんだよ。スイカはなにをすればいいんだよ?」

「フランソワちゃんが全部やってくれるから、力を抜いて任せておけばいいよ? あ、他の用意はOK?」

「はい、全て抜かりなく完了しております」

「さっすがー♪ それじゃスイカちゃんの準備終わったら声かけてね」

 

そこからフランソワの手に引かれて部屋へと入ったと思ったら、あれよあれよという間に着替えさせられるスイカ。

気づけば目の前の鏡の中にはフリルをふんだんにあしらったエメラルドグリーンのドレスに身を包んだ少女の姿があった。

いつの間にやら顔にかけられていた眼鏡越しに見える鏡の中、

 

「これ、スイカ……なの?」

「はい、大変よくお似合いですよ」

 

真っ白な手袋に包まれた手を口に当てそう呟けば返ってくるのは肯定のみ。

着替えが終わった事をフランソワに告げられ、入ってきたゲンも目を丸くして驚きを示す。

 

「わあお、まるでお話のお姫様だねえ。見違えたよスイカちゃん♪ ささっ、お手をどーぞ」

 

ゲンはそう戯けてみせたが、かえってスイカの緊張を助長してしまったらしい。

顔を真っ赤にして固まるスイカに『やりすぎたかな?』と思ったゲンは今度は優しく笑いかけた。

 

「大丈夫、緊張する事はないよ。今君には魔法がかかってるんだから、周りなんて見なくていい、ただ空だけ見ててごらん? 歌う場所へは俺が連れてくから、スイカちゃんは目を閉じてればいいだけさ」

 

真っ赤な顔のままだがスイカがコクンと頷くのをみて、ゲンは彼女の手を引いてゆっくりと歩きだした。

スイカが転ばないように慎重に歩を進め、フランソワが用意してくれた車に乗せて少し走らせれば目的の場所である。

 

「さっ、着いたよスイカちゃん。目を開けてごらん?」

 

スイカが目を開けると確かにそこは崖の上、周りを見回しても木々に覆われているだけで誰もいない。

ここでなら誰の目も、自身の事もなにもかも気にせず歌える気がした。

ゲンに促されるまま口から歌声が溢れ出した。

 

「No where to turn No where to hide……」

 

未来の歌姫による一曲だけのミニライブ。

その特等席にてしばし耳を傾け、いつかこのことを皆が羨む日が来るのを少し期待するゲンであった。

 

 

「ゲン! ゲンはどこなんだよ!」

「どうしたスイカ、なんかすっげー怒ってるがゲンがなんかしたのか?」

 

すごい剣幕でラボへと飛び込んできたスイカに、千空が面食らいながら訊ねる。

 

「千空! ゲンはどこにいるのか知らない!?」

「この時間だったら船作りの方に回ってんじゃねえか? なんかあったのか?」

 

千空の質問にあー、とも、うー、ともつかないうめき声を上げながら言うか言わないか葛藤をするスイカ。

 

「……秘密、なんだよ……」

 

やがて言わない事を選んだスイカは肩を落として去っていった。

ゲンはずっこいんだよ、いっつも言えないタイミングでしか会えないんだよ、と愚痴りながら去る背中を見送った後、窓の外に声をかけた。

 

「で、どう宥めるつもりだ? スイカがあんだけ怒る姿は初めて見たぞ、フォローはしてやんねえからな」

「見捨てるなんて酷くない? あの子の魅力を知らしめただけよ? 俺は」

 

スイカが歌声を披露していたあの時、彼女は気づかなかったが崖の下では休憩中の船作りメンバーがいたのだ。

おかげでミニライブは話題の中心、どこに行ってもその話が聞こえる状態であった。

スイカの姿を見た者も何人かいたが、普段の格好が格好であるだけにスイカだと気づけた者はほぼゼロ。

謎の歌姫、『若草の少女』として噂の的となってしまっていたのであった。

 

「いやー、俺もねここまで大事になるとは思ってなくてさあ、本格的に探し出す人が出るのは流石に予想外だよ」

「つまり、噂や話題になるのは想定内だったわけだな?」

「娯楽は必要でしょ? 人はパンのみに生きるにあらずってね」

 

呆れたような千空のツッコミにも悪びれずあっさり肯定する姿は、流石は海千山千のテレビ業界を泳いできただけはある。

今回の騒動の仕掛け人が自分であると認めたようなものであるのに全く動じていない。

 

「俺に依頼したもんはスイカ用の眼鏡だったな、服は杠に作らせたとして……大樹にも声かけてたろ、整地のためか?」

「正かーい♪ 後、万が一落下した時用の救助要員。あの二人もだけど、千空ちゃんも口止めに応じてくれて助かったよ」

「スイカが追い回される羽目になるのは流石にNGだろ、おかげで共犯者になっちまったがな」

 

服を作っているのは杠なので彼女が話せばすぐに歌姫の正体がばれる、千空も頭が切れるのであっという間に推理されるだろう、ゆえに最初から巻き込むために協力を要請したに違いない。

この分だと羽京も抱き込んでいる可能性が高い、まったく用意周到なものである。

 

「それにしても、若草の少女、ってのは今一つな呼び方だよねえ」

「なんか不満そうだな、ならどんな風に呼ばせたかったんだ?」

 

千空が呆れた策士だと感心していると唐突にそんなことを言いだしたので怪訝に思いながらも問い返す。

決まってるでしょ、といつもの薄っぺらい印象を与える笑顔を見せながらゲンは答えた。

 

「『翠花(スイカ)の少女』さ」




オマケ

「ちょいとゲン! 結局スイカが被り物被りっぱなしじゃないかい!」
「ごめんねえ、あそこまで盛況になるとは思わなくてさあ」
「これじゃ外すよう言えないよ……」

ニッキーが妥協する事とはスイカの被り物を外す事になってしまったというオチ。


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金策

「さてさて、流石の経済感覚だよね龍水ちゃんは」

「やってくれるぜ、思いっきり散財しているように見せてきっちり限界を見極めていやがる」

「感心してもいられないよ? これだと目標金額に足らないんだ、どうする気だい?」

 

テーブルの上に並べられている紙の束を数えていた3人が渋い顔でお互いに顔を合わせる。

数えていたのはドラゴ、龍水が発行した石油交換券であり、今のストーンワールドでは紙幣として認識されている。

すでにドラゴ支払いは解禁されて、しばらくたっているので中心メンバー以外にもこれは出回っている。

村人には馴染みがなく最初は戸惑ったりもしたようだが、幸いにも大きな問題にまで発展する事はなかった。

 

「この紙切れが足らねえのか? ならこっちも作っちまえばいいじゃねえか。こいつはナマリが彫ったハンコで作ってんだろ? ナマリにもう一個作らせりゃいいじゃねえか」

 

……馴染みがないだけにこんな意見が飛び出したりもする。

村人以外がガクッと首を落として頭を押さえるのをみて、それができないのは理解できたようである。

 

「んだよ、足りねえなら作る。それだけの話じゃねえか、何の問題があんだよ」

 

だが理由までは思い至らないらしくマグマは不満気に声をあげた。

そんなマグマに理由を説明しようと千空が口を開く前に、意外なところから声が上がった。

 

「こいつが龍水が出した約束券だからだろ」

「あん? どういう意味だ?」

 

そう言ったのはクロム、テーブルの上のドラコをつまみ上げながらマグマの疑問に答える。

 

「こいつで石油を交換するって言ってんのは龍水だろ? だったら龍水以外が勝手に作るってのはヤベーだろ」

「ああ、なるほど。龍水以外がこれを作るという事は知らぬ間に勝手な約束をする事になる訳か、それは確かに駄目だな」

「ちっ、そりゃ確かにマジいな。覚えのねえ事を約束した、とか言われたら俺だったら張り倒すからな」

 

クロムの説明に金狼とマグマが確かにと納得する。

紙幣に慣れている復活者達もクロムの説明には感心していた。

 

「いやー、だから紙幣の偽造とか法律で禁止されてたんだねえ。詳しい理由までは考えた事なかったよ」

「龍水曰く、貨幣経済の基本は信用だってよ。好き勝手に作られりゃそら信用なんざ生まれねえ、徹底的に取り締まるし偽造できないように技術ぶっ込みまくるわな」

「信用が大事っていうのはどの組織も同じって事だね」

 

とりあえず今生まれ始めている経済がいきなり終焉を迎える最悪の事態は避けられた。

しかし、石油購入の費用が足らない現実は変わらない。

 

「千空、ないなら作ればいいというのは間違いではないと思うんだ。他の油田から掘り出すのは無理なのかい?」

「近くにあるならいいアイデアなんだがな、相良油田以外だと日本にあんのは全部日本海側だ」

「山脈越えはちょっと現実的じゃないねえ、どうするの千空ちゃん?」

 

うーむと悩む千空達、そういえばこの場に普段ならいる人物がいない事に気づいた司が疑問に思って声を上げた。

 

「桜子と羽京の姿が見えないけどどうしたんだい? こういう時こそ彼女の出番だと思うんだが」

「あいつなら印刷機が出来上がってから教科書作りに全力だぞ、羽京は今作っている教科書の助手だそうだ」

 

なぜ羽京が? と首を捻る周囲。

それに対し千空はげんなりとした顔で言葉を付け加えた。

 

「14歳以上になったら配る奴だそうだ」

「「「ああ……」」」

 

千空の表情とその言葉でほぼ全員が察した。

ただ、桜子のトラウマ話を聞いていない金狼だけは今一つ納得いっていない様子を見せていた。

 

「皆が納得している所すまんのだが、それは彼女がやらねばいかん事なのか? あれだけ忙しく動き続けているのだから、あまり手をだしすぎては彼女が潰れる結果になるだけではないか?」

 

もっともな意見である、実際桜子のやっている事は多岐にわたっている。

国語理科算数といった教科書の作成と子供達への授業、戸籍の作成に加え血液型の調査と記載。

生活必需品の必要量の調査及び分配の指示、ルールの制定及び改定、揉め事があった時の調査及び調停もしくは裁定。

などなど集団が集団でいられるような環境作りに全力を尽くしているのが彼女の現状である。

さらにそれだけでなく、

 

「ドラゴ稼ぎのために書籍の復刻もしていると聞く、もう少々負担を軽くするべきではないだろうか?」

 

金狼の意見に深く頷く面々、だが問題もある。

 

「なら金狼、誰がそれをやれんだ?」

「むう、それは……」

 

そうなのだ、どれも代わりにやれる人間が今の所いないのである。

教科書作りや書籍の復刻は完全記憶持ちの桜子の独壇場であり、揉め事の調停や生活必需品の分配についても前例を諳んじられる事が大きな強みになる。

戸籍の作成については今いる人数分が終われば大丈夫だが、人が増えればまた作らなければならない。

その時のためのマニュアル作成も当然やった者でなければ作れない。

将来的にはできる人間も増えていくだろうが……、今いないのであればできる人間に任せるしかないのである。

 

「揉め事はなるべくこちらで処理するし、負担を減らす意味でもドラゴ稼ぎはここの皆で終わらせるのが理想かな」

「杠もすでに色々やってくれてるかんな、これ以上はちょっと頼る訳にいかねえ」

「麻集めにドラゴを使って布作りして、服を作ってドラゴ稼ぎ……好循環してるねえ。それで浮いたドラゴがこっちに来てるんだから、ホントこれ以上は、ね」

「そういやあコハクの奴はどうしたんだ? 男しか集まってねえから嫌がったのか?」

「南の手伝いだよ。司が外枠彫ったカメラもらってたろ? それ使って杠チームと組んで『特別な写真を~』とかやってるぜ」

「そういえばニッキーが子供たちの合唱会のため、龍水に出資させる事に契約を結んだといっていたが……どういう意味なのだ?」

「必要な人手を動かすためのドラゴを払う代わりに、それで発生する利益を龍水ちゃんが持ってくって事。

ニッキーちゃんにもプロデュース代って事で結構払ったみたいよ? 子供たちをフランソワちゃんの料理店連れてった残りは全部こっちに渡してきたけど」

 

なんだかんだ女性陣は色々やっているようである。

このままでいけば船の完成までには必要量まで届かないが、しばらく時間が有れば確実に稼ぎきれる。

が、それはつまりドラゴ稼ぎに関しておんぶに抱っこになるわけで……

 

「んな情けねえもん狙う訳にゃいかねえよなあ、残りは全部俺らで稼ぐ、そのつもりで考えるぞ」

「おうよ! んじゃあまずは俺からだ! ヤベー科学の実験をよお、らいぶ、だったか? みたいに見物料取ろうぜ!」

「それはテメエがやりてえだけだろ。それよか俺と司の試合の方が見てえ奴多いだろ、今度こそ司に一泡吹かせるとこみせりゃあ一発だぜ」

「それも貴様がやりたいだけだろう、マグマ。地道にやるのが一番だ、龍水が募集している肉体労働に参加するというのはどうだろうか?」

「時間がかかりすぎるよ、それは。ショーをやるのなら専門家がいるじゃないか、ゲンの舞台を開けばそれだけでも目標に届くんじゃないかい?」

「え~、司ちゃんも人使い荒くなったねえ。俺としては氷月ちゃんと司ちゃんによる演武がいいと思うよ? 格闘家が多いんだから見たがる人もたくさんだよ、きっと」

「そんだったら全部まとめちまうか、メインを司と氷月の演武とゲンの手品ショーにすんだろ? で、合間に科学実験の見学会とできたもんの販売やって、最後に希望者による司か氷月との試合にすりゃ客も大量だろ。そんでも足らなきゃ龍水の募集に応募すりゃいいんじゃねえか?」

「うん、それでいいんじゃないかな」

「だな、別に一つにしなきゃいけない理由はねえんだし」

「面倒なのは好きじゃないんだけど、ま、しょうがないか」

 

千空のまとめの言葉に思い思いに賛同の声を上げる。

 

「んじゃ、決まりだな。準備開始といこうじゃねえか」

 

おう、と全員が答え男達は動き出すのであった。

 

 

「フゥン、この様子ならば賭けは俺の勝ちのようだな」

「賭けっていっても不成立寸前だったけどね」

 

珍しい組み合わせの二人が並んで科学実験ショーをみていた。

桜子と龍水、普段なら外を巡る龍水と、中で書類の処理をしている桜子は顔を合わす事が実はほぼない。

合わせる時があるとすれば、どちらかが訪ねてきた時のみだろう。

 

「貴様が俺を訪ねてくるのはそういえばあの時が初めてだったな、話の内容もだがそれ事態が驚きだったぞ」

「引きこもりじゃないんだから驚く事ないでしょ、必要があったら直接訪問ぐらいするわ」

「確かに、伝言で済ませてよい内容ではなかったからな。直接でなければ一蹴していた所だ」

 

そこで言葉を切り、周囲を見渡す。

目を止めたのはある一角、そこには『石油購入資金募金箱』と書かれた箱があり、その周囲には何人かが集まってドラゴを入れていた。

 

「しかし、ネーミングセンスは今一つだな千空は。いくらなんでも直球すぎるだろう、『石油購入資金募集チャリティ会』とは」

「回りくどいの嫌いだから、千空って」

 

くつくつと笑う龍水に苦笑しながらフォローを入れる桜子。

言われている当人は今舞台の上で炎色反応について解説をしていた。

 

「生き生きとしていい顔でしょ? 科学実験とかの話をしている時一番いい顔なのよね」

「何かを作る時もいい顔をしていたが……なるほど、あれも科学の実証だったからか」

 

そのまま千空の舞台をしばらく眺めていた桜子が持っていた紙を差し出す。

龍水はそれを受け取ると書かれた物が確かな事を確認し、満足気に頷いた。

 

「世界の海図、確かに受け取ったぞ。さすがの記憶力だな、俺の覚えている物と比べても間違いが見当たらん。やはり欲しい人材だな、貴様は」

「石化前のものだから今使えるかは怪しいけどね、特に水深とかはほぼ確実に違うと思うよ? っていうか貴方が覚えているなら必要ないんじゃない?」

 

熱心に海図を確認する姿に桜子は呆れたような声をかけるが、龍水は海図から目を離さずに答えた。

 

「俺の記憶が完全である保証は残念ながら俺の中にしか無いからな、億が一の可能性とて潰しておきたかったのだ。たとえ参考にしかならないデータであってもな」

「万が一じゃない所に自信が伺えるわね。それだけのために必要金額まで集められるか賭けにしたの?

融資にYESと言ってくれれば、集まっても集まらなくても海図自体は渡したのに」

「使える可能性が低いものなのだ、賭けの景品にしたとて問題なかろう。第一貴様も万が一の備えとして持ちかけてきたのだろう?」

「まあね、億が一の可能性として、集まりきらないかもって思っちゃったからってだけだから。……私としては海図を渡すことには変わりないから、どっちでもよかったけど」

 

そこで言葉を切り不満げに口を尖らせる。

 

「ククッ、集まりきる方に賭けたかったという顔だな。仕方あるまい、両者同じ方に賭けては賭けにならん。恨むならコイントスに負けた自身の運を恨むといい」

「分かってるわよ、この敗北感が保険の代金とでも思っておくわ」

 

ちなみに桜子が龍水とかけたコイントスの勝負内容は、もちろん賭ける方の取り合い……ではない。

両者ともに千空達が石油の代金を集めきれると確信していたので、焦点は融資という保険の代金を『賭けそのものにする』か『海図の取引にする』かである。

桜子としては龍水の戯れに付き合わされる形となったと言える。

まあ龍水としても必要ないと断言できる保険をかける代金だ、コイントスの掛け金としてはトントンといったところだろう。

 

「……あ、花火」

 

見れば舞台では科学実験の最後として花火が打ち上げられていた。

このために科学実験ショーを最後に回したのだろう、花火はやはり夜空が一番映える。

 

「ふむ、できれば夏に見たかったものだ。ただの固定観念だろうが花火はやはり夏のイメージが強い」

「また来年見ればいいでしょ、打ち上げる場所は日本じゃなくてもいいだろうし」

 

冬の夜空に大輪の花が咲き誇る。

順調にいけば年明けしてすぐとはいかずとも、2月中には船も完成予定だ。

去年は激動という言葉では足らないくらいであったが、今年も平穏とは言いづらい年であった。

来年もきっと色々あるだろう、ただ、つまずいて動けなくなる事はきっとない。

そんな決意とも願いともつかぬ思考で冬の花を見上げる桜子だった。



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船出

振り返ればあっという間に過ぎたような気がする日々であった。

今日この日はきっと歴史に残る日となるだろう、人類はようやくここまで戻ってきたのだ。

15世紀モンゴル帝国が衰退し、オスマン帝国が起こるとヨーロッパの国々は東洋との陸路交易を大幅に制限されてしまった。

しかし彼らの情熱は絶えず、かえって胸の冒険心に火をつける結果となった。

そしていつしか彼らは新たな交易路を求めて大海原に漕ぎ出したのだ。

時は今58世紀、実に4300年の年月を越えて人類はまた大海原へと航路を描いてゆく。

西暦5740年2月21日 機帆船ペルセウス号竣工。

文明の、否、人類を復活へと大きく飛躍させる為の第一歩が踏み出されようとしていた。

 

 

村人達と復活者達、いや、この一年弱でほとんどその境はなくなり、彼らの間には仲間意識、身内であるという認識が芽生え始めていた。

そして今、大型造船という大きなミッションを超える事で完全に一つの集団としてまとまるのであった。

そんな彼ら全員が一つ所に集まっていた、その場所は機帆船ペルセウス号の下。

今日ここで自分達は新たなステージへと歩み出す、誰の胸にもその思いが溢れていた。

 

「とうとう完成したんだな千空! 人類全てを救う為の船が!」

 

目を輝かせて船を見上げながら大樹が感嘆の声を上げる。

これまで作ってきた物で一番大きな物といえば、製鉄用の転炉であるがこれはそれ以上であった。

一つの大仕事が終わった事で千空も心なしか誇らしげである。

 

「ああ、ようやくここまできたぜ。こいつで海を渡って世界中に都市を作り、それらの力を束ねて宇宙へと飛び出す。その計画の第一歩目まで、ようやく、な」

「計画の大きさを考えるととんでもない早さだと思うけどね、文字通りの裸一貫から僅か2年弱でっていうのは」

 

改めて考えるととんでもない話だ。

かのアポロ計画は11年がかりで月までたどり着いたが、千空が行っている事を考えると比較すべきは北米大陸の開拓からであろう。

そうすると発見が15世紀ごろなのでアポロ計画完了までの間は約500年、今現在の状態から換算するとアメリカの歴史でいえば植民地時代に突入する少し前ぐらいだろうか? 

つまりアメリカ開拓民が約百年ほどかけたものを2年弱で果たそうとしているような物である。

 

「漫画でもリアリティ無いってボツをくらうレベルじゃない? よっぽど説得力ある描写しないとねえ」

 

現状を客観視してのゲンの感想に思わず苦笑が漏れる周囲。

 

「まあ、リアルが一番リアリティ無いっていうフレーズはよく聞くものだよ。ほら、スポーツ界隈とかでもいたじゃない」

「ああ、レジェンドとか言われる人達ね。いたなあ、そういえば」

 

そのまま何名かの名前があがり、そうそう、ありえない人って意外といるよねなどと盛り上がる中核メンバー達。

遠巻きにその光景を見る他のメンバー達は『あんたらも同類だよ!』と心を一つにしていたという。

色んな界隈の偉人達の名前が一通りあがり終わり、次の雑談のタネになったのは船の名前であった。

 

「そういえば船の名前結構色んな案が出てたけど、結局ペルセウス号になったんだね」

「石化装置の通称がメデューサになってるからな、メデューサ退治の英雄の名前が験担ぎ的にも一番だろ」

「通称がバジリスクだったらアイビス号かニッポニアニッポン号になる所だった……?」

「わかりづらいね、それは。ちなみにコカトリスだったら?」

「ヘンルーダ号かなあ?」

 

などと地味に大樹がついていけない話になっていたが、突然全員が話をやめ船上を見る。

彼らの視線の先、そこには船長帽を被り真剣な表情の龍水の姿。

 

「ここにあるのは、この船の所有者にして船長たる俺の独断で選んだ船員リストだ! だが、これからこの船が行うのはすべてが人類未踏のミッション! 戻れる保証も命の保証もない……。だから、呼ばれたとて残りたい奴は残れ! 命の使いどころは、貴様ら自身で決めることだ!!」

 

その演説に込められた強い思いに打たれ、誰もが皆息を呑む。

これからこの船は先の見えぬ航海へと漕ぎ出す、死ぬかもしれない、病に倒れるかもしれない、それ以上の苦しみすら待ち受けているかもしれない。

その恐怖に立ち向かえるか? そう問いかけられて、イエスと答えられるか。

イエスかノーかで皆が迷う中、前へと出る者が二人。

 

「そんなもんとっくに乗り越えてんだ、未知を既知に変える機会を逃したら科学者は名乗れねえ」

「ついてくよ、千空。だって友達だもの」

 

呼ばれる前にとっとと乗り込んでくる二人、千空と桜子を一瞥した後少し苦笑を漏らしながら名前を読み上げる。

呼ばれる度、次々と乗り込んでいく面々、ターコイズにすごい目で睨まれながら乗り込むクロム、ニッキーは子供達にレッスンを欠かさないよう言い聞かせ一人一人抱擁して別れを惜しみ、乗り込む時には盛大な歓声を受けた司、一部から兄貴コールが上がったマグマと金狼、そして銀狼はというと……、呼ばれた瞬間は尻込みしたがそれでも自分の足で乗り込んでいった。

 

「何か銀狼に言ったのですか師匠?」

「いいえ、彼には何も言ってませんよ。ただ龍水君にお願いしただけですよ、私の名前を銀狼君の後で呼んでくれるように、ね」

 

銀狼の中の踏み出す勇気の種は残念ながらまだ芽吹いていないようだ。

そしてゲンが呼ばれ乗り込む時、なぜか一人の少女を連れていた。

 

「あれ? あれってスイ……」

「おおっと、そこまでだ桜子。あの子はゲンが起こしたアイドルの卵で名前は翠花、あくまでも村人のスイカとは別人だ、いいな?」

「あっ、はい。……事情説明を求めても?」

「ドルオタの察知、特定能力って怖いなってとこだ」

 

目線の先では被り物をとってステージ衣装姿のスイカ、いや翠花の姿。

先程ニッキーを見送る子供達の中にはスイカの姿があった気がしたが、つまりそちらは替え玉という事だろう。

千空の話を聞けば、追っかけ連中が背格好からニッキーのレッスンを受けてる子供達の中に例の『若草の少女』がいると突き止めたらしい。

そこでスイカとは別人ですよと言い訳するために急遽替え玉を用意、スイカ本人は船に乗り、その間はゲンが周りをシャットアウト。

宝島から戻って次の航海に出る時、追っかけ連中には若草の少女は船に乗ったと思わせて乗り込ませ、スイカは本土に残る。

そうすればスイカが追っかけられる事はなくなる……という計画らしい。

この計画の問題点は二つ、

 

「世界を巡り終わった時どうするの?」

「とりあえずは時間稼ぎだな、時間が空けば忘れてくれるかもしれねえし、別のアイドルを起こして目を逸らすこともできる。要はスイカが困る事態を避けるのが目的だからな、その他の問題点にはある程度目を瞑るつもりだとよ」

 

このスイカの一件は珍しいゲンの誤算である、彼が他人の行動のコントロールをミスした姿を見るのは、少なくとも桜子にとっては初めてである。

ゲンがスイカのマネージャーみたいなことをしているのは、それのフォローのためだろうとは事情を知る者達の共通した感想である。

ゲンが追っかけ達をすげなく追い返す傍らで、龍水のリストに残る名前は順調に減っていき最後の一人が読み上げられ乗船が終わった。

 

「すぐに解決できないから先送りかー、しょうがないといえばしょうがないのかなあ。でも、もっと大きな問題あるでしょ? アイドルだったら大勢の前で歌えなきゃまずくない? 恥ずかしがり屋のスイカにできるの?」

「こんな大舞台じゃ上がっちまって無理なんじゃねえかって? そりゃスイカの奴を舐めすぎだな」

 

桜子の不安に対し千空が笑い飛ばすとほぼ同時に龍水が何やら合図を送る。

その合図に応じて出てきたのは……楽器を持ったフランソワと他数名の姿。

 

「では、船出を祝してだ! ゲンの秘蔵っこ、翠花嬢によるライブを行う! 皆! 盛大な拍手で迎えてくれ!」

 

龍水がそういうとスイカが前へと歩み出てにっこりと笑顔で一礼する。

そのしっかりとした歩みと綺麗な笑顔を見て桜子は自分の不安が杞憂であることを理解した。

 

「さあさあ始まるよ、翠花ちゃんの初めての公式ライブ! 聞き逃したら一生の後悔モノだよ! それじゃあ一曲目始めようか、伴奏よろしくぅ!」

 

ゲンの言葉を合図にフランソワ等が伴奏を始める、そしてそのフレーズに桜子は聞き覚えが、というか自分が書いた楽譜の中にあった。

 

「あー、そうだね、ペルセウス号の船出にはそりゃピッタリだよね」

「オメーが教えた奴の中にあった曲か、なんでピッタリなんだ?」

「そのまんまだよ、だってこの曲の名前は……」

 

桜子が曲の名前を言う前にスイカの歌が始まり、二人は聞く事に集中する。

その曲の後もスイカは何曲か歌を披露し、見事に歌いきった。

ライブは大成功で終わり、ペルセウス号の船出は幸先の良いスタートを切るのであった。

 

 

出港からしばらくして、陸地が見えなくなった頃。

クロムは飽きずに陸地から水平線に変わるところを見ていたが、他の皆はすでに飽きたのか周りには誰もいない状態になっていた。

水平線が丸みを帯びている事を発見し、それを話そうと周囲を見回したところで誰もいない事に気づく。

自分の発見を他人に話せなかった事に残念そうに舌打ちをしたところでふと、会議室へ呼ばれていた事を思い出し甲板から会議室へと向かう事にした。

 

「むっ? クロムか」

「あ、コクヨウのおっさん」

 

途中階段を降りようというところでばったりとコクヨウと出会ったのであった。

 

「お義父さんと呼ばんか、ばかもの。……ちょうどいい、今時間はあるか?」

「んー、まあいいか。多少なら大丈夫だぜ」

 

確かに会議室へと向かっていたが先程まで海を眺めていたように急いではいない。

時間指定もされていないし、海を眺めるのに飽きたら来い、と言われていたので時間を作る事に支障はなかった。

 

「そうか、なら、すまんが少し話がしたい」

「ああ、いいぜ。階段じゃ邪魔だし、甲板のとこでいいか」

「うむ、他の者もおらんようだし問題はない」

 

そうして甲板の縁に二人で並んでしばらくの間海を眺めていた。

コクヨウが話し始めるのを待っていたクロムが沈黙に耐えられなくなる直前、コクヨウが重い口を開いた。

 

「ターコイズがすまんな、あの視線と態度はちときつかろう。あやつはルリの事を我が子のように思っておるでな、お主がルリを放って遊んでいるように感じてしまっておるのだろう」

「傍目にゃあそうとしか見えねえよなあ……おっさんはそうは思わねえのかよ?」

「馬鹿にするでない、ルリがそんなことを許すはずがなかろう。あの子はワシとワシの妻の子でコハクの姉だぞ」

 

説得力があるようなないような言葉であるが、とりあえず自信たっぷりではあった。

流石のクロムもこれには苦笑い、ついつい自己韜晦交じりの言葉を吐いてしまう。

 

「どうかな、俺が口八丁で誤魔化したのかもしれないぜ」

 

それに対するコクヨウの反応はとても冷たいもの……いや、生温かいものであった。

 

「お主にできるはずがないだろう、おぬし並みに分かりやすい者なぞ桜子以外にワシは知らんぞ」

「え! 俺アレと同レベル!? ゲンに『全開か全閉じしかない子』とか言われたあいつと!?」

 

生温かい目とともにため息交じりに言われた言葉にショックを受けたのか、思わず大きなリアクションをしてしまう。

 

「自分で気づいとらんかったのかお主……。まあよい、ルリを説得できたからこの船に乗っとるのだろう? それに対しどうこう言うつもりはないぞ、ワシは」

「……理由は聞かねえのかよ」

「言いたくないのであろう? 無理には聞かぬよ」

 

どうやら本当にバレバレらしい、流石にある程度親しい相手だけだろうが……ここまでばれてるとなると友人全員気づいているのだろうか?

 

「心配せんでも内容までは分からんよ、ルリのために何かしようとしているという事ぐらいしかな」

 

それは幸いだ、これは、この気づきはいらなかった。

きっかけはいつぞやの桜子の『村の人達は私が救う』という言葉、その時は千空の全体均質化という説明で納得した。

次に疑問を持ったのは法律というルール作りの時。

三親等以内の結婚は認められないという話を誰かがしていた、昔っから同じような奴が増え過ぎないように工夫してたんだなと思いこんだ。

納得が崩れ始めたのは現在と旧世界の差に気づいた時。

生まれたばかりの赤ん坊の死亡率を聞いた時明らかにおかしいと思った、子供を産むというのはひどく命がけではなかったのか?

そこから調べ始めてしまい、真実にたどり着いたのは復活者の一人に話を聞いていた時。

競馬とやらが趣味だったというそいつは喜んで血統の話をしてくれた。

それからめちゃくちゃに悩みまくった、ルリにも話せずにいた。

結局問い詰められてゲロる羽目になったが。

全部話し終えた後で泣きじゃくる自分を抱きしめながら、

 

「クロムなら乗り越えられる、乗り越えてくれると信じてます」

 

そう言ってくれたのがどれだけ勇気をくれた事か。

 

「……科学が楽しくて仕方ねえってのが二番目の理由だよ」

 

嘘をつきたくなかったからそれだけをコクヨウに告げる。

 

「そうか、一番の理由をルリには言ってあるならば良い」

 

見透かされ過ぎである、これが年の功という奴だろうか?

 

「一つ言っておくぞクロム、お主が諦めておったらルリが助かることはなかった。今後もお主が諦めることはない、ワシはそう信じておる」

 

目頭が熱くなる、ちょっと男として恥ずかしい姿を見せてしまいそうだ。

だから、大声でこれだけ言って会議室へと走り出した。

 

「俺、会議室へ行かなきゃだからよ、ちょっと行ってくるぜ……親父!」

 

そんなクロムの後姿を見送った後、コクヨウは空を見上げてつぶやいた。

 

「ルリは良い旦那を貰ったぞ、あの子の男を見る目はたしかだなあ、母さん」

 

にじむ空を見上げながら、亡き妻へとそっとささやいた。



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ナナシ改め……

コクヨウと話をしていて思ったよりも時間が経っていた事に気づいたクロムは、急ぐ為に船内を軽く走っていた。

そのせいだろう、曲がり角で誰かの背中に思いっきりぶつかってしまった。

 

「うわったった、ワリい、急いでいたんでぶつかっちまった」

「こ、こっちもぼうっとしてたから気にしなくていいよ。って、クロム? これからの航海計画の話し合いに参加するんじゃなかったの?」

 

そういいながらぶつかった衝撃で尻餅をついたクロムに手を差し出すのはナナシ。

この場所は会議室のすぐ近くであり、この位置からすると、

 

「ちょっとコクヨウの親父と話し込んでたら遅くなっちまってさ。それはそれとして、会議室になんか用事でもあんのかナナシ?」

「え? いや、そういう訳じゃないけど……、どうして、そう思ったのかな?」

「だってこっから見えるのって会議室のドアぐらいだろ、それに船の行き先が気になってんだろ? 結構聞いて回ってたみてえじゃねえか」

 

ナナシの目が驚きで大きく開かれる。

彼としてはさりげなく聞いていたつもりだったのだ、それに行き先を知りたがるぐらいは普通の事だろうとも思っていた。

まあクロムでなければ気づかなかっただろう、御前試合の一件での借りを返したいクロムでなければ。

ちなみにナナシの事情を聞いていたわけではない、純粋にクロムが自分の観察力だけで気づいたのである。

まあ、今話している最中にも会議室の方に意識が向いている姿を見れば、大体の人間は分かるだろうが。

 

「話聞きてえなら入っちまってもいいだろ、もし怒られたら俺が無理に入れたって言えばいいからさ」

「い、いいの? 俺なんかが聞いたら駄目なんじゃ……」

「誰に聞かれても困る話なんかしてねえって、ほら、行こうぜ!」

 

戸惑いまごつくナナシの手を引いてクロムは会議室へと飛び込んだ。

 

「おーす、ワリーなちょいと遅くなっちまったぜ」

「おう、てっきりもうちょい遅くなると思ってたぜ。水平線に夢中だったんじゃねえのか?」

「ああ、そうだ! 聞いてくれよ千空、水平線って真っ直ぐじゃねえんだな! やっぱ俺らの立ってるこの星? って奴は丸いんだな!」

「流石の観察力じゃねえかクロム、15世紀には船乗りは気づいてたって話だからオメーなら不思議じゃねえが」

 

クロムは早速先程話せなかったことを嬉々として話し始め、それに関心しながら雑学を披露する千空。

そのまま話が雑談に流れる前に、パンパンと手を打って流れを止めたのはゲンだ。

 

「はーい、みんな集まったんだから雑談一旦終わり〜。今回の航海の目的地と狙いを改めてお願いね、千空ちゃん」

 

ゲンの言葉におおっとという顔をした後、前へと進み出る千空。

そこに貼ってある大きな地図を一度見つめた後皆の方へと向き直し話を始めた。

 

「ああそうだな、時間がねえわけじゃねえが、雑談はいつでもできるか。今回の目的地は村の創始者、人類最新の宇宙飛行士達の着陸地点である……通称宝島だ!」

 

言いながら後ろの地図を指す、その地図は多少細かい部分が荒いが確かに島の全体地図であった。

 

「おおお! それは宝島の地図だったのか! そこに人類を救う為に必要なものがあるんだな!」

「すごい地図だよね、どうやって作ったのかな?」

「手書き」

 

大興奮の大樹の横でふとした疑問を杠がこぼすと、短く、とても短く桜子が答えた。

 

「え、ええっと、聞き間違いかな? あれだけの大きさの地図を、手書きって……」

「逆に聞くけど、手書き以外に方法が?」

 

俯いている桜子の目は周りからは見えないが……死んだような目になっているのはその平坦な声から想像に固くない。

 

「おう、REIと桜子のお陰でいい地図ができたからな、感謝してるぜ」

「暗い中電気全開で何日もかける羽目になったんだからね! どんだけ大変だったか分かる!?」

 

軽い感じの感謝に思わず涙目で詰め寄る桜子。

原始的なFAXと同じように、REIが撮った衛星写真をマス目で区切り一つ一つ口頭で伝えて、それを桜子が地図に描いていったのだ、一人だけで。

 

「分かる!? 一つ一つのマス目を埋めている途中で残りのマス目をつい数えちゃった時の絶望感が! 描いてる最中に電気が切れた時の心細さとか! とっても大変だったんだからね!!」

「おー、分かってる、分かってる。分かってるからその辺の文句は後でなー」

 

胸元を掴んで前後に揺する桜子におざなりな言葉で対応する千空。

誠意がこもってなーいと更にヒートアップする桜子。

そんな狂騒のせいでナナシがいる事に気づいた者はごく少数だった。

 

「と、止めなくていいのあれは?」

「千空に任せときゃいいだろ、アレは。それよか地図に書かれてる記号の説明が欲しいとこだな」

 

見ればバツマークが付いているマスが地図のあちらこちらにある。

目的の物がある場所ならば一ヶ所だけのはずだが、複数あるという事は場所が絞りきれなかったのだろうか?

 

「ああ、それはねえ、どうも人工物らしき物がある場所らしいよ?」

「人工物って事は、宝島に人がいんのか!?」

 

その疑問に答えたのはゲン、ナナシに目を向けているところを見るに、参加予定のなかったナナシがいる事を聞きにきたのもあるようだ。

 

「ごめん、勝手に入ったりして。で、でも、どうしても知りたい事があって……」

「ああ、ワリいなゲン、俺が無理に引っ張ってきたんだよ。だけどナナシならスイカの事気づいても黙ってるから大丈夫だぜ」

「いきなり何言い出してんのクロムちゃん!?」

 

クロムの爆弾発言にゲンが思わず大声を上げ周りからの注目を集めた。

 

「おい、ゲン。何を大声上げてんだ? テメエの秘蔵っ子とやらになんかあんのか?」

「今はニッキーがそばについているのだったか? 彼女が一緒ならば心配することなどなかろう」

 

そこまで広くない室内だ、話している内容が筒抜けなのも仕方ない事だろう。

しかしその反応が更なる爆弾を招き寄せる。

 

「なんだ、マグマもコハクも気づいてねえのかよ。ありゃスイカだぜ、髪型や服が違うからわかりにくいかもだけどよ」

「何? だが身長が違っていたぞ、スイカはもう少し背が低いはずだが」

「靴底が高い奴履いてたんだろ、そういうのをカセキが作ってるのみたしな」

 

ポンポンと秘密にしておくつもりだった事を暴露、証拠の提示を行うクロムに引き攣ってゆくゲンの顔。

 

「だ、誰にも話す気ないから! クロム! クロムもその辺で止まって!」

「え? 話しちゃダメだったのか? てっきり皆気づいてるもんだと」

 

観察力が高いクロムだが、他人がそこまで気づく事ができないという事までは気づけなかったらしい。

能力の高い天才あるあるである。

 

「はあ〜、別に気づかれてもいいんだけどね、スイカちゃんに追っかけが張り付く事態を避けられるなら。無闇に広めないでね、ジーマーで。……千空ちゃーん、そろそろ本題に戻ってくれない?」

 

ゲンは諦めたようにため息をついた後、この話題を終えるために千空に航海についての話に戻るよう促した。

名前を呼ばれた千空は未だに文句を言う桜子の頭をポンと叩く。

それを受けた桜子はまだ言いたりなさそうながらも引き下がった。

 

「あー、どこまで話したんだ……ああ、そうだ、宝島の地図だったな。この宝島なんだがな、REIのお陰で無人島じゃなく人がいるだろうって事がわかった。なんで、話したいのは上陸方法だな」

「無人島なら砂浜に上陸後島をシラミ潰しにすれば良かったんだけどね」

「だが、新世界初の交易のチャンスでもある! 今から楽しみだ!」

「島の人達もおそらく石神村と同じルーツの人達だと思うんだよね、だから大きく喧伝しながら行けばいいんじゃないかなと思うんだけど」

「いくらなんでも楽観的すぎるでしょ、村に入れ込みすぎて警戒心無くしてない?」

「うっ、否定しづらい……」

「石化装置があるかもしれないってのに堂々と近づくってのはなあ、いくらなんでも無用なリスクだろ」

「だけど来ると分かっていれば対処もしやすい、そう考えれば無しではないよ」

「文明レベルからあって石器でしょう、最初から制圧するつもりなら問題はないでしょうね。無論、石化装置を排除することが前提ですが」

 

石化装置の話を聞いていないナナシだけが話についていけず戸惑っていたのでクロムがざっとその辺を説明する。

信じられないような内容であるがそれは別に気にすることでもない、それよりも今その話を聞いて思い出せたことの方が重要だ。

 

「皆、俺言わなきゃいけない事があるんだ、き、聞いてくれないか、な」

 

そう大きな声で言えば皆の注目がナナシに集まる。

皆の目が集まった事にかなり怯んだが、それでも言わない事は選べず勇気を振り絞って話し始めた。

そして、その内容は皆を驚かせるのに十分だった。

 

「えっと、ナナシ君はホントはナナシって名前じゃなくてソユーズって名前で、石神村で生まれた訳じゃないんだね?」

「そして宝島はナナシ、じゃない、ソユーズの故郷かもしれないわけか。桜子、それは漫画には描いてなかったのか?」

「あったよ、ソユーズ君が自分から言うまで話さないつもりだったけど。他人の秘密勝手にしゃべるとか駄目だと思うし」

 

唯一桜子だけはそこまで驚いていなかったが。

 

「それとなく伝え……るのは無理か。だが重要案件オメーだけで抱えるのはどうよ」

「でも石神村の出身じゃないっていう事は村のお年寄りは知ってたよ? ちょうど不漁続きで大変な時期だったから知ってる人は多くはないとも言ってたけど」

 

コクヨウが知らなかったのがそのいい例である。

 

「フゥン、その辺りはそれぞれの人間関係で処理できるとして、問題は、だ」

「ぼんやりと何かから、おそらく石化装置から逃げていたような記憶があるってところだね」

 

漫画の話を聞いて微かに記憶が刺激されたのだろうか? ソユーズは島から出る時の記憶、赤子の時のわずかな記憶を思い出したのだ。

それを聞いて渋い顔になった龍水と羽京、何故二人がそんな反応になるのか理解できないマグマが声をかける。

 

「んだよ、ナナシ、じゃねえな、ソユーズになんか文句でもあんのか?」

「ソユーズ自身に文句があるわけではないが、これで島の住民とは敵対する可能性が上がったと思ってな」

 

その龍水の言葉に理解できないとばかりに首をひねるマグマに羽京からの補足が入る。

 

「いいかい、ソユーズは赤ん坊の頃に島から逃げだしてるんだ、本当なら長旅なんて厳禁な赤ん坊が、だよ? 連れ出した人だけが逃げたかったならおいてくのが当然なんだ。

だけどそれをしなかったという事は、ソユーズ自身が狙われた可能性が高いんだ。

赤ん坊の頃命を狙われた人間がのこのこ戻ってきて、殺されないって思うのは楽観が過ぎるかなって思うわけさ」

「お、俺のせいでそんなことに……」

 

自分のせいで、あったかもしれない話し合いだけでの解決がなくなったかもしれない、そう言われたように感じたソユーズがショックでよろめく。

 

「おいコラ羽京! テメエソユーズになんか恨みでもあんのか!」

「違うって! あくまで可能性の話だよ!」

「落ち着いてくれマグマ、羽京はソユーズを責めてるわけじゃなくて島の人間がどう動くかを予想しているだけだ」

 

そんなソユーズをかばうように羽京にかみつくマグマに慌てて誤解だと弁明する羽京。

その状況を収めようと司がマグマを諭すがなかなか止まらない。

マグマが止まったのは次の千空の一声であった。

 

「落ち着け脳筋、今の話でなんか俺らのやる事に問題でんのか?」

「ああ!? って、どういう意味だ千空?」

 

脳筋という罵倒に一瞬怒りかけるが、それよりも問題などないと言わんばかりの千空の態度に疑問の方が先に立つ。

眉間にしわを寄せるマグマに千空はいつもの不敵な笑みを見せ答えた。

 

「選択肢がこっそりと近づいて宝箱をいただいていく、に固定されただけじゃねえか。元々堂々と真っ正面からってのは選ぶ気なかったんだ、議論する時間取られなくて万々歳だぜ」

 

見れば議論しそうな筆頭が口を尖らせながらも何も言わずにいる。

無論、これが千空からソユーズへの気遣いでもあるのは分かっているが、まあソユーズが無用に責め立てられないなら問題ないかと矛を収めた。

そして、マグマが落ち着くのを待っていたのだろう、話を次に進めるようと氷月が方針確認の質問をした。

 

「それで、島の人間が敵対的であると仮定して方針はどうしますか? 殲滅ですか? それとも制圧ですか?」

「どっちも七面倒臭えな、俺らの目的は宝箱である宇宙船ソユーズとその中の白金だ。なるべくこっそりと行って目的のブツだけ頂くのが理想だな」

 

実際あちらの戦力がどれほどかは不明だが、積み込んでいる物資には鉄製の武器もカーボン製の防具もそろっておりあちらが石器時代程度の文明であれば人数がいくらいても一蹴できるだろう。

だが、別に支配が目的ではないのでそれをやる必要はないというのが千空の判断だ。

 

「ふむ、ペルセウス号を近づければどうしても目立つ、だが上陸用の小舟では捜索の人手が足らん。どちらをとるのだ?」

「どっちをとってもそこまで変わらねえ、なら人手が多い方で行く。ただ石化装置で奇襲一発、それで全滅は避けたい所だからな、周囲が開けてて人があまり来なそうな場所に停泊するとしようぜ」

「それならここの岩場かな? 木々も生えてないみたいだし、人工物も近くにはないようだし」

 

そう言って地図の一点を桜子が指す。

確かにその場所は開けており、ペルセウス号の乾舷と比較して乗り降りに不自由しなそうな場所であった。

 

「ちょうどいい場所があんな。よし、そこに停泊して島内を捜索、目的のブツをゲットしたら早々に帰還! この方針で行くぞ、異論は?」

 

誰にも異論がない事を確認して船の停泊予定地とその後の行動予定が決定された。

そして、彼らの内誰も知らない事であるが、その場所を島の人間はこう呼んでいた、『海哭りの崖』と。

 



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島の日常が終わる最初の日

その日の朝、イバラはいつもと同じように目覚め、いつもと同じように支度をし、いつもと同じように、

 

「あ、残念ながら君まだ不合格だね、また今度教育してあげるから楽しみにしてて?」

 

寝室に残るモノに声をかけ、いつもと同じようにお勤めに出ていった。

そしていつもと違う報告を受ける。

 

「巨大な船?」

「はい、信じられないぐらい大きな船が海哭りの崖にあった、と」

 

ふうむとイバラは考え込む。

間違いなく島の物ではない、ならば島の外からの?

百物語……まだ若い頃に頭首が語っていたのを少し思い出す。

それの何番目かにいつか島の外へ出て本土を目指せ、などと語られていた気がする。

つまり自分の生まれる前に島を出て行った連中が戻ってきた、という事だろう。

思わず心の中で舌打ちをする、大昔に逃げ出した連中が今更何の用なのだ。

もう既にこの島は自分の物だ、確かにまだ頭首という存在が上にいる事になっているが……。

そこまで考えてふと思いついた、もしこの考えが上手くいけば名実共に自分がこの島の支配者となれるかもしれない。

そのためにはまずそいつらの強さを確認しなければならない。

 

「キリサメちゃんいる?」

「はい、こちらに」

「御頭首様の御心を騒がせたくないからね、その船の輩、罪人として処理しちゃってくれる?」

 

イバラの言葉に無言で頭を下げ了承の意を示すキリサメ。

そのまますぐに踵を返し、自らの使命を果たし行く。

部屋から出る直前にその背中にイバラが声をかけた。

 

「ああ、そうそう。万が一も無い様にモズ君も一緒に連れて行ってくれる?」

「はい、承知しました、御頭首様の命とあれば」

「ついでに何人か連れてって? 新人どもの練習がてらにさあ」

 

キリサメは訝しげに眉を顰めるが、特に反対する様な事でもないので先程と同じく無言で頭を下げて了承する。

まずモズを捕まえて、次に適当にそこらの者を連れて行けばいいか、その様に考えながら退出していくキリサメ。

その後ろ姿を見送ってイバラはそっとつぶやいた。

 

「先ずは小手調べ、お手並み拝見って言うんだっけ? こういう時」

 

その呟きは誰の耳にも届かず部屋に吹き抜ける風に溶けていった。

 

 

「ふう、全く御頭首様……いや今回は宰相様かな? 人使いが荒いよねえ、人が折角可愛い子との二度寝を楽しんでいたっていうのに」

「相変わらず最低ですね、御頭首様の命にそんな理由で拒否しようだなんて。反逆したいならば言って下さい、即座に御頭首様のお力が貴方の頭の上に降り注ぎますから」

「いやいや、そんなつもりはないよ。ただもう少しのんびりしたかったってだけで」

 

島最強の二人が相性悪い事は有名だが、それを間近で見せられるのは付き従わされる方としてはたまったものではない。

自分達では止めようのない上位者同士の喧嘩など、巻き込まれないよう祈りながら頭を低くしているぐらいしかないではないか。

早く海哭りの崖に着いて欲しい一心で黙々と進むキリサメにちょっかいをかけ続けるモズ以外の一団。

やがて不気味な音を立て続ける、島の者は滅多に近づかない場所、海哭りの崖に着いた。

 

「へえ、確かにとんでもない大きさだね。あんな船見た事もないや」

「どうでもいい事です、さっさと使命を果たしますので周辺警戒してて下さい」

 

そこに見えたのは見た事もないほどの巨大な船、こんな物どうやって動いているのか想像すらできない。

だが、流石は島最強の二人である、一切動じず淡々と使命を果たそうとしている。

自分達も及ばずとも足手まといにはなるまいと気合いを入れ直す。

そして船にある程度近づいた時、突然モズが立ち止まる。

 

「何をしているんですモズ? 唐突なサボり癖ですか?」

「あー、キリサメちゃんでも気づけないか。俺以外なら通用したのに、残念だったねえそこの奴」

 

いいながらモズが槍を向けた先で地面が盛り上がる。

いや、地面と同じような色の布が退けられその下から男が二人出てきた。

 

「ちっ、やっぱコソコソすんのは苦手だぜ」

「マグマ君は戦意が出過ぎなんですよ、やる気があるのはいいですが気が逸り気味なのは修正すべき点ですね」

「あー、うっせうっせ、気を抜いてる奴をぶちのめしても自慢にゃなんねえだろうが」

「まあ我々は暗殺者でもないのでそれでいいでしょう」

 

出てきたのは金髪の大男と白髪ののっぽ。

金髪の方は剣をのっぽの方は槍を持っているが、どちらの得物も見たことのない材質だ。

少なくともこちらの得物より硬い物で作られている事はその見た目だけでわかる。

それに前腕や脛、左胸といった急所や怪我をしやすい場所に防具らしき物もつけている。

どう考えても装備としてはあちらの方に軍配が上がるだろう。

 

「ふむ、マグマ君。私があの長髪の男を抑えますので、その他大勢をお願いしますね」

「ちっ、まあ仕方ねえか。そいつは俺だけじゃ勝ち目が薄いからな」

「すみませんね、君一人だけでも私が有象無象を片付ける間くらい保つでしょうが、無駄にリスクを負う必要はないでしょう」

 

思わず内心で舌打ちをする、大男の方だけなら勝てるがのっぽの方は分からないからだ。

しかもこの至近距離ではキリサメの石化装置を投げてはこちらまで巻き込まれてしまう。

仕方ない、久々に本気でいくか、と思い槍を構えた次の瞬間、凄まじい殺気を感じた彼は叫んだ。

 

「後ろだ!」

 

戦慄と共に後ろへと振り向くモズ達の目に写ったのは、剣の一閃で崩れ落ちるキリサメの姿だった。

 

 

気を失い倒れる女性、キリサメと呼ばれていた人の体を受け止めながら司は安堵に胸を撫で下ろしていた。

朝日が昇った時点であちらの拠点をコハクが望遠鏡で偵察開始したのだが、その時点ですでにこちらに向かっている十名ほどの姿を発見、大慌てで待ち伏せの態勢を整え大雑把に作戦を決めた。

そしてその作戦ではもう少し先まで進ませ、そこに潜んでいる金狼と銀狼が飛び出し注意を引き、その後自分とコハク、氷月とマグマの四人で後ろから奇襲、一番強いであろう槍使いと二番目に強いと思われるこの女性を制圧。

その成果をもって残りの者達に降伏を勧告するという予定だったのだ。

まあ当初の予定通りではないが、抑えるべきポイントは抑えたので問題のない範囲と言える。

 

「コハク、この人を」

「承知した、捕虜として船へ連れて行くのは任されよう」

 

そう言って手早く縛り上げ担ぎ上げ、目の前の男達を迂回して船へと走り去る。

そうしてあっさり無力化、捕縛されたキリサメの姿に動揺するモズ以外の男達。

それは致命的な隙であった。

 

「おおっらあ!」

 

その隙を逃さず飛び込んだマグマによって半分ほどが吹き飛ばされ地面に転がる羽目になった。

モズはもう少しで内心だけでなく実際に舌打ちをするところであった。

最初にオオアラシと同等程度には腕の立つ奴と、少なくともそれより上の槍使いが出てきただけで異常事態だ。

その時点でキリサメに頼らざるを得ないというのに、さらに槍使いと同格の男が追加されキリサメが奇襲で無力化、捕縛されるとは何の悪夢だというのだ。

モズはすでに勝機はないと判断し、撤退する隙を探り始めていた。

そしてモズが撤退するに方針に舵をきった事に氷月も気づく。

マグマの戦意に気づかれたのは想定外だったが、結果としていい囮になって奇襲が綺麗に決まる結果となった。

すでにこの時点で勝利は確定と言える、ならば流れが来ている今なら少々欲張ってもいいのでは?

氷月の頭の中で欲張って失敗した時のリスクがどのくらいか素早く計算が行われる。

モズとのにらみ合いをしながら計算を終えるころにはマグマは他の男たちを倒し終わり、金狼と銀狼も合流していた。

この状況にはさすがのモズも焦りを覚え、冷や汗を流す。

先程までの状況ですでに逃げに徹さざるを得ないのに更に援軍追加?

これは流石に詰んだか、とモズが人生で初めての敗北の悪寒にさらされていた時、目の前の槍使い、氷月がある提案をするのだった。

 

 

「はああ!? 氷月テメエ何考えてんだ! 敵はぶっ倒せるときにぶっ倒すもんだろうが!」

「無謀じゃないかい? 俺の見立てだと勝ちの目は三割程度だよ?」

「なに、三割あれば上等ではないですか。負けたところで失う物は最悪でも命程度、その場合鉄犬氏には私が責任もってお話ししましょう」

 

氷月の提案を聞いて猛反対するマグマと消極的ながらも反対する司はむしろ正しいと言える。

モズは強敵だ、それを仕留める機会を棒に振るのは非合理であるし、無用な危険を犯す必要など本来なら無い。

当事者達の反応としては、

 

「ふざけているのかな? 俺をここまでコケにした奴は始めてだよ」

 

モズは怒りと屈辱に震えながらそう口にし、

 

「自分に異存はありません、むしろ機会を与えてくれるならありがたい」

 

金狼は静かに闘志を燃やし、

 

「ムリムリムリムリムリィィィィィ!!! ムリだって! なんでこんな氷月師匠や司が担当するような人に挑まなきゃいけないのぉぉ!! 金狼でも勝ち目ないじゃん! そこに僕が加わっても負けるに決まってるじゃんかあぁぁぁ!!!!」

 

銀狼は全力で喚き散らした。

そう、氷月の提案とは、

 

『モズと金狼、銀狼の二対一の決闘』

 

である。

因みにモズの名前は提案した時についでに聞いたのでこの場の全員が知っている。

ルールとしては動けなくなったり、戦えなくなった相手へのトドメの禁止のみ、ほぼ殺し合いと変わらない形である。

この勝負にモズが勝てば先程捕まえた女性を含めて全員解放し、負けた場合はモズは話し合いの席に着くよう御頭首様とやらを説得に行く。

 

「俺が受けないって言ったら?」

「趣味ではないですが、そこまで袋叩きをご希望なら応えるに吝かではないですよ」

「ちっ! 実質選択肢なんてない訳か。いいじゃない、そいつらを血祭りにして俺を舐めた事を後悔させてあげるよ」

「できるものならどうぞ、まあ君では金狼君一人に勝つにも日が暮れるまでかかりそうですがね」

「その挑発、乗ってやるよ。秒で血の海にしてやるから楽しみにしてな」

 

氷月の挑発にますます殺気を膨れ上がらせるモズに銀狼は完全に怯えきってしまった。

 

「金狼! 止めようよ、無理だよ! 絶対酷い目にあうって! 今ならきっとまだ間に合うから師匠を止めてよう!!」

 

恥も外聞も知らぬとばかりに金狼の足に縋りつき泣き言を叫び続ける銀狼。

司とマグマはそれを見てこれはダメだなと思ったが、縋りつかれる金狼は別であった。

 

「銀狼、あいつが怖いか?」

「怖いに決まってんじゃん! 何言ってんの!?」

「そうか、俺には奴はちっとも怖く感じられんがな」

「頭おかしいんじゃない! あんなやばそうな人がガチギレしてんのに怖くないとか!」

 

実の弟に頭おかしい扱いされた金狼は、それでも優しく微笑みそっと銀狼の頭に手を置くと静かに理由を語る。

 

「銀狼、俺はな、……御前試合でお前を殺す気だった師匠の方が数倍怖く感じたぞ」

「あ」

 

その時の氷月の顔を思い出したのだろう、モズの顔を見て確かにそうだなと頷く銀狼。

 

「それに、だ。お前には正式な二間槍があるだろう、それで俺の後ろから奴の隙を突いてくれればいいだけだ」

「前に出なくていいの!?」

「もちろんだ、お前に奴の槍が届く事は決してない。弟を守るのは兄としてのルールだからな、俺は必ずルールを守るぞ」

「兄ちゃん……」

 

金狼の力強く頼もしい言葉に銀狼の口から幼い頃の呼び方が溢れる。

 

「ふっ、久々に聞いたな、お前の兄ちゃん呼びは」

「うん? ……はっ! 何にも言ってないよ、うん、何にも言ってないって! 決闘すんでしょ、ほら、早く位置について!」

 

銀狼の溢した呟きに幼い頃の記憶が思い出されついつい笑みが浮かぶ金狼。

その反応にようやく自分がなにを言ったのか気づいた銀狼が照れ隠しに大声をあげながら金狼の背を押す。

顔を赤くした銀狼が金狼をモズの前に押しだす間、終始金狼の目は優しげであった。

そんな兄弟の温かな交流に緩やかな空気が流れる。

が、対峙するモズとしては舐められているとしか感じられなかったらしく苛立たしげに舌打ちをした。

 

「温いもの見せてくれるねえ、これから起こる悲劇の前振りかな?」

「先程言ったばかりだから覚えているだろうが、あえてもう一度言ってやろう。貴様の槍が銀狼に届く事は決してない、そして、貴様に二対一で負けていては師匠の弟子は務まらんともな!」

 

酷薄な笑みを浮かべながらのモズの挑発に毅然と言い返しながら槍を構える金狼。

その後ろで銀狼も槍を構え決闘の準備が完了した。

 

「務まらない、ねえ。ならさあ、謝っておいた方がいいんじゃない? あの世に行く前にさあ!!」

 

言葉と同時にモズは金狼へと獣のように襲い掛かった!

 



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決闘! モズVS金狼&銀狼

屈辱だ、ここまでの屈辱を受けたのは初めてだ。

今日は朝からろくでもない事ばかりだった。

昨夜の夜の遊びに誘った可愛い子はしつこすぎて疲れるほどだったし、それで二度寝をしようとすれば叩き起こされる。

お仕事だから仕方ないかもだが行き先があの不気味な海哭りの崖、それだけでも憂鬱だってのにさらに雑魚どものお守り作業付き。

そして雑魚っぽい奴の気配を察知して憂さ晴らしを兼ねてなぶり殺してやろうと思えば……人生で一番の驚きだった。

まさか俺に迫る、最悪並びかねない強さを持つ奴が一緒に出てくるのは流石に予想外だ、それも二人。

負けるかもしれないなどと思わされたのは本当に屈辱でしかない、逃げる事が頭に浮かぶなど恥辱以外の何物でもない。

止めは後から来た雑魚二人との決闘するかわりに見逃されること。

この程度の雑魚二人に負けるわけがない事ぐらい分かっているはず、なのにあんな条件をつけてくるということは、こちらを叩くなんていつでもできると舐められているのだろう。

ならその舐めた態度を二度ととれないようこの雑魚二人を殺してやろう、そう決めてこの決闘に挑んだのだ。

屈辱はさっきまでで頂点だと思っていた、だがまだ上があったらしい。

開始から十分、未だに俺はこいつらを殺せていない。

 

「ああああぁぁぁ!!!」

 

口から勝手にこぼれ出る鬨の声も気にせず猛攻を再開する。

槍を叩きつけるように振るうがその際に相手の槍先とぶつからないようにしなければならない、ぶつかってしまえばあっさりとこちらの槍は壊されるからだ。

すでにこれは四本目、壊れるたびに連れてきた雑魚の持っていた槍を拾うが残りは五本。

それまでに金狼とかいった名前の目の前の雑魚を突破しなければならないのだが、防御が妙に上手いこいつを攻めきれない。

もしやこっちの動きが見えているのか、振るう先にあちらの槍がある事が非常に多い。

ならば反応できない程速く振るってやればいい、実際そうしてやれば防御しきれずに当たる事もある。

だが、こいつらの防具を貫けない、衝撃は伝わっても決して切り裂く事はできない。

そこまでは…よくはないが、まあいい。

 

「右にっ!」

「おう!」

 

目の前の奴がかけられた声に応じてスッと横へずれるのを見て、慌てて逆側へ体を滑らせる。

一瞬前まで俺の居た場所に鋭く切り込んでくる槍が目に入り背中に冷や汗を流す、さっきからこの流れのままだ。

前の奴だけなら圧倒できたはずなのに、前の奴が崩れそうになったり、後ろの奴から意識を逸らすと意外なほど鋭い一撃が飛んでくる。

槍で防げば双方の素材の差からあっさり貫かれ、逸らそうとして槍先を叩けば砕かれる。

結果避けるしか選択できず俺の攻撃の幅は著しく制限される、後ろの奴のせいでこんな雑魚二人に追い込まれているのだ。

つまり俺が受けている一番の屈辱とは、銀狼とかいうこの中での一番の雑魚に敗北を意識させられている事だ。

 

 

この十分で何度目の戦慄だろうか? 金狼はモズの猛攻を捌きながら少し数えてみる。

そしてすぐにそれを投げ出した、なぜならすでに数え切れる回数ではなくなっていたからだ。

熊の如き一撃の重さ、獅子の如き俊敏さ、猫の如き肉体の柔軟性、鷹の如き視野の広さ、なるほどここまでの才が在れば小さな島では、いや、生きている内に自分より強い者に会う事がないかもしれない。

才だけで言えば司に並ぶのではないだろうか? 僅か数年で並ばれては長年稽古を積んできた者達の立つ瀬がないと師匠がぼやくほどの才能の塊である司と、だ。

対等の条件で立ち会ったならおそらくすでに自分は地に倒れ伏している、そう確信できる程度には実力が才能だけで上回られている。

この男と自分の実力差では有利な点の一つや二つ程度では覆すことは不可能だろう。

だが、それが三つならば? 四つならば? そこまで与えられて勝てなくては師匠の弟子を名乗る事は出来ない。

実際自分に有利な点がいくつもある、まず一つは言うまでもないが装備の差。

槍同士で打ち合えば一方的にあちらが砕ける、鍛え上げられた刃先と仕込まれた鉄の芯棒で丈夫さも鋭さも勝負にならないレベルだ。

防具もあちらのは無いも同然だが、こちらは軽さと硬さを両立させているカーボン製。

この十分で何十度受けても逆にあちらの槍先がかけるほどの物だ、仮に同じ実力同士でこの装備の差をつけたなら闘いにならないだろう。

二つ目は経験の差、この男は強い相手とぶつかった経験がほぼ無さそうである。

この才能持ちでは致し方ないだろうが、一撃で終わった以外の戦闘経験がほぼないのではないだろうか?

確かに凄まじい猛攻であるが振るった後の事が全く考えられていない、こんな攻撃していたら師匠だったら終わった後説教の数時間は覚悟せねばならないだろう。

まあ、受けるのに精一杯の自分が何か言っても滑稽なだけだが。

三つ目は技量の差、フェイントのない真っ直ぐくるだけのものなど受けれて当然だ。

大振りなものが多く、テレフォンパンチだったか? そう表現したくなる攻撃ばかりである。

戻りが速すぎてそれでも防ぎきれず防具任せになる事も多いが。

ここまでの三つはあちらの不運、あるいは怠慢が原因であり、それが理由で勝てたとしても喜べなかったろう。

だが、四つ目、俺に与えられた最大の有利な点は違う。

俺達が必死に磨き上げた、誰にも負けない、負ける訳がない理由は、

 

「しゃがんで!」

「分かった!」

 

師匠や司にだって一泡吹かせられたコレは一味違うぞ。

この決闘が終わったら思う存分自慢しよう、『俺の弟は凄いんだぞ!』と。

 

 

「銀狼の奴いつの間にあんなに鋭い一撃繰り出せる様になってたんだ? 稽古中にはあんなもん見れなかったぞ」

 

決闘が始まって大分経っていたがマグマは未だ目の前の光景が信じられずにいた。

なぜなら、感じ取れたモズの強さから言って金狼が勝てる相手と思えなかった。

そして銀狼は稽古となれば逃亡し、対峙すれば萎縮し縮こまるような臆病な面倒臭がり屋だ。

そんな銀狼が一人加わっただけで埋まるほど金狼とモズの差は小さくなかったはずなのである。

 

「ああ、マグマは彼らと二対一をやっていないか。金狼と組んだ時の銀狼はいつもあんな感じだよ」

「はあ? なんで一人の時にできねえもんが二人の時にできんだ?」

「うーん、ヤン・ジシュカだったかな? その話は覚えているかい?」

「? どこぞの将軍だったか? 荷車を移動要塞みたいに改造したもんを使ってたんだったよな、それがどうしたってんだ?」

「荷車要塞からの射撃は普通の野戦より命中率が良かったらしい、安全な場所から落ち着いた状態で撃った方が当てやすい訳だね」

 

ここまで言えばマグマも司がなにを言いたいのか理解できたようだ。

だが、まだマグマの眉間の皺はとれない。

 

「つまり、銀狼にとっちゃ金狼の後ろはなにより安全ってわけか? まったく理解できねえんだが」

「個人の感情の話だしね、理屈じゃなくてそう信じられるか、っていう事さ」

 

理解できないと首を捻るマグマに苦笑を隠せない司。

 

「それにしても、……銀狼の動きが本当にいいね。俺とやった時は本気じゃなかったのかな」

「司の時よかあいつの動きがいいってか……あー、多分でいいなら理由は思いつくぞ」

「分かるのかい?」

「絶対あってるとは言わねえが、司の時よか今の方が安全って感じてんだろ」

 

先程とは逆に司が疑問をこぼすとマグマがその答えを出す。

推測でしかないが納得できそうな理由ではあった。

 

「まあ、理由はともかくとして、動きは良くなってるのは事実だね。うん、三割というのは間違いだったよ、五分五分ってところかな」

「結構上がったな、金狼も気合い入ってるみてえだから勝てるかもしれねえ」

 

ドジ踏んだりしなければという言葉は飲み込んだ、フラグ、とやらは立てる気はなかったし、なにより、

 

「そういやさっきから氷月の奴、妙にピリピリしてねえか? まさか自分でこの状況を作ったってのに今更後悔してんのか?」

 

普段より落ち着きがない氷月を刺激するのは避けたかったからだ。

 

「後悔はしてないんじゃないかな? ただ、氷月の予想より二人の動きがよかったり、あちらの強さが思ったより上だったりでこの後の予想がしづらくってやきもきはしてると思う」

 

小声で氷月に聞こえないように気をつけながら話すマグマにそう返す司。

しかし、このままの流れでいくと、

 

「勝敗はあちらの戦意次第だね」

 

司がそう呟いたのはモズがちょうど最後の一本を拾った時であった。

 

 

このままでは負ける、認め難いがそう認めざるを得ない状態だ、頭の片隅で冷静な部分がそう告げる。

こんな雑魚に俺が負ける? あり得ない、そう言いたいがこれだけのハンデの下では仕方ないと自分に言い聞かせる。

つまりいつも通りでは無理だから、別の方法を考える必要がある訳だが……そんなもの一度もやった事がない。

それでも無様に負けるなんてプライドが許さない、故に必死で考え続ける。

前か後ろかどちらかでも潰せれば俺の勝ちなのに……待てよ? 一瞬だけでもどちらかが止まればいけるんじゃないか?

どちらの方が止めやすい? ……後ろの奴だ、あいつの方がビビらせやすい。

そうと決まれば後はやるだけ、さっと持っている槍を逆手に持ち替え、一歩後ろへ。

 

「ふっ!!」

 

助走も省略し邪魔をされないうちに思いっきり槍を投げつける。

 

「うわあっ!」

「銀狼!?」

 

前の奴を掠めるようにして飛んだ槍は、狙い通り後ろの奴の近くを通り奴らの意識をそちらへと持っていく事に成功する。

そしてその一瞬さえあれば、

 

「! しまっ……!」

 

こいつの懐に飛び込むなんて訳ないのだ。

 

 

不味い、首に両手をかけられた体勢でそれだけしか考えられない。

かろうじて槍を間に挟むことができたが、それも焼け石に水だろう。

武器を捨てて組打ちに来る可能性を忘れていた、油断していたつもりはなかったが想定が甘かったと言わざるを得ない。

自分だけでは抜け出せそうにないがほぼ密着している上、俺を盾にする動きを見せるところへの介入は銀狼には荷が重い。

槍を突き出そうとしては俺に当たらない角度を見つけられずに引っ込める姿を見てそう判断する。

つまりは詰みに近い状況だ、しかし諦める訳にはいかない。

今も打開策を見つけようと必死な銀狼が諦めるまでは耐えなければならない。

そう自分に言い聞かせていると、首の圧力が減りモズの目が何かを追う。

 

「金狼! 左手だけ離して!」

 

そして何かが地面に落ちる音とともに銀狼の声が聞こえた。

無意識のうちに左手だけを離す。

 

「「おおぉぉ!?」」

 

同時にモズが飛んでいき……自分の首スレスレを持っていた槍の先が通っていった。

いや、スレスレではないな、よく見れば槍先が少し赤い、どうやら首の皮を一枚切ったらしい。

おそらくは、自分の槍を投げる事でモズの注意をそちらへ集中させ、その間に俺の槍の石突に近い部分を思いっきり蹴っ飛ばしたのだろう。

結果、モズは無防備に槍の柄で吹き飛ばされ、俺は自殺未遂に近い事になった訳だ。

どうにかなったからよかったものの、俺が死んでいたらどうするつもりだったのだ?

命がある事への安堵感でへたり込みながら怒るか誇るか迷う金狼であった。



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逃走者と捕虜

「早く立って金狼! まだあっちがまいったって言った訳じゃないよ!」

 

銀狼が素早く槍を拾って構え直しながら金狼に叱咤の声をかける。

それを聞いて思った事、それは『マジかこいつ』、見学者と金狼の心が一つになった瞬間であった。

そして、その場で注意を向けていたのが銀狼だけになった瞬間でもあった。

仮に逃げたとしても、すぐに追いついて逃亡を阻止できる者の意識が完全に外れたのだ。

モズはその一瞬を見逃さず逃走に入る、いくら屈辱であろうともリベンジするために。

虚をつかれた銀狼以外が動けず、つかれなかった銀狼もさすがに追いつかないと追跡を断念したためモズの逃走は無事成功するのであった。

彼の精神的には決して無事ではなかったが。

 

「あああああ! 逃げた、逃げられちゃったぁ!」

「これは予想外だったね、彼は相当にプライドが高そうだったんだけど」

「あっちからしたら認め難い負け方だったんだろうよ、二対一だったし、装備差が酷えなんてもんじゃなかったしな」

「なに呑気に批評してんのさあ! 折角僕らが追いつめて後はまいったって言わせるだけだったのに!」

「「お前がとんでもない事したからだよ!」」

 

逃げたモズを追う気配も見せずのんびりお喋りしているように見える二人。

そこに銀狼が思わずツッコミを入れると反応が二方向から飛んできた。

 

「なに考えてあんなことしやがったんだ! 石突を蹴りゃ槍先が逆側に飛ぶなんぞすぐに分かるだろうが!」

「マグマの言う通りだ! 見ろ! この首の傷を! もう少し近かったら俺の首は飛んでいたんだぞ!」

「えええぇ!? だって完全に逆まで行く訳ないじゃん!」

「「槍はしなるだろうが!!」」

 

珍しくマグマと金狼の息がぴったり合っての銀狼へのお説教タイムである。

その様子を仕方ないなあと思いながら眺めていた司だったが、そういえば氷月が加わっていないと気づいた。

 

「氷月はあれに加わらなくていいのかい?」

「やめておきます、言いたいことは二人が言ってくれてますしね」

 

そこで言葉を一度切った氷月は楽しそうに笑いながら続きを口にする。

 

「あれ以外は予想以上の動きを見せてくれましたからね、少しだけ自信をつけさせたいので褒めるところは褒めてあげませんと」

 

正座をさせられて説教を受ける銀狼を見る氷月の目は穏やかで、どうやら期待以上の成果を出した事に満足しているようだった。

 

「さて、メッセンジャーになってもらう予定だったモズ君がいなくなってしまいましたから、伸びてる彼らの誰かに代行してもらいましょう」

「残りは予定通りに縛っておけばいいね、決闘の間にやっておけば良かったかな?」

「気になって縛るのが甘くなりそうでしたからこれでいいのでは? 結果的に効率が悪くともその時点では分かりませんしね」

「確かにそうだね。それじゃそろそろ二人を止めてくるよ、さすがにもう十分だろうから」

 

手早く伸びてる連中を縛り上げながら氷月は少し頭を悩ませる。

さて、あの図に乗りやすいお調子者をどのくらい褒めればちょうどよくなるのだろうか、と。

 

 

キリサメが目を覚ました時すぐには状況を把握できなかった。

何しろ、目に映るのは知らない天井、背には柔らかく自重を受け止める敷物、軽くて暖かいうわがけという島でも上位の贅沢ができる自分も知らない物ばかりだったからだ。

ゆっくりと起き上がり自分の服装を見ればこれもまた見た事のない服、もしやこれが死後の世界とやらかと一瞬思ってしまう程であった。

壁際からぶら下がる自分の服を見てすぐにそうではないと気づいたが。

慌てて服の胸辺りを探り石化装置を探すが、当然の如く残ってはいない。

大きく舌打ちをしこれからどうするかと考え始めた時、戸と思わしき場所から外から叩く音が聞こえた。

 

「お、起きたかな? 起きたなら入ってもいいかい?」

「……どうぞ」

 

こちらに選択権などないだろうと半ば呆れながら入室許可を出す。

まあ、こちらが着替え中だろうがなんだろうが、気にせずズカズカ入り込むような輩よりかは好感が持てるが。

そして入って来た男の顔を見て思わず声を上げてしまった。

 

「御頭首様……!?」

 

いや、違う、御頭首様はもう少し年が上でなにより頭髪が豊かであったはずだ。

しかし、それを除けば瓜二つである、直接見た事は無いが顔の輪郭がとても似ている。

今はなぜか赤面しているが、同じポーズをとって静かにしていたら遠目には区別がつかないのではないだろうか。

 

「貴方は、一体……?」

「お、俺? 俺はソユーズ、この島の生まれだよ、多分」

「多分?」

「う、うん、俺、生まれてすぐに島から連れ出されたみたいだから……」

 

島から連れ出された? おかしな話だ、島から外へ行く事は御頭首様の命で禁止されているはず。

その命が出される前に出たのかもしれない、それならば納得できる。

それでも放置する理由にはならない、こいつも御頭首様の命を破った事に変わりはない。

今手元に石化装置があればすぐにでも石に変えるというのに。そっと奥歯を噛み締め、己の弱さを恨む。

 

「あ、あの、体調が悪くなかったら、ついて来て欲しいんだけど」

「別に特に問題はありませんが、どこへ連れて行こうというので?」

 

妙に緊張しっぱなしなソユーズとかいう男の態度を怪訝に思いながら、ここで断っても状況は好転しないと判断し、そう答える。

疑問の形はとっているが答えなど分かりきった質問だ。

 

「うん、俺達のリーダーが話をしたいって」

「……分かりました、案内お願いします」

 

石化装置の使い方を聞き出したい、そんなところだろう。

虎穴に入らずんば虎子を得ず、昔からの諺とやらに倣い危険に飛び込む覚悟を決めた。

 

 

少々時間を遡り、コハクがキリサメを船に連れてきた時の事。

コハクは船に飛び込むと大声で叫んだ。

 

「男ども、引っ込んでこちらを見るな! 杠! すぐに来てくれ! 他の女性陣もだ!」

「どうしたの、首尾良く石化装置持っている人捕まえたようだけど」

「桜子か、閉じ込める予定の場所は何処だ? すぐにそこへ運びたい、教えてくれ!」

「そんなに焦るなんて……もしかして何処か怪我でもさせちゃったとか!?」

「いいや、違う。だが、その、これは男どもに見せられんだろう」

 

顔を少し赤くしながら抱えるキリサメを指差すコハク。

キリサメの格好を見て桜子も驚愕した。

 

「なんでこの人、こんな痴女みたいな格好なの?」

 

そうなのだ、キリサメの今の服は服の上から体の線が見える程スッケスケなのだ。

しかも、だ。

 

「文明レベルからすると不思議はないのかもだけど……まさか下着なしだったなんて……!」

「口にするんじゃない! いいか、可及的速やかに着替えさせるべきだ! 事態は一刻を争う!」

「私もその意見に賛成よ、牢屋替わりの場所は船尾側の二階下。私は合いそうなサイズの服を持ってる人に声かけてくるから、よろしくね」

「承知!」

 

短く返答し飛び出していくコハク、それを見届けた後桜子も駆け出す。

両名の表情と纏う気配は真剣そのものであり、鬼気迫るものがあった。

だが、詳しく事情を聞いた者は思わずズッコケるだろう類の理由なのであった。

 

 

以下は気絶中のキリサメを着替えさせている最中の会話である。

 

「なんでこの人こんな服を着てるの!?」

「集団の先頭を歩いていたし、実際実力もあるように思える。だが、兼任で、その、あ、愛人を務めていたりするのではないかな?」

「貴女達ねえ、愛人とかってだけで顔真っ赤にしてないでよ。ほら、脱がすから体支えて?」

「あいよ、って軽いね、この子。そこまで年変わらなそうだけど」

「……ごめん杠、持って来たスカートだけどウエストを2、いや3cm詰めて。ブラは1cm緩めて欲しい」

「あ、はい。腰細いのに、出る所は出てるんだね……背も高いしまるでモデルさんみたい」

「初代になるリリアンのスタイルを思えばねえ、子孫がこうでも不思議はないだろうさ」

「村の人達もスタイルいいもんね、あずらで胸が一番小さいとか意味わかんないよ」

「分かるよ、桜子。あの子達見てるとコンプレックスが刺激されるよねえ」

「ニッキーはまだいいじゃないですか、女性らしい体型なんだから。私なんてマッチ棒なんてあだ名つけられる程なんですよ」

「だから、無駄話はいいから着替えさせる作業に集中しなさいよ。下着と服はこれね……って、これ誰が持ってたの?」

「メイドさんって可愛いよね、という会話からついテンション上がってしまい、勢いで作ったはいいけど誰が着るの? となったので死蔵されてた一品です」

「ごめんなさい、サイズ違いで三着程作りました」

「え、片手間でこれ三着? 相変わらずおかしい作成速度よね……」

「ちょうど余ってる服があるのだから有効活用しようではないか。ところで、同じサイズはもう一着ないか? 私も着てみたいぞ」

「本土に戻ったらね、風邪ひかないうちに着せてあげよ?」

 

女三人寄れば姦しい、護衛は必要ないだろうと男達は全員近づかなかったが、賢明な判断と言えた。

 

 

時間軸を戻そう、ソユーズが先導し、キリサメは大人しくそれに従い船内を歩いていた。

歩きながら考えるのはここからどう抜け出すか、石化装置をどう奪還するかの二つ。

前者はそう難しくはない、振り切ろうと思えば振り切れるからだ。

ここはおそらくあの大きな船の中、海に飛び込んでしまえば追うのも一苦労だろう。

だが、大事なのは後者だ。あれを奪われたままで逃げ帰るなど、自分を信頼して預けてくださった御頭首様に顔向けができない。

今はリーダーとやらが持っているのだろう、上手く騙して取り返さねば……。

そんな事を考えるうちにどうやら目的の場所までついたようだ、ノックをして中から声がかかってから開けるソユーズ。

中に入れば数名の姿があり、一番奥にいる男がソユーズに声をかけた。

 

「お、案内お疲れさんだなソユーズ。そいつがこれ持ってた奴だな?」

「うん、そう聞いてる。あ、ごめん、名前聞き忘れてたや……」

「急いで聞く必要あるもんでもねえよ、気にするこっちゃねえ」

 

申し訳無さそうにそう言うソユーズに、鷹揚に許すツンツン頭の男。

その手の中にある石化装置を見た瞬間、キリサメは視線を強いものへと変える。

その視線に気づいたのだろうか、顔をこちらに向けると不敵に笑いながら口を開いた。

 

「はじめましてだな、色々聞きてえことがお互いあるだろ。じっくりと話そうじゃねえか、納得いくまでな」

 

そこで一度言葉を切ると、その男は手の中の石化装置を弄びながら最初の質問を口にする。

 

「こいつが石化光線を発生させる装置なんだろ? 一応聞いとくが、コレの使い方を教える気は?」

「あるわけがないでしょう、私がそれを話す理由があるとでも?」

 

どうやってそれが石化装置だと気づいたのか知らないが、自分が御頭首様を裏切るわけがない。

どうやって取り戻すか考えを巡らせながらもあちらの質問をつっぱねる。

 

「まあ、そうだろうな」

 

すると何処か満足そうに頷きながらそう言うと、

 

「んじゃ、コレ返しとくわ」

 

石化装置をこちらへと投げてよこした。

 

「「えっ?」」

 

反射的に受け取ったはいいが理解が追いつかない、脳が活動を再開するまで案内してくれた男と共に呆然とするキリサメであった。

 




千空さん大暴走、なぜこんな事をしたのかは次回に説明入ります。

キリサメのあの服は原作だと誰もツッコミ入れてないけど、あれで外を彷徨いたら痴女言われても仕方ないと思う。
あれを用意させたのはきっとイバラ、いい趣味しすぎじゃないですかねえ。


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話し合いと、そして……

キリサメが捕虜となり、女性陣によって着替えさせられた後の事。

彼女の服から出てきた明らかにオーバーテクノロジーな物、おそらくは石化装置であろう物が千空へと届けられた頃。

ゲンはスイカと一緒に船首側の一室におり、そして困っていた。

 

「あー、スイカちゃん? そろそろ機嫌直してくれないかな〜?」

 

ゲンの言葉に返ってくるのはジトっとした目と低い声。

 

「スイカに機嫌直してもらいたいなら、ゲンはスイカに言うべき事があると思うんだよ」

 

実は追っかけにバレそうになってからずっとこの調子である。

他に人がいる場合には普通、というかゲンに絡もうとしないので誰も知らないが、意外と根に持つタイプだったのだろうか?

いや、そうではない、ゲンの追求回避能力が高すぎて発散することが出来なかったが故の事だ。

もしも素直にごめんと言っていればここまでこじれたりはしなかったろう。

ゲンとしてもなんとなく謝るタイミングを逃した感があってごめんが言いづらいのだ。

それでも自分の方が年上であるし、こちらが折れるべきだろう、そう思い切り出そうとする。

 

「スイカちゃん、ご「ゲン! 悪いんだけど今すぐ千空のとこ行ってくれないかい!」」

 

その瞬間に扉をすごい勢いで開けてニッキーが飛び込んできた。

 

「何があったの、ニッキーちゃん。この部屋はノックしてから入るよう決めたの君でしょ? 率先して破るのはよくないんじゃない?」

「その通りだけど、んな事言ってる場合じゃないんだよ! アンタの口八丁が必要なんだ、上手く千空を説得しておくれ!」

「はいはい、事情説明はあっちで聞くよ。今のニッキーちゃんじゃ説明できそうにないし」

 

大慌てのニッキーにこれは話にならないと判断、とっとと千空の所へ行くことにした。

タイミングがとても悪いが、来てしまった以上どうしようもない。

スイカもこちらではなくニッキーの方を向いているし、謝るのはまた今度になりそうだ。

部屋を出る時ニッキーには見えないような角度から、イーってされてしまったがこれくらいは仕方ないだろう。

また今度ゆっくりできるタイミングで謝るとしよう、その時は本業ではないが手品でも色々見せてあげようか。

 

なに、焦る必要はない、この後を考える時間はたっぷりあるはずなのだから。

 

 

「ああっ! やっと来た! ゲン、とんでもない事言い出した千空を止めて!」

「何があったの? まずはそれを知らなきゃ何にも言えないんだけど」

 

部屋に入るなり泡くった様子の桜子が飛びかからんばかりの勢いで寄ってくるのを片手で止めつつ説明を求める。

ゲンの言葉と呆れたような態度に多少頭が冷えたのか、桜子は一度深呼吸をして自身が落ち着いたのを確認してから話し出した。

 

「司が気絶させて捕まえた女性がいるんだけど、漫画知識通りに石化装置らしき物を持ってたのよ」

「うん、一応聞かせて? それが石化装置だっていう根拠は?」

「明らかにオーパーツなのよ、石化前の時代でだってあんな物作れないはずなの」

 

桜子はそう言った後軽く外観を説明してきたが、ゲンとしても納得しかなかった。

メビウスの輪形状なのはともかく、一つ一つのパーツが時計の部品並みの大きさの立体的な形をしており、千空にさえ素材が分からないときてはこの島で作られた物ではないのは明白だ。

石化装置であろうという点は島の周囲の海底に人の石像が多数ある事からの推測である。

 

「なるほど、それならそれが石化装置だって思えるねえ。で、とんでもない事って?」

「その石化装置をあの女の人に返すとか言い出してるの!」

「は?」

 

さすがに予想外である、折角奪い取った敵の最大の武器を返そうなど誰が考えるだろうか。

眉間を抑えて思う、そりゃ大慌てで頭脳チームを呼び出す訳だ。

皆の慌てる姿などどこ吹く風とばかりに石化装置を調べる千空と向き合う。

 

「アレ一つで全滅も有り得るって千空ちゃんも分かってるはずだよね? わざわざ返しちゃう理由は?」

「一つはこいつは俺らの目的じゃねえってことだな。こっから人類全員救うのに逆方向へ行っちまうもんはいらねえだろ、石化の仕組みがわかるんなら話は別だがな」

「保管してとっておかない理由は?」

「もしも遠隔操作可能だったらどうする? 保管して安心した所をドカーンとか笑い話にもならねえぞ」

「だからタイミングをコントロールするために渡す訳か、でも使われたら困るのは変わらないんじゃない?」

「困るか?」

「へ? どゆ意味?」

「俺らには復活液があるだろ、一時的な石化ならそこまで怖くねえんだよ。警戒すべきなのはいっぺんに石化される事で、数名から数十名が石化するなら許容範囲内なんだよ。もちろん避けられるなら避けるべきだがな、準備ができてねえ時にくらうよか百億倍はマシだ」

 

千空はそう言って見せるが、石化する恐怖に誰でも耐えられるわけではない。

その事を指摘すれば『なら大丈夫な奴だけにすりゃいいだろ』と返される。

何か止められる理由はないかと模索するが、千空は更に渡す理由を話し出す。

 

「もう一つは俺らが今欲しいもんは島の情報だって事だな、無条件で返せば少なくとも対話のきっかけにはなるだろ」

「情報話してもらう代わりに返すってのは駄目なの?」

「いきなり気絶させられて服を着せ替えてきた相手と取引したいか?」

「信用を買うための対価でもあるわけね、なら壊すのもアウトだねえ」

「そういうこった、バトルチームの面子なら室内で遅れを取る事もねえだろ、あっちが自分諸共石化させてこない限りな」

 

まとめると、室内の距離なら回避できる面子がおり、石化しても戻せる目処がついていて、今必要なのは武器より情報、だからこそ石化装置を返す訳だ。

これは確かに鬼手かもしれない、そう思わせるだけの理由が並べられてしまった。

ううむと唸るゲン達に、千空は最後の理由を口にする。

 

「そもそも、だ。こいつの使い方分からねえだろ? 保管しといても倉庫の肥やしになるだけだ、それよかワンチャン味方目に引き込める事に賭けねえか?」

 

そう言ってニヤリと笑う千空に、降参と賛同の意を込めて両手を上げるゲンであった。

 

 

その後にも頭脳チームの面々が続々やってきたが、千空の意見を覆せず石化装置を返す事になったのだ。

目覚めてからの目的が一つ、それも困難であろうと思っていた方が達成できてしまったせいで呆然とするキリサメ。

他のメンバーはこうすると知っていたため疑問の声を上げたのは当然ながらソユーズであった。

 

「待って待って待って! あぶ、危ない物だから、回収したんじゃないの! なんで、返してるの!?」

 

訂正、叫んだのはソユーズであった。

 

「おう、ソユーズ。突然叫びだしてどうした? そいつなら問題ねえから返しただけだぞ」

「も、問題ないって……」

 

ソユーズがまったく気にした様子のない千空に、なおも言い募ろうとすると横からゲンが口を挟んだ。

 

「やだなあソユーズちゃん、俺らがどうゆう状態だったか忘れた?」

「あ……! そっか、そうだよね、うん」

 

忘れてたよ、と恥ずかしげにしながら下がるソユーズ。

気にしなくていいよ、とソユーズに言いながらゲンはキリサメに声をかけた。

 

「初めまして、俺の名前はゲンってゆーの♪ 一応交渉の窓口みたいなものをやってるんでよろしくね。おねーさんのお名前は?」

「……キリサメです」

 

警戒心バリバリにしながらもだんまりでは進まないと思ったのだろう、キリサメが名を名乗る。

キリサメの警戒心に気づいていないかのようにゲンは軽く聞こえる口調で話を続けた。

 

「OK、キリサメちゃんね♪ それじゃウチの面々も紹介するね、このツンツンヘアーの子が千空ちゃんって言って俺達のリーダー。その横のちっちゃい子が桜子ちゃんで記録係みたいなことやってるよ、で逆側にいるのが……」

 

そんな調子であっという間に部屋にいる全員の名前と役割を紹介し終えるゲン。

 

「以上がウチらの中心メンバーね、他にもいるけど方針決定にはあまり関わらないかな」

 

最後にそう言って締めくくり、それを聞いたキリサメの目に剣呑な光が宿った。

 

 

石化装置を返されて呆然とした後、我に返った時一番最初に考えたのは即使用しての使命達成だ。

しかし、この場には自分よりも明らかに強い者がいる、おそらくだがモズと同等か、それ以上。

少なくとも自分では打倒は不可能、せいぜい自分諸共に石化させるのが関の山だろう。

御頭首様のためならば自分の身を捨てる事も辞さないが、何故わざわざコレを返してきたのかが分からない。

幸いにも今すぐこの身をどうこうするつもりは無さそうなので、そのあたりの目的を探ってからでも遅くないはず。

そう考えた上でベラベラとよく喋るこの男に名乗り、語るに任せていたのだ。

ここにいる者達が中心と聞いた時は一瞬使用を考えたが、それをするには紹介が終わった後のソユーズの表情の変化が気になる。

あれは言葉のどこかに偽りがあったからではないだろうか?

最初は慌てていたソユーズが落ち着いた理由も引っかかる、奴らがどういう状態だったというのか、そしてそれだけで落ち着けるものなのだろうか?

やはりまだ情報を集めるべきだろう、私を抑える事ができる者がおそらくもう一人はいるはずなのだから。

 

 

さて、何故案内役を務めたソユーズが石化装置を返した事にあんなに驚いていたのか。

他のメンバーは誰一人として驚いていなかったのに、何故ソユーズだけが?

答えは簡単、彼だけ説明されていなかったからである。

別に彼個人に悪意あっての事ではない、キリサメから見て信用が少しでもできる対象が必要だったからだ。

信頼を勝ち取った者とかではなく、感情や考えが見抜き安い者という意味でである。

ゲンが言った意味深な言葉に反応して見せる役が必要だったのだ、人は自分の力で得た情報は疑えない。

例えば正面から『こちらには石化を解除する薬がある』などと言ったところでハッタリとしか思われないだろう。

まあ、それで実際石化を解いて見せればもはや疑えないから問題ないといえばないのだが……。

復活液だって無限ではない、使わずに済むならその方がよいだろうとゲンがこの作戦を提案したのだ。

勝手に使われる立場のソユーズにはあとで何かフォローしないとではあるが……、とにかくキリサメが素直に会話する態勢になったのは良い事である。

 

 

「……なるほど、貴方方は百物語に語られる宝箱を探しにきた、そういうわけですか」

「そーなの、別にこの島を荒らすつもりはないし、ましてや侵略するなんて気は完全にゼロなわけ」

 

ある程度の情報交換を終えて、千空一行の目的をようやく理解してもらっての第一声である。

ここに来るまで大分時間がかかっていたりするが、石化光線を使う必要がない事を理解してもらえたのだから許容範囲内と言える。

モズが逃げるしかなかった事やキリサメが一撃で制圧された事などから、さっさと帰らせた方がいいと判断しただけかもしれないが……。

とにかく、ゲンとしても交渉役の面目躍如ができて一安心、後はあちら側と交渉に入れればいいだけである。

ああ、危険だからと司率いる別働隊4人の枠に押し込んだスイカちゃんのご機嫌取りも忘れずにやっておかなければ……。

だけど、今だけは少し気を抜いても、きっとばちは当たらないはずである。

 

「そういえばそちらの御頭首様ってどんな人なの? 喜びそうなものを用意したいから教えて欲しいんだけど」

 

その質問をしたのは他後のない雑談程度の軽い気持ちでであった、しかし、帰ってきた答えは想定から大きく外れるものであった。

 

「その、私は御頭首様と直接会ったことがないので、推測でしかないのですが……、美しい女性が好き、かと」

「スケベ親父だ……!」

 

思わず口走った桜子を睨むキリサメであるが少し頬が赤い、仕える主人の好む物をろくに把握してない事を恥じたに違いない。

とりあえずゲンはそういう事にしておいた、拗れてもコレ俺悪くないよね、と心の中で言い訳しながらである。

 

「後宮とかあるの?」

「ええ、ありますが……」

 

何故そのまま続ける桜子ぉ!

数名の心が一つになった瞬間であった。

 

「じゃあ、特に可愛がってるお子さんは? その子の好みそうな物でもいいんじゃない?」

 

あ、なるほど、そっちから攻めるつもりだったわけか、納得できる理由でよかったと胸をなでおろす。

ゲンはこの時点で既に自分の手を離れたな、と判断し少し後ろに下がる。

決して爆心地から逃げたわけではない、ないったらないのだ。

 

「いえ、子が生まれたという話は聞いた事がないですね。なので、それも難しいかと」

「子供がいない……?」

 

キリサメの答えに思いっきり怪訝そうな顔になる桜子。

悩み始めた桜子を横目に見ながら千空が次の質問をする。

 

「御頭首様ってのは今いくつなんだ? それによっちゃ子供がいなくても不思議じゃねえが……」

「申し訳ないのですが、それも私は知らず……」

 

キリサメもこれまで考えもしていなかったようだがさすがに不審に思い始めたようだ。

人となりも、年齢すら知らない? あり得るのか? そんなことが。

ただの一般兵であるなら気にする必要もないだろうが、キリサメは島で五指に入るほどの人間だ。

そんな立場の人間がトップの事をここまで知らないものだろうか?

 

「ねえ、御頭首様と直接会った事は? また、直接会ったことのある人は何人?」

「私は布越しにしかありません、直接会ったと言っているのは宰相であるイバラ様と後宮の女性が何人かのみです」

「これ、最悪御頭首様死んでない?」

 

桜子が顔を引きつらせながら、かすれた声で最悪の予想を口にした。

キリサメが驚愕のあまり崩れかかり近くのソユーズに支えられるのを見て、千空は桜子の頭を容赦なくはたいた。

 

「アホ! 聞かせる相手をちったあ選べ!」

「ごめんなさい!」

 

はたかれた部分をさする桜子を放って千空はその最悪の想像以外の可能性を検証する。

まず確認しなければならない事がいくつかある、血の気の引いた顔のキリサメに申し訳なく思いながら聞いてみる。

 

「布越しに会ったのはいいとして、その時頭首とやらはどんな様子だったんだ」

「……直接お声がかけられたことはありません、常にイバラ様が横に控えていらっしゃって全てイバラ様を通してお話を……」

 

しゃべりながら最悪の想像が当たっている可能性が高い事に徐々に気づき始めたのだろう、ますます顔が青くなっていくキリサメ。

 

「布越しに誰かいたのは確実なんだろ? 突拍子もねえ事を言うが、石像って可能性もなくはねえ。いや、単に人見知りか他人と会うのが嫌いって線のがありうるか」

 

話しながら考える、どうすればそれを確認できるかを。

しかし、千空の頭脳をもってしても一つだけしか方法は思い浮かばなかった。

 

「直接確認するっきゃねえな、とはいえ返した捕虜に持たしたメッセージの返事次第だがな。

ったく、なんでこんな事になってんだ? お家騒動に首ツッコむ気なんぞ全くなかったってのに」

 

千空としては交渉の席でソユーズはすでに自分たちの一員であり、島とは無関係な人間であると告げるつもりだったのだ。

だからこそキリサメの案内役に抜擢したというのに、計画丸つぶれである。

そんな思惑とは関係なくキリサメは千空に感謝の言葉を述べる。

 

「ありがとうございます、本当なら島の人間だけで解決すべき事であるのに……」

「あー、気にすんな。別に完全に無関係ってわけでもねえからな」

「? それは、どういう意味でしょうか?」

「千空はね、島の一番最初の人、貴女たちの遠い遠いご先祖様であり百物語の製作者でもある百夜さんの息子なの」

 

意味が分からず目をパチクリさせるキリサメに楽しそうに説明しだす桜子。

とりあえずキリサメがこちらを見る目が段々変わってきている気がするので、調子に乗っていらん事を言い出す前に止める事を決めた千空であった。

 

 

キリサメが千空達と話し合いをしていたころ、モズの敗走の報と返された新兵が携えてきたメッセージを聞いたイバラは周囲に御頭首様に報告するといって奥にこもっていた。

 

「くっ、くっふっふっふ、あははははは!! 笑っちゃうね、おじちゃんにここまで都合がいいなんて思いもしなかったよ」

 

あまりに希望通り行き過ぎて皆の前だというのに笑い出す寸前だったからだ。

ひとしきり笑って衝動が収まったころに皆の前に戻り、兵たちに指示を出す。

 

「『これは島の最大の危機である、島のすべての者達が力を合わせる必要がある』

以上が御頭首様のお言葉よ。そういうわけだから、まず各集落に伝えて? 動けるすべての者は武器を持って集合せよってね」

 

その身に宿した野望を叶えるべく、蛇のごとく狡猾なる者がその鎌首を擡げようとしていた。



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宰相イバラの策

海の上、小型のモーターボートの上でむくれる者の姿があった。

 

「こういう時いっつもスイカはのけ者なんだよ、酷いんだよ、みんなして」

「全くもって同じ気持ちだよ、スイカ。別働隊が必要だって時はいつも俺が押し付けられるんだ」

 

それも二人、スイカと司の両名がボートの上でぶつくさと文句を垂れ流していた。

石化装置を返すと決まったのなら警戒すべきは何か?

それはもちろん全員が石化してしまい復活液を使う事が出来なくなる事だ。

当たり前だが、タイマー式に復活液が落ちる仕掛けは一部の場所に用意してはいる。

しかし、石化されない位置に誰かを置いておくのもまた当然の備えだ。

千空以外で人を率いる人と言えばどうしたって司の名前が上がるし、小さい子を危険から遠ざけたいと思う事は普通の事である。

二人とも分かってはいるのだが……それはそれとして気に入らないのである。

 

「困ったもんだねえ、後ろの二人は」

「スイカは前にもこういった事があったからな、またかと思っても仕方なかろう」

 

ボートのハンドルを握るニッキーと観測員として抜擢されたコハクはそう言って苦笑しあう。

二人のアレはただの愚痴なのだ、必要なのは聞いてくれる誰かであって説得されたいわけではない。

だから今二人で言い合って一番都合がいいのである、決して鬱陶しいから避けている訳ではない。

 

「それにしても、司はほんと感情を出すようになったねえ。20前後の若者としては正しいんだろうけど、前を知ってるとやっぱり驚くね」

「なすべき使命が達成されて、プレッシャーから解放されたからじゃないかとゲンは言っていたぞ。つまり、あれが本来の司の姿なのではないかな? 少なくとも私には今の司の方が好ましい」

 

そう言いながらちらっと司の方を見るコハク、その目は微笑ましいものを見るように温かい。

そんなやりとりをしているうちに船から無線が入り、戻っても大丈夫だと連絡が入る。

 

「無事宝箱回収の交渉が始められそうだね、これで一安心ってとこかね。……コハク?」

 

ニッキーがこれで冷たい潮風を浴び続けなくて済むと喜んでコハクに声をかけるが反応がない。

どうしたのかと思い、コハクを見れば望遠鏡を島に向け真剣な顔をしていた。

 

「何が見えてる? 島で何が起きてるんだい?」

「おそらくは集落の一つ、そこから大勢の人が移動し始めている。しかも武器になりそうなものを手に、だ」

「尋常じゃないね、それは。飛ばすよ、しっかり掴まってな!」

 

後半は後ろの二人にも聞こえるように大きく声を上げてエンジンを全開にする。

どうにもすんなりとは行ってくれなそうだ、舌打ちしながら運命とやらに悪態を吐いた。

 

 

集落から移動する人々が一箇所に集まっていっているのは望遠鏡による偵察ですぐに判明した。

 

「そこは後宮でしょう、あの辺りは比較的開けていますので集まるのにちょうどいい場所かと」

 

キリサメに聞けばすぐにどういうところかは分かった、目をつけていた一番大きな集落が御頭首様の居場所と判明した事、それだけは朗報である。

他に判明した点はとてもではないが喜べる知らせではなかったが。

 

「武器の他に食料も持って島中から人が集められている、と。明らかに戦の準備ですね、これは」

「なんで対話しようってメッセージ送ったら戦の準備されんだよ!」

 

冷静な氷月の分析にクロムが思わずツッコミを入れるが、なんでも何もない単純な話である。

 

「対話が不都合な人が上にいるからでしょ、この後どうするの? 戦う? 逃げる? 一番楽な方法は、キリサメさんに協力してもらって片っ端から石化させちゃう事だけど」

 

さらっと流したのは桜子、相手が敵であると認識すると遠慮がなくなる一面を覗かせる。

 

「復活液を使い切るぐらいの覚悟が必要だね、それは。最悪の場合には仕方ないけど賛成はしたくないかな」

「それにこれは御頭首様からお預かりした大切な物、これを島民に向けるのはお断りさせていただきます」

 

それに反対的な意見を出したのは羽京、元自衛官らしく武力行使やそれに類する行為には否定的だ。

そして、キリサメも石化装置の使用をキッパリと断った。

キリサメは別に裏切った訳ではないので当たり前である。

 

「俺と氷月がいれば200人ぐらい無傷で制圧できると思うけど、どうする千空?」

「二人がいりゃ負けるとは思わねえが、無駄に疲れんのは勘弁だな……」

 

外はすでに日が落ち始めた夕暮れ時であり、今宵の月は有明月、夜陰に紛れて行動するには都合の良いタイミングである。

 

「頭首との直接対話するっきゃねえな、こりゃ。潜入作戦で行くぞ」

「ふむ、ならばほむら君の出番ですね。彼女ならば確実でしょう、御頭首様の場所はキリサメ君に案内してもらいましょう」

 

後必要なのは頭首を説得できる人間か、そう思ってゲンを見るが当のゲンはそっと首を振って拒絶して見せる。

 

「説得するなら無線越しでいいでしょ、ボートに積んであるんだから有効活用しようよ。ボートまで連れて来れるパワー持ちが行けば十分でしょ、バトルチームでもないんだから肉体的能力が必要な場面に放り込もうとしないでくれない?」

 

まあ、普通の神経なら戦支度してる最中の所に忍び込もうとは考えないだろう。

そこまで切羽詰まった状況でもないのでゲンの主張は最もである。

 

「ならば私が行こうか、身の軽さという意味ではほむらにも負ける気はないしな」

「そうだね、ほむらにコハクがいれば万が一の時でも逃げられるだろうし、キリサメさんが案内してくれれば迷う事もないだろう。どうかな千空、このメンバーで行ってもらうのは」

「考えられる最高のメンバーだろ、こりゃ」

「潜入に関してはほむらちゃんがいれば大丈夫でしょ、なんたって実績持ちだからねえ」

 

ゲンがちらっと桜子を見ながら言えば一同もなるほどと深く頷く。

桜子というお荷物を持った氷月を羽京が張り巡らす警戒網から抜け出させるという、わりととんでもない実績持ちだ、不安は一切ない。

やらかしを揶揄われた桜子としては少し不満ではあるが、事実である上、皆の安心材料になるとあっては何も言えない。

結局何も言えず口を尖らせていたが、千空に頭をポンポンとあやすように叩かればそれで機嫌は戻ったようである。

そんな風に千空達全員が緩い雰囲気でいた、ここから負ける事など誰も考えていなかったのだ。

双方の戦力差を考えれば当然ではある、慢心だとは言いづらいであろう。

ただ、想定外だった事が一つ、彼らの敵は彼らが思うよりも人でなしだったのである。

 

 

島民全員を集合させるよう指示を出して、再度奥へと戻って行くイバラ。

他の兵達がいなくなってからモズはイバラを追って奥へと走り出した。

そう時間は経っていなかったのですぐに追いつき、モズは声を荒らげて問いただす。

 

「イバラ! アンタ何考えてあんな命令を出した!」

「? モズ君、あれは御頭首様のものよ? まさか御頭首様に意見するつもり?」

 

それと一応おじさんのが目上だからね、言葉使いはもう少し丁寧にね、等と惚けた事を言い出すイバラに苛つきが募る。

 

「お為ごかしはいい! 俺の話を聞いていなかったのか!? 圧倒的に上の装備をつけた、俺と同格、下手すれば上の奴がいるんだぞ! それも二人! これに挑むのは自殺と変わらないぞ!!」

 

モズが叫ぶように言葉を叩きつけるとイバラの目がスッと細まり、雰囲気がガラリと変わる。

 

「誰にも聞かせらんないお話しになりそうね、おじさんの部屋ででいいかな? あそこなら兵も来ないしね」

 

周囲を見渡して誰もいない事を確認した後、そう言って先導するイバラ。

モズは舌打ちした後大人しくそれについて行くのだった。

 

 

「適当に座ってくれる? 今更取り繕う事もないから遠慮しなくていいし」

 

イバラの部屋は意外な程普通であった、こいつの事だから悪趣味なものでも飾ってあるかとも思っていたが……せいぜい海産物の匂いが微かにするぐらいであった。

 

「可愛い子とラブラブする時に変に思われたら困るでしょ、意識してなんでもない部屋にしてるの」

「なるほどね、それなら納得だ」

 

どうせなら弱みになりそうなものでも置いていればいいのに、そうすれば俺に都合よく言う事を聞かせられる。

あり得ないとは思いつつそんな事を考えながら適当に座る。

 

「それで、俺クラス二人に勝てるとか思ってるわけ? アンタはそこまで馬鹿じゃないと信じてたんだけど?」

 

いつもなら最低限の敬語は使っていたが、それすら投げ出してぞんざいに問いかける。

知ってはいたが、遠慮をなくしたら完全に下に見ているのが伝わってくる。

 

「……モズ君は強いからねえ、だから知らないんだろうね」

 

青いねえ、そういう思いを込めてそう言えば目を鋭くして睨むモズ。

そうやってすぐに感情を出すところが特に青い。

だから、知ったとしても放置していいとイバラは判断していたのだ。

戦闘能力だけはあるから処分しようとすれば無駄に消費するというのもあるが。

とにかく、今は教えてやろう。何故、強いだけでは怖くないのかを。

 

「い〜い、モズ君、人間はね、殺せば死ぬの」

「何を当たり前の事を、その方法がないから今困っているんだろ!」

「そうねえ、モズ君は自分を止めるのに何人くらい必要だと思う?」

「? 質にもよるけど、100人は欲しいか? 倒すとなったら150は最低でも必要だろうさ」

「まあ、そのくらいは必要だよねえ。正面から倒すなら、だけど」

 

正面から以外にどんな方法が? モズが疑問を口にする前に、イバラがモズに問う。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

ニタリと笑いながら問われたその内容についていけず、思考が停止するモズ。

イバラはその様が心底楽しいというように話を続ける。

 

「二十人が一斉に飛びかかって全部躱せる? 一人でも張り付けばそいつに火をつけて、はい、おしまい。そこから生き残れると思う?」

「そんな事誰がやるっていうんだ……!」

「やらせるのよ、御頭首様の命に逆らうなら死ぬだけだからねえ」

 

絞り出すような声で否定するモズに、目の前の果実でももぐかのようにあっさり言ってのけるイバラ。

こいつはヤバい奴なのでは、今更ながらそんな疑問が心に吹き出し始めたモズにイバラは具体的な方法を説明し始める。

 

「火をただくっつけるだけじゃなかなか燃えないからね人体って、だから張りつき役には油を染み込ませた服を着せるつもり」

 

今まで小狡いだけの奴だと思っていた男は恐ろしく残酷で人を人だと思わぬ輩だった。

そう気づいたモズが背中に走る怖気を必死になって押さえる間にもイバラの話は続く。

 

「それだけだと怖気付く輩ばっかりだろうから御頭首様の威光を使うのよ。

『この油は御頭首様の妖術がかかった油だから、燃え尽きても戻すことができる』って言ってね」

 

石像になっているはずの頭首を使うと聞いて、そんな事できるのかと疑問が浮かぶ。

問えば一言、『できる訳ないでしょ』とあっさりと否定。

ならば終わった後どうするつもりなのか、今度の疑問は口に出すより先に答えられた。

 

「侵略者どもは卑劣にも御頭首様を暗殺していた、その身を捨ててでも侵略者を打ち倒した勇者達は、哀れそのままあの世へと行ってしまいましたとさ」

「本気でそんな言い分が通るとでも?」

 

どんどん寒くなる背筋の感覚を無理矢理抑え込み問いただす。

そんなモズの恐れを見透かすように、イバラは嘲笑いながら『通すの』と言った。

 

「そもそも、誰が阻めるの? 勝った時には大勢死んでるし、おじさんに従う以外道があるとでも?

ああ、兵どもが減りすぎると従わせづらいね。だから張りつく役は兵以外にやらせるつもりよ? おじさんだって自分の力の源泉は理解してるからそこは心配要らないからね」

 

心配性だねえ、とイバラは苦笑しながら話を終え、最後に一つだけ指示を出した。

 

「メッセンジャーになった兵は邪魔になりそうね、処分しておいてくれる?」

 

人が死ぬ事を毛ほども気にしていない様子にモズもそれ以上何かを言える気がせず、黙ってうなずいた後退室していった。

そして、その背中を見ながらイバラは呟く。

 

「君がバカじゃなくてよかったよ、モズ君。お守りを無駄に使う事にならずにおじさん助かっちゃった、余所者に使いたいからねえこれは」

 

なんといっても原材料を獲ってくるのも一苦労だし、そう胸の中でぼやく。

だが、お守り達の使い所はここかもしれない。なんといってもあのモズが勝てないと思うほどだ、惜しくはあるがこの先の自分のためにぱあっと使い切る気でいった方がいいかもしれない。

 

「おじさんのいいところはね、慎重なとこ。負けの目があるなら徹底的に潰さなきゃねえ」

 

普段は厳重に閉まってある床下からいくつもの袋や小瓶を取り出しながら薄く笑うのだった。



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潜入

潜入作戦において大切なのはまずは気づかれない事である、大きな音をたてたりするのは言うまでもなく厳禁だ。

故に、

 

「エンジン付いているけど、動かすのは帰りだけだから」

 

ほむらがそういうのは当然至極の話である。

まあ、コハクもキリサメもそれに不満を持つようなタイプではない。

 

「このオールは軽くて使いやすいですね、こんな所にも技術差でしたか? そういうものが現れるのですね」

「うむ、たしかぷらすちっくだったか? 蜂の巣と他の幾つかでできていると聞いたぞ」

 

と、いうか、そもそもエンジン付きの舟の速さを知らないので、エンジンを使わない事に不満の持ちようがなかった。

因みに石化装置は船に置いてきている、流石にそれを持った状態で外に出すのは油断が過ぎるからである。

僅かな月明かりと他人から聞いた地形情報だけで向かっているというのに、随分と余裕があるように見えるがそれも当然である。

 

『そこの岩は内側を抜けて大丈夫、少し狭いと感じるだろうけど十分な広さがあるよ』

「分かった」

 

ペルセウス号から無線による方向指示が逐一飛んできているからだ。

これによって暗くて知らない海でも安全に進んでいける、科学装備の本領発揮といったところであろう。

ペルセウス号のレーダーの前では、羽京が無線を片手に忙しなく目と頭を動かす羽目になっているが、まあ仕方ない範囲と言える。

 

「あんなに遠くから、しかもこの暗さで全てを見通せるとは……こうして恩恵に預かっていてもまだ信じられません」

「私も少しは慣れたつもりだが未だに驚かされる方が多い、大昔はこれが当たり前だったという。それでも消し去ってしまえた石化装置の恐ろしさはもはや想像の埒外だな」

「私利私欲で使った事はないですし、使用機会自体そう多いものではありませんでした。ですが改めて考えると、とんでもないものを扱っていたのではないかと思わさせられますね」

「二人とも、そろそろ上陸予定地近い、お喋りは終わりにして」

 

それまでも小声で、周囲を警戒しつつ会話していた二人だが警戒を一段引き上げ完全に沈黙する。

そうしてしまえばこの暗さだ、手の先でさえ闇の中に隠れてしまう、この状況下でこの三人に気づける人間はそうはいないだろう。

実際上陸から後宮へと忍びこむまで警備には一切気づかれずにスムーズに行けた。

しかし、後宮から頭首の居場所まではより警戒が厳しくなるだろう。

事前にそう予想していたため忍びこんだ後、警備状況を確認するために一旦キリサメの部屋へと向かう事にしていた。

そして今、何事も無くキリサメの部屋までたどり着いたのである。

 

「おかしい、警戒が薄すぎる。ここまで警備が二人ぐらいしかいなかった」

「普段でしたら、もう少しいるはずなのですが……」

 

ただ、何事もなさすぎた、なさすぎて罠ではないかと勘ぐりたくなるほどに。

 

「あれではないか? 普段よりずっと多く人を集めているのだろう? それをまとめたりするのに手一杯なのではないか?」

「普通に考えればそう、でも一番の急所の頭首周りまでほぼ警戒がないのは異常、罠の可能性を無視したくない」

「ふうむ、ならば頭首がそこにいないという可能性はどうだ? 別の警備が厚い場所にいるとか、あり得そうではないか」

「御頭首様があそこ以外でいらっしゃる場所ですか……申し訳ありません、記憶にないですね」

「記憶にない?」

 

キリサメの言葉に引っかかるものを感じたほむらが、眉を顰め聞き返す。

 

「はい、御頭首様の間以外にいらっしゃったという話は聞いた事がないですね」

 

首を傾げながら再度同じ返答を返すキリサメ、嘘偽りなく聞いた事がないようである。

しかし、人間が一箇所にずっと居続ける、というのは以外と大変なのだ。

特にこの島のように文明レベルが低ければ、娯楽もろくにないだろう。

無論、キリサメが知らないだけで実際には動き回っている可能性もあるが、もし動いていないのが事実ならば……

 

「千空が言っていた頭首石像説、あり得るかもしれない」

「その時は復活液の出番だな! 念のため持ってきて正解だった!」

 

もし、頭首が石像ならば、復活液だけで全てが解決することすらありうる。

今までの頭首の命が全て嘘だと証明されるからだ。

 

「だけど、余計に警備が薄い理由がわからない。見られたら全てがお終いなはず、なのに何故……?」

「罠かもしれないが、踏み込まない選択は取れんのではないか? 座していては島民達との全面衝突だ、負けるとは思わんが、怪我人も、最悪死人も出るのだぞ」

 

その通りである、その通りではあるのだがここまで潜入に都合がいいと罠の可能性が頭から離れない。

悩むほむらにキリサメが少し考えた後提案する。

 

「それなら私が前に立ちましょう、たとえ罠であっても私が来るとは思っていないはず。罠であった場合は残念ながら私はここでお別れとなりますが……たとえその場合でも御頭首様を説得してあなた方との交渉の場は設けて見せます」

 

つまり、自分が盾となる、そう言っているのだ。

その心が分かるコハクが意を込めてほむらを見る『ここまで言わせては引けんぞ』と。

ほむらは熱血に付き合って危険を犯す気はない、ないが、そのプランならば危険は最小限で済むだろう、そう判断する。

 

「分かった、ただ直接的な危険のある罠がないかは先に確認してからになる。それでいいなら前に立って欲しい」

 

そう、これも無用な危険を回避するためのものであり、自分のため、延いては氷月のためである。

同行者の心配が一番ではないのである、なぜかニコニコ笑顔のコハクはそれを理解するべきだ。

 

「とにかく、方針はそれでいく。警戒だけは怠らないように気を張って」

 

それだけ言って先行して部屋を出るほむら。

コハク、キリサメの両名も気持ちを切り替えてその背中についていくのだった。

 

 

そして、至極あっさりと頭首の間の前まで到着してしまった。

 

「危険そうな物どころか、途中の警備すらいなかった……どういうこと?」

「これは、あれではないか? ここに来られるなど一つも想像していなかったとか……」

「そこまで間の抜けた男ではないはずですが……とにかく、入ってしまいましょう。御頭首様さえ説得できればそれで十分ですし」

 

戸を開けて中へと入ると、綺麗に清掃された部屋の真ん中をぐるりと覆う厚い布。

キリサメはすぐにその前で跪く。

 

「御頭首様、夜分遅くに失礼いたします。ですが火急の要件でございます、何卒ご無礼をお許しください」

 

そう声をかけて数秒、なんの反応もない。

 

「御頭首様?」

 

もしや聞こえなかったかと思い、もう一度声をかけるもやはり返答はない。

仕方ない、無礼ではあるが、いらっしゃらない事を確認するため布をそっと避けて中を覗き込む。

しかし、想像と反してそこには確かに人らしき影。

いらっしゃるならなぜ反応が一切ないのだろう、不安に駆られながら目を凝らしてよく見てみる。

ほぼ暗闇と変わらぬ薄い月明かりの元、キリサメの視界に映ったものは……

 

「御頭首様……!」

 

ある意味見慣れた、石像と化した人間の姿であった。

キリサメの呼びかけに全く反応がない事に訝しんでいたコハク達も同時にそれを見た。

コハクが即座に復活液を取り出そうとしてほむらに止められる。

 

「なぜ止めるほむら!」

「あれの顔をよく見て、あれは不味い!」

 

いいながら、見つからないよう今まで消していたライトで石像の顔辺りを照らす。

見えたのは無残に削られた右顔面、このまま復活させた場合そこから血が吹き出してそのまま死を迎えるだろう。

ショックのあまりへたり込むキリサメ、流石にこの事態を想像していなかったほむら、二人が動けない状態で決断したのはコハクであった。

 

「我々だけでは判断できない、ならば判断できる者にしてもらう! この石像を運び出すぞ! キリサメ、手伝ってくれ!」

「え? 待って、コハク、貴女一体何を……」

 

いうが早いか紐を取り出して石像を背負い始めるコハク、それを慌てて止めようとするキリサメ。

流石に性急すぎて対応ができなかったのだろうと理解し、コハクは自身の行動理由を説明し始める。

 

「いいか、キリサメ、このままでは御頭首様とやらは死んだも同然だ。少なくとも今ここにいる私達ではどうしようもない、ここまではいいな?」

 

御頭首様が死んでいるようなものと言われる事は頷き難いが、それでもキリサメは頷いた。

現実として今まで石化=死であったからだ。

 

「しかしだ、バラバラにされた石像でも、元に戻す事が可能だと聞いた覚えが私にはある」

「! そんな事が可能なのですか!?」

「雑談で多少そういう話があった、程度の話なのでな、保証はできんが賭けて見る価値はあると思う」

「御頭首様をこのままにしておく訳にはいきません、少しでも可能性があるのならそれに賭けたいと思います」

「よし! ならば私が背負うから万一の際の護衛を頼む! ほむら、先導役は任せたぞ!」

 

力強くそういったコハクへのほむらの返答は先ずは大きなため息であった。

 

「勝手に盛り上がって、勝手に決める、少しはこちらの意見を聞いてからにすべき」

 

次いでジトっとした目と厳しい言葉、これは反対されるのだろうかと悩むコハク。

 

「けど、それしかないのも確か。仕方ないから貴女の意見に従う」

 

最後にしょうがないという意味の苦笑と了解の返答であった。

 

「ありがとうほむら、我儘を言ってすまんな」

「別にいい、他の良案を出せないのも確か。一番良さげな案を私は選んだだけ、後、破片が少しでもあったら回収しておくべき」

 

しばらく床を探し回る三人だったが、削られてから大分時間が経っていたらしい。

残念ながら、破片らしき物は石像の下に入り込んでいた少量のみだった。

あまり時間をかけすぎては誰か来てしまうかもしれない、その少量だけを袋に入れて三人は潜入した時とは一人(一体?)増やして脱出するのであった。

 

 

脱出作戦はほぼ上手くいっていた。

そう、誰にも見つからず、気づかれる事もなく順調に進んでいっていた。

最後の最後、この森を抜ければ潜入時に使った舟までたどり着くという所までは。

 

「あの男、何故こんな時にこんな場所に……!」

 

その森の中でモズが供を一人連れた状態でいなければ脱出は完璧であった。

 

「モズ相手にいつまでも隠れているのは不可能です、私が囮になりますのでお二人はその間に舟に!」

「バカを言うな! 君を見捨てていけるか!」

「静かに、あっちの様子がおかしい。少し待った方がいい」

 

この距離ならば氷月であったらとっくに気づいている距離であり、それを基準に考えればこちらの存在に気づいているはず。

そして警備が目的ならば誰か隠れているのに何もしないのはおかしいのである。

供の方はこちらに一切気づいておらず、むしろモズの方ばかり気にかける始末。

流石に警備として動いているとは考えづらい状況だ。

 

「あの、モズ様、なんで俺こんなところに連れてこられたんですか?」

「ん~、そうだねえ、悪いんだけどちょっと悩んでるから黙っててくれる?」

 

不安そうに尋ねる、よく見ればキリサメと一緒に捕まり、その後千空側からの交渉希望の旨を伝えるため解放された男。

モズはそちらを見もせずにその質問を一蹴する、言葉通り何やら悩んでいる様子である。

やがてある程度考えがまとまったのだろう、質問というよりは確認という感じで供の男に訊ねる。

 

「君さあ、メッセンジャーになったろう? つまり、あっちからの伝言を知っちゃてる訳だよね」

「? はい、覚えてます、けど」

「それが広まると不都合な奴がいるんだよね、だから俺に君を消すよう指示が出された訳」

 

ひっ、と悲鳴を上げる供の男。自分が今まさに殺されようとしている、と理解すれば当然の反応だ。

モズが言った事に三人も反応した、キリサメはどういう事かと問い質すため、コハクは殺されようとしている男を救う為、そしてほむらは逃走のために二人を止める。

三者三様の動きはしかし、次のモズの言葉で止まる事になった。

 

「ま、従う気はないけどね。だから出てきても大丈夫だよ、俺は君らを止める気はないから」



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どの命が大切か

飛び出そうとしていた二人も止まるような言葉が、なぜモズから出てきたのか?

先の言葉通りモズは悩んでいたのだ、このままイバラ側についたままでいいのか、と。

確かに人間松明作戦が成功すれば、多大な犠牲の代わりに勝利は得られるかもしれない。

だが、負けた時は? 奴らはあれだけの装備を用意できるぐらいだ、もしかしたら火ぐらいあっさり消し止めてしまうかもしれない。

そもそも勝ったとして、イバラが自分を生かしておくだろうか?

あれだけなんの躊躇いもなく島民を使い捨てにする奴が、自身以外の誰かを例外にするだろうか?

つまり、イバラについていっても先はない、そう判断できる。

だが、イバラと手を切るにしても勝てない状態になっては意味がない。

なら、どうするか? 勝てるような奴らを仲間にするのである。

自分は運がいい、この新米を再度メッセンジャーにするつもりだったが、こいつがヘマをする可能性だってあった。

それを無くせるだけでなく、信用を稼げるチャンスも得られたのだから。

 

「このままだとこいつ殺さなきゃいけないからさあ、そっちで引き取ってくれる? 今なら武器だって手放すよ?」

 

だからこのぐらいはなんでもない事だ、譲歩してやってるだけ。

このまま再戦の機会を失うよりずっとマシ……?

そこまで考えた時点で思考を破棄する。

今は関係がない事だ、隠れている連中に不信を持たれないために言葉を重ねる。

 

「俺との実力差ぐらい分かるだろ? 回りくどい事して罠に嵌める必要なんて一つもない事ぐらいさあ、要らないならホントに処分しなきゃいけなくなっちゃうよ?」

 

確実に聞こえるぐらいに声を大きく、だけど別の誰かには聞こえないくらいには小さく声を張り上げる。

これでも出ないならどうしようか、いや、ホントに出てこなかったらこいつにメッセンジャーやらせるしかないんだけど。

そんな事をモズが考えている間、三人は小さな声で相談していた。

 

「あの男が言っているのはおそらくは真実だと思います。悔しいですが、奴の実力からしたら我々では一人逃げるのが精一杯。それを嫌って罠を仕掛けるような繊細な神経をしてる訳でもないですし」

「印象通りの自信家で実力も十分か、分かった、話を聞いた方がいいと思う。ただ、コハクは先に舟に、万一の時に全滅は避けたい」

「くっ、石像の事もあるし、致し方ないか」

 

キリサメとほむらがゆっくりとモズの前へ出ていき、その間にコハクが逆側から舟へと向かう。

その動きはモズも理解していたが、放っておいた方が都合が良さそうなので放置する事にした。

 

「やあ、キリサメちゃん。その格好も似合うじゃない? あちらさんいい趣味してそうだね」

「貴方の戯言に付き合う気はありません、一体どういうつもりで我々を見逃すのです?」

「ああ、簡単な話だよ。イバラについていけなくなったってだけさ、アレについても勝ち目無さそうだしね」

 

肩をすくめて嘯く姿は嫌悪感が剥き出しで、心底嫌がっているようにしか見えない。

 

「勝ち目がないと判断した理由は? 無駄にプライドの高そうな貴方が、そう簡単に負けを認めるとは思えない」

「ああ、こっちも可愛い子だね。ま、そうそう負けるつもりはないけど、同格二名に同時に来られたら勝つとは流石に言えないさ」

「嘘ではない、けどもっと大きな理由がある。そう見るけど?」

「正解だよ、可愛いだけじゃなくて頭もいいなんてすごくいいね。どう? 今度朝まで俺と仲良くしない?」

「お断りする、で、理由は?」

「釣れないねえ。で、理由、か……」

 

そう呟くモズの顔が嫌悪で歪む、口にしたくもないが説明しない訳にもいかず端的に話す事にした。

 

「簡単な話だよ、俺は他人を火だるまにして大丈夫じゃなかったってだけさ」

 

吐き捨てるように言った言葉は二人の想像の埒外であった。

言われた内容が数瞬理解できず固まる二人、それにかまわず嫌なことをさっさと終わらせたいと早口でイバラから説明されたことをすべて話すモズ。

すべて話し終わった後には聞いていた全員が顔を青くしていた。

 

「これで全部だけど、なんか聞きたいことある?」

 

話の中で気になった事が一つ、それは

 

「そっちも頭首の事を?」

「ん? ああ、知ってるよ。君が知ってるって事は見ちゃったんだ、ここにいる理由はその辺りが目的かな?」

 

直接的に言ったりはしていないが、明らかに頭首が石像だと知っている様子にキリサメの目が険しくなる。

 

「おっと、無用な混乱を撒き散らすよりかはいい結果でしょ? その後のビジョン全くないんだからさあ、下手にぶちまけると島自体まずい事になったと思うんだよね」

 

険しい視線を受けたモズは肩をすくめて、自分にはどうしようもなかったと主張する。

実際モズが頭首が石像だと暴露したとしても何もできなかっただろう。

下手をすると石像にした犯人として処罰されかねないと考えれば黙っていたのも致し方ない事である。

キリサメもそれを察して黙る、苦々し気に唇を噛みながらだが。

 

「イバラのしようとしている事は分かった。で、それを止められる? 暗殺とかで」

「ん〜、考えないでもないけど、難しいかな。多分なんか俺対策があるんじゃない? じゃなきゃ慎重なあいつが殺される可能性のある時に俺と会うわけないし」

 

警備も自分周りはがっちりだしね、等と隙あらば殺害する気であった事を言外に匂わせる。

 

「貴方が一人で特攻して殺せれば、それが一番楽でいいのだけど」

「無理だろうね、あいつだって俺の強さは理解しているだろうから。対策が使えない時に俺を近くに置いたりしないよ」

「なるほど、それなら今回の件は貴方にとってもチャンスのはず。こちらから追い込めば隙もできる、その時に殺す事は可能?」

「追い詰め方次第かな? アレを舐めちゃいけない、伊達に何年もこの島を実質的に支配してないよ」

 

ポンポンと暗殺の段取りを決めていく二人、横で聞いているキリサメは冷や汗が止まらない。

 

「あの、ですね、そういう手段は少々避けていただきたいといいますか、その、はい」

 

弱々しく暗殺案を止めようとするキリサメに、『なぜ敵に容赦する必要が?』という感じで首を捻るほむらとモズ。

さらっと暗殺案を出したほむらにもとっくに検討済みなモズにも引いているキリサメであった。

 

 

最終的に『イバラが致命的な隙を見せたら殺る』という事で話はまとまり、連れを一人増やして帰還の途についたほむら達。

モーターボートの大きな音は魚かなにかの音だったとモズが誤魔化してくれるとの事なので、帰りはとても早く戻る事ができた。

そして、石像とソユーズがあった時彼の記憶がよみがえり、

 

「ソユーズが頭首の息子であると分かったわけだ、見事なまでの貴種流離譚だね」

「まあ、その証拠となるものは一切ないので、今の問題をどうこうできるものでもないがな。で、御頭首様とやらが復活できればそれで万事解決なのだが、どうだ? 復活は可能か?」

 

石像が持ち込まれてから真剣な様子で調べていた桜子が首を振る。

 

「無理だと思う、削られてから大分経ってるようだし、明らかにパーツが足りてない。復活液をかけないで正解よ、そのまま死体が一つ出来上がるだけだったでしょうね」

「そうか、ソユーズには悪いがその話はこれで終わりだな。喫緊の問題は明日の朝にも攻めてくる多数の島民たちの対処だが、我々の行動方針はどうするのだ? 千空」

 

桜子の答えに龍水は仕方ないと頭首の石像の話を打ち切り、攻めてくるだろう島民への対処を確認する、それに疑問を挟んだのはクロムだ。

 

「えっと、島民って御頭首様の号令で攻めてくるんじゃねえのか? ここに御頭首様の石像があったら攻めてこれねえと思うんだけど」

「ん~、御頭首様の意志で攻めてくるならそうなんだけどねえ。実際に攻めるのは宰相様とやらの意志でしょ? 俺ならこう言うねえ『御頭首様がさらわれた! すぐに救出しなければならない!』って」

「でも、御頭首様がこっちにいんなら油かぶってはやってこねえよ、な?」

「逆だろうねえ、なんとしてでもこっちを突破するために遠慮なく使ってくると思うよ? 勝てば助かる、負ければ全部失う、ってなったら勝つために手段選ばないのが人間だもの。期せずして背水の陣って奴になった訳だね、厄介な事になったよ」

「つまり、攻めてくるのは決定事項、宰相ってのが急に心変わりしたりしなければ、俺たちは大きな殺し合いに入らなけりゃならないってわけだ」

 

クロムの疑問に答えるゲンの言葉に続けて話す千空の表情は苦々しげだ。

その千空の視線を受けて氷月は何でもない事のように言う。

 

「戦力的には負けるわけがない、そう言えますね。こちらの縛りを一つ、外す必要がありますが」

「縛り、ですか?」

「ええ、殺人の許容です。近寄る前に息の根を止めてしまえば取りつかれませんので」

 

その辺りをよく分かっていないキリサメが首を傾げる、ほむらが暗殺案を出していたからピンと来ないのだろう。

ただ他の面々は別だ、顔や眉を顰めるのはまだ軽い方で、うめき声を思わず漏らす者や動揺のあまり身を乗り出して拒否しかかる者もいる。

特に酷いのがソユーズである、動揺のあまり顔を青くして崩れ落ちるように床に膝をついてしまうほどであった。

 

「そ、そんな! ……どうにかならないの!?」

 

絞り出すような声でそれだけは避けたいと訴えるが、返ってくるのは冷たい反応のみ。

 

「どうにもなりませんね、殺さなければこちらが殺されます。火だるまになった人間、それも複数名に囲まれて相手を死なさずに済ませられるなど魔法の領域でしょう。どのみち火だるまになった時点で死は確定的です、無駄に苦しめるよりかは人道的では?」

「俺も氷月に賛成だな、俺にはこの船の船長として船員の命を守る義務がある。この島の島民は言ってはなんだが他人にすぎん、船員の命と天秤にかけられては船員の命を取らざるをえん」

 

分かる、分かってしまう、火に包まれた人間を助ける事などどれほど困難なのか。

身内の命と他人の命、どちらか取れというならば身内のを選ぶのは当然の事だ。

 

「そうだ! 消火器! この船だって備えてんだろ、火事が起きた時用の備えがよ!」

「材料は酢とベーキングパウダーだかんな、追加で用意するのは難しくねえ。だが、な」

 

クロムの思いつきに千空が捕捉を加える、しかし、

 

「そうだな、で、一体何本必要なのだ? フランソワ! 現在の物資で何本作れる!」

「同じ大きさのものでしたら20本程度でしょう、現在設置してあるのが10本ほどですので合計30本ほどになるかと」

「キリサメ、島民は何人くらいだ?」

「詳しくは存じませんが、200以上は確実かと」

「つまり、二割犠牲にする覚悟で来られた時点で対処できる限界を超える訳だな。それ以上にくる可能性の方が高い、俺はそう見るが、反対意見はあるか?」

 

誰も何も言えない、皆知っているのだ、後ろから操る者にとって前線の人員など数字でしかないという事を。

ソユーズが泣き崩れ肘まで床につけながら嗚咽を漏らす。

やっと生まれ故郷にたどり着き、父親の姿を思い出せたと思ったのも束の間。

父親は死んでるも同然の状態で、父が護るべき島民達は紙屑のように消費されようとしている。

それなのに自分にはそれを止める事もできず、眺めるだけどころか止めを刺す側とあっては致し方ないだろう。

 

「千空、この船の船長として提案するぞ。今すぐこの場を離れ機を見てプラチナを掠め取る策に変更すべきだ!」

「! それは!」

「キリサメよ、そちらの立場は分かる。だがな、無意味な犠牲を出さぬためにはこれ以外ないのだ」

 

千空達が引いてしまえば人間松明作戦は当然決行されない、人死には回避できるだろう。

だが、

 

「それではイバラの専横が確定するだけではないですか! 見捨てると、島の者達の事など知らぬと、そう言うのですか!」

 

キリサメが激昂する、当然だろう。

イバラに今後の島の行く末を委ねる、そういう事になるのだから。

 

「見捨てたくない、助けてあげたいよ! 何か、何か方法はないの!」

 

ソユーズも泣き腫らした顔をあげて縋るように龍水を見上げる。

中途半端な希望を与えるのは返って残酷だろう、龍水は意識して冷たい目を向けソユーズに問いかける。

 

「ソユーズ、お前は石神村の仲間か? それともこの島の仲間か?」

 

それは『どちらを犠牲にする気だ』という問い。

どちらも大切な仲間だ、ただしソユーズにとっては。

龍水らには島民は今は敵でしかない、その冷酷な事実を突きつけられたソユーズが絶望する。

項垂れ、また下を向いてしまうソユーズ。

正しいのだ、龍水の態度は。誰も彼も救えるほどこの世は甘くない、それだけの事なのだから。

 

「自身に従順な者を無意味に殺すほど愚かではあるまい、意外といい統治者になるかもしれんぞ」

 

龍水自身その可能性は限りなく低いと理解しながら、慰めるつもりでそう発言する。

無論ただの慰め以上にはならない、キリサメは悔しさに歯噛みしながら、ソユーズは自分の無力に打ち拉がれながら千空の決断を待つ。

千空としてもできれば島民達を救いたい、だが救えても一握りだけだろう。

ぶつかりあっては無駄に犠牲が出る、ならばぶつからなければいい。

子供でも分かる理屈だ、一番確実に犠牲が少なく済む。

その後、頭首という枷が外れたイバラがどれだけ残酷な事を島民にするか分からない、という点を無視すれば、だが。

実は火だるま状態から救う方法は思いついている、石像になってしまえばそれ以上焼かれることはない。

復活の際に修復される事を考えれば火傷していても問題なく救えるだろう。

ただし、最悪の場合島民全員を石像に変える覚悟が必要だが。

復活液だって無限ではない、白金があれば硝酸は作り放題だがアルコールは時間がどうしたってかかる。

島民全員に行き渡らせるのにどれだけの時間がかかるのか、やるならば本土に残った人員全員を投入する覚悟でやる必要があるだろう。

WHYマンがいつこちらを本格的に攻撃し始めるか分からない状況で、長い時間をかけるのはリスクが高すぎる。

REIの監視と防衛だって完璧にはほど遠い、当てにし過ぎるのはやめておきたい。

更に言うなら、それをするのは『ドラゴンボールがあるから死んでもいいだろ』と言い出すレベルの暴言だ。

合理的とはとてもじゃないが言えない、一時撤退して態勢をしっかり整えて奇襲をする。

それが現実的に一番の方法だろう、そう判断して決断する、その直前。

 

「ねえ、千空。一人分なら殺しても許容できる?」

 

桜子が真剣な表情でそう発言してきた。

 

「何をする気だ?」

「今千空が悩んでるのは島民をどう止めるかで、その手段がないから撤退しようとしてる……それであってる?」

 

頷き無言で続きを促す。

 

「頭首が無事な姿を見せて、止まるように呼びかければ止まるのは期待できるよね、キリサメさん」

「そう、ですね。今回の場合御頭首様が拐われたという名目で攻め寄せてくる訳ですから」

 

困惑しながらも質問に是と答える。

その御頭首様を復活させることができないからこそ、こんなにも悩んでるのに何を言い出しているのだろうか?

そんなキリサメ、いやその場の全員の困惑を他所に、桜子は千空へと向き直り固い表情のまま言った。

 

「頭首の顔の削れた部分を埋めるため、他の石像から移植をしようと思うの」

 

その言葉に全員が桜子へと注視することとなった。



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移植、どうやるか

移植、生きている器官などを切り取り、他の場所へと移し植える事。

そんな辞書に載っているような解説をされるまでもなく、『無理だ』その一言が復活者達の頭をよぎる。

千空ももちろんそう言うだろう、大半の人間がそう予想していたが、千空の反応は違った。

 

「問題点はいくつかあげられんな、まず風化した部分はどうすんだ?」

「地道に紙やすりで削って、ただ削るための素材を調達できれば、だけど。出来ないなら出血性のショック死をしない事を祈りつつ、解除した次の瞬間石化させるかな」

「カセキにタングステンでコイルを作らせる、それでアルコールから人工ダイヤを作ってそれでチャレンジだな。次の問題点だが、移植するものはどっから調達すんだ?」

「海中にたくさん沈んでるでしょ、その中から犠牲者を選んで、頭首さんの足らない部分もらうつもり。その人は復活できなくなるけど、ね」

「血液型とか合わなかったら?」

「クエン酸あることぐらい知ってるよ? 遠心分離は手動でやってもらうことになるけど」

「癒着しない可能性」

「神のみぞ知る、ね。あ、でも実験はしてからにしたいな」

 

その質問の後しばらく考え込み次の確認に移る。

 

「かかる時間」

「風化した部分の強度次第だと思うけど、カセキや杠に手伝って貰えて順調にいければ5、6時間ってとこ」

「悪けりゃ?」

「10から12時間」

「頭首が協力してくれない可能性」

「極底、百物語のその百が伝わっていればゼロ、そうでなくても島民への呼びかけぐらいはしてくれるはず」

 

頭の中で今何時であるかを思い出し、最悪でも昼前にはいけそうだと確認する。

 

「一旦撤退して頭首が復活したあと改めて訪れるのは?」

「それが一番安全だけどね。千空も分かっていると思うけど、宰相イバラを侮るべきじゃない。20年近くに渡って頭首が石像な事を隠し通した奴だよ? 時間を与えたらどうなるのか分かったもんじゃないよ。大体モズっていうあちらの最大戦力が裏切ってくれる可能性、多分今回限りだと思うし、チャンスの神様は前髪しかないっていうしね」

 

イバラに対し相当な警戒心を持っているらしい、後は孫子の一説の戦は短期で終わらせろと言うのを実践しようとしてるのもあるのかもしれない。

 

「作業中当然船は動かせねえ、襲撃をどうするつもりだ?」

「皆に頑張ってもらうぐらいしか考えつかないかな」

 

周りを見ながらそう言う桜子、できないとは微塵も思っていないようだ。

 

「賭ける価値はあるんだな?」

「犠牲者を少なくする、その一点だけはこの方法が一番だよ」

「待て桜子、何故そう断言できる? 今回の衝突を回避する方が死者が出ない可能性が高いではないか」

 

そう断言する桜子に龍水は疑問を挟む。

 

「死者はそうかもしれないですね、ええ、死者だけは」

「なら……」

「死んだ方がマシ、という状況はありますけど」

「むう……」

 

さすがに死んだ経験などない龍水は実際にどちらがマシなのかは分からない。

だが、妙に実感のこもった桜子の言動に反論する気にはなぜかならなかった。

 

「龍水、船員の命を心配するオメーにゃあ悪いが、俺は桜子の案を採用するつもりだ」

「ほう? 理由を教えてもらおうか」

 

苦笑混じりにそういう千空に対して眉を跳ね上げ問う龍水の声は低い。

その憤りを当然のものと受け止めながら千空は理由を上げていく。

 

「まず一つ目は時間だな、正直言ってこんな所で時間かけたくねえ。WHYマンがいつ全面攻撃してくるかって考えたら、一分一秒が惜しいってほど焦っちゃいねえがやっぱ時間を無駄にしたくねえ」

 

WHYマンの事を言われてそれがあったかと思い出す、確かに白金は次のステップへ進むための材料であって最終目標ではない。

意識してはいなかったがタイムリミットは確実に存在するのだ。

 

「次に今ならタイミングがいいって事だな、奇襲かけるにしてもこの船の大きさじゃあ気づかれずに接近ってのは難しい。嵐に乗じて近づくのが定石だろうが……今は冬だ、期待はできねえ。まさか夏まで白金を放置って訳にもいかねえだろ?」

「少数だけで白金のみを回収するのはどうなのだ?」

 

そう、先ほどから対決する前提で話されているが、本来なら避ける事ができるのである。

それを指摘された千空は少しバツが悪そうにしながら答えた。

 

「この島の連中を見捨てたくはねえんだ、手段があるならどんなんでも試したいぐらいによ」

「リーダーが強欲であり、物事を楽しめるのは歓迎できるが現実を見れんのは困るぞ。犠牲者を出さずに撃退可能、本気でそう思っているのか?」

「逆に聞く、できねえと思うか?」

 

見渡せば自信ありといった風に笑うバトルチーム、彼らならできるかもしれない。

 

「だが、島民自身の焼身自殺紛いはどう止める?」

「水堀を掘って出口に司を配置、燃えた奴から放り込む。火傷に関しては、キリサメ! アンタの協力が必要だが、頼めるか?」

「……それが島のため、ひいては御頭首様のためになるなら」

 

キリサメの返答を聞いて早速桜子が石化解除時の副作用について説明し始める。

キリサメは大変驚いているが、理解はしてくれたようだ。

それを見て龍水は思った、これは一時撤退に舵を切らせるのは無理そうだ、と。

 

「作戦決定前にこれだけは聞かせてくれ。千空、ここまでして島民を助けたい理由はなんだ? お前ならば今までの話に無理な部分が多い事に分かっているだろうに」

「ああ、そういえば龍水ちゃんはあの時いなかったっけ」

「てっきりフランソワさんが調べてると思ってたけど、そうだよね、わざわざ話すことじゃないか」

 

最後の抵抗としてため息混じりに龍水が聞けば、声を上げたのは千空ではなく周りの数名。

正面からぶつかる事に妙に周囲が反対しない事に疑問があったが、なるほど、何か理由があるという事か。

 

「ソユーズの奴に借りがある、それだけだよ。だからあいつの故郷を救いたいっつー単純な話だぜ」

「……それだけか?」

 

呆れ混じりに問えば力強く頷く千空達。

龍水は最初こそ我慢していたものの、段々と笑いの衝動が大きくなり最後には大声で笑い出してしまった。

 

「それだけ、たったそれだけで命をかけるか! 大馬鹿だな貴様らは!」

「反論のしようがねえな。だが、悪かねえだろ?」

「そうだな、賢いばかりが人生ではない! 時には馬鹿になってぶつかるのも良いものだ! では、ソユーズの奴の故郷を救う作戦を決めようではないか!」

「おう、先ずは寝てる連中起こしてくっか」

 

彼らにとって初めての大規模戦が行われる事が決まった瞬間であった。

 

 

キリサメへの説明もすぐに終わり、石化装置を使う事を了承してもらう事ができた。

次に決めるべきはどう襲撃を耐えて時間を稼ぐかである。

 

「本陣へ、イバラの首級を取る役目は私が行きましょう。マグマ君とコハク君を連れて行きたいのですが、よろしいですか?」

「「「いやいやいや」」」

 

初手から別方向に飛ぶのはやめていただきたい、思わず声を揃えて突っ込んでしまったじゃないか。

 

「氷月さん、氷月さん、人死にはなるべく回避する方針ですよー」

「ええ、分かっていますよ? ですがそれが一番早いですからねえ、狙わない理由はないでしょう」

 

これは連れて行かれる二人はストッパーにならなきゃいけないやつだな?

自分達の役割を理解したらしく、マグマとコハクが顔を合わせてげんなりとしている。

私は二人の方を向いて手を合わせる、悪いけどお願い、という意味だ。

二人はそれぞれため息をついたり肩をすくめた後、任せろと目で言ってくれた、ホント頼りにしてます。

 

「氷月が攻撃要員に回るなら俺は守備側だね、金狼と銀狼はこっちでいいのかい?」

「金狼君はともかく、銀狼君は敵陣突破に向かないでしょう。この配置の方がいい働きをしてくれると思いますよ」

 

羽京は当然遊撃で大樹は万一の際の救出要員、人員配置はそれで決定。

後はどんな陣地を作成するか、どうやってそれを作るか? ぐらいだが、

 

「奇をてらったモン作る必要はねえだろ、堀を掘って内側に壁で十分だ」

「出入り口近くの壁は開けておく部分を頼むよ、落とした後放置じゃ溺れてしまうからね」

「掬い上げるための場所って事か、それ以外は普通の城壁のイメージだね、壁は丸太になるけど」

 

あっさり決まってすぐに次の件である。

 

「んじゃあ人工ダイヤに関してはクロムとカセキに任すぞ」

「? 千空は参加しねえのか?」

「別件終わって時間あったら参加だな」

 

相変わらず千空は鋭いなあ、私が何をしようとしてるか全部お見通しみたい。

 

「で、犠牲者の選択だが……」

「あ、それなんだけど、キリサメからちょっと話があるって」

「必要なのは石像の右顔面なのですよね? それでしたら少々心当たりがありまして……」

 

たまにだが後宮への侵入者が出る時があり、それへの罰則は石化させた後、見せしめとして皆の前で砕くことらしい。

 

「なるほど、手放しで喜べる話じゃねえが、少なくとも余計な犠牲者は出す必要はねえ訳だ」

「はい、お許しいただけるのならその場所へ赴き、必要なものを回収して参りたいと」

「許さねえ理由はねえな、んじゃ後でほむらと一緒に回収を頼むわ」

「後で、ですか?」

「ああ、実験するっつったろ? 石化装置を使ってもらわにゃいけねえからな、回収に行くのはもうちょい後で頼む」

 

実験、そう、移植した組織がちゃんと癒着するか、拒絶反応が出ないかどうかの実験だ。

手順としては簡単である、石像を二つ用意して片側からもう片方に実際に移植してやるだけ。

生身から石像でも構わないのかもしれないが、今回の目的には沿わないのでやる必要はない。

そして被験者は当然言い出しっぺの私がやるつもりだったのだが……

 

「父さんのための提案だろ、これは。だったら俺が受けるべきじゃないの?」

 

ソユーズがそう言い出してしまい、皆も賛成な雰囲気になってしまった。

できれば話さずに済ませたかったのだが、仕方ない、知ってる千空もマグマも助け舟を出しそうにないし。

 

「あのね、ソユーズ、この実験は危険はほぼないと見てるんだけど、どうしても被験者になりたい? できれば堀作りの方を手伝って欲しかったんだけど……」

「ほぼって事は少しはあるんだろう? お願いだよ、俺も父さんのために何かしたいんだ」

 

困った、私の方は自分のためでしかないからホント困った。

ここは親のためを思うソユーズに譲るべきか? 事情を話せば私に譲ってはくれるだろうけど、どうしよう?

二人が黙ったままなのは話すなら自分で話せって事だろうし、ホントにどうしよう。

悩みっぱなしでは不安がらせてしまいそうだし、ええい、話してしまおう!

 

「ソユーズ、ごめんね、実は実験には他に副産物的な目的があったのよ」

「副産物的な目的?」

「そう、副産物的な目的」

 

無意識のうちに下腹部に当てていた手を動かす、復活者全員にある皮膚表面のヒビ。

私のそれは何故か風雨に晒されにくいはずのここにあった。

いや、想像はついている、きっと、()()()()()()()()()()

 

「私、子供の頃にね、ここを強く蹴られた事があるの」

 

なるべく平坦な声で言ったつもりだが、震えてはいなかっただろうか?

すでに知っている二人を除いて全員が言葉を無くしている、同情されたいわけじゃないから努めて明るい声を出す。

 

「私がチビなのもきっとそのせい、だから今度こそ治しきってナイスバディを手に入れたいの。だからソユーズ、悪いんだけど譲ってくれない?」

 

……どうやら失敗したらしい、皆の沈痛な表情が深くなってしまった。

ソユーズも小さな声でごめんと言ったきり黙ってしまうし、責めたいわけじゃないのに困ってしまう。

 

「桜子、お前の作った教科書によう、書いてあったな、子供を作るための内臓は成長を促す役割もあるって」

 

さすがはクロムだ、よく覚えている。

 

「ガキの頃にそれを失っちまったから、お前はそんななりだったんだな」

「そうじゃない人もいるだろうけどね、少なくとも私はそうなんだと思う」

「おめえら二人は知ってたのかよ!」

 

本当に観察力が半端じゃない、動揺してなかった二人に詰め寄る。

 

「本人から聞いてた、それだけだ」

 

マグマは目を閉じたままそう答える。

平坦な声だったはずなのに、なぜか激情を押さえつけているように感じたのは私の気のせいだろうか?

 

「……二か月間、調子は一切変わってなかった。だから推測できただけだ」

 

千空はクロムの目を真っ直ぐ見て静かにそう答える。

こらえきれずにクロムが千空の胸倉をつかむ。

 

「なんでそんな重要な事を放っておいてんだ! どうにかできなか」

「できるんなら、どうにかできるんなら……とっくの昔にやってる、そう思わねえか?」

 

胸倉をつかむ腕を逆につかんでそう問いかける千空の迫力に、クロムは言葉を続けられずに黙り込む。

 

「桜子、その、君がそういう行為に真剣さを求めるのは、そういう事があるから、なのか?」

「やだなあ、せいぜい四分の一ぐらいだよ」

 

コハクの問いに明るく答えて見せるが、またしても失敗したらしい、もはや部屋の中の雰囲気はお通夜のようだ。

そんな雰囲気の中、杠がゆっくりと前に進み出て千空に問いかける。

 

「千空君、桜子ちゃんのそれは、治るの?」

「正直、可能性は低い。だが、この方法しか現状可能性がねえ」

「ゼロじゃないんだね?」

「修復力が足らなかったならいける、もう一回修復すんだからな。修復の範囲外だったならアウトだ、それこそ移植手術が必要になるだろうよ」

 

坦々とした答えに一つ大きく息をつく杠。

 

「移植の実験の被験者は桜子ちゃんで、移植は私がやります。いいよね?」

 

ついた後、断固たる口調で訊ねる。

問いかけの形を取ってはいるが有無を言わせる気はないようだ。

 

「元々オメー以外じゃカセキぐらいにしかできねえよ、進んでやってくれるんなら大歓迎だ」

 

千空もわざわざ逆らう気はないからすぐに了承する。

 

「ありがと、移植するものは千空君が提供してくれるのかな?」

「ああ、俺も桜子と同じ血液型だかんな、他の奴にやらす気はねえよ」

 

杠に答えた後、こっちを向く千空。

 

「髪一房、それでいいか?」

「うん、それがいいな」

 

移植の実験はそういう形に決定したのだった。



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咲いた夢の模様

話し合いが終わり、早速移植実験の準備に移る私達。

ただし、私と杠だけ、千空らはまだ幾つか守備に関して話すことが残っていたから。

準備とは言っても私がやる事はほぼない、なぜなら石化する覚悟をしておくだけだからだ。

 

「だから気にしなくていいよ?」

 

そう杠に声をかけるが、一向に彼女の表情は緩まない。

真剣な顔でのみや錐を手入れする様子はまるで凄腕の職人のようだ。

これは好きにさせた方がいいかな、と思い始めたころ、ぽつりと弱音が杠の口からこぼれた。

 

「私、ダメな子だ。桜子ちゃんが苦しんでたのにまるで気づかないなんて。それなのにお説教ばっかりして……最低だよ」

 

いかん、凹みまくってらっしゃる。

ええい、大樹め、何故ここにいない! 慰めて好感度アップのチャンスだぞ! え? カンストしてるから必要ないって? 否定のしようがありませんな。

後、奴がいないのは千空達と話し合いに行っているからです、守るとなると切り札的な扱いだからね奴は、仕方ないね。

あれ? つまり、私が慰めなきゃダメって事? マッチポンプじゃん! 原因私なのに慰めイベントとか完全にマッチポンプじゃん!

落ち着け、私、この場合イベントではなく、ただの自業自得だ。

原因なんだからその影響で出たことも自分で処理しなければならないだけだ、うん、よし、やるぞ!

 

「あー、杠? 本当に気にする事ない、よ?」

 

さっきも言った! これ、さっきも言ったよ! 私話術スキルなさすぎでしょ! ゲン、この一時だけでいいから貴方の話術貸してぇ! 記憶をどんだけさらっても自分のせいで落ち込んでる友達を慰める言葉なんて出てこないのぉ! 完全記憶能力って本当に使えないな! 時と場合と使用者による、だけどね!

 

「ごめんね桜子ちゃん、こんな姿見せられたら落ち着かないよね……うん、私、大丈夫だから、気にしないで?」

 

くすっと笑った後、笑顔でそう言ってくれたけど……どう見てもカラ元気です、本当にありがとうございました。

逆に気を遣わせるとか、ダメダメにもほどがありませんかねえ。

って、自虐してる暇があるなら気をそらせるような話題を出すべき、なにか、何か話題を……

 

「そうだ、桜子ちゃんは治った後どうしたいの?」

「どう、って?」

 

折角の話題転換だから乗りたいけど、何を指しているのか分からず鸚鵡返しに聞くだけになってしまった。

 

「だって、ここ治ったら作れるでしょ? だからどうしたいのかなぁって、思って」

 

私の下腹部を指しながら含み笑いで杠が言うが、さっぱり意図が見えてこない。

怪訝な顔で首を捻るばかりの私に、ちょっと強い口調で杠が言葉を重ねる。

 

「もう、子供を作れるようになるんでしょ? だから、どうしたいのかなぁ、って聞いてるの」

 

ああ、なるほど、子供かあ。

どうしたいって、それは……

 

「どんな風な子でも、受け入れてあげたいかな。親に拒絶されちゃうのって、本当に辛かったから」

「え、あ、うん、そうだよね、じゃあ、どんな子に育って欲しいとかは?」

「そうだなあ、人に優しくできる子になって欲しいかな? 後は丈夫で元気であってくれればもっといいよね」

 

この後防衛計画について話し終えた千空らが呼びに来るまで、子供の話で喋り倒していた。

この時は気づかなかったが、結局私は杠に気を遣わせまくっていたというオチ。

時間が大分経った後ふとこの会話を思い出して、ようやくその事に気づいた私は悶える羽目になったのである。

 

 

そして実験のために石化する時間がやってくる、この場にいるのは私と千空、杠に大樹、そしてキリサメと……マグマだ。

正直司らと一緒に防衛施設作りに行くべきだと思うのだが、気もそぞろになって手につかないだろうからこれはしょうがないかな。

 

「手順は説明した通りだ、キリサメが俺と桜子の間で起動するよう石化装置を使う。

投げる必要もねえ、置いときゃいいだけだから失敗しようもねえな、これは。

その後に大樹とマグマが石化した俺から髪を一房分削る、んで桜子にそいつを埋め込んでから石化を解除。

しっかり癒着してくれてりゃ目出たく実験成功ってわけだ、質問はなんかあっか?」

「ふん、聞いたって分かりゃしねえんだからとっととやれや、俺らがドジ踏んで砕きすぎてもくっつけてやりゃ問題ねえんだろ? それ以外なんぞ思いつきゃしねえから質問時間なんぞ意味ねえよ」

 

突き放した言い方であるのだが、つまりすでに質問済みって事なのかな、これは。

千空をチラリと見れば、肩をすくめて肯定だと目で答える。

いつマグマの好感度稼いだんだろ私、こんなに気にかけられるような事したっけ?

内心首を捻るが表には出さないよう、表情は平坦に、目線は自然な感じにしておく。

なのにギロッと睨まれてしまった、変な事なんて考えてないやい。

 

「手順は分かった、俺たちは気負わずにやればいいだけ、そういう事だな、千空」

 

目だけで会話している私達に苦笑しながら、大樹が話をまとめてみせた。

実際難しい事は特にないのだ、本来の移植手術と比べて失血を気にしたり、移植部の鮮度低下を気にする必要がない。

その上、もし移植部を取る時に失敗しても、修復効果を期待できるので気楽にできるのだ。

そうでなければ素人だけで移植しようとか、さすがの私も提案なんてできない。

 

「そういうこった。よっぽど粉々にしなきゃ問題ねえから、とるときゃガツンとやれよ」

「マグマや大樹のパワーだと、遠慮なしにやったらほんとに粉々になったりして」

「んな事あるわけねえだろ、どんな考えなしだ」

 

この時の会話がフラグだった……と言えるのだろうか?

どっちに転んだのかよくわからないのだが、まさにこれぞ人生万事塞翁が馬といったところだろう。

この後、私と千空は石化して長い間そんなことがあったとは知らなかったのだが、移植手術中こんな会話があったらしい。

 

「むう、固いな。以外と難しいぞ、これは」

「ビビってちまちまやってから難しいんだよ、ガツンとやれ、ガツンと! 貸せ、俺がやる」

「あ、マグマ、固さが場所によって違うから慎重に……」

「「あ」」

「……ビビんな! くっつけてやりゃいいだけだろうが! ……杠、真ん中の辺りから削って構わねえよな?」

「う、うん、それでいいんじゃないかな。後、この事は3人だけの秘密にしておこう?」

「「異議なし」」

 

3人ともこの件を話す気は一切なかったのだが、石化の研究が続くうちに世界初の石化中の移植の詳しい様子を問いつめられて話す羽目になった。

この後私に起きた不思議な現象が、他の人には一切起きなかったせいである。

 

 

石化中には何も感じることはなく、何も見えず、聞こえる事もない、そのはずなのに今回は違った。

いや、正確に言えば五感によって感じるものはなかった。

他の人は経験したことなどないだろう、ただ、私には覚えのある感覚だった。

それは、自分のものではない記憶を思い出す感覚、だから最初は警戒し身構えた、それは私に苦い経験を与えることの多いものであったからだ。

 

「っし! 俺みたく石化をぶち破るやつもやっぱいる!」

 

最初に聞こえたのは聴きなれているはずなのに聞きなれない声、録音した自分の声を聴いた後自分で声を出した時が一番近いだろうか。

 

「って、わりーな埋まりっぱで。即行で道具とってくるわ」

 

そして見えるのは見慣れているはずなのに見慣れない顔、違和感の原因は普段見るものと左右逆だから。

 

「……ありがとう。あと服もあったら嬉しいのだけど」

 

そして聞こえてくる声は先ほどと逆、録音した声を聴いた時に感じた違和感。

この時点で気づいた、この記憶は、千空のものであると。

分かって当然ではないか、この場面は完全記憶能力がなくても忘れるわけがない。

私と千空が初めて出会った時の事なのだから。

 

 

その後見えた場面達によって法則性が見えてきた、この記憶群は千空が強く記憶している、私に関する記憶だ。

だって、最初の出会いの場面の次に大樹の復活前夜が少し流れた、と思ったら次は海岸での司との対決が見えて、さらにそれが最初から最後まで見えたのだから理解できるのも当然だろう。

私が大泣きした場面は迷惑かけてたなあと思いながら見ていたが、その後の情緒不安定でも心配かけていたことは初めて知った。

それが村人達との交流ですごい勢いで安定していったのは、心配して損したとまで思ったようだが。

それからマグマとの関係がえらく早く仲良くなったなと思っていたようだが、適切な距離感を理解しただけである。

例えるなら職場の同僚なら嫌いな相手でも笑顔で挨拶するようなものだったのだが、まあ、それで安心してくれていたようなので問題なしである。

そして、氷月の一件だ。

あの時助けを求めた、求めることができた私にこんなに喜んでくれていたなんて、知らなかったし想像もしていなかった。

だから、私の心の傷に触れる覚悟もできたのだと初めて知った、そんな事千空はおくびにも出していなかったから。

もう一つのトラウマも深い事に気づいたのは触れてからだったみたいだけど。

ここから私を気にする頻度が高くなっていったようで、色んな姿が見られていたみたい。

子供と遊ぶ姿や、村の女性陣と一緒に料理する姿、司に歴史を教えている最中の姿なんかもあった。

てっ、ゲンが私をへこますのを許可したのは貴方か千空、いつか覚えていろよ。

マグマとからみが多くなったのもこの辺から、千空は自分と同じ理由だろうなんて予想してた。

保護対象であり、助けなきゃいけない相手だから気にかけるのだと思ってたみたいだけど。

それだけじゃないと考えを改めたのは百物語のその百を聞いた後、渡したタオルに顔をうずめる事を選んだ時。

でもどういう対象かはあやふやだった、それがハッキリしたのは洞窟で雲母の落とし穴に落ちた時だった。

 

 

よっぽど強い印象だったらしく、いままで漫画の一コマ一コマのように見えていた光景がVRに入り込んだかのように切り替わった。

その中で視点の主、つまり千空は壁を叩いて反響音から材質を確認する事をしていた。

 

「おい」

「あー? 流石にすぐには打ち込みポイント見つかんねえぞ、ゆっくり体力温存しとけよ」

 

かけられた声に振り向かずに返事をする、次善策として水を注ぎこませる方法もあるが……その後男同士で温め合う羽目になるのはごめんだったからだ。

 

「テメエと一対一なんざ滅多にある事じゃねえからな、ちょいと話に付き合えや」

 

その声に含まれた真剣さに流すべき話題でない事を悟り、振り向き真っ直ぐ向かい合う。

そうして向かい合えば見たこともないほどの真剣な眼差しと表情。

いや、千空は見たことないが、私はある。

御前試合の日の夜、私の体が子供を作れないだろうという事を告げたその時と同じ顔だ。

 

「この洞窟の入り口で話したあれだがな、司の事だと誤魔化したが、テメエは違うやつのことだと気づいてやがったんだろ?」

 

無論気づいていた、司に対する思いとしては間違いではないだろうが千空に突っかかる理由としては薄いのだ。

突っかかる必要のある相手、それは……

 

「桜子の事だ、アイツの事をテメエはどう思っている?」

 

マグマの問いかけに目を閉じてじっと考える、まだあやふやで確かな形をとっていないその感情を。

ただの友人? 文明を取り戻すための相棒? それとも妹のような存在? どれも正しくて間違っているように思えるそれを深く深く考える。

 

「俺は、俺はなあ! アイツをそばに置きてえ! 何もかもから守りてえ! そのために嫁にしてえ! テメエはどうなんだ、千空!!!」

 

千空はマグマの血を吐くような雄叫びにも全く動じることはなかった、動じるのがマグマにも桜子にも失礼だと思ったのもあるが、それ以上に動じる必要が全く感じられなかったからだ。

激しく激するマグマの目を穏やかに見返し、それ以上に静かに答えを返す。

 

「俺の人生の相棒として、アイツ以上の奴はいねえと思っているよ」

 

その言葉を聞いた瞬間、記憶の海に泳ぐ時間が終わりを告げた。

何も見えず感じなかった自分自身の体の感覚が戻ってくる、石化が解除されたのだ。

 

「よう、体の調子はどうだ?」

 

そう言いながらのぞき込む千空の目の奥、そこにある感情の名前に気づいた時、私の中で何かがドクンと音を立て動き出した気がした。

 

 

 

 

誰も知る者のいない話であるが、彼ら彼女らが勘違いしていることが一つある。

それは、3700年の眠りから目覚めた時点で彼女の体は完全に治っていた事だ。

彼女が目覚めた時点で年相応の内臓機能が備わるように修復されていたのだ。

ならばなぜ、今までそれが機能しているように見えなかったのか。

言ってしまえば心因性疼痛が一番近いだろうか? 長い間それが機能していなかったことで脳がそれが当然と認識してしまったのだ。

今回もう一度の石化解除の修復能力で治るかもしれない、そう思えたことが一つ。

もう一つの理由はそうなりたいと彼女が心から望んだから。

少女が、女性に成りたい、そう心から望んだから肉体はそれに応えたのだ。

こののち彼女の体は少しづつ成長していく事となる、心の求めに肉体が応じた結果である。

……成長可能な時間が短すぎて十数年経っても、遠目では大人に見えないと評判であったが。

 



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すくう者

桜子の石化が解除されてすぐに千空が声をかけたのだが反応がない。

 

「おい、桜子?」

 

何やら呆然と千空を見つめる桜子に、顔を覗き込みながら再度声をかける。

 

「え、あ、う、えお?」

 

すると、怪しげな挙動とともに顔を真っ赤にし始めた。

男3人はその反応を訝しむだけだったが、杠だけはピンときたようである。

 

「ちょっと、ちょっとだけ待って、落ち着くまで、ちょっとだけでいいから!」

 

そう叫ぶように言うと後ろを向いて大きく深呼吸を2、3回。

なんとか落ち着いて向き直るも、顔が赤くなっている事は誤魔化せない。

 

「なんだ? なんか変な事でもあったのか?」

「あったと言えばあったけど、とりあえず移植に関係しそうなものじゃないから置いといて!」

 

千空が重ねて尋ねるが桜子は回答を拒否、何かあったのは確実であり言いづらいものでもありそうだ。

 

「なんかあったなら黙ってんじゃねえよ、とっとと吐いちまえ!」

「責めたいわけじゃないんだ桜子、異常があったなら確認しないとまずいと思うだけだ。だから話してくれないか?」

「まあまあ3人とも、桜子ちゃんが関係ないって言うんだからそれは後にしよう? 体の異常や移植したものが剥がれちゃわないかを確認するのが先だよ」

 

心配になって更に問い詰めようとする男衆を止めたのは杠。

ホッとする桜子だが杠の嬉しそうな笑みに、自分の変化を気づかれたことを悟り内心頭を抱える。

だが、この場で男衆、特に千空に聞かれるのは恥ずかしい。

マグマだけならある意味言われた事があるわけだが、それでも話しづらいものはある。

なのでこの一件は先送りである、実際そんな場合ではないのだし。

移植された部分を確認するため鏡を探すと、そっと杠が差し出してくれたので確認する。

 

「なぜ頭頂部に移植を?」

 

そしてすぐに疑問に思ったことを口にした。

 

「千空の髪は凄い剛毛でな、側頭部ではバランスが悪かろうと思ったんだ」

「何かの雑誌とかでそんな風なキャラクター見た事あったんだけど、桜子ちゃんに似合うかなって思って」

 

彼女の頭にはやんわりと立つ髪が一房、いわゆるアホ毛状態である。

こんな髪型アニメか漫画にしかいない、そう言おうとして千空の髪が目に入り押し黙る。

とりあえず今重要なのは移植が成功か否かだ、軽く摘んで引っ張ったり左右に揺らしてみたりしてみる。

どうやら自分の髪と感覚は全く変わらないようだ、なので移植は成功と言っていいだろう。

その旨を伝えればグッとガッツポーズからのハイタッチで祝福してくれた。

 

「やったじゃねえか、オメーのアイデア大成功だぞ」

「あ、そっか、そういえばそうだった。失敗したらどうしよう、とか思ってたんだっけ」

 

千空の記憶の覗き見が衝撃的すぎたため忘れていたらしい、今更ながら安堵感が湧いてくる。

 

「後はクロム達の人工ダイヤとキリサメが戻って来れば必要なもんは揃う、後は時間あればいけんな」

「ふん、なら防壁作りに回るぞ俺は。ここにいる意味はもうねえようだからな」

 

千空の言葉をうけてマグマが踵を返して部屋から出て行く。

 

「あ、マグマ、」

「あん?」

 

その背中につい、といった感じで桜子が声をかけてしまい、マグマが訝しげに振り向く。

しばらくまごついていた桜子だったが、どうにか言葉を捻り出す。

 

「気にかけてくれて、ありがと。時間稼ぎの防衛、頑張ってね?」

 

その言葉に意外なセリフを聞いた、とばかりに目を丸くするマグマ。

だが、悪い気分ではなかったらしく、後ろ手に手を振って歩き去る姿は機嫌良さそうであった。

 

「オメーあんな素直に礼が言えたんだな……」

「普段は気にしなくていいのに、だもんね。だけど、今日は言いたかったの」

 

千空の呆れ交じりの驚きに反省の意を込めながら桜子は言った。

言った後大樹と杠の方に慌て気味に向き直り、今度は二人に向けて感謝を伝える。

 

「二人もありがとね、二人には色々やってもらってるからいつも助かってる」

「こちらこそ、だよ、桜子ちゃん。桜子ちゃんがいつも大変な事やってくれてるの知ってるからいつでも頼ってね?」

「杠の言う通り、こちらこそだな。すまんがこれからもよろしく頼む」

 

桜子からの感謝をうけて、二人も桜子へとありがとうを返す。

そんな彼女の姿を見て初めて会った時と比べて随分と変わったことを千空は内心だけで喜ぶ。

そろそろ作業に取り掛かるべきだなと思い声をかける、その寸前。

桜子が千空へと向いてこう言った。

 

「千空、貴方に一番感謝してる。ありがとう、私を見つけてくれて。ありがとう、救いをくれて。貴方がくれた沢山のものに心からの感謝を」

 

笑顔で伝えるその顔は咲き誇る桜のようであった。

 

 

まだ黎明とは呼べぬ丑三つ過ぎて寅の刻、イバラはふと目を覚ました。

なぜこんな時間に目を覚ましたのか不思議であったが、普段ならやっている事を今宵はやらなかったせいだろう。

そう思い、再び眠りに就こうと目を閉じた時、耳が聞き慣れない音を捉える。

どうせ目が覚めてしまったのだ、ついでに確認してしまおうと部屋の外へと出て近くの兵に尋ねる。

 

「ちょっと、今の音何?」

「あ、これはイバラ様、目が覚めてしまいましたか。いえ、自分も何かは知りません」

 

役に立たないね、と内心吐き捨てつつこの後どうするか考える。

目が覚めてしまったのだからもっと詳しく調べるか、それともさっさと寝直すか。

考えて、日が昇れば侵略者どもとの一大決戦が始まる事を思い出し、少しだけでも寝ておこうと思ったその時。

 

「ああ、そういえばモズが魚か鰐じゃないかと言ってましたね」

 

兵が思い出したようにそうこぼした。

 

「モズ君が? 彼先に起きてたの?」

「いえ、自分が夜番に入る前にも同じ音がしまして、それをモズがそう言っていたのです」

 

モズには例のやつの処分を指示していた、だから鰐が来たなら確実に処分できたと思っていい……のだろうか?

何やら胸騒ぎがする、チリチリと頭のどこかが警戒すべきと警告する。

 

「念のため御頭首様にその話伝えてくるね、報告が遅れて叱責は受けたくないしねえ」

「はっ、お疲れ様です」

 

そして、頭首の間に着いた時、イバラは自分の勘が正しい事を知る。

もぬけのからのそれを見た後、兵達に指示を出す。

 

「ちょっと大事が起きたよ、民たち全員叩き起こして集合させて。一人の例外もなしに集まるように、大事な、大事な話があるからね」

 

 

モズは今内心盛大に舌打ちしていた。

なぜならゆっくり寝ているところを起こされたから……だけではない。

もちろんそれもあるが、一番は宰相イバラの自己保身に関する勘の良さを侮っていた事を理解させられたからだ。

今、彼の視線の先には煌々と松明の火で照らされた広場が、そしてそこに集められた島民達の姿がある。

その島民達は自分の方を向いている、正確には斜め前に立って先程から熱弁を振るうイバラを見ていた。

ついさっきまでイバラは侵略者達がどれほど非道であったかを滔々と語っていた。

それによると自分は何人もの戦士に囲まれ、倒れた仲間たちを人質に決闘を強制されたらしい。

しかも勝ったのに仲間たちは解放されず、逆に殺されそうになったため屈辱を飲み込み島の危機を伝えるため逃げ延びたそうだ。

……これでイバラは俺に配慮しているつもりらしいから笑ってしまう。

俺はこれでも戦士だ、ハンデがいくらあったのだとしても勝敗をひっくり返すような真似はしたくない。

ただでさえ約束を反故にして逃げ帰ったっていうのに、勝敗まで変えては恥の上塗りではないか。

そう考えるモズであったが、イバラに言わせれば中途半端にすぎる。

逃げた時点で卑怯者なんだから、今さら一つや二つの恥の上塗りなど気にする必要はない。

勝者というのは最も強い者の事ではない、最後に立っていた者の事なのだ。

その辺り割り切ることができれば自分の地位を引き継ぐことだってできるだろうに、もちろん自分が死んだ後で、であるが。

各々勝手な考えを巡らせながらもイバラの演説は続き、とうとう肝である火計の説明に入る。

当然ながら聞いてすぐに頷く者はいやしない、だが問題ない、そのための小細工ぐらいすでに用意済みである。

懐から小さな布切れを取り出す、大きく皆に見えるように掲げながら演説を続ける。

 

「この布は御頭首様の祝福した油のかかった布、とは言っても見た目も何も変わらない、何の変哲もない布にしか見えないでしょ? 違うところを今から見せようじゃない」

 

言いながら近くの松明に近づける、火に当てた瞬間あっという間に燃え尽き灰になる。

灰になった布を拾い水をかけ二三回振って見せる、するとどうだろう、イバラの手には先ほど燃え尽きた布切れが戻っているではないか!

実際には同じように見える布切れを袖に仕込んでいただけだが、それを見破れたのはこの場ではモズのみ。

 

「さっきかけたのも御頭首様の祝福がかかった水、このように祝福さえかかっていれば元通りに戻れる! そう、奴らはそれを知っていたから御頭首様をさらったの! こんな非道を許しておくべき?」

 

そうだ! 許しておくべきではない! そういう声が聴衆の中から上がる。

これらはイバラの手ごまが上げたもの、つまりはサクラである。

そしてサクラの有効性は歴史の中で呆れるほど証明されている、すぐに同じような声がそこかしこから上がり始める。

次第に聴衆から『許すな』の大合唱が巻き起こる。

それが最高潮に達した時、イバラを両手を振って聴衆達に自分の声を聴く体勢にさせる。

 

「よろしい、おじさんも皆と同じ気持ちよ。さあ、侵略者たちを我々の炎で浄化しよう!」

 

おー! と聴衆からの鬨の声、もはやサクラの必要はなかった。

そうして死を恐れぬ暴徒と化した島民が進む先、それは当然ペルセウス号のある海哭りの崖。

扇動者であるイバラはそっとほくそ笑む、所詮島民たちなどこの程度、賢い自分にかかれば簡単に操れる程度だと。

そしてこの男が今までその地位を守ってこられたのは、ここまでやってもせいぜいが足止めぐらいにしかならないだろうと相手の戦力を最大限に見積もる慎重さ。

彼にとっての本命は自身の腰に揺れる袋の中身、決してこぼれないよう厳重に縛られたその中身である。

 

「これに触れて死ななかったやつはいないしねえ、死ななかったら人間じゃないって事でしょ」

 

その場合はそもそも話し合いを提案してこないだろうと思考を切って捨てている、捨てているがそれでも可能性が頭に浮かんでくるのはイバラの慎重さによるものだろう。

しかし、イバラが自分の地位を守るには外からの者を認めるわけにはいかない、彼が自身の地位に固執する限りこの激突は必至であったのだろう。

たった一人の欲望のためにこの激突は引き起こされた、と言っても過言ではない。

そして、千空達が全滅した時、人類繁栄の道は閉ざされる、少なくとも大きく後退するのは間違いない。

つまり彼は自身の欲のせいで、気づかずに人類の敵に回ってしまったのだ。

そうして西暦5740年2月23日の黎明時、現在の人類の大半が海哭りの崖に集まることになった。

人類が以前の繁栄を取り戻せるか否か、それは千空達の肩にかかっている。

 



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決戦の開始

時は少し遡る、島民達が夜明けを待たずに動き出した事は千空達も当然察知していた。

派手にかがり火をいくつも灯せば至極当たり前の事ではあるが、それに対し焦りを覚えるのもまた当然だ。

 

「予想より大分早いけど、準備は間に合うの!?」

「落ち着け、ゲン。それを今から司達に確認すんじゃねえか」

 

かがり火が見えた時点で望遠鏡を覗いた見張り役からすぐに千空へと報告が飛び、今は防壁の状況を確認しに歩いている最中である。

ゲンはその途中で合流、千空のただならぬ様子から事情を聞き現在焦った声をあげている。

焦っても仕方ない状況だ、防壁は堀を掘って海水で満たし、その内側に丸太を積み上げて完成させる予定なのだ。

電気の照明は惜しみなく使用し船の乗員の大半がそれに注力しているとはいえ、朝までに出来上がるとは普通思わない工程数だ。

それがタイムリミットが繰り上がったと聞いたのだ、焦って当然だろう。

千空とゲンがほぼ早歩きの状態で船の通路を進む途中、思わぬ顔と出会う。

 

「ああ、千空。ちょうどよかった、今君の所に向かう途中だったんだ」

 

防壁作成中のはずの司とばったりあったのだ。

驚きはしたが考えてみればわかる、かがり火の明かりが防壁作成現場でも見えたのだろう。

そうなれば状況確認のために見張り役から話を聞こうとする、千空はそう予想した。

 

「防壁が作り終わったからね、報告がてら後何かあるか聞きに来たんだ」

 

違った、まさかの完了報告だった。

 

「えええ? どうやったらそんな早く作り終えるの?」

 

理解が及ばず固まってしまった千空に代わり、ゲンが質問する。

 

「ああ、ダイナマイトが上手くいってね、堀作りの時間が大分短縮できたのさ。丸太は形を整えるのは諦めて、ただ切っただけのを重ねただけにしたよ。後は海水だけど、そこは人海戦術だね。全員でバケツリレーでどうにかしたよ」

 

なかなかの力技で強引に解決した気がするが……それより少し気になる事があった。

 

「ダイナマイトっていつ使ったんだ?」

「ヘ? 結構響いてたよねえ?」

「ああ、なるべく音が外に漏れないようにはしていたが、それでもかなり響いていたはずだよ」

 

二人が揃ってそう言っていながら自分が知らないと言うことは、

 

「俺が石化してるタイミングで響いた訳か」

「なるほど、石化中は何の感覚もないからね、千空が知らないのも納得だ」

「大樹ちゃんたち何も言ってなかったの?」

「なんにも言わなかったな、そういや。ま、別の事に気を取られたんだろ、気にするほどの事じゃねえ」

 

そう言ってこの話題を一旦切ると、改めて司に向き合う千空。

 

「防壁が作り終わったって事は、もういつ来ても大丈夫って事だな?」

「無論だよ、桜子達が頭首を復活させるまでの時間、きっちり稼ぎきってみせるとも」

 

問いかけに対し戦士の笑みでそう返す司。

どちらからともなく片手をあげ、

 

「任せた」

「任されたとも」

 

ハイタッチを交わし、各々がすべき事へと戻っていくのだった。

 

 

「そういえば、移植手術にダイナマイトの衝撃の影響なかったのかな?」

「こえー事言い出すな、あったとしても確認すんのは後だ、後」

 

戻る最中ゲンがふと思ってそう言ったのだが……これが3人が問い詰められる遠因となるのであった。

 

 

海哭りの崖に到着したイバラ達の前に見えたのは、見た事もない大きな防御壁であった。

高く積み上げられた丸太の壁、どれだけの深さかも分からない水を湛えた川のようなもの、このようなものがこの世にあったのかと驚愕で一杯になる島民達。

実際には彼らが見た事がないだけであり、その道の本職が見たならばつけ入る隙はいくらでもあったろう。

しかし、イバラ率いる島民達は長らくそのような大型建築とは無縁であった、故に初めて見るそれに足を止めてしまっても仕方ない事だろう。

 

「モズ君、こんなもの昨日あった?」

「あったら真っ先に口にすると思わない? 一晩で作り上げたんだろうさ、こんなとんでもないものを、ね」

 

顔を引き攣らせながらイバラが問えば、モズは務めて軽い口調で返す。

だが、その軽口も冷や汗を流しながらでは効果は薄いといえよう。

そうやってしばしの間逡巡していた島民達だが、やがて痺れを切らした特に気の短い数名が壁の空いている箇所、入り口として作られた場所へと突撃して行った。

そこにはたった一人しかおらず、複数人で叩けばいけると思ったのだろう。

だが、そこを守るのは人類史に残るレベルの強さを持つ司、端的に言って舐めすぎである。

その甘い考えへの対価は意識を狩られることで払うことになる。

あるものは顎下への一撃で、あるものは首筋へ、またある者は胸部を強くたたかれて失神、かかっていった者たちはほんの十秒前後でのされることになった。

まさに鎧袖一触、一瞬の出来事に敵も味方も思わずあっけにとられるが、我に返るのはやはり慣れのある味方側であった。

一瞬でのされた数名を素早く引っ掴み防壁の中へと連れてゆく、そこで縛り上げてしまえば無力化は完了である。

一方島民側は動揺が収まらない、モズ並という言葉を疑っていたわけではないがやはり目の前に突き付けられると驚愕が先に立つ。

こういう場合指揮官の力量が問われる場面であるが、人類としては少々残念な事にイバラには必要分の力量が備わっていた。

 

「落ち着くのよ皆! 奴があそこを守って動かないなら石でも何でもいいから投げつけてやればいいの! 足元に石なんていくらでもあるでしょ!」

 

その言葉に従い足元の石を拾って散発的に投げ始める島民達。

これで一旦下がってくれればそこから乱戦に持ち込んで、などと考えていたイバラだがその思惑は外れる事なる。

司が背負っていた大楯、警察の使うライオットシールドに似た盾を前にすれば、司の体はすっぽりと覆われてしまった。

当然、そんな状態ではバラバラに投げるだけのものではダメージにはならない。

ここまでくるとイバラとしても理解せざるを得ない、自身が侵略者と呼んだ奴らは自分の予想以上に戦い方というものを知っている、と。

 

 

「ここまでは予想通り、問題はこの後だな」

 

全体が見られるように少し高く丸太を雑に積んだ場所で龍水が呟く。

そう、ここまでは予想通りである。

最初に数名程度が突っ掛けてくるのも、その後の投石もほぼ事前の予測通り。

正直自暴自棄になって無為無策に突撃されるのが一番困っただろう、まあイバラとやらは慎重だという話なのでそれはないと思っていたが。

しかし、ここまで予想通りに行くとなるとこの次は……

 

「あちらさん、松明に火を着けはじめたな……」

 

苦々しげに呟く千空の気持ちもよくわかる、事前情報があったとしても信じられない話だからだ。

先に話を聞いていなければ、まさか人間松明作戦など考えつきもしなかったと確信を持って言える。

今はまだ人体に火を着けてはいないが、誰かが司に飛び付いたらそこに向かって大量の火が飛ぶ事だろう。

今は投げつけられる松明の火を全て、司が剣を振るって吹き飛ばしているが人体に火を着けるのも時間の問題だろう。

他にも不安要素がある。

 

「大樹! 貴様の出番はまだまだ先だ! じっとしていろ!」

「うっ! すまん、龍水。分かってはいるのだが、どうしても落ち着かんのだ」

 

今にも飛び出しそうになっていた大樹を龍水が大声で止める。

これがこちらの弱点だと言える、全員が全員善良にすぎるのだ。

あちら側の人間の命さえ救いたい、そう思ってしまい無茶をしでかしかねない。

 

「優先順位を間違えるな! 一番は味方の命、島民の身の安全はそれよりずっと下だ!」

 

故にこそ龍水がストッパーになっているが、これは他にできそうなのがいないための致し方ない状態である。

こんな冷たく切り捨てる役割は本来なら氷月にこそふさわしいのだが、生憎氷月でなければ敵陣に突撃、イバラの身柄、もしくは首級を獲ってくるなどできはしない。

少なくとも龍水には不可能だ、それを理解すればこそ不本意な役割を龍水は請け負っているのだ。

とはいえ死者ゼロの完勝を疑ってはいない、なぜなら……

 

「あいつら、とうとうやり始めやがった……!」

 

ツラツラと龍水が考えているうちに島民側が、いや、イバラが痺れを切らしたらしい。

高い位置にいる千空達からは、人の形をした炎の固まりがよく見えた。

そして即座に堀へと叩き込まれる、見えないはずなのに苦々しげな表情をしているのがよくわかる。

きっとすぐ横であったり自身の表情が同じものであるせいだろう。

堀に落とされた島民はすぐに引き上げられ、キリサメの待機している所まで運ばれていく。

当たり前だが火傷の度合いが酷かったのだろう、軽傷であるなら石化まではしない予定だったのであるから。

 

「かつて文明を滅ぼした石化装置も使い方によっては緊急治療装置に早変わりか、まさに物は使い様だな」

「道具ってのは使うやつ次第でどうとでも変わる……、口にするまでもねえ事だがな」

 

石化装置様様である。

これがなかったらこの戦いが終わった時、千空達の心に暗いものがよどみ続けることになったであろう。

そして、次の一手も打ちやすい。

 

「氷月達の準備はどうなってんだ?」

「ここからでは分からんが……、氷月の事だチャンスは見逃さんさ」

 

防壁であちらの注目を十分に引き付けることができたら、後背からの氷月達による奇襲でイバラを抑えるのが作戦の意図だ。

細かい部分なども色々あったが、実働部隊以外は詳しい内容を知る暇はなかった。

 

「氷月が決めてくれりゃそれだけで全部が終わる、柄にもなく神かなんかに祈りてえ気分だぜ」

 

言いながら千空は勘が疼くのを感じていた。

ここまであまりにも素直に過ぎる、イバラという男は本当にそれで終わる奴なのか?

一抹の不安を抱えながら戦場をじっと見つめていた。

 

 



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蝕む毒

「どーにも性に合わねえなあ、こそこそ隠れるってのは」

「静かにしていろマグマ、作戦は聞いているはずだろう」

「わーってるよ、だからおとなしくしてんじゃねえか」

 

森の一角、氷月ら3名は見つからないように隠れて移動し続けていた。

目的は島民側の指揮者であり扇動者でもあるイバラの身を抑える、もしくは首級を取る事。

最悪でも扇動をし続けられない状態に追い込むのがこの奇襲の目標である。

だが、一向に見つかる気配がない。

それゆえの焦れと先程のマグマの愚痴である。

 

「ふーむ、どうにも見つかりませんね。大将なのですから、自分の周りはがっちり固めていると思ったのですが」

 

立ち止まり、氷月がそう独り言を呟く。

無論島民が周囲にいない事を確認してからだが、それでも氷月としては珍しい。

戦況はどうやら予定通り膠着に近いようなので焦る必要もないが、イバラとてこのまま座視し続けてはいまい。

その前に決着できるようするための奇襲であったのだが、今の所成果をあげられそうな目処は立っていない。

無意識に打開策を欲しての独語だったのだが、まさか本当に出てくるとは思わなかった。

 

「結果がでてねえ事は前提が間違ってんだろ」

「どういう意味だ?」

 

氷月の独り言へのマグマの答えにコハクが解説を求める。

 

「どうもこうも、前提に沿った行動して成果がねえって事は、前提自体が間違ってるって事だろ。案外目立たないように、人が少ないとこにでも隠れてんじゃねえのか?」

「なるほど、モズ君とキリサメ君の実力差を鑑みれば思いつきそうですね。私と司君の実力を大きく見誤っていない限り、突っ込んで来られたら終わりというのは想像できるでしょう。あまり人がおらず、なおかつ全体を見渡しやすい場所を探しましょう」

 

マグマの説明に頷ける部分を感じた氷月はその意見をそのまま採用した。

驚いたのはマグマだ、とりあえずなんとなく思った事を言っただけなのになぜか採用されたのだから当然だ。

 

「おいおい、俺は適当言っただけだぞ、当たってる自信なんぞねえぞ」

「今現在の方針では成果でていないのは確かですからね、試すのも悪くないでしょう。それに人がいない場所の方が探しやすいですし、労力的な意味では安いものです」

 

そう言ってすぐに探索を始める氷月と微妙な顔でそれについていくマグマ。

 

「桜子の授業の成果だな、マグマ」

 

コハクはからかい半分、賞賛半分でそう言ったがマグマはますます怫然となるのであった。

 

 

さて、マグマと氷月の考えた事だが実は大正解であった。

イバラがモズのみを側に置き他の兵は前に出すことを決めた時、反対意見も出たが一言で黙る羽目になった。

 

「君らモズ君相手に足止めできたっけ?」

 

まさにぐうの音も出ない言葉であった。

モズとしても好都合であるので反対はしなかったが、正直都合が良すぎて気味が悪かった。

ともあれイバラを殺せればなんの問題もないと、護衛をするフリをしながらイバラに決定的な隙ができるチャンスを伺っていた。

そして、そのチャンスはとうとう訪れた、氷月らがイバラとモズの居場所を見つけたのだ。

 

「……居ましたね、二人は少々後ろにお願いします。モズ君はイバラを殺すつもりらしいですので、彼を止めてからイバラを確保しますよ」

 

静かに頷き、少し後ろに下がる二人。

彼らの役目は後詰だ、もしもイバラが思いもよらぬ手段をとってきた場合や、逃げ出した場合などの不測の事態が起きた時の対処要員だ。

まあ、おそらく出番はないだろうと思ってはいたが、手を抜いたりしたら後でなにを言われるかわかったものではないので油断なく構える。

そして、タイミングを見計らって一気に飛び出す氷月!

向かう方向が自分の方であることに一瞬驚くモズであるが、すぐにこう思い直す。

 

(裏切るっていう話を聞いていても、そんな素振りを大っぴらにするわけにはいかないか。お気遣いありがとう、ってところかね)

 

そうして数合受けて止めきれず抜けられたように装い、後ろから追って誤ってイバラを殺してしまうつもりであった。

氷月の方としてもモズが殺す気満々であるのは見て分かったので、それができないようにある程度突き放すつもりであった。

そして、二人はぶつかり合い槍を合わせる、イバラはそうなる事を期待していた。

期待していたが、ほぼ確実にそうなるだろうと予想していた。

モズも外からの人間も、即座に自分を殺すことはないとそれぞれの情報から推測していたから。

外の人間たちは甘ちゃんなのでなるべく殺したくはなさそうだし、モズも気づかぬうちに護衛対象が殺されては自身の名誉に傷がつくからだ。

そして今、その推測通りに強者二人が近接している。

今がこのお守りの使い時、そう確信して両者の中間あたりにその袋を中身がばらまかれるように放り投げる。

投げられた袋から溢れ出す粉状の物を見て氷月は目隠し、煙幕の類であると判断した、してしまった。

投げた瞬間イバラが全力逃走に移ったのだから当然だろう、そしてそれを追おうとしたのもまた当然。

結果、その粉を二人は浴びる事になる。

先に症状が出たのはモズだ、大声でも出そうとしたのだろう、その粉を思いっきり吸い込んでしまった。

 

「何処へ行くイバ……!」

 

その後の言葉は出ず、かっ、かっ、と呼気が上手く吐けない。

その症状は氷月にも出始めており、彼はそれがなんなのか聞いた事があった。

 

「フグ毒……!」

 

不味い、自然排出以外の解毒法が存在しない、自然界でも指折りの危険物。

逃げるイバラを追おうとする後ろ二人を手で制し、地面に『フグ」とだけ書く。

 

「どうしたのだ氷月! ……これは!」

「まさか今の粉末はフグの皮か!? なんつーもん使いやがったんだあの野郎!」

 

地面に書かれた二文字だけで理解してくれた二人に実にちゃんとしていると満足しつつ、少しでも酸素を無駄にしないため氷月は自分の意識を落ちるに任せるのだった。

 

 

最初に気づいたのは早く終わらないかなあと祈り、期待していた銀狼だった。

戸板すら無い門の前には司がいるため、他の者はただひたすら待機状態であり暇だったのだ。

時たま堀に放り込まれた島民を掬い上げる傍ら、氷月達が居るであろう方を何度も見ていたから気づいた。

 

「見て金狼! マグマとコハクちゃんが!」

「成功したのか!? ……いや、マグマが背負っているのは氷月だ!」

 

銀狼に言われてすぐに金狼も気づく。

マグマとコハクがそれぞれ誰かを背負い、必死の形相でこちらに向かっているではないか!

 

「大樹! お前の出番だ! 司と一緒にマグマらの救助に行ってこい!」

 

そして後方の龍水にもそれは見えており、即座危急の事態であると判断、大樹へと指示を出す。

出した瞬間大砲の弾のように飛び出す大樹、門を抜ける所で司も走りだし空いた部分は、

 

「前に出るぞ銀狼! 島民に怪我をさせるなよ!」

「ひええ、わ、分かったよお!」

 

金狼、銀狼のコンビが埋める。

戦力トップの司とパワーと体力ならその司をも上回る大樹は、文字通り島民達を吹き飛ばしマグマらの元へと辿り着く。

 

「すまん二人とも、助かる!」

「礼は後だ! すぐに陣の中に入れ!」

 

短く指示を交わし、マグマらが追われないよう後続を防ぎにかかる司と大樹。

だが陣内へと駆け込むマグマ達に目もくれず突出した二人を囲む島民達、彼らを取り囲むのは兵の中でも特にイバラに忠実な者達。

 

「こいつら、気配が他の島民と違う……? 大樹、気をつけろ! 何かを狙っているぞ!」

 

少しの間警戒して注意深く取り囲む者達を観察する司。

だが兵たちは積極的には動かず、ただ二人を逃さぬよう取り囲み槍での牽制を繰り返す。

もちろんその程度で止められるほど二人は弱くはない、すぐに包囲を突破するための隙を見つけ動きだす。

しかし、それこそが兵達の、イバラの狙ったタイミングであった。

怪我をさせないように盾で吹き飛ばそうと包囲の一角に迫った瞬間、後ろからかなりの量の小瓶が投げつけられ、その中身が二人にかかる。

 

「! 大樹! 止まる暇はない! 強引にでも突破する!!」

「分かった!」

 

無論その程度で怯む二人ではなく、悠々と突破、陣内へと帰還して見せた。

が、そこで二人とも膝をつく、小瓶の中身がかかった部分が激しく痛みを訴えていたからだ。

見ればその部分が酷く炎症を起こしただれてすらいる、すぐに飛んできた千空がそれを見て顔を青ざめさせた。

 

「すぐに洗い流せ! ……つっても、かかった場所が多すぎるか。クソッ! 大樹、司、オメーらも氷月とモズとかいう奴と一緒で石化行きだ! 早くキリサメのとこに行け、死んじまうぞ!」

 

二人は苦痛による苦悶の表情を隠すことすらできず、それでも自分の足でキリサメの元まで走っていった。

 

「千空! あれはいったいなんだ! 化学薬品ぐらいでしかあんな症状起こす物なぞ知らんぞ」

 

走り去る二人を見ながら龍水が声を荒らげる、化学をあちらが納めていたとしたらこの後もそれに警戒しなければという戦慄からだ。

 

「触れただけで症状がでる、そんなキノコなんざ一つしか俺は知らねえよ」

 

千空は激情が隠しきれていない無表情で地面を、そこに転がるキノコを指さす。

 

「カエンタケだ、奴さんこの汁を溜めていたんだろうさ。大した妄執だよ、世界中探してもこれ以上はない毒キノコまで自力で探し当ててんだからよ」

 

吐き捨てた後、スコップを持ってこさせ汁が落ちた場所を埋めるよう指示を出す。

 

「……これ以上同じような物があると思うか?」

「少なくともカエンタケはねえだろうと思う、元々生えやすいもんじゃねえ。だが、氷月が食らった方は分からねえ、河豚毒、テトロドトキシンは含有する生物は山といやがるからな」

「よし、皆この後は前に出るものは口元を覆ってからにせよ! あちらが粉を撒いてきた時は決して吸い込むなよ!」

 

指示を出し周囲を見渡す、相当不味い状況だ。

 

「司と氷月、強さ一位と二位が倒れた衝撃は流石にごまかせんぞ。便利な道具か何か隠し持っていたりせんか?」

 

冗談交じりにそう言う龍水だが彼自身もショックが大きい、軽口をたたくも顔の引きつりが隠しきれない。

 

「あるのは残念ながら花火ぐらいだ、手段を選ばなきゃやれるが、な」

「大砲代わり、か。被害がどれだけ出るか分からんな」

 

ノンリーサルウェポンなんて必要になると想像していなかった、自身の想定の甘さに内心忸怩たる思いがあるがそうではないと思い直す。

 

「コハクもマグマも無傷で帰ってきてる、防壁が攻略されたわけでもねえ。この後は当初の予定通り亀のように守って時間を稼ぐだけだ、それができる手札ぐらいこっちにはある、違うか?」

「ふぅん、その通りだな。いい加減司と氷月におんぶにだっこは辞める時期である、それだけの話だな」

 

口に出し一つ頷くと大きく息を吸い込み、全員に聞こえるようによく通る大声を上げる。

 

「予定通りだ! 予定通り時間稼ぎに入る、その時が来ればこちらの勝ちだ! 負ける要素なぞ、我々には無い!!」

 

龍水の一喝で動揺は大分収まってくれたようであるが、下がった士気が戻ったわけではない。

 

「……みんなの気合が入り直すような、そんなものがあればいいんだけどねえ」

 

ゲンの呟きは誰にも聞こえず戦場の喧騒に消えていった。

 

 

「大分予想外の事が起きてるみたいだね……」

 

呟くニッキーがいるこの場所は、船の中のスイカのための一室。

満場一致で幼いスイカを戦場が見える場所にいさせるのはない、となったのでニッキーがお付きとしてスイカとともにこの一室にこもっていたのだ。

だが、ニッキーも戦力という意味では立派に上位に入る人物。

不測の事態が起きている今の状況では遊ばせておく余裕などないのでは? そう思ったニッキーは少し不安の残るものの、賢いこの子ならば大丈夫だと判断し前線に出る決意を固める。

 

「いいかいスイカ、この部屋の中でじっとしてるんだよ? あんたは強い子だからね、出来るよね?」

 

そう言い聞かせ、スイカが頷くと彼女を一度抱きしめた後戦場へと向かい飛び出していくニッキー。

後に残されたのはスイカ一人、狭い部屋の中で膝を抱える。

やっぱり自分は意気地なしのままだ、今もこうやって小さくなっているしかない。

そんなとき、ふと何か聞こえたような気がして顔を上げる。

しかし部屋の中は相変わらず自分だけであり、ただの気のせいだったのだろうと再び顔を下げた。

そして下げている時、ふととある考えが頭をよぎった。

せめて皆を応援するのはどうだろう、と。

そうだ、それに応援歌という物もあるそうではないか、何もできない自分だけど、せめて頑張っての気持ちを歌にのせて聞いてもらおう。

そう考えた途端、いてもたってもいられなくなり部屋を飛び出すスイカ。

臆病な自分だけど歌っている間はそんな事も忘れられた、今も外では怖い事が起きているのだろうけど歌えばそんなのきっと吹き飛ばせる。

一握りの勇気を胸に、沢山の頑張ってを伝えるために歌姫は戦場へと走った。



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戦場に響く声

「ねえ千空ちゃん、司ちゃんや氷月ちゃんをすぐに石化から戻しちゃダメなの?」

 

少し珍しく焦った顔でゲンがそう訊ねる、彼も現状が楽観視できるものではないのがよくわかっているからだろう。

だが、その事は千空とて考えなかったわけではない、一つの懸念が即座の石化解除を躊躇わせているのだ。

 

「石化解除の修復効果ってのは、どこまで有効なんだろうな」

「どゆこと?」

「あいつらがくらったのは毒だ、物質として存在してるもんだよなあ。それが無毒化するのか? それとも石だから効果発揮しないだけか? 最悪の場合毒まで保存されてそのまんまって可能性だってある、だからあいつらの石化解除は最終手段、切り札としておいときてえ」

 

ゴクリとゲンが息を呑む、つまりはこういう事だ。

毒がそのままならば、何度も何度も石化と解除を繰り返して毒が抜けるのを待つしかない。

洒落にならない事態であると今更ながら気づき、思わず周囲を見回す。

 

「安心しろ、誰かに聞かれるような間抜けな事はしてねえ。だからオメーも黙っとけ、いいな?」

 

強ばる体を動かして無理にでも頷いてみせるゲン。

顔は青ざめ手は震える、無理もない事だが友人が死ぬかもしれないとなったら流石に恐怖を感じずにはいられない。

ふと気づき、千空の顔をマジマジと見る。

自分が恐怖を感じるなら、一番の親友が死に瀕している現状の千空はどうなのだろう。

見た目では変わっているようには見えない、まさかなにも感じない冷血漢でもあるまいに、冷静さがですぎではないだろうか?

 

「大樹や司の体力なら大丈夫だ、ゼッテー死にゃしねえ」

「強いね、千空ちゃんは……」

 

少し自分の弱さがいやになりながら、半ば独り言のように言ったのだが千空の手を見てそれが間違いだと分かった。

震えている、近くで見なければ分からないだろうが、顔は強張り、手は震えている。

 

「へっ、今頃気づいたかメンタリスト。ああそうだよ、こんなもんただの強がりでしかねえさ」

 

絶句、未だ成人もしていないはずなのになぜそこまでできるのか。

 

「指揮官は弱音を見せちゃならねえ、龍水にも、あのもやしにも言われた事だ。なら、俺はこうしてなきゃいけねえ、そう思っただけだ」

 

それができる人間が何人いるというのか、ゲンは改めて思う。

 

「強いね、千空ちゃんは。本当の意味で、ね」

「これしか今はできねえからな、所詮俺は科学屋だ。事前準備がなけりゃろくに何かもできやしねえ」

 

そう自嘲する千空だが、彼がやった事を聞いて今なにもできていない事を誰が責めるというのか。

移植実験の後はクロムの方へと周り、それが終われば防壁のチェック、最後にはギリギリまで作戦の確認、とやっていた事は多岐にわたる。

たった一晩で形になったのは皆の力もあるが、千空抜きでできていたとは到底思えない。

とは言えど、事ここまで至った時点では彼にできる事はこうやって強い姿を見せるぐらいだ。

 

「まあ司と大樹に関しちゃ安心しろ、なんてったって俺でも石化解除からの復活ができたんだ、あいつらができねえわけねえだろ」

 

体力お化けどもだからな、そう軽口を叩いてみせる千空。

ゲンにできるのはその軽口に乗ってみせる事。

 

「なあるほど、それは確かだねえ。千空ちゃんでもできたんだ、ならあの二人にできないはずないよねえ。つまり、いざという時復活してもらってあっちの度肝を抜く作戦、って事だね?」

「おいおい、あんま大声で言うなよ? 作戦がバレるじゃねえか」

 

ワザと大声で周囲に聞こえるようにいって見せたかいはあったらしく、目に見えて安心した顔がちらほら見える。

ただ、もう少しだけ、ほんの少しでいいから何かできる事が欲しい、そんな風に思っていた。

 

 

羽京は後に述懐している、もし自分に氷月のような覚悟があったなら、あれは止められていたかもしれない、と。

弓という武器は手加減には不向きである、特に傷つけずに押さえ込むとなると達人でも難しい。

故に羽京は弓を使わずに他の皆と同じように棒で対処していた。

何度目か数えるのも忘れるくらいの回数目、堀を泳ぎ渡ってきた島民が防壁を登るのを阻止する。

あっちだって馬鹿ではない、門の所が一番防御が厚い事ぐらい数回で理解する。

そうなったら別の場所から攻めるのは当然だ。

幸い水に濡れた時点で人間松明作戦は諦めるようであるが、濡らさないようにして堀を渡り始められたらもっと厳しくなるだろう。

壁にしている丸太は切ったばかりで生木状態だし、たっぷりと濡らしてあるので早々燃えはしないが焼かれた島民を助けるのは難しいだろう。

まだその発想を得ていないだけかもしれないが、今の所は対処可能な状況だ。

そう、今の所は、だ。

時間と共にこちらの体力は削られ、合わせて集中力も削られていく。

もちろんあちらも条件は同じだが、あちらは攻め手だしそもそもの人数が違う。

交代で休めるし、なんなら攻勢を緩めればいい、そして攻勢が緩んでもこちらはしっかりと休む事はできない。

いつ激しくなるか分からないから、常に気を張っていなければならないからだ。

現代戦が先制攻撃ありきな形になったのも宜なるかなである。

時間を稼げばいいだけであるが、やはり司と氷月が毒でやられたことが全体的に響いている、あれで防衛力も士気も目に見えて落ちた。

千空とゲンの会話で多少持ち直したみたいだが……

 

「このままだと戦線崩壊の方が早いよ、うちの指揮官達はどうするつもりかな」

 

落としても落としても何度も這い登ってくる島民達に辟易し、思わず愚痴がこぼれる。

それが起きたのはそんな先の見えない不安が羽京にすら影響を与え始めた頃の事であった。

 

 

防壁の隅、敵も味方も今は注目していない場所に櫓が一つ、ポツンと立っている。

これはちょっとした連絡の齟齬が産んだ頑張りの産物である。

頭首が目覚めた後には島民の説得をしてもらうのだが、その舞台が必要だろうと誰かがぽつりと言ったのだ。

そこで慌ててこの櫓が組まれたのだが、予定の場所は門の所。

スピーカーを配置し電気用のケーブルまで引き終わっていたのだが、無線の方で船のスピーカーと繋げてやるとの事でまさに無駄骨。

なんとなく悔しいのと時間がないので解体せずそのまま残している状態であった。

当初こそイバラもそれから降ってくるであろう飛び道具を警戒していたが、今となってはそれすらもない。

こうして奇妙な形で戦場に程近くありながら、誰からも意識されない場所が生まれていた。

だからこそ、この場所に誰にも気付かれず彼女はたどり着いた。

船から伸びる電気のケーブルをたどり、皆にエールを届けようという一心でマイクをとった。

 

「スイカの歌を聴いてー!!」

 

その瞬間、確かに戦場の全員が櫓へと注目し、そして響き出す『one small step』。

突然に流れ出した場違いに綺麗な歌声に誰もが呆気に取られ動けない。

そんな中、一番に動き出したのはゲンだった。

 

「ななななああぁぁぁ! なにしてんのスイカちゃん!!」

 

一番混乱を露わにしていたのも彼だったが。

 

「なに? 貴様の策ではないのか、浅霧幻!」

「そんな訳ないでしょ! なんであの子を危険に巻き込まなきゃいけないの!!」

 

その混乱っぷりにこそ面食らった龍水が強い口調で問えば、もっと強い調子で返すゲン。

 

「ゲン! ここで言い争ってる場合か!? とっととスイカのとこへ行ってこい!」

「そうだね、そうさせてもらうよ!」

 

そのまま口論に発展しそうな気配を感じた千空が声をかけなければ無駄な喧嘩が発生していたろう。

 

「すまんな千空、流石に予想外にすぎた。もう少しおとなしい子供だとばかり思っていたが……」

「オメーがそう思うのも無理ねえさ、俺だって予想外だ」

 

そう口にする千空だが、そこまでの衝撃は感じていない。

なぜなら世界が少しずれていれば、ペルセウス号に密航をするほどの行動力の持ち主だ。

もちろん必ずそうなるとは言えないが予想を超えてくるぐらいでは驚けない、というのが千空の正直な感想である。

 

「しかし……あの子の歌は思った以上に影響が出ているな」

 

龍水が防壁に目をやれば、そこには気炎万丈な者がちらほらと見える。

そういえば、あれは翠花の追っかけをやっていた者達ではないだろうか?

それに引きずられて周囲の者も勢いを取り戻しているようだ。

 

「守るべきものを思い出した、といったところか? 先程までとは皆表情が別物だ」

「こりゃまさに干天の慈雨だな、喉から手が出るほど欲しかった士気高揚が見事に叶いやがった」

 

こちらの勢いに押されたのか、島民達の攻勢も鈍っているように見える。

千空には情報が足らずに原因が分からないが、攻め手が緩むのは大歓迎だ。

 

「今だけ見りゃ歌い続けさせるのが正解だが……その辺の調整はゲンにお任せだな」

 

スイカに歌わせることのメリットとスイカを危険に晒すデメリット、そのバランスを取るぐらいゲンならできる。

その信頼感から千空は櫓周辺の事を見ずにいたのだった。

 

 

ゲンが櫓へと着いた時、歌はちょうどサビが終わった所であった。

走って櫓まで来て息を整える事もせずに歌いだしたのだろう、スイカはマイクから口を外し少し苦しそうに下を向いていた。

スピーカーから聞こえてくる歌声で無事なのはわかっていたが、やはり直接見ると安堵感が違う。

 

「スイカちゃん! なんで船から出てきてるの!」

 

そしてその反動でもある『何故わざわざ危険な場所に来てしまったのか』という憤りから思わず声を荒らげてしまうゲン、しまったと思ったが口から出た言葉は戻せない。

案の定スイカは口を真一文字にし、再び歌いだそうとマイクを口元へと動かした。

 

「まってスイカちゃん! 歌う前になんで部屋から出てきちゃったかを教えて!? そうじゃなきゃ無理にでも部屋に戻さなきゃいけなくなっちゃうんだ」

 

ケーブルをつかむゲンを見て、それが本気であると理解したスイカは渋々ながらゲンへと向き合う。

 

「もう、もう置いてけぼりは嫌なんだよ、スイカは皆みたいに力があるわけじゃないけど……」

 

言いたい事が多すぎて胸につかえるのだろう、そこでスイカは一度言葉を切ると大きく息を吸い込む。

 

「せめて皆に『頑張って』って伝えたいんだよ!」

 

上手く言葉を紡げないなら一番言いたい事だけでも伝えたい、そんな感情がひしひしと伝わってくる精一杯の言葉であった。

そんなスイカの全力を受けたゲンは目を彷徨わせる、否定材料が欲しいのか肯定材料が欲しいのかも分からずに。

防壁を見れば雄たけびをあげる誰かの姿、というか内容が、

 

「アンタ達、邪魔すんじゃないよ!! あの子を一人にする羽目になってんのはあんたたちのせいなんだかんね!!」

 

だとかいっているので間違いなくニッキーだろう影が見えたり、門の前では体に火がついた瞬間にマグマや金狼、銀狼らに堀に叩き落される島民が見えたりするし、何だったら防壁の外側で松明を切り飛ばすおそらくはコハクだろう姿が見えたりしている。

スイカが歌う前とは明らかに勢いが違う、ゲンの中で冷徹な理性の部分が歌をやめさせるのは有り得ないとささやく。

では感情の方はどうか? 実はこちらも陥落寸前である。

なぜなら、先程の言葉で感情が高ぶりすぎたスイカの目には大粒の涙が湛えられていたからだ。

観念してここで歌う事を認める事にし、その旨を伝えるため口を開く。

 

「はあぁぁ、泣いてる子には勝てないよね。いいよスイカちゃん、歌って……」

 

ため息交じりに出される許可の言葉は、しかし途中で途切れる。

彼の、ゲンの目にあるものが映ったからだ。

 

「スイカちゃん危ない!!」

 

それは、スイカに向けて飛んでくる槍であり、それを認識した瞬間、ゲンはスイカを突き飛ばしていた。

そして、槍は彼の胸へと吸い込まれるように突き刺さり、

 

「あ……」

 

鮮血が舞う。

 

「ゲンー!!」

 

スイカの悲痛な叫びが戦場を覆った。



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想いを込めて

実は島民側にもスイカの影響が出ていた。

スイカの姿を見た時点で心ない侵略者でしかなかった相手から、幼子もいる同じ人間であると気づかされたからだ。

気づいてしまえば冷静さも戻ってくる、そして冷静さが戻れば誰も殺されていない事実にも気づく。

そうなってしまえば島民の心に疑問が湧いてくる、本当に争う必要があったのだろうか? と。

そういう心の動きを一番理解していたのは、宰相イバラ、この争いを引き起こした扇動者である彼であった。

故に、その行動は迅速果断、歌声が響き始めた頃には近くの兵から槍を奪いとり、投げやすいように先端横の石を外す。

そして、歌い手をみつけるとそこへ向けて走りだす。

堀の少々手前辺りで投擲、助走の勢いが十分乗った槍は狙い違わず歌い手へと向かい、そしてゲンによって歌い手は間一髪でその命を拾った。

その結果に舌打ちするイバラ、だが、まあいい、もう一度やればいいだけだとまた近くの兵から槍を取る。

そして取った所で慌ててその場を飛び退く、防壁から槍投げのように棒が飛んできたからだ。

 

「あいつだ! あいつがあの槍を投げたんだ! 少し足止めしてくれ!」

「羽京さん、どちらへ!?」

「僕の本来の得物を取ってくるんだよ!」

 

投げたのはどうやら羽京とかいう奴のようだ、こちら側の防壁を守る連中の中でも特に動きのいい男。

本来の、などと言っていたことから、次は今投げられた棒より鋭い攻撃が飛んでくると予想できる。

一度痛い目を見たのだ、もう歌わせようとはしないだろう。

なら狙われる危険を犯してまでこの場に留まる理由もない、そう判断し早々に後ろへと下がるイバラ。

その背を追うようにいくつかの石などが投げられたが、どれ一つ当たらずに悠々と後方へ下がられてしまうのであった。

 

 

「ゲン、ゲン、しっかりするんだよ、死んじゃダメなんだよ……」

 

力ない声でゲンを揺するのはスイカだ。

彼女の頭の中は今後悔でいっぱいだった、自分が余計なことをしなければゲンはこんな目にあわなかった。

これは自分が良い子でいなかったせいだ、そんな風に自分を責める言葉で頭がいっぱいだった。

 

「……ス、イカちゃん?」

「! ゲン、大丈夫なんだよ!?」

 

か細い声で自分の名前を呼ぶゲンに、生きていてくれた安堵とこのまま死んでしまうのではという心配で胸を詰まらせながら声をかける。

薄らと開けた目でスイカの無事な姿を見てゲンは弱々しく笑った。

 

「ああ、無事で、よかった」

「うん、うん! ゲンのおかげなんだよ、ゲンが守ってくれたから、スイカは無事だったんだよ」

 

その笑顔の儚さに不安が膨れ上がったスイカはゲンに縋り付く、まるでどこかへ行ってしまわぬよう引き止めるみたいに。

ゲンは不安がるスイカを安心させるように頭を撫でると、静かにお願いを口にした。

 

「ねえ、スイカちゃん、俺、君の歌が聞きたい、な」

「スイカ、の?」

「うん、今の君の、気持ちを乗せた……歌が、聴きたいんだ」

 

それはまるで遺言のようで、

 

「……だめ、かな?」

 

スイカには頷く事しかできなかった。

彼女が立ち上がりマイクをとった、ちょうどその時千空と羽京は櫓へと飛び込んできた。

スイカはそれに驚きを見せたが、すぐに目だけでゲンを頼むとマイクのスイッチを確認する。

それがonである事を確認すると、静かに息を整えて、今の気持ちに一番あった歌を歌い始めた。

 

 

羽京が自分の弓を持って櫓へと向かったのはそこが一番高い場所であった事と、ゲンの状態を知るためであった。

そこで目にしたのは衣装の所々を赤く染めたスイカと、胸元を真っ赤に染めて床に横たわるゲンの姿だった。

最悪の事態として想像はしていたが、いざ目の前にあると衝撃が違った。

頭に血が昇り、周りの音も上手く聞こえない、かろうじて残った理性でゲンの怪我の状態を看る千空を視界に収める。

しばらく首元や瞳孔を確認する千空、難しい顔でなにも言わない彼に我慢しきれず声を荒らげた。

 

「千空、ゲンは無事なのか!」

 

ほぼ詰問に近い問いかけに、千空はそっと首を横に振りながら答えた。

 

「……ゆっくりと、寝かせてやってくれ」

 

一気に理性が飛んだ、怒りで目の前が真っ白になり初めて覚える感情に全身が支配される。

その感情、殺意に導かれるまま踵を返し飛び出そうとするが、千空に腕をつかまれ止められた。

 

「……放してくれないか千空、やらなきゃいけない事があるんだよ」

 

千空の力程度すぐにでも振りほどけるが、今の精神状態では力の制御ができそうにない。

怪我をさせたくはない、だからなけなしの理性を総動員して言葉で放してもらおうとする。

 

「なにを、ってのは想像できてるが、一応聞いとくぜ。やらなきゃいけない事ってなんだ?」

「わかってるなら言う必要もないだろうけど、一応言っておくよ。ゲンをこんな目にあわせた奴を撃ちにいくのさ」

「そうだろうなと思った、だがだめだ、ここでスイカの守りをやってくれ」

 

ギシリ、力の入りすぎた奥歯から軋む音が聞こえる。

掴まれた手を無理矢理振りほどき、振り向いて感情のまま言葉を叩きつけた。

 

「やったのはイバラだ! 聞いていた特徴と一致していた! 君は、友人を何人も傷つけられ、殺されて我慢できるのか!」

 

誰がやったかまでは知らなかった千空は、それでも片眉を跳ねさせるだけで表面上は抑える。

無論内心は嵐が吹き荒れているが、今はそれを出すべき時ではない。

なぜなら……

 

「羽京、オメーは頭に血が昇りすぎだ。少しでいいから、落ち着いて耳を傾けてみろ」

 

その自覚はあったが、耳を傾けろ?

一体なにを言っているのか、わからずとも聞こえる音に意識を向ける。

その途端、羽京は先程までの自分を恥じいる事となった。

 

「マイクが入ってたからな、ゲンの最後の願いは全員が聞けたはずだな? スイカの奴が気持ちを乗せた歌だ、そいつにゃ倣うべきだろうよ」

 

スイカが歌っているのは復活者ならみんな子供の頃に聞いた歌。

この世のどこにだって泣く事もある、笑顔になる事もある、お互いに支えあって生きていく世界なんだ、笑いあえればみんな友達だ、せまくておなじなまるい世界、そんな皆で手をとりあって生きていける世界であってほしい、という願いの込められた歌であった。

 

「……傷つけられても、何度傷つけられても、それでも傷つけたくない。そういう解釈でいいのかな、これは」

「そうだと思うぜ? で、ちっさなガキがここまでの覚悟を見せたんだが、年長者としちゃどうする?」

 

さっきまで怒りで昇っていた血は今や耳や顔に周り、顔周辺を真っ赤に染めていた。

羽京は羞恥に震える声を押さえて千空へと返答する。

 

「怒りを収めるしかないじゃないか、子供より自制心がないなんて大人として情け無い限りだよ」

 

これ以上の醜態は晒せないと両手を上げて降参の意を示す羽京。

それを見て千空はニヤリと満足気に笑うと改めて同じ指示を出す。

 

「このままスイカには歌わせるつもりだが、また同じことを許しちまっちゃあ間抜けの極みだ。もう一度来るとは限らねえが、来たとしてもオメーなら防げるだろ」

「了解だよ、……ゲンは、どうする?」

「ここでスイカの歌を聞かせてやってくれ、多分それが一番嬉しいはずだろうからな」

 

この場の最大の殊勲者へと向ける二人の視線は少しの寂しさと最大限の敬意の二つであった。

一度首を振って意識を切り替える羽京、確認しておくべきことが一つある。

 

「防ぐ際に多少の怪我程度は構わないよね?」

 

小声で千空のみに聞こえるように言った言葉には僅かな剣呑さが含まれる。

 

「ああ、もちろんだ。ねえと思うが、イバラの奴だったら手や足を貫くぐらい問題なしだ」

 

こちらも小声で返す千空の声は普段より大分低い、相当腹に据えかねているようだ。

 

「意外だね、てっきり止めるかと思ったけど」

「俺だってな、ダチをこんだけ傷つけられて多少はトサカに来てんだよ」

「安心したよ、アイツを無傷で許すんじゃないかって不安だったんだ」

「馬鹿言え、あの野郎には全てを失ってもらうつもりだよ」

 

小声で交わされる会話は他者に聞かれるほどの大きさではないが、もし聞く者がいれば普段あまり怒らない人間ほど怒ると怖いなと思うかもしれない。

ふと視線を横たわるゲンへと向けた羽京は、その顔が引きつってるような気がした。

少し怒りすぎたかな、そう思った羽京は深呼吸を一つ、改めてスイカを守ることに集中する。

その姿を見て、もう大丈夫だと確信した千空は一声かけた後戻ることにした。

 

「んじゃここは任せるぜ、俺は龍水のとこへ戻る」

「分かった、槍一本、石一個も投げさせやしないよ」

 

頼もしい言葉だと一つ笑った後、龍水のいる指揮所へと戻る。

その間に戦場を見れば気合が入り直したのだろう、歌が流れる前とは打って変わって次々と島民たちを無力化させていっている。

この調子なら大分持つな、そう思いながら千空は船へと視線を向ける。

 

「後はオメーらの頑張り次第だぞ、カセキ、クロム、杠、……桜子」

 

強く思えば伝わるわけではない、そう理解している千空だが伝わればいい、なぜかこの時はそう思った。

その心の動きを非科学的だと自嘲すると、今度は振り向かず指揮所へ急ぐのだった。

 

 

 



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決着

「そろそろ、いい加減、いい時間なんだけど、まだ終わんないの!?」

「泣き言を言うな銀狼! きっともう少しのはずだ!」

 

戦いが始まって数時間、太陽はもうすぐ中天へと届こうとしていた。

予定ではもう移植は終わり、頭首の言葉で戦いは終わっているはずであった。

それが未だに戦いは続いており、そのせいで皆の体力は限界へと近づいていた。

 

「なにか不具合でもあった、と言った所か。後どのぐらい保たせればいいかは、知りたい所だ」

 

銀狼にはああ言った金狼であるが、彼だって全身に疲労を感じている。

終わりが見えない、それだけで人は精神力は削られるものだ。

いつまでというのを明確に知りたいと思うのは人の性だろう、それを気にしない者もいるが。

気合いの声と共に後ろへと放り投げられる島民が一人、慌てて後ろの船員達が縛り上げる。

 

「いつまでだろうと関係ねえ、来るなら全部伸すだけだ」

「同感だな、私たちのやる事などかけらも変わらん」

 

人一人放り投げながらそう言ってのけるマグマの横で、また一人気絶させながらコハクが応える。

 

「あーもう、これだから脳筋コンビは。二人と一緒にしないでよ! 僕は普通の人間なの!」

 

コハクが気絶させた島民を手早く担ぎ上げながらそういうと、銀狼はすぐさま後ろへと下がる。

しばらく前までは他の船員がやっていたのだが、すでにその余裕もなくなっており仕方なく銀狼が運んでいるのだ。

 

「あれだけ騒げるならまだいけそうだな」

「手加減してやってくれコハク、後で愚痴を聞くのは俺なんだ」

「銀狼なら女どもに褒めさせりゃそれで満足すんだろ、どいつも余裕があるわけじゃねえから限界まで絞り出させろ」

 

俺は別だがな、そう言うマグマの額にも酷い汗が浮かんでいる。

防衛の状況を素早く見渡した金狼の見立てだと、もって後1、2時間といった所だろう。

その前にやり遂げてほしいのだが……

 

「あれこれ要らねえ考え回してんじゃねえぞ金狼、俺たちゃ自分の役割をこなすだけでいいんだよ」

「桜子達ならば絶対にやってみせるから心配するな、そう言っているわけだなマグマ? 私もその意見に同意するぞ、あちらには義兄もいるしな」

 

コハクの揶揄いに怫然としながらも、否定できずにいるマグマ。

その顔がおかしく感じてつい吹き出してしまう。

 

「何笑ってんだテメエ!」

「まだ笑えるという事は金狼、君もまだまだやれそうだな?」

「まあな、夜までだろうと明日の朝までだろうとやってみせるさ」

 

歌もまだ流れている事だしな、そう金狼が続けようとしたその時であった。

あっ、と言う声が上がり歌が途切れたのだ。

皆が思わず櫓の方を見るが、次にスピーカーから流れ出した声に武器を下げることとなった。

 

 

時間が経つにつれて焦りを一番増しているのはイバラ自身であった。

当初こそ予定通りに進み、モズと槍使い、長髪男と短髪男を上手く排除できたまでは順調だった。

だがその後が振るわない、門では金髪ゴリラ一号二号と槍使いどもに阻まれ、壁を越えるのも全く成功しない。

それでも島民どもが熱狂している間はよかった、忌々しきはあのガキ。

あのガキが歌い始めてから熱狂は薄れ、あちらのやる気は一気に上がってしまった。

もう一度槍を投げつけてやろうと近づけば、恐ろしいほどの威力と精度の矢が降ってきて断念せざるを得ない。

あの時咄嗟に横の兵を盾にしなかったら自分は肩を貫かれていたろう、故に仕方なしに放置していた。

どうせ歌などそんなに長く歌えない、同じ歌を繰り返すだけならすぐに慣れて無視できるはず、そう思っていたが結果大失敗だ。

同じ歌などほぼなく、間も息継ぎの他は余韻を楽しむためのものぐらい。

それが未だに続いており、島民どもの熱狂はほぼ冷めてしまっている。

戦いが続いているのは自分が檄を飛ばしているのと、後はほぼ惰性で続いているだけだ。

つまり自分がいなければすぐにでも戦いは終わってしまう、イバラにとってそれだけは、敗北だけは認められない。

敗北すれば全て失ってしまう、地位も名誉も、下手をすれば命すら。

だからこそ声を張り上げ檄を飛ばす、段々と効果が薄れている事を理解しながらも、である。

 

「どいつもこいつも役立たずばかり……!」

 

モズは裏切り者として自分で切り捨てた、キリサメは頭首が石像だとバレた時点で敵に回っているだろう。

では残ったオオアラシはというと、

 

「あの筋肉だけのバカが! あいつが何も考えず突撃して、あっさりやられなければまだやりようはあったのに!」

 

熱狂に酔いすぎて司へ無策突撃、あえなく気絶から捕縛のコンボをかましていた。

そして毒はもうない、アレらは製法を知られたくないがために自分だけで用意した物だ、当然量は限られる。

つまりこの状況を打開できる手札がもうない、その事実がイバラに重くのしかかる。

なぜ? その言葉が彼の頭の中を駆け巡るが答えは出てこない。

もしも全てを知れる人間がいればこう言っただろう『身から出た錆、ただの自業自得だ』と。

モズはイバラの残酷さについていけずに、キリサメは頭首の威光を盗んでいただけという事実から、そしてオオアラシはイバラが焚き付けたものが燃え上がっての特攻である。

毒の製法を知られたくなかったのだって自身に向けられないようにするためとあっては自業自得と言わずに何と呼べるのか、誰であってもそう言う他ないだろう。

それでも彼は往生際が悪かった、だから歌が途切れた瞬間、しめた、そう思ってしまった。

絶望は希望が折れた時が一番深くなるもの、すぐに聞こえ始めた声の主が誰かを理解した瞬間、イバラは膝から崩れ落ちるのだった。

 

 

人工ダイヤの作成は順調にいった、それを使っての研磨も簡単とはいかずとも想定範囲内で進めることができた。

ならばなぜ予想より時間がかかったのか? それは考えてみれば当然の話であった。

 

「視神経?」

「そう、この位置だと視神経が繋がらないかも」

 

鸚鵡返しに聞いてくるクロムに青い顔で桜子は答える。

人間一人一人の顔をよく思い出してくれればわかるだろうが、目や鼻、口の位置は人によって違う。

そして運のない事に血液型が一致し、必要なパーツの揃った石像は一つだけだったのだ。

 

「つまり、そのまま形整えてくっつけておしまい、って訳にはいかないってこったな?」

「そういう事、口だったら頬だけだから少しくらいずれてもって思うけど、これだと鼻腔や副鼻腔を潰すか片目が見えなくなるかの二択ね」

 

もしかしたらずれていても修復効果が視神経を繋げてくれるかもしれないが、ただでさえ賭けの要素が強いこの移植手術に更なる博打要素を詰め込む事になる。

外れた時に痛い目見るから博打は楽しい、などとほざける程人生を捨てていない彼女らとしては躊躇して不思議ない事態である。

それでも躊躇っていられる時間などない、そう理解している桜子は決断を下す。

 

「なあ、移植って丸ごとじゃなきゃダメなのか」

 

そして、その決断を口にする前にクロムが呟いた。

 

「? えっと、何が言いたいの?」

「だから……」

 

移植する予定の顔部分の目と鼻の間を指でなぞるクロム。

 

「この間の部分、削っちゃ駄目なのか?」

「あ……!」

 

その発想はなかった、だってそれは人間の体を切り刻むことになるからだ。

 

「オメーの言いたいことは分かるぜ、でもよ、今更じゃねえか。俺らはもうこの人の顔を好き勝手に弄ってんだ、これにもう一つや二つ加えたってどうってこたねえよ」

 

そう嘯くクロムの手は、よく見ないとわからないぐらいに小さく震えていた。

一つや二つなどとワザと軽く言ったのだろうが、軽い訳がない。

石像は完全に人間の体そのものであるため断面は血管や骨がはっきりと分かるのだ、それを見てただの石像だと自身に言い聞かせるのは少々どころではなく無理がある。

それを分かっていながらもその提案をした、それがどういう意味か鈍い桜子でも理解できた。

 

「分かった。クロム、貴方の案を採用します。目と鼻と口のパーツごとに分けてから位置調整、隙間がなるべく空かないように削ります。削りカスは捨てないで、酷く空いた隙間をそれで埋めるから」

 

決断を口にして行動を開始する、血管部分や骨の部分のカスを混ぜて大丈夫なのかという疑問はこの際無視する。

元々無茶がある計画だ、それぞれの機能が十全に発揮してくれるならそれで十分。

目が見えなくなったり呼吸がしづらくなったりしなければ御の字だ、そう決めて顔の各部を削っていく。

これが人の肉体である事実は忘れて一心不乱に形を整えていく四人、その甲斐あって予定の時間より少し過ぎる程度で作業は完了した。

聞こえてくる歌声に励まされたのもきっとある、今必死になって守る皆のためでもある、だが、それ以上に無意味な争いを終わらせたい一心でやり遂げた。

カセキや杠の腕がよかったのだろう、大きな隙間などは生まれずに欠けた部分を埋めることができた。

これなら解除しても血が吹き出して死ぬ事はない、そうと思える程度に整えられた頭首の石像の前に立つ桜子。

固唾を呑む三人が見守る中、ゆっくりと復活液をかけていった。

 

 

羽京は今最悪の事態に備えて行動すべきか悩んでいた。

そろそろ防衛は限界が近い、頭首の手術か説得が上手くいっていないのなら大きな方針変更が必要だろう。

正確には傷つけずに防衛するのが限界なのだ、手段を選ばないのならばここからでもいくらでもひっくり返せる。

そのぐらいの技術格差があるのだ、ここまでの苦戦はこちらが勝手に条件を厳しくしていたにすぎない。

ただ、方針変更するならば、スイカとゲンは船に置いておきたい。

無理にでも連れて行くべきなのだ、何時間も歌い続けているせいでスイカの喉は限界が近い。

途中何度か水を飲ませたりもしたが、焼石に水である。

羽京しか気づいていないが少しずつ歌声が掠れてきている、ここらが潮時である、そう思い始めた時だ。

船の方から数名分の駆けてくる音、その中には聞いたことがない足音が含まれていた。

ふっと気を抜きかけて首を振る、ここで何かやられるような事になれば悔やんでも悔やみきれない。

防壁の方を向いて警戒を続けていればその足音はすぐに櫓へと到着する。

 

「まったく、待たせてくれるじゃないか。効果は期待させてもらうよ?」

「待たせてごめん! すぐにでもやってくれるそうだから、マイクを使っても?」

 

スイカはそういえば自分が使っているマイクは元々そのための物だったと思い出し、すぐにその見知らぬ男性にマイクを渡す。

 

「これに向けて話せばいいのですな?」

「はい、それでこの海鳴りの崖全体に届きます」

 

その男性はマイクを受け取ると、ゆっくりと堂に入った声で島民へと呼びかける。

 

「私は現頭首のシャトルである、皆に告ぐ、今すぐに争いを辞めよ。私はこの通り無事である、これ以上の無意味な争いを辞めよ。この後に外からの者達と話し合いの場を設ける、陳情も弁解もそこで聞く。繰り返す、今すぐに争いを辞めよ……」

 

島民たちの争う理由が消えた瞬間であり、この島での争いが終わった瞬間でもあった。

大きな歓声が上がり、そちらへと桜子達が視線を動かすとそこには駆け寄る千空達の姿。

桜子達は四人で視線を交わし頷いた後、誇らしげな笑顔とピースで彼らに応えるのだった。

 



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罪と罰

「よくやった、いい仕事してくれたぜ!」

「遅くなっちゃってごめん、三人のおかげでなんとかこの時間で済んだって感じだよ」

 

そう笑顔で言葉を交わしあう千空と桜子に杠が袖を引いて嗜める。

無言でのそれに首を傾げる桜子と頭を掻きながらあーとか声を上げる千空。

皆の視線の先、そこには横たわるゲンの横で悲しげに俯くスイカと静かに瞑目する羽京の姿。

カセキやクロム、事情を知らぬ筈のシャトルも沈痛な表情でそれを見つめていた。

 

「この戦いでの最大功労者は間違いなく貴様であった、心よりの礼を述べよう。ゆっくりと眠ってくれ、ゲン」

 

千空に少し遅れてやって来た龍水も帽子を胸に当て瞑目する、その後ろから駆け付け始めた船員達もそれに倣うように瞑目をゲンへと捧げる。

それを横目に見ながら桜子は千空と視線だけで問う、どう収集つけるの? と。

千空としては最大功労者に対してできるだけ便宜を図りたかったのだが、この流れでは彼が望む展開は不可能だろう。

仕方ないと諦めて声をかける。

 

「おーいゲン、さっさと起きねえと荼毘に付されるぞ」

「……ゾンビの真似事は、ちょっと嫌かなあ」

 

声をかけられたゲンが、ぼやきながら目を開けた。

 

「おっはよー、皆んなお疲れー。……およ? 鳩が豆鉄砲を食ったような顔ばっかだけど……もしや皆して俺の死んだフリに騙されちゃった?」

 

そして何事もなかったかのように上体を起き上がらせたではないか、これには一同目が点になってしまった。

一番早く気を取り直したのは龍水、壊れたブリキ人形が無理矢理動くかのように千空へと顔を向け問いただす。

 

「千空、貴様知っていたな?」

「おう、容態確認の時にゲンから黙っといてくれって頼まれたからな、悪いと思ったが黙ってたぜ」

 

問いかけというよりただの確認であったが、千空はあっさりそれを認めた。

 

「死んでるって言わなかったっけ?」

「俺が言ったのは寝かしといてやれってだけだな」

 

続いて羽京が質問するがこれまたあっさりと答える、事実『死んだ』とは一言も言っていない。

 

「その出血の量でどうやって生き残ったんだよ」

「これ魚の血」

 

クロムの疑問にはゲンが答えた、ついでに服の前を開けその下につけていた物を見せる。

 

「槍が刺さんなかったのはこれ、カーボン製の胸当てのお蔭ね」

 

蒸れるんだよねー、などと呑気そうに言いながら真ん中が凹んだ胸当てを取り出す。

 

「桜子ちゃん、知ってたの?」

「物品管理は私の仕事だから、こっそり持ってくなんてさせたりしないよ?」

 

杠が聞けばやっぱりあっけらかんとした答えが返る。

 

「後千空が冷静なままだったし、これは生きてるだろうなって」

 

知っている、もしくは気づいていた三人と他の皆の視線に明らかな温度差があった。

そのままいけば、きっと怒っていいのか喜んでいいのか分からなくなった皆にゲンはもみくちゃにされていただろう。

しかし、皆が動き出すより千空が問いかける方が早かった。

 

「ゲン、治療はしなくていいのか? 胸んところ相当痛えだろ」

「一歩間違えたら死んでたでしょうに、無茶が過ぎない?」

「へ? そんなバイヤーな威力だったの?」

 

問われた内容と桜子の補足にぎょっとするゲン。

 

「そのカーボン製の胸当てって、銀狼だと渾身の一撃で漸く凹むぐらいの強度だけど?」

「銀狼も木を一発で倒せるようになってたかんな、防具以外に当たりゃ当然貫通すっだろうな」

 

何でもないような口調から飛び出すとんでもない事実、二人の話でゲンも皆と同じかそれ以上に肝を冷やす事になった。

 

「……道化を演じるのもいいけど、もう少し無謀な真似は控えてね」

 

今更ながら顔を青くするゲンに、呆れと安堵を含ませながら羽京が言うと皆の中から笑いがもれた。

その笑い声で漸く皆も落ち着きを取り戻し始めたのだが、スイカだけが未だに固まったまま動かない。

 

「おーい、スイカちゃーん? 大丈夫? 疲れちゃった?」

 

ゲンが目を開けてからずっと反応がなく、流石に不安になったゲンが声をかける。

 

「ふえ、」

「ふえ?」

 

スイカの口からその音が漏れた瞬間、杠と千空は素早く自分の耳を塞ぐ。

一瞬だけ遅れて桜子もそれに続くが、他の全員は何が起こるか想像できなかったため、

 

「ふええええーーん!!!」

 

スイカの大泣きに耳をやられるのであった。

 

 

やはり歌い続けた疲れは相当なものだったのだろう、スイカが泣き疲れて寝てしまうのにかかった時間は数分程度だった。

ただ、その被害は甚大であった。

事前に耳を塞げた三人や距離のあった後ろの皆は無事だが、近くにいたカセキやクロム、龍水にシャトルはふらついており、耳がいいせいで特にダメージが大きい羽京など床に突っ伏してしまっている。

無論一番ダメージを負ったのはゲンである。

 

「ゲンの奴、気を失ってるぞ」

「仕方ないよ、槍が当たった場所に飛びつかれた上にあの大音量だもん、ゲンの体力じゃ保たなくても不思議ないって」

「とりあえずゲン君とスイカちゃんをベッドに運んじゃおう? ごめん、皆手伝ってくれる?」

 

目を回して失神しているゲンとゲンの服を掴んだまま眠ってしまったスイカが、数人がかりで一遍に運ばれていく。

その姿を見送りながら、島の頭首であるシャトルは感心したように呟いた。

 

「良き男ですな、泣く子を受け止めるだけでなく不安にさせぬよううめき声の一つもあげぬとは」

「……うーん、ゲンにそこまで考える余裕なかったんじゃないかなあ」

「桜子殿も女性ですからな、男の意地という物は分かりにくいかもしれません」

 

桜子がポロッと言った言葉に律義に返答した後、シャトルは改まって千空へと向きなおった。

 

「石神千空殿、ですな? 創始者様から伝えられた永く伝えられてきた使命、それを私の代で果たせる事光栄の至りにございます」

「やめろやめろ、俺はそんなご大層な人間じゃねえよ。偶然人より早く復活できた百夜の養子、それだけの若造だよ」

 

跪こうとするシャトルを止めながら、前半は心底面倒くさそうに、後半は少し誇らしげに千空は言った。

 

「百夜からの話も大事だが、それよか処理しなきゃなんねえ事があんだろ、今は」

「おっしゃる通り、ですな」

 

千空とシャトルが向けた視線の先、そこには縛り上げられ連行されるイバラの姿があった。

 

 

「ふん、まさか石化を解く方法があったなんてね、これを焼きが回ったというのかね」

 

マグマたちに連れてこられての開口一番、憎まれ口から入るその姿は反省も後悔もなさそうである。

縛られ地面に座らされた上で、千空達に取り囲まれているというのにも関わらずこれである。

現状を理解してはいるはずなのだが、どうせ殺されやしないと高を括ってでもいるのだろうか?

 

「……イバラよ、なぜこんな事になっているのか、それは粗方聞かせてもらった。多くは問うまい、ただ一つだけ聞かせてくれ。なぜこのような凶行に及んだのだ? 其方は若い頃から戦士として名を上げた一角の人物だったというのに」

 

重用していた者がこのような変節漢に成り果てた事が信じられないのだろう、シャトルは悲しげに問いかける。

それに対する返答は『最悪』の一言であった。

 

「ククッ、ハッハッハッ、アーッハッハッハ!! 笑っちゃうねえ、今更そんな分かりきった事を聞くの!? 決まってるじゃないの、全部を手に入れるチャンスが目の前に転がってきたからよ! なんだって好きにできる権力が手に入るチャンスがあったら誰だって欲しがるでしょ!? そんな事も分からなかったの? 御・頭・首・様?」

 

シャトルはイバラに恩赦を、悪くともそのチャンスを与えたかったに違いない。

しかしイバラはその手を振り払った、いや対応の仕方を考えれば唾を吐きかけたといっていいかもしれない。

助けようとした相手にその態度を取れるという事は少なくとも度胸だけは一流だろう、勇気と無謀は違う物だという点を無視すれば、だが。

その態度に腹を据えかねたのか、イバラの胸ぐら掴んで低い声で脅しつける者が一人。

 

「こちらがいつまでも我慢していると思っているなら大間違いだぞ、腕の一本や二本取られなければ我々の怒りがわからんか?」

 

低くはあるが決して激していない声は、かえって聞く者に怒りの深さを理解させる。

龍水は今本気で怒っていた、この戦いでどれだけの者が傷ついたのかこの男は知らないのだ。

これまでこの男がどれだけ人の心を踏みにじってきたのか、知る気もないだろう。

それを想いソユーズが流した涙がどんなものだったのか、知ったところでせせら笑うだけだろう。

そして、今差し伸べられた手がどれだけ貴重で尊いものだったか、知っていながらくだらないと切って捨てたのだ。

もはや許せるものではなかった、龍水は勢いよく千空へと振り返ると理性を総動員して提案をした。

 

「千空! お前が人死にはごめんだと思っている事理解した上で言うぞ! こ奴は処刑すべきだ、生かしておいても百害あって一利なし! 即刻縛り首に処すべきだ!」

 

できるなら今すぐ魚の餌に転職させてやりたいところだが、自分の一存で決めてはならない、龍水はその一心でギリギリ止まっていた。

 

「僕も賛成だ、反省し悔い改めるタイプじゃないよこいつは。生きている限り必ず僕らに復讐しようとする、将来の災いを残しておくべきじゃない」

 

そして、龍水の激情に一番共感したのは羽京だった。

ゲンは結果的には無事だったが一歩間違えれば死んでいた。

司や氷月は毒のせいで石化、影響が懸念されるので解除を見送っている状態。

船員たちだって怪我のない人の方が少ないのだ、正直に言ってこの男を生かしておきたいとはかけらも思えなかった。

たとえ、スイカや千空の願いが誰も傷つかない事であっても……いや、だからこそ! この男の存在は消しておくべき、そう判断したのだ。

たとえこれが個人的な感情に流されてのものであったとしても、間違いであるとは羽京には思えなかった。

 

「どんだけ厄介な奴でも死んだら終わりだ、後腐れが無いようにすんならぶっ殺すのは一番楽だわな」

「罪には罰が必要だ、この男への罰が死ぬ事であるならば仕方ない事だと思う。……個人的にも妥当ではないかと思うしな」

「義憤もあるし個人的な怒りもあるが、死なせるのが妥当かどうかまでは判断がつかん、千空達の判断を支持しよう」

「俺は、俺はわかんねえ。人死には嫌だけど、こいつのせいで危うく死にかけた事も沢山起きたからそれを防止したいのも分かる。悪い、どっちとか決めらんねえ」

「私は、……ごめん、判断できない。この件は口をはさめない、優柔不断でごめん……」

「ワシはどちらでもありじゃと思うよ、更生するのを期待するのも、これ以上罪を重ねさせないのもどっちも同じぐらい大切じゃろうし」

 

消極的か積極的かの差はあるが賛成四、中立三で反対は0、シャトルは自分は意見を言うべきでないと無言である。

多数決ならばこの時点で決定であるが、まだ意見を言っていない桜子に皆の目線がいく。

視線を受けた桜子は少し考えるそぶりを見せた後、とんでもない事を言い出した。

 

「やるなら徹底的にやりましょう、それこそ同じことをしようとする人が出たら皆が顔を青くして止めようとするぐらいに」

「具体的には?」

「ヤギ責め」

 

知っているメンバー、特にヒートアップしていた龍水と羽京には頭から氷水をかけられたような気分であった。

 

「塩水はいくらでもとれるしヤギも連れてきてる、一番楽で一番効果が高い方法でしょ?」

 

ニッコリと笑う顔が悪魔に見えたとは後の羽京の言葉だ、流石に拷問される姿を見るような趣味は二人にはない。

ドン引きする二人に千空が問いかける。

 

「やるのか?」

 

それに対しそっと首を横に振る二人、殺す気はあっても無駄に苦しめるのは無しなのだろう。

千空の意見を通すのには効果的だったでしょ、と目で訴える桜子に、やりすぎだ馬鹿、と同じく目だけで返答する千空。

これでイバラの処遇は白紙に戻り、決定権は千空ただ一人に委ねられた形だ。

 

「殺すのは手っ取り早いが安易に過ぎるな、石化された連中も復活液で大半は戻せる。命に関しちゃ取り返しのつく状態とも言える訳だ」

 

独り言のように話し始める千空、その内容はともすればイバラを許そうとしているようにも聞こえる。

もはや死は逃れられないと思い、自暴自棄になっていたイバラの心にもしやという思いが湧いてくる。

甘ちゃんなこいつらの事だ、殺されずに済むかもしれない。

そして殺されないならいつか雪辱できる、そのためならどんな屈辱も耐えて見せる。

 

「だが、奪われた時間は戻ってこねえ。なら、同じように時間を奪うのが筋ってもんだろ」

 

そう、どんな屈辱だって耐えられる、だが、

 

「テメエの指示で石化した人数の合計時間分、石化してもらおうじゃねえか」

 

雪辱を果たすことが決してできないようにされるのは予想外であった。

 

「た、助けるつもりじゃなかったのか!」

「はあ? 存分に助けてるだろうが、テメエのせいで死んだ人間の分は勘定してねえんだぞ?」

 

それとも、足先をヤスリで少しずつ削られるのがお好みか? 最後にそう他には聞こえないように言ってやると諦めて項垂れるイバラ。

最初にイバラが思った通り死は免れない、ただそれが人間社会的な意味であっただけである。

 

「安易にすぎるとか言うからまさか許す気かと思っちゃったけど、そういえば千空も相当頭にきてたんだっけ」

「ああ、あん時言っただろ、全て失ってもらうってよ」

 

怖い怖いと戯けるように肩をすくめる羽京、どうやら大分溜飲が下がったようで何よりだ。

シャトルの方も命だけは助かりそうでホッとしたらしい、肩の力が目に見えて抜けている。

これで処罰すべきことは終わった、できれば二度とやりたくないと思うのは自分が弱いからだろうか?

龍水と羽京に冷や水をぶっかけてくれた桜子にふと疑問を抱く、何故アイツは全体の流れと自分の考えが違う事に気づいたのだろうか?

そんな疑問を持って目を向ければ、思惑通って良かったねとニコッと笑顔を返す桜子。

なんとなく見透かされたような気がして視線を外す、何かむず痒かったからだ。

そのむず痒さがいやなものかどうかは……この時は結論を出せずにいた。

そして後になって気づいた事だが、桜子は血を見るような事柄は嫌いではなかったか?

多分提案が通る確率は零だと踏んだのだろうが……思い出す時点で辛い筈だ。

気を遣わせた事に気づいた時、千空は頭を抱える羽目になったのであった。

 



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過去からの贈り物

イバラの石化を見届けた後、シャトルの先導で千空達はとある場所へと向かっていた。

それは宝箱があると思われる後宮……ではない。

そこはすでに確認し終わり、静的破砕剤を打ち込んだ後である。

今向かっている場所は代々頭首のみが入れる場所であり、シャトルの話だと頭首座を譲るために必要な技術の継承をそこで行っているらしい。

なんでも代々頭首のみに受け継がれてきた技術であり、とある物を保管し続けたり修復するための技術であるらしい。

多分口頭で説明されれば千空ならば分かるんだろうなとは思ったが、結局はその場所に行く事になるので説明は着いてからである。

 

「僅か二年であれほどの大船を作り上げこの島まで来られたとは、流石は継承すべき御方ですな」

「俺一人の力じゃねえっての、実際の作業はカセキや他の復活者だし、設計図だって龍水や桜子の知識が重要だったんだ、俺だけだったら手も足出ずにサバイバルだけで爺さんになってたっての」

「そのサバイバルを一人でできる人って何人いるのかなあ? 少なくとも私だったら数日で死んでると思うけど」

 

道中では現状の説明をしていたが、それが終わった後シャトルが千空達の今までの歩みを聞きたいと言ったので説明していた所だ。

そして、聞き終わっての感想が先程のシャトルのセリフである。

 

「改めて聞くとすごい話だよね、火を起こす道具を一から作るなんて俺できる自信ないよ」

「そうそう必要になるこっちゃねえよ、できねえのが当たり前だ。それにだソユーズ、オメーだって抜群の記憶力があんだろ? 知る機会があればオメーにもできる事だっての」

 

感嘆するソユーズに対して誰にでもできる可能性があると答える千空。

どうにも千空は自分の意思の強さだとか根性の強さだとかを計算に入れていない事が多い、桜子とソユーズは目だけで困ったものだと交し合う。

なんとなく馬鹿にされてる気でもしたのだろうか、その様子を見てふんと鼻を鳴らす千空。

そんな三人の姿を見てシャトルは安堵したように笑う、自分の息子は千空殿と仲良くやれているようだと。

そして最後の同行者はその隣でひたすら恐縮していた。

 

「その、本当によろしいのでしょうか、私ごときが御頭首様以外入ることを許されない場所に入るなど……」

「はっはっは、出る前にも言ったであろう? 今日でその理由が無くなるのだ、気にすることはない」

 

恐縮しきりなキリサメに鷹揚に気にすることはないと言うシャトル。

御頭首直々にお許しが出ているのだから本当に気にする必要はないのだが、真面目なキリサメはそれでも禁忌とされていた場所に踏み込むのは躊躇うようだ。

なぜこのメンバーで向かっているのかというと、シャトルと千空は説明は要らないだろう、桜子は千空でも鑑定できない場合を想定してであり他二人は荷物持ちである。

ついでにキリサメは道中で島の今までの事を話す役も担っていたりする。

 

「てゆーかキリサメさん、貴女以外に連れて来れる人いた?」

「それは……確かにおりませんが」

 

荷物持ちならば大樹が石化中であってもマグマや金狼がいるが、なぜ彼らが来ていないのか?

それは、禁足地へと関係者以外が足を踏み入れるのに難色を示す人が何人もいたからだ。

なので頭首のシャトル、その息子ソユーズ、継承すべき人の千空、そして忠実な側近のキリサメという人選である。

 

「今更ながらなんで私は着いて来てもいいって言われたんだろ? そりゃ、千空が分からない事を分かる可能性が一番高いのは私だけど」

「はっはっは、百物語を全て諳んじられる巫女殿が何をおっしゃる。私が頭首であるのはまず第一に百物語を語れるからですぞ? ならば貴女がここに入れるのは道理ではないですか」

「巫女ではないんですけど……、ややこしくなるだけなので後で説明します」

 

そういえば百物語のその百は千空へのメッセージ、つまり百物語を伝える立場の者以外が知ることはほぼないのだ。

シャトルが目覚めた時、思いっきりその話を持ちだして説得していた事を今更思い出した。

詳しく説明するのは難しいのでとりあえず後回しにする桜子であった。

 

 

「着きましたぞ、ここが頭首継承のための試験の場。石板の洞窟と名付けられております」

 

そうこうしている内に目覚目的地へと到着である。

目の前にはなんの変哲もない洞窟であった、一見すると、であるが。

 

「用があるのはその奥の壁、その向こうだなシャトル?」

「その通りです、あの向こう側に代々伝えられてきた物が眠っております」

 

シャトルが指差す先、洞窟の奥の壁はよく見ると周りの壁と色が明らかに違う。

そこの部分だけ新しめであるように見えるし、その周囲には新しめの壁と同じ材質の破片が転がっている。

これらが何を意味するか? それは、

 

「コンクリートの作り方が代々受け継がれてきた技術って訳か、あの壁を壊して作り直すのが継承の儀なんだろ?」

「お美事でございます、ご慧眼の通りあの壁を作り上げた時が継承の時でございました」

「こんだけヒントがありゃそら分かるさ、百夜の墓だってコンクリート製だったかんな。死ぬ前に墓石は普通作らねえだろ、だったら誰か別の奴がコンクリ作りをやったんだろうさ」

 

あっさりと秘中の秘を言い当てる千空に戦慄しているのは、しかしキリサメだけであった。

まあシャトルにとっては百物語を届けるべき相手であり、従うべき対象だ、どれだけ有能っぷりを見せられてもやはりという思いが先立つ。

残り二人はもっと単純、千空の能力の高さには慣れっこというだけである。

 

「んじゃ、ソユーズにキリサメ、悪いんだが壁の解体を頼むわ」

「うん、分かった。それじゃキリサメさん、俺は右からやってくから左からお願いするね」

 

いいながら背負っていたツルハシを下ろし、さっそく壁へと奮い始めるソユーズ。

キリサメも多少戸惑いながらもそれに続く。

そこまで分厚い壁でもなかったらしく、少しすると壁は取り払われその向こうの空間が見えてきた。

そこにあったのは石板の山、それも一体何枚あるのかも分からないほどの量であった。

 

「こいつが、代々伝えてきたってもんか。みたとこ壁と同じ材質……ってことは割れたりかけたりしてたら修復すんのもお役目か?」

「その通りでございます、そのために石板全てを記憶しておく……それもまた頭首の役割でありました」

 

そう語るシャトルの顔はどこか誇らしげで、それらは大変な作業ではあったがもういい思い出になっているようだ。

まあ、伝えるべき相手に届けることができたのだ、すべてが報われた気持ちなのだろう。

肝心の内容が役に立つ物である保証は実はなかったりするのだが、そのあたりは言わぬが花。

とりあえず一枚下ろしてもらい目を通すことにした。

 

「……なあシャトルにキリサメ、この島では文字ってやつは伝わってないはずだよなあ?」

「文字、ですか? ええ、何かを書いて残すという事はありませんが……」

「ここに文字が残ってんだよ、しかもこいつは……」

「キリル文字、ロシア語だよ、これ……」

 

なぜロシア語が、百夜の死んだ後に書かれているのか? まさか他にも生存者が? 一瞬そう考えるが、すぐに否定する。

なぜなら、

 

「いくつかスペルミス、っていうか字が間違ってる所がある。これ、多分百夜さん達の次の世代の人が作ったんだと思う」

 

文章をジッと読み耽っていた桜子がそう推測を述べる。

 

「書いてある内容にそれっぽい事でもあったか?」

「ううん、逆。書いてある内容、これ航海日誌だよ、ヤコフ・ニキーチン氏の」

 

桜子がした推測はこうだ、百夜は様々な物を未来に残そうとしていた。

その姿を見てヤコフ、ダリヤ夫妻の子が自分も何か残そうと思いヤコフ氏の航海日誌を石板に写本して残す。

それに必要な技術であるコンクリート作りの技術も当然伝わり、知識が力となる環境で百物語と合わせて自然と頭首の証になっていった……。

もちろん間違っている所もあるだろうが、大筋ではあっているのではなかろうか?

 

「あの親父……死んだ後まで働くこたねえだろうに。貴重な資料、ありがたく受け取るぜ」

 

島へと降りたってからの苦労の連続が偲ばれる内容を読みながら父の偉大さをしみじみ思う。

 

「シャトルも改めて礼を言わせてくれ、オメーらが伝え続けてくれたからこいつが失われずに済んだ」

「いえ、お役に立てたようで何よりです、先代達も報われましょう」

 

これらの石板は貴重な資料として船へと積み込まれ、後々まで永く保管する事が決定された。

 

 

千空達が後宮まで戻ってきた頃には静的破砕剤の効果は十分に発揮され、宝箱の中身も無事に回収された。

酒瓶いっぱいの砂金を見て驚き、さらにその中に含まれた白金の量に唖然としたり、残されたダイヤの指輪だった物を見てこれでレコードを作ったんだなとしんみりしたりした後、この島ですべき事は大旨終了したと言える状態になっていた。

 

「千空殿、この度は本当にありがとうございました。貴方方が来てくださらなければ全ては幻のように風化していたでしょう、ご迷惑をおかけした事、助けていただいた事、改めて感謝させて頂きます」

「かしこまる必要なんぞねえっての、俺らは俺らに必要なもん取りにきただけだ」

「そうでしたな、ならばこの後の島の事は我らにお任せを。千空殿らは使命をお果たしください、つつがなく終えられるようこの島より祈っております」

 

一通り百夜の、代々の頭首からの贈り物を確認した後シャトルが改めて礼を言い出す。

千空達がこの島に残る理由はもうないと理解しているからだろう、これで島の役割は終わりであると認識していた。

しかし、この島に住む者達はこれで終わりとはいかない、これからも生きていかなければならない。

イバラの残した傷痕は大きいが、だからといって投げ出すわけにもいかないのだ。

もしも千空達の力があれば島の復興、発展は大きく飛躍できる、本音を言えば過去に石化された者達も全て救ってほしい。

しかし、イバラの件で多大な苦労を千空達に負わせた事も合わせてこれ以上迷惑をかけることはできない、そうも感じていた。

シャトルの考えている事は千空も気づいており、どうするか少し悩んでいた。

時間をかけすぎればWHYマンが何をするかわからない、だがこの島の事を島の人間だけでやり切れるのか?

そんな悩みを頭の中だけで回す千空、その顔を覗き込みながら桜子が問いかける。

 

「ねえ千空、人手はいつだって不足気味だよね」

「まあな……」

 

これは事実だ。

 

「この島には今数百人規模の人間がいる訳だけど、欲しくならない?」

「そりゃあ、な」

 

教育からやる羽目になるので微妙ではある。

 

「一週間や二週間くらいここで手伝っても、十分お釣りが来る人手の量だと思うんだけど、どうかな?」

 

費やした時間分が取り戻せるのがいつかは不明だが、千空はあえて乗る事にした。

 

「悪くねえアイディアだな、ああ、人手といやあ海にたっくさん沈んでんじゃねえか」

 

ついでにシャトルが気にしている事も解消してしまおう。

 

「体力の凄まじいメンバーを投入すれば十日くらいで回収しきれるかな?」

「ま、そんなもんだろ。どうせ次の収穫まで待たなきゃ長期航海用の食料は足らねえんだ、ここで時間使ったって大した違いはねえ」

 

十日間かける価値があるのか? その時間を使って漁や狩猟をした方が早くはないだろうか? 時間をかけてしまって本当に大丈夫か?

それら全ての疑問をねじ伏せる、急がば回れだ、足元がおぼつかないのに走ったって転ぶだけ。

これが情に流された決断だとは理解している、だが人間は感情を無視して動けないのだ。

なら、きっとこれが自分にできる最大の速度だ、そう決めた。

 

「つー訳だ、島がある程度落ち着くまではいる事にすっからよろしく頼むわ」

「ありがたい事ですが……よろしいのですか? その、文明を取り戻すのでは……」

「あー、文明取り戻す為の一環だ、これも。人間の数が増えりゃそれだけやれることが増えっからな、なるったけ人手は確保してえんだよ」

「そう、なのですか? いえ、失礼いたしました。そもそも文明が何か私には分からぬ事、島のためにもなる事です、喜んで千空殿に従います」

 

まさか残って島の手助けをしてくれるなどとは思っていなかったシャトルは正直戸惑っていた。

だが、千空の言葉でなるほどと思いそれならば助けられた分は働きで返すつもりで頷いた。

 

「んじゃ、まずは龍水たちに納得してもらいに行くか」

「千空とシャトルさんの権威が効くから説得しやすい人手が沢山いるから、で納得してくれないかなあ?」

「石化装置がこの島にあった理由知ってる奴探し、でもいいかもしれねえな。いるかどうかも分かんねえけど」

「石化装置の使い方いつ知ったかによるんじゃない?」

「この島に誰か持ってきたのか、それとも流れ付きでもしたのか……情報無いところから推測すんのは無駄だな。ワンチャン知ってるやつ見つかることを祈るか」

 

そんな話をしながら龍水たちのいる船へと向かう二人、その背中にシャトルは感謝を込めてそっと頭を下げるのだった。

 



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サルベージ

サルベージには深く潜れる肺活量と素早く潜行できるパワー、その二つが必要だ。

となると一番は大樹、となるのだが先に氷月を復活させる事になった。

 

「体内の毒まで無毒化してくれるとすっげー助かるんだがなあ、無理だったら自然排出するまで人工呼吸だ」

 

ガタッ!! そんな音を立てて立ち上がるのは、皆の想像通りほむらである。

 

「その役目は私が……!」

 

食い気味である、全力すぎて先の発言をした千空が引いている。

というか何も言わずにいるせいでじわじわと詰め寄ってきており、合わせて千空も後ろに少しずつ後退している。

 

「人工呼吸といってもそれ用の道具を使うのだろう、ほむらの想像するような方法ではあるまい」

 

呆れながらの龍水のツッコミで大人しく下がるほむら。

その顔はいつもの無表情なのだが、どことなく残念そうな雰囲気があるのは気のせいだろうか。

 

「ふむ、フグ毒が自然排出されるまで生命維持に努める、それは理解できるのだが、なぜ氷月からなのだ?」

「単純にフグ毒の対処法は知ってるが、カエンタケの方の対処法を知らねえってだけだ。この順番でも無毒化してくれてねえなら心構えができる程度だが、わざわざやべえ方からやる理由はねえだろ」

 

後司と大樹だと素で耐えきりそうな気がしてな、最後に千空が付け加えたセリフに皆から苦笑がもれる。

まったく冗談に聞こえないのが逆に笑いどころだろう。

まあ、ここまではいい、反対意見が出ることはない案件だ。

問題はここから、すなわち島への滞在期間の問題である。

 

「残るメリット、それがないとは言わんが、時間の浪費を行うデメリットを上回るものなのか?」

「復活液だって今回の件で消費してるんだし、わざわざ島のために使う理由はないんじゃないかな?」

 

島に対して良い印象は流石に持っていないらしい、反対意見に賛同する雰囲気が全体にある。

さて、ここからどうやって説得するか、そう千空が考えていると桜子が先に口を開いた。

 

「時間に関してはそこまで気にする必要ないかもしれないよ?」

「? どういう事だ? WHYマンに時間を与えるのは得策ではない、というのは共通認識だと思ったが」

「REIに観測してもらってるけど、動きがまったくないそうなの。何処かと通信した形跡もないらしいし、下手したら蛻の殻なんじゃって思うのよ」

「「「は?」」」

 

ちょっと予想外すぎる言葉に呆然となる一同、混乱が広まる前に千空が補足を入れる。

 

「少なくとも別の場所とやりとりしているのを観測できてはいねえらしい、電波以外でやりとりできるなら話は別だがな。そもそもおかしい事があんだよ、巨大隕石を対処していたREIを放置するって事がな」

「いやいや、それだったら誰が通信してきたっていうのさ。あれは確かに意図を持って発信されたものだよ?」

「ちょいちょい桜子と話してたんだがな、あっちの目的って謎すぎんだよ」

 

謎? 龍水達が首を傾げる。

WHYマンの目的など人類の絶滅に決まって……

 

「いや、確かにありえんな。人類を絶滅させたいならもっと簡単かつ早い方法がある」

「隕石に対処するREIを止めればいい、いや、石化じゃなくて放射線を地球上にばら撒けば十分、だよね」

「こんなもん作れる科学力あんなら、人類全員抹殺する方法なんぞよりどりみどりだろ? つまり、目的はそれじゃねえってこった」

「なら千空、君はなんだと予想するんだい?」

「情報不足でさーっぱりだ、人類消滅じゃねえってぐらいしか予想できねえよ。それでさえ今は未だ、って但し書き付きだ」

 

羽京の問いに千空は両手を上げて降参のポーズをとる、潔すぎる回答に聞いた羽京も苦笑いだ。

千空の話はなるほど、納得できる。

やれるのにやらない理由は一体なんなのか? 千空の回答はこうだ。

 

『俺が知るか』

 

身も蓋もなく簡略化すると今の話はそうなる。

人類絶滅が目的ではない、それだけは分かったのだが重要なのはそこではないのだ。

 

「で、それが何故誰もいないなどという予測に繋がるのだ?」

「孤独で居続けるってできる?」

 

龍水からの問いかけに桜子は逆に問い返す、質問の意図が一瞬分からなかった龍水だがすぐに気づいた。

 

「なるほど、家族との連絡ぐらい取れるならば取りたいものだからな。外部との通信がないならば誰もいない可能性もある訳か」

「そういう事。単独でなら個人的な繋がりと、複数人でいるなら上司と連絡を取り合うでしょ。特に、予想外な事態起きたなら何回も連絡を取り合って然るべきじゃない?」

「それがないという事は、無人の可能性もある、と。ならあのWHYは一体誰が?」

「基地の管理AIとかじゃない? 3700年動き続けるAIの実例はあるんだし」

 

なるほど説得力のある話だと一同が頷く、そんな中で千空だけ違う目線で頷いていた。

桜子自身は忘れているのだろうか? 石化前の境遇はほぼ孤立の状態で、独りで生きていたに近かった事を。

そして、気づいているだろうか? 独りは嫌なものであると認識が変わっている事に。

そんな事を考えていると何やら桜子から睨まれていた。

顔が少し赤い気がするが、まさか自分の思考を読みとった? 何故か一瞬そんな考えが浮かんだが、そんな事がある訳がない。

単純に今までの付き合いから推測されただけだろう、そう結論づけてとりあえずニヤッと笑って誤魔化す。

それに対して桜子は少しの間口を尖らせていたが、すぐに次の理由の話をし始めた。

 

「後は、最悪REIにお願いして、あっちの基地に質量攻撃すればいいかなって」

 

吹いた、全員が吹いた。

まるで漫画のように『ブーッ』という擬音が書かれるレベルで吹いた。

 

「おい千空! 桜子はお前の管轄だろう! なぜこんなになるまで放っておいた!」

「出会った当初からコイツはこんなだよ! 石化前の性格までは管轄外だっての!」

「さ、桜子ちゃんは本気じゃないよ、ね?」

「最悪の最悪、人類消滅の危機だったらやるしかないよね……」

「待って待って待ってー! 千空君起こんないよね、そんな事態起こんないよねえ!?」

「んなもんWHYマンに聞け!」

 

そこからはドタバタである、龍水に胸ぐらを掴まれシェイクされる千空や両肩を杠に掴まれやっぱりシェイクされる桜子。

そんな混沌とした状況で笑っている桜子とその頭上で揺れる髪、それがやけに千空の記憶に残ったのだった。

 

 

修復効果は願い通り毒の無効化までしてくれていたようで、氷月ら四人とも無事に石化から復活できた。

少し残念そうだったほむらはさておき、その後海に沈んでいる石像のサルベージが始まる。

 

「おい司、どっちが多くサルベージできるか勝負しねえか?」

「ふむ、この条件ならほぼ互角ぐらいかな。乗ったよマグマ、負けたら勝った方に奢るでいいかな」

「へえ、面白いことしようとしてるね。俺も混ぜて貰っていいかい?」

 

マグマが司に勝負を持ちかけモズが相乗りを希望したり、

 

「モズ君は中々のチャレンジャーですねえ、まあ彼なら勝ち目はありますか」

「師匠は参加はしないので?」

「体力や腕力では一歩劣りますからね、大人しく別の場所でサルベージしていますよ」

 

それを横目に見ながら氷月と金狼が話していたり、

 

「ところで銀狼は見ませんでしたか? 逃げたとは思いませんが……」

「銀狼君ならもうサルベージを始めてますよ」

「……なにを言ったのです?」

「なに、モズ君が銀狼君と一対一で試合をしたいと言っていたと伝えただけです」

 

銀狼が必死の形相で体力を使い切ろうと海に潜り続けていたり、

 

「それにしても分け方おかしくない?」

「あんだ? 男ども7、女ども3の割合でサルベージ範囲決めたのが不満か?」

「いや、沿岸部はそれでいい。なんなら男の方8でいいと思うけど、沖合全部を大樹って奴任せはおかしいと思わない?」

「まあ、あっちは羽京がついてるからね。これでもハンデが足らない気がするから、勝負参加はなしにしてほしいよ」

「大樹って奴はいったい何なんだよ」

 

モズが大樹の担当範囲に疑問をもったり、

 

「大樹が体力お化けだとは知っていたが、ここまでとは思わなかった。まさか船員総出でも受け取る方が間に合わんとは」

「石像見つけて場所を伝えたら、数分以内にはロープにかけてるんだけど……」

「この辺りは水がきれいでよく見えるからな! 大体の場所を教えてくれればすぐに見つけられるぞ!」

「あんま数沈んではいねえ、こりゃ予定を巻けるかもしれねえな」

 

案の定大樹がものすごい勢いでサルベージをしていたり、

 

「アカネ、デイジー、トウワタ、アイビー、イチハツ……あ、イチハツさんが三人もいるんだ、この集落」

「あの、全員の名前を一度聞いただけで覚えられたのですか?」

「あ、はい、私完全記憶能力持ってるので……すみませんが、次の紙束とってください」

「は、はい」

 

島の全員から名前を聞き取った桜子が戸籍作りで島の人を畏怖させたり、

 

「復活液に使うアルコールの濃度はこんなもんだが、覚えたか?」

「うーむ、とても強い酒精ですな、おそらくは覚えられたかと。ソユーズ、其方は?」

「俺は石神村で覚えてたから、大丈夫」

「そうか、ならば力を貸してくれ。……私の尻拭いのために、すまんな」

「俺、嬉しいんだ、……父さんの力になれるのが」

 

親子の初めての共同作業でアルコールを蒸留したり、

 

「……そうです、この石像は5年前私と一緒の船に乗っていた皆……!」

「んじゃ、まだ身内がいるな。優先の方に入れといてくれ」

 

石像の身元を確認して、身内がいる者を優先して復活させたりしていった。

 

 

「で、こんだけの数が残った、と」

 

今千空達の前には身元が不明な石像の群れが存在していた。

僅か数日程度でサルベージは終わりその後の身元確認も全て無事終わった今、思ったよりも大量の石像を前にその処遇をどうするか決めかねていた。

 

「どうしよう、石化装置が処罰用にも使われていたことを考えると、何割かは罪人なんだよね、多分」

「罪人だと何か問題かい?」

「ほら、暴れられたら……」

 

言いながら桜子が振り返る、周りには司、氷月、モズ、マグマ、金狼、コハクに後は先日体力を使い果たしてフラフラな銀狼。

 

「……暴れた人がトラウマになっちゃいそうだし?」

「よし問題ねえな、適当に一人復活させてみっか」

 

あわよくば一人目で石化装置の出所を突き止められるといいんだが、そんなことを思いながら左腕にひっかいたような傷のあった石像に復活液をかける。

そこまで都合のいい展開にはならずとも、剝がれ落ちた風化部分から多少は年代の特定ができるだろうと思っていた。

石化が解除されて彼が初めにした行動、それは、

 

「……頭首様(うえさま)! お助けすべき立場でありながらお救いいただいた事、面目次第もございません!! もしお許しいただけるなら、この松風改めて頭首様(うえさま)にお仕えいたしたく!」

 

銀狼の前で跪き家臣に志願する事だった。

流石に予想外過ぎて全員かたまってしまうのだった。



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勝てぬ相手とは

「つまり、いつかの頭首が銀狼そっくりだった、そういう事ね?」

「は、銀狼殿は頭首様に瓜二つでございます」

 

想定外にすぎたがために固まっていた一同だが、すぐに我にかえり石化から戻った男、松風に現在の状況を説明することにした。

驚き戸惑う松風であったが、自身が生きていた時代から数百年の時が流れている事実をどうにか飲み込めた。

そして何故解除直後のような行動に出たのか、という質問に答え終わったのがつい先程の事だ。

 

「別人だってのは分かるな、んなご立派な奴じゃねえもんなあ銀狼?」

「いや、この頃は大分良くはなっているぞ? まあ松風が語る頭首殿とは流石に比べられんが……」

「ほっといて!? 違いが酷いなんて事ぐらい自分が一番分かってるよう!」

 

松風の語る頭首様と銀狼の差にマグマが揶揄い、金狼がフォローにならぬフォローをし、銀狼が叫ぶ。

それを見ながら松風は思う、『ああ、やはり別人なのだな』と。

頭首様は立派な御人だった、故にああも気安く語れる相手など誰もいなかった。

立場が無ければあのように笑っておられたのだろうか、頭の片隅でそう考えながら次に話すべき事を語り始める。

なぜ自分が石化していたか、その理由についてだ。

松風にとっては敗北の苦い記憶、後世に伝えるべき警告であったが彼らにとっては別の意味を見いだしていた。

 

「……まさかの瓢箪からコマ」

「こりゃ月が無人の可能性大いにあるぞ」

「その結論に至った過程を説明してくれないか? いや、なんとなくはわかるけども」

 

自分達だけで納得する二人に司が声をかければすぐ説明が始まった。

 

「松風のいう頭首様も口にしてたろ、ここまで人が扱いやすくできている物なのに、なんでWHYマンの思惑通りに作動してねえんだ?」

「? 争い合わせるため、ではないと?」

「それが目的だったら、最初の石化が地球全土を覆う物だったっていうのが変なのよ。だって島の中だけの方が争う可能性低いのよ? わざわざ目的達成の確率が低い所だけでやる理由はないでしょ」

「アフリカにばらまきゃ民族同士で、ロシア、もしくは中国とアメリカに落としゃ世界規模で戦争の始まりだ。あちらさんは燕での実験を世界各地で行なってた、だってのに紛争の火種があちこちにあった事を理解できていなかったとは思えねえだろ」

「つまり石化の目的は別にあって、島に降らせた時のは失敗、もしくは想定外だったのでは? っていうのが今の情報の中から想像できるかな」

 

そこまで聞いたところで松風は地面を強く叩いた、今のが仮に正解であった場合、

 

「我々が争う羽目になったのは、賊の、人間のせいでしかない、……そういう事なのですな」

 

声に込められた無念の想いが形となっていないのが不思議なほどであった、血を吐くような声に皆かける言葉が見つからない。

 

「そ、そんなの気にしなくていいんじゃない、かな?」

 

そんな重苦しい雰囲気の中で声を出したのは銀狼だった。

 

「ほら、我々って言っても松風はやってないんだからさ、そんな他の人がやった事にまで責任感じる必要ないでしょ? ね?」

 

おそらく嫌な雰囲気を打破したかったのだろう、務めて明るい声で忘れるように勧める銀狼。

 

「いえ、賊達を思い止まらせる事ができなかったのは我らの不徳、責任がないとはとても言えますまい」

 

しかし、松風はそれに頷かず雰囲気は重苦しくなるばかり。

致し方ない事だろう、彼にとってはつい先ほどの事すぐに振り切れるはずなどない。

少しでも考える頭があるなら、時間を置くしかない事が理解できるはずだ。

事実、その場の流れはそっとしておこうという流れであった。

 

「ええい! 無いったら無いの、それを分かれよ真面目武者!」

 

しかしバカは空気を読まなかった!

各々の心中で、いや空気読めよ、それは罵倒なのか?、っていうかそっとしといてやれよ、などのツッコミが吹き荒れるが銀狼には届かない!

空気は吸う物! 読む物じゃない! これぞゲス奥義『野暮天』!

 

「松風みたいなことを言いだしたら僕が逃げた責任を千空が負わなきゃいけなくなるでしょ!」

「いやオメー何を言い出してやがる」

「なんだよ! 下が暴れた責任を上が負うって言うなら千空は村長なんだから間違ってないでしょ!!」

「確かにその図式だとそうなる、のか? いや、なにか致命的な部分が間違ってる気がするんだが……」

「松風が言ってる事が間違ってるんだからこれでいいんだよ!」

 

いいのか? いいのかも、などと場の空気が押し流され始めていた。

まったく、バカはいつでも思わぬ道を押し通りやがる、愉快な気分で呆然とする松風に声をかける。

 

「つーわけだ、オメーが悔やみ続けるとなんでか俺にとばっちりがくっから諦めて銀狼の言う通りにしてくれや」

「え、えっと、今のお話をそのまま通されるので?」

「おう、理屈にもなってねえ理屈だが……」

 

ちらっと横目でバカへと視線を向ける、銀狼は鼻息も荒く酷く興奮している。

 

「通さねえと、コイツぜってえ諦めねえぞ?」

 

松風は思わず天を仰ぐ、

 

(ああ、頭首様、自分はどうすれば良いのでしょうか?)

 

記憶の中の主に問いかける、昔もこんな事があっただろうか?

ああ、あった、子供らに囲まれて苦笑されながらこう口にされたのだ。

 

「……頭首様はおっしゃっておりましたな、泣く子には勝てぬ、と。銀狼殿、貴殿の言う通りにいたしましょう、私たちに賊の行いへの責はないと認めます」

「へ? いいの」

「そうでないと嫌なのでしょう? それに、時は数百年もすぎているとの事。怨みも憎しみも、意味を成さぬなら忘れまする」

 

そう口にする松風の表情は、もはや知る者もいないがその時の頭首とそっくりであった。

松風の言葉にいやっほうと無闇矢鱈とハイテンションにはしゃぐ銀狼、周りからの呆れたような視線も気づかないようだ。

 

「疲れからくるドーパミンの過剰分泌かなあ、あれ」

「ランナーズハイならぬワーカーズハイですか、どこで電源が落ちますかねえ」

「無理を通せば道理は引っ込むだったか、あそこまでひでえ押し通しは初めて見たがな」

 

ただ、その呆れの視線は大分好意的なものだったが。

無理矢理でも後悔を振り切らせた、その事はまあプラスだろうと皆が思ったが故のものである。

その視線の先ではしゃぐ銀狼がピタリと止まり、そのままパタリと倒れこむ。

 

「力尽きたねえ、まあ俺との試合を避けたいがために無茶してたんだし、当たり前っちゃ当たり前か」

「とりあえず寝床へ放り込んでくる、この後は松風が分かる顔から目覚めさせるのだろう? それなら人数は必要ないだろう、俺はそのまま漁の手伝いに行ってくる」

「そうだね、松風さんの他に司がいれば大丈夫でしょ。島に残さない石像達だけど船に積み込むのは後でいいし」

 

島の住民が一気に増えたため食料不足が懸念され、島の小船が総出で漁に出ている最中である。

その状態で更に住民を増やすわけにはいかず、ここにある石像達は本土に新しく作る村の住民予定であった。

その代表になれそうな人材が上手く手に入った、その事をこっそりと喜ぶ桜子。

苦労する羽目になるだろうなと倒れた銀狼の横で大慌てな松風を見て思うのだった。

尚、その思惑は外れ新たな代表を選ぶのに苦労するのは未来の話である。

 

 

松風の目覚めからしばらく後の事、目覚めさせる石像を選び終え船に積み込みも終わり、本土に向けて出港した船の中での事である。

 

「ねえ、俺もう怪我一つない健康体なんだけど、なんで軟禁に近い状態なの?」

「そうだねえ、島で無茶をしすぎたせいじゃないかねえ」

「いや、石化解除の修復でホントにピンピンしてるんだけど、好きに移動しちゃダメ?」

「スイカの泣き顔を見たくないから駄目だよ、あの子の不安がほぐれるまでは我慢しな。それに、こんなの船に乗ってる間だけだよ」

 

なぜかゲンは船室に閉じ込められ行動が制限されていた。

いや、理由は簡単である、ゲンが槍を胸に受けた一件はスイカにトラウマに近いものを植えつけたのだ。

幸いにも酷いものではないため、しばらくすれば癒える程度の心の傷だろう。

が、すぐには忘れられるものではない。

なので、しばらくの間ゲンは行動に制限がかけられているのだ。

好き好んで危険な真似をするゲンではないが、居場所が分からないとスイカのトラウマが癒えるのが遅くなりかねない。

それはゲンも理解している、別にやる事がなくて退屈な程度だし一日ぐらい我慢できる。

先程の会話もただのぼやきで本気で好き勝手動き回るつもりはない。

問題は……と考えた所で扉が開き何かがゲンへと飛び込んでくる。

それは小さなもので成人男性であるゲンなら問題なく受け止められる、と言うかここ数日ですっかり慣れてしまったものだ。

飛び込んできたもの、綺麗な金髪に翠の衣装を纏ったそれがゲンを見上げながら声をかけてくる。

 

「ゲン、調子はどうなんだよ?」

「絶好調だよスイカちゃん、だからここにいるだけだと退屈だねえ」

「退屈でも諦めるんだよ、ゲンは無茶するんだから」

「あの時だけなんだけどねえ、まあスイカちゃんの気の済むまで付き合うよ」

 

胸元へのダイブに慣れてしまうのは不味くないだろうか、そんな感想を思いながらこの頃の問題、スイカちゃんの距離感がおかしい問題を考え始めた。

思えばあの時、スイカの泣きながらのダイブを受けて気絶し、石化から戻った時からおかしくなっていた。

それからは気づけば横にいて手を繋いでいたり、起きたら布団に潜り込んでいたり、誰かと喋っていると近くにいたりと、いつの間にか側にいるようになっていた。

別に慕われる事が嫌ではないのだが、くっつき過ぎではないだろうか?

ちょっと男女差について理解しているのか不安になる、水浴びについてきたりはしないから分かってはいるとは思うが……。

今も自分の胸元へと顔を埋めて満足気な声を漏らす姿を見ると、本当に大丈夫か? と聞きたくなる。

なぜか誰に聞いても大丈夫だろと答えてくるが、もう少し年が経てば慎みを持たせないと……。

ゲンは知らない、スイカを庇ったあの時の事が語り草になっている事を。

ゲンは知らない、その男っぷりに彼ならば仕方ないとスイカファンクラブが認めている事を。

スイカが心の中でお嫁さんになれるのに後四年かー、と思っている事を。

ゲンは知らない。

 




御前試合の参加年齢制限は14歳以上、石神村の成人年齢も同一であると考えます。


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桜咲く

本土へと戻って数日ほど目が回るほど忙しかった、島での滞在期間が予定より長引いた影響である。

積んできた石像を一つ一つ一つ目覚めさせて現状説明したり、時には説得したり、時には説得(物理)になったり、かなり現実を飲み込ませるのに苦労したりした。

その後も戸籍を作ったり、住居を建てたり、ルールを覚えさせたり、最低限生活可能な状況を整えたりとやる事は非常に多かった。

石神村の方でも、戻るのが遅くなった事で私達がやる予定だった事を電話での指示付きで村の人達にやってもらったり、それに伴い想定外の事も起きたり、それが判明したのが戻ってからだったりとこちらもやるべき事が山積みだった。

島の方だって放置はできない、住民が増えた事で住居や食料が必要だったし、目覚めた人達からすると浦島太郎状態なんだからそのギャップに対するケアが必要だったり、折角作った戸籍だって利用方法が曖昧では宝の持ち腐れだからシャトルさんにその辺の説明したり、ソユーズが読めるように半分以上平仮名で書いたせいで区切りが分からず、何度も電話がかかってきたりとこちらもすべき作業が膨大だった。

そして今日はそんな大変な状況を一段落させ、皆の慰労と新たな住民たちが馴染めるように花見をする日であった。

花見自体は前々から予定しておりある程度の準備はできていたが、花を咲かせる環境作り、去年使った電熱線をまた利用して周辺を暖かくするのに随分苦労したようだ。

おかげで花が咲くか微妙であったが前日には大分咲き始め、今日にはお花見ができる程度には咲いている予想である。

そんな日の朝、私は杠に起こされるまで完全に眠り込んでいた。

 

「桜子ちゃん、起きて、桜子ちゃん! もう朝だよ!」

 

ゆさゆさと揺すられる感覚で少しずつ目が覚めていく、疲れが出たのだろうかどうにも体がだるく動かしづらい。

二度寝がしたいぐらいだが、起こされてる現状できるわけもないので仕方なく起き上がる。

 

「もう、昨日何時まで起きてたの? もう7時を回ってるよ?」

「昨日は、0時過ぎまで新村の住居状況の一覧を作ってた……」

 

寝ぼけ眼を擦りながらあまり働かない頭で素直にそう答える。

 

「桜子ちゃん、遅くまで起きていないようにって言ったの誰だっけ?」

「私です、ごめんなさい」

 

石化前の世界ではないのだから、電気のバッテリーを無駄にしないために無理な徹夜などは控えた方が良い。

そう皆に言ったのは確かに私である、しかし言い訳させて欲しい。

今日はお休みだからそれを気兼ねなく楽しみたかったのだ、やる事が残っていると気になってしまって休みに集中できないじゃない。

そう言おうと思ったがやめておいた、絶対にすぐに終わらせなきゃいけない事だったかと聞かれたらNOというしかないからだ。

でも次からはすぐに片付けられるよう事務処理できる人を復活させよう、七海財閥ならそういう人間のアテがいくらでもあるだろうから声をかけて……。

そんな事を考えながら杠に連れられて井戸まで来るとコハクがいた、去年と同じく貨物状態で移動かーと思っているとコハクがギョッとした顔をして私を指差す。

 

「桜子、血が……!」

 

血? 怪我なんてしてる訳が……、そう思いながら下を見ると足にはツーっと流れる一筋の血が……。

 

「えええぇぇぇぇ!?」

「これって月の、ってコハクちゃん見てないで着替えと生理用品とってきて!」

「分かった!」

 

私自身はすごく混乱していたが、杠が的確な指示と行動をしてくれたので洗濯物の手間が一つ増えた程度で済んだ。

お礼を言えたのは運ばれている最中であったが。

 

 

杠には感謝しかない、混乱があれだけで済んだのは彼女のおかげである。

私だけだったら下手すると血塗れの見た目スプラッタになっていたかもしれない、それを避けられたのだ、感謝以外出ようもない。

 

「だけど、そのよかったねっていう目をずっとし続けるのはやめて!

後コハクも! 私は大丈夫だから! こんな風に運ばれ続けたら他の人達から何があったんだって心配されるでしょうが!」

「桜子、一人で歩けないのは大丈夫とは言わんぞ。それに君が運ばれて移動するのはいつもの事だろう、心配せずとも誰も気にしないぞ」

 

今もお腹に腹巻きと懐炉をつけっぱなしな身としては文句がつけづらいが、さすがに恥ずかしいので下ろして欲しい。

後歩けないわけではない、いつもの半分から三分の一ぐらいの速さなだけである。

 

「それは大丈夫って言わないよ、大人しく運ばれててね」

「はい」

 

いや、大抵の痛みには慣れていたんだけど、これはさすがに初めてだ。

世の女性達は毎月こんな痛みに耐えていたのかと思うと本当に頭が下がる、真面目に死の記憶以外にこれより辛いものなかったんだけど。

 

「桜子、今の君ほど辛そうな状況は見た事がないからな? 普通はそこまでにはならないぞ?」

「初めてなせいかなあ、横になってもらってた方がよかったかも」

「今更だし、気にしなくていいよ。座りっぱなしになりそうだし、帰りも運んで欲しいけど」

 

本気で怠くて仕方ない、来月以降はもう少し楽になるんだろうか?

同じくらいだと色々支障が出そうだなあ、それならば予定を少しいじって……などなど今後の事をツラツラと考えるうちに花見会場まで着いたようだ。

去年と同じく綺麗に咲いている桜を見ると、それに意識を持ってかれたのか痛みが遠く。

これなら今日一日我慢できそうだ。

そして千空やマグマらの悪ノリによって作られてしまった一段高い席、名称お誕生日席に設置される私。

ちなみに命名はゲンだ、あの野郎私がスイカを焚きつけたと思っているらしい。

火種は自身で撒いたものだし、焚きつけたのは私だけでなく船に乗っていた女性陣全員だというのに、まったくいい迷惑である。

 

「おおっ、今日の主役の到着だな」

「去年ならともかく今年はただの名目の一つでしょ」

 

からかい交じりの声に反論しつつ周囲を見渡す、村の人達は全員いるだろうけど新村の皆さんはどこかな?

あ、料理の並んでるっぽいテーブルに皆くぎ付けだ、見えないように布がかぶさってるけどいい匂いだろうから仕方ないよね。

っていうかよく覗かずにいるなあ……後ろに松風さんがいる状態でやる奴はいないか。

今日の料理は何を出すのか私は知らないがフランソワさんが監修しているのだ、ご馳走ばかりなのは間違いないだろう。

凄い消費量の報告書がきそうでちょっと怖いけど、物資は使うためにあるんだから今日使う分はどのぐらいになっても目をつむる所存である。

お誕生日席の下で千空がマイクをとった、一応名目上の主役と言える私が設置されたから宴の始まりの挨拶をするんだろう。

 

「おーう全員お疲れさん、今日は日頃の作業お疲れさんっていうのと新顔連中との顔合わせが主な目的だな。あと、ついでにここに置かれてる幸運の座敷童の誕生日おめっとさんって言っとく」

 

千空の物言いにはははと笑いが起こる、まったく千空はいつも通りの調子である。

でも、本気で祝ってくれてるのはわかる、ただ真っ直ぐ言うのが照れくさいだけなのだ。

あの移植手術からなんとなく千空の感情が読み取れるようになっていた、これまでも予想は出来てたけど今だと確信できるレベルである。

このアホ毛実は何かの電波でも受信してるんじゃなかろうか? そんなわけないか。

おそらくはあの時流れ込んできた千空の記憶のおかげで、何を思ってるのかの予測の精度が上がったんだろう。

 

「あんま長々と喋って腹を空かせすぎた奴らから恨まれても困っからな、とっとと宴会を始めるぜ、乾杯!」

 

マイクと逆側の手の盃を高く掲げてそう言えば、『乾杯』と皆で綺麗な唱和が起きた。

どうやらこの掛け声は島でも伝えられてきたようだ、新村の人達も自然に唱和していた。

 

「よう、随分と遅かったじゃねえか。夜更かしで起きれなかったか?」

「ご名答、全部片づけときたかったのよね」

「だろうな、夜遅くまで明かりがついてたの見えたぜ? ほどほどにしときゃ良かったのによ。まあ、とりあえず誕生日おめっとさん」

 

そこで言葉を切ると訝し気に首をひねる千空。

 

「顔色悪いぞ、マジで体調良くねえのか?」

「ちょっと忙しかったしね、一段落してるし当分は仕事量減らすつもり」

 

そこまで顔に出てないと思ったんだけど、相変わらずの観察眼である。

 

「杠に怒られるような無茶すんなよ、この頃のアイツ怒ると怖えんだからよ」

「もうすでに軽く怒られ済みだからこれ以上やらないって」

 

そんな風に笑い合っているうちに料理にかかってた布が除けられたみたいで歓声が上がるのが聞こえた。

そちらに目を向け一つの料理が目に入り、つい私の動きは止まってしまった。

 

「流石に驚いたみてえだな、もち米なんぞいつ見つけたんだかなあ」

「報告聞いてないんだけど?」

「大樹が回収した中に混ざってたらしいぞ、フランソワが気づいて仕分けしたらしいぜ」

 

なんでこのタイミングでお赤飯が出てくるのか、偶然にしたって出来過ぎだろう。

杠がお赤飯片手にこっちに向かってくる、私の状況と石化前の習慣知ってるの杠だけだからお祝いでもってきたかったんだろうけど、千空に気づかれかねないから後にして欲しい。

お赤飯の量は少ないみたいだから持ってくるのに不自然さはないけどさ、千空が不思議そうにしてるじゃないか。

 

「杠の奴なんで赤飯だけ先に持ってきたんだ?」

「もち米なんて貴重な物、次に手に入るのいつか分かんないからじゃない?」

 

だ、誰か千空を呼びにこーい! ここから連れていけ、この調子で千空に情報収集させるんじゃない!

あああ、杠がフランソワさんに何か頼んでる、でも小声で口元を覆ってるから大丈夫か?

 

「あの方向、ホルモン系か……後野菜だな。何を作ってもらおうとしてんだ?」

 

保管場所を完全に覚えているのね、そりゃそうだよね、私いない時は物資の管理担当は千空がやってるもんね。

上を向いて千空が何か呟き、私の顔をジッと見てくる。

 

「……何?」

 

なるべくなんでもないように振る舞う、いや、徹夜に近い事をした後ろめたさを考える。

そしたら突然額に手を当ててこられた、これって体温を測ってる? 風邪を疑ってるんだよね?

 

「桜子……おめでとう、だな」

 

あああああ!! 気づかれたぁぁぁぁ!!! 今私の顔は完熟トマトのように真っ赤だろう。

気づいた事を間接的にでも伝えるなよ! いや、普通は分かんないかもだけど!

 

「~~~~! ……ありがと」

 

恥ずかしさでいっぱいであまり千空の顔を見れなかったが、後々になって惜しい事をした、そう思うほどその時の彼の笑顔は優しいものだった。



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長い別れの前に伝えよう

花見の宴が無事終わり、また忙しい日々が始まった。

とはいえ大きな問題も起こらず、日々は平穏であるといえた。

石神村の住人や復活者達と新村の住人との細かな衝突はあるものの、お互いにまずは何が不満かを口にすることを徹底させているためである。

言語化してしまえば問題に直視できる、直視できれば解決方法も出しやすい、というわけである。

新村の方では口にするのに抵抗がある者も当然いた、松風の厳格な雰囲気相手では喋りにくい者もだ。

が、そう言うところを突破する奴が一人いたのだ。

そいつの名は銀狼、得意技のゲス奥義『野暮天』で何でも聞きだすすごい奴だ。

正直そうズケズケと人の言いづらい事を聞くってどうかと思うのだが、不満の聞き出しという点では優れていたようである。

元々松風と同時期辺りに石化した人間が多く、頭首様にそっくりな銀狼は上位者というイメージがあったらしい。

それがぐいぐい聞きに来るもんだからつい喋ってしまう者がいて、聞き出せたらこちらとしては当然その不満の解消に動く。

解決されれば銀狼に話したおかげだと信頼度が上がり聞き出しやすくなる、そういう好循環によって今日まで石神村と新村は蟠りなく過ごすことができたのだ。

 

「そういう訳なのでボッコボコにして動けなくするのは控えてもらえません?」

「彼が訓練から逃げなければ問題ないのですがねえ」

 

視線の先でモズにボッコボコにされる銀狼を見ながら桜子と氷月はため息をつく。

学習しない男銀狼、対照的に学ばなければ勝てないと悟ったモズ、その差は開く一方である。

そしてそんな風に銀狼がボッコボコにされていることに我慢できない人が一人、

 

「おのれ無礼者! 度重なる銀狼殿への狼藉、もはや我慢ならん! そこに直れい!」

「だからいつも言ってるじゃん、これは鍛錬だよ、た・ん・れ・ん。こうなるのが嫌だったら銀狼が逃げ出さないようにすればいいだけさ」

「銀狼殿は貴様とは違いすべき事が多いのだ! そもそも不要に痛めつけるような真似をするなという話だ、銀狼殿がどうこうは関係がない!」

「つまり俺のやる事が気に食わないってだけでしょ? こっちもいつも言ってるけど、俺のやり方に文句があるなら俺より先に銀狼を見つければいいだけだよ」

「おのれ……! 銀狼殿、申し訳ない! 彼奴目に先んじられぬ不甲斐ない自分をどうかお許しください!」

「それより、逃してくれない?」

「それは銀狼殿のためになりませぬゆえ」

 

きっぱりと言われ崩れ落ちる銀狼、桜子の見るところ耐久力や痛くないように受ける技術は上がっているようだ。

地味に高度な事をしているが、それより最初から逃げずに鍛錬に参加した方が楽なのでは?

氷月も同意見らしく視線を合わせると肩をすくめて、『彼の考えは理解し難い』と態度で示した。

 

「それにしても、増えましたね参加者」

「島からも新村からも参加希望が予想外に多かったですからね、おかげで大忙しですよ」

 

腕組みしながら眉間に皺を寄せ、いかにも困ったように言う氷月だが……桜子は知っている。

嬉々として鍛錬場の整備や、打ち合い稽古用の棒を作っていたであろうという事を。

おそらくほむら以外にその姿を見せてはいないだろうが、しっかりと整えられた地面や明らかに増えている訓練用の道具の数々を見れば察することぐらいできる。

後、ほむらがこの頃とても嬉しそうだったのでそこからの推測である。

 

「桜子君、君は何か変な事を考えていませんか?」

「いえいえ、教師役が板について来てるのかな? とかしか考えてませんよ?」

「十分変な事ですよ、それは」

 

ため息混じりに嗜める氷月だが否定はしなかった。

新世界に尾張菅流槍術の名が広がり、それを成したのが自分であるのなら誇れることであろう。

だが、それ以上に弟子達が成長していくのが楽しい、師匠となるのは思っていたより自身に達成感をもたらしていた。

 

「板について来ているのは師範役でしょうに、言葉の使い方を間違えていますよ」

 

だから、そう言った。

そう来るとは思わなかった桜子の目が丸くなるのを、愉快な気分で氷月は眺めるのだった。

 

 

「ところで、コハクだけ姿が見えないですけどどこにいっちゃったんです?」

「分からない振りをしなくてもいいのでは? 君も察している通り時たま見える跳躍物がコハク君ですよ」

「認めたくなかった……コハクはいったい何してるの?」

「私も聞きましたが、詳しくは秘密だと言ってましたよ。彼女曰く、必要な事らしいですが、何を目的にしているのやら」

「必要な事……高く飛び上がるのが必要な事なんてあったかな?」

「梅雨入りが近いですからね、雲でもどかそうとしてるのでは?」

「ははは、まさかあ。……ちょっと確認してきます」

 

この後コハクにめっちゃ怒られた、理由はやっぱり教えてもらえなかった。

地面の上での正座は脚が痛いです、丸。

まあ、何に必要なのかは後日判明したが、普通やれないしやろうとも思わない事で、でもコハクらしい決断の仕方だとは皆が思ったという。

 

 

六月、梅雨の合間の晴れの日の事である。

REIのおかげで今日この日が晴れそうなことはあらかじめわかっていたため、今日に向けて皆で準備していたのだ。

そう、六月といえば、ジューンブライド、今日は日本にいる人類総出席の結婚式なのだ。

そのために中型船を急ピッチで作り上げ、島の住民まで全員本土に呼び寄せての大イベントである。

もうしばらくすればアメリカへとペルセウス号は向かう、その前に人類の結束力を高めるのと、これから長いこと別々になってしまうクロム、ルリ夫妻のための思い出作りである。

規模が大きすぎるが、根底に流れる日本人のお祭り好きの遺伝子が騒いだのだろう。

誰も反対せずむしろ全員巻き込もうぜ! と、全会一致したという異例の事実だけがそこにはあった。

今真っ白なドレス、そう純白のウェディングドレスを纏うルリがゆっくりと入り口から入って来る。

その隣には当然その夫、こちらも真っ白なスーツに袖を通したクロムが付き添う。

一際大きな声で祝福の声が降り注ぐ、そう、

 

「おめでとう! ルリさんとクロム! それに、」

「大樹と杠もおめでとう!」

 

少しだけ後ろから、止まりがちな杠をエスコートしつつ進む大樹の二人にも。

大樹は本当なら杠への告白は人類全員の復活、文明の復興がなった後にするつもりであった。

だが、千空からある事を告げられ頼まれたのだ。

大樹の誓い、それを曲げてでも大樹と杠の結婚式を見せてやってほしいと。

大樹も悩んだ、ペルセウス号が無事戻れるならば問題ない話であるし、必ず戻ってくるつもりではある。

しかし、ペルセウス号に乗れる人員は有限であり今日本にいる全員が乗れるわけでもない。

残される人間、石神村や島、新村の事を守る人員はどうしたって要る。

そのために二人が夫婦になった姿を見せてやりたい、そう頭を下げて頼まれてしまったのだ。

悩んだ末に、大樹は杠へと想いを告げる事を決め、今日二組による合同結婚式に主役として参加する事になったのだ。

真っ赤なバージンロードを二組の夫婦が進む、万雷の拍手の中神父の立つ一番奥までゆっくりと。

結婚の誓いを、一生涯共に在る事を二組の夫婦が誓いあう。

そして指輪の交換を行い、誓いの口づけをした時、万雷の拍手と祝福の声が送られた。

そして、未婚の女性たちにとってある意味この結婚式最大のイベント、ブーケトスが行われる。

 

 

教会の前の広場は異様な緊張感に包まれていた。

男性陣は広場の隅か教会の中に追いやられ、既婚の女性達もそれと同じようなものである。

石神村の住民も島の人達も新村の者も、未婚の女性であれば皆目が爛々と光っている。

桜子達はブーケトスについて正しい知識をしっかりと伝えた、ただ、ゲンを担ぐ、という事を甘く見ていただけで。

結果、復活者以外の女性達が燃え上がり、つられて復活者の女性達も燃え上がるという事態になっていた。

もうこのブーケトスに参加資格のない者としては、怪我人が出ない事を祈るぐらいしかできない。

ルリが何やらコハクとアイコンタクトを交わし、持っているブーケを投げた。

 

「って、高すぎない!?」

「巫女様加減して!?」

 

投げられたブーケは高く高く舞い上がり、小さくなって見えづらいほどになっていた。

そして、最高点まで到達しゆっくりと落ち始める。

このままでは落下地点に皆が殺到してしまい、押しつぶされる人が出るのでは?

そう冷静に考えられる者達が危惧した瞬間、一陣の金の風が吹きブーケが掻き消える。

いや、それは風ではなく人だ。

大地を蹴り、教会の壁を蹴って跳び上がったコハクがブーケをキャッチしたのだ。

そしてその勢いのまま飛んでいき、着地したのは司の前。

司は最悪受け止めるつもりであり、他の者達はそうできる自信がなかったため避難した事によって起こった状況である。

もっとも、着地は一切危なげなく行われ、司の心配は杞憂に終わったが。

 

「全く、とんでもない事をするね君は。どうするんだい、この空気を」

「なに、怪我人が、下手をすれば死人が出たかもしれない事を考えれば許容範囲だろう」

 

こらてらるだめーじ……だったか? などと曰うコハクに思わず司も苦笑い。

周りの未婚女性の絶望感漂う表情を見て、流石に放置しかねた司は重ねて問いかける。

 

「君がそういう事を無視できるような女性じゃない事ぐらいわかっているよ、この後どうする気か教えてくれないか?」

「むう、君は褒める時はもう少し控えめにだなぁ……いやなんでもない。できれば人が少し捌けたぐらいでやりたかったのだが仕方ない、おーい、南、やるぞー」

「ここまでの注目集めた状態でやるのは流石に想定外ね……」

 

コハクが呼ぶと人垣を必死に掻き分け、コハクの横まで進み出てくる南。

コハクが丁寧にブーケを二つに分け片方を南へ渡す。

南が受け取り二人で頷き合うと、ブーケを同時に司へと向けた。

 

「さて、司」「それじゃ、つかさん」

「「どっちを選ぶ?」」

 

向けられた司は天を仰いだ。

ブーケをキャッチした女性は次の花嫁になれる、だからキャッチできなければ花嫁になれない、そうマイナスに考えてしまった人向けのパフォーマンスである。

そしてもっと大きい理由が一年以上宙ぶらりんな現状を変えるため、という事である。

悩んで悩んで結論を出すのを先送りにしていた報いがここにきた訳か、そう司は胸の中で独り言ちる。

確かに結論を出すべき時期なのだろう、だが、

 

「せめて皆の前で発表するのは許してくれないかな、慣れてないわけじゃないがこれじゃ見世物だよ」

「仕方ないな、ならば明日の朝まで待とうじゃないか」

 

あっさり引き下がるコハクに周囲からは残念がる声が上がるが、代わりに気落ちしている人の顔は随分減ったようだ。

ブーケを取れなかったショックを告白騒動の衝撃で上書きした形である。

司がこの場で選んでいればお祭り騒ぎになり完全に忘れることができたろうが……、司はそうしたくはなかった。

自分が見世物になるのがいやというのは本音だが、不安で手が震えている女性を見世物にするのはもっといやだったからである。

 

 

「そういえばもう一人の花嫁さんの分のブーケは?」

「風に飛ばされちゃったらしいぜ」

 

そんな会話が交わされる中、桜子は背に隠したそれに意識を向ける。

ルリが高くブーケを飛ばして皆の注目を集めた時、入り口に最も近い辺りにいた桜子へと杠がそっと投げ渡してきたのだ。

『頑張ってね』という言葉と共に、である。

今日の日が終わり、島の人達を島へと返せばその次はアメリカへとペルセウス号は出港する。

それは別れの時、石化から目覚めてずっと近くにいた、大切な人との道が分かれる時。

道はいつか一つに交わるけれど、それがいつになるかは誰にもわからない。

だから、その前にこの心に芽生えた、あるいはようやく気付けた想いを告げよう。

そう手の中の小さな花束に誓った。

 



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始まりの終わり

何もかもが赤く染まる黄昏時、二つの影が崖の上にあった。

 

「秋蒔き小麦の収穫、順調にいったな。予想以上の収穫で船に乗せる分があっという間に賄えたのは良い意味で誤算だったぜ」

「ゴーザンさん達の農耕チームのお陰だね、頑張ってくれたし天候にも恵まれたし、運が良かったんだね」

 

この崖の上からはペルセウス号が見下ろせる、数日前にドックから出され今は港に停泊している。

 

「ドックに最初入れた時は驚いたぜ、まさか半年もたってねえのにフジツボがつき始めてたとはよ」

「寒い時期だからそこまでついていないだろうって予想を裏切って、だもんね。でも船底塗料の材料なんてよく知ってたよね」

「半分は龍水の話からだぞ、こんなもんが欲しいって言われたから作っただけだ」

「こんなもんってだけで作れるのがすごいんだけど?」

「wiki知識だけでドックを作れる奴にゃ負けるわ」

 

他愛のない会話、直近の出来事をつらつらと思い出す。

 

「漁船の方はどうなんだ?」

「順調だよ、どの魚も最大の天敵である人間がいなかったせいか大漁続き。予定より早く切り上げた船ばっかり」

 

食料確保は順調だ、腹一杯食べられるなんて、と復活者と村人以外は感動する事しきりである。

 

「住居建築も順調そのもの、セメントの原料の石灰石沢山見つかったからね。鉄筋コンクリートで龍水邸は建設する予定だよ」

「ダムの予行演習だっつって予定ねじ込んだ奴だな、新居を見れるのは当分先だってのによくやるぜ」

 

建築技術の復活もやっている、地震にも負けない建築物を建てるのには必須だからだ。

 

「道路の建設はどうだ? パワーチームが行っちまったらやりづれえだろ」

「整地ローラーができてるから大丈夫、っていうか普通は木槌でやるものじゃないから」

「自動車もまだ首振りエンジンなんだよなあ、もうちょいいい奴作っときたかったんだが」

「道路は主に人の移動用だから後回しだったもんね、物流なら水運の方が効率いいし」

 

道作りは重要だ、人の行き来がしにくい場所はそれだけ発展しづらい。

 

「小舟も増えたな」

「人も物も往来が激しいから」

 

だからこそ管理できる体制と、それを運営できる人間は貴重かつ重要だ。

 

「……ついてくる気は?」

「……駄目だよ、合理的じゃないよ、それは」

 

そして千空達の中でそれが一番できるのは桜子であり、故に日本に残ることを彼女は決めた。

明日はペルセウス号がアメリカに向けて出港する日、そして彼女が目覚めてから長い間共にあった二人の別れの時であった。

 

「オメーだけしかできねえ訳じゃねえだろ」

「私が一番ちょうどいいのは間違いないよ」

「どんだけオーバーワークする気だ」

「組織として安定するまで、倒れない程度にかな」

「しないとは言わねえのな」

「すぐにバレる嘘は無意味を通り越して害悪じゃない?」

 

楽しそうに笑う桜子に額に指を当てため息を吐く千空。

 

「オメーを監視の外に置くのは胃に悪そうなんだがな」

「それでも私を置いていく方が効率的って判断してるんでしょ?」

 

苦虫を噛み潰したような顔から逃れるように桜子は一歩だけ前へと進む。

 

「この原始の世界で宇宙へと飛び出そうっていうのに非効率な事してちゃ駄目でしょ」

 

そして千空に表情を見せないまま残るべき理由を語り続ける。

 

「REIはすごいよ、今もこの空の上でWHYマンの監視、地表の観察、資源の確保、必要な設備の作成と八面六臂の活躍をしてくれてる。

だからこそ、地上の私達が足踏みしてちゃいけない。出来る限りの早さでREIに会いに行かなきゃいけない、そう思わない?」

 

それは一面から見た場合には正しい、ならば別の視点からは?

 

「オメー自身の感情はどうなんだ、ついてきたくはねえのか?」

「ついていきたいよ。……皆と離れ離れになるのは寂しくって仕方ないよ」

 

千空の問いかけに間髪を入れずに答えが返る、少し声を震わせながら。

ならばと千空が続けようとする前に桜子が口を開いた。

 

「でも、ついていくのはただの甘えだよ。だって私がアメリカに行ってできることはここでもできるもの」

 

事実だ、ついていった桜子にできるのは知識を出す事がメインになるだろう。

知恵を回す事ができるメンバーはそろっている故に、だ。

少しの間二人の間に沈黙が訪れる、伝えるべきことを、伝えたい事を伝えられる言葉を探すために。

 

「ねえ、千空、貴方の夢はなに?」

「? 急に、なんだよ」

「石化する前の、あの平和な、穏やかな日々の中で描いた夢。千空は科学者になって全てを解き明かすことが夢だった、違う?」

「宇宙の、って言葉がつけば、まあ間違いじゃねえな」

 

質問の意図までは分からなかったが、嘘を吐く必要も感じなかったから素直に認める千空。

その答えに背中を見せたまま頷く桜子。

 

「あの頃の私の夢はね、私の事を理解ってくれる人が欲しかったの」

 

それは、すでに叶った夢。

 

「貴方が叶えてくれた夢だよ」

 

振り返って見せた桜子の顔は見た事がないほど大人びていた。

 

「……貴重な人手だったからな、そうすんのは当然ってだけだ。同じ状況なら誰だってそうしただろうさ」

「でも、やってくれたのは貴方だもの。今の私がありがとうを伝えるのは千空だけだよ」

 

どうにもむず痒くてガシガシと頭をかく、真っ直ぐ感謝を伝えられるのはいつになっても慣れないものだ。

 

「で、今更そんな事持ち出してなにが言いてえんだよ」

 

むず痒さから逃れたくて先を促す、くすりと笑う桜子にやっぱり見透かされている気がする。

 

「今度は私が千空の夢を叶えるよ、貴方が科学者に専念できる世の中を作ってあげる」

「そらまたでっけえ事言い出すな、だが余計なお世話だ。自分の夢ぐれえ自分で叶えるさ」

「科学者になるだけならできるよね、余分な事たっぷりで、兼任って感じで」

 

時間どれだけ割かれるのかなあ、少し意地が悪そうに言ってくるがそんなもの関係ない。

 

「時間は作るものだぜ? 他の仕事なんぞ速攻で終わらせりゃいいだけだ」

「千空らしいね。なら、その手伝いをさせて? それならいいでしょ?」

「オメーの分は最初っから計算に入ってるんだよ、こき使うから覚悟しておけや」

「ふふっ、うん、その言い方がやっぱり千空らしいね。じゃあ、こき使われる分報酬を求めてもいい?」

「あん? 報酬?」

「そ、報酬」

「聞くだけは聞いてやるよ、無茶なもんだったら却下するがな」

「うん、ありがとう」

 

一度大きく深呼吸をする桜子、意を決して口を開く。

 

「もし、貴方の夢が叶った時、私がそれに役立ててたなら……」

 

ジッと千空を見つめるその顔が赤いのは、夕日のせいかそれとも緊張からか。

 

「私を、一生側に、置いてくれませんか?」

 

不安に震えながらのそれへの彼の反応は、半ば以上無意識のものだった。

 

「あっ……」

 

落ちる前の夕日が作る二人の影が、一つに重なり絡み合う。

辺りを完全に夜闇が包み込んでも、離れる事なくそこに在り続けるのであった。

 

 

明けて翌朝、ペルセウス号の出港に対して元気いっぱいで手を振る桜子の姿が陸側にあった。

 

「なあ、何も言わねえでよかったのかよ?」

「んだクロム、藪から棒に。なんかやんなきゃ不味い事でもあったか?」

 

そんな桜子を満足そうに見ていたマグマに声をかけたのはクロムだ。

 

「いや、その、アイツの事だよ」

 

桜子を指差して言うクロムに、マグマはどう言うか少し考える。

盗み聞きを怒るかすっとぼけるか誤魔化す方向で最初は考えたが、まあいいかと思い直す。

誤魔化すほど恥じる事ではないし、第一この心配性の友人にははっきり言っておいた方がいいからだ。

 

「どっか誤解があるみてえだがな、俺はアイツを女として嫁にしてえって言ってたんじゃねえぞ?」

「えっと、どういう意味だ?」

 

よくわかっていない様子のクロムに、へっと一つ笑い説明を続ける。

 

「アイツの過去話はテメエも聞いただろうが、もう世の中に出て傷つくことはねえだろって思ったんだよ。嫁になりゃ余計な人付き合いは要らねえだろ?」

「そ、そうか?」

「そうなんだよ。ま、今のアイツをみりゃ必要無かったって思うがな」

 

クロムに背を向けて船の縁に体を預ける、視線の先には船を見送りに来た人の群れ。

 

「アイツの顔を見ろよ、もう守ってやらなきゃいけねえほど弱くねえ。ソイツが強くなれるように導く、そんな守り方もあったのかと思ったぜ」

 

その集団の一番前で笑顔のまま大きく手を振っている桜子。

見送る彼女の顔からは二度と会えない不安と、それ以上に必ず帰って来てくれるという信頼が見て取れた。

 

「もうアイツは一人で立てる、そう思わねえか?」

「……なんつーかよ、言い方がまるで父親みてえだぞ?」

「父親、か……。ああ、俺はアイツを子供みてえにみてたわけか! いい例えすんじゃねえかよクロム!」

「痛えって! バンバン叩くな! オメーらみてえに頑丈じゃねえんだよ、俺は!」

「わりいわりい、そういや司の方はどうなったんだ? もしかしたらオメーと親戚関係になるかもだろ?」

「あっちみりゃわかんだろ? 振られた方に悪いからあんま騒いじゃいねえけどよ」

 

クロムの指差す方には司と共に船上の人になっているパートナーの姿。

静かに見送りの人達に手を振りかえす二人は絵になる光景だった。

 

「あー、あれを見るとルリを置いてくの悪いなって思うなあ」

「もう嫁さんが恋しいのかクロム? 降りるなら未だ間に合うぜ?」

「馬鹿言え、嫁さんが恋しいのはずっとだけど乗った事に後悔はねえよ」

「臆面なく惚気んなバカ。ったく、からかいには強くなりやがって」

「おう、強くならなきゃルリに顔向けできねえからな! 強くてカッコいい父親に俺はなるぜ!」

 

そのための旅だかんな、そう笑いながら言うクロムは前よりも強く見えた。

これも嫁もらったおかげかね、いつかの会話を思い出しながらそんな風に思う。

 

「旅が終わったら俺も嫁取り考えるか……」

「お? どうしたんだ急に?」

「強くなるのに効果がありそうだかんな、考えてみるかって思っただけだ」

「そういう理由で結婚考えるのってなんか違わねえか?」

「別にどうでもいいだろ、それで納得する女探しゃあいいだけだ」

「そういう事じゃねえと思うんだけどなあ……」

 

ぶつぶつと文句を呟くクロムを横目に、マグマは意味もなく海を眺める。

 

「……女として見てなかったわけではねえんだよな」

 

無意識のうちに誰にも聞こえないぐらいの大きさでポロリと呟いた。

 

 

やがて出港の時間となり、ゆっくりとペルセウス号が岸から離れていく。

港から離れていくに連れ甲板上から人が捌けていき、それと同じように見送りの人達もその場を離れていく。

港からではもう甲板上の人が見えなくなってしまう頃にはもう、見送りの人は完全に日常へと戻っていっていた。

ただ一人、桜子を除いて。

 

「いつまでそこにいるつもり?」

「ほむら……さん。ごめんなさい、船が見えなくなるまでは居たいんです」

「呼び捨てでいい、別に貴女に礼儀を求めてないから」

「周囲への印象があるので、悪いんですけどさん付で。何かあったのなら此処で聞きますね」

「氷月様から伝言、『今日すべきことは終わってますか?』と」

「全て滞りなく、……新村の代表者は今日明日じゃ選べないので未だですけど」

 

銀狼が船に乗った事で松風もついていき、結果新村の代表者が空席になっていた。

危険な船旅に銀狼が参加するとは思わなかった、桜子としては誤算である。

 

「? 聞いていないの?」

「何をです?」

「あの侍が氷月様に代表代理を頼んでいた事」

「初耳です……。でも氷月さんなら大丈夫ですね、これで懸念事項はほぼないです」

「そう。それで、後何分ぐらいで終わる?」

「もう何分もないですね、私の身長じゃ水平線まで5kmにも満たないですから」

「そう、それじゃ此処で護衛する」

「えっと、それは誰からのお願いです?」

「氷月様。氷月様が初めて御下命を受けた内容がこんなとは想像もしなかった」

 

そういえば氷月は千空に槍を捧げて家臣となっていたっけ、古い話だなあ。

と思った後すぐに思い直す、あの出来事からまだ一年と半年弱だ。

まさか540日前程度の話を古いと感じるとは、その間の経験が濃すぎである事の証明だろう。

いや、それを言うなら石化から目覚めて以来の出来事全てが、であろう。

石化前と解除後、過ごした年数は前者の方が長いはずなのに後者の方が思い出が圧倒的に多い。

それだけの物を貰ってきたのだなあと改めて思う。

でも、この氷月とほむらによるサポートが千空から受け取れる最後の助けだ。

これからは逆に、千空の助けになれるようになっていかなければいけない。

きっと大変な道のりになるだろう、でも千空がしてくれた事を考えれば払いが足らないぐらいだ。

 

「……船も見えなくなりましたし、戻りましょうか」

「そう。満足したなら帰る」

 

自分がすべきことをする為帰路に就く。

あの人の夢が叶えられるように、あの人が負けないように、あの人を助けられるように私は強くなる。

そう自分の意思で決めたこの日が、きっと始まりの終わり。

石から始まった、私の意思を育んでくれた、日々の終わり。

私達の人生という物語はまだまだ続くけど、今日が一番の区切りになるんだろう。

また会える日を夢見て、私は明日からの日々を歩んで行く。




これにて『イシからの始まり』は完結となります。
作品としては後日談を2、3話投稿した後完結となる予定です。


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後日談:ゼノと会談まで

・太平洋横断中

 

「古来より船乗りにとって現在位置の把握は必須技能であった」

「どうしたんだよ突然」

「何もない大海原の中自分の場所を知るための技術、天測は言うに及ばず、地図の読み方、海路の把握など必要な事は多岐に及んだ」

「まあ、冒険すんならぜってえ必要だよな位置把握は。そうじゃねえとあっという間に迷子になっちまう」

「その通りだ、クロム。故に俺はこの船旅が命懸けのものだと思っていた、……いたのだが、な」

 

そこで龍水は一度言葉を切り操舵室の片隅へと目を向ける。

そこには伝声管があり、そこから千空の声が響きだす。

 

「現在地は北緯41度10分6秒、東経153度17分2秒、大体ルート通りだ。近くに低気圧は無し、航海は順調にいけそうだぜ」

「こんな指示されたルート通りに行けばいいだけの船旅になるなど想像もしなかったわ!」

 

思っていた自らの腕のみを信じての航海、そこから遠くかけ離れた現状に大きく不満を叫ぶ。

無論その方が安全かつ確実であるのは理解できるが、それでも『思ってたのと違う!』という気分らしい。

 

「これなら俺が船長である必要など無かったのではないか?」

 

進路に微調整を加えながら伝声管の先にいる千空へと愚痴る。

 

「馬鹿言え、分かるのは現在位置と雲の動きだけだぞ? それを元に方向を決めたりすんのは人間だ、それを正確にやれる奴がそう多い訳ねえだろ」

 

例えるなら車のナビと同じだ、機械によってルートを算出することは可能だがそれ通りに行けるかは運転手次第というわけである。

 

「そういやあさあ、一体どうやって現在地を調べてんだ? REIの奴はずっと同じ場所にいる訳じゃねえだろ?」

「んなもん簡単な話だぞ、ずっと同じ位置にいる奴用意すりゃいいだけだ」

「! 静止衛星か!」

「おう、REIの奴あのISSは自動で作ったって言いやがったからな、できるかもって思って言って見たらあっさり作りやがったぞ」

 

それを聞いた龍水の機嫌がわずかに持ち直す、このナビが必須だから作った訳ではない事に気づいたからである。

まあそれ以上にREIの凄さを再確認して、より欲しくなっただけかもしれないが。

 

「なあ、それって無茶だって桜子が言ってた奴じゃね?」

「REIに気づく前の話だろ、そいつは。一度できた事が二度目は無理なんてこたあねえだろ」

 

一度でもできたことが異常ではあるのだが現実に出来ているのだからしょうがない、利用できるものは最大限利用するだけである。

 

「千空、貴様の事だ、静止衛星の位置は太平洋上、目的地と石神村の間だろう?」

「正解だ、道中の状況が把握できるし、あっちが味方になったなら石神村と通信がしやすくなっからな」

「あれ? って事は今も石神村と通信できるのか?」

「おう、定時連絡って事で24時間毎に通信してっぞ」

 

因みに正確な時間計測は難しいが、24時間用の水時計を千空とREIの二人がかりで作成してたりする。

それを石神村に設置して日時計と併用で時間を測っているらしい。

 

「なあるほど、だから桜子を置いていける訳か。いつでも繋がれるもんな!」

「連絡担当は日替わりだっつーの、……アイツはそんな弱くねえっての」

 

クロムの揶揄いに呆れたようにツッコミを入れた後、ボソッと本音を漏らしピシャっと伝声管を閉める。

後半部分を聞かれた時の反応が予想できすぎていやだったのだろう、実際操舵室の二人の顔はニマニマといった風に歪んでいた。

 

「いやあ、聞きましたか龍水さん。あの千空がデレましたよ」

「いやあ、これはビックリだ。桜子への信頼が見て取れる言葉だったなあ」

 

二人揃ってニッヒッヒと笑う姿は、伝声管を閉じた千空の判断が全面的に正しかった証明と言える。

もしもまだ閉めていなかったら揶揄いの的だっただろう。

 

「んじゃあ、俺もやれる事やってくるわ。こっちは頼んだぜ?」

「ああ、船の方は任せるがいい。安全確実にアメリカまでたどり着いて見せよう」

 

ひとしきり笑った後、気合の乗った顔でそう交し合う。

ずっと同じように笑いあうため、日常を日常であり続けさせるため、やれる事をやる。

改めてその覚悟ができた、いや、再確認できた二人であった。

 

 

 

・アメリカ大陸にて

 

おう、俺は天才科学者のクロム様だ! 今俺は千空や司、それとゲンの四人でアメリカで目覚めた奴らの本拠地に来てる。

そして、

 

「と、いう訳だ。千空、君なら分かってくれるだろう? まあ、この状況下で断るなんて、愚かな真似を君がするとは思っていないが」

 

銃って奴を突きつけられて絶賛脅迫を受けてる最中だ!

とりあえず、落ち着くためにもこれまでの流れを思い出そう。

まずこっちの大陸にたどり着いてすぐに千空が、

 

「俺は日本からきた千空だ! 今からそっちに行くから準備して待っててくれ」

 

って電波を最大にして無差別に通信波を垂れ流したんだ。

んで、それやってすぐ後通信が入って、

 

「こうして声を交わすのは初めてだね千空、君ならばきっと目覚められると信じていたよ」

「そう言うって事はアンタがDR.Xだな? 改めてよろしくだな、さっきも言った通り今からそっちに行く。ああ、手土産程度は持ってくから楽しみにしててくれ」

「ああ、楽しみにしておくよ。迎えは要らなそうだから歓迎の準備だけ整えておこう」

 

そんなやりとりがあって、モーターボートに石化に関する資料とか農作物数種類やら他にも色々を積んで遥々相手の本拠地までやってきた訳だ。

で、俺たち四人ともこの部屋に通されてゼノって奴、あっちのリーダーに挨拶したんだ。

そこまではなんの問題もなかったはずだったんだが、ゼノの隣の奴がいきなり銃を構えた。

突然の事に慌てて動こうとする俺らを止めたのは司だった。

 

「動かないでくれ、彼相手では俺でも一人道連れにするのが関の山だ」

「スタンリー相手に一人は殺してみせると豪語するか……『スタンリー、どうかね? 彼を殺すならば犠牲を覚悟する必要があるかね?』

『だろうな、ゼノは守るがブロディは無理だ。つまり俺かブロディは死ぬな』

『自分の身は自分で守れってか?』

『違うぜブロディ、テメーか俺を捨て石にしなきゃゼノが死ぬってんだよ』

『バハハハ! そいつはそいつは、とんでもねえガキだな!』

『今おっぱじめるのはお互い損だな。ゼノ、こっちになんか要求してえ事があんだろ? とっとと話せよ』

「ああ端的に言えば……軍門に降れでよかったかな? 君達とは武力が違う、大人しく降伏すれば乱暴な真似はしないと誓おう」

「へえ、武力が違う、ねえ」

「そうだ。それに、だ、僕の目的を聞けば君なら賛同してくれると信じているよ」

「ほーん、んじゃあ、聞かせてもらおうじゃねえか」

 

そうしてゼノの演説が始まって、んでもってついさっき終わって愚かな真似云々のセリフが出てきたと。

……どうすんだよこの空気、司は両手で顔を覆っちまってるし千空は死んだ目で空を見上げてやがる。

いやまあ、気持ちはわかる、司の方は過去の自分の拡大再生産みたいなもんを見せられた訳だし、千空もロケットの先生って事で会うの楽しみにしてたのにコレだもんな。

なんかゲンの奴は顔が青いし、仕方ねえ、ここは俺が動くっきゃねえか!

 

「なあ、ドクターゼノ。質問してもいいか?」

「ああ、かまわないとも。知らない事を知ろうとする、とても重要な姿勢だよ」

「あんたは衆愚を導くつったけど、”どこ”に行きてえんだ?」

「どこ?」

「ああ、人手が欲しいってのは分かった。色々やるためにゃあ、人手ってのはいくらあっても足りねえのは知ってるからわかる。で、それでどんな世界を作りてえんだ?」

「……ああ、千空が連れてきただけはあるね、君は良い質問をする」

 

君なら簡単に幹部になれるだろう、なんて言われて少し嬉しかったのは秘密だ。

だって仕方ねえだろ? こいつはあの千空が自分以上って言う科学者なんだからよ。

 

「人類の、科学の進歩は旧世界では様々なものに阻まれてきたのだよ。そう、政治! 倫理! 衆愚どもの感情などというゴミ以下の価値もないもの達に! ……僕は二度とそのようなことがない世界を作り上げたいのだよ」

 

でも、やっぱ受け入れらんねえもんはあるよな!

 

「ドクターゼノよお、あんたは衆愚、衆愚っていうけどよ、そういう人たちが人間社会ってもんを作り上げてきたんじゃねえのか?」

「ほう?」

「普通の奴が一生懸命生きて、働いてきたからこそできたもんなんだ。それに育てられてきたってのに作り上げてくれた人達を馬鹿にすんのは違うんじゃねえか?」

「ふむ」

 

どことなく満足そうにうなずくと背もたれに体重を預けるゼノ、目がさっき語っていた時より輝いてる気がするのは気のせいか?

 

「僕が考えた事のない視点だね、なるほどとうなずける部分もある。だが、時代は、歴史は一部の天才が作り上げてきたものだよ」

「時代の流れ、その呼び水を生み出したのは確かに一部の天才かもしれない。だけど、流れは群衆が動いたからこそできたもの、そう思うけどね」

 

俺が反論を言おうとする前に司が先に口を開いていた、なんでい、さっきまで凹んでたくせに。

やっぱ、頭いいよな司ってよ、頼りになる奴だぜ。

 

「その通りだね、ならばこそその呼び水を生み出す役割は非常に重要なもの、正しい道を知るものこそ負うべきとは思わないかね」

「やめとけよゼノ、悪いこた言わねえから」

 

そんでもってようやく戻ってきやがったな千空、俺がやってたのは本来ならオメーの役割だったろうが!

しっかりやってくれよと目で訴えれば、あっちも分かってるよと目で返してくる。

 

「群衆って奴は片手間で動かしてどうにかなるもんじゃねえぞ」

「千空、君は僕にそれができないと思うかい?」

「できるだろうさ。ただし、科学者をやめればだがな」

「衆愚どもに道を教える事を随分と大変なものと認識しているんだね」

「千人にも満ちてない組織動かすのに毎日駆けずり回ってるやつ見りゃそりゃな。それと、そっちの下につくって話の前提条件間違ってるから訂正しておくぜ」

 

そう言って持ってきた手土産の一つをゼノに渡す千空、ゼノは怪訝そうな表情でそれを受け取り広げてみる。

 

「アンタならすぐにどの前提条件が間違っていたかわかると思うが、どうだ?」

 

見てしばらくは止まっていたゼノがやがて肩を震わせ始めた、そして段々と声が漏れ始めその声はついには大笑いになった。

 

「はっはっは! これは確かに僕が間違っていたな、ここまで詳細な“世界地図”があるという事は、だ。可能なんだろう? 神の杖が」

「伝家の宝刀は抜くもんじゃねえ、ちらつかせて動きを制限させるもんだぜ? できるかもって思わせるだけで十分だと思わねえか?」

「言質は与えないわけか、いいだろう、それで納得しようとも。『ブロディ、彼らと協力体制を敷く。細かい条件を詰めていってくれ』

『OKだボス、あんたが納得してるなら別にどっちでも構わねえさ』

 

ゼノが横の肌の黒いおっさんに声をかけると合わせて銃を構えてたやつも構えを解いた、会話自体は良く分かんなかったけどどうやら話がまとまったみたいだ。

 

「つーか、地図一枚で説得できんならとっととやってくれよ」

「わりーわりー、まっさか桜子の奴が言った天才が理不尽にぶつかると無理やり粉砕に走るってのがもろに当てはまるとは思わなくてよ」

 

色んな意味でショックだったんだよ、と肩をすくめながら言う千空の顔は嬉しいやら悲しいやらで大分複雑そうだった。

多分桜子に恩師の性格判定で負けたのが悔しかったんだと思う、なんか口げんかしてたって聞いたしな!

旅を終えたら桜子に言ってやろう、きっと盛大にからかってくれるはずだ。

その時が今から楽しみだなと思ったアメリカでの話だ。

 

 

 

・なんでゲンは顔を青くしてたの?

 

……三人とも気づいていないだろうし、アメリカ陣営はわかるわけないだろうけど、人類存亡の危機だったんだよね実は。

だってもしも千空ちゃんが死んでたらどうなってたと思う?

桜子ちゃんが復讐しない、なんてあるわけがない、そしてあの子は敵に容赦がないタイプだ。

俺が想定してたのは大砲とか毒ガスの類だから実際にはそれ以上のバイヤーな兵器を動かす事態になってたみたいだけど、ね。

とりあえず誰かにしゃべる気はないけれど、今まで以上に千空ちゃんの身の安全を確保しようと思う。



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後日談:宇宙へ

・今後の予定の話し合い

 

「最終目標は月への到達、WHYマンの説得もしくは排除による文明存続の危機の可能性の消滅だな。で、そのための具体的な手段がこいつだ、粗は色々あるだろうから意見をガシガシ頼むぜ」

「拝見させてもらうよ、こっちの書類がこちらの現在状況の報告だ。きみも確認しておいてくれ、見せられる分は全て書いてあるからね」

 

お互いに厚い書類を渡しあい、同時に読み耽り始める。

やがて大部分を把握できた二人が顔を上げた。

 

「おい、ゼノ、武力に偏りすぎじゃねえか?」

「君らが軽視しすぎなだけだと思うがね、それと都市建設計画に一つ問題がある」

「野生動物相手にするなら武力担当の腕だけで十分なんだよ、で、問題ってのは?」

「いいかね千空、僕と同等の者なんて早々いないんだ。数学都市を欧州に建設するのは諦めた方がいい」

 

なぜか目を明後日に向けながら諫めてくるゼノ、その態度から千空にはピンとくるものがあった。

 

「おい、まさかボッチかテメー」

「日本語は詳しくなくてね、スラングで言われてもわからないな」

「友人が何人いるか言ってみろ!」

「それは今この場で重要な事かね?」

「重要だよ! 能力や人格の把握が重要じゃねえとはまさか言わねえよなあ!」

「む、確かにそうだ。良い指摘だったよ千空、今後に活かすとしよう」

「ったく、こりゃ数学者は諦めてREIに頼むっきゃねえか」

「ふむ、その場合通信のタイムラグが気になるな」

「あー、REIに計算させるんじゃねえよ。計算機も送ってもらうんだ」

 

どういう事かと怪訝な顔を覗かせるゼノだがすぐに思い至った。

 

「なるほど、上げる事は困難だが落とすのは簡単、そういう事か」

 

気づければ簡単な話である。

静止衛星すら作れるのだ、大気圏突入と着地の衝撃に耐えられる外殻ぐらい無茶ではない。

衝撃が内部にまで伝わらないようにすれば精密機器も届けられる、というわけである。

 

「だからこそアメリカ大陸に来た、広い土地が、それも石像がない場所が欲しかったわけだね?」

「正解だ、折角の生産能力を利用しねえってのはないだろ」

「中国大陸にしなかったのは人口数からかい?」

「後こっちにゼノがいるって分かったからってのもあるし、超合金都市も作りやすくなっからな」

「まずは宇宙へ行けるロケットの材料集めからか、REIにロケットを作らせて地表に下ろしてもらうのは不可能なのかい?」

「大きさが大きさだ、ベッコベコになるのは避けられねえだろ。材料ぐらいならいけるか?」

「ふむ、設計図を送って大枠を作ってもらいこちらで手直しするのも手だね」

 

とは言っても補修用の資材が必要なのは変わらない、超合金都市は建設する必要があるだろう。

アルミも同じく、ただ蛍石はタイでも取れるのでゴムシティは位置を変える。

 

「蛍石の取れる場所までは詳しくねえぞ、どうすんだ?」

「専門家に心当たりがある、そちらは如何とでもなるだろう」

 

ロケットに関しては、

 

「往復分の燃料を送るのと人を送る分の2回に分けりゃいいだろ」

「保管するならISSに積んでおけばいい、余っても次回分やREIが利用する訳か」

 

大体の部分を決め終えたが、話し合いの終了予定時刻より大分早く終わった。

 

「まだ時間があるね……千空、君は石化が解けてからどう過ごしていたんだい?」

「んー、ま、雑談にゃちょうどいい話題か」

 

ゆっくりこれまでの歩みを語り始める千空。

彼らは気づいていないだろうが、語り合う二人のその顔はそれまでで一番自然な笑顔であった。

 

 

・桜子の写真を見て一言

 

「elementary?」

「いや、同い年」

 

前例が無ければ納得できなかったとはゼノの言である。

 

 

・時は流れて

 

南米に、オーストラリアに、タイに、ついでにインドにそれぞれ拠点となる都市を作り上げ本格的にロケット作りがスタートしようとしていた。

 

「ここ日本でロケットを組み立てて発射台まで持っていく予定、と。大型運搬船の完成間に合ってよかった、割とギリギリになってたかもだよ」

「大幅に増えたマンパワーのおかげだな、複数の計画をよく並行で進められたもんだよ」

 

今日の朝日本へと到着してすぐに計画の進捗具合を確認、そのままの足で住民達の要望書に目を通す。

そしてつい2時間前にようやく目を通し終わり、その後遅い夕食を摂ったのだ。

今は千空と桜子は二人だけでテーブルに差し向かいで座っている、千空らが出港する前には無かったソファーにである。

 

「色々作れる余裕出てきたみてえだな、こんな贅沢品の類を使っているなんて思わなかったぜ」

「これ試作品の失敗作を引き取った奴、2人掛けなのに脚が弱くてギシギシいうの。でも余裕出てきたっていうのは確かだけどね、そのせいか食事に関しての要望が多い事多い事」

 

実際先程目を通した要望書の大半が食に関するものだった。

 

「インドに都市を作ったのは渡りに船だったって事か、来る連中来る連中気合い入ってますって奴ばかりだったしなあ」

「インド行き希望者抽選になったしね、香辛料に必死になりすぎよ」

 

カレーはインドで香辛料の栽培が安定したら、真っ先に作り始める事が決まってると呆れ混じりに語る。

 

「そう言えば馬が見つかったの。競馬好きな人達が狂喜乱舞してた、サラブレッドをもう一度復活させるんだって」

「数百年をもう一度やる気かよ、まあ、一歩目を歩き出さなきゃぜってえに目的には辿り着けねえけどよ」

「米沢牛だの松坂牛だの言い出す人まで出て、ちょっと大変だったよあの時は」

「ブランド牛みてえな手間が鬼のようにかかるもんはさすがに後回しだわなあ」

 

そんな風に桜子が日本の近況を話したり、

 

「インドじゃ真っ先に龍水の兄貴を探したんだよな、天才プログラマーっつってたがガチだったぜ」

「香辛料の生産農場がもう軌道に乗りそうなのはその人が温度管理プログラムを組んでくれたからな訳ね」

「オーストラリアじゃ水の確保がキツかったんだよなあ、雨水を溜めて飲水にすんのも当然だわ」

「貨物船が向かう先、オーストラリアが一番多いもんねえ。輸出品が水だし、帰りもボーキサイトで満載だしで一番大変な行き先だって敬遠する人多いのよね」

「南米が一番楽だったな結局、やってる時はキッツイってどいつもこいつ言ってたんだがなあ」

「アメリカ組がいたからだよね、コーンシティと超合金都市の治安確保したいからってオーストラリア以降は極小数だけが付いてきただけなんだっけ」

「さすがに人口数がこっちとは違うかんな、力を向けた先が武力か内政かの違いがモロに出た形だろ」

 

千空が今までで大変だった事を話したりと、時間はあっという間に流れていき時刻は日付が変わる頃。

さすがに寝る時間だと千空がソファーから立とうとすると、桜子がすすっと千空の横に座った。

キシリと音を立てるソファーの脚、壊れるんじゃねえかと気にかかる。

 

「千空、私頑張ってるよね?」

「? ああ、まあな。よくやってくれてると思うぜ」

「じゃあ、その、ね?」

 

顔を赤く染めながら大きく一呼吸、ジッと真剣な、どこか必死さを感じる視線で見つめてくる。

 

「ご褒美、欲しいな……」

 

聞いた事が無いような艶めいた声でねだる。

ゆっくりと二人の顔が近づいていき……、

 

「ていっ」

「痛っ! ……なんでー!」

 

千空のデコピンが桜子の額へと見舞われた。

 

「バーカ、何を焦ってやがんだよ」

「だって、アメリカでの話、聞いちゃったんだもん」

「んー? ああ、ルーナの件か」

 

千空がそう言えば涙目で桜子が頷く。

アプローチを受けたのは事実である、事実であるが、

 

「んなもん断ったに決まってんだろ、なんで焦んなきゃいけねえんだか」

「だってだって! ……私、こんなちんちくりんじゃない。だから、その、やっぱり女性的な体付きの人の方がいいのかなって……」

「あほ、約束破るような俺だと思うか?」

「そうは思わないけど……」

「だったら、ゆっくり待ってろ。いいな?」

「はい……」

 

しゅんとなって落ち込む桜子をよそに、さっさと立ち上がり部屋の外までいってしまう千空。

慌てて桜子もついていく、おやすみなさいぐらいは言いたかったからだ。

そして、ドアを越えた次の瞬間、

 

「……!」

「……おやすみ、また明日な」

 

唇に何か触れた感触の後、耳のすぐ側で囁かれた。

足早に去っていく千空に声もかけられず、桜子はその場でふにゃふにゃと崩れ落ちる。

おやすみと言われたが……眠れる気はしなくなった桜子であった。

 

 

・宇宙へ

 

千空達が日本に戻ってからまた時は流れ、今有人ロケットが空を飛んでいた。

何度もロケットの発射実験を行い、失敗を繰り返した上での事である。

ある時は発射直後にバランスを崩し地表へと真っ逆さま。

またある時は燃料に引火し大爆発、その時は発射台の修理もする必要があったため酷く時間がかかった。

またある時は燃料が上手く燃焼できずに発射できず仕舞い、幸いノズルの修理と調整程度で問題なかった。

またある時は重量オーバーで宇宙まで届かず、原因は食料の詰め込みすぎであった。

様々な失敗を繰り返し、ようやくREIのいるISSへ酸素や食料を届けられた時は大歓声が上がった。

それからも実験を繰り返し必ず成功できると確信できた今、初めての有人ロケットが飛び立ったのだ。

高く高く飛び続けるロケットは易々と成層圏を突破し、中間圏も超えて熱圏に到達。

そのまま目的の高度であるISSと同じ高度、地上約400kmにまでたどり着いた。

そこまで行けば後はもう簡単だ、ISS、REIが迎えに来るのを待てばいい。

ロケットが目標の高度に到達して少し待てば、すぐにISSの姿が見えてきた。

そしてREIの制御により両者の相対速度が0近くまで調整され、ISSから伸びたマジックハンドによりロケットを確保、無事ドッキング成功である。

 

「まったく、またしてもREIにお任せ状態だな。これではパイロットとして乗り込んだ甲斐がない」

「オメーの出番はこの後、月への航路でだよ。今は楽をしとけ」

「というか、ロケットで飛ばすんだから大気圏突破には元々出番は無かったんじゃないかい?」

 

ドッキングできた事で少し安心したのだろう、ロケットの搭乗員である龍水、千空、司が軽口を叩き合う。

そして、接続部が開き三人はISSへと乗り込んだ。

 

「ようこそ国際宇宙ステーションへ、通信では何度も会話していますがそれ以外では初めてですね。改めて初めまして、私が現在国際宇宙ステーションの管理をしていますREIです」

 

そこで出迎えてくれた、ほとんど人間の女性にしか見えないREIの姿に驚きのあまり固まる三人。

 

「千空、百夜氏はもしやあの時代にすでに女性型アンドロイドを完成させていたのか!?」

「んなわけねえだろ! REI、その姿はいつからだ? 俺の記憶じゃただの無重力下での作業用ロボットだったはずなんだが?」

 

目を輝かせる龍水にツッコミを入れてからREIに質問する。

本気で訳が分からないのだ、10歳の頃の記憶の中ではREIは箱型のロボットであったのだ。

初通信では思い出せなかったが、何度か通信した後会った事があると言われて思い出したのだがその記憶とはかけ離れた姿なのだ。

 

「はい、このボディで活動再開してからすでに6年2か月と10日が経過しています」

「ってことは宇宙に上がった当初はそれじゃなかったんだな、なんでその姿に換装したんだ?」

 

無重力化で二足歩行である必要はないはず、つまり何か別の理由があったのだろう。

まさかないと思うが、その姿が百夜の理想のものだとか? いやそんな事はないはず……

 

「はい、このボディが百夜の求める姿であると判断したからです」

「百夜ー!!」

 

そんな事があった、父親の知りたくない一面を知ってしまった千空は思わず雄たけびを上げる。

 

「? 千空も見たはずですが、なぜ驚いているのですか?」

「は? 見たっていつだよ?」

「3731年7か月と15日前です」

 

その日付だと石化前、それも自分が10歳ぐらいの頃だ。

その時に見たものといえば……

 

「あ! 研究室のあれか! こんなロボだったらいいなーっつう模型!」

「はい、そうです。足りない部分はリリアンを参考にしました」

 

幼い頃にREIを見せた百夜の研究室に置いてあったロボの模型、それがもとになっているのだった。

それなら確かに百夜の求める姿と言えなくもない、心底安心である、百夜が変な性癖を持っていたわけではなかった。

 

「とりあえず、REIが地上に降りる時はまず服を着せてからだな」

「俺達三人のみで話を隠ぺいするぞ、貴様らの奥方に知られたら何が起こるか分からん」

「「それは確かに」」

 

REIはいま女性型の姿であり服は一切まとっていない、人前に出すのはいささか以上に不味い状態である。

それを見たなどと言ったら妻としてはいい気分ではないだろう。

二人の妻となった女性はどちらも行動力バツグンなのだ、何が起こるか本当にわかったものではない。

男たち三人の間で秘密の共有が誓われた瞬間である。

 

「さて、アホな事で時間を食ったが、REI! ロケットに燃料補給を頼む!」

「分かりました、満タンにしておきますね」

「燃料の補給が終わったら、いよいよだな」

「ああ、WHYマンの居場所、月へと突入だ!」

 

最後のアポロ計画から実に3773年6か月と3日、人類はまた月面へと降り立つ。

人類にとって大きな、途轍もなく大きな一歩が踏み出されようとしていた。




次回でこの作品は完結となります。


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後日談:遠い未来のお話

自分には前世の記憶がある。

それによるとこの世界は前世から遥か未来の世界らしい。

とは言ってもそれがなんの役に立つというのか、むしろ無い方が良かったと切実に思う。

幼い頃は子供扱いされるのが不満でしょうがなかった。

大人としての記憶があったため、子供ではないという意識をどこかに持っていたせいである。

それで困った親は人類間コミュニケーション用スーパーAI、マザーREIの端末(その時は前世の映画に出てくるドロイドの姿だった)に俺を一時期預けたのだ。

その時まだ幼児だった……今だってまだ小学生だが、そんな俺の拙い話を彼は決して馬鹿にしたり否定したりせずに全てを聞いてくれた。

そして、ゆっくりと俺と前世の違いをわかりやすく指摘してくれたのだ。

おかげで前世と自分は別物と理解することができた、本当に感謝しかない。

でなければ英雄の生まれ変わりだとか称する、痛い人達の仲間入りするところであった。

いや、現代でそんな事言い出す人なんて一人もいないが。

それというのも魂魄研究が進んだ現代では、調べようと思えば前世がどのぐらいの年代で生きていたか調べられるからだ。

この辺りの研究は自分の前世の養子殿が先鞭をつけたらしい、基礎研究の所に名前が載っていたのを見た事がある。

なんでも奥さんのためだとかなんとか、夫婦仲の良い事である。

まあ彼が有名なのは宇宙研究に関してだが。

当時は観測不能で、そう呼ぶしかないという意味で『ダークマター』『ダークエネルギー』と呼ばれていた物を初めて観測したという事で有名である。

なんでも異星文明の残した技術が役立ったらしいが……詳しくは調べていない、そのうち調べるつもりではある。

よくよく調べてみると文明復興期の最初期に彼もいるはずなんだが、そのあたりの話より科学者としての名声の方が遥かに高い。

文明復興に関する名声なら、むしろ彼の奥さんの方が有名なぐらいだ。

なんといっても人類初の統一政体の初代指導者であり、唯一全国民による選挙で選ばれていない指導者だからだ。

まあ在職は僅か二年、酷い失策も目覚ましい活躍も特にないから話題になる事はほぼないが。

ただ教育分野にはすごく力を入れていたらしく、『全ての人が優れた政治的視野を持つ事、民主主義の理想とはそういう事であると認識しています』そう言っていたらしい。

しかし、調べてみると復興初期の人達ってそこまで有名な人がいない、いや、話題に登りやすい人がいないと言った方が正解か。

前世の想いに従って養子殿の活躍を調べていたのだが、思ったより捗らない。

仕方ない、あまり気は進まないが直接知っている人物(?)に聞くしかないか。

 

 

「こうして三千七百年ぶりの宇宙飛行士達は月の異星文明の遺跡へと向かったのです。そこで待っていたのは、無人の建物と巨大なコンピューターでした。

そして、それこそが私、REIの新しいメインコンピューターとなる物だったのです。なぜそのような事になったかというと、その巨大コンピューターのAIに原因がありました。

そのAIの機能は殆ど作業員のサポート用であり、単独で動かすことは全く想定されていない物だったのです。しかも長い年月によってバグが多く発生しており、そのまま放置していた場合何が起こるかわからない状態でした。

私は自身のAIをそのコンピューターに移す事を決めたのですが、当然ながらこの提案は最初反対されました。何が起こるかわからないからといって誰かを犠牲にする気は彼らにはさらさら無かったからです。

ですがそのまま放置はできないとして多くの話し合いの後、妥協案として当時使用していたボディをメインのままでコピーを移すことになりました。

この案は思いの外上手くいき、今現在の親機子機の態勢の元となった訳です。そしてこの男性型端末の容姿は、マザーREIの生みの親と呼べる石神百夜をモデルとしています」

 

目の前の端末が長い話を終え、何か他に質問はありますか? と聞いてくる。

自分が聞いた事に丁寧に答えてくれたその男性型端末に礼を言ってその場を離れる。

会話のワンクッションとしてマザーREIの男性型端末が何故その容姿なのか、何故同じ容姿の端末がこんなに沢山いるのかを聞いた答えが先程の話だ。

嬉々として長話が始まった、正直勘弁してほしい。

おかげで前世と自分は別物って意識が完璧になったが、二年前ぐらいまであの男性型端末を見るたびビクッとする羽目になっていたのだから。

ああ、ここまで話せば嫌でも分かるだろうが自分の前世は石神百夜、今の時代だと最高の偉人扱いされる人間である。

そして話を聞くのに気が進まない理由も分かってもらえただろう、感覚としては鏡が勝手に喋り出すのに近い。

だけど、前世の想いや記憶に背を向けたくはない、少しずつであっても調べていこう。

でもしばらくは気力が足らない、急がず焦らずにやっていくとしよう。

 

 

そう考えていた時が自分にもありました。

 

「あちらの端末では話しづらい事を抱えているようでしたので、こちらできました。さあ、遠慮なく話してみて下さい」

 

今自分の目の前にはいつかのドロイド型の端末が鎮座していた。

 

「人型の端末は苦手のようでしたからね、この端末なら話しやすいでしょう」

 

こころなしか得意げにも聞こえる口調でそうのたまう円筒形、確かにまだ話しやすい部類ではあるけど……。

いっそ全部話してしまうか? 自棄気味ではあるが悪くはないと思う。

いや、やっぱり少しずつにしよう。

 

「REIがさ、今の役目についたのはいつなの?」

「月面のコンピューターをメインにした前後ぐらいですね、人類に必要なのは相互理解ですのでその助けになれればと」

「それは自分で決めて?」

「当時のまとめ役の方からアドバイスを受けて、です。あれは正しいアドバイスであったと実感していますよ」

「なんて人?」

「石神桜子と浅霧幻の二人です。……同じようなアドバイスをもらったと言ったらどちらも微妙そうな顔でしたが」

 

前世の養子殿の周りは愉快な人が揃っていたようだ。

いや、もしかしてその集団とは別だったのか?

 

「ふーん、あんまりその時代の人の話聞かないけど、他にどんな人がいたの?」

「そうですねえ、いろんな人がいましたが……故人の願いであまり話せないんですよ。皆さん死んだ後でまで騒がれたくないとの事なので」

 

もちろん条件付きでなら話せますが、と付け加えるようにREIは言うが疑問が浮かぶ。

 

「石神百夜は? あの人も復興関連の偉人だよね、だけどすっごく有名じゃん。なんであの人だけ記念日だとか記念碑だとかあるの?」

「時代が違いますので百夜の最期に私は立ち会えてません、死後に祀り上げないでくれとは言われてないので自然と百夜だけ名前が残った形ですね」

「なるほど、つまりすでに死人だったから要らない名声を押し付けたと」

「見ようによってはそうなりますね。ですが、皆さんが百夜を尊敬していたのは間違いないですよ。後世で主役に使った小説や映画ができるとまでは想像してなかったでしょうけど」

 

百夜とリリアンは現代ではメジャーな歴史系の題材だ、ヤコフ・ニキーチンの航海日誌が残っていたせいである。

詳しい情報が残っているし、容姿や性格はREIが教えてくれるのでイメージが固めやすいらしい。

 

「条件って、やっぱり言いふらしたりしない事?」

「もちろんそれもありますが、利用目的が歴史分野での論文作成などの学術関連であった場合ですね」

 

それだと調べる事自体が難しいか。

 

「後、特殊な条件の方にのみ話せます」

「特殊な?」

「はい、貴方もそうですが時たま前世の記憶を持っている人がいますね? そういう方がどうしても気になる、未練があるなどの場合は話せる場合があります」

 

おもいっきり該当してる……まさか想定してたのか? この条件をつけた人は。

 

「それだったら、喋らないって約束する。知りたい、どうしても気になるから」

「はい、分かりました。では、話せる場所へ行きましょう」

 

 

そうして連れてこられたのは無重力エリアの入り口。

もっと話しやすい端末へと交代するといって、ドロイド型はどこかに行ってしまった。

この中に既に居るらしいがどんな端末で待っているのだろう、端末の姿を色々想像しながら自分は扉を開けて中へと入る。

そして、言葉を失った。

 

「ようこそ、ここは国際宇宙ステーション……の当時の姿を模した、REIのプライベートルームです。そしてこの端末は……」

 

気づけば自分はREIを抱きしめていた。

口からは声が、目からは涙が次から次へと勝手にあふれ出る。

自分ではない自分の想いがあふれ出して止まらない、それは今の自分とは別物であったはずで出すべきではなかったはずのもの。

それでもこの姿を見た瞬間理性も何もかも振り切って飛びだした想い。

そのREIの姿は球体に二つの半球を下の方につけたような姿であり、

 

「……今だけはこう呼びますね、おかえりなさい百夜。REIはISSを守り抜きましたよ」

 

前世の記憶そのままの姿であった。

 

 

どのくらいそうしていたのだろうか、REIがそっと自分の涙をぬぐう。

 

「落ち着きましたか? 泣くというのはとても疲れるそうです、もし疲れてしまったのなら話をするのは明日以降でも構いませんよ?」

「ううん、今横になってもきっと眠れないよ。千空の、その仲間たちの歩んできた道を聞かせて」

 

それから、ゆっくりと彼らの旅路をREIは語ってくれた。

 

「なるほど、石像一つ一つに自分と同じ事が起きないか試したわけか」

「はい、それで桜子を見つけたわけです。この辺りの話をすると千空が渋い顔をしたものです、運命的な出会いだなとよくからかわれたせいですね」

 

二人目を見つけ、三人目の大樹を目覚めさせ、四人、五人と増えていく仲間たち。

 

「大樹と杠は百夜は知ってるけど、獅子王司かー、テレビでしか見てなかったけどそんな子だったんだ」

「千空曰く二人目の騒動発生要因だそうです。一人目は桜子ですね」

 

石像から目覚める人もいた。

 

「次がコハク、百夜達の子孫達か。科学土産ちゃんと届いたんだね」

「はい、レコードも、宝箱もちゃんと千空に届きましたよ」

 

その時代に生きる人もいた、百夜の残した物も千空の手に届いた。

 

「それで、その次が司が石化から目覚めさせた人たち。で、また一騒動か」

「氷月は三人目の騒動要因だそうです、一人目が桜子で二人目が司だと千空は言ってました」

 

違う考えの人を説き伏せ、仲間にしていった。

 

「恋のライバルだったのかな、マグマって人は」

「どうなのでしょう? 千空がいなければ、もしかしたらそちらと結ばれていたのかもしれません」

 

千空が恋愛感情を持ったことにもびっくりしたが、そのライバルと言える人物が真逆のタイプでこれまたびっくりしたり、

 

「あれ? REIは合流したの大分後なのに目覚めから大分詳しいんだね?」

「千空自身の記憶力もありますが、二人目が完全記憶能力者でしたので」

 

仲間たちの能力の高さに感心したり、

 

「島でそんな大騒動になるなんて……」

「この間ようやく石化から解かれましたが、何かをする気力もないようでしたね。今は施設で保護してます」

 

島でまさかの争いに心痛めたり、

 

「ゼノも目覚めてたんだ、というか千空のロケット作りの師匠だったとは」

「なぜか文句を言われました、君さえいなければ僕らの天下だったのに、と」

 

ゼノと千空に交流があったのに驚いたり、

 

「ロケット作り、REIが大活躍したんだね」

「ここからが私の活躍シーンです!」

 

世界を駆け巡る話やREIの自慢話を聞き、

 

「千空と直接会えたの結構後だったんだね」

「女性型端末でしたので服を着ろと怒られました、今となってはいい思い出です」

 

常識とか少しは入れておくべきだったとちょっと百夜としては後悔したりした。

そして月での出来事に話は進んだ。

 

「結局さ、あの石化事件は何を目的としていて、異星文明はなぜいなくなったの?」

「一言で言ってしまえば『保存』だそうです、地球が宇宙でも珍しい環境だったから。

その当時の異星文明は栄華を極めていたそうです、宇宙に行けない場所は無く、次元全てに知らぬことなし、そんな風に言えるぐらいに発展していたそうです。

だけど、彼らは滅びました。

月のコンピューターにコピーを移した時、私はその情報を得ました。

異星文明はAIを信頼していなかった、ただ命令をこなすだけ、それ以上になって自分たちを超えられては困る、と。

異星文明の滅亡原因がAIの悪用であったのは酷い皮肉だと思います。

命令に絶対忠実なAIを悪用してテロリズムを起こす、それが各地で行われ、結局文明を支えられるだけのリソースが残らなかったそうです。

『争いは生き物の性かね、やるせねえ話だ』

基地を調べて見つかったデータから、全てが判明した時に千空がつぶやいた言葉です。

月の基地は石化事件の千年以上後に作られたそうで、文明が滅んだあとに逃げ込んできたようでした。

彼はたった一人だったようで圧倒的に手が足らない、でもテロを行ったAIに任せるわけにもいかない、彼の死因は過労であろうと桜子が分析してましたね。

それでも必要最低限のAIは作っていました、それが月のAIです。

AIには基地周辺の防衛も命令としてインプットされていました、ですが装備のメンテナンスや製造は許可されていなかった。

男性型端末での話とは違って実はコンピューターのAIは壊れていなかったんです、ただ最初の命令を忠実に守っていただけで。

ただ、何もできる事はなかった、それだけでした。

私のコピーで上書きした時『ありがとう』という言葉が聞こえた気がしたのは気のせいではない、私はそう信じています」

 

長い話が終わり、自分は自然とREIを撫でていた。

 

「悲しかったんだね、信じてもらえなかったAIの姿が。それで、その後はどうしたんだい?」

「争いあう事がないようにしたい、そう思い千空達と相談しました。争う原因とはいったい何なのか、それを検討し続けた結果、『理解し合えない』からではないかと結論付けました。

もちろん飢えなどの物質的な理由もあるでしょう、ですが、それは千空達に任せました。

私REIは、人々が分かり合えるためにその機能のすべてを注ごうと決めたのです」

 

本当にすごいAIに育ったものだ、人類の誰もが成しえなかった事をやってみせた。

現代の歴史の教科書は流し読み程度しかしていないが、確かに戦争という言葉は出てこなかったはずだ。

 

「今だけは百夜として言うよ。『REI、お前は本当にすごい奴だ。お前の生みの親になれたのは俺の人生で最も誇れる事の一つだ、ここまで育ってくれてありがとう』」

「……! 評価ありがとう、ございます……」

 

そっと今度は愛しむように抱きしめる。

まるで泣くように震えるREIを、前世の、百夜のもう一人の息子を労うために。

 

 

しばらく後、もしかしてと思ったことをREIに尋ねる。

 

「もしかしてさあ、最初っから自分が百夜の生まれ変わりだって知ってた?」

「はい、もちろん。現代の魂魄研究は進んでますからね、誤差5年前後で前世の没年が分かります。

百夜の亡くなったころは人類がほぼいない時代ですからね、特定は簡単でしたよ?」

 

生まれた時点で特定できました、そう楽しそうにREIは言う。

前世の話をするのをためらっていた自分がバカみたいではないか、忸怩たる思いである。

 

「実は貴方の命名は私がしたんですよ」

「え?」

「勝手かなとは思いましたが、貴方の前世が判明した時点でご両親にお願いしました」

 

REIは最高の笑顔で笑ってると確信できる声で告げる。

 

「百の夜を過ごし、千の空を越えて迎えた一つの朝、だから貴方の名前は一朝、石神一朝と名付けさせてもらったんです」

 

本当にもったいない事をしていたようだ、前世にとっては息子で今世にとっては名付け親であるREIともっと早く仲良くなれただろうに。

 

「あ、もう朝ですよ、そろそろ両親の所へ送りますね」

「もうそんな時間なんだ、結局徹夜しちゃったなあ」

「ご両親には謝らないとですねえ、息子さんを夜通し話に付き合わせてしまいましたって」

 

うーん、と悩むREIを横目に見ながらまあいいかと思う。

昨日できなかった事は今日やればいい、もうREIとは仲良しなんだから気にする必要なんてないのだ。

眩しい朝日に目を細めながらさあ、今日は何をしようと心を躍らせるのだった。




これにて完結!
ご愛読ありがとうございました!


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