緑谷出久の法則 (神G)
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緑谷出久の法則

 初投稿なので色々と不備があるかも知れませんが、少しでも楽しめたら嬉しいです。


出久 side

 

 僕こと緑谷出久は今…

 

 とあるビルの屋上にいる…

 

 それは景色を眺めるためなんかじゃない…

 

 何故なら…僕が立っているのは屋上にある柵の外側なのだから…

 

 そう、僕は今…ここから飛び降りようとしている…

 

 

 

 現代に生きるの人々の約8割が特異体質である《個性》をもっているのが当たり前になった今の世界…でも僕にはその《個性》がない…《無個性》としてこの現代に産まれてきた…

 でも!諦められなかった!『無個性だってヒーローになれる』僕はそう信じて幼い頃から身体を鍛えて前向きに生きてきた!

 

 とあるヒーローが地域の人達と一緒にゴミ拾いをして街を綺麗にしているのを見かけて、僕も幼い頃から地域の人達と一緒に地域活動やボランティアへ参加してゴミ拾いをしていた。

 ボランティアに参加していた人達(子連れの親、老人)は僕が《無個性》だと知っても関係なく優しく接してくれた。

 中学生になっても時間がある時はずっと続けてきたことだった……でも幼馴染みのかっちゃんや取り巻き達はそんな僕を見かけては『無個性のデクにはそんなことしかできねぇんだからなぁ、精々ゴミと仲良く遊んでろ!』と言って飲み終わった缶やペットボトルなど投げつけてくることなんてしばしばだった…

 かっちゃんを含め、学校ではクラスメイトだけでなく他のクラスの生徒からも当たり前のように《無個性》と言うだけで差別され心ない言葉を平気で言われていた…

先生もそうだ…優秀な個性を持つ生徒と無個性の生徒では待遇がまるで違った…

 先生に授業で解らなかった内容を聞きに行っただけで、かっちゃん達は僕がイジメられていることをチクったと思い込んで、個性を使った理不尽な暴力を振るわれることもあった…

 学校内での個性の発動は原則で禁止されてるにもかかわらず、先生はそれを目撃してもかっちゃん達には大した注意はせずにあろうことか将来有望な生徒が問題を起こしていることを知られたくないがために見て見ぬ振りをしていた…

 

 そして今日、進路希望の話の際に僕がクラスではどんな待遇なのかは知ってたはずなのに先生は僕も『雄英高志望』だと皆の前で言ったのだ。それを聞いたかっちゃんはキレて僕を脅し、そんな僕をクラスメイト達は嘲笑った…放課後にはかっちゃんに大事なノートを黒焦げにされた……

 学校だけでも散々だったというのに…あろうことか帰り道で泥のようなヴィランに襲われる始末…

 

 でも、そんな僕を助けてくれたのは…

 

?「もう大丈夫、なぜって?」

 

 誰もが憧れるNo.1ヒーロー…

 

オールマイト「私が来た!!」

 

 《オールマイト》だった!!!

 

 夢にまで見たオールマイトに会えたことは勿論!助けてもらえた上にサインまで貰えるなんて嬉しかった!!!

 気持ちが高ぶった僕はその場から去ろうとするオールマイトに大声で叫んだ!

 

出久「個性が無くても あなた みたいなヒーローになれますか!!?」

 

 僕の言葉にオールマイトは足を止めて、僕の方を向いてくれた。

 

オールマイト「個性がない…君は無個性なのかい?」

 

出久「はい!周りからは『諦めろ』だとか『無駄』だとか『やめろ』とか言われてますけど……それでも人々に笑顔を…平和をもたらす最高のヒーローである あなた に憧れているんです!僕もそんな格好いいヒーローになれますか!!?」

 

 僕は心にずっと押さえ込んでいた言葉をオールマイトへ伝えた!

 

 『この人なら僕の気持ちを理解してくれる!』

 

 『僕がずっと欲しかった言葉を言ってくれる!』

 

 そう信じて僕は叫んだ!!!

 

 

 

 

 

 だけど……オールマイトからの言葉は……

 

 僕の心を…

 

 絶望の底へ叩き落とす言葉だった……

 

 

 

 

 

オールマイト「……ある程度身体は鍛えているようだね…でもさ少年、ヒーローはいつだって命懸けなんだよ。個性が無くたってヒーローになれるとは言えない、相応に現実を見なくてはな少年」

 

 オールマイトから言われた言葉…その意味を…僕は理解したくなかった…受け入れたくなかった……

 

    『無個性はヒーローになれない』

 

 でも…それがオールマイトから僕に向けた答えだったのだ…

 

 そんな僕を他所に、オールマイトはペットボトルに入れたヴィランをもって、空へと去っていった…

 

 

 

 

 

 その場所に僕はどれだけ立ち尽くしていただろうか…

気づかぬ間に僕の目からは止めどない涙が流れ出ていた…

 勝手な解釈だけど…実質…オールマイトから『君はヒーローにはなれない』と言われたようなものだった…

あまりに悲しすぎて涙は出ても声は出なかった…ただただ止めようのない涙が僕の頬を濡らしていた…

 

 

 

 

 

 いつまでもあの場所にいるわけにはいかないので…まだ小さく涙がながれていたが僕は家へ帰るためにトボトボ歩いていた…そんな帰り道で人だかりを見つけたと同時に爆発音が聞こえて何かと思い見に行くと、どういう訳がさっきの泥のようなヴィランが《かっちゃん》を捕らえて暴れていた!

 既に何人かのヒーローが現場に到着していた……しかし《シンリンカムイ》も《デステゴロ》も、新人ヒーローの《Mt.レディ》までも何かと理由をつけて《かっちゃん》を助けようとしなかったのだ…

 

 それを見た時、僕の中にあったヒーローに対する《何か》にヒビが入った気がした…

 

 僕は無謀にも《かっちゃん》を助けようと飛び出した…でも結果的にはオールマイトが全て解決してくれて、助け出された《かっちゃん》はヒーローから称賛の言葉を得ていた…そして僕はヒーロー達から叱られて野次馬からは笑い者にされた…

 

 助けを求めていた人を助けようとしなかったヒーロー達に叱られた時、僕の中の《何か》が砕け散った…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここ(ビルの屋上)に来るまで…考えるに考えた…《オールマイトもさっきのヒーロー達も…大人として…ヒーローとして…間違ったことは言ってないんだ…》と理解している…

 でも…それでも…一言で…一言でよかった…憧れのヒーローに『君はヒーローになれる』って言って欲しかった……

 

 柵を越える前、黒焦げになったヒーローノートの今まで自分が書いてきた内容をペンで黒く塗り潰した!オールマイトのサインはこれでもかというくらいに真っ黒に塗りつぶした!

 そして、ノートの最後のページに母への僕を育ててくれた感謝の気持ちと、これから僕がする事へ対する謝罪の気持ちを書き記した…

 母に悲しい思いをさせてしまう…それは分かっていた…でも…でも…もう…耐えられなかった…

 

 あと一歩…あと一歩…身体を前に出せば…全てが終わる…

 そんな僕の頭に浮かんできたのは…

 

《無個性だと診断された日に涙を流しながら謝る母》…

 

《『来世は個性が宿ると信じて屋上からワンチャンダイブしろ』と言ったかっちゃん》…

 

《『個性が無くたってヒーローになれるとは言えない、相応に現実を見なくてはな少年』と言ったオールマイト》…

 

 それが頭をよぎった時…僕は…飛び降りていた…

 

 

 

そして…

 

 

 

 身体中に激痛が走った…

 

 薄れ行く意識の中…周囲にいた人達が騒いでいたが………

 

 僕は…意識を手放した…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オールマイト side

 

オールマイト「やれやれ思ったより時間がかかってしまった、緑谷少年はどこに?」

 

 取材陣を抜け出し、トゥルーフォームの姿になった私は緑谷少年を探していた。まだ近くにいる筈だと思い探している真っ最中だ。

 

 彼に伝えなければ!彼はあの場にいた誰よりもヒーローに必要な志を持っていたことを、無個性であると聞いて厳しい発言をしてしまったことへの謝罪を、そして私のあとを継ぐに相応しい後継者であることを!

 

 そう心に言い聞かせていると一台の救急車が横を通りすぎ、すぐそこの十字路を左に曲がっていった。何か事件かと思い、私も向かうことにした。建物の角を曲がると然程遠くない場所に救急車が停まって歩道に人だかりができていた。私は人だかりの後ろの方にいた会社員に話しかけた。

 

オールマイト「あの、何かあったんですか?」

 

会社員「何かって……アンタは何があったんだ!?過度のダイエットか!?」

 

 話しかけた会社員は私の姿(トゥルーフォーム)を見て、的確な発言をしてきた。まぁそれは置いといて…

 

オールマイト「何か事件が起きたんですか?」

 

会社員「あぁいやぁ俺もさっき聞いたんたが、どうやら中学生の男の子がこの使われてないビルの屋上から飛び降りたらしい、救急車が来て今運ばれるところだそうだ」

 

オールマイト「なっ!?ビルから飛び降りた!?」

 

 先程のヘドロヴィランの事件現場から大して離れていない場所でまたしても事件が起きていたなんて!?しかも中学生、まだまだこれからという子供がなぜ!私がそう思っていると人々は救急車までの道を開け、救急隊員がタンカーに乗せた少年を運んでいた。

 

 そして、救急車にその少年が乗せられる瞬間、その少年の顔を見た私は衝撃を受けた!!

 

 自分の目を信じたくなかった…何故ならその少年は…

 

オールマイト「み…緑谷……少……年…」

 

 救急車が走り去っていく中、私は膝から崩れ落ちて歩道に座り込み顔を下に向けていた…去っていく人々が何か言っていたが…今の私の耳には何も届かなかった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

出久 side

 

緑谷「………あれ?ここは?」

 

 僕はいつの間にか草原の上に立っていた。

 

緑谷「確か…僕はビルの屋上から飛び降りて…………えっ!じゃあここはあの世!?」

 

 僕は辺りを見渡した!そこは見渡す限りの草原と青い空が広がっていた!

 

緑谷「ここは…天国…なのかな?最後の最後にオールマイトやヒーロー達に迷惑をかけちゃったのに、こんな綺麗な場所に来られるなんて思わなかったよ…」

 

 正直、今の状況を飲み込めなかった…改めて周囲を見渡したが、やはり辺り一面草原しかなかった。

 しかし見渡しているとある方向に《1本の木》があるのを見つけた!

 僕は自然とその木に向かって訳もなく歩き始めていた…

 

 

 

 

 どれくらい歩いていただろうか…目指している木が僕の目に少しずつ大きく見えてきた…

 『その木に着いたら次はどうしよう…』などと考えていたが、次の瞬間僕は驚いた!

 

 その木の木陰に人影が見えた!

 

 いつの間にか僕は走り始めていた!

 

 木に近付くにつれ、その人が僕が走ってくる方向とは別の方向を向いて木にもたれかかり座っているのと、髪色が僕と同じ緑色だったのを認識した!

 

 そして、その人と木まであと10メートルほどのところで走るのをやめ、ゆっくり歩いて数メートル距離を置いて足を止めた。

 こっちにまだ気づいていないのか、僕は恐る恐る声をかけた。

 

緑谷「あ…あの~」

 

?「………」

 

 返事がなかった…もしかして聞こえなかったのかと思い、もう一度声をかけた。

 

出久「あの~すみません、ちょっといいですか?」

 

?「………」

 

 またしても返事がなかった、失礼だと分かっているが僕は気になってその人の前へと移動した。その人は…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

?「ZZZ…」

 

出久「ね、寝てる!?」

 

?「ZZZ……ふがっ…んん?ふあ~あ…よく寝た~」

 

 今の僕の声で起こしてしまったようで、その人は大きな欠伸をしてから立ち上がり両手を上にあげて背筋を伸ばしていた。

 

?「おん?……んん?」

 

 ようやく目の前にいる僕に気づいたようで、その人は僕のことをじっと見ていた。

 起こしてしまったことを怒られると思った僕だったが、その人が僕に向けて言った言葉は僕の予想していた言葉とはまるで違った。

 

?「ん~こんなところに鏡なんてあったか?」

 

緑谷「………へっ…?」

 

?「それに俺こんなモジャモジャ頭だったかなぁ?」

 

 

 

 これが僕と…植木耕助さんとの出会い!

 

 そして、この人が…僕の原点(オリジン)!




 次の話で出久君が植木君から能力と神器(一部)を授かる予定でいます。

 雄英入試編までは結構かかってしまいそうです。


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植木耕助の法則

 2話目の更新です。

 植木君から出久君へ能力と神器を渡す設定がかなり強引になってしまいましたが、どうかお許しください…


出久 side

 

 目の前にいる僕と同じ髪色をした人は、僕のことを鏡に映る自分だと思っているらしい…

 

出久「あの…僕は鏡じゃないですよ…」

 

?「んお!?…あっホントだ、よく見たら別人だな」

 

 辺り一面草原しかないのに何故目の前に鏡があると思ったのだろうか…

 

出久「お、起こしちゃってゴメンナサイ!え~っと…僕は…緑谷 出久といいます」

 

植木「いいよ別に、気にすんな!俺は植木 耕助(うえき こうすけ)!よろしくな緑髪!」

 

出久「いえあの…緑谷です…」

 

 あなたも緑髪じゃないですか…と言いたかったがやめておいた…

 

植木「なぁ」

 

出久「な…なんですか?」

 

植木「お前、なんでそんな格好してんだ?入院でもしてんの?」

 

出久「え?………あれ?なんで僕…こんな格好!?」

 

 植木さんにそう言われ、改めて自分の今の服装と身体を確認した。ここ(木)に来るまで全く認識してなかったが、飛び降りた時は学ランを着ていた筈なのに、今の僕は病院の入院着を着ていた。身体の至るところに包帯が巻かれ、頬には医療用テープでガーゼが張り付けられていた。しかし包帯を巻かれているにも関わらず全く痛みはしなかった。

 今更だが植木さんは学ランを着ている…入院着を着た僕をなぜ鏡に写った自分と見間違えたんだろうか……寝起きだったから気づかなかったのかなぁ?

 

植木「それにしても誰かと話すのは久しぶりだなぁ、折角だし話でもしないか?」

 

出久「あっはい!いいですよ!(久しぶり?)」

 

 悪い人には見えなかったので僕は警戒せずに話をすることにした。

 

 

 

 

 

 

 お互いについて少し話すと、植木さんも中学生で年齢は15歳だと分かった。そんな話をする中で僕はふと気になったことがあり植木さんに聞いてみた。

 

出久「そういえば、植木さんの個性は何なんですか?」

 

植木「個性?なんだそりゃ?」

 

出久「えっ?こ、個性ですよ個性!?人が持つ特殊能力のことですよ!」

 

植木「能力?…ああ!中1の時にあったあの能力者バトルか!」

 

緑谷「中1?能力者?バトル?」

 

 なんだか僕の話と植木さんの話が何処と無く噛み合ってなかった…

 

 もしかして…植木さんは…

 

出久「あの~植木さん、唐突ですが《超常黎明期(ちょうじょうれいめいき)》《オールマイト》って聞いたことありますか?」

 

植木「《超々冷静にオールライト》?何だそれ?そんなの見たことも聞いたことねぇぞ?」

 

出久「《超常黎明期》も《オールマイト》も知らない!?やっぱり植木さんは僕とは違う世界の人!?でも別の世界なんて!そんな非科学的なこと…いや個性がある時点で僕がいた世界もある意味で非科学的な訳だし…別に他の世界があったっておかしなことはない………そうだよ!前に本で読んだことがある!世界は無数に存在しているって……………」ブツブツブツブツ

 

植木「お~い、帰ってこ~い」

 

出久「ハッ!す、すいません!つい癖なもので…」

 

 僕は考え事をする時に、手を口元に置きながら考えていることを小声で口に出しブツブツ言ってしまう癖がある……学校の授業中に難しい問題が出るとよくこの癖が出てしまい、『ブツブツ耳障りなんだよ!クソデクがぁ!!』と かっちゃん は個性の《爆破》を使いながら僕を殴ってくることがよくあった…煩かったのは申し訳ないが…それで暴力を振るわれる必要が本当にあったのだろうか…

 っと…話が脱線してしまったが、僕には植木さんが嘘をつくような人とは思えなかった…

 

植木「さっき《違う世界》や《他の世界》って言ってたけど、お前の世界ってどんな世界なんだ?」

 

 植木さんにそう聞かれ、僕は自分がいた世界…《個性》のある世界について話した…その上で僕が《無個性》であることも話した…

 

植木「ほ~ん《個性》がある世界ね~そんな世界もあるんだなぁ」

 

出久「あれ?…信じてくれるですか?僕が言ってる出任せかも知れないんですよ!?証明も出来ないし!?」

 

植木「ん~って言われてもなぁ…俺の世界も普通の人間がいるのが当たり前なんだけどさ…他に《天界人》とか《地獄人》っていうのもいたし、《個性》がある世界があっても別に不思議じゃねぇと思ってさ」

 

出久「天界人!?地獄人!?」

 

 僕の話を信じてくれたのは良かったが、どうやら植木さんの世界も普通の世界とは違うらしい!

 

植木「まぁ俺もその《天界人》なんだけどな」

 

出久「ええっ!!?」

 

植木「んまぁ俺のことは置いとくとして」

 

出久「いえ!あの!置いておかないでください!?」

 

 いきなりの真実に僕は植木さんへ色んなことを聞きたかったが、植木さんが僕に言ってきた内容によってそれを聞くのはあとになった…

 

植木「ずーっと気になってたんだけど、なんでそんなに怪我してるんだ?お前が《無個性》なのと関係あるのか?」

 

出久「っ!?それは…」

 

 僕は迷った…僕の過去を全て話していいものなのか…最終的にはビルから飛び降りてしまう話なんて聞くのはイヤなんじゃないかと考えてしまう……

でも…何故だろう…この人には…植木さんには…安心して話せると思えてしまう…

…僕は《個性》のある世界で《無個性》として過ごしてきた自分のことを植木さんに話した…

 

 

 

 

 

 

 一通り…僕の過去について植木さんに話した…湿っぽい話をしていまい、植木さんはどう思っているのか恐る恐る顔を伺った…植木さんは腕を組んで難しい嫌な顔をしていた…

 

出久「あ…あの…植木さん?」

 

植木「…お前………凄く強い奴なんだな!」

 

出久「……えっ?」

 

 急に笑顔を僕へ向けてきた植木さんからの言葉の意味が分からなかった…今の話のどこで…僕が《強い》なんて思えたのか理解できなかったからだ…

 

植木「俺の世界にはさ《子供の頃にひどい目にあわされて、人を信じられなくなったから世界を滅ぼすなんて奴》もいたし、《理由もなく戦うことだけを生き甲斐にしてる奴》もいたし、《目的のためだったら他の全てを失ってもいいって奴》もいて、全員が自分のためなら他人を平気で傷つけても何とも思わないって奴らだったんだよ…」

 

 そ…それって一大事なんじゃ…特に1人目の人が!?

 

植木「でもお前は違う!個性がなかったとか、仕返しする力や度胸がなかったとかじゃない!イジメられたり、ひどいめにあったからって他人を傷つけることを絶対にしないのは、お前が誰よりも心が強くて優しいからなんだよ!だからお前は凄く良い奴だ!緑髪!」

 

出久「!!!??……う…植木…さん……」

 

 今の言葉は…僕に向けられた言葉なんだよね…出会ったばかりの僕の話を聞いてくれて…ここまで親身になって…僕の心の叫びを理解し受け止めてくれる人はいなかった…

母だってここまで言ってくれたことはない…

だから…だから……本当に…嬉しい!!!

 

出久「あ…ありがとう……ございます…そんな風に言ってもらえたことなんて…今までなかったから…凄く嬉しくて……あと…緑谷です…」

 

 自分で気づかぬ間に…僕はまた泣いていた…

さっきまで…僕の心を埋め尽くしていた負の感情が消えつつあった…

 

出久「ははっ…現世では散々な人生だったけど…天国へ来て…植木さんと出会えたのは幸運ですよ」

 

植木「天国?俺はまだ死んでないぞ?」

 

出久「……はい…?」

 

植木「というかお前も死んでないんじゃないか?」

 

 ぼ…僕がまだ死んでない!?じゃあ!この場所はいったい!?と僕が考えていると…

 

植木「お前が過去を話してくれたし、俺の過去も聞いてみるか?」

 

出久「い、いいんですか!?是非聞かせてください!」

 

 気になることはあったが、植木さんの送ってきた人生は知りたかった!《個性》のない世界で《天界人》?である植木さんはどんな日々を送っていたのかを。

 

 

 

 

 

 

 植木さんの話を聞いていくと、植木さんもビルの屋上から落ちたことがあったらしい。子供の頃に屋上の柵の外側で遊んでいた際、足を滑らせて落ちてしまったのだ!植木さんももう駄目かと思ったらしい……でも……そんな植木さんを地上で受け止めて助けてくれた人がいた!

 

 その人は…植木さんに怒鳴りもせず…叱りもせず…そして名前も言わずに笑いながら愚痴を溢して去っていった…

 

 それが……植木さんにとっての最高の恩師である《コバセン》という人との出会いであり…植木さんの生き方を…《正義》を示してくれた《原点(オリジン)》!

 

 植木さんはその人から学んだ《正義》を貫いて日々を過ごし、中学生になった時にその恩師と再会を果たしたそうだ。

 

 丁度その頃、植木さん達の世界で《天界》にいる《神様》という人が次の《神》を決めるために、《神》になりたい《天界人》に《地上》にいる中学生へ【能力】を与えて代理戦をさせるバトルが始まったらしい。コレがさっき植木さんが言っていた《能力者バトル》のことだろう。

《コバセン》も実は《天界人》で植木さんに【能力】を与えたらしい。でもそれは《神》になりたかったからではなく、植木さんのもつ《正義》を見たかったからなのだ。

そんな《バトル》の最中、植木さんはある強敵と相対し敗北ではなく命の危機にさらされた。そんな植木さんを《コバセン》が助けてくれた……でも《神様》が決めていたルールにより《地獄界》へと連れていかれてしまった…

植木さんは《コバセン》を助けるために《バトル》を続けた。ただ…そのルールの1つである《才》…つまり《人が持つ才能》は【能力】を使って《能力者》以外を傷つけてしまうと自分の《才》が1つ減ってしまうルールになっており、《正義》を貫く植木さんには重い枷になっていた。バトル関係なしに困っている人を見かけては【能力】を使い、植木さんの《才》の数は一桁や二桁で揺れていた…そして恐ろしいことに…その《才》が0になると…その《能力者》は 消滅 してしまうルールになっていたのだ…

そんな死と隣り合わせな植木さんだったが、友達や仲間と共にそのバトルを勝ち抜き続けた。そして《能力者バトル》最後の戦いで、植木さんは《才》があと1つしかないにも関わらず、《能力者でなくなった敵》を倒すために最後の一撃を喰らわせようとしたのだ!

 

自分が消えてしまうというのに…

 

とても怖い筈なのに…

 

友達や仲間を…多くの人達を守るために…植木さんは迷わず【魔王】という神器を使い…敵を倒した!

 

 

 

…でも…植木さんは消えてはいなかったみたいだ…

 

 

 

植木「なんであの時、俺が消滅しなかったのかは未だに分かんねぇんだよなぁ~」

 

 と他人事のように植木さんは言ってるが…

植木さんの話を聞いた僕は…言葉や行動では現せない程に衝撃を受けていた!!

 

 そうだよ…コレだ…コレだよ!!!

 

《自分のためじゃない!他の誰かを助けるためなら…自分の命を惜しまない!》

 

《どんなに危険でも…勝算がなくても…死ぬかもしれなくても…身体が動ける限り…最後まで諦めずに戦い!他人(ひと)を守る!》

 

 それが!それこそが!僕が憧れていた《ヒーローの姿》!

 

 そして、この人が…植木さんこそが…僕が目指している《本物のヒーロー》の姿なんだって!

 

 いつの間にか…僕の中で砕け散ってしまった《何か》……《ヒーローへの尊敬》が元に戻っていた!

 

 こんな凄い人に出会えるなんて感激だった!さっき会ったオールマイトが霞んでしまうほど、僕には植木さんが輝いて見えたのだから!

 

 

 

……僕の世界に…植木さんや…《コバセン》っていう人が居てくれたなら……あんなバカな真似しないで済んだのかなぁ……

 

 僕は植木さんとはまるで違う……

 

 『無個性』として産まれ…

 

 幼馴染みや同級生からは貶され…

 

 憧れの人からは夢を否定され…

 

 ヒーローに絶望した僕は…その現実から逃げるためにビルから飛び降りてしまった…

 

 植木さんと僕では天と地以上の差があった…

 

 でも!植木さんはこんな僕を《強い》と言ってくれた!僕もこの人のようになりたいと、いつの間にか心に決めていた!元の世界に戻ったなら植木さんが教えてくれた《正義》を教訓に生きていこうと!!

 

植木「そうだ、折角だし《コバセン》からもらった【能力(ちから)】見せてやるよ!」

 

出久「えっ!?でも植木さんの【能力】と【神器】はもう…」

 

 さっきの話で、植木さんの【能力】…【ゴミを木に変える能力】は《能力者バトル》の最終決戦で【神器】という武器と共に力を使い果たしてしまい、《バトル》後は《能力者》全員の【能力】も【神器】も消えたという話だったが…

 

植木「ここでずっとボーッとしてる時に、昔の思い出を振り返ってる時にまた使えねぇかなぁ…と試してみたらさ!何でか分かんねぇけどまた使えたんだよ!あと【神器】もな!」

 

出久「じ!【神器】もですか!?」

 

 植木さんの話にもあった【神器】。【神器】とは、植木さんの世界にいる《天界人》という人達だけが使える10種類の武器で、植木さんも《天界人》だからこそ使えていたみたいだ。

 

出久「…あの…それじゃあ見せていただいてもいいですか?」

 

植木「おう、いいぞ!」

 

 植木さんは僕の顔に貼ってある取れそうだったガーゼの医療用テープを1枚を剥がして、それを右手で握りしめた…すると…

 

植木「【ゴミを木に変える能力(ちから)】!」

 

 植木さんがそれを言った瞬間、握り拳の中から黄緑色の光が放たれた!

植木さんが手を開くと、手の平で輝く黄緑色の光から【小さな木】が生えてきた!!!

 

植木「これがさっき話した、俺がコバセンからもらった【ゴミを木に変える能力】だ!」

 

出久「て!?テープが木に!?凄い!凄いです!!今更ですが地球にとても優しい【能力】ですね!」

 

 植木さんが使っていた【能力】を見ることができるなんて感激だった!!……しかしヒーローオタクだった僕は…植木さんの【能力】に対する《感激》の次に思い浮かべたのは……先程の事件現場にいた《木の個性》をもつヒーローのことだった…

僕の心を救ってくれた植木さんが持つ【ゴミを木に変える能力】に対して……なぜ僕の心を壊すキッカケとなったヒーロー1人が頭に浮かんだのか……

 

 僕はそんな自分に嫌気が差した…

 

出久「………」

 

植木「どうした?」

 

出久「うぇ!?ああいえその!!僕も植木さんと同じ力を使えたらいいのになぁって思いまして!…あはは…」

 

 嫌なことを思い出してしまい…それを隠そうと咄嗟に誤魔化す筈が、つい本音を言ってしまった!

 

植木「そうだなぁ、お前凄くいい奴だし、試したことねぇから分かんねぇけど、この【能力】ならお前に与えられるかもしれないぞ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……今……植木さんはなんと言った?……『自分と同じ【能力】…【ゴミを木に変える能力】なら…僕に与えられるかもしれない』……っと………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

出久「ほっ…ほっ…ほほほほほほほほっホントですか!?」

 

植木「ああ、でも上手くいくかは分かんねぇぞ?それでもいいか?」

 

出久「か、構いません!どうか!よろしくお願いします!」

 

 植木さんと同じ【能力】が使えるようになれるかもしれない!それはとても嬉しいことだ!!

例え…【能力】を受け取ることが出来なかったとしても…植木さんという《本物のヒーロー》に出会えた!元の世界に戻って…これからも一生《無個性》のままでも…植木さんが教えてくれた《正義》がある!それだけでも僕は満足なんですから!!

 

植木「わかった…じゃあ始めるぞ!」

 

出久「はい!」

 

 植木さんが僕に向けて右手を翳した!すると、植木さんの掌から虹色の細い何本もの光が出てきてユラユラと僕の身体に流れ込んできた!同時に僕の身体は赤紫色に光り初めた!

 

出久「う、植木さん!これは!??」

 

植木「コバセンと犬のおっさんが【能力】を渡す時にやってたのを、見よう見まねでやってる。」

 

 なんとも不思議な感覚だ…身体が光っているのに僕は安心しきっていた…植木さんになら自分の心の奥にある感情を出せる…そんな安心感があった…

 

 ある程度の虹色の光が僕の身体に注ぎ込まれた頃に、植木さんの手から出ていた虹色の光が止まり、僕の身体も赤紫色の光がおさまった…

 

植木「これでいい筈だけど…試してみろよ」

 

出久「は、はい!やってみます!」

 

 さっきの植木さんのように、僕は頬にあるガーゼを剥がし右手で握った!そして頭の中で木をイメージし…

 

出久「スゥーハァー……【ゴミを木に変える能力】!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深呼吸をしてから【能力】の名前を大声で言うと…僕の右拳の中で黄緑色の光が輝き出した!!?

握っていたガーゼの感触がなくなり、僕はそっと手を開くと…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 手の平の黄緑色の光から【小さな木】が生えてきた!!!

 さっきの植木さんと全く同じだった!!!!!

 

出久「で…ででででで…出来たーーーーー!!!??」ウワアアアアアアアアア

 

植木「おお、本当に出来たみたいだなぁ。って…すげぇ量の涙だなぁ…噴水みてぇだ…」

 

 僕は顔を上に向け、両目から大量の涙を出していた!!

夢じゃない!!

幻じゃない!!

《無個性》だった僕が、手で握っていたガーゼを【木】に変えたのだ!!

この嬉しさは言葉になんて出来ない…《正義》を貫く植木さんの【能力】を受け取ることが出来たのだから!!

僕は歓喜に震えつづけながら涙を吹き出し続けた!!!

 

植木「なあ、もしかしたら【神器】も使えるんじゃね?」

 

出久「…じ、【神器】ですか!!?」

 

 感動に打ち震えて泣き続ける僕に植木さんは【神器】の話題を持ち出してきた!正直、個性…じゃなくて【能力】を頂けて使えるようになっただけでも十分だった!……でも…もし植木さんが話していた【神器】も使えるのなら…この上なく嬉しいことだ…でも…僕は《天界人》じゃない…

 

出久「それは流石に無理だと思いますよ…」

 

植木「まぁ試しにやってみようぜ!もしかしたら【能力】と一緒に受け継いでるかもしれないじゃん!」

 

出久「…わ、わかりました…やってみます!確か植木さんは中1の時…つまり13歳の時に【二ツ星の神器】を既に持っていたんですよね」

 

植木「ああ、星を1つ上げるには5年かかるらしい。つっても俺の場合は友達や、敵だと思ってた奴に星を上げさせてもらったから【十ツ星】になれたんだけどな」

 

出久「僕は今14歳…もし使えるとするなら【二ツ星】までの【神器】を使えるかもしれないってことですね」

 

植木「さぁな、俺の世界では5年だって聞いたけど、お前の世界じゃ違うかもしれない。まぁとりあえず、まずは【一ツ星の神器】からだな!」

 

 そういうと植木さんは少し離れ、風によって木から落ちてきた葉っぱをキャッチして右手で握りしめると…

 

植木「【鉄(くろがね)】!」

 

 植木さんの右手の握り拳からさっきよりも強い黄緑色の光が放たれた!その輝きに驚いて僕は両腕で目元を覆った!光が収まり腕をどけると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 植木さんの右側に【木の根を支えにした巨大な大砲】があった!!!

 

出久「こ…こここっ…これが…【神器】!!!」

 

 ドンッ!!!

 

 凄い音と共に【大砲】から【木の砲丸】が発射されて、草原の遥か向こうまで飛んでいった!

 

 僕は唖然としてしまっていた…その威力は勿論!こんな凄い【武器】を使える植木さんへの驚き!そして、それを僕も使うことが出来るかもしれないということに!

 

植木「これが【一ツ星の神器】の【鉄】だ!じゃあ次はお前の番な!」

 

出久「はっ、はい!!」

 

 落ちていた葉っぱを拾い、右手で握りしめて…

 

出久「【鉄(くろがね)】!」

 

 僕も【一ツ星の神器】の名前を叫んだ!……

 

 

 

 

 

 しかし…

 

 

 

 (シーン)

 

 

 

 何も起こらなかった…右手に未だ葉っぱがあるだけだった…

 

出久「…も、もう一度!【鉄(くろがね)】!……【鉄】!………【鉄】!…………【鉄】!……………」

 

 ……駄目だった…やっぱり《天界人》じゃない僕には【神器】まで受け継げなかったらしい…やめようとしたその時…

 

植木「なぁ、お前のなりたいヒーローってなんなんだ?」

 

出久「……え?」

 

植木「さっきお前が言ってた1番強いヒーローの《オールライト》って奴みたいになりたいのか?」

 

 僕のなりたいヒーロー…確かに小さい頃からずっと《オールマイト》みたいなヒーローになりたいと思っていた…でも今は違う…植木さんが僕に与えてくれた【ゴミを木に変える能力】と共に、植木さんから教わった《正義》…《自分を投げ出して他人を助ける》ヒーローになりたい!でもその分、植木さんは友達や仲間に心配をかけてしまってもいた…

 

 植木さんみたいな人になりたい…

 

 でも誰かを不安にさせたくない…

 

 僕がなりたい…ヒーローは!

 

出久「《誰にも心配をかけずに、他人(ひと)を助けられるヒーロー》になりたいです!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕がそうを言うと、僕の右手の握り拳からさっき(【能力】初使用時)とは比べ物にならない程の黄緑色の光が放たれ、僕はその眩しさに目を瞑ってしまった!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 右腕に何か違和感を感じ、そっと目を開けると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこには…植木さんが先程見せてくれた【巨大な大砲】が…僕の右腕を巻き込んで存在していた…

 

植木「おっ、出来たじゃん!」

 

 僕はまた……号泣してしまった……




 出久君は植木君から【能力】と一緒に【神器】も与えられました!
 本来、【一ツ星の神器・鉄(くろがね)】は《天界人》が自分を《天界人》だと《自覚》することによって得ることが出来るのですが、出久君の場合は《今の自分がなりたい本当のヒーロー》を《自覚》することによって使えるようにしました!

 次は一旦、現世の話にしようと思います。


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制裁の法則(前編)

 遅くなってしまい大変申し訳ありません。

 前後編にする気はなかったのですが、後編があと少しだけまとまっていないので、とりあえず爆豪勝己編の前編ということで3話を投稿しました。

 3話を投稿するまでに評価バーに色がついていてとても嬉しいです。評価及び読んで頂き本当にありがとうございます。


-警告- 
 あらすじにも書いてありますがこの小説は爆豪アンチの作品です。
特に今回の前後編(3話、4話)での話の大部分は爆豪勝己のアンチ要素を強めに書いてあります。
なので爆豪ファンの方々は本当にプラウザバックをオススメいたします。

後編の方は仕上がり次第、すぐに投稿できるようにします。


⚫ヘドロ事件から1週間後の雨降る夜…

 

 

None side

 

 爆豪勝己はその日…自殺を図った幼馴染みの《緑谷出久》が飛び降りた無人ビルの屋上にいた…

 

「………」

 

 傘もささずに何をするわけでもなく…屋上の真ん中に佇んで空を見上げていた…暗い夜を町の明かりが照らしている……

しかし…爆豪の心は今…雨を降らす雲のように泣いていた…

 

「……なぁ…さっさと目ぇ覚ませよ………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

出久 …」

 

 雨に濡れなから幼馴染みの名前を口にする…ヘドロ事件のあった日から今日までの1週間で…

 

爆豪の心と身体はズタボロになっていたのだ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●6日前(ヘドロ事件があった次の日)

 

 

None side

 

 爆豪勝己はイライラしながら取り巻き2人と学校へ登校していた。

 

「チッ!!」

 

「おいおいカツキ、そんなにイラつくなよぉ、仕方ないだろう?今やお前は有名人なんだから」

 

「そうそう、あんな怖えヴィランに捕まっても助けが来るまで耐え抜いた上に、あの《オールマイト》に助けてもらえたんだからよ」

 

 学校に着くまでの間、昨日のヘドロ事件を知って登校中に折寺中学校の生徒から質問責めにあった爆豪。特に事件を解決したNo.1ヒーローである《オールマイト》の質問が多く、爆豪はその度に怒鳴ったり小さな爆発を起こして追い払ったりしているのだが、そんなことお構いなしに何度も質問されてイラついている…のだと取り巻き2人は思っていた。

 

「ちげぇわ!クソが!!」

 

 だが爆豪の機嫌が悪いのは昨日のヘドロ事件について聞かれたことが原因ではなかった。あの事件は勿論、その後に出久を探したのだが見つけられず、言いたいことを言えずそのまま帰ったことでイラついていた。『俺はお前に助けられてなんかねぇ!』『俺を見下すんじゃねぇ!』と怒鳴れなかったこと、帰り道で出久を見つけられなかった自分に対する怒り、鬱憤の晴らし口がないことで機嫌が悪いのだ。

 

「(あのクソナードが!俺に見つからねぇようにコソコソ帰るなんて舐めたことしやがって!学校で会ったらブッ飛ばす!!)」

 

 清々しいくらいの逆恨みを抱く爆豪は取り巻き達と校舎へ入った。

教室に着いたら着いたで今度はクラスメイトからも質問責めに合う爆豪だったが、ふと違和感を感じていた。それは出久の姿が見えなかったことだ、今まで遅刻もせず休まずに登校していたというのに、今日に限ってはホームルーム前になっても来ていなかった。

 

「(はっ!昨日のヒーロー達に叱られたショックで外へ出られねぇってか?そんなことで皆勤賞を逃すなんざぁ、本当に無個性のクソナードだなデク!)」

 

 登校してこない幼馴染みを心の中で貶し嘲笑う爆豪…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この時の彼は自覚していなかった…

 

 彼にとっての《地獄》が…

 

 これから始まろうとしていることに…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 チャイムが鳴ってすぐに担任が教室に入ってきた。

 

「起立! 礼! 『おはようございます!』 着席!」

 

 日直の号令で生徒達が挨拶をしたが担任は黙ったままだった。いつもならヘラヘラしている担任の様子がどこかおかしかった…

 

「え~っと早速ですが…昨日の夕方に近所である事件が起きました…」

 

 それを聞いて生徒達は、誰もが爆豪が巻き込まれた《ヘドロ事件》のことだと思った。

 

 しかし…それは違った…1人欠けたクラスの生徒達は全く知らなかった…《ヘドロ事件》だけじゃない…同じ日にもう1つ…別の《事件》が起きていたことに…

 

「全員…落ち着いて聞いてくれ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…緑谷が……ビルの屋上から飛び降りた…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(………はっ?……誰が…ビルの屋上から飛び降りたって?)」

 

 言葉の内容を理解できなかった爆豪…聞き間違いではないかと担任の言葉をもう一度脳内で再生した…だが担任はハッキリとその名前を言っていた…《緑谷》…つまり…《緑谷出久》の名前を!

 

 沈黙が教室を支配した数秒後…クラス中の全員が騒ぎ始めた!

 

「どっ!どういうことっすか先生!!?」

 

「飛び降りたってことは!自殺!!?」

 

「そんなの聞いてないっすよ!?」

 

「緑谷はどうなったんですか!?」

 

「まさか!死んじゃったんですか!?」

 

「なんでそんなことに…」

 

「どうなんすか!?先生!!?」

 

「教えてくださいよ!!?」

 

「先生!!?」

 

「先生!!!」

 

「先生!!!!」

 

 《オールマイト》が解決した《ヘドロ事件》に爆豪が被害者として関係しているのは生徒の全員が知っていた…しかし《出久がビルから飛び降りた事件》については本当に知らなかった。

いきなりの事実に生徒達は担任へ質問を投げ掛けた。

 

「だあーーー!!お前ら静かにしろ!!緑谷は病院に搬送されて、奇跡的に一命はとりとめたそうだ!!……だが…落ちた際に頭を強く打ったようで…意識が戻る確率は数%らしい…」

 

 担任から乱暴に告げられた緑谷の現状…生きていると知り生徒達は少し安心していたが…目を覚ます可能性が限りなく低いことを聞いてまた不安な空気は漂ったままだった…

 

「なので今日の授業は中止となり、これからお前達を含めた3年全員に警察の方々から事情聴取を受けてもらうことになった」

 

 《警察》と聞いて生徒達の不安は更に強くなっていく。

 

「あと1時間くらい経ったら聴取を行う、警察の方々は数十人来ているから1回毎に4、5人ずつ名前を呼び1人1人別室で聴取を受けてもらう。出席番号順で呼ばれるからそれまでは教室で自習をしていろ、終わり次第今日は帰宅していい。あとトイレなどで教室を出る時はこれから来る見張り警察の方に許可をもらってから出るように。それと明日は休校になる、明後日の予定はまだ決まってないので明日連絡網をまわす。くれぐれも警察の方々に失礼のないようにしろよ」

 

 それだけ言うと担任はそそくさと教室を出ていった…

 

 担任がいなくなるとクラスメイトのほとんどが《1人の生徒》をチラチラ見ながら小声で話し始めた…

 

「なぁ…緑谷が自殺しようとしたのってさ…」ヒソヒソ

 

「あぁ…昨日爆豪が緑谷に言った『個性が欲しけりゃ屋上からワンチャンダイブしろ』ってやつじゃねぇか?」ヒソヒソ

 

「それが1番の原因だよな?」ヒソヒソ

 

「大事にしてたノートを燃やされてたし…」ヒソヒソ

 

「緑谷が《雄英》を受けるって聞いた爆豪さぁ…これみよがしに突っかかって『雄英受けんじゃねぇぞ』って怒鳴ってさ…」ヒソヒソ

 

「爆豪の奴…普段から…何かと緑谷に個性使って暴力ふるってイジめてたし…」ヒソヒソ

 

「つか緑谷の奴…昨日見たヘドロ事件の動画にも映ってたよね…」ヒソヒソ

 

「事件現場にいたみたいよ?」ヒソヒソ

 

「ヘドロのヴィランから爆豪を助けようとしたけど…最終的にはヒーローの邪魔をしたってことで叱られてたよね…」ヒソヒソ

 

「てことはさ…そのあとすぐに飛び降り自殺を図ったってことじゃん…」ヒソヒソ

 

「もしかしてさ…あの黒焦げにされたノートに私達の名前とか書いてあるのかな?」ヒソヒソ

 

「じょ!冗談でしょ!?…私達は何も…」ヒソヒソ

 

「第一緑谷を1番のイジめてたっていったら…」ヒソヒソ

 

 爆豪を除くクラスの全員が、出久が自殺を図った大部分の原因が爆豪だと決めつけていた。彼らも昨日出久が《雄英》を受けると知って散々嘲笑っていたというのに、既にクラスの8割近い生徒が爆豪1人の責任にしようと考えている、その8割の生徒の中には爆豪の取り巻き2人も入っていた。

 自分を見てコソコソ話すクラスメイトが何を考えているのかを大体察した爆豪は…

 

「オ“イ“!テメェら!!」

 

 いきなり怒号をあげてクラスメイトを黙らせた!

そして出久の机へ歩き近づくと…クラス中を威圧するように睨み…

 

「…もし余計なこと言いやがったら…(BOOM!!)次はテメェらがこうなる番だ!分かったかゴラァ!!」

 

 個別に聴取を受けるため誰が何を言うかは分からない、爆豪はクラスメイト達に《自分の昨日の行い》と《これまでの行い》を言わせないために個性の《爆破》を使って出久の机を壊し見せしめをしたのだ。

 

 この時の爆豪には、出久に対しての《心配》や《謝罪》《罪悪感》の気持ちなど欠片もなく、あったのは《自分の将来と夢》のこと…そして…

 

「(あのクソナード!!?俺のトップヒーローへの道を邪魔しやがって!!雄英の受験に支障が出るじゃねぇか!!何の役にもたたねぇ無個性野郎がぁ!!どこまでも俺の人生に泥を塗んじゃねぇよ!!)」

 

 いずれNo.1ヒーローのオールマイトを越える存在になる《自分の進む道》に支障を及ぼした出久に対しての《怒り》《憎しみ》そして《怨み》の感情しかなかった…

 

「(目を覚まして馴れ馴れしく『かっちゃん』なんて呼びやがったら…ぶっ殺す!!)」

 

 爆豪は心の中に出久への《負の感情》を溜め込んでいた…

 

それが後々…自分で自分の首を絞めている事態になるとも知らずに…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

爆豪勝己 side

 

 順番が回ってきて俺はこれから聴取を受けるが…焦ることはない…クラスの奴らには釘を刺しといた。目の前にいる眼鏡の警察が例え表情や仕草で嘘を見抜いたりすることが出来たとしても、慎重に言葉を選んで嘘のねぇ答えをすりゃ済むだけだ。

 

「では爆豪君、聴取を始めさせてもらうよ?」

 

「あぁさっさと始めろよ」

 

 俺は応接室で聴取を受けることになった、今この部屋にいるのは3人(俺と警察2人)だけ、眼鏡をかけた警察が俺の目の前のソファーに座って、ゴリラ顔の警察は出入り口側の1人用のソファーに座ってノートパソコンを開いている、俺の発言をパソコンにまとめる役割なんだろうよ。

 

「まぁそんなに緊張することはない、肩の力を抜いてくれていい」トントン

 

「うっせぇ!触んな!」

 

 俺は身体を動かして、馴れ馴れしく肩を叩いてきた眼鏡の警察の手を振り払った。

 

「……それじゃあ始めよう、これから君にいくつかの質問をする。その質問に対して正直に答えてくれ」

 

「わかったよ…」

 

「ではまず最初の質問だ、君は緑谷君が虐められていたのを知っていたかい?」

 

「(面倒癖ぇな…)…知らねぇよ」

 

ピロリン♪

 

「(あぁ?なんだ?)」

 

 左側にいるゴリラ野郎のパソコンから変な音が聞こえてきた。

 

「次の質問だ、君は緑谷君を虐めたり嫌がらせをしていたかい?」

 

「(馬鹿かコイツは?素直に答えると思ってんのかクソが!)ああ?…してねぇよ、将来《雄英》に入る俺がんなことするわけねぇだろ?」

 

ピロリン♪

 

「(またっ?なんだよいったい?)」

 

 またしてもパソコンから音が聞こえてきた。

 

「では次、君が緑谷君を殴ったり蹴ったり、ゴミ拾いをしていた彼に物を投げつけたのを見かけたという情報があるんだが、間違いないかい?」

 

「(クソッ!誰だチクリやがッたのは!?)…遊びだよ遊び…プロレスとか相撲だ、あとはアイツのゴミ袋にゴミが入るかって遊びだよ。それを見違えたんだろ」

 

ピロリン♪

 

 またパソコンから音が!俺が質問に答える度に耳障りな音が鳴った!

その後も下らない質問は続き…そのほとんどが『暴言は言ってないか?』や『個性を使って怪我をさせたことはないか?』などの質問ばかりだった!

俺は似たような質問を何度もされてイライラしていた!特に横のパソコンから何度も何度も音がすることで余計に俺をイラつかせた!

 

「では最後の質問だ、爆豪君…君は緑谷君に対して…本当に暴力をふるったりはしてないんだね?」

 

「(いい加減にしろよ!!クソ眼鏡野郎!!)だからしてねぇって言ってんだろ!!何度も似たようなこと聞いてくんじゃねぇよ!!」

 

ピロリン♪

 

「それとさっきから耳障りなんだよ!そのパソコンがよぉ!!」

 

 イライラが頂点に登った俺は最後の質問に答えると同時にソファーから立って警察2人に対して怒鳴った!

 

「もう終わりだろ!!俺は帰っぞ!!」

 

 俺は自分の鞄を持って出入り口に向かい、乱暴に扉を開けて応接室を出た!

 

「(クソッ!あの死に損ないが!!この俺に余計な時間とらせやがって!!!なんで俺がこんな無駄なことしなきゃならねぇんだよ!!)」

 

 こんな嫌な思いをするのは全部アイツのせいだ!そう思うことで俺は怒りを少し発散した!

 

 学校を出て自宅へ向かう間、俺より先に帰った奴らを誰も見かけなかった。

 

「(俺に見つからねぇように帰ってたってことかよクソが!!誰がチクったか知らねぇが後で覚えとけよ!!)」

 

 今日に至っては寄り道はせずに真っ直ぐ家へ帰宅した。帰る途中すれ違う通行人が俺のことをチラチラと見てやがった…昨日のヘドロ事件のことだけじゃねぇ…デクが飛び降り自殺を図ったことを知って同じ中学の俺を興味本意で見てたんだろう…鬱陶しい視線だ!!

 

 家に帰ってきたが、玄関の鍵が閉まっていた。

 

「んだ?ババアの奴いねぇのか?買い物にでも行ったか」

 

 俺は鞄から家の合鍵を取り出して中に入った、リビングへ行くとテーブルに置き手紙があった。

 

 

 

『 勝己へ

 

 学校からの連絡で出久君が救急搬送されて病院にいるみたいだから、お見舞いに行ってくる

 

もし早めに帰ってきたなら、お昼御飯を作って冷蔵庫に入れてあるからそれを食べなさい

 

夕方になる前には帰るからちゃんと留守番してなさいよ

 

P.S. 洗濯物が途中だったから畳んでおいて

 

                 母より 』

 

 

 

 どうやらババアはデクの見舞いに行ったらしい、どうせ学校からの連絡でアイツのことを知るや否や、急いで俺の昼飯を作ってすぐ出掛けたんだろうよ。

俺は冷蔵庫にあった昼飯をレンジで温め、飯を済ませたあとは面倒だったが干してある洗濯物を取り込んで畳み終え、自室で休むことにした。

 

 

 

 

 

 

『かっちゃん!その個性!かっこいいよ!』

 

『当然だろ!』

 

『いいなぁ!僕も早く個性出ないかなぁ!』

 

『はっ!デクがどんな個性だろうと俺を超えることなんざ一生出来ねぇよ!』

 

 

 

 

 

 

「ZZZ…」

 

『勝己!そろそろ起きなさい!晩御飯出来たわよ!』

 

「…ん…あぁ?」

 

 下から聞こえてきたババアの声で俺は目を覚ました…窓の外は暗くなっていた…いつの間にか寝ちまってたらしいな…

 

………さっき見た夢…俺が個性を発現して間もない頃の……クソッ!なんでアイツと一緒にいた過去を夢で見なくちゃならねぇんだよ!?

 

『勝己!!聞こえないの!!いい加減起きなさいよ!!』

 

「るっせんだよクソババア!!聞こえてるっての!!」

 

 部屋を出てババアに怒鳴り返し、下のリビングへ行くと親父も帰ってきてきた。

 

「やぁ勝己…おはよう…」

 

「おはようじゃねぇだろクソ親父!外を見ろよ!その眼鏡はイカれてんのか!」

 

「勝己!!起きてるならさっさと降りてきなさいよ!!料理が冷めるでしょうが!!」

 

「うっせぇな!!降りてきただろうが!!ババア!!」

 

「や…やめろよ…2人共…ほら早く食べよう…な」

 

 強気のババアと違って親父は弱気な性格だ。物心ついた時から思ってたが、どうしてここまで正反対な性格の2人が結婚したのか未だに謎だ…

 

「黙ってろよクソ親父!」

 

「勝己が黙んなさいよ!あとアンタも喋るんなら!ボソボソ言ってんじゃないわよ!!」

 

 いつもと変わらない家の風景だった……が、晩飯を食べ終える頃合いに食卓の空気が変わった…親父もアイツの事件のことをババアから聞いたんだろう…

 

「勝己…アンタ出久君の事件のことは知ってるでしょ…」

 

「あぁ…今朝学校で聞いた…」

 

「…容態はどうなんだい?」

 

「…瀕死の重症だったらしいけど…偶然《リカバリーガール》っていう名医が搬送された病院にいたみたいで一命はとりとめたらしいわ……でも頭を強く打ったみたいで…意識が戻るかはわからないそうよ…」

 

「そうか……明日は無理だけど…明後日なら休みだから僕もお見舞いに行くよ…」

 

「えぇお願い……勝己…一応聞くけど…アンタ出久君に何かしてないでしょうね…」

 

「あぁ?…してねぇよ…ご馳走さん…」

 

 俺は晩飯を食い終えて自分の食器を台所へ運んで直ぐに風呂場へ移動した。

ババアだけには知られる訳にはいかねぇ…昔ババアにトラウマになるほどの仕置きを受けたことがあるからだ…

 

 

 

 小学1年の夏、公園で遊んでいた時にデクが当時発売されたばかりの《オールマイトのフィギュア》を持っていた。小遣いを貯めて買ったみたいでずっと肌身離さず大事にしていたが、俺はそのフィギュアが欲しくなったのと、デクが持っているのは生意気だと思ってアイツからフィギュアを無理矢理取り上げた。そしたらデクは大泣きしだして取り返そうと俺に泣きついて来やがった、ウザッたくなったので個性を使ってアイツを殴り突き飛ばし、そのまま走って家に帰ることにした…

 

んだが…

 

…公園を出てすぐ…買い物袋を持った《鬼の形相のババア》に出くわした…

俺は咄嗟に誤魔化そうと、手に持っている《オールマイトのフィギュア》と《公園のド真ん中で泣き叫んでいるデク》について『デクが知らない奴に虐められていて助けたお礼にコレを貰った』と当時の俺は嘘をついた…

 

…しかし…ババアは有無を言わせずに思いっきり俺の頭に拳骨を5、6発喰らわせてきやがった!ガキながら頭の形が変形したんじゃねぇかってくらいの痛みを味わっていると…

 

『勝己…全部見てたわよ…』

 

 ガキだった俺は周囲をよく見てなかった…俺がデクから《オールマイトのフィギュア》を取り上げたところから全部見られていた…

ババアは俺を片手で担ぎ上げ、公園から少し離れた脇道へ入ると…俺はババアの膝にうつ伏せで乗せられてケツを丸出しにされ何十発も尻叩きをされた…回数は覚えてねぇが100回は叩かれたんじゃねぇかと今でも思う…

 

 そのあと…公園のベンチに座ってまだ泣いていたデクへ《オールマイトのフィギュア》と、ババアが買ってきていた俺が食べる筈だった《お菓子》を一緒に渡した。俺は謝罪の気持ちなんて1ミリ足りともなかったが…頭とケツからくる痛みに加えて…公園の外ではデクに気づかれないようにババアが俺を睨み付けて見張っていたのもあり大人しく従った…デクは俺がフィギュアと一緒にお菓子を持ってきたことに対してポカンと間抜け面していた…茫然としていたデクに対し、俺は乱暴にフィギュアとお菓子をベンチに置いて公園から走り去った…

 

 家に帰ったら帰ったで早々にババアから正座をさせられて親父が帰ってくるまで説教を受けた…ケツが痛い上に足が痺れてもお構いなしにだ…

 

 

 

 その日のことがトラウマとなり、今思い出すだけでも頭とケツと足が痛くなる…

あれ以降…俺はデクに何かする際はババアだけには絶対にバレないように気をつけていた…

 

 脱衣所で思い出したくないトラウマの過去を思い出してしまい、俺は風呂を済ませると布団へ直行した。

さっきまで結構寝ていたが、不思議と眠気はあった。

アイツが夢に出てこねぇようにと強く念じながら寝ることにした…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●5日前(ヘドロ事件から2日目)

 

 

「ZZZ…」

 

『勝己!!!今すぐ起きなさい!!!勝己!!!』ドン! ドン! ドン! ドン!

 

「…ん…んあ”あ”あ”!!?」

 

 寝ている頭にガンガン響いてくるババアの怒鳴り声とドアを何度も強く叩く騒音で俺は飛び起きた!!?

昼まで寝ていたのかと思い、部屋の時計を見ると朝の7時だった、最悪の目覚めだ!

 

「んだよクソババア!!今日は休校だって昨日言っただろうが!!」

 

「いいから!さっさと来なさい!!」

 

「イデデデデデッ!!?なんだよババア!!?」

 

 ドアを開けてババアに怒鳴り返したがそんなことお構いなしにババアは俺の耳を指で摘んで無理矢理引っ張り早歩きで移動を始めた!俺は耳を引っ張られながら歩かされ、玄関まで連れてこられた!

 

「イテェなぁ!!?朝っぱらからいったいなんなんだよクソバ…バ…」

 

 文句を言おうとしたが…玄関にいる奴等を見て俺は黙った…

 

そこには……

 

2人の警官が立っていたからだ…

 

「爆豪勝己君だね、寝起き早々で申し訳ないが我々と一緒に署まで来てくれないかい?」

 

 俺は全く状況が飲み込めなかったが、ババアに早く着替えるように急かされて俺は私服に着替えてババアも外出の準備を終え、一緒にパトカーに乗せられ警察署に連れていかれることになった…

 

 

 

俺は自覚してなかった…

 

俺が既に《地獄へ続く門》を潜っていたことに…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんで俺がここ(警察署の取調室)へ連れてこられたのか…皆目見当つかねぇ!?警察署に着くや否や俺はババアと別れて、俺はこの部屋に警官1人と一緒に入れられた!警官は中央の机の椅子(窓側)に俺を座らせると、ドア付近の椅子に座った。

 

「おい!なんで俺がここへ連れてこられたんだよ!!?」

 

「少し待っていなさい、もうすぐ来るから」

 

ガチャ

 

 警官に怒鳴りかけているとドアが開いて1人の警察がノートパソコンを持って入ってきた。昨日の聴取で鬱陶しいノートパソコンを使っていたあのゴリラ野郎だった!ソイツは俺の向かいにある椅子へ座った。

 

「さて爆豪君…いきなり連れてきてしまい申し訳ないね…」

 

「どういうつもりだよ!!?昨日全部話しただろが!!まだなんか聞くことがあんのかよ!!」

 

「…爆豪君…君は何故ここへ連れてこられたのか…まだ分からないようだね…」

 

「ああ!?当然だろうがクソが!!」

 

「………一昨日に起きた2つの事件…君が巻き込まれた《ヘドロ事件》と…その事件現場から然程離れてない無人ビルで起きた《男子中学生の飛び降り事件》…前者は《オールマイト》が関わったこともあって注目を浴び…当日のニュースを独占した。そのため後者の事件は後日…つまり昨日の朝に報道された…」

 

「あ”あ”!?それがなんだってんだよ!!?」

 

「……はぁ…君に対して遠回しに話すのは得策ではないみたいだな……では率直に言おう…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…爆豪君…君はビルから飛び降りた《緑谷出久》君を自殺に追いやった主犯の1人だね…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …はっ?…なに言ってやがっんだ?このゴリラ野郎?

…俺がデクを自殺に追い込んだ主犯だと…

 

「…おい、何言ってんだよ…なんで俺が主犯なんだよ!ふざけんな!!確証もねぇのに言いがかりつけてくんじゃねぇよクソゴリラ!!!」

 

「確証か…」

 

 激怒する俺に対し、ゴリラ野郎はノートパソコンを開いてマウスを何度かカチカチさせると、パソコンの画面を俺の方へ向けてきた。

 

「コレを見てもそう言えるかい?」

 

「あ”あ”!?…………!!!?……んだよ…これ…」

 

 ゴリラ野郎が俺に見せたパソコンの画面に書かれていたのは…

 

 

 

-パソコン画面-

 

{ではまず最初の質問、君は緑谷君が虐められていたのを知っていたかい?}

 

{クソッ!面倒癖ぇな!偉そうに質問すんじゃねぇよクソ眼鏡野郎!!どうせ俺の表情の変化を見て嘘をついているのかいないかのを見極めるつもりなんだろうが、俺はそんな馬鹿はしねぇ。落ち着いて適当に答えりゃすぐ終わる。虐めだ?違ぇよ!制裁だ制裁!無個性のくせに未だ俺と同列になれると思い込んでやがるアイツの目を覚まさせてやるための制裁だよ!}

 

 

 

{次の質問だ、君は緑谷君を虐めたり嫌がらせをしていたかい?}

 

{馬鹿かコイツは?素直に答えると思ってんのかクソが!俺は《オールマイト》を超えるヒーローになるんだぞ!そのための第一歩、この学校唯一の《雄英合格者》になるためにアイツが目障りだったんだよ!将来社会の邪魔になるデクという《悪》を《ヒーロー》になる俺が倒そうとしてただけじゃねぇか、当然のことをしたに過ぎねぇんだよ!!}

 

 

 

{では次、君が緑谷君を殴ったり蹴ったり、ゴミ拾いをしていた彼に物を投げつけたのを見かけたという情報があるんだが、間違いないかい?}

 

{クソッ!誰だチクリやがッたのは!?あの2人か!?後で絶対ぇブチ殺す!!殴ったかって?蹴ったかって?だからなんだよ?いつまでも叶いもしない夢を追いかける馬鹿の目を覚まさしてやるために、俺が直々手を下してやったんじゃねぇか!ゴミ拾いだ?地域貢献だ?アホかよ!そんなことして良い子ちゃんぶったところでヒーローなんてなれやしねぇんだよ!社会のゴミデクが!}

 

 

 

 パソコンに書いてあった内容は、昨日俺と話をした眼鏡野郎の質問に対して俺が内心で思っていた内容がそのまま書かれていた!?最初から最後まで全ての質問に対して俺の本心が全部写し出されていやがった!!?

 

 

 

-パソコン画面-

 

{では最後の質問だ、爆豪君…君は緑谷君に対して…本当に暴力をふるったりはしてないんだね?}

 

{いい加減にしろよ!!クソ眼鏡!!あんな無個性のクソナードが1人死のうが生きようが俺には関係ねぇだろうが!!《天才》の俺と《凡人》のアイツじゃ存在価値がまるで違ぇんだよ!!てか何度も何度もアイツの名前を聞かせんじゃねぇよ!胸糞悪りぃ!!}

 

 

 

「おい…これはどういうことだよ…」

 

「……昨日の君の聴取をした警察の個性は《電子メール》でね…《触れた相手の思考を電子メールに変換し、近くにある機器にメールとして送信する》という個性なんだよ…」

 

「《電子メール》!?あの眼鏡野郎の個性!?てか俺は触られてなんか……あ”っ!?」

 

 

 

 

 

 

『まぁそんなに緊張することはない、肩の力を抜いてくれていい』トントン

 

『うっせぇ!触んな!』

 

 

 

 

 

 

「があっ!?あの時か!!クソが!!!」

 

 昨日の聴取を始める前に眼鏡野郎が俺の肩を叩いてきたが…あれは俺を落ち着かせるためなんかじゃねぇ!ただ個性の発動の条件を満たすためにやっただけだったのかよ!あのクソ眼鏡野郎!!!

 

「この個性の対象となった相手は、一定の時間だけ質問に対し嘘をついたり偽った答えをした場合、近くにある電子機器にその時の思考がメールとなって届く。まぁ質問をせずとも他人に危害を加えることを考えていれば、勝手に思考が電子メールに変換されて届くんだがね。ここに書かれている君の思考と、我々の調査の結果…君が緑谷君を自殺に追い込んだ主犯の1人であると判断し、こうして来てもらった訳だ」

 

「…こんなこと…警察だからって他人(ひと)の頭ん中を勝手に覗いていいと思ってんのかよ!?あ”あ”っ!?」

 

「それについては君の学校の校長から許可を得ている。それだけじゃない…昨日聴取を始める前に君を含めた学年全員の親へ連絡を取って《電子メール》の個性使用の許可は頂いている。何人かの親は渋っていたが、君の母親はすぐに許可をしてくれたぞ」

 

 あのクソババア!?勝手に許可してんじゃねぇよ!!?

 

「こんなもんで俺が犯人だっていうのか!?冗談じゃねぇ!!!大体ここに書いてある内容が真実だって証拠はねぇだろが!?」

 

「………被害者である緑谷君が飛び降りたビルの屋上には…彼の鞄が置いてあった…」

 

「それがなんだよ!?」

 

「…昨日の聴取で君だけには聞かなかった質問が1つある…『緑谷君が所持していたノートがなぜ黒焦げになっていたのか?』という内容だ…」

 

 んだと!?まさかクラスの誰かがその質問に馬鹿正直に答えたのか!?

 

「念のために言っておくが、その質問に対して君のクラスメイトは全員が『知らない』と答えたそうだ。あとそのノートの中身には君を含めたクラスメイトや担任の名前は一切載ってはいなかったよ…」

 

 んだよ…脅かしやがって!

 

「だがね…鑑識がそのノートを調べた結果、そのノートが黒焦げにされたのは一昨日の夕暮れ前…つまり事件のあった日の学校の下校時間だと分かった」

 

 な!?…ちっ!個性がある世の中だ…調べようと思えばいくらでも方法はあるってことかよ!

 

「水に浸けたのかほとんど落ちてはいたが、僅かに《汗》と《ニトロ》の成分が見つかったんだ…」

 

「っ!?」

 

「つまり彼のノートを黒焦げにしたのは…ニトロのような汗を使って炎を起こせる個性の人間…折寺中の全校生徒と教師の個性も調べたが…そんな個性に該当したのは1人だけ…そう君だよ…爆豪君…」

 

「………」

 

「聴取が終わったあとに…君の《汗》の成分を調べさせてもらおうと思っていたんだが…君はさっさと帰ってしまったからね…なので君の教室を調べようと行ってみたら…どういうわけが緑谷君の机が壊されていてね…焦げ跡があったから鑑識に調べてもらった結果…黒焦げにされたノートから検出された《汗》と《ニトロ》と成分が一致し」

 

「ああそうだ!俺だよ!!アイツのノートと机を爆破したのは俺なんだよ!!」

 

 遠回しに俺を犯人だと言ってきやがるゴリラ野郎に嫌気がさし、俺は開き直って怒鳴りながら答えた!

 

「(まぁ、ノートのページのほとんども真っ黒になっていて最初こそソレをやったのもこの爆豪君だと思ったが、鑑識が詳しく調べたらページを黒く塗りつぶしたのは緑谷君本人だったのが分かった…特に一際(ひときわ)黒く塗り潰してあったページがあって復元してみたら…更にとんでもないことが判明した……そのページに書いてあった《サインの人物》と昨日その関係者からの連絡で《緑谷君が自殺を図った要因である人物》がもう1人判明したんだがね…)」

 

「…で?だからなんだよ!それでアイツが自殺したのは俺だけのせいだって言いてぇのかよ!?」

 

 ゴリラ野郎は俺の質問に答えずにノートパソコンを自分の方に向けて再びマウスを数回カチカチさせるとまだ俺にパソコンの画面を向けてきた。

 

「あ”あ”!?今度はなんだよ…………なあ”っ!?」

 

 

 

-パソコン画面-

 

 

{では次の質問だ、緑谷君が所持していたノートが黒焦げになっていたんだが、なぜだか知っているかい?}

 

 

{言える訳ねぇだろが!本当のこと言ったら爆豪にボコされるんだぞ!緑谷みたいにイジめられて《爆破》を喰らわされるのは絶対にゴメンだぜ!}

 

{あぁ知ってるよ…先生が緑谷も《雄英》を受けるって大っぴらに言ったせいで、爆豪が緑谷に『この学校の唯一の雄英合格者になる』だの『だからお前は受けんじゃねぇ』だの『俺と同じ場所に立てると思うな』だの滅茶苦茶なことを怒鳴ってから憂さ晴らしに緑谷のノートを燃やしたんだよ!でもんなこと言ったら次は俺が緑谷の二の舞を喰うんだよ!}

 

{ええ知ってるわ…でも爆豪に脅されて言えないのよ…何が『余計なことは言うな』よ!あの爆弾男!緑谷の机を壊して私達のこと脅して!やってることはヒーローじゃなくてヴィランそのものじゃない!}

 

{言えねぇよ仕方ねぇだろ!もし俺が本当のことを言ったと爆豪に知られたら今度は俺がイジメのターゲットにされんだぞ!大体センコーもセンコーだ!緑谷が《雄英》を受験するなんざ一々言う必要なんざねぇだろうが、ソレを聞いたから爆豪がキレて緑谷のノートを黒焦げにしたんだよ!}

 

{知ってるつーの!カツキだよカツキ!犯人は爆豪勝己だ!あの野郎!昨日緑谷に『個性が欲しけりゃ屋上からワンチャンダイブしろ』なんて言ってトドメ差した張本人のくせして!今更罪を逃れようとしてんじゃねぇよ!バカツキが!!}

 

 

 

 俺だけにされなかった質問に対して、クラスの奴らの思考が眼鏡野郎の個性で全て書き出されていた!ここに書いてある内容だけであの日のことだけじゃねぇ!俺がどんな人間なのかが手に取るように分かっちまう!オマケに俺に対しての不満や暴言も思いっきり記されてやがる!

 

「口では嘘をつけても…心までは嘘をつけない…君はクラスメイト達を脅し《口止め》をさせた…自分のしてきたことが大人に知られないようにだ…」

 

「クソッ!?アイツら”あ”あ”あ”!!」

 

「君に彼らを責める資格も恨む資格もない…」

 

「んだどっ!!?」

 

「病院に搬送されて緊急手術をした緑谷君の身体には…飛び降りた際の怪我以外に所々に痣や火傷の痕跡があったそうだ…」

 

「な”っ!!?」

 

「しかもその全てが服などで見えなくなる箇所ばかりだった…痣に関しては殴られ蹴られで出来たものなのは分かっても誰の仕業かは分からなかった…でもね火傷は別だ…緑谷君の親に許可をもらって火傷跡を詳しく調べてみたら…その火傷は《爆発》系の個性による怪我だと判明した…ここまで言えば何を言いたいのか分かるだろ…なぁ爆豪君…」

 

「………」

 

「今話した内容と…昨日君のクラスの担任や他の教員にも聴取をとって…君という人物像が良く理解できたよ…絵に描いたような《サイコパス》だとね」

 

「あ”!…くっ!?」

 

「これだけの証拠や物証があるんだ…まだ言い逃れするならコレもある…」

 

 ゴリラ野郎はそう言って、透明なケースに入った白いディスクを俺に見せてきた…

 

「これは折寺町にある監視カメラや防犯カメラの映像だ…まぁそう簡単には見つからないと思って調べてみたら、すぐに君が友達2人と緑谷君へ嫌がらせや暴力をふるっていた映像が見つかったよ…」

 

「………」

 

「しかも1つや2つじゃなかった…その映像を見つける度に正直イヤになったよ…」

 

「………」

 

「これでもまだ納得できないかい?爆豪君…」

 

「………」

 

「…黙りか…ハァ…これは俺個人の言葉なんだが…どれだけ凄い個性をもって生まれてきた子供でも《無個性》を差別することなんてない楽しい学園生活を送っているんだと信じたかったよ…だが現実はコレだ…」

 

「!!」

 

「被害者は《無個性》だった…そんなの君が1番知っているだろ?《超常黎明期》以降…社会に対応できなかった《無個性》の人達で、自殺及び自殺未遂をする事件や事故の殆どが《学生》の頃なんだよ…」

 

「………」

 

「…良くも悪くも不安定な年頃だ…周囲からは何かと差別を受け…場合によっては産みの親からも《無個性》で産まれてきたことを疎まれる…

《どうして自分は周りの子と違うのか…》

《どうして自分が差別されるのか…》

《どうして自分が理不尽な目に会うのか…》

《いったい自分の何がいけないのか…》

悩みに悩んだところで…その答えは簡単…《個性がない》…たったそれだけの理由だ…」

 

「………」

 

「まぁ…優しい親に恵まれたならまだ幸せだろう…だがね《個性婚》なんてある世の中、ヒーロー一家に産まれた《無個性》の子供がどんなに肩身の狭い思いをするのか、親の愛を貰えないどころが実の親に存在を否定される……成績の良い君なら分かるんじゃないのか?…今の世に《無個性》として産まれてきた人達がどんな思いで生きているのか…」

 

「………」

 

「そして今回のケースは…《無個性》でも愛してくれる親と優しい地域の人達だった………でも君達は違う…君という他人を見下す心ない幼馴染みや同級生…そして教師とヒーロー達が…彼を自殺への道へと進ませた!

 

その1番の原因が君なんだ!

 

それが分からないのか!!!!!」

 

ダアアアン!!!

 

「っ!!!!?」

 

 ゴリラ野郎は野生のゴリラも顔負けのような怒りの形相で怒鳴りながら机を思いっきり殴った!殴られた部分が拳の形で凹んでいる…

 

「………」

 

「…分からないか…まったく呆れたもんだ…君を含めたクラスメイトは8割…学年では7割近い生徒が彼に対して《虐め》や《嫌がらせ》を平気でしていたんたぞ…」

 

「っ!?」

 

「…おまけに君のクラスの担任は《無個性の差別者》だ…教育者以前に大人としてどうかしてるよ…本当に…」

 

「………」

 

「被害者とは幼馴染みなんだってな…君はその幼馴染みを虐め…貶し…傷つけ…挙げ句の果てに自殺教唆を言うか………お前さんよう…本当に《ヒーロー》になりてぇのか?」

 

「……………」

 

「…ふん…都合が悪くなりゃダンマリを決め込むか……ヤダヤダ……ヒーローじゃない俺が言えた義理じゃねぇけどよ……

《他人を思いやる心がない人間》に…

《ヒーローになる資格》も《誰かを助ける資格》もねぇよ…」

 

「がっ!!?……ぐぎぃ……!!」

 

 ゴリラ野郎から言われた言葉……俺はその言葉を……一生忘れられねぇ……

 

 その後…ゴリラ野郎は《学校》だの《校長》だの《厳罰》だの何か言っていたが…俺は茫然として…全ては聞き取れなかった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドガッ!!!

 

「ぐえっ!!?」

 

 取り調べが終わり、俺とババアは警察署から自宅まで送り届けられた。

家に入るなり俺はババアから思いっきり顔面を殴られて家の中にふっ飛んだ…普段の俺ならババアに突っかかってたが…俺はそれが出来なかった…

 

「勝己…なんで殴られたか分かる…?」

 

 俺を殴ったババアは…家に帰ってくる前は流していなかった涙を今…大粒で止めどなく流していた……倒れていた俺の胸ぐらを掴んで俺は無理矢理立たされた…

 

「出久君はねぇ!!今アンタが受けた痛みの何十倍も!何百倍も!何千倍も!!!《痛い思い》や《辛い思い》を!《苦しい思い》や《悲しい思い》をずっと受けてきたんだよ!!アンタからね!!!」

 

 泣きながら怒鳴ってくるババアに…俺はなんの抵抗もしなかった…

 

「全部聞いたよ…信じたかなかった…アンタが普段から当たり前のように出久君を傷つけてたってことを……他にもいたみたいだけど…アンタは度が過ぎてた……小さい頃から一緒だったでしょ!?アンタにとって出久君は友達なんじゃなかったの!?なんでそんな下らないことをしたのよ!?なんとか言いなさいよ!!勝己!!!」

 

 何も言い返しようがねぇ…胸ぐらを掴まれた状態で何度も激しく揺らされながら怒鳴られた…俺は力なく胸ぐらを掴まれたまま成されるがままだった…

 何も言い返さない俺にババアは胸ぐらから手を離した…俺はババアの前で両膝を着いてから正座の体制になった…

 

「…アンタが事件のあった日に燃やしたっていう出久君のノート…警察の人に頼んで見させてもらったよ…そこにアンタの名前もアンタにされてきたことも一切書いてなかった……でもほとんどのページが真っ黒になってたよ…」

 

 真っ黒?俺はそこまでする威力で個性は使ってねぇぞ?

 

「警察の話だと…黒く塗りつぶしたのは出久君本人だったらしいわよ…」

 

 なんだと!?あんなに後生大事にしてたノートの内容をデクが自分で塗り潰した!?あんだけヒーローになるって息巻いてたアイツが!?

 

「……ただね…最後のページに書いてあった内容だけは塗り潰されて無かったよ……お母さんに…引子さんに向けた手紙……《遺書》だけはね…」

 

 …遺書…だと…

 

「全部は読みきれなかった……悲しくなっちゃって……そのページの最初の文章がなんだったと思う……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『お母さん、無個性で産まれてきてゴメンね』…だよ…」

 

「!!!??」

 

「勝己…アタシは情けないよ…あの子を自殺に追い込んだ1番の原因が…自分の息子だってことに!息子の悪事に全く気づかなかった自分が!!そんな子供に育てた自分が許せないんだよ!!!」

 

「………」

 

「アンタ恥ずかしくないの?…暴言どころか憂さ晴らしのために《個性》を使って暴力まで振るうなんて………アンタは《ヒーロー》になんてなれやしないよ!アンタのやってることは《ヴィラン》そのものだよ!!!」

 

ダダダダダ!バタン!

 

 ババアは俺の横を走って通り過ぎ、リビングへと向かい扉を乱暴に閉めた…

 

俺が…《ヴィラン》だと…

 

そんな訳ねぇ!

 

俺は自分がやってきたことが間違ってるなんて思ったことは1度もねぇ!

 

俺のやることは全部正しいんだよ!

 

ババアは違っても周りの大人は皆俺を褒めてくれて叱ったりしなかった!俺はなにも間違ってなんかいない!

『将来は有望なヒーローになれる』ってセンコー達は皆が言ってくれた!

同い年の奴らが出来ないことを俺は出来る…

…俺は…俺は…俺はスゲェんだ!!!

 

《雄英》に入って!オールマイトを越える《ヒーロー》になる!

 

この騒ぎもどうせすぐに終わる!

 

すぐに元の日常に戻るに決まってる!

 

ゴリラ野郎がどうのこうのいった《厳罰》は受けることになるが…それは俺だけじゃねぇ!

タダじゃ落ちやしない!ゴリラ野郎が俺に言っていたことで1つ引っ掛かった言葉があった!

 

『主犯の1人』

 

つまり俺以外にもアイツを自殺へ追い込んだ奴がいるってことだ!

 

何処の誰かは知らねぇが!テメェも道連れだ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オールマイト side

 

 私が~!…ビルの屋上に~…いる…

 

 私は…緑谷少年が飛び降りた無人ビルへ来ていた…考え事をして悩み歩いていたら…このビルの前に来てしまっていたのだ…

立ち入り禁止のテープを越え…私はビルの中へ入り…屋上へ上がってきた…

 

 私が悩んでいるのは《緑谷少年》のことだけでなく…数時間程前…警察署での話し合いも関係している…

 

 

 

 

 

 

⚫数時間前…

 

 日が傾いた頃、私は来年赴任する学校の校長が待っている警察署へやって来た。午前中はヒーロー協会からの呼び出しがあったため、ここへ来るのが遅くなってしまった。

 受付で、待たせている人物の名前を言うと警官が会議室まで案内してくれた。

 

「こちらです」

 

「あぁ、ありがとう」

 

「いえ、それでは失礼します」ビシッ

 

 去っていく今の警官は私が《オールマイト》だとは知らない…しかしこの会議室の中にいる人物を知ってか私に敬意を示していた。

警官が見えなくなったのを確認し、私は会議室へ入った。

 

「やぁ遅かったね《オールマイト》、協会でなにか口論になったって顔をしているね」

 

「ぬっ!?…お、お見通しですか…校長」

 

「うん!思いっきり顔に出ているのさ!」

 

 痩せ細った私を《オールマイト》と呼ぶスーツ着たネズミの姿をしたこのお方は、何を隠そう私の秘密を知る数少ないお方の1人だ。

 

「まぁ何を言われたかはあえて聞かないさ、どうせ論破させたのがオチだろうからね」

 

「ぐっ!?…ほ、本当にお見通しなんですね…」

 

「君が分かりやすいだけさ。それと例の事件に関わった生徒とヒーロー達の取り調べはもう終わって全員帰ったよ」

 

 前日に私が原因で起きてしまった2つの事件…それに関係のある人々が今日…ここ(警察署)へ集まったそうだ。

 私がここへ来る前の午前中には爆豪少年と母親が、午後はあの事件に関わった私以外のヒーロー達全員が取り調べを受けていたらしい。

 

「校長…そろそろ…彼らに与えられる罰を教えていただいても…」

 

 私がここへ来たのは教育委員会と警察そして校長の話し合いの結果、助かったとは言え緑谷少年を自殺させるまで追い込んだという折寺中学の3年生の生徒達全員と教員全員に課せられる罰が決定したのでその内容を聞くためだ。電話でも良かったかも知れないが、万が一の盗聴を考慮して面と向かって話すことになった。

 

「うん…そうだね…まず折寺中の教員達には数年の《減給》が言い渡された。特に被害者である《緑谷出久》君のクラスの担任には《解雇》と《教育権の剥奪》の2つという意見が多かったんだけど、クビにはせずに《減給》及び《教員の再教育》が決定されたよ」

 

 塚内君から緑谷少年の担任がどんな人物なのかは聞いている…《無個性差別者》であり《強個性の生徒を優遇する》教員だと…なのに罰が《減給》と《再教育》だけなのは…納得がいかない!

 

「納得してないようだねオールマイト」

 

「なっ!…また顔に出てましたか…」

 

「うん!バッチリとね!」

 

 またしても私の考えが見抜かれてしまった!…前からが思っていたが…この人(?)は読心術でも使えるのか…

 

「あえてその担任を辞めさせなかったのは、2度とこんなことが起こらないように取り組んでもらうためさ…《教育者》としてね。誠に遺憾なことだけど…《個性》が当たり前になったこの世の中じゃ《無個性差別》をする心の狭い人間なんて珍しいことじゃないさ。だから彼にはこんなことがもう起きないよう改善に取り組んでもらう…だから《教育権の剥奪》はしなかったのさ。まぁ他の教員より減給期間は長いけどね」

 

「なるほど…それ相応の条件はあると言うことですね」

 

 私も来年からは教育者の立場になる身だ…本当に…しっかりしなくては…

 

「そして生徒達についてだが、担任同様に《退学》と《停学》の意見もあるにはあった…でもそれは無しになったよ。確かに彼らがしたことは許されることじゃない…でも未来ある子供達さ。話し合いの結果、彼らに対しての罰は………」

 

 爆豪少年を含めた生徒達の罰の内容を校長が説明してくれた。

 

「…それが彼らが受ける罰…ですか…」

 

「そうさ、彼らも今回の罰を通して自分達の罪の重さと過ちを心身共に深く理解してもらい、その上で更正してもらう目的でもあるのさ。折寺中の校長も承諾してくれている」

 

「………」

 

「オールマイト…どうやら君は…僕が提案した罰が大した内容ではないと思っているね?」

 

「…はい…」

 

「それは甘い考えさ、これは彼らにもっとも相応しい厳罰なのさ!いいかいオールマイト、この罰の《真意》は………」

 

 そこから説明された罰の真意の詳細を聞き、それが彼らにとってどれだけ重い罰であることかを理解させられた…

確かに彼らが緑谷少年にしてきたことを考えれば当然の報いなのかもしれない…

 

「まぁ例のヒーロー達の同意も得て、一緒に参加してもらうことにするよ。生徒達の監視を含めてね」

 

「なら!私も!」

 

「今の君には他にやるべきことがある筈だよ」

 

「で、ですが私は!」

 

「…オールマイト…君も見ただろ…緑谷君が所持していたあのノートを…」

 

「うっ!!?」

 

「分かっている筈だ…彼にとって君はもう…《ヒーロー》じゃないんだよ…」

 

「………」

 

「オールマイト…彼に対して《贖罪(しょくざい)》の気持ちがあるというのなら…《言葉》じゃなくて《行動》で現すべきじゃないのかい?《No.1ヒーロー》…《平和の象徴》としてのさ」

 

「…おっしゃる通りです…」

 

 正論をのべられ…私は自分がこれからすべきことを改めた…

その後、警察署を出て校長とは別れた私は考え事をしながら歩いて帰ることにした…

 

 

 

 

 

 

 そして…この無人ビルの屋上にやってきていた…

空はオレンジ色に染まっている…もうすぐ日が暮れる…

…この時間帯か…あの日…彼がここにいたのは…

 

「緑谷少年…君はここで…いったい何を思っていたんだい?」

 

 答えてくれる者など誰もいないと言うのに…私はそんな独り言を口にした…

 

私は…馬鹿だ…本当に…大馬鹿者だ…

 

私のせいで…私という火種によって…

 

緑谷少年だけではない…

 

このヒーロー社会を揺るがす騒動がこれから起きてしまう…

 

その現実を…私は全て…受け止めなければならないのだから…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●4日前(ヘドロ事件から3日目)

 

 

爆豪 side

 

 学校へ行きたくねぇ…ガキみてぇな言い分だがマジなことだ……でも家にも居たくはなかった…

昨日、警察署から帰ってきて怒鳴られ叱られたあとからババアの態度が急変したからだ…

いつもならババアの怒鳴り声が家中に響くのが日常だった…その日常が変わってしまった!

 ババアは親父のようにボソボソ喋るようになったからだ!それだけじゃねぇ!俺がババアに怒鳴ってもなにも言い返してこなくなった!正直…別人なんじゃないかと俺は疑った…

これならまだ怒鳴られていた時の方が全然マシだった!

 

 親父も親父で、会社の取引先やお得意さんから今回の件で呼び出しやら何やらで数日帰ってこれなくなった…

 

 そんな気持ちになりながら学校へ登校した…いつもならさっさと着く筈なのに今日に限って足取りは何故か重く…教室に着くのが遅くなった…

クラスの奴等はともかく教師達は俺のことは既に知っている筈…

途中からは聞いてなかったが…あのゴリラ野郎が言っていた…どこぞの《ヒーロー高校の校長》が俺達への罰の内容を決めるって言ってやがったな…

罰の内容によっちゃあ、俺の雄英高校の入試にだって大きく響いてきやがる!

 

 教室に入るとアイツ以外の全員が既に来ていた…全員俺が来るや否やシンと静まってそっぽを向きやがった…

コイツらは昨日俺が警察署へ連れていかれたことは知らなくても、何人かはあの眼鏡野郎の個性で自分の思考を覗かれたことは親から聞かされてる筈…

だから俺と目も合わせたくねぇってことか!

今からでも全員に問いただしてぇところだが、下手に騒ぎを起こすわけにはいかねぇ…今は大人しくしておこう…

 

 俺が席に着くと静かだった教室にチャイムが鳴り響き、明らかに気分が落ち込んだ担任が入ってきた。

 

「起立… 礼…『おはようございます…』 着席…」

 

 蝋燭の火を消したみてぇな朝の挨拶だった…前日までとはまるで違う…

 

「あぁおはよう…もう知ってるとは思うが…一昨日事情聴取をした警察の中に《電子メール》という個性をもった警察の方がいて色んなことが判明した…それを踏まえてお前達3年全員に《ある厳罰》を受けてもらうことが決まった…」

 

 どこの校長だが知らねぇが…俺達をどうする気なんだよ…

 

「お前達の厳罰の内容は…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

緑谷が参加していた《奉仕活動》をやってもらうことになった」

 

『……えっ?』

 




 爆豪勝己というキャラの性格や口調は結構難しいですね。

 爆豪君の話が終わったら、次はオールマイトを含めたヒーロー達の話にします。


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制裁の法則(中編)

 大変、長らく待たせてしまい申し訳ありませんでした。

 前後編どころが色々付け足していたら中編まで内容が長くなってしまい、分かりづらい内容があった場合は重ね重ね申し訳ないです。

 後編は今月中には投稿できそうですので、それまでどうかお待ちください。


●5日前(ヘドロ事件から2日目)

 

 

爆豪光己 side

 

 警察署から自宅へ帰ってきた私はリビングで昔のことを思い出していた…

 

 私は昔から…周囲に《気が強い》とか《勝ち気》だと言われてきた…私自身そう思っている…言いたいことはハッキリ言うし…自分でも五月蝿いと思う声で喋るのが当たり前だった…

 

 でも…そんな私でも不安で押し潰されそうになった時期があった…

 

 それは…我が子を身籠り出産して…この腕に初めて勝己を抱っこしてから数ヶ月経った頃…

 

 お腹を痛めて産んだ我が子……勝己の産声を聞いたあの日のことを忘れたことはない…

 

 私と勝(まさる)さんの子供…

 

 我が子の顔を見た時の…心から止めどなく沸き上がってきた《嬉しさ》…

 

 我が子をこの腕で初めて抱っこした時の…どんな言葉でも現すことの出来ない《喜び》…

 

 あの時に私は決心した…必ずこの子を立派に育てる!…勝さんのように優しく!…困っている人に手を差しのべられるような強い子に育てると!

 

 

 

 勝己が産まれたあと…私と勝さんの両親や親族一同が盛大にお祝いをしてくれた。

 その後も両親は遠い実家から来ては何かとサポートもしてくれた。

勝さんは私が妊娠してから出産までの間は仕事の残業はなるべく減らし、飲み会などは断って早く帰ってきては家事や身の回りのことは進んで手伝い私を支えてくれた。それは出産から約1ヶ月程経ち、私が落ち着くまでの間もずっと続けてくれた。贔屓目に見なくても優しすぎる《父親》であり、本当に理想の《お父さん》になってくれていた。

 

 でも…私は…不安で不安でしょうがなかったことがあった…

私はちゃんと《母親》になれているのだろうか…

勝己の《お母さん》をやっていけるのだろうかと…

そう思ってしまうことがよくあった…

 

 両親は勿論、勝さんが傍にいてくれた時は本当に安心できた…

でも勝さんも両親達も四六時中ずっと私や勝己に付きっきりと言う訳にはいかない…

家族が増えたということもあって勝さんは前以上に仕事を頑張るようになった。

両親も実家が遠いため毎日来れる訳じゃない、私が勝己と2人だけになるのは当たり前だった…子育てをしながら家事をすることは最初はとても手間とったがすぐに慣れて自分ではもう《お母さん》としての日常を送り始めた…

 

 しかし…当時の私にはまだ親しいママ友はいなかった…

私は《勝ち気》だと思われている…

近所の人達は私を『強いお母さん』だと言ってくれる…

 

 

 

 でも…そんなんじゃない…

 

 

 

 私だって不意に《不安》で《弱気》になることだってある…

 

 

 

 私の本性を知っているのは…私の両親と勝さんだけ…

不意に赤ん坊の勝己と2人っきりになると…何の前触れもなく不安になって弱気になってしまう…

 両親と勝さんには言えなかったし聞けなかった…『私はちゃんとこの子のお母さんになれてるのかな?』と…それを心の奥に閉じ込めたせいなのか…《弱気》になるとその気持ちで一杯になってしまっていた…

 

 

 

 そんな私を心の不安から救ってくれたのは…私の数ヵ月後に《お母さん》になった…私の1番のママ友である…出久君の母親《緑谷引子》さんだった…

 

『光己さん、私だって同じですよ』

 

 彼女は…引子さんは私の本性をすぐに見抜いた…

そのたった一言は…私の心の奥底の感情を全て理解してくれるようだった…

幾度となく《お母さん》としての相談にのってくれた…

彼女は…私を救ってくれた…

 

 私も彼女の助けになりたくて相談にのった。

 そして彼女が私よりも苦労しているのを知った。

引子さんの旦那さんは自宅にはいないらしい…夫婦の仲が悪いという訳ではなく旦那さんは海外で仕事をしている上に海外赴任をしているため、自宅どころか日本へもマトモに居られないだけらしい。私ですら引子さんの旦那さんの顔は覚えてるが、勝己と出久君が中学生に上がるまでに会った回数は両手の指で数えるよりも少ない。

 つまり彼女は《女手1つ》で1人息子を育てているということだ。

 数ヵ月早く《お母さん》になった私の引子さんへの印象は…《私よりもずっと強いお母さん》になった…

 

 

 

 それから時は過ぎていき、勝己と出久君が4歳になる年…子供達にとっては人生でもっとも大事な時期である《個性の発現する年》がやってきた。

 《個性》…それは今の社会では当たり前に存在するもの、私の個性は《グリセリン》、勝さんの個性は《酸化汗》、勝己がいったいどんな個性が発現するのか正直わからなかった。

成長していく勝己は個性が芽生える前から勝ち気でヤンチャな子で運動神経も良く、同い年の子達が出来ないことが何でも出来る元気な子に育っていた。私は勝己に対してダメなことはダメと叱り、悪いのことをしたならそれなりのお仕置きをして反省をさせてきた。

 

 そんな勝己が発現した個性は《爆破》という派手で攻撃的な個性だった!

勝己自身、自分の得た個性を大いに喜んでいた!出久君同様に《No.1ヒーロー・オールマイト》に憧れて『将来はヒーローになる』と口癖のように言っていたのだから!

その数ヵ月後、出久君が4歳になった日から数日経った日に引子さんから電話が入った、その時の私は『出久君はどんな個性を発現したのだろう』としか頭になかった………が、引子さんから弱々しい声で語られた衝撃の事実に私は驚愕した…

 

 

 

 出久君は個性を持っていない…《無個性》と診断されたことを…

 

 

 

 電話越しでも分かる…電話の向こうにいる引子さん…あの時の…《昔の弱い自分》と同じことに…

 

でも…あの時とは状況が違う…

 

私は彼女の気持ちを理解してあげることは出来ない…

 

お世辞や励まし等の上っ面の言葉なんて何の救いにもなりはしない…

 

それでも彼女が私に電話してきてくれたのは、彼女が私を頼ってくれているからだと…助けを求めているからだと理解した…だから私は…

 

『個性が無くても…出久君は出久君でしょ?』

 

 聞く人によっては無神経な言葉にしか聞こえない…強い個性をもった息子をもつ母親からの嫌みでしかないんじゃないかと思うだろう…

 

そんな私の言葉を引子さんは…

 

『ありがとう…光己さん…』

 

 電話越しに聞こえた涙声の引子さんの返事は少しだけ落ち着いたように聞こえた…

 

 後日、私は1人で引子さんの家を訪ねた…

 

引子さんと出久君は私を迎えてくれた…

 

悲しみを圧し殺した笑顔で…

 

そんな2人を私は有無を言わさずギュッと抱きしめて頭を優しく撫でてあげた…

 

2人は大泣きしてくれた…

 

つられて私も泣きそうになったが堪えた…

 

私は2人が泣き止むまで抱き締めて優しく頭を撫で続けた…

 

引子さんが…あの頃の私を助けて支えてくれたように…今度は私が!彼女を…いや…引子さんと出久君を助けて支えてあげようって!

 

 

 

 

 

 それから2年の月日が経ち、勝己と出久君が小学生となった。

 

 勝己は《爆破》という強い個性と、私譲りなのか《勝ち気》で《強気》な性格になり、なんにでも挑戦して勉強もスポーツも優秀な成績、クラスでは人気?というか《リーダー》的な存在だと小学校の先生から聞いていた。

でもその反面、出久君は《無個性》で《大人しく》《引っ込み思案》な性格だったものあり、周りの子から何かと《仲間外れ》にされたり《虐め》られていることがよくあると…当時の1年生の先生は話してくれた…

 

 その虐めている中に…勝己がいることも…

 

 勝己は学校での自分のことは話しても《友達》や《出久君》のことは全く話してはくれない…直接聞いても惚(とぼ)けるだけだった…

 どうやったら真相を知ることができるのか悩んだけど…それを知るのはそう遠くない内に訪れた…

 

 勝己と出久君が小学生になって最初の夏休み…私はその日、買い物を終えてギラギラと照りつける太陽からの猛暑と戦いながら帰る途中、公園で遊んでいるで勝己や出久君へ飲み物やアイスを渡そうと思って立ち寄った…

 

 

 

 その日は私が実の息子に裏切られた日であり…

 

 勝己が私を騙し…嘘をついたあの日でもあった…

 

 

 

 公園の前について勝己と出久君を見かけて声をかけようとしたその瞬間、勝己がとった行動に私は目を疑った!

引子さんから聞いていた出久君がお小遣いを貯めて買ったという《オールマイトのフィギュア》を勝己が無理矢理取り上げて、それを取り返そうとする出久君を個性の《爆破》を使って攻撃した!

そして謝りもせず走って私がいる公園の出入口まで走ってきた!

公園から出てきた勝己は私に気づくや否や顔を青く染めた…正直、あの時の私がどんな顔をしてたのかは自分でも分からない…

勝己は慌てた様子で、手に持っている《オールマイトのフィギュア》と《公園で泣いている出久君》に対しては私にこう言った…

 

 

『デ…デクが知らない奴に虐められていて!助けたお礼にコレを貰った!』

 

 

 …と…あの時の勝己自身は…その場で自分が考えた最善の答えを出してきた…

 

 

 

 

 

 なにが『知らない奴に虐められていた』だ…

 

 なにが『助けたお礼に貰った』だ…

 

 自分のしたことに対して全く悪びれる様子がないどころが…見えすいた嘘をつく息子に対して…私は怒りが頂点に達し!まだ小さかった勝己に問答無用の拳骨を喰らわせた!

当然勝己は頭を押さえて痛がっており、涙目にながらも私に怒鳴って文句を言ってきた…

そんな勝己に…猛暑も忘れさせるような冷たい言葉で…

 

 

『全部見てたわよ勝己…』

 

 

 そう言うと勝己は静かになり…気の抜けた顔をして黙りこんだ…

私は買い物袋を持ちかえて利き手で勝己を担ぎ上げて近くの細い路地に入り、勝己にキツメのお仕置きをした…泣いても喚(わめ)いてもお構いなしにだ…

 

 

『出久君にコレを渡して『ごめんなさい』って謝ってきなさい…』

 

 

 勝己を叱り終わったあと、公園のベンチでまだ泣いている出久へ《オールマイトのフィギュア》とさっき買ったお菓子を入れた袋を渡して謝るように言ったのだけど、あれだけ叱ったにもかからず勝己はまだ不満そうな顔をして言うことを聞こうとしなかった…まるで《俺は悪いことなんてしていない》との意思表示をするように…

 

 

『勝己…アンタは悪いことをしたの…だから謝らないといけないのよ。そのオモチャは出久君のでしょ?《人の物を盗るのは泥棒》で…《ヴィラン》なんだよ!』

 

『!?』ダッ

 

 

 《ヴィラン》という単語を聞いてなのか勝己は走ってベンチに座って泣いている出久君のところへ行った…『今度勝己を連れて、ちゃんと出久君と引子さんに謝り行こう』と考えていると……呆れたことに勝己は謝りもせずにフィギュアとお菓子を乱暴にベンチへ叩き置いてその場から走り去った…

 程々(ほとほと)呆れた私は公園から出てきた勝己を捕まえて家に帰宅し、勝己に無理矢理正座をさせ時間を忘れて叱りつけた!『足がシビれた』だの『尻が痛い』だと言っていたがそんなのお構いなしに、足を崩そうとしたら『出久君がさっきアンタから受けた《爆破》の方がずっと痛かったんだよ!!』と怒鳴って体制を崩すことを絶対に許さなかった!

 

 それから何時間経っただろう…

 

 玄関の扉が開いて勝さんの声が聞こえた、時計を見ると既に夜の7時を過ぎていた。勝さんは私と勝己の状況を見るや否や何事かと慌てていたがすぐに事情を話した…勝さんは悩んでいたけど、勝己が涙やら鼻水やら涎やらで大泣き一歩手前の顔をしているのを見て…私のこれ以上の説教へ止めに入った…

まだ、叱り足りないという気持ちが私にはあったけど『これ以上は《勝己の人格》を変えかねない』と判断してその日はこれ以上の説教をやめた。

 

 後日、嫌がる勝己を無理矢理連れて引子さんの自宅(マンション)へ謝罪にやって来た。

リビングへとあがらせてもらいテーブル椅子に親子(母子)向かい合わせに座った。

昨日のことについて私が話すと引子さんは驚いていた。どうやら出久君は怪我やお菓子のことは詳しく引子さんに話しておらず、ケガについては『転んだケガ』で、お菓子については『ボランティアの人から貰った』ということにしてたみたいで昨日の詳細を聞いて驚いていたのだ。

出久君は勝己のことを思って、昨日のことを引子さんへ話していなかった…

 

《あんな酷い目にあわされたというのに、それでも勝己を友達だと思い気を使ってくれていた…なんて優しい子なんだろう》と私は感動してしまった…

 

 私は勝己と共に頭を下げて謝った…でも懲りずに勝己は謝ろうとしなかった…我が子ながら《なんて性根の腐った息子なんだろう》と思った。私は椅子から降りて床に膝をついて勝己の後頭部を掴んで無理矢理フローリングの床に額を叩き付けて謝らせた!勝己は私に怒鳴ってきたが後頭部を掴んでいる手の握力を強めると勝己はやっと出久君に対して口を開いた…

 

『悪がったよ!』

 

 明らかに誠意などない…嫌々言った《謝罪》だった…

それを聞いた私は床に穴を開けるような気持ちで勝己の額をもう一度思いっきり床へ叩きつけた!

私のとった行動に引子さんと出久君が止めに入ったくらいだ…見方によっては子供に対する暴力でしかないだろう…しかし、幼きながらもここまで性根が腐ってしまった子供を……ましてや我が子を正すため、これからはより一層に厳しく教育していこうと決めた。

 

 その日、自宅に帰ったあと前日同様に勝己を叱りつけたが相変わらず勝己は反省の様子を見せようとはしなかった…

 

 

 

 

 

 そんな日々を過ごしてまた時は過ぎていき、勝己と出久君が中学3年生になった。

勝己の乱暴な性格と生意気な口調は治らずのままだったが、夢である《ヒーロー》に向かって努力し真っ直ぐに進み続ける勝己は…私の《自慢》であり《誇り》でもあった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう………昨日までは………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは何の前触れもなく…突然やって来た…

 

 2日前の夕方、勝己の帰りが遅くまた寄り道をしているのかと思っていると、警察から勝己がヴィラン事件に巻き込まれたとの連絡が入った。しかし現場に居合わせたオールマイトが助けてくれたと言われ安心した。

すぐに帰ってくるのかと思ったら、何故か日が沈んだ頃に勝己は帰ってきた。

《弱味を見せない》性格だったもので、帰ってきた勝己は事件については答えてくれなかった…

 

 

 

 次の日(昨日)の朝、勝さんと勝己が家を出て洗濯物を干していると電話が鳴った、学校からの電話でてっきり昨日の勝己が巻き込まれた事件について聞きたいのかと思っていたが…

 

『はい爆豪です』

 

『もしもし、こちらは◯◯警察署の者ですが爆豪勝己君のご家族の方ですか?』

 

 電話の主は学校関係者ではなくどういう訳か《警察》だった…『どうして警察が学校の電話を?』と疑問をもっていると…

 

『落ち着いて聞いてください…実は昨日息子さんの《爆豪勝己》君が巻きこれたヴィラン事件の他に折寺中の生徒の………《緑谷出久》君が無人のビルから飛び降りるという事件が起きまして…』

 

『(え………飛び降りた…出久君が…)』

 

 私の思考は停止した…『どうして…なんで…』…頭が自問し続けたけど、すぐに我にかえり!

 

『出久君は!!?緑谷出久君はどうなったんです!!?生きてるんですか!!?まさか!!!??』

 

『お、落ち着いてください!緑谷君は病院に運ばれて奇跡的に一命をとりとめて今は◯◯病院に入院中ですよ』

 

『生きて……生きてるんですね……良かった……』

 

 生きていてくれたと分かり、安心したのと気が抜けたので私はその場にへたり込んだ…

 

『それで今日連絡したのは、緑谷君のクラスメイトを含めた同学年の生徒全員の事情聴取をとる際に、偶然県外から出張で来ている《電子メール》の個性をもつ警察がおりまして、彼も事情聴取に協力してもらうことになったのです』

 

『《電子メール》?』

 

『はい、《相手の思考を電子メールに変換し、携帯やパソコンなどの機器にメールとして送信できる》という個性なのですが、その個性をお子さんに対して使用をする許可をもらいたく、ご家族の方々へ連絡をしているのですが、よろしいでしょうか?』

 

 勝己の思考…普段学校のことはおろか、友達のこともロクに話そうとしない馬鹿息子が普段何を考えているかとても気になる。

 普通、自分の子供の思考を晒すなど親なら迷うところだろうが…

 

『わかりました、よろしくお願いします』

 

 私は迷わずに許可した。

 

 警察の方との電話を終え、今日の学校は昼前には終わって勝己は帰れるとのことだったので急いで勝己の昼食を作り、書き置きを残して出掛ける準備を済ませタクシーで出久君が入院している病院へ向かった。

 

 病院に着き、受付を済ませて出久君の病室へ直行して1人部屋の病室の前に来た。

 

コンコン

 

『……どなた…?』

 

『私よ、引子さん』

 

『光己さん…どうぞ…』

 

ガラッ

 

 引子さんの返事に答えて中へと入った。

 

『わざわざ来てくれてありがとう…光己さん…』

 

 ベッドの窓際にある椅子に座っている引子さんは私に《笑顔》を向けてくれた…でも…目元が赤くなってるし…左手にはハンカチが握られている…それに心なしか引子さん本人はゲッソリしていた…

 無理もない…ベッドに横たわり顔や手までに痛々しく包帯を巻いている出久君がそれを物語っているのだから…

ここへ案内してくれた看護師さんから聞いた話だと…引子さんは食事もとらずにずっと出久君の側にいて介抱してあげてるみたいだ…

 

『出久…勝己君のお母さんがお見舞いに来てくれたわよ…良かったわねぇ…』

 

 引子さんは眠っている出久君の頭を優しく撫でながら話しかけていた……私は切なくなる気持ちを押さえきれず部屋を見渡した、昨日今日で既に何人かお見舞いに来ていたのか…果物の詰め合わせやお菓子、飲み物や手紙などがテーブル一杯に置いてあった。

 

『あぁそれですか…昨日の夜と今朝早くに来てくださったボランティアの人達が持ってきてくれたの…』

 

『ボランティアって、出久君が参加してる《ゴミ拾い》の?』

 

『えぇ…昨日出久が飛び降りた現場に居合わせたみたいで、それを知ってか昨日だけでも何十人もの方が来てくれたんだけど、手術が終わったばかりの出久へ押し掛ける形になるのは申し訳ないってことで、こんなにお見舞いを持ってきてくれたんですよ。小学生や幼稚園のお子さんも一緒に来てくれて…出久に『早く元気になって』とか…『退院したらまた一緒に遊んで』とか…『また来てあげるから、その時は起きててね』とか………みんな…優しい子ばかりで……皆さん…出久のことを心配してくれて……』グスッ

 

 話の途中で引子さんは泣き出してしまった…

 

 出久君がどれだけ地域の人達から愛されているのかが伝わってくる…10年前に《無個性》だと診断されてもなお、出久君はヒーローになることを諦めずに前向きに生きていた。幼い頃からランニングや筋トレなどのトレーニングをしがてら、地域のボランティア活動にもすすんで参加していた。休みの日のボランティアが終わったあとは参加していた子供達の遊び相手にもなっていたとも聞く…真面目で本当に優しすぎる子だと深く痛感させられる。

 

『………捜査中みたいだけど…出久が飛び降りたビルの屋上に出久の《靴》と《鞄》が綺麗に並べて置いてあったらしいの…警察は『自殺を図ろうとした可能性が高い』って言ってたわ…』

 

『それって…』

 

『…えぇ…警察は出久が《無個性》なのが原因で…それを理由に《虐め》や《差別》があったのが…自殺の原因じゃないかって…』

 

 この時…私は…心のどこかで嫌な予感がした…

勝己は学校のことは全く話してはくれない…担任の先生も三者面談の時は『勝己君はとても優秀な生徒です』や『将来《雄英合格》は間違いありませんね』みたいなことしか言わず、『勝己が学校で虐めやら暴力などをしてないか?』という質問をしても誤魔化されるばかりで教えてはくれない…

 

 もしかしたら勝己が…と私の頭をよぎった…

 

『今…警察の方々が調べてくれているみたいで…今日の夜か明日の朝には真相を突きとめますって言ってたわ…』

 

『それは…随分と躍起(やっき)になってるみたいね…』

 

『ホント…どうしてそこまでしてくれるのって言うくらい捜査をしているみたいで…』

 

 そう言って引子さんはTVをつけると丁度ニュース番組が流れ、速報で昨日は全く報道されてなかった《男子中学生の飛び降り自殺未遂》が報道されていた。昨日の夜から今朝まで《オールマイトが解決してくれた勝己が巻き込まれたヘドロヴィラン事件》しか報道されてなかったというのに、今はどのニュースチャンネルも出久君のニュースが報道されていた。

 

『まったく!同じ日にこんな大事件が起きたって言うのに!出久君のことを完全に後回しにするなんて何考えているのかしら!』

 

『…仕方ないわよ…何せ…No.1ヒーローのオールマイトが関わった事件ですもの…』

 

 TVに対しての愚痴を溢しながら、私は出久君のことも心配だけど、引子さんにも身体を大事にしてほしいと説得してコンビニで買ってきたおにぎりなどを渡し食べて貰いながら面会時間が終わるまで引子さんと話をした。『明日また来るわね』と言って部屋を出る私に引子さんは笑顔で見送ってくれた…

 

 

 

 

 

 彼女の心からの笑顔を見るのが…これで最後になるなんて…この時は思いもしなかった…

 

 

 

 

 

 自宅に帰ると鍵が空いており玄関には勝己の靴があった、先に帰ってきたみたいで勝己の部屋に行ってみると本人は私服に着替えベッドで寝ていた。『友達が大変だっていうのに熟睡するなんていったいどんな神経をしているのか』と息子の正気を疑った…

 

 その後、夕食の支度をしていると勝さんが帰ってきた。料理中だったので断片的にだけ出久君のことを説明すると…勝さんは重く受け止めていた…

 出久君は小さい頃からお父さんと一緒にいることがほとんどなくて、勝さんが休みの時にウチへ遊びに来ると勝己や私よりも勝さんの側にいることが多かった。きっと勝さんに自分のお父さんを重ねているんだなと…

勝さんもそれを知ってか勝己と同じくらい出久君を可愛がっていた…

 だから今回の事件を聞いてショックを隠せていないみたい…

 

 

 

 

 

 そして次の日の今日…

 

 私は全てを知った…

 

 そう…全てを…

 

 

 

 今朝、勝さんが出勤し間も無くのことだった…

 

ピンポーン

 

 まだ朝の7時前だというのにインターホンが鳴った、誰かと思いながら玄関のドアを開けると…そこにいたのは2人の警官だった…

 

『朝早く申し訳ありません、警察の者ですが《爆豪勝己》君はご在宅ですか?』

 

『えっと……はい……いますが……勝己に何か?』

 

 この時の私は、一昨日の勝己が巻き込まれたという《ヘドロ事件》のことでまだ聞きたいことがあってやって来たのだと瞬時に思ったが、それは違っていた…

 

『一昨日起きた事件の《被疑者》として、息子さんの取り調べを行いたいので署まで御同行をお願いします』

 

『(《被疑者》?《被害者》じゃなくて?)』

 

『詳しいことは署でお話いたしますので、とりあえず息子さんを起こしてきていただけませんか?』

 

 私は一旦考えることをやめ、すぐに階段を掛け上がりドア越しに勝己を叩き起こして玄関に無理矢理つれてきた、勝己は私に対して怒鳴っていたけど玄関にいる警察に気づいて言葉を失っていた…

 

『爆豪勝己君だね、寝起き早々で申し訳ないが我々と一緒に署まで来てくれないかい?』

 

 勝己は警官からの問いかけに呆然としていた。私自身状況が全く飲み込むことが出来なかったが、急いで身支度を整えて勝己と警察の方々と共に警察署へ向かった。

 

 警察署に着き、勝己とは別れて警察の方から《勝己が巻き込まれた事件》とは別の1つの事件…《出久君の飛び降り自殺未遂事件》の詳細を教えてもらった…

 

 

 

 そして《真実》を知った…

 

 

 

 勝己が8年前のあの日以降…私の目の届かないところで何をしてきたのか…

 

一昨日の事件のあった日に勝己が出久君に何をしたのかを知った…

 

信じたくなかった…

 

でも…警察の方が見せてくれたいくつもの証拠と物証…

 

 

・昨日電話であった《電子メール》の個性によって明らかにされた《勝己の思考》…

 

・町の監視カメラと防犯カメラに映っていた…勝己が友達と3人がかりで個性を使い出久君を痛めつけていた《複数の暴力映像》…

 

・一命をとりとめた後にリガバリーガールの診断で判明した、出久君の身体にあった《いくつもの痣や火傷跡を写した写真》…

 

・そして……勝己が個性で燃やしたという出久君の《ノート》……証拠品のためカラーコピーで写した紙だったけど、そのほとんどのページがマジックかサインペンで黒く塗り潰されており…唯一塗り潰されてなかったのは最後のページだけ…私はそこに書いてあった内容を最後まで読むことが出来なかった………

出久君が引子さんに向けて書いた《遺書》だったから…

 

 

 勝己の取り調べが終わる頃には、私は全てを理解した…

小さい頃から《オールマイトを越えるヒーローになる》と耳にタコができるほど言っておきながら、やっていることは《ヴィラン》のソレと何ら変わらない勝己の全てを…

あの子は《自分》のことしか考えていないことを…

 

『いったい、どんな教育をしてきたんですか?』

 

『《無個性の人間》と《自分より弱いと決めつけた人間》には暴力を振るっても、見下しても問題ないと教えてきたんですか?』

 

『あなたは本当に《母親》なんですか?子供は親を見て成長するんですよ?』

 

 証拠と物証を見せてくれた婦人警察の人達から言われたことが心に突き刺さった…

 

 あの子は…勝己は…他人を見下し…気に入らないことがあれば個性を使い平気で他人を傷つける人間へとなった…

 

 そんな子に育ててしまったのは………《私》…

 

 

 

 今朝家を出てから帰ってくるまでの合間に…私の世界は大きく変わった…

 

 

 

 私は帰ってきて家に上がるなり勝己を問答無用で殴り飛ばした!

勝己に対する負の感情を爆発させて力の限りで我が子を殴り、胸ぐらを掴み無理矢理立たせて勝己に怒鳴りながら言いたいことを全部言った!その末に…私は息子を《ヴィラン》と言ってしまった…

 その場から逃げるように私はリビングへと飛び込んでから直ぐに崩れ落ちてソファーに突っ伏した…正直…もう…立っていることすら限界だった…頭の処理が全く追い付かなかった…

 

 そして今に至る…お昼を過ぎていたが食欲などなく…勝己は空腹なら『飯を作れ!』と怒鳴ってくるが今日は食欲などないだろう…朝食は勝己同様に警察署で用意されたおにぎりや味噌汁を頂いていた…

 

 いや!昔のことを思い出してる場合じゃない!

無理矢理身体を動かして私は家の電話の前に移動し…

 

 引子さんへ…電話をかけた…

 

 

PRRRRRRRR…PRRRRRRRR…PRRRRRRRR…

 

 

 受話器から聞こえてくる呼び出し音に私は恐怖していた…本当は引子さんと話すのは怖い…このまま待機音が続いてくれれば良いなんて思っている自分がいた…

 

『…………はい…』

 

「…も…もしもし………引子さん…」

 

 引子さんは電話に出ててくれた…引子さんの声を聞いた途端に話そうとしていた内容が頭から消えそうになる…

 

 謝らないと!

 

 私の息子が出久君を死に追い込んだことを!

 

 私の育て方が悪かったせいで!勝己はあんな人間へと育って…10年もの間…出久君を苦しめていたことを!

 

 そんな息子の悪事に…母親の私が気づけなかったことを!

 

 そして昨日…その元凶の母親から心配や施しを受けるなんて…《ありがた迷惑》以外の何でもない!

 

 出来ることなら!電話越しじゃなくて!ちゃんと面と向かって謝りたい!

 

 心から謝りたい…謝りたいのに…声が出ない…

 

『……………』

 

 電話の向こうにいる無言の引子さんに私は言葉をつまらせた…

 

 引子さんがどんな顔をしているのか…

 

 引子さんはどんな気持ちで電話に出てくれたのか…

 

 彼女の今の心の内を考えれば考える程…何を言っていいのかで頭を悩まされた…

 

 普段から大きい声なんて当たり前のように出し、言いたいことをハッキリと言っていた私はどこに行ったのか…

 

「…ごめんなさい…引子さん…」

 

『………』

 

「…謝って…許してもらえないのは分かってるの…」

 

『………』

 

 警察署で真実を聞いた際、私は自宅に帰る前に病院へ行こうと決めた。例え何を言われようと!迷惑だとしても!面と向かって引子さんと出久君へ土下座をして心から謝罪したい!

 でもそれはもう叶わないことだった…婦人警官から《引子さんが面会を全面的に謝絶》するとの連絡があった…特に加害者とその親とは会いたくない…つまり私は会うことすら許されなくなってしまった…

 電話することすらいけないことだというのに…私はこうして通話している…

 

「…本当に……本当に…ご」

 

『ごめんなさい…光己さん…』

 

「えっ……?」

 

 自分でももう何を言ってるのか分からなくなっている私に対しては引子さんが謝ってきた!?

 

「ど…どうして引子さんが…謝るの?」

 

『分かってるの…光己さんがどんな気持ちで私に電話を掛けてきてくれたのか…同じ母親だもの……それに私にとって光己さんは…1番のママ友だから…出来ることなら…このまま仲良くしていたい………でも私は…勝己君を…貴女の息子を許すことはできない……絶対に…』

 

「!!!………」

 

 引子さんからの言葉に何も言えなかった…ただ…ハッキリしているのは…今の静かな言葉とは裏腹に…彼女の計り知れない程の《怒り》と《憎しみ》を感じ取れたということを…

 

 その《怒り》と《憎しみ》を必死に圧し殺し…穏便に済ませようとしてくれている…

 

 

 

 分かっていたことだった…

 

 

 

 引子さんは出久君と同じで優しすぎる…暴言なんて使わないし…人を傷つけるような乱暴な言葉使いをする人じゃないって…

 

 

 

 私を罵倒でも何でも言って追い詰めてくれたっていい…

 

 私を精神的に追い込んでくれたっていい…

 

 訴えてくれていい…

 

 裁判を起こしたっていい…

 

 そんなことで償いきれないことをしてしまったんだから!

 

 どんな粛清も受ける!

 

…でも…引子さんはそれをしない…

 

 

 

『だから…光己さん…お願いしたいことが…約束して欲しいことがあるの…』

 

「なっ!なにっ!?」

 

 引子さんから《願い》!それがどんな内容だとしても私はすべて受け入れる!

 

『それは…………………』

 

「っ!!!??」

 

 彼女からの《願い》…

それは決して酷いことでも…難しいことでもなかった……愛する一人息子を死なせかけた加害者家族に対して余りにも軽すぎる《願い》であったが、それは私とって心に大きな穴を空けてしまう《願い》だった…

 

『それじゃあ…さよなら…光己さん…』

 

(ツーツーツーツーツー)

 

 電話が切れ不通音が私の耳に響いた…

 

 

 

 一度受話器を戻し、私は心に空いた穴を塞ぎたくて仕事中の勝さんへ電話を掛けた!

 

『もしもし…』

 

「勝さん!」

 

 夫の声が聞けて私は少しだけ安心できた。心細くなってしまったのか…10年以上も心の内へしまい続けて表に出さなかった《弱い自分》に私は戻っていた…

 警察署での勝己の真実と…早く帰ってきてほしいという意思を勝さんへ伝えた…

 でも運命は優しくはなかった…

 

『そうか……分かった……でもすまない…実は取引先から呼び出しを受けてしまって…コレから向かうことになったんだ…おそらく今回のことを含めてだと思うから…数日は帰れそうにないんだ。丁度その事で連絡しようとしてたんだけど…君から電話をかけてきてくれたからね…なるべく早く終わらせて帰るようにするよ…それまで待っててくれ…光己…』

 

 それだけ言って勝さんは電話をきった…

数日前に勝さんから出世についての話があったと聞いたが、勝己のことで勝さんの仕事にも支障が出たのやもしれない…

 

 私の心に空いた穴を冷たい風が吹き抜けていくような感覚がした…

 

 なぜって?

 

 勝さんも引子さんと同じく私に怒鳴らなかったからだ……どうして…どうして……どうして………どうして!!私は許されるべき人間じゃないのに!!

 

 私が気づかぬ間に再び涙を流していた…

 

私は…勝己を…いや…私自身を許せなかった…

 

《母親失格》だと…自分を責めた…

 

自分の育て方が間違っていたから勝己はあんな人間へと育ってしまった…

 

『子供は親を見て育つ』…さっきの婦人警官の1人がそんなことを言っていた…

 

その通りかも知れない…

 

勝己は勝さんの《優しい》面ではなく、私の《粗暴で乱暴な》面を見て育ってしまった…

 

結果的に言えば…私が出久君を死なせかけてしまったということだ…

 

「勝己は…私の性格や態度を見たからあんな性格に育った………なら…私は…」

 

 自分がこれからどうするべきなのか…私は自分なりに答えを見つけた…

 

今更遅いのは分かってる…

 

でも…私が勝己にしてあげられるのは…もうコレしかないと…

 

 

 

 私が変われば勝己もきっと変わってくれると信じて…私は自分を変えることにした…

 

 《物静か》で…《怒鳴らない》…そんな人間に変わろうと…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●4日前(ヘドロ事件から3日目)

 

 

爆豪勝己 side

 

 朝から最悪の気分で登校して担任から今回の一件による俺達への厳罰が発表された。内容はどこぞのヒーロー校の校長が考案したらしく、どんな厳罰なのかと多少の不安はあったが…その必要はなくなった。

 

「お前達の厳罰の内容は………緑谷が参加していた《奉仕活動》をやってもらうことになった」

 

『……えっ?』

 

 クラスが唖然とした…担任から告げられた厳罰の内容は俺の予想していたものとはまるで違った。

てっきり《退学》やら《停学》にまでなるんじゃねぇかと考えていたからだ。

それはクラスの奴らも同じようだっだ。

 

「…先生…それって《地域のゴミ拾い》ってことっすか?」

 

「あぁ…そうだ…」

 

 クラスの誰かが担任へ質問をし、それを聞いてクラスの反応は2つに別れた。

 

 

『それだけのことで本当にいいのか?』と疑問に思う奴…

 

『そんな簡単なことで済むんだな!』と軽く受け止める奴…

 

 

 当然、俺の反応は後者だ!

デクがやっていたことをやらされるのは気に喰わねぇが、そんな大したことのない簡単な厳罰で今回の件が帳消しになるなら安いもんだ!と俺は内心喜んだ。

 

 所詮、今時のセンコーや大人が俺達生徒へ厳しい厳罰を下すことなんざ出来やしない!高校受験を控えた俺達…特にこの俺は来年《雄英》に入ることが決まっているも同然の生徒!この学校からの《唯一の雄英合格者》に余計な汚点を背負わせたくないとセンコー達が手を回してくれたんだろうよ!役にたたねぇと思っていたセンコーもたまには使えるじゃねぇか!

 

「今からその《奉仕活動》についてのプリントを配る。今日の学校が終わってからスタートになるので、プリントに目を通しながら説明していく。」

 

 担任は手元のプリントを1番前の席の奴等に渡し、一昨日俺が壊したデクの席以外へプリントが渡り終えると担任が説明していく。

 

 長々と説明する担任だが、プリントに書かれている内容を大袈裟に言ってるだけにすぎない。

 

 

 

〔奉仕活動についての内容及び注意事項〕

 

○活動期間

・1ヶ月間(土日と祝日も含む)

 

○活動時間

・学校のある平日は、終わり次第体操着に着替えてグラウンドへ集合。今回の奉仕活動を手伝ってくださるヒーローの方々と共に決められた区域のゴミ拾いを《明るい内》だけ作業する。休日はボランティアの方々も参加する。

・休日及び祝日はクラス毎に《午前》と《午後》に別れて活動すること。

(午前) 9:00~12:00

(午後) 13:00~16:00

 

○注意事項

・毎日必ず参加すること

※期間中、奉仕活動及び学校問わずに問題(喧嘩や暴力行為など)を起こした生徒がいた場合は、連帯責任としてその生徒とクラスメイト全員へ活動期間の延長とされる。

※相応の理由がなく活動を休んだ生徒がいた場合もクラス全体の連帯責任として活動期間が延長される。

・期間中の部活は休部扱いとし、部活への参加は禁止とする。

 

◎最重要

・奉仕活動中の個性の使用は絶対に禁止とする。

 

 

 

 プリントに書かれた内容を一通り読み終えたところで、クラスの奴等は小言を喋りだした。

 

「1ヶ月間かぁ…」

 

「おいおい休みもやるのかよ…」

 

「毎日参加って…マジ?」

 

「部活そっちのけで出なくちゃいけないの…」

 

「ヒーローと一緒ってのはまぁ悪くないけど…」

 

「今の時期に暗くなる前までとすると…」

 

「土日はボランティアの人も手伝って…いや来るのか…」

 

「休日は午前と午後のどっちかだけ参加して3時間ぶっ続けかよ…」

 

「休日の8分の1をゴミ拾いに使えっての…」

 

「1人でも問題を起こしたらクラス全体の連帯責任って…」

 

「喧嘩や暴力行為って…ウチのクラスには《それを人間にしたような奴》がいるのに何も起こらない訳ないじゃん…」

 

「下手すりゃ一生終わらないぞコレ…」

 

 全員じゃねぇがクラスの連中の半数近くは厳罰内容に不満をもって愚痴をこぼしている、俺だって同じだ。

 

「奉仕活動は今日の放課後から開始となる。クラスごとにわかれて担当のヒーローの元で活動をしてもらう。それと、この活動で一番重要なのは最後に記されてる《奉仕活動中の個性使用は絶対に禁止》という内容だ。プリントに書いてはいないがそれを破ったなら、最悪の場合はヒーロー校どころか高校にも行けないと思えよ」

 

 担任は俺達へ釘を刺してきた。《高校へいけない》…つまり進学が出来ず《中卒止まり》になるということ。

 

「(けっ!どうせ大袈裟に言って馬鹿真面目にゴミ拾いをやらせようってだけで、実際にそんなことを出来はしねぇんだろ!そんな見えすいた脅しが通用するかよ!)」

 

 

 

 

 

 俺はそう決めつけていた…

 

 でも…それは大きな間違いだった…

 

 俺は…俺達は正直舐めていた…

 

 気づいちゃいなかったんだ…

 

 たかが《ゴミ拾い》程度…

 

 そんな簡単で…大したことなんてないことが…

 

 俺達の心を深くえぐる《恐怖》を…

 

 自分の居場所をジワジワと失っていく《恐怖》を…

 

 多くのものを失っていく《恐怖》を…

 

 その全てを身をもって思い知ることになったのだから…

 

 そして…今まで俺達がデクにしてきたことが…何十倍…何百倍…何千倍…にもなって俺達に跳ね返り…報いを受けることになるなんてよ…

 

 

 

 

 

「それと…爆豪」

 

「あ”ぁ”?」

 

「今すぐ一緒に職員室へ来てくれ、一時間目の授業はでなくていい」

 

「んだよ、どういうことだ?なんで俺だけ」

 

「説明は向こうでする、とにかく来い」

 

「チッ!めんどくせぇなぁ!」

 

 俺は偉そうな口を利く担任に連いていき職員室へ移動した。入り口で待つように言われ待つこと数分、担任と数人のセンコー共が一緒に出てきて今度は職員室近くにある応接室へと移動した。

 

「(クソが!!ここに来ると思い出す!!あのムカつく眼鏡野郎から受けた屈辱を!!!)」

 

 2日前、この場所であの眼鏡野郎に個性の《電子メール》で俺の頭ん中を覗かれた忌々(いまいま)しい場所!

 

「(思い出すだけでも腸(はらわた)が煮えくり返ってくる!あのクソ眼鏡野郎、すました顔して俺のこと騙した上におちょくりやがって!!次会ったら絶対にブチ殺す!!!)」

 

 俺は応接室に入っただけで機嫌が悪くなりながらもソファーに座り、センコー達も全員ソファに座った。

 

「あ~っと爆豪…早速だが…なんでお前だけ呼び出されたか…分かってるよな」

 

「はん!昨日警察署へ連れていかれたことかよ!?」

 

「それもあるが…それだけじゃない…」

 

「あ”ぁ”?」

 

 担任の訳のわからない戯れ言を聞きながら、昨日のゴリラ野郎が言っていたことを少しだが思い出した。コイツを含めこの学校のセンコー共の厳罰は《減給》で、コイツに至っては教師を辞めさせられはしないが教育委員会から厳しい厳重注意を受けた上に《減給》の額が他の教員よりも多いらしいが、そんなの俺には知ったこっちゃねぇ。

 

「お前は一昨日の事情聴取を受ける前、緑谷の机を壊して生徒達を脅し自分のことを口止めさせたんだよな」

 

「ちっ!それがなんだよ!?」

 

 昨日のゴリラ野郎が言っていたことと同じことを言われて俺は更に機嫌を悪くした!また遠回しに俺のことを犯人だのなんだのとグチグチ言うつもりなのかよ!

 

「……爆豪…俺は教師としてお前を優遇してきた自分が恥ずかしい…」

 

「んなもん俺が知るかよ!!テメェが勝手にやってきたことだろうが!!」

 

「……そうだな…お前には知ったことじゃない……だがな、これから話すことはお前にとっては知らないことじゃない」

 

「なんのことだよ!」

 

「俺達3年の教師は昨日、緑谷を虐めていたと判明した生徒の家へ赴き、どうして《緑谷を虐めていた》のかの理由を聞きに行ったんだ」

 

「はあ?そんなことしてる暇あんのかよ!テメェら相当暇なんだな!?」

 

 俺の言葉が癇に障ったのか応接室のセンコー全員が俺を睨んできた。

 

「……爆豪…昨日生徒達がなんて答えたと思う?」

 

「んなこと知るわけねぇだろうが!!さっさ言えや!」

 

「…ほぼ全員がこう答えた…『爆豪にやれって言われた』となぁ…」

 

 

 

 …はっ?…んだと…

 

 

 

「俺のクラスだけじゃなかったぞ…」

 

「ウチのクラスの生徒も君に脅されていたと言っていた」

 

「私のクラスの生徒もよ」

 

「俺のクラスの生徒も同じだ」

 

 担任を始めとして…他のセンコー全員が同じ返答をしやがった…

 

「全員が中学1年の時にお前から…

『デクは無個性で役立たずのクソナードだ!俺が将来この学校からの唯一の《雄英合格者》になるために目障りなんだよ…だからテメェらが何とかしろや!あとテメェらも命が惜しけりゃ《雄英》を受けんじゃねぇぞ!分かったがゴラァ!!!』

…と怒鳴って脅されたとな…そしてそれを断ろうとしようものなら…

『没個性の分際で俺に意見すんじゃねぇよ!!』…

『俺の言うことが聞けねぇってか!あ”あ”ん!!?死にてぇのかゴラァ!!』…

『俺に指図するんじゃねぇ!できねぇならテメェをぶち殺すぞ!!』…

『消されたくねぇなら大人しく言うことを聞けばいいんだよ!社会のクズが!!』…

『テメェは所詮、3年後は俺の踏み台になることでしか役に立てねぇんだよ!そんなお前に《ヒーロー》になる俺が役に立つ道を与えてやってんだ!むしろ感謝しろや!!!』…

などの暴言や恐喝によって脅されていた故に無理矢理緑谷を虐めるメンバーになったと供述しているんだが…これは本当なのか?爆豪?」

 

「…ふっ…ふっ…ふざけんな……ふざけんじゃねぇ!!!俺はんなこと言った覚えは………」

 

 ………その先の言葉が出てこなかった…気に入らないことがあれば暴言やら怒鳴り散らすなんざ…俺には日常的な言葉だった…

 散々『死ね』だの『消えろ』だの平気で言ってきたのは俺だ…だから俺自身が本当に言っていないという確証がない… 

 

「………」

 

「爆豪…無言ということは…これは真実なんだな…」

 

「…くっ!?」

 

「…《個性が派手で強い》…お前は将来《有望なヒーロー》になってくれると信じて…俺はお前を優遇扱いしてきた…だがそれは俺の勝手な妄想だ……お前がこんなにまで卑怯で冷徹で自分勝手なだけじゃなく、他の生徒を脅して緑谷を追い込んでいた…まるで自分の手を汚したくないかのように…これは《ヴィラン》がとる行動だぞ…爆豪」

 

「(!!?また!俺を《ヴィラン》だと!好き勝手言いやがって!!)」

 

「この事を踏まえて…お前への厳罰は他の生徒より厳しくする。お前には休日の奉仕活動では午前と午後のどちらにも出てもらうぞ」

 

「んだと!ざけんな!なんで俺が」

 

「分がったな!!!?」

 

ビクッ!

 

「……チッ…クソが!…分かったよ…」

 

 担任の怒鳴り声に俺は一瞬だけビビった…コイツも教師の端くれって訳かよ…気に入らねぇ!!教師の分際で俺に指図なんざしやがって!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後教室へ戻り、2時限目から授業へ出た俺だったがクラスメイトも他のクラスの奴等も誰一人俺に関わろうとしなかった。以前は煩せぇくらいに話しかけて来たってのに…今は顔すら合わせようとせず、俺を避けていやがった!

 

「(どいつもこいつも生意気なことしやがって!!いつか覚えておけよ!!!)」

 

 俺は腹の中にドス黒い《怒り》を溜め込んだ!いつの日かコイツら全員に制裁を下してやると決めて今は我慢した!

 

 それから今日の授業を終えて、ついにデクが参加していた奉仕活動をやる時間になった。帰り支度と共に体操着へ着替えて校庭に行くと既に30人程度のヒーローが待っていた。

 デク以外の3年全員が集まった頃に校庭においてある台の上に校長が立ってマイク越しに話し始めた。

 

『えー…それではこれより3年生の皆さんには《町内のゴミ拾い》を行ってもらいます。清掃する範囲は事前にヒーローの方々へ説明しておりますので、生徒の皆さんはクラス毎に別れて担当のヒーローと共に移動して奉仕活動を開始してください。注意事項を必ず守ってヒーロー達の言うことはちゃんと聞くこと!今朝配布したプリントにも書いてあるように、個性の使用は絶対に禁止!それを決して忘れように…以上です』

 

 校長のつまらない話を聞き終え、俺達の担当のヒーロー達から各自掃除道具を渡されて掃除場所まで移動した…掃除が終わったらそのまま帰れるように制服入りの鞄を持ってだ…邪魔だし重いったらありゃしねぇ!

 

「じゃあ皆さん、これから明るい内だけ《ゴミ拾い》をしていただきます。清掃の範囲は移動中に説明した場所だけとし、その範囲からは出ないようお願いします。分からないことは我々に聞いてください。それでは作業開始します」

 

 清掃する場所へと移動し、ヒーローの掛け声と共に各自ゴミ拾いが始まった…

 

「(正直めんどくせぇ…大体!なんでこの俺がクソナードのデクがやってたことをやらなきゃいけねぇんだよ!)」

 

 俺は不満タラタラで作業をした…

 

 ふと周囲に目をやると近くに取り巻きの2人がいた!俺は2人へ近づき声をかけた。

 

「ようお前ら、俺に責任擦り付けて自分達だけ逃げようなんざ随分といい御身分じゃねぇか…あ”あ”っ!?」

 

 俺は近くにいるヒーローに気づかれない声で2人へ突っ掛かった。

 

「「………」」

 

「(コイツら揃って俺をシカトしてやがる!俺に逆らうなんざ!いい度胸してんなぁ!!?)おい!シカトしてんじゃねぇよ!」

 

 俺はソイツらの肩を掴んで無理矢理俺の方を向かせた!

 

「聞こえてんだろテメェ……ら…」

 

 だが…ソイツらの顔を見て言葉を詰まらせた…

 

「んだよ…その顔…」

 

 教室じゃ気づかなかったが、コイツらの顔には青たんや痣などの暴行の跡があった!

 

「…この傷か…これは昨日担任が帰ったあとの夜に父ちゃんと母ちゃんからボコられた傷だよ…」

 

「…散々叱られて…父ちゃんに殴られるなんざガキの頃以来だった…ただ容赦なしに思いっきり殴る蹴るをされた。お前と一緒になってデク…緑谷を虐めていたことが全部バレてよ…」

 

「…『やめてくれ』って言っても止めてくれなかった…代わりに『お前がしてきたことはこんなもんじゃないだろ!!』って言われて…反論できずボコボコにされたんだよ…」

 

「…そんで…お前と縁を切らないなら…高校へは行かせないって言われたんだ…」

 

 俺も昨日ババアに殴られて似たようなことを言われた…コイツらの傷と態度を見た限り嘘を言ってねぇみたいだ…

 

「…勝己…俺達はお前と一緒にいたかねぇんだ…俺達の人生まで台無しにしないでくれ…親から『お前らまでヴィランになりたいのか?』っても言われた…」

 

「…頼むから…もう俺達に関わんなよ…お前が俺達を《友達》だと思ってるかは知らねぇけど…《絶交》だ…勝己…」

 

 2人は小声で必死に伝えてきた…幼稚園から今までデクと同じく勝手に俺のあとをついてきただけの没個性野郎が俺に口答えしやがって!!!

 

「…なに…勝手なこと言ってんだ!そんなの許すと思ってんのが!!」

 

「おい君達!何をしてる!?無駄話してる暇があるなら早く作業に戻りなさい!」

 

 近くにいたヒーローが俺の大声で気づいてかこっちへ来やがった。

 

「あ”あ”っ!?テメェには関係ねぇだろ!失せろや!!」

 

「…君は…期間の延長が嫌ならさっさと作業へ戻りなさい!」

 

「んだと!俺に指図しやがって!!おい!お前らもなんとか言え…って…」

 

 取り巻きの2人は俺から逃げるように走って離れていっていた。

 

「ア”イ”ツ”らああぁ!!!」

 

「ほら!早くに持ち場に戻りなさい!」

 

「クソがあああぁ!!!」

 

 こうして俺は…最悪のスタートで1日目の《ゴミ拾い》を終えた…

 

 だが…こんなのは始まりにすぎなかった…これからだったんだ…この厳罰の本当の意味を思い知ることになった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●3日前(ヘドロ事件から4日目)

 

 

爆豪勝己 side

 

 今日は土曜で休みだっつうのに朝から学校に来て早々にヒーローに連れられて《ゴミ拾い》をやらされている!今日からボランティアの連中も参加することになってるが、俺は昨日センコー共のせいで昼休憩の1時間を除いて、午前と午後の合計6時間も《ゴミ拾い》をやらされることになっている!本当に嫌になるぜ!それもこれも!あのクソデクのせいだ!!!

 

「ちっ!」

 

 そんなことを思いながら1人でゴミ拾いをしていると…

 

「あぁ?」

 

 4、5歳くらいの小せぃガキ3人…俺に近寄ってきた…

 

「んだよ…イッテェ!?」

 

 ガキ1人がいきなり俺の足を蹴ってきやがった!

 

「テメェ…クソガキ!なにしやがんだ!!」

 

「お前!出久お兄ちゃんをイジメてた奴だろ!」

 

「なっ!?」

 

 俺を蹴りやがったガキが俺に指を差して怒鳴ってきた!

 

「あそこにいる2人と一緒になって、出久お兄ちゃんへ缶とかペットボトルとか投げつけたりして酷いことしたの何度も見たぞ!」

 

 もう1人のガキが怒鳴りながら指差す方向に取り巻き2人がいた。こっちの会話が聞こえたのか、それとも周囲から向けられる目線に耐えられなかったのか、取り巻き2人はそっぽを向いてそそくさとその場から離れていきやがった!

 

「俺達がお前らみたいな悪い《ヴィラン》を『やっつけてあげる』って出久お兄ちゃんに言っても!出久お兄ちゃんは『大丈夫だよ』って言っていつも止められたんだ!」

 

「お前が来たって出久お兄ちゃんは起きないんだぞ!!」

 

「どうして…どうして!優しい出久お兄ちゃんがあんな目にあわないといけないだよ!?」

 

「出久お兄ちゃんはゴミ拾いが終わったあとに俺達と遊んでくれたりしてたんだぞ!!」

 

「返せ…返せよ!出久お兄ちゃんを返せよ!!!」

 

 ガキ共は俺に滅茶苦茶なことを言いながら俺の足を何度も殴る蹴るを始めやがった!別に痛かねぇのに…

 なんでだよ…なんでこんなに胸がイテェんだよ!しかもこんなガキにまで《ヴィラン》呼ばわりされた!!

 

「いい加減にしろよ…!このクソガキ共おおおぉぉ!!!」

 

 ガキ共に好き勝手叩かれてることと、訳のわからない胸の痛みを誤魔化すために俺は両手から《小さな爆発》を起こし、ガキ共を脅して追い払おうとした!

 

「おい!君!何をしてる!その《爆発》は個性を使ってるな!この子達に何をしたんだ!返答次第では期間の延長じゃ済まないぞ!」

 

 見覚えのあるヒーローが俺に怒鳴りかかってきた!つか…このヒーロー…どっかで?

 

「個性の使用は禁止と言われていただろ!!忘れたのか!!」

 

「ウルセェ!このガキ共が俺に絡んで邪魔してきたんだよ!!!」

 

「だからなんだ!?それで個性を使って怪我をさせようとしたのか!!こんな小さな子供を相手に!!!」

 

「脅して追い払おうとしただけっての!!勝手に決めつけんじゃねぇ!!!」

 

「嘘をつくな!!この悪ガキ!!!」

 

 ヒーローと口喧嘩しながら俺は思い出した!

 

「(そうだコイツ!あの事件でヘドロ野郎から助けられた後に、俺のタフさを誉めて『将来、ヒーローになったらウチの事務所に来ないか』って馴れ馴れしく言ってきた無能ヒーローだ!でもこの前とまるで態度が違う!)」

 

 そして周囲を見渡せば《オールマイト》《シンリンカムイ》《デステゴロ》《Mt.レディ》あと《バックドラフト》がいなくて気づかなかったが、このボランティアに参加しているヒーロー達はあのヘドロ事件現場にいた無能なヒーロー共だった!

 

 俺がヒーローともめているとガキ共の母親達が来て、ガキを抱き上げて俺から遠ざけていった。母親達は俺に対して何も言わなかったが…その目は…いや…その母親達だけじゃねぇ、ボランティアに参加している全員が俺に対して冷たい目線を送っていた!

 

「(やめろ……やめろよ……そんな目で……俺を……俺を……俺を見んじゃねぇよ!!!)」

 

 心の中の叫びも虚しく…認識したことで常にその視線に晒されているのだと自覚すると俺は気分が悪くなった…

 

 個性を使った件に関しては、初犯ということもあり今回だけは見逃されたが次に問題を起こしたら本当に延長されることになった…

 

 ボランティアに参加している奴らは俺と話をしようとはしなかった…クラスメイトも同じだ…ヒーロー達は必要最低限なこと以外は何も言ってこない…それは午後になっても同じだった!

 そしてまたガキ共にデクのことで絡まれた!午前中の二の舞になりたくねぇと思い、どうするか考えていると…

 

「HEY、子供達?暴力を振るっちゃいけないよ?緑谷少……緑谷お兄ちゃんもきっと君達にそんなことを望んでないと私は思うよ?」

 

 そんな俺を庇ったのはガリガリに痩せた金髪の男だった…

 

「ガイコツ!?」

 

「オバケ!?」

 

「怖いよおぉーーー!!?」

 

 ガキ共はガリガリ野郎から注意されて大人しくなったかと思えばそうじゃなくて、ガリガリ野郎に怖がって黙ってただけ…そのまま走って逃げていきやがった…まぁ結果的にガキ共は追い払えたけどな…

 

「…こ…子供達を怖がらせてしまった……緑谷少年……君を苦しませ……子供達を怖がらせるような…こんな私は……やはりヒーローに相応しくはないのか……」ブツブツブツブツ

 

 何を言ってんだが聞こえねぇが、ガリガリ野郎がデクみてぇに小声でブツブツ何か一人言を言い始めたことに俺は嫌気がさし無視することにした。

 

 そんな嫌な思いをしながらも今日の活動は終わらせたんだが…俺の不満はまだ終わっていなかった…

 

それは…

 

「クソが…今日もかよ…」

 

 自宅への帰り道…昨日は気のせいかと思ったが…今日もいることで確信した!奉仕活動に参加していたヒーローが後方の離れたところで俺を見張っていやがる!

 

 

 

 俺はヒーローに見張られている…

 

 ヒーローからマークされている…

 

 フザけんじゃねぇ!!

 

 これじゃあまるで…まるで…まるで…

 

 本当に《ヴィラン》じゃねぇか!!!

 

 

 

 その現状を理解した俺の行動は速かった!

人混みに紛れてから屈(かが)んで姿勢を低くし、近くの細い路地に急いで入り込んだ!

 

 息を潜めて気づかれないように路地から外の様子を伺うと、俺を見失って慌てている尾行していたヒーローが見えた。

 

「ど、何処にいったんだ!?先輩!大変です!先輩!」

 

「どうした?」

 

「例の少年を見失いました!」

 

「なんだと!?馬鹿野郎!なにやってんだ!」

 

「す、すいません!人混みが多かったもので…その…」

 

「言い訳なんか聞いてねぇ!早く見つけるぞ!そんなに遠くへは行ってない筈だ!」

 

「は、はい!」

 

 俺を10メートルほど離れた位置から尾行していたヒーローが、更に後ろから尾行していた上司と思われるヒーローに叱られているのが見えた。しかもその上司は午前中にいた無能ヒーローだった。

 

「ハッ!ざまぁ見ろ!クソヒーロー共が!」

 

 俺を見失い慌てて探しているヒーロー達を見て少し気分が晴れた。

だが表通りに戻れば見つかる恐れがある…

仕方なく俺はこのまま路地裏を通って帰宅することにした…

 

 

 

 

 

 今思えば…この時点で俺は…文字通り…道を間違えたのかもしれない…

 

 だが皮肉なことに…今日この道を通ったことで…俺はアイツが今まで味わってきた痛みを…この身をもって思い知ることになった…

 

 

 

 

 

 暗がりの路地を歩いて数分…出口は見えずに曲がり角が見えてきた。

 

「クソ!こんな人通りもねぇ薄暗れぇ狭い道を通らなきゃならねぇなんてよぉ…それもこれも全部アイツの!」

 

『しかしまぁ……若頭も補佐はともかく…窃野と多部を連れてくなら俺も連れてってほしかったぜ……乱波じゃねぇが…俺もたまには暴れてぇのによぉ…』

 

「あ”あ”?」

 

 路地の曲がり角から男の声が聞こえてきた。そっと歩いて曲がり角から覗いて見ると…

 

「そう言うな宝生、今回の取引相手は《投げた物》を色んな物と変換させる個性の集団だ。向こうが反抗してきても、窃野の個性だけで十分対処できる。俺達はここで逃げてくる奴をとっちめりゃいいんだ」

 

「分かってるさ…はぁ…それにしても4日前の取引が今日にまで伸びるたぁな…今回は本当にツイてねぇよ…夜に取引をする筈だった例の無人ビルからは中坊が飛び降りて、おまけに近くで起きたヴィラン事件にはオールマイトが現れて…そのせいで警察やらヒーローが余計にウロウロしている始末なんだからなぁ…」

 

「まったく迷惑なもんだ!俺達に余計な面倒かけやがってよぉ!キエエエエエーーーーー!!!」

 

 壁に寄りかかる白いマスクをした筋肉質のハゲ男が、ゴミバケツの上に乗って奇声をあげる白い顔の黒いぬいぐるみみてぇな奴と話をして道を塞いでいた。

 

 この路地は一本道だったから他に道がない、かと行って戻ればヒーローに見つかり、また監視と尾行をされる…

 

それが嫌だった俺は…

 

「おい!」

 

「ん?」

 

「ア?」

 

「退けよ!通れねぇだろうが!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まだ引き返せたかも知れねぇのに…

 

 下らない意地を張らずに元の道へ戻っていれば良かった…

 

 だが…俺は間違った選択をした…

 

 そして…コイツらと関わったことを…

 

 俺は後悔することになった…




 本当は早く雄英高校編を書きたいんですが、やはり順をおって書いていかないといけませんので雄英高校編はまだ先になってしまいそうですね。


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制裁の法則(後編)

 まず最初に《8月中に投稿する》と書いておきながら9月になってしまい、申し訳ありませんでした。

 今回も長く書きましたので所々内容を把握するのが大変だと思いますが、楽しめたなら幸いです。


-追加-(R2/10/27)
 制裁の法則(後編)が途中から途切れていたことに気づかず修正をおこたり、皆様にご迷惑をおかけしてしまい大変申し訳ありませんでした。


●3日前(ヘドロ事件から4日目)

 

 

None side

 

「まったく、何処へ行ったんだ!?」

 

「先輩、この店にも出入りしていませんでした」

 

「ここでもないのか」

 

 爆豪勝己の監視を任されていた2人のヒーローは、勝己を見失なってしまい探し回っていたが未だ見つけられずにいた。

 

「自宅へ連絡もしましたがまだ帰ってないみたいです、早く見つけないと不味いですよ先輩」

 

「お前が見失ったせいだろが!!」

 

「す、すいません!」

 

 後輩ヒーローを叱りつける先輩ヒーロー。既に表通りは一通り探したが見つけることができず、爆豪が消えた周辺の店や建物を探しても見つからないため、これから付近の裏路地に入って探すところなのだ。

 

「場所的に…この路地ですかね~」

 

「ですかね~じゃないだろ、お前の記憶が頼りなんだぞ。さっさと見つけるんだ!ただでさえこの前の件で叩かれてるんだからな!」

 

 爆豪を見失った近くにある裏路地へと2人は入っていった。

 

「ったく、なんで俺があんな悪ガキの面倒なんざ任されなきゃいけねぇんだ!」

 

「それ先輩のせいじゃないですか…あの事件の時に『デビューしたら是非ウチの事務所に来てくれ!』なんてあの子に言うから…」

 

「ぐっ!?」

 

「オマケにカメラで撮られてたから言い逃れ出来ないって言うのに、先日の雄英の校長から呼び出しで集まった時に『そんなこと言ってない!』なんて嘘をつくから俺まで付き合わされてこんなことに…」

 

「…あぁはいはい!俺が悪うござんした!無能先輩で悪かっ……ん?」

 

「どうしたんですか先輩?」

 

 先輩ヒーローが路地の曲がり角の隅に落ちてる学生鞄を見つけた。

 

「この鞄は確か…折寺中の…」

 

「せ、先輩!?アレ!!」

 

「なんだ?…って爆豪!!?」

 

 曲がり角の先へ目を向けると、そこには散乱しているゴミと壊れたゴミ箱の傍で倒れている《両腕があらぬ方向に曲がり全身ズタボロで血を流している爆豪勝己》がいた!

 

「何があったんだ!?とにかく急いで病院へ…ってクッサ!?」

 

 散乱した生ゴミから匂う異臭は2人のヒーローの鼻を苦しませた。

 

「先輩、今近場の病院へ連絡しました!直ぐに来れるみたいです!あとその少年の容態を話したら『下手に動かさずそのままの状態にしておくように』とのことです!なので救急隊員が通れるように、ここを少しでも片付けましょう!」

 

「分かってる!にしても見失ってから一時間足らずで何をしてたんだよコイツは…」

 

 愚痴を溢しながらも2人のヒーローは、救急隊員が来た際に邪魔にならないよう通路に散乱しているゴミを片付け始めた。

 

 救急隊員と担架が通れる程にゴミを片付けると救急車の音が聞こえ、直ぐに救急隊員がタンカーを押してやって来て、爆豪は病院へ運ばれていった。

 救急隊員が爆豪を慎重に担架に乗せる際…爆豪から匂う異臭に鼻を苦しまされていた…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●1時間前…裏路地…

 

 

爆豪勝己 side

 

 俺は監視されていたヒーロー達から逃れるために裏路地へ入り込み、そのままヒーローに見つからずに裏路地を通って自宅へ帰ろうとしたが、その途中《白いマスクをしたスキンヘッドの男》と《小せぇ黒いぬいぐるみ》が道を塞いでいた。俺が通せと言ってるにも関わらず、目の前にいる2人組は全く退こうとする気配を見せねぇ。

 

「なんだお前…こっから先へ行かせるわけにはいかねぇよ…」

 

「おいガキ、今なら見逃してやる…さっさと通学路に戻って家に帰りな」

 

「ウルセェ!俺がそこを通るんだ!お前らが退けよ!」

 

「分かんねぇガキだなぁ…さっさと失せろって言ってだ!キエエエーーー!!!」

 

 急に態度を変えたぬいぐるみ野郎の奇声が癇に障ったのと、鬱憤が溜まっていたのもあって俺は考えなしにぬいぐるみ野郎に向かって個性の《爆破》を発動して殴りかかった!

 

「黙れや!俺に指図すんじゃねぇよ!クソぬいぐるみ!!」

 

BOOM!!

 

 ぬいぐるみ野郎はジャンプして俺の爆破をかわし、バケツだけが粉々になった。

 

 ぬいぐるみ野郎は地面に着地するとヨチヨチと歩いて俺に近づいて来た。

 

「あ“あ“!?んだよ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドガッ!!

 

「がぐあっ!!!??」ゴキッ!!

 

 訳が分からなかった!?ぬいぐるみ野郎の小せぇ右足がいきなりデカイ筋肉質の足になって俺の左足を思いっきり蹴ってきやがった!

 全くの予想外なことになんの受け身もとっていなかった俺の左足からは、変な鈍い音と同時に激しい痛みが襲った!

 

「イ!イデエエェ!!?…テメェ!!…なにしやが」

 

「最近のガキってのは教育がなってねぇんだなぁ…舐めてんじゃねぇぞクソガキ!!キエエエエエーーーーー!!!」

 

 左足をおさえる俺にぬいぐるみ野郎は目を血走らせて俺を睨みつけながら怒鳴りちらしてきやがった!

 

「おい宝生!俺が許可してやる!このガキにお灸を据えてやれ!」

 

「…おいおい…俺達は堅気に手を出しちゃいけねぇんじゃなかったのかよ…」

 

「手ぇ出してきたのはコイツだ!きっと組長だって見逃してくる!それに…暴れてぇんじゃなかったのか!」

 

「…はぁ…ツイてねぇことばかりだと思ってたが…そうでもないみたいだな……おい小僧…個性使って喧嘩吹っ掛けてきたってことはよぉ…お前も個性で痛め付けられる覚悟はできてんだよなぁ…おい…」

 

 ハゲ野郎は腕から《氷》?…いや《クリスタル》がハゲ野郎の腕全体を覆った!どうやらアレが個性みたいだな…足は痛てぇが…向こうがやる気なら俺は逃げるなんざしたかねぇ!

 

「ハッ!上等だ!こちとら鬱憤が溜まってんだ!テメェでこのストレスを発散させてもらうぜクソハゲ!」

 

 俺は無理矢理立ち上がった…左足はおそらく捻挫か最悪骨折をしてるだろうが、俺は根性と貯まっていた鬱憤で痛みを我慢した!

 両手から小さな爆破を起こして戦闘態勢に入る!

 

「…なるほど…掌から《爆破》を起こす個性か…」

 

BOOM!!

 

「オラァア!!死ねやーーー!!!!」

 

BOOOOOM!!!!!

 

 両手の爆破を推進力にハゲ野郎に向かって飛び、ハゲ野郎の前で両手の爆破を喰らわせた!!

 

「ハッ!ザマァ見ろハゲ!次はテメェだ!ぬいぐるみ野郎!」

 

 左足に重量をかけねぇように着地し爆煙が少しずつ晴れてきた、無惨に倒れるハゲ野郎を嘲笑って…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…効かねぇなぁ…」

 

「なっ!!?」

 

 ハゲ野郎は倒れるどころがその場から動いてすらいねぇ!本気じゃなかったとはいえ、片手で机やコンクリートブロックを壊せる威力の爆破を喰らわせたってのに、ハゲ野郎の左腕のクリスタルは亀裂もなく無傷だった!

 

「お返しだ…!!!」

 

ズガン!!

 

「ぐうぇぽぉっ!!?」

 

 俺はハゲ野郎のクリスタルを纏った右手で顔を殴られ、さっきの曲がり角の壁に激突した!

 

ダアアアン!!

 

「ぐわがっ!!」

 

バタン…

 

「お~飛んだ飛んだ、くたばったか?」

 

「…まだだな…タフなガキだ…」

 

「…イ…イテェェ……こ…こ…こんの…!!クソハゲがあ”あ”ぁ”ぁ”!!!生きて帰れると思うんじゃねぇぞゴラ”ア”ア”ア”ァ”!!!!!」

 

 俺は殴られた激しい痛みによって怒りが最高潮に達した!!!

目先にいるハゲ野郎とぬいぐるみ野郎をブチ殺す!!!

それしか頭になかった!!

俺は体勢を立て直し、爆破で空に向かって飛び上がった!!

 

「なんだ?逃げんのか?」

 

「…いや…」

 

 空中で左手と右手を逆方向に構えて爆破を連発して身体を回転させながらハゲ野郎に突進していく!

 

「纏めて吹き飛べやーーー!!!」

 

 爆破によって生まれたスピードと回転を殺さずに、ハゲ野郎の目の前で両手を構えて最大出力の爆破を繰り出す大技!

 周囲の建物なんざどうだっていい!!!

 この技ならハゲ野郎をクリスタルごとブッ飛ばせる!!!

 

「《ハウザアアァァ!!インパクトーーーーー!!!》」

 

 俺が長年考えて完成させた《必殺技》!!!

 コイツら纏めて消し炭にしてやらあああぁ!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ダン!

 

「があっ!!?」

 

 必殺技を繰り出そうとした瞬間!突然の発砲音と共に俺の肩に痛みが走った!

 

ズダーーーン!!

 

 肩からの痛みでバランスを崩し、俺はさっき壊したゴミバケツの横にある屋外収納用のデカいゴミ箱に頭から突っ込んだ!

 

「…どういう状況ですかい…これは?」

 

「クロノか…生意気なガキが絡んできやがってよぉ…おいたが過ぎたからお仕置きしてやってたのさ」

 

「口の聞き方が全くなってねぇ…碌な育て方をされてねぇ証拠だな…つか補佐…今撃った《物》は…」

 

「クソがあ”あ”あ”あ”ぁっ!!!今度はなんだよ!!!?」

 

 ゴミ袋とゴミ箱(プラスチック製)の残骸を掻き分けて奴らを睨み付けて怒鳴り散らした!

 俺がぶつかった衝撃でゴミ袋の中身(生ゴミ)が散乱し、その酷い異臭によって鼻が悲鳴をあげていた!

 不幸中の幸いだったのは、ゴミ箱の中に入っていた大量のゴミがクッション代わりになって衝撃が弱まり怪我をせずに済んだくらいだ!

 

 状況を確認するとさっきまでいなかった《鳥みてぇな仮面をつけた白フードの男》が拳銃を持って、ハゲ野郎達から少し離れたところにいた。

 

「おいクロノ…《そいつ》を勝手に使っちゃあ…いくらお前でもオーバーホールにバラされるぞ…」

 

「問題ありやせん…今撃ったのは《古い試作品》です。丁度一発余ってやして効果はもって1日か2日程度でしょう…」

 

「なんだ《古い失敗作》か…それならまぁ大丈夫………なのか?未だに完成しないからなぁ…」

 

「補佐…そっちは終わったんで?」

 

「ええ、反抗してきたんで潰しときやした。今、金目の物を窃野達に集めさせてやすんで然程時間はかかりやせんが…オーバーホールが個性でまた散らかしやしたので、その後始末が終わり次第ズラかりやす………って伝えに来たんですが…2人も忙しい様子で…」

 

「シカトしてんじゃねぇよ!!クソ共が!!!」

 

 俺をガン無視して話をする3人へ怒鳴った!

 

「なんです?…今のアンタは逃げるチャンスじゃねぇんですかい?…逃げきれたら特別に見逃してやってもいいんすよ…」

 

「あ”あ”っ逃げるだ!?フザけんじゃねぇ!!テメェら全員ぶっ飛ばし確定なんだよ!!雄英トップになるこの俺が!オールマイトを越えるヒーローになるこの俺が!んな負け犬みてぇなことするわけねぇだろがクソが!!!」

 

 俺を見下す発言をしやがった白フードの野郎に怒号を放った!

 

「やれやれ…《大人が話してる時は割り込むな》ってママから習わなかったんですかいクソガキ…」

 

「まったく騒がしいぜ…グチグチ言ってねぇでさっさとかかってこいよクソガキ…」

 

「出来もしねぇことを吠えんじゃねぇよクソガキ!キエエエエエーーー!!!」

 

 

 

ブチッ!!!

 

 

 

 俺の中の何かが…キレた…

 

「があ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”ぁ!!!!!テメエエエエらあ”あ”あ”あ”ぁ”!!!!!纏めて《ブチ殺し》に変更だゴラァ!!!!!」

 

 俺を舐めている態度と俺のことを《クソガキ》と3連続で言ったことで、俺の堪忍袋の緒が完全にブチ切れ!腹の中に溜め込んでいた《怒り》が爆発した!

 今の俺の最大出力の《爆破》でコイツらを消し炭にしてやる!!!

 

 俺は顔と足の痛みを無視して奴等に向かって突っ走った!

 

「う”お”お”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あぁ”ぁ”!!!!死ねやーーーーー!!!!!」

 

 両手に汗を溜めていき、奴等の前で両手を翳(かざ)して大爆発を喰らわせてやる!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(シーン)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「!!!!!?????(な…なんだ!!?どうしたってんだ!!!なんで個性が発動しねぇんだ!!?なんで爆破がおきねぇんだ!!!?)」

 

 突然のことに慌てた俺は、走った勢いを止められず両手を前に出したままハゲ野郎の近くまで来てた!

 

ガシッ!

 

「なぁあ!?」

 

 ハゲ野郎に俺は突き出した両腕を捕まれた!

 

「クソッ!離せや!!クソハゲ野郎!!!」

 

「なんだぁ?爆発しねぇのかよ…」

 

「俺達をブチ殺すんじゃなかったのか?キエエエーーー!」

 

 クソ共がぁ!俺が動けねぇのをいいことに煽りやがって!!

 

 …だが…んなことより!なんで個性が使えねぇんだ!?!?!?まさか!そこの白フード野郎の個性か!!?

 

「いつまで掴んでんだ!!?離せや!!!」

 

「どうやらテメェには…《痛み》ってのを分からせねぇといけねぇみてぇだな…」

 

「あ”あ”っ!!?なに訳わかんねぇこと言って…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ボギッ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………………………あ?………なんだ………

 

 捕まれていた俺の両腕が…

 

 肘から先が何故か《下を向いている》…

 

 鈍い音と共に…俺の両手が…人形みてぇにあり得ねぇ方向を向いていた…

 

 

 

 

 

 ………それを認識した瞬間!

 

 

 

 

 

「×♯□☆※#$%○¥▲※△&★※¥●□▲×#!!!!!!!!????????」

 

 今まで味わったことのない激痛が俺の身体を襲った!!!!!

 

 自分でも何を言ったんだが分かんねぇような!言葉にならなぇ程の叫びをあげていた!!!

 

 俺は地面へ背中から倒れて悶え苦しんだ!!!

 

「どうだクソガキ?これが…《痛み》だ!!!」

 

ズドン!

 

「ぐう”え”え”っ!!??」

 

 倒れている俺の懐をハゲ野郎に思いっきり踏みつけられた!吐き気が襲ってきたが、両腕からの痛みの方がデカ過ぎて気に止めてられなかった!

 

 息が絶え絶えになる俺にハゲ野郎は追い討ちをかけてきた!制服の胸倉を掴まれ俺は無理矢理立たされた!

 

ズガン!!

 

「グアガァ!!」

 

 振りかぶられたクリスタルを纏った剛腕が容赦なく俺の顔面に喰らわされ!そのまま壁に激突した!

 

「ぐっ!…ぐぬぉ!?は…鼻が…鼻が!!??」

 

 鼻血が止めどなく流れ…感覚がなくなった鼻を両手で押さえようとしてるのに…両腕は肘から先が全く動かねぇ!!!

 

ガシッ!

 

「ゴフッ!?…ぐっ!………あっ………ぁあ……」

 

 ハゲ野郎は地面へ座ろうとする俺に、そうはさせないと今度は首を掴まれて持ち上げられた!

 

「(息ができねぇ!…身体も動かねぇ!?…)」

 

 何の抵抗もできず…俺の足は地面から離された…

 ハゲ野郎はそのハゲ頭にクリスタルを纏った!

 次に何をされるのか悟(さと)った俺は目をつぶった!

 

 ところが…

 

ドガッ!

 

「ごう”え”っ!!?」

 

 腹に激痛がはしった!

 

 俺は痛みと苦しさに耐えて視線を下へ向けると…

 

「おいクソガキ…もう一度聞くぞ…お前…俺達をブチ殺すんじゃなかったのかぁ?口先だけか!!?キエエエエエーーー!!!」

 

 ぬいぐるみ野郎の腕だけがデカくなってその拳が俺の腹にめり込んでいた!

 

ズガン!!

 

「ぶぼがぁ!!!」

 

 ぬいぐるみ野郎に意識を向けていたら、ハゲ野郎が俺の顔面へ頭突きしてきた!衝撃だけじゃなく、尖ったクリスタルが俺の顔面に突き刺さった!!!

 

「あ”ぁ”……がはっ……ぁぁ…」

 

 全身からくる《痛み》に加えて…首を絞められ呼吸が出来ねぇ……俺は意識が朦朧としていた…

 

「おい…寝てんじゃねぇ…よ”っ!!!」

 

ガンッ! ガンッ! ガンッ! ガンッ! ガンッ! ガンッ!

 

「だあ”っ!?ごわ”!がほっ!ぐがっ!ぶぇ!がふぁ!!!」

 

 追い撃ちをかけるようにハゲ野郎は俺の首を掴んだまま、裏路地に置かれてある室外機に向かって俺の後頭部を何度も叩きつけた!

 

「(あ!頭が割れるぅ!!!?)」

 

 気を失うことさえ許さないと言わんばかりに休むことなく襲ってくる痛みを何度も受けさせられた!

 

パッ

 

 やっとハゲ野郎は俺の首から手を離した…俺の身体は地面に倒れると思ったら

 

「キエエエエエーーー!!!」ドガ!!

 

「ごっぐあぁあ”あ”!!!??」

 

 重力に逆らわず前屈みに倒れようとした矢先、俺の顎へ下からぬいぐるみ野郎の剛腕のアッパーが直撃した!

 顎が砕けたかと感じるような力で俺は殴り飛ばされ!後頭部から地面に叩きつけられた!!

 

「(イ!?イデエエエエエエエェ!!!!!)」

 

 頭と顎を攻撃されたせいで脳みそが揺れ、おまけに全身痛くて!もう訳がわからなかった!!

 

 

 

 どうして俺が!こんな目にあわねぇといけねぇんだよぉぉ!こんな雑魚なんかに…俺が負けるわけねぇのに!

 

 いや!!んなことよりも!!?

 

「テ…メェら…俺に何…を…しやがった…!」

 

 身体中の感覚が分からなくなりながら俺は口を動かした…うまく喋れてねぇが…んなこと気にしてる場合じゃねぇ!!

 

 俺の個性が発動しなくなったのは、奥にいてこっちを見てるだけの白フード野郎の《個性》だと俺は考えた!

 

 

 

 昔…デクが《1人ヒーロー談義》で言っていた《あるヒーロー》を俺は思い出していた…この世には《個性を消すヒーロー》がいると…ただし個性が消滅する訳じゃなく、目で見られている間だけ目視した相手の個性を使えなくさせる個性らしい…

 

 《個性を消す個性》は非常に珍しく、《治癒系の個性》同様に希少な個性らしい…

 

 ……とその時はデクがベラベラと1人で喋ってやがったが…俺はウザったくなって《爆破》を喰らわせてデクを黙らせた…だからそのヒーローの名前は知らねぇ…

 

 

 

 …だが、その個性を持っているのはあくまで《ヒーロー》だ…今この場にいる訳ない…

 つまり白フード野郎の個性はソイツと同じで《個性を一時的に使えなくさせる個性》と言うことだ!

 俺は仰向けの状態で首を無理矢理起こしながら白フード野郎を睨んだ!!

 

「まだ喋れるとは随分しぶとい…『俺に何をしやがった』っですって?そんなこと答える訳…」

 

 

PRRRRRRRR…PRRRRRRRR…(携帯の音)

 

 

「ん…電話?…若頭から? (Pi) へい、オーバーホール…」

 

 白フード野郎は俺の問いに答えずにかかってきた電話に出て俺から視線を外した!どこまでも舐めやがって!!?

 

「おい…テメェら……無視すんじゃ…グハァッ!!??」

 

 腹へ突き刺す痛みが走った!ハゲ野郎のクリスタルを纏った腕で殴られた!

 

「『他人の電話中は大声を出すな』ってことも知らねぇのか…?常識がなってねぇんだな…テメェは…」

 

「ハァ…ハァ…ク……ソが…!?教えろや!…ゴホッ!?…ハァ…ハァ…俺に…何を……したんだよ…!!」

 

 呼吸が荒くなり…血反吐も吐いた俺だったが…そんなことよりもまず知るべきことがあった!!

 

「あぁん?ったく面倒くせぇなぁ………わかった…特別に教えてやるよ…」

 

 動けなくなった俺の顔の傍へ…ぬいぐるみ野郎が近づいてきた…

 そして、俺に今何が起きているのかをソイツは話し始めた…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は度肝を抜かれた…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前の個性はなぁ…この世から消えちまったんだよ!」

 

「(…………あ”…………?消えた………俺の個性が……)」

 

 俺はぬいぐるみ野郎から言われたことを理解することができなかった………理解したくなかった………

 

「どうだ?個性が無くなった気分はよぉ?キエエエエエーーーーー!!!」

 

 俺の個性が……無くなった………個性は消えた………………消えただと!!!!!?????

 まさか!!白フード野郎の個性は!《個性を完全に消滅させる》個性なのかよ!!!??

 

 

 

 だとしたら俺は!!!!??

 

 

 

「…へい…へい…分かりやした… (Pi) お2人共、向こうは片付いたようですよ。それとオーバーホールからの伝言です…『躾のなってない《英雄症候群》のガキには《情》をかけてさっさと帰ってこい』…だそうです」

 

「おいクロノ…その《情》ってのはまさか《愛情》じゃねぇよなぁ…」

 

「まさか………《非情》に決まってやすよ…」

 

「だよな…キエエエエエーーー!!!」

 

 

 

 ぬいぐるみ野郎の奇声を皮切りに…

 

 俺はハゲ野郎とぬいぐるみ野郎から痛めつけられた…

 

 

 

 何度も殴られ…

 

 何度も蹴られ…

 

 何度も壁や地面に叩きつけられ…

 

 身体中が悲鳴をあげた…

 

 容赦なく…休むことなく…暴力を振るわれ続けた……

 

 もう声を出すことも出来ず…

 

 顔を何度も殴られたせいなのか景色が歪んできた…

 

 脳震盪でも起こし始めているのか…

 

 過去の記憶が俺の頭の中に流れてくる…

 

 

 

 

 

《個性が消えた俺》…

 

《個性を使って容赦なく痛ぶるハゲ野郎》…

《暴言を言いながら暴力を振るってくるぬいぐるみ野郎》…

《この状況で高みの見物をする白フード野郎》…

 

 3人がかりで個性が使えない1人を痛めつける行動…

 

 俺の脳内に《ある光景》がフラッシュバックで流れる…

 

 それは何度も見て…ずっと体験してきたことだった…

 そして…その《光景》と《今の状況》が似ていた…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 《ガキの頃から俺と取り巻き達が3人がかりで無個性のデクを痛めつけていた》光景と酷似していた…

 

 つまり…今の俺の立場は…あの時の《デク》…

 

「(…デク…お前は…こんな気持ちだったのか…なんの抵抗もできず…ただ痛めつけられるだけの…こんな思いを…)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

PRRRRRRRR…PRRRRRRRR…Pi…

 

 

「へいオーバーホール………へい……へい……分かりやした…直ぐに向かいやす(Pi)お二人とも時間です…行きやすよ…」

 

「このガキはどうするんだ?」

 

「ほっときやしょう…殺すと後々面倒ですからね…」

 

「…ふん!…だとよ…命拾いした…なっ!!」

 

ズガン!

 

 ボロボロになった俺はハゲ野郎に投げ飛ばされゴミ箱へ再び激突した…

 鼻を殴られて…生ゴミが散乱しているのに全く臭(にお)いがしねぇ…

 

 鼻だけじゃねぇ…

 

 身体が全く動かねぇ…

 

 腕どころか指もマトモに動かせねぇ…

 

 声も出ねぇ…

 

 目も霞んできやがった…

 

 視界が大きく揺れて意識が朦朧としてきた…

 

 俺が最後に見たのは…ハゲ野郎と白フードの男の後ろ姿と…地面に顔をつけてる俺に近づいてくるぬいぐるみ野郎…

 

「おいガキ…俺達に喧嘩売っといて生かしといてやるんだ…ありがたく思えよ!!キエエエエエーーーーー!!!」

 

 指を指して奇声をあげるぬいぐるみ野郎が…俺の肩に手を伸ばしてきたのを最後に…

 

俺は意識を失った…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドサッ

 

『ハッ!今日はこのくらいで勘弁しといてやる…感謝しろよ!クソデク!』

 

『…い…痛いよぉ…』

 

『ははっ!見ろよ無個性がのたうちまわってやがる!ダッセ!!』

 

『デクが悪いんだぜ?無個性のクセに俺達を見下さなきゃこんな目に合わなくていいのに、これに懲りたら2度と100点なんて取るんじゃねぇぞ~』

 

『デクナードが!生意気なことしやがって!俺に運動じゃ勝てねぇから勉強でテストだけでも俺の上に立とうってのか?フザけんじゃねぇぞ!100点をとったら配る前にセンコーが発表するんだよ!98点の俺は名前が呼ばれてねぇんだぞ!俺に恥かかせやがって!見下してんじゃねぇよクソデクが!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●2日前の夕方…(ヘドロ事件から5日目)

 

 

「ん…んん……ああ”っ?」

 

 …夢?…また昔の記憶を夢で…小学生の頃の…何の教科のテストだかは忘れたが…俺が98点でデクが100点をとった時……腹が立った俺は取り巻き2人と一緒にデクを無理矢理に校舎裏へ連れ込んで…3人がかりで痛め付けた過去だ…

 

 意識を取り戻した俺は重い瞼を開けて目を覚ました…

 最初に目にしたのはオレンジ色に染まった天井だった…俺の部屋の天井じゃねぇ…ベッドの感覚が違げぇし…それに薬みたいな臭いがした………つまり…今俺がいる場所は…

 

「起きたか…勝己…」

 

「?……親父…」

 

 声のした方へ顔を傾けるとそこには親父がいた…

 

「ここは…病院かよ?」

 

「あぁ…そうだ…」

 

 そっけなく答える親父に俺が部屋を見渡した…ここは病室でベッドの周囲にカーテンがねぇことから1人部屋の病室なんだと理解した…

 

「俺は…いったい?」

 

「その前に検査だ、看護師さんを呼んでくる…」

 

 そう言うと親父は病室を出ていった……ふとテーブルに置いてあるデジタルの時計を見ると時刻は夕方で日付が変わっていた。

 

 俺はゆっくりと起き上がりながら…何があったのかを記憶から引き出した…

 

「…確か…休みの日のゴミ拾いで……ガキやヒーローに難癖をつけられて……変な骸骨野郎がブツブツ言っていて……帰るときに無能ヒーロー共に尾行されて……それを追い払って……それから…………っ!!?」

 

 思い出した!

 

《白いマスクをつけたクリスタルのハゲ男》!

 

《手足の大きさを変えて奇声をあげる小せぇぬいぐるみ野郎》!

 

《俺の肩に銃弾を撃ち込みやがった白フードの男》!

 

 そして…白フードの男の個性で…《俺の個性が消えちまったこと》を思い出した!

 

 俺は咄嗟に両手を見た、包帯が巻かれてない掌に汗を貯めて個性を発動させた!

 

「(あんなの嘘に決まってる!!俺の《爆破》の個性が!消える訳)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(シーン)

 

 

 

 

 

「っ!!!!????」

 

 

 

 

 

 個性が発動しねぇ…《爆破》が起きねぇ…

 

 

 

 

 

「嘘だ…嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!嘘だーーーーーーーーーー!!!!!」

 

 俺は何度も個性を発動させようとしたが《爆破》どころか火花も散らなかった!!

 

「(俺の個性が消えた筈ねぇ!!!俺はトップヒーローに!!オールマイトを超えるヒーローになる男だぞ!!!その俺が!この俺が!個性が消えたなんて!!!絶対に嘘だーーーーーーーーーー!!!!!)」

 

バーーーン!!

 

ズダーーーン!!

 

ガッシャーーーン!!

 

 ベッドから飛び出した俺は、病室にあったものを壊しながら暴れまわった!

 

 椅子を壁に向かって投げ!

 

 ベッドをひっくり返し!

 

 テーブルを蹴り飛ばした!

 

「はぁ!…はぁ!…はぁ!………こんだけ汗をかいたんだ!これで個性を使え」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(シーン)

 

 

 

 

 

「ぐっ!!!??ぐうおああああああぁぁああああああああああああああ!!!!??」

 

 こんだけ身体を動かして汗を絶対かいた筈なのに《爆破》が起きねぇ!こんなの…絶対嘘に決まってる!!!

 

ガンッ! ガンッ! ガンッ! ガンッ! ガンッ!

 

 俺は壁に向かって何度も何度も頭をぶつけた!俺の個性が消えたと言う現実を受け入れたくないために…きっとこれは《夢》なんだと決めつけて目を覚ますために何度も何度も頭を壁に叩きつけた!!!

 

ガラッ!

 

「勝己!!?おい勝己!!!!??何をやってるんだ!!やめろ!!!」

 

 看護師を連れてきた親父が部屋に戻って、後ろから俺を羽交い締めにして取り押さえてきた!

 

「離せやクソ親父!!俺はまた夢を見てんだ!だから目を覚まさなきゃいけねぇんだよ!!!」

 

「何が夢だ!?もう起きてるじゃないか!とにかく大人しくしなさい!」

 

「俺の…俺の個性が消えたなんて…こんなの夢に決まってんだろうがよ!!」

 

「個性が消えた?何を馬鹿なことを言ってるんだ!?」

 

 親父は俺を大人しくさせようと力ずくで押さえつけようしてやがる!

 

「離せっつってんだろうが!じゃなきゃテメェをぶっ殺」

 

「いい加減にしろ!!勝己!!!」

 

ズガン!!!

 

「ぐあっ!!!」

 

ドサッ!

 

「…ッ!?…痛ェ…」

 

 俺を離した親父が右腕を振りかぶって俺の顔を思いっきり殴りやがった!?

 ババアに殴られ叩かれされたことは数えきれないほどあったが…親父は1度だって俺に手をあげたことはない…

 でも今…俺は親父に生まれて初めて殴られた…

ババアの比じゃねぇ…滅茶苦茶痛ェ…それこそ…あのハゲ男並みの力で殴られた…

 

「頭が冷えたか…勝己…」

 

「!!!??」

 

 親父を恐れたことなんざ一度もねぇ俺が…親父に恐怖していた!いつもの情けない口調とは違う…低音ながらも発せられるその言葉には今までにない圧迫感と冷たい感情しか感じられなかった…

 

「目を覚まして早々にコレか…お前が寝ている間に…世間は《大変なこと》になっているというのに…」

 

「…大変な…こと?…どういうことだよ…」

 

 親父の言葉に引っ掛かる言葉があり俺は突っかかると、親父は倒れたベッドやテーブルを元の位置へ戻して椅子へ座った。

 

「…分かった…話してやる…お前が寝ていた間の昨日と今日で何があったのかをな…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●3日前(ヘドロ事件から4日目)

 

 

None side

 

 瀕死の重傷だった爆豪が運ばれた病院は、何の因果か出久が入院している病院だった。

 幸いなことに《ある患者》と《緑谷出久》の2人の術後経過を見るために来ていたリカバリーガールが手術してくれたことと、本人が学生ながらタフだったこともあって、爆豪勝己は検査次第では明後日には退院できるまで回復した。

 

 知らせを受けた母親の爆豪光己が急いで病院へ駆けつけて何があったのかを警察に聞く際、警察と共に病院へ来ていた《爆豪勝己の監視をしていたヒーロー2人》と《病院で警備をしていたヒーロー達》を交えて事情を聞いた。

 

 現段階での警察の調べでは、監視していたヒーロー2人が爆豪勝己を見失っていた約1時間……爆豪が通ったと思われる裏路地には爆豪の個性である《爆破》が使われた形跡があり、個性を使って誰かと争ったが《返り討ち》にあったと警察は捜査を進めている。

 

「2人揃って何をしてたんだ!?」

 

「人混みで見失っただと?お前らには責任感がないのか!?2日前に根津校長から言われたことをもう忘れたのか!!?」

 

「「も…申し訳ありませんでした…」」

 

 当然、爆豪の監視をしていた2人のヒーローは今回の件で《病院で警備をしているヒーロー達》からのこっぴどく叱られた。

 後日ヒーロー協会に今回のことが知られ、この2人はヒーローを辞めさせられはしなかったが評価は大きく下げられた… 

 

 そして手術後の爆豪勝己は出久とは違う病棟の病室へと入れられた…爆豪光己は面会謝絶をしている緑谷引子にどうしても会いたくて《病院で警備をしているヒーロー達》に掛け合ったが…アッサリ断られてしまい…出久のいる病室と病棟へ近づくことは許されなかった…

 

 

 

 

 

 …と…ここまではまだ…大事(おおごと)になってはいなかった…

 

 

 

 

 

 しかし…彼らは知らなかった…

 

 爆豪勝己が病院へ搬送された同時刻に…

 

 世間ではヒーロー社会を揺るがす騒ぎが起きていたことを…

 

 

 

 

 

 それは…

 

 

 

 

 

 その日の夕方(爆豪が手術を受けていた時)…

 

《折寺中の校長と教師達による校内で起きた生徒の虐めや差別問題による謝罪会見》…

 

《デステゴロ》《シンリンカムイ》《Mt.レディ》《バックドラフト》…そして《オールマイト》の5名による《ヘドロヴィランの事件の謝罪会見》…

 

 その2つが生放送で同時に行われたのだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●2日前の早朝…(ヘドロ事件から5日目)

 

 

爆豪 勝 side

 

「(はぁあ…3日ぶりに自宅へ帰るのが朝になるとはな……それにしても会社の人達には本当に迷惑をかけてしまった……打ち切られはしなかったものの…危うく取引先との契約も駄目になるところだったからな……昇格や出世の話は全部取り消されたが…まぁ…クビにならなかっただけマシなのか…)」

 

 僕は正直疲れきっていた…それは3日前に遡る…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●5日前(ヘドロ事件から2日目)

 

 

 昼休憩をしている時、僕は突然上司から呼び出された。なんでも取引先から緊急の電話が入り僕に用があったらしい。

 電話を代わって話を聞くと…どうやって知ったのかは知らないが《今朝、勝己が警察へ連れて行かれた》という情報が入ったそうだ。僕はてっきり先日勝己が巻き込まれた《ヘドロ事件》の一件が関係してると思ったのだが…

 

 そうじゃなかった…

 

 《ヘドロ事件》じゃなくて、同じ日に起きたもう1つの大事件《出久君の飛び降り自殺未遂》に勝己が大きく関与しているというタレ込みがあったそうなのだ!

 

『君の息子が《同級生を自殺に追い詰めた》というのは本当なのかね?』

 

 僕はその問いに言葉を詰まらせた…父親なら息子の無実を信じて即座に言い返すところだが…僕にはそれができなかった…

 勝己は昔から出久君や他の子を虐めたり見下したりして、その度に光己が厳しく叱っていることがよくあった…

 4日前の夕食の時、勝己の様子に違和感を感じていた……

 そして今…その違和感の原因が判明した…勝己が出久君の事件に関わっていたのだと…

 

「申し訳ありません…それにつきましては私自身もまだ把握していないもので…」

 

『ふぅむ………すまないが急いで此方に来てくれないか?直接話をして、今後そちらとの会社の関係を考えさせてもらいたいのだが?』

 

「わ…分かりました…直(ただ)ちにそちらへ向かいます…それでは…」

 

 相手方との電話を切り、僕はこのあとのことを考えた…

 

 『直ちに向かう』とは言ったものの…その会社は遠くてすぐに向かうとなれば新幹線を使わなければならないことや…

 

 どうして勝己が警察署へ連れていかれたことを取引先が知っていたのか…

 

 今回のことをキッカケに取引に支障が出たらどうなってしまうのか…

 

 いや!それよりも勝己や光己はどうしたのか!?

 

 色々と悩んでいたその時…

 

 

PRRRRRRRR…PRRRRRRRR…

 

 

「ん?電話?…自宅から?(Pi)もしもし…」

 

『勝さん!』

 

 良いタイミングなのか何なのか光己から電話だった!

 

 でも…電話から第一声だけで明らかに妻の様子がおかしいことに気づいた…

 昔から近所や知り合いに《真逆な性格の夫婦》などと言われているが、僕は妻のことを理解しているつもりだ…

 本人は話してくれてはいないが…勝己が産まれて間もない頃…彼女は《自分が勝己の母親になれているのか》で悩んでいたことだって知っていた…

 

 なぜ知っていたかって?

 

 それは僕だって《自分が勝己の父親になれているのか》で悩んでいたことがあったからだ…

でも無理に聞き出すのは良くないと思い…いつか光己から話してくれるんじゃないかと僕は待っていたけれど、光己の悩みを解決したのは僕じゃなくて妻の親友であり出久君の母親の《緑谷引子》さんだった…

 

「どうしたんだい?光己?」

 

『…勝さん……実は…』

 

 光己は警察署で知った《真実》と…

 

 僕に電話する前…《引子さんとの電話》で何があったのか…

 

 その全てを話してくれた…

 

 すぐにでも帰って彼女を安心させてあげたい…

 

 だが今は無理だった…僕が勤めている会社にとって…今の取引先はとても大事な場所であり…もしもの時は僕1人の責任じゃ済まされない…

 事実…これから上司と共に取引先へ向かわないといけない…

 

「そうか……分かった……でもすまない…実は取引先から呼び出しを受けてしまって…コレから向かうことになったんだ…おそらく今回のことを含めてだと思うから…数日は帰れそうにないんだ。丁度その事で連絡しようとしてたんだけど…君から電話をかけてきてくれたからね…なるべく早く終わらせて帰るようにするよ…それまで待っててくれ…光己…」

 

 伝えたいことを伝え僕は電話を切った…

 

「(すまない…光己)」

 

 心細くなり不安定な妻を支えることができない情けない自分が嫌になった…

 

 僕は…光己の夫に…勝己の父親に…相応しくないのか…

 不意にそんなことを考えた…

 

 

 

 光己と出会い…

 

 結婚して…

 

 勝己が産まれ…

 

 2人を養うために僕は仕事に明け暮れた…

 

 だからという訳じゃないが…休みの日以外の勝己の面倒は殆ど光己に任せっきりだった…

 

 僕は勝己を……息子をちゃんと見てはいなかったのか…

 

 

 

「おい爆豪!何をボサッとしてる!さっさと準備しろ!駅に向かうぞ!」

 

「は、はい!すぐに!」

 

 光己に対して申し訳ない気持ちをしまい込みながら出掛ける準備を整え、僕は上司と共に新幹線で取引先へと向かった…

 

 

 

 取引先では本当に大変だった…

 

 会社には《イメージ》がある…特に今の取引先の担当は僕だから、僕の息子が……勝己が前々から《乱暴な性格》であることには取引先の方は目を光らせていたみたいだ…そして今回の件をキッカケにそんな息子の父親は信用できないとのことで契約打ち切りの話があがった…

 でも…数日の説得と話し合いの末…責任者を僕から別の誰かに変えることで取り敢えず契約を破棄させることはなくなった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●2日前の早朝…(ヘドロ事件から5日目)

 

 

 そして今日…僕と上司は始発の新幹線で地元に帰ってきた…

 

 昨日取引先との話し合いが終わり、ホテルで休んでいた時…僕は会社を解雇されるんじゃないかと不安な感情をもっていた…

 

 でも今朝の新幹線の中で…上司は僕にこう言った…

 

「爆豪…昨日の夜に社長と話をしたんだが…なんとかお前を辞めさせられずには済んだ…だがな…以前あったお前の昇格の件は取り消しになるそうだ…すまない…お前が良く働いてくれていたのは社長も会社の皆も知ってるんだ…でもな…こうなってしまっては…もうどうしようもないんだ…」

 

 上司は僕に気を使ってくれていた…僕の息子が原因で危うく会社が危なかったのに…それでも引き続き僕を雇ってくれるという。社長にまで気を使わせてしまい本当に申し訳なかった…

 

 それから…今回は突拍子もない呼び出しで疲れたろうからと社長から上司と僕に数日自宅で休むようにとも言われた…

 確かに疲れてはいたが、会社に散々迷惑をかけてしまったので直ぐに会社へ戻ろうとしたけど…取引先でも僕は光己や勝己のことが心配だったので…お言葉に甘えて自宅に帰ることにした…

 

 上司とは途中で別れ……今に至る…

 

 朝日が顔を出し始めた頃に自宅へ帰るのはいつ以来だろうか…

 

 そろそろ我が家が遠く見えてきた…

 

 

 

 筈なのだが…

 

 

 

 なにやら道に人が集まっていた…

 

 見間違いか…

 

 朝帰りで目がボヤけてるのか…

 

 それとも眼鏡がおかしいのか…

 

 そんなことを考えていた自分は直ぐにいなくなった…

 

 

 

 見間違いじゃない!家(ウチ)の前に人だかりが出来ていた!

 

 

 

「これは…いったい…」

 

 何でこんな朝っぱらから自宅の前に大勢の人が集まってるんだ!!?

 

「あっ!おい!あの人!!すいません!爆豪勝己君のお父さんですか!?」

 

「5日前の事件について詳しく教えてくれませんか!?」

 

「一言お願いします!あの日息子さんには何があったんですか!?」

 

「昨日のゴミ拾い中、子供に個性を使って怪我をさせようとした件について聞かせてください!?」

 

「息子さんにはどんな教育をしていたんですか!?」

 

 その大勢の人の正体は《マスコミ》だった!いきなり訳の分からない質問を沢山されて僕は動揺した!

 僕はなんとかマスコミを掻い潜って自宅へ入った!

 

「はぁ…はぁ…どうなってるんだ!?何が起きてるんだ!?」

 

「…勝さん…おかえりなさい…」

 

「…光己…」

 

 暗がりの廊下から光己が出迎えてくれた…

 

 今更気づいたが家の明かりが1つも点灯していない…

 

 そして…明らかに目の前にいる光己はいつもの光己じゃなかった!?

 僕の声なんて欠き消してしまう怒鳴り声をあげる様子もなく…ましてや《強気》という言葉自体を完全に無くしたような《別人の妻》がそこにはいた!?

 

「…勝さ……」クラッ

 

「…光己!?…」ダキッ

 

 倒れそうになる妻を僕は咄嗟に支えた!

 

 どうしたのかと顔を見ると眠っていた…でも…光己は僕よりもずっと疲れた表情をしていて目の下のクマが酷かった…

 

 何があったのか…状況が整理できなかったが、とにかく僕は光己を寝室で寝かせ休ませた。スイッチをきったかのように光己は眠っている…

 

 次に勝己の様子を見に行こうとするが…家中どこを探してもいなかった!

 

「(勝己はいったいどこに?…そういえば…さっきマスコミの誰かが《病院》やら《搬送》やらって言っていたな…)」

 

 数々の疑問が残る中…僕は何が起きているのかを知りたくテレビをつけた…

 ここ数日はずっと取引先のことばかりでテレビや新聞をちゃんと見てはいなかった。

 

 テレビをつけると丁度朝のニュース番組がやっていた…

 

 そこに流れるいくつものニュースの内容に僕は驚愕させられた!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●3日前の夕方…(ヘドロ事件から4日目)

 

 

None side

 

 それぞれ別の場所で行われた2つの《謝罪会見》…

 

 

・折寺中での無個性生徒の虐めと差別問題の対処をしなかったことへの世間への謝罪と、自殺するまでに追い詰められていた無個性生徒とその家族への謝罪…

 

・ヘドロヴィラン事件に駆けつけたヒーローの内の5名が代表として出席し、《デステゴロ》《シンリンカムイ》《Mt.レディ》《バックドラフト》の4名はヒーローとして本当にとるべき行動が出来ていなかったことへの謝罪……そして、あの事件の全ての発端である No.1ヒーロー《オールマイト》の謝罪…

 

 

 この2つの謝罪会見は世間に大きな衝撃を与えた!

 

 何より一番の衝撃は《オールマイトの謝罪》だ!

 無理もない…なにせあのヘドロヴィラン事件は《オールマイトの不注意》によって起きたという事実は世間を震撼させた!!!

 

 

『オールマイトがそんなミスをするなんて!?』

 

『あの事件の発端がオールマイトだったのか!?』

 

『つまり!あの事件はオールマイトの自作自演!?』

 

 

 謝罪会見へと出席した記者やメディアからはそんな声が上がっていた!当然その中にはオールマイトに対して厳しく心無い言葉をのべる者がいた…

 

 とはいえ…これはオールマイトだからこそ《この程度》で済んでいた…

 他の4人のヒーロー達と折寺中の教師達へ向けられる記者とメディアからの批判の言葉は《そんな比》じゃなかったのだ…

 

 

 

 

 

 まず《折寺中の教師達》に対しては…

 

 

・学校内での無個性のイジメに気づいていたにも関わらず何(なん)の対策もしてなかったこと

 

・イジメをしていた主犯の生徒が将来有望な強個性をもつ生徒であったことを理由に優遇扱いし、大した注意をせずに悪事を見逃していたこと

 

・教育者である教師達が《個性の有無》と《個性の強弱》で生徒を差別をしていたこと

 

 

 他にも多々あるが大きく問題視されたのはこの3つだった…

 警察が徹底して調べたことなので、全てが嘘偽りのない真実である…

 

 

『被害者である無個性の子へのコメントはありますか!?』

 

『将来有望な個性を持つ生徒の悪事を気づいていたのに何故見逃していたんですか!?』

 

『生徒が自殺未遂をしなければ対処する気はなかったんですか!?』

 

『生徒だけでなく、教師全員も無個性を差別していたというのは本当なんですか!?』

 

『教育者としての自覚は今もあるんですか!?』

 

『個性で生徒を判断する教師がいる学校をこのまま続けていくんですか!?』

 

『子供を教育する立場でありながら《個性の強弱》《個性の有無》で判別するのが折寺中の校則なんですか!?』

 

 

 マスコミは一斉に記者会見に出席していた折寺中の校長と3年の教師達へ質問を繰り出した。

 

 当然ながら校長も3年の教師達もロクな回答が出来ず、精神的に追い込まれていったがマスコミやメディアは容赦なんてしなかった…

 

 マスコミだけでなく既にネットでも…

 

 

{折寺中は《無個性の生徒の差別》と《優秀な個性の生徒の優遇》をする学校!}

 

{個性の有無以前に子供を平等に教育しない教員しかいない!}

 

 

 …などの書き込みで埋め尽くされており、もはや教師だけの問題ではなく《折寺中学校》そのものが危うい状況になっていった…

 

 それだけじゃない…記者会見において《教師の名前》は晒されたが《問題となった生徒達の名前》は伏せられた…

 

 そう…《名前》だけは…

 

 だがマスコミは甘くはなかった…

 

 今の時代…個人を判断するのは何も《名前》だけではない…

 

 《個性》…それはその人を示すといい…オールマイトが関わった《ヘドロ事件》は大勢の人がスマホなどで撮り上げられていたため、その事件をアップした動画やSNSは大量に存在した…

 

 それが何を意味するのか…後日…その当人達が身も持って…骨の髄まで思い知ることとなった…

 

 

 

 

 

 次に《ヘドロ事件のヒーロー達》に対しては…

 

 《オールマイト》《デステゴロ》《シンリンカムイ》《Mt.レディ》《バックドラフト》の5人は、あの時に自分達が何をしていたのかを正直に語った…

 

 《ヘドロ事件》の発端が《オールマイト》であったことだけでなく、次々と明らかにされていく《いくつもの真実》にマスコミは質問の嵐をヒーロー達へぶつけた。

 

 

『シンリンカムイさん!個性の相性が悪くて戦おうとしなかったのは事実なんですか!?』

 

『目の前で苦しんでいた子供がいたのに他人任せにして逃げたんですか!?』

 

『デステゴロさん!現場に最初に着いていたというのに避難誘導以外はなにもしてなかったというのは本当なんですか!?』

 

『オールマイトが来なかったら被害者の子供を見捨てるつもりだったんですか!?』

 

『Mt.レディさん!巨大化した状態では現場へ入れなかったから棒立ちしていたのは本当なんですか!?』

 

『Mt.レディさん!シンリンカムイさんとの熱愛疑惑について教えてください!?』

 

『あなた方には本当にヒーローとしての自覚はあるんですか!?』

 

『バックドラフトさん!現場にいた際に消火活動以外で出来ることはなかったんですか!?』

 

『人任せにして戦いもせずに被害者を助けようと飛び出した子供を叱っていただけなんですか!?』

 

『ヴィランとの戦闘において個性の相性が悪かったら被害者が死んでも仕方ないと思っているんですか!?』

 

 

 マスコミ達は《デステゴロ》《シンリンカムイ》《Mt.レディ》《バックドラフト》に容赦なく質問をいくつもぶつけていく…

 しかし…彼らは反論もしなければ言い訳もせずに答えられる質問には適切に答えていった…

 2日前…オールマイト以外の《ヘドロ事件》に関わったヒーロー達は警察署に呼び出されていた…

 彼らを集めたのは《雄英高校の根津校長》だった、そして根津との話し合いの末…彼らは自分達のとった行動について深く反省させられていたのだ…

 

 そんな会見の最中に、つい先程《ヘドロ事件の被害者》である《爆豪勝己》が奉仕活動後に、裏路地にて重傷で発見され病院に搬送されるという速報も入ってきたせいでマスコミはエスカレートしていき、ヒーロー達は心身ともに追いやられていった…

 

 そんな中…オールマイトはこの記者会見に不満を持っていた…

 自分が仕出かしたことの《全て》を伝えきれていないからだ…

 ヒーロー協会から口止めされているため…世間に話したくても話すことを許されない…《もう1つの真実》…

 ヒーロー協会はヘドロ事件における《オールマイトの汚点》を世間に晒してもなお、《もう1つの真実》を全面的に隠すため…あえて《ヘドロ事件におけるオールマイトの汚点》を公(おおやけ)にすることにしたのだ…

 

 

 

 だが…これはあくまでもその2つの事件に関わった者達への《報い》いわば《制裁》でしかない…

 

 

 

 この状況を嘲笑うかのように…記者会見の直ぐあと…今まで秘密にされていた《とあるヒーローの情報》がマスコミへとバラまかれた!

 

 いったい誰がなんの目的で《この情報》を漏らしたのかは不明だが、この最悪のタイミングで事態を更に悪化させるかのような……火に油を注ぐ《とんでもない情報》が世間に知れ渡っていたのだ!

 

 それを彼ら(ヘドロ事件のヒーロー達)が詳しく知ったのは…次の日だった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●2日前の朝(ヘドロ事件から5日目)

 

 

オールマイト side

 

「ん………あぁ……もう朝か…」

 

 前日の謝罪会見での疲れがまだ残っていたが…私は重たい瞼を無理矢理開けて目を覚ました…

 私は今、根津校長が用意してくれたホテルに宿泊している…特に高級ではない普通のホテルだ…

 当然ながら《オールマイト》としてではなく《八木俊典》の名で泊まっている…

 

「はぁ…昨日は本当に大変だったなぁ……」

 

 

[デンワガキター!デンワガキター!デンワガキター!]

 

 

「ん?電話?」

 

 近くに置いていた携帯が鳴った。

 

「こんな朝早くにいったい誰だ?…非通知?(Pi)はい、もしもs」

 

『オーーールマイトーーーーー!!!!!』

 

「ぬおっ!!!???」

 

 携帯からの怒号の叫びは私を叩き起こすかのように響いていた!

朝起きたばかりでこれはキツい!

この怒号の主は直ぐにわかった!

現No.2ヒーローの…

 

『貴様のせいで!!俺は…俺はなあーーーーー!!!』

 

《フレイムヒーロー・エンデヴァー》!

 

 先程の怒号で頭がガンガンしていたが、彼が私に電話してくるなどそうそうない。

 

「あ~っと…エンデヴァー…君が私に電話をしてくるとは珍しいね…」

 

『黙らんか!!!貴様いったいどういうつもりだ!!?俺に《あの人》から譲られた1位の座をとられるのを恐れて!!俺を落とし入れようというのか!!?』

 

 必要以上に突っかかってくるエンデヴァーが何を言っているのか、訳がわからなかった。

 昨日の記者会見のことか?…いやエンデヴァーには関係ない筈だが…

 

「エンデヴァー?いったい何をそんなに怒っているんだい?」

 

『貴様、惚(とぼ)けるつもりか!!?テレビをつけろ!!ニュースを見とらんのか!!!』

 

 ヒートアップし続けるエンデヴァーに言われ私はテレビをつけた。

 

 

 

 

 

『…えぇ以上が、昨日の夕方に行われた《折寺中学校》と《ヘドロ事件》記者会見の内容でした』

 

 丁度ニュース番組をやっており、どうやら昨日の記者会見についての報道が終わったところだった。

 そして、エンデヴァーが私のもとへ電話を掛けてきた理由は次のニュースで発覚した。

 

『次のニュースです、No.2ヒーロー《エンデヴァーの家庭内での虐待と暴力》の実態が明らかになりました』

 

「…えっ……?」

 

『昨日行われた2つの記者会見終了後に、マスコミへ《エンデヴァーの家庭事情の詳細》についての情報があり、記者会見に出ていたマスコミや記者は事実確認のため直ぐにエンデヴァー事務所へ向かい、一時事務所前がマスコミと記者などで埋め尽くされました』

 

 本来ヒーローのプライベートは厳重に守られている、ましてや家庭や家族については不用意に情報が流れることはない筈だというのに、どういうことなんだ!?

 それから《エンデヴァー家庭事情》が詳しく流れる。

 

 

・エンデヴァーは奥さんの個性を手に入れるため、奥さんの家族をお金の力で無理矢理抱き込んだこと…

 

・彼が結婚したのは自分と奥さんの個性を持った子供が欲しいためだけの《個性婚》だということ…

 

・4人の子供を授かりながら、父親らしい行動を何1つしていないこと…

 

・自分の子供を《人》ではなく《物》と《道具》としてしか見ていないこと…

 

・4人目に産まれた《炎と氷の個性をもつ末っ子》へ、5歳の頃から《虐待》と《暴力》という名の《個性特訓》をさせてきたこと…

 

・家庭を省みず、目的の子供が出来て用済みになった奥さんをストレスの捌け口として日夜痛めつけて、結果ノイローゼにし精神病院へ入院させる程にまで追い詰めたこと…

 

・4人の子供の内1人が行方不明になっていること…

 

・自分に反抗及び逆らえないように幼少の末っ子の顔へ火傷を負わせたこと…

 

・末っ子を《名前》としてではなく《最高傑作》と呼んでいること…

 

 

 次々と明らかになっていくエンデヴァーの家庭の闇……家族をもつ父親とは思えない《極悪非道》の数々が白日の元へ晒されていた。

 

『これに対しエンデヴァーは『現No.1ヒーローと元No.1ヒーローを超えるためには、これくらいのことはして当然だ!!』とのコメントをしており、全てを認めております』

 

 昨日の夜遅くにエンデヴァーへインタビューした映像が流れた。

 

 

 

 

 

「こんなことが…あのあとに起きていたなんて…」

 

『ようやく理解したかオールマイト!!貴様!どうやって俺の家庭の情報を知った!?ヒーロー協会か!?それとも警察を使ったのか!?No.1ヒーローなら何をしても許されると思っているのか!!?』

 

「ち、違う!私じゃない!私は君の家庭事情は今まで知らなかった!」

 

『嘘をつくのもNo.1だなオールマイト!!昨日の今日で貴様以外に誰がいる!!?』

 

「とにかく私じゃない!というよりエンデヴァー!?君が結婚したのはやはり《個性婚》だったのか!!父親でありながら奥さんや子供にこんな非道なことをしていたなんて!!?」

 

『黙れ!!!子供がいないどころか、未だ結婚をしてない貴様だけには説教される謂れはないわ!!!!!』

 

「大きなお世話だ!!しかも《個性婚》をしたのが、私や《あの人》を超えるためなどとそんな下らない理由で!!!」

 

 エンデヴァーが歪んだ家庭を築いた原因を知った私は怒鳴り返した!

 ヒーローの1位と2位が電話越しに喧嘩しているなんて…第三者が見たらどう思うだろうか…

 

『下らない?………下らないだと!!!??貴様に……貴様になにが分かる!!!??何故貴様なんかが選ばれ!!!この俺が選ばれなかったんだ!!!《あの人》からNo.1の座を譲られた貴様に!!!あの時の俺の屈辱が!!!悔恨(かいこん)が!!!貴様に分かるものかーーーーー!!!!!』

 

(ツーツーツーツーツー)

 

 エンデヴァーからの今日一番の怒号で電話が切れた…

 

「…エンデヴァー…君はあの時…そこまで…」

 

 今のエンデヴァーを形(かたち)作ったのは20年以上前の《あのこと》が原因だったのか…

 

 緑谷少年のことだけじゃない…私の後悔は…今に始まったことじゃなかった…《お師匠》…《デイヴ》…《ナイトアイ》…思い出していけば後悔したことは数えきれない…

 

「私は…私は…どうすればいいんだ…」

 

 私は1人部屋で悩んだが…正しい答えなど見つかるわけない…《多くの人々が笑って過ごせる日々を守るための平和の象徴であり続ける》…そんな答えしか…今の私には導き出せないのだから…

 

 テレビのチャンネルを変えてみれば…《ヘドロ事件》と《折寺中》、《昨日の2つの記者会見》そして《エンデヴァーの家庭事情》でどのチャンネルも支配されていた。

 

 スマホでネットを見れば《ヘドロ事件のヒーロー》と《折寺中》の批判だけでなく、エンデヴァーに対する批判で騒がれている。

 

 

 

{エンデヴァーは《ヒーローの心》以前に《人の心》も持たない残忍な男!}

 

{自分がNo.1になりたいという理由だけで、奥さんや子供の人生を蔑(ないがし)ろにするクズ!}

 

{エンデヴァーは家族を《私物》としか見てない最低最悪なヒーロー!}

 

{エンデヴァーはこの世に必要ない!トップヒーローなら《オールマイト》《ホークス》《ベストジーニスト》《エッジショット》達がいるんだから居なくなってもらって結構!}

 

{恐怖で従わせるために幼い子供の顔を火傷させるなんて、エンデヴァーはヒーローじゃなくてヴィランだ!}

 

 

 

 今なおエンデヴァーの批判と否定する書き込みが追加されている…昨日の私のミスも重なって余計なのかもしれない…現トップヒーローの1位と2位がコレでは騒がれるのは当たり前か…

 

 

[デンワガキター!デンワガキター!デンワガキター!]

 

 

 スマホでネットを見ていると今度は《ヒーロー協会》から電話がかかってきた。

 

「はい、もしもし」

 

『オールマイト…悪いが直ぐにヒーロー協会本部へ来てくれないか?話がある…』

 

 このタイミングでヒーロー協会からの電話…決して良い話ではないだろう…

 

「分かりました…(Pi)」

 

 全ての発端が私ならば…

 

 私は受け止めなければならない…

 

 コレからのヒーロー社会を…

 

 緑谷少年を…

 

 エンデヴァーを…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●数時間後…ヒーロー協会本部…

 

 

「疲れてるところ足を運んでくれて感謝するよ、オールマイト」

 

「いえ…それで私をここへ呼んだのは…やはりエンデヴァーの…」

 

「あぁ…そうだ…」

 

 ホテルを出た私はヒーロー協会へ直行した。とはいえ…昨日の記者会見でマッスルフォームを維持しすぎたため、ここへ来るまではトゥルーフォームでやって来たため時間がかかってしまった…

 

 先日呼び出しを受けた時と同じ会議室で同じ面子が再び集まった…

 

「君も知ってるだろうが、今世間では《ヘドロ事件におるヒーロー達の愚行》と《折寺中での無個性生徒のイジメ問題》そして《エンデヴァー家庭事情》の3つで騒がれている」

 

「エンデヴァーの件に対して現状で疑わしいのは君という意見があったのだが…」

 

「わ、私はそんなことしていません!!」

 

「分かっている…君はそんなつまらないことをする人間ではないことは承知している」

 

「で、では誰がエンデヴァーの情報を公(おおやけ)に?」

 

「我々も調査しているのだが…まだ突き止められてはいない…」

 

「だが確実に言えることは…オールマイト、昨日の記者会見で君が《手負い》を認めたことでヒーロー社会が一時不安定になるこのタイミングを見計らい、更に状況を悪化させるために《エンデヴァーの家庭の闇》を公にした《黒幕》がいるということだ」

 

「現No.1とNo.2の汚点が同時に発覚すれば、今の社会は困惑することが確実だからな」

 

「それを狙っていたとすれば…計画的な策略になる…」

 

「《市民への不安》と《ヴィランの暴動》を促(うなが)すことがな…」

 

 誰の仕業かはまだ分からないにしろ、目的はやはり《人々の不安を煽ること》と《ヴィランの活性化》か…

 

「どこから情報が漏れたのかは一旦置いておこう……それよりも君とエンデヴァーの件が原因で以前話した《ヒーロー社会のバランス》が予想以上に不安定になっている…」

 

「…確かに…でもエンデヴァーの家庭事情は遺憾なことですが、彼はヒーローとしてヴィラン退治を一番に…」

 

「そこじゃないんだオールマイト……君は我々と見ている視点が違う…」

 

「…と言うと?」

 

「分からないか?噂程度で半信半疑だったエンデヴァーのサイドキック達が真実を知るや否や、今次々と事務所から去っているんだ」

 

「なっ!?……んん…」

 

 私はその意見に何も言えなかった…ちょっと考えれば分かることだった…事務所を持つヒーローの中でもエンデヴァー事務所は今や日本で5本の指に入るヒーロー事務所だ…

 その主であるエンデヴァーが子を持つ親としてやってはいけないことをやっていた…

 

 失望して去る者…

 

 黒い噂を付けられたくない者…

 

 巻き添えを受けたくない者…

 

 中にはエンデヴァーに憧れ努力しサイドキックになれたヒーローもいる筈だ…

 

 私は事務所を持っていないからなんとも言えないが…私でも…信頼していたサイドキックが離れていく辛さは理解できる…

 

「それだけじゃない…エンデヴァーの一件によって一般人だけでなくヒーローの大半へ大きな影響が出始めているんだ」

 

「大きな影響とは?」

 

「はぁ…察せられないのか?オールマイト?」

 

「あ……えっと……はい……どういうことですか?」

 

 ヒーロー協会の方々が何を言いたいのか分からなかったため、私は問いを問いで返してしまった…私を除く会議室にいる全員が呆れた顔をしている…

 

「…はぁ…いいかいオールマイト、我々が懸念している《ヒーローへの大きな影響》というのはエンデヴァーのサイドキックだけでじゃない……この一件を知ったマスコミやメディアは何を考えると思う?……『《家庭や家族をもつヒーロー達》全員がエンデヴァーと同じ思考を持って《個性婚》をしたんじゃないか?』などと根拠のないでっち上げで混乱を招こうとしているんだ…」

 

「そ!?そんなことが!!?」

 

「事実だ…現に《ヒーロー一家(いっか)》や《結婚したヒーロー達》だけでなく《結婚を控えたヒーロー》や《恋愛疑惑のあるヒーロー》にまでマスコミやメディアによる要らぬ被害が出ようとしている…ついさっき《錠前ヒーロー・ロックロック》が絡んできたマスコミを怒鳴り返したという報告があった…」

 

 もう被害が出ている!これが一般のプロヒーローならばここまで騒がれないかもしれないが、エンデヴァーはトップヒーローの《No.2》、大事(おおごと)になるのは避けられないということか!

 

「そこで我々は事態の早期終息のため緊急の会議を開き話し合いをした、君に連絡する前にな」

 

「君とエンデヴァーを除くトップ10ヒーロー達にも連絡を取っての会議を開き、これ以上の事態の悪化を防ぐため《エンデヴァーのヒーロー免許の剥奪》について話をしたんだ」

 

「エ!エンデヴァーにヒーローから脱退させるのですか!?」

 

 突然の衝撃な内容に私は驚愕した!いくら事態を終息させたいとはいえ、彼にヒーローを辞めさせるのはやりすぎではないかと私は思った!

 

「そのつもりだったのだが…どういうつもりなのか《ウィングヒーロー・ホークス》が『エンデヴァーさんがヒーローを辞めるのなら、自分もヒーローを引退します』と言ってきてねぇ…」

 

「あのホークスが!?」

 

「あぁ…理由を聞いてみたんだが…『オールマイトさんが今回の件で1つ2つ順位が落ちるかもって時にエンデヴァーさんがいなくなったら、俺が無し崩しでNo.1にされる可能性があるかもしれないんすよね。俺はNo.1になんてなりたくないんで、エンデヴァーさんがヒーローを引退するならついでに俺も辞めますよ』とのことだ…」

 

「説得もしてみたんだが『俺はNo.1なんて柄じゃないんです、20位や30位でのんびりパトロールするようなヒーロー活動がいいもんでね。まぁヒーローを辞めても《警察》やら何やらになれば食って暮らしてもいけますし』と断られてしまってな。彼程のヒーローを失う訳にはいかない…《先代のNo.1ヒーロー》が君やエンデヴァー達がデビューするまで活躍してくれたように、これからの若い世代のヒーロー達へ《ホークス》は必要だからな」

 

 まさか…あのホークスがエンデヴァーをフォローするとはな…

 彼個人の私情だけにも聞こえるだろうが…彼は彼なりにエンデヴァーを尊敬しているということなのだろうか?

 

「因みに他のトップヒーロー7人はホークスのようにエンデヴァーと共に辞めるとは言わなかったのだが……『《人》としては駄目でもエンデヴァーは《ヒーロー》としてまだ必要だ』という意見があってね、エンデヴァーは引き続きヒーローを継続してもらうことになった」

 

 どうやらベストジーニストやエッジショット達も私と同様にエンデヴァーにはヒーローを続けてほしいと思っていてくれたようだ。

 

 ただし…あくまで《ヒーロー》としてだけ…

 

 それはヘドロ事件に関わったヒーロー達も同じだった…私に対しての批判の声はほとんどないが、あの事件に関わったヒーロー達への批判の声は強くなるばかり…

 《シンリンカムイ》や《デステゴロ》達への批判の声は酷くなる一方だ……その中で特に酷いのは新人ヒーローの《Mt.レディ》らしい…その理由は分かりきってる…駆け出しとはいえヒーロー活動をすればヴィラン以上に周囲への被害を出してしまっているため、熱烈ファンを除き今回の件に乗っかって《自宅》や《愛車》などを壊された人々からの不評の声が耐えないらしい…

 

 もうすぐ今年のヒーロービルボードチャートJPの前期だというのに…こうも続いてヒーローの《失態》や《愚行》が続いている…

 そんな状況じゃ…ランキングもクソもない…荒れるのは確実だろう…

 

 《あの人》には申し訳ないが…こんな事態を招いた元凶の私に《No.1ヒーロー》でいる資格なんてない…出来ることなら《あの人》に帰ってきてほしいと今の私は願っている…

 

「エンデヴァーについては君が来る前に連絡しておいた、ヒーローを継続させるかわりの《厳罰》をな」

 

「厳罰…ですか?」

 

「そうだ…まずヒーローランキングを《2位》から《最下位》に下げることだ」

 

「さ、最下位に!!?」

 

 エンデヴァーがどれだけの努力をしてトップ10へたどり着いたのかを知っている私からすれば驚きの内容だった!

 

「まぁ…我々がなにもせずとも…次のヒーロービルボードチャートJPでエンデヴァーは2位からの格下げは確実だからな。妻や子供達にしてきたことが表沙汰になった今…いっそのことドンケツまで落とした方が世間も納得するだろう…」

 

「………エンデヴァー…」

 

「それだけじゃない…これ以上の黒い噂を避けるために…エンデヴァーにはもう1つの厳罰を与えた」

 

「もう1つ?」

 

「うむ…それは」

 

バン!!!

 

「オーーーーールマイトーーーーー!!!!!」

 

「エ!?エンデヴァー!!?」

 

 会議室の扉を壊すような勢いで入っていたのは張本人であるエンデヴァーだった!そして入ってくるなりマッスルフォームの私のヒーロースーツの胸倉を掴みかかって怒鳴り散らしてきた!

 

「貴様!!!よくも!よくも!!よくも!!!この俺をどこまでも陥(おとしい)れる真似をしてくれたな!!あんな若造に助けられた俺の屈辱がお前に分かるか!!オールマイト!!!」

 

「お、おい!?エンデヴァーやめてくれ!苦しい!!」

 

「子供のいないお前には理解できぬことだろうが!!アイツは!焦凍は!お前と《あの人》を超えるため!No.1ヒーローになるために俺が作り上げた《最高傑作》なんだぞ!!来年《雄英》への入学を控えた大事な時期だというのに!?貴様の《下らない手負い》のせいで!!!どう落とし前をつけるんだオールマイト!!」

 

「エンデヴァー!!君はまた自分の子供を《物》のように!?というかなんのことだ!?」

 

「…はぁ…エンデヴァー…静かにしてくれないか…?今その事についてオールマイトに話していたところだ、それと場所を弁(わきま)えてくれ」

 

「くっ!……ちぃ!!」

 

 エンデヴァーはヒーロー協会の役員に注意されると、私を睨みながら離してくれた…

 

「ゴホッゴホッ…それで…エンデヴァーに対するもう1つの厳罰というのは?」

 

「あぁそうだったな、エンデヴァーには今後家族(身内)と共に過ごすことも接触することも一切禁ずることも決めた。もしそれを守れないのなら《ヒーロー免許の永久剥奪》をするとね」

 

「なっ!?そんなことまで!!?」

 

「何を驚いているオールマイト…むしろこれくらいのことをして当たり前だろう…ただでさえ《折寺中》の件で騒がれてるこのタイミングで、今後もエンデヴァーが自分の子供に《教育という名の暴力と虐待》をし続けたら《ヒーロー》そのものに対する信頼が揺らぐ…」

 

「《暴力》や《虐待》などでは断じてない!!!俺は焦凍をNo.1ヒーローとして育て上げるという目標のために鍛えていただけだ!!人聞きの悪い言い方をするな!!!」

 

「(エンデヴァー……君はそこまで歪んで……)ヒーロー協会の方々…エンデヴァーも1人の父親です…一生家族と会えないなんて…」

 

「余計な情けをかけるなオールマイト!!反吐が出る!!!」

 

「オールマイト…我々はなにもエンデヴァーを2度と家族と会わせないとは言っていない…」

 

「えっ?」

 

「ふん!!」

 

「それについてはエンデヴァーに《ある条件》を達成すれば、また家族と過ごせるようにすることにしてある」

 

「ある条件?」

 

「あぁ…何年かかっても…彼が再びヒーローランキングで《No.10》以内に戻れた時…この厳罰を解除するとな…」

 

 ヒーロー協会とて鬼ではない…エンデヴァーにチャンスを与えていた!

 とはいえ…今の状況で《最下位》から《トップ10》に戻るのは決して平坦の道ではない…エンデヴァーがこれから歩むのは険しい道になるだろう…

 

「はん!トップ10になどすぐに戻ってやる!少なくとも、子供を死なせかけたNo.1ヒーローなど追い越してやるわ!!!」

 

『?』

 

 エンデヴァーの言っていることが私だけでなく会議室にいるヒーロー協会役員も分からなかった。

 

「エンデヴァー、それはどういう意味だ?ヘドロ事件の被害者は無事だぞ?」

 

「戯(たわ)け!!そっちじゃない!!ついさっき俺の元へ《情報》が入った!!名前はあげられとらんが、例の飛び降り自殺を図った無個性の子供の自殺の原因がイジメだけでなく、《とあるヒーロー》に『無個性はヒーローにはなれない』と言われたことが自殺の原因だとな!!!」

 

『!!!???』

 

 なっ!なぜその事をエンデヴァーが知って!?それは私とヒーロー協会、リガバリーガールと先日警察署へ集まった面子しか知らないはず!!?

 

「その《とあるヒーロー》というのは貴様のことなんだろオールマイト!!貴様に俺を攻める資格があるのか!?子供の夢を捻(にぎ)り潰すような貴様がNo.1ヒーローだと!?笑わせるな!!」

 

「そ…それは…」

 

「ま、待ってくれエンデヴァー!まさかその《とあるヒーロー》がオールマイトであることもその情報に書いてあるのか!?」

 

「知るか!自分達で確かめろ!今ネットの至るところへその情報が広まっているぞ!」

 

 何も言い返せない私に…ヒーロー協会の役員がエンデヴァーに問いかけたが、エンデヴァーも詳細は知らないようだ…

 ヒーロー協会が隠していた《もう1つの真実》…《私が無個性である緑谷少年の夢を否定したこと》がいつの間にか知れ渡っているなんて!!!

 

「いいご身分だなオールマイト!!俺に散々なことを言っておきながら!!自分は《無個性差別》か!!?その辺にいるプロヒーローに言われたならばその子は自殺にまでは至らないだろうが!あの日現場の近くにいたヒーローの面子を考慮して、その少年が自殺するまで追い込めることができるヒーローは貴様以外にいない!!オールマイト!《No.1ヒーロー》である貴様に『無個性はヒーローになれない』と言われたとすれば、その少年の自殺を図る動機にも合点(がてん)がいく!」

 

 当てずっぽうに言っているように聞こえるだろうが、全て当たっている!まるであの日のことを見ていたかのように…エンデヴァーは言いはなった…

 

「ついでに言っておく!その情報の中には例の無個性少年を自殺に追い込んだ同級生の主犯である《爆豪勝己》の名前も記されていたぞ!」

 

「なっ!!?なんだと!!!」

 

 私もヒーロー協会も《これ以上はもうやめてくれ》という状態だというのに……油を注がれて激しく燃えさかり大きくなった炎へ…更に大量の油をぶっかけて大炎上させるまで事態が大きくなっていた!!

 

「オールマイト!どう責任をとるつもりだ!これだけのことをしておいて《No.1ヒーローの座》に座り続けるつもりか!?《ヒーロー》を続けていくつもりか!?なんとか言ってみろオールマイト!!!」

 

 私に再び掴みかかったエンデヴァーはどんどんヒートアップしていく。彼が身体へ纏っている炎が彼の感情に反応するかのように燃えさかっていく…会議室が暑くなっていき…どうすればいいのか私自身わからなくなっていると…

 

バン!!

 

「エンデヴァーさん!」

 

「なぁあぁ!遅かったか!!?」

 

「なにやってるんですかエンデヴァーさん!!」ガシッ

 

「ほら帰りますよ!ご迷惑おかけしました!オールマイト!ヒーロー協会の皆さん!」ガシッ

 

「離せ!!貴様ら!!俺はまだコイツに言いたいことが山ほどあるんだ!!!離さんか!!!」

 

 会議室の扉が再び思いっきり開き、今度はエンデヴァーのサイドキック4名が入ってきて、4人掛かりでエンデヴァーに掴みかかり、私からエンデヴァーを無理矢理引き離して連れて帰ろうとしている…

 

「オーーールマイトーーー!!!この屈辱!!!忘れないからなーーー!!!覚えてろーーーーー!!!!!」

 

 無理矢理引っ張られ会議室から出ていくエンデヴァーは帰る直前まで私に怒鳴り散らしていた…

 

「…エンデヴァー………私は………私は…」

 

「オールマイト…君は自分の心配をしたらどうなんだ?」

 

「………」

 

「我々も今から調べるが、エンデヴァーは憶測で例の無個性の少年の夢を否定したヒーローが君だと見抜いていたようだが…もし今世間に知れ渡っているその情報の中に《オールマイト》の名前があったなら、最悪暴動が起きても可笑しくないんだぞ…」

 

「……はい…」

 

 先日ヒーロー協会から口止めされた《あの事》とは…記者会見で言えなかった事件に関する《もう1つの真実》のこと…

 エンデヴァーを見ればそれがいやでも分かる…場合によっては私ではなく《平和の象徴》そのものがなくなる恐れもあったのだ…

 

 その後は…とてもじゃないが会議を続けられる状態ではなくなったのと、エンデヴァーが言っていたついさっき世間に公(おおやけ)させている2つの情報をヒーロー協会が詳しく調べるため、会議は終了となった…

 

 私は重い足取りでヒーロー協会をあとにした…

 

 

 

 

 

 それから今日という日が終わるまでに…このヒーロー社会は大きく不安定になった…

 

 昨日の《2つの記者会見》に続いて《エンデヴァーの家庭事情》だけでなく、無個性の少年(緑谷少年)を自殺へ追いやった《2人の主犯》…

 

 その主犯の1人である爆豪少年は《名前》も《住所》も《普段の行動》の全てが知られてしまい、自宅前と現在入院している病院前へマスコミや記者が大勢押し寄せている映像がテレビに流れている…それこそエンデヴァーの事務所前に集まるマスコミの数となんら変わらない…

 しかもそれだけでなく、折寺中の3年生や教師の自宅前へ押し寄せるマスコミの映像も流れていた!個性のある時代だ…エンデヴァーについてはどうやって調べたかは不明だが、学生の個人情報などマスコミからすれば簡単に調べがつくということなのか…

 唯一の救いは…爆豪少年を含めた折寺中の3年生以外……つまり折寺中の2年生と1年生の生徒は名前は伏せられていることと、爆豪少年含めて全員テレビに映る際は顔にモザイクがかかって声が変えられていたことだった………とはいっても…今まで緑谷少年にしてきたことを考えれば…これは《当然の報い》なのかもしれない……と私は思ってしまう…

 

 そしてもう1人の主犯であるヒーロー…つまり《私》が……《緑谷少年に言った失言》はこの社会の均衡を壊そうとしている……

 笑い話にもならない…《平和の象徴》たる私が《社会を壊す元凶》になるなんて…

 

 ヒーロー協会が調査した結果…《爆豪少年の個人情報》も《私の失言》も、《エンデヴァーの家庭の闇》を公(おおやけ)にした者と同じ出所であることは分かったものの…それが誰なのかは未だに分からないそうだ…

 エンデヴァーが自分の歪んだ家庭事情を認めたのを見越して、他の情報をタイミングを見計らって流したのではないかとヒーロー協会は言っていた。

 最初の情報(エンデヴァーの件)が正しかったのだから、あとの2つの情報(爆豪の件 & オールマイトの失言の件)も信憑性があると世間が信じるのは当然のことだった…

 ただし…ヒーロー協会が調べた結果によるとネットなどに拡散されている情報に私の名前は…《オールマイト》の名前はなかったそうなのだ…つまり自殺した少年(緑谷少年)に対して『無個性はヒーローになれない』という失言を言ったヒーローが誰なのかは世間は知らないということになる。

 私がその失言を言ったヒーローと知っている面子は限られている……エンデヴァーとサイドキック達には情報の漏洩はしないように注意を促したらしい。

 

 言うまでもないが…この日を境に…エンデヴァーの私に対する敵対心はさらに強くなったそうだ…

 エンデヴァーはネットでのバッシングにおいて、ヒーロー名である《フレイムヒーロー・エンデヴァー》から…《家庭内暴力ヒーロー》及び《虐待ヒーロー》…

 通称《DVヒーロー・エンデヴァー》などという汚名を世間からつけられていた…

 

 それとマスコミは、被害者である緑谷少年については全く調べてはいないらしい……《男子中学生の飛び降り自殺未遂》に関しては《虐められていた無個性の学生》としか思っていないようだ。

 不幸中の幸い…ネットのどこを見ても《緑谷出久》という名前はなかった…そのお陰で緑谷少年とそのご家族に対して無理矢理インタビューしようとするマスコミやメディアはいないらしい…

 《ヘドロ事件》の時にいた爆豪少年を助けようと飛び出した少年と同一人物だとは知らずに…

 もしかしたら気づいている者も居るかもしれないが、私達の事件を優先して…緑谷少年を完全に後回しにしている可能性もあるのやもしれない…

 

 

 

 

 

 だが…まだ終わってはいなかった…

 

 私のたった一言の《失言》…

 

 名前は伏せられても…

 

 それは世間へと知れ渡り…このヒーロー社会を崩壊させる事態が始まろうとしていたのだ…

 

 そしてそれは…すぐそこまで迫っていた…

 

 いつかは起こるのではないか…きっと誰しもの頭の中にあった筈だったのに… 

 

 その引き金を引いてしまったのが…《私》だ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●2日前の夕方…(ヘドロ事件から5日目)

 

 

爆豪勝己 side

 

「…これが…お前が目を覚ますまでにあった全てだ…勝己…」

 

「…そんな…馬鹿な…」

 

 親父から聞かされた昨日の夕方から今日の夕方…時間からすれば…たった1日でこれだけのことがあったなんて信じられなかった!

 だがテレビに写し出されているニュースが真実を物語っている!

 TVだけじゃねぇ!スマホでニュースを確認すれば、どこもかしこもあの事件に対する《俺達や学校への批判》と《ヒーロー達への失望や非難》、《エンデヴァーへのバッシング》と《家庭を持つヒーロー達の不満》で埋め尽くされていた!

 

 その中で俺に対しての一番の問題なのは!

 SNSや動画の半分近くを締めている《無個性1人を相手に個性を使い3人かがりで痛め付ける》防犯カメラや監視カメラの映像が流出している事だった!!

 《場所》や《映像の角度》、《その場所に置いてある物》や《日の明るさ》が違うことによって《それ》が複数の映像で有ることが一発で分かっちまう!

 

 俺達の顔にはモザイクがかかってるが《個性》にはモザイクなんてかけられずに堂々と晒されていた!!!

 

 名前を伏せたところで《個性》を隠せてないんじゃ《個人情報保護》もへったくれもねぇ!

 今の時代、個性は《指紋》と同じだ!似ている個性の奴はいても直ぐに誰か判明される!

 事実、どのSNSや動画にデクのことは《無個性の学生》としか書いてねぇが、《俺と取り巻き2人》の3人は《名前》も《学校》も《家の住所》までもが書かれてやがった!!!

 削除はされてる様子もあったが再生回数が物凄い数値のせいなのか、今も動画がアップされて減る様子がなく!むしろ逆に増え続けてやがる!!!

 

 そして何より衝撃だったのが!俺があのヘドロ野郎に出会(でくわ)す原因となったのが《オールマイトの不注意》という真実だった!!!

 

「…警察の方々が調べているようで…どうやってこれだけの映像を入手したのかはまだ捜査中らしいんだが………勝己…これだけ出久君を虐めて傷つける映像があると言うことは…お前が出久君を自殺に追い込んだ主犯なのは本当なんだな…」

 

「ぐっ!?………ちぃぃ!!」

 

 何も言い返せねぇ…親父はババアから警察署でのことは聞いてる筈…こうしてテレビにもネットにも《証拠》が流れてる状況で《言い逃れ》も《言い訳》も出来る筈がねぇ…

 

 

 

「勝己…お前は《ヴィラン》になりたいのか?」

 

 

 

「ッ!!?」

 

 親父からも《ヴィラン》って言われた!なんだってんだよ!どいつもこいつも!!!

 

「………はぁ…個性の検査を受けたいのなら好きにしろ…だが今日は個性の診察をしてくれる先生が帰宅していないんだ、リカバリーガールもな……明日の朝に検査を受けられるように頼んでおく…だから明日の朝までこの部屋で大人しくしていろ………スーハァー…看護師さん…待たせてすいませんでした…この子の診察をお願いします…」

 

「は…はい…」

 

 親父は看護師と入れ替わりに去っていった…明らかに先日までの親父じゃなかった…態度だけじゃない…纏っている空気そのものが変わっていた。ババア同様に…親父も別人に変わっていた!

 

 看護師から聞き出した話だとババアはぶっ倒れて今は家で寝込んでるらしい、原因は《ストレス》と《疲労》だそうだが…俺の知る限りババアが寝込むなんざ今までなかったってのにどうなってんだ?

 親父は親父で仕事をクビにはならなかったようだが…昇格と出世の話は無くなって格下げになったそうだ………俺が《雄英》に入れるくらいまでは稼げよクソ親父が!!!

 

 親父はそのあと病室に戻らず一度家に帰ったそうだ……好都合、親父がここへ戻って来る前に俺はさっさと寝ることにした…また親父から下らねぇ説教を言われる前に…

 

 寝る直前に俺はまた個性を発動させようとしたが…

 

 

 

(シーン)

 

 

 

 またしても《爆破》が起きなかった…

 

「(本当に消えちまったのかよ!?…俺の……個性は…)」

 

 不安な気持ちはあったが…明日の検査で治ると信じて俺は眠りについた…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『何で出来ねぇの?』

 

 俺の小さい頃から疑問だった…

 

 競争では1位になれた…

 

 自転車は補助輪を付けずに直ぐに乗れた…

 

 個性だって凄い個性だ…

 

 なんで俺に出来ることを周りの奴等が出来ないのか不思議だった…

 

『いや~これはまた凄い個性だな!コレは将来有望なヒーロー株だね!』

 

『ほんと!ヒーロー向きの派手な個性ね勝己君!』

 

 先生達は何でも出来る俺のことを誉めて称えてくれている…

 

 そんな俺は…自分でその答えを見つけ出した!

 

『あ!そっか!俺がスゲーんだ!皆、俺より凄くない!』

 

 俺は特別な存在!

 

 誰よりも優れてる!

 

 俺はヒーローになるために産まれてきた!

 

 凄い人間なんだ!

 

 皆は俺よりずっと下でいて!

 

 俺は皆よりずっと上にいるんだ!

 

 俺はスゲェんだ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●昨日の朝…(ヘドロ事件から6日目)

 

 

 俺は荒れた病室で朝を迎えた…また昔の夢…幼稚園の頃から何でも1番になれた俺にとっての疑問…《なんで俺に出来ることが他の奴らが出来ないのか》…それが分からなかったが…俺は自分で答えを見出だした…

『俺が凄い!皆は凄くない!』

 それがあの頃の俺が見つけた答え…《俺のやることは全部正しい!》…

 そう信じて今まで生きてた!

 だからこそ今の俺があるんだ!

 《オールマイトを超えるヒーロー》となる俺がな!!!

 

 そんな俺は今…

 

「チユーーーーー…っうぇ…とりあえずコレで身体の傷は全部完治させたよ、タフなもんだねぇアンタ…個性検査を受けたら、さっさと家に帰ってゆっくり休むこったね…この分なら明日には学校に行けるよ」

 

 小せぇババアの治療と個性を受けていた…もっとマシな個性の使い方ねぇのかと思ったが、こうして早くに退院できるように治してもらったんだ…文句は言わないでおく…

 

「リカバリーガール、この度はありがとうございました」

 

「あいよ、それじゃあアタシはこれで失礼するさね、《あの子》の診察があるからねぇ」

 

 親父がお礼を言うと小せぇババアことリカバリーガールは病室から出ていった…

 去り際に言ってた《あの子》ってのは大方《デク》のことだろうよ…未だに意識が戻らねぇみたいだが………一生眠ってろクソデクが!!!

 

ガラッ

 

「爆豪君、個性検査の先生がいらしたので診察室へ移動してください」

 

 リカバリーガールと入れ代わりに看護師が入ってきた…

 

「(やっとかよ!ノロノロしやがって!俺にとっちゃ身体の傷よりもそっちの方が大事なんだよ!リカバリーガールも個性検査が出来んじゃねぇのか!わざわざ《個性検査専門の医者》なんざ呼んで時間かけやがってよ!!俺を待たせんじゃねぇよカス共が!!!)」

 

 制服はボロボロになったため、親父が用意していた私服に着替えた俺は親父と看護師と一緒に病室を出て検査室へ向かった。

 

「こちらです。これからの検査なのですが、今この病院で警備をしているヒーローの方も立ち合っていただくことになっています」

 

「(病院の警備だぁ?んなことしてるヒーローがいんのかよ)」

 

コンッコンッ

 

「殻木(がらき)先生、爆豪勝己君をお連れしました」

 

『入りなさい…』

 

「失礼します」

 

 看護師がドアをノックすると部屋から年老いたジジイの声が聞こえてきた。中へ入ると《変な眼鏡をかけた太ったハゲジジイ》と…《水色のコスチュームを着た体格の良い男》がいた!そいつは!

 

「デステゴロ!?」

 

「やぁ…6日ぶりだな…爆豪君…」

 

 ヘドロ事件の時に俺を助けずデクに説教をし、生放送のテレビでその事件についての記者会見をしていたヒーローの1人だ!

 

「なんでテメェがここにいんだよ!俺を見捨てやがった役立たずのクズヒーローが!!」

 

「おい!勝己!」

 

「いえお父さん…いいんです………爆豪君…その節はすまなかったな…確かに目の前で助けを求めていた君を見捨てて…何もしなかった俺は…役立たずと言われても仕方ない…」

 

「助けなんざ求めてねぇよクソがっ!!おいジジイ!さっさと検査を始めろや!!!」

 

「勝己!失礼だぞ!お前を診察するためにわざわざ遠くから来てくれたんだぞ!」

 

「るっせんだよクソ親父!黙ってろや!」

 

「ハッハッハーッ、大怪我をしていると聞いていたが元気な子だねぇ」

 

 診察室に入って早々、会いたくねぇヒーローにあった俺は機嫌を悪くし怒鳴り散らした!

 まだ言いてぇことは山ほどあるが…

 今は俺の《消えちまった個性》を治してもらうのが先だったため、俺はジジイの検査を受けることにした。

 

「個性が使えねぇんだよ!?早く原因解明しろや!!!」

 

「そんなに急(いそ)がんでもちゃんと検査するよ」

 

 それからジジイからの検査を一通り受けた…

 

 全ての検査を終えて…いよいよ検査結果が出る…

 

 俺の個性がどうなっちまったのか…

 

 これでハッキリする!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「問題ないね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はあ?……」

 

 このジジイ…今なんて言いやがった……問題ねぇだと?

 

「色々と検査してみたけど、個性因子にはなんの異常もみられなかったよ………もしかして…《仮病》かい?」

 

「……おい…クソジジイ……フザけんなよ………何が問題ねぇだよ!!!いい加減なこと言うんじゃねぇ!!!」

 

「勝己!?」ガシッ

 

「爆豪君!?」ガシッ

 

 デタラメなことを言うクソジジイへ殴りかかろうとしたが、親父とデステゴロに俺はおさえられた!

 

「離せ!離しやがれ!!クソジジイ!!嘘ついてんじゃねぇぞ!!」ジタバタ

 

「嘘なんか言っとらんよ…身体検査に加えて血液検査や色々と全部した上での結果だ…今の君の身体も個性も健康そのものだよ」

 

「そんなわけねぇだろが!!?」

 

 俺は2人に押さえられた状態で両手を前に出し見せつけるように個性を発動させる仕草をとった。

 

「見ろよ!一昨日から個性が使えねぇって何度も言ってんだろが!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

BOOM!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『………』

 

 

 

 個性が……………使えた………

 

 

 

 診察室にいる全員が沈黙した…

 

 

 

 爆発による煙が少しずつ晴れていく…

 

 

 

 その静寂を破ったのは…

 

 

 

「勝己……お前…」

 

 俺に冷たい視線を向ける親父だった!

 

「はぁ……爆豪君…君は今自分がどんな立場なのか分からないのか?沢山の人に迷惑をかけた上に…また嘘をつくとはな…」

 

「……う……嘘じゃ…嘘じゃねぇよ!!ホントに昨日の夜まで使えなかったんだ!!もっと詳しく調べろや!本当に昨日は個性が使えなくなってたんだよ!?そうだ!この前の俺の取り調べをした《電子メール》の個性の眼鏡の警察!ソイツに調べてもらえば嘘じゃねぇって分かんだろ!!!」

 

「あぁ…彼なら…今頃他の地方へ着いた頃だと思うぞ、彼は忙しいんだ身なんだ…今回は偶然近くの警察署に来ていたから協力してもらえただけだと聞いているぞ」

 

「クソが!ならもう一度検査しろや!ピストルで撃たれたこの肩とよく調べれば何か分か」

 

グイッ!

 

 デステゴロへこの前の眼鏡野郎を連れてくるように言うもそれは叶わず、また個性検査をするように訴えている途中に、俺は親父に胸倉を捕まれて無理矢理に親父の方を向けさせられた!

 

ドガッ!!

 

「がはっ!!!」

 

ダン!!

 

 昨日同様…俺は親父に顔を殴られ…そのまま壁に激突した…

 

「……勝己……ホントにいい加減にしておけ……誰がお前の言葉を信じる!?お前が言うこと全部が嘘だ!!!」

 

 見たこともない怒りの表情をしながら怒鳴ってくる親父に圧倒されて…俺は言い返すことが出来なかった…

 それこそ…《ババアの人格》が親父に乗り移ったみてぇに…

 

「殻木先生…この度はウチの息子がご迷惑をおかけしてしまい…大変申し訳ありませんでした…」

 

「まぁ難しい年頃じゃからなぁ…気にせんで良いぞ、ワシも職業柄で患者からの苦情なんざ慣れとるからのぅ」

 

 親父はジジイに頭を下げて謝罪していた…俺の言葉をまったく信用せず…倒れている俺を一切見ようともしない…

 

「…爆豪君…先程の行動と嘘に加え、昨日病室で暴れたことは報告させてもらう……いい加減に今の自分の立場を弁(わきま)えることだな…」

 

 デステゴロは最初から俺を信用していなかったのか…《爆破》が戻ったときの表情は《驚いた顔》じゃなくて《呆れ顔》だった…

 …まるで《こうなること》が分かっていたかのように…

 俺が嘘しかいっていないことを確信していたかように…

 

「……なんで………なんで………なんでぇ…誰も信じてくれねぇんだよぉ……」ギリッ

 

 床に倒れ込んだ俺は…起き上がりながらそんな独り言を口にして…歯を食い縛った!

 

 俺の言葉を信じてくれない…

 

 嘘なんて言ってない…真実しか言ってねぇのに全員が疑い信じない…

 

 自分で気づかねぇ内に…俺は涙を流していた…

 

 

 

 俺はそれ以上の追求を諦めた……《個性が消えた》っていう証拠はなんにも残ってねぇ……撃たれた筈の肩に弾痕はなく…虫刺されのような痕しか残ってなかった……

 

 

 

 それから数時間後…親父が退院の手続きを済ませて病院を出るまでの間に、デステゴロから奉仕活動の延長が決められたことを聞かされた…

 

 結果的に俺は一昨日から今日までの愚行…

 

 

・奉仕活動中に個性を使って子供に怪我をさせようとしたこと…

 

・監視をしていたヒーロー達から逃げたこと…

 

・個性を使って喧嘩をしたこと…

 

・裏路地と病院にあった物を壊したこと…

 

・嘘をついて混乱を招いたこと…

 

 

 その全てが連帯責任で、俺達のクラスにペナルティとして課せられ《3週間の奉仕活動の追加》が決定された…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日が沈みかけた頃…病院を出て親父と共に家へ帰宅した…

 自宅の前にはマスコミがいて…家に入るだけで一苦労だった…

 ババアの様子を見に行くと…昨日看護師から聞いた通り…顔色を悪くして寝室で寝込んでいた…

 

「勝己…」

 

「…あ”ぁ”?」

 

「来なさい…」

 

 ババアの様子を見に行くなり、親父に呼ばれてリビングへ移動させられた…

 いつもの俺ならこの場合…『ウルセェ!!』だの…『命令すんな!!』だの…当たり前のように怒鳴っていたが……今の俺にはそれは出来なかった…

 今の親父はいつもの親父じゃない……ババア以上とも言っていい強い圧迫感を漂わせていた…

 俺が座ると親父はテーブルを挟んで俺と向かい合うように座った…

 

「………」

 

「………」

 

 来いと行っておきながら親父はダンマリを決め込む……そんな親父に対して俺も黙っていると親父が口を開けた…

 

「勝己……お前が一昨日まで何をしてきたかは、母さんから……警察から……ヒーローから……奉仕活動の方々から全部聞いた……」

 

 空気が重くなっていった!今まで親父に対して感じたことなどない恐怖を俺はヒシヒシと感じた!

 

「勝己……お前が出久君を虐めていた10年間……出久君は僕や母さんへ『お前や他の子達に虐められたこと』を相談したことは1度たりとも無かった……それは母親である引子さんにも…仲の良い奉仕活動の方々にもだ…」

 

「(それはデクに根性や度胸がなかっただけだろうが…)」

 

「そんな酷い目にあってなお…出久君は……お前みたいな《どうしようもない乱暴者》を…《友達》だと僕に言ってくれていたんだ!!」

 

「っ!?」

 

 親父からの強い言葉に俺は身を引いた…

 

 俺は…デクには何をしても平気だと思っていた…

 

 俺が何をしたところで…アイツは引子さんにも俺の親にもそれを伝える勇気なんざねぇ…

 

 次の日には何事もなかったかのように…また俺の後ろにいる…

 

 そんな奴が俺の《友達》?

 

 んな訳ねぇだろうが!!アイツはただの《無個性で役立たずのクソナード》だ!!!

 

「勝己…僕はお前が産まれたあの日から《父親》になろうと必死に生きてきた。母さんだって同じだ…お前の《母親》になろうと必死だったんだ………そしてお前を…《困っている人に手を差しのべられるような強くて優しい子》へ育てると決心していた…」

 

「(んなこと俺が知るかよ!!何が《優しい》だ!下らねぇ!!!ヒーローっては《孤高》だろうが!!オールマイトだって孤高だからNo.1ヒーローになれたんだ!!《助け合い》だの《馴れ合い》なんてヒーローには必要ねぇんだよクソ親父!!!)」

 

 俺は心の中で親父の発言を全否定した!

 

「勝己…お前は《恵まれた才能》を得た代わりに…《ヒーロー》にとって……いや…《人》にとって最も《大事なもの》を失っていたんだな…」

 

「んだと…」

 

「分からないのか…お前には1つも無くて…出久君は沢山持っている《もの》だ…」

 

「俺に無くてデクが持ってる《もの》だと!?俺がアイツに負けてるものがあるってのかよ!!!なんだよ《それ》はよぉ!!!」

 

 《俺に無くてデクにあるもの》と言われた親父へ怒鳴った!!

 アイツが持ってねぇものを俺は沢山持ってる!!そんな完璧な俺がアイツに劣ってるわけがねぇだろうが!!!

 

「それは………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………《思いやり》だよ…勝己」

 

「ッ!!!?」

 

 親父からの答え…それはつい最近も言われたことだった!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『…ふん…都合が悪くなりゃダンマリを決め込むか……ヤダヤダ……ヒーローじゃない俺が言えた義理じゃねぇけどよ……

《他人を思いやる心がない人間》に…

《ヒーローになる資格》も《誰かを助ける資格》もねぇよ…』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あのゴリラ野郎と同じこと言いやがって!?クソ親父が!!ヒーローでもねぇくせにこの俺に説教なんかしやがって!!!

 

「《他人(ひと)を思いやる心》は…ヒーロー以前に…人が持っていなければいけない必要不可欠なものだ…少なくとも私はそう思っている……ましてや今の世の中を生きる無個性の人達の気持ちを理解出来ないお前が…《ヒーロー》になれるわけないだろ…」

 

 先日のゴリラ警察と似たようなことを父親からも言われた上に、親父は俺の夢を否定しやがった!!今の今まで1度だって俺の夢を否定しなかった親父がだ!!!フザけやがって!!!!!

 

「…下らねぇ………下らねぇ!!!何が《他人(ひと)を思いやる心》だ!!何が《無個性の気持ちを理解しろ》だ!!そんなもんが《ヒーロー》に必要だと!??下らねぇこと言ってんじゃねぇよクソ親父!!《思いやり》だぁ!??そんなの何の役にもたちゃしねぇだろうが!!ヒーローってのは《孤高》なんだよ!!目の前に立ち塞がる邪魔なものはすべて排除し!敵を圧倒し完膚なきにまで叩きのめして瞼の裏にまで恐怖を焼き付ける!何て言われようと最後には勝てば良い!!生き残るのはいつもの強い奴だ!弱い奴は生きる価値なんて無ねぇ!!《1人で戦う強さと覚悟がある奴》こそが《ヒーロー》だ!!!《オールマイト》がそうだろうが!!!!!」

 

 俺がずっと思い描いていた《ヒーローの姿》の全てを親父に怒声で語った!

 

「(俺が憧れるオールマイトは《孤高》だ!1人でしか到達できない場所!それこそが《No.1ヒーロー》だ!!!)」

 

「勝己…それがお前の目指す《ヒーロー》か…」

 

「ああ!そうだ!!俺はNo.1ヒーローを超えるためにこの世へ生まれてきたんだ!!だから……って…なんだよその哀れみの目はよぉ!!!」

 

 目標のヒーローの姿を話した俺に親父はゴミ拾いにいた奴らと同じ《冷たい目》を向けていた。

 

「……勝己…自分で言っていて分からないのか…」

 

「あ”あ”ん”っ”!!?」

 

「そんなの《ヒーロー》じゃない……それは《ヴィラン》のすることだ……」

 

「っ!!!??んだと!!!(ハッ!!)」

 

 俺をまた《ヴィラン》と言った親父に殴りかかろうとしたが…一昨日の記憶がフラッシュバックで甦(よみがえ)った…

 今さっき俺が言った《俺の思い描くヒーローの姿》……それは一昨日にあった《あの3人》と酷似していた…

 俺は気づかねぇ内に…《あんな連中》になろうとしてたってのか………違う……違う……違う!!?

 

「違う!…違う!!…俺は…俺はオールマイトを超えるヒーローになりたくて…」

 

「…勝己…お前がそんな道を進みたいなら……もう勝手にしろ……少なくとも僕と母さんは…そんな道を進むお前の背中を押したりはしない……応援もしない……」

 

 親父はそれだけ言うと台所へ向かっていった…

 

 俺は1人…テーブルで頭を抱えて…先程口に出した《自分の夢》が《ヒーローになるための道から外れているのか》……俺自身がその答えを見つけ出すことが出来ずに頭を悩ませた…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『アンタ恥ずかしくないの?…暴言どころか憂さ晴らしのために《個性》を使って暴力まで振るうなんて………アンタは《ヒーロー》になんてなれやしないよ!アンタのやってることは《ヴィラン》そのものだよ!!!』

 

 

 

『《個性が派手で強い》…お前は将来《有望なヒーロー》になってくれると信じて…俺はお前を優遇扱いしてきた…それは俺自身のせいで勝手な妄想だ……だがお前がこんなにまで卑怯で冷徹で自分勝手なだけじゃなく、他の生徒を脅して緑谷を追い込んでいた…まるで自分の手を汚したくないかのように…これは《ヴィラン》がとる行動だぞ…爆豪』

 

 

 

『…勝己…俺達はお前と一緒にいたかねぇんだ…俺達の人生まで台無しにしないでくれ…親から『お前らまで《ヴィラン》になりたいのか?』っても言われた…』

 

 

 

『俺達がお前らみたいな悪い《ヴィラン》を『やっつけてあげる』って出久お兄ちゃんに言っても!出久お兄ちゃんは『大丈夫だよ』って言っていつも止められたんだ!』

 

 

 

『勝己…お前は《ヴィラン》になりたいのか?』

 

 

 

『そんなの《ヒーロー》じゃない……それは《ヴィラン》のすることだ……』

 

 

 

ヴィラン…

 

ヴィラン…ヴィラン…

 

ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…

 

ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…ヴィラン…

 

 

 

『うあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!???』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●今日の真夜中…(ヘドロ事件から1週間)

 

 

爆豪勝己 side

 

 

「あああああああああああああああっ!!!??は!!!!?はぁっ!!?はぁっ!!?はぁっ!!?」

 

 俺は飛び起きた!!?

 

 窓の外がまだ暗い…時計を見るとまだ深夜2時を過ぎたばかりだった…

 

「はぁ!?はぁ!?はぁあ………なんだったんだよ………今の夢は……」

 

 夢の内容をしっかり覚えてるなんてそうない…だが…ここ最近の俺は夢の内容をほとんど覚えていた…それは《過去の記憶》が夢になっていただけだからだ…

 

 だが今回見た夢の内容は《ただの過去》じゃねぇ…!

 

 

 

 辺り一面真っ暗闇の場所…

 

 その暗闇に浮かび上がる無数の冷たい目線…

 

 暗闇から聞こえてくる大勢の声…

 

 そして…そのいずれの言葉にも必ずある単語…

 

 大勢の声が同時に何度も何度もその単語を言ってきやがった…

 

 

 

 ふとベッドを見ると大量にかいた汗で、寝巻きと一緒に俺が寝ていたベッドの場所は汗で濡れていた…

 今個性を使えば大爆発が起きるなんて馬鹿げたことを考える余裕もない…

 今までは《過去》を夢で見ていただけだっていうのに《悪夢》に魘(うな)されるなんて!!

 

 

 

 

 

 

 日が昇り…朝を迎えた…

 

 目を覚ました俺は深夜に見た夢が余りにも酷かったせいで寝不足だった…

 夢の内容をこんなにも正確に全て覚えてるなんて普通はない…なのに…深夜に見たあの《悪夢》は…今も脳内にハッキリと残っていた…

 

「(なんだってんだよ!なんで俺がこんな目に会わないといけねぇんだ!!?)」

 

 親父が新しく用意した学ランに着替えて下の階に行くと親父が朝食の準備をしていた…ババアはまだ寝込んでるみたいだな…親父は俺と目があっても挨拶をせずに…

 

「早く食べろ…」

 

 それしか言わなかった…いつもと違う親父の態度に違和感を覚えながら…俺は用意されていた朝食を食べてさっさと家を出て学校へ行くことにした…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は…今日と言う日を一生忘れることはない…

 

 俺の世界が全て変わった…

 

 何もかも失って………いや…元から何もなかったことを認識した………この日を…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 未だに家の前に集まるマスコミを交わしながら3日ぶりに学校へ登校した…教室に入るとクラスメイト全員が俺に奇異な目を向けてきた…

 理由は分かりきっている…病院でデステゴロが言ってた…俺が原因で奉仕活動の期間が3週間延長されたからだ…

 誰も俺に話しかけようとしねぇ…少し前と見比べれば明らかな違いだ…それは担任も同じだ…教師達がこの前まで俺を優等生のように見て特別扱いしていたくせに…今は俺を《汚い物》や《腫れ物》でも見るかのような目でしか見ねぇ…

 

 そんな嫌な視線を向けられながら今日の授業を終え…放課後のゴミ拾いだ…

 そして奉仕活動中は…ヒーローだけでなく名前も知らねぇ奴等にまで当たり前のように《冷たい目》で見られた……

 

 偶然じゃないかって?

 

 被害妄想じゃないかって?

 

 んなわけねぇだろ!

 

 明らかに俺だけの扱いが違う!!

 

 周囲からの冷たい視線だけじゃねぇ!

 

 学校じゃあ、クラスメイトと教師から冷ややかな視線を向けられ!俺から必要以上に距離をおいて話しかけようとすれば逃げられ!授業で席に座ってるとき以外、誰も近くにいようとしない!!

 それは生徒だけじゃねぇ!今日の授業じゃ教師の奴らは明らかに俺だけを指名しないように授業していた。実際に教科書を音読する際に、1人1人名前の順で進んでいたってのに俺だけは飛ばされた!俺は1番後ろの席で前の席の奴が読み終わって次は俺かと思ったら、隣の列の1番前の奴の名前が呼ばれて俺は意図的に飛ばされたんだ!!?

 

 俺の待遇は明らかに変わった!

 

 しかもそれだけじゃねぇ!!…他の奴ら(クラスメイト)は周囲(親や奉仕活動の参加者)からの冷たい対応で精神的にやられたのか、昨日と一昨日だけで7人程がヒーローの目を掻い潜って無断で自宅に帰ったなどをしたらしく…それが原因で連帯責任となり…俺が追加した《3週間》に加えて…そいつらの無断帰宅の罰で《1週間》の追加…

 つまり奉仕活動はまだ5日目だというのに…既に俺達のクラスは《1ヶ月》の奉仕活動の追加が決まったという訳だ…

 それは俺達以外のクラスの連中も同じで…デクを虐めていた奴等も居れば、デクや俺にまったく関わりのねぇ奴等が《身に覚えの無いこと》で親に叱られたり、奉仕活動の奴等からは冷たい対応されたりなどで《無断で休んだり》《奉仕活動から逃げ出したり》等をして厳罰を受けて、既に《2週間~3週間》の奉仕活動が追加されたようだった…

 それに関して他のクラスの親は、原因となった《俺(自宅)》へ苦情の電話や手紙を送り続けている…昨日も帰ってから何度も電話が鳴っていた上に何通もの手紙が来ていた……恐らくババアが寝込んた原因はそれだろう………

 

 そして…今日もこの前と同じような扱いを受けながら…今日の奉仕活動を終えて帰り支度をしていると…

 

「HEY、少年」

 

「あ”ぁ…」

 

 誰かが俺に声をかけてきた…振りかえるとそこにいたのはゴミ拾いの2日目にガキ共から俺を庇った《ガリガリに痩せた金髪男》だった…

 

「んだよ…」

 

「お疲れ様、コレ良かったら飲んでくれ」

 

 ガリガリ野郎は俺にスポーツドリンクを渡してきた…

 喉は乾いていたが…今の俺に対して施しなんざ要らねぇ!……と断ろうと思った…でも…コイツが俺に向ける目は他のアイツらとは何か違っていた…

 というより…久しぶりにちゃんと会話をした気がする…

 

「あぁ…(パシッ)どうも…」

 

 俺はガリガリ野郎から引ったくるように飲み物を受け取った…

 

「…あのさ少年…少し話をしないかい?」

 

「あ”ぁ”?」

 

「あぁいや!勿論、飲み物をあげたからとかじゃなくて単純に君と話をしたいんだが…どうかな?」

 

「けっ!テメェと話すことなんざねぇよ!!じゃなぁ!!」

 

 やっぱりコイツも興味本意で俺に話しかけてきただけかよ!?もうウンザリだ!!こんな仕打ちをこれからずっと受けなきゃならねぇと思うとよぉ!!!

 

「………私もなんだよ…少年…」

 

「あ”あ”!?なにがだよ!!?」

 

「私もね…彼を……緑谷少年を自殺に追いやった要因の1人なんだよ…」

 

「なっ!!?」

 

 んだと!?デクが自殺を図った原因にこのガリガリ野郎も関係してんのかよ!?

 

「おい!どう言うことだよ!?説明しろゴラァ!!」

 

 俺はガリガリ野郎の胸ぐらを掴んで問いただした!

 

「ま、待ってくれ!その前に場所を移さないか?誰かに聞かれると色々と不味いからね…」

 

「ちぃっ!!」

 

 俺は胸倉から手を離した……

 

 俺はガリガリ野郎についていき、少し歩いた場所にある公園に着いた。

 

「(クソッ!?よりにもよってこの公園かよ!)」

 

 ここはガキの頃にデクを虐めたところをババアに見られて、ババアからトラウマを植え付けられたキッカケの場所だってのによぉ!!ここへだけはもう来たくなかったが、ガリガリ野郎から話を聞かなきゃならねぇ…幸いにも17時を過ぎていたのもあってか公園にガキどころが誰もいねぇ…

 

「おい!そろそろ聞かせろよ!テメェはデクに何をしたんだ!」

 

 周囲には人が居ねぇことを確認した俺は、公園のベンチに座ったガリガリ野郎に問いただした。

 

「デクとは?」

 

「ビルから飛び降りた無個性野郎の事だろうが!分かれよ!何も出来ねぇ役立たずの《木偶の坊》からとって俺が付けやったアイツのアダ名だよ!!」

 

「蔑称か…」

 

「てか、んなことはどうだって良いだろ!さっさと話せや!!!」

 

「……私はね…1週間前の事件のあった日に…見て…聞いてしまったんだ…」

 

「あ”あ”っ!?何をだよ!言え!!」

 

「ニュースやネットでも話題になっているだろ…被害者へ……緑谷君への自殺教唆の発言『ヒーローはいつだって命懸け…個性が無くたってヒーローになれるとは言えない…相応に現実を見なくてはな』と言った…名前が公開されてないヒーローをね…」

 

 なっ!?まさかコイツ!そのヒーローを見たってのか!!?

 

「おい!それは誰だよ!?教えろ!!!」

 

 俺に罪を全部押し付けて自分だけ逃げやがって!どこのどいつだそのヒーローは!!今すぐとっちめてマスコミにその面を晒してやる!!!

 

「目を疑ったよ…何せそれを言ったヒーローというのは………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《オールマイト》だったんだからね…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………なん…だと………嘘だ……嘘だ……嘘言ってんじゃねぇよ!そんなのテメェの見間違えに決まってんだろが!!テメェのその窪んだ目は腐ってんか!?ガリガリ野郎!!!」

 

 オールマイトが犯人な訳ねぇだろ!コイツの勘違いに決まってる!!出鱈目を言ってるだけだ!!

 

「見間違いでも聞き間違いでもない!!ゴハァッ!?…くっ!…《No.1ヒーロー》の顔と声を間違える人間が今の世にいる筈ないだろ!?」

 

 見た目からして体調がワリィのか、デケェ声を出した途端に口から血を吐きながら説明を続けた…その視線と必死な態度から嘘は言っていないことが伝わってきた…

 

「チッ!!んで!テメェはそれを見てどうしたんだよ!まさか!それをマスコミに言いふらしたのか!!?」

 

 だとするなら!今は報道されてないだけで、オールマイトの名前はいずれ世間に暴露されるってことか!!?

 

「…マスコミになんて話してはいないさ…もしそうならとっくに知れわたってる筈だろ?エンデヴァーの一件を見れば…それは一目瞭然の筈だが?」

 

 …確かに…マスコミにしろ記者にしろ、ヒーロー個人の気持ちやヒーロー協会からの忠告なんて知ったことじゃない…ただ注目をあびるスクープや情報さえあれば他人の事情なんて知ったことじゃない奴らだ……それは俺自身が昨日から嫌と言う程に思い知らされたからな…

 

「…実はね…私はオールマイトの遠い親戚なんだよ…」

 

「あ”っ!?オールマイトの親戚だぁあ!?」

 

「そうだよ……あっ!この事は内緒にしてくれないかい?彼に迷惑をかけたくはないからね…」

 

 そう言われてみればコイツ……オールマイトが激ヤセした姿に見えなくもねぇが…ホントなのか?

 

「最初から話すよ。私はあの日はオールマイトと久しぶりに会う約束をしていてね…その道中で彼が緑谷少年をヘドロヴィランから助けるところを目撃したんだが…話しかけるタイミングを逃してしまって2人が話終わるまで暫く物陰に隠れてから見ていたんだ…」

 

 作り話に聞こえるが…オールマイト自身が《自分の不注意》でヘドロ野郎を逃がしたせいであの事件が起きたって言っていた……その事件の前にヘドロ野郎が中学生を襲っていたところを助けたとも言った……それがデクだったのか…

 

「緑谷君はオールマイトに会えて驚いていたよ…相当嬉しかったんだろうね…サインも貰えたみたいで物凄く喜んでたよ…」

 

 アイツならそうだろうな…オールマイトいわくプロヒーローを目撃しただけで興奮してブツブツ言いながらノートを書いてた奴だからな…

 

「そして緑谷君はオールマイトにこう質問していた…『個性が無くてもアナタみたいなヒーローになれますか』ってね…」

 

 デクがオールマイトにそんなことを…

 

「……彼は悩んでいた…苦しんでいたんだ…《無個性》というだけで周囲から夢を貶され続けてきたこと、《無個性》というだけで同年代からイジメられ大人から差別される人生を送ってきたことを…陰ながら私も聞いてしまったんだ……私は彼を哀れんでしまった……だがオールマイトはそんな彼に『個性が無くたってヒーローになれるとは言えない、相応に現実を見なくてはな』と言ったんだ………つまり遠回しの意味で『無個性はヒーローにはなれない』と言っていたんだよ…」

 

 

 

 

 

 ッ!!!………んだよ……それ……じゃあなにか!?アイツはオールマイトに面と向かって夢を否定されたってのかよ!!?

 

 

 

 

 

「そのあとオールマイトは、ペットボトルに詰めたヘドロヴィランをもって空へ去っていった…そのあとに君が巻き込まれる事件が起きてしまったんだろうね……緑谷君はその場で泣いていた…でも私は…その場から離れてしまったんだ。今思えば…私が彼に何か言葉をかけていれば…緑谷君は少しでも考えを改めて…ビルから飛び降りるなんてしなかったかも知れない………私は大人なのに…その少年の倍以上の人生を送っているのに…少年の苦悩も絶望も考えずに…私は彼を見捨ててしまった………本当に哀れだったのは…私自身なんだと…後になって深く思い知らされたよ……だから私も…彼を自殺に追いやった要因なんだ…」

 

 オールマイトから見限られて…こんな見ず知らずの弱そうな奴にまでアイツは見捨てられたのか!

 なのにあの時…アイツは俺を助けようと飛び出したってのかよ!?

 

 

 

 

 

 だったら…俺は…!!

 

 

 

 

 

「君は…」

 

「あ”ぁ”?」

 

「君は彼に何をしてきたんだい?」

 

「ッ!?」

 

 決して強い口調じゃなく静かに聞かれた…

 

 答える気なんてない…

 

 俺の方がこんな奴より強いに決まってる…

 

 その筈なのに…

 

 何故かコイツから感じるただならぬ威圧感に俺は押された…

 

「……俺は…」

 

 俺はガリガリ野郎に…デクが《無個性》と知った日から約10年間…俺がデクにしてきたことを断片的に話した…

 そして1週間前のあの日に…デクに対して言ったことも全て話した…

 

「…事件のあとに帰り道でアイツを探したが見つかりゃしなかったんだよ…」

 

 俺が話終えると、ベンチに座っているガリガリ野郎は下を向いて項垂れていた…

 

「おい…聞いてんのかよ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ギロッ!!!

 

「ッ!?」ビクッ

 

 顔を急にあげたガリガリ野郎のその窪んだ目から…一瞬…物凄い殺気と眼力で俺を睨みつけてきやがった!?

 

「………はぁ…」

 

 ガリガリ野郎は一度目を閉じて開くと、先程までの頼りない顔つきに戻った…

 

「(俺がビビった?こんな細せぇ骸骨野郎に俺がビビったのか!?んな訳ねぇ!)」

 

「少年…」

 

 ガリガリ野郎の声のトーンが下がっていた…

 

「君はわた……オールマイトに憧れて……オールマイトを超えるヒーローになるのが夢なんだよね…」

 

「あっ…ああ…そうだ」

 

「自尊心はとても大事なことだ…これからヒーローをやっていく上で自分を支えるためには必要だからね……でもさ少年…君の場合はその有り過ぎる自尊心が今回の事態を招いたんだ。…君の中のオールマイトは…他人を無闇に傷つけたりする人間なのかい?個性を使って意味もなく罪無き人へ暴力をふるっていたと思っているのかい?」

 

「オールマイトがそんな下らねぇことする訳ねぇだろ!!」

 

「そうだな、する訳ないよな……なら君が今までしてきたことはなんだい?」

 

「!!?」

 

「こんな私が言えた立場じゃないが、オールマイトを超えるというなら《強さ》だけじゃない…その《強さ》に匹敵するほどの《優しさ》や《思いやり》がなければ…《オールマイトを超えるヒーロー》になんてなれない。自分のためじゃない…オールマイトは何時(いつ)だって《多くの人々の平和な日々》を守るために戦っているんだ。でも君はそうじゃない…君は自分1人のことしか考えていない…他人のことを何1つ考えず…自分が正しいと決めたことは突き通す…それで他人が傷ついてもお構いなしにね……ハッキリ言って今の君は《ヒーローを目指す者》なんかじゃない…ただの《自己満足の子供》だ」

 

「ぐっ!?………」

 

「それに…君が今味わっている苦しみは………緑谷君がずっと味わってきたものなんじゃないか?」

 

「………」

 

「君がしてきたことは決して許されることじゃない…これからもそれは消えることはないよ…」

 

 ガリガリ野郎からの説教を受けながら…俺は昔の自分を振り返った…

 

 

 

 俺はガキの頃から…周りの奴らが出来ないことが出来た…

 

 運動や勉強だっていつも1番だった…

 

 俺は周りの奴らより優れていた…

 

 そんな俺を大人は褒めてくれた…

 

 個性が発現すると…大人は俺をもっと誉めてくれるようになった…

 

 幼稚園でも小学校でも中学校になってもそれは変わらなかった…

 

 いつしか俺は…自分を《特別な存在》なんだと思い込んでいた…

 

 俺は特別…

 

 だから何をしても許された…

 

 母ちゃんには叱られても…センコーやヒーロー達は俺を称(たた)えてくれた…

 

 俺の上に立つ奴なんかいないと…

 

 ヒーローへの道は俺だけが進んでいい《道》!俺の前を歩こうとする奴なんていない!俺の前を歩くことなんて許さない!!

 

 それが俺にとっての当たり前になっていた…

 

 

 

 だが…それは違った…

 

 俺はガギの頃から多少頭がいいだけ…

 

 ただ強い個性に恵まれただけ…

 

 それを除けば…俺はただの《生意気なガキ》でしかなかったんだ…

 

 大人達から認められていたのは《俺の外見》だけ《俺自身》を理解しようとはしていなかった…

 

 

 

 そして…俺が今…味わっているこの《苦しみ》は…アイツが…デクが…10年間ずっと!味わい続けてきた《苦しみ》!!?

そして…その元凶は………俺!!

 

 

 

「その少年が…目を覚ましてくれたなら…私は誠意をもって彼に謝りた…お、おい少年!?」

 

 俺はガリガリ野郎を無視して走り出した!ガリガリ野郎が何か言っていたが耳を貸さずに公園を抜け出して自宅まで走り続けた!

 

 

 

 雲行きが怪しくなってくる中、自宅へ帰宅した俺はリビングにいたババ……母ちゃんに頼み込んだ……

 

「母ちゃん……出久(いずく)の見舞いに行きてぇ…」

 

 母ちゃんは俺が《ババア》ではなく《母ちゃん》と呼んだこと…《デク》のことを《出久》と言ったことに驚いていた……が…それ以上に俺から《出久の見舞い》へ行きたいことを伝えたことで更に驚愕している様子だった…

 当然なのか…俺が《母ちゃん》と呼ぶのも《出久》の名を口にするのもいったい何年ぶりなのか俺自身分からねぇ………少なくとも物心つく頃から《ババア》や《デク》と言っていたから…10年以上は呼んでたんだろ…

 

 正直断られるんじゃないかと覚悟していたが…母ちゃんの暗い表情が少しだけ和(やわ)らぎ…

 

「…分かったわ…」

 

 了解してくれた…

 

 父ちゃんは仕事でいないため、俺と母ちゃんだけでタクシーを使い病院に向かうことになった…

 タクシーの運転手は俺を見た際に一瞬だけ冷たい目を向けてきた…

 

 病院に向かうまでの間に母ちゃんから色々と聞いた……実は母ちゃんは毎日アイツの御見舞いに行っていたそうだ。事件のあった次の日は出久の母ちゃんの引子さんと面会できたが…俺が出久をイジメて自殺を促した主犯だと発覚してからは一切の面会を拒否しているらしい……当たり前か……

 母ちゃんは断られると分かっていても…毎日出久のお見舞いへ病院に行った……

 母ちゃん以外にもアイツをイジメていた学年8割近い生徒の親が子供を無理矢理に引き連れて出久と引子さんに謝罪とお見舞いに来てたらしい……だが引子さんは誰とも面会せず、全員が受付で追い返されていたそうだ…

 

「お客さん…着きましたぜ…」

 

 ある程度の話を聞き終えた辺りで出久が入院している病院に到着した…母ちゃんがタクシー代の支払いを済ませてタクシーを降りた…

 

 

 

 病院に着くと…雨がポツリポツリを降り始めていた…

 

 

 

 病院に入ると周囲の目が全て俺に向けられた…

 

 

 

 目線だけじゃない…無駄に聴覚の良い俺は…周りの奴らの小言を聞き取った…

 

 

 

「ちょっと…あの子って例の自殺を促(うなが)した子じゃない…?」ヒソヒソ

 

「違うわよ…堂々と本人に自殺教唆で言ったらしいわよ…」ヒソヒソ

 

「『屋上から飛び降りろ!』なんて言うイカれた子なんだろ?」ヒソヒソ

 

「何しに来たのかしら…事件からもう1週間経ってるのに…今更…御見舞いのつもりなの…」ヒソヒソ

 

「いったいどの面を下げてココへ来たんだが…」ヒソヒソ

 

 

 

 耳を塞ぎてぇ…悪い意味で有名人になった俺に対する小言は途切れることなく聞こえてきやがる……入口から受付に着くまででここにいるのが嫌になっていた…

 

「すいません、入院している緑谷出久君のお見舞いに来たのですか」

 

「……申し訳ありません。緑谷様への面会は出来ませんので、お引き取りをお願いします」

 

「そこをなんとか!少しだけで良いんです!会わせていただけませんか!」

 

 受付は俺を見て一瞬鋭い目をしたが直ぐに表情を変えて母ちゃんへ対応をした。

 母ちゃんはなんとか出久と引子さんに会わせてもらえないかと交渉するが、受付は俺達に帰るように言っている…

 

 

 

 

 

 だから……俺は…!!!

 

 

 

 

 

「ちょっ!?勝己!!」

 

 俺は母ちゃんの声を無視して、アイツがいる病室へ走り出した!

 部屋の番号はここへ来るときに母ちゃんから聞いたため、俺は迷わず目的の部屋に向かって走った!

 エレベーターを待ってる暇はない!俺は非常階段をかけ上がった!

 

「ハァ……ハァ……ハァ…」

 

 1階から5階までかけ上がったため、息が多少荒くなったが俺は構わず走り続けて、アイツがいる病室の近くで足を止めて息を整えた…

 

「スー…ハァー……スー…ハァー……」

 

 そこの角を曲がればアイツがいる病室だ…

 

 

 

 正直……怖ぇ…

 

 

 

 眠ってるアイツに俺が何かしてやれるわけじゃない…

 

 未だに意識が戻らないアイツに会ったところでどうなる…

 

 出久の母ちゃんから…どんな暴言だって言われる覚悟もしてココまで来たが…今になって足がすくむ…

 

 

 

 だが立ち止まってはいられねぇ!

 

 すぐに母ちゃんや病院の奴らが追い付いてくる!

 

 

 

 俺は覚悟を決めて歩き出し、角を曲がった!

 

 

 

 しかし…そこには予想だにしない先客がいた!

 

 

 

 目的の病室の扉近くに腕を組んで壁に寄りかかっている《ヒーロー》がいた!

 

 

 

 ソイツが誰なのか俺はすぐに分かった!

 

 

 

 あのヘドロ野郎事件の現場にいて、先日の記者会見に出席した《シンリンカムイ》だ!

 

「ん?…っ!?君は!!…何故ここいる!?面会は拒否されてるはずだぞ!!」

 

「…退けよ…」

 

 なんでコイツがいるのかは知らねぇが、病室の前に立って俺を通さんとばかりに立ち塞がってきやがった!

 

「シンリンカムイ!」

 

 俺の後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきた。振りかえると、こっちに向かって昨日会った《デステゴロ》が走ってきた!

 

「デステゴロ!!何故この子を通した!?入口で警備をしてたんじゃないのか!?」

 

「す、すまんシンリンカムイ…トイレに行って入口から離れていたんだ…」

 

「言い訳はいい!それで君は何しにここへ来た!」

 

 シンリンカムイは明らかに俺に対して『さっさと帰れ』と言わんばかりの敵意を向けていた。

 

「通せよ…俺は出久に会いに来てやったんだよ…」

 

「なんだと?」

 

「会ってどうする?君が彼に会ったところで、彼は目を覚まさないんだぞ」

 

「んなことは分かってんだよ…だがなぁ俺は出久と…出久の母ちゃんに謝らなきゃいけねぇんだよ…!だから通せ!」

 

「謝る……だと……ふざけるな!!ならなんで今になって来た!?本当に謝罪の気持ちがあるというのなら!!何故彼が入院したと知った日に来なかったんだ!!!」

 

「ぐっ!?」

 

 何も言い返せねぇ……その通りだ…本当に悪いと思っているのなら…アイツが自殺を図ったと知った日に来るのが常識…既にその日から6日を過ぎてからくるなんざ…周囲から見れば《仕方なく謝りにやって来た》としか思われないのは当然だ…

分かっていたことだが…こうして面と向かって言われると言葉に詰まる…

 

「まさか君…『今日まで知らなかった』なんて言わないだろうなぁ!!」

 

 後ろにいるデステゴロが追い討ちをかけるように言ってきやがった…

 

「さぁ早く帰りたまえ!!ここは君が来るべき場所ではな」

 

「煩(うるさ)いねぇここは病院だよ、静かにしな」

 

 俺がヒーロー達から叱られていると、出久がいる病室の扉が開いて…先日俺を治療してくれたリカバリーガールが出てきた。

 

「「リカバリーガール!」」

 

「まったく、揃いも揃って何を騒いでいるんだい。アンタらがどうしてもって言うから警護をやらせてやっているのに、騒ぐんだったら他の奴に変わってもらうから、アンタらはさっさと帰りな」

 

「も、申し訳ありませんリカバリーガール!」

 

「すみませんでした!どうか警備は我々にやらせてください!お願いします!」

 

「だから静かにしなって…」

 

 大の男2人がこんな小せぇババアにペコペコを頭を下げてやがる…

 にしても《警備》ってどういう意味だ?マスコミの対応のことか?

 

「やれやれ……アンタは先日退院した子だね?また怪我でもしたのかい?」

 

「………」

 

「す、すいませんリカバリーガール…俺のミスで彼を通してしまいました、直ぐに帰らせます!ホラ来い!早く帰るんだ!」ガシッ

 

「おい!?離せよ!?俺が用があるのはテメェじゃねぇ出久だ!!」

 

 デステゴロが無理矢理連れて行こうと俺を羽交い締めにして持ち上げた!俺は抜け出そうと反抗しようとしたが…

 

シュルルルル…パシッ!

 

「あ”あ”っ!??」

 

 羽交い締めをするデステゴロへ抵抗しようとしたが、シンリンカムイが個性の《樹木》で俺の両手両足を縛りやがった!

 

「暴れるんじゃない、病院に迷惑がかかる。外へ出たらソレは外しやる」

 

 冗談じゃねぇ!!ここまで来て帰るわけにはいかねぇ!もうすぐそこに出久がいるんだ!

 

「離せや!お前らなんかに用はねぇんだよ!俺が用があんのは出久と引子さんなんだ!俺が今までしてきたこと全部謝んねぇといけねぇんだ!許してもらえねぇものを覚悟の上だ!だから俺は!」

 

「静かにしな!ここは病院だって言ってるだろ!」

 

「「「ッ!」」」ビクッ!!

 

 リカバリーガールからの強い口調に俺は口を閉じた…

 俺もシンリンカムイもデステゴロも…リカバリーガールの言葉にビビって黙りこみ…廊下が静かになった…

 

「はぁ……爆豪勝己だったね…アンタをこの中に入れるわけには行かないよ。本当になんで今更そんな気持ちなって来たかは知らないけどねぇ…今のアンタにこの扉を通る資格はないさ……とは言え…ここまで来た度胸を称えて…患者の母親からのアンタへの伝言を言ってやるよ…」

 

 出久の母ちゃんが俺に?

 

 俺の出久の母ちゃんに対する印象は《温厚》の一言だ…ガキの頃からいつも俺にも優しく接してくれた…俺の母ちゃんとは全く真逆の性格の《優しいお母さん》だ…

 

 とは言え…今の俺に対して《温厚》という面を見せることは無いだろう……『自分の子供を死に追いやった幼馴染みがどの面下げて来やがった』という《怒り》しかない筈だ…

 

 おそらく…いや確実に…俺のことは殺したいほど憎んでいる筈だ…

 

 どんな暴言を云われても文句は言えねぇ…

 

 俺はそれだけのことを出久にしてきたんだ…

 

 だから…どんなに酷いことを言われたとしても…俺は受け止めて…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『もう……出久のことは忘れてほしい……どうか……2度と私達に関わらないで……』だとさ」

 

「……………え…………」

 

 それは決して暴言じゃなかった…

 

 出久を苦しめてきた俺に対して向けた言葉としては優しすぎる言葉だった…

 

 それでも…その言葉から出久の母ちゃんが俺に何を求めているのかは…ハッキリ伝わった…

 

 俺に求めているもの…それは《拒絶》だ…

 

 俺という存在と会いたくない……もう顔すら見たくないという強い《拒絶》の意思だった…

 

 俺のことは殺したい程に憎い筈なのに…それなのに…その感情を必死に圧し殺して穏便に済ませようとしてくれている…

 

 《忘れてほしい…》《関わらないで…》…どれだけ感情を抑えて出した答えだろうか……

 

「俺は…出久へ…謝り……謝りにここへ…」

 

「引子さん……やっぱり…許してはもらえないのね…」

 

 母ちゃんの声が聞こえて振り向くと壁に寄りかかった状態で…そのまま廊下へ膝をついた母ちゃんが近くにいた…今のリカバリーガールの言葉を聞いてたのか?

 

「アンタ…この子の母親だね。この子に言わなかったのかい?アンタの息子がこの病室で今も眠っている緑谷出久を自殺に追いやった主犯だって発覚したその日に、被害者の母親へ電話して同じことを言われたことをさ」

 

「そ…それは…」

 

 リカバリーガールの言葉を聞いて俺の中の謎が1つ解けた……母ちゃんが寝込んでいた1番の理由は!引子さんから今の言葉を言われたショックからだったということに!

 

 

 

 出久を苦しめたのも……

 

 引子さんを苦しめたのも……

 

 そして母ちゃんを今も苦しめているのも……

 

 その原因は………俺………

 

 全ての元凶は………この俺!!!

 

 

 

BOOM!!

 

「ぬおっ!?」

 

 俺は個性を使って両手両足の《樹木》の拘束を解き、爆破によってよろめいたデステゴロから抜け出して、颯爽とその場から逃げ出した!

 

「勝己!?」

 

「おい!どこへ行く!」

 

「ゲホッゲホッ!! 待て!」

 

 母ちゃんとシンリンカムイとデステゴロからの呼び掛けに答えずに…俺は病院の出口に向かって走った!

 

 

 

 病院を出ると大雨になっていたが、構わずに外へ飛び出して無我夢中で走り続けた!

 

 そして……疲れて足を止めた場所が…出久が飛び降りた無人ビルの前だった……入り口には立ち入り禁止のテープが貼ってあったが…俺は何かに吸い寄せられるかのようにも建物の中に入り、屋上へ来ていた…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●無人ビルの屋上…

 

 

None side

 

「…なぁ…さっさと目ぇを覚ませよ……出久…」

 

 雨に濡れ…爆豪はびしょ濡れになっていく…雨だけでなく頬を流れる熱い雫が爆豪の顔をさらに濡らしていた…

 

 あの日から一週間……たった一週間で爆豪の身の周りは大きく変化した…

 

 当たり前のように送れると思っていた《日常》は消え去り…

 

 自分に関わりのある人間だけじゃない…この社会すらも大きく変わってしまった…

 

 

 

 

 

 そんな爆豪は昔を……出久と過ごしていた日々を思い出していた…

 

 だが…出久との過去で思い出すのは…

 

 自分が出久を虐めていた記憶しかなかった…

 

 むしろ…爆豪には出久に対しては…虐めていない記憶が無いくらいだった…

 

「(いつからだった…俺が出久を馬鹿にするようになったのは………いつからだった…アイツに個性を使って虐めるようになったのは…)」

 

 爆豪は出久を本格的に虐めるキッカケとなった過去を記憶から引き出した…

 

 それは爆豪と出久がまだ幼い頃に、川で遊んでいた際…川で転んだ爆豪へ出久が手を差しのべて『大丈夫?』と言ってきた時だった…

 

「(俺は…あの時に屈辱を受けた!無個性のくせに!!俺よりもずっと下のくせに!!俺を見下しやがって!!その日からだ…アイツを必要以上に否定して虐めるようになったのは…)」

 

 《無個性》云々(うんぬん)以前に…その出久の行動1つが…爆豪が出久を虐め…夢を貶して…存在を否定する…全ての《始まり》だった…

 

 

 

 

 

 だが…裏を返せば…《それ》だけだった…

 

 たった《それだけ》のことを理由に…爆豪は出久を10年間も傷付け…挙げ句の果てに死に追いつめたのだ…

 

 そして今や…このヒーロー社会のバランスを崩す事態を招いてしまった…

 

 

 

 

 

 爆豪は過去の記憶を思い出していく…

 

 改めて自分がどんな人生を送ってきたのか…

 

 あの日のことをキッカケに…出久への嫌がらせと虐めはエスカレートしていった…

 

 小学校と中学校に上がった時も…わざわざ出久が《無個性》であることを学校中に言いふらした…それによって《出久を虐めること》は小学校では当たり前となっていた……中学では顔も知らない同学年へ出久を虐めるように脅したこともあった。

 そんな爆豪達を教師達は大して怒りはしなかったし注意しなかった…

 そして爆豪は…自分に逆らう同級生や気に入らない同級生に対しては、個性の《爆破》を使い恐怖させ脅すことで無理矢理従わせた…

 

 爆豪は…自分のやってることは全て正しいんだと勝手に決めつけていた…

 

 そんな間違った思考を持ったまま…考え直すこともなく…爆豪はここまで育ってしまった…

 

 

 

 

 

「俺の…俺の生き方は…間違ってたのかよぉ…」

 

 そして今…爆豪自身が出久の立場を味わってようやく理解した…

 

 天才だの秀才だの言われていた自分…

 

 周りの奴らは自分よりもずっと後ろにいるんだと決めつけていた…

 

 未来に向かって進んでいた道の先頭を歩いていた自分を…周りの奴らは追い抜こうとしていた…その中には出久もいた…

 爆豪はそれが気に入らなかった…

 

 

 

『俺の前に立つな!』

 

 

 

「(違う…)」

 

 

 

『なんの才能もねぇテメェらが、俺と同じ位置に立てると思うんじゃねぇ!!』

 

 

 

「(違う…)」

 

 

 

『俺を追い抜けるなんて、夢見てんじゃねぇよ!クソ共がああぁ!!!』

 

 

 

「違う!」

 

 

 

 爆豪は過去に自分が言った発言をその場で否定した!

 

 

 

「アイツは…アイツらは…!

俺の前に居ようとした訳でも…

俺と同じ位置に立ってた訳でも…

俺を追い抜いていた訳でもねぇ!!

《俺が勝手に立ち止まっていた》だけなんだ…

アイツらは…出久は…立ち止まっていた俺をただ通り過ぎていこうとしただけだったんだ!

それなのに…俺は…追い抜こうとするアイツらを…《無理矢理引き止めて…俺の後ろへと投げ飛ばしていた》…

《誰も俺より先へ行かせない》ために…」

 

 

 

 自分が何をしてきたのかを…爆豪はようやく理解した…

 個性を発現してから約10年という歳月が経って…ようやく自分で認識出来たのだ…

 そして《それ》に気づいたのが…余りにも遅すぎたことにも…

 

 

 

「俺が今までやって来たことは……本当にヒーローを目指していた人間のやることだったのか……他人(ひと)を貶して…出久を痛めつけていた過去しか俺にはねぇ…」

 

 爆豪は自分を責めた…こんな人として当たり前のことに今まで気づけなかった自分が嫌になっていた…

 

「何が《オールマイトを超えるヒーロー》だ…

何が《孤高の天才》だ…

何が《唯一の雄英合格者》だ…」

 

 爆豪は後悔した…心の底から反省していた…

 

 自分という人間がなんなのか…

 

 普段から『死ね』だと…『消えろ』だの…他人を平気で傷付け…暴言を吐き…暴力を振るっていただけの子供…

 

 どんなに後悔しても…今まで自分がしてきたことは許されることじゃない…まして消えることのない事実…決して変えることなどできはしない過去なのだ…

 

 

 

 全部失って…爆豪は自分の中から押し寄せる《恐怖》の正体を理解した…

 

「今まで俺を称えてた奴らも…尊敬してた奴らも…称賛していた奴らも…

全部《偽りの付き合い》でしかなかったんだ…

大人達は俺の《上っ面の顔》しか見ていなかった!

同い年の奴等は《俺》じゃなくて《俺の才能(個性)》だけを見て傍にいただけ……俺自身が分かりあえないと思えばどいつもこいつも俺を迫害した!

《人望》なんて有りはしなかった!

心の底から許し合える奴なんて誰1人いる筈がなかったんだ!

全部が俺の…勝手な《妄想》と《思い込み》だったんだ!

…結局…俺には最初から何もなかったってのかよ…」

 

 そんなことを発言しても誰も答えてくれる者なんていない…

 いや…例え誰かが聞いていたとしても…爆豪のその問いに答える者など誰もいないだろう…

 

 1週間…たったそれだけの期間で…

 

 10年間かけて自分が築きあげてきた全てを失い…

 

 社会から向けられる俺の対応は大きく変わってしまった…

 

 爆豪には心の拠り所が何処にもなかった…前日…これまで一緒にいた取り巻き2人の元へ行き…自分のプライドを押し殺し…相談にのってもらおうと話しかけて返ってきた言葉は…

 

『はっ!?冗談じゃねぇ!?お前が発端だろ!!自分でなんとかしろ!!てか!俺達を巻き込むんじゃねぇ!!あともうお前なんか《友達》じゃねぇんだよ!!!』

 

『気安く話しかけんな!《ヴィラン》が!!お前を《友達》なんて思って尊敬していた自分が大馬鹿者だったよ!!2度と話しかけんじゃねぇ!!!あと近づくな!!!』

 

 今まで一緒にいた…ついてきたのが当たり前だった取り巻き2人から向けられたのは《侮辱》と《軽蔑》…そして《拒絶》だった…

 

 爆豪の味方は誰もいなかった…

 

 誰も爆豪を信じない…

 

 

 

「出久…お前はここで何を思ってたんだよ…」

 

 爆豪は考えた…1週間前…此処で出久は何を考えていたのか…

 

「俺を死ぬほど恨んで憎んでいたのなら…ノートにでも何にでも…俺の名前や俺がやってきたことを書き残せばよかっただろうが…俺はお前をここへ来させて自殺をさせるまで追い詰めたんだぞ………なのにお前は《それ》をしなかった…俺が気づかない内に《無個性》のお前へ《それ》をさせないほどまで恐怖を植え付けていたのかよ…」

 

 《無個性》の立場…爆豪がそれを身をもって味わったのはほんの数日だった…時間で言えば2日もなかった…

 だが出久はどうだ?10年前から…周囲の皆が《個性》を発現する中で1人だけ取り残され…《無個性》として過ごしてきた…

 

 自分だけが周囲と違うという《疎外感》…

 

 無個性であることに目を見せつけられ、抵抗もできずに一方的に攻撃される《恐怖》…

 

 弱い立場であるがために同級生だけでなく、教師にまで差別をされる《悔しさ》…

 

 4歳の時から出久はずっと耐えてきた…そんな出久の気も知らずに…爆豪は何をしてきたか…

 

 

 

「…わかった………わかったよ………もう…十分わかったよ……だから………だからよぉ……」

 

 

 

 爆豪が目を閉じると思い浮かべるのは…自分に向けられる大勢からの《冷たい目》…

 

 両親…

 

 クラスメイト…

 

 教師…

 

 ヒーロー…

 

 ボランティアの参加者…

 

 名前も知らない一般人…

 

 どこへ行ってもその《冷たい目》で見られ続けられている…

 1人の時は常に誰かがその《冷たい目》で自分を見ているんじゃないかと…《被害妄想》をするようになっていた…

 

「…その目で……そんな目で……俺を………俺を……」

 

 自分の目から流す涙が大粒へと変わった…そして溢れ出て流す涙のように…心に押さえ込んでいた感情を言葉にして吐き出した!

 

「俺を見んじゃねえーーー!!!」

 

 雨を降らす雲に向かって爆豪は叫んだ…

 

 しかし…その叫びは夜の闇へ消えていった…

 

 

 

 

 

「…俺は…俺は………俺はどうすりゃいんだよーーーーー!!!!!」

 

 爆豪の問いに…叫びに答えてくれる者は誰もいない…

 

 彼が人生で初めて吐いた弱音は…誰にも聞かれることなく…雨音にかき消された…

 

 

 

 

 

 だが…この一週間で己の罪を理解し《罰》を受けたのは爆豪勝己だけではない…

 

 ヘドロ事件からの一週間…多くの人々が《己の罪》を思い知っていた…




 やっぱり爆豪というキャラを態度や口調を長く書くのは難しいですねぇ…


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真実と過ちの法則

 《制裁の法則(後編)》と一緒に進めていた今回の話も同時に投稿しました。

 今回の話は《一部のヒーロー》に対するアンチ要素が含まれておりますので、苦手な方はプラウザバックをおすすめいたします。

-報告-  今度、タグを追加します。


●ヘドロ事件から1週間後の病院…

 

 

シンリンカムイ side

 

 私は今…病院にいる…

 

 病気や怪我をして来た訳じゃない、私は至って健康だ………まぁ…ある意味病気なのかもしれないがな…

 今日の私は、この病室の扉の向こうにいる親子の警備をしている…

 

 

 ヒーローが病院で警備の仕事をする必要があるのかって?

 

 病院の警備員に任せればいいんじゃないのかって?

 

 

 その通りなんだが…リカバリーガールに無理を言って…ここの警備をやらせてもらっている…勿論お金など貰わないし…出されたとしても受け取らない…いわば私が勝手にやらせてもらってるだけだ…

 それともう1つ…今の私は《ヒーローであってヒーローじゃない》…

 

 ヘドロヴィラン事件から1週間…私は…いや…あの事件に関わった私を含めたヒーロー達は…『アナタはヒーローなんですか?』…という問いの答えを見つけられずにいた…

 5日前の午前中までの私ならばその問いに即答で『私はヒーローだ!』…と言えただろう…

 

 子供の頃…《あの人》に憧れてヒーローに目指し、夢を叶えてヒーローになった私は…気づかぬ間に有頂天になっていた…

 そして…いつの間にか…自分のやることなすことの全てが正しいという傲慢な思考を持っていた…

 そんな愚かな自分に気づくことなく…私は《過ち》を犯した…

 

 今の私は……《幼き頃の私自身》や……憧れの《あの人》に……胸を張って『私はヒーローだ』なんて…口が裂けても言うことは出来ない…

 

 私は《ヒーローを名乗る資格》なんてないのだから…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●5日前(ヘドロ事件から2日目)

 

 

 あの事件の日から2日が経ち、私は警察からの呼び出しを受けて昼前に警察署へとやって来た。

 受付を済ませて指定された会議室へ入ると既に何人かのヒーロー達が来ており、大きな長方形のテーブル周囲(スクリーンのある前側以外)の椅子に座っていた。

 スクリーンのある前の椅子以外で空いている椅子が1つだけなので私はその椅子に座った。どうやら呼び出されたのは他にもいたようで私が最後みたいだな。

 『12:00から先日の事件について話がある』との連絡だったので昼食を早めに済ませて余裕を持ってきた筈だったが、まだ11:40頃で他の全員が来ているとは思わなかった。

 

「シンリンカムイ、お前も呼ばれたのか?」

 

「デステゴロか、昨日電話があって12時までにここへ来てくれとな」

 

「そうか、今日はなんでここ(警察署の会議室)へ呼ばれたのか分からないんだが、何か聞いてないか?」

 

「いや、私も詳しいことはこの場所で話すとしか…」

 

 右側に座っている《デステゴロ》が話しかけてきた、どうやら彼も何故呼ばれたかは分からないらしい…先日の事件については当日に全て話したというのに、なんのために我々は呼ばれたのだろうか?

 

「あぁんもぅ~なんでこんなとこにいなくちゃいけないんですか~しかもよりによってお昼ご飯の時間に開始するなんて~あんまりじゃないですか~私お腹ペコペコなのに~」

 

「場所を弁えろMt.レディ!大体オメェは遅刻するから俺が早めに連れてきたんだろうが、昼飯は後にしろ!」

 

 デステゴロから注意を受ける私の左側に座っている女性…先日デビューしたばかりの後輩ヒーロー《Mt.レディ》だ…

 後輩…後輩なのだが…これ以上にないくらい手のかかる後輩だ…

 新人だから仕方ない?…そうだとしても彼女の場合は度が過ぎている…

 彼女は個性は《巨大化》、個性を発動させると20M程の巨人になれるというパワー系のヒーローだ。

 デビューして間もないというのに既に人気が出ているだけでなくファンもかなりいる。《強さ》だけでなく、その《美しさ》と《スタイルの良さ》もあって今もファン(ほぼ男性)が増え続けていると…世間からすれば《期待のヒーロー》だ…

 

 だが…先輩ヒーローである私達に対して敬語は使ってはいても、その口調と態度と行動には《敬意》はまるで感じられず、私から言わせれば『礼儀がなっていない』の一言だ…と、ソレだけならまだいい……だが…《手のかかる》と言うのはソレじゃない…彼女に対して我々が一番迷惑していること…それは…

 

「ふああぁ……眠っ……昨日も報告書を遅くまで書かされたせいで寝不足ですよ私…寝不足はお肌の天敵なんですよぉ…」

 

「お前が建物や車を壊すからだろうが!!巨大化してヴィランを倒すのに周囲のことを考えずに暴れるから、その分の請求やら被害の件で報告書が増えているんだ!!ヒーロー活動において《周囲への被害を最小限かつ無しにする》のは常識だろ!!」

 

「ちょっと先輩…大声出さないでくださいよぉ…頭がガンガンするじゃないですかぁ…」

 

「誰のせいだ!!!」

 

 そう…彼女の個性《巨大化》は確かに強く、同じように巨大化したヴィランを倒すにはとても有効なのだが、彼女は主に市街地で活動しているため建物や道路への被害が大きく『どっちが町を破壊しているんだ』と何度も疑問に思ってしまうくらいだ…

 Mt.レディを叱るデステゴロの目元が黒くなっている…彼女の報告書などを書く手伝いを遅くまでしていたのだろう。彼も寝不足の様子だ…

 

「(…というより2人共…さっきから私を挟んで口喧嘩するのはやめてくれないか…)」

 

ガチャッ

 

 そんなことを思っていると会議室のドアが開いた。

 そして入ってきた2人の人物に私達は驚いた!

 

「イレイザーヘッド!?…と…根津校長!!?」

 

「YES!ネズミなのか?犬なのか?熊なのか?その正体は…校長さ!」

 

「校長…それ…コイツらに言う必要あるんですか?」

 

「僕のアイデンティティだからね!絶対に必要なことなのさ!」

 

「そうですか…」

 

 会議室へ入ってきた人物は、日本では1位2位を争う難関なヒーロー校《雄英高校》の校長である《根津》と、教員である抹消ヒーロー《イレイザー・ヘッド》だった!

 

「我々を呼んだのはアナタだったんですか、根津校長…」

 

「その通りさ!君達とは面と向かってどうしても先日の事件について話をしたくて、こうして来てもらったのさ!」

 

 2人が誰も座っていない前側(スクリーン側)の席に座った。『何故アナタがあの事件を聞きたいのですか?』と口から出そうとしたが、根津校長が漂わせる禍々(まがまが)しい雰囲気に…私はその言葉を飲み込んだ…

 

「では改めて《ヒーロー》の諸君、今日は忙しい中こうして集まっていただき感謝しているよ。お昼時に呼び出してしまった訳だからね、早速本題に入ろうじゃないか!」

 

 根津校長という人物(?)を知っている者なら、彼が普段とは違うというのが分かる筈…

 

「僕が君達に聴きたいことはただ1つさ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

君達は…本当に《ヒーロー》なのかい?」

 

 表情こそ変わらないが…その瞳は我々に対する強い《怒り》で満ちていた…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●数分前…警察署会議室の隣の部屋…

 

 

根津校長 side

 

「校長…どうやら全員集まったようですよ…」

 

「うん…そうみたいだね…行こうか…」

 

 僕は相澤君と共に警察署会議室の隣部屋にいる。

 午前中は《折寺中の3年生達と担任達と事件に関わったヒーロー達の厳罰を決める会議》をしていた。会議中、爆豪君とその母親がやって来て取り調べを受けていたみたいで、会議が長引いたせいもあって終わる前に2人は帰ってしまったみたいだ。

 

 その午前中の会議において僕は《ヒーロー協会》と《教育委員会》の人達と共に警察が集めた情報を聞き入れて長い会議をした…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●午前中…警察署会議室…

 

 

 警察の方々からあの2つの事件の日から2日間の段階で知り得た情報を聞き終えて、本格的に《男子中学生の飛び降り事件》の会議が始まった。

 

「被害者のクラス担任は即刻《解雇》するべきでしょう!教育者が個性の有り無しで子供の優不遇を決めるなど言語道断!《教育権》も剥奪するべきだ!」

 

「その担任だけではない!折寺中の教員達には子供を教育するに値(あたい)しない者達ばかりだ!」

 

「そうですね、警察の情報と《電子メール》の個性を使う警察による彼らの《思考》を調べた結果、教員の半数近くが《無個性差別者》であり《強個性の優遇者》ですし」

 

「ならば、その優不遇の思考を持つ教員達は《謝罪会見》を開かせた後に《解雇》及び《教育権の剥奪》の処分とし、残りの教員は《減給》に処するというのはいかがでしょうか?」

 

「ん~…彼等にはそれくらいは罰を受けてもらわなければな…」

 

「それでは教員達についてはその提案を考慮するとして、次に現在入院中の被害者を除いた折寺中の3年生一同についてはいかがなさいますか?」

 

「ふぅむ…学年全員ではなくとも…彼が聴取しただけの生徒達の《思考》内容がコレではなぁ…特にその虐めの主犯であるこの《爆豪勝己》…さらにその爆豪とつるんでいるこの2人は《退学処分》とするべきなのは決定だろう…」

 

「えぇ…彼らは大人の目の届かないところで虐め以外にも何かと喧嘩や暴力がらみの事件をおこしていたという報告もありましたからね」

 

「《未成年だから許される》…とでも思っていたのでしょうか…他校の生徒で彼らに怪我や火傷を負わされたという情報もありますし、これは《退学》にしてもいいでしょう」

 

「他の生徒に至っても《退学》若しくは《停学》になるな…これだけの証拠が揃っているんだ…今更言い逃れなどできまいよ…」

 

「無個性の《虐め》と《差別》…コレはなくなることはないというのか…」

 

「爆豪勝己…これだけの悪事をしておきながら《雄英》を受けようとしていたのか…愚(おろ)かな…我々からすれば差し詰め《ヴィランの卵》だな」

 

「彼は自身を《天才》だの《選ばれた人間》だの《オールマイトを超える存在》などと学校の帰り道に大声で周りに聞こえるように喋っていたとの聞き込みを商店街の方々が供述しています」

 

「思い込みもそこまで聞くと…もはや病気だな…頭と精神の…」

 

「…とは言え、彼をそんな思考にさせたのは彼の周囲にいた大人や教育者達でもあります。警察の調べだと、発現した個性が《爆破》という攻撃性のある個性故に担任から『派手な個性』『将来はNo.1ヒーロー』等の《軽口》や《安っぽい言葉》、《薄っぺらな言葉》や《根拠のない言葉》にのせられて増長し、あのような《救いようのない子供》へと育ってしまったという解釈もできます」

 

「なるほど…表面しかみていない大人の言葉によってそのような歪んだ性格なったか…だがそれを言うなら彼を育てた親にも問題があるんじゃないのか?優秀すぎる上に甘やかして育てたとか」

 

「いえ警察の聞き込みによる情報では、彼の母親はとても厳しい人間であると近所では有名だそうです…この少年はそんな親を警戒し決して気づかれないように注意していたのでしょう…」

 

「1番タチが悪いな…幼少の頃からそんなことを覚えてしまったがために…母親は息子の悪事には気づけなかった訳か…」

 

「厳しすぎる教育は逆に我が子の心を駄目にする…親や大人の前では猫をかぶり、そうでないなら本性を晒し…目の届かないところで悪事を働くなど…正に《ヴィラン》そのものだな…』

 

「やれやれ危ないところでしたなぁ…我々は危うく《ヒーローの仮面を被ったヴィラン》の花を咲かせてしまうところだったんですからねぇ…今ならまだ《花を咲かせる前に摘み取る》ことができると…」

 

「この子達は全員《ヒーロー》を目指しているようですが…そうするべきではありませんね…今回のことで気づかずにヒーロー校へ入って卒業を迎えてしまい…プロヒーローになりでもしたら《地位》や《名誉》、《金銭》を得るために《仲間のヒーローを盾や踏み台にする愚行》や《助けを求める人々を気分次第で見捨てる》などを平気で行う…正に《ヒーローの仮面を被ったヴィラン》になっていましたね…我々はそんな彼らに未来を任せてしまうところだったんですね…」

 

 ヒーロー協会と教育委員会はそれぞれの意見が飛びかわせた、僕は黙って彼らの意見を聞いている…とはいえ…このままいけば折寺中に未来はない…

 今回の件で来年からの生徒数が減り…そう遠くなく《廃校》になる可能性が非常に高い…

 

 そうなれば何が起きるのか…

 

 彼らは予測できていない…

 

 だから僕は…

 

「それでは、折寺中の例の教員達は《謝罪会見》の後に《解雇》及び《教育権の剥奪》、他の教員は数年間の《減給》、そして3年生の生徒達は《退学》と《停学》に決定としま」

 

「待ってくれないかい?」

 

「?…どうしました根津校長?雄英高校の校長である貴方なら、我々が述べた厳罰は彼らに対してもっとも適した処分だと思われませんか?」

 

「そうじゃないさ、《教育者》としての僕の意見を聞いてほしいのさ」

 

 僕がそういうと全員が黙ってくれた…分かっているのか…それとも知らないふりをしているのかはさておき…ちゃんと伝えないとね…

 

「確かにアナタ方が今述べられた厳罰は一般的には常識的で間違ってはいないさ、でも僕はそれを聞いた上で言わせてもらうよ。僕は折寺中の教員達への《減給》はともかく、《解雇》や《教育権の剥奪》はやめた方がいいと思う。同様に3年の生徒達に対しても《退学》や《停学》にはせずに何か別の内容にした方がいいと思うのさ」

 

 僕の発言に《ヒーロー協会》と《教育委員会》の全員が表情を変えた。

 

「何を甘いことを言ってるんだ根津君!アナタも教師ならわかる筈だぞ!ましてや《雄英高校の校長》ならば、彼らがしでかしたことに関しての罰としてはまだコレは軽い方なんだぞ!その軽い罰を更に軽くしてどうするつもりなんだ!自分が何を言っているのか分かっているか!?」

 

「うん、分かっているさ!君達が《後先考えていないこと》と、彼らだけでなく被害者である《緑谷君》のことも《どうでもいい》としか思っていないことくらいは十分理解しているのさ!」

 

『!!?』

 

「な、何を言っているんです!?教員や生徒はともかく、我々は被害にあった無個性の少年を死に追い詰めた者達にそれ相応の厳罰を決めるためにこうして集まったんじゃないですか!」

 

「まぁ落ち着いてくれ、説明するさ。まず『君達が後先考えていない』と言ったのは、君達の意見が通った後にその《教員と生徒達の未来》を全く考えていないから言ったのさ」

 

『ッ!?………』

 

 教育委員会の方々が渋い顔をしていた…

 

「確かに教師や生徒に問題があるのは事実さ、そして以前にもこういった会議があって君達が出した厳罰と同じように《解雇》や《退学》処分にされたケースがあった。でも…教師や生徒達がその後どんな人生を送ったのかも…君達は知ってる筈だよね?」

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

 会議室を沈黙が支配した…それは《ヒーロー協会》と《教育委員会》だけでなく立ち会っている《警察》の方々もだ…彼らはよく知っている…今回のような事件をキッカケに学校から追い出された教師や生徒達に何があったのかを…何をしたのかを…

 

「内容にもよるが《解雇》や《退学》なんてものは一生付き纏うもの、そんな汚点を背負って人生をやり直せる人はそういないさ。大抵は社会から爪弾きされるのが当たり前、教師は家庭を築いている者なら家庭を失って1人となり、生徒側は《退学》の内容によって両親は仕事を失い家庭が崩壊…親から暴力を振るわれることとなるか…最悪勘当されてしまうケースもある。そして事実が知られた社会では《ヒーロー》どころか《職》に就くことすらもままならず生活が困難になるだけじゃない…マスコミや世間は容赦なく彼らを追い詰めていく…そうなれば彼らは世間の目を恐れながら細々と生きていかなければならなくなってしまう……そして最後には《自殺を図る》か、そうでない者は《ヴィラン》になってしまう……君達が知らなくてもそれが現実には起きているのさ…」

 

 僕にこんなこと言われなくたって彼らは分かっていた筈だ…ただ彼らは知ろうとしなかっただけ…目を背けていただけ…

 《罪》を犯した者は《罰》を受けなければならない…でも…

 

「ヴィランになった教師や生徒達が最初にすることは何か…それは《復讐》さ…自分達の人生を狂わせた者達を憎む《復讐者》となってしまう…つまり彼らが死んだりヴィランになるのは、我々が決める《厳罰》次第ということになるんだよ。君達は本当にそこまでのことを考慮して意見を出し…結論を出したのかい?」

 

『………』

 

 反論の言葉が1つもない…僕の言っていることが綺麗事なのは僕自身が一番分かってるさ…

 しかし…かつてそういった形でヴィランになって過ちを犯した教師と生徒達を…最終的に倒して捕まえるのが《ヒーロー》であり《警察》だ…

 

「何より、親身になって被害者である《緑谷出久》を心配していると言ってる割に、彼の名前が君達の口から一度も出ないじゃないか……その時点で君らが緑谷君を……《無個性の子供なんてどうでもいい》という気持ちしか僕には伝わってこないんだよ…」

 

『!!?……』

 

 全員が核心を突かれたような痛い顔をした…どうやら彼らも少なからず《無個性》を差別する傾向があるみたいだ…

 

「それにさっき説明があった筈だよ、事件前に緑谷君へ…結果的に『無個性はヒーローになれない』と言って彼を自殺に追いやった原因である《ヒーロー》の存在を…」

 

「そ…それは…」

 

 そう…《無個性》と聞いた上で緑谷君にその発言をしてしまった《ヒーロー》…今この会議室にいる人達(ヒーロー協会3人、教育委員会3人、警察3人)は承知している…当然そのヒーローの名を聞いた時はヒーロー協会と教育委員会の方々は度肝を抜かれていた様子だった…まぁ信じたくなかったんだろうね…

 

 

 

 それから改めて教師と生徒達についての厳罰を話し合った結果…

 

 

 

「では改めまして…折寺中の教員達は《謝罪会見》と、担任以外の教師は《3年間2割減給》、例の担任は《5年間4割減給》と《教育者の再教育》とします、ただしその担任が次に同様のことをした場合は《教育権の永久剥奪》とします。3年の生徒達全員は根津校長の提案である《被害者の緑谷出久が参加していた奉仕活動》に参加をさせる……よろしいですか?」

 

『意義なし!』

 

 とりあえず彼ら(折寺中の教師と生徒達)の《最悪の未来》の可能性は避けることは出来ただろう、とはいえ彼らがこれから味わっていく《世間からの冷たい風》を多少弱めただけで解決にはなってない。特に《爆豪勝己》君と友達2人…そして彼らの両親や親族と、例の担任は《汚点》を背負うことになる…

 でも反省してもらわなければならない…自分達がしてきた過ちを…

 

「ヒーロー達の《厳罰》については先程根津校長が述べられた内容を考慮し、《ヒーロー免許の剥奪》と《謹慎処分》ではなく《減給》と《奉仕活動の参加及び生徒達の見張り》といたします…こちらもよろしいですか?」

 

『意義なし!』

 

 ヒーロー協会は彼らを折寺中の教師や生徒達と似たような処分を考えていたみたいだけど、僕の話を聞いてそれも改め考え直し、僕が考えていた意見を通してくれた。《ヒーロー》が《ヴィラン》に転職する可能性なんて絶対避けたいことだからね。お陰で《ヒーロー》達の《厳罰》の話し合いはアッサリ終わったのさ。

 

「では今回の会議はここまでにしましょう…皆さん…お疲れさまでした…」

 

 長い会議が終わって席を立とうとする者がいる中…

 

「そういえば根津校長、今日の昼頃に例のヒーロー達を集めココで改めて会議をするようですが、先程話した《厳罰》の他に何を話されるんですか?」

 

 ヒーロー協会の1人が帰る前に僕へ質問をしてきた。午後イチに行われる《1名のヒーロー》を除くヘドロ事件に関わったヒーロー達全員にここへ集まってもらうように警察に頼んでいる。

 

「僕は彼らに…どうしても聞かねばならぬことがあるのさ…《ヒーローであるという彼ら》に《教育者である僕》がね…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな会議を午前中に終えて、午後からはこの会議室へ集まってもらったヒーロー達との話し合いが始まる。今度は長くならないといいんだけど…

 

「相澤君」

 

「はい」ガチャッ

 

 午前中の会議が終わった頃に来てもらった相澤君に扉を開けてもらい共に入室した。

 

「イレイザーヘッド!?…と…根津校長!!?」

 

 入ると《デステゴロ》君が僕達を見て驚いており、他のヒーロー達も同じ反応した。彼らは警察からの連絡で呼ばれたというだけで、自分達に用があったのが僕だとは知らせてないからね。

 

「YES!ネズミなのか?犬なのか?熊なのか?その正体は…校長さ!」

 

「校長…それ…コイツらに言う必要あるんですか?」

 

 僕の口癖に相澤君が解釈してくれた。

 

「我々を呼んだのはアナタだったんですか、根津校長」

 

「その通りさ!君達と面と向かって先日の事件について話をしたくてこうしてきてもらったのさ!」

 

 シンリンカムイの問いに答え、僕と相澤君はスクリーン側の列に2つしか置いてない椅子に座ったところでそろそろ本題に入っていく…

 

 彼らには《真実》を知ってもらい…自分達の《過ち》に気づいてもらわなければならない…

 

「僕が君達に聴きたいことはただ1つさ…」

 

 僕が《教育者》の立場として…彼らに伝えなければならない最初の言葉…

 

「君達は…本当に《ヒーロー》なのかい?」

 

 何を言ってるんだ…

 

 そんなことを聞くために忙しい彼らに態々(わざわざ)集まってもらったか…

 

 …と…誰しも思うだろう…

 

 でも…これはとても大事なことなのさ…

 

 全ての始まりは一昨日リカバリーガールが1人の少年の手術を終えたあとに連絡をしてきたことさ。

 一旦雄英に戻ってきたリカバリーガールから大方の詳細を聞き、その次の日…つまり昨日…塚内君と2つの事件に大きく関わっているヒーローである《オールマイト》から全てを聞いた。

 

 ヘドロヴィラン事件の《真相》と…

 

 飛び降り自殺を図った少年…《緑谷出久》君の《心境》を…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●昨日の夕方(ヘドロ事件の次の日)

 

 

 空がオレンジ色に染まり生徒達が下校している頃、会議室に集まった4人で話し合いをしていた。その話の内容は昨日起きた2つの事件の両方に大きく関わっている《オールマイト》のことだった。

 

「なるほど…そういうことだったのか…」

 

 今、雄英高校の会議室には現No.1ヒーローの《オールマイト(トゥルーフォーム)》と、我が校に長く勤務してもらっている《リカバリーガール》、昨日オールマイトの事情聴取をしてくれた《塚内警部》、そして私を含めた4人が集まって昨日おきた2つの事件《ヘドロヴィラン事件》と《男子中学生の飛び降り事件》について話し合いをしていた。

 オールマイトと塚内君から語られた事件の詳細と、重要参考人である2人の中学生について話を一通り聞き終えたところさ。

 

「はぁ……まったく呆れたもんだよオールマイト……アンタ、自分が今を生きる子供達にとっていったいどんな存在なのか把握してなかったってのかい?」

 

「ぐっ!…んん…」

 

「まぁ確かに…改めて話を整理すると…緑谷君が自殺を図るのには…十分過ぎる理由ですよね…」

 

「うっ!!?……うぅ…」

 

 昨日リカバリーガールが手術した少年《緑谷出久》君は、ある無人ビルの屋上から飛び降りて自殺を図った…

 そして偶然なのか奇跡なのか、緑谷君が緊急搬送された病院に名医であるリカバリーガールがいたのだ。

 リカバリーガールは昨日、その病院に入院している《ある患者》が数日前に長い昏睡状態から意識を取り戻したため、その手術後経過を見るために訪れていた。そして検査を終えて帰ろうとしていた時に緑谷君が搬送されてきたのだ。

 瀕死の重傷だったがリカバリーガールの手術と個性《治癒》によって緑谷君は奇跡的に命をとりとめることが出来た。

 

 

 

 でも、本題はここからさ。

 

 

 

 緑谷君の手術を終えて更衣室で休んでいたリカバリーガールだったけど、彼女がロッカーに入れた携帯が鳴ったので携帯を見ると《オールマイト》からの電話だった、何の用かと思って出てみると電話に出たのはオールマイトではなく塚内君だった。

 オールマイトは例の無人ビルの前で座り込んでいた際に、現場検証をしていた警察に声をかけられて我にかえり、警察から緑谷君が運ばれた病院を聞き出してリカバリーガールへ電話したようなのだが、丁度その時リカバリーガールは緑谷君の手術中だったため何度連絡しても出てもらえなかった……次に馴染みのある警察の塚内君へ連絡を入れて『これから私はどうしたらいいのか』という相談をした。当然ながら塚内君も訳がわからなかったが、電話越しに聞こえるオールマイトの弱々しい声から何かを察し、その日の夜に警察署で塚内君はオールマイトから2つの事件の詳細を聞いた。

 

 そして今日、急遽《雄英》に集まり、このメンバーで改めて話をすることになった。

 

『根津校長、お手数をかけさせてしまい、申し訳ありません』

 

『いやいや気にすることはないさ塚内君。さてオールマイト、何があったのか話してくれるね』

 

『オールマイト、アンタ何をしたんだい?』

 

『……私は……私は…許されぬことを……取り返しのつかないことを…してしまったんです……』

 

 オールマイトは昨日の出来事を話し始めた。

 

 発端はオールマイトがヘドロヴィランを発見したものの取り逃がしてしまったことが全ての始まりだった。

 

 それから語られたことを順をおって説明するとこうなる…

 

 

 

① ヘドロヴィランとの戦闘中、敵は個性を駆使して下水道に逃げ込み、オールマイトも下水道へ入り追いかけた。

 

②追い詰めて捕まえようとしたが、流動するヘドロヴィランを素手で掴むことが出来ず、今度は地上へ逃げられてしまった。

 

③マンホールを開けて地上に出ると、例の飛び降り自殺を図った少年《緑谷出久》君がヘドロヴィランに襲われており、咄嗟に風圧のパンチで少年を助けると同時に敵を気絶させ、落ちていたペットボトルに敵を詰め込んだ。

 

④風圧のパンチによって緑谷君の鞄から彼の私物が散乱してしまい片付けて、黒焦げのノートに自分のサインを書いてから彼の意識を回復させ、その場から去ろうとした際に、彼はオールマイトに向かって『無個性でもヒーローになれますか』という質問をした。

 

⑤オールマイトはその質問に対し《ヒーローの立場》として考え答えた…『個性が無くたってヒーローになれるとは言えない、相応に現実を見なくてはな』と緑谷君へ言った。

 遠回しに『無個性の君はヒーローになれない』と言ってしまったのだ…

 そして、沈黙した彼を放置してオールマイトはその場を立ち去った。

 

⑥緑谷君と別れて空を移動中、ズボンのポケットにヘドロヴィラン入りペットボトルをしまっている際に、突然吐血してしまい咄嗟に手で口を押さえた!それと同時に身体から蒸気が溢れ始めて《時間切れ》だと判断したオールマイトは目に見える着地に良さそうなビルの屋上を見つけて着地。

 

⑦着地後、マッスルフォームが強制的に解除されトゥルーフォームになったオールマイトは仕方なく歩いてビルを降りることにした。

 だが、ここで問題が起きた!ポケットに入れていた《ヘドロヴィラン入りペットボトル》がなくなっていたのだ!

 オールマイトは吐血しながらも急いで階段を降りてビルから出た瞬間、自分が飛んできた方角で爆発音が聞こえた!

 

⑧爆発がした方へ向かうと、例の《ヘドロ事件》の現場へ遭遇した。

 その事件の重要参考人である《爆豪勝己》君がヘドロヴィランに取り込まれ、彼の個性である《爆破》によって周囲に被害が出ていた。

 

⑨現場には既に何人かのヒーロー達がいた……のだが……誰も爆豪君だけは助けようとせず、周囲の人々の避難誘導と消火活動しかしていなかった。

 オールマイトは助けに行きたかったがマッスルフォームを使うには、まだ多少の時間が必要だった。

 

⑩爆豪君が苦しんでいるのを見ていることしか出来ない自分の不甲斐なさを噛み締めていると、人ゴミの中から誰かが飛び出した!

 それが《緑谷出久》君だったのだ!

 

⑪《無個性》であるにも関わらず、現No.1ヒーローから夢を否定されたというのに苦しんでいた爆豪君を助けようとする緑谷君の姿にオールマイトは感銘を受けた!

 オールマイトは緑谷君へ『ヒーローになれる』と『自分の個性を継ぐべきヒーロー』だと伝えることを決心した!

 その決心と共にマッスルフォームが使えるようになり、緑谷君と爆豪君を救出しつつヘドロヴィランを倒して《ヘドロ事件》は幕を閉じた。

 

⑫その後、オールマイトは取材と野次馬に囲まれ、爆豪君はヒーロー達から褒められて将来のスカウトの声まであった。対して緑谷君は爆豪君を助けなかったヒーロー達からこっぴどく叱られた上に野次馬から指を指されて笑われていた。オールマイトはすぐでも緑谷君へ伝えたかったが、出来れば2人っきりで話をしたかったのでタイミングを見計らって抜け出そうなどと考えていた…だがヒーロー達からの説教が終わった緑谷君は野次馬に後ろ指を指されながらその場を走り去ってしまったのだ!

 

⑬緑谷君を追いかけようとしたオールマイトだったが、思った以上に人が集まりすぎたため抜け出すのに時間がかかってしまった。

 なんとか取材陣と野次馬をまき、トゥルーフォームの姿で緑谷君を探し始めたのだが…

 

⑭…時すでに遅し…オールマイトが緑谷君を次に見たのは…《ヘドロ事件》の現場から然程離れてない無人ビルの前……救急車へと運ばれる…血まみれの緑谷君だった…

 

⑮放心状態になってしまったオールマイトだったが現場検証をしていた警察に声を掛けられ肩を揺さぶられて我にかえり、警察から緑谷君がどこの病院へ運ばれたのかを聞き出して、顔見知りの名医であるリカバリーガールへ電話をしたが繋がらず、その次に塚内君へ連絡を入れたという訳だ…

 

 

 

 これは…何て言えばいいのか…ここまで深刻な内容だったとは…特に《緑谷出久》君の件がね…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

塚内 side

 

 私と《オールマイト》…本名《八木俊典》こと《トシ》の話を一通り聞いた根津校長とリカバリーガールは…目を閉じて深く考え込み始めた…昨日の私とまったく同じ反応だ…

 まぁ当たり前の反応だろう…一概に《トシが全ての原因》という訳ではないのだが…大部分はトシの《無責任な発言》と《無神経さ》、そして《無用心》によって起きたことなのだから…

 

「トシ…君が緑谷君に対して言ったことは確かに間違っていないよ…《ヒーロー》としてはね。でもさ…君だって《無個性》だったんだから分かってた筈じゃないのかい?ましてやNo.1ヒーローの君から『現実を見ろ』なんて言われたら、《無個性》として生きてきた彼がどう受け止めるのか察しが付く筈だろう?」

 

「言葉はちゃんと選びなオールマイト!今のアンタの言葉1つはそれだけ重いんだ!アンタの何気ない一言で人生が大きく変わる人間だっているんだ!それにアタシが処置しなきゃあの子は死んでたんだよ!アタシに連絡することより、自分が放心状態になる方が優先なのかい!!」

 

「っ!!?……わ…私は………私は…」

 

 リカバリーガールからのキツい言葉にトシは更に項垂れて自分を責めていた…

 

「…まぁ緑谷君が自殺を図った理由はオールマイト1人だけの責任ではないだろうけど、ヘドロ事件に関しては完全にオールマイトの不注意だね」

 

「ぐはぁっ!!!」

 

 根津校長の的確なド正論にトシは血反吐を吐いた…確かに校長の言う通りだ…

 

 人は咄嗟の時にどっちの手を使うかは区々(まちまち)だが、恐らくトシは緑谷君と別れたあと空を移動中に血反吐を吐いた際、ペットボトル(ヘドロヴィラン入り)をポケットに押し込んでいた手で口を押さえてしまい、その時誤ってペットボトルがポケットから落ちてしまった…

 そして運悪く、その落下付近に爆豪君がいて《ヘドロ事件》が起きてしまったということだ…

 

 この2つの事件…『どちらもトシが原因』と言ってしまえば、それだけになってしまうが世間はそうはいかない…

 

 トシは言わずと知れた《現No.1ヒーロー》であり《平和の象徴》…その存在だけで《ヴィランの抑制》に大きく貢献してくれている…今や日本のみならず世界で彼を知らぬ者などいないだろう…

 

 だが、そんなトシにも……オールマイトにも……本当に命の危機に晒されたことがあった……

 5年前の《あの男》との死闘の末にトシは勝利したが…腹に穴を開けられるという重傷を負った…

 

《負傷した臓器の摘出》…

 

《ワン・フォー・オールの活動時間の制限》…

 

 結果、マッスルフォームは持続時間が限られてしまい…トシの身体は《限界》だった…

 

 オールマイトのサイドキックであった《ナイトアイ》ですら、手術後のオールマイトに《復帰》ではなく《引退》を進めていたくらいだ。

 だが…それだけの痛手を負ってもなお、大勢の人々の笑顔と平和を守るために今も《ヒーロー》を続けてくれている…

 しかし…この一件は《極秘》のため、知っているのはここにいるメンバーを除けば、トシの現役時代の相棒であり親友の《デヴィット・シールド》と、トシの《先生》、元サイドキックの《サーナイトアイ》、ヒーロー協会と警察の上層部、そして《士傑高校の現校長》だけだ…

 

 なので今回の件を《トシの事情》を知らない人が聞けば《オールマイトの不注意》としか受け取らない…

 何より緑谷君の事件に至っては『仕方がない』等では済まされない……さっき知り合いの刑事から《緑谷君》の身辺調査結果の情報を教えてもらうと共に《ある物》を預かってきた…

 

「緑谷君の事件について調べている刑事から現在までで分かったことを全て教えてもらいました」

 

 私は現段階で《緑谷出久》君がどういった人物でどんな人生を送ってきたのかを3人に説明した。

 

 

・無個性としてこの世の中を生きてきた彼の人生…

 

・緑谷君がトシに会うまでに何があったのか…

 

・地域の人達からはどう見られていたのか…

 

・学校ではどんな扱いをされてきたのか…

 

・幼馴染みである爆豪君との間に何があったのか…

 

 

 例の《黒焦げのノート》についてだけは伏せて、私は事実の全てを話した。

 

『………』

 

 緑谷君について話終えると3人とも黙りこくっていた。

 トシに至っては《この世の終わりを見たような顔》をしている。

 

「《無個性》と診断されてからの10年…どんなに酷い目に遭わされても…常に前向きに生きる真面目な優しい子だったわけだね…緑谷君は…」

 

「なんだかねぇ…どうして《無個性の差別》ってのは無くならないんだか…」

 

「………」

 

「オールマイト」

 

「?」

 

 これ以上にないくらい落ち込んでいるトシに根津校長が語りかけた。

 

「君…まさかとは思うけど…まだ緑谷君へ《ワン・フォー・オール》を譲渡させたいなんて思っているんじゃないだろうね?」

 

「!!?…そ…それは!………ないと言えば嘘になります…」

 

 トシは今の話を聞いてもまだ緑谷君を《後継者》にしたいようだ…それを聞いたリカバリーガールはため息をついて呆れている様子だ…

 

「はぁ…まったく…オールマイト!昨日も電話で言ったろ!その子は意識不明の重体で、助かったって言ってもまだ《治癒》を繰り返して治療が必要な状態なんだよ!第一、あの子の意識がいつ戻るのか分からない状況だっていうのに何を考えてんだい!!」

 

 怒りを露にするリカバリーガール…彼女は《医者》としてオールマイトの発言を許せないようだ…

 流石のトシもリカバリーガールにここまでと言われれば考えを改め…

 

「私は…私はようやく見つけたんです…《後継者》を!」

 

…てないようだ…

 

「アンタ…自分が何を言っているのか分かってんのかい!?またその子を追い詰めるって言うのかい!」

 

「私は…彼以外にこの個性を譲渡させる気はありません!彼が目を覚ますまで!私は何年でも何十年でも待ち続けて!彼に《ワン・フォー・オール》を譲渡させ!《ヒーロー》として育てあげたいのです!」

 

 普段のトシならリカバリーガールに逆らうことはしない…

 しかしトシは自分の意見を決して曲げようとしなかった…

 それはトシなりの《信念》なのか…

 それとも緑谷君に対する《誠意》なのか《償い》なのか…

 

 今の彼の心境が私には分からない…

 

「いい加減にしなオールマイト!!5年前にナイトアイが言ったことを忘れたのかい!?アンタももう長くは」

 

「リカバリーガール…」

 

 ヒートアップするリカバリーガールを止めたのは根津校長だった…

 

 5年前にナイトアイが個性で見たという《トシの未来》…

 

 その未来と先程のトシの発言は…

 

 《矛盾》しているのだから…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オールマイト side

 

 私とリカバリーガールの言い合いに根津校長が止めに入った…リカバリーガールが先程何を言おうとしていたのかをご存知だからか…それとも私の発言に呆れてなのか…

 どちらにしろ私は緑谷少年に《ワン・フォー・オール》を受け取ってほしい!その決心は絶対に変えることは出来ない!

 

 あの時…緑谷少年は私に夢を否定された後にも関わらず…ヘドロ事件で幼少から自分を散々虐めてきた爆豪少年を助けるために飛び出した!

 私を含め…あの場にいたヒーローの誰も爆豪少年を助けようとしなかった…

 ヒーローが随時心掛ける教訓…《考えるより先に身体が動いていた》…

 彼はそれをあの場にいたヒーローの誰よりも持っていた!

 

 だから…私は!

 

「塚内君…例の物を預かってきているんだろ?それをオールマイトに見せてあげてくれないかい?」

 

「校長…ですが…それは…」

 

「彼には口で言うよりも…自分の目で《現実》を知ってもらった方がいい…このまま話していてもラチがあかないからね…」

 

「………分かりました」

 

 塚内君が持ってきていた鞄から透明なビニールに入った何かを取り出していた……!!!あ…あれは…緑谷少年が所持していた焦げたノート!!?

 

「オールマイト…それを改めて見れば君も納得する筈だよ…緑谷君が何を思ってビルから飛び降りたのかを…」

 

 塚内君からノートを受けとる際、根津校長の発言に私は違和感をもった…

 

 見るも何もこのノートの中身は一昨日にサインを書くために少し拝見した。

 書かれていた内容は《現在活躍しているプロヒーロー達の詳細》であり、個性を使った行動の一つ一つを細かく書き記してあった。

 彼がどれだけ熱心に《ヒーローになりたい》というその思いが文字と書き記されているノート…

 表紙を捲(めく)った1ページ目からその思いがビッシリと書いてあ……………

 

 

 

 

 

…えっ?…

 

 

 

 

 

…これは…

 

 

 

 

 

…いったい…どういうことなんだ…

 

 

 

 

 

…なぜ…

 

 

 

 

 

なぜ!?ページが《真っ黒》に染まっているんだ!!???

 

 

 

 

 

 何本もひかれた黒く太い線がページを埋め尽くしていた!

 

 それは最初のページだけじゃない!!

 

 1枚1枚ページを捲(めく)ってみると、そのどのページにも何本も重なった黒い線があり…ページ毎に書かれていた《イラスト》と《文章》を見えなくなるほどに黒く塗り潰されていた!

 

 そして、ページを捲り続けていると《あるページの一面》に目が止まった…そのページだけは何が書いてあったのかを分からなくなるほどに一面真っ黒に染まっていた………

 

 そして気がついた!

 

 このページは……私が《自分のサイン》を書いたページだということを!!?このページだけは…まるで黒ペンキをひっくり返したかのようにページの余白すら見当たらない程《真っ黒》だった…

 

「………だ…誰がこんなことを…」

 

「オールマイト…その問いの答えは分かりきっているよね?」

 

 私の疑問の答えは…根津校長から無情にも告げられた…

 

 今までの話を聞いて…その答えが分からないほど私だって馬鹿じゃない…

 

 ただ…分かりたくなかっただけ…

 

 私自身が《それ》を理解したくないだけなんだ…

 

「…今…君が手にしているそのノートこそが…緑谷出久君がビルから飛び降りる前に…《君》と《ヘドロ事件の現場にいたヒーロー達》に向けた《最後のメッセージ》さ…」

 

「緑谷少年からの…メッセージ…」

 

「僕はまだそのノートの中身を見てはいないけど…昨日電話越しに塚内君から聞いたさ…今君が開いているだろうページに《何が》書いてあったのか…警察の方々に復元してもらってそれも聞いたのさ………僕にはそのノートの焦げた表紙だけで《緑谷君の気持ち》が痛いほどに伝わってくるよ…中身を直接見ずともね…」

 

 コレが………私があの日…彼にかける《言葉》を間違えた結果…

 

 緑谷少年………君は私を恨んでいたのかい…怒っていたのかい…憎んでいたのかい…

 

 君と話した時間は…ほんの数分だった…でもそのたった数分だけで…

 

 

《君が私をどれだけ尊敬してくれていたのか》…

 

《無個性として辛い人生を送ってきたのか》…

 

《どんなヒーローを目指しているのか》…

 

 

 その全てが私に伝わった…

 

 君が私に《希望》を求めていたことも…

 

 私も無個性だったから君の気持ちはわかっていた…

 

 

 

 

 

…わかっていた…筈なのに…

 

 

 

 

 

 私は君に…《絶望》を与えてしまったんだね…

 

 

 

 血まみれになった君を見たあの時に…私は…昔のことを…《お師匠の最後》を思い出したんだ…

 

 手を伸ばせば…《お師匠を救えたかもしれない》というあの時の気持ちが鮮明に甦った…

 

 もうあんなことは二度と繰り返さない!…そう心に決めてヒーローになったんだ…

 

 

 

 しかし…私は結局…何も変われてはいなかった…

 

 

 

 多くの人々の平和な日々を守ってきた…

 

 助けを求める声を聞き…

 

 手を伸ばせば届く《命》を救える限り救ってきた…

 

 人々が安心して暮らせるように…

 

 当たり前の日常を過ごせるようにと…

 

 

 

 でも…手を伸ばせば届いた君を…助けを求めていた君を…私は2度も見捨てた……救えなかった……

 

 リカバリーガールの言う通り、あんなところに座り込んでいた暇があったならリカバリーガールを君の元へ連れて行くくらい出来た…なのに…私はそれをせずに…ただ地面を見つめていただけ…

 

 もし君の搬送された病院にリカバリーガールがいなかったらと思うと…今でも恐ろしいよ…

 

 

 

 2度ならず3度までも君を助けられなかった………いや…助けようとしなかった…

 

君の《夢》を否定し…

 

君の《心》を壊し…

 

君の《命》を………救おうとしなかった…

 

 

 

 こんなんじゃ…あの世にいる《お師匠》へ合わせる顔がない………

 

 

 

 昨日塚内君と話終えてから…いくら考えても結局は私には後悔しかなかった…

 もし…時が戻ってくれるのなら…私は…あの時の私を《デトロイト・スマッシュ》で殴ってやりたい………なんて馬鹿なこと考える始末だ…

 

「オールマイト…あの子のためを思うなら後継は他を探しな…例え意識がすぐに戻ったとしても、アンタを含めて色々と精神的に追い詰められてきたのと、事故の怪我が重なって何かしらの障害が出るやも知れないんだ。アタシの個性は《身体の傷》は直せても《心の傷》は治せない………あの子はもうアンタの顔なんざ見たくもないだろうからね…不謹慎だけどお見舞いには絶対に行くんじゃないよ…ご家族もアンタが来たら何かと迷惑だろうからね」

 

「以前も話したことだけど、後継者の件ならウチ(雄英高校)でいくらでも探すといいのさ。絶対とは言わないけど、ナイトアイの元へインターンへ行っている2年生ではダメなのかい?彼は来年には《ビック3》確定といっても過言じゃないからね」

 

「あのナイトアイが1人の学生に相当な力を入れ育てている…おそらくナイトアイはその学生に君の後継を…《ワン・フォー・オール》を継がせるに相応しい《後継者》にするために鍛え育てているんだ。トシ、ナイトアイは君に安心して引退をしてもらい…ゆっくりして休んでほしいと願っている筈だ…僕はそう思ってるよ」

 

 リカバリーガール…根津校長…塚内君からの言葉……3人が共通して私に伝えたいのは《緑谷少年にはもう関わるな》という結論だ。

 ナイトアイ本人から直接聞いてはいないが、喧嘩別れした後に彼が1人の雄英生をインターンで育成しているのは知っていた…塚内君の言った通りでナイトアイはその学生に私のあとを継がせようと考えているのだろう…

 仲違いしていても…誰よりも私のことを尊敬してくれて…私を支えてくれたサイドキック。私が安心して次の時代を託せるようにと《後継者》の育成までしてくれている。

 本当に嬉しいことだ…

 

 だが!

 

「私は決めたのです!次なる《平和の象徴》…それは《緑谷出久》少年なのです!!!」

 

 それでも私は意見を曲げない!例え…ナイトアイから見捨てられたとしても…コレだけは変えることは出来ないのだ!

 

「こんなに言ってもわからないのかい!?いったいどれだけ周りに迷惑をかければ気が済むんだい!いいかいオールマイト!アンタは」

 

「もういいさリカバリーガール…僕らの言葉では納得してくれないのさ…」

 

 根津校長!貴方だけは分かってくれたのですね!

 

「と言うわけで!オールマイトの《先生》に説得してもらおうじゃないか!」

 

「……へあっ?……」

 

 根津校長がおっしゃった《先生》…実名やヒーロー名を聞がずとも…私の身体が勝手に反応して震え出した!

 

「ぬえええええぇ!!?そそそそそ、それだけは!!!」ガタガタガタガタガタ

 

「なるほど、そりゃ良い案さね」

 

「最近お会いしていませんが、校長は連絡をとってるんですか?」

 

「うん!先月用事があって電話した時に『こちとら都心より仕事がなくて身体が鈍(なま)っちまってる』とか『ここんところ全力で個性使ってねぇから加減がわからねぇ』とか『《俊典》が何か馬鹿をやらかしたらいつでも連絡をよこしてくれ』って言ってたのさ!」

 

「しししししし、しかし根津校長……《先生》はもうかっかかかかかか、かなりのご高齢ですので…都心まで御足労していただくのは申し訳ないと言いますか……きゅきゅきゅきゅきゅ急に呼び出されても《先生》もごごごご、ご迷惑になるのでは…」ガタガタガタガタガタガタガタガタ

 

「心配いらないさ!明日の《ヒーロー協会》での話し合いが終わった頃合いに君へ連絡をするように頼むからね!コッチへ来てもらう時は迎えの車をこちらで用意して高速道路で来てもらうから問題ないのさ!本人もほぼ暇だって言ってたし!」

 

「いや!そういうことでなくて!ゴバッ!!」ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ

 

 興奮(恐怖)していきなり大声を出してか吐血して言葉がつまってしまった!

 永遠に封印したかった記憶をどんどん思い出してしまい、思い出したくないトラウマが甦ってきた!《ヒーロー名》も《名前》も聞かずとも身体が条件反射で震え出したというのに!昔の記憶を思い出す度に震えが増していき…

 

「(……怖ぇ……!…怖ぇよぉ……!!……足の震えが!!…止まらない!!!)」

 

「じゃ!今日の話し合いはここまでということで解散するよ!塚内君!リカバリーガール!お疲れ様なのさ!」

 

 足が震えて動けない私をそっちのけで会議は終了してしまった!

 

「あの!?ちょっと!?待って!?待って!?待ってくださいーーーーー!!!」

 

 私の叫びも空しく…根津校長とリカバリーガールは会議室から出ていってしまった…残ったのは…未だに足の震えが加速する一方の私と、そんな私に哀れみの視線を向ける塚内君だけとなった…

 

 明日の電話…私は怯えながら過ごさなければならない…最近連絡を全くしてない…

 さっきはああは言ったものの…おそらく《先生》は今も現役だ…身をもって体験した私のトラウマセンサーがそう伝えてくる!

 それに、今日すぐに電話させてこないところをみると…根津校長はなにか企んでいるのだろう…

 

「(あぁ…怖ぇ……!…怖ぇ……!!怖ぇよおおおおおおおーーーーーーー!!!)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●5日前…警察署会議室(ヘドロ事件から2日目)

 

 

シンリンカムイ side

 

「僕が君達に聴きたいことはただ1つさ…君達は…本当に《ヒーロー》なのかい?」

 

 会議室へ入ってきたのは雄英高校の根津校長とイレイザーヘッドだった。2人はスクリーンがある方の椅子へ座り、我々に挨拶をし終えると根津校長から早々にそんな質問を言われた。

 

 さすがの私も疑問をもった…何故いきなりそんなこと聞かれたのかと。それは私だけではなく他のヒーロー達も同じことを思ったようで根津校長に抗議した。しかし…

 

「今日の僕は《ヒーロー》としてだけでなく…《教育者》としてもやって来たのさ…」

 

 根津校長の態度と雰囲気が急変した…表情こそ変わらないが…明らかに我々に対して何やら大きな《怒り》が読み取れた…

 

「質問を変えよう、ヘドロヴィラン事件において君達はそれぞれ何をしていたんだい?1人ずつ答えてくれたまえ、まずは…」

 

 そこから進められていく話は…《ヘドロ事件》で我々が何をしてのかを順々に聞かれ…1人1人順番に答えた。

 

「………なるほど…それが君達があの事件現場にいた上でのヒーロー活動ということか…」

 

「あの…根津校長…そろそろ教えては頂けませんか?我々をここに呼び出した用件を…」

 

 根津校長がさっきから何を言いたいのか理解できず、私は質問をした。

 

「分からないのかい?シンリンカムイ?君達は《ヒーロー》以前に《大人》としてやってはいけないことをやってしまったことを……あの日にあったもう1つの大事件である《男子中学生の飛び降り自殺未遂》についてね…」

 

 どういう意味だ?確かにヘドロ事件が起きたあとに近くで無人ビルから男子中学生が飛び降りたという事件は聞いたが、確かその中学生は《無個性》だったため周りから馬鹿にされ、名前は伏せられてるが《とあるヒーロー》から『無個性はヒーローになれない』などという発言をされたのが自殺の原因であるとしか警察からは聞かされておらず、顔も名前も我々は知らない。

 何故その事件を持ち出したのか私は分からなかった。

 

「分からないなら教えてあげるさ、その子がビルから飛び降りた原因の1つが……《君達》だからなのさ…」

 

『……えっ?……』

 

 会議室にいた根津校長とイレイザーヘッド以外のヒーロー全員が疑問をもった。

 

「根津校長!その子が誰かは知りませんが!言いがかりはやめてください!私は《ヒーロー》として間違ったことはしていないと断言できます!第一に私が何をしたというのですか!?」

 

「そうですよ!それにその子が自殺を図ったのだって《無個性》ってことを理由に虐められたことと、《どっかのヒーロー》に『無個性はヒーローになれない』とか『現実を見ろ』だとか言われたからですよね!結局、その子の心が弱かったってだけじゃないですか!私達はまったく関係ないですよ!!」

 

「無個性ながらもヒーローを目指していたのは素晴らしいですが、たかが《ヒーロー》に夢を否定されたくらいでビルから飛び降りるなど、愚か者がすることです!所詮その子が目指していた《ヒーローの夢》がその程度でしかなかった!仕方ないことでしょう!」

 

 根津校長の言葉に、私と《Mt.レディ》と《デステゴロ》は抗議した!

 

「………《シンリンカムイ》…《Mt.レディ》…《デステゴロ》………今の発言に君達はヒーローとして責任を持てるのかい?一度口から出した言葉は変えることは出来ないし…取り消すことは出来ないよ………君達は忘れてしまっている…ヒーローとはなんなのかを…」

 

 根津校長の心境が理解できなかった…いったい彼は何を言いたいのか?いい加減にハッキリしてほしいものだ!

 

「……《間違ったことはしていない》……《関係ない》……《仕方ない》……か……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…その無個性の少年に『無個性はヒーローになれない』と言った《とあるヒーロー》が……《オールマイト》だったとしても同じことが言えるのかい?」

 

『!!!!!?????』

 

 根津校長から語られた《ヒーローの名》に会議室にいる根津校長とイレイザーヘッド以外の全員が驚愕した!!!

 

「オ、オールマイトが!?」

 

「まさかっ!?そんな!!?」

 

「じゃあ…その子はNo.1ヒーローに…夢を否定された!?」

 

「そうだよ…あぁそれと…今の僕の発言はヒーロー協会から固く《口外禁止》とされてるから…もしこの場にいる誰かが外部へ情報を漏らしたりしたら…そのヒーローと君達全員は《ヒーロー免許の剥奪》になるから…うっかり喋ったりしないようにね…」

 

 突然語られた自殺教唆の発言をしたヒーローの判明だけでなく、それが世間に知られようものなら自分達はヒーローでなくなるという宣告を告げられた!

 

「言うまでもないと思うけど、ヒーロー協会なら《トップヒーローであるオールマイトのミス》と《その辺のプロヒーローのミス》なら、どちらを優先して隠そうとすると思う?そんなの君達なら分かるだろ?」

 

 どっちを隠蔽したいかって…そんなの《オールマイトのミス》に決まってる…もし公になれば今の社会が崩壊する恐れだって考えられるからだ。

 

 いや、そんなことより!私は止めどない罪悪感に襲われた!

 

 誰もが憧れる現No.1ヒーローから『ヒーローになれない』と言われる…夢を否定される…いったいその少年がどれだけ絶望したことか…

 私だってオールマイトや《あの人》に夢を否定されたなら、落ち込むどころではない…

 

「それとシンリンカムイ、君はさっき『その子が誰かは知りません』って言ってたけど…それは間違ってるよ……少なくとも君とデステゴロの2人は面識がある筈さ」

 

「え…?」

 

「お、俺も…?」

 

「そうさ、君達はその《無個性の少年》に会っている。ヘドロ事件が解決したあとに怒鳴りつけて叱っていたことをもう忘れたのかい?」

 

「「ッ!!!!?」」

 

 根津校長から畳み掛けるように告げられた言葉が何を示しているのか…

 

 根津校長が我々に対して向けている《怒りの正体》…

 

 それをようやく理解した…

 

 私とデステゴロ以外のヒーロー達も把握したようだ…

 

 あの事件で私が怒鳴りつけ叱りつけた少年は1人しかいない!

 

 ヘドロヴィラン事件の時に人混みから飛び出してきたあの緑髪の少年を!

 

「ようやく思い出したかい?…そうだよ…無個性故に虐められ…オールマイトから夢を否定され…君達の情けないヒーロー活動に失望させられながらも…イジメっ子の主犯である《爆豪勝己》君を助けようと飛び出した緑髪の少年…《緑谷出久》のことだよ!」

 

 呆れた態度をとりながら根津校長が宣言した少年の名前…《緑谷出久》の名前は私の心へ突き刺さった…

 

「ねぇ君達…ヘドロヴィラン事件の時に何をしてたんだい…?」

 

『っ!!?』ゾッ!

 

 さっきと同じ質問だというのに!今度はただならぬプレッシャーが私達を襲った!

 

 

 

 一般人の避難…?

 

 消火活動…?

 

 個性の相性が悪いから被害者に耐えてもらう…?

 

 自分が助けられないなら誰がに任せればいい…?

 

 

 

 私達はさっき何を言った!!?

 

 あの時、我々がなにもしない中でその少年は………緑谷君は自分を虐めていた同級生を助けようとした!

 

 しかし我々がしたことはなんだ……

 

 緑谷君は《無個性》だったにも関わらず飛び出した……《無謀》と言ったらそれだけだろう……

 緑谷君は《ヒーロー》じゃなかった…だが私達はどうだ!?私達は《ヒーロー》なのに!何かと理由や言い訳をして、苦しんでいた被害者を助けようとしなかった!!……《ヒーロー》なのに……

 あの時……私なんかより緑谷君の方がどれだけ《ヒーロー》であったことかを痛感させられる…

 

 そして…事情を知らなかったとはいえ…私は心が既にボロボロだった緑谷君を叱りつけ追い詰めた!

 

「答えられないのかい…?…《シンリンカムイ》…《Mt.レディ》…《デステゴロ》…」

 

「「「………」」」

 

「さっき自分達が口から出した言葉…忘れてないよねぇ…」

 

「ッ!?…そ、それは…」

 

「わ、私…そんな…つもりは…」

 

「俺は……俺は……」

 

「君達はヒーローとして《間違ったことはしていない》と断言できるんだろ?緑谷君の心が弱かっただけで自分には《関係ない》んだろ?オールマイトに夢を否定されたくらいで自殺を図るのは、愚か者のすることで《仕方ない》ことなんだろ?」

 

 根津校長から追い討ちの発言に…私達は心が締め付けられていった…

 

「君達からすれば緑谷君のことは『知らなかった』で済むだろうけど…

彼はそうはいかない…

君達は《ヒーロー》という存在を侮辱し…

《ヒーローの基礎》すら忘れている………

君達さぁ……舐めてるのかい…《ヒーロー》を?」

 

『!!!!???』ゾワッ!!!

 

 根津校長からの今までにない恐ろしいプレッシャーによって皆(根津校長とイレイザーヘッド以外)が呼吸がしづらくなった!

 

 

 

 根津校長は…緑谷出久君がどんな人生を送ってきたのか…警察が今の段階で調べあげた情報をたんたんと語り始め…私達はそれを黙って聞くことしか出来なかった…

 

 その中で…私が…いや……私達の心に一番響いて痛くなったのは…緑谷君がビルから飛び降りる前に記したとされる《最後のページ以外が黒く塗り潰され表示が焦げたヒーローノート》だった…

 個性がある世界だ……塗りつぶされたページに《誰が塗り潰したのか…》《何が書いてあったのか…》などは簡単に分かる…

 

 イレイザーヘッドが正面のスクリーンを稼働させ、そのノートの表示が大きく写し出された…

 

 ページを塗り潰したのは誰でもない…《緑谷君》本人…

 

 そして復元されてページに書いてあった内容…それは…《私達のこと》だった………そう…そのノートには《ヒーローとしての私達の特徴や個性など》の詳細が記されていた……それだけ私達に憧れていたと言うことだ…

 そのノートの中で…《1面黒く塗り潰されたページ》には事件の当日に書かれたとされる《オールマイトのサイン》が記されていた…

 

 つまり…それが全て黒く塗り潰されているということは…どういうことなのか…

 ここまで聞いて分からない人間はここにはいない…

 

「…彼が《君達へ向けた最後のメッセージ》……飛び降りる前にいったい《どんな気持ち》だったか…理解できたかい?」

 

『………』

 

「幼馴染みや同級生に夢を貶され笑われ…教師には差別され助けてもらえず…《平和の象徴》から夢を否定され…君達のような《助けを求める人を助けない…格好だけのヒーロー》に失望させられた挙げ句に…君達はそんな自分を棚にあげて彼のとった行為を全面的に否認して叱りつける始末………彼にとっては身を切られるより辛く…苦しい思いをしたんだよ…」

 

『………』

 

 私達は…何も答えることが出来ずに項垂れて落ち込んだ…Mt.レディは涙を落としている…

 

「……はぁ…あの事件でも君達がとった行動も相性を考えるなら間違ってはいないよ…でもさ…君達は《プロヒーロー》なんだよ?本当にオールマイトが来るまで爆豪君を助ける術は何1つなかったのかい?今の君達は緑谷君と爆豪君へ『自分は《ヒーロー》だ』って胸を張って言えるのかい?」

 

 知らなかったとはいえ…私はそこまで追い詰められていた緑谷君の行動を全否定して叱りつけてしまった。只でさえイジメにあっていて…その日は昔馴染みのイジメっ子から自殺教唆の発言を言われて心が不安定になっていた…

 

 情けない話だ…あの事件で自分が何も出来ずにいた…大勢の人達が見ていたこともありヒーローとしての今の立場である信用を失いたくなくて…オールマイトがヘドロヴィランを倒してくれた後に私は緑谷君に怒鳴り叱った……

 …その時の私には私情が混じってた…要は緑谷君へ《八つ当たり》を交えて叱りつけたのだ…《ヒーローとしての私の面子》を守りたかったために…

 

 今思えば…大人げないことをした…

 

 彼の人生を聞いていくと…私の心は締め付けられた…

 

 私は…彼が自殺をする《最後の一押し》をしてしまったんだと……

 

 『《炎》系の相手なら、個性が《樹木》の私は何も出来ない』…誰がそんなことを決めた!?

 そんなの私が勝手に決めつけていただけじゃないか!!

 

 私達は取り返しのつかないことをしてしまった…

 緑谷君は搬送先の病院に偶然いたリカバリーガールによって一命をとりとめたが…未だに意識は戻らず眠り続けている…

 

 次々と判明していく事実に…私は頭が追い付かなかった!

 

「…こうして集まって話をしなくては…君達は自分を見直そうとはしないと思って呼んだのさ…最初に聞いた質問をもう一度させてもらうよ…

君達は…本当にヒーローなのかい?」

 

 2度目に言われたその言葉が…大きくのしかかってきた…

 会議室に入る前までのシンリンカムイは…もういない…

 私は…《ヒーロー》ではない…

 

「…俺は…なんてことを…」

 

「…うぅ…」グズッ…

 

 デステゴロとMt.レディも他の奴等も私と同じことを考えたのか…デステゴロのように頭を抱えてうなだれる者もいれば……Mt.レディのように泣いている者もいた…

 

「(なにが《ヒーロー》だ……言い訳をして助けを求める声を蔑(ないがし)ろにし……我々よりもずっとヒーローに必要な志を持っていた少年の行為を全否定し……自分の身の安全が第一の私なんかに…《ヒーロー》である資格なんて…)」

 

「君達がどう思うかは自由だよ…でも僕は今回の件…《ヒーロー》としても《教育者》としても見過ごすことが出来なかったからこそ…君達に集まってもらったのさ…」

 

 根津校長とイレイザーヘッドは席をたち、扉へ向かった。

 

「…今の君達に…《ヒーロー》を名乗る資格はないよ…」

 

 根津校長が扉を開けて出ていく最中…我々に向けて言った言葉……

 

 その言葉はとても重かった…

 

 ヒーローの重圧というものを忘れていた我々に…重く…重く…押し潰すかのように重くのしかかった…

 

 根津校長とイレイザーヘッドが部屋を出ていったが…私も…誰もすぐには帰ろうとしなかった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●同時刻のヒーロー協会…(警察署で根津とヒーロー達による午後の会議終了時…)

 

 

オールマイト side

 

「何故です!?何故謝罪会見で《私と緑谷少年にあったこと》を話してはいけないんですか!!?」

 

 私はヒーロー協会から呼び出しを受けて、ヒーロー協会本部へやって来ていた。

 そして今、私は後日に予定させれいる例の事件の謝罪会見の出席について言い争っていた。

 

「(緑谷少年を自殺に追い込んでしまった私も会見に出るべきだというのに、ヒーロー協会は私の出席を禁じた!納得がいかず、私はここへ来た!長い説得の末に、なんとか謝罪会見に出席させてもらい《ヘドロヴィラン事件の発端》について語ることは許してもらえたが、もう1つ…私が緑谷少年に言ってしまった《失言(自殺教唆)》については語ることを断固禁じられてしまっているのだ!)」

 

「オールマイト、君が自殺を図った少年に対して何をしたのかは塚内君から聞いた。それは承知しているよ」

 

「なら私が世間に真実の全てを語ることは当然ではないですか!?」

 

「それは絶対に許可できない」

 

「何故です!?」

 

 私は目の前にいる協会の人達が口にする言葉を理解できなかった!私が彼に……緑谷少年にかける言葉を間違えてしまった……彼の人生を滅茶苦茶にしてしまったんだ!!…私には償わなければならない罪と責任があるんだ!!!

 

「オールマイト…それは君1人の意見だ…君がヒーローとして誠心誠意を現したいと思う気持ちは分かる…」

 

「ならば!?」

 

「だがねぇオールマイト…それで君は少しでも《罪の意識》から解放されるかもしれんが……君がその真実を話してしまった《あとのこと》を考えているのか?」

 

「あとのこと?」

 

「そうだ…現No.1ヒーローである君が子供の夢を…ましてや《無個性の子供の夢》を否定したなどという事実が世間に知られようものなら、君とヒーロー達の《信頼の欠落》だけでない……同時に《ヴィランの活性化》に繋がってしまう恐れがあるのだよ」

 

「なっ!?…そ…それは…私が責任をもって《ヴィランの活性》を抑えます!」

 

「はぁ…あのねぇオールマイト…《ランキングが下のヒーローが非を認めること》と《No.1ヒーローが非を認めること》ではまるで違うんだ。君は今や日本だけでなく世界中の人々から期待されている、そんな君の失態を1つでも世間に漏らすことがどれだけの人々を不安にさせると思ってるんだ。この日本でヴィランによる犯罪発生率が低いのは君という精神的な支柱があるからだ」

 

「では!私はその少年に《謝罪》もなにもするなと言うのですか!!?」

 

「いい加減にしろオールマイト!!君が後先考えずにベラベラと真実を話したところでなんの解決にもなりはしない!世間は君をただ《無個性の差別者》としかとらえないんだぞ!!そうなれば《平和の象徴》も《No.1ヒーロー》も関係ない!!君は……いやヒーロー全体の信用が失われるんだぞ!!!」

 

「そうなるとしても私は!!!」

 

 私はその後も自分の意見をヒーロー協会へぶつけた!

 

 だが…どんなに説得してもヒーロー協会は首を縦にはふってくれることはなかった…

 

 結局…私は根負けし《緑谷少年との会話》だけは話すことを禁じられた…当然許可なく外部へ話すことも禁止された…

 

「オールマイト、今日は帰ってこれからのことを考えていてくれ。私達は記者会見のための準備があるのでな」

 

 部屋を出る際に役員からそう言われ…私はヒーロー協会を出た…

 

「どうして…分かってくれないんだ…私は許されないことを言ってしまったのに…」

 

 

 

[デンワガキター!デンワガキター!デンワガキター!]

 

 

 

 ヒーロー協会から出た途端に、タイミング良くスマホが鳴った!

 

 忘れてた………ヒーロー協会との長い会議で完全に頭から抜けていた………昨日根津校長が言っていたこと………《先生》からの電話!!!

 

「お…おおおおおおおおお落ち!落ち!落ち着つつつつつつつけ!!オールマイトよ!!これは私が受けるべき制裁なのだ!!!」ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ

 

 足を震わせながらも急いで人目につかない近くの路地裏へと移動し…スマホをポケットから取り出そうとするが…

 

「おっおおおおおおおお大人しくしてくれ私の腕ぇえええ!!ち…畜生!ポッポポポポポポポポケットに手が入らねぇ!!?畜生!!!」ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ

 

[デンワガキター!デンワガキター!デンワガキター!]

 

 足だけでなく手まで震えすぎるせいで、ポケットからスマホを取り出すだけでも一苦労だった!おまけに自分の声をモチーフにした着信が余計に焦らせた!

 

「大丈夫だ…大丈夫…《先生》ならきっと…私の心境を理解してくれ……………る…」ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ…ガタガタガタ……ガタガタ………ガタ…

 

 苦戦しながらもスマホを見た私は一瞬思考がとんだ…スマホの画面に記されたのは《名前》を見て…私の震えは少しずつ止まっていった…

 

 何故なら…その着信相手の名が…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《サー・ナイトアイ》

 

 

 

 もう何年も会ってなければ…連絡もとっていない…私のサイドキックであり…デイヴに匹敵する程の相棒である《ナイトアイ》からの電話だった…

 

 何故今になって……そんな考えが頭をよぎったが…ずっと鳴り続ける着信音に…これ以上待たせるわけにはいかないと思い…私は電話に出た…

 

「あ…えっと…も…もしもし…」

 

『お久しぶりです、オールマイト』

 

 久しぶりに聞く懐かしい声…

 

 5年前まで近くで聞くのが当たり前だった声だ…

 

 だが…彼が昔話をしたくて電話を掛けてきた訳ではないようだ…

 

 電話から聞こえてきた第一声だけで分かる…

 

 ナイトアイの機嫌が悪いことに…

 

「ナイトアイ…本当に…久しぶりだねぇ…」

 

『えぇ…あの日からもう5年近く経っていますからね…』

 

「…その…ナイトアイ…こんな聞き方は失礼だと思うが…何故私に連絡してきたんだい?あの日から1度だって連絡してもらってないんだが………まさか…」

 

『そのまさかです。アナタの《先生》から私の元へ連絡があり、話合いの末に私がアナタを説得することになりました…』

 

「(先生……ナイトアイに何を言ったのですか…)…話を聞いているなら分かるだろナイトアイ…私は…例の《無個性》の少年に《ワン・フォー・オール》を受け継がせようと思っているんだ」

 

『…アナタは……アナタは!自分が何を言っているのか!!本当に理解しているのか!?』

 

「…ゴッホ……あぁ…十分理解しているよ」

 

『分かっていない!オールマイト!アナタがやろうとしていることは!ただの自己満足だ!』

 

 《自己満足》か…いつかは言われる言葉だと思ってたが……まさかナイトアイに言われるとはな…

 

「私は…彼の…緑谷少年の夢を壊した挙げ句に…自殺に追いやる《最後の一押し》をしてしまったんだ………もし…彼の意識が戻ってくれるのならば…私は残りの生涯の全てを彼の育成に」

 

『それがその少年に対するアナタの《贖罪(しょくざい)》のつもりなのか!?《罪滅ぼし》のつもりなのか!?《詫び》のつもりなのか!?自分を死に追い詰めた人間からの《個性》も《指導》もいる訳ないだろ!それが《現No.1ヒーロー》だろうと!!』

 

「ナイトアイ…私は彼にかける言葉を間違えてしまったんだ…。私は《ヒーロー》以前に《大人》だ…自分の口から出した言葉には責任を持たなくてはいけない…」

 

『アナタがその少年に言ったことは間違ってなどいない!その少年のことを思い、アナタなりに出した最善の答えだ!』

 

「でも…未来ある子供の《夢》を…《未来》を奪ったのは…誰でもない…この私なんだ…」

 

『アナタがその少年に対して謝罪の気持ちがあるというのなら!それはアナタが《No.1ヒーロー》として!《あの人》同様に《伝説》のまま安心して引退できるように、新たなる《平和の象徴》を見つけだすことだ!アナタの《意思》と《個性》を受け継ぐに相応しい逸材は他にもいる!』

 

「…私は…彼の中に《真のヒーローに必要なもの》を見たんだ…だから私は彼を…」

 

『『無個性はヒーローになれない』などと言っておきながら、手の平を返すように『君はヒーローになれる』と言って《ワン・フォー・オール》を受け継がせるなんて考えは間違ってる!!あの時、私が言ってたことを忘れたのか!アナタの身体は…もう…』

 

「……忘れてなどいないさ…」

 

『なら尚更!その少年ではなく!他の後継者を探して見つけるべきだ!その子にまた辛い思いをさせるつもりか!その少年がアナタの背負っている《重み》を受け止められるとは思えない!アナタを必要としている人は星の数ほどいる!オールマイト!アナタの利に叶う後継者は必ずいる!!!』

 

 冷静沈着のナイトアイがここまで熱くなるなんて…喧嘩別れしたあの日以来だろうか…

 

「緑谷少年は!未来に必要なヒーローなんだ!この先、どれだけ恐ろしいヴィランが現れたとしても《彼》ならば乗り越えて!多くの人々の未来を守ってくれる!…分かってくれ…ナイトアイ…」

 

『……………分からない…』

 

「ナイトアイ?」

 

『…分かりたくない!!!』

 

(ツーツーツーツーツーツー)

 

「…ナイト…アイ…」

 

 本当に久しぶりだというのに…結局また喧嘩してしまった…

 5年前と同じだ……緑谷少年の《心の叫び》だけじゃない……ナイトアイの《優しさ》を私は蔑(ないがし)ろにした…

 ナイトアイから言われた《最後の警告》を振り切ってまで、ヒーローを続けているというのに…私は彼と別れたあの時から本当に何も変われていないんだな…

 

 

 

 そんな気持ちになりながらも…私は根津校長が待つ警察署へと足を運んだ。

 警察署に着き、会って早々に根津校長は私がヒーロー協会にて何があったのかを全て見抜いていた!

 

「(そんなに私は分かりやすい人間なんだろうか?)」

 

 …と内心ではまったく自覚がない私だが、そんなことよりも根津校長が今日警察署で教育委員会とヒーロー協会を交えて決めたという《折寺中の教師達と生徒達への厳罰内容》を聞いた…

 

 最初に言われた《折寺中の教師達》が受ける厳罰が余りにも軽い内容で納得がいかなかった…(そんな私の考えも根津校長に見抜かれた…)

 

 そして《折寺中の3年生達》が受ける厳罰は…

 

「話し合いの結果、彼らに対しての罰は《緑谷出久君が幼少の頃から参加していたという奉仕活動を条件付きで1ヶ月間参加してもらうこと》さ」

 

 根津校長から告げられた《爆豪少年達3年生》が受ける厳罰の内容を聞いた私は、まず緑谷少年が幼い頃から地域貢献を当たり前のようにしていたことに感動した…だが同時にそんな緑谷少年をイジメ続けてきた《爆豪少年達》に下された厳罰がさっきの《教師達》よりも物凄く軽すぎることに私はまったく理解出来なかった!

 根津校長は彼らに《自分達の罪の重さと過ち》を理解させるためにと、説明してくれていたが…それでも私は『いくらなんでも、それは罰として甘すぎるんじゃないですか』と抗議しそうになった……が…きっと根津校長には深い考えがあるのだと思い口には出さなかった。

 その読み通り、根津校長から語られた《彼らへの甘過ぎる罰の真意》を聞かされて、この罰は決して《軽い罰》ではなく…彼らが一生背負っていかなければならない《物凄く重い罰》であることを理解させられた。

 

「いいかいオールマイト、この罰の《真意》は《今の彼ら》よりも《未来の彼ら》に対しての重い罰なのさ。さっきも言ったけど《自分達の罪の重さと過ち》…それを彼らに身体と心で体験してもらうには《奉仕活動》はうってつけなのさ、それこそ緑谷出久君が参加していたとなれば尚更ね。緑谷君の人柄を知る者達からすれば、爆豪君達は《完全な悪》だからねぇ。最初の日こそ気づかず理解しない生徒もいるだろうね…例の爆豪君みたいにさ。でもそんな彼だって…今まで当たり前だった《日常》や《待遇》が大きく変われば分かる筈だよ…もう《自分の世界》は元に戻らないってことを……彼だけじゃなく他の生徒達も…《自分達が思い描いていた未来》にはもう到達することは決して出来ないのさ…。今まで《無個性の緑谷君》にしていたことが自分達へ《大き過ぎる枷》となって返ってくるんだからね…」

 

 根津校長が説明してしてくれた《奉仕活動の真意》……全貌を聞き終えた私は…今度は逆に《重過ぎる罰》なのでないかと先程までとは180度違う考えになっていた……そんな単純で馬鹿な自分が嫌になる…

 《当然の報い》…そう思えばコレは彼らにとっては最適な罰なのだと理解した。

 

 

 余談だが《先生》はこちらへは来なくなったらしい…本来なら安堵することなのだが……あんなに怖がっていた私が…今は《先生》とゆっくり昔話をしたいと思っていた…

 

 

 その後は根津校長へ私も《奉仕活動》へ参加したいと説得するが直ぐに打ち負かされた……だがそれでも粘り続けて…なんとか私も(条件付きで)奉仕活動へ参加させてもらえるようになった。

 

 

 

 警察署から出た私は例の無人ビルへ足を運んでいた…屋上へ登り…あの日(2日前)…緑谷少年が見ていた景色を眺めながら……彼が味わった《苦しみ》と《恐怖》を思い浮かべ…私は私自身を責めた…

 

「緑谷少年…君はここで…いったい何を思っていたんだい?」

 

 私はこれから起こる現実を受け止めていかなければならない…このヒーロー社会は大きく変わってしまうかもしれない…そんな《恐怖》を感じながら…私は屋上からの景色を眺めていた…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●4日前~1日前(ヘドロ事件から3日目~6日目)

 

 

None side

 

 前日の警察署とヒーロー協会にて、それぞれ精神的に参り…自分達の立場を深く見直したヒーロー達(オールマイトやシンリンカムイ達)は後日の夕方に、生放送で《ヘドロ事件関係者のヒーロー5名による謝罪会見》の会場へ来ていた。

 

 言うまでもないがオールマイトが謝罪会見に出席することで多くのマスコミとメディアが集まり、日本だけでなく世界的に報道される謝罪会見になっていた。

 オールマイト、シンリンカムイ、デステゴロ、Mt.レディ、バックドラフトの5名から語られたのは《ヘドロヴィラン事件の詳細》だけじゃない…《事件の発端》《ヒーロー達の対応》《現場での活動と発言》…その全てを彼らは嘘偽りなく答えた…勿論《爆豪勝己》と《緑谷出久》の名前は伏せてだ…

 そして…そのいずれもが結果的に何を示すのか………それは《ヒーローの不甲斐無さ》と《ヒーローとしての自覚の無さ》だった…

 

 後日…当然のことながら彼ら(オールマイト含めたヘドロヴィラン事件のヒーロー達)は世間から大きくバッシングを受けた…

 オマケに同日同時刻に行われた《折寺中の教師達の謝罪会見》を含めて、《爆豪勝己が大怪我をして病院に運ばれる》という速報もあって世間もネットも騒ぎになった。

 更に、未だに犯人は特定させていないが《エンデヴァーの家庭事情》をこの最悪のタイミングでネットに拡散した者がいたことによって《エンデヴァー》だけでなく《家庭を持つヒーロー全員》に被害が出始め、オールマイトが恐れていた《ヒーロー社会の変化》が起ころうとしていた。

 だというのに、更に事態を悪化させるかように後日に立て続けで、今度は《ビルから飛び降り自殺を図った折寺中の無個性の生徒が、とあるヒーローから『無個性はヒーローにはなれない』などという自殺教唆を言われていた事実》と《爆豪勝己を含めた個性を持つ折寺中3年生達の個人情報》までもがネットに拡散されたことで、世間のあちこちで大騒ぎやパニックが起きてしまった…

 

 事態の鎮圧のためヒーロー協会だけでなく警察までも大々的に動くことになった…

 要はヒーローだけでは人手が足りなくなったため警察に協力を求めたのだ。

 ヒーローの活躍によって今では《ヴィランの受け取り係》などと言われている警察だが、今回の事態へ大きく貢献したこともあり世間は《警察》の見方を改めていた。

 だが逆に…《ヒーロー》達は世間から冷たい風に晒されて立場が危うくなり、オールマイト達の謝罪会見から僅か2日で何十人ものヒーロー達が同時に引退してしまった……その中には今年デビューしたばかりの新人ヒーローもいたという…

 

 そんな辛い現実をオールマイトやシンリンカムイ達は全て受け止めながら日々を過ごしていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●今日(ヘドロ事件から1週間後…)

 

 

 根津に無理を言って奉仕活動へ参加させてもらっていたオールマイト。《本当の姿(トゥルーフォーム)でのみの参加》と《正体を知られてはいけないこと》を条件に時間があるときだけの参加を許してもらっていた。

 そんなオールマイトは今日の奉仕活動後に、自分のミスによって今や世間に悪い意味で名が広まった《爆豪勝己》と公園で先程まで話していた…当然ながら自分がオールマイトであることを隠して…

 

 しかし…話の途中で爆豪が走り去ってしまった…

 

 公園に1人残されたオールマイトは…爆豪から聞き出した《緑谷出久と爆豪勝己の過去》を知ってショックを受けていた…

 

 今やネットの至るところに書かれている爆豪の異常とまで言える《自分主義者のイカれた行動の数々》と《10年間に及(およ)ぶ無個性(出久)に対するイジメ》………

 そのほとんどが《出任せ》ではなく…ほぼ《事実》であったことにも衝撃を受けていた…

 張本人から聞いたのだから余計にショックが大きかった…

 

 

 

『来世は個性が宿ると信じて屋上からワンチャンダイブしろ!』

 

 明らかな無個性差別…

 

 明らかな殺意…

 

 明らかな自殺教唆…

 

 

 

 まだ学生だから……

 

 まだ子供だから……

 

 強力な個性を持っているから……

 

 雄英に入れる優秀な人材だから……

 

 そんなことなどで済まされることでは断じてない!

 

 

 

 爆豪勝己本人から真実を聞いたオールマイトは、爆豪が今も受けている《辛さ》や《苦しみ》は『当然の報いだ!』と思っている…

 

「(緑谷少年……君はあの日……爆豪少年に学校でそんな酷いことを言われた上で…私から夢を否定されたんだね……)」

 

 オールマイトはベンチに座りながら両手を組み額につけながら項垂れていた…

 1週間前の出久の立場を思いながら…

 

「(なのに君は!君の心はもうズタボロだったというのに!それでも爆豪少年を助けようとあの時飛び出した!………本当に素晴らしいよ緑谷少年!!!君はあの場にいたヒーロー達よりも……いや!こんな私よりも《真のヒーロー》だった!あの時の君の《ヒーローになりたいという思い》は…世界広しと言えど誰も上回ることはなかった筈だ!!!)」

 

 出久があの時のとった行動は無謀だったかもしれない…命を粗末にする行動だったかもしれない…

 だが少なくともオールマイトだけは…出久を大きく評価し尊敬していた………でも…

 

「(それなのに………私は………私は君の………夢を踏みにじった………心を傷つけた………助けを求める君の手を払い除けてしまった!)」

 

 オールマイトは深く後悔した…人々の笑顔を守るためにヒーローになったというのに………1週間前に初めて会ったあの時に、すぐ傍で助けを求めていた出久を助けようとしなかった…結果的に出久は自分ではもう手の届かない遠くへと行ってしまった……どんなに悔やんでも悔やみきれない…

 

「(もし…時が戻ってくれるのなら……私は……あんな失言を君に言った《あの時の私》を…《ユナイテッド・ステイツ・オブ・スマッシュ》で殺してやりたいよ!!!)」

 

 オールマイトは己自身をこの世から消しても構わないという程までに自分を追い込んでいた……

 

 しかし、どんなに願っても過去を変えることはできない………

 

 自分が師匠を救えなかったように…

 

「(頼む…緑谷少年…目を覚ましてくれ…起きてくれ………今更謝るなんて遅いのは分かってる…………君にとって私はもう迷惑な存在でしかないだろう………)」

 

 オールマイトは出久へどんな謝罪をすればいいのかをずっと悩みに悩んでいた…

 自分の秘密を知る者達へ『どうすればいいのか』を聞いてみれば、自分の意見は真っ向から全否定され、その末に皆に《出久には2度と関わるな》と言われてしまう………

 彼らがどうして自分の意見を否定するのかはオールマイトだって内心分かっていた…《本当に出久へ謝罪をしたいのなら、これ以上出久を苦しませることをするな》と言っていることに…

 そんなことは《百も承知》だった…その上でオールマイトは自分なりの答えを出した!

 

「(だから!せめてもの《償い》をさせてくれ緑谷少年!君が目を覚ましてくれたなら、面と向かって誠心誠意で君に謝罪する!許してもらわなくたっていい!恨んでくれたって構わない!だがその上で私からの《お願い》を聞いてくれ!私の残りの人生の全てをかけて、君を《ヒーロー》にさせてくれ!!!私のような《偽物》じゃない…君という《真のヒーロー》を私に育てさせてくれ!!!)」

 

 これがオールマイトが導きだした答えである…

 

 

 

 そして…

 

「(緑谷少年!私がお師匠より授かったこの個性《ワン・フォー・オール》を受け取ってくれ!新たなる《平和の象徴》は…君なんだ!!!……それしか…もう私に出来ることはないんだ………君が目覚めてくれるまで私は何年でも何十年で待つよ!ナイトアイが言っていた《私の運命》なんて乗り越えて生き続けてみせる!!!)」

 

 オールマイトの考えは変わらなかった…長きにわたり受け継がれてきた《ワン・フォー・オール》…それを受け継がせるに相応しい人材が出久であることに…

 

 

 

 

 

『アンタ…自分が何を言っているのか分かってんのかい!?またその子を追い詰めるって言うのかい!』

 

 

『後継者の件なら雄英高校(ウチ)でいくらでも探すといいのさ!』

 

 

『トシ…ナイトアイは君に安心して引退をしてもらい…ゆっくりして休んでほしいと願っている筈だ…僕はそう思っているよ』

 

 

『アナタがその少年に対して謝罪の気持ちがあるというのなら!それはアナタが《No.1ヒーロー》として!《あの人》同様に《伝説》のまま安心して引退できるように、新たなる《平和の象徴》を見つけて育てることだ!アナタの《意思》と《個性》を受け継ぐに相応しい逸材は他にもいる!』

 

 

『俊典…お前……アイツを………奈菜を裏切るのか…』

 

 

 

 

 

 自分を支えてくれた人達からの言葉がオールマイトの心へ突き刺さる…でも…それでも…

 

「私は……私は…絶対に諦めない…緑谷少年……君が望まなくても…私は君に…《ワン・フォー・オール》を…《平和の象徴》を受け継いでほしい……君は私が認めた…私の人生における最初で最後の後継者であり、未来に必要とされる《ヒーロー》なんだ!!!」

 

 辺りが暗くなり…誰もいない公園でオールマイトはそう宣言した…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし…オールマイトが何を言おうと…その声は出久には届かない…

 

 今の出久に…届いている声は…




 本当は8月中にここまで書き上げたかったのですが無理でした…

 ともあれ、一番大変だった《爆豪勝己の1週間》と《ヒーロー達の1週間》の所謂、今作の《前置き》が大方書けたので、今後はスムーズに書けるようにしたいですね。

 ここ数話は【うえきの法則】とあんまり関連なしに進んでますが、次の話では【うえきの法則】要素が含まれておりますので、次の投稿をお待ちください。


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社会の変化とネットの法則

 なんとか11月ギリギリに完成しましたので投稿します。

 この話では、前半はほぼ文章になっておりますが、後半はヒロアカ世界風のネットの書き込みが書いてあります。


None side

 

 

 ヒーローの引退…

 

 それは今の時代では別に珍しいことじゃない…

 

 

《ヴィランとの戦闘で重傷を負い、治療を受けるも復帰できずに無念の引退した者》…

 

《結婚や子供の誕生などを機に、引退して家庭を支える者》…

 

 

 プロヒーローが、ヒーローの立場から身を引く理由は様々であり《名のあるヒーローの引退》となればテレビや雑誌などで取り上げられ世間に知らされる。

 

 

 実際に過去最も一大スキャンダルとなり、世間を震撼させた《ヒーローの引退》は、今から25年前…オールマイトの前のNo.1ヒーロー…《先代のNo.1ヒーロー引退宣言》だった。

 当然ながら世間は大騒ぎした、なにせこの時の《先代No.1ヒーロー》の年齢は29歳、ヒーロー高校を卒業してまだ11年程しか経っておらず、まだまだこれからだという時に彼は引退を宣言した。

 世間が知っている《先代No.1》が引退した理由は、彼の母校である《士傑高校》の当時の校長が高齢のため来年には退職することになり、その際に校長は《士傑高校》を歴代最高成績で卒業した《先代No.1》を後任にしたいと提案をしたのだ。

 当の本人である《先代No.1》はというと、最初こそは校長になることには全(まった)く乗り気ではない様子だったが、最終的には引き受けた。

 

 その1年後、つまり24年前に《先代No.1ヒーロー》は正式にヒーローを引退し、当時ヒーローランキング2位のオールマイトに《1位の座》を譲った。

 だがヒーロー協会は《先代No.1》の功績を高く評価していたため、引退はしたが《先代No.1》は肩書きはまだ《ヒーロー》として登録していた。

 

 一時(いっとき)、世間は《先代No.1》がヒーローではなくなったことに不安を抱いていたが、そんな不安を消し飛ばすかのようにオールマイトは活躍し、人々を安心させる《平和の象徴》となった。

 

 

 

 

 

 なぜ今そんな昔話をするのかというと、それは今現在起きている事態が《先代No.1の引退》に匹敵する程に世間が騒いでいるからだ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●ヘドロ事件から2週間後…

 

 2週間…それだけの時間が経てば大抵の人は新しいニュースやスキャンダルなどに目がいき、その事件は一時的に頭から離れることだろう…

 

 しかし…あの事件の傷はとても深く…騒ぎはむしろ悪化する一方だった…

 

 忘れようがない…何せ全ての始まりである《ヘドロヴィラン事件》を起こした元凶が…誰でもない…あの《現No.1ヒーロー・オールマイト》なのだから…忘れたくても忘れることなどできない…

 更にその事件を皮切りに発覚していく《ヒーロー社会の闇》と《個性社会における無個性の差別》が公にされ…未だに静まる様子はなかった…

 

 

 

 

 

 2週間前に起きた数々の事件と問題…

 

《ヘドロヴィラン事件》…

 

《無個性の男子中学生の自殺未遂》…

 

《折寺中学校内での無個性生徒のイジメと差別問題についての謝罪会見》…

 

《ヘドロヴィラン事件の現場にいたヒーロー達の愚行についての謝罪会見》…

 

《爆豪勝己が奉仕活動の実施期間中に個性を使って喧嘩をし、重傷を負って病院に搬送》…

 

《エンデヴァーの家庭事情の闇》…

 

《エンデヴァーの個性婚の判明によって、家庭をもつヒーロー達にまで疑いの目が拡散》…

 

《自殺を図った無個性生徒が、とあるヒーローに夢を全否定される発言をされた真実》…

 

《自殺に追い込んだイジメの主犯である爆豪勝己を含め個性をもつ折寺中3年生達の個人情報の暴露》…

 

 

 これだけの事件を世間の人々は全て把握している…それは《オールマイト》が関わったと言うだけの理由で、未だにあの事件の熱は冷めないのだ…

 

 その被害を特に受けているのは大雑把に言うと、この騒動の元凶である3名…

 

①オールマイト…

 

②エンデヴァー…

 

③爆豪勝己…

 

 とはいえ殆んどは《自業自得》であり《因果応報》だが…

 そんな3人がこの2週間をどう過ごしたかというと…

 

 

 

 

 

① まず《オールマイト》は、ヒーロー活動をしながらも…毎日《自責の念》に駆られ…笑顔がひきつっている状態だった…

 

 《No.1ヒーローのミス》…それはオールマイト本人が思っていたほど軽いものでは断じてなかった…

 

『ヘドロヴィランをペットボトルに閉じ込めたあと、空を移動中にうっかりポケットからヘドロヴィラン入りペットボトルを落としてしまった』

 

 これが世間に知られた《オールマイトのミス》である…

 

 『うっかり』などという言葉で済ませていい失態ではない、それが発端でヴィラン事件にまでなったのだから、多くの人々から『信頼を裏切られた』とオールマイトに失望する声があがった…

 

 しかもその事件を通して、あの現場にいたプロヒーロー達が《ヒーローとしてやる気がないこと……自覚がないこと……責務を果たしていないこと》が明るみに出され、多くの子供達を愕然とさせた…

 それによりヘドロヴィラン事件に関わったオールマイト以外のヒーロー達は、連日のように酷いバッシングを受け続けて精神的に追いやられていた。

 《ヒーローの引退》を考える者もいたが…彼らはヒーローを辞めたくても辞めることができない程に追い詰められた立場となっていた…

 

 

 

 なぜって?

 

 ヒーローを辞めたとして…その後の仕事があるとは限らないからだ…

 

 

 

 それはMt.レディを見れば一目瞭然、彼女は《ヒーローの仕事》以外に《テレビCMや雑誌のモデル》等の副業の仕事もしていたが、今回の事件をキッカケに副業として引き受けていた全ての仕事がキャンセルと契約破棄をされ、今は《ヒーロー》以外の仕事がない状況なのだ…

 

 他のヒーロー(シンリンカムイ、デステゴロ、バックドラフト等)達も似たようなもので、プロヒーローといえば《ヴィランの退治》の他に《パトロール》や《警備》などの依頼もあるのだが……彼らはあの事件以降は《パトロール》や《警備》、《副業》の仕事はパッタリと途絶えてしまった…

 

 つまり彼らはヒーローを辞めたら9割以上の確率で《無職》になるということだ…

 それ程までに彼らはこの社会から見離されている…

 

 特にMt.レディは絶対にヒーローを辞められない理由がある…

 その理由は至ってシンプル、デビューして間もないにも関わらず、彼女がヒーロー活動において壊してきた物(建物や車など)の損害額が多額過ぎて、その支払いがまったく終わってないのだ…

 ヒーローであるため、損害額の大半はヒーロー協会が保証してくれているものの、それで彼女がその損害費を払わなくていい訳じゃない…

 もしMt.レディがプロヒーローを辞めたなら、ヒーロー協会からの保証はなくなり、彼女は損害費を自腹で払うことはなる…

 当然…彼女にそんな大金を払うことなんて出来ない…なので彼女はどんなに辛くてもプロヒーローを続けなければならないのだ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

② 次に個性婚で騒がれた《エンデヴァー》はというと…世間からのバッシングは今や当たり前として、自分の事務所に勤めていた社員の7割近くが去ってしまっていた。

 高層ビルのようなエンデヴァー事務所は人でいっぱいだったというのに…2週間で無人の階がいくつもできてしまうほどに人が減っていた…

 

 更にエンデヴァーは現役ヒーローの半分ほどからも激しいバッシングを受けている。

 エンデヴァーの個性婚判明をキッカケに、他にもエンデヴァー同様に《個性婚をしたプロヒーロー》がいるんじゃないかと、マスコミやメディアがあの手この手で調べあげた…

 その結果…本当に《個性婚思考のプロヒーロー》達がいたことで、マスコミやメディア達の勢いがエスカレートしていった…

 

 《個性婚》などではない《純粋に愛し合って家庭を築いたヒーロー達》《将来を誓い、結婚を控えたヒーロー達》にまでマスコミやメディア達が押し寄せて、その家族達は精神的に追い詰められただけでなく、それが原因で婚約が《破談》にされたプロヒーローまで存在した。

 被害を受けたプロヒーロー達は、原因であるエンデヴァーに対しての《抗議の電話》をかけ続けている。

 

 エンデヴァー事務所は社員が減ってしまった状況で《苦情電話》の対応が間に合わず、事務所は毎日無数の電話の音が鳴り響いている…

 更に直接エンデヴァー事務所に赴(おもむ)き、怒鳴りこもうとするプロヒーローまで現れ、残ったエンデヴァー事務所の社員とサイドキック達は毎日その対応に追われていた…

 

 

 

 そんな社員とサイドキック達の苦労を知らずに…当の《エンデヴァー》は何をしているかというと…

 

 10日以上も事務所には戻っていなかった…

 

 厳罰により自宅にもおらず、妻が入院している精神病院にも、子供達がいる学校(長女が勤める小学校、次男が通う大学、末っ子が通う中学校)にも近づいてはいない…

 

 

 

 《エンデヴァー》は今…日本各地を飛び回って《小物ヴィラン》を倒しまくっていた…

 

 

 

 プロヒーローがヴィラン退治をするのは当たり前のことなのだが…

 自分が立ち上げた事務所が混乱してるというのに…当の設立者は事務所に不在中…

 本来ならば元凶である当人がマスコミも、怒鳴り込むプロヒーロー達も対応すれば、少しは騒ぎは収まるというのに…エンデヴァーはそれを社員とサイドキック達に丸投げして全国を飛び回っているのだ…

 

 

 

 なぜそんなことしているのかって?

 

 今年のヒーロービルボードチャートJP下半期で、ランキングトップ10以内に入るためだ。

 

 

 

 今年のヒーロービルボードチャートJP上半期にて、エンデヴァーは《2位》から《最下位》へとランキングを落とされることが確定している…

 

 エンデヴァーは今年の下半期でランキングを上げるために日本中を飛び回り、ヒーロー活動をしていた…

 

 2週間前までなら《No.2ヒーロー》が協力してくれるのはプロヒーロー達にとっては嬉しい限りだっただろう…

 

 しかし…今は《あの騒ぎ》が原因で、実力はともかく《自分の事務所のイメージ》を考慮すれば、どのプロヒーローも好き好んでエンデヴァーと共闘しようと考える者はいない…

 

 だが…軒(のき)並み若いヒーローが引退しているこの状況は、小さなヒーロー事務所にとっては痛手でしかないのだ…

 

 とんだ皮肉というもので、小さなヒーロー事務所はどこも人材不足……《背に腹は変えられない》状況なのは事実であるため、各地のプロヒーロー達はエンデヴァーの申し出を受け入れて、共にヒーロー活動をしている。

 腐っても《No.2に上り詰めた男》…10日近くで既に何十人ものヴィランを討伐していた。

 

 

 

 なぜそこまでして…エンデヴァーは順位をあげたいのか…

 

 

 

 それは…自分の息子である《2つの個性をもった末っ子》の個性特訓に1日でも早く戻りたいからである…

 

 本来なら今頃は…来年の《雄英》入学に向けて、自宅にて《末っ子》の個性特訓をしている筈なのだが、厳罰により自宅へ帰ることも家族と接することも出来ないため、エンデヴァーがすることは1日でも早く《トップ10以内》に戻り厳罰を解除すること…

 

 そのためにエンデヴァーは各地を飛び回ってはヴィラン退治をしている最中なのだ…

 

 

 

 事務所に残された社員やサイドキック達だけでなく、自分の家族(身内)達の苦労も知らずに…

 

 

 

 エンデヴァーの一件で良くも悪くも一番に影響を受けたのは…その家族(身内)だ…

 

 父親であるエンデヴァーの秘密が世間に晒されたことで身内の4人(妻、長女、次男、末っ子)の待遇はかなり変わった。

 とはいえ、その待遇は彼らからすれば想定していたよりも酷いものではなかった。

 なぜかというと、轟家の《不遇》《嫌がらせ》等の殆どは、父親の《エンデヴァー》のみに向けられたからだ。

 マスコミやメディアに騒がれることはあったものの、近所や職場や学校では《物珍しそうに見たり》《後ろ指を指したり》《陰口を言う》等はあるが、一番に向けられていたのは《同情の視線》だった…

 

 《トップヒーローの家族》と聞けば一般人からすれば羨ましいことだろう……だが今回は事情が事情であるため、世間から《何かしらの嫌がらせ(無言電話など)》は本人達が思っていたよりずっと少なかった。

 

 

 

 

 

 エンデヴァーの《奥さん》はテレビの報道の通り、本人の意思とは関係なくお金の力で無理矢理結婚させられて4人の子供を産んだ…

 半(なか)ば強引だったとはいえ…一時期は幸せな家庭であっただろう…

 だが…末っ子の誕生…《2つの個性を持って生まれてきた父親の理想とした子供》の誕生によって…その幸せは終わりを告げた…

 

 エンデヴァーによって人生を振り回され…目的の子供が産まれると…エンデヴァーは父親としての責務を全て放棄し…家庭を省みずに末っ子へ暴力という名の個性特訓を始めた…自分の子供が痛め付けられていて黙ってる母親はいない。

 しかし…止めに入ろうものなら自分も容赦なく夫に痛め付けられ…最後はボロ雑巾のように捨てられてしまった…

 その末に…現在は精神病院での入院生活の日々を送っている…

 

 彼女が《夫のこれまでの過ちが暴露されたニュース》を始めて知った時も、顔色1つ変えることなく…窓から見る外の景色を見ながら静かに涙を流しただけだった…

 

 その涙が何を意味するのかは…本人しか知らない…

 

 

 

 

 

 そしてエンデヴァーの子供達の反応はそれぞれバラバラだった…

 

 現在は小学校の教師として勤める《長女》は、今回の件でクビになるということはなく、同じ教師達からは《同情の声》をかけられたり、生徒や保護者達からも《心配の声》が上がっていたりと、職場での対応は問題ない様子だった。

 しかし…長女の心は《曇》っていた。

 厳罰もあり父親であるエンデヴァーは自宅へ戻らないが…

 ずっと同じ屋根の下に住んでいたのだ…

 父親が自宅では『どんな人間なのか…』『普段から何をしていたのか…』『自分達のことをどう思っているのか…』…彼女はその全てを知っていた…

 その家庭内事情が何者かによって大半が世間へ公(おおやけ)にされた…

 長女は…例え今回の件が公にされなくても…『いつか家族が全員揃い…《本当の家族》としての日々を送りたい』…そう願っていたのだ…

 だが…もうその《願い》も叶いそうにないと悟ってなのか…

 長女は父親のニュースを知るや否や…深く落ち込んでいる様子だった…

 

 

 

 

 

 大学に通う《次男》は落ち込む長女とは真逆に父親のニュースに対して歓喜し心の底から大喜びしている様子だった。

 次男の心は《晴天》そのものだ。

 当然、マスコミやメディアなどには迷惑したものの、友達や同級生から《同情の声》を寄せられていた。

 普段から次男は《父親であるエンデヴァーへの愚痴》が日課だったためか、次男の友達や同級生達は彼の心境は大体察しているのだ。

 加えて、ヒーロー協会が父親であるエンデヴァーに対して宣告した《2つの厳罰》を知ると、ヒーロー協会へ《感謝の電話》を入れたらしい。

 

 

 

 

 

 そして、現在中学3年生で長年父親のエンデヴァーに苦しめられ痛め付けられてきた《末っ子》はというと、姉や兄と似たようなもので同年代達から《同情の声》を何度もかけられている様子だった。

 そんな末っ子の心は《大雨》のように冷えきっていた。

 正反対の反応をする長女と次男とは違い…末っ子は母親と同じ表情をしていた…

 父親のエンデヴァーによる身勝手で5歳の頃から《生きながらの地獄》を味わい…今回の件で父親から解放されたというのに、末っ子はまったく喜ぶそぶりがない…

 それどころか、父親が家におらずとも何故か1人でまだ《個性特訓》を続けている…

 《2つの個性をもって産まれてきた末っ子》の心境と行動は、共に暮らしている長女と次男にも未だに分からないそうだ…

 

 

 

 

 

 そんな家族の現状も知らずに、エンデヴァーは今日も他県でヒーロー活動をしている…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

③ そして最後の1人……今やその名は《オールマイト》並に広まってしまった3人目の元凶…世間からは『ヴィランの卵』『人を傷つけることしか能のない爆発物』『自殺教唆ヴィラン』『人の心を無くした無個性差別者』などという数々の汚名を付けられている《爆豪勝己》は…毎日《最悪の日々》を送っていた…

 爆豪勝己の今の現状を全て上げたらきりがないためザックリ纏めると…

 

・誰1人として《味方》がおらず…

 

・心安らぐ《居場所》はどこにもない…

 

・外へ出れば何処へ行っても《冷たい目線》で見られ…

 

・そして…安眠すらも出来ない状態になっているらしい…

 

 

 

 だが不幸になったのは爆豪勝己だけではなく…彼が原因で《折寺中学校》は大きな被害を受けていた…

 

 折寺中学校は記者会見後、生徒数が著しく激減…たった2週間で全校生徒の半数がいなくなってしまった!!

 3年生は今回の件が原因で転校したくても転校が出来ない…というより親と世間がそれを絶対に許さない…

 いなくなった生徒というのは折寺中の《2年生》と《1年生》達だ…

 

 折寺中を出ていった2年生は4割近くおり、別の中学校へ転校してしまった!

 だが…転校した中学校では《折寺中の生徒》であることを理由に奇異な目で見られ孤立状態となっている…

 

 そして1年生は、なんと8割近い生徒が転校し折寺中から去っていた!

 1年生は転校した中学校で、2年生のような孤立状態にはなっておらず、改めて中学校生活をスタートしていた。

 とはいえ折寺中に入学したばかりだというのに、今回の事件を知った生徒の親達が即刻転校の手続きを折寺中学校に申し出に赴(おもむ)いてきたのだ。

 

 これにより折寺中は生徒数が激減…今では使われなくなった教室は物置へと変わった…

 もし来年と再来年に新入生が入ってこなければ…数年後《廃校》にする可能性が出始めている状況だ…

 

 

 

 さらに、これはもう《折寺中学校内部》だけの問題にとどまらず、なんとその被害は《折寺中の卒業生達》と、爆豪勝己が通っていた《小学校》と《幼稚園》にまで広まっていた!!

 

 《折寺中の卒業生達》は、現在《高校や大学に通っている学生達》や《社会人やヒーローになった大人達》にまで影響が出ており、周囲からの対応が一変して精神的にも社会的にも追い込まれつつあった…

 しかも爆豪勝己が通っていた《小学校》と《幼稚園》も《折寺中学校》と同様に今回の件が原因で生徒と園児の数が激減してしまい、当時の爆豪勝己を担当した担任達も炙(あぶ)り出されてマスコミやメディアの被害を受けている始末だった…

 

 

 

 これにより被害を受けた大勢の人達の《怒り》《憎しみ》《恨み》という負の感情の矛先は、自殺を図った《緑谷出久》ではなく、全てが《爆豪勝己》に向けられた。

 日に日に爆豪宅へ送られてくる《手紙の山》、鳴り止むことのない《電話の音》、自宅の壁には《スプレーによる落書き》や《嫌がらせの張り紙》などが当たり前になった…

 おまけに爆豪勝己のスマホには《非通知や知らない番号の着信》《LINE》《メール》がひっきりなしに送られてくる。何度アドレスを変えても直ぐに突き止められ終わることなく、結局本人はスマホの電源を入れられず使えなくなっていた…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これが元凶である3人と、3人(オールマイト、エンデヴァー、爆豪勝己)に関係する者達の現状である…

 

 特にオールマイトは…この2週間で《ヒーロー社会の変化》をイヤというほど味わっていた…

 連日の朝から夜まで報道されるニュースは毎回ロクなものじゃない…

 オールマイト自身が考えていた《ヒーロー社会のバランスの崩壊》は本人の予想を遥かに越えていたのだ…

 

 ヒーロー協会もオールマイトも頭を抱えているのは…日々増え続ける《若手ヒーロー達の引退》…

 

 2週間が経過した時点で、既に100人を超える日本のヒーロー達が引退してしまっていた!

 

 ヒーローの歴史上でもこんな事態はなく、ヒーロー協会にとっては由々(ゆゆ)しき事態だった!

 

 更に《ヒーロー引退》に比例して《ヴィラン達》が活性化、どの県のプロヒーロー達もヴィランの対処でヒーローの人手不足が起きるのは自明の理…

 今まで《平和の象徴》の存在によってヴィランが抑制されていたのが嘘のように、あちこちでヴィラン達が悪さを働いていた!

 

 

 

 だがこれはまだ序の口だった…《ヒーロー社会のバランス》が不安定になっている一番の問題は他にある…

 

 

 

 それは…この《個性社会》に《無個性として生まれてきた者達》が《個性をもって産まれてきたヒーロー達》への非難と暴動、そして抗議活動を始めたのだ!!!

 

 ことの原因は言うまでもない…『2週間前に自殺を図った無個性の折寺中学生が、個性を持つ同級生達には虐められ…教師達には差別され…ヒーロー達には晒し者にされ…名前が伏せられたヒーローには夢を否定された』…これが起爆剤となり起き始めたことなのだ!

 

 《無個性の自殺》…今の時代ではそれも珍しいことではないだろう…社会に対応できなかった無個性達が生きることに絶望して死を選んでしまう…

 

 今までは気に止めるまでもなく受け流されてきたが……今回は違った!

 

 その事件と同じ日に起きたヘドロヴィラン事件の現場にいたヒーロー達の《不甲斐無さ》と《ヒーローとしての自覚の無さ》なども世間に晒されたことで、積もりに積もっていた《無個性達の不満》が、只でさえ最悪なこの状況で爆発してしまったのだ!!!

 

 『いつかは起こるかもしれない…』…そう分かっていた筈なのに…個性を持って産まれてきた者達は誰も真剣に対策しようとはしていなかった…

 

 個性で成り立つ社会において、今まで否定や差別で苦しめられてきた《無個性達の報復》が始まってしまった……

 

 

『ヒーロー協会が認めたプロヒーロー達は本当に《ヒーロー》なのか?』

 

『これからプロヒーローになるという学生(子供)達は、本当にヒーローになる資格があるのか?』

 

 

…などの意見がヒーロー協会へ突きつけられた…

 

 しかも、それを言ったのは《無個性の一般市民》だけではなく…《無個性の権力者》が言った言葉である…

 《無個性の権力者》の中には《ヒーロー協会》よりも上の立場の人間もいる…そんな人までが動いてしまったことで、ヒーロー協会は数々の事態の鎮圧に頭を悩ませられていた…

 

 

 

 だが全てが悪い方向に進んだわけではなく…今回の件を通して、エンデヴァー同様に《個性婚》が判明し《家族を虐待していたヒーロー》や《子供に夢を押し付け過剰な個性特訓をさせていたヒーロー》が特定され、そのヒーロー達は《ヒーロー免許剥奪》されることになっただけでなく、身内との接触を禁止され、今まで苦しめられてきた家族達は解放された…

 しかし、これは全体で見れば一部のことであり大半のヒーロー家族は幸せな日々を脅かされたこと…壊されたことで大迷惑していた。

 更に《若手ヒーローの引退》も重なったことでヒーローの人手が足りず、エンデヴァーと同様に個性婚をしたヒーローの免許剥奪は一時見送ることとなった…

 

 ついでに言うと、今回の件(エンデヴァーの家庭事情)で、良くも悪くも《ヒーロー家庭》にマスコミやメディアが押し寄せたせいで、心身共に追い込まれた家族もいた。

 その際に事態の鎮圧に積極的に取り組んでくれた《警察》に対しての憧れをもった子供達に『《ヒーロー》じゃなくて《警察》になりたい』という子供が出始めたらしい…

 

 強いヒーローにさせるために育てた子供が『《ヒーロー》ではなく《警察》になりたい』というのだから…《個性婚思考の親ヒーロー》からすれば笑い話にもならない…

 

 

 

 

 

 これだけの騒ぎが各地で起き…『もうこれ以上は勘弁してくれ…』というのが、ヒーロー協会の本音だった…

 

 だというのに…実はもう1つ問題が起きていた…

 

 まだ大々的には公(おおやけ)にしていないが…《あるヴィラン》による元ヒーロー達の被害が増え続けているのだ…

 

 最初こそ…今回の事態に乗っかって活動を始めた《小物ヴィラン》だとばかり思ってたが…

 

 

 

 それは大きな勘違いだった…

 

 

 

 そのヴィランが噂され…活動を始めたのは今から1週間前……《ヒーローを引退して就活していた元プロヒーロー》が近道をしようと裏路地に入ったところを何者かに切りつけられ…重傷の姿でパトロールをしていたプロヒーローに発見された…

 

 事件を聞いたヒーロー協会は、最初はただの《通り魔事件》だと思い込んでいた…

 

 しかしそれは間違いだった…なんとそのヴィランによっての被害者は、この1週間で既に20人以上にも及んでしまったのだ!!

 しかも襲われた面子は《最近ヒーローを引退した若手のプロヒーロー達》だった!

 

 唯一の幸いは、これだけの重傷者がいる中で死人が1人もいないことだった。いずれも急所は外されて命に関わるまでの大怪我を負った者がいなかった…

 

 そのヴィランについては《とあるヒーロー》が追いかけてるようで、ヒーロー協会と警察はそのヴィランに襲われた際に犯人の声を聞いたという2名の元プロヒーローから話を聞いた。

 

 重傷を負いながらも意識を保ち…そのヴィランが立ち去り際に言った言葉は…

 

 

『ヒーローとしての責務から逃げ出した者よ…その痛みは…お前がこの先救わなかった罪無き人々が受ける痛みだと思え…』

 

『貴様のような口先だけの腰抜けヒーローなど…殺す価値もない…生きて自分の罪と向き合うがいい…』

 

 

…との言葉だったらしい…

 

 ヴィランでありながら…その言葉から連想させられるのは《プロヒーローがヒーローとしての責任と自覚をもっていないことへの怒り》が感じ取れた…

 

 しかし、どんな信念があるにしろ…これだけの事件を短期間で起こすヴィランをヒーロー協会は放っておくわけにはいかず、プロヒーロー達に対処させるためにそのヴィランについての特徴を襲われた元プロヒーロー達の証言から纏めだした…

 

 《赤い布で目元を覆い…赤いマフラーを首に巻く…日本刀のような武器を使うヴィラン》だと…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●とあるネットのチャット…

 

 

{自殺を図った無個性の少年(名前は不明)をイジめていた主犯発覚!

折寺中学校3年《爆豪勝己》!

誕生日《4月20日》!

好きな食べ物は《辛い物》!

個性は《爆破》!手に貯めたニトロの汗を爆発させる個性!}

 

{おいおい、プライバシーは何処にいったよwww}

 

{あの~俺…爆豪ってどんな奴が今一知らないんだけど…マジな話でどんな奴なんだ?}

 

{成績優秀でスポーツ万能、他人への気遣いは一切なしの俺様主義者、欲張りでワガママで自信過剰、乱暴で無鉄砲で喧嘩っ早い、札付きのワルらしい…}

 

{文武両道以外!良いとこ何1つねぇじゃん!!}

 

{他にあるとしたら個性が強力なことじゃね?}

 

{それで他人に危害を加えてるなら《ヴィラン》だろ…}

 

{2週間前にオールマイトが解決した事件で泥のヴィランに捕まってた泣きべそかいてた奴だよな}

 

{そうそう、オールマイトが来るまでその場にいたプロヒーロー達が助けなかった被害者でもあるよな、動画でも流れてたし}

 

{うおおおお!エロいぜ!!Mt.レディ!!!}

 

{ぬお!?いきなりのMt.レディのファンが乱入!!…まだいたんだなぁ…俺も俺の友達も……もうMt.レディのファンじゃないし…}

 

{そりゃヘドロヴィラン事件や記者会見もそうだけど、巨大化したMt.レディに車とか家とかを壊された人達の不満が今回の件で爆発しちまったからなぁ…証拠映像の動画なんざはネットの至るところにあるし…}

 

{俺…Mt.レディのファンだったけど…今回の事件をネットやら動画で『私は二車線じゃないと通れな~い』とか言って何もせず棒立ちしてたのを見て幻滅しちまったよ…新人ってのもあるかもだけどさぁ…}

 

{Mt.レディだけじゃねぇだろ?あの現場にいたシンリンカムイやデステゴロやバックドラフトとかも『相性が悪い!』だとか『俺では掴めん!』だとか『今回は譲ってやる!』だとか情けねぇこと言って何もしなかったそうじゃん…}

 

{そんなんでよくヒーローなんて勤まるよなぁ}

 

{というかあの事件に関わったプロヒーローのファンなんてほぼ残ってねぇだろ…オールマイト以外}

 

{やっぱ頼れるのはオールマイトだよなぁ!自分のミスを包み隠すことなく暴露にする器の広さ!普通は自分の失敗を知られたくなくて隠すってのに、やっぱ《No.1》は違うぜ!}

 

{って!話が爆豪勝己から完全に逸(そ)れちまってるよ!}

 

{あっ!いけね!}

 

{話は戻るけど、爆豪勝己って普段からその《爆破》の個性を当たり前のように使って喧嘩やらイジメやらをしてたそうじゃん}

 

{ホントにロクでもない育て方をされてきたんだコイツ?}

 

{きっと《優しさ》って感情を、母親の腹の中に置いてきたんだよ}

 

{だろうな!間違いなく!}

 

{母親が厳しい性格って情報はあるみたいだけど、それは爆豪が幼少の頃から他の子よりも優秀だったせいで、本人はすぐ調子に乗って他人を見下す傾向もあったらしいな}

 

{自分が一番じゃないと気が済まない上に、負けず嫌いな性格かよ……ガキの頃からとんだクソガキだな爆豪って}

 

{放っておいたらコイツ、第2のエンデヴァーになるんじゃね?}

 

{人の痛みが分からない奴は小学校…いや幼稚園からやり直してこい!}

 

{いやいや!それ小学校と幼稚園に大迷惑だからwww}

 

{その爆破野郎だけど、1週間くらい前に母親とその病院に行ったらしいぞ?}

 

{それってぇと、数日前に喧嘩吹っ掛けて返り討ちにあった時の怪我の診断じゃねぇの?}

 

{いやリカバリーガールが個性で完治させたっていう情報があったからそれは違うんじゃね?}

 

{あっそっか、じゃあ何しに行ったんだ?}

 

{聞いて驚け…その日にその病院にいた知り合いの話だと…爆豪勝己は自分が自殺に追い込んだ《無個性の同級生》のお見舞いに来てたらしい…}

 

{ハア?お見舞い?}

 

{ちょっと待った…流石にそりゃ嘘だろう…}

 

{疑うのは分かるが…事実だ…とはいえ警備をしていたシンリンカムイとデステゴロによって追い返されたみたいだけどな}

 

{ケロ…改心して被害者とその家族に謝りに来たのかしら?}

 

{《改心》?そんなクズ爆弾野郎に《改心》なんて言葉があるとは思えないねぇ…}

 

{でも仮にそうなら、事件から1週間経ってから来るなんて…ソイツ正気なのか?}

 

{今更謝ったところで被害者は目を覚ますわけないのにな…}

 

{遺族も迷惑以外のなにものでもないだろうよ…}

 

{その自殺を図った中学生だけど、なんか奇跡的に助かったんだっけ?}

 

{そうそう、その子が搬送された時にリカバリーガールがいたみたいでさ、急いで来てくれて処置してくれたんだってさ}

 

{それってもしリカバリーガールが居なかったら助からなかったってことじゃん!}

 

{その自殺を図った子が亡くなってたら…爆豪勝己は本物の人殺しになってたな}

 

{つかもはや敵(ヴィラン)じゃね?}

 

{その当人の爆豪はまだ《雄英》を受験しようとしてるって噂だぜ?}

 

{マジか!?冗談だろ!}

 

{つか何でそんなこと知ってるんだよ…}

 

{知ってるも何も地元じゃ有名だぜ、学校の帰り道とかでその被害者の子かは分からないけど、数人で囲みながら同じ学校の生徒の胸ぐらを掴んでデカイ声で『俺は将来《オールマイト》を越えるヒーローになるんだよ!!』とか『没個性のテメェが調子に乗ってんのか!ゴラァ!!』とか『俺は折寺中唯一の《雄英合格者》になることが決まってんだ!俺の経歴に泥を塗るような真似をするんじゃねぇ!』ってのをよく見かけたって情報があるんだ}

 

{なんだよそれ!マジで頭のネジが何十本もイカれてんじゃねぇのソイツ?}

 

{その台詞から察するに、おそらく被害者の子も《雄英》を受けようとしてたみたいだな}

 

{あぁ確かに……ん?てことは《雄英》に入るために1人でもライバルを減らそうとして!その子をイジメてたってことか!!}

 

{うわぁ…最低じゃん…爆豪って…}

 

{俺の知り合いも《雄英》に受験するって言ってたんだけど…これは考え直すように説得して…同じ難関ヒーロー高校の《士傑》を受けるように進めた方がいいかなぁ…}

 

{乱暴者のくせに秀才で、個性は《爆破》だから戦闘には強力で合格する可能性は高いってことだよな}

 

{マジかよ!?オイラも《雄英》を受けようと思ってたのに、そんな野蛮な奴が受けんなら別のヒーロー高校にすっかなぁ…}

 

{ケロケロ…私も《雄英》に入るためにコツコツ頑張って来たのに…来年もし合格できたとして…そんな危ない人が同級生になるかもしれないのなら…とても怖いわ…}

 

{悪いことは言わねぇ中学生達…《雄英》じゃなくても有名なヒーロー高校は《士傑》とかがあるし、そっちを受けた方がいいんじゃねぇか?}

 

{そうよ《雄英》に合格できたとして、もしそんな《イカれた爆発物》と同じクラスになっちゃったら、命がいくつあっても足りないわよ?}

 

{ヒーローは危険と隣り合わせの仕事だけど……ヒーローになるための学舎で《ヴィラン手前の危険人物》と一緒に授業を受けるなんて無理な話だ…}

 

{忌まわしき悪の火種……次の年に我もこの身に宿る闇の力と共に是非《雄英》という名の大きな試練に立ち向かい…《ヒーロー》への道を進みたかったというのに……そのような邪悪な者が《雄英》の門を潜(くぐ)ろうとしているとは…}

 

{なんか…中二病っぽい奴がいるなぁ…いや言葉から察するに中三か…《雄英》を受けたい受験生達に対して大迷惑な奴だな…爆豪勝己は…}

 

{オイオイ!揃いも揃ってなんで爆豪って奴が合格する前提で話が進んでるんだよ!?そんな心配いらないだろ!爆豪って奴は未成年だからテレビのニュースに名前は乗らないけど、ネットではこんだけ騒がれてんだぜ!いくら成績が良かろうが、個性が強かろうが、《雄英》がそんな問題児なんか受け入れる訳ないじゃん!}

 

{そうか……そうだよな!それなら安心だ!}

 

{天下の《雄英》だもの、そんな問題児…ましてや《無個性》って理由と《受験のライバルを減らすため》だけでイジメをした上に自殺へ追い込むような子供なんて、雄英に入ることすら許されないで試験を受けさせてもらえないわよね}

 

{悪いな中学生達、驚かしちまってよ。安心して《雄英》を受けてくれ!そして合格してくれな!!}

 

{称賛の言葉…感謝する…その期待にこたえられるよう努力をする…}

 

{おっしゃーー!オイラも受験頑張るぜーー!女子レベルの高い《雄英高校》に絶対合格してやるからなーーー!}

 

{ケロケロ…その怖い人でなくても色んな意味で危険な人が別にいそうねぇ…}

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …と…このように一部のネットでは爆豪勝己のバッシングを内容にした書き込みが存在している…

 

 しかし…これはまだ一番優しい書き込みだ…

 

 他のチャットの書き込みには…こんな比ではなく…爆豪勝己への一方的な非難やヘイト…存在の否定…

 

 見るだけで気分が悪くなる書き込みが無数に存在しており、《爆豪勝己》の名前がネットに出るだけで大炎上になっている状態だった…

 

 特に爆豪勝己の個性《爆破》に似た個性を持つ者達からの苦情が一番酷く、心ない書き込みをする人々が今も絶えないらしい…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こんなどうしようもない状況の中…

 

 ヒーロー協会はどういうつもりなのか…

 

 今年は予定よりも1ヶ月早くヒーロービルボードチャートJPの上半期を…

 

 明日に行(おこな)おうとしていた…




 今回(7話)の話には《うえきの法則》要素は入っていませんが、次の話には入っています。


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世間と元No.1の法則

 今回の話には《うえきの法則》要素を沢山入れてみました。


●三重県のとある中学校…

 

 

「ねぇお茶子、アンタ本当に《雄英》を受験するの?」

 

「うん!絶対合格してヒーローになって!父ちゃんと母ちゃんを楽させるんや!」

 

 下校時間となり生徒達が帰り支度をする中、《茶髪のおかっぱ頭の女子生徒》と《眼鏡をオデコにかけた水色髪の女子生徒》が進路について話をしていた。

 

「大丈夫なの?どこのニュースでも《オールマイトの失態》やら《エンデヴァーの家庭問題》で、雄英って相当叩かれてるでしょ?」

 

「心配あらへんよ!父ちゃん達と約束したんや!私は私の夢を叶えるって!そんためにずっと憧れとった雄英に入学して!勉強して!絶対に《ヒーロー》になったるんや!」

 

「真っ直ぐだねぇお茶子は、私の個性はヒーロー向きじゃないからなぁ」

 

「そんなことあらへんよ!不良に絡まれとった同級生を助けた時の あいちゃん!物凄くカッコ良かったやん!」

 

「あ、あの時は必死だったのよ!それに…まさかあの不良が本当に《あのポーズ》をとるなんて思わなかったし!」

 

「ホンマやよね!あいちゃん の個性ってある意味クソ強いのに発動条件が《アレ》って!ブオホッ!!!www」

 

「わ、笑わないでよ!!気にしてんだから!!!もぅ…なんで私の個性の発動条件が《あんな》なのよ~」

 

「ゴwゴメンゴメンwwwプックククククッwww…でも合格したら地元からは離れんといかんし、あいちゃん とも当分会えなくなってまうなぁ…」

 

「そうねぇ…あっ!そういえば私の従兄弟も《雄英》を受けるって言ってたわね」

 

「あれ?あいちゃん って従兄弟がおったん?」

 

「そ、同い年ね」

 

「ふ~ん、その従兄弟の個性は あいちゃん に似とるん?」

 

「まぁ似てるっちゃ似てるかなぁ?でも私よりずっと簡単に個性が発動できちゃってさ、《初見殺し》って言うのはああいうのを言うのね」

 

「ふ~ん、じゃあ《雄英》に受かったら会うかもしれへんね。そのためにはもっと勉強して成績上げへんとなぁ……」

 

「ヒーローになるんでしょ、ヘコたれてんじゃないわよ!勉強で分からないところは教えてあげるから頑張って!」

 

「あいちゃん……うん!絶対に合格したる!」

 

「それに!合格したらお祝いに《ご馳走》を作ってあげるから!」

 

「いやぁ……それは…(美味しいんやけど…見た目がなぁ……毎度毎度思うんやけど あいちゃん の作った料理はなんで動くんよ…)」

 

「どうしたの?」

 

「えっ!?あぁいや!!なっなんでもあらへんよ!!!」

 

「?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●東京都のとある中学校①…

 

 

「足立君、やはり君は《ヒーロー》でなく《陸上選手》を目指すことにしたんだね」

 

「うん、やっぱり僕は走るのが好きだし、オリンピック程の大きな大会はもうないけど…《走りに有効な個性》じゃなければ参加できる陸上大会はあるみたいだしさ。僕はそこで1番速く走れる選手を目指すよ!」

 

「うむ!素晴らしい目標じゃないか!ならば僕もヒーローになるために全力を尽くす!兄さんのような素晴らしいヒーローになってみせるよ!大会に出るときは教えてくれ!必ず応援にいく!」

 

「あはは、ありがとう委員長」

 

 《眼鏡をかけた長身の男子生徒》が《黒いカチューシャを頭に着けた男子生徒》の将来を応援していた。

 

「相変わらず飯田は一々大袈裟に語るよなぁ…」

 

「アレッシオ君!校内でのサングラスと帽子の着用は校則で禁止されてると何度も言っているだろう!」

 

「お前まだ言ってんのか?何百回目だよソレ?先生達だってもう諦めてるんだしお前も認めろよ、人には人のファッションがあるんだ。お前がウチの眼鏡店の常連であるようにな」

 

「ソレとコレとは話が別だ!君の実家の眼鏡店には本当にお世話になっているが!校則は守りたまえ!」

 

「ガハハハハッ!1年の時からずっと変わらねぇなぁ!お前らは!」

 

「ドン君、分かってるなら止めてよ…この2人の言い合い…もうこの学校の日常風景になってるんだからさ…」

 

 《水色のサングラスと毛糸の帽子を着けた男子生徒》に飯田という男子が身だしなみについて注意する風景を《色黒で大柄の男子生徒》が笑いながら見ていた。

 1年生の時から3年生まで同じクラスのこの4人の男子生徒達は、いつもと変わらぬ学校生活を送っていた。

 

「けっ!飯田が《雄英》に受かったらまた《委員長》をやりそうだな、同じクラスになる奴らに同情しちまうよ…」

 

「どういう意味だアレッシオ君!!…まぁ…合格出来たなら、また《委員長》をやってみたいものではあるがな!」

 

「ガハハハハッ!この世に飯田以上に委員長に相応しい奴はいねぇさ!」

 

「む?そ、そうだろうか?だが雄英生となれば、やはり全員が俺以上に真面目な生徒ばかりやもしれん!」

 

「委員長以上に真面目な生徒なんていないんじゃあ…」

 

「ガハハハハハハハハッ!飯田のクラスメイトは退屈しなさそうだなあ!こりゃ!!」

 

「《雄英》を受験すること…それは俺にとって…兄さんに少しでも追い付くための第一歩なんだ!クラスメイトとなる者達と共に切磋琢磨し!兄さんのような素晴らしいヒーローになってみせる!」

 

「それ…フラグってヤツだぞ飯田。来年雄英に入れたとして…もしかしたら俺より手のかかる奴と同じクラスになるかも知れねぇぞ。例えば……そうだな……今や悪名高いあの《爆豪勝己》とか」

 

「おん?爆豪っつーと、あの無個性の同級生を物凄くイジメて死なせかけたっていう馬鹿野郎だろ?」

 

「いやいや…これだけ騒がれてるんだし…例え主席で合格しても摘まみ出されて終わりでしょ…」

 

「そうだとも!第一に雄英がそんな《問題児》を入学させるとは思えない!」

 

「ハッ、だといいな」

 

「騒ぎって言えば、エンデヴァーの件でまだマスコミが集(たか)ってるヒーローの家があるんだよね」

 

「今朝のニュースでも流れてたし、少し前は飯田の家も騒がれたな」

 

「テレビに《マスコミが押し寄せる飯田の家》が映ったときはマジでビビったぜぇ」

 

「あぁそうだな…あの時は皆に本当に心配をかけた…申し訳ない…だが!兄さんと両親と俺が家族一丸となって!マスコミの方々と真剣に向き合い話し合った結果!今ではマスコミの影もない!兄さんの事務所にももう来ていないそうだ!やはり俺にとって兄さんは偉大だ!」

 

「(そりゃお前がそんな馬鹿真面目な性格ならマスコミも《個性婚》なんて疑いやしないだろう…)」

 

 アレッシオという少年は心の中でそう呟いていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●埼玉県のとあるゲームセンター…

 

 

 《金髪のチャラっぽい男子生徒》と《ドレットヘアーのチャラっぽい男子生徒》が、ドラムの音楽ゲームで勝負しており、今決着がついたようだった。

 

「ちくしょーーー!!このBJ様の連勝記録がーーー!!!」

 

「へっへー!どんなもんよ!!」

 

「上鳴!お前!また腕を上げたな!?」

 

「まぁな!中学卒業する前には絶対に淳一に勝ちたかったからよ!」

 

「この野郎!それなら今度は!ダンスゲームで勝負だ!」

 

「おう!望むところだ!」

 

 彼らは残りの中学生生活の日々を十分に謳歌してした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●岩手県のとある中学校…

 

 

「………!」

 

「ん?なんすか甲司?」

 

「………?」

 

「え?《雄英》は志望しないのかって?そうっすねぇ…2週間前のあの事件さえなかったら《士傑》と《雄英》のどっちを第1志望にするかで今も悩んでいたでしょうけど、今は《士傑》を第1志望で《雄英》は受験しないっすかね~」

 

「………」

 

「まぁ《雄英》そのものが悪い訳じゃないのは分かっているんっすけど、流石に雄英卒業生のオールマイトとエンデヴァーがこんだけ騒がれてるようじゃ受験する生徒なんて減るのはしょうがないっすよ、オイラ達の学年で雄英を受験するのは甲司しか残ってないっすからね~」

 

「………」

 

「甲司は昔から《雄英》を受験してヒーローになるって言ってたっすもんね~」

 

「………!」

 

「え?明神なら絶対に《士傑》に合格できるって?どうもっす!」

 

 《常に笑顔を崩さない男子生徒》と、《尖った岩のような頭をした大柄の男子生徒》が話をしていた。

 第三者から見れば、片方が一方的に喋っているようにしか見えないが、ちゃんと意思疏通している様子だ。

 

「………?」

 

「えっ?もう1つの《個性》はどうするのかって?」

 

「………」コクコク

 

「う~ん…父ちゃんも母ちゃんもヒーローじゃねぇっすから、エンデヴァーのドロッドロの家庭事情の騒ぎの時に、オイラは何もなかったっすからねぇ。父ちゃんと母ちゃんの《個性》が混ざってオイラに2つの個性が発現するなんて…思ってもみなかったっすからね~」

 

「………」

 

「変に騒がれないためにオイラの個性は《口笛レーザー》だけになってるっすからね~。未だオイラのもう1つの《個性》の秘密を知ってるのは父ちゃんと母ちゃんと甲司の3人だけっすけど、《士傑》に合格したなら思いきってうちやけようと思ってるっす!」

 

「……………!?……………!!……………!」

 

「え?もう1つの《個性》は隠してたほうがいいんじゃないかって?エンデヴァーとかのヒーロー達への世間の騒ぎと同じくらいにヒーロー社会が驚いて、オイラと家族がマスコミとかに絡まれて大変なことになるって?…そうっすね~…確かに騒がれるのは避けられないっすけど、父ちゃんと母ちゃんも『そろそろ隠すのはやめるか』って言ってたっす!それに《士傑》は《元No.1ヒーロー》が校長のヒーロー高校っすよ!その辺は上手く学校が何とかしてくれっすよ!不安がないっていったら嘘になるっすけど……まあ!なるようになるっすよ!アハハハハハッ!!!」

 

「………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●鳥取県のとあるケーキ屋…

 

 

「はほうふんほふふっはへーひははっはりほひひーほ(砂藤君の作ったケーキはやっぱり美味しいよ)」モグモグ

 

「食うか喋るかどっちかにしろよユンパオ」

 

「ほいひすぎるへーひはひへはんはほ~へんへんへはほはらはひふは(美味しすぎるケーキがいけないんだよ~全然手が止まらないんだ)」モグモグ

 

 ケーキ店のイートインにて買ったケーキをすぐに食べる《丸々と太った少年》に、お店を手伝っている《タラコ唇の大柄の少年》が話しかけていた。

 

「毎回買ってくれるのは嬉しいけど、お前は相変わらず良く食うよなぁ。俺が言える立場じゃねぇけど、マジで糖尿病には用心しろよユンパオ」

 

「はぁ~美味しかった!大丈夫だよ~僕の場合は個性を使えば消費されるから!」

 

「その分、また喰ってたら意味ねぇっての…」

 

 この2人は昔からの知り合いで、砂藤という少年が作った試作ケーキのモニターをユンパオという少年が引き受けるというのが、いつの間にか当たり前の風景になっていた。

 

「そういえば砂藤君《雄英》を受験するんだってね、色々大変だろうけど応援してるよ」

 

「おう、サンキューな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●福岡県のとある銭湯…

 

 

「………」

 

「………」

 

 大柄で鍛え上げられた身体の男子生徒2人が間隔を開けて湯船に浸(つ)かっていた。

 1人は六本腕の異形型の個性をもっているようだ。

 この2人は大柄の外見のため大人に見られがちだが、2人とも来年に高校受験を控えた中学3年生である。

 銭湯でも映画館でも学生手帳を見せるまで中学生だとは信用してもらないという共通の悩みをもっている…

 

「…障子よ…」

 

「なんだ…」

 

「おヌシの進む道は…決まったのでゴザろう?」

 

「あぁ……俺は…《雄英》を受ける!」

 

「今もなお…酷評しかないヒーロー高校でゴザるぞ…」

 

「それでも俺は《雄英》でヒーローになりたいんだ!……お前と共に《勇学園》を受けることも考えてはいたが………すまない…」

 

「何を謝る必要がある?…おヌシが決めた道ならば自分を信じて進めば良いのでゴザる!学舎(まなびや)は違えど《ヒーロー》を目指して進んでいれば、いずれ我々はヒーローとして出逢う時が来る!その時は共に戦おうぞ!《雄英》でのおヌシの活躍を拙者は信じておるぞ!我が親友よ!」

 

「…鬼……ありがとう……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●東京都のとある中学校②…

 

 

「にしても本当に良かったなぁバロウ!母ちゃんの意識が戻って!」

 

「あれから5年近くも経ってたからなぁ、一時はどうなるかと思ったぜ!」

 

「ありがとう2人共、リカバリーガールには本当に感謝しても感謝しきれないよ」

 

 《金髪の猿っぽい顔をした男子生徒》と、《黒髪で肘に特徴のある細身の男子生徒》が、《小柄な男子生徒》の母親の意識が回復したことで喜びあっていた。

 

「それに2人のお陰でもあるんだよ?ヒデヨシ君があの時…僕を焚き付けてくれたお陰で…僕は諦めずに母さんと向き合うことが出来た。瀬呂君が僕の絵に足りないものを…《心を込める》大切さを思い出させてくれたから…僕の絵が…母さんの心に届いたんだ……ヒデヨシ君、瀬呂君、本当にありがとう!」

 

「へへっ、よせやい!ぶっちゃけ照れるじゃねぇか!」

 

「俺達は大したことはしてねぇよ、友達として当然なことをしたまでさ!」

 

「あっそうそう、ネロがバロウの母ちゃんが退院したら《お祝いのパーティー》をやってやるって言ってたぜ!」

 

「パーティー?」

 

「太陽の家で盛大に祝おうって話なんだけどさ、母ちゃんの方は特に後遺症とかはないんだろ?」

 

「うん、リカバリーガールもリハビリが終わったら退院出来るって言ってた」

 

「アイツら(太陽の家の子達)もバロウのこと心配してたんだぜ?母ちゃんが起きてバロウが元気になったのを話したら、また『絵を教えてほしい』とか言ってやがってさ、瀬呂にも教えてほしいって」

 

「俺はバロウほど絵は上手くないぜ」

 

「そんなことはないよ、僕は瀬呂君の絵は好きだよ、君の書く絵は人に幸せをもたらせる絵さ」

 

「名うて(なうて)の画家にそう言ってもらえるとは…俺の腕も捨てたもんじゃねぇな」

 

「そん時は頼むぜ瀬呂!そうだ、話は変わるけどよ、バロウが《士傑》を受けるってのは意外だったぜ、ぶっちゃけ美術系の高校へ進学すると思ってた」

 

「僕も少し前まではそう考えてたよ。でもそれは…母さんの心に届く上手い絵を書けるようになりたかったのが大きな理由なんだ。でもその前に母さんは起きてくれた!そして目を覚ました母さんから言われたんだ『自分の本当の夢を追いかけていいんだよ』って」

 

「バロウの夢って…昔言ってた『皆が笑顔で暮らせる未来を描けるヒーロー』…だろ」

 

「そうだよ…母さんはそれを覚えててくれた。だから…僕はこれから《ヒーロー》を目指すよ!それに《昔のあの事件》の時に母さんや僕を助けてくれたのは…ヒーローを引退した《あの人》だったし、その人が校長の高校へ入ってヒーローを目指そうと思うんだ。瀬呂君は《雄英》を受けるんでしょ?」

 

「なぁ瀬呂、ヒーローになることは応援するけど、マジで《雄英》を受験するのか?ぶっちゃけバロウと同じく《士傑》を受けた方がいいんじゃねぇ?」

 

「2週間前に公(おおやけ)になった《オールマイトのミス》と《エンデヴァーの家庭内暴力》と、あの《爆豪勝己》が雄英を受けるってことで今は悪い噂しかないみたいだからね」

 

「ん~~~でも…ガキの頃からの憧れだからなぁ…どうしても諦められねぇんだよ…」

 

「あの事件の前は俺達3年の半分近くが雄英志望って言ってたのに、ぶっちゃけ今じゃ雄英を受けるのは瀬呂だけだしな」

 

 話し合う3人の男子生徒の内2人が、日本で1位と2位のヒーロー高校を受験することの話題になると、一方のヒーロー高校に対する不安の話になってしまう。

 

「《オールマイト》や《エンデヴァー》もだけど、ぶっちゃけ一番の問題ったら《爆豪勝己》っていう最低野郎だろ?」

 

「そうそう、10年近くは無個性の幼馴染みを個性の《爆破》を使ってイジメて火傷を負わせてたっていうイカレ野郎な!でも驚いたのは、バロウの母ちゃんが入院してる病院に、その《自殺に失敗したイジメられッ子》が運ばれて来たって聞いた時だぜ!」

 

「うん、あの時は僕も驚いたよ、母さんの意識が戻って御見舞いに行った日に救急車でその子が運ばれてきたんだから」

 

「そん時に病院にいたなら、バロウはその被害者のことはなにか知ってるのか?」

 

「ネットの何処にもその《イジメられてた無個性の学生》の名前は載ってないらしいけど、ぶっちゃけまだ意識不明だとか」

 

「それなんだけどヒーローとか警察が警備してて、その病室には安易に近づけないようになってるみたいなんだ。マスコミとかの対処のためにいるんだろうけど…僕が覚えてる限りじゃ後日に《爆豪勝己》が大怪我して数日入院している時しかマスコミは来てなかったよ」

 

「つーことはなにか?マスコミはその《無個性の被害者》には全く興味なしってことかよ」

 

「ぶっちゃけ薄情な奴等だよなぁマスコミってのは、こんだけ騒がれてても無個性の被害者には目を向けねぇなんてさ」

 

「でもある意味…その方が被害者とその家族には良いことなんじゃない?ただでさえその子が目を覚まさない状態で家族も落ち込んでる時にマスコミが絡んできたら迷惑だろうからね」

 

「そりゃそうだけど…ぶっちゃけムカつくだろう!《無個性》ってことを理由に散々酷い人生を送ってきたってのに!そんな状況になっても《無個性差別》を受けてるなんてさ!」

 

「落ち着けよヒデヨシ…」

 

 ヒートアップするヒデヨシという少年を瀬呂という少年が宥(なだ)めた。

 とはいえ、そう思っているのはヒデヨシだけではない…誰もが『その無個性の少年を不憫』だと思っているのだ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●静岡県のとあるバスケットコート…

 

 

 太陽が照りつけるバスケットコートにて、バスケの試合をしている10人(?)がいた。

 

 5対5(?)で試合をしており、一方のチームは《烏(からす)のような頭をした少年》と《同じ顔をした背の高い少年》4人(?)の5名で、もう一方のチームは《目元が隠れるほどにボサボサの黒髪を伸ばした少年》と《両目の下に民族のような赤く太い線をひいた少年》と《人型のロボット》3体(?)の5名という…なんとも異様な2つのチームがバスケをしていた。

 

 しかし彼らのいるバスケットコートに射す太陽に雲がかかると…コートにいた10人が4人になってしまい、急に2対2になった。

 

「あっちゃ~結構デカイ《雲》がかかっちゃったな~。僕の《ロボット》達が消えちゃったよ」

 

「俺の《粘土人形(クレイマン)》もな…一旦休憩しようか」

 

「闇が訪れれば…我の独断場だと言うのに…」

 

「中二病くせぇこと言ってねぇでさっさと休憩すんぞ常闇…」

 

 実は彼ら4人はただバスケをしている訳ではなく、《とあるプロヒーロー》の許可の下で個性を使い、個性特訓を含めたバスケの試合をしているのだ。

 

「黒木とカムイは着々と個性の力を上げてきているな。影から出現した《粘土人形》と《ロボット》も数は勿論、精密な動きが出きるようになってきている…」

 

『俺ノ方ガスゲェダロ!?』

 

 常闇という少年が、黒木とカムイという少年2人の個性に称賛の言葉を述べていると、彼の身体からの《黒い鳥の形をしたモンスター》が出てきて会話に加わった。

 

「《黒影(ダークシャドー)》…さっきまで太陽の光が強すぎで怖いって言ってたくせに…」

 

『ウルセェゾ!カムイ!暗イトコロデコソ!俺ハ強インダヨ!』

 

 カムイという少年に《黒影(ダークシャドー)》という黒いモンスターが言い返すと、すぐに常闇という少年の身体の中へ戻っていった。

 

「俺達の場合は日の光や明るい場所じゃないと《個性》の意味が無いからな」

 

「お前ら3人とも《影》に関する個性なのに、使い所がまったく違うよな…」

 

「何を言うカバラ…闇の中でこそ真の能力(ちから)を発揮する我と、光の中でこそ…その能力を解放する黒木とカムイ、そして大空を舞うお前がいることによって…我らの連携は完璧な物となるのだ!」

 

「そう言うわりにお前は《雄英》を第1志望にしてたじゃねぇか」

 

「なんだ常闇、結局《雄英》を受けることにしたのか?」

 

「この前まであの爆豪勝己が雄英を受験するのを知って、僕達と同じで《勇学園》を第1志望にしてるとばかり思ってた」

 

「…我も一時(いっとき)…幼き頃からの憧れの《雄英》への入学を諦めようとしていた…だが!同じ悩みを抱える者達との会談によってその迷いは消えた!我は必ずや!《雄英》に合格して見せようぞ!」

 

「大袈裟に語ってるけど…それネットの書き込みを見て迷いが消えただけじゃねぇか…」

 

「言ってやるなよカバラ…」

 

「そういうカバラは《スナイプ》に憧れてんだから《雄英》を受けると思ってたよ」

 

「勿論悩んだが…同級生がそんな《危険物》になる可能性がある上に…雄英OBの《No.1》と《No.2》があんだけ騒がれちゃなぁ……俺は常闇みてぇに前向きな考えはしないんだよ…」

 

「ひねくれてるなぁ…あっ!黒木はどうするんだ?バスケット選手になる夢もあったんじゃなかったっけ?」

 

「そうだけど…もうオリンピックはないし、バスケはヒーローをやりながらでも出来るから、俺は本格的にヒーローを目指すよ」

 

 4人はそれぞれの将来について語り合いながら休憩していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●神奈川県のとある中学校…

 

 

「なぁなぁなぁ!ベッキー!一緒に《雄英》受けようぜ!勉強なら教えっからさぁ!」

 

「ウチは峰田程頭良くねぇですから、筆記の時点でアウトです。それにこう言っちゃなんすけど、今《雄英》は卒業生の《オールマイト》と《エンデヴァー》の件で世間から良い印象はないですよ?受験者も大きく減ってるって噂じゃないですか。峰田も将来を考えるなら《雄英》じゃなくて《士傑》を受けた方が良いです。」

 

 下駄箱で靴に履き替え、帰ろうとする《低身長の男子生徒と女子生徒》が話をしていた。

 

「なに言ってんだよ!逆に言えば、受験者数が少ないってことだろ!つまりライバルが少ないってこと!合格の確率が上がるじゃねぇかよ!」

 

「そんな受験者が足りないからって合格させてくれるほど《雄英》は甘くねぇと思うです。腐っても日本で1位、2位を誇るヒーロー高校です。それにあの悪名高い《爆豪勝己》が雄英を受験しようとしてるです、もしそんな《危険物》と同じクラスになっちゃったらどうするんです?」

 

「ベッキー、お前それ本気で言ってんのか?ネットでもその《爆発物》の件で《英雄の受験》に不安のある奴は大勢いるみたいだけど、考えてみろよ!第一に雄英がそんな《爆発物》を合格させる訳ないじゃんか!」

 

「それはまぁ…そうですけど…万が一のこともあると思ってです……」

 

「心配してくれるのはありがてぇけど…やっぱ俺は雄英を受験するぜ!お前だって頑張れば一緒にヒーロー科へ入学できるさ!」

 

「ウチの成績じゃ、勉強教えて貰ったとしてもギリギリ《勇学園》に入れるのが精一杯です」

 

「そうかぁ…お前の個性は強いのになぁ…」

 

「あとヒーローを目指すのと一緒に一流のスーパーモデルになるです!」

 

「それ毎月言ってんじゃん…オーディションで何十回って落とされたのに懲りてねぇな…(つかモデルを目指すための努力を、ヒーローの夢に向けりゃ成績も上がるんじゃね?)」

 

 峰田という《ブドウのような紫色の髪をした男子生徒》は、《同じ目線の同級生》が目指す夢を否定はしないが内心は呆れていた…

 

「まぁ気が変わったら雄英の受験もしてみろよな。もし離れ離れになったとしても!俺達は《チビチビコンビ》は不滅だぜ!」

 

「チビって言うなです!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●神奈川県のとある駅…

 

 

「おい寧人!叔父様が大阪に戻っちまうんだぜ!?泣いたっていいんだぞ!」

 

「泣かないよ、別に会おうと思えば会えるんだからさ」

 

 《赤いアロハシャツを着た顔に傷がある金髪の大男》が、《学ランを着た金髪の男子中学生》と駅の改札口前の広場にて話し込んでいた。

 話し声からするに身内の見送りのようだった。

 

「ヤッハハハハハッ!相変わらず可愛げがねぇな!まぁソレがお前のいいところだ!」

 

「そりゃどうも…」

 

「まぁお前は昔の俺よりも頭は良いんだからよ!お前が雄英を受けるってんなら俺は止めはしない!いっそ入試主席で合格しちまえよ!」

 

「プレッシャーはよしてよ、個性については色々とアドバイスしてくれたから自信はあるけど、学科でトップになるのは困難だよ」

 

「らしくねぇこと言うなぁ、あっそうだ!どこのヒーロー高校に入るにしろ職場体験になったらウチの先輩の事務所に来いよ!俺がヒーローとして世話してやるからさ!」

 

「身内がいるヒーロー事務所なんて恥ずかしくて行ける訳ないって…」

 

「つれねぇなぁ。あと《爆豪》っていう性根の腐った中学生と《雄英》で一緒になったら気を付けるこったな」

 

「大丈夫…万が一そんな奴が入学出来たとして、憂さ晴らしとかで暴れだしても…逆に僕がソイツをズタボロして罵ってあげるさ」

 

「ヤッハハハハハ!やっぱお前は最高の甥だぜ!」

 

「それより、そろそろホームへいった方がいいんじゃない?今日中に大阪に戻らなきゃならないんだろ?」

 

「おっ?もうそんな時間か!遅刻するとファットの奴がウルセェからなぁ。じゃあ行くわ」

 

 アロハシャツを着た男は改札口を通ってプラットホームへ向かっていった。

 

「じゃあな寧人!《雄英》での活躍期待してるぜ!」

 

「だから要らぬプレッシャーかけないでって!頑張るよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●とあるヒーロー高校の食堂…

 

 

 大きな食堂にて、忙しいお昼の時間を乗り切った《2人のコック》が一息ついていた。

 

「はぁ…やはり500人以上の料理の対応は骨が折れる…」

 

「お疲れ様マルコ君、はいコーヒー」

 

「ん?あぁ…ありがとう…ランチラッシュ」

 

「こうして君と料理を作るのも今年が最後になるって考えると…なんだが今から寂しく思うよ」

 

「アナタには本当にお世話になった…弟子入りして学ぶべきことは全て教えてもらった…本当に感謝している」

 

「来年からは正式に士傑高校のコック長になるんだよね、ヘコ垂れてられないよ?君の料理の腕を士傑生が知ったら、皆その美味しさの虜になってもっと忙しくなるだろうから?」

 

「それはそれで料理人としての血が騒ぐ!もっと早く!そして美味しい料理を作れるようにならねばな!」

 

「(今でも十分だと思うけどね、イタリア料理に至っては僕と大差ないんだし。でも…なんで将来の夢が《寿司職人》なんだろうか…この人は…)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●とあるヒーロー高校の訓練場…

 

 

「ブーメランカッター!!×(かける)4!!」

 

「破ぉ!!!」

 

 《白い浴衣を着た左目に火傷跡のある男子生徒》が、《藍色のカンフー服を着た両目の下に傷のある男子生徒》と闘っていた!

 浴衣の少年が投げた4つの鉄製ブーメランの攻撃が当たる瞬間、カンフー服の少年は両拳を前で何度も交差させてブーメランを弾いてしまった!

 弾かれた鉄製ブーメランは地面に落ちると、手ぬぐいに変わった。

 

「また素手で弾かれてしもうた!?つか李崩(リホウ)!!ええかげん《個性》使って戦わんかい!!」

 

「まだまだ、この程度の攻撃避けるまでもないね。それと佐野、前にも言った筈アル!ワタシは《個性》は使わないアル!ワタシには誇り高き父上より長年鍛えられた!この身体があるアルよ!」

 

 訓練場では他にも《緑色のリーゼント髪の男子生徒》《眉毛の太い坊主の男子生徒》《ガリ勉風の眼鏡をかけた男子生徒》《身体中が毛に覆われた男子生徒》《紫色の髪の細い目の男子生徒》《セミロングの女子生徒》など、他の生徒達も個性特訓をしている中、李崩(リホウ)という男子生徒だけは《個性》を使わず肉体のみで闘っていた。

 

「皆さ~ん!すいませ~ん!1度集まってくださ~い!」

 

 訓練場の入口から慌てた様子の人が入ってきて、生徒に呼び掛けていた。

 

「あ”あ”!?んだよ!センコー!?こっちは忙しいんだよぉ!!!」

 

「ディクート!!教師に向かってその口調はなんだ!!あと髪型はやめろと何度も言ってるだろう!!」

 

「あ”あ”ん!?俺の魂にケチつけんじゃねぇよ!!」

 

「士傑生たるもの!身嗜みを整えるのは常識だと言ってるんだ!!」

 

「黙れや!肉だんご野郎!!」

 

「肉倉だ!馬鹿者!クラスメイトの名前も覚えられんのか貴様は!!」

 

「2人共落ち着け、そんなに怒鳴っていては先生が話せんだろ」

 

「ディエゴの言う通りだ、静かにしろ2人共」

 

 リーゼントの生徒と紫髪の生徒の口喧嘩へ、坊主の生徒と毛むくじゃらの生徒が仲裁に入った。

 

「あの~聞いてますか?もう一度言いますけど、来週皆さんのクラスへ海外からの留学生が来るという知らせですよ?色々と手続きが有って遅くなってしまい入学式には出られなかった人達です。しかもその中の2人はそれぞれかなりの大富豪の娘さんみたいで、一方は使用人4名を含めた5人、合計6人で我が校に入学するようですよ。」

 

「例の遅れて入学してくると言っていた生徒達アルか」

 

「俺らのクラスだけ6人分の席が空(あ)いとったのぉ」

 

「え~なになに!ウチのクラスに来るのってお嬢様なの~!セレブの友達が出来るかもとか!チョ~楽しみ~!」

 

「ケミィ君…相変わらず君のその口調の意味は…IQ179の僕の頭脳をもってしても未だ理解できないよ…」

 

「まぁこれで、晴れてクラスメイトが全員揃うんやな!せや!どや皆?その留学生達の歓迎会をウチの温泉旅館で開かんか!?」

 

「歓迎会?」

 

「おぉ佐野殿、それは良い案だな」

 

「親睦を深めるのと、日本の素晴らしさを知ってもらうということか」

 

「なになに!温泉!温泉!いいじゃん!いいじゃん!《美容効果》で更にキレイに!!《美味しい料理》食べ放~題!!ベリベリチョー楽しみ~!!!」

 

「…留学してくるそのお嬢2人が…ケミィみたいな女子でないとええんやけどのぉ…」

 

『全(まった)くだ…』

 

 ケミィというテンションが上がった女子生徒に対して、佐野という少年が呟いた言葉にさっきまで喧嘩していた2人を含めた男子全員と教師が同じ返事をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●とあるヒーロー高校の1年の教室…

 

 

「よ~し皆~!自分の個性特訓の内容は決まったね!私は先に訓練場に行ってるから!《ヒーロースーツ》に着替えておいで~!アッハハハハハハハ!!!」

 

 《緑髪の女性教師》が生徒達にそう言うと教室を出ていった。

 

「ジョーク先生…相変わらずテンション高いなぁ…」

 

「不満はないが…流石に元気過ぎだと俺も思う…」

 

「良いじゃん!入学した時はもっと厳しくて怖い先生が担任になるんじゃないかってヒヤヒヤしたけど、ジョーク先生みたいな明るくて面白い先生が担任で私は最高だよ!」

 

 《目付きが鋭い黒髪の男子生徒》と、《水色のフルフェイスのような顔の男子生徒》が担任のテンションの高さと元気さに根負けしていると、《ツインテールの金髪の女子生徒》が担任を褒め称えていた。

 

「そうだ真堂、さっき先生も言ってたけど今度は無理をし過ぎるなよ。お前の個性はデメリットが大き過ぎるんだからな」

 

「そうよ、ある程度威力を調整しながら特訓しないと、ヒーローになる前に身体をブッ壊したら意味ないんだからね」

 

「分かってるさ、真壁、中瓶」

 

 《水色フルフェイスの男子》と《ツインテールの金髪の女子》が、《黒髪のイケメン男子生徒》に忠告をした。

 

「あれあれ?なんで真堂は個性を使ったら危ないんだ~?」

 

「聞いてなかったのかよウーゴ…真堂の個性は《揺らす》、その揺れの大きさや速度に応じただけの余震が真堂自身にも返ってくるデメリットもある。簡単に言うと個性を使ったら脳みそが揺れて危ねぇってことだ…」

 

「心配ないさ射手次郎☆僕のこの美しい髪がある限り☆なんの不安も心配もいらないさ☆」キラキラ

 

「ニコ…お前は土に潜る系の個性なんだから真堂と連携して戦うのは難しいって言われただろう…あとなんの解決にもなってねぇソレ…」

 

 《喋りの遅い男子生徒》の言葉に対して射手次郎という男子生徒がクラスのリーダーの個性の詳細を説明し、《自分の髪をこれみよがしに自慢する金髪の男子生徒》へ真壁という水色フェイスの男子生徒がツッコミを入れた。

 他のクラスメイト達もどこか落ち着きのない様子だった…無理もない…自分達には関係ないにしろ…2週間前に連鎖して起きた《数々の事件》がキッカケで…《ヒーローになる夢》に不安を持ってしまったからだ…

 そんなクラスメイト達の不安を察知した真堂という黒髪のイケメン生徒は…

 

「皆聞いてくれ…不安はあるだろう…でも時間は無限にある訳じゃない…将来に対して悩む暇があるのなら、限られた時間においてどれだけ効率良く鍛練を積むことが出来るのかが今の僕達の課題だと僕は思う。例えるなら『木を切るのに8時間を与えられたなら…僕は最初の6時間は斧を研ぐのに費やす』ようにね」

 

 真堂という少年は先程までのイケメン顔から一変し、急に腹黒そうに口元を釣り上げた。

 今の自分達が何をすべきなのかを完結に述べたことでクラスメイトを静かにさせた。

 

 一人を除いて…

 

「皆!俺、仮免のための目標と教訓を考えた!名付けて!《ウルトラスーパーエボリューションイ~ズ!皆で!仮免!合格だ!》」

 

『早く訓練場に行くか(行きましょうか)』

 

「無視!!?」

 

 《英語(?)込みの教訓を述べた男子生徒》の言葉を全員が無視して教室を出ていった。

 

 ヒーローの夢に不安はあれど、こういった明るいクラスメイトがいることは、彼らにとってのある意味気を落ち着かせる《救い》になっているのやも知れない…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●海外のとある豪邸…

 

 

「やっと…日本へ帰れるですわ…」

 

 眼鏡をかけた紅色の髪の女子が、両手で掌サイズのマトリョシカを大事そうに持って窓から夜空を見上げていた。

 

「もう…あれから3年以上も経ってしまいましたけど、両親の仕事も終わってやっと日本へ戻れることになりましたわ」

 

 彼女は日本にいる1つ年下の後輩であり…最高の友達のことを思いながら、夜空に向かって呟いていた。

 

「アナタとの…《一緒にヒーローを目指す》という約束…私は忘れていませんですわ。…高校は違うかもしれませんが…一緒にヒーローを目指して頑張りましょうね………百ちゃん…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●東京都のとある道場…

 

 

「なんか…今の《雄英》酷く叩かれてるなぁ…」

 

「俺達が入試を受ける時までには落ち着いてほしいぜ…」

 

 柔道着を着た《金髪で尻尾を生やした少年》と、同じく柔道着を着た《髪を後ろで1本の三つ編みにして纏めた黒髪の少年》が、休憩時間にスマホで来年自分達が受験する《雄英高校》についてのニュースや情報を見ていた。

 

「ここまで不評続きになれば…誰だって《雄英》じゃなくて《士傑》を受けるのが定石だけど…」

 

「俺達は約束したもんな…兄貴と…」

 

「尾白と鱗、ちょっと来てくれないかい?」

 

「「先生!?」」

 

 2人が休憩していると《この道場の師範であり先生である男》が話しかけてきて、2人と共に道場の外へ移動した。

 

「それで、どうしたんですか先生?」

 

「なにか大事な話でも?」

 

「……頃合いだと思ってね……2人にも……私の息子……李崩に教えた《奥義》と《技》を身につけさせようと思う…」

 

「「!!!」」

 

 他にも指導している生徒はいるが、現在この道場で中学3年生はこの2人だけなので、来年の受験に向けて道場の師匠は、2人に追い込みの修行と必殺技を伝授させようとしていた。

 単純に中学3年生だからだと言うわけではなく、長年息子同様…自分という《元ヒーロー》に憧れて追いかけ…鍛練を積み重ねてきた2人だからこそ教えようとしているのだ。

 

「お…俺達にあの《奥義》と《技》を!?」

 

「本当ですか!?」

 

「ああ…2人共入門してから十分な程に強くなった…今の君達なら会得できる!先生として…師匠として…背中を押させてほしい…異論はないかい?」

 

「当然!」

 

「よろしくお願いします!」

 

「うむ…《雄英》は今混乱しているようだが…2人共、決心はついたようだな」

 

「俺達は《雄英》を受験します!兄貴とは違う道で俺達は成長したいんです!」

 

「そしていつか!兄貴と共に《ヒーロー》として活動するのが!俺達の夢なんです!」

 

「うむ…了解した。ただ…この奥義と技を全て会得できたのは李崩しかいない。これから受験までの間に、お前達に私が編み出した全ての奥義と技を伝授させる…覚悟はいいな!尾白 猿夫!鱗 飛龍!」

 

「「はい!李龍(リーロン)先生!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オールマイトとエンデヴァーの不手際だけでなく…来年受験を控える全国の中学3年生達にとって同い年である《爆豪勝己》という存在が大きな障害となり…《ヒーローの卵》が目指していた《雄英高校》への憧れが薄れてきている…

 

 しかし、それでもメゲずに来年《雄英高校》を受験する中学生達はいた…

 

 

 

 

 

 そして…こんな状況を裏で嘲笑う者達がいた…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●とあるBAR…

 

 

 カンウターテーブルにお酒と一緒に新聞や雑誌などがいくつも広げられていた…

 

「どの記事も似たようなもんばっかだなぁ…」

 

「えぇ…2週間近くずっと変わりませんね…

《ヒーロー社会を揺るがす悲惨な大事件!同級生とヒーローから自殺教唆を言われて自殺を図った無個性少年!ヒーロー達は無個性の人間を見下していた!?》

《オールマイト並びにプロヒーロー達の失態!彼らは本当にヒーローなのか!?》

《隠され続けてきたNo.2の家庭の闇!家族を物としか見ないエンデヴァーはこれからどうなる!?》

《雄英高校危うし!来年の受験者数は激減してしまうのか!?》

…ですからね…」

 

「ヒーローが揃いも揃ってみっともねぇなぁ…いい気味だぜ…」クククッ…

 

 《バーテンダーの服装をした黒い靄の男》が《手の形をしたマスクを顔につけた男》と新聞や雑誌に大きく掲載させられている広告に目を通して話をしていた。

 

「この状況はオールマイトといえど、どうにかできることではありませんね」

 

「はっ!《オールマイト》も所詮は人ってことか…」

 

「どの記事も前者の事件(ヘドロヴィラン事件)に対するオールマイトのミスの批判の声はあるみたいですね。後者の事件(無個性の男子中学生の自殺未遂)にオールマイトは無関係ということでしょうか?」

 

『いや…そうでもないみたいだよ…』

 

「…先生…」

 

 BARの奥に置いてあるTVから《優しい口調ながらも恐怖を漂わせるダンディーな男》の声が聞こえてきた…

 

「そうでもない…ってぇのは?」

 

『この2つの事件…一見すればオールマイトが関わっているのは最初の事件だけに思えるが…違うとしたら?』

 

「違う?………もしや名前が伏せられているヒーローが…」

 

「…オールマイト……」

 

『あぁ…もう1つの事件にも彼が深くかかわっていると僕は睨んでいるよ…』

 

「ニュースや新聞にその情報がねぇってことは…」

 

「ヒーロー協会が隠蔽工作したと?」

 

『だろうね……前者の事件はオールマイトの不注意によって起きた事故。後者の事件にもオールマイトが関わっているとしたら、ヒーロー協会はどちらの隠蔽を優先すると思う?』

 

「普通はどっちも隠してぇだろうが…苦肉の策でヘドロ事件の方を世間へ明るみに出してでも…もう片方の事件の関連性を包み隠した…って言いてぇのか…」

 

『ヒーロー協会からすれば《オールマイトの手負い》は何がなんでも隠し通したいだろうからねぇ…』

 

「その仮定が正しいとして…例の無個性の学生の夢を壊した自殺教唆の発言………なるほど…No.1ヒーローに夢を否定され絶望したということですか…それが無個性なら尚更のこと」

 

『だろうね…『無個性はヒーローになれない』……オールマイトからすれば…『生半可な気持ちではヒーローは勤まらない』という思いで発言したんだろうけど…その少年には伝わらなかったんだろう……言葉足らずで返答したせいで…こんな事態を招いてしまったと言ったところか…』

 

「《平和の象徴》が無個性差別に加えて、平和を壊してるなんてなぁ……無様だなぁ!オールマイト!…」プッククククッ!

 

『まぁこれは《オールマイト》だった場合の話だがね……仮にこれが真実なら…オールマイトは後者の事件の真相も明るみにする気だっただろう……後先考えない男だからねぇ……だが…ヒーロー協会は《ヴィランの活性化の恐れ》と《民間からのヒーローへの信頼が損なわれる》などの理由を付けて彼を納得させたと言ったところだろう……彼ら(ヒーロー協会)の本心は《民間からの支援の低下》と《自分達への利益が減ってしまう》などという自分主義の考えという《私情》が殆どだろうけどね…』

 

「どうしようもねぇ大人共だな…結局は金のためかよ…」

 

「《ヒーローへの信頼の喪失》ですか………そう言えば他にも《エンデヴァー》の家庭事情などが何故か世間へ公になったようですが………まさか…」

 

『…はて?…なんのことかな…』フフフフッ…

 

「(この先生の反応…やっぱりあの情報を促(うなが)したのは先生ってことか…ヒーロー達の悪い噂が広まっているこのタイミングで《No.2ヒーローの非人道的な家庭事情》を晒されりゃ…マスコミが喰らいつかないわけがない…連鎖で起きるヒーロー達の不手際によって、そこらにいたヴィラン共が動き始めてる。本当に皮肉ってもんだぜ!オールマイトがヴィランの抑制をしても!それを邪魔してヴィランを活性化させてるのが同じヒーロー達なんだからよぉ!!)」クッフフフフフッ

 

『なにはともあれ…No.2ヒーローも家庭の事情が明るみになっただけで落ちるところまで落ちるというのがよくわかっただろ?…落ちるのは簡単だが登るのは大変だ…オールマイトにもその苦痛を是非とも味わってもらいたいものだが……それは今じゃない…

(弔達にはまだ自殺教唆を言った《ヒーローの名》は秘密にしておこう…その真実を打ち明けるのは僕の使命だからねぇ…最高のタイミングで地獄へ突き落としてあげるよ…オールマイト。…だが…まさか《彼ら》がここまで上手くやってくれるとは思わなかった……報酬は弾んでおかなければな…)』

 

「「?」」

 

『…ヒーローサイドが勝手にいがみ合ってくれれば指揮は乱れ…僕達は動きやすくなる…今は力を蓄えて…時期を待とうじゃないか弔…来年にはオールマイトが《雄英》の教師となる…僕達が…いや…君が動くのはその時だ。…それまでオールマイトが……ヒーロー達が悶(もだ)え苦しむサマをじっくり楽しもうじゃないか……名声を大きく築いた者ほど…たった1つの汚点によって落ちる反動は凄まじいからね……その末に待つ…《オールマイトの絶望に歪んだ顔》…僕はそれを見たいんだよ!フッハハハハハハハハッ!』

 

「(…先生も人が悪いもんだ……相手が苦しんで苦しんで苦しんで苦しんで…十分に絶望した所で一気に叩き潰すなんてよ……ホント…最高の先生だぜ…)」

 

『ところで弔…先日連れてきた《彼》とは仲良くなれたかい?』

 

「ケッ…あんなガキ…役に立つのかよ…」

 

「今日も朝早く出掛けていきました…」

 

『そうか…彼も《外の世界》に興味を持ってきたようだねぇ。いずれ…黒霧同様に弔の《片腕》になる子だ…頼んだよ2人共…』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●とあるビルの屋上…

 

 

「オールマイトよ……アナタはこの時代に残された《本物のヒーロー》……の筈だ……もし…アナタまで《偽物》だと言うのなら…もう…この世に《本物のヒーロー》は…存在しないこととなる……そんな世界になってしまったのなら…俺は…」

 

 《赤い布で目元を隠し…赤いマフラーを風に靡(なび)かせ…刀を懐に納める男》が、新聞や雑誌を広げながら独り言を呟いていた…

 

「アナタが今…自分のすべきことをしているように…俺も……いや…俺がすべきことをやらねばならない!…《ヒーローという立場から逃げ出した臆病者達》を…《ヒーローという存在を貶した愚か者達》を…この俺が!粛正しなければならない!全ては正しき社会のため!必ず戻ってこい…オールマイト…俺を倒していいのはアナタだけだ…」

 

「見つけたぜぇ《赤黒 血染》…略して《赤染(あかぞめ)》…」

 

「…また貴様か…鬼紋……その名で呼ぶなと前にも忠告した筈だぞ……俺は昔の自分を捨てた……今の俺は《ステイン》だ…」

 

 ステインと名乗る刀を持った男の背後に、《中年のおっさんのような男》が現れた。

 

「気配を消して《ここ》へやってきたにも関わらず…背後から不意打ちしないとは…貴様はそれでもヒーローか…」

 

「俺は不意打ちは絶対にしねぇ…俺のポリシーに反する…いつでも正々堂々戦う!それが漢(おとこ)だろ…」

 

「ヴィランを相手に正々堂々など通じると思っているのか…」

 

「お前はヴィランじゃねぇ!お前は誰も殺しちゃいねぇだろ!」

 

「だが重傷は負わせた……お前はヒーロー……俺はヴィラン……それだけのこと……粛清しなければならない!…誰かがやらなければならない!…偽物のヒーローはこの世に必要ないのだ!」

 

「今ならまだ引き返せる!罪を償ってやり直せ!」

 

「俺とお前は進む道が違う…俺はもう戻れないんだ……早く失せろ…お前を切りたくはない…」

 

「俺には…お前を止められねぇのかよ…」

 

 鬼紋という男は、ステインという男を説得するも全て空振りになっていた。

 

「俺はヒーローとしてじゃなくて……かつての親友のお前を……いや……今でも親友のお前を止めに来たんだ!戻ってこいよ!血染!」

 

 鬼紋という男が、ステインと名乗る男の名前を再び口にすると…刀が目の前まで接近していた!

 咄嗟に後ろへ移動したことで直撃を受けることはなかったが、頬を少しだけ切られて血が出ていた…

 

「その名を口にするなと…警告した筈だぞ…」

 

 ステインという男が刀についた《血》を舐めた…

 

「ぐおっ!」

 

 次の瞬間!鬼紋という男は急に身体の力が抜けて動けなくなった!

 ステインという男は刀を鞘(さや)に収めてその場から去ろうとしている。

 

「2度と俺の前に現れるな…それがお前の言う…かつての親友からの願いだ…じゃあな…鬼紋…」

 

「ま!待て!ステイン!!!……血染ーーー!!!…くっ!…俺は…諦めねぇぞ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●とある地下…

 

 

「おい見ろよコレ!このガキってこの前絡んできやがったクソガキだぞ!キエエエーーー!!!」

 

 《白い仮面をつけた黒いぬいぐるみ》が久々に読む雑誌に目を通していると《あるページ》を開きながら、近くにいる《スキンヘッドの男》と《仮面をつけた白フードの男》へ話しかけた。

 

「ガキ?…あぁこの前《失敗作》を撃ち込んだあの生意気な子供ですかい」

 

「なになに…『オールマイトの不注意で起きたヴィラン事件の被害者であり、同日起きた飛び降り自殺を図った無個性の少年を虐めていた主犯である《爆破》の個性をもつ少年が奉仕活動へ参加するも、反省の意を全く見せない』ねぇ…」

 

「個性の名前を晒してる時点で《未成年保護法》も《個人情報保護法》も無いようで…」

 

「『雄英でトップになる』だの『オールマイトを越えるヒーロー』だのホザいてたくせによう!これじゃあヒーローにもなれねぇってんだ!いい気味だぜ!!キエエエーーー!!!」

 

ガチャッ

 

 3人が雑誌を見ながら話をしていると、《鳥の嘴(くちばし)のようなマスクをつけた男》が部屋に入ってきた。

 

「何をしている?クロノ…ミミック…宝生…」

 

「オーバーホール、いやぁこの前延期になった取引で俺と宝生が外で見張りをしてた時に突っかかってきたクソガキが雑誌に載ってたもんで」

 

「この前?……あぁ…そういえばそんなこと言ってたな…」

 

「余っていた失敗作の弾丸を打ち込んでやったんですよ。1日以上効果はもったようですが2日経過しない内に個性が戻ったみたいです。最近の中坊は荒っぽいもんで…しっかりお灸をすえてやりやした」

 

「つっても相手したのは殆ど宝生だけだけどな、キエエエーーー!」

 

「個性封じされてボコしてる合間も『雄英』だの『オールマイト』だの『選ばれたヒーロー』だの言ってたっけかなぁ…」

 

「(『極道が堅気の人間には手を出しちゃいけねぇ…』……親父の口癖だった言葉……よくそれで叱られてたな………親父…アンタの宿願は俺が叶えて見せる…そのために…)

《英雄症候群》の病人か…虫酸が走る!…おいクロノ…時間だ…壊理を連れてこい」

 

「へい」

 

 オーバーホールという男と共に、クロノという白フードの男は部屋を出ていった。

 

「この爆弾野郎はこれからどうなる?……俺みたいにアイツに拾われるのか…」

 

「さぁな…だが万が一ここへ来るようなら…しっかりと躾をしてやらねぇとなぁ…キエエエーーー!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●とある高層ビルの屋上…

 

 

「大変よジェントル!?昨日アップした動画の視聴回数が全然伸びないわ!オールマイトやエンデヴァーとかのヒーロー達の悪いニュースで持ちきりみたい!」

 

 《赤髪でツインテールの小柄な女性》が、隣にいる《右手にティーポット、左手に受け皿とカップを持った髭を生やす貴族の格好をした男》に語りかけていた。

 

「ハッハッハッハッハッ!焦ることはないさラブラバ!今回はタイミングが悪かっただけ!ヒーローのミスなんてものはさして珍しくはない!しかし…《No.1》と《No.2》ヒーローが含まれているとなれば話題になるのは仕方がないことだ。暫くは身を潜めて…期を伺うことにしようじゃないか…いずれ私の名を世間に広める時が必ずやってくる!」

 

「流石はジェントル!あちちちっ!?あちゃあちゃあちちちっ!!?」

 

「そう私の名はジェントルクあちっ!?」

 

 強風に煽られてティーポットから流れ出る熱々の紅茶はカップに注がれず、2人の顔へモロにかかっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●とあるサポート企業の社長室…

 

 

「コレは…思った以上の混乱が起きましたね…リ・デストロ…」

 

「スケプティック……君の腕を見込んで我々に《こんな素晴らしい情報》を提供してくれた方には大いに感謝しないとね…。…肝心の情報元が誰なのかが未だに分からないが……私は是非とも面と向かってお礼を言いたいものだよ…」

 

 《目付きが悪い痩せ型の男》が《オレンジ色の髪をした尖った鼻の男》と話をしていた。

 

「しかし…ここまでの情報を提供するのなら…《無個性のガキを自殺に追い込む発言をしたヒーローの名前》も教えてくれてもいいものを…それだけを教えないとは!!『報酬は倍払う』との通知がありましたが…私は倍の報酬よりも《そのヒーロー》が誰なのかが気になって気になって仕方ありません!!」ネチネチネチネチネチネチネチネチ…

 

「欲張りすぎてはいけないさスケプティック……情報の送り主が何者であろうとも…その志(こころざし)はきっと我々と同じ筈だ…。我々が本格的に活動する時期がもうすぐやって来る…そう…我々…《異能解放軍》がね…」

 

 リ・デストロという男は笑顔から表情を一変させ、鋭い目付きに口元を釣り上げ…よからぬことを考えている様子だった…

 その目の回りは…なぜか黒く染まっている…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 裏の社会で活動する者達は、世間から叩かれるヒーロー達の無様な姿を見て嘲笑っていた…

 

 彼らが動き出すときは…もうすぐそこまで来ていた…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

         そして…

 

 

 

 

 

●とある山奥…

 

 

 人気のない山の中を1人の男が柄杓(ひしゃく)と水を入れた手桶(ておけ)と花束を持って歩いていた…

 

 その男はとても個性的な服装をしており、《サングラスをオデコに乗せて、海にでも行くかのような白い帽子に白いシャツに短パン姿》というイケイケのファッションをしていたが…

 誰がどう見てもその姿は《時代遅れのファッションをした中年のおじさん》だった…

 

 男が山の中をしばらく歩いていると…少しだけ開けた場所に到着した…

 

 そこにはポツンと…1つのお墓があった…

 

 木陰からの日の光がそのお墓を照らしている…

 

 男はその墓の前に着くと…悲しそうな笑顔を浮かべた…

 

「久しぶりじゃのぉ…親友…」

 

 男は墓の掃除をして、綺麗にすると花を生けて汲んできた水を柄杓で優しくお墓にかけていき、最後に線香を焚いた…

 

 一通り終えると、男はお墓の前の地べたに胡座で座った…

 

「お前がいなくなって…もうすぐ30年か…時が経つのは早いのぉ…」

 

 男はお墓に向かって話しかけた…

 

「…お前は最高の相棒じゃった…俺がデビューしてから幾度となくお前さんやグラントリノと組んでは…あの時代の凶悪なヴィランを一緒に倒しまくってたのぉ…」

 

 男はかつての親友が眠るお墓へ昔話を始めた…

 

「お前も世間に名を出せばもっと目立っとったのに…いつも名前を伏せるから…お前の栄光まで俺の手柄になっちまって…俺はいい気はせんかったんだぞ?そのお礼にって得意料理のカレーを作ってくれるのは嬉しかったんじゃが…張り切って作りすぎるのが玉に傷じゃったのぉ。…俺とお前とグラントリノの分を作るだけだってのに…毎回毎回物凄い量を作ってからに…結局余ったカレーは全部を俺が食わされたんじゃからな~」

 

 男は昔話をしながら愚痴も溢した…

 

「はぁ……まっ!今となっちゃ良い思い出じゃがな!それにもし今も生きとったらお前はすっかりババアになってるがのぉ!ガッハハハハハハハハハッ!!!」

 

 冗談なのか本気なのかはさておき…アホ面をしながら大声で男は笑った!

 

「ハハハハハハハ…ハ…ハァ……………本当に…早まった真似をしよってからに………俺が愛した女は…後にも先にもお前しかいないんじゃぞ。お前の弟子は今でも《No.1ヒーロー》を続けておるよ……夢だった《平和の象徴》として大勢の…いや…この国の平和を守ってくれとる。…なのにお前は……散々俺に『自慢の弟子だ』って言っとったくせに…その弟子が夢を叶えた瞬間を……師匠のお前が見届けずにどうすんじゃ…」

 

 笑いから一変…今度は悲しげな表情となって親友を責めた…《生きていてほしかった》という強い意思を持ちながら…

 

「それにアイツ…最近なにやら問題を起こしたそうじゃぞ…根津から聞いた話じゃと…どうやら無個性の子供の夢をぶち壊したらしくてなぁ…何をしとるんじゃか…あの馬鹿は……自分も元は《無個性》じゃったろうに…」

 

 この場にいない者に対して男は愚痴を溢(こぼ)した…

 

「アイツはお前に救ってもらったって言うのに…《継承》に関しては恩を仇で返しとるな、お前が今も生きていてくれたんなら…その馬鹿弟子に師匠のお前が渇を入れてやれんじゃがなぁ…。じゃからお前の代わりにこの俺があの馬鹿と一緒にもう1人の馬鹿共々にお灸を据えてやるわい。それにあのグラントリノも態々(わざわざ)俺に頼みに来るくらいだからなぁ…バカ親の方はともかく、自分の元生徒ぐらいはお前が何とかしろってんだよ…まったく…」

 

 答えが返ってこないと分かっていても…男は親友が本当に近くにいるかのように話しかけていた…

 

「あの馬鹿…お前から教わった一番大事なことを忘れちまったのかのぉ…」

 

 

 

 

 

 

『世の中!笑っている奴が強い!』

 

『今を生きる人達にとって大事なのは《過去》じゃない……《未来》さ!』

 

 

 

 

 

 

 30年以上も前に親友から教わった《大事なこと》を…男は今でもしっかり覚えていた…

 

「…お前さんが作ってくれたカレー…また食いたいのぉ…」

 

 それからある程度昔話をしたところで、男は帰り支度を始めた。

 

「それじゃあ…また来るからのぉ……菜奈…」

 

 笑顔で親友の名前を口にし、ゆっくりと背を向けて男はその場を離れようとした…

 

 

 

 その時…風が強く吹いた!

 

 

 

 まるで男の言葉に反応したかのように…

 

「…ふん…久々にカレーでも食いに行くか…」

 

 風に煽られながらそんな独り言を溢し…男は名残惜しそうにしながらその場を離れていった…

 

 

 

 山の麓近くまで男が下りてくると…

 

 

PRRRRRRRR…PRRRRRRRR…

 

 

「おん?なんじゃ?(Pi)あ~もしもし~俺は神じゃ」

 

『校長!?今どこにいるんですか!!?』

 

「なんじゃ…お前か」

 

『なんだとはなんですか!!?今日はヒーロー協会の方々がいらっしゃると前もって知らせておいたじゃないですか!!!??』

 

「あ~そういえばそうじゃったのぉ~忘れとった~」

 

『忘れたって!??…はぁ……それで、今はどちらにいらっしゃるのですか?私がすぐに迎えに行きますので場所を教えてください!』

 

「それはできんわい…ちと昔亡くなった訳ありの親友に会いに行っとったんでな…」

 

『お…お墓参りですか…どなたかは存じませんが…明日の《例の件》についての相談を踏まえてのお参りですか…』

 

「……そうじゃ……悪いかよバ~カ」

 

『開き直った!?悪いとは言いません!それならそうと!前もって私に伝えてくれても!』

 

「だって面倒くさかったんだも~ん」

 

『(うっわ!この人!《校長》でも《元No.1ヒーロー》でもなかったら絶対ブッ飛ばしてぇぇぇ!!!)』

 

「と言うのは冗談じゃ…ヒーロー教会の連中から『俺にあの馬鹿ヒーロー2人へお灸を据えてくれ』なんてフザけたことを頼まれて嫌気が差してのぉ。一応《元No.1ヒーロー》の立場上…相談できる奴がもうその親友しかおらんのじゃ。それにその親友の墓の場所は内密にしとってな…お前のことを疑っちゃおらんが…万が一にも外部に知られる訳にはいかんのでな…静かに眠らせてやりたいんじゃ。…スマン…」

 

『い…いえ…』

 

「飯を食ったらすぐ戻るわい、それまではお前が応対しといてくれ」

 

『えっ!?あの校長!待ってくだ(Pi)』

 

「はぁ…やれやれ…『急遽変更になって明日に開催されるヒーロービルボードチャート上半期当日にお灸を据えて欲しい』なんざ…ヒーロー協会は何を考えとんじゃ…正直面倒くせぇが…グラントリノにまで頼まれてはのぉ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 物語は着々と進み始めている…

 

 この世界が進む未来とは…




 《うえきの法則》をご存じの方々なら、ヒロアカのキャラと一緒にいたのが誰なのかは察しがつきますかね?

 《雄英高校入学前のヒロアカキャラ》と《うえきの法則キャラ》を全員登場させるのには…流石に無理でした…

 なお《うえきの法則》キャラは原作と違って《年齢》はバラバラで《性格》が違う場合もあり、《学生》だったり《ヒーロー》だったりするキャラもいる設定ですが、ご了承の程よろしくお願いいたします。

 彼らのプロフィールについては追々になりますが、《個性》は原作の【能力】を参考にします。

 そして最後に登場した《お方》が、今作での《元No.1ヒーロー》です。


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別れと目覚めと……の法則

 大変長らくお待たせさせてしまい申し訳ありませんでした…

 今回の話でいよいよ出久君が目を覚まします。

 11月ギリギリになんとか3つ目も投稿できました。


●ヘドロ事件 及び 無個性の中学生の飛び降り自殺未遂から1ヶ月後の病院…

 

 

None side

 

 緑谷出久の母《緑谷引子》は、今日も息子の介抱をしていた…

 

 事件から早1ヶ月…

 

 出久の意識は未だ戻らない…

 

 包帯はとれたものの…医療ベットで今も眠り続けている…

 

「出久…今日は何の話をしましょうか…」

 

「………」

 

 引子は毎日欠かさずに息子へ語りかけていた…

 

「ずっと辛い思いをしてたのよね…痛かったわよね…出久…気づいてあげられなくて…ゴメンね…」

 

「………」

 

 1ヶ月前の手術で判明した事実…息子の身体中にあった痣や火傷の跡…

 それは《無個性》だと診断されてからの10年間…息子があげていた《悲鳴》に気づくことが出来なかった《自分の罪》なんだと…引子は自分を許せないでいた…

 

「出久…あなたは優しい子だから…お母さんに心配をかけたくなかったの?それとも…《あの時》のお母さんの言葉を聞いて…お母さんのことを信用できなくなっちゃった?」

 

 10年前…出久が個性検査で《無個性》と診断されたあの日…家に帰宅後、部屋を暗くしてパソコンでオールマイトの動画を涙を流しながら見ていた息子の姿が、今でも引子は記憶に深く刻み込まれ忘れることができなかった…

 

『ちょう…かっこいい…ヒーローに……なれるかなぁ…』

 

 大粒の涙を浮かべて無理に笑う息子から問われた。…悲しく…切なく…辛い質問に引子はただ謝ることしか出来なかった…

 …怖かったのだ…『どうして無個性に産んだの!?』…そう言われるのが引子は怖かったのだ……出久がそんなこと言う子ではないのは母親の自分が1番分かっている筈なのに…

 …それなのに…あの時の自分は『ごめんね…ごめんね…』と謝り…小さな息子の身体を抱き締めてあげることしか出来なかった…

 

「………」

 

 引子は眠る出久の頭を撫でながら前髪を上げて《額の傷》に触れた…

 

「リカバリーガールさんが…日をおいて何度も怪我を治してくれたんだけど…《この傷》だけは治しきれなかったみたいなの…事件の時に出来たもので相当ひどいケガだったけど…ここまで傷跡を小さくなるまで治してくれたのよ…これなら前髪で十分隠せるわね…」

 

「………」

 

 リカバリーガールの個性によって出久は《古傷(身体中にあった痣や火傷)》と《事故による怪我で額に出来た傷跡》以外はすっかり完治していた…

 

「今朝…お父さんから電話があったわよ…今の仕事が一段落したら帰ってこれるって…出久…久しぶりにお父さんに会えるわよ…前に出久がお父さんに会えたのはいつだったかしら…?」

 

「………」

 

 生活費や学費は夫が工面してくれている、子育てを妻の引子へ任せきりの分…生活で苦労をしてほしくないと夫は生活資金をずっと送っている…

 

 

 

 引子は今日も何度も息子へ話しかける…

 

 しかし…

 

 愛する我が子は返事をしてくれない…

 

 

 

「…ねぇ…出久……お願いだから……目を覚まして……声を聞かせて……『お母さん』って…また呼んでよ……出久…」ウゥ…ウウ…グズ…グズ…

 

 引子は今日も泣き崩れた…

 

 毎日毎日眠り続ける息子にずっと語りかけ…

 

 ある程度話しかけると現実へと戻されて絶望する…

 

 この繰り返しが1ヶ月も続いていた…

 

 身体の傷は治っても出久本人の意識が回復する傾向がなく……命は助かっても意識が戻る可能性は数%……いかに名医のリカバリーガールでもこればかりはどうしようもない……出久本人の気力で目覚めるのを待つことしか出来ないのだ…

 

 引子はこの1ヶ月の間、着替えと洗濯で自宅に戻る以外は、片時も出久の側から離れずに介抱を続けていた…

 その間、引子はロクに食事をとろうとしない…病院の医者や看護師だけでなくリカバリーガールも引子を心配して必要最低限の栄養をとらせるようにはしているのが、引子は驚く程に痩せてしまい…1ヶ月前に病院へ駆け込んだ時とはまるで別人の姿へと変わり果ててしまった…

 病院の医師達も引子の体調を気づかって休ませようとしているのだが…

 息子を思う母親の行動が余りにも健気過ぎて無理に引き離すことなど出来なかった…

 

 

 

 息子の名を呼び続け…話かける母親…

 

 悲しきことに…その声は息子へは聞こえていなかった…

 

 今…出久の心に…聞こえている声は………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●精神世界…

 

 

緑谷出久 side

 

「随分使いこなせてきたな!緑髪!」

 

「出会ったばかりの頃と比べるとまるで別人だぜ!モジャ髪!」

 

「はい!植木さんの御指導のおかげです!僕が【能力】と【神器】をここまでコントロール出来るようになったなんて!僕自身驚いてるんですから!……あと…緑谷ですよ……植木さん…ウールさん…」

 

 あれからどれくらいの時間が流れたんだろう…

 

 僕がこの世界に来てから結構な時間が経過した…

 

 因みに植木さんの足元にいる喋る子羊は《ウール》という名前で、どう見ても《羊》にしか見えないんだけど…本人いわく《犬》らしい…

 

 僕が初めて神器の【鉄(くろがね)】を使って大泣きしていた時、木の上で寝ていたみたいで僕の大泣きした声で目が覚めたらしい…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『騒がしいな…どうしたんだ植木?』

 

『おっウール、やっと起きたのか』

 

 植木さんから【能力】だけでなく【神器】まで受け継げたことに感激して大泣きし声にならない叫びをあげていると、さっきの木から突然声が聞こえてきた、僕と植木さんの他に誰かいるのかと目を向けると、木の上から《小さな羊》が降りてきた。

 

『羊?』

 

『いや緑髪、コイツは《羊》じゃなくて《犬》だ』

 

『い…犬?いや植木さん…どう見ても僕には羊にしか…』

 

『緑髪の兄ちゃん…あっ植木も緑髪だから紛らわしいなぁ、え~っと…じゃあモジャ髪の兄ちゃん、植木の言う通りで俺は《犬》だ!名前は《ウール》!よろしくな!』

 

『えっと…僕は緑谷出久です、はじめましてウールさん』

 

 ウールと名乗る犬(?)は2足歩行で僕の前にやって来たので、僕は屈(かが)んでウールの右手(前足?)を右手で握り握手をした。

 

 動物が2足歩行で歩き、人間の言葉を話していたら常識では驚くことだろうけど、僕のいた世界では人だけでなく動物にも《個性》が宿ることがあるため、別に珍しいことじゃないから動揺も驚きもしない。

 どっちかというと《羊》の見た目で《犬》だと言うことへの《疑問》と、動物のウールさんに《モジャ髪》と呼ばれることへの《違和感》はあったけども…

 

『んで植木、なんでコイツは《ここ》にいるんだ?』

 

『あぁ…それがな』

 

 植木さんは一旦【神器】のことは置いといて、僕がさっきの植木さんに話した内容をウールさんへ話し始めた。所々うろ覚えだったところは僕が補足をいれながら説明をした。

 

『…って訳なんだよ、ウール』

 

 植木さんか一通りの説明を終えた…黙り込んでいたウールさんはというと…

 

『…うぅ…うう……ぐっ…うおぅ……』グズグズ

 

 涙腺が崩壊したかのように泣いていた!

 

『お前……お前……本当に強ぇ奴なんだなぁモジャ髪。そんな散々な人生を10年も耐えて…苦労したんだなぁお前…頑張ったったんだな…偉いぜモジャ髪……植木以外にもこんな良い奴がまだいたんだなぁ……植木の言う通り!お前はスゲェ強い奴だよ!モジャ髪!』

 

『あははは…ありがとうございますウールさん、あと…緑谷です…』

 

 どうやらウールさんは涙脆いタイプのようで、《僕が無個性として過ごしてきた日々》を聞いて同情してくれている様子だった。

 

『うっし!じゃあ【神器】の続きだな!お前が【どれ】まで使えるか調べてさ!俺が知ってる限りの【ゴミを木に変える能力(ちから)】と【神器】の使い方を教えてやるよ!緑髪!』

 

『俺もアシスト出来ることはなんでもやるぜ!いつお前が元の世界に帰っちまうか分からねぇからな!気合い入れろよ!モジャ髪!』

 

『植木さん…ウールさん………はい!!僕、頑張ります!!!………それと…僕は緑谷です…』

 

 それから僕と植木さんとウールさんの3人(?)による《僕の【能力】と【神器】の特訓の日々》が始まった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな2人との出会いから…かなりの時間……1年は経過してないと思うけど、感覚的には300日程度の日数と時間が経過したように僕は感じている…

 

 それだけの時間が経過しながらも、僕は植木さんとウールさんに『ここが何処なのか』という質問だけをする気には何故かなれなかった…

 この場所に来てから…疲れて眠くなることはあれど…髪や爪は伸びないし…お腹は空かない…トイレに行きたいとも思わない…不思議な場所だ…

 

 その間に…僕は自分でも変わったと実感している。(主に癖が…)

 特訓を始める前の僕は、考え事をする時にブツブツと小言を言いながら考察する癖があったけど、今は口元に右手を添えて目を瞑り無言で考えるようになった。

 それにノートも書く物もないためか、いつの間にか脳内で記憶することが当たり前になっていた。

 

 そんな自分の変化をよそに、僕は植木さんから貰った【ゴミを木に変える能力】と【神器】の詳細や使い方を教えてもらいながら植木さんの指導の元で特訓に励んでいた!

 

 

 

 

 

 まず【ゴミを木に変える能力】については《手に握り込めるサイズのゴミ》で《僕がゴミだと判断する物》ならば【木】へと変換することが出来る。

 出現させる《木の種類》や《材質》等は僕が頭の中でイメージした【木】となり、《大きさ》や《形状》もイメージすることで自由な木々を出せるようになれた。

 ただし《一般の大きさの木》ならば消えることは無いけど、《必要以上に大きすぎる木》や《複雑な形状の木》等は数十秒後には消滅してしまう。

 ゆっくりと時間をかけて創り出した《木》ならば《どんな形の木》でも消滅することはなく存在し続ける。

 覚えたての頃こそ、《大樹》や《複雑な形状の木》を創り出してもあっという間に消えてしまったが、今では瞬時に創り出しても数分単位で維持することが出来るようになった。

 

 

 

 

 

 次に【神器】については、当所こそ僕は【二ツ星の神器】までしか使えないと思っていた。

 でも植木さんから『もしかしたら他の神器も使えるんじゃねぇか?』という言葉を聞き入れ、植木さんが【三ツ星の神器】を見せてくれた際に僕も真似してやってみたら……僕も【三ツ星の神器】を出せたのだから自分でも驚いた!!?

 

 

 

 その後も試してみると、僕は【六ツ星】までの【神器】を使うことが出来たのだ!!!

 

 

 

 でも【七ツ星の神器】の時点で、会得する条件の詳細を聞いて何度も試してみたけど、植木さんのように地面に【黄緑色の升目(ますめ)】の出現は、僕にはどうやっても出来ず…今の僕は《天界人》で言うところの【六ツ星】であることが判明した。

 

 

 

 そして植木さんは自分が知ってる限りの神器の詳細も教えてくれた。

 

 

 

【一ツ星神器・鉄(くろがね)】は《鉄(てつ)》と書いて【くろがね】という名前、ねじれ重なった木を支えとして木の砲丸を発射する《巨大な大砲》。

 

 

 

【二ツ星神器・威風堂堂(フード)】は《威風堂堂(いふうどうどう)》と書いて【フード】という名前、地面を割って出現する《腕の形をした巨大な盾》。

 

 

 

【三ツ星神器・快刀乱麻(ランマ)】は《快刀乱麻(かいとうらんま)》と書いて【ランマ】という名前、日本刀のような鋭い刃(やいば)の《巨大な剣》。

 

 

 

【四ツ星神器・唯我独尊(マッシュ)】は《唯我独尊(ゆいがどくそん)》と書いて【マッシュ】という名前、昔のロボットの頭部をイメージさせる正四角形の巨大な赤い顔で、その大きな口で相手を挟み込み、強力な圧縮力で相手の身動きを封じたり気絶させたりできる《四角い生物》。

 

 

 

【五ツ星神器・百鬼夜行(ピック)】は《百鬼夜行(ひゃっきやこう)》と書いて【ピック】という名前、踏み切りを連想させる黄色と黒の正四角形の巨大なブロックが猛スピードで交互に伸びていき、【鉄(くろがね)】以上の威力で強烈な一撃を喰らわせる《突きの武器》。

 

 

 

【六ツ星神器・電光石火(ライカ)】は《電光石火(でんこうせっか)》と書いて【ライカ】という名前、この神器だけは巨大という訳ではなく両足に出現する木をデザインとした《高速移動ができるスケーター》。

 僕の知る限りでは《ターボヒーロー・インゲニウム》並のスピードを出せる神器なのだが、コレを使っている間はジャンプすることが出来ないため《地形の悪い場所》や《障害物が多い場所》での活用は難しいみたいだ。

 

 

 

 どの神器も手にゴミが有れば出現させることができる。

 

 神器の名称は漢字や四字熟語の読み方を変えたり区切ったりした名前になっていた。

 

 植木さんとの特訓において、最初こそ僕の神器の【鉄】から【百鬼夜行】の5つは、植木さんの神器より《大きさ》が1周り小さくて《デザイン》や《形状》も少し違っていたけど、今日までの特訓の成果もあってか《大きさ》も《デザイン》も《形状》も植木さんと同じ物になれた!

 ただし、植木さんいわく《神器のサイズ調整》は出来ないようで、神器のほとんどはその大きさ故に使い所は限られるから注意しろとの忠告を受けた。

 

 あと、不用意に【神器】の名前を口に出しても《手にゴミを握った状態で【神器】を使うという気持ち》にならなければ出現はしないため、誤って出現することはないみたいだ。

 

 それと【神器】も【能力(ちから)】の時と同様に、最初こそ出現させても10秒も経たずに《小さな木》になっちゃったけど、今は【神器】もある程度の時間は継続させることが出来るようになった。

 

 

 

 

 

 そして最後にもう1つ…【天界力】という能力についても教えてもらった。

 ただし、植木さんも自分が持っていた能力(ちから)の全ての詳細を把握してる訳ではないみたいだった。

 一緒にいて分かったけど、植木さんは頭ではなく身体で覚えていくタイプのようだ。

 

 【天界力】とは、その名の通り植木さんの世界にいる《天界人》がもつ【特別な力(能力や神器)】であり、【能力】や【神器】を使うための《一種の身体強化》なんだと僕は推測した。

 重すぎる神器を自由自在に使うなんて常人の人間には無理だけど、《天界人》はその【天界力】をコントロールし腕の筋力を一時的に強くすることで、あの重たい神器を振り回したり出きるんだと。

 

 植木さんの場合は、植木さん自身が《天界人》として最初から持っている【天界力(神器)】に、コバセンという植木さんの恩師から貰った【ゴミを木に変える能力】の【天界力】が+(プラス)され、2つの【天界力】が合わさったことで植木さんの【天界力】は倍増した。

 その倍増した【天界力】をコントロールすることによって、植木さんはあんな重たい【神器】を空中でも自在に操ることが出来るのだ。

 

 そして僕の場合は、植木さんからもらった【ゴミを木に変える能力】と【神器】の【天界力】を授けてもらえた。

 でも植木さんと全く同じというわけではなく、植木さんは【植木さん自身の天界力】と【コバセンの天界力】の【2つの天界力】をもち、僕は【植木さんの天界力】の【1つの天界力】しか持っていない。

 

 つまり何が言いたいかと言うと、今僕が持っている【天界力(能力と神器)】を【1】とするのなら、植木さんの【天界力(能力と神器)】は【2】。

 要するに《天界人》じゃない僕が使える【天界力】の限界は、植木さんの《半分》ということだ。

 

 事実…かなり鍛練と修行したのに…未だに僕は【能力】はともかく、【神器】はその超重量な故に《空中》では使うことが出来ずにいた…

 オマケに未だ【七ツ星の神器】を発動させることが僕には出来なかった…

 

 植木さんとウールさんは『十分コントロール出来てる』と言ってくれてるが、僕も植木さんと同じく空中でも【神器】が使えるようになりたい!

 

 

 

「それにしても植木さんは本当に凄いですよ!神器を空中で自在に操ったり!神器を複数同時に出すことも出来るですから!」

 

「あぁそれか、まぁ神器を空中で使えるようになったのは前に話した【天界力】で身体と能力(ちから)を強くしたから、超重量級の神器も空中で使えてるんだよ」

 

「じゃあ《神器の同時出し》も、その【天界力】が関係してるんですか?」

 

「う~ん……俺も半分くらいしか覚えてねぇんだけど、それは【神器】の【レベル2】みたいなんだ」

 

「【レベル2】?」

 

「そう、なんだっけかなぁ?確か…自分のもつ超能力が成長することで【神器】の【天界力】も成長して別の能力が加わることが【レベル2】って言ってたなぁ…」

 

「なるほど…つまり【能力】と【神器】を使って鍛えることで、自分だけじゃなくて【神器】も進化して新しい力が芽生えるってことですね。そして植木さんの場合は《神器を複数同時に使う》ことが出来ると!」

 

「まぁ、そういうことだな」

 

 僕の世界でも個性を鍛え上げてヒーローになった人達がいるように、僕も成長次第ではいつか植木さんと同じように《神器の同時出し》が出来るようになるかも知れないってことだ!もっともっと頑張らないと!!

 

「それにしてもお前って本当に器用だよなぁ、俺も【木の能力】で色んな形状の木を創り出したことはあったけど、お前の場合は俺が思い付かねぇような形の木を作り出せてるし」

 

「工夫が多いっつーか?考えが幅広いっつーか?モジャ髪、お前ってスゲェ頭良いんだな!」

 

「いえいえ、そんなことないですよ。その…昔から色々と調べたりしてたのが…役に立ったのかなぁ…」

 

 実を言うと…いつの日か個性が発現してくれるんじゃないかと信じて…どんな個性が発現しても直ぐに把握して使えるようにって長年個性に関する勉強もしていた。

 《動物》や《科学的なこと》だけでなく《植物》に関する個性についてもだ…

 

「ホント、よくここまで会得できたもんだよなぁ、植木の言う【レベル2】にはなれてねぇみたいだがよ」

 

「その【レベル2】だけど、【神器】をもった状態で【能力】と【神器】をどっちも【レベル2】にすることが出来るのは《ほんの一握りの天才》だけなんだってさ、俺の場合は出来なかったから一時的に【神器】を手離した状態になって【ゴミを木に変える能力の天界力】を【レベル2】にするって荒業(あらわざ)をしたんだ。まぁ緑髪は頭良いから、その内どっちも【レベル2】にしちまうかもな」

 

「ちげぇね、【能力】と【神器】を組み合わせた技まで完成させてるし」

 

「あはは……えっと~色々試したいことが頭に浮かんできて、挑戦してみたいって思っちゃったんですよ。それに【能力】と【神器】を貰えたことが嬉しくて張り切りすぎちゃったみたいです…」

 

 とんだ皮肉ってものだよ…10年間《個性》について勉強したことは元の世界では全くといっていいほど役に立たなかった…

 

 だけど!

 

 この世界で植木さんとウールさんに出会えて!

 

 授けてもらえた【能力】をすぐに把握して使いこなせている!

 

 あの10年間は決して無駄じゃなかった!

 

 僕は《この場所》に来て!

 

 その努力が報われたのだ!

 

 なにより植木さんとウールさんと一緒にいると、あの10年の《苦しみ》や《辛さ》なんて全部忘れられた……

 

 『あの辛い日々がなんだったのか…』と思えるくらい今の僕は《幸せ》だ!

 

 そして何度も思い知らされた…『どうして僕は《かっちゃん》や《オールマイト》に………《あんな奴ら》に憧れて…尊敬なんてしていたんだろう』って…

 

 植木さんを見ていると《かっちゃん》や《オールマイト》だけじゃない……あのヘドロヴィラン事件の現場にいた《シンリンカムイ》や《デステゴロ》や《Mt.レディ》達がどれだけ小さな存在で、植木さんがどれだけ偉大で…《本物のヒーロー》なのかを理解させられる…

 

 私利私欲のためじゃない…他人(ひと)のために…誰かのために【能力(ちから)】を使い…守り…助ける…それこそが《真のヒーロー》なんだ…

 

 

 

 要するになにが言いたいのかというと…

 

 

 

 『僕は憧れる人を間違えていた…』ということだ…

 

 

 

「……あ…あの…植木さん…」

 

「ん?」

 

「ここまでして指導していただいて…今更なんですが……良かったんですか?」

 

「なにが?」

 

「その…僕にこんな凄い【能力(ちから)】を授けてもらった上に鍛えて強くしてくれた。でも…僕が元の世界へ戻って…この【能力】を使って…今まで僕に酷いことをしてきた人達へ復讐をするんじゃないか……とか…」

 

「なんだそんなことか、俺はそんな心配してねぇぞ?」

 

「…えっ?」

 

「だってお前、そんな《下らない私情》のために【能力】も【神器】も使わないだろ?」

 

「ッ!!!」

 

「お前がその【能力】をどう使うべきなのかは、お前が一番分かってる筈だろ?だから俺が心配することはなんにもねぇよ!」

 

「…植木さん…」

 

 

 

 …やっぱり…

 

 …植木さんは僕にとって《最高のヒーロー》だ!!!

 

 出来ることなら……このまま元の世界に帰らずに…植木さんとウールさんと一緒に居たい…

 

 …そう思っている自分がいた…

 

 

 

 

 

 でも……それは叶わないみたいだ……

 

 

 

 

 

「にしても本格的に《透けて》きちまったなぁ緑髪」

 

「触ればそこに実態はあるのになぁ」

 

「はい…自分の身体が少しずつ《薄まってる》って…なんか変な感じですね…」

 

 

 

 そう……《それ》について気がついたのは数日程前……なんの前触れもなく訪れた……

 

 

 

 

 

 僕の身体が少しずつ消えかけていたのだ…

 

 

 

 

 

 数日程前、青空へ手を翳(かざ)した時…僕の手が透けて青空が見えたのだ!

 

 最初は見間違いだと思ったけど、次の日に同じことをしてハッキリした!

 

 僕が消えかかっていることに!

 

 僕はそれを植木さんとウールさんに伝えると…

 

『それってぇと、お前が元の世界へ戻れるってことじゃねぇか?』

 

 植木さんは颯爽と答えてくれた。

 

『お前がここに来てからもうすぐ300日程……つまりモジャ髪の世界じゃ《3日》しか経ってないっつーことなのか…』

 

 ウールさんは何を思ったのか、難しい顔をして考え事をしていた。

 

 植木さんの言うことが正しいとするなら…『僕は《元(もと)いた世界へ帰れる》…それは確かに嬉しいことだ…お母さんやお父さんの元へ帰れる!奉仕活動で知り合った人達とも会える!きっと皆心配しているだろうなぁ』…と僕はあの世界へ戻れるのは本当に嬉しいんだ!

 

 ……そう…嬉しいんだけど…それは同時に…『僕を無個性という理由で否定してきた《かっちゃん》や《同級生達》、《先生達》や《ヒーロー達》…そして《オールマイト》がいるあの世界へと戻ることになる』…という《不安》が僕の中にあった…

 

 第一に僕が死んでおらず生きてるなら、僕が自殺を図ったことで向こうの世界では何かしらの騒ぎがあったかもしれない…

 とはいえ《無個性の自殺未遂》なんてあの世界では珍しくはないし、もしかしたら大した事件として扱われず、ニュースにもなっておらずに数日過ぎた頃には皆から僕のことなんて忘れられてるかもしれない…

 

 だって…それが…あの世界での《無個性》に対する待遇なんだから…

 

 だからきっと…《かっちゃん》は僕のことを凄く恨んでる…

 

『テメェ!クソデク!下らねぇことしやがって!俺の内申に支障が出たらどうしてくれんだ!あ”あ”ん!!?無個性の分際でよ”ぉ!!!』

 

 とか…

 

『チッ!生きてやがったのか!テメェなんざこの先、生きてても意味なんざねぇんだからよ!くたばりゃよかったんだよ!クソナードが!!!』

 

 とか…

 

『自殺もマトモに出来ねぇのかテメェはよぉ!やっぱお前は役立たずで何も出来ねぇ木偶の坊の《デク》だな!!!』

 

 とか絶対言ってくるよなぁ…

 

「(ハァ…なんだろう…折角生き返れるかもしれないのに…心のどこかで帰りたくないと思っている自分がいる…)」

 

「ま~た、暗いことで悩んでるな~緑髪」

 

「えっ!?あ、あの!?なんで分かって!?」

 

「なんでって?お前が暗い顔で考え事してるから、そうなのかなって思ってさ」

 

「お前が散々な人生を送ってきたのは知ってるけど、帰った方がいいぜ。お前の帰りを待っている人だっているんだからよ」

 

 植木さんとウールさんには…僕の考えはお見通しのようだ……《お母さん》……きっと僕のせいで無理してるんだろうなぁ…

 

 

 

 《母》のことを強く思ったその時だった!

 

「っ!!?こ!これは!?」

 

 僕の身体から小さな光る粒子が出てきた!

 

 それによって僕の身体が本格的に消えていくようだった!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ついに…お別れの時が来てしまったみたいだ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最後くらい笑顔で別れようと…僕は涙をこらえた!

 

「また…会えますよね…植木さん…ウールさん」

 

「さぁな?」

 

「わかんねぇ?」

 

「ええ!?そこは『そうだな』って言ってくれるところなんじゃ!!?」

 

「ん~それは俺にも分かんねぇからなぁ?…まぁ何はともあれ!頑張って《ヒーロー》になれよ!緑髪!」

 

「モジャ髪!帰ったら《オールライト》って奴を追い越して!そのまま《No.1ヒーロー》になっちまえ!」

 

「あの…ですから僕は緑谷ですよぉ…というか…ずーっと言いたかったんですが…植木さんの髪だって緑色じゃないですか…」

 

「おん?あっ!そういえばそうだったな!」

 

「えっ!!?自覚してなかったんですか!?」

 

「自分の髪の毛の色も把握してなかったのかよ植木…」

 

「(ならなんで初対面の時に僕を鏡と見間違えたのぉ!??)」

 

「あとさ?名前なんだっけ?」

 

「えええっ!!?そこからですか!!?出久(いずく)!緑谷 出久(みどりや いずく)ですよぉ!!!」

 

「ワリィワリィ、緑谷 出久だな!よし覚えたぞ!!」

 

「いや…今更覚えられても………ぷっ!あっはははは!」

 

 植木さんは…僕に沢山のものをくれた…【能力】と【神器】は勿論だけど、それ以上に大切なものを…僕は植木さんからもらった…

 

 砕け散った《心》を!

 

 諦めてしまった《夢》を!

 

 本物のヒーローの《正義》を!

 

 そして…僕に《笑顔》を!

 

 その全てを与えてくれた!

 

 

 

 

 

 僕とっての…《最高の原点(オリジン)》!

 

 

 

 

 

 だから別れる前に…どうしても植木さんに聞いておきたいことがあった!

 

 オールマイトに言ったあの質問を…

 

「植木さん…」

 

「んあ?」

 

「僕にも…なれますか…?」

 

「なにに?」

 

「僕も…植木さんみたいな!他人(ひと)を助けられる人間になれますか!?」

 

 僕は恐る恐る植木さんに聞いてみた!

 

 オールマイトと時と少し違えど…内容は同じだ!

 

 植木さんはオールマイトとは違う!

 

 でも…もし…万が一にも…

 

 植木さんにも否定されたら…

 

 僕は…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なれるよ」

 

「えっ…?」

 

「お前は最高のヒーローになれる!俺が保証する!」

 

「!!!………はい!」

 

 植木さんは満面の笑みで最高の返事を言ってくれた!

 

 その言葉だけで僕の胸は一杯になった!!

 

 やっぱりこの人は『本物のヒーローなんだ!』と僕は心に深く刻み込んだ!

 

 

 

 もう諦めたりしない!

 

 

 

 最高のヒーローから…

 

《本当の正義》を!

 

【能力(ちから)】を!

 

【神器】を授けてもらえた!

 

 また会えると信じて…

 

 そして…次に会うときまでに…

 

 必ずなってみせる!

 

 植木さんのような《正義のヒーロー》に!!!

 

 

 

 そう決意した時には、僕の身体はもう足から消えつつあった…

 

「植木さん…ウールさん…本当に…ありが」

 

「これはコバセンと犬のおっさんが言ってた言葉なんだけど…こういう時に言うべきだと思うから言っておくよ」

 

「えっ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「出久……お前はお前の道を歩け!お前の人生だ!」

 

「っ!!!!!????………植木さん…あなたは……僕の《最高のヒーロー》です!……ありがとう…植木…耕助さん…」

 

 僕が植木さんに対する感謝の言葉を述べると…僕は光る粒子と共に…植木さんとウールさんの前から消えた…

 

 

 

 

 

「行っちまったな…アイツ…寂しくなるぜ…」

 

「なぁに、また会えるさ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●現実世界の病院…

 

 

リカバリーガール side

 

「今日でもう1ヶ月経つのかい…早いもんさね」

 

 アタシは今日もこの病院を訪れた…

 

ガラッ

 

「…はぁ…今日もかい…」

 

 1か月前の手術から何度も来ている病室へ入ると…ベッドで眠る息子の手を右手で握りながら…ベッドに突っ伏して眠ってしまっている母親がいる…

 また泣いていたのか…左手には鼻をかんだとみられるティッシュが握られている…

 …というか彼女の傍のゴミ箱には毎度のこと入りきらずに飛び出したチリ紙がいくつが落ちていた…

 

 あの事件から早1ヶ月…この子の母親の容姿は急変しちまったよ…会いに来る度にどんどん痩せちまって…まるで別人さね…

 食事をとるように言ってもまるで聞く耳を持ちやしない…病院の連中も手に負えなくなって…

 最終的にアタシがカウンセリングで…

 

『この子が目を覚ました時に…アンタが元気じゃなくてどうすんだい?』

 

 その言葉を聞き入れてくれてなのか…毎日こちらが用意した食事を食べてくれるようにはなった…でも本当に最低限しか食べないようで…いつ倒れるのかこっちは気が気じゃないよ…

 

 でもこればっかりはアタシの《治癒》でもどうにもできない…《心の病》は…アタシの個性じゃ治せない…

 彼女を元気にさせられるのは《この子》しかいない…

 全ては《この子》の……《緑谷出久》の気力次第さね…

 

 定期的に経過を見て《治癒》を続けたのもあって身体の傷は《古い傷跡》と、個性の使用条件上で治すために日をおいて治癒したせいで《額に残っちまった傷跡》以外全部完治はさせたけど、当の本人は未だに目を覚まさない…

 

 このままこの状況が続けば…母親の方も入院させる事態にもなりかねないからねぇ…

 

 

 

 

 

 とは言っても…変わったのはその子の母親だけじゃないけどさ…

 

 

 

 

 

 1か月前の2つの事件(《ヘドロヴィラン事件》と《無個性の男子中学生の飛び降り事件》)……

 

 あの《大馬鹿者》と《事件に関わったヒーロー達》の《愚行》を皮切りにヒーロー社会は大きく変化しちまったさね…

 

 何よりあの《馬鹿》の名前は世間的には伏せられているものの、アイツの《無責任な発言》は世間に知られ、今まで社会に不遇な扱いをされてきた《無個性》の人々の《ヒーロー》と《無個性を見下す傾向のある個性持ち》への不満が爆発し、ヒーロー達への非難の声が日に日に増え続けてしまっている…

 それは昔からあったことだった…最初こそは気にも止めない小さなことだったけど、溜まりに溜まってしまった《この社会に対する不満》という《火薬》は…今や小さな爆発などでなく《大爆発》となって今のヒーロー社会へとその《火の粉》がバラまかれた…

 

 そして、その《爆発》に油を注ぐかのように《No.2ヒーロー》の家庭事情まで世間に晒されて《ヒーローへの非難》が更に加速した…

 

 おまけにそれは《家庭を持つヒーロー達》全員へも矛先が向けられて、至るところで大騒ぎになっている…

 

 もうすぐ第一子が産まれる《錠前ヒーロー・ロックロック》がマスコミの失礼な態度にキレて怒鳴り返したという報道はまだ耳に新しい…

 

 どうしてトップヒーローってのはこう問題ばかり起こすのかねぇ…アイツが《No.1ヒーロー》だった頃がマトモに思えてきちまうよ…

 

 とはいえ…まだ《この程度》で済んでいるとアタシは思っているよ…

 もし《無個性差別の発言をしたヒーロー》の正体があの《大馬鹿者》だと……《オールマイト》だと世間に知られようものなら…

 このヒーロー社会は崩壊してもおかしくなかっただろうねぇ…

 

 

 

 

 

 そんなことを思いながらアタシは診察を始めた…

 一通り診察を終えるとアタシは患者の《緑谷出久》へ語りかけた…

 

「なぁアンタ…そろそろ起きてやりなよ。アンタが散々な人生を送ってきたのは聞いたさね…辛かったろうねぇ…でもアンタは強く生きてた…誠実で前向きにさね。それでも限界が来ちまったんだね……すまないねぇ……殆(ほとん)どはあの《大馬鹿者》のせいで。アタシもアンタのノートを見せてもらったよ…本当によく耐えてたもんだ…偉いよアンタは………でもねぇ…お母さんを泣かしちゃいけないよ。アンタのお母さん…もう限界さね……早く目を覚ましてお母さんを安心させてやりな…」

 

 眠っている相手に何を言っているんだと思うだろうけど、こりゃアタシの《本心》さね…《医者》としてでなく《人》としてのね…

 

 ともあれ今日の診断結果は以前来た時と大差がない結果だった。他の人の診察もあることだし…そろそろお暇(いとま)するかね…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ん……んん……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「?」

 

 扉を開けようとしたその時、後ろから声が聞こえた…

 

 今の声は?…母親の声?……

 

 …いや違う…

 

 アタシは咄嗟に振り返った!

 

「むおっ!!!??」

 

 危うく腰を抜かしそうになったよ!

 

 なにせそこには!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ん…………ぁ……?」

 

 ほんの少し前まで瞼(まぶた)を固く閉じて、意識が戻る傾向がまるで見えなかった《緑谷出久》が目を半開きで開いて、上半身を起こした状態で辺りをゆっくり見渡していたんだからね!

 

 アタシが扉へ向かう10秒も経たない合間に目を覚ましていた上に起き上がっていたんだから本当にビックリしたさね!!

 

「ア…アンタ!?…目を覚ましたんだね!」

 

「………?…」

 

 アタシの声に反応してこっちを見てはいたけど明らかに様子が変だった…

 それもそうだ…1か月も寝てれば意識がボヤけてるだろうからまだハッキリしてないんだろうさね。

 

 目を覚ましたのは本当に良いことだけど、今は大きな声や衝撃を与えるべきじゃない、事件の際に頭を強く打っていたことから何かしらの障害がある可能性が高い。

 

 それは母親もだ…息子をどれだけ大切にしているのかはこの1ヶ月でよく理解できた…だけど今すぐには対面させるのは双方に悪いと思い、母親を起こさないようにこの子を再度診断をしようとした…

 

 その時…

 

「……ん……いけない…寝ちゃってたのね……ふあ~あ……あら?…リカバリーガールさん…いらしてたんですね…」

 

 今一番起きてほしくないタイミングで母親が起きちまった!

 ベッドを挟んで正面にいるアタシに気づいて挨拶をしてきたけど、これは不味い!!

 

 このまま母親が横を向いたら!!!

 

「すいません…気がつかなくて…ついウトウトして寝ちゃってました……私ったら出久が眠り続けてい…………る…………の……………に………」

 

「………?……」

 

 目を覚まし起き上がっている息子と目があった瞬間…母親の動きが停止した…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「い………い…………い!……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ……えっと…引子さん…落ち着」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「出久ーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!」ダキッ!

 

 母親は意識が戻った息子を目にした途端、病院全体に響き渡るような大声で息子の名前を叫び、両目から物凄い量の涙を流し出して息子に抱き付いた!

 

「良かった!!!良かった!!!目を覚ましてくれて!!!本当に良かった!!!!!」

 

 ここが病院だってことを忘れているのかという位の大声をあげながら、噴水のような涙を吹き出し続ける母親。

 こんな状況でなんだけど…その涙の量に『脱水症状になるんじゃないか?』ってアタシは思っちまったよ…

 

 このまま2人っきりにさせて親子の時間をとらせた方がいいんだろうけど…やはり診察しないことにはそうさせるわけにはいかない…

 

「ちょっと引子さん、落ち着いて……ってのは無理だろうけど…少し話を聞いてくれないかい?」

 

「出久!!出久!!!…はっ!!リカバリーガールさん!ありがとうございます!ありがとうございます!貴女のお陰で出久が目を覚ましてくれました!!!」

 

 母親は一旦息子から離れ、アタシに対して何度もペコペコと頭を下げてくる…興奮しているようで全く落ちつきがない…

 

 どうしたもんかと悩んでいると…さっきまでずっと眠っていた当の本人は、母親が左手に持っていていつの間にかベッドの上に落ちていた《鼻をかんだティッシュ》を右手で拾い上げた…

 

 もう一杯のゴミ箱へ捨てるのかとアタシは思った…

 

 

 

 

 

 でも…それは違っていたよ…

 

 

 

 

 

 何せこの子が次にとった行動に…アタシは度肝を抜かれたからね…

 

 

 

 

 

 その子は手にしたティッシュを手で握った瞬間…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「【ゴミを…木に変える能力】…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何かを口走った途端にその子の右拳から黄緑色の光が放たれた!!!

 アタシだけじゃなく母親も驚いていた!

 

「(いったい何が起きてるんだい!!!??)」

 

 長年医者をやっているアタシでも、今の状況を把握することが出来ず混乱していた!!!

 

 でも…これはまだ始まりだった…

 

 今日一番驚かされたのはこのあとだよ!!!

 

 その子は黄緑色の光を放つ右拳をそっと開くと…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今度は!光を放ち続ける右手から【小さな木】が生えてきた!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんだい!!?

 

 どういうことだい!!?

 

 この子は確か《無個性》だった筈!!!

 

 それはついさっきの診断でもアタシが確認したばかりだった!!!

 

 この子は《個性因子》をもっていない!!!

 

 ならどうして!!!??

 

 

バタンッ!!

 

 

「!?」

 

 頭の処理と状況判断が追い付かずに慌てていると何が倒れた音がした…

 

 母親が倒れてしまったみたいだ……

 

 …当然か…

 

 …いつ目覚めるかわからないでいた息子の意識が戻り…

 

 …更に無個性の我が子が《個性》を使ったのだから…

 

 …オマケに今まで溜まっていた《疲れ》が一気に吹き出てしまったのもあって…

 

 …彼女は電池が切れたかのように気を失っていた…

 

「…夢じゃ……ない…」

 

 掌から生やした【小さな木】を見つめながら…その子はそう呟いていた…

 

 …こりゃ……忙しくなりそうさね…




 《植木君とウールと出久君がいる精神世界の100日》は、《植木君達の世界》からすると《1日》しか経過していない時間系列になっています。
 今作では《出久君が精神世界で過ごした100日》は、《ヒロアカの世界》からすると《10日》しか経過していない設定にしています。
 つまり《ヒロアカの世界で1ヶ月(30日)眠っていた出久君》は、《植木君がいる精神世界》で《300日》過ごしたことにしています。





 年内に次の話を更新できるように頑張ります。





-追加-(R4/2/28)

 今回の話の終盤にて、引子さんと出久君の名前を叫ぶ前の台詞である…

『あ……えっと…お母さん…落ち着』

 という台詞なのですが、この台詞を言ったのは【出久君】ではなく【リカバリーガール】の発言として私は書きました。
 ですが、感想のいくつかを拝見しますと読者の中にはこの台詞を《出久君の発言》と勘違いしてしまった方々もいらっしゃいました。
 皆様にこの台詞が《リカバリーガールの発言》としてちゃんと伝わるように書けず、誤解をさせてしまったこと、本当に申し訳ありませんでした。

※リカバリーガールのセリフの『お母さん』という部分を『引子さん』と修正いたしました。


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ランキングと鉄槌の法則(前編)

 今年最初の投稿です。

 毎度のことながら、お待たせしてしまい申し訳ありませんでした。

 出久君が目を覚ましたことですし、一気に雄英入試直前まで纏めて書き上げようと思い、5話~6話程を同時に進めていたのですが、流石に横着し過ぎました。

 1月が終わっても完成しないため、これ以上更新を送らせるのは申し訳ないと思い、10話と11話を仕上げました。
 それでも2月ギリギリの投稿になってしまい重ね重ね申し訳ありません。

 でもそのおかげで入試までの話の内容はちゃんと決まりました。

 今回の話(10話、11話)は、ヘドロ事件から1ヶ月間の《オールマイトを含めたヒーロー達》がどう過ごしたのかをメインに書きましたので、出久君は登場しません。


オールマイト side

 

『ん……ここは…いったい……私はさっきまで…何を…』

 

 ふと気づくと…私は辺り一面が《真っ暗闇》の場所に立っていた…

 

 私は今の状況を把握するため、周囲を見渡した…

 

『…ん?……な!!???……な……なぜ……どうして……アナタが!!!??』

 

 後ろから人の気配を感じて振り返ると、10メートル程離れた場所に《マントとヒーロースーツを身に付けた黒髪のポニーテールヘアーの女性》の後ろ姿が見えた!

 

 私は《その人》が誰なのかは一目で分かった!

 

 何故なら《その女性》は!

 

 私にとっての《最高の恩師》!

 

 

 

 

 

『おっ!!お師匠!!!』

 

 

 

 

 

 7代目ワン・フォー・オール継承者にして…

 

 私の師匠…

 

 《志村 奈菜》である!

 

 

 

 

 

 この時、私は理解した…

 

 これは《夢》なんだ…と…

 

 だが!夢でも構わない!

 

 今、私の目先にいるお師匠が《私が夢の中で作り出した幻(まぼろし)》だとしても!《本物のお師匠》では無くとも!今の私が抱える《不安》と《悩み》を聞いてほしい!

 

 《無個性》だった私の背中を押して…応援してくれたお師匠にしか相談できない…

 

 私の《弱音》と《本心》を…

 

 

 

『お師匠……私は……私は取り返しのつかない……とんでもない過ちを犯してしまいました………もう私自身…どうすれば良いのか分からないのです。……私は《無個性の少年の夢》に……《緑谷少年の夢》に大きな亀裂をいれてしまった。……それが原因で彼は自殺を図り……一命はとりとめましたが意識が戻るのは何時(いつ)になるのかは誰にも分かりません。……私は彼をそこまで追いつめてしまったんです!!ですから私は!彼への《償い》として!彼を私の《後任》に!新たなる《平和の象徴》に育て上げたいのです!私は彼以外を選ぶことはありません!彼が目を覚ましてくれるまで!私は待ち続けます!それが私に出来る《緑谷少年への償い》なのです!』

 

 

 

 身勝手過ぎるのも…

 

 我が儘なのも…

 

 他人に迷惑をかけているのも…

 

 十分理解している…

 

 そんなことは…あの事件の日からずっと考え悩み続けてきたことだ…

 

 だが今回の件に関しては!もう《No.1ヒーロー》がどうだの《平和の象徴》がどうだのは関係ない!私は1人の大人として!自分が口から出した言葉の責任を取らねばならないのだ!

 

 お師匠ならば!私の気持ちを理解してくれる!

 

 

 

 

 

『………』

 

『お師匠?』

 

 お師匠は私の声に反応してくれず…そっぽを向いたまま…こちらを振り向く素振りすら見せてくれない…

 

『………』…スタ…スタ…スタ…

 

『!?ま…待って……待ってくださいお師匠!!!お師匠!!お師匠ーーーー!!!!!』

 

 お師匠は私に顔を見せてはくれず、暗闇に向かって歩き始めた!!!

 

 私は追いかけようとしたが、何故か足が動かない!!!

 

 私は何度もお師匠に呼び掛けた!

 

 だが…お師匠は一度も振り返ってはくれず…止まってもくれず…暗闇の中へ姿を消してしまった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●ヒーロービルボードチャートJP上半期当日(緑谷出久が目を覚ます2週間程前…)

 

 

「うぅ……お師…匠………ハッ!!?……ゆ……夢?」

 

 目を覚まして私は起き上がった…

 

 私は引き続き…根津校長が用意してくれたホテルに宿泊している…

 

 あの騒ぎ以降…ヴィラン達の活動が頻繁になってしまい、寝る間も惜しんで連日のヒーロー活動をしていた…

 

 しかし、今日は《大事な仕事》をヒーロー協会からの依頼されているため、昨日は早めに就寝した…

 

 だが私は今日の仕事よりも……先程見た《夢》に対して頭を働かせた…

 

「あの後ろ姿は間違いなくお師匠だった………何故です………何故…振り返ってくださらなかったのですか……何故…何も言ってくれなかったのですか…お師匠…」

 

 そんなことを呟いても…答えなんては見つかりはしなかった…

 

 

 

 

 

 私は虚(むな)しい気持ちを押し殺し、頭を切り替えると予定していた時間よりも早く起きてしまったので、余裕をもって出掛ける準備と支度をした。

 

 今日はビルボードチャート上半期がある。毎年5月の末に開催される行事なのだが、今年は予定が変更され1ヶ月早く開催されることとなった。

 それだけではなく、本来ビルボードチャートにはヒーローが集まることはあっても登壇することもない。しかも今年からは《トップヒーロー10人(1位~10位)》は必ず集結させられることとなった。

 

 

 

 

 

 なぜ1ヶ月も早まったのか…

 

 なぜトップヒーロー達が登壇させられるのか…

 

 

 

 

 

 その原因の一端は…確実に《私》にある…

 

 っと…クヨクヨしている場合じゃない!

 

 私は私に出来ることをやらなければ!

 

 でなければ、今も眠り続ける緑谷少年に申し訳が立たない!

 

 私はホテルを出て《ヒーロー協会本部》へ向かうことにした。

 

 

 

 

 

 えっ?ビルボードチャートが開催される会場に向かうんじゃないのかって?

 

 

 

 

 

 私も少し前まではそう思っていたのだが、数日前に突然ヒーロー協会本部からの連絡が入り、『ビルボードチャートには参加せず、当日の朝にヒーロー協会本部へ来てほしい』と言われたためだ。

 

 これは長年のヒーローとしての勘だが…

 

 何か嫌な予感がする…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

None side

 

 少し昔のことを語りましょう…

 

 現在の日本は《オールマイト》という《平和の象徴》の存在によって、ヴィラン発生率は他の国と比べて低く《安全な国》と呼ばれている…

 

 現代の子供達は、日本が平和なのは《オールマイト》がいるからだと認識しており、世界中の子供達は《オールマイト》に憧れをもっている…

 

 そう…それは紛れもない事実であり…子供だけでなく世界中の誰もが知っている当たり前のことだ…

 

 

 

 

 

 しかし…それには1つ語弊(ごへい)がある…

 

 何故なら、オールマイトが《平和の象徴》となる前から、日本のヴィラン発生率は他国より低かったのである…

 

 

 

 

 

 オールマイト以外にもヒーローがいるからじゃないかって?

 

 

 

 

 

 確かに《それ》もある…

 

 事実、現在日本のヴィラン発生率は《3%以下》と限りなく低く『ほぼ平和』と言っても過言じゃない。

 しかし、この数値になったのは《オールマイト》の存在だけではない…

 

 

 

 

 

 この日本という国には……《守り神》がいる…

 

 

 

 

 

 20年以上前にトップヒーローを引退したが、その《存在》によって日本の平和を保ち続ける…《先代No.1ヒーロー》の存在…

 

 オールマイトがヒーローとしてデビューする約10年近く前から、日本は比較的に《安全な国》となっていたということだ…

 

 その《先代No.1ヒーロー》がプロヒーローとしてデビューしたのは今から36年前、彼はその年のヒーロービルボードチャート下半期で《トップ10入り》する程の強さを持っていた!

 更に、彼の快進撃は止(とど)まることなく、次の年のビルボードチャート上半期にて《No.1ヒーロー》に登り詰めるという『伝説』を作りあげた!!!

 

 当時(36年以上前)の日本は、ヴィランが日常茶飯事で悪事をする《暗黒の時代》だった…

 表沙汰にはなってないが…その裏には《悪の帝王》と呼ばれた男が存在し…個性によって成立するこの社会をいち早く掌握(しょうあく)してしまった………その男は《自分に従わぬ者》…《逆らう者》…《抗(あらが)う者》…そして《強い者》を…徹底的に潰していき、この世界を我が物にしようとしていた…

 

 だがそんな《悪の帝王》の侵攻に歯止めをかけたヒーローこそ!《先代No.1ヒーロー》である!

 

 《先代No.1》の登場によって、暗闇に光が差し込むように《ヴィランの時代》を終息に向かわせた!

 彼はデビューして僅か1年で、日本のヴィラン発生率を《10%未満》にまで抑制させるという偉業を成し遂げたのだ!

 

 それだけじゃない、彼がNo.1になるキッカケとなったのは…《10代という若さで…悪の帝王に狙われたことで激闘を繰り広げ……結果として五体満足で生還した》という伝説があるからだ…

 この事実は、ヒーロー協会に勤める者達の中でも、上層部の年配達の記憶の中に眠っている…

 それ故に《先代No.1》は引退した今でも、ヒーロー協会から大きく称(たた)えられていた…

 

 そんな彼は、人々から『ヒーローの歴史上最速でNo.1になった男』及び『平和をもたらした男』と評された。

 

 今の若い世代達こそ知らないだろうが、現在活躍する《プロヒーロー》や《トップヒーロー》達にとっては、その《先代No.1ヒーロー》はオールマイト以上の《憧れの存在》なのだ…

 

 なにせ、あの《オールマイト》と《エンデヴァー》までもが憧れて尊敬するほどに…

 

 

 

 

 

 その伝説のヒーローの名は…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●とある山の中…

 

 

オールマイト side

 

「エ、エンデヴァー!置いてかないでくれ!!」

 

「うるさい!着いてくるな!!!」

 

「そういう訳にもいかないだろう?ヒーロー協会からの命令を忘れたのか?」

 

「……チッ!!何故よりにもよって貴様と共に行動せねばならんのだ!!!」

 

「いや…私にそんなこと言われても…」

 

 私は今、エンデヴァーと共に人里離れた山奥へと来ていた。

 

 

 

 

 

 ヒーロー協会本部へ向かったんじゃないのかって?

 

 

 

 

 

 その通りなのだが…こうなったのにはもちろん理由がある…それは今から数時間前のこと…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●数時間前…ヒーロー協会本部…

 

 

 私は指定時間より前にヒーロー協会本部へと到着したのだが…どういう訳か本部のエントランスには…《エンデヴァー》がいた!?

 

『エ、エンデヴァー!!?何故ここに!?』

 

『オール…マイト!!』ギロッ!

 

 《鋭い目付き》と《ドスの効いた口調》に、エンデヴァーはまた掴み掛かってくるんじゃないかと思い、私は身構えたがエンデヴァーは何もしてこなかった…

 

『エンデヴァー?……もしかして…君も呼ばれたのかい?』

 

『……チッ!!…』

 

 エンデヴァーは顔を背(そ)けたまま私の言葉に舌打ちで返答した…

 

 それから黙(だんま)りになった私達は、係員に誘導されて先日の会議室へと招(まねか)れた。

 会議室の中には、この前と同じ《ヒーロー協会上層部の面子》が揃っていた。

 

『おはようごさいます、ヒーロー協会の方々』

 

『おはようオールマイト、早朝から来てもらって申し訳ないね』

 

『いえ…それで早速なのですが、何故(なにゆえ)に私を呼んだのですか?今日開催されるビルボードチャートに私は出る筈だったのでは?』

 

 挨拶を済ませた私は早速本題に入った。

 

『……そうだな、さっさと本題に移るとするか……オールマイト並びにエンデヴァー、君達2人に《ある人》から仕事の依頼が来た』

 

『仕事?…我々2人にですか?』

 

『あぁ…そうだ』

 

『私とエンデヴァーの2人へ依頼……ということは!何か大きな事件が!?大々的に動こうとしているヴィランの集団がいるのですか!?』

 

『落ち着けオールマイト、詳しいことは依頼主から口止めされていて言えないが、その仕事には《事件》や《ヴィラン》等は一切関係していない』

 

『そ、そうなのですか?ですが…そうなると私達に対する仕事の依頼とは?』

 

『その依頼主いわく『行けば分かる』とのことだ、君達にはこれから《この場所》へ向かってもらう。途中まで我々が送ろう』

 

 そう言うとヒーロー協会の上層部の方々は、会議室にある大きなモニターに目的地を映し出した。

 

『ここは…山…ですか?』

 

 モニターには緑溢(あふ)れる山々が映し出された。

 

『正確には《ワイルドワイルドプッシーキャッツ》が所有する私有地の山だ』

 

『ワイルドワイルドプッシーキャッツ…』

 

 山岳救助において大活躍している4人のヒーロー集団だ。

 と言うことは私とエンデヴァーに依頼してきたのは…

 

『一応言っておくが、仕事の依頼をしてきたのは彼女達ではない。彼女達なら今頃ビルボードチャートの会場にいるだろうからな』

 

『そう…ですか…』

 

 どうやら私の考えることはお見通しのようだ。

 

 だがそうなると益々(ますます)分からない……私とエンデヴァーを呼び出す仕事とは何なんだ?

 

『オールマイト、色々考えたいだろうが君には他にも伝えておくことがある』

 

『伝えておくこと…ですか?』

 

『そうだ、君も今のエンデヴァーの立場と現状は知ってるだろ?』

 

『えっ?…それは…まぁ…』

 

ギロッ!

 

 エンデヴァーは私を睨んできた…

 

 おそらく今すぐにでも私に殴りかかりたい気持ちを抑えこんでいるのだろう…

 

 彼が私に向ける視線は、完全に《人を殺す目》になっているのだから…

 

 それだけエンデヴァーは今、追い込まれている立場なのだ…

 

『今更説明しなくても分かっているだろうから省略するが、実は《今回の仕事》を見事に達成できた際には、君とエンデヴァーに褒美を与えることとなっている』

 

『褒美?』

 

『…フッ…』ニヤリ

 

 褒美とはどういうことだ?

 《事件》も《ヴィラン》も関わりのない仕事な故に、私とエンデヴァーが動くとなれば、今回の仕事はもう達成したようなものだ。

 それで褒美と言われても私は何とも思わなかったが、何故かエンデヴァーは恐い顔をしながら口元に笑みを浮かべていた。

 

『その褒美というのは、オールマイト、君には《例の自殺を図った入院中の無個性の中学生》への面会を許可するという内容だ』

 

『なっ!?なんと!!!それは本当ですか!!!!!』

 

 私はリカバリーガールを通してヒーロー協会から、緑谷少年とその御家族へ接近禁止となっておりお見舞いに行けてない。

 それを今回の仕事を達成すれば解除される!緑谷少年へ!緑谷少年の御家族へ面と向かって謝罪することが出来るということなのだ!

 

『そしてエンデヴァーへの褒美は、現在かけられている《厳罰》の解除だ』

 

『げ!?厳罰の解除!!?』

 

 そんなことをすれば、エンデヴァーはまた自分の子供に《無理矢理の個性特訓》をさせるに違いない!だというのに解決するのが決まったような仕事の褒美にしてはリスクが軽すぎるのではないか!?

 

『よ、よろしいのですか?』

 

『それが依頼主からの要望だ、君達2人を呼ぶからには《それ相応の報酬》を用意しなければ来てはくれないと分かってのことだろう。我々《ヒーロー協会上層部》もそれを黙認している。あと、この件は根津校長とリカバリーガールも承諾してくれている』

 

 根津校長とリカバリーガールまでも!?いったい何を企んでいるのですか…

 

『ただし、これはあくまでも仕事を達成出来たらの話だ…。もし失敗した場合は…更に《重い厳罰》が君達にくだされることとなる…』

 

『重い厳罰とは?』

 

『まずオールマイト、君の場合は引き続き《被害者とその親族への接近禁止》の継続に加えて《数年間の減給》が加えられる。エンデヴァーは《厳罰》の継続と、その厳罰の解除条件である《No.10以内》を《No.1ヒーロー》に変更するという内容だ!』

 

『なっ!?なんですと!!!』

 

 私の《減給》のことはさておき、エンデヴァーへ追加される罰がより厳しくなっていることに驚いた!今のエンデヴァーの立場では《No.10》に入ることすら非常に困難だというのに、それを飛び越して《No.1》にならなければ家族に会うことを許されなくなるとまでにハードルが上がっていた!

 

『因みにエンデヴァーはこの条件を全て聞いた上で、今回の仕事を引き受けてくれた。こうして契約書にもサインして貰ったからな』ペラッ

 

 そういって役員の一人が《1枚の紙》を見せてきた。色々と書いてある紙の一番下の欄に《エンデヴァーの本名》と、実印を持ってきてなかったのか判子の代わりに《エンデヴァーの指印》が押してあった…

 

 エンデヴァーにとっては、このチャンスを逃すことはないと判断して、あっさり提案を受け入れたと言ったところか…

 

 

 

 私はすべてを聞いた上でますます分からなくなった…依頼された仕事内容は分からないが…私とエンデヴァーにとってはメリットが有りすぎる…そこまでして私とエンデヴァーに対する仕事とは何なのかは…

 私の中に《モヤモヤとした違和感》が出来た…

 

 そんな悩む私をよそに、私もエンデヴァーと同じく契約書に名前を書いた。

 その後、ヒーロー協会本部が用意してくれた車に私とエンデヴァーは乗せられて、依頼者が待つ《ワイルドワイルドプッシーキャッツの所有する山》へと向かった…

 

 

 

 そして後(のち)に……エンデヴァーは考えなしに契約書にサインしたことを後悔する結果となった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●とある山の奥…(ワイルドワイルドプッシーキャッツの私有地)

 

 

 数時間前のヒーロー協会での出来事を思い出しながら、私とエンデヴァーは目的地である《ワイルドワイルドプッシーキャッツの施設》へと歩いていた。

 

 因みにヒーロー協会の方々は、プッシーキャッツの施設から離れた場所にあるパーキングエリアで私とエンデヴァーを車から降ろすとすぐに帰ってしまった。

 

「やれやれ、この年になると山道はキツくなってくるな」

 

「フンッ、老いたなオールマイト、この程度で疲れるようなら《No.1》はもう長くは続かんな」

 

 目的地に向かう山道で、ふとエンデヴァーに語りかけたが、エンデヴァーは私に対して敵意を向けた発言しか返してこない…

 彼としては私と共に行動するのは死んでも嫌だろうが、今回の仕事に対しては《背に腹は変えられぬ》ということで我慢している様子だ。

 

 

 

 

 

 それにしても…なぜ今日なのか?

 

 何度も言うが、今日は予定変更された《ビルボードチャートJP上半期》当日、そこには私を始め《今回選ばれたトップ10のヒーロー達》と一緒に、エンデヴァーも赴(おもむ)く予定でいた…

 

 そんな大事な日に何故…

 

 

 

 

 

 考え事をしていると、いつの間にか目的地へ到着していた。

 

 

 

 だが、肝心の施設は電気が点いておらず、中に入って探してみたが誰もおらず、私達は外に出た。

 

「どういうことだ?依頼者がどこにもいない…」

 

「ハッ!貴様と同じで依頼者も相当フザけた人間なのかもしれんな!子供の夢を台無しにする貴様のように!」

 

「なっ!君に言われたくはない!」

 

「黙れ!俺は焦凍の夢を否定したことなど一度もない!俺は俺が作りあげた《最高傑作》をNo.1ヒーローにするために努力してきただけだ!」

 

「また君は!!自分の子供のことを《物》のように!君の子供がそれを望んでいると何故決めつけるんだ!」

 

「うるさい!いいか!焦凍は俺が9年間という歳月をかけて!お前と《あの人》を超えるため育ててきた俺の《最高傑s…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「《あの人》ってぇのは誰のことじゃあ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんなの決まってるだろ!先代No.1ヒーローの《かm……………ッ!!!!!?????」

 

「こっ…この声は……まさか!!!???」

 

 私とエンデヴァーの会話に割って入ってきた《聞き覚えのある声》を耳にし、私とエンデヴァーは辺りを見渡した!

 

 そして施設の屋上で《仁王立ちする男》が目に入った!

 

 

 

「なっ……何故……どうして!?」

 

「何故…アナタが!!?」

 

「フッ!よっと!」

 

 私とエンデヴァーが驚いていると、その《男》は屋上からジャンプして私達の前にやって来た。

 

「久しぶりじゃのぉ…オールマイト…エンデヴァー…」

 

「どうしてアナタがこんなところに!?」

 

「もしかして……私達をここへ呼んだ依頼者というのは!!?」

 

「そうじゃ……俺じゃ!」

 

 

 

 

 

 今になって、ようやく私の中で《モヤモヤしていた違和感》が何だったのかを把握した!

 

 少し考えれば気がつくことだった!

 

 そもそも私とエンデヴァーの2人を個人的に呼び出せる人間は限られている!

 その時点で察するべきだった!

 なのに私は《褒美》に目が眩んで考えなかった!

 

 今回の仕事の依頼者は目の前にいる《お方》じゃない!

 本当の依頼者は《ヒーロー協会本部の上層部》だったのだ!

 そして、その仕事というのは!!!

 

 

 

「お前ら…なんでここに呼ばれたか…やっと分かったじゃろ?」

 

 

 

 エンデヴァーも私と同じことを考えていたのか言葉を失っていた…

 

 今回の私達に対する《仕事》……

 

 それは…《私とエンデヴァーへの制裁》なのだ!

 

 私とエンデヴァーの目の前にいるお方…

 

 《頭にサングラスを引っかけ、海水浴客のような白い帽子に白いアロハシャツに短パン姿をした男》…

 

 今の子供達は知らないだろうが…

 

 このお方こそは!

 

 私に《No.1ヒーローの座》を託してくださったお方で!

 

 つまり《先代のNo.1ヒーロー》!!!

 

 

 

 

 

 ヒーロー名《ゴッドヒーロー・神(かみ)》!

 

 本名《仏野 神(ほとけの しん)》!

 

 個性は《神技(かみわざ)》!

 

 

 

 

 

 私が……いや!

 

 私やエンデヴァーの世代ならば、誰もが憧れたNo.1ヒーロー!!!

 

 そして…お師匠の…志村 菜奈の《相棒》でもあったお方だ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これから私達に何が起きるのか…

 

 それを考えようとした時には…

 

 《神》の両拳が…私とエンデヴァーの顔面にめり込んでいた…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

None side

 

 

 ヒーロービルボードチャートJP…

 

 それは年に2回、日本で開催される《ヒーローの番付》…

 

 上位に名を刻んでいる者程…

 

 国民から《信頼》と《期待》をされ…

 

 人々に《平和》と《笑顔》……そして《希望》をもたらしたヒーローとなる!

 

 

 

 その順位(ランキング)の付け方は《事件解決数》《社会貢献度》《国民の支持率》の集計によって決められる。

 特に《事件解決数》はもっとも重視され、大きな事件を解決したヒーローほど上位にランクインされる。

 

 だが…これは《逆》もしかり…《大きな事件に関わっておきながら何の役にもたたずに事件を解決できなかった場合》や《事件を解決しても犠牲者を出してしまった場合》、ランキングを目に見えて落とされてしまう…

 

 

 

 そんなヒーロービルボードチャートは毎年、上半期は《5月》に、下半期は《11月》に開催され、希(まれ)に開催日がズラされることはあっても数日程度だった。

 だが、今年は急遽予定を変更され、《5月下旬》に予定されていた《上半期》が《4月下旬》に開催されることとなった。

 

 

 

 なぜ1ヶ月も早まったのか……

 

 その理由については、殆(ほとん)どの日本国民が分かっていた…

 

 

 

 今となって《世間の語り草》となっている《2週間前の騒ぎ》…

 あの騒ぎがキッカケで《日本のヒーロー》達の《信頼》と《信用》が失われつつあった…

 

 それを打開する手段として《日本を支えるヒーロー達》はちゃんと存在することを、国民へ再認識にしてもらうために、ビルボードチャートの予定を早めたのだ。

 

 世間の噂ではビルボードチャートが早まったのは、ランキング付けの1つである《国民の支持率》がダダ下がりしていることを考慮し、上位にランクインするヒーロー達への支持率が下がる前に集計をし順位を出そうとしているんじゃないかとの《噂》と……もし5月末に予定通りに開催しようものなら、今のヒーローランキングが滅茶苦茶となり混乱が起きてしまう可能性を予測して、1ヶ月早く開催されるのではないかという《噂》があった…

 

 

 

 トップヒーローだって《人》……

 

 《絶対に失敗をしない完璧な人間》なんてこの世に存在しない……

 

 現No.1ヒーローがそうであるように……

 

 

 

 要するに何が言いたいかというと《ビルボードチャートが早まった大きな要因》は、No.1ヒーローである《オールマイト》の格下げを防ぐためである…

 もしあと1ヶ月も待っていたから《平和の象徴》が《2位》へと落ちてしまう可能性を恐れたヒーロー協会が手をうったということだ…

 更に言うと今回の番付にて、トップヒーローの1人が《2位》から《最下位》に落とされることが確定しているため、今年は去年以上に多くの人々が注目して目を光らせていた。

 そんな全世界が注目する中で、もし《オールマイト》が《1位以外》になろうものなら、36年前より継続してきた《日本の平和》が崩れる恐れがあるのだ。

 

 

 

 

 

 ヒーローランキングの歴史上でもっとも早く…10代にてトップ10入りを果たしたヒーローは僅か《2名》…

 

 1人目は…現在21歳のNo.4ヒーロー《ウィングヒーロー・ホークス》!

 18歳でプロヒーローとなり、デビューしたその年の下半期でトップ10入りを果たしている。

 人々は彼を『2番目に速すぎる男』と呼んでいた。

 

 

 

 

 

 そして2人目は…ホークスと同様に18歳でデビューし、その年の下半期でトップ10入りを果たしただけでなく、なんと次の年の上半期にて歴代最速最年少で《No.1ヒーロー》となるという前人未到の偉業を成し遂げた男がいた!

 圧倒的な頭角を見せ、その記録を塗り替えたヒーローは未だに存在しない…

 当時の世間やヒーロー協会などでは、その男を『神の生まれ変わり』『最速の男』『最強のヒーロー』などと呼んでいた!

 そして、引退した今では『生きる伝説』とも評されている…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●ヒーロービルボードチャートJP開催場…

 

 

 その日、ある《ドーム状のスタジアム》には大勢の人々が集まっていた。

 

 《一般人》のみならず《マスコミ》や《メディア》、そして《ヒーロー》までもが大勢来ていた。

 

 既にスタジアム内は満席であるというのに、それでも外には長蛇の列が今も増え続けている。

 

 そんな中、いよいよ開催される毎年恒例の行事に、TVカメラを向けられている1人のアナウンサーが語り始めた。

 

『毎年5月の下旬に開催されるビルボードチャート上半期!ですが今年は急遽予定が変更され1ヶ月早まりました!しかし、変更されたのはそれだけではありません!これまで発表の場にヒーローが登壇することはありませんでした、しかし今年からは違います!』

 

 

 

 暗い会場のステージが突然明るくなった!

 

 

 

『ご覧ください!日本が誇るトップヒーロー達の登場です!!!』

 

 アナウンサーは少し興奮気味、TVの向こうにいる視聴者へ熱く語った!

 

 本来、この発表の場にヒーローが集まる必要はないのだが、今年からは《あること》が原因でトップ10のヒーロー達は必ず出席することが決定されてしまい、上位10人のヒーローは出席を余儀なくされた。

 

 そんな実力あるヒーロー達が雁首(がんくび)を揃えて初めて開催されるこの発表の場にて、今年の上半期に選ばれたトップヒーロー10名とは…

 

 

 

『No.10!怒濤のランクアップ!その快進撃は止まるところ知らない勝ち気なバニー!今回でついにトップ10入りを果たしました!ラビットヒーロー《ミルコ》!』

 

「良かったなぁ不良鮫!やっと一桁の順位になれてよ!まぁそれも今回だけ、次でアタシが追い抜けば、また二桁の順位に逆戻りだけどな!」

 

 

 

『No.9!1ランクアップ!ヴィランぽいヒーローランキングでは常に上位3位内をキープ!海の王者!鯱ヒーロー《ギャングオルカ》!』

 

「黙らんか兎娘!俺は《不良》でも《鮫》でもない…《鯱》だ!それにこんな格上げ…《不名誉》でしかない!お前もそう思うだろリューキュウ…」

 

 

 

『No.8!こちらも1ランクアップ!強く!雄々しく!美しい!ドラグーンヒーロー《リューキュウ》!』

 

「確かに、私もこんな形でランキングが上がるのは…素直には喜べないですよ…ギャングオルカさん」

 

 

 

『No.7!こちらも1ランクアップ!キレイにツルツル!CMでお馴染み!洗濯ヒーロー《ウォッシュ》!』

 

「ワッシャ!ワッシュシュシュシュシュッ!」

 

 

 

『No.6!現状維持!THE・正統派の男は堅実に順位をキープ!シールドヒーロー《クラスト》!』

 

「オールマイト、アナタと同じ場に登壇できるこの日を…私は心待ちにしておりました!」

 

 

 

『No.5!2階級特進!その実力は未だに衰(おとろ)え知らず!具足ヒーロー《ヨロイムシャ》!』

 

「フム…上位《2名》を除けば斯様(かよう)な番付、全て時運による誤差…(だが…まだ《アイツ》に追い付くことは出来ぬか…)」

 

 

 

『No.4!ミステリアスな忍びは《解決数》も《支持率》も鰻のぼり!忍者ヒーロー《エッジショット》!』

 

「やれやれ…こんな大舞台で注目を浴びるのは…慣れないものだ…」

 

 

 

『No.3!マイペースに!しかし猛々(たけだけ)しく!破竹(はちく)の勢いで今!3番手へ!ウィングヒーロー《ホークス》!』

 

「3位かぁ……もっと下が良かったなぁ……」

 

 

 

『No.2!クールなナイスガイは遂に王座の前へ到達!デビューして初の2位の座へ!ファイバーヒーロー《ベストジーニスト》!』

 

「フッ…」

 

 

 

 会場アナウンサーによって紹介された10位から2位までの9人のヒーロー達はステージへと上がった。

 

 

 

『そして!』

 

 ステージの照明が全て落とされ、会場全体が真っ暗になった。

 

『2週間前の一件があってもなお!その順位は揺らぐことのない不動の1位!会場の皆さん!盛大な拍手でお出迎えください!

No.1!平和の象徴!《オールマイト》!!!』

 

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 会場全体に響き渡る無数の拍手と共に、ステージまでの一本道の入り口へ、いくつものスポットライトが照らされた!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あれ?……オールマイト?』

 

 アナウンスをしている女性の困惑した声が会場全体に響き渡った…

 

 スポットライトが照らされた場所に《オールマイト》の姿は、影も形もなかった…

 

 てっきりいつもの笑い声が聞こえてくるとばかり思っていた会場の人々も動揺していた。

 

「なんだ?どうしたんだ?」ザワザワ

 

「オールマイトは?」ザワザワ

 

「いないぞ?」ザワザワ

 

「まさか遅刻とか?」ザワザワ

 

「そんなバカな、オールマイトに限ってそんなことあるわけないだろ?」ザワザワ

 

「もしかして他の場所からサプライズ登場する気なんじゃね?」ザワザワ

 

「あ~あり得るな、あの人なら」ザワザワ

 

「にしちゃ…全然出てこないなぁ?」ザワザワ

 

「そろそろ登場してくれないと会場の熱が冷めちまうぜ?」ザワザワ

 

「なんや?ホンマに来てへんのとちゃうんか?」ザワザワ

 

「急な仕事が入ったとかじゃねぇの?」ザワザワ

 

「No.1ってのはホント忙しいね~」ザワザワ

 

 オールマイトがいつまで経っても現れないことで、会場にいる人々がザワついていた。

 

『み、皆さん落ち着いてくださ……ちょっと何よ!今忙しいんだから後に!……………って!それって本当なの!?そんなの聞いてな……えっ!?ついさっきヒーロー協会からの通達!?』

 

 マイクのスイッチを切らなかったせいか、アナウンサーの声が駄々漏れで会場に響いていた。

 何やらアクシデントが起こったようだ。

 

 そして次にアナウンサーが伝えた言葉は、会場の人々を騒然とさせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『え~~~っと…皆さん…大変申し上げにくいのですが……先程ヒーロー協会より緊急の知らせが入りまして……本日いらっしゃるはずだったオールマイトさんとエンデヴァーさんは………来られなくなってしまったようです…』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ええええええええええええええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!?????』

 

 会場にいた人達が不満の声を上げた。

 

 オールマイトが来ていないことは勿論だが、エンデヴァーが来ていないことに対して、大きな不満を持っている様子だった。

 

 何故かと言うと、今回のビルボードチャートは《トップヒーロー達の発表》だけでなく、《エンデヴァーの謝罪会見》も予定されていたためだ。

 

 実はエンデヴァーに対しては、あの騒ぎ以降から《謝罪会見》をするように声が上がっていたのだが、当の本人はそれを無視して全国を飛び回りヴィラン退治に勤(いそ)しんでいた。

 

 なので、今回の全国中継されているこの会場にて《謝罪会見》をするように、ヒーロー協会から命令されていることを世間は知っていたため、会場へ来た人達(特にヒーロー)はそれが目的で集まったと言っていいのだ。

 

 会場がパニック状態になる中で、ステージに登壇していたNo.6ヒーローはオールマイトが来てないことに両膝と両手をステージにつけて物凄く落ち込んでしまっていた…

 他のトップヒーロー達はオールマイトはともかく、エンデヴァーに対する《尊敬》などは冷めつつあった…

 半月ほど前に《エンデヴァーのヒーロー脱退》についてリモート会議を開いた際、エンデヴァーのヒーロー免許剥奪に待ったをかけたのは確かに自分達(ミルコ以外)だ……しかしそれは《ヒーローとしての実力》だけの話で、《人》として《父親》としては失格だと全員が思っている。

 

 そんな会場中に不満が募っていると…

 

 

 

 

 

『皆さん…静粛にしてください』

 

 

 

 

 

 マイクを通してアナウンサーとは違う女性の声が会場に響いた…

 

 ステージのマイクスタンドの前にいつの間にか《金髪のマダム》が立っていた。

 

『オールマイトとエンデヴァーの件につきましては、ここにいらっしゃった《No.10》から《No.2》のヒーロー達のインタビューのあとに、私から詳細をご説明いたします。ですので、どうぞ皆様…静粛にお願いいたします』

 

 ヒーロー公安委員会のマダムが観客を静かにさせている間、ホークスがベストジーニストに小声で話しかけていた。

 

「ベストジーニストさん、なんでか分かりませんがオールマイトさんはいらっしゃらないみたいですよ。実質今この会場での1番はアナタになる訳ですが、どういう気分ですか?1番って?」ヒソヒソ

 

「………」チラ

 

 ベストジーニストはホークスの問いに対して一度視線を向けたが、何も答えることなく目を閉じてしまった。

 ホークスはベストジーニストの態度を不快とは思わずに、口チャックの仕草をした。

 

『そ、それでは1人ずつコメントを!』

 

 マイクを持った女性が10位のミルコからインタビューを始めた。

 

 

 

『今悪いこと考えてる奴!最近調子のって暴れ始めた奴!全員アタシにブッ飛ばされる覚悟しておけよ!』

 

 TVの向こうにいるヴィラン達に対して、宣戦布告を告げるミルコ。

 

 

 

『多くは語らん…俺はヒーローとして…成すべきことをするだけだ…』

 

 言いたいことが山程あったが、それを簡潔に纏めたギャングオルカ。

 

 

 

『ありがとうございます。与えられた順位に相応しいヒーローになれるように、今の日本を平和にしていくために、今後とも精進させていただきます』

 

 長くもなく短くもない、だが言いたいことは全て伝えたリューキュウ。

 

 

 

『ワッシュ!!』

 

 普通に喋ることも出来るのに、何故かアイデンティティーを突き通すウォッシュ。

 

 

 

『……ウオオオオオオオーーーーー!!!俺はもっと頑張らせていただくぞーーーー!!!』

 

 オールマイトの欠席でずっと落ち込んでいたが立ち直り、大泣きしながらインタビューに答えるクラスト。

 

 

 

『これからもやることは変わらん…(それに…アイツに追い付けぬまま…おめおめと引退など出来んからのぉ…)』

 

 インタビューに答えながらも、この場にいない《かつての同胞》のことを考えるヨロイムシャ。

 

 

 

『支持率だけで言えば、ホークスさんとも大差のない立場でしたね!エッジショットさん!』

 

『数字に頓着はない…結果として多くの指示を頂いたことには感謝しているが…名声のために活動しているのではない…安寧をもたらすことが本質だと考えている』

 

 自身とホークスとの支持率の差がそこまでなかったことを聞かれ、エッジショットが淡々(たんたん)と答えていたら…

 

 

 

「それ聞いて誰が喜ぶんです?今、巷(ちまた)で噂になってる《ヒーロー狩り》ぐらいですか?」

 

 

 

(シーン)

 

 

 

 エッジショットのインタビュー中に口チャックを開けて割り込んできたホークスの一言によって、会場の音が無くなった…

 

「若い者(もん)が言いよるわい…」

 

「相変わらず…場を乱すのが好きだな…」

 

「我慢が苦手なだけですよ」

 

 ヨロイムシャとエッジショットの返事を軽く受け流しながら、ホークスはアナウンサーからマイクを手に取ると、羽を広げてゆっくりと飛び上がった。

 

 

 

『えーっと、《支持率》だけで言うと、1位が《オールマイト》さん、2位が《ベストジーニスト》さん、3位が《俺》で、4位が《エッジショット》さん、んで5位は今回最下位に落とされた《エンデヴァー》さんっと。支持率って…俺は今1番大事な数字だと思うんですよ。2週間前の騒動が発端で、国民は俺達ヒーローの一挙手一投足を厳しく見ているっつうのに、トップヒーローが雁首揃えて言うことがそれだけでいいんですか?やることや抱負を変えなくていいんですか?今も何処かでヴィランが悪さして国民が困っているかもしれないって時に、俺より成果の出てない人達が、何を安パイ切ってるんですか?もっとヒーローらしいこと言ってくださいよ?先輩方』

 

 

 

 ホークスの発言を聞き、会場にいる人達は改めて現実的に考えさせられた。

 それはヒーロー達も同じで、ホークスがヒーローである自分達に対しては、いったい何を言いたいのかを把握できたからでもある。

 

「しかめっ面してると思ったら」

 

「相変わらず何考えとんのか、よう分からんな」

 

「言ってることは分からんでもねぇけどさ」

 

 会場の席に並んで座っているロックロック、ファットガム、カルパッチョの3人はそう呟いていた。

 

「マイペースっちゅうかなんちゅうか…」

 

「まぁ、ああいうところも《神》に似てるって言われてるんだろうな」

 

「同期が《神の後継人》なんて称(たた)えられてんのは喜ぶべきなのかねぇ」

 

 3人それぞれ意見を述べる…

 《ホークス》というヒーローが《No.1》になりたがらない理由がなんなのかを全員知っているようだった。 

 

 

 

『俺からは以上です』

 

 ホークスは会場から聞こえてくる小言なんて気にする様子もなく下降していき、空中に浮きながらベストジーニストにマイクを渡した。

 

「さあ次どうぞ?〆(しめ)はヨロシクお願いします。《エンデヴァーの後釜》さん、《No.2》」

 

「………」

 

 ベストジーニストは無言のまま、ホークスからマイクを受け取った。

 

 会場にいる一般市民達はベストジーニストに同情を向けていた。

 

「ホークスの言うことも一理ある…」

 

「こりゃベストジーニストさん話し辛いぞぉ…」

 

「オールマイトが欠席したせいで、大トリを任されちゃったのもあるからなぁ…」

 

「ヘタなことは言えないぞコレ…」

 

 トップヒーロー達のインタビューの締めくくりをしなければならないベストジーニストは何を言うのか……不安もあるが、それと同じくらい期待もしていた。

 

 

 

『……ふぅ……後輩にここまで言われては…先輩ヒーローとして…私から皆さんへ伝えることは1つです…』

 

 全国が注目する中、ベストジーニストが国民へ伝えた言葉は…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『私達を…信じてくれ…』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベストジーニストが言った言葉はそれだけだった…

 だが…その言葉には…ベストジーニストがヒーローとしての立場をどれだけ理解しているのか、人々の期待に答えて平穏を取り戻してみせるという《強い覚悟》が伝わってきた…

 多くの国民が求めていた言葉を…ベストジーニストは言ってくれたのだ…

 

 

パチッパチッパチッパチッ

 

 

 不意に誰かが拍手を始めた。

 

 その誰かはホークスだった。

 

 

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 ホークスの拍手につられて会場の人々は盛大な拍手をベストジーニストに送った。

 

 

 

 

 

 その後、先程の《金髪のマダム》が再び説明を始めた。

 

『今回、このような場を設(もう)けたのは《節目》だと判断したからであります。皆さんもご存じだと思いますが、2週間前の《とある出来事》をキッカケに…この社会は不安定になりつつあります。《ヒーロー達の失態》が明かされたことによっての《若手ヒーロー達の引退》…《ヴィランの活性化》が起きてしまいました。…正直に申しますと我々も手を焼いている状況です。この国を守ってくれるヒーロー達はここにいます………それでも手が足りていないのが現実です。オールマイトとエンデヴァーの件をお話しする前に、事態の修正と改善に加え、新しい門出として我々から《3つ》発表したいことがあります』

 

 ヒーロー公安委員会の責任者たる彼女が、現状報告だけでなく、何か新しいことを始めようとしていることに会場は注目し耳を傾けた。

 

 それから彼女の口から語られる3つの内2つは、場合によっては《ヒーロー》という存在そのものを揺るがす発表だった。

 

 

 

『まず1つ目、若手ヒーロー達の確保ために、過去《仮免試験》にて惜しくも合格を逃した受験者の方々へ、ご希望があればもう一度《仮免試験》を受験させることとします。そして、ヒーロー高校に通っていない生徒達にも、個性を生かした《救助活動》《避難誘導》《ヒーローのサポート》という立場での《プロヒーロー》の就職を許可することを決定いたします』

 

 

 

 いきなり1つ目から重大発表だった!

 

 この世にはヒーロー高校に入ったものの《仮免》を取ることが出来ずに卒業を迎え、ヒーロー以外の仕事に就いた者達は五万と存在する。

 そんな彼らにもう1度だけ《プロヒーロー》になれるチャンスを与えると言うのだ!

 

 更に《戦闘向きでない個性》であるために、ヒーローの道を諦め、ヒーロー高校に入学しなかった生徒達にも、《プロヒーロー》へ就職する許可が出されたのだ!

 本来《プロヒーロー》になるためには、ヒーロー高校に通い、その過程で仮免を取ることによって、卒業後に《自分のヒーロー事務所》を開くか、もしくは《現役プロヒーローのサイドキック》としてデビューし、そこから名を上げて《プロヒーロー》となるかである。

 なので、ヒーロー高校でない普通の高校生が《プロヒーロー》になれるという発表は、若い世代達には衝撃的な内容だった!

 

 

 

『次に2つ目、実践経験と現場経験をふまえたベテランヒーロー達の代役として、警察と自衛隊などに所属する方々に、ヒーロー協会からの試験を受けていただき、その結果次第で《個性使用許可証》の配布をいたします』

 

 

 

 2つ目の発表も衝撃的だった!

 

 現代で《個性》を使うためには《プロヒーロー》となり、国や政府の許可を得て《ヒーロー免許》を所持するか、もしくは《ヒーロー免許》を所持するプロヒーローの監視下でなければ使うことを許されない。

 個性を無断で使い、人を傷つけたり、悪事を働く者は《ヴィラン》と認定される。

 

 それがこの世の当たり前だった…

 

 その当たり前が崩されて、これからは本来無断で個性を職務に使ってはならない警察や自衛隊等にも《ヴィランの対処》に協力してもらうために、《個性使用許可証》を所持させようというのだ!

 

 

 

 この《2つの案》によって少なくとも《人手の確保》は出来る!

 だが…これは現役ヒーロー達からすれば…有難(ありがた)いことであると同時に、《ヒーロー》という存在が将来《不要》になるのではないかという不安な感情にかられてしまうのだ…

 

 個性を使ってヴィランと戦うのは《ヒーローの定(さだ)め》である…

 しかし現実は、2週間前までの《ヴィラン発生3%以下》など嘘のように、日本ではヴィランが活発となって事件が続出してしまっている………それを打開するために《社会人となった一般人》や《警察》や《自衛隊》などにも手を借りなければ《平和》を保つことが出来ないというのだから、ヒーロー達は自分の不甲斐なさを改めて思い知らされてしまっていた…

 

 

 

『そして3つ目は………』

 

 

 

 会場にいるヒーロー達の気分が暗くなる中…3つ目に上げられた打開策……

 それは落ち込むヒーローの気分を一変させる重大な発表だった!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな重大発表の最中…

 

 欠席したオールマイトとエンデヴァーはどうしてるかというと………




 読みやすい長さを考慮して、前編と後編に分けました。

 神様の名前と個性はオリジナルです。


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ランキングと鉄槌の法則(後編)

 雄英入試までの話の流れですが、今のところは…

・オールマイトや爆豪が過ごした1ヶ月間…

・意識が戻った出久君のこれからの生活…

・出久君の雄英入試までの特訓期間…

・ヒロインの登場…

を主な内容として書き進めております。



 ネタバレになるので多くは言えませんが、出久君の特訓期間中に《オリジナルの話》を加える予定です。


●ワイルドワイルドプッシーキャッツの私有地の山中…

 

 

オールマイト side

 

 私とエンデヴァーは、久しぶりにお会いした《先代No.1》こと《ゴッドヒーロー・神》……通称《神様》に…有無も言わずに顔面をブン殴られた…

 

 私もエンデヴァーもいきなりのことで受け身をとることも避けることが出来ず、神の拳をモロに喰らってしまった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぶっちゃけて言わせてくれ………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 滅茶苦茶痛いーーーーー!!!!!?????

 

 

 

 

 

 久しく感じたことのない激痛に頭がおかしくなりそうだ!!?

 

 それにもしマッスルフォームでなかったら…私は間違いなく死んでいた!!!

 

 先日に電話で声は聞いたが、5年ぶりの再会でいきなり殺されそうになるなんて!!?

 

 

 

 

 

 神に殴られて吹っ飛ばされた私達は《隣の山》へ激突し、頭から突き刺さっていた!

 

 だが、そこは《現No.1》と《No.2へ登り詰めた男》!

 ギリギリのところで意識を失いはしなかった!

 

 

 

 

 

 この時点で気絶していれば…どれだけよかったことか…

 

 それを後々(のちのち)に嫌と言うほど思いしらされた…

 

 

 

 

 

 私達は山の地面に突き刺さった上半身を何とか引っこ抜き、呼吸を整えた…

 

「ハァ…ハァ…ハァ……うぅ!?……やっぱり痛いーーー!!?」

 

「ぐっ!?ぐおおぉっ!!!」

 

 エンデヴァーも無事のようだが…明らかに痛そうな様子だった…

 

「どうじゃあ?痛いか?」

 

「「ッ!?」」

 

 施設からここ(隣の山)までかなり距離があるというのに、気がつけば神はすぐ近くにいた!

 

 まだまだ神は現役(げんえき)だということを私は改めて認識した!

 

「あた……当たり前だろ!!イデデッ!!くっ!!何のつもりなんだ!?」

 

 神から問答無用のパンチを喰らったエンデヴァーはご立腹のようだが、怒鳴りながらも神に対して敬意を持っていた。

 

「何のつもりじゃと?お前ら…自分の胸に手を当てて考えてみろ……心当たりがないとでも?」

 

 神はエンデヴァーからの質問を質問で返していた…

 

 やはり《そういうこと》なのかと私は理解した…

 

 神は私とエンデヴァーにお怒りなのだと…

 

「どういうことだ!?俺はアンタに殴られる筋合いなんてない!」

 

「……はぁ……無駄な質問をしたな……え~っと『何のつもり』だっけか?そいじゃあ率直に答えてやる。オールマイト、エンデヴァー、お前ら2人への仕事はあの施設についた時点でスタートしとるんじゃ……んでその内容は…

 

『《一時間》…俺と戦って負けるな』…

 

それだけじゃ…」

 

「ッ!!!???ア…アナタを…相手に…」

 

「負けるな……ですと!!!???」

 

 

 

 

 

 神から告げられた今回の仕事の内容…

 

 それは…

 

 私とエンデヴァーの…

 

 《死刑宣告》にも聞こえた…

 

 

 

 

 

「そうじゃ、今回の仕事を依頼してきた本当の依頼主は…………お前らももう気づいとるじゃろうが《ヒーロー公安委員会の責任者》じゃよ。俺にお前ら2人へお灸を据えてくれと頼まれたんじゃよ!

(本当は《根津》と《リカバリーガール》、あと《グラントリノ》の3人からも念押しで頼まれたからなんじゃがのぉ…)」

 

「お灸だと……フザけるな!この《馬鹿》はともかく!何故俺までが!!!」

 

「こんな状況になってもお前はまだ分からんのかエンデヴァー………いいじゃろう…最初はこんな仕事やる気なんぞなかったが…こうなりゃ俺がテメェらのその《腐りきった根性》を徹底的に叩き直してやる!」ゴギッ!バキッ!

 

「叩き直すだと…フザけるな!いつまでも獅子王面(ししおうづら)をするな!この《老いぼれ》!!!」

 

「ゴラッ!!?誰が《老いぼれ》じゃ!!!俺はいつでも新鮮ピチピチじゃ!!!ボケッ!!!」

 

 神は首や拳をバキバキと鳴らして戦闘態勢をとった!

 

 私とエンデヴァーも瞬時に戦闘態勢を取った!

 

 神から感じされる殺気が私の肌をビリビリと刺激する……

 

 本能的に伝わって来るのだ…

 

 このお方は…私達を本気でブチのめそうとしているのだと…

 

 というかエンデヴァー!?神様を煽るのは止めてくれ!!?

 

 本気の神を相手に《一時間》…

 

 この場所に着いた時点で、既にスタートしてたとするのなら…先程施設内を10分程フラフラしてた時間を引いて…残る時間は《約50分》…

 

 

 

 

 

 元No.1ヒーローが相手とはいえ、現役No.1ヒーローとNo.2ヒーローが2人掛かりで戦うのだから、50分なんて余裕だろうって?

 

 

 

 

 

 ここは『YES』と答えるのが、現役No.1の私がするべき返答なんだろう…

 

 だがすまない…このお方が相手では…私の返答は『NO』だ…

 

 何故って?

 

 それは10分も経てば分かることさ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いや…10分も経たない内にその答えが出てしまったよ…

 

 私にとってその10分は1時間以上にも匹敵したがね…

 

 なぜって?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 10分も経たない内に…

 

 私とエンデヴァーは…

 

 ズタボロになって地面に倒れ伏せていたからだよ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐっ……!?…がっは!!……うぅ…」

 

「ぬぅ…!?ぐおっ…!!!…ごはっ!!」

 

「どうした?あと40分も残っとるぞ?現役のNo.1とNo.2はその程度か?」

 

 多少息切れをしているが、我々とは対照的に神にはまだまだ余裕がある様子だった。

 

 それに、私達が戦っていた《山》は削られて、いつの間にか《谷》になってしまっていた…

 

 たった10分で山が谷になるなんて信じられないだろうが…本当のことだ…

 

 24年前に引退なされた元No.1である《神》を相手に、《現No.1》と《現No.2(今回で最下位)》が2人掛かりで挑んでも全く歯が立たない!

 

 私の渾身の《デトロイト・スマッシュ》は《片手》で受け止められ、エンデヴァーの《必殺の炎技》は《拳圧》や《息》で吹き飛ばすという…なんとも人知を超えた強さ!

 

 やはり…この人の強さは現役時代から衰(おとろ)えてなどいないのだ!!!

 

「どうしたエンデヴァー?さっきまでの大口はもう言わんのか?」

 

「くっ!?…ぬおおおおお!!!」

 

 誰が見ても重傷な身体を無理矢理に動かしてエンデヴァーは立ち上がった!

 

「ほぅ立ったか…流石は実力だけでNo.2に登り詰めた男じゃのう…」

 

「ハァ…ハァ…こんなことをして……ハァ…何の意味があるというんだ…ハァ……ハァ……俺達を痛めつけて何の意味がある!ゴハッ!?」

 

「《痛めつける》じゃと?お前の奥さんや子供達が受けてきた《痛み》に比べれば、まだまだ序の口じゃぞ?」

 

「なっ!?なんでアナタに俺の家族のことを……ハァ……ハァ…口出しされなければいけないんだ!俺の息子は!…ハァ……オールマイトを…そしてアナタを超えるために!……ハァ…俺が長年かけて作り上げてきた!俺の《夢》なんだ!!!」

 

「それが子を持つ親の言うことか!!ふっざっけんじゃねえええ!!!!!」

 

「「ッ!!???」」ビクッ!!!

 

 神は怒号でエンデヴァーに返答した!

 

 エンデヴァーだけでなく、私もその怒号に身震いしてしまった!

 

「何故……何故《個性婚》なんて下らない真似をしたんじゃ!!!お前は!!お前は奥さんと子供も愛しとらんのか!!!??」

 

「ッ!!?結婚もしてなければ子供もいないアナタに何が分かる!!?」

 

「んなもん知るか!!俺には奥さんもいなけりゃ子供もおらん!俺が惚れた女は!生涯ただ1人じゃ!!!」

 

「だったらアナタに!親子のことでとやかく言われる筋合いはない!!」

 

「ああそうじゃ!確かに俺にはその筋なんてねぇ!!じゃがなぁ!こんな俺にだって!《自分の子供に愛情を注ぐことも、育てることも出来なかった奴の辛さ》くらいは分かるんじゃよ!!!」

 

「(っ!!?…神……まさか……それは…)」

 

「どういう意味だ!!?」

 

「俺が惚れた女は…俺の親友であり…プロヒーローであり…そして俺の…《初恋の相手》じゃ…」

 

「?」

 

「(…神……やはりアナタは…今でも《お師匠》のことを…)」

 

「じゃが…ソイツは既婚者じゃった…俺の恋はアッサリと散ったよ。じゃがなぁ…それでも俺はソイツが幸せなら!それでいいと思っとったんじゃ!………じゃが…ソイツの夫は…《ある凶悪なヴィラン》によって殺された!夫が殺されたことで、ソイツは我が子にそのヴィランの手が及ばないよう里子に出したんじゃ……その子の行方(ゆくえ)を知ってるのは《ソイツ》と《ソイツの盟友》だけ…今何処で生きとんのか全く分からん。……………くっ…!…いいかエンデヴァー!!!《自分が腹を痛めて生んだ我が子の傍にいること》も!《愛情を注ぐこと》も!《育てることも出来ないというのがどんなに辛いこと》か!そして!《親の愛情を貰えないことが、子供にとってどれだけ寂しいこと》なのか!子供を持つ父親のお前なら分かるはずじゃろ!!?どうなんじゃ!!!答えてみろ!!!」

 

「………フッ……アンタが惚れた女と言うのが誰かは知らないが……結局は子育てを放棄してまでヒーローの道を選んだということじゃないか……どちらも両立できないとはなぁ……その女こそ…親として失格じゃないのか?」

 

「なっ!?ぐっ!!エンデヴァー!貴様!!!」

 

 知らないとはいえ、お師匠を侮辱する発言をしたエンデヴァーに私は無理矢理起き上がって掴みかかろうとした!

 

 ……だが…私が動こうとすると、神は私に『動くな』と視線を向けてきたため…私は動かず大人しくした…

 

「……エンデヴァー…俺は昔、その親友から《未来の大切さ》を教えられた…」

 

「…ふん……それで俺にも…その女のように未来を大切にし…家族を愛して幸せに生きろというのか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや…死んだよ……29年前…その《凶悪なヴィラン》に殺されてな…」

 

「ッ!!!??」

 

「(………お師匠…)」

 

 悲しみを圧し殺しながら神は言った…

 

 神は今でも…29年前のあの日のこと…

 

 後悔し続けているのだ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●29年前…

 

 

 その日は…私にとって…永遠に忘れることない《運命の日》だった…

 

 お師匠と先生と私が…《あの男》と戦った決戦の日!

 

 その際、当時のNo.1ヒーローであった《神様》も協力してくれた!

 

 《神様》は《あの男の側近(右腕)》を相手に1人で戦い押さえ込んで、我々に活路を開いてくださった!

 

 《神様》は私達に『ヤツを倒せ!必ず生きて帰ってこい!』と激励してくれた!

 

 お師匠も先生も『当たり前だ!』と返答し、私は2人に着いていった…

 

 そして《あの男》との決戦が始まった!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし……ことは上手く運ばなかった…

 

 お師匠と先生から事前に聞いていた《あの男》の強さは……明らかに桁違いだった…

 

 激戦の末…我々は追い詰められた…

 

 あの時…私もそうだが…お師匠も先生も既に限界寸前だった…

 

 あと一撃!強力な一撃を放つことが出来れば!《あの男》を倒すことが出来たんだ!

 

 だが…当時の未熟な私では…《あの男》に勝つための力はまだ無かった…

 

 窮地に追い込まれ…『ここまでか』と私が思ったその時!

 

 

 

 突然、先生は私を連れて《あの男》から逃げようとしていた!

 

 

 

 お師匠を置き去りにして…

 

 

 

『先生!?何を!まだお師匠が!!?』

 

『……ッ!!…』

 

 先生は何も答えてくれなかった…

 

 そして…お師匠も私達へ振り返ることなく…背を向けたまま…私達に指を差してこう言った…

 

 

 

 

 

『次は…お前だ……

(…俊典…後は頼んだよ………ごめんな…神(しん)………お前との約束………守れそうにない…)』

 

 

 

 

 

『お師匠ーーーーー!!!!!』

 

 お師匠が捨て身で時間を稼いでくれたおかげで…先生と私は逃げ切ることができた…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな逃げきった私と先生を待っていたのは…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドガッ!!!

 

『ぐおっ!!?』

 

『せっ!!先生!!!??』

 

 病院に運ばれた我々を最初に迎え入れたのは…重傷を負いながらも《あの男の側近》を倒してくれた《神》だった…

 

 しかし《神》は…傷だらけの先生を容赦なくブン殴った!

 

『神様!?いったい何を!?』

 

 私の呼び掛けに耳を傾けず、神は先生の胸ぐらを掴んで強引に立たせた!

 

『…神(しん)……』

 

『テメェ……どの面(つら)下げて…帰ってきやがった!グラントリノーーー!!!』

 

 ドガッ!!!

 

『ぐおっぼ!!?』

 

『先生!!?神様!!やめてくださ…ッ!!?』

 

 私は止めに入ろうとした……

 

 だけど神様の顔を見て…私は動けなくなってしまった…

 

 怒りに満ちた表情の神様が……

 

 泣いていたから…

 

『なぜじゃ!?どうしてじゃ!!?なぜ菜奈を見殺しにしたんじゃ!!?なぜアイツが死ななきゃいけなかったんじゃ!!?答えろグラントリノ!!!』

 

 こんなにも感情的に怒り狂う神様を…私は見たことがなかった…

 

『神(しん)……志村は俊典に……希望を…未来を託したん(ドガッ!!!)ぐごばっ!?』

 

『何が……何が《希望》じゃ!?何が《未来》じゃ!?それが菜奈を見捨てた理由か!?菜奈を見殺しにした理由か!?ふざけんじゃねぇよグラントリノ!!何が盟友じゃ!!くたばれ!この人殺しーーー!!!』

 

ボガッ!!ドガッ!!ドスッ!!ズガッ!!

 

『ぶえっ!!がほっ!!ぐへっ!!がは!!』

 

 神は何度も何度も先生を殴り続けた……

 

 だが…先生はなんの抵抗もせずに殴られるままだった…

 

 先生は顔を殴られる度に《血反吐》と《歯》が口から出てくるのを…

 

 私はただ見ていることしか出来なかった…

 

『もうその辺にしときな!仏野(ほとけの)!』

 

『リカバリーガール!!』

 

 先生を殴り続ける神を止めてくれたのは、リカバリーガールだった…

 

『2人(志村菜奈、八木俊典)を同時に失うわけにはいかなかった!《あの男》を倒すためには…《ワン・フォー・オール》は途絶えさせちゃならない!それはアンタも知ってるだろ!辛いのは…アンタだけじゃないんだよ!!!』

 

 リカバリーガールが止めに入ってなのか…神様は先生を離してくれた…

 

『………違う…』

 

『?』

 

『…違う!……違う!!違う!!!』

 

『?…神様?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『1番辛いのは…《菜奈の子供》じゃろうが!!!』

 

『『『!!!??』』』

 

 神の口から出た言葉に私も先生もリカバリーガールも驚いた!

 どうして神がお師匠の御家族のことを知っているのだ!?

 

『なっ!?なぜ!!アナタがそのことを!!?』

 

『…神(しん)……お前…』

 

『知ってたのかい……仏野…』

 

『あぁそうじゃ……知っとるよ……1年前に……俺がアイツに告白した時に…教えてくれたんじゃ…』

 

『こっ!?告白!!!??』

 

『『………』』

 

 驚愕した私と違い、先生とリカバリーガールは全然驚いてはいなかった…

 神様のお師匠への恋心……私は全く気づかなかった…

 

『1年前……俺はアイツに告白と同時に指輪を見せた……じゃが菜奈の返事はこうじゃった…『神(しん)……ゴメン!!!アンタの気持ちは本当に嬉しい!!!……嬉しいんだけど………実はさ……私…もう結婚してて…子供がいるんだ……だから…アンタの気持ちを受け取ることは出来ない…ごめんな!!!』…ってな……俺の一斉一代の告白じゃったのに…アッサリとフラれたんじゃ…』

 

 神様は悲しそうな顔をしながら…自分の失恋話をした…

 

『放心状態になった俺を…菜奈が励ましてくれた時に色々話してくれたんじゃ……《アイツの夫が《あの男》に殺されていたこと》……《我が子を危険な目にあわせたくない一心で自分の手で育てることを放棄し里子に出したこと》………そして《本当は自分がその子を立派に育てたかったこと》も……《もうヒーローを引退して…その子と一緒に平穏な日々を送りたいってこと》もな。………じゃが…その子が今どこにいるのかだけは…絶対に教えてはくれなかったがのぉ…』

 

『…お師匠……そんなにまで自分を追い込んで…』

 

『『………』』

 

 弟子であった私ですら知らないお師匠の《本音》と《弱音》を……神は知っていた…

 無言の先生とリカバリーガールの反応からするに…この2人もお師匠の事情を知っていたのだろう…

 この場にいる4人の中で《それ》を知らなかったのは……私だけ……

 

『俺の恋は終わった……じゃが俺は菜奈を嫌いにはなれんかった……俺はアイツのことが大好きじゃ………じゃから俺は1年前から…アイツにヒーローを引退するように何度も説得した……じゃがアイツは聞き入れてはくれんかった。じゃから……今回の戦い……《あの男》を倒せても倒せなくても…アイツにはヒーローを引退してもらうと約束させたんじゃ。……これからは…《1人の母親》として…我が子と一緒に…親子として生きてほしかった……………アイツは幸せになるべきだったんじゃ!!今まで大勢の人々を救ってきた!俺はアイツに……菜奈に幸せに生きてほしかったんじゃ!!!』

 

 神様は再び大粒の涙を流し始めた…

 

 神様はそんなにまで…

 

 お師匠のことを愛していた…

 

 お師匠に幸せになってほしいと願っていた…

 

 その思いと感情が決壊し…涙となって流れ出ていた…

 

『馬鹿じゃよ…あの女は………我が子の成長を見届けずに…死に急ぎおってからに…』

 

 神はお師匠に向けて…侮辱混(ま)じりの言葉を吐いた…

 

 でも…私はその言葉に抗議することが出来なかった…

 

 その言葉には…《侮辱》ではなく《悲しみ》の感情と…《幸せになってほしかった願望》という思いしかなかった…

 

 だから私も…グラントリノも…リカバリーガールも……なにも言えなかった…

 

 

 

 

 

 《ヒーロー》としてではなく…《1人のお母さん》として…我が子と一緒に暮らし…幸せな日々を送ってほしかった…

 

 それが神様の…1番の願いだったのだ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全てを話してくれた神様は、その後病院を飛び出した…

 

 そして…《冷たくなったお師匠》を連れて帰ってきた…

 

 神様はお師匠の遺体を何処かへと埋葬し…お墓を建てたようだが…

 

 私は1度たりとも…そのお墓へ行けたことがない…

 

 その場所を知るのは《神様》と《先生》の2人だけだ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 29年前の出来事を私は思い出していた…

 

 神様がエンデヴァーに対して《途方もない怒り》をぶつけている理由…

 

 それは、我が子を育てることができずに亡くなったお師匠の《親としての責務を果たせなかった無念》…

 

 父親であるエンデヴァーが、妻と子供に愛情を向けず…あろうことか家族を《物》や《道具》として扱い…子供に自分の理想を押し付けて暴力をふるい…家族を泣かせてきた…

 

 神様はそれが許せないのだ…

 

「《強い個性の子供》欲しさに…奥さんの意思も関係なしに金の力で無理矢理結婚させ…産まれてきた子供達を個性で差別し…あろうことか我が子につまらん《理想》と《夢》を押し付けるじゃと!?何様のつもりじゃ!!お前は!!!」

 

 29年前と同じ……いや……あの時以上に神様は激情している…

 その迫力に…私もエンデヴァーも口を開けることが出来なかった…

 

「俺のせいか?俺があの時…お前に《No.1の座》を譲らなかったせいなのか!?だからお前はそんな馬鹿なことを仕出かしたのか!!?お前だって分かっとった筈じゃぞエンデヴァー!!…いや炎司!!!あの時どうして俺が!お前をNo.1に選ばんかったのか!?お前が一番分かっとる筈じゃろ!!!」

 

「ッ!!!??………」

 

「(神様が…エンデヴァーをNo.1に選ばなかった…理由?)」

 

「お前はその《答え》がなんなのか知っとったというのに、《それ》を受け入れようとせず…結果!間違った道を進んだ!」

 

ドガッ!ボガッ!ズドッ!ビダンッ!!

 

「どあっ!!がは!!ぐあ!!?ぶぼっ!!」

 

「どうじゃ!殴られると痛いじゃろ!蹴られると痛いじゃろ!叩(はた)かれると痛いじゃろ!今まで散々!!お前が奥さんと子供にしてきたことじゃ!!!」

 

 神様の攻撃がエンデヴァーに炸裂した!!!

 

 手加減はしているようだが…

 

 容赦なんて一切ない…

 

 エンデヴァーによって長年苦しめられてきた《エンデヴァーの奥さんと子供達》の痛みを思い知らせるかのように…

 

 神様はエンデヴァーに殴る蹴るを続けた…

 

 

 

 

 

 それから何分後だろうか…

 

 

 

 

 

 神様は満身創痍のエンデヴァーの胸ぐらを掴み片手で持ち上げた!

 

「……う………あぁ…………がぁ……」

 

 エンデヴァーはまだかろうじて意識を保(たも)っていたが、もはや反撃することも避(よ)けることも出来ない状態にされていた…

 

 

 

 

 

 そして…

 

 

 

 

 

「コレは自分の間違いを改善せずに、失望させた《俺》の分!!!」

 

ドガアッ!!!

 

「ごわあ!!!」

 

 

 

「コレはお前に散々人生を振り回された《お前の奥さん》の分!!!」

 

ズガアッ!!!

 

「どうっうぇ!!!」

 

 

 

「そしてコレが!お前によって産まれながらに!人生を弄(もてあそ)ばれ!未来への希望を奪われた!《お前の子供達》の分じゃ!!!頭冷やせ!!!この馬鹿親が!!!!!」

 

ボガアアアアアッ!!!!!

 

「ぐごああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!????」

 

 

 

ドガアアアアアアアアアアン!!!!!

 

 

 

「【ゴッド・ワーザー】!!!略して【神技(かみわざ)】!!!!!」

 

 

 

 神様の強烈な連続パンチを喰らったエンデヴァーは、トドメの強烈な一撃によってまた隣の山に向かって盛大(せいだい)に吹き飛ばされて再び激突した!

 

 死んではいないだろうが…重傷は確定だろう…

 

 エンデヴァーを吹っ飛ばした神様は、隣の山へ物凄いスピードで走っていき、すぐにボロボロになったエンデヴァーを担(かつ)いで私の所へ戻ってきた…

 

ドサッ

 

 乱雑に地面に置かれたエンデヴァーは…全身血まみれで虫の息状態…全身の炎は消え…白目を向き…完全に気を失っていた…

 

ポタッ

 

 そんな意識を失ったエンデヴァーの目から…1滴の涙が溢れ落ちたのを…私は見逃さなかった…

 

 

 

 

 

 《残り30分》…エンデヴァーは神様に敗北した…

 

 

 

 

 

「オールマイト……いや…俊典…」

 

「ッ!?……はい…」

 

「お前……俺がこの前言ったことを……理解してねぇのか…」

 

 この前と言うと…あの電話の件で間違いない…

 

 

 

 

 

『俊典…お前……アイツを………菜奈を裏切るのか…』

 

 

 

 

 

 私はこれから…緑谷少年にどう向き合い…償っていけばいいのか…その答えを自分では見つけられず…私の秘密(ワン・フォー・オール)を知る方々へ相談した際、神様にも電話をしたら…そのように返答された…

 神様も根津校長達と同じく《緑谷少年には関わるな》と言ってきたのだ…

 

 私はゆっくり立ち上がって神様と向かい合った…

 

「…十二分に理解しております……私は緑谷少年にかける言葉を間違えてしまいました……彼を絶望させ自殺に追いやってしまったのは…紛(まぎ)れもなく《私》です………今の私をお師匠が見たら…きっと失望することでしょう…」

 

「………」

 

「でも…だからこそ!私は深く反省し、あの日からずっと考えるに考えて答えを導きだしたのです!彼に《ワン・フォー・オール》を譲渡させ、新たなる《平和の象徴》に育て上げること!それが私に出来る…緑谷少年への唯一の償いなのです!私は……私の残りの人生の全てを!彼の育成へと注ぎたいのです!!!」

 

 私は自分の本心を嘘偽りなく全て語った…

 

 《ヒーロー》としてじゃない…

 

 《1人の大人》として…

 

 《子供の夢》を否定してしまった責任を取らなければならない…

 

 それしか…私に出来ることがないのだ…

 

 

 

 

 

 電話越しでは反対されたが…こうして面と向かって私の本心を話せば、きっと神様も理解してくださる筈!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……残念じゃよ…オールマイト………ちったぁ考え直してくれると信じとったが……期待した俺が馬鹿じゃったな…」

 

「えっ…?どう言う意味ですか?」

 

「『どう言う意味』じゃと?…自分で言っとって気づかんのか?お前もこの馬鹿親(エンデヴァー)同様に間違った道に進もうとしとるんじゃよ!」

 

「なっ!!?何をおっしゃるのですか!私はエンデヴァーとは違います!」

 

「違うじゃと?子供に自分の理想と夢を押し付けることの何処(どこ)が違うんじゃ?」

 

「ッ!!!??…ち…違います!!私は!?…私は……」

 

「『私は』?…なんだ?コイツ(エンデヴァー)と考えが違うと言いきれんのか?それにお前はコイツ以上にタチの悪いことを仕出かそうとしていることに気づかんのか?」

 

「?」

 

 ど……どういうことだ?

 

 私がエンデヴァーより最低なことをしようとしているなんて…

 

 神様はいったい何を言いたいんだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…分からないようじゃな……ならお前の頭でも分かるような言い方に変えてやる!俊典!俺にはお前が……その無個性の子供に《個性を無理矢理与えて従わせようとしてる》ようにしか思えんのじゃよ!」

 

「ッ!!!??……そ…そんなこと……それじゃあ!?…それじゃあ…まるで!……まるで…」

 

「そうじゃ、お前のやろうしてることは………菜奈を殺した《あの男》と同じ………個性を強引に与えて無理矢理に服従させようしている……お前はそれをやろうとしているのか?…っと俺は聞いてるんじゃ!!分からんのか!!?」

 

「違う…違う違う違う違う違う…違う!!!私は!!!私は緑谷少年に償いを!!!ヒーローとしての…大人としての…責任をとらなければならn…」

 

「それはお前の都合じゃろうが!!?第一にお前はなんで被害者の子供が許してくれることを前提条件に話を進める!?なにが《償い》じゃ!なにが《責任をとる》じゃ!笑わせるな!!!『この世の中には人々が笑顔で平和に暮らしていくための《柱》が…《象徴》が必要』…お前は菜奈や俺にそう言っとったじゃろうが!!!奈菜はお前の覚悟を受け止めて、お前を信じたからこそ!《ワン・フォー・オール》を継承した!!!じゃがなぁ…菜奈は顔には出さなかったが、無個性のお前に《ワン・フォー・オール》を託すことは最後まで躊躇(ためら)い迷っていたんじゃ!なのにお前ときたら、そんな菜奈の苦悩も知らずに!被害者の子供の意思も関係なく!自分の一方的な都合で《紡(つむ)がれてきた個性(ワン・フォー・オール)》を無理矢理譲渡させようとしておる!断言してやろう!!お前がやろうとしてることは《オール・フォー・ワン》と同じじゃ!!!」

 

「うっ!!!!!?????」

 

 

 

 2度と聞きたくなかった《ヴィラン名》…

 

 それをよりによって神様から言われただけでなく…

 

 あろうことか…私がオールフォーワンと《同類》だと断言されたのだ!

 

 

 

「(私は……私は…自分で気づかぬうちに…《個性婚》よりも最低な過ちを犯そうとしていたのか…)」

 

 

 

 神様にここまで言われて……

 

 自分より強い人に言われて…

 

 やっと自覚できた…

 

 《ヒーロー》がどうだの《大人》がどうだのじゃない…

 

 それ以前に私は……《人》として大事なことを見失っていた…

 

 根津校長も…

 

 リカバリーガールも…

 

 塚内君も…

 

 先生も…

 

 ナイトアイも…

 

 私が自分で気づいてくれると信じていたのだ…

 

 《自分の一方的な考えこそが正しい》…なんて間違いを……私は今の今まで理解できなかった…

 

 

 

「俊典……聞くが菜奈はお前の夢を否定したことがあったか?」

 

「?…いえ……ありません…」

 

「じゃあ菜奈は、他人の夢を踏みにじるような愚かな女じゃったか?」

 

「なっ!!?神様!!いくらアナタでも!!お師匠を侮辱することは許しません!!!お師匠がそんなことする訳!」

 

「侮辱しとるのはお前じゃろうが!!!アイツは無個性のお前に『ヒーローになれない』なんぞ言ったのか!!?」

 

「ッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 私の《原点(オリジン)》……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは…とある冬の河川敷だった…

 

『みんなが笑って暮らせる世の中にしたい…この日本から犯罪が完全に無くならないのは…国民に拠(よ)り所がないからです。そのためには《平和の象徴》が……《柱》が必要なのです。………だから…僕がその《柱》となります!』

 

『だからヒーローになりたいと?無個性なのに?』

 

『…はい!』

 

『…でも…《アイツ》がNo.1になってからは、この国のヴィラン発生率は10%になっているぞ?』

 

『も、勿論!《あの方》のおかげで日本は平和な国になりつつはあるのは確かです!ですが!《あの方》は象徴とは少し違うと私は思うのです!』

 

『ん~…確かにそれは言えてる。アイツはお調子者(もん)だからなぁ』

 

『なので、僕が《平和の象徴》となります!そして《あの方》を越えるヒーローになってみせます!』

 

『…アイツを……神を超える?』

 

 

 

 当時の私は…我ながらあの場にいなかった現No.1に対して…余りにも失礼な発言をしてしまった…

 

 だが…私のそんな発言を…お師匠は…

 

 

 

『…………プッ!…ククッ!アッハハハハハハッ!!アイツを超えるだって!??そんなこと言って返り討ちにされた《個性持ちのヒーロー》は何人も見てきたけど、《無個性の人間》で神を超えようなんて言った奴はお前が初めてだよ!』

 

 無個性である私の無謀すぎる宣言をお師匠は否定しなかった…

 

『フフッ!面白い奴だな!八木俊典!お前、イカれてる!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうだ……お師匠は私の《ヒーローになりたい夢》を否定はしなかった…

 

 お師匠無くして《今の私》はいなかった…

 

 《無個性だった私》に……手を差し伸べてくれた…

 

 お師匠は!私を選んでくれた!

 

 それは…私も望んだからだ!

 

 長きに渡り紡がれてきた意思……《ワン・フォー・オール》をこの身に受けつぐことを!

 

 

 

 それなのに私は…《緑谷少年への一方的な謝罪》と《許してほしいという願望》と《後継者にしたいという妄想》によって…自分を見失い…大切なことを忘れてしまっていた…

 

「俊典、お前はその子が無個性だと知って突き放しておきながら、事情を知った途端に受け入れようと《手の平返し》をする……お前はその時点で《ワン・フォー・オールを受け継いだ者としての立場》を見失っとるんじゃよ!罪から逃げようとするな!!!」

 

「わ…私は…緑谷少年に…償いを…」

 

「それが迷惑じゃと言っとんじゃ!!!自分の夢を否定した奴からの《施し》なんざいるか!!俺だったら全力でお断りじゃ!!!」

 

「……………」

 

 神様からの正論に私はもう…何も言えなかった…

 

ガシッ

 

 神様は無言となった私を…先程のエンデヴァーと同じく左手で胸ぐらを掴んで持ち上げ…右手を握り拳にして構えていた…

 

 

 

 これから私が神様から受けるのは《暴力》じゃない…

 

 罪を犯し…間違った道を進もうとしていた私が受ける《制裁》だ…

 

 

 

「俊典!コレは《菜奈の分》じゃ!お前も十分に反省しろ!!!この恩知らず!!!!!」

 

ドガアァ!!!

 

「ごっべええええええええええぇ!!!!!」

 

「【ゴッド・ジャッジメント】!!!訳して【神の裁き】!!!!!】」

 

 神様の拳骨を脳天に喰らった私の意識は…闇に沈んでいった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

轟焦凍 side

 

 俺には大切な家族がいる…

 

 お母さんと……姉さんと……兄さんがいる……

 

 もう1人兄がいたけど……俺が小さい頃にいつの間にかいなくなっちまった…

 

 だから今の俺にとっての大事な家族は3人だけだ…

 

 

 

 

 

 えっ?…父親はいないのかって?

 

 

 

 

 

 ………いる…

 

 

 

 

 

 俺の親父は《ヒーロー》をやっている…

 

 今の世じゃ知らぬ者などいない…

 

 ヒーローランキング2位…

 

 《フレイムヒーロー・エンデヴァー》…

 

 それが俺の親父だ…

 

 

 

 

 

 トップヒーローの息子で羨ましいって?

 

 

 

 父親がNo.2ヒーローで誇らしいだろうって?

 

 

 

 そんな家庭に産まれて幸せだろうって?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 冗談じゃねえ!!!!!

 

 俺はアイツを《父親》だなんて絶対に認めてない!!!

 

 《家族》だなんて思ってない!!!

 

 ましてや!アイツと《血》が繋がっているなど考えるだけでも吐き気がする!!!

 

 俺にとっては永遠に絶ち切ることのできない《血縁》という名の《呪い》だ!!!

 

 そして、なにより!《幸せ》なんかじゃ断じてない!!!

 

 俺はアイツの子供として産まれて来たことを、5歳の頃から嫌と言うほど後悔してきた!!!

 

 

 

 

 

 9年前、俺の個性が発現して1年ほど経ったある日…

 

 俺は親父に家の中にある特訓部屋へ連れてこられた…

 

 

 

 

 

 その日から始まったんだ…

 

 俺にとっての《地獄》が…

 

 

 

 

 

 その日を境(さかい)に…姉兄と一緒にいることは許されず…親父が家にいるときは毎日のように《個性特訓》という《虐待》を受けてきた!!!

 

 決められた特訓の基準がクリア出来なければ、問答無用で《暴力》を振るわれた…

 

 最初こそ軽く叩く程度だったが、次第にエスカレートしていき…1ヶ月が経つ頃にはゲロを吐くまでの威力で殴られたし蹴られるようになった…泣いても喚(わめ)いてもお構い無しにだ…

 

 来る日も来る日も…それが続いた…

 

 思い出すだけでも忌々(いまいま)しい!!!

 

 俺は幼きながら自覚した…

 

 親父は…俺のことを愛してなんかいなかった…

 

 No.1ヒーローの《オールマイト》を超えたいという願望だけのために…俺は産まれてきたにすぎないんだ…

 

 俺は親父の《オモチャ》なんだってことに気づいたんだ……

 

 

 

 

 

 毎日毎日…傷や痣だらけになり…泣いてばかりいた俺を心配し庇ってくれていたのは《母さん》だった…

 

 だが…親父は母さんの言葉に聞く耳を持たず…俺を助けようとする母さんを邪魔者のように扱い…俺以上に母さんへ暴力をふるった!

 

 

 

 

 

 それからすぐのことだった…

 

 

 

 優しかった母さんは……変わっちまった…

 

 

 

 今でも母さんから受けた…あの《痛み》だけは忘れることができず…俺の身体に………この顔に……深く刻みこまれてる…

 

 

 

 

 

 それは母さんが台所で電話をしていた時…

 

『お母さん!!私もう限界!!日に日にあの子の《左側》が!あの人に似てくるの!!』

 

 悲痛な声を出しながら…必死に声を絞りだし…電話の相手に助けを求めていた…

 

 そんな折…俺が後ろにいることに気づいたのか…母さんは振り返った…

 

 《優しい母さんが初めて見せた怖い目線》は…俺の脳裏に焼き付いた…

 

 今でこそ…あの目から感じられたものが何だったのか分かる…《憎しみ》…《怒り》…《恨み》…《妬み》…《悲しみ》…そして《絶望》だ…

 

 そして…母さんが次にとった行動…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 母さんは俺の顔に《煮え湯》をかけた………

 

 熱いなんてもんじゃなかったよ…

 

 俺にとって…それは一生消えない《心の傷》になった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 痛みと熱さに泣き叫ぶ俺の叫び声を聞いてか…正気を取り戻した母さんは慌てて個性を使い俺の顔を冷やしてくれた…

 母さんは大泣きしながら…何度も…何度も…何度も…俺に謝っていた…

 でも…あの時の俺は顔からの《痛み》で何も考えらず…ただ泣き叫ぶことしか出来なかった…

 

 

 

 それから間もなくして…母さんは俺の前から姿を消した…

 度重なるストレスによって《ノイローゼ》になってしまい、親父が強制的に母さんを精神病院へ入れたのだ…

 

 母さんがいなくなって…俺は悟った…

 

 俺は親父の意のままに動く《生きた人形》になるしか道はないんだと…

 

 そうしないと…また母さんが傷つき…いつか壊れてしまう…

 

 それだけじゃない…俺が姉さんと兄さんに助けを求めれば…今度は親父の暴力が姉さんと兄さんに向けられて壊されてしまうかもしれない…

 

 それだけは絶対に阻止しなきゃならなかった…

 

 当時の俺には余裕なんてなかった…それこそ兄が1人いなくなったことにも気づけないほどに…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だから俺は親父のいいなりになった……

 

 《母さん》を……いや《俺の家族》を《親父》から守るために……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな地獄の日々を送り続け…9年の月日が流れたある日(つい最近)…

 

 唐突に俺は………俺達《家族》は……親父から解放された…

 

 《それ》はなんの前触れもなく訪れた…

 

 ことの発端は大きく分けて《2つ》……中学の3年生になってからすぐに起きた《ヘドロのヴィラン事件をオールマイトが解決した事件》と《同い年の無個性の子供が飛び降り自殺を図った事件》だ…

 

 オールマイトがヴィラン事件を解決することも、無個性が自殺を図ることも、この御時世(ごじせい)では珍しいことじゃない…

 

 だけど、俺達(家族)にとって事態が急変したのはその数日後、自殺を図ったっつう無個性の中学生が通う《中学校教師達の謝罪会見》と、ヘドロヴィラン事件に立ち合った《オールマイトを含めたヒーロー5人の謝罪会見》が生放送されていた時だ…

 

 

 

 

 

 いったいどうやって俺達の情報を調べたかは知らねぇが……俺の家のこと…《親父の俺達(家族)にしてきたこと》が世間に公(おおやけ)にされた…

 

 俺も最初は夢か幻かと信じられなかった!

 

 だけど現実だった!

 

 TVのニュースに表示されている内容は、アイツが今まで俺達(家族)にしてきた仕打ちの殆ど(1番上の兄貴のこと以外)が記され報道されていた!!!

 

 続けて自分の事務所前に集まったマスコミや取材陣の対応をするアイツの姿が映し出された!平静を装(よそお)っていたが…どう見ても慌てた様子だった!

 

 それもそうだろう…アイツは色んな手(手段)を使って、家庭内での情報が外へは絶対に漏れないよう手を回していた…《児童相談所》や《警察》や《マスコミ》などに知られないようにと…

 

 

 

 

 

 その日を境に…俺達への待遇は大きく変わった…

 

 母さんがどうしてるかは知らないが、ご近所さんや…姉さんが勤める小学校で…兄さんが通う大学…そして俺が通う中学校にて、周囲の人達が俺達への《同情の言葉》をかけてくるようになった…

 俺達はてっきり批判を受けるばかりだと思ってたため多少戸惑いはしたが…マスコミやメディアが絡んでくることに比べたら気にする程のことでもなかった…

 

 更にヒーロー協会からの通達で、アイツは次のビルボードチャートでヒーローランキングを《2位》から《最下位》へ格下げされることが決定された…

 そしてもう1つ…俺達にとっては願ったりかなったりのアイツへの厳罰…《ヒーローランキング10位以内に戻らない限り、俺達(身内)への接触を一切禁じられたこと》…それを破った場合ヒーロー免許を永久剥奪されるという厳罰も決定された…

 

 

 

 

 

 自分の親がヒーローで《ランキング》が下がったなら…その身内にとっては《不幸》の筈だ…

 

 でも俺個人は何一つ《不幸》だとも《災難》だとも思わなかった…

 

 

 

 

 

 なぜって?

 

 

 

 

 

 アイツにとっての《不幸》は、俺にとっては《幸せ》だからだ!!!

 

 俺はアイツに対して《父親》としても《ヒーロー》としても《尊敬》なんて感情を思ったことが一度たりともねえ!!!

 

 むしろ《当然の報い》としか思ってねぇんだよ!!!

 

 それは夏兄も同じだったようで…

 

 

 

『天罰がくだったんだ!ざまぁ見ろクソエンデヴァー!!!』

 

『隠しに隠してきた自分の極悪非道の悪事が世間に晒されたんだ!トップ10以内なんて一生戻れやしねぇんだよDVヒーローが!!』

 

『焦凍!俺達は!…いや!お前はアイツから解放されたんだ!!もう個性特訓を強制されることなんてない!!お前はもう自由なんだ!!!』

 

 

 

 夏兄は今まで見たことがないくらいに大はしゃぎで喜んでいた…

 

 いつからだったろうか…夏兄は親父のことを『親父』とは絶対に呼ばない。いつも『アイツ』とか『あんな奴』とか『エンデヴァー』としか言わない……それこそ赤の他人としか認識してないように…

 それも当然と言えば当然、親父は俺のことは名前以外で『最高傑作』と呼んでいた……だが他の姉弟のことは『失敗作』と呼んでいた…

 

 《世の中の父親が自分の子供に向ける愛情》がどんなものなのかは、俺には分からねぇけど…少なくともアイツが俺達にしてきたことが《父親としての愛情》じゃねぇってことだけは断言できる!

 

 

 

 なのに何故か姉さんだけは喜ぶ素振りなんて一切見せず……むしろ悲しそうな表情していた…

 時折…自宅では姉さんの泣いている声が聞こえる…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あのクソ親父から解放されて2週間近くが経った今日、急遽1ヶ月早まって開催されるビルボードチャートJP上半期…

 去年までは俺と夏兄は、見る気なんて1㍉たりともなかったが、今日は家で姉さんと夏兄と一緒に居間のTVで生放送を見ていた。

 

 

 

 どうして見る気になったのかって?

 

 

 

 今回のチャートにて親父は《最下位》にされる……だから本来アイツが出ることはねぇんだが、どうもアイツは今回のビルボードチャートに出席するようにヒーロー協会から呼び出しを受けているらしい…

 詳しいことは俺も知らされてねぇが、どうやら《世間の色んな団体》から《謝罪会見》を求められたとかなんだとかで、全国が注目する会場にて謝罪をすることになったらしい。

 

 アイツの俺達への仕打ちが世間に晒されて以来……ずっと苦労の絶えないの日々を送っていた………

 いや違うな…そんな《踏んだり蹴ったり》の思いをしているのは…アイツの事務所に勤める《サイドキック達》の方か…

 

 言うまでもねぇだろうが…アイツの親としての本性を知られるや否や、評判がガタ落ち、失望した社員達が次々と事務所を去ってあっという間に半分以下になって、《世間からの苦情電話》や《押し掛けてくるマスコミ》の対応がまったく間に合っておらず、残ったアイツのサイドキック達は《ヒーローの仕事》よりもそっちの対応で、肉体的にも精神的にも追い詰められてるらしい…

 

 当の本人のクソ親父は、全国を飛び回って《ヴィラン退治》に勤しんでやがる始末…

 

 面倒事のすべてをサイドキック達に押し付け、自分は《事件解決率》の数値を少しでも上げて、1秒でも早く俺達の元へ………いや…正確には《俺の個性特訓》に戻りたいだけっつぅ《願望》を叶えたいだけ…

 

 

 

 救いようのねぇクソ親父であり…とんでもねぇブラック企業の社長だ…

 

 そう遠くない内に…アイツの事務所にはサイドキックどころか社員なんて誰も居なくなるだろうよ…

 

 

 

 

 

 っと…話がズレちまったな…

 

 つまり俺達3人が今回のヒーロービルボードチャートをTVで見ようと思ったのは《アイツの謝罪会見》が目的だ…

 

 姉さんは違うだろうが、俺と夏兄は世間を騒がせた1人であるアイツがどんな謝罪をするのかを見て、その上でアイツが会場にいる人々からバッシングなどを受けるサマを見るためだ…

 

 こちとら散々アイツには苦しめられてきたんだ…父親だろうが関係ない…アイツの苦しむサマを俺が見たってバチは当たらねぇだろ…

 

 

 

 

 

 そんなこと考えているとTVの向こうで今年最初のビルボードチャートが開催された。

 

 どうやら今年から《トップ10(1位~10位)のヒーロー》達は、必ず出席とステージへの登壇、ヒーローとしてのコメントが求められるらしい。

 

 No.10から順番に1人1人名前を呼ばれていくトップヒーロー達。

 アイツの後釜の席としてNo.2に位置付けられた《ベストジーニスト》の名前が発表され、遂に1位が発表される。

 ベストジーニストが2位ならば1位はあの人しかいない…

 

『そして!2週間前の一件があってもなお!その順位は揺らぐことのない不動の1位!会場の皆さん!盛大な拍手でお出迎えください!

No.1!平和の象徴!《オールマイト》!!!

…………あれ?……オールマイト?』

 

 何やら様子がおかしい、名前を呼ばれてるのにオールマイトが出て来ない。

 

「どうしたんだ?」

 

「何かあったのかしら?」

 

 夏兄と姉さんもオールマイトが登場しないことに不信をもち始めた。

 No.1ヒーローが予定を忘れるとは思えないし、いったい何が起こってるんだ?

 

 

 

 

 

 そんな疑問を持つ俺達に、TVから衝撃の内容が報道された!

 

 

 

 

 

『え~~~っと…皆さん…大変申し上げにくいのですが……先程ヒーロー協会より緊急の知らせが入りまして……本日いらっしゃるはずだったオールマイトさんとエンデヴァーさんは………来られなくなってしまったようです…』

 

「っ!!?」

 

「えっ!!?」

 

「なんだと!!?」

 

 あのクソ親父に加えてオールマイトまで来てないと発表されて訳が分からなかった!??

 俺達もそうだが、会場はそれ以上にパニック状態になっていると…

 

『皆さん…静粛にしてください』

 

 アナウンサーとは違う女性の声が突然聞こえてきた。

 

『オールマイトとエンデヴァーの件につきましては、ここにいらっしゃった《No.10》から《No.2》のヒーロー達のインタビューのあとに、私から詳細をご説明いたします。ですので、どうぞ皆様…静粛にお願いいたします』

 

「この金髪の人って……確かヒーロー公安委員会のお偉いさんだったような?」

 

「やっぱり…2人に何かあったのかしら?」

 

 夏兄と姉さんがそれぞれ疑問符にかけてるのをお構いなしに、会場ではNo.10の《ラビットヒーロー・ミルコ》から順番にコメントが始まっていき、No.4の《忍者ヒーロー・エッジショット》のコメント中にNo.3の《ウィングヒーロー・ホークス》が割り込んできて、正論を長々と語っていた。

 

 俺はそこまで詳しくは知らないが、ホークスは別名《神の後継者》とも呼ばれているらしい。神っつっても、それはオールマイトの前のNo.1ヒーローのことだ。なんでもその《神》はヒーローの歴史上最速最年少でNo.1に登り詰めた男のようで、俺どころか姉さんが産まれる前に引退しており、今は雄英と肩を並べる士傑高校の校長を勤めてるそうだ。

 そしてホークスは、神と同じくデビューしたその年の下半期でトップ10入りを果たしたことから《神の後継者》と世間から言わられてるそうだ。とは言え、神の最速No.1記録を塗り替えることは出来なかったようだが…

 

 俺がホークスの2つ名の由来を考えてると、TVの向こうでホークスはベストジーニストにマイクを渡した。

 

 俺がこんなこと思うのは変だが…ベストジーニストには申し訳なく思ってる…

 オールマイトが今回もNo.1を維持することは大体分かってたが、ベストジーニストはあのクソ親父が長年居座ってた《No.2の座》に位置付けられたことは、名誉なことなのかと悩まされる…

 そんなことを俺が気にする必要はないかもしれないが……それでも何故か……後釜としてNo.2にされたベストジーニストは居心地が悪いんじゃないかと考えてしまう…

 オマケに何故かオールマイトは欠席で、トップヒーロー達のコメントの締めくくりを押し付けられてしまった状況だ…

 

 俺も姉さんも夏兄も罪悪感にかられる…

 

 そんな折…ベストジーニストが言った発言は…

 

 

 

 

 

『ふぅ……後輩にここまで言われては…先輩ヒーローとして…私から皆さんへ伝えることは1つです……………私達を…信じてくれ…』

 

 

 

 

 

 ベストジーニストが言ったのはそれだけだった…

 でも俺は…素直に『カッコいい』と思えた…

 彼のヒーローとしての《強い覚悟》が伝わったからだ…

 

 あのクソ親父には…ベストジーニストのような《覚悟》はあったのだろうか?

 

 ベストジーニストに向けられた会場の拍手が終わると、さっきの金髪の女性が再びステージの中央にやって来た。

 オールマイトとクソ親父のことを話す前に、何やら重大な発表が3つあるそうだ。

 

『まず1つ目、若手ヒーロー達の確保ために、過去《仮免試験》にて惜しくも合格を逃した受験者の方々へ、ご希望があればもう一度《仮免試験》を受験させること。そして、ヒーロー高校に通っていない生徒達にも、個性を生かした《救助活動》《避難誘導》《ヒーローのサポート》という立場での《プロヒーロー》の就職を許可することを決定いたします』

 

 1つ目からいきなりヒーロー社会の常識を壊す内容だった!!

 俺達で例えるのなら、医者になるために勉強している夏兄にだって《ヒーロー免許》を手に出来る可能性があるってことだ。

 まぁ夏兄は俺以上にアイツを憎んでるから…アイツと同じ立場の《プロヒーロー》になるのだけは絶対にないけどな…

 

『次に2つ目、実践経験と現場経験をふまえたベテランヒーロー達の代役として、警察と自衛隊などに所属する方々に、ヒーロー協会からの試験を受けていただき、その結果次第で《個性使用許可証》の配布をいたします』

 

 2つ目の内容は、俺達に対してはそこまで関係ないことだ。でも…そこまでの無謀な手段を使わなければならないほどに、今のヒーロー社会は追い詰められているってことだ。

 

 ヒーローが減少している原因の大部分が、あのクソ親父のせいだからな…

 

 一応は身内である俺達も絶対に関係ない訳じゃない…

 今はアイツだけに向けられてる多くの《負の感情》だって、俺はともかく…母さんと姉さんと夏兄に向けられるんじゃないかって俺は不安な気持ちになる…

 

 

 

 最後に3つ目に発表された内容は…

 

『そして3つ目は、皆さんもご存知だと思いますが、現在この社会のバランスは不安定になっております。それに加えて、20年以上トップヒーローとして君臨していたヒーロー1名が本日よりトップの座から下ろされました。国民の方々は、平穏が崩されたことに不満を持たれてることでしょう……そこで我々はこの状況を打破するため…1日も早く皆さんの平和な日々を取り戻すための最善策を導き出しました』

 

 そんなことは当たり前…言われなくても誰だって分かってる…

 そう……分かってるからこそ、誰もが『これからどうすればいいのか…』っていう解決策が見つけられずにいるんだ…

 《壊すのは簡単だが…元に戻すのは決して簡単じゃない》、この日本には《平和の象徴》である《オールマイト》がいるからヴィラン発生率も低く平和なんだ…

 しかし、2週間前の《No.1ヒーローらしからぬミス》が報道された途端にヴィラン発生率が目に見えて上がってしまった…

 世間で暴れだしたヴィラン達は口を揃えて『ヒーローの衰退』『オールマイトも完璧じゃない』と言って悪事をしていると、ニュースで聞いたからな…

 

 こんな状況を打開出来る策なんてあるわけ…

 

『降格したエンデヴァーの代役、そしてヴィラン発生率を下げるため………先代のNo.1ヒーローである《ゴッドヒーロー・神》を一時的に復帰させることを決定いたしました』

 

「ん?」

 

「え?」

 

「は?」

 

 突然聞こえてきた《元No.1のヒーロー名》に俺も姉さんも夏兄も思考が停止した…

 

 

 

 それから数秒後に、画面の向こうの会場で人々がざわめきだした。予想外の発表だったのか会場にいる大勢の人達だけじゃなく、ステージに登壇した9人のトップヒーロー達も明らかに驚愕している様子だった。特にNo.5の《ヨロイムシャ》は相当驚いたようで、腰を抜かし尻餅をついていた。

 俺もついさっきホークスのことを考えた時に《元No.1》のことを頭に浮かべた……

 でも俺も姉さんも夏兄も別にそこまで驚きはしてない…

 

 

 

 なぜって?

 

 

 

 噂で色々聞いていても、俺達の世代じゃ《神》ってのが《どんな人物》かは知らないからだ。

 

 それに年齢だってオールマイトやクソ親父よりも年上で既に50歳は過ぎており、ヒーローを引退して20年以上も経過している。

 いくら《元No.1ヒーロー》とはいえ、そんなにブランクがある人を復帰させて大丈夫なのかと俺は思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが…そんな悩みや心配事は、このあとのヒーロー公安委員会の偉い人の発言で吹き飛んじまった!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 TVの向こうでは、ヒーロー公安委員会の偉い人に、黒スーツにサングラスをした男が耳打ちで何かを伝えていた。

 

『…………』ヒソヒソヒソヒソ

 

『……コホンッ…皆さん、突然ですが前もってお伝えしていた《オールマイトとエンデヴァーの欠席理由》をお伝えいたします』

 

 黒スーツの男が離れていくと、急に話が変わった。

 

 《ベストジーニストのコメント》と《3つの報告》で頭から少し抜けてたが、俺の本命はそれだ。

 

 なんであの2人が突然欠席したのか…

 

 

 

 

 

『簡潔に述べましょう、先程までオールマイトとエンデヴァーの2人は……神と戦っていました』

 

 

 

 

 

 はっ?………今……なんて言った?

 

 固まった俺達3人を置いて話は進む。

 

『皆さん落ち着いてください、《戦っていた》と言っても、それは我々ヒーロー公安委員会が《神》に依頼して《エンデヴァーにお灸を据えさせること》が目的でした。その立会人としてオールマイトが同行しております』

 

 耳に入ってくる情報を処理しきれねぇ…

 

 元No.1にクソ親父を叱らせる…

 

 んでオールマイトはそれに立ち会ってる…

 

 自分で解釈してなんだが…訳が分からねぇ…

 

『そして先程連絡が入りました。神から『エンデヴァーへの叱り付けは終わった、ついでにつまらないミスをしたオールマイトも厳しく叱っておいたぞ』…っとのことです。現在2人は病院に搬送され手術を受けています』

 

 前の内容が纏まってねぇのに、それを混乱させるかのように追撃の内容が発表された。

 

 しかも言葉の内容から《元No.1》は、《現No.1》と《元No.2》の2人を相手に勝利したって言ってるのだ!

 オールマイトとクソ親父の2人を相手に《病院送り》にするなんざ常識では不可能……

 

 でも…《神》に常識は通用しない…

 

 これを驚かずして、いつ驚けってんだ!

 

 姉さんと兄さんも今日一番に驚愕している!

 

 

 

 

 

 何で驚いてるかって?

 

 俺が心の中で驚いているとしたら、さっきは《年齢》だの《ブランク》だの考えていたが…

 

 今はただ《神》は強いんだってことを認めようとしているからだ!!!

 

 

 

 

 

 その後は長々とした演説が有ったのち、今年のビルボードチャート上半期は幕を閉じた…

 

PRRRRR…PRRRRR…PRRRRR…

 

 そしてタイミングが狙ってなのか、ビルボードチャートの中継が終わった途端に、居間に置いてある電話(ヒーロー協会から提供されていた専用の電話)が鳴った。

 電話の近くにいた姉さんが電話に出た。

 

「はい…もしもし……はい、轟家の者です………はい………はい………はい………はい………えっ!?お父さんが!?……はいっ……分かりました……御連絡ありがとうございます…」

 

ガチャ

 

 姉さんは電話越しに話をしながら表情を何度か変えて電話を切った。

 

「………」

 

「…姉さん?」

 

「ヒーロー協会からだったんだろ?アイツがなんだって?」

 

 姉さんは難しい顔をしながらも、電話の相手と話した内容をポツポツと語ってくれた…

 

 これは世間には口外されてない内容らしく、他言無用にするようにということで、ヒーロー協会は《ことの顛末(てんまつ)》を教えてくれた…

 

 

 

 今から約2週間前の4月頭に起きた《事件》を始まりに、《この国の平穏》と《ヒーロー社会のバランス》は不安定になった…

 

 その元凶は大雑把に分けて3人…

 

 

 

 1人目は、俺と同い年で無個性の同級生を自殺に追い詰めたっていう《爆豪 勝己》だ。

 俺はソイツに興味ねぇから詳しくは知らねぇが、世間じゃ《歪んだ個性社会が産み出した無個性差別ヴィラン》なんて言われ、今じゃ1日1回は必ず耳にする名前で…俺が聞いたソイツの汚名は《存在そのものが罪の子供》…と聞いた…

 

 2人目は、ことの始まりとなった《ヘドロ事件》を《うっかりなミス》で起こしてしまった《オールマイト》だ。

 No.1……平和の象徴とは思えぬ失態によって、ヒーロー全体の信頼が揺らぎ、人々は不安を隠しきれてない…

 

 そして3人目は……あの《クソ親父》だ…

 俺達にしてきたことが世間に知られ、国民だけじゃなくヒーロー全体に大きな打撃を与えた……特に《家庭を持つヒーロー》や《結婚を控えたヒーロー》には多大な迷惑をかけ……その他に《若いヒーロー達が大人数で引退した件》もある…

 

 

 

 3人の元凶の内、ヒーローが2人もいる……こうなってしまっては生半可の手段での早期解決は望めない…

 

 だが1つだけ確実な方法があった、その全ての解決策としてヒーロー協会が出した答えは《元No.1ヒーローの復帰》だ。

 

 説得には相当骨を折ったらしいが、《オールマイトの旧友だが何だか》からの説得もあり、結果《1年間だけの復帰》を了承してくれたようだ。

 

 その《復帰の肩慣らし》という言い方はアレだが、《現在の神の実力》を世間に知ってもらうために広告塔としてオールマイトとクソ親父を利用し、《叱りつけること》と《反省させること》を考慮して2人を病院送りにしたそうだ…

 

 因みに病院へ運ばれたアイツの容態は…《全身打撲複雑怪奇骨折》っつう、常人だったら普通は死んじまう重体だってよ…

 前もって病院に待機してた名医のリカバリーガールは命を取り止める最低限の治療はしてくれた………しかし、彼女もアイツの愚行には怒り呆れてたようで、それ以上の個性を使った治療は断念したのだ…

 それはリカバリーガールだけじゃなく、《ヒーロー協会の上層部》と《今回の件を知っていた4人1組のヒーロー集団》…そして《アイツの残り少ないサイドキック達》も了解し、アイツには反省期間として長期入院をさせることが決まったらしい…

 

 

 

 

 

 それからも話を聞いていくと、クソ親父を神に会わせるための釣るエサとして《俺達に会えない厳罰の解除》をエサにしたそうだ。

 最初にそれを耳にした時は『何を勝手な約束をしてるんだ』と、俺と夏兄はヒーロー協会に対して怒りをもった…

 でも現実、クソ親父は神に敗北して逆に《厳罰》の条件がより厳しくされて、《No.1ヒーローにならない限り俺達には会えないこと》が決まった。

 その絶対の証拠して《契約書(本名と実印込み)》もあるらしい。

 

 

 

 

 

 

 全てを聞き終えた俺達は…

 

「うっ……うぅ…」ポロポロポロポロ…

 

 姉さんはその場に座り込み、両手で顔を覆いながら静かに泣き出した…

 俺には分かる……姉さんが流してる涙は《嬉し涙》じゃないってことを…

 姉さんは…こんなバラバラの家族が…いつの日か《全員が仲良く暮らす》なんて…夢のまた夢の未来をずっと望んでいた…

 でも…その未来への可能性が砕け散り…万に一つも叶わないと確信したことで《悲しみの涙》を流しているんだ…

 

「は…ははは……アハハハハハハハハッ!…無様だな…エンデヴァー、自分が憧れた《元No.1》には痛め付けられるわ!《リカバリーガール》にも《ヒーロー協会》にも《自分のサイドキック》にも見捨てられたなんざ!呆れるのを通り過ぎて泣けてくるぜ!まぁ全部がテメェの日頃の行(おこな)いのせいだがな!!!………」ポロポロ

 

 姉さんとは真逆に、夏兄は狂ったように笑いだしてこの場にいないクソ親父に向かっての皮肉と暴言を叫んだ…

 

 …っと思ったから急に静かになって…夏兄も泣き出した…

 

「これでやっと……燈矢兄も浮かばれる………そうだ!燈矢兄へ報告してこねぇと!」

 

 夏兄は涙を拭(ぬぐ)いながら居間から出て行き、《仏壇が置いてある部屋》に走っていった…

 

 

 

 俺はどんな気分だって?

 

 

 

 ……俺も少しだけ心がスッとしたよ…

 

 でも夏兄程までに…喜びを露にすることは出来ない…

 

 

 

 何故って?

 

 

 

 …アイツは重傷を負いながらも生きている…

 

 …アイツが生きてる限り…俺は……いや俺達はアイツから解放されることはない…

 

 …半年もすれば…アイツはすぐにでもヒーローとして復帰する…

 

 …世間からどれだけ叩かれようと…アイツは自分の《腐りきった性根》によってヒーロー活動を始める…

 

 …アイツはどうしようもないクズだが…それでも実力でNo.2に登り詰めたのは事実…

 

 …この世に《絶対》なんてない…

 

 …今後《アイツがNo.1になれない》という保証はない…

 

 …どれだけの時間がかかろうと…アイツは《No.1》を……いや《厳罰の解除》を目指すに決まってる…

 

 

 

 また俺達を苦しめるために…ここへ戻ってくる気なんだ…

 

 俺達(自分、母親、姉、兄)は…アイツから完全には解放されていない…

 

 だから俺は…夏兄のように喜びに浸(ひた)ることは出来ないんだ…

 

 

 

 

 

 そう考えていた時…

 

 ふと俺の頭に《簡単かつ単純な解決策》が浮かんだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『俺がNo.1ヒーローになればいいんじゃないか?』…と…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは…とてもシンプルな解決法だった…

 

 今はオールマイトが《No.1の座》に鎮座してくれるから、アイツがNo.1になることは絶対にない!

 でもオールマイトは親父よりも歳上……いくらトップヒーローでも年を重ねれば老いて…いずれは引退してしまう…

 

 ならば俺がオールマイトの後を次いで、No.1ヒーローになれば《親父が俺達の前に現れること》も《この家の敷居を跨(また)ぐこと》も一生ない!

 

 なんでそんな簡単なことをすぐに思い付かなかったんだ!

 

 

 

 えっ?…俺がNo.1ヒーローを目指すのは親父の《思う壺》じゃないかって?

 

 

 

 確かにそうかも知れねぇが…それはアイツのためなんかじゃ断じてねぇ…

 

 アイツに2度と会わねぇために…

 

 アイツのいない日々を守るために…

 

 アイツの顔を2度と見ねぇために…

 

 お母さんと姉さんと兄さんを……俺の家族を守るために…俺は《No.1》にならねぇといけねぇんだ!

 

 そして親父を否定するために!

 

 俺は右(母さんの個性)だけで強くなる!!!

 

 

 

 それを決心した時、俺の進むべき道と目標が決まった!

 

 

 

『2度とアイツと関わらないために!アイツと赤の他人となるために!そして俺の家族を守るために!俺はNo.1ヒーローを目指す!!!』

 

 

 

 それが俺の夢になった!

 

 

 

 

 

 あと…どこの誰かは知らねぇが…いつか会えるのなら…俺達から親父を遠ざけてくれた…《俺達の家庭事情を世間にバラまいた奴》に…俺は心から感謝の言葉を伝えたい…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●とある廃墟…

 

 

??? side

 

『今回の件…《身内》の情報を提供してくれた《君》には…本当に感謝しているよ…』

 

「別に…どうってことはない…」

 

 人気のない廃墟にて…《ツギハギだらけの男》がノートパソコンを通して《ある男》と密会していた…

 

『僕としては予想以上の成果だよ……ここまで社会が混乱してくれるとは…』

 

「…これはまだ《序章》…アイツを絶望させるための御膳立てだ…」

 

『フフフッ…その通りだね……その為に《君》の情報だけは伏せたんだ…』

 

「アイツを地獄の底に突き落とすのは俺だ………俺もアンタには感謝してる…手間を掛けさせたな…」

 

『な~に…これくらい容易(たやす)いことだ…』

 

 未だヒーロー協会が血眼になって探している《エンデヴァーの家庭事情を公にした犯人達》は、この1ヶ月でのヒーロー社会の変わりようについて語り合った…

 

『気が変わったらいつでも僕達の元へおいで…その時は歓迎するよ………轟 燈矢君…』

 

「その名前は捨てた……今は荼毘だ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●ヒーロービルボードチャートJP会場の外…

 

 

None side

 

 衝撃の連発ばかりだった今年度のビルボードチャート上半期は終了した。

 

 会場から出てくる人々の中に、《猫耳メイド服》を着た4人組の女性達(?)がいた。

 

「今回は驚愕の連続だったねぇ」

 

「いきなり1ヶ月も開催が早まったのも驚いたけど、トップ10のヒーロー達が登壇することになったのも驚いたニャン!」

 

 水色の猫耳メイド服を着た女性の《ピクシーボブ》と、黄色の猫耳メイド服を着た緑髪の女性の《ラグドール》が話し始めた。

 

「でもトップヒーロー達の覚悟が本物だってことを知る良い機会だったじゃない」

 

「ベストジーニスト……奴はこの国の人々が本当に求めているものが何なのかを十分に理解している…」

 

 赤い猫耳メイド服を着た女性の《マンダレイ》と、茶色の猫耳メイド服を着た巨漢な男性の《虎》も話しに加わった。

 

「ベストジーニストさんも災難よね、急に大トリを押し付けられちゃったんだから」

 

「今回は《トップヒーローの番付》が完全にオマケみたいになってた気がするニャン」

 

「そりゃ会場に来てた半数以上のヒーローは、《エンデヴァーさんの謝罪会見》を目的で来てたんだからね」

 

「昨日まで県外にヴィラン退治へ行っていたようだが、見方を変えれば《謝罪会見から逃げていた》だけなのだな……本当にどうしようもない男だ。……そんな男に少しでも憧れを持っていた自分が恥ずかしい…」

 

「気に病むことはないわよ虎、腐っても《実力だけでNo.2に上り詰めた男》なんだし、憧れてた人だって大勢いたわよ。もう誰もいないでしょうけど…」

 

「あんな酷い家庭環境が白日の元に晒されちゃったんだし、ファンだっていなくなるニャン」

 

「その《エンデヴァーの家庭事情》だけど、《イジメ問題があった折寺中生徒の個人情報》とかをネットに拡散した犯人って、まだ見つかってないのよね」

 

「ヒーロー協会が総力をあげて探したけど、相当腕の立つハッカーらしくて全然足が掴めないそうよ?」

 

「《人手不足》というのもあるのだろう……あの騒ぎ以降…ヒーロー協会は息つく間もなく激務(げきむ)続きと聞く。エンデヴァーの一件では《家庭を持つヒーロー》達はマスコミ被害を受け…職務を全(まっと)う出来ていない。ヘドロ事件ではオールマイト以外のヒーロー達の愚行が公(おおやけ)にされ…世間の人々はヒーローへの信頼を失い批判が強くなっている。その2つによって対応だけでも手一杯な時に《若手ヒーロー達の引退》が重なっている……トドメにホークスが言っていた《ヒーロー狩り》による《引退した若い元ヒーロー達への被害》……《警察》に協力を要請していたのも妥当ということか…」

 

「そうは言っても、ヒーロー公安委員会も思いきった決断をしたニャン。ヒーローじゃなくても警察や自衛隊に《個性の使用許可》をさせるニャンて、試験っていったいどんな試験ニャンだろう?」

 

「私達なりに言うなら『猫の手も借りたい』って程に忙しいってことなのよ。仮免に合格できなかった《元受験者》達にもう一度チャンスを与えるくらいだし、早期のヒーロー人材確保の為には仕方ないことなんじゃない?」

 

「思いきったことって言えば、さっき直前までオールマイトさんとエンデヴァーさんが欠席することを知らせてないってこともそうよ。何もビルボードチャートが開催されるっていう今日に、神様に頼んでエンデヴァーにお灸を据えさせるなんてさ」

 

「私達へ『場所の提供をしてほしい』って連絡も数日前だったからねぇ」

 

「でもエンデヴァーさんには《良い薬》だニャン!」

 

「左様(さよう)…父親でありながら自分の子供に愛情を注がず……あまつさえ自分の夢という欲望を叶えたいがために家庭を省(かえり)みず、奥さんと子供に暴力を振るうなど《ヒーロー》としても《親》としても《漢(おとこ)》としても恥だ!《神様》からの制裁を受けたのは当然と言えよう!」

 

「でも何か腑に落ちないよのねぇ、事情が事情だけどオールマイトまで神様のお叱りを受けるなんて……オールマイトよりも他に神様の天罰を受けなきゃいけないヒーローが1人いるんじゃない?」

 

「例の《無個性の学生に自殺教唆を言った名前が伏せられてるヒーロー》のことか?」

 

「本当に誰ニャンだろう?もしかして、もう神様が《そのヒーロー》に鉄槌をくだしたかもしれないニャンね!」

 

「あ~有り得るかもね、私達が知らない間に《そのヒーロー》は再起不能にされてるのかも」

 

「子供の夢を真っ向から否定するなど!ヒーロー以前に大人として失格だ!」

 

 

 

 彼らは未だに名前が伏せられている《無個性の男子中学生を自殺に追いやった主犯1人であるヒーロー》に対して怒りを向けていた。

 

 その《名前が伏せられたヒーロー》が3人の言う通り、既に……というかさっき《神の鉄槌(ゲンコツ)》を受けたとは知らずに…

 

 

 

「大丈夫かしら?」

 

「?なによマンダレイ、オールマイトは巻き添えかも知れないけど、エンデヴァーは然るべき罰を受けなきゃならないんだから、心配する必要はないんじゃないの?」

 

「その通りだ、ランキングを《最下位》にすることと、家族への接近を禁止にするだけじゃ物足りないと我も思っていた、これは《当然の報い》なのだ」

 

「違うわよ、心配なのは《そっち》じゃなくて私達の《私有地(山)》の方よ。『自由に使っていい』って許可はしたけど、あの3人が戦ったとするなら《山》が1つや2つ無くなってる可能性もあるかも知れないわよ?」

 

『あっ……』

 

 マンダレイの心配事を把握した3人は…今更ながら不安になってきた…

 

 《元No.1》《現No.1》《元No.2》の3名が暴れたとするならマンダレイの言う通りな現状になっていても過言じゃないのだ…

 

 まだ自分達がまだ幼い頃(5歳、6歳)に、元No.1こと《ゴッドヒーロー・神》は引退してしまったため、現在の実力は不明だったが…この国を平和にした立役者の1人……《世界最強のヒーロー》と言っても間違いはないのだろう…

 

 そんな彼が、ヒーロー社会の均衡を壊した主犯の3人の内の2人(オールマイトとエンデヴァー)へお灸を据えたとなれば、《自分達の私有地の山々》が原型を留(とど)めているのかどうか心配になるのは当たり前である……

 

 

 

 

 

 心配になった4人は、ビルボードチャートの会場を出てすぐ、私有地の山へと向かった…

 

 

 

 

 

 そして、嫌な予感は的中してしまった…

 

 

 

 

 

 施設のある場所から見て、隣の山は1つ無くなって《谷》へと姿を変えていた…

 更にその周辺の山の木々は《エンデヴァーの炎》によって炭にされて…ほぼ更地と言う丸坊主になっていた…

 

 変わり果てた山々を見て…4人の反応はそれぞれ違った…

 

 

 

 ある者は、今回場所を提供したことを後悔し、どうやって復旧しようかと頭を抱える者…

 

 ある者は、数日前まで見慣れた自分達の山が半壊したことで開いた口が塞がらなくなった者…

 

 ある者は、どんなお灸の据え方をしたらこんな惨状になるのかと疑問と恐怖を持つ者…

 

 ある者は、引退して20年以上も経つというのにその実力が全く衰(おとろ)えてない元No.1ヒーローに対し、改めて憧れと敬意を持つ者…

 

 

 

 …っと、内心最初に考えてることはバラバラだったが、結局最後には『これからこの場所をどうすれば元に戻せるか』と考えるマンダレイの思考と同じになった…

 

 《谷になってしまった場所》はともかく、その周囲の木々が無くなってしまった山々をどうしようと悩ませた…

 

 それこそ…ヒーロー公安委員会の会長たるマダムが、3つ目に発表された今日一番の重大な内容が頭から抜けてしまう程に…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな彼らの悩みは、1か月後に解決した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●とある病院…

 

 

None side

 

 神様によって重体にされたオールマイトとエンデヴァーの2人は、山の梺(ふもと)にある大きな病院へと運ばれ、そこで待機していたリカバリーガールの処置と手術を受けた。

 

 神様は2人をリカバリーガールに預けると、自分は処置を受けずにヒーロー協会に向かった。

 

 手術後、オールマイトとエンデヴァーはその日の内にヒーロー公安委員会によって運び出され、現在日本で最先端と最高峰の治療を施してくれるという《セントラル病院》へと入れられた。

 

 流石長年トップヒーローに君臨しているだけあるのか、2人共《神のお叱り》を受けた次の日には目を覚ました。

 

 オールマイトはリカバリーガールの個性と最先端の医療処置によって《1週間》程で退院できることとになった。

 

 しかし、エンデヴァーは瀕死の重傷までの連続攻撃を受けたせいで、リカバリーガールの個性による処置があっても1ヶ月は復帰することが出来なくなっていた…

 

 

 

 

 

 そう…リカバリーガールが個性《治癒》を使ってくれれば……《1ヶ月》で退院できたのだ…

 

 

 

 

 

 当のエンデヴァーは意識を取り戻して早々、いつヒーローに復帰できるのかが気がかりだった…

 

 だが自分の身体は、全身包帯を巻かれて指1本マトモに動かせず、顎の骨は砕かれていて喋ることが出来ない……唯一動かせるのは《目》だけあった…

 

 エンデヴァーの意識が戻ったと知り、リカバリーガールとヒーロー公安委員会の目良(めら)という男がエンデヴァーの元へやって来た。

 

 元No.1ヒーロー(神様)にお灸を据えられズタボロになったエンデヴァーに、2人は容赦なく…冷たく…厳しい宣告を下した…

 

 

 

 その宣告とは《リカバリーガールは、個性によるエンデヴァーの処置をしないこと》と《ヒーロー協会の目良からは、仕事が失敗に終わったため厳罰の解除条件が厳しくなったこと》が無情にも告げられた…

 

 

 

 当然のごとく、エンデヴァーは納得なんてせず口が利けない分《目を血走らせて》2人へ訴えた!

 だがそんな目線をリカバリーガールも目良も微動だにせず…

 

「アタシが治すのはココまでさね。あとは自分で治しな」

 

「ッ!!?フ!?ムガ!?ゴア!!?」ジタバタ

 

 包帯まみれのエンデヴァーは《鋭い目付き》に加えて、痛む身体をベッドの上で無理矢理動かし、リカバリーガールへ『何故だ!?すぐに治せ!!』…と訴え続けた!

 

「『早く治せ』ってかい?医者としてはそうするのが当たり前だけど……こりゃアタシが望んだことなんだよ、ヒーロー公安委員会もコレを承諾してくれてる。そうだろ?」

 

「はい…その通りです…リカバリーガール…」

 

「グゴッ!?」

 

 本来、実力あるヒーローが負傷して入院した場合、早期復帰を望むのがヒーロー公安委員会の考えである…

 

 だが悲しいことに…今回のリカバリーガールの発言に反対する者は、ヒーロー公安委員会には誰もいなかったのだ。

 しかも、それはヒーローサイド全体の話であり…エンデヴァーの残り少ないサイドキック達もしかり、全員が《エンデヴァーの長期入院》を望んだ…

 

 勿論それは《エンデヴァーにゆっくり休んでほしい》なんて優しい考えでは断じてない…

 

 ヒーロー公安委員会は『彼には良い薬になるだろう…』や『反省する期間と自分を見つめ直す時間も必要だ…』と返答し、リカバリーガールの意見を通した結果である。

 

 そして、リカバリーガールの個性治療なしで《現状(全身打撲複雑怪奇骨折)のエンデヴァー》が退院出来るのは何時(いつ)になるのか?

 現代の最新医療では…どんなに早くても《半年》はかかるらしい…

 

 単純に言うと《今年のビルボードチャート下半期》近くまでは病院生活になるということ…

 

 当の本人は『冗談じゃない!』と目線で訴えるが、リカバリーガールは知ったことじゃないという態度をとりながら病室の扉に向かっていく。

 

「自分のこれまでの行(おこな)いを反省しな!それが出来るまで戻ってくんじゃないよ!」

 

「フモガーーーーー!!!!!」

 

 エンデヴァーの必死の訴えも虚(むな)しく…リカバリーガールは病室を出ていってしまった…

 

 リカバリーガールが退室後、今度は目良がエンデヴァーに話し始めた。

 

「エンデヴァーさん…私からも……いや…ヒーロー公安委員会からもアナタに一応は伝えておくことがあります…」

 

「ホガッ!?」

 

「まぁ…何を言われるかは大体の察しは付いてるでしょう…」

 

 そう言うと目良は鞄から《1枚の紙》を取り出してエンデヴァーに見せた…

 

「これは昨日…アナタがサインした契約書です……覚えていらっしゃいますよね?…今回の仕事に成功した場合は…厳罰を解除するという条件でした………ですが…失敗した場合は…厳罰の内容を重くすること…忘れていませんよね?」

 

「!!?」

 

「残念ですが…アナタは依頼された仕事である《神様を相手に1時間負けない》を達成出来なかった………なので…この紙に書いてあるとおり…厳罰の解除条件である…《トップ10以内に入るまで》という内容を…《No.1ヒーローになるまで》に変更することになりました…」

 

「ゴガッ!!フゥ!!?モガーーッ!!!」

 

 褒美に目が眩んで、《楽な仕事》だと勝手に決めつけていたツケにして重すぎる罰であった…

 

 だが、自分が昨日記入したばかりの《名前》と《指印》が動かぬ証拠…

 

 今すぐにでも、目の前にある1枚の紙も《燃やす》なり《破く》なりしたいのに、今の自分はそれすら出来ない…

 

「あぁ…それと他にも知らせておくことがあります……昨日のビルボードチャートについてです…」

 

「グッ?」

 

 目良は昨日の《ヒーロービルボードチャート上半期》での内容のすべての話した。

 

 

 

・今回ランクインしたトップヒーロー10名…

 

・オールマイト以外のトップヒーロー達のコメント…

 

・ヒーロー公安委員会が世間に告げた《3つ》の発表…

 

 

 

 3つの発表の内、最初の2つを聞き終えたエンデヴァーは《納得出来ない目付き》になった…

 自分が今すぐにでも復帰すれば、寄せ集めのヒーロー達を用意する必要などないと決めつけているからである。

 

 だがその決意も…3つ目の内容によって砕け散ることとなった…

 

「そして3つ目……それはアナタの代役として…元No.1ヒーローである…《ゴッドヒーロー・神》を復帰させることが決定されました…」

 

「グガッ!!???」

 

 これにはエンデヴァーも仰天した!

 昨日久しぶりにあった《神様》が現役に復帰するというのだ!

 衝撃と驚愕が連発だった昨日のビルボードチャートにて、この発表は一番に人々の度肝を抜いた!

 若い世代こそ、20年以上前に引退したトップヒーローが役に立つのかと考える者もいるだろうが……会場で《3つ目》の発表の最中に神様から連絡が入り、《自分とオールマイトの2人が神様を相手に敗北したこと》がヒーロー公安委員会のマダムの耳に入るや否や、《オールマイトとエンデヴァーの欠席の理由》として発表された…

 

 

 

 つまりどういうことかというと…オールマイトとエンデヴァーは《この社会を壊した一件で神様からお叱りを受けた》だけでなく、《今の神様の実力を世間に知らしめるために利用された》と言うことだ…

 

 

 

 実際に、神様が一時的にとは言え復帰すると知って、国民だけでなくヒーロー達も目に見えて《喜び》を露(あらわ)にしていたそうだ。

 

 《神様は強い》…それはエンデヴァーがその身で嫌と言うほど体験させられた…

 

「まぁ復帰と言っても一時的…次の年のビルボードチャート上半期までの《1年間》だけの契約ですがね………本人の希望でランキングにはカウントしないことなど色々と条件は出されましたが……アナタの代役として勤めてくれるのならば大した条件ではありません。それに今の不安定になってしまった社会を戻す為には…オールマイトさんだけでは心許(こころもと)ない……《現No.1》と《元No.1》の2人が揃ってくれれば…社会の平穏を取り戻すことに時間はかからないでしょう……実力も申し分ない…オールマイトと2人掛かりで挑んだにも関わらず…アナタは《この有り様》ですからねぇ…」

 

「グッ!………」

 

 エンデヴァーは何も言い返せなかった…(元より喋れないが…)

 

「えぇでは…伝えることは伝えましたので…私はこれでお暇(いとま)させていただきます……どうぞ…リハビリを頑張ってください……それでは…」

 

「フゴッ!グガーーー!!!」ジタバタ

 

 さっきのリカバリーガール同様に、エンデヴァーの足掻(あが)きは無駄に終わり、目良も病室を出ていってしまった…

 

 

 

 

 

 1人……病室に残されたエンデヴァー…

 

 

 

 

 

 こんな状態になって…やっと状況を理解し始めた…

 

 《こうなること》がヒーロー協会の目的だったのだと…

 

 自分は手の平の上で踊らされていただけ…

 

 腸(はらわた)が煮え繰り返る怒りを滾(たぎ)らせるも…身体は思うように動かせない…

 

 国民にも…ヒーロー達にも…リカバリーガールにも…そして家族にも見放された…

 

 退院までの半年のリハビリ生活で…エンデヴァーは何を思うのだろうか…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●警察署(ヒーロービルボードチャートJP上半期から2週間が過ぎたある日…)

 

 

オールマイト side

 

「私がーーー!警察署にーーー!!来た!!!」

 

(シーン)

 

 ………誰も何も反応をしてはくれない……か…

 

 それもそうか…今の警察組織は個性を使ったヴィラン対応が出来るようになり、その分の仕事が増えて殆どが出払って、警察署ですら人が全然いない…

 

 っと…そんなこと考えてる場合じゃない、早く根津校長が待つ会議室へ向かわなければ!

 

 

 

 ヒーロービルボードチャートJP上半期から……いや…《神様によって心身共にズタボロにされた日》から早2週間……私はリカバリーガールの治療を受け、1週間前に退院出来た。

 

 ヒーローに復帰してから1週間経つが…私は未だに本調子ではなかった…

 ヒーローとしての仕事はちゃんとやっている…この1週間で何十人ものヴィランを倒した…

 

 とはいえ…《神様》がヒーローとして復帰した途端にヴィラン発生率は半数近くに減った…

 その理由は明確…《年配のヴィラン》達は《神様の実力》を知っているため身を潜めたのだ…

 《単純に強いヴィラン》よりも、そういった《賢いヴィラン》というのが1番厄介だ…

 あの男と同じようなヴィランが…もう現れないことを…私は願うばかりだ…

 

 そんな私は、退院後に1度ヒーロー協会に呼び出され、先日の《神様》の件についての詳細を聞かされた…

 あの日神様が言った通り《私とエンデヴァーにお灸を据えるため》と《社会を不安定にした責任という名目で身をもって反省させるため》に神様へ依頼したことだった…

 《当然の報い》と言われたらそれだけになってしまう……実質…私とエンデヴァーはそれだけの罪を犯したのだ……殺されずに生かしてもらっただけ有り難い(ありがたい)と思わなければ…

 更に詳しく聞いていくと…なんと!以前こちらに来られなかった《先生》こと《グラントリノ》も絡(から)んでいたことが判明した!1か月程前に先生は私への説得をナイトアイに任せたあと、その足で《神様》が勤める士傑高校へと向かい《私にお灸を据えてもらう》ように頼みに行ったらしい…

 多分…先生自身では私相手に加減出来ないと判断したからなのだろう…

 グラントリノも今回の私の失態にお怒りのようだ…

 

 

 

 先生(グラントリノ)のことを思いだして身震いしていると、いつの間にか《1か月前のあの会議室》の前に着いており、私は中に入った…

 

ガチャッ

 

「失礼しま…す!?君たちも呼ばれたのか!?」

 

「…オールマイトさん…」

 

「来ましたか…オールマイト…」

 

「久しぶり……でもないですか…オールマイトさん」

 

 会議室の中には何十人ものヒーロー達がいた!入って早々《Mt.レディ》《シンリンカムイ》《デステゴロ》が挨拶してきた…

 この3人を見て…この場にいるヒーロー達の《共通点》に気がついた…

 

 ヘドロヴィラン事件…

 

 この1ヶ月間、その事件の名を聞かない日は1日足りともなかった…

 

 予定されていた時間よりも30分早めに来たというのに、用意された椅子の数を見る限りでは、根津校長と私以外の全員が揃っていた…

 聞くと1時間以上前には集まってたらしい…

 

 彼らはあの事件以降、連日のように《世間》や《元ファン》や《ネット》等で酷いバッシングを受け続けているため…精神的にかなり追い詰められている状況らしい…

 中には《結婚して子供がいるヒーロー》もいたが、今回のことが原因で相手側の家族から離婚を申し出られ…結果、独り身になったヒーローもいると言う…

 彼らによって社会が受けた迷惑の1つを例題として上げると、《ヒーローの商品(おもちゃ、フィギュア)を扱う企業》は大打撃を受けた。特にこれから売れると予想されていた《Mt.レディ》の商品を大量に生産していた会社は赤字となって、生産会社と販売会社が《Mt.レディ》に対して訴訟を起こしたという話もある…

 

 それによって2週間前に発表されたヒーロービルボードチャート上半期では、私以外の事件に関わったヒーロー達の支持率が軒並み下がり、《エンデヴァー》が最下位にならなければ《Mt.レディ》が最下位になっていたらしい…

 だがランキングがそこまで下げられたのにはもう1つ理由がある……それは《ここにいる誰かが私の情報(緑谷少年への失言)をリークしたんじゃないか?》と疑われたためだ……しかし全員『言ってない』と断言したにも関わらず、結果として疑いは晴れないまま順位を下げられたらしい…

 

 プロヒーローなのに…そんな散々な日々を生きる彼らは…何度もヒーローを辞めようかと…本当に思い悩んでいるらしいが…それは絶対に出来ない…

 

 引退した若い元ヒーロー達の現状を知れば尚更のこと…

 

 自称《ヒーロー狩り》と呼ばれているヴィランに狙われながらも根気強く就活をしているのだが……ヒーローが悪く言われているこの状況では《元ヒーロー》を受け入れてくれる職場はほぼ無いため…社会復帰が困難となり…今も苦労の耐えない生活を送っているそうだ…

 

 だが皮肉にも…その若手ヒーロー達が引退したこともあって…彼らは《例の奉仕活動での監視の仕事》は一旦中断され、プロヒーローとしての《ヴィラン対処》の仕事に取り組んでる…

 

 その代わり…助けた人々は彼らに対して《感謝やお礼を言ってはくれず》、その視線からは《ヒーローとして必要としてる》という感情が全く籠ってないそうだ…

 

 辞めたくても辞めることが出来ない…

 

 彼らは既に《ヒーロー》という仕事に就(つ)いたことを深く後悔しており…《一生消えない呪い》だと愚痴を言っている始末だ…

 

 

 

ガチャ

 

 

 

「やぁ!諸君!時間通りに全員揃ってるね!」

 

「根津校長」

 

 私が深々と彼らの現状で考え込んでいると、根津校長が会議室の扉を開けて入ってきた。

 会議室の時計を改めて確認すると、いつの間にか30分経過して予定の時間になっていた。

 

 そして根津校長が席に着くと、早速私達が集められた内容が話された。

 

「さて、忙しい君達をまたこの場所へ呼んじゃったことだし、さっさと用件を伝えようじゃないか」

 

『………』

 

 私は1か月前、彼らが帰った後にこの会議室へ来たため知らなかったが、当時お昼頃に呼び出された彼らは《不満タラタラ》で来ていたようだ……まぁ会議室から出る時にはそんな感情は無くなってたらしいが…

 大方(おおかた)、根津校長からの《静かな威圧感》と《禍々(まがまが)しい圧迫感》によって追い詰められながら…緑谷少年のことを聞いたことが相当堪(こた)えたんだろう…

 

「その通りさ!オールマイト!」

 

「なっ!?」

 

 またしても心を読まれてしまった!!?…これ以上余計なことを考えるのは止めて…根津校長の話をちゃんと聞くことにしよう…

 

「じゃあ早速本題に入るのさ、当然のことだけど、今から話すことは他言無用だよ?1か月前に《飛び降り自殺をした被害者》である《緑谷 出久》君が先日意識を取り戻したのさ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『…………えっ?…』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 根津校長は今……なんとおっしゃられた?

 

 緑谷少年の……意識が戻った!!!

 

 目を覚ましてくれたんだ!!!

 

「み!緑谷少年の容態は!?」

 

「リカバリーガールが定期的に個性を使って治療してるとは聞いていましたが!?」

 

「どうなんですか!?根津校長!!」

 

「後遺症とかは無かったんですか!?」

 

「彼は元気なんですか!?」

 

 私を含め、全員が根津校長に質問した!

 

「落ち着いてくれ諸君、まだ話してる途中だよ、質問は全部話し終わってから受け付けるのさ」

 

 緑谷少年が起きたと聞いて、つい気持ちが高ぶってしまった…

 いかんいかん…ちゃんと最後まで聞かなくては…

 

「今はリカバリーガールが彼を診(み)てくれているのさ。《古傷》と《事故の際についた額(ひたい)の傷痕》以外で身体に異常はないみたいだよ。逆に驚く程の早さで回復に向かっていてリカバリーガールも驚いていたさ!今後の検査結果次第では、早くて今月末に退院できるみたいさ!」

 

 良かった……本当に良かった……一時は2度と目を覚まさないかも知れないともリカバリーガールは言っていたため、本当に心配だった…

 身体に傷は残っているみたいだが、本人は元気と聞いて…ずっと心の中にあった《不安》が消えていった…

 

 

 

 でも…その《不安》を完全に拭(ぬぐ)い去るには早すぎた…

 

 

 

「でもね《彼のお見舞いに行くこと》も《無断で会うこと》も君達は許されないよ?」

 

『ッ!!!???』

 

「な、何故ですか!?」

 

「お願いです!彼に謝罪をさせてください!!」

 

「俺達は緑谷君に誠意を持って謝りたいんです!!」

 

「お願いです!根津校長!彼に会わさせてください!謝るチャンスをどうか私達に!!」

 

 私に続いて、バックドラフト、デステゴロ、シンリンカムイが根津校長に緑谷少年に会わせてもらうように頼み込んでいた…

 

「あのぅ…根津校長……もしかして緑谷君本人が私達に会いたくない……って言っていたんですか?」

 

『………』

 

 Mt.レディの発言に私達は口を閉じた…

 

 その通りだ……彼は私達のことを憎んでいるに決まってる…

 私には、ヒーローになりたいという夢を《否定》され…

 シンリンカムイやデステゴロ達には、ヘドロヴィランに捕まってた爆豪少年を助けず半(なか)ば見捨てていた行動を見て《ヒーローに失望》し、私が事件を解決すると、緑谷少年の勇気ある行動をシンリンカムイ達は一切称えることなく怒鳴って叱り……終(しま)いには野次馬の見せ物にされた…

 

 緑谷少年からすれば…私達は《ヒーロー》じゃない…

 

 私達は彼に《絶望》しか与えていないのだから……会いたくないのは当たり前だ……

 

 

 

 

 

「いや……話はそんなレベルじゃないのさ…」

 

 

 

 

 

 根津校長からの雰囲気が変わった!

 

「Mt.レディ…さっさ君が言ってたように…緑谷君には《ある後遺症》が出てしまったのさ…」

 

「えっ!?」

 

 なっ!やはり後遺症があってしまったのか!?いったい!緑谷少年に何があったと言うんだ!?

 

「…はぁ……引き延ばしたところで意味なんかないか……じゃあ、ハッキリ言うよ!諸君!心して聞いてくれたまえ!」

 

 根津校長からの言葉を聞き漏らさないように、私は耳に神経を尖られた!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「意識を取り戻した緑谷出久君はね……………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 根津校長が語ってくれた緑谷少年の《後遺症》を聞いた私は……

 

 この世から消えたい……っと思ってしまった…




 次の話では、爆豪勝己を含めた周囲の人々が《ヘドロ事件からの1ヶ月》をどう過ごしたかの話です。場合によっては前編(12話)と後編(13話)に分けて投稿するかもしれません。


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変えられない過去と戻れない日常の法則(報復)

【警告】(爆豪勝己ファンの方は必ず読んでください)
 大事なことなので最初に書きます。
 今回更新した《変えられない過去と戻れない日常の法則》シリーズは、全部が全部《爆豪勝己アンチ》の作品です。
 私自身『酷く書きすぎたか?』と思う程の厳しい仕上がりなので《爆豪勝己ファンの方々》と《『爆豪勝己が(社会的に)酷い目に会うのは納得いかない』という方々》は、至急ブラウザバックをオススメします。





 では改めまして…

 UAが8万を突破しました!

 今作を読んでくれている皆様!

 本当にありがとうございます!



 本当はゴールデンウィーク中に《5話(12話~16話)》の更新を目指していたのですが……無理でした…

・12話
変えられない過去と戻れない日常の法則(報復)

・13話
変えられない過去と戻れない日常の法則(ネット)

・14話
変えられない過去と戻れない日常の法則(暗躍)

・15話
変えられない過去と戻れない日常の法則(?)

・16話
 ? ? ? の法則

 以上の《5つの話》を同時に投稿したかったのは、今まで投稿した話の殆どは《ヘビーな話(暗い話題)》ばかりでしたので、16話は《ライトな話(明るい話題)》である《出久君の今後》の話を含めて更新したかったんです……
 でも、私の投稿スピードではまだかかってしまうので、先に3つの話(12話~14話)を投稿いたします。

 15話と16話の更新はもうしばらくお待ちくださいませ…

 毎度のことながら、投稿が遅くて申し訳ありません…



 今回更新した話には《シンリンカムイ達が出久君の警備についた経緯》の他に、《うえきの法則のキャラクター》も入ってます。

 《ヒロアカキャラ》の声優さん達の中には、《うえきの法則のキャラクター》の声優を担当した人もいましたね。
 今回の話の中には、《ヒロアカのあるキャラ》と声優が同じ《うえきの法則キャラ》が登場します。



 今更ですが…戦闘シーンに至っては自信がありませんので悪(あ)しからずに…


None side

 

 ヒーロー社会を揺るがす発端となった事件の《1つ》である《無個性の中学生の飛び降り自殺未遂事件》……

 

 未だにその被害者である《無個性の中学生》は名前が伏せられている……

 

 更に、その中学生を結果的に死に追いやる要因となった《無個性差別の発言をしたヒーローの名前》も公(おおやけ)にはされていなかった…

 

 だが、この事件を知る全ての者達は皆一度は思う……

 

 

 

 

 

 なぜ…無個性の中学生に対する《自殺教唆の発言》が明るみにされているのに…

 

 その発言をした《ヒーローの名前》は明らかになっていないのか…と…

 

 

 

 

 

 普通、発言の内容を一語一句間違えることなく判明出来ているのなら、その発言をしたヒーローが誰かなのかも分かる筈、なのに世間の人々は《そのヒーロー》が誰なのかを突き止められずにいた。

 

 テレビ、新聞、雑誌を隅から隅まで調べても全く判明してはいなかった…

 

 『《ヘドロヴィラン事件に関わったヒーロー》の誰かじゃないか?』と疑う者もいたが、確証がないためハッキリとはしていない…

 

 その疑問の答えを探せば『誰かが裏で糸を引いて《その名前》を隠蔽したんじゃないか?』という結論にぶつかる…

 

 そうなれば真っ先に疑われるのは、《ヒーローの汚点》によって一番の被害を受けてしまう《ヒーロー協会》だ。

 

 

 

『今回の騒ぎの元凶の1人である《ヒーロー》をヒーロー協会が庇っている…』

 

 

 

 そう考えるのは《自明の理》だった…

 

 事態の悪化を恐れたヒーロー協会は是が非でも隠し通そうとしている…

 

 しかし、世間の人々はそのヒーローが誰なのかを知りたい…

 

 世間の人達は、そのヒーローに対して『自分だけ社会から誹謗中傷を受けないようにヒーロー協会に守ってもらっている卑怯者のヒーローだ』と印象付けている…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その《卑怯者のヒーロー》というのが……

 

 《平和の象徴・オールマイト》だなんて…

 

 人々は夢にも思ってないだろう…

 

 現在《ヒーロー側の人間》にて、自殺未遂をした無個性の中学生である《緑谷 出久》を死に追いやる発言をしたのが《オールマイト》だと知る者は限られている…

 

 

 その張本人であるオールマイトから一連の事情を直接聞いた《塚内警部》《根津校長》《リカバリーガール》…

 根津校長を通して《ヒーロー協会の上層部》《警察の上層部》《教育委員会の上層部》《イレイザーヘッド》《グラントリノ》《ヘドロヴィラン事件に関わったヒーロー達》…

 そして…グラントリノを通して《サーナイトアイ》《神様》…

 

 

 決して少なくはないが、ヒーロー側の人間で《無個性の子供を死に追いやった犯人》を知っているのは現在《この面子》だけである…

 

 そして…真相を聞いた誰もが最初は信じたくはなかった…

 

 《No.1ヒーロー》としては絶対にあってはならないミス……

 

 真相を知った者達の反応は様々(さまざま)…

 

 ある者は《失望されられ》…

 ある者は《頭を悩ませ》…

 ある者は《信頼が揺らぎ》…

 ある者は《呆れながも信じ》…

 ある者は《怒り満ちていた》…

 

 いずれにしても、皆がオールマイトに対して《大きな不信感》を持つようになった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう…《1分に満たない会話》とはいえ…

 

 その会話の中でオールマイトの言った《一言》が…

 

 1人の少年を死なせかけたのは…

 

 《変えようのない事実》なのだから…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、その《不信感》を更に逆撫で(さかなで)する《新たな問題》が、神様の制裁を受けた後のオールマイトの口から語られた!

 

 しかも!それを語ったのは《退院する前日》にだ!

 

 

 

 そう……オールマイトはまた《問題》を起こしていたのだ…

 

 

 

 それを最初に知ったのは、担当医《リカバリーガール》であり、オールマイトがその《やらかし》を口にした瞬間!リカバリーガールは《体格差》や《病人》など関係なしにオールマイトの胸ぐらを掴み、その《やらかしたこと》を全て吐かせた!!!

 その《やらかし》を全て聞き終えたリカバリーガールは…《怒りの感情》など通り過ぎ…《呆れ落ち込んでいた》…

 当のオールマイトは、何故リカバリーガールがそんな態度をとっていたのか把握出来ていなかった…

 

 

 

 

 

 そんな《オールマイト》と《リカバリーガール》が互(たが)いに頭を悩ませていた……

 

 正にその時!!!

 

 新たに《2つの大事件》が発生していた!!!

 

 

 

 

 

 今年の4月末に開催されたヒーロービルボードチャートにて、20年以上前にヒーローを引退した《先代No.1》である《ゴッドヒーロー・神様》をヒーロー公安委員会が期間限定で復帰させて以降、上昇したヴィラン発生率は目に見えて下がりつつあり、日本の平穏は戻りつつあった…

 

 平和になりつつある日本で…

 

 《神様》が復帰して1週間後に《大規模な事件》が2つも発生した…

 

 

 

 

 

 その《大規模な事件》とは…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●警察署(ビルボードチャート上半期から2週間以上経過した日…)

 

 

根津 side

 

 出久君の意識が戻って4日目…

 

 ヘドロヴィラン事件から1ヶ月以上経った日でもある今日……オールマイトが先週に退院し……頃合いを見計らい、僕は彼ら(ヘドロヴィラン事件に関わったヒーロー達)に、再びこの場所(警察署の会議室)へ集まってもらい、先程解散した…

 

「(はああぁ………まったく……全員が僕の予想してた反応をするとは………あそこまで思った通りの返答をとられると……逆に気持ち悪いくらいだね)」

 

 《予想してた反応》…

 

 《思った通りの返答》…

 

 それは言葉の通りの意味を指し、僕が彼らに1番伝えた内容である《意識を取り戻した緑谷出久君の現状》のことだ…

 

 僕は1時間前……この会議室での出来事を思い出していた…

 

 

 

 

 

 

●1時間前…

 

 

 前回の時とは違い、今回は《緑谷出久君を自殺に追いやった主犯の1人》である《オールマイト》も含め、《ヘドロヴィラン事件に立ち会ったヒーロー達》を1ヶ月前と同じ《警察署の会議室》へと呼び集めた。

 

 実はこの会議室には、小型の監視カメラが備え付けられており、隣の個室にはその監視カメラの映像が見られるモニターがある。

 

 前回は午前中の会議が終わったあとで、僕は相澤君と共に、モニターのある個室で《会議室の様子》を確認して、全員集まるのを待っていた。

 

 今回は全員が大人しく席に座って静かに待機し、予定していた時間の30分程前になって最後にオールマイトがやって来た。

 

 だが、前回は集まった時のメンバー(オールマイト以外のヘドロヴィラン事件のヒーロー達)はお世辞にも大人しくは待っていなかった…。

 《仲の良いヒーロー同士で、呼び出された事への愚痴を言い合う者》《席に着くや否やスマホを弄(いじ)る者》《場所を弁(わきま)えず大声を上げて叱り声をあげる者》等の態度をとるプロヒーロー達がモニターに映っていた…

 これから《僕のお説教》を受けるとは知らずに…《自分の時間を各自過ごしていた》…

 

 知らないとはいえ…《僕が呼び出した張本人であること》も《自分達が1人の少年を自殺に追いやった》など微塵も把握してる様子はなかった…

 

 僕はそんな《彼らの態度》を見て、全員集まっていなかろうが関係無しに今すぐ会議室へ飛び込み1人1人説教したかったけど、そこは相澤君に止められて《全員》集まるのを待つことになった…

 

 とは言っても《事の次第》を前もって伝えていた相澤君も、僕が会議室に乗り込むのを止めはしたが…彼も明らかに機嫌が悪くなっていた………どうやら相澤君も彼らに対して《怒り》を持っていたようだ…

 

 そして最後に《シンリンカムイ》が到着し、僕と相澤君は隣の会議室へと移動した…

 《煮えたぎる怒り》を抑え込みながら…《いつもの表情と音程》で会議室へと入室した…

 

 それから僕は…一種の《圧迫面接》のように《前もって得ていた情報》を順々に語っていき、彼らの《心の柱》を片っ端からズタズタにへし折った後(のち)、僕と相澤君は会議室を出た…

 

 でも…正直言うと、今でもまだまだ言い足りなかったさ…

 だって…結果的に言えば、彼らは《1人の少年を飛び降り自殺させるまでに追い詰めた要因》なのは変えようのない事実…

 《緑谷 出久》君が…無人ビルの屋上から飛び降りる際……

 

 どれだけヒーローに《失望》していたことか……《絶望》したことか……

 

 あのノートの内容も含めて考えると、僕は胸がとても痛くなったよ…

 

 だから、今回はオールマイトを含めた彼らには知って理解してもらわなければならない!

 《ヒーローを舐めている彼ら》に…今一度…《自分の罪》を再認識してもらうために!

 

 僕は心の中で《1ヶ月以上前の自分の心境》を思い出しながら、全員が揃った会議室の扉を開いて中に入った。

 

『やぁ!諸君!時間通りに全員揃ってるね!』

 

『根津校長』

 

 僕が会議室へ入ってくると、全員が顔を強張(こわば)らせた。

 

『さて、忙しい君達をまたこの場所へ呼んじゃったことだし、さっさと用件を伝えようじゃないか』

 

『………』

 

 僕は席に着いて早々、彼らに対して分かりきった皮肉の発言をした…

 

 僕の発言に対して全員が口を閉じ無言だった…

 

 当然だろう……

 

 彼らが《忙しい》かって?

 

 それは微妙なところだ…

 

 1か月前から《彼らを含む現役ヒーロー達の失態が連発したこと》で、《若手ヒーロー達の引退》を招(まね)いてしまった…

 《彼ら》は世間の人々から《ヒーローとしての信頼》を失ったことで、副業の仕事は無くなって《ヒーローの仕事》のみとなり、今は《引退した若手ヒーロー達の穴を埋める役割の仕事》が殆(ほとん)どだ。

 僕が決めた《奉仕活動での監視の仕事》も中断とし、各地の《ヴィラン対処》に明け暮れている。

 

 そんな中、シンリンカムイ、デステゴロ、バックドラフト、Mt.レディの4名は、ヘドロ事件後に僕から呼び出しを受けて警察署の会議室にて語られた《無個性の男子中学生の自殺未遂》の真相を聞かされた次の日に、雄英高校へ訪れて僕とリカバリーガールの元へやって来るや否や…『昏睡状態の緑谷出久君を護衛させてほしい』と直談判(じかだんぱん)してきた。

 

 いきなりの事で、僕もリカバリーガールも驚いたけど、《そんな勝手な頼み》を聞き入れる気なんて最初は全くなかったさ…

 

 でも彼らの意思は固かった…

 

 彼らは僕の説教を受けたあと深く反省し、《オールマイトを除くヘドロヴィラン事件のヒーロー達》で改めて話し合った結果、シンリンカムイを代表として、デステゴロ、バックドラフト、Mt.レディの4人が《緑谷 出久君とその御家族の護衛》をし、《プロヒーローとしての償い》するという結論を出したのだ。

 

 しかも《給料の半減》を条件に引き受けさせてほしいとのことだった。

 

 4人の今の現状からして、給料が半分になることがどれだけ大変な事なのかは言わずとも分かる…

 それに《飛び降り自殺を図った被害者の護衛》となれば、その《被害者の親》と《見舞い客》から直接《バッシング》と《苦情》を浴びることにもなる…

 

 僕としては《緑谷君とその御家族のこと》も気がかりだったが、《彼らの(苦しむ)負担をこれ以上増やしたくない》というのが本音だった…

 リカバリーガールだって同じ考えさ。

 

 僕もリカバリーガールも彼らの《頼み》を断り続けた……

 でも4人は僕とリカバリーガールの目の前で、深々と頭を下げ…《土下座》までして頼み込んできた…

 

 そんな彼らの覚悟に、僕もリカバリーガールも折れて《緑谷君とその御家族の護衛》を許可することにしたのさ…

 この事は僕を通して《ヒーロー協会》に伝えた、当然ながらヒーロー協会もご立腹な反応をしたのちに、シンリンカムイ達が言ってた通り《減給》の条件込みでの《護衛の仕事》を許してくれた…

 だというのに、ヘドロヴィラン事件から1週間後の大雨が降った日に《緑谷出久君を10年以上虐めてた爆豪勝己君》を、緑谷君の病室の前まで侵入を許してしまう事態が起きた。当人達の接触は何とか避けたが…追い返せたのは《リカバリーガール》のおかげらしい…

 本当に彼らは護衛する気があるのか?…と僕は疑問に思ってしまったさ…

 

 

 

 っと…僕が色々と思い出している間、オールマイトは《余計なこと》を考えてるみたいだね。

 

『その通りさ!オールマイト!』

 

『なっ!?』

 

 僕の突然の発言にオールマイトは目に見えて驚愕すると、彼ら同様に顔を強張らせた。

 

 余談だけど、僕は《読心術》なんか使えないからね?

 オールマイトみたいな《思ってることが顔に出るタイプ》の考えは、今までの人生(?)経験で分かるだけさ!

 

『じゃあ早速本題に入るのさ、当然のことだけど、今から話すことは《他言無用》だよ?』

 

 

 

 

 

 僕が彼らへ最初に伝えるのは…

 

 

 

 

 

『1か月前に《飛び降り自殺をした被害者》である《緑谷 出久》君が先日意識を取り戻したのさ!』

 

 僕自身が数日前に対面した《緑谷 出久》君のことさ。

 

 

 

 

 

『…………えっ?…』

 

 

 

 

 

 僕の発言に全員が目を見開き…口を無意識に開けて驚いていた…

 

 そんな彼らがこのあと何を言うのかは…もう見当がつく…

 

『み!緑谷少年の容態は!?』

 

『リカバリーガールが定期的に個性を使って治療してるとは聞いていましたが!?』

 

『どうなんですか!?根津校長!!』

 

『後遺症とかは無かったんですか!?』

 

『彼は元気なんですか!?』

 

 全員が僕に《緑谷君のこと》で質問してきた。

 

『落ち着いてくれ諸君、まだ話してる途中だよ、質問は全部話し終わってから受け付けるのさ』

 

 僕は彼らを落ち着かせながら、Mt.レディが言った《後遺症》という言葉が頭に突っ掛かった…

 

『今はリカバリーガールが彼を診(み)てくれているのさ。《古傷》と《事故の際についた額(ひたい)の傷痕》以外で身体に異常はないみたいだよ。逆に驚く程の早さで回復に向かっていてリカバリーガールも驚いていたさ!今後の検査結果次第では、早くて今月末に退院できるみたいさ!』

 

 そう……数日前に初めて会った《緑谷 出久君》は、《額に傷痕は有れど》1ヶ月間眠っていたなんて信じられないほどに、体調が回復して元気だった。

 当のリカバリーガールが『この回復は異常さね』と言うくらいだからね。

 

 緑谷君が《目を覚ました》上に《元気》だと知って、全員が《肩の荷を下ろしたように安堵の表情》になった。

 

 

 

 諸君……その《肩の荷》を下ろすのは早いよ…

 

 

 

『でもね《彼のお見舞いに行くこと》も《無断で会うこと》も君達は許されないよ?』

 

『ッ!!!???』

 

 立て続けの僕の発言に、全員がまた驚愕した。

 

『な、何故ですか!?』

 

『お願いです!彼に謝罪をさせてください!!』

 

『俺達は緑谷君に誠意を持って謝りたいんです!!』

 

『根津校長!お願いします!どうか彼に会わせてください!謝るチャンスをどうか私達に!!』

 

 《オールマイト》に続いて《バックドラフト》《デステゴロ》《シンリンカムイ》が食い付いてきた…

 

 一々説明しなくても分かって欲しいのさ…

 

『あのぅ…根津校長……もしかして緑谷君本人が私達に会いたくない……って言っていたんですか?』

 

『………』

 

 僕の考えてることを察してくれたのか《Mt.レディ》の発言によって全員静かになった…

 

 緑谷君が起きてくれて嬉しいのは分かるけど……僕から言わせれば『どの面を下げて謝り行こうとしてるんだい?』って気持ちさ。

 

『いや……話はそんなレベルじゃないのさ………Mt.レディ…さっき君が言ってたように…緑谷君には《ある後遺症》が出てしまったのさ…」

 

『えっ!?』

 

 

 

 

 

 とは言っても……今の緑谷君にとって……彼らからの謝罪なんて《無意味》だけどね…

 

 

 

 

 

『…はぁ……引き延ばしたところで意味なんかないか……じゃあ、ハッキリ言うよ!諸君!心して聞いてくれたまえ!意識を取り戻した緑谷出久君はね……………』

 

 僕は《緑谷出久君の現状》を一部だけ伏せ、彼らには全て話した…

 

 その内容は大雑把に言うと…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 緑谷 出久君は…

 

 《あるもの》を得る代わりに…

 

 《あるもの》を失ってしまった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕が話し終える頃には……

 

 全員が《この世の終わりを見たような顔》になっていたのさ…

 

『言わなくても分かることだろうけど……今話したことは口外禁止だよ?まぁ緑谷君がこの先、自分から口外した後なら…別に構わないけどね』

 

『……………』

 

 説明の最後に注意事項を述べた…

 

『………分かったかい!!!』

 

『ッ!?』ビクッ!

 

 ちゃんと注意事項を聞いていたのか疑問に思った僕が今日1番の音程で声を出すと、全員驚きながら頷いていた。

 

『よし……まだ他にも話すことがあるのさ。今から名前をあげる4名には《ある仕事》を引き受けてもらいたいのさ』

 

『?』

 

『実は目を覚ました緑谷君は《ある人》に憧れて、もう一度《ヒーロー》を目指すことを決めたそうなのさ』

 

『ッ!!!??』

 

 また全員が驚愕した…

 

『一応言っておくけど、彼が《憧れた人》っていうのは、少なくとも《ここにいる誰でもない》よ?』

 

 問いただされると面倒なので率直に伝えた…

 

 約1名は愕然としてたが…

 

 まぁ…そんなことはどうでもいい…

 

『さっきは《お見舞い》だの何だので勝手に会うことは禁止と言ったけど、そこはヒーロー協会と話し合った結果、僕が決めた《5人の教育者》と一緒に《シンリンカムイ》《デステゴロ》《バックドラフト》《Mt.レディ》の4名には《緑谷君の指導》についてもらいたいのさ。どうする?』

 

『ぜ!是非!お願いします!』

 

『緑谷君のためなら!喜んで!』

 

『勿論!参加させていただきます!』

 

『わ、私だって!』

 

 4人のヒーローは《2つ返事》で了解してくれた。

 

『(まぁ…どの道、緑谷君の特訓に《シンリンカムイ》が絶対に欠かせなくなったからねぇ…)』

 

 

 

 

 

 だが、こんな提案を言えば…絶対に《議論》してくるヒーローが1人いる…

 

 それは…

 

 

 

 

 

『ね、根津校長!!私にも!!私にも緑谷少年の指導に参加させてください!!!』

 

 大声を上げて会話に割ってきたのは《オールマイト》だった…

 

『(オールマイト、君なら確実にそう言ってくると思ってたよ…『緑谷君が目を覚ますまで是が非でも生き続け、いつか意識を取り戻してくれた時《ワン・フォー・オール》を譲渡して《平和の象徴》として育て上げる』…って散々意気込んでたからね。だけど…その意見をアッサリ通すほど、僕は優しくはないのさ。それに…そんな発言をするってことは…《仏野君から受けたお叱り》も無駄だったみたいだね…オールマイト。………君はやっぱり何にも分かってない…そんな君には《ピッタリな仕事》を用意してあるのさ)』

 

 根津はオールマイトの発言に対して呆れながら、今のオールマイトに任せる《仕事》について思い浮かべていた。 

 

『オールマイト…悪いけど君にだけは、緑谷君を任せる訳にはいかないよ…』

 

『そ、そこをなんとか!?根津校長!!!どうかお願いします!!!お願いします!!!お願いします!!!』

 

 オールマイトは自分の席から離れ、僕の近くまでやってくると土下座をして何度も何度も頭を上げ下げしてきた…

 

 No.1ヒーローが後輩ヒーローの前で醜態を晒さないでほしいものさ…

 

『それにねぇオールマイト、僕は今とても悩んでることがあるんだ………君を来年《雄英教師》として迎えるべきなのかどうかを?』

 

『でえぇ!??そ、そんな!!??』

 

『オ、オールマイトが教師に!?』

 

『初耳だ!?』

 

『そんな話があったのに…無個性の子供の夢を否定したのか……オールマイトさん』

 

 驚いたオールマイトを放置し、《オールマイトの関係者》しかまだ知らない話を喋ったことで皆が動揺していた。

 

『どうして僕が、君を我が校の教師にすることを悩んでいるのか………その理由を説明する必要はないだろ?オールマイト?』

 

『………』

 

 言葉を失い…動きを止めるオールマイト…

 

 納得は出来ないようだが、彼も頭では理解しているようだった…(本当に理解してるのか不安だけど…)

 

『今の君は…《緑谷君》よりも考えるべきことがある筈だよね?このまま来年になって、もし《緑谷君》が雄英高校に入ったとしても、その時に君は《教師》として雄英高校にはいないさ』

 

『なっ!!?………』

 

『でも……僕だって《鬼》じゃない、最初に君へ雄英の教師を進めたのは《僕》なんだからね。でも正直言って《今の君》を我が校の教員として受け入れようとは思ってない。…そこでだ!オールマイト!君には《ある生徒》を来年の雄英高校の受験日の前日まで指導するという《ヒーロー以外の仕事》を任せたいのさ!』

 

『わ!私個人が…1人の生徒の指導を?』

 

『そうさ、その生徒もまた《ヒーロー》になることを目指しているようなのだが《色々と問題を抱えた生徒》なのさ。君がその子をちゃんと導くことが出来るのなら、僕は君を《雄英の教員》として迎え入れるのさ』

 

 僕が言ったことを簡潔に纏(まと)めると『《雄英教師》になりたいのなら《1人の問題児》を指導及び更生しろ』という意味だ。

 

 つまりコレは、僕からなりの《オールマイトへの課題》であり《チャンス》でもある。

 場合によっては雄英高校で緑谷君と出会えるという意味だからね…

 

 

 

 だが僕はこうも言った…《色々と問題を抱えた生徒》だと…

 

 

 

 ここまで来れば…その子供が誰を示しているのかは、僕とオールマイトの会話を聞いていた他のヒーロー達なら大体察っただろう…

 

『それにオールマイト、君を緑谷君に会わせるわけには行かない、引き続き接近禁止になってるからね』

 

『ッ!!!……お……お願いします…根津校長……《5分》…いえ《1分》でも構いません!どうか彼に会わせてください!お願いします!!!』

 

 オールマイトは僕がこれだけ言っても尚、《緑谷君》のことしか頭にないらしい…

 

 

 

 

 

 仕方ないさ……これだけは言いたくは無いけど……今のオールマイトには《良い薬》になるだろう…

 

 

 

 

 

『オールマイト……もうこの際だからハッキリ言うけど、《今の君》には緑谷君へ《会う資格》も《指導する資格》も無いよ』

 

『ど!?どういう意味ですか!!?』

 

『《どういう意味》だって?その答えはもう君が出してるじゃないか?正直に言いなよオールマイト、《今の君の本心》をさ』

 

『私の……本心?』

 

『そうさ、君が緑谷君と初めて出会った時、《無個性の緑谷出久君》には《ヒーローとしての期待》なんてしてなかったんだろ?』

 

『ッ!??ち、違います!!!』

 

『君は彼の覚悟を試(ため)したんだ。断片的にでも《彼の無個性としての辛い過去と経験》を聞いた上で…』

 

『そ、それは……』

 

『君は緑谷君が《ヒーローを目指すに値する人間》なのかどうかを試した……《口先だけではヒーローは勤まらない》《覚悟の無い者はヒーローになれない》……常識的なことさ。といっても君の場合は、緑谷君が《無個性》だと知った時点から本心じゃ見限ってたんだろ?《個性(ちから)の無い人間には、ヒーローになる資格はない》…とね。これはつまり…あの日の君の本心は《緑谷君からの質問》に対して返答するのが《面倒くさかった》だけなんだろ?だから『無個性はヒーローになれない』なんて安易で適当な返答をした…』

 

『《面倒くさかった》なんて!!?そんなこと思ってはいません!!私はあの時!親身になって緑谷少年と話をしました!!!そ、それにあの時は《時間切れ》が近づいていたので…考える余裕など…』

 

『(《時間切れ》?)』

 

 オールマイトに対する根津の冷たい言葉に圧倒され、無言でいたシンリンカムイ達だったが、オールマイトがふと口をついて出した《単語》に疑問を持った。

 

『都合の良い《言い訳》や《嘘》なんて、後(あと)からいくらでも言えることさ……世間に対しても……僕達に対してもね…』

 

『………』

 

『オールマイト、君は考えてみたことはないのかい?この先、もし《緑谷君を飛び降り自殺に追い込む発言をしたヒーロー》が《君》だと世間にバレたその時、君が緑谷君を指導をしていたら、世間の人々はどう受け止めると思う?』

 

『…?』

 

『僕の予想では、君に対しての《大きな失望》と共に、君は《緑谷出久君が個性を発現したことで興味が湧(わ)き、掌を返して彼を指導してる》ってね』

 

『なっ!!!??そんなこと!?』

 

『有り得るんだよ、現状の世の中を見れば余計にね。僕から言わせれば…今の君はただの《自己中な大人》さ』

 

『か、彼を最初に見つけましたのは《私》です!』

 

『そして、緑谷君を最初に見捨てたのも《君》じゃないか?』

 

『っ!!!!!』

 

『……見苦しいよオールマイト…僕が前に君へ言ったことを忘れたのかい?『緑谷君にとって君はもうヒーローじゃない』ってね。《今の緑谷君》には…君はもはや《画面越しのNo.1ヒーロー》でしかないのさ』

 

『グッ!!?…に…2度と…間違えたりはしません!この私の命に変えても!彼を守り、育てます!ですから私に彼を!緑谷少年を《平和の象徴》にさせるチャンスをください!!!お願いします!!!』

 

 オールマイトはまた頭を深く下げて床に額をつけた…

 

『それなら証明して見せなよ…オールマイト。本当に君がこの先…《間違えたこと》をしないと言うのなら、僕が言った生徒を《更生》して《ヒーロー高校》に合格させてみせなよ!それくらいのことが出来なきゃ《緑谷君へ会わせること》は出来ないよ。それに、教師じゃない君に対して指導する生徒を《1人》だけにしたのは、僕なりに《最大限の配慮》でもあるんだよ?本当なら《折寺中の3年生全員》を任せたかったけど、特別に《その中で1番の問題児》だけにしてあげたんだからね』

 

『なっ!!!??ま…まさか……私に任せるという《生徒》とは……』

 

『そうさ、君と同様に緑谷君を自殺に追いやった主犯の1人である《爆豪 勝己》君さ』

 

『あんまりだーーーーーーー!!!!!!!』

 

 絶望に顔を歪め、跪(ひざまず)いた状態で両手を床につけ顔を下に向けながら、泣き叫ぶオールマイト…

 

 だから後輩ヒーローの前で《No.1ヒーロー》が醜態を晒すのはやめてほしいのさ……示(しめ)しがつかないじゃないか…

 《No.1》としても《平和の象徴》としての《風格》も《威厳》もあったもんじゃないね…

 

 

 

 

 

 その後は《絶望しているオールマイト》を放置し、他のヒーロー達へ《通達》と《今後の活動》を報告した。

 

 

・まず、僕が折寺中3年生達へ与えた厳罰である《奉仕活動》は《終了》になったということ…

 

・同時に《その奉仕活動》で彼らに任せていた生徒達の監視も《終了》になったこと…

 

・オールマイト、デステゴロ、シンリンカムイ、バックドラフト、Mt.レディ以外の折寺町のヒーロー達は正式に県外へ移動になり、新しく折寺町へ移動してきた《県外のヒーロー達》が、今後の折寺町の警備をしていくこと…

 

・爆豪勝己と緑谷出久以外の折寺町の生徒達とその家族の殆(ほとん)どが、《ある政治家》の誘いを受けて《愛知県のある町》へ引っ越す手筈を整えていること…

 

・シンリンカムイ、デステゴロ、バックドラフト、Mt.レディの4名は折寺町でのヒーロー活動をしながら、緑谷出久が退院するまで引き続き警護を行(おこな)い、緑谷出久の退院後は来年の雄英入試前日まで、僕が選んだ《5人の教育者》と共に、緑谷出久君の《教育》及び《特訓》に参加すること…

 

・オールマイトもヒーロー活動をしながら、爆豪勝己の《教育》《更生》《指導》をすること…

 

・そして、シンリンカムイ、デステゴロ、バックドラフト、Mt.レディ以外の《ヘドロヴィラン事件にかかわったヒーロー達》は、緑谷出久とその御家族への接近を引き続き禁ずること…

 

 

 他にも《細かい報告》はあったが、重要視するべき報告を《7つ》重点して僕は説明した。

 

 全ての説明を終えた後、《県外へ移動するヒーロー達》は折寺町から去る前にどうしても《緑谷出久》と《御家族》に会って謝罪したいと言っていたが……僕はさっきのオールマイト同様に断固拒否した…

 

 

 

 

 

 

 ついさっきまでの出来事を、僕は思い返していた…

 

「オールマイト……いつになったら気づいてくれるんだい?」

 

 この場にいないオールマイトに対して…僕は愚痴を吐いた…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オールマイト side

 

 警察署を出た私(トュルーフォームの姿)は…憂鬱な気持ちになりながら…先程、根津校長から下された命令(厳罰)に従い…《ある場所》を目指していた…

 

 …のだが…到着したその場所は…

 

 一言で言って目的の場所は《悲惨なこと》になっていた…

 

 私が目指していた場所…

 

 それは《爆豪少年の自宅》だ…

 

 

 

 何が《悲惨なこと》なのかだって?

 

 

 

 爆豪少年の自宅は大きな一軒家なのだが、《家の壁にはスプレーやらペンキなどで『この町から出てけ』『悪魔の子』『消えろ』『人でなし』などとラクガキが書かれ》、《石か何かを投げ込まれたのか家の窓ガラスが割られ》…更には《自宅前に大量のゴミが不法投棄され悪臭を放っていた》……

 

 

 

 折寺中生徒達の自宅前を警備をしていた《ヒーロー》や《警察》は何をしているのかって?

 

 こんな《嫌がらせ》が起きているのに、止めに入らなかったのかって?

 

 

 

 それは違う…

 

 

 

 ヒーロービルボードチャート(2週間以上前)の前日まで、折寺中3年生達の自宅前でそれぞれ警備とマスコミの対応などをしていたヒーロー達(ヘドロヴィラン事件の関係者)の話では、マスコミや大量の手紙以外で目立った嫌がらせはそこまで無かったと聞いていた…

 

 しかし、彼らはビルボードチャートの日からはヒーロー協会の決定で、活発化したヴィランの対処にあたってもらうため、《奉仕活動での折寺中3年生達の見張り》と《折寺中3年生達の自宅前での警備》から離れることになった。

 

 《警察》もヒーローと同様に生徒達を警備していてはくれたのだが、ヒーロー公安委員会が警察にもヴィランの対応のために《個性使用許可証》を取得する権利を与えたため、日本の警察は挙(こぞ)って職務に個性を使用出来るようにするため、《ヒーロー公安委員会が用意した試験》を受けるよう警視庁から命令され、生徒達の警備から離れてしまっている…

 

 つまり今、ヒーローも警察も彼ら(折寺中3年生達)を守っている暇がないのだ…

 

 

 

 そうなれば何が起きるか…

 

 ヒーローと警察の警備が無くなった生徒とその家族達は…社会から一方的に《袋叩き》に合う結果となってしまった…

 

 私の目の前にある《爆豪少年の家の有り様》がそれを物語っている…

 

 

 

 私は爆豪少年に会うため…悪臭に耐えながらゴミを掻(か)き分けて…玄関に到達した…

 

 ピンポーン

 

「……………?」

 

 呼び鈴を鳴らしても何の応答もないため、もう一度鳴らしてみた。

 

 ピンポーン

 

「……まだ帰ってきていないのか?」

 

 そんな筈はない、もう辺りが暗くなり始めていると言うのに…

 

「……まさか…《あの場所》か?」

 

 私は爆豪少年の居場所を予測し、その場所に向けて歩き始めた…

 

 

 

 私は3週間ほど前に《公園》で話をしたっきり爆豪少年とは会ってはいない…

 

 爆豪少年の面倒をみるにあたって、根津校長からは《ワン・フォー・オール》と《あの男》以外の《私の秘密》である《本当の姿(トュルーフォーム)》や《活動時間》や《臓器の摘出》等は教えて良いと許可されていた。

 そんなことは《ヒーロー協会上層部》や《警察上層部》、《グラントリノ》や《ナイトアイ》が反対するのではないかと根津校長に確認を取ったら、その全員が反対はしなかったらしい…

 

 私が見限られる日も…そう遠くは無いのかも知れないなぁ…

 

 

 

「…っと…着いたな…」

 

 そう考え事をしながら歩いていると、いつの間にか《目的の場所》に到着していた…

 

 その場所は…私がこの1ヶ月の間に時間を見つけては何度も訪れた…

 

 《緑谷少年が飛び降り自殺を図った無人ビル》である…

 

 

 

 この場所に来る度、私は何度も何度も《後悔の念》にかられた…。『なんであの日……私は緑谷少年に《あんなこと》を言ってしまったのか…』っと…私は《あの時の私自身》を深く恨んだ…

 

 2週間前…神様に攻撃されながら叱られた内容が刹那に甦っては……心が痛くなった…

 

 その心の痛みに耐えかねて…『私は何度もこの世から消えたい…』と思ってしまうのだ…

 

 

 

 私は自虐的思考のまま…無人ビルへと入り…屋上へ続く階段を登った…

 

 そして階段を登りきり…屋上の扉を開けると…

 

ガチャ

 

「…やはり……ここにいたのか…爆豪少年…」

 

 屋上のド真中で《体育座りをしながら身体を丸めている爆豪少年》がいた…

 

「HEY!爆豪少年!」

 

「………」

 

「爆豪少年……覚えてるかな?3週間前に公園で話をした…《オールマイトの遠い親戚》だよ?」

 

「………」

 

「もうすぐ暗くなるから早く家に帰った方がいいよ?君に話したいこともあるし、送っていk」

 

「るっせぇ!!!」

 

 …やっと口を開いてくれたと思ったら…初(しょ)っぱなから罵倒で返事をして来た。

 

「…爆豪…少年…」スタ…スタ…スタ…スタ…

 

 私がゆっくりと爆豪少年に近づこうとしたら…

 

「近づくんじゃねぇ!!!……テメェに……テメェに俺の………俺の何が分かんだよ!!!!!」

 

「………」

 

「…俺にはもう……帰る場所なんかねぇ!!!……俺は…もう一生…《ヒーロー》にはなれねぇんだよお!!!!!」

 

「………」

 

「俺は《人の道》を外れた………もう引き返せねぇ所にまで来ちまったんだよぉ………戻りたくても戻れねぇんだよ!!!」ポロポロポロ

 

「っ!?……爆豪少年…」

 

 私は爆豪が怒鳴りながら…《泣いていること》に気がついた…

 

「うっ…くぅうぅぅ………皆…俺のこと…忘れてくれねぇかなぁ………それが叶わねぇなら…俺の存在を…この世から消してくれよぉ………あああぁあぁあ”あ”あ”ぁ”あ”ぁ”…っ!う”あ”あ”あ”あ”あ”あ”ああああああぁぁ!!!!!!!!!!」

 

 爆豪の少年は…今日までの日々で…溜めるに溜め込んでいた《負の感情》を全て爆発させ…大泣きし出した…

 

 

 

 爆豪少年も…私と同じ考えだった…

 

 私達は…《この平和な社会を壊してしまった》といっても過言じゃない…

 

 それにより…彼の日常も大きく狂ってしまった…

 

 そんな爆豪少年は…世間から《不名誉な2つ名》を付けられてしまった…

 

 

 

 

 

 私の《平和の象徴》とは、真逆の存在を意味する2つ名…

 

 

 

 

 

     《騒乱の象徴・爆豪 勝己》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

None side

 

 

 突然だが、折寺中学校の生徒は《元気一杯で活発な子供達》である!

 

 1人を除いて全員が《自慢の個性》をもっており、誰もが《己の個性》に誇りをもっていた!

 

 特に今年3年生となった《爆豪 勝己》という《爆破の個性を持つ男子生徒》のいる3年のクラスメイト達の9割は、爆豪程ではないが男女問わずに《元気な子供達》ばかりだ!

 

 来年の高校受験においては、生徒全員が《ヒーロー志望》であり、夢に向かって《ヒーロー科の高校》を目指していた!

 

 その中でも《爆豪 勝己》は、日本で1位2位を競う難関ヒーロー高校である《雄英高校ヒーロー科》を受験しようとしており、学校中の教師達も揃って《爆豪 勝己》に期待していた!

 

 生徒の皆、将来へ《大きな希望》を持ち、《明るい未来》を信じて《自分の道》を突き進んでいた!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう…

 

 3年生になったばかりの…

 

 4月中旬までは…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうしてかって?

 

 

 

 

 

 1ヶ月程前…担任からの《進路》の説明があった際、クラスにいる全員が将来プロヒーローになるため…《ヒーロー科の高校》を受験すると意気込んでいた…

 

 だがその日…彼らは《無個性のクラスメイト》が…《雄英高校》を受験すると知った途端、彼の夢を貶し…嘲笑い…誰1人として味方する者はいなかった…担任も含めて…

 

 そして…その《進路》の説明があった日、それは《ヘドロヴィラン事件》と《無個性の男子中学生が飛び降り自殺未遂事件》が起きた日でもある…

 

 その日から数日後、折寺中学校内で《自殺を図った無個性の男子中学生である緑谷出久》に対しての《無個性イジメ》と《無個性差別》があったことが警察の捜査で発覚しただけでなく、何者かによって《緑谷出久以外の折寺中3年生達の個人情報》が世間に公(おおやけ)にされてしまった…

 

 これにより…彼らの日常は狂いに狂ってしまい…

 

 《明るい未来》も《自分の道》も閉ざされた…

 

 そんな彼らが…あの日から1ヶ月経過した今…どう過ごしているか…

 

 

 

 

 

 真実が明らかにされたことで…世間からの風は一方的に冷たくなった…

 

 1ヶ月前まで当たり前のように挨拶してくれた近所の人達からは、挨拶をしても無視され…白い目を向けられながら…陰口を言っていた…

 

 他校の友達に連絡して現状を相談しようとすれば…『被害者面するな!』と言われて…絶交され…友達がいなくなる…

 

 両親や家族は《仕事を失い》《職場で悪口を言われる》などの被害を受けて性格が急変、家では毎日のように怒声と虐待を受けている…

 更に今回のことが原因で、家庭が荒れてしまい離婚にまで発展してしまう家庭も少なくは無かった…

 

 こんな事態(家庭内暴力、離婚騒ぎ)が何十件も起きれば、普通は教育委員会が動く筈なのだが…肝心の教育委員会は《無個性差別とイジメをしていた生徒達の家庭》の相手をしていられない程に忙しい現状なのだ…

 

 

 

何故って?

 

 

 

 1ヶ月前の《折寺中学校教師達の記者会見》以降、全国の《無個性が通ってる学校》にて《無個性のイジメと差別》がないか調査するようにと《国や政府》からの命令が出たため、その確認をするために全国の学校をしらみ潰しに調べるという多忙な毎日を送らされているのだ…

 しかも…その調査の結果、全国の学校にて《無個性のイジメと差別》をしていた学校が《8割以上》も確認され、それが報道されたことによって、全国の《無個性の権力者達》と《無個性達とその家族達》が教育委員会にバッシングと苦情をぶつけている!

 

 つまり…今回の騒動の始まりである《折寺中の生徒と教師》達のアフターケアに手を回している余裕など全く無い…ということなのだ…

 

 教育委員会に勤める者の中には…辛い現状に心を苦しめられて『ブラックな労働期間だ…』『折寺中学のクソガキ共のせいだ…』『最後に休んだの何時(いつ)だっけ…』などと弱音や愚痴を言ってる始末であり、そんなことを言う者達へは上司が『愚痴を言う暇があるなら身体を動かせ!』と怒鳴る!…というのが…今の《教育委員会》の状況である…

 

 

 

 だがこれは《教育委員会》だけでなく、《ヒーロー協会》にも言えることだった…

 

 《ヘドロヴィラン事件》を始まりに、ヒーロー達の不評が増えると同時に、ヴィラン達も増えて各地で暴れだし、ヴィラン発生率は格段に上がってしまった…

 その原因は勿論、《オールマイトのミス》《ヘドロヴィラン事件に関わったヒーロー達の職務放棄》《エンデヴァーの家庭内暴力及び個性婚の発覚》によって、ヴィラン達が意気づいてしまったためである…

 

 だがそれは、元No.1である《ゴッドヒーロー・神》が復帰してくれたお陰もあり、今のヴィラン発生率は10%から6%未満にまで下げることが出来ていた…

 

 これまで20年以上にわたり、ヴィラン発生率が3%~4%未満をキープしていたのもあって、今時のヒーローはいつの間にか心のどこかで《平和ボケの思考》になっていたために、その《しっぺ返し》のツケが回ってきてしまった…

 

 《現役ヒーロー》、《ヒーロー協会》、《ヒーロー公安委員会》が世間から叩かれているこの状況下で、《若手ヒーロー達》は挙(こぞ)って引退をし、更にその《引退した若手ヒーロー達》は《ヒーロー狩り》に狙われて被害を受けている…

 

 立て続けに起きる《不幸の連鎖》を何とか絶(た)ち切るために、《ヒーロー公安委員会》は《神様》を復帰させて、若手ヒーローとベテランヒーローの人材確保のために《警察》《自衛隊》《一般人》へ協力を求めなくてはならなくなった…

 

 つまり《ヒーロー協会》も《ヒーロー公安委員会》も、《折寺中の生徒達》の警護に対して人員を回してる余裕が無いのだ…

 

 

 

 《ヒーロー》にも《教育委員会》にも見放され、更に悲惨な状況になっていく折寺中生徒達の現状になどお構いなしに、世間の人々は蔑(さげす)み、マスコミは未だに何件かの生徒とその家族にしつこくインタビューを続ける始末だ…

 ほんの少し前までは生徒達の自宅に押し寄せるマスコミ達は、《警察》と《ヒーロー》が対応してくれていたのだが、例のヒーロービルボードチャートでのヒーロー公安委員会からの発表の1つである《警察や自衛隊も職務においての個性の使用を許可する発表》がされたためにいない…

 

 

 

 彼らは《多くのもの》をも失ってしまった…

 

 

 

 今じゃ《1人欠けてしまったクラスの生徒達》には《元気》や《活発》なんて感情が残っている者など誰も居やしない…

 

 あの日から《急変した生活》を余儀なくされ、毎日涙を流し…辛く悲しい日々を送っていた…

 

 それもこれも…《1人の無個性》の存在を否定し貶したため…

 

 彼らは自らの手で《自分の未来》を握りつぶしてしまったのだ…

 

 

 

 

 

 そんな折寺中学校の生徒達の不幸は…

 

 最悪な形になって彼らに降りかかった…

 

 ヒーロービルボードチャートから1週間後のGW(ゴールデンウィーク)明けの月曜日…

 

 学校と奉仕活動を終えた帰り道…

 

 彼らは《ある大事件》に巻き込まれた…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●爆豪宅(ヒーロービルボードチャート上半期から5日後…)

 

 

爆豪勝己 side

 

 5月初めの夜…

 

 俺は今…1人で暮らしている…

 

 生まれ育った家に《1人ぼっち》だ…

 

 

 

 なんで1人かって?

 

 

 

 そんなの父ちゃんと母ちゃんが家にいないからに決まってんだろうがっ!!!

 

 

 

 どうしていないのかだと!!?

 

 

 

 ……2人とも…遠くに行っちまったからだよ…

 

 

 

 最初に言っておくが…父ちゃんと母ちゃんは俺を置いて逃げた訳でも…俺を勘当した訳でもねぇ…

 

 

 

 2人が俺の前からいなくなったのは………

 

 

 

 俺のせいだ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●1週間以上前…(ヘドロヴィラン事件から1週間後…)

 

 

 ガイコツ野郎と公園で話したことで、自分の間違いに気づき…

 

 母ちゃんに頼んで《出久のお見舞い》に病院へ行ったあの日…

 

 無能ヒーロー共に羽交い締めにされながらリカバリーガールより告げられた引子さんからの伝言を聞いた瞬間…

 

 頭の中が滅茶苦茶になった…

 

 俺は考えもまとまらず…病院を飛び出し…アテもなく走り続けた…

 

 雨が降る夜道を走り…疲れて足を止めたところは…《出久が屋上から飛び降りた無人ビル》だった…

 俺は訳もなく…そのビルに入って屋上へと上がった…

 

 その場所で俺は《今までの俺の生き方》が《ヒーローを目指す人間がすることじゃない》と考えを纏めた…

 

 

 

 そして…産まれて初めて《自分が悪いことをしてきたんだ》と認識した…

 

 

 

 それから雨雲に向かって…俺は叫び続けた…

 

 途中からは自分でも何を言ってたのかは分からねぇ……だが何を言ってたにしろ、結局要点は『これから俺はどうすればいいのか…』って内容だ…

 

 

 

 どれくらいあの場所に居たのか…雨でずぶ濡れになった身体を動かして…ビルを出た俺は自宅に向かった…

 

 

 

 自宅に着くまでの俺の足は…まるで重りを付けられたみてぇに重く…帰るのに時間がかかった…

 

 そして雨が止み始めた頃、俺は家に帰ってきた…

 

 だが…家の電気は点いていなかった…

 

 それなのに、何故か家の鍵は開いていた!?

 

 空き巣かと思い、警戒しながら家に入ったが家の中には誰もおらず、荒らされた様子も…何が盗まれたような形跡もなかった…

 

 ただ…出掛ける前と違ったのは、居間のソファーに《父ちゃんの背広の上着》があったことだけ…

 父ちゃんが一度帰ってきたのは間違いないようだったが、家の何処(どこ)にも姿が見えず、出掛けたにしても…あの几帳面(きちょうめん)な父ちゃんが家の鍵を閉め忘れるのは考えにくい…

 

 どういう訳だと考えていたら…

 

 

 

PRRRRRRRR…PRRRRRRRR…

 

 

 

『あ"っ?』

 

 病院へと出掛ける前に、居間に置いていった俺のスマホが鳴った。

 

『誰だよ…こんな時に…』

 

 俺は電話の画面を確認すると《親父》からだった。

 

『親父…?(Pi)おぅ…なんだよ』

 

『勝己!今は家にいるのか!?』

 

『家に置いてあったスマホから通話してんだから家にいるに決まってんだろ……んで…なんだよ…』

 

『なんだよじゃない!!!家に帰ってきた途端に病院からの電話で《母さんが出久君の病室の前で倒れて気を失った》っていう連絡があったんだ!!!』

 

『か…母ちゃんが!!?どうして!!?』

 

『それを今から診察してくれたリカバリーガールに聞くところだ!あと事情は聞いたぞ!面会が謝絶をされてるのに出久君のお見舞いに来たそうだな!?そして了解無しに出久君の病室に入り込もうとした挙げ句、今度は病院を飛び出した!お前は今まで何処をほっつき歩いていたんだ!!!』

 

『…そ……それは……』

 

 何も言えなかった…例え本当のことを言ったとして…信じもらえるとは思ってなかったから…

 

『………はぁ…もういい……僕が家に帰るのは遅れるだろうから…夕食は自分で何とかしろ。それと明日はお前が学校から帰ってきたら《今後のことについて大事な話》がある、いいな?』

 

『…大事な話?……あぁ…わかったよ…』

 

 そう言って親父は電話を切った…

 

 

 

 母ちゃんが倒れた…

 

 少し前から《強気》や《勝ち気》って感情が消えちまって…弱っていたのは知ってたが…まさかあの母ちゃんが倒れて気絶するなんて…

 

 それも…俺のせいなのかよ…

 

 そんな意味の無い自問自答をしたところで…状況は何も変わりゃしないし、時が戻ってくれるわけでもない…

 

 俺は虚(むな)しい気持ちに押し潰されそうになりながら、ずぶ濡れになってひえた身体をシャワーで暖め、夕食はカップ麺を食べてさっさと寝ることにした…

 ベッドに入った俺は…今日もまた《嫌な夢》を見るんじゃないかっていう恐怖に駆られた…

 だが…そんな恐怖よりも今日一番の驚愕だった《ガリガリ野郎との話》を思い出していた…

 

 あのガリガリ野郎が言っていたことを…俺は信じたくはなかった……けど《作り話》とは思えなかった…

 

 

 

 出久を自殺に追いやったヒーロー……

 

 俺以外のもう1人の主犯…

 

 どんなに否定したくても…ガリガリ野郎の説明は筋が通って納得できちまう…

 出久に『無個性はヒーローになれない』と宣言したヒーロー…

 俺達の世代なら誰もが憧れ…俺の超えるべき目標のヒーロー…

 

 

 

 《平和の象徴・オールマイト》…

 

 

 

 誰か嘘だと言ってくれ……俺が地獄へと道連れにしようとしていたのが…《No.1ヒーロー》だったなんてよぉ…

 

 俺は悩みながら眠りについた…

 

 だが…またしても《悪夢》に魘(うな)され…夜中に飛び起きることになった…

 

 

 

 

 

 

 次の日の朝、寝不足ながらも起きて下の階に降りてきたが親父の姿は無く、かわりに食卓のテーブルに朝食が置いてあった。

 どうやら親父は昨日の夜遅くに帰ってきたようで、朝になって俺の朝食を作ってから仕事に行ったってとこだろ…

 

 今更だが昨日の夜から自宅前でマスコミの姿は見ていない…

 

 俺は朝食を済ませて学校へ向かった…

 

 昨日から考えを改めてなのか…俺は周囲からの視線に《恐怖心》を持つようになっていた…

 

 

 

 その日の学校と奉仕活動を終えて家に帰ると…まだ夕方だと言うのに親父が帰ってきていた…

 

『……親父…』

 

『帰ってきたか…勝己…』

 

『…なんで……こんな時間に帰ってんだ…』

 

『そんなことより早く着替えて《リビング》に来い、昨日言った《大事な話》をする…』

 

『……わかったよぉ…』

 

 俺は親父の気迫に押され…言われた通り私服に着替えて1階のリビングに入ると…

 

 ソファーに座った親父がいたんだが、リビングには他に《今朝まで無かった物》が山積みで置いてあった…

 旅行用の《キャリーケース》と《ボストンバッグ》が大量にリビングへ並べられていた…

 海外旅行にでも行くのか?と思える荷物の量に不信感を抱いていたが…

 

『勝己…座りなさい…』

 

『……あぁ…』

 

 俺は親父が指差した、親父が座ってるソファーとは向かいのソファーに座った…

 

『勝己……お前に対して僕は言いたいことが山程あるんだが……もうそんなことはどうでもいい…』

 

『………』

 

『お前にどれだけ説教したところで今更無駄だからな………要点だけ伝える………昨日母さんが倒れたのは話したな…』

 

『…ああ…』

 

『リカバリーガールに処置と診察してもらった結果、母さんは《鬱病》だと診断され…治療のために県内の遠く離れた《精神病院》へと入院することになった…』

 

『《鬱》!??母ちゃんが!!?』

 

『そうだ……かなり酷い深刻な状態らしく…専門の病院でちゃんと療養してもらった方がいいとリカバリーガールに言われてね。今日の朝に移動して…昼頃に《専門の精神病院》へと正式に入院させたんだ…』

 

『………』

 

『それと昨日…引子さんが自分から私に会いに来てくれて……話をしてきたよ』

 

『出久の母ちゃんと!?』

 

『あぁ…僕は会うのは久々だったけど…痩細っていて別人みたいになったよ…』

 

『………』

 

『正直…彼女と話すのは恐かったよ。《出久君のこと》だけじゃない…《お前のこと》で何を言われるのかがね…』

 

『………』

 

『色々と話はしたが…お前に伝えておくべきことだけは伝えておくよ。引子さんは《今回の件》を《訴え》もしなければ…《裁判沙汰》にもしないらしい…』

 

『…え……』

 

『その代わり《僕達(爆豪一家)》は金輪際《彼女達(緑谷一家)》に関わらないようにと言われたよ。特に勝己、お前には一生…出久君へは関わらないでほしいと懇願されたよ…』

 

『………』

 

『それと話の最後に…引子さんから《写真》を渡された…』

 

『写真?』

 

『あぁ………引子さんの家にあった…《お前と僕とお母さんが写ってる写真》全部をな…』

 

『ッ!!??………』

 

『昔の写真もあって色褪せてる写真もあったが、傷が無ければ…折られても無く…破れてもない…綺麗に写った写真だったよ。しかも態々(わざわざ)ファイルに纏めた状態で渡してくれたんだ…』

 

『………』

 

『その写真のファイルは母さんに預けといたよ。まぁ…それが正しかったのかは微妙だけど…』

 

『あ”ぁ”?……なんだよそれ』

 

『今日僕が家に帰ってきて早々に、母さんが移動した精神病院から連絡が来たんだ……母さんの意識が戻ったとね。だけど…目を覚ましてから様子が変で…《ずっと写真に向かってボソボソ話しかけてる》らしい…』

 

『!!!???んだと!!??母ちゃんが!!?そんなに変わっちまったのかよ!!!!!』

 

『勝己……母さんは自分から変わったんじゃない…』

 

『ぐっ!!!???……俺の……俺のせいなのかよ…』

 

『………』

 

 父ちゃんは何も答えなかった…

 

 この状況での無言は《YES》という意味だ…

 

 父ちゃんは昨日俺が病院を飛び出してから出来事を話始めた…

 

 《鬱病》になっちまった大きな原因は、《度重(たびかさ)なった過度のストレス》と《精神的ショック》で、《俺が出久を10年以上も個性を使ってイジメて傷つけていたこと》《俺が出久に自殺教唆の発言をしたこと》《引子さんからの決別の言葉を言われたこと》と連続したストレスとショックによって母ちゃんの精神は既に限界寸前……

 

 そして…そんないつ壊れてもおかしくない母ちゃんにトドメを差したのは…《俺が母ちゃんの静止を振り切って出久の病室へ向かったこと》《リカバリーガールからの引子さんの拒絶の言葉をまた聞いたこと》…そして《ヒーロー(シンリンカムイとデステゴロ)の言うことを聞かずに走り去った俺を見たこと》で…

 

 溜(た)めに溜め込んでいたストレスが爆発し…出久の病室前で気絶した…

 

 

 

 これが…母ちゃんが家にいない理由だ…

 

 

 

 そして…

 

『じゃあ……その荷物は…全部母ちゃんのか……』

 

 俺はリビングに置いてある《キャリーケース》と《ボストンバッグ》を指差した…

 

『半分はそうだが、残りの半分は《僕の荷物》だ…』

 

『は?…どういうことだよ?』

 

『…僕自身が…もう今の会社にはいちゃいけないと思ってね……社長に《辞表》を出したんだよ…』

 

『はっ!?』

 

『でも……職場の仲間も…上司も…社長も…皆《良い人達》のばかりでねぇ……社長は僕の辞表を《受け取らず》に《預かる》と言ってくれたんだ。でも状況が状況だから…今の会社に勤め続けるのは無理になった代わりに…ここから遠く離れた人手の少ない《系列会社》へ移動という形の処分になったんだ…。その《系列会社》には寮があって住み込みで勤務して良いことになった……それだけじゃない《その会社》から《母さんが入院している精神病院》までは《2~3駅程の距離》なんだ。……本当に感謝しきれないよ……僕の息子が犯した問題の数々を知った上でも尚……まだ僕を雇ってくれるんだからね…』

 

『そ…それじゃあ、この家には俺1人になるってことかよ…』

 

『そうなるな…』

 

『………』

 

『本来なら今住んでる家を売り払って、《その系列会社》のある町へ引っ越すのが定石なんだが、教育委員会からは《お前を含めた折寺中の3年生》が厳罰として参加している奉仕活動が終わらない限り、《転校すること》も《この町から引っ越すこと》も許されていない…』

 

『………』

 

『勝己、僕は明後日にはもう《新しい勤務先》に出勤しないといけない。母さんの世話も病院に任せっきりというわけにはいかないからな…。いつになるか分からないが《奉仕活動》が終わったら、お前はどうするつもりだんだ?』

 

『…どうって……俺は…』

 

『……考えるのに時間がかかるのなら…今は聞かないよ。それに…奉仕活動期間もかなり延長されてるそうじゃないか?』

 

『………』

 

『はぁ……お前を1人にする以上…僕は仕送りをする。でもね…そう遠くない内にこの家は手放して、アパートとかに引っ越すことになるよ?仕送りで送るお金だって限度ある、今よりも稼ぎが落ちるし、母さんの入院費もかかるから、いくら1人とはいえ無駄遣いは出来ないぞ?』

 

『………』

 

『お前が賢(かしこ)いから…その辺は自分で何とか出来るだろうけど………いい加減に《今の自分の立場》を弁(わきま)えろ……《過去を変えることは絶対に出来ない》んだ…』

 

『ッ!!!!!?????……………』

 

『……僕はこれから《母さんの荷物》を配達してもらうよう頼んでくる……お前の夕食は作っておいたから…それを食べなさい…』

 

 そう言うと親父は…リビングに置いてあった荷物の半分を車に積んで出掛けていった…

 

 

 

 そう…これが父ちゃんが家にいない理由だ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●爆豪宅(ヒーロービルボードチャート上半期から5日後…)

 

 

 父ちゃんから《母ちゃんと父ちゃんの今後》について話された次の日、父ちゃんは自分の荷物を車に纏めて、転勤する会社がある町へと移動する準備を終えた。

 そして俺に《仕送りする日までの生活資金》と《1人で暮らす上での色々な注意事項が書かれた紙》を渡すと、出発していった…

 

 その時の俺は何も反論せず…黙って親父を送り出した…

 

 普通の中3のガキなら…この場合はワガママを言って父親に着いていくんだろうが…俺はそうはしない…

 

 

 

 一人暮らしが出来ることに優越感を浸(ひた)ってるのかって?

 

 奉仕活動の期間中だからどの道、着いていくのが出来ないんだろって?

 

 うるさい両親と離れられるからだろって?

 

 

 

 違ぇよ!!!少し前の俺だったらそう感じてたろうけど、今は違う!!!

 

 誰も信じてくれねぇだろうけど…俺が父ちゃんと母ちゃんから離れることを選んだのは…

 

 《2人にこれ以上の迷惑をかけたくなかった》からなんだよ…

 

 父ちゃんも母ちゃんも口には出しちゃいなかったが、本心じゃあきっと…俺を《捨てたい》とか《勘当したい》とか思ってた筈なのに…それだけはしなかった…

 

 こんな俺をまだ…《自分の子供》として見放さずにいてくれた…

 

 

 

 

 

 少し前のことを鮮明に思い出しながら…俺は1人しかいない家で過ごしていた…

 

 今の俺は…正直《心細かった》…

 

 

 1人でいることが…

 

 味方が誰もいないことが…

 

 家にいても誰もいないし帰ってこない…

 

 《孤独》ってのが…こんなにも《辛いこと》だなんて…全く知らなかった…

 

 

「なんで……こんな思いをしなくちゃいけねぇんだ………何時(いつ)になったら……どうしたら……この《苦しみ》から解放されるんだよぉ…」

 

 自分以外誰もいない家の中で…《答えの見つからない問い》を呟いた…

 

 今日はGW(ゴールデンウィーク)最終日…

 

 

 

 ゴールデンウィークをどう過ごしたかって?

 

 

 

 んなもん!強制で厳罰の《奉仕活動》に決まってんだろうが!!?

 

 学校が4月最後の土曜日から5月の日曜日までの長期休みだったが、俺達(折寺中学校の3年生達)は祝日だろうと関係無しに《町のゴミ拾い》をすることになった…

 しかも俺は…あのクソ担任のせいで午前と午後のどっちも参加させられた!

 その間、連休もあって人通りが増えて……俺達に向けての《冷たい目を向けてくる奴》《影口を言っている奴》《スマホで物珍しく撮影する奴》とかが《いつもの倍》以上もいやがった!

 しかも俺と違って…午前か午後のどっちかだけの活動だっていうのに…途中で《勝手に抜け出す奴》や《泣き出して勝手に帰る奴》とかがチラホラいたせいで、また期間が延びちまった!

 

 俺の人生で…ここまでロクでもないゴールデンウィークは今まで無かった…

 

 全然休めた気がしねぇ…

 

 あと…4月が終わった時に気が付いたが…俺はもう《15歳》になっていた…

 

 俺の誕生日は《4月20日》だったが…その日に何があったのかを改めて思い返してみれば…

 その日は《折寺中学校のクソ教師達》と《オールマイト達》の謝罪会見のあった日でもあった…

 そしてもう1つ…俺がヒーローの監視を振り切り…裏路地を通って帰ろうとしたことで…《あの3人組》に絡んで一時的に個性が使えなくなった上に重傷を負わされた日でもあったんだ…

 

 去年までは…母ちゃんも父ちゃんもクラスの連中も…そして出久も俺を祝ってくれたが、今年は誰1人として祝ってはくれなかった…

 

 

 

 そして…明日からは…また学校が始まる…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この時の俺は…

 

 自分や親ばかりを考えていたことで…

 

 微塵も把握してなかった…

 

 俺に……いや俺達に対しての《恨みや憎しみという名の火薬》が…少しずつ積(つ)もり積(つ)もっていたことに…

 

 そして…その火薬の導火線の火が…

 

 次の日に《山となった火薬》へ到達(とうたつ)してしまったことに…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

None side

 

 ヒーロービルボードチャート上半期から6日後の月曜日…

 

 世間的には、ゴールデンウィーク明けに起きた《惨劇》でもある…

 

 その日……社会の人々の積もり積もった《怒り》や《憎しみ》が……《ある学校の生徒達》にぶつけられた…

 

 それは《偶然》に起きたことなのか…

 

 それとも《必然》に起きたことだったのか…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●ゴールデンウィーク明けの月曜日の夕方…

 

 

爆豪勝己 side

 

 ゴールデンウィーク明けの月曜日…

 

 俺は嫌々ながら学校へ登校した……

 

 教室に入れば…相変わらず《1人欠けたクラスメイトの連中》は揃い揃って俺を無視しやがる…

 

 ゴールデンウィークと聞きゃ、俺達学生にとっちゃ長い休みだ…

 

 だが《あの騒ぎ》で、俺と同じく家に《居場所を失った奴等》にとっては…ゴールデンウィークっつう連休は…ただ辛く…苦痛の時間を増やすだけだった…

 

 俺の場合、おふくろは精神病院に入院しちまって居なくなり、親父は転勤で居なくなった。

 つい最近まで《騒がしがった我が家》が一変した…

 当然それは他の奴等も同じ……家にいれば親や家族からは邪険にされるのが当たり前……

 今までの家族からの待遇がまるで違うことに対処できず…自宅にいるのが辛い奴もいたそうだ…

 そして…そんな家の空間から抜け出せるのが…皮肉にも《奉仕活動》の時、……俺達はGWだろうと関係ない、俺なんざ9日間の連休中は午前と午後にどっちも奉仕活動をしなきゃならなかった…

 世間から当たり前のように《冷たい目》を向けられ《陰口》を言われていた…

 

 ただ1つ…近頃は奉仕活動中でガキが絡んでくることはなくなった…

 

 

 

 何故かって?

 

 

 

 最初は俺も分からなかったが《ゴールデンウィーク中》にゴミ拾いが終わって自宅へ帰る最中に…《それ》が何故かを見て知っちまった…

 

 いつものように人目を避けるため裏路地を通り…出口へ差し掛かった時だった…

 

 誰かが《俺の名前》を口にしていた…

 

 俺は裏路地に隠れながら…声のした方を確認すると、そこには表通りで《お手玉を両手で持ったツインテールの小せぇガキ》と《そのガキを叱っている母親》がいた…

 

『百々花(ももか)、お願いだから言うことを聞いて?』

 

『イヤ!絶対に会いに行くの!!』

 

『何度も言わせないで!駄目なものは駄目なの!それに、そんなワガママ言ってると!《爆豪 勝己》みたいな《ヴィラン》になっちゃうわよ!』

 

『ッ!?!?!?!?!?』

 

 母親が口にした言葉に!俺は驚き、衝撃を受けた!!!

 俺が直接言われた訳じゃねぇのに…俺は胸が締め付けられるように苦しくなった!!!

 

 それだけじゃねぇ…

 

『そんな《悪い人》になりたいの!?』

 

『イヤ!出久お兄ちゃんをイジメた《あんなヴィラン》なんか大嫌い!!!』

 

『…はぁ…なら分かってちょうだい?《出久お兄ちゃんのお見舞い》に行くのは我慢して?分かった?』

 

『………うん…』

 

『よし、良い子ね。百々花は出久お兄ちゃんのこと《本当のお兄ちゃん》みたいに慕ってたもんね。大丈夫、きっと目を覚まして元気になってくれるわ。そしたら改めて『お婆ちゃんのお手玉を探して見つけてくれてありがとう』ってお礼を言いに行きましょうね』

 

『うん!!』

 

 俺は通ってきた道を咄嗟に引き返し…裏路地の途中で座り込み…声を殺して泣いた…

 

 この町……いや…全て《子持ち親達》は、俺のことは完全に《ヴィラン》としか思ってない上に、それを使って子供に言い聞かせる材料にしてやがる!

 

 オマケにあんな小せぇガキまで、俺を《ヴィラン》だと認識してやがった!

 

 しかも…さっきのガキが駄々をこねてた理由は《出久のお見舞いに行けないことへの不満》だった…

 

 出久は《この町の人達》に大きく慕われてやがる…

 だが俺には…もう…この町に居場所も無けりゃ……俺を必要としている人間が誰もいないことを……さっきの親子を見て理解させられた…

 

 そんな《知りたくもなかった事実》に偶然出会(でくわ)しただけでも災難だったっつうのに…

 

 

 

 今日の俺は…

 

 

 

 いや俺達は…

 

 

 

 《個性社会からの報復》を受けることになった…

 

 

 

 今日の授業が終わり…

 

 もはや恒例になった放課後からの町のゴミ拾い…

 

 ガキに絡まれることは無くとも…

 

 活動中に俺達を見かけては《冷たい目》や《影口》をいう一般人からの対応は変わらねぇ…

 

 しかも…俺達と一緒になって奉仕活動に参加してた《無能ヒーロー共》は、3週間前の謝罪会見に出た5人を除いて全員が《各地のヴィラン退治》のため居なくなった…

 

 今この町に残ってるヒーローは4人だけ…《シンリンカムイ》《デステゴロ》《バックドラフト》《Mt.レディ》だ。

 そしてソイツらは、記者会見の日辺りから交代で《出久と引子さんの警備》をしているらしい。俺も詳しくは知らねぇが、どう考えたって《罪滅ぼし》が目的だろう…

 

 

 

 余談だが…あの《オールマイトの親戚だと言ってた骸骨野郎》も…あの公園以来会っちゃいねぇ…

 

 

 

「(っと…余計なことを考えるのは止めだ止め……さっさと家に帰るか…)」

 

 

 

 

 

 俺はいつものように《人通りの少ない道の裏路地》を選び、そこを通って帰ることにした…

 

 だが今日通る裏路地は、3週間前に《俺の個性を消して散々痛ぶりやがった3人組》にあった裏路地だ…

 

 俺だって好きでこの裏路地を通る訳じゃねぇ!

 

 俺は『今日はどの路地を通って帰るか』を考えて表通りを歩いていると、通行人がヒソヒソと俺を《冷たい目》で見ながら《陰口》を言ってやがった…

 いつものことなんだが…今日は何故だが人が異様に多かったことで、《陰口を言う奴ら》も大勢居やがったんだ!

 俺は日を変えては《人通りの少ない道》を通って帰ってたが、今日はどの道を通ろうとしても人で一杯だった…

 それで仕方なく…あの日以来から絶対に通っていなかった《あの裏路地》を通って帰る羽目になったっつーことだ…

 

「(どいつもこいつも!!下らねぇことしやがって!!!いつか絶対ぇ!!!死ぬ程後悔させてやるからなあ!!!!!)」

 

 俺は《陰口を言ってた奴ら全員》への恨みながら、裏路地を進んだ…

 

 そして…あの《3人組》と会った角を曲がった…

 

 誰もいる筈ないと思っていた………が…

 

 そこには《誰か》がいた…

 

 しかも《4人》…

 

「おい見ろよ、やっと来たぜ!」

 

「ちっ!随分と待たせてくれたじゃん?」

 

「外典(げてん)、聞いてた時間より10分も遅れてきたぞ?」

 

「予定通り《この裏路地》を通って来たんだ……文句を言わないでくれ…」

 

 ソイツらは俺を見てブツクサ話し始めた…

 

 どいつもこいつも見るからに《不良》みてぇな奴等だ…

 

 

 

 最初に俺を見て声をあげた《鞄を背負った『炎』って文字がデカデカと書かれた赤いシャツにノースリーブの上着を来た大男》…

 

 舌打ちしながら次に口を開いた《青いセーターを着た茶髪の大男》…

 

 勾玉のネックレスを首にかけた《額の横一文字に短い縦線が5~6本の切り傷のある大男》…

 

 そして《フードを深く被って顔が見えない冬物のジャケットを来た奴》が《デカイ木箱》に座っていた…

 

 

 

 この町じゃ見かけねぇ面(つら)の奴等だった…

 

 んで…明らかに《偶然》この裏路地にいた訳じゃねぇみてぇだ…

 

「外典、もう初めていいんだよな?」

 

「…好きにしなよ……ただ時間は限られてるからね?」

 

「やっと…暴れられるじゃん?」

 

「ほんじゃあ平(たいら)、開幕一撃目は任せた」

 

「おうっ!言われねぇでも俺が直(す)ぐにアイツを火葬してやるよ!」ガブガブガブガフ

 

 《赤シャツの大男》が背負い鞄から《水の入ったペットボトル》を取り出しガブ飲みし始めた。

 

「(何する気だ?)」

 

「(焼けちまえ!!!)」

 

ボワアアアアアァ!

 

「なにっ!?」

 

BOOM!

 

 《赤シャツの大男》の口から出たのは《水》じゃなくて《炎》だった!

 俺は咄嗟に《爆破》で後ろに後退した!

 

 今分かった!

 

 コイツらは完全に俺を痛ぶるために、ここで《待ち伏せ》してやがった!!!

 

「(クソが!!なんで俺がこんな目にあわなきゃならねぇんだよ!!!)」

 

 俺は《売られた喧嘩は買う主義》だが、《喧嘩をしたこと》や《個性を使ったこと》がヒーローに知られたら、《オールマイトを超えるヒーローになる夢》を叶えることが出来なくなっちまう!

 

BOOM!

 

 俺は《悔しい気持ち》を抑え込み、《爆破》で通ってきた道を戻って《逃げること》にした…

 

 だが…

 

ドドドドドドドドドドッ!!!!!

 

「なあ”っ!!???」

 

 戻ろうとした道に《巨大な氷の壁》が出現して、裏路地の道を塞ぎやがった!!?

 

「逃がさないよ…」

 

「チッ!」

 

 不良共の方を振り替えると《フードの奴》が手を前に翳(かざ)した状態で、さっきまで座っていた《木箱》から飛び出してくる《大量の氷》を操っていやがった!!?

 

「チッ!《炎》の次は《氷》かよ!?」

 

「ナイスだぜ外典!これで奴の逃げ道は無くなったじゃん!」

 

「どういたしまして…」

 

「おいおい?ヒーローを目指してる癖に逃げるのか?とんだ《臆病者》じゃん?」

 

ピクッ

 

「けっ!オレ様達が恐ろし過ぎて勝てないと察したから、逃げようってか?《腰抜け》かよ!」

 

ピクッピクッ

 

「以前にも別の不良に絡まれて…その時に負けたことがトラウマになってるんだよ…きっと。今の爆豪勝己は…ただの《弱虫》さ…」

 

ピクッピクッピクッ

 

「ははははは!こんな《負け犬野郎》の夢は《オールマイトを超えるヒーロー》なんだせ!?全くお笑いだ!あっはははははっ!」

 

 

 

 

 

ブチッ!!!

 

 

 

 

 

 俺の中の《堪忍袋の緒》が……また切れた…

 

「があ”あ”あ”あ”あ”あ”ぁ!!テメェら全員!!!ぶっ殺す!!!!!」

 

 『逃げる』だの『臆病者』だの『腰抜け』だの『弱虫』だの『負け犬』だの…好き勝手言われたことで《怒り》が頂点に達した俺は、3週間前と同じ場所で!似たようなことを言った!

 

「ネットの書き込み通り…簡単に乗せられたぜ?」ヒソヒソ

 

「物凄ぇ単純な奴じゃん…」ヒソヒソ

 

「《単純》っつーか…《短気》過ぎだろ…」ヒソヒソ

 

「こんな《安い挑発》で冷静さを失うなんて…やっぱり中身はただの中坊ってことだね…」ヒソヒソ

 

 不良共はヒソヒソと何か話してやがったが!今更いくら謝ったって遅せえ!!!

 

 4人の内2人の個性は分かった!

 それにこの前見たいな《白フード野郎》の《個性を封じる個性》は滅多にありゃしねぇ!

 残りの2人の個性は大した個性じゃねぇ筈!!

 

 勝った!!!

 

 俺が負けることは絶対にねぇ!!!

 

 まず爆破の煙幕で起こして視界を奪い、その隙に俺の必殺技で奴等を吹っ飛ばす!!!

 

「うりぃあああああ!!!」

 

BOOOOOM!!!!!

 

 俺は両手に汗を溜め、地面に向けて爆破を放ち《煙幕》と《土煙》を起こした!

 

「ゲホッ!!ゲホッ!!んだこりゃ!!?」

 

「クソッ!?砂ぼこりが邪魔だ!!」

 

「何処(どこ)行きやがったじゃん!?」

 

「………」

 

 不良共は俺が起こした煙、俺を見失った!

 

「(まずはテメェだ!!)」

 

 俺はまず、俺を《臆病者》なんて言いやがった!《青セーターの奴》からボコすことにした!

 

「死ねやーーーーー!!!!!」

 

 俺は右手の爆破を連発して素早く移動し、背後から左手の爆破を食らわせy

 

「なんてな」クルッ

 

BOOM!

 

「なっ!?」

 

 《青セーターの奴》は煙の中で、背後から俺が攻撃を避けて、瞬時に俺の左側へ回り込こんだ!

 

 そして、両手のポケットに手を突っ込むと!額が《何か》に変化した!

 

「残念だったなぁ……頭!かち割れろ!

《ダイヤモンド・ヘッドバッド》!!!」

 

ゴヅッ!!!

 

「ぐああっ!!!??」

 

 俺は額に、《変化した硬い額》で頭突きされた!血は出てねぇが物凄い痛みによって脳味噌が揺れた!?

 さらに額からの痛みが走ると同時に、嫌でも思い出さざるを得なかった!?

 コイツの個性は…3週間前の《ハゲ野郎》と同じ!《身体にクリスタルを纏う個性》だということに!?

 

「どうだ!効いただろ!今のは手加減してやったが、次はその頭完璧にカチ割ってやるじゃん!俺のこの《頭をダイヤモンドに変える個性》でなぁ!」

 

「ぐっ!!?ぐおああああぁぁぁ!!!」

 

「テメェの《個性》は皆知ってんじゃん?当然発動条件とかの詳細も、その個性で何が出来るのかってもの、バレバレじゃん!」

 

「テ…テメェ…!!だったら《コレ》知ってるかよ!!!」

 

 俺は両手を《頭突き野郎》の顔面に向けた!

 

 俺が試行錯誤して完成させたもう1つの爆破技《閃光弾(スタングレネード)》!!

 両手の《爆破》で強烈な光を放ち、相手を目眩ましさせる技だ!

 この至近距離で喰らえば!暫く目が見えなくなって動けなくなる!

 

 頭が痛ぇが、んなこと言ってられねぇ!まずはコイツをぶっ潰す!

 

「喰らえやがれ!!《スタングレネーd」

 

「その技は知らねぇけどよぉ、結局さ…」スッ!

 

「ッ!!?」

 

 いつの間にか《頭突き野郎》は、今度は俺の右側に回り込んで、右手は《手刀》の構えをして振り上げていた!

 

「《手》が使えなきゃ!テメェは何も出来ねぇってこと…じゃん!!!」

 

ゴッ!!!

 

ボギッ!!!

 

「ッーーーーーーーーー!!!!!????」

 

 《頭突き野郎》は付き出した《俺の両腕》に、右手の手刀を《瓦割り》みてぇに思いっきり振り落としてきやがった!!!

 

 両腕から鈍い音と一緒に強烈な痛みが走り、《声にならねぇ叫び》を上げた!

 

「………」

 

ドドドドドド!ガヂ!

 

「な”があ”っ!?冷テェ!腕に《氷》が!!?」

 

 俺が頭と両腕の痛みによろめいていたら、突然《大量の氷》が飛んできて、俺の両腕の《指先から肘》を覆うように《氷》がガッチリと何重に纏(まと)わりつきやがった!

 

「確か君の個性って…掌の汗腺から《ニトロみたいな汗》を溜めて爆発させる個性なんだよね?…じゃあ……両手が凍傷寸前まで冷(ひ)えて…《手汗》が出なくなると…どうなる?」

 

「(コ、コイツ!?クソッ!《爆破》が起きねぇ!!?)」

 

 煙幕が晴れて《フードの奴》の姿が見えると、その周囲には《氷》が浮いていやがる!

 

 奴の個性は《氷》じゃなくて《氷を操る個性》だったのかよ!?

 

 まだ腕に纏わりついてくる《氷》を払おうとしたくても、既に腕に絡み付いた《氷》が重くてまともに動けねぇから避けられねぇ!!!

 

 しかも奴の言う通り、手が悴(かじか)んできて《手汗》が出なくなった!!!

 

 俺の個性は封じられた!!!

 

 《あの時》と同じかよ!!!???

 

「『冷テェ』だぁ?じゃあ俺が燃やしてやるよ!!!」ゴボボボボボボ

 

ボオオオオオオオオォ

 

 《赤シャツの大男》がまた口から《炎》を吹いてきやがった!

 

「(馬鹿が!好都合だ!テメェの《炎》はこの《氷》を溶かすのに利用してやるよ!)」

 

 俺は《氷が纏(まと)わりついて重くなった両腕》を前に構えて、迫り来る《炎》で両腕の《氷》を溶かそうと考えた!

 

ガギッ

 

「グアッ!?」

 

 腕を前に構えようとした時、俺の左目に《石》が飛んできた!

 

「オレ様を忘れんなや…」

 

「テメェ!?」

 

 《石》を投げてきたのは《額に切り傷のある大男》だった!

 俺はソイツに気をとられたせいで、両腕を前に構えられずに…

 

「ぐああああああああ!!!!??」

 

 俺は《炎》をモロに喰らっちまった!しかも御丁寧に《氷》がついた両腕は避けて、俺の上半身だけに《炎》を浴びせやがった!!

 

「あ”っづっあ”あ”あ”あ”ぁ!!!」バタッ

 

「良い連携だぜ!八十吉(やそきち)!」

 

「どうってことはねぇよ。しかし、これじゃ俺が個性使うより先に…くたばっちまうかもなぁ…」

 

「おいおい、まだまだ始まったばかりじゃん?こんなんで気を失われたら、遠路(えんろ)遥々(はるばる)この町へ来た意味がないじゃん?」

 

 倒れて苦しんでる俺を他所(よそ)に、不良共は好き勝手言いやがった!!!!!

 

 俺はアチコチ痛む身体に鞭を打ち、根性で立ち上がった!

 

「…お”い”テメェら……ハァ…ハァ……俺を…《臆病者》や《腰抜け》だなんて言っときながら……ハァ……俺1人を相手に《4人》で挑むなんざ……ハァ……テメェらは…とんだ《卑怯者》だな…」

 

 俺は奴等を《挑発》した!

 

 そうすることで苛立たせ、《火吹き野郎》と《頭突き野郎》に攻撃をさせて、両腕の《氷》を何とかする算段を即座に立てた!

 

 …だが…

 

「《卑怯》?何言ってんだお前?自分のことは棚に上げてよぉ?」

 

「君が他人(ひと)のこと言える立場なの?…君だって…無個性1人を相手に大人数で痛ぶってたんでしょ…?」

 

「《テメェが今までしてきたこと》と《今オレ達がやってること》の何が違うんじゃん?」

 

「《被害者》面(ヅラ)してんじゃねぇよ!テメェのその腐った考えが邪魔だ!」

 

「ッ!?」

 

 奴等は《苛立つ》どころか、全員が揃いも揃って《冷静》に返答してきた!?

 

「ねぇ君(きみ)………なんで僕達がここ(折寺町)へやって来たと思う?…それは…君達に《制裁》を下すためだよ…」

 

「(君達?)」

 

「君達を恨んでいる人達は…この日本だけでも数十万人はいるんだよ………そんな僕達が集まり……こうして《恨み》をぶつけながら《制裁》をしてるのさ……特に……彼はね…」

 

 《フードの奴》は《火吹き野郎》を指差した…

 

「爆豪勝己……オレにはなぁ……テメェを痛ぶるちゃんとした理由があるんだよ…。オレにとっちゃなぁ…世の中は《邪魔なモン》ばっかだ!!《親》…《教師》…《法律》…そして《クラスの連中》!ソイツらを避けて通るのはもうウンザリだった!!……だが最近になって…ソイツらは俺を避けるようになった……最初は《俺の望み》が叶ったんだと思ったが……それは違った!!!《エンデヴァー》…そして《爆豪勝己》!テメェらの個性はどっちも《炎系の個性》!そしてオレの個性は《口に含めるだけの水を炎に変える個性》……分かるか!?テメェらと同じ《炎系の個性》ってことで、オレは周りから意味無く蔑(さげす)まれるようになったんだ!!!それは俺が思い描いた望みとはまるで違う!!?オレの人生を台無しにしやがって!!!《テメェの存在》は…オレにとって一番の《邪魔》だ!!!だからまずはテメェを消しに来てやったんだよ!!!!!」

 

「なっ!?何を……滅茶苦茶なこと言ってやがんだ!そんなもん俺には関係ねぇだろが!!?」

 

「…ここまで聞いても…そんな台詞が言えるなんてね…」

 

「テメェ……生意気でムカつくじゃん…」

 

「こんなモラルのねぇ奴が…《将来有望なヒーロー》だと?…世間の評判なんてアテにならねーよなぁ…。結局どいつもこいつも《個性》1つで過剰評価しすぎなんだよ!」

 

「次は火傷なんかじゃ済まさねぇぞ!?テメェが《必殺技》を出そうとしてきたんなら…俺もそれに答えてやらねぇとなぁ。オレの個性は《口に含めるだけの水を炎に変える個性》だが、少し応用すれば威力は倍増する、オレはそれに気がついた!《うがいをすると火力が上昇する》!!!」ガブガブガブガラガラガラガラガラ

 

「平(たいら)……お前それ……格好悪いじゃん」

 

「グブベェボ!ボーボ!(うるせぇぞ!ボーロ!)《炎弾(えんだん)》!」

 

ドゴォ!!

 

「(早え!?)」

 

 俺は飛んでくる《炎の弾》を何とか避けた!

 

ドガアッ!!!

 

 避けた《炎の弾》は、裏路地の建物の壁に衝突した!

 《炎の弾》は貫通はしてねぇが、コンクリートの壁は丸く抉(えぐ)られて焼け焦げていた!

 

「かっははは!どうした!?俺の《炎》でその《氷》を溶かすんじゃなかったのかよ!?」

 

 クソったれが!?分かって言ってやがる!?さっきの《炎の弾》を利用すれば《氷》は溶けただろうが、《俺の両手》は大火傷を負って反撃することが出来なくなる!それを知った上で言ってやがるんだ!!?

 

「まぁ避けるしかねぇよなぁ?今のは《ただの炎》でもなけりゃ…うがいで炎圧が上がっただけでもねぇぜ?これは俺の個性の応用で完成した必殺技…《炎弾》だ!炎を圧縮し、弾として一気に吐き出す!!広範囲に燃やすことができないが、スピードと破壊力が格段に増す打撃技だ!!!」

 

 聞いてもねぇのに、自分の技を自慢げにベラベラと語り始めた…が…俺は殆(ほとん)ど聞いちゃいなかった…

 

 俺は今《この状況をどうやったら切り抜けられるのか》ってことしか考えてなかった!

 

 だが正直…《打開策》なんて何も思い付かねぇ…

 

 

 

 来た道は氷で塞がれていて通れねぇ…

 

 俺の両腕は凍(こお)らされた上に、指先まで冷えきって汗が全く出ない!?なのに身体は所々が火傷して、頭はまだ痛ぇ!!!

 

 そんな《爆破》が封じられた俺に対して、相手は4人…

 

 1人はまだ何の個性か分からねぇが、他の3人は《氷を操る個性》《口に含んだ水を炎に変える個性》《頭をダイヤモンドに変える個性》の遠距離から近接まで個性が揃ってやがる!?

 

 しかも《見掛け倒し》って訳じゃねぇようで、肉弾戦でも厄介だ…

 

 例え、両手の氷が取れたとしても…さっきの《頭突き野郎》の手刀で腕の骨が捻挫(ねんざ)……最悪骨折してる状態…

 そんな状態の腕じゃ《爆破》は使えねぇ…

 

 

 

 完全に《手詰まり状態》…

 

 打つ手なんざ何もねぇ…

 

 だが!このままじゃ、3週間前の《二の舞》になっちまう!?

 

「よそ見してんじゃねぇよ!

《炎弾》!!!」

 

「くっ!?」バッ!

 

「逃がすか!ボケが!!

《炎弾》!!!」

 

 《火吹き野郎》は、鞄から何度も《水入りのペットボトル》を取り出しては、即座に水を口に含んでうがいし、《炎の弾》を吐き出してきやがった!

 

 俺は持ち前の《反射神経》で何とか高速で飛んでくる《炎の弾》をかわした!

 

「ちょこまかと!?なら《コレ》はどーだ!!

《連弾》!!!」

 

ドゴッ!ドゴッ!ドゴッ!ドゴッ!ドゴッ!

 

 ッ!!?今度は《炎の弾》を連発してきやがった!!?

 

 俺は避けるだけ避けたが…

 

「ぐおああああああああぁ!!!??」

 

 全て避けることは出来ず、数発喰らって倒れた…

 しかも器用にまた両腕の《氷》は避けてだ。

 

「はっはー!命中だぜ!!平!!」

 

「黒焦げじゃん!」

 

「ははは!やっとくたばったか!!」

 

「ケホッ……ハァ…ハァ……ゴッハ!?」

 

 俺は《炎の弾》を受けたが、普段から《爆破》の衝撃で熱に慣れてるおかげなのか…意識は失わずに済んだ…

 俺はゆっくりと起き上がらせた…

 

「おいおい、まだ意識があんのかよ…」

 

「あのまま寝てりゃあ楽だったモノを」

 

「好都合じゃん、さっきは手加減したとはいえ、俺の《あの技》を喰らって立ち上がった時点で、プライド傷つけられたじゃん!おいっ外典!」

 

「…わかった…」

 

ゴゴゴゴゴゴゴ!ガチ!!!

 

「あ”あっ!??冷メテェ!!!」

 

 ふらふらと起き上がってた俺の足に《氷》が大量に纏わりついてきて、足を地面に固定され身動きが取れなくされちまった!?

 

「がっ!!?クソッ!!!動けねぇ!!!」ジタバタ

 

「暴れんじゃねぇ!邪魔だ!」ガシッ

 

「往生際(おうじょうぎわ)が悪いぞ」ガシッ

 

「あ”あ”っ!?んだテメェら離せや!!!」ジタバタ

 

 《火吹き野郎》と《切り傷額野郎》が凍った俺の両腕を左右で抑えてやがった!

 

「ボーロ君…準備が出来たよ…」

 

「OK、そんじゃあ俺がソイツに鉄槌を渡してやるじゃん?」

 

 《頭突き野郎》はそう言うと…距離をとり始めた。

 そして《フードの奴》が身動きが取れなくなった俺に話しかけてきた。

 

「爆豪君……オールマイトとエンデヴァーが元No.1ヒーローの《神》から鉄槌を受けたのは知ってるよね?この個性社会に混乱を招いた《3人の主犯》の内の《2人》なんだから………でも君は?君だけは神から何のお叱りも受けてない……おかしいよね…君だって《その主犯の1人》で同罪なのに……」

 

「………」

 

「だから俺が!神の代わりに…この俺がお前に《鉄槌》を下してやるじゃん!この《ダイヤモンドの頭》でな!!!」ダッ!

 

 《頭突き野郎》はポケットに手を入れた状態で、俺に向かって突進して来た!

 俺はやっと自分が何をされるのかを理解した!!?

 

「クソが!?離せ!!!」ジタバタジタバタ

 

「逃がすかよ!」

 

「大人しく裁かれろ!」

 

「コレは君が受けるべき《罰》だよ…」

 

「喰らいやがれーーーーー!!!!!

《ダイヤモンド・ヘッドバッド》!!!!!」

 

ズガン!!!!!

 

ミシッ!ベギョッ!

 

「ぐぎぃああああああああああああああああああぁ!!!!!!!???????」

 

 助走をつけて突っ走ってきた《頭突き野郎》の《ダイヤモンドの頭》が、《俺の額》に衝突した!!?

 《頭が割れて脳味噌が吹き飛んだと思うほどの衝撃》と《聞こえちゃいけねぇ音》を耳に入った時には…

 俺は今まで感じたことのない《激痛》によって地面に倒れて暴れもがき苦しみ叫んだ!!!

 

 頭を抑えてぇのに両手が凍ってて動かねぇ!

 

 頭突きされた拍子に、足元の《氷》は解かれて、《火吹き野郎》と《切り傷額野郎》は俺の両手を放したことで、俺は吹っとばされた!!!

 

 脳味噌が激しく揺れて俺は、意識は保ってたが身体は完全に動かなくなった!?

 

「お前っつー《ヴィラン》を退治すれば、俺達は《ヒーロー》じゃん!?」

 

「お前みたいな邪魔な《悪》は…この俺が成敗してやるよ!」

 

「何が《天才》だよ下らねぇ!噂に聞いてた爆破野郎の実力は所詮この程度かよ。こうも簡単にへし折れるテング鼻が《将来有望なヒーロー》なんてなぁ…」

 

 仰向けで意識が朦朧(もうろう)とする俺を《3人の大男》が囲った………

 

 

 

 

 

 そして…この前の《二の舞》になった…

 

 

 

 

 

 動けなくなった《俺》は、《3人の大男》に《殴る》《蹴る》《叩きつける》のサンドバッグにされ…容赦なく痛め付けられた…

 

 

 

 しかも…ただ暴力を振るわれるだけじゃなかった…

 

 

 

「お前、まだ自分が《ヒーロー》になれるとか思ってんのか!?夢見てんじゃねぇよ!テメェは《ヒーロー》になれねぇ邪魔な存在なんだよ!!」

 

 

 

『(無個性の木偶の坊が!夢見てんじゃねぇよ!テメェなんかがヒーローになれっかよ!!!)』

 

 

 

「ッ!!!??」

 

 痛め付けられながら言われる暴言に…俺は激しく反応した!

 

 その暴言の台詞は…《以前自分が出久に対して言っていた暴言》とほぼ同じだったからだ…

 

 一方的に痛め付けられることは…3週間程前に経験したが…そこに《暴言》が追加されるだけで…身体(からだ)だけでなく…心までもが傷ついていくことを…俺は実体験した…

 

 それからも容赦なく…暴言を言われながら《3人の大男》に痛め付けられた…

 

 

 

「テメェみてぇな邪魔な奴は、存在する価値はねぇんだよ!!!」

 

 

 

『出来損ないのクソナードが!テメェにはこの世に存在する価値はねぇんだよ!!!』

 

 

 

 

「おい!泣いてんぞコイツ!泣きゃ助けてもらえると思ってんのか!?」

 

 

 

 

『あ”あ”っ!?泣くのか!?泣いたら助かると思ってんのか!甘めぇこと考えてんじゃねぇよ!死ねや!クソデク!!!』

 

 

 

 

「テメェはこの世に生まれてきちゃいけねぇ奴だってこと…じゃん!!!」

 

 

 

『お前は生まれてきた意味なんざ何もねぇんだよ!!落ちこぼれの無個性野郎が!!!』

 

 

 

 抵抗したくても…耳を塞ぎたくても…この場から逃げようにも…手足には《氷》が纏わりついて何も出来なかった…

 

 昔の俺が出久に散々言ってきた暴言が、今そのまま自分へ跳ね返ってきた…

 

 俺は何の抵抗も出来ず、気を失いたくても《痛み》で意識を覚醒させられ続けた…

 

 俺は《痛み》と《悔しさ》に加えて…心の底から溢れてくる《罪悪感》で涙が止まらなかった…

 

 

 

 

 

 どれだけの時間が経ったのか…

 

 

 

 

 

「……もぅ………ヤメ……テ…」

 

 俺は力を振り絞って…声を出した…

 

「あ”あ”?『止(や)めて』だぁ?テメェはそう言われて止めたのかよ!?」ドガッ!

 

「自分がいざ痛い目にあえば被害者面(づら)をすんのか…じゃん!!?」ズガッ!

 

「これなぁ…《制裁》なんだよ!!テメェみてぇなどうしようもねぇクソガキに、2度と『ヒーローになる』なんてフザけたことを言わせねぇためのな!オラッ!」ドスッ!

 

 どれだけの時間…痛ぶられたか…

 

 自分の身体の感覚が分からなくなってきた…

 

 今さっき…自分が何を言ったのかすらも…思い出せない…

 

「そろそろ…俺が《火葬》してやるよ……この《恨み》…晴らさせてもらうぜ…」

 

「どけ丸男、俺がトドメは差す。《俺の個性》でコイツに引導を渡してやるよ…」

 

 4人組の中で、一度も個性を見せていない《切り傷額野郎》が、倒れている俺に近づいてきた…

 

 そして…俺の目の前に落ちていた小石を拾い上げた…

 

「冥土のみやげに教えてやるよ、俺の個性は《この石を…」

 

「君達!そこで何をしているのかね!?」

 

『ッ!!?』

 

 突然聞こえてきた別の声がした方へと、無理矢理顔を向けると…そこには《氷の壁の上》に立つ《紫色のスーツを着たヒーロー》が見えた!!!

 

「おい!不味いぞ!ヒーローじゃん!?」

 

「クッソ!良いところで邪魔しやがって!!」

 

「おい!ズラかるぞ!!って外典!?なにボサッとしてやがんだ!!さっさと来い!!」グイッ!

 

「………」

 

 4人の不良共は路地の奥へと走って逃げていった…

 

「コラッ!待ちたまえ!?ん?ややっ!?君は《折寺中のヤバイ子》!?大丈夫かい!?酷い怪我だ!!すぐ救急車を呼んであげるからね!!」

 

 ヒーローが来た……それが分かると……俺は意識を手放した…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

外典 side

 

「畜生!あの《ギョロ目ヒーロー》が!邪魔しやがって!!」

 

「まだまだ痛ぶり足りなかったのに!マジでムカツクじゃん!!」

 

「クソッ!なんだか記憶にねぇけど!同じようなことがあった気がして余計に腹立つ!!?」

 

 突然のヒーローの登場によって、僕らは裏路地の奥へと逃げた…

 

「外典!この町の邪魔なヒーロー共は、今は県外に行ってて殆(ほとん)どいないんじゃなかったのかよ!?」

 

「仕入れた情報に間違いがあったってことじゃん?」

 

「……いや…間違ってはいないよ…」

 

「何?」

 

「あのヒーローは《折寺町を担当しているヒーローリスト》には載ってないヒーローだ。…恐らく《県外から派遣されたヒーロー》だよ…」

 

「じゃあ何か?この町へ派遣されたヒーローがパトロールしてる最中に、俺達は偶然見つかったってことじゃん!?」

 

「そういうことになるね……どっちにしろ…見通しが甘かった……ゴメン…」

 

「チッ!まぁいい、そういうことなら謝ることはねぇよ」

 

「とにもかくにも、爆豪をシコタマぶちのめすことが出来たのは《お前の作戦》があったおかげだからじゃん?」

 

「んで?これからどうすんだ?のんびりしてるとさっきの《邪魔なヒーロー》が追いかけてくるぞ?」

 

「そうだね……とりあえず君達は…当分の間は…何もせずに静かに過ごしていた方が良い。…暗がりで離れてたから…あのヒーローに僕らの顔は見られてないだろうけど……念には念をいれてね…」

 

「確かに…暫(しばら)くは大人しくしているのが利口な判断じゃん?」

 

「まぁ何はともあれ、あの邪魔な《爆豪勝己》への憂さ晴らしは出来たからな」

 

「なぁ、こんな形で出会ったのも何か縁だしよ、連絡先を登録しねぇか?」

 

「おっ!いいなそれ、またどっかで会おうじゃん!」

 

「ふん!まぁいいか…邪魔にはならなそうだしな…」

 

 《山田 八十吉(やまだ やそきち)》の提案に、《ボーロ・T(ティー)》と《平 丸男(たいら まるお)》も賛成し、3人はスマホを出してメールアドレスを交換していた。

 

「おい外典、お前もメルアド交換するじゃん」

 

「…僕とは辞めといた方がいい…君達を誘ったのは《僕》だ。……もしこの先、僕がヒーローに捕まるようなことがあったら…君達に迷惑をかけるかも知れないからね…」

 

「そっか…残念だけど…それじゃあ仕方ねぇか…」

 

「アリバイ工作は僕がやっておく………君達は早く地元に戻った方がいいよ?」ガサゴソ

 

 僕はフードのポケットから、3人へそれぞれの帰路への《新幹線のチケット》を渡した。

 

「そうだな、長居は無用か」

 

「何時(いつ)また邪魔なヒーローが来るか分からねぇからな、さっさと帰ろうぜ」

 

「じゃあな外典、色々ありがとじゃん」

 

「…うん……じゃあね…」

 

 3人は僕に別れを告げて、駅がある方面へと歩き去っていった。

 

 

 

 

 

 3人が見えなくなると、先程の《仲裁に入ったヒーロー》が僕の後ろに現れた。

 

 

 

 

 

 

None side

 

 外典の元へやって来たヒーローは、外典を捕まえようとも、駅へと向かった3人を追おうともしなかった…

 

「…スライディン・ゴー……首尾は?」

 

「バッチリだ!《救急車が到着し爆豪 勝己を救急隊に任せ、私は逃げた君達を追ったが逃げられてしまった》!全てスケプティック氏の筋書き通りだ!外典君!」

 

 何故か、ヒーロー《スライディン・ゴー》は、外典を知っていた…

 

「…さっきの3人も単純で助かりましたよ……自分達が《アリバイ工作》と《襲撃の戦力》に利用されていたとは知らずに…」

 

「ふむ…今更だが、態々(わざわざ)県外から《我ら以外の人員》に声をかけずとも、スケプティック氏の《人形》でも良かったのではないかと、私は思うのだが?」

 

「それも視野に入れてたけど…彼には今回《情報漏洩防止》と《証拠の隠蔽工作》に勤めてもらったから…その余裕が無かったんだよ…」

 

「そうか。では話は変わるが《先程の3人》と《今回の件に利用した者達》も、いずれ我々の仲間へ加えるのかい?」

 

「さあ?そこはリ・デストロの判断次第だね…」

 

PiPiPiPiPi…PiPiPiPiPi…PiPiPiPiPi…

 

「ん?……噂をすれば…リ・デストロからだ…(Pi)はい…もしもし…こちら外典…」

 

『外典、早速だが《そちらの成果》を聞きたい』

 

「こちらは作戦成功です……ターゲットの爆豪 勝己は《彼ら》を使って重傷を負わせました。全員、今回の作戦を疑う素振りは全くありません。先程、帰りのチケットを渡して地元へ帰らせました。今は《スライディン・ゴー》と一緒にいます。彼の方も上手くいったようです」

 

『そうかそうか!それは良かった!他のグループからも連絡があってね!残るは君達のグループだけだったんだよ!いやはや!全グループが成功すると清々(すがすが)しいものだね~!!!』

 

 外典は電話越しからでも分かるほどにリ・デストロの機嫌が良いことを把握した…

 自分の主が作戦が全て上手くいったことを本心から喜んでいるのだ…

 

『外典、後のことはキュリオスやスライディン達に任せて、君は予定通りトランペット達と合流して此方(こちら)へ戻ってきてくれ。その町の住民でない者達が大勢で長居しては流石に怪しまれるからねぇ…』

 

「了解…」

 

『では御苦労だった(Pi)』

 

「それじゃ外典君!私はそろそろ戻らせてもらうよ!ヒーローとしての立場上!これから忙しくなるのでね!」

 

「分かった…」

 

「失礼する!」スイーーーーー!

 

 スライディン・ゴーは外典に別れを言うと…《地面を滑って》裏路地の出入り口へと向かっていった…

 

 外典は《騒ぎ》が大きくなる前に…トランペット達と予定通り合流し…折寺町から離れていった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●とある病院…(ヒーロービルボードチャート上半期から1週間以上経過…)

 

 

爆豪勝己 side

 

「……ぅ…ん……あ”っ”?………ハッ!!!ここは……また病院かよ……」

 

 気がつくと……俺はまた病院のベッドの上にいた…

 

 だが…前とは病室の内装が違った…

 

 どうやらここは…出久が入院している病院とは違うみてぇだ…

 

 他にも前とは違うところがあった…

 

 目を覚ました俺の傍に…誰もいなかった…

 

 そして病室にある《日付のデジタル表示がある時計》に目を向けると、《あの不良4人に襲われた日》から《2日》経過していた…

 

 俺がベッドの上で上半身だけをおこして現状を把握していると…

 

ガラッ

 

「おや、やっと目が覚めたかい」

 

「……もっと早く意識が戻って欲しかったですよ……お陰で1日中待たされて…睡眠が………あぁ…帰りたい……眠たい……」

 

 病室の扉を明けて入ってきたのは、前回も俺を治療した《リカバリーガール》の他に、《明らかに寝不足な顔をした黒スーツの男》が入ってきた。

 

「全く…こんなに早くまた大怪我して入院するなんざ………お前さんこの前散々に痛い目にあったってのに…《揃いも揃って》何も学んでいないのかい?」

 

「…………チッ!…」

 

「ふあ~あ……リカバリーガール…すみませんが彼へのお説教はこの次にして…彼の診察をしていただけませんかぁ?……《彼の返答》次第では……私達はまた色々と忙しくなってしまいますので…」

 

 俺がリカバリーガールから説教を言われていると、一緒に病室へ入ってきた男は欠伸(あくび)をしながら催促(さいそく)していた。

 

「……はぁ……そうさね…分かったよ…」

 

 リカバリーガールは《仕方なく了解した態度》をとりながら…俺の診察を始めた…

 

「今回は随分と手酷くやられたもんさね。《全身に受けた暴行》に加えて《両手の凍傷》《両腕の骨折》《腕以外の火傷》《頭蓋骨の陥没》……アンタも相当恨まれたもんさね。ここまでされて…よく2日で意識が戻ったもんだよ…」

 

「……おい……《俺を痛ぶりやがった奴ら》はどうなったんだよ……ヒーローが駆けつけてただろ…」

 

「起きて早々に言うことがそれかい………アンタを痛め付けた犯人なら1人も捕まってないよ」

 

「はっ!?なんでだよ!!《紫色のコスチュームのヒーロー》がいただろうが!!イッ!イデデデデデッ!!!!」

 

 興奮した俺は身体を無理矢理動かそうした瞬間!身体中に激しい痛みが走った!

 

「ジッとしてな!傷まだ完治してないんだ!順を追って説明してやるよ。まずアンタらを襲った犯人についちゃ、警察が調べたけど《目撃者》は疎か、《町の防犯カメラ》には一切映っちゃいなかったそうだよ。あと、一昨日(おととい)アンタの所へ駆けつけてたプロヒーローは、その日の前日に折寺町へと派遣されたばかりの《他県のプロヒーロー》でね、まだ町並みを把握出来てなかったのもあって…犯人には逃げられちまったんだよ。しかも夕暮れ前の裏路地の暗さで《犯人達の顔》は1人も確認できなかったみたいさね。といっても、重傷のアンタの応急処置をしながら、救急車の手配を優先する判断をしたそうだよ」

 

「………」

 

「確かに犯人を取り逃がしたのは遺憾なことだけど、目の前で《死にそうな人間》がいたなら、ヒーローはどっちを優先するべきなのか………《今のアンタ》なら分かるんじゃないのかい?」

 

「………」

 

「念のために言っておくけど、アンタを助けてくれた紫色のコスチュームのヒーロー《スライディン・ゴー》は、今回の事件で役に立てなかったことの謝罪として、《アンタの治療費と入院費を全額を負担してくれる》そうだよ。しかも自分達から昨日《謝罪会見》を開いて全国的に謝罪してたさね。この時点でデステゴロやシンリンカムイ達との《プロヒーローの器の大きさ》を見せつけてくれたよ」

 

「………」

 

「ほら、診察は終ったよ。今の状態で明日アタシの《治癒》での回復で良好なら、3日後には退院できるよ。アンタには今からでも色々と言いたいことはあるけど、それは明日にするさね。ソイツとの話が終わったら今日はさっさと休みな」

 

 リカバリーガールは俺の診察を終えると、病室から出ていきやがった…

 

 俺は《寝不足野郎》と病室で2人にされた…

 

「えぇぇっと…初めまして…爆豪勝己君、私は…ヒーロー公安委員会の者で《目良(めら)》と申します…」

 

「公安委員会?そんな奴が何しに来たんだよ…」

 

「……噂に聞いてた通り……君は年上に対しての《礼儀》がなっていないようですねぇ…」

 

「あ”あ”っ!?喧嘩売ってんのか!?痛っーーー!!!」

 

「……失礼、余計な私語を口にしてしまいました、忘れてください…。『何しに来た』…でしたよね?長話をしても覚えてる気は無いでしょうし……要点だけを…かい摘(つ)まんで説明させていただきます。……爆豪君…今から2週間以上まえに君の元へ《変わった人物》が現れませんでしたか?」

 

「あ”ぁ”?変わった奴?」

 

「はい……君に危害を加えた人達以外でです。…いないですよね?…いるわけないですよね?…いないって言ってくださいよ?」

 

「……いた……《金髪のガリガリに痩せた骸骨野郎》がな」

 

「………まさか……《この人》ですか?」ペラッ

 

 寝不足野郎は俺に《1枚の写真》を見せてきた。そこに写っていたのは、間違いなく《自分をオールマイトの遠い親戚だと言ってた骸骨野郎》だった!

 

「そうだ!コイツだ!!って…何してんだよ」

 

「はあぁぁぁぁぁぁぁぁ………間違いであって欲しかった………これで今日も徹夜決定……辛い……眠たい……休みたい……」

 

 俺の返答を聞いた瞬間、寝不足野郎は目に見えて《疲れてるアピール》しながら項垂れて愚痴を溢(こぼ)し始めた…

 

「おい!コイツは自分を《オールマイトの遠い親戚》だって言った奴だぞ!!?」

 

「……親戚?……成る程、彼はそう言って君に近づいたんですね…」

 

「あ”あ”!?なんのことだよ!?つかコイツは今、何処に居やがんだ!!知ってんなら教えろや!!!」

 

「…それを知ったところ…どうする気ですか?…」

 

「んなもん決まってんだろ!!俺はオールマイトに言いたいことが山程あるんだ!!だからコイツを問い詰めてオールマイトを来させんだよ!!!もうとっくに退院してんだろ!!?」

 

「オールマイトに会って…どうするつもりなんです?」

 

「アイツのせいで俺の人生設計は滅茶苦茶になったったんだ!!《俺だけ》がこんな目にあったのも全部アイツのせいなんだよ!!!その責任をとらせんだよ!!!!!」

 

「…《俺だけ》?……何を言ってるんですか?……君は?」

 

「あ”あ”っ!?」

 

「…さっきのリカバリーガールとの会話で……《違和感》を感じませんでしたか?」

 

「だから!なんのことだよ!!!」

 

「………はぁ……すいませんがTVを点けてもいいですか?……この時間なら…丁度ニュース番組の時間です。…今流れてるニュースの内容を知れば、納得していただけるかと…」

 

「クソが!いったい何だってんだよ!!!」ピッ

 

 俺は寝不足野郎に文句を言いながら、病室に備えられているTVを点けた。

 TVを点けると、丁度ニュース番組が始まるところだった…

 

 そして俺は…その《ニュースの内容》に釘付けになった…

 

 先日までのニュースは《オールマイトの前のNo.1ヒーローが復帰したこと》や《先代No.1ヒーローの復帰によってヴィラン発生率が下がったこと》《引退した腰抜けヒーローを狩りまくってたヴィランが活動を停止したこと》が主な内容だったが…

 

 今、報道されてるのは大きく分けて《2つ》!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 《ヒーロー狩りによる若手の元ヒーロー連続襲撃事件》…

 

 

 

 

 

 《折寺中学生同時襲撃事件》…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 TVに流れた…《2つの襲撃事件》が、どのチャンネルのニュース番組も支配していた!!!

 

 特に俺が驚愕したのは《折寺中学生同時襲撃事件》の方だ!!!

 

 俺だけじゃなかった!!!

 

 ニュースに報道されてる内容だと、《出久》以外の《俺とクラスの奴らを含めた3年生全員(149人)》と《2年と1年の生徒》を足した《200人以上の折寺中学生達》が、一昨日の同じ時間帯である夕方に襲われて重傷を負い、折寺町の各地の病院へと緊急搬送されたニュースが流れていた!!!??

 

「…んな………なんだよ……コレ……嘘だろ…」

 

「出来れば私も《嘘》だと言って欲しいですよ………ですが、これは紛(まご)うことなき《現実》であり、この病院には《君》以外の《折寺中学生》も入院してるんですよ…」

 

「ッ!!!??」

 

「と言っても…意識を取り戻したのは《君》が最初で……他の生徒達はまだ眠ってますが…」

 

「………」

 

ピッ

 

 黙り混んだ俺を無視して、寝不足野郎はTVを消した…

 

「さてと…話の続きをしていいですかな?《さっきの君の発言》からして、君は知っている筈、2週間以上前に《写真の男》から語られた《真実》を……」

 

「………出久の《ヒーローになりたいの夢》を…《個性がない》ってことを理由にブチ壊して…『無個性はヒーローになれない』って言いやがったヒーローが……《オールマイト》だってことかよ?」

 

「………はい……それです……確認ですが……それを他の誰かに話しましたか?」

 

「……言ってねぇよ……もし言ったとしても…誰も俺の言葉なんざ信じてくれねぇからなぁ…」

 

「…本当に……誰にも言ってないんですね?」

 

「チッ!疑うなら《嘘を見抜ける個性》や《他人の思考を読む個性》の奴でも何でも連れてきて徹底的に調べろや!!」

 

「……いえ…分かりました……本当のようですね…」

 

「《それ》を確認するために態々(わざわざ)来て、俺が目を覚ますまで待ってたのかよ…」

 

「はい……お陰さまで…最後に十分な睡眠をとれたのが何時(いつ)なのか…忘れそうですよ…。そして…これからが本題です…」

 

「…本題?」

 

「そうです……爆豪君……今世間で《その真実》を知ってる一般市民は、被害者である《緑谷 出久君》と、《オールマイト………の関係者》から聞いた《君》だけなんですよ…」

 

「…それがなんだよ…」

 

「…爆豪君……今後も…その《真実》は絶対に口外しないでください…」

 

「あ”あ”っ!!?なんでだよ!??」

 

「この真実が世間に知られれば……ヒーロー社会のバランスが崩壊してしまう恐れがあるからです…」

 

「んなもん俺の知ったこっちゃねぇだろ!!元はと言えばオールマイトが出久に余計なことを言ったから《始まり》じゃねぇかよ!!!むしろオールマイトを晒し者にして《真実》を世間に暴露させて、オールマイトにも《これ以上にないくらい反省》させて《身合った処分を下せ》や!!?」

 

「いえですから…オールマイトに関しては知っての通り…先代No.1ヒーローの神様がお灸を据えて下さいました。リカバリーガールの治癒があっても《1週間も入院が必要な重傷》を負わされて、オールマイトも深く深く反省しています…

(それに全ての《始まり》……緑谷出久君を自殺に追い詰めた発端は…《君》でしょうに…)」

 

「だからなんだよ!?《No.1ヒーロー》ならそんなことで許されんのかよ!!?」

 

「…言いたいことはあるでしょうが……その《真実》を他人へ話すことだけは生涯しないと約束し…そして《この契約書》にサインをお願いします…」ペラッ

 

 寝不足野郎は話をしながら、自分の鞄の中から《1枚の紙》を医療ベッドのテーブルに置いた。

 

「フザけんな!!!オールマイトがボコられたのは《自業自得》だろうが!!?物足りねぇんだよ!!!俺は俺自身がオールマイトに気が済むまで反省させねぇと納得いかねぇんだよ!!!分かれやクソが!!!!!」

 

 俺は一方的な要求にキレて怒鳴った!

 

 このまま大人しくサインしたところで何の解決にもならねぇし!何より俺の腹の虫が治(おさ)まらねぇ!!オールマイトにも俺が味わった《苦しみ》と《絶望》を分からせねぇいけねぇんだよ!!!!!

 

「……はあぁぁぁ……困った子だ…。…爆豪君…その契約書を上から順に目を通してください…」

 

「あ”あ”!?読む必要なんざねぇよ!!俺はサインなんざしねぇよ!!!」

 

「サインするかしないかは…せめてその契約書を最後まで読んでからにしてください………《大事なこと》が書いてあります……《君の将来》を含めてね」

 

「あ”?………チッ!…読みゃいいだろ…読みゃ!」

 

 俺は目を通す気なんてなかったが…《俺の将来》って言葉が気になり…契約書を上から読み始めた…

 

 最初に書いてあったのは《出久を自殺に追い込む発言をしたヒーローがオールマイトだって真実》を、俺が外部に漏らさないか見張るために中学の終わりまで《監視》がつけられることだった…

 

 この内容の時点で、契約書を今すぐに《爆破》で塵にしてやりたかった………だが!その次に書いてあった内容が目に入った途端にそれは思い止(とど)めることになった!

 

 

 

 それは…

 

 

 

 《来年の雄英高校の一般入試にて主席(1位)になれた場合のみ、雄英高校への入学を確定とする》っていう内容だ!!!

 

 

 

「おい!ここに書いてあるのは本当なのかよ!?」

 

「…《雄英高校の入学の件》ですか?…勿論…それを決めたのは誰でもない《雄英高校の根津校長》です…」

 

「雄英の校長が!?俺はまだ雄英に入学できる可能性があんのかよ!!?」

 

「はい、《オールマイト………の親戚》が…勝手に身内であるオールマイトの情報を君へ話してしまったことが判明しまして……それについてオールマイト本人が《君への謝罪と償い》として、彼の卒業高校である《雄英高校の校長》に何度も頼み込んで、その結果…来年の受験で君が《主席》…つまり一般入試で学科と実技共に《1位》で合格できた場合のみ、君を《雄英高校ヒーロー科》に入学させることを約束させたんですよ…。そして中学の間は《監視》を含めて《とあるヒーロー》の教育と指導を受けることとなります……

(まぁ…実際に全部決めたのは《根津校長》なんですがね…。爆豪勝己君……君はその《乱暴で無責任で凶暴な性格と人間性》《これまで起こしてきた事件が子供とはいえ悪質》故に、普通なら《更生施設》に入れるべきだとヒーロー公安委員会の者達も言ってたんですが………何せ今回関わったのが《オールマイト》だったのもあって《非常にややこしく》なってしまった。……根津校長が苦肉の策で…《この案》を提案してくれたんですよ…。根津校長は本心では《こんなこと》望んでなかったでしょうがね…)」

 

「……《雄英の入学》をエサにして…俺を黙らせようってのか……」

 

「捉(とら)え方は君の自由です…。しかし爆豪君…私が言うのもなんですが……君は今年の4月中旬までは…入学出来る高校は日本中に沢山あったそうですね………しかし今…あの事件以降の《君だけでなく個人情報が公(おおやけ)になった折寺中の3年生達》を受験させてくれる高校は…全く無いようなのですよ…」

 

「………」

 

「…君はまだ《贅沢(ぜいたく)》な方なんです…………他の3年生達には《君のようなチャンス》は与えられて無い………君の場合は…《緑谷出久君へ無個性差別発言をしたのがオールマイトであること》を黙っておくだけで、雄英高校への入れる可能性があるんですから…

(と言ってもそうなった原因は全部《オールマイト》が、正体を偽って君に無断で《自分(オールマイト)が犯人だという真実》をベラベラと話したことが判明したからなんですがね…。しかも我々がそれを知ったのは、オールマイトが退院する前の日で、既に《真実》を話した日から2週間以上も経過してしまっていた。…もし…その間に君が《真実》を誰かに口外してしまっていたなら《最悪の事態》を想定しなくてはなりませんでしたよ…)」

 

「………」

 

「あと…一応伝えておきます………もし来年の雄英受験に落ちた場合は…」

 

「んなもん聞く必要ねぇ…」

 

「…え?…」

 

「俺は主席合格で雄英に入学することが決まってるんだよ!だから受からなかった場合の話なんざ聞く必要がねぇんだよ!!!」

 

「………そうですか……なら…私が君に伝えることは全部伝えたので、あとはこの契約書にサインをよろしくお願いします…」

 

「あぁ…」カキカキカキ

 

 俺は大人しく…契約書に自分の名前を書いた…

 

「(情報通り…本当に《自尊心が高い》ようで…。……もし《契約書にサインをしない》…《来年の雄英高校で主席以外になった》場合は…、《オールマイトの引退》まで……情報漏洩の防止のために我々が君を《監禁》するという《最悪の事態》になってたんですからねぇ。………しかし受験するなら本当に《主席》で合格してくださいよぉ?………そして…これ以上…私の仕事を増して…私の《睡眠時間》を奪わないでください…)」

 

「ほらよ…」

 

「……確かに……ではコレを…」

 

「あ?んだよ…この《古い携帯》は?」

 

 寝不足野郎は、契約書を鞄にしまうと代わりに《黒い折り畳みの携帯電話》を俺に渡してきた。

 

「君が《契約書》にサインをしたなら…コレを渡すように言われました………君が今もスマホに電源を入れられずに使えないのは知っています………なのでコレは…《ヒーロー公安委員会》から君への支給品です………《登録した人以外》からの電話やメールがこの携帯にくることはありません…《迷惑メール》や《イタズラ電話》も来ないでしょう。…ですが…今のスマホのような機能はなく…《インターネット》や《ゲーム》などは出来ませんがね…」

 

「………」

 

「まぁ…無いよりは良いでしょう……それと《君の父親》の電話番号も入ってます……。今回こちらへ来られないことは確認してました。………そしてここに来る前に《君の父親》に会ってきて、君に支給される携帯電話のことを話したら……自分の番号を登録してほしいと言われましてね…」

 

「………」

 

 俺は無言で…受け取った携帯電話の《連絡先》を確認した…

 そこには《ヒーロー協会》と…《親父》の名前の《2つ》だけが載っていた…

 

「………」ポロ…ポロ…ポロ…

 

 なんでか知らねぇが…俺は目頭が熱くなって…涙が溢(あふ)れていた…

 

「………それでは…私はこれでお暇(いとま)させていただきます。……君の監視を担当するヒーローは後日に現れるでしょう…」

 

「…最後に教えろや……俺の監視と指導する《ヒーロー》っては誰なんだよ…」

 

「…申し訳ありませんが…それについては教えられません………というよりも……《まだ決まってない》と言うのが正しいですがね…」

 

「……そうかよ…」

 

「(……本当は十中八九で《誰》になるのかは予想がつきますが……それは言わない方が良いでしょう…)」

 

 寝不足野郎は…フラフラと歩きながら…病室を出ていった…

 

 俺は涙を拭いて…貰った携帯電話を病室の棚の中にしまいがてら…病室のカーテンを閉め…電気を消した…

 

 まだ夕方だったが…俺はベッドに入って眠りについた…

 

 

 

 

 

 

 それから数日が経ち…俺が退院する頃には…被害を受けた折寺中学の奴等は全員目を覚ましたそうだ…

 

 そして1早く退院した俺は自宅へ戻ったが…

 

 正直《ひでぇ有り様》だった…

 

 

 

 住み慣れた家には…《ポストには入りきらずに地面に落ちている大量の手紙の山》《外からでも聞こえる電話の音》、自宅の壁には《スプレーによる落書き》だけじゃない……以前は無かった《壁や窓ガラスにはスプレーで『この町から出てけ』『悪魔の子』『疫病神』『人でなし』などのラクガキや張り紙》《石か何かを投げ込まれたのか2階の窓ガラスが割られていて》…一番最悪なのは《家の前に大量のゴミが捨てられていた》…

 

 

 

 変わり果てた自宅の有り様に…

 

 もう…俺は…考えるのを放棄した…

 

 

 

 

 

 そして俺は…それからすぐに知った…

 

 今世間の奴等が…《俺のこと》をなんて呼んでいるのかを…

 

 

 

 

 

 中3になってまもなくして起きたヘドロヴィラン事件を始まりに…

 

 ヒーローが築き上げた《平和》を壊し…

 

 個性社会の《秩序(ちつじょ)》を乱(みだ)し…

 

 騒ぎをどんどん拡大させ…

 

 更には、《先代No.1ヒーロー》に加えて…《ヒーローでない警察や自衛隊や一般人》の協力を求めねぇと…現状の事態を鎮めることのできずにいる…

 

 

 

 

 

 その全ての元凶が《俺》だと決めつけた世間の奴等は… 

 

 俺に不名誉な《2つ名》をつけやがった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 笑顔で人々を助ける強く優しいヒーロー…

 

    《平和の象徴・オールマイト》

 

 それとはまるで《逆の存在》を意味する…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 笑顔で人々を傷つける自分勝手で卑劣なヴィランの卵…

 

     《騒乱の象徴・爆豪 勝己》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●無人ビルの屋上…(折寺中学生襲撃事件から1週間以上経過…)

 

 

None side

 

 1ヶ月程前…このビルから飛び降りるも自殺に失敗…

 

 奇跡的に生き延びた無個性少年…

 

 《緑谷 出久》…

 

 中学生が自殺を図ったとなれば…世間は一時的に騒ぎとなり噂となる…

 

 だが…この個性社会においては《無個性差別》という言葉がある…

 

 世間は出久に対して《無個性》という第1印象を《レンズ越し》にしか見てはくれない…

 

 その上で《無個性》と《自殺》という言葉が揃ったのら…世間の人々の捉(とら)え方は《1つ》…

 

『無個性で生まれてきたことで…周囲の人々から蔑(さげす)まられ……存在を否定されたことで……生きることに疲れ……人生に絶望した無個性が……自(みずか)ら命を絶った…』

 

 今の個性社会に生きる《個性をもって生まれてきた人々》は《無個性の自殺》と聞けば、この様にしか思わないのだ…

 

 マスコミやメディアも同じく、被害者が《無個性》だと知った途端、無個性の被害者について調べようとはしない…

 

 だから今になっても世間の人々は、ヘドロヴィラン事件の日に飛び降り自殺を図った無個性の男子中学生が……《緑谷 出久》だとは知らない…

 

 彼以外の同級生である《折寺中学校の3年生達》は、全員が個人情報を公(おおやけ)にされ…今じゃ日本のみならず世界中の人々が《折寺中学校の3年生達》を知っている…

 

 にも関わらず…《無個性》ということを理由に完全に除け者とされ…彼に対して同情する者達は大勢いても…彼の名前を知る者達はとても限られていた…

 

 それこそ、その《緑谷 出久》が数日前……自殺を図った日から丁度1か月後に意識を取り戻した……

 その《事実》を知ってるジャーナリストがたった《1人》しかいない程に…

 

 

 

 

 

 そして…そんな《緑谷 出久》を死に追い込んだ《2人の主犯格》が今……事件現場となった《無人ビルの屋上》にて会っていた…

 

 爆豪を探して無人ビルにやってきた《オールマイト(トゥルーフォーム)》は、屋上で真ん中で体育座りをして踞(うずくま)っている《爆豪 勝己》を見つけた。

 

「…やはり……ここにいたのか…爆豪少年…」

 

 目的の人物を見つかり、一安心したオールマイトは爆豪に声をかけた。

 

「HEY!爆豪少年!」

 

「………」

 

 しかし爆豪は呼び掛けに反応しなかった…

 

「爆豪少年……覚えてるかな?3週間前に公園で話をした…《オールマイトの遠い親戚》だよ?」

 

「………」

 

「もうすぐ暗くなるから早く家に帰った方がいいよ?君に話したいこともあるし、送っていk」

 

「るっせぇ!!!」

 

「…爆豪…少年…」スタスタスタスタ

 

 オールマイトは爆豪の怒声の返事に狼狽(うろた)えずに、ゆっくりと歩いて爆豪に近づく…

 

「近づくんじゃねぇ!!!……テメェに……テメェに俺の………俺の何が分かんだよ!!!!!」

 

「………」

 

「…俺にはもう……帰る場所なんかねぇ!!!……俺は…もう一生…《ヒーロー》にはなれねぇんだよお!!!!!」

 

「………」

 

「俺は《人の道》を外れた………もう引き返せねぇ所にまで来ちまったんだよぉ………戻りたくても戻れねぇんだよ!!!」ポロポロポロ

 

「っ!?……爆豪少年…」

 

「うっ…くぅうぅぅ………皆…俺のこと…忘れてくれねぇかなぁ………それが叶わねぇなら…俺の存在を…この世から消してくれよぉ…」

 

 爆豪は絞り出すような声で《弱音》を吐いた…

 

 彼はずっと溜め込んでいたのだ…

 

 1か月前まで…《自分がトップヒーローになる最高の未来》は…順調に…何の生涯も…必ず訪れると信じて疑わなかった…

 《自分が今までしてきた行動に間違いは何一つ無い…》《自分が決めてきた選択肢は何もかも正しい…》と確信していた…

 

 

 

 だが…あの一件以降…《全て》が崩れ去った…

 

 

 

《自分を慕い称えてくる同級生達》…

 

《恵まれた才能によって優遇してくれる大人達》…

 

《性格が正反対の両親ながらも当たり前のように送る平凡な日常》…

 

《将来有望だと持ち上げてくれるプロヒーロー達》…

 

《自分が思い描いていた輝かしい最高の未来》…

 

 

 

 爆豪勝己はその《全て》を失い…絶望していた…

 

 そんな爆豪に残っていたのは…《強力な個性の爆破》と《文武両道の才能》だけ…

 

 周りの人間達は…考えを改めた上で《爆豪のこれまでの悪行》を知った途端に態度を急変、手の平を返したかのように爆豪を追い詰め始めた…

 

 

 

 《幼少より築き上げてきた優秀な成績が多すぎること》によって…

 

 《真実(悪行)》が明らかになった今…

 

 『天才』と呼ばれた爆豪は…《人生のドン底》にまで落ちていた…

 

 

 

 そして…こんな状況になって…爆豪は他にも思い知らされたことがある…

 

 

 

 

 

        それは…

 

 

 

 

 

 《本当に困り…悩み…苦しんでる時に………自分を助けてくれる他人(ひと)が…誰もいない…》

 

 

 

 

 

 それを…この1ヶ月間の壊れゆく日常の中で…心身共に深く…深く…深く思い知らされた…

 

 現に…爆豪勝己には《相談する相手》どころか…《話し相手》すらいない…

 

 自分の《他人との絆の深さ》が…

 

 どれだけ《浅い》のかを知ってしまったのだ…

 

「あああああぁあぁあ”あ”あ”ぁ”あ”ぁ”…っ!!!う”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あああああああああああぁぁ!!!!!!!!!!」

 

 爆豪は…その場で声をあげて泣き出した…

 

 

 

 

 

「………爆豪少年…」

 

 《今の爆豪勝己》を改めて知ったオールマイト(トゥルーフォーム)がとる行動は…

 

「ぅう……ぐうぅぅ………さっさと失せろや……テメェが俺の所に来たって…何の解決にもならねぇんだy」

 

「もう大丈夫!!!なぜって!!?」

 

「…はっ!??」クルッ!

 

 《聞きなれたフレーズ》と《その前言葉》に爆豪は咄嗟に振り返った!

 

 そして爆豪が振り返った目先にいたのは、ヘドロヴィラン事件後の奉仕活動で現れた《金髪の異常に痩せた男》ではなく!

 

「私が来た!!!!!」

 

 《平和の象徴・オールマイト(マッスルフォーム)》だった!!!




 今回の話を通し、オールマイトは《緑谷 出久》ではなく《爆豪 勝己》と指導をすることにしました。

 前書きで書いた《今回の話で声優が同じキャラクター》というのは、僕のヒーローアカデミアの《オールマイト》と、うえきの法則の《平 丸男》のことです。

 キャラクターのデザインと性格は違えど、同じ声だと台詞に違和感を感じてしまうものですねぇ…


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変えられない過去と戻れない日常の法則(ネット)

 3月末より始まった《ヒロアカ5期》毎週見てます!

 現在放送中の《A組vsB組》+《心操 人使》によるヒーロー科同士の対抗試合!

 その記念すべき第1試合には《鱗 飛龍》が登場してくれたのですが、他のB組チーム3名(《塩崎 茨》《宍田 獣郎太》《円場 硬成》)の活躍が目立っていて、彼の活躍がそこまで見られなかったのは、ちょっと残念ですかね…(原作漫画を読んで展開が分かっていても…)


None side

 

 1ヶ月予定が早まり…

 

 4月の末に開催された《ヒーロービルボード上半期》…

 

 それから僅か1週間後に起きた…

 

 2つの《惨劇》…

 

 

 

 

 

 《ヒーロー狩りによる若手の元ヒーロー連続襲撃事件》…

 

 《折寺中学生同時襲撃事件》…

 

 

 

 

 

 いずれの事件も、先代No.1ヒーローである《神様》が復帰したことで、ヴィラン発生率が急激に下がり、世間の人々やヒーロー達の《気の緩み》が現れ始めた頃に、起きてしまった大事件である…

 

 

 

 

 

 そして…この事件を知った世間の人々が…事件発生から1週間後にネットへ書き込んだ《コメントの一部》が以下のものである…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●とあるネットのチャット①…

 

 

{ヘドロヴィラン事件からもう1ヶ月か~。この1ヶ月間は…なんだか長く感じた気がするのは俺だけか?}

 

{いやいやヘドロ事件を知ってる人なら、誰だってそう思うさ}

 

{だな、でも俺達以上にあの事件から今日までの日々を長く感じて過ごしているのは…}

 

{あぁ…《ヘドロヴィラン事件の現場にいた役立たずのヒーロー達(オールマイト以外)》と《折寺中の生徒達(無個性の被害者以外)と教師陣》、《折寺中の卒業生達》と《その家族や身内達》、そして諸悪の根元(こんげん)である《騒乱の象徴・爆豪 勝己》だな}

 

{《騒乱の象徴》……同級生を自殺に追い込むような爆弾小僧が、オールマイトに似た2つ名を付けてもらえて本望だろうさ(全然羨ましくねぇけど…)}

 

{その《騒乱の象徴》もだけど、1週間前の《折寺中学生同時襲撃事件》で、《例の無個性の生徒以外の3年生達》が《この個性社会からの報復》を受けたよな}

 

{200人以上の折寺中の生徒達が、同時に襲われた大事件だし}

 

{緊急速報で報道された時、最初は信じられなかったよ}

 

{でもすぐに《心配》っていう気持ちから《当然の報い》だって考えに、頭を切り替えることになったわ}

 

{だよな!……あれっ?200人?……確か折寺中の3年生って総勢150人じゃなかったっけ?}

 

{知らないのか?襲われたのは3年生だけじゃなくて、転校せず折寺中学校に残ってた2年生と1年生も含まれてるんだぞ?}

 

{そうなのか!!?}

 

{そうそう、3年生は1人を除いた全員で、残りの50人以上はほとんどが2年生で、1年生も数人被害にあったそうだ。つまり《巻き添え》ってやつだな}

 

{なんだよそりゃ!個人情報が流出して顔が知られてた3年生はともかく、2年生と1年生は無差別に襲われたってことかよ!!?}

 

{酷い話だが…そういうことになるな。折寺中の制服を着てたのが運の尽き……人目を気にして《人通りの少ない道》を通って帰ってたところを狙われたんだとさ}

 

{しかも同日に《ヒーロー狩り》が北海道に現れて、《最近引退した若いヒーロー》を襲撃したかと思ったら、それから数時間後に九州で《別の引退した若手ヒーロー》が襲われたってことで、対処に向かった《神様》も混乱させられたんだよね}

 

{サイドキックの協力で北海道に着いたと思った矢先に、今度は九州で事件が起きた……そのせいで神様が都心の多い県から離れてた………いや《離された》か…}

 

{しかもオールマイトが退院する前日に事件が起きた。……偶然にしちゃ出来すぎてないか?}

 

{神様を遠い県外に誘導した上、オールマイトが退院する前を狙った《計画的犯行》。ヒーロー協会も警察もその線で調査してるけど、その犯人は未だ1人も見つかってないって、TVでもずっと言ってるな}

 

{折寺中生徒を襲撃した犯人は、少なくとも200人以上はいる筈なのに、肝心の犯人を特定できる証拠が何にも見つかって無いらしいじゃん?}

 

{襲撃された折寺中の生徒達は《犯人の人相や特徴》を警察に話したそうだけど……まずその証言が《本当なのか嘘なのか》ってことを警察は疑ってるとか…}

 

{《襲撃された被害者(折寺中生徒)》の方が警察に疑われるとか!まぁ…それも《身から出た錆》ってやつだな}

 

{その警察も《個性使用許可証》確保で殆(ほとん)どいないみたいだし}

 

{今の警察は《個性》が使えるようになるまではアテにならねぇな}

 

{当日の《目撃情報》も無ければ、折寺町の《防犯カメラ》とかの映像でも、何も見つかってなかったとか…}

 

{こりゃ…一般人の犯行じゃないな…}

 

{《ヒーロー狩り》も関係してるんじゃないかって線で調べてるそうだけど、捜査はかなり難行してるとか警察がコメントしてたぜ?}

 

{それだけじゃなくて《ヒーロー狩り》には、希少な《ワープ系の個性》の仲間に加え、《腕のたつハッカー》の仲間もいるかもしれないってことでも、ヒーロー協会は相当頭を悩ませてるそうだね}

 

{そりゃ…どんなに遠くに逃げたとしても、居場所を特定されて追ってくるんだぜ?}

 

{…おっかねぇな……まるで《死神》だな。殺人はしてないみたいだけど…}

 

{こりゃ《引退した若手ヒーロー》達は、日夜怯えて過ごすようになっちゃったな}

 

{何時(いつ)《ヒーロー狩り》が、自分の目の前に現れるのかが分からない訳だし}

 

{《警察》もだけど、こういう時に《プロヒーロー》が動いて対策してほしかったもんだよ。特に名誉挽回を狙ってる《ヘドロヴィラン事件のプロヒーロー達(オールマイト以外)》にはさ}

 

{今更だけど《ワープ系の個性》と言ったら《神様のサイドキック》にもいたよな}

 

{ああ!いたいた!《三度笠を被ったサイドキック》!確か今は、神様が校長をやってる士傑高校で教員として勤めてるんだっけ?}

 

{いや、当時のサイドキックはもう退職してて、今はその息子が勤めてるとか聞いた気がするぞ?}

 

{その《元サイドキック》と《その息子》は事件当日、神様達とずっと一緒にいたそうだし、別の《ワープ系の個性》を持ったものがヴィランとして出現したことになるのか}

 

{そりゃ《神様のサイドキック》だぜ?《ヒーロー狩り》に協力する訳ねぇじゃん}

 

{《ワープ系の個性》か……使えたら便利だよなぁ…}

 

{まぁ犯人探しは警察やヒーローにまかせるとして、ネットのニュースだと今日でその被害にあった折寺中生徒が全員退院したとかしないとか}

 

{なんせ200人以上も運ばれたんだから、地元の病院は《てんてこ舞い》だったろうさ}

 

{数日前から少しずつ全員退院して、自宅療養してる生徒もいたみたいよ?病院から出てくるのを知り合いが見たって言ってたわ……ただ…}

 

{ただ?}

 

{なによ?勿体ぶらずに教えて!}

 

{…リカバリーガールの処置が遅れたこともあって……襲撃の際の《暴行を受けた傷跡》が完全に消えてない生徒いたそうなのよ。女子生徒含めて…}

 

{そうなの!?}

 

{ええ…しかも、その日に名医のリカバリーガールが神様に着いていって《ヒーロー狩り》の被害に会った元ヒーロー達の治療にあたってたから、折寺中生徒達の治療が大変だったって、友達の看護師が愚痴ってたわ}

 

{そうか、傷を負ってからすぐにリカバリーガールの《治癒》を受ければ傷跡は殆ど残らない。だけど…ある程度の時間が経過してからじゃ、いくらリカバリーガールの《治癒》でも傷跡が残る場合がある訳だ}

 

{リカバリーガール程の《治癒》をもった医師はそうそういないしなぁ…}

 

{その退院した折寺中の生徒なら俺も見かけたけど、被害にあった女子生徒の中には長い髪を無理矢理切られた子もいたみたいなんだ…}

 

{うわぁ……えげつなぁ…}

 

{男の俺には分からねぇけど、女にとって《髪》を無造作に切られるのは…残酷なことの筈…}

 

{怪我をした男子生徒も合わせて同情はするけどさぁ……それでも……コイツらが無個性の同級生にしてきたことを考えると…どうも…}

 

{個人情報に加えてプライベートまでネットに拡散されちゃったことで、今回の襲撃を受けちまったようなもんだからなぁ…}

 

{いやいや……個人情報が公にされて迷惑を受けたのはソイツらだけじゃねぇよ!実は俺の個性は《身体からトゲを出す個性》なんだけど、折寺中3年生の中に《手からトゲを出す個性の子供》がいて俺と似ててさ、それもあって周囲から《嫌がらせ》をされたんだ。…マジで迷惑ったらねぇよ……でも一応言っておくが、俺は襲撃なんざしてないぞ}

 

{あんたもか、俺は《身体を風船みたいに膨らませる個性》だから、《顔を膨らませる個性の生徒》と似てるせいで、俺も周りから《心ない言葉》を言われるようになったぞ…}

 

{私は異形型の個性で《腕が4本》あるんですが、ピンポイントに《腕を4本にする個性の男子生徒》がいたせいで本当に迷惑してるわ!危(あや)うく《仕事に支障が出る》とこだったのよ!?}

 

{僕は《足を伸ばす個性》なんだけど、身体の部位は違えど《指を伸ばす個性》《首を伸ばす個性》《目玉を引き伸ばす個性》の生徒がいたもんで、同僚から《奇異の目》で見られるようになりました…}

 

{それを言うなら俺なんざ《自分の歯を鮫の歯に変える個性》だから、《歯を尖らせる個性のクソガキ》とは個性が駄々被りなんだよ!畜生がっ!!!}

 

{1つのチャットでこんだけ《トバッチリを受けた被害者》がいるなんて……}

 

{そりゃなぁ…公(おおやけ)にされた個人情報で分かる通り、折寺中は学年毎に5クラス、1クラス30人で《無個性の生徒》を除いたら《149人》。つまり《149通りの個性》があるって意味だ…}

 

{そんだけありゃ、嫌でも個性が被る人がいるわけだ。…実は俺の個性は…《炎系の個性》なもんで…騒ぎが大きくなればなる程、《周囲からの対応が冷たく》なったよ……《友達もいなくなっちまって》さぁ。……そりゃ…あの《騒乱の象徴》と似た個性の奴なんか…友達としても友人としてもイヤだろうさ…}

 

{あっちゃぁ………一番被(かぶ)りたくない個性じゃん…}

 

{個性被りの中でも《騒乱の象徴・爆豪勝己》の個性に近い個性の人達が、一番の被害を受けてるな}

 

{本当にどうしようもなく迷惑なガキ共だよ!事件に関係ない他人の俺達に、ここまで不幸を振り撒くなんて!恨みを買って襲撃を受けたのは正に《因果応報》じゃねぇか!!}

 

{こんなイカれた生徒ばかりの学校で過ごしてた無個性の子は、相当居心地が悪かったろうよ}

 

{そういえば、例の無個性の男子生徒って、まだ意識が戻ってないんだっけ?}

 

{リカバリーガールが手術して、なんとか一命をとり止めはしたけど、意識が戻る可能性が《数%》ってリカバリーガール本人が発表してたし、最悪の場合は《植物人間》状態になる可能性も捨てきれないらしいぞ…}

 

{早く目を覚ましてほしいもんだぜ…}

 

{でも仮に目を覚ましたら、その子は今後どうなるんだ?}

 

{さぁな、加害者の《バカ豪(ごう) カス己(き)》の話題にずっと目が行ってたから全然考えてなかった}

 

{まず《転校》は絶対だろうさ。《個性持ちの折寺中3年生と教師達》が、どれだけ反省してようと、折寺中に復学させることだけは有り得ないだろうよ}

 

{そりゃそうだ、ことによっちゃ県外への引っ越しも考えられるんじゃね?}

 

{住み慣れた町から離れるのに抵抗は無いだろうさ?そんな《散々な学校生活》を送ってたんなら尚更}

 

{それに意識が戻ったなら、やっぱヒーロー協会から口止めを言い渡されるんじゃねぇの?例の《自分を死に追い詰める発言をしたヒーロー》のことをさ}

 

{マジで誰なんだろうな?その《人でなしのヒーロー》は?未だに誰なのかネット上には載ってないし}

 

{容疑者のヒーローがいるとしたら、同じ日に起きたヘドロヴィラン事件に関わったヒーロー達の誰かじゃないかって、他のチャットに書いてあったな}

 

{てことは《オールマイト》はまず除外だな!}

 

{当然!《平和の象徴》が子供の夢を否定する訳ねぇからな!}

 

{となると…怪しいのは…記者会見の後日から《その無個性の子が入院する病院で警備》をしている4人のヒーローか?}

 

{《デステゴロ》《シンリンカムイ》《バックドラフト》《Mt.レディ》の4人だな}

 

{ヘドロヴィラン事件で《あんな醜態》を晒しといて、少しでも罪の意識から逃げたい一心もあって《自分は反省してますアピール》をしてんじゃねぇの?}

 

{全くよぉ……どの面下げて無個性の被害者とその家族の警備をしてんだか…}

 

{しかも、ネット上にまだ残ってるヘドロヴィラン事件の動画って《オールマイトと爆豪勝己が映ってる動画》ばかりで《無個性の被害者が映ってる動画》が1つも残って無いからな}

 

{でも記者会見でマスコミの誰かが言ってなかったか?《ヘドロヴィランに捕まってベソかいてた爆豪を、その無個性の子が助けようとしたけど失敗にしてオールマイトが事件を解決したあと、シンリンカムイとデステゴロにボロクソ叱られた上に野次馬には笑い者にされた》って?}

 

{マジで不憫としか言いようがねぇよ…《無個性ってことで学校じゃ同級生と教師に差別されるわ》…《サイコパス爆豪には自殺教唆を言われるわ》…《どっかのヒーローには同じく無個性を理由にヒーローの夢を否定されるわ》…《イジメっ子の主犯の爆豪を助けようするも無駄に終わって、恥知らずのヒーロー共には怒鳴られるわ》…」  

 

{その無個性の男子生徒にとっての《人生最悪の日》っつうよりは、世の中の《プロヒーロー》と《ヒーローを目指してる個性持ちのガキ》が、いかに《無個性の人間》を見下してるのかが手に取るように分かっちまうよ…}

 

{改めて聞くと涙が出てきちまうぜ。その無個性の中学生は、きっと《ヒーロー》が嫌いなったろうさ}

 

{ヒーローを目指してた夢を完全に諦めて……生きることにも絶望して………その結果…ビルから飛び降りた…}

 

{いつになるかは分からないけど、目を覚ましてくれるのなら……せめて夢の中だけは《幸せ》であってほしいもんだよ……}

 

{ホントにな…}

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●とあるネットのチャット②…

 

 

{《2つの襲撃事件》から1週間が経過、《伝説のヒーロー》である《神様》が現役に戻ってくれたおかげでヴィラン達が大人しくなったかと思った矢先に、あんな大事件が起きるなんて思わなかった…}

 

{ホントだよ、名を上げ始めた《ヒーロー狩り》もビルボードチャート以降はパッタリと事件を起こしていなかったから、その《油断》もあったのかもしれないけど…}

 

{それについてだけど、今後の《ヒーロー狩り》は細心の注意を持って動くってのがよく理解できたよ。それを証拠に北海道と九州で事件を起こして以降は完全に身を潜めて雲隠れしてる………神様を欺(あざむ)きつつ…着実にターゲット(最近引退した若手ヒーロー)を今も狙ってるぜ?}

 

{デビューした頃の神様の活躍を詳しく知らない《若いヴィラン》達はともかく、神様の強さを知ってる《年輩ヴィラン》達からすれば、《世界最強のヒーローを相手にすること》は《自分から監獄に入ること》と同じ意味だって理解してるのよ。《ヒーロー狩り》もだけど、そんな《賢いヴィラン》達がこの日本にまだ沢山隠れていると思うと不安になっちゃうわね…。ヒーロー全員が《神様》や《オールマイト》じゃないんだから…}

 

{全(まった)くだ!俺は北海道にいる者なんだがよ、《ヒーロー狩り》の事件があった現場が、俺の住んでいる家近くで恐ろしいったらねぇよ。まぁ…当日こっちには《神様》達が急行してくれたおかげで、その後は何も起こらなかったけど、いくら若いっつっても《元ヒーロー》なら《ヒーロー狩り》を相手に何かしらの対策するとか出来なかったのかよ…。プロヒーローをやってた人間がこうもアッサリ倒されて重傷を負わされてると、現役のプロヒーロー達の信用が薄れちまうよ。《神様》とかの実力者は別として…}

 

{《ヒーロー狩りの襲撃事件》についちゃ、神様は《ハメられる結果》になっちまったけどさ、それはそれとして北海道にしろ九州にしろ《地元のプロヒーロー》達がもっとしっかりしててくれば事件を防げた筈だし、《神様》達へ負担をかけることも無かったんじゃね?《ヒーロー狩り》が北海道や九州には来ないと踏んで警備を甘く見てたのも、事件が起きた要因だよ}

 

{《ヒーロー》マジ情けねぇ!大先輩の《神様》をちょっとは見習えっての!!}

 

{折寺町のプロヒーロー達も《汚名返上》のチャンスを棒に振ったな。特に《ヘドロヴィラン事件に関わった役立たずのヒーロー共》の大半は、ビルボードチャート後は《県外のヴィラン退治の手伝い》に行っちまってたせいで、《折寺中生徒の襲撃事件》の時は地元に殆(ほとん)どいなかった。しかも折寺町に残ってた《無責任なプロヒーロー》は、生徒達が襲撃されたことに全く気づけなかったっつう無能っぷりと来た…}

 

{ソイツら(ヘドロヴィラン事件のヒーロー達)は《名誉挽回》する気無いんじゃねぇの?肝心な時に役立てないんじゃ、プロヒーローである意味が無いも同じだし}

 

{その事件で生徒達を守れなかったのも問題になって、前よりもバッシングが酷くなったみたいよ?『お前らはヒーローとしてのプライドはねぇのかよ!』とか『何のためのプロヒーローなんだ!』とか『てめぇらにとってのヒーローは《遊び》なのか!』とか、折寺町の《とあるヒーロー事務所》の前で、野次馬がそんな風に騒いでたわよ?もっとも、その被害あった折寺中の生徒達を心配する声は一切無かったけどね}

 

{《ヘドロヴィラン事件のヒーロー達》に問題があるのは今に始まったことじゃないだろ?今年で言うなら新人の《Mt.レディ》の出した被害が相当酷いみたいじゃん?巨大化したヴィランとの戦闘中に《買ったばかりの新車を踏み潰されたり》《自宅や店が下敷きになって壊れたり》とかの二次被害が多数あるし…}

 

{あと……こんなこと言いたくは無いけどさ……《オールマイト》にだって…今回の《折寺中学生の襲撃事件》に無関係って訳じゃないんだぜ?」

 

{そんなの心の中じゃ皆思ってるよ………。『うっかり』ってなんだよ!『うっかり』って!!俺が憧れた《No.1ヒーロー》がそんな……そんな《つまらないミス》をした上に…《あんな事件》を起こすなんてさあ!……俺…今でも…オールマイトのミスが嘘だって思いたいんだよ……}

 

{目を背けたいもの……受け入れたくないもの凄く分かるけど……あのヘドロヴィラン事件の発端は紛(まぎ)れもなく《オールマイト》……それは変えようのない事実さ…}

 

{その《うっかりミス》をしたオールマイトと一緒に、《家庭内暴力》を隠していたエンデヴァーは《神様からのお叱り》を受けたけど、1週間も入院させたのは流石に不味かったわね…}

 

{どっかのテレビ局が『オールマイトは治療期間として1週間近く必要』って報道しちゃったから、それをチャンスと考えたヴィランもいたわけで《200人以上の折寺中生徒が襲われる事件》が起きたわけだしな}

 

{現役のプロヒーローがこんな有り様じゃ、子供達が《ヒーロー》じゃなくて《警察》を目指すなんて言うのも頷けるわ}

 

{どゆこと?}

 

{私は元プロヒーローで、結婚を機に引退して今は一児の子をもつ母親でもあります。夫はまだ現役でプロヒーローをやっているのですが、勿論それは《個性婚》じゃなくて純粋に交際して結婚しました。皆さん知っての通り《エンデヴァーの家庭内暴力》の発覚で、私達のような《家庭をもつヒーローの家》にはマスコミやメディアが押し寄せたことがあって、本当に困らされましたよぉ……}

 

{エンデヴァー……マジ迷惑だな…}

 

{この日本だけでも、いったい《どれだけのヒーロー家庭》がマスコミの被害にあったのやら…}

 

{《神様がエンデヴァーをボコしてくれた》だけじゃなくて、《ランキングは最下位に落とされ》、《名医のリカバリーガールからは治療を断られ》、《サイドキック達は続々去っている》ことを知ってスカッとしてたけど、それでもまだまだ足りねぇと思っちまう}

 

{もうエンデヴァーはヒーローとして活動すんなっての!!!}

 

{だな。それで?お子さんが《警察》を目指すようになったのは、どういう経緯で??}

 

{やっぱ最近はヒーローの悪いニュース続きだからとか?}

 

{それも無くは無いですが、もうすぐ5歳になる息子は、少し前までは『パパやオールマイトみたいなヒーローになる!』って言ってたんですが、マスコミが自宅前に押し寄せてた際、マスコミの対応をして私達を懸命に守ってくれた警察の方々が忘れられないみたいで、最近は『おまわりさんになってパパやママを僕が守ってあげる!』って言ってくれてるんですよ}

 

{ええ子やぁ…}

 

{立派な息子さんやなぁ…}

 

{案外、エンデヴァーの一件でマスコミ被害を受けたヒーロー家庭の子供は全員《警察》を目指してるんじゃないの?}

 

{でも現役ヒーローの旦那さんは、息子さんが《ヒーロー》を目指さないことは不本意じゃない?}

 

{ええ、でも夫も息子が《警察》を目指す理由は知ってますので、むしろ息子の夢を応援してました}

 

{良い旦那さんだねぇ。エンデヴァーにもちょっとは見習ってほしいものだよ……………無理か…}

 

{無理無理!《個性婚思考》に捕らわれて、金の力で強引に奥さんと結婚して《強い個性を持った子供》が欲っした傍若無人のヒーローなんかに《親としての感情》があるわけねぇじゃん!}

 

{《愛情》って感情を……《トップヒーローになること》を条件に捨てちまったんじゃね?}

 

{いやいや…《愛情》ならエンデヴァーだって持ってるよ……《虐待(無理矢理の個性指導)》っていう《狂った愛情》をさ}

 

{それは《愛情》とは言わないわよ…}

 

{まだセントラル病院に缶詰め状態らしいぞ?}

 

{《神様》に全身の骨を砕かれて動けないそうだ}

 

{今更だけど、マジで何者なんだよ《神様》って!?強すぎるにも程があるだろ!!!}

 

{《現No.1ヒーロー(オールマイト)》と《元No.2ヒーロー(エンデヴァー)》の2人を相手に、1人で圧勝するなんてさ!!ホントに50歳過ぎてるのかよ!?}

 

{この前マスコミに『俺はいつまでも!新鮮ピチピチじゃあ!!がっははははは!!!』ってコメントしてたぜ}

 

{若いな~}

 

{校長として勤めてる士傑高校じゃ、生徒達から人気ってのも伊達じゃねぇぜ}

 

{日本で1位2位のヒーロー高校の校長で普段から忙しい立場なのに、《市民からのヒーロー達の信頼を取り戻すため》と《現役のヒーロー達の尻拭いのため》に無理矢理復帰させられた《ゴッドヒーロー・神様》…}

 

{今、どんな心境なんだろう…}

 

{来年のヒーロービルボードチャート上半期までの《1年間》だけ、ヒーローとして復帰してくれるんだよな}

 

{そうだけど、今年のビルボードチャート上半期は1か月早まって4月になったけど、来年は5月に戻るのか?}

 

{そうなんじゃないの?今年は異例の事態だったから1か月早く開催されただけで、本来ビルボードチャートは5月と11月の末にやるのが決まりなんだから}

 

{今年の下半期のビルボードチャートは予定通り11月に行(おこな)う予定みたいだぞ?}

 

{でもさぁ?そうなると神様は来年の5月まで復帰してくれるってことなのかな?}

 

{それは分からないわねぇ、でも《1年間だけ》って契約みたいだし、それに4月となれば新入生が入ってくる時期で、ヒーロー高校の校長は1番忙しい頃じゃないの?}

 

{来年の《士傑高校の受験者数》はとんでもない数になりそうな予感…}

 

{1年間《神様》がヒーローとして大活躍したら、受験者数は目に見えて増えるだろうよ}

 

{でも反対に《雄英高校の受験者数》は物凄く減っちまいそうだよな}

 

{そりゃ…雄英卒業生である《オールマイト》と《エンデヴァー》があんな失態をしちゃなぁ…}

 

{オマケに《騒乱の象徴・爆豪 勝己》が来年雄英を受験することが世間に知られたせいで、軒並み雄英受験者が減少傾向にあるんだと}

 

{《中学校で先生をやってる友達》が言ってたんだけど、来年《雄英高校》を受けようとしてた3年生は学年で半分近くいたらしいけど、今《雄英》を受験しようと考えてる子は1人2人しかいないみたいよ?}

 

{1つの中学校で…雄英を受けたい子が1人2人って……}

 

{去年までは想像出来ないことだな…}

 

{こりゃ来年の雄英高校は、受験者を全員合格させても人数が足りなくなっちまうんじゃね?}

 

{言えてる。その上で厳しい筆記試験と実技試験に合格しなきゃ入れないんだから、入学できる生徒はもっと減りそう…}

 

{はてさて…来年の《雄英受験者》と《士傑受験者》の差は何人になっちまうのやら…}

 

{話は急に変わるけどんだけどさ、《爆豪ってクソガキ》と《被害にあった折寺中の3年生(無個性の被害者以外)》って、あの事件の後はどうなったんだ?}

 

{《不幸中の幸い》…あんだけの被害者はいたけど、死者がいないそうだ。…心身共に傷が残った生徒いるみたいだけど…}

 

{命があっただけ有難いと思わねぇと、それだけこのクズ共によって迷惑かけられた人達は沢山いるんだから…}

 

{その点は、今回の大事件に関与しているとされる《ヒーロー狩り》と似てるよな}

 

{怪我はさせて(重傷を負わせて)も、殺しはしないってところだろ?}

 

{でも実際に折寺中の生徒達を襲った犯人は1人も見つかってないそうじゃん?}

 

{今分かってるのは《犯人は少なくとも200人を超える集団じゃないかってこと》だけだな}

 

{そうだとしても、《目撃者》もいなければ《防犯カメラ》にも全然映ってないってのは怪(あや)しくない?}

 

{つまり《襲撃現場も目撃されないように見張り役》と《防犯カメラとかをハッキングするハッカー》とかもいる集団ってことになるのか}

 

{本当にそんな集団がいるのかは分からないけど、もしそうなら《折寺中の生徒に相当の恨みを持った人達》が集まって結成された組織かも…}

 

{なんつぅか…《人の恨み》が1ヶ所に集合して、必然的に起きた事件にも思えてきたよ…}

 

{その襲撃グループだけど、もしかして1か月前《爆豪 勝己に路地裏で喧嘩を吹っ掛けられたけど逆に重傷を負わせた奴等》なんじゃね?}

 

{成る程……案外《その爆豪に返り討ちした奴ら》が犯人なんのかも知れないな?}

 

{えっ?1か月前に爆豪へ重傷を追わせた犯人は《3人》だって情報があるぞ?}

 

{流石に3人で、200人以上の生徒を同時に襲撃するのは無理じゃね?}

 

{いやいや分かんねぇぞ~?その3人はもしかしたら《半グレ》とか《ヤクザ》とか《マフィア》とかの一員だったりして!}

 

{何それ!こっわ!!?}

 

{そんなドラマみたい展開あるわけ無いじゃん…}

 

{それに今の御時世は《ヒーローの隆盛》で、《半グレ》にしろ《ヤクザ》にしろ、そういった組織グループは解体されて減ってるんじゃなかったっけ?}

 

{《神様》のヒーロー復帰を機に、昔の《神様》の活躍を色々調べてみたら、《神様》がヒーローデビューした頃から次々と《ヤクザ》とかは摘発されて、《オールマイト》の登場がトドメになって完全に彼らの時代は終幕したそうですよ}

 

{でもこの日本には、そういった組織がヒーローの目を掻(か)い潜(くぐ)りつつ、警察からは《ヴィラン予備軍》として監視されながら、細々と活動してるとか?してないとか?の噂があるぞ}

 

{一種の《天然記念物》ってところか}

 

{おっ!その《例え》上手いな!}

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●とあるネットのチャット③…

 

 

{《折寺中の無個性男子生徒が飛び降り自殺に失敗した事件》からもう1ヶ月も経つんだなぁ}

 

{でも…正直《その飛び降り自殺未遂》よりも、同じ日に起きた《ヘドロヴィラン事件》のインパクトの方が大きすぎて、どうしても同級生達から集団でイジメられてたっていう《無個性の男子中学生》のことは頭から抜けちまうんだよ…}

 

{一命は取り止めたけど、事件の日からずっと《意識不明の昏睡状態》って情報しか無いし、第一名前も未だに分かってない…}

 

{折寺中3年生の中で、唯一1人だけ個人情報が世間に知られてない生徒でもあるよな}

 

{それってぇと?個人情報をバラ撒いた犯人が、その被害者だけは《無個性》だから《調べる必要》も《ネットに掲載する必要もない》って判断したのかな?}

 

{そう聞くと、その犯人も《無個性差別者》だってことになるけど……ある意味そのお陰で《無個性の男子中学生》は個人情報をネットに晒されずにすんだ訳だ…}

 

{それは喜ぶべきなのか…悲しむべきなのか…判断しかねるねぇ…}

 

{その《無個性生徒》が飛び降り自殺を図るまでになったのは、元を辿(たと)れば爆豪っていうサイコパス野郎が大きな原因だけど、《無個性》だからってことを理由にその生徒の夢を踏み潰した《名前が公開されてない無個性差別ヒーロー》の無責任な発言も原因なんだよな}

 

{ヒーロー協会がこれ以上の事態の悪化を防ぐために、そのヒーローの名前は伏せたって噂をよく聞くぜ}

 

{自分1人だけ罪から免(まぬが)れるなんざ、いったい何処(どこ)の《人間のクズヒーロー》なんだろうか?}

 

{そのヒーローが誰か分かった日には《ヒーロー狩り》のターゲットにされるのは確定だな}

 

{ついでに言うと、ヘドロヴィラン事件に立ち会ったヒーロー達はもうターゲットにされてるんじゃね?言い訳をしてヘドロヴィランと戦おうともしなかった情けないヒーロー活動を見た限りじゃ、《格好や憧れだけでヒーローになった》って感じだし}

 

{となると…1ヶ月くらい前の記者会見に《オールマイト》と一緒になって出てた、他4名のヒーロー(《デステゴロ》《シンリンカムイ》《バックドラフト》《Mt.レディ》)は確実に狙われるな}

 

{その4人の記者会見でマスコミからの質問の返答を大雑把に纏めると『自分達はあの時、何も出来なかった』って言ってるようなものだったし…}

 

{しかも1週間前の《折寺中学生同時襲撃事件》の時も、事件時に気づけなかったどころか、犯人を1人も見つけられずに捕まえられてもない低堕落(ていたらく)…}

 

{オマケに襲われてた折寺中の生徒達を助けたのは《他県から派遣されて来てたヒーロー達》なんだからよぉ……《ヒーローとしての自覚》もなけりゃ…《責務を果たす気》もないんだな…アイツら(ヘドロヴィラン事件に関わったヒーロー達)って…}

 

{『ヴィランと戦って私達を守ってくれるのが《ヒーローの仕事》じゃないの!?』って、折寺町にいる役立たずのヒーロー達に怒鳴ってやりたいわ!}

 

{同感。200人も被害者が出ておきながら、どの面下げてプロヒーローを続けてるんだか…}

 

{でもコイツら《プロヒーローの仕事》失ったら、再就職は不可能に等しいぞ?}

 

{そりゃね~《ヘドロヴィラン事件の失態》が明らかになってからは、信用もへったくれも無いし~}

 

{分かりやすい例えで言えば、《Mt.レディ》が副業として勤めてた《モデルの仕事》も辞めされられたんだからね}

 

{あれ?俺は『Mt.レディは《プロヒーロー》以外の仕事は全部契約破棄された』って聞いたけど?}

 

{どっちにしろ《失態》1つでの《しっぺ返し》が激しいよな、この世の中…}

 

{その当の本人は今、あの《自殺に失敗した無個性の男子中学生》の警備にあたってるって、雑誌に書いてあったな}

 

{『《デステゴロ》《シンリンカムイ》《バックドラフト》と交代で警備してる』って私が読んだ雑誌には書いてあったわね}

 

{その警備に専念してたから、折寺町での襲撃事件には気づけなかったってか?}

 

{何がしてぇんだろうなぁ…ホント…。《昏睡状態の無個性の被害者と家族》に平謝りするくらいなら、すぐ近くで襲われてた200人以上の折寺中学生達に目を向けろってんだよ}

 

{その折寺中の生徒達を助けたって言う《県外からヒーロー達》も、《怪我をしていた折寺中生徒達を病院へ搬送することを優先にしたこと》と《日が浅くて町並みを知らなったこと》もあって、全員が犯人を取り逃がしちゃったんだろ?}

 

{確かにそうだけど、彼らは《ヘドロヴィラン事件の無能ヒーロー達》とは違って、本当にヒーローとしての志(こころざし)を持ってる人達よ}

 

{襲撃事件後に記者会見が開かれた際は、言い訳を一切せずに誠実に謝ってたな}

 

{この人達(県外のヒーロー達)なら《ヒーロー狩り》に狙われはしないね。自分の過ちを嘘偽りなく語って、被害にあった折寺中の生徒達へも謝ってた。これで折寺町も少しは平和になるんじゃねぇの?}

 

{《スライディン・ゴー》を始め、その《県外から集まったプロヒーロー達》の人気が爆上がり状態でもあるもんな!}

 

{そして逆に…《ヘドロヴィラン事件のゴミヒーロー達》の人気は駄々下がりしたがな}

 

{当然、エンデヴァーが最下位にならなきゃ、その《ゴミヒーロー共》の誰が最下位になってもおかしくなかったんだから。というか《オールマイト以外のヘドロヴィラン事件のヒーロー達》全員が最下位から数えた方が早い順位に位置付けられてるし…}

 

{こうまで評価が下がると、冗談抜きに《ヒーロー狩り》に狙われるな}

 

{仮に《ヒーロー狩り》に襲われたとしても、俺は『仕方ない』としか言えないよ。《ヒーロー狩り》はヴィランだけど、一般市民には危害を加えず、今は《最近引退した若手ヒーロー》達だけを狙ってるし}

 

{その《ヒーロー狩り》だけど、《鬼紋》が追いかけてるって情報があったぞ?}

 

{《鬼紋》かぁ……確か山奥の貧しい村の出身で、ヒーローデビューしてからは生まれ育った村で《村おこし》を目指しながら活動しているプロヒーローだよな}

 

{見た目や格好は《抹消ヒーロー・イレイザーヘッド》みたいに地味でダサいかもだけど、《ヘドロヴィラン事件のヒーロー達》や《引退した若手ヒーロー達》とは違って《強くて頼もしいヒーロー》だから、安心して任せられるぜ!}

 

{噂だと《ヒーロー狩り》とは何度か戦ったそうだけど、最後は《ヒーロー狩りの個性》で身動きを封じられて、逃げられちゃってるみたい}

 

{《ヒーロー狩りの個性》は正確には判明してないけど、《身動きを封じる系の個性》相手には、多勢無勢で挑むの愚の骨頂…。んでこんな状況なのもあってトップヒーロー達は忙しくて手が回らないから、《鬼紋》が抜擢(ばってき)されたって訳か}

 

{《鬼紋》はヒーローだけど、ヴィランが1人の時は自分も1人だけ戦うっていう《漢気溢(あふ)れたポリシー》を持つ熱いヒーローなんだよ}

 

{『ヴィラン相手に正々堂々なんて通じるわけねぇだろ!』…って思ってた頃の俺がいたけど……今はそんな《鬼紋》が無性にカッコ良いぜ…}

 

{もし会えたら《鬼紋のサイン》欲しいなぁ…}

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●とあるネットのチャット④…

 

{ビルボードチャート上半期から2週間目、今日は友達と一緒に《騒乱の象徴》である《爆豪 勝己の自宅》を見学に行ってみたんだけど、《酷い有り様》だったぜwww}

 

{ホントホントww《家の壁には罵倒の落書きをされてるわ》《ゴミが不法投棄されてて臭いわ》《家の窓は石とか投げ込まれたのか割れてるわ》《ポストには不幸の手紙が無理矢理押し込まれてるわ》で散々な状況だったぜwww}

 

{アンタら興味本意や好奇心で行くなんて無謀なことするなぁ………確か1か月前の事件以降からマスコミの被害対策で、《折寺中学生徒》と《折寺中学教師》と《ヒーロー家庭》の家の前には警察とかがいたんじゃね?}

 

{あれ?知らないの?1週間前の《折寺中学生同時襲撃事件》の後から、警察はその事件の捜査で忙しくなったから《折寺中生徒の自宅警備》からは離れてるんだぞ}

 

{そうなのか!?}

 

{まぁ他にもヒーロー協会が警察に《個性使用許可証》を取得させる権利を与えたから、その《許可証》を得るために《ヒーロー協会からの試験》を受けに行ってる警察も結構いるから、今は警備する警察の数も減ってるらしい}

 

{だから警察の警備が無くなった《折寺中の生徒の家》は、《爆豪 勝己の家》だけじゃなくて、《ネットに個人情報が晒された3年生148人の家やマンション》も酷いことになったぜ}

 

{アンタら………それを知った上で折寺中3年生の家を全部回ってきたのかよ…}

 

{まさか、いくらなんでも全部は回ってないさ}

 

{20ヵ所程回った頃に飽きちまって帰ったよ}

 

{それに俺達以外にも同じことしてる奴等は結構いたぜ?}

 

{そうそう、中にはスマホで写真撮ってる奴もいたし}

 

{タチの悪い奴もいるなオイ…}

 

{んで?肝心の家の人達はどうしてたんだ?}

 

{今日だか昨日で、襲撃にあった折寺中学生達は全員無事に退院したってニュースで流れたよな}

 

{ああ、それなら幾つかの家からは《電話の音》や《怒鳴り声》、《悲鳴》や《物が投げられた音》が聞こえてたなぁ}

 

{きっと俺達の想像以上に《折寺中3年生の家庭環境》は《殺伐》としてるんだろ}

 

{可哀想だとは思うけど………自分達だって散々《無個性の同級生》をイジメて差別をして来たんだから……同情はしないよ…}

 

{きっとソイツらは、今になって《自分が虐めてた無個性の同級生の気持ち》を心身共に噛み締めてるんじゃね?}

 

{自分が辛い目に遭ってやっと自覚するとか…今更だろ…}

 

{《被害者》面(づら)して、心ん中じゃ《自分は何も悪くない》って決めつけてさ、《自殺を図った無個性の同級生》に対して『死のうとするのが悪い』とか思ってんじゃない?}

 

{《被害者》じゃなくて《罪人》だろ?}

 

{そうだ!そんな汚れた心を持ってる奴らは!子供だろうと《罪人》だ!}

 

{いやイジメをする奴は《犯罪者》だ!}

 

{どっちも《ヴィラン》って意味じゃんかwww}

 

{コイツらの行き着く先は《地獄》だな…}

 

{あ~あ可哀想に…こんな若い内に…人生を自ら棒に振るうなんてさ…}

 

{今回の一件で、将来《就職》も《結婚》も失敗する未来しか見えねぇな…}

 

{誰だよ、そのイジメの主犯(爆豪 勝己)に向かって『将来有望なヒーローになれる』って言った《駄目な大人》ってのは?}

 

{幼稚園から中学までの教師達だ}

 

{その教師達だけど、他のチャットで《本名》も《住所》も《年齢》も《個性》もリストアップされてるぞ?}

 

{あらヤダww個人情報もプライペードも筒抜けwww}

 

{こりゃクビ確定だなww}

 

{解雇にされたらニートまっしぐらだぜ、このダメ教育者共はwww}

 

{もしそうなって《ヴィラン》になったなら…迷惑極(きわ)まりねぇ…}

 

{その教師達は正気だったのか?爆豪 勝己が《No.1ヒーローになれる》なんて幻想を信じてただなんてさ…}

 

{ないわ~ありえないわ~そんな《ヴィランの卵》が?《人の皮を被った爆弾》が?まだNo.1ヒーローになれる可能性とかマジでないわ~}

 

{《他人を自殺に追い込むようなサイコパス野郎》が《他人を守るヒーロー》になんてなれる訳ないだろ!放置していたら無個性の被害者が増えてたかもしれないんだぞ!}

 

{でもこのまま野放しにするも…ある意味危険じゃね?}

 

{今回の件で《職を失った生徒の親》も多数いるようだし、逆恨みで《ヴィラン》になる奴も現れるかも…}

 

{《ヴィランになる可能性》もだけど、そこまで追い詰められたら《自殺を考える可能性》も無くは無いか…}

 

{ここまで生活が一変しちゃったことだし、そう考える人が出てきても変じゃないよな…}

 

{このチャットを御覧の皆さん!緊急速報だ!!}

 

{え!?なに!?何事(なにごと)!!?}

 

{緊急速報って?}

 

{今、テレビのニュース番組の速報で《花畑 孔腔(はなばた こうくう)》が緊急会見をしてるんだよ!}

 

{《花畑 孔腔》って、政治家《心求党の党首》の?}

 

{別に政治家が会見を開くのは珍しく無いだろ?}

 

{そうだけどそうじゃなくて!その会見の内容が《とんでもない》んだよ!!!}

 

{とんでもない?}

 

{ちょっとテレビ点けて見てみる……………えっ………花畑……この人マジか!!!??}

 

{えっ?どうしたんだ?花畑がどうしたって?}

 

{……近場にテレビが無い人達ために報告しましょう。心求党の《花畑 孔腔》が『現在、社会的に追い込まれている《一連の騒ぎに関係した一般市民達(《折寺中生徒とその家族》《卒業生》《学校の教員》)》を希望があれば受け入れる』との発言をしました…}

 

{なにっ!!!??}

 

{嘘!!?マジでっ!!??}

 

{ホントだ!スマホでも生放送が流れてる!!}

 

{あの騒ぎをキッカケに《折寺中の生徒達》と《その親と家族》を始め、《社会人として勤める折寺中の卒業生》と《爆豪勝己のいた幼稚園から中学校の教師》の大半は仕事を失ったってネットに載ってたけど、そんな人達を受け入れるって言ってるぞ!!?}

 

{おいおい!《住み場所》と《生徒達の転校先の学校》だけじゃなくて、《失業した生徒達の親》や《折寺中の卒業生》や《教師達》への《仕事の紹介》までするって宣言したぞ!!!??}

 

{この人、何考えてんだ!?そんなことしたら苦労して築きあげた《今の立場》が危うくなるのに!!?}

 

{元々、彼らに手を差し伸べようか悩んでたらしいけど、決め手は過去に護衛してもらったプロヒーローの《スライディン・ゴー》から相談を受けたことで踏ん切りがついたってコメントしてる!}

 

{《スライディン・ゴー》っつうと、確か《襲撃されてた爆豪 勝己を助けたプロヒーロー》だったっけ?}

 

{そうそう、折寺町の治安維持のために《県外から呼ばれたヒーロー》の1人でもある}

 

{その《スライディン・ゴー》は、《折寺中学生同時襲撃事件》で生徒達を守れなかったことを深く反省と後悔をしていて、彼なりに謝罪の意を評して、知人である《花畑 孔腔》に頭を下げて今回のことを懇願したんだって}

 

{お互いに、今の立場を失うリスクを兼ねて《こんな大(だい)それたこと》をするなんて…}

 

{この花畑って政治家……《底抜けのお人好し》だな。…でも……なんか滅茶苦茶カッコいい!!!}

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●とあるネットのチャット⑤…

 

{オールマイトが先週やっとセントラル病院を退院して1週間、日本のヴィラン発生率は一桁に戻ったね}

 

{そりゃ今の日本は《平和の象徴》だけじゃなくて、《元No.1ヒーローの神様》っつう《守り神》も、現役ヒーローとして活動してるんだから当たり前だよ}

 

{2人の《No.1ヒーロー》が、この日本を守ってくれてるおかげで、少し前までそこら中で起きてきた《ヴィラン騒ぎ》が嘘のように無くなったもんな}

 

{《社会のイザコザ》は酷くなる一方だけど…}

 

{そのイザコザの原因を作った1人の《虐待ヒーロー・エンデヴァー》は、最低でもあと5ヶ月以上は入院が必要みたい}

 

{これまで隠し続けていた身内への家庭内暴力が全部知られたせいもあってか《神様には全身の骨をズタボロにされ》…《名医のリカバリーガールには治療を拒否られ》…どんなに早くても半年は入院するハメになったんだもんな}

 

{そのDV被害を受けてたエンデヴァーの家族ってどうなったんだ?}

 

{最近の雑誌とかには全然載ってないよね?}

 

{言い方は悪いけど、今の記者やメディアは1週間前に起きた《北海道と九州で発生したヒーロー狩りによる元ヒーローの連続襲撃事件》と《折寺中学生の同時襲撃事件》の方に目が行って、エンデヴァーの家族は眼中に無いんじゃないの?}

 

{それで情報も無いってことか}

 

{まぁ強いて言うなら、こんな《日常茶飯事に暴力を振るうような父親》が今はいないおかげで、子供達は羽を伸ばして暮らしてるんじゃない?入院中の奥さんは分からないけど…}

 

{エンデヴァーの今の状況は、誰がどう見ても《因果応報》……でも同じく神様に裁かれたオールマイトは《No.1ヒーロー》で《平和の象徴》だからって理由で、いつの間にか《ヘドロヴィラン事件を起こした元凶》って事実が有耶無耶(うやむや)になってるよな…}

 

{つか世の中のヒーロー達が腑抜けばかりで不甲斐ないってのも、ここ1ヶ月の間で事件が多発した要因でもあるんじゃない?}

 

{その《不甲斐なさ》が原因で、若手ヒーロー達が次々と引退。《士傑高校の校長》として忙しい立場の《神様》を無理を言って復帰させ《現役のプロヒーロー達へ渇を入れること》、《日本のヒーローが頼れる存在だってこと》を示(しめ)すことが、ヒーロー公安委員会の目的なんだし}

 

{いくらトップヒーロー2名(オールマイト、エンデヴァー)が問題を起こしたからって、それを理由にプロヒーローを辞めるなんざ……今の若いヒーローってのは《打たれ弱い》だけじゃなくて、《俺達市民を守る気がない》んじゃね?}

 

{まぁ今更とやかく言っても時間が戻る訳じゃないさ。それにヒーローだけじゃなくてヘドロヴィラン事件から一般人の失業者が増えてるそうじゃん?}

 

{《折寺中生徒の親》や《折寺中を卒業して社会に出た卒業生》達のことか…}

 

{あと今回の襲撃事件で《いらぬトバッチリ》を受けた《折寺中の2年生と1年生》が全員転校するとか、しないとか?}

 

{ソイツら……これから自暴自棄になって何を仕出かすか分からないな…}

 

{それについちゃ、さっき緊急会見を開いた政治家の《花畑孔腔(はなばた こうくう)》が何とかしてくれるだろ}

 

{花畑と言えば、確か大手サポートアイテム企業の代表取締役社長《四ツ橋 力也(よつばし りきや)》とは、昔からの親友関係だって雑誌で読んだことある}

 

{てことは!花畑が《受け入れる奴等》へ紹介する仕事先って!?あの日本屈指の大企業の1つの《デトネラット社》だっていうのかよ!!!}

 

{もしそうなら《至れり尽くせり》じゃん!!}

 

{そんな大企業に再就職出来るかもしれないなんて……なんだか羨ましいよ…}

 

{でも花畑さんも随分と危ない橋を渡ったなぁ。《あの騒動に関係した人達》を受け入れるなんて、下手したら世間からバッシングを受けて…政治家じゃ居られなくなるっていうのに…}

 

{俺が例え花畑と同じ地位と立場を得たとしても絶対に真似(まね)は出来ねぇぜ…}

 

{本当に花畑さんは器がデッカイよな!折寺中の2年生と1年生は事件前にほとんどが転校してて少なかったから分かるけど、3年生だけでも100以上の家族を受け入れるってことだぞ!?}

 

{こんなに優しくて寛大な心を持った政治家は、花畑しかいないよ}

 

{俺……政治については無知だけど……花畑が《人》として尊敬出来る政治家だってのは理解できた}

 

{もっとも…その花畑でも《諸悪の根源》である《爆豪 勝己がいるクラスの生徒達とその家族》だけは受け入れることを悩んでるらしいな}

 

{そりゃ…流石の花畑さんも全ての元凶である《騒乱の象徴》の《爆豪 勝己》率いるクラスメイト達を受け入れるのだけは抵抗あるさ}

 

{むしろ、それ以外の人達を全員受け入れるだけでも十分凄いことだぜ?}

 

{全ての始まりは……爆豪勝己の《大きすぎる自尊心》なわけだからね…}

 

{《ヒーローの基本》どころか《人の心》すら忘れてる。《ゲスの極み》だな!爆豪は…}

 

{それでいて周囲にいる大勢の人達を巻き込んだ……正に《騒乱の象徴》……コイツにはピッタリの2つ名だよ}

 

{このクズはこれからどうなるんだ?いつか過(あやま)ちを犯して敵(ヴィラン)になる未来しか見えないぞ?…俺には…}

 

{まぁそうなったら、オールマイトがブッ飛ばしてくれるだろ!}

 

{No.1ヒーローに会えるなら爆豪も本望なんじゃねぇの?倒される側だけどwww}

 

{いやいや、そんな《爆発物》のためにオールマイトが手を汚すことは駄目だろう。それこそ今、巷(ちまた)で噂になってる《ヒーロー狩り》に粛清(処刑)をお願いした方がいいんでね?}

 

{ナイス提案!}

 

{《強力な個性》を発現した代償(だいしょう)に《人として大事な物》を無くしちまったんだな…爆豪は…}

 

{《何が正しくて…何が間違っているのか…》その区別が分からないだよ、きっと…}

 

{いやコイツの場合は《自分の考えこそが全て正しくて間違いなんてない》って突っぱねる奴だぞ?}

 

{ヒーローを目指してる癖に《善悪の区別》を理解してないのが、根本的な問題ってことな訳だな}

 

{いや問題なのは《コイツの存在》じゃね?}

 

{それなっ!!!}

 

{私の子も個性を発現してからはヤンチャになってしまい、良い子にさせようと色々言い聞かせてるんですが全然効果がないので、昨日冗談で『悪い子は《爆豪 勝己》みたいになっちゃうよ』って言ったら、今までのヤンチャな態度が嘘みたいに大人しくなって《お手伝い》や《言うこと》を素直に聞いてくれるようになりました}

 

{なるほど!あんな《クズ爆弾》でもこういった点では役に立つんだな~!}

 

{個性を発現したばかりの4歳児に《ヴィラン》扱いされとるぅwww}

 

{チビッ子でも、この《爆破野郎》のやってることが間違ってるのは分かるんだねぇ~}

 

{もう爆豪勝己には居場所なんか無いな}

 

{…皆さん…そんな彼にも…この日本には《1ヶ所だけ》…居場所が残ってるじゃないですか…}

 

{あん?どこだよそれ?}

 

{こんな《ゴミクズ野郎》を受け入れてくれる場所なんてあるわけ…}

 

{《タルタロス》}

 

{《収容所》じゃねぇかwww}

 

{アハハハハハッ!成る程!そりゃいいや!www}

 

{最後の居場所が《収容所》とかww}

 

{《爆豪 勝己》人生終了のお知らせww}

 

{中学3年生にて《人生の終着駅》に到着間近とか!マジで終わってるwwww}

 

{その爆豪勝己の誕生日って《4月20日》だったよね}

 

{《無個性の同級生が自殺未遂をした日》から凄く近い日じゃん!}

 

{一生忘れられない《15歳の誕生日》になったなww誰にも祝ってもらえてはないだろうがwww}

 

{当然!あんな事件の後で子供の誕生日を祝う親はこの世にいねぇよ…}

 

{その両親は今、こんな《サイコパス》の息子の今後について頭を悩ませてるんだろうな…}

 

{それなんだけど、爆豪勝己の母親は《精神病院》へ入ったそうだぞ}

 

{マジで!?}

 

{それって言うと《馬鹿息子》のことだけじゃなくて、《迷惑電話》や《不幸の手紙》とかで追い詰められたってところかな?}

 

{でも元凶が《我が子》なのは変えようのない事実だ}

 

{その親不孝者の爆豪 勝己の両親は結局どうなったんだ?母親は精神病院として、父親の方は?}

 

{マスコミの情報によると爆豪の父親は、馬鹿息子がこれだけの問題を起こしたにも関わらず、今までの仕事の功績と人柄の善さもあって、クビだけは免(まぬが)れたみたいだ。それでも今勤めてる《都心部の仕事場》には勤められなくなって、県内だけど今住んでいる場所からは《遠く離れた系列会社》へ移動になったんだとさ}

 

{ほおぉ…典型的に良いお父さんなんだな………息子は最低なゴミクズだけど…}

 

{もはや《勘当されてもおかしくないレベル》だよ………どうしようもない馬鹿息子だな…}

 

{あと爆豪の母親が入院した病院は、なんの偶然なのか《エンデヴァーの奥さん》が入院してる精神病院だそうだ…}

 

{物凄い偶然…}

 

{一方は《DV夫のせい》で……もう一方は《馬鹿息子のせい》で……精神を病んで鬱状態になった…}

 

{どっちにしろ《苦労の絶えなかったママさん達》なんだなぁ…}

 

{母親を鬱にした爆豪勝己の新たな情報が入ったぞ!子供の頃に《テストの点数で負けたってのを理由に例の無個性の同級生に対して理不尽な暴力を振るった》そうだ!}

 

{……もう何を聞いても驚きゃしないけど……コイツの良心が少し痛まないのかよ?}

 

{《良心》が無いんじゃね?}

 

{納得ww}

 

{こんなクソッタレに対して『将来有望なヒーロー』なんて誉めてた大人達の気が知れねぇよ}

 

{幼稚園から中学までのセンコー達は、例え目の前で爆豪が誰かイジメてても《見て見ぬフリ》を通してたんだろ。その理由は簡単、センコー達は《強個性優遇者》であり《無個性差別者》だから…}

 

{しかも、よくよく調べたら《小1の担任》以外の時は一際(ひときわ)イジメが多くて酷かったらしいな}

 

{マトモな教育者はその《小1のセンコー》だけかよ。今更だけど個性1つで人の価値観は決まっちまうんだな……この個性社会は…}

 

{こんな状況になっても、爆豪勝己はまだ《雄英高校》を受験しようなんてフザけたことを考えてんのかな?}

 

{例え筆記と実技を満点で合格したとしても、強制的に《不合格》確定だろ}

 

{記念に受けてみるだけとか?}

 

{いや《オールマイト》と《エンデヴァー》のこともあるし、来年の雄英受験者は減るのは目に見えてるから……もしかしたらワンチャンあるんじゃね?腐っても《爆破》は強個性の部類だし}

 

{…爆豪勝己が《強力な個性》ですって?…《雄英高校に入れるかも》ですって?………冗談じゃないわ!!爆豪勝己は!ただの《疫病神》よ!!!}

 

{なっ!なんだ!?いきなり《爆豪勝己否定派》が乱入してきた!!}

 

{随分恨んでるみたいだけど…もしかして…個性が似てるせいで被害を受けてる人か?}

 

{《爆発系の個性》と《炎系の個性》の人達が、1か月前から特に被害を受けてるようだし}

 

{私じゃないわ……別の中学校に通う《私の親友の個性》が《爆発系の個性》だったせいで、ある日突然…学年中の生徒から《イジメの対象》にされて…毎日毎日酷い目にあっては…私に泣きながら電話で相談してきたわ…。しかも個性は遺伝する物だから…その子の両親は《爆発系の個性》じゃないけど《炎系の個性》だってことで周りから非難を受けて、夫婦喧嘩の末に離婚しちゃったから……家庭は滅茶苦茶…。その子は《真面目で明るい子》だったのに…学校へは行かなくなった挙げ句、鬱病になって入院しちゃったのよ………私は!私は《爆豪勝己》を許さない!!私の大切な親友を苦しめた《報い》を受けさせてやりたいわ!!!}

 

{………ニュースとかで耳にはするけど………実際にあった被害の詳細を関係者から聞くと……胸が痛むよ…}

 

{《無関係で罪のない他人の人生》を知らず知らずの内に壊していく………他人を日常的に傷つけないとが生きていけないのかよ…爆豪は…}

 

{他人を傷つけることが生き甲斐なんて…マジでどうかしてんなコイツ…}

 

{そりゃ、一々会話する度に《暴言》と《怒声》でしか喋ることが出来ないサイコパス野郎だぞ?…もう治療の施(ほどこ)しようががないんだよ………それこそ名医のリカバリーガールが匙(さじ)を投げるレベルに…}

 

{《爆破》の個性で《物は壊す》《人は傷つける》なんてこと当たり前にしてるんだぞ?それに加えて《人を死に追いやる発言》を平気で口にする。これだけの罪を犯してるなら、もう《少年院》にブチ込まれたって文句は言えねぇだろ}

 

{仮に更生施設に入ったとして、《優しさ》《良心》って感情を芽生えさせることが出来るのかは怪しいぜ}

 

{《更生》?ムリムリ、息をするように《暴言》しか言えない悪ガキが、更生なんて出きるわけないじゃん}

 

{そうそう、止めとけ止めとけ、金の無駄だ。どうせ施設を出るために《反省した演技》をして、外に出たら同じことを繰り返すだけだよコイツは…}

 

{正論な返答で何も言えねぇwww}

 

{《少年院》なんて直ぐ出てこられそうな場所じゃなくて、マジで《タルタロス》に収監した方がいいんじゃねぇの?}

 

{それいいな!それが世のため人のためだ!}

 

{2度と悪さをさせないために、爆豪の両手を切り落とした方がいいんじゃない?}

 

{《斬首刑》ならぬ《斬手刑》ってやつか}

 

{おっ!上手いこと言うじゃんか!}

 

{なるほど、確かに《手を使わなきゃ個性が使えない人間》にとって、両手がなくなることはこれ以上にない刑罰になるな}

 

{なぁ……万が一……いや天文学的確率で、《騒乱の象徴・爆豪 勝己》が《プロヒーロー》になったら、どんなヒーローになると思う?}

 

{どんなって……そりゃ……何事(なにごと)も《暴力》でしか解決できない乱暴なヒーローとか?}

 

{《助けを求める人》と《お金》のどちらかを取るなら、迷わず《お金》を選ぶヒーロー}

 

{救助を求める怪我人に対して『ウルセェ!自分で何とかしろ!』と言って、怪我人を見捨てるヒーロー}

 

{チームを組んだ仲間のヒーローがヴィランとの戦闘とかで殉職しても『弱いから死ぬんだよ』と心無いことを平気で言う…血も涙もないヒーロー}

 

{誤って自分の個性《爆破》で、一般市民の命を奪っても、自分は一切悪くないと突っぱねるヒーロー}

 

{…質問しといてなんだけど……それって全部《ヒーロー》じゃなくて…ただの《ヴィラン》じゃん…}

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これが《ヒーロー社会》及び《個性社会》を生きる人々が記した《ネット上の書き込み》である…

 

 

 

 だが、これだけの書き込みだけでも《全体》から見れば、まだ《氷山のほんの一角》にすぎないのだ…

 

 

 

 全国ネットでは…既にこのような《書き込み》は数えきれないほど無数に存在しており、今もなお…増え続けている…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして…多くの人々は…《真実》を知らない…

 

 1ヶ月前の《ヘドロヴィラン事件》から始まった《全ての事件や騒ぎ》には…

 

 《裏で手引きしていた組織》の存在が関係していることを…




 原作とは違う《オリジナルの話》の作成に煮詰まった際は、本編の雄英高校編をちょくちょく書いているのですが、何故か《雄英高校編》の方がスムーズに書けている気がします。


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変えられない過去と戻れない日常の法則(暗躍)

【報告】
 今度、またタグを追加します。



 出久君が植木君から授かった【ゴミを木に変える能力(ちから)】の《必殺技(【神器】とは別の)》についてなのですが、《オリジナルの技》よりも《他アニメの木や植物の必殺技》を参考にしようと考えています。

 例題として、《某忍者アニメ》に登場する《ある隊長の技》を主な参考とさせていただきます。



 次の話(15話)が終わったら、《雄英入試》近くまで《爆豪 勝己》は登場しない予定です。


None side

 

 

 《引退した若手ヒーローの連続襲撃事件》…

 

 《折寺中学生の同時襲撃事件》…

 

 

 

 ビルボードチャートの日より、先代No.1ヒーローの《神様》が一時的に復帰したことで『少なくとも1年間は大きな事件の発生は無い』とヒーロー公安委員会が思い込んでいた矢先、このような大事件が発生し《多くの負傷者》を出してしまった…

 

 

 

 これが何を意味しているのか…

 

 

 

 世間の人々は今や…《人間不信》ならぬ《ヒーロー不信》となり…《一部の実力あるヒーロー達(神様、ベストジーニスト、ホークスなど)》を除く《プロヒーロー達》を心からは信用しなくなっていた…

 

 当然それは《プロヒーロー》に対してだけでなく、《都合の悪い情報を包み隠し…》《大した覚悟の無い若者にヒーローの資格を与え…》《現役のヒーロー達を上手く使いこなせていない…》と酷評させている《ヒーロー協会》や《ヒーロー公安委員会》に対しても同じことが言える。

 

 ヒーロー側がこんなグダグダな状況であることを好機と思う者は多いが、《神様》が復帰した以上は下手な悪事は出来ない…

 だが、それが《絶対な安全ではないこと》を今回の《2つの襲撃事件》で世間の人々は思い知らされた…

 

 

 

 何故って?

 

 

 

 事件の日、北海道と九州で何人もの被害者達の傷跡(刀傷)が全て同じ刃物であることと、切り付け方がほぼ一致したこともあり、《ヒーロー狩り》が1時間も経たない内に北海道から九州へ移動したのが事実であることが判明した!

 これにより《ヒーロー狩り》には、《ワープ系個性の仲間》と《優れた情報屋》がいることが判明し、パニックとなった。

 

 

 

 誰がパニックになったかって?

 

 

 

 それは《ヒーロー狩り》のターゲットであり獲物である……《若手の元ヒーロー》達である…

 

 《ヒーロー狩り》による被害が始まって以降は《若手ヒーローの連鎖引退》は止まった…

 

 しかし1ヶ月も経たない内に、引退した若手ヒーローは既に300人を超えていた…

 

 更に今回狙われたのは、《ヒーロー狩り》を恐れて態々(わざわざ)北海道と九州へ移住した者達だというのに、その全員が制裁を受けて病院送りとなった…

 

 これにより、まだ《ヒーロー狩り》に襲われてない《若手の元ヒーロー達》は怯えた日々を送ることになった…

 これを機に《ヒーロー》へ再就職しようと考えた若者もいる……しかしヒーロー協会からすれば、《ヒーローの人手不足》は否めないものの、《またすぐに辞めるかもしれない者達》を受け入れるほど甘くはない。

 それに今は《警察》や《自衛隊》、そして《学生時代に仮免を取れなかった人々》に仮免試験を受験させることで忙しいため、彼らに構ってる暇が無いのだ…

 

 自らが手放してしまった《プロヒーロー免許》を取り戻すこともできず、《ヒーロー狩り》にいつ狙われるかも分からない日々に怯え、再就職もままならない…

 

 

 

 

 

 あの《2つの襲撃事件》によって…また多くの人々の日常が壊されてしまった…

 

 

 

 

 

 《ヘドロヴィラン事件》から1ヶ月経過しない内に、これだけの事件が連鎖して起きている…

 

 これが全て…本当に《偶然》なのかって?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 違う…

 

 《ヘドロヴィラン事件》と《無個性の男子中学生の飛び降り自殺未遂》こそ偶然起きた事件だったが…

 それ以降から《2つの襲撃事件》までの全ての事件は、《必然》に起こされたものなのである…

 

 それを企(くわだ)て…

 

 実行した黒幕は…

 

 《3つのヴィラン組織》…

 

 ただし、その内の1つは《1名のみ》…

 

 

 

 

 

 その《3つのヴィラン組織》が裏で何をしていたのか…

 

 1つ1つ語っていきましょう…

 

 まず《1つ目のヴィラン組織》…

 

 それは今…巷(ちまた)でもっとも騒がれている《単独ヴィラン》…

 

 

 

 

 

 時は遡(さかのぼ)り…今から10日前…

 

 《単独ヴィラン》こと《ヒーロー狩り・ステイン》の元に、1人の男が訪ねてきた…

 

 

 

 

 

 

●とある廃墟…(ヒーロービルボードチャート上半期から3日目)

 

 

None side

 

「…まさか…神が復帰なされるとはな…ハァ…」

 

 《ヒーロー狩り》こと《ステイン》は、最近発売された雑誌や新聞に大きく掲載されている記事に目を通しながら、そう呟いていた…

 

「《神様の復帰から僅か4日目、日本のヴィラン発生率が半分に減少!!!》…

《引退して20年経過した今でも!その実力は健在!!エンデヴァーとオールマイトを病院送りにした次の日から、数十件のヴィラン事件を速攻解決!!!》…

《ヴィラン達も神様を恐れて雲隠れ!?《ヒーロー狩り》も姿を見せず!??》…

《仕事終わりにキャバクラやガールズバーへ立ち寄っていた神様。現役時代からの悪い癖も未だに健在の模様……このまま独身を貫くのか?》

《オールマイト危(あや)うし!?《平和の象徴》は返上されてしまうのか!!?》

………ハァ……《神》はその存在だけで…この国に《平和》をもたらしている……ハァ……多少フザけたところはあれど……あのお方は間違いなく…《本物のヒーローの開祖》と言っても過言ではない……ハァ…」

 

 つい最近までの見出しを飾っていた《悪いニュース》の全てが、雑誌や新聞の端へと追いやられ《蚊帳の外》状態になり、7割以上が《先代No.1ヒーロー・神様》の話題となっていた。

 

 それはまるで…《神様》が《社会の不安要素》を塗り潰してくれるかのように…

 

「オールマイト……何故だ……何故なんだ………何故…こんな偉大な方に選ばれ…No.1となったアナタが……あんな下らない手負いを…アナタも…《偽物》だとでも言うのか………だからエンデヴァー同様に神に裁かれた……」

 

 ステインとてオールマイトのことは尊敬してはいても、今回の件(オールマイトとエンデヴァーが神様にお灸を据えられたこと)でオールマイトが病院送りにされたことは《仕方ない》と思っていた…

 それは同時に…ずっと《本物》だと信じていたオールマイトに裏切られた《失望》という感情もある…

 

 このままオールマイトが《ヒーローとしての責務》を果たせないのならば……

 

 いずれはターゲットにしなくてはならない…

 

 そう思いながら、ステインは今日もアジトである廃墟で身を潜めていた…

 

 

 

 

 

 のだが…

 

 

 

 

 

「…ッ!!!誰だ!!?」

 

 自分以外誰もいない筈の廃墟に《気配》を感じ取ったステインは、咄嗟に武器を構えた!

 

 すると目の前に《黒い靄》が出現した!

 

「…流石ですねぇ…ここに現れる前に…私の存在に気づくとは…」

 

 《黒い靄》から姿を現したのは《顔と手が黒い靄に覆われたバーテンダーの服装の男》だった!

 

「『誰だ』と聞いてるんだ…」

 

「これは失礼しました……初めまして《ヒーロー狩り・ステイン》様、私は《黒霧》と申します。ある方の御命令で、貴方様に依頼をしにやって来ました…」

 

「依頼だと?」

 

「そうです…」

 

 完全に怪しい存在だったが、黒霧からは一切の敵意を感じられないことで、ステインは刀を鞘に納めた。

 

「それで…?俺に依頼とはなんだ…?」

 

「はい、長々と話すのは失礼なので率直に要件をお伝えします。ステイン様……貴方には3日後に《我々のある作戦を成功させるため、神様を引き寄せる囮(おとり)》になってほしいのです…」

 

「囮?…」

 

 告げられた依頼の要件を聞かされたステインは呆れていた…

 

「ふん……話にならんな……神を相手にするリスクを犯してまで…お前達の言う《作戦》とやらに協力するメリットが俺にはない。第一、神がヒーローとして復帰した今…《俺が偽物共へ制裁を下すこと》は…《捕まって監獄に入ること》と同じ意味になるぞ…。それに俺はお前を……いや《お前ら》を信頼などしておらん」

 

 ステインとて、まだ粛正しなければならない者達は大勢いる。

 しかし…それ以上に《ヴィラン》として《神様》を敵にすることが、どれだけ恐ろしく無謀なことなのかは、ステインも黒霧も理解していた…

 

「えぇ…存じあげております。《我々の作戦》がどんな内容にしろ……貴方様からの信頼を得るためには…それ相応の《物》を用意して差し出さなければなりません。故(ゆえ)に……コレを…」スッ

 

 黒霧は靄の中から《大量の紙が挟まったファイル》を取り出して、ステインに差し出した。

 

「?…なんだ…ソレは?」

 

「貴方様ならば……コレが何なのかは直ぐに察しがつくと思われますよ?それに…コレは貴方が持ってこそ意味をなす代物です……どうぞ…まずは拝見なさってください…」

 

「………」

 

 黒霧は丁寧な口調で説明しながら、ファイルをステインに手渡した。

 ステインは警戒しながらも受け取って、ファイルを開いた…

 

「………こっ!コレは!?」

 

 そのファイルの《最初のページ》に載っていたのは!自分がターゲットとしていたが《マスコミの目から逃れて居場所が分からなかった元若手ヒーロー》の情報が記されていた!

 更にページを捲っていくと、最初のページと同じように《最近引退した元若手ヒーロー》に加え、《ヘドロヴィラン事件に関わったヒーロー達》の情報もあった!

 

「貴様!コレをどうやって!?」

 

「…それは私の預かり知らぬことです。私はコレを渡すように命令されただけであります。強(し)いて言うのならば…我々の仲間には《腕のたつハッカー》がいるということです…」

 

「………」

 

「今お渡ししたのは《半分》です……我々の作戦に協力していただいた暁(あかつき)には……《残りのリスト》と一緒に《多額の報酬》をお渡しいたします…」

 

「……俺が参加するか否かは…その《作戦》の目的にもよるぞ?………聞かせろ…」

 

「はい、我々が計画している《作戦》……それは《折寺中学生達への報復》です…」

 

「?……報復?」

 

「そうです、罪を犯した人間は裁かれなければなりません…例えそれが《子供》であろうとも…。彼らは《未成年》故に大した罰を受けることはなかった……それどころか《町のゴミ拾い》に参加するだけという《軽過ぎる罰》で済まされようとしている。我々はそんな彼らに《社会の厳しさ》を教えたいだけなんですよ……《誰かを不幸にしたら、自分にはそれ以上の不幸が返ってくる》…それを身をもって教えさせるのです。個性をもって生まれ…ヒーローを目指しておきながら…平気で他人を傷つける者は…子供であっても《それ相応の罰》を受けなければならない…」

 

「………」

 

「まぁ…我々のような《ヴィラン》を目指しているのなら…話は別ですがね…」

 

「…それとさっきの囮の話と何の関係がある?…まさか俺にソイツらも襲撃しろ…というのか?」

 

「いえいえ…違います。貴方様は《子供》は狙わない……そうでしょう?」

 

「ふん………知ったような口を…」

 

「気を悪くさせたのならば申し訳ありません。生徒達を襲うのは、我々でも貴方様でもなく、別の《ヴィラン》達です」

 

「…自分達の手は汚さない気か…?」

 

「そう言われると…言い返す言葉はありません。なにぶん《ターゲット》が多いもので…」

 

「《騒乱の象徴・爆豪 勝己》も…そのターゲットには入っているのか…?」

 

「勿論、最重要ターゲットです。まぁ大雑把に言うと《例の無個性生徒以外の折寺中3年生》が主なターゲットであり……既に《最近の彼らの行動パターン》もリサーチ済みです。…当然ながら全員が《人通りの少ない道》を通って帰宅していることも…」

 

「………成る程……《折寺中学校の生徒達の個人情報》をネット上にバラ撒いたのは…《貴様達》ということか…」

 

「それは貴方様のご想像にお任せいたします…」

 

「ふん…」

 

 ステインは追及しても無駄だと悟り、黒霧へ探(さぐ)りを入れることを止めた。

 

「それで…お前達は俺に何を求めているんだ…?…何をさせようとしている…?」

 

「最初に申した通り…《囮》です。《何処(どこ)かでヴィランが悪さをすればヒーローが駆けつける》…それが今の常識、しかし小物ヴィランが暴れたところで地元ヒーローが対処するのが関の山。…ですが…活動を初めて僅か2週間で30人以上の《若手の元ヒーロー》達に重傷を追わせた貴方様が………もし北海道や九州などに突然出現したらなら…ヒーロー協会はどう動くと思いますか?」

 

「…神やトップヒーロー達を向かわせて…是が非でも俺を捕らえようとする……とでも言いたいのか?」

 

「我々は、そう予測しております」

 

「甘いな……神の元サイドキックには《ワープ系の個性》をもつ者がいたであろう…」

 

「はい……私と同じ《ワープ系の個性》です。しかし…そのサイドキックが1日にワープできる回数と距離には限りがあります…」

 

「……………そういうことか……当日はお前が俺のサポートをすると…」

 

「察しがよろしいようで、先程申した通り…北海道や鹿児島などの日本の端の県で、立て続けに貴方が事件を起こせば、躍起になった神様がそのサイドキックに無理を言って貴方様を追いかけることでしょう。先程お渡ししたファイルには…北海道や鹿児島など遠い県に逃げた《若手の元ヒーロー達》も載っております…」

 

「つまり《陽動》か……しかも3日後と言うことは…オールマイトが入院しているギリギリの期間……その間に例の生徒達を襲うと…」

 

「その通りでございます。オールマイトとエンデヴァーが入院している今しかないのです…」

 

「………お前達の作戦は分かった……だが分からないこともある……その襲撃の《真意》はなんだ?…《社会の混乱》…《悪事を働いた生徒達のお灸据え》…そんな事がお前達の目的ではないだろ……お前達の《本当の目的》はなんだ…」

 

「………ふふっ……鋭いですね……とはいえ私も全てを教えられてはいないのです。まぁ先程の《2つ》以外にあるとするのなら…もう《2つ》………1つは《現役のヒーロー達が本物のヒーローの志を持っているのかの確認》と……もう1つは《貴方様と我々の親交を深めること》…ですかね…」

 

「《本物のヒーローの志》…」

 

「そうです……神とオールマイトとエンデヴァーが居なくとも…プロヒーロー達はヒーローとしての責務を果たすことが出来るのか……不評しかない折寺中の生徒達を守ることが出来るのか……それを試すのです…」

 

「………」

 

「とはいえ今回の作戦の結果次第では…貴方様が狩るべきターゲットが増えることになりますがね…」

 

「………いいだろう………お前達の作戦とやらに……協力してやる…」

 

「………ありがとうございます…」

 

「(俺自身、どれだけの現役のヒーロー達が本物であるかを見定(みさだ)める為にもなる…)」

 

 作戦の参加を了承してくれたステインへ、黒霧は作戦における《ステインの役割》を説明した。

 

 ステインの役割………それは生徒達を襲撃する前の日に黒霧の個性で北海道へとワープし、その日の夜の内に後日襲撃する《北海道へと逃げた若い元ヒーロー達》を見定めながらその日は待機。

 次の日の朝、日が昇る前に黒霧の個性で何度もワープしながら《北海道にいる若手の元ヒーロー達》を襲撃!

 その際、わざと自分の姿を一般人に目撃させる。一般人の報告で《ヒーロー狩りが北海道で暴れていること》を知った《神様》率いる《トップヒーロー》達を北海道へ来させる。

 《神様》達一行が北海道へ来たことを確認したら、黒霧の個性で今度は九州へと移動し、《九州へ逃げた若手の元ヒーロー達》を襲撃してまた誰かに目撃させる。

 遠く離れた県で《ヒーロー狩り》の犯行が行われたとなれば、《神様》達が九州へ《ワープ系の個性を持つサイドキック》と共に急行してくる。

 そして再び《神様》達の九州到着を確認したら、今度は折寺町へとワープして《折寺中学生同時襲撃事件》においてプロヒーロー達がちゃんとヒーロー活動しているかを直接《ヒーロー狩り》に見定めてもらう…

 

 それが黒霧からの……《ヴィラン連合》からのステインに対する依頼だった。

 

 要するにステインのやるべきことは《県外へと逃げた若手の元ヒーロー達を時間差で襲撃する》という内容だったのだ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして…2つの襲撃事件の後日…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 《ヒーロービルボードチャート上半期》及び《先代No.1ヒーローの復帰》後に起きた《2つの惨劇》によって世間が騒いでいる最中(さなか)…

 

 とある廃墟では、ステインと黒霧がまた密会していた…

 

「こちらが《残りのリスト》と《報酬》でございます」

 

 黒霧は《残りの引退した若手ヒーロー達の情報リストのファイル》と《大金が入ったジュラルミンケース》をステインに渡した。

 ステインは受け取ったファイルの最初の方のページ少しを確認してから受け取った。

 

「今回の作戦、協力していただき誠に感謝しております」

 

「ふん…俺は自分がすべきことをしただけだ…今回狩った者達も…所詮は《偽物》……それだけの話だ…」

 

「そうですか……まぁ何はともあれ……お互いに目的を達成することも出来た訳ですし……どうです?我々のアジトで《祝杯》でも?良いお酒をお出ししますよ?」

 

「悪いが…俺はまだ《お前達》を信用してはいない…祝杯はお前達だけであげるんだな…

(それに…コイツらの《本当の目的》は分からず終い………いったい何が目的だったんだ……?)」

 

「そうですか、残念です…」

 

「去る前に…1つは確認させろ……ハァ……今後お前が……いやお前達が…俺の元へ現れることはあるのか?」

 

「……無いとは言えません……《来るべき時》が来た時……また貴方様の力が必要になることでしょう…」

 

「《来るべき時》?」

 

「いずれ分かりますよ…。では…また何処(どこ)かでお会いしましょう…《赤黒 血染》さん」

 

 黒霧は《ステインの本名》を口にし、その場から消えていった…

 

「ふん……最後まで掴めん奴よ…」

 

 黒霧がいなくなった後、ステインは《大金の入ったジュラルミンケース》を適当に放置して、《今回もらったファイル》に目を通し始めた………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●とあるサポートアイテム会社の社長室…(ヘドロヴィラン事件から1か月後…)

 

 

None side

 

コンコンコン

 

「誰だね?」

 

「宮下です、四ツ橋社長」

 

「入りたまえ」

 

「失礼いたします」

 

ガチャッ

 

 ドアを開けて《ゆるい動物顔の社員》が社長室へ入ってきた。

 

「宮下、先月買い占めたサポート企業の業績はどんな状況だい?」

 

「はい、全ての企業が順調に業績を伸ばしつつあります!いずれの企業も、是非とも一度社長に赴(おもむ)いてほしいとの連絡も預かっております」

 

「そうかそうか!うまくいっているか!いやぁ、あの時は流石に無理をしすぎたかと不安だったが、今となっては全部買い占められたことは幸福と言える!まぁ結果オーライだね!…だが…それ以外にも何か報告があるんじゃないかい?悪い方の…」

 

「鋭いですねぇ社長。お察しの通り、社長が買い占めた次の日から全ての企業に対して他の会社からも買収の話があったようです。中には社長が出した金額よりも多く払うと言ってた会社もあったようで、先を越されたことについてとても悔しがっていたようです」

 

「ふふふ、どの会社も《サポートアイテムの製造企業の奪い合い》で争ってるか。危ない危ない、ギリギリ買い占められてよかったよ」

 

「いやいや社長、僕としても流石にタイミングが良すぎるんじゃないかと思ってますよ。《あの騒ぎ》をキッカケに世間の人々は、ヒーローに頼らず《自分の身は自分で守る》という思考になり、そのために《個性に合わせたサポートアイテム》を欲するようになる!これからは《日用品》と同等に《サポートアイテム》が馬鹿売れする時代になるということ!それを四ツ橋社長は予知していた!だから事件前に日本の半分近いサポートアイテム企業を買い占めた社長は《あの一連の事件に関係してるんじゃないか!?》っていうデマが色んなところで騒がれてますよ!」

 

「宮下は正直だなあ、偶然だよ偶然!第一に《一連の事件》について我が社は完全に《無関係》だよ!だって《あの騒ぎ》が起きる前からサポートアイテム企業の買い占めの話は進めてたじゃないか」

 

「そうなのですが、他の会社の方々は納得してくれないようで、先程も電話で『早い者勝ちにしても程があるだろ!?』とか、『日本の半分以上のサポートアイテム企業を買い占めるなんて正気か!?』とか、『何もかも独り占めするか!?』と言ってましたよ。要は一言に纏めると…『デトネラット社の社長はなんとも卑劣だ!』…ということです」

 

「も~宮下!!そこは《周到》と言ってくれよ!全(まった)く!」

 

「(相変わらず、この人何言っても許してくれるなぁ)」

 

 四ツ橋社長は、宮下という社員の生意気な言葉に怒る素振りを一切見せずに笑って返答しながら、部屋の時計に目を向けた。

 

「おっと!もうこんな時間か!?そろそろ出掛けなくては!」

 

「今日は《昔からの知り合い》とお食事会なのでしたよね」

 

「そうだとも!悪いが宮下、私はこれで帰らせてもらう。サポートアイテム企業の方々と会う日取りをスケジュールに入れといてくれ」

 

「分かりました社長、お食事会楽しんできてください」

 

「あぁ……楽しんでくるよ…」

 

ガチャッ バタンッ

 

 宮下という社員を残して、四ツ橋社長は部屋から出ていった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●数時間後の夜…とある建物の前…

 

 

 空が黒く染まりきった頃…1台の車が夜道を走って…ある建物の前に止まり…その車から四ツ橋社長が下りてきて、建物の中に入っていった…

 エレベーターで最上階へと登り、《目元が黒い男の肖像画》が飾られている部屋へ入室した。

 

 部屋には既に4人の男女がおり、彼らは四ツ橋社長が現れると、《右手の親指を額に当て、人差し指を上に向けるポーズ》をとった。

 

「進捗(しんちょく)は?」

 

「順調です。彼らに《仕事先》や《住む場所》を提供したらアッサリと引き込むことに成功しました。例の取引でこちらが引き取る90%の人間は、現在50%が泥花(でいか)市へ引っ越し手続き中です。残る40%もコチラへ引き入れるのに時間はかかりません」

 

「すぐ動け」

 

「ハッ」

 

 四ツ橋社長は《サングラスをかけたオールバックの男》に話しかけた。

 

「あの事件をキッカケに居場所や仕事を失った者は大勢いる。そんな彼らを我々が手を差し伸べて…温かく受け入れることによって、いずれ解放軍の一員となってもらう。………自分達を追い詰めた原因の一端が…我々であるとも知らずにな…」

 

「滑稽(こっけい)ね、彼ら真実を知った時にはどんな顔をするか…その瞬間を是非カメラに納めたいわ♪」

 

「趣味が悪いぞ…キュリオス」

 

 四ツ橋社長の言葉に《黒目に水色肌で紫色のロングヘアーの女性》が反応すると、先程のオールバックの男が口を挟んだ…

 

「なによトランペット、彼らの襲撃だって貴方がほとんどは手引きしてくれたんでしょ?潜伏解放戦士達を《襲撃者組》と《目撃者組》と《一般人組》に分けた上に、《ネットで集めた彼らに恨みのある県外の不良学生達》も上手く騙して利用したにも関わらず、証拠も何一つ残さない《策士》なことをしたじゃない」

 

「おいキュリオス!その証拠を隠蔽(いんぺい)するため、監視カメラと防犯カメラの映像加工をしたのは俺だ!ネット上で《個人情報が知られた折寺中生徒達へ強い恨みを持ってた者達》を誘導したのも俺だ!忘れるな!」ネチネチネチネチネチネチネチネチネチネチネチネチ

 

「はいはい、分かってるわよスケプティック、貴方にも感謝しているわ。無能な警察が調べられる情報は底が知れてる、以前《異能持ちの折寺中3年生の個人情報》をネット上にバラ撒いた犯人である貴方へ辿り着く様子が欠片もないんだからね。貴方は《世界一の優秀なハッカー》よ」

 

「ふん!当然だ!」

 

 キュリオスという女性に今度は、スケプティックという《目付きの悪い細身の男》が突っかかった。

 

「それにしても外典、スライディンから聞いたが《爆豪 勝己》襲撃の際に利用した3人組の不良へは、勧誘の話しは持ちかけなかったようだね…何故だ?」

 

「『何故』と聞く?トランペット?僕は解放軍のため…そしてリ・デストロのためを思った上で…彼らは此方(こちら)へは必要ないと判断した。3人共が爆豪勝己と同じように《自尊心が高い》。それに彼らに似た《異能》なら既に幾らでもいるでしょう…」

 

「それはそうだが、1人でも多くメンバーを集めることは、我々の目的遂行のために必要なことだというのを忘れるなよ?」

 

「…分かってる…」

 

 トランペットという《サングラスをかけたオールバックの男》が、外典という《雪山で着るような防寒着を羽織り、フードで顔を隠している人》に注意していた。

 

「まあ諸君、話は一旦ここまでにしておこう」

 

 4人が話している内に、料理とお酒がテーブルの上に運ばれていた。

 5人のグラスにそれぞれお酒が注がれ、彼らはグラスを右手で持って構えた。

 

「ゴッホン!では改めて《ヒーロー社会の混乱》《折寺中学生達の襲撃》《サポート企業の買い占め》の作戦成功を祝して……乾杯!」

 

『乾杯!』

 

 四ツ橋社長の祝言に続いて、全員がグラスを上に向かってあげ、5人は祝いの酒を飲んだ…

 

 

 

 

 

 そう……彼らこそ…

 

 一連の事件の裏で操っていた《ヒーロー社会の均衡を壊したヴィラン組織》の1つ…

 

 《異能の解放》……人が人らしく個性を100%発揮できる世の中……既存の枠を壊し再建すること…

 

 四ツ橋社長もとい…《リ・デストロ》が率(ひき)いる!

 《異能解放軍》の主力メンバーなのだ!

 

 

 

 

 

 彼らが何故…今回の事件に関わったのか…

 

 それはヘドロ事件のあった次の日…

 

 今から約1か月前…

 

 リ・デストロの元にかかってきた《1本の電話》…

 

 それが《全ての始まり》だった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●ヘドロヴィラン事件の次の日…

 

 その日は大手IT企業の取締役である《近属 友保(ちかぞく ともやす)》こと《スケプティック》が、サポート企業デトネラットの社長《四ツ橋 力也(よつばし りきや)》こと《リ・デストロ》の元へ訪れていた時だった…

 

PRRRRR…PRRRRR…PRRRRR…

 

 社長席に設置されている電話が鳴った。

 

「はい!サポートアイテム企業デトネラット社代表取締役社長!四ツ橋力也!」

 

『………』

 

「ん?」

 

「どうしました?」

 

 リ・デストロの反応に不振をもったスケプティックが小声で話しかけた…

 

「もしもし、何方(どなた)ですかな?」

 

『………』

 

 電話をしてきた相手は無言だった…イタズラかと思ったが、何かおかしいと思ったリ・デストロはスケプティックへ電話の主を逆探知するようにサインを送り、スケプティックは自前のノートパソコンで逆探知を始めた。

 

「ゴホン!もう1度お聞きします!何方ですかな?」

 

 リ・デストロは逆探知の時間を稼ぐために電話の主に語り続けた…

 

 すると…

 

『…ふふふ…どうも四ツ橋社長………いや…君にはこう言った方が良いかな?…《デストロの意思を継ぐ後継者》よ…』

 

「なっ!!!??」

 

 自分の正体を知る者は、自分の主力メンバーだけだというのに、電話の主はそれを知っていた!

 

 更に電話越しに聞こえてきた声……その声は聞いているだけで《自分の心臓を握られているような恐怖》を漂わせていた…

 

 何者かはまだ分からないが、正体を偽ることがタメにはならないと即座に判断したリ・デストロは…

 

「私の正体を知っているとは…あなたは何者ですか?」

 

『ふふふ、愚かな質問をするねぇ…』

 

「…答える気はない…か………それで…我々に対する要件とは?」

 

『ふふっ……それも気づいているんだろう?…敢えて聞くのかい?』

 

「…昨日、折寺町で起きた《2つの事件》ですかな?」

 

『ふっはははっ…その通りだ…』

 

 何もかも見透かされているような上から目線の言い方で追い詰めてくる電話の相手に…リ・デストロは不愉快な気持ちを募らせていた…

 

「なら率直に聞く、私達に何を求めてるんだ?《金》か?《武器》か?」

 

『…違う……僕は君達に協力を求めたいんだ…』

 

「協力?」

 

『あぁ……まずは…そうだねぇ……今…君の近くでこちらを逆探知しようとしている《優秀なハッカーのハッキング技術》とか…』

 

「「ッ!!!!???」」

 

 リ・デストロとスケプティックは咄嗟に窓の外や部屋中を調べたが、盗聴や盗撮をされている様子はなかった。

 

『心配しなくても、僕は君達のことを表沙汰にする気は更々ないよ……そうするとコチラにもデメリットがあるからねぇ…』

 

「………それで?…彼に何をさせるつもりですか?」

 

『なぁに…彼にとっては簡単な仕事さ……これから《彼が使っているパソコン》に《ある情報》を送信する……それをタイミングを見計らって世間にリークしてほしい…』

 

ピロリン♪

 

「ッ!!???何処から!??発信元は!!」カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ

 

 スケプティックは突然、自分のノートパソコンに送られてきたメールの確認をそっちのけで、メールの主を探(さぐ)りだした!

 

『ふふふ…探っても無駄だよ。…それよりメールの内容を確認してほしい……内容は大きく分けて《3つ》。その内容を見れば……僕が彼に何をしてほしいのかがきっと分かる筈だよ?』

 

「………スケプティック、逆探知はもういい…それより送られてきた3つのメールを見せてくれ」

 

「………分かりました…」

 

 スケプティックは全く納得してない表情をしていたが、命令にしたがい《送られてきた3つのメールの中身》を確認した。

 リ・デストロも自分の目で確認するために、スケプティックにノートパソコンを持って来させた。

 

「…………………こっ!?これは!!?」

 

「……いったい…こんな情報をどうやって!?………いや…そんなことを聞く必要はないか……我々のことを知っているのだから……《一般市民の個人情報》と《No.2ヒーローの家庭情報》を手に入れるなど簡単なことか…」

 

『ふふふっ…』

 

「だが…もう1つのメールの内容は信用性に欠ける………本当に《この言葉》が《例の無個性の中学生》を死に追い詰めた《名前の伏せられたヒーローの言葉》なのか?」

 

『嘘はないさ……と言っても君達にそれを証明する証拠は無い。……だが君達なら《この3つの情報》をどう使うべきなのか…既に頭の中で計画を立て始めてるんじゃないかい?』

 

「…ふん……確かに《コレ》を利用しない手はないか…」

 

『ここまで話せば…僕達が何を望んでいるのかは…自(おの)ずと分かるんじゃないかい?』

 

「《ヒーロー社会の混乱》…《ヒーロー達の信用を落とすこと》…かな?」

 

『その通り……成功した後日にまた連絡する……その時にはきっと……世間は《面白いこと》になってるだろうからね…』

 

「……いいでしょう……《この情報》は我々が有意義に使わせていただきます。しかし…貴方が本当に望んでいることとは何だ?」

 

『ふふ…いずれ分かる…では成功を祈ってるよ……それと1つアドバイスをしておく。現在買い占めるか悩んでいる《サポートアイテム企業》についてだが、直ぐに買い占めることをオススメするよ?《1社でも多く》ね…』

 

 それだけ言うと電話が切れた…

 

 スケプティックはノートパソコンの前で頭を下に向けて、長い髪で顔を見えないようにしていた。

 

「……逆探知はできなかったようだね。失敗したな、Mr(ミスター).スケプティック…」

 

 リ・デストロの発言を聞くや否や、スケプティックは自分のノートパソコンを閉じると、無言のままフラフラと歩いて部屋の出入口へと向かい、扉を開けて出る際に…

 

「失敗?何のことですか?リ・デストロ…私は過去《一度》しか失敗したことがないんだ。そう《一度》だ。人生でたった《一度》!訂正してください!これは失敗じゃない!必ず見つけ出して見せますよ!」

 

「ああ…その通りだ…スケプティック。それとその《3つの情報》についてだが……どうするかは君に任せるよ…」

 

「了解…」

 

 スケプティックは《物凄い血走った目》をしながらリ・デストロに返答して、部屋から出ていった…

 

「『面白いこと』だって?……それを起こすのは遅かれ早かれ我々だ…」

 

 リ・デストロは目の回りを黒く染めながら…窓からの景色を見た…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから時間が経過したある日(ヒーロービルボードチャート上半期から3日目)…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スケプティックがヘドロヴィラン事件後に、タイミング良くバラ撒いた《3つの情報》によって、《ヒーロー社会のバランス》は完全に不安定になった…

 

 そんな社会の不安定に比例して、デトネラット社が4月の中旬に纏めて買い占めたサポートアイテム企業の業績は順調に伸びつつあった!

 《ヘドロヴィラン事件でのプロヒーローの情けない有り様》を知ってなのか、《ヒーロー達に対する不満が爆発した一般市民》が挙(こぞ)ってサポートアイテムを買っているためである!

 しかもデトネラット社は、日用品(衣服や靴など)と同様に《その人の容姿と個性に合わせたサポートアイテム》をオーダーメイドで開発を始めただけでなく、一般市民でもお手頃に買える価格で販売を始めたため、業績は右肩上がりだった!

 

 

 

 しかし…ヒーロービルボードチャート上半期(4日前)にて《1つ》で誤算が生(しょう)じた…

 

 それはヒーロー協会が《20年以上前に引退した先代No.1ヒーローの神様を復帰させたこと》だった…

 

 神様が復帰した途端、日本のヴィラン発生率は急激に下がった。

 ヴィラン発生率が下がれば、サポートアイテムを買う人も減ってしまう……

 そうなれば折角買い占めたサポートアイテム企業で赤字が出て無駄になる…

 今はまだ安定しているが、神様が復帰したことはデトネラット社にとってはマイナスでしかない…

 

 リ・デストロが1人社長室でその対策を考えていると…

 

 

 

PRRRRR…PRRRRR…PRRRRR…

 

 

 

 また電話が鳴った…

 

「はい、サポート企業デトネラット社代表取締役社長の四ツ橋力也」

 

『………』

 

「………またアンタか…」

 

『久しぶりだね……リ・デストロ……この前、君の元へと送った…僕の《感謝の気持ち》は受け取って貰えたかな?』

 

「ええ…丁度サポートアイテム企業の買い占めでかなり使い込んでしまったのでね。懐が暖かくなりましたよ」

 

『そうか…それは良かった…』

 

「それで?今回の電話の内容とはなんだ?今度は我々に何をさせる気だい?」

 

『話が早くて助かる……無駄な世間話は省略して本題を伝えよう…』

 

 リ・デストロは《電話の主》が何か大きなことを企んでると踏んで、さっさと要件に移るよう仕向けた。

 

『実は3日後に《ある作戦》を決行するため、君達の協力が必要不可欠になったんだ…』

 

「《作戦》?」

 

『そう…《折寺中学生同時襲撃作戦》をね…』

 

「中学生の襲撃……本気か?」

 

『僕は本気さ、だがそれをするためには人手が必要……100人や200人では到底足りない。……だが君には《人海戦術に優れた部下》がいるんだろう?』

 

「お見通しか……《潜伏解放戦士》達のことも…」

 

『当然、もうすぐその戦士達も10万人を達成するそうじゃないか……この作戦の暁(あかつき)には…直ぐに達成できるよ…』

 

「つまりこういうことか?我々に《折寺中学校の生徒達》を同時に襲えと?」

 

『単刀直入に言うとそうなるかな。大人数で役割分担すれば…例え100人以上の生徒が襲われたとしても…犯行事態が地元民やヒーローや警察の誰にも気づかれずに済む…』

 

「……そんな上手く行くとは思えないがね……貴方も知ってるだろう?《先代No.1ヒーローの復帰》を?いくらオールマイトとエンデヴァーが入院中とはいえ、神様が復帰したこの状況で事件を起こすなど自滅行為に等しい。それにあの地元のヒーロー達は相当叩かれたようで、ヒーローとしての仕事に力を入れているんじゃないか?」

 

『確かに、普通に考えれば《元No.1ヒーロー》の《神》は…この作戦において1番の障害。……だがそれには手を打ってある。それに折寺町にいたプロヒーロー達は、今は県外にヴィラン退治へ行っている者がほとんどだ。…つまり…今の折寺町にプロヒーローはほぼいないと言うわけさ…』

 

「…折寺町のプロヒーローについては分かった。しかし《神様》はどうする気だ?まさか『我々に神様の相手をしろ』…なんて言うんじゃないだろうな?」

 

『まさか……僕だって《神》の相手をするのは恐い。《神》については《ヒーロー狩り》を利用する算段になっている…』

 

「なに!?《ヒーロー狩り》を!?」

 

『そうだ……とは言っても直接相手をさせる訳ではなく……北海道や九州などで《ヒーロー狩り》に事件を起こしてもらい、それを知った神が都心から離れた…その隙(すき)に《折寺中の生徒達》を襲撃する……というのが僕の計画だ…』

 

「…《陽動》ということだな…」

 

『そうだよ…』

 

「成る程、シンプルだが作戦の成功率はグンと上がるな…」

 

『当然、もし君達もこの作戦に賛同してもらえるのなら、作戦成功の暁にはまた《それ相応の報酬》を用意するよ?』

 

「報酬ねぇ……だが…参加の云々(うんぬん)以前に確認させてくれ?そんなことをして…君達に何のメリットがある?君の話を聞いた限りじゃ…《折寺中学校の生徒を襲撃すること》と《ヒーロー社会をまた混乱させること》は、我々に対してはメリットはあれど…貴方にはそこまでのメリットになるように思えないのだが?」

 

『ん~確かに端から見ればそうかもしれないね。だが考えてみてくれたまえ……今回の作戦が成功したら《被害にあった生徒達》と《その親や家族達》そして《折寺中の卒業生達》は今後どうなる?』

 

「……社会に爪弾きにされ…《居場所》や《仕事》を失う…と?」

 

『だろうね……折寺中の生徒達は《例の無個性の同級生》をイジメて死に追いやったことによって、厳罰で奉仕活動をしているみたいだ…《心から反省している生徒》もいるだろうが、その反対に《全く反省していない生徒》や《辛い現状に耐え兼ねて逃げ出す生徒》もいるようで、悪い噂しかない………ここまで言えば…僕が何を求めているのか…理解できたんじゃないかい?』

 

「……まさか…我々と同じように《人員の確保》が目的ということか…」

 

『そういうことだ。その生徒の中には《優秀な個性を持った生徒》もいる………今じゃ《騒乱の象徴》とも言われている《爆豪 勝己》の《爆破の個性》とかね…』

 

「ほぅ…あんな《社会の不和》を引き入れるつもりか?正気の沙汰とは思えん…私なら要らないな」

 

『無論、彼らを受け入れて仲間にするかは君の判断次第だ。作戦が成功したならば…その《爆豪 勝己率いるクラスメイトとその親達》以外の人々は君達に譲ろう。大雑把に見ても全体の90%って言ったところかな?」

 

「なんだと?それは我々にとっては《願ったり叶ったり》だが、君も《人員の確保》が目的じゃなかったのか?それでは100人も確保できないんじゃないか?」

 

『そうなんだが、僕は君達のように大人数を受け入れられるような《スペース》が無くてね。だから人数はそちらが多く確保して構わないよ、生徒と一緒にその家族も丸め込めば、10万人なんてあっという間じゃないかい?』

 

「なんとも……この作戦の核は君達だ。てっきり半分程しか我々は確保できないと思ったがね」

 

『君達に作戦の協力を持ちかけたのは僕達だが、この作戦に対しては君達の方が圧倒的に手間を掛けさせてしまう。その負担も考慮すれば、僕達よりも君達の方に多く利益がなければいけない……そうだろ?』

 

「随分とまぁ…君は先を見越してる人だねぇ…。いいでしょう…貴方の《作戦》に我々《異能解放軍》は協力しましょう…」

 

『助かる。…あぁ…言い忘れてたけど…《例の無個性の中学生》だけは《襲撃》にも《人員確保》にも含まれてない除外対象だよ?』

 

「当然、《異能を持たない人間》を引き入れてもメリットは無いからね…」

 

『では作戦の内容を教えるが、メモを取る必要はないだろ?さっきから僕との会話は《録音》しているみたいだからねぇ…』

 

「…ふっ…何でもお見通しか…」

 

 それから《電話の主》は、リ・デストロに対しては《折寺中学生同時襲撃作戦》の詳細を説明した。

 と言っても、襲撃のやり方や手段のほとんどは《異能解放軍》に全て任せされ、《電話の主》が伝えたのは、大雑把にいうと《襲撃のタイミング》だけだった。

 

 異能解放軍がやるべきことは《神様が遠くの県に行っている間に、大人数で折寺中の生徒達を同時に襲撃する》という内容だったのだ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして今日、幹部の4名とそのボスであるリ・デストロは…祝杯をあげていた…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 《折寺中学生同時襲撃事件》…

 

 死者こそ出なかったが、この個性社会の不満が《1つの学校の生徒達》へと向けられた…

 

 その結果として沢山の人々(個性を持った折寺中学校の生徒達とその家族)が絶望へと叩き落とされ…世間からバッシングを受けて追い詰められ、彼らはその襲撃事件で社会的に居場所を失った。

 

 そんな彼ら(襲撃された生徒とその家族)を、自分達の組織(異能解放軍)へ引き入むことをリ・デストロが決断した。

 それは折寺生徒数だけでも80%(3年の5クラスの内4クラス分の生徒)近くはいる。

 とは言え80%の生徒だけでも100人は超えている、それが生徒の家族を含めるとなれば単純に考えて300人や400人はいると仮定しても少なくはない。それに加えて《折寺中の卒業生達》である現在は《大学生》や《社会人》も含めれば場合によっては1000人を超える。

 そんな大人数を一気に受け入れるなど簡単なことじゃない…

 

 しかし…それを可能にしてしまう《幹部》が異能解放軍には存在した…

 

 異能解放軍の主力メンバーの1人《トランペット》こと《花畑 孔腔(はなばた こうくう)》。

 彼の表の顔は、なんと政党《心求党》党首!

 人を引き寄せるには、彼以上の人材はいない!

 

 彼によって、折寺町の《襲撃を受けた生徒とその家族》と《折寺中の卒業生達》を快(こころよ)く受け入れる形で、異能解放軍戦士が多く住む町である《愛知県の泥花町》へと移住させつつあった。

 

 社会的には追い詰められ…親は仕事を失い…もはや彼らには…折寺町に居場所などがなかった…

 

 そんな彼らの前に《花畑 孔腔》が現れ、優しく手を差し伸べてくれた…

 

 世間的には《花畑が社会的に苦しめられている彼らに同情して、現在花畑が住んでいる泥花町へ移住しないかと提案を出した》…ということになっている。

 

 しかもそれだけじゃない、そんな彼らへ《住み場所の提供》や《生徒達の転校する学校》《仕事を失った親や社会人への仕事の紹介》まで花畑はしてくれると言うのだ!

 正に《至れり尽くせり》、逆に断る理由が無かった。

 

 これにより花畑の予想では、今年の夏を迎える頃には《被害にあった全員》が愛知県の泥花町へ移住すると見られている。

 

 勿論、彼らがそうなるように手引きしたのは、全ては《異能解放軍》が裏で手を回したことである…

 

 

 

 

 

・居場所を失った彼らを折寺町から泥花町へと移住させるように仕向けたのは《トランペット》…

 

・彼らが泥花町へとやって来てから、マスコミに絡まれることと、ネットで誹謗中傷を受けることを防いだのは《スケプティック》…

 

・心が荒(すさ)んでいた折寺町の人々……特に折寺中の女子生徒達の悩み相談を親身になってカウンセリングをしたのは《キュリオス》…

 

・泥花町の人々が、折寺町の人々をスンナリと受け入れたのはその町のほとんどの住民は《潜伏解放戦士》だったから…

 

・折寺町から泥花町へとやって来て直ぐに、住み場所と仕事先を紹介したのは《リ・デストロ》…

 

 

 

 

 

 自分達を助けてくれた人達が、自分達を絶望の底へ叩き落とした組織の1つだとは知るよしもなく、折寺町の人々は《異能解放軍の手の中で踊らされていた》…

 

 

 

 

 

 作戦の成功により異能解放軍は大きくメリットを得ていた。特に今回の作戦が好機なものであったのは、メンバーの紅一点である《キュリオス》であろう…

 

 彼女は今回の作戦を通して《スランプ》を脱し、今も《絶好調》だからである。

 

 彼女が《2つの襲撃事件》に関わることになったのは、今から10日程前のことである…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●とある出版社…(《2つの襲撃事件》の数日前…)

 

 

 5月の始め……世の中はゴールデンウィーク真っ盛りの中、ある出版社では窓の外が暗くなっても1人残業し、パソコンの画面を睨む《水色肌で紫色のロングヘアーの黒目の女性》…《気月 置歳(きづき ちとせ)》こと《キュリオス》が新しい記事の作成に煮詰まっていた。

 

「……はぁ…こんな内容じゃ駄目だわ……《オールマイトやエンデヴァー達ヒーローの失態》《折寺中生徒の不評》《ヒーロー狩りの粛正》《無個性達の個性社会への報復》……どれも廃(すた)れ始めてきてるわ…」

 

 彼女は今、絶賛スランプに陥(おちい)っていた。

 最近は《ヒーロービルボードチャート》及び《先代No.1ヒーロー神様》を中心とした雑誌の方が売れており、自分達(異能解放軍)が裏で手引きし、事件を大事(おおごと)を起こしたことで不幸な日々を送っている《折寺中生徒》《ヘドロヴィラン事件のヒーロー》《家庭を持つヒーロー》の現状についての情報は、世間の人々に飽き始められていた。

 

 キュリオス自身は《他人の幸せ》よりも《他人の不幸》を記事にするのが得意なため、《神様の復帰》によって人々が平穏な日々を取り戻そうとしている現状は望ましくなかった…

 

 そのため、新しいネタを思うように見つけられず、同時にデスクの上に積まれた《他社の雑誌の表紙》を見てまた頭を悩ませていた。

 

 

 

《オールマイトとエンデヴァーが神に敗北!?》

 

《20年以上経った今でも神様は現役!?》

 

《オールマイトはもうすぐ退院だが、エンデヴァーはまだ入院中!》

 

《リカバリーガールがエンデヴァーの治療を拒否!?》

 

《元No.2ヒーローエンデヴァー、このまま復帰できず引退か!?》

 

《リカバリーガールに治癒を断られ、エンデヴァーは早期退院出来ず!?》

 

《エンデヴァーが退院するのは、いつになるのか!?》

 

《セントラル病院とエンデヴァー事務所に群がる!!エンデヴァー否定派集団がデモ!?》

 

《エンデヴァーのヒーロー復帰を人々は望んでいるのか!?》

 

《エンデヴァーによって燃やされたワイルドワイルドプッシーキャッツの私有地(山)の復興はいつになってしまうのか!?》

 

 

 

 個性婚に加えて家庭内暴力をしていた《エンデヴァー》と、No.1らしからぬミスをした《オールマイト》に重傷を負わせ病院送りにした《神様》。

 本来なら《ヒーロー同時の闘い(喧嘩)》は絶対に許されることではないが、今回ばかりは《世界中の人々に日本のヒーローが頼れる存在であることを知ってもらうため》と《ヒーロー達のお手本であるトップヒーロー2人に反省してもらうため》に、ヒーロー公安委員会が許可したのである。

 これはこれで、オールマイトとエンデヴァーにとっては《不幸》であるのだが、キュリオスが求めているネタとしてはインパクトに欠けるため、これを記事にはしていない…

 

「今一度、世の中の人達が《雑誌の表紙を見ただけでも手に取りたくなるようなインパクト》じゃないと!でも《神様の復帰》も…若者に対してはそこまで響いてないみたいだし……本当にどうしようかしら……昨日インタビューに行ってきた《美術大学生の仮免への意気込み》も、掲載するのにはパンチが足りないのよねぇ…」

 

 パソコンの画面を見ながら、キュリオスは溜め息を吐いて愚痴を呟(つぶ)やいた。

 

 そんな中、キュリオスは徐(おもむろ)に昨日の《美術大学に通う4人の生徒》のインタビュー映像をパソコンに映し流した。

 

 実は今、ジャーナリスト達は《仮免試験に再チャレンジしようとしている大学生や社会人》にインタビューをしている者がかなりいるようで、キュリオスも気分転換を兼ねて、《とある美術大学》へ許可をもらってインタビューに行っていた。

 

 

 

 

 

 

●パソコン画面…

 

 

『それじゃあインタビューを始めていくわ。まず最初に我々のインタビューにご協力いただきありがとう。最初にお名前と趣味からコメントお願い』

 

 とある美術大学の応接室でキュリオス率いる出版社達は、《4人の男子大学生》にインタビューしていた。

 

『僕はグラノ。趣味は《模型(オブジェ)とジオラマ作り》と《その模型で遊ぶこと》っしょ!』

 

 グラノという《金髪の大男》は趣味を語るに当たって、用意してた鞄を開いて中から《戦車》《柴犬》《ヘリコプター》の模型と《模型を使ったジオラマの写真》を出してキュリオスに見せた。ただし写真は1枚や2枚でなく10枚以上も出して見せつけてきた!

 

『全てが僕の自信作っしょ!』

 

『(成る程…《模型オタク》ね。こういうタイプは話し始めると長くなるから、さっさと次に移りましょうか…)』

 

 キュリオスは、グラノが模型の話を何とか切り上げて、次に《全身を覆う黒いライダースーツを着る派手な金髪の男》に話しかけた。

 

『俺はギタール!見ての通り音楽を愛するロックシンガーだ!俺の趣味である《芸術的ギターリング》を聞いて酔いしれさせてやるぜベイベェー!』

 

 ギタールという男は、その見た目からバンド好きのようで、キュリオスは彼が背負っていたギターケースから《ギター》が出てくると確信していた………のだが…

 

『Come on(カモン)!My Friend(マイ・フレーーーンド)!』

 

 ギタールがギターケースから取り出したのは何故か《マイク》だった…

 

『(って!《カラオケ》じゃないの!!?何が《ギターリング》よ!!!)』

 

 っと…キュリオスは内心ツッコミ入れたが、ここでツッコミを入れたら負けだと思い、敢えて普通に対応した。

 

『あぁ…えっと…すみません、《歌》は後程(のちほど)ということで、今はインタビューに答えていただけませんか?』

 

『おん?それもそうか。それじゃあ後で《俺様の芸術的なギターリング(という名のカラオケ)》もカメラに収めてくれよ!将来俺様がトップヒーローになったら《お宝映像》になるぜベイベェー!』

 

『ええ、そうさせていただくわ。

(だから《ギターリング》じゃなくて《カラオケ》じゃないの!それ!!)』

 

 《マイク》を片手にそれを《ギターリング》と言い張るギタールに、キュリオスは呆れていた…

 

『《次私(つぎわたし)、名前ムーニン、趣味俳句》』

 

 3人目はムーニンという《詩人のような和風の服装した黒髪の男》は、俳句の《五・七・五》で会話しているが、それでもさっきの2人よりはマトモだとキュリオスは思った………が…

 

『《この日のね、ために悩んだ、この私服》……ゴホン!…ここで一句…』

 

『?』

 

『 ” コーディネートは……こうでねえと! ” 』

 

『(《ダジャレ》!!!??ていうかただの《寒い親父ギャグ》!!!??俳句でも何でも無いじゃない!!!何なのよ!!この面子!!??)』

 

 マトモだと思ってた3人目も、ある意味でマトモじゃなかった…

 

『《パステロよ、最後はお前、あと頼む》』

 

『OK!ムーニン!始めまして!僕はパステロ!趣味は《絵画》!今回のインタビューのために用意した《僕のとっておきの芸術(アート)な絵画(かいが)》をお姉さんに見せてあげるよ!ピカソも驚くスッゴいの~!』

 

 最後の1人でパステロという《カラフルな絵の具の汚れが少しずつ付いている服を着た黒髪の大男》。キュリオスは最後の1人こそはマトモな趣味を持っていると信じた………しかし、パステロが懐(ふところ)から取り出した物は……

 

『ジャジャーーーン!!!』

 

 堂々と満面の笑みでパステロが見せたのは、まだ色が塗られてない《ぬりえ用紙》……しかも小さい子供用の…

 

『(ただの《ぬりえ》!!?何処が《芸術(アート)》で《絵画(かいが)》なのよ!!???本当に大学生なのコイツら!!??……はぁ…なんだろう……今まで学生をインタビューしてきて……自己紹介の時点でこんなに疲れたことあったっけ…)』

 

 4人の男子大学生の(衝撃的な)趣味に、キュリオスは根負けしていた…

 

『ギタール、ムーニン、パステロ。僕達の素晴らし過ぎる《芸術(アート)》に、お姉さんも感動して何も言えなくなってるっしょ!』

 

『当然だぜグラノ!俺達の最高の《芸術(アート)》をこんな間近で見られて聞けるんだからなぁ!』

 

『《ダジャレこそ!最上級の!ポエムなり!》』

 

『こんなに感動してくれるなんて!お姉さんの髪色と同じく!今の僕の気分はハッピーパープルだよ!』

 

『(感動なんか微塵もしてないわよ!!呆れてものが言えないだけ!!!…有名な美術大学に通う《元ヒーロー高校の生徒》って言うから来てみたけど……ここはハズレだったわ………リ・デストロも…彼らを異能解放軍へは勧誘しないわねぇ…)』

 

 キュリオスは心の中でそう呟いた…

 

 

 

 それから呆れる気持ちを表に出さず、記者として4人にインタビューをしていった。

 

 しかし…インタビューの最中も、《オブジェの自慢話を始めるわ》《いきなり歌い出すわ》《ダジャレを連発するわ》《ぬりえを書いてみないかと進められるわ》で、最後の質問をする頃にはキュリオスは完全に疲れきってしまった…

 

『えぇっと…それでは最後の質問をします。皆さんの《仮免試験に向ける意気込み》を教えてください』

 

『僕自身もビックリしてるっしょ!高校3年で仮免に受かれなかった時は本当に絶望したっしょ…でも!諦めかけてた《ヒーロー》なれるチャンスが、こんなにも早く来てくれるなんて思わなかったっしょ!今度こそ皆で合格してみせるっしょ!』

 

『このチャンスを逃す気はねェぜ!合格あるのみ!4人揃ってヒーローデビューだぜ!ベイベェー!』

 

『《やはり夢、捨てることなど、出来ぬかな》』

 

『天から舞い降りてきた一大チャンス!ラッキーピンクだよ~!』

 

 4人共に《フザけた格好》と《変わった趣味》をしているが、《ヒーローを目指す気持ち》に嘘は無いようだった。

 

 

 

 

 

 

 パソコンに流したインタビュー映像が終わった…

 おかしな4人組ではあったが、これを掲載すれば《ある意味》でインパクトはあった。

 キュリオスが求めるインパクトには程遠かったが、来週の雑誌の期限も迫っているため《この大学生達のインタビュー内容》を中心に記事にしようとした……

 

 

 

 その時だった!

 

 

 

 キュリオスのスマホに、異能解放軍リーダー《リ・デストロ》からの電話が来たのだ!

 

 

 

 そして電話後、キュリオスは先程の《美術大学生達のインタビュー》を記事として完成させた…

 

 しかし《大学生達のインタビュー記事》は、来週掲載される雑誌の端の方へと追いやられてしまうことになった…

 

 何故なら…雑誌の見出しを飾るのは、リ・デストロからの連絡で事前に起きると分かっていた《2つの襲撃事件》がメインになったのだから…

 

 

 

 そんな彼女は…《2つの襲撃事件》のあった日に…折寺町へと訪れていた…

 

 

 

 何しに折寺町へ行ったのかって?

 

 

 

 彼女は《記者》であり《ジャーナリスト》である…

 自作自演でも事件が起こると分かっていて、現場に赴(おもむ)かないジャーナリストが何処にいるだろうか?

 

 彼女は折寺中学生達が《折寺中3年生と個性が被ったことで要らぬ被害を受けた不良達》と《潜伏異能解放戦士》に襲撃される際に、襲撃現場を地元民に目撃されないための《折寺町を偶然訪れた一般人役》をやって来ていたのだ。

 

 そして、タイミングを見図って襲撃現場の裏路地に乱入、《作戦の全貌を知らない不良達》と《作戦を知ってる潜伏異能解放戦士》達をその場から逃がした。

 

 そんなキュリオスは、自分の足元で《気絶し倒れている血まみれの女子生徒》に対して《心配する素振り》などを一切見せずに…

 

『最高だわ!!良い記事が書けそう!!!雑誌の表紙を飾るタイトルは……そうね…《社会に見捨てられた哀(あわ)れな子供達の末路》…いや…《未来を握り潰された可哀想な子供達の有り様》…それとも…《ヴィランになることも許されず、進む道を失った子供達の終点》っていうタイトルも捨てがたいわね!!!ん~迷うわ~♪』

 

 キュリオスはそう発言しながら、持っていたカメラで機嫌良く《気を失った瀕死の女子生徒の有り様》を撮りまくった…

 

 その後《怪我をした女子生徒》は、キュリオスが呼んだ救急車に運ばれ病院で手術を受けてなんとか一命を取り止めた…

 

 ただ…救急車への連絡は…キュリオスが《雑誌の表紙タイトル》を決めた時(20分後)だった…

 

 彼女のジャーナリスト精神として《雑誌の表紙を飾るタイトル》を決めるのは、とても大切なことらしい…

 

 それは例え……目の前で《大怪我をして苦しむ子供がいた》としてもだ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キュリオスは少し前の出来事を思い出しながら、リ・デストロと主力メンバー達と共に《これからの活動》について話ながら食事していた。

 

「それにしても、私達の《三文芝居》に世間はまんまと騙されてくれたものだ…。事件発生の数日前に《折寺町へやって来た県外ヒーロー》全員が《潜伏解放戦士のヒーロー》だと知らずにね…」

 

「今彼らは《折寺町の新たな英雄》と称えられております。私もここまで思ってた通りに事(こと)が進むと逆に疑いたくなりますよ…」

 

 リ・デストロとトランペットは、自分達が荷担した作戦が成功したことに喜びながらも、余りにも良すぎる結果に多少の違和感を感じていた。

 

「ヒーロー協会も疑う様子がないみたいだ…態々(わざわざ)異能解放ヒーロー達を折寺町へ派遣する日をズラしたかいはあったと言うことだな…」

 

「そのおかげで…僕達も余裕で逃げられた…」

 

「私と私の信者達も《良い写真》を確保できて満足よ」

 

 スケプティック、外典、キュリオスは襲撃事件の際に、折寺町に送った《異能解放ヒーロー達》によって事件の真相が公(おおやけ)にされなかったことについて語っていた。

 

「スケプティック、警察やヒーローに我々の存在を嗅ぎ付けられた可能性は?」

 

「皆無ですよ皆無。その点のぬかりはありません。奴ら今、揃いも揃って責任の擦り付けあいをしてます…」

 

「そうか。トランペット、折寺中の生徒達は今どうしてる?」

 

「はい、あの襲撃から退院する前日に《ヒーロー協会》及び《ヒーロー公安委員会》の人間がやって来て、厳罰として受けていた奉仕活動は強制解除とし、同時に折寺中3年生達は厳罰期間中の《転校》や《引っ越し》は禁止されてましたが、それも許されたそうです。それを機に私の誘いを受けた生徒と親達は折寺中学校から泥花中学校へ転校する考えの模様です」

 

「そうか」

 

「ただし、被害者である《無個性の男子生徒》と、その加害者である《騒乱の象徴・爆豪 勝己》とは、生涯関わらないというを条件付きですがね」

 

「大した《条件》になってないじゃないの…」

 

「厳罰の奉仕活動もペナルティ方式でズルズル期間が延びてしまい、このまま続けていたら卒業しても続けることになってたらしいからな…」

 

「たかが《ゴミ拾い》と甘く受け止めて、社会からの《冷たい対応》に精神が保てなかったんでしょう…」

 

「計画では《彼ら》をこちらに誘ったトランペットが《世間から何かと批判と罵倒される》場合、潜伏解放戦士達とスケプティックによってその罵倒を揉み消す予定でいたが……《人の感性》とは面白いものだねぇ…」

 

「本当ですよ、私に対する《罵倒》どころか、むしろ逆に《好感の声》があがり、信者が急激に増えましたからね」

 

「これなら今回で潜伏解放戦士は10万人を達成した矢先に、15万人超えも夢じゃないわね」

 

「あと1ヶ月も経てば、《爆豪勝己と無個性の男子生徒がいたクラス以外の生徒達》が折寺中から………いや折寺町から居なくなるか…」

 

「いやいや、その《無個性の男子生徒》以外の折寺中学校から生徒は居なくなるのでは?」

 

「ふむ…そうだねぇ、例の《電話の主》は《その無個性の子供》以外の《爆豪 勝己を含む個性持ちの生徒達》と《その生徒の親》を自分達の元へ引き入れる予定らしい。彼ら(爆豪勝己を含む個性持ちのクラスメイト)はトランペットからの……正確には我々からの誘いを貰えずに、今もまともな生活を送れず絶望している。そこへ《別な人間》から誘いが来たのなら…即座に誘いを受けるだろうね。それが例え《ヴィラン組織》だろうと…」

 

「にしても《爆豪 勝己》を引き込むなんて…その《電話の主》は何がしたいのかしら?」

 

「あんな《鎖の切れた猛犬》を欲するなんて…《電話の主》はイカれてるのでしょうか?」

 

「全くだ、私もそれだけが理解できぬよ…」

 

「そういえば、リ・デストロに《電話をかけてきた男》の《本当の目的》は、結局なんだったんでしょうか?」

 

「さあ、それだけは分からないままね」

 

「ふん!ソイツが何を企んでいたかなど私には関係ない!必ず必ず…必ず!この私が正体を暴(あば)き!見つけ出してやる!」ネチネチネチネチネチネチネチネチ

 

 実はスケプティックは、1か月前に電話があったあの日から時間を見つけてはずっと《電話の主》を探り続けてもいた。

 

 だが…未だに見つけ出せてはいない…

 

 なので、《電話の主》についての話になると、スケプティックは顔では笑っていても、目は血走って明らかに機嫌が悪くなる…

 

 『失敗』という言葉を受け入れたくないがために…

 

「(やれやれ………だが…確かにその通りだ。《ヒーロー社会を不安定にすること》《現役ヒーロー達の社会からの信頼を無くすこと》以外に何の目的があると言うんだ?それに今更だが…いくら《神様》を警戒してるとはいえ、たかが100人程度の人間を確保するために、こんな大袈裟なことをする《真の目的》とは何なんだ?いったい何が望みだというんだ?)」

 

 リ・デストロは今回の作戦の首謀者である《電話の主》が本当に望んでいることが何なのかが分からず終いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして…3つ目のヴィラン組織…

 

 《ヒーロー狩り》と《異能解放軍》に協力を求めて連携して《2つの襲撃事件》を企てた…

 

 個性社会に混乱を招き…

 

 《ヒーロー》という存在を陥(おとし)れ…

 

 大勢の人々を地獄へと突き落とした《ヴィラン組織》…

 

 

 

 《2つの襲撃事件》から1ヶ月以上の時が過ぎた6月末…

 

 爆豪勝己と緑谷出久以外の《2人のクラスメイト達(28人)とその親達》が《あるヴィラン組織のアジト》にいた…

 

 世間からは《花畑党首》の誘いを受けず引き取られなかった《爆豪勝己のクラスメイトとその親達》は、現実から逃げるため家族総出で生徒の厳罰が強制終了したため、失踪して行方不明となり消息を絶っていた…

 

 

 

 勿論……《真実》は違う…

 

 

 

 彼らは全員《失踪》したのではなく…

 

 

 

 《誘拐》されたのだ…

 

 

 

 そう……3つ目のヴィラン組織である…

 

 

 

 《ヴィラン連合》に…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●とある研究施設…(ヘドロヴィラン事件から2か月半後…)

 

 

None side

 

 窓のない暗い大部屋…

 

 室内には怪しげな光を放つ巨大なカプセルが大量に存在し…床を埋め尽くす無数のコードがカプセルに繋がれていた…

 

 そのカプセルの中には…《人の形をした何か》が入っていた…

 

 そんな気味の悪い部屋で《身体中にチューブが繋げられた大男》と《太った老人》の2人が話をしていた…

 

「それにしても…アナタは人が悪いですなぁ…オール・フォー・ワン。《エンデヴァーの家庭内暴力》と《オールマイトの失言》に追加して《例の学校の3年生達の個人情報》まで公(おおやけ)にするとは…」

 

「フフフッ…《誉め言葉》として受け取っておくよドクター。…だがそれは必要なことだったのさ、僕が生きていることを彼ら(ヒーロー達)はまだ知らない………向こうからすれば僕は死んだことになっている……《僕達》の元へ辿り着くことはないよ。《彼らの誘拐》だってあれだけ手間をかけたんだ。おかげで彼らが姿を消したのは《失踪》という扱いになったからね…」

 

「馬鹿なヒーローと警察ですよ。まぁそのおかげで…神様にも気づかれることなく…私達は《彼ら》を確保することが出来た」

 

 ドクターはそう言うとモニターに《ある映像》を映した。

 そのモニターには《檻の中に閉じ込められた人々》が映し出された。

 

 身体中に怪我をして項垂れている《成人男性》《成人女性》《少年》《少女》とそれぞれ分けられ…無数の檻(おり)に入れられている映像が流れた…

 

「《行方不明》や《消息不明》になっても…世間の人々は『彼らは現実から逃げた』としか思わんさ。当の《ヒーロー協会》も《警察》も今は手一杯な状況だからね…」

 

「確かに…我々の策略によって面白いように世間からバッシングを受けて追い詰められてくれた。それに全ての発端は《彼らが無個性差別をしたこと》ですから……我々にとっては好都合でしたよ。それによって彼らは今…私達の手元にいる…」

 

「こうなることが《彼らの運命》だった。いやはや…誰がここまで彼らを追い詰めてしまったんだろうねぇ…」

 

「ここに来るまでの彼らの現状は、外へ出れば完全に《村八分》状態……誰も彼もスマホや携帯が使えず……中には親が仕事を失って暴力を振るわれている家庭も多数あった……そんな荒(すさ)んだ環境によって少年少女達は《自分の居場所》と《将来の夢》を失いつつある………そんな未来ある若者達の進むべき道を…アナタは閉(と)ざした訳ですからなぁ…」

 

「人聞きの悪い言い方は止してくれよドクター、それを言うなら《個性で成り立つこの世界事態》が悪いんだ。優れた個性を持ってしまった故に自分でも気づかぬ間に増長し…結果として他者を平気で見下し傷つける…そんな人間が蔓延(はびこ)る社会になったからこそ……僕のような《悪》が存在してしまうんだよ。あのクラスの個性を持った生徒達は《無個性の同級生の存在》を否定していた……彼らは遅かれ早かれここに来るべき未来だったんだよ。僕はその彼らの進む道にあった《石》をどけてあげただけさ。ましてや《将来ヒーローを目指す子供》が、自分の《過去の過ちと罪》を包み隠して生きるなど間違ってる……ヒーローを夢見る人間ならば過去も潔白で無くては後々痛い目を見るんだよ………そう…エンデヴァーのようにね…」

 

「それを言うのなら…そんな子供達の罪を見て見ぬふりをしていた大人達もでしょう。大人が子供を導くのは社会の常識、その常識が《個性》を通してでしか判断できなくなっていた。だからその生徒の親達もここにいる。しかしなぁ……あれだけの大金と手間をかけておきながら、コチラ側が確保したのが《これだけ》というのは…。それによろしかったのですか?あちら側に9割近くの人々に渡してしまって?私は欲を言うのなら、《あの子》達を作るための実験材料としてもう少し確保してほしかったんですがのぉ…」

 

 ドクターはモニターに映る人達の数を見て愚痴を言った。

 

「そう言わんでくれドクター…今回の作戦を持ちかけたのは《僕らの方》なんだ。本来なら発案者である僕達側へのメリットを大きくするのが定石だけど、此方(こちら)から協力を求めた上に相手は《ヒーロー狩り》と《異能解放軍》だ、下手に敵に回せば厄介になる。だからこそ、表面的には彼らの方が大きな利益を得るように作戦を組み立て、その上で僕達の本当の目的である《実験材料の確保》をカモフラージュしたんだからね」

 

「それは分かってますが……《檻のスペース》はまだ余裕があったんですよ?せめて少なくとも100人まで確保して欲しかったと言ってるんですよ。特に使えそうだった《爆豪 勝己》と《その家族》だけは《誘拐》しないなんて勿体ないこと、《例の無個性の少年》は要らないにしろ、彼は確保しても良かったのでは?」

 

「敢えて《彼(爆豪 勝己)》だけは拐(さら)わなかったんだよ、両親も遠くへ行ってしまい…周りに自分の味方は誰もいない…彼は自宅で一人ぼっちさ…そんな彼を勧誘するのは簡単だが、彼の誘拐を一時的に見送ったことが功を奏して《面白いこと》になったよ…」

 

「面白いこと?」

 

「あぁ…どうやら高校の入学までの間、《オールマイト》が《爆豪 勝己》の指導を御忍びでするみたいだ」

 

「なんと!オールマイトが!?………問題児の《お目付け役》かのぉ?」

 

「それで間違いないと思うよ。彼が逆上していつ何を仕出かすか分かったものじゃないが……《平和の象徴》が《騒乱の象徴》の面倒を見るとは……しかもこの2人は《1人の無個性の人間を死に追い詰めた》という共通点がある」

 

「ヒーロー協会も粋なことをしますなぁ…」

 

「だがこれは《巡ってきたチャンス》だ…」

 

「チャンス?」

 

「タイミングを見計らい、彼を此方(こちら)の人間になるよう仕向け、ヒーロー側の情報を提供する《僕らの協力者》になってもらう」

 

「成る程…貴方の得意の話術なら…追い詰められた子供の心1つ掴むのは容易いことですからねぇ。ですが…彼はお世辞にも誰かの命令を素直に聞く人間ではありませんでしたよ?《協力者》になるでしょうか?」

 

「彼は今…《生きることに絶望し…》《未来への希望を失っている…》その弱りきった心の亀裂に入り込むのは容易(たやす)いよ。さらに自分の憧れである《オールマイト》も自分を苦しめた1人なんだから…彼の心は崩壊寸前さ……今の若者達なら尚更ね。精神が限界まで追い詰められた状況で…《優しい言葉》をかけて手を差し伸べて上げれば…手懐けるのは簡単だ。……その心を少し燻(くすぶ)ってやれば、僕達のために命だって惜しみ無く捧(ささ)げる《良い駒》になってくれるさ」

 

 オール・フォー・ワンの目論見(もくろみ)にドクターは納得していた。

 

「その《爆豪 勝己》を含めて《彼ら》の中に、マキアのような《レアな器》があるといいんですがのぉ」

 

「彼程の《希少な肉体の持ち主》はそうはいないさ」

 

「それもそうですね……はぁ……とりあえず検査してみた結果、《2つの個性》に耐えられる体質の人間はいるにはいましたが、《3つ以上の個性》を投与されて《自我を保(たも)てるか》は五分五分の確率になりますのぉ」

 

「その時はその時だ、役に立たないのなら…個性を抜き取って…《この子》達を完成させるための贄(にえ)になってもらえば良い。確かに単体で役に立つ個性は殆どないが、どんな個性も組み合わせ次第で強化される。そう…《この子》達のようにね…」

 

 オール・フォー・ワンは近くに置いてある巨大なカプセルの表面に手を触れた…

 

「ふふふっ…どれだけ《ゴミのような人間》でも…最後は《私の実験材料の糧(かて)》という形で役に立つことが出来る…」

 

「彼らも感謝するだろう…僕達のために…そして《この子達》のために役にたてるんだから…本望だろうさ…。《どんな姿》になろうとね…」

 

 2人は、カプセルの液体プールの中にいる《脳味噌が剥き出しの化け物》と、モニターに映る《檻の中の人々》の交互に見ながら、それぞれ考え事をした…

 

「(《爆豪 勝己》……彼は《爆破》と言う強力な個性を持っていた。是非とも新しい実験材料として確保したかったが、残念だ…。それと被害者の無個性の生徒の《緑谷 出久》…何処かで見覚えがあるような気がするんじゃが………まぁ思い出せないということは《覚えてる価値もない存在》と言うことかのぉ)」

 

「(今でも《オールマイト》以上に恐ろしい存在だよ《神》は………こんな時にこそ《僕の右腕》が近くに居てくれれば、神が相手でも安心なんだがねぇ。あれから29年…《タルタロス》で何を思っているのやら、まぁ…願ったところで帰ってきてくれる訳じゃないが…。それにもし神が《ワン・フォー・オール》を受け継いでいたら、僕は既にこの世には存在してないだろう…。オールマイト、僕は無個性の君が《8代目のワン・フォー・オール後継者》になってくれたことについてだけは感謝しているよ。それと…君なんかを後継者に選んだ愚かな女…《志村 菜奈》にも感謝しないとねぇ……ふはははははっ!)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 《ヴィラン連合》…

 

 《異能解放軍》…

 

 《ヒーロー狩り》…

 

 この3つのヴィラン組織によって《負の連鎖》が続き、日本の平和が脅かされた…

 

 

 

 そんな中、それぞれが…あの作戦によって得た利益を堪能していた…

 

 

 

 《ヒーロー狩り・ステイン》は、ヴィラン連合より得た《情報》と《大金》を使いながら、ヒーローの目を警戒し…細心の注意を払って…ターゲットの襲撃を続けている。

 

 

 

 

 

 《異能解放軍》は、デトラネット社のサポートアイテム企業の業績が以前の倍以上に上がって、《莫大な利益》を得ていた。それどころか予想を超えてサポートアイテムが売れ、在庫切れが発生し生産が間に合わないという事態が起きてしまい、デトラネット社の社長は《嬉しい悲鳴》をあげていた。それに加えてヴィラン連合からの報酬である《大金》も得て万々歳である。

 更に、メンバーの1人である政治家を《あの一件》以降から大きく讃(たたえ)る人々が増えたこともあり着々と潜伏解放戦士が増え続け、このまま行けば来年今頃には、《異能解放軍》は総勢15万人を超えると予測されていた。

 

 

 

 

 

 そして《ヴィラン連合》は、これだけの時間と手間と大金をかけて《得たもの》…

 それは全て…《あるもの》を作りあげるための《実験材料》を一気に確保するためである…

 神様がヒーローとして復帰したために、今後とも《誘拐事件》を繰り返せば、いずれ自分達の存在に勘づかれる恐れがある。

 故(ゆえ)に、世間の人々やヒーローが《失踪》としか思えない状況をあらゆる手を使って作り上げ、一度に纏めて誘拐することにより結果《大量の実験材料》を得ることに成功した…

 

 

 

 誘拐された者達はこれからどうなるのか…

 

 

 

 彼らの運命を決めるのは…

 

 

 

 《伝説の支配者》次第だった…




 原作では雄英高校編以降の登場が無い《爆豪勝己と緑谷出久のクラスメイト達》ですが、今作では《ヴィラン連合》へと連れていかれました…



 まだ登場していない《うえきの法則のキャラクター》は、追々に登場させていきます。



 そして次回の話(15話)は、いよいよ《緑谷 出久》と《爆豪 勝己》が1ヶ月ぶりに対面する話でもあります!

 《散々な1ヶ月を送った爆豪勝己》…

 《1ヶ月の昏睡状態から目を覚ました緑谷出久》…

 そんな2人はどんな会話をするのか……



 更新をお待ちください…


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変えられない過去と戻れない日常の法則(疑惑)

 まず最初に4ヶ月近くもの間、更新が遅れてしまい…本当に申し訳ありませんでした…

 更に…ヒロアカのアニメ5期が最終回を迎えての更新ともなってしまいました…

 今回投稿した話の作成中、煮詰まった際は《他の話(出久君の雄英入試前までの話)》も気分転換でちょくちょく書いていたので、アニメ6期が始まるまでには《雄英体育祭》辺りまでの話を更新を目指したいと思っております。



-注意-
 今回の話にはホラー要素も混じっているので、苦手な方はプラウザバックをオススメします。



-報告-
 前回の前書きにで、タグを追加することを報告していたのですが、タグの文字数が(100文字までと)限られているので、【他アニメ必殺技有り】のタグを追加するために【神器(個性の応用)】を【神器】と短縮しました。


None side

 

 『人は他人(ひと)を傷つける』…

 

 

 

 手や足という《意思》で…

 

 

 

 言葉という《刃物》で…

 

 

 

 個性という《能力(ちから)》で…

 

 

 

 この個性社会では『それ』が当たり前になっていた…

 

 

 

 ある者は自分より優れた者を忌み嫌う…

 

 《強力な個性》を持つ者を羨(うらや)み…敵視して、その存在を否定する…

 

 

 

 ある者は自分より劣る者を忌み嫌う…

 

 その他人(ひと)の個性を《弱い個性》と決めつけて、その未来や夢を否定する…

 

 

 

 そして…ある者は才能の無い者を忌み嫌う…

 

 この世に個性を宿すことが出来ず…《無個性》として産まれてきた者の存在を否定し平気で傷つける…

 

 

 

 『自分と他人を必要以上に比較する』…

 

 

 

 そんな《人としての常識》を見失った人間が…今の個性社会にはどれだけいることだろうか…

 

 《今を生きる大人達》に止まらず…《次の世代である子供達》に脈々と受け継がれてしまっている…

 

 

 

 それは《ヒーロー》も《ヴィラン》も同じでは無いのだろうか?

 

 

 

 どちらにしても結果的には『他人を傷つけること』には変わりない…

 

 

 

 もし違いがあるとするのなら…

 

 それは《信念》の違い……《覚悟》の大きさではないだろうか…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

爆豪勝己 side

 

『……あぁ?…んだ……ここは…?』

 

 気づくと俺は…見知った路地裏に立っていた…

 

『なんだ?…なんで俺はこんな所にいるんだ?』

 

 視界に映る路地を見てすぐに分かった…

 

 思い出したくなっても勝手に思い出しちまう場所だ!

 

 ここは俺が2度も屈辱を味わった《あの裏路地》だ!

 

『(思い出すだけでも腹が立つ!あの《3人組のマスク野郎共》も《4人組の不良共》も!いつか必ず!この恨みを晴らしてブチ殺す!!!)』

 

 俺が奴らに対する怒りと憎しみを込み上げていると…

 

 ふと…後ろに人の気配を感じとった…

 

 クルッ

 

 俺が後ろを振り向くとそこにいたのは…

 

 

 

 

 

『な"あ"っ!!!!!!?????』

 

 

 

 

 

 俺は自分の目を疑った!

 

 振り返った俺の目線の先にいたのは!

 

 

 

 

 

『デk………出久!!?』

 

 

 

 

 

 俺が立っている場所から数メートル離れた場所に…

 

 《頭から大量の血を流した重体の出久》が佇み…無表情で俺を見ていた!

 

『い……い……出久……出久なのか!?』

 

『………』

 

 俺の質問に出久は何も答えず…ただ此方を呆然と見ているだけだった…

 

 

 

 俺は訳が分からなかった!?

 

 会おうとしても会うことが出来なかった出久が今、目の前にいる!

 

 俺は出久に言いたいことが山程ある!

 

 今更何を言ったところで…許してもらえないことは分かってる!

 

 この先…どんな償いをしたところで…俺の犯した罪が消えないことだって承知してる!

 

 

 

 それでも俺は!!!

 

 出久に…謝らないといけねぇんだ!!!!!

 

 

 

『……出久…聞けや……俺はお前に…』

 

 

 

『………』スッ

 

 

 

『お、おい!?出久!!?』

 

 

 

 俺がプライドを捨てて謝罪しようとしているのに、出久は突然後ろを振り向いて路地の暗闇に向かって静かに足を動かした!?

 

 追いかけようする俺に出久は…こう呟いた…

 

 

 

『さようなら…かっちゃん………さようなら…』

 

 

 

 血まみれで重傷の見た目に関わらず、出久はそれだけ言うとスタスタと歩き出した!

 

『ま、待て……待てや!この俺がテメェに謝ってやろうってのにシカトすんのか!!?』

 

 出久の行動に、俺はいつもの口調で出久に怒鳴った!

 だが出久は…俺の言葉に耳を傾けずに遠ざかっていく!

 

『チッ!?待てっつってんだろうが!!?』

 

 

 

ガシッ

 

 

 

ガシッ

 

 

 

『あ"あ"!?んだ!?誰かが俺の足を……………』

 

 出久を追いかけようとした瞬間、俺は誰かに両足を捕まれて動けなかった!?

 不信に思い、自分の足に目をやると…

 

 

 

 地面を突き破って《手》が2つ生えており、俺の両足首を掴んでやがった!!?

 

 

 

『んだこりゃ!!???』

 

 

 

 どうして地面から手が出ているのか?

 

 

 

 どうしてその手は俺の足を掴んでいるのか?

 

 

 

 訳の分からない状況に困惑していると…地面を突き破って…その手の持ち主達が姿を現した!!?

 

 

 

ボコォ

 

 

 

ボコォ

 

 

 

『カツキィ…』

 

 

 

『勝己…』

 

 

 

『な"あ"っ!?テメェら!!!??』

 

 地面を突き破って顔を出したのは、あの事件の後から俺を裏切りやがった《取り巻き2人》だった!!!

 

 

 

 だが、その容姿は俺が知ってる普段の姿とは全く違う!?

 

 服装こそ見慣れた学生服だったが…

 

 肌色は変色し…

 

 目玉は無く…

 

 その肉体は腐食し…

 

 変わり果てた《ゾンビ》の姿だった!!!

 

 

 

『ッ!!!??クソが!!?放せ!!!』

 

 俺は取り巻き共の姿にビビりながら振りほどこうとするが、物凄い力で俺の足を掴んでいて全く放そうとしない!?

 

『テメェら!!?さっさと消えろや!!!』

 

 俺は《爆破》を使ってコイツらを吹き飛ばしながら空中に逃げようと考えた!

 

『死ねや!クソ共がーーーーー!!!』

 

 気色悪いコイツらを片付けて、俺は出久を追いかけようとした…

 

 

 

 

 

 だが…

 

 

 

 

 

 個性が発動しなかった…

 

 

 

 

 

『クソが!!?なんでこんな時に!!!??』

 

 またしても個性が発動しないことに俺が焦っていると…

 

 

 

ガシッ

 

 

 

ガシッ

 

 

 

ガシッ

 

 

 

ガシッ

 

 

 

 俺は両腕を誰かに捕まれた!?

 

 しかも今度は1人や2人じゃない!!!??

 

 

 

『爆ゴぅ…』

 

 

 

『バく豪ぅ…』

 

 

 

『ばクゴぅ…』

 

 

 

『爆ごゥ…』

 

 

 

 俺の両腕に掴みかかってきたのは!?

 

 クラスメイトの姿をした男女のゾンビ共だった!?

 

 それだけじゃない!?

 

 周りを良く見れば、いつの間にか周囲の地面から数十人の《クラスメイトの姿をしたゾンビ》達が這い上がって、俺に襲いかかってきやがった!

 

 

 

『う…うわああああああああああああああああああああ!!!!!?????』

 

 

 

 俺はらしくもなく大きな悲鳴をあげた!!!

 

 咄嗟に逃げようとするも、掴みかかってきたクラスメイトモドキのゾンビ共は物凄い怪力で俺を締め付けてきた!!!

 

『放せ!!!触んな!!!近づくんじゃねえよ!!!!!』

 

 押し寄せ群がってくるゾンビ共の数に圧倒されて、抵抗も虚しく俺は完全に身動きを封じられた!

 

 俺はふと出久に目を向けた!

 

『出久!おい出久!!!俺を助けろや!!!』

 

 離れていく出久に俺は怒鳴ったが、出久は振り向きもしなかった…

 

 しかも俺が出久に意識を向けている間に、ゾンビ共は俺を地面に引きずり込もうとしてやがった!?

 

 今なって気づいたが、コイツらが這い出てきた地面の隙間からは《赤紫色の光》が灯っていやがった!?

 

 

 

 

 

 それはまるで…《地獄への入り口》かような禍々しく…恐ろしい光だった!

 

 

 

 

 

 その光の向こうへ引きずり込まれたら最後…

 

 2度と帰ってこられない恐怖を感じた俺は…

 

 必死にもがいて逃げようとした!!!

 

『いい加減に放れろや!!!俺はテメェらに恨まれる筋合いはねぇんだよ!!!放せ!!?放せっつってんだろうがゴミ共!!!!!』

 

 俺はゾンビ共への怒声と罵倒を繰り返しながら、なんとか逃げようともがき続けた!!!

 

 だが個性は使えず…群がってくるゾンビ共の凄まじい力に引っ張られて…既に俺は腰の辺りまで地面に引きずり込まれていた!!?

 

 

 

 いつの間にか俺は…恐怖で泣き出していた…

 

 

 

 圧倒的な数と力の差によって…俺は地獄へ連れて行かれようとしている…

 

 

 

 俺がそんな目にあっているのに…出久は全く此方を振り向こうとはせずに暗闇へと歩き続け…その後ろ姿はどんどん小さくなっていた…

 

 

 

『出久!!!頼む!助けゴガッ!!??』

 

 

 

 ゾンビの取り巻きの2人が、自分の顔を両手で抑え込み、口を塞がれた俺は声を出せなくなった!

 

 俺は最後まで必死に抗うが…ズルズルと地面に引きずり込まれていった!

 

『ムググーーー!!?ムググーーー!!?』

 

 口を複数の手で押さえられてもなお…遠ざかる出久に向かって俺は叫び続けた!

 

 だが…その声は出久に届くことなく…

 

 出久は闇の中へと姿を消していった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『グゴーーーーーーーーーーッ!!!!!』

 

 俺はゾンビ共によって地中へと引きずり込まれた…

 

 裏路地の景色が見えなくなってすぐに、俺は落下している感覚を実感した…

 

 《血の色に染まる底が見えない大穴》に落ちていた…

 

 重力に逆らえず…個性は発動せず…

 

 俺は…ただ下へ下へと落ちていくことしか出来なかった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『うああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!???』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●真夜中…(2つの襲撃事件から5日後…)

 

 

「あああああああああああああああっ!!!!!があっ!!!??~~~いってぇええ…!!!」

 

 地獄へ落下してたら…顔面に何かがぶつかった!?

 

 もう地獄の底に着いたのかと思いきや、改めて状況を把握すると…

 

 俺は自分の部屋のベッドから転げ落ちていた…

 

「…また夢かよ!なんなんだよ畜生!!!毎晩毎晩毎晩毎晩毎晩!!!!!」

 

 今夜は一際酷い悪夢に叩き起こされた俺は…真夜中だろうとお構いなしに…やり場のない怒りで怒声をあげた!

 

 夜中に騒いだらバb……母ちゃんが俺の部屋に怒鳴りながら無断で入ってきていた…

 

 だけど…それは絶対に起きない…

 

 この家に今住んでいるのは…俺だけ…

 

 さっき上げた怒声は…静かすぎる家の静寂に消えていった…

 

「…なんだってんだよ………なんで俺が悪夢に魘されなきゃいけねぇんだ…」

 

 俺はいつからか…睡眠を恐れていた…

 

 《眠ったら悪夢に魘される…》…そんな恐怖心が俺の中に芽生えてから3週間以上…俺はマトモに寝ることができず不眠症に悩まされ…目の下のクマが日に日に濃くなっていた…

 

 結局…その夜も十分に寝ることが出来ずに…俺はずっとベッドの上で毛布を被りながら体育座りをしてガタガタ震えながら…朝を迎えた…

 

 俺以外に誰もいないって言う孤独感が…俺の恐怖心を更に煽っていた…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●ある日のTV番組…

 

『20年以上の時を経て、再び前線へと戻ってくれた元No.1《ゴッドヒーロー・神様》。彼の復帰によって日本の平穏が順調に戻りつつありました。しかし、神様の目を掻い潜って発生した《2つの悲劇》……事件から今日で12日……《ヒーロー狩りによる元ヒーロー達への襲撃事件》と《折寺中生徒へ恨みを持つ者達が起こした集団暴行事件》は、町の人々の不安を煽っただけではなく、市民の非難が事件現場の管轄であるプロヒーロー達へ向けられております』

 

『神様が現役へと戻ったことで、ヒーローへの非難も少しずつ収まってきた矢先に、またしてもヒーローの信頼が削がれて評価が落ちていますね』

 

『2つの襲撃事件による死者はいませんが、襲撃された《最近引退した若手ヒーロー20名以上》《一般人である折寺中生徒200名以上》という余りにも大勢の被害者を出してしまいました』

 

『この2つの事件、警察の捜査では制裁と復讐の他に《ヒーローの失墜》を狙った計画的犯行とも見られていますが、事件のあった町の声は…』

 

 

 

通行人A『未熟なヒーロー達はともかく、神様やオールマイトとかのトップに君臨する英雄達まで責めるのは愚かしい。制度の緩和を議論していくべきです』

 

通行人B『地元を担当している筈のヒーロー達が肝心な時に役にたってない!これじゃあヘドロヴィランの一件で叩かれた無能ヒーロー達と大差がないじゃん!』

 

通行人C『ていうか~私達からの非難が怖くて颯爽と引退して遠くの県へ逃げた元ヒーロー達が~ヒーロー狩りに裁かれたのは~言っちゃえば当然の報いっしょ~?』

 

通行人D『彼らは我々の期待を裏切っただけじゃなく、ヒーローになれなかった者達の気持ちも踏みにじっている薄情者だ!』

 

通行人E『ヒーロー達にはもっとシッカリしてほしい!』

 

通行人F『国からお金もらって仕事してるんだから、ちゃんと職務を全うしてくれないと!』

 

通行人G『ヒーローが全員《神様》や《オールマイト》じゃないのは分かってはいるけどさ、せめて自分が担当している区域の安全くらいは守ってほしい。じゃないと、こちとら安心して買い出しも出来やしないよ』

 

通行人H『もし上位ヒーロー以外で、頼りになって責任感があるヒーローの名前を上げるなら……折寺町に派遣された《スライディン・ゴー》とかかな?』

 

通行人I『そうそう!シンリンカムイやデステゴロとかの無能ヒーローと違って、自分から促進して謝罪会見を開いて誠心誠意で謝罪してた超真面目なヒーローだもんな!』

 

 

 

『このように、町の人達の声は厳しく、より一層にヒーローという存在が懸念されております。これについてコメンテーターの《暗井死数(くらいしす)さん》いかがでしょうか?』

 

『以前ですと、これほどまでの大規模な被害を出した事件となれば、ヒーローへの非難一色だったわけですが、しかしまさに今、時代の節目と言いましょうか…《非難》が《叱咤激励》へと変化してきているんですよね』

 

『はい、ですが先程のコメントでは全てのヒーローが非難されているという訳では無いように思えますが?』

 

『確かに、実力のあるヒーロー達や国民から絶大の信頼を得ているヒーロー達はいます。実力と実績ならば《神様》や《オールマイト》、《ベストジーニスト》《ホークス》《エッジショット》《ヨロイムシャ》達という面々が揃っております。ですが…彼らとて絶対に非難されない訳ではないのです。それこそ1ヶ月以上前にトップヒーローの座から転落した《エンデヴァー》のように、何かしらの汚点が見つかった瞬間に彼らはヒーローでは無くなってしまう』

 

『エンデヴァーに関しては《個性婚》や《身内に対する暴力》だけでなく、その事実を隠蔽していたことが問題視にされたことで今の病院生活になってはいますが、彼程の問題を他のトップヒーロー達が隠しているとは…私には思えないのですが?』

 

『私もそう思いたいのですが、現にNo.1のオールマイトはあのヘドロヴィラン事件を引き起こしてしまった張本人でもあります。それでもNo.1に鎮座していられるのは、彼のこれまでの功績と信頼があってのことと言えます。ですが同時に国民からの非難が絶対に無い訳ではありません。オールマイトとて《人の子》、ミスを絶対にしないとの保証はないのです』

 

『ではオールマイトの信頼はこれから落ち込む可能性もあると?』

 

『無いとは言えませんね。マスコミはオールマイトとエンデヴァーの一件以降、他のトップヒーロー達の活動成果よりも、ミスや失態に目を光らせています。No.1と元No.2の失態によってヒーロー社会のバランスが不安定になってしまった今、国民が求めているのは《本物のヒーロー》、それこそ《神様》のような最強の若きヒーローの誕生を皆が求めているのです』

 

『神様に匹敵するヒーローが現れない限り、現状のヒーロー達への非難は無くならないということですか?』

 

『そう言っても過言ではないでしょう。神様程の実力を持っているのを前提とし、先程のコメントで名前が上がった《スライディン・ゴー》のように、本来は非難を浴びる要素は少ないにも関わらず、彼を含め折寺町へ派遣されたばかりのヒーロー達は、被害者達と国民に向けて誠心誠意の謝罪をしてくれました。その中でもスライディン・ゴーは特に責任感が大きく《被害にあった中学生達》だけでなく《その被害者の家族達》と現在《社会的に追い込まれている折寺中の卒業生達》のアフターケアとして、以前護衛という経緯で知り合いとなった政治家の《花畑 孔腔》に、彼らの未来を救済する手助けを懇願しています。《実力》だけでなく《寛大な心》を持っていることも、これからのヒーローには求められているのです』

 

『暗井死数さんから見て、その両方を兼ね備えているヒーローが神様とオールマイトの他に、現在いらっしゃいますか?』

 

『……いませんね……《寛大な心》とは即ち《カリスマ性》。その点ならばベストジーニストやホークス達は十分に備えているのですが、そのカリスマ性に匹敵する《強さ》…神様やオールマイトのような《圧倒的なパワー》も求めるのならば、現状のトップヒーローにはいません。だたし《圧倒的なパワー》という点に付いてだけならエンデヴァーは惜しかった…破壊力ならばオールマイトの次に優秀なヒーローでしたからね。ですが彼は《人》としては失格だった、あれだけの非道な行いが表沙汰になった以上…彼がトップに返り咲くことはまず不可能でしょう…』

 

『それでは今後もヒーローの非難は悪化する一方だと?』

 

『その現状は避けられないでしょうね…。事実、市民の方々はヒーローへの信頼が薄れていき、《自分の身は自分で守る》という考えを持つ人達が増えつつあります。最近ではサポートアイテムの製造に力を入れているデトネラット製作のサポートアイテムを我先にと購入する人が後を絶ちませんからね。……もし悪化を防げる可能性があるとするなら、これからの若い世代である《ヒーローの卵》達が鍵になります。ヒーローの信頼がどうの以前に、まずは人々を心から安心させることが前提であり課題であります。具体的に言うのなら、神様とオールマイト以上の《天才》が現れることが最も早い解決法になるでしょう』

 

『ヒーローの卵、つまりヒーロー高校に通う学生達の中に存在する逸材が現状を打破してくれる可能性があると?』

 

『そうです、現役のヒーロー達の中にはあの2人を超えるヒーローは現状おりませんからね』

 

『ということは、日本で最も難関なヒーロー高校である雄英高校か士傑高校のいずれかにその逸材がいると?』

 

『そう願いたいですね。事実、神様が士傑高校の校長に就任してから24年、No.1の座を早くも降りた彼は《後輩達の育成》に情熱を注いで来た。今の名高いプロヒーロー達の殆どは、皆《士傑高校の卒業生》達です。とはいえ…その卒業生の大半は海外からのスカウトを受けて、日本よりも海外での活躍が目立っていますがね』

 

『その士傑の卒業生達の中に可能性をもった逸材はいるんでしょうか?』

 

『…残念ながら…あの2人を基準とするのならば…誰1人いませんね。36年前に士傑高校を卒業した後、僅か1年でNo.1ヒーローに上り詰めた天才《ゴッドヒーロー・神様》。24年前に雄英高校を卒業し5年後、神様からの《平和のバトン》を受け取ってNo.1ヒーローとなり、日本のヴィラン発生率を3%にまで抑えた天才《平和の象徴・オールマイト》。どうしてもこの2人の存在が大きすぎる故に…次なる《天才》のハードルと期待が上がり過ぎているのです』

 

『では…暗井死数さんから見て、現在のヒーロー高校に通っている生徒達の中にその《天才》はいないと?』

 

『見込みのある学生は何人もいます。雄英や士傑に限らずとも可能性のある子供達は星の数ほどいるのです。いずれはその中から《若き天才》が現れるのを我々は待つしかありません、それこそ学生に限らず、一般人や警察の中にもその可能性を持った人間がいるのかもしれません』

 

『1ヶ月前のビルボードチャートにて、ヒーロー公安委員会が提案した《一般人や警察にもヒーロー免許を持たせる制度》のことですね?』

 

『はい、ヒーロー公安委員会の責任者の言った通り…今が《節目》なのです。《ヴィランが悪さを働いているのならば、それを対処をするのはヒーローの仕事》という考えはもう古いのかもしれません。これからヴィランの対処は《ヒーロー》や《警察》だけに任せるのでなく、場合によっては《一般人》の協力を求めなければならない時代になってしまうのでしょう』

 

『成る程、しかしそうなってしまった場合、最終的にヒーローが不要になってしまうのでは?』

 

『そう……だからこそ《1人》でもいいのです。神様やオールマイト率いる歴代のヒーロー達が守ってきた《平和の意思》を受け継き、それを背負う《覚悟》、どんな強大な悪にも屈しない《強さ》、多くの人々から信頼される《カリスマ性》、そして何よりも…決して揺るがない《正義感》…その全てをもった若者の登場が《ヒーロー》という存在を今一度示してくれるのです』

 

『そんな若者が…果たして現代に存在するのでしょうか?』

 

『叶うのならば、神様とオールマイトがヒーローを引退する前に現れてほしいものですね』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●夜…無人ビルの屋上…(2つの襲撃事件から1週間以上経過…)

 

 

爆豪勝己 side

 

 今日は月曜日だが…折寺中学校は襲撃事件以降ずっと休校となっていた…

 

 アイツを除く折寺中の奴らは…今日まで全員退院出来ずにいたようで…学校は明日もう1日だけ休みとし…明後日の水曜日から学校を再開することになった…

 

 一早く退院した俺は自宅で独り過ごしていたが…いざ《うるさい母ちゃん》と《物静かな父ちゃん》がいない自宅に1人でずっといると…少し前の当たり前の日常を恋しく思う感情に支配された…

 

 そして今日…その嫌な気持ちを誤魔化すため…ふと買い物がてら外に出れば…俺を見かけた通行人は冷たい目を向けながら陰口を言っていた…

 

 気づけば俺は無我夢中で走っていた…宛もなく…何も考えずにただ走り…行き止まる寸前で足を止めると……また…あの《無人ビル》の前にいた…

 俺は何も考えずに…ビルの中へと入っていき…階段を登って…屋上へあがった…

 

  

 

 

 

 俺は………《生きること》そのものに疲れ始めてきたのかもしれない…

 

 

 

 

 

 屋上に着いた俺は…真ん中に体育座りをして身体を丸めた…

 

 『現実から逃げたい…』そう考えると…

 

 何故か俺の頭に思い浮かんでくる…

 

 《出久と過ごした日々》を…

 

 その日々を思い返す度に自問自答する…

 

 

 

 

 

 いつからだった……

 

 アイツの存在が目障りだと思い始めたのは……

 

 

 

 

 

 いつからだった…

 

 アイツに個性を使って暴力を振るうようになったのは…

 

 

 

 

 

 いつからだった…

 

 アイツを必要以上に見下すようになったのは…

 

 

 

 

 

 いつからだった…

 

 アイツを《友達》として見なくなったのは…

 

 

 

 

 

 いつからだった…

 

 アイツのことを『デク』と蔑称で呼ぶようになったのは…

 

 

 

 

 

 いつからだった…

 

 その全てが………俺にとって《当たり前》になったのは………

 

 

 

 

 

 そんな疑問が頭に浮かんだところで…

 

 結局…その答えは毎回同じ…

 

 『出久が無個性だったから…』そんな単純な回答だ…

 

 

 

 

 

 1ヶ月前…俺がアイツに言ったことが…今の現状を作り出しだ…

 

 あの日…アイツが雄英志望だとセンコーが言った瞬間…俺の中の何かが弾けた…

 

 クラスの奴らは全員でアイツを嘲笑って夢を否定した…

 

 俺は爆破を使いながら…いつも以上にアイツを追い詰める発言をした…

 

『 '' 没個性 '' どころか '' 無個性 '' のテメェがあ~俺と同じ場所に立てると思うな!!!』

 

『俺はこの学校の唯一の雄英合格者っていう箔を付けるんだよ!!!』

 

『テメェみてぇな木偶の坊と俺が同じ学校の出身だなんて知られたら、俺の経歴に傷がついちまうじゃねぇか!!!だから雄英を受験すんじゃねぇぞ!!!』

 

 クラスメイトの前で俺はアイツに言いたいことを言ったが…それでも俺の中の何かはスッキリしなかった…

 

 だから俺は…アイツの大事にしているノートを目の前で爆破し、窓から下にある鯉の生け簀に捨てた…

 

 そして…アイツの全てを打ち砕く《トドメの言葉》を言った…

 

『そんなにヒーローになりてんなら効率のいい方法があるぜ?個性が欲しけりゃ屋上からワンチャンダイブしろ!!』

 

 

 

 自殺教唆?

 

 

 

 違ぇよ…いつまでも現実を見られねぇ落ちこぼれの目を覚まさせてやるために言った《俺の優しさ》だよ…

 

 だがアイツは、《俺の優しさ》に対して生意気にもの《俺を睨みやがった》…俺はいつもながら片手からの個性を見せつけてアイツを黙らせた…

 

 

 

 やりすぎじゃねぇかだと?

 

 

 

 何のことだよ、そもそもアイツが《無個性》で産まれてきたのが悪いんだ

 

 アイツは誰かに相談できる勇気なんざ無ければ度胸も無い《腰抜け》だ

 

 大人は皆、俺の味方をしてくれる…

 

 俺は何の障害もなく…順調に…確実に…

 

 No.1ヒーローへの道を進んでいた!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …筈だった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 出久は本当に…飛び降り自殺をやりやがった…

 

 死にはしなかったようだが…

 

 瀕死の重傷で昏睡状態になった…

 

 

 

 俺はアイツがどうなろうが知ったこっちゃなかった…

 

 俺には関係ない…

 

 アイツが自殺した原因は、自殺を図った日と同じ日に起きた《ヘドロ野郎の事件の際に無能ヒーロー共から怒鳴られて叱られたこと》《ヘドロ野郎の事件前にどこぞのヒーローから夢を否定されたこと》だったと耳にした…

 

 それを知って俺は心の何処かでホッとした…

 

 俺は絶対に悪くない…

 

 アイツが自殺を図ったのはアイツの勝手だと…

 

 自分に言い聞かせた…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが俺は…警察を……社会を舐めきっていた…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今まで無個性の人間が自殺したところで…大した捜査なんざしていなかった筈の警察は…たった数日で俺の元へ辿り着きやがった!

 

 

 

 

 

 そこから俺の《地獄》が始まった…

 

 

 

 

 

 警察署へ連れていかれた際、俺は何を言われても白を切って《無実》を訴えることしか考えていなかった…

 

 だが…もう何もかも遅かった…

 

 警察は僅か数日で…俺がこれまで出久にしてきた全ての証拠を集めていた…

 この俺が反論の1つも言えなくなる確実な証拠を揃えて…

 その上で…俺が出久を自殺に追い込んだ確信犯だと断定しやがった…

 

 全てを知られてしまい…俺は無言を突き通すことしか出来なくなった…

 

 

 

 後日、俺は社会的に追い詰められていくことになった…

 

 もはや《No.1ヒーロー》がどうだの…《唯一の雄英の合格者》だの言える立場じゃなくなった…

 

 《俺を助けて支えてくれる人間》は誰1人いなかった…

 

 誰も俺を信じてくれなくなった…

 

 現に先日退院する直前に《愛知県から折寺町へ増員でやって来たっつう警察》が、俺に襲撃時の事情聴取をしてきた…

 俺は《俺を襲ってきた4人組の情報》を正直に全部話した………だが警察は俺の言葉を何1つも信じてくれず…俺の証言を疑い続けた…

 

 今まで俺を称えてくれていた同級生や大人が…全員俺の敵となり…

 

 親にすら結果的に距離を置かれ…

 

 挙げ句の果てに俺は《騒乱の象徴》なんていう不名誉な2つ名をつけられた!

 

 

 

 この《悔しさ》と《怒り》の矛先を誰に向ければいいのか…俺は分からなくなった…

 

 自殺を図った出久は…飛び降りる前に何かをノートに書き残していたようだが、そこに俺のことは一切載っていなかった…

 にも関わらず警察は、俺が主犯の1人だと突き止めた…

 

 どうしてそこまで捜査は大々的になったのか…

 

 そこには大きな理由がある…

 

 それは、アイツを自殺に追い詰めたヒーローの存在があったからだ…

 

 世間的には《そのヒーローの名前》は公になっていなかったが、俺は《ある男》からそれが誰なのかを教えられた…

 

 その《ヒーローの名》を聞いた俺は…自分の耳がイカれたんじゃないかと疑った…

 

 だが時間が経つに連れて…それが《真実》だと言うことを…俺は理解せざるを得なかった…

 

 

 

 

 

 だから俺は…この《負の感情》の全てを…出久を自殺に追い込んだヒーロー…《オールマイト》に向けることを決めた…

 

 もう《憧れ》でも《目標》でも何でもない!

 

 オールマイトは俺にとって!

 

 《復讐するべきヒーロー》になったんだ!!!

 

 

 

 

 

 その復讐の相手が!!!

 

 

 

 

 

「もう大丈夫!!!なぜって!!?」

 

 

 

 

 

「…はっ!??」クルッ!

 

 

 

 

 

「私が来た!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オールマイト side

 

 それは数日前のことだった…

 

 1週間の入院を経て退院した私は、休んでいた期間の平和を1秒でも早く取り戻すために、ヒーロー活動に勤しんでいたある日…

 

 マッスルフォームの私が高層ビルの屋上で休んでいると、空から来訪者がやって来た。

 

「どうも~オールマイトさん」

 

「ホッ!ホークス!?なぜ君がここに!?…あと……どうして少し焦げてるんだい?」

 

 一瞬見間違いかと思ったが、空を飛んできたのは赤い羽根を大きく羽ばたかせた、今年のビルボードチャートでNo.3へとランクアップした《ウィングヒーロー・ホークス》だった!

 

 だが、いつも着ている彼のヒーロースーツが所々焦げていた…

 

「いえね、ちょっとばかし貴方と2人で話がしたかったんすよ。公安に呼ばれて此方に来てたんで、九州に帰る前に会いに来たんっす。因みにちょっと焦げてるのは、ついさっきヴィランと戦ってたからっす」

 

「そ…そうか…それで私と話とは…なんだ?」

 

「………」

 

 ホークスはビルの屋上へと降り立つと、普段の陽気な顔付きから真剣な表情になった。

 私はホークスとはそこまで話をしたことは無いんだが、彼の態度は明らかにいつもと違うことに私は違和感をもった。

 

「用件っつーか、今日俺が公安に呼ばれた理由と俺の私情も入ってるんっすけどね~。……オールマイトさん……アナタが1ヶ月以上前に起きた中学生の飛び降り事件の被害者である《緑谷》っていう無個性の子供に、自殺に促す発言をしたヒーローだってことをね」

 

「なっ!!?なぜ君がそれを知って!!?」

 

「………やっぱり…アナタでしたか……はぁ…嫌な予感は当たるものですね~」

 

「なにっ!!?ホークス!君!騙したな!!!」

 

「騙すとは人聞きの悪い、俺はただ《憶測》を語っただけで、勝手に喋ったのはアナタですよ」

 

「ぐっ!?……だったら何故…その憶測で緑谷少年の名前までを知ってるんだ……彼のことを知っているの一部の人間だけだというのに…」

 

「俺、こう見えても色んなコネがあるんすよ。あっ、心配しなくてもこの真実は誰にも口外してませんから、その点は安心してください」

 

「……君がどうやって調べたかは知らないが……調査の段階で君が動いているのを知れば…誰かが察するんじゃないか?」

 

「無い無い!折寺町でちょっと聞き込みをしただけっすよ!当然、No.3だってことは隠してね!

(本当は同期のカルパッチョに頼んで、内密に《折寺町に住んでいる無個性の住民》をリストアップしてもらったからなんすけどね)」

 

「…くっ……それで…私にどうしろというんだ……何が望みだ……その真実をバラされなくなければ……《No.1の座》を譲れと脅す気か?」

 

「誤解しないでください、俺は別にアナタを脅迫したくて会いに来たんじゃありません。アナタも知ってるでしょ?俺はラクしたいんっすよ!No.1なんてとんでもない!20位30位くらいで1日中のらりくらりとパトロールするだけの平凡なヒーロー活動を目指してるんっす。俺はただ真実が知りたかっただけですよ、有耶無耶なのは嫌なもんでして」

 

「……真実を知ってどうするんだ…さっきもいったが…この事実は一部の人間しか知らない情報でヒーロー公安委員会からは箝口令が敷かれてる筈なんだが…」

 

「それ聞いちゃいます~?まぁ~そうですね~強(し)いていうなら……俺がアナタに対して………《ムカついてた》ってとこっすかね」

 

「む…ムカついてた?」

 

「そうっすよ、緑谷っていう中学生とアナタの件は伏せられてるにしても、ヘドロヴィラン事件のアナタの手負いから始まって、ズルズルと蟻地獄に呑まれるかのようにヒーローの信頼が落ちた。おかげで、俺は今まで以上のハードワークを強(し)いられてるんすからね。俺だけじゃないっすよ?ベストジーニストさんやエッジショットさん達だって寝る間も惜しんで働かされてるんすから」

 

「………それについては…謝ることしか出来ない……私のミスによって…君達にも多大な迷惑をかけてしまった……申し訳ない…」

 

「俺は謝ってほしくてアナタに会いに来たんじゃないんですよ」

 

「え?だって…前よりも忙しくなったことに対して私にムカついているのではないのかい?」

 

「無いって言ったら嘘になりますが、本題は違います」

 

「本題?」

 

「ええ……どうしてアナタはエンデヴァーさんよりも罰が軽いのかってことにね」

 

「そ…それは……エンデヴァーは…1人の父親として…身内に非道としか思えない行いをしてきたからじゃないのか?」

 

「誰がエンデヴァーさんの個人情報をバラ撒いたかは未だ不明ですが、それは《人》としての面についてでして、俺が言ってるのは《ヒーロー》としての面で話してるんすよ。不公平だとは思わないっすか?本来ならアナタだってエンデヴァーさんと同じ現状になってる筈なのに、No.1ヒーローだってことを理由にヒーロー協会からも神様からも罰を軽減してもらった……俺はそれが気に食わないっすよ」

 

「……確かに…エンデヴァーは家族に対する行動こそ過激だっただろうが…ヒーローとしての活躍は私も敬意を表するほどの男だ…。つまらないミスに加え…罪を世間に隠している私よりは、彼の方がヒーローとしての責任感は上なんだな…」

 

「勿論、俺だってエンデヴァーさんが身内にしてきたことは世間的に許されないことは理解してるっすよ?ただアナタは守られて、エンデヴァーさんだけが何も擁護してもらえないってことについては、どうしても腹の虫が治まらないんすよ」

 

 ホークスの言葉が私の心に突き刺さる…。私自身…退院後はヒーローの誰かには必ず文句や愚痴を言われるとは覚悟していたが、まさかそれをホークスに言われるとは予想していなかった…

 

「まっ、エンデヴァーさんは《No.1》への執着心が強過ぎたせいで、結果として最新の医療を受けても半年近く病院に缶詰状態っすけど」

 

 ホークスはエンデヴァーをフォローしたいのか貶したいのか分からないな…

 

「アナタもアナタで被害者の緑谷って子とその家族に会うことを禁止されて御見舞いに行けないようっすから、エンデヴァーさんが身内との接触が禁止されてる厳罰とは五分五分っすけども」

 

「そ!そこまで調べたのか!?」

 

「あれ?当たりっすか?適当に言っただけなのに」

 

「なあっ!?ぐっ!!」

 

 私はまたしてもホークスの口車とハッタリに乗せられ、口を滑らせて機密事項を喋ってしまった…

 

「……適当にしては…随分と正確に的を射ているな…」

 

「推理っすよ推理、前にアナタとエンデヴァーさん以外の元No.3~No.10ヒーロー達と公安委員会のリモート会議で、エンデヴァーさんの処分の話し合いの時からアナタも他に何かやらかしたんじゃないかって俺は疑問をもってたんっすよ。そして案の定…アナタは《とんでもない秘密》を……いや《罪》を犯していた。んで…そんなアナタ達2人を心身共に反省させることが出来るのは、俺の知ってる限りじゃ1人しかいない。もしかしたら《先代No.1ヒーロー・神様》が動くんじゃないかって考えはありましたが、現実になるとは思いませんでした。しかも期間限定とはいえ、伝説のNo.1ヒーローを復帰させるなんて公安も思いきったことをしたもんです。まぁ《エンデヴァーさんの穴を埋めること》と《世間からのヒーローの信頼を取り戻すこと》を手っ取り早く解決するとしたら、神様を復帰させるのは妥当な判断っす。そしてアナタ達2人に対して《ヒーロー免許の剥奪》以外で最もキツい罰となれば、エンデヴァーさんは《虐待していた息子さんの特訓ができないこと》、オールマイトさんの場合は《その緑谷君への謝罪も面会も禁止されること》なんじゃないかってね?」

 

「………」

 

 普段からヘラヘラしているように見えるホークスだったが…私は…ホークスの見方を改め《勘の鋭すぎる男》であると見直していた。

 神様の次に10代でトップ10入りしたのは伊達ではない…

 

「神様が復帰してくれたことで、アナタが不在の間に起きたヴィラン発生率はグンと下がって、このままいけば俺は『暇な時間が出来るんじゃないか?』…なんて期待をしてたんですが…《ヒーロー狩り》が九州に来ちまったせいで…そんな淡い期待は崩れ去りましたよ…」

 

 ホークスは急に遠い目になった…

 

 あの2つの襲撃事件において《ヒーロー狩り》が北海道の次に《九州》に現れたことで、ホークスも相当な苦労をしていたみたいだ…

 

「俺としてはさっきの憶測の質問に対して…アナタには『何のことだい?』って返答してほしかったのが俺の本音ですよ…オールマイトさん…」

 

「………」

 

「俺にはアナタの気持ちを理解することは出来ません。でも…アナタ自身が今とても辛いのは察します、たった一言の失言が原因で…1人の少年の人生を狂わせただけでなく…それをキッカケに大勢の人達に多大な迷惑をかけ続けている。アナタはその責任を取りたくても…未だにちゃんとした解決法を見つけることが出来ずにいる…そうでしょ?」

 

「…ああ…そうだよ…」

 

「その手始めに緑谷君へ謝りたいと。…オールマイトさん、俺が言うのもなんなんですが…アナタは《順序》を間違ってますよ?」

 

「順序?」

 

「ええ…アナタはもはや1人のためのヒーローじゃない、世界中の人々が必要としているNo.1ヒーローであり《平和の象徴》なんです。俺からすれば…貴方が最初にするべきは…《多くの人々を安心させること》…再び俺達《ヒーローの前線》に戻ってくれることなんです」

 

「…前線…」

 

「アナタは『神様が復帰してくれたから大丈夫』なんて安易な考えをしてるかも知れませんが、それは半分間違ってます」

 

「間違い?半分?」

 

「そうです…神様がヒーローとして戻ってきてくれたことで、心から安心している人々というのは《現役時代の神様を知る世代の人達》だけであって、《神様の引退後に産まれた若者達》は安心しきれていないんですよ。俺も含めてね」

 

「ッ!?」

 

「俺だってヒーローを目指すにあたって歴代の英雄達については知ってます。当然ながら元No.1である…神様の偉業の数々もね。ですが俺は…神様が活躍していた時代に産まれてない…」

 

「…何が言いたいんだ…」

 

「俺は元No.1の神様を完全には信用しきれないと言ってるんですよ。今の貴方と同じくらいにね」

 

「?…私はともかく…何故あの方を信用できないんだい?私が言うのもなんだが…あの方は私とエンデヴァーよりも強いよ。それは公安委員会がビルボードチャートの際に世界中へ伝えた筈だが」

 

「確かに《今の神様の実力》は世界中の人々が知ったことでしょう。ですが《現役時代の神様》を知る人と知らない人では信頼に明らかな差が出てしまうんです。ここまで言えば…俺が何を言いたいのか…分かりますよね?」

 

「…つまり…《当時の神様》を知らない今の人達の不安を取り除き……来年神様が再びヒーローを降りた際、私が全ての人々を安心させられるようなヒーローに戻ってほしい……ということか…」

 

「……まぁ…そういうことっすね」

 

「………」

 

「長話をし過ぎました……九州に帰る前にまだ寄る所があるんで、失礼します」

 

 ホークスはそう言い残すと飛び去っていった…

 

 結局私は…自分で答えを見つけることが出来なかった…と言うわけだ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●山奥の別荘…

 

 

None side

 

 オールマイトと別れたホークスは猛スピードで空を飛行し、ある山奥にある別荘へと降り立った。

 

「到~着っと」

 

「おやおや~?これはこれは~No.3ヒーロー!今日は君に収集はかけられてない筈だが何の用かね?そして何故少し焦げてるんだい?」

 

 地面を滑りながらホークスを出迎えたのは、現在折寺町でヒーロー活動をしているスライディン・ゴーだった。

 

「用事が出来たんで、九州に帰る前に寄ったっすよ。コスチュームが焦げてるのは、ついさっき電気系のヴィランと戦った時に攻撃を喰らっちまいましてね」

 

「連絡も無しに君の都合で勝手に立ち寄られても困るよ!」

 

「え~…」

 

「万が一にも我々の存在が表にバレることは絶対にあってはならないんだからね!私のような《責任感ある立派なヒーロー》をお手本にしてくれなければな!ホークス!」

 

「はっ!」ビシッ!

 

「責任感ある立派なヒーロー?」

 

 ホークスとスライディン・ゴーの会話に、スケプティックがノートパソコンのキーボードを打ちながら割って入ってきた。

 

「それは知らなかった…初耳だ…ではお前…ヒーローの中枢から情報を引き出す地位も持ち合わせていたんだな」

 

「…い……いや…」

 

 スケプティックの問いにスライディン・ゴーは言葉を濁らせた。

 

「お前を含め…現在折寺町を管轄としているヒーロー達の支持率が上がったのは…誰のおかげだ?お前達は…私の考えたシナリオ通りに動いたにすぎない。今のお前は以前と変わらず、精々HN(ヒーローネットワーク)を覗く程度の情報しか掴めん。たが!No.3に登り詰めた彼は、その更に奥へと通ずる!《通信記録》《リアルタイムでの会話内容》《見ているもの》…ホークスに取り付けた無数のマイクロデバイスがヒーローを丸裸にする」

 

 スケプティックの言葉にスライディン・ゴーは無口となり、ホークスは笑みを浮かべた。

 

「ホークス…《途中まで》ずっと見ていたぞ?公安を出てすぐ…通報を受けて電気系ヴィランの事件現場に急行したようだが…戦闘中にヴィランの攻撃を喰らい、そのせいでマイクロデバイスが全て壊れて、その後の君の情報が一切分からなかった…」

 

「だからここに来たんすよ、新しいマイクロデバイスを取り付けてもらおうと思ってね」

 

「ふむ…しかし君らしくないな…いつもの君ならば…あの程度のヴィランの撃退は容易いと言うのに…今回の戦闘では動きにムラが多かったぞ?流石のトップヒーローも…連日のオーバーワークで疲れが出始めたか?」

 

「休みたくても休めない上に、仕事は断りたくても断れないんすよ。現No.1があのザマだと余計にっすわ」

 

「トップ3になったことで浮かれる気持ちに加え、疲労困憊しているのは分からなくはない。だが!No.3になった以上!君には以前より我々に情報提供してもらわないと困る!」

 

「え~…向こうでもブラックなのに…此方もブラックっすか~勘弁してくださいよ~」

 

「文句を言うな…我々の作戦遂行のため…必要なことだ…」

 

「はぁあ…だったらせめて、壊れちゃったマイクロデバイスの負担はそっちがしてくださいよ?」

 

「無論だ…今の我々には腐るほどの金がある…その程度の出費など大したことはない。直ぐに新しいものを用意しよう…その間に少しでも休息をとるといい…」

 

「良かった~やっと一休み出来るっすわ~」

 

「…おっと…その前に気になることが1つある。先程のヴィランを倒し警察へ受け渡したとして、君がここへ辿り着く飛行時間を計算すると、10分程のタイムラグがあるのだが…その10分は何をしていたんだ?」

 

「…鋭いっすね~」

 

 スケプティックの問いに対し、ホークスは上着のポケットに手を突っ込むと、缶コーヒーを3本取り出した。

 

「コーヒー買ってたんすよ、甘いのをね」

 

「缶コーヒーを買うだけで10分もかかったのかい?」

 

 ホークスの答えにスライディン・ゴーが疑問をもった。

 

「人目につかないように買うの大変なんすよ?なんせNo.3になっちゃったせいで、仕事だけじゃなくてファンも増えちゃったから、見つかるとサインや写真の嵐なんすよ。第一ここのコーヒーはドブみたいな味ですし、コーヒーまでブラックなのはマジ勘弁っすわ」

 

「3本も買う必要性があるのかい?」

 

「有り有りっすよ、ここ最近は九州地方全体だけじゃなくて…中国地方や四国地方にまで管轄を広げられたせいで…俺クタクタなんすよ~。糖分を接種しないとやってけねぇですわ」

 

「君の場合は《トップ3に登り詰めた点》と《空を飛べる点》…そして《この前の九州で起きたヒーロー狩りによる事件現場に間に合わなかった点》の3つが、現状のハードワークを招いてしまったんだよ!」

 

「3つ目に関しては何も言えないっすわ…。お2人もどうです?」

 

 ホークスは余分に買った2つの缶コーヒーを、スライディン・ゴーとスケプティックに投げ渡した。

 

「む?あぁ…ありがとう、ご馳走になるよ」

 

「ふむ…丁度糖分が不足していたところだ…頂くとしよう」

 

 スライディン・ゴーとスケプティックは渡された甘めの缶コーヒーを飲んで一息ついた。

 

「ほんじゃあ早速っすが、新しいマイクロデバイスを用意してもらえますか?あんまし寄り道してると怪しまれちまうもんで」

 

「分かっている…着いてこい」

 

 スケプティックはノートパソコンを右手に、缶コーヒーを左手に持ったまま、ホークスを施設の中へと案内した。

 施設に入ったホークスは私情で別のことを考えていた…

 

「(オールマイトさん…俺はアンタを恨みますよ?…この一連の事件…始まりはどうであれ…発端の1人はアナタなんすからね…。この間の襲撃事件だって、裏で動いていた犯人が《コイツら(解放軍)》だってのを突き止めたのに…公安は『解放軍側の戦力の全貌が分からない以上は長期に渡って慎重に調べよ…』なんて言って事実に目を瞑る事になったんっすから、オマケに《解放軍》と《ヒーロー狩り》を利用したとされる《黒幕》の線まで浮上したせいで…俺への負担が倍増っすよ…。まぁ…偶然にも電気系ヴィランが事件を起こしてくれたおかげで、マイクロデバイスを意図的に全部壊し…貴方と腹を割って話が出来はしましたがね。マジでこれ以上ヘマしないで下さいよ?…No.1ヒーロー…)」

 

 ホークスは内心でオールマイトに文句を言いながら、スケプティックの後ろを歩いていった…




 5期のアニメシーンも含めて製作してみたした。

 次の話にはまだ登場していない《うえきの法則キャラクターの名前》が出ます。


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変えられない過去と戻れない日常の法則(対面)

 これまで書いてきた話は、基本的に暗い話(ヘビーな話)が多かったですので《変えられない過去と戻れない日常の法則シリーズ》が終わったら本編の話は、明るい話(ライトな話)をメインに書いていこうと思います。


●無人ビルの屋上…(折寺中学生襲撃事件から1週間以上経過…)

 

 

爆豪勝己 side

 

「もう大丈夫!!なぜって!?私が来た!!!」

 

 ヘドロヴィラン野郎との事件以来の再会…

 

 俺を地獄へと導いた張本人であり!

 

 俺が地獄へと道連れにしようとしていたヒーロー!

 

 オールマイト!!!

 

 その面を見た途端…俺は反射的に個性を使い!

 

「う”お”っらららららららら!!!!!!!」

 

BOOOOOOOOOOM!!!!!!!!!!

 

「ぬおっ!!???」

 

 俺は渾身の爆破をオールマイトの顔面に喰らわせた!

 だがオールマイトは微動たりともせずに仁王立ちしたままだった!

 

「ここで会ったが100年目!!!テメェのせいで俺の人生設計は何もかも滅茶苦茶だ!!!どう落とし前つけんだ!!!ゴラ”ッ!!!??」

 

「ゴッホゴホッ…酷いじゃないか爆豪少年、いきなり顔へ爆破なんて…」

 

「黙れやクソが!!お前だけじゃねぇ!!さっきまでのそこにいたテメェの親戚骸骨は何処にいきやがった!?テメェをブッ飛ばしたらソイツもブッ飛ばすって決めてんだよ!!寝不足野郎から全部聞いたぞ!骸骨野郎が俺に会いに来て余計なこと言ったせいで、俺はロクな目にあってねぇんだよ!!!」

 

「寝不足野郎?……ああ…公安の目良君か、爆豪少年…他人を呼ぶ時はちゃんと名前で言わないといけないよ?」

 

「俺に指図すんじゃねえや!クソが!!!」

 

「…君の心中と立場は分かる…が…その前に君へ話さなければならない《私の秘密》があるんだが」

 

「秘密だ!??んなもんどうでもいいわ!!テメェのせいで俺は2度も地面を這いつくばらされる屈辱を味わったんだぞ!!責任取れや!クソNo.1ヒーロー!!!」

 

「……聞く耳持たずか…ならば仕方ない!まどろっこしいのは無しだ!」

 

「あ"あ"っ!!?なに訳の分からねぇこと言ってやがんだゴラァ!!!!!むおっ!!???」

 

 オールマイトの言葉をガン無視し、俺はオールマイトに今まで溜め込んでいた負の感情をぶつけていたら、突然オールマイトから大量の煙が発生し、俺は咄嗟に距離をとった!

 

「んだコリャ!?煙!?蒸気!?ハッ!オールマイト!逃げる気か!?」

 

BOOM ! !

 

 煙でオールマイトの姿が見えなくなり、オールマイトがこの場から逃げようとしてんるじゃないかと察した俺は、両手を下に構え爆破を起こして煙を振り払った!

 

 だが…オールマイトの姿は既に無く、代わりさっき声をかけてきた《骸骨野郎》がいた!

 

 親戚ってのもあって声色は似てるが、こんなガリガリ野郎とオールマイトの声を間違えるほど俺の耳は腐ってねぇ!!!

 

「クソが!あの野郎!逃げやがった!!!」

 

 俺はガリガリ野郎には目もくれずにオールマイトを探した!

 

「爆豪少年…」

 

「るっせぇな!テメェをブッ飛ばすのは後だ!オールマイト!!何処行きやがったーーー!!!」

 

「いや…だからね…」

 

「逃げんじゃねえ!オールマイト!俺の人生設計を台無しにした罪は死んでも償えねぇぞ!!?」

 

「あのぉ…私の話を聞いてくれないかい?」

 

「鬱陶しいわクソ骸骨!元はと言えばテメェが俺に余計なことを言ったせいで!!!って、そうじゃねぇよ!オールマイトは何処にいきやがった!クソが!!!」

 

「あぁ…その………私がオールマイトだよ?」

 

 骸骨野郎は見え見えの嘘を吹いて、俺を煽ってきやがった!

 

「寝言は寝て言え!テメェみてぇな気色悪い骸骨野郎がオールマイトな訳ねぇだろうが!脳味噌イカれてんのか!この屍野郎!!!」

 

 俺は頭に限界まで血が上り、骸骨野郎の胸ぐらを掴んで持ち上げた!

 

「ぐおっ!?く、苦しい!!放してくれ!!」

 

「今の俺にそんな下らねぇ嘘を言うなんざなぁ…あ"あ"っ!!オールマイトより先にテメェからブッ殺s…ヌオッ!!??」

 

 俺は骸骨野郎にさっきオールマイトに使った出力の爆破を喰らわせようすると、骸骨野郎は《骨と皮しかねぇような貧弱な手》で俺の片腕を掴んだ瞬間、またしても大量の煙が発生した!

 

「また煙か!!いいがげんにしろy………え?」

 

 一瞬、煙に意識がいって気づかなかったが、俺の腕を掴んでいた《細い腕》が《太い腕》に変わっていて、胸ぐらを掴んでいた俺の手の位置も高くなっていた…

 

 骸骨野郎が…オールマイトになっていた!!?

 

「信じてくれたかい?爆豪少年?」

 

 オールマイトの言葉に…俺は言葉が出なくなった…

 

「……おい……どういうことだよ……骸骨野郎と…オールマイトが……同一人物だと……そんな馬鹿なことが…」

 

 俺は頭の処理が追いつかなかった…

 

 俺が胸ぐらを掴んでいたのは確かに骸骨野郎で、俺の腕を掴んできたのも骸骨野郎だった…

 

 それが全部、オールマイトに変わっていた!?

 

「信じられるか……俺はオールマイトの勝つ姿に憧れた!そんなオールマイトを超えることが…ガキの頃からの俺の目標になったんだ!俺の憧れた男が…あんなガリガリの骸骨な訳ねぇんだよ!テメェは誰だ!?この偽者野郎!!!」

 

 俺は受け入れられない現実から目を背けるために…オールマイトの姿をした偽物に訴えかけた…

 

「『憧れ』…『超える』…か……爆豪少年……私は…正真正銘のオールマイトさ……ゴッバ!?」

 

「ッ!!?」

 

 偽物野郎は突然に血反吐を吹いた瞬間、今度は煙など出ずにオールマイトの姿から骸骨野郎の姿になった!

 

「お!おい!?」

 

「これが…君に話そうとしていた…私の秘密だよ…」

 

「んだと……どういう訳だ…」

 

「プールでよく腹筋を力(りき)み続けてる人がいるだろう?それと同じさ」

 

「知らねえよ!!!」

 

「じゃあ…健康診断で腹部を計る際に…お腹を引っ込める人がいr」

 

「そっちじゃねぇ!俺が聞いてんのはなんで血を吐いてんだってことだよ!!?」

 

「あ、なんだ…そっちの話か……………初めに言っておくんだが…これから話すことは…私が引退する日までは秘密にしてくれ…」

 

スッ

 

 オールマイトだと名乗るガリガリ野郎は、上着を捲った…

 

「ッ!!!??」

 

 捲られた服の下にあったのは…

 

 左胸の下辺りに夥(おびただ)しい手術跡!

 

 デカい穴を無理矢理に塞いだかのように何十針も縫われていた!!?

 

「コレは5年前に…敵の襲撃で負った傷だ」

 

「………」

 

「呼吸器官半壊…胃袋全摘……度重なる手術と後遺症で憔悴(しょうすい)してしまってね。私のヒーローとしての活動限界は今や1日約3時間程なのさ」

 

「さ、3時間!たった3時間だと!?それに5年前って……《毒々チェーンソーヴィラン》か!!あんなチンピラヴィランにそんな深手負わされたのかよ!?」

 

「違うよ…というか詳しいな…」

 

「出久が……アンタが活躍する度に…俺や周りの奴等に鬱陶しく伝えてきたから覚えてたんだよ…」

 

「…そうか……緑谷少年か…」

 

 アイツの名前を出した途端、オールマイトは目に見えて落ち込み始めた…

 

「《この怪我》は世間に公表されていない……公表しないでくれと…私が頼んだ…」

 

「…誰にやられたんだよ……その傷…」

 

「すまない…そのヴィランについては絶対に言うなと厳しく忠告されてしまって言えないんだ。特に私は《口が軽い》前例があるためなのか、色んな人からこれ以上にないほどの説教も受けてしまってね…」

 

「………チッ!…」

 

「…人々を笑顔で救いだす《平和の象徴》は…決して悪に屈してはいけない。私が笑うのは…ヒーローの重圧…そして内に湧く恐怖から己を欺(あざむ)く為さ…」

 

「………」

 

「プロはいつだって命懸けだよ。《個性がなくとも成り立つ》とは……とてもじゃないが……口に出来ないんだ…」

 

「だからアイツに……『夢を見るのは悪いことじゃねぇ』だの…『相応に現実を見ろ』だの言ったのか……俺があのヘドロ野郎に絡まれる前に…」

 

「…そうだ……私は彼の苦しみを理解してあげることが出来なかったんだ。だが君を助けようと飛び出した緑谷少年の姿を見て…私は感動したんだ!『考えるよりも先に身体が動いた…』それはヒーローになるべき者にとって最も必要な覚悟だ!私はその時、緑谷少年の中に《ヒーローの素質》を見た!私は彼に言った発言を撤回し『君はヒーローになれる!』…そう伝えたかったんだ…」

 

「んだと!!?」

 

 オールマイトが出久を《ヒーロー》と認めていたことに俺は心底驚いた!

 

 ……が…

 

「かっ……はは……何を言い出すかと思えば…そんな《作り話》に騙されっかよ!!?」

 

「作り話ではない!私は本当に緑谷少年へ伝えようとしていたんだ!…だが…間に合わなかった……私がファンやメディアなど無視して…すぐにでも彼に伝えるべきだったんだ…」

 

「終わってからならそんな出鱈目いくらでも言えるんだよ!!?どうせアイツがビルから飛び降りたと知ったから、いつ真実がバレても自分が非難されないように考えた《テメェの妄想話》だろうが!!!」

 

「違う!緑谷少年は素晴らしいヒーローになれる!私はそう確信している!その気持ちに嘘など無いんだ!」

 

「見え透いた嘘をつくんじゃねぇ!!そんな証拠が何処にあんだよ!!この期に及んで誤魔化すんじゃねぇよクソ野郎が!!?結局は《テメェの気持ち1つ》じゃねぇか!!!!!」

 

「……あぁ…その通りだ……証拠なんて無い……だから…私の言葉を信じられないなら…それでもいいよ。でもね…あの事件の後から私は《私の秘密を知る人達》に散々怒られたよ……《No.1ヒーロー》になったことで私は浮かれていた……いつしか私は個性を持たぬ者達の気持ちを理解できなくなっていた……ヒーローだの大人だの以前に…私は《人》としての大切なものを無くしていた。ヘドロヴィランを逃がしてしまったのも…自分の力を過信しすぎていたからかもしれない…そんな慢心によって…君にも迷惑をかけてしまった…申し訳ない…爆豪少年…」

 

「…テメェ……俺を騙して楽しかったかよ?……何が《オールマイトの遠い親戚》だ……正体を偽って《今の姿》で俺に近づいてきたのも…俺の苦しむ姿を楽しむためだったのかよ…」

 

「アレは私の独断さ……君には《君と緑谷少年の過去》を聞くのも含めて…真実を知っておいてほしかったんだ。だが結局のところ…私が仕出かした事は…君を苦しめて追い詰めるだけとなってしまった…。爆豪少年…すまなかった……本当に…申し訳ない……」

 

「ッ!!?」

 

 オールマイトが…俺に向かって頭を下げた!?

 

「おい……フザけんなよ…軽々しく頭下げんじゃねえ!!!俺が憧れたNo.1ヒーローはなあ!簡単に頭を下げたりはしねぇんだよ!!!これ以上、俺の《No.1ヒーローのイメージ》を壊すんじゃねぇよクソが!!!!!」

 

「爆豪…少年……」

 

「俺には謝罪なんざ必要ねぇんだよ!!!テメェはさっさと腹くくって!『自分が出久の夢を否定したヒーローだ』ってことを口外しろ!テメェの口から全国に真実を伝えろや!それでも俺の怒りは治まりゃしねぇが!少しは気が晴れらぁ!」

 

「………それは……出来ない…」

 

「あ"あ"っ"!!?この期に及んで《No.1ヒーローの座》の方が大事なのかテメェは!!!」

 

「そうじゃない!!私だって本当は言いたかったさ!記者会見の時、あの事件の真相の全てを話したかった!!………だが…私は《No.1ヒーロー》であり《平和の象徴》……何千…何万…何億という人々を守らなけばならない存在………私のミスは例え1つであっても…大勢の人々を不安にしてしまう……同時にヴィランの抑制も弱まってしまうんだ……それこそ引退した元No.1ヒーローの《神様》に復帰してもらわなければならないほどに…。《ヘドロ事件における私のミス》だって…本来なら公にしてはならないと命令を受けていた……それでも私はヒーロー協会を必死に説得した!それでも最後には…《ヘドロヴィラン事件の発端》を話すことしか許されなかったんだ…」

 

「ハッ!結局は他人の意見に従っただけじゃねぇか!!言い訳なんざすんじゃねぇよ見苦しい!!所詮テメェの《俺や出久に対する謝罪の気持ち》なんざ《その程度》だったっつーことじゃねぇかよ!!?ア"ア"ッ"!!!??」

 

「違うんだ……私は……私は…」

 

 俺とオールマイトはそれから1時間以上ずっと言い合いを続けた…

 

 俺は《辛苦》と《悲痛》を…

 

 オールマイトは《謝罪》と《言い訳》を…

 

 だが…いくら話し合ったところでオールマイトは俺の言った要求に応じようとはしなかった…

 

 オールマイトにもヒーローとしての立場があって世間に言いたいことが言えないのは…俺だって頭じゃ理解してる……今の社会が平和なのは《オールマイト》と…《元No.1ヒーローの神》って奴のお陰だってことも……

 

 だけど…それでも俺の心は納得できねぇんだよ!!!

 どうして俺がここまで理不尽な思いをしなくちゃ行けねぇんだよ!!!

 

「なぁオールマイト…教えてくれよ…

俺は誰を恨めばいい…

俺は誰を憎めばいい…

俺は誰を責めればいい…

俺はこの悔しさと苦しみを…誰にぶつけたらいいんだよ…」

 

「………」

 

「俺がこんな人間になったのは…誰のせいなんだ?出久か?親か?教師か?取り巻き共か?クラスの連中か?それともこの個性社会か?

俺は……《普通の生活》に戻りてぇんだよ…

でも…俺はもう…その《普通》すらも送ることが出来ない所まで来ちまった…

俺にはもう…居場所がねぇんだよ…」

 

「(予想していた以上に追い込まれているな…。《ワン・フォー・オールの秘密》も話そうと思ってたが……これは時期を見て話した方が良さそうだな…)」

 

 俺は俺の本心をオールマイトに語った…

 

 だが肝心のオールマイトはさっきから全く口を開かない…

 

 オールマイトはヒーローとして実力は《No.1》だろうが、カウンセリングについては《ゴミ以下》だってのを痛感されられる…

 

「これ以上テメェと話してても何の解決にもならねぇよ………失せろや…」

 

「待ってくれ爆豪少年、1番大事なことをまだ伝えてなかったよ」

 

「失せろっつってんだろが!クソが!!!」

 

「いや、ちゃんと聞いてくれ!先日、公安委員会の目良君が話していただろう?『君の監視と指導をするヒーローが後日現れる』とね!今日はそれも兼ねて挨拶に来たんだよ!」

 

「は?……おい…まさか……《俺の教育者》って…」

 

「そう!私だ!!!」

 

「ふ……ふ………ふ…」

 

「ふ?」

 

「フザけんじゃねえええええええ!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●早朝…折寺中学校…

 

 

None side

 

 爆豪勝己が自分の監視と教育をするヒーローがオールマイトだと本人から聞かされた後日…

 

 本日は土曜日で学校は休みなのだが、折寺中の生徒達は登校日となっている。

 

 襲撃事件のあった次の日から折寺中学校だけでなく、折寺町にある学校や幼稚園などは全て臨時休業になっていた…

 

 まぁ当然と言えば当然である…

 

 200人以上の生徒が襲われて大怪我をする事件が起きれば、折寺町の人々は不安にならないわけがない。

 今回は折寺中生徒のみが襲撃されただけであって、折寺町に住む市民への被害は一切無かったが『まだ襲撃犯達が町に潜んでいるんじゃないか?』と市民達が懸念していたため、その日の内に町中の学校や幼稚園へ《休業宣言》の電話が入った。

 

 襲撃事件から1週間後、休業宣言は解除されて子供達は再び学校や幼稚園に通えるようになった。

 ……が…折寺中学校だけは宣言が解除されたあとも臨時休業となっていた…

 襲撃されて入院していた生徒達は…事件から1週間経つ頃には全員が退院することが出来たのだが、生徒によって容態は区々(まちまち)のため、退院後は自宅療養を兼ねて数日間は休みになっていた。

 これにより折寺中生徒達は10日近くも学校を休んでいたため、遅れた分の授業期間を取り戻すこととなり暫くの間は休日も登校日となった。

 

 

 

 今日の爆豪勝己はいつも以上に最悪な気分で学校に登校した…

 

 人目に付かないよう早朝に家を出て…誰にも会うことなく学校についた…

 

 自分の教室に入れば、1つだけ机が無い空間と対面する…

 

 あの日に個性で壊して以降…その場所に《緑谷出久の机》は置かれていなかった…

 当の本人は昏睡状態、いつ意識が戻るのかが不明であるため…出久の新しい机は用意されていない…

 ついでに言うと、例え新しい机を置いたとしても『また爆豪が爆破で壊すんじゃないか?』と教師の誰かが発言したためもあるらしい…

 

 そんな1つ机の無い教室の自分の席に爆豪は座って時間が過ぎていくのを待った…

 

 時間が経つにつれて…1人…また1人とクラスメイトが教室へ入ってくる…

 もはや当たり前になったのか、教室に入ってくる生徒達(28人)は揃って爆豪を無視している…

 出久が飛び降り自殺を図った次の日から…爆豪を敵視してはいたが、それは日に日に悪化していく一方だった…

 

 爆豪同様に折寺中学校の大半の生徒は、顔や手足に《暴行を受けた傷跡》に加えて、未だに顔や手などの服で隠せない部分には包帯が巻かれ、長髪だった女子生徒達の髪は短くなってもいる。

 制服で見えないだけで、その身体にはリカバリーガールの治癒が間に合わずに痣や傷が無数に残った生徒だっている。

 

 ポジティブな例えで言うなら《仮装パーティーの会場》というのが楽観的な考えだろう。

 

 …だが…そんな現実逃避は何の誤魔化しにもならない…

 

 生徒達(主に3年生)が傷だらけになり始めたのは3週間以上前から…

 男女関係なく…日に日に身体の傷や痣が増え続けている…

 

 

 

 それは何故か?

 

 

 

 緑谷出久の自殺原因の1つは…《学校での過度なイジメと差別》…

 そのイジメの主犯は《爆豪勝己》だが、その爆豪と一緒になって…または脅されたことで、緑谷出久をイジめていた生徒は、なんと3年生で100人以上もいたことが警察の捜査で発覚したのだ!

 

 加害者である生徒達は、自分だけは何とか罪を逃れようと《嘘の証言》をして誤魔化そうしていたが、《電子メール》の個性をもつ警察の事情聴取によって嘘が見抜かれ、中学生になってから緑谷出久をイジめていた生徒達が全員判明した…

 

 証拠を突きつけられた生徒達は『爆豪勝己に脅されていた』という言い訳をしたものの、その爆豪勝己と一緒になって緑谷出久をイジめていた事実が消えることは絶対にない…

 

 更に言うと、これは公になってはいないが…緑谷出久が緊急手術を受けた際、患者の身体には《暴行によるアザ》の他に《爆発による火傷痕》が多数あったことで《爆豪勝己》がイジメの主犯であることが判明した……。

 …だが…実はそれだけじゃない……被害者である緑谷出久の身体には…他にも《長い紐か何かで締め付けられた痕》《針に刺された痕》《岩のような物で殴られた痕》《鋭い牙に噛みつかれた痕》などの痕跡が、頭から爪先までの至るところにあったのだ…

 

 警察が調べた結果、《火傷痕》によってクラスメイトの《爆豪勝己》による犯行だと証明されたと同時に、他の傷痕が《同じクラスの生徒》達によって受けた傷だと言うことも判明していたのだ!

 《電子メール》の個性を持つ警察の取り調べによって、その犯人である生徒達は全員特定された。

 最終的に緑谷出久のクラスメイト30人の内、爆豪勝己を含めた28人が頻繁に出久へ危害を加えていたことも判明した!

 

 結果、イジメの真実は明らかにされた生徒達(3年生全体の7割以上)は、事実を知った自分の親から《これ以上に無い大目玉》を喰らった。

 特に幼稚園時代や小学校時代からイジメに荷担していた生徒達は、ほぼ虐待に等しい暴力を親から毎日受けて心身共にボロボロにされている…

 子供のイジメが発覚したことで仕事を失った親もいるため、それが原因で暴力が過剰になった親は少なくないらしい…

 

 オマケに爆豪の取り巻き2人は学生でありながら《喫煙》をしていたことなどが警察を通して親に伝えられてしまい、以降は毎日のように親から異常なまでの暴力を受けている。

 しかも取り巻き2人だけじゃなく、他の生徒も《コンビニでの窃盗》や《下級生や他校生への恐喝や暴行》などの犯罪をしていた生徒が何十人もいたことが捜査で次々と発覚し、彼らはその罰に等しい暴力を親から受けた…

 だが不幸中の幸いとでもいうのか…彼らの犯罪(《喫煙》《窃盗》《恐喝》など)は、警察と教育委員会と根津校長が話し合った際に《隠蔽》することが決定された。

 彼らの犯した罪は絶対に許されざることだが、それでも根津校長は《教育者の立場》として…未来ある子供達のことを思い…《最後の情け》として動いてくれたために…彼らの《イジメ以外の犯罪》が世間に公表されることは無かった…

 

 だが何者かによってネットに個人情報が晒されてしまい、彼らは転落人生を送ることとなる…

 何人かの親は子供がした悪行に対しての謝罪文を新聞や雑誌に掲載したが、それは余計に状況を悪化させるだけだった…

 

 経緯はどうであれ、彼らは今も十分過ぎる程の罰を受けていた…

 

 だが…それでも彼らは全く赦されなかった…

 

 

 

 そんなクラスメイト達の中でも、一際《顔全体に傷や痣が残っている生徒》が半数近くいた。

 

 爆豪勝己は彼らがどうして傷だらけなのかを知っている…

 

「(これはニュースで知ったことだが、あの襲撃事件の日…折寺町にある全ての病院への救急要請が入った………が…当然200人以上の生徒が同時に同じ病院へ入れる訳のなく、比較的に重傷じゃない生徒は別の町の病院へと搬送された。その内、取り巻き2人を含めた十数人は、隣町にある《黒岩病院》っつう病院に運ばれた。……だが、そこにいた若い院長が《とんでもないヤブ医者》で、手術が終わって入院していた取り巻き達に対して《寝ている奴にデカいハンマーで殴りかかったり》《松葉杖をついていた奴の松葉杖を奪いとってそのまま何度も叩いたり》《車椅子に乗っていた奴を蹴落としては何度も車椅子をぶつける》などの悪行を狂喜の笑みを浮かべながら平気で行うという最低な悪徳医者だったらしい。最近になってその医者は逮捕された……なんでそんなクソッタレな医者が今まで逮捕されなかったのかというと、前々から被害情報はあったのだが当人の家は金持ちで、金の力により黙認されていた上に、そのヤブ医者が雇っていた用心棒によって、周囲の人々に都合の悪い情報を口止めしていたから、今まで表沙汰になっていなかったそうだ…)」

 

 爆豪はクラスにいる取り巻きを含めたクラスメイト達が、その病院で更に暴行を受けたことによって出来た真新しい痣を見ながらニュースの内容を思い出す。

 

「(そんなクソッタレなヤブ医者を逮捕するまでに至れたのは、あの襲撃事件のあった日に俺達の元へ駆けつけた《スライディン・ゴー》を含む《県外ヒーロー共》が総出で動き、その医者の用心棒を全員取り抑えた上で、その悪徳ヤブ医者の元へ警察と共に令状をもって突入して逮捕し、用心棒を含めて警察に連行したそうだ。捕まったヤブ医者の証言によると、非道な行動をとっていたのは《憂さ晴らし》と《ストレス発散》などという余りにも身勝手すぎる動機だった。ついでに、その病院で脅され働かされていた医者達の証言もあり、ソイツのこれまでの悪行の数々が全て表沙汰になって、逮捕されたそのヤブ医者は実の親からは絶縁されたという…………考えたかねぇが俺も一歩間違えば…そのヤブ医者みたいな駄目な大人になっていたかもしれねぇってことだ…)」

 

 爆豪は…そのニュースを見ながら嫌でも考えさせられた…

 

 警察によって護送車に乗せられていく悪徳医者と用心棒達…

 

 自分達は学生であり未成年だったために《奉仕活動》という罰で済まされた…

 …が…『もしかしたら俺達もそのヤブ医者みたいにヒーローと警察に捕まっていたかもしれない…』という可能性を考えてしまうのだ…

 

 

 

 爆豪がそんなマイナスなことを考えている間に、出久以外のクラスメイトが全員教室に揃っていた。

 

 いつもならばクラスメイト達(28人)は、爆豪が存在しないかのように無視しているのが最近の当たり前になっていた………

 

 …のだが……今日は違っていた…

 

ドガッ!

 

「っで!?何すんだゴラッ!!!」

 

 いきなり誰かが爆豪の机を思いっきり蹴ったことで、爆豪は考え事を止めて怒鳴った!

 

「あ?……んだよ…テメェら…」

 

『……………』

 

 考え事をしていて爆豪は気づいていなかったが、いつの間にかクラスメイト達は爆豪を囲うように集まり、全員が鋭い視線で爆豪を睨んでいた。

 

「カツキ……お前の……お前のせいで……」

 

「お前なんかのせいで…俺達の人生…台無しだ…」

 

「あ"あ"?何のことだよ?」

 

「ッ!トボけんじゃないわよ!!アンタと同じクラスってだけで私達は……私達は!!!」

 

「お前がいるせいで!俺達は花畑党首からの恩恵を受けられなかったんだよ!!?」

 

「やっとマトモな生活に戻れると思ったのに…全部アンタのせいよ!!!!!」

 

 

 

 鬼の形相となって怒鳴ってくるクラスメイト達の訴えを聞かされながら、爆豪は『花畑』の名前を聞いて彼らが何故逆上しているのかを理解した。

 

 それはヘドロヴィラン事件から1ヶ月が経過した頃…

 襲撃事件で重傷となり…病院に搬送されて一命を取り止めて…無事に退院し自宅療養をしている間にテレビで知った…

 政治家である心求党の党首《花畑 孔腔》が緊急会見を開き、世間を驚愕させる宣言をした。

 

 それは『ヘドロヴィラン事件以降より、生活が一変して苦しんでいる多くの人達を全面支援する』…というなんとも《お人好しな宣言》をしたのだ。

 

 いくら政治家とはいえ、出来ることには限度がある…

 花畑が口にした『多くの人達』と言うのが、いったいどれだけの人数を現しているのか…

 

 《被害者である無個性の男子生徒以外の折寺中学校の生徒達》だけじゃない…

 《折寺中の教師達》や《現在は高校生や社会人となった折寺中の卒業生達》や《爆豪勝己のいたクラスを担当していた幼稚園や小学校の教師達》、更に言ってしまえば《その人達の家族や身内》を全部纏めて示している…

 《折寺中の卒業生達》を除いて計算しても、その人数は1000人を余裕で超えるだろう…

 

 そんな人達を『全員を助ける』と花畑は口にしたのだ。

 

 花畑の宣言を初めて聞いた人達は誰もが思うだろう…

『そんなこと出来るわけない!』…

『花畑は底抜けのお人好しだ!』…

『手を差し伸べる価値のない人間を救おうとするなんてどうかしてる!』…

『今の自分の立場を失うかもしれないのに何を考えているんだ!』

…という花畑の発言を否定する声が大半だった。

 

 しかし、花畑は本気だった……彼は自分の発言に嘘は無かった!

 

 花畑は友人である《デトネラット社の代表取締役社長・四ツ橋力也》と協力し、何千何万という人達を受け入れる準備をしていたのだ!

 四ツ橋社長も《社会から非難されて辛い日々を送っている人達》を不憫に思っていたようで『少しでも手助けがしたい』と、花畑から協力を心良く承諾し、彼らの新しい《住み場所や転校先の学校の手配》や《仕事を失った人達への仕事の紹介》に尽力してくれた!

 

 花畑の緊急会見以降、日本中の《引っ越し会社》や《運搬会社》は大忙しとなった。

 花畑が言った『多くの人達』は…花畑党首が差し伸べてくれた救いの手を我先にと掴み、彼と四ツ橋社長が紹介してくれた地域へと颯爽と引っ越しを開始した。

 

 当然のことだろう………ヒーローも…世間も…誰も助けてくれない………そんな自分達を本当の意味で助けてくれるのだ…

 《地獄に仏》という言葉があるが…彼らにとっては、花畑 孔腔と四ツ橋 力也こそが正に《救世主》である!

 

 折寺町を初め、別の町や県外に住んでいた《折寺中の卒業生達》は住み慣れた場所から姿を消した……折寺中学校の生徒達とその家族も同じく。

 

 花畑の会見後から僅か数日で、折寺中の1年生と2年生は1人残らず全員が愛知県の泥花市にある中学校へと転校することが決まり、家族と共に折寺町から泥花市へと移住する準備をしていた。

 

 勿論、3年生達も本来なら転校手続きをしたいのが本心なのだろうが……彼らは現状でそれは許されてはいないのだ…

 

 

 

 何故って?

 

 

 

 同級生である無個性の男子生徒が自殺を図ったことによって、折寺中の3年生達は厳罰としての奉仕活動を言い渡されている。

 奉仕活動が終わらない限り、3年生とその家族は《転校》も《引っ越し》も決して許されないのだ…

 

 しかも厳罰である奉仕活動にはペナルティが定められており、奉仕活動へ積極的に参加しなければ、期間が延長されることとなっている…

 真剣に取り組んで活動していれば1ヶ月で終わることなのだが、肝心の3年の生徒達の中には…《世間からの冷たい目線や陰口に耐えられずに奉仕活動から逃げ出す生徒》…《感情的になって問題を起こす生徒》…《最重要の注意事項である個性の使用禁止を守らない生徒》が大勢いたために、予定されていた奉仕活動期間である1ヶ月が経過する頃には、5クラス全てが連帯責任によるペナルティで《3~4ヶ月以上》と期間が延びてしまっていた。

 しかも主犯である爆豪勝己のいるクラスはなんと《半年以上》も延長される始末…

 

 つまりペナルティで追加された期間の奉仕活動が終わらない限り、彼らは折寺町から離れることが出来ないのだ。

 

 だが花畑 孔腔は、折寺中の3年生達の厳罰内容を折寺中の教師を通して知ってか『3年の生徒達とその家族の受け入れは厳罰が解除されるまで待ちましょう』…と《寛大な言葉》を述べてくれた。

 

 3年の生徒達もその親も花畑の慈悲深さに感謝して一時は安心したが、このまま延々とペナルティが続いて奉仕活動が永久に終わらなければ、いくら花畑とて自分達を見限る可能性は十分にある…

 

 それだけじゃない…花畑は『折寺中の3年生達とその家族をも受け入れる』…と宣言したのだが『全員を受け入れる』とは言っていない…

 

 花畑は緊急会見にて、《騒乱の象徴》とも呼ばれている《爆豪 勝己》と、《爆豪と同じクラスの生徒達とその家族達》の受け入れには思い悩んでいた。

 そして爆豪が度重なる問題を起こし続けたために、花畑は《彼ら》の受け入れだけは拒否してしまい、それ以外の人達を全員受け入れて全面支援することを決定してしまったのだ…

 

 この花畑の決定に対して世間の人々は非難も否定もせず、花畑党首と四ツ橋社長を責めるどころか、より一層に尊崇する人々が増え続けている。

 

 

 

 

 

 そして…今に至る…

 

 

 

 

 

 クラスメイト達は花畑党首から救いの手を差し伸べてもらえなかった1番の原因である爆豪勝己を激しく責め立てているのだ。

 

 

 

「お前と同じクラスってだけで!俺達は花畑さんから見捨てられたんだよ!!」

 

「何もかもお前のせいだ!爆豪!!!」

 

「アンタが緑谷に酷いこと言ったからこんなことになったのよ!!!」

 

「俺達の未来まで無茶苦茶にしやがって!どう落とし前つけてくれんだよ!!!」

 

「お父さんもお母さんも冷たくなって、優しかったお父さんには《暴力》を振るわれて、明るかったお母さんには《無視》されるようになった……そんなことが毎日毎日!私達の平穏な日々を返してよ!!!」

 

 クラスメイト達は1ヶ月前から溜めるに溜めてきた《負の感情》を爆豪にぶつけた!

 

「テメェら……自分のことは棚に上げてヌケヌケと……!テメェらも散々出久を追い詰めてただろうが!!都合の良い時だけ被害者面してんじゃねえよ!!!テメェらも同罪だろうがこのゴミカス共!!!!!」

 

 クラスメイト(28人)から一方的に責められている爆豪はキレた。

 

「ハアッ!?何言ってんだ!元はと言えばお前が入学式の次の日から俺達を恐喝してきたんだろうが!トボけんじゃねぇよ!記憶力は皆無かよ!この脳無し!!!」

 

「それになんだよ『出久』って…今更アイツの呼び方を変えて良い子ぶってんじゃねぇよ!バカツキが!!!」

 

「なにが『オールマイトを超えるトップヒーロー』よ!?なにが『高額納税者ランキングに名を刻む』よ!アンタはただのヴィランよ!!!」

 

「なんでもかんでも自分の思い通りにならなきゃ気がすまねぇガキ大将が!デケェ声で怒鳴りゃ大人しく従うと思うな!サイコパス野郎!!!」

 

「いつまでも調子に乗ってんじゃねぇよ!社会を壊す《騒乱の象徴》が!!!!!」

 

ブチイィィィ!!!

 

 クラスメイトからの度重なる暴言の数々に、爆豪は血管のいくつかがブチ切れた。

 特に最後の不名誉な2つ名を言われたことで我慢の限界を越えてしまった。

 

「クソモブ共が!!!いい気になってんじゃねぇぞゴラアアアアアアアァ!!!!!!!」

 

 爆豪はまたしても感情に振り回され、後先に考えずに《大爆発》を起こそうとした…

 

ガラッ

 

「おい!お前達なにをやってる!!?さっさと席に戻れ!!!」

 

 爆豪が《爆破》の個性を使おうとした正にその寸前、担任が教室へと入ってきた。

 担任から注意され、生徒達は自分の席に戻っていく。

 

「(チッ!クソ担任が!邪魔しやがって!覚えとけよモブ共が!ゼッテェ今以上に後悔させてやるからな!!!)」

 

 爆豪は内心に《怒り》を溜め込んでいた…

 

 いつの日か彼らに《仕返し》をするために…

 

「ええっとぉ…まぁなんだ…朝一番からなんなんだが…お前らに伝えることが沢山ある…」

 

「ケッ…偉そうに…生徒を差別する駄目クソ教師が!」ヒソヒソ…

 

「なんであんな担任がクビにされないのよ!」ヒソヒソ…

 

「おい知ってるかぁ?この学校の教師達も花畑さんから声をかけられて、俺達が卒業したら泥花市の中学校へ移動するらしいぜ…」ヒソヒソ…

 

「何それ!ズッル!」ヒソヒソ…

 

「自分達はもう再就職が決まってるから余裕ってか…フザけやがって!」ヒソヒソ…

 

「でも給料を減らされて苦しい生活を送ってるって聞いだぞ…」ヒソヒソ…

 

「ハッ!良い気味だ!」ヒソヒソ…

 

 生徒達はヒソヒソと担任への不満や悪口を口にした。

 彼らは小声で話してるつもりだろうが、それは担任に全部丸聞えだった…

 ギスギスとしたクラスの雰囲気がどんどん重くなっていく…

 それでも担任は生徒達へ伝えなければならないことがあるのだ…

 

 昨日、折寺中の校長と教師達はヒーロー協会と教育委員会に呼ばれ、折寺町の警察署に集まった。

 そこで聞かされた《いくつもの報告》に教師達は茫然自失した…

 

「これはお前らにとっても大事な話だ、耳の穴かっぽじってよく聞け……まずは1番重要な話をする…」

 

 生徒達は担任の言葉などに耳を傾ける気など無かったが『自分達にとって大事な話』と言われたため、話をちゃんと聞くことにした…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「緑谷が目を覚ました……意識が戻ったそうだ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『…………………………えっ?……』

 

 担任が口にした言葉の意味を…生徒達はすぐに理解することが出来なかった…

 

 それから少し間をおいて…生徒達は理解した。

 

「起きたって!?緑谷が!?!?」

 

「昏睡状態でいつ目を覚ますか分からない筈なんじゃ!??」

 

「意識が戻る可能性は数%って言われてたのに、1ヶ月で目を覚ましたって言うの!!!??」

 

「いつ起きたんすか!昨日すか!?一昨日すか!?」

 

「緑谷には会えるんですか!!?」

 

 衝撃的すぎる報告に生徒達は全員が驚愕した!

 

「落ち着けお前ら!まだ話すことは沢山ある……っておい!爆豪!?何をしてる!!?」

 

 担任からの話の途中、突然爆豪は教室の窓を開けてベランダに出た…

 

 …と思った矢先!

 

BOOM!

 

 両手から爆破を起こしてベランダから空へと飛び出した!!!

 

「待て爆豪!!!何処に行く気だ!!!??戻ってこい爆豪!!!爆豪ーーーーー!!!!!」

 

 担任の必死の呼び掛けに一切応じず、爆豪は個性を連発しながら空を飛び…《ある場所》を一点に目指していた…

 

 彼が向かっている行き先は…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

爆豪勝己 side

 

BOOM!BOOM!BOOM!

 

 クソ担任からの話を聞いた俺は…

 

 後先考えず咄嗟に教室の窓から飛び出し…

 

 《爆破》を連発ながら空を飛行し…

 

 アイツが入院している病院へ向かっていた…

 

 『出久が目を覚ました』…それを耳にした途端に俺の身体は勝手に動いた…

 

 

 

 会ってどうするんだ…だと?

 

 

 

 今更に何をする気だ…だと?

 

 

 

 雄英に入学できるチャンスを棒に振る気か…だと?

 

 

 

 個性の使用は禁止なんじゃねぇのか…だと?

 

 

 

 んなもん知るか!!!

 

 アイツが目を覚ましたんなら!俺のやるべきことは1つ!

 

 

 

 今の俺にはもう…それ以外に考えられねぇ…

 

 《出久に謝る》…

 

 それが俺のケジメなんだ!

 

 

 

 どんなに謝ったところで許してもらえないのは百も承知だ…

 

 許してくれなくたっていい…

 

 一生嫌われたっていい…

 

 

 

 それでも俺は…アイツに謝らないといけねぇんだ!!!

 

 じゃねぇと俺は…この《地獄の生活》に……《現実》に向き合うことが出来ねぇ…

 

 俺はそれだけを考え…爆破を使い続け…病院を目指した…

 

 下の町からは…俺を見つけてなのかギャーギャーと耳障りな騒ぎ声が聞こえるか無視だ無視!

 

 待ってろよ!出久!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いったい何回爆破を使っただろうか…

 

 学ランとシャツは爆破の影響で肘まで燃えて無くなっている…

 

 だがそのかいあって…

 

 やっと目的地の病院が視界に入った!

 

 だけど俺は地上へは降りない…

 

 出入口から入ったところで、受付やヒーローが邪魔するに決まってる…

 

 そう予測していた俺は…

 

 

 

 強行突破でアイツが入院している病室に窓から入る!

 

 

 

 病室の場所が変わってねぇとすれば、この高さで飛んでいればアイツの病室が見えてくる筈!

 

 やっとこさ病院についた俺は、窓からアイツがいる病室を探した。

 ハズレの病室にいる患者が窓の外にいる俺の姿を見て慌てていやがったが知ったことじゃない。

 

 外から病室を見て回っていると…

 

 ある病室にリカバリーガールの姿が見えた…

 

 《リカバリーガールが話をしている患者》を確認した俺は…

 

バリイイイイイイイン!!!

 

 俺は病室の窓を突き破って中に入った!

 

「何事だい!!?なっ!アンタは!!!」

 

 窓を割って入ってきた俺を見て驚いてるリカバリーガールをガン無視して、俺はリカバリーガールが診ていた患者に……ベッドで上半身を起こした出久に近寄った!

 

 出久も窓から入ってきた俺を驚いた顔をしていた。

 

「よぉ……出久……」

 

「………」

 

 1ヶ月ぶりにやっと会えた…

 

 だが…いざ顔を見たら言おうとしてた言葉を全て忘れちまった…

 

 前髪で隠れちゃいるが…額にはデカイ傷跡も見えた…

 

 いったい何を言えば言いんだ…

 

 謝ることは確かだが…何から謝ればいい…

 

 

 

 今までイジメていたことか?

 

 無個性を理由に差別したことか?

 

 軽蔑したことか?

 

 見下していたことか?

 

 夢を貶して嘲笑い否定したことか?

 

 大事なノートを燃やしたことか?

 

 ワンチャンダイブ発言のことか?

 

 

 

 謝ることがあまりにも多すぎて…最初に何を謝ればいいのか…本当に分からない…

 

 産まれてこのかた『秀才』だの『天才』だの言われてきた俺は…《心からの謝罪》をした経験が一度足りともない…

 《他人を見下して生きてきた自分自身》を俺は始めて呪った…

 

 

 

 

 

 だけど…言わなきゃいけない…

 

 今を逃せば…出久に謝るチャンスは2度と来ない…

 

 不格好でも…ヘタクソでも…俺なりの謝罪の言葉を出久に言わねぇと…

 

 俺は意を決して…口を開いた…

 

 

 

 

 

「出久……今まで…ごめん……」

 

 

 

 

 

 俺は出久に頭を下げて謝罪した…

 

 全部のことに謝ってたらキリがない…

 

 こんな一言なんかじゃ済まされないことを今まで俺は出久にしてきた…

 

 だがコレが…俺なりの《謝罪の言葉》だ…

 

 このあと出久に…

 

『なんだよ今更になって!フザけないでよ!かっちゃん!!!』

 

『そんな言葉で許してもらえると思ってるの!?どれだけ上から目線なんだよ!!!』

 

『それが謝罪のつもりなの!?今の今まで僕にしてきた全てに対する謝罪の気持ちはそれっぽっちなのかよ!!!』

 

 こんな暴言混じりの返答をされることは想定している…

 

 例え…どんな酷いことを言われても…それに対して俺は言い返す資格なんてない…

 

 何を言われたって俺は全て聞き入れて受け止める…

 

 それで少しでも…お前の気が晴れるのなら…

 

 

 

 

 

 そんな覚悟を持った俺に対して…

 

 出久が口にした言葉は…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……誰…キミ?…」




 《変えられない過去と戻れない日常の法則》の話の終了後、雄英入試までの間はオールマイトと爆豪勝己の2人は名前は出ても登場はしない予定です。
 なので、雄英入試前までは出久君視点の話が多くなっていきます。


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変えられない過去と戻れない日常の法則(喪失)

 今回の話が《変えられない過去と戻れない日常の法則》のラストとなります。

 本当は今回投稿した《疑惑》~《喪失》までの3つの話なのですが、実は1つの話として投稿しようと作成していました。
 ですが、毎度のことながら長くなってしまったのと、読んでいただく方々に読みやすい長さを考えて3つに振り分けました。

 少しでも読みやすくなっていたならば幸いです。


●折寺町の病院…

 

 

爆豪勝己 side

 

 

 

 

 

「……誰…キミ?…」

 

 

 

 

 

「…………………は?……」

 

 今……出久の奴………なんて言いやがった…?

 

 俺はてっきり…出久は怒り狂って…暴言の類(たぐ)いを怒鳴ってくるとばかり思っていた…

 

「(目の前にいるのは…間違いなく《緑谷 出久》だ!………だけど…何か違う。…同じ顔だが…コイツは俺が知ってる《緑谷 出久》とはちがう!?)」

 

 1ヶ月ぶりに聞いた出久の声…

 

 間違いなく《出久の声》だった…

 

 その出久が俺に言った第一声…

 

 初めて俺に対面したかのような言葉…

 

 何より…俺を見る出久の目には…《怒り》も《憎しみ》も感じられなかった…

 

 頭が真っ白になりそうだった俺は…気づけば出久の両肩を掴んでいた!

 

「おい……ざけんなよ……トボけてんじゃねぇよ!《デク》!!!」

 

 俺は頭の処理が追い付かず…目の前の現実を受け止めたくなくて…出久の両肩を掴んだ両手に力を入れて、出久の身体を前後に揺さぶった!

 もう言わないと決めていた《出久の蔑称》を口にして俺は怒鳴った!!

 

「ちょっ!?やめて!痛い!離してよ!!!」

 

 目の前にいるのは紛れもなく出久だ!!

 

 だが《何か》違う!!?

 

 コイツは誰なんだ!!!??

 

「いい加減にしな!!」

 

バキィ!!!

 

「ぐわあっ!!???」

 

 出久に集中していた俺は、リカバリーガールのことをすっかり忘れていた。

 リカバリーガールは杖で俺の左足の脛を思いっきり叩きやがった!?

 打ち所が相当悪かったのか、俺は出久の肩から手を離して、足を押さえて踞(うずくま)った。

 

「いっ!?いでえええええええ!!!???」

 

「随分な挨拶じゃないか…ええ?爆豪勝己!」

 

 リカバリーガールは俺の心配を一切せずに怒鳴ってきた…

 俺はリカバリーガールに怒鳴りかかろうとしたが……リカバリーガールから発せられる謎の威圧感に押されて何も出来なかった…

 

コンコン

 

「あ”ぁ”?」

 

「今度は誰だい?」

 

 こんな状況で病室の扉からノック音が聞こえた。

 

「はい、どうぞ」

 

 出久が返事をすると扉が開いた。

 

ガラッ

 

「緑谷君、失礼するよ…ってなんだコリャ!?」

 

「デステゴロ、病院で騒ぐなとリカバリーガールからあれほど……この状況はいったい!?」

 

「2人とも、入口で止まるのはやめ……って!?なんでガラスが病室に散乱してるの!!?」

 

 病室に入ってきたのは、声からしてデステゴロとシンリンカムイとMt.レディの無能ヒーロー共だった…

 

「リカバリーガール!?いったい何があったんですか……ってお前は!!!??」

 

「ちょっと!なんでアンタがここにいるのよ!?まさか!?窓ガラスを割って入ってきたの!!」

 

「何故君がここにいる!!学校はどうした!!今日は折寺中の生徒は登校日のはずだぞ!!?」

 

 3人の無能ヒーローは俺の存在に気づくや否や、明らかな敵意を向けて怒鳴ってきた。

 

「うるさいね!ここは病院だよ!静かにしな!何回言わせるんだい若造共!」

 

『す…すみません……』

 

 そして、前と同じように大の大人達はリカバリーガール相手には頭が上がらない…

 

「皆さん、また来てくれたんですね。嬉しいです」

 

「当然だとも…君が目を覚ましてくれて…私は本当に嬉しいんだ」

 

「毎日だって君のお見舞いに来たいんだぜ?俺達は!」

 

「ヤッホー!出久君♪」

 

「来てくれるのは本当に嬉しいですが、プロヒーローはお忙しいんですから、無理に毎日来なくても大丈夫なんですよ?」

 

 出久に話しかけられたことで、無能ヒーロー共は俺から出久へ意識を向けた。

 

 

 

 俺は何か違和感を感じた…

 

 

 

 今の会話で何か《不審な点》があったからだ…

 

 

 

 何かがおかしい…

 

 

 

 何がだ…?

 

 

 

 普通の会話をしているだけなのに…

 

 

 

 なんで違和感を感じたんだ…

 

 

 

 ただ…出久がヒーロー共と普通に話してるだけなのに…

 

 

 

 

 

 その瞬間!

 

 俺は俺自身が感じていた違和感の正体に気づいた!

 

 

 

 

 

 それは…出久の反応が《普通》過ぎたことだ!

 

 いつもの出久なら…ヒーローを見かけただけで気色悪りぃくらいに興奮して騒ぎ、喜びを露にしている筈なのに……今は目の前にはプロヒーローが3人いるにも関わらず、出久の反応とその対応があまりにも《普通》だった!!?

 

 どうなってやがるんだ!?

 

 コイツは別人なのか!!!???

 

「いや!これは我々なりの誠意なんだ!」

 

「今の俺達は…ヒーローであってヒーローじゃねぇ………ガキの頃から憧れた《本物のヒーロー》になんて…これっぽっちもなれていなかったんだからな…」

 

「つれないこと言わないでよぉ~♪それともお姉さんがお見舞いに来るのはイヤ?」

 

「いえいえ、迷惑なんかじゃないですよ」

 

「アンタらねぇ…限度ってものがあるだろうに、この子を疲れさせるつもりかい?毎日毎日1人変わりで押し寄せて…プロヒーローの仕事はどうしたんだい?」

 

 俺の内心穏やかじゃないのを他所に、シンリンカムイ達は出久と会話をする。

 出久だけじゃなく、シンリンカムイ達も前と雰囲気が違う。ヘドロ事件の際に出久を叱りつけていたシンリンカムイとデステゴロは申し訳なさそうな態度を常にとり、Mt.レディはフザけているようにしか見えないが明らかに様子が変わっている。

 

 そんな状況をリカバリーガールは呆れていた。

 

 リカバリーガールの言葉から察するに、どうやら出久が目を覚ましたのは昨日今日じゃねぇみたいだ…

 おおよそ3日前か4日前くらいに起きたってところか…

 

 

 

 そんなことを考えていると、リカバリーガールは俺に鋭い目を向け、すぐにいつもの優しい顔つきで出久に話しかけた。

 

「緑谷、アンタはこの目付きの悪い奴とは知り合いかい?」

 

「いえ、知らないですよ?こんな乱暴な人」

 

「ッ!!!!!?????」

 

 

 

 知らない…

 

 

 

 知らないだと…

 

 

 

 どういうことだよ!!?

 

 

 

 いったい何がどうなってんだよ!!!

 

 

 

 …まさか……まさか出久……お前…………

 

 

 

「……はぁ……Mt.レディ…アンタは患者の警備をしてな。シンリンカムイ…デステゴロ…この乱暴者を連れてアタシと一緒に談話室に来な…」

 

『はい!』

 

 頭の中が困惑している俺を無視して、リカバリーガールは無能ヒーロー共に指示を出した。

 

 Mt.レディを出久の病室に残し、俺とリカバリーガール、シンリンカムイとデステゴロの4人は出久の病室を出た。

 

 移動中、俺はシンリンカムイの個性《樹木》で顔以外全身を縛られた状態でデステゴロに運ばれた…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シンリンカムイとデステゴロによって中半(なかば)強引に病室から連れ出された俺は、同じ階にある談話室に一緒に着いてきたリカバリーガールの4人で入室した。

 俺は樹木に全身縛られたまま…椅子に座らされた。

 

 俺はその間…一切抵抗はせず…大人しくしていた…

 さっきの出久からの発言に…俺の考えが追い付かず…思考が停止していたから…

 

「まったく…嫌な予感は当たるもんさね…」

 

 他の3人もテーブルの椅子に座り、リカバリーガールは2人へ《俺が出久の病室にやって来てからの状況》を説明しだした…

 

「……爆豪君……自分が何をしたか分かってるのかい?」

 

「緑谷君への面会は謝絶されてるにも関わらず、それを無視しての接触、更に個性の使用禁止を破った上に、窓ガラスを割っての無断侵入という強行手段、それだけに飽きたらず…やっと意識を取り戻した緑谷君への《暴行》及び《恐喝》……これは列記とした《犯罪行為》だ!」

 

 リカバリーガールに続いて他の2人を話始めた。

 何が《暴行》だの《恐喝》だよ!ただ肩を掴んで問い詰めただけだろが!一々大袈裟に捉(とら)えやがって!!

 つか今の俺にはそんなことはどうだっていいんだよ!!!

 

「…アイツに……出久に何があったんだよ…」

 

 俺が発した言葉を聞くと…3人は目に見えて呆れた態度をとりやがった。

 

「『何が』…だと?………本当に君は……救いようが無いな…」

 

「ここまで来ると…怒りを通り越して……もう何も言えん…」

 

「……はぁ…その様子だと担任の話を《最初》だけ聞いた途端、考え無しにここまで来たってことかい…」

 

「あ”ぁ?《最初》だけ?」

 

「そうさね…アンタは担任からの話を最後まで聞いてないようさね。………分かったよ、これ以上騒がれちゃあ…こっちが迷惑だからねぇ。アタシが代わりに説明してやるよ…」

 

「?」

 

「いいかい…聞き逃すんじゃないよ?よ~く聞きな、アンタのクラスの担任が伝えようとしてた内容は全部で《7つ》。1つ目は《昏睡状態だった緑谷出久の意識が回復したこと》さね」

 

 

 

 1つ目は学校でセンコーが言っていた内容だった…

 

 だが2つ目に告げられた内容は……さっき俺が体験したことが間違いだと思いたかった真実だった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「2つ目は《目を覚ました緑谷出久が事故の後遺症で記憶喪失になった》…ってことさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 間違いじゃ……なかった……

 

 信じたくない現実を突きつけられた…

 

 リカバリーガールは…今確かに…

 

 『記憶喪失』って言いやがった…

 

 

 

「んな………そんな馬鹿なことが…」

 

「信じられないかい?でも…これは事実さね、あの子が目を覚ましたのは今から4日前、昨日までアタシや他の医者が別々に検査したけど、結果はどれも同じ………緑谷出久は正真正銘の《記憶喪失》になっちまったんだよ…」

 

 

 

 受け入れたくなかった…

 

 でも俺は…それを目認した…

 

 アイツは…自分を死に追い込んだ俺を…殺したいほど恨(うら)み…憎(にく)んでいてもおかしくない筈…

 

 

 

 なのに…

 

 ついさっき…

 

 1ヶ月ぶりにあったアイツの目には…

 

 《怒り》や《憎しみ》の感情が一切無かった…

 

 アイツの目に宿っていたのは…

 

 初めて会う人間に対する《無関心》という感情だけだった…

 

 

 

「一言に記憶喪失とは言っても検査の結果、《日常生活に必要な記憶》や《これまでの義務教育で培ってきた知識》には何の異常も見られなかったよ。……あの子が失った記憶は《自分自身》と…《これまでの人生で関わってきた他人と過ごしてきた記憶》さね……《自分の両親》も含めてね…」

 

 な……なんだと!!?

 

 アイツは自分のことも!?俺のことも!?クラスの奴らも!?……引子さんのことも忘れちまったってことかよ!!???

 

「記憶喪失ってのは、基本的に《過度のストレスによる精神的ショック》や《事故などによる頭部の損傷》によって発症する記憶障害さね。今回そうなった原因だけど……態々(わざわざ)言わなくても成績の良いアンタだったら分かるだろ?当然ながらアンタら2人もね」

 

「「「………」」」

 

 アイツを記憶喪失にした大きな原因が…この部屋にだけで3人もいる…

 

 言わずもがな…精神的ショックの要因は《無個性ってことを理由に俺が10年以上もアイツを心身共に傷つけて差別してきたこと》だ…

 

 リカバリーガールは俺だけじゃなく、シンリンカムイとデステゴロに対してもその言葉を向けた…

 

 その言葉に対して…俺達は何も言えねぇ…

 

「正直、あの子がアンタに……加害者本人に会ったなら…精神が不安定になってパニック症状を起こすとばかり思ってたけど、あの態度を見た限りじゃ…アンタのことも全部綺麗サッパリ忘れちまってるみたいで要らぬ心配だったよ…」

 

「………」

 

「おっと長々と《2つ目の話》の内容を語っちまったけど、あと5つも大事な話が残ってるよ?3つ目は《緑谷出久の容態》さね。記憶喪失になったのは確認されたけど、眠っていた1ヶ月間にアタシが個性で定期的に治療してたのもあって《事故の際に負った額の傷》と《古い火傷痕》以外は完治したってことさね。んで驚いたことに…目を覚ましたあの子は《とんでもない回復力》を身に付けたようでね、リハビリもほとんど必要ない状態で早ければ今月末には退院できるよ」

 

「……退院したら……アイツは折寺中へ戻ってくるのかよ…?」

 

「………面白い冗談を言うね…アンタは?……アンタを含めた折寺中の人間がどれだけ反省したのかは…アタシにとっちゃ知ったことじゃないさね。…常識的に考えて《今のこんな社会状況》で、誰があの子を《無個性差別の中学校》へ復学させようと考えるんだい?馬鹿も休み休み言いな!!」

 

「ッ!!??」

 

「あの子は退院したら《他の中学校への転校》と《この町からの引っ越し》がもう決まってるんだよ」

 

「て、《転校》!?《引っ越し》!?なんだよ!それ!!?」

 

「それが4つ目の話さね、緑谷出久は折寺中から他の中学校へと転校すると同時に、御家族と別の場所へ引っ越してもらうことになったのさ。これは緑谷夫妻も了解してくれてるさね」

 

「んな……ど…何処の中学校へ転校するんだよ!?何処へ引っ越すんだよ!?」

 

「アンタのその質問に対しては、5つ目の話が関与されてるよ。あの子を散々苦しめてきたアンタら《加害者達》と《その加害者の親や関係者》は『金輪際、被害者の緑谷出久とその御家族に関わってはならない』。コレは《警察》も《教育委員会》も《ヒーロー協会》も承諾済みさね」

 

「んだと!?そんなの勝手に決めてんじゃねぇ!!」

 

「最終的に決めたのは被害者家族の緑谷夫妻さね、アタシに怒鳴んじゃないよ!」

 

「ぐっ!?……」

 

「はぁ……あぁそれと《その件》を承諾したこともあってなのか……元からその気が無かったのか母親同様に、先日日本に帰国してきた父親も加害者であるアンタらを《訴えること》も《裁判沙汰にはしない》とさ……アタシが言うのもなんだけど《最後の情け》ってヤツだろうさね…」

 

「………」

 

 前にも考えたことだ…

 

 俺が知る引子さんに対する印象は《温厚》…

 

 出久の父ちゃんには今までで数回しか会ったことはねぇけど…引子さんと同じで…温厚な性格だったと思う…

 

 そんな夫婦が揃って俺達(出久を死に追い詰めた人間達)に対する《復讐心》を押し殺して、出した結論が《5つ目の話》だ…

 

 いや……その真意は…『俺達とは2度と関わりたくない』ってのが正しいのか…

 

「まだ2つ残ってるよ。6つ目の話は、あの子以外の折寺中3年生が厳罰として行(おこな)っている奉仕活動だけど……それが強制終了になるんだとさ」

 

「は?…終了?」

 

「そうさね、アタシは反対したけど…この厳罰の終了を言い出したのは他の誰でもない、厳罰内容を考案した《ヒーロー高校の校長》が『このままじゃ《鼬ごっこ》になるのさ…』って提案して決定されたんだよ。初日に渡された用紙に書いてあったろ?1ヶ月の活動期間中に《個性を使ったり》《勝手に帰宅したり》《許可なく無断で休んだり》した場合、ペナルティーとして奉仕活動期間を延長する注意事項を………それをアンタら全く守れちゃいない。連帯責任でペナルティーが増えに増えて、アンタらのクラスの延長期間は《半年以上》、他のクラスは《3ヶ月~4ヶ月》も延長されてるのが現状……ここで止めなきゃ永遠に終わらないと悟って可決された訳さね。……アンタ…《反省》って言葉の意味を本当に理解してんのかい?」

 

「………」

 

「アンタらもだよ!デステゴロ!シンリンカムイ!何を《自分達は今の話に関係ない》みたいな顔をしてるんだい!?本来ならアンタらとバックドラフトとMt.レディの4人も監視として参加しなきゃならなかった厳罰だったんだよ!それなのにアンタら4人は、無理を言って《被害者》と《その家族》の護衛をさせてほしいと直談判をして、結局1度も奉仕活動には参加しなかったんだろ!?」

 

「「………」」

 

「何が『相性が悪い』だい……何が『今回は譲ってやる』だい……何様のつもりなんだよアンタらは!!?結局はオールマイトに全部丸投げした上に、尻拭いまで押し付けた。まぁ…そのヘドロヴィランを間抜けにも逃がしたのはあの《大馬鹿者のNo.1ヒーロー》だけど、事件現場にはアンタらを含めた他のヒーローが何人もいた。なのにアンタらは揃いも揃って、そのヴィランと被害者である《爆豪勝己》から目を背けた。ただ呆然と突っ立ってるだけなら案山子(かかし)にだって出来るんだよ!!!」

 

「「……………」」

 

「なんとか言ったらどうなんだい?警察署に集められた時には、随分とまぁ生意気な口を叩いたそうじゃないか?ええ?その時にアンタらがどんだけフザけたことを言ったのかアタシにも聞かせてほしいねぇ!」

 

「「…………………」」

 

 俺がリカバリーガールからの《6つ目の話》に何も言えなくなっていると、その矛先はシンリンカムイとデステゴロに向けられた…

 

 コイツらが出久や引子さんの護衛をしていたのは…俺が身をもって知っていた…

 

 だが…それをしたからと言って周囲の人間が許してくれる訳じゃない…

 

 現にリカバリーガールは2人に対して説教を始めたが、シンリンカムイもデステゴロも無言を貫いていた…

 俺が警察署へ連れて行かれた時、事情聴取でゴリラ野郎から《沢山の証拠》を突きつけられてグウの音も出ず…何も言えなくなったように…

 

「………はあぁ……まぁそんなわけで…アンタらの《短すぎる厳罰》は終わったから、もう町のゴミ拾いはしなくていいってことさ。良かったねぇ、これで心置き無く自由に休日を過ごせるよ?」

 

「………」

 

「シンリンカムイ、デステゴロ、本当に今更だけどね……緑谷出久に対して《謝罪の気持ち》があるのなら…アンタらがすべきことは《被害者と御家族の護衛》じゃなくて…《加害者の爆豪勝己とその家族を…マスコミやメディア…そして世間からのクレームやバッシングから守ること》…だったんじゃないのかい?」

 

「えっ?…何故この子を?」

 

「コイツは緑谷君へ非道な悪行をしてきたサイコパスですよ?」

 

「そんなことも一々説明しなきゃ理解できないのかい?……はぁ…なんでアイツはこんな奴らを《教育者》に選んだんだかねぇ…」

 

 教育者?なんのことだ?

 

「シンリンカムイ……デステゴロ……アンタらは何者だい?」

 

「そ……それは…」

 

「ヒ………ヒーロー……です…」

 

「そうさね、じゃあ聞くけど…ヒーローのアンタらにとって……爆豪勝己は《守るべき市民》じゃないのかい?」

 

「「ッ!!!!???」」

 

 核心を突かれたようにデステゴロとシンリンカムイは顔を歪めた…

 

「自覚して無かったのかい…全く…見下げ果てた奴らさね…」

 

「「………」」

 

「数年前に起きた士傑高校の事件を覚えてるかい?」

 

『!?』

 

 リカバリーガールは突然、2人へ質問した。

 

「先代No.1ヒーローである神に倒されたヴィランが刑務所を出所して間も無く、単独で士傑高校に襲撃した事件があっただろう?」

 

「…はい……覚えています…」

 

「ですが…再び神様に倒されて…そのヴィランは…重罪となって今度はタルタロスに収監された筈…」

 

「そうさね、でもアタシが言いたいことはそれじゃない。《憎しみ》や《恨み》ってのは何十年経とうと絶対に消えることは無いんだよ。それこそ……記憶喪失にでもならない限りはね…」

 

「「……………」」

 

 リカバリーガールは…この状況において…《これ以上に無い程の皮肉》を口にした…

 

「刑務所で改心するヴィランは確かに存在するけども…そんなのは一部だけさね。大抵は《自分を捕まえたヒーローへの復讐心》を増大させ、出所した瞬間にその復讐心を爆発させるのさ。神だけじゃない…過去にだって《刑期を終えたヴィランの多くは出所して直ぐに復讐に走って再度事件を起こす》…ってはヒーローの長い歴史じゃ何度もあったことで避けられないのは証明しているさ」

 

「「………」」

 

「アタシがさっきから何を言いたいのか理解できたかい?アンタらは自分の勝手を優先して…他人への配慮が《適当》なんだよ。そんなでよくプロヒーローになれたもんだ……ある意味《あの大馬鹿者》と良い勝負してるよ。他人の気持ちを理解せず…自分の考えを押し付ける《自己中》っていう点がね」

 

「「………」」

 

「アタシは長いこと医者をやってるけど…《馬鹿につける薬》は永遠に作れやしないさね」

 

「「………」」

 

 リカバリーガールにボロクソ言われているデステゴロとシンリンカムイはどんどん落ち込んでいく…

 

 と思ってたら…リカバリーガールの意識は俺に戻った…

 

「爆豪勝己……アンタの場合は色々言われてるだろう?入院してたアンタのところへ、ヒーロー公安委員会委員会の目良っていう眠そうな男が会いに来て、世間的には名前が伏せられている《緑谷出久に自殺教唆の発言をしたヒーローの名前》に対しても箝口令(かんこうれい)がひかれていることをね」

 

「………」

 

「アンタも……ここにいるヒーロー2人も知ってたんだろ?……緑谷出久へ『無個性はヒーローになれない』って言ったのが…《オールマイト》だってことを…」

 

『……………』

 

「……アタシの場合は、事件の次の日に本人から直接聞かされたんだ。念のため言っておくけど、《オールマイト》が主犯の1人だと現状で把握してるのは《アタシを含めたオールマイトに昔馴染みである者達》と《そこにいる2人(シンリンカムイとデステゴロ)を含めたヘドロヴィラン事件に関わったヒーロー達》と《警察と教育委員会とヒーロー協会の上層部》あと《エンデヴァーとそのサイドキック4名》…そして、アンタさね…」

 

 結構知ってる奴いるんじゃねぇか…

 

 何が秘密だよ!あのクソマイト!!!

 

「おっと…また長々と話しちまったさね…。全く年を取ると駄目だね…。グチグチ言わないでおこうと思ったことが口から出ちまってさ…」

 

 だったら言うんじゃねぇよクソババア!!!

 

 …っと…1ヶ月前の俺だったら考えなしに思ったことをそのまま口から大声出してたが…

 

 今の俺にはそんな度胸なんてない…

 

 しかもリカバリーガールは《正論》しか言っておらず、何1つとして突っ掛かれる要素が見つからない…

 

 

 

 

 

「んじゃ最後に7つ目の話さね。それは目を覚ました緑谷出久が……《個性を発現したこと》さ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……は?

 

 …このババアは…

 

 …今なんて言いやがった…

 

 『出久が個性を発現した』……だと?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい……嘘は辞めろよ……アイツは《無個性》だろうが!!?」

 

「嘘じゃないよ、4日前に目を覚ましたあの子は個性因子を宿したんだ。脳検査と一緒に個性検査もした結果、あの子は《突然変異種の個性》を発現したんだよ」

 

「突然変異だ!?…ちょっと待て!じゃあなにか!?アイツは自殺を図ったから個性が…」

 

「黙りな!!!!!」

 

「ッ!??」ビクッ!!!

 

 俺の発言をかき消すような怒号をリカバリーガールが発した!!!

 

「アンタ……今なんて言おうとした?……もしアタシが想定している言葉だったなら……タダじゃ済まさないよ……」

 

 今まで生きてきて感じたことのない《覇気》をリカバリーガールから受けたことで…俺は口を開けることが出来なくなった…

 

「その軽口をいい加減に治さないと…いつか取り返しのつかない後悔を産むよ…。あの大馬鹿者が先代No.1にブッ飛ばされて病院送りされたようにね…」

 

「………」

 

「根拠も無しに後先考えず…思いついたことを口にするアンタらみたいな大馬鹿者がいると…アタシら医者は大迷惑なんだよ。仮に今アンタ言おうとした発言が広まったとして…それを真に受けた新聞記者が『無個性の人間が自殺を図ったら個性が芽生えた』…なんて馬鹿げたこと掲載されてみな…。いったい何が起きるのかを考えつかないかい?」

 

「……………ッ!!?????」

 

 その先を考えた俺はゾッとした…

 

「今更把握したかい?《口は災いの元》……アンタが今考えているだろう《最悪の事態》になったとしたら…どれだけ多くの人間の人生が狂うことか……そして最悪の事態を招いた原因である発言者のアンタは……一生多くの人達から恨まれて生きることになるんだよ…」

 

「………」

 

「《言葉》ってのは口から出すのは簡単だけどね、1度口から出したら2度と取り消せないんだよ。アンタはそれをこの1ヶ月間…身をもって思い知ったんじゃないのかい?何にも学んでないのかいアンタは!!?」

 

「……………」

 

「あ…あのぅ……リカバリーガール…」

 

「そろそろ《7つ目の話の続き》をされた方が…よろしいのでは…」

 

 今の俺を見かねてなのか……それとも先程の忠告を受けてなのか……デステゴロとシンリンカムイは俺をフォローをしてきた…

 

「………はあああぁ……そうさね…。じゃあ続きを話すよ。簡潔に言うと…緑谷出久は《個性が遅れて発現する体質》だったんだよ。《10年以上も遅れて発現するケース》は始めてだけどね。個性の発現が遅れた原因はまだハッキリと解明してないけど、可能性の1つとしては《両親の個性と類似していない個性》ってのが原因じゃないかとアタシは推察しているよ」

 

 《無個性の人間が数年後に個性を発現する》ってのは聞いたことがある…

 

 だがその遅れる期間が《10年》っては聞いたことがない…

 

 出久は無個性じゃなかった…

 

 ただ個性の発現が遅れていただけだったのか…

 

「変な考えを起こさないために一応話しておくけど、緑谷出久と緑谷夫妻のDNA鑑定をした結果は99.99%一致しているさね。記憶喪失の件同様に、アタシや他の医者達も検査したけど全部結果は同じ。緑谷出久は正真正銘の緑谷夫妻の子供さね。ただ…あの子は稀(まれ)にある《両親のどちらの系統にも属さない突然変異型の個性》を宿していたんだよ」

 

 なんだよ……それじゃあ俺が今まで……10年以上もアイツにしてきたことは何なんだよ!?

 

 俺はただの《人騒がせ》じゃねぇか!!!

 

 俺がこれまでしてきたことは、今更《勘違い》で済まされるレベルじゃねぇんだぞ!!!

 

「この事実は《ある信頼における記者》が新聞社を通して後日に掲載される予定さね。あの子が眠っていた1ヶ月間、アタシが定期的に治癒と診察をしていたけど、その期間中にあの子が個性因子を発現した傾向は一切見られなかったよ。診察記録は守秘義務で見せられないけど『緑谷出久は昏睡状態の間は無個性だった』…『事故後に目を覚ましたその瞬間が個性が芽生えるタイミングだった』……その事実はアタシやこの病院の医者が絶対の証人さね。当たり前のことだけど《緑谷出久の名前》と《個性の詳細》だけは伏せることになってるけどね」

 

「………どんな個性なんだよ……アイツが発現した個性ってのは…」

 

「それこそアンタが知る権利は無いよ。知ってどうするんだい?」

 

「………」

 

「分かったかい?分かったらさっさと帰りな。アンタがあの子をどれだけ苦しめていたのか…アタシは全部知ってるんだよ。あの子は意識が戻ってまだ4日、ストレスの元凶が来たんじゃ治るものの治らないよ」

 

 リカバリーガールは俺に釘を指してきた…

 

 その意味は『2度と出久に近づくな』という意味だ…

 

「アンタの担任は…朝のホームルームでこれを全部話そうとしてたんだよ。なのにアンタは最初の話だけ聞いてあとは耳も持たずでここに突っ込んできた…。今回の罰は高く付くよ……覚悟しておくんだね…」

 

「………」

 

ガラッ!!!

 

「おい!爆豪!!やっぱりここに来てたのか!?この問題児!!!」

 

 談話室の扉が勢いよく開き、クソ担任が息を切らしながら怒鳴り散らして入ってきた。

 

「うるさいね!ここは病院だよ!静かにしな!」

 

「うぅ……は…はい……すみませんでした……」

 

 だがそのクソ担任も…リカバリーガールからの忠告で弱々しくなった…

 

 ただし…クソ担任は俺を病院から連れ出す際…

 

「やってくれたな爆豪……これからどんな処罰を受けるのか……覚悟しておけよ!!!」

 

 …っと…さっきリカバリーガールが言っていたことと似たようなことを口にしていたが、病院から俺は…ずっと上の空になっていたから…クソ担任の言葉は右から左へと聞き流した…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●ヘドロヴィラン事件から2か月半後の6月末…

 

 

None side

 

 爆豪勝己が…緑谷出久の入院している病室に窓から侵入した日から1ヶ月以上が経過…

 

 折寺中学校の生徒は…爆豪勝己だけとなってしまい、他の生徒達は緑谷出久を除いて全員が《愛知県の泥花市にある中学校》へと転校してしまった。

 それは生徒だけでなく、折寺中の教師達も同じである。

 教師達は転校していく生徒達の後を追うように折寺中から出ていき、泥花市にある学校へと転任していった。

 ただし…爆豪勝己が卒業を迎えるまでは《3年生の教師陣》だけは転任が許されず、折寺中にはまだ教師が何人か残っている…

 

 

 

 本来なら折寺中の教師達は…

 

《無個性の子供を差別していたこと》…

 

《個性で生徒の優不遇を決めていたこと》…

 

《生徒の間で起きていたイジメを知っていたにも関わらず見て見ぬフリをしてきたこと》…

 

《生徒達へ何の対処(忠告とケア)もしていなかったこと》…

 

 その全てが世間に知られた時点で…転任どころか…どこの学校も受け入れを拒まれて無職になっていた可能性は十分にあった…

 

 そしてそれは現実となり、その全ての事実が何者かによって世間に晒されてしまい、彼らは生徒の保護者や世間から相当に叩かれて…辛く苦しい日々を送っていた…

 

 特に家庭を築いていた教師は《離婚を迫られたり》…《奥さん又は旦那さんが子供をつれて黙って実家に帰ってしまう》などの転落人生を送っていた…

 

 

 

 そんな教育者として失格な教師達にも…花畑党首は手を差し伸べた。

 

 花畑によって…多くの教師達が救われた…

 

 

 

 しかし…折寺中学校の校舎そのものは…場合によっては来年の今頃には無くなる可能性が出てきてしまっている…

 現状の生徒が1人しかいないのと、来年入学してくる新入生が絶望的なため…

 既に《廃校》や《取り壊し》や《別の施設として再利用》などの話がチラホラと噂になっている。

 

 

 

 えっ?爆豪勝己と緑谷出久のクラスメイト28人は折寺中学校にいないのかって?

 

 花畑党首から救いの手を差し伸べてもらえなかったのなら、彼らはまだ折寺中学校にいる筈じゃないのかって?

 

 

 

 その問いに対しての解答をザックリ言うと、クラスメイト28人とその家族達は《突如として折寺町から姿を消した》のだ。

 《姿を消した》と言っても『厳罰が解除されたことで転校や引っ越しが許されたため颯爽と折寺町から離れたんじゃないか?』……と世間的には言われている。

 噂では『花畑党首以外の《お人好し》が内密に彼らを保護したんじゃないか?』……とも言われており、どんな手を使ったのか…姿を消した彼らの足取りについては、警察やヒーローがいくら調べても未だ掴めずにいる…

 

 

 

 え?爆豪勝己は転校しなかったのかって?

 

 

 

 《転校しなかった》のではなく…

 

 《転校ができなかった》のだ…

 

 散々騒がれている問題児を転校させてくれる中学校なんて何処にも有りはしない…

 『慈悲深い政治家』とも呼ばれるようになった花畑党首ですら、爆豪勝己には救いの手を差し伸べなかった程なのだ…

 

 更に言えば、今から1か月前…奇跡的に意識を取り戻したイジメの被害者である緑谷出久の元へ、イジメの加害者である爆豪勝己は無断で個性を使い空を飛行しながら被害者のいる病院に窓から侵入した挙げ句に、懲りずにまた被害者へ《暴行》と《恐喝》を働いたことによって、爆豪勝己の印象は更に酷くなり、日本中の教育者から《精神異常者》との印象を持たれてしまった。

 

 故に爆豪勝己は《折寺中学校で卒業を迎える》という選択肢しか無かったのだ。

 

 

 

 4月までは生徒で一杯だった折寺中学校は……今では閑古鳥が鳴いている…

 

 

 

 本来なら爆豪勝己は…1か月前に仕出かした数々の罪…

《病院への不法侵入》…

《病院の窓を割った器物破損》…

《個性の無断使用》…

 …などの多くの罪によって、学生であろうと重い罰を受けなければならない…

 況してや《雄英入学のチャンス》なんて破棄されて当然だった…

 

 だが…爆豪勝己を《一部のヒーロー達》が懸命にフォローしたために、今回の罰は見送りとされた。

 納得しない者は大勢いた。……しかし爆豪をフォローしたヒーローというのは《ヘドロヴィラン事件に関わったプロヒーロー達》だった…

 あの事件現場にいながら…爆豪を助けなかった《贖罪》と《償い》なのか、警察と教育委員会とヒーロー協会を全員で周って説得したらしい。

 

 その説得に動いたヒーロー達の中には…なんと《オールマイト》の姿もあった…

 

 結局、爆豪勝己の罪は《見送り》という形となり、《雄英高校に入学できるチャンス》も取り消しになることはなかった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな爆豪勝己は今…

 

 中学卒業まで自分の監視と教育の担当ヒーローである《オールマイト》からの御指導を受けながら、来年の雄英入学に向けて学校以外の時間のほとんどを、身体強化と個性強化の特訓を受けている。

 

 オールマイトに対しての不満しかなかった爆豪だったが、雄英高校に入学するための苦肉の策として、もはや憧れですらなくなったオールマイトを十二分に利用して合格を掴み取ってやろうと決断していたのだ。

 

 オールマイトからのトレーニング指導が始まったのは5月の中旬からであり、爆豪が出久の病室で騒ぎを起こした数日後だった。

 爆豪はオールマイトから渡されたトレーニングメニューの資料(《平日と休日における1日のスケジュール》《食事メニュー》《セットプラン》など》)に従って日々の特訓に勤しんでいた。

 

 しかし爆豪は、オールマイトにはつくづく失望していた

 

 

 

 なぜって?

 

 

 

 それはオールマイトとの特訓が始まって数日後のことだった…

 

 その日は私服でやって来たオールマイトのズボンの尻ポケットに《付箋が沢山挟まっている本》が見えたからだ…

 

 爆豪にとって《オールマイトが本を読むこと》は気にすることではなかった…

 

 …のだが…問題だったのはポケットから見えた《本の名前》…

 

 

 

 その本の名称は…

 

 【駄目な子供の心が分かる本!】…

 

 という名前だったのだ…

 

 

 

 オールマイトがそんな本をポケットに忍ばせているのを知った時点で…爆豪はオールマイトへの信頼をなくし…完全に見限っていた…

 

 それを知ったからなのか……それとも前から決めていたことなのか……爆豪は《ある目標》に向かっての人生の道を歩みだしていた!

 

 それが《破滅の道》だと分かっていてもだ…

 

 

 

 

 

 爆豪の目標……それは…

 

 

 

 

 

 緑谷出久の失った記憶を取り戻すこと…

 

 

 

 

 

 第3者が聞けば、爆豪の目標など理解できないだろう…

 《イジメの主犯である爆豪のこと》も《10年以上も虐められた過去》も《出久が飛び降り自殺を図った日の出来事》も……その全てを出久は忘れてしまっている…

 改心する前の爆豪ならば、コレについて《自分にとって都合の悪い記憶を忘れてくれた出久》に不謹慎ながら高笑いをして感謝しただろう…

 

 だが今の爆豪勝己は違う…

 

 ヘドロヴィラン事件後から数々の辛い経験と苦しい経験を通し…個性を発現して10年以上の時を経て…自分の考えを改めた…

 

 物凄く " 今更 " のことだが………

 

 そんな爆豪が…記憶を失った出久に対しての《償い》というのが…

 

 

 

 

 

 全ての記憶を取り戻した緑谷出久に…誠心誠意で謝罪すること…

 

 

 

 

 

 記憶を無くした出久にいくら謝ったところで意味はない…

 

 出久が記憶を無くしたとリカバリーガールから聞いた瞬間、爆豪の中にある時間は止まってしまった…

 このままでは…爆豪は一生先へは進むことはない…

 

 《出久に失った記憶を思い出させて謝る》…それが爆豪の《目標》となり、プロヒーローを目指すことに匹敵する《夢》となっていた…

 

 しかし、失った記憶を取り戻すと言っても…それは簡単なことではない…

 爆豪は医者でもなんでもない、ただの中学生だ…

 

 そんな爆豪が出久の記憶を取り戻すための手段は…《昔の自分で有り続けること》…《出久をイジめていた爆豪勝己で有り続けること》である。

 万に1つもない可能性だが、それが爆豪なりの出久の記憶を取り戻す手段なのだ…

 

 

 

 ただでさえ世間から叩かれているというのに…記憶を取り戻すために…爆豪はこれからも出久をイジめていく…

 

 どう考えても…自分の人生をドブに捨てるようなものだというのに…

 

 《破滅》という名の地獄の終着駅に向かう片道切符だと分かっている筈なのに…

 

 爆豪の決心に揺るぎはなかった…

 

 

 

 

 

 緑谷出久への償いのために生きる…

 

 これが爆豪勝己の物語となっていくのだ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●とある研究室…

 

 

爆豪勝己の取り巻き side

 

「(……………ん?……あれ……ここ何処だ?)」

 

 目を覚ますと…俺は仰向けで知らない天井を見ていた…

 

「(なんで俺…こんな所にいるんだっけ?…確か…先月にカツキの野郎が教室の窓から飛び出した日に…厳罰だった奉仕活動の終了が決まって…親はすぐに折寺町から出ていくことを決めたけど…俺達はカツキのせいで花畑党首からの誘いを受けられなかったから…引っ越し先も転校先も宛がなくて途方に暮れていた…)」

 

 正直あの時の俺は…奉仕活動が無くなったところで何の解決にもならないと思っていた…

 

 俺達は世間から迫害をされていた…

 

 もう《プロヒーローの夢》なんてどうでもいい…

 

 普通の生活に戻りたい…

 

 それが俺の願いだった…

 

「(そんなある日…《氏子 達磨(うじこ だるま)》っていう医者から1本の電話がかかってきた。その医者は…花畑党首からも見捨てられたことを哀れに思い…俺達を助けてくれると言ってくれたんだ!)」

 

 それを知った時!俺の心は一気に軽くなった!

 

「(更にその氏子って医者は、カツキと緑谷以外のクラスメイト28人の家庭にも連絡しているようで、学校はともかく俺達に対して《静かな住み場所》を提供してくれるとまで言ってきた!)」

 

 

 

 怪しくないかって?

 

 

 

 そうかもしれないけど、花畑党首のような善人だっているんだから、他にもそんな善人がいたっておかしくはない!

 

 俺も俺の家族もそうとしか考えられなかった!

 

 これでやっと普通の生活に戻れるんだ!

 

 そんな淡い考えしか俺の頭にはなかったんだ!

 

「(だが、その《氏子》と名乗る医者にも立場があるようで『君達を匿うことは内密にしてほしい…』との条件をつけてきた。まぁ…今の俺達が世間からどう見られているのかを考えれば、その医者の言う条件はもっともだった…)」

 

 だから俺達(クラスメイト28人とその家族達)は氏子医師の指示通りに動き、荷造りも自分達で済ませ、いつ折寺町から離れても問題ないように準備をした。

 

「(そして後日、氏子医師からの連絡で指定された時間に人気の無い場所へと俺達は集まった…。これだけの大人数が集められたんだから…迎えが来ると言うと言うのなら大型バスが来るとばかり俺は思っていたら……突然俺達を《黒い靄》が飲み込んだ………)」

 

 そこからの記憶は思い出せない…

 

 ただ…微(かす)かに覚えているのは…

 

 《カツキとデク以外のクラスメイトの男子達と一緒に…冷たい檻の中に閉じ込められていた…》

 

 そんな馬鹿げた記憶が何故だか頭の中にある…

 

 

 

 

 

 冷静に考えて…思い出そうとしても思い出せない…

 

 俺は考えることをやめて状況を把握することにした。

 

 今になってようやく理解したが、どうやら俺は病院の手術室にある台の上に寝かされているみたいだ…

 

 どういう訳か、身体は何かに固定されていて身動きがとれない…

 

 口を何かで塞がれているせいで声が出ないが首だけは何とか動かせたため、辺りを見渡す…

 

 顔を左に向けると数メートル先は壁だった…

 

 テレビの医者ドラマで見たことがある病院の手術室らしき壁だ…

 

 『やっぱりここは病院なのか…』なんて呑気なことを思いながら…今度は顔を右に向けると…

 

 俺は一気に血の気が引いた!!!??

 

 

 

 隣には別の手術台があって…その上には俺と同じく身体を固定された《まだ顔で誰か判別できる見慣れたクラスメイト》が見るも無惨な姿にされていたんだ!!!!!

 

 それだけじゃない!

 

 更にその奥には3つの手術台があり、その上には《クラスメイトだと思われる何か》がいた!?

 

 

 

 今…俺は悪夢を見ているのか!?

 

 俺はこの状況は夢だと思い込み、目を覚まそうと試しに下唇を歯で思いっきり噛んだ!

 

「イデデッ!!?」

 

 痛い…

 

 確認できないが…恐らく噛んだ唇からは血が出ている…

 

 夢じゃない!?これは現実だ!!?

 

 俺は自分が置かれている状況がやっと理解できた!!!

 

 子供の頃にテレビ番組でやっていた《悪の秘密結社に拐われた正義のヒーローが悪の科学者に改造されて怪人にされたシーン》に酷使している!

 

 勿論それはフィクション…仮想の出来事だ…

 

 だが今の俺が体験しているのは仮想でも夢でもない!!!

 

「おや…ドクター、この子には薬を射たなかったのかい?」

 

「なんですと?…ほぅ……あの薬を注射されておきながら自力で意識を取り戻すとは……これは期待できますかなぁ…」

 

 突然聞こえてきた男2人の声!?

 

 その内の老人らしき声の男が意味不明なことをいっていた!!

 

「(期待!?何言ってんだ!!?)」

 

「やれやれ、どうやらワシは結果を急ぎすぎていたようですのぉ…」

 

「まだ始まったばかりだよドクター…焦ることはない………さて…」

 

 動けない俺に頭の後ろから聞こえてくる別の男の声の主が、俺の頭に手を乗せてきた!?

 

 次の瞬間!

 

 俺の頭から身体全体に向かって《何か》が流れ込んでくるのを実感した!!?

 

「ぐおあああああああ!!!!!???」

 

「………おぉ…これは凄い……この子は《5つ》までの個性が入りそうだよ」

 

「なんと!これは大当たりですな!やっと《上位》を作ることができる器が出ましたか。さっきから《下位》の器ばかりで肩透かしを喰らってましたが、5人目で《上位》が出るとはあれだけの金を使ったかいがありましたな。となると…この子の両親も《上位》の器の可能性があるかのぉ」

 

 痛みに苦しむ俺を余所に男2人はベラベラと話をしてやがる!!?

 

「(痛ぇ……痛ぇよ……なんで俺がこんな目にあわねぇといけねぇんだよ………そうだ……アイツだ……アイツのせいだ!!!カツキ!!!何もかもお前のせいだ!!!呪ってやる!!!お前を呪ってやるからなああああああああああ!!!!!!!!!!)」




 大抵の人は予測できていたと思いますが…タグに書いてある通り、出久君は記憶喪失になってしまいました。

 記憶喪失になった出久君の現状は《日常生活に必要な行動》《義務教育で習ってきた知識》《ヒーロー社会についての常識》等の記憶には異常はなく、失った記憶というのは《ヘドロ事件があった日の記憶》と《自分と関わってきた他人の記憶(植木耕助とウール以外)》ということにしています。

 本編の次の話は、出久君の個性(能力と神器)特訓をする残り5人の担当者が登場する話の予定なのですが………もしかしたら《別の話》が入るかもしれません。


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【番外編】ロベルト・ハイドンの法則(1)

【10万UA突破記念作】1作目!

 《緑谷出久の法則》を読んでくださり、誠にありがとうごさいます!
 おかげさまで10万UAを突破しました!

 その記念として今回の番外編を作成に至りました。

 番外編の作成もしていために更新が遅れてしまったことは重ね重ね申し訳ありません…



 この番外編の物語は、出久君が《ヒーローの道》を諦めて《悪の道》へと進んでしまった場合の世界線です。



-注意-

・この番外編の話は、本編である《植木耕助から正義と能力を授かった出久君のいる世界》とは別世界の物語です。

・このロベルト・ハイドンの法則の話は《爆豪アンチ》どころか、完全な《ヒーローアンチ》の作品となっております。

・この世界の出久君は記憶喪失にはなっていません。

・今回の番外編の話に登場する《うえきの法則キャラクター》は《ロベルト・ハイドン》のみとなっており、他の《うえきの法則キャラクター》達がいない世界線です。

・ヒロアカの原作キャラが最終的にはかなり死亡しております。



 以上で苦手要素があるからはブラウザバックをオススメします。

 それが全て大丈夫という方だけ御覧になるようお願いします。


 世界は無数に存在している…

 

 木の幹が沢山の枝に別れ…その枝の1本に《葉っぱ》や《木の実》という…《未来》ができるのだ…

 

 しかし…たった1つのキッカケで…世界の運命と未来は大きく左右され…その枝に《葉っぱ》も《木の実》ができない場合もある…

 

 

 

 

 

 精神世界にて本物のヒーローと出会い…

 《正義の道を突き進む緑谷出久》の世界があるように…

 

 

 

 

 

 それとは全く真逆な世界も存在する…

 

 

 

 

 

 これは…緑谷出久が《悪の道》へと進んでしまった世界の物語である…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

緑谷出久 side

 

 

「………あれ?ここは?」

 

 僕は気が付くと…謎の空間にいた…

 

 とりあえず状況を把握するために…目に写る光景を見渡した…

 

 僕の今…《赤紫色の巨大な箱の中にある闘技場のような場所》に立っていた…

 

「確か…僕はビルの屋上から飛び降りて…………えっ!じゃあここはあの世!?」

 

 

 

 僕は改めて上下左右を確認した!

 

 

 

 もし、ここがあの世だとするのなら…どうみてもここは《天国》なんかじゃない!!?

 

 

 

 つまり…僕は…

 

 

 

「ここは…地獄…なのかな?…ハ……ハハッ……そうだよね……最後の最後にオールマイトやヒーロー達に迷惑をかけただけじゃなくて…ビルから飛び降りる前に《あんなこと》をすれば…地獄行きだよね……」

 

 僕は押し寄せる悲しみに耐えきれず…その場に座り込んで膝に顔を埋めて泣いた…

 

 ここに来る前…無人ビルから飛び降りる前に…僕は《あること》をした…

 

 

 

 それは僕がビルから飛び降りる前…《かっちゃん》を始め…《無個性であることを理由に僕の存在を否定してきた人達(クラスメイト、担任)》と《ヘドロヴィラン事件に関わったオールマイトを含めたヒーロー達》…そして…僕を無個性として産んだ《お母さん》への…恨み…妬み…怒り…憎しみ…悲しみ…苦しみ………その全ての《負の感情》を込め…

 これまで僕が受けてきた数々の理不尽と屈辱の全てを、鞄にあったノートや教科書の余白に書いたことだ…

 

 例え僕が死んだとしても…このノートと教科書を誰かが見つけてくれば、かっちゃんやオールマイト達に復讐できると信じて書き記したんだんだ…

 

 

 

 でも…今思えば…《それ》をしてしまったが故に…僕は地獄へと来てしまった…

 

 僕は…悲しくて悔しくて堪らなかった…

 

 なんで僕ばっかり…こんな理不尽な思いをしなくちゃいけないんだよぉ…

 

 個性が無かっただけで…なんであんな散々な人生を送らなきゃいけなかったんだよぉ…

 

 僕は涙が止まらなかった…

 

 

 

 

 

 無個性と診断されてからの10年以上…かっちゃんや同級生からはイジメられ…先生達から差別されるわ…

 

 かっちゃんには大切なノートを爆破されただけじゃなくて自殺教唆まで言われるわ…

 

 憧れだったオールマイトには夢を完全否定されるわ…

 

 かっちゃんを助けよう飛び出したことで…ヒーローに怒鳴り叱られて…沢山の人からは笑い者にされるわ…

 

 

 

 

 

 もうウンザリだ!!!

 

「呪ってやる………呪ってやる!!!かっちゃん!お母さん!そしてオールマイト!お前ら全員を地獄で呪ってやるーーーーー!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「誰を呪うって?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ!!!!!?????」

 

 僕がかっちゃん達を呪いの叫びをしていると、いきなり後ろから声が聞こえてきた!!?

 

 えっ!?誰かいるの!?

 

 僕は咄嗟に立ち上がって後ろを振り向くと、少し離れたところに《1人の少年》が立っていた!

 

 ティーカップを片手にもって、包帯を頭に巻き付けた同い年くらいの少年だ…

 

「あ……えっと……その…」

 

「ん~キミ……見たところ《人間》だね?」

 

「え?…あぁ…はい…人間です…」

 

 僕が言葉に詰まっていると、包帯を頭に巻いたの少年は奇妙な質問をしてきた…

 

 こんな質問をされるってことは…やっぱりここは…

 

「あのぅ…いきなりで申し訳ないんですが…ここは何処なんでしょうか?」

 

「ここ?ん~そうだな~…なんて言ったらいいんだろう?一応はここは地獄界にあった《ドグラマンション跡地》なんだけど……そんなこと君に言っても分からないよね?」

 

 

 

 地獄界………今…この人は確かにそう言った…

 

 僕は本当に…

 

 地獄へ来たんだと理解した…

 

 

 

「ハハッ…地獄って…本当にあったんですね…」

 

 ここが地獄と分かった途端…もう恐怖や悲しみなんか飛び越して笑えてきちゃったよ…

 

「どうしたの?急に笑いだして?」

 

「アハハッ…すみません…何だが色々有りすぎで頭の処理が追い付かなくて………あぁ…それと…さっき僕は《人間》だって返答しましたけど…僕はある意味……普通の人間じゃありません…」

 

「?…どういう意味だい?」

 

「だって僕は…《無個性》だからです…」

 

「《無個性》?」

 

 個性を知らないのだろうか、包帯を頭に巻いた少年は僕の言葉に疑問を持っていた…

 

 僕はそれからその少年に…僕が生きていた世界と…僕が送ってきた散々な人生を含めて全貌を話した…

 

 正直呆れられると思ったけど…彼は最後まで聞いてくれた…

 

「…という訳で、生きていることが嫌になってビルから飛び降りたら、いつの間にかこの場所にいた訳です…」

 

「ふ~ん…成る程…」

 

 僕の話を聞いて彼は何やら考え事している様子だ…

 

 あっ!そういえば名前を聞いてなかった!

 

「あのぅ…今更なんですが…お名前は何と言うんですか?僕は緑谷出久と言います…」

 

「ん?僕の名前?僕は《ロベルト・ハイドン》だよ」

 

「ロベルト…ハイドン…」

 

「とは言っても《本人》じゃないんだけどね」

 

「え?それってどういう?」

 

「簡単に言うと僕は《ロベルトの記憶の塊》って言ったところかな」

 

「《記憶の塊》?」

 

「そう、僕はロベルトであってロベルトじゃない。植木君の正義によって、ロベルトが忘れちゃった《人間を憎んでいた頃のロベルトの記憶の塊》……要は《残留思念》ってところかな?」

 

「植木君?」

 

「ああゴメンゴメン、君に言っても彼のことは分からないよね」

 

「?」

 

「それとさ、君は死んでないよ?」

 

「え!?死んでない!?ど、どういうことですか!!?」

 

「恐らくだけど、君は事故のショックで精神だけがここへ来ちゃったんだと思うよ?だから戻りたいと強く思えば元の世界に帰れるんじゃない?」

 

「で、でも!?さっきここは《地獄》だって!」

 

「《地獄》じゃなくて《地獄界っていう場所にあったドグラマンションが壊された後の空間》だよ。なんでこんな空間が残ったのかは僕にも分からないけど、本来ならもう存在してない建物が別の空間に留まって…僕はいつの間にかこの空間にいたんだ。それからはずっとここで一人暮らしていたのさ」

 

「ずっと…一人ぼっちで…」

 

「まぁ僕は一人が好きだったから、別に不憫とは思わなかったよ!それに僕は残留思念だから寿命を気にすることなく【能力】が使えて、生活にも困らなかったし!」

 

「【能力】?」

 

「でもね~流石にこの暮らしにも飽きて来ちゃったところなんだよ。でも何にもすることがなくてさ~、ずっとボーッとしてたんだよ。君はこの空間へやって来た初めてのお客さんさ」

 

「は…はぁ…」

 

「あと、君のさっきの憎しみの叫び!とっても良かったよ!」

 

「ど……どうも…」

 

 それは正直聞かれてちゃって恥ずかしいんだけど…

 

 何故だろう…

 

 この人に対して僕は素直になれる…

 

「それでさ、さっきの君の話を聞いて思ったんだけど、なんで君は彼らに《復讐》しようとしないんだい?」

 

「復…讐…?」

 

「そうだよ…無個性だとかは関係ない、君は頭良いんだから復讐の方法なんていくらでもあったんじゃないの?死んで復讐なんか出来やしない、生きて復讐しなくちゃ意味ないよ」

 

 

 

「!!!??……ロベルト…さん……」

 

 

 

 ロベルトさんの言葉に…僕は気づかされた…

 

 そうだよ…僕が自殺したところで…かっちゃんやオールマイトが反省なんかするわけない…

 

 

 

 かっちゃんは自分は悪くないと突っぱねて『自殺するデクが悪い!』と言って、そのまま罪と向き合わずにヒーローの道を突き進むに決まってる!

 

 オールマイトだって同じだ!僕に言った無個性差別の発言を間違ってないと断言して、僕のことなんかさっさと忘れて、のうのうとヒーロー活動に戻るに決まってる!

 

 

 

 そう自覚した時、僕の中には激しい《怒り》と《憎しみ》が沸き上がってきた!

 

「出久君、君は悪い子なんかじゃない…君はとっても良い子さ」

 

「僕は…良い子…悪い子じゃない………僕は…良い子…悪い子じゃない………僕は…良い子…悪い子じゃない…」

 

「そうだよ、君は悪い子じゃない。悪いのは君を追い込んだ《かっちゃん》って幼馴染みと…《オールマイト》っていうヒーローだよ」

 

「悪いのは…かっちゃん…オールマイト………悪いのは…かっちゃん…オールマイト………悪いのは…かっちゃん…オールマイト…」

 

 

 

 

 

「君は………何も悪くない!!!」

 

 

 

 

 

「!!!!!」

 

 ロベルトさんのその言葉を聞いて…僕の中の何か弾け……他の何か新しく芽生えた…

 

「復讐してやる!復讐してやる!!復讐してやる!!!今すぐ生き返って!かっちゃんとオールマイトに復讐してやる!!!!!」

 

「クハハハハハッ!いいねぇ出久君!今の君はとってもいいよ!純粋で膨大な《憎しみ》!本当に素晴らしいよ!!!」

 

 僕の素直な感情にロベルトさんは共感して喜んでいた。

 

「クククッ出久君、提案があるんだけど聞いてくれるかい?」

 

「なんですか?」

 

「僕の魂と君の魂を1つにしないかい?」

 

「魂を……1つに?」

 

「そうさ、君が良ければ僕も君の復讐を手伝ってあげるよ」

 

「手伝う?」

 

「あぁ…僕の魂と融合すれば、僕の……いや正確にはロベルトが持っていた【能力】と【神器】を君に全部あげられるよ?」

 

「能力?神器?」

 

「そうか、まず僕のことを色々と話さないといけないかな?」

 

 ロベルトさんは、僕のいた世界とは違う世界の話をしてくれた。

 

 その中で…この人が僕以上に辛く酷い人生を送ってきたことを僕は知った…

 

 幼い頃より…周りの人達からは『バケモノ』と恐れられて意味嫌われる…

 

 《『友達』だって言ってくれた子供》や《優しくていつも庇ってくれた大人》には裏切られた…

 

 経緯は違えど…それは僕のいた個性社会とよく似ているところがある…

 無個性の人間だけじゃない…発現した個性によっては…ロベルトさんのような仕打ちを受けた人は…僕の世界にだって珍しくはない…

 

 

 

 

 

 だからロベルトさんは…

 

《この世に正義なんて無いこと…》

 

《人間は所詮、怖いモノから目を背けること…》

 

《人間の正体が怖がりな弱虫だということ…》

 

 その全てを証明するために、世界を究極の恐怖で染め上げて、消滅させようとしていた!!!

 

 

 

 

 

 しかし…ロベルトさんの目的は…《植木 耕助》という少年の正義によって阻まれてしまった…

 

 

 

 

 

 自分の犠牲にしてでも他人を守り…あまつさえ自分を殺そうとしたロベルトさんを植木という少年は助けたようだ…

 それによって…ロベルトさんの心に迷いが出来てしまい、今僕の目の前にいる《人間を憎んでいた頃のロベルトさん》が、ロベルトさん本人の中から消えてしまった…

 

 

 

 そして、消えた《人間を憎んでいた頃のロベルトさん》は別の空間でずっと生き続けていた…

 

 その空間に、なんの偶然か僕はやって来たということだ… 

 

 

 

 僕自身、何を言って思ってるのか分からなくなってくるけど…細かいことは気にしない…

 

 ただ…分かるのは…

 

 僕の目の前にいる《人間を憎んでいた頃のロベルトさん》は僕のことを理解してくた!

 

 それだけで十分なんだ!

 

 

 

「それで?どうする?僕を受け入れてくれるかい?」

 

「勿論!ロベルトさん!僕と一緒に来てください!」

 

 僕はロベルトさんに右手を差しのべた…

 

「出久君………僕の魂は………君と共に…」

 

 ロベルトさんは笑顔で僕の右手に自分の右手を乗せた…

 

 すると!ロベルトさんの身体が光りだして、足から身体が消え出して光の粒子になっていく!?

 

 その光の粒子は僕の身体へと流れ込んできた!!!

 

 

 

 恐怖はない…

 

 僕を心から理解してくれたロベルトさんは…僕の中で存在し続けてくれる…

 

 こんなに安心できることがあるだろうか?

 

 

 

 そして…光の粒子が全ての中に入ると…ロベルトさんの記憶が頭に流れてきた!

 先程聞いた《ロベルトさんの辛い過去》を改めて噛み締めていると、ロベルトさんが手にしたという【理想を現実に変える能力(ちから)】と、天界人のみが使えるという【神器】の詳細も頭に流れ込んできた!

 

 

 

『出久君…この【能力】と【神器】を使って…君が証明するんだ…。君の世界にいる《ヒーローの本性》がいかに情けなくて…弱虫なクズであるかを…………………………頑張ってね…』

 

 

 

 ふとロベルトさんの言葉が聞こえた…

 

 

 

「はい……ロベルトさん……僕…頑張ります!」

 

 僕は固い決意と同時に、元の世界へと戻った…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●ヘドロヴィラン事件から1週間後…

 

 

シンリンカムイ side

 

 あの事件から…早1週間…

 

 私は……いや私だけじゃない…あの事件に関わったヒーロー達は…毎日憂鬱な日々を送っている…

 

 そう…根津校長からの話を聞くまで…私達は《自分の罪と過ち》に向き合うことも…気づくことも出来なかった…

 

 プロヒーローになったことで浮かれてしまい…私は《辛い思いをした過去》など頭の隅に追いやっていた。

 そのせいで同じく辛い現実を生きている若者の立場を理解してあげられなかった…

 

 そう…1週間前に起きたヘドロヴィラン事件とは別に起きた《男子中学生の飛び降り事件》、その事件の被害者である無個性の少年《緑谷出久》君を自殺に追い込む《最後の一押し》をしたのは……誰でもない………この私だ…

 

 緑谷君の事情(イジメ、差別)を知らなかった………そんなの言い訳にならない!

 

 私も幼い頃から産まれもった個性によって辛い人生を送ってきたというのに…

 彼の心の悲鳴を一切察することが出来ずに《厳しく怒鳴ってしまった》…

 《ヘドロヴィラン事件での私の不甲斐ないヒーロー活動》も含めて、それらが世間に知られて以降……私はヒーローとしての威厳を失った…

 

 私だけじゃない…私を始めとし…現状では多くのヒーロー達が世間から叩かれている…

 オールマイト、デステゴロ、バックドラフト、Mt.レディ、そして私の5人で謝罪会見をした後、何者かによって《ヘドロヴィラン事件に関わったヒーロー達》や《エンデヴァーを始めとした個性婚をしたヒーロー達》の秘密をネットに晒されてしまい、ヒーローのほとんどが今や当たり前のように酷いバッシングを受けている…

 

 それもこれも…1人の少年に対して…適切な対応が出来なかった《私の責任》なのだ…

 

 事実…私とデステゴロ、バックドラフトとMt.レディが根津校長へ《緑谷出久君の護衛》をさせてほしいと直談判をするために雄英高校に訪れたが…結局は断固拒否されてしまった…

 今思い返せば…《給料を半分カットすること》を含めて何度もお願いするべきだったと後悔している…

 あの事件以降から…私やMt.レディ達はプロヒーロー以外の仕事が全て無くなり…《お金》に対する優先度の欲が出てしまったために言い出すことが出来なかった…

 

 結局…私達は…《自分が可愛い》だけ…

 

 被害者である《緑谷出久》君への謝罪の気持ちが《その程度だった…》と言うことだ…

 

 

 

 

 

 そして今日も…そんな罪悪感にかられながら…唯一残った職業である《プロヒーロー》の仕事としてパトロールをしている…

 

 そう…ただのパトロールだ…

 

 もうすぐ日が暮れる…

 

 町の人々からの《冷たい目線》…《陰口》が酷いがな…

 

 

 

 

 

 なに?折寺中学校3年生の奉仕活動の見張りはしてないのかって?

 

 奉仕活動?

 

 見張り?

 

 なんのことだ?

 

 折寺中学校の生徒達は《そんなこと》をさせられてはいないぞ?

 

 だって彼らは…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドガアアアアアアアアアアン!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なっ!なんだ!?この轟音は!!?まるで巨大な怪物同時でも暴れてあるかのような…………………また《Mt.レディ》の仕業か?今度はどの建物を壊したんだ……あの《あばずれ女》…」

 

 突然に耳が痛くなるような物凄い音に驚いて何事かと考えてみたら、すぐに思い付いたのは先日デビューしただかりのMt.レディが、また巨大化した状態で何かをやらかしたんじゃないか…とのマイナスな発想が私の頭をよぎった…

 

「アイツ…この前根津校長からあんだけの説教を喰らっておきながらまだ懲りてないのか?次に個性を使って不用意に建物を壊したら免許剥奪だって言われたのを忘れたのか…」

 

 まだMt.レディが元凶だと決まったわけではないのに、私はいつの間か…彼女がこの轟音の発端だと決めつけていた…

 

 

 

 

 

 ドガアアアアアアアアアアン!!!!!

 

 

 

 

 

 ズガアアアアアアアアアアン!!!!!

 

 

 

 

 

 ボガアアアアアアアアアアン!!!!!

 

 

 

 

 

 なんて…後輩のことを悪く思っていると!さっきの轟音が立て続けに何度も起きた!

 

「この轟音は…尋常じゃない!?いったい何が起こってるんだ!?」

 

 私は騒音が鳴り響く方向に個性を使いながら急行した。

 

 その途中で、同じくパトロールをしていたデステゴロとバックドラフトと合流し、我々は3人で轟音の発生源へと向かった!

 

 すれ違い様に逃げる市民達の恐怖に染まった表情から《とんでもないヴィラン》がこの町に現れて暴れていると理解した私は気を引き締めた!

 

 

 

 もう1週間前のような過ちは犯さない!

 

 今の私に《ヒーロー》を名乗る資格はないが…

 

 それでも《ヒーロー免許》を所持する身…

 

 職務を全うしなければならない!

 

 そして…いつか目を覚ましてくれると信じている《緑谷出久》君から認めてもらえるヒーローになってみせる!

 

 

 

 私は心の中で新たな決意を抱(いだ)いていると、騒音の現場に到着した。

 

 その現場とは……なんと緑谷出久君が入院している病院だったのだ!!?

 

 しかし…最早その病院は原形を留めてはいない!!!

 

 小隕石がいくつもぶつかったように、病院の7割以上が破壊されていた!?

 

 中にいた人達の救出は…どう見ても絶望的だった…

 

 それだけじゃない!!!??

 

 私達がここへ向かってきた道は何事も無かったが改めて病院から町を見渡すと、周囲の住宅は《巨大な丸い何か》でも通ったかのように地面は抉(えぐ)られて、そこにあった建物は完全に消滅していた!!!

 

 

 

「な…なんなんだ……何が起きたんだ!!?」 

 

「いったい誰が…こんな酷いことを!!?」

 

 

 

 共に急行したデステゴロとバックドラフトも、病院と町の有り様を目にして困惑していると…

 

「おい!あそこに倒れているのって!?」

 

「Mt.レディ!!?」

 

 私は崩壊した病院の瓦礫の中に埋もれる《血まみれのMt.レディ》を発見した!

 

「デステゴロ!」

 

「分かってる!」

 

 デステゴロが瓦礫をどかし、バックドラフトと私はMt.レディを救出した。

 

 でも…既に彼女は瀕死の状態だった…

 

 医者じゃない私でも分かる…

 

 彼女の命は…もはや《風前の灯火》だ…

 

 

 

 

 

 何でそんなことが言えるのかって?

 

 そんなの彼女を見れば一門瞭然…

 

 《槍のような物》で貫かれたのか…

 

 彼女の腹には大きな穴が空いており…

 

 そこから大量の血が流れ出ているのだ…

 

 今から大急ぎでリカバリーガールの元へ連れていっても間に合わない…

 

 彼女は………もう…

 

 

 

 

 

「………ぁ…………ぁ……」

 

「っ!?おい!シンリンカムイ!Mt.レディが何か言ってるぞ!!」

 

「なに!?Mt.レディ!」

 

「ここで何があったんだ!誰にやられた!?」

 

「……み…d………ぃず……」

 

「み…ず?水か!?水か欲しいのか!?」

 

「…ち……ちがっ………みどr……いず……」

 

「おい!シッカリしろ!Mt.レディ!」

 

 瀕死のMt.レディは、必死になって私達に何かを使えようとしていた!

 

 

 

 だが…

 

 

 

「Mt.レディ?……Mt.レディ!!!」

 

「……………」

 

「そんな……」

 

「おい…嘘だろ……Mt.レディ…」

 

 私が抱えていた彼女は…

 

 何処かを指差そうとした途中で…

 

 生き絶えてしまった…

 

 

 

 

 

 こんな…

 

 こんな残忍で…

 

 無慈悲なことをするヴィランを…

 

 私は絶対に許さない!!!

 

 いやMt.レディの無念だけじゃない!

 

 この町に住む人々を!

 

 この病院にいた医者や患者の命を奪った!

 

 そんな非道なヴィランを私は絶対に許さない!

 

 どんなに凶悪なヴィランであろうとも!

 

 無謀な勝負だとしても!

 

 必ず仇を取ってみせる!!!

 

 

 

 

 

 私が己の心に固い決意を宿している中、近くにいるデステゴロとバックドラフトは、Mt.レディが死に際に指差してたであろう方向を見ながら…何故だか固まっていた…

 

 彼らの視線の先に、そんなに恐ろしいヴィランがいるのかと思った私も、Mt.レディが最後に示した《沈む夕日》に目を向けた。

 

 

 

 

 

 私は驚愕した!!!

 

 沈んでいく夕日をバックに宙へと浮く《羽を生やした何か》がいた!!!

 

 その何かは片腕に巨大な大砲をつけていたのだが…私が驚いたのはそれではなかった…

 

 離れてはいたが、私はその《何か》の顔を確認することが出来た!

 

 その顔を見た瞬間、私は動きを停止した…

 

「…そ……そ……そんな……どうして君が………」

 

 理解が追い付かない私を余所に…《彼》の後ろへ何処からともなく《暗雲》が集まっていた…

 

 その《暗雲》は繭のような形となって…どんどん大きくなっていき…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい……なんだよ…《あれ》……」

 

「冗談だろ……悪い夢なら…覚めてくれ……」

 

 今…私達が目にしている光景に…デステゴロとバックドラフトは我が目を疑い…同時に戦意を消えつつあった…

 

 私だってそうだ…

 

 《彼》の後ろに集まっていた暗雲は…

 

 《悪魔のような怪物》へと姿を変えた…

 

 

 

 

 

 ヒーローなんだからどうにかしろって?

 

 巨大化したヴィランを相手にすると思えば何とかなるだろだって?

 

 緑谷君から認めてもらえる《本物のヒーロー》になると決めたなら、実行して見せろって?

 

 

 

 

 

 そうだな…

 

 だが………それは無理だ…

 

 

 

 

 

 何故なら…その《怪物》は既に我々に向かって来ているからだ…

 

 巨大化したMt.レディなんて比にならない程の《怪物》は…

 

 その巨体からは到底想像できないスピードで此方へと向かってきている…

 

 インゲニウムのスピードでもない限り…もう避けることなど出来はしない…

 

 そして私は悟った…

 

 これは我々に下された《天罰》なのかもしれない…

 

 ヒーローとしての職務を放棄し…

 

 1人の無個性の子供の心を壊した天罰なのだと理解した…

 

 

 

 

 

 迫りつつある怪物を前に…私はMt.レディを抱えながら…人生の最後に《彼》に対する《謝罪の言葉》をのべた…

 

「すまなかった………みd」

 

 私の最後の言葉は《巨大な怪物》によってかき消された…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日、日本のある町が1つ滅んだ…

 

 町の全てが跡形もなく崩壊し…

 

 その町に住んでいた人々は殆ど死に…

 

 管轄だったヒーロー達は全員《殉職》した…

 

 生存者は……なんとたったの《1人》…

 

 歴史上に残る《史上最悪のヴィラン事件》となった…

 

 

 

 

 

 だが世界はまだ知らない…

 

 

 

 この大事件を引き起こしたのが…

 

 

 

 《たった1人の少年》だということを…

 

 

 

 そして…この大事件が…

 

 

 

 まだ《序章》でしかないことを…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

None side

 

 病院で目を覚ました緑谷出久は…

 

 ロベルト・ハイドンより授かった【能力】と【神器】を使い…

 

 折寺町を滅ぼした…

 

 自分の生まれ育った町の全てを消し飛ばした…

 

 何千…何万という人が死んでしまっただろう…

 

 その中には《無個性を理由に自分を苦しめ傷つけてきた人間》が大勢いた…

 しかし…同時に《無個性の僕でも受け入れてくれた人間》もいただろう…

 《自分のことなど全く知らない人間》もいた

 

 しかし…出久に後悔はなかった…

 

 精神世界にてロベルト・ハイドンと出会い…考えを改めた…

 

 《自分に優しくしてくれた奉仕活動の人達》も…心のどこかで自分という無個性の存在を疎ましく思ってたんじゃないのかと…

 

 それこそ…ロベルトが幼少の頃に裏切った子供や大人のように…

 

 だから全てを消した…

 

 自分のことを受け入れてくれない町なんて滅べばいい…

 

 自分は何も悪くない…

 

 悪いのは無個性の自分受け入れてくれなかった《この町》なんだ……と…

 

 

 

 

 

 出久は自分の心にそう言い聞かせながら…瓦礫の山になった折寺町に下り立った…

 

 

 

 

 

「ジェ!?ジェントル!!?危ないわ!!早く逃げましょ!!!」

 

 誰もいなくなった筈の町から…何故だか《女の子の声》が聞こえてきた…

 

 出久が後ろを振り向くと、そこには先程の声の主であろう《ツインテールの赤髪で小柄な女の子》と、《英国風の格好をした男》がいた。

 

「大丈夫さラブラバ……私に任せておきなさい」

 

「ジェントル…」

 

「………」

 

 つい先程この町へやって来たのか…2人は怪我1つしていなかった…

 

「そこの君……この惨劇は君がやったことなのかい?」

 

「………」コク

 

「そうか……」

 

「アナタは…《ヒーロー》なんですか?」

 

「いや…私はヒーローではない………私は救世たる義賊の紳士だ!」

 

「義賊?」

 

「そう!私の名は《ジェントル・クリミナル》!そして彼女は私のアシスタントであり相棒の《ラブラバ》だ!」

 

「ど……どうも…」

 

 ジェルトルと名乗る男の足元に隠れながら、ラブラバという女の子が挨拶をしてきた…

 

「君の名前は何というんだい?」

 

「…緑谷……出久…」

 

「そうか!そうか!緑谷出久君だね!では緑谷君!会って早々なんだが私から君に提案したいことがある!」

 

「………なんですか?」

 

「私達と………《動画配信》をしないかい!」

 

「……?」

 

 

 

 

 

 この時に出会った3人が…

 

 いずれ世界を支配する《悪》を築くことになる…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オールマイト side

 

「なんだ……これは……何が起きたんだ…」

 

 他県でヒーロー活動していた私は、夕暮れ時に発生した《巨大な地響き》の原因を突き止めるため、発生源とされる折寺町へと急行したのだが…

 

 

 

 私が先日に訪れた町は跡形もなく崩壊し…

 

 私は《変わり果てた姿となった折寺町》に対面した…

 

 辺りが暗くなっても分かってしまう…

 

 崩れた建物のあちこちから火の手が上がり…

 

 暗い夜を無数の炎が灯し…

 

 まさに《地獄》のような光景だ…

 

 

 

 

 

 そして一番に酷いのは…《巨大な隕石》でも落ちたかのように…町の中心の地面が大きく削られて《巨大なクレーター》が出来ていたことだった!!!

 

 

 

 

 

 こんな惨劇を起こせる人間は、私が知る中では《1人》しかいない!

 

 5年前に倒した《あの男》はまだ生きている!

 

 私は確信に至った!

 

 この惨劇を起きてしまったのは《私のせい》だということに…

 

 私が奴を……オール・フォー・ワンを倒せていなかったばかりに…

 

 この町は滅んでしまった…

 

 もはや壊滅状態の町に生存者が残っているかは絶望的だった…

 

 『生存者』……ふとその言葉から頭に過(よぎ)った時、私は《1人の少年》を即座に思い浮かべた!

 

「緑谷少年……緑谷少年!!!」

 

 1週間前に…事実上、私が死に追い詰めてしまった無個性の少年…

 彼のことが心配になった私は病院へと向かった!

 

 だが…彼が入院していた病院は姿を消していた…

 

「そんな……緑谷少年……」

 

 私は絶望した…

 

 私は彼の夢を否定し…

 

 彼の心を壊した…

 

 それが原因で彼は自殺を図り…

 

 奇跡的に助かった彼はこの病院に入院していた…

 

 私は彼への償いとして…緑谷少年を次なる《平和の象徴》へと育てることを…後継者とすることを決めた…

 

 根津校長やヒーロー協会より、緑谷少年への接触や御見舞いは禁止されていたが、それでも私は諦められなかった!

 

 

 

 だが…その夢は…もう叶わない!!!

 

 私は気持ちも切り替えて、生存者の捜索に参加した!

 

 しかし…私を含め他の町から急行したヒーロー達の救助活動も虚しく…

 

 助け出せた生存者は…たったの《1人》…

 

 どういう偶然なのか…その唯一の生存者はヘドロヴィラン事件の被害者であり、緑谷少年の幼馴染みである《爆豪少年》だった…

 

 

 

 

 

 事件後…

 

 爆豪少年はセントラル病院に搬送されて治療を受けた…

 《折寺町の惨劇による唯一の生き残り》ということでニュースやネットでも大きく取り上げられていた…

 

 あの惨劇によって…爆豪少年は両親や友達を失ったというのに…マスコミやメディアは身体も心も傷だらけの爆豪少年へのインタビューを必要に求めてきた…

 

 私はそんな爆豪少年を哀れに思ってしまい、私が保護者として彼を引き取ることにした。

 周囲からの反対の意見はあったが、私はそれを押し退けて爆豪少年の面倒を見ることにした。

 

 そして今回の大事件を通し…《ヒーロー協会》《ヒーロー公安委員会》《警察》という多くの組織が協力し合い、この惨劇を起こした犯人の捜索へと乗り出した!

 

 そう…犯人……《オール・フォー・ワン》を!!

 

 私の残りの生涯をかけて!今度こそ…あの男を刑務所にブチ込んでみせる!!!

 

 亡くなった折寺町の《一般市民》や《ヒーロー達》……そして《緑谷少年》への無念を晴らすために!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●折寺町の崩壊から半年後…

 

 

緑谷出久 side

 

 ジェントルとラブラバさんとの出会いから…早くも半年の時が過ぎた…

 

 2人に拾われた僕は生まれ変わったように《幸せな日々》を送っている…

 

 ジェントルは初対面でありながら…僕を優しく受け入れてくれた。

 

 ラブラバさんは最初は僕のことを警戒してたけど、暫く経つと仲良くなっていた。

 ラブラバさんは外見では子供のような容姿をしているが、彼女は列記とした二十歳の女性だった。それについて僕が驚いた時は、ラブラバさんからガミガミ説教を受けたのを今でも覚えてる。

 

 2人は僕のことを《1人の人間》として受け入れてくれた…

 

 

 

 僕の存在を認めてくれた…

 

 こんな僕を必要としてくれた…

 

 そして…居場所をくれた…

 

 ジェントルとラブラバさんは…僕の心を救ってくれたんだ…

 

 

 

 ジェントルの元で過ごし始めた僕は、お世話になる以上は役に立つことをしたくて、2人の手伝いとして家事全般を引き受けたり、動画配信のサポートをするのが《僕の仕事》となった。

 

 犯罪動画配信をしているジェントルは《歴史に自分の名を刻み込むため》に日夜人々の目を引くための綿密な作戦を考慮した上で実行する。

 …と言うのがジェントル・クリミナルの主な活動内容である。

 

 ジェントルはリスナーに向かって自分のことを《義賊の紳士》と名乗っている。

 

 義賊とは、国家権力に歯向かい悪事を働くが、一般市民には危害を加えないことを意味する。

 

 《国家権力》とは、即ち《ヒーロー》のことを示す。

 

 要は《ヴィラン活動》だ。

 

 

 

 

 

 えっ?ヴィランの仲間になることへ抵抗はないのかって?

 

 

 

 

 

 《ヴィラン》?《抵抗》?何を言ってるんだい?

 

 ジェントルは僕を救ってくれた…謂わば《救世主》なんだ!

 

 僕は受け入れてくれた人が《ヴィラン》だった!ただそれだけの話なんだよ!

 

 第一、僕はもう《ヒーロー》に対して何の未練も残っていない!

 

 いや…あるとするのなら…僕にも新しい目標が出来たってところかな?

 

 

 

 《僕の目標》のことはさておき、僕がジェントルとラブラバさんと出会ってから起きた半年間の出来事を断片的に説明しよう…

 

 

 

 半年前、僕はロベルトさんから授かった【神器】を使って折寺町を滅ぼした日の夜、僕はジェントル達と出会い、そのまま引き取られてジェントルのアジトで一緒に暮らし始めた。

 

 最初は落ち着かなかったけど、僕を《1人の人間》として接してくれる2人のおかげで、すぐに馴染むことが出来た。

 

 ジェントルの元で一緒に暮らし始めて1か月、ジェントルとラブラバさんは、月に3回4回のペースでヴィラン活動を行い、帰ってきては撮影した映像をネットに動画としてアップさせる活動をしていた。

 でもジェントルの動画は《再生回数》はともかく、高評価は一切無い《低評価》が多いの動画ばかりであり、すぐに削除されてしまっている。

 

 僕はというとアジトで家事をしたり、ラブラバさんのメイク技術によって頭の傷と頬のそばかすを隠して帽子やマスクで変装をした上で日用品や食材の買い出しをしている。

 

 僕としては2人のヴィラン活動のお手伝いもしたかった。

 

 だから1か月以上経過したある日、早朝に配達業者からの荷物を受け取って朝食を済ませたあと、僕は思いきって2人に『僕も一緒にヴィラン活動をさせてほしい』伝えることにした。

 

「ジェントル!ラブラバさん!お話ししたいことがあります!」

 

「む?なんだい?」

 

「どうしたのよ、急に改まって?」

 

「ぼ……僕も…僕にも!2人のお手伝いをさせてください!一緒にヴィラン活動に参加させてください!お願いします!」

 

『………』

 

 僕のお願いに2人は黙り混んでしまった…

 

「ハッハッハッ!そう言うと思ってたよ出久!」

 

「えっ?」

 

「ラブラバ、アレを持ってきてくれ」

 

「OK!ジェントル!」トッタトッタトッタトッタトッタトッタ

 

 ジェントルがラブラバに何かを頼むと、ラブラバさんは椅子から降りて部屋を出くが、すぐに今朝届いた段ボールを持ってきて僕に渡してきた。

 

「えっと…これは…」

 

「開けて見たまえ」

 

 僕の質問にジェントルが答え、僕は言われるがままに渡されて段ボールの中を開けてみると…

 

 《ジェントルの服装に似た緑を基本色とした英国風の服》と《ダーググリーンの丈の長いフード付きのローブ》が入っていた。

 

「あのぅ…この服は…」

 

「君の《コスチューム》さ!知り合いに頼んでオーダーメイドしてもらっていたんだよ!」

 

「でも出来上がるのに時間がかかっちゃったみたいで、さっきやっと届いたのよ」

 

「僕の…コスチューム…」

 

「やはり共に活動するのならば、まず第一印象である《身嗜み》が大切だからね!」

 

「貴方が私達と一緒に活動したがっていたのは知ってたわよ。いつも留守番じゃ退屈だものね?だから一緒に活動するために衣装を……って!?ちょっと!何で泣いてるのよ!?」

 

「ご…ごめんなさい……嬉しくて…涙が…」ポロポロ

 

「出久…」

 

「ふむ…では出久!早速だが、ヴィランとして活躍する以上、我々はコードネーム!つまり《ヴィラン名》で呼びあわなければならない!」

 

「(グズグズ)……はい!」

 

「そこで君のヴィラン名だが、以前3人で話し合って決めていた名前で構わないかい?」

 

「勿論です!」

 

「では改めて君のヴィラン名は…

《緑の貴公子 ロベルト・ハイドン》だ!」

 

「はい!」

 

「改めてよろしくね!いずk…じゃなくてロベルト!」

 

 こうして僕は、ヴィラン名《ロベルト・ハイドン》として、ジェントル達と共にヴィラン活動へ参加できるようになった!

 

 その日の《犯行予告動画》の撮影の際、僕は2人が用意してくれたコスチュームを身に纏いに、フードを深く被って顔を隠しながら、ジェントルと共に動画撮影に参加した。

 

「リスナー諸君!今日はいつもの犯行予告の他に、諸君へ私の《新しい仲間》を紹介しよう。

《緑の貴公子 ロベルト・ハイドン》だ!」

 

 ジェントルから僕にスポットライトが当てられた。

 

「これからは彼も私の活動に参加してもらう!彼の素顔が気になる人も気にならない人も覚えていてくれたかな?今後の君達も彼と出会う日が来るかもしれないからね!」

 

 ジェルトルは僕の紹介をしたあとは、明日の犯行予告をして今日の撮影は終了。

 すぐにラブラバさんが編集して動画にアップすると、結果はいつも通り《低評価》しかされていないが、コメントの中に『僕の正体を知りたい』という書き込みがあった。

 

 

 

 次の日、ジェントルとラブラバさん、そして僕の3人はヴィラン活動をする《とある町のコンビニ》にやって来た。

 手筈通り、このコンビニには店員が1人でお客が全く来ない時間があるため、その時間にジェルトルとラブラバさんがコンビニに入り、ジェルトルが店員にお金を要求し、ラブラバさんがその状況を撮影する。

 そして僕はコンビニの入口で《待機》及び《ヒーローの撃退》というのがポジションとなった。

 

「おい貴様!そのコンビニの中に!ジェントル・クリミナルがいるだろ!」

 

 暫くしてプロヒーローが1人やって来た。

 

 店員がどうやってヒーローに通報したのかは知らないけど、2人…3人…4人…5人とヒーローがどんどん集まってきた。

 

「貴様はジェルトル・クリミナルの動画に映っていた《ロベルト・ハイドン》だな!」

 

「無駄な抵抗はぜすに大人しく降伏しろ!」

 

「中にいるお前の仲間も一緒にだ!」

 

「………」

 

 今まで犯行動画の撮影中にプロヒーローが来てしまった場合、ジェントルはラブラバさんへ動画の撮影を中断させ、ジェントル自身が戦うという流れだった。

 その際に強すぎるヒーローが来た場合、最終手段として《ラブラバさんの個性によってジェントルがパワーアップし、そのヒーローをたおして逃げる》を切り札としていたらしい。

 

 

 

 

 

 でも…今後のジェントルとラブラバさんが戦うことで個性を使う必要は無くなるであろう…

 

 

 

 何故なら…

 

 

 

 集結したヒーロー達は…

 

 

 

 僕の【能力】と【神器】によって…

 

 

 

 ものの数分後には…

 

 

 

 全員が行動不能になったんだから…

 

 

 

「こんなものなのか…プロヒーローの実力は…」

 

「良くやったなロベルト!おかげでスムーズに仕事を終えられたよ!」

 

「ジェントル…」

 

 僕がプロヒーロー達の実力に愕然としていると、仕事を終えたジェントルとラブラバさんがコンビニから出てきた。

 コンビニの中にいた筈の店員は、僕がヒーロー達を倒す瞬間を見たためか、ジェントルにレジのお金を全部アタッシュケースにいれると店の奥へと逃げていったらしい。

 だが差し出されたお金は全額《出演料》として置いていくのがジェントルの流儀である。

 

「しかしまぁ、君が《夢の中で授かった能力》というのは…聞いてた以上に凄まじいな…」

 

 ジェントルは、僕とヒーローの戦闘によって原型を留めていない道路を見て唖然としていた。

 

「一応聞くが一般人に危害は加えてないよね?」

 

「はい、勿論です。言われた通り《向かってくるヒーロー》だけを撃退しました」

 

「うむ、よろしい」

 

「凄い……ホントに全員倒しちゃってる…」

 

 ヒーロー達が全員が倒されてるサマを見て、ラブラバさんもカメラを構えながら唖然としていた。

 僕はジェルトルからの命令で《僕達に危害を加えようとするヒーロー》は容赦なく倒して良いと言われたが、《一般市民には決して危害を加えてはいけない》と《戦う相手の命を奪ってはいけない》と忠告を受けていたため、ヒーローとの戦闘中は決して住宅や建物へ攻撃を当てないよう意識して戦った。

 

 

 

 僕達は《今日の仕事》を終えてアジトに戻り、ジェントルとラブラバさんは早速、今日撮影した犯罪動画を編集してネットにアップした。

 その際《僕が声を出しているシーン》だけはカットされて、《ジェントルの強盗シーン》と《僕がヒーロー達を倒したシーン》を映像として処理した。

 今日はもう遅かったため、僕達はすぐに休んでしまい、動画視聴者の反応を見るのは明日になった…

 

 

 

 

 

 そして次の日の朝、昨日アップした動画の再生回数を見たとされるジェントルとラブラバさんは口から泡を吹いて気絶し倒れていた。

 

 

 

 なんで口から泡を吹いて倒れたのかって?

 

 

 

 それは…まだ半日も経っていないのに、動画の再生回数が《とんでもない数値》になっていたからである。

 

 最初、僕は今回の再生回数が凄いという実感はなかった…

 小さい頃の僕は《オールマイトの動画》は見ていたけど、《再生回数》には全く目を向けてはいなかったから…

 

 意識を取り戻した2人から《1日も経過しない内にこんな物凄い再生回数になるのは有り得ないこと》と《今までこんなに再生回数を稼げたことが無いこと》を説明してくれた。

 

 ジェントルがこれまでアップしてきた動画の数々は、悉(ことごと)く削除されていたけど、今回の動画は何故か削除されることなく再生回数が伸びていった。

 

 

 

 

 

 

 それからの僕達3人がネットにアップしていく動画はいずれも再生回数は爆発的に上がり、それに応じての収入額も跳ね上がったことで、僕達は多大な資金を手にすることが出来た。

 

 ジェントルとラブラバさんと出会って1年近くが経過した頃には、ジェントルは一躍有名な《ヴィラン動画投稿者》として名を馳せていた。

 

 ジェントルが名を上げれば上げるほど、社会からの《ジェントルを批判する声》はあるのだが、それ以上に批判を受けているのは《現役のプロヒーロー達》と《僕に敗北して引退したプロヒーロー達》である。

 なんでプロヒーローが非難されるのかというと、その理由は簡単。

 ジェントルの犯行予告の動画を流され、その犯行をここ1年全く喰い止めることも、犯人であるジェントル一行を捕まえることも出来ない《ヒーロー達の不甲斐なさ》に市民達は呆れているからである。

 ジェントルの仕事の邪魔をさせないため、僕がヒーロー達と戦うことで町が壊滅状態になっても、世間の人達はジェントルにではなく…僕に対処することが出来ない《弱いヒーロー》達を責め立てていた。

 この前のヴィラン活動では30人以上のヒーロー集団がやって来て、その中にはヒーローランキングが《11位~20位以内のヒーロー》が数人いたらしいんだけど、僕は苦戦なんてする事なくヒーロー集団全員を簡単に倒せてしまい、本当に拍子抜けだった…

 

 

 

 

 

 余談だけど、僕が住んでいた折寺町が滅んでからというもの、数ヵ月の間は連日《壊滅した折寺町のニュース》が続いていた…

 

 あの事件での生存者はたったの1人…

 

 今でも折寺町の復興は全く進んでいない有り様だ…

 

 そして、あの事件を通し…《町1つが跡形も無く崩壊させる力を持つヴィラン》の存在……つまり《僕》を恐れ、ヒーローのスーツを脱ぎ…一般市民へと戻るプロヒーローが後をたたないという…

 

 あの町を滅ぼしたのは確かに《僕》だ…

 

 でも…僕には罪悪感なんて無かった!

 

 ロベルトさんが教えてくれた!

 

 僕は何も悪くはない!

 

 悪いのは《無個性》を理由に僕の存在を認めてくれなかった《折寺町》が悪いんだ!

 

 だから罪のない人々や…僕と関係のない人々まで巻き込まれて死ぬことになったんだ!

 

 僕の存在を否定する人間や町なんて必要ない!

 

 だから僕は…折寺町を跡形もなく吹き飛ばしたんだ!

 

 この…ロベルトさんから授かった!

 

 【理想を現実に変える能力】と【十種類の神器】によってね!

 

 

 

 

 

 僕はジェントルとラブラバさんと共に過ごせて《幸せ》さ…

 

 でも…僕にはどうしても叶えたい《夢》があった…

 

 ロベルトさんとの約束…

 

 《ヒーローの本性が臆病で弱虫なクズであることを証明する》…

 

 ジェントル達も僕の《夢》は知っている…

 

 2人は僕に『夢は順調に叶いつつあるんじゃないか?』とは言ってくれた…

 

 確かにジェントルの仕事において、プロヒーロー達をこれまで何百人も倒してきたこともあって、ヒーロー達の立場は悪くなる一方だ…

 

 でも…僕は1日でも早く…ヒーローの《化けの皮》をひっぺがし、その本性を世間に晒したいのだ…

 

 そして、この世から《ヒーロー》という存在そのものを無くしたい……そう強く思ってしまうのだ…

 

 だけど今の幸せを壊したくはない…

 

 そんな気持ちが入り乱れ…自分でもどうしていいのか不安になっていた時…

 

 その転機は何の前触れもなくやって来た…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●折寺町の崩壊から1年以上が経過…

 

 

 春が終わってもうすぐ夏を迎える頃…

 

 本来なら僕は高校1年生になっているところだけど、ヴィランになった以上は学校に行く必要はない。

 勉強は時間があるときにラブラバさんが教えてくれるため、知識については問題ない。

 

 そんなある日の朝…

 

ピンポーン

 

「もぅ誰よ~こんな朝早くに~」

 

「お客さんですかね?」

 

 ラブラバさんと一緒に朝食を作っていると呼び鈴がなった。

 

「出久、悪いんだけど見てきてくれる?」

 

「分かりました」

 

 僕はキッチンを出て玄関へと向かい、ドアの覗き穴から外を確認すると、そこには《丸眼鏡をかけた銀髪の中年男性》がいた。

 外見で判断するのは失礼だけど、どうやら《ヒーロー》や《警察》では無いみたいだ。

 でもこのまま開ける訳にもいかないので、僕は扉越しに話しかけた。

 

「どちら様ですか~?」

 

「この部屋の主に『義爛』と伝えてくれ、そう言えば分かる筈だ」

 

「わ、分かりました、ちょっと待っててください」

 

「早めに頼むぜ~」

 

 扉の向こうにいる男の人は、僕が扉越しに話し掛けたことに何の不信感も持たずに軽く返答してきた。

 怪しい人だったが、ジェントルの知り合いだと思い、僕は急いでジェルトルの寝室に向かった。

 

コンコン

 

「ジェントル、お客様が来てますよ?」

 

「………」

 

 寝室のドアをノックしたけど返事がなかった。

 

「ジェントル、入りますよ?」

 

ガチャ

 

「ZZZ…ZZZ…」

 

 部屋の中に入ると、ジェルトルはパソコンが置いてある机に突っ伏した状態で寝息を立てていた。

 昨日も遅くまで、次のヴィラン活動の作戦を練っていたようだ。

 

「ジェントル、起きてください、ジェントル」

 

「……ん?…ふわああぁ……あぁ…いかんいかん…いつの間にか寝てしまったようだ…」

 

 肩を軽く揺さぶりながら声をかけると、ジェントルは大あくびをしながら目を覚ました。

 

「ジェントル、起きて早々に申し訳ないのですがお客様が来てますよ?」

 

「お客?私に?こんな朝早くにかい?」

 

「はい、『義爛』と言えば分かると」

 

「ぎらん?………ッ!義爛だと!?」

 

 寝惚けていたジェントルは、一気に目を覚ました。

 

「ど、どうしたんですか?ジェントル?」

 

「その者は確かに『義爛』と言ったんだね!?」

 

「はい、そうです。でもまだ中には入れていませんよ?」

 

「わ、分かった!私が対応しよう!出久、いつものローブを羽織って顔を隠していなさい!いいね!」

 

「わ、分かりました…」

 

 ジェントルはそう言うと身だしなみを整えて玄関へ走っていった。

 

 僕は言われた通り、自室からローブを羽織ってからリビングに戻った。

 

 リビングのテーブル椅子にジェントルとラブラバさん、そしてさっきの怪しい男の人がいた。

 

「ようロベルト君、はじめましてかな?」

 

「どうも…ロベルト・ハイドンです」

 

「ほぉ…俺の予想通り…随分と若者みたいだね~ロベルト君」

 

「……ジェントル…この人はいったい?」

 

「彼の名は《義爛》といって、裏の社会では有名なブローカーさ。《人材斡旋》や《闇商品の売買》など、ヴィラン達のバックアップをしてくれる人なんだ。私がヴィランとして本格的に活動する際も彼からお金を借してもらったり、今住んでいる場所だって彼が裏で手を回してくれたおかげなんだよ。因みに君のコスチュームを依頼したのも彼さ」

 

「ロベルト、一応言っておくけどジェントルはこの人から借りたお金は去年の内に全額返金してあるんだからね」

 

 ジェントルが義爛という人の説明をしてくれた後に、ラブラバさんが補足を入れてきた。

 

「それで義爛君、いったい何の用件で来たのかな?君がここに来るのは、私にこの部屋を紹介してくれた時以来だろ?」

 

「まぁそう警戒するなや、まず俺としちゃスゲェ驚いてんだぜ?去年の頭までは《小物ヴィラン》だと言われてたアンタが、今じゃ世界中が恐れる《大物ヴィラン》並びに《有名動画配信者》にまで登り詰めちまったんだからよぉ。お祝いの言葉をのべに来てやったのさ」

 

 この義爛という人は…何を考えているのか全く読めない…

 

 でもこの人からは敵意を一切感じられない…

 

 いったい何が目的なのか…

 

「さて、前口上はこのくらいにして本題に移るかな。アンタらも知ってるんだろ、今年の春に雄英高校内部で《ヴィラン連合》と名乗るヴィラン組織が襲撃事件を起こしたのをさ」

 

「あ…あぁ…知ってるよ、確かに今年入学したヒーロー科1年A組生徒19人が襲われたらしいな」

 

「でも同じく今年から雄英高校の教師となった《オールマイト》にやられちゃったんでしょ?主犯と思われる2人以外全員捕まったとか…」

 

「そうなんだよなぁ、折角揃えてやったってのにさ。その成果は、雄英教師数人に重症を負わせただけ…生徒は全員軽傷で終わっちまった」

 

 《雄英高校襲撃事件》…未だにその騒ぎは完全には静まっていない雄英始まって以来の大事件だ。

 

 《雄英バリア》という生徒や教師以外の人間は決して通さないとされる防犯システムが雄英高校にあったというのに、大勢のヴィランの侵入を許してしまった事件は世間を震撼させた。

 

 ニュースによると《ワープ系の個性》という非常に珍しい個性を持つヴィランがいたことによって侵入されたそうだ。

 

「子供相手とはいえ雄英高校のヒーロー科に合格したんだ、捕まった者達は彼らの実力を舐めすぎていたと言うことだな」

 

「ああ全くだ、ガキ相手に負けるなんざ情けねぇ連中さ。目的を達することも出来ずにな」

 

「目的?」

 

「ああ…その目的って言うのは《平和の象徴・オールマイトの抹殺》だ」

 

「オールマイトの抹殺だと!?」

 

「それ…本気だったの?No.1ヒーローの抹殺なんて出来るわけないじゃない…」

 

「ま、普通はそう思うよな。だが奴等にはそれ相応の《駒》を用意してたみたいだぜ?結局はやられちまったらしいがな」

 

「それじゃあ意味無いじゃないの…」

 

「まぁな、それともう1つ。アンタらもヴィランなら知ってるだろう?先日の《ヒーロー殺し・ステイン》の事件を?」

 

「…勿論…知ってるとも……エンデヴァーによって倒された殺人鬼だったかな?」

 

「そのヒーロー殺しのせいで、折角アップしたジェントルの動画の再生回数がいつもよりも落ち込んじゃって、私達にとっては良い迷惑よ!」

 

「この前、保須市で捕まったんですよね?でも捕まる前に、プロヒーローの《ネイティブ》と、雄英生である《インゲニウムの弟》が殺されたって大ニュースになってましたね」

 

「そうだとも、雄英はまたしても非難の嵐を浴びている。だが逆に社会の裏に隠れていた者達が…ヒーロー殺しに感化されて活動を始め…今まさに纏まろうとしている…」

 

「なんで…そんなことをジェントルに話すのよ?……ま、まさか…」

 

「あぁそのまさかだ……ジェントル…《ヴィラン連合のボス》がアンタら3人と手を組みたいと言ってきたんだよ…」

 

「手を組む!?それってつまり…ヴィラン組織同士の《同盟》ってこと!?」

 

「正解だぜ、お嬢ちゃん」

 

「私達との同盟!?」

 

 義爛という男からの要求に、ジェントルは驚愕していた。

 

「なっ!?何言ってるのよアンタ!!」

 

「おいおい、俺は同盟を要求してきたのは俺じゃなくて《ヴィラン連合のボス》だぜ。俺に怒鳴ってどうするだよ?お嬢ちゃん?」

 

「くぅ!?ジェントル!こんな話を受ける必要なんて無いわ!ジェントルと私とロベルトの3人でこれからも頑張って活動していけば!いつかジェントルは歴史に名を残せるわ!!!」

 

「……いや…ラブラバ……私はこの誘いを受けようと思う…」

 

「ジェ!?ジェントル!??」

 

「ラブラバ……君も分かっているのだろう?私の動画が多くの人々に見てもらい…高評価をもらっているのは………全て《ロベルトのおかげ》だということにね…」

 

「そ…それは……」

 

 気にしないようにはしてたけど…やっぱりジェントルもラブラバさんも思うところがあったようだ…

 

 そう…ジェントルのアップする動画が《異常な再生回数になった》のも…《高評価が沢山つけられている》のも…《動画が削除されなくなった》のも……僕がヴィラン活動に参加してからなのだ…

 

 動画のコメントを見れば…それは一目瞭然、コメントの大半は…僕がヒーロー達との戦闘で使う【理想を現実に変える能力】と【神器(一ツ星~九ツ星)】、そして《僕の正体》の詳細を知りたいというのが8割を占めている…

 

 

 

 そんな僕こと《緑谷 出久》は…

 

  世間からはこんな2つ名をつけられた…

 

 《破滅の象徴 ロベルト・ハイドン》…

 

 

 

 つまり何が言いたいのかというと…

 

 ジェントルに対しての注目は低いということだ…

 

「私は《動画の再生回数が跳ね上がったこと》…《沢山の高評価をもらえたこと》で……いつの間にか有頂天になってしまっていた……私は《ロベルトの強さ》に甘えてしまっていたんだ…」

 

「ジェントル…」

 

「………」

 

「だからここで変わらなければならない!それに…義爛君を通して私達に声をかけてくるということは…《ヴィラン連合のボス》というのは《大物》と見て間違いということだ…。それほどの人が同盟を求めてきた。そうだろう?義爛君?」

 

「…ハハッ…まぁそういうことだな」

 

「…ロベルトに頼りっきりでは駄目なんだ…私自身も成長しなければな!」

 

「ジェントル…素敵よ!私は何処までもジェントルに着いていくわ!」

 

「僕も…ジェントルに着いて行きます」

 

「ラブラバ……ロベルト……」

 

パチッパチッパチッパチッパチッパチッ

 

「良い子達を見つけたなぁ…ジェントル。おじさん感動でもう胸一杯だよ」

 

 義爛さんは僕達に拍手を送っていた…

 

「んじゃまぁ、同盟を組むかはどうかは取り敢えず《本人》に会ってからかな?」

 

「あぁ…そうしてもらえると助かる…。いつ会う予定でいたんだい?」

 

「アンタらが了承してくれるなら《今から》でも大丈夫だぜ?」

 

「い!?今から!!?」

 

「そんな!?いったいどうやって!!?」

 

「こうやってだ」

 

パチッ

 

ゾワァ

 

『!!!??』

 

 義爛さんが指を鳴らすと、突然リビングに《黒い靄》が出現した!!?

 

「なっ!?なに!??」

 

「この黒い靄はいったい!?」

 

「………もしかして……これが例の雄英高校に侵入できたという《ワープ個性》ですか?」

 

「その通り……お初にお目にかかります……私の名は《黒霧》…」

 

 僕が質問すると、黒い靄に《不気味な黄色の目》が浮かび上がって返答してきた。

 

「驚かしてすまなかったな、コイツの個性で《ヴィラン連合のボス》のところにはすぐに行けるぜ?どうする?」

 

「………分かった行くとしよう。だがちょっと待っててくれ…身嗜みを整えなくてはならないからな」

 

「勿論です。準備が終わったら声をかけてください…」

 

 黒霧という人は催促はせずに、僕達が準備を終えるのを待っててくれた。

 

 そして…

 

ゾワアアアアアァ

 

「さぁどうぞ…お通りください…」

 

 黒い靄が大きく広がり、僕達は義爛さんに招かれて黒い靄の中へと入った…

 

 

 

 

 

 黒い靄を抜けた先で待っていた男…

 

 僕達は話し合いの末…

 

 僕達はその男と……いや…《ヴィラン連合》と同盟を結んだ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●英雄林間合宿の前日…

 

 

None side

 

 とある暗がりのBARに何人もの人が集まっていた。

 

 ヴィラン連合の死柄木弔と黒霧を始め、闇のブローカーの義爛を通して集められた実力ある強者達が1人を除いて、後日に決行される《雄英高校林間合宿襲撃計画》の作戦及び打ち合わせをしていた。

 

「死柄木弔、突然なんですが…ここにいる面子とは別に《もう1人》…追加されることになりました」

 

「あぁ?もう1人?ムーンフィッシュだったら当日に来る予定だろ…」

 

「いえ、彼ではなく別の人物です」

 

「そんなの…聞いてねぇぞ?」

 

「義爛さんを通して《同盟》を組んだ少人数の組織でして、今回は急遽そのメンバーの1人が参加してくれることになったのです」

 

「同盟だ?……まぁ戦力が多いに越したことはねぇがよ…」

 

「弱ぇ奴じゃ足手まといになるだけだぞ…」

 

 死柄木弔の疑問を荼毘が口にした…

 

「それについては心配はありませんよ。おそらくはここにいる皆さんが知る《実力者》ですからね」

 

「実力者?」

 

「俺達も知ってる?」

 

「どんな奴なんだ?」

 

「…んで黒霧…その実力者はどこにいるんだ?」

 

「はい、そろそろいらっしゃるかと…」

 

コンコンッ

 

 黒霧が話してる最中に、BARの扉がノックが聞こえてきた。

 

「どうぞ…」

 

ガチャッ

 

「失礼」

 

「おっ!義爛じゃねぇか!?いつ見ても良いマフラーしてるじゃねぇか!趣味の悪いマフラーだな!」

 

「元気そうだなトゥワイス」

 

「…おい黒霧……まさかとは思うが…その実力者ってのは義爛のことか?」

 

「いえ、義爛さんは案内役ですよ。そして…彼が連れてきてくれたのが…」

 

 義爛が出入り口の扉から離れると…

 

 

 

「ごきげんよう!ヴィラン連合の諸君!」

 

 

 

 《髭を生やした英国紳士》と、その後ろに《赤い髪の小柄な女性》と《ダーググリーンのローブを纏った者》が入ってきた。

 

「じぇっ!?ジェントル・クリミナル!!?」

 

「うっそ!?本物!!!??」

 

「スッゲェ!!始めて生で見た!!!見てねぇよ!!!」

 

「ちょ!?ちょっと待て!!じゃあ後ろにいる《緑色のローブを着た奴》は!!?」

 

「《緑の貴公子 ロベルト・ハイドン》か!!?」

 

「オールマイトに相対する…《破滅の象徴》…」

 

 ヴィラン連合新メンバーの男性人は、BARに入ってきた予想外すぎる人物達に驚いていた。

 

「はわわぁ…ラブラバちゃん!私が思ってたよりもずっと可愛いのです~!!」ギュウウウウウ

 

「えっ!?ちょっと!!なにすんのよ!!放してーーー!!!」ジタバタジタバタジタバタ

 

 そんな男性人が驚いている中、ヴィラン連合の新メンバーの紅一点であるトガヒミコは、ラブラバを発見するや否や近づいて抱き上げた。

 

「おいおい黒霧……お前……とんでもねぇ大物を連れてきやがったな…」

 

「交渉してくれたのは義爛さんですがね」

 

 死柄木弔も顔に出さないようにしているが、想定してなかった人物に内心は動揺していた。

 

「始めましてだね、君がヴィラン連合のリーダーだね?」

 

「あぁ…そうだ………有名な犯罪動画配信者に名前が知られてるとは光栄だね…」

 

「色々と騒ぎを起こしているんだからね、同じヴィランである以上は多少の情報は耳に入っているさ?」

 

「そうかい……んで?今さっき黒霧から…アンタらの内の1人が今回の作戦に参加してくれるって聞いてるんだが…誰が参加してくれるんだ?…アンタか?」

 

「いや私ではない。参加するのはロベルトだ」

 

 ロベルトの名前が呼ばれると、騒いでいる女性人2人以外の視線がロベルトに集中した。

 

「マジかよ!?ロベルト・ハイドンも参加してくれるのか!!」

 

「こりゃ……作戦は成功したも同然だな…」

 

「決行日が更に楽しみになったぜ!」

 

「《破滅の象徴》と共に活動できるだと……俺は夢を見ているのか……」

 

「なに言ってんだよスピナー!夢じゃねぇよ!これは夢だーーー!」

 

「あのジェントル・クリミナルと同盟を組んでる上に…ロベルト・ハイドンが味方とは…なんて心強い!」

 

 新メンバー達は、改めてヴィラン連合という組織の一員になれたことをそれぞれ喜んでいた。

 

「ロベルト、ご挨拶しなさい」

 

「はい、ジェントル」

 

「(ん?…声が随分若いな……もしかしてガキなのか?)」

 

 始めて聞くロベルトの声に死柄木はちょっとした疑問を持った。

 

「始めまして…ロベルト・ハイドンです。以後よろしくお願いします」

 

「よろしく………って言いたいところだが…挨拶するんだったら…せめて顔くらい見せろ。容姿を教えない奴を俺は信用できねぇぞ…」

 

「………ジェントル…」

 

「構わないさ、彼らにならね」

 

「了解…」

 

 ロベルトはジェントルに確認をとると、ずっと被っていた顔をフードを捲って素顔を晒した。

 

「……お前が……ロベルト・ハイドンか………」

 

 始めて目にするロベルト・ハイドンの素顔に、ずっと騒いでいたトガヒミコも含めてBARにいる全員の視線が集まった。

 

「あら、想像してたよりもずっと若いわね。トガちゃんと同い年くらいかしら?」

 

「ロベルト君も思ってたより可愛い顔をしてるのです~」

 

「僕よりは年上……なのかな?」

 

「コイツが《破滅の象徴》の正体なのか?」

 

「まだガキじゃねぇか」

 

「実際に素顔を見ると…全然凶悪そうには見えねぇな…」

 

「髪は緑色だったか~。緑?黒だろ!違う緑だ!」

 

「(新しく集まった奴らは…ロベルト・ハイドンの素顔を見てギャーギャー騒いでるが……俺はコイツの顔を見た途端に…《同類の何か》を感じた…。その幼い顔つきとは裏腹に…前髪で見え隠れしている額のデカイ傷痕からは《何か》が伝わってくる…。俺は直感で感じ取った…コイツは…俺が探している《答え》を知っているんじゃないかって…)」

 

「これでいいですか?死柄木さん…」

 

「ああ…いいぜ…改めてよろしくな…ロベルト…」

 

「よろしくお願いします」

 

「そんじゃあ…まずは…確認がてらお前の《個性》を教えてくれねぇか?動画を何度も見ちゃいるんだが…お前の個性が何なのかが全然分からねぇんだよ…」

 

「そうそう!それは俺も気になってた!興味ねぇよ!」

 

「《大砲》やら《刃物》やら《鞭》やら様々な武器を使っていて、何の個性なのかサッパリだからな」

 

「その武器はどれもこれも馬鹿デカいし」

 

「他にも《高速移動》したり《空を飛んだり》で…全く個性の予想がつかめねぇ…」

 

 死柄木の質問に、新メンバー達は同意していた。

 それはここにいる人達だけでなく、世界中が知りたいことだろう…

 

 死柄木の質問に対して、ロベルトはローブから右手から出して、死柄木に握手を求めてきた。

 

「……なんのつもりだ?」

 

「握手してもらえれば…すぐに分かると思いますよ?」

 

「お前…俺の個性を知らねぇのか?」

 

「知ってますよ。ジェントルから事前に聞いています」

 

 途中から無言だったジェントルは、ロベルトが顔を向けると頷いた。

 

「ふん!いいぜ…お望み通り握手してやるよ!」

 

パシッ!

 

 死柄木はロベルトから差し出されたを右手を掴んだ!

 

 死柄木の右手の指5本が…ロベルトの右手に触れた…

 

 

 

 しかし…

 

 

 

「……………あぁっ?」

 

 死柄木は違和感を感じた…

 

 自分と握手できるのはイレイザーヘッドだけだと思っていた…

 

 だが…目の前にいるロベルトは平然とした顔で当たり前のように手を握っている…

 

 その様子に黒霧と義爛は納得の表情をしていた。

 

「あれ?死柄木が5本指で触れてんのに何も起こらねぇぞ?」

 

「死柄木の個性って《五指で触れた物を崩壊させて塵にする個性》じゃなかったのか?」

 

「ただ普通に握手してるだけじゃん」

 

「ますますコイツの個性が何なのかは分かんなくなったなぁ…」

 

 自分達のリーダーの個性を前もって知っていた新メンバー達は、ロベルト・ハイドンの個性が何なのかと更に疑問が募っていた。

 

「おい黒霧…コイツの個性はなんなんだ?イレイザーヘッドみてぇな《個性を消す個性》なのか?説明しろ…」

 

「いえ違いますよ。それは御自身で御理解したほうがスッキリすると思いますよ死柄木弔?」

 

「おいおいズリィぞ黒霧……自分だけ答え知ってるなんてよ……教えてくれたっていいじゃねぇか…」

 

「…そうですねぇ……ならば…ロベルト君、これを…」

 

 黒霧はそう言って《水を入れたガラスのコップ》をロベルトに渡した。

 

「《百聞は一見に如かず》…実際に見てもらった方が納得しますよ」

 

「あぁ?どういう意味d」

 

 黒霧が死柄木へ訳の分からないことを喋っていると…ロベルトは不意に《水の入ったガラスのコップ》を手放した。

 

 コップは重力に逆らうことなく、床に向かって落ちていく…

 

「(ざけんな!そんなことすりゃ!割れて破片が俺に刺さるじゃねぇか!?)」

 

 ロベルトの行動に苛立った死柄木を余所に、コップは床へと衝突した。

 

ガン! ゴロゴロゴロゴロ…

 

「……は?」

 

「ガ、ガラスのコップが割れてねぇ!?」

 

「いやそれだけじゃない!!?コップの水が溢れてねぇぞ!?」

 

「どんなマジックだ!?手品師の俺でもタネが分からねぇ!?」

 

「このグラスが硬質ガラスなだけじゃね?普通のガラスだっての!」

 

 そう……ロベルトが床に落としたガラスのコップは割れるどころかヒビ1つ入っていなかった。

 

 そして何より皆が驚いたのは、コップに入った水は一滴も床に溢れておらず表面で止まっていたことだった!!?

 

「い……いったい…何なんだよ……その個性は…」

 

 死柄木の問いに…ロベルトは……出久はこう答えた…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「中身が溢れず、落としても割れないガラスのコップ………正に理想的でしょう?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「理想的?……………おいおい冗談だろ……そんなチート個性が有りかよ…」

 

「そういうことか…これならヒーロー達が全戦全敗してるのも頷けるな…」

 

 いち早く理解した死柄木と荼毘は冷や汗をかきながら、ロベルトの持つ個性の恐ろしさを知った。

 

「……僕の個性は《理想》…《理想を現実に変える能力》です」

 

 本人から語られた桁外れの個性に、新メンバー達はタジろいだ。

 

「そんな万能個性が有ったのかよ…」

 

「成る程、ガラスのコップが割れないのも…コップの水が溢れないのも…それなら説明がつく…」

 

「じゃあ死柄木の個性が発動しなかったのは…」

 

「そうです…《僕と握手する相手の個性は発動しない》…と僕が理想したからです」

 

「個性の無効化まで出来んのかよ!!?ある意味最強じゃねぇか!!!」

 

「つまり《相手を無個性にするもの》自在ってことか…」

 

「動画に映っていた《いくつもの武器》も…それなら説明がつくぜ…」

 

「頭の中で想像した武器も現実に出きるのか…」

 

「思ったことが現実になるとか!絶対に勝ち目なくね?」

 

 皆が改めて…ロベルト・ハイドンがいかに強いのかを理解した…

 

「まさか…俺と握手ができる奴がいるとはな…。黒霧……義爛……本当に良い奴を連れてきてくれたな……感謝するぜ…」

 

「ありがとうございます」

 

「喜んでもらえて何よりだ」

 

 死柄木は満足そう不気味な笑みを浮かべながら…黒霧と義爛を誉めた…

 

 満場一致でロベルトが受け入れられたのを確認したジェントルは帰宅しようとしていた。

 

「ではロベルト…私達は帰るとするよ。くれぐれも気を付けるようにな」

 

「はい、ジェントル」

 

「うむ…では黒霧君」

 

「はい」

 

ゾワア

 

 ジェントルの呼び掛けに、黒霧はクリミナル達を帰すためのゲートを開いた…

 

「ヴィラン連合の諸君、私とラブラバはこれで失礼する。ロベルトのことをよろしく頼むよ」

 

 クリミナルはヴィラン連合のメンバー達に向かって紳士的な振る舞いをしながら去ろうとした…

 

 

 

 のだが…

 

 

 

「いい加減に放せーーー!!!」ジタバタジタバタ

 

「ダメですよ~♪私はもっと《ラブちゃん》を抱きしめていたいのです~♪」ギュウウウウウ

 

「誰が《ラブちゃん》よ!!?」

 

 トガヒミコはラブラバを抱っこして放そうしなかった…

 

 結局、トガヒミコの気が済むまでラブラバは解放されず、ジェントルが帰宅するのは遅くなった…




 ジェントル・クリミナル達と出会い…

 ヴィラン連合ともヴィランとして出会ってしまった出久君…

 彼はこの先…どうなっていくのか…


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【番外編】ロベルト・ハイドンの法則(2)

【10万UA突破記念作】2作目!

 もし…出久君が精神世界で出会っていたのが植木耕助ではなくロベルト・ハイドンだったなら…こんな世界もあったかもしれません…



-追記- (2021/10/2)
 【ポコ】さん からの御意見を参考にさせていただき、この度《タグの追加と変更》をいたしました。
 今作のタグには《爆豪勝己アンチ》と記しておりましたが、実際にはオールマイトを含め一部のヒーロー達のアンチの内容を多く書いております。
 なのに、それにちなんだ今までタグを載せておらず、初めて今作を読んでくださる方々に《オールマイトやエンデヴァー達がアンチやヘイトを受けている描写》があることを教えていなかったのは、私自身の配慮が足りていませんでした。
 読者の方々に不快な思いをさせてしまったこと、誠に申し訳ありませんでした。
 【ポコ】さん、御指摘していただき本当にありがとうございます。


●雄英林間学校の襲撃決行日…

 

 

緑谷出久 side

 

 ヴィラン連合の同盟条件の1つとして、弔さんが『先生』と呼ぶ《ヴィラン連合のボス》である《オール・フォー・ワン》に、僕は1つだけお願いをした…

 

 雄英高校の林間合宿にてターゲットの1人である《かっちゃん》を誘拐できた暁に…

 

 かっちゃんの個性《爆破》を僕に与えてほしいというお願いだ…

 

 オール・フォー・ワンは『お安いご用だ』とアッサリ了承してくれた…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして作戦決行日、《ヴィラン連合の新メンバー》と《僕》による雄英高校ヒーロー科の林間合宿への襲撃が始まった…

 

 僕の役割は《ヴィラン連合の新メンバーのサポート》に徹することだと、黒霧さんと荼毘さんから言われた。

 

 作戦前に皆と話し合って、僕は《一番年下であるマスタード君》と《情緒不安定なムーンフィッシュさん》の護衛を任され、とりあえずガスを撒いているマスタード君の上空で待機となった。

 

 作戦開始から暫く経つと、森のアチコチで各自行動を始めたようだ。

 

 そんな折、上空から周囲を見渡していると…マスタード君へ近づく《2つの人影》がガスの中に見えた。

 目を凝らして良く見ると、雄英体育祭でテレビに映っていた《身体を金属化させる男子生徒》《手を大きくする女子生徒》の2人だ。

 僕はすぐさまマスタード君へ加勢しようと思ったけど、作戦開始前にマスタード君から『僕一人で何とかするよ。もし僕がやられたなら…その時は頼む』と言われていたので静観していた。

 

 個性の相性的にはマスタード君が有利な上、護身用の拳銃を常備しているから僕の助けはいらないと思ってた……

 だけど彼らも一応は《ヒーロー科》、苦戦しながらも渾身の一撃をマスタード君へ喰らわせて気絶させた。

 マスタード君が倒されたことでガスが消えてしまった…

 

 

 

 参戦時かな?

 

 

 

「おい拳藤!コイツどうする!?」

 

「どうするって…このまま放置して逃げられた元も子も無いし…施設に連れて行って先生達の指示を仰がないと…」

 

「おっし!コイツはムカつく野郎だけど!俺が運んでいってやるぜ!」

 

「はぁ…アンタ元気ねぇ…勝手な行動をとったんだから…戻った途端に叱られるってのに…」

 

「敵を1人捕らえたんだ!ブラキン先生だって分かってくれるさ!」

 

「だと良いわね……ってか!声の音量を下げてよ!もし近くに仲間がいたらどうするのよ!」

 

「そしたらソイツもブッ倒す!」

 

「はぁ…アンタは…」

 

 僕が音を立てないようゆっくり地上へ降りていると、金属化の男子がマスタード君を背負おうとしていた…

 

 

 

「悪いけど、その人は返してもらうよ?」

 

 

 

「「ッ!?」」

 

 僕が2人の背後から声をかけると、2人は俊敏に反応して此方を向いた。

 

 僕はジェントル達と一緒に動画撮影をする際に着ている《ダーググリーンのフード付きローブ》を身につけて今回の作戦に参加している。

 

 フードを深く被っているのと夜なのもあって、彼らからは僕の顔は見えないだろう…

 

「だ、誰だテメェは!?コイツの仲間か!?」

 

「…『そうだよ』…って言ったら?」

 

「(顔は見えないけど…声が若い…もしかして《同い年》?それに…このローブの人って何処かで見たことがあるような…)」

 

「決まってんだろ!テメェもブッ倒す!お前らのせいで俺達の合宿は滅茶苦茶にされた!雄英で知り合った新しい友達との楽しい思い出作りを台無しにしやがった罪は重いぜ!覚悟しろ!」

 

「友達……思い出………下らないね…」

 

「なんだと!?ヴィランのお前には分かんでだろうがなあ!俺達にとってはヒーローを目指す仲間として送る一生に一度の《高一の夏》なんだ!俺達の青春をブチ壊したお前らには!取っ捕まってそれ相応の罰を受けてもらうぜ!」

 

「仲間……青春……か…」

 

 僕に対して敵意を剥き出しにし威嚇してくる男子生徒とは裏腹に、女子生徒の方はずっと難しい顔をし考え事をしている。

 

「(何処だったっけ?確かに何処か見たことがある筈なのに……いったい何処で…《雄英》?…いやそんなわけ無い。《テレビ》?…いや違う……となると…《動画》………《動画》?…そうよ、動画で見かけたことがあるわ!でも何の動画だったっけ?《緑色のローブの着たヴィラン》なんて…)」

 

「おい!一応聞いてやる!名を名乗れ!」

 

「ちょっと鉄哲!名前を聞かれて親切に名乗るヴィランが何処にいるのよ!?」

 

「いいよ…僕としては《ヒーローの卵》とは初めて戦うデビュー戦でもあるし…教えてあげるよ」

 

「えっ!?教えるの!?」

 

 

 

 

 

「僕の名前は…ロベルト…

ヴィラン連合・開闢行動隊・用心棒…

《緑の貴公子 ロベルト・ハイドン》!

以後、お見知りおきを…」

 

 

 

 

 

「はあ?ロベルト?」

 

「ロベルt………ッ!!!!!?????」ガタガタガタガタガタガタガタガタ

 

 鉄哲という男子生徒は、僕の名前を聞いても疑問符になっていた。

 女子生徒の方というと、僕のヴィラン名を聞いた途端に言葉を失い…顔を真っ青にして震え出した。

 

「ハッ!祈祷師だが予報士だか知らねぇけどなあ!このガス野郎の仲間と知ったからにゃ!ヒーローを目指す者として!俺はお前もブッ飛ばす!」

 

「へ~…この僕をブッ飛ばすか……でも…その前にその人は返してもらうよ?

【電光石火(ライカ)】!」

 

 【六ツ星神器・電光石火】を使い、瞬時に2人の後ろで倒れているマスタード君を回収して元の場所へ戻った。

 

「「ッ!!!??」」

 

 自分達の後ろにいたマスタード君が、突然僕の後ろに移動したことに2人は仰天していた。

 

「(なっ!?なんだ今の!?いつの間にかガス野郎がアイツの後ろに!?な…何をしたんだ!あの厚着野郎!!?)」

 

「て!鉄哲!!?逃げるよ!!!」ガタガタガタガタ

 

「ハア!?何言ってんだ拳藤!!ヴィラン目の前にして逃げるなんざ!ヒーローを目指す者としてあっちゃならねえ!それに《逃げる》なんざ!俺のプライドが許さねぇぜ!!!」

 

「そんな見栄を張ってる場合じゃない!私達じゃ、このヴィランには絶対に勝てない!!」ガタガタガタガタ

 

「なんだよ拳藤、そんな弱腰になって!ガス野郎の時と同じように俺とお前で連携すれば勝て…」

 

「勝てる訳無いじゃない!!!アンタ!コイツが誰だかまだ分かんないの!!??」ガタガタガタガタ

 

「え?拳藤、コイツのこと知ってんのか?誰なんだよ?」

 

「なんで知らないのよアンタ!?コイツは…コイツは!!《ジェントル・クリミナル》の仲間の1人!《ロベルト・ハイドン》よ!!!」ガタガタガタガタ

 

「じぇ…ジェントル…クリミナル!!!??」

 

「そろそろ……お喋りは終わった?」

 

「「!!!!!!!???????」」

 

 僕がジェントルの関係者だと知った途端、鉄哲という男子も顔を真っ青にし、さっきまでの意気込みが急に消えた様子だ…

 

 戦意喪失とても言うのかな?

 

 まぁ…僕としては味方を戦闘不能にされた上に…勝負を挑まれたんだ…

 

 この2人をこのまま見逃す訳にはいかないよね…

 

 殺しはしないけど…その身に刻み込んであげるよ…

 

 一生消えることがない…

 

 《究極の恐怖》をね…

 

 

 

 急に動かなくなった2人へ、僕は右手の親指と人差し指で輪っかを作り、その輪に2回大きく息を吹き掛けて、《大きな赤と青シャボン玉》を作った…

 

「なっ!?なんだ!!?」

 

「しゃ…シャボン玉?」ガタガタガタガタ

 

 フワフワと近づいてくる2つのシャボン玉に、当の2人はガタガタとその場に立ち尽くして避けようとせず、無抵抗のまま鉄哲という男子生徒は《赤いシャボン玉》に、拳藤という女子生徒は《青いシャボン玉》にぶつかり閉じ込められた。

 

「ちょっと!?何よコレ!?うわあぁあ!!?」

 

「拳藤!?ぬおあっ!!!??」

 

 《青いシャボン玉》に包まれた拳藤さんは上空へと上がっていき、《赤いシャボン玉》に包まれた鉄哲君は地面に吸い寄せられた。

 

「んだよコレッ!?身体が!?重く!!?」

 

「どうしたの?僕をブッ飛ばすんじゃなかったの?」

 

「畜生!?コレがテメェの個性か…グワアアアアア!!!」ミシ…ミシ…ボギ!バギ!

 

「鉄哲!!」

 

 僕に返答することも出来ずに鉄哲君は徐々に地面に埋まっていく中、20㍍程の高さまで上昇した拳藤さんが大声をあげて鉄哲君を心配していた…

 

 他人の心配より…自分の心配をするべき立場なのに…

 

「あの位の高さでいいか…」

 

パチッ!

 

パンッ!

 

「えっ?」

 

 僕が指を鳴らすと、拳藤さんを包み込んでいた《青いシャボン玉》が割れた…

 

 すると拳藤さんは重力に逆らわずに落下を始めた…

 

「この高さで落下したら重症は確実だね…」

 

「拳藤!!?ゴワアアアアアア!!!!???」

 

 今度は鉄哲君が拳藤さんの心配をしている…

 

 自分が危険なのに他人の心配なんて…

 

 ヒーローってのは本当に皮肉な生き物だよ…

 

「舐めんじゃないわよ!タダで落下してやるもんですか!!」

 

 落下してくる拳藤さんは個性で両拳を大きくし、巨大化した手を振り回しながら落下ポイントを僕の頭上にしていた…

 

 そして巨大化した両拳を構えながら、僕に向かって落ちてくる…

 

 無駄なことを…

 

「【威風堂堂(フード)】!」

 

「なっ!!?腕!!?」

 

 落下してくる拳藤の攻撃から身を守るため、僕を覆うように【二ツ星神器・威風堂堂】を出現させた。

 

「何よ!こんなハリボテの腕なんか!!!」

 

 ズガンッ!!!

 

 拳藤さんは【威風堂堂】を殴って壊そうとしたようだ………が…

 

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!?????」

 

 指先から肘まで血まみれになった拳藤さんが、鉄哲君の近くへ落下してきた。

 

 

 

 壊そうとしたって無駄だよ…

 

 だって僕の【威風堂堂】は…

 

 【絶対に壊れない理想の盾】なんだからね…

 

 

 

 不幸中の幸いなのか…【威風堂堂】をおもいっきり殴ったおかげで…落下の勢いが死んだのか…拳藤さんが地面に衝突する衝撃は弱まっていたようだ…

 

 そして痛みに耐えかねた拳藤さんは…暫く地面でのたうち回ると気絶した…

 

「拳…藤…!?ゴワアアアアアア!!!??」

 

 隣に落ちてきた無様な仲間の姿を見て呆気にとられていた鉄哲君だったけど、彼は悲鳴を上げながらドンドン地面にめり込んでいく…

 

 彼の身体から鈍い音が何度も響いているから、おそらく身体の骨が何十本か折れたのだろう…

 

パチッ!

 

パンッ!

 

「ぬおっ!?ハッ!拳藤!?」ズリズリ

 

 僕はもう一度指を鳴らして、鉄哲君を包み込んでいた《赤いシャボン玉》を割った…

 

 鉄哲君は地面を這いつくばりながら拳藤さんへ近づく…

 

「け……拳藤…」

 

 両手と腕がグチャグチャになって白目を向いた拳藤さんを見て…鉄哲君は言葉を失っていた…

 

「気を失ってるだけだよ……死んでない……でも……早くお医者さんに見せないと…その人の腕…一生使い物にならなくなるよ?」

 

「くっ!!!?……………なぁ……アンタ…」

 

「なに?鉄哲君?」

 

「……頼む………俺達を見逃してくれ…」

 

「………見逃す?」

 

「虫のいい話だが……俺達じゃアンタには敵わねぇ…」

 

「……だから見逃してほしいと?ヒーローを目指す者がヴィラン相手に命乞いをするなんて…恥ずかしくないのかい?鉄哲君?」

 

「……拳藤は正しかった……俺達は直ぐに逃げるべきだった……俺が間違ってたんだ!」

 

「…やっぱり…所詮はヒーローの卵も…《臆病者で弱虫のクズ》って訳だね…」

 

「ぐっ!?……頼む……後生の頼みだ……俺達を見逃してくれ!それが駄目なら!俺を殺しても構わねぇ!そのかわり拳藤だけは見逃してくれ!!!お願いだ!!!」

 

 鉄哲君は身体から鈍い音を奏でながら起き上がり…拳藤さんを守るかのように彼女の前へゆっくりと移動しながら…僕に土下座をして命乞いをしてきた…

 

 

 

 見苦しい…

 

 これまで僕が再起不能にしたプロヒーロー達も…

 

 最後は惨めに命乞いをしていた…

 

 やっぱり……これが《ヒーローの本性》か……

 

 

 

「………いいよ」

 

「…え?…」

 

「君達のことは…見逃してあげる…」

 

「ほ!?ホントか!!!」

 

「ただし…

【鉄(くろがね)】!」

 

 僕は右腕に夜空に向かって上げると、その右腕に【一ツ星神器・鉄】を纏った…

 

「この大砲の砲弾を避けられたら……ね…」

 

「ッ!!!???」

 

 ズドーーーン!

 

「………?」

 

 僕は鉄哲君と拳藤さんがいる真っ正面ではなく…砲身を真横の森に向けて…【鉄】の砲弾を1発放った。

 

 鉄哲君も僕の行動を理解できなかったのか間抜け面をしている…

 

「…ハ……ハハッ……その大砲の攻撃からは逃れたぜ……これで」

 

 ズドーーーーーン!!!!!

 

 僕が真横に撃った筈の【鉄】の砲弾は…鉄哲君達の《頭上》から降ってきて…2人へ命中した…

 

 

 

 なんであらぬ方向に放った砲弾が彼らに命中したのかって?

 

 

 

 だって僕の【鉄】は…

 

 【絶対に命中する理想の大砲】なんだ…

 

 だからどの方向に撃ったって必ず命中する…

 

 それに僕は彼らを無事に帰そうなんて…

 

 微塵も思ってなかったんだからね…

 

 

 

「じゃあね…鉄哲君…拳藤さん…」

 

 気を失い重症となった鉄哲君達へ別れを言うと、僕はマスタード君を背負って《集合場所》へと向かうことにした…

 

 その途中で何やら魔物のような声が聞こえたと同時に大きな音が聞こえた。

 

 僕は急いで音がした方へと向かうと、そこには《歯を全部折れて気絶したムーンフィッシュさん》しかおらず、他には何か大きな怪物でも暴れたかのような爪痕だけが木々に残っていた。

 

 不思議に思ったが、黒霧さんから言われた集合時間もあったため、僕はムーンフィッシュさんも担いで再び移動していると、今度はマスキュラーさんに会った。

 

 何故だか《明らかにサイズのあってない角が付いた赤い帽子》を被っている。

 

「ん?おう!ロベルトじゃねぇか!!!」

 

「マスキュラーさん……その帽子どうしたんですか?拾ったんですか?」

 

「違えよ!見晴らしの良い所から獲物を探そうと思って崖の上に行ったらガキがいてよぉ!」

 

「ガキ?雄英生ではなかったんですか?」

 

「ああ!チビだった!で、そのチビがよお!なんと俺が昔殺した《ウォーターホース》っていうヒーロー夫婦の子供だったんだよ!鬱陶しくも水をかけながら『ウォーターホース……パパとママは…お前のせいで死んだんだ!』って言いながらボロ泣きして殴りかかってきたんだ。運命ってのは粋なことするよなぁ!」

 

「…で…その子が被ってた帽子を気に入ったから…殺して奪ったと?」

 

「まぁ《もののはずみ》ってやつだ…あのガキも今頃はあの世でパパとママに会えて、俺に感謝してんだろ!そのお礼として!この帽子を貰ってやったのさ!」

 

 マスキュラーさんは意気揚々と小さな命を奪ったことを語る。

 

 僕はそのまま、マスキュラーさんと一緒に集合場所へと向かった。

 その間マスキュラーさんは、僕が担いでいたマスタード君とムーンフィッシュさんの有り様を見て高笑いをしている。

 

 あと、マスキュラーさんは《ウォーターホースの子供》以外には誰にも接触できなかった……なんて聞いてたら、道中で茂みに隠れていた《金髪の男子生徒》を発見し、マスキュラーさんが殴り飛ばしていた。

 

 そして時間ギリギリで集合場所に着くと、僕達以外の全員が揃っていた…

 

 だけど…何故か《6本腕の雄英生》もいた…

 

「おいおいなんだお前ら!!そこのタコみてぇな奴も連れていくのか!!?」

 

「マスキュラーか…遅かったな…」

 

「くっ!!?まだ仲間がいたのか!!!」

 

「やれやれ…何とか全員揃ったわけか……内2名は無事ではないようだが…」

 

「なんだよ!2人共ヤられちまったのかよ!?情けねぇなあ!大丈夫か!2人共!!!」

 

「あら?まあまあ!ヤダわ~マスタードちゃんもムーンフィッシュちゃんもボロボロじゃないの~帰ったら私が手当てしてア・ゲ・ル♪」

 

「マスタードは知らないけど、ムーンフィッシュを倒したのは…この子だぜ?」

 

 ヴィラン連合の皆がマスタード君達を心配し、マグネさんとスピナーさんが僕に気を使ってそれぞれマスタード君とムーンフィッシュさんを担いでくれた。

 

 そんな中コンプレスさんがマスクを外し、口の中からビー玉を3つ取り出して、その内の1つを皆に見せつけた。

 

 と同時に…

 

 

 

 ガサッ…

 

 森の中から、プロヒーローのラグドールを狩るように命令された《ヘルメットを被った脳無》が現れ…

 

 

 

 ゾワァ…

 

 黒霧さんのワープゲートが集合場所の広場に幾つも出現した…

 

 

 

「合図から5分経ちました、帰りますよ皆さん」

 

「待て…その前に確認だ…解除しろミスター」

 

「わかった。荼毘、マスキュラー」

 

 コンプレスさんは荼毘さんに2つ、マスキュラーに1つのビー玉を投げ渡すと…

 

 パチッ!

 

 パッ!

 

「あ"ぁ"…?」

 

「えっ…?」

 

「ぬぅ…?」

 

「問題なし…」

 

「爆豪!轟!常闇!逃げてくれ!!!」

 

 《6本腕の男子生徒》はビー玉から解除された3人を見て叫んだ。

 状況を即座に把握したのか…3人は荼毘さんとマスキュラーさんに抵抗しようとした…

 

 そんな状況で荼毘さんは…

 

 

 

「お前ら…死にたくねぇなら大人しくしていた方が身のためだぞ。…なんせ…そこにいるローブを着た奴は…《ロベルト・ハイドン》なんだからなぁ…」

 

 

 

「ロッ!!!ロベルト!!!??」

 

「ロベルトだと!!!!???」

 

「本物なのか!!!!???」

 

「ジェントル・クリミナルの片腕が!!?なんでヴィラン連合に!!!!???」

 

 僕のヴィラン名を聞いた途端、さっきの鉄哲君達と同じようにかっちゃん達4人は顔を真っ青にし…全員硬直して動かなくなった…

 

「そうだぜテメェら!聞いて驚け!驚くな!ここにいんのはあの有名な《ジェントル・クリミナル》の仲間の一人であり!俺達の心強い用心棒!《ロベルト・ハイドン》本人なんだぜ!!!スゲェだろ!大したことねぇってんだよ!」

 

「………」

 

 トゥワイスさんが僕の自己紹介を高らかに語ってくれた…

 僕は声を出そうとしたけど、そしたら《かっちゃん》に気づかれるかも知れないから口を閉じていた…

 

「トゥワイス、帰るぞ」

 

「早く来なさいよ♪」

 

「了解!やなこった!トウッ!」

 

「ほらほらロベルト君!トガと一緒に帰ろうなのですぅ~♪」

 

 スピナーさんとマグネさんに急かされてトゥワイスさんはワープゲートにダイブし、僕はトガさんに手を引っ張られながらワープゲートを通った…

 

 

 

 こうして僕達は誰も欠けることなく作戦を成功させ、目的であった《轟 焦凍》君と《かっちゃん》、プロヒーローの《ラグドール》に加えて、コンプレスさんがオマケで捕まえてきた《常闇 踏影》君を連れて帰還した…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日…

 

 朝のニュース…

 

 世間には場所を内密にして行われていた雄英高校の林間合宿…

 

 その合宿に参加していた人達(生徒、プロヒーロー)がそれぞれ何名いたのか、被害状況や死傷者を含めて大々的に報道された…

 

 あの林間合宿にいたのは45人…

 

 

 

◯雄英ヒーロー科1年生 38名

(A組18人、B組20人)

 

◯プロヒーロー 6名

 

◯一般人 1名

 

 

 

 そして…昨日の僕達による襲撃によっての被害は予想以上だった…

 ニュースでは未成年の本名が乗るのは《死亡した場合》だけだけど、ラブラバさんがHNをハッキングしてくれたお陰で、あの場にいた人間の内の誰が《軽傷》《重傷》《無傷》なのかはすぐに分かった…

 

 

 

◯軽傷者…3人

 

・ヒーロー科1年A組

蛙吹 梅雨

麗日 お茶子

 

・ヒーロー科1年B組

泡瀬 洋雪

 

 

 

◯マスタード君のガスによる意識不明者…13人

 

・ヒーロー科1年A組

耳郎 響香

葉隠 透

 

・ヒーロー科1年B組

鎌切 尖

黒色 支配

小森 希乃子

塩崎 茨

宍田 獣郎太

角取 ポニー

円場 硬成

取蔭 切奈

吹出 漫我

骨抜 柔造

鱗 飛龍

 

 

 

◯重傷者…12人

 

・ヒーロー科1年A組

青山 優雅

障子 目蔵

八百万 百

 

・ヒーロー科1年B組

回原 旋

拳藤 一佳

庄田 二連撃

鉄哲 徹鐵

凡戸 固次郎

柳 レイ子

 

・プロヒーロー

マンダレイ

ピクシーボブ

 

 

 

◯行方不明者…4人

 

・ヒーロー科1年A組

常闇 踏陰

轟 焦凍

爆豪 勝己

 

・プロヒーロー

ラグドール

 

 

 

◯死者…1人 

 

・一般人

出水 洸汰

 

 

 

◯無傷だった者…12人

 

・ヒーロー科1年A組

芦戸 三奈

尾白 猿夫

上鳴 電気

切島 鋭児郎

口田 甲司

砂藤 力道

瀬呂 範太

峰田 実

 

・ヒーロー科1年B組

小大 唯

物間 寧人

 

・プロヒーロー

イレイザーヘッド

ブラドキング

 

 

 

 

 

 死傷者は締めて33人…

 

 未だ意識不明の生徒…

 

 瀕死の重症になった生徒…

 

 生徒の拉致…

 

 ヴィランを全員取り逃がした上に…

 

 死者まで出てしまった…

 

 プロヒーローが6人いたのにも関わらずだ…

 

 

 

 雄英高校は史上最大の失態を負い…

 

 世間からの信頼は失われ…

 

 ネットやメディアからはバッシングの嵐…

 

 生徒の保護者からも多大な非難を受けている…

 

 

 

 因みに《見覚えのないヒーロー科1年B組の重症者4人》はというと、どうやら僕が鉄哲君と拳藤さんに放った【鉄の砲弾】が2人に命中するまでの間に、森の中で《巻き添え》を喰らったらしい…

 

 間抜けな生徒だ…

 

 

 

 それと手術後に目を覚ました拳藤さんと鉄哲君は精神が崩壊しておかしくなったそうだ…

 

 詳しい病状はそれ以上は分からなかったけど…ずっと怯えており…マトモな会話すら出来なくなったとか…

 

 

 

 あとマグネさんとスピナーさんの話によると、襲撃の際に広場にいたワイプシメンバー3人は、迅速にピクシーボブを戦闘不能にした後、マグネさんは虎の相手をし、スピナーさんがマンダレイの相手をして戦った。

 

 だけど…戦闘中に突然マンダレイが泣き崩れて動かなくなり、その隙をついてスピナーさんがトドメを差そうとしたら虎に邪魔をされ、ならばと2人係りで虎を倒しつつマンダレイも倒した。

 結果的には予定より早くピクシーボブ、虎、マンダレイ達ヒーローに重傷を負わせることに成功したようだ。

 

 どうしてプロヒーローであるマンダレイがスピナーさんとの戦闘中に動かなくなったのか…

 

 それはニュースを見て察しがついた、今回の事件による死者1名というのは、マスキュラーさんが殺した子供である《出水 洸汰》…

 その子は、過去にマスキュラーさんが殺したという《ウォーターホースの子供》であり…マンダレイにとっての《従甥》であると同時に《従兄妹の忘れ形見》だったそうだ…

 

 そして…マンダレイの個性は《テレパス》……つまりマンダレイは従甥がマスキュラーさんによって殺されたことを、自身の個性で知ったことにより…彼女はショックで動けなくなった…

 

 ということだ…

 

 

 

 ヴィランとの戦闘中に私情を挟むなんて…マンダレイってヒーローも、所詮はヒーローとしての責任感がそこまでだった…ということだね…

 

 まぁそのお陰でマグネさんとスピナーさんは楽に仕事を済ませられたみたいだけど。

 

 

 

 でも…それだけじゃない…

 

 今回の事件において…《雄英の失態》以上にヒーロー側を騒がせた話題は他にもある…

 

 それは《6本の腕の男子生徒》こと《障子 目蔵》君の証言により発覚した事実…

 

 今となってはその名を知らぬ者無しとなった…『ジェントル・クリミナルの片腕…《ロベルト・ハイドン》がヴィラン連合に荷担していた』…という事実はプロヒーロー達を震撼させたようだ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヒーロー側がグダクダな状態であるのを余所に…

 

 僕は約束通り、オール・フォー・ワンによって…かっちゃんの《爆破》の個性を僕に移してもらった…

 

 その際、かっちゃんと轟君とラグドールは気絶していたため…自分達の個性が抜き取られたことには一切気づいていない…

 

 目を覚ましたら…きっと絶望するだろうね…

 

BOOM! BOOM!

 

 僕は両手から《昔の憧れだった人の個性》の動作チェックをした…

 

「確かに……先生…ありがとうございます…」

 

「いやいや…このくらい大したことないさ…ロベルト君。それよりも《そんな個性》を1つ渡すのを条件に僕達との同盟を成立させてくれるとは……もっと強力な個性を君にあげてもいいんだよ?」

 

「いえ…《この個性》だけでいいんです。この《爆破》の個性だけでね…。それに…彼の中にあるもう1つの個性の《ワン・フォー・オール》は残して貰うと言う僕のワガママを受け入れてくれたんですからね…」

 

「何を言うか……君がこの子に《ワン・フォー・オール》を残す真意を聞いて…僕は感心したんだ…。僕以上に君はオールマイトに……いや…全てのヒーロー達を…残虐で…残酷で…残忍で……絶望的な未来へと導こうとしている…。君は素晴らしいよ………もし弔に出会っていなければ、僕は君を選んでいたかもしれないよ?」

 

「先生…誤解しないでください。…僕は《支配者》になりたい訳じゃない…。僕は《僕の目的》のためにアナタ達に協力するんです…」

 

「《ジェントル・クリミナルの名を歴史に刻むこと》…《ヒーローの本性が弱虫な臆病者であることを証明すること》…そして《ヒーローの滅亡》だね?」

 

「はい…」

 

「フッ…フハハハハハッ…全く…君を見つけたジェントル・クリミナルが心底羨ましくて堪らないよ。……緑谷出久君……どうかこれからも弔達のことを支え…導いてやってくれ…」

 

「その名前は捨てました…。今の僕はロベルト・ハイドンです。任せてください、弔さんを必ず…《世界の王様》にしてみせます…」

 

「頼んだよ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 用事を済ませた僕は、椅子に固定された《かっちゃん》と《轟君》と一緒に黒霧さんによって皆が待つアジトのBARへとワープした…

 

 僕がBARに戻ると弔さんと黒霧さん、ジェントルとラブラバさんが、今回の作戦成功を祝って細やかなパーティーを用意してくれており、皆僕が用事を済ませてくるのを待っててくれた。

 残念ながらマスタード君とムーンフィッシュさんは現在治療中のため出席は出来なかったけど、僕達は2人の分もお祝いのパーティーを楽しんだ!

 

 大勢で御馳走を飲み食いしながら騒ぐことが…こんなに楽しいことだったなんて…僕は今まで知らなかった…

 

 そんなパーティーの半ば、マスキュラーさんは林間学校での鬱憤を晴らし切れなかったためなのか、サイズのあってない赤い帽子を被って、パーティーの途中で出ていってしまった。

 

 ジェントルとラブラバさんも夜になる前にパーティーからあがってアジトに戻っていった。

 どうやら次の動画配信の準備があるため、先に帰っていったようだ。

 

 

 

 

 

 そして…その日の夜…

 

 パーティーはお開きとなり、別室に閉じ込めていた3人(かっちゃん、轟君、常闇君)を連れてきて、弔さんが直々に3人へ勧誘をしていると…

 

「SMASSH!!」

 

 壁を壊して《オールマイト》を始めとした《トップヒーロー集団》と《警察の機動隊》が突入してきた。

 

 《シールドヒーロー・クラスト》の幾つもの盾によって、皆は壁や床に押さえ付けられ、僕は荼毘さんを迅速に気絶させた《黄色のヒーロースーツを着たお爺さん》に蹴られてそのまま床へと押さえ付けられた。

 

 弔さんは黒霧さんに脳無をありったけ持ってくるように命令したけど、どうやらヒーロー達に一杯喰わされた…

 脳無格納庫は他のトップヒーロー達によって既に制圧されてしまったようだ…

 

 こうなっては仕方ないと、弔さんが黒霧さんのワープゲートでの一時撤退を命令しようとした矢先、《忍者ヒーロー・エッジショット》が黒霧さんを気絶させてしまった…

 

「大人しくしていた方が身の為だって…」

 

 僕を押さえ付けてるお爺さんが喋りだした…

 

「《引石 健磁(ひきいし けんじ)》!《迫 圧紘(さこ あつひろ)》!《伊口 秀一(いぐち しゅういち)》!《渡我 被身子(とが ひみこ)》!《分倍河原 仁(ぶばいがわら じん)》!少ない情報と時間の中、警察が夜なべして素性を突き止めた!分かるかね?もう逃げ場はねぇってことよ。なぁ死柄木、聞きてえことがあるんだが…お前さんのボスは何処にいる?」

 

 お爺さんはこの場にいる半数以上のメンバーの本名を名指しし、弔さんに先生の居場所を聞いていた…

 

「おぉそうだ、忘れるところだった。《ロベルト・ハイドン》だったか?お前さんの素性は死柄木と黒霧同様まだ分からなくてよ、悪いが素顔を見せてもらうぜ?」

 

 僕の背中に乗っているお爺さんが僕のフードを引っぺがそうとした…

 

 その時!

 

「おまえが!!!嫌いだーーー!!!」

 

 弔さんの叫びと共に《黒い泥》がBARの至るところに出現!

 そこから大量の脳無が無尽蔵に出てきた!

 

「先……生…」

 

 弔さんの力無い言葉と同時に、僕達は口から溢れ出てきた《黒い泥》によって…BARから姿を消した…

 

 《転送》されてる最中になんだけど、僕は脳無格納庫に突入したトップヒーロー達には『御愁傷様…』としか言いようがないよ…

 

 だってそこは…僕が《午前中にいた場所》なんだから…

 

 つまり…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「げえぇ…!!?」

 

「なんなんですか…!?」

 

「なんかクセェッ!!?良い匂~い♪」

 

「ゲホッ…ゲホ…」

 

「先生…」

 

 脳無格納庫《跡地》に飛ばれた僕達…

 

 午前中に僕がいた場所は原型を留めておらず崩壊していた…

 

 周囲には《腹に風穴が開いたベストジーニスト》や…ボロボロになって気を失っている《リューキュウ》や《ギャングオルカ》、《個性を抜かれたラグドール》を抱き抱えている《ミルコ》、そして…《死体となった沢山の機動隊》がそこら辺に転がっていた…

 

「また失敗したね…弔、でも決してメゲてはいけないよ?またやり直せばいい…こうして仲間も取り返した…《この子》もね…君が《大切な駒》だと考え判断したからだ…」

 

 先生は跪(ひざまず)いている弔さんへ優しく語りかけながら…手を差し伸べた…

 

「いくらでもやり直せ…その為に僕がいるんだよ…全ては…君のためにある…」

 

 

 

 弔さんの目に光が戻った…

 

 僕にとっての《希望》がジェントルとラブラバさん……そしてロベルトさんであるように…

 

 弔さんにとってはオール・フォー・ワンこそが《希望》なんだ…

 

 

 

 そんな感動的な場面を…かっちゃん達はただ傍観しているだけで何も出来ない…

 

「……やはり…来てるな…」

 

 オール・フォー・ワンがそう呟くと…物凄い勢いでオールマイトが月から飛んできた!

 

「全てを返してもらうぞ!オール・フォー・ワン!!!」

 

「また僕を殺すか?オールマイト!」

 

 オールマイトとオール・フォー・ワンの激突によって発生した風圧によって僕達は少し吹き飛ばされた…

 僕は受け身を取りつつ…風圧で顔のフードが捲れないように押さえた…

 

「随分と遅かったじゃないか?BARからここまで5kmあまり…僕が脳無を送ってから30秒は経過しての到着……衰えたね…オールマイト…」

 

「貴様こそなんだ!その工業地帯のようなマスクは!?大分無理してるんじゃないか!?」

 

 吹き飛ばされた僕達を余所に会話を始める2人…

 《かっちゃん》達3人はオール・フォー・ワンを見ながら怯えていた…

 

「6年前のような過ちは犯さないぞ…オール・フォー・ワン!常闇少年、轟少年、爆豪少年を取り返す!そして今度こそ貴様を刑務所にブチ込む!貴様が操るヴィラン連合もろとも!!!」

 

 オールマイトは再び攻撃に移る……が…

 

「それはやることが多くて大変だな!お互いに!」

 

 オールマイトはオール・フォー・ワンの左腕から発射された膨大な衝撃波により、幾つものビルを貫通しなから吹っ飛ばされた!!!

 

 物凄い力だ…

 

 全盛紀の先生がどれだけ強かったのかが垣間見えた気がする…

 

『オールマイトォ!!!』

 

 かっちゃん達はオールマイトを心配して叫ぶ…

 

 自分の心配をした方がいいよ3人共?

 

「心配しなくても…あの程度じゃ死なないさ…だからここは逃げろ…弔…《その子》だけ連れて…」

 

 オール・フォー・ワンは左手で《常闇君》だけを指差し、右手の指から《赤い線の走る黒い何か》を伸ばして気を失って倒れている黒霧さんの胸に突き刺した!

 

「黒霧…皆を逃がすんだ…」

 

「ちょっとアンタ!!彼、気絶してるのよ!?よくわからないけど、ワープが使えるならアンタが逃がしてちょうだい!!」

 

 マグネさんは先生に向かってとやかく文句を言った…

 

 だけど他の人達は、先生が《常闇君》だけを連れていくような言い方をしたことに違和感を持っていた。

 

 それは当の本人である常闇君も然り、先生はもう《かっちゃん》と《轟君》には逃げてもらっても構わないと言わんばかりの言い方だった…

 

 しかし、そんなことを考えている暇などなく…

 

「個性強制発動!!!」

 

 倒れた黒霧さんの顔から巨大なワープゲートが出現した!

 

「さあ行け!弔!」

 

「先生は…?」

 

「大丈夫だ……彼がいる…」

 

 先生は次に僕を指差した…

 

 皆の視線が僕に集中していると、オールマイトが戻ってきた!

 

 先生は《何かの個性》で宙に浮き上がる…

 

「常に考えるんだ弔……君はまだまだ成長できる!」

 

 先生はオールマイトとの戦闘を開始した!

 

「先生!」

 

「行こう死柄木!ロベルトが残ってくれるんなら、あのパイプ仮面も大丈夫だ!オールマイトが足止めされている間に、俺が《アドリブで選んだ駒》だけを持って引き上げようぜ」

 

 コンプレスさんが個性で荼毘さんをビー玉にすると、僕と弔さん以外の皆が常闇君を捕まえようと動き出した!

 

 かっちゃんと轟君をガン無視して…

 

「常闇っ!!!」

 

「テメェら!俺を無視してんじゃねえ!!!」

 

 常闇君を助けようとそれぞれ個性を使おうとする2人…

 

 しかし…

 

 

 

(シ-ン)

 

 

 

「ッ!!?…なんだ?…個性が!!?」

 

「おい…なんだよ?…なんでだよ?…なんで爆破が起きねぇんだよ!!?」

 

 2人の個性は発動しなかった…

 

「アナタ達もう2人は用済みなのよ!」

 

「ガキはさっさと家に帰りな!」

 

 呆気にとられている2人へ、マグネさんがスピナーさんを後ろから押しながら近寄っていく。

 スピナーさんの身体は青い光を纏っており、かっちゃんと轟君の身体もいつの間にか青い光を纏っていた。

 

「行くわよ!」

 

「【反発破局 お帰り砲】!!!」

 

「ぬああああああああああ!!!??」

 

「のああああああああああ!!!??」

 

 マグネさんの個性によって、かっちゃんと轟君は夜空へと吹っ飛んでいった…

 

「轟!!爆豪!!くっ!?」

 

 残された常闇君は何故か個性を使わず、コンプレスさん達の攻撃を紙一重で避け続けていた…

 

「轟少年!!?爆豪少年!!?ぐおっ!!?」

 

「おいおい…僕を目の前にして余所見とは…随分と余裕だねぇ!」

 

 飛んでいった2人に目がいったオールマイトは先生の個性に捕まって、またしてもビルに向かって投げ飛ばされ激突した。

 

 明らかにこちらが圧倒的有利…

 

 このまま常闇君を連れて…弔さん達がここを離れてくれれば…僕も存分に能力を使える…

 

 なんて考えていると…誰かが僕の後ろから高速で向かってきた…

 

 同じ手は喰わない…

 

「【波花(なみはな)】!」

 

 ベチイイイイイイイインッ!!!!

 

「ぐぼらっ!!!!????」

 

「せっ!?先生!!?」

 

 僕は即座に【八ツ星神器・波花】を使って、接近してきた《何か》を地面に叩きつけた!

 

 それはBARで僕を押さえ付けていた《お爺さん》だった…

 

 オールマイトはそのお爺さんが気絶したのを見ると驚愕していた。

 

「(グ!?グラントリノをたった一撃で!!?…それに今の声……何処かで聞いた覚えが…)」

 

「(志村の友人をああも簡単に倒すとは……やはり君は素晴らしい!)」

 

 オールマイトとオール・フォー・ワンは一瞬だけ動きを止めて僕を直視していた…

 

 

 

 その一瞬…

 

 

 

 そう…一瞬だった!

 

 

 

 突然、瓦礫の中から《誰か》が飛び出し、ベストジーニストと常闇君を抱え、月に向かって飛んでいった!

 

「あ、アナタは!ミルコ!!?」

 

「悪りぃな!!ちょっと寝過ぎた!!!」

 

 瓦礫の中から現れたのは、ラグドールを担いでいた《ラビットヒーロー・ミルコ》だった!

 彼女は目にと止まらぬ早さでベストジーニストと常闇君をかっさらい、猛スピードで逃げていった!

 

「しまった!?逃げられた!!」

 

「まだ間に合う!追うぞ!無理だって!!!」

 

「もう見えなくなっちゃったわよ!?」

 

 常闇君を逃がしてしまったことに皆が悔しがっていると…

 

「おい…お前ら…行くぞ…」

 

 ずっと座ってた弔さんが皆に指示を出していた…

 

「死柄木!良いのかよ!逃げられちまったんだぞ!俺が捕まえてきた有望な人材が!?」

 

「また捕まえりゃいい…とにかく今はここから離れるぞ…」

 

 弔さんの言葉に納得したのか…皆は大人しく黒霧さんのゲートを通っていく…

 

「じゃあロベルト君♪私達は先に帰るけど気を付けて帰ってくるのよ~ん♪」

 

「お前のショーを肉眼で見れなくて残念だ、頑張れよロベルト」

 

「緑の貴公子よ…貴殿の無事を…俺は願っているぞ…」

 

「おいロベルト!ちゃんと戻ってこいよ!今すぐ一緒に帰ろうぜ!」

 

「ロベルト君♪また後で会おうなのですぅ♪」

 

 僕がここに残るのを知ってなのか、皆が僕に言葉を残してワープゲートを通っていった。

 

 そして…

 

「……ロベルト……先生を頼んだぞ……」

 

「…任せてください……」

 

 最後に弔さんが僕に語りかけて…黒霧さんと共に姿を消した…

 

「やれやれ…最後に一杯喰わされたな。だが…弔達は逃がすことに成功した…」

 

 オール・フォー・ワンが弔さん達が逃亡に成功したことに喜びながら、オールマイトとの激闘を続けた…

 

「【DETROIT SMASH】!!!!!」

 

 オールマイトの必殺技とオール・フォー・ワンの衝撃波がぶつかりあった!

 

 だが…オールマイトは未だに全力を出せてはいないようだった…

 

「心おきなく戦わせないよ?ヒーローは多いよな?守るものが!」

 

 そう…オールマイトは自分の攻撃で町を破壊しないようにと力をセーブしている…

 

 今のオールマイトを見ていると…心底思い知らされるよ…

 

 『ヒーローは本当に下らない』ってことがね…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

None side

 

 オールマイトとオール・フォー・ワンの戦闘を上空で生中継するテレビ局が、ヘリコプターから見下ろす神野区の現状を全国中継していた。

 

『正に悪夢のような光景です!突如として神野区が半壊滅状態となってしまいました!現在オールマイト氏が元凶と思われるヴィランと交戦中です!信じられません!ヴィランはたった1人!町を壊し!《平和の象徴》と互角以上に渡り合っています!』

 

 崩壊した神野区の映像に加え、アナウンサーからの現状報告をテレビ、パソコン、スマホ、駅前の巨大スクリーンなどで見る人々…

 

 だがテレビ局が報道したのは…それだけではなかった…

 

『ん?あ、あれは!?元凶であるヴィランの近くに誰かがいます!逃げ遅れた市民でしょうか………えっ……まさか……あ…あれは…《ロベルト》!?《ロベルト・ハイドン》!!!皆さん見えるでしょうか!!?元凶であるヴィランの傍に!ジェントル・クリミナルの仲間である《ロベルト・ハイドン》がいます!!!!?』

 

 ダークグリーンのローブを着た人影を見つけたアナウンサーは、必死に声を上げて叫び続けた!

 

 平和の象徴をたった1人で追い込むヴィランに加えて、《破滅の象徴》とも呼ばれている《ロベルト・ハイドン》までもがオールマイトと敵対している…

 

 ロベルトの名前まで全国に報道され、パニックになる人々…

 

 当然ながら、それは雄英ヒーロー科1年生達にも知られた。あの林間合宿にて直接ロベルトの姿を見た生徒は誘拐された3人を除いて他は数人だけである。

 しかし直接会ってないとはいえ、あの林間合宿に《破滅の象徴》がいたのかと思うと…生徒達は恐怖した…

 

 

 

 しかし…誰もがオールマイトなら元凶であるヴィラン《オール・フォー・ワン》と…《ロベルト・ハイドン》の2人を倒して…必ず平和を取り戻してくれると信じて疑わなかった…

 

 

 

 だが…全てが上手く行くとは限らない…

 

 何故なら…これから起きる《悪夢》は…

 

 全ての人々が受け入れなければならない現実になるからである…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ロベルト・ハイドン(緑谷出久) side

 

 オール・フォー・ワンの衝撃波を交わしつつ…その顔面に自分の拳をめり込ませたオールマイト…

 

 でもオール・フォー・ワンはオールマイトのパンチを受けても尚、平然とした態度をとってオールマイトを煽っていた…

 

 どうやらオールマイトの師匠である《志村 菜奈》という女性を侮辱する発言をして、オールマイトを苛立たせていた…

 

「Enough!!!」

 

 怒りに捕らわれたオールマイトは、再びオール・フォー・ワンの衝撃波によって吹き飛ばされ、飛んでいるヘリコプターに向かっていった。

 

 だがヘリコプターとの激突寸前で、僕が気絶させたお爺さんがオールマイトを抱えて地上に戻ってきた。

 

 お爺さんはオールマイトに向かって何かブツクサ言っていた…

 大方オールマイトを鼓舞するための応援をしてるんだろう…

 

 だけど…もう勝負は見えている…

 

 オールマイトの姿は既におかしくなっていた…現に顔の半分が別人になってずっと血反吐を吐いている…

 

 それにお爺さんの方も…さっきの【波花】の攻撃による打ち所が悪かったためか…オールマイト以上に血を流してボロボロの状態だ…

 

 そんな重症の2人に対し、此方はまだ《僕》が控えている…

 

 ヒーロー側に《勝利》なんて言葉は皆無だ…

 

 オール・フォー・ワンだって僕と同じことを考えているだろう…

 

「僕は悩んだんだよオールマイト…弔がせっせと崩してきたヒーローへの信頼。本来ならその決定打は弔に打ってもらう予定だったんだが…それを《別の人間》に打たせて良いものかとねぇ…」

 

「「?」」

 

 オール・フォー・ワンの発言の意味をオールマイトとお爺さんは理解できてないようだ…

 

「オールマイト…君が僕を憎むように…僕も君が憎いんだぜ?僕は君の師匠を殺したが…君も僕が築き上げてきたモノを奪っただろう?だから君には…可能な限り醜く惨たらしい死を迎えてほしいんだ!!!」

 

 オール・フォー・ワンは左腕にエネルギーを貯め始めた…

 

「まずい!デケェのが来るぞ!避けて反げkゴホッ!?」ドサッ

 

「先生!!?」

 

「避けていいのか?」

 

 お爺さんはオール・フォー・ワンの攻撃を避けようと個性を使おうとしたが…逆に血を大量に吹き倒れ気絶してしまった…

 

 そんなお爺さんを心配するオールマイトに、オール・フォー・ワンは瓦礫に挟まっている女性の存在を教えて、オールマイトが避けられないようにした…

 

「君が守ってきたものを奪う!」

 

 オール・フォー・ワンが放った無慈悲な衝撃波によって土埃が舞い…オールマイトの姿が見えなくなった…

 

 土埃が消えていくと…そこにいたのは《世界が知るオールマイト》ではなかった…

 そこにいたのは……話に聞いていた《本当の姿のオールマイト》だった…

 

「まずは怪我をおしても持ち続けた…その矜持(きょうじ)…惨めな姿を世間に晒せ!平和の象徴!」

 

 骸骨のような姿になったオールマイトは…自分の背後にいる《お爺さん》と《瓦礫に挟まった女性》を衝撃波から守っていた…

 

 今のオールマイトを見て《希望》を抱く人間がどれだけいるだろうか?

 

 きっとこの戦いを生中継で見ている人達は唖然としていることだろう…

 

「頬はこけ…目は窪み…貧相なトップヒーローだ!恥じるなよ?それがトゥルーフォーム、本当の君なんだろう!?」

 

 オール・フォー・ワンはオールマイトの有り様を煽り嘲笑った…

 

 しかし…オールマイトの目は…まだ死んではいなかった…

 

「身体が朽ち…衰えようとも…その姿を晒されようとも!私の心は依然《平和の象徴》!一欠片とて奪えるものじゃない!!!」

 

 その弱々しい姿とは裏腹に…オールマイトの魂は燃え尽きていなかった…

 

 

 

 

 

 そろそろ頃合いですかね?

 

 オール・フォー・ワン…

 

 《秘密》を全て話すのは…

 

 

 

 

 

「素晴らしい!…まいった…強情で利かん坊なことを忘れていたよ。じゃあ《これら》も君の心には支障ないかな?」

 

 遂に語られる…

 

 オールマイトの心をドン底に突き落とす…

 

 《2つの秘密》が…

 

 

 

 

 

「あのね…死柄木 弔は…《志村 菜奈の孫》だよ」

 

 

 

 

 

 オール・フォー・ワンから語られた《1つ目の秘密》を聞き…オールマイトは目を見開いて言葉を失った…

 

「君が嫌がることをずっっっと考えてた…君と弔が会う機会をつくった…君は弔を下したね?何にも知らずに勝ち誇った笑顔で!」

 

「嘘…だ……」

 

 オールマイトの顔から覇気が消え…《絶望》がその顔を染めていく…

 

「事実さ…分かってるだろ?僕のやりそうな事だ…あれ?おかしいな~?笑顔はどうした~オールマイト?」クイッ…クイッ…

 

 オール・フォー・ワンはオールマイトの心をへし折りながら《両手の親指で頬を上げる》素振りをした…

 

 《それだけの行動》で…オールマイトはどんどん不安定になっていく…

 

 今にも泣き出して…発狂しそうだ…

 

「き……さ……ま……」

 

「やはり楽しいな~♪一欠片でも奪えただろうか?」

 

「ぉおおおおおおあ"あ"あ"あ"あ"!!!!!」

 

 オールマイトは嘆きの声を上げて震え出した…

 

 オールマイトの心は…もうグチャグチャだ…

 

 そりゃそうだ…知らなかったとはいえ…大切な人の身内を傷つけていた…

 

 その真実を受け止められずにいる…

 

 このまま放置しておけば…

 

 勝手に精神が壊れるだろう…

 

「負け…ないで……」

 

「ん?」

 

 蚊細く聞こえてきた声の方へ目を向けると、瓦礫に挟まった女性がボロ泣きしながら喋っていた…

 

「オールマイト…お願い……助けて」

 

 『助けて』…その言葉を聞いた途端に、オールマイトの震えが止まった…

 

「あぁ…お嬢さん…勿論さ…。あぁ…多いよ…ヒーローは守るものが!だから!!!負けないんだよ!!!オール・フォー・ワン!!!!!」

 

 オールマイトに覇気が戻った…

 

 その証拠に《オールマイトの右腕》だけが《皆の知ってるオールマイトの右腕》になった…

 

 

 

 気持ち悪い…

 

 なんて醜い姿なんだ…

 

 あんな姿になってもまだ…自分を『ヒーロー』だと名乗っている…

 

 もう格好悪いを通り越して…みっともない…

 

 つくづく思い知らされるよ…

 

 なんで僕は《こんな男》に憧れなんて抱いていたんだろうか…

 

 精神世界でロベルトさんと出会ってなければ…

 

 僕は一生気づくことができなかったよ…

 

 

 

 僕がオールマイトに心底呆れていると…オール・フォー・ワンは宙に浮かび上がりながら…更に語り出した…

 

「渾身…それが最後の一振りだね?オールマイト………全く《ワン・フォー・オールを受け継いだ者》というのは…どうしてこうも往生際が悪いんだろうねぇ…。6年前もそうだった…君は僕に腹を貫かれたにも関わらず…腸(はらわた)を撒き散らしながら迫ってきた。……あの時の君の顔!今でもたまに夢に見る……《窮鼠猫を噛む》という言葉があるが……僕にとっては《手負いのヒーロー》が最も恐ろしい…」

 

 オール・フォー・ワンは攻撃をせずに長々と語り始めた…

 それをオールマイトは黙って聞いている…

 

「爆豪勝己…」

 

「ッ!!?」

 

「《ワン・フォー・オール》の譲渡先は彼だったんだねぇ、ラグドールから奪った《サーチ》のおかげで確信に至ったよ。だが…彼は己の個性にしか頼らずに…君から授かった個性はロクに制御も出来てない……君は彼に何を教えてきたんだい?」

 

「ぐぅっ!!?」

 

 オール・フォー・ワンに図星を付かれ、オールマイトは反論出来ずにいた…

 かっちゃんのことだ…オールマイトから《ワン・フォー・オール》を授けられたことで…更に自信過剰になったんだろう…

 『オールマイトに未来のヒーローだと認められた…』とでも勘違いをしてね…

 

「フフッ…1つ…良いことを教えてあげよう。僕は彼の中にあった《ワン・フォー・オール》には何もしていないよ?どうして奪わなかったのか…君なら分かるんじゃないか…オールマイト?」

 

「くっ!……《下らない仁義》か…」

 

「フッハハハハハハハハッ!正解だ!良く分かったねぇ!偉い偉い!流石は雄英教師だ!」

 

「ぐ…グギギギギギッ!!!!!!!!」

 

 さっきまでの弱々しい顔は何処へやら…今のオールマイトはオール・フォー・ワンからの屈辱的な挑発を受けて今にも《爆発寸前》だ…

 

 それでもオールマイトは感情に流されず…《最後の一撃》を放とうとしない…

 

 オール・フォー・ワンが即席で考えた挑発作戦は失敗になった…

 

 とはいえ、オール・フォー・ワンもこんな安っぽい挑発でオールマイトが攻撃してこないのは分かりきってたみたいだ…

 

 

 

 

 

 そしてオール・フォー・ワンは…いよいよ切り札である《2つ目の秘密》を話すようだ…

 

 

 

 

 

「そう怒らないでくれよオールマイト、会って1年程しか付き合いのない子供の心を完全に理解するのは簡単なことじゃないさ。爆豪君のような…《無個性の同級生を死に追いやった問題児》なら尚更ね…」

 

「貴様に……貴様に彼の何が分かる!!?」

 

「僕には分からないさ………でもね…彼なら…ロベルトなら…君以上に爆豪君のことを知ってるんだよ?」

 

「なに……どういうことだ…」

 

「まだ分からないのかいオールマイト?フフフッ…いいよ…教えてあげるよ。ロベルト…」

 

「はい…」

 

「今こそ君の素顔を彼に見せて上げなよ!昔の君を殺したヒーローにね!」

 

「私が…殺した?」

 

 これだけ言われてもオールマイトは気づかない…

 

 オールマイト、やっぱりアナタにとって僕は覚える価値のない《無個性の子供》でしかなかったんですね…

 

 

 

 

 

 僕は虚しい気持ちを抑えながら…

 

 顔を覆っていたフードを捲り…

 

 素顔を外に晒した…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………………………………………え……………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕の素顔を見た途端、オールマイトは《幽霊にでも会ったかのようなマヌケ面》になった…

 窪んだ目をこれ以上に無いほど見開き…視線の先にいる僕をジッと見ていた…

 

「み……み……みど……みどり……緑谷…少年……」

 

「やっと思い出してくれましたか?オールマイト…」

 

 僕は《今の僕》になって始めて…オールマイトに話しかけた…

 

「な…なぜ……どうして………君が…」

 

「どうだいオールマイト…感動の再会だろ?嬉しいかい?悲しいかい?是非とも感想を聞かせてほしいものだねぇ~!」

 

 頭の処理が追い付かないオールマイトに、オール・フォー・ワンは追い討ちをかける…

 

「き…さま………彼に……何をした…」

 

「おいおい、僕は何もしてないよ?彼と知り合ったのは…つい最近…雄英の林間合宿の前さ」

 

「…緑谷……少年………私は……君が死んでしまったとばかり…」

 

「この世に未練があったんで…地獄から戻って来たんですよ…」

 

「君が……ロベルト……《破滅の象徴》…だと…」

 

「そうだよ…オールマイト。《破滅の象徴》こと《緑の貴公子 ロベルト・ハイドン》の正体は!かつて君が見捨てた!《緑谷 出久》君さ!」

 

 オール・フォー・ワンは高らかに僕の正体を明かした…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁっ…………………」

 

 

 

 

 

ピタッ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オールマイトは膝をつき…天に向かって大口を開けながら叫んだ…

 

 と思ったら…突然に動きを完全に停止し…気を失った…

 

 まるで《電池を外されたオモチャ》のように…

 

 オールマイトは動かなくなった…

 

 なのに…光が消えた目から止めどなく涙が溢れている…

 

 オールマイトの精神は壊れた…

 

 

 

 醜い……醜い……

 

 これが本当に《平和の象徴》か…

 

 かっちゃんや僕が…憧れ続けたヒーローだとでも言うのか……

 

 

 

「先生……もう見るに耐えません…」

 

「だろうね…僕も同感だ。…ここまで惨めで無様な姿を晒すとは……もはやただの《脱け殻》と言ったところかな?……君が言っていた《永遠の苦痛》という罰も悪くはないが……どうする?」

 

 地上に降りてきたオール・フォー・ワンは、僕に質問してきた。

 

「オールマイトの処分については…アナタの決定に従います…」

 

「…ありがとう………では心おきなく…肉の一片も残らないよう消すとしよう。……世界中の人々が見ている前でオールマイトが消える!…これ以上に世界を絶望の底へ突き落とせることはない!…お楽しみは最後に取っておきたかったけど…まぁ仕方ないか…」

 

 オール・フォー・ワンは右腕を巨大化させてエネルギーを貯める…

 

 そして…

 

「一足先に!あの世へ逝くがいい!」

 

 オールマイトに衝撃波を放とうとした…

 

 

 

 

 

 その時!

 

 僕達の方に向かって《赤い炎》が迫ってきた!

 

 オール・フォー・ワンは慌てるそぶりもなく、貯めていたエネルギーを使って炎をかき消した…

 

 この炎は…

 

「なんだ貴様…その姿はなんだオールマイト!」

 

 万年No.2ヒーロー…エンデヴァーの登場だ…

 

「ほほぅ…全てが中位(ミドルクラス)とはいえ、あの脳無達をもう制圧したか…流石はNo.2に登りつめた男…」

 

 エンデヴァーに対して称賛の言葉を言うオール・フォー・ワン…

 だけど、当のエンデヴァーにオール・フォー・ワンの声は耳に入ってないようで《気絶している変わり果てたオールマイトの姿》を見て激昂していた…

 

「なんだその情けない背中は!!!!??」

 

「邪魔をしないでくれないかい?全国の人々に…オールマイトが消える瞬間を見せないといけないんだ…」

 

「抜かせ破壊者!俺達は助けに来たんだ!」

 

「それが私達の使命!お嬢さん!今助けますよ!」

 

「はぁ……はぁ……さっきのは効いたわ…」

 

「これ程の攻撃を喰らったのは久しぶりだな……ゲフッ…」

 

「今戻ったぜ!!」

 

 こんな状況にも関わらず…敵に意識を向けていないエンデヴァーに…オール・フォー・ワンは先程の同じ一撃を放とうとしていると…さっきBARで会った《エッジショット》と《クラスト》もやって来た。

 更に瓦礫の中からは《リューキュウ》と《ギャングオルカ》が姿を見せ、一度は常闇君とベストジーニストを連れて逃げていった《ミルコ》が戻ってきた。

 

「ほぅ…現トップ10ヒーローが7人も集結するとはねぇ。…肝心なNo.1ヒーローは使い物にならないようだが…」

 

 オール・フォー・ワンはトップヒーローが集まってきても尚、余裕な態度をとっていた。

 集結したトップヒーロー達は、オールマイトの変わり果てた姿を見て目を疑っていた。

 エンデヴァーもだが、瓦礫に挟まってた女性を助けたクラストが一番驚いている。

 

「恐れていた事態になってしまったか!!?」

 

「オールマイト!!?な…なんですか…その姿は!!!??」

 

「奴の個性でそんな姿にされたのか!?」

 

「ちょっと!?オールマイトさん気絶してるわよ!!」

 

「おいおい冗談だろ!?こんな大物のヴィランを前にして気絶するとか!!?」

 

 こんな状況で気を失っているオールマイトに対して、トップヒーロー達は慌てていた。

 

「ふむ…ギャラリーも揃ってきたか…今の状況も全国中継されてる。ロベルト、今こそ君の本当の力を見せつける時じゃないかな?」

 

「はい…先生…」

 

「なに!ロベルト!!!??」

 

「あの黒緑色のローブ……間違いない!ジェントル・クリミナルの動画に映っていたロベルト・ハイドンのコスチュームだ!」

 

「あれがロベルト・ハイドンの素顔!!?」

 

「なんだよ子供じゃねぇか!!?」

 

「あんな若者が!《破滅の象徴》だと!!?」

 

「ジェントル・クリミナルがヴィラン連合のブレーンとコンタクトをとっていた情報は、本当だったのか!!?」

 

 オール・フォー・ワンが、素顔を晒している僕のことを『ロベルト』と呼び…僕が返答したことで、エンデヴァーから順にクラスト、リューキュウ、ミルコ、ギャングオルカ、エッジショットは《ロベルト・ハイドンの素顔》を知ってそれぞれ驚いていた。

 

 だけど今更…誰に正体を知られたところで僕は気にしない…

 僕の素顔を最初に明かすヒーローが《オールマイト》であれば、もう顔を隠す必要なんて無いんだ…

 

 そう…今まで正体を隠してきたのは…

 

 『オールマイトを絶望の底へ叩き落とすため』なんだから…

 

 

 

 オールマイトは、かつて自分が見捨てた無個性の少年である僕が死んだ…と決めつけていた…

 

 その矢先に突如として現れた《正体不明の複数個性を使うヴィラン》…

 

 何百人というヒーロー達を再起不能にした凶悪ヴィランの正体が《僕》だなんて…

 

 オールマイトは夢にも思わなかっただろう…

 

 《弔さんの正体》を暴露してからの追撃で、ロベルト・ハイドンの正体が《緑谷 出久》であることを知らしめる…

 

 案の定、オールマイトは気が狂ったように泣き叫び…そのまま気を失った…

 

 相当ショックが大きかったんだろうね…

 

 失望もあったけど…

 

 少しだけ胸がスッとしたよ…

 

 

 

「トップヒーロー諸君、折角だから良いことを教えてあげよう。去年に起きた《折寺町の悪夢》…その犯人は《ロベルト・ハイドン》だよ。無論、彼の独断でね」

 

「なっ!?なんだと!!?」

 

「折寺町を滅ぼしたのは《ロベルト・ハイドン》だったのか!!!」

 

「あんな惨劇を!!こんな子供が!!?」

 

「あの町にいた何万人という人々の命を奪ったのも…」

 

「シンリンカムイやMt.レディ達を殺したのも!その子だと言うのか!!!」

 

「フッフフフ…」

 

「………そうですよ……僕がやったんです…」

 

「何故……あんな残虐なことをしたんだ!!?」

 

「その理由なら…そこで気絶してる《オールマイト》と、さっき空の彼方へ轟君と一緒に吹っ飛んでいった《爆豪 勝己》君が知ってますよ?」

 

「オールマイトと爆豪君が?」

 

「なんでその2人が…」

 

「吹っ飛んだだと!!?貴様!!焦凍に何をした!!!??」

 

「やったのは僕でも先生でもないですよエンデヴァー……でもかなりの勢いで飛ばされてましたから…今頃は建物や道路に激突して大ケガをしてるかもしれませんがね」

 

「焦凍ーーーーーーーーーー!!!!!」

 

「うるっせぇぞ No.2!テメェの息子と爆豪だったら、市民の避難誘導をしていたヒーロー達が無事に確保してた!だから今は目の前の敵に集中しろ!!!」

 

「なんだ……2人共無事だったんだ…」

 

 息子の名前を大声で叫ぶエンデヴァーに、ミルコが突っかかりながらも返答をした…

 

「先生…《アレ》を使う前にちょっと彼らと遊んでもいいですか?」

 

「………いいだろう、ただし10分だけだよ?」

 

「ありがとうございます」

 

「『遊ぶ』……だと!!!??」

 

「君1人で…我々全員と戦おうというのか…」

 

「私達を舐めるな!!!」

 

「ガキだろうと敵なら容赦しねぇぞ!!!」

 

「甘く見られたものね…」

 

「その生意気な口!2度と叩かせないようにしてやるぞ小僧!!!」

 

 僕とオール・フォー・ワンの会話が勘に触ったのか…

 

《フレイムヒーロー・エンデヴァー》…

 

《忍者ヒーロー・エッジショット》…

 

《シールドヒーロー・クラスト》…

 

《ラビットヒーロー・ミルコ》…

 

《ドラグーンヒーロー・リューキュウ》…

 

《鯱ヒーロー・ギャングオルカ》…

 

 以上の日本を代表するトップヒーロー6人は、僕に対して《強い敵意》を向けてきた。

 

 

 

 その《敵意》が…いつまで保てるかな?

 

 

 

 僕がオール・フォー・ワンを守るように前へ出ると、トップヒーロー6人は一斉に僕へ攻撃してきた…




 ヴィランになった出久は…決して思うままに復讐をするヴィランではなく…
 強大な力を持っていても…冷静に…狡猾に…そして着実に相手を追い詰めていくヴィラン…
 それが…ヴィラン名《ロベルト・ハイドン》となったこの世界の緑谷出久です。



 ロベルト・ハイドンの能力である【理想を現実に変える能力】の限定条件は、原作上では《能力を使う度に自分の寿命を1年削る》というかなりのリスクがありましたが、今作の番外編におけるロベルト(の残留思念)から能力を授かった出久君の場合は、能力を1回使う度に《1年》ではなく《1日(24時間)の寿命を削る》という設定にしており、かなりリスクが軽くなっております。



 《ロベルト・ハイドンの法則(後編)》は最終チェックをしてから近日以内に投稿いたします、それまでどうかお待ちください。


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【番外編】ロベルト・ハイドンの法則(3)

【10万UA突破記念作】3作目!

 まず最初に《近日以内》に投稿できず遅れてしまい、申し訳ありませんでした。



 《後編》に追加編集をした結果、長くなったため後編の話は2つに分けることとなり、《ロベルト・ハイドンの法則》は以下のように題名の変更することになりました。

《ロベルト・ハイドンの法則(前編)》
       ↓
《ロベルト・ハイドンの法則(1)》

《ロベルト・ハイドンの法則(中編)》
       ↓
《ロベルト・ハイドンの法則(2)》

《ロベルト・ハイドンの法則(後編)》
       ↓
《ロベルト・ハイドンの法則(3)》
《ロベルト・ハイドンの法則(終)》



 設定の追加として、出久君がロベルトから授かった【理想の現実に変える能力】は、原作上では《生物には適用しない》のですが、今作の番外編では《生物の個性には適用する》といたしております。

 あと、念のために言っておくのですが、私はヒーロー科生徒が嫌いなわけでは無いので悪しからず…

 《ロベルト・ハイドンの法則(3)(終)》は、回想シーンが多めとなっておりますが、少しでも楽しめたら幸いです。


●脳無格納庫の跡地…

 

 

ロベルト・ハイドン(緑谷 出久) side

 

「ふむ…8分か……思ったより時間がかかったね。だが、上出来だよ…ロベルト」

 

 

 

 トップヒーロー達が僕に総攻撃をしてきてから8分後…

 

 

 

 この場で立ち上がっているのは…

 

 《僕》と《オール・フォー・ワン》の2人だけ…

 

 

 

 【理想を現実に変える能力】と【レベル2(触れている物の重力を変える能力)】を組み合わせた【神器】の前じゃ……どんなヒーローだろうと相手にならない…

 

 

 

 

 

 どうやってトップヒーロー6人を倒したのかって?

 

 

 

 

 

 簡単に言うと…『現役ヒーロー達の対策が万全だった』…ってところかな?

 

 

 

 

 

 昔の僕は《重度のヒーローオタク》だった…

 

 オールマイトやトップヒーロー達だけでなく、現役のヒーローならば個性や戦い方などをノートに纏めて記録していたんだ。

 

 

 

 

 

 何が言いたいかって?

 

 

 

 

 

 要するに僕は…現役のヒーロー達の戦い方は何もかも知っているってことさ…

 

 勿論………その対策もね…

 

 

 

 【理想を現実に変える能力(ちから)】…

 

 この【能力】を上手く使うことによって…

 

 どんな強いヒーローだろうと無力化することが出来るのさ…

 

 

 

 フレイムヒーロー・エンデヴァー。

 個性は《ヘルフレイム》、現在存在するヒーローの中では最高クラスの炎を操り、オールマイトに次ぐ破壊力を誇る。

 …だけど…【絶対に燃えない理想の波花(なみはな)】の前では…どれだけ高熱の炎だろうと無力…

 僕がエンデヴァーに対して【波花】を使い、エンデヴァーは自慢の炎技を使って【波花】を黒焦げにしたと思い込んでいたようだけど、炎の中から【焦げ目すらない波花】が出てきて、そのまま身体に巻き付け身動きがとれなくさせてから振り回して周囲の建物や地面に容赦なく何度何度も叩きつけて重症を負わせた…

 

 

 

 忍者ヒーロー・エッジショット。

 個性は《紙肢(しし)》、自分の身体を薄く細く引き伸ばす個性で、そのスピードが音速にもなる。

 …だけど…【絶対捕獲・絶対密閉の理想の旅人(ガリバー)】の前では…どんなに早く動けようと無力…

 地面に浮かび上がった升目が出現した瞬間、瞬きする間もなくエッジショットを巨大な箱に閉じ込めて、【絶対命中・絶対粉砕の理想の唯我独尊(マッシュ)】を使うことによって【旅人】の箱と一緒に中に閉じ込めたエッジショットを噛み砕いた。

 【旅人】と【唯我独尊】が消えると、血まみれになって倒れたエッジショットが姿を見せた…

 

 

 

 シールドヒーロー・クラスト。

 個性は《盾(シールド)》、自分の身体から硬質な盾を生成する事が出来るだけでなく、生成した盾を自在に操って攻撃に使うことも出来る。

 …だけど…【絶対貫通の理想の百鬼夜行(ピック)】の前では…例えダイヤモンドより硬い盾だろうと無力…

 クラストは自分が生成した盾が貫かれることはないと高をくくっていたのか、僕がクラストに向かって【ドリル状の百鬼夜行】を使うと、10枚の盾を並べて防ごうとした。

 しかし…クラストの自信を余所に僕の【百鬼夜行】は、クラストの盾をクッキーのように貫いて、さっきのベストジーニストと同様にクラストの腹にも風穴をあけた…

 だがそこはトップヒーロー、去年戦ったMt.レディとは違い…【百鬼夜行】が刺さる直前に紙一重で致命傷を避けていた…

 それでもクラストの腹には大きな穴があいた…

 

 

 

 ラビットヒーロー・ミルコ。

 個性は《兎》、聴覚に優れているだけでなく、強靭なジャンプとキックを得意とし、その蹴り技はオールマイトをも凌ぐ。

 …だけど…【絶対に壊れない理想の威風堂堂(フード)】の前では…オールマイトの必殺技だろうと無力…

 林間学校の時の拳藤さんと同じように、自分の必殺技に相当の自信があったのか、ミルコは自慢の足技で【威風堂堂】を蹴り砕き…そのまま僕の脳天目掛けて攻撃しようとした…

 …が…結果は拳藤さんの二の舞…

 ミルコの必殺技を受けた【威風堂堂】は壊れないどころかビクともせず、逆にミルコは【威風堂堂】を壊せなかった反動が身体に響いて全身から血を吹き出し、【威風堂堂】を蹴った足は弾け飛んでミンチになっていた…

 

 

 

 ドラグーンヒーロー・リューキュウ。

 個性は《ドラゴン》、個性を使うと巨大化して竜の姿となり、背中に生えた翼によって空も飛べる上に、全体的にパワーの強化と硬い鱗や爪を身に付けることが出来る。

 …だけど…【何でも切れる理想の快刀乱麻(ランマ)】の前では…鋼以上に硬い鱗や爪だろうと無力…

 僕の【快刀乱麻】に対してリューキュウはドラゴンの爪で攻撃してきたけど、竜の爪はアッサリ切り落とされ、それに驚いたリューキュウの隙をつき、今度はリューキュウの翼をズタズタに切り裂いた。

 翼を切り落とすと、リューキュウは大きな悲鳴を上げて元の姿に戻り…その背中から大量の出血をしていた…

 

 

 

 鯱ヒーロー・ギャングオルカ。

 個性は《鯱》、水中戦においては最強クラスのヒーローであり、強烈な超音波攻撃によって触れずとも物体を破壊する事が出来る。

 …だけど…【絶対に壊れない・絶対命中の理想の鉄(くろがね)】の前では、ミサイルだろうと無力…

 僕はギャングオルカに【鉄】の砲弾を何発も放つと、ギャングオルカは超音波によって【鉄】の防弾を纏めて破壊しようとした…

 …が…砲弾はどれも罅1つ入らずにギャングオルカに向かっていく、ギャングオルカは飛んでくる全ての砲弾を避け、僕に向かって超音波を使おうとしたけど、後ろから戻ってきた無数の砲弾を全て直撃で喰らい、重症を負って動けなくなった…

 

 

 

 彼らの敗因は《僕の【理想を現実に変える能力】を知らなかったこと》…ってのもあるけど、《己の個性に過信していたこと》で《僕を甘く見ていたこと》もあると僕は思う…

 

 

 

 

 

 えっ?最初の6人同時攻撃はどうやって防いだのかって?

 

 

 

 

 

 防いだと言うよりは、彼らが自分から距離を置いてくれたってところかな?

 僕は向かってくるトップヒーロー達に対して、最初に鉄哲君と拳藤さんに使った《赤と青のシャボン玉》を、右手の輪っかから大量に吹き出した。

 赤と青のシャボン玉を見た途端、トップヒーロー達は血相をかけて咄嗟に後退し、体制を整え始めた。

 どうやらこの《【レベル2】の理想的なシャボン玉》が、赤いシャボン玉は《重く》、青いシャボン玉は《軽く》なることを知っているようだった。

 このシャボン玉攻撃は、鉄哲君と拳藤さんにしか使ってない筈なのに、いったい彼らはどうやって調べたのか……偶然なのか……それとも《トップヒーローの勘》ってやつかな?

 

 

 

 まぁ、そのシャボン玉のおかげでトップヒーロー達は全員が距離を置いてくれた。

 あとはさっき話した【理想的な神器】を使って彼らを戦闘不能にしたんだ。

 

 

 

 ただ…クラストの盾を貫いた時、砕けた盾の破片が飛んできて…僕は腕を怪我してしまった…

 

 

 

「いえ…先生…僕はまだまだです…。こんな奴らを相手に《かすり傷》を負ってしまいました…。さっきの《お爺さん》の時もそうです…。僕はまだまだ鍛練も努力も足りません…」

 

「天才でありながらその謙虚さ、そして努力を惜しまない精神、それは君の美徳だ」

 

 僕は袖をめくり、不覚にも腕に負ってしまった《かすり傷》を先生に見せながら、僕は自分の不甲斐なさを思い知った…

 

「ば……馬鹿な……ゴッハァッ!」

 

「こんなことが…子供1人を相手に…」

 

「な…なんなんだ……この少年の強さは…ガハッ!」

 

「畜…生がぁ…!!?」

 

「報告では聞いてたけど……なんて強力な武器を使うのよ……この子…」

 

「子供1人を相手に……かすり傷1つ負わせるのが精一杯だと!!??」

 

 僕との戦闘でボロボロになって倒れているトップヒーロー達は…それぞれ《負け惜しみ》を口にしていた…

 

 先生の衝撃波を受けて負傷していたミルコとリューキュウとギャングオルカの3人ともかくとして、大した怪我をせずにここへやって来たエンデヴァーとエッジショットとクラストの3人は、重症を負って起き上がることすら出来ない自分自身を信じられないようだ。

 

 そして、今の《8分間の戦闘》もTV中継されている…

 

 世界中の人達が《僕達の戦い》を見ていた…

 

 人々は今…何を思っているだろうが…

 

 日本が誇るトップヒーロー6人が、子供1人を相手に手も足もでずにボロボロされて立ち上がれずにいる…

 

 そして…そんな戦闘が目の前で起きているにも関わらず、No.1ヒーローのオールマイトはずっと気を失ったまま…

 

 

 

 もはや《日本のヒーローが弱い》というのは世界に証明されたも同然だった…

 

 

 

 でも…まだ足りない…

 

 

 

 この世からヒーロー制度を瓦解させるため…

 

 

 

 僕がこの場ですべき《最後の仕事》は…

 

 

 

「ではロベルト……そろそろ頼むよ…」

 

「分かりました…先生…」

 

トンッ

 

 先生は僕に近くにくると、僕の肩に右手を置いた。

 

フワッ

 

 すると僕と先生はゆっくりと宙へと浮かび上がっていく…

 

「ま…待て!…グハッ!」

 

「に……逃がすか!ゴッブ!?」

 

 宙に浮かび上がった僕と先生にエンデヴァーとクラストは《炎》と《盾》で攻撃しようとしたが、僕から受けた攻撃が相当効いてるのか…個性すらマトモに使えずに血反吐を吐いていた…

 

「トップヒーロー達よ!今から面白い物を見せてあげよう!かつての《折寺町の悪夢》を!あの日、折寺町の人々とヒーロー達が《死に際(ぎわ)に見たもの》をね!!!」

 

 先生は下にいるトップヒーロー達に向かって大声で宣言した。

 

「ロベルト!今こそ見せるのだ!君がその身に宿す《憎しみ》の力を!!!」

 

 

 

 

 

 憎しみ…

 

 

 

 

 

 そうだよ…

 

 素顔同様、もう隠す必要なんてない!

 

 あの日から1発も使ってない《アレ》を使う時がようやく来たんだ!

 

 知らしめてあげますよ…先生…

 

 この世界に…《究極の恐怖》を…

 

 そして…ヒーローの本性が《怖がりで弱虫な臆病者のクズ》だってことを証明するため!

 

 僕は今!

 

 この【神器】を使います!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「十ツ星神器…【魔王】…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕が【最強の神器】の名を口にすると…

 

 僕と先生の後ろに…何処からともなく《暗雲》が集まってきた…

 

 その暗雲はどんどん大きくなって巨大化していく…

 

 この【神器】を使うのは2回目…

 

 でも1回目の時とは明らかに違う…

 

 あの時より僕は強くなっている…

 

 《実力》だけじゃない…

 

 このヒーロー社会への《憎しみ》もまた大きく…強くなっているんだ!

 

 

 

 【十ツ星神器・魔王】は、使い手の《想い》を力に変える生物神器。

 その姿形は…使い手の持つ《強さ》の象徴(イメージ)。

 そしてその威力は…使い手の《想い》の強さに比例する…

 

 

 

 この神器に難点があるとするのなら…【魔王】は弾数に制限があって《6発》しか撃てない…

 

 折寺町を吹き飛ばした《1発》…

 

 今回《2発目》を使うから…

 

 僕の【魔王】は残り《4発》となってしまう…

 

 

 

 

 

 おっと…そろそろ夜明けみたいだね…

 

 太陽が顔を出し始めた…

 

 

 

 

 

 僕の【魔王】もそろそろ姿を見せてくれる…

 

 折寺町を滅ぼした…

 

 あの《おぞましい悪魔の姿》をね…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

None side

 

 人々は今……声を無くした…

 

 全世界で《神野区の戦い》が生中継で放送されている…

 

 

 

 ヒーロー側の《日本のトップヒーロー達》と、ヴィラン側の《ヴィラン連合のボス》及び《破滅の象徴 ロベルト・ハイドン》の対決。

 

 誰もがオールマイトやヒーロー側の勝利を疑っていなかった…

 

 

 

 しかし…いざ蓋を開けてみれば…

 

 オールマイトは、ヴィラン連合のボスとの戦闘中に本当の姿を晒し、ロベルト・ハイドンの素顔を見た途端に気を失って動かなくなった…

 

 その後に参戦してきたトップヒーロー6人が、ロベルト・ハイドンと戦うも、1人を相手に圧倒されて逆に重症を負わされたのに対し、ロベルト・ハイドンはほぼ無傷…

 

 

 

 世界中の人々は…この戦いに釘付けになっていた…

 

 途中で見るのをやめておけば…どれだけ良かったことか…

 

 画面越しだろうと関係ない…

 

 人々はその目に焼き付けることとなった…

 

 

 

 

 

 《何》をだって?

 

 

 

 

 

 神野区の上空…

 

 朝日が昇ると共に…

 

 暗雲の中からその姿を現した…

 

 

 

 

 

 ロベルト・ハイドン……

 

 本名《緑谷 出久》の……

 

 【十ツ星神器・魔王】の姿を…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【全身が黒い毛に覆われ…頭部と手足が骨である…あまりにも巨大な山羊の姿をした悪魔】…

 

『ブォオオオオオォオオオォオオオオオォォ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 世界中の人々は目が離せなくなった…

 

 

 

 突如出現した…恐ろしすぎる怪物に…

 

 

 

 それは真下に倒れているトップヒーロー達も同じ…

 

「な………なんだ……アレは…」ガタガタガタガタ

 

「…まさか……アレが……」ガタガタガタガタ

 

「折寺町を……滅ぼした力…」ガタガタガタガタ

 

「おい……フザけんなよ……デカ過ぎだろうが…」ガタガタガタガタ

 

「ば……ば……化け物……」ガタガタガタガタ

 

「アレは…生き物なのか……」ガタガタガタガタ

 

 【魔王】が出現する瞬間を肉眼で見ていたトップヒーロー達は……無意識の内に震えていた…

 

 《怪獣ヒーロー ゴジロ》や…去年に殉職した《Mt.レディ》なんて全く比にならない巨体に圧倒されていた…

 

 人間としての……生き物としての生存本能が彼らに訴えかけているのだ…

 

 【魔王】という存在に対する《恐怖》という本能が…

 

 

 

 

 

 しかし…まだ始まってすらいなかった…

 

 

 

 人々はこれから知るのだ…

 

 

 

 《本当の恐怖》を…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 【魔王】のすぐ横にいる出久が南に向かって指を示した…

 

 すると【魔王】は、出久の指差す方向へと動き出したのだ!!!

 

 その巨体から決して想像できない速度で動き出した【魔王】は、空中から徐々に地面へと降下していき…

 

 通りすぎていく町を容赦なく破壊しながら進んでいく!!!

 

 町を出て…海に到達してもその勢いは止まることなく!!!

 

 今度は海を割っていく!!!

 

 そして…

 

 地平線の向こうへと姿を消していった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今の光景を見ていた人々は『自分の目を疑っているか…』もしくは『夢を見ているのか…』と現実逃避をしていた…

 

 だがこれは現実である…

 

 オールマイトの必殺技が可愛く思えてしまう…

 

 その【魔王】の一撃によって…

 

 都市は抉られて更地となり…

 

 海が2つに裂けた…

 

 

 

 

 

パチッ…パチッ…パチッ…パチッ…

 

「素晴らしいよロベルト!君は本当に素晴らしい!!!」

 

 出久の隣にいるオール・フォー・ワンは、歓喜の言葉を言いながら出久に拍手を送っていた。

 

「いえ…先生。これではまだ駄目です…。僕の《夢》を果たすには、まだまだこんな威力では駄目です。残り《4発》……それを使うまでに…もっともっと強くなって見せます!」

 

「本当に君は謙虚だねぇ………気が変わったよ、オールマイトは生かしておこう…」

 

「よろしいので?」

 

「ああ…君が提案してくれた《永遠の苦痛》によって、悶え苦しむ彼を見たくなってしまってねぇ」

 

「そうですか………ん?」

 

 ゾワァ…

 

 空中で2人が話し合っていると…

 

 2人の目の前に《黒い靄》が現れた…

 

「どうやら黒霧さんの意識が戻ったようですね」

 

「実に良いタイミングだ……では帰ろうかロベルト」

 

「はい、先生」

 

 出久とオール・フォー・ワンは黒い靄を通って姿を消した…

 

 

 

 

 

 こうして…《神野区の事件》は…幕を閉じた…

 

 世界に…《恐怖》を刻み込んで…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神奈川県の神野区で起きた《悪夢》…

 

 雄英の林間合宿で誘拐された3人の生徒と1人のプロヒーローの救出作戦の筈が…

 終わってみれば、事態は思わぬ方向へと進んでしまった…

 

 

 

・突如、神野区が半壊滅状態となった…

 

・オールマイトと互角に渡り合う大物ヴィランの存在が明らかとなった…

 

・オールマイトの本当の姿が晒された…

 

・ロベルト・ハイドンが素顔を公開した…

 

・オールマイトがロベルトの顔を見た途端に気絶した…

 

・ロベルト及びジェントル・クリミナルが、ヴィラン連合と結託していることが判明した…

 

・トップヒーローが6人がかりでロベルトと戦うも、6人全員が重症を負わされた…

 

 

 

 この数々の事実に…世界中の人々はその全てを受け入れるのにとても時間がかかった…

 

 

 

 だがそんな中で何よりも世界中の人々の心に深く刻まれたのは…別にある…

 

 

 

 それは…【十ツ星神器・魔王】…

 

 

 

 この世界では、ロベルト・ハイドンこと《緑谷出久》のみが使うことが出来る【究極の神器】…

 

 

 

 その破壊力を目にした者達は…

 

 

 

 ロベルト・ハイドンを…

 

 

 

 緑谷出久を恐れた…

 

 

 

 

 

 そんな折、ロベルト・ハイドンこと緑谷出久が…神野区でトップヒーロー達との戦闘中に語った言葉…

 

 《出久が折寺町を滅ぼした理由を…オールマイトと爆豪勝己が知っている》…

 

 ロベルトとの戦いによって負傷した傷の治療を終えたグラントリノとトップヒーロー達は、その事実確認のために《オールマイト》と《爆豪勝己》そして《ヒーロー協会》と《ヒーロー公安委員会》に確認をとった…

 

 

 

 そして…彼らは知ったのだ…

 

 緑谷出久という少年が…

 

 どうしてロベルト・ハイドンという凶悪ヴィランになってしまったのかを…

 

 

 

・内密にヒーロー協会が隠蔽してしまった《緑谷出久が書き残していた悲痛のメッセージ》…

 

・爆豪勝己が…緑谷出久に何をしてきたのか…

 

・オールマイトが…緑谷出久に何を言ったのか…

 

・そして何故…緑谷出久は折寺町だけでなく…自分の母親まで消滅させたのか…

 

 

 

 《ヴィランになる前の緑谷出久》が残していた学生鞄の中に入っていた教科書とノートの余白を埋め尽くす程に書かれた………全ての真実…

 

 この真実はいずれ…世界中の人達が知ることだろう…

 

 

 

 その真実をいち早くを知ったエンデヴァーとグラントリノは鬼の形相となって《事情聴取を受けていた爆豪勝己》と《重症及び精神的ショックで寝込んでいたオールマイト》へ容赦ないパンチとキックを一発ずつ喰らわせた…

 

 これにより、オールマイトの入院期間は更に延長されたらしい…

 爆豪勝己も同じく入院することとなった…

 本来ならリカバリーガールが個性で治癒してくれれば、オールマイトはともかく爆豪はすぐに退院できたのだが…リカバリーガールも《緑谷出久がヴィランになった真相》を知り、彼女は治療を断ったために2人の入院期間は延びてしまった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヒーロー側の結束が崩壊寸前になっていく中…

 

 神野事件以降のヴィラン連合とジェントル一行は何をしていたかを語りましょう…

 

 

 

 

 

 ヴィラン連合のボスであるオール・フォー・ワンは、神野区の戦いで無理をしすぎたためにドクターからの長期治療を受けながら安静にしなければならない状態となった…

 

 オール・フォー・ワンは、死柄木弔を正式にヴィラン連合の後継人とし…その後すぐに姿を眩ませた…

 

 

 

 オール・フォー・ワンが事実上《ヴィラン連合のボス》から引退したことで、リーダー兼ボスとなった死柄木弔は、ヴィラン連合のメンバーとジェントル一行を一度召集し、これからの活動について別のアジトで話し合いをした。

 

 しかし、これといった案は決まらず、黒霧が出した無難な提案として《強い仲間を増やすこと》と《強いヴィラン組織と同盟を組むこと》を目先の目標とし、暫くは全員《自由行動》となった。

 

 

 

 暫くして…トゥワイスが《ある大物》に声をかけたと連絡が入り、急遽山奥のゴミ処理場へと集まることとなった。

 突然の召集だったために全員は揃わず、死柄木、マグネ、コンプレス、スピナー、トガ、ロベルトの6人が集まり、トゥワイスが連れてきた《極道の若頭》と密会をした。

 

 死柄木は《極道の若頭》に同盟を持ちかけた。

 

 だがあろうことか…《極道の若頭》こと《オーバーホール》は、逆にヴィラン組織とジェントル一行に『俺の傘下になれ』と言ってきたのだ!

 

 思わぬ返答にその場の空気がピリピリしていく…

 

 マグネが先制しようとした直前、オーバーホールは『返答はゆっくり待つ…』と言って去っていった…

 

 オーバーホールという男は、今回の交渉については強引にでも自分達の意見を成立させようと考えており、部下達を待機させるだけでなく《秘策》だって用意していた…

 

 それだけの準備をしておきながら…直前になって《戦闘は避けること》をオーバーホールは無意識に選んでいた…

 

 

 

 

 

 それは何故か?

 

 

 

 

 

 オーバーホールだけでなく…世界中のヴィラン達は《破滅の象徴》である《緑谷 出久》を恐れているからだ…

 

 言うまでもないが、ジェントルがネットにアップする動画を見るのは何もヒーローや一般人だけではなくヴィランだって見ている。

 去年からジェントルの仲間として現れたロベルト・ハイドンが、未知の個性を使ってプロヒーローを何百人も再起不能にしていることも当然ながら知っている。

 ただし去年までは、世界中のヴィラン達も《少し強いだけのルーキーヴィラン》だと思い込んでいた…

 

 しかし…それは間違いだった…

 

 今年の神野区の戦いにて出久が使った【魔王】という恐ろしい力を知ったことで、ヴィラン達は考え改めることになった…

 

 

 

 どんなに策を労したとしても…

 

 《ロベルト・ハイドンを敵に回すこと》は…利口な人間がすることでない…

 

 

 

 それだけのことを分かっておきながらもオーバーホールは、ヴィラン連合に対して強気の姿勢を見せた。

 彼らにも絶対に譲れない誇りや覚悟があるため、例え相手がどんなに強敵であろうとも《決して下手(したで)には出ない》というプライドがあるのだ…

 

 

 

 

 

 だが、そのプライドの高さが原因で…指定敵団体《死穢八斎會》は壊滅の運命を辿ることとなる…

 

 

 

 

 

 密会をした日から数日後、死柄木は1人で死穢八斎會の地下アジトを訪れてオーバーホールと交渉するも良好な話し合いにはならず、オーバーホールは一方的な交渉を求めた上に『黒霧、マスキュラー、ムーンフィッシュ、トガ、トゥワイス、ロベルトの6人を八斎會に入れる』と言ってきたのだ。

 

 その時点で死柄木は…《ある計画》を頭の中で組み立てつつあった…

 

 

 

 翌日、『協力関係を築く…』という名目の元でトガ、トゥワイス、ロベルトの3人が死穢八斎會の地下アジトを訪れた。

 オーバーホールを初め、補佐や本部長、幹部クラスの精鋭達が集まっており、3人は着いて早々いくつもの質問をされた。

 その際《全身黒い服装をしていたペストマスクの男》の質問に対して、トガとトゥワイスは個性の詳細を全て正直に話した。

 だが…ロベルトだけはどんなに質問をされても必要なこと以外は一切答えなかったことに、八斎會のメンバーは動揺した。

 疑念はあったが、そのまま3人は仕事があるまで八斎會の地下にて待機することをオーバーホールは命じた…

 

 

 

 そして…3人が動く仕事はすぐにやって来た…

 

 

 

 ある日の朝、死穢八斎會事務所である邸宅前に《プロヒーロー達》と《警察の機動隊》、更には《雄英生(6人)》までもがゾロゾロと集まっていたのだ。

 

 それからすぐに戦闘が始まった!

 

 

 

 

 

 しかし、今回の事件でヒーローが活躍することはほとんど無かった…

 

 

 

 

 

 何故って?

 

 

 

 

 

 ナイトアイを始め、ファットガム、ロックロック、イレイザーヘッドなどのヒーロー達と雄英高校の学生3人が、八斎會の地下通路へと突入した際に見た光景…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オーバーホール含め…補佐も…本部長も…幹部である鉄砲玉八斎衆(玄関にいた《活瓶 力也》以外)の全員が再起不能にされていたのだ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして…彼らを再起不能にした《犯人》をヒーロー達はすぐに特定できた…

 

 地下への階段を降りてすぐ、滅茶苦茶になった地下通路にて…ボロボロになって白目を向くオーバーホールの胸ぐらを掴んで持ち上げている《ロベルト・ハイドン》と、そんなオーバーホール達の有り様にスマホを向けながらゲラゲラと笑っている《トガヒミコ》と《トゥワイス》が目に入ったからである…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突入してきたヒーローや警察達は、ロベルトの姿を見た途端…暑くもないのに冷や汗を大量に流しながら気を引き締め直した…

 

 そんな彼らに対して、持ち上げていたオーバーホールを床に叩き付けたロベルトは、右手に【巨大な大砲】を構えると砲身をヒーロー達に向けた…

 

 戦闘が始まる!………と思いきや…ロベルトはヒーロー達が予想もしていない行動にとった。

 

 ロベルトは大砲の砲身をヒーロー達から頭上に向けると、大砲を発射したのだ!

 発射された砲弾は地下から地上までの大穴をあけた。

 ヒーロー達は戸惑っていたが、ロベルトは《帰り道》を確保すると【黒い羽】を背中から生やし、トガとトゥワイスを抱えると地上までの大穴を通って颯爽に飛び去っていった…

 

 

 

 あまりにも予想外すぎる出来事の連発に、ヒーローと警察達は、ロベルト達が去ってからも暫くは硬直していた…

 その後、破壊されていない地下アジトの部屋から目的であった《女児》を保護し、《八斎會の壊滅》は物凄く呆気ない形で終わりを迎えてしまった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …と思われたのだが!!

 

 まだ終ってはいなかった!!!

 

 オーバーホールを護送していた護送車とパトカーが、死柄木、荼毘、コンプレス、マグネ、スピナー、ジェントル、ラブラバ達による襲撃を受けたのだ!!!

 

 事件現場から死柄木達が去った時には、オーバーホールは《両腕》と《個性破壊弾》と《その血清弾》が消えていた…

 

 護送の護衛をしていた《サンドヒーロー・スナッチ》は、高架下にて瀕死の重症で発見された…

 

 

 

 

 

 死穢八斎會の壊滅は《ヴィラン連合》と《ジェントル一行》によって、とても呆気なく解決に至った…

 

 

 

 

 

 そう…死柄木弔が考えていた《ある計画》とは…八斎會を潰し…オーバーホールを苦しめて…悔しがる姿を見ることだったのだ…

 

 そのためにわざと切り札であるロベルトを八斎會のアジトに忍ばせた上で相手を油断させ、ラブラバのハッキング技術を用いて八斎會の情報(地下アジトの見取り図など)をヒーローや警察に流出、ヒーロー達に八斎會を奇襲させるように仕向けさせ、ヒーロー達の奇襲と同時にロベルトに暴れるように死柄木は指示していた。

 

 そして、オーバーホールが護送される際に、死柄木本人が自らで手を下し…追い討ちをかけて…オーバーホールが長年研究していた《秘策》を目の前で横取りする事…

 

 これが死柄木の立てた計画の断片である…

 

 

 

 

 

 ただ1つ、ヴィラン連合に誤算が生じた…

 別行動をとってた黒霧が、ヒーローと警察に捕まってしまったのだ。

 ロベルトやトゥワイスは、黒霧を助けにタルタロスヘ奇襲をかけようと死柄木に相談したが、死柄木は『時期を待て…』とだけ言い…ロベルトやトゥワイスを黙らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 死穢八斎會の一件以降、再び姿を眩ませたヴィラン連合とジェントル一行は、死柄木の指示によってそれぞれ別行動をとることになった…

 

 ヴィラン連合側は、《オール・フォー・ワンのボディガード》だった巨人を従えるために…

 

 ジェントル一行は、ドクターの元で強化実験を受けていた《ナイン》という男とその一味に対して、ヴィラン連合との正式な同盟を組ませるために…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから時が流れて…

 

 迎えた次の年の3月下旬…

 

 《ヒーロー》と《ヴィラン》による全面戦争が繰り広げられた!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●全面戦争から半年後…

 

 

ロベルト・ハイドン(緑谷 出久) side

 

 ジェントル達との出会いから2年以上の月日が流れた9月下旬…

 

 日本はすっかり変わり果てた姿となり…

 

 

 ヒーローは居場所を失い…

 

 

 ヴィランには過ごしやすい国となった…

 

 

 

 

 

 僕は今、ある無人ビルの屋上から景色を眺めている…

 

 僕の視線の先にある景気は…お世辞にも絶景とは言えない…

 

 何故なら…この町は未だに再建が進んでおらず…残った建物は完全に廃墟と化し…町の中心には巨大なクレーターがあるという…見るも無惨な姿となった《折寺町》だからだ…

 

 

 

 ここに住む一般人なんて誰もいない…

 

 そう……《一般人》はいない…

 

 

 

「ここにいたのでゴザルか、ロベルト」

 

「マミーさん…」

 

 《赤い包帯を身体中に巻きつけた男》が僕の後ろに現れた。

 

「スケプティック氏から『雄英高校と士傑高校の残党を発見した』との連絡が入ったでゴザル。ジェントル、ラブラバ、マグネ、スピナー、トガ、トゥワイス、マスキュラーは雄英の方へと既に向かった」

 

「士傑の方は?」

 

「ナイン、スライス、キメラ、コンプレス、マスタード、ムーンフィッシュ、ナガンが向かったでゴザル」

 

「今回は《当たり》がいるかな?…あれ?弔さんと黒霧さんと荼毘さんは来ないんですか?」

 

「死柄木は別件のため不在、黒霧はあの巨人の様子を見に行くらしく、荼毘は身内の元へ行ったため、3人は今回は来られないとのことでゴザル。だが此方の戦力は足りてるでゴザル……それで…オヌシはどちらに向かう?」

 

「それは当然…《雄英》の方だよ」

 

「承知した。……(Pi Pi Pi Pi)……これでヨシ、今オヌシのスマホに雄英の潜伏先の座標を転送したでゴザル。拙者はナイン達と合流し…士傑の残党処理へ向かうでゴザル」

 

「了解、ところでナインさんは調子が良いみたいですね。去年、遠渡遥々日本の端っこまで赴いて《探し求めていた個性》がやっと馴染んできたってところですか?」

 

「左様、遠出したかいがあったでゴザル。ナインの個性のデメリットであった《細胞の死滅》も、《細胞活性化》の個性を持つ親子から奪ったおかげで、もうデメリットの心配をする必要は無くなったでゴザル。その試しにと、ナインは島で邪魔をしてきた雄英生達に《気象操作》の個性を全力で使ってみた結果…」

 

「島1つを跡形も無く消した……ですよね?」

 

「その通り、しかし拙者達が向かった島に雄英生がいたのは想定外だったゴザルよ。多少の邪魔はされたが大したことは無かった。だが…ナインのあの攻撃を受けて尚、まさか生き残りがいようとは…《ヒーローの卵》とは本当にしぶといでゴザルな。先の戦争でもそうであったように…」

 

 

 

 マミーさんとの会話の最中…

 

 僕は去年、こっち(本島)で雪が降り続いた頃の出来事を思い出していた…

 

 ヴィラン連合でドクターからの強化実験を受けたナインさんは、オール・フォー・ワンと同じ個性を制限付きで身につけた。

 だがその代償として、元の個性《気象操作》のリスクである《細胞の死滅》が悪化してしまったのだ。

 

 でもナインさんは前向きで、ならばと《細胞活性化》の個性を手に入れようと決断し、マミーさん達と共に姿を消して音信不通となった。

 

 僕とジェントルとラブラバさんは、弔さん達とは別行動を取って《ナインさん達と同盟を組む》ように言われていたため、僕達はナインさん達の足取りを追っていた。

 

 でも程無くして、ナインさん達が《目的の個性》を入手できたことを知った。

 

 ラブラバさんがHN(ヒーローネットワーク)をハッキングして、日本各地でプロヒーローの《個性損失事件》が多発してたのを知ってたから、ナインさん達が日本の何処にいるのかはおおよその検討がついていた。

 

 そしてさっきのマミーさんの言葉通り、本島から離れた離島にて《目的の個性を持つ子供》を発見したのだが、どういう偶然なのかその離島には《かっちゃん》を含めた《雄英高校ヒーロー科1年A組の生徒》がヒーロー活動をしていたのだ。

 

 当然、島へやって来たナインさん達を相手に、かっちゃん達は《ヒーロー》として戦った。

 

 でも所詮は学生……島の住民を守りながらの戦闘ではナインさん達に敵う筈もなく、襲撃初日こそナインさんの副作用もあって見逃してもらい、かっちゃん達は命拾いした。

 

 次の日の朝、ナインさん達4人は再度襲撃を開始、かっちゃん達は離れ小島に住民を連れて籠城をし、ナインさん達を迎え撃つ作戦をとった。

 

 彼らなりに必死に対抗したらしいが、かっちゃんは《爆破》の個性を、轟君は《氷》の個性を、林間学校で誘拐された際、オール・フォー・ワンに奪われて弱体化している。

 もっとも轟君は、神野事件の後からずっと精神病院に入院して休学中だがら島には来てなかったらしいけど。

 

 轟君のことはさておき、かっちゃんはオールマイトから授かったという《ワン・フォー・オール》を……《自分に残された個性》を使ってナインさんとの直接対決をした…

 

 

 

 でも…それも無謀だった……

 

 使いなれてない個性でナインさんと戦うなんて愚の骨頂…

 

 

 

 かっちゃんは片腕を壊し…ナインさんの竜巻によって海へと吹き飛ばされた…

 

 圧倒的に戦力不足であった雄英ヒーロー科A組は………ナインさん達に敗北した…

 

 ナインさんは目的であった《細胞活性化》の個性を手に入れることに成功し、事実上の個性によるデメリットが無くなったナインさんは、反抗してきた雄英ヒーロー科1年A組への《餞別》として《気象操作》の個性を限界以上に発動…

 

 

 

 《天変地異》を起こして…島を消滅させた…

 

 

 

 勿論、ナインさん達4人は無事に脱出し、去年の暮れには此方へ戻ってきた。

 

 

 

 そして、本島へ戻ってきたナインさん達と鉢合わせた僕達は、ナインさん達に同盟を持ちかけた。

 最初は断っていたナインさん達だったけど、ナインさんが僕と1対1で戦うことを望んでいきたため、僕は【魔王】以外の能力を使って全力で戦った…

 

 勝負の結果は………僕が勝利した…

 

 戦いのあと…ナインさんもマミーさん達もヴィラン連合の同盟に承諾してくれた。

 

 

 

 

 

 《島1つの消滅》は…《折寺町の惨劇》と《神野区の悪夢》に次ぐ大事件として世界を震撼させた。

 

 後日のニュースにナインさん達の情報は報道されなかったけど、色々なことが判明した。

 

 まず、本島から離れた離島にどうして雄英生(ヒーロー科1年A組17名)がいたのかというと、ヒーロー公安委員会が提案した《ヒーロー活動推奨プロジェクト》という名目の元《雄英ヒーロー科1年A組》が抜擢されて、臨時のヒーロー活動をしていた。

 

 だが…そこへ運悪くその島にナイン達が来てしまったという訳だ…

 

 

 

 ナインさんが起こした大災害によって、あの島での生き残ったのは…僅か《13人》…

 

 しかもその内の《11人》が雄英生で、島の住民で生き残ったのは…たったの《2人》…

 

 《その2人以外の島の住民や観光客》…《雄英高校ヒーロー科1年A組生徒6人》の死亡が確認された…

 

 

 

 生き残った雄英生は、誰も彼も相当な重症を負っただけでなく…心に大きな傷を刻み込んだ…

 

 特に離れた小島にて籠城作戦を発案したという《轟君と同じく推薦入試で合格したお金持ちの女子生徒》は、精神的ショックによって心が壊れ…身体の傷が治ったあとは精神病院で入院になったそうだ…

 だが治療を受けるも…回復はまったくせず…とてもじゃないが復学できる精神状態ではないため…その女子生徒は雄英高校を去る結果となった…

 

 

 

 この一件で亡くなったヒーロー科生徒6人の中に《かっちゃん》の名前は無かった…

 

 

 

 かっちゃんはナインさんとの戦闘で片腕は失ったようだけど…

 

 

 

 まだ生きている…

 

 

 

 良かったよ……生きててくれて…

 

 

 

 かっちゃんには…もっともっと生きて苦しんでもらわないといけないからねぇ…

 

 

 

 余談だけど…

 

 生き残った島の住民である《幼い姉弟》の内、その弟が持っていた個性がナインさんの欲していた《細胞活性化の個性》だったらしい…

 

 島の住民を守れず…幼い子供の個性を奪われ…仲間も多く失った《雄英ヒーロー科1年A組生徒》に対して…世間はとても冷たかった…

 

 『命をかけて戦った』…とは言っても…

 

 所詮は《結果が全て》の世の中だ…

 

 生き残った《かっちゃん達》は、《亡くなったクラスメイトの家族》…《亡くなった島の住民の関係者》…《雄英高校や他のヒーロー高校の生徒達》という大勢の人々からの《八つ当たり》や《罵声》を受けるだけでなく、世間からの《ネットやメディアを通しての誹謗中傷の嵐》を事件のあとからずっと浴びていた…

 

 更に《亡くなったA組生徒6名》に対して、世間の人々は『犬死に』だの『無駄死に』だのと心無い暴言と非難を口にする世間の人々も多かった…

 

 だけど生徒達の不幸は更に続いた…

 

 《ヒーロー活動推奨プロジェクト》を提案したヒーロー公安委員会は、あろうことか今回の事件の全ての責任を《かっちゃん達》に擦り付けたのだ!

 当然ながら雄英高校の教員達は、ヒーロー公安委員会のそんなフザけた意見に激しく抗議した!

 だが僕やジェントル、弔さんやナインさん達の対処でヒーロー公安委員会は手一杯のため、雄英高校を擁護している余裕などなく、むしろ余計な仕事を増やした《かっちゃん達》を逆に責め立てていた!

 

 結果として、島での激闘を生き残った1年A組11人は集中的に非難をされ…クラスメイトも殺され…心身共に追い詰められていた…

 それでも退院した生徒達は1人を除いて、雄英高校に通い続けていた…

 亡くなったクラスメイト達の償いとして…彼らの分も立派なヒーローになると誓って…

 

 

 

 

 

 だが近い将来…

 

《ヴィランに恐怖して心が折れ…ヒーローの夢を諦めて雄英高校を去る生徒》…

 

《亡くなったクラスメイトや…心を壊されたクラスメイトの敵討ちを目的にヴィジランテになる生徒》…

 

《雄英に残り…未だにヒーローを目指す生徒》…

 

 …などという考えを持ち、いくつかの部類に生徒達は分かれることとなる…

 

 それは《意地》なのか…

 

 それとも《叶えたい夢のため》なのか…

 

 僕には到底理解できない…

 

 

 

 

 

 今更だが雄英ヒーロー科1年A組は、最初19人だった。

 

 だが雄英体育祭後の職場体験にて、身内の復讐を望んだ《インゲニウムの弟》が、逆に返り討ちとなって《ヒーロー殺し・ステイン》によって命を落としたことで、ヒーロー科1年A組に亀裂が入った…

 

 クラスメイトが1人いなくなった1年A組18人は、危うくバランスを崩れそうになったが何とか持ちこたえて《林間学校》《仮免試験》《インターン》という数々の苦難を乗り越えていった。

 

 しかし、それもナインさん達に出会ってしまったことで…そのバランスは崩れ去った…

 

 離島におけるナインさん達との戦闘によって、今度は《6人のクラスメイト》が命を落とし…《1人の女子生徒》がリタイアした…

 

 この一件で亡くなったのは…

 

・林間合宿にてコンプレスさんが誘拐してきた《常闇 踏陰》君…

 

・同じく林間合宿で見かけた《障子 目蔵》君…

 

・《尖った頭をした大柄の男子生徒》…

 

・《タラコ唇で筋肉質の男子生徒》…

 

・《透明人間の女子生徒》…

 

・《黒目でピンク色の肌をした女子生徒》…

 

 …以上の6人の生徒達である…

 

 どうやらナインさんが島を吹き飛ばした際に洞窟などにいたため、落石にあったことが亡くなった原因だとされている。

 ただし障子君だけは、島の住人である幼い姉弟を最後まで守っていたために、ナインさんによってトドメを刺されて亡くなったらしい…

 

 常闇君が亡くなったことを知って、コンプレスさんは落ち込んでいた…

 

 

 

 

 

 ヒーロー科1年A組の生徒達は雄英に入って1年を経過する前に7人ものクラスメイトが命を落としてしまった…

 

 そして全面戦争の後…残った12人はバラバラになって《4つのパターン》に分かれた…

 

 

 

 

 

① まず1つ目のパターンは、雄英高校を《自主退学した生徒達》である。

 

 名前は覚えてないけど…

 

・《ヘソからレーザーを発射する男子生徒》…

 

・《電気攻撃ができる男子生徒》…

 

・《頭部から紫色の粘着ボールを生やし投げていた男子生徒》…

 

 …この3人は…雄英高校から去った……いや『逃げた』と言った方がいいかな?

 

 先の全面戦争でギガントマキアさんの進撃を止められなかったことによって…和歌山県から京都府までの町に甚大な被害を及ぼし、多くの死傷者を出してしまった…

 これにより世間からのヒーロー(仮免持ちの学生含め)に対する非難や批判はエスカレートしていく一方で、生徒達は心身共に追い詰められたのが原因で雄英から姿を消してしまった…

 

 それはA組のみ止まらず…同じヒーロー科であるヒーロー科1年B組や他の科の生徒達も何十人と雄英を自主退学したそうだ…

 

 こっちも名前は覚えてないけど、ギガントマキアさんとの戦闘時に見かけたB組の面子によれば…

 

・《腕や足を高速回転させる男子生徒》…

 

・《キノコのような帽子を被った女子生徒》…

 

・《片目だけに青いサングラスをかけた小太りの男子生徒》…

 

・《頭から2本の角を生やした金髪の女子生徒》…

 

・《身体を分解していた緑髪の女子生徒》…

 

・《地面を沼に変えてギガントマキアさんを一時的に足止めした男子生徒》…

 

・《目元の穴から接着剤を出していた大柄の男子生徒》…

 

・《和服を着て口元を隠していた女子生徒》…

 

 …以上の8名も雄英高校を去った…

 

 

 

 

 

② 次に2つ目のパターンは、去年戦ったナインさん達に対して《クラスメイトの敵討ち》を目的とし、全面戦争後に雄英高校から忽然と姿を消して《ヴィジランテになった生徒達》だ。

 

 こちらも僕は名前を覚えてはいないけど、どんな個性と特徴があったかは覚えてる…

 

・《尻尾が生えてる男子生徒》…

 

・《身体を硬質化する男子生徒》…

 

・《肘からテープを発射する男子生徒》…

 

 以上の3人は全面戦争後、雄英学校の寮へ戻されてから数日後…雄英寮の自室に手紙を残し突然姿を眩ましたそうだ。

 

 しかも呆れたことに此方のパターンにもヒーロー科1年B組の生徒だけでなく他の科の生徒も何十人かいる。

 

 因みにB組生徒達は《林間学校で僕と戦ったことにより、心身共に重症を負って未だに精神病院から出られない拳藤さんと鉄哲君の仇をとるため》にヴィジランテになったとか…

 

・《触れた物をくっつけていた男子生徒》…

 

・《身体から刃物を出す…スピナーさんに少し似ていた男子生徒》…

 

・《全身真っ黒な男子生徒》…

 

・《サングラスをかけた獣のような男子生徒》…

 

・《見えない空気の壁を作っていた男子生徒》…

 

・《顔に漫画の表紙を貼り付けていた男子生徒》…

 

・《複数の個性を同時に使っていた男子生徒》…

 

・《腕のサポートアイテムから硬い鱗を発射していた男子生徒》…

 

 …以上の8人も寮の自室に手紙を残して雄英高校から忽然と姿を消した…

 

 時折《超常解放戦線のメンバー》が彼らと戦ってるらしく、A組生徒とB組生徒はそれぞれ別行動をしているそうだ…

 

 ヒーローを育成する雄英高校に入学した学生達が、復讐のために自らの意思でヴィジランテになるなんて皮肉なものだよ…

 

 今…彼らは何処に潜んでいるのやら…

 

 

 

 

 

③ 3つ目のパターンは、現在も病院に隔離入院させられて《休学している生徒達》である…

 その生徒に当てはまるのは《かっちゃん》と《轟君》…そして《お金持ちの女子生徒》の3人であり…

 かっちゃんと轟君は、林間合宿で僕達に拐われてオール・フォー・ワンにそれぞれ個性を1つずつ奪われた。

 かっちゃんは《爆破》の個性を、轟君は《氷結》の個性を失った…

 

 神野事件後…2人は壊れた…

 

 

 

 かっちゃんは《爆破の個性を奪われたと知って怒り狂った》矢先…

 《ロベルト・ハイドンの正体が僕(緑谷出久)という真実》…

 《僕を自殺に追いやったヒーローがオールマイトだという事実》…

 急遽明らかになっていく真実に…かっちゃんは苦しんでいた…

 それでも…かっちゃんは持ち前の《自尊心》と《プライド》によって、神野事件後も雄英高校に通い続けながら、使い慣れないワン・フォー・オールを短時間で鍛えあげて仮免をもぎ取った。

 

 ナインさんとの戦闘で左腕を失ったにも関わらず、それでも雄英高校に通い続けた…

 

 そして迎えた全面戦争……結果は僕達ヴィランの勝利で終わり、その戦いで運良く生き残ったかっちゃんは、戦争後はずっと昏睡状態で眠り続けおり…未だに起きないそうだ…

 

 まぁ…起きたら起きたで…また《地獄》を味合わせてあげるけどね…

 

 

 

 そして轟君は…かっちゃん以上に《心の傷》を負っていた…

 

 荼毘さんが轟家の詳細を語ってくれたおかげで、轟君の精神が壊れた理由がハッキリした。

 

 《轟 焦凍》君は謂わば…父親であるエンデヴァーにとっての《オモチャ》であり《操り人形》という存在、エンデヴァーの私情と都合によって…この世に生まれてきた《作品》だったんだ。

 エンデヴァーはオールマイトを超えることができないスランプによって、自分が間違った人生の選択をしていることに気づくことができずに《個性婚》という道を選んだ。

 その結果、エンデヴァーは4人目に産まれた最高傑作である《2つの個性を宿した轟 焦凍君》へ、自分の野望の実現のためだけに、非人道的な教育をしてきた…

 

 そのかいあって轟君は雄英高校に推薦トップで合格するまでに成長し、エンデヴァーの理想へと形成しつつあった。

 

 轟君の心を壊しながら…

 

 轟君は確かに強い………でもその実力以上に父親への《憎しみ》と《恨み》の感情の方がずっと強かった…

 本来なら彼の心は…いつ壊れてもおかしくなかったのだ…

 そんな轟君が壊れずにいられたのは…《母親の個性(氷結)》があったからである…

 

 だが…轟君の心の支えであった《氷の個性》をオール・フォー・ワンに奪われてしまい、自分の身体に残ったのは父親の《炎の個性》だけなのだと神野事件後に知った途端、轟君は突然《パニック症状》を起こして気絶………それから轟君は《昏睡状態》になってしまったそうだ…

 

 ラブラバさんがハッキングして調べた情報によると、名医いわく轟君の容態は『生きてはいるが…意識が回復する見込みは限りなく低い…』との診断結果だとか…

 

 轟君にとっては…自分の身体に残った《父親の個性》は……もはや《呪い》でしかない…

 

 轟君が《そんな状態》になったと分かれば、次に何が起きるのかは僕でも予想できた…

 

 事実、神野事件の後に《エンデヴァーがオールマイトと林間合宿を担当していた6人のヒーローに個性を使って危害を加えようとしたニュース》が報道された…

 

 やはりというべきなのか…安易に想像できたというか…

 

 息子を一番苦しめた張本人であるエンデヴァーは《自分の過去の過ち》を棚にあげて、オールマイトや他のヒーロー達を罵詈雑言で責め立てた上で焼き殺そうとしたのだ。

 幸いにも、他のトップヒーロー達が総出でエンデヴァーの止めに入ったおかげで最悪の事態は免れた…

 事前にエンデヴァーが、かっちゃんとオールマイトを1発ずつ殴っていたため、ヒーロー協会も警戒をしていたとか。

 

 だが、エンデヴァーが個人的に起こした騒動は、神野事件の処理に追われていたヒーロー協会に大打撃となり、悩んだヒーロー公安委員会はエンデヴァーを一時的にタルタロスへ閉じ込めた。

 《現役のトップヒーローがタルタロスに収監される》なんて前代未聞だったが、起こした騒動が騒動だったため、現役のプロヒーロー達は誰1人として《エンデヴァーのタルタロス短期収監》には反対しなかった。

 

 トップヒーローが収容所にブチ込まれるなんて、僕達ヴィランにとっては《笑い話》でしかないよ。

 特に荼毘さんは腹を抱えて大笑いしていた。

 

 因みにエンデヴァーがタルタロスから出られたのは《下半期のビルボートチャートの前日》である…

 そしてヒーロー協会は何を考えたのか、エンデヴァーを《No.1ヒーロー》に位置付けた。

 その理由だが、オールマイトが倒れた今、No.1に値する日本のヒーローがエンデヴァーしか残ってないからだそうだ。

 

 …といっても、全面戦争が終わった後のエンデヴァーは再び収容所にブチ込まれたけどね…

 

 全面戦争後、エンデヴァー及び轟一家の処分については、全て荼毘さん1人に任せることとなった。

 

 それが荼毘さんなりの《家族の絆》らしい…

 

 ただし、エンデヴァーが収容所内で暴れだす危険性を懸念してか、療養していたオール・フォー・ワンが、エンデヴァーの個性《ヘルフレイム》を奪い取り、以前奪った轟君の個性《氷結》も合わせて、その2つの個性を荼毘さんに与えた。

 

 2つまでならともかく、3つ以上の個性を持つことは、生身の人間には不可能なんだけど…血縁者である荼毘さんはコレといった後遺症は起きずに、父親と弟の個性をその身に受け継いだ。

 

 それからの荼毘さんは頗(すこぶ)る絶好調となり、父親の《ヘルフレイム》がプラスされ…蒼炎の炎圧は以前とは比べ物にならない威力となって、今じゃ金属やコンクリートも一瞬で風化させてしまう程だ。

 更に轟君の《氷結》のおかげで、ナインさんと同じく個性のデメリットが無くなり、荼毘さんはその気になれば町1つを焼け野原に変えることは造作もないとのことだ。

 

 そんな荼毘さんは、暇な時間を見つけては《家族》の元を訪れて身内と話しをすることが日課になった。

 

 要するに何が言いたいのかというと…

 

 《エンデヴァーはもうヒーローじゃない…》《轟君がヒーローになることは無い…》ということだ…

 

 

 

 余談になるけど《拳藤さん》と《鉄哲君》もこの3つ目のパターンに入っており、轟君と同様にこの2人も全面戦争時はずっと病院にいた。

 

 他のヒーロー科1年B組のクラスメイト達が、全面戦争で必死に戦っていたのにもかかわらずにだ…

 

 

 

 

 

 以上の3つのパターンに別れた《ヒーロー科A組9名》と《ヒーロー科B組18名》に対して…『責任を逃れるために雄英高校から逃げた』…と世間は非難している…

 

 まぁ…どっちにしろ、全面戦争で僕達に負けた彼らは、元より世間からの誹謗中傷を受けてるから大差はないんだけどね。

 

 

 

 

 

④ それは4つ目のパターンである《雄英高校に残った生徒達》も同じだ。

 

 ヒーロー科の1年生で最後まで雄英高校に残ったのは……たったの5人…

 

 しかも、なんの偶然なのかA組に残った3人の生徒の内2人は、トガヒミコさんが『お友達になりたい』という《女子生徒達》なんだとか…

 

 

 

 

 

 もはや雄英ヒーロー科1年の生徒は…原型を留めていない…

 

 

 

 

 

 虚しいねぇ…かっちゃん…

 

 今まで色んな人から…『天才』だの『選ばれた人間』だの『将来有望』だの『未来のNo.1ヒーロー』だのって称えられてた君が…

 

 今では世間から散々叩かれるんだから…

 

 でもねぇ…かっちゃん…

 

 君にとっての《不幸》は…

 

 僕にとっては《幸せ》なんだよ?

 

 だからさ…もっともっと苦しんでよ…

 

 僕をもっともっと《幸せな気持ち》にしてよ…

 

 ねぇ……かっちゃん?

 

 

 

 

 

「……ロベルト?どうしたでゴザルか?急にボーッとして?」

 

「え?…あっ!すいませんマミーさん、ちょっと考え事をしていました!」

 

「そう……でゴザルか…」

 

「?」

 

「(拙者の目の前にいる少年は…去年あの島で戦った雄英生達と同い年………の筈だというのに、個性を完全にものにしたナインが未だ1度も勝つこと出来ない存在でゴザル…。我々の……いや…ナインの夢は《力を持つ強き者が弱き者を支配する世界》…ヴィランもヒーローも関係なく…力の前では全てが平等である《真の超人社会》を築き上げ、ナインは《新世界の支配者》になる筈でゴザった…。しかし、この少年の強さの前ではナインですら無力でゴザル…。ナインは夢を諦めて同盟を組んだ…それはナインだけでなく…拙者とスライスとキメラも同意したでゴザル。この少年は………強すぎるでゴザル…)」

 

「マミーさん?」

 

「ロベルト………今更でゴザルが…オヌシが味方であることに…拙者達は心から安心しているでゴザルよ…」

 

「?」

 

「失礼…独り言だ…気にしないでくれ…。拙者はこれよりナイン達と合流する。…ロベルトよ……残党とはいえ…くれぐれも抜かるのではないぞ…」

 

 マミーさんはそう言い残すと、瞬時に姿を消した…

 

「言われるまでもないですよ……さて僕も行くとするかな…

【花鳥風月(セイクー)】!」

 

 僕は背中から【九ツ星神器・花鳥風月】の《黒い翼》を出現させ、空へと飛び上がった!

 

 スマホで位置を確認しながら、目的地を目指して飛行した。

 

 マミーさんから転送された座標の位置が見えてくると、目的地である《廃墟》の前にジェントル達が待っていた。

 

 僕は颯爽に彼らの近くへ降り立ち、【花鳥風月】を解除した。

 

「来たか、ロベルト」

 

「待ちくたびれたぜロベルト!早かったな!」

 

 目的地に到着した僕にジェントルとトゥワイスさんが出迎えてくれた。

 

「ロベルト・ハイドン、本日も貴殿と共闘できること…感謝いたす…」

 

「ホントよね~♪ロベルト君ほど心強い仲間はいないわ~♪」

 

「よぉ!ロベルト!!!今日も一緒に暴れようぜーーーーー!!!!!」

 

 毎度のことながら僕に敬意を向けてくるスピナーさん。

 

 自称《ヴィラン連合のお母さん》であるオネェ口調のマグネさん。

 

 今すぐにでも暴れたい様子のマスキュラーさん。

 

 そして…

 

「キャッハーーー!!!またロベルト様と一緒に戦えるのですーーー!!!トガはとっても嬉しいのですぅ♪ね♪ラブちゃん♪」ギューーーッ

 

「離しなさいよトガ!私の方が歳上なんだからちょっとは敬(うやま)いなさいよ!!あと『ラブちゃん』言うなーーー!!!」ジタバタジタバタシタバタ

 

 デジカメをもったラブラバさんを抱っこするトガさんである…

 

「ロベルト!急いで飛んで来たから疲れてんだろ!?元気一杯だな!!戦いの前にこの俺が肩を揉んでやるぜ!感謝しな!土下座しろ!」

 

 トゥワイスさんは僕の背後へ移動すると、僕の両肩に手を置いてマッサージを始めた。

 

「トゥワイスさん、そんなことしなくても僕は大丈夫ですよ?」

 

「なぁに言ってんだ水クセェ!お前は俺やヴィラン連合にとっては命の恩人なんだぜ!?あのムカつくヤクザの鳥マスク野郎と、裏切り者のホークスをお前が懲らしめてくれたお陰で、俺達は今日も生きてるんだ!だから遠慮なんかするんじゃねぇよ!」

 

 トゥワイスさんは僕の言葉に機嫌良く返答してくれた。

 

 今は《1つの巨大ヴィラン組織》になったけど、そうなる前の《ヴィラン連合》でトゥワイスさんとは出会った。

 

 《開闢行動隊》での打ち合わせの際に知り合ってから、ヴィラン連合メンバーの中でもトゥワイスさんとは1番の仲良しである。

 

「ちょっとロベルト……ロベルト!!聞いてるの!?」

 

「え?なんですか?ラブラバさん?」

 

「『なんですか』じゃないわよ!撮影を始めるから早くスタンバイしなさい!あとトガ!いつまで抱っこしてるのよ!?いい加減下ろせーーーーー!!!!!」ジタバタジタバタジタバタジタバタ

 

 僕がちょっと前のことを思い出していると、撮影を始めるためトガさんは渋々ラブラバさんを地面に下ろしていた。

 

「まったくアンタは!?毎回毎回会う度会う度に問答無用で私を抱っこしてきて!私はお人形じゃ無いっての!」

 

「それはラブちゃんが可愛い過ぎるからなので仕方ないのです~♪」

 

「だから『ラブちゃん』言うな!!!ほらロベルト、いつまでもトゥワイスに肩を揉んでもらってないで!早く並んで!いつも通りジェントルが真ん中よ!」

 

「分かってますよラブラバさん」

 

 僕達はジェントルを真ん中に両隣へ3人ずつ並んだ。

 

「なぁ!もう暴れていいか!!?ワクワクが止められねぇんだよ!!!」

 

「まあまあ落ち着けよマスキュラー!俺も今すぐ暴れてーーーー!!!」

 

「静かにしろ2人共、撮影が終わったら作戦開始だ」

 

 マスキュラーさんとトゥワイスさんの暴走をスピナーさんが宥めていた。

 

「いつも賑やかですね、ヴィラン連合は」

 

「ええ、お陰で毎日退屈しないわ♪」

 

「今はロベルト君やラブちゃんとも仲良くなれて♪住みやすい世の中にもなってくれて♪トガはホントに幸せなのです~♪」

 

 僕の言葉にマグネさんとトガさんが機嫌良く返事してくれた。

 

「ゴホン!ではそろそろ始めようかな。ラブラバ、準備はいいかい?」

 

「いつでもOKよ!ジェントル!」

 

 ラブラバさんはビデオカメラを構え、僕達の撮影を始めた。

 

「リスナー諸君、皆はいつ・どんな時に紅茶を飲む?私は必ず仕事の前と後に飲む。紅茶の種類はその仕事の大きさによってブレンドを選んでいる……だがしかし!ここ最近は高級な紅茶を飲むに値する仕事が無いのだ!故に今日も私が仕事前に口にする紅茶は《コンビニでも買えるブレンド》になっているのだよ!どういうことか…おわかりかな?」

 

 ジェントルは右手にティーポット、左手にティーカップを持ち、紅茶を注ぎながらコメントを始めた。

 

「動画を見てる皆!補足として言っておくけど、ジェントルは貧乏になった訳じゃないわよ!?今朝のジェントルのモーニングルーティンは《ゴールドティップスインペリアル》っていう高級な紅茶で、他にも高級な紅茶は沢山ストックして置いてあるんだからね!!!」

 

「そう!今回の動画も前回同様に変わり映えのない内容ということだ!《元ヒーロー及び元ヒーローの卵達の残党狩り》!題して!

【元雄英生のレジスタス!襲撃してみた!】 」

 

「(僕達は今日も《獲物(ヒーロー)を狩るハンティングゲーム》をしている。でも最近見つけられる元雄英生は《普通科》や《経営科》の生徒ばかりだから、久しぶりに《ヒーロー科》の生徒を狩りたいなぁ…)」

 

 

 

 僕が内心で考え事をしていると、作戦が開始された!

 

 

 

 作戦とはいっても難しいことじゃない。

 

 廃墟の正面ではマグネさんとスピナーさんが、廃墟の裏にはトガさんとトゥワイスさんがそれぞれ待機してもらい、逃げようとする雄英生の対処を任せる。

 

 ジェントルとラブラバさん、マスキュラーさんと僕の4人は廃墟に突入し、中に隠れていた雄英生達を無抵抗だろうと関係なしに1人残らず無力化して捕まえる。

 

 隙を見て逃げ出そうとした雄英生がいたが、結局は外で待機していたヴィラン連合メンバー4人によって全員捕まえられた。

 

 

 

 そして…

 

 

 

「ん~残念だけど~今回捕まえた元雄英生にも《ヒーロー科の生徒》はいないみたいね~?」

 

 怪我を負わせて気絶させた雄英生達の顔を念入りに確認し、手持ちのリストと見比べながらマグネさんがそう呟いた。

 

「また梅雨ちゃんとお茶子ちゃんと会えなかったのです…」

 

「ちっ!また《ハズレ》かよ!嫌になるぜ!良いじゃねぇか!どっちにしろ雄英生だぜ!?そうだな!駄目だろ!」

 

 どうやらこの廃墟に潜伏していた元雄英生は、またしても《普通科》と《経営科》がほとんどで、あとは《サポート科》の生徒が数人いた程度であり《ヒーロー科》の生徒は1人もいなかった。

 

「トガ、トゥワイス、我々は雄英の残党を順調に捕獲している。今回の捕獲も決して無駄ではない、根気強くいこう。そうすれば…いずれ当たりである《ヒーロー科生徒》とも出会える」

 

「スピナーの言う通りよ、今回捕らえた生徒を合わせて雄英生徒は7割を超えたわ。あと今さっき、スライスから連絡があって向こうも士傑高校のレジスタンスを全員捕らえて終わったみたいよ?まあ、こっちと同じで《ヒーロー科》の生徒1人もはいなかったみたいだけど」

 

「ゲームっての簡単に終わっちゃあつまらねぇからなーーー!!!」

 

「ハハハハハハッ!諸君!悲観するない!今や時代は我ら《ヴィランの時代》だ!ヒーロー達が安心できる居場所などこの国には無い!我々は着実に彼らを追い詰めているのだ!その内に向こう側に限界が来て音をあげることだろう!さて、今日の仕事はこれで終わりだ!ラブラバ、撮影終了してくれ」

 

「OK、ジェントル」

 

 今日の僕達の仕事はこれにて終了した。

 

「ジェントル、今回の撮影の編集は僕がやっておきますよ」

 

「ああ、任せるよロベルト。ではスピナー君、我々はテレビ局に向かうとしよう。今日の番組の話題は《異形型個性のヴィラン》だ。そのゲストであるキミとキメラ君が本日の主役なんだからねぇ」

 

 ジェントルは今や動画配信者だけでなく、デトラネット社が主催であるテレビ番組【何故アナタはヴィランになってしまった?】の司会もやっている。

 毎週、組織のメンバーから選んで《その人が送ってきた苦悩の日々や転落人生についてジェルトルとコンプレスさんが相談に乗る》という番組だ。

 ゲストとして出演するヴィランの話を聞くのもそうだが、同時にその人達がヴィランになった原因が『ヒーローに見捨てられた…』『ヒーローが助けてくれなかった…』などという《ヒーロー達が悪者であるかのような話》へと進めていき、今もどこかへ隠れているヒーロー達の立場を悪くして責め立てていく……という目的もあるんだ。

 

 そして、今日の放送では《異形型の個性をもつヴィラン》として選ばれた《スピナーさん》と《キメラさん》がゲストとして出演する。

 

「わ…分かってる、ちゃんと何を話すかも考えてきたからな」ガクガクガクガク

 

 平静を保っているように見えるが、スピナーさんはテレビ出演することに緊張しているようだ。

 

「大丈夫なのですスピナー君、自分の気持ちを素直に言えばいいのです。私もそうでしたからね」

 

「落ち着きなさいよスピナー、私もトガちゃんも前にゲストとして出演したけど、私達は《自分が経験してきた人生で思ったこと》を素直に話しただけだったのよ?だからそんなに緊張する必要はないわ♪」

 

「心配すんなスピナー!テレビ越しに俺が見守っててやるからよ!恥かいてこいや!」

 

「お…おぅ…ありがとな皆……そうだよな!難しく考える必要なねえ!ちょっと前の個性社会に対する不満を全部語ってきてやるぜ!」

 

 ヴィラン連合のメンバーに励まされて、スピナーさんはすっかり落ち着きを取り戻した。

 

「では行こうかスピナー君、今メールでコンプレス君がキメラ君と共にテレビ局へ向かっているとの連絡があった」

 

「分かった。じゃあ皆、また後でな」

 

 ジェントルとスピナーさんは、打ち合わせの話をしながらテレビ局へと向かっていった。

 

「それじゃあラブラバさん、デジカメは僕が預かっておきますので、今日は皆さんと楽しんできてください」

 

「ええ、じゃあお願いねロベルト」

 

「トガちゃんとマグ姉は、午後から用事があるんだったっけか?あるわけねぇだろ!」

 

「はい♪マグ姉やラブちゃん達とお出掛けなのです~♪」

 

「スライスとキュリオスとナガンと合流して、皆で《女子会》よ~♪」

 

「マグネ!アンタは男でしょうが!?」

 

「もぅ~ラブちゃんたら~そんな細かいことを気にしちゃ駄目よ~♪」

 

「細かくな~い!って言うかアンタまで『ラブちゃん』言うなーーー!!!」

 

「ほらほらラブちゃん♪そんなに怒ってないで私達とお出掛けするのです~♪」ギュウ

 

「アンタは放せーーー!!!」ジタバタジタバタ

 

 いつの間にかまたトガさんに抱えられていたラブラバさんは、トガさんとマグネさんに文句を言いながら《女子会(?)》に出掛けて行った。

 

「行っちゃいましたね。あれ?そう言えばマスキュラーさんは?」

 

「おう!マスキュラーなら『まだまだ暴れ足りねぇぜ!!!』って言って《例の場所》に行くって言ってたぜ?そこにいるだろが!」

 

「そうですか……トゥワイスさん、このあと暇ならばアジトに帰る前に昼食でもいかがですか?今日は僕が奢りますよ?」

 

「マジか!?ラッキー!何食うよ!腹一杯だぜ~!」

 

 僕とトゥワイスさんは、このあと昼食を一緒に食べてからアジトへと戻った。

 

 それと、今回捕まえた元雄英生達は《待機していた仲間達》によって、先程トゥワイスさんが言っていた《例の場所》へと連れていかれた。




 音本 真の個性が出久君へ効かなかった訳は、《ロベルト・ハイドンの法則(終)》で判明したします。

 番外編の出久君が使う【花鳥風月(セイクー)】については、《うえきの法則》のアニメにて2種類(植木耕助と神様)しか登場していないため、今回の番外編における《ロベルト・ハイドンの【花鳥風月】》は《黒い翼》とさせていただきました。

 11月中に《ロベルト・ハイドンの法則(終)》と本編の《18話》、間に合えば《19話》を投稿いたしますので、今しばらくお待ちください。


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【番外編】ロベルト・ハイドンの法則(4)

【10万UA突破記念作】4作目!

 やっと完成しました…

 《ロベルト・ハイドンの法則(終)》なのですが、またしても長くなったために2つに分けて投稿いたします。

《ロベルト・ハイドンの法則(終)》
       ↓
《ロベルト・ハイドンの法則(4)》
《ロベルト・ハイドンの法則(終)》

 前回の話と同様に回想シーンが多めとなっておりますが、今回の話には《全面戦争》の場面を書いております。


●ヘドロヴィラン事件から2年5ヶ月後…

 

 

ロベルト・ハイドン(緑谷 出久) side

 

 午前中の仕事(ヒーローのハンティングゲーム)を終え、トゥワイスさんと昼食を一緒に食べてからアジトへ戻ってきた僕は、トゥワイスさんと別れて自分の部屋に戻り、ラブラバさんから預かったデジカメの映像を自分のパソコンを使って編集し、動画の作成に取りかかっていた。

 

 動画の作成をしながら…

 

 僕はふと…別のことを考えた…

 

 1人になると自然に考えてしまうのだ…

 

 

 

『《今の僕》を…《2年半前の僕》が見たらどう思うんだろうか?』

 

 

 

 …ってね…

 

 

 

 《2年半前の僕》は全く想像もしてなかった…

 

 自分が《ヴィラン》になるなんて…

 

 ロベルトさんと出会い…

 

 ジェントル達と出会い…

 

 弔さん達と出会い…

 

 今や僕は、世界が恐れる《ヴィラン組織の最高戦力》とされている。

 

 全面戦争が起こる前、僕達は《異能解放軍》や《ヒューマライズ》などの組織と同盟を組み、戦争後は世界中のヴィラン組織の大半を傘下にしたことで、《ヴィラン連合》は……いや《超常解放戦線》は世界最大のヴィラン組織となった!

 

 その世界最大のヴィラン組織の最高指示者は《死柄木 弔さん》である。

 

 

 

 

 

 えっ?ジェントルが最高指示者じゃなくて不満はないのかって?

 

 

 

 

 

 それについては特に問題ない。

 

 ジェントルは《歴史に名を残すこと》が目的であり、ヴィラン組織の指示者や先導者になることには興味がなかったのだ。

 

 その代わり、結成時のヴィラン組織のリーダーである《ジェントル》《ナインさん》《リ・デストロさん》達は同列の立場ということで、《弔さんの次に偉い立場》へとして位置付けられた。

 

 超常解放戦線の人員は、今や1億人を超えている…

 

 そんな大組織で僕は《最高戦力》なんて呼ばれてるだから…

 ホント、人生っていうのは何が起こるか分からないよね…

 

 よくもまぁ…ここまで仲間の誰も犠牲になることなく辿り着けたものだよ。

 

 

 

 

 

 え?キュリオスさんとトゥワイスさんが何故生きてるのかって?

 

 キュリオスさんは、ヴィラン連合と異能解放軍の抗争である《再臨祭》でトガさんに殺されたんじゃないのかって?

 

 トゥワイスさんは、全面戦争でホークスに殺されたんじゃないのかって?

 

 

 

 

 

 抗争?再臨祭?殺された?……なんのこと?

 

 

 

 

 

 確かに去年、弔さん達と僕達が八斎會の一件以降から別行動をとっていた際、ギガントマキアさんと1ヶ月以上ずっと戦っていた弔さん達の元に、義爛さんと《異能解放軍の人間》が会いに来たらしいけど、抗争になんてなってないよ?

 

 コンプレスさんから聞いた話によると、異能解放軍はヴィラン連合に対して自ら《同盟》を求めてきたらしく、ギガントマキアさんの睡眠時間を見計らって、《寝不足の弔さん》と《交代で戦闘と休憩をしていた荼毘さん以外のヴィラン連合メンバ―》が、異能解放軍のリーダーである《四ツ橋 力也》こと《リ・デストロ》とその幹部4人を交えて話し合いをした結果、互いに一致する目的があったことから正式に同盟を組んだらしい。

 

 勿論、異能解放軍との同盟については、別行動をしていた僕達3人にも報告が来た。

 

 ジェントルは『異能解放軍と同盟を組んだ』という知らせを聞くと、目に見えて驚き喜んでいる様子だった。

 実はジェントルがヴィランとして活動するに当たって参考にした本があって、その本の名前が【異能解放戦線】という古い本なのだが、その本を執筆したのは僕達に同盟を求めてきた異能解放軍のリーダー《四ツ橋 力也》…その父親である《四ツ橋 主税(ちから)》…通称《デストロ》なのである。

 デストロとは、オール・フォー・ワンにも匹敵する歴史に名を残した大物ヴィランの1人なのだ。

 

 要するに何が言いたいかと言うと、ジェントルは《デストロのファン》ということだ。

 

『デストロの意志が今も生きていたとは……リ・デストロと会えた時には…この本にサインしてもらえるだろうか…』

 

 …と【異能解放戦線】の本を持ちながらジェントルはそう呟いていた。

 

 

 

 

 

 ただ…連絡をくれたコンプレスさんは僕に対して…

 

『《お前を敵にするか》…《同盟を組むか》…頭の良い奴ならどっちを選ぶのが正しいのか…迷うことなく判断できると思うぞ?神野区でお前が使った《とんでもない隠し玉》……それを知ってりゃ尚更だ』

 

 と言っていた…

 

 

 

 

 

 それから暫くして…

 

 ギガントマキアさんを従えた弔さん達と、ナインさん達と同盟を組むことに成功した僕達は、和歌山県にある《群訝山荘》へと集まった。

 

 そして…

 

 その山荘の地下の広場にて…

 

 

 

 《ヴィラン連合》…

 

 《ジェントル 一行(3名)》…

 

 《ナイン 一行(4名)》…

 

 《異能解放軍》…

 

 

 

 その《4つのヴィラン組織》が1つとなり…

 

 

 

 

 

 統合されたヴィラン組織の名前は…

 

 

 

 

 

 《超常解放戦線》!!!

 

 

 

 

 

 一夜にして《巨大ヴィラン組織》が結成された!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、日本最大のヴィラン組織が誕生した丁度その頃…

 

 世界中の至るところで《個性が暴走し死傷者がでる事件》が発生していた。

 

 事件を起こした犯人は『人類の救済』という名目の元、《個性社会の崩壊》を企む《ヒューマライズ》というテロ組織の仕業であることが判明。

 

 組織の指導者の名は《フレクト・ターン》という肌を青く光らせた男であり、彼は『個性を病気』と発言し、先日再起不能にしたオーバーホールと似たようなことを言っている。

 

 だけど、正直僕達ヴィランが動く必要性は無く、世界中のヒーロー達がどうにかするんだろうと僕は考えていた…

 

 

 

 でも事態は僕が思い込んでたようには進まなかった…

 

 《世界中のヒーロー達が結束して悪に立ち向かう…》なんていうのは……とんだ建前…

 

 他国のヒーロー達は、日本のヒーロー達を信用していないためか…ヒーロー同士の連携は全くとれておらず、逆にヒューマライズによる被害は増加する一方だった…

 

 更にヒューマライズの最終目的が、ヒーローや一般人だけでなく、僕達ヴィランにも影響を及ぼす《世界同時襲撃の犯行予告》をしたことで、僕達も彼らの計画を無視することは出来なくなった!

 

 こうして僕ら《超常解放戦線》は結成してすぐ、ヒューマライズを壊滅させるためにと動くこととなった。

 この任務に選ばれたのは《僕》と《ジェルトル》と《ラブラバさん》、《ナインさん達(4人)》の7人だ。

 

 当たり前のことだけど、世界の危機とはいえ…僕達はヒーローと共闘する気なんて全くない。

 

 

 

 

 

 事実、僕らが動き出してから数日後、ヒーローがグダグダしている間に僕達7人は《ヒューマライズ》をアッサリと壊滅させた。

 

 黒霧さんがいないためワープは出来ないけど、移動手段については《異能解放軍》の協力もあって簡単に国外へと移動することが出来た。

 

 事と次第によっては僕の【十ツ星神器・魔王】を使おうと思ってたけど、今回はナインさんがいてくれたのもあって、【魔王】を使う必要は無かった。

 

 

 

 

 

 世界の危機は…

 

 僕達の手によって呆気なく過ぎ去った…

 

 

 

 

 

 世間的には《何故ヒューマライズが突然壊滅したのか》は新聞でもニュースでも不明となっている…

 

 表沙汰にはね…

 

 ヒーロー側は、ヒューマライズが誰によって壊滅させられたのかは大体の検討はついてるらしい…

 

 あと今回の一件、結果的にヒーローは評判を落とすだけとなった。

 《世界の危機》だって時にヒーロー同士でいがみ合ってれば、世間にそう思われたっておかしくない…

 この時期ならばヒーロー高校の生徒は《インターン》をしてる筈だが、ナインさん達によって評判がガタ落ちした雄英高校ヒーロー科1年A組生徒で、インターンに参加できているのたった3人だけだとか。

 

 

 

 

 

 とまぁ一悶着あったけど、僕達は任務を終えて日本に帰国し、弔さん達に《お土産》を持って群訝山荘へと戻ってきた…

 

 《重症を負わせたフレクト・ターン》というお土産を持って…

 

 後日、フレクト・ターン及び世界中にいる存在するヒューマライズの団員達は、超常解放戦線の一員となった。

 

 

 

 

 

 えっ?どうやってヒューマライズと同盟を結んだのかって?

 

 交渉をしたのかって?

 

 話し合いをしたのかって?

 

 

 

 何言ってるの?

 

 ナインさん達の時と同じように、口で言って分からないのなら、力ずくの暴力で解決させるのがヴィランでしょ?

 

 

 

 

 

 《ヒューマライズ》と同盟を組んで少し経つと、超常解放戦線の組織内でいくつかの部隊が編成された。

 

 ただしフレクト・ターンさんには、海外にてヒューマライズの残党を集めて、僕達と同盟を組んだことを団員達に説明してもらうために海外へと戻ってもらったから、フューマライズのメンバーは今回の部隊編成には含まれていない。

 

 そのため、4つの組織のメンバーや幹部達の実力や能力によって、それぞれの部隊に振り分けられた。

 

 とは言っても《ヒューマライズ》を除けば、超常解放戦線メンバーの9割以上は《リ・デストロ率いる異能解放軍》ではあるため、部隊の殆どは《11万人以上の潜伏解放戦士》である。

 でもリ・デストロさんは、同盟を組むにあたっての信頼の証として、少数ヴィランである僕達3つの組織のメンバー達に各部隊の《隊長》や《隊長補佐》等を任せてくれるということになった。

 

 その部隊は全部で《4つ》。

 

 各ヴィラン組織のメンバーと幹部はそれぞれが適材適所の部隊へと配属された。

 

 ただし、誰が《隊長》で《隊長補佐》なのかは未だ検討中…

 

 

 

〔 開闢行動人海戦術隊 BLACK 〕

トゥワイス

マスタード

ロベルト・ハイドン

トランペット

 

 

 

〔 開闢行動遊撃連隊 VIOLET 〕

荼毘

マスキュラー

ムーンフィッシュ

キメラ

外典

 

 

 

〔 開闢行動情報連隊 CARMINE 〕

トガヒミコ

ラブラバ

スライス

スケプティック

 

 

 

〔 開闢行動支援連隊 BRO W N 〕

マグネ

スピナー

Mr.コンプレス

マミー

キュリオス

 

 

 

 以上の18人が《隊長》及び《隊長補佐》として各部隊へ振り分けられた。

 

 あとこの時、各ヴィラン組織のリーダーである《弔さん》《ジェントル》《ナインさん》《リ・デストロさん》は最高指示者という立場になるんだけど、超常解放戦線のトップがこの4人の誰なのかはまだ決まっておらず、目先の目標である《ヒーロー社会の壊滅》が達成されるまでは、4人で《超常解放戦線の最高指示者》という解釈になった…

 

 

 

 ただ部隊の配属についてなんだけど、僕個人としては【能力】や【神器】を考えて《遊撃連隊》か《支援連隊》のどちらかに入ろうと考えていた…

 

 でも荼毘さんから内密に頼まれた仕事があったため、僕は《人海戦術隊》へ入ることになった。

 

 荼毘さんから頼まれ仕事…

 

 それは超常解放戦線の仲間になったNo.2ヒーローの《ホークス》が怪しいとのことで、ホークスがアジトにいる時は目を光らせてもほしいとの内容だった。

 

 荼毘さんいわく、もしホークスが何か良からぬことを企んでいたとして、超常解放戦線の幹部で狙われる可能性が高いのは《僕》と《トゥワイスさん》の2人だと言っていた…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして迎えた…

 

 ヒーローとヴィランの全面戦争…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 荼毘さんの悪い予感は的中した…

 

 群訝山荘にてヒーロー達との交戦が始まった際、味方である筈のホークスはトゥワイスさんを抹殺しようとしていたのだ!

 

 全面戦争のあったその日、僕は《京都府の蛇腔総合病院にてドクターの強化実験を受けている弔さんの様子を見に行く日程》となっていた。

 この《日程》は幹部クラス以上の人間だけしか知らず、他の誰にも教えていない情報だ。

 仮に幹部の誰かがうっかり口を滑らせたとしても、それは幹部が話した相手が《心から信頼できる仲間》…もしくは…《幹部から情報を聞き出すために仲間のフリをしている裏切者》のどちらかを示す。

 

 超常解放戦線の結成後に、アジトへ何度も出入りしていたホークスが必要以上に話しかけて仲良くなっていた幹部クラスの人間が1人いた…

 

 

 

 それが《トゥワイスさん》である…

 

 

 

 トゥワイスさんは…とても仲間思いで優しい人だ…

 

 そのトゥワイスさんの優しさに付け込んで、ホークスはトゥワイスさんから色々と情報を聞き出していた…

 

 全面戦争があった日に…《僕が群訝山荘から離れること》も…

 

 

 

 

 

 そう……ホークスは《公安のスパイ》…

 

 つまり《裏切者》だったのだ…

 

 

 

 

 

 ホークスが……いや…ヒーロー公安委員会が僕達(超常解放戦線)の中でもっとも恐れていたのは…僕よりも《トゥワイスさん》なのである…

 

 トゥワイスさんの個性は《二倍》、1つの物を2つに増やせるというシンプルな個性。

 生物も増やすことができ、人間を複製すれば《記憶や個性まで同じ人間》だって増やせる。

 

 ただし、トゥワイスさん自身が増やせるのは《2つ》までで、複製は本物のより脆く、一定以上のダメージを与えると泥のように溶けて消滅してしまう。

 

 だけど、個性《二倍》は使い方によっては、国だって落とせる《恐ろしい個性》だ…

 だがトゥワイスさんには過去のトラウマがあって《自分を増やすこと》は出来ない。

 

 それでも十分恐ろしいのだ…

 

 簡単な例えで言うなら、去年の末に九州で暴れた《ハイエンド脳無》を増やすことだって、《二倍》の個性なら可能だ。

 ハイエンド脳無は1体で、No.1ヒーロー(エンデヴァー)を瀕死に追い込むほどの強さをもっている。

 ただしドクターいわく、ハイエンド脳無は高性能と強靭な強さを備える分、製造に時間がかかってしまうとのことだ…

 しかしトゥワイスさんの個性よって即座に2体増やし、ハイエンド脳無は1体から3体に増える…

 去年の下半期のビルボードチャートにてNo.1ヒーローとなったエンデヴァーですら…死力を尽くして1体倒すのがやっとだというのに…それが3体となれば…並大抵のヒーローじゃ相手にすらならない…

 

 トゥワイスさんの恐ろしさを知っていたホークスは、全面戦争の混乱に乗じてトゥワイスさんを抹殺しようとした…

 

 

 

 

 

 でも…それは失敗に終わった…

 

 

 

 

 

 なぜって?

 

 

 

 

 

 あの時のホークスはきっと度肝を抜かれただろう…

 

 

 

 

 

 群訝山荘の一室にて…両足を骨折させたトゥワイスさんを相手に…自分の羽でトゥワイスさんを囲うことで…いつでもトドメを差せる状況だった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな状況で…

 

 自分が【巨大な刃物】に切りつけられるなんて…

 

 ホークスは想像もしてなかっただろうからね…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 【巨大な刃物】……僕が使う【三ツ星神器・快刀乱麻(ランマ)】によって…ホークスは左肩から腹部までザックリと刃を入れられた…

 

 あの時のホークスは《自分が切られて致命傷を負ったこと》と同じくらいに《僕が山荘にいたこと》で驚いている様子だった。

 

 荼毘さんからホークスに警戒しておくように言われた僕は、京都の蛇腔総合病院に到着してすぐ、ドクターに頼んで転送してもらい群訝山荘へ戻ってきていた。

 

 そしてホークスを探していたら…あの状況に居合わせた…

 

 ホークスが裏切者だと確信した僕は《絶対に気配を感じ取られない理想の快刀乱麻》を、なんの躊躇もなくホークスに向かって振り下ろした。

 

 【快刀乱麻】が消えると…ホークスは切られた傷口から大量の血を噴き出し…その場に倒れ込んだ…

 同時にトゥワイスさんを囲っていたホークスの羽は、力無く全て床にヒラヒラと落ちる…

 

 僕はホークスを無視して、泣いているトゥワイスさんに駆け寄ると、タイミングを見計らったかのように荼毘さんがやって来た…

 

 部屋の惨状を見るや否や…荼毘さんは僕の頭に手を乗せて…

 

「よくやったな…。偉いぞ…ロベルト…」

 

 …と言ってくれた。

 

 そんな折、トゥワイスさんも何かブツブツ言っていたと思ったら…

 

 

 

 

 

 トゥワイスさんは自分を増やし始めたのだ!

 

 

 

 

 

 前に義爛さんが教えてくれた《トゥワイスのトラウマ》…

 それを克服しない限りトゥワイスさんは自分を増やすことが出来ない。

 

 …筈だったんだけど…

 

 幸か不幸か…ホークスの裏切り行為によって、トゥワイスさんはトラウマを乗り越えたのだ!

 

 後で本人から聞いた話によると《両足の骨折によって自分が本物だと自覚したこと》《ホークスに騙されて機密情報をベラベラ喋ってしまい僕達に迷惑をかけてしまった背徳感》でトラウマを克服できたんだとか。

 

 

 

 とんだ《皮肉》ってやつだよ…

 

 

 

 トゥワイスさんの個性を恐れ、ヒーロー公安委員会はホークスにトゥワイスさんをマークさせていた…

 だけど…その結果は全て裏目に出てしまい、公安委員会がもっとも危惧して恐れていた《最悪の事態》へと発展していった。

 

 

 

 因みにホークスは僕に切られて即死したと思ったら、まだ生きていた…

 

 普通だったらショック死してもおかしくない重症の筈なんだけど、伊達にトップヒーローじゃないと言うことだね…

 

 

 

 だけど…僕らはヴィラン…

 

 重症のヒーローを助ける義理なんてない…

 

 況してや裏切り者を助けるわけがない…

 

 かと言ってホークスを黙って見逃すわけがない…

 

 

 

 僕は騒がしくなってきた山荘内の乱闘に参戦するために部屋を出たけど…

 

 荼毘さんとトゥワイスさんの分身は…裏切り者に報復を加えていた…

 

 

 

 動けなかったホークスは慈悲もなく袋叩きにされた…

 

 荼毘さんの青い炎で黒焦げにされ…

 

 増殖したトゥワイスさん達からの一方的な暴力を振るわれながら、両足を折ったお返しにと四肢の骨を折られていた…

 

 

 

 だけど2人はホークスを殺しはしなかった…

 

 僕達を裏切ったらどうなるのか…ホークスには生き長らえて…骨の髄まで理解してもらわないといけないからねぇ…

 

 

 

 

 

 僕は山荘に雪崩れ込んできたヒーロー集団を応戦しているリ・デストロさん率いる潜伏解放戦士達へ加勢した。

 

 僕が現れると、ヒーロー達は明らかに動揺を露にしていた。

 

 前線にいたヒーローの中には、トップヒーローの《ヨロイムシャ》と、神野区で戦った《エッジショット》と《ギャングオルカ》がいた。

 他にも《シシド》《ファットガム》《Ms.ジョーク》《セルキー》《フォースカインド》という名の知れたプロヒーロー達だけでなく、雄英高校の教師である《セメントス》《ミッドナイト》というプロヒーロー達のオンパレードだ。

 

 昔の僕だったら…この状況に出会したら…嬉しさで発狂していたことだろう…

 

 

 

 でも……それは昔の話…

 

 

 

 今の僕は《ヒーローに憧れていた緑谷出久》じゃない…

 

 僕はヴィラン…

 

 《緑の貴公子 ロベルト・ハイドン》なのだから!

 

 

 

 ヒーロー達は僕がここ(山荘)にいないと高を括っていたのか、僕のことをジッとガン見して動きを止めた。

 超常解放戦線のメンバーも同じく、ヒーローと交戦を止めて静寂になった。

 

 

 

 これだけの大人数がいて物音1つしない状況だけど、僕は去年の夏…神野区での戦いを思い出していた…

 

 

 

 神野区でトップヒーロー達と戦った際、僕は《相手の個性を無効にする理想》は使わず、トップヒーロー達にあわせて《アンチ個性の理想的な神器》を使って戦った…

 

 当然、ジェントルの命令である《一般市民には決して危害を加えてはいけないこと》…そして《戦う相手の命を奪ってはいけないこと》を守ってだ…

 

 でもその命令は…ヒーロー達が《あること》をした場合、忘れていいと言われてもいた…

 

 その《あること》というのは………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・ヒーローが僕達の仲間を必要以上に傷つけた場合…

 

・ヒーローが僕達の仲間の命を奪おうとした場合…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それが起きた時、命令を忘れ…

 

 僕の目に映る《全ての敵(ヒーロー)》を抹殺しても良いと…

 

 【十ツ星神器・魔王】以外の全ての能力を全力で使っても良いと…

 

 僕はジェントルと約束していた…

 

 

 

 

 

 それが今……この時だ…

 

 トゥワイスさんを殺そうとしたホークスだけじゃない…

 

 先陣にいた潜伏解放戦士達を行動不能にしたヒーロー達…

 

 《僕達の仲間に危害を加えた…》

 

 

 

 

 

「(ジェントル……僕は今から命令を忘れ…暴れさせていただきますよ…)」

 

 

 

 

 

 山荘の静寂は長く続かなかった…

 

 僕の登場によって動きを止めていたヒーロー達は我に返ると、トップヒーロー3人を含めた10人程のヒーロー達が僕に向かってくる一斉に集中攻撃してきた!

 

 近くにいたスケプティックさんが『ロベルト!避けろっ!!!』と僕を心配して叫んでくれた…

 

 だけどスケプティックさんは1分後、僕のことを心配した自分自身を愚かに思うだろう…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なぜって?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕に攻撃してきたヒーロー達は…

 

 1分も経たない内に《重症を負って動けなくなった》からである…

 

 トゥワイスさんを騙して抹殺しようとしたホークスへの怒りがまだあったためなのか、僕は無意識の内に攻撃してきたヒーロー達(10人)を【能力】と【神器】を使って戦闘不能にしていた…

 

 

 

 

 

 その一部始終を見ていた全員が……敵味方関係無しに再び動きを止めて言葉を無くした…

 

 でも次の瞬間!

 

 超常解放戦線は《喝采》をあげた!

 

 そして彼らは、重症のヒーロー達を多勢に無勢で容赦なく袋叩きにしていく…

 

 

 

 そんな状況、ヒーローならば仲間を助けにいくのが当然の筈…

 

 

 

 しかし…他のヒーロー達はあろうことか…

 

 袋叩きにされているヒーロー達を見捨て…

 

 《悲鳴》をあげながら…

 

 我先にと一目散に逃げ出していたのだ!

 

 助けようとするヒーロー達もいるにはいた…

 

 雄英生もいたのだろうか、僕に倒された《セメントス》と《ミッドナイト》に対して『先生!』と叫ぶ声が数人聞こえた…

 

 だが…逃げ出すヒーローの方が圧倒的に多く、助けようとした者達は逃げ出すヒーロー達に連れられ…山荘とは反対方向へと逃げていった…

 

 

 

 

 

 涙や鼻水を流して逃げていくヒーロー達の背中を見て…

 

 

 

 僕は改めて思い知った…

 

 

 

 ロベルトさんが言ってたように…

 

 

 

 《ヒーローの本性》とは…

 

 

 

 とても情けなく…

 

 

 

 臆病者で…

 

 

 

 弱虫なクズだった…

 

 

 

 『命を懸けて戦う!』…そんな本物のヒーローが存在しないっていうことが本当の意味で理解できた…

 

 

 

 そんな情けない《ヒーロー》という職業に憧れていた昔の自分を…

 

 

 

 僕自身が許せなかった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だから………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「1匹も~~~逃がさなーーーい!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕は発狂しながら逃げ惑うヒーロー達を【電光石火(ライカ)】を使って追いかけた!

 

 僕に続いて、山荘からは《ヴィラン連合メンバー》や《ナインさん達》、《外典さん》や《潜伏解放戦士達》、そして《増殖したトゥワイスさん達》が雪崩のように出てきた!

 

 僕達が後ろから追いかけてきたことで、ヒーロー達はギャーギャー喚きながら死に物狂いで走り逃げていく!

 

 

 

 

 

 これは後でスケプティックさんから言われたことなんだけど…

 

『泣いて逃げ惑うヒーロー達を追いかけた時のお前の顔……《狂気に染まった笑顔》で……この私ですら戦慄させられたぞ…』

 

 って言われた…

 

 

 

 

 

 逃げ惑うヒーローを追いかけていると、その中にテレビで見た雄英体育祭に出ていた《電気攻撃をする金髪の男子生徒》を見かけた…

 当の彼は涙を流し…恐怖に染まった顔をしながら物凄い勢いで走り逃げている…

 かっちゃんやオールマイトを更に苦しめるため…彼を先に仕留めようかと思ったけど、やっぱりプロヒーローの処理が先決だと考えた僕は、私情を捨てて目につく《ランキング上位のプロヒーロー》を優先しつつ《その周りにいたプロヒーロー》を纏めて潰しながら重症を負わせていった。

 

 無限に増殖が可能になったトゥワイスの増援によって戦力は一気に好転!

 《山荘を攻め落とそうとやって来た最前線のヒーロー達》は、逃げる途中で僕達に悉(ことごど)く潰されていった…

 

 でも《前線にいたヒーロー達》の全員を潰すことは出来ず、約1割のヒーロー達には逃げられてしまった……

 さっきの金髪の男子生徒や他の雄英生数人を含めてね…

 

 今頃は《後方に控えているだろうヒーロー達》と合流しているんだろう。

 

 

 

 このまま《逃げた前線ヒーロー達》と一緒に《後方にいるヒーロー達》を潰しにいくべきかと考えようとした…その時!

 

 山荘の方からギガントマキアさんの雄叫びが聞こえてきた!

 

 ギガントマキアさんが動くってことは…

 即ち、向こう(京都府の蛇腔病院)で何かあったということだ…

 こっち(和歌山県の山荘)が攻められた以上、確実に向こう(蛇腔病院)でも同じことが起きているのは間違いない…

 

 そんな考察をしていると、ギガントマキアさんが《ジェントル》《ラブラバさん》《荼毘さん》《トゥワイスさん(本人)》《スケプティックさん》を背中に乗せて僕達の元へとやって来た。

 

 ギガントマキアさんは地上にいた《ヴィラン連合のメンバー》と《僕》を背中に乗せると、蛇腔病院の方角に向かって進撃を開始した!

 

 そのギガントマキアさんの進撃中、森で雄英生やプロヒーロー達が邪魔をしてきたけど《マスキュラーさん》《マスタード君》《ムーンフィッシュさん》がギガントマキアさんの背中から降りて、後からやって来た《ナインさん達》と共に雄英生やプロヒーロー達の相手を引き受けてくれたおかげで、ギガントマキアさんは大した足止めを受けることなく、僕達はギガントマキアさんの背中に揺られながら蛇腔病院へと向かうこととなった。

 

 

 

 

 

 移動中、いくつもの町が滅んで沢山の悲鳴が聞こえたけど……

 ヴィランの僕が気にすることじゃない……

 

 

 

 

 

 到着までの間…

 

 トゥワイスさんは、両足を骨折しながらも土下座をして僕達に何度も謝ってきた。

 ネチネチと文句を言っていたスケプティックさんはともかく、他は誰もトゥワイスさんを責めたりせず、逆にトゥワイスさんを心配して骨折した足の応急処置にとりかかっていた。

 

 荼毘さんは、スケプティックさんとラブラバさんにノートパソコンを使わせて何かを頼み込んでいた。

 

 トガさんは、スケプティックさんのノートパソコンの映像に見た途端、装備を整えてギガントマキアの背中から降りていった。

 トゥワイスさんがトガさんを心配して着いていこうとしたけど骨折した足では動けないため、代わりにマグネさんがトガさんに着いていってくれた。

 

 

 

 

 

 そんなこんなで僕達は蛇腔病院《跡地》にへと到着した。

 

 弔さんの個性によってなのか、僕が午前中に訪れた病院は跡形も無くなり《更地》となっていた。

 

 その更地には《エンデヴァー》を始め《イレイザーヘッド》《プレゼントマイク》《マニュアル》《ロックロック》そして《かっちゃん》と、昔テレビで見た雄英体育祭及び去年の死穢八斎會を壊滅させた時に見かけた《金髪で筋肉質の男子生徒》と《水色髪のロングヘアーの女子生徒》の姿が見えた。

 

「主よ!!来たぞ!!次の指示を!!あなたの望み通りに!!」

 

 ギガントマキアさんが気を失っている弔さんを見つけ、背中にいる僕達に渡してくれた。

 

「死柄木!!なんて姿に!?」

 

 そう叫んだスピナーさんの言う通り、弔さんはどう見ても重症だった。

 だけど、弔さんには起きてもらわないと。ギガントマキアさんは、弔さんに次の命令を求めている……弔さんの命令でなければギガントマキアさんは動いてくれない。

 

 この近くでは、ハイエンド脳無達がプロヒーロー達と戦ってくれているため、ヒーローの増援が来る可能性は低い、だからこれ以上ヒーローの戦力が増える可能性は限りなく0に近い。

 

 それに周囲に見えるヒーロー達やかっちゃんは殆んどがボロボロの状態…

 例え、弔さんとギガントマキアさんが動けずとも…今の彼らなら僕達だけで十分制圧できる。

 

「おーう、いたいた!こっから見るとドイツも小っさくて!生きてるかエンデヴァー?」

 

 なんて僕が考えていると、荼毘さんが地上にいるエンデヴァーに向かって大声で話かけていた…

 

「荼毘!!!」

 

「酷えなぁ…そんな名前で呼ばないでよ…」

 

 荼毘さんは手に持っていた容器の水を頭から浴びると…

 

 髪色が黒から白に変わった…

 

「《燈矢(とうや)》って立派な名前があるんだから…」

 

 

 

 これが後に『ダビダンス』と人々から語られることとなる…

 

 《エンデヴァーの罪》…

 

 《ホークスの過去》…

 

 《ヒーロー社会の闇》…

 

 その全てが…

 

 荼毘さん…いや《エンデヴァーの息子(長男)》の口から全国へと響き渡った…

 

 

 

「過去は消えない!ザ!!自業自得だぜ!!!

さァ…一緒に堕ちよう轟炎司!!

地獄で息子(おれ)と踊ろうぜ!!!」

 

 

 

 荼毘さんが、スケプティックさんとラブラバさんに頼んでいたのは…《事前に録画していた荼毘の正体を含めた身の上話》を全国に流してほしいとのことだった。

 その映像のオマケにと、僕が持たされていた小型カメラで撮影した《トゥワイスさんを殺そうとしたホークスの映像》をスケプティックさんとラブラバさんが急拵え編集し…

 

・《誰がどう見てもホークスが悪者にしか見えない映像》…

 

・《ホークスのせいでロベルト・ハイドン(僕)が本気となり、山荘に突入してきたヒーロー達が容赦なく倒されていく映像》…

 

・そして…《本気になったロベルト・ハイドン(僕)を恐れ…我先にと山荘から逃げだすヒーロー達の情けない有り様の映像》…

 

 その全ての映像も全国に流れていた。

 

 

 

 荼毘さんの正体を知ったエンデヴァーは、絶望に顔を染め…壊れた人形のように動かなくなった…

 

「今日まで元気でいてくれてありがとうエンデヴァー!!

【赫灼熱拳!プロミネンス!…】」

 

 そんなエンデヴァー(父親)に…荼毘さん(長男)は最大火力の炎を放とうとした…

 

 

 

 

 

 …と思ったら今度は、空から思わぬ《客》が《大量のワイヤーが巻かれたウィンチ》と一緒に降ってきた!

 

 

 

 

 

「遅れてすまない!!ベストジーニスト、今日より活動復帰する!!」

 

 

 

 

 

 その客とは…死んだという情報があった《ベストジーニスト》だった!

 

 

 

 

 

 その瞬間、僕はこの場でやるべきことを理解した!

 僕は【一ツ星神器・鉄】を構えると、落ちてくるワイヤー付きのウィンチの全てに向かって《絶対命中の鉄の防弾》を放った!

 

 でも【鉄】を使ったのは、ワイヤー付きのウィンチを壊すことが目的じゃない…

 

 《鉄の防弾》が空から降ってくるワイヤー付きウィンチに接触した瞬間、僕は【レベル2の能力】を発動させて鉄の防弾を《青く》させる…

 

 すると、防弾がくっついたウィンチは全て…重力に逆らい天高く上昇していった!

 

 シャボン玉の時と同じ様に、この【レベル2】は《赤くなれば重く》《青くなれば軽く》なる。

 

 例え、どんなに重い物だろうと【レベル2】によって《青くなった何か》に触れれば、羽のように軽くすることだって出来るのさ。

 

 

 

 空から降りてくるベストジーニストは、僕達を拘束にするために使おうとしたウィンチが1つ残らず吹き飛ばされたことで焦っていたけど…

 

 考える暇なんて与えない…

 

 僕はベストジーニストと戦い始めた!

 

 相手はNo.3のヒーロー!

 

 油断や慢心など一切無しに!

 

 僕は全力でベストジーニストに挑んだんだ!

 

 きっと苦戦を余儀なくする…

 

 …と思ったんだけど…

 

 それは買い被り過ぎだった…

 

 

 

 

 

 なぜって?

 

 

 

 

 

 数分を経たない内に、僕とベストジーニストの戦いは呆気なく終わってしまった…

 

 現に僕は地面に降りて、白目を向いてズタボロになったベストジーニストの胸ぐらを右手で掴んで持ち上げている…

 

「もう終わりですか…No.3ヒーロー?復帰してまだ5分も経っていませんよ?」

 

「………ぅ……ぁあ………ぐぅ……」

 

 ベストジーニストは僕の【鉄】を1発喰らっただけで動けなくなった…

 

 個性さえ使えなくさせれば《トップヒーロー》もただの《人》…

 

 加えてベストジーニストは、神野区でオール・フォー・ワンから受けた傷がまだ完治してなかったみたいで、なんとも張り合いなく僕はベストジーニストに勝ってしまった。

 

「とんだ期待外れですね…ベストジーニスト。ホークスが裏切り者だと分かった時点で…貴方の死が偽装であったことに気づくべきでした…。今度こそ…殉職させてあげますよ」

 

 やっときた増援(ベストジーニスト)が意図も簡単に倒されてしまい、ヒーロー達は更に絶望していく……

 

 

 

 1人を除いて…

 

 

 

「デクーーーーー!!!!!」

 

 ベストジーニストを地面に下ろしてトドメを差そうとする僕に、《左腕が無いボロボロのかっちゃん》が身体に小さな稲妻を纏って向かってきた。

 

「いい加減に目を覚ましやがれーーーーー!!!

【ワン・フォー・オール20%!スマッシュ!】」

 

 かっちゃんは訳の分からないことを言いながら右足を振りかぶって《オールマイトみたいな技名》を言いながら僕に蹴りかかってきた…

 

 神野事件以降、自分の中にある個性が《ワン・フォー・オール》だけになったことで相当鍛えてきたみたいだ…

 

 ナインさん達との戦いで、左腕を無くしたというのに、それでもまだヒーローの夢にすがり付いている…

 

 健気だね……かっちゃん…

 

 《まだ完全に使い慣れてない個性》で僕に挑もうなんてさ…

 

 

 

 

 

 僕は…かっちゃんとの《永遠の決別》のため…

 

 かっちゃんから今まで受けて来た《痛み》や《屈辱》を返すため…

 

 そして、かっちゃんを《絶望》させるため…

 

 僕は両手に汗を貯めながら《あの個性》を使うことにした…

 

 

 

 

 

「は?スマッシュ?……何が……スマッシュだよ!!!」

 

BOOOOOOOOOOM!!!!!

 

「ぐあああああああああっ!!!!!???」

 

「爆豪!!?」

 

 僕は攻撃してくるかっちゃんの右膝に、カウンターで《爆破》を喰らわせた!

 かっちゃんが吹っ飛ばされたのを見て、イレイザーヘッドが声をあげた!

 

「い、今の攻撃は!!!」

 

「緑谷出久の掌から爆発が!!??」

 

「あの個性は…爆豪の!!?」

 

 マニュアル、ロックロック、プレゼントマイクがブツクサと何か言っているようだったけど、僕は彼らを無視した。

 

 何故なら僕の視線は、かっちゃんの右足しか見ていないからだ。

 

「ッ!?んだよ!!!こりゃ!!??お…俺の…俺の足が!!足が溶けてやがる!!!??」

 

 地面に倒れたかっちゃんは、自分の右膝を見て仰天していた!

 僕の攻撃を喰らったかっちゃんの右膝は、ドロドロに溶け出して蒸気が上がっている。

 膝の肉が液体化し…更には気化しているんだ…

 

「テメェ……デク……それは…俺の個性じゃねぇか!!?」

 

「そうだよ!かっちゃん!君の個性《爆破》だよ!このマヌケ!!僕やジェントルがヴィラン連合と同盟を組んだ条件の1つはね、君の個性を僕が手にすることだったんだよ!この薄ノロ!!」

 

「なに!?ッ!!?あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!!!!!!!!」

 

 僕は普段なら絶対言わないような暴言を言いながら、かっちゃんに向かって笑いながら叫んだ!

 

 荼毘さんがエンデヴァーに対して暴露話をしてハイになったことが影響されたのか…僕の愉(たの)しくなって気分はハイになっていた!

 

 当のかっちゃんは、今になって膝の痛みが全身に広がったのか、右腕と左足をバタつかせながら悶え苦しみ絶叫していた!

 

「痛いよね~熱いよね~かっちゃん?なんせキミの《爆破》の炎圧を《僕の個性》で数百倍にも跳ね上げた爆破を喰らったんだからさ」

 

「お……お前の…個性……だと…」

 

「ん~…そうだね~…じゃあ冥土の土産に教えてあげるよ…《僕の個性》を」

 

 僕の言葉に周囲にいたヒーロー達は目に見えて驚いていた。

 

 当然か、僕の【能力】は《ジェルトル》と《ラブラバさん》そして《ヴィラン連合のメンバー》にしか教えていない。

 トゥワイスさんにも僕の【能力】は絶対に秘密と伝えておいたから、ホークスも知らなかっただろし、ヒーロー側は誰1人として僕の個性が何なのかは分からない。

 だからこそ、僕が自分から個性の詳細を話そうと言うんだから驚くに決まってる。

 

 正直ここで話す必要は全く無いんだけど、死を目前にしたかっちゃんやヒーロー達への…僕からの《最後の情け》として話してあげることにした…

 

 

 

 

 

「僕の個性は…《理想》……《理想を現実に変える能力》。僕が頭の中で考えたことは全て現実になる個性なんだよ」

 

 

 

 

 

 僕はロベルトさんから授かった【能力】を《個性》のように例えて説明した。

 

 僕の《個性》を聞いた途端、ヒーロー達は開いた口は塞がらなくなっていた… 

 

「な……なんだと……」

 

「そんな常識外れの個性が…」

 

「思ったことが…全て現実になるだと!!?」

 

「アメリカのNo.1ヒーロー並のチート個性じゃねぇか!!?」

 

 ロックロック達が何か言ってる中、プレゼントマイクが『アメリカのNo.1ヒーロー』という言葉が僕の頭に引っ掛かった。

 

「(そういえばオール・フォー・ワンも、僕の能力を知った時はそんなことを言ってたなぁ…)」

 

 僕がオール・フォー・ワンと初めて出会った日のことを思い出していると、イレイザーヘッドは僕をジッと睨んでいた。

 

 僕の個性を《抹消》で消す気なんだろうさ…

 

 無駄なことを…

 

「イレイザーヘッド、僕の個性を消そうとしても無駄ですよ?」

 

「なに!?」

 

「僕の個性は生物には適用しないんですが、生物が持つ《個性》には適用出来るんですよ」

 

「なんだと!ってことは!!?」

 

「そうです、僕は貴方と同じように《個性を消すこと》だって出来るんです。《この場にいるヒーロー達は個性を使うことが出来ない》…と理想するだけで、貴方達ヒーローだけが個性を使えなくなるんですよ…」

 

「ッ!!?」

 

「マジかよ……そんなの無敵じゃねえか!!!」

 

「そうか!キミに倒されてきたヒーロー達が『個性が使えなくなった』と証言していたのも、キミが『複数の個性持ち』だと言われていたのも、その個性なら全ての説明がつく!」

 

 自分と同じ個性を使うことに驚いているイレイザーヘッドの横で、ロックロックとマニュアルは《今更のこと》を言っていった。

 

「とは言っても、少し前までは《僕自身》と《僕が触れている物》と《僕が使う武器》に触れている相手の個性にしか干渉できませんでしたがね」

 

「んだとっ!?ならなんで触れてもいねぇ俺達の個性を無効にできんだよ!!」

 

 僕の付け足した言葉にロックロックが怒鳴って聞いてきた。

 

「『少し前までは』…と言ったでしょ?ロックロック。神野事件の後に僕の個性は覚醒したんですよ!僕を中心に一定の範囲に存在する生物の個性には干渉できるようになったんです。つまり《触れていない相手の個性》にも僕の個性は影響するんです!」

 

 嘘は言っていない……神野区で2発目の【魔王】を使ったあと、オール・フォー・ワンが《サーチ》の個性で僕の【能力】が覚醒したことを教えてくれたんだから。

 

「んな!?バカな!!!」

 

「あの時までが……お前を倒せる最後のチャンスだったって言うのか…」

 

「そういうことですイレイザーヘッド。そして、あの時に僕と戦ったトップヒーロー達は、そのチャンスを無駄にしたってことです。残念でしたねぇ…個性破壊弾を撃ち込まれた足を切り落としてまで弔さんと僕の個性を消そうと奮闘したようですが……結局、貴方は足を1本無駄にしただけです」

 

「クッ!!?」

 

「とはいえ、この《理想》の個性を使うリスクは高いですよ?個性《理想》を使うためのリスク…それは…《僕の寿命》です。僕は個性を1回使う度に…僕は《1日(24時間)の命》が削られるんです」

 

「はっ!!???命を削る!!!??」

 

「そんなハイリスクのデメリットが!?」

 

「それだけ強力な個性なら…相当な代償があるとは思ってたが…《寿命を縮める》だと…」

 

「そうです。あぁ因みにこれは《ある複数持ちの個性の人》が調べてくれたので、間違いは無いですよ?」

 

 精神世界でロベルトさんから事前に聞いてはいたが、オール・フォー・ワンと出会った時に僕の【能力】を説明した際、彼は何らかの個性で《僕の残りの寿命》を調べてくれた。

 

 オール・フォー・ワンと出会う前に、僕はジェントルとのヴィラン活動で【理想を現実に変える能力】を100回は使っていたのに、僕は僕自身か生きていたことが不思議だった。

 

 でもオール・フォー・ワンのおかげで、その疑問が解けた。

 僕は【能力】を1回使って失う寿命は《1年》じゃなくて《1日(24時間)》。

 つまり、僕は【能力】を365回使っても《1年分の寿命》しか削られないということだったのだ。

 

 今更だけど《僕が【理想を現実に変える能力】を精神世界で授かった》という真実を知っているのは《ジェントル》と《ラブラバさん》そして《オール・フォー・ワン》の3人だけである。

 

 ジェントル達に心配をかけたくなかったから、オール・フォー・ワンと出会うまで【能力】の限定条件については2人には秘密にしていた…

 だから、僕が【能力】を使う度に寿命を削っていることをジェントルとラブラバさんに知られた時、僕は涙を流す2人にシコタマ怒鳴られて叱られた…

 2人は僕のことを心から心配し…涙を流してくれたのだ…

 

「キミは自分の命を削ってまで…ヴィランに従うと言うのか…」

 

「小僧!お前はヴィランに騙されて利用されてることになんで気づかねぇんだよ!」

 

「お前はもう…後戻り出来ない場所まで来ている…後悔の念は無いのか…」

 

「テメェは!自分が《最悪なヴィラン》だって世間から認識されてることに恐れはないのか!?迷いはないのか!!?」

 

 マニュアル、ロックロック、イレイザーヘッド、プレゼントマイクが僕に対して呼び掛けていた…

 何を言ってるんだか…

 

「従う?利用されてる?後悔?恐れ?迷い?…なんのことですか?何か誤解してるみたいですね」

 

『?』

 

 

 

 

 

「僕は……自分から望んでヴィランになったんですよ?」

 

 

 

 

 

『!!!!!?????』

 

 僕の返答にヒーロー達は度肝を抜かれて驚愕していた…

 あの反応からするに、僕が《洗脳》でもされて無理矢理ヴィランになったと思っていたのだろう…

 

「エンデヴァーやエッジショット達から聞いてませんか?折寺町を滅ぼしたのは《僕の独断》だったと」

 

「クッ!!?お前は……お前はヴィランが憎くないのか!!!??」

 

 イレイザーヘッドはまだ《下らない質問》をしてくる。

 

「憎い?どうしてです?貴方達が『ヴィラン』と呼ぶ《ジェントル達》や《ヴィラン連合の方々》は、僕を《1人の人間》として見てくれた……僕に《居場所》をくれたんです……。ヒーローが僕に与えてくれなかったものを……ヴィランは僕に全て与えてくれた。そして僕は、ジェントルや弔さんと出会ったことでようやく分かったんです。僕は《ヴィラン》になるために、この世に生まれてきたことを」

 

「っ!!?………」

 

「チッ!?テメェ正気か!!?そんなハイリスクの個性を使い続けていれば!いつか限界が来るだろうが!そうなりゃヴィランは!テメェを見棄てるだけだぞ!」

 

「それでも良いんです」

 

「な……何っ!!!??」

 

 イレイザーヘッドに替わって、今度はプレゼントマイクが僕にまた《下らない質問》をしてきたけど、僕は即答した。

 

「ヒーローに見捨てられたこんな僕を…ヴィランは理解してくれた……受け止めてくれた……そんな人達のためならば、僕は喜んでこの命を惜しみ無く捧げられるんです」

 

「うっ!?…っ………」

 

「おい小僧!?お前は死ぬのが怖くないのか!!?お前はヴィランのために!自分の未来を犠牲にしてるんだぞ!!!」

 

 プレゼントマイクが黙ったと思ったら、今度はロックロックが質問してきた。

 

「僕の未来?……そんなものはどうでもいいんですよ」

 

「んだと!?」

 

「僕の寿命が尽きるのが先か……ヒーローが先に全滅するのが先か……それだけのことです…」

 

「…クッ!!?……お前……イカれてるぞ……」

 

 ロックロックがまだ何か言っている…

 

 もうこの際だからハッキリ断言しておこう。

 

「僕だって…自分がヴィランになるなんて…思いもしませんでしたよ…」

 

『?』

 

 不意に僕が口した言葉に、ヒーロー達は不思議そうな顔をしていた。

 

「病院で目を覚ました…あの日………僕は《僅かな希望》を持ってました…。僕が飛び降りる前に書き残したメッセージが世間に広まって…かっちゃんやクラスメイト達……オールマイトやシンリンカムイ達が……報いを受けて…少しでも反省してくれているんじゃないかってね…。でも現実は残酷でした…かっちゃん達やヒーロー達は…結局何の粛清もされていなかったんですからねぇ…」

 

「希望?メッセージ?」

 

「報い?反省?」

 

「何を言ってるんだ、アイツ?」

 

 思い出すだけでも嫌になる…

 

 この世界で目を覚ましてすぐ、病室のテレビを点けてニュースを確認した…

 

 事件から1週間、ヘドロヴィラン事件のことはおろか…僕の自殺未遂の事件は欠片も報道などされておらず…いつも通りの《オールマイトやヒーローが活躍したニュース》だけが流れていた…

 

 僕がビルから飛び降りる前に《書き残したメッセージ》など…この世に存在しなかったかのように…

 

 あの時…僕の心の中に残っていた《ヒーローへの希望》と《世間への未練》は…完全に断ち切られた…

 

 だから!

 

 

 

 

 

「僕の居場所は《ヴィラン》だけ!!!僕は《ジェントル》に…《ラブラバさん》に…《ヴィラン連合》に…そして《超常解放戦線》に…この身を!命を!魂を捧げるんです!!!」

 

 

 

 

 

 僕は自分の信念を叫んだ…

 

 嘘や迷いなんて一切ない…

 

 これが僕の本心だ!

 

 

 

 

 

 僕の本心からの言葉に面食らったのか…ヒーロー達は全員口を閉じた。

 

 

 

 

 

「出久……キミはそんなにまで…私達のことを思ってくれていたのか…」

 

「何よ……普段はそんなこと…言わないくせに…」

 

「泣かせてくれるじゃねぇの……こりゃ…オジサンももっと頑張らないとなぁ…」

 

「ロベルト……俺はお前を…心から尊敬する…」

 

「カッコいいぜロベルト…。カッコ悪いだろうが…」ポロポロポロポロ

 

「これが…ロベルト・ハイドンの覚悟か……参ったよ…」

 

「言うじゃねぇか……ロベルト…」

 

 

 

 ジェントル達が僕の覚悟を聞いて何か言っていた…

 

 

 

「イレイザーヘッド、僕は足を無駄に犠牲とする貴方とは違う……かっちゃんやオールマイトだけでなく…ヒーローそのものに復讐するために…ヴィランの役にたてるように…僕はずっと頑張ってきたんです!雄英高校の校訓にあるでしょ?『更に向こうへ!PLUS ULTRA(プルス ウルトラ)!』ってやつですよ!」

 

「ヴィランのお前が………雄英の校訓を口にするな!!!」

 

「お~怖い怖い………貴方のようなシッカリ者の教師が折寺中にいたなら…かっちゃんはマトモな人間になってたかも知れませんね…」

 

「どういうことだ!」

 

「『どういうこと』?そのままの意味ですよイレイザーヘッド。…貴方は……いや…根津校長やリカバリーガール、ナイトアイや……グラントリノ…でしたか?オールマイトの友人達は知ってるんじゃないんですか?この僕が……緑谷出久が…どうしてヴィランになったのか…その理由と真相を!」

 

「ッ!!???」

 

「は?なんだよそれ?どういうことだよ相澤?」

 

「イレイザーヘッド、緑谷出久がヴィランになった原因を知ってるんですか?」

 

「おいイレイザー!知ってることがあんなら全部教えろよ!!アイツがあんな極悪ヴィランになった大層な理由ってのは何なんだよ!!?」

 

「そ……それは…」

 

 プレゼントマイク、マニュアル、ロックロックはイレイザーヘッドに集中して質問した。

 3人の様子からするに…神野事件の後も《真実》を知った人間は…ほんの一部だけってことがよく分かる…

 

「早く話して下さいよイレイザーヘッド。でないと貴方の生徒が…また1人…消えますよ?」

 

 

 

ドガッ!!

 

 

 

グチャッ!!

 

 

 

「×♯□☆※#$%○¥▲※△&★※¥●□▲×#!!!!!!!!????????」

 

『ッ!!!!!????』

 

「爆豪!!!」

 

 僕の足元で倒れて苦しんでいるかっちゃんの《溶けている右膝》を、僕は思いっきり踏み潰した!

 踏み潰されたかっちゃんの右足は、膝から切断されて宙を舞いながら、イレイザーヘッドの方へ飛んでいった!

 

 生徒の足が無惨に飛んできたことで、イレイザーヘッド達は顔を青ざめて息を飲んでいた…

 

 雄英の3年生と思われる《金髪の筋肉質の男子生徒》と《水色髪の女子生徒》も…ガタガタと震えてその場から動くことができずにいる…

 

「次は左足にしますか?それとも右腕にしますか?どっちがいいですか?イレイザーヘッド?」

 

「あ……ぁあ………」

 

「ぐっ!!」

 

 かっちゃんは右足を失った痛みで喋ることが出来ず、今にも気を失いそうだった…

 イレイザーヘッドは苦虫を噛み潰した表情になっていく…

 

「まぁ…ここで生徒が1人減ったところで今更ですかね?保須市ではヒーロー殺しによって1人、那歩島ではナインさん達によって6人、合計7人の生徒が命を落としている。推薦入学者2人は未だに復学できず…既に半分近い生徒が1年A組の教室にいない。なら今更1人いなくなったところで大差は無いですね、イレイザー……いや…相澤先生?」

 

「………」

 

「ああそう言えば、去年の入学式で早々、生徒を1人除籍したんでしたっけ?その生徒を除籍するくらいなら、かっちゃんを除籍するべきでしたねぇ相澤先生?」

 

「………」

 

「汚ねぇぞロベルト!お前には人の心がねぇのか卑怯者!!正々堂々戦えよ!!!」

 

「『汚い』?『卑怯』?…最高の誉め言葉ですねぇ。僕はヴィランですよ?悪党が悪事を働いて何がいけないんですか?雄英の教師のくせにそんなことも知らないとは……本当に教師なんですか?プレゼントマイク先生?」

 

「チィィッ!!」

 

「それにヴィランの僕に対して『正々堂々』なんて反吐が出る。『人の心がないのか?』ですって?そんなもの…《あるヒーロー》に夢を否定された時点で壊れかけてましたよ……そしてヘドロヴィラン事件を機に…僕の心から《人の心》なんて無くなりました」

 

「お前の夢を否定したヒーロー?」

 

「なんだそりゃ?そんなの聞いたことねぇぞ?」

 

「緑谷出久がヴィランになった原因は…ヘドロヴィラン事件だけじゃないのか?」

 

 僕の言葉にプレゼントマイク達は疑問符にかけていた。

 この場で《全ての真実》を把握しているヒーローは、イレイザーヘッドと…さっきから全く動かないエンデヴァーだけなんだろう…

 

「……分かった……話そう……全てを……」

 

「流石は雄英ヒーロー科の教師!話が分かりますねぇ!……一応言っておきますが…《全部》話してくださいよ?…もし間違ったり…偽った場合は……今度は手足じゃなくて………首が飛びますよ」

 

ドガッ!!

 

「ぐおごっ!!!!!!」

 

 僕はイレイザーヘッドに見せつけるように、痛みで動けなくなったかっちゃんの口を足で塞いだ。

 かっちゃんは顔を踏みつけられた痛みで気を失うことも出来ない…

 

 僕が本気だと分かったのか、イレイザーヘッドは《真相》を語り始めた。

 

 僕はラブラバさんに《あるハンドサイン》を送った。

 ジェルトルとラブラバさんと僕しか知らない《ハンドサイン》を…

 

 

 

「…緑谷出久……お前がヴィランになった全ての原因は……2年前の4月中旬……ヘドロヴィラン事件が起きたあの日だ………」

 

 

 

 それからイレイザーヘッドは…

 

 一字一句間違うことなく…

 

 全ての真実を語ってくれた…

 

 ヘドロヴィラン事件のあったあの日の出来事…

 

 そしてヴィランになる前の僕が送ってきた苦悩の人生を…

 

 

 

・僕がかっちゃんに何をされて…何を言われたのか…

 

・僕が教師やクラスメイト達からどんな屈辱を受けてきたのか…

 

・ヘドロヴィラン事件の現場にいたヒーロー達があの時…本当は何をしていたのか…

 

・僕の夢を否定したヒーローが誰なのか…

 

・そして…その全ての真実をヒーロー公安委員会が何故隠蔽したのか…

 

 

 

「………これが俺の知っている全てだ…」

 

「ありがとうございます、イレイザーヘッド。何1つ間違いも偽りもない真実でしたよ」

 

 小一時間も経ってないだろうけど、イレイザーヘッドは足の痛みに耐えながら全てを話してくれた…

 僕は心から満足し、かっちゃんの口から足をどけてあげた…

 

 エンデヴァーは放心状態で聞いてなかっただろうけど…

 この場にいるイレイザーヘッド、エンデヴァー、弔さん以外の全員は《真実》を知って動揺している…

 ヒーローだけじゃなく…ジェルトルやラブラバさん…ヴィラン連合…そしてスケプティックさんも…

 

 

 

「そんな……それがロベルト君の……緑谷出久君の過去…」

 

「ねぇ…通形さぁ………私さぁ……緑谷君が悪者だとは思えなくなっちゃったの。…ねぇ…私、変なのかなぁ……ヴィランに同情しちゃうなんて……ねぇ…通形さぁ……」

 

「シンリンカムイやデスデゴロ達は…そんな過ちを犯してたのかよ…」

 

「オールマイトさんが……神野区で緑谷出久君の顔を見た途端に気絶したのは……そういうことだったのか…」

 

「おい…フザけんなよ……じゃあ何か!?《破滅の象徴 ロベルト・ハイドン》が誕生したのは!?緑谷出久がヴィランになったのは!?全部、爆豪勝己とオールマイトの責任ってことじゃねぇかよ!!!」

 

 

 

 今まで秘密にされていた真実を知り…ヒーロー達は完全に混乱した…

 

 

 

「胸糞悪い話だったな。…ジェントル・クリミナル……お前はこの真実を知っていたのか?」

 

「…いや……本人から大体の内容は聞いて知っていたが、夢を否定したヒーローが《オールマイト》だったというのは……私も初耳だ…」

 

「ロベルト……アンタは私よりもずっと辛い日々を送ってきたのね…」

 

「オールマイトが子供の夢を否定した…だと…」

 

「なんだよロベルト……前に『ヴィランになった理由はなんだ?』って聞いた時…『大したことない理由ですよ』なんて言っといてよ。………大したこと有り過ぎじゃねぇか…」

 

「ロベルトーーー!お前もそんなロクでもねぇ人生を過ごしてきたんだな!泣けてくるぜ!泣いてねぇよ!」ポロポロポロポロ

 

「……………」

 

 

 

 さっきまでのピリピリした空気は何処へいったのか、全員がイレイザーヘッドより語られた《僕の過去》と《衝撃の事実》を聞いたことでお通夜のような空気になっていた…

 

 僕に同情でもしてるのか、ヒーロー達は僕に対する敵意が薄くなっていく…

 

 

 

 下らない……

 

 

 

 僕は同情されたくてイレイザーヘッドに真実を語らせたんじゃない……

 

 1人でも多く真実を知ったほしかった……ヒーロー側のオールマイトとかっちゃんが罪を犯していたことを知ってほしかっただけなんだ…

 

 

 

 そして…罪を犯した人間は罰を受けなければならない…

 

 

 

「かっちゃん……キミは良いよね~。…無個性で邪魔な僕がいなくなって清々したでしょ?……《折寺町の唯一の生き残り》ってことで一躍有名人なれて……憧れのオールマイトの弟子になれて……雄英高校に入学できて……雄英体育祭では優勝できて……友達は沢山できて……本当にキミが羨ましいよ……ねぇ…かっちゃん…」

 

 僕が地面に仰向けで倒れているかっちゃんに向けて言い放つ言葉を、この場にいる全員が静かにして聞いていた…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「かっちゃん……今どんな気分だい?

 

自分の個性で身体を焼かれて痛め付けられる気分はさ?

 

今まで僕に何百回も喰らわせてきた《爆破》を自分で喰らった気分はさ?

 

死んだと思ってた僕が生きてた気分はさ?

 

《木偶の坊》の僕を相手に…地べたを這いつくばらされてる気分はさ?

 

キミが今まで僕にしてきた悪行を全部暴露された気分はさ?

 

…ねぇ…………

 

どうなんだって聞いてんだよ!!!!!

 

爆豪 勝己!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕は今までの《仕返し》を込めて、倒れるかっちゃんの胸ぐらを掴んで無理矢理起こさせ、僕は今の今まで溜めるに溜め混んでいた《かっちゃんへの憎しみ》を爆発させて怒鳴った!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ごめん……出久…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は?」

 

「俺が…悪かった……悪かったよ……俺がお前にしてきたこと…全部謝る……謝るよ……だから…もう…やめてくれ………昔のお前に戻ってくれよぉ……出久!!!」ポロポロポロポロ

 

 こんな状況で何を言うかと思いきや…かっちゃんは涙を流しながら《下らない戯言》をベラベラと言いだした…

 

 

 

 

 

 醜い…

 

 醜いよ……かっちゃん…

 

 この状況で言うことが…《それ》かよ…

 

 オールマイトと同様に、なんで僕はこんな奴に憧れを抱いていたんだろうか…

 

 考えるだけでも嫌になる…

 

 僕はもう…かっちゃんの顔を見たくなかった…

 

 だから…

 

 

 

 

 

「今更なんだよ……かっちゃん…」

 

ドガァ!!

 

「ぐえっ!!?」

 

 僕はかっちゃんを蹴り飛ばした…

 

BOOM!BOOM!

 

 僕は両手から爆破を繰り返して宙へと浮かび上がると、両手の爆発を連発しながら身体を回転させて、かっちゃんに向かって突っ込む!

 

 

 

 

 

 これで終わらせてあげるよ…かっちゃん…

 

 君が長年かけて完成させた必殺技で…

 

 君が雄英体育祭で使った必殺技で…

 

 君に引導を渡す!

 

 

 

 

 

「《榴弾砲着弾(ハウザアアァァ・インパクトーーーーー)》!!!!!」

 

 

 

 

 

BOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOM!!!!!!!!!!

 

 

 

 

 

 【理想を現実に変える能力】を組み合わせることで、僕はかっちゃんの必殺技の威力を数百倍にも跳ね上げた大爆発をかっちゃんに喰らわせた!

 

 当のかっちゃんは全身黒焦げになって天高く吹っ飛んでいく…

 

 同時に近くで倒れて《気を失っていたベストジーニスト》も今の爆発で吹っ飛んだ…

 

 空高く飛んだかっちゃんとベストジーニストを、今の今までビクビク怯えて動かなかった《金髪の男子生徒》と《水色髪の女子生徒》が受け止めた…

 

 

 

「かっちゃん……最後の最後まで僕を苛立たせるなんてね。君には生きて償ってもらおうと思ってたけど……気が変わったよ。エンデヴァーは荼毘さんが仕留めるとして……それ以外のヒーロー達は……僕が全員消してあげるよ!

【十ツ星神器・魔王】!!!」

 

 

 

『!!!!!!!!!!』

 

 

 

 僕が【魔王】の必殺技を口にすると、ヒーロー達は顔を絶望に染めた…

 

 《ヒーローだけを滅ぼす理想的な魔王》ならば、仲間(超常解放戦線)は【魔王】の影響を受けない。

 ギガントマキアさんが通ってきたルート(和歌山県の群訝山荘~京都府の蛇腔病院)を向かって【魔王】を撃てば、そのルート上と周囲にいるヒーローを1人残らず消滅させることが出来る。

 

 

 

 僕の上空に暗雲が集まっていく…

 

 3発目の【魔王】…

 

 神野区を滅ぼした時よりも格段に威力が上がっている!

 

 もう一度刻み込んであげますよ…

 

 究極の恐怖を!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…待て……ロベルト…」




 ヒロアカ映画の3作目もネタバレにならない範囲で纏めて、この番外編に組み込みました。



 どんどん壊れていく番外編のヒロアカ世界…

 この世界の運命は…いったいどうなってしまうのか…


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【番外編】ロベルト・ハイドンの法則(終)

【10万UA突破記念作】5作目!

 いよいよ今回の話にて番外編である《ロベルト・ハイドンの法則》は終了となります。

 最近は番外編に力を入れていたことで、本編の更新が遅れてしまっていたこと…誠に申し訳ありませんでした。

 《ロベルト・ハイドンの法則》シリーズ、少しでも楽しめたら幸いです。


●蛇腔病院跡地(半年前)…

 

 

ロベルト・ハイドン(緑谷 出久) side

 

 

 

 

 

「…待て……ロベルト…」

 

 

 

 

 

 あと少しで【十ツ星神器・魔王】が姿を現すところで、突然聞こえてきた…低音ながらも…迫力のある声に…僕は3発目の【魔王】を解除した…

 

 

 

 その声の主は…

 

 ギガントマキアさんの背中にいる…弔さんだった…

 

 

 

 目を覚ましたようだが、明らかに様子がおかしい…それに声色が少し違うような気がする…

 まるで弔さんとは違う別の誰かのような声だ…

 

 

 

 僕が呆然としていると、近くで戦っていたハイエンド脳無達がドクターを抱えながら僕達の元へやって来て、ギガントマキアさん以外の超常解放戦線メンバーを抱えて何処かへ走り出した!

 

 

 

 

 

 これはつまり…

 

 《撤退》ということか…

 

 ギガントマキアさんは、弔さんから直前に撤退命令を言い渡されたのか…地面に潜って姿を消した…

 

 

 

 

 

 この《撤退》が何を意味しているのか…

 

 僕には何となく分かった…

 

 神野区にてオール・フォー・ワンの問いに対してのオールマイトの返答…

 

「《下らない仁義》…か…」ボソッ

 

 そんな独り言を呟きながら…僕達はハイエンド脳無に担がれたまま…蛇腔病院跡地から去っていった…

 

「(いいよ…かっちゃん……君の命…やっぱり生かしておくよ。……精々オールマイトと一緒に…残りの人生を苦しんで生き続けることだね…)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヒーローとヴィランの全面戦争の勝者は…

 

 僕達《ヴィラン(超常解放戦線)》となった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全面戦争が終わってから暫くすると…

 

 ヒーロー公安委員会は……

 

 日本政府は……

 

 《あること》を可決した…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヒーロー制度の……《撤廃》である…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これが何を意味するのか…

 

 日本からヒーローはいなくなり…

 

 誰もが《ヒーロー免許》など無くとも、自由に個性を使うことが出来るようになる!

 

 それは同時に《多くのヴィラン》を生み出すことにも繋がり…

 

 日本はどんどん壊れていった…

 

 《ヒーローであることが罪である国》へと…姿を変えてしまったのだ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●現在…

 

 

 アジトの自室にて《半年前のこと》を思い出しながら、僕は動画作成を終えた。

 ネットに動画をアップするのは、ジェントルとラブラバさんが最終確認してからだ。

 

 パソコンを閉じ、休憩がてら自室のテレビを点けると、画面の向こうに《コンプレスさん》と《キメラさん》、午前中一緒にいた《ジェントル》と《スピナーさん》が映っていた。

 丁度、ジェントル達の番組の放送時間に、動画の作成を終えられたようだ。

 テレビの向こうで語られているのは、スピナーさんとキメラさんが『異形型個性であるがために辛い人生を送り…ヴィランになるしか道が無かった…』という苦難の過去を口にしていた。

 

「ヴィランがテレビ番組に司会とゲストとして堂々と出演する時代が来るなんて、数年前までは全く想像できなかったなぁ…」

 

 チャンネルを変えてみれば、《ジェントル達のバラエティー番組》の他にも《ヴィラン同士のトーク番組》等が放送されており、マスキュラーさんが向かったとされる《収容所》がニュースで偶然にも映っていた。

 

 

 

 

 

 えっ?収容所って何のことだって?

 

 

 

 

 

 何って…《ヒーローを監禁する場所》のことだよ。

 

 

 

 

 

 ほんの少し前までは《犯罪者》……《ヴィラン》が捕まる難攻不落で鉄壁の監獄だった…

 

 だが今となっては《超常解放戦線で僕達に敗れたヒーロー達》もしくは《その後に僕達に捕まったヒーロー達》が次々と収監されている場所だ…

 

 簡単に言うと『ヒーローとヴィランの立場が逆転した』…って言ったところかな?

 

 今や日本各地にある全ての収容所は、あの戦争から僅か半年で、僕達《超常解放戦線》の所有物となった。

 

 ただし捕まえてるのは、何も《ヒーロー》だけじゃない……《ヒーロー協会》や《ヒーロー公安委員会の役員》、更には《ヒーロー高校に通っていた学生》達も標的として捕らえては、次々と檻の中へと収監している。

 

 

 

 だけど…僕達は《ヴィラン》だ…

 

 当然ながら…ただ捕まえて終わりなんかじゃ断じてない…

 

 オール・フォー・ワン、ドクター、リ・デストロなどからの指示によって、捕らえた者達には強制労働をさせている。

 

 これまで募りに募っていた《ヒーローに対する復讐》とでも言うのか、捕まったヒーロー達は毎日《屈辱的な日々》を送っている。

 

 時にはマスキュラーさんやムーンフィッシュさんのような戦闘狂ヴィランが、ストレスや八つ当たりや鬱憤を晴らすために収容所を訪れて、捕まえたヒーロー達の中からサンドバッグにするヒーローを選び…気が済むまで痛め付けているらしい。

 

 一般人は違うにしろ、女性、学生、老人など関係なく《ヒーロー関係者》は僕達の標的にされ…捕まったら最後、自由を奪われ…市民のためではなく…僕達はヴィランのため収容所で無理矢理に働かされるのだ…

 

 

 

 無論、そんな日々を我慢出来ずに反抗してくるプロヒーローや学生はこの半年間で大勢いた。

 この前だって、全面戦争で捕らえた《何十人ものプロヒーロー達》が収容所内で結束して反逆を起こした…

 

 

 

 でも彼らの反逆なんて無駄な足掻きだった…

 

 

 

 反抗したプロヒーロー達は、僕を含めた幹部クラスによってアッサリと撃沈…

 僕の【能力】でヒーロー達の個性を使えなくさせれば、例えランキングが上位のヒーローだろうと対処の方法はいくらでもある…

 

 

 

 

 

 でもここから大事だ…

 

 

 

 

 

 反抗した者達は単純に痛め付けて終わりなんかじゃ断じてない…

 

 僕達に逆らった……ましてや反逆をした者達にはとても重い罰が下される…

 

 

 

 その重い罰とは…

 

 

 

・オール・フォー・ワンによって個性を奪われるか…

 

・去年の死穢八斎會を壊滅させた際に弔さんがオーバーホールから奪いとってきた個性破壊弾を投与されて個性を消滅させられるか…

 

 

 

 どっちにしろ…ヒーローとして活躍してきた者達にとっては、個性を無くなることほど《残酷な仕打ち》はない…

 因みに、オーバーホールから奪った《個性破壊弾》は、材質は違えどドクターが人体実験を重ねて量産に成功させた。

 更に言うと、その人体実験のモルモットは勿論のこと《全面戦争で倒して捕まえたプロヒーロー達》だ…

 

 あと、一番暴れる可能性があると懸念していたエンデヴァーはいうと、僕達に捕まり個性を奪われて収容所送りになる前から…まるで《脱け殻》のような状態で…かつてのトップヒーローの面影など一切無くなっていた。

 でも…収容所の面会室にて長男が会いに来ると、項垂れて荼毘さんにずっと謝り続けているそうだ。

 荼毘さんはそんな父親を煽るのが楽しみらしく、父親の心を抉った後は母親と兄弟に会いに行くという日課を過ごしている。

 てっきり母親と兄弟にも酷いことをしてるのかと思いきや、詳細は知らないけど母親や兄弟には長男として普通に接しているんだとか、轟焦凍君の介護も進んでやっているらしい。

 

 

 

 …っとエンデヴァーのことはさておき、《個性を失ったヒーロー達》は次にリ・デストロかドクターのどちらかへと連れていかれる。

 

 終着点こそ同じだが…それまでは別の道のりを辿ることになる…

 

 

 

 

 

 まず、リ・デストロの元へ送られた場合は《日の光を見ることすら出来ない地下施設》へと連れていかれ、食事すらもマトモに与えてもらえない…収容所よりもキツイ強制労働の毎日を送らされる。

 

 個性を失ってパワーダウンしててもお構いなしにだ…

 

 それだけじゃない、そこへ連れていかれる者達は腕に《銀色の大きな腕輪》が着けられる。

 

 当然ながら《ただの腕輪》なんかじゃない…

 

 その腕輪には毒針が仕組まれており、その毒はドクターが作った速効性の猛毒で《野生の象を瞬時に歩けなくさせ、数時間で命を奪う程の効力》がある。

 

 そんな猛毒を個性を失った人間に投与されたらどうなるか………

 

 ドクターいわく…人間に投与された場合は《瞬時に身体が燃えるような激痛に襲われて動けなくなり、地獄のような苦しみを30分程味わって絶命する》…とのこと。

 

 当然これも人体実験で判明したことだ……そのモルモットが何なのかは言うまでもない…

 

 あと、その腕輪を作ったのはデトラネット社であり、専用の鍵でしか外すことが出来ず、《遠隔操作》も可能で《地下施設から一定の距離を離れた瞬間》に毒が投与される仕組みで作られてる。

 

 地下施設へ送られた者達は《劣悪な労働環境》だけでなく…《いつ死ぬのかわからない恐怖》に怯えながら暮らしているのだ…

 

 

 

 

 

 でもまだ……リ・デストロの元へ送られた方がマシだと僕は思うよ…

 

 

 

 

 

 なにせドクターの元へと送られた者達は…それ以上に悲惨な目に合うんだから…

 

 今更だけど《ドクター》というは《オール・フォー・ワンの長年の側近》であり、何の偶然なのか…《僕が4歳の時に『ヒーローは諦めた方がいい』と言った医者》でもあった…

 

 ある意味で僕の《ヒーローの夢》に亀裂を入れた最初の人でもあるんだけど、今となっては正直そんなことはどうでもいい……

 

 それよりもドクターの元へ送られた場合は、その時点で反逆者達は《実験材料(モルモット)》になることが確定する。

 ドクターはマッドサイエンティストでもあり、オール・フォー・ワンとの長年の研究により作り上げた《脳無》という怪物を作ることを生き甲斐な研究者だ…

 

 そんな異常な研究者の元に連れていかれた者達がどうなるのか…

 

 《薬の投与実験》…《脳無を作るための実験材料》…《完成した脳無の実践データを取るための生きたサンドバッグ》などの非人道的な扱いをされる。

 

 

 

 

 

 どちらに連れて行かれるにしろ…

 

 行き着く先は《生き地獄》だ…

 

 

 

 

 

 ただ、これは何も《ヒーロー》や《ヒーロー関係者》に限った話じゃない…

 

 僕達《超常解放戦線》に逆らう者ならば…《ヴィジランテ》だろうと…《ヴィラン》だろうと同じ目にあってもらう…

 

 

 

 でもね、僕達はまだ彼らにチャンスを与えてる方なんだよ?

 

 

 

 収容所で大人しく労働生活を送っていれば、少なくとも《死と隣り合わせ》になることはないんだから…

 そこで逆らおうものなら、先程説明した《生き地獄》を味わってもらうことになるけどね…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こんな世界になったのは誰のせいだって?

 

 僕?

 

 弔さん?

 

 ジェントル・クリミナル?

 

 それとも…オール・フォー・ワン?

 

 

 

 

 

 違う…

 

 

 

 

 

 今となっては世界中の人々が知っている…

 

 日本が今の形になった元凶…

 

 ロベルト・ハイドンこと僕をヴィランにさせた《トップヒーロー》と《その弟子》の2人が元凶であることを…

 

 

 

 

 

 どうしてだって?

 

 

 

 

 

 全面戦争での蛇腔病院跡地にて、僕がラブラバさんに送った《ハンドサイン》…

 

 

 

 それは《撮影》を意味するハンドサインさ…

 

 

 

 全国報道していた《荼毘さんの録画映像》が終わった後に、繋げて生放送で撮影及び配信してもらったんだ。

 

 

 

 つまり、あの時イレイザーヘッドが語った《全ての真実》は、全国の人々に知れ渡ったってことさ!

 

 

 

 政府や国がヒーロー制度を《撤廃》せざるを得なくなったもの、それが大きな原因である。

 

 だから世間の人々は…《ヒーロー》そのものを恨み…憎んでいる…

 特に…今も生き残っている《かっちゃん》と《オールマイト》の2人をね…

 

 

 

コンコンッ

 

「は~い、誰ですか~?」

 

 今の世間の有り様を振り返っていると、自室の扉からノック音が響いた。

 

「ロベルト、俺だ。誰だ!?義爛が《例の資料》を持って来てくれたぞ~。何も持ってねぇよ!」

 

「分かりました、今行きま~す」

 

 テレビを消し、身嗜みを整えてから部屋を出た僕は、トゥワイスさんと一緒にアジトの客室へと向かった。

 

 今更だけど、僕達が今アジトとして住んでいるのは《エンデヴァー事務所》だ。

 

 全面戦争から暫く経って、僕達は日本のヒーロー事務所にランキング順で襲撃した。

 現在では、200位までのヒーローが所属していたヒーロー事務所の全てが、僕達《超常解放戦線》のアジトとして使われている。

 その中でも一番豪華なエンデヴァー事務所を《ジェントル達》《ヴィラン連合》《ナインさん達》、そして《ナガンさん等の収容所にいた腕の立つヴィラン達》が住まわせてもらっている。

 全面戦争後、黒霧さんの救出と同時に日本中の収容所へ超常解放戦線は襲撃をかけた。ナガンさんを含め捕まっていた全体の7割以上の囚人達はその場で僕達の仲間になってくれたのだが、ステインさんやオーバーホールを含めた2割以上の囚人達は誘いを断られてしまい収容所からの解放したあとは何処かへと姿を消してしまった。

 

 

 

 えっ?ヒーロー事務所にいたヒーロー達はどうなったって?

 

 

 

 そりゃ《逃げたヒーロー達》を除けば、他は全員収容所送りになったよ。

 特にエンデヴァーのいないエンデヴァー事務所のヒーロー達を潰すのは簡単だったからね。

 他のヒーロー事務所も同じく《戦わずに逃げたヒーロー達》以外は1人残らず倒して捕まえた。

 

 

 

 とまぁ、少し前のことを思い出していると僕とトゥワイスさんは客室に着いた。

 客室に入ると、義爛さんがソファーに座って待っていた。

 

「おい義爛、ロベルトを連れてきたぜ!誰もいねぇよ!」

 

「悪いなトゥワイス」

 

「ほんじゃ俺は、スピナーの勇姿を見なくちゃいけねぇからよ!部屋に戻ってるぜ?また後でな義爛!もう会わねぇよ!」

 

 そう言い残すとトゥワイスさんは自室へと戻っていった。

 

「お久しぶりです義爛さん。元気そうで何よりです」

 

「フッ、ああ元気だよ!忙しすぎて嬉しい悲鳴さ!2年前からお前さんが暴れて出してくれたおかげで、俺みたいな闇商人は商売繁盛よ!半年前の全面戦争の後からは、スーツやアイテムの闇市場が爆発的に活性化して需要が数百倍も増加ときた!在庫切れの続出で生産が追い付かねぇ!おかげで今や俺は億万長者!《超常解放戦線》様々だぜ!」

 

「そうですか、それは良かったです。今回は御足労いただき、本当にありがとうございます」

 

「な~に、お前さんからの頼みだからな。それに今日は久々にトゥワイスと飲みに行く約束もあったしよ」

 

 義爛さんはそう言うと、足元に置いてあったアタッシュケースを開け、中から《数十枚の写真》と《大量の資料》を取り出して僕に渡してきた。

 

 写真には《僕と同い年くらいの学生》が写っている。

 

「お前さんの御要望通り、例の2人に関連のあるガキ共だぜ。まぁ9割は《雄英高校の生徒》だけどな」

 

「いえいえ十分ですよ」

 

 僕は上から順に写真を1枚1枚確認していく…

 

「しかし、お前さんもとことん物好きだよな~。コイツらよりも強い奴等なんざ5万といるってのに、態々《爆豪 勝己》と《オールマイト》の関係者から選抜して、《ロベルト十団》っつう新しい組織を結成しようなんてよ。オール・フォー・ワンと肩を並べる程に強いお前さんに、独自の組織なんて必要なのか?」

 

 そう……僕はかつてロベルトさんが結成した《ロベルト十団》という組織を、この世界で僕なりに結成する。

 

 

 

 何のためにだって?

 

 

 

 そんなの…《かっちゃん》と《オールマイト》をより一層苦しめるために決まってるじゃないか。

 

 きっと驚くよ、自分の顔見知りが《僕の仲間》……《ヴィラン》になったと知ったら…絶望するだろうからねぇ…

 

 そのために義爛さんに依頼して、2人の関係者の情報を集めてもらったのだ。

 

「必要なことですよ、義爛さん。それでかっちゃ……爆豪勝己の友達というのは…この中の誰だったんですか?」

 

 僕は数十枚の写真の中から《11枚の写真》を選んで、テーブルに並べた。

 《かっちゃん以外の雄英ヒーロー科1年A組の生き残り11人》である。

 義爛さんは、その中から3枚の写真を選んで説明してくれた。

 

「USJ襲撃、体育祭、林間学校での情報を洗い直した結果、爆豪と特に仲が良かったクラスメイトは《上鳴 電気》《切島 鋭児郎》《瀬呂 範太》の3人だ。まぁコイツらはもう爆豪のことを友達だなんて思ってねぇだろうが」

 

「上鳴君は捕まえてありますが、後の2人はヴィジランテになった生徒でしたか…」

 

 上鳴君だけじゃない、全面戦争から半年の間に《雄英高校を逃げだしたヒーロー科1年生(11人)》は全員捕まえて収容所にいる。

 

 まだ捕まえられてない雄英高校ヒーロー科1年生は《かっちゃん》を含めて《21人》…

 

 

 

・雄英高校を飛び出して自らの意思でヴィジランテになった生徒が《11人》…

 

・セントラル病院から出られない生徒が《5人》…

 

・そして…ヒーロー制度が撤廃されたあと…避難場所となった雄英高校にて…まだ健気にヒーローを目指している生徒が《5人》…

 

 

 

 昏睡状態のかっちゃんや、精神が壊れた轟君や鉄哲君達はどうでもいいとして…

 

 雄英高校には《雄英バリア》という防犯設備があって、かなり厄介なものらしく、いつ攻め込むかを検討中だ…

 でもそんな鉄壁の中でも…避難した人が多いために物資が不足になるのは自明の理…

 なので、雄英に残ったヒーローや生徒などが、物資の確保のために外へ出ることがよくある…

 

 今日捕まえたレジスタンスとして活動していた生徒達が《それ》だ…

 残念ながら今回もヒーロー科生徒はいなかったけど。

 

「まぁこの2人はその内捕まるだろうさ。ヴィジランテになったとはいえ所詮はガキだ、この半年は頑張ってたようだが、そろそろ限界がくるだろうよ」

 

「彼らを捕まえる時はナインさん達に頼もうと思います」

 

「趣味が悪いねぇ、態々《クラスメイトの仇》を相手にさせるってか」

 

「そうすれば彼らも逃げるに逃げられないでしょう」

 

 ナインさん達から聞いた話によると、全面戦争にて雄英ヒーロー科1年A組と再戦した際、A組生徒の中でも特に《切島君》と《尻尾が生えた金髪の男子生徒》の2人は、ナインさん達に対して《親の仇》のような目と激しい怒りを向けて攻撃してきたらしい……でも結局はナインさんの竜巻によってヒーロー科生徒達を全員吹き飛ばされたそうだ。

 

「とりあえず…この3人は確定ですね」

 

「あと7人か、俺が選抜してきた4人を入れてもまだ足りねぇなぁ」

 

「その4人というのは?」

 

 義爛さんは、残りの写真の中から4枚を選んでテーブルに並べてくれた。

 

 左から順に1枚目の写真には全面戦争で見かけた《複数の個性を同時に使っていた金髪の男子生徒》、2枚目の写真には《藍色の髪で眠たそうな顔をした男子生徒》、3枚目の写真には《丸刈りの黒髪で熱血的な顔をした男子生徒》、4枚目には《金髪のロングヘアーで眼鏡をかけた美女》が写っていた。

 

「この4人は、爆豪勝己とオールマイトとはどういう関係なので?」

 

「1枚目と2枚目の写真の生徒は、制服で分かる通り雄英生だ。金髪の方は《物間 寧人》、ヒーロー科1年B組の生徒で、何かとA組生徒に突っ掛かってたらしいぞ?体育祭の騎馬戦では爆豪をあからさまに煽ってたからな。因みに個性は《コピー》だ」

 

「《コピー》……成る程、複数の個性を使っていたのはそういうことですか…。…でもこの人も切島君達と同じくヴィジランテになった雄英生の1人では?」

 

「そうだ、だからヴィジランテになったA組生徒3人と一緒にB組の8人を取っ捕まえた方が効率がいいぜ?」

 

「そうですね…これで4人目…。では次にこの《藍色の髪の男子生徒》は誰ですか?」

 

「《心操 人使》、普通科1年C組の生徒で、2年生になる時にヒーロー科への編入が確実だった生徒らしい。まぁ2年になる前に雄英高校は学校として機能しなくなったがな!そんで、コイツの個性は《洗脳》だ」

 

「《洗脳》……それはまた……心の強い人ですね。そんなヴィラン寄りの個性でよくメゲずにヒーローを目指したものだ…」

 

「ああ全くだ。この個性社会、生まれもった個性のせいで要らぬ苦労をする人間は大勢いるからな、コイツもその1人って訳だ。んでコイツも物間程じゃねぇが色々とヒーロー科A組に絡んでたそうだぞ、特に爆豪勝己にはな」

 

「………彼は今どうしてるんですか?これまで捕まえた雄英生にはまだいませんが?」

 

「避難所になった雄英高校で避難生活を送っている。だが時折、物資確保のために雄英の外へ出ているそうだ……捕まえるならその時だな」

 

「5人目は決まりですね。では次にこの《丸刈りの男子生徒》は誰ですか?制服からして士傑高校の生徒みたいですが?」

 

「《夜嵐イナサ》、士傑高校ヒーロー科1年A組の生徒で、一応は雄英高校の推薦入試に合格した生徒だ」

 

「一応?」

 

「雄英の推薦入試に合格した矢先に士傑高校を受験した。詳細は不明だが当人は《エンデヴァー嫌い》だそうで、俺の予想じゃ雄英推薦入学試験の時に荼毘の弟がいたのが原因じゃねぇかと俺は考えてる」

 

「彼と爆豪勝己の関係性は?」

 

「仮免試験中に喧嘩したのが原因で双方共に一発合格は出来ず、個別テストで仲違いながらもギリギリで仮免を取った関係だ」

 

「そんなんでよく仮免を取れましたね…」

 

「余程ヒーローが人選不足だったってことだろな、お前がヴィラン活動を始めたせいでヒーロー辞めた人間が何人いたことか……まぁ俺にとっちゃヒーローが減ってくれたのは嬉しい限りだったがよ」

 

 かっちゃんが仮免を取れたのが少し遅れていたのはそういうことだったのか…

 

「ああそうそう、コイツの個性は《旋風》で風を操る個性らしい、要はナインの個性の劣化版だな。あとコイツも心操と同じように、避難所となった自分の高校で避難生活を送っている。んで時折は外へ物資調達に出ている…」

 

「分かりました、これで6人目ですね。では最後にこの《金髪の美女》は誰ですか?見たところ外人みたいですが?」

 

「《メリッサ・シールド》、この嬢ちゃんはオールマイトの関係者だ」

 

「オールマイトの関係者?……それで名字が《シールド》………成る程、そういうことですか。オールマイトのサイドキックにして天才科学者《デイヴィット・シールド》の娘ですね?」

 

「ご名答、流石は元ヒーローオタクだ。この手の情報は承知済みか」

 

「デイヴィット博士が結婚してたのは知ってましたが、子供がいたことまでは知りませんでしたよ。デイヴィット博士の身内ということは、彼女がいるのは人工都市《Iアイランド》ですね?」

 

「そうだ、去年まではIアイランドの学校に通ってた3年生で、本来なら今はもう就職してるんだが…噂によると《ヒーロー制度が廃止されたこと》と《去年の夏に父親が起こした騒動》もあってか、研究生として今もIアイランドの学校に通ってるって話だ。超常解放戦線は今度、Iアイランドに奇襲をかける予定なんだろ?その時ついでに捕まえてきたらどうだ?」

 

「オールマイトにとっては《親友の娘》ということですか……それで彼女はどんな個性なんですか??」

 

「残念ながら、この嬢ちゃんは個性を持っちゃいねぇぞ」

 

「えっ……それって…」

 

「ああ…この嬢ちゃんは《無個性》だ」

 

「無個性…」

 

「だが研究者としての才能はピカイチだ、仲間にしても損は無いと思うぜ?それに組織っていうのは1人くらい《花》がないとな」

 

 確かに…ジェントルの組織には《ラブラバさん》、ヴィラン連合に《トガヒミコさん》、ナインさんの組織には《スライスさん》、異能解放軍には《キュリオスさん》がいるように、どの組織の幹部クラスにも1人は女性がいる。

 

 《オールマイトを苦しめる》のが第1の目的として、このメリッサさんをロベルト十団の紅一点とするのも悪くはないかな。

 Iアイランドの学生となれば、頭も良くて機械には強そうだし。

 

「7人目は彼女で決まりですね。あと3人…」

 

「残りは爆豪以外の雄英ヒーロー科A組の余りから選んだらどうだ?未だに病院から出られねぇ推薦組の男女は最初から除外するとして、残りは6人だ」

 

 義爛さんはテーブルに6枚の写真を並べた。

 

 全面戦争では見かけなかった生徒もいたから、おそらくは町で避難活動をしていたんだろう…

 

「この3人の女子生徒の内2人は、トガさんが友達なりたい女の子らしいので、十団に加えるとややこしくなりそうですから…女子生徒は止めておきますよ」

 

「そうか?トガも話せば分かってくれると思うがねぇ。それに《花》ってのはいくら居ても良いもんだぜ?」

 

 僕は6枚の写真から《蛙を連想させる緑髪の女子生徒》と《おかっぱ頭で丸顔の女子生徒》と《耳たぶがコードのようになっている黒髪の女子生徒》が写る3枚の写真は片付けて、残る3枚の写真に注目した。

 

「この3人の男子生徒だが、この《金髪の男子生徒》は切島と瀬呂と共にヴィジランテになった《尾白 猿夫》だ。切島同様に肉弾戦が得意らしいんだが…以前キメラとナインとの戦闘で負った傷のせいか…個性の《尻尾》に後遺症が残ったらしく、学生時代のようには動かせないそうだ。んであと2人は捕まえて収容所にいるんだろ?」

 

「はい《青山 優雅》君と《峰田 実》君です。……この3人は…爆豪勝己とは仲良しでは無いんですか?」

 

「仲良しって程じゃあねぇな。ただ全面戦争でイレイザーヘッドが語った《真実》を知るや否や、この峰田ってやつはセントラル病院で昏睡状態の爆豪に掴みかかって怒鳴り散らしてたそうだぞ。『お前のせいでロベルトっつうヴィランが現れたんだ!いつまでも寝てんじゃねぇ!責任とってお前がロベルトを倒してこいや!』…ってな」

 

「爆豪に対して強い恨みを持っている…ですか。クラスメイトが何人もヴィランになっていたら爆豪も絶望することでしょう…。後遺症が残っている尾白君は保留にしておくとして、爆豪に強い恨みを持つ峰田君は8人目として採用ですね。あと、遠距離攻撃が出来るメンバーとして青山君も9人目として採用することにします」

 

「順調だな~、これであとは1人か」

 

「出来ればオールマイトに何かしらの関係性のある生徒が良いんですがね」

 

パサッ…

 

「ん?」

 

 テーブルに並べた《9枚の写真》以外の写真を纏めて再度確認しようとしたら、1枚の写真が床へ裏向きに落ちてしまった。

 

 僕は足元に落とした写真を拾って確認した…

 

 

 

 

 

 その写真に写っている人物を見た瞬間、僕は驚いて思考が一時的に停止した!?

 

 

 

 

 

 その写真に写っていた男子生徒は…何故か僕に似ていたからだ!!!

 

 

 

 

 

 『世界には同じ顔をした人間が3人いる』…というのは聞いたことはあるが…何処と無く僕に似ている写真の男子生徒に……僕は他人とは思えずにいた。

 

「ぎ……義爛さん……この生徒は……いったい…誰なんですか?」

 

 内心穏やかじゃなくなった僕は、多少動揺をしながら義爛さんに質問した。

 

「お前さんに似てるだろ?俺も最初に知った時は驚いたぜ。コイツも一応は雄英ヒーロー科1年A組の生徒だ」

 

「A組の………まさか…入学式早々に除籍されて…雄英高校に存在したこと事態が消された生徒というのが…」

 

「ああ、コイツだ。一応はA組の生徒だったから調べといたぜ。色々と話も聞けたしな」

 

「え?本人と話をしたんですか?」

 

「まぁな、雄英や士傑みてぇな万全な避難所とは別の避難所にいたおかげで接触するのは簡単だったぜ。一般人のフリをした俺がちょっと優しく話しかけて食い物や飲み物を与えてやったら、涙を流して雄英の入学式の日に何があったのかを話してくれた」

 

「?…どういうことですか?」

 

「タチの悪い話だ、コイツが除籍された大部分の原因は…爆豪勝己に恫喝と脅迫、そして個性《爆破》を使った理不尽な暴力を振るわれたことなんだからな」

 

「……………爆豪勝己がそんなことをしたのは……この生徒が僕に似ていたから…ですか?」

 

「十中八九そうだろうよ。入学式当日、A組の担任の独断で入学式を無視して個性テストがあったらしいんだが、更衣室に向かうその道中でコイツは爆豪に人気の無い場所へと連れ込まれ…訳も分からず理不尽な暴力を振るわれて気を失い…目を覚ました時には入学式も個性テストも全部終わっていて…有無を言わさず担任から《除籍》を言い渡されたらしい。しかも爆豪に脅されていたせいで弁解も出来ず…そのまま雄英を去ったそうだ…」

 

「……高校生活初日から爆豪はそんな悪行をしていたのに…担任は気づかなかったとは………僕はイレイザーヘッドは《良い教師》だと思ってましたが…見誤ってたのかもしれませんね…」

 

「可哀想な奴ではあるが、過程はどうであれコイツは《ヒーローの関係者》としてはカウントされちゃいねぇ。そのおかげで《超常解放戦線から狙われる心配もなく》《一般市民から誹謗中傷を受けることもない》。結果的には《血の気の多い爆豪》と《無能な担任》のおかげで、現状の雄英ヒーロー科1年A組の生徒よりはマトモな日々を送っている……今の壊れた社会を一般人としての生活が幸せかどうかは知らねぇがな」

 

「………この人の名前は…」

 

「《赤谷 海雲(あかたに みくも)》だ」

 

「赤谷……海雲…」

 

「最後の1人はコイツでもいいんじゃねぇか?居場所は突き止めてあるぜ?」

 

「………いえ…この人は尾白君と同じく保留にしておきます。今日だけで10人中9人も決まった事ですし、あと1人はゆっくり探すことにしますよ」

 

「そうか?まぁお前さんがそれでいいなら俺は構わねぇが」

 

 あと1人を誰にするかは追々決めることとして、明日は収容所に行きロベルト十団となる3名を迎えに行かないとね…

 収容所なんかより豪華な生活を送れるのを知れば、首を横には振らないだろう…

 

 他の6人もいずれ捕まえて…

 

 この世界で《僕のロベルト十団》を結成してみせる…

 

 

 

 楽しみだよ…かっちゃん……

 

 キミの友達やクラスメイトがヴィランになったと知ったら…

 

 キミはどれだけ絶望してくれるのか…

 

 本当に楽しみだ…

 

 だから必ず起きてよね……かっちゃん…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●爆豪勝己の中のワン・フォー・オール…(全面戦争後…)

 

 

None side

 

 世界中からの罵詈雑言と批判が集中しているオールマイトと爆豪 勝己の2人…

 

 オールマイトは…今まで命を削って守り続けてきた市民から暴言だけでなく石や物を投げられており…かつて《平和の象徴》と呼ばれた面影は無くなっていた…

 

 全面戦争で重症を負い右足を失った爆豪勝己は、昏睡状態となってセントラル病院の集中治療室で眠り続けている…

 

 

 

 そんな爆豪勝己は…

 

 

 

 自分の身体に宿るワン・フォー・オールの中で《歴代のワン・フォー・オール所持者達》と話をしていた。

 

 

 

 夢の中で意識を覚醒させた爆豪…

 

 しかし…その身体のほとんどは黒い霞がかかっており…

 

 首から下の自由が殆ど効かなかった…

 

 それでも口はあって声を出せるために…

 

 

 

 爆豪は《自分の中にいる8人》と口論になっていた…

 

 

 

「誰だテメェら!?人の身体ん中に空き巣へ入ってんじゃねぇよ!!さっさ出てけやクソ共が!!!」

 

 爆豪は自分が夢の中にいると自覚するや否や、そこにいた部外者達に対して…いつも通りの態度で怒鳴った…

 しかし、誰1人として爆豪の怒号を恐れる様子は無かった…

 

「……八木君……どうして彼を9代目に選んだんだい?…いくら考えても悩んでも……僕は理解に苦しむよ…」

 

「………」

 

 白髪の若い男が《オールマイトの形をした黄色い靄》に問いかけた…

 黄色い靄は何を言わずに…ただ項垂れていく…

 

「聞いてんのか!?ゴラアァ!!テメェら何者(なにもん)だ!!?」

 

「………こうして僕達と話すのは…今回が初めてかな?9代目ワン・フォー・オール所持者…爆豪勝己君…」

 

「ア"ア"ッ"!?」

 

「僕の名前は…死柄木 与一(よいち)だ…」

 

「死柄木…与一?………ッ!?オールマイトのノートに書いてあった《初代ワン・フォー・オール所持者》!!???……そうか…テメェがオール・フォー・ワンの弟か…。んでテメェらは謂わば…ワン・フォー・オールに宿った《残留思念》ってことかよ…」

 

「残留思念か……まぁ…そう言った方がシックリくるかな…」

 

「お"い"…初代様よぉ~、テメェは俺に何か言うことがあんじゃねぇのか?」

 

「え?」

 

「『え?』じゃねぇんだよ!!!テメェの兄貴のせいで!俺達がどんだけ苦しめられてんのか分かってんのか!ゴラアアアッ!!!」

 

「……あぁ…知ってるよ。…今も昔も…兄さんは全然変わってないようだね…」

 

「他人事みてぇに言ってんじゃねぇよ病弱野郎が!!元はと言えばテメェが兄貴を止められなかったのが全ての原因だろうが!!自分じゃ兄貴を倒せねぇから《他人任せ》だ!?フザけてんじゃねぇよ!!この無駄死に野郎!!!!!」

 

「………」

 

「いや…テメェだけじゃねぇ!!!お前も!お前も!お前もお前もお前もお前もお前も!!!俺に順番が回ってくる前にオール・フォー・ワンを倒せなかったのが問題なんだよ!どいつもこいつも!とんだ無責任集団じゃねぇか!!!」

 

『……………………』

 

 爆豪は怒りに身を任せ、歴代ワン・フォー・オール所持者8人を1人1人指を差して怒鳴り散らした!

 

「おい!そこのクソアマ!!!」

 

 爆豪は8人の中にいた唯一の女性である7代目の《志村 菜奈》に向かって怒声で話しかけた…

 

「なんだい…爆豪君…」

 

「テメェがオールマイトの言ってた『お師匠』なんだろ?先代は女だって聞いてるからな…」

 

「……そうだ、私がオールマイトにワン・フォー・オールを託した張本人の志村 菜奈だ…」

 

「テメェも俺に言うことがあるんじゃねぇのかよ!!?ア"ア"ッ!!テメェの孫にも俺達は散々迷惑をかけられたんだからよお!!!」

 

「………」

 

「ジジイからも聞いたぞ!テメェがヒーローの仕事を優先して息子を捨てたってことをな!!!」

 

「ジジイ………空彦(そらひこ)……グラントリノのことか。…捨てたんじゃない……オール・フォー・ワンの手が及ばないように…弧太郎を里子に出したんだ…」

 

「同じだろうが!自分で育てられねぇなら!最初から子供なんか作んじゃねぇよ!このネグレクト女!!!」

 

「……………弁解のしようもない……ワン・フォー・オールを継承された時点で…私は人としての幸せを求めるべきではなかった。それなのに私は…家族の幸せを求めてしまった……その結果がコレだ…」

 

「言い訳なんざ聞いてねぇんだよ!!?あの化け物が誕生した発端は!全部テメェのせいなんだよクソアマ!!!」

 

「……本当に…すまない……申し訳ない…」

 

 志村菜奈は座っていた椅子を降りて…床に膝をつけると…爆豪に対して深々と頭を下げた…

 

 しかし爆豪の怒りは全く静まらない…

 

 この場で志村菜奈が爆豪にいくら謝罪したところで、現実での状況が変わる訳じゃない…

 

「爆豪君…こんな時になんだが…君の覚悟を聞きたい…」

 

「ア"ア"ッ!覚悟!?」

 

 志村菜奈は頭を下げた状態で爆豪に問いかけた…

 

「君……死柄木 弔を殺せるか?」

 

「……は?」

 

「…頼んでるんじゃない……アレはもう…救いようの無い人間だ………君には…アレを殺してでも止めるという覚悟はあるかい?」

 

「……俺に全部《尻拭い》しろってのか……こちとら出久を正気に戻すだけでも手一杯だっつうのに……オール・フォー・ワンだけじゃなくて…テメェの孫も消せってのか……」

 

「……そうだ…」

 

『…………………』

 

 9代目と7代目の会話を…他の者達は黙って聞いていた…

 

 爆豪の返答によっては…《自分達の個性》を爆豪に使わせようと考えているのだ…

 

 もし爆豪が…『救(たす)けたい』という言葉を口にしてくれるならば、歴代達は望んで爆豪に力を貸してくれるだろう…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが…爆豪が口にした返答は…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ!テメェに言われなくても!今度会ったらオール・フォー・ワンと一緒にテメェの孫もブッ殺しといてやるよ!あの気持ち悪い《手野郎》に生きてる価値なんざねぇからなあ!!!」

 

 歴代達が望んでいた返答じゃなかった…

 

 9代目の返答に…7代目は頭を下げた状態で涙を溢し始めた…

 8代目も同じく涙を溢す…

 

 2人が流す涙には…《悲しみ》と《後悔》の感情しか無かった…

 

「(空彦、私達は選択を誤った。そして私達は…弟子にも恵まれなかったようだ…)」

 

 7代目は心の中でも後悔を募らせていた…

 

 そして、爆豪に対して負債を押しつける資格がないということを改めて思い知った…

 

「なに泣いてやがんだよ…テメェが言ったんだろうがクソアm」

 

ベチーーーン!!!

 

「ぶばあ!!?」

 

 突然爆豪は《黒い鞭ような物》に顔をひっぱたかれ吹き飛ばされた!

 

「イッテェなぁ…何すんだ!?クソハゲ!!!」

 

 爆豪は即座に自分を攻撃したのが誰なのかを即座に把握した。

 

 5代目ワン・フォー・オール所持者《万縄 大五郎(ばんじょう だいごろう)》だ…

 

 爆豪はオールマイトから渡されたノートによって2代目と3代目以外の情報を全て把握していた…

 

 そして今、自分を攻撃したのが個性《黒鞭》を使う5代目だと見抜いたのだ。

 

「坊主……お前は今の返答で…『救ける』と答えるべきだった…」

 

「ああ!!!なんで俺があんな人殺しを助けなきゃいけねぇんだよ!!!??バカも休み休み言えやクソハゲ!!!」

 

「ワン・フォー・オールは《オール・フォー・ワンを討つ》という命題をかかえてきた。でもなぁ…それ以上に多くの人々を守り…救けるためにも存在しているんだ」

 

「だからなんだよ!何が《紡がれてきた意思》だ!下らねぇ!!!ただ厄介事を他人に押し付けてるだけじyムゴガッ!!???」

 

 爆豪が自暴自棄になって当たり散らしていると、5代目は爆豪の口に《黒鞭》を巻き付けて、爆豪を黙らせた。

 

「坊主、お前は本当にどうしようもねぇ奴だな…こんな悪ガキを散々祭り上げてきた駄目な大人共の顔を見てみてぇよ。お前もそう思わねぇか?なぁ八木?」

 

「………」

 

 5代目の問いに…8代目は何も言えなかった…

 

「坊主……テメェは他人のことを言えるのか?」

 

「?」

 

「さっきから黙って聞いてりゃ…戯れ言ばかり言いやがって………お前に与一や菜奈を責める資格があんのかよ」

 

 口が塞がれてる爆豪は何も言えず、黙って5代目の話を聞いていた…

 

「お前の言ってることは確かに間違っちゃいねぇよ。俺達にも今の社会を壊した責任はある。だがな…テメェだって俺達と大して変わらねぇだろが………お前と八木が選択を誤ったから…《ロベルト・ハイドン》っつう凶悪ヴィランが誕生したんじゃねぇのかよ」

 

「ッ!!?」

 

「《ワン・フォー・オール(俺達)》がお前に宿ってからよ、俺達はお前がどんな人間なのか良く理解した…」

 

「?」

 

「言っている意味が分からねぇか?俺達はお前の過去の記憶を断片的に見ることが出来たっつうことだ」

 

「!!!??」

 

「見せてもらったよ…お前の過去を………そしてどれもこれも胸糞悪い記憶ばかりだった。……お前がロベルト・ハイドンを……いや緑谷出久を劣悪にイジめてきた過去……終いには自殺に追いやる自殺教唆の発言……見るのも聞くのも耐えがたかったよ…」

 

「………」

 

「坊主、お前さっき…俺達に『出てけ』って言ったよなぁ……出来ることなら俺達から出ていきたかったよ……お前は《ワン・フォー・オールを完遂させる器》じゃない…」

 

「?」

 

「俺が言うのもなんだがよ…あんだけ散々イジメをしてりゃあ……復讐されたってテメェは文句を言えねぇぞ。しかも《死んだと思った緑谷出久に似てる》なんて身勝手な私情で、雄英の入学式に1人の生徒に暴力を振るって雄英から追い出した………なぁ…坊主…お前は本当にヒーローになる気があったのか?」

 

「………」

 

 5代目の言葉に…爆豪は何も言い返せなかった…

 

 黒鞭で口を塞がれているため喋ることは出来ないが、例え口を塞がれてなかったとしても爆豪は返す言葉が無かっただろう…

 

 

 

 神野事件後、《爆豪》と《オールマイト》そして《オール・フォー・ワンと出久と戦ったトップヒーロー達》は、ヒーロー公安委員会が独断で隠していた《出久がビルから飛び降りる前に残していた最後のメッセージ》を知った…

 

 当時の爆豪は、出久がビルから飛び降りたと知った際、自分が関与しているんじゃないかと不安な気持ちもあったが、出久が何も残していなかったとニュースで知り…ホッとしていた…

 

 だがそれは間違いだった。出久は《爆豪を始め…自分の存在を否定してきた者達が…これまで自分にしてきた全ての真実》を…事件当時に持っていたノートや教科書の余白を埋め尽くす程に書き残していたのだ…

 

 しかし大人(ヒーロー公安委員会)の勝手な都合により…《出久が書き残していた真実》は、警察が詳しく調べ…根津校長がヒーロー達に警察署で説教した後で、ヒーロー公安委員会が没収し秘密裏に隠蔽されてしまった。

 ヒーロー公安委員会は、出久の飛び降り事件に《No.1ヒーロー オールマイト》が関わっていることを知り、騒ぎになる前に《出久のメッセージ》を揉み消したのだ。

 当然、根津校長やオールマイト、警察は必死に抗議したが、ヒーロー公安委員会は圧をかけ、根津とオールマイト…更には警察を無理矢理に黙らせた…

 

 結局…《出久のメッセージ》は公安委員会の人間と一部のヒーローや警察にしか知られず、ヘドロヴィラン事件以降は他の誰にも伝わることがなかった…

 

 それは加害者である…爆豪勝己…クラスメイトや教師…更にその家族達に真実が伝わることなく、緑谷出久によって折寺町が消滅する寸前まで…彼らは真相を知らないまま普段通りの生活を送っていた。

 

 

 

 しかし神野事件にて、ロベルト・ハイドンの正体が《緑谷 出久》だと世界中に知られたことで事態は一変した!!!

 

 そこからオールマイトと爆豪勝己の《地獄》が始まった…

 

 

 

 その《地獄への一歩目》として…神野事件後にオールマイトと爆豪勝己は、エンデヴァーの拳とグラントリノの蹴りをそれぞれ1発ずつ顔面に受けた。

 ロベルト・ハイドンというヴィランを誕生させた《制裁の手始め》として…

 

 それは公安委員会も同じく、事の顛末がトップヒーロー達を通して、上層部の人間や政府へとバレてしまい《緑谷出久のメッセージ》を揉み消した責任者と役員達全員は相応に厳しい処罰を受けた。

 

 

 

 オールマイトは神野事件の後、正式にヒーローを引退することになった…

 

 …のだが…引退したトップヒーローはオールマイトだけではない…

 ロベルトとの戦いによって、足と背中に致命傷を負ったミルコとリューキュウも、命こそ助かったが『ヒーローを続けるのは絶望だね…』とリカバリーガールに診断されて、無念の引退…

 

 ミルコとリューキュウだけでなく、日本に存在するヒーローの4割近くが引退を表明してしまった!

 引退の理由は、オールマイトを互角に戦った《オール・フォー・ワンの存在》…そして《ロベルト・ハイドンが使った【十ツ星神器・魔王】の破壊力》を知ったことにより…ヒーロー達はヴィランを恐れ…新しい転職先を探す道を選び…プロヒーローを辞めた…

 

 

 

      ヒーローが減った…

 

 

 

 全面戦争を迎える頃には、日本のプロヒーローは7割近くも減ってしまい…戦争時に参加したヒーローの戦力は《ヒーロー高校に通う学生達》を含めても…明らかに足りてはいなかったのだ…

 

 それがヒーロー達が戦争に負けた理由といえば、それだけじゃない…

 

 神野事件以降に減ったのは現役のプロヒーローだけでなく、雄英や士傑などのヒーロー高校に通う生徒達も同じく減ってしまっていたのだ…

 理由はプロヒーロー達が引退した理由と同じ、オール・フォー・ワンとロベルト・ハイドンに恐怖した学生達は次々とヒーロー高校を去った…

 

 全面戦争時はヒーロー科の生徒だけでは人手が足りずに、急拵えで普通科とサポート科、更には経営科の生徒までもが駆り出された程なのだ。

 

 ヒーロー経験のない普通科、サポート科、経営科の生徒達は《住民の避難誘導》を任されていたのだが………

 ギガントマキアの進撃に巻き込まれて、実践経験の無い生徒達は命を落とす結果となってしまった…

 

 

 

 全面戦争によって…多くの命が消えた…

 

 《プロヒーロー》…

 

 《ヒーロー高校の学生》…

 

 《一般市民》…

 

 日本のヒーロー達が失ったものは…余りにも多すぎた…

 

 

 

 そして戦争で生き残ったヒーロー達は…

 

 戦争によって心と身体に負った傷を癒す暇も無ければ…

 

 仲間のヒーローを失った悲しみに浸る間も無く…

 

 世間からの歓声や声援を受けることも無く…

 

 敗北による《報い》を受けることとなった…

 

 

 

 市民の募り募った怒りの矛先は…

 

 全面戦争で敗北して生き残ったヒーロー全体に向けられた…

 

 加えて、戦争中に全国へ配信された荼毘による《エンデヴァーの家庭の闇》と《ホークスの個人情報》が、ランキング関係なしにヒーロー全体へ大打撃を与えた。

 

 

 

 それだけでなく…

 

 

 

 蛇腔病院跡地での《No.1ヒーロー・エンデヴァー》と《ヴィラン連合のボス・死柄木 弔》の決戦中…

 イレイザーヘッドが語ったロベルト・ハイドンの……《緑谷出久の過去》がスケプティックとラブラバによって世間へと白日の元に晒された…

 

 これだけのことが起きれば、当然ながら人々のヒーローへの信頼が失われる…

 

 折寺町、神野区、全面戦争のいずれにて…《ヒーローを引退した者達》や《ヒーロー高校から去った者達》にも…その被害は広がっていき…

 《ヒーローに関わりのあるもの達》は皆、世間から疎まれる対象となった…

 

 そして…『全ての元凶』と言っていい《オールマイト》と《爆豪勝己》は、日本のみならず世界中から糾弾された…

 

 

 

 

 

 爆豪はずっと眠っているために、全面戦争以降の現実世界が大変な事態になっていることを知らない…

 

 そんな爆豪は、既に《変えられない運命》によって、その罪を償うこととなっていた…

 

 

 

 ワン・フォー・オールを継承された者が強大な力を得る代償として背負う…《呪い》という名の罰を…

 

 

 

「それによぉ坊主、お前はまだ『取り返しが効く』みてぇな言い方してるがよ。お前にはもう………そのチャンスすらねぇぞ…」

 

「クハッ!!…ハァ…ハァ…どういうことだよ…」

 

 5体目が《黒鞭》を解除し、爆豪はやっと喋れるようになった。

 

「お前の寿命は…もってあと……《1年》だ…」

 

「………は……?…何言ってんだよ……俺はまだ16だぞ!人間の平均寿命も知らねぇのかよクソハゲ!!」

 

「あぁそうだ、確かにお前は16歳だ。年齢はな…」

 

「意味分かんねぇよ!?さっきから何が言いてぇんだ!!?」

 

「それは…」

 

「万縄、そこからは私が説明しよう…」

 

「四ノ森さん………そうだな、あんたの方が説得力があるか…」

 

 5代目と爆豪の会話に割って入ってきたのは、4代目である《四ノ森 避影》だった。

 

「(左目にある2本線の傷…オールマイトのノートに書いてあったワン・フォー・オール4代目継承者…)」

 

「爆豪君、これからキミに話すことは《最近になって判明した事実》を含めて…キミの身体に何が起きているのかだ…。気をシッカリもって聞いてくれ…」

 

 そこから4代目によって語られた事実は…

 

 爆豪の心を壊していった…

 

 

 

 オールマイトが爆豪に渡したノートに《2代目》と《3代目》の情報は無かったが、他の継承者の情報は死因も含めて書かれていたのだが、何故か《4代目の死因》だけは書いた後から無理矢理消されていた…

 

 

 

 4代目の死因…

 

 

 

 それは《老衰》である…

 

 

 

 しかし、それは80代や90代という高齢で亡くなったのではなく…

 

 なんと4代目は《40代》という若さで老衰してしまったのだ!

 

 4代目いわく、自分が早くに亡くなったのは《社会から逃れて山奥でワン・フォー・オールの修行をやり過ぎたこと》が原因だと…

 亡くなってから気づいたのだ…

 

 

 

 ワン・フォー・オールを《水》と例えるのなら、継承者は《器(グラス)》…

 

 無数に存在する個性もまた《水》という例えとするならば、個性を生まれもった人間は《水が注がれたグラス》であり、逆に個性を持たない無個性の人間は《空っぽのグラス》を意味する。

 

 そしてワン・フォー・オールは、何人もの人間が代を重ねる毎に力を貯えて《膨大な力の塊》という《大量の水》になっていた…

 

 

 

 そんな大量の水を、既に水が入っているグラスに注いだらどうなるか………

 

 

 

 水は溢れ出て…場合によってグラスは割れてしまう…

 

 

 

 8代目継承者であるオールマイトは、無個性という《空っぽの器》だったからこそ、ワン・フォー・オールという《大量の水》を全て受け止めることができ、尚かつ50歳を過ぎても生き長らえているのだ…

 

 だが《個性をもった人間》が9代目継承者になったのなら……その人間はどうなるのか……

 

 

 

 何が言いたいのかというと…

 

 《水が注がれたグラス》である爆豪勝己に…

 

 《大量の水》となったワン・フォー・オールが受け継がれた場合…

 

 爆豪勝己という《グラス》は、《大量の水》を全て受け止めるだけで精一杯、《グラス》は崩壊寸前の状態となる…

 

 その《グラス》が割れて崩壊することが…いったい何を示すのか…

 

 それを4代目が《老衰》という死因で、答えを導き出してくれた。

 

 

 

 そして、今の爆豪勝己は正に…《いつ割れてもおかしくない罅だらけのグラス》なのだ…

 

 

 

 つまり…

 

 

 

「俺が………死ぬ…?」

 

「…そうだ……キミが八木君からワン・フォー・オールを受け取った時点で、キミの寿命は年齢とは裏腹に《80歳》を過ぎていた。あの時点でキミはあと《10年》程しか生きられなかったんだよ…」

 

 4代目から語られた真実によって、ワン・フォー・オールという個性に宿るデメリットを知った爆豪は呆然としていた…

 

「皮肉なことに…宿敵であるオール・フォー・ワンが、キミの生まれもった個性《爆破》を抜き取ってくれたおかげで、キミの命は延命されて今も昏睡状態という形で生きてるんだ。更に言うなら…キミは自分の個性を奪われるまで《ワン・フォー・オールの特訓を全くしなかったこと》も、結果としては延命処置になっていたんだよ。もしキミが継承されてすぐにワン・フォー・オールを鍛え過ぎて…私達の個性の全て発現していたなら…その時点でキミは寿命が尽きていた」

 

「以上のことから…お前の命はもう長くない。もっと言うなら《離島で激戦》と《先の戦争》で、ワン・フォー・オールの100%を使ったことによって、残り少なかったお前の命はどんどん削られていき…正に今《風前の灯》だ。ある意味で偶然に偶然が重なったおかげで、お前は生き長られてたってことだ。坊主、お前は《自分の大きすぎる自尊心》と《個性を奪ってくれた俺達の宿敵》に感謝しなきゃいけないってことだ…」

 

 4代目の説明が終わると同時に、5代目が口を開いて補足を入れてきた。

 ただし5代目の補足は《皮肉》でしかなかった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これに対する爆豪勝己の返答は………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「い……い……イヤだ…」

 

『?』

 

「イヤだ!イヤだ!!イヤだっ!!!死にたくない!!!死にたくねぇよ!!!俺はまだ生きてぇんだ!!!何とかしろや!!!!!」

 

『……………………』

 

 いつも他人を見下し…偉そうな態度をとっている爆豪の顔から《余裕》が消えた…

 

 間近に迫った《死》という運命に恐怖し…

 

 爆豪はただの《泣きじゃくる子供》になっていた…

 

 オールマイトから授かった《特別な力》は、爆豪の知らぬ間に《目に見えない呪い》として命を削っていた…

 

 これまで《いくつもの偶然》がなければ、爆豪の身体は意思とは関係なく《死》を迎えていた…

 

 それを理解したことで爆豪は嘆き、散々暴言を吐いた相手に助けを求める始末…

 

 そんな爆豪を見て…初代は始めに言った言葉を少し変えてまた口にした…

 

「八木君……本当に…どうして…彼を9代目に選んだんだい?例え100万時間ずっと考えたとしても…僕は絶対に理解できないよ…」

 

「……………」

 

 初代からの殆ど同じ質問に、またしても8代目は何も答えられなかった…

 

 他の6人の継承者達も初代と同じく、8代目と9代目を見限っていた…

 

 特に《2代目》《3代目》《6代目》は一切として会話に参加せずに口を開こうともしない…

 

 ただ《6代目》に至っては…《7代目》を継承者に選んでしまったことについては…自責の念を感じている…

 

 志村菜奈は家族の幸せを求めていた…

 

 最終的に《6代目》からワン・フォー・オールを受け取ったのは《7代目》の意思とはいえ、結果として志村 菜奈の孫である死柄木 弔は、オール・フォー・ワンの意思を次ぐ凶悪ヴィランとなってしまった。

 《6代目》は間接的にとはいえ、死柄木 弔がヴィランになった原因に関係している。

 だから爆豪 勝己に対してキツく言える立場ではないために一言も喋らないのだ…

 

『(志村 菜奈にワン・フォー・オールを託すべきではなかった…。彼女には……彼女が求める幸せがあった筈なのに…)』

 

 …と…6代目は亡くなってからずっと…ワン・フォー・オールの中で後悔し続けていた…

 

 そして《2代目》と《3代目》はというと…ずっと壁を向いて、9代目である爆豪勝己の姿を見ようとすらしない…

 

 

 

 

 

 そんな一見バラバラにしか見えない《初代から8代目の継承者達》は、1つだけ心の中で思っていることが一致していた…

 

 

 

 

 

 それは…

 

 

 

 

 

『この世界の自分達(ワン・フォー・オール)は…オール・フォー・ワンに負けた…』

 

 

 

 

 

 それだけは一致していたのだ…

 

 

 

 

 

 《オール・フォー・ワン》…

 

 《死柄木 弔》…

 

 そして…《ロベルト・ハイドン(緑谷 出久)》…

 

 もはや現状に残ったヒーローの誰も手に負えない最強のヴィラン達…

 彼らが生きている限り、個性社会に明るい未来なんてやって来ない…

 悲しきことに…そのヴィラン達を産み出した原因が…ここ(ワン・フォー・オール内部)に半数以上もいる…

 

 

 

 歴代達が継承者に求めているのは…

 

『他人のために……世界の平和を守るために……文字通り《自分の命を削り…》死を恐れずに戦う覚悟があるか…』

 

『悪には決して屈せず…いざとなったら自分の命よりも他人の命や未来を優先する者…』

 

 しかし残念ながら…歴代達の爆豪勝己の審査結果は《不合格》だった…

 

 

 

 

 

 9代目にて…ワン・フォー・オールは終わりを告げる…

 その使命を果たすことも出来ずに…

 

 

 

 

 

 それに9代目がこんな精神状態では、例え意識を取り戻して現実世界に戻ったとしても戦うことなんて出来やしない…

 自分の死を恐れてワン・フォー・オールを使うことが出来ない…

 

 そんな泣きじゃくる9代目を見ながら歴代達(初代~7代目)は考えさせられる…

 

 

 

 もし…ワン・フォー・オールを受け継ぐ人間が《爆豪 勝己》ではなく…《緑谷 出久》だったのならば、ワン・フォー・オールを完遂させられたのではないか……っと…

 

 

 

 全面戦争にて明かされた【理想を現実に変える能力】のデメリットである《自分の寿命を削ること》…

 仕組みは違うが、そのデメリットはワン・フォー・オールに酷似している…

 どちらも《命を削って力を発揮する能力》…

 

 

 

 ただ違うのは、持ち主の《覚悟の差》…

 

 

 

 ロベルト・ハイドンという名のヴィランとなった緑谷出久は、ワン・フォー・オール継承者である自分達からすれば《悪》だ…

 

 しかし…

 

 主君のために…

 

 仲間のために…

 

 目的のために…

 

 己の寿命を削って戦うことに、一切の迷いも後悔も無いことをあの戦争の終盤で見せつけた。

 

 敵ながら《死をも恐れず…その身を呈して他人のために戦う覚悟》は本物だった。

 

 

 

 緑谷出久が9代目のワン・フォー・オール継承者だったのならば、この世界がこんなにも酷い状況になることは無かったかもしれない…

 

 

 

 だが…現実は残酷である…

 

 その緑谷出久は、8代目と9代目への復讐のために《ヴィランの道》を進んでしまった…

 その存在は歴代達からすれば《オール・フォー・ワンが1人増えた》ようなもの…

 

 この世界に緑谷出久を倒せるヒーローはもう存在しない…

 

 残された希望である爆豪 勝己は、死にたくないと泣きじゃくっている始末…

 

 そんな泣いている子供に対して初代は《厳しい現実》を突きつけた…

 

「1度失った寿命は元には戻らないよ。爆豪君、残念だけどキミを生き長らえさせるのは…不可能だ…」

 

「ッ!!!!!?????うああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」

 

『……………………』

 

 再び泣き叫ぶ9代目に…歴代達はかける言葉は無かった…

 

「(それに…仮に生き長らえたとしても…キミに待ってるのは《生き地獄》だよ。緑谷出久……《永遠の苦痛》とは考えたものだね…)」

 

 初代は心の中で…以前オール・フォー・ワンと緑谷出久が言っていた《永遠の苦痛》という罰を、現実世界の8代目を通して最近になって理解した。

 

 そして思い知らされた…

 

 ヴィランとなった緑谷出久は…オール・フォー・ワン以上の恐ろしい存在になりつつあることを…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

None side

 

 

 緑谷 出久とオール・フォー・ワンが…

 

 常々言っていた…

 

 爆豪 勝己とオールマイトに対する…

 

 『永遠の苦痛』…

 

 その罰の内容は………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 《何もしない》………だ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰しも詳細を知らずに聞けば、訳が分からないだろう…

 

 しかし…これは《情け》でもなければ《見逃した》訳でもない…

 

 出久とオール・フォー・ワンがその気になれば、爆豪とオールマイトの抹殺など容易いことである…

 

 今2人が何処にいるのかも随時分かっているのだ。

 

 

 

 何故って?

 

 

 

 全面戦争後、超常解放戦線が所有物にしたのは《収容所》だけではない。

 

 《日本にあるヒーロー関係の建物》は片っ端から制圧してきた。

 

 そして、その中には《ヒーロー関係者専用の病院》だって含まれている。

 

 《昏睡状態の爆豪勝己》が入院しているセントラル病院もまた…超常解放戦線に制圧されているのだ。

 

 

 

 要するに何が言いたいかと言うと…

 

 

 

 9代目である爆豪 勝己…

 

 8代目であるオールマイト…

 

 その2人を生かすも殺すも、緑谷出久とオール・フォー・ワンの気分次第であると同時に、ワン・フォー・オールだって《絶やす》も《奪う》も自由…

 

 爆豪 勝己とオールマイトは、緑谷 出久とオール・フォー・ワンに手綱を握られているのだ…

 

 

 

 オールマイトは、神野区にてオール・フォー・ワンに《最後の一撃》を使わなかったことで、オールマイトの身体には今も《ワン・フォー・オールの灯火》が微かにだが残っている…

 

 だが…オールマイトはもう前線に立てる身体ではなく…全面戦争の時は画面越しに戦争を見ていただけだった…

 

 そして戦争の終盤…

 同僚の口から全国に語られた《己の罪》と《弟子の罪》が全国に暴露された時も…オールマイトはただ見ていることしか出来なかった…

 

 

 

 仲間のヒーロー達が…

 

 教え子達が…

 

 自分の弟子が…

 

 この世界の平和のために…

 

 罪無き人々の明日のために…

 

 強い覚悟と決意を胸に!

 

 超常解放戦線と懸命に戦った!

 

 

 

 

 

 だが……ヒーローは負けた…

 

 

 

 

 

 オールマイトの師匠の孫…《死柄木 弔》…

 

 かつてオールマイトが見捨ててしまった無個性の少年…《緑谷 出久》

 

 

 

 ヒーロー達の覚悟と決意は…この2人によって完膚なきまでに打ち砕かれた…

 

 

 

 どんな強力な個性をもったヒーローだろうと…

 

 《理想を現実に変える能力》によって、個性を封じられればヒーローは…《ただの人間》…

 

 その上、直接触れずとも《全てを崩壊させる個性》の前では…《ただの人間》は無力だった…

 

 

 

 

 

 ヒーローがヴィランに敗北したその時ですら…オールマイトは…ただ見ていることしか出来なかったのだ…

 

 

 

 

 

 そして全面戦争からの半年…

 

 爆豪はともかく…

 

 オールマイトは毎日《地獄の日々》を送っていた…

 

 昏睡状態の弟子の看病の他は…《もう学校として機能していない雄英高校という名の避難所》で暮らしている。

 

 ヒーロー制度が撤廃されたことで、ヒーロー育成高校は存在意義を無くし…日本の全てのヒーロー高校は《ただの学校》及び《避難所》となった。

 

 超常解放戦線を恐れ…避難所へと逃げてきた一般市民…

 

 そんな市民達は…《ヒーローの存在そのもの》を否定していた…

 

 

 

・ヴィランを恐れて引退した元ヒーロー達…

 

・ヴィラン(ロベルト)との戦闘で重症を負い…結果として今だ復帰どころか…自分で歩くことすら出来ない病人のヒーロー達…

 

・全面戦争で敗北しながらも生き残ったヒーロー達…

 

・去年までにヒーロー高校へ入学した学生達…

 

・《平和の象徴》と呼ばれたオールマイト…

 

 

 

 そんな彼らは今…

 

 一般市民からは《腫れ物》ように扱われ…共に避難所で暮らしている…

 

 オールマイトがもっとも辛く苦しいのは…

 

 かつて自分が守ってきた大勢の人々から受けていた《感謝》と《歓声》が……《暴言》と《罵声》に変わってしまったことよりも…

 

 仲間のヒーロー達や生徒達が…

 

 一般市民達からの《冷たい目》で見られ…《影口》や《心無い言葉》を言われ…それにより精神的に苦しむ姿を見ることだった…

 

 

 

・全面戦争前に引退した元ヒーロー達は………

 元ヒーローであったことがバレるや否や…同じ避難所にいる人々(一般市民)から『臆病者』だの『腰抜け』だの『偽善者』だのと言われて《総好かん》を喰らう…

 

 

 

・ヴィランとの戦闘で負った傷が未だ完治せず…他人の手を借りなければ自分の足で歩くことが出来ないのヒーロー達は………

 一般市民から軽蔑の目で見られ…『役立たず』だの『穀潰し』だの『お荷物』だのと言われ邪魔者扱いをされる…

 例題としてミルコやリューキュウは、神野区で死傷レベルの傷を負ってしまい、治療を受けるも他人(サイドキックや学生)の手の借りなければ普通の生活すら送れないのだ…

 

 

 

・全面戦争で敗北しながらも生き残ったヒーロー達…

 ヒーロー制度が撤廃されたことで…プロヒーローでは無くなった…

 《ヒーロー免許》はもはや存在する意味を持たない…

 全面戦争においては…全体の3割のヒーローは死亡し、5割のヒーローは超常解放戦線に捕まって収容所へと送られ、残りの2割のヒーローはバラバラとなったが殆んどは避難所へと避難していた…

 だがヒーローであったことがバレると、引退した元ヒーロー達よりも酷い目にあわされる。《戦争で負けたこと》もそうだが、それ以上に《戦争で亡くなったヒーローや生徒の遺族》《ヴィランに捕まって収容所送りにされたヒーローや生徒の家族》から…『貴方達が負けたからいけないんだ!主人を返せ!』や『どうして私の子が死んで貴方達が生き残ってるんだ!』や『ヒーローならヴィランと戦って倒しにいけよ!』などという悲痛の訴えを毎日のように言われて…心が追い詰められている…

 

 

 

・そして…去年までにヒーロー高校へ入学した生徒達は《ヒーローの道から逃げ出した生徒》《ヴィジランテになった生徒》《学校に残った生徒》に別れてしまい、《学校に残った生徒達》は避難所となったヒーロー高校で教師達と共にスタッフとして《避難所での仕事》を手伝っていた。

 しかし…《全面戦争の生き残り》であるために、避難してきた市民からの風当たりは冷たかった…

 避難所となった雄英高校に最後まで残っていたヒーロー科1年生5人も…家族や身内は違うにしろ…他の市民からは《陰口》や《罵倒》をされるなどの憎悪を向けられる対象とされてしまい、生徒達は《ヒーローを純粋に目指した過去の自分自身》を疎んでいる始末なのだ…

 

 

 

 

 

 プロヒーローや学生達は…

 

 たった半年で《地獄》へと叩き落とされた…

 

 

 

 

 

 そんな苦しむ彼らを…オールマイトは見ていることしか出来ない…

 

 《もう自分がヒーローとして出来ることは何も無い》…

 

 そんな虚しさを抱えながらオールマイトは今日も心身共に苦しんでいた…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう………出久とオール・フォー・ワンが言っていた『永遠の苦痛』の真意とは…

 

 自分達が何もせずとも…

 

 この《壊れた個性社会(世界)》そのものが…

 

 爆豪とオールマイトの2人を…

 

 《真綿で首を締め付ける》ように…

 

 2度と2人を笑顔にさせないように…

 

 自分の選択と罪を一生後悔させ…

 

 寿命が尽きるその時まで永遠に苦しませることなのだ…

 

 

 

 

 

 オールマイトと爆豪勝己は…

 

 パンドラの箱を開けて……いや……パンドラの箱の蓋を壊してしまったのだ…

 

 もう閉じることも出来ない箱からは…止めどなく《厄災》が溢れ出してくる…

 

 だが、パンドラの箱というのは…最後にたった1つだけ《希望》が残させてると言われている…

 

 だが…そのパンドラの箱には…《一筋の希望》すら入っていなかったのだ…

 

 

 

 

 

 この世界の希望である《ヒーロー》は…

 

 

 

 

 

 《ヴィラン》に敗北した…

 

 

 

 

 

 その全ての元凶となった2人は…

 

 それぞれ、不名誉な2つ名をつけられた…

 

 

 

 

 

 全面戦争後から意識の戻らない爆豪勝己は…

 

      《騒乱の象徴》…

 

 

 

 

 

 《平和の象徴》と呼ばれたオールマイトは…

 

      《厄災の象徴》…

 

 

 

 

 

 2人は世間から…世界中から糾弾されている…

 

 それでも彼らは生き続けなければならない…

 

 《ワン・フォー・オール》の宿命に従って…

 

 いつの日か、オール・フォー・ワンを倒し…

 

 この世界に平和を取り戻すその日まで…

 

 彼らに《死》は許されないのだ…

 

 

 

 

 

 そして…

 

 

 

 

 

 緑谷 出久は…今後も《ロベルト・ハイドン》というヴィランとして活動していくだろう…

 

 例え…自分の寿命を削っても…

 

 この世から本当の意味で…

 

 《ヒーロー》という存在がいなくなる…

 

 その日まで………




 いかがだったでしょうか?

 出久君が《爆豪からのワンチャンダイブ発言》と《オールマイトに夢を否定されたこと》で自殺を図り、精神世界で《植木耕助》ではなく《人間を嫌っていた頃のロベルト・ハイドン》と出会った場合の物語…

 出会う人が違っただけで…運命は大きく変わってしまい…

 この世界のヒーローはヴィランに完全敗北してしまいました…

 たった1人の少年へのイジメと理不尽がキッカケに…

 この世界線の未来には《絶望》しか残りませんでした…





 これが私なりに考察した《ヴィランデク》でした。





 11月もあと僅かですが本編の18話を早く投稿して、その後の話も投稿するよう頑張っていきます!


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記者と報道の法則(前編)

 新年最初の更新になります。

 毎度ながらお待たせしてしまい申し訳ないです…

 最初に申し上げるのですが、今回の話ではまだ本格的に出久君は登場はしません。

 今回はヒロアカに登場した《ある記者》に重点を置いた話となります。

 爆豪やオールマイトの暗い話(ヘビーな話)が終わって、今回からは明るい話(ライトな話)を目指して書き進めていたのですが、いざ完成してみると《グレーゾーン》……いえ《暗い話》寄りになってしまいましたが、どうか御了承の程よろしくお願いします。


●とある新聞社…(出久が目覚めて4日目の夕方…)

 

 

None side

 

「オールマイト……どうしてこんなことに…」ウルウル

 

「見いってないで資料を揃えなさい!」

 

「は!はい!!」

 

 パソコンのネット上に書かれたオールマイトのバッシングを涙目で見る《眼鏡をかけた小太りの男》が、《眼鏡をかけた女編集長》に怒鳴られていた。

 

 今、この新聞社の女編集長はとても焦っている…

 

 既に《1ヶ月早まって開催された今年度のヒーロービルボードチャート上半期》の日から2週間以上が経過していた…

 

 …のだが……今や新聞や雑誌だけでなくネットでも当たり前のように特集されている数々の情報がどこもこれも《同じネタ》ばかりであり、世間の人々は《書いてある内容が毎回同じ新聞や雑誌》などを買ってくれる訳がなく、どの新聞社も売れ行きが下がりつつあるため、記者達は《新しいスクープ、ネタ》に餓えていた。

 

 1か月前の《ヘドロヴィラン事件》と《無個性の男子中学生の自殺未遂》を始まり、次々と明らかにされた数々のスクープは既にマンネリ化してしまい、2週間以上前のビルボードチャートで《開催が急遽早まったこと》《トップヒーロー達の登壇とコメント》《ヒーロー公安委員会からの3つの報告》《オールマイトとエンデヴァーが先代No.1ヒーローにお灸を据えられたこと》は、今じゃ日本のみならず世界中の殆んどの人達が把握しているのだ…

 

 

 

 しかし、こんな状況にも関わらず雑誌の売り上げが絶好調な出版社が《1ヵ所》だけ存在する。

 

 1週間以上前に起きた《折寺中3年生達への同時集団暴行事件》を、何処よりも真っ先に取り上げた女性ジャーナリストとその仕事仲間が勤める《集瑛社》である。

 

 何故、その集瑛社のジャーナリスト達が当日に折寺町へ来ていたのか?

 

 それは当日の彼らが《事件の数日前に折寺町へと移動してきた県外のヒーロー達》にインタビューをするために訪れていたからである。

 

 その際、偶然にも事件現場の付近にいたことで《被害にあった折寺中学生達や事件現場の写真》や《各襲撃現場へ最初に到着したヒーローや一般人達のコメント》を全て独占することが出来たのだ。

 

 そのため、他のジャーナリスト達は未だに折寺中生徒の襲撃事件の有力な情報を手にすることか出来ずにいた…

 

 

 

「駄目!駄目!こんな当たり障りのない記事じゃ誰も買ってくれないわよ!今までにないスクープが必要なの!只でさえビルボードチャートから襲撃事件までの特集号は、ウチが最後発なんだから!」

 

 女編集長は、別の若い編集者が作成している記事を見て難癖をつけていた。

 

「ヒーロー公安委員会もオールマイトの関係者も全員、口が固くて……あっ!そうです!前に《エンデヴァーの次男》にインタビューした際のコメントを元に記事を作ってみるのはどうでしょうか?」

 

「それは他の新聞社がもう出版しちゃってるでしょう!!第一、ヒーローランキングが最下位になったDVヒーローの情報なんて誰が知りたがるのよ!!当人はセントラル病院に入れられちゃったせいで、退院するまでインタビューどころか顔すら見ることも出来ない状況なんだから!エンデヴァーに関する記事は無し!!!それより、例の《無個性の中学生に自殺を促す発言をしたヒーロー》については!?」

 

「ヒーロー公安委員会が重要機密にしている案件です、そのヒーローが誰なのかは全く掴めていません。手当たり次第にプロヒーロー達に聞き込みもしてみたのですが…有力な情報は何も…もしヒーロー関係者以外でそのヒーローが誰なのかを知る人物がいるとしたら……1人しか…」

 

「入院中の《飛び降り自殺に失敗した無個性の中学生》だけってことね…」

 

「はい……ですが…その被害者にはプロヒーローの《デステゴロ》《シンリンカムイ》《バックドラフト》《Mt.レディ》の4名が交代で警備をしているため、被害者にもその御家族にも近づくことは不可能です。そもそも…被害者の中学生は昏睡状態で意識不明ですし…」

 

「デステゴロ達は、被害者への《罪滅ぼし》と《償い》のつもりなのかしら?」

 

「記者会見ではシンリンカムイとデステゴロが、ヘドロヴィラン事件で『被害者を一方的に怒鳴り散らして叱った』とコメントしていましたから、その可能性はあります……ですが…確証が何も…」

 

「ネタは貰うものじゃない!取るの!取っていくの!もしかしたら、その4人の誰かが《被害者の夢を否定して自殺に追い込む発言をしたヒーロー》かも知れないじゃない!何としても真相を突き止めるのよ!」

 

 女編集長がヒートアップしていき、憶測を口にし始めていると…

 

 

 

 

 

「おやおや、編集長に怒った顔は似合いません、折角の美人が台無しです」

 

 

 

 

 

 編集室の出入口の扉に寄りかかる《左右の瞳が違う眼鏡をかけた細身の男》が女編集長に話しかけてきた。

 

「あらタネちゃん!最近、音信不通だったから心配してたのよ?」

 

「すみません編集長、ここ1ヶ月程《ある特ダネ》を求めて動いていたものでして」

 

「特ダネ!!?」

 

「はい、おそらく…今この世にいる記者の中で…私しか知らない《とっておきのネタ》をね」

 

 《特ダネ》と聞いて女編集長の目の色が変わった!

 

 

 

 女編集長はすぐに細身の男と先程怒鳴り叱っていた男性社員2人を連れて、防音対策のある特別な個室へと4人で移動し、テーブルを挟んで座った。

 

 

 

「それじゃあタネちゃん!聞かせてくれるかしら?その《とっておきのネタ》を!」

 

「勿論、その代わり《このネタ》を入手出来たのは《相当な苦労》と《偶然》があってなので、高く買ってくださいよ?」

 

「そのネタの内容にもよるけど、タネちゃんが1か月以上も探って掴んだ情報をウチの新聞社だけに提供してくれるんだから、報酬は弾むわよ」

 

「流石は編集長、話が分かりますね」

 

「って!報酬のことは後回しにして!早くそのネタを教えてよ!!!」

 

 女編集長だけでなく、同席している編集者の2人も早く知りたいのかソワソワしていた。

 

「分かりました…ではお話ししましょう。まず最初に私が調べていた内容というのは、1ヶ月以上前の4月の中旬に発生した《ヘドロヴィラン事件》と、同日に起きた《飛び降り自殺を図った無個性の中学生》についてです」

 

「無個性ってことを理由に学校で虐めと差別を受けて、ヒーローから夢を否定された被害者の?」

 

「そうです、実はその子……今から3日前に目を覚まして意識を取り戻しました」

 

「えっ!!?そうなの!!!??」

 

 女編集長はいきなりの事実に驚いた!

 

 驚くもの無理はない、事件のあとにリカバリーガールの緊急手術にて一命はとりとめたのは知っていたが、そのリカバリーガールが『被害者の子供の意識が戻る可能性は数%』とコメントをしてたため、1ヶ月程で意識が回復したなど驚かない訳がなかった!

 

「でもどうやってそれを調べたの!?その被害者と御家族には、プロヒーローの警備が着いてるから近づけない筈よね!?」

 

「落ち着いてください編集長、順を追って説明していきます。私は1か月前からその被害者の少年について調べてました。ですが私が本命として求めていたスクープは別にあります……それがなんなのかは編集長も察しがついてるのでは?」

 

「……被害者の中学生に『無個性はヒーローになれない』って発言をした《名前の伏せられてるヒーロー》のことかしら?」

 

「御名答。私はそのヒーローが誰なのかをずっと追っていたのですよ。しかし知っての通り…そのヒーローの正体は、ヒーロー公安委員会が徹底して隠しており、おそらくその秘密に関して知っているのはヒーロー公安委員会内部でも上層部の人間だけなのでしょう…。そうなると情報を手にするのは困難……なので被害者である無個性の中学生の周囲を調べていたんです」

 

「流石はタネちゃん!目の付け所が違うわね!それで!《名前が伏せられてるヒーロー》っていったい誰なの!!?デステゴロ!?シンリンカムイ!?バックドラフト!?それともMt.レディ!?」

 

「それが~…そのスクープだけは突き止めることが出来ませんでした…」

 

「ええ~…そんな~…」

 

「ですが御安心を!そのヒーローが誰なのかは突き止められませんでしたが、それに匹敵する《沢山のスクープ》を手に入れることが出来ましたので!」

 

「沢山!!!」

 

 肩透かしを喰らって落胆したと思ったら、他にスクープがあると聞いて立ち直る現金な女編集長は、再び細身の男の話へ食い付いた!

 

「実は今日も一般人を装って被害者が入院する病院内に潜伏していた際、私は《抹消ヒーロー・イレイザーヘッド》から声をかけられたんですよ」

 

「イレイザーヘッドって……確か雄英高校で教師をやってるメディア嫌いのアングラヒーローだったかしら?というよりなんでイレイザーヘッドが?」

 

「被害者の少年を治療したリカバリーガールが、少年の過ごしてきた学校環境を警察から聞いたことで、彼女の顔見知りであり教育者としてもっとも信頼出来る雄英高校の《根津校長》に相談したみたいです」

 

「根津校長に……というよりタネちゃん、よく声をかけてもらえたわねぇ」

 

「ええ、どうやら《私以外で無個性の中学生を調べている記者はいなかった》という偶然もあってですが、それはそれで巡ってきたチャンスでしたよ。私はイレイザーヘッドに連れられて病院の談話室に移動しました。そこには《根津校長》と《リカバリーガール》の2人がいたんです」

 

「根津校長とリカバリーガールが!?それでそれで!!?」

 

「根津校長は私が記者であることも、事件から1か月近く一般人を装って病院に張り込んでいたことも知ってたようでして、その時はてっきり病院に張り込むのをやめるように忠告を受けると思っていたのですが……私の予想は大きくハズレました。私を追い出すどころか、根津校長が提示した《ある条件》を引き受けることで、私に《色々な情報》を提供してきてくれたんですよ」

 

「タネちゃんに情報をくれたのは根津校長だったの!?」

 

「はい、先程も言った《被害者の少年の意識が戻ったこと》だけでなく、《被害者以外の折寺中3年生への奉仕活動》についてもです。彼等を心から反省させるために、被害者が普段から行(おこな)っていた奉仕活動に参加させているみたいなのですが……編集長も彼等の現状はご存知でしょう?」

 

「えぇ知ってるわ、今や社会的にもネット上でも袋叩きにされていて、一連の加害者でありイジメの主犯核でもある《爆豪 勝己》と《被害者以外の折寺中の3年生達全員》の奉仕活動期間が伸びて一向に終わるメドがたってないでんしょ?《無断で休んだり》《問題を起こしたり》《活動中に個性を使ったり》した場合、ペナルティとして奉仕活動期間が加算されてる上に、被害者以外の生徒達の個人情報がネットにバラ撒かれていたことで、彼らと似た個性をもった人達が復讐のために集まって、1週間以上前に折寺中の生徒達に対して《集団暴行事件》が起きたのよね」

 

「そうです、その彼等についても根津校長が語ってくれました。《被害者以外の折寺中3年生達》と《教師達》を心身とも反省させるために、奉仕活動を提案した当事者としてね」

 

「えっ!!?彼等に奉仕活動の厳罰を与えた《どこかのヒーロー高校の校長》って《根津校長》のことだったの!?」

 

「当たりです。コレについても記事にしても良いと根津校長からちゃんと許可をもらってきました。ついでに何故、生徒達を《退学》や《停学》にせず、教師達を《解雇》の処分にしなかった《理由》についても聞いてきましたよ」

 

「やるじゃない!流石はタネちゃん!それだけでも十分なスクープよ!」

 

「いえいえ、コレだけじゃありませんよ。根津校長が関わっていた案件は他にもあるんです」

 

「なになに!!他には何を言っていたの!?」

 

 それから細身の男は、根津校長から聞いてきた《世間へ公にすることを許された情報》を話していった。

 編集長はボイスレコーダーを動かしながらも興味津々で耳を傾け、編集長の両隣の席に座っている編集者の2人も手持ちのメモ帳にペンを走らせていた。

 

 

 

・1か月以上前に被害者の手術をしたリカバリーガールが、被害者の自殺の原因であるイジメや差別の内容を知り、自分が知る教育者の中でもっとも信頼における根津校長へ相談をもちかけたこと…

 

・後日、根津校長は警察署を訪れて午前中は、《ヒーロー協会》や《教育委員会》の方々と共に《折寺中学の生徒と教師達》と《ヘドロヴィラン事件に関わったヒーロー達》の厳罰の内容について会議を開いていたこと…

 

・同日の午後には、イレイザーヘッドも参加し《ヘドロヴィラン事件に関わったプロヒーロー達》を集めて《ヒーローとしての自覚が無さすぎること》を厳しく説教をした上で、ヒーロー達に《奉仕活動への参加と折寺中生徒の見張り》を命じたこと…

 

・トップヒーロー2人とプロヒーロー達の愚行によって崩れてしまったヒーロー社会の平穏を取り戻すため、《先代No.1ヒーローの神様の復帰》には根津校長とリカバリーガールも関わっていたこと…

 

・致命的なミスをしたオールマイトと、家庭内暴力をしていたエンデヴァーを、心身共に深く反省させるため、神様に2人の制裁を依頼した面子の中にも根津校長とリカバリーガールがいたこと…

 

 

 

「…これが、根津校長より頂いた《世間が知らない公開が許されたスクープ》です」

 

「まさか…根津校長がそんなに裏で動いていたなんて…」

 

「私も驚きましたよ。ですが…改めて考えてみれば、イジメや差別は《教育者》として…雄英のOBであるオールマイトとエンデヴァーには《ヒーロー高校の校長》として…根津校長は見過ごせなかったのでしょう…」

 

「そうねぇ……にしてもそんなに沢山のスクープを手に入れてくるなんて、本当に凄いわタネちゃん!!報酬は弾むわよ!!」

 

「ありがとうございます編集長。ですが、まだ終わりではありませんよ?」

 

「そうそう!目を覚ました被害者についてはどうなの!?」

 

「それについては、リカバリーガールが話してくれました。当然ながら被害者の御家族からの許可をもらっての情報です。先程も言ったように、その少年が目を覚ましたのは3日前、リカバリーガールが被害者の検査を終えて部屋を出ようとした正にそのタイミングで目を覚ましたそうですよ。リカバリーガールいわく、意識が戻ったのは《奇跡》だと言っていました」

 

「名医が《奇跡》なんて言葉を口にするなんて………意識が戻って良かったわ…」

 

「本当ですよ、私も泣きそうになりましたから」

 

「で?その子が目を覚ましたなら《自分を夢を否定したヒーロー》について話してくれたんじゃないの?」

 

「いえ、残念ながら被害者の少年と御家族に接触することは叶いませんでした。それに……例え会わせていただけたとしても…そのヒーローが誰なのかを聞き出すのは不可能です…」

 

「どうして?誰かに口止めされてるとか?」

 

「いえ、誰も口止め等はしていないみたいですよ。……リカバリーガールが事件から1か月の間に個性《治癒》を使って定期的に治療してくれたこともあって身体に異常はないらしいのですが………どうやら事故のショックで脳に障害が出てしまい…後遺症で《記憶喪失》になってしまったんですよ…」

 

「きっ!?記憶喪失!!?」

 

 女編集長は被害者の後遺症に驚愕した!

 

「はい、リカバリーガールと脳専門の医者が検査した結果、被害者は正真正銘の《記憶喪失》と判明されたのです。まぁ一言に記憶喪失とは言っても、何もかも忘れてしまった訳ではなく《日常生活に必要な記憶》や《これまで世間や学校で学んできた知識の記憶》は異常無しだそうです」

 

「成る程、それなら普通の生活は送れるってことなのね。……あら?じゃあ《喪失した記憶》っていうのは《事件があった当日の記憶》全部ってことかしら?だから《自分の夢を否定してしたヒーロー》が誰なのかを分からない?ってこと?」

 

「いえ……その少年が《失った記憶》はそんな軽いレベルではありません…」

 

「どういうこと?」

 

「被害者の少年が失った記憶………それは《自分自身》と《産まれてから関わってきた他人との記憶》が全て消えてしまったそうなんです…」

 

「…えっ………それって…」

 

 

 

「はい…その少年は《自分》も《自分の親》も《親と過ごしてきた14年以上の記憶》も全て忘れてしまった……ということです…」

 

 

 

『………』

 

 

 

 予想外の展開に女編集長も編集者2人も黙り混んだ…

 

 一命をとりとめ…奇跡的に意識を取り戻したというのに…その代償として《大切な記憶》が消えてしまった…

 

 こんなに悲しいことがあっていい訳ない…

 

「リカバリーガールの話では、記憶喪失になった原因は《ビルから飛び降りて地面に頭を激突させたこと》だけでなく…《無個性であることを理由に10年近く理不尽な虐めと差別で精神的に追い詰められて限界だったこと》に加え…《名前が伏せられているヒーローには夢を踏み潰されたこと》…《ヘドロ事件の現場にいたヒーロー達の愚行を見たこと》…《そのヒーロー達から怒鳴り散らされて叱られている姿を野次馬の見世物にされたこと》による精神的ショックが記憶を失った大きな原因だと言っていました…」ポロポロ…

 

「………」ポロポロ…

 

「………」グズグズ…

 

「………」グズグズ…

 

 改めて話を整理し口に出すと…何故か細身の男の目からは涙が流れ出ていた…

 それは話を聞いていた3人も同じく、女編集長は静かに涙を流している反面、他の2人は号泣していた…

 

 被害者である無個性の中学生が…どれだけ理不尽な人生を送ってきたのかが…垣間(かいま)見えたのだろう…

 

 記者の立場上、過去に《無個性の学生が理不尽なイジメと差別を受けて自殺を図った》というスクープを取り扱ったことはあれども、ここまで感傷に浸ったことはなかった…

 自分達は個性を持って産まれ生きてきた……だから無個性の気持ちを知ることは出来ても理解することは出来ない…

 こんな騒ぎにまでなって…やっと少しだけ理解できた…

 だから余計に涙が溢れ流れ出てきてしまうのだ…

 

「……ねぇタネちゃん……その被害者の子だけど…《自分が産まれてきてから関わってきた他人の記憶》が全部消えちゃったってことは…《今まで自分を虐めて差別してきた人達のこと》も綺麗サッパリ忘れちゃったってこと……なのかしら?」

 

「…えぇ…その通りです。色々診察した際…自殺教唆の発言をしたイジメの主犯核である《爆豪 勝己の写真》を見せても…一切動揺せず…顔色も変えず…精神が不安定になる様子は何一つ見られ無かったそうです…」

 

「そう…なの………でもその子にとっては《嫌な記憶》は忘れられたことだけは……良いこと…なのかしら……」

 

 先程までの勢いが嘘のように女編集長は力無く返答する…

 部屋の空気が完全にシンミリとしてしまった…

 

 

 

 そんな空気を一変させる《最後のスクープ》を細身の男が語り出した。

 

 

 

「編集長、確かに被害者の少年は散々な人生を過ごしてきただけでなく…記憶を失ってしまいました。……ですがその代わりに彼は《あるもの》を手にしたんです」

 

「あるもの?」

 

「はい、被害者の《緑谷 出久》君は…《個性》を発現したんです…」

 

「こっ!?個性を発現した!!!???というかタネちゃん!!!今!被害者の名前を!!?」

 

 女編集長はさっきのシンミリとした雰囲気から一変して、急に興奮し始めた!

 

「1ヶ月もの間ずっと調べてたんですよ?被害者の名前を知っているのは当然です。といっても被害者の本名の掲載はしないようにと根津校長からは忠告を受けてますがね」

 

「個性の発現………それって《自殺を図ったから個性が発現した》ってこと?」

 

 

 

 

 

 女編集長のふとした発言を効いた途端、細身の男は表情を険しくして目付きを鋭くした。

 

 

 

 

 

 

「………編集長……今の発言に…貴女は責任を持てるんですか?」

 

「え?だってぇ……そうじゃないの?」

 

「…確かに…旗から聞けばそのようにしか思えないでしょう………しかしそれは《編集長の憶測》です。編集長ともあろうお方が…そんな軽弾みな発言を口するとは……私は貴女を見誤ってましたよ…」

 

「え?」

 

「…はぁ……いいですか編集長?もし《今の憶測》をそのまま記事にしていたら、今の世に差別されて苦しみ生きている無個性の人々は何をすると思いますか?」

 

「?………ッ!!!??」

 

「どうやら気づいたようですね……そう…『自殺未遂をすれば個性が発現するんじゃないか』などと解釈をしてしまい、場合によって《とんでもない大惨事》になりますよ?編集長…」

 

「ご……ごめんなさい……勝手な憶測で…無責任に決めつけちゃったわ……」

 

「気を付けてください。根津校長達から出された《ある条件》の中でも、そんな妄言を掲載することだけは絶対しないようにと釘を刺されてるんですから…《口は災いの元》と言います…況してや我々はジャーナリスト、思い込みによる勝手な判断の責任は、事と次第によっては編集長やこの会社だけでは済みません……編集長や社員達の御家族や身内にも被害が拡散する恐れがあります。……根津校長からそう忠告されました」

 

「……………」

 

 細身の男から語られた正論を聞き、無神経な発言をしてしまった女編集長は項垂れ黙りこくってしまった…

 

 今の忠告を聞かず…後先考え無しに先程の憶測を掲載していたならば…自分だけでなく大勢の人々の未来は壊し…《取り返しのつかない事態》になっていたことに…女編集長は恐怖していた…

 

 それは彼女の両隣に座っている男性社員2人も他人事ではないため、細身の男から語られた言葉を真剣に受け止めていた。

 

「えっと……タネちゃん……改めて確認したいんだけど…被害者の……緑谷出久君…だっけ?…その子が個性を発現した経緯を聞かせてもらえるかしら?」

 

「……………分かりました。その話についても順を追って説明しましょう…」

 

 細身の男は少し間を置いて、険しい顔付きから先程までの陽気な顔付き戻った。

 

 女編集長の無責任な発言によって、細身の男の機嫌を損ねてしまった。

 なので《残りのスクープ》を話してはくれないのではないかと不安になっていたため、女編集長と男性社員2人は内心ホッと胸を撫で下ろした…

 

「その少年が個性を発現したのは、飛び降り自殺を図った日から約1か月後、意識が戻った日に個性が発現したとのことです」

 

「じゃあ、ほんの数日前に個性を発現したばかりなのね。でも…なんで目を覚ましたその日に個性が発現したって断言できるの?もしかしたら眠っている1か月の間に個性が発現した可能性だってあるんじゃあ?」

 

「それについては私も気になったので確認しました。先程も言いましたが、被害者の手術をしたリカバリーガールが手術後も定期的に診察へ訪れては、治療と一緒に《個性因子の検査》もしていたそうなのです。守秘義務のため診察記録は見せてはもらえませんでしたが『昏睡状態の間、患者の身体に《個性因子》は一切見られ無かった』とリカバリーガールが断言しています」

 

「リカバリーガールが……成る程、彼女が診察してたのなら間違いないわね。それでいったい《どんな個性》を発現したの?」

 

「残念ですが、緑谷出久君の《発現した個性》が何なのかは教えてもらえませんでした。ただ《御両親のどちらとも類似しない個性》を発現したそうです」

 

「類似しない?………それじゃあ…その緑谷君が発現した個性は…《突然変異種》…ってこと?」

 

「そうです。個性の詳細は教えてはもらえませんでしたが、緑谷君とその御両親が《どういう系統の個性》なのかは何とか教えてもらえました」

 

「粘ったわねぇ…タネちゃん」

 

「ですから苦労したんですよ。リカバリーガールの話によると緑谷君は稀にある《個性を遅れて発現する体質》の人間だったんです。ただ《10年も個性の発現が遅れるケース》は前例がないため、まだ完全な原因解明には至ってはいないようです。現状の考察では緑谷君が《個性の発現が遅れる体質であること》と《突然変異の個性を宿していたこと》の2つが重なっていたために、10年も遅れて個性の発現したんじゃないかとリカバリーガールは推測しておりました」

 

「成る程、無個性の子供が数年後に個性を発現するのは最近の研究で判明してるけど、緑谷君の場合は《個性の発現が遅れる体質》な上に、希少な《突然変異の個性》を宿していたなら、《10年も遅れて個性を発現した》というのは辻褄が合うわね」

 

「まだ断定は出来ていないようですが何せ前例がないため、《可能性の1つ》としてはこの説が一番高いともリカバリーガールはおっしゃっていました」

 

「確かにそれなら納得できるわね。…でも…タネちゃん…《もしも》のことは考えなれない?緑谷君が…そのぅ……緑谷夫妻の子供じゃないって可能性も捨てきれないんじゃ…」

 

「それはありえませんよ。そんな誤解をされないためにと、前もってリカバリーガールから言われていることがあります。リカバリーガールを通して緑谷夫妻の許可をいただき、個性検査と同時に行(おこな)われた《DNA鑑定の結果》も掲載して良いと許可をもらっております。鑑定結果は99.99%でDNAが一致しているとのことで、緑谷出久君は正真正銘の緑谷夫妻の子供です」

 

「そう…だったの……ごめんなさい…失言だったわ…」

 

「いえ…一昔前は《突然変異種の個性》を発現した家庭は何かと騒がれてましたからね…。そう言った誤解をされても仕方ないでしょう…」

 

「…それで…タネちゃん?…その緑谷一家の個性って言うのは《どんな系統の個性》なのかしら?」

 

「はい、母親の個性は《重力系》、父親の個性は《炎系》、そして緑谷君が発現した突然変異種の個性は《植物系》です」

 

「《植物系の個性》……確かに《重力系の個性》とも《炎系の個性》とも全く関連性がないわね…」

 

「一応言っておきますが、緑谷君の御両親は《プロヒーロー》ではありません。母親は至って普通の主婦であり、父親は海外で仕事をしているようですが、息子のことを聞いて何とか時間を作り一時的に日本へ帰国しています。ただかなり無理をして休みをとったらしく、どうやっても明後日には日本をたって海外に戻らなければならないそうです。更に言いますと父親は《炎系の個性》であるがために…《あの騒ぎ》の被害を多少なりとも受けたようでして…」

 

「爆豪勝己とエンデヴァーの同じ《炎系の個性》だったものあって、1ヶ月近くも日本へ戻ってくるのが遅れたって訳ね」

 

「そう考えて間違いないでしょう。本当なら事件があった次の日にでも日本に帰国して、大切な我が子の近くにいてあげたかったでしょうからね。ですが、そんな迷惑をかけた加害者達である《爆豪勝己や折寺中の生徒達や教師達》に対して、緑谷夫妻は被害届を出さなければ裁判沙汰にはしないと言っているようです」

 

「え?どうして?息子を死に追い詰めた人達を訴えないの?」

 

「ええ…御両親共に…もう加害者達とは『関わりたくない』とのことです…」

 

「……そう…なの……まぁ被害者家族がそう言うなら私達がとやかく言う必要はないわよね。ところでタネちゃん、今回のスクープは《どこまで》の掲載を許されてるのかしら?」

 

「はい、最初に話した《根津校長が関与していたスクープ》については全て掲載しても大丈夫ですが、根津校長から言われた《ある条件》、《先程の編集長への忠告》と《緑谷出久君の公開する情報の制限》を言い渡されました」

 

「うっ………も…勿論、私のさっきの失言については掲載するに当たって十分に気を付けるわ…。それで…その緑谷君の情報制限っていうのは?」

 

「《緑谷出久君と緑谷夫妻の名前》などの個人情報は掲載しないこと。その代わり《緑谷君の意識を戻ったこと》《記憶障害の詳細》《個性を発現したこと》《常人よりも遥かに遅れて個性を発現する希少な体質であったこと》《発現した個性が突然変異種の個性であったこと》そして《緑谷一家の個性の系統》までは掲載しても良いと許可をもらって来ました」

 

「被害者の家族の名前は出せなくても、殆どの情報は掲載良しってことなのね。ありがとうタネちゃん!《緑谷君を自殺に追いやる発言をしたヒーロー》は分からなくても、もう満腹よ!このネタは高く買い取らせてもらうわ!あとでいつもの口座に振り込んでおくからね!」

 

「毎度ありがとうございます」

 

「さあ!これから忙しくなるわ!2人とも着いてきなさい!」

 

「「はい!」」

 

 細身の男からもらった情報に満足した女編集長はテーブルに置いていたボイスレコーダーを持って編集者2人を連れて部屋を出ていった。

 

 だが細身の男…《特田 種夫》は椅子に座ったままテーブルに両肘をつき項垂れていった…

 

「はあああぁ……『そのスクープだけは突き止めることが出来ませんでした』…『残念ながら被害者の少年と御家族に接触することは叶いませんでした』……か…」

 

 特田種夫は、この部屋で自分が序盤に言った言葉をもう一度口にした…

 

「出久君の夢を否定したヒーローが…《オールマイト》だと知ったなら…貴女はどう受けとりましたか?…編集長…」

 

 自分以外誰もいない部屋で…特田種夫はそう呟いた…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●数時間前…

 

 

特田種夫 side

 

 病院にて根津校長、リカバリーガール、イレイザーヘッドから《沢山のスクープ》を頂いた私は、御社である重工新聞へと向かっていた。

 

 

 

 私はこれまで、数々のスクープを物にしてきた。

 特に《オールマイトが活躍したスクープ》には我ながら力を入れている。

 

 私にとってのオールマイトは《眩しいほどに強くてカッコ良いヒーロー》であり、17年前に起きた塚城コンビナートの爆発事故で従業員だった私の父親を救ってくれた《命の恩人》でもある。

 

 感謝してもしきれない!

 

 オールマイトは《最高のヒーロー》だ!

 

 

 

 その最高のヒーローが、1ヶ月程前の4月中旬に発生した《2つの事件》の内の1つで致命的なミスをする…という何とも耳を疑うような騒ぎが起きた…

 

 

 

 私は信じられなかった…

 

 オールマイトが捕まえたヴィラン(ペットボトルに閉じ込めたヘドロヴィラン)を、空を移動中に《うっかり》落としてしまい、ヴィラン事件を再発させてしまったなんて…

 

 オールマイトがそんな下らないミスをする訳ない!

 

 私はその真実を受け入れることが出来なかった…

 

 そんな折、ヘドロヴィラン事件と同じ日に起きた《もう1つの事件》…《無個性の男子中学生が無人ビルから飛び降りる》という事件。

 ヘドロヴィラン事件が発生した現場の近くで起きた悲惨な事件であり、私を始め記者の誰もが無個性の男子中学生が飛び降り自殺を図ろうとした原因は《無個性》と聞いた時点で大方の予想はつけてしまっていた。

 

 この個性社会にて《無個性》であることはとても珍しい………のだが…それは良い意味ではなく悪い意味でた…

 特に子供ならば《周囲とは違う》という理由だけで、同年代の無個性に対して《差別》や《イジメ》のターゲットにするというのが、この個性社会では当たり前になってしまっている…

 それは時代を重ねる毎に悪化の一途を辿り…大人もいつの間にか…無個性の人間に対して《差別》や《不遇な扱い》をするのが常識になっていた…

 

 そんな不条理な常識が広まったこの個性社会にて発生した《無個性の男子中学生の自殺未遂》…

 

 更に事件の数日後に行われた《ヘドロヴィラン事件に関わったヒーロー達》と《自殺を図ろうとした男子中学生が通う折寺中学校の教師達》による2つの記者会見を通して、私の頭には《ある推測》が芽生えてしまった。

 

 

 

 もし私の推測が正しければ《無個性の男子中学生の夢を否定し…自殺に追い込む発言をしたヒーロー》というのは……

 

 

 

 

 

 《平和の象徴・オールマイト》なんじゃないか……とね…

 

 

 

 

 

 最初は《一時(いっとき)の妄想》かと思ったが…次第にその憶測は核心へと近づきつつあった…

 

 

 

 簡単な消去法だ……

 

 

 

①被害者である無個性の少年は、普段の学校生活にて《イジメ》や《差別》に苦しんでいた。

 だが4歳の頃からずっとその苦しみ耐えて前向きにヒーローを目指すほどの忍耐力を持つ少年が、自殺を図ろうするということは…当日に相当な《絶望》と《ショック》を味わったことを示す。

 

②オールマイトはヘドロヴィラン事件の起きるほんの少し前、然程離れてない場所でヘドロヴィランに捕まっていた《ある学生》を助けたと記者会見でコメントしていた。

 

③無個性の少年が自殺を図るに至った1番の原因は《名前が伏せられているヒーロー》に『無個性はヒーローになれない、現実を見ろ』と発言されたため。

 

 

 

 この3つを照らし合わせて導きだされる答えは…

 

 

 

 

 

 2つの事件があったその日、無個性の男子中学生は学校からの帰宅途中、ヘドロヴィランに襲われていたところをオールマイトに助けられた。

 

 助けられた少年はオールマイトに問いた。

 

 おそらく…『無個性でもヒーローになれますか?』と…

 

 そして、その問いに対するオールマイトの答えが『無個性はヒーローになれない、現実を見なさい』という…無個性の少年を気遣った上での発言だった。

 

 

 

 

 

 勿論…これは私の完全な憶測だ…

 

 だが…こう考えれば全ての辻褄があってしまう…

 

 しかも《ヘドロヴィラン事件の現場にいた自殺を図った被害者と思われる緑髪の男子中学生が映っていた映像》だけが、いつの間にかネットから全て削除されている。

 

 まるでその《緑髪の少年》が、ヘドロヴィラン事件には関わっていないかのように…

 

 私のような《オールマイトが関わった事件》は必ずデータとして保存している者でない限り、《その緑髪の少年がヘドロヴィラン事件に関わっていた》などとは、当時事件現場にいた人達しか分からないだろう。

 《ネットから消えた動画》と《保存していた動画》を改めて調べてみれば、それは一目瞭然。

 

 

 

・野次馬の中から1人の少年が飛び出した映像…

 

・飛び出した少年は、ヘドロヴィランに取り込まれて苦しんでいた少年(爆豪 勝己)を必死に助けようとしていた映像…

 

・オールマイトによってヘドロヴィランから助けられた2人の少年の映像…

 

・デスデゴロとシンリンカムイに怒鳴られ叱られて、野次馬の笑い者にされていた映像… 

 

 

 

 そのいずれの映像にも必ず《緑髪の少年》が映っていた。

 

 そして、その映像だけがネットから消されている…

 

 こんな不可思議なことが起きれば、疑問が湧くと同時に《その緑髪の少年》に対して興味が湧いてしまう。

 他の記者達は軒並み《オールマイトや他のヒーロー達の話題》にしか目がいっておらず、《自殺を図った無個性の男子中学生》を調査している記者は私だけでだった。

 

 

 

 

 

 《2つの記者会見》があった次の日、私は本格的に調査を開始した。

 

 そして、調査を開始してすぐに《自殺を図った無個性の男子中学生》が、《ヘドロヴィラン事件の現場にいた緑髪の少年》である《緑谷 出久》だと突き止めた。

 

 

 

 え?どうやって被害者の本名を突き止めたのかって?

 

 

 

 私はジャーナリストだ、この御時世で調べようと思えばいくらでも手段はあるさ。

 

 …なんて、別に非合法な手段なんて使ってないよ。

 

 普通に折寺町の住人から聞き込みをして知ったのさ。

 

 それにこの個性社会では《無個性》というのは良くも悪くも目立つもの、いざ調べてみたら初日で《緑谷 出久》君の名前が判明したよ。

 

 それだけじゃない……緑谷君が《どんな人間》なのか…《どんな日常》を送っていたのか…《家族構成》など色々と知ることに成功した。

 

 その末に《緑谷 出久》という1人の人間像を理解することが出来た。

 

 

 

・性格は引っ込み思案で大人しく、心優しい真面目な少年。

 

・父親は海外赴任しているため、幼少の頃から母親と2人で暮らしている。

 

・成績は優秀であり、早朝はマラソンなどをしている。

 

・重度のヒーローオタク(特にオールマイトの大ファン)でもある。

 

・幼い頃から奉仕活動やボランティア等には積極的に参加しており、地域の人々からの評判はとても良く、特に小さい子供達からは『出久お兄ちゃん』と呼ばれ慕われている。

 

 

 

 1週間以上をかけて折寺町に住む100人以上の人達から話を聞いた結果、緑谷君が《善良な人間》であることが、会ったことの無い私にも理解することができた。

 奉仕活動に参加していた人達に聞いた際も、誰1人として緑谷君を悪く言う人間はおらず、子供連れの親に聞いた際は母親と一緒にいた子供が緑谷君の名前を聞くや否や泣きそうな顔をしていた。

 子供は正直だ…緑谷君のことを本当に心配しているからこそ悲しんでいた。

 しかも1人や2人じゃない、聞き込みをした親子の子供は全員が緑谷君のことを思って涙を流していた。

 『早く目を覚ましてほしい…』『また一緒に遊んでほしい…』『出久お兄ちゃんに会いたい…』などの子供らしい…純粋で無垢な言葉を語っていた。

 

 名前を聞けば悪い噂しかない《爆豪 勝己》とは正反対の存在であり、緑谷君は地域の人達から本当に愛させれている。

 

 

 

 

 

 そんな緑谷君のことをより詳しく調べるために、折寺町での聞き込みをしながら《緑谷君が入院している病院》に、私は記者であることを隠し一般人を装って探りをいれていた。

 

 私の個性は《全身レンズ》、身体中の至るところからカメラのレンズを出して写真を撮り、私の左胸から写真をプリントすることが出来る個性だ。

 

 決してヒーロー向きの個性ではないが、カメラを持たずともシャッターチャンスを逃すことがなく、記者だとも怪しまれることなく、堂々と病院で潜索することだって出来るのだ。

 

 私はジャーナリストだが守銭奴じゃない…

 

 『マスコミや記者は人の心なんて持ってない』なんて冷たいことを言う人達がいる…

 

 確かにジャーナリストというのは、スクープやネタを得ることにより、稼いで暮らしている…

 

 

 

 だが記者にだって《人の心》はある、少なくとも私はスクープ以上に《真実》が知りたいのだ…

 

 どうしても知りたい…

 

 いや…知らなければならない…

 

 証明しなければならない…

 

 私の憶測が間違いであることを…

 

 《平和の象徴オールマイトが子供の夢を否定する発言をしたために、その子が自殺をする結果になった》…など信じたくないのだ…

 

 

 

 病院での調査を始めてから暫くすると《有力な情報》を手にすることが出来た。

 

 雄英高校に勤める名医であるリカバリーガールが事件当日、偶然にも折寺町の病院に来ていたため救急で運ばれてきた緑谷君の手術に彼女も参加したお陰で緑谷君の命はとりとめられた。

 しかし手術は成功したが、緑谷君は昏睡状態となってしまい、リカバリーガールですら『いつ目を覚ますか分からない』と診断した。

 その後もリカバリーガールは、定期的に緑谷君の元を訪れては、診察と個性での治癒をしていた。

 

 この病院では、常にプロヒーロー4人(デスデゴロ、シンリンカムイ、バックドラフト、Mt.レディ)が2人交代で《病院の出入口》と《緑谷君の病室前》で警備しているため、病院内には入れても《緑谷君の病室》へは近づくことは出来ない。

 しかし、緑谷君がいる病院の階からは、決まって《緑髪の女性》の姿が伺えた。

 おそらく、その緑髪の女性は《緑谷君の母親》と見て間違いないだろう。

 だがその母親は日を追う度…明らかに痩せ細っていき…病院の医師達から心配されるほど弱りつつあった。

 大切な一人息子の介護に専念しすぎてマトモに食事をとろうとしないらしく、このままではいずれ母親も入院しなければならなくなる…と看護師達が話しているのを耳にした。

 

 

 

 世間では《1ヶ月早まったヒーロービルボードチャート》に加え、《伝説のNo.1ヒーローの短期間の復帰》や《オールマイトとエンデヴァーが伝説のNo.1ヒーロー神様にお灸を据えられる騒ぎ》、《ヒーロー狩りによる引退した若手ヒーローの襲撃事件》や《折寺中学生が襲撃を受ける事件》によって大騒ぎになっていた。

 

 記者として気になりはしたが、私は構わずに緑谷君の調査のみを続けた…

 

 

 

 

 

 そして3日前、調査を開始してから約1ヶ月が経過しようとしてた頃…

 

 私はいつものように一般人を装って病院内に回っていたら、突然女性の大声で『いずく』という言葉が病院全体に響き渡った!!!

 

 『いずく』……それは私がずっと調べている《緑谷 出久》君のことだ!

 

 今の叫びが緑谷君の母親の声だとして、1ヶ月で別人のように痩せ細っていた母親があんな大声を出したということは、息子である緑谷君が目を覚ましたと確定して間違いなかった!!!

 

 私は急いで緑谷君の病室へ足を動かした!幸いなことに大声が聞こえた時、私は1つ下の階の休憩所にいたおかげで、階段を使い目的の場所へとすぐに到着できた!

 やはりと言うべきか、緑谷君の病室前には人だかりが出来て群がっていた。

 お昼時のためなのか、この日に病室前を警備していたバックドラフトの姿が見えなかった。

 私はチャンスだと思い、ドサクサに紛れて病室の扉へと近づくことに成功した。

 流石に扉を開けて中に入るまではしないが、病室の中から聞こえる声を私は聞き逃さなかった!

 

 

 

『ちょっと引子さん、落ち着いて……ってのは無理だろうけど…少し話を聞いてくれないかい?』

 

『出久!!出久!!!…はっ!!リカバリーガールさん!ありがとうございます!ありがとうございます!貴女のお陰で出久が目を覚ましてくれました!!!』

 

 

 

 聞こえてくる2人の女性の声と会話から状況を察するに、昏睡状態だった緑谷君が目を覚まし、母親はその嬉しさのあまり感情が爆発してパニック状態になりながらも、リカバリーガールに感謝の言葉を叫んでいるようだ。

 

 だが肝心な緑谷出久君の声が聞こえず、私が耳を済ませていると…

 

 

 

『ゴミを…木に変える能力…』

 

 

 

 か細い声で聞こえた男の子の声を…私は聞き逃さなかった!

 

 だが次の瞬間の出来事に私は驚かされた!

 

 病室の扉の隙間から《黄緑色の光》が灯されたのだ!!!

 

 

 

『…夢じゃ……ない…』

 

 

 

 病室の中からの光と共に、また男の子の声が聞こえた!

 

 いったい病室の中では何が起きているのか!?

 

 とても気になったが、扉の隙間からの黄緑の光が消えると同時に、バックドラフトと病院の出入り口で警備をしたMt.レディがやって来てしまったため、私は退散せざるを得なくなった。

 

 

 

 昏睡状態だった緑谷君の意識が戻ったのが判明した!

 

 私はそれからも病院に来ては、目を覚ました緑谷君の情報を求めて探りを入れ続けた!

 

 あと1歩で掴めそうな大スクープを逃すなどジャーナリストとしての魂が許さなかった!

 

 《緑谷君のスクープ》を誰にも横取りされたくないという願望もあったが、今思えばそれについては焦る必要がなかった。

 

 何故ならヘドロヴィラン事件からの1ヶ月、私以外の記者がここ(折寺町の病院)へ来たのは《爆豪勝己や折寺中学生達が襲撃を受けて運ばれてきた時》にしか来ておらず、その際どの記者達も緑谷君のことを調べようとはしていなかったのだ。

 

 マスコミもだが…私以外の記者は緑谷出久君のことは全く調べてはいないらしい…

 《男子中学生の飛び降り自殺未遂》関しては《虐められていた無個性の学生》としか思っていないようだ。

 《不幸中の幸い》というべきか、ネットのどこを調べても《緑谷 出久》という名前は一切なく、そのお陰で緑谷君とそのご家族に対して無理矢理インタビューを求めるマスコミやメディアはいないらしい。

 多分だが、ヘドロ事件の時に《爆豪勝己を助けようと飛び出した少年》と《飛び降り自殺を図った少年》が同一人物だとは、記者もメディアも突き止めていないのだろう…

 もしかしたら気づいている者も居るかもしれないが、オールマイトや爆豪勝己などの事件を優先しているために、緑谷君は完全に後回しにされている可能性もあるのやもしれない…

 

 

 

 

 

 そして今日、私がいつものように病院で調査をしていると…

 

「ちょっとすみません…」

 

「えっ?」

 

 私が病院のエントランスホールにある椅子に座っていると、突然後ろから声をかけられた。

 

 振り向くと、そこには《ボサボサな黒髪に黒い服装をし首元に包帯のようなマフラーを巻いた眠そうな男》が立っていた。

 

「あの?私に何かご用で?」

 

「失礼ですが…貴方は《記者》の方ですね?」

 

「ッ!!?(見抜かれた!!?)」

 

 この1ヶ月…見舞い客のフリをして服装や髪型も毎日変えて変装していたというのに、この男は私の正体を見破ったのだ!

 

 私の勘からするにこの男は多分プロヒーローだ!

 ただしオールマイトのような大々的に活躍しているヒーローではないのだろう…

 活躍しているヒーローならば記者である私が知らない筈がない。

 

 私は咄嗟に嘘をついて身分を偽ろうかと思ったが、男は眠そうな顔つきとは裏腹に…その目付きは《嘘など簡単には見破るような目》をしていた…

 

 ここで嘘をつくのは為にならないと悟った私は…

 

「はい…おっしゃる通り……私は《記者》です…」

 

 

 

 この時の私は、てっきり忠告をされて病院から追い出されるとばかり思っていた…

 

 しかし!このあと男が次に口にした言葉に、私は驚愕させられた!!!




 前書きで書いていた《ある記者》は、アニメオリジナルキャラクターである《特田種男》であります。

※リカバリーガールのセリフの『お母さん』という部分を『引子さん』と修正いたしました。


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記者と報道の法則(後編)

 今回の話の終盤では、出久君の教育をする9人の内の5人目が発覚します。

 次の話(20話)で、やっと《記憶喪失になった出久君》を本格的に登場させられます。
 同時に、根津校長が選んだ出久君の教育する残り《4名》についても判明いたします。

 出久君と教育者達の話(ライトな話)も一緒に投稿しようと書き進めてはいましたが、新年が始まって1月に投稿出来ないのは不味いと考え、今回の話(18話、19話)を先に仕上げました。


●緑谷出久が入院している病院のエントランスホール…(出久が意識が戻って4日目の午前中…)

 

 

特田種男 side

 

「ちょっとすみません…」

 

「えっ?…あの?私に何かご用で?」

 

「失礼ですが…貴方は《記者》の方ですね?」

 

「ッ!!?………はい…おっしゃる通り……私は《記者》です…」

 

「………」

 

 私の返答に《黒髪の男》は無言だったが…暫くすると口を開けて小声で話しかけてきた…

 

「ある人に頼まれて…貴方をこの病院の応接室に連れてくるように頼まれました。こちらに協力していただけるのならば《貴方が探っている情報》の他に、《まだ世間に公表していない情報》を提供するとのことです…」

 

「なっ!?なんですと!!!」

 

 突然のことに、私はらしくもなく大声をあげてしまった。

 

「…ここは病院です、お静かにお願いします…」

 

「あっ……これは失敬…」

 

 少し周囲からの視線を集めてしまったが、男は構わず淡々と喋り続けた。

 

「で?どうします?協力してくれますか?」

 

「………」

 

 普通なら怪しむところだが、折角舞い込んできたチャンスを逃すわけにはいかない!

 記者やジャーナリストの仕事とは、危険が付き物!ここは一か八か!私は誘いに乗ることにした!

 

「分かりました。協力させていただきましょう」

 

「ありがとうございます、ではこちらへ…」

 

 私は男の後ろを着いていき、病院の応接室へとやって来た。

 

コンコンッ

 

「相澤です。例の記者を連れてきました…」

 

『入りな』

 

 男がノックをすると、部屋の中から先日聞いたリカバリーガールの声が聞こえてきた。

 

 私を呼んだのはリカバリーガールなのか?

 

「失礼します…」

 

ガラッ

 

 男が扉を開け、応接室の中に入ると《リカバリーガール》の他にもう一人、それは私の全く予想外の人物がだった!

 

「貴方は!?雄英高校の根津校長!!?」

 

「YES!ネズミなのか?犬なのか?熊なのか?かくしてその正体は……校長さ!」

 

 オールマイトやエンデヴァーといったトップヒーローが通っていた日本で1位2位を争う難関なヒーロー校の1つ《雄英高校》の校長である《根津校長》が、リカバリーガールと共に応接室のテーブルの椅子に座っていた。

 

 その瞬間、私は即座に理解した!

 私を案内したこの男の正体は、雄英高校で教員をしている《抹消ヒーロー イレイザーヘッド》であることを!

 

「では、私に用があると言うのは…アナタなのですか?根津校長?」

 

「その通りさ!特田 種男君!キミが1ヶ月前からこの病院や折寺町で《飛び降り自殺を図った無個性の男子中学生》を調べていることを知ってね、是非とも協力してほしいことがあってキミを呼んださ!キミは被害者を……《緑谷 出久》君を調査をしている唯一の記者でもあるからね。あと、キミが他人を傷つけるような記事を書くジャーナリストでないからこそ頼むのさ!」

 

 全部バレていたとは……私もジャーナリストとしては…まだまだということか…

 

 私は自分の不甲斐なさを思い知らされながら、応接室のテーブルにある椅子に座った。

 これからの会話を誰かに聞かれないためか、イレイザーヘッドは扉に鍵をかけてから椅子へと座った。

 

「では根津校長、私に協力してほしいことというのは《どういった御用件》なのですか?」

 

「うん…そうだね…話すことは山程とある。まず協力してほしいのは《情報の制限》と《社会に誤解が起きないように勤めてほしいこと》なのさ」

 

「情報の制限?誤解?」

 

「緑谷君が目を覚ましたことは、キミももう知ってるんだろ?」

 

「はい、3日前に緑谷君の母親が病院全体に響く大声をあげた日に目を覚まされたんですよね?」

 

「うん!」グッ!

 

「その通りさね」

 

 私の返答に根津校長がグッドサインをすると、リカバリーガールが割り込んできた。

 

「アンタ、あの時病室の前にいたなら知ってるんだろ?あの《黄緑色の光》を」

 

「はい、確かに見ました。あの光は…いったいなんだったのですか?」

 

 そう、3日前のあの時から…私の中でずっと引っ掛かってたことだ。

 あの光が個性によるものだとするなら辻褄が合わない。

 リカバリーガールの個性は《治癒》であり、緑谷君の母親の個性は《ちょっとした物を引き付ける個性》であると調べがついてるため、どちらにしても《あの光》とは接点が無さすぎた。

 だからこそ、あの光の正体がずっと気になっていた。

 

「…そうさね……アンタになら話しても安心さね。ただし、今から語ることは…時期が来るまでは秘密にすること!いいね?」

 

「私はジャーナリストですが、口は固い方ですよ?」

 

「なら簡潔に述べるさね、それと同時に協力してほしいことも分かるだろう…」

 

 リカバリーガールは一度深呼吸をすると意を決して語り始めてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アンタが調べてる緑谷出久はね、個性を発現したんだよ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…なっ!?なんですと!!?緑谷君が個性を!!!」ガタッ

 

 私はリカバリーガールから語られた驚きの真実に、いつの間にか立ち上がっていた!

 

「まぁ驚くのも無理はないさね。アタシ自身も最初は信じられなかったからね…」

 

「ということは、あの光の正体は!!」

 

「そうさね、緑谷出久が個性を使った際に発生した光だよ」

 

 なんてことだ……可能性の1つとして予想してなかった訳じゃないが…まさか1番的外れだと思っていた私の予想が当たりだったとは…

 

 

 

 ん?…ちょっと待てよ……

 

 ということは…根津校長が私に協力してほしいことと言うのは………

 

 

 

「……………」

 

「特田君、キミは僕達が何の協力をしてほしいのか…分かってきたんじゃないかな?」

 

 根津校長からの問いに…私は思考を働かせながら椅子に座り直した…

 

「……『自殺を図った無個性の緑谷君が個性を発現した』……これは聞いた人の捉え方によっては要らぬ勘違いをし、場合よっては《最悪の事態》を招く可能性がある……と?」

 

「流石はジャーナリスト、理解が早くて助かるよ!お陰で話がスムーズに進むのさ!」

 

「そして…私に求める協力というのは、緑谷君の情報を世間に公開するに至って…『無個性の人間が自殺を図ったら個性が芽生えた』などという誤解を世間にさせないように勤めてほしい…ということなのですね」

 

「うん!正にその通りさ!」

 

「分かりました…この特田種男、全身全霊をもって協力し勤めさせていただきます」

 

「うん!任せるのさ!世の中の記者やジャーナリストの大半は後先考えず…情報を探って売りとばし私腹を肥やす……その代わりに社会に起きる混乱や騒動も考えていないからね。だからこそキミのような、《思いやり》のある記者に任せようと思ったのさ」

 

「ありがとうございます…」

 

 世間から見れば記者、ジャーナリスト、マスコミなどの仕事をする人間は《他人の情報や秘密を食い物にしている》と…良い目では見られない仕事であり、人に恨まれ、憎しみを買う仕事でもある…

 

 だが…こうして評価してくれる方が1人でもいてくれるのは……本当に嬉しく…同時に心が救われる…

 

 私はいつの間にか根津校長に頭を下げていた…

 

「特田君、これからキミに話すのは《緑谷君の情報》だけでなく、《まだ世間に公表していない情報》も教えるのさ。長くなってしまうけど、時間は大丈夫かな?」

 

「はい、勿論です」

 

 私は根津校長の問いに対して、首を縦に降った。

 

 

 

 

 

 それから私は、空の色がオレンジ色に変わる頃まで根津校長、リカバリーガール、イレイザーヘッドからの話を1つも聞き逃すことなく頭に入れていった。

 

 

 

 

 

 私が聞いた長い話は大きく分けて3つ…

 

①ヘドロヴィラン事件の後から根津校長やリカバリーガール達が裏で多忙な日々を送っていたこと…

 

②意識を取り戻した《緑谷 出久》君の身に何が起きたのか…

 

③そして、世間に未だ公表されていない《緑谷君の夢を否定したヒーローの正体》…

 

 

 

 

 

「とりあえず…これが現段階でキミに話せる情報なのさ…」

 

「………」

 

 日が傾いて…もうすぐ夕方になる頃…

 

 私は3人からの話を全て聞き終えた…

 

 その情報量の多さに私は圧倒されてしまった…

 

 特に…根津校長が最後に教えてくれた…《私がこの1ヶ月ずっと求め続けていた真実》を教えてもらった際……

 

 私はショックを隠すことが出来ずに言葉を失った…

 

「大丈夫かい?特田君?」

 

「……はい……大丈…夫です……」

 

 ただの憶測だと思っていた私の推測は的を射ていた…

 

 

 

 私にとっては…

 

 父親を救ってくれた命の恩人…

 

 眩しいほどに強くてカッコ良いヒーロー…

 

 誰もが憧れるNo.1ヒーロー…

 

 平和の象徴…オールマイト………

 

 

 

 

 

 そんな彼が……

 

 緑谷君を自殺に追いやる発言をしたヒーローだったなんて………

 

 

 

 

 

 私がショックを隠しきれてないのを察してくれてなのか…

 私の頭の整理が終わるまで…根津校長達は待っていてくれた…

 

 ショックは大きいがいつまでも落ち込んでいられない…

 

 それに聞いた限りでは、オールマイトは《緑谷君のヒーローになりたい夢を一方的に否定したかった》訳ではなく…《ヒーローとは命懸けの仕事であるがために無個性の身では…他人は愚か自分の身を守ることもままならない…生半可な気持ちではヒーローは勤まらない》と、緑谷君を心配していたからこその厳しい言葉として《あの発言》をしたようだ…

 

 

 

『無個性ではヒーローになれない』…と…

 

 

 

『現実を見なさい』…と…

 

 

 

 だが…オールマイトのその気遣いは、当日の緑谷君へは完全に《逆効果》でしかなかった…

 オールマイトはそれを当日の夕方から痛いほど思い知らされた…

 

 緑谷君の名前は未だ世間に伏せられているが、その緑谷君がどうして自殺を図ろうとしたのかは日本中の誰もが知っている…

 

 

 

・自殺を図った無個性の男子中学生は《名前の伏せられたヒーロー》から夢を否定される直前、学校で同級生でありイジメっ子である爆豪勝己から自殺教唆を言われていたこと…

 

・それ以前に《無個性であることを理由に幼稚園、小学校、中学校では常に同級生からは虐められ…教師達からは差別される》という散々な人生を送っていたこと…

 

・そしてトドメは、ヘドロヴィラン事件でヒーローの本質を忘れたプロヒーローに散々怒鳴られた挙げ句、その有り様を後ろ指を差されて野次馬から笑い者にされたこと…

 

 

 

 こんな凶報が今じゃ日本だけでなく世界中に広まっている…

 

 もし…《名前の伏せらているヒーローの正体》が《オールマイト》だと公表された日には…下手をすれば世界中で暴動が起きかねない…

 平和の象徴が原因で暴動や争いなんて起きたなら、世界の平和のバランスが崩れ去る…

 

 

 

 だからこそ私のような記者やジャーナリスト達は、御社への情報提供においては《細心の注意》を払わなければならない…

 一歩間違えれば《取り返しのつかない事態》を招く火種となってしまうのだから…

 

 

 

「ス~ハァ~……もう大丈夫です。今日は本当にありがとうございましたリカバリーガール、イレイザーヘッド、根津校長」

 

「気にしなくていいさね、こっちも無理難題を押し付けちまったからね」

 

「くれぐれも…新聞社への情報提供は慎重にお願いしますよ?特田さん」

 

「特田君、しつこいようだけど最後の最後に念押しで言わせてもらうのさ。《オールマイトの情報》も《緑谷君の個人情報》も……今はキミの胸の中に閉まっておいてくれたまえ…」

 

「……はい、根津校長…委細承知しました」

 

 私はこの後、御社である重工新聞の編集長へ今回頂いたスクープを売り(報告)に行くつもりだ…

 

 応接室から出る前に、根津校長から《緑谷君や御両親の名前》《緑谷一家の個性の詳細》《緑谷君の退院後、緑谷一家の引っ越し先や転校先》《個性を発現した緑谷君は高校受験までの間まで、個性指導を兼ねて根津校長が選んだ9人の教育者がつけられる》などの個人情報や機密情報は『時期が来るまで伏せておくように』と再度釘を刺された。

 

「では、私はこれで失礼させていただきます」

 

 私は応接室から立ち去ろうとした時…

 

「そうだ特田君、帰る前に緑谷君と面会していくかい?」

 

 根津校長は私の予想打にしてなかった発言をしてきた!?

 

「えっ!!よ、よろしいのですか!!?」

 

「うん!ただし、面会の際は相澤君の立ち会いの元とし、面会時間は最長5分とさせてもらうのさ。記者としての身分は明かしてもかまわないけど、今回はあくまで《見舞い客》の1人として面会してもらいたいのさ」

 

「十分過ぎますよ!是非よろしくお願いします!」

 

 この1ヶ月、私はずっと《見舞い客》に扮してこの病院で調査してきた…

 

 その調査の終わりで、まさか緑谷君の《見舞い客》になることが出来るとはな。

 

 

 

 私は根津校長とリカバリーガールにもう一度お礼を言ってからイレイザーヘッドと共に応接室を出て、緑谷君の病室へと向かった。

 

 緑谷君の病室に向かう階段の途中、私は先程の話し合いで《聞き忘れた内容》をふと思い出し、イレイザーヘッドに質問した。

 

「すいませんイレイザーヘッド、聞き忘れてしまったことがあるのですが、聞いてもよろしいでしょうか?」

 

「なんです?」

 

「緑谷君の御両親は今どうしているのですか?先程の話では、海外赴任をしている緑谷君の父親が一時的に日本へ帰国しているのは分かりましたが…」

 

「あぁ…そのことですか、緑谷の御両親は現在自宅へ戻っています。《引っ越しの荷造り》もあるのですが、それ以上に息子の記憶喪失を知った母親が精神的ショックで寝込んでしまい、落ち着きを取り戻させることも踏まえて、父親が一度家へと連れて帰りました。今朝、その父親からの連絡で『妻も大分落ち着きましたので、明日妻と共に病院に戻ります』とのことです…」

 

「そうでしたか…」

 

 やはり私が思ってた以上に、緑谷君の母親は精神的にまいっていたようだ…

 

 やっと目を覚ましてくれた息子が《記憶喪失》になったのだ…

 それは寝込んだって仕方がないだろう…

 

 そんな考え事をしている間に、私とイレイザーヘッドは緑谷君の病室へと到着し、警護をしていたデステゴロに挨拶をしてから病室へと入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから私は…限られた面会時間の中で…緑谷君と会話をした…

 

 この1ヶ月間、私は緑谷君のことをずっと調べていた…

 

 そして今日…その本人に出会うことができた…

 

 緑谷君はイレイザーヘッドだけでなく、初対面である私に対しても礼儀正しく親切に接してくれた…

 

 これまでの情報で知った人間像そのものであり…《記憶喪失》と知らなければ何処にでもいる普通の男の子だった…

 

 だが…前髪で見え隠れしている《額の傷跡》が…彼があの事件の被害者であることを物語っていた…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 5分という時間はあっという間に経ってしまい、私はイレイザーヘッドに声をかけられて病室を出ることになった。

 病室を出る際、私が緑谷君へ別れを告げると、緑谷君は私に《お見舞いに来てくれたことへの感謝の言葉》を笑顔で言ってくれた。

 

 私はイレイザーヘッドにお礼を言うと…病院を後にした…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

None side

 

 後日《重工新聞》が出版した雑誌は、発売されたその日に所々(本屋やコンビニなど)で直ぐに完売とするという事態となった。

 

 今までのどこの出版社も掴むことが出来なかった新鮮なネタの数々に、人々はその雑誌に手を伸ばして詳細を求めた。

 

 

 

・1か月前の2つの事件以降から、事ある毎に雄英高校の《根津校長》が裏で画策していたこと…

 

・飛び降り自殺を図った《無個性の男子中学生》が奇跡的に意識を取り戻しはしたが、事故の後遺症で記憶喪失となってしまい、更には遅開きの突然変異種の個性が発現したこと…

 

 

 

 要点を大きく纏めれば《根津校長》と《無個性の男子中学生》という2人の話題が、雑誌の内容の大部分を占めていた。

 

 根津校長がこの1ヶ月をどれだけ大忙しで過ごしていたのかに多くの人々の意識を引かれたが、それ以上に人々が雑誌の内容で意識を向けたのは《意識を取り戻した無個性の男子中学生が個性を発現したこと》だった。

 

 世間の人々が意識を向けるのは当然、個性が遅れて発現するケースは、研究によって判明されてはいるものの《10年も遅れるケース》は前例が無いのだ。

 

 そして根津校長が懸念していた通り、雑誌の詳細を読まずに推測をした人々はこう考える…

 

 

 

『無個性の男子中学生は、自殺を図ったから個性が発現したのではないか?』…と……

 

 

 

 余りにもタイミングが良すぎることで、雑誌に目を通した人々は、誰しも最初は《こんな疑念や憶測》を思い浮かべていた。

 だが、雑誌を読み進めていくと《その疑念と憶測》が的外れであることを誰もが理解させられた。

 

 雑誌の詳細には、リカバリーガールを含む医師達が絶対の証人として、無個性の男子中学生は《昏睡状態であった1か月の間、治療と一緒に個性検査もしたが、患者の身体に個性因子を宿った傾向が一切見張れなかったこと》《事件から1ヶ月後に目を覚ましたその日が、個性を発現した日であったこと》の2つが『自殺を図ったから個性を発現した』などという考察が間違いであることを現していた。

 

 個性の発現が10年も遅れた原因として《患者が個性を発現するのが遅い体質であったこと》《両親の個性とは全く類似しない突然変異種の個性で秘めていたこと》の2つが重なってしまったためであり、無個性の男子中学生は《極めて珍しい体質》であることも雑誌には記されていた。

 

 無個性の男子中学生とその家族の詳細については多く書かれてはいないが、個性の系統までは記されていた。

 父親は《炎系の個性》、母親は《重力系の個性》、そして無個性の男子中学生が発現した個性は《植物系の個性》という全く類似しない突然変異種の個性であることまでは雑誌に載っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●とあるネットのチャット…

 

 

{今朝、駅の売店で買った新刊の雑誌を読みながら電車を待っていたら、その雑誌に書かれた驚きの内容の数々に見入ってしまい、電車を1本乗り過ごして危うく遅刻しかけたサラリーマンです}

 

{電車乗り過ごしたのは自業自得じゃん。でも電車が来たことにも気づかないほどのスゲェ内容って何?}

 

{え?アナタ読んでないの?《重工新聞》って出版社が出した雑誌で、夕方には何処も売り切れになったのよ?}

 

{ビックニュースだったよな!昼休みに昼食を抜いて、辺りのコンビニを探したかいがある程の内容がてんこ盛りだったよ!}

 

{最近、何処の出版社も似たようなネタが続いてたから、《ヒーロー狩りによる引退した若手ヒーローの襲撃事件》と、《集瑛社》が独占してた《折寺中生徒の襲撃事件》以来の新鮮なネタだったわ}

 

{え?そんなに凄いことが書いてあったのか!?教えてくれ!どんな内容なんだ!物凄く気になる!!?}

 

{OK、《重工新聞》が今回出版した雑誌の内容において話題の核になっている人物は2人……いや…その内1人は《人間》じゃなくて《動物》かな?}

 

{動物?}

 

{《根津校長》よ、雄英高校の校長先生が話題の1人なの}

 

{ああ成る程、根津校長か。んで?もう1人は誰?}

 

{《1か月前に折寺町の無人ビルから飛び降り自殺を図って失敗した無個性の男子中学生》だよ。因みに未だ名前は不明…}

 

{あぁ例の虐められてた無個性の子か}

 

{まずは根津校長の件から語っていくわね、1ヶ月前に起きた2つの事件の後から、私達の知らないところで色々と動いてたらしいわよ}

 

{色々っつぅと?}

 

{《折寺中学校の生徒や教師達》に対する厳罰を教育委員会やヒーロー協会と話し合って決めたり…}

 

{《ヘドロヴィラン事件に関わったヒーロー達》にキツイ説教した上で、奉仕活動をする折寺中生徒達の見張りと監視をさせたり…}

 

{ヴィラン発生率を下げるために、引退した《先代No.1ヒーローの神様》に一時的な復帰をお願いしたり…}

 

{その元No.1ヒーローに、ヘマをやらかしたオールマイトとエンデヴァーの制裁を依頼したり…}

 

{この1ヶ月の大半の騒ぎに関わってるじゃん!ってか!折寺中の生徒に厳罰として奉仕活動を言い渡した《どこぞのヒーロー高校の校長》って根津校長だったのか!?}

 

{それについては予想通りと言うべきなんじゃないの?}

 

{俺はてっきり士傑高校の校長をやってる先代No.1ヒーローかと思ったぜ}

 

{《当たらずとも遠からず》じゃね?根津校長は今回一件で神様に何度か相談を持ちかけてたって雑誌にも書いてあるし}

 

{そりゃ雄英OBのトップヒーロー2人が色々と問題を起こしたせいで、今じゃ雄英高校は何かと大変みたいだからな}

 

{確かに来年の受験者が激減する可能性が有るとか無いとか…だっけ?}

 

{それはもう確定なんじゃない?私の親戚の子が来年高校受験なんだけど、昔から『雄英高校に入ってヒーロー目指す』って言ってたのに、この前会ったら『今は士傑高校に合格してヒーローを目指す』って断言してたもの}

 

{俺の友達は中学の教師をやってて、ソイツの話によるとゴールデンウィーク明けに生徒達へ進路の話をもちかけた結果、4月の頭まではクラス全員が《雄英志望》だったけど、それが全部《士傑志望》に変わっちまってたって言ってたな}

 

{マジで来年の雄英高校の受験日は閑古鳥が鳴きそうだな}

 

{いや受験する子は必ずいるだろう。紛いなりにも《日本一のヒーロー育成高校》だし}

 

{それについても根津校長は多忙って訳か…}

 

{大変よねぇ~、ヒーロー高校の校長先生は}

 

{っと、根津校長の話題で忘れかけてたけど、例の無個性の生徒の話題ってのは何?昏睡状態でいつ目を覚ますか分からないんだろ?}

 

{その昏睡状態だった無個性の中学生だけど…なんと意識が回復したみたいだぞ}

 

{えっ!?マジ!??本当に!!?}

 

{マジで本当のことみたいよ。雑誌によると事件から丁度1ヶ月後に目を覚ましたらしいわ}

 

{根津校長の話もだけど、俺はその無個性の中学生の話題に注目したよ}

 

{意識が戻ったってことは、その子の夢を否定して自殺に追いやった《名前が伏せられてるヒーロー》の正体も判明したってことなのか!?}

 

{あ~それな~…やっぱ誰だってそれが気になるところだよなぁ~}

 

{でも残念、それが誰かは分からず終いだ}

 

{それまたどうして?まさかその無個性の中学生、意識は戻ってもまだ口が聞けないほどの重体だとか?}

 

{いやリカバリーガールが1ヶ月間定期的に個性で治療をしてたみたいだから身体の傷は全快してるみたいなんだけど…}

 

{事故のショックで脳に障害が出たらしく…後遺症として《記憶障害》になっちまったらしいぞ}

 

{記憶喪失!!???そんなことが!??}

 

{信じがたいことだけど、本当のことみたいよ。雑誌に書いてある内容によると《ビルから飛び降りて地面に頭を激突させたこと》以外に《同級生や教師からのイジメや差別を受けたこと》《名前が伏せられたヒーローに夢を否定されたこと》…度重なる精神的ショックも加算されたのが原因で記憶喪失になったそうよ}

 

{これについてはリカバリーガールや脳専門の医者が検査してくれたみたいだから、間違いないんですって}

 

{ただ全ての記憶を忘れた訳じゃないらしく、《日常生活に必要な記憶》や《学校とかで学んだ知識》とかには異常無しって雑誌には書いてある}

 

{本当に不憫な子だよなぁ…その無個性の子は…。《事件当日の記憶》が無いなら、自分の心を追い詰めたヒーローが誰なのかも覚えてなくて当然か…}

 

{いや…どうやらその子が失った記憶は《そんなレベル》じゃないらしいぞ…}

 

{へっ?どゆこと?}

 

{詳細は載ってないけど、その子が失った記憶は《事件当日の記憶》だけじゃなくて、《自分自身》と《今まで自分と関わってきた人達と過ごした記憶》までが消えちゃったそうよ…}

 

{なんだと!?てことは!!?}

 

{そう、おそらくその子は自分を虐めてきた《同級生や教師達》だけでなくて、自分を育ててくれた《両親》も…そして《自分》が誰なのかも…忘れてしまったってことだな…}

 

{…そんな……そんな悲しいこと……あっていいのかよ…。散々自分を苦しめてきたクソ野郎共はともかくとして、自分の大切な人(両親)のことを覚えてないなんて悲しすぎるだろう…}

 

{全くだよ……その子の両親の気持ちを考えると…胸が痛くなってくる…}

 

{でもね!他にも驚愕のスクープがあるのよ!}

 

{そうそう、この雑誌で一番驚愕させられた内容がまだあるんだよな!}

 

{え?なに?これ以上の話題がまだあるのか?}

 

{ああ、まず最初にその無個性の中学生はもう《無個性》じゃなくなったんだよ}

 

{は?無個性じゃなくなった?……おい…それってまさか!!?}

 

{ええ、被害者の中学生は《個性》を発現したのよ}

 

{個性の発現だと!!!??それってぇと~飛び降り自殺を図ったから個性が芽生えたってことか!?}

 

{バッカ!!チゲぇよ!!!}

 

{その被害者を診てたリカバリーガールが証人として、被害者の手術後から1ヶ月の間定期的に診察してたらしいけど、その間被害者の身体に《個性因子》は一切確認できなかったって書いてあるわ。それに、もし事故のショックで個性が芽生えてたならとっくの昔に気づいてるでしょ?それが名医のリカバリーガールなら尚更}

 

{マジで気を付けろな!!!お前の書き込みを見て真に受けた無個性の人達が、個性欲しさに《飛び降り自殺》を図り出したしたら、お前どう責任をとるんだよ!!!??}

 

{言葉には気をつけなさい!アンタも《爆豪 勝己》みたいな立場になっても知らないわよ!!}

 

{あぁ……悪い……今後は気を付けるよ……俺もあんな《騒乱の象徴》にはなりたくはないからな…}

 

{ホントだよ、《言葉》も《個性》も使い方を間違えたら誰もが《爆豪勝己》っていうヴィランになっちまうからな}

 

{その名前、もう1日に1回は必ず聞く名前になったから耳タコだぜ…}

 

{当の本人(爆豪 勝己)は『反省』の『は』の字もなしに、内心は自分が自殺に追い詰めた被害者への《恨み》や《憎しみ》っていう感情しかないだろうからな}

 

{本当にどうしようもないクズガキだなぁ…}

 

{来年の高校受験とかはどうすんだかコイツ?}

 

{成績は優秀みたいだけど、こんな《生きる時限爆弾》を入学させる高校なんて《世界広し》と言えど何処にも無いでしょ?}

 

{そうなったら中卒でもう就職活動か?}

 

{社会に出たところで誰が欲しがんだ?}

 

{だよな、人間関係で絶対に…いや100%確実に問題を起こすに決まってる}

 

{コイツ…本当にヒーローになる気があったのか?自分がヒーローの道から外れていることに未だ気づいてないんじゃね?}

 

{そんなこと全国の皆さんが思ってるよ}

 

{そうそう}

 

{行き着く先は《ヴィラン》だな…}

 

{その時は《オールマイト》や《神様》に退治してもらえばいいじゃん}

 

{なるほど、《神様》はともかく憧れの《オールマイト》に倒されるならコイツも本望だろうに…}

 

{さて、ここで問題です!爆豪勝己がこの先救われる可能性はあるでしょうか!?}

 

{無いな}

 

{あるわけ無い}

 

{NO!}

 

{あり得ない}

 

{可能性0%}

 

{生涯決して許されてはいけない…}

 

{ヒーローだって速攻見捨てるレベルの救えないクソガキ…}

 

{一生救われない}

 

{笑えない冗談だ……誰がこんな奴に手を差しのべるんだよ?}

 

{愚問だな、死ぬまで自分の罪と向き合って苦しみ続けるに決まってる}

 

{即答www10人中10人が『救われない』と返答してくれました!救いようがねぇ~!俺も救う気はねぇ~!}

 

{じゃあ聞くなやwwそんな当たり前のことwww}

 

{つか、こんな《騒乱の象徴》を退治するのにオールマイトや神様の手を汚させる訳にはいかないんじゃね?}

 

{そうだな、そういう汚れ仕事ならヒーローランキング最下位の《家庭内暴力ヒーロー》に任せりゃいいじゃn……あっ、今入院中か}

 

{そんならヒーローランキングがブービー(最下位の手前)のMt.レディに押し付ければいいんじゃ?}

 

{あの借金まみれの美女ヒーロー(Mt.レディ)なら多少のお金を出せば、以前救わなかった…いや救う気がなかったヘドロ事件の被害者(爆豪勝己)だろうと関係なく退治してくれそうだよな}

 

{Mt.レディも結局は《栄光》と《お金》欲しさにプロヒーローになった傾向があったもんね}

 

{あんだけ建物や車を壊せば借金生活まっしぐらだって言うのに…なんで《都心部》を活動区画にしたんだか…}

 

{目立ちたかったからじゃね?}

 

{その代償として、被害者(壊された建物や車などの持ち主達)は続出だったけど…}

 

{政府や国から弁償金と補償金は出たけど……頑張って働いて貯めたお金でやっと買えた自動車を…次の日にMt.レディに踏み潰されて廃車にされた時のショックは…私の心の中で刻まれて…永遠に忘れることが出来なくなりました。…私は2度と自動車を買いません……}

 

{Mt.レディのヒーロー活動による被害者がここにいた!!!??}

 

{車買った次の日が、Mt.レディのデビュー日とか運悪すぎ!!!}

 

{完全なトラウマになっちゃってるよ!!!}

 

{いったいMt.レディによる被害者って何人いるんだか…}

 

{何人じゃなくて、何百人じゃね?デビューしてまだ1ヶ月しか経過していないのも考えてさ}

 

{Mt.レディもだけど、爆豪勝己とエンデヴァーもいい勝負してるよな……ゲスな意味で}

 

{俺はゴミ収集作業員なんだけど、最近ゴミ捨て場で《エンデヴァー関連のオモチャ》が袋詰めにされて捨てられてるのをアチコチで見たよ……それを見たと同時に《エンデヴァーの未来》が見えた気がする…}

 

{エンデヴァーの将来は《社会のゴミ》ってかwww}

 

{その現状を本人に見してやりてぇなぁ!!自分のモチーフにしたオモチャが大量に捨てられているのを見て知ったら、どんな顔をするのかさwww}

 

{エンデヴァー=社会のゴミ=爆豪勝己}

 

{なるほど、爆豪勝己も《社会のゴミ》ってことになるのか}

 

{皆さん!さっきから見てればエンデヴァーや爆豪勝己を《社会のゴミ》なんて言い過ぎだぞ!!!確かにエンデヴァーは個性婚思考の馬鹿親であり、自分の望むハイブリッド個性を持つ子供を作り上げるために、奥さんを金の力で抱き込み子供を産ませて、目的の子供には愛情と言う名の暴力を振るい、その子以外の子供の育児は完全放棄するようなDV親父だけど!!馬鹿親は馬鹿親なりに考えてトップヒーローまで登り詰めたんだよ!!!それは爆豪勝己だって同じ!無個性の同級生を記憶喪失させるまで精神的に追い詰めたのも、大人数で責め立てて10年間もイジメ続けたのも、トドメに自殺を仄(ほの)めかす発言をしたのも、全ては自分が《唯一の折寺中の雄英合格者という輝かしい功績を手にしてプロヒーローになるため》だったんだよ!救いようの無い…正真正銘のクズだけど…まだ15歳の子供で…人生これからの若い世代だ!!これ以上責め立てるもんじゃない……そろそろ許してあげようじゃないか…}

 

{…なぁアンタ……本当にそんなことを本心から思ってるのか?}

 

{思ってるわけな~~~い!苦しめ!苦しめ!もっともっと苦しんで!2人揃って絶望の底に叩き落とされちまえ~!!!}

 

{さっきと言ってることが違ぇwwwww}

 

{上げるだけ上げておいてww結局は最後は突き落とすタイプwwwww}

 

{アンタが一番タチ悪ィよwwwww}

 

{結論、《爆豪勝己》も《エンデヴァー》も救われない…}

 

{だから、そんなの皆知ってるってば…}

 

{………あれ?そういえば何の話をしてたんだっけか?}

 

{被害者である《無個性の中学生が個性を発現した》って話だろ}

 

{そうだった、話が完全に脱線しちまってたよ}

 

{んで結局のところ、どうして事件から1ヶ月後に個性が発現したんだ?来年の高校受験を控えてたってことは、被害者は14歳ってことだろ?つまり個性の発現が《10年》も遅れたってことだ}

 

{それについてはある程度のことが雑誌に書いてある。リカバリーガール達が検査した結果、被害者は《普通の人よりも遅れて個性が発現する体質》だったんだってよ}

 

{個性が遅れて発現するのはニュースとかで聞いたことはあるけど、大抵は《2年~5年》程じゃなかったか?《10年》なんて聞いたことがないぞ?}

 

{まだ断定は出来てないようだけど、10年も個性の発現が遅れたおおよその原因は《突然変異種の個性》を宿してたからだって書いてある}

 

{突然変異種?}

 

{簡単に言うと被害者の中学生は、両親の個性とは全く関連性の無い個性を発現したってことだよ}

 

{被害者一家の正式な個性名は書いてないけど、どういう系統の個性なのかまでは雑誌に載ってる}

 

{父親が《炎系》で、母親は《重力系》、そして被害者の中学生は《植物系》の個性らしい}

 

{炎に重力、んで植物か。確かに全然関連性の無い個性だな}

 

{誤解されないために言っておくけど、被害者と御両親とのDNA鑑定の結果も雑誌に記されてあるわよ}

 

{99.99%で一致してるみたいだから《突然変異種の個性》だってことが断定されたそうだな}

 

{そして、個性の発現が10年も遅れたのは…論理的かつ簡潔に言うと、被害者の中学生は《個性が遅れて発現する体質であったこと》に加え、極めて珍しい《突然変異種の個性を宿していたこと》が重なったのが原因の1つだと、リカバリーガールは結論を出したんだってさ}

 

{は~~~成る程な~~~それなら理屈も辻褄も合うな。まだ解明されてないとか言ってたけど、もうそれが結論なんじゃね?}

 

{さぁな、どうなんだろ?俺は医者じゃないからサッパリ分からないけど、その結論をなら筋は通ってるよな~}

 

{つぅことは、被害者の中学生は《無個性》じゃなかったってことになるんじゃね?}

 

{そうなるな}

 

{てか…被害者の父親の個性がよりにもよって《炎系》なのかよ…}

 

{なんの因果か……我が子を自殺に追い込んだ主犯の《爆豪勝己》と、フレイムヒーローから家庭内暴力ヒーローに改名された《エンデヴァー》と同じ系統の個性なんてな…}

 

{そっちの面でも迷惑をかけられただろうぜ?俺には《炎系の個性》をもった友達がいるんだけど、あの騒ぎが原因で彼女には突然フラれて、バイトもいきなりクビにされたって嘆いてたからな…}

 

{爆豪とエンデヴァーだけじゃないだろ?例の被害者以外の折寺中の3年生(149人)と同じ系統の個性の人達は、大なり小なり被害を受けたよ…}

 

{ソイツらと教師達は今、いったいどんなマヌケ面を晒してることか}

 

{散々《無個性》を理由にイジメや差別をしてきた相手が『実は無個性じゃありませんでした』なんてさ!}

 

{《被害者が無個性じゃなかった》って知った時のソイツらの顔をこの目で見たいぜ!}

 

{教師は違うみたいだが《被害者以外の爆豪勝己とそのクラスメイト達(28人)》と《その家族》は花畑党首から実質見棄てられたようなもんだしよ!いいザマだ!}

 

{まぁ何にせよ、被害者の子が目を覚ましてくれたのは本当に喜ばしいな}

 

{ホントよ、名医のリカバリーガールですら『いつ目を覚ますか分からない』なんてコメントしてたから不安だったわ}

 

{記憶喪失になっちまって、自分や親のことを忘れちまったのはスゲェ悲しいことだけど、同時にクラスメイトや教師達から受けてきたクソッタレな記憶を綺麗サッパリ忘れられたのは、被害者の子にとってはプラスなんじゃね?}

 

{不謹慎だけど、確かに嫌な思い出がなくなったのは良いことだと俺も思う}

 

{被害者の子がこれからはどう生きていくにしろ、今まで苦しんできた分、これからは幸せに生きてほしいものだ}

 

{幸いなことに発現した突然変異の個性は《植物系》で、同級生達の個性とは辛くも被ってないようだしな}

 

{にしても《植物系の個性》か~どんな個性なんだろうな?}

 

{案外、シンリンカムイみたいな《樹木》の個性なんじゃない?}

 

{まっさか~}

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●雄英高校の校長室…(出久が目を覚ましてから6日目…)

 

 

イレイザーヘッド side

 

 日が沈み、星が夜空で輝いている頃…

 

 俺は帰宅前に根津校長から呼び出された…

 

 校長室へ着いて中に入ると、校長は背を向けて暗くなった窓の外を眺めていた…

 

「そろそろ…緑谷君の父親が飛行機に乗った頃だろうね」

 

「余裕をもった行動をせずに…ギリギリまで時間を費やすとは……合理性に欠けてます…」

 

「そんな冷たいことを言うものじゃないのさ相澤君。大切な我が子だからこそ…親というのは時に非合理的になってしまうものなのだよ」

 

「…どこぞの元トップヒーローにも見習ってほしいものです…」

 

「まったくさ…」

 

 この学校のOBである現役ヒーローの1人に愚痴を溢していると、校長は窓際からソファに移動して腰を下ろした。

 俺はテーブルを挟んで校長の向かいにあるソファに座り、明日のことについて校長と話し始めた。

 

「明日で丁度1週間、リカバリーガールも大丈夫だと言っていたのさ。御両親からの了解も得ている。明日は予定通り、キミと《例の人》を緑谷君と面会させるのさ」

 

「……校長、差し出がましいことを聞くんですが…どうして緑谷という少年にそこまでするんですか?確かに被害者の過去については俺も同情する面はあります。なので《引っ越し》や《転校》等の助力までならまだ分かります。しかし、いくらなんでも1人の子供に対して《私を含めた9人の教育者》を高校受験の前日までつけるなど、合理的ではありません…」

 

「ん~確かに…《今のキミ》ならそう発言するのも当然だよね。でも《明日のキミ》ならば、きっとその考えを改めてくれる筈さ!引き受けるかどうかは明日にしてくれたまえ!」

 

「意味が分からないのですが?」

 

「明日になれば全て分かるのさ!それに今日キミを呼んだのは《緑谷君の教育者の件》だけじゃないさ。なんで呼ばれたのかはキミが一番分かってるだろ?」

 

「今日で俺が担当する1年A組ヒーロー科生徒全員を《除籍》した件ですか?」

 

「そうさ、とうとう除籍回数が150回を越えちゃったからねぇ」

 

「アイツらには《覚悟》が足りていませんでした。入学式より1ヶ月、俺はアイツらを見てきました。その上で《見込み無し》と判断したために決定したことです…」

 

 

 

 俺自身何度も考えたことだ…

 

『教師として自分の選択(除籍の権限)が本当に正しいのか?』と…

 

 だがそれは……生徒達には…アイツの《二の舞》にはなってほしくはないからだ…

 

 半端な覚悟で勤まるほど…《ヒーロー》という仕事は甘くはない…

 

 《誰かを守るために自分の命を犠牲にする》…なんて綺麗事は大間違いだ…

 

 《死んでいい命》なんてこの世に1つも存在しない…

 

 だからこそ…俺は心を鬼にして…生徒には厳しく向き合っている…

 

 嫌われたっていい…憎まれたっていい…

 

 それで生徒達が…本当の意味で成長して強くなり…正しい道を進んで……アイツのような…《誰かを引っ張っていけるヒーロー》になってくれるのならば…

 

 俺は…喜んで《嫌われ者》になる…

 

 

 

「除籍の件についてはもう咎めたりはしないのさ。ただ生徒の親御さんからの苦情が来てるから、その対応は全部キミにやってもらいたい。とはいえ除籍された生徒達は《今後ともこの学校に通っていく》内に…いつか分かる日がくるだろう。…どうして自分達が除籍されたのかを……そしてそれが…相澤君からの《優しさ》だということにね?」

 

「(優しさ……か…)」

 

「彼らの除籍の件については取り敢えず置いといて、明日は頼むよ相澤君。緑谷君はキミの御眼鏡に叶う人間だと僕は思っているからね!彼は《地球を救うヒーロー》になれるかもしれないのさ!」

 

「どうでしょうか…。あと校長、今更ですが例の記者に嘘の情報を吹き込む必要があったんですか?」

 

「僕とリカバリーガール、そして緑谷出久君と話し合った上で決定したことなのさ!この個性社会からすれば、言うほど誤差の無い嘘だと僕は思っているよ」

 

 先日出会ったジャーナリストである特田さんへ情報提供をする際に、緑谷出久の発現した個性については《突然変異種の個性》という解釈をして真実を偽った…

 

 それも気がかりだが、今の俺がもっと気がかりなのは、根津校長とリカバリーガールから語られた緑谷の個性……いや【能力】についての説明が信じられずにいた…

 

 

 

 

 

 緑谷出久が発現した個性というのが…

 

 《夢の中で出会った人物から授かった別世界の能力》だなんて…

 

 

 

 

 

 緑谷本人がそう言ってたらしいが、俺は自分の目でその【能力】とやらを見ないことには信用できない…

 

 確かに『夢の中で出会った人から能力を授かった』…なんていきなり言われても信じる人間はまずいない…

 それなら根津校長とリカバリーガールが、特田さんに説明した通り《突然変異の個性を発現とした》という解釈の方が筋は通っている。

 

 だが根津校長は、緑谷が語った《別世界の能力》や《夢の中で出会った人物》等の情報については、今のところ緑谷出久と俺、リカバリーガールと根津校長、そして《明日俺と一緒に緑谷と面会する人》の5人だけの秘密にするようにと忠告をしてきた。

 

 何故そこまで内密をするのか…俺は訳が分からなかった…

 

「被害者が夢の中で授かったという【ゴミを木に変える能力】は、鍛え方によっては《地球を救う可能性》を秘めた能力だとは俺も思います。しかし、被害者にどんな事情が会ったにしろ《自殺をするような子供》の面倒を見てやるほど…俺はお人好しじゃありませんよ?」

 

「いやいや、それは違うさ相澤君!緑谷君は次世代の《シンリンカムイ》であると同時に、もしかしたら《イレイザーヘッド》にもなれる可能性を秘めているのさ!」

 

「???…どういう意味です?」

 

「フフフッ、いずれ分かることなのさ!」

 

 根津校長の発言に俺は首をかしげた。

 

 緑谷が夢で授かった能力が《植物系》だとは前もって聞いてはいる。

 シンリンカムイは分かるが、何故校長は俺の名前までを出したのかは理解に苦しんだ。

 

 根津校長にその疑問を追求したが、結局教えてはくれなかった…

 

 俺の個性《抹消》と緑谷の【ゴミを木に変える能力】は全くといっていいほど関連性なんて何も無い筈、根津校長はいったい何を考えているのやら…

 

 俺は疑問を残したまま…校長室を出てすぐに帰宅した…




 出久君を教育する5人目の教育者は《相澤消太》こと《イレイザーヘッド》でした。

 相澤先生には、雄英高校では1度除籍し復学させた1年A組ヒーロー科(原作での2年A組ヒーロー科)生徒達の指導をしてもらいながら、記憶喪失となった出久君の教育にも勤めていただきます。


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記憶を失った少年の法則

 皆様、大変お待たせいたしました。

 前回(19話)の前書きで書いた通り、今回より(記憶喪失になった)出久君が本格的に登場していきます。

 今回の話(20話)と次の話(21話)では、まだ出久が病院に入院している話となります。

 ゴールデンウィーク中に投稿できませんでしたが、その分22話と23話の作成を進められたので、5月以内にその2話も投稿させるようにいたします。


None side

 

 世界総人口の約8割が何らかの特異体質《個性》を発現した現代…

 

 

 

 かつて人はその《個性》…またの名を《異能》と呼ばれた一種の超能力を手にした…

 

 しかし…その《個性》を使い方を間違えてしまった故に…必然的に訪れた《暗黒の時代》があった…

 

 

 

・強力な個性を手にし…悪事に手を染める者…

 

・個性によって姿形が変わってしまい…周囲の人々からは《化物》や《怪物》扱いをされ…迫害を受ける者…

 

・個性が発現せず…《無個性》という烙印を押され…個性を持つ者達から理不尽な目にあわされて…個性を持つ者を嫌い恨む者…

 

・世代を重ねる毎に…個性も持つ人々は傲慢な思考となっていき…次の世代となる子供に《強力な個性》を持たせるため…《個性婚》を求める者…

 

 

 

 その暗黒の時代に…《平等》や《人権》など存在し無かった…

 

 町中では争いが絶えず…治安は悪化の一途を辿り…警察や自衛隊などでは対処できる限度を遥かに超えていた…

 

 

 

 

 

 それが後に語られる《超常黎明期》という時代である…

 

 

 

 

 

 そんな暗黒の時代に《1人の男》が現れた…

 

 

 

 

 

 彼の発現した《個性》は、個性社会の常識を根本から覆す《最強の個性》であった…

 

 彼はその《個性》によって、他人の心を掌握し、気づけば多くの味方をつけていた…

 

 しかし…その男は《平和》を目的として己の個性を使っていた訳ではない…

 

 

 

 

 

 その男の望みは…《独裁支配》である…

 

 

 

 

 

 時が経つにつれ…男の支配は着実に広がっていき…遂に男は《悪の支配者》とも呼ばれる最強のヴィランとなって…大きな組織を結成した。

 

 だが皮肉なことに…その男が支配を始めたことによって…人々は《一時(いっとき)の平和な時間》を得ることが出来た…

 

 しかし…社会が不安定であることも…治安が悪いことも…日常茶飯事のままである…

 

 

 

 

 

 人々は…《本当の平和》を求めていた…

 

 

 

 

 

 そんな人々の願いが叶い…

 

 《2人の英雄》の登場によって…

 

 《悪の支配者》と《ヴィラン組織》は壊滅した…

 

 これにより人々は《平和な日々》と《当たり前の日常》を取り戻すことが出来たのだ!

 

 

 

 

 

 世界は《平和》となった。

 

 だが…個性は今でも親から子供へ脈々と受け継がれている…

 

 現代における個性の種類は未知数…

 

 子供達の発現する個性のパターンを大きく分けて《5つ》である…

 

 

 

①両親のどちらかの個性を色濃く受け継ぐパターン…

 

②両親の個性が混ざり新たな個性を発現するパターン…

 

③両親の個性をどちらも受け継ぐパターン…

 

④両親の個性とはどちらも類似せず、全く関連性の無い個性を発現するパターン…

 

⑤今の時代では絶滅危惧種とも呼ばれている個性を持たないパターン…

 

 

 

 このように…子供が4歳になった際に発現する個性は様々である…

 

 一般的には①と②のケースが常識であり、全体の《50%》を締めている。

 ①の場合は単純に《母親》か《父親》のどちらかの個性を色濃く受け継いた個性となる。

 ②の場合は《母親》と《父親》の個性が混ざりあった新たな個性となる。

 

 ③と④は珍しいケースなのだが、③の場合は全体の《29%》と確率が絶対に低いわけではない…。

 何故かというと《個性婚》という非人道的な考えを持つ者が、己の野望や目的のために《強力な個性を2つ宿した子供》を求めた故にこの数値なのである。

 

 ④は5つのパターンの中では特に珍しいケースであり、両親の個性にも両親の家系にも存在しない個性が発現するという《突然変異》であるため、その発現の確率は全体の《1%》にも満たない。

 最初に④が発見された際は、両親のどちらかが浮気や不倫などの疑惑が発生したり、更には両親の家系(ご先祖)の中に似たような個性があるのでは無いかと調べても類似する個性が存在しない…という事態が過去にはある。

 とはいえ今の時代には《DNA鑑定》があるため、血の繋がった親子かなんて1発で突き止められる。

 最初に発見された当時こそ騒ぎになったが、今となっては大した騒ぎにはならない。

 

 そして⑤は全体の《20%》しか産まれず、個性が発現しない体質のケースであり、その数は年々減りつつある。

 だが、その中には《個性の遅開き》というケースもあり、4歳の時に発現できなかっただけで歳を重ねてから個性を発現するというケースが最近の科学者の研究によって判明された。

 1年後に個性が発現する人も入れば…3年後…5年後に個性を発現した人も確認されている。

 なのでこの《20%》という数値はアテにならず、その10%が《純粋な無個性》であり、残りの10%は《不明》と言う解釈が正しいとされている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうしてそんな当たり前の話をするのかって?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは《ある無個性の少年》が…10年以上の時を経て…両親のどちらとも類似しない《突然変異種の個性》を発現したからである…

 

 のちに…その突然変異種の個性は…

 

 《伝説の支配者の個性》にも匹敵する…

 

 『世界最強の個性』とも呼ばれることともなるのだった…

 

 そして…

 

 その個性を発現した少年の名は…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●折寺町の病院…(出久が目を覚ましてから1週間後…)

 

 

緑谷出久 side

 

 

 

 

 

        僕の名前は…

 

 

 

 

 

        緑谷 出久…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

       という名前らしい…

 

 

 

 

 

 なんで自分の名前に不信感を持っているのかって?

 

 

 

 

 

        実は僕…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   《記憶喪失》になってしまったんだ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フザけてるわけでもトボけてるわけでもない。

 

 病院の先生達から何度も検査を受けた結果、正真正銘の記憶喪失と診断されたんだ。

 

 でも、一言に《記憶喪失》とは言っても何もかも忘れてしまった訳じゃない。

 

 《日常生活に必要な記憶》や《これまで培ってきた知識の記憶》については異常無かった。

 

 試しに検査の過程で、小学校のテスト問題(国語、算数、理科、社会、英語)を解いた結果、《社会の歴史》以外のテストは満点を取れた。

 

 《超常黎明期》等のヒーローやヴィランの歴史、個性社会の現状もほとんど覚えていた…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 じゃあ僕が失ったのは《何の記憶》なのかって?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは《昔の僕自身》と《他人の記憶》だ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 《他人との記憶》については、自分の両親のことはおろか…僕がこの世に生まれてきてから関わった他人の記憶が全て記憶から消えてしまったらしい…

 

 因みに満点を取れなかった歴史のテストで解けなかった問題というのは…

 

 

 

〔問1〕

[ 去年のヒーロービルボードチャート下半期にて、トップ10に選ばれたヒーローを5人までの《ヒーロー名》で答えよ。 ]

 

〔問18〕

[ 現役の女性ヒーローを3人まで《ヒーロー名》で答えよ。 ]

 

〔問30〕

[ チームを組んでヒーロー活動をする《ヒーローチームの名前》を1つ答えよ。 ]

 

〔問44〕

[ 個性《ヘルフレイム》を持つヒーローは誰か《ヒーロー名》で答えよ。 ]

 

〔問50〕

[ 先代No.1ヒーローの《ヒーロー名》《本名(フルネーム)》《個性名》を答えよ。 ]

 

 

 

 歴史……と言っても《つい最近のヒーローの人物像についての問い》、このヒーロー社会に産まれた人間ならば誰でも解けるサービス問題らしいんだけど…

 僕はこの問題の解答欄を全て空欄にしてしまったために満点を逃してしまった…

 

 日本の歴史の一般常識レベルの問題は難なく解けたけど、今の僕にはどうしても現代に生きる《ヒーロー》や《ヴィラン》は誰1人として《名前》も《顔》も思い出すことが出来ないんだ…

 

 

 

 

 

 そして…もう1つ…

 

 僕は《自分がどんな人生を送ってきた人間》なのかを全然思い出せない…

 

 

 

 

 

 昔のことを必死に思い出そうとしても…

 

 その部分の記憶だけは…ポッカリと穴が空いていて…虚空のように何も無くなっていた…

 

 

 

 自分の名前が《出久》ということすらも検査で教えてくれるまでは分からず、昔の自分を…《緑谷 出久という人間》を思い出せないんだ…

 

 

 

 一緒に暮らしてきた家族…

 

 幼稚園や学校へ通っていた記憶はあっても…その時近くにいた人達…

 

 今までに関わって会話をした人達…

 

 

 

 その全員の顔も名前も…頭に思い出すことが出来ない…

 

 

 

 リカバリーガールっていう優しいお婆さんのお医者さんが、質問形式の検査の問われた《オールライt……じゃなくて《オールマイト》っていう現代人なら知らぬ者なしと言うNo.1のヒーローですら僕の記憶には無いんだ…

 

 

 

 だって…一週間前に僕が目が覚めた時、僕を見て大声を上げなから大泣きして抱きついてきた《痩せこけた女の人》が《自分の母親》だってことに実感が湧かなかったんだから…

 

 あと、昨日で海外に戻っていっちゃったけど、僕のお母さんである《緑谷 引子》さんが倒れた2日後に《僕の父親である男の人》がやって来た。

 

 僕のお父さんは、僕が記憶喪失になったことを知ってなのか、気を使ってくれて昔の僕のことを色々話してくれた。

 でも僕のお父さんは、長い間ずっと海外赴任をしていたようで《昔の僕との過ごした思い出話》は少なく、海外にいる時に《僕のお母さん》から送られてきた手紙で知ったことを含めて話をしてくれた。

 だけど…お母さんの時と同じく…僕は話をした男の人が《僕のお父さん》であることに最後まで実感を持つことが出来なかった…

 

 でも…その男の人が僕のことを力一杯にギュッと抱き締めてくれた時……何故だか僕は懐かしい気持ちになった…

 

 それからもお父さんは《僕が生まれてからの日々や思い出》を僕に沢山話してくれた。

 

 

 

 そして昨日…お父さんは海外へ戻ることを躊躇(ためら)っていた…

 そんなお父さんに、体調が回復したお母さんはこう言った。

 

『出久のことは私に任せて!必ず私達家族の絆を取り戻して見せるわ!』

 

 …とお母さんから言われたお父さんは、僕とお母さんの2人を大きな身体でギュッと抱きしめながら…

 

『ゴメンな…引子…出久……家族なのに……2人にはいつも寂しい思いをさせて……傍にいてやれなくて……本当に…ゴメンな…』ポロポロ

 

 …と…涙を流しながら謝っていた…

 

 記憶は無い筈なのに…何故か僕の心はとても温かくなった…

 

 それからお父さんは、飛行機の時間ギリギリまで病室にいてくれたけど、お昼過ぎには病院を出て空港へと向かった。

 

 

 

 

 

 あと今更だけど、普通記憶を無くしたら恐怖するんだろうけど……何故だが僕は《失った過去》に対しての損失感があまり無かった…

 

 勿論《家族》のことや、昔の僕が参加していたという《奉仕活動で知り合った人達》と過ごした記憶が無くなってしまったことは…とても悲しい…

 

 でも…その《大切な記憶》以上に、昔の僕が送っていた《辛い過去》をリカバリーガールが教えてくれた…

 

 

 

 リカバリーガールから聞いた話によると《記憶を失う前の僕》…つまり《昔の緑谷出久》は4歳から約10年の間ずっと酷いイジメにあっていた…

 

 

 

 …らしいんだけど、今の僕にはそんな記憶すら無いから全く自覚がない…

 

 でも入浴の際には嫌でも目に入ってしまう…

 

 僕の身体の至るところにある《火傷痕》や《色んな暴行を受けたとされる沢山の傷痕》が…

 

 特に1番多い火傷が誰につけられたものなのか…それすらも僕は思い出せない…

 

 その火傷についてだけはリカバリーガールが教えてくれて、以前僕の病室の窓を割って飛び込んできた《爆豪》っていう恐い顔をした乱暴な人が《イジメの主犯》であり《加害者》らしいんだけど……

 

 その時の僕は、彼に対して《怒り》も無ければ《憎しみ》も《恨み》も何も無かった…

 

 だって記憶がないんだから、僕が彼にイジメられていたなんて実感が一切湧かなかったんだ…

 

 

 

 でも…何故だが僕は爆豪君に対して強い嫌悪感を持っていた…

 

 記憶を失った僕にとって彼とは初対面の筈なのに…

 

 どうしてなんだろう…?

 

 

 

 あと僕のお母さんは、僕の昏睡状態の間に謝罪や御見舞いで訪れてきていた人達全員に対して面会謝絶をしてたけど、僕の容態が安定したことをキッカケに《昔の僕が参加していたという奉仕活動で知り合った人達》だけには面会を許したようだ。

 

 それからというもの、リハビリの後以外はほぼ毎日のように面会時間中、子供から老人まで沢山の人達が僕のお見舞いに来てくれた。

 

 でも僕が《記憶喪失》になったのを聞いて、お見舞いに来た人達は皆涙を流していた…

 

 お見舞いに来てくれて嬉しい反面、僕は沢山の人達が泣いている姿を見るのは辛かった…

 

 その中でも特に辛かったのは…

 

『あんなに遊んでくれたじゃんか!なんで俺のこと覚えてないんだよ!』ポロポロ

 

『転んで怪我をした僕を…お家までおんぶしてくれたよね出久兄ちゃん。僕のこと…忘れちゃったの…?』ポロポロ

 

『カラスに取られた《お婆ちゃんのお手玉》…一生懸命探して見つけてくれた時…本当に嬉しかった。だから『ありがとう』ってまた言いに来たんだよ…。私のこと…思い出してよぉ…出久お兄ちゃん…』ポロポロ

 

 小さな子供達が…僕に泣いてすがり付いてくることだった…

 

 

 

 そんな子供達に対して《今の僕》は…

 

『思い出せなくて…ごめんね…』

 

 …と謝ることしか出来なかった…

 

 

 

 そして、奉仕活動の人達も《昔の僕》がどんな人間だったのかを話してくれた…

 

 僕の両親からも聞かされた話と照らし合わせて《昔の僕》の人物像が分かってきた。

 

 

 

 

 

 僕が無個性と診断されてから約10年…

 

・無個性ゆえに…幼稚園や学校の同級生や先生達から…僕はイジメられ…差別をされてきたこと…

 

・無個性でも関係なく…両親や地域の人達は…僕のことを受け入れてくれたこと…

 

・町のゴミ拾いに参加して奉仕活動の人達と仲良くなったこと…

 

・無個性でも諦めずに…ずっとヒーローを目指していたこと…

 

・《楽しい時間》より……《辛い時間》が沢山あったこと……

 

 

 

 

 

 知れる限りの《緑谷 出久という1人の人間の過去》を僕は聞き漏らすことなく記憶していった…

 

 

 

 そして…今から1ヶ月と1週間程前……

 

 僕は《あること》をキッカケに…

 

 生きることに絶望して……

 

 無人ビルから飛び降り自殺を図った……

 

 奇跡的に助かったものの……

 

 その日から1ヶ月間ずっと眠り続けていた…

 

 

 

 

 

 目を覚ましてから今日で1週間…

 

 僕は大勢の人と沢山話をした…

 

 けれど…

 

 僕は未だに《昔の僕》を思い出すことが出来なかった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 でも実は、今の僕でも《2人》だけ記憶に残っている人達がいる!

 まぁ、その内1人は《羊の姿をした喋る犬》だけど…

 

 とは言え、その2人は《この世界》にいる人達じゃない…

 

 僕がその人達と出会ったのは…《夢の中》なんだから…

 

 信じられないかも知れないけど、この世界で1ヶ月間眠っていた僕は、夢の中で《最高のヒーロー》に巡り会い、300日程の時間を一緒に過ごしていたんだ!

 

 それだけじゃない!

 

 昔の僕は《無個性》だったけど…今は違う!

 

 

 

 《原点》…

 

 僕のオリジンであり…

 

 恩師であり…

 

 師匠でもある…

 

 僕に生きる希望をくれた…

 

 最高のヒーロー《植木 耕助》さん!

 

 僕はその人から【別世界の能力】を授けてもらったのだ!

 

 

 

 【ゴミを木に変える能力】と【神器】を!!!

 

 

 

 それが今の僕にはある!!!

 

 そして何より僕は、植木さんから【能力】以上に《素晴らしいもの》を伝授してもらった!

 

 

 

 《本物のヒーロー》とは何なのか…

 

 

 

 《本物の正義》とは何なのか……

 

 

 

 それを植木さんは教えてくれたんだ!

 

 

 

 植木さんとウールさんと過ごした日々は本当に楽しかった!

 

 出来ることなら…あのまま精神世界で植木さん達とずっと一緒にいたいと願っていた…

 

 でも…その願いは叶くことなく…僕はこの世界へと帰ってきてしまった…

 

 そして僕は…この世界に戻ってきて記憶喪失になっていた…

 でも《植木さん》と《ウールさん》との思い出だけは僕の記憶の中に残っていた…

 

 

 

 植木さん達と別れた僕は…この世界で一人ぼっちの気分になってとても寂しい気持ちとなった…

 

 記憶のない僕を慕ってくれる人達(両親、奉仕活動の人達)は確かにいる……それでも心の底からの安心感を持つことが出来ずに不安になることがあった…

 

 

 

 でも!そんな僕は今!《昔の僕》が目指していた夢であるヒーローになろうと、寂しさを乗り越えて前向き生きようとしている!

 

 なぜなら…精神世界にて植木さん達との別れる最中…植木さんが僕に言ってくれた《あの言葉》が僕を支えてくれているからだ!

 

 僕が心に刻み込んだ言葉!

 

 

 

 

 

『お前はお前の道を歩け!お前の人生だ!』

 

 

 

 

 

 植木さんのその言葉に…僕はどれだけ勇気付けられたことか…

 

 離れ離れになっても植木さん達がいつでも傍に居てくれるような安心感を持てる言葉…

 

 植木さんは僕を認めてくれたんだ!

 

 僕が《最高のヒーロー》になれると!

 

 満面の笑みで送り出してくれた!

 

 

 

 そして僕は決心した!

 

 いつかまた植木さん達に会えるその日までに!

 

 僕自身が植木さんのような《最高のヒーロー》になってみせる!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …っと…ここまでの件(くだり)…

 

 僕が精神世界で体験した出来事を、この世界に戻ってきた次の日にリカバリーガールというお婆さんと、根津校長というスーツを着たネズミさんの2人に全てを話した。

 

 正直、夢の中で体験した出来事なんて他人に話したところで信じてもらえないと思っていた…

 

 でも僕の予想とは裏腹に、リカバリーガールと根津校長は僕の話に一切の疑いを持たずに最後まで聞いてくれた。

 

 

 

 あと、植木さん達と過ごした記憶があるんだから、僕が自分の名前に違和感を抱くのはおかしいと思うだろうけど…

 植木さんとウールさんは僕のことを名前ではなく『緑髪』や『モジャ髪』というアダ名でしか呼んでくれなかったからなのか、《緑谷》という名字はともかく『出久』という名前には未だ自覚が持てずにいた…

 むしろ『緑髪』や『モジャ髪』と呼ばれたいと思ってしまうのは、僕が変なんだろうか?

 それとも…植木さんとウールさんに影響されてしまったからなんだろうか?

 

 

 

 まぁ僕のアダ名のことはさておき《夢の中で僕が過ごした最高の時間》を聞いたリカバリーガールと根津校長からは、今後《精神世界で体験したこと》を無断で外部に話すことを禁じられてしまった。

 

 僕としては《植木さん達のこと》を両親には話したかったんだけど、《植木さんやウールさんのこと》は勿論、【能力】や【神器】のことについては勝手に他人へ喋ってはいけないと、リカバリーガールと根津校長から念押しで忠告されたため、2人以外に話せていない。

 

 どうして秘密にしなければならないのか?…その疑問は根津校長がとても分かりやすく教えてくれた。

 

 何故、植木さんから授かった【ゴミを木に変える能力】と【神器】を無断で話してはいけないのか?

 根津校長からの話を聞く前の僕は不思議だったけど、話を聞いた後の僕はどうして《植木さん達との出来事》を秘密にしなければならないのかを理解した…

 

 

 

 そうそう、不思議と言えば…

 

 他にも気になることがあった…

 

 それは、リカバリーガールと根津校長に説明している過程で『【ゴミを木に変える能力】は人から貰った超能力です』って言った途端、2人の顔が真っ青になっちゃったんだけど……何か勘に触るようなことを言っちゃったのかな?

 

 あの驚き方は尋常じゃなかった気がする…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●1週間前…(出久が目を覚ました日の夜)

 

 

None side

 

 夕日が沈み…月が夜空に輝く頃…1人の医師が病院の廊下を歩いていた。

 

「やれやれ…本当に全く手の焼ける親子だよ…」

 

 リカバリーガールは愚痴をいいながらも嬉しそうな様子だった。

 

「まぁでも…何はともあれ意識が戻ってよかったさね」

 

 4、5時間前まで、目を覚ます可能性が絶望的と思われていた少年の意識が戻った。

 

 リカバリーガール自身、少年の意識が戻る可能性は限りなく低くく、場合によっては植物人間になるという可能性も考えていたが、奇跡的に1ヶ月間という期間で昏睡状態から目覚めてくれたのだ。

 

 それによってリカバリーガールは忙しい時間を送っていた。

 

 

 

 何が忙しかったかって?

 

 

 

 いつ目を覚ますか分からない我が子の意識が戻ったことで、色んな感情が爆発し疲労と驚愕で気を失い倒れた母親と、目を覚ました少年を同時に処置したためである。

 

 母親の処置に至ってはすぐに終わり、今は別の病室に寝かせ休ませている。

 

 昏睡状態から意識を取り戻した少年《緑谷出久》の診察もついさっき終えて、取り敢えずは本格的な検査は明日となった…

 

 

 

 だがリカバリーガールは頭を悩ませていた…

 

 ちゃんとした検査はまだにしろ、長いこと医者をやっている彼女にとっては、患者である緑谷出久が発症した後遺症が何なのかは見当がついていた…

 

 明日の検査の後、根津校長を含めて緑谷出久と話し合いをしなければならない。

 

 緑谷出久の《発現した個性》……いや…《人から貰った【能力】》についての話を…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●6日前…(緑谷出久が目を覚ました次の日)

 

 

 リカバリーガールに呼び出された根津が折寺町の病院に到着した丁度その頃、色々な検査を受け終わった出久はリカバリーガールと共に応接室にいた。

 

「リカバリーガール、いったい誰を待ってるんですか?」

 

 応接室のテーブル椅子に座った出久はリカバリーガールへ疑問を投げ掛けた。

 

「アンタの今後について話をするために呼んだ人物さね、もう少し来るだろうから待ってな。ソイツが来たら詳しく聞かせておくれ、アンタが《夢の中で体験した出来事》をね」

 

「はい」

 

コンコンッ

 

「誰だい?」

 

『僕だよリカバリーガール、遅くなってすまない』

 

「来たかい、入りな」

 

『失礼するのさ』

 

ガラッ

 

「えっ?」

 

 扉を開けて入ってきた人物に出久は呆気にとられてしまった。

 応接室に入ってきたのは《スーツを着た二足歩行の白いネズミ》だった。

 

「やあ!緑谷出久君!こうして話すのは初めてだね!」

 

「えっと~どちら様で?」

 

「おや?驚かないのかい?」

 

「え?なにがですか?」

 

「ほほぅ…記憶喪失になったとは昨日の電話で聞いてはいたけど、随分落ち着いてるねぇ。てっきり僕を見たら驚くと思ってたよ」

 

「今日の検査の結果で《日常生活に必要な記憶》と《社会に関しての記憶》に異常が見られなかったのは不幸中の幸いだっだよ。もし全部忘れちまってたら、アンタのような《異形型の個性持ち》の対応が出来ないだろうからねぇ」

 

「?」

 

 根津とリカバリーガールの話についていけず、緑谷は疑問符にかけていた。

 

「ハッハッハ!何はともあれ、意識を取り戻してくれて本当に良かったのさ!」

 

「あの~リカバリーガール?こちらの方は?」

 

「コイツはアタシが知る《教育者》の中で最も信頼のおける男さね、ヒーロー高校の校長でもあるんだよ」

 

「こ、校長先生なんですか!?」

 

「YES!ネズミなのか熊なのか犬なのか、かくしてその正体は……校長さ!僕のことは《根津校長》と呼んでくれたまえ!」

 

「ね…根津…校長?」

 

「うんうん!素直な子は大好きさ!それでね緑谷君、今日僕がここに来たのは他でもない!キミが昨日の診察中にリカバリーガールへ話そうとしていた《夢の中で体験した出来事》を聞きたくてやって来たのさ!昨日キミが目を覚ますと同時に発現したとされる《木の個性》が、夢の中で会った人物から授かった【別世界の能力】だとリカバリーガールから連絡を受けてね。それについて色々教えてほしいんだけど、いいかな?」

 

「はい、勿論です。ただ…僕自身《植木さん達と過ごした日々》の全てを覚えている訳ではないので……所々は中途半端な説明になってしまいますが…それでも良いですか?」

 

「いやいや十分だよ、時間はたっぷりある!ゆっくり覚えてる範囲を教えてくれないかい!

(『能力をもらった』……リカバリーガールから昨日連絡をもらった時はもしやと思ったけど…この子が《あの男》と接触したという可能性が出てきた以上は…全てを聞かないとね…)」

 

 根津校長は応接室の扉に鍵をかけ、出久が座る向かいのテーブル椅子に座った。

 

 

 

 

 

 この時、根津校長とリカバリーガールは内心で《最悪の可能性》を考えていた…

 

 もしかしたら…

 

 出久は《あの男》…

 

 《オール・フォー・ワン》から個性を与えられたんじゃないか……という可能性を…

 

 だが、出久は昨日目を覚ますまで《無個性》だったという事実は、リカバリーガールが絶対の証人であり、しかも無個性だった出久に個性が発現するまでの間、リカバリーガールと出久の母が出久の近くにいた…

 

 昨日、まだ無個性だった出久の検査を終えたリカバリーガールが、出久から目を離したのは病室の扉へ向かうまでのほんの10秒足らず、そんな僅かな時間にオール・フォー・ワンが出久に個性を与えるなんてまず不可能…

 

 

 

 しかし相手が相手だ…

 

 

 

 あの男には常識が通用しない…

 

 

 

 万が一の可能性を考慮し、根津校長とリカバリーガールは出久が語る話に神経を尖らせた…




 次の話で出久君の教育者となる残り4人が判明いたしますが…おそらく皆様が予想していた人物達だと思われます。


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抹消とサーチと個性名の法則

 今回の話では、根津校長が【ゴミを木に変える能力】の有効活用手段を説明してもらうのですが、感想の中にあった皆様の御意見を参考とさせていただきました。

 次の話(22話)で出久君は退院いたします。



●折寺町の病院…(緑谷出久が目を覚ました次の日)

 

 

None side

 

 応接室にて出久から《夢の中で体験した出来事》を、出久が覚えてる範囲で全てを聞き終えた根津校長とリカバリーガールは…

 

 自分達が考慮していた不安が《取り越し苦労》であったことを理解させられていた…

 

 

 

 

 

 それどころか…

 

 出久が現実世界で昏睡状態だった1ヶ月間…

 

 出久は夢の中の精神世界で《素晴らしい人物》と《動物(?)》に出会い…

 

 《最高の能力(ちから)》を授かったことと…

 

 《本当の正義》を教えてもらったことを…

 

 根津校長とリカバリーガールは知った…

 

 

 

 

 

「僕が植木さん達と別れる時…植木さんは僕の夢を応援してくれました…『お前はお前の道を歩け!お前の人生だ!』っと…僕にとって植木さんは原点(オリジン)であり…最高のヒーローなんです!」

 

 出久は自分が夢の中で体験した全てを話し終えた。

 

「………」

 

「………」

 

「根津校長?リカバリーガール?」

 

「…緑谷君……キミは本当に《素晴らしい人》と出会えたんだね!」

 

「はい!植木さんは僕のヒーローです!」

 

 

 

 曇りの無い真っ直ぐな視線…

 

 

 

 今の出久にとってのヒーローは《植木 耕助》だけなのである…

 

 

 

 そう…No.1ヒーローのオールマイトですら霞んでしまうほどに…

 

 

 

 そして出久の話を聞き終えた根津とリカバリーガールは、出久がオール・フォー・ワンとは何の関係性もないことに安心していた…

 

 

 

「アンタ、今話したことは他の誰にも言うんじゃないよ」

 

「え?な、なんでですか?」

 

「それについては僕が話すのさ!」

 

「そうかい?それじゃあ頼んだよ。アタシはそろそろこの子の母親の様子を見てこなきゃならないからねぇ」

 

「うん!任せるのさ!」

 

 出久の話を聞いて一安心したリカバリーガールは応接室を出ていき、部屋には根津と出久の2人だけとなった。

 

 根津は意識が戻って間もない緑谷へ負担をかけないよう分かりやすく短縮して説明を始めた。

 

 

 

 《夢の中の出来事》を秘密とする理由を…

 

 

 

「緑谷君、キミ自身考えたことはなかったかい?植木耕助君から授かった【ゴミを木に変える能力】…その能力が現代社会においてはどれだけ役に立てるのかを?」

 

「それは…勿論…初めて植木さんに能力を見せていただいた時《地球にとても優しい能力》だとは思いましたが…」

 

「そう!それ!それだよ緑谷君!!!」

 

「うぇ!?そ、それ?」

 

「うん!キミが授かった【ゴミを木に変える能力】は、将来的に地球と人類を救済へと導く、正に《希望》と言っていい能力なのさ!」

 

「希望だなんて…流石に大袈裟なのでは?」

 

「大袈裟なものか!一般常識の記憶に異常がないキミなら分かるだろ?今の地球がどんな状態なのかをね!」

 

 それから根津は教師の顔付きとなり、現代の超人社会となって尚、地球が抱える環境問題について手短に語った。

 

 

 

・将来の発電不足によるエネルギー問題…

 

・森林破壊による動物や昆虫の絶滅危機…

 

・人口増加や貧困によって食料不足となり飢餓に苦しむ人々…

 

・地球温暖化による砂漠化…

 

・海や山などに不法投棄された大量のゴミによる環境汚染…

 

 

 

 他にも上げる議題は多々あるが、根津は話の区切りをつけて出久との話の続きをした。

 

「少し長々と話しちゃったけど、改めて今の地球が抱える問題は把握出来たかな?」

 

「はい、とても分かりやすい説明だったので」

 

「うんうん!物分かりの良い子も僕は大好きさ!今話した問題の数々だけど、そのあらゆる問題に対してキミの【ゴミを木に変える能力】は、全ての問題を解決に導くことが十分見受けられるのさ。発電不足については《火力発電》に使われる可燃物として、キミの能力で《燃えやすい木》を創り出せば永遠に稼働させることだって出来る。森林破壊や食料不足、砂漠化の問題だって《ゴミ》があればいくらでも《食用に適した果実の木》や《森》を創りだすことだって出来る。その過程で海や山に捨てられている《ゴミ》を利用することによって、汚染された地球の環境を綺麗にすることだって出来る。《ゴミが消えて木が増える》…正に《地球を救う能力》なのさ!」

 

「おぉ……改めて語られると…この能力にはそんな可能性が秘められているんですね…」

 

「個性社会の発達によって大抵の環境問題については解決に向かってはいるけど、それでも限界があるのさ。特に《海洋に捨てられたプラスチックのゴミ問題》は特にね。毎年何百万トンというプラスチック性のゴミが海に捨てられ、環境汚染により海に住む生物達の生態系が脅かされている。《職業用の個性使用許可証》を持っている人達が、個性を上手く使い分けることで《ゴミの回収をしたり》《ゴミを跡形もなく燃やす》などの処理をしてはいるけど、そんな彼らの活動よりもゴミを無闇に捨てる心無い人達の方が多くてね、根本的な解決には至っていないのさ。海外でその類いの仕事に勤めているキミのお父さんなら、現地の苦労が良く分かるんじゃないかな?」

 

 出久は根津の話の中に出た《自分の父親の職業》が頭に引っ掛かった。

 

 自分のことだけでなく、出久は両親の記憶も失ってしまったため、自分の親が誰なのかも思い出せないでいた…

 

 そんな出久を気遣い、根津は出久に自分が知っている範囲の情報で《緑谷出久がどんな人間なのか》《出久の両親がどんな人間なのか》を話した。

 

 その話の中で、出久の父親の職業が《海に浮かぶゴミ(瓦礫やプラスチックなど)の処分、海洋汚染を防ぐための環境保護》の仕事をしていると出久は知った。

 

 そんな仕事をしているため、出久の父親は年中海外を飛び回っており、日本へもまともに帰国することができず、出久の育児は妻の引子が1人でしていたのだ。

 

 

 

 根津は自分が知っている範囲の出久の両親の話を終えると、元の話の続きをした。

 

 それを聞き終えた出久の反応は…

 

「お話しは分かりました……ですがいくらなんでもオーバーなんじゃありませんか?【ゴミを木に変える能力】の発動条件であるゴミの大きさは《掌で包めるサイズ》なので、大量のゴミや大きな粗大ゴミなどを木に変えるのは難しいですよ?」

 

「そんなの大した問題じゃないのさ!この世には無数の個性が存在する!その中には《物体の大きさを変化させる個性》だって存在するのさ!その個性とキミの能力を組み合わせれば、どんなに大きくて大量のゴミだって、キミの掌に包み込める大きさにすることだって可能さ!」

 

「大きさを変える個性…」

 

 根津が言っていることはオーバーかも知れない…

 

 だが根津の言う通り、自分の【ゴミを木に変える能力】と《物の大きさを変える個性》と組み合わせれば地球を救うことも不可能ではないと出久は思えてきた…

 

「だけどね緑谷君、同時にこんな凄い能力を世界が知れば、当然キミの能力を《欲しがる者》《悪用しようと考える者》が必ず現れるのさ…」

 

「…それって…私利私欲のために僕の【能力】を利用しようと考える人達が出てくる…と?」

 

「その通りさ、さっきも話した通りキミの能力は地球の将来的に《もっとも優れた能力》であり、世界中がきっと欲しがる能力なのさ。キミのような正義感のある常識人ならば決して能力の間違った使い方はしないけど、人間は決して無欲じゃない…もしキミの能力にお金の臭いを嗅ぎ付けた者が現れたなら、その者はどんな手を使ってでもキミを手に入れようとするだろう…」

 

「どんな手を使ってもって……脅迫や誘拐や人質とかですか?僕の場合は《家族》を人質に取られる…とか?」

 

「ん~、その可能性も十分あるのさ。他にも多々色んなことが考えられるけど…最悪の可能性の1つとしては…キミの意思とは関係なしに《顔も知らない女性》と縁談やら政略結婚を目論み、社会的にキミを手の内に丸め込もうと考える者も現れる可能性も捨てきれないのさ」

 

「けっ!?結婚!!?ちょちょちょっ!待ってください根津校長!!?僕はまだ中学生で!結婚なんてずっと先の話ですよ!それに…僕に好きな女の子なんて///…まだ…いないですし///」

 

 《結婚》という単語を言われ、顔を赤くし目に見えて動揺する出久の姿を根津は微笑んだ。

 

 出久も思春期の男の子なんだということに、根津は何処かで安心感を持った。

 

「フフッ…ちょっと話が飛躍しすぎちゃったかな?でも可能性の1つとしては有り得ないことじゃないから、頭の隅に置いておくことように!」

 

「…はい…///」

 

 根津の話を聞き終えて《夢の中での体験》を秘密にする理由を理解した出久は複雑な気持ちになっていた。

 

「えっと…あの…じゃあ僕の家族にも話しては駄目……なんですか?」

 

「そうなるね、この真実は公にするのはリスクが大き過ぎる。騙すようで悪いけど、キミの両親にも《植木耕助のこと》や《【能力】【神器】のこと》は伏せておくように!そして【ゴミを木に変える能力】は僕達以外には《突然変異の個性》として説明していくこと!いいね!」

 

「分かりました…」

 

ガラッ

 

 出久と根津の話が終わった途端、部屋の扉が突然開いてリカバリーガールが戻ってきた。

 

「話は終わったかい?」

 

「今しがた終わったところさ!」

 

「リカバリーガールさん、あの緑髪の女の人は大丈夫なんですか?」

 

「なんだい、その他人行儀な言い方は?あの女性が《アンタの母親》だって昨日も言っただろ?相当疲れが貯まっていたんだろうねぇ、まだ目を覚まさないけど、明日には起きるだろうさ」

 

「そうですか、良かったぁ。………分かってはいるんですけど…あの女の人が僕の母親だとはまだ実感が持てないんです…。ただ…昨日あの女の人が僕を抱き締めてくれた時に感じた《ぬくもり》は…何故だか懐かしく思えた気がします…」

 

「(記憶はなくなっても…心と身体は《親のこと》を覚えてるんだね)」

 

「(リカバリーガールから聞いた通り、緑谷君は《産まれてからあの事件の日までに関わった他人》と《テレビなどで知った他人》との記憶が完全に消えてしまったんだね。両親との記憶も思い出せないとは……せめてその記憶だけは戻してあげたいものさ)」

 

 リカバリーガールと根津は虚しい気持ちを抱いたが、根津は今日の面会の最後に出久へ伝えるべきことを伝えた。

 

「緑谷君、面会時間がもうすぐ終わりそうだから、最後にキミへ言っておくことがあるのさ!」

 

「何をですか?根津校長?」

 

「キミの退院後の生活についてさ!」

 

「といいますと?」

 

「キミが早期に意識を取り戻して退院できた場合の《転校先の学校》さ」

 

「転校?」

 

 根津は面会時間ギリギリまで出久と話をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●6日後…(出久が目を覚まして1週間後)

 

 

 出久が午前中のリハビリを終えて病室に戻ってくると、ベッドの横にある椅子に根津が座っていた。

 

「あれ?根津校長?」

 

「やあ!緑谷君!またお邪魔してるのさ!」

 

「今日も来てくれたんですね、ありがとうございます」

 

「気にしなくてもいいのさ!僕が好きでやってることなんだからね!」

 

「今日はどうなされたんですか?《植木さん達と過ごした記憶》で思い出せてない記憶ならまだ…」

 

「いやいや、それについては思い出した時にゆっくり話してくれればいいのさ!今日キミへ会いに来たのは、先日に話したシンリンカムイやデステゴロ達以外の教育者達を連れてきたから、早速キミに紹介しようと思ってね!」

 

「え!?もう決まったんですか!?」

 

「うん!とは言っても今日来られたのは5人の内2人だけどね!」

 

 出久の意識が戻ってまだ1週間しか経ってないというのに、根津は前日に話していた《高校入試前までの出久の教育者となってくれる人達》をもう連れてきた。

 

「(こんなに早く決まって連れてくるとは思わなかった…)」

 

「リハビリが終わったばかりで申し訳ないんだけど、今すぐ応接室に移動して彼らと会ってくれないかな?これからキミがお世話になる先生達なんだからね!」

 

「……あのぅ…根津校長……その前にお聞きしたいことがあるのですが…よろしいですか?」

 

「なんだい?」

 

「…どうして……どうして僕なんかのために…ここまでしてくれるんですか?」

 

「………」

 

「根津校長はヒーロー育成高校の校長先生なんですよね?沢山の生徒達を立派なヒーローへ育て上げるためにとても忙しい立場の筈です…。そんな凄い人が…何故僕なんかのために…自分の時間の削ってまで僕の御見舞いに来てくれるだけじゃなく…僕と家族の今後の生活の手助けもしてくれて…更には僕がヒーローになるための擁護をこれ以上にない程手助けしてくれる…。僕は根津校長やリカバリーガールさんには本当に感謝してもしきれません……でも同時に疑問も湧いてしまうんです……さっきも言ったように『どうして僕なんかのためにここまでしてくれるんですか?』…」

 

「………」

 

「それに根津校長も御存知の通り、僕は奇跡的に助かりはしましたが…自殺を図った人間です。都合のいい話ですが…僕には《1か月前にあった事件の記憶》も《昔の僕が飛び降り自殺を図るまでの原因である記憶》すらも無いんです。でも僕は……緑谷出久という人間は…自分から命を絶とうとしたのは事実です…。この前僕は『植木さんのような最高のヒーローになりたい』と言いましたが…改めて自分の立場を考えてみると『自殺を図るような人間が本当にヒーローを目指していいのか』…っと…僕は思うようになったんです…」

 

「(…この子、昨日の相澤君と同じことを言っているのさ…。分かっていたんだね…緑谷君、今のキミの目標であり憧れである《植木 耕助》君のような正義のヒーローになりたいと思えば思うほど…過去の自分の行動を深く後悔することとなる。例えその記憶が消えてしまったとしても…キミの中では《足枷》となってしまったんだね…)」

 

 根津は緑谷の心境を把握した…

 

 出久は今日に至るまでの間…ずっと考えていたのだ…

 

 

 

 自分がヒーローを目指してもいい人間なのかと…

 

 

 

 その答えを…出久は自分で導き出せずにいた…

 

 このまま根津が予定しているプラン通りに、雄英入試までシンリンカムイ達に特訓をさせるにしても、その答えを見つけられない限り、出久は真剣に特訓へ取り組むことが出来ないだろう…

 

「失礼なのは承知の上です……でも…どうしても僕の気持ちを伝えてから根津校長の本心を聞きたいんです。こんなにお世話になっている上、退院後は教育者を9人もつけてくれて…来年の入試まで個性特訓と教育までしてくれる………根津校長…教えてください……どうしてここまで僕のことを救(たす)けてくれるんですか?」

 

「………ふぅ……キミは本当に利口だね。……分かった…話してあげるよ…どうして僕がキミのことを贔屓するのかをね…」

 

 1度溜め息をついた根津は覚悟を決めた態度をとなり、出久の疑問に答えようとしていた。

 

 出久は身構え、根津の言葉を聞き逃さないよう神経を尖らせた。

 

 

 

 

 

 だが…

 

 

 

 

 

「っと!言いたいところなんだけど!今日は例の教育者の2人連れてきて応接室に待機させているから、彼らとの話し合いが終わった後でもいいかな?」

 

「は…はい…分かりました…」

 

 出久の心はモヤモヤしていたが、忙しい中来てもらった人達と待たせるのは不味いと判断し、根津と一緒に応接室へと向かった。

 

 

 

 応接室に向かう道中、根津は先程の出久からの疑問の答えを考えていた。

 

 とはいっても、根津の答えは単純かつとてもシンプルだった。

 

「(緑谷君……僕がキミを特別扱いする理由はね…簡単に言ってしまえば《償い》なんだよ?無論、6日前に話した通り《キミが授かった【ゴミを木に変える能力】が個性社会においては希少な個性として扱われる》等の理由も多々あるけど、プロヒーローの立場として…1つの学校の校長先生の立場として…あのヘドロヴィラン事件でのヒーロー達の愚行を僕が個人的に許せないでいるんだよ。オールマイトが参戦するまでのヘドロヴィランに対するシンリンカムイ達のヒーロー活動が絶対に間違ってた訳じゃないけど…点数をつけるなら100点満点じゃない…どう評価しても50点が限界……彼らは自分に都合のいい理由をこじつけて職務を放棄した…《人質にされ助けを求めていた被害者(爆豪君)》を見捨てたんだ……ヒーローとして1番やってはいけないことだ。まぁその事件を起こした原因はオールマイトの不注意なんだから笑えない話さ…)」

 

 根津は考え事をしながら、1か月前と数日前に警察署へ呼び出し厳しく説教したオールマイトやシンリンカムイ達のことを思い浮かべていた。

 

 1か月前は、根津からの説教を受けるまでシンリンカムイ達は自分の愚行を反省どころか意識すらしておらず、逆に自らの行動を称賛し出久のことを貶していた…

 だが説教を受けると同時に真実を話した途端、シンリンカムイ達の態度が一変、掌を返したように《自分達の行動に対する後悔》と《出久への贖罪》を始めた…

 

「(本当に大人って言うのは勝手なものさ、僕も含めてね…。先日、シンリンカムイ達は僕とリカバリーガールに土下座までして出久君の警備を懇願してたけど……あれが本心なのか…それとも僕とリカバリーガールから信用を失いたくないだけの《その場しのぎのお芝居》なのか…僕は彼らを疑っている、本来なら僕は彼らの気持ちを素直に受け入れなきゃいけない立場なのにだ。…いや彼らだけじゃない…それはオールマイトにも言えたことだ、オールマイトが《記憶を失う前のキミ》に言った失言を考えるのなら、キミにこのくらいのお節介はさせてほしいのさ。…第一…オールマイトだったなら考え無しに……いや例え考えたとしても彼はキミに対してロクでもない償いしかしないさ……そして最終的には『ワン・フォー・オールの後継者になってくれ』…って言うだろうからね)」

 

 根津はこの場にいない知人に対しての嫌悪感を抱きながら、さっき病室で出久が求めていた答えを言っても良かったんじゃないか?…と頭を悩ませた…

 しかし、そこは教育者として敢えて言わずに先伸ばしにしたのだ。

 

「(ただ答えを教えるだけでは生徒の為にならない……出来ることならその答えはキミ自身で見つけ出してほしいんだ…緑谷君…)」

 

 

 

 根津がそんなこと思いながら歩いていると、いつの間にか同じ階にある応接室の前に出久と到着していた。

 

 

 

コンコンッ

 

『根津校長ですか?』

 

「うん、緑谷君を連れてきたのさ!」

 

「(え?今の声って…)」

 

 根津がノックすると、部屋の中から男の声が聞こえてきた。

 

 出久はその声色に聞き覚えがあった。

 

ガラッ

 

 根津が扉を開けると、そこには《黒服で髪がボサボサの眠そうな顔をした男性》と《ラフな服装をした緑色のロングヘヤーで目がパッチリとした女性》がテーブルの椅子に座って待っていた。

 

 出久は《黒服の男性》とは面識はあったが、ちゃんと話しをしたこともなければ名前も知らなかった。

 

 応接室の鍵を閉めた根津が黒服の男性の向かいの席に座ったため、出久はロングヘアーの女性の向かいの席に座った。

 

「では緑谷君、改めて紹介するのさ。こっちの眠そうな顔をした不審者は、僕の学校の教員の1人でプロヒーローでもある《イレイザーヘッド》さ!」

 

「不審者は余計です根津校長…。イレイザーヘッドこと…相澤 消太だ…よろしくね…」

 

「その隣にいる女性は、同じくプロヒーローの《ラグドール》さ!」

 

「ラグドールこと!知床 知子(しれとこ ともこ)ニャン!よろしくニャン!」

 

「は、はじめまして!緑谷出久です!今日はお忙しい中わざわざ来ていただいて、本当にありがとうございます!」ペコリ

 

 自己紹介をした2人に、出久は直ぐ様に頭を上げて挨拶をした。

 

「そんなに畏(かしこ)まらなくても大丈夫ニャン!」

 

「えっと~…ラグドールさんも学校の先生なんですか?」

 

「違うニャン!私は教師じゃないニャン!今日はチームを代表してキミに挨拶に来たのと、根津校長から頼まれてキミのことを調べに来たんだニャン!」

 

「チーム?調べる?」

 

「彼女は4人一組でチームを組んだプロヒーロー集団《ワイルドワイルドプッシーキャッツ》、通称《ワイプシ》の1人なんだよ。因みに今日来れなかった3人の教育者っていうのが、残りの《ワイプシ》のメンバー3人なのさ!」

 

「えっ!?プロヒーロー集団の1チーム全員が僕の教育者になってくれるということですか!?」

 

「うん!そういうことになるさ!勿論、4人全員が快く承諾してくれたから気遣いは無用さ!そして彼女の個性は《サーチ》と言ってね!彼女はその目で見た相手の個性や弱点などの情報を瞬時に把握することができる個性なのさ!」

 

「すっ!凄い個性ですね!!それじゃあイレイザーヘッドさんもサーチ系の個性なんですか?」

 

「”さん”はいらない、あと呼ぶんだったら『相澤先生』にしろ…」

 

「わ、分かりました…相澤先生」

 

「それでいい…」

 

「ん~そうだね~相澤君の個性は後程(のちほど)話すのさ。とりあえず緑谷君、早速だけど先日に僕とリカバリーガールへ話してくれた《植木 耕助》君や【能力】や【神器】のことを、この2人にも話してあげてくれないかい?」

 

「えっ!?根津校長!それ!話しちゃって大丈夫なんですか!!?」

 

「うん!大丈夫さ!彼らには前もってキミの事情を話してあるからね!今のところ《キミが夢の中で出会った植木君達》や【別の世界の能力】を全ては知っているのは、この場にいる4人とリカバリーガールの5人しか知らないから安心していいのさ!でもねぇ…相澤君だけはその話を全く信用してくれなくてね…」

 

「俺はそんな非現実的なことは信じられないだけです。まぁ《個性》があるこの世の中で《非現実的》も《非科学的》もないですが…『夢の中で個性を授けられた』…なんて聞かされてそれを信じろと言うのなら…自分の目で確認しないことには信用できないタチなもんでしてね…」

 

「疑り深いニャンねぇ~イレイザーヘッド~。ごめんニャン緑谷君」

 

「いえいえ、気にしてないですよラグドールさん。それにこんな話…普通は信じられないのが当たり前ですよ。イレイz……相澤先生の意見にも納得できます」

 

「ほぉ…話が分かるじゃないか。なら早速、説明がてら俺達にも聞かせてくれるか?緑谷…お前が夢の中で体験した出来事や出会った人物…《植木耕助》って奴から授かった【能力】と【神器】についてな…」

 

「はい、あぁでも根津校長から聞いて御存知だと思いますが、僕も植木さんと過ごした日々の全てを思い出せた訳ではないので、所々抜けている部分がありますよ?」

 

「かまわねぇ…お前の口から直接聞きたい…【別世界の能力(ちから)】ってやつをな…」

 

「分かりました」

 

 

 

 出久は以前にも根津とリカバリーガールに話した《植木耕助とウールと過ごした日々》と【ゴミを木に変える能力】と【神器】を相澤とラグドールに説明した。

 

 説明の最中、根津が補助をしてくれたこともあって、出久はスムーズに話すことができた。

 

 

 

「ふむ…精神世界で出会った《別世界の人間》と《喋る動物》と共に10ヶ月近く共に過ごしつつ、授かった【能力】と【神器】…そして【天界力】の猛特訓をしてきたと…」

 

「凄い人だニャンね~植木君って!《正義》って言葉をそのまま人間にしたような本物のヒーローだニャン!」

 

「そうなんですよ!本当に凄い人なんです!植木さんは!僕にとって1番のヒーローでもあり、僕の最高の《原点(オリジン)》です!」

 

 ラグドールが植木を誉めると、出久は自分のことのように嬉しくなり、つい植木のことを熱弁した。

 

「緑谷…お前の原点について熱く語るのはまた今度にして、次はその恩師から授かったっていう【能力】を見せてくれ…」

 

「私も見たいニャン!」

 

「はい、でもその前に…根津校長、能力の使用を許可して頂けませんか?」

 

「うん!緑谷出久君、個性の使用を許可するのさ!」

 

「ありがとうございます」

 

 現代の個性社会において《個性で他人を傷つけたり》《公共の場での個性の使用》はルール違反であり無断使用は禁止となっている。

 

 この世界に存在する個性は多種多様、その中には《人の命を簡単に奪えてしまう個性》だって存在するため法律でも厳しく定められている。

 

 ただし、これはあくまで《他人に危害を加える意思》をもっての個性を悪用する者に対しての法律であり、《重い物を持つ負担を減らすため、個性で物体を軽くしたり》《狭い場所に落ちた小物を拾うため、個性で引っ張り上げたり》《高い場所の掃除をするため、個性で手足を伸ばしたり》などの日常生活でふとした瞬間に必要するパターンでの個性の使用はお咎(とが)め無しとされている。

 

 その上で個性を堂々と使うためには《ヒーローになって免許を所持する》または《国が定めた特定の試験に合格して個性使用許可証を所持する》、《ヒーロー免許、個性使用許可証を所持したプロヒーローなどの監督や監視の元》あるいは《個性の使用が決められている区域》でなければ個性の使用は許されない。

 

 出久の場合は《個性》ではないのだが、根津校長とリカバリーガールと話し合った結果、出久の【ゴミを木に変える能力】は名前を変えて《個性》として登録することとなった。

 

「記憶喪失とは聞いてたが…超人社会における一般常識は弁えてるようだな…」

 

「真面目な子だニャン♪」

 

 根津からの許可をもらった出久は、自分の病室から持ってきたペットボトルの水を飲み干し、空になったペットボトルを両手で包み込める大きさに潰すと…

 

 

 

 

 

「【ゴミを木に変える能力】!」

 

 

 

 

 

 室内のため出久は《小さい木》をイメージし、両手の黄緑色の光から《自分が頭の中で想像した木》を創り出した。

 

 

 

 

 

「ニャ!?ペットボトルが木に変わったニャン!!?」

 

 

 

 

 

「……………(ギロッ!)」

 

 

 

 

 

「ヒッ!?」ビクッ!?

 

 

 

 

 

 出久の【ゴミを木に変える能力】に対して、ラグドールは驚きながらも笑顔で反応したが、相澤は出久が木を成長させている途中に《物凄い眼力》で出久を睨んだ!

 

 

 

 

 

「(あ…相澤先生が…僕を睨んできてる!?なんで!?どうして!?僕何か勘に触るようなことしちゃったかな!?正直に滅茶苦茶怖いんですけどおおおぉ!!!しかも心無しか相澤先生の髪が逆立ってユラユラ揺れてる上に…目は赤く光っているし!?!ど…どうしよう…このまま《木を成長させ続けて》も大丈夫なのかなぁ?)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なっ!!!??なにっ!!!!!????」

 

 

 

 

 

「ニャニャッ!!!???」

 

 

 

 

 

「…ん~…どうやら…僕の予想は当たったようだねぇ~」

 

 

 

 

 

「?」

 

 

 

 

 

 出久が相澤の眼光にビビリながら《木》を成長させていると、相澤とラグドールは度肝を抜かれた表情となって仰天し、根津は満足そうな表情を浮かべていた。

 

「(2人共どうしたんだろう?シンリンカムイさんとやってることは対して変わらない筈なのに…いったい何に驚愕したのかな?)」

 

「…ね…根津校長…これはいったい!!?」

 

「木が…停止しなかったニャン!?」

 

「(停止?なんのことだろう?)」

 

「だから前もって言っただろ?『彼の【能力】は《個性であって個性じゃない》かもしれないよ?』ってね。それよりもラグドール、彼の【能力】については何か見えたかい?」

 

「ニャニャッ!?…そ……それは…」

 

「(どうしたんだろう?相澤先生とラグドールさんも、何だが落ち着きが無くなってきてるような気が?)」

 

 相澤とラグドールの動揺っぷりに出久は心配になった。

 

「あの~お二人共…大丈夫ですか?ラグドールさん、もしかして僕の【能力】と【神器】で…何か不味いことが見つかったりしちゃいましたか?」

 

「ニャッ!?あ~~えっとね~…なんだが今日は調子が悪いのかニャ~…《サーチ》してみたんだけど…全然キミの能力を調べられなかったみたいニャン……ごめんニャン…」

 

「そ…そうですか…」

 

 さっきまでのハイテンションは何処へやら、ラグドールは一変して悲しそうな表情になった。

 

コンコンッ

 

 相澤とラグドールの変化に出久が内心で慌てていると、面談室の扉からノック音が聞こえてきた。

 

『まだ話し中かい?』

 

「リカバリーガールさん?」

 

「緑谷君、扉を開けてくれないかい?」

 

「分かりました」

 

 出久は根津に言われた通り、扉の鍵を開けてリカバリーガールを応接室に入れた。

 

「失礼するよ」

 

「リカバリーガールさん、どうしたんですか?」

 

「どうもこうもあるかい、もう面会時間は終わりさね、病人はさっさとベッドに戻りな」

 

「え?あっ!もうこんなに時間が経っちゃってる!?」

 

 出久は応接室に備え付けられている時計をみて驚いていた。

 

「そういうことさね、異常な回復力の身体になったとはいっても、まだ大事をとってアンタは身体を休めな」

 

「はい、そうします。すみません根津校長、相澤先生、ラグドールさん、時間になっちゃったので僕は病室に戻ります」

 

「いやいや、此方も無理をさせちゃって悪かったね。例の話の続きはまた今度にするのさ」

 

「話を聞かせてくれてありがとニャン緑谷君、ゆっくり休んでニャン」

 

「はい、失礼します」ペコリ

 

 出久は3人に挨拶をしてから面談室を退出し病室へと戻っていった。

 

「(リカバリーガールが僕と交代に応接室に入って行ったけど、まだ何か大事な話でもあるのかな?)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

イレイザーヘッド side

 

 俺は今…困惑している…

 

 俺の個性は《抹消》、瞬(まばた)きをしない限り《目で見ている相手の個性を消す個性》だ…

 

 《生まれつきの個性》や《個性の発現により状態変化した個性》は消せないが、それでも大半の個性を消すことは出来る……

 

 

 

 …筈なんだが…その考えを改めないとならない事態が発生した!

 

 今さっき応接室を出ていった患者の個性を消すことが出来なかった!!!??

 

 

 

 緑谷出久……

 

 今から1か月前に、無人ビルから飛び降り自殺を図った元無個性の中学生…

 

 

 

 自殺の理由は2つ…

 

 1つ目は《この個性社会においての無個性の待遇》…

 今となってはニュースで頻繁に聞く折寺中学校……いや中学を含め小学校と幼稚園でも無個性故であるがために、陰湿なイジメや差別を同級生と教師達から10年以上も受け続けてきたことで精神的に限界を迎えたこと…

 

 2つ目は《ヒーローへの失望》…

 自殺を図ったその日…偶然出会った《あるヒーロー》からは夢を否定され……その後に発生したヘドロヴィラン事件では、プロヒーロー達が助けを求める被害者(爆豪勝己)を見捨てるという情けないヒーロー活動を見て《ヒーローに対する尊敬》を無くし、無謀ながらも被害者を助けるために飛び出すも結局は無駄に終わり、事件後にその《情けないヒーロー達》から説教と叱責を喰らったことがトドメとなって…

 

 絶望の末に…ビルの屋上から身投げをした…

 

 

 

 俺だって人間だ…同情の気持ちくらいはある…

 

 いくら俺でも…そんな無個性として散々な日々を送り、幼い頃からの憧れのヒーローの夢を否定されたと知ってから…『そんなことでヒーローの夢を諦めるのは合理性にかける…』なんて言える訳ない…

 

 だが…理不尽な人生を送っているのは何もソイツだけじゃない…

 

 無個性に生まれ…辛い人生を送る人間なんてこの世には沢山いる…

 

 何も緑谷出久だけが特別という訳じゃない…

 

 だが…ヘドロヴィラン事件後に根津校長とリカバリーガールが雄英内で俺だけに真実を話してくれた…

 

 ニュースでもネットでも…世間には未だ判明していない…《緑谷出久の夢を否定したヒーローの名》を…

 

 そのヒーローの名前を聞いた時は流石の俺も驚いたが…同時に《全て》に悟った。

 

 

 

 どうして根津校長とリカバリーガールは必要以上に緑谷を気遣うのかを…

 

 

 

 なぜ根津校長が俺に緑谷の家庭教師を頼んだのかを…

 

 

 

「どうだい相澤君?緑谷君の教育者及び家庭教師の件、引き受ける気になったかい?」

 

 俺が考え事をしていると、根津校長が昨日の断った案件をもう一度言ってきた。

 

「興味は持ちました……ですがまだ了承する訳にはいきません。明日、緑谷に今日言えなかったことを伝えて…それをアイツがどう受け止めるかによって決めます…」

 

「今の緑谷君ならば必ず受け止められるさ、なにせ彼は最高のヒーローから【能力】だけではなく《本当の正義》を教わったんだからね!」

 

「………」

 

「それで、ラグドール?緑谷君へはああ言ってたけど、本当は彼の【能力】や【神器】の詳細はサーチ出来たんだろ?」

 

「ニャッ…お見通しですか…。おっしゃる通りです……でも全貌を見ることは出来ませんでした…。おそらくですが…今の緑谷君の中にある《植木君から授かった能力》は…まだ半分も目覚めていないように見えました…」

 

「ふむ…ではキミの見立てで、今の緑谷君の中にある能力は何割程度目覚めているように見えたかな?」

 

「えっとですね、大雑把に言ってしまいますと…《3割》といったところですね」

 

「3割かぁ…」

 

「はい…緑谷君が説明してくれた【ゴミを木に変える能力】も【神器】も【天界力】、その全てを合わせて今の彼が使える全力は《30%》かと…。しかしその3割の力でも、10種類の内6つしか使えない【神器】という武器はいずれも強力で、他の《4つの神器》の詳細は緑谷君本人も知らないようですが…現状の彼の使える《6つの神器》よりも強力な可能性が十分あります…。加えて【ゴミを木に変える能力】には…何か《とてつもない隠された能力》があるようにも見えました…。いずれにしても使い方を間違えれば危険な代物になりかねません…」

 

「大丈夫だよ、緑谷君へ【能力(ちから)】を与えてくれた植木君は《最高のヒーロー》さ!そんな素晴らしい人から《本当の正義》を教わったんだからね!僕は彼を信じるのさ!

(《とてつもない隠された能力》…もし僕の予測が当たっているのなら…やはり緑谷君の【ゴミを木に変える能力】が覚醒した能力は!?)」

 

「根津校長がそこまでおっしゃるのなら…私も彼を信じます!将来はシンリンカムイ以上の《木の個性を使うヒーロー》になれるように!」

 

「シンリンカムイだけじゃなくて、彼は相澤君の後任にもなれる可能性も出てきたのさ!」

 

『?』

 

 根津校長がラグドールさんとの話の終盤で、昨日校長室で言ってたことも同じ発言をした。

 

「またその話ですか…」

 

「どういうこったい?」

 

「シンリンカムイじゃないんですかニャン?」

 

 根津校長の言葉にリカバリーガールとラグドールは疑問を投げ掛けた。

 

「いずれ分かるのさ!それに僕もまだ確証に至ってないことだからね!後は緑谷君が今後思い出していく《植木君達との記憶》次第なのさ!」

 

『???』

 

「(それに…もしかしたら緑谷君は…仏野君をも超える存在になるやもしれないからね…)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●次の日…(出久が目を覚まして8日目)

 

 

 昨日に続き、今日も根津と相澤が出久の元を訪れて応接室に集まった。

 

「すまないね緑谷君、毎日毎日押し掛けちゃって」

 

「いえいえ病院は退屈ですから、むしろ来ていただけて嬉しいですよ。最近は奉仕活動の人達もお見舞いがてら話し相手になってくれますし」

 

「そう言ってもらえると助かるのさ!まだまだキミと話すことは沢山あるからね!でも今日は僕の前に、相澤君がキミと話したいことがあるみたいなのさ」

 

「相澤先生が僕に?」

 

「…緑谷、昨日お前に話していなかったことを伝えにきた…」

 

「伝えたいこと?」

 

「そうだ…俺がお前の教育者を引き受けるか…それとも断るかの話だ…」

 

「……分かりました……聞かせてください…」

 

「よし…ならまず最初に俺からお前に言っておくべきことがある…」

 

「?」

 

 

 

「緑谷……俺はお前のことが《嫌い》だ…」

 

 

 

「ッ!?…………はい…」

 

「俺がお前を嫌いな理由は…聞かずとも分かるんじゃないか?」

 

「………僕が…《自殺を図った人間》だから…ですよね?」

 

「そうだ、俺はなぁ…《命を粗末にする奴》は大嫌いなんだよ…。今のお前は事故の後遺症で記憶障害になって《自殺の経緯》すらも忘れちまったようだが……そんなものはなんの言い訳にならない。お前が《無個性として過ごしてきた日々》については…この1ヶ月で俺も大方は知った……幼少から中学まで劣悪な環境を10年過ごしながらも前向きに生きていたお前の精神力と忍耐力は評価する…。だがな…どんな事情があろうとも…お前が自らの命を絶とうとしたのは変えられない事実…。いくら根津校長の頼みとはいえ、俺は《命を大事しない生徒》の面倒を見てやる程お人好しじゃない…。況してや、そんな生徒が《ヒーロー科》を受験しようだなんて間違ってる…」

 

「………」

 

 相澤からの容赦なく厳しい言葉に、出久は返す言葉がなかった…

 

 出久自身、考えていなかったことじゃない…

 

 いずれ誰かに自殺の件を指摘されるんじゃないかと…

 

 

 

 それが今…正に現実となっている…

 

 

 

 応接室の空気が重くなっていく中、2人の会話に根津は口を挟まず傍観している。

 

 出久の心境を誰よりも理解しているのは根津なのだが、根津は相澤の厳しい発言に何も言わず成り行きを見守っていた。

 

 厳しいと思うだろうが…優しくするだけでは教育者は勤まらない…

 

 教師とは…時に生徒に対して厳しく接し…心を鬼にしなければならない時がある…

 

 

 

 そう…だからこそ根津は確信していたのだ…

 

 今の出久の教育者として、もっとも相応しいのは《相澤 消太》しかいないと…

 

 

 

 相澤消太という人間は根っからの《合理主義者》である。

 無駄なことを一切を嫌い、何事にも効率の良さを優先する。

 《一石二鳥》では満足せず、《一石三鳥》《一石四鳥》と1つの行動でより多くの利益を得ること、1度に複数の物事を解決させることを好む人間なのだ。

 

 そんな相澤は、昨日の一件を機に出久へ興味を持った。

 だが自分の個性が通用しないだけで教育者を引き受けるほど相澤は甘くない…

 

 なので相澤は…

 

「事情を知らない奴等からすれば、お前は《1度死のうとしておきながら…個性が発現したからヒーローになろうとしている身勝手な子供》としか捉えないだろう…。そんな軽率な判断で、夢や生き死にを決めるような奴を…俺は好きになれない…」

 

「………」

 

「だが…俺だって鬼じゃない。緑谷、お前に1度だけチャンスをやる…」

 

「チャンス?」

 

「あぁ…お前が退院した後、俺の決めたトレーニングメニューを指定された期間内にクリア出来たなら…俺はお前のことを認め…来年の入試まで教育者になってやる…」

 

「トレーニングメニュー?」

 

「元々は病院生活で鈍ったお前の身体を鍛え直すための筋トレを予定していたんだが、お前の《ヒーローを目指す覚悟》が本物なのかを確かめるため、俺が考えているハードなトレーニングメニューをお前にやってもらう」

 

「僕の覚悟…」

 

「乗り越えてみせろ…緑谷。お前が過去に仕出かした過ちを反省し、自分が信じる最高のヒーロー《植木 耕助》のような正義を貫く人間になりたいのなら…これから俺が出していく課題を全てやり遂げてみせろ!」

 

「ッ!はい!よろしくお願いします!」

 

「(相澤君…やはりキミに任せて正解だったよ。良い師弟になることを僕は願ってるのさ)」

 

 根津は心の中で安堵していた。

 

 全ての真実を知った上で、それでも緑谷君を1人の生徒として見てくれる教員は、自分の学校内で相澤しかいないと確信していたのだ。

 

 もしこれが他の教員だったなら、未だ一部の人間にしか知られていない《出久を自殺に追い込む発言をしたヒーロー》が《オールマイト》だと知った時点で、真剣に出久と向き合ってはくれなかっただろう…

 

 特に雄英の教員達の中でも、一番のオールマイトファンであるセメントスがその真実を知ったら…大きなショックを受けて寝込むのは間違いない…

 

 

 

 だからこそ根津は、出久の教育者として相澤を指名したのである。

 

 

 

「緑谷君、次は僕からの話があるんだけど大丈夫かな?あと…昨日の僕の答えは聞きたいかい?」

 

「はい、問題ありません。それと、昨日の聞けなかった答えですが…相澤先生のおかげで自分なりに答えを見つけられそうなので大丈夫です」

 

「そうかい、なら遠慮なく僕の話をさせてもらうのさ!以前にも説明した通り、キミは退院後は元いた中学校とは別の中学校に転校してもらうのさ!転校先の学校はまだ正式に決まってないけど、それはキミが退院する前に決めておくよ!あと【能力】【神器】【天界力】の特訓については、相澤君とラグドール君以外の教育者であるシンリンカムイ達には《突然変異種の個性の特訓》という解釈で進めていくから、くれぐれも彼等や外部には口外しないようにね!」

 

「はい。あ、そう言えば根津校長、気になることがあったので質問してもいいですか?」

 

「なんだい?」

 

「ラグドールさんやシンリンカムイさん達は基本的にプロヒーローの仕事に専念して、時間があるときに交代で僕の指導をしてくれると言ってましたが、相澤先生はプロヒーローであり学校の教員ですよね?もし相澤先生が僕の教育者になってくれたとしても、学校の生徒達と僕の指導を交互に教えるのは大変なのではないでしょうか?」

 

「あぁそのことかい、それについて気にする必要はないのさ!確かに相澤君は僕の学校で1つのクラスの担任をしてはいるんだけど、今は相澤君が指導する生徒がいないのさ!」

 

「…へ?…いない?」

 

「………」

 

「実はね緑谷君!相澤君ったら今年入学してきた1年生20人を、つい最近で全員《除籍処分》にしちゃったのさ!」

 

「じょ、除籍!!?…ってことは退学ってことですか!?」

 

「簡単に言うとそういうことになるのさ!実際は退学よりも重い罰だよ、僕の学校に居たこと事態が消されるってことだからね!

(まぁ『書類上は』だけど…)」

 

「…それって…その生徒さん達が何か不味いことをしちゃったってこと…ですか?」

 

「不味いことか……まぁそうだな…アイツらが教師である俺の目に叶わなかった…それが問題で除籍にした…」

 

「相澤先生の目に叶わなかった?」

 

「相澤君はね、ヒーローの才能を見いだせない生徒は直ぐに見限ってしまうんだよ。おかげで彼が除籍した生徒数は今年の20人を足して150人を越えてしまったのさ!」

 

「ひゃ、150人!!?」

 

「ビックリだよね~、相澤君の基準や判定は本当に厳しいから」

 

「俺は教育する価値ないと判断した生徒に現実を見せるためやっていることです。…生半可な覚悟ではヒーローは勤まりませんからね…」

 

「………」

 

「緑谷君、ヒーローを目指すのならば、まずは相澤君に認めてもらえるように頑張らなきゃならないのさ!くれぐれも死なないようにね!」

 

「ッ!…はい!死ぬ気で頑張ります!」

 

「期待しているのさ!それともう1つ、緑谷君、この前話したキミの【ゴミを木に変える能力】を個性として登録するための《個性名》は決まったかい?」

 

「あぁ…えっと~…そのことなんですが……コレと言うのがまだ決まってなくて…」

 

 実は出久は、根津から1つ宿題を出されていた。

 それは出久が植木から授かった【ゴミを木に変える能力】を、この超人社会に個性として広めていくための《オリジナルの個性名》を考えることだった。

 

「フッフッフッ…そういう可能性も考えて、キミの【能力】に相応しい《個性の名前》を考えてきてあげたのさ!」

 

「本当ですか!?」

 

「うん!キミが恩師である植木君から授かった【ゴミを木に変える能力】…それはとても地球に優しい能力!自然の木々とは…最初は小さな《芽》をつけることから始まる…その芽は段々と成長していくことで《木》となる…その木は人間の都合によっていつかは伐採され建築材料などに上手く使われる…そんな木が無くなった場所に植林をすることでまた《木》を育てていく…。そんな自然のサイクルを現したキミの個性の名前は……」

 

 根津は一呼吸を置いてから、個性の名前を口にした。

 

 

 

 

 

「《循環》!なんてどうかな?」




 今作のヒロアカ世界において【ゴミを木に変える能力】の個性名は、根津校長命名の《循環》となりました。



◯根津校長が選んだ出久君を雄英入試前日まで教育する人達は…

・シンリンカムイ
・デステゴロ
・バックドラフト
・Mt.レディ
・イレイザーヘッド
・マンダレイ
・ピクシーボブ
・虎
・ラグドール

以上の9人です。



◯出久君の秘密(植木君との出会い)を知るのは…

・リカバリーガール
・根津校長
・イレイザーヘッド
・ラグドール

以上の4名です。



 次の話(22話)では【ゴミを木に変える能力】が大いに活躍します。



 22話と23話の作成と投稿を急ぎますので、20話と21話の感想の返信は遅くなってしまうと思います。
 御迷惑をおかけして申し訳ありません。


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はじめてのヒーロー活動の法則

 最初に申し上げます…

 5月以内の投稿に間に合わず、6月になってしまい大変申し訳ありませんでした…



 予定では2話(22話、23話)にする予定でしたが、他にも2話(24話、25話)も何とか完成させることができましたので《最終チェック(誤字脱字の確認)》と《前書き、あとがき》が出来上がり次第、至急投稿いたしますので、今しがたお待ちください。


●折寺町の病院…(出久の退院日の2日前)

 

 

緑谷出久 side

 

 今日僕のお見舞いにやって来た最後の人が帰ってから数時間後、オレンジ色だった空は真っ暗になった。

 僕は夕食を済ませると、明日に備えて早めに寝ることにした。

 

 明日は、根津校長からの提案で《ラグドールさんのいるヒーローチームが所有する山》を訪れることになっている。

 

 

 

 根津校長からの提案…

 

 

 

 それは退院前の僕にリハビリを兼ねて、【ゴミを木に変える能力】…個性名《循環》を大いに使える最適な場所があるとの話だった。

 

 なんでも丁度1ヶ月前に行われた《ヒーロービルボードチャートJP》っていう式典があった日に《ラグドールさんのヒーローチームが所有する山》で大規模な山火事が発生したらしく、その山火事で燃えて無くなった木々を再生させる植林活動を引き付けてもらえないか…と根津校長から頼まれたんだ。

 

 

 

 僕が使える個性《循環》(【ゴミを木に変える能力】)の限界値を知るのを踏まえて山の緑を戻す…

 

 

 

 植林活動…

 

 

 

 それは正に【ゴミを木に変える能力】にとって、最も相応しい活動だと僕は思った!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これは精神世界で植木さんから聞いた話なんだけど、植木さんが恩師である神候補のコバセンっていう人から【能力】を授けてもらう際、コバセンが近くにあった木を不思議な能力で破裂させた!

 それを見た植木さんは《木が突然破裂したこと》よりも《破裂した木を元に戻すこと》を優先し、コバセンに能力のリクエストをした。

 

 コバセンは植木さんのリクエストに答えて【ゴミを木に変える能力】を植木さんへ《一時的に貸してあげる》つもりだったらしい?

 

 その時コバセンは『【ゴミを木に変える能力】はショボい能力』だと言っていたそうだ…

 

 コバセンは植木さんに【ゴミを木に変える能力】とは別の【もっと凄い能力】を選ばせて授けようと目論んでいたらしいんだけど…

 

 当の植木さんは…

 

 

 

『面倒くさいからコレでいい。』

 

 

 

 …っと…物凄く適当な判断で【ゴミを木に変える能力】をコバセンから授かった…

 

 

 

 僕が言うのも何だけど…とても植木さんらしい理由だと僕は思えた。

 

 

 

 コバセンが植木さんに与えようとしていた【無数の能力】の中には、《いずれ植木さんにとって最大の敵となる人》が授かった【理想を現実に変える能力】という常識を覆す能力もまだあったかもしれないのに、植木さんは《植林のため》…《面倒くさかったという理由》で【ゴミを木に変える能力】を授けてもらったという話だ…

 

 ああそれと、コバセンもとい神候補から貰った【能力】で、能力者以外…つまり《能力を得たバトル参加者の中学生》以外の他人を能力で傷つけると、その能力者の《才(ざい)》が1つずつ減るというペナルティがルールとしてあったらしい。

 

 《才》っていうのは《才能》のことを示し、例えば《勉強の才》なら勉強ができてテストでは高得点をとれる才能、《女子に好かれる才》なら女の子達から好意を持たれ好かれる才能、《走りの才》なら陸上競技などで大活躍できる才能になり、人によって持つ才能は様々。

 

 人が持つ才能を1つずつ分けたのが《才》なんだ。

 

 その《才》が【能力】を使って能力者以外を傷つける度に1つずつ失ってしまう…

 

 

 

 そして《才》が0になると…

 

 その能力者は跡形もなく《消滅》してしまう…

 

 

 

 だから【能力】の使い方を誤れば、その能力者は自分の才能を失うだけでなく、最悪の場合は存在そのものが消えてしまうという《恐ろしいルール》が存在したんだ…

 

 

 

 にもかかわらず、植木さんは自分の才を失うことなんて露程も思ってなく、自分の正義に従って【ゴミを木に変える能力】を使い、困っている人を見境なく助けていた…

 

 

 

 ホント、一言で言ったら植木さんは《底抜けのお人好し》だ…

 

 でも…

 

 僕はそんな植木さんだからこそ憧れたんだ!

 

 

 

 植木 耕助さんこそが《本物の英雄》なんだ!

 

 

 

 っと、話が逸れちゃったけど、要するに何が言いたいのかというと、僕が植木さんから授かった【ゴミを木に変える能力】でこの世界の人達を傷つけたとしても《僕の才が減ることは無い》んだ。

 

 

 

 何故って?

 

 

 

 それは植木さんが【ゴミを木に変える能力】と【神器】の詳細を話してくれた時に一緒に説明くれた。

 

 植木さんが中学1年生の時に行われた《能力者バトル》、それが終わった際にバトルで使われていた《能力》も《ルール》は、犬丸っていう神候補が正式に神になる前に、元の神様が全て消滅させたらしい。

 

 植木さんの【ゴミを木に変える能力】は完全には消えていなかったようだけど、《能力者以外を能力で傷つけたら才が減って0になったらその能力者が消滅する》というルールは無くなったため、僕が【ゴミを木に変える能力】を他人に使ったとしても《才が減ることもなければ》《僕が消滅する心配は無い》と植木さんが断言してくれた。

 

『そもそも世界が違うんだから、そんなルールはお前に適応されないんじゃないか?』

 

 …とも植木さんは言っていた。

 

 現にこの前、今の話を根津校長とリカバリーガールに話したら、念のための確認として《僕が能力で作り出した枝》を使い、リカバリーガールが自分で自分の頭をその枝で軽く叩いた後に、僕を色々と検査してくれたけど、結果は僕の記憶(才能)はこれといった異常も変化も見られないと診断された。

 

 つまり『僕の《才》は減っていない』ということだ。

 

 だからこの【ゴミを木に変える能力】と【神器】は、将来のヒーロー活動に生かすことが出来る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、話を明日の《山の植林活動》に戻すと、僕は植木さんと経緯は違うけど、僕が【ゴミを木に変える能力】をこの世界で最初に思いっきり使える機会が《植林活動》なことに、僕は植木さんとシンパシーを感じていた…

 

 

 

 僕は植木さんとウールさんとの思い出を浮かべながら…僕は眠りについた…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●次の日…(ワイルドワイルドプッシーキャッツの私有地の山)

 

 

「どうだい緑谷君、久々の外の空気は?」

 

「はい!空気がとても美味しいです!根津校長、連れてきてくれて本当にありがとうございます!」

 

「喜んでもらえて僕も嬉しいのさ!」

 

 退院を明日に控えた僕は今、病院ではなく山の中を根津校長と一緒に歩いていた。

 

 入院中にリハビリはしてたけど、ずっと病院から出られなかったから、こうして外に出られたのは本当に嬉しい。

 

 前の日にリカバリーガールから外出許可をもらい、今朝早くに相澤先生の運転する車で病院を出た僕は、例の山火事があった山へとやって来た。

 

 

 

 そして僕がここへ来たのは《山の植林活動》と、僕が精神世界で植木さんから授かった【ゴミを木に変える能力】を根津校長達に直で見てもらうためである。

 

 以前、病院で根津校長や相澤先生達に《精神世界での出来事》説明するのと一緒に【ゴミを木に変える能力】を見せはしたけど、あの時は部屋の中だったのもあって《苗木位の大きさの木》しか創り出せていなかった。

 

 だからこそ《今の僕が木の能力をどこまで使いこなせるのかを詳しく知るため》と《1か月程前この山で起きた山火事によって燃えてなくなってしまった木々を再生させるボランティア活動》を兼ねて、この場所へ訪れたんだ。

 

 

 

 僕としても現実世界に戻ってきてから、一度も【ゴミを木に変える能力】を全力で使っていなかった…

 だから今回の提案は、僕にとっては《御誂え向き(おあつらえむき)》だと判断した。

 

 

 

「緑谷君、そろそろ見えてくるのさ。例の《山火事があった山》がね…」

 

 根津が後ろを歩きながら山道を進んで行くと、森を抜けて《ある建物》が見えてきた。

 

 

 

 でも…僕は森の中にあった建物よりも、《別のもの》に目がいってしまった…

 

 

 

 それは建物とは対照的の場所にある《小さなクレーターが沢山ある大きな広場のような谷》と、その谷の周囲にある《木々の無い黒く染まった山々》の光景だ!

 

 

 

 森の中を歩いていた時は気づけなかったけど、建物がある開けた場所に出ると《僕達がいる山以外の谷の周囲にある山々》が根津校長の言う通り丸坊主となっていた。

 

 1か月前にこの辺りで山火事があったのは事前に聞いてたけど、実際に見るのと聞くのでは実感がまるで違った!

 

「これは…そのぅ……思っていたよりずっと酷いですね…」

 

 ふと口をついて僕は本音が出てしまった。

 

「あぁ…僕もこんな状態になったこの場所へ来るのは2度目だけど…やっぱり気持ちの良い光景ではないのさ…」

 

 僕の言葉に根津校長は元気のない返答をした…

 

「根津校長、お待ちしてました」

 

 僕と根津校長が荒れ果てた山々を見いっていると、後ろから女の人の声が聞こえてきた。

 

「やあ!久しぶりだね!キミ達!」

 

 振り向くとそこには、僕と根津校長より先に目的地であるこの建物へ向かった相澤先生と、《黄色の猫耳メイド服を着たラグドールさん》、そして《赤、青、茶色の猫耳メイド服を着た男女3人》がいた。

 

「マンダレイ君、今回は無理な頼み事を急遽引き受けてくれて感謝するのさ!」

 

「何を言ってるんですか根津校長、こちらとしても燃えてしまった山の木々の再生には頭を悩ませていたので《渡りに船》でしたよ。それで…そちらにいる男の子が例の?」

 

 《赤い猫耳メイド服を着た女性》が根津校長と話をしていると、僕に視線を向けてきた。

 

「そうさ!彼がつい最近《循環》という《突然変異の植物系個性》を発現した《緑谷 出久》君さ!」

 

「ど、どうも!は、初めまして!み、緑谷出久です!」

 

 僕は根津校長の言葉に釣られ、慌てて自己紹介をした。

 

「ほぉ…この子が例の事件の被害者か…」

 

「ラグドールから大体のことは聞いてたけど、思ってたより元気そうね」

 

「こちらこそ、初めまして緑谷君」

 

 ラグドールさん以外の3人が僕に視線を向けながら挨拶を返してくれた。

 

「あのぅ根津校長。この人達が以前話してくれたラグドールさんが所属する4人一組のヒーローチームの方々で、僕の教育者になってくれる人達なんですね?」

 

「その通りさ!緑谷君!では、改めて紹介させてもらうのさ!ここ一帯の山の所有者であり、キャリアは10年以上となる山岳救助等を得意としたベテランのヒーローチーム!その名も!」

 

 根津校長が説明していると、ラグドールさん達はそれぞれポーズを取り始めた。

 

 

 

「煌めく眼でロックオン!」

 

 

 

「猫の手手助けやって来る!」

 

 

 

「どこからともなくやって来る~…」

 

 

 

「キュートにキャットにスティンガー!」

 

 

 

『ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ!!!』

 

 

 

 ラグドールさん達が息ピッタリでポーズを決めながらチーム名を言い放った。

 

「あちきはもう自己紹介は済ませてあるからトバしていいニャン! 」

 

「じゃあ私からね!私は《ピクシーボブ》!個性は《土流》で、地面や土を自在に操れる個性よ!」

 

「私は《マンダレイ》!個性は《テレパス》で、離れた相手の脳に直接話しかけることが出来る個性で、一度に複数の人間はも話しかけることも出来るわ!」

 

「我が名は《虎》!個性は《軟体》!身体中を柔らかくし、関節を有り得ない方向へ曲げることが可能!その柔軟さを使うことで殴る蹴るの肉弾戦が得意だ!」

 

 一人だけ明らかに色々と違う気がしたけど…それは指摘しない方が良いと…僕は何故だが直感できた…

 

「あっ!あの!!ほ、本日は僕のためにお忙しいところをお招きいただき、僕の教育の件も引き受けていただいて、本当にありがとうございます!精一杯頑張りますので!これからどうかよろしくお願いします!!!」

 

 テンパった上に焦り過ぎてしまい、途中からちゃんと伝えられているか自分自身不安になりながら、僕は勢いをつけてお辞儀をした。

 

「うむ!礼儀正しい青年だな!我の指導はキツいぞ!覚悟しておけ!」

 

「そんなに緊張しなくても大丈夫よ。リラックス、リラックス!」

 

「ふふ、ラグドールから聞いてた通りの真面目な子ね」

 

 僕のテンパった発言を虎さん達は笑顔で返答してくれた。

 

「緑谷君、以前説明した通りこちらの3人も相澤君やラグドール君と同じく《キミの教育者》となってくれたヒーロー達なのさ!ただ、全員が付きっきりでキミの教育に携わる訳じゃなく、あくまでキミの担当の主軸となるのは相澤君であり、彼らを含む8人は時間が空いている時に交代制のキミの教育に参加する算段にしているのさ!そして今日は、キミの個性の力量を計るためにこの場所へ連れて来たけど、この山での彼女達の本格的な特訓開始は《夏休み期間中の約1か月半の合宿》になるなのさ!その後も彼女達の都合が合えば、この場所での特訓を考えるのさ!」

 

 根津校長だけじゃない…相澤先生やラグドールさん達…そしてシンリンカムイさん達までもが、自分の時間を削って僕の教育に費やしてくれる…

 

 

 

 僕は申し訳ない気持ちで心が一杯なる…

 

 

 

 でも…だからこそ、ここまで気遣ってもらっているんだから、僕はその期待に答えなければならない!

 

 

 

 僕のオリジン…植木さんのような《本物の正義のヒーロー》になることが、根津校長達への恩返しになる!

 

 

 

 《誰にも心配をかけず、他人(ひと)を助けられるヒーロー》に!!!

 

 

 

「(見ていてください!植木さん!ウールさん!僕は必ず…《最高のヒーロー》になってみせます!それが僕にできる…貴方達への最大の恩返しです!)」

 

 僕は心の中で…植木さん達に改めて《誓い》を立てた!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

None side

 

 ワイプシのメンバー達は、目の前にいる緑谷出久と話をしながら考えさせられた。

 

 出久の事情は根津校長やリカバリーガールから聞いているため、大方のことは彼女達も承知している。

 

 1ヶ月半前の4月中旬に起きた《ヘドロヴィラン事件》…

 

 あの事件の傷跡は、現在も超人社会に残り、至るところでまだ問題が続いている…

 

 記憶を失う前の出久があの日に取った行動は、ヒーローの立場からすれば『無謀』の一言だろう…

 

 

 

 しかし、ワイプシメンバー達の考え方は違っていた。

 

 それは『何故、記憶を失う前の緑谷出久がヘドロヴィランに捕らわれていた同級生(爆豪勝己)を助けるために飛び出さなければいけない状況となってしまったのか?』…という疑問だ…

 

 あの事件現場には、オールマイトが駆けつける前に《十数人のヒーロー》が到着していた…

 

 にもかかわらず…そのヒーロー達は何かと理由をこじつけて、ヘドロヴィランに捕まった人質を助けることだけはしなかった…

 

 つい最近の雑誌で判明した真実によれば、そのヘドロヴィラン事件の現場にいたヒーロー達…つまりシンリンカムイやデステゴロ達は警察署にて根津校長からの説教を受けるまで、自分の愚行を一切反省していなかったことが発覚。

 

 彼らのヒーローらしからぬ愚行は、結果として目の前にいる少年を自殺に追い込む原因の1つとなってしまったのだ…

 

 そんな汚点まみれのヘドロヴィラン事件のヒーロー達は、事件の数日後には掌を返すように出久へ謝罪を求めた。

 

 だが根津校長がそれを許す筈がなく、最終的に4人以外のプロヒーロー達は全員県外へ移動となり、出久の教育者として選ばれた《シンリンカムイ》《デステゴロ》《バックドラフト》《Mt.レディ》の4人は、出久に許してほしいと言わんばかりに、記憶喪失になった出久へ毎日のようにお見舞いに訪れている…

 

 

 

 ワイプシの4人は、イレイザーヘッドは別として、自分達と同様に緑谷出久の教育者となった《シンリンカムイ》《デステゴロ》《バックドラフト》《Mt.レディ》の4名に対しての嫌悪感は日に日に大きくなっていた。

 

 それは…髪で見え隠れしている《出久の額の傷跡》を見れば尚更だった…

 

 

 

 だが根津校長いわく…

 

『彼ら(シンリンカムイ達)は心から反省していたからこそ、今回の教育者の件を許したのさ…』

 

『僕個人としては、ヘドロヴィラン事件に関わったヒーロー達からの出久君の教育者は、《樹木》の個性を持つ《シンリンカムイ》だけでも良かったんだけど、他の3人もシンリンカムイと同じく減給を条件として《緑谷君とその家族の護衛》を申し出てきた…。彼らの覚悟は本物だと把握したから…出久君の教育者にしてあげたのさ…』

 

『緑谷君のご両親は、ヘドロヴィラン事件に関わったヒーローが息子の教育者となることは反対していてね、説得には苦労したけど…最終的には両親ともになんとか了承していただけたのさ…』

 

 根津校長も本心では彼らを許してはいない…

 

 《人は誰しもミスをするもの》…

 

 No.1ヒーローのオールマイトが《ヘドロヴィラン事件を起こした原因》であったように、根津は彼らには《自分の過ちを償うチャンス》を与えたのだ…

 

 

 

「(1ヶ月前のヴィラン事件……確かこの少年を怒鳴り散らしたのは《シンリンカムイ》と《デステゴロ》の2人だったな…。来年の2月まで奴等とは同じ《この子の教育者》となる訳だが…その前に奴等にはキツイお仕置きをしてやらんとなあ!!!あの事件で奴等がとった軽率な行動は全国…いや世界中に存在するヒーロー達を冒涜(ぼうとく)する愚行だ!覚悟しておけよ…シンリンカムイ…デステゴロ…貴様らのその中途半端な根性を我が正してやる!!!)」

 

「(シンリンカムイ達も大概だけど、私にとって1番の問題は《Mt.レディ》ね……彼女には特にお灸を据えてやらないと…。巨大化したヴィランの撃破するヒーロー活動のは称賛するけど、そのために彼女が《ヴィラン以上に町を破壊する》のは目に余るわ…。しかもデビュー仕立てのテレビ取材の時、私達先輩の女性ヒーロー達に向けた《あのコメント》……『20代後半の女ヒーロー達って~ぶっちゃけ良い年したコスプレ集団ですよねぇ~』…なんて…生意気な発言を!!!新人だからって何を言っても許されると思ったら大間違いよ!!!アンタの心に永遠に刻み付けてやるわ!!!『女の心は18歳』ってことをねえ!!!!!)」

 

「(根津校長からのお叱りを受けて心を入れ換えたらしいけど…本当に彼らは反省したのかしら?もし、心の奥底で《緑谷君と根津校長への怨言(えんげん)》をボヤいているようなら、根津校長に替わって私が彼らを精神的に反省させるわ。耳を塞いでも直接脳内に語り続けて…自分の犯した過ちを心の底から後悔させてあげる…。でも今はヒーロー不足もあるし…やり過ぎてヒーローを辞められても困るから加減はしないとね…)」

 

「(正直言って…私はシンリンカムイ達が出久君の教育者になるのは断固反対だったニャン…。彼らには《ヒーローの基礎》をすら身に付けてないニャン…そんな人達に子供の指導を…況してやあの事件での自分の行動を棚にあげて怒鳴り散らした出久君の指導を任せるなんて納得できないニャン!《出久君が夢の中で授かった能力》と《シンリンカムイの個性》が類似してなかったら、根津校長だってあの4人を教育者にはしなかった筈ニャン…。無個性の出久君を本当の意味で理解してくれたのはたった1人……絶望という闇の中を彷徨(さま)よっていた出久君へ…希望という名の光をくれた《植木 耕助》君だけニャン!シンリンカムイも…デステゴロも…バックドラフトも…Mt.レディも……そして…オールマイトも……もう出久君が憧れるヒーローにはなれないんだニャン…)」

 

 ワイプシメンバーは、出久を前に心の中でシンリンカムイ達への不満と愚痴を溢していた…

 

 全ての事情を知っているラグドールだけは、シンリンカムイ達だけでなくオールマイトにも不快感を持っていた…

 

 そして約1名は…Mt.レディに対する私怨が感情の9割を占めていた………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●同時刻の折寺町…

 

 

 本日は4人で町のパトロールをしているシンリンカムイ達…

 

『ッ!!?』ゾクッ!!!

 

 突然、4人の身体に悪寒が走った!

 

「な…なんだ…今、急に寒気が…」

 

「お前もか…シンリンカムイ……実は俺もだ…」

 

「気のせいだと思いたいが、もしかしたらまた根津校長からお小言を言われる予兆かもしれないなぁ…」

 

「ちょ、ちょっと!!不吉なこと言わないでくださいよ!私もう根津校長の圧迫面接みたいな説教を受けるのイヤですからね!!?」

 

 4人は正体不明の寒気に怯えた…

 

 彼らは、自分達以外の出久の教育者についてはイレイザーヘッドしか知らず、残りの4人が誰なのかはまだ知らないのだ…

 

 そんなシンリンカムイ達は、自らが感じた悪寒の正体が《根津校長》ではなく、別のヒーロー達だと知るのは…そう遠くはなかった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●ワイルドワイルドプッシーキャッツの私有地の山…

 

 

緑谷出久 side

 

 建物で少し休憩をとった後、僕はプロヒーロー達と一緒に《山火事があった隣の山》へ移動していた。

 

「そういえば、谷になってしまった地形は直さないのかい?ピクシーボブ君の個性ならば修復は可能だと思っていたんだが?」

 

「その事なのですが、ここから少し離れた場所にある訓練場とは別に、新しい訓練場として利用しようかと検討していますので、今はそのままにしています」

 

「山が破壊されて谷になった原因は《あの一件》ですけど、それでも《元を含めた3人のトップヒーロー達が残した戦いの記録》として残すのも有りだと考えております」

 

「ふぅむ…成る程、経緯はどうであれ偶然にも出来たあの地形ならば《大抵の個性持ちの特訓場》としてはもってこいなのかな?」

 

「その第一号となるのが…コイツという訳ですか…」トンッ

 

「?」

 

 根津校長とプッシーキャッツの方々が何の話をしているのか疑問を持っていると、僕の後ろに歩いていた相澤先生が僕の肩に手を置いて根津校長に答えていた。

 

「そうだね相澤君!ここならば人目を気にすること無く、緑谷君が考えたという【神器】を試すことが出来るのさ!」

 

「仁義?」

 

「何ですか、それ?」

 

「『考えた』って…まさか!?個性を発現してまだ2週間程で《個性の使い方》だけでなく《必殺技》を完成させたんですか!?」

 

 根津校長の発言に虎さんとピクシーボブさんが疑問を持ち、マンダレイさんは根津校長に質問した。

 

「その通りなのさ!キミ達も知っての通り、緑谷君は《飛び降り自殺を図る前までに関わった人達の記憶》こそ失ってしまったものの、《それまでで培ってきた知識や技術等の記憶》には一切支障がないのさ!記憶を失う前の彼は《無類のヒーローオタク》でね、《今年の4月中旬までにデビューした日本に在籍するヒーロー達の情報》をほぼ全て把握していたのさ!まぁ今の彼は、以前は知っていた《この世界に存在するヒーロー達》は1人残らず記憶から消えてしまってるけどね!」

 

「「「………」」」

 

 ラグドールさん以外のプッシーキャッツの3人は、僕がここ最近騒がれている《飛び降り自殺を図った無個性の男子中学生》であることまでは知っているようだけど、《植木さんのこと》や《僕が夢の中で授かった【ゴミを木に変える能力】が別世界の能力だということ》は知らないようだった。

 

 《植木さん》や《夢の中の出来事》については、今後も5人(僕、根津校長、リカバリーガールさん、相澤先生、ラグドールさん)だけの秘密という決まりなのだ。

 

 植木さんには申し訳ないけど、この超人社会においての【ゴミを木に変える能力】は根津校長の提案通り、僕が発現した《突然変異の個性》として扱われる。

 それは【神器】も同じで、現在僕が使える6種類の神器は《個性:循環》の応用で僕が創り出した必殺技という解釈になる。

 

 

 

 夢を諦めて…未来に絶望した僕に…希望を与えて救ってくれたのは誰でもない…

 

 《植木さん》と《ウールさん》だ…

 

 

 

 そんな恩師から正義と能力を授かり、能力や神器の使い方を教えてもらったおかげで今の僕がある…

 

 僕個人としては《夢の中の出来事(植木さん達との出会い)》も【ゴミを木に変える能力】も【神器】も嘘偽りなく世間に公表し、大手を降って《植木さんのような本当のヒーロー》を目指して頑張っていきたいと思っていた。

 

 でも…根津校長からの指摘があった通り、《植木さんのこと》や《【ゴミを木に変える能力】と【神器】の詳細》を世間が知れば、《自殺未遂をすれば個性が発現すると勘違いする無個性の人達》や《【能力】と【神器】を悪用しようとする者達》が必ず現れるとの説明された。

 後者はヒーローや警察が何とかしてくれるかもしれないが、前者は何があっても避けなければいけないため、僕が体験した《夢の中の出来事》は内緒にしなければならないのだ…

 

 僕は植木さんとウールさんへの多大な感謝の気持ちを決して忘れることなく、【ゴミを木に変える能力】を《個性:循環》として使っていくこととした。

 

 きっと植木さんとウールさんなら分かってくれる筈だ…

 

 

 

 

 

 というより、あの2人ならそんな細かいことは一々気にしないと思う。

 

 

 

 

 

 また植木さんとウールさんに会いたいなぁ…

 

 

 

 

 

「?…緑谷君…緑谷君!」

 

「…はえっ?」

 

「どうしたんだい、ボーッとして?着いたのさ!」

 

 マンダレイさん達との話を終えた根津校長が僕に声をかけてきた。

 

 考え事をしている間に目的地に到着していた。

 

「こうして近くで見ると…本当に『悲惨』の一言です…」

 

「この山にいた動物達の気持ちを思うと…何故だか胸が痛くなってくるのさ」

 

 相澤先生と根津校長は、間近で見る《真っ黒に染められた山の地面》を見て呟いた…

 

 相当酷い山火事だったのだろう…

 

 山火事があってから1ヶ月も経過しているというのに、山にはその爪痕が残っていた…

 正に《丸坊主》とはこの事、木々どころか草も生えていない黒い地面は《自然の力》が全く感じられなかった…

 残っているといえば、真っ黒な《木炭》が至るところに転がっているだけ…

 

「根津校長、本当に良いんですか?」

 

「何がだいマンダレイ?」

 

「確かに私はこの山々の植林には頭を悩ませてましたが…別に急ぐことではないので緑谷君が退院して落ち着いてからでも良かったんですよ?」

 

「問題ないのさ!この子の母親からはちゃんと許可はとってあるし、この山の植林活動だって緑谷君本人が望んで引き受け参加してくれたのさ!」

 

「………」

 

「マンダレイ、当人は了承してくれてるんだからお言葉に甘えましょ?」

 

 不安な顔をするマンダレイさんを、根津校長とピクシーボブさんが励ましていた。

 

「それに今日は彼の発現した《突然変異の個性》を大いに使わせてあげる目的を含め、一種の肩慣らしとウォーミングアップでもあるのさ!」

 

「…分かりました。ではお任せいたします」

 

「うん!では緑谷君!これよりキミの個性《循環》を使った植林活動を開始してもらうのさ!」

 

「は、はい!よろしくお願いします!」

 

「ここに来る前の車の中でも説明したけど、この辺りはプロヒーローであるプッシーキャッツが持つ敷地だから個性の使用が許されているよ。まあ今日1日で黒焦げになった全ての山を回るのは流石に無理だから、取り敢えず今日は今いるこの山を活動範囲とするのさ!活動時間は夕方までとし、適度に休憩を挟んでやってもらうのさ!くれぐれも無理だけはしないように!この山に自然を取り戻すことが、キミにとっての《ヒーローの第一歩》になるのさ!」

 

 根津校長から注意事項と奮起を促してもらった僕は早速作業を開始した。

 

 プッシーキャッツの建物から出る時に、虎さんが持ってきた《ゴミが入った大きなゴミ袋》の1つを受け取り、僕はそのゴミ袋の中から《使い終わった割り箸》を取り出して半分に折り、それを右手で握りしめた…

 

 

 

「《循環》!」

 

 

 

 【ゴミを木に変える能力】もとい、個性《循環》の名前を宣言しながら、右拳を黒い地面につけた!

 

 右拳から放たれる黄緑色の光は、僕の目の前にある黒い地面から《1本の木》を生やした!

 

 

 

 僕の秘密を知る人達以外の前では【ゴミを木に変える能力】は《循環》という名前の個性として使っていく。

 【能力】の正式名称を言えないのは、なんだが寂しい気持ちになるんけど…根津校長が病院で言っていた《最悪の事態》を避けるためには仕方のないことなんだ…

 

 とは言え、実は声に出さずとも【ゴミを木に変える能力】は使えるんだけど、僕の気持ち的に【能力】を使う時は《必殺技名》として宣言したいんだよね。

 

「割り箸が木に!?なんとエコロジーな個性かな!」

 

「スッゴーーーい!あっという間じゃない!!」

 

「(本当にゴミを木に変えた!?……根津校長から聞いた通り、この子は将来…地球が抱える数々の問題を解決に導けるヒーローになれるわね…」

 

 僕の【能力】を始めて見る虎さん、ピクシーボブさん、マンダレイさんは目に見えて驚いていた。

 

「これが彼の発現した突然変異種の個性《循環》さ!発動条件は、緑谷君が《両手に握り込める大きさのゴミ》であり、《彼がゴミだと判断する物》ならば《どんなゴミ》でも【木】に変換することが出来る!《木の種類》や《材質》等は彼の頭の中でイメージした【木】となり、《大きさ》や《形状》も彼が個性を使う際にイメージすれば《どんな木》でも創れるのさ!」

 

 根津校長が僕に替わって【ゴミを木に変える能力】を《個性》に例えて、マンダレイさん達に説明してくれた。

 

 会話の中に参加したかったけど時間は限られてるため、僕は《トイレットペーパーの芯》や《納豆やマヨネーズの容器》を纏めて取り出し、両手で包み込み、引き続き植林活動をした。

 

「ただし、今のような《一般の大きさの木》ならば瞬時に創り出しても消滅することは無いけど、《必要以上に大きすぎる木》や《複雑な形状の木》等を瞬時に創り出した場合は、数分後に消滅してしまう。まぁ緑谷君いわく、ゆっくりと時間をかけて創り出した木ならば《どんな木》でも消滅することはなく存在し続けることが可能みたいだよ。あと創り出した木を《維持させるか》《時間の経過と共に小さな苗木へと姿を変えるか》は、緑谷君が個性を使う時に彼の意思で決めることが出来るのさ!」

 

「《木の種類》を選べるってことは、《木の実や果物が実る木》も自在に創り出すことが出来るんですか!?」

 

「勿論!先日試しに病院の庭へ《桃の木》を1本創ってもらったんだけど!その木に実った《桃》を食べてみたら甘くて美味しかったのさ!Mt.レディなんか『絶品!』って評価して何十個も食べていたからね!」

 

「どんな形状の木も創り出せる……ということは《木で作られた物》なら何でも創作可能ということで?」

 

「うん!出来るみたいだよ、ただし現段階の彼では、おそらく《キミ達が想像してる物》はまだ作れないと思うけどね」

 

「じゃあ!?《加工された板》とか《木製の家具》とかも創り出せるかも知れないと!!?」

 

「それは緑谷君の鍛練次第さ!まぁ彼は努力家だから、高校生になる前に《ログハウス》や《ツリーハウス》みたいな大きな物だって創れるようになるかもしれないのさ!」

 

 僕は少し離れた場所で能力を使っているから、根津校長達の会話が聞き取れなくないけど、根津校長と話をしていたマンダレイさん、ピクシーボブさん、虎さんが深く考え込んでいるように見えた。

 

「いずれ起きるエネルギー不足も、火力発電の燃料として《燃えやすい木》を創り出せば問題解決に結びつく…。しかも《木の実》や《果物》を無限に創りだせるなら食料問題の解決にもなる…」

 

「世界中で起きている森林伐採による樹木の減少も、彼の個性なら意図も簡単に解決に導ける…。しかも《木》を創り出す過程で《ゴミ》が消滅するということは、自然を取り戻して森の動物達や海の魚達を汚染問題から救うことも出来る…」

 

「それに…本来ゴミの処理する時にはどうしても二酸化炭素が増えて地球温暖化に繋がってしまう…。だけど緑谷君の個性にはそんなリスクもデメリットも何もない…」

 

「個性《循環》…この超人社会が待ち続けていた《奇跡の個性》と言っても良いわね…」

 

「あの少年は正(まさ)しく…地球そのものが求めていたヒーローなのだな…」

 

「《地球を救うヒーローの卵》の教育か…大変な仕事を引き受けちゃったわね…私達……」

 

『………』

 

「キミ達には荷が重かったかな?他の誰かに変わってもらうかい?」

 

「御冗談を、根津校長」

 

「一度引き受けたからには最後まで面倒見ますよ」

 

「それに…あれ程の大きな可能性を秘めた少年……育てがいある…」

 

「うんうん!ではこの前話した予定通り、キミ達が彼を本格的に指導するのは、夏休み期間になってからなのさ!」

 

「分かりました」

 

「任せてください!」

 

「鍛えがいのある少年だ。今から夏が待ち遠しいぞ…」

 

「(出久君、キミは夢の中で最高のヒーローから最高の能力をもらったニャンね。私達じゃあ植木君の代わりにはなれないニャン……それでもキミの背中を押して…キミが目指す最高のヒーローになれるよう手助けはしてあげるのニャン!)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●夕方…

 

 

イレイザーヘッド side

 

 緑谷が植林活動を開始して6時間以上が経過した…

 

 空はオレンジ色へと染まり、もうすぐ根津校長が言っていた活動時間の終了間近だった…

 

 緑谷には途中途中10分休憩を挟せながら植林活動を続けた…

 

 その結果…

 

 

 

「《循環》!」

 

 

 

 緑谷が虎さんから受け取った全てのゴミ袋の中身が空になり…

 

 

 

 俺達がいた黒焦げの山は《森》を取り戻していた…

 

 

 

 つまり…

 

 

 

「お……お…終わりま……した…」

 

 最後の木を創り終えた緑谷は、クタクタになって尻餅をついた…

 

「山の木々が…再生した…」

 

「6時間前の《丸坊主だった山》が嘘みたい…」

 

「本当にやり遂げるなんて…」

 

「凄いニャン!出久君!最高ニャン!」

 

「うんうん!時間ギリギリだけど、本当に良くやったのさ緑谷君!」

 

 プッシーキャッツの皆さんと根津校長は《緑谷が目的を達成したこと》と《山に森が戻ったこと》で驚愕と称賛を緑谷に述べていた。

 

 俺もまさか…本当にやり遂げるとは思っていなかったからな…

 

 マンダレイさんも言ってたが、病み上がりが出来ることなんて高が知れてると俺は予想していたんだが、緑谷は俺の予想を撃ち破った!

 

『精神世界で1年近く鍛えていた』…

 

 緑谷が根津校長に言った言葉…

 

 それを俺は戯れ事だと決めつけていた…

 

 個性があるのだから『精神世界で鍛えた』という馬鹿げたこともあり得ない話ではないが…俺は信じられなかった…

 

 

 

 だが今の俺は…緑谷を疑っていた自分の方が間違っていたことに気づかされた…

 

 

 

 緑谷出久…ハッキリ言ってコイツの実力は《並大抵のプロヒーロー》に匹敵する!

 

 

 

 飛び降り自殺を図る前のコイツは、無個性ゆえに10年以上もイジメや差別といった辛い人生を送りながらも、奉仕活動には積極的に参加し、日頃から身体を鍛えていたのは聞いている…

 そしてあの事件が起き…緑谷は1ヶ月間の昏睡状態となった…

 

 だから現実的に言えば、今の緑谷が発現したばかりの個性を使いこなせているのは辻褄が合わない…

 しかし昏睡状態の1ヶ月間、夢の中で能力をもらい、長い時間鍛えていたのが本当なら納得がいく…

 

 1年…正確には300日という期間だけの特訓で、緑谷は俺が最近除籍させてから復学させた生徒達の実力を大いに上回っている…

 

 1年程度でここまでの実力を身に付けるのなら…ちゃんとした指導をして鍛えていけばどれだけ強くなることか…

 

 

 

 

 

 俺はいつの間にか…《ヒーローとなった緑谷》をこの目で見てみたいと思っていた…

 

 

 

 

 

「いや~大したものだよ緑谷君!普通なら《山の植林》は小さな苗木を植えるところから始めて、人員や労力がとてもかかる作業だけど、キミはその全てを1人で解決できたのさ!キミはヒーローになるための最高のスタートをきれたね!」

 

「………」

 

「緑谷君?」

 

 根津校長が声をかけても緑谷は返事をしない…

 

 どうしたのかと根津校長が緑谷の顔を確認していた…

 

「zzz……zzz……」

 

「なんだ、寝ちゃってたんだね」

 

 緑谷は座った状態でスヤスヤと寝息をたてて眠っていた…

 

 やはり病み上がりにこんな大仕事はキツかったようだ…

 

「疲れきって寝ちゃったみたいですね」

 

「途中休憩を挟ませはしたが、我々が声をかけなければ、この少年は倒れるまで休まずに植林活動を続けていたことだろう…」

 

「張り切りすぎたと言うより、焦っているように私は見えたわ。《ヒーローを目指す同年代の子達》に少しでも早く追いつきたくて必死になってた…ってところかしら?」

 

「努力することは悪いことじゃないけど、ちゃんとセーブしないと逆効果ニャン。これから来年の高校入試までのこの子の体力を鑑(かんが)みてトレーニングメニューを調整しないニャンね」

 

「いや…それについては俺に任せてください…」

 

「イレイザー?」

 

「『任せてください』…ってことは、緑谷君の教育者になってくれるニャン!?」

 

「それはコイツの努力次第です…俺はまだ…コイツのことを認めてはいません…」

 

「努力次第と言うと?」

 

「プッシーキャッツがコイツを指導する7月中旬までに…コイツの基礎体力を極限まで上げさせます…」

 

「『極限に』って…いったい何をさせるつもりなの?」

 

「それは考え中です。もしコイツが俺の決めたトレーニングメニューを達成できたなら…俺はコイツの教育者になりましょう…。校長、よろしいですか?」

 

「うむ、実にキミらしいやり方だね相澤君!緑谷君の大部分の教育はキミは任せようと思ってたからね、キミの好きなように彼を鍛えてみるのさ!緑谷君も指導をしてもらえるなら断りはしないだろうからね!」

 

 話の核である当人が爆睡する中、俺達は今後の緑谷の教育について話し合った。

 

「では今日はここまでとして僕らは帰ろうか相澤君」

 

「そうですね……おい緑谷、起きろ」

 

「zzz…zzz…」

 

 俺は緑谷を起こそうと肩を揺さぶったが全然起きる気配がない…

 

「相澤君、緑谷君を背負って上げたらどうだい?僕じゃ担げないからね!」

 

「………分かりました……よっと!」

 

 俺は根津校長の提案を仕方なく受け入れて緑谷を背負った。

 

「(…思っていたより軽いな…コイツ…)」

 

 背負った緑谷の体重に違和感をもったが、俺と根津校長はプッシーキャッツを別れを告げて駐車場へと向かった。

 

 

 

 駐車場までの山道を歩いてる途中、根津校長が話しかけていた。

 

「やっぱり…まだ彼を認めてはくれないんだね?相澤君」

 

「コイツがどんな辛い思いをしてきたにしろ…自殺を図るような奴の…命を大事にしない奴の指導をそう簡単に引き受ける訳にはいきません…」

 

「………」

 

「まぁ夢の中で授かったという能力のコントロールについては…コイツの方が同年代の学生より頭1つ飛び抜けています…。それは認めましょう…」

 

「キミに認めてもらえるためには、これからキミが考えて決める課題を彼がクリアするしかないんだね」

 

「そうなりますが…俺は甘い課題なんて与えませんよ?」

 

「キミが生徒に厳しさのは承知してるのさ。取り敢えず、明日彼が退院してからの1週間は療養生活とし、キミの言う課題はやらせるのはそれからとしよう」

 

「分かりました、それまでに決めておきます」

 

 俺と根津校長は会話をしながら駐車場に戻り、緑谷を車に乗せてプッシーキャッツの山を離れ、折寺町の病院へと向かった。




 次の話で出久君は退院します。

 UAが19万を突破したので、次の番外編の作成を本編の話(26話~)の作成をしながら書いていきたいと思います。


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退院の法則

 今回の話は、いつもより短く仕上がりました。

 次の話で、相澤先生が出久君への特訓内容が判明します。


●5月31日…(出久の退院日)

 

 

緑谷出久 side

 

 1ヶ月半の入院生活を終えて、僕は今日ついに退院の日を迎えた。

 

 退院日は相澤先生が車で僕とお母さんを自宅まで送ってくれるらしい。

 

 僕が入院している間にこの町から引っ越しをしたようで、新しい自宅は《静岡県と愛知県の県境の火野国町》のマンションらしい。

 

 リカバリーガールは本日別件の用事があるため会えなかったけど、僕とお母さんはお世話になった病院の人達にお礼を言ってから病院を出た。

 リカバリーガールには、今度会えた時に改めてお礼を言おう。

 

 病院を出たらすぐに相澤先生の車に乗って自宅に向かうと思ってたんだけど、すぐには出発できなかった…

 

 

 

 何故って?

 

 

 

 病院の出入り口に《人だかり》が出来ていたからだ!

 

 その人だかりの正体は…

 

 

 

 僕の意識が戻ってからの2週間、僕の御見舞いに訪れてくれた《奉仕活動の人達》だった!

 

 

 

 皆、僕とお母さんが引っ越すことを知って態々(わざわざ)見送りに来てくれたんだ。

 

 僕達が病院から出てくると、奉仕活動の人達が僕とお母さんに群がってきた。

 

 僕とお母さんは集まってくれた奉仕活動の人達1人1人に別れの挨拶をした。

 

 僕の周囲には特に小さな子供達は集まってきて、泣きながら別れを惜しむ言葉を言ってきた。

 

 病院から自宅までの手荷物は大して無いと予想していたんだけど、その予想は大きくハズレて奉仕活動の人達から沢山の退院祝い(《石鹸やタオルが入った箱》や《フルーツやお菓子の詰め合わせ》や《子供達からの手紙》など)を渡された。

 

 僕達の引っ越し先が何処なのかは、世間的には秘密にされていたため、奉仕活動の人達は退院日の今日に直接《退院祝い》を渡しに来たそうだ。

 

 出発時間が予定より遅れてしまったが、相澤先生は何も言わずに車の中で待っててくれて、そして僕とお母さんが両手一杯《大量の退院祝い》を持っているのを見て、車の後部座席やトランクに積んでくれた。

 

 

 

 奉仕活動の人達に挨拶を終えて僕とお母さんが車に乗り込むと、相澤先生はタイミングを見計らって車をゆっくりと発進させた。

 

 僕は動き出した車の窓から顔を出して、奉仕活動の人達が見えなくなるまで手を振り続けた…

 泣いていた子供達も最後は涙を流しながらも笑顔で僕達を送り出してくれた…

 

 いつかまたこの町へ来ようと…僕は心に決めた…

 

 

 

 

 

 

 僕とお母さんは、相澤先生が運転する車で新しい自宅へと向かっていた。

 

 自宅とは言っても、今の僕には《前に住んでいたという折寺町のマンションでの暮らしの記憶》が曖昧のため、『新しい自宅』と言われてもよく分からなかった…

 

 新住居は《静岡県と愛知県の県境にある静岡県内の火野国町》にあるらしく、折寺町からは遠く離れた町らしい。

 

 なんて僕が考えていると、助手席に座っているお母さんが、後部座席に座る僕に話しかけてきた。

 

「出久、貴方が生まれ育った町よ?覚えてないかしら?」

 

 お母さんにそう言われて、僕は後部座席の窓からの折寺町の町並みを見た。

 

 

 

 でも…

 

 

 

「…すいません、何も覚えていないんです…」

 

「そう…」

 

 僕の返答にお母さんは元気の無い返事をした。

 

 それからも折寺町を離れる前に僕は町の様子をずっと見ていた。

 もしかしたら少しでも昔の記憶が戻るかも知れないと思って町の景色をみていたけど、結局は何も思い出せずに車は高速道路へ乗ってしまった。

 

 昨日の植林活動の疲れがまだ残っていたのか、高速道路に乗ると…僕は急に眠気に教われてしまい…そのまま眠りについた…

 

 

 

 

 

 

「ZZZ…」スゥ…スゥ…

 

「出久……出久……起きて出久」

 

「ん……ほぁ?」

 

「起きた出久?着いたわよ」

 

「?…着いたって?」

 

「アナタの新しいお家によ」

 

 目を覚ますとお母さんが僕の肩を揺さぶりながら声をかけていた。

 

「緑谷…いつまで寝てる…さっさと起きろ」

 

 目を擦っていると、相澤先生の声が聞こえてきた。

 

 僕は車を下りて外に出ると、目の前には大きなマンションがあった。

 

「ここが…新しい家?」

 

「そうよ、根津さんが探してくれたマンションよ」

 

「お前と母親が住んでいたマンションとほぼ同じ間取りのマンションだ…。お前の記憶が戻る可能性を兼ねての根津校長の配慮だろう…」

 

「(根津校長はそこまで気遣ってくれていたなんて…今度会ったら根津校長にも改めてお礼を言わないと…)」

 

 車を降りた僕は、お母さんと相澤先生に一緒に自宅のある部屋へと向かった。

 

 因みに奉仕活動の人達から頂いた《退院祝い》は、僕が寝ている間に相澤先生とお母さんが先に自宅へ運んでいたようで、それが終わっても寝ていた僕を2人が起こしてくれた。

 

 部屋までの移動中に《これから住む部屋は以前住んでいた折寺町のマンションとは階数が違う》と、お母さんが教えてくれた。

 お母さんの話によると、前のマンションの部屋と間取りが同じマンションを、根津校長が《折寺町から遠く離れた県内の町》から探した結果、このマンションが見つかったそうなんだけど、最上階の2部屋しか空き部屋が無かったらしい。

 

 エレベーターで最上階まで登り、外の景色を眺めながら歩いていると、自宅の前に辿り着いた。

 

 

 

 昔の僕ならば、この場合『久しぶりに家に帰って来た!』…と思うんだろうけど、記憶のない僕にとっては『家に帰ってきた』という実感が湧かない…

 

 

 

 そんな僕の不安を余所に、お母さんは鞄から鍵を取り出して自宅の扉を開けた。

 

「さあ出久、入って」

 

「お邪魔します」

 

「もう出久ったら~ここはアナタの家なんだから『ただいま』でしょ?」

 

「あ……そ、そうですよね!すいません引子さ……じゃなくてお母さん!」

 

「………」

 

 またしても僕はお母さんのことを『引子さん』と呼びそうになってしまった…

 

 『記憶喪失で両親の記憶が無いから仕方ない』と言えば、それだけだけど…

 

 実の親に対して未だ他人行儀の敬語を使ってしまうのは、僕自身もどうなのかと思っている…

 

 

 

 この女の人は、紛れもなく僕のお母さんなのに…

 

 

 

 どうして僕は…

 

 

 

「……それでは引子さん、私はこれで失礼させていただきます」

 

「はい…送っていただきありがとうございました」

 

「緑谷、お前の教育と特訓は予定通り1週間様子を見てから開始とする…。それまでは自宅療養をするように、例のトレーニングメニューの詳細は特訓が開始される前に訪問して直接伝える…」

 

「わかりました」

 

「では、私はこれで…」

 

 相澤先生はお母さんと僕にそれだけ言うと、ポケットから鍵を取り出し《僕達の隣にある部屋》の扉の鍵を開けて中に入っていった。

 

 

 

 えっ?なんで相澤先生が隣の住居に入っていったのかって?

 

 

 

 なんでも何も、お母さん達がこのマンションに引っ越しをした際に、相澤先生もこのマンションに引っ越してきたからだよ?

 

 相澤先生が勤める根津校長の学校には教師寮があって、元々相澤先生はその教師寮で暮らしてたんだけど、根津校長から頼まれて来年の3月まではこのマンションに住むことになったとか。

 

 その理由は…と言うよりも相澤先生が引っ越す原因となったのは、言ってしまえば《僕のせい》なんだけどね。

 まだ相澤先生は、正式に僕の教育者にはなっていないけど、来年の高校受験日の前日までの残り《約8ヶ月半》の間、相澤先生は僕の勉強を家庭教師として勤めてくれることになったため、『それなら近くに住んでいた方が合理的なんじゃないかい?』との根津校長の提案を受け、半ば強引にこのマンションに短期間で引っ越して来たみたいなんだ。

 

 そして偶然にも根津校長がこのマンションを見つけた際、《僕とお母さんが住む住居》と《その隣の住居》の2部屋が空いていたため、僕の両親と根津校長が話し合った結果、こうなったらしい。

 

「出久、どうしたの?早く入りなさい」

 

「あ、ごめんなさい、ちょっと考え事をしてたもので」

 

 お母さんに急かされてながら、僕は《自分の家》に入った。

 

「ここが…僕の家…」

 

 家の中に入ってリビングに着いた僕は部屋を見渡した…

 

 部屋の間取りもだけどテレビや家具とかの位置も、前に住んでいた家と同じ場所に置いてあるらしい。

 

「出久、アナタは自分の部屋で休んでなさい。お母さんはさっき奉仕活動の人達から貰った物を片付けておくから」

 

「はい、お母さん」

 

 お母さんが気を使ってくれたので、僕はリビングを出て《IZUKU》と記されたプレートがぶら下がっている部屋の前に移動した。

 

 今更だけど…僕はまたお母さんに他人行儀の返事してしまった…

 

ガチャッ 

 

「これが…僕の部屋…」

 

 自分の部屋に入った僕は、部屋の半分以上を選挙する《あるもの》に圧倒されてしまった…

 

「コレって…一応は全部僕の私物なんだろうけど…」

 

 部屋の壁を埋め尽くす程の《ポスター》から始まり《フィギュア》や《グッズ》などが至るところに置いてある…

 

 

 

 昔の僕に対して今の僕がこんなことを思うのはなんだけど…

 

 僕は自分の部屋に引いていた…

 

 

 

 昔の僕がヒーローオタクで、特にNo.1ヒーロー《平和の象徴・オールマイト》の熱烈なファンなのを、お母さんから聞いていた…

 

 でもまさか…ここまでミーハーだとは思っていなかった…

 

 

 

 今の僕がオールマイトさんについては知っているのは、《ヒーロー名》と《日本一のヒーローであること》、そして《先代のNo.1ヒーローから平和の象徴のバトンを受け継いだ男》ということ………そして…《昔の僕の夢を否定したヒーローであること》しか知らない…

 

 今の僕は、オールマイトさんのことを《好き》でもなければ《嫌い》でもないけど、ただ《関わりたくない》とだけ思っている…

 

 

 

 この部屋を見てると…何故か落ち着かない…

 

 

 

 僕は部屋から出て、お母さんの元に向かった。

 

「お母さん」

 

「なに?どうしたの?」

 

「あぁ…えっと…空の段ボールってありますか?昔の僕の私物を確認しながら、部屋の片付けをしたいので」

 

「そうね~引っ越しの時に使った段ボールで良ければあるけど?」

 

「うん、それで大丈夫だよ」

 

 奉仕活動の人達から貰った物を片付けていたお母さんから段ボールを入手した僕は、早速部屋に戻って片付けを始め、お母さんから夕食の呼びかけを受けた頃に終わった。

 

 

 

 今日の夕食は、昔の僕の大好物の《カツ丼》だった…

 

 美味しかったけど…

 

 今の僕には《カツ丼》が一番の好物だという実感が持てなかった…

 

 

 

 夕食を食べ終え、入浴を済ませた僕はすぐに寝ることにした…

 

 

 

 ベッドで仰向けになる僕は…天井を見つめながら思いに耽る…

 

 

 

 住んでいた町こそ違えど…

 

 僕がいる場所は《緑谷出久の家》だ…

 

 だけど…今この家にいる僕が…本当にこの家に居ても良い緑谷出久なのか?

 

 僕は考えさせられた…

 

 今の僕は《記憶を失う前の緑谷出久》じゃない…

 

 趣味もそう…

 

 好物もそう…

 

 姿形は同じでも…

 

 《昔の緑谷出久》と《今の僕》は全然違う…

 

 いったい今の僕は《何処から何処までの記憶》が無くなっているのか、自分でも訳が分からなくなってきた…

 

 本当に今の僕は《緑谷 出久》なのか?…と疑心暗鬼になりながら…僕は眠りについた…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●緑谷宅…(出久が退院してから数日後)

 

 

None side

 

 療養生活を送っていた出久は、自分の部屋で《昔の自分》が書いたとされるノートを読んでいた。

 

 転校先の火野国中学校に初登校するのは、1週間の療養生活を終えたあと、つまり《相澤からの特訓と教育》が開始される日となっている。

 

 

 

 出久の新居での生活が始まった次の日、母親の引子は出久にアルバムを見せながら《出久が生まれてから14年間の思い出》を語った。

 

 しかし…それでも出久は未だに《自分のこと》も《両親のこと》も《両親と過ごした記憶》も…思い出すことは出来なかった…

 

 自分をこんなにも気遣ってくれる母親の引子に申し訳ない気持ちになった出久は、部屋の片付けている際で見つけた《昔の自分が学校の勉強に使っていたノート》や《日記》、そして《『将来の為のヒーロー分析』というノート》に目を通して、少し早くでも過去の記憶を取り戻そうとしていた。

 

 

 

 だが…

 

 

 

「はあぁ……駄目だ~…何にも思い出せない…」

 

 

 

 どんなに自分の過去を思い出そうとしても、今の出久の記憶には《植木とウールと共に精神世界で過ごした記憶》以前の《他人の記憶》は無かった…

 

 まるで《パズルのピースの一部》が損失したように、《他人との記憶》というパズルピースが完全に消滅していた…

 

 出久は虚しい気持ちになりながら、今さっき読んでいた《将来の為のヒーロー分析(No.12)》のノートを見ながら呟いた…

 

「このノートを書いていたのが…《本物の緑谷出久》なの?……キミはいったい……何処へ行っちゃったの?」

 

 自分以外誰もいない部屋で…出久は《昔の自分》に語りかけた…

 

 返事なんて返ってこないのは分かっていても…出久は押し寄せる虚しさによって…口が勝手に動いていた…

 

 

 

ピンポーン

 

 

 

「ん?お客さんかな?」

 

 出久が落ち込んでいると、玄関の呼び鈴が鳴った。

 

 引子は丁度買い物に出掛けているため、出久は急いで玄関に向かった。

 

「は~い、今出ま~す」

 

ガチャッ

 

「やあ!緑谷君!こんにちは!」

 

「根津校長!?今日はどうなさったんですか?」

 

 宅急便か何かだと思ってた出久は、まさかの人物に驚きながらも根津をすぐに家の中へと招き入れ、リビングのソファーに案内した。

 

「今、お茶をお出ししますね」

 

「いやいやお構い無く、キミと少し話をしたらすぐ帰るのさ!お母さんは今出掛けてるのかい?」

 

「はい、1時間位前に買い物へ出かけました。どうぞ、冷たい麦茶です」

 

 出久はお盆に乗せた麦茶が注がれたガラスのコップを根津の前にあるテーブルへ置いた。

 

「ありがとう、いただくのさ」

 

 根津は出されたお茶を飲みながら、出久と話を始めた。

 

「今日は退院したキミの様子を見に来たのさ!」

 

「僕ですか?」

 

「うん!どうだい、退院後の生活は落ち着いてきたかい?」

 

「はい、おかげさまで………と…言いたいところなのですが…正直に言いますと…まだ《落ち着いてない》…というよりは《馴れない》ですねぇ…」

 

「ほぅ…どうしてだい?話してみるのさ」

 

「………実は…」

 

 

 

 出久は、今の自分が抱えている不安の数々を根津にポツポツと語り始めた…

 

 

 

 根津は出久の話に嫌な顔1つせず…真剣に出久の話し相手になった…

 

 

 

「…昨日お母さんにアルバムを見せてもらいながら…昔の僕について話を聞かせてくれたんですが……結局何にも思い出せなくて…お母さんに申し訳なくて……だから1秒でも早く記憶を取り戻そうと《昔の自分が色々と書いたノート》に目を通しているんですが……結局なに1つ思い出せないんです…」

 

「そうかい…」

 

「……根津校長……僕はどうしたら良いんでしょうか……どうしたら…お母さんに《本当の笑顔》を取り戻せるんでしょうか?」

 

「緑谷君……今のキミがかかえる不安を僕が完全に理解してあげることは出来ない……でもね僕にだって《キミのことを心から思う気持ち》なら理解できるのさ」

 

「?どういう意味ですか?」

 

「僕も《キミのお母さん》と同じく、キミのことを心配しているからこそ今日ここへやって来たのさ!とは言え、僕の《キミを思う気持ち》なんて、キミのお母さんには全然敵わないけどね」

 

「ッ!?……お母さん…」

 

「無理はしちゃ駄目なのさ…緑谷君。リカバリーガールからも忠告されただろ?『無理に思い出そうとするのは、脳に負担がかかってしまい返って記憶が戻らない』とね」

 

「………」

 

「ゆっくりでも良いのさ。少なくともキミのお母さんは、例えキミの記憶が一生涯戻らなかったとしても《キミを息子として愛する気持ち》は変わらないんだからね」

 

「根津校長………ありがとうございます。何だが心が軽くなった気がします」

 

「うん、それなら良かったのさ!」

 

 根津は、出久の心の中にあった不安を解決へと導いた。

 

 出久の気分が明るくなったところで、根津は話を切り替えた。

 

「そうだ緑谷君、いきなりだけどキミの部屋を見せてもらっても良いかな?」

 

「え?僕の部屋をですか?良いですけど特に珍しいものは何もありませんよ?」

 

「いやいや、退院したキミがどんな生活を送っているのか気になっていたものでね」

 

「そうですか、それじゃあ案内します」

 

 出久は根津と共に自分の部屋の前まで移動すると、何の躊躇もなく自室の扉を開けて、部屋の中を根津に見せた。

 

「おや、随分と普通だね~」

 

 出久の部屋を見た根津の感想は《普通》だった…

 

 一般の男子中学生の部屋…それが今の出久の部屋だった…

 

 だが根津は…そんな出久の部屋に強い違和感を感じた…

 

「はい、退院したその日の内に《部屋の片付け》をしましたので」

 

「成る程、ところで緑谷君、ずっと気になっていたんだけど、この段ボールはなんだい?」

 

 根津は出久の部屋前の廊下に積み重なって置かれた《いくつもの段ボール》に意識を向けた。

 

「コレですか?心機一転を兼ねて部屋の片付けをしていた時に、《いらない物》を纏めて段ボールに積めました」

 

「いらない物?………ッ!??…緑谷君、悪いんだけど部屋の中に入って良いかな?」

 

「えっ?別に構いませんが?」

 

「ありがとう…では…」

 

 出久の許可を貰った根津は、中に入って部屋中を見渡した。

 

「…これは………」

 

「?」

 

 

 

 出久の部屋を穴が空くほど見た根津は言葉を失った…

 

 出久の部屋から《あるもの》だけが1つ残らず全て無くなっていたことに根津は気がついたのだ…

 

 

 

 以前、緑谷夫妻が引っ越しの手続きをする際に助力した根津は、荷造りが始まる前に1度だけ出久の部屋を訪れていた…

 引っ越しの際、出久の部屋は《引っ越し前の部屋の風景》が全く同じになるよう気遣ったのだ…

 

 

 

 だが《今の出久の部屋の風景》は《根津が知ってる出久の部屋の風景》は決定的な違いがあった…

 

 

 

 出久の部屋から無くなった《あるもの》…

 

 

 

 その答えが…部屋の前に置かれた《段ボールの中身》である…

 

 

 

「緑谷君、一応聞くんだけど…部屋の外に置いてある《段ボールの中身》はどうする気なんだい?」

 

「どうする気と言われましても…捨てる訳にはいきませんし…折角なら夏休み期間になった時に《ラグドールさん達の山の木々を戻すため》に使おうかなと思ってます。僕にはもう《いらない物》なので」

 

「………そうかい…」

 

「?」

 

「段ボールの中身…見てもいいかな?」

 

「はい、良いですよ」

 

 根津は段ボールの1つの蓋を開けて中身を確認すると『やはり…』という反応をした…

 

 

 

 出久の部屋から消えた《あるもの》…

 

 

 

 《ヒーローオタクの部屋》は《殺風景な部屋》へと姿を変えていた…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう…引っ越し前は部屋一面にあった《オールマイトのグッズ》が全部、段ボールの中に敷き詰められていた…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 更にあろうことか、出久はオールマイトのグッズを《能力で木にするために使う》…と平然な態度で発言したのだ…

 

 つまり…今の出久にとって《オールマイトのグッズ》とは……………

 

 

 

「根津校長?」

 

「…緑谷君……キミはオールマイトのことは嫌いかい?」

 

「オールマイトさんですか?そうですねぇ…入院している間にこの世界の現役ヒーロー達の情報を調べましたので知ってはいます。昔の僕は相当オールマイトさんに入れ込んでたようですが、今の僕にとっては別に好きでも嫌いでもなく…なんとも思っていない…ですかね…」

 

「そうかい…。…緑谷君、キミが良ければ…コレ全部…僕が貰ってもいいかな?」

 

「え?コレをですか?」

 

「うん、僕の知人に《熱烈なオールマイトファン》がいてね。木に変えてしまうなら彼に譲ろうと思うんだけど…どうかな?」

 

「構いませんよ。それなら今から車まで運びますか?」

 

「出来ればそうしてもらえるかな?何度か往復することになっちゃうけど」

 

「いえいえ、僕も根津校長には本当にお世話になってるんですから、全然大丈夫ですよ」

 

「それじゃあ、お願いするのさ!

(…緑谷君……やはり今のキミにとっては…もうオールマイトは《憧れのヒーロー》じゃ無いんだね…)」

 

 オールマイトのグッズが入った段ボールを抱えながら玄関に向かう出久の背中を見ながら根津は思った…

 

 記憶を無くしていても…出久は本能的にオールマイトを避けようとしているんだと…

 

 出久にとっての憧れのヒーローとは…

 

 《植木 耕助》だけなのだと…

 

 

 

 

 

 後日、とあるヒーロー事務所に《オールマイトのグッズが入った段ボール》がいくつも届けられた…




 冒頭に出てきた《火野国町》は、原作の【うえきの法則】にて植木君や森さん達が通っていた《火野国中学校》及び《火野国高校》をアレンジした私のオリジナルの町です。

 緑谷一家の引っ越し先を《静岡県と愛知県の県境》としたのは、未だ正確に場所が判明していない《雄英高校》が、私的に《長野県》か《山梨県》の何処かにあるのではないかと仮定したからです。
 原作での緑谷出久の出身地は、爆豪勝己と轟焦凍と同じく《静岡県あたり》とハッキリとはしていませんが、出久君が電車で雄英高校に通学していたことを考慮し、緑谷一家の引っ越し先は電車で雄英高校に通えることを踏まえて《静岡県内》といたしました。


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特訓の法則

 今回の話で、相澤先生が《出久君のヒーローを目指す覚悟》を確かめるための課題内容は、《とあるジャンプ作品》のネタを使わせていただきました。


●緑谷家…(出久が退院して1週間後)

 

 

緑谷出久 side

 

 お母さんとの新居の生活に少しずつ馴染めてきたその日の夕方、相澤先生が訪ねてきた。

 

 訪問内容は勿論、明日から開始される《僕の教育と特訓》についてだ。

 

 でも、僕はてっきり相澤先生は数日前には来て《例のトレーニングメニュー》を教えてくれるんじゃないかと思っていたんだけど…

 相澤先生は現在隣に住んでいるとはいえ、ヒーローと教師の仕事を両立して忙しいから来られなかったんだろうと僕は考えながら、リビングのテーブル椅子に相澤先生と向かいあって座っていた。

 

 因みにお母さんは、料理中に大事な物を買い忘れたとのことで、相澤先生が来る少し前にスーパーへ出掛けていった。

 

「今、お茶をいれてきますね」

 

「いや出さなくていい…お前に伝えることだけを伝えたらすぐに帰る…」

 

「そ…そうですか…」

 

 相澤先生はこの前と同じく素っ気ない態度で返答してくる…

 根津校長がこの前病院で言ってたように、ヒーローを目指すのなら《まずは相澤先生に認めてもらうこと》が目先の目標だと、僕は再認識した。

 

「で?どうだ緑谷…新居での生活はなれたか?」

 

「はい、お母さんや根津校長達のおかげで十二分にリラックスした日々を送ることが出来ました。…とはいっても…まだお母さんとはギクシャクしているところがあります…」

 

「そうか………記憶の方はどうなんだ?あれから何か思い出したことはないのか?」

 

「記憶については…これといって何も思い出せてないですね。《昔のこと》も、まだ思い出せていない《植木さん達との過ごした日々》や《植木さんから教えて貰った七ツ星以上の4つの神器の情報》も…思い出せてはいないです…」

 

 今の僕は六ツ星神器の情報までは覚えているけど、七ツ星から十ツ星神器の4つの神器についてはまだ何も思い出せてはいない…

 

 精神世界で何度か植木さんから《十種類の神器》の情報を聞いた筈なのに、七ツ星以上の神器が《どんな形状》で《何が出来る武器》なのかは未だに思い出せないんだ…

 

「まぁ…根津校長も催促はしてない…一応は確認のために聞いただけだ。もし少しでも思い出せたなら、俺を含めた例の面子の誰かに伝えろ…」

 

「はい」

 

「それじゃあ切り替えて…早速明日から始めるお前の《トレーニングメニュー》の詳細を教える…」

 

「来週の月曜日から転校先の学校に通いながらの特訓となると、学校が終わった後や土日祝日はトレーニングの時間になると?」

 

 

 

「……いや緑谷…悪いんだが…お前が思っているような予定にはならないぞ…」

 

 

 

「え?どういうことですか?」

 

「俺からのトレーニングメニューの説明の前に、まずは今日は別件で来られない根津校長からの伝言を先に伝える…」

 

「根津校長から?」

 

「緑谷、転校先の学校については根津校長から聞いているな?」

 

「はい、ラグドールさん達の山で植林活動を行った前の日に根津校長から説明がありました。僕がこれから通う《火野国中学校》で必要な制服や教科書などを相澤先生が持ってきてくれるとも」

 

「ああ…本来ならその予定だったんだがな…」

 

「だった?」

 

 

 

 何だろう…

 

 相澤先生からの返事を聞いた時点で何か嫌な予感がしてきた…

 

 

 

「結論から言おう、緑谷……お前は《火野国中学校》へは通えない…」

 

 

 

「…え?…え!ええっ!!?学校に通えない!?ど、どうしてですか!!?」

 

「落ち着け…順を追って説明してやる…」

 

「は……はい…」

 

「まず最初にことの原因は、先日根津校長と俺がヒーロー公安の本部にてお前の個性《循環》…つまり【ゴミを木に変える能力】を正式に登録するのと同時に、お前が《オールマイトに夢を否定された子供》だと知っている《教育委員会》と《ヒーロー協会》と《ヒーロー公安委員会》の上層部の人達と行った会議だ」

 

「教育委員会とヒーロー協会とヒーロー公安委員会!?しかも上層部!?…そんな凄い人達までが僕の転校に関与しているなんて……やっぱり《昔の僕が1ヶ月前に自殺を図ったことが問題視されている》…ということなのでしょうか?」

 

「俺はそう思っていたんだが、各上層部のお偉いさんにとっては、それは大した議題じゃなかったらしい…

(まぁ…もしコイツの自殺について咎めようものなら、教育委員会は《折寺中学校での一件》と《全国の学校で発覚した無個性差別》を…ヒーロー協会と公安委員会は《オールマイトの失言》と《ヘドロヴィラン事件でのヒーロー達の愚行》そして《エンデヴァーを筆頭に明るみにされた個性婚をしたヒーロー達》を…立場が上の人間から叩かれて今の立場じゃ居られなくなるだろうからな。無個性にだって権力者はいる。彼らがその気になれば…例えヒーロー公安委員会の責任者だろうと解雇させることは可能だと根津校長は言ってたからな…)」

 

「え?では何が原因で、僕は中学校に通えなくなってしまったんですか?」

 

「お前が中学校へ通えなくなった原因……それはお前が発現した《突然変異の個性》、正確にはお前が夢の中で授かった【ゴミを木に変える能力】の詳細を各上層部が知ったからだ…。当然《植木耕助のこと》や《別世界の超能力》であることは伏せ、個性《循環》としての説明だがな」

 

「……ということは、以前根津校長が話してくれた個性《循環》の将来的な活用方法を把握した上層部の人達が、僕の個性を世間へ公にしないための情報漏洩防止として、僕を学校に通わせないことを決定した……ということですか?」

 

「察しが良いな……正にその通りだ。根津校長からお前の個性の合理的な使い方の説明と一緒に、お前の個性を金目的で狙う輩(やから)が現れる可能性の話もされただろ?」

 

「はい、僕の【ゴミを木に変える能力】…個性《循環》を狙って、脅迫や誘拐や人質…あと…けっ…結婚などの可能性もあると話されました」

 

「前例が無い訳じゃないからな…。過去に《珍しい個性》や《希少な個性》を持った一般人達を誘拐していたヴィラン組織だって存在した、だからその可能性は十分に考えられる…

(それに《個性婚》ってのはヒーロー限定って訳じゃない…過去には政界が関与した事例もある…。お前の個性が公になろうものなら、確実に世界中が欲しがるだろうな……先代No.1ヒーローの時のように…)」

 

「話は分かりました。でもそれなら…中学の間は僕が個性《循環》の詳細を黙っていればいいのでは?」

 

「会議では根津校長がそんなことを言ってたんだが、上層部のお偉いさんはいくら当人であるお前が黙っていたとしても、世の中にはラグドールさんの《サーチ》のように直接聞かずとも《相手の情報を知ることが出来る個性》はいくらでも存在する。万が一にその類いの個性によってお前の個性が外部に知られようものなら、直ぐ様に《さっき話した悪い可能性》が起こりかねない。今の時代、情報の拡散なんてあっという間だ…」

 

「それで…中学の間は学校に通ってはいけないと?」

 

「ああ…お前が将来何処のヒーロー高校へ入学するにしても、一般の中学校よりは設備の整ったヒーロー高校に入学した後で、お前の個性を世間に公表した方が良いんだとよ…。だから中学校へは通わせることが出来ないって訳だ…」

 

「………」

 

「これについては俺がお前のご両親に説明しておく。補足として言っておくが…根津校長はお前の記憶が少しでも早く戻るためにと《火野国中学校》には通わせるべきだと会議では意見してくれていた……だが、頭の堅い上層部達は《お前の個性情報を探られる可能性》を危惧して『高校生になるまでは大人数との接触は避けるべき』だの…『ヒーローの誰かが近くで監視しておくべき』だのと示唆していたな…。根津校長は粘ってくれたが…結果としてお前は中学生の間は学校へは通わせず、基本の勉強は俺が《お前の監視役》を含め《全科目の家庭教師》を担当することになった…」

 

「相澤先生が家庭教師に!?じゃあ相澤先生…僕のことを認めて…」

 

「勘違いするな…俺はまだお前のことを認めた訳じゃない…。勉強面でも特訓面でも、お前がこれから伝える《俺のトレーニングメニューを達成できた時》にどちらも引き受ける予定だった…。だがお前が中学校へ通えなくなった以上、個性特訓の件はともかく、勉強面は俺が監視を含めて家庭教師を仕方なく引き受けることとなった…。お前の事情を全て知っている教育者は《俺》と《根津校長》しかいない…。根津校長は立場上、つきっきりでお前の勉強を見ることは出来ない…となればお前の勉強を見てやれる教育者は消去法で《俺》しかいないって訳だ…。だからお前が俺のトレーニングメニューをクリア出来なかったとしても、来年の高校受験までは俺が家庭教師をしてやる…。俺がお前の個性特訓を引き受けるかどうかはお前の努力次第だ…。

(本当なら…復学させたアイツらと緑谷の教育を交互に見ていこうと思ってたんだが…根津校長がアイツらの今後の教育については山田達に交代で任せると言ってたし、俺は来年までコイツ1人の面倒を見るのが要(かなめ)になったって訳だ…。根津校長……まさかこうなることも視野に入れて、俺を緑谷一家の護衛がてらこのマンションに引っ越させたのか?…あの人はいったい何処まで先を読んでるんだか……)」

 

「わ…分かりました。でも学校に通えないとなると…僕は《火野国中学校の生徒》としては登録されないんでしょうか?」

 

「それについては心配いらない…。《長期の休学》扱いとなるがお前は列記とした《火野国中学校の生徒》として既に登録されている…」

 

「?火野国中学校の先生達は、僕が休学することに納得してくれているんですか?」

 

「お前が火野国中学校に転校するのを知っているのは、現状の火野国中学校内じゃ《校長先生》だけだそうだ。今日、根津校長が火野国中学校に赴いて、火野国中学の校長先生と話をしてくるそうだ…。以前、根津校長が電話で火野国中学の校長先生に《お前の休学についての事情》を説明した際は二つ返事で了承してくれたらしいぞ…」

 

「そんなにアッサリと了承してくれたんですか、火野国中学の校長先生は?」

 

「ああ…というより…超人社会になってからは《個性が原因で休学する生徒》は別に珍しくは無い…。例えば《生まれ待った個性によっては日常生活に支障が出ている生徒》や《自分の意思とは関係無しに他者に危害を加えてしまう危険性のある個性の生徒》などは、専門の施設や病院に通うことが多いために長い期間を休学することもやむ無しとされている…。そしてお前の場合は表向き…つまり火野国中学の校長には《発現したばかりの突然変異の個性のコントロールが不安定であるため、専門の教育者をつけて勉強と個性の教育を教えていく》…という筋書きになっている。まぁ《当たらずとも遠からず》ってところだ…。それとコレは俺もさっき知ったんだが、根津校長と火野国中学の校長先生は《古い友人》らしく、向こうの1つの学校の校長先生なのか…こちらの意図を察して詮索などは一切せずに了承してくれた…」

 

「それじゃあ、僕は《火野国中学校》には絶対に通えない…ということになるんですね?」

 

「いや…根津校長が電話で『卒業式には出してほしい』と火野国中学の校長先生に話していた、火野国中学校の生徒としてな…。さっき説明した《個性が原因で休学する生徒》達も、中学までの卒園式や卒業式には出してもらえてるらしいぞ…。だからお前が火野国中学校へ行けるのは…今のところ《卒業式の1日》だけだな…。体育祭や修学旅行などの学校行事には出られないだろう…」

 

「卒業式の…1日だけ…」

 

「詳しいことは…今日根津校長が火野国中学の校長先生と色々話しをつけてくるそうだ…。後日、根津校長がここを訪れた時にでも色々聞いてみろ…」

 

「はい…」

 

「さて…話が随分逸れちまったが、今日俺がここに来たのは、お前にやらせる《トレーニングメニュー》を説明するためだ…」

 

「そ…そうでしたね、すっかり頭から抜けてました…」

 

 新しい中学校での学校生活をスタート出来るとばかり思っていた僕は…出鼻を挫かれた気持ちになった…

 

 前に通っていた折寺中学校での生活の記憶については、そこで学んだ《勉強》や《知識》は覚えてるけど《僕の近くにいた生徒や先生達の顔どころか存在》も思い出せていない…

 

 だから残り少ない中学校生活を、火野国中学校で楽しく過ごしたいと僕は思っていた…

 

 もしかしたら…火野国中学での学校生活を通して…失った記憶が少しでも戻るんじゃないかと期待していたんだ…

 

 でも…植木さんから授かった【ゴミを木に変える能力】…個性名《循環》を根津校長や公安委員会などの人達が重要視されてしまったことで…僕は結果的に中学校生活を送れなくなってしまった…

 

 

 

 

 

 皮肉なもんだよ…

 

 昔の僕は《個性が無く》ても学校に通えたのに…

 

 今の僕は《個性がある》のに学校へ通えないなんてさ…

 

 

 

 

 

 でも…クヨクヨはしてられない!!!

 

 

 

 

 

 中学校に通えなくなったのは非常に残念だけど、逆に考えれば《学校生活をする筈だった時間をトレーニングや個性特訓のため》に費やすことが出来るということだ!

 

 ヒーロー高校の入試まであと《8ヶ月》、受験勉強もだけど、僕は《同い年の個性持ちの生徒》からすれば10年も個性の発現が遅れている!

 

 だから、根津校長がくれたチャンス(プロヒーロー9人からの指導)を十分に生かさないと!

 

 正確には、精神世界で《1年足らず》は植木さんとウールさんからの指導されてきたとはいえ、それでもまだ同年代の人達とは《9年以上》の差がある…

 

 中学校に通えないと言うのなら、その時間も大いに活用して一刻も早く同年代の個性持ち達の実力に追い付かないと!!!

 

「お前が中学校へ通えなくなったことを考慮し、トレーニングメニューを組み直して考えてきた。今のお前がヒーロー高校の入試を受けるまでに必要な基礎となるトレーニングメニューを纏めた物が…コレだ…」

 

 そう言うと相澤先生は、僕に重なった2枚の紙を差し出してきた。

 

 1枚目の紙に書いてあった内容は…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・1枚目の紙

 

 

 

◯1日のスケジュール(6月8日~30日)

 

AM 5:00 起床

 

AM 6:00~7:00 ジョギング

 

AM 8:00~12:00 勉強(日曜日以外)

 

PM 13:00~22:00 基礎体力トレーニング

 

PM 23:00 就寝

 

※基本的に勉強は、自宅もしくは相澤宅での個別指導カリキュラムとする。

 

※夕食は弁当などを持参し、休憩はトレーニングの合間を見て摂る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1枚目の紙に書いてあった内容は《日程》だった。

 

 《基礎体力トレーニング》の時間が異様に長時間な気がしたけど、根津校長から相澤先生は《厳しい先生》だと聞いているから、恐らくは相澤先生は短期間で僕を鍛えるよう考えているんだ。

 

 2枚目の紙に相澤先生が考えてきた《僕を審査するトレーニングメニュー》が書いてある筈…

 

 今の僕は記憶が無いとはいえ…一度自殺を図った人間だ…

 

 相澤先生は《命を粗末にする人》を嫌う人…

 

 そんな相澤先生が僕に用意してくれたトレーニングメニュー…

 

 いったいどんな内容が書かれているだろう?

 

 

 

 

 

 僕は覚悟を決めて1枚目の紙をめくり、2枚目の紙に目を通した…

 

 

 

 

 

「…………………………え?」

 

 

 

 

 

 相澤先生から渡された2枚目の紙に書かれた内容を拝見した僕は…

 

 

 

 思考が止まってしまった…

 

 

 

 どうして思考が止まったのかって?

 

 

 

 それは…相澤先生が考えてきたというトレーニングメニューの内容に、僕は我が目を疑い思考が追い付かなかったからである…

 

 

 

 正直、僕が想定していたトレーニングメニューの何十倍もキツイ内容がそこには記されていた…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 相澤先生が考えてきたトレーニングメニューの内容…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・2枚目の紙

 

 

 

〔ヒーローを目指すなら出来て当たり前の軽~いトレーニングメニュー〕

 

・軽~いランニング 42㎞

 

・軽~い腕立て   100×100回

 

・軽~い腹筋    100×100回

 

・軽~い背筋    100×100回

 

・軽~いスクワット 100×100回

 

※最終的には《5㎏のウェイト》を着込み、以上のトレーニングメニューを達成すること。

 

※6月以内に上記のトレーニングメニューを全て時間内(13:00~22:00)に達成すること。

 

※筋トレの回数は、ランニングで走った距離と残り時間を照らし合わせて決めることとする。

 

※基礎体力トレーニング期間中の《個性》の使用は禁止。

(例:マラソン中【電光石火(ライカ)】の使用)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2枚目の紙に記されたトレーニングメニュー表の内容を全て理解した僕は相澤先生に…

 

『なんじゃコリァーーー!!?どこが軽いんですか!!???』

 

 …っと大声を言いそうになったけど、既(すんで)の所で僕はその言葉を呑み込んだ…

 

 

 

 

 

 コレが相澤先生が…僕に与えた試練…

 

 敢えて【能力】も【神器】も使わせずに《僕自身の体力》だけで審査するつもりなんだ…

 

 今の僕のヒーローを目指す覚悟が《本物》なのかを測るために…

 

「どうした緑谷?急に黙って…始める前から怖じ気づいたか…?」

 

「い…いえ…書いてある内容に驚いてしまいました。僕の見間違いでしょうか?どのトレーニングメニューにも『軽~い』と記されているように見えるんですが?」

 

「緑谷…残念だがそれは見間違いじゃない…。急遽《火野国中学校へは通えなくなったこと》と、《精神世界での特訓の話》と、リカバリーガールから聞いた《今のお前の身体状況》を交え、今のお前に最も見合った特訓メニューがそれだ…」

 

「僕の身体状況と言いますと…植木さんから【能力】と【神器】を授かった際に身に付いていた《天界人の回復力と頑丈さ》のことですね?」

 

「あぁそうだ。普通、病み上がりの人間がこんなトレーニングをしたなら、次の日は《酷い筋肉痛》で動けなくなる…。だが今のお前は《天界人の異常な回復力》とやらのおかげで、一晩睡眠をとればお前の身体は全回復する。先日プッシーキャッツの山で植林活動をした日、俺はてっきり次の日のお前は《筋肉痛》に悩まされるとばかり思っていたが…退院日のお前は《前日の疲れなんて何処へやら》の状態でケロッとしていた…。その尋常じゃない回復力は存分に生かすべきだと俺は判断した。常人には無理でも…お前なら《どんなに厳しいトレーニング》をしても、次の日の《筋肉痛》と《倦怠感》に苛(さいな)まれることなく、毎日鍛練に励むことが出来る、実に合理的だ…」

 

「…《このトレーニングメニューを僕がやり遂げるか否か》が…《僕がヒーローの目指す資格に値するのか》を審査する試練ということなんですね?」

 

「そういうことになるな…。これは俺の同僚の言い分だが『筋繊維は酷使する事により壊れ…強く太くなる。それは《個性》も同じ、使い続ければ強くなり、でなければ衰える』ってな…。どんな個性にしろヒーローを目指すってんなら、まずは基礎体力が出来上がってなけりゃ意味がない…。ヒーローの現場において最後に便りとなるのは《自分の体力》だけだ…。その上で《お前のヒーローの覚悟を審査するため》と《お前の身体づくり》を兼ねた合理的な特訓をさせ、その過程でお前の筋繊維を何度も破壊し…バランスのとれた栄養を摂取し…そしてお前が持つ《天界人の異常な回復力》によって…トレーニングメニューで壊されたお前の筋肉を短期間で《より強い筋肉》へと成長させる…。正にお前にしか出来ない合理的なトレーニング方法だ…」

 

 

 

 相澤先生の言い分は良く分かった。

 

 こんな《ハイパースパルタ体育会系のトレーニング》でも、相澤先生は『軽い』と思ってるらしい…

 

 

 

 僕の常識が間違っているのかな?

 

 

 

 このトレーニングメニューを《厳しい》と思ってしまうのは?

 

 

 

 それともヒーローを目指している人達は、これくらいの……いや、これ以上のトレーニングを毎日当たり前にやっているのかな?…と僕は考えさせられた…

 

 

 

 でも考えようによっては、相澤先生の言う通りこのトレーニングメニューは利に叶っていた…

 

 僕は他の同い年の人達からすれば《10年》も出遅れている…

 

 

 

 だから…頑張らないといけないんだ!

 

 

 

 他人(ひと)の何倍…いや10倍も100倍も努力をしないと!

 

 

 

 きっとそれは…僕を助けてくれた《リカバリーガール》や《根津校長》への恩返しになる。

 

 そして…植木さんとウールさんへの恩返しにも繋がる…

 

 

 

『お前は最高のヒーローになれる!俺が保証する!』

 

 

 

 精神世界で別れの最中に、植木さんが満面の笑みで僕に言ってくれたあの言葉!

 

 その言葉を言われる前に…僕が植木さんとウールさんに何を言ったのかは思い出せないけど、その言葉を言われた時に僕が心に刻んだ決意は覚えている!

 

 

 

 次に植木さん達と会うまでに、必ず《植木さんのような正義のヒーロー》になってみせると!

 

 

 

 そして相澤先生から出されたこの試練は、謂わば僕が《植木さん》という目標に近づくための道筋なんだ!

 

「相澤先生!明日からご指導の程!よろしくお願いします!」

 

「良い返答だ……最初に言っておくが…俺は根津校長やラグドールさん達のような《優しい教育》をするつもりは毛頭ないぞ…」

 

「はい!」

 

「俺がマンツーマンで教える以上、お前にはヒーロー高校の受験において《主席》もしくは《次席》で合格してもらう…。そして来年俺が勤めるヒーロー高校をお前が受験するなら…俺は《主席》か《次席》以外での合格は認めず不合格とする…」

 

「主席と次席以外は不合格……」

 

「それくらいの意気込みでトレーニングに励めと言うことだ…。乗り越えていけ…緑谷…。俺が勤める根津校長のヒーロー高校では《こんな校訓》がある…」

 

「校訓?」

 

「あぁ…俺の煩い同僚が毎年の入試で受験者達へ言ってるからもう耳タコだ…『かのナポレオン=ポナパルトが言った「真の英雄は人生の不幸を乗り越えていく者のことである」』ってな。根津校長はそのナポレオンの名言を基として《こんな校訓》を作った…

『" 更に向こうへ!PLUS ULTRA! " 』…とな」

 

「PLUS…ULTRA…」

 

「努力を怠るなよ緑谷…。今のお前が憧れるヒーロー《植木 耕助》になりたいなら…強くなれ…」

 

「はい!相澤先生!」

 

 

 

 それから小一時間、僕は相澤先生から特訓をするに与っての細かい注意点などを説明を受けた。

 

 

 

「ただいま~」

 

 相澤先生との話を一通り終えた頃、玄関からお母さんの声が聞こえてきた。

 

「あっ!お母さんが帰ってきました」

 

「みたいだな…」

 

「ごめんね出久~レジが混んでて遅くなっちゃった。ってあら?相澤先生、いらしてたんですね!」

 

「お邪魔してます…」

 

「お母さんと入れ違いで来てくれたんだよ?」

 

「あらそうなの?すいません、ちょっと買い物に出掛けていたもので~」

 

「いえ…問題ありません…丁度話しも終わったところですから…私はこれでお暇(いとま)させていただきます」

 

「ああ!待ってください相澤先生!折角ですし、一緒に夕食でもいかがですか?」

 

「いや…そういう訳には…」

 

「大丈夫ですよ、後はカレー粉を入れて煮込むだけですから、ちょっと待っててくださいね」

 

「いえ…お構い無く、私はこれで失礼しますので」

 

「遠慮しないでください、これから息子がお世話になるんですから、これくらいの気遣いはさせてもらわないと」

 

「しかし…」

 

 相澤先生はお母さんの夕食を誘いを断って帰ろうとしてたけど、最終的にお母さんの圧に負けたのか、夕食を食べていくことになった。

 

 今日の夕食は《カレーライス》と《サラダ》と《味噌汁》だった。

 

 夕食後、相澤先生はお母さんにも断片的に《僕が火野国中学校へ通えないこと》と《明日からの僕のトレーニングメニュー》や《それに対する食事の献立》などを説明してくれた。

 

 僕のトレーニングメニューを知ったお母さんは危うく気絶しそうになってたけど、なんとか受け入れてもらえた。

 

 話が終わり、相澤先生が帰ろうとしたので僕は玄関まで見送った。

 

「すいません相澤先生、なんだか強引に夕食を食べさせてしまって…」

 

「構わない…俺としては久々にマトモな食事を味わえたよ…。あれが世間で言うところの《おふくろの味》ってやつなんだな…」

 

「(相澤先生…普段何を主食にしてるんだろう?)」

 

「緑谷、念のために明日からのスケジュールをもう一度伝えておく…。朝走るジョギングはさっき話したコースを走り、それが終わったら朝食などを済ませて8時前の7時50分には隣の俺の自宅へ来い…。8時から12時まで勉強をし、昼食を済ませたら13時にマンションのエントラスに集合…。スタート地点はこのマンションとし、マラソンのゴール地点は毎回場所を変える…。さっきも説明したが、マラソンをする際はお前に《専用の腕時計》を貸す。その腕時計には発信器が内蔵させており、お前が6時間以内に42キロ先のゴール地点へ到達できるならそれでいいが、到達できないと俺が判断した場合は車でお前を迎えに行く…。そして、ゴール地点で残りのトレーニングメニューをやらせる…。その時の腕立てや腹筋などの回数は…《残り時間》と《お前が走ったマラソンの距離》で俺が決める…分かったか?」

 

「はい!明日からよろしくお願いします!相澤先生!」

 

「おぅ…じゃあな」

 

 相澤先生を見送った後、僕は入浴と明日の準備を済ませてすぐに布団へ入った。

 

 明日から本格的に頑張らないと!

 

 植木さんのような正義のヒーローになるために!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●次の日…

 

 

None side

 

 本日よりイレイザーヘッドによる緑谷出久の教育が始まった。

 

 

 

 しかし…相澤の教育は…出久が想定していたもの以上に辛く厳しいものだった…

 

 

 

 前日、相澤から聞いたスケジュール通り、出久は《早朝のジョギング》《相澤宅での全教科の勉強》という午前のスケジュールを終えた。

 

 午前中はこれといって出久に不憫なことはなかった。

 記憶を失う前の出久は、普段から自分なりにトレーニングをしていたのと、学校での待遇こそ酷かったが成績は優秀だったため、午前のスケジュールは難なく過ごすことが出来ていた。

 

 

 

 

 

 だが…午後になって出久は思い知ることとなった…

 

 相澤消太という…鬼教師の指導方針を…

 

 

 

 

 

 自宅で昼食をとった後、トレーニングに適した服装に着替え、母から夜食のお弁当をもらい、マンションのエントラスに向かった。

 

 エントラスでは相澤が出久のことを待っていた。

 

「来たか…緑谷」

 

「お待たせしました、相澤先生!」

 

「12時45分、指定された時間ギリギリではなく…時間に余裕も持った行動…合理的だ」

 

 相澤に手に持っていた《腕時計》の時刻を見ながら話を切り出した。

 

「相澤先生、その腕時計が例の?」

 

「あぁ…昨日説明したお前がマラソン中につける《発信器付き腕時計》だ…」

 

 相澤はそう言いながら持っていた腕時計を出久に渡した。

 

 出久は手渡しされた腕時計を利き手とは逆の手首に巻き付けた。

 

「その腕時計に内蔵させた発信器は、俺の車に積んであるノートパソコンと連動していて、お前の位置を常に把握できるすることが出来る…。だからお前がサボったり怠けたりすれば一発で分かる…《やる気がない》と俺が判断したらならどうなるか…それは聞かなくてもいいな?」

 

「即座に僕の教育者から下りる…ですよね?」

 

「分かってるじゃないか…」

 

「が…頑張ります!」

 

「ヨシ…なら今日のマラソンの目的地を教える。今日の目的地は…」

 

 

 

 相澤は出久に地図を見せて、マラソンのゴール地点を出久に教えた。

 

 万が一迷った場合は、手持ちのスマホで道を調べても良いと相澤は許可をした。

 

 

 

「あと1分でスタートだ…俺は先にゴール地点に行って待ってる。早く来いよ、緑谷…」

 

 相澤は自分の車に乗り込むとマンションの駐車場から即座に出ていった。

 

 出久は腕時計の時刻を見ながら少し興奮していた。

 

「あと30秒、遂に始まるんだ!僕の…ヒーローになるための《第二歩目》が!」

 

 不安はあるが…それ以上に出久はワクワクしていた!

 

 自分がヒーローになるための試練(相澤のトレーニングメニュー)…

 

 それを達成できた時、自分は恩師である《植木 耕助》に少しでも近づくことが出来ると思うと、出久は走る前からドキドキしていた!

 

 走行している内に、スタート時間まで残り10秒を切っていた!

 

「これが僕の第二歩目!僕は絶対に!植木さんのような最高の正義のヒーローになるんだ!」

 

 時計が13時になると同時に、出久は駆け出した!

 

 植木とウールへ誓った決意を胸に!

 

 相澤が向かうゴール地点へと走り出した!

 

 

 

 

 

 そんな息子の走っていく姿を…

 

 マンション最上階のベランダから…母親の引子が見送っていた…

 

「出久…頑張ってね…」

 

 母の涙を浮かべた視線に気づくことなく…出久はマンションから走り去っていった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●その日の夜…(22時前)

 

 

 とある公園に《1人の教師》と《1人の生徒》がいた。

 

 教師の方は《自分の腕に巻かれた腕時計》と《息が絶え絶えで今にも倒れそうになりながらスクワットをしている男子生徒》を交互に見ていた。

 

「残り10秒…9…8…7…6…5…4…3…2…1…0………終わりだ緑谷…」

 

「…うぅぁ……」ズサッ…

 

 出久はガクガクしていた両足が限界を越えてしまい、そのまま地面に倒れ込んだ…

 

 相澤の基礎体力トレーニングが開始されて9時間後…

 

 今日のマラソンの目的地である公園は当に暗くなっており、公園の外灯の光がベンチに座る相澤と、クタクタになって倒れた出久を照らしていた…

 

 

 

 生徒が倒れてしまったというのに、相澤は他人事のように出久へ語りかけた…

 

「緑谷…お前……やる気あるのか?」

 

「………」ゼー…ゼー…ゼー…

 

「いくら病院生活で鈍っていたとはいえ…初日でここまで酷い結果になるとは思わなかったぞ…。あれだけの啖呵を切っておきながら…今日走ったマラソンの距離は10㎞足らず……腕立て、腹筋、背筋、スクワットを全て100回にしてやったにも関わらず、最後のスクワットに至っては100回を終わらせることも出来ないでのタイムアップ……これじゃあ先が思いやられる…。6月以内、正確には残り期間は《22日》しかねぇぞ…」

 

「………」ゼー…ゼー…ゼー…

 

 疲れきった出久は地面に倒れ伏せていた…

 

 しかし相澤は容赦なく厳しい言葉を出久にぶつけた…

 

「そんなんじゃあ…目標である《植木 耕助》は程遠い…。仮にこのトレーニングメニューをやり遂げられたとしても、それは終わりじゃない。そこからが本当の始まりだ、クリアできたなら今度はこのトレーニングメニューを《準備運動》として当たり前に出来るようになり、それから個性の特訓に励んでもらう…。《自然災害》《大事故》《身勝手なヴィラン達》《いつどこから来るか分からない厄災》…ヒーローの仕事は理不尽でまみれてる…。そういった理不尽を覆(くつがえ)していくのが《真のヒーロー》だ…。いざという時に疲労で身体が動かないんじゃ話にならない…」

 

「………」ゼー…ゼェ…ゼェ…

 

「お前は中学校へ通わない分の時間がある…その時間を有効活用しろ…。精神世界で《1年足らず》鍛えていたとしても、まだお前は《9年以上》も同年代の奴等とは差がある…。1分1秒無駄にするな……ヒーローの現場においては…一瞬の判断と迷いが…人の命を左右するんだ…」

 

「………ぼ……僕は……」

 

「?」

 

「今の僕は……まだ…植木さんの足元にも…及びません…。同じ【能力】が…使えても……全然……全く……植木さんには…近づけていません…」

 

「………」

 

「でも…認めてくれたんです…」

 

「?」

 

「無個性故の理不尽に負けて…自殺を図ったこんな僕を…植木さんは受け入れて…そして認めてくれたんです。……『お前は最高のヒーローになれる』って……『俺が保証する』って…言ってくれました…」

 

「………」

 

「植木さんが応援してくれたのに……それなのに…僕は……気持ちばっかり焦って…成果を出せてない…」

 

「(やはり内心は切羽詰まっていたか…。1日でも早く周囲の同年代達に追い付くために……原点である《植木 耕助》に1歩でも早く近づくために…)」

 

 出久は覚束無(おぼつかな)い足でフラつきながらも立ち上がった。

 

「なら…お前はどうする?」

 

「1日1日…少しずつでも…距離と回数を増やしていきます…」

 

「残りの期間は22日…それで間に合うのか…?」

 

「間に合わせてみせます…だって…今の僕は!」

 

「?」

 

 

 

「今の僕は…… "『頑張れ!!』って感じの緑谷出久" なんです!!」

 

 

 

 今達成すべき目標と向き合う《自分自身》を出久は叫んだ!!

 

「ッ!?」

 

 出久の発言を聞いた相澤は、過去の《ある記憶》が突然頭の中でフラッシュバックした…

 

 

 

 それは相澤がまだ学生の頃…初めて自分1人だけで…ヴィランを倒した雨の日の出来事…

 

 ヴィランとの戦闘中、何度も諦めそうになった相澤を…通信機を通して親友が《励まし》と《応援》をしてくれた…

 

 親友の最後の言葉…

 

 

 

 

 

『頑張れショータ!』

 

『皆を守れるのはお前だけだ!』

 

『大丈夫だ!お前は行ける!』

 

『お前はやれる!』

 

『そうとも俺は知ってるぞ!』

 

『お前は強い!絶対負けない!』

 

『頑張れショータ!』

 

『負けるなショータ!』

 

『頑張れショータ!』

 

『頑張れショータ!!』

 

 

 

 

 

 あの呼び掛けがあったからこそ…学生時代の相澤は…1人でヴィランを撃退することに成功したのだ…

 

 事件後、相澤は自分を鼓舞してくれた親友にお礼を言おうとした…

 

 

 

 しかし…相澤がその親友の声を聞くことは2度となかった…

 

 

 

 ヴィランとの戦闘中に聞こえてきた親友の声を…周囲の人間は《幻聴》だと断言したのだ…

 

 実際に…親友の通信機は壊れていただけでなく…倒壊した建物の中から《親友の遺体》が発見され…

 

 相澤は《自分が聞いた親友の言葉が幻聴だということ》を否定できなかったのだ…

 

 

 

 そんな亡き親友の面影を…相澤は出久に見た…

 

 

 

 

 

「…白……雲…」

 

「え…」

 

「…ハッ!………いや…なんでもない…」

 

「?」

 

「緑谷、取り敢えず今日は終了だ…家まで送ったらすぐに風呂に入って…明日の準備をしたらすぐ寝ろ…。例の《天界人の回復力》が本当なら、明日は今日よりも良い成果を出せる筈だ…」

 

「は、はい!」

 

 相澤が無意識に呟いた言葉を不思議に思った出久だったが、スパルタトレーニングの疲れで気にしてる暇が無かった。

 

 その後、相澤の車で自宅へ戻った出久は、入浴と明日の準備を済ませて就寝した…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●相澤宅…

 

イレイザーヘッド side

 

 緑谷を自宅に送り届けて帰宅した俺は…電気を点けずに…リビングのソファーに座りながら…テーブルに置いた《写真立て》を見ていた…

 

 写真立てに入れてある写真は…《学生時代の俺と友人2人が写っている写真》だ…

 

 俺はその写真の前にガラスのコップを2つ置き、酒が無かったため代わりに冷たい麦茶を2つのコップに注ぎ、俺はコップを1つ持ち上げてもう1つのコップへ軽く当ててからお茶を飲んだ…

 

カツンッ

 

ゴクゴク…

 

「………緑谷出久…アイツを見てると…何故かお前のことを思い出すよ…白雲…」

 

 俺は写真に写る《白髪の男》へ話しかけた…

 

「性格も容姿も個性も違うが…それでもアイツはお前に似てる…。なぁ…白雲、俺は生徒に厳しすぎると思うか?」

 

 返事は返ってこない……そんなことは分かりきっているというのに……俺は一人言を続けた…

 

「俺が生徒に厳しくするのは…あの日のお前のような末路になってほしくないからだ…」

 

 俺はいつの間にか…無意識の内に涙を流していた…

 

「未来あるアイツらには…お前のような…《誰かを引っ張っていけるヒーロー》になってほしい…。だから俺は…これからも自分の性分を変えずに…生徒と向き合っていくよ…。今隣に住んでる《記憶喪失の生徒》ともな…」

 

 もう少し話をしたいところだが…眠気が俺を襲ってきた…

 

「アイツは将来…お前が目指していたヒーローになってくれるのかな?…白雲……」

 

 眠気に負けた俺は…そのままソファーで眠りについた…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●同時刻のとあるBAR…

 

 

None side

 

「……………」

 

「黒霧……黒霧……黒霧!!?」

 

「……え?」

 

「『え?』じゃねぇよ!ちゃんと聞いてんのか!?」

 

「あぁ…すみません…ボーっとしていたので…聞いてませんでした」

 

「ちゃんと聞けや!アイツはまだ帰ってこねぇのか?もう日付は変わってるってのによぉ」

 

「ああ彼ならば、さっき貴方がトイレに行っている間に帰ってきましたよ?」

 

「は!?んでどうしたんだよ!?」

 

「どうしたもなにも…今は自室で寝ているんじゃないですか?」

 

「あのクソガキ……誰がリーダーが分かってのかよ!やっぱり気に入らねぇ!塵にして誰が上なのか分からせてやる!!」

 

「お!お待ちください死柄木 弔!それは流石に不味いです!?」

 

「気に入らねぇんだよ!いくら先生が連れてきた子供だろうが!俺に歯向かう奴は消すんだよ!」

 

「駄目ですって!それにまだ彼は年齢的には子供です!死柄木 弔!貴方は二十歳前の大人なんですから《大人の余裕》というものを…」

 

「ウルセェ!俺に従わねぇ奴は《大人》も《子供》も関係ねぇよ!そこ退けや黒霧!」

 

「だから駄目ですってば!?」

 

 癇癪を起こした死柄木を、黒霧が必死に止めていた…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●6月21日のとある公園…(出久のトレーニング開始から2週間後)

 

 トレーニング1日目から大きな挫折感を味わった出久だったが相澤からの鼓舞を受けて、よりトレーニングに励むようになっていった。

 

 そのかいあってか、1日毎にマラソンの距離と筋トレの達成回数を少しずつ伸ばすことに成功し…

 

 トレーニングが開始されてから14日目…

 

「9994…9995…9996…9997…」

 

「残り10秒…9…8…7…6…5…4…3…」

 

「9998…9999…10000!!!」バタッ…

 

 スクワット10000回目を終えると、出久は足を伸ばしきった状態で背中から地面に倒れた。

 

「残りタイム1秒……ギリギリだが…俺が提案したトレーニングメニューを全てやり遂げるとはな……2週間前と同じ人間とは思えない成長っぷりだ…」

 

「あ…あぁ……ありが…とう……ござい…ま…す…」ゼー…ゼー…ゼー

 

 出久は相澤からのスパルタトレーニングをやりきったことで達成感に満たされていた。

 

 

 

 しかし、そんな出久の喜びに水を差すように…相澤は厳しい現実を突きつけた…

 

 

 

「あとは《5㎏のウェイト》を着込んで、同じことを達成するだけだな…」

 

「……はへっ?」ゼェ…ゼェ…

 

「『はへっ』じゃねぇよ…俺が初日に渡したトレーニングメニューの紙に書いてあっただろ?『最終的には《5㎏のウェイト》を着込んで達成すること』ってな…」

 

「そ……そうでした…」

 

 先程まで出久の中にあった達成感は…相澤の言葉を聞いた途端に消えてしまい…出久は深く落ち込んだ…

 

「残り期間はあと9日……今日のペースを忘れるなよ?下手に焦って無理をすれば逆効果だからな…」

 

「わ……分かりました…」

 

「ほら帰るぞ…さっさと腰を上げて車に乗れ…」

 

「はい…」

 

 力ない返事をした出久は相澤の車に乗り込んで自宅へと向かった。

 

 

 

 そんな帰り道、相澤は助手席で落ち込む出久に話しかけた。

 

 

 

「緑谷…突然だが《ヒーロー》は何のために存在するのか知ってるか?」

 

「え?《困ってる人や助けを求める人を助けるため》では?」

 

「あぁ…そうなんだが…お前のように迷うことなく馬鹿正直にそう答えられるヒーローは…現代ではメッキリ減った…」

 

「減った?確かに日本のヴィラン発生率は最近上下していたみたいですが、他の国からすれば基本的に安全な国の筈じゃないんですか?」

 

「いや、俺が言ってるのは《ヴィラン発生率》のことじゃない…」

 

「と…言いますと?」

 

「今年の4月頭まで…日本の現役ヒーローだった若手共の半分近くは《ヒーローの本質》よりも《私利私欲》…《名誉》や《金》を優先しヒーロー活動をしていた…。『誰かを守る…』『誰かを助ける…』なんて口に出すのは簡単だ……しかしなぁ…いざ自分の命が危険に晒された時に、助けを求める人を見捨てて自分の身の安全を優先するような《自己中な若手ヒーロー》が近年では増えちまってな…。まぁ、そんな《腰抜け共》の殆どは…最近あった騒ぎで自分からヒーローを辞めていったけどな…」

 

「…ヒーローとしての仕事をしていないヒーローが許せない…と?」

 

「そうだ。今のお前は記憶が無くても話くらいは聞いてるだろ?《ヘドロヴィラン事件》…昔のお前が自殺を図ったその日に発生したヴィラン事件だ…。その事件に関わったヒーロー達は…どいつもこいつも《ヒーローという存在そのものに泥を塗ったロクデナシ共》だ…。その一件が原因で…一時は日本のヴィラン発生率が《二桁》になっちまった…。30年以上も守られてきた《一桁》のヴィラン発生率がアッサリとな…。そのロクデナシ共の一部が…お前の教育者となる《シンリンカムイ》《デステゴロ》《バックドラフト》《Mt.レディ》だ…」

 

「…根津校長とリカバリーガールが入院中に教えてくれたので、僕が自殺を図った日に《昔の僕に何があったのか》全てを知っています。いったいその日に何が起きたのかを…あと相澤先生や根津校長、リカバリーガールやシンリンカムイ達以外には秘密となっている…《No.1ヒーローのオールマイトさんに僕の夢を否定されたこと》もです」

 

「………」

 

「でも…考え方によっては…僕も相澤先生が言っているロクデナシの1人になるんですよね…」

 

「……そうだな…お前にも日本の平和を壊した一端の責任はある…

(キッカケはどうであれ…日本の平和が脅かされた原因はコイツもある…。まぁ…コイツは《被害者》側だがな…)」

 

「僕が飛び降り自殺を図ったせいで…沢山の人達が迷惑をかけてしまいました…。しかも当の僕は記憶喪失になってしまって…無責任ですよね…」

 

「責任感があるならお前はまだマシな方だ…。さっき俺が言ったロクデナシ共は、ヘドロヴィラン事件での自分がとった行動に対して責任感の欠片も持っていなかった…根津校長の説教を受けるまではな…」

 

 相澤も根津と同じく、ヘドロヴィラン事件後の後日に警察署へ集められたシンリンカムイやデステゴロ達の態度を見て、怒りの感情を持った1人だ…

 

 今は心を入れ換えて、真剣にヒーロー活動に取り組んでいるシンリンカムイ達であるが、相澤は彼らのことを信用しきってはいない…

 

 彼らが本当に《生徒を指導すること》が出来るのか?

 

 特にMt.レディは、特訓とこじつけて借金返済のために出久の個性《循環》(【ゴミを木に変える能力】)を利用して金儲けをするんじゃないかと、相澤は疑心を持っていた…

 Mt.レディだけじゃない、他の3人も現在は給料が半分になっていることもあって、同じことを仕出かすんじゃないかと相澤は思っている…

 

「緑谷…以前に勉強中に話したことだが…7月からのシンリンカムイ達との特訓の際に、あの4人の誰かが1人でも《お前の能力を金儲けに使う素振り》を見せたなら…すぐに俺へ報告しろ」

 

「は、はい…。でもシンリンカムイ達はヒーローですよ?そんなことする訳が無いんじゃ?」

 

「俺も考えたくはないが…あの事件でのアイツらの有り様を知ってるヒーローの立場から言わせれば、絶対に無いとは言い切れねぇ…」

 

「………」

 

「他人を騙して金儲けをするなんざ…それはもう《ヒーロー》じゃなくて…《ヴィラン》のすることだ…」

 

「ヴィラン…」

 

「《ヒーローは時として味方を疑わなきゃならない時もある》…7月からのシンリンカムイ達からの個性特訓を受ける際は、それも含めて特訓に励め…」

 

「…7月からの個性指導にも…相澤先生にはいてほしいです…」

 

「…そうなってほしいなら…さっさと俺のトレーニングメニューを完遂させることだ…。PLUS ULTRAの精神で達成してみせろ…緑谷…」

 

「ッ!?はい!!!」

 

 半分以上は相澤のシンリンカムイ達に対する愚痴だったが、終盤の台詞によって出久は元気を取り戻した。




 相澤先生が出久君へやらせたトレーニングメニューについてですが、《家庭教師ヒットマンREBORN!》の10年後の世界において、リボーンが山本武にやらせていたトレーニング内容としました。
 ですが…原作の相澤先生がもしマンツーマンで1人の生徒を指導するとしたなら、本当にやりかねないトレーニング内容だと私は思います。

 他にも今回の話では、漫画《ヴィジランテ》9巻の内容も入れ込みました。



 期間は残りの8日…果たして出久君は相澤先生の課題をクリアすることが出来るのか?


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クリーン活動の法則

 遂に今作のUAが20万を突破しました!

 皆様、《緑谷出久の法則》を読んでいただき、本当にありがとうごさいます!

 つきましては本編の話も進めながら、【UA20万突破記念の番外編】を現在作成しております!

 本編の続きを投稿出来るのは8月頃になってしまいますが、【番外編】は7月には投稿できるよう頑張りたいと思います!


●多古場海浜公園…(出久の特訓開始から20日目)

 

 

緑谷出久 side

 

 この日のマラソンのゴール地点は《とある砂浜》だった…

 

 5日前から課題の1つである《5㎏のウェイト》を着ながらのトレーニングにもやっと慣れてきた僕は、今日で何とか42㎞を走りきることに成功し、相澤先生から指定された目的地である砂浜へと到着した。

 

「物凄いゴミだなぁ……不法投棄なんてレベルじゃない……」

 

 目的地に着いた時、最初に目に飛び込んできた《辺り一帯がゴミの山となった砂浜》に僕は吃驚(きっきょう)してしまった!

 

 でも…感傷に浸ってる暇は無い…

 

 ゴミに埋もれた浜辺を見渡すと相澤先生を見つけた。

 

「相澤先生!」

 

「…来たか緑谷…5㎏のウェイトを着てのトレーニング開始から5日目…ようやく42㎞を走りきれたか…。5日前は30㎞までしか走りきれなかったって言うのによ…」

 

「はい…なんとか…走りきりました!」

 

「なら…あとは4種類の筋トレ10000回ずつだな…。ここまで来たんなら…今日こそ時間内に終わらせてみせろ…」

 

「はい!」

 

 先生と合流した僕は、休む間も無くゴミ山の中で残りの筋トレを開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 相澤先生のスパルタトレーニングから20日目の6月27日の夜…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ついに…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ついに…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わあああああああああああああああ!!!」 

 

「こいつ……!」ニヤリ

 

 僕はついに…

 

 ついに!

 

 相澤先生からの出された課題…

 

 その全てを時間ギリギリで達成することができた!!!

 

 僕は《この上ない達成感》に身体の疲れを忘れて、スクワット10000回目を終えると暗い海に向かって吠えた!

 

 

 

 21日前の6月7日、相澤先生より渡された《トレーニングメニュー(軽~い準備運動)》を初めて見た時、僕はこのメニューを6月以内(3週間以内)に達成するのは内心では正直無理だと思っていた…

 

 実際、初日(6月8日)のトレーニングメニューの1つであるランニングでは、目標の《4分の1》も走りきることはおろか、他の4つの筋トレも《100分の1》の回数すらやり遂げることが出来なかった…

 

 《昔の僕》は4歳の頃から身体を自主的に鍛えていたらしいんだけど、現実世界で1ヶ月も病院で眠っていたビハインドは余りにも大きく、退院までの間はリハビリはしていたものの、完全に身体が鈍っていた…

 

 でも、精神世界で【ゴミを木に変える能力】を植木さんから授かった際に、僕は植木さんが言っていた天界人の《頑丈さ》と《回復力の早さ》も身に付いたおかげで、常人なら次の日は筋肉痛で動けなくなる過剰なトレーニングをしても、僕の場合は一晩寝れば全快している。

 

 それもあって毎日のスパルタトレーニングに励むことは出来た…

 

 

 

 ただ…初日の結果であんな調子では不安しかなかった…

 

『7月になる前に…このトレーニングメニューを指定された時間内に達成することが僕に出来るのか?』…と…

 

 

 

 何度も挫けそうにもなった…

 

 

 

 何度も弱音を吐きそうにもなった…

 

 

 

 何度も心が折れそうにもなった…

 

 

 

 

 

 でも…その度に《植木さんとウールさんと過ごした楽しい日々》を思い出すことで、僕は自分を振るい上がらせ…決して諦めることも…投げ出すこともせずに…雨の日も風の日も続けることが出来た…

 

 

 

 

 

 そして今日!

 

 相澤先生の《ハイパースパルタ体育会系トレーニングメニュー》を時間内ギリギリで終わらせることに成功したんだ!!!

 

 

 

 

 

「(植木さん…ウールさん…ありがとうございます…。貴方達のおかげで…《最初の壁》を乗り越える事が出来ました…)」

 

 僕は植木さんとウールさんに感謝の言葉を心の中で呟いた…

 

グラッ

 

「…へ…?」

 

 と同時に、突然足から力が抜けて僕は膝から砂浜に座り込んでしまった。

 

 意思とは関係無しに僕の身体は活動限界を迎えたようで、立ち上がろうとしても足が全く動かなかった。

 

 小一時間くらい休まないと動けなさそうだ…

 

「まさか…本当に3週間以内にクリアするとはな……正直言って無理だと思ってたよ…俺は…」

 

「相澤先生…」

 

 座り込んだ僕に不気味な笑みを浮かべた相澤先生が話しかけてきた。

 

「合格だ。約束通り、来年の高校の受験日前日まで…お前の指導を引き受けてやるよ…」

 

「ほ!本当ですか!?あ…ありがとうございます!改めて、よろしくお願いします!相澤先生!」

 

「あぁ…よろしく。あと緑谷、夜は静かにしろ…近所迷惑だ…」

 

「ハッ!?すっ!すいません!!!」

 

「だから静かにしろって…」

 

 こうして相澤先生は、正式に来年の高校受験の前日までの間、僕の教育者となってくれた!

 

「緑谷、お前は俺が出した無理難題のトレーニングメニューを無事にやり遂げた…。一切の弱音も泣き言も吐かず…ひたむきにお前は努力を続けた…。お前に宿る…ヒーローを目指す者としてに必要とされる《根性》や《気合》は本物だ…」

 

「先生…」

 

「だがな緑谷……俺はまだお前のことが《嫌い》だ…」

 

「……はい…」

 

「この特訓を始める前にも言ったよな?俺は《命を粗末にする奴》は大嫌いだと……今のお前は記憶が無いとはいえ、1度は自らの命を絶とうとした…。だから俺は……お前は《ヒーロー科》へ入学する資格は無いと思っている…」

 

「………」

 

「だが悲観することはない…《普通科》に入った生徒が《ヒーロー科》に編入するケースもある…」

 

「普通科…ですか?」

 

「あぁ…ヒーロー高校ってのは《4つの学科》に分けられている…《ヒーロー科》《普通科》《サポート科》《経営科》の4つだ…。《ヒーロー科》は言うまでもなく、次の世代のヒーロー達を養成する学科…。《サポート科》はヒーローが使うコスチュームやサポートアイテムの開発や修理等に携わる技術者を養成する学科…。《経営科》はヒーロー事務所などの業務を行い、サポート科とは違う立場でヒーローのサポートする経営者を養成する学科…。そして《普通科》は大学の進学と就職を目的とした学科なんだが、大抵の普通科生徒は入試でヒーロー科に合格できなかった者達が殆どだ、だが成績や条件次第ではヒーロー科編入のチャンスもあり…《ヒーロー科への復活枠》とも捉えられる学科でもある…」

 

「ヒーロー科への復活枠…」

 

「緑谷…本物のヒーローを目指すってんなら、まずお前は《俺に認められる人間》になってみせろ…。お前が掲げるヒーロー像…《誰にも心配をかけずに他人を助けられるヒーロー》を目指すっていうんなら……強くなってみせろ…弱くちゃ誰も守れねぇぞ…」

 

「強く…」

 

「ヒーロー高校の入試まであと《7ヶ月半》…俺はお前により厳しく教育していく!死ぬ気で鍛えろよ緑谷…。でなきゃ…お前が尊敬する《植木 耕助》には近づけねぇぞ!」

 

「植木さん………はい!僕頑張ります!他人(ひと)の何十倍でも何百倍も努力をします!」

 

「…その言葉と気持ち…忘れるなよ…」

 

 相澤先生は、今後の本格的な特訓について説明してくれた。

 

 【能力】と【神器】の特訓を本格的に始めるのは《7月》からとなり、6月の残り期間(6月28日~30日)は、午前中を《今日走ったマラソンコース》を5㎏のウェイトを着て走り、このゴミ山の砂浜にて筋トレを行い、午後からは僕の【ゴミを木に変える能力】と【神器】の肩慣らしとして、この砂浜でゴミを可能な限り《木》に変える特訓をすることになった。

 

 相澤先生の話によると、事前に根津校長が知り合いのツテを使って、僕が【能力】で創り出した木は《海岸などで必要とされる防風林の植林活動》や《材木店や建設会社への材料として無料で寄付する予定》であり、既に原木運搬車を何十台も手配しているんだとか。

 

 因みに、材木店や建築会社のために創る木の種類は、市場では高価な材木である《檜(ひのき)の木》にしてほしいと根津校長は言ってたらしい。

 それと、無料で寄付される材木店や建築会社については、根津校長の判断で《経営不振で苦労している赤字の会社》に優先して配布されるみたいだ。

 手配した木材運輸の会社も同じく、根津校長は僕の特訓を踏まえて《財政難や経営難で苦しむ会社を手助け》する考えもあるそうだ。

 

 

 

 僕からすれば【能力】と【神器】の特訓が出来て一石二鳥だけど、根津校長には金銭的な面で負担がかかるんじゃないかと不安になってしまい、それについて相澤先生に聞いてみると…

 

「子供のお前がそんなことを心配する必要はない…。それに根津校長はお前が思っている以上の資金を持ってる…。正確な額は俺も知らねぇが、噂によると目玉が飛び出る金額らしい…。経営難の材木運輸会社の原木運搬車を手当たり次第に手配するのに使った資金も、根津校長からすれば《大したことのない出費》だそうだ…。だから気にするな…」

 

 と言われた…

 

 

 

 根津校長…アナタはいったい何者なんですか?

 

 

 

 僕の疑問を余所に、相澤先生は根津校長が『出久君が特訓する過程でゴミが無くなり木が増えることは、日本のみならず地球を救うことにも繋がるのさ』…と言ってたことを教えてくれた…

 

 『地球を救う』なんて…

 

 そんなこと大それた事…

 

 本当に僕に出来るのかなぁ…

 

 

 

 考えてなかった訳じゃない…植木さんから最初にこの【能力】を見せてもらった時は…僕も同じことを考えた…

 

 でも…いざ根津校長みたいな凄い人から期待されると、僕は不安になってしまう…

 

「…根津校長に大して申し訳ない気持ちがあるんなら…根津校長の期待に応えてみろ…。精神世界とやらで1年ほど鍛えたにしても、お前は同い年の個性持ち達にからすれば《10年》も出遅れてる……それを再認識して、お前は学んで鍛えていかなきゃならねぇんだからな…」

 

「…はい!」

 

 相澤先生の言葉を聞いて、僕は新たに決心を固めた!

 

 

 

 十分に休憩をとって、やっと少し動けるようになり、帰りはいつも通り相澤先生が車で自宅に送ってくれた。

 

 

 

 家に帰るとお母さんが出迎えてくれた。

 

 

 

 僕はお母さんに、相澤先生の課題を達成できたことを伝えると、お母さんは僕を抱き締めて目から物凄い量の涙を流しながら喜んでくれた。

 

 お母さんはお祝いにと御馳走を作ろうとしたけど、もう時間は23時の真夜中だったので、御馳走を作ってもらうのは後日にしてもらった。

 

 玄関での僕とお母さんのやり取りを見ていた相澤先生は、何も言わずに隣の自分の家に帰ろうとしたけど、お母さんは相澤先生を引き留めて何度もお礼を言っていた。

 

 相澤先生が帰った後、入浴を済ませた僕は猛烈な睡魔に襲われてそのまま自室のベッドに直行した。

 

 

 

 僕は完全に眠りへ落ちる前に…今日までの20日間の特訓の日々を振り返っていた…

 

 自分でも未だに信じられなかった…

 

 あんな滅茶苦茶なスパルタのトレーニングメニューを…決められた期間と時間内で本当に僕が達成できたなんて…

 

 自分で自分を疑う心が脱ぐえきれないけど…身体に残る疲労が…あのトレーニングを達成できた証拠だと…僕の身体が教えてくれる…

 

 

 

 でも…いざ実感してみれば…これはまだ《始まり》…植木さんという本物のヒーローに近づくための《第一歩》に過ぎない。

 

 1回達成できたからといって終わりじゃない、これからはあのスパルタトレーニングを当たり前のように出来ないといけないんだ。

 場合によっては着込むウェイトの重さが加算されていくかもしれない…

 

 7月の予定はまだ分からないけど、少なくとも明日からの3日間はスパルタトレーニングメニューを午前中に終えて、午後からの【ゴミを木に変える能力】と【神器】の特訓に励まないといけない。

 

 

 

 そう…明日からはやっと【能力】と【神器】を解禁される!

 

 

 

 【ゴミを木に変える能力】こそ1か月前にラグドールさん達の山で使ったけど、【神器】を含めた植木さんとウールさんに鍛えてもらった300日の特訓成果を、やっとこの世界で存分に発揮できる!

 

 あんなゴミ山なんて、7月になる前に全部《木》に変えて、あの海岸を《ゴミ1つ無い綺麗な海岸》にして見せる!

 

 

 

 明日からの目標を胸に…僕は眠りについた…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●次の日…

 

 

None side

 

 出久は《相澤から出されたトレーニングメニュー》を達成した次の日、午前中の間に相澤式のスパルタトレーニングを達成させた後、母が作ってくれたお弁当を食べて、午後からは前日のプラン通り《多古場海浜公園にある不法投棄された大量のゴミ処理作業》が始まった。

 

 前日相澤から言われた通り、お昼過ぎには海岸沿いにある駐車場へ、根津校長が手配したとされる《木材運搬の大型トラック》が20台近く駐車していた。

 

 午前中に準備運動(相澤式のスパルタトレーニング)を終えた出久は、午後からはプロヒーローイレイザーヘッド(相澤消太)の管理の元、【ゴミを木に変える能力】と【神器】…根津校長命名【個性:循環】を使っての《クリーン活動》が開始された。

 

 

 

 【ゴミを木に変える能力】の発動条件は《掌で包めるサイズのゴミ》でなければを《木》に変えることはできない。

 片手のみならずら両手で包み込める大きさのゴミまでなら《木》に変えることが可能。

 

 しかし、この海岸に捨てられた又は流されてきたゴミの殆どは《粗大ゴミ》であり、とてもじゃないが手で包み込める大きさではない…

 

 

 

 だが出久にとってそんなことは大した問題じゃなかった。

 

 

 

 ゴミが大きいのなら【神器】で《壊す》か《切る》か《潰す》かをして、小さくすればいいだけの話なのだから!

 

 

 

 出久は足元の砂浜に落ちている《使い捨てライター》を右手で拾い上げて握りしめた。

 

「【鉄(くろがね)】!」

 

 出久が【一ツ星神器・鉄(くろがね)】の名を口にすると、出久の右手の握り拳から強い《黄緑色の光》が放たれた!

 

「(この光!?病院とプッシーキャッツの山で見た【ゴミを木に変える能力】を使った時の光よりも強い!?)」

 

 傍にいた相澤は、出久の右手から輝く光が以前見た【木の能力】よりも眩く輝いたことで、咄嗟に目を閉じた。

 

 

 

 光が収まり…相澤が目を開けると…

 

 

 

 出久の右腕には、砂浜から生えたねじれ重なった木を支えとした《巨大な大砲》が出現していた!!!

 

 

 

ドオオオオォンッ!!!

 

 

 

ドガアアアアァン!!!!!

 

 

 

 唖然とする相澤を知らずに、出久は【鉄】の大砲から《木の砲丸》を発射させ、冷蔵庫やタンス等の粗大が積み重なったゴミ山に直撃させた!

 

 《木の砲丸》を受けたゴミ山は派手に吹き飛び、そこにあった冷蔵庫やタンスは木端微塵となり粉々になっていた。

 

 

 

 相澤は病院で出久から【ゴミを木に変える能力】の他に【神器】の話も聞いていたため大方は把握していたが、実際の実物は相澤の想像以上の巨大さと迫力…そして破壊力を持っていたことに、相澤は完全に面を食っていた。

 

「…これが…お前が言っていた…【神器】か?」

 

 相澤が出久に声をかけた。

 

 と同時に【鉄】は黄緑色の光を放つと、どんどん小さくなっていき、最後は《苗木》へと姿を変えた。

 

「はい!これが植木さんから授かった【神器】の1つ!【一ツ星神器・鉄(くろがね)】です!見た通り《巨大な大砲》の姿をしていて、《木の砲丸》を発射することができます!そして神器は使い終わるとこのように《苗木》になります」

 

「(こんな強力な武器をあと《5つ》も持ってるってのか……しかもラグドールさんの話じゃあ…コイツがまだ使えないだけであと《4つ》も秘めていやがる…。コイツは【七ツ星】以上の神器がどんなものなのかは知らないみたいだが、こんな【神器】って能力を世界が知れば…ヒーローもヴィランも関係無しに欲しがる奴は五万と出てくるぞ…。俺には分からねぇが…サポートアイテムの発明家がコレを知った日には、是が非でもコイツの神器のサポートアイテム化を望むだろうからな…)」

 

 相澤は出久の神器を見た感想は色々あったが、終盤は自分が勤める学校のサポート科が【神器】の存在を知ろうものなら、出久に強引なアプローチをかけてくるだろうと考えていた。

 

「緑谷、お前が今使える他の【神器】を見せてくれ…」

 

「はい!分かりました!」

 

 相澤の要望に答え、出久はゴミ山から《ラベルが剥がれた古い電池》や《潰れたペットボトル》等を集めると、それを1つずつ手で握りしめ【二ツ星】から【六ツ星】の神器を1つ1つ出現させて相澤に見せながら説明した。

 

 一通り、現段階で出久が使用可能な6種類の神器を見た相澤は考え込んでいた。

 

「(【木の能力】も去ることながら…ここまでの強さを備えて使いこなしてるとは…。《精神世界の300日の特訓》ってのも信じなきゃならなねぇな…)」

 

 出久の個性【循環】は、世間的には1ヶ月半前の5月中旬に《突然変異種の個性》を遅開きで発現したという解釈になっている。

 

 そんな個性を発現したばかりの少年が、僅か1ヶ月半でここまで実力を備えているなど、世間は絶対に信用しないだろう…

 

 根津校長が出久に対して《9人》もの教育者をつけた目的の1つは、将来出久のことを世間に知られた際に《出久の夢の中での出来事》をカモフラージュするためだったのだ。

 『9人の現役ヒーローに鍛えられた』とすれば、例え個性を発現して1年足らずだとしても世間の大方は納得するだろう。

 

 根津校長はそこまで考えて相澤やプッシーキャッツにも声をかけたのだ。

 

「(どの神器も…並大抵のプロヒーローの必殺技を軽く上回っている。…緑谷出久……コイツは…鍛えれば化けるぞ!)」ニヤッ…

 

 相澤は出久の可能性に機嫌が良くなり不気味な笑みを浮かべながら、出久にクリーン活動続行を言い渡した。

 

 

 

 出久は、三ツ星神器の巨大な刃物【快刀乱麻(ランマ)】と、四ツ星神器の大きな口と歯を持った正四角形の顔【唯我独尊(マッシュ)】を交互に使っての粗大ゴミを小さく切り刻んだり、圧縮させるなどして粗大ゴミを小さくした。

 

 神器の迫力に圧倒された相澤を余所に、出久は次々と海岸にある粗大ゴミを破壊し小さくして、30分後には《海岸の3分の1を埋めていた粗大ゴミの山》は細かいサイズのゴミへと姿を変えていた。

 

「相澤先生!今日の粗大ゴミの解体はここまでとし、残りの時間は【ゴミを木に変える能力】を使ってトラックに木を積み込みたいと思います!」

 

「おう…そうだな…すぐに取りかかれ…」

 

「はい!あっそういえば、今日根津校長が手配してくれたトラックというのは、あの駐車場に停まっているトラックだけなのですか?」

 

「?…なに言ってんだ?あれだけじゃねぇ…時間を置いて他にも来る予定だ…」

 

「そ、そうでしたか。根津校長は何台くらい手配してくれたのでしょうか?」

 

「あぁそれか…昨日聞いてみたんだが……冗談なのか本気なのか…『300台は手配した』とか言ってたぞ…」

 

「さっ!?300台!!!??」

 

「いや…もしかしたらそれ以上かも知れねぇ」

 

「アハッ……アハハハハハ……」

 

 出久は根津が全面的に特訓へ協力してくれていることに感謝したが…根津校長も相澤先生に引きをとらず…特訓には手を抜かず厳しい人なんだと実感させられ…ただ元気なく笑うのとしか出来なかった…

 

「呆気にとられてる暇はねぇぞ、この海岸にあるゴミを全部木に変えて《綺麗な海岸》にする目標を立てたんだろ?こんだけのゴミ…全部木に変えて運ぶとなりゃ…俺が見た感じだと運搬車は《500台》を超えたっておかしくねぇ…」

 

「……そう…ですよね…。根津校長にそこまでしていただいているんですから、決して無駄にはしません!それにこの海岸が綺麗になることが、経営不振で苦労をしている建築会社や材木店の人達の手助けになるのなら、精進して取り組ませてもらいます!」

 

「その意気だ、さっさと作業に移れ…」

 

「はい!」

 

 出久は直ぐ様、ゴミ山の中から《まだ使えそうなバケツ》を2つ見つけ、そのバケツに《細かくした粗大ゴミをありったけ詰め込むと、駐車場に並んでいる木材運搬トラックに移動してその荷台に乗った。

 

 【六ツ星神器・電光石火(ライカ)】を使って移動しているため、移動時間は差してかからない。

 

 因みに木材運搬車の運転手達は散歩か昼食にでも行ったのか、どの車の運転席にも運転手はいなかった。

 

 木材運搬車には、本来《加工されて丸太となった木材》を吊り上げるためのクレーンやアームが備わっているのだが、出久は時間短縮を兼ねて荷台の上で《木》を創ることにしたのだ。

 

 この出久の案については相澤も『合理的な判断だ…』と許可をしてくれた。

 

 

 

 そして【神器】の次は、【ゴミを木に変える能力】の本領が発揮された!

 

 

 

 出久はバケツに入れてきた《細かいゴミ》を右手と左手でそれぞれ掴むと…

 

 

 

「【ゴミを木に変える能力】!」

 

 

 

 能力の名を宣言し、出久の両手にあったゴミは《2本の丸太》へと姿を変えた!

 

「ほぅ…話には聞いていたが…《加工された状態の木》も創り出せるんだな…」

 

 木材運搬トラックの荷台に《2本の丸太》が出現すると、相澤が荷台の後ろから出久に話しかけた。

 

「はい!根津校長の要望通り《檜の丸太》です!」

 

「(さっきの【神器】もそうだが、この【木の能力】も十分使いこなしている…。プッシーキャッツの山での植林活動の時も思ったが、コイツは既に同年代の個性持ちと同じ……いや…ソイツらよりも次のステージに到達しているな…)」

 

 相澤は《今の出久》と《同年代の学生》の実力差を比べていた。

 

 

 

 それからも出久は、砂浜にあるゴミを持ってきては、トラックに積める限りの《檜の丸太》を創り出していく作業を日が暮れるまで何度も続けていった。

 

 出久の【ゴミを木に変える能力】は、《必要以上に大きすぎる木》又は《複雑な形状の木》等は時間の経過と共に消滅してしまうが、時間をかけて創り出た《木》ならば《どんな形状の木》でも消滅することはない。

 だが《一般の大きさの木》ならば消えることは無く、今回のような《加工された丸太》は大して時間をかけることなく連続で創り出せていた。

 

 最初こそ慣れない作業に手間取って時間がかかっていたが、3台目のトラックの荷台を丸太で一杯した辺りで出久はコツを掴んできたようで、ゴミから木への変換時間が短縮していくと同時に、創り出す丸太の数も増やすことに成功した!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日が暮れて空が完全に黒く染まる頃…

 

 海岸沿いの外灯が点灯し、駐車場に1台だけ残っている木材運搬トラックを照らした。

 

 そのトラックの荷台では、疲れきった出久が最後の《檜の丸太》を創り終え、荷台を丸太で一杯にしてした。

 

「緑谷、今日はそれで終わりだ…」

 

「…ハァ……ハァ……はいぃ……」

 

 相澤と言葉に出久はクタクタにながら返事をしてトラックの梯を降りてきた。

 出久はトラックの数を途中まで数えていたが、100台以降からは数えるのをやめてしまい、今自分が乗っているトラックが何台目が分からずにいた。

 

 出久は暗くなるまで待たせてしまったトラックの運転手に謝罪をした…しかし運転手は気にしておらず笑いながら出久に返答してくれた。

 運転手の地元は《三重県》のようで、ここからなら高速を使ってすぐ帰れるとのことだった。

 

 帰り際にその運転手は…

 

「おおきにな緑髪の兄ちゃん、こない仰山(ぎょうさん)の木ィがあれば、ワイの友達の建築会社も赤字から救われるで。明後日も来るさかい、その時も頼むな」

 

 …と言って、夜道を走り去っていった。

 

 『緑髪の兄ちゃん』…その呼び名に出久は内心懐かしさを感じていた…

 

 出久と相澤が最後のトラックを見送った途端、出久は全身の力が抜けて後ろに倒れそうになったが、咄嗟に相澤が支えてくれた。

 

「ぁ……相澤…先生…」

 

「これくらいで草臥(くたび)れてるようじゃ…まだまだだな…」

 

「す…すいません……もっと…努力します……」

 

「ああ是非そうしてくれ、俺はプッシーキャッツの方々みたいに甘い指導はしないタチなんでな。まぁ…今日だけ海岸の3割近くのゴミが片付いたんだ…このペースなら7月の上旬にはこの海岸も綺麗になるだろう…

(いや…コイツの臨機応変さを考えれば…7月になる前にこの海岸のクリーン活動は終わっちまうかもな…)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●2日後の6月30日の夕方…

 

 

 初日(6月28日)と同じスケジュールを過ごした出久は、同じく初日に話をした《三重県からやって来たトラック運転手》を最後に見送った後…

 

 《何もない砂浜》に寝転がった…

 

 そんな出久の近くに相澤が座った…

 

「あとほんの少しだったのに…残念です…」

 

「全くだ…ここまで綺麗に出来たなら今日中に終わらせるべきだったな…」

 

「申し訳ないです…」

 

 目まぐるしく忙しい3日間の大半をこの海岸で過ごした出久は、3日前まで大量のゴミで埋もれていた海岸から9割9分のゴミを片付けてみせたのだ!

 

 砂浜に僅かに残っているのは《小さなゴミ》だけであり、あと1日もすればこの海岸は元の《美しい海岸》を取り戻すだろう…

 

 そしてこの3日間、出久は数えることを放棄した木材運搬車の台数を相澤は密かに《手動式の数取器》で記録していた。

 3日間において測定した数取器の数値は、予定していた《500台》を優に越えており、相澤はその数値を出久に見せることなく数取器のカウントを0にした。

 

「まぁ…お前は十分過ぎるほど…この海岸と全国の建築会社と材木店に貢献した…。現役ヒーローよりも社会に役だった…と俺はそう思うぞ?」

 

「あ…ありがとうございます…」

 

 相澤は自分なりの言い方で出久を誉めた。

 

 相澤消太という人間は、生徒や教え子に対しては基本以上に厳しく接する教師である。

 どんなに有能な個性をもった生徒でも決して優遇することなく、どんなに弱い個性をもった生徒でも差別はせずに、生徒達には平等に向き合って教育する。

 故に相澤は生徒を誉めたり称賛する際《素直に誉めること》は絶対にしない主義であるため、ほとんどの生徒にはちゃんと伝わらないのだが、出久には相澤なりの誉め言葉はちゃんと伝わったようだった。

 

「明日でこの海岸をゴミ拾いを終わらせます!木材運搬車の運転手の人達にはまた来てもらわないとですね」

 

「いや…この海岸での木材運搬トラックの手配は今日までだ。明日の午後は残りのゴミ拾いと、この海岸周辺で《防風林の植樹活動》をやってもらう」

 

「防風林…ですか?」

 

「そうだ…元々この辺りの海岸に防風林を植える計画があったようなんだが、予算の都合などで後回しにされていた案件だ。それを明日お前にはやってもらう」

 

「防風林となると、ラグドールさん達の山に植林した木とは別の種類の木になるんでしょうか?」

 

「そうなるな、明日の午後までにクロマツやシャリンバイと言った海の近くで育つ《塩害に強い木の種類》を予習しておけ…」

 

「はい!あ、そういえば相澤先生、今日活動した区画の一部で《火事があったと思われる黒焦げのゴミ山》を見たのですが、最近ここで小火(ぼや)騒ぎか何かがあったのでしょうか?」

 

「小火騒ぎ?……………さぁな…何処ぞの《炎系の個性持ち》が自棄でも起こしたんじゃないか?今、《炎系の個性持ち》は叩かれてるからな…」

 

「成る程、でもこれからはもうここで小火騒ぎが起きることはないですね」

 

「あぁ…そうだな…」

 

 出久の質問に答えた相澤は遠い目になって、月夜の地平線を眺めていた…

 

 

 

 実は出久の予想通り、つい最近この浜辺でゴミ山の一角が炎上する事態が本当にあったのだ。

 

 その火事の原因は、相澤が言った通り《炎系》…実際は《爆発系の個性の少年》が《あるトップヒーローの男》との特訓中、その少年はトップヒーローからの特訓の1つとして《浜辺のゴミ処理活動》を言い渡された。

 しかし、その少年は言い渡された特訓内容に不満があったのか突然に癇癪を起こし…

 

『んなチマチマとゴミ拾いなんざやってられっか!!俺の最大火力で吹っ飛ばして全部燃えカスにすりゃ速攻で終わるだろうがクソが!!!』

 

 …と、トップヒーローの制止も聞かずに少年は個性を使ってゴミ山を大爆発させた。

 海沿いにあったとはいえゴミ山の中には可燃性のゴミもあり、案の定と言うべきかゴミ山は少年の爆発によって引火、瞬く間に火の手が回ってゴミ山は炎上した。

 

 あわや砂浜が火の海になるところだったが、そこはその場にいたトップヒーローが海に向かって強烈な衝撃波を放つことで海水が大量に巻き上げられ、燃え広がるゴミ山の炎を直ぐ様に消火したことで大火災にはならず、ゴミ山の一部だけが燃えるだけで事なきを得た…

 

 だが、危うく大火事になる恐れがあり、しかも昼間だったため火災が起きる瞬間を見た目撃者もいたことで、その少年とトップヒーローはこの砂浜の使用と立ち入りを禁止とされた。

 

 その後、彼らは別の場所で特訓をしているらしい…

 

 

 

 相澤はその《爆発系の個性の少年》と《教育者であるトップヒーロー》が誰なのかを知っていたが、出久には知る必要がないと判断して教えなかった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして今日…爆豪勝己以外の…かつて緑谷出久のクラスメイトである折寺中学校生徒28人が、家族と共に突如として折寺町から姿を消した…

 

 後日、彼らが姿を消した訳は『生徒達の厳罰が解除されたことで、転校や引っ越しを許されたために折寺町から離れたんじゃないか?』と世間的には思われ、また『花畑党首以外の《お人好し》が内密に彼らを保護したんじゃないか?』とも噂されるようになった。

 

 さらに…どんな手を使ったのか…姿を消した彼らの足取りについては、警察やヒーローがいくら調べても見つけることは出来なかった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●次の日の7月1日の午後…

 

 

緑谷出久 side

 

 午前中の相澤先生式トレーニングを終えた僕は、昼食にお母さんが作ってくれたお弁当を食べて、午後からは小一時間程度で多古場海浜公園の砂浜に残ったゴミを1つ残らず拾い終えてゴミ袋に入れた。

 

「やっと綺麗になったな…チリ1つ無くなってやがる…」

 

「はい!ようやく綺麗な海岸になりました!」

 

 

 

 この場所でゴミ掃除を始めてから4日目…

 

 とても忙しい日々だったけど…

 

 ついにゴミで埋め尽くされていた海岸に…

 

 水平線を甦らせることが出来た!

 

 

 

 僕は《ヒーローへの第二歩目》を達成したことに浸っていると…

 

「緑谷、感傷に浸るのはまだ早いぞ…」

 

「へっ?」

 

「この海岸で拾ったゴミを全て防風林にして植樹する作業がまだ終わってないんだからな…」

 

「そぉ…そうでした!すみません!」

 

 相澤先生に忠告されてしまった僕は、ゴミを入れたゴミ袋を全部持って、相澤先生について行き周辺の海岸沿いにある《防風林の植樹予定地》に向かって歩きだした。

 

「緑谷…昨日言った防風林については調べてきたか?」

 

「はい、問題ありません!《綺麗な花を咲かせる塩害に強い木》も調べて来ました!これが今のところ僕が創り出せる《塩害に強い木》の種類を纏めたメモです」

 

 僕は相澤先生にメモの紙を手渡した。

 

 昨日、相澤先生が言っていた《クロマツ》や《シャリンバイ》の他に《ヤシの木》などの木の種類を詳細も含めて書き留めたメモだ。

 

 相澤先生が僕の渡したメモを確認しながら、多古場海浜公園から離れた場所にある海岸沿いの公園に到着した。

 

「この公園ですか?」

 

「あぁ…ここが一ヶ所目だ…」

 

「では早速、始めましょう。この公園の防風林は何の木にいたしますか?」

 

「それについて周辺の住民から以前リクエストがあったようでな…。『公園に植える防風林は《綺麗な花を咲かせる木》にしてほしい』…とのことだ…。このメモの中から選ぶのなら…《シャリンバイ》《サザンカ》《ヤブツバキ》等といったところか…」

 

「了解しました!」

 

 僕は相澤先生の指示を受けながら、防風林の植樹活動を開始した!

 

 

 

 

 

 それから僕は相澤先生と色んな場所に周りながら、メモに書いた木の種類を防風林として植樹していった。

 

 

 

 

 

 活動の終盤で夕方になる頃、《多古場海浜公園で拾ったゴミ》と《移動中道端に落ちていたゴミ》を全てを使いきり、防風林の植樹活動は終わった。

 

 

 

 

 

 全ての作業を終えた僕と相澤先生は多古場海浜公園へと戻ってきた。

 

「あんなに沢山のゴミを…全部僕が片付けただなんて…なんだが信じられないなぁ…。それもこれも…植木さんがくれた【能力】の【神器】のおかげ、この海岸が綺麗なったのは植木さんのおかげと言っても過言じゃないよね」

 

 砂浜に座って、水平線を見ながら僕は後ろ向きな発言を呟いた…

 

「いや…この海岸の美しさを取り戻したのは…お前だ…緑谷…」

 

「相澤先生」

 

 多古場海浜公園に戻った時、相澤先生のスマホに電話がかかってきたため、通話の邪魔をしないよう僕は離れて砂浜にいたんだ。

 

「お疲れさん……ホラよ」

 

 相澤先生は僕にスポーツドリンクをくれた。

 

 おそらく近くにあった自販機で買ってきてくれたのだろう。

 

「あ、ありがとうございます」

 

「緑谷…さっきこの海岸が綺麗になったのは…お前に【能力】をくれた植木耕助のおかげ…と言っていたが…それは間違いだ…」

 

「え?」

 

「確かにその【能力】はお前が夢の中で植木という別世界の人間から授かった特別な能力だ…」

 

「………」

 

「だがな、どんなに凄い能力でも…それをどう使うのかは本人次第だ…」

 

「僕次第…」

 

「自信を持て…緑谷。お前は恩師から授かった能力をどう使うべきかをちゃんと弁えてる…。その【ゴミを木に変える能力】はいわば…お前が勝ち取った《努力の賜物》だ…。この砂浜と…経営に苦しんでいた一部の人々を救ったのは…他の誰でもない…緑谷出久…お前だ。植木って奴も…きっとそう言うと思うぞ…?」

 

「…相澤先生……」

 

 相澤先生の言葉に考えを改めた僕は…自分の両手の平を見ながら植木さんのことを考えた…

 

「(植木さん…アナタは僕に…そう言ってくれますか?)」

 

 僕は心の中で…遠く離れた場所にいる植木さんに問いた…

 

 僕の声が届くわけない…

 

 返事を聞けるわけない…

 

 分かっている筈なのにだ…

 

「緑谷、今日をもってこの海岸でのクリーン活動は終了……と言いたいところだが、最後の〆(しめ)としてやってもらいたいことがある…」

 

「なんでしょうか?」

 

「さっき根津校長から電話があってな。この海浜公園の管理者と話し合いをした結果、『海岸を綺麗に出来たなら、最後にシンボルとして《巨木》を植樹しても良い』との許可を貰っていたそうだ…」

 

「…《巨木》?それが…最後の〆ですか?」

 

「あぁ…この海岸からゴミを無くして綺麗したお前の功績の記念と、今後の不法投棄を防ぐためにとの根津校長の決定だ…。まぁ…やるかやらないかはお前の意思に任せるとも言ってたが…どうする…?」

 

「勿論!是非やらせていただきます!」

 

「そうか…なら場所は此方だ…着いてこい…」

 

 僕は相澤先生に案内をされ《巨木を立てる場所》へと移動した。

 

 

 

 

 

 この時、僕は気づかなかった…

 

 この多古場海浜公園は不法投棄されていたゴミ山もあって、近年では滅多に人が寄り付かず、夕方以降は誰も近寄らない海岸だ…

 

 なのでこの場所には僕と相澤先生以外の人はおらず、これから【ゴミを木に変える能力】で《巨木》を創り出す瞬間を見る人は僕達以外はいないと思っていた…

 

 

 

 

 

 でもそれは違った…

 

 今この海岸には…僕と相澤先生以外の人がいて…僕達のことを遠くで見ていたのだ…

 

 

 

 

 

「この場所ですか?相澤先生?」

 

「あぁ…いつか海水浴客などが訪れた際に邪魔にならない場所を検討した結果、この場所だと根津校長が言っていた…」

 

 巨木を植樹する場所は、先日まで多くの木材運搬トラックが止まっていた海岸沿いの駐車場の付近だった。

 

「緑谷…この海岸での活動における《お前の集大成》として、今のお前が創り出せる《一番の巨木》を出してみろ…」

 

「はい!…ですが…本当に大丈夫なのですか?」

 

「問題ない…この海岸と民家は離れてる…多少のデカイ木が植樹されても住民からの苦情はないだろ…。むしろ…あのゴミ山に対しての苦情が多かったらしいからな…。それに場合よってその巨木がこの町の新しい《観光名所》になるかも知れねぇぞ?許可は出ているんだ…お前は気にせず《全身全霊を込めた木》を創り出せばいい…」

 

「全身全霊を込めた木……分かりました、やってみます!

(今の僕に出来る能力の限界点…それを知るためにも…)」

 

 僕は飲み終えたスポーツドリンクのペットボトルを小さく潰して両手で包み込み…

 

「【ゴミを木に変える能力】!!!!!」

 

 全身全霊の気合いを込めて能力を発動させ、黄緑色の光を放つ両手を地面に叩きつけた!

 

 

 

 

 

 数分後…

 

 

 

 

 

 僕と相澤先生は…海岸に出現した《巨木》に圧倒されていた…

 

 僕が創り出しといてなんだけど…

 

 ハッキリ言って予想を遥かに超えてしまっていた…

 

「緑谷…さっき俺はああ言ったが…ここまで《馬鹿デカイ木》を創れるとは想定してなかったぞ…?」

 

「はい…僕自身も…正直驚いてます…」

 

 大抵のことでは動じない相澤先生が驚いてる…

 

 それは僕も同じだ…

 

 だって…目の前に出現した《木》は…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最近、本やネットで見たことがある《世界樹》…とまではいかないけど《山の高さ》に匹敵する巨木となってしまったからだ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今は夕日が沈んで暗くなったから付近に住んでる人達は気づいてないだろうけど…明日の朝になれば《こんな大きな木》の存在に誰もが気がつくことだろう…

 

「ど…どうしましょうか?相澤先生?」

 

「どうするもこうするも…創っちまったもんはもうしょうがねぇだろ…」

 

「ですよねぇ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 木を創りだした張本人である僕が心をザワつかせていると…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ…あの!!!」

 

「え?」

 

 後ろから声が聞こえてきた…

 

 振り替えると…

 

 そこには僕と同い年くらいの《女の子》がいた。




 最後に出久へ話しかけてきた人が、今作の出久君のヒロイン予定の女の子です。

 次の話ではその子が誰なのかが判明します。

 正直ヒロインを1人に絞る際はかなり悩みました。
 ハーレムにしようかとも考えてますが、まだ未定になります。


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【番外編】スローライフの法則(1)

【20万UA突破記念作】1作目!

 皆様、本作《緑谷出久の法則》を読んでいただき本当にありがとうごさいます!

 おかげさまで20万UAを突破することができました!

 そして、前回の番外編(《ロベルト・ハイドンの法則》)と同様に、20万UAを記念としてまた番外編を作成しました。



-注意-

・今回の番外編の話は、本編の《植木耕助から正義と能力を授かった出久君のいる世界》とも、10万UA記念の《ロベルト・ハイドンから悪意と能力を授かったヴィランデクのいる世界》とも違う、また別世界の物語です。今作の出久君はタイトルで分かる通り《スローライフ》を目指しております。

・この番外編もまた《爆豪アンチ》と《ヒーローアンチ》の作品となっております。

・この番外編の世界の出久君もまた記憶喪失にはなっておりません。

・今回の番外編の話に登場する《うえきの法則キャラクター》は《植木耕助》と《ウール》のみとなっております。

・この番外編でも前回の番外編《ロベルト・ハイドンの法則》までではありませんが、今作でもヒロアカの原作キャラが何人も死亡しております。
 『えっ!?このキャラが死んじゃうの!?』と必ず思ってしまうことでしょう…



 以上で苦手要素があるからはブラウザバックをオススメします。

 それが全て大丈夫という方だけ御覧になるようお願いします。


 世界は無数に存在している…

 

 木の幹が沢山の枝に別れ…その枝の1本に《葉っぱ》や《木の実》という…《未来》ができるのだ…

 

 しかし…たった1つのキッカケで…世界の運命と未来は大きく左右され…その枝に《葉っぱ》も《木の実》ができない場合もある…

 

 

 

 

 

 精神世界にて本物のヒーローと出会い…

 

 《正義の道を突き進む緑谷出久》の世界があるように…

 

 

 

 精神世界にて本物のヴィランと出会い…

 

 《悪の道を突き進んだ緑谷出久》の世界があるように…

 

 

 

 

 

 そのどちらでもない世界も存在する…

 

 

 

 

 

 これは…緑谷出久が《ヒーローでもヴィランでもない道》を進みたい(?)世界の物語である…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

None side

 

 個性という一種の超能力が当たり前となったこの超人社会に《無個性》で生まれてきてしまった少年…

 

 

 

 緑谷 出久…

 

 

 

 彼の人生の歯車は…4歳にて狂い出した…

 

 

 

 幼馴染みや友達だった者達は、出久が《無個性》だと知るや否や、当たり前のように個性を使って一方的な暴力を出久に振るい始めた…

 

 出久はその間、自分1人だけ周りと違う恐怖に怯えながら…大勢の同級生達からイジメのターゲットにされた…

 

 それだけではなく、幼稚園から中学校までの教師達は…個性の強弱で子供を優遇し…無個性の子供を差別した…

 

 教師とは、イジメや喧嘩に気づいたなら止めに入るのが当たり前…の筈なのにイジメられている生徒が《無個性》だと分かると…教師達は誰も彼もが見て見ぬフリをした…

 

 

 

 そんな理不尽な人生を送りながらも…出久は幼い頃からの夢である《ヒーロー》を目指して前向きにメゲずに生きていた!

 

 

 

 

 

 そう…

 

 彼にとって憧れであり…

 

 もっとも敬愛するヒーロー…

 

 《平和の象徴 オールマイト》と出会う…

 

 中学3年の春までは…

 

 

 

 

 

 緑谷出久が折寺中学校の3年生になって間もなくのある日…

 

 彼は同級生達に自分の夢(ヒーローになりたい夢)を嘲笑われ…

 

 幼馴染みである《爆豪勝己》には…大事なノートを個性で燃やされた挙げ句に自殺教唆まで言われた…

 

 彼の……出久の心は崩壊寸前となっていた…

 

 そんな出久の不幸は続き、学校の帰り道ではヘドロヴィランに絡まれた…

 

 出久は立て続けに起きる自分への不幸に…この超人社会そのものを呪った…

 

 

 

 だが、そんな出久を助けてくれるヒーローが駆けつけた!

 

 世界中の誰もが憧れるNo.1ヒーロー《オールマイト》によって出久はヘドロヴィランから救われたのだ!

 

 本物のオールマイトに出会えた嬉しさに震える出久は、気絶したヘドロヴィランをペットボトルに積めて立ち去ろうするオールマイトに大声で1つだけ問いた!

 

 

 

「個性のない人間でも…あなたみたいになれますか!!!」

 

 

 

 …っと…

 

 

 

 出久はオールマイトに《希望の光》を抱いて質問した!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だがオールマイトの返答は…

 

 出久の《一筋の希望》を…

 

 

 

「プロはいつだって命懸けだよ…『個性が無くとも成り立つ』とは…とてもじゃないがあ…口に出来ないね…」

 

 

 

 打ち砕いてしまった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オールマイトの返答を聞いた出久は…

 

 《現実》という名の《絶望》を突きつけられた…

 

 いや…本当は出久だって分かっていた…

 

 この超人社会において《個性を持たない人間が悪に立ち向かうなんて出来ないこと》は分かっていた…

 

 どんなに身体を鍛えたところで《無個性の人間》が《個性を持つ人間》に敵う筈がない…

 

 《自分が無個性だと教えられたあの日》から約10年…

 

 そんな当たり前の現実は…無個性として生まれてきた出久が身に染みて分かっていた…

 

 

 

 無個性の人間がどんなに努力したって…

 

 ヒーローになれないなんて現実は…

 

 出久が一番分かっていたのだ…

 

 

 

 それでも憧れてしまった…

 

 目の前にいる《平和の象徴》に…『No.1ヒーローになりたい』という希望があったからこそ…

 

 どんな酷い目に合わされても…

 

 どんな辛い日々を送っても…

 

 我慢して生きてこられたのだ!

 

 

 

 

 

 だがその希望に今…大きな亀裂が入り…砕け散る寸前となった…

 

 

 

 

 

 出久のそんな心境などお構いなしに、オールマイトはヘドロヴィラン入りのペットボトルをズボンのポケットに入れながら、空を飛んで去っていた…

 

 残された出久…途方もない虚しさを必死に抑え込みながら…重い足取りで自宅に向かって歩き出した…

 

 

 

 

 

 しかし…更なる不幸が出久を襲い…

 

 出久の希望は…完全に崩れ去った…

 

 

 

 

 

 帰路の途中、立ち上る黒い煙と人混みを見つけた出久は、何事(なにごと)かと気になり人混みを掻き分けて黒い煙の発生元へと到着した。

 

 出久がそこで見たのは…

 

 先程、オールマイトが倒して捕まえた筈のヘドロヴィランが、何故か《爆発》を発生させながら暴れている光景だった!

 

 どうしてヘドロヴィランがここにいるのか疑問に思ったが、その疑問よりも先に《ヘドロヴィランに捕まって個性を無理矢理使わされている幼馴染み(爆豪 勝己)》に出久は意識を向けた!

 

 それだけじゃない!既に現場にはシンリンカムイやデステゴロ、バックドラフトやMt.レディといったプロヒーロー達が十数人も到着しているというのに…そのヒーロー達は誰一人としてヘドロヴィランに捕まっている被害者(爆豪 勝己)を助けようとはしなかった!

 

 ヒーロー達は、野次馬に聞こえるようにか口を開いては『相性が悪い』だの『掴めない』だの『今回は譲ってやる』だの『二車線じゃなきゃ通れない』だのと言い訳をし、他のこと(避難誘導、消化活動など)を優先し、ヘドロヴィランの対処を一切しない!

 

 そんなプロヒーロー達のヒーロー活動に対して失望する中…出久は再びヘドロヴィランに目をやると…

 

 幼馴染みと助けを求める弱々しい目をしていた…

 

 

 

 その瞬間!出久の身体は勝手に動き出し、ヘドロヴィランに向かって走り出した!

 

 出久は無我夢中で、ヘドロヴィランに捕らわれた幼馴染みを助け出そうと必死になった!

 

 

 

 そんな矢先にオールマイトが現れ、出久と爆豪を救出しつつ、ヘドロヴィランを倒した!

 

 

 

 これによりヘドロヴィラン事件は終わりを迎えた…

 

 

 

 だが…出久の不幸はここからだった…

 

 

 

 オールマイトは野次馬から声援を受け、爆豪がプロヒーロー達が称賛とスカウトを受けていたが…

 

 出久はプロヒーロー達から叱責を受けていた…

 

 そんなヒーロー達から叱られる出久を見て野次馬は笑っていた…

 

 

 

 これだけで済んでいたならまだ良かった…

 

 

 

 しかし、出久を叱っていたシンリンカムイとデステゴロは、ヘドロヴィラン事件にてヒーローらしい活躍できなかった《憂さ晴らし》なのか《腹いせ》なのか…はたまた《事件の一部始終を見ていた野次馬によって広められる世間からのヒーローとしての自分の評価を落とさないため》なのか…

 

 2人は怒りのままに《言わなくてもいいこと》までを出久に言ってしまい…

 

 その言葉は…出久の心にトドメを刺す言葉をなった…

 

 

 

「君のような考えなしの無謀な子供はヒーローになるべきではない!!!」

 

 

 

「お前みたいな死にたがり屋は一生ヒーローにはなれねぇよ!!!」

 

 

 

「ッ!!!!!?????」

 

 

 

 シンリンカムイとデステゴロから言われたその言葉は…

 

 出久の《希望》と《ヒーローへの憧れ》を…

 

 粉々に壊した……

 

 

 

 

 

 ヘドロヴィラン事件現場を去った出久は、帰路の途中にある《無人ビルの屋上》へと移動していた…

 

 出久はそこで…自分が持っていたノートと教科書の余白に…《自分がこれまで受けてきた理不尽な人生》と《今日体験した全て》を書き記した…

 

 

 

・10年に及ぶ無個性としての辛苦の日々を…

 

・3人のヒーロー達からの言葉によって夢を踏み潰されたことを…

 

・ヘドロヴィラン事件の真実を…

 

 

 

 出久が全てを書き終えた頃…空はすっかり暗くなっていた…

 

 出久はノートと教科書を鞄にしまうと…靴を脱いで屋上の柵を乗り越え…ビルの端に立った…

 

 

 

 しかし…今の出久に死への恐怖はなかった…

 

 

 

 何故なら…出久にとってはこの社会で生きるが死以上の恐怖になったからである…

 

 

 

 出久は全てを諦めてしまった…

 

 

 

・10年に及ぶ…無個性ゆえの理不尽…

 

・幼馴染みからの自殺教唆…

 

・No.1ヒーローからの夢の否定…

 

・プロヒーロー達の情けないヒーロー活動…

 

・そして…現役ヒーローであるシンリンカムイとデステゴロの言葉によって…夢を完全に壊された…

 

 

 

 何のために今まで努力し頑張ってきたのか…?

 

 

 

 何のためにずっと屈辱を耐えてきたのか…?

 

 

 

 その問いに答えてくれる者はいなかった…

 

 この超人社会は…出久とって《生き地獄》も同然…

 

 自分を受け入れてくれる人達(両親、奉仕活動の人達)は確かにいる…

 だがそれ以上に…この世界の人々は…ヒーロー達は…決して無個性の自分を受け入れてはくれない…

 

 

 

 出久は生きることに疲れてしまった…

 

 

 

 そんな絶望の末に…出久の頭に思い浮かんだのは…幼馴染みから言われた《あの言葉》だった…

 

 

 

『来世は"個性"が宿ると信じて、屋上からのワンチャンダイブ!』

 

 

 

 誰がどう聞いても自殺教唆でしかない言葉…

 

 だが出久は…その言葉を受け入れてしまった…

 

 

 

「来世か……もし生まれ変われるなら……ヒーローもヴィランもいない場所で…のんびりと静かに…平穏に暮らせる場所がいいなぁ…」

 

 

 

 そう呟いた出久は…いつの間にか身体を前に倒していた…

 

 

 

 出久の身体は重力に逆らわずに落ちていき…

 

 

 

グシャッ!!!

 

 

 

 自分の全身広がる強烈な痛みと共に、人々の叫び声が耳に響いた…

 

 

 

 血まみれとなった出久の周囲で人々は騒ぎ立てる…

 

 

 

 当の出久は自分の死を恐れてはおらず…ゆっくりと目を閉じ…意識を闇へと沈めていった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ビルから飛び降りた出久は、通行人が呼んだ救急車によって大きな病院に搬送された。

 偶然にもその病院にリカバリーガールがいたため、彼女も出久の手術に立ち会ってくれたおかげもあり、出久は一命をとりとめた。

 

 しかし、手術後の出久は昏睡状態となり…6日を過ぎても意識が戻らず…いつ目を覚ますのかはリカバリーガールでも分からなかった…

 

 

 

 

 

 そんな現実世界の出来事とは裏腹に、出久は精神世界にて《奇跡的な出会い》をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 精神世界(夢の中)にて、出久は別世界の人間《植木 耕助》と出会っていた。

 

 現実世界で心がボロボロになっていた出久にとって、植木耕助は正に救世主そのものだった…

 

 植木の言葉に…出久はどれだけ励まされたことか…心を救われたことか…

 

 

 

 植木と出会ったことで…出久は『《本当の正義》とは何なのか?』を理解し心に刻み込んだ…

 

 

 

 出久は自覚した…

 

 植木耕助こそ…

 

 自分の想い描き…憧れ…目指していた《ヒーローの姿》そのものであることを!

 

 

 

 

 

 そんな本物のヒーローが持つ能力…【ゴミを木に変える能力】を見せてもらっていた出久だったが…

 《木の能力》関連で咄嗟に、自分の夢と心を壊したヒーローの1人である《シンリンカムイ》を思い浮かべてしまい、咄嗟に忘れようとしていると…

 

「………」

 

「どうした?」

 

「うぇ!?ああいえその!!僕も植木さんと同じ力を使えたらいいのになぁって思いまして!…あはは…」

 

 出久は誤魔化す筈が、つい植木へ本音を言ってしまった!

 

 

 

 それに対して植木が返した言葉は…

 

 

 

「そうだなぁ…お前がビルから飛び降りる前に《ノートや教科書に色々書き残したこと》は誉められたことじゃねぇけどさ、それでもお前凄くいい奴だし、試したことねぇから分かんねぇけど、この【能力】ならお前に与えられるかもしれないぞ?」

 

 

 

 

 

 植木の言葉に出久は耳を疑った!?

 

 今さっき植木が見せた能力…【ゴミを木に変える能力】を自分へ与えられるかもしれないと言ってくれたのだ!

 

 

 

 

 

「ほっ…ほっ…ほほほほほほほほっホントですか!?」

 

「ああ、でも上手くいくかは分かんねぇぞ?それでもいいか?」

 

「か、構いません!どうか!よろしくお願いします!」

 

 出久は興奮を抑えきれなかった!

 

 別世界のヒーローである植木耕助と同じ【能力】が使えるようになれるかもしれない!

 

 そう考えると感情を抑えられなかった!

 

 万が一に植木から【能力】を受け取ることが出来なかったとしても…植木耕助という《本物のヒーロー》から《大切なこと》を沢山教えてもらった!

 現実世界に戻って、これからも一生《無個性》として生きることになっても、植木耕助から教わった《本当の正義》が自分にはある!

 

 …っと、出久が考え事をしている内に、植木は出久へ右手を翳し、掌から出た虹色の細い何本もの光は、出久の身体へ流れ込んでいった!

 

 

 

 出久が自分の身に起きている現象を不思議に想って植木に質問したが、当の植木は《見よう見まね》でやってるらしく詳細は知らないようだった…

 

 

 

 ある程度の虹色の光が出久の身体に注ぎ込まれた頃に、植木の掌から出ていた虹色の光が止まった…

 

「これでいい筈だけど…試してみろよ」

 

「は、はい!やってみます!」

 

 出久は自分の頬に貼ってあるガーゼを剥がして右手で握り、頭の中で《木》をイメージすると…

 

 

 

 

 

「スゥー…ハァー…【ゴミを木に変える能力】!」

 

 

 

 

 

 呼吸を整えて【能力】の名前を大声で言うと出久の右拳が黄緑色の光で輝き出した!!?

 

 出久がそっと右手を開くと…

 

 

 

 

 

 掌の黄緑色の光から【小さな木】が生えてきた!!!

 

 出久は植木と同じ【能力】を授かることができたのだ!!!!!

 

 

 

「で…ででででで…出来たーーーーー!!!??」ウワアアアアアアアアア

 

 

 

「おお、本当に出来たみたいだなぁ。って…すげぇ量の涙だなぁ…噴水みてぇだ…」

 

 

 

 出久は歓喜の余り、両目から大量の涙を吹き出した!

 

 夢にまでみた超能力を使うことが出来た!

 

 《無個性》だった自分が、ガーゼを【木】に変えたのだ!

 

 言葉にすることの出来ない嬉しさに、出久は涙を止めることが出来なかった!

 

 

 

 そんな出久へ植木はふと問いかけた。

 

「なあ、もしかしたら【神器】も使えるんじゃね?」

 

「…じ、【神器】ですか!!?」

 

 感動によって溢れ出る噴水のような涙を何とか止めた出久は、植木の言葉に耳を傾けた。

 

 【神器】…それは植木の世界において《天界人》のみが持つとされている《特別な武器》である…

 

 しかし出久は《天界人》ではない…

 

「それは流石に無理だと思いますよ…」

 

「まぁ試しにやってみようぜ!もしかしたら【能力】と一緒に受け継いでるかもしれないじゃん!」

 

 半ば強引ではあったが、植木にそこまで言われては出久にやらない選択肢はなかった。

 

 植木が出久へ【神器】について要点をかいつまんで話し終えると、植木は近くの木から落ちてきた葉っぱをキャッチし右手で握りしめると…

 

 

 

「【鉄(くろがね)】!」

 

 

 

 植木の右拳から【ゴミを木に変える能力】の時よりも強い黄緑色の光が放たれた!

 

 その輝きに出久は両腕で目元を覆った!

 

 そして光が収まり…出久が腕をどけると…

 

 

 

 植木の右腕を巻き込んだ【木の根を支えにした巨大な大砲】があった!!!

 

 

 

「こ…こここっ…これが…【神器】!!!」

 

 

 

 ドンッ!!!

 

 

 

 【大砲】より発車された【木の砲丸】は、草原の遥か向こうまで飛んでいった!

 

 

 

 出久は唖然として言葉を失った…

 

 その威力は勿論、こんな凄い【武器】を使える植木への驚き、そして自分のこんな使うことが出来るかもしれないということに出久は驚きをかくせなかった!

 

 

 

「これが【一ツ星の神器】の【鉄】だ!じゃあ次はお前の番な!」

 

 

 

「はっ、はい!!」

 

 

 

 出久は足元に落ちていた葉っぱを拾い、右手で握りしめると…

 

 

 

「【鉄(くろがね)】!」

 

 

 

 【一ツ星の神器】の名前を叫んだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (シーン)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何も起こらなかった…

 

 出久の右手には…未だ葉っぱがあるだけだった…

 

 

 

「…も、もう一度!【鉄(くろがね)】!……【鉄】!………【鉄】!…………【鉄】!……………」

 

 

 

 出久は諦めずに何度も何度も【神器】の名を口にした…

 

 だが【神器】は現れなかった…

 

 《天界人》ではない自分では【神器】まで受け継ぐことはなかった…

 …やめようとしたその時…

 

 

 

「なぁ、お前のなりたいヒーローってなんなんだ?」

 

 

 

「……え?」

 

 

 

「さっきお前が言ってた1番強いヒーローの《オールライト》って奴みたいになりたいのか?」

 

 

 

 植木からの問いに出久は考えさせられた…

 

 自分が小さい頃からずっと憧れて目指していたのは…No.1ヒーローの《オールマイト》…

 

 だがそのオールマイトも…所詮は爆豪達と同じく《無個性を差別する人間》だったのだ…

 

 オールマイトに夢を否定され…

 

 その後のヘドロヴィラン事件にいたヒーロー達には失望させられ、更には叱責された挙げ句に夢を壊された…

 

 そして、出久を10年以上に渡り心身共に傷つけるだけでなく、自殺教唆まで言った爆豪勝己は強い個性《爆破》を持っているために…大人達から…ヒーロー達から…《未来のヒーロー》として期待されていた…

 

 

 

 出久が生きていた世界は謂わば《弱肉強食》…

 

 《個性を持たない人間》は《個性を持つ人間》に虐げられる世界…

 

 あんな腐りきった世界において…出久はもう《ヒーローになりたい》とは思っていなかった…

 

 

 

 だが目の前にいる《植木 耕助》は、出久の世界にいたヒーロー達とは違う!

 

 植木の正義は、オールマイトやシンリンカムイ達とは比べ物にならない《本物の正義》を宿している!

 

 

 

 植木は…無個性の出久を受け入れてくれた…

 

 そして…大切なことを…《正義》とは何かを出久に教えてくれた…

 

 それだけでなく、別世界の能力【ゴミを木に変える能力】を授けてくれた…

 

 

 

 ヒーローの夢を諦めた…今の出久がなりたいもの…

 

 

 

 それは!

 

 

 

「《植木さんのような正義を貫くカッコイイ人間》になりたいです!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 出久がそう言うと、出久の右拳からさっき(【能力】初使用時)とは比べ物にならない程の黄緑色の光が放たれた!

 

 出久は自分の右手から放たれる光の眩しさに目を瞑ってしまった!

 

 

 

 

 

 出久は右手に違和感を感じた…

 

 いつの間にか自分が右手に何かを持っているように感じて、そっと目を開けると…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 出久は右手で《木製のモップ》を握っていた…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え?…これって…掃除用の…モップ?……大砲じゃなくて?……なんでモップが?」

 

 出久は思考が追い付かなかった!

 

 てっきり植木と同じく【巨大な大砲】が出てくるとばかり思っていた…しかし実際に自分の右手から出てきたのは…どう見ても掃除用具の《モップ》だった…

 

 出久は震えた…

 

 【ゴミを木に変える能力】という凄い能力を授けてもらえただけでも十分すぎるくらい嬉しいかった…

 

 だというのに【神器】も授かったんじゃないかと勘違いしていまい、結果として出てきたのはただの《木製のモップ》だった…

 

 糠喜びによるショックも去ることながら…植木の期待に裏切ってしまったショックによって…出久は落ち込んでしまった…

 

 

 

 

 

 だが植木はというと…

 

 

 

 

 

「なんだ《そっちの能力》が使えるようになったのか」

 

「へっ?…そっち?」

 

「両手の掌を見てみろよ、緑髪!」

 

「え?はい。あと…緑谷です…植木さん…」

 

 出久は持っていたモップを足元に置くて、自分の両掌を確認した。

 

 出久の右手と左手の掌には、いつの間にか《丸い紋章》があり、それぞれ右手の掌には《何も書かれていない丸い紋章》、左手の掌には《漢字の掴(つかむ)という文字が書かれた丸い紋章》に浮かび上がっていた。

 

「う、植木さん!これはいったい!?」

 

「そいつは【職能力(ジョブのうりょく)】だ!」

 

「ジョブ…能力…?って何ですか?」

 

「おう!【職能力】ってのはな!…あ~…えっと~……そうだ!俺よりもアイツの方が説明するのは適任か」

 

「アイツ?」

 

「ちょっと待ってな」

 

 植木は《自分が寄りかかって寝ていた木》に近づくと…

 

「おーい!ウール!起きろ~!」

 

「ウール?」

 

 植木は木の上に向かって呼び掛けた。

 

「んあ?なんだ~…どうしたんだ植木?」

 

 木の上から声が聞こえたと思ったら《小さな羊》が降りてきた。

 

「羊?」

 

「いや緑髪、コイツは《羊》じゃなくて《犬》だ」

 

「い…犬?いや植木さん…どう見ても僕には羊にしか…」

 

「緑髪の兄ちゃん…あっ植木も緑髪だから紛らわしいなぁ、え~っと…じゃあモジャ髪の兄ちゃん、植木の言う通りで俺は《犬》だ!名前は《ウール》!よろしくな!」

 

「えっと…僕は緑谷出久です、はじめましてウールさん」

 

 出久は2足歩行で歩み寄ってきたウールと名乗る犬(?)と握手をしながら自己紹介をした。

 

「んで植木、なんでコイツは《ここ》にいるんだ?」

 

「あぁ…それがな」

 

 

 

 状況が飲み込めないウールに、植木は出久のことを一通り説明をした。

 

 

 

「…って訳なんだよ、ウール」

 

 植木さんが説明を終える頃、黙り込んでいたウールさんは…

 

「…うぅ…うう……ぐっ…うおぅ……」グズグズ

 

 涙腺が崩壊したかのように泣いていた!

 

「お前……お前……本当に強ぇ奴なんだなぁモジャ髪。お前が最後に《今までの恨み辛みをノートに書き残したこと》は確かに誉められることじゃねぇけどよ……その爆豪やらオールマイトやらシンリンカムイっていう自分本意のクソ野郎共は《それ相応の報い》を受けたって何も可笑しくねぇさ!少なくとも俺はそう思うぜモジャ髪!そしてお前はそんな散々な人生を10年も耐えた…辛かったなぁ…頑張ったったんだなぁ…偉いぜモジャ髪……植木以外にもこんな良い奴がまだいたんだなぁ……植木の言う通り!お前はスゲェ強い奴だよ!モジャ髪!」

 

「あははは…ありがとうございますウールさん、あと…緑谷です…」

 

 《出久が無個性として過ごしてきた日々》を聞いたウールは、号泣ながら出久に同情していた。

 

「うっし!じゃあ改めて【職能力】の説明だな!あと俺が知ってる限りの【ゴミを木に変える能力】の使い方を教えてやるよ!緑髪!」

 

「俺が教えられることは何でも教えてアシストしてやるぜ!いつお前が元の世界に帰っちまうか分からねぇからな!気合い入れろよ!モジャ髪!」

 

「植木さん…ウールさん………はい!!僕、頑張ります!!!………それと…僕は緑谷です…」

 

 

 

 

 

 こうして出久は、精神世界で出会った《植木耕助》と《ウール》と共に【ゴミを木に変える能力】と【職能力】の特訓をしていくこととなった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

緑谷出久 side

 

 あれからどれだけの時間が流れたんだろう?

 

 

 

 100日…

 

 

 

 200日…

 

 

 

 300日…

 

 

 

 400日…

 

 

 

 500日…

 

 

 

 600日…

 

 

 

 僕にとっての楽しい時間はあっという間で…

 

 ふと気付いてみれば1年なんかとっくに過ぎていて…

 

 今日で《700日目》を迎えていた。

 

 

 

 とはいっても、この空間には時間っていう概念が無いから、修行に疲れたら寝て起きたら《1日の経過》として僕達は過ごしている。

 

 

 

 この空間は辺り一面《草原》しかない…

 

 植木さんとウールさんと僕以外の生物は存在しない…

 

 そして1年と11ヶ月近く経過しているにも関わらず、僕の髪や爪は成長しなければ…空腹にも無らず…トイレに行きたいとも思えない…なんとも不思議は場所だ…

 

 その間に…僕は自分でも変わったと実感している。(主に癖が…)

 特訓を始める前の僕は、考え事をする時にいつもの癖でブツブツと小言を言いながら考察していたけど、今は口元に右手を添えて目を瞑り無言で考えるようになった。

 

 それにノートも書く物もないためか、いつの間にか脳内で記憶することが当たり前になっていた。

 

 

 

 こんな場所に2年近くもずっといたならば、普通は《恐怖》や《不安》に押し潰されるのかも知れない…

 

 でも僕は、この場所に《恐怖》も無ければ《不安》も無かった!

 

 

 

 何故って?

 

 

 

 植木さんとウールさんという《最高の原点(オリジン)》がいるからである!

 

 今まで元いた世界で過ごしてきた《辛苦の10年》が何だったのかと思わせるほど、この空間での暮らしは《幸せ》だった!

 

 

 

 あのビルから飛び降りた日…

 

 この世界にやって来て植木さんと出会えた…

 

 植木さんは、絶望の底に落ちていた僕の心を拾い上げて救ってくれた…

 

 僕にとって植木さんは《恩師》であり…《本物のヒーロー》であり…僕を優しく照らし暖めてくれた《太陽》そのもの…

 

 

 

 かっちゃんやオールマイト、シンリンカムイやデステゴロ達によって絶望という名の《闇》に覆われた僕の心に、希望という名の《光》を灯してくれた太陽なんだ!

 

 

 

 そして何より、この場所に来てからの700日…

 僕は植木さんから授けてもらえた【ゴミを木に変える能力】と【職能力(モップに掴を加える能力)】そして【天界力】という3つの能力を自分の物としてコントロール出来るようになった。

 

 植木さんの強さにはまだまだ追い付けてないけど、それでも結構強くなることが出来た!

 

 ただし、現状の僕が持つ【3つの能力】はまだ全ての能力を完全に解放できた訳じゃない…

 

 今の僕は《【ゴミを木に変える能力】の【レベル2】》と《【天界力】の限界値(100%)》を使うことがまだ出来ていない…

 

 700日近くも特訓してるのに、どうしても【ゴミを木に変える能力】の【レベル2の能力】は覚醒できず、【天界力】も《70%》までしか使いこなせていなく…70%以上の能力の解放は僕の身体が追い付かない…

 1度だけ【天界力】を《100%》で使ってみたことはあったけど、その時の僕は自我を失って暴走してしまい…植木さんが止めてくれなかったらどうなっていたか自分でも分からない…

 

 

 

 こんなにもお世話になって2人には返せない恩がある僕だっだけど、いつからか…ずっと悩み考えていたことをあり…

 今日、植木とウールさんに聞くことにした…

 

「……あ…あの…植木さん!ウールさん!」

 

「ん?」

 

「なんだ?急に改まって?」

 

「こんなにも指導していただいて今更なんですが……良かったんですか?」

 

「なにが?」

 

「どういう意味だ?」

 

 

 

「その…僕にこんな凄い【能力(ちから)】を授けてもらった上に鍛えて強くしてもらえた。でも…僕が元の世界へ戻って…この【能力】を使って《今まで僕に酷いことをしてきた人達》や《僕の夢を否定したヒーロー達》へ僕が復讐をするんじゃないか…とか……」

 

 

 

「なんだそんなことか、俺はそんな心配してねぇぞ?」

 

「右に同じ!」

 

「…えっ?」

 

「だってお前、そんな《下らない私情》のために【能力】を使わないだろ?」

 

「モジャ髪!お前は爆豪って奴みてぇな器の小せぇ男じゃねぇ!お前は《器のデケェ男》だ!そんなお前が復讐なんて《つまらないこと》しないって俺は信じてる!だから俺はお前に力を貸したんだ!」

 

「ッ!!!」

 

 植木さんとウールさんは当然のように僕の悩みに答えてくれた!

 

「お前はその【能力】をどう使うべきなのかは、お前が一番分かってる筈だろ?だから俺達が心配することはなんにもねぇよ!」

 

「…植木さん…」

 

 

 

 …やっぱり…

 

 

 

 …植木さんは…僕にとって《最高のヒーロー》だ!!!

 

 

 

 出来ることなら……このまま元の世界に帰らずに…植木さんとウールさんと一緒に居たい…

 

 何年でも…何十年でも…何百年でも…

 

 そう思っている自分がいた…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 でも……それは叶わないみたいだ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「にしても本格的に《透けて》きちまったなぁ緑髪」

 

 

 

「触ればそこに実態はあるのになぁ」

 

 

 

「はい…自分の身体が少しずつ《薄まってる》って…なんか変な感じですね…」

 

 

 

 

 

 

 

 そう……《それ》について気がついたのは数日程前……なんの前触れもなく訪れた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕の身体が少しずつ消えかけていたんだ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日程前に眠りから覚めた僕が、青空へ手を翳(かざ)した時…僕の手が透けて青空が見えた!

 

 

 

 最初は見間違いだと思ったけど、次の日に同じことをしてハッキリした!

 

 

 

 僕が消えかかっていることに!

 

 

 

 僕はそれを植木さんとウールさんに伝えると…

 

 

 

『それってぇと、お前が元の世界へ戻れるってことじゃねぇか?』

 

 植木さんは颯爽と答えてくれた。

 

 

 

『お前がここに来てからもうすぐ700日程……つまりモジャ髪の世界じゃ《1週間》しか経ってないっつーことなのか…』

 

 ウールさんは何を思ったのか、難しい顔をして考え事をしていた。

 

 

 

 植木さんの言うことが正しいとするなら…『僕は《元(もと)いた世界へ帰れる》…それは確かに嬉しいことだ…お母さんやお父さんの元へ帰れる!奉仕活動で知り合った人達とも会える!きっと皆心配しているだろうなぁ』…と僕は元いた世界へ戻れることに嬉しさはあった!

 

 

 

 ……そう…嬉しいんだけど…それは同時に…『僕を無個性という理由で否定してきた《かっちゃん》や《同級生達》、《先生達》や《ヒーロー達》…そして《オールマイト》がいるあの世界へと戻ることになる』…という《不安》が僕の中にあった…

 

 

 

 第一に僕が死んでおらず生きているなら、僕が自殺を図ったことで向こうの世界では何かしらの騒ぎになっているに違いない…

 

 僕がビルから飛び降りる前にノートや教科書の余白に書き残した《かっちゃんやオールマイト達から僕が受けた悲痛の数々》…

 

 それをもし警察が調べ、その後マスコミやメディアなどに知られているのなら、かっちゃんやオールマイト達が社会的に叩かれてる可能性は十分に察しがつく…

 

 あの世界での無個性の待遇は本当に酷いけど、《かっちゃん達の無個性に対するイジメ》や《オールマイトやシンリンカムイ達の無個性差別の発言》はきっと大事(おおごと)になっていることだろう…

 

 

 

 もしそうなっているのなら、僕が元の世界に戻ってきた(目を覚ました)と知った《かっちゃん》を初め《オールマイト》や多くの人達から…怒りと妬みを言葉を散々に言われるのは確実…

 

 

 

『テメェ!クソデク!下らねぇことしやがって!俺の人生設計に要らぬ支障が出ちまったじゃねぇか!あ”あ”ん!!?どうせ死ぬなら誰にも気づかれずに海やら森で1人寂しく死ねやクソが!!!無個性の分際で一丁前に遺書なんざ書き残しやがって!!!フザけんのもいい加減にしろやクソナード野郎が!!!!!』

 

 

 

 と…かっちゃんに言われ…

 

 

 

『緑谷少年…何故キミは《あんなもの》を書いたんだ………キミのせいで…私のNo.1ヒーローとしての信用はガタ落ちだ…。私はキミのための思ったからこそ《あの言葉》をキミに言ったというのに…キミは私の思いを理解してくれなかったとは………私は非常に残念でならないよ…』

 

 

 

 と…オールマイトに言われ…

 

 

 

『緑谷君!キミは自分が何をしたのか分かっているのか!!?世の中には《やっていいこと》と《やってはいけないこと》があるんだ!キミが自殺を図る前に書き残したのはあの《メッセージ》は、我々ヒーローの存続に大きく左右する事態となっているんだぞ!!?』

 

『お前のせいであれから俺達は散々だ!マスコミやメディア、応援してくれたファンから毎日叩かれるのがどんなに辛くて大変か分かるか!!?どう落とし前をつけてくれんだ!?キミの行動1つで大勢の人間が迷惑しているだぞ!!そんなことも考えられないのか!?もう一度断言して言ってやる!他人を思いやれないキミにヒーローになる資格はない!!!』

 

 

 

 と…シンリンカムイやデステゴロに絶対言われるんだろうなぁ…

 

 

 

「(ハァ…なんだろう…折角生き返れるかもしれないのに…心のどこかで帰りたくないと思っている自分がいる…)」

 

 僕が現実世界に戻れたとして起きる最悪の出来事を予想していると…

 

「ま~た、暗いことで悩んでるな~緑髪」

 

「えっ!?あ、あの!?なんで分かって!?」

 

「なんでって?お前が暗い顔で考え事してるから、そうなのかなって思ってさ」

 

「モジャ髪、お前が散々な人生を送ってきたのは知ってるけどよぉ、帰った方がいいぜ。お前の帰りを待っている人だっているんだからさ」

 

 植木さんとウールさんには…僕の考えはお見通しのようだ…

 

 お母さん……きっと僕のせいで無理してるんだろうなぁ…

 

 

 

 《母》のことを強く思ったその時だった!

 

「っ!!?こ!これは!?」

 

 僕の身体から小さな光る粒子が出てきた!

 

 それによって僕の身体が本格的に消えていくようだった!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ついに…お別れの時が来てしまったみたいだ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最後くらい笑顔で別れようと…僕は涙をこらえた!

 

「また…会えますよね…植木さん…ウールさん」

 

「さぁな?」

 

「わかんねぇ?」

 

「ええ!?そこは『そうだな』って言ってくれるところなんじゃ!!?」

 

「ん~それは俺にも分かんねぇからなぁ?…まぁ何はともあれ!元気でな!緑髪!」

 

「モジャ髪!人生なんざ辛いことや理不尽ばっかだけど、強く生きろよ!お前なら必ず乗り越えられるさ!なんたって俺と植木の弟子なんだからな!」

 

「あの…ですから僕は緑谷ですよぉ…というか…ずーっと言いたかったんですが…植木さんの髪だって緑色で…ウールさんだってモジャモジャの毛並みじゃないですか…」

 

「おん?あっ!そういえばそうだったな!」

 

「何言ってんだ、俺はそんなモジャモジャじゃあ……モジャモジャだったわ…」

 

「えっ!!?自覚してなかったんですか!?」

 

 植木さんは《自分の髪の毛の色》を、ウールさんは《自分の毛並み》を把握してなかったようだ…

 

「あとさ?名前なんだっけ?」

 

「すまねぇ、俺もお前の名前はちゃんと覚えてねぇや」

 

「えええっ!!?そこからですか!!?出久(いずく)!緑谷 出久(みどりや いずく)ですよぉ!!!」

 

「ワリィワリィ、緑谷 出久だな!よし覚えたぞ!!」

 

「出久だな!いい名前だぜ!」

 

「いや…今更覚えられても………ぷっ!あっはははは!」

 

 植木さんとウールさんは…僕に沢山のものをくれた…【能力】は勿論だけど、それ以上に大切なものを…僕は植木さんからもらった…

 

 砕け散った《心》を!

 

 新しい《夢》を!

 

 本物の《正義》とはなんなのかを!

 

 そして…僕に《笑顔》を!

 

 その全てを与えてくれた!

 

 

 

 

 

 僕とっての…《最高の原点(オリジン)》!

 

 

 

 

 

 だから別れる前に…どうしても植木さんに聞いておきたいことがあった!

 

 オールマイトに言ったあの質問を…

 

「植木さん…」

 

「んあ?」

 

「僕にも…なれますか…?」

 

「なにに?」

 

「僕も…植木さんみたいな!正義を貫く人間になれますか!?」

 

 僕は恐る恐る植木さんに聞いてみた!

 

 オールマイトと時と少し違えど…内容は同じだ!

 

 植木さんはオールマイトとは違う!

 

 でも…もし…万が一にも…

 

 植木さんにも否定させたら…

 

 僕は…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺みたいな人間になることはねぇよ」

 

「えっ…?」

 

「お前がどんな道に進むにしろ、最後に決めるのは出久、お前自身だ!だから俺もウールもお前が正しいと決めた未来を歩むことを応援するよ!なっ!ウール!」

 

「当然!お前の決める未来が正しいってことを俺も信じてるぜ!出久!」

 

「!!!………はい!」

 

 植木さんとウールさんは満面の笑みで、僕が一番欲しい言葉を言ってくれた!

 

 その言葉だけで僕の胸は一杯になった!!

 

 

 

 僕の気持ちを理解して…一方的な理想を押し付けたりはせず…

 

 僕の背中を優しくソッと押して…僕が進む未来を応援してくれる…

 

 

 

 それがどんなに嬉しいことか…

 

 僕の世界にいた人達がくれなかった《言葉》を…植木さんとウールさんはこの上無いほど沢山僕にくれた…

 

 

 

 この2人に出会えて本当に良かった…

 

 僕は心の底からそう思った…

 

 

 

 気がつくと…いつの間にか僕の身体は足から徐々に消えつつあった…

 

「植木さん…ウールさん…本当に…ありが」

 

「これはコバセンと犬のおっさんが言ってた言葉なんだけど…こういう時に言うべきだと思うから言っておくよ」

 

「?」

 

 

 

 

 

「出久……お前はお前の道を歩け!お前の人生だ!」

 

 

 

 

 

「っ!!!!!????………植木さん…あなたは……僕の《最高のヒーロー》です!……ありがとう…植木…耕助さん……ウールさん…」

 

 僕が植木さん達へ感謝の言葉を述べると…僕は光る粒子と共に…植木さんとウールさんの前から消えた…

 

 

 

 

 

「行っちまったな…アイツ…寂しくなるぜ…」

 

「なぁに、また会えるさ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 植木とウールと別れた出久は…無事に元の世界へと戻り…母親との再開を果たした…

 

 

 

 そんな出久は元の世界に戻れたなら、必ずやらなければならないことが《1つ》あった…

 

 それは《爆豪やオールマイト達への謝罪》である…

 

 当然ながら出久は、彼らから受けた屈辱の数々を許す気など毛頭無かった…

 

 それでも出久は《新たな目標》のため、過去の自分が犯した罪と向き合うことにした。

 

 自分がビルから飛び降りる前に残したメッセージを世間が知ったならば、爆豪やオールマイト達も各々で辛い経験をしたと思い込み、出久は出久なりに彼らを苦しめてしまったことについては謝罪をしようと決めていた。

 

 それは出久の本心であり、その際に彼らからどんな罵詈雑言を言われたとしても、それを全て受けて誠心誠意で謝罪する。

 

 そうすることによって、出久は新たな目標へのスタートラインに着けるのだと確信していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが……超人社会というのは…何処までも無個性を拒絶した…

 

 個性によって成り立つこの超人社会は…出久のそんな純粋な決意をも踏みにじったのだ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●ヘドロヴィラン事件から1年と7ヶ月後…

 

 

 緑谷出久と緑谷引子は、静岡県の折寺町を離れて本州から遥か南にある孤島に移住し穏やかに暮らしていた。

 

 去年の春、色々あった緑谷一家は《ヒーローもヴィランもいない場所》に引っ越すことを決意した。

 その際に《あるヒーロー高校の校長》が協力してくれたこともあって《ヴィランがおらずヒーローが1人しか在中していない場所》である島…《那歩島》へと引っ越し、それからは何事もなく平穏に過ごしている。

 

 因みに事情を知った出久の父親は、妻と息子が遠い南の島へ移住する件については異を唱えることはしなかったという。

 

 そんな南の島で平和に暮らしている出久は、本日学校が休みなのもあり、隣の家に住んでいる幼い姉弟と散歩をしがてら島の売店へと出掛けていた。

 

「去年も思ったけど、11月になってもこの島は真夏みたいに暑いなぁ」

 

 出久はそんなこと言いながら、売店でアイスを3つ買うと、売店の外にある椅子で待たせている姉弟の元へと急いだ。

 

「2人ともお待たせ~アイス買ってきたよ~」

 

 出久は売店の入口そばにある椅子に座っている姉弟に声をかけた。

 

「遅い!!遅すぎる!!!」

 

「お…お姉ちゃん…」

 

 出久が来るや否や姉弟の姉の方は出久に向かって怒鳴り、弟は姉の態度に慌てていた。

 

「え?そんなに遅くなっちゃった?」

 

「遅いわよ!なんでアイスを買ってきてくれるだけで3分以上もかかるわけ!?」

 

 女の子は持っていたスマホの画面に映る《3分を過ぎたタイマー表示》を見せながら出久を叱った。

 

「あぁ~えっと~急いだつもりだったんだけど、待たせちゃったならゴメンね真幌ちゃん」

 

「フンッ!今度はもっと速く買えるようにしてよね出久」

 

「は…はい…」

 

「お…お姉ちゃん、落ち着いて」

 

 不機嫌になる姉の《島乃 真幌》を、弟の《島乃 活真》が宥めていた。

 

 そのまま3人はアイスを食べながら歩き出した。

 

 家に帰る途中、真幌はふと出久に話しかけた。

 

「そう言えば出久、あの話は聞いた?」

 

「あの話って?」

 

「この島にいるヒーローのお爺ちゃんがヒーローを辞めちゃうみたいだよ、出久兄ちゃん」

 

「それで別のヒーローが来てくれるまで、どっかのヒーロー高校の学生がこの島に来るって話よ、知らないの?」

 

「そうなんだ、全然知らなかったよ~」

 

 3人は他愛のない話をしながら、それぞれの家までの道のりを歩いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 出久はこの島での生活を通して《幸せ》というものを噛みしめていた。

 それは《精神世界で植木とウールと共に過ごした時間》と同じくらいの《幸せ》である。

 

 折寺町にいた頃の出久は、幼少の頃から散々な辛い日々を送りながら過ごしていた…

 

 だがこの島に来てからは、折寺町では日常茶飯事であった《同級生からのイジメ》も《教師からの差別》も一切なくなり、出久は本当の意味で《青春》というものを理解できた。

 

 出久個人としては、折寺町から離れたことについての未練はほぼ無く、唯一折寺町に未練があるとするのなら、無個性だった出久でも慕って仲良くしてくれた《奉仕活動の人達》や《爆豪夫妻》などに何の挨拶も出来ずに折寺町を去ったことである。

 

 それだけ出久にとっては《折寺町での生活》と《那歩島での生活》の環境の変化が大きかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 出久はやっと…《幸せな生活》を手に入れることが出来た…

 

 この幸せが続いてくれると…出久は疑わなかった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし…

 

 

 

 この時は出久はまだ知るよしもなかった…

 

 

 

 1か月後…

 

 

 

 こんなにも平穏な島が…

 

 

 

 《惨劇の舞台》になろうとは…

 

 

 

 まだ誰も知らなかった…




 緑谷一家がどうして那歩島へ引っ越したのかは、次の話(20万UA記念の番外編2話)で判明いたします。



 舞台が那歩島となれば、大半の人々はお察しになれるかと思います…
 今回の話の終盤に記された《惨劇》が何を意味しているのかを…



 そして今回の番外編の出久君は植木君から【ゴミを木に変える能力】と【天界力】は授かることは出来ましたが【神器】を受けとれませんでした。
 ですが、その代わりに《うえきの法則+》にて植木君が使った【職能力】を授かれました。



 9月までには《20万UA記念の番外編(全5話の予定)》を完結できるようにしつつ、合間を縫って本編の次の話(26話~)も投稿できるよう努力させていただきます。


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【番外編】スローライフの法則(2)

【20万UA突破記念作】2作目!

 最初に申し上げます。

 赤谷海雲ファンの方々、申し訳ありません…

 今作の番外編にも赤谷君は出久君の代役として登場しているですが、前作の番外編よりも赤谷君が酷い目にあっております…

 そしてもう1つ、前作の番外編では赤谷君の父親は《一般の会社員》で、母親は《専業主婦》と私のオリジナルで解釈していたのですが、今作の番外編における赤谷君の両親の役職は前作とはまるで違うものとしております。



※出久君が精神世界で体験した年月と、現実世界の時間は《うえきの法則+》の原作と同じく、現実での《1年》がメガサイトでは《100年》経っているように、今作の番外編の出久君にとっては【精神世界での700日】は【現実世界において7日(1週間)】しか経過しておりません。



 今回の話と次の話(番外編2作目3話)は、文章が多めで会話シーンは少なめとなっておりますが、出久君の那歩島での平穏な日々を描きつつ、《出久君がいない雄英高校がどんな年月(4月~11月)》を送ったのかを纏めました。

 前回の話の前書きにも書いた通り、この番外編(《スローライフの法則》)でもヒロアカの原作キャラが何人も死亡しております。
 《亡くなったキャラクター》や《雄英高校からいなくなったキャラクター》の詳細につきましては、次の話の後書きに纏めて書きます。


●5月の上旬…(ヘドロヴィラン事件から2週間以上経過)

 

 

None side

 

 本州より遥か南に位置する孤島…《那歩島》…

 

 その島の人口は約1000人であり、ここ数十年において目立った事件は発生していないという平穏な島である…

 

 その島に《とある一家》が今月の始めに本州から引っ越してきた。

 

 その一家は、元々《静岡県》に住んでいたが諸々の事情によって、ヒーローもヴィランもいない場所を求めた結果《九州の南西にある孤島》へ引っ越した。

 一家は3人家族なのだが、父親は海外赴任をしているため、実質《母親》と《息子》の2人で新しい場所での生活をスタートした。

 

 彼らの新しい住居は、前の住居人が引っ越してから数年放置されていた1階建ての空き家であり、引っ越しを兼ねて改装工事をしてもらったばかりである。

 

 那歩島へ引っ越してきたその親子を、島の人達は快く受け入れていた。

 

 ただ引っ越しの挨拶回りをした際、隣の家に住んでいる《島乃一家》が、母親は既に他界して、父親は出稼ぎのため島から離れているおり、幼い子供が2人だけで暮らしているということを《緑谷一家》は知った。

 

 島乃宅の家庭事情を知った緑谷引子と緑谷出久は、お節介なのは百も承知で《島乃さん宅の幼い姉弟》の面倒を見ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●5月末…(那歩島の緑谷宅)

 

 

緑谷出久 side

 

PiPiPi…PiPiPi…PiPiPi…Pi…

 

「…ん……ふあああぁ……もう4時半かぁ…」

 

 枕元に置いていたスマホのアラームを止めながら僕は目を覚ました。

 

「さてと、日が出る前にトレーニングに行ってこようかなっと」

 

「…んん……ん?……出久…にぃ…ちゃん…?」

 

 僕が布団から出てジャージに着替えていると、隣の布団で寝ていた活真君が目を半開きにしながら眠たそうな声で話しかけていた。

 

「あぁゴメンね活真君、起こしちゃった?僕はちょっと走ってくるだけだから、まだ寝てて大丈夫だよ」

 

「う…ん……わかっ…た……いってらっしゃ…」スピー

 

 まだ眠たかったのか、活真君はすぐに寝息を立てて再び眠ってしまった。

 

 僕は活真君を起こさないよう静かに部屋から出て襖を閉じた。

 

 まだ寝てるだろうけど、一応出掛ける前にお母さんへ声をかけておこうと思い、僕はお母さんがいる寝屋の襖をソッと開け、お母さんに小声で話しかけた。

 

「お母さ~ん…起きてる~…?」

 

「スゥ……スゥ……」

 

「スピー……スピー……」

 

「やっぱりまだ寝てるか~、書き置きでも置いていくかな」

 

 部屋の中を確認すると、お母さんとその隣にいる真幌ちゃんはまだ夢の中だった。

 

 僕は物音をたてないように襖を閉め、リビングのテーブルに書き置きを残してトレーニングに出掛けた…

 

 

 

 

 

 

 僕とお母さんは先月まで住んでいた静岡県の折寺町から遠く離れた九州の南西に位置する孤島《那歩島》に引っ越した。

 

 

 

 えっ?なんで折寺町からこの南の島へ引っ越したのかって?

 

 

 

 ………結論から言わせてもらうと、この島へ《引っ越してきた》………いや…《逃げてきた》のは…全部《僕のワガママ》が原因なんだ…

 

 

 

 それは今から1ヶ月以上前の4月下旬のこと…

 

 

 

 僕は精神世界で植木さんとウールさんと別れたあと、現実世界(この世界)へと戻ってきた。

 

 現実世界に戻ってきた僕が目を覚ますと、そこは病院のベッドの上だった。

 

 僕は目を覚ましてすぐ、誰かが僕の左手を握っているのを理解し、誰かと確認するとそれはベッドに突っ伏しながら寝息を立てる《お母さん》だった。

 だけど…お母さんの姿が大きく変わっており、痩せて……いや…窶(やつ)れていた…

 その姿は…まだ僕が小さった頃の《痩せていた頃のお母さんの姿》だった…

 ヘドロヴィラン事件から700日近くも経過しているんだ…きっとお母さんは《僕が自殺未遂をしたこと》や《ずっと目を覚まさない僕のこと》がストレスとなってしまい、食事が喉を通らずに栄養失調になって、ダイエットなんかをせずともこんな痩せ細った姿になってしまったんだろう…

 

 ウールさんの言ってた通り…お母さんは僕のことを本当に心配してんだってことをこの時点で僕は把握した。

 

 僕はベッドから上半身を起こすと、右手でお母さんの肩を揺さぶった。

 

『お母さん、お母さん、起きてお母さん』

 

『…ん……んん?…なぁに出久?お母さんちょっと疲れちゃってるからもうちょっと寝かせ……………て……………』

 

 目を覚ましたお母さんが僕の顔を見た途端に喋るのをやめ、まるで時間が止まったかのようにジッと僕の顔を見ていた。

 

 こういう時に僕は何を言えばいいのか分からず脳ミソをフル回転させていると…

 

 

 

 

 

『い………い…………い!……出久ーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!』ダキッ!

 

 

 

 

 

 動かなかったお母さんは、突然滝のような涙を吹き出して《ボイスヒーロー プレゼント・マイク》に匹敵する大声で、僕の名前を叫びながら抱き付いてきた!

 

『良かった!!!良かった!!!目を覚ましてくれて!!!本当に良かった!!!!!』

 

 僕のことを力一杯抱き締めてくれる母のぬくもりを感じながら、僕は改めて思い知った…

 

 お母さんが《どれだけ僕を思っていてくれたのか》を…

 

 気づけば僕もお母さんを抱き締めながら、お母さんの頭を撫でていた。

 

ガラッ!

 

『なんだい!?さっきの爆音は!!?』

 

 病室の扉が思いっきり開くと、入ってきたのは雄英高校に勤務している女性看護教諭の《リカバリーガール》だった!

 

『むおっ!!!??…ア…アンタ!?…目を覚ましたんだね!』

 

 僕を見たリカバリーガールは声を荒げながらも話しかけてきた。

 

 状況から察するに、あの無人ビルから飛び降り自殺を図った僕は病院に運ばれて《リカバリーガール》に命を救ってもらったということなのかな?

 

『まぁ…取り敢えずだ。ちょっと引子さん、落ち着いて……ってのは無理だろうけど…息子さんを診察したいから少し時間をもらえないかい?』

 

『出久!!出久!!!…はっ!!リカバリーガールさん!ありがとうございます!ありがとうございます!貴女のお陰で出久が目を覚ましてくれました!!!』

 

 リカバリーガールの存在に気づいたお母さんは、僕から一旦離れるとリカバリーガールに対して何度も頭を下げてお礼を言っていた。

 

 そんな折、僕はベッドの上にある《丸まったティッシュ》を見つけた。

 ベッドの側にあるゴミ箱にも大量に入っており、お母さんが泣いた時に使った《鼻をかんだティッシュ》なんだなと理解した僕は…

 

 そのティッシュを右手で持ち…

 

 

 

『お母さん。僕、超能力が使えるようになったよ』

 

 

 

『『………え?』』

 

 

 

 僕の言葉にお母さんとリカバリーガールは面食らった表情となったけど、僕は構わずに右手に持っているティッシュを握りしめて、植木さんから授かった【能力】を発動させた!

 

 

 

『【ゴミを木に変える能力】!』

 

 

 

 僕の右拳から緑色の光が放たれ、ゆっくり右拳を開くと掌の光から《小さな木》が1本生えてきた!

 

『…夢じゃ……ない…』

 

 《植木さんとウールさんとの出会い》は、やはり夢でも幻でもなく現実だった!

 

 僕は精神世界で植木さんとウールさんと出会い《大切なこと》を沢山教えてもらった…【別世界の能力】を授かった…紛れもない事実なんだ!

 

 現に僕は【ゴミを木に変える能力】で右手に握ったゴミ(ティッシュ)を木に変えることが出来た!

 

 

 

 更に【もう1つの能力】の確認をするために、僕は両掌にそれぞれの【紋(もん)】を浮かび上がらせるイメージをすると…

 

 右手の掌には【《モップ》の絵柄が記された道具紋(どうぐもん)】が!

 

 左手の掌には【《掴(ガチ)》という文字が記された効果紋(こうかもん)】がそれぞれ浮かび上がった!

 

 

 

 あれは決して夢なんかじゃない!

 

 

 

 僕が植木さん達と過ごした時間は確かに存在した!

 

 

 

 そして、僕は全てを覚えている!

 

 

 

 ビルから飛び降りる前の…無個性としての僕の人生を…

 

 植木さんとウールさんと過ごした《700日近くの日々》を!

 

 そして…植木さんから授かった【別世界の能力】を!

 

 

 

バタンッ!!

 

 

 

『え?お、お母さん!!?』

 

 僕が物思いに更けていると、突然お母さんが床へ倒れてしまった!?

 

 僕は咄嗟にベッドから出てお母さんに駆け寄った!

 

『お母さん!大丈夫!?お母さん!』

 

『無理もないよ…昏睡状態でいつ目覚めるか分からないでいた無個性のアンタが…意識が戻った矢先に《個性》を使ったのだからね。それにアンタの母親はこの《1週間》…何も食べずに片時も離れずアンタの看病をしてたから、貯まっていた過労が爆発したんだろうさね』

 

『い!?1週間!!?』

 

『ん?そうさね、アンタが飛び降り自殺を図った日から今日で丁度7日目さね』

 

『(7日!?700日じゃなくて!??…あ!?そういえばウールさんが別れる前にそんなことを口ずさんでたような…)』

 

 僕は《自分が現実世界で寝ていた時間》と《精神世界で植木さん達と過ごしていた時間》が大幅にズレていたことを察した。

 

 植木さんとウールさんと過ごした時間、感覚では《700日近く》であることに間違いない。

 だけど、それとは裏腹に実際の現実世界では《7日》しか経過していない。

 これはつまり現実世界にとって《1日》とは、植木さん達がいた空間では《100日》になると導き出される訳だ。

 

 僕はてっきり、現実世界に戻ってきた時(目が覚めた時)には《1年11ヶ月》の時間が経過しているんじゃないかとばかり思っていたから、その点については《狐につままれた気持ち》になった…

 

『さて緑谷出久、目覚めたばかりで悪いけどアンタにはこれから診察やら検査から色々受けてもらうよ。当然ついさっきアンタが使った《木の個性》についてもね』

 

『はい、分かりました。えっとぉ…お母さんはどうするんですか?』

 

『他の医者に任せるさね、十分な休息を取れば数日で元気になるよ』

 

『そうですか、良かった~』

 

『ほら、時間が惜しいからさっさと来な!それに……アンタには伝えなきゃならないことが沢山あるからねぇ…』

 

『?』

 

 僕は床に倒れているお母さんを、僕が使っていたベッドに寝かせると、リカバリーガールと一緒に病室を出た…

 

 

 

 

 

 それから数日の間は本当に《てんてこ舞い》だった…

 

 

 

 

 

・リカバリーガールの時もだけど、僕が目を覚ましたことは病院の医者や看護師さん達全員に驚愕され、リカバリーガールからは『1週間で意識が回復したのは本当に《奇跡》と言っていいほどアンタは深刻な状態だったんだよ』…と呆れながら言われた。

 

・《診察》《身体検査》《血液検査》《MRI》《個性因子検査》等と、数日でいくつもの検査を盥回しにされながら受けた。

 

・お母さんは倒れて2日後に目を覚まし、僕は大泣きするお母さんから何時間にも及んでお小言を言われ、正直3時間を超えた時点で僕は勘弁してほしかった……でも…僕はそれだけお母さんを心配と不安にさせてしまった…だから僕は涙をながし続けるお母さんのお小言を黙って聞いた。でも最終的には5時間を超えた時点で、見かねたリカバリーガールがお母さんを止めてくれた。

 

 

 

 でも…それを『大変だ』と思えていた短い間が…ボクにとってどれだけ幸せだったことか…後になって嫌と言うほど理解させられたよ…

 

 

 

 何故って?

 

 

 

 僕は思い知ることになったんだ…

 

 

 

 この超人社会の《無情な現実》を…

 

 

 

 その現実を知ることになったのは、お母さんが元気になってすぐのこと、お母さんからの5時間を超えるお小言を言われた次の日だった…

 

 午前中の検査とリハビリを終えた僕は、リカバリーガールに案内されて病院の応接室にやって来た。

 

 応接室の中に入ると、そこには《お母さん》と《雄英高校の校長先生である根津校長》、《塚内と名乗る警部》と《その塚内警部の妹と名乗る女性》そして海外にいる筈の《お父さん》がいた!!!

 

 お父さんは《僕がビルから飛び降りて病院に搬送されたこと》をお母さんから聞き、急遽仕事に折り合いをつけて今朝日本に帰国し病院へ駆けつけたらしい。

 

 お父さんが日本へ帰って来たこともだけど、それ以上に《日本一のヒーロー高校の校長先生》がいたことに僕は驚きを隠せなかった!

 

 

 

 でも僕の興奮はすぐに消え失せることとなる…

 

 

 

 何故なら…応接室で僕を待っていた5人の空気がとても重かったからだ…

 

 僕の顔を見た途端に浮かない顔になる《根津校長》と《塚内兄妹》…

 さっきまで泣いていたのか目元を赤く染めた《お母さん》…

 そんなお母さんに寄り添って慰める《お父さん》…

 

 この時の僕は…否が応でも察してしまった…

 

 これからこの応接室で話される内容は、きっと僕にとって《最悪の内容》であることを…

 

 因みにお父さんとお母さんは、僕が検査やリハビリをしている午前中の間に、一早くその内容を聞いていたらしく、お母さんが泣いていたのはそのためだった…

 

 

 

 そして…僕の嫌な予想は的を射てしまった…

 

 

 

・根津校長…リカバリーガール…塚内兄妹の4人から語られた内容…

 

・僕が眠っていた間の《現実世界での1週間の出来事》…

 

・《無個性だった僕》に対して超人社会が何をしたのかを…

 

 

 

 根津校長達からの話をすべて聞き終えた時の僕は…

 

 再び《この世界のヒーロー達》に失望…

 

 そして《超人社会》に絶望した…

 

 

 

 そんな僕に対して根津校長達は《最大限の擁護》を提案してくれた…

 

 でも…僕も…お母さんも…お父さんも…根津校長からの提案を断った…

 

 僕達の返答を…根津校長は何も咎めはしなかった…

 

 そして7人での話し合いの末、僕の提案したワガママが聞き入れられ、僕と母さんは《ヒーローとヴィランとの関わりを避ける》ため、本州から遠く離れた《この南の島(那歩島)》へ移住することになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕はこの島に来てから日課としている《早朝と夜に浜辺で【能力】の特訓》をしながら、先月の下旬に病院の応接室での根津校長達からの話を思い出していた…

 

 

 

 正直…今思い出すだけでも胸が苦しくなる《嫌な内容の数々》だった…

 

 あの時の僕は改めて思い知らされたよ…

 

 《無個性に対する超人社会の理不尽さ》をね…

 

 

 

 でも…そんな無個性の僕でも…根津校長やリカバリーガール、塚内兄妹といった人格者の人達は理解してくれた…

 

 根津校長とリカバリーガールは、僕が眠っていた間も独自で色々と動いてくれていた…

 

 《僕が夢の中で体験した出来事》だって根津校長達は疑わずに聞き入れてくれた…

 お母さんは話の壮大さに理解が追い付かなかったのか、説明の途中で何度も気を失ってお父さんを困らせていたけどね…

 

 ただ根津校長の提案で、僕の【ゴミを木に変える能力】については世間へ公開せず、内密に根津校長命名の個性名《循環》として登録することとなり、【職能力】については《個性の応用》という解釈になった。

 

 更に僕が体験した《夢の中での出来事》…《植木さんとウールさんと過ごした700日の特訓の日々》や《【ゴミを木に変える能力】と【職能力】の詳細》については、緑谷一家と根津校長、リカバリーガールと塚内兄妹の7人だけの秘密にするようにとも、根津校長から忠告を受けた。

 

 この島(那歩島)にやって来た僕は【個性《循環》をつい最近発現させた緑谷出久】として、新しいスタート(生活)をすることとなった。

 

 

 

 

 

 そうこう考えながら特訓している内に、水平線の向こうが少しだけ明るくなってきた。

 

 腕時計を見ると6時前になっており、僕は直ぐ様にトレーニングをやめて浜辺を出ると自宅に戻ることにした。

 

 因みに、僕が浜辺で【能力】の特訓をしていることについては、この島の唯一のヒーローであるお爺さんから条件付きで許可をもらっているため、まだ《個性使用許可免許証》を持っていない僕が【能力】を使っても問題はない。

 

 ジョギングをしながら自宅へ戻った僕は、玄関を開けて家の中入ろうとしたら、丁度その時に太陽が水平線から顔を出したのか眩しい朝日の光が見えた。

 

「夜明けかぁ…」

 

 僕はそう呟いて家の中に入った。

 

 汗をかいたからシャワーを浴びようとお風呂場に向かうと台所の電気が点いて、中を確認するとエプロン姿のお母さんが朝食を作っていた。

 

「ただいま、お母さん」

 

「おかえり出久、走ってきたから汗かいたでしょ?早くシャワーを浴びてきちゃいなさい」

 

「うん、そうするよ」

 

「真幌ちゃんと活真君はまだ寝てるから、着替えを取りに行くなら大きな音を立てないようにね」

 

「分かってるよお母さん」

 

 台所を離れた僕は、寝ている活真君を起こさないようにタンスから着替えを確保し、シャワーを浴びて汗を流した。

 シャワーを済ませた僕は、お母さんと一緒に朝食作りをした。

 

 4人分の朝食が出来上がった7時頃、真幌ちゃんが活真君の手を引いて台所にやって来た。

 

「あら2人とも起きた?」

 

「おはよう…」

 

「んん……おは…よ…」フア~…

 

 2人ともまだ眠いのか、真幌ちゃんは片手で目を擦り、活真君は欠伸をしていた。

 

「朝御飯が出来たから、2人とも歯を磨いて顔を洗ってらっしゃい」

 

「「は~い」」

 

 お母さんが優しい口調でそう言うと、真幌ちゃんと活真君は洗面所に向かっていった。

 

 因みに《真幌ちゃん》と《活真君》というのは、隣の家に住んでいる島乃宅の子供達なんだけど、幼きながらも2人暮らしをしている姉弟である。

 

 

 

 

 

 

 この島に引っ越してきた次の日に、引っ越しの挨拶回りでお隣さんの島乃宅へ最初に訪れた時のこと…

 あの時は《活真君と真幌ちゃんのお父さん》が偶然にも那歩島に帰ってきていた時である。

 

 今でもよく覚えているんだけど、島乃さん一家(父親、娘、息子)が僕のお母さんの顔を見た時に《物凄く驚いた反応》をしていたんだ。

 

 僕とお母さんは、島乃さん達の突然の反応に疑問符をかられながらも自己紹介と引っ越しの挨拶をした。

 

 ただ、僕のお母さんは島乃さん達の異常な反応を不思議に思い、その疑問について活真君達のお父さんに理由を聞くことにした。

 

 2人が話している間、僕は活真君と真幌ちゃんに案内をされて近所に回ることになった。

 

 そして後になってから、お母さんが僕に《活真君達のお父さんと話した内容》を教えてくれた。

 

 

 

・活真君と真幌ちゃんのお母さんは既に亡くなっており、活真君達のお父さんも出稼ぎのため普段は島から離れている。だから真幌ちゃんと活真君は2人だけ過ごしている状況であること…

 

・近所の人達(鈴村さん達)が気にかけて活真君達の面倒は見てくれてはいるけど、それでも幼い我が子達を家に残して島を離れることに活真君達のお父さんは不安があることを…

 

 

 

 そんな島乃さん宅の家庭事情(父子家庭)を知った僕のお母さんは、活真君達のお父さんに『私達で宜しければ、お子さん達の面倒を見ましょうか?』と思い切った提案した。

 

 お母さんが言っている『面倒を見る』というのは《時折2人の様子を見に来る範囲》ではなく、《活真君達のお父さんがいない間は自分達と一緒に暮らして四六時中、活真君と真幌ちゃんのお世話をする範囲》での提案だったのだ。

 

 活真君達のお父さんからすれば、僕のお母さんからの提案は《願ってもない提案》だっただろうけど『そこまでの迷惑はかけられない』と最初は活真君達のお父さんも遠慮していた。

 

 でも僕のお母さんの厚に負けたのか、最終的に活真君達のお父さんは僕のお母さんの提案を聞き入れてくれた。

 

 

 

 2人が話し終わった頃に戻ってきた僕と真幌ちゃんと活真君は、帰ってきて早々に聞かされた提案に驚かされた。

 

 僕個人としては、別に活真君達と一緒に暮らすのは問題はないけど、活真君と真幌ちゃんからすれば《隣に引っ越してきたばかりの人達といきなり一緒に暮らす》…なんて言われれば困惑して嫌がるんじゃないかと僕は思っていた…

 

 でも僕の考えとは裏腹に、2人は僕のお母さんからの提案をスンナリと受け入れて、今こうして一緒に暮らしている。

 

 どうして2人がこんなにもアッサリと提案を飲んでくれたのか、僕は最初は不思議でならなかった。

 

 息子の僕が言うのは何だけど、僕のお母さんは《面倒見が良い方》だ。

 現に活真君と真幌ちゃんは、すぐに僕のお母さんに心を開き懐いていたからね。

 

 でも、その訳についてはすぐに知ることが出来た。

 後日、近所に住んでいる鈴村さんが教えてくれたことなんだけど…

 

 《僕のお母さん(痩せている姿)》は、どういう偶然なのか《亡くなった活真君と真幌ちゃんのお母さん》にとても似ているらしい…

 

 何度か活真君達の家にお邪魔させてもらった時、玄関や居間に置いてあった写真立ての《家族写真》を見てそれを理解した。

 活真君達と一緒に写っていた母親と思われる女性が、僕のお母さんと《瓜二つ》レベルで似ていたんだ。

 髪色や瞳の色こそ違うけど、それ以外は全て《双子》と言っていいくらいにソックリだった。

 

 どうりで始めて会った時に驚いていた訳だ。

 

 そりゃあ、活真君達のお父さんからすれば《奥さん》に、真幌ちゃんと活真君からすれば《お母さん》にソックリな人が突然現れたんだから驚くに決まってる。

 

 

 

 そうして現在では、真幌ちゃんと活真君と一緒に暮らしているのが当たり前になっていた。

 

 だけど毎日一緒に暮らしている訳じゃない、週に3、4回のペースで2人はウチへ泊まりに来て、他は自宅で過ごすという形となっている。

 

 僕のお母さんは、活真君と真幌ちゃんに『毎日泊まり来ても大丈夫なのよ?』と言っていたんだけど、真幌ちゃんは『お世話になってばかりじゃ申し訳ない』とか『活真の面倒はお姉ちゃんである私が見ないといけない』と、まだ8歳でありながらも《他人への気遣い》と《自立する精神》を持っているシッカリ者のお姉さんだった。

 

 お母さんはそんな真幌ちゃんの気持ちを汲んであげて、真幌ちゃんに作れる範囲の料理などを教えるようになった。

 

 でも活真君の前ではシッカリ者のお姉ちゃんでいる真幌ちゃんも、やっぱりまだまだ甘えたい年頃なようで、僕や活真君がいない時は僕のお母さんに甘えている様子があった。

 活真君もだけど…なんだかんだ言っても真幌ちゃんも母親が恋しいんだな…と僕は思った。

 

 僕に至っては、今までずっと一人っ子だったからよく分からなかったけど、妹や弟がいたならこんな感じなのかと思いながら2人と過ごしている。

 

 そんな僕は、活真君とはすっかり打ち解けることが出来て『出久兄ちゃん』と呼んでもらえる程に仲良くなれたけど、真幌ちゃんとはまだ距離があるのか『出久』と呼び捨てされている。

 

 まぁ別に呼び方は何でもいいんだけど、僕のお母さんに対しては活真君と真幌ちゃんは完全に心を許している………でも真幌ちゃんは僕のことが気に入らないのか、たまに個性《ホログラム》を使って僕のことを脅かすイタズラをしてくる…

 

 僕は真幌ちゃんから嫌われてるんじゃないかと思っていた…

 でもそれは僕の勘違いで、真幌ちゃんが僕に冷たい態度をとるのは《ヤキモチ》であることをお母さんがこっそり教えてくれた。

 お母さんの話だと、静岡県にいたママ友から聞いた話で《兄弟や姉妹の子供がいる家庭では良くある出来事》なのだと言っていた。

 

 一人っ子の僕には理解できなかったけど、真幌ちゃんからすれば《大切な弟である活真君が姉の自分以上に他人の僕と仲良くしていること》が気に喰わないのだ。

 だから真幌ちゃんは僕に対してイジワルをしていたと、お母さんが説明してくれた。

 

 

 

 那歩島の中学校へ転校してから最初の休みの日、活真君のお昼寝中に僕とお母さんと真幌ちゃんは3人で話をし、なんとか誤解は解いて真幌ちゃんに理解してもらえた…だけどその際に僕は真幌ちゃんから…

 

『いい!出久!アンタが活真と仲良くするのは勝手だけど、これだけは覚えておきなさい!活真の姉弟で、お姉ちゃんなのはこの私だけなんだからね!!!』

 

 …と仁王立ちしながら指を差して力強く宣言された。

 

 そんな真幌ちゃんからの宣言の返答に困っている僕を、お母さんは近くで寝ている活真君の頭を優しく撫でながらクスクスと笑っていた。

 

 あの時の僕は、お母さんに『笑ってないで何とかしてよぉ…』っと心の中で強く思ったよ…

 

 

 

 

 

 

 なんてことがこの1ヶ月の間にあったけど、それ以降からは真幌ちゃんが僕に個性でイタズラすることはなくなり、僕は少しだけ真幌ちゃんと仲良くなれた……気がする……

 

「出久兄ちゃん?」

 

「出久?どうしたの?」

 

「えっ?」

 

 ずっと考え事をしていたのか、ふと活真君とお母さんの声で気がつくと、僕以外の3人は朝食の置かれたテーブルの椅子に座っていた。

 

「なにボーッとしてるのよ出久、今日は《離れ小島》に行くんだから早く食べるわよ」

 

「あぁ、そうだったね」

 

 真幌ちゃんに催促されながら僕もテーブルの椅子に座り、4人で朝食を食べ始めた。

 

 

 

 今更だけど、以前の僕は考え事をする時にはブツブツと考えていることを小声で言う癖があったため、その度にかっちゃんからは個性を使った暴力を問答無用で振るわれていた。(僕の癖で迷惑をかけたのは悪かったけど、それでかっちゃんから一方的な暴力を受ける理由にはなら無い筈だよね…)

 今はその悪い癖は無くなって、僕はダンマリで考え事をするようになった。

 精神世界で植木さんとウールさんと一緒に700日過ごしている間、気がついたら治っていた癖の1つである。

 

 

 

 朝食を食べ終えた僕達は、離島の観光に出掛ける準備を済ませて家を出た。

 

 今日は《城跡が観光スポットである離れ小島》に行くことになっている。

 僕とお母さんが那歩島の離れ小島にまだ行ってないと知った真幌ちゃんと活真君が今日案内してくれるんだ。

 

 

 

 

 

 この島での生活を通して改めて思い知らされるよ…

 

 ヒーローなんか目指さなくても…

 

 こうしてのんびりと…

 

 何事(なにごと)もなく平穏に暮らせること…

 

 それがこんなにも幸せなんだってことをね…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●2月上旬…(ヘドロヴィラン事件から9ヶ月以上経過)

 

 辛い時間が経過するのは非常に遅く感じるけど、楽しい時間って言うのはあっという間に過ぎていく…

 

 植木さん達と過ごした夢の中での時間と同じく、この島での生活も…ふと気がつけば既に9ヶ月以上の月日が流れ、僕を含めた世の中の中学3年生達は高校の受験シーズンである《2月》を迎えていた。

 

 その9ヶ月の間は、僕はこれといった大きな変化は起きていない。

 あるとするのなら去年の12月に《真幌ちゃんの9歳の誕生日祝い》をしたことと、今年の7月に受ける《個性使用許可免許証》の最終試験に向けて去年の5月から本州に何度か赴いて講習を受けに行ったくらいだ。

 

 この超人社会では、バイクの免許(普通二輪免許)と同じように16歳になれば《個性使用許可免許証》を取得にすることが出来る。

 

 でもこの免許はヒーロー免許とは違い《個性を使ってヴィランと戦うこと》は出来ず、ヒーローを目指さない人達が日常生活や仕事などで大手を降って個性を使えるようになるためには必要不可欠な免許である。

 

 ただし、この免許は実地試験が殆どであるヒーロー免許とは違って9割が学科試験であり、しかも問題数は多くて内容はとても難しいため10代で合格するのは『ほんの一握りだけ』だと、以前電話でお父さんが教えてくれた。

 僕のお父さんは10代の時にこの免許を取れたらしいけど、中学3年生からこの試験を受け初めて高校を卒業するギリギリでやっと免許を取得できたらしく、最終試験までの学科試験で何度も落ちて苦労していたとも話してくれた。

 

 でも、そんなお父さんの学生時代の苦労を他所に、僕は中学3年生の時点に最終試験以外の《個性使用許可免許証の学科試験》は全て合格でき、後は7月の誕生日で16歳になってからの最終試験(学科試験と実地試験)を残すのみとなっていた。

 

 どうして僕はそんな難しい学科試験を中学3年生の間に合格できたのかと言うと…

 

 実は無個性だと診断されてからの約10年間、僕はいつかの日か個性が芽生えると信じて、ヒーロー免許の取得に必要とされる勉強(学科試験)をずっと続けていたんだ。

 ヒーロー免許の試験内容の殆どは《実地試験》だから、学科試験の勉強はそこまでの意味は無いんだけど、無個性だった当時の僕にはそれしかできなかった…

 

 そうして今の僕はヒーローの道を諦めて、将来仕事で《個性(能力)》を使うため必要とされる《個性使用許可免許証》の学科試験を受けた結果、これまでの10年の努力は実り1回で合格することが出来た。

 後は5か月後に受ける最終試験に合格できれば、晴れて《個性(【ゴミを木に変える能力】【職能力】)》をヒーローの許可なしで使うことが出来るようになるんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●2月中旬…(緑谷一家が那歩島に来てから9ヶ月半後…)

 

 那歩島の中学校の卒業式を控えた僕は、同じく那覇島にある少人数制の高校受験を終えて、自宅への帰り道を歩きながら、ふと思い出したことがあった。

 

「そういえば今日って…雄英高校の受験日でもあったっけ?…かっちゃんはきっと主席で合格するんだろうなぁ………まぁもう僕にはもう関係ないことか…」

 

 ヘドロヴィラン事件のあった…あの日…

 

 僕の中にあった《世界のヒーローへの尊敬と憧れ》は完全に消え去った…

 

 この超人社会は狂ってる…

 

 強い者が弱い者を守る? 

 

 違うね……《強い個性を持つ強者》が《弱い個性を持つ弱者》と《個性を持たぬ弱者》を支配する格差社会……それがこの世界の常識なんだ!

 

 そんな偽善者(ヒーロー)達に僕は絶対にならない!

 

 全てのヒーローが、根津校長やリカバリーガールのように《他人へ思いやりを持てるヒーロー》じゃない…

 

 ヘドロヴィラン事件で、オールマイトがあの事件を起こした失態と過ちは…公安委員会が権力を使ったことで真実は揉み消されて世間に報道されず…

 同事件でかっちゃんを見捨てていたシンリンカムイやデステゴロ達も…公安委員会によって汚点や不備は包み隠されたお陰で真実が世間に露見されることなく、彼らは今もプロヒーローとして名を上げ続けている…

 

 特にシンリンカムイはもうすぐ《トップ10》に入れるとかニュースで言ってたな…

 

 《個性の相性を理由に子供(かっちゃん)を見捨てるヒーロー》がトップヒーローになれるなんざ世も末だよ…

 

 自分達に都合の悪い情報は権力を使って情報をねじ曲げる…

 

 それがヒーロー社会の在り方であり、摂理なんだ…

 

 この世界のヒーロー達は《上っ面な正義感》しか掲げていない…

 

 そんな腐った覚悟しか持っていないヒーローばかりが蔓延(はびこ)るこのヒーロー社会で、植木さんから授かった【能力】を《ヒーローの立場》となって僕は使いたくはなかった…

 

 【ゴミを木に変える能力】と【職能力】をこの世界でヒーローとして使うことは、植木さんへの冒涜(ぼうとく)になってしまうと僕は判断したんだ!

 

 僕の目標である《植木耕助》は…本物の正義を掲げた真のヒーローだ!

 

『そんな正義のヒーローから授かった【能力】を汚したくない…』

 

 去年の春…僕が目を覚ましてから根津校長達より教えられた《ヘドロヴィラン事件後の出来事》を知ってから…僕はそう思うようになった…

 

 だから僕は、植木さんのような《正義感のある強くて優しい人間》になる!

 

 そして将来は《植木さんから授かったこの能力》をこの地球のために役立てるようと、海外で《環境保護》の仕事をしているお父さんの仕事を手伝おうと考えている。

 

 それが…僕が決めた《道》なんだ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●高校受験から1週間後…

 

 

None side

 

 緑谷家に1通の封筒が届いた。

 

 封筒の中身は、出久が受験した那歩島の高校からの《主席合格の通知書》だった。

 

 元々出久は折寺中の頃から爆豪と肩を並べて成績は良く、特に今の出久はヒーローの夢をキッパリ諦めたことで、これまでヒーローになるためにかけていた時間も全て勉強に費やすようになったことで成績は更に上がり、現在那歩島の中学生で一番の優等生となっていた。

 

 そんな出久が本気で受験勉強した《ヒーロー育成に関係のない普通の高校》ならば、合格ラインに達するのは容易いことだった。

 

 

 

 しばらくして、中学校を3月に卒業した出久は、4月の高校の入学式までのんびりと過ごしていた。

 3月に《活真君の6歳の誕生日のお祝い》をしたことを除けば何事もなく、そのまま出久は4月を迎えて那歩島の高校へと入学した。

 

 高校に入った出久は《今年こそ障害のない平和な1年を送れる》と確信していた…

 

 

 

 

 

 しかし…そんな出久の考えとは裏腹に…

 

 今年からのヒーロー社会が前途多難となり、困難の連続となっていくことを…

 

 このヒーロー社会において《緑谷出久がヒーローを目指さないこと》がどれだけ多くの人達の運命を狂わせることになるのかを…

 

 この時の出久は知るよしもなかった…

 

 

 

 

 

 そして皮肉なことに…

 

 今年の4月から…

 

 出久の今までの苦悩が報われることになっていった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●4月中旬…(ヘドロヴィラン事件から1年後)

 

 

緑谷出久 side

 

 入学式を終え、高校生活をスタートした僕はいつもと変わらず平穏な日常を過ごしていた。

 

 高校生になって《勉強のレベルが上がったこと》《自宅から学校までの距離が少し遠くなったこと》などを除けば、他の生活はこの島での中学の時と大して変化はなく、僕は当たり前の平和な日々を送っている。

 

 この島の人達は皆が《心優しい人達》であり、折寺中学校にいた同級生達や教師達とはまるで違う。

 那歩島での学校生活において、僕は同級生から虐められることもなければ、教師から差別されることもなく《普通の学校生活》を送れていた。

 むしろ、この島での学校生活のおかげで、いかに折寺中学校での生活が辛苦であったのかを嫌と言う程に思い知らされた…

 

 

 

 そんな《昔の自分が送っていた学校生活》と《今の自分が送っている学校生活》の格差を身に染みて理解させられていた高校生になっての最初の休日…

 

 今日は何故かいつもより早く目が覚めてしまった僕は、日課である早朝のジョギングと能力のトレーニングをしがてら、帰り道の途中にある早朝から開店している売店に立ち寄った。

 

 いつもならジョギング中に売店へ寄ったりはしないんだけど、何故だが今日の僕は特に買う物も無いのに売店へ足を運んでしまった。

 

「いらっしゃいあせ~…」

 

 売店に入るとレジにいる店員さんは眠たそうな声で話しかけてきた。

 

 まだ5時過ぎなのもあってか僕以外のお客さんは誰もいなかった、何も買わずに帰るのは悪いと思った僕は飲み物だけを買って颯爽に帰ろうと思い、コミックスや雑誌コーナーの前を通り過ぎようとした…

 

 

 

 のだが…

 

 

 

「へあっ!!???」

 

 僕はチラッと横見した雑誌の表示を見た瞬間、足を止めて変な声をあげてしまった!

 

 

 

 何故って?

 

 

 

 それは僕がチラ見した雑誌の表紙に《とんでもない内容》がデカデカと書かれていたからである。

 

 その内容は…

 

「《雄英高校で殺人未遂事件》!!?」

 

 にわかには信じられない内容に、僕はいつの間にか雑誌を手に取って読み始めていた。

 

 開いたページに記されていたその驚きの内容の数々は僕を震撼させた!

 

「『今年雄英高校に入学した新入生が、入学して早々のヒーロー授業である屋内対人戦闘訓練の最中に同級生へ《過剰な暴力》と《個性使った重度の火傷》を負わせる暴行事件が発生!』…………火傷って……いや……まさかね…」

 

 高校1年生ということは未成年であるため、雑誌には加害者と被害者である生徒の名前は無かった…

 でも被害者の怪我が《火傷》と書いてあるため、僕は否が応でも《1人の幼馴染み》が頭を過(よぎ)った…

 

「いやいや…《炎系の個性》なんて別に珍しくはないし…きっと違う人だよね…。え~っと…続きは…」

 

 僕はかつて…無個性の自分を10年以上も虐めていた《炎系の個性を持つ幼馴染み》のことを頭の片隅へ強引に寄せながら、雑誌の続きを読んだ…

 

「『暴行と火傷で重症を負った《被害者の少年A》は意識不明の重体。被害者の家族は加害者である《炎系の個性を持つ少年B》を訴えた』………ドンドン話が大きくなっていくんだけど…」

 

 僕は内容を知るにつれ、段々続きを読むのが怖くなって来た…

 

 1年前の僕と同じく、加害者が《強個性をもつ優秀な子供》もしくは《現役のヒーロー》ならば、大抵ことは警察と公安委員会が情報操作をして都合の悪い情報は揉み消すんじゃないか?…と僕はネガティブに考えた…

 

 1年前に根津校長とリカバリーガールから聞かされた《理不尽な真実》によって…僕の中にあった《この世界のヒーローへの尊敬》は完全に消滅し…僕はこの超人社会のヒーローを嫌い…《ヒーロー不信》となった。

 

 まぁ昔のことはさておき、僕は色々な恐怖を押さえて雑誌の続きを読んでいった。

 

「被害者の家族は《加害者の少年B》に対して謝罪を要求した。しかし当人は殺人未遂をしておきながら反省する素振りを一切見せず、あろうことか被害者の家族に対して『俺が一番嫌いな無個性のクソナード野郎と同じ面をしてるアイツが悪いんだろうがよ!第一、子供の喧嘩で一々大袈裟に騒ぐんじゃねぇわクソ親が!』との暴言を吐いて謝罪を拒否………これ…絶対にアイツだよね…」

 

 

 

・相手に火傷に負わせる炎系の個性…

 

・新聞に記された《暴言の台詞》…

 

・その台詞の中にあった『無個性のクソナード野郎』という単語…

 

 

 

 これだけ条件が揃えば、この暴行事件の主犯である《少年B》が誰なのかを僕は嫌でも理解させられた…

 

 でも…あんな乱暴者でも、成績トップでスポーツ万能、オマケに個性《爆破》という攻撃力と破壊力に優れた個性だ。

 そんな才能マンを雄英高校やヒーロー協会、そして公安委員会が簡単に見捨てる訳がない。

 1年前の時と同じように、どうせ今回の事件も《警察やヒーロー公安委員会の上層部があの手この手を使って隠蔽処理されること》によって、アイツは…かっちゃんは何の罪も罰も受けることなく《障害のないヒーロー人生》を送っていくのだろう…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 え?1年前に何があったんだって?

 

 

 

・僕が飛び降り自殺を図る前にノートや教科書に買い残したメッセージが世間に広まったんじゃないのかって?

 

・かっちゃんを含めた折寺中の生徒達が、厳罰として《奉仕活動》をしたんじゃないのって?

 

・折寺中学校の教師達が《校内で起きていた無個性差別やイジメの件》で謝罪会見を開いたんじゃないのかって?

 

・ヘドロヴィラン事件に関わったヒーロー達は、根津校長からヘドロヴィラン事件でのヒーローらしからぬ愚行について説教と叱責を受けて《謝罪会見》と《奉仕活動》をしたんじゃないのかって?

 

・他にも《エンデヴァーの家庭事情》や《折寺中生徒を狙った集団暴行事件》など色々あったんじゃないのかって?

 

 

 

 《奉仕活動》?《謝罪会見》?いったい何のこと?

 

 1年前にそんなことは1つも起きてはいないよ?

 

 

 

 1年前、僕が精神世界からこの世界には戻ってきた後日に、折寺町の病院の応接室で《根津校長》と《リカバリーガール》、《僕の両親》と《塚内警部とその妹さん》との話し合いをした際に、僕が眠っていた1週間の間に起きた出来事を全て知った…

 

 僕がこの世界には絶望してビルから飛び降りたあの時…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 屋上に置いていたノートや教科書の余白に書き残した《かっちゃんやヒーロー達から受けてきた辛苦の数々のメッセージ》を…

 

 警察とヒーロー公安委員会が秘密裏に《隠蔽》したんだ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 始めてそれを聞かされた僕は…その事実をすぐには受け入れられなかった…

 

 でも…その事実の詳細を先に聞いていたお母さんとお父さんが放つ暗い雰囲気を見て…それが嘘ではなく真実であることを僕は理解させられた…

 

 根津校長と塚内警部からの話の経緯よると…

 

・僕が無人ビルから飛び降りたあの日、僕がビルの屋上に置いていた鞄から《ノートと教科書》を警察が発見していた。

 

・僕が色々書き残したノートと教科書の内容は、その日の内に塚内警部を含めた何人かの警察関係者の目に入ったという。

 本来ならこの時点で《僕を10年以上苦しめてきた人達(かっちゃん等)》や《僕の夢を真っ向から否定したオールマイト》や《ヘドロヴィラン事件でヒーローらしからぬ愚行を働いたシンリンカムイやテスデゴロ達》はそれ相応の罰を与えられる…

 

 

 

 筈だった……

 

  

 

・しかし、僕が書き残したメッセージを知った警察の中に、ヒーロー公安委員会に繋がる人間がいたことによって、その日の内に僕がノートと教科書に書いた内容はヒーロー公安委員会の上層部にも伝わってしまった…

 

・《オールマイトの失言》と《ヘドロヴィラン事件に関わったヒーロー達の情けないヒーロー活動》の真実を知った公安委員会の上層部は、事が大きくなる前に事態を収拾させようと先手を打ったんだ…

 

・その先手というのが《僕のノートと教科書を全て秘密裏に公安委員会が回収すること》だった…

 

・事件の次の日、塚内警部は根津校長に頼まれて《僕のノートと教科書》を持ち出そうとした…

 

・だが…昨日まではあった証拠品である《僕のノートと教科書》は煙のように消えていた…

 

・塚内警部は即座にヒーロー公安委員会が何かしたと勘づいて、警察の上層部に取り合ったらしいんだけど、ヒーロー公安委員会は万全な情報操作と根回しをしていたために、塚内警部が何も言っても全て拒否されたそうだ。

 

 

 

 しかもそれだけじゃない…

 

 

 

・公安委員会は《オールマイトを含む日本のヒーロー達のイメージ》を守るためにと、ヘドロヴィラン事件の起きた日に《僕が写っていた映像だけをネットから全て消去》までしていたんだ…

 

・僕のヒーローになりたい夢を否定したオールマイトは、独自に謝罪会見を開き《ヘドロヴィラン事件発生の原因》と《僕の夢を否定したこと》を大々的に世間へ広めようしたらしいけど、ヒーロー公安委員会はそうはさせまいとオールマイトに箝口令を引いた…

 No.1ヒーローのオールマイトも公安委員会の上層部は逆らえず、結局のところ謝罪会見は無しになった…

 

・オールマイトはまだ謝罪の意志があった………でもシンリンカムイ、デステゴロ、バックドラフト、Mt.レディといったヘドロヴィラン事件に関わったヒーロー達は真実を知らぬまま、後日のインタビューで《無謀にもヘドロヴィランに向かっていった子供(つまり僕)》に対してこんなコメントを溢していたんだ…

 

 

 

<シンリンカムイ>

『彼の身勝手かつ無謀な正義感は、彼自身だけでなく大勢の人々を巻き込む被害になりかねなかった!そんな下らない正義感で命を軽視する彼は愚か者でしかない!しかもその少年は個性を持っていなかったと聞く!なんと馬鹿げたことをしたことか!そんな間違った正義感を翳すあの少年は、断じてヒーローになるべき人間ではない!』

 

<デステゴロ>

『あの少年が取った行動は、ただ命をドブに捨てるだけの愚かな行動だ!ヒーローとは危険を省みず人々を守り助けるのが仕事!自己犠牲を正義感と勘違いしている自殺願望の無個性の子供が勤まる仕事じゃない!後で知ったことだがその少年は無個性だった、個性で成り立つこの社会において個性を持たぬ者がヒーロー気取りをするのがどういう意味なのか、あの少年は身に染みて理解したことだろう、自分がヒーローになるべき人間では無いことをな!』

 

<バックドラフト>

『あの少年の行動は、結果的に我々のヒーロー活動の邪魔でしかなかった。彼の自分勝手な行動のせいで我々は余計な仕事を増やされてしまい本当に迷惑でしかなかったよ。それに聞いた話だとその少年は無個性でありながらヒーローを目指しているという、なんと浅はかなことか…ヒーローと死にたがり屋の区別もつれられないのか…あの無個性の少年は…』

 

<Mt.レディ>

『同級生を助けようとした必死になった心意気は立派だけど、彼とった独断の行動のせいで周囲への被害が広まるんじゃないかと肝を冷やしたわ。他者への迷惑を考えられないあの少年には、ヒーローとして最も必要とされる常識が欠けているのかもしれないわね。まぁ彼は無個性だったみたいだから…それを知らないのは仕方ないことでしょうけど…』

 

 

 

 …っと、シンリンカムイ達はヘドロヴィラン事件での自分達の失態を棚に上げて…僕のことを好き勝手にボロクソ言っていたんだ…

 警察とヒーロー公安委員会によって、自分のヒーローとしての地位が守られたとも知らずにだ…

 

・シンリンカムイ達のコメントを聞いた僕は…またしても《ヒーローに対する尊敬と憧れ》も無くしてしまった…

 

・そして僕がヒーローを目指すことに諦めがついた極めつけは…《僕が無人ビルから飛び降り自殺を図った事件》そのものが、ニュースやネットから完全に消されていたことだった…

 まるで…ヘドロヴィラン事件のあった日に起きた全ての出来事に僕が…《緑谷出久が存在しなかった》と言わんばかりにだ…

 

・僕が残した《ノートと教科書》に加えて、僕に関わりのある事件やニュースが全て消されているのならば、当然かっちゃんを含む折寺中の生徒や教師達に火の粉が飛ぶことは無かった…

 現にかっちゃん達は今も何事もなく…いつも通りの学校生活を送っているらしい…

 

・しかも、かっちゃん本人は《自殺を図った僕の心配など微塵もしてなく》…《僕が自殺を図ったことによって自分達に非が飛んで来るんじゃないかという自分の心配しかしていないこと》を塚内警部の妹さんが個性を使って調べてくれていた…

 

 

 

 

 

 これが1年前…折寺町の病院の応接室で知った全てである…

 

 《無個性への理不尽》なんて言葉じゃ決して済まされない出来事だ…

 

 根津校長、リカバリーガール、塚内兄弟は全てを話し終えると…僕達(緑谷一家)へ深々と謝罪をしてくれた…

 

 根津校長は《ヒーロー公安委員会》から…塚内警部は《警察上層部》からの圧を掛けられてしまったために…これ以上動くことが出来ないと僕に謝罪してきたんだ…

 

 根津校長は、僕への《せめてもの償い》にと《雄英高校の受験前日まで僕に教育者をつけること》を提案してくれた。

 

 

 

 だけど…

 

 

 

 僕にとってはもう…《ヒーロー》なんかどうでもよくなっていた…

 

 僕は根津校長の提案を丁重にお断りした…

 

 僕の返答に対して…根津校長は二つ返事で了承してくれた…

 

 それでも根津校長は僕達一家に何か償いをしたいと言って引かずに提案を持ちかけてきた…

 

 

 

 そんな根津校長の提案に対して僕の出した答え…

 

 それが《ヒーローもヴィランもいない場所で静かに生活したい》…という願いだった…

 

 

 

 僕の返答を聞いた根津校長は少し黙った後…何も言わずに首を縦に降ってくれた…

 お母さんも僕の意見を快く受け入れてくれて、お父さんも異を唱えなかった…

 

 後日、根津校長が《ヴィランがおらずヒーローが1人しか在中していない島》である《那歩島》の存在を調べ教えてくれた。

 本州からかなり遠く離れた場所だけど、僕はこの島で暮らすことにし、両親も賛成してくれた。

 

 ただし、僕達が那歩島へ引っ越すことについては、僕の【能力】の真実を知る人達(緑谷一家、根津校長、リカバリーガール、塚内兄弟)だけの秘密としてもらった。

 

 

 

 その際に根津校長は…

 

『これからキミ達一家に対して、ヒーローが関わることが無いように配慮するのさ』

 

 …とも気を使って固い約束してくれた。

 

 

 

 こうして4月末に折寺町の病院を退院した僕は、そのままお母さんと一緒に空港へ行き、改修工事も引っ越しを済ませた新しい住居がある《那歩島》へと向かった。

 その日は、お父さんは既に海外へと戻っていて、根津校長とリカバリーガールは僕の退院日は都合が悪くて来られなかったけど、《塚内警部》と《その妹さん》が忙しい中で時間を作って、僕とお母さんを空港まで送ってくれただけでなく、搭乗口手前まで僕達を見送ってくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これが1年前の出来事…

 

 正確には《僕が目を覚ましてから那歩島行きの飛行機に搭乗するまで》に起きた去年の4月の下旬の出来事の全貌である…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 でも…今回(《雄英高校内での殺人未遂事件》)は1年前の時とは違うんだと、僕は判断できた。

 

 

 

 なぜって?

 

 

 

 ヒーローを徹底して擁護するヒーロー公安委員会が、ヒーローの育成高校…況しては《雄英高校》で殺人未遂事件が発生したことを知ったなら、僕の時と同じように《権力》を使って事件そのものを完全に揉み消し、世間に情報が漏洩させること防ぐ筈だ。

 

 なのに、こうして本州から遠く離れたこの島の売店までに、こんな大スクープの書かれた雑誌が並んでるってことは…

 

 《ヒーロー公安委員会が今回の事件を隠蔽できない理由》があるということだ…

 

 その理由が何なのか、雑誌を隅々まで目を通していくと《驚きの内容》が記されていた!

 

「えっと……はああっ!!?被害者である少年Aの父親は《警視監》!!!警視監って……確か警察組織の《No.2》だった筈だよね!……成る程、被害者の父親が大物だったから、公安も隠蔽工作が出来なかったのか………ん?えっ!!?」

 

 加害者である少年Bが死なせかけた少年Aの父親の役職に驚きつつ、雑誌を読み進めていると《少年Aの母親》の役職も記載されていた!

 

「被害者の母親は《外交官》!!!??外交官っていうと…国を代表して海外で色んな交渉をする仕事…。海外のヒーロー関係者達との協力や提携に大きく関わりのある凄い役職だったよね………これって…日本のヒーロー社会が危うくなるってことなんじゃあ…」

 

 雑誌に記載されていた《被害者である少年Aの両親の職種》に僕は心底驚愕させられた。

 

「警視監と外交官の息子……そんなサラブレッドに一方的な暴力を振るった上に瀕死の重症を負わせた………何やってんだよアイツ…小さい頃から『オールマイトを超えるヒーローになる』なんて言っておきながら………光己さんと勝さん、大丈夫なのかなぁ…?」

 

 僕は《かつて自分を無個性という理由で散々傷つけてきた幼馴染み》の心配よりも、そんな無個性差別の息子の親とは思えないほどに無個性の僕へ優しく接してくれた《爆豪 光己》さんと《爆豪 勝》さんの2人が心配になった…

 

 1年前の事件の時は、警察や公安委員会が僕の情報を隠蔽工作をしたことで有耶無耶となり、かっちゃんの両親があの事件の真相を知ることはなかった…

 

 だが今回はそうはいかない…警察も公安委員会も相手が相手であるため、いくら雄英高校の生徒であろうとフォローすることが出来ないんだろう…

 

 そんな息子の犯罪が公表された以上、親である2人はお先真っ暗で間違いない筈だ………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕は《読んでいた雑誌》と一緒に《スポーツドリンク》を買って、自宅へ戻った…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつもよりも早く起きてトレーニングを終わらせたからか、自宅に戻っても活真君と真幌ちゃんはともかく、お母さんもまだ眠っていた…

 

 僕は3人を起こさないよう静かに居間へ移動し、さっき買ってきた雑誌を再び読みながら考え事をした…

 

「もし…僕のお母さんやお父さんが…かっちゃんの仕出かしたことを知ったらどう思うのかな…」

 

 《僕のお母さん》と《かっちゃんのお母さん》は、僕やかっちゃんが赤ん坊の頃からの1番のママ友で大の仲良しだ。

 

 でも1年前…《かっちゃんがこれまでの10年間で僕に何をしてきたのか》を知ったお父さんとお母さんは衝撃を受けた。

 

 お母さんは僕が虐められていた内容の一つ一つを、僕のノートを確認した塚内警部が覚えている範囲で聞かされる度に気絶する程のショックをしていた…とお父さんは言っていた。

 

 当然そんなことを知ったなら、いくら温厚な僕のお父さんとお母さんも黙っているわけがなく、かっちゃんや僕をイジメて差別していた生徒や教師達を裁判に起こそうした。

 だけど、警察と公安委員会が証拠品である《僕のノートと教科書》を秘密裏に隠蔽をしただけでなく、他にも色々と根回しをされたことで、結果は裁判を起こすことは出来ずに両親は悔し涙を飲まされた…

 

 しかも、ヒーロー公安委員会は根津校長や塚内警部達に対して《1年前の真実》を外部へ漏らすことまで固く禁じる命令を下した……と去年4月に退院して飛行場へ向かう途中に塚内兄弟が教えてくれた…

 

 それによって、真実を知らない者達(爆豪一家など)に対して何も言うことが出来ず、結果この島へ引っ越す際《折寺町の人間》へ僕とお母さんは挨拶も何も言わずに去ったのだ…

 

 因みにお母さんは心機一転をかねてなのか、《僕》と《お父さん》以外のメールアドレスは全ての削除と着拒にした…

 

 僕もお母さんと同じく、退院する前に家族以外のメールアドレスを削除と着拒した。

 だから折寺町の人達から僕達に連絡することは絶対にない…

 

 それともう1つ、僕がこれまで集めていたヒーローグッズは全部処分………しようかと思ったけど、どうせ捨てるなら売って少しでもお金にしようと考え直し、海外に戻る前のお父さんに頼んでネットなどを使い《僕が持っていたヒーローグッズ》を全て売りに出してもらった。

 そう簡単に全部は売れないかと思ってた僕だけど、なんと退院する前に全部売り切れたんだ。

 ヘドロヴィラン事件の一件でオールマイトは更に評価されていたからなのか、僕が持っていたオールマイトのヒーローグッズは中古でも直ぐ様に良い値段で売り切れたらしい。

 今まで僕が買ったヒーローグッズの合計金額が全部でいくらなのかは僕自身覚えてないけど、後日そのヒーローグッズを売ったことで得たお金の金額は、僕が見た感じでは十分な額が帰ってきたと思っている。

 そしてお金は、去年から受け始めた《個性使用許可免許証の試験代》と《交通費》として有意義に使わせてもらってるよ。

 

 

 

 僕とお母さんの移住先が《この島(那歩島)》であること知ってるのは《僕の秘密を知る人達(根津校長やリカバリーガール等)》だけ…

 

 だから折寺町の人達と僕達に関わることは不可能…

 

「…とはいえ、こんな大スクープはきっとTVでも大々的に報道させるに決まってる…。そうなればお母さんもお父さんもいつかは気づいちゃうよね…」

 

 その時、お母さんとお父さんは何を思うのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな僕の《両親への心配の気持ち》を嘲笑うかのように…

 

 今年のヒーロー社会は、正に《苦難の連続》という年になっていった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 4月に発生した《雄英高校内の殺人未遂事件》を皮切りに、例年では考えられない程の事件が本州で数々発生していった…

 

 僕はそれをスマホ、TV、雑誌、新聞を通して知っていくことになる…




※緑谷出久が雄英高校にいない…



 この時点でヒロアカ世界に住む人々の運命は大きく変わってしまうと私個人は思っております。

 この番外編(20万UA記念)において、那歩島編を迎えるまでの間に、ヒロアカキャラクター達は当たり前のごとく原作とは違う道を進むこととなってしまいます。

 その手始めとなってしまったのが《少年A》こと《赤谷 海雲》と、《少年B》こと《爆豪 勝己》の2名です…

 今作の番外編における赤谷君の両親の役職は、父親が《警視監》、母親は《外交官》というヒロアカ世界でもかなり上の職業としました。

 そんな凄い仕事に勤めている両親の子供を、私利私欲で理不尽な暴力を振るった上に瀕死の重症を負わせたとなれば…《爆豪 勝己》はただでは済まされないことでしょう…。当然、爆豪夫妻も…



 緑谷引子さんが、活真君と真幌ちゃんのお母さんに似ていると言うのは、私のオリジナルです。



 最終チェックが終わり次第、次の話(番外編2作目3話)も投稿いたします。


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【番外編】スローライフの法則(3)

【20万UA突破記念作】3作目!

 前回の話(番外編2作目2話)の前書きにもあった通り、今回の話で本格的に《出久君がいない雄英高校がどんな日々(4月~11月)》を送るのかを、私なりの推察を元に語っていきます。

 そして今回の話の後書きで《亡くなったキャラクター》や《雄英高校からいなくなったキャラクター》の詳細について纏めました。



 次の話(番外編2作目4話)から本格的に《HEROES:RISING》の話に突入していきます。
 その際、本編の《26話》を先に投稿すると予定でいるのですが、場合によっては《番外編2作目4話》の方を先に投稿するかもしれません。



 今回の番外編は前回と同じく《全5話》の予定でいるのですが、那歩島へ雄英生が来る前の時点で既に3話も経ってしまったので、もしかしたら全部7話程になるかと思われます。


●4月中旬…(ヘドロヴィラン事件から1年後)

 

 

緑谷出久 side

 

 9割9分の確率で、幼馴染みのアイツが起こしたであろう事件(《雄英高校内での殺人未遂事件》)の詳細とその後の出来事は…

 

「今回の一件に対して雄英高校は加害者の生徒Bを《除籍処分》とした………まぁ当然そうなるよね」

 

 事件から数日後、加害者である少年B(多分かっちゃん)がどうなったのかを知りたかった僕は、スマホや新聞や雑誌を汲まなく調べ尽くし、その文面を僕は読み上げながら確認していく。

 

「除籍処分を言い渡された少年Bは、被害者の少年Aの両親の職種を知った途端に態度を急変させて被害者家族へ謝罪を述べていた。しかし被害者の両親が事前に集めた《相手の思考を読む個性》の類いである個性持ちの検察官達に調べさせた結果、謝罪を述べている少年Bの本心は『雄英を除籍にされたくない!』『未来のNo.1ヒーローである俺の経歴にキズが付くのは嫌だ!』『そんな仕事(警視監、外交官)に就いてるなら先に教えろや!』などといった完全な私情しかなく、心の底からの反省を全くしていないことが判明………僕の時と同じで被害者側が大人しく引き下がるとでも思ったのかなぁ?」

 

 この少年Bが本当に《かっちゃん》だとするのならば、才能のある自分は『何をしても許される』とでも思ってたんだろうなぁ…

 

 その才能ゆえに、無個性だった僕と違って幼稚園の頃から周りの人間は称えられて、大人(教師達)からも優遇されていた…

 

 自分を《特別な存在》だの《選ばれた人間》だのと勘違いしていたイジメっ子が、ヒーローになるための第一歩として雄英高校に合格した…

 …が…入学してまだ数日しか経っていないというのに《こんな取り返しのつかない大事件》を起こした…

 

 かっちゃんを今の今まで優遇していた人達は、今何を思っていることだろう?

 

 

 

 …っとそんなことはさておき、新聞の記事を最後まで読み進め、雄英高校を除籍された《幼馴染みであろう少年B》がどうなったのかを僕は知った。

 

 加害者である少年Bは、雄英を除籍になったと同時に少年Aの被害者家族から訴えられ、直ぐ様に裁判所へと連れていかれた。

 僕は《裁判》や《刑罰》などについてそこまで詳しくないけど、こういう場合《未成年の少年B》はまず家庭裁判所に連れていかれ、最終的には《少年院に入れられる》という軽い罰で済まされるんじゃないかと僕は思っていた。

 

 でもそれは違った…《個性が当たり前となった超人社会》において、事と場合によってはそんな軽い罰では済まされないのだ。

 

 個性がどんどん変化し増えていくことに応じて《個性持ちに対する法律も改変され増えていった》のだ。

 

 その追加された法律の中でも《個性を使った悪質な犯罪や暴力を犯した者は、例え未成年だろうとヴィランと同じ扱いで重い罰を下すこと》となっている。

 

 新聞には加害者の少年Bの年齢が記載されていて、その年齢は裁判を行った時は《15歳》と記されていたが、4月の下旬になってからの新聞では年齢が《16歳》と変わっており、加害者の少年Bの誕生日が4月であったことが判明した。

 因みに僕を10年以上イジメていた《炎系の個性を持った幼馴染み》の誕生日は《4月20日》である…

 

 

 

 被害者の《少年A》についての情報も新聞やスマホのニュースに色々載っていた。

 少年Aの両親は、一人息子がヒーローになることは反対していたらしい。

 しかし少年Aは両親を説得し、周囲の反対を押しきって子供の頃からの夢である《ヒーロー》になると、身分を隠して自力で雄英高校のヒーロー科に合格した。

 

 両親は息子の《ヒーローになりたい覚悟》が本物であることを受け止めて理解し、これからは息子の夢を応援していこうとしていた…

 

 だがその矢先、雄英高校の入学式からたった数日後にこの大事件が発生してしまったのだ…

 

 事件当時の少年Aの容態は非常に悪く、名医であるリカバリーガールが緊急処置をし、あと数分遅れていたなら最悪《死亡》していた可能性が高かったそうだ。

 少年Aはギリギリ命は助かった………しかし《重度の火傷》と《少年Bの個性によって建物が破壊された際、崩壊した建物の瓦礫に挟まれたことによる頭部と内臓の大きな損傷》もあったことで、少年Aは昏睡状態となってしまい、最悪《植物人間》になる可能性が高いとも検査されているらしい。

 

 大切な一人息子がこんな酷い目に合わされたのだから、当然少年Aの両親も親族も《加害者である少年B》に対し大激怒、家庭裁判所をすっ飛ばして刑事裁判にまで発展。

 ヒーロー高校の敷地内とはいえ、資格未取得者が故意で個性を使い危害を加えたことは立派な規則違反であり犯罪である起訴され、更に警察が捜査した結果、加害者の少年Bが中学時代までに起こした数々の暴行事件や傷害事件も次々と発覚させ、その余罪の多さによって裁判では雄英高校が用意した加害者側の弁護士が裁判中で弁護を放棄したそうだ。

 

 《事件の際の映像(屋内対人戦闘訓練の授業)》《少年Bの普段の生活態度や人間性》《少年Bが過去に犯した問題の数々》などの多くの証拠によって、少年Bは未成年でありながら《死刑に匹敵する刑罰》を受けることがすぐに判決された。

 

 

 

 死刑に匹敵する刑罰…

 

 それは多くの大罪人が捕まっている牢獄…

 

 対個性最高警備特殊拘置所《タルタロス》への収監だった。

 

 

 

 そう…少年Bはタルタロスに収監されることになったんだ。

 

 

 

 未成年の人間がタルタロスに連れていかれたケースは過去にもあったらしいけど…

 

 日本屈指のヒーロー育成高校である《雄英高校》…しかも今年ヒーロー科を主席で合格したという新入生が《タルタロスに収監される》という事実は前代未聞であり、日本中…いや世界を騒がすビックニュースとなった。

 

 少年Bの本名は、ニュースやネットなどに一切として記載されてはいなかったが、静岡県にある少年Bの地元の町にある…僕には物凄く見覚えのあった《少年Bの自宅》や《少年Bが通っていた中学校》がTVで大々的に映った時、僕は驚きよりも『やっぱりか…』と納得する気持ちの方が大きかった…

 

 それを全て知った僕は…《心がすくような気持ち》になった…

 

 

 

 でもまだ終わりじゃなかった…

 

 被害者の少年Aの容態は日に日に悪化する一方で、現在はセントラル病院の集中治療室から出られず余談を許さない状態……っとスマホのニュースに書いてあった。

 

 あと、被害者の家族の名前については事件の数日後には世間に広まった。

 何故かと言うと被害者の父親の役職が《警視監》ともなれば該当する人物は限定される。

 だから世間のマスコミや記者は被害者の少年Aの父親の名字をすぐに特定していた。

 被害者の名字は《赤谷》というらしい。

 

「被害者の家族の《赤谷夫妻》は加害者の家族に対して多額の損害賠償金を請求………本当に何やってんだよ…かっちゃん…念願の雄英高校に入って早々にこんな事件を起こして…タルタロスにブチ込まれた挙げ句に…光己さんと勝さんに迷惑をかけるなんて、ヒーローを目指す人間が一番やっちゃいけないことってじゃないか………って!加害者が《かっちゃん》だって決まってないじゃないか!」

 

 加害者である《少年B》の名前も名字も判明してはいない。

 だから《少年B》が本当に《かっちゃん(爆豪 勝己)》だと僕は断定できない。

 

「まぁこの世には《炎系の個性持ち》で《誕生日が4月》で《文武両道の口の悪い乱暴な性格》で《同級生に無個性の知り合いがいる》なんて学生は沢山いるだろうから、別にアイツを示してる訳じゃないよね。ネットや新聞に載っている少年Bの『B』だってアイツの名字とは関係ないよね。きっと偶然か…」

 

 どう考えても該当する人物が自分の中では100%確定してはいるけど、ここは敢えて気に止めない方がいいと今の僕は判断した。

 

 

 

 もう僕はアイツのことを…《友達》だなんて思ってない…

 

 きっとアイツの中では…もっと前から…正確には10年前から…僕は《友達》では無くなっていたんだろうからね…

 

 

 

「忘れよう…アイツのことなんか…」

 

 僕は…かっちゃんを…爆豪勝己を忘れることにした…

 

 

 

 

 

 そして今回発生した《雄英高校内での殺人未遂事件》においては事実上、加害者の少年Bは除籍されたが、被害者の少年Aもまた…両親が強制的に中退を決定したようで、雄英ヒーロー科1年A組生徒は入学式から1週間も経たない内に《2人》もの生徒がいなくなった…

 

 

 

 

 

 でも…この事件は今年から始まっていく事件の数々の《序章》に過ぎなかった…

 

 その事件を皮切りに…今年から雄英高校に関する事件が多発していくことになろうなんて…僕も想像だにしていなかったよ…

 

 

 

 

 

 4月…

 

・《雄英バリア》という学園の防犯装置が何者かによって破壊された…

 

・さらにその後日には、なんと雄英高校内にある災害演習場に《ヴィラン連合》と名乗るヴィラン組織が襲撃するという大事件が発生した!

 今年からオールマイトが雄英の教師となっていたこともあり、現場に駆けつけたオールマイトの活躍によって主犯と思われる2人以外のヴィラン達は全員確保された。

 しかし…今回の件については《ヒーロー側の敗北》だとされていた…

 何故かというと…今回の襲撃で雄英側に《死者》が出てしまったからである…しかも《2人》…

 授業に参加したヒーロー科1年A組の生徒18名は軽傷者はいたものの死者はいなかった………が…亡くなった…いや殉職したのは《イレイザーヘッド》と《13号》というプロヒーローの2名である…

 ヴィランに襲撃されただけでなく、プロヒーローが2人も亡くなったことは、雄英高校にとって大打撃となった。

 

 

 

 まだ4月の時点で雄英高校は事件盛(ざか)りだったけど…まだまだ終わらない…

 

 5月から11月にかけても雄英高校の不運は続いていった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 5月…

 

・雄英高校のメインイベントの1つである《雄英体育祭》が開催されて、1年の部門で優勝を飾ったのは氷の個性を使うヒーロー科1年A組の《轟 焦凍》だった。

 しかし、誰が優勝するかなんて観客席にいた一般人達には関係なかったようだ…

 彼らは体育祭中はずっと4月に雄英高校内で発生した3つの事件についての罵詈雑言で終始騒いでいたため、何とも後味の悪い体育祭となっていた。

 TVで見ていた僕としても、決して心良いものではなく不快な気持ちにされてしまった…

 あと優勝した《轟 焦凍》は、最終種目のガチバトルにおいて全ての対戦相手を数秒で倒し続けるという完全勝利をおさめたというのに、当の本人は何故だが体育祭中ずっと機嫌が悪いように僕は見えた。

 

・そんな体育祭後に行われた後日、雄英高校ヒーロー科1年生はプロヒーローの元に赴いて職場体験をしていた。

 しかし…保須市にて《飯田 天哉》という生徒が巷(ちまた)で噂となっているヴィラン《ヒーロー殺し・ステイン》によって、プロヒーローのネイティブと共に殺害された。

 しかもステインは今も逃亡しており、この時保須市に来ていたNo.2ヒーローのエンデヴァーを含む炎のサイドキッカー達は、ヒーロー殺しを捕まえられなかったことで世間から叩かれる結果となった。

 あと《亡くなった飯田天哉という生徒が何故ステインに殺されたのか?》その疑問については《ステインによって再起不能にされた身内であるターボヒーロー・インゲニウムの敵討ち》ではないかとニュースで言われていた。

 

 またしても雄英高校関係者の死者が出てしまい、雄英高校は世間からの信用をどんどん失っていった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 6月…

 

 この月は、特にこれといった事件は何も起きなかった…

 

 でもそれは…《嵐の前の静けさ》であったことを7月になって僕は思い知ることになった… 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 7月…

 

 一般の高校生ならば、僕と同じく夏休みを満喫できる時期であるのだろうけど、ヒーローを目指す高校生達にはそんな暇はない…

 

 そんな雄英生達は又しても大きな事件に巻き込まれていった…

 

・木椰区ショッピングモールという商業施設にて《買い物に来てきた雄英ヒーロー科1年A組生徒がヴィラン連合の人間と接触した》という。

 それが偶然なのか必然なのか僕には分からなかったけど、それが凶兆であることは何と無く理解できた…

 

 そして…僕が予想していた凶兆は現実になってしまった…

 

・1万人以上の科学者達が住む人工島《Iアイランド》、世界中のヒーローの役に立てるサポートアイテムの開発が行われていて、島の警備システムはタルタロスに匹敵する装置が備えられており、今まで一度足りともヴィランよる犯罪が発生したことがないという…正に難攻不落な島だ。

 しかし、その難攻不落の島にどういうわけか《ヴィラン》が襲来した!

 その島には何百人ものプロヒーローがいて、しかも襲来当時は《オールマイト》を始めとした《雄英ヒーロー科1年A組生徒17人》もいたというのに、全てが終わってみればIアイランドはヴィラン達によって滅茶苦茶にされた挙げ句、《デイヴィット・シールド》というオールマイトの元サイドキックかつ世界的科学者が誘拐されてしまい、更に犯人グループであるヴィラン達には全員逃げられてしまうという始末だ…

 事件後、オールマイトとプロヒーロー達は常々『人質を捕られていたためヴィランを捕らえることが出来なかった…』とコメントしていたが、世間がそんな見え透いた言い訳を受け入れてくれる訳がなく、その島にいたプロヒーロー全員は世界中からバッシングを受ける結果となってしまった…

 

・そんなIアイランドの騒ぎがおさまりきらない中、雄英高校に戻った雄英ヒーロー科1年A組は、同じヒーロー科である1年B組の生徒と共に世間には秘密で行われた《雄英高校ヒーロー科1年生達の林間合宿》にしていた。

 だが…その合宿に又しても《ヴィラン連合》が襲撃!

 プロヒーロー5人(ブラドキング、ワイルドワイルドプッシーキャッツのメンバー4人)がいながら、怪我人多数に加え、死傷者を出してしまう大事件が発生してしまった!

 襲撃してきたヴィラン連合の人数は10人程であり、その内捕まえることが出来たのは2人だけ…

 その10人程のヴィラン達による被害は決して小さくはなく、《ヴィランに負傷を負わされた者》《火傷を負った者》《毒ガスによって昏睡状態になった者》が殆ど占めるという甚大な被害を雄英生とヒーロー達に出した。

 しかもヴィラン連合のメンバーは2人を除いて全員逃げられてしまい、オマケに生徒2人とプロヒーロー1人を誘拐されてしまった!

 誘拐されたのは、雄英体育祭の優勝者と準優勝者であるヒーロー科1年A組に所属する《轟 焦凍》と《常闇 踏陰》という生徒2人と、ワイルドワイルドプッシーキャッツのメンバーの1人《ラグドール》である。

 因みに死者というは雄英生でもプロヒーローでもなく、一般人の子供である《出水 洸汰》という活真君と大差のない年齢の男の子だったらしい。

 どうしてそんな子供が雄英の林間合宿にいたのか?詳細は新聞にもネットにも載ってなかったけど、おそらくは《ワイルドワイルドプッシーキャッツのメンバーの誰かの子供》か、もしくは《その身内》なんじゃないかと僕は推察した。

 

 まぁ僕の考えはさておき、今年の雄英高校は本当に災難続きである…

 

 根津校長やリカバリーガールの苦労が目に浮かんだ…

 

 でも、日本の遠い南の島にいる僕には何も出来ないし…そもそも僕には何の関係もない…

 

 根津校長やリカバリーガールに恩はあれども、ヒーローを諦め《一般人》として生きていくことを決めた僕には…どうすることも出来ないんだ…

 

 僕が自分の無力さを改めて思い知っている間に7月は終わっていた…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 8月…

 

 この夏は正に…超人社会の歴史を覆(くつがえ)す一大事件が起きた…

 

 それは活真君と真幌ちゃんと一緒にTVで毎年夏に放送される定番のアニメ映画を見ていた時のことだった…

 突然TVの画面が変わって《神奈川県の神野区》という場所で発生していた《オールマイトの最後のヒーロー活動》が全チャンネルでリアルタイムに緊急放送された。

 

・7月に起きた雄英高校の林間合宿におけるヴィランの襲撃………その謝罪会見が生放送で報道されることを前もって雑誌を見て知った僕は、当日その番組を見ることはせず、その日は泊まりに来る活真君と真幌ちゃんと一緒に映画観賞をする約束をしていた。

 一番苦しんでいるであろう根津校長の姿を見たくはなかった……今年の雄英は本当に色々有り過ぎている…

 そうなれば会見に集まったマスコミやメディア達はきっと根津校長達に《心無い質問》ばかりをぶつけてくるに決まってる…

 何も出来ない一般人の僕に出来るのは…1人でも多く……活真君と真幌ちゃんに《根津校長の苦しむ姿》を見られないようにすることしか出来なかったんだ…

 本州に比べて娯楽が少ないこの島では《TVを見ること》が娯楽の1つ………そうなれば活真君と真幌ちゃんが会見当日に《雄英高校の謝罪会見》を見てしまう可能性は十分にあったから、同じ時間に放送されるアニメ映画を観るよう然(さ)り気無く仕向けた。

 お母さんも協力してくれたおかげで2人には雄英高校の謝罪会見の番組を見ずに済んだ……………っと思われた矢先に、突然映画が区切られて《神野区の戦い》を僕達は見ることになってしまったんだ…

 『見ない方がいい』と頭の中では分かっていても、僕はそれを見ずにはいられなかった…

 《世界の終わり》といってもいい激戦がテレビの向こうで繰り広げられたんだ!

 そんな最中…オールマイトに異変が起きた!

 

 

 

 オールマイトが萎(しぼ)んだのだ!!!

 

 

 

 何が起きたのか、僕にはサッパリ分からなかった!?

 1年4ヶ月前に僕が会った筋骨隆々のオールマイトが、骸骨のような見た目になってしまえば驚くに決まってる!!

 

 お母さんも真幌ちゃんも活真君も、突然のオールマイトの姿に理解が追い付いていない様子だった。

 

 そんな呆気にとられていた僕達なんてお構いなしに、オールマイトは血まみれでズタボロになりながらも元凶であるヴィランと戦い続け…最後は最強の必殺技でそのヴィランを倒した!

 

 その後、神野区での救助活動が進められる中…

 

 骸骨姿のオールマイトは、血反吐を吐きながらテレビに向かって人差し指を指しながらこう呟いた…

 

『次は………次は…キミだ……』

 

 …っと朝日に照らされながら…オールマイトは言った…

 

 オールマイトから短く発信されたメッセージ…

 

 僕はそのメッセージは《まだ見ぬ犯罪者への警鐘》と《平和の象徴の折れない姿》だと受け止めた…

 

 

 

 でも僕にとっては、そんなオールマイトの言葉なんかどうでもよかった…

 

 

 

 オールマイトが神野区の戦いで死に物狂いに戦う姿を見ても…

 オールマイトの勝利のスタンディングを見ても…

 僕は感動の涙1つ流せなかった…

 

 

 

 しかも、なんでオールマイトが神野区でヴィランのボスと戦ってたのかというと、誘拐された雄英生2人(常闇踏陰、轟焦凍)とプロヒーロー1人(ラグドール)を救出するため、雄英の記者会見と同時に《ヴィラン連合のアジト》へ攻め込む計画だったそうだ。

 でもその結果は、プロヒーローのラグドールは救出に成功したものの、雄英生2人の救出は叶わず、しかもオールマイトが戦ったヴィランのボス以外のメンバーには全員が逃げられてしまったという…

 その作戦にはシンリンカムイやMt.レディを含めたプロヒーローだけでなく、オールマイトを始めとしたエンデヴァーやベストジーニストといったトップヒーローまでも大勢参加したというのに、結局のところ作戦は失敗に終わったそうだ…

 

 

 

 まぁ今の僕にとっては…オールマイトが《勝とう》が《負けよう》がどうでもいいんだけどね…

 

 いやオールマイトだけじゃない、シンリンカムイもデステゴロもバックドラフトもMt.レディも…そして現役のヒーロー達も…この先のヴィランとの戦いで《生きよう》が《死のう》が…一般人の僕には何の関係もないし…思うことなんて何1つない…

 

 僕は彼ら(ヒーロー達)から拒絶された人間…

 

 ただ…それだけなんだから…

 

 

 

 No.1ヒーロー…オールマイトの引退が決まり8月が終わろうとしていた頃…

 最後の最後で雄英校内にて、とんでもないことが起きていた!

 

・なんと!雄英生であるヒーロー科1年A組生徒の中に、神野区の事件でオールマイトが倒したヴィラン連合のボスが差し向けた《内通者》が発覚したのである!

 内通者の名前は明かされなかったが、とにもかくにも内通者と発覚した生徒は家族と共に、一時的に警察署へと身柄を拘束されることになった………らしいんだけど…その《内通者の生徒》と《内通者の家族》、《連行に付き添っていた警察とヒーロー達》がそれぞれ警察署に向かうための高速道路で移動中に、護衛していたプロヒーロー1人を除いた全員が何者かによって惨殺されてしまったようだ…

 

 内通者の発覚は、雄英高校の立場を更に危うくさせていった…

 もし…オールマイトがヴィラン連合のボスを倒して確保さなければ、雄英高校は8月をもって廃校にされた可能性があるとニュースで言っていた…

 

 

 

 

 

 雄英高校ヒーロー科1年A組は…

 

 8月を終える時点で《担任》と《6人のクラスメイト》がいなくなった…

 

・《殺人未遂で逮捕されタルタロスに収監された生徒》から始まり…

 

・《理不尽な暴行によって意識不明の重体にされてしまった生徒》…

 

・《雄英校内に襲撃してきたヴィラン達によって命を落としたA組の担任》…

 

・《復讐心に取りつかれて身内の仇をとるために突っ走ったが返り討ちにされ命を落とした生徒》…

 

・《林間合宿にてヴィラン連合に誘拐され…神野事件でも救出出来ずに…未だ行方不明の生徒が2人》…

 

 そして…

 

・《ヴィラン連合の命令で雄英高校に内通者として忍び込んだ生徒は、内通者であることがバレてしまったためにヴィラン連合によって親子共々に抹殺された》…

 

 そんな…担任とクラスメイト6人がいなくなったヒーロー科1年A組の生徒達は今…

 

 いったいどんな心境なんだろうか………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 9月…

 

 夏休みが終わり…僕は島の高校で2学期を迎えて暫くすると…

 またしても雄英関係の事件が懲りずに発生した…

 

・ヒーロー高校の夏休み明けは《仮免試験》…つまりヒーロー科の生徒達は、ヒーロー仮免許を取得するための試験がある…

 因みに僕は、Iアイランドでヴィラン事件があった頃に16歳となり、フェリーで本州に行って《個性使用許可免許証》の最終試験を受けて見事合格した!晴れて免許を取得することができた僕が島に戻ると、お母さんと真幌ちゃんと活真君が僕の誕生日と試験合格のお祝いしてくれた。

 

 話は戻って、先月あれだけの事件が起きたのだから、もうこれ以上の事件は雄英で起こらないだろうと僕は高を括っていたんだけど…それは甘い考えだった…

 

・学校外でのヒーロー活動…通称《ヒーローインターン》というプロヒーローの元で実践的なヒーロー活動をする行事を雄英でも行われたらしいんだけど、そのインターンにおいて又しても雄英生に《死者》が出てしまったらしいんだ。

 雄英生(死者以外)の名前は新聞や雑誌やスマホのニュースには掲載されてないけど、どうやら《死穢八斎會》という指定ヴィラン団体を壊滅させるために動いた複数のヒーロー事務所にインターンで来ていた雄英生6人(3年生3人、1年生3人)の内の1人である《通形 ミリオ》という3年生と、オールマイトの元サイドキックであるプロヒーローの《ナイトアイ》が命を落としてしまったそうだ…

 2人の死因も詳しく掲載されており、ナイトアイはヴィランとの戦闘中に《腹部を貫かれた重症》によって死亡。

 もう1人の通形ミリオの死因は…なんと《急性心筋梗塞》…つまり《心臓発作》が死因だと掲載されていたのだ。

 にわかには信じられないけど、その通形って3年生はヴィランとの戦闘中に心臓発作を起こしてそのまま亡くなってしまったらしい…

 …っと仲間が死んで悲しむ暇はヒーロー達にはなかった…。彼らの作戦は《死穢八斎會の壊滅》と《その死穢八斎會に捕らわれている女児の救出》が目的だったらしいのだが、死穢八斎會という組織は壊滅されられたものの、その組織の《トップ》と《補佐》は取り逃がしてしまい、更に救出対象である《女児》の助け出すことが出来なかった事実は、又しても現役ヒーローと雄英高校へのバッシングを悪化させるだけとなった。

 

 ヒーローはヴィランを倒すのがこの世の常識…

 

 それが出来れば《歓声》を浴びれるが…

 

 出来なければ逆に《罵声》を浴びせられる…

 

 命を懸けて戦ったヒーローや生徒がいたとしても…世間の目は関係ないのだ…

 

 勝てば《歓声》…負ければ《罵声》…

 

 それがこの超人社会で《ヒーローになる》ということなんだ………

 

 

 

 そんなショッキングな事件が起きた9月が終わり頃…

 高校の帰り道で、僕のスマホに非通知の電話が1本かかってきた…

 

 悪戯電話かと思い最初は無視しようとしたけど、僕は何故だかスマホに表示された《応答ボタン》をスライドさせて電話に出ていた。

 

「はい、もしもし」

 

 誰かと不信に思いながら電話に出ると、その電話の向こうから聞こえてきた声の主は…

 

『やあ!緑谷君!僕が誰だか分かるかな!?』

 

「その声は!?ね、根津校長!!?」

 

 なんと僕に電話をかけてきたのは《根津校長》だったんだ!

 1年と5か月前、折寺町の病院以降は1度も会っていなければ連絡もしていなかった…

 そんな根津校長がどうして僕に電話してきたのか?

 

「お久しぶりです、根津校長。去年の春以来ですね」

 

『うん!本当に久しぶりなのさ!どうだい?新しい場所での生活は?』

 

「はい!とても充実させてもらっています!折寺町での学校生活とは《天と地》以上の差があるくらい、この島で平穏に暮らしてます」

 

『そうかい!キミやキミのお母さんが幸せに暮らしているのなら僕も嬉しいのさ!』

 

「そういえば、今回はどうしたんですか?いきなり電話なんて?」

 

『うん!風の噂で聞いたんだけど、キミが今年の7月に《個性使用許可免許証》を取得したと聞いてね!遅くなったけど、お祝いのメッセージを伝えようと思って連絡したのさ!緑谷君!合格おめでとう!』

 

「あ、ありがとうございます!根津校長からそう言ってもらえるなんて嬉しいです!でもよく僕がその免許を取得できたと分かりましたね?」

 

『そりゃ高校1年生でこの免許を取得できるのは毎年全国でも数人程度だからね、ちょっと調べればすぐに分かるのさ。ここ最近は色々あってキミへの連絡が遅くなっちゃったけどね』

 

 根津校長が今も大変な立場であることは変わり無いらしい…

 

 今年の雄英は4月から今月(9月)にかけて本当に色々ありすぎている…

 

 そんな忙しい合間を縫って根津校長は僕にお祝いの言葉を態々言ってくれたのだ…

 

 本当に感謝しかないよ。

 

『……………』

 

「ん?あの~根津校長?どうしたんですか?」

 

 電話の向こうで急に黙り込み…無言となってしまった根津校長を不思議に思った僕は質問した。

 

『………緑谷君……実はね……』

 

「はい…?なんでしょう?」

 

『……実は………実は…キミに………』

 

 電話越しでも分かってしまう程に根津校長は動揺している様子だった。

 

 僕が知ってる根津校長はいつも冷静で落ち着きのある人なのに…今は何故かその落ち着きが無いように僕は感じ取ってしまった…

 

「根津校長?」

 

『……………いや!やっぱりなんでもないのさ!』

 

「そ……そう…ですか…」

 

『久しぶりにキミの声が聞けて良かったよ!また連絡するのさ!それじゃ!』

 

 根津校長はそう言って電話を切った…

 

 いったい何だったんだろう?

 

 最後、根津校長は僕に何を言いたかったんだろうか?

 

 その疑問は解けないまま、僕は自宅への帰り道を歩いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 10月…

 

 根津校長の電話をもらってから暫くすると、僕が通ってる高校では《11月の頭に開催される文化祭に向けての準備》が始められた。

 

 文化祭については、ヒーロー育成高校でも等しく存在する学校行事の1つであり、それは雄英高校も同じだった。

 

 でも、今年の4月から問題ばかりが起きている 雄英高校だ…

 そんな信用がガタ落ちしている今の雄英高校が《文化祭》を開催することが出来るのか?

 

 僕個人の意見から言わせてもらえば…雄英高校は体育祭を始めとした《学校行事(祭り事)》を行うことは困難だと考えている…

 

 世間の目もだけど、それ以上にヒーローの身分や評判を第一に考える《ヒーロー公安委員会》が黙ってる訳がない…

 オールマイトが引退してヒーロー社会が不安定なこんな状況で、ヒーロー育成高校が文化祭なんて浮かれたことを開催することは、ヒーロー公安委員会はきっと望まない筈だ…

 

 もしかしたら…この前根津校長が僕に電話してきたのは、文化祭の開催に対する悩みを僕に聞いてほしかったからなんじゃないか…っと僕は考察した…

 

 

 

 でも…仮にそんなことを根津校長から相談なんかされても…僕は何も力にもなってあげることはできない…

 

 根津校長は僕にとって恩人の1人だけど…

 

 ソレはソレ…コレはコレだ…

 

 ヒーローを目指していない…ただの一般人である高校生の僕は…

 

 根津校長の力にはなれないんだ…

 

 

 

 僕はそんな自虐心を抱きながら10月の月日を過ごした…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして11月…

 

 那歩島の高校で文化祭が開催された!

 

 文化祭にはお母さんや真幌ちゃんや活真君も来てくれて、僕は楽しい文化祭を過ごすことが出来た。

 

 そんな楽しい文化祭を過ごしていた僕達とは裏腹に…雄英の文化祭は散々なことになっていた…

 

・根津校長がヒーロー公安委員会を説得したのか?雄英高校の文化祭は無事に開催することが出来たみたいだ。

 このまま何事なく文化祭を過ごせれば良かったのだろうが、世の中そう思い通りにはいかないようだ…

 那歩島の高校での文化祭1日目が終わった日の夕方に、明日(2日目)の文化祭の準備を終えて自宅へ帰る途中にスマホでニュースを見ていたら《雄英高校の文化祭が急遽中止になった》と報道されていた!

 何が起きたんだと疑問に思い、詳しくニュースを見ていくと…

 雄英高校文化祭初日に迷惑動画配信者として知られている《ジェントル・クリミナル》というヴィランが、雄英のセキュリティと万全な警備を全て突破して文化祭中の雄英校内に侵入した。

 《ヴィランが雄英校内に現れた》…この事実によって雄英高校の警報システムが作動してしまい、雄英は文化祭どころではなくなってしまった。

 しかもその警報によって、雄英高校に来場していた一般市民はパニックを起こして大騒ぎとなり、ジェントル・クリミナルの一味はそのゴタゴタに紛れて逃走してしまったという…

 

 後になってニュースで知ったことだけど、今年の雄英文化祭については《ヒーロー公安委員会》ではなく《警察側》警察庁長官と赤谷警視監が全面的に反対しており『文化祭は自粛して後進育成に勤めるべきだ』…と根津校長は釘を刺されていたそうだ…

 特に根津校長は、赤谷警視監に対しては息子さんの件もあったために頭が上がらなかったという…

 それでも根津校長は何度も頭を下げて警察の人達を説得し、条件付きでの文化祭の開催を掴み取ることが出来たのだ。

 

 だが結果は…文化祭当日にヴィランの潜入を許してしまった挙げ句に逃げられてしまい、文化祭は即座に中止…そして警察からの信頼を雄英高校は失ってしまった…

 

 それだけではない、雄英高校にとって1番の痛手となったのは、取り逃がしたジェントル・クリミナルの一味がその日の夜にネットへ《ある動画》を投稿されてしまったことである…

 その動画の内容は…《ジェントル・クリミナルが相棒と共に雄英近辺の森を通って雄英高校の外壁に到達して、雄英のセキュリティを解錠し雄英校内に侵入するまでの映像》と《雄英高校の敷地のド真ん中でヴィランである自分の存在を大っ平に宣言する映像》…という雄英高校の警備を嘲笑うような動画を2つも投稿したのだ。

 

 ジェントル・クリミナルがこれまで上げた動画は低評価ばかりの動画で再生回数も少ない動画だったが、今回上げた2つの動画は世界中からの注目を集め、彼の動画の再生回数と高評価はとんでもない数値へと跳ね上がっていた。

 

 

 

「雄英文化祭までこんな滅茶苦茶になっていたなんて………根津校長…本当に大丈夫なのかなぁ?」

 

 那歩島の高校の文化祭(2日間)を終えた僕は、その日の夜にテレビで雄英高校のニュースを見てそう呟いた…

 

 僕は今年の4月からずっと思っていたことがある…

 雄英にとっての不幸なニュースが流れる度に…

 

 《もし僕が雄英高校に入学してたらどうなっていたんだろう》…ってね…

 

 そんな下らない妄想を考えていると、文化祭での疲れが出てきたのか、僕はすぐに寝ることにした。

 

 僕が自分の部屋に行くと2つ敷いてある布団の1つで活真君が静かに寝息をたてながら熟睡していた。

 僕は活真君を起こさないように自分の布団に入って瞼を閉じた…

 

 完全に寝落ちるまでの間…僕はさっきの下らない妄想…《自分が雄英高校に入っていたならどんな高校生活を送っていたんだろうか?》…と考えながら眠りについた…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●11月末の那歩島(エンデヴァーが九州にてハイエンド脳無と戦った後日…)

 

 

None side

 

 今年の4月から今月までの波乱と騒動ばかり起きている本州とは打って変わって、出久は毎日を平和に過ごしていた。

 

 本州で起きている騒ぎなど、一般人として生きることを決めた出久には何の関係のないことであり、他人事も同然だった…

 

 神野事件後にオールマイトがヒーローを引退したと知った時も、出久の心には何も響かなかった…

 

 11月中に開催された《ビルボードチャートJP下半期》も《九州で起きたハイエンド脳無の事件》もだ…

 

 今の出久がヒーローに対して思うことはこうである…

 

『オールマイトがいなくなっても…ヒーローは腐るほど沢山いるのだから支障はない…』

 

 …っと出久は解釈していた…

 

 この先、ヒーロー達が何百人…何千人…何万人犠牲になろうと、一般人の出久には何の関係ないことなのだ…

 

 

 

 しかし、そんな平穏な日々を過ごして緑谷一家を震撼させる出来事が起きた!

 

 始まりは《海外の病院からの連絡》だった!

 

 電話の内容は《出久の父親がヴィラン事件に巻き込まれて病院に運ばれた》という悲報だったのだ!

 

 引子と出久の心は不安な気持ちに支配されていったが病院のスタッフからの話によると、出久の父親は確かにヴィラン事件に巻き込まれて病院に搬送されたが、検査を受けた結果その容態は『手術が必要とされる程の大怪我ではなく、命に別状もなく意識もハッキリしている』と病院のスタッフが教えてくれた。

 

 そのヴィラン事件において死者は出ておらず、出久の父親は暫く入院する程度の怪我であると病院側が詳しく説明してくれたおかげで、引子と出久はホッと胸を撫で下ろした。

 

 だが軽傷とはいえ、夫が心配になった引子は急遽、夫が入院する海外の病院へ行くことを決めた。

 

 島乃姉弟も引子と出久を気遣ってか、2人にお見舞いへ行くことを進めてくれた。

 

 出久も引子と一緒に父親の元へ行こうと思っていたが、《島乃姉弟の面倒》と《母子2人も行く必要はない》とのことで、出久は引子と話し合った結果、引子が1人で夫の元へ行き、出久は那歩島へ残ることとした。

 

 海外の病院から連絡を受けたその日に急いで出掛ける準備をした引子はすぐ様に港へ向かい、空港がある本州行きのフェリーに乗ろうとしていた。

 出久と島乃姉弟は、引子を港まで見送るために付いていった。

 

「それじゃあ出久、お父さんのことはお母さんに任せて、貴方は真幌ちゃんと活真君のことをお願いね」

 

「うん、分かったよお母さん。お父さんには『今度は僕が会いに行くから』って伝えておいて」

 

「分かったわ。それとさっきも言ったけど、お父さんの容態が安定するまでは向こうにいるから、こっちに帰ってくるのは早くても《3週間》くらい後になっちゃうと思うんだけど…その間お母さんがいなくても本当に大丈夫なの?」

 

「心配しないでよお母さん、もう高校生なんだからさ。安心してお父さんのお見舞いに行ってきてよ」

 

 心配性の引子を出久が落ち着かせていると…

 

「大丈夫よ引子さん!出久のことは私達に任せて!ね、活真!」

 

「う、うん。い…出久兄ちゃんには僕達がついてるから…安心して…引子さん」 

 

 真幌と活真も引子を安心させようと気を使ってくれた。

 

 引子は2人の言葉を聞くと笑顔になって、2人の頭を優しく撫でながら…

 

「頼もしいわね、じゃあ2人とも出久のことをお願いね」

 

「「うん!」」

 

 真幌と活真の返事を聞いた引子は、荷物をもってフェリーに乗り込んだ。

 

 暫くすると引子が乗ったフェリーは出航した。

 

 

 

 出久達はフェリーの出航を見届けると自宅へと戻ることにした。

 

「3週間か~結構長いな~」

 

 自宅への帰り道の途中、ふと出久は呟いた…

 

「何よ出久、高校生なのに3週間お母さんに会えないだけでメソメソしないでよ!」

 

 出久の言葉に真幌はすかさず厳しい言葉を投げ掛けた。

 

「あぁ…ゴメンゴメン、確かに3週間なんてあっという間なんだから、クヨクヨなんてしてなれないよね。

(本当は700日近く会わなかった期間があるんだけど…)」

 

 出久は心の中で精神世界で過ごした2年近い日々を思い出していたが、真幌がそれを知る訳がないため、出久は真幌の言葉を軽く受け流した。

 

 真幌が出久に突っかかっていると、活真は小さな両手で出久の右手を掴みながら…

 

「だ…大丈夫だよ出久兄ちゃん、僕達がついてるから」

 

 オドオドしながらも活真は活真なりに出久を安心させようとしていた。

 

「ありがとう活真君」

 

 出久は活真の頭を左手で優しく撫でながらお礼を言った。

 活真は出久から頭を撫でてもられて嬉しそうな顔をしていた。

 

 

 

 そうして3人は自宅へと戻り、真幌と活真は引子がいない間は出久に寂しい思いをさせまいと、緑谷家にずっと泊まることを決めた。

 

 その日の夕方、出久が晩御飯の料理をして、真幌と活真がその手伝いをしていると、突然居間に置いてある固定電話が鳴り響いた。

 

ジリリリリリリリリ…ジリリリリリリリリ…ジリリリリリリリリ…

 

「電話?」

 

「もう誰よ~こっちは晩御飯作ってるってのに~」

 

「なんだろ?ちょっと出てくるよ」

 

 出久はコンロの火を消して、ハンバーグを3つ焼いている大きなフライパンに蓋を被せると、居間に移動して固定電話の受話器を取った。

 

ジリリリリリリリリ…ガチャッ

 

「はい、もしもし緑谷です」

 

『出久君かい?私だ』

 

「村長?」

 

 電話の向こうから聞こえてきた声は《この島の村長の声》だった。

 

「どうしたんですか村長?」

 

『実はね、この島にプロヒーローの代役としてやって来るヒーロー科の学生が《何処のヒーロー高校》かさっき分かったから、今市役所から島の人達に伝えているんだよ』

 

「そうなんですか、それで何処のヒーロー高校の生徒なんですか?」

 

『その前に、今日は島乃さんの家の子達は泊まりに来てるかい?』

 

「え?はい、2人共泊まりに来てますよ?」

 

『そうか、ならキミから2人にも伝えてもらえるかな?』

 

「はい、分かりました」

 

 出久は平常心で村長と会話をしながら、内心ではこの島へやってくるヒーロー高校の生徒が《とある災難続きのヒーロー高校》でないことを強く願っていた…

 

 

 

 しかし…出久の願いは儚くも崩れ去った…

 

 

 

 

 

 

緑谷出久 side

 

 村長からの電話の内容を聞いた僕は、この島にやってくるヒーロー高校の生徒が《雄英高校の生徒》ではありませんようにと強く願った!

 

『明日、この島へやってくるヒーロー科の学生というのはねぇ、あの《雄英高校の1年生》になったんだよ』

 

「ゆ、雄英!!?…雄英って…あの雄英高校ですか!?今年になって色々と騒ぎに巻き込まれているあの雄英高校ですか!!?」

 

『え?あ、ああそうだよ。オールマイトやエンデヴァーの卒業校でもある《雄英高校》だが?』

 

 聞き間違いであってほしかった…

 

 だけど…僕の耳は正常のようだ…

 

「あの…村長…聞いてもいいですか?」

 

『何をだい?』

 

「いえ…その……ヒーロー高校なら他にも沢山ありますよね?何故、雄英高校の生徒がこの島のヒーローの代役になったんですか?」

 

『それについては、私も詳しくは知らされてはいないんだよ。ただヒーロー公安委員会の方から連絡をもらって、この島でのプロヒーローの代役を兼ねて《ヒーロー活動推奨化プロジェクト》という《次の世代となる若いヒーロー達に経験と実践を積ませるための実務的ヒーロー活動》を彼らにやらせてあげてほしいとね』

 

 なんてこったい…

 

 村長が《雄英高校の生徒》を代役に選んだ訳ではなく…

 

 ヒーロー公安委員会が勝手に決めたこととは…

 

『この島で活動するのは、あくまでも雄英高校のヒーロー科生徒だけで担任や教師は来れないみたいだけど、この島へやってくる1年生達は全員今年の仮免試験で仮免許を取得しているみたいだから心配いならないよ』

 

 違いますよ…村長…

 

 教師が来ようが来なかろうが…

 

 仮免許も持ってようが持ってなかろうが…

 

 そんなこと僕にはどっちでもいいんですよ…

 

 

 

 学生とはいえ、ヒーローが何人もこの島にやって来るだけでも嫌なのに…

 

 よりにもよって《雄英高校の生徒》がこの島のヒーローの代役に選ばれるなんて…

 

 

 

 この際、雄英以外なら何処でもいいから変更してほしい…

 

 今からでも村長に、この島へやってくる学校を変えてほしい…

 

 

 

 …とはいえ…これは村長の決めたことじゃないから…僕個人が今更何を言ったところで変えようがない…

 

「わ…分かりました……連絡してくれてありがとうございます。活真君と真幌ちゃんには僕から伝えておきますので」

 

『よろしく頼むよ。そういえば出久君、キミは今年で高校1年生になったんだよね?』

 

「え?はい、そうですが…」

 

『この島へやってくる雄英生達もキミと同い年な訳だし、折角なんだから《友達》になってみてどうかな?』

 

「…え?……」

 

 村長…それはマジで勘弁してください…

 

 僕は《現役ヒーロー》や《ヒーロー関係者》とは絶対に仲良くなんかなりたくないんですよ…

 

 この島に勤めていた老人のプロヒーローとだって、僕が7月に個性使用許可免許証を取得するまでの間、個性使用の許可をもらう時以外は関わらないようにしてきたのに、《プロヒーローを真剣に目指しているヒーロー科の学生》なんかと友達になるなんて無理に決まってる…

 

 しかも数日とはいえ、かっちゃんが在籍していたヒーロー科の生徒達になんか会いたくもないし、知り合いにだってなりたくない…

 

 第一、彼らは今年から雄英の教師となった《無個性差別者のオールマイト》からロクでもないことしか教わってない生徒であり、余計に信用なんかできない…

 

 でも…僕の事情を知らない村長は完全な善意で言っている…

 

「えっとぉ…まぁ…検討しておきますよ…」

 

 僕は村長からの言葉を受け流しながら、明日からこの島に来る雄英生達とは極力関わらないように気を付けようと心掛けていた…

 

『それに、キミの《モップの個性》の有能さを雄英生達が知ったなら、雄英高校からのスカウトもあるかも知れないよ?』

 

 ありがた迷惑ですよ!!?

 

 こちとらプロヒーローになるなんざ願い下げなんです!!!??

 

「いえいえ…僕の個性ではヒーローになるなんて夢のまた夢の話ですよ…」

 

『そうかい?キミなら十分素質はあると思うんだがね~』

 

 だから余計なお節介ですって村長ォ!!!!!

 

「あぁ…えっと…まだ夕食を作っている途中なのでそろそろ切りますね」

 

『うむ、ではまた』

 

ガチャ…

 

 僕は村長との通話を丁重に切り上げて、受話器を置いた…

 

 何故だが僕はどっと疲れてしまい、その場に座り込んだ…

 

「出久~まだ電話して………ってどうしたの?」

 

「出久兄ちゃん、大丈夫?」

 

 僕がいつまで戻ってこないのを心配してか、真幌ちゃんと活真君が様子を見に来てくれた

 

「あぁ…だ…大丈夫、何でもないよ。待たせてゴメンね。さっ、早く晩御飯にしようか」

 

 落ち込んでいても仕方ないと考え直した僕は、活真君達と一緒に台所へ戻って晩御飯を完成させた。

 

 出来上がった夕食を3人で食べていると、真幌ちゃんと活真君はさっきの電話の内容を聞いてきたので、僕は村長から言われた内容を全て2人に説明した。

 この島にやって来る学生ヒーローが《雄英生》だと知った途端、真幌ちゃんは不貞腐れた態度になってたけど、活真君は雄英生でも関係無しにこの島へヒーローがいっぱいやって来ることにワクワクしている様子だった。

 

 

 

 そんな2人の真逆の反応を見ていた僕は…

 

 心の中で《裏切られたショック》を受けていた…

 

 

 

 去年の4月…

 

 病院の応接室にて…

 

 超人社会からの理不尽さに打ちひしがれていた僕達《緑谷一家》に対し、根津校長達がせめてもの擁護の1つとして…

 

『これからキミ達一家に対して、ヒーローが関わることが無いように配慮するのさ』

 

 …と言ってくれたんだ…

 

 

 

「(どうしてですか根津校長……どうしてこの島に雄英生が来ることになったんですか……)」

 

 

 

 この場にいない根津校長に対し…

 

 僕は心の中で疑問を投げ掛けた…

 

 でもその疑問の答えを僕が知る由がなかった…

 

 

 

 

 

 

 次の日、雄英高校ヒーロー科1年生の生徒達が那歩島へやって来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●同時刻…(とある山奥の道路)

 

 

None side

 

 本州の山奥…

 

 雪が静かに振る夜のこと…

 

 猛スピードで走り逃げる装甲車を追いかける4台のカラフルな車が怒濤のカーチェイスをしていた!

 

 

 

 装甲車を乗っている者達…

 

 それは今年に入って勢力を拡大しつつある…

 

 現在、この日本において最も危険視されているヴィラン組織…通称《ヴィラン連合》!

 

 そのメンバーである《スピナー》《荼毘》《コンプレス》の3人だった!

 

 

 

 そんなヴィラン連合のメンバーが乗る装甲車を追いかける4台の車に乗っているのは、当然ながら《プロヒーロー達》である!

 先日の死穢八斎會の一件に参加した《錠前ヒーロー ロックロック》を始めとしたプロヒーロー達は『ヴィラン連合が装甲車に乗って何処か向かっている』との情報を入手し、こうして現在追跡中なのだ!

 

 しかし、ヒーロー達の追跡に苦戦してした。

 

 一般の普通車が装甲車のパワーに敵う筈がなく、装甲車からの体当たりでアッサリと車は大破させられ、ヒーロー達が各々の個性で装甲車を止めようとするも、荼毘とコンプレスの個性によってそれは阻まれてしまい、怪我人だけが増えていった。

 

「なんでヒーロー達が!!?」

 

「情報が漏れてるなぁ…」

 

「漏れてるって何処から!?」

 

「さぁな…」

 

 追跡してきたヒーロー達を振り切ったスピナー達は、何故自分達の行動がヒーローにバレてたのかで頭を悩ませた。

 

 ただ、彼等は自分達が運んでいる《積み荷》が何なのかは知らず、ドクターから『積み荷を装甲車ごと所定の位置まで運んでくれ…』との命令を受けただけである。

 

 

 

 しかし、彼らには考える暇は無くなった…

 

 何故なら自分達が走っている進行の先に…

 

 《復讐の炎に燃えるトップヒーロー》が待ち構えていたからである!

 

 

 

『追跡班がやられた!応援を!』

 

「皆まで言うな…俺がやる…」

 

 獄炎のヒーローは通信機から連絡を早速に返すと直ぐに身構えた!

 

「なあっ!?エンデヴァー!!?」

 

「消去法でNo.1にくり上がった悪名高きDVヒーローか!」

 

「フッ…」

 

 視線の先にいたトップヒーローに驚くスピナーとコンプレスに対し、荼毘は不適な笑みを浮かべた。

 

「ヴィラン連合!今日こそ焦凍の居場所を吐いてもらうぞ!」

 

 ただ…当のエンデヴァーは《ヴィランの捕獲》以上に《私情》で考えが埋め尽くされていた。

 

 

 

 今年の夏、雄英高校の林間合宿にて大切な我が子(最高傑作)をヴィラン連合に誘拐されたエンデヴァーは、神野事件にて《ヴィラン連合メンバーの確保》と《誘拐された生徒2人(常闇 踏陰、轟 焦凍)の救助》の作戦に当然ながら参加した。

 

 しかし、全てが終わってみれば作戦は殆んど成功せず《捕らわれていたプロヒーローであるラグドールの救出》と《ヴィラン連合のボスであるオール・フォー・ワンの確保》以外は失敗に終わった…

 

 息子を取り返せなかったエンデヴァーは案の定というべきなのか激情にかられ怒り狂い、今回の作戦に参加した警察やプロヒーロー達(オールマイト、ベストジーニスト、エッジショット、グラントリノ、シンリンカムイ、Mt.レディ等)の全員に対して怒りのままに責め立てて怒鳴り散らし、彼等を心身共に追い詰めた…

 

 だが、そんなヒーロー達に追い討ちをかけるかのごとく、神野事件から数日後にネット上の至るところに《エンデヴァーの家庭事情》が拡散された!

 ただでさえ今年のヴィランによる被害が異常であるというこのタイミングで《エンデヴァーの家庭の闇》が何者かによって世間に晒されてしまったのだ!

 

 神野事件の作戦が失敗に終わった状況での《エンデヴァーの家庭内事情》が拡散されたことは、ヒーロー側からすれば完全な痛手でしかなかった…

 《エンデヴァーが今まで家族にしてきた非道の数々が世間にバレたこと》に加え、《神野事件の失態》と《オールマイトの引退》が重なったことで、日本のヒーローの信頼は坂を転げ落ちるようにガタ落ちしていった…

 

 ヒーロー公安委員会は、あらゆる手段を使ってヒーローの評価の低下を防ごうとしたが、世間の人々が抱える不安の増加は凄まじく、もはや警察でもヒーローでも手に終えない状況となってしまった…

 

 世間が大変な時に、評判がガタ落ちしたエンデヴァーはというと、連日押し寄せる記者やマスコミを一切相手にせず、神野事件以降からは《ヒーローとしての活動》よりも《我が子(最高傑作)を取り戻すこと》…つまり《ヴィラン連合》に関わりのある事件にしか参加せず、他の仕事は全てサイドキック達に押し付ける始末であった。

 それは彼が管轄としている区画内でどんな大事件が発生しても知らん顔な程に、エンデヴァーは周りが見えなくなっていた…

 

 そんな不評しかないエンデヴァーが何故《現No.1ヒーロー》になれたのかというと、《オールマイトに次ぐ実力あるヒーロー》がエンデヴァーしかいなかったという消去法で、長年に渡って《No.2ヒーロー》だったエンデヴァーは念願の《No.1ヒーロー》に昇り詰めることが出来たのである。

 

 

 

 No.1ヒーローに上り詰めたエンデヴァーは今、山道を爆走して近づいてくる《ヴィラン連合が乗る装甲車》と向かい合っていた。

 

 進行先にいるエンデヴァーに対し、装甲車の屋根から上半身を出している荼毘は、エンデヴァーを真っ向から迎え撃とうと右手を構えた。

 

「こんな真夜中に…ご苦労なこったぁ!!!」

 

「【ジェットバーン】!!!」

 

 荼毘とエンデヴァーはそれぞれ右手から《青い炎》と《赤い炎》を発射した!

 

 2人の炎は激突すると、炎同士が竜巻のように絡みあって相殺された。

 

「クッ!」

 

 エンデヴァーは自分の必殺技が防がれてしまい機嫌を悪くした。

 

「おいおいおい!轢いちまうぞエンデヴァーーーーー!!!」

 

 装甲車を運転するスピナーは、目先にいるエンデヴァーに向かって車の速度をどんどん上げていく。

 

 しかしエンデヴァーはその場から1歩も動かず、両腕をクロスさせて大技を放とうとしていた!

 

「Mr.(ミスター)下がってろ」

 

 エンデヴァーの構えを見た荼毘は、仲間に避難を呼び掛けながら、両手に蒼炎を灯し構えた。

 

 双方の炎使いが炎圧を上げていき、荼毘は巨大な蒼炎を一気に放った!

 

 それに対してエンデヴァーは…

 

「今度こそ焦凍を助け出す!そのために…貴様らを死なない程度に焼き殺してくれる!」

 

 ヒーローらしからぬ発言をするエンデヴァーは自分が纏う炎圧を最大限にまで上昇させ、必殺の獄炎を装甲車に放った!

 

「【プロミネンスバーーーン】!!!」

 

 エンデヴァーが放った紅蓮の津波は、荼毘の蒼炎を押し返しそのままヴィラン連合が乗る装甲車を飲み込んだ!

 

「クソッ!ここまでか!」ドロッ…

 

「エンデヴァー…」ドロッ…

 

「フッ…」ドロッ…

 

 装甲車に乗っていたスピナー、Mr.コンプレス、荼毘の3人は全員が泥のように変化して消えていった…

 

 運転手がいなくなった装甲車は、炎に包まれながらガードレールを突き破り、そのまま崖下へと落ちていった…

 

 

 

 

 

 

ホークス side

 

 公安からの緊急連絡を受け、ヴィラン連合が現れた山奥の空へ駆けつけた俺は、着いて早々に炎上し落下していく車を見かけて急降下した。

 

 『ヴィラン連合の誰でもいいから乗っていてくれ』…という期待を寄せながら、炎がおさまった装甲車の運転席を汲まなく確認したが、車内には《泥のような物体》しか残っておらず俺の期待は儚くも消え去った…

 

「全員偽物か……よわったなぁ……またエンデヴァーさんの機嫌が悪くなるぞぉ」

 

 そんな愚痴を溢していると、当の本人がやって来てしまった。

 

 今回は何を言われることやら…

 

「ん?来ていたのか…少しは手伝ったらどうだ?ホークス」

 

「今来たばかりですって、エンデヴァーさん」

 

「連合の連中は?」

 

「全員トゥワイスの複製でしたよ」

 

「……連合の連中は?」 

 

「あのぅ…全員トゥワイスの複製です…」

 

「…………連合の連中は?」

 

「いえ…ですから…全員トゥワイスの複s」

 

ガシッ!

 

 俺の返答に納得がいかなかったのか、エンデヴァーさんはオウム返しで何度も同じことを聞いてきた。

 俺はその度に丁重に返答を繰り返していたが、エンデヴァーさんはいきなり俺の胸ぐらを掴んで引き寄せると、物凄い形相で俺に怒鳴ってきた。

 

「連合の連中は!!!??貴様が来る前に逃げたとは考えられんのか!!!??」

 

「お、落ち着いてくださいよエンデヴァーさん!報告にあったヴィラン連合の3人は間違いなく《トゥワイスの個性によって作られた複製》ですよ!」

 

 俺はエンデヴァーさんからの向けられる怒気に耐えながら、装甲車の運転席と後部座席に残る《泥》を指差しながら必死に説明した。

 

「チッ!」

 

ドサッ!

 

「イデッ!?」

 

 俺の言葉に納得したのか、エンデヴァーさんは舌打ちをしながら俺を乱暴に地面へ下ろした。

 

 尻餅をつくなんざ何年ぶりかなぁ?

 

「酷いっすよエンデヴァーさ~ん、この前《あの凶悪な脳無》を一緒に倒した仲間じゃないっすか~?トップヒーロー同士仲良くしましょうよ?」

 

「黙れ!貴様と馴れ合うつもりなど毛頭ない!それよりは連合の手がかりが何か残っている筈だ!汲まなく探せ!!!」

 

「はいはい」

 

 俺はエンデヴァーさんに怒やされながらも、再び装甲車内をエンデヴァーと調べることにした。

 

 この前よりも酷く荒れてるなぁ…

 

 息子さん(轟 焦凍)がいない時間が経てば経つほど、エンデヴァーさんはどんどん不安定になっていく…

 

 その仕草や言動はもはや…ヒーローではなくヴィランに近いものとなっている…

 

 噂だけだと思いたかったけど、さっきの俺に対する態度と行動からするに《エンデヴァーさんが自分の家族とサイドキック達を怒りの捌け口として暴力を振るっている》っていう噂は本当なのかもしれないなぁ…

 

 俺はエンデヴァーさんを心から尊敬してはいる……だが彼の家庭事情については不満しか無かった…

 ぶっちゃけた話、焦凍君が幼少期より送ってきた悲惨な人生は、俺の幼少期よりも酷いんじゃないかと同情してしまう程だ。

 焦凍君は雄英高校に入学した後も誰にも心を開くことなく自ら孤立していた………っと俺の事務所に職場体験に来てくれた時に《常闇君》が教えてくれた。

 

 その焦凍君と常闇君は今もヴィラン連合に捕らえられているようだが生死は不明…

 

 ヴィラン連合に潜入捜査している俺は《焦凍君と常闇君の安否》を知ろうと調べているんだが、未だに2人が何処にいるのかは分からない…

 連合の連中に何度かカマをかけて口を滑らせようと企んだが、おそらくヴィラン連合内でも2人の安否を知ってるのは《死柄木 弔》と《荼毘》そして《オール・フォー・ワンの側近》だけなのだろう…

 トゥワイス辺りからなら情報を聞き出すのは簡単だが、まず《死柄木 弔》とコンタクトをとるのはまだまだ時間を要し、《オール・フォー・ワンの側近》について未だ謎が多く、唯一連絡がとれる《荼毘》は狡猾で巧妙…うっかり口を滑らせるような男ではない…俺が求める情報を奴等から聞き出すのは不可能に近い…

 

 とはいえ今の状況が続けば、いくらNo.1ヒーローになったとはいえ、エンデヴァーさんがヒーローで居られなくなる可能性は十分に考えられる…

 現状の日本には、エンデヴァーさんを超えるの強い個性も持った逸材は、どのヒーロー高校にも存在しないと言っていい…

 今のエンデヴァーさんは《焦凍君をヴィラン連合から取り戻すこと》しか頭になく、謂わば暴走状態と言ってもいい…

 

 もしこの先、エンデヴァーさんがヴィランに敗北するような事態に発生したならば、現状ただでさえ不安定の超人社会のバランスは完全に崩れるだろう…

 

「おいホークス、この荷台は調べたのか?」

 

「え?あぁいや、そこはまだ調べていません」

 

「馬鹿者!!汲まなく探せと言っただろ!!!」

 

 こっちの心情など知ったことなしに、エンデヴァーさんは俺に怒鳴り散らしながら個性を使って強引に装甲車の荷台の扉を抉じ開けて中に入っていく。

 エンデヴァーさんに続き、俺も装甲車の荷台の中を確認すると…

 

 そこには《怪しい機械》と《人間1人が入れる装置》があった。

 ただし、その装置の中には誰もいない。

 

「なんだ?これは?」

 

「生命維持装置?ですかね?新型の脳無を輸送していたとか?」

 

「何だと!?」

 

「(死柄木達はいったい…何を運んで…?)」

 

 俺の疑問の答えは見つからず、他のヒーロー達が来るまでの間、俺はエンデヴァーさんにお小言を言われながら装甲車を汲まなく調べることになった。

 

 

 

 

 

 

None side

 

 エンデヴァーとホークスを含めたヒーロー達が山道の下に落ちたヴィラン連合の装甲車を調べていた頃…

 

 その山の頂上に向かって森の中を登り歩く《1人の男》いた…

 

 その男の向かう先には、車のヘッドライトをバックに《青い狼の顔をした大男》と《赤い包帯を身体中に巻き付けた剣士の男》と《赤いロングヘアーの女》が佇んで待っていた。

 

「待ちくたびれたぜ…ナイン」

 

「そのかいはあった…」

 

 青い狼の顔をした大男《キメラ》が、山を登ってきた男《ナイン》を迎え入れた。

 

 ナインは山頂からの夜に輝く町の景色を見下ろしながら呟いた。

 

「実験は成功した…」

 

 ナインの言葉を聞いて3人は安堵する。

 

「これで俺達の計画が!」

 

「だが…副作用も悪化した…」

 

「え!?」

 

「なに!?」

 

「個性を多用すると…身体の細胞組織が死滅していく…」

 

「そんなぁ…」

 

「それじゃあ手術した意味ねぇじゃねぇか!?」

 

 ナインより語られた実験結果に3人は納得がいかず、キメラはナインに怒鳴った。

 

 そんな彼らに対して、ナインは静かな口調でこう返した。

 

「…《細胞を活性化させる個性》を奪う…」

 

「ッ!?」

 

「…細胞の活性…成る程、それならデメリットは無くなるわね」

 

「ならば善は急げでゴザル!速急にその個性を見つけようぞ!」

 

 ナインの提案を聞き、3人は落ち着きを降り戻した。

 

 ナインは再び山頂からの町の景色を見下ろし…

 

「そして…我々が望む世界を…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナインが求める個性…

 

 それは日本の遥か南に存在していた…

 

 その個性の持ち主の名は…




 今作の番外編の現時点(那歩島編になる前)で、犠牲となった人達の詳細を纏めました。



・赤谷 海雲…意識不明の重体

・爆豪 勝己…タルタロスに収監

・爆豪夫妻…行方不明

・イレイザーヘッド(相澤 消太)…死亡

・13号(黒瀬 亜南)…死亡

・飯田 天哉…死亡

・出水 洸汰…死亡

・轟 焦凍…行方不明

・常闇 踏陰…行方不明

・青山 優雅…死亡

・通形 ミリオ…死亡

・ナイトアイ(佐々木 未来)…死亡



 以上のキャラクター達の詳細は、以下に纏めました。



◯赤谷 海雲…【意識不明の重体】

・前作の番外編(10万UA記念)と同じく、原作の緑谷出久のポジションとして雄英高校ヒーロー科に入学。

・今作の番外編での赤谷海雲の両親は《警視監》と《外交官(トップに近い立場)》であり、両親は息子がヒーローを目指すことは反対派だったが、赤谷海雲は両親の反対を押しきって、プロヒーローになるために雄英高校のヒーロー科に自力で合格した。

・しかし、雄英高校に入学して数日後に行われたオールマイトの初授業《屋内対人戦闘訓練》にて、赤谷海雲は麗日お茶子とペアとなり、飯田天哉と爆豪勝己のペアと対戦することになったのだが、その際に《爆豪の理不尽かつ身勝手な暴力》と《オールマイトが訓練を中断するタイミングを誤ったこと》で、《爆豪の一方的な攻撃を受けたことによる大火傷》と《爆豪の爆破によって倒壊した建物の瓦礫に挟まれたこと》で瀕死の重症となってしまい、リカバリーガールの緊急手術によって命こそ助かったが昏睡状態となり、現在もセントラル病院に入院している。



◯爆豪 勝己…【タルタロスに収監】

・ヘドロヴィラン事件のあった日、緑谷出久がビルからの飛び降り自殺を図ったことを次の日に知るも、爆豪本人は出久の心配など一切せず、出久が自殺未遂をしたことで自分の将来に支障が出るんじゃないかの心配しかしていなかった。

・ヘドロヴィラン事件の後日、何故か《出久の自殺未遂事件》はTVやネットから煙のように全て消えていたことで、爆豪や折寺中学校の人間は自分達に非が飛んで来ないことを理解し安心していた。

・ヘドロヴィラン事件から1週間以上経過したある日、担任から《出久が目を覚ましたこと》と《出久が退院と同時に何処かへ引っ越したこと》を爆豪及びクラスメイト達が知ったが、彼らは《出久の意識が回復したこと》よりも《出久が折寺町からいなくなってくれたこと》に喜びを感じており、特に爆豪は清々していた。そして《緑谷一家の引っ越し先》も《出久が個性(能力)を発現したこと》も爆豪達には一切明かされなかった。

・しかし緑谷出久が転校した後の爆豪は《ストレスの捌け口(出久)》がいなくなったことで、変わりにクラスメイトを男女関係なくイジメのターゲットとし自分のストレスの捌け口として痛め付け始めた。そして痛め付けられたクラスメイト達が反抗しようものならば、爆豪は出久の時と同じように個性を使って脅しクラスメイトを黙らせた。

・爆豪達が折寺中の卒業式を迎える頃には、爆豪と取り巻きの2人以外のクラスメイト達は全員が何かしらの怪我をしていた…

・中学卒業後は雄英高校ヒーロー科に入学した爆豪だったが、ヒーロー科1年A組の教室にて《緑谷出久と瓜二つの人間(赤谷海雲)》と出会った…

・それから暫く大人しくしていた爆豪だったが…入学式から数日後に行われたオールマイトの初授業《屋内対人戦闘訓練》で爆豪は本性を現した………その授業を境に爆豪の転落人生が始まってしまった…

・屋内対人戦闘訓練の最中、爆豪は中学に引き続き《ストレスの捌け口のターゲット》を赤谷海雲と定め、訓練とは名ばかりに赤谷海雲へ完全な私情である暴力を振るった………のだが、調子乗った爆豪は爆破の威力を制限せずに使ったことで、訓練に使っていた建物を倒壊させてしまったのだ…

・建物が倒壊するのは予想外だったオールマイトは即座に訓練を中止し、訓練をしていた4人の生徒の救出を行った結果、飯田 天哉と麗日 お茶子の2名はビルの最上階にいたことが功を奏して軽傷で済んだが、爆豪勝己は崩壊する建物の瓦礫に左腕と右足を挟まれはしたものの四肢の切断までに至る重症にはならなかった…。しかし…赤谷海雲は瓦礫に身体を挟まれた挙げ句に、爆豪の攻撃によって受けた傷の数々によって瀕死の重症と負ってしまった…

・授業は中止となり、リカバリーガールの治療を受けながら重症の2人(赤谷海雲、爆豪勝己)はセントラル病院へと緊急搬送されていった。当然ながら訓練を途中で止めなかったオールマイトは、根津校長を始め雄英の教師達からの叱責を受けた。

・次の日、爆豪はセントラル病院で目を覚ました………が…待っていたのは赤谷夫妻であり、夫妻は爆豪に対して謝罪を設けるも、爆豪は殺人未遂をした自覚など一切ない挙げ句に《自分は何も悪くない》と突っぱねながら、赤谷夫妻へ『俺が一番嫌いな無個性のクソナード野郎と同じ面をしてるアイツが悪いんだろうがよ!第一、子供の喧嘩で一々大袈裟に騒ぐんじゃねぇわクソ親が!』と暴言で返答をし謝罪を拒否した。
 そんな爆豪の返答を聞いた赤谷夫妻は、爆豪一家への僅かな恩情を全て捨てて、爆豪勝己を起訴することを決めた。
 赤谷夫妻が爆豪の病室を出ると入れ代わりで爆豪夫妻が入室し、入ってくるなり2人は怪我人の息子を問答無用で暴力を振るい続けた。ある程度ボコボコにされた爆豪が両親に怒鳴りながら訳を聞くと…爆豪夫妻は《赤谷海雲の容態》《赤谷夫妻の役職》《雄英高校を除籍されたこと》そして《裁判の件》を息子に全て話した…
 事の全てを知った爆豪勝己は顔を青く染め、急いで赤谷夫妻を追いかけようとするも、まだ怪我が完治していないため歩くことができず、赤谷夫妻に弁解することは叶わなかった。

・後日…退院を迎えた爆豪を待っていたのは《警察官》と、激情にかられた担任《イレイザーヘッド》であり、爆豪は病院を出てすぐに裁判所へと連れていかれ、未成年でありながらいきなり刑事裁判にかけられた。
 その裁判によって警察が調べ尽くた《爆豪勝己が物心つく頃より犯してきた罪の全て》が白日の元に晒された…。
 爆豪は裁判中に罪を何度も否定したが《相手の思考を読む個性持ち》である複数の検察官に調べもあって嘘は見抜かれてしまい、罪を偽ろうとしたことも追加されて、裁判の結果…爆豪勝己は《危険人物》と認定されてしまい、《死刑》は免れたものの《無期懲役でタルタロスへの収監》が決定されてしまった…

・爆豪勝己はタルタロスに連行されている護送車にて、トントン拍子で事があっという間に進んでしまった爆豪は理解が追い付かなかった。
 しかし、タルタロスに収監された爆豪はやっと自分のこれまでの行動の全てが《間違っていたこと》を心の底から理解した…。
 だが…時すでに遅し《もう誰も自分を助けてくれないという孤独感》と《2度と外へは出られないという恐怖》を毎日味わいながら、爆豪はタルタロスの中で過ごしていくこととなった…



◯爆豪夫妻…【行方不明】

・ヘドロヴィラン事件と同じ日に起きた《緑谷出久の自殺未遂事件》を知り、息子の心配は勿論のこと、出久のことも心配していた。

・ヒーロー公安委員会によって情報(出久の自殺動機)が揉み消されたことで、爆豪夫妻は《ヘドロヴィラン事件の真相》も《自分の息子が緑谷出久を10年以上も個性を使って痛め付けていたこと》も《事件当日に自殺教唆を言ったこと》も知らない。

・事件後、爆豪光己は出久のお見舞いに何度か訪れていたが、出久の意識が回復した連絡を知って直ぐ様お見舞いに行こうとするものの、何故か緑谷引子から理由も教えてくれずに面会を拒否されてしまい、そのまま出久の退院と同時に緑谷一家が何も言わずに引っ越してしまったことで、爆豪夫妻は緑谷一家の行動に心がモヤモヤしていた。

・だが…そのモヤモヤの原因を爆豪夫妻は1年後に骨の髄まで思い知ることとなった………1年後、息子の勝己が雄英高校に見事合格、晴れて雄英生として通い始めた数日後、授業中に息子がクラスメイトを瀕死の重症にさせたことで、爆豪夫妻の日常は崩れ去ることになった…

・我が子が殺人未遂を犯しただけでも親にとっては不幸だと言うのに《日本一のヒーロー育成高校である雄英校内での殺人未遂事件》…《被害者の両親が警視監と外交官であること》…《警察の調べによって発覚した親である自分達すら知らない息子がこれまでに犯した罪の数々》という…とどまることのない不幸の連鎖が夫婦を追い詰めていった…

・爆豪勝己の入院中にやって来た被害者家族である赤谷夫妻に対して爆豪夫妻は謝罪し続けた。
 大切な一人息子(赤谷海雲)が死にかけたのだ…赤谷夫妻の怒りは相当なものであったが、爆豪夫妻が誠心誠意で謝り続けたこともあってなのか、赤谷夫妻は1度だけ爆豪夫妻にチャンスを与えた。
 そのチャンスとは《爆豪勝己が目を覚ました際に、加害者である彼が自分の愚行を心から反省した上で、自分達(赤谷夫妻)に謝罪をしてくれる》ならば裁判は起こさないと約束してくれた………のだが…当の爆豪勝己はその期待を裏切り、反省の色など一切見せずに、あろうことか謝罪を求めた赤谷夫妻へ暴言を吐く始末だった…
 息子と赤谷夫妻の会話を病室前で聞いていた爆豪夫妻は、扉越しにきこえてきた息子の暴言まじりの返答に絶望…
 赤谷夫妻が病室から出ていくと、爆豪夫妻は鬼の形相になって《今まで息子の悪事》を叱るが如くに、怪我人の息子を殴る蹴るでボコボコにした後に、赤谷夫妻との会話内容を息子に説明した。

・後日、当然というべきなのか…息子は雄英高校から除籍処分を言い渡され、更に病院を退院して直ぐに警察官と担任(イレイザーヘッド)によって裁判所へと連れて行くところを…爆豪夫妻はただ見届けることしか出来なかった…

・爆豪夫妻は息子に弁護人を設けることはせず…そのまま行方不明となり…今も赤谷夫妻を始め…息子が迷惑をかけていた人々に向けて謝罪の手紙を定期的に送っていた…
 ただし、その中でも1番息子が迷惑をかけてしまった《緑谷一家》へ謝罪の手紙を送りたいと爆豪夫妻は願っているのだが、その緑谷一家が何処へ引っ越したのか見当がつかずに《緑谷一家への謝罪の手紙》は貯まる一方だった…



◯イレイザーヘッド(相澤 消太)…【死亡】

・《赤谷海雲》含む《原作の雄英ヒーロー1年A組19人(緑谷出久以外)》のクラスの担任となるも、入学式(個性把握テスト)を行った数日後のオールマイトが担当した《屋内対人戦闘訓練》で爆豪が故意に赤谷を死なせかけたことを知ると、相澤は《亡き親友(白雲朧)》と《被害にあった赤谷海雲》を重ねてしまい、爆豪とオールマイトに大激怒!
 有無も言わさず爆豪を除籍処分とし、オールマイトには根津校長や他の教師達と共に感情のまま何時間にも及ぶ叱責をした。

・屋内対人戦闘訓練授業の次の日、雄英高校へやって来た赤谷海雲の両親に対して、相澤は根津校長と共に深々と謝罪した…
 しかし、赤谷夫妻の怒りは怒髪天を超えており根津校長と相澤を責め立てた。
 赤谷夫妻は、事件発生時の授業を担当した教師(オールマイト)を教えるように根津校長達へ懇願したが、ヒーロー公安委員会から『オールマイトを庇うように』と箝口令を言い渡された根津校長と相澤はオールマイトの名を出すことが出来ず、赤谷夫妻の怒りは募る一方となり、一時は《雄英高校の廃校》にまで話が飛躍してしまったが、何時間にも及ぶ話し合いと説得の末に《雄英高校側からの多額の賠償金》と《担任である相澤消太が今月をもって教育権を剥奪し、雄英高校を辞職すること》でなんとかその場をおさめることに成功した。

・爆豪の退院日、警察と共に爆豪を裁判所へ連れていくパトカーの中で相澤は爆豪に叱責と除籍処分を下しつつ、裁判では傍聴席に座って爆豪勝己の裁判の結果を見届けた。

・オールマイトの尻拭いをする形で雄英高校を今月(4月)一杯で辞めることが決まった相澤は、残り少ない教師人生を最後まで生徒のために役立てたいと決心し、爆豪の裁判が行われた次の日の《ヒーロー科1年A組18人のレスキュー訓練授業》に参加した。

・レスキュー訓練を行う施設(USJ)にて、オールマイトは活動時間の関係で遅刻する中、13号と共に授業を開始しようとした矢先《ヴィラン連合》の襲撃を受けた。
 相澤は最初、一人でチンピラヴィラン達を圧倒したが、脳無によって瀕死の重症を負わされながらも蛙吸梅雨と峰田実を逃がすために身を呈して時間を稼ぎ、最後は《死柄木 弔》の個性によって塵となり…命を落とした…



◯13号(黒瀬 亜南)…【死亡】

・イレイザーヘッドと同じく、雄英校内のUSJにて《ヒーロー科1年A組18人のレスキュー訓練授業》を開始しようとした矢先にヴィラン連合の奇襲を受けた。
 教師として…ヒーローとして…生徒達を守るため必死になって戦うも、黒霧の個性の機転によって自分の個性である《ブラックホール》を自分で喰らってしまい瀕死の重症を負った。
 事件解決後、緊急手術を受けるも背中と上腕に加えて後頭部にも裂傷が及んでしまい…そのせいで手術のかいなく…彼女はイレイザーヘッドの後を追う結果となってしまった…



◯飯田 天哉…【死亡】

・高校生活が始まったばかりで《クラスメイトが2人除籍と中退でいなくなり》…《始めてヴィランとの遭遇をし》…《担任含む教師2人が命を落とす》…という中学までは考えられない悲劇の連続に堪(こた)えていたクラスメイトを何とか纏め上げていこうと奮闘していた。

・しかし…5月に開催された体育祭の最中、尊敬する兄がヴィランに敗北したことをキッカケに飯田天哉の心は復讐に支配された…

・体育祭後に行われた職場体験、飯田天哉は保須市へと赴き、そして偶然にも兄を再起不能にした《ヒーロー殺し ステイン》と対面した。
 そのまま兄を仇を討つためステインに戦いを挑むも…結果は返り討ちにされてプロヒーローのネイティブと共にステインにトドメを刺されて命を落とした…



◯出水 洸汰…【死亡】

・身内であるマンダレイに付き合わされる形で雄英高校の林間合宿に参加。

・両親の殉職の件もあってヒーローを異常な程に嫌っており、空いた時は秘密基地である洞窟に1人来ていた。

・しかしある日の夜、秘密基地から見渡せる森から黒煙とガスが発生していることに気がついた………が…それに気づいた時にはもう遅かった…
 洸汰の背後には…両親の仇であるヴィラン《マスキュラー》がいたのだ!
 洸汰は本物のヴィランの殺気に涙を浮かべ恐怖するも、両親の仇を打つためにマスキュラーに向かっていった!
 だが…プロヒーローの両親が勝てなかったヴィランに子供の自分が敵う筈もなく…洸汰はアッサリと返り討ちにされ…そのままマスキュラーの手によって命を落とした…



◯轟 焦凍…【行方不明】

・原作では体育祭で緑谷出久との戦いを通して得た《炎の個性を受け入れたこと》《両親と向き合うこと》《性格が丸くなったこと》《クラスメイトと仲良くなれたこと》などが一切なく、今作の番外編の轟焦凍は雄英高校に入学してからずっと《一匹狼》のままでクラスメイトと仲良くしようとはせず…両親とも和解することなく…完全に孤立し…誰にも心を開かなかった…

・そんな状態ながらも、雄英体育祭では氷の個性のみを使って優勝を飾るも喜びの感情など一切見せず、職場体験では父親(エンデヴァー)から指名を受けるも当然ながら拒否し、他のヒーロー事務所へ行って職場体験を済ませた。

・そんなヒーロー科1年A組最強の轟焦凍は、林間合宿にて常闇踏陰とラグドールと共にヴィラン連合に誘拐されて、ヴィラン連合からの勧誘を受けた。
 最初はヴィラン連合の誘いを断っていた轟焦凍だったが、荼毘と2人だけで話をしてから明らかに様子が変化した…

・轟焦凍の心に迷いが指し出んでいた正にその時、オールマイト達がヴィラン連合のアジトに攻め込んで来た!
 だが…オール・フォー・ワンの策略によって轟焦凍と常闇踏陰は、ヒーローに救出されることなく…又しても死柄木弔率いるヴィラン連合メンバーに連れ去られてしまい、その後は完全に消息不明となった…



◯常闇 踏陰…【行方不明】

・雄英に入学してから数々の悲劇と困難にあいながらも、体育祭では準優勝を果たし、職場体験ではNo.3ヒーローのホークスからの指名を受けると、確実に1年生の中では轟焦凍に次いで実力者となっていった。

・そんな常闇は、林間合宿の肝試し中にペアで行動していた障子目蔵がムーンフィッシュによって手首を切り落とされたのを見た瞬間、怒りよって個性《黒影(ダークシャドー)》を暴走させてしまい、対処方法を見つけることができずに森の中で暴れながらもムーンフィッシュを倒した。
 しかし、その一部始終をMr.コンプレスに目撃されてしまい、暴走したダークシャドーと一緒に常闇はMr.コンプレスの個性によって捕まって、そのまま轟焦凍と共にヴィラン連合に誘拐された。

・ヴィラン連合のアジトにて、常闇も轟焦凍と同様に勧誘を受けたが、勿論ヴィランになる気などの毛頭なく死柄木からの誘いはキッパリ断った………だが…轟焦凍が荼毘というヴィランと2人だけで話をした後から様子が急変し、常闇は轟の態度の変化に疑問符を浮かべていた。
 その矢先にオールマイト達がヴィラン連合のアジトに突入、常闇は助かるんだと安堵しようと思ったのも束の間、オール・フォー・ワンの策略によって常闇は轟焦凍と共に死柄木弔率いるヴィラン連合に連れ去られてしまい、その後は完全に消息不明となった…



◯青山 優雅…【死亡】

・原作と同じく、オール・フォー・ワンによって雄英高校で内通者をやらされていた…
 《逆らえば家族が殺される》…その恐怖に脅えながらも青山はオール・フォー・ワンの命令に従い、雄英高校のスケジュールをオール・フォー・ワンに密告していた…
 しかし…原作と違い、今作の青山には《自分に近い人物(個性が身体にあっていない境遇)》…つまり《原作の緑谷出久》が居なかったこともあってより孤独となっており、その孤独と押し寄せる罪悪感に耐えきれなくなって、寮生活が始まる直前に…根津校長へ《自分が内通者であること》を打ち明けたのだ…

・青山は…自分が情報を密告したせいで《死んでいった人々(イレイザーヘッド、13号、出水洸汰)》や《連れ去られた人々(常闇踏陰、轟焦凍)》への罪悪感が日に日に膨れ上がってしまい、神野事件にてオール・フォー・ワンが捕まったことを機に、自分がヴィラン連合の内通者であることを両親に相談することなく雄英に自白した…

・プレゼント・マイクが危惧していた内通者が突如見つかったことで雄英教師達は驚愕。
 そして内通者が発覚したのならばやることは決まっている…《青山優雅》及び《青山夫妻》を一時的に警察署で隔離保護するために、プロヒーロー警護の元に連行されることとなった。
 青山優雅を雄英高校から警察署へ連行する際の護衛のヒーローとして、プレゼント・マイクが名乗りをあげた…
 プレゼント・マイクは、親友(イレイザーヘッド)を殺された原因の一端である青山を非常に憎んでいたが、プロヒーローの立場上感情を抑え…ヒーローとして青山の警察署まで護衛にすることにした。
 同じ頃、青山夫妻も警察とプロヒーローに連行されて息子が向かう警察署へ連行されていった。

・しかし…青山優雅と青山夫妻を乗せた双方のパトカーがなんと10体を超える脳無に襲撃されてしまったのだ!
 突然の襲撃に警察は戸惑ったが、プロヒーロー達は直ぐ様に脳無達と戦闘を開始した………が…10体以上の脳無が相手ではいくらプロヒーローとはいえ苦戦を余儀なくされてしまい、結果を脳無襲撃によって生き残ったのは《重症を負ったプレゼント・マイク》の1人だけであり…他のプロヒーローや警察…そして青山一家は…脳無によって全員命を落とした…



◯通形 ミリオ(ワン・フォー・オール9代目)…【死亡】

・多くの人々を救えるヒーローになるため雄英入学、インターンにてナイトアイからの指名を受けて個性《透過》を完全にコントロールし、その努力が実り3年生で《英雄のビッグ3》に上り詰めた努力の天才。

・ミリオが3年生になって暫く経った4月のある日、根津校長に放送で呼び出され会議室へ行くと、そこにはナイトアイ、オールマイト、グラントリノ、塚内警部、根津校長、リカバリーガールという《ワン・フォー・オールの秘密を知る者達》がミリオを待っていた。
 会議室に入ったミリオは状況が把握できず内心慌てていると、ナイトアイが事情を説明し始めてくれた。
 そしてミリオは、自分が《オールマイトの後継者》…《次なる平和の象徴》として選ばれたことを理解した。
 突然に明かされた秘密の連続にミリオは驚きを隠せなかったが、恩師であるナイトアイからの勧めもあり、ミリオはオールマイトの意思を継いでワン・フォー・オールの継承を決意した。
 オールマイトからワン・フォー・オールを譲渡され、晴れて9代目となった通形ミリオはその後も努力を積み重ね、ナイトアイだけでなくオールマイトやグラントリノの指導を受けて《次なる平和の象徴》に恥じない実力をつけていき、神野事件のあった夏には既にワン・フォー・オールを《50%》までコントロールすることを可能にしていた。

・オールマイトの引退騒ぎが静まらない9月、ミリオはインターンのパトロール中に《ある女の子》と偶然出会い、その直後に現在ナイトアイ事務所が調べている《オーバーホール》こと《治崎廻》と鉢合わせてしまったのだ。
 女の子の怪我の状態から見て《保護するべきだ》と頭では分かっていたが、状況を即座に把握し先のことを考えたミリオは、蚊細い声で助けを求める女の子の声に敢えて聞き流し、治崎廻へ女の子を返すとその場を立ち去った………女の子が最後に見せた《哀しみと絶望に染まった顔》を胸に刻んで…
 その後、ミリオはナイトアイに《治崎廻との接触したこと》と《治崎に娘がいること》を報告した。

・時は遡り、ファットガム事務所が《個性消滅弾》を発見したことで事態は急展開を迎えた。
 報告を受けたナイトアイは即座にファットガム事務所やリューキュウ事務所、グラントリノやロックロックといった精鋭達を集めて緊急会議を開いた。その際、インターンに来ていた雄英生6人(蛙吸梅雨、麗日お茶子、切島鋭児郎、通形ミリオ、波動ねじれ、天喰環)も参加した。
 その会議の中で…ミリオがつい最近出会った女児が治崎によって《個性消滅弾》を製造するための道具にされていることを知り、ミリオは自分自身を攻め続けた…

・更に時は流れ、遂に《死穢八斎會の壊滅》《主犯である治崎廻(オーバーホール)の確保》そして《捕らわれの女児救出》の作戦が決行された。
 『今度こそ壊理ちゃんを保護する!』とミリオは固く決意し、死穢八斎會へ突入した!
 八斎會組員に加え鉄砲玉八斎衆が行方(ゆくて)を阻んできたが、他のヒーロー達や同級生(天喰環)や後輩(切島鋭児郎)が道を切り開いてくれたおかけで、ミリオとナイトアイは遂にオーバーホールとクロノそして壊理に追い付いた!
 壊理の救出を最優先に、ミリオはオーバーホールと激戦を繰り広げた!
 だがオーバーホールの強さは計りしれず、ミリオは起死回生を狙い、ワン・フォー・オールの《100%》を解放した!
 個性《透過》と《ワン・フォー・オール100%》を組み合わせることで、ミリオはオーバーホールを圧倒!
 トドメの一撃をオーバーホールに放とうとした!………正にその瞬間、ミリオの身体が動かなくなりそのまま意識を失った。

・オーバーホールとの戦闘中に突然意識を失ったミリオはというと、夢の中で始めて《歴代のワン・フォー・オール所持者》達と対面していた。
 そしてミリオは、歴代のワン・フォー・オール所持者達によって自分の身に何が起きたのか…4代目(四ノ森避影)から詳しく説明された…
 《8代目のオールマイトすら知らないワン・フォー・オールのデメリット》…《膨れ上がったワン・フォー・オールを譲渡し使いこなせるのは無個性の人間だけであること》…そして《ミリオがオーバーホールとの戦闘中に100%の力を使ってしまったことで残された寿命を飛び越してしまい、突然死という名の老衰になってしまった事実》をミリオは教えられた…
 ミリオは自分が死んでしまったことを受け入れられなかった…そして何より《壊理ちゃんを救うことが出来なかったこと》…それがミリオにとって最大の未練となった…

・ミリオ(9代目)が死んだことで…この世界から《ワン・フォー・オール》は消えてしまった…



◯ナイトアイ(佐々木 未来)…【死亡】

・過去…オール・フォー・ワンとの戦いでオールマイトが限界を迎えたことを知ったナイトアイは、オールマイトが安心して引退できるようにと《ワン・フォー・オール後継者》育成に力を注ぐことを決意。

・事務所を設立後、ヒーローとして勤しみながらも雄英校内に《ワン・フォー・オールを受け継ぐに相応しい逸材(通形ミリオ)》を見つけ、インターンを通してミリオを鍛え始めた。

・ミリオが3年生になった年の4月、ナイトアイは《樹は熟した》と察して雄英の教師となったオールマイトに、通形ミリオへのワン・フォー・オールの譲渡の話を持ちかけた。
 ナイトアイが雄英に電話した時、丁度雄英高校ではオールマイトが授業で大失敗をした日であったため、タイミングが悪くナイトアイの話は先送りとなってしまったが、次の日改めてナイトアイは根津校長と《通形ミリオを9代目のワン・フォー・オール継承者にする話》を持ちかけた。
 雄英校内のUSJにヴィラン連合が襲撃したことで《ワン・フォー・オール継承の件》は暫し先送りとなったが、4月の末に改めてナイトアイ、グラントリノ、塚内警部といった《ワン・フォー・オールの秘密を知る者達》が雄英高校に集まった。
 雄英高校に突然集まった相応な面子にオールマイトは思考が追い付かなかったが、久しぶり会うナイトアイから《ワン・フォー・オールを通形ミリオに譲渡してほしい》との突拍子もない提案にされた…
 今月の最初に受け持った授業にて教師として大失敗したオールマイトだったが、ワン・フォー・オールの継承については『譲渡したい無個性の少年がいるんだ…』とオールマイトは発言するも、オールマイト以外の人間はその意見に反対した。
 話し合いの中で、ナイトアイが平和の象徴の後進育成に励んでいたのは《全てオールマイトのため》であり、それがナイトアイなりの《優しさ》であることを知ったオールマイトは、ナイトアイの意見を聞き入れて《通形ミリオにワン・フォー・オールを譲渡すること》を了承する。

・通形ミリオが正式にワン・フォー・オールを受け継いだことで《オールマイトの肩の荷を下ろすことが出来た》と安堵するナイトアイだったが、ここから本番であり通形ミリオを雄英高校卒業までに《次なる平和の象徴》として育て上げるため、より一層にミリオの育成に励むようになった。
 オールマイトやグラントリノ達も協力してくれたおかげもあって、努力の天才であるミリオはメキメキと成果をあげてワン・フォー・オールを自分のものにしていった。

・そんな折に迎えた8月、オールマイトがオール・フォー・ワンとの激戦で勝利を掴み取った代償に《オールマイトはヒーローを引退》…更に《オールマイトの中に残っていたワン・フォー・オールは完全に消え去る》という事態が起きた…
 オールマイトの中にあったワン・フォー・オールが消えた………秘密を知る者達にとって…それは大きな損失だったが、既に《次なる平和の象徴(通形ミリオ)》は着実に育っていたため、ナイトアイ達はオールマイトを手厚く労った。
 この時は誰も予想だにしてなかった………ミリオの中のワン・フォー・オールが、ミリオの命を日に日に削っていたことを…それをナイトアイは翌月の9月に思い知ることとなった…

・オールマイトの引退ニュースが連日報道される9月、ナイトアイ事務所は指定ヴィラン団体の死穢八斎會が《個性消滅弾》を開発している情報を掴み、死穢八斎會を壊滅させるためファットガム事務所、リューキュウ事務所などに協力を要請した。

・決行日、ナイトアイ事務所、ファットガム事務所、リューキュウ事務所を始め、ロックロックなどのプロヒーロー達と、インターンで来ていた雄英生6人(蛙吸梅雨、麗日お茶子、切島鋭児郎、通形ミリオ、波動ねじれ、天喰環)そして警察と共に《死穢八斎會の壊滅》と《主犯である治崎廻(オーバーホール)の確保》と《個性喪失弾の開発に利用させている女児の救出》を目的に、死穢八斎會のアジトに突入した!
 行く手を阻む鉄砲玉八斎衆によって戦力を削られつつも、ミリオとナイトアイは遂に主犯の《オーバーホール》、補佐の《クロノ》、そして救出対象である女児《壊理》に追い付いた!
 壊理の救出を優先しつつ、ミリオはオーバーホールと戦い、ナイトアイはクロノの相手をした!
 しかしオーバーホールの強さは計りしれず、ミリオとナイトアイは苦戦を余儀なくされた…
 ミリオは逆転を狙い、まだ完全にはコントロールしきれていないワン・フォー・オールの《100%》を解放した!
 個性《透過》と《ワン・フォー・オール100%》を組み合わせて戦うことで、ミリオはオーバーホールを確実に追い詰めていった!
 そんな勇敢なミリオの姿を見たナイトアイは、ミリオの勝利を確信した!………と思われたが…オーバーホールにトドメの一撃を喰らわせようとしたミリオのワン・フォー・オールは急に停止してしまい、しかもミリオもスイッチを切ったかのように突然動かなくなった…
 いきなりの出来事にその場にいた4人(ナイトアイ、オーバーホール、クロノ、壊理)は考えが追いつかなった…
 それがいけなかった……ナイトアイは隙をつかれてしまい、オーバーホールが個性で作り出したコンクリートのトゲに腹を貫かれて動けなくなった…
 そんなナイトアイを他所に、オーバーホールは戦っていたミリオの異変を調べると………なんと通形ミリオは死亡していた!
 オーバーホールの言葉にナイトアイは納得などできなかったが、動けなかったナイトアイはそのまま気を失ってしまった…

・ナイトアイはリカバリーガールの緊急手術を受けている最中………夢の中でミリオと会っていた…
 そしてナイトアイは…ミリオから《歴代ワン・フォー・オール所持者達と話した内容》を聞かされた…
 ミリオが死んだ理由(《ワン・フォー・オールのデメリット》)を知ったナイトアイは…後悔の念にかられ…涙ながらにミリオへ謝罪した………だが…当のミリオはナイトアイを責めることはせず『自分を最高のヒーローに育ててくれて…ありがとうサー…』と感謝の言葉を述べながら…ミリオはナイトアイの夢の中から姿を消した…

・リカバリーガールの手術を受けたものの…ナイトアイは既に明日を迎えられる状態ではなかった…
 危篤状態となったナイトアイの元にオールマイトが訪れた…
 オールマイトは《通形ミリオが死んだこと(ワン・フォー・オールが途切れてしまったこと)》は伏せてナイトアイと最後の会話をするつもりだったが、なんと死に際のナイトアイの方からミリオの話を持ち出され、ナイトアイは死に直面しながらも必死に《夢の中でミリオと話した内容》をオールマイトに伝えた…
 オールマイトは、ナイトアイからの言葉を疑うことなく全て聞き入れた…
 ナイトアイは全てを話し終えると…《自分の考えが間違っていたこと》…《取り返しのつかない過ちを犯してしまったこと》を深く反省と後悔をし…オールマイトに謝罪をしながら…ミリオの後を追い…病室のベッドで息を引き取った…





 以上がこの番外編にて、運命が大きく変わってしまったヒロアカキャラクター達です。

 原作のナイトアイのご要望通り、通形ミリオがもしワン・フォー・オールの9代目に選ばれたならばどうなったかを私なり考えて、この後書きに纏めました。
 その結果は、前作の番外編(《ロベルト・ハイドンの法則》)で9代目に選ばれた爆豪勝己よりも悲惨なことになってしまいました…
 ナイトアイも自分の考えが間違いであったことに知った時は、悔やんでも悔やみきれなかったでしょう…

 ワン・フォー・オールが完全に消えてしまった番外編のヒロアカ世界、いつかこの世界が迎えるヴィランとの全面戦争はどうなってしまうのか………私には想像がつかないですね…


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【番外編】スローライフの法則(4)

【20万UA突破記念作】4作目!

 まず最初に…更新が4ヶ月以上も遅くなってしまい本当に申し訳ございませんでした。

 当初は今回の投稿した話を含めて《本編の26話》も12月の上旬の投稿することを目指していたのですが、内容を大きく変えて書き直し等で時間を費やしてしまった結果、12月の終わりにやっと《スローライフの法則(4話~6話)》を書き上げました。

 《スローライフの法則》の5話と6話は、最終チェックが終わり次第、新年を迎える前に投稿いたします。

 誤字脱字がないかを確認をしましたが、もしまだあった場合は直ちに修正いたします。

 次は必ず《本編の26話》の更新を致しますので、もうしばらくお待ちくださいませ。

 ネダバレになってしまうので多くは言えませんが、本編の26話では《今作の出久君のヒロイン》の判明だけでなく、まだ登場していない《うえきの法則キャラクター》も出てきます。





 番外編《スローライフの法則》の緑谷出久は、折寺町の病院を退院して以降【ゴミを木に変える能力】を人前では絶対に使わず、もう1つの能力である【職能力(モップに掴を加える能力)】だけを使って那歩島で過ごしております。

 なので、この番外編の那歩島の人達は緑谷出久の個性は《モップを自在に操る個性》だと認識しておりいます。

 どうして出久君は【ゴミを木に変える能力】を人前で使わないのか?

 その答えを《今回の話の中》と《あとがき》に書きました。





 今回の話の後書きに【大切なお知らせ】を書きましたので、ご確認の程よろしくお願いいたします。


●12月中旬…(島乃家)

 

 

緑谷出久 side

 

「活真く~ん、そろそろ始めるよー」

 

「活真~何してんの~?早く来なさーい」

 

「はーい、今行くよー」

 

 島乃家の庭にいる僕と真幌ちゃんは、麦わら帽子を家の中に取りに行った活真君へ声をかけると、玄関から麦わら帽子を被った活真君が出てきた。

 

「ヨシ!準備OKね!それじゃあ出久、始めて」

 

「了解、じゃあいくよ~…はい!スタート!」

 

PiPi…

 

 活真君と真幌ちゃんが並んで立ち、僕は2人から少し間隔を開けると真幌ちゃんから合図をもらい、スマホを横にしながら撮影を開始した。

 

 僕は今、活真君と真幌ちゃんに頼まれて《本州で働く2人のお父さんへ送る動画撮影》の手伝いをしている。

 

 海外の病院からの連絡を受けて、お母さんがお父さんの元へ出発した日から早くも今日で2週間が経過した。

 

 12月の6日に《真幌ちゃんの10歳の誕生日祝い》をしたこと以外は別にコレといった変化は僕達には起きてない。

 お母さんが帰ってくるまでの間は、緑谷家に泊まってくれることになった活真君と真幌ちゃんと僕は平凡に暮らしている。

 

 

 

 ただ…この島は2週間前とは大きく変化していることがある…

 

 

 

 実はこの島には今…《ヒーロー》が沢山来ているんだ。

 

 ヒーローといっても全員《学生》で、日本一のヒーロー高校《雄英高校》に在籍している《ヒーロー科の1年生達》だ…

 

 2週間前、お母さんが海外にいるお父さんの元へ急遽出掛けた日の夕方に村長から電話があり、先月で引退したお爺さんヒーローの後任が決まるまでの間、その代役として《雄英高校ヒーロー科の1年生達》が選ばれ、次の日にはもう彼らが来るとの連絡があったんだ。

 

 僕としては正直、村長に頼んで代役を変更してほしかったけど、どうやらヒーロー公安委員会が勝手に決めたことらしく、ほぼ強制で雄英生が《この島のヒーローの代役》になった…

 

 なのでこの那歩島には今、今年の4月から問題ばかりが起こっている雄英高校の生徒が来ているんだ。

 

 去年の4月に起きた出来事がキッカケで…《ヒーロー不信》になった僕にとっては本当に勘弁してほしかった…

 

 

 

 えっ?別にオールマイトやシンリンカムイみたいなプロヒーローじゃないんだから平気じゃないかって?

 

 

 

 確かにそうだけど…それでも勘弁してほしかった…

 

 だから12月からこの島にやって来た彼ら(雄英ヒーロー科1年生)との関わりを避けるため、僕は早朝と夜に《人気のない海岸》で日課としてやっていたトレーニングを控えて、代わり家の中や庭で出来るトレーニングに変更したり、外出する時は彼らに顔を覚えられないように《帽子》と《マスク》そして個性使用許可免許証試験の卒業プレゼントの1つとして貰った《ロイド眼鏡》をかけて変装するようにした。

 

 

 

 えっ?顔を覚えられるくらい良いんじゃないかって?

 

 

 

 いや…そうも言ってられない…

 

 神経質になりすぎかも知れないけど、2週間前の村長との会話で、村長から『雄英生と友達になってみたらどうかな?』や『キミの個性の有能さを知ったら雄英高校からスカウトがあるかもしれないよ』…と言われたんだ…

 

 《友達》ならまだしも…僕は《ヒーロー高校の生徒》になるなんて絶対に御免だ!

 

 僕は《ヒーローの夢を諦めて平凡な一般人として生きていくこと》を決めたんだ!

 

 だから万が一、僕が使える【ゴミを木に変える能力】と【モップに掴(ガチ)を加える能力】を雄英生達に知られたら、後々何が起きるか分からない…

 考えたくもないけど…もしかしたら雄英高校からのスカウトがくる可能性もある…

 仮にスカウトがあったとしても、僕の秘密を知ってる根津校長やリカバリーガールが裏で何とかしてくれるかも知れない…

 だけど…根津校長は僕との《約束》を破っている…

 

 それに雄英高校に今年度から続いている事件の数々によって世間からの信用を失い、それに影響してなのか雄英高校から去っていく生徒が後をたたないらしい…

 2年生と3年生は分からないけど、1年生はヒーロー科以外の他の科(普通科、サポート科、経営科)の生徒が既に半数以上も雄英高校を出て行き、他の高校へと転校しているとニュースでやっていた…

 更に言えば、ヒーロー科の1年A組は現在《爆豪勝己》を含めて6人もの生徒がいなくなっている…

 

 今になって考えると、今年の9月末に僕へ電話を掛けてきた根津校長は僕との会話の最後に、もしかしたら『雄英高校へ来る気はないかい?』って言おうとしていたんじゃないかって、この2週間ずっと考えていた…

 根津校長は義理堅い人(?)だとリカバリーガールが入院中に僕へ教えてくれた…

 

 根津校長を疑いたくはない…

 

 だけど…現状の雄英高校はハッキリ言って立場危ういのは一般人の僕にだって察しがつく、雄英側からすれば《強い個性を持つ生徒》を1人でも多く増えて欲しいと考えてる筈だ。

 根津校長が僕の【能力】を強いと思っているかどうかは分からないけど、それでも《藁(わら)をも縋(すが)る》気持ちなのかもしれない…

 

 でも…いくら恩人の1人である根津校長に頼まれたとしても、僕は絶対にヒーローにはならないし!なりたくない!そっとしておいて欲しいんだ…

 

 

 

 っと…1人でも黙々と考え事をしている間に、活真君と真幌ちゃんは動画の〆に入っていた。

 

 

 

「次に帰って来れるの!10日後だったよね!」

 

「お父さん、お仕事頑張って~」

 

「こっちのことは心配しなくていいよ~活真と出久の面倒はちゃんと私が見るから!」

 

 真幌ちゃんが僕の名前も出したように聞こえたけど、取り敢えず動画の撮影は終わった。

 

「どう?上手く撮れてるかな?」

 

 僕はスマホで撮影した動画を2人に見せて確認してもらった。

 

「う~ん……バッチリ!OKよ!」

 

「お父さん喜んでくれるかな~?」

 

「きっと喜んでくれるよ」

 

 撮影した動画を活真君と真幌ちゃんのお父さんに送信した後、お昼御飯を3人で食べ終えると真幌ちゃんと活真君は遊びに出掛けていった。

 

 2人が出掛けた後、僕は今年の4月中旬頃から始めた新しい趣味である《スクラップブックの作成》に励んだ。

 

 

 

 《スクラップブック》っていうのは《新聞や雑誌の気になる広告を切り取ってノートに張り付けた物》のことであり、僕はそれを今年の4月からずっと作り続けていた。

 

 

 

 去年の4月から《ヒーローノート(将来の為のヒーロー分析)》を書かなくなった僕にとっては《暇潰し》と《気分転換》になっている。

 

 因みに僕が去年の4月まで書いてきたヒーローノートは、公安委員会に秘密裏で没収された《将来のためのヒーロー分析 No.13》を除いて全部(《No.1~No.12》の12冊)海外にいるお父さんに預けてあるから僕の手元にはない。

 

 まぁ…あったところでもう読むことはないけどね。

 

 

 

 えっ?何の記事をスクラップブックにしているのかって?

 

 

 

 別に誰かに見せる訳じゃないんだけど…僕が集めてる記事は、今年の4月に雄英高校でアイツが犯人で間違いないであろう《同級生の殺人未遂事件》を皮切りに《加害者の少年Bとその家族に関係する情報》《雄英高校に関連する事件》《ヘドロヴィラン事件に関わっていたオールマイト以外のプロヒーロー達の現状》等の記事をノートに張り付けて纏めているんだ。

 

 本来なら、僕を10年以上もイジメていたアイツ(爆豪 勝己)がこの先《一生拘置所生活》になろうが《死刑》になろうが知ったことじゃないんだけど、今年の4月に《あの雑誌》を買ったことを機に、何故か僕はアイツに関する情報から目を背けることが出来ず、12月を迎える頃には《加害者の少年Bの情報》を纏めたスクラップブックは10冊を超えていた。

 

 他にも《少年Bの幼稚園~中学生までの同級生や担任達》《少年Bの両親》のその後についての記事もノートに纏めているため、そのスクラップブックは10冊を超えている。

 

 更にヒーローの情報なんてどうでもいいんだけど、いつの間にか《ヘドロヴィラン事件で醜態を晒していたシンリンカムイやデスデコロ達の活躍や現状》の記事も集めてスクラップブックに纏めていった結果、気づけた時にはそれも10冊を超えてしまっていた。

 

 そして《雄英高校の関連する事件》について纏めたスクラップブックについては…他と違って20冊を超えてしまっている。

 4月に発生した《少年Bによる少年Aの殺人未遂事件》から11月に発生した《雄英文化祭にヴィランが侵入して中止になった事件》までの数々の記事だけでなく、《雄英高校に対する世間からの不評》や《雄英生達の現状》についての記事なども調べて纏めていたら、いつの間にか20冊を超え、今年から作り始めたスクラップブックは合わせて50冊以上になってしまった。

 

 それゆえに《スクラップブックの作成》は完全に僕の趣味になっていた。

 

 ただし、僕の作ったスクラップブックは、見る人によっては不快な気持ちになるだけだと思う…

 

 

 

 なぜって?

 

 

 

 それは…僕が作ったスクラップブックは…ヒーロー側の人間と一般人にとっては…全部《悲報》と《凶報》でしかないんだから…

 

 あと補足として言っておくと、僕は《オールマイト》の顔も見たくないから、オールマイトの記事だけは集めずに全部処分している。

 

 だって…《木》にする価値もない物だから…

 

 でも今の僕がもっとも嫌うヒーローは《オールマイト》の他にもう1人いる…

 

 それは僕の夢を壊したヒーローの1人であり…《木の個性》を使いながら偽りの正義を未だに平然と飾している《シンリンカムイ》だ!

 

 僕はこの島に来てから…1度も人前で【ゴミを木に変える能力】を使ったことはない…

 

 

 

 何故って?

 

 

 

 僕の【ゴミを木に変える能力】をこの超人社会の人達が見たら誰しも最初はこう思うことだろう…

 

 『シンリンカムイと似てる個性』…だとね…

 

 僕はそれだけは絶対に避けたい!

 

 僕が【ゴミを木に変える能力】を誰にも見せず教えないのは《シンリンカムイとの関連性を持たれたくない》からなんだ!

 

 僕にとって【ゴミを木に変える能力】は…最高の恩師である《植木 耕助さん》から授かった大切な能力!

 

 でも…僕の秘密(植木との出会い)を知らないこの世界の人達からすれば、僕の【ゴミを木に変える能力】を見たら、誰しもが《シンリンカムイ》と結びつけるに決まってる!

 

 

 

 あんな偽善者の《樹木の個性》と、本物のヒーローである植木さんから授かった【ゴミを木に変える能力】を同列に扱われるのだけは!

 

 僕は死んでもイヤなんだ!!!!!

 

 

 

 こんな《柵(しがらみ)》がなければ【ゴミを木に変える能力】を島の人達の役に立てることが出来たかも知れない…

 

 でも…『シンリンカムイと同じ個性』…『シンリンカムイの個性に似ている』…そう誰かに言われるのがどうしてもイヤで…

 

 この島に来てからの普段の生活では、植木さんから授かったもう1つの能力である【モップに掴(ガチ)を加える能力】だけを使い、【ゴミを木に変える能力】は《僕が1人の時(海岸でのトレーニング時)》にしか使わないことにしたんだ…

 

 

 

 そんな《シンリンカムイを含めたヘドロヴィラン事件のヒーロー達》だけど、いつからか《シンリンカムイ》と《Mt.レディ》以外のヒーロー達の情報がパッタリと途絶えるようになった。

 《デスデコロ》や《バックドラフト》達がテレビにも雑誌にも全く姿を見せなくなったんだ。

 彼らが《引退した情報》や《入院している情報》などが無いことからこと察するに、きっとまたヒーロー公安委員会がお得意の情報操作と隠蔽工作で一般の人間には知れないようにしたんだろう…

 

 まぁ…例え彼らがもうこの世にいないとしても…僕には関係ないけどね…

 

 

 

 

 

 そんな物思いにふけながら時計を見ると、活真君達が出掛けてから既に一時間が経過していた。

 

 お昼御飯の時、2人に今日の晩御飯のリクエストを聞いたら《カレーライス》と言っていた。

 

 冷蔵庫にはまだ豚肉が残ってて、人参やジャガイモ等の野菜は近所の人から頂いたお裾分けがあるけど、肝心のカレールウを切らしていたことに気づいた僕は買い物へと出掛けた、当然変装をしてでだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

None side

 

 本州から遥かに南にある孤島の《那歩島》…

 

 この島は1年中温暖な気候で保たれており、本州では雪が降るほどの寒さになっても真夏と変わらない気温のため、真冬でも島民や観光客が海水浴などを楽しんでいる。

 

 そんな平穏そのもの島には、先月(11月)まで一人の老人ヒーローが在籍していた。

 

 しかし、その老人ヒーローは高齢のため先月の中旬に長年勤めてきた那歩島でのヒーロー業を引退し、島の人達から手厚く労われた後に身内がいる本州の実家へと帰っていった。

 

 そして現在(12月)、引退した老人ヒーローの後任のヒーローが正式に決まるまでの間、代理のヒーローとして日本一のヒーロー高校である雄英高校から《ヒーロー科の1年生達》が那歩島へとやって来てヒーロー活動に勤しんでいた。

 

 今年から何か事件に巻き込まれ、世間から常に懸念の目やバッシングを受けている雄英生達であったが、那歩島の9割以上の人達はやって来た雄英生を快く受け入れ歓迎していた。

 

 雄英生達が那歩島でのヒーロー活動を開始して早2週間、彼らは各々が持つ個性を生かし、ヒーローとして島の人達の役にたっていた。

 

 彼らのヒーロー活動に島の人達は感謝し、雄英生達もまた島民から受ける《人の暖かさと優しさ》を身に染みて感じとり『ヒーローをやっててよかった』という達成感の幸福を得ていた。

 

 だが…すべての島民が雄英生達を…ヒーローを受け入れている訳ではない…

 

 少なくともその島に住む約2名は《雄英生をヒーローとは認めておらず》…《ヒーローという存在そのものを嫌っている》のだ…

 

 

 

 

 

 そして今日もまた、雄英高校ヒーロー科1年生《34人》のヒーロー活動が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●海の家…

 

 

「「ねえねえ!お姉さん達!俺らと♪一緒に♪遊ぼうよ♪ぼよ♪ぼよ♪」」

 

 水着姿の女性2人に、水着姿の男性2人が変な踊りをしながらナンパをしていた。

 

「け、結構です!」

 

「「そんなこと言わなブベッ!?」」

 

 逃げようとする2人の女性を、ナンパ男達が追いかけようと足を前に出した瞬間、男2人は床にあった《紫色の丸い物体》を踏みつけてしまい、ナンパ男達の片足は《紫色の丸い物体》にくっついて床から離れなくなり盛大に顔面を床にぶつけた。

 

「なんだこりゃ!?」

 

「くっついて取れねぇぞ!?」

 

「「?」」

 

 女性達は何が起きたのか分からずに首をかしげていると…

 

「お怪我はありませんか?」

 

「「ん?」」

 

「お嬢さん!ニヒッ!」キラン!

 

「ありがとう~!」

 

「助かりました~!」

 

「い、いや!?今のは!!」アワアワ!

 

「お、俺達じゃなくて!!」アワアワ!

 

 女性達はポーズを決めた峰田に視線を向けず、目線の先にいた尾白と円場が自分達をナンパ男達から助けてくれたと思い、尾白と円場にそれぞれ駆け寄り話しかけていた。

 

 尾白と円場は、詰め寄ってお礼を言ってくる女性達にタジタジとなり…

 

「下!!!視線下!!!」

 

 峰田は自分の手柄を尾白と円場に持っていかれて悔しがっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●浜辺①…

 

 

「蛙吸!取蔭!距離70メートル!子供が2人溺れている!」

 

「ケロッ!了解!」

 

「任しといて!」

 

 浜辺の監視台に座る障子が腕を目と口に複製させ、待機していた蛙吸と取蔭に救助の指示を出す。

 

 蛙吸は即座に海へ飛び込み泳いで沖に流された子供達の元へ向かい、取蔭は身体を分裂させて空中を浮遊しながら子供達の救助へ向かった。

 

 そんな蛙吸と取蔭を、ボートに乗った砂藤が物凄い勢いでオールを漕いて追い掛けた。

 

「砂藤!私は女の子の救助するから、アンタは蛙吸と男の子の救助をお願い!」

 

「うおおおおおおおおおお!!わかった!!!」

 

 蛙吸は流された男の子を長い舌で海から引き上げ、追い付いてきた砂藤へ渡し、取蔭も分裂させた両手で女の子を海から引き上げ、砂藤のボートに乗せてあげた。

 

「だ…大丈夫かい?」ゼェ…ゼェ…

 

「気を付けなきゃ駄目でしょ?」

 

 3人は子供達の救出は成功した!

 

 

 

 しかし…

 

 

 

「うわああああああああああん!!!」

 

「ぎゃああああああああああん!!!」

 

 何故か助かった子供達は、砂藤と取蔭を見るや否や涙腺が崩壊して大泣きした。

 

「何故泣く!!?」

 

「ええ!?なんで!!?」

 

「2人とも…《それ》じゃ怖いわよ…」

 

 砂藤はボートを漕ぐのに疲れて《息切れと汗だくで凄い形相》となっており、助けられた男の子はそんな砂藤の顔を見て恐怖して泣き出し…

 取蔭は個性によって頭と手以外の身体はバラバラに分解して飛行していたため、助けられた女の子は目の前に《取蔭の頭(生首状態)が浮いていたこと》で驚き泣いてしまったのだ…

 

 泣きわめく子供達の対応に苦戦する同級生2人に、海面から顔を出していた蛙吸は呆れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●浜辺②…

 

 

「『遊泳禁止』!『遊泳禁止』!岩場の向こうは『遊泳禁止』!」

 

「ここから先は危険ですから入らないでくださいねぇ!」

 

 吹出と瀬呂がそれぞれの個性で、海水客に注意喚起を促していた。

 

 吹出は個性《コミック》によってオノマトペを具現化し、先程発言した『遊泳禁止』という文字の塊をいくつも浜辺に並べて海水浴客が岩場へ入らないよう壁を作り、瀬呂は個性の《テープ》を使って空中に『立入禁止』という文字を作り出した。

 

「スゲェぞ!」パチパチパチ

 

「やるな~」パチパチパチ

 

 吹出と瀬呂のパフォーマンスに海水浴客達は拍手を送った。

 

 

 

 そんな2人の様子を浜辺のお店近くで見ていた1年B組の副委員長である骨抜は…

 

「見せもんじゃないぞ2人とも…ていうか暑い…今度コスチュームを申請してもらう時は…通気性を良くしてもらうよう頼まないとなぁ……かき氷ウマッ」ゼェ…ゼェ…シャクシャク…

 

 っと愚痴を呟き、己のコスチュームによって生じる暑さと戦いながら、かき氷屋の人から賄いで貰ったかき氷を食べて見張りをしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●浜辺近くの丘…

 

 浜辺で活動するヒーロー達の様子を丘の上で活真と真幌が見下ろしていた。

 

「うわああぁ!!ヒーローがいっぱい!!」

 

「ふ~ん」

 

「ん?お姉ちゃん?」

 

 海岸にいるヒーロー達に憧れの目を向ける活真に対し、真幌の反応は薄かった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●いおぎ荘(雄英ヒーロー事務所)…

 

 島の中心部にある《いおぎ荘》という建物にて、固定電話の受信音が鳴り響いていた。

 

PRRRRRRRR…PRRRRRRRR…

 

ガチャ

 

「雄英ヒーロー事務所です!……はい!すぐに向かいます!」

 

 電話の内容を聞いた芦戸は、直ぐ様に受話器を置いてクラスメイトに声をかけた。

 

「上鳴!西地区の町田さん、バッテリーがまた上がったって!」

 

「またかよ~!あのおっさん、いい加減に買い替えろって~」

 

 上鳴は愚痴を溢しながら席を立って出入口へと歩き出した。

 

「頑張れチャージズマ~!」

 

『GO!GO!』

 

 芦戸の応援に釣られて、クラスメイトの女子2人(麗日、耳郎)も上鳴にエールを送る。

 

「GO!GO!」

 

 女子の声援を受けた上鳴は、上機嫌になって事務所から走り出していった。

 

「迷い犬見つかった?」

 

 葉隠は固定電話で口田と連絡をとっていた。

 

『今、見つけた。大丈夫、元気だよ。』

 

「お疲れ様、次はインコ探しだって」

 

 無事に犬探しを終えた口田に、葉隠は別の仕事を伝えた。

 

PRRRRRRRR…PRRRRRRRR…

 

ガチャ

 

「はい!こちら雄英ヒーロー事務所《B組》です!!!」

 

 電話の相手に対して『B組』という単語をやたら強調する物間は、電話の依頼内容を聞き終えるとA組メンバーを無視してクラスメイトに声をかけた。

 

「回原!鉄哲!港で荷下ろしと荷積みの手伝いで《B組の男手》がほしいってさ!」

 

「分かった!すぐに向かう!あと物間…下らない嘘はつくなよ…電話の相手は『B組』だなんて言ってないんだろ?」

 

「そうかな~?僕は電話の相手がそう言ってたように聞こえたけど~?」

 

「それはお前の耳がイカれてるってことだな物間!」

 

「おいおい鉄哲…酷いことを言うねぇ…」

 

 物間の見え透いた嘘に呆れる回原と鉄哲は、A組の男子1名に声をかけた。

 

「切島!お前も一緒に行こうぜ?」

 

「ん?おう!いいぜ!」

 

「頼むぜ、烈怒頼雄斗 (レッドライオット)!」

 

 鉄哲に誘われた切島は快く返答し、3人は事務所を出ていった。

 

「全くこれだからA組は!どさくさに紛れてB組の手柄を横取りしようとしてるのかなあ!?」

 

「余計なこと言うな!物間!」

 

ズガン!

 

「グヘッ!??」

 

 A組に対して要らぬ敵意を向ける物間に、もはや定番のなった拳藤の手刀が物間の首に直撃し、物間はそのまま気を失った。

 

「ゴメンな~A組」

 

「いや別に、もうソイツの煽りにも慣れたし」

 

「大変だね~拳藤さん」

 

 物間の暴走を抑える役目が板についている拳藤に同情する耳郎と葉隠だった。

 

 隣の部屋では八百万と宍田がそれぞれソファに座りながら、固形電話の対応をしていた。

 

「心配ありませんわ……はい(ガチャ)宍田さん、佐藤のお婆ちゃんがギックリ腰になってしまったようなので、急いで病院に連れていってほしいとの連絡が…」

 

「了解!直ちに急行しますぞー!」

 

 八百万は電話を切ると、今事務所にいる面子の中で機動力に優れている宍田に声をかけて仕事内容を伝えた。

 宍田は二つ返事で返答して、獣化し四足歩行で事務所を駆け出していった。

 

「東地区の物置小屋の修理は終わったノコ?」

 

『ああ、バッチリだ!次は北地区の工場だよな!』

 

「そうノコ。さっき鎌切と凡戸も西地区の住宅の塀の修理が終わったって連絡があって、今は北地区の工場に今向かっているところノコ。かなり大きい修理になるノコから3人で一緒に作業して欲しいノコ!」

 

『了解!』

 

 小森は泡瀬と連絡をとって、他のクラスメイトと協力して次の仕事に取りかかるよう指示した。

 

「…はい…分かりました、対処できるヒーローをすぐに向かわせます、暫く待っていてください。(ガチャ)北地区の道路で土石流が発生、怪我人や被害はないそうだが、道路が岩で完全に塞がれたからすぐに通行可能にしてほしいそうだ。誰か《土石流を破壊できるヒーロー》が向かってくれ…。聞いた限りの被害状況だと3人は必要になると思われる…」

 

 黒色は電話の内容を事務所にいるメンバーに伝えて、対処できるヒーローを集った。

 

「なら俺が向かう」

 

「では…私も…」

 

「アタシも行くよ!」

 

 黒色の呼び掛けに鱗と塩崎、芦戸が名乗りを出た。

 

「場所はここで…この道を通っていけば早く着く…」

 

 黒色が地図で事故現場を教えると、3人は事務所の外で大量に停められている自転車にそれぞれ乗り、急いで事務所を出て現場に向かった。

 

「うん…うん…《落とし物探し》だね、すぐに向かうよ。(ガチャ)定時のパトロールをしていた角取さんから通達、商店街で観光客が荷物を紛失したから探すのを手伝ってほしいとのことだよ。4人くらい来てほしいみたいだから、僕と一緒にあと3人誰か来てくれないかい?」

 

 角取からの連絡を受けた庄田が、事務所に残っている面子に声をかけた。

 

「はいは~い!私手伝う~!」

 

「私も手伝うノコ!」

 

「小森が行くなら…俺も…」

 

 庄田の呼び明けに葉隠と小森と黒色が参加し、4人はすぐ出掛けていった。

 

『弟が!何処にもいないの!』

 

「大丈夫、落ち着いて。まずアナタの名前と弟さんの名前を教えてくれるかな?」

 

 麗日は《迷子になった弟を探している女の子》からの電話を受けており、通話を終えると事務所にいるメンバーへ呼び掛けた。

 

「商店街で迷子!手の空いてるヒーローは一緒に来て!」

 

「迷子探しなら、ウチの出番だね」

 

 耳郎が耳朶(みみたぶ)のイヤホンを振り回しながら麗日に返答した。

 

「ん…私も手伝う…」

 

「私も…人数は多い方がいいし…私と唯と麗日の個性を組合わせれば…空からも探せる…」

 

 麗日の呼び掛けに、B組の小大と柳も参加してくれた。

 

「OK!じゃあ行こ!響香ちゃん!唯ちゃん!レイ子ちゃん!」

 

 女子4人は事務所の外に出ると、小大はウエストポーチからナットを4つ取り出し、麗日は指先の肉球でナットに触れて重さを無くすと、そこに柳のポルターガイストによってナットを宙に浮き上がらせ、最後にそのナットを小大の個性で《人が乗れるサイズ》の大きさに変化させた。

 

 麗日は自分と他の3人に触れて全員の体重を0にし、4人はそれぞれ《巨大化して浮遊するナット》に乗った。

 

「ヒーロー事務所!」

 

「1年A組!B組!」

 

『出動!』

 

 柳のポルターガイストによって動き出したナットで乗りながら、4人は迷子探しへと出掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何故、雄英高校ヒーロー科の1年生達が本州から遠く離れた島《那歩島》でヒーロー活動をしているのか?

 

 

 

 勿論これには…ちゃんとした理由がある…

 

 

 

 それは今から1か月前のこと…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●1か月前の雄英高校の校長室(11月中旬…)

 

 

「ヒーロー科生徒によるプロヒーロー不在地区での…」

 

「実務的ヒーロー活動推奨プロジェクト?」

 

 校長室にて根津校長とオールマイト(トゥルーフォーム)は、ヒーロー公安委員会の目良より告げられたプロジェクト名を復唱した。

 

「はい…現在超人社会は混沌の直中(ただなか)にあります…」

 

 ソファに腰かける目良が根津にそう言うと、視線を変えて根津が座っているソファの横に立つ《オールマイト》を見ながら話を続けた。

 

「No.1ヒーロー…《平和の象徴》と呼ばれた貴方は…事実上の引退。それに近因した《ヴィラン達の台頭》…」

 

「奴等に対抗するためにも、次世代のヒーロー育成が急務だと?」

 

 目良は根津の発言に対して皮肉げに答えた…

 

「ヒーロー公安委員会の上層部はそう考えているようです…。まぁご意見もあると思いますが…何卒…宜しくお願いします…」

 

 目良はそう言い終えると、鞄からプロジェクトの詳細が記された資料を取り出して根津に手渡した。

 

 根津は渡された資料を一通りに目を通し終えると口を開いた。

 

「ふぅむ…公安委員会上層部の考えは良く分かったのさ。…でも…」

 

「でも?」

 

「(今の社会状況では《学生だろうと戦力は1人でも多く確保したい》という公安委員会の考えは分からなくない…。だけど…そのためのプロジェクトとして選ばれた場所が…よりにもよって《那歩島》とは………ヒーロー公安委員会は《1年以上前の僕との約束》を忘れているのかな…?9月末に緑谷君へ電話した際は敢えて聞かなかったけど……彼は今も…《この世界のヒーロー達》を憎んでいる筈なのさ……《ヒーローを目指している学生》を含めてね…)」

 

『?』

 

 会話の途中で急に黙り混んで考え事を始めた根津校長に対して、校長室にいるオールマイトと目良、サングラスをかけた黒服のSP2人は疑問符にかけた。

 

「根津校長?」

 

「『でも』…なんでしょうか?」

 

「……目良君、確認としてもう一度聞きたいんだけど…このプロジェクトの活動場所として選ばれた《那歩島》は……本当に公安委員会の上層部が決めた場所なんだね?」

 

「え?あ、はい…そうですが?…それが何か?」

 

「…そうかい……分かったのさ…

(どうせ公安委員会上層部は、僕らの言葉には耳を傾けてはくれないだろうさ…。あの島にいる緑谷君と御家族には、時間に余裕が出来たら直接謝罪に赴かないとねぇ…)」

 

『???』

 

 根津校長の当たり前の質問に、目良やオールマイト達は理解が追い付かなかった。

 

「この島に駐在していたプロヒーローが高齢により引退、後任のプロヒーローが来るまでの間、我が校のヒーロー科1年生達に担当させる…勤務期間は《3週間》…」

 

「………」

 

「だけど、この島の範囲と人口を考えれば《1クラス分の生徒達》で十分足りると僕は思うけど、何故《1年A組》と《1年B組》の2クラス分の生徒達全員を参加させようとしているんだい?それにこの島でなくとも《プロヒーローの不在地区》なら他にもある筈だよね?何故、態々こんな遠い島を活動区画として選んだのかな?

(公安委員会が《僕との約束》を覚えていても覚えてなくても…僕まで《緑谷君と緑谷夫妻との約束》を蔑ろにするわけにはいかないのさ…)」

 

 根津は資料に目を通している最中に、気になる文面がいくつかあったため、その疑問を目良に問いかけた。

 

 そんな根津校長の内心は、去年の4月に《ヒーローに絶望して夢を諦めた少年とその家族との約束》を守ろうとしていた。

 

「……はぁ…やはり…そういった考えになってしまいますよね…。まぁ確かに、この島における過去の事件は《些細なこと》ばかり…こちら本州で今や頻繁に発生するヴィラン事件とは全く無縁な場所です…」

 

「そんな平穏な島ならば、1年生でもヒーロー科の生徒《34人》全員を向かわせるのは合理性に欠けるんじゃないかい?A組かB組のどちらか1クラスだけでも十分だと僕は思うよ。A組は色々あって今は14人となってはいるけど、彼らは1年でありながら全員《仮免》を取得している、僕の学校の生徒はそんな柔じゃないのさ」

 

 根津校長は《亡き教員の口癖》を含めて目良に質問した。

 

「……根津校長のおっしゃる通り、本州から遠く離れたこの島でのプロジェクトに《ヒーロー科の2クラス全員を向かわせること》は効率が悪い……というのは私が聞いた上層部の意見の1つとして意見がありました。A組かB組のどちらか1クラスだけをこの島で活動させ、もう一方のクラスは別のヒーロー不在地区でヒーロー活動させるのが筋であると…」

 

「なら…どうして別々にしなかったんだい?」

 

「……根津校長、アナタから《そのような質問》をされた場合の《伝言》をヒーロー公安委員会から預かっております…」

 

「聞かせてくれるかい?」

 

「はい…ヒーロー公安委員会からの伝言…それは雄英高校に対する《最終警告》です…」

 

「………」

 

「最終…警告…」

 

 目良が発言した単語をオールマイトは復唱した。

 

「はい…言わずもながら雄英高校は今年度に入ってから数々の問題発生に加え、度重なるヴィラン事件に巻き込まれたことにつきましては、公安委員会は非常に重く受け止めています…。特に《赤谷警視監と赤谷外交官からの信用》を失ったことが一番影響しているのです…」

 

「……クッ…」

 

 《赤谷》という名字を出すと、オールマイトは《7ヶ月前の自分》に対して怒りの感情を抱き、顔をしかめながら眉根を寄せた…

 

「更に9月の末、死穢八斎會の一件の後日にアナタ方が公安委員会の上層部に呼び出されて事前に《警告》を受けたと聞いています…」

 

「「………」」

 

 根津とオールマイト……正確には《ワン・フォー・オールの秘密を知る者達》が《通形ミリオとナイトアイの葬儀》の後日に公安委員会の上層部から呼び出しを受けた…

 

 そして呼び出された内容は、目良が言った通り《警告》である…

 

「私はその《警告》の詳細については存じあげていませんが、公安委員会の上層部は《最後のチャンス》だと言っていました…。雄英高校は《オールマイト》を始めとし《エンデヴァー》《ベストジーニスト》《エッジショット》という優秀なヒーローを育てあげたヒーロー育成高校ですが……それを差し引いても今年度の雄英高校関連で発生した事件の数々は《異常》です…。特に1年A組に対して上層部は《懸念の意》を示しており、当初の計画では《那歩島での勤務は1年A組の14名に担当させる予定》でした……しかし上層部の大半には《ヴィランのいない平和な島》でのヒーロー活動とはいえ、A組に対して不安を抱く者が多く『1年B組の生徒も共に参加させるべき』との意見がありました。結果《A組の14名》に加え、保険として《B組の20名》を合わせた《1年生34名》で那歩島のヒーロー活動に勤めることを上層部が決定したのです…」

 

「「………」」

 

 目良より語られた公安委員会上層部の通達に、2人は返す言葉がなかった…

 

 根津もオールマイトも、今回のプロジェクトに《B組の生徒達が参加すること》については大体の検討は予想できていた…

 

 

 

 公安委員会の上層部がぶっちゃけ何を言いたいのかと言うと…

 

『A組の生徒だけでは心配だからB組の生徒も連れていけ!』

 

 …っと言うことだ…

 

 

 

 根津校長からすれば《A組とB組の生徒を一緒にヒーロー活動させる案》については問題ないのだが、雄英高校の教育者の立場からすれば《1年A組の生徒が公安委員会上層部から信用されていない》とも捉えられるため、それが納得できないのだ。

 

 今年から発生した事件の数々についてだが、決して《A組の生徒全員》に全ての責任や非がある訳ではない…

 

 確かに《爆豪 勝己》《飯田 天哉》《青山 優雅》といった問題を起こしたA組の生徒はいた…

 

 

 

 しかし…

 

 

 

 《自尊心の塊であった爆豪 勝己》も…

 

 

 

 《尊敬する兄を再起不能としたステインへの復讐心に捕らわれた飯田 天哉》も…

 

 

 

 《個性を与えられて以降からオール・フォー・ワンの駒とされていた青山 優雅》も…

 

 

 

 誰かが手を差し伸べて…親身となり…強く語りかけていれば…運命は変わり…今でも彼らは雄英高校の生徒として通っていたかもしれない…

 

 《生徒に寄り添い導く》…それが教師の仕事だというのに…自分達にはそれが出来なかった…

 

 当然、それは《赤谷 海雲》《常闇 踏陰》《轟 焦凍》にも言えることだ…

 

 この3人は被害者側であり…

 

 

 

 赤谷 海雲は…オールマイトが《私情》を挟まずに訓練を中止していれば、瀕死の重体にならず昏睡状態になることもなかった…

 

 

 

 常闇 踏陰は…《暗闇》もとい《人工の光が一切ない夜闇》においては、何かの拍子で個性の黒影(ダーグシャドー)が暴走した際、制御が効かなくなり1人での対処が現状不可能であることにまで配慮しておけば、林間合宿の肝試しにて黒影が暴走することもなく、ヴィラン連合に誘拐されることもなかったかもしれない…

 

 

 

 そして轟 焦凍は…《友達》や《仲間》を作ろうとしなかったことがヴィラン連合に誘拐された要因と言ってもいい…

 神野事件の数日後、全国のネット上に一斉にアップされたことで、今では知らない者なしとされている《エンデヴァーの家庭の闇》…

 個性婚をしたエンデヴァーが、妻と4人の子供(長男、長女、次男、三男)にこれまで何をしてきたのか?

 《長男》の情報だけは一切無かったが、それを差し引いてもエンデヴァーが一家の父親としてどれだけ《イカれた人間》であったのかが白日の元に晒された…

 《子は親を選べない》……そんな父親の元に…轟家の三男として産まれたことで…幼少期から《地獄の日々》を過ごしてきた…

 そんな家庭で過ごした結果、轟焦凍は《他人との関わりを避けて誰にも心を開かない人間》へとなってしまい、幼稚園から高校に至るまで《友達》を1人も作らずに……いや…作ろうとすらせず完全に《孤立》していた…

 もし…轟 焦凍に1人でも《心を許せる友達》という存在がいたならば、彼はクラスメイトと打ち解けることが出来たかもしれない…。林間合宿の肝試しにて暴走した常闇 踏陰の黒影と対峙した際、障子 目蔵の意見を素直に聞き入れて《炎の個性》を使っていれば、時間をかけずに黒影の暴走を止められて、ヴィランに誘拐されることは防げたかもしれない…

 

 

 

 彼らもまた…教師である自分達がもっとシッカリしていれば、運命が変わり…今も雄英高校ヒーロー科1年A組の教室にいたかもしれないのだ…

 

 

 

 根津校長とオールマイトはA組にいた6人の生徒達のことを思い出しつつ後悔の念にかられた…

 

 2人は公安委員会の上層部に物申したいことは山程あった…

 しかし彼らは今年の9月末に公安委員会から呼び出された際に受けた《警告》によって、公安委員会上層部に逆らうことが出来なかったのだ…

 

 目良は伝えることを全て伝え終えると、2人のSPと共に校長室を出て雄英高校を去っていった………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 所変わって、ヒーロー科1年A組…

 

「《ヒーロー活動推奨プロジェクト》、キミ達の勤務地は遥か南にある《那歩島》だ。駐在していたプロヒーローが高齢により引退、後任が来るまでの間、キミ達とB組のヒーロー科生徒達が代理でヒーロー活動を行(おこな)ってもらうことになった」

 

 根津校長とオールマイトと目良達の長い話し合いの後、現在ヒーロー科1年A組の臨時担任をしているブラドキングは、黒板に映し出した《那歩島の写真》を生徒達に見せながら、A組の生徒達(14人)へ《今回のプロジェクト》の説明をしていた。

 

 それを聞いたA組の生徒達は…

 

 

 

『物凄くヒーローっぽいの来たーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!』

 

 

 

 生徒達の大半は喜びを露にし、それぞれが声を上げ始めた。

 

「て言うかもうヒーローじゃ~ん!!!」

 

「テンション!ウェ~イ!!!」

 

「やる気漲(みなぎ)るぜー!!!」

 

 特に芦戸、上鳴、切島は一段と大きな声を上げて歓喜していた。

 

「諸君、まだ話の途中だ、最後まで聞いてくれ」

 

 ブラドキングの一声により、A組生徒達は口を閉じて静かになった。

 

 短い間だったが、今は亡きA組の担任より仕込まれた《数少ない教え》で、騒いでいた際に《鋭い眼光》で睨まれ強制的に口を閉じざるを得なかったことをA組生徒達は身に染みて覚えている。

 

 それが《自分達の担任であった相澤 消太という教師を忘れない》…という生徒達の思いでもある。

 

 現在A組は1列毎に席が《4つ》並んでおり、16席の内2つの席は8月以降から《空席》となっている。

 《3列目の一番後ろの席》と《4列目の一番前の席》の生徒、《常闇 踏陰》と《轟 焦凍》がいつ帰ってきても良いように彼らの席を残してあるのだ。

 

 

 

 だが…残されたA組の生徒達の本心は…

 

 《入学当初の1年A組の面子で今回のプロジェクトを受けたかった》と誰もが思っていた…

 

 《爆豪 勝己》は完全な自業自得でタルタロスにブチ込まれたのは仕方ないにしろ…

 

 何かのキッカケで運命が変わっていたのなら、《赤谷 海雲》《飯田 天哉》《常闇 踏陰》《轟 焦凍》《青山 優雅》そして《相澤 消太》の6名は、今も1年A組に生徒と担任として居たことだろう…

 

 自分達が何をしていれば《彼らの運命》は変わっていたのか?

 

 現状で残されたA組の生徒達は…その《答え》を導き出すことが出来ずにいた…

 

 過去の自分の行動や過ちをどんなに後悔したところで…時は決して戻らない…

 

 

 

 だからこそ、生き残った自分達は《いなくなったクラスメイトと担任の思い》を継いで、夢であるプロヒーローになるため精進し前向きに生きていかなければならないと考えついた。

 

 それが《今の雄英高校ヒーロー科1年A組》なのである。

 

 

 

「このプロジェクトは規定により、我々《教師》や《プロヒーロー》のバックアップは一切ない。当然、何かあった場合の責任は《キミ達》が負うことになる。その事を肝に命じ!B組の生徒達と協力し!《ヒーローとしてあるべき行動》をするように!分かったかな?」

 

『はい!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その半月後の12月1日…

 

 雄英高校ヒーロー科の1年生達(34名)は那歩島へとやって来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その島に…《災害》と言っていいヴィランが近づいているとは…誰も知らずに…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●那歩島…(現在)

 

 

麗日お茶子 side

 

 響香ちゃん、唯ちゃん、レイ子ちゃんと一緒に《島乃 真幌》ちゃんっていう名前の女の子から受けた《迷子探し》をしていた。

 私達4人は町での聞き込みをしながら耳郎ちゃんの個性で迷子の《島乃 活真》君を探している。

 

「どう?響香ちゃん?」

 

「待って、もうちょっとかかりそう」

 

 唯ちゃんとレイ子ちゃんがこの近くで聞き込みをしている間、私は響香ちゃんに個性での探索をお願いした。

 

 迷子探しを開始してもう《1時間》が経過してしもうた!

 

 迷子になった《活真》君は、今もきっと心細い思いをしている筈、早く見つけてお姉さんの元へ連れていってあげんと!

 

「………ん?……おっ!?麗日!あっちの丘の上の公園から幼い男の子の声が聞こえる!」

 

 響香ちゃんが伸ばした耳朶の先を地面に突き刺しながら指を指した方向には、丘の上に続く階段が見えた。

 

「了解!私が先に様子を見に行くよ!」

 

「分かった!ウチは小大と柳を呼んで来るから!」

 

 響香ちゃんと別れた私は、階段を上って丘の上にある公園に向かった。

 

『お姉ちゃ~ん、どこ~どこいるの~お姉ちゃ~ん』

 

 階段を上っていくと、幼い男の子の声が聞こえてきた。

 声の主を確認できたところで、私は男の子の名前を呼んだ。

 

「活真君!?島乃 活真君やよね!」

 

「ヒーロー…!」

 

 私に気づいた活真君は目を輝かせて私を見ていた。

 私は直ぐ様、公園の遊具の傍にいる活真君へ駆け寄った。

 

「お姉ちゃんとはぐれちゃったんやよね?さっ!私と一緒に」

 

 私は手を差しのべて、活真君が私の手に自分の手を乗せようとした瞬間…

 

「遅い!!遅すぎる!!!」

 

「お姉ちゃん…」ボソッ

 

 遊具の滑り台から女の子が滑って降りてきた!

 

「アナタ!名前は!?」

 

「う、ウラビティです!えっと…お嬢ちゃん誰ぇ?」

 

 女の子は勢いよく私に近づいてきて、右手の人差し指を向けながら名前を聞いてきた!

 

 幼きながらもその女の子の迫力に根負けした私は、後退りしながらヒーロー名を名乗り、女の子が何者なのかを咄嗟に質問した。

 

「活真のお姉ちゃんの《真幌》!」

 

「えっ?じゃあ、弟さんを見つけてたんやね。良かった~」

 

「ちっとも良くない!迷子探しに1時間もかかるってどういうこと!?」

 

 《真幌》と名乗った女の子は、スマホの《1時間を過ぎたタイマー画面》を私に見せつけながら怒鳴ってきた。

 

「あの雄英ヒーロー科のくせにダメダメじゃない!これなら前にいた《お爺ちゃんヒーロー》の方がよっぽど良かったかも!」

 

「す…すみません…」

 

 グイグイ迫ってくる女の子の圧に押されてしもうた私は尻餅をついてしまい、目線が女の子より低くなってもうた…

 

「まっ!仕方ないか!まだ高校生だもんね!」

 

「すみません、すみません」ペコペコ

 

 私は咄嗟に正座の体勢となって、女の子に何度も謝った。

 

 そりゃまぁ…この子からすれば弟探しを私達にお願いしていたのに、1時間が経過しても見つけられず、結局本人が自分で迷子の弟を探し出したなら私達に対して怒ってても仕方ないわなぁ…

 

「今後はちゃんもしてよね!ウラビティ」

 

「は…はい…以後…気を付けます…」

 

 こんな小さな女の子に…説教されてもうた…

 

 もし相澤先生がこの状況を見たらどう思うんやろなぁ…

 個性テストの時みたいに『除籍処分にする』とか言われそうやわぁ…

 

「麗日!迷子見つけた~!?」

 

 私が考え事をしていると、響香ちゃんの声が聞こえてきた。

 

 声のした方を振り向くと、響香ちゃんと唯ちゃんとレイ子ちゃんが階段を上ってくるのが見えた。

 

「行こう活真!」

 

「えっ…あぁ…うん…」

 

 真幌ちゃんが私の横を通り過ぎながら活真君へ呼び掛けた。

 

「あ…あのぅ…」

 

「ふえっ?」

 

「ありがとう…」

 

 活真君は私に近づくと、モジモジしながら私にお礼を言ってくれた。

 

「お礼なんか言わなくていいの!?」

 

 活真君の手を真幌ちゃんが無理矢理引っ張って2人は去っていった。

 

「麗日…どういうこと…?」

 

「何を謝ってたの?」

 

「ん…」

 

「『迷子を探すのが遅い』って叱られてもうたぁ…」

 

「はあっ?何それ?」

 

「「?」」

 

 さっきまでの出来事を知らない響香ちゃん達は、私の言葉に疑問符を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

None side

 

 公園を出た真幌と活真は売店に寄ってアイスを買い、食べ歩きながら自宅へと向かっていた。

 

「やっぱりダメダメヒーローだったわ!そもそもこんな小さな島で事件なんか起こるわけがないのに!きっとアレね!雄英でも特にダメダメな人達なのね~」

 

 実は麗日が真幌から受けた《迷子探し》の依頼は、《真幌のイタズラ》であり《演技》だったのだ。

 

 真幌は弟の活真と違い《ヒーローを嫌っている人間》であるため、今回のイタズラの真意は《この島にやって来た雄英生が本当にヒーローとしての職務を果たせるのか?》を試すためであった。

 

 悲しきかな…麗日はそれに気づいておらず…《自分が真幌に騙された》なんて知るよしも無かった…

 

 そんなヒーローを侮辱する発言をした姉の真幌に、弟の活真はこう返事をした。

 

「ちゃんと探しに来てくれたよ…?あのお姉ちゃんは…ヒーローだよ…」

 

「………」

 

 弟の返答が気に食わなかったのか、真幌は頬を膨らませながら納得のいかない顔をした。

 

「(フンッだ!ならこの私がヒーローの化けの皮の剥いでやるんだから!)」

 

ガブッ!

 

「んんん!!!??」キーンッ!

 

「お姉ちゃん!?」

 

 真幌は心の中で何かを企てながらアイスを勢いよく半分近く頬張ると頭を痛めていた。

 

「お~い!活真く~ん!真幌ちゃ~ん!」

 

「あ、出久兄ちゃん」

 

 真幌達がいる歩道とは道路を挟んで反対側の歩道に、《買い物袋を持ち帽子にマスクにロイド眼鏡を付けた出久》が2人に手を振っていた。

 

 出久は車が来ないことを確認してから車道を渡って、真幌と活真がいる歩道へとやって来た。

 

「お買い物に行ってたの?」

 

「うん、今日の晩御飯は2人のリクエストでカレーにしようと思ったんだけど《カレーのルウ》が無かったから買いにいってたんだ。あとお菓子も無くなってたから買ってきたよ」

 

「ホント!やったー!」

 

「なら早速帰ってカレー作りをしましょ」

 

 そのまま3人は他愛もない話をしながら緑谷宅へと歩いていたが、雄英生達が宿泊している《いおぎ荘》の近くを通りかかった際…

 

「っていうか出久、今更だけどアンタの《その格好》はどうにかなんないのぉ?見てるこっちが暑苦しいから、せめてマスクくらいは外しなさいよね~」

 

 活真は出久の変装については気にも止めてないため何も言わないが、真幌はこの2週間ずっと出久のセンスを指摘していた。

 

「…そう…だね…暑いしマスクは外すよ。

(神経質になりすぎたかな?よくよく考えれば、雄英生達の前で【能力】を使わなければ注目されることはないよね。それに自分の言うのもなんだけど、僕は《地味》だから彼らに顔を見られても覚えられたりはしないでしょ)」

 

 真幌の指摘を受けた出久は、素直にマスクを外した…

 

 

 

 

 

 その直後《1人の雄英生》が出久達に声を上げて話しかけてきた!

 

 

 

 

 

「あ…赤……赤谷ちゃん!!???」

 

「えっ?」

 

「「?」」

 

 出久達に話しかけてきたのは《緑色のコスチュームを着た長い緑髪の蛙を連想させる雄英の女子生徒》だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●海の家…(1時間前)

 

 

蛙吹梅雨 side

 

「ケ……ケロッ…」グッタリ…

 

「取蔭、蛙吹の具合はどうだ?」

 

「大丈夫、軽い熱中症よ」

 

「そうか…よかった…」

 

 頭がボーッとするわ…

 

 私は確か…

 

 浜辺でヒーロー活動をしていた時に急に視界がボヤけて…

 

 それからどうしたのかしら?

 

 微かに切奈ちゃんと障子ちゃんの声が聞こえてくるわ…

 

「ケロッ…ここは?」

 

「あ、梅雨ちゃん、目が覚めた?」

 

「蛙吹!」

 

 意識がハッキリしてくると、私の目元にヒンヤリとした冷たい何かが乗せてあって、今の私の体制からするに誰かに膝枕されてるみたいね…

 

 私は身体をゆっくり起こすと、そこは海の家の畳の客室だったわ。

 

 私の顔に乗っていたのは《濡れたタオル》で、状況から察するに《倒れた私を切奈ちゃんが膝枕をしながら介抱してくれていた》みたいね。

 

 私としたことが…ヒーロー活動中に熱中症で倒れるなんて…

 

「2人とも…ごめんなさい…迷惑をかけちゃって…」

 

「別に気にしてないよ」

 

「蛙吹、コレを。海の家の店員さんからの賄いだ」スッ

 

 私が2人へ謝ると、障子ちゃんの《水の入ったペットボトル》を差し出してきたわ。

 

「ありがとう、いただくわ」

 

 渡されたペットボトルを開けて喉を潤し、私が一息つくと切奈ちゃんが口を開いたわ。

 

「梅雨ちゃん、アンタ無理し過ぎ!今日はもう事務所に戻って休みなよ!」

 

「ケロッ!?何を言ってるの切奈ちゃん!そんなこと出来るわけ…」

 

「梅雨ちゃん」

 

 切奈ちゃんからの提案に意見しようとしたけど、切奈ちゃんが真顔で私の名前をもう一度言ってきた途端、私は自然と口が閉じちゃったわ…

 

「A組の全員…特にアンタと障子、麗日と切島の4人が、この島でのヒーロー活動に《のめり込み過ぎてるってこと》に、私らB組が気づいてないとでも思ってるの?物間は別として…」

 

「ケロッ…」

 

「………」

 

 切奈ちゃんの言葉に…私も障子ちゃんも何も言い返せなかった…

 

 のめり込み過ぎてる…

 

 確かに…そうかも知れないわ…

 

 今年は本当に…中学までの学校生活では考えられない程の壮絶な学校生活を私達は送ってきた…

 

 ヒーローという仕事が《人の命に関わる重要な仕事》だってことを…雄英高校に入って1年も経たない内に嫌と言う程…身に染みて思い知らされたわ…

 

「アンタらが《休憩をロクに取らないでヒーロー活動にのめり込む理由》については私でも察しがつくよ。でもね、体調管理をせずに無理をして身体を壊しちゃったら、ヒーロー活動もヘッタクレもないじゃん」

 

 ケロッ…勘が鋭いわね切奈ちゃん…確信をついてくるわ…

 

「そうだぞ蛙吹、無理をしないで事務所に戻ってゆっくり休んだ方がいいぞ」

 

「障子、これはアンタにも言えることなんだからね!」

 

「…う…うむ……分かってる…」

 

「さっき事務所へ連絡したら拳藤が増員で来てくれるみたいだから、そしたらちゃんと交代制で休憩をとりなさいよ。アンタに熱中症でブッ倒られたら運ぶのに苦労しそうなんだからね」

 

「…すまない……」

 

 障子ちゃんは、切奈ちゃんへ申し訳なさそうな態度をとって謝っていたわ…

 

「ケロッ……分かったわ切奈ちゃん……それじゃあ私は事務所に先に戻らせてもらうわね」

 

「ええ、しっかり休みなさいよ」

 

 まだ頭が少しボーッとしていたけど、歩けるまでに回復した私はペットボトルの水を飲み干してから海の家を出ると、海辺の駐輪場に停めてある自転車を押しながら歩き出したわ。

 

 歩き出してすぐに、自転車を漕いでくる一佳ちゃんと自転車のベルを鳴らして合図をしながら擦れ違ったわ。

 

 

 

 

 

 《いおぎ荘(雄英高校1年A組B組事務所)》への帰り道を歩く最中…

 

 私は今年4月に雄英高校内で起きた《殺人未遂事件》からの多くの不幸な出来事を思い返していったわ…

 

 さっき切奈ちゃんから言われた通り、私やお茶子ちゃん達は…無意識の内に無理をしていたのかもしれないわね………




 今回の番外編における那歩島でのプロジェクトは《1年A組の生徒(14人)》だけでなく、《ヒーロー科1年B組の生徒(20人)》にも参加していただきました。





 今回の番外編でB組の副委員長が《骨抜 柔造》なのは私のオリジナルです。

 B組の委員長が《拳藤 一佳》なのは判明しているのですが、B組の副委員長については公式でも明らかにされていないため、物間以外のB組生徒から選考した結果、B組の雄英推薦入学者である《骨抜 柔造》か《取蔭 切奈》の2人のどちらかにまで絞り、悩んだ末《骨抜 柔造》としました。

 そしてA組は飯田君がステインに返り討ちにされて亡くなった後、副委員長だった《八百万 百》が繰り上がりで委員長となり、空いた副委員長は《蛙吹 梅雨》になりました。





 前書きで記していた《出久君が【ゴミを木に変える能力】を人前で一切使わない理由》の答えはですが…

 それは一概に《シンリンカムイの存在》が原因だからです。

 ヒロアカ世界の人達からすれば、出久君の【ゴミを木に変える能力】は『シンリンカムイの個性《樹木》と似ている』…と誰もが思うことでしょう。

 出久君からすれば『大切な恩師(植木 耕助)から授かった【ゴミを木に変える能力】を、自分の夢を否定し完膚無きまで壊したシンリンカムイの個性《樹木》と似ている』…と世間に思われるのが絶対に嫌だったために【ゴミを木に変える能力】を人前では使わないようにしていたのです。

 そんな出久君ですが、那歩島に引っ越してきてから雄英ヒーロー科生徒達が来るまでの《1年7ヶ月》の間、ほぼ毎日早朝と夜に《誰もいない浜辺》で【ゴミを木に変える能力】を密かに特訓しておりました。

 なのでこの世界の出久君は【神器】は使えずとも、【ゴミを木に変える能力】と【モップに掴(ガチ)を加える能力】は精神世界での植木君とウールからの特訓の日々も足して、かなり強化されています。





 果たして彼ら(A組14人、B組20人)は、これから起きる惨劇に対抗することが出来るのか?

 その時、出久君は彼らに協力してくれるのか?

 《本編の26話》の製作をしながら《スローライフの法則7話》の製作を急いでおりますので、それまでお待ちくださいませ。





【大切なお知らせ】

 本作を読んでくださり誠にありがとうございます。

 この度、10万UA毎に記念として作成していた《番外編》なのですが、20万UA記念の番外編《スローライフの法則》が完成した暁には、当面の間は《本編の制作》のみ集中していこうと思っております。

 新しい番外編を楽しみにしていた方々には申し訳ないのですが、原作のヒロアカもクライマックスだというのに、今作の本編がいつまで経っても《雄英高校編》に入らないのは流石に不味いと考えまして、次に更新する《本編の26話》以降の本編の27話か28話で《雄英高校の入試》とすることを予定しています。

 長々と書こうと考えていた《シンリンカムイ達やワイプシとの特訓の日々》につきましてはダイジェストとして短縮させて、いつか雄英高校に入学した出久君の回想シーンで書こうと思います。

 私の身勝手な判断で御迷惑をおかけしてしまい重ねて申し訳ありません…

 来年からは、番外編《スローライフの法則》の完成を目指しつつ、本編の《記憶喪失の出久君の雄英高校生活》をいきますので、今後とも【緑谷出久の法則】を何卒よろしくお願いいたします。


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【番外編】スローライフの法則(5)

【20万UA突破記念作】5作目!

 今回の話は、全て《蛙吹 梅雨》の《雄英高校に入学してから8月までの回想シーン》となります。

 前回(スローライフの法則2話、3話)は《一般人(緑谷 出久)の視点》で、主人公がいない雄英高校の4月から11月までの出来事をお送りしました。
 なので今回(スローライフの法則5話、6話)は《雄英生(蛙吹 梅雨)の視点》で、緑谷出久がいない雄英高校での4月から11月までの辛苦の日々を書き上げました。

 回想シーンが思っていたよりも長くなってしまったため、次の話(スローライフの法則6話)の半分以上も《蛙吹 梅雨の回想シーン(9月~那歩島到着まで)》となっております。
 




 実を言いますと、今回(スローライフの法則5話、6話)の回想シーンにつきましては、最初はインターン組の3人(蛙吹 梅雨、麗日 お茶子、切島 鋭児郎)にそれぞれ《4月から11月までの回想》を交互に思い浮かべる予定で製作していたのですが、製作の途中で『1人の回想シーンにした方が良い』と考え直した結果、蛙吹 梅雨1人の回想シーンへと書き直しました。





 ここまで書き上げたた私が言うのも何ですが、出久君が雄英高校に入学していないだけで、この番外編のヒロアカ世界が《こんなにも酷い状況》になってしまうのは、流石にオーバーだったかなと考えています…


●那歩島…

 

蛙吹梅雨 side

 

 浜辺でヒーロー活動をしていた私は、体調管理を怠ったせいで熱中症となり倒れてしまった…

 

 そんな私を心配した同級生の1年B組の《取蔭 切奈》ちゃんから、事務所に戻って休むように提案された私は今、自転車を押しながら事務所《いおぎ荘》へと歩いて向かっているわ。

 

 1人で事務所に帰る最中、私は雄英高校に入学した《4月》からこの島に来るまでの《11月》までの《8ヶ月間の出来事》を思い返していた…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今年の4月、憧れの雄英高校ヒーロー科に入学できた私は《ヒーローになるための勉学に励みながらも友達を作って楽しい高校生活を送りながらプロヒーローを目指していける》…と思い込んでいた…

 

 中学までとはレベルが違って一般の勉学もヒーローの勉強も大変だけど、それでもすぐ新しい友達を作ることが出来たわ。

 

 クラスメイト女子5人とはすぐに仲良くなれて、その中でも一番のお友達は出席番号6番の《麗日 お茶子》ちゃんね。

 

 昼休みや昼食の時とか何かと一緒にいることが多くなった大切なお友達…

 

 でも…そのお茶子ちゃんは…皆の前でこそ明るく振る舞ってはいるけど…

 内心は…とても苦しんで泣いているのよ…

 

 

 

 なぜって?

 

 

 

 それは…

 

「赤谷ちゃん…いつになったら貴方は目を覚ましてくれるの?もう…お茶子ちゃん…限界なのよ?…お願い…どうか1日でも早く…意識を取り戻してちょうだい…」

 

 私は今年の4月…ヒーロー科に入学して1週間も経たない内に、雄英高校を去っていった《2人の男子生徒》の内の1人を思い浮かべながら、虚空に向かって言葉を口にしたわ…

 

 お茶子ちゃんが心の中で泣いている理由…

 

 それは4月にあったオールマイトの最初の授業として行われた《屋内対人戦闘訓練》で起きた悲劇が原因なのよ…

 

 その悲劇の一部を始終モニター室で全て見ていた私達もそれを理解しているわ…

 

 お茶子ちゃんは、ペアの赤谷ちゃんが《あんな重体》になった原因は自分のせいだと思い込んでいるのよ…

 赤谷ちゃんがあんなことになった原因は、赤谷ちゃんを執拗に痛め付けた上に爆破の威力を誤って建物を壊した《爆豪ちゃん》と、訓練を途中で止めなかった《オールマイト》の責任の筈なのに、お茶子ちゃんは自分を責め続けているわ…

 

 あの日のヒーロー授業、最初に選ばれたのは《お茶子ちゃんと赤谷ちゃん》がヒーローサイドで、《飯田ちゃんと爆豪ちゃん》がヴィランサイドの組み合わせで訓練が開始されたの…

 

 訓練が開始されて、お茶子ちゃんと赤谷ちゃんは慎重に建物の中を進んでいたわ。

 そんな2人へ爆豪ちゃんが容赦なく攻撃をしてきたの、戦闘訓練だから多少の怪我をすることはしかたない事なのかも知れないけど…爆豪ちゃんは度が過ぎてた。

 爆豪ちゃんは訓練であることなんて関係なしに2人へ爆破を連発していたの、特に赤谷ちゃんに対しては何故か異常なまでの殺意を持っているように私には見えたわ。

 2人は爆豪ちゃんの攻撃をかわしながら上の階に向かおうとしてたけど爆豪ちゃんの爆破で2人は分断され、赤谷ちゃんを何度も庇いながら逃げていたお茶子ちゃんに対しては爆豪ちゃんは両手の爆破を食らわせようとしたの…

 

 モニター室で見ていた私やクラスメイトの皆も『危ない!』と思ったその時!

 

 

 

 突然《爆豪ちゃんと赤谷ちゃんが入れ替わった》のよ!

 

 

 

 そして、爆豪ちゃんは建物に向かって両手の爆破攻撃をした。

 モニター越しで音声は聞こえなかったから赤谷ちゃん達の会話は聞き取れず、後から知ったことなんだけど、赤谷ちゃんはお茶子ちゃんへ核の回収をお願いして、爆豪ちゃんの相手を自分に任せてほしいと、お茶子ちゃんに言ったらしいわ。

 

 赤谷ちゃんの個性は【位置変換】、【自分の位置と相手の位置を逆の位置に変える個性】だって本人から聞いたわ。

 個性の発動条件は詳しく教えてもらえなかったけど、かなり発動条件が難しいみたいで、現状によっては連続で使うことは出来ず、それが出来るようになるために雄英高校のヒーロー科に頑張って合格したって赤谷ちゃんは話してくれたわ。

 

 私がモニタールームにいるクラスメイトの皆へ、知っている限りの赤谷ちゃんの個性を説明すると皆驚いていたわ。

 使い方によっては《戦闘面》よりも《救助作業》にて大活躍できる個性ですもの。

 授業が終わったら皆も赤谷ちゃんと仲良くなりたいって言ってたわ。

 

 

 

 でも…

 

 私達が赤谷ちゃんの個性を見たのはその一度きりになった…

 

 

 

 モニターに視線を戻すと…お茶子ちゃんが階段を上っていってすぐ…《赤谷ちゃんが爆豪ちゃんからの一方的な暴力を受けていた》のよ!

 

 爆豪ちゃんは最初から真面目に訓練をする気なんてなく《赤谷ちゃんを痛ぶること》しか考えていなかったのは明白だったわ!

 

 いくら戦闘訓練とはいえ、爆豪ちゃんの愚行を見過ごせなかった私やクラスメイト達は、オールマイト先生に訓練を中止するように懇願したけど、オールマイト先生は何故か中止にしようとしなかったの!

 

 

 

 そしてそれが…《最悪の悲劇》を起こす結果になってしまった…

 

 

 

 別のモニター画面に映る《飯田ちゃんのヴィラン役の仕草》なんて全く気にならず、私達はただ赤谷ちゃんが傷ついていくのを見ていることしか出来なかった…

 それでいて爆豪ちゃんは赤谷ちゃんを痛め付けながら、何故か生き生きとして《狂喜の笑み》を浮かべていた。

 ヴィラン役とはいえ、それは演技なのかと思った矢先…

 

 爆豪ちゃんは腕の手榴弾の形をしたサポートアイテムのピンを引っこ抜いたわ…

 それを見た途端、オールマイトは血相を変えて爆豪ちゃんに攻撃を止めるよう指示を出したけど、爆豪ちゃんはそれを聞かず、次の瞬間モニターが閃光に包まれて大きな爆発音が響き渡った!

 

 いったい何が起きたのかと状況を知ろうとモニターを見たら、モニターに映る建物の壁に亀裂が入り始めて崩れだしたの!

 

 それから数秒も経たない内にさっきの爆発音とは比べ物にならない轟音と一緒に地下のモニタールームが激しく揺れたわ!

 

 幸いなことに私達がいたモニタールームは頑丈に製作されていたおかげて、私達は怪我をせずに済んだわ…

 でも…この建物の倒壊にお茶子ちゃん達が巻き込まれてしまったと気づいた瞬間、私は血の気が引いたわ!

 建物の倒壊によって、モニタールームのモニターが全て壊れていて外の状況が分からなかった…

 

 そんな最中、オールマイト先生は倒壊によって変形し壊れた扉を無理矢理抉じ開けて出ていったわ。

 

 

 

 当然ながら授業は中止となり、騒ぎを聞き付けた先生達が沢山集まってきて、地下にいた私達16人はお茶子ちゃん達の安否を教えてもらえないまま教室に戻されたの…

 

 お茶子ちゃん達が心配で…私は本当に生きた心地がしなかった…

 他のクラスメイトの皆も同じく気が気じゃない様子だったわ…

 

 教室に戻ってどれくらいの時間が経ったのか…

 

 教室の扉が開いて相澤先生と一緒に《お茶子ちゃん》と《飯田ちゃん》が入ってきた!

 

 2人が無事であったことが分かった瞬間、席に座りながらも私は腰が抜けちゃったわ…

 

 私は『2人共、無事で良かったわ!』と言いたかったんだけど…教室に入ってきた3人の深刻そうな表情に…その言葉は飲み込んだわ…

 

 そして彼らが深刻そうな表情をしていると言うことは、この場にいない《2人のクラスメイト》に何か良からぬことが起きてしまったことを意味している…

 

 聞くのはとても怖かったけど…私は恐る恐るに手を上げて相澤先生に質問したの…

 

『ごめんなさい先生…赤谷ちゃんと爆豪ちゃんはどうなったんですか?』

 

 私の質問に教室は沈黙のままだったわ…

 

 その静寂を破って相澤先生は難しい顔をしながら、私の質問に答えてくれたの…

 

『…まず爆豪の方から説明する。あの馬鹿は自分が倒壊させた建物の瓦礫に左腕と右足を挟まれていた重症で発見され、現在はセントラル病院で緊急手術を受けてはいる。場合によっては左腕と右足は根元から切断する必要があるかもしれない容体とのことだ…。まぁ自業自得だな…』

 

 相澤は愚痴を含めながら《爆豪ちゃんの容体》から教えてくれた…

 

 でも本番は次…相澤先生は一呼吸つけて《赤谷ちゃんの容体》を話し出したの…

 

『そして赤谷についてだが…誤魔化したところでいずれは知ることだからハッキリ言わせてもらう………赤谷の命が助かる可能性は…リカバリーガールいわく《五分五分》だそうだ…』

 

 相澤先生は赤谷ちゃんの詳しい容体は話してくれなかったけど…その言葉を聞いただけで私は気が動転していったわ…

 

 

 

 数時間前まで普通にお喋りをした男の子が…今《生死の狭間》をさまよっている…

 

 それに名医のリカバリーガールが《五分五分》なんて言葉を使うなんて…

 

 私は最初…受け入れることが出来なかったわ…

 

 相澤先生は、他にも《爆豪ちゃんとオールマイトの処罰》について何か言っていたけど…

 

 私はそれを聞き取ることは出来ずに呆然となってしまったわ…

 

 

 

 気がつけば皆も帰り支度をしており、私の肩を叩いて起こしてくれた三奈ちゃんの話だと《今日の出来事は口外してはならないこと》と《私達はそのまま早めの下校になったこと》を教えてくれた。

 お茶子ちゃんと飯田ちゃんは大事をとって、赤谷ちゃんと爆豪ちゃんが搬送されたセントラル病院とは違う、雄英高校の近くにある病院に一泊することになったらしいわ…

 

 

 

 私はその日…就寝まで自分が覚えている範囲での《赤谷ちゃんのこと》を思い出していたわ…

 

 初めて彼(赤谷 海雲)を見た時の第一印象は…ハッキリ言って《暗い雰囲気の地味な男の子》だった…

 

 でもそんな彼にお茶子ちゃんは積極的に話し掛けてたの…

 事情を聞いてみると、お茶子ちゃんは入試の実地試験の最中に足が瓦礫に挟まって動けなくなっているところに0ポイント敵が現れたため、受験者の皆が我先にと逃げていった。

 でも、その時に赤谷ちゃんだけはお茶子ちゃんを助けるために戻ってきてくれたみたいなの。

 

 もしかしたらお茶子ちゃんは…その時から《赤谷ちゃんに惚れていた》のかも知れないわね…

 

 出会ってまだ数日しか経っていなかったのもあって、私も赤谷ちゃんとお喋りをした時間はとても短かったけど…赤谷ちゃんが《優しい男の子》だってことはすぐに分かったわ…

 

 そんな彼が今どんな状況なのか…考えるだけで私は心臓が締め付けられる思いだった…

 

 

 

 次の日、私は昨日に続いて憂鬱な気持ちになりながらも雄英高校に登校した…

 

 昨日の一件については、やっぱり学校内でも噂になっていたようで他の科の同級生や上級生達から私達1年A組は奇異な目で見られたわ…

 

 そんな学校内からの視線に耐えながら私達(18人)は朝のホームルームを迎えたの…

 

 クラスの皆がソワソワしていたわ…爆豪ちゃんの怪我は自業自得にしろ、赤谷ちゃんの安否が心配だったのよ…

 

 特にあの時近くにいたお茶子ちゃんと飯田ちゃんは1番責任を感じている様子だったわ…

 

 建物が倒壊した時、2人は上の階にいたことが功を奏して、幸いにも大怪我はせずに《軽い捻挫》程度のケガで済んだ……でもその代わりに赤谷ちゃんが重体になったんだから、昨日今日では気持ちの整理がつかないに決まってる…

 

 私が2人の心情を考えていると、相澤先生が教室に入ってきて早々に《私達が知りたい情報》を臆面もなく話してくれたわ…

 

『おはよう…早速だがキミ達が知りたいであろう情報を先に話すとしよう…』

 

 まだ1週間も経ってないけど、相澤先生がこういう先生だってことを私達は受け入れているわ…

 

『話す情報は3つ、《爆豪 勝己》《オールマイト》そして《赤谷 海雲》の件だ…』

 

 私は正直、赤谷ちゃんの話だけでも良かったんだけど、相澤先生は《爆豪ちゃん》の話から始めたわ。

 

『まず《爆豪》だが…結論から言おう…爆豪勝己は昨日をもって雄英高校を《除籍処分》となった…。理由は聞かなくても分かるな?』

 

 話の冒頭から《爆豪ちゃんの除籍》についてだったけど、これに関しては皆『やっぱりか…』って納得した顔をしていたわ…

 いくら成績が優秀で個性が強くても、あんな悪行をしたなら許される訳がない…

 

『続けるぞ、爆豪の左腕と右足についてだが手術は成功し、後遺症は残るようだが腕と足は切断せずに済んだそうだ…。まだ意識は戻ってないようだが、麻酔が切れれば今日中には目を覚ますだろうとリカバリーガールは言っていた…』

 

 普通、瓦礫に手足を挟まれたら大抵の場合は切断することになるって聞いたことがあるけど、日本一の最先端最高峰の治療をしてくれるセントラル病院の医師達のおかげで、爆豪ちゃんは手足を失わずに済んだみたいね…

 

『次に《オールマイト》だが、これから話すことはお前達にとってとても大事な話だ…心して聞くように…』

 

 相澤先生は《オールマイト》の話を始める前に、私達に対して鋭い眼光を向けてきた!

 あの時は分からなかったけど、今思えば相澤先生のあの目は…《先生》としての目じゃなくて…《プロヒーロー》としての目だったんだわ…

 

『まず最初にお前達に伝えることは、昨日の屋内対人戦闘訓練の授業を担当した教師が《オールマイト》であることは、ヒーロー公安委員会からの命令で今後も口外してはならず箝口令が引かれた…』

 

 相澤先生から告げられた《公安委員会からの身勝手な命令内容》に私は納得することが出来なかった!?

 

 1生徒の身分でこんなことを言うのはなんだけど、あの時のオールマイト先生の選択は『間違っていた』と断言できるわ!

 

 オールマイトがあの時、訓練を中止にしてくれれば《あんな悲劇》は起こらずに済んだ…

 

 《オールマイトへの尊敬》が崩れていったのは、きっと私だけじゃない筈…

 

 《No.1ヒーロー》だろうと《新米教師》だろうとそんなものは関係ない!

 

 あの《悲劇》を起こした原因の1人は《オールマイト》なのよ!

 

 なのにヒーロー公安委員会は、問題を起こしたオールマイトを庇うようにとの命令を私達に下してきた!

 

 当然そんな横暴なんて認められる訳がなく、私を含めクラスの皆が騒ぎ出したわ!

 

『話は最後まで聞け!(ギロッ!)』

 

 でも相澤先生がさっきよりも強い眼光で睨んできて、私達の口を無理矢理閉じさせてきたわ…

 

『よし……まぁ納得できないのも当然だろうが…キミ達もこれからヒーローを目指していくと言うなら…こういった《大人の事情》は受け入れるようにしてくれ…。俺も根津校長も、そしてオールマイトも公安委員会からの箝口令については納得なんてしちゃあいないが、上が決めた命令に俺達は意見するなんざ限界があるんだ…。今回の一件が《オールマイトの失態》だと世間に知られようものなら、日本のヴィラン発生率が《6%》から急激に上がる可能性を示唆したためでもあるらしい…。公安委員会いわく『No.1ヒーローは信用が第一』なんだとよ…。まぁそれはそれとして、雄英はオールマイトに対して相応の厳罰を与えることを決定したがな…』

 

 相澤先生は言葉の最後を皮肉げに語ったわ…

 

 相澤先生から聞かされた公安委員会の意見は分からなくはないけど…

 

 それでも私は納得できなかった…

 

 だって…これじゃあ余りにも赤谷ちゃんが可哀想だもの…

 

 そんな私の気持ちを察してなのか、相澤先生は最後の《赤谷ちゃん》の話を語り出したわ。

 

『最後に《赤谷》だが、アイツの方も手術は成功したようで、現在は集中治療室にいるとのことだ…』

 

 赤谷ちゃんが助かったことに、クラスメイト全員が歓声を上げた!

 

 私も赤谷ちゃんが《命を繋いだ》と知れた途端、身体の力が抜けて動けなかったもの…

 

 生きててよかった!また赤谷ちゃんと一緒に授業を受けることが出来る!そう思えたら本当に嬉しかったの!

 

 そして私以上に、クラスの中でも特に彼の無事を喜んでいたのは《お茶子ちゃん》と《飯田ちゃん》で、2人は涙を止めどなく流し喜びを露(あらわ)にしていたわ。

 

 

 

 でも…喜ぶのはまだ早かったわ…

 

 

 

『おい…話は最後まで聞け!…赤谷の手術は成功した……が…アイツの容体は決して芳(かんば)しくはない…。《爆豪から受けた暴行と火傷による大怪我》と《瓦礫に挟まれたことによるショック症状》によって瀕死の重症だったアイツは、手術こそ成功したが意識が戻る可能性は最新の医療を持っても低いとのことだ…』

 

 赤谷ちゃんが助かったことを喜ぶのも束の間…無情にも伝えられた赤谷ちゃんの深刻な容体に…私達の喜びの感情はアッサリ消えていったわ…

 

 《上げて落とす》っていうのはこの事ね…

 

 いえ…相澤先生の話をちゃんと最後まで聞いていなかった私達が、勝手に《糠喜び》しただけだけど…

 

 お茶子ちゃんと飯田ちゃんは喜びから一変して…また絶望の表情に戻ってしまったわ…

 

『赤谷は今後もセントラル病院で長期に渡り治療を受けるために入院となった。そして今日、雄英高校に《赤谷の両親》が来ることになっている…。んでお前ら、唐突だが赤谷から聞いていないか?あいつの両親が何の仕事をしているのかを?』

 

 相澤先生は私達にそう聞いてきたけど、クラスの誰もその問いに答えられなかったわ。

 

 まだ入学式(個性テスト)から1週間も経ってない上、赤谷ちゃんは元々無口な男の子だったから、1番彼と話をしていたお茶子ちゃんが知らないとなれば、それは誰にも分からないことだもの。

 

『俺達教師は入学式の前に担当する生徒の両親の職種を一応把握している…。そして赤谷の両親の職種だが…最初に知った時は俺も仰天したよ…』

 

 あの相澤先生をここまで言わせるなんて…《赤谷の両親》っていったい何者?

 

 もしかして《トップ10に近いランキングのヒーロー》なのではと私は想定していたけど、それは間違いだったわ…

 

 相澤先生から語られた《赤谷ちゃんの両親の職種》は、私達の予想の遥か上の答えだったのよ…

 

 

 

『アイツの両親の職種は…父親は《警視監》っていう《警察組織のNo.2》で、母親は《外交官》という日本を代表して海外で多くの交渉をする《かなりの権力を持った偉い立場の人間》らしい…』

 

 

 

 赤谷ちゃんの両親の職種を聞いたA組は驚愕したわ!!?

 

 警視監と外交官……そんなビックなお父さんとお母さんが赤谷ちゃんの両親だなんて誰も予想できなかった!

 

 でもそうなると疑問が浮かんだわ…そんなに凄い両親の元に産まれながら、何故赤谷ちゃんは危険を伴う《プロヒーロー》を目指していたのか?

 

 私の疑問については、相澤先生が補足として説明してくれたわ…

 

 

 

 元々赤谷ちゃんの両親は息子がヒーローを目指すことには反対していたらしいの、でも赤谷ちゃんはそんな両親の反対を押し切って、身分を隠し自力で雄英高校のヒーロー科に合格したそうなのよ。

 

 因みに、彼が自分の身分を私達に話してくれなかったことについては、赤谷ちゃんの雄英の志望理由を拝見した相澤先生からするに『親の職種など関係なしに、新しいクラスメイト達とは対等の立場で一緒に切磋琢磨してヒーローを目指していきたいから』…だと書いてあったらしいわ…

 

 他にも赤谷ちゃんは中学を卒業するまで、教師達からは両親が《警視監》と《外交官》であることを理由に何かと要らぬ特別扱いをされて、それが原因で毎回クラスメイトからは陰湿なイジメと嫌がらせをずっと受けたらしく…そのせいで友達が1人も出来ないという辛い学校生活を送ってきたみたいなのよ…

 

 

 

 赤谷ちゃんが《純粋にヒーローを目指して努力していたこと》を知った私達は、気づけば男女問わずクラスの殆どが涙を流していたわ…

 

 

 

 でも、赤谷ちゃんへの同情の念を抱いていたと同時に冷静になって考えてみたら、今の雄英高校は相当に不味い状況に立たされているんじゃないかと即座に気付いた!

 

 

 

 聞けば赤谷ちゃんは《1人っ子》で兄弟はいないという…

 

 つまり赤谷ちゃんの両親からすれば、大切な1人息子が雄英の不手際で死にかけたことになるんだからタダで済む訳がない…

 

 

 

 

 

 それからの出来事は…

 

 《不幸の連続》なんて言葉ではとても済ませられない…

 

 私達は1年A組にとっては《地獄》と言ってもいい辛い学校生活が始まっていったわ…

 

 それは雄英の入学式(個性テスト)のあった4月から那歩島に来る前の11月まで続いたの…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◯4月…

 

 屋内対人戦闘訓練の悲劇に悲しむ間もなく…雄英高校には災難が降りかかったわ…

 

 相澤先生が私達に《爆豪ちゃん》と《オールマイト先生》と《赤谷ちゃん》について説明してくれた後、赤谷ちゃんの御両親が雄英高校に到着したらしいの。

 

 そして結果を先に言うと、赤谷ちゃんは本人の確認なしに雄英高校を《中退》となり、被害者家族である赤谷ちゃんの御両親は、雄英高校に《多額の賠償請求》だけでなく、加えて爆豪ちゃんのクラス担任…つまり《相澤先生》の教育権を剥奪した上で雄英高校を辞職させることで話をおさめたらしいのよ。

 

 こんな言い方は何だけど『相澤先生は《オールマイト先生の尻拭い》のために全ての責任を負わされて雄英高校を追い出された』ってことになるわ…

 

 更にその次の日、前日に目を覚ました爆豪ちゃんが退院を迎えたそうだけど、彼は病院を出て早々に警察と相澤先生と一緒にパトカーに乗せられて、裁判所へ連れていかれ有無も言わさず裁判にかけられた。

 

 何でも赤谷ちゃんの御両親が爆豪ちゃんを訴えたらしく、爆豪ちゃんの屋内対人戦闘訓練で見せた行動が余りにも悪質で残忍なことから、家庭裁判ではなく刑事裁判にかけたそうよ。

 

 証拠映像(屋内対人戦闘訓練の録画映像)も残っている上、赤谷ちゃんのお父さんである《赤谷警視監》からの直属の命令があったようで、県内の警察を総出で使い調査した結果、僅か2日で《爆豪ちゃんが幼稚園から高校までに犯してきた罪の数々》が全て明かされた…

 

 言うまでもないけど、証拠が十二分に揃った爆豪ちゃんの判決は当然《有罪》、そのまま逮捕され…なんと《タルタロスに無期懲役での収監》が決定されたの!

 

 そして爆豪ちゃんの有罪判決と同時に《爆豪ちゃんのこれまでの犯してきた全ての罪》が世間に公開されたわ…

 その際、爆豪ちゃんの本名は公式では伏せられてたけど、ネットなど何故か《爆豪勝己》という名前が特定されていた…

 警察が調べた結果、爆豪ちゃんの本名を晒したのは、中学三年の時に爆豪ちゃんからイジメをうけたという《個性持ちの折寺中生徒》達だったみたいよ。

 

 そして…爆豪ちゃんが犯した罪だけど…その内容の1つ1つを見て…私は爆豪ちゃんが《どれだけイカれた同い歳の人間》であったのかを理解させられたわ…

 幼少の頃から個性を使った悪行が絶えず…それは歳を重ねて行くにつれてドンドンとエスカレートしていき、彼は《個性:爆破》を使ったイジメをするのが当たり前になっていた…

 しかも信じられないことに、彼が折寺中学校という学校で3年生になってすぐ、当時彼のイジメターゲットとしていた《無個性の男子生徒》に対して爆豪ちゃんは自殺教唆を言ったらしいわ。

 しかもそれが原因で、その無個性の男子生徒は本当にビルから飛び降りたらしいのよ。

 

 でもおかしいのよね?

 

 いくらネットを調べても、1年前に《無個性の男子生徒が飛び降り自殺未遂の事件》なんてニュースは一切放送されておらず、同日にあった《ヘドロヴィラン事件》のニュースだけしかなかったわ?

 

 色々疑問はあるけど、自殺を図った例の無個性の男の子は奇跡的に助かり、1週間で意識を取り戻したらしいけど、彼とその家族は折寺町を離れて何処かに引っ越したみたいだわ。

 

 その無個性の男の子の名前は、ニュースやネットを調べても結局分からなかったけど…きっと何処かで静かに暮らしているのね…と私は思っているわ。

 

 

 

 …っと…入学して早々に沢山のことがあったけど…

 

 本当の悲劇はここからだったのよ…

 

 

 

 爆豪ちゃんの裁判があった次の日…

 

 私達ヒーロー科1年A組18人は、雄英校内の施設の1つである《USJ(ウソの災害や事故ルーム)》にてレスキュー訓練授業を受けることなったわ。

 

 スペースヒーロー《13号先生》と、4月いっぱいをもって辞職する《相澤先生》と、遅れてくるという《オールマイト先生》の3人が担当として授業を受けることとなり、13号からの説明を聞き終えて授業開始かと思ったら、そこへ《ヴィラン連合》という本物のヴィラン達が襲撃して来たの!?

 

 最初は訓練の一環かとA組の皆が勘違いしてたけど、それも《黒い靄のヴィラン》にワープさせられたことで、相手が本物のヴィランだってことを思い知らされた。

 私は峰田ちゃんと一緒に《水難ゾーン》へとワープさせられたけど、私は泳ぐのが得意だったから峰田ちゃんと担いだまま、ヴィランの隙をついて大急ぎで水難ゾーンから脱出することができたわ。

 でも、もし峰田ちゃん以外にもう1人来ていたら、流石の私でも2人の人間を抱えて泳いで逃げるのは無理だったかもしれないわね。

 

 運良くヴィラン達から逃げることに成功した私と峰田ちゃんは、施設の中心部にある《セントラル広場》付近へ到着したわ。

 相澤先生が1人でヴィラン達と戦っていた場所だけど、プロヒーローの先生の近くにいるのが安全だと私は考えたの。

 

 

 

 でも…私は…その選択を後に死ぬほど後悔することになったわ…

 

 

 

 水難ゾーンの水辺から顔を出して、セントラル広場の様子を確認すると…

 《相澤先生が脳味噌が剥き出しの化け物に襲われて重症を負わされていた光景》だったのよ!

 

 それからのことは思い出すのも辛い…

 

 《身体中に手のアクセサリーを着けたヴィラン》が《黒い靄のヴィラン》と帰るようなことを言った矢先、そのヴィランは突然私達の方にやって来て、私の顔に左手で触れてきたわ。

 相澤先生の肘をボロボロにしていたヴィランの手が私の顔に乗せられた…

 私は死んだしまったのかと思ったけど…そうはならなかったわ…

 

 相澤先生が…ズタボロになりながらもそのヴィランの個性を《抹消》で消してくれていたの!

 

 そして相澤先生は、化け物に折られていた右腕をナイフで切り落として化け物から脱出した!?

 

 あまりの光景に私と峰田ちゃんだけじゃなくて、ヴィラン達も驚いていたわ!

 

 そんな血塗れの状態にも関わらず、相澤先生は私達に向かってこう言ったの…

 

『蛙吹!!!峰田!!!逃げろ!!!』

 

 血反吐を吐きながら物凄い大声で相澤先生はそう叫んだ…

 

 瀕死の重症の相澤先生を置いていきたくなかった!

 

 でも…私と峰田ちゃんではとても太刀打ちできるヴィラン達ではなく…ヴィランに恐怖していた私達には戦える勇気なんてなかった…

 

 私と峰田ちゃんは相澤先生の言う通りに、水辺を出て近くの森へと死に物狂いで走って逃げたわ…

 

 

 

 私達が森の中に隠れて震えている間に、オールマイトがやって来てヴィラン達を退治してくれたことで事件は解決した…

 

 でも今回の事件による犠牲は…大き過ぎた…

 

 相澤先生と13号先生が…

 

 命を落としてしまったの…

 

 

 

 しかも相澤先生は遺体も残っておらず…ヴィランの個性によって塵にされてしまったのよ…

 

 余りにも悲惨な事件が起きてしまい世間は騒ぎ立てた…

 

 その大半が《心無い言葉》を言う人達ばかりで…精神的にも追い詰められていったわ…

 

 私達A組は…事件のショックもあって…一時は《ヒーローを目指すことを諦めよう》としていた………でも…自分の命を犠牲にしてまで私達を守ってくれた相澤先生と13号先生の思いも無駄には出来なかった!

 A組の皆、相当悩んだみたいだけど…それでも結果A組18人の誰も雄英高校を去ることなく雄英に留(とど)まったわ!

 

 相澤先生と13号先生に恥じないヒーローになろうって皆で決めたの!

 

 

 

 USJでヴィラン事件が発生した後日、私達1年A組は《相澤先生》と《13号先生》の葬儀に参列したわ…

 相澤先生の遺体は無かったから、火葬は《13号先生》だけ行われたんだけど、火葬炉に不手際があったとかで多少モタついたみたい…

 

 

 

 入学して早々、クラスメイト2人と担任がいなくなってしまったA組18人は、相澤先生の代役としてA組の臨時担任となった《ブラドキング先生》の指導を受けながら勉学に励んでいたわ。

 

 ブラドキング先生は本来《1年B組ヒーロー科の担任》なのだけど、掛け持ちでA組の担任を引き受けてくれたみたいなの。

 

 そんな折、雄英高校のメインイベントである《雄英体育祭》を来月に控えていた私達はそれぞれが特訓を積んで、体育祭に備えていったわ。

 一度、B組を含めた他の科の1年生達がA組の前に密集する騒ぎはあったけど、A組の委員長として選ばれた《飯田ちゃん》と、副委員長の《百(もも)ちゃん》が何とかその場をおさめてくれたお陰で揉め事は避けられた。

 

 ただその中にいた1人、普通科の《藍色の髪の眠たそうな顔をした男の子》が相澤先生と似ていたことが私の頭に残ったわ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◯5月…

 

 そして私達は待ちに待った《雄英体育祭》の日を迎えたの!

 

 私は1回戦の《障害物競争》では、A組B組のヒーロー科全員(38人)と、普通科の生徒3人、サポート科の生徒1人が2回戦へと勝ち進んだわ!

 

 続く2回戦の《騎馬戦》は、障害物競争で1位になった轟ちゃんに《1000万ポイント》っていう飛び抜けた点数が背負わされたけど、A組トップの轟ちゃんの実力を知っているA組の大半が轟ちゃんとペアになろうと集まっていたわね。

 私はお茶子ちゃんと常闇ちゃんの3人でペアを組んで騎馬戦に挑んだわ。

 その結果、私は最終種目へと進むことが出来た!

 

 でも…私は最終種目では《1回戦落ち》で呆気なく負けちゃったの…私の1回戦の相手は《轟ちゃん》だったわ…

 

 私の個性は《蛙》…蛙っぽいことが出来る個性…そしてこれは小学生でも分かることだけど《蛙は冬になると冬眠をする生き物》…

 そして轟ちゃんが持つ個性の1つは《氷》…私にとって轟ちゃんは相性最悪の相手だった。

 現に試合開始と同時に、私は轟ちゃんが瞬時に作り出した《巨大な氷の壁》に四方を囲まれて閉じ込められた…

 私は自分の意思とは関係なしに《冬眠状態》になって眠ってしまい、戦闘不能と見なされて1回戦敗退となってしまったのよ…

 

 私が冬眠状態から目を覚ました時には、既に最終種目の決勝戦が終わっていた…

 

 今年の雄英体育祭1年生の部門で優勝したのは、全ての試合を氷の個性だけで圧倒し完全勝利をした《轟ちゃん》だったわ。

 

 1回戦落ちな上に…試合では何も出来なかったことに、私は《自分の不甲斐なさ》と《悔しさ》で感情を支配されそうになったけど…

 そこは気持ちを切り替えて、表彰台に上がった1位の《轟ちゃん》2位の《常闇ちゃん》そして3位の《切島ちゃん》の3人へ称賛を送り、雄英体育祭は幕を閉じたわ。

 

 

 

 でも…体育祭を楽しんでいたのは《私達(雄英生)》や《観戦に来てくれた身内》や《プロヒーロー達》だけだったのかもしれないわね…

 

 

 

 なぜって?

 

 

 

 それは…体育祭の観戦に来ていた《一般の人達》の殆どが雄英高校に対しての罵詈雑言で終始騒いでいたからなの…

 

 私達は真剣に体育祭の競技に励んでいたけど、会場に来ていた一般市民の人達は、4月に発生した事件の数々に不満があったようで、態々体育祭の会場に来てまで野次を飛ばしに来たのよ。

 解説のプレゼントマイク先生が、何度も野次を飛ばす市民に対して注意をしてたけど、結局最後まで市民の不満が尽きることは無かったわ…

 

 終わってからこんなこと思うのも何だけど…

 

 《後味の悪い体育祭》になってしまったわ…

 

 相澤先生なら…彼ら(野次を飛ばしていた一般市民達)に対して何て言っていたのかしらね…

 

 それと、優勝した轟ちゃんは何故か嬉しそうじゃなかったわ…

 

 

 

 でもこの時の私は思いもしなかった…

 

 雄英体育祭から1週間も経たない内に…

 

 体育祭での《市民からのバッシング》がマシだと言える不幸が起きてしまったんだから…

 

 この5月の内に…

 

 A組からまたクラスメイトがいなくなるなんて………

 

 

 

 雄英体育祭が終わった後日、久しぶりの雨が降った日、ブラドキング先生から《プロヒーローの元での職場体験》という行事についての説明があったの。

 

 体育祭での活躍による1年A組のプロヒーローの指名数だけど、やはりというべきか優勝者の轟ちゃんの指名数は群を抜いていたわ。

 

 因みに私は青山ちゃんと三奈ちゃんと同じく、最終種目まで勝ち残れたけど指名はもらえなかった…

 

 『最終種目まで進んでも指名がもらえない場合はある』ってブラドキング先生は言ってたけど、私の場合は轟ちゃんを相手に何も出来ず、蛙の個性ゆえに寒さに負けて寝ちゃった(冬眠しちゃった)から、指名が来ない可能性は覚悟してたんだけどね。

 

 とはいえ、プロヒーローから指名をもらえなかったからといって職場体験にいけない訳じゃないわ。

 指名をもらえなかった生徒は、事前に雄英がオファーした《受け入れ可能の事務所》の中から選んで職場体験に行けるみたいよ。

 

 そんなプロヒーローの指名数が発表された時も轟ちゃんは嬉しそうじゃなかった…

 あと、飯田ちゃんも何処か様子もおかしかったわ。

 

 飯田ちゃんについてはお茶子ちゃんが教えてくれて、一昨日の体育祭の最終種目で私は保健室で寝ていた(冬眠していた)から知らなかったけど、飯田ちゃんは最終種目の決勝戦前に3位決定戦を辞退して、そのまま早退したみたいなの。

 

 そしてその理由は…飯田ちゃんのお兄さんであり現役のプロヒーローである《インゲニウム》が《ヒーロー殺し》っていうヴィランに重症を負わされたからだったのよ…

 

 飯田ちゃんのことを心配しつつも、私達はあっという間に職場体験の日を迎えたわ。

 

 私は職場体験先として《海難ヒーロー・セルキー》さんの元を訪れたの。

 セルキーさんともサイドキックのシリウス達とも仲良くなれて、仕事では密航者を捕まえるヒーロー活動にも参加でき、私は充実した職場体験を送れたわ。

 でも不思議なのよねぇ、セルキーさんのあんなに可愛い仕草をサイドキックのシリウスさん達は可愛いと思ってないみたいのよ、何故かしら?

 

 

 

 そんな充実した職場を終えたのも束の間、私のスマホに《悲しい知らせ》が突然入ってきたわ…

 

 

 

 飯田ちゃんが…ヴィランに殺されたの…

 

 

 

 しかも飯田ちゃんを殺害したヴィランは、飯田ちゃんのお兄さんの《インゲニウム》を再起不能にした《ヒーロー殺し・ステイン》だったのよ!

 

 ニュースで報道されていた事件の内容によると、ステインはプロヒーローの《ネイティブ》を抹殺しようとした正にその時、《兄を再起不能にされたことで復讐心に燃えた飯田ちゃん》がその場に現れたんじゃないかと言っていたわ。

 

 そう…体育祭後の飯田ちゃんの様子がおかしかった原因については、A組の皆がおおよその検討がついていた…

 

 でも真面目な飯田ちゃんは《きっと大丈夫》だと、私達は決めつけて声をかけなかった…

 

 《後悔先に立たず》…職場体験1日目の駅で私達の誰か1人でも飯田ちゃんに強く言葉をかけてあげていれば、飯田ちゃんは踏み留まって死なずに済んだかも知れない…

 

 オマケに飯田ちゃんを殺したステインは、捕まっておらず今も逃亡しているそうなの。

 その事件現場である保須市には《No.2ヒーローのエンデヴァー》と《炎のサイドキッカー》達が来ていたんだけど、《ステインを逃がしてしまったこと》で世間から叩かれる結果となっていたわ…

 

 

 

 そして、また雄英関係者に…しかも今度は生徒に死者が出たことによって、雄英高校はまた一段と世間からのバッシングを受けることになったの…

 

 

 

 職場体験後、私達A組は《飯田ちゃんの葬儀》に参列した…

 

 先月《相澤先生》と《13号先生》の葬儀があったばかりだというのに、こんなにも早くまた葬儀があるなんて思いもしなかったわ…

 

 参列した遺族の中には…飯田ちゃんのお兄さんと思われる《車椅子に乗った携帯用酸素マスクを着けた飯田ちゃん似の男の人》もいたの…

 

 その人は葬儀中ずっと大粒の涙を流していて…それが私の頭から離れなかったわ…

 

 そして前回の《13号先生》の時と同じく火葬場まで私達は見送った…

 

 ただなんの偶然なのか、またしても火葬炉に問題が起きたみたいで少しゴタついたみたいだけど…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◯6月…

 

 飯田ちゃんがいなくなった悲しみを…私達はそう簡単に受け入れられることなんて出来なかった…

 

 それでも…私は前に進まないといけない…

 

 爆豪ちゃんは違うけど、未だ昏睡状態の《赤谷ちゃん》の分も、命を落とした《相澤先生》と《飯田ちゃん》の分も、残された私達は頑張らないといけないのよ…

 

 クラス委員長だった《飯田ちゃん》がいなくなったことで、A組の委員長は副委員長の《百ちゃん》に引き継がれて、副委員長には何故か《私》が選ばれたわ。

 てっきり、百ちゃんと飯田ちゃんの次に成績が優秀な轟ちゃんが副委員長になるのかと私は思っていたんだけど、A組の皆からの推薦で私が副委員長に選ばれたのよ。

 

 《副委員長になったこと》と、この月は《中間テスト》もあったからとっても大変だったわ。

 

 この6月はコレと言った事件は何も起きず、普通の学校生活を送ることが出来た。

 

 

 

 でも…その普通な学校生活は…《嵐の前の静けさ》だったわ… 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◯7月…

 

 世の中の高校生は《夏休み》を楽しんでいるんでしょうけど、ヒーロー高校に通う私達に長い休日を楽しんでいる時間なんてない。

 

 夏休み、私達は《林間合宿》に加えて、百ちゃんの誘いで《Iアイランド》に行けることになったわ!

 

 雄英に入学してから辛いことばかりだったけど、こういった行事やイベントは楽しまないといけないからね。

 

 私達A組は林間合宿のため、《期末試験》に加えて《演習試験》を受けたわ。

 演習試験で私は常闇ちゃんとペアとなって、エキトプラズム先生と闘い苦戦しながらもなんとかクリアすることが出来た。

 4人だけクリア出来なかった生徒もいたけど、それはそれとして結局は皆で林間合宿に行けることになったわ!

 

 

 

 そして、私にとって嬉しいことがまた起きたのよ。

 

 

 

 それは《他のヒーロー高校との合同ヒーロー訓練》を行うことになったのだけど、やって来た勇学園の4人の生徒の中に、中学の時に出来た私の親友である《万偶数 羽生子(まんぐうす はぶこ)》ちゃんと偶然にも再会することが出来たの!

 雄英に来て嫌なことが多かったからなのか、親友に会えた時の嬉しさは言葉にできなかったわ! 

 訓練事態では羽生子ちゃんと一緒にやって来た《怖い顔の男の子》の個性で一悶着はあったけれど、それでも親友と一緒に訓練が出来たことで私にとっては最高の1日だったわ!

 

 

 

 でも…そんな浮かれた私を…世の中のヴィラン達は嘲笑っていった…

 

 

 

 後日、林間合宿の買い物をするため、参加しなかった轟ちゃん以外のA組全員で《木椰区ショッピングモール》にやって来たわ。

 

 周囲から向けられる視線は色々あったけど、私達はそれぞれを堪能した………と思っていたら、なんと私は偶然にも《常闇ちゃんがヴィラン連合の人間(相澤先生を殺したヴィラン)に絡まれていた場面》に出くわしてしまったの!?

 

 その時の私は《常闇ちゃんを助けたい思い》と《相澤先生を殺された怒り》に感情を支配されてパニックになる寸前だった…

 

 でもそのヴィランは戦う気がなかったのか…すぐに常闇ちゃんを解放して私達の元から去り…人混みの中へと消えていったわ…

 

 その後、私が連絡した警察がやって来て買い物どころではなくなった私達は強制的に帰宅することになった…

 

 因みに常闇ちゃんは、ヴィランと何の話をしたのかは私達には教えてくれなかったわ…

 

 

 

 

 

 それから暫くして、私達A組は世界中の科学者達が住んでいる人工島《Iアイランド》へとやって来た。

 

 とはいっても、百ちゃんからのパーティーの参加券をかけて女子5人でジャンケンをした結果、負けちゃった私と三奈ちゃんと透ちゃんは当日のパーティには参加できず、3人でIアイランドを巡った後はホテルにいたんだけどね。

 

 だから私達は次の日まで知らなかった…

 

 まさか難攻不落な島のIアイランドにヴィランの集団が襲来して《大惨事》になっていたなんて…

 

 次の日の朝、私達がホテルから出ると…

 

 Iアイランドは滅茶苦茶にされていた…

 

 パーティーがあったタワーは倒壊して、死傷者が大勢出ていたのよ…

 

 不幸中の幸い、昨日のパーティーに参加していたA組の生徒達(お茶子ちゃん、響香ちゃん、百ちゃん達)は無事だったわ…

 

 でも、ヴィラン達には全員逃げられた上に、オールマイトの元サイドキックである《デイヴィット・シールド》という世界的な科学者が誘拐されてしまったそうなのよ…

 

 事件当時、Iアイランドには《オールマイトを含む何百人ものヒーロー達》がいたにも関わらずにね…

 

 後日、日本へと帰国した私達は、テレビでIアイランドの一件について記者やメディアに囲まれた《オールマイトとプロヒーロー達のインタビュー》を拝見したわ。

 オールマイト達は『襲撃してきたヴィラン達が余りにも用意周到であったこと』や『大勢の人質を捕られていたために何も出来なかったこと』をコメントしていた…

 でもそんな彼らに対して世間は…いえ…世界中はオールマイト達ヒーローを非難したわ………

 

 

 

 

 

 オールマイトがIアイランドの一件で日本への帰国が遅れていた頃、私達ヒーロー科A組B組は予定されていた《林間合宿》が世間的には秘密裏に開始されたのよ。

 

 でも…ヴィランは何処までも私達を貶めて行ったわ…

 

 ヒーロー科の全員が、ヒーローチーム《ワイルドワイルドプッシーキャッツ》の4人の指導の元、各々の個性の強化に阿鼻叫喚しながら特訓に励んでいた。

 

 そんな私達の合宿中にまたしても《ヴィラン連合》が襲撃してきたのよ!

 

 それはヒーロー科A組B組対抗での《肝試し》をしていた時に起こったわ!

 

 5組目の私とお茶子ちゃんのペアがスタートしてすぐのことだった…

 《私達と同い年くらい女の子》がナイフを持って私とお茶子ちゃんに襲いかかってきたのよ!

 相手は1人だったけど、ナイフに加えて変な注射器の装備をしていた女の子に私達は苦戦を余儀なくされた。

 

 そんな私達のピンチを森の中から突然現れた《ボロボロの障子ちゃん》が助けてくれたの!

 

 ヴィランは状況を把握してか逃げていった。

 

 そんな障子ちゃんはどう見ても大怪我をしているにも関わらずに、1人でヴィランの女の子が逃げていった方向へ走っていこうとしたわ。

 

 どうしたのかと咄嗟に聞いてみると《常闇ちゃん》と《轟ちゃん》が別のヴィランに拐われたみたいだったのよ!?

 

 事態を把握した私とお茶子は、障子ちゃんに頼まれて個性を連携し障子ちゃんをヴィランが逃げた方向へ投げ飛ばしたわ!

 障子ちゃんは6本の腕を広げて滑空しながら飛んでいったの。

 私とお茶子ちゃんも障子ちゃんの後を追って森の中を走った!

 

 

 

 そして私達は…障子ちゃんを1人で行かせたことをすぐに後悔することになったわ…

 

 

 

 私達が森の《開けた場所》に到着して見たもの…

 

 それは《全身に火傷を負い…重症となった障子ちゃん》だったんだから…

 

 救急隊が来るまでの間、私とお茶子は障子ちゃんに出来る限りの応急処置をした。

 

 それから救急隊が来て後に知ったの…

 

 

 

 今回のヴィラン連合による被害が《甚大》であったことを!

 この林間合宿で《怪我人》が多数に加えて《死者》まで出てしまったのよ!

 

 

 

 私達ヒーロー側の被害については、ヴィランに襲われ重軽傷を負わされた私達だけじゃなく、マタタビ荘にいたブラドキング先生と補習を受けていた三奈ちゃん達と広場から避難してきた尾白ちゃんと峰田ちゃん達は《青い炎を使うヴィラン》によって火傷を負い、肝試しで森の中にいた生徒達は2人を除いてほぼ全員が《毒ガスを使うヴィラン》の有毒ガスによって昏睡状態になったのよ。

 

 今回のヴィラン襲撃で唯一無傷で済んだのは、ヴィランの毒ガスを吸って気絶した響香ちゃんと透ちゃんを守りながら森の中に隠れていた《青山ちゃん》と、同じく毒ガスを吸って気絶していた塩崎ちゃんと骨抜ちゃんを交互に背負って運びながらマタタビ荘を目指して森の中にいた《小大ちゃん》の2人だけだったの…

 何でも百ちゃんが創ってくれたガスマスクのお陰で、2人はヴィランの毒ガスの被害を受けずに済んだらしいわ。

 

 でも…広場でヴィランと戦っていたプッシーキャッツの3人は《重傷》で発見されただけでなく、マンダレイの従甥である出水洸汰君が崖の上で《死体》として発見されたのよ…

 

 そして…《轟ちゃん》《常闇ちゃん》、プッシーキャッツの1人である《ラグドール》がヴィラン連合に拐われてしまった…

 

 しかも襲撃してきたヴィランはなんと《たった10人》で、その内捕まえることが出来たのは《2人》だけ…

 その内の1人《毒ガスを使うヴィラン》は拳藤ちゃんと鉄哲ちゃんが怪我をしながらも倒してくれたみたいなのよ。

 

 

 

 《生徒と教師の重軽傷者》だけでなく…

 

 《一般人の死者》と…

 

 《生徒とプロヒーローの誘拐》…

 

 そして《襲撃してきたヴィランの殆どに逃げられてしまう》という…

 

 結果からすれば…《ヒーロー側の完全敗北》でこの林間合宿は終わりを迎えたわ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◯8月…

 

 いつの間にか7月が終わり、林間合宿で生き残った私達は全員が一時的に病院へ運ばれた…

 

 比較的無傷だった青山ちゃんと小大ちゃんを始めとし、治療が終わった軽傷者である5人(《私》《お茶子ちゃん》《泡瀬ちゃん》《拳藤ちゃん》《鉄哲ちゃん》)はすぐに自宅へと帰されたわ。

 

 それと、酷い火傷等を負ったとされる《三奈ちゃん》《尾白ちゃん》《上鳴ちゃん》《切島ちゃん》《砂藤ちゃん》《瀬呂ちゃん》《峰田ちゃん》《物間ちゃん》そして《ブラドキング先生》は9名は、別の病院へと搬送されて治療を受けているみたい。

 

 重傷者である《障子ちゃん》《百ちゃん》《ワイプシの3人》は暫く入院することになって、ヴィランの毒ガスが身体からまだ完全抜けずに意識が戻らない《口田ちゃん》《響香ちゃん》《透ちゃん》そして《B組15人》も入院することになったわ。

 

 

 

 退院した私は次の日、お茶子ちゃんと青山ちゃんを誘って皆の御見舞いへと誘った。

 お茶子ちゃんは参加してくれたけど、青山ちゃんは都合が悪くて来られないと言っていたから、私とお茶子ちゃんの2人で御見舞いに行くことになったわ。

 

 私達はクラスメイト全員の御見舞いに行く予定でいたんだけど、雄英高校に《三奈ちゃん達が搬送された病院の場所》の確認をしたら、ブラドキング先生以外まだ全員意識が戻ってはおらず、三奈ちゃん達が運ばれた病院は《病院関係者以外は患者の身内しか入れない》という厳しい規定があるらしく、私とお茶子ちゃんは三奈ちゃん達の御見舞いは断念せざるを得なかったわ…

 

 三奈ちゃん達には申し訳ないけど、私達は障子ちゃんと百ちゃん、口田ちゃんと響香ちゃんと透ちゃんのお見舞いに向かうことにした。

 

 2人でお金を出しあって5人分のお見舞い品を買っていた丁度その時、私のスマホに青山ちゃんからの連絡がきたの。

 何の用かと思い、電話に出てみると青山ちゃんいわく青山の御両親が《入院している生徒達とプロヒーローの全員に速達で御見舞い品を手配した》との連絡だったわ。

 今更だけど、青山ちゃんの家は百ちゃん程では無いけどお金持ちのようで、青山ちゃんが親に御見舞いの件を相談したら、現在入院している全員に御見舞い品を用意してくれることになったみたい。

 だから、青山ちゃんは私達に『何も買わずに皆も元へ御見舞いに行ってあげてよ☆』と言われたの。

 

 私とお茶子ちゃんは、青山ちゃんからの提案を承諾して何も買わずに急いで病院へと向かったわ。

 

 病院についた私達は、最初に病室が近い口田ちゃんと響香ちゃんと透ちゃんの病室をそれぞれ訪れたけど、3人ともまだ意識が戻ってはおらず、私達は看病をしていた3人の母親へ挨拶をしてから病室を後にしたわ。

 

 次に病室が近い百ちゃんのお見舞いに行くと、百ちゃんは既に意識を取り戻して順調に回復へと向かっていて『明日にでも退院できますわ』って言ってたわ。

 

 百ちゃんのお見舞いを済ませて、最後に障子ちゃんがいる病室へと皆で向かったその時…

 

 

 

『ふざけるなっ!!!!!キサマーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!』

 

 

 

 病院全体に響き渡る程の怒号が私達の耳に聞こえてきたわ!?

 

 その声は何処かで聞いたことのある声で、しかもその声の出所は私達が向かっている《障子ちゃん病室》だったのよ!!?

 

 私達は急いで障子ちゃんの病室に駆け込んで目に飛び込んできた光景…

 

 それは…

 

 

 

 《包帯を全身に巻かれている重傷の障子ちゃんの頭を掴んで持ち上げていたエンデヴァー》がいたのよ!

 

 

 

 エンデヴァーは物凄い激怒の形相をしていて、その怒りに比例してなのか、身体から吹き出す炎も凄まじかったわ!

 

 私達は障子ちゃんを助けたかったけど《エンデヴァーから発せられる圧》と《吹き出す炎の熱》で近づくことが出来なかった!

 

 そんな怒り狂っているエンデヴァーを《炎みたいな黄緑色の髪をした女性ヒーロー》や《ミイラのように顔を包帯で覆っている男性ヒーロー》達が4人係りで掴みかかって止めようとしていた!

 

 エンデヴァーの怒号を聞いてか、病院の医師達が何人もやって来て、8人係りでエンデヴァーから障子ちゃんを離しつつ無理矢理に病室の外へ連れていったわ…

 

 あまりの出来事に私達が言葉を失い茫然としていると、ベッドに放り出された障子ちゃんが私達に声をかけてきてくれた…

 

 

 

 それから意気消沈していた障子ちゃんは、さっきまで何があったのかを私達にゆっくりと語ってくれたの…

 

 障子ちゃんが目を覚ましたのは今日のお昼頃らしく、昨日の夜に病院へ重傷で運ばれて大手術を受けたというのに、1日も経過しない内に目を覚ましたのは障子ちゃんの体格からして分かる通り、A組の中でも1番《耐久力》に優れていたからだって私は思ったわ。

 

 障子ちゃんは意識を取り戻した後、病院の医師からの診察を受けた矢先、待機していた警察からの事情聴取を受けて…それが終わって暫くするとエンデヴァーが有無も言わさずにズカズカと障子ちゃんの病室に入ってきて、病人の障子ちゃんの頭を掴んで持ち上げたそうなのよ!

 

 エンデヴァーと一緒にやって来た4人のサイドキック達が止めようとしていたけど、エンデヴァーは止まることなく障子ちゃんへ色々と質問を投げかけてきたみたい。

 

 エンデヴァーの質問の内容は当然《ヴィラン連合に誘拐された自分の子である轟ちゃんのこと》…

 

 障子ちゃんは痛む身体に鞭を打って、昨日の夜に何があったのかを全てエンデヴァーに話した…

 

 そして…障子ちゃんの発言に対するエンデヴァーの返答が…さっき私達が聞いた《怒号》だったって訳なのよ…

 

 

 

 障子ちゃんは…私とお茶子ちゃんに昨日の肝試しで何があったのかを話してくれたわ………

 

 

 

 昨日の夜、肝試しのトップバッターとして常闇ちゃんと森の中を進んでいたら、突然《歯を伸ばしてくるヴィラン》に襲われて《障子ちゃんの複製椀の腕》が切り落とされてしまった!

 

 クラスメイトの血が流れる瞬間を見てしまった常闇ちゃんは、感情が爆発させて《黒影(ダークシャドー)》が暴走状態になってしまったそうなの!?

 

 障子ちゃんはヴィランと黒影によって怪我を負いながらも、涙を流して苦しんでいた常闇ちゃんを見捨てることが出来ず、森の中に隠れながら助ける機会を伺っていた…

 

 しかし、いつの間にかいなくなっていた《歯を伸ばすヴィラン》は、次の肝試しのペアの1人である轟ちゃんと戦いながら常闇ちゃんと黒影の元へ移動していたのよ

 

 轟ちゃんとペアだった口田ちゃんの姿は見えなかったけど、障子ちゃんは常闇ちゃんの黒影の弱点が《光》であることを知っていた!

 だから咄嗟に轟ちゃんへ『炎の個性を使って黒影の暴走を止めてくれ!』と叫んだそうなの!

 

 一瞬、障子ちゃんに気を取られたヴィランは、暴走した黒影の攻撃を直撃で受けてしまい気を失ったそうよ…

 

 思わぬ形でヴィランの撃破に成功し、あとは黒影の暴走を止めるだけだった!

 だけど…何故か轟ちゃんは、障子ちゃんの頼みを聞き入れてはくれずに《氷の個性》だけで黒影を抑え込もうとしていた!

 《炎の個性》を使えば一瞬で解決するのに、轟ちゃんは《炎の個性》を使ってはくれなかった…

 

 そのまま轟ちゃんと黒影の戦いをただ見ていることしか出来なかった障子ちゃんだったけれど、《シルクハットを被った紳士のようなヴィラン》が突然現れたと思った矢先、轟ちゃんと常闇ちゃんが姿を消してしまったの!勿論、黒影も!

 

 何が起きたのかと障子ちゃんは困惑したけど、そのシルクハットのヴィランが手の中に《ビー玉》を2つ持ちながらスマホを取り出して『目的の子供と強そうな子の確保完了!』とスマホ越しに話していた。

 

 それを聞いた障子ちゃんは、シルクハットのヴィランが手に持っている《2つのビー玉》が個性よって変化させられた《常闇ちゃん》と《轟ちゃん》であることを察して取り返そうとした!

 でもシルクハットのヴィランは、まるで忍者のように素早く逃げてしまい、それを追って森の中を進んでいたら《私とお茶子ちゃんが女の子のヴィランに襲われている場面》に偶然鉢合わせたってことなのよ。

 

 

 

 でも…重要なのはこの後だったわ…

 

 

 

 私とお茶子ちゃんの個性で夜空を滑空しながら《シルクハットのヴィラン》に追い付いた障子ちゃんだったけど…着地した場所が《最悪》だった…

 

 障子ちゃんが着地した場所には、なんと《他のヴィラン達》もいたの!

 よりにもよって《ヴィラン達の集合場所》に障子ちゃんは飛び込んじゃったのよ!

 

 障子ちゃんは1人でも常闇ちゃんと轟ちゃんを助けようと戦ったけれど、負傷している上に多勢に無勢では勝ち目がなく…《筋肉質のヴィラン》に力業で押されボコボコにされて、《ツギハギだらけのヴィラン》の青い炎によって大火傷を負わされた障子ちゃんはそこで意識を失った…

 

 そして次に目を覚ましたら…この病院のベッドの上にいたって訳…

 

 

 

 障子ちゃんに汚点はなかった…

 

 むしろ、ズタボロになってでも常闇ちゃんと轟ちゃんの2人を助けるために、たった1人で必死に戦った!

 

 でも…息子(轟ちゃん)を誘拐されたエンデヴァーは、障子ちゃんの《過程の行動》を評価するどころか、一方的に非難してあの怒号をあげて叱責したってことなのよ…

 

 エンデヴァーの気持ちは分からなくはないけど、それでも障子ちゃんを責めるのはお門違いだわ!

 悪いのはヴィランなのに!どうしてエンデヴァーは障子ちゃんを責めたのか理解に苦しむ!

 

 

 

 落ち込んでいる障子ちゃんに私達が掛ける言葉が探していると、扉をノックする音が聞こえてきた。

 

 

 

 誰かと思い私が扉を開けると、そこには《オールマイト先生》が立っていたわ!

 

 4月の屋内対人戦闘訓練の事件以降、私達は授業以外でオールマイト先生とは関わろうとはしなかった…

 No.1ヒーローとしては尊敬していても、教師としては《あんな致命的なミス》をして、赤谷ちゃんを昏睡状態にした原因はオールマイト先生にもある!

 しかもオールマイト先生は公安委員会の力によって立場を守られたけど、その代わり相澤先生に全ての責任を押し付けた!

 更に言えば、オールマイト先生が遅刻することなくUSJに来てくれていれば、相澤先生も13号先生も死なずに済んだ!

 私もお茶子ちゃんも…A組の皆も、オールマイト先生に対して好意を持っていないのは《自明の理》なのよ!

 

 そんなオールマイトは障子ちゃんに用があったみたいで、私達は病室から追い出されちゃったわ…

 

 腑に落ちなかったけど…ただの学生の私達に出来ることは何もなかった…

 

 きっとヒーロー達は今、ヴィラン連合に誘拐された3人を救助するために捜索と準備をしている筈よ…

 

 結局、私とお茶子ちゃんはそのまま病院を出て大人しく自宅へ帰ることにしたわ…

 

 

 

 

 

 その日の夜!

 

 超人社会の歴史に残る大事件が!

 

 神奈川県横浜市の神野区で発生したの!

 

 

 

 私が自宅のTVで《根津校長達の謝罪会見の番組》を見ていた時だったわ…

 突然、画面が変わって《神野区の大崩壊した町》が全てのチャンネルで緊急生放送されたの!

 

 《根津校長》と《顔を包帯で覆われたブラドキング先生》が、記者やメディア達からの心無い質問をされる映像に…私は胸が苦しくなったけど…雄英生として目を逸らしちゃいけないと思った私は、雄英高校の謝罪会見の番組を最初からずっと見ていた…

 

 見ているだけでも辛かったけど最後まで見届けようと思った矢先…番組の映像が切り代わって…神野区で繰り広げられていた《オールマイトvsヴィラン連合のボスの激戦》の映像が流れたわ!

 

 平和の象徴であるオールマイトをたった1人で圧倒する《ヴィラン》の存在に私は恐怖した…

 

 あんなに《強いヴィラン》がこの日本にずっと潜み隠れていた…

 

 それでも『オールマイトなら何とかしてくれる』って私は…いえ…世界中が信じていたわ…

 

 教師としては過ちを犯したけど…ヒーローとしての実力は《No.1》…

 『オールマイトは絶対に勝つ!』…そう私は信じて疑わなかったわ…

 

 

 

 

 

 激戦の中…オールマイトに異変が起きるまではね…

 

 

 

 

 

 ヴィランの強烈な衝撃波を受けたオールマイトは…

 

 萎(しぼ)んでしまったのよ!!!??

 

 

 

 

 

 最初は《見間違い》かと思った…

 

 《TVの故障》かと思った…

 

 《映像の不手際》かと思った…

 

 

 

 でもそれは全部違った…

 

 オールマイトが萎んだのは《現実》だった!

 

 いったい何が起きたのか私にはサッパリ理解できなかったわ!

 

 私達が知っているオールマイトは《鍛え抜かれた逞しい身体をしている筋骨隆々》の筈なのに、TVに映っているオールマイトは《骸骨みたいに痩せ細ってしまい…とてもNo.1ヒーローとは呼べない情けない姿》になっていたのよ…

 

 

 

 今のオールマイトの姿を受け入れることが出来なかったのは…きっと私だけじゃない…

 世界中の人達が受け入れられていないと思うわ…

 

 そうして困惑しながらもTV画面に意識を戻すと、いつの間にかエンデヴァーやエッジショット達がオールマイトの援軍に駆けつけていて、ヴィラン連合のボスと戦っていたわ。

 

 

 

 オールマイトはボロボロになりながらも右腕を構えてヴィラン連合のボスと向き合っていた… 

 

 

 

 私はいつの間にか…口を押さえて涙を堪えていたわ…

 

 あんな凶悪なヴィランを相手に…オールマイトはまだ戦おうとしていた…

 

 オールマイトのボロボロな姿に…私は《USJの相澤先生の姿》を重ねたわ…

 

 どんなにズタボロになろうと…

 

 どんなに血反吐を吐こうと…

 

 《誰かを守るために命をかけて戦うヒーロー》の姿に…

 

 私は沸き上がってくる涙を抑えることが出来なかった…

 

 

 

 そしてTVの向こうで《右腕を巨大化させたヴィラン連合のボス》と《右腕だけが筋肉質になったオールマイト》の拳が激突した!

 

 でもパワーはヴィランの方が上で、オールマイトのヴィランの攻撃を受け止められずに後ろへ押されていったわ!

 

 オールマイトは身体中から大量の血飛沫(ちしぶき)を撒き散らしながら踏み留まり!

 

 

 

 No.1ヒーローとしての最後にして最強の必殺技をヴィランの顔面に喰らわせて勝利したわ!!!

 

 

 

 激戦の後も報道のカメラはずっと回っていて、ヒーロー達による神野区での救助活動が進められていた…

 

 そんな中…痩せ細ったオールマイトは血反吐を吐きながら…テレビに向かって人差し指を刺しながらこう呟いた…

 

 

 

『次は………次は…キミだ……』

 

 

 

 朝日の光を浴びながら…オールマイトは一言そう言ったの…

 

 オールマイトのその一言は《まだ見ぬ犯罪者への警鐘》と《平和の象徴の折れない姿》を現した言葉だったわ……

 

 でも…それにしては言葉使いが《優し過ぎる》って思った私は違和感を持ったの…

 

 

 

 私はオールマイトが言ったあの言葉は…

 

 《誰かへの個人的なメッセージ》にも聞こえたのよ…

 

 …と言っても、それは私の勝手な勘違いだと思うけどね。

 

 

 

 そんなオールマイトの尊敬を取り戻していたのも束の間、ニュースに速報として流れた情報に私は落胆してしまったわ…

 

 

 

 今回、神野区を舞台で繰り広げられたヴィラン連合との戦い…

 

 それは勿論《誘拐された3人(常闇踏陰、轟焦凍、ラグドール)の救出》と《ヴィラン連合の壊滅》を目的としてヒーローと警察が連携した作戦だったのよ。

 

 そして作戦の結果は…

 

 プロヒーローの《ラグドール》の救助は成功したらしいんけど…

 《常闇ちゃん》と《轟ちゃん》の救助は失敗し、2人は今もヴィラン連合に捕らえられたままなのよ…

 

 しかも《ヴィラン連合の壊滅》について、オールマイトが戦った《ヴィラン連合のボス》しか捕まえられておらず、他のメンバーには全員逃げられてしまい消息不明となったらしいわ…

 

 今回の作戦にはトップヒーローの《オールマイト》《エンデヴァー》《ベストジーニスト》《エッジショット》に加えて、若いながら順位を急激に上げている《シンリンカムイ》や《Mt.レディ》を含めた多くのプロヒーロー達が参加していた。

 

 だけど作戦は失敗に終わり…ヒーロー側は負傷者が多数に加えて、神野区に住んでいた一般人には多くの死傷者が出てしまったのよ…

 

 今回の一連の事件は、日本の歴史に永遠に残る《ヒーローの敗北》となったわ…

 

 

 

 

 

 更に、近々開かれる《平和の象徴・オールマイトの引退会見》の話が世間に流れた頃と同時に、何者かによって《エンデヴァーの……轟ちゃんの家庭事情》がネット上に上げられたことで、ヒーローの立場は日に日に悪くなっていった…

 

 

 

 

 

 オールマイトの引退会見の後日…

 

 雄英高校から家庭訪問で《スーツ姿の痩せたオールマイト先生》と《スーツ姿のミッドナイト先生》が私の家を訪れた。

 

 こういう場合は《担任の先生(ブラドキング先生)》が来る筈じゃないかと私は思ったけど、その理由は後で分かったわ。

 

 今回、先生達が家庭訪問として訪れた内容は、《生徒の安全のために雄英高校の全校生徒達の全寮制》についての話だった。

 

 私が《プロヒーローを目指すこと》については家族全員応援してくれている。

 雄英高校に合格した時だって大喜びして盛大にお祝いしてくれたもの。

 

 だけど…いくら日本一のヒーロー高校の《雄英高校》とはいえ…今年から何度も問題や事件が多発していることもあって、お父さんもお母さんも…弟の《五月雨》も妹の《さつき》も…今の雄英高校に対しては不満を抱いているのよ…

 

 家庭訪問の前日、私は《今の雄英高校でプロヒーローになりたい覚悟》を家族に話して説得したわ。

 

 それでも両親は雄英高校の不満を口にしつつ『雄英以外にもヒーロー高校はありますよね?』という言葉を先生達にぶつけた…

 

 お父さんもお母さんも本当は分かっているの…《雄英高校に全ての非がある訳じゃない》…そんなことは私達家族全員が分かっていることなのよ…

 

 入学してすぐヴィラン連合の襲撃にあった時、その身を犠牲にして私達を守ってくれた《相澤先生》と《13号先生》には感謝してもしきれない…

 

 それに私の家族皆オールマイトのファンで、先の戦いだってオールマイトには本当に感謝しているの…

 

 だから両親は雄英高校に対しての非難はせず『娘を守り…立派なヒーローへ育て上げて…卒業させてくれると約束してもらえるのならば…全寮制を許可しましょう』と結論を出してくれたわ…

 

 オールマイト先生もミッドナイト先生も、お父さんの言葉を重く受け止めてから…2つ返事で了承してくれた…

 

 

 

 家庭訪問が終わり、五月雨とさつきがオールマイトにサインを書いてもらった後、先生達が別の生徒の家庭訪問に向かおうとした際、私はミッドナイト先生に《ブラドキング先生のこと》を聞いたわ。

 

 ミッドナイト先生は難しい顔をしながらも話してくれた…

 

 記者会見を終えたブラドキング先生の元に、《怒り狂ったエンデヴァー》がやって来たらしく、有無も言わさずブラドキング先生に暴行を加えたそうなのよ。

 

 エンデヴァーの暴行の理由は勿論、現在は《A組の臨時担任でもあるブラドキング先生》が林間合宿で生徒である轟ちゃんを守れなかったことについて激怒していることであり、まだ完治はしておらず会見後は病院に戻らなければならない容態のブラドキング先生を、エンデヴァーは個性を使いながら何発も殴ったらしいわ…

 

 それによってブラドキング先生の入院期間が延長されてしまい、結果ブラドキング先生は私達の家庭訪問には参加できなくなってしまった…という事情だったのよ…

 

 しかもエンデヴァーの怒りはおさまりがつかないようで、ブラドキング先生だけでなく《意識を取り戻したワイプシのメンバー3人》と、今回の作戦に参加した《警察やプロヒーロー達》に対しても激怒しているらしいわ…

 

 加えて何者かが神野事件から数日後、ネット上の至るところに《エンデヴァーの家庭の闇》が拡散されたせいで、エンデヴァーはもはや手に負えない状況みたい…

 

 

 

 《神野事件の作戦の失敗》…《オールマイトの引退》…《エンデヴァーの家庭の闇》…これだけのことが立て続けに起きてしまったため、日本のヒーローの信頼は急落していったのよ…

 

 

 

 世間が遅かれ早かれ大変なことになるのは分かってはいたけど、それ以上にエンデヴァーに負傷を負わされたという《ブラドキング先生》が心配になった私はお見舞いに行くことをミッドナイト先生にお願いしたけど、許可はしてくれなかった…

 

『また会えるから、その気持ちは胸の中にしまっておきなさい』

 

 …とミッドナイト先生は言い残して、オールマイト先生と一緒に次の家庭訪問先へと向かって行ったわ…

 

 

 

 

 

 それから暫くして、私は雄英高校へと登校したわ。

 

 林間合宿の肝試し以来、お茶子と障子ちゃんと百ちゃん以外のクラスメイトとはお話ししていなかったから、皆にまた会えたのは本当に嬉しかった!

 

 でも彼らの中には、あの事件で負った《傷跡が身体に残ったクラスメイト》がいたのも事実だったわ…

 

 ヴィランの毒ガスを吸ったことで昏睡状態となった口田ちゃん、響香ちゃん、透ちゃんの3人は外傷は無かったんだけど、事件当時ヴィランの炎によって大火傷を負った8人(《三奈ちゃん》《尾白ちゃん》《上鳴ちゃん》《切島ちゃん》《砂藤ちゃん》《障子ちゃん》《瀬呂ちゃん》《峰田ちゃん》)は顔や手足を含めて全身の至るところに火傷跡が残っていたの…

 

 轟ちゃんが左目に負ってた火傷の跡よりも酷い有り様だったわ…

 見るだけでも痛々しい傷跡だけど、リカバリーガールや専門の医師達の懸命な処置によって、火傷跡の範囲は縮小できた方だと言っていたのだから、病院に運ばれた時は《どれだけ酷い火傷》を負っていたのかと思うと…私は戦慄されられた…

 

 ただ、三奈ちゃんだけは幸いなことに《顔》には火傷は負わずに済んだようで、制服では見えない《背中》に火傷の跡が残っちゃったらしいわ。

 何でも切島ちゃんが身を呈して守ってくれたみたいで、三奈ちゃんは背中の火傷だけで済んだそうよ。

 

 そして…8人の中で1番酷い火傷を負っていたのは…《障子ちゃん》だったわ…

 障子ちゃんの場合は、クラスで1番身体が大きいこともあってか、特徴的な6本の腕の所々に《大火傷の跡》が残っていて…本当に痛々しかった…

 

 私とお茶子ちゃんもヴィランのナイフに切りつけられて怪我はしたけど…障子ちゃん達の負った怪我に比べれば、私達の怪我なんて無傷も同然だったわ。

 

 

 

 それに…《常闇ちゃん》と《轟ちゃん》はまだ戻ってきてはいない…

 

 警察とヒーローが引き続き捜索しているようだけど…

 

 2人共に大丈夫なのかしら?

 

 早く見つかって無事に帰ってきてほしい限りだわ…

 

 

 

 こうしてA組のクラスに2つの空席ができてしまいながらも、私達は雄英高校内に建てられた寮へとやって来た。

 

 寮の前で《ミイラ状態(包帯だらけ)のブラドキング先生》から説明を受けた私達は、それぞれが前日に自宅から搬送した《私物》でお部屋作りを始めたわ。

 

 でも何故か《青山ちゃん》は、ブラドキング先生に話しかけて、寮へと入っていく私達とは逆に、先生と一緒に学校へと戻っていったわ。

 

 その夜、皆がそれぞれの自分の部屋を完成し終わった頃、青山ちゃん以外のA組のメンバー(14人)が1階の共同スペースに集まって、三奈ちゃんと透ちゃんが突如《お部屋披露大会》が開催して、楽しい一時(ひととき)を過ごせたわ。

 

 だけど…青山ちゃんは夜になってもまだ寮には戻っておらず、同じ2階の峰田ちゃんの話によると、峰田ちゃんが部屋作りを始める前から終わるまで、青山ちゃんの部屋の前に積み重なった《青山ちゃんの私物が入ってると思われる段ボールの山》が部屋の前にずっと置きっぱなしのままだったみたいなのよ。

 

 もしかしたら青山ちゃんに何かあったんじゃないかって皆で心配していた時、1階のエントランスにある固定電話が鳴って、偶然近くにいた私が電話を取ると、ブラドキング先生からの電話だったわ…

 

『はい、もしもし』

 

『その声は…蛙吹君かい?ブラドキングだ…』

 

『ブラド先生、どうしたんですか?』

 

『うむ…キミ達が寮に戻って来ない青山君を心配して待ってるんじゃないかと思ってな…。青山君なんだが…諸事情があって寮には戻れないんだ…』

 

『ケロッ?戻れない?…いったいどういうことですか?』

 

『…すまないが…今は話すことは出来ない。だが後日に必ず報告するからそれまで待っていてくれ…。それと急遽予定が変更されて、明日は《休校》になり寮からの外出は禁止となった。皆にも伝えておいてくれ…それでは(ガチャ)』

 

『ケロッ!?ブラド先生!?』

 

ツー…ツー…ツー

 

 私の問いの返答を濁しつつ、ブラドキング先生は伝えることだけを伝えると有無を言わさず電話を切っちゃったわ。

 

 

 

 私はこの時点で嫌な予感がした…

 

 

 

 電話越しだから気のせいかも知れないけど…私にはブラドキング先生がなんだが《焦っている》ようにも《心に余裕がない》ようにも思えたわ…

 

 ブラドキング先生の声が焦っているように聞こえたのと、寮に戻ってこない青山ちゃんが関係しているんじゃないかって考えたの…

 

 

 

 私は電話を切った後、ブラドキング先生から言われた内容を皆に伝えた。

 

 当然ながら皆は訳が分からずにいたけど『雄英高校の全寮制で青山ちゃんと両親の間に何かあったんじゃないか?』って皆思っていたわ。

 

 まだクラス全員には聞いてないけど、A組の女性人から聞いた限りでも《雄英での寮生活》については、皆両親を説得するのはかなり苦労したみたい…

 

 青山ちゃんは林間合宿でヴィランの襲撃があった際、唯一A組の中で無傷だったけど、怪我をしてようがしてなかろうが、親からすれば『ヴィランの襲撃を何度も許す雄英高校から突然全寮制の話を持ち出されても信用できない』『授業をマトモに受けることができない雄英高校に自分の子供を任せなれない』という考えを持つのは自明の理…

 

 私もクラスの皆の両親もその考えだったそうだわ…

 

 だから青山ちゃんが寮に戻ってこれないのは、それが大きな原因なんじゃないかって、A組の皆が思っていた…

 

 そうこう考えている内に就寝時間となっていた私達は、青山ちゃんのことは先生達に任せてその日は休むことにしたの…

 

 

 

 

 

 だから…この時は予想もしてなかったわ…

 

 常闇ちゃんと轟ちゃんがいなくなったばかりだというのに…

 

 また《1人》………《クラスメイト》がいなくなるなんて…

 

 

 

 

 

 次の日…

 

 私達は《青山ちゃんが寮に戻ってこない理由》を…

 

 最悪の形で知ることになったわ…

 

 

 

 

 

 突如休日になった私達は、今日は寮からの外出禁止を言い渡されていたものあって、それぞれの自室で自分の時間を過ごしていた。

 

 でも…そんな平穏な時間は《お昼頃》に崩されることになったわ…

 

 昼食の時間になり、私達は1階の共同スペースに集まった。

 共同スペースには大きなTVが備え付けられていて、上鳴ちゃんや切島ちゃん達がニュースを見ていたの。

 

 それは12時になってすぐのことだった!

 

『おっ!おい!コレ!?』

 

『マジかよ!?』

 

『嘘だろ!!?』

 

 TVを見ていた上鳴ちゃんや切島ちゃん達が大声をあげたのよ。

 

 何事かと皆がTVの近くに集まったわ。

 

『どうした~切島~?』

 

『芦戸!皆!コレ!?このニュース!?』

 

『へっ?』

 

 切島ちゃんは後ろに集まっていた私達に気がつくと、リモコンを使ってTVの音量をあげながら放送されているニュースを示していたわ。

 

 私達がTVに意識を向けると…

 

 そこに流れていたニュースの内容は…

 

 

 

{繰り返しお伝えします、先程10時頃《◯◯市の高速道路》と《◯◯市の高速道路》の2ヶ所で護送車2台、パトカー4台がそれぞれヴィランに襲撃される事件が発生しました}

 

 画面が変わり、上空から撮影されている《2ヶ所の高速道路》が交互に表示され、それぞれの黒煙が立ち上り大破した車の消火活動がされている映像が映し出されたわ。

 

{事件の映像を撮影した高層ビルに住む住民によりますと、先日神野区に出現したとされる《脳味噌が剥き出しとなった怪人》10体程が、高速道路を走行していた護送車とパトカーに襲いかかった模様です。護衛をしていたプロヒーローの内1人を除いて全員の死亡が確認されました}

 

 また画像が変わり《USJに現れた黒い怪人》ではなく《白と灰色の怪人達》が護送車とパトカーに襲いかかる映像が2つ交互に映し出された。

 

 数人のプロヒーローが怪人と戦ってもいたけど、相手の数が多すぎるのか苦戦しており、そのプロヒーローの内の1人は!なんと!《プレゼントマイク先生》だったのよ!!?

 

 それから車のガソリンが引火したのが黒煙で何も見えなくなったわ。

 

{発見された遺体は性別不明のため、現在警察は身元の確認を急いでおり、唯一身元が確認できたのは…}

 

 

 

{雄英高校ヒーロー科1年A組所属《青山 優雅》16歳…}

 

 

 

『……………え……?………』

 

 私は思考が停止した…

 

 ニュースで発表された名前…

 

 それは昨日会った《青山ちゃん》だったのよ…

 

 そのあと、ニュースキャスターが何か言ってたけど…

 私はその内容を聞き取ることができなかったわ…

 

 私達は状況把握することができずに立ち尽くしていると…

 

 

 

 寮の扉が開いて《包帯だらけのブラドキング先生》が入ってきたわ!

 

 ブラドキング先生の姿を見た途端、私達は身体を動かして先生に駆け寄り問い詰めたわ!

 

 

 

 昨日、ブラドキング先生と一緒に学校に戻った青山ちゃんに何があったのかを!?

 

 

 

 ブラドキング先生は《全て》を話してくれたわ…

 

 そして…先生が説明してくれた《内容》を…私達は受け入れることができなかった…

 

 

 

 

 

 青山ちゃんが…ヴィラン連合のボスによって差し向けられた《内通者》だったなんて…

 

 

 

 

 

 《青山ちゃんの死》に続いての驚愕な事実に、私の頭は処理が追い付かなかったわ…

 

 《内通者》…青山ちゃんはヴィラン連合のボスに命令されて《USJのカリキュラム》や《林間合宿の場所》を教えていた…

 

 

 

 つまり…

 

 

 

 《相澤先生》と《13号先生》と《洸汰君》が死んだのは…

 

 

 

 《常闇ちゃん》と《轟ちゃん》と《ラグドール》が誘拐されたのは…

 

 

 

 林間合宿で…私達(雄英ヒーロー科1年生)がヴィランに襲われて…何十人も負傷者が出たのは…

 

 

 

 全部《青山ちゃん》のせいだったのよ!!!

 

 

 

 信じたくなかった…

 

 認めたくなかった…

 

 

 

 でもブラドキング先生から語られた内容を理解せざるを得ない…

 

 

 

 昨日ブラドキング先生は青山ちゃんに呼び止められて…

 

『大事な話があります…』

 

 …っと言われ、それが《深刻な話》であると察したブラドキング先生は、青山ちゃんと共に学校へと戻り、根津校長やオールマイト先生、ブラドキング先生やプレゼントマイク先生達を集めて会議室へと集まったらしいわ…

 

 そこで青山ちゃんから語られた《真実》…

 

 

 

・自分がヴィラン連合から送られた《内通者》であること…

 

・USJと林間合宿の情報をヴィラン連合のボスに報告していたこと…

 

・自分とヴィラン連合のボスとの関係性…

 

 

 

 青山ちゃんはその全てを昨日…先生達に打ち明けたそうなのよ…

 当然の真実に先生達は誰もが冷静さを保てなかったそうだわ…

 特にプレゼントマイク先生は青山ちゃんに殴りかかろうとしたけど、他の先生達に止められたみたい…

 

 突如判明した内通者の存在に雄英高校は青山ちゃんを即座に拘束し、次の日に青山ちゃんの両親を含めて警察署に連行されることが決定したそうなの…

 

 そんな大変な時に…私達は呑気に部屋作りをしていた…

 

 

 

 青山ちゃんがどうして、自分が《内通者》であることを明かしたのか?

 

 

 

 それは一言で言えば…《自責の念》だったらしいわ…

 

・USJでは《相澤先生》と《13号先生》が死亡…

 

・林間合宿では《出水 洸汰君》が死亡…

 

・クラスメイトである《常闇ちゃん》と《轟ちゃん》はヴィラン連合に捕まったまま…

 

・そして私達はA組だけじゃなく多くの死傷者が出たこと…

 

 

 

 ヴィラン連合のボスに対する恐怖で逆らえなかったとはいえ…

 

 自分のせいで大勢の人達を危険に晒し…あまつさえ重傷者だけでなく死者まで出した時点で…青山ちゃんの精神は限界だったみたい…

 

 そんな《自責の念》に耐えきれなかった青山ちゃんは…神野事件でヴィラン連合のボスをオールマイトが倒してくれたことを機に、全ての罪を雄英高校に自白した…

 

 

 

 青山ちゃんは先生達によって身柄を拘束され、その後も知っている限りの情報を全て話したという…

 

 そして次の日、《青山ちゃん》と《青山ちゃんの御両親》を隔離保護するために警察署へと連行されることとなり、それぞれの護送車1台とパトカー2台が用意され、青山ちゃんの御両親の護衛をしたプロヒーローが誰かは知らないけど、青山ちゃんの護送による護衛には《プレゼントマイク先生》が名乗りをあげたらしいわ…

 

 

 

 

 

 そして…今も速報でTVに流れている事件に至るという訳なのよ…

 

 

 

 

 

 ブラドキング先生の説明は続き…《英雄高校の生徒にヴィラン連合からの内通者がいたことを世間に公表すること》や《内通者が青山ちゃんであることは公表しないこと》などを話していたけれど…

 

 色々なショックが重なり過ぎて…心がグチャグチャになった私は…先生の話を半分も聞き取れなかったわ…

 

 

 

 先生が帰ってから…ふと時計を見ると…既にお昼を過ぎて13時過ぎになっていた…

 

 お腹は空いてる筈なのに…今の私達は食欲が一切湧かなかったわ…

 

 皆が皆…ショックを隠しきれず…それぞれが自室へと戻っていった…

 

 

 

 部屋に戻った私は《受け入れられない現実》に頭がどうにかなりそうだった…

 

 気づけば私は《青山ちゃん》がどんな人間だったのかを振り返っていた…

 

 でも…いざとなって思い返してみると…私は青山ちゃんとお話ししたことが殆どないってすぐに理解させられたわ…

 

 青山ちゃんは典型的な《ナルシスト》で、いつも《マイペースな男の子》だった…

 当人は《フランス出身》って言ってたような気がするけど真偽は不明…

 

 ただ…青山ちゃんはクラスの誰かと積極的に仲良くしようとはせず、いつも1人で過ごしていた印象が残っているわ…

 

 今思えば…青山ちゃんが私達に関わろうとしなかったのは、自分が内通者だって《後ろめたさ》があったからなのかもしれないわね…

 

 そんな青山ちゃんは…内通者であることをバラしたことで、ヴィラン連合から《裏切り者》と認識され…家族もろとも殺されて…命を落とした…

 

 

 

 

 

 後日、雄英高校は記者会見を開いて《ヴィラン連合からの内通者が雄英生徒の中にいた事実》を公表した…

 

 根津校長が内通者の一件を包み隠すことなく公表した真意は…私には分からなかったわ…

 

 言うまでもないけど…《轟ちゃんと常闇ちゃんの救助の失敗》…《オールマイトの引退》…《エンデヴァーの家庭の闇》…そんなヒーローサイドからすればマイナスの出来事ばかり起きていたというのに…更に追い討ちをかけるかのごとくに突如発覚した《内通者》…

 

 それは完全に…世間からの雄英高校の信頼がガタ落ちするトドメとなっていった

 

 もし…オールマイトがヴィラン連合のボスを倒していなければ雄英高校は廃校にされたと連日ニュースで言っていたわ…

 

 

 

 

 

 私達(ヒーロー科1年A組)は…

 

 雄英高校に入学して半年も経たない内に…

 

 《担任》と《クラスメイト6人》を失った…

 

 後にブラドキング先生から《A組の数日の休学》と《先生達からのカウンセリング》について電話があった…

 

 正直な話、あの時の私は…来月まで雄英高校に居られるかの自信がなかった…

 

 

 

 

 

 そして…私達の不幸は…まだまだ続いていったのよ…




 《赤谷 海雲の個性》なのですが、公式でも判明していないため、今作では《うえきの法則キャラクター》ロベルト十団参謀総長の《カルパッチョ》がコピーしていた能力の1つである【自分の位置と相手の位置を逆の位置に変える能力】とさせていただきました。

 現在放送されているアニメで例えるなら、ONE PIECEのトラファルガー・ローが使う【シャンブルズ】という瞬間移動の技と言ったところですかね。


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【番外編】スローライフの法則(6)

【20万UA突破記念作】6作目!

 前回の話に続き、今回の半分以上は《蛙吹 梅雨の回想シーン(9月~那歩島到着まで)》となります。

 9月から那歩島に来るまでの間、雄英生達に何があったのか?

 蛙吹 梅雨の目線で、彼女達とその周辺で何があったのかが分かります。





 今回は間に合わなかったため加えられませんでしたが、今後のスローライフの法則の《前書き》か《後書き》に以下の2つを書き加えていきます。



①《スローライフの法則4話》にて、公安委員会の目良が言っていた…

『9月の末、死穢八斎會の一件の後日にアナタ方が公安委員会の上層部に呼び出されて《警告》を受けたと聞いています…』

 …との台詞の通り、《ワン・フォー・オールの秘密を知る者達》は9月末に公安委員会の上層部によって呼び出されました。

 その話の会話シーンも制作中です。



②以前の《スローライフの法則3話の後書き》で、那歩島編を迎えるまでに《犠牲になった人々の詳細》を書きました。

 なので今度は、現状(那歩島編)も世に解き放たれている《原作通りならば出久君によって倒され逮捕されていた筈のヴィラン達の詳細》を書き上げます。

 その際に前回の《犠牲になった人々》の中に書かなかった、ウォルフラムに捕まった《デイヴィット・シールド博士》と、ルミリオンとナイトアイが助けることが出来なかった《壊理ちゃん》の現状についても載せる予定です。


●那歩島…

 

 

蛙吹梅雨 side

 

 浜辺を出てから早30分、自転車を漕いで走れば20分程で着く距離の《いおぎ荘》に私はまだ到着していない…

 

 《体調が優れないこと》と《自転車を押して歩いていること》もあるから帰るのが遅れているのもあるのだけど…それ以上に《考え事をしながら(今年の災難を思い出しながら)》歩いているせいで…私の足取りが鈍くなっていた…

 

 自分で思い出しておきながら何だけど…《今年の4月から8月までの災難》を振り返った時点で、私の気持ちは駄々下がりしていた…

 

 でもここまで思い出した以上、いおぎ荘に着くまでの間は《9月から11月までに起きた災難》も私は振り返ることにした…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◯9月…

 

 私達A組14人は…《トレーニングの台所》通称《TDL》にて目前に控えた仮免試験の特訓をしていた。

 

 青山ちゃんの一件があってからの数日間、私達A組は先生達からカウンセリングを受けながら沢山悩んだ結果、全員(14人)雄英高校を去ることなく…今もこうしてヒーローを目指すための努力を積んでいた。

 

 何人かはヒーローを諦めて雄英を中退してしまうんじゃないかって思っていたけど、私達は何とか踏み留まることができたの。

 

 7月~8月にかけて発生した《悲劇の連鎖》によって、3人ものクラスメイトがA組からいなくなってしまい…私は精神的に追い詰められたわ…

 

 だけど…いつまでも悲しんでる暇なんてない!

 

 A組の教室からいなくなった人達の分も、残った私達は泥を被ってでもヒーローを目指さないといけないのよ!

 

 それしか…私達には出来ないんだもの…

 

 辛い経験をバネとし、仮免許取得に向けて私達は日々努力を重ねて、各自《必殺技》を編み出していった。

 

 

 

 因みに、青山ちゃん一家の葬儀については世間には一切公表させずに雄英高校の先生達だけで行われたらしく、クラスメイトである私達は出席できなかったわ…

 

 

 

 そうして迎えた仮免試験当日…

 

 本校同士の激突は避けるため、A組とB組は別々の会場で試験を受けることになった。

 

 試験会場である《国立多古場競技場》に到着すると予想通りと言うべきなのか、会場に私達が現れた途端に同じ受験者である他のヒーロー高校の生徒達が私達に奇異な目を向けてきたわ…

 

 先月までに雄英高校で発生した事件の数々を考えれば、悪い意味で注目されるのは仕方ないことなのだけど…やっぱり気分が良いものでは無いわね…

 

 そんな私達を見かねて、付き添いで来てくれたミッドナイト先生から…

 

『シッカリしなさい!アナタ達はこの日のために血の滲むような鍛練を積んで必死に鍛えてきたんじゃないの!?もしイレイザーが今のアナタ達を見たら悲しむ以前に怒鳴られるわよ!『是が非でも仮免をぶん取って来い!』ってね!』

 

 …と…ミッドナイト先生は私達を鼓舞して奮い立たせてくれた!

 

 

 

 雄英高校ヒーロー科の生徒として…

 

 相澤先生の生徒として…

 

 私達は必ず合格して!

 

 仮免を習得して見せるわ!

 

 

 

 その後は《周囲からの視線》を除けば、《士傑高校の熱血男子》と《傑物学園高校の美形男子》が私達に話しかけてはきたけど、それ以外は何事もなく、私達はそれぞれのコスチュームに着替えて試験会場へと集まった。

 

 公安委員会の人からの説明を聞いていると、事前の情報では毎年仮免の合格率5割前後だったというのに、今年は《雄英関連の事件》だけでなく《オールマイトの引退》《エンデヴァーの家庭の闇》《ヴィランの活性化》等が超人社会に多大な影響を及ぼしたため、一次試験の時点で合格者人数は…なんとこの会場に集まった1534人中たった《100人》しか次の試験に進めないという過酷なものとなったわ!!?

 

 つまり合格率は《1割》にも満たない…余りにもハードルを上げられたことで私達は面を喰らっちゃったの…

 

 でもね…こんなことで怖じ気づくような高校生活を私達は送ってない!

 

 私はUSJでは《死柄木 弔》に…林間合宿では《トガヒミコ》に殺されそうになった…その恐怖に比べれば!こんな状況何でもないわ!

 

 

 

 そうしてスタートされた一次試験の《ボールを使った的当て》、試験開始早々に毎年恒例という《雄英潰し》に私達は見舞われたけど、ミッドナイト先生が事前に教えてくれていたお陰で私達は即座に対処が出来た!

 

 でも、会場の入り口付近で声をかけてきた《傑物学園高校の美形男子》の個性によって皆とは分断されちゃったわ。

 

 分断された私は、何とか《障子ちゃん》《響香ちゃん》《百ちゃん》の3人と合流し一緒に行動していたけど、《聖愛学院》の策に嵌められて私は体育祭で轟ちゃんとの戦いの時と同じ過ちを犯して《冬眠状態》にされてしまい、また皆に迷惑をかけちゃったわ…

 

 次に私が意識を取り戻すと、既に別の部屋に移動していて、百ちゃんの姿が無かったの!?

 咄嗟に2人から状況を聞いた私は、3人で協力し既の所(すんでのところ)で聖愛学園の生徒から百ちゃんを助けることに成功したわ!

 

 そうして私達A組はギリギリながらも全員で一次試験を突破することができたのよ!

 

 

 

 続く二次試験は、第一次試験のフィールドが爆破されて《災害現場》となり、その現場に残された傷病者役の人達を避難及び救助する試験内容だった。

 

 第一次試験とは打って変わり、勝ち抜けのルールではなくクラスメイトや他校生との連携や協力が必要とされる。

 …というのが、二次試験でもっとも重要なことなのだけど《クラスメイト》はともかく、私達雄英生に対して不信感を抱いている他校生達との協力できる可能性は低かった…

 

 案の定、二次試験にて他校の生徒が心良く協力してくれることは無かったわ…

 それでも試験は試験のためか、私達雄英生とは最低限の会話と連携をしてくれたお陰で、ギクシャクしながらも救助活動をしていったの…

 

 そんな二次試験が開始されて30分程度が経った頃、ヴィラン役として神野事件に参加した《No.10ヒーロー・ギャングオルカ》が現れたと知らされた時は流石に肝が冷えたわ。

 

 私はその時、水辺にいる要求者達の救出をしていたから直接は見ていないけど、なんでも《士傑高校》と《傑物学園高校》の生徒が共闘してギャングオルカを抑え込んでくれていたみたい。

 

 私も救助を終えて戦闘に参戦するために急遽向かってたけど、その途中で試験終了のブザーが鳴り響いてしまい、二次試験は終了したわ…

 

 

 

 仮免許取得試験…

 

 人生でベスト3に入るほど《大変な1日》だった…

 

 だけど、私達の努力は見事に実り…

 

 

 

 1年A組の全員(14人)が仮免試験に合格し、晴れて仮免許を取得することが出来たのよ!!!

 

 

 

 結果発表で自分の名前を見つけた時の感動は…一生忘れられない《大切な思い出》になった!

 

 これで家族にも…相澤先生にも…胸を張って報告が出来る!

 

 私は自分でも気づかない内に嬉しさで大粒の涙を流していた…

 

 仮免許を入手した私達は《達成感》に満ち溢れながら雄英高校へ帰ることができた。

 

 

 

 

 

 次の日、雄英高校のグランドで行われた始業式の後、私達のクラスに雄英生のトップに君臨する3人…通称《ビッグ3》がやってきたわ。

 

 全校集会の時に根津校長が言っていた《ヒーローインターン》…仮免許を取得した生徒のみに参加が許された《実務的ヒーロー活動》であり、職場体験の時とは全く違って本格的な現場でプロヒーロー達と一緒にヒーロー活動ができる《校外活動》を示すの。

 そのヒーローインターンに現在も取り組んで活躍している雄英生として、雄英ヒーロー科3年生である《ビッグ3》が説明に来てくれたって訳。

 

 

 

 1人目は《猫背で鋭い眼光の黒髪の男子生徒》である《天喰 環》先輩。

 私的には《相澤先生》と纏っている雰囲気が似ていたから、他の2人の先輩と違って怖い先輩だとばかり思った…

 だけど、いざ自己紹介で口を開いてみると、彼は小さな声で『ジャガイモ』とか『帰りたい』とかボソボソと話し始めて壁を向いてしまい、私の印象は《怖い先輩》から《内気な先輩》へと変わったわ。

 

 

 

 2人目は、天喰先輩を『ノミの心臓』と称した《顔に幼さを残す水色のロングヘアーの女子生徒》である《波動 ねじれ》先輩。

 雄英最強の3人であり、プロヒーローにもっとも近い女子生徒だから、てっきりシリウスさんみたいなシッカリ者の女性だと思っていたけど、彼女は口を開くと私やクラスメイト達へ好奇心旺盛に質問攻めをしてきて尚、その返答を一切聞こうとはしなかったわ…

 その人懐っこい行動と太陽みたいな笑顔からか、上鳴ちゃんや三奈ちゃんは小声で『天然っぽい』や『幼稚園児みたい』と言っており、私も波動先輩のことは《天真爛漫》という言葉がピッタリな《可愛い先輩》になったわ。

 

 

 

 そして3人目は《筋骨隆々の大柄で金髪の男子生徒》である《通形 ミリオ》先輩。

 大トリとして回ってきたこの先輩がインターンについては話し始めてくれるのかと思ったら…いきなり一発ギャグを言ってきた…

 通形先輩は《陽気な人》らしく、返答に困って無言の私達などお構いなしに波動先輩と同じく1人で喋りながら笑いだしたわ。

 見た目と髪色もあってなのか、天喰先輩の時に《相澤先生》を連想させたように、通形先輩には《オールマイト先生》を私は思い浮かべた。

 

 

 

 天喰先輩と波動先輩の時も思ったけど、この先輩達は上下関係に拘(こだわ)らない《優しい先輩達》なんだと私は理解したわ。

 

 

 

 私がそんなことを考えている間に通形先輩は《インターン》についての詳細を話してくれそうだったけど、少し悩んだ末に《私達(14人)全員と戦う》と提案してきたのよ!?

 

 

 

 急遽、1年A組全員で体育館(TDL)に移動し通形先輩と戦うことになった私達…

 ブラドキング先生が審判となって勝負が開始されたわ。

 

 いくら雄英ビッグ3とはいえ、1人でこの人数を相手に戦うのは《愚策》だと私は思った…

 

 だけど…その私の考え自体が愚かだったってことを10分も経たない内に身をもって思い知らされたわ…

 

 

 

 私達は余りにもアッサリと…通形先輩に敗北してしまったのよ…

 

 

 

 歳が2つ違うだけで…実力は《雲泥の差》だった…

 

 《手も足もでない》というのは正にこの事ね…

 

 戦闘中、通形先輩が個性の影響なのか全裸になる度に響香ちゃんが悲鳴を上げていたわ…

 

 

 

 意味も分からずお腹を殴られてノックダウンしていた私達に、通形先輩は《自分の個性の話》と《インターンの話》を語ってくれた。

 

 その話を通して、通形先輩の個性《透過》は決して羨む個性ではないことや、個性のデメリットについて語り終わると、インターン先での経験や指導によってデメリットだらけの個性を《最強》にまで鍛え上げ、雄英の最下位から1位にまで登りつめたことを教えてくれた。

 

 とても貴重なお話しを聞かせてもらい、私達は無意識の内に通形先輩へ拍手を送った。

 

 

 

 正直な話、青山ちゃんの内通者騒ぎがあって以降…私達に向けられる他のクラスの生徒や上級生達からの奇異な視線や陰口もあって…私達は上級生の先輩達とは仲良くはなれないんだと思ってたけど、上級生の全員が心無い先輩達と言うわけではなかった。

 少なくとも今回出会った3人の先輩は、私に対して嫌悪感などは一切抱いてはいなかったもの。

 

 

 

 

 

 そんな素晴らしい先輩達との出会った後日、私達A組は寮の共同スペースで項垂れていたわ…

 

 何故かというと…

 

 皆、インターン先のヒーロー事務所が全く見つからないからなのよ…

 

 通形先輩の話を聞いた後、私は職場体験で訪れた《セルキーさん》の元にインターンに行こうと思ったんだけど、断られちゃったわ…

 セルキーさんも意地悪で断っている訳じゃなく、職場体験とインターンでは全く違い、インターンは場合によって《命を危険に晒すこと》もあるため、安易に学生を引き受けられないそうなのよ…

 

 お茶子ちゃんは《バトルヒーロー・ガンヘッド》、切島ちゃんは《任侠ヒーロー・フォースカインド》の元へ職場体験に行き、それぞれインターンを申し出たけど、私と同じく断られたらしいわ。

 

 ただ…響香ちゃんみたいに職場体験でお世話になったヒーロー(デステゴロ)が《ヒーロー殺し・ステイン》によって重症を負わされて引退してしまったケースもかなりあるみたいよ。

 

 因みに、保須事件以降のヒーロー殺しによって被害を受けたプロヒーロー達の情報は世間一般には公表されてないみたいなの、例によりヒーロー公安委員会がヒーローの手負いを隠蔽しているらしいわ…

 

 ヒーロー殺しの被害はどんどん大きく広がっている…

 先日は《バックドラフト》というプロヒーローがステインに殺されたらしく、ステインによるヒーローの死者数は100人を超えてしまい、ステインは《ヒーロー殺し》という2つ名の他に《100人斬り》という別名をつけられていた…

 

 でも《デステゴロ》のようにサイドキックを全員失っても尚運良く生き残れた場合もあるのだけど、その代償に《半身不随》となって一生両腕が使えない重体となり…引退を余儀なくされたヒーロー達もいるという…

 

 ヒーロー公安委員会はその全てを隠蔽している…

 そのくせ、命を落としたヒーロー達への《弔い》や、重体となって引退することになったヒーロー達への《労い》などを一切していないと、前にオールマイト先生が教えてくれたわ…

 

 

 

 私が公安委員会に対する不信感を募らせていると、1年A組の寮にブラドキング先生がやって来た。

 なんでも波動先輩が私とお茶子ちゃんに、天喰先輩が切島ちゃんに用があるとの伝言を持ってきてくれたのよ。

 もしかしたらと思い、私とお茶子ちゃんは次の日に早速波動先輩に会いに行くと、やっぱり《インターンへのお誘い》だったの!

 

 

 

 

 

 それから暫くして…私とお茶子ちゃんの2人は波動先輩のインターン先である《リューキュウ事務所》でヒーロー活動しているわ。

 

 ヒーローランキング9位《ドラグーンヒーロー・リューキュウ》、女性のヒーローであり若くしてトップヒーローに登りつめた実力者の元でインターンができるなんて本当に嬉しかった。

 

 それに波動先輩もリューキュウ事務所の人達も全員が人柄の良い人達で、先輩とお茶子ちゃんと連携して巨大なヴィラン達と倒した際、私は心から『ヒーローになるための道を確実に進んでいるんだ』…と改めて実感を持つことが出来たわ。

 

 

 

 そんな折、オールマイトの元サイドキックである《サー・ナイトアイ》から協力要請が入り、後日ナイトアイ事務所に《私達(リューキュウ事務所のメンバー)》と《切島ちゃんや天喰先輩達(ファットガム事務所のメンバー)》と《ロックロック含む各地のプロヒーロー達》が集まって緊急会議が開かれた。

 

 これだけヒーロー達が集められた理由は、当然ながら《大きなヴィラン組織》が2つ関わっていたの。

 

 

 

 

 

 そして…この一件により…またしてもヒーロー側に《死者》が出てしまったわ…

 

 当時の私達は何も知らなかった…

 

 今回の一件で犠牲となった内の1人が、ヴィラン連合のボス《オール・フォー・ワン》を倒す宿命と…長きに渡り《受け継がれてきた個性》をその身に背負っていたなんて…

 

 そして…その人がいなくなったことによって…現状のヒーローサイドで《オール・フォー・ワン》を倒せる可能性のあるヒーローが誰もいなくなったことを…

 

 私達は…いずれ思い知ることになったわ…

 

 

 

 

 

 ナイトアイ事務所に集まった私達は、早速呼び出された内容(本題)を聞かせてもらったわ。

 

 その内容は、要点を纏めると《死穢八斎會》という指定ヴィラン団体が《個性を消滅させる銃弾》を開発させたことと、彼らが《ヴィラン連合》との接触が確認されたという内容だったのよ。

 

 つい先日、ファットガム事務所にインターンへ行っている切島ちゃんが、個性を消滅させる銃弾を使うヴィランと出会ったみたいで、その際に銃弾を打ち込まれた天喰先輩が次の日の朝まで個性を使うことができなかったらしいわ。

 

 ナイトアイは、今回の一件には《相澤先生》にも来て欲しかったみたいだけど、先生は既に亡くなっているため代わりに根津校長が来てくれて相澤先生の個性《抹消》の詳細を説明してくれたの。

 

 

 

 相澤先生の名前を聞く度に、私はあの日の事件(USJ襲撃事件)をフラッシュバックで思い出してしまう…

 

 どうしてあの時…重症を負った先生を置いて逃げてしまったのか…

 

 どうしてあの時……先生の『逃げろ』という指示を無視して一緒に戦おうとしなかったのか……

 

 どうしてあの時………私は先生を助けられなかったのか………

 

 そんなの単純明快…《私が弱かったから相澤先生を助けられなかった》からよ…力も…心もね…

 

 

 

 私が後悔の念に沈んでいる間に、根津校長の説明は終わっていたわ。

 

 その後、ナイトアイは死穢八斎會の若頭《治崎 廻》こと《オーバーホール》という男と、その娘と思われる《エリ》という少女について話し始めたの…

 

 

 

 ナイトアイから語られた話…

 

 それは余りにもおぞましく…

 

 治崎という男が《どれだけ人の道から外れているのか》を…

 

 エリという女の子が《いったいどんなに酷い目にあっているのか》を知ったの…

 

 

 

 更に聞くと、ほんの数日前にナイトアイ事務所でインターンをしている通形先輩が、その2人と接触したらしいわ…

 

 治崎は終始《笑顔で平然な態度》をとっていたそうだけど、その反面でエリちゃんは《明らかに怯えており…蚊細い声で通形先輩に助けを求めた》…

 エリちゃんは身体中の至るところに包帯が巻かれており、状況からして親である治崎から虐待を受けているのは確実だった…

 通形先輩は《エリちゃんを保護しよう》としたけど、事前に治崎の情報をナイトアイから聞いていたため、先のことを即座に考えてこの場は穏便に済ませるべきだと判断した通形先輩は、怯えているエリちゃんを治崎に渡すとその場を立ち去ったのよ…

 

 でも今回の会議で説明させた《個性消失弾》がいかなる方法で製造されているのかを通形先輩が聞いた途端、先輩は顔を絶望に染めていたわ…

 エリちゃんは《個性消滅弾》を製造するために治崎の個性で分解されているという非人道的な虐待を受けている可能性がほぼ確実だった…

 そんなエリちゃんを…通形先輩は結果的に見捨ててしまった…

 

 自分を追い込んでいる通形先輩に、ロックロックは悪態をつく…

 ナイトアイは先輩をフォローしたけど、今の通形先輩は…きっと《USJで相澤先生を見捨てた時の私》と同じ心境なのだと思う…

 

 

 

 こうして私達は、死穢八斎會に捕らわれている女児《エリちゃん》を保護する作戦へと突入していった。

 

 

 

 因みに現状で《ヴィラン連合》の名を聞けば、エンデヴァーが必ず飛んでくるため、この件はヒーロー側でも内密に進められているそうよ…

 

 

 

 それから何日経ったかしら…とある夜に作戦決行の連絡が私とお茶子ちゃんと切島ちゃん、そしてビッグ3の3人の元へ届いたわ。

 

 

 

 次の日、私達は死穢八斎會の本部から1番近い警察署の前へと集合した。

 この前ナイトアイ事務所へ集まった《根津校長とグラントリノ以外のプロヒーロー達》と《私達雄英生6人》と《警察》による【死穢八斎會の壊滅】【主犯である治崎廻の確保】そして【エリちゃんの保護】の作戦の最終確認が行われたわ。

 

 ただし、今回警察は《死穢八斎會組員の確保》には協力してはくれるけど、アジト内部…正確には《地下への隠し通路》以降からヒーロー活動に警察は協力できないと言われたわ。

 ロックロックが突っ掛かって訳を聞くと、どうやら《赤谷警視監》…つまり《赤谷ちゃんのお父さん》からの命令があったらしく、今年の9月から警察組織の《ヒーローへの協力》が制限されたらしいのよ。

 

 どうして《赤谷ちゃんのお父さん》がそんな命令を出したのか…

 それは《今年の4月に雄英高校で起きた事件》から《8月の末に発覚した内通者の事件》まで出来事を踏まえれば、嫌でも理解せざるを得なかったわ…

 

 それでも今回の死穢八斎會の一件に参加してくれた警察の方々が上層部を説得したことで、ヒーローへの《情報提供》や《死穢八斎會組員の確保(地下への隠し通路前まで)》を許してもらえたそうなのよ。

 

 

 

 こんな時に何だけど…

 

 爆豪ちゃんは《ヒーロー》と《警察》の間に大きな亀裂を入れた…

 

 そのせいで一刻を争う大事な時に、ヒーローは警察と上手く連携がとれない…

 

 爆豪ちゃん…もし今回の作戦が失敗に終わったなら…私はアナタを恨むわよ…

 

 赤谷ちゃんだってまだ意識が戻ってないんだから…

 

 

 

 タルタロスに捕まっている爆豪ちゃんへ負の感情を募らせながら、いよいよ死穢八斎會の事務所前へと私達はやって来た。

 

 ここに集まった全員の中でも1番覚悟と気合いが入っていたのは誰でもない《通形先輩》よ。

 先日の会議でも『今度こそ壊理ちゃんを保護する!』と断言して決意を固めていた。

 今回の作戦、治崎の個性《オーバーホール》の危険性を示唆して《相澤先生》に参戦してほしかったとナイトアイは言っていたの…

 現状、日本に在籍するプロヒーロー及びヒーロー高校に通う学生に、相澤先生のような《個性を無効にする個性を持つヒーロー》はいないらしいわ…

 

 だから今回の作戦メンバーの中で、唯一治崎の個性の影響を受けずに済む《透過の個性》を持つ通形先輩に《治崎の無力化》と《エリちゃんの保護》という大役が任されているのよ。

 

 いくら雄英高校最強の通形先輩とはいえ、先輩1人に任せるには危険すぎる任務なのにも関わらず、ナイトアイは『今のミリオなら必ず達成できる』と言い切っていた。

 

 ナイトアイのその口調は、まるで通形先輩には《隠された特別な何か》があるみたいな言い方をしていたわ。

 

 

 

 作戦決行の時刻となり、警察の方々が突入しようとインターホンを押そうとした…その時!

 

 玄関の門を突き破って《筋肉質の大男》が出てきたわ!!?

 

 その男は、警察の前で見せてもらった資料に書いてあった個性《活力吸収》の《活瓶 力也》!

 外見の情報もだけど、波動先輩が《活力》をエネルギーとして衝撃波を放つ個性のためか『活力』という言葉繋がりで目に留まって覚えていたのよ。

 

 活瓶力也が私達に殴りかかってきたけど、個性を発動させて巨大化してドラゴンの姿になったリューキュウが活瓶の剛腕を止めてくれた!

 

 リューキュウと波動先輩の指示で私達《リューキュウ事務所チーム》が玄関口で活瓶の相手をすることになり、その間に通形先輩達が死穢八斎會の事務所の中へと雪崩れ込んでいったわ!

 

 私達4人(リューキュウ事務所チーム)は今回の作戦にて、活瓶力也1人を相手に手こずっちゃったせいで、事務所内に突入していった切島ちゃん達の援護には最後まで行けなかったわ…

 

 活瓶は個性のブースト薬を使ったことで、私達は活力を根こそぎ奪われちゃったけど、相澤先生達から教わってきたプルスウルトラ精神で足掻き続けた結果!

 やっとの思いで活瓶力也を倒し気絶させることが出来たわ!

 

 

 

 

 

 でも…私達が勝利の喜びに浸れることはなかったわ…

 

 

 

 

 

 なぜって?

 

 

 

 

 

 私達が玄関口で足止めをくらっている間に、死穢八斎會事務所の地下にて繰り広げられていた闘いで《死者》が出てしまったの…

 

 しかも…作戦の主体であった《エリちゃんの保護》は失敗に終わり、治崎と補佐の玄野はエリちゃんを連れて逃亡…

 

 死穢八斎會を壊滅させることは出来たけど…

 

 私達はこの戦いで《本当の勝利》を手にすることは出来ず…

 またしても大切な人達を失ってしまったのよ………

 

 

 

 失ったものは余りにも大き過ぎた…

 

 それは《命》だけでなく…《心》もだった…

 

 

 

 今回の作戦…玄関口で戦っていた私達は比較的《軽傷》で済んだけど…

 

 事務所に突入したヒーロー達は《死傷者》多数…

 

 八斎會組員の中でも実力者である《鉄砲玉八斎衆》を相手にファッドガム、ロックロック、天喰先輩、切島ちゃんが重症を負いなからも、ナイトアイと通形先輩の進む道を切り開いた!

 ただ、最後に2人と一緒だったロックロックの話によると、ロックロックが八斎會本部長の《入中 常衣》とヴィラン連合の《トゥワイス》と《トガヒミコ》達を相手に押さえ込んで戦っていたため、それ以降の2人に何があったのかは分からないと言っていたわ…

 

 ロックロックと別れたナイトアイと通形先輩は、治崎と玄野そしてエリちゃんに追い付いたと思われる。

 そこでエリちゃんの救出を最優先に、通形先輩が治崎と、ナイトアイが玄野と戦ったとされ、激戦を繰り広げたとされる地下通路は半壊状態となっていた。

 

 

 

 そして…その半壊状態の地下通路にて《重症のナイトアイ》と《死体となった通形先輩》が発見されたのよ………

 

 

 

 ナイトアイは、変形したコンクリートのトゲにお腹を貫かれた瀕死の状態で発見され…緊急で近くの病院に搬送されたけど…リカバリーガールでも治せない容体だったために…彼は病院に運ばれてから数時間後に息を引き取った…

 

 通形先輩は、身体中ボロボロの傷だらけだったけど、後に判明した死因は…信じられないことに《心臓発作》で亡くなっていた事が発覚したのよ!?

 

 通形先輩が心臓に病気を抱えていたなんて全く知らなかった!?

 つまり通形先輩は、治崎との戦闘中に心臓発作を起こしてしまい…そのまま命を落とした…

 

 

 

 通形先輩とナイトアイを失ったことで…私達は悲しみに暮れた…

 

 特に私達の中で誰よりも嘆き悲しんでいたのは…《波動先輩》と《天喰先輩》だったわ…

 

 2人は病院の霊安室に運ばれた通形先輩の遺体にすがり付き…通形先輩の両親以上に悲しみ泣き叫んでいた…

 

 

 

 

 

 その日を境に…波動先輩と天喰先輩は変わってしまったわ…

 

 

 

 

 

 死穢八斎會の事件の後日、私とお茶子ちゃんと切島ちゃんは退院の後に事情聴取を受けてから、雄英高校の寮へと帰ってきた。

 

 寮の扉を開けるとクラスメイト達(11人)が私達を暖かく出迎えてくれたわ。

 

 でも皆…通形先輩が亡くなったことを知っているのか、今回の一件や先輩達の詳細については何も聞いてこなかった…

 

 皆との話に区切りをつけて、私とお茶子ちゃんと切島ちゃんはそれぞれ自分の部屋へと戻って休むことにしたの…

 私は自分の部屋で1人になると…ベッドに倒れ込んでそのまま泣き出した…

 クラスメイトの前ではギリギリで平静を保ってはいたけど…本当は心が握り潰されるくらいに辛いのよ…

 それはきっと…お茶子ちゃんと切島ちゃんも同じだと思うわ…

 

 

 

 

 

 救えなかった…エリちゃんを…

 

 

 

 

 

 きっとエリちゃんは今も…

 

 治崎によって酷い目にあわされて泣いているんじゃないか?

 

 ヒーローが助けてくれなくて絶望にうちひしがれてるんじゃないか?

 

 そう思うと私は胸が張り裂けそうになる…

 

 そして私達以上に…エリちゃんを救うことを成し遂げられずに後悔してるのは…

 エリちゃんを目の前にして助けることが出来ずに亡くなった《通形先輩》と《ナイトアイ》よ…

 

 きっと2人は死んで尚…後悔していると思うわ…

 

 

 

 ただ1つ…私には謎が残っていた…

 

 それは…ナイトアイの個性は《予知》…

 

 対象人物の未来の行動と周辺の環境を見ることが出来る個性…

 

 その個性のおかげで、エリちゃんが死穢八斎會の本拠地にいることが判明できた…

 

 そしてナイトアイの予知は、使い方によっては対象人物の《死の瞬間》まで確認することが出来てしまうと、以前ナイトアイが言っていた…

 

 ナイトアイ本人は不用意に《他人の死の未来を見ること》は拒んではいたけど、もし予知を使って自分か通形先輩の死の未来を見ていた可能性があったのならば、僅かな可能性でもその未来を回避できたんじゃないかと…私は思ってしまうのよ…

 

 況してやインターン生として受け入れていた通形先輩が《心臓病》を患っていたことをナイトアイが知らない訳がない…

 そんな心臓に爆弾を抱えていた通形先輩の未来を…ナイトアイが見ていなかったとは到底思えない…

 

 つまりナイトアイにとっても、治崎達との戦闘中に通形先輩が心臓発作で亡くなったことは《予想外のアクシデント》だったんじゃないのかと…私は入院中にも何度も考えさせられたわ…

 

 

 

 でも…その真相を私が知ることは出来ない…

 

 だって…通形先輩も…ナイトアイも…

 

 もうこの世にはいないんだから…

 

 

 

 私は溢れ出す悲しみに蓋をしながら眠りについた…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◯10月…

 

 私達インターン組の3人が雄英高校に帰ってきてからあっという間に数日が経過し、いつの間にか9月を終えて10月を迎えていた。

 

 その数日の間に、私達はオールマイト先生や根津校長達の引率のもとで《通形先輩のお葬式》と《ナイトアイのお葬式》に参列したわ…

 

 でも…インターン組の雄英生は全員が参加はしてない…

 何故かというと…《波動先輩》と《天喰先輩》の2人は出席しなかったからよ…

 

 死穢八斎會の事件後から…私達は2人と会えていない…

 

 2人にとって…通形先輩が亡くなったことは相当堪えているみたいなの…

 

 

 

 波動先輩は…病院を退院して雄英高校の寮に戻ったらしいけど…ずっと自分の部屋に籠って一切外へ出てこないって聞いたわ…

 リューキュウ事務所からの連絡にも応答がないらしく…ミッドナイト先生やリカバリーガールが波動先輩の部屋を訪れてカウンセリングをしているみたいだけど…

 現状の波動先輩は…精神的にかなり不安定な状況で…当面の間は《休学》扱いとして休ませるとミッドナイト先生が教えてくれたわ…

 

 

 

 でも天喰先輩は…波動先輩よりも酷い状況になっているのよ…

 詳細は教えてもらえなかったけど、切島ちゃんがファットガムから聞いた話によると…

 病院の霊安室で通形先輩にすがり付き…涙が枯れるまで泣いた天喰先輩は、突然意識を失い霊安室で倒れてしまったみたいなの…

 死穢八斎會組員との戦闘で負った傷もあったのだろうけど、それ以上に心に負ってしまった傷が大き過ぎたようで、天喰先輩は精神病…完全な《鬱病》になってしまったらしく《誰かの手助けがなければ日常生活も送ることすらでない程の障害状態》になってしまったらしいわ…

 切島ちゃんが教えてくれたんだけど、天喰先輩と通形先輩は小学校からの幼なじみであり親友だったのよ…

 その親友を失った余りの損失感に耐えきれず鬱病となり…結果、天喰先輩も《休学》扱いで精神病院に入院することが決まってしまったの…

 

 

 

 そんな精神的に参ってる状態の2人が《通形先輩のお葬式》に参列できる訳がなかった…

 

 

 

 《相澤先生》…《13号先生》…《飯田ちゃん》…

 

 今年に入って既に3つもの葬儀に参列している…

 

 だというのに…まだ大した時間も経過してない間に…また葬儀が行われるなんて…

 

 《洸汰君》と《青山ちゃん》の葬儀こそ私達は参列できなかったけど…

 

 それでも雄英高校に入って1年も経たない内にこんなにも多くの人達がこの世を去ってしまった…

 

 

 

 それを思う度に私は考えさせられる…

 

 私は何のために雄英高校に入学したのかを…

 

 

 

 そう内心で自問自答しながら《通形先輩》と《ナイトアイ》の葬儀に参列していたら、もはや恒例なのかまたしても火葬の時点で火葬炉に問題が発生して遅れがあったわ…

 

 いったいなんなのかしら?

 

 《13号先生》の時といい《飯田ちゃん》の時といい、私にはまるで誰が意図的に彼らの火葬を邪魔しているような気がしてならないわ。

 

 そして当然ながら、ただの学生である私達の身分では《お骨上げ》には立ち会えなかったけど、彼らの骨はちゃんと親族達が骨壺に入れられた後にお墓に埋葬されたみたいよ。

 

 

 

 2人の葬儀を終えて、私達インターン組は各ヒーロー事務所との話し合いの末に、インターン活動は暫く様子見となったわ。

 

 リューキュウもファットガムも…波動先輩と天喰先輩の現状には悲しんでいた…

 だけどいつか、2人が戻ってきてくれることを信じて待つことにしたみたい…

 インターンが再開されたら、私達(私、お茶子ちゃん、切島ちゃん)にもまた声をかけてくれると約束してくれたわ…

 そして、ナイトアイ事務所はサイドキックのセンチピーダーが後を引き継いだそうで、バブルガールと一緒にナイトアイと通形先輩の分も頑張っていくみたいよ…

 

 

 

 

 

 そうして、インターン生活に一時的に区切りをつけた私達は再び雄英での学校生活を再開した。

 

 でも正直…前よりも酷い学校環境になっていたことを数日も経たない内に思い知らされることになったわ…

 

 その日、私とお茶子ちゃんが食堂で昼食を食べていた時のこと…

 私達がいるテーブルに《桃色のショートヘアーの女子生徒》がやって来て話しかけられたの…

 誰かと思い聞いてみると、女子生徒は《ヒーロー科3年生》で名前を《甲矢 有弓(はや ゆうゆ)》と名乗ったわ…

 何の用件なのか聞こうとした矢先に、甲矢先輩は私とお茶子ちゃんの胸ぐらを掴んで無理矢理たたさせると…

 

『アンタ達のせいで……アンタ達のせいで《ねじれ》が壊れちゃったじゃないの!!?』

 

 食堂全体から向けられる無数の視線などお構い無しに、甲矢先輩は涙を流しながら私達に怒鳴って訴えかけてきたのよ!?

 

『アンタ達が通形を守っててくれれば…ねじれも天喰もあんな風にはならなかったのに…なんで……なんでよ!!!??』

 

 甲矢先輩は泣き崩れて床に膝をついた…

 

 騒ぎを聞きつけて先生達が先輩の対処してくれた…

 でも…私もお茶子ちゃんと…とてもじゃないけどこのまま食事を続けられる程の精神は図太くない…

 私達はまだ半分も食べてない昼食を返却口に置いて教室へと戻ったわ…

 

 切島ちゃんも同じ頃、ヒーロー科3年生の男子生徒達から《通形先輩が亡くなったこと》と《天喰先輩が壊れてしまったこと》で絡まれていたみたい…

 

 

 

 雄英高校が誇る《ビッグ3》が実質リタイアした反動は私達の想像以上だった…

 

 1人は《死亡》…

 

 1人は《引き籠もり》…

 

 1人は《入院》…

 

 先輩達の現状を悲しんでいるのは私達(インターン組)と同じ筈なのに…

 私達は以前よりも上級生達からの反感を買うようになってしまったのよ…

 

 雄英高校は女子生徒よりも男子生徒の方が多いけど、波動先輩の人略はとても広く、3年の同学年では9割近いの女子生徒達が波動先輩の友達のようで…私とお茶子ちゃんは学校内では3年生の女子生徒に絡まれるようになってしまったわ…

 

 おかげで学校内では…授業の時と補習を受けている時しか気が休まる暇がなくなってしまった…

 

 

 

 そして反感を買っていたのは《上級生》だけじゃない…

 

 今年に入ってから例年に見ない事件続きの雄英高校…

 そんな暗い気分を一変させるために、根津校長は《文化祭》の開催を決定してくれたわ!

 文化祭、それは学校生活において《1番楽しい行事》であり、学生ならば誰もが楽しい時間を過ごせるお祭り!

 

 だけど…私達《ヒーロー科1年A組の生徒》が…そんな楽しい行事に快く参加して良い訳がない…

 

 理由は知っての通り…1年A組が今年の4月から問題ばかりを起こしているからよ…

 今残っている私達(A組14人)が問題を起こした訳じゃなくとも、《1年A組》に集中して何度も何度も騒ぎが起きれば他のクラスからの批判を受けるのは分かりきったこと…

 

 事実、同級生である《普通科》《サポート科》《経営科》の生徒達では、発目ちゃんを除いた全員が私達のことを厄介者扱いしているわ…

 

 しかも8月末に雄英高校にヴィラン連合の内通者の存在が発覚したのを皮切りに、雄英高校から去っていく他の科の1年生達(普通科、サポート科、経営科)が後を絶たず、10月を迎える時点で既に普通科、サポート科、経営科のクラスの生徒はそれぞれ半数近くも雄英高校を出て行ってしまったのよ…

 

 ただ、同じヒーロー科でもB組の生徒達は反感を受けてはないようだから文化祭を楽しめるかも知れないけど、私達A組は『文化祭を楽しむ資格なんてない』…

 そう私は…私達は決めつけていた…

 

 

 

 でも…そんな暗い雰囲気の私達を《先生達》と《ヒーロー科1年B組の生徒達》が奮い立たせてくれたのよ。

 先生達はともかく、なんでB組の生徒達が私達A組をフォローしてくれたのかというと…

 

 B組も爆豪ちゃんや飯田ちゃんの件については、私達A組に対して《疎ましく思ってた気持ち》はあったみたいなんだけど、《林間合宿で一緒にヴィランからの襲撃を経験したこと》がキッカケで、他の科のクラスや上級生達とは違って私達A組(14人)の心情を理解してくれていたの…

 

 彼ら(1年B組)は『自分達がもし私達(1年A組)と同じ立場だったならばどうしていたか?』を考えてくれたみたい…

 

 

 

・もし自分達のクラスに…《爆豪ちゃん》のような傍若無人の狂人がいたら…その狂人が犯罪を犯して逮捕されてたなら…どうするのか?

 

・もし自分のクラスメイトが…《赤谷ちゃん》のように瀕死の重症を負って昏睡状態になったら…どうするのか?

 

・もし自分のクラスの担任が…《相澤先生》のように突然襲撃してきたヴィランに殺されたら…どうするのか?

 

・もし自分のクラスの委員長が…《飯田ちゃん》のように身内の復讐に走った結果、ヴィラン返り討ちにされて死んだなら…どうするのか?

 

・もし自分のクラスメイト達が…《常闇ちゃん》と《轟ちゃん》のようにヴィランを拐われたなら…どうするのか?

 

・もし自分のクラスメイトの中に…《青山ちゃん》のようなヴィランからの内通者がいたなら…どうするのか?

 

・もし自分達を慕ってくれていた先輩たちが…《通形先輩》のように死んでしまったら…《波動先輩》のように周囲を関わりを避けるようになったなら…《天喰先輩》のように精神が壊れて入院してしまったなら…どうするのか?

 

・そしてその非難の全てを…《私達(1年A組)》のように一方的に向けられたなら…どうするのか?

 

 

 

 林間合宿を通して…共にヴィラン連合の襲撃を受けたB組の生徒達だからこそ…彼らは私のことを理解してくれたのよ…

 

 それは私達A組に異常なまでに敵対心を抱いていたあの物間ちゃんですら…

 

『今回の文化祭の出し物で僕達がキミ達に圧勝して、A組よりもB組の方が優秀であることを証明するのは楽勝さ!でもね…張り合う相手がいないと僕達もつまらないんだよ!だからお互いに協力し!フェアで競おうじゃないか!』

 

 …って…彼なりの言葉で私達に同情してくれたわ。

 

 とはいっても、それを言った直後に『もっとマシな言い方は出来ないのか!?』と拳藤ちゃんの手刀を喰らって気絶したけどね…

 

 

 

 

 

 それから私達A組は、B組生徒達と協力して《文化祭の出し物》の準備をしていったわ。

 

 A組は耳郎ちゃんの案で《バンド演奏とダンスを融合させたパフォーマンス》に決まり、B組は《ロミオとジュリエットとアズカバンの囚人~王の帰還~》っていう…どっかで聞いたことが有るような無いような名作のタイトルがごっちゃになったファンタジー演劇をやることが決まったのよ。

 

 お互い《歌う曲》や《劇の内容》の詳細については文化祭本番までのお楽しみで秘密となったけど、その間《A組のダンスやパフォーマンスの振り付け》や《B組の劇で使われるセットの制作》をお互いに助け合っていったわ。

 

 その準備期間を通してB組の生徒とも仲良くなっていった。

 主に私やお茶子ちゃん等のA組女性人は、B組の女子7人を名字ではなく名前で呼び会う程の仲になったわ。

 男性人でも《切島ちゃん》や《鉄哲ちゃん》のように気の会う人達で友達になったみたい。

 

 

 

 

 

 もし…B組の生徒達が私達を立ち直らせてくれなかったら…少なくとも私は…今頃雄英高校を中退して出ていっていたかもしれないわ…

 

 10月に入ってすぐ…波動先輩の親友である《甲矢先輩》に食堂で絡まれた時…

 

 私とお茶子ちゃんの心は限界だった…

 

 もう…雄英高校に《私達の居場所》は無いんじゃないかって悩みに悩んで苦しんだわ…

 

 こんなに辛くて苦しい思いに耐えながらでないとプロヒーローを目指せないと言うのなら…

 

 もういっそのこと『ヒーローの夢なんて諦めよう』って何度も考えたわ…

 

 

 

 でも赤谷ちゃんや相澤先生達のことを思い出すと…それだけは出来なかった…

 

 その矛盾が私を余計に苦しめた…

 

 《文化祭》があると分かった時ですら素直に喜べ無い程に… 

 

 

 

 そんな荒(すさ)んだ私達へ、同じヒーロー科のB組が手を差し伸べてくれた…

 

 それがどんなに嬉しかったことか…

 

 文化祭までのあと《約1ヶ月》…

 

 雄英高校の生徒全員が楽しめる《パフォーマンス》と《演劇》を必ず成功させるために、私達は文化祭当日に向けて頑張っていったわ!

 

 

 

 

 

 でもその努力が《たった2人のヴィラン》によって…全て《水の泡》にされるなんてね…思いもしなかったわ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◯11月…

 

 私達1年A組は全校生徒の大半から非難を受けながらも1年B組と協力して、双方の出し物の準備と練習を重ねていき、無事全ての準備を終えて《文化祭前日》を迎えたわ。

 

 B組は明日に備えて一足先に寮へと戻っていったけど、私達A組はダンスと演奏を最終チェックを兼ねて時間ギリギリまで練習をしていた。

 

 あれから1ヶ月近くが経過したけど、相変わらず上級生や他の科の同級生からのA組のヘイトはおさまってはいない…

 

 でも…彼らからすれば私達(A組)が《迷惑な存在》であり《軽蔑の対象》であることは仕方ないことなんだと…この1ヶ月で十分過ぎる程に実感させられたわ…

 

 

 

 《上級生(3年生)》からすれば、今年は卒業に向けて自分の将来を決める大切な1年間だというのに、下級生(1年生)が問題や事件を起こしていれば、その火の粉は3年生の自分達にも飛んできて《就職》と《進学》に大きな支障が出る…

 

 そうなれば、先輩達の《雄英高校での3年間の努力》が全ての無駄になってしまう…

 

 加えて《同級生であるビッグ3の3人が実質いなくなったこと》も、3年生達が1年A組を毛嫌いしている十分な理由なのよ…

 

 

 

 それはヒーロー科以外の他の科の同級生達も同じこと…

 

 《普通科の生徒達》は入学試験でヒーロー科になれなかったこともあり、入学当時から私達(ヒーロー科生徒)を目の敵にしていたために、ヒーロー科の生徒が問題や事件を何度も起こしていれば、その敵意はより一層大きくなり《私達に対する不満》は貯まっていく…

 

 《サポート科と経営科の生徒達》も同じ、彼らの場合はそれぞれ《開発面》と《経営面》でヒーローの後方支援をすることが目的なのもあって、普通科の生徒のような入学当時からヒーロー科に敵意を向けてる訳じゃない。

 

 でもソレはソレとして、A組に集中して問題が発生していれば迷惑なのは事実…

 

 私達と同じ1年生であるがために、彼ら(サポート科と経営科の同級生)も世間から要らぬ被害(影口、冷たい目線)を受けてしまう…

 

 

 

 私達(ヒーロー科)も、ヴィランに好き勝手で振り回された《被害者》の筈なのだけど…

 

 私達以上に被害者は《上級生達》と《他の科の同級生達》なのよ…

 

 

 

 だからこそ、そんな被害者である彼らのストレスを少しでも発散させるため、私達A組は《バンド演奏とダンス》を披露することにしたの。

 

 彼らからすれば余計なお世話かも知れない…お節介かも知れない…だけどそれが私達(A組)なりの彼らに向けた《贖罪》なのよ。

 

 

 

 明日の10時に私達の出し物(バンド演奏とダンス)が体育館であるわ。

 文化祭の開催時間が9時だから、1時間後に始められるの。

 その際、一般のお客さんはともかく校内の生徒達が見に来てくれるかは分からないけど、私は全力でパフォーマンスを演出するまでよ!

 

 

 

 ただ1つ…今回の文化祭において私には気掛かりなことがあった…

 

 

 

 それは文化祭の準備期間中のとある土曜日、私が食堂で《根津校長》と《ミッドナイト先生》に会った際、根津校長がチーズを食べ終えて席を離れた後にミッドナイト先生が私にこっそり教えてくれたことよ。

 

 今回の文化祭の開催については《警察の人達》から中止するべきとの忠告を根津校長は受けていたの… 

 

 しかも、その警察側の中には《警察庁長官》というトップの人だけでなく《赤谷警視監》…つまり《赤谷ちゃんのお父さん》もいたのよ。

 彼らは雄英高校に足を運んだ理由は、根津校長に『文化祭は自粛して後進育成に勤めるべき』と釘を刺しに来たみたい…

 

 4月に発生した屋内対人戦闘訓練で赤谷ちゃんを瀕死の重症にしてしまった件もあったから、根津校長は赤谷警視監に対しては頭が上がらなかったという…

 赤谷ちゃんが昏睡状態になった原因を作ったのは《爆豪ちゃん》と《オールマイト先生》だというのに…

 

 それでも根津校長は《警察庁長官》と《赤谷警視監》に対して深々と頭を下げながら説得を続け、やっとの思いで《条件付きの文化祭の開催》を承諾することが出来たみたい。

 

 

 

 警察から出された《条件》についてもミッドナイト先生は説明してくれたわ。

 

 その条件は、ヒーロー育成高校なら《当たり前の条件》ではあるのだけど…同時に《厳し過ぎる条件》だった。

 

 警察からの条件…《万が一にも警報がなった場合、それが例え誤報であったとしても即座に文化祭を中止にして避難を最優先にすること》…それが文化祭を開催する条件…

 

 だからこそ根津校長は、文化祭を絶対に成功させるために《雄英のセキュリティ強化》と《当日の警備を雄英高校の先生達だけでなく、プロヒーロー達(シンリンカムイ、Mt.レディなど)を雄英体育祭の時よりも多く揃える》などで磐石な対策を整えていた。

 

 

 

 そこまでの万全を期しているのだから『明日の文化祭当日にヴィランが雄英高校に現れることは絶対に無い』と全校生徒達は信じきっている。

 

 私もそう信じたいのだけど…もしも…万が一にも…《明日の文化祭にヴィランが侵入して警報が鳴ってしまったら》…と思うも不安になってしまい…練習中もそればかりが気掛かりで仕方がなかったわ…

 

 

 

 

 

 そんな私の不安は…的中してしまった…

 

 

 

 

 

 朝日が昇り晴天に恵まれた雄英高校は、待ちに待った《文化祭当日》を迎えた!

 

 祭り事は誰もが楽しみなのか、雄英高校の全校生徒達が今か今かと開催時間である《9時》になるのを待っていた!

 

 私達1年A組も衣装に着替えて《10時》から公演される演奏とダンスに備えていると、プレゼントマイク先生の放送によって文化祭がスタートされた!

 

 私達が体育館のステージで待機していると、体育館内に沢山の人が集まってきた。

 《一般のお客さん》だけでなく《上級生と他の科の同級生達》も来てくれていた。

 

 こんな言い方は何だけど、彼ら(上級生と他の科の同級生)は《楽しむため》ではなく、私達の1年A組の《品定めをするため》に来たのかもしれないわね…

 

 でも…それでも楽しんでいってほしい…

 

 彼らのストレスが少しでも減らせると信じて、私達はこの1ヶ月間ずっと頑張ってきたんだから!

 

 

 

 そして時間はいよいよ10時になり、体育館のステージの幕が上がって、私達A組の演奏のスタートを切ろうとした!!!

 

 

 

 …筈だった……

 

 

 

 演奏メンバーが各々の楽器の音を奏でようとした正にその瞬間!

 

 

 

 

 

ウウーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!

 

 

 

 

 

 私達の演奏は《けたたましく鳴り響いた警報音》によってかき消されてしまった!!?

 

 文化祭が始まってまだ《1時間》しか経過してないというのに、ミッドナイト先生が言っていた《文化祭中止の警報》が鳴り響いてしまったのよ!!!

 

 

 

 警報が鳴ったことによって私達の演奏とダンスは当然中止…

 

 

 

 でも演奏とダンスが出来なくなったことに悲観している暇は私達に無かった…

 

 警報に驚いた《体育館に集まった生徒と一般のお客さん達》が一斉にパニック状態となり、一目散に全員が出入口に向かおうとしていた。

 

 ただでさえ体育館には沢山のお客さんと生徒達がやって来ていたことで《寿司詰め状態》だったというのに、それが一斉に1ヶ所(体育館の出入口)に集中した…

 その光景はステージにいた私達からすれば《阿鼻叫喚》…《地獄絵図》そのもの…

 

 体育館いっぱいにいた人達が一度に外へ出られる訳がなく、密集していた人混みの真ん中の人達が《前でつっかえていた人達》と《後ろの人から押し寄せてくる人達》に挟まれ、その圧力で明らかに苦しんでいるという《最悪の状況》だったのよ!

 

 ステージにいた私達が必死に呼び掛けたけど、鳴り続ける警報の音が大き過ぎるせいで私達の声は彼らに届かなかった!

 こうなってしまってはもう実力行使しかなく、私達A組はステージを降りて《出口へ向かおうと前の人を押している後ろの人達》にと近づき、彼らを別の避難口へと誘導した。

 B組の生徒も遅れてステージ裏からやってきて、私達と一緒に体育館にいた人達の避難誘導を手伝ってくれたわ。

 

 体育館にいた人達をグラウンドに避難させていると、人が減った体育館には《床に倒れている人達》が沢山いたため、私達は応急処置をしながら彼らをリカバリーガールの元へと運んだ…

 

 私達は文化祭を楽しむことなど微塵もできず、ただひたすら《避難誘導》と《怪我人の応急処置》をしたのよ…

 

 

 

 そして空がオレンジ色になった頃…やっと騒ぎはおさまったわ…

 

 

 

 そして…今年開催された雄英文化祭は…言うまでもなく例年に比べて《もっとも最悪な結果》で幕を閉じることになってしまった…

 

 今回の文化祭にて《多くの怪我人》が出た…

 

 不幸中の幸い…死者こそいなかったけど、骨折や呼吸困難などによる重軽傷者が大勢に出てしまい、警報が鳴り終わった後の雄英高校は《パトカーと救急車のサイレンの音》が鳴り響いていた…

 

 雄英高校から救急車で病院に運ばれた怪我人については《雄英生》よりも《一般のお客さん》の方が明らかに多く、雄英高校はまたしても世間からバッシングを受けることになった…

 

 後で知ったことだけど、その文化祭当日の夜に《赤谷警視監》が雄英高校を訪れて、根津校長に会いに来ていたみたい…

 

 

 

 

 

 悪夢の文化祭の次の日から3日間、雄英高校は《文化祭の後片付け》を含めて《休学》となったわ…

 

 前日に発生した文化祭での大混乱のせいで、雄英高校は授業ができる状況じゃないっていうのもあったんだけど…

 《根津校長や警備をしていた先生達がヒーロー公安委員会と警視庁からの呼び出しを受けたことで数日帰ってこれなかったこと》と《文化祭の中止と騒動によって精神的にダメージを受けた生徒達の休息》もあって休学になったのよ…

 

 

 

 校長先生達が公安や警察に呼び出された用件が何なのかは、以前食堂でミッドナイト先生から話を聞いていたから私は検討が付いたわ…

 先生達は…公安委員会と警察上層部の人達から《叱責》を受けたのよ…

 《警察組織の人達(警視庁長官、赤谷警視監)》から事前に自粛を呼び掛けられていた上で、万全のセキュリティ強化を条件に文化祭を開催しておきながら、文化祭の開始から僅か1時間後に《ヴィランの侵入》を許してしまった…

 その責任はとても重く…雄英高校は世間のみならず…《警察組織》から信頼を失ったと言っても過言じゃない…

 もしかしたら最悪の場合…《雄英高校の閉校や廃校》という処分が下される可能性も考えられるわ…

 

 

 

 先生達のことはもちろん心配だけど、彼ら以上に私が心配しているのは…今回の文化祭中止によって尤も精神的苦痛を受けた生徒…

 ダンスの指導をしてくれた《三奈ちゃん》と演奏の指導をしてくれた《響香ちゃん》の2人よ…

 

 当然、文化祭の中止については雄英高校の全生徒が辛い思いをしたでしょうけど、私達A組から言わせれば《校内からの陰湿な嫌がらせ》を受けながらも、全校生徒に楽しんでもらうために《最高のパフォーマンス》と《最高の演奏》を文化祭で成功させようと努力していた《三奈ちゃん》と《響香ちゃん》の2人は…

 

 警報が鳴った時、慌てていた私達(三奈ちゃんと響香ちゃん以外のA組12人)と体育館にいた人達とは裏腹に…《放心状態》になって佇んでいたんだもの…

 

 それでもあの時は状況が状況がだったから、私達は2人を呼び掛けて正気に戻し、体育館でパニックを起こしていた人達の避難誘導に参加させた…

 

 でも…文化祭の騒ぎがおさまって…生徒達が寮に戻されると《三奈ちゃん》と《響香ちゃん》は学校が再開されるまでの3日間…自分の部屋に閉じ籠っちゃって出て来てはくれなかったわ…

 

 A組の皆が2人を心配していた…

 

 そんな折、A組の男子達(8人)が私とお茶子ちゃん、透ちゃんと百ちゃんに『文化祭の片付けは俺達に任せて、芦戸と耳郎の傍にいて元気付けてほしい』とお願いされたの。

 私達は男子からのお願いを引き受けたわ、元よりそのつもりだったからね。

 

 とはいえ…三奈ちゃんと響香ちゃんを励ますのは難航したわ…。

 私達4人(私、お茶子ちゃん、透ちゃん、百ちゃん)が交代で2人の部屋を訪れた時…2人はベッドの上に座り…膝を抱えて泣いていた…

 2人が落ち込み泣いていたのは《文化祭が中止になったこと》よりも《自分達の無理な指導に付き合ってくれた私達の努力を無駄にしてしまったという罪悪感》だったのよ…

 三奈ちゃんも響香ちゃんも何も悪くは無いのに…2人は誰よりもそれを悔いていた…

 

 結局のところ、三奈ちゃんと響香ちゃんが部屋から出てきたのは学校が再開されてからだった…

 

 2人は皆の前では《いつも通り》に過ごしてはいたけれど、2人の涙を見てしまった私達(A組の女子4人)からすれば…三奈ちゃんと響香ちゃんが悲しみを圧し殺して…皆を心配させないように無理をしていたのだから…私達女性人は余計に辛かったわ…

 

 

 

 そんな私達の仲間を悲しませて…文化祭を台無しにした元凶であるヴィラン!

 それは迷惑動画配信者である《ジェントル・クリミナル》よ!

 

 しかも警備していたプロヒーロー達は、雄英高校に侵入したジェントル・クリミナルとその仲間を取り逃がしてしまった…

 

 文化祭の次の日、テレビのニュースで文化祭当日に何があったのかを私達は全て知ったわ。

 ジェントル・クリミナルが雄英高校の文化祭に現れたのは一概に彼の《自己満足》だったのよ…

 

 しかも文化祭を滅茶苦茶にしたジェントル・クリミナルは、同日の夜に《とんでもない動画》を2つもネットにアップしていた!

 

 その動画の内容は《ジェントル・クリミナルとその仲間がプロヒーロー達が警備する雄英周囲の森を通り抜けて雄英高校の外壁に到達しつつ、雄英のセキュリティを解錠し校内に侵入するまでの映像》と《雄英高校の敷地のド真ん中でヴィランである自分の存在を大っ平にアピールする映像》だったのよ!

 

 《雄英高校の警備システム》と《警備をしていたプロヒーロー達の包囲網》を軽視するような発言をしながらジェントル・クリミナルはその2つの動画を締め括っていた…

 

 ジェントル・クリミナルがこれを機に《迷惑動画配信者》から《有名動画配信者》となったらしいけど、私達からすれば迷惑この上ないわ…

 

 

 

 

 

 でも皮肉なことに…

 

 今回のヴィラン騒ぎが原因なのか…

 

 私達A組が校内から受けていた嫌がらせは大幅に減ったわ…

 

 

 

 何故かというと…

 

 

 

 今回の警備は体育祭時よりもプロヒーローが増員されていたため、明らかに警備体制は例年の文化祭に比べても最大限に強化されていたわ。

 

 その事実は雄英高校の全生徒に伝えられていたから、生徒達は《楽しい文化祭》を過ごせると信じきっていた。

 

 あとは『私達(1年A組ヒーロー科)が厄介事を起こさなければ問題ない』と上級生と他の科の生徒達は確信していたのよ。

 

 …にも関わらず、当日の文化祭初日にヴィラン(ジェントル・クリミナル)が雄英高校内に侵入しただけでなく、ジェントル・クリミナルは雄英高校の敷地のド真ん中で高らかに《自分がヴィランであること》を大っ平に主張した…

 

 本来なら《索敵に優れたハウンドドック先生》がヴィランを見つけてくれる筈なんだけど、運悪くハウンドドック先生は《ヴィラン達が侵入してきた雄英高校周囲の森とは反対側の森》の警備をしていたことで気づかなかったそうなのよ。

 何より、ハウンドドック先生とエクトプラズム先生は《雄英高校周囲の森の半分》を担当して、《残りの森の半分》は増員した100人以上のプロヒーローに任せていたから、2人は自分が任された範囲の警備に集中しきっていた。

 

 そんな100人以上のヒーロー達の包囲網を、ジェントル・クリミナル達は潜り抜けて雄英高校の外壁に到着してしまった…

 

 プロヒーローを増員していたことが逆に仇となってしまい、今回のために集められたプロヒーロー達の警備がどれだけ《ザル》だったのかが良く理解された。

 

 そして、ジェントル・クリミナルは仲間に雄英高校のセキュリティをハッキングさせてセンサーを無効化し、個性を使って堂々と雄英高校の外壁を飛び越えて侵入してきてしまったのよ…

 

 

 

 つまり何が言いたいかというと…

 

 今回発生したヴィラン事件については《1年A組》の原因ではなく《警備を担当していた先生達を含めたプロヒーロー達》の失態によって文化祭が中止になってしまった…

 

 彼ら(上級生、他の科の同級生)は今まで、何かと言えば《私達(1年A組)》が全ての原因だと決めつけていたけど…

 

 その認識が間違いであったことに…奇(く)しくも《今回の雄英文化祭が中止されたこと》で理解してもらえたの…

 

 彼らも《私達(A組14人)が巻き込まれた側の立場》であったことを分かってくれたみたいなのよ。

 

 

 

 私達の演劇バンドで文化祭を盛り上げて、上級生と他の科の生徒達のストレス発散をさせて誤解を解こうと思っていたのだけど…

 

 まさか《文化祭が中止になること》でその誤解が解けるなんて思いもよらなかったわ…

 

 

 

 

 

 文化祭シーズンを終えて11月が下旬に差し掛かる頃…

 

 

 

・毎年2回開催されるヒーロービルボードチャート下半期の発表…

 

・長期の入院と活動休止を経て復帰したワイルドワイルドプッシーキャッツの1年A組寮の訪問…

 

・九州にてNo.1(エンデヴァー)とNo.2(ホークス)が共闘してハイエンド脳無の激戦を繰り広げた事件…

 

・そして、ヒーロー科1年A組14人とB組20人による合同戦闘訓練…

 

 

 

 そんな慌ただしい11月を過ごしつつ12月が近づいていたある日、私達はブラドキング先生から《那歩島でのプロジェクト》の話をされた…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は長々と《今年発生した悲劇の連鎖》を思い出しながら、事務所(いおぎ荘)の付近まで帰ってきたわ。

 

 でも歩き疲れていた私は、休憩をかねて事務所の近くにある自販機で飲み物を買い、その隣に置いてあるベンチに腰をかけてジュースを飲んだ。

 

 

 

 私は改めて今年の雄英高校が《災難》続きであったことを再認識した… 

 

 雄英高校での日々を思い返す度に…私は何度も考えさせられている…

 『私は何のためにヒーローに目指して…雄英高校に入学したのかしら?』…ってね…

 

 《ヴィランの襲撃》はともかく《私のクラスの生徒》が原因で、中学までは経験したことがない事件や騒動に何度も巻き込まれたわ…

 

 それは《私が望んでいたヒーロー高校の生活》とはかけ離れ過ぎている…

 

 

 

 今思い返すと…そもそも《爆豪ちゃん》が私達のクラスにいたことが全ての悲劇の始まりだったんじゃないかって思うようになったわ…

 

 

 

・爆豪ちゃんさえいなければ、赤谷ちゃんはこの島で私達と一緒にヒーロー活動が出来ていたかもしれない…

 

・赤谷ちゃんがA組にいてくれたなら…相澤先生も…13号先生も…飯田ちゃんも…洸汰君も…青山ちゃんも…通形先輩も…ナイトアイも命を落とすこと無かったかもしれない…

 常闇ちゃんと轟ちゃんがヴィラン連合に拐われずに済んだかも知れない…

 壊理ちゃんだって…救うことが出来たかもしれない…

 

・そうなっていれば…この島には今…《赤谷ちゃん》《飯田ちゃん》《常闇ちゃん》《轟ちゃん》《青山ちゃん》の5人も一緒に…ヒーロー活動が出来たかもしれない…

 

・青山ちゃんの内通者の一件については、どの道いつかは大騒ぎになっていたかもしれないけど、それでも裏切り者の報復として《青山ちゃんとその両親が悲惨な最後を迎えること(脳無の大群に襲われて殺されること)》は防げたかもしれない…

 

 

 

 私は今でも…『赤谷ちゃんには雄英高校に…1年A組に戻ってきてほしい』と願っている…

 

 

 

 だって…

 

 

 

「赤谷ちゃん…早く起きてちょうだい…でないと…お茶子ちゃんが…もう限界なのよ…」

 

 

 

 私はふと1時間前に言った言葉をまた呟いた…

 

 

 

 赤谷ちゃんが心配なのは私だけじゃない…それはA組の皆も同じこと…

 その中でも一番に…赤谷ちゃんの帰りを待っているのは…《お茶子ちゃん》なのよ…

 

 

 

 理由は勿論、忘れることなどできはしない…雄英高校での初のヒーロー授業《屋内対人戦闘訓練》の時…

 

 あんな悲劇が起こったのだから、当然なから授業は即刻中止となった…

 

 私を含めて他の16人の生徒はあの訓練を受けることは無かったけど、訓練に参加した第一試合の4人の中で唯一今も1年A組に残っているのは《お茶子ちゃん》だけ…

 

 《訓練を受けられなかった私達(16人)》とは違い、あの日の惨劇を間近で経験し…《それ》を直接見てしまったお茶子ちゃんは…今でも鮮明に覚えているのよ…

 

 

 

 《瓦礫に挟まれ…血まみれになった赤谷ちゃんの無惨な姿》を…

 

 

 

 お茶子ちゃんは今でこそ明るくて振る舞ってるけど…本心は不安で仕方ないのよ…

 

 リューキュウ事務所に勤めている間、私とお茶子ちゃんは2人でいることが多くなった…

 

 ある日の休憩時間、私は思いきってお茶子ちゃんを聞いてみたわ…

 

『お茶子ちゃん…私なんかで良ければ…お茶子ちゃんが抱えている悩みの捌け口なってあげるわよ?』

 

 私がそういうと…2人っきりだったからなのか…私を信用してくれたからなのか…お茶子ちゃんは胸の内にずっと閉じ込めていた《不安》の全てを泣きながら話してくれた…

 

 

 

『赤谷君があんなことになったんは…私のせいなんよ…。私はあの時…赤谷君を置いていくべきじゃなかった…一緒に爆豪君と戦うべきだったんや…』ポロポロ…

 

『私は赤谷君に2度も助けてもらったのに……私は赤谷君を…助けてあげられなかった…』ポロポロ…

 

『もし…赤谷君がこの先…一生目を覚まさんかったらって思うと……もし死んでもうたらって思うと……私は…怖いんよ…』ポロポロ…

 

『私はまだ…赤谷君へお礼を言えてへんのに………私……私は……いったいどうしたらええんよ…梅雨ちゃん……私…赤谷君のことが……心配で……心配で……うぅぅ……』ポロポロ…

 

 

 

 それはお茶子ちゃんの本音であり…《心からの叫び》だった…

 

 赤谷ちゃんの現状(昏睡状態)について、お茶子ちゃんには何の罪も責任も無いはずなのに…

 それなのに…ずっとずっと後悔して苦しみ…それを心の中に閉じ込めていた…

 

 それは飯田ちゃんも同じだったらしく、お茶子ちゃんと飯田ちゃんは赤谷ちゃんが爆豪ちゃんに痛め付けられてた時、私達よりもずっと近くにいたからこそ、その責任をずっと感じていたそうなの…

 

 あの授業(屋内対人戦闘訓練)で、赤谷ちゃんとペアになったお茶子ちゃんは、ヒーローチームとして赤谷ちゃんと作戦を練って決行に移したは良いものの、爆豪ちゃんは訓練とは思えぬ程の攻撃的な態度を見せていた。

 爆豪ちゃんの爆破を間近で受けそうになったお茶子ちゃんを、赤谷ちゃんは個性で《自分の位置と爆豪ちゃんの位置を入れ替えること》でお茶子ちゃんを助けた!

 それはモニター室で訓練の様子を見ていた私達だってすぐに理解できたわ。

 

 赤谷ちゃんは、お茶子ちゃんを飯田ちゃんがいる上階に向かわせると、爆豪ちゃんを足止めすることにしたのだけど…

 爆豪ちゃんは《訓練》だということを忘れていたのか、狂気の笑みを浮かべながら個性と暴力で赤谷ちゃんを一方的に痛めつけ始めた!?

 

 そんな暴挙が起きていたにも関わらず、オールマイト先生は何故か爆豪ちゃんに忠告するだけで訓練事態を止めようとはしなかった…

 

 そして…それは大惨事を招くこととなる…

 

 オールマイト先生に忠告されたというのに、爆豪ちゃんの爆破の威力をどんどん上げていきながら赤谷ちゃんへの一方的な攻撃を続けた!

 

 オールマイト先生はそんな爆豪ちゃんを見て、今更ながらも訓練を中止宣言しようとした正にその時!!!

 

 爆豪ちゃんの爆破によって建物に亀裂が入って建物が崩壊した!!?

 

 血相をかけたオールマイト先生は急いで外に出て、4人の救助を行った。

 

 お茶子ちゃんと飯田ちゃんは《軽い捻挫》で済んだけど、爆豪ちゃんと赤谷ちゃんは違った…

 

 爆豪ちゃんは《左腕》と《右足》を瓦礫に挟まれてはいたけど意識はあった。

 

 だけど…赤谷ちゃんは《瀕死の重体》になった…

 

 

 

 本当に何故?…オールマイト先生はあの時に訓練を中止しなかったのか?

 

 私はオールマイト先生に何度もその答えを聞いたけれど、未だに教えてもらえない…

 

 お茶子ちゃんを苦しめている責任の一端は《オールマイト》にもあるというのによ!

 

 

 

 

 

 現に那歩島へと出発する前日に、私とお茶子ちゃんはブラドキング先生に無理を言って《赤谷ちゃんの現在の容態》を確認してもらったの。

 

 お見舞いに行きたくても、赤谷ちゃんの御両親が《ヒーロー及びヒーロー関係者》の面会やお見舞いを断固として拒否しており、何より赤谷ちゃんは未だにセントラル病院の集中治療室で昏睡状態で《余談を許さない容態》であるとニュースで流れていた。

 

 でも、ニュースで流れていたことが全て事実なのか疑っていた私達は、ブラドキング先生にお願いして《赤谷ちゃんの本当の容態》の確認をお願いしたのよ。

 勿論最初は断られたけど『モヤモヤした気持ちのままでは、プロジェクトに真剣に取り組めません』との言い訳とワガママを言いながらもブラドキング先生に懇願した。

 始めは断っていたブラドキング先生だったけど、最後は了承してくれたわ。

 

 それから時はあっという間に過ぎて、私達はプロジェクトを行う那歩島へと出発するため、A組とB組の生徒は雄英高校が用意してくれた専用のバスに乗りながら空港に向かっていた。

 ただA組のバスにはブラドキング先生が引率として乗ってくれて、私とお茶子ちゃんは1番前の座席となり、そこでブラドキング先生から他の皆には聞こえないように《赤谷ちゃんの本当の容態》を教えてもらえたのよ。

 赤谷ちゃんの御両親にも許可をもらわないといけなったらしく、かなり苦労してやっと確認できたと言っていたわ。

 

 

 

 ただ、赤谷ちゃんの本当の容態…

 

 それは私達の想定していた予想よりも《酷い容態》だったのよ…

 

 

 

 ニュースでは伏せられていたけど、昏睡状態の赤谷ちゃんの容態は日に日に悪化する一途を辿っていて…

 『このままでは最悪《植物人間》になってしまう可能性が大きい…』

 …とセントラル病院の医師が言っていたという…

 

 

 

 《植物人間》と聞いた時、私は生きた心地がしなかった…

 そしてお茶子ちゃんは私以上に、ブラドキング先生から伝えられた《赤谷ちゃんの本当の容態》を重く受け止めていたことで《この世の終わりみたいな表情》をしながら絶望していたわ…

 

 

 

 

 

 赤谷ちゃんへ直接的に危害を加えたのは《爆豪ちゃん》だけど、間接的に赤谷ちゃんとお茶子ちゃんを傷つけたのは誰でもない…《オールマイト》なのよ!!?

 

 私はもう…オールマイトを信じることが出来ない…

 

 これまで《日本の平和を守り続けてくれたNo.1ヒーロー》としては確かに尊敬している…

 

 だけど…《教師》としても…《人》としても…信用したくないのよ…

 

 

 

 

 

 オールマイト先生への憎悪を募らせつつ、赤谷ちゃんとお茶子ちゃんを気にかけながら、私はベンチから立ち上がり飲み終わったジュースの缶を自販機の横に置いてある空き缶のゴミ箱に捨てた。

 

 ある程度休憩した私は自転車を押しながらすぐ傍の事務所に戻ろうとした…

 

 

 

 

 

 すると、前方から《幼い子供2人を連れてながら買い物袋を持つマスクに帽子に変な眼鏡を着けた男の子》が歩いてきたわ。

 

 私と同じ《3人兄弟》かしら?

 

 《顔を隠した私と同い年くらいの男の子》と《五月雨と同い年くらいの女の子》と《さつきと同い年くらいの男の子》は、話をしながら歩いているからなのか、私の存在に気づいてないみたいね。

 

 そんな折、女の子が《兄と思われる男の子》に指を指しながら何か言っていた。

 遠くて聞き取れはしなかったけど、男の子が顔を隠していたマスクに手を掛けた。

 恐らく女の子は『暑苦しいからマスクくらいの外しないよ』…とでも言ったのね。

 

 

 

「五月雨とさつき、元気かしら?」

 

 

 

 ふと自分の弟と妹のことを思い出しながら呟いた私だったけど…《マスクを外した男の子の顔》を見た瞬間!

 

 私は反射的に《ある男の子の名字》を大声で叫んでしまったわ!!!

 

 

 

「あ…赤……赤谷ちゃん!!???」

 

 

 

「えっ?」

 

「「?」」

 

 私の大声に反応して3人の兄弟は私に視線を向けてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

None side

 

 蛙吹 梅雨は浜辺から事務所までの帰宅途中、事務所である《いおぎ荘》を目前にして、赤谷 海雲と瓜二つの顔をした《緑谷 出久》に声をかけていた。

 

 咄嗟に出久達へ駆け寄った蛙吹は、半ば動転しながら出久に語りかけた!

 

「赤谷ちゃん!どうしてここに!?いえ、それ以前に目を覚ましたのね!?良かったぁ…」

 

「「「?」」」

 

 蛙吹に話しかけられた出久、真幌、活真の3人は、彼女が一体何を言っているのか理解できずにいた。

 

「いつ意識を取り戻したの!?連絡の1つくらい私達にはしてくれもいいじゃない!?私も…A組の皆も…赤谷ちゃんのことをずっと心配してたのよ?特にお茶子ちゃんは…アナタに助けてもらったお礼を言えなくていつもの泣いてるの…。だから…お茶子ちゃんを安心させてちょうだい…赤谷ちゃん…」

 

 蛙吹は自分が必死に話しかけている相手が《全くの別人》だと気づかないまま語り続けた。

 

 そんな彼女の圧に押されて言葉を発せられなかった3人だったが、出久よりも先に真幌が口を開いた。

 

「ちょっとアナタ!いきなり何なのよ!?さっきから出久のことを何度も『赤谷』『赤谷』って!コイツの名字は《緑谷》よ!」

 

「…ケ……ケロッ?……緑…谷?」

 

「出久兄ちゃん?このお姉ちゃんと知り合いなの?」

 

 真幌が蛙吹に突っかかっていると、活真は出久の服を引っ張りながら問いかけた。

 

「いや…知らないよ?…話すのも今日が初めての筈だけど?」

 

「ケロッ……赤谷ちゃんじゃあ……ない?」

 

 出久は活真の問いに返答した。

 

 出久の声を聞いた蛙吹は、やっと自分が《人違い》をしていたことに気が付いた。

 

 緑谷 出久の外見は《双子》と言って良い程に赤谷 海雲にソックリだった、しかし声色も違えば雰囲気も髪色も違っていた…

 

 

 

 冷静になった蛙吹は出久達に謝罪した。

 

 

 

「ごめんなさい!えっと…緑谷ちゃん…だったかしら?私のクラスメイトの赤谷ちゃんと余りにもソックリだったから…てっきり本人だと思って間違えちゃったの…本当にごめんなさい!」

 

「い…いえいえ…別にそこまで謝らなくてもいいですよ」

 

「まったく!さっきのお饅頭みたいな顔をしたヒーローといい、雄英高校のヒーロー科の1年生ってホントにダメダメヒーローなのね!」

 

「お…お姉ちゃん…」

 

 出久は蛙吹の勘違いを気にしてはいない様子だったが、真幌は臆面もなく厳しい言葉を述べて、活真は蛙吹に対する真幌の態度に慌てていた。

 

「それじゃあ…僕達はこれで失礼させてもらいます」

 

 出久はすぐさま蛙吹の横を通り過ぎていき、真幌と活真は出久の後を追いかけていった。

 

 出久達が去っていく後ろ姿を…蛙吹はジッと見ていた…

 

「ケロッ…本当に赤谷ちゃんにソックリだったわ…。《世界には同じ顔をした人間が3人いる》って聞いたことはあったけど…あんなに似た人が日本にいたなんて…。顔を隠してたからA組の誰も彼の存在に気がつかなかったのね…」

 

 蛙吹は出久達の姿が見えなくなると、自販機の傍に停めていた自転車を押して事務所へと戻っていった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●九州地方…(同日の夜)

 

 

 夜の交差点で信号待ちをしている軽トラックに乗車する《真幌と活間の父親》は、スマホホルダーに固定したスマホに映る動画を見ており、故郷の島で暮らす我が子達からの応援メッセージで元気付けられていた。

 

『次に帰ってこれるの!10日後だったよね!』

 

『お父さん、お仕事頑張って~』

 

『こっちのことは心配しなくていいよ~活真と出久の面倒はちゃんと私が見るから!』

 

「ありがとうな、真幌、活真。目一杯お土産を買って帰えるからな!あと、出久君と引子さんの分のお土産も買っていかないとな~、いつも真幌と活真がお世話になってるし、さて何を買っていこうか…んお?」

 

 そろそろ信号が赤から青に変わると思い、目線をスマホから前方に移した瞬間、いきなり目の前から《狼の顔をした大男》が突進して来て、その衝撃により《真幌と活間の父親》は軽トラから投げ出された!

 

「ぐおっ!?……ぐぅ……ん?」

 

 アスファルトの上に倒れ伏せた《真幌と活真の父親》は、自分に近づいてくる1人の男が目に留まった。

 

「ようやく見つけた…」

 

「なっ…何をぉ…」

 

「安心しろ…殺しはしない…」

 

 突然の出来事に対応できず、その場から動けなくなった《真幌と活真の父親》は、頭をナインの両手で掴まれた…

 

 

 

 

 

 そして…

 

 

 

 

 

「だが…個性をもらう…」

 

 抵抗することも出来ず、自分の身体から吹き出す《緑色の光の線》がナインの身体へと流れ込んでいく…

 

 

 

 

 

 それと同時に…先程まで雲1つ無かった夜空が雷雲に包まれていった…

 

 

 

 

 

 ナインは《目的の個性》を奪い終わると、気を失った《真幌と活真の父親》から手を離し…

 

 己が生まれもった個性《気象操作》を発動させ…

 

 ところ構わず都市に向かって無差別に稲妻を降らせて大惨事を引き起こした!

 

 

 

 町の電力がストップしてことで人工の光を失った暗闇の都市を、落雷によって発生した建物の火災による炎が照らしていた…

 

 

 

「遂に手に入れたか!」

 

「これで…実現する!」

 

「私達の望む…新世界が!」

 

 倒壊し炎に包まれた建物を見ながら、遂に目的の個性の入手に成功した4人は歓喜に震えていた!

 

 

 

 しかし…

 

 

 

「グッ!?ウオオォ…!!???」

 

「ナイン!?」

 

 突然、苦しみだしたナインは、両手で顔を押さえながら膝を着いた!?

 

 スライスとマミーは直ぐ様ナインに駆け寄った!

 

「な、何故だ!何故!??」

 

 ナインは改めて、先程奪った《細胞活性の個性》の詳細を確認した。

 

 すると…

 

「B型が不足している…」

 

「ッ!?なんと!!」

 

「ここまで来て振り出しかよ!?クソが!!」

 

 ナインの言葉に驚き悔しがるマミーとキメラ。

 

「いえ、まだ策はあるわ」

 

 だがその時、スライスが落ちていたスマホを拾い上げ、全員に見えるように持ちながらスマホの画面に映っていた動画を再生した。

 

『お父さん、お仕事頑張って~』

 

『こっちのことは心配しなくていいよ~活真と出久の面倒はちゃんと私が見るから!』

 

 スマホに移る《2人の子供》を見ながらナインは、新たなターゲットを決めた…

 

「そうだった…個性は……遺伝する…」

 

 画面が割れたスマホに映る幼い姉弟に…ナインは苦しみながらも鋭い視線を向けた…

 

 

 

 

 

 ナインが狙う次のターゲットは………




 今回投稿した話(スローライフの法則4話~6話)を書くに与って、当初は《ビッグ3の2人》か《B組生徒》のどちらをA組と共に那歩島に向かわせるか迷っていました。

 しかし、今回の蛙吹 梅雨の回想シーンで分かる通り、今作の番外編における《波動 ねじれ》と《天喰 環》の2人は《通形ミリオが亡くなったこと》によって精神が壊れてしまい、とても戦える状態ではないため、《ヒーロー科1年B組の生徒達》をA組と一緒に那歩島でのプロジェクトに参加していただきました。

 あと今作に登場する《物間 寧人》なのですが、私なりに性格を少し改変する予定でいます。
 とはいえ、なるべく《原作寄りの性格》にしますが、詳しくは今後の話で分かるようにいていきます。





 今回の終盤、この番外編の世界で最初に《緑谷 出久》と出会った(顔を見た)雄英生は《蛙吹 梅雨》となりました。

 雄英高校ヒーロー科1年生達(34人)が那歩島に来てから、出久は外を出歩く際は《帽子、マスク、ロイド眼鏡》を着けているため、雄英生は出久君の素顔は見ておらず、真幌ちゃんの指摘でマスクを外した出久君を偶然にも蛙吹さんが目撃しました。

 《昏睡状態の筈のクラスメイト(赤谷 海雲)》と《瓜二つの人間(緑谷 出久)》を見かけたならば、今回の蛙吹さんのようにA組のメンバー全員が驚いて赤谷君の名前で出久君へ呼び掛けることでしょう。
 もし出久君を見かけたのが《蛙吹 梅雨》じゃなくて《麗日 お茶子》だったなら、赤谷君の名前を大声で言った後に大泣きしながら出久君へすがり付き謝罪の言葉を述べていたかも知れませんね…





 今回の20万UA記念の番外編は、多分《全10話》程になってしまうと思います。





 現在《本編の26話》の完成を急ぎながら《本編の27話》と《スローライフの法則7話》も同時に制作に取り掛かっておりますので、ゆっくり待っていてくださいませ。


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【番外編】スローライフの法則(7)

【20万UA突破記念作】7作目!

 前回の投稿から1年という長い期間、全く更新できずお待たせさせてしまい、本当に申し訳ありませんでした。

 本当は1年と6ヶ月以上に渡って更新できていない《本編の26話》を年内に先に投稿させたかったのですが、どうしても間に合いそうに無いため先にこちら(番外編)を投稿することにしました。

 今回の話を含めて最終チェックが終わり次第、《スローライフの法則》の8作目と9作目のお正月中に投稿する予定でいますので、更新を待っていてくださいませ。

 本編(26話~)に至ってもお正月中は難しいですが、来年の1月中には完成して投稿できそうです。


●緑谷家…(夜)

 

 

緑谷出久 side

 

「それで活真君、僕に話したいことって何?」

 

「………」

 

 いつもなら21時前には就寝している活真君が、今日に至っては夜の22時を過ぎているのにまだ布団に入っておらず、活真君は寝巻き姿で僕と居間にいた。

 

 真幌ちゃんは既にお母さんの部屋で熟睡している。

 

 夕食にカレーライスを作って食べ終わった僕達は、それぞれが自分の時間を過ごし、僕は以前念のために録画していた《今年の雄英体育祭(1年生の部)》を一通り見てからお風呂に入り、今日は早めに寝ようと自室を襖を開けてみたら活真君がまだ起きていて、どうしたのかと思い事情を聞いてみると、活真君は僕に話したいことがあると言ってきた。

 

 そして、今に至る。

 

「出久兄ちゃん…」

 

「何?」

 

「出久兄ちゃんは…その……僕がヒーローになるのは……反対?」

 

「え?…いきなりどうしたの?」

 

「さっきお風呂に入ってた時にお姉ちゃんが…」

 

 活真君は事の次第をゆっくりと話してくれた。

 

 僕が洗い物をしている間、2人が湯船に浸かっていた時のこと…

 

 

 

 

 

 

『…ねぇ活真?そんなにヒーローになりたい?』

 

『………』

 

『…反対だなぁ…危ないし…』

 

『………』

 

『…今日公園に呼び出してからかった《お饅頭みたいな顔のヒーロー》も……出久を別人と勘違いしていた《蛙っぽいヒーロー》も……日本一のヒーロー高校の生徒のくせに全然頼りなかったし……』

 

『………』

 

『それに…この島にいた《片足の爺ちゃんヒーロー》だって……ずっと昔にヴィランと戦って右足を切り落とされたって言ってた…』

 

『………』

 

『No.1ヒーローのオールマイトだって…あんなにボロボロにされてヒーローを辞めちゃったんだよ?……もし活真がヒーローになれたとしても…そんな危ない目に逢うのは…私…嫌だなぁ…』

 

『……お姉ちゃん…』

 

『それに私、ヒーローよりもっとカッコいい人を知ってるもん!』

 

『誰?』

 

『お父さん!私と活真のことをいつも考えて守ってくれてる!活真にはそんなカッコいい人になってほしいなぁ』

 

 

 

 

 

 

「……って…お姉ちゃんに言われたんだ…」

 

「そっか…」

 

 真幌ちゃんは、本当に《弟思いの優しいお姉ちゃん》だ。

 

 それはそれとして、忙しい雄英生を騙してイタズラを仕掛けたのは感心できないけど。

 

 しかも、真幌ちゃんは今夜にもう一度雄英生にイタズラを仕掛けようと考えていたらしい。

 

 でも、さっき帰宅の途中に出会った《緑色のヒーロースーツを着た女子生徒》が僕を見て人違いをするという醜態を晒したところを見たのもあって、今夜計画していたイタズラは止めたそうだ。

 

 まぁとりあえず、真幌ちゃんのイタズラ癖は一旦置いといて、真幌ちゃんは活真君のヒーローになりたい気持ちを1番に理解しているからこそ、敢えてヒーローを否定する言葉を活真君へ言った…

 

 きっと真幌ちゃんだって…内心は《活真君のヒーローになりたい夢を応援したい気持ち》はあるんだ…

 

 でも《オールマイトがヒーローを引退した今のヒーロー社会の現状》を踏まえて考えれば、真幌ちゃんが不安になって活真君の夢を反対する気持ちは僕にだって納得できる…

 

「出久兄ちゃんも…僕がヒーローになるのは…反対?」

 

「………僕は…」

 

 活真君から同じ質問に再度聞かれた僕は頭を悩ませた。

 

 僕は《ヒーローの夢を諦めた人間》…謂わば《落ちこぼれ》であり《負け犬》だ…

 

 ヒーロー社会からの理不尽な仕打ちに心が折れて…この島へと逃げてきた《臆病者》なんだ…

 

 そんな僕には《活真君の夢を応援する資格》も無ければ…《真幌ちゃんの意見を肯定する資格》も無い…

 

 でも…正直に言うのなら…今の僕は真幌ちゃんの意見に賛成して《活真君にはヒーローとは別の道へ進んで欲しい》と願っている…

 

 そう内心で思ってはいても、口に出して活真君へ伝える勇気なんて僕にはなかった…

 

 だから僕は脳味噌をフル回転させて僕なりの別の答えを探していると、ふと頭に植木さんとウールさんから別れ際に言われた言葉が浮かんできた。

 

 

 

『お前がどんな道に進むにしろ、最後に決めるのは出久、お前自身だ!だから俺もウールもお前が正しいと決めた未来を歩むことを応援するよ!なっ!ウール!』

 

『当然!お前の決める未来が正しいってことを俺も信じてるぜ!出久!』

 

 

 

 僕が精神世界から現実世界に戻る直前に2人が言ってくれた言葉…

 

 精神世界にて植木さんから【能力】を授かり、2人は僕のことを2年近くも間ずっと鍛えてくれて、そのお陰で僕は強くなれた。

 

 現実世界に戻ったら順序に沿って《ヒーローの道》を突き進んでいこうと決めていたんだ!

 

 でも今の僕は…結果的に《ヒーローとして活躍していく道》を諦めて《一般人として平凡に生きていく道》を進んでいる…

 

 

 

 植木さんとウールさんが今の僕を見たら、どう思うことだろうか?

 

 

 

 そんな植木さんとウールさんに対して申し訳ない気持ちしかない僕が、活真君の質問に対しての返答は…

 

「僕は……僕は活真君には…将来《幸せ》になってほしいかな」

 

「幸せに?」

 

「活真君が将来どんな大人になるにしても、その時に活真君が笑顔で楽しく生きているのなら、僕は…それで満足かな」

 

「…出久兄ちゃん……」

 

 

 

 やっぱり僕には…

 

 活真君のヒーローになりたいっていう純粋な夢を否定することは出来ない…

 

 応援する訳でも…反対するわけでもなく…

 

 正論っぽい曖昧な返答を述べて時間を稼ぐ…

 

 なんとも卑怯な手だ…

 

 悩んでいる6歳の子供が僕を信頼して相談してきてくれたと言うのに、僕は答えを先送りにして引き伸ばした…

 

 まぁ…少なくとも去年の4月にオールマイトが僕に言った発言よりかは絶対にマシだとは断言できるけどね…

 

 

 

「………」

 

「あれ?活真君?」

 

「スピー……スピー……」

 

 急に喋らなくなったと思ったら、活真君は座卓に突っ伏した状態で眠っていた。

 

 

 

 夜更かしに加えて話し疲れたからなのか?

 

 それとも僕の返答を聞けて納得したからなのか?

 

 

 

 どうか前者であってほしいと願いながら、僕はスヤスヤと眠る活真君を抱えて布団まで運び、そのまま僕も就寝することにした。

 

 布団に入った僕は暗い天井を見上げながら、ふと昔のことを思い出す…

 

「お母さんは…無個性の僕が『ヒーローになりたい』って言ってた時……どんな気持ちだったんだろうなぁ…」

 

 もう10年以上前のこと……僕が4歳になってすぐに病院で検査してもらった結果、お医者さんから《無個性》という無情な診断された僕は幼きながらに《絶望》した…

 

 お母さんみたいな《重力系の個性》か、それともお父さんやかっちゃんみたいな《炎系の個性》が発現すると信じていたのに…

 

 僕はこの世に《無個性》として産まれてきてしまった…

 

「あの時は…本当に辛かったなぁ……今でも鮮明に覚えてるよ…」

 

 隣の布団で寝ている活真君を起こさないよう僕は小声で呟いた…

 

「でも…僕よりもずっと辛かったのは…お母さんの方なんだよね。無個性の子供を育てるのは…本当に大変だったろうから…」

 

 僕は右手で前髪をかき上げながら、自分の額に刻まれた傷跡に触れた…

 

「今なら……あの頃のお母さんの気持ちが…僕にも分かる気がする…」

 

 指先に感じる《額の傷跡の凹凸》を認識する度に、僕は過去に自分が仕出かした馬鹿な行動の数々に何度も後悔させられた…

 

 

 

 僕はお母さんをどれだけ困らせてきたのか?

 

 

 

 今でこそ自分は【ゴミを木に変える能力】と【モップに掴(ガチ)を加える能力】という別世界の能力を授かったことで、この超人社会では《個性(超能力)を持った当たり前の存在》となっている…

 

 

 

 精神世界で植木さんから【2つの能力】を授かった上に、僕は植木さんとウールさんに鍛えてもらい強くなれた…

 

 今の僕は《現役時代のオールマイト》は無理でも、《シンリンカムイ》《デステゴロ》《バックドラフト》《Mt.レディ》等のヘドロヴィラン事件の現場にいた偽善者ヒーロー達相手なら戦っても確実に勝てる自信がある!

 

 これは自惚れる訳でも…調子に乗ってる訳でも無い…絶対の自信だ!

 

 

 

 精神世界での修行において、僕は植木さんに1度も勝つことは出来なかった。

 

 植木さんは【十ツ星神器・魔王】こそ使えないみたいだったけど、それを差し引いても【一ツ星神器・鉄(くろがね)】から【九ツ星神器・花鳥風月(セイクー)】という9つの神器を使う植木さんに対して、僕は全く歯が立たずに圧倒させられた。

 

 それは同じ条件(【ゴミを木に変える能力】【天界力(による身体強化)70%】【モップに掴を加える能力】)で戦っても変わらず、植木さんは十二分に強かった……いや…強すぎた…

 

 修行期間が600日目を過ぎた辺りで、僕はやっと《神器を使わない植木さん》を相手に引き分けへ持ち込めるようになれたくらいなんだ…

 

 そして結局、僕は最後まで《本気の植木さん》に勝つことは出来なかった…

 

 

 

 何千回も植木さんと手合わせした僕だからこそ分かる…

 

 

 

 偽りの正義を翳(かざ)しているシンリンカムイ達では、植木さんの足元にも及ばない!

 

 天地が引っくり返ってもシンリンカムイ達は、本当の正義を宿している植木さんに勝てはしないと僕は断言できる!

 

 

 

 そうして強くなれた僕は現実世界に戻ってきたらケジメつけてヒーローを目指していこうと意気込んでいた!

 

 

 

 でも…根津校長達が教えてくれた…《ヒーロー公安委員会からの理不尽》と…《個性社会の無情な現実》によって…僕は再びヒーローに絶望した…

 

 僕は全てが嫌になり…そして《ヒーローもヴィランもいないこの島(那歩島)》へと逃げてきた…

 

 

 

 僕は本当にワガママだ…

 

 お母さんもお父さんも決して顔や行動には出さなかったけど、心の中では僕のことを疎ましく思う気持ちがあるに違いない…

 

 

 

 そんなワガママな僕に…

 

 両親に散々迷惑をかけた僕に…

 

 活真君のヒーローになりたい夢を応援する資格なんて…真幌ちゃんの正論に賛同する資格なんて…有りはしないんだ…

 

 

 

 植木さんなら……さっきの活真君の質問に…なんて返答していただろうか…

 

 

 

 結局、僕は答えに見つけられないまま…いつの間にか眠気に負けて眠りについていた………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●とある病院内にある研究施設…

 

 

None side

 

 《脳味噌が剥き出しの黒い怪物》を入れたカプセルが大量に並ぶ暗い静かな大部屋で、1人の老人がモニターに移る《神野事件後に雄英高校でヴィラン連合の内通者が発覚したニュース》と《内通者の生徒とその家族が殺害されたニュース》の録画映像を見ていた。

 

「全くあの恩知らずが…オール・フォー・ワンから受けた恩を仇で返すだけに飽きたらず、最後まで余計な手間をかけおってからに…。おかげでまだ最終テストが終わってない《上位以下の脳無》達を全部使うことになってしまったわい……ハァ…」

 

 老人…《殻木 球大》こと《ドクター》は、別のモニターに映している《雄英高校にいた内通者含む人々を殺害した脳無達が駆けつけたヒーロー達によって捕まったニュース》を眺めながら溜め息をついた。

 

「あの一家の遺体は回収せんかったが、まぁ仕方がないことじゃな。彼らの葬儀は雄英の教師共が雁首揃えて警備する中で行われていた上、滅多に雄英高校から離れることない番犬の《ハウンドドッグ》も参列していた…。嗅覚の優れた奴がいては、火葬炉に入った遺体をすり変えた瞬間に気付かれる可能性が高い、リスクを冒してまで裏切り者家族の遺体を回収する必要はないからのぉ。まぁその分、彼らを護送及び護衛をしていた《警察》と《ヒーロー》の遺体は手に入ったことじゃし良しとするか」

 

 ドクターはモニターの画面を消すと、全自動椅子を操作して、奥の部屋にある《巨大なカプセルが1つ置かれた大部屋》へと移動した。

 

 

 

 その巨大カプセルの中身は空だった…

 

 しかし、このカプセルが使われるのはそう遠くはなかった…

 

 《新たな魔王》を作り出すための《破滅のカプセル》として…

 

 

 

「死柄木 弔め…本当に困ったもんじゃわい…。ワシは《抹消》の個性が欲しかったというのに黒霧の友人を塵にしてしまうとは…なんと勿体ない。《個性を無効にする個性》が現在の超人社会においてどれだけ希少であるのかは、あれ程念入りに話したというのに…本当に馬鹿なことを仕出かしてくれたもんじゃのぉ…。《抹消》の個性さえ手に入っていれば、オール・フォー・ワンがオールマイトと戦って負けることも捕まることも無かったというのに…」

 

 

 

 目の前のカプセルを見つめながらドクターは愚痴を溢すと、椅子を下りて今度は隣の部屋へと歩いて移動した。

 

 

 

 その部屋は先程までいた大部屋とは違い、《カプセルが4つだけが置かれた小部屋》だった。

 

 

 

「ふ~む………経過は順調のようじゃな。しかし、オール・フォー・ワンも無理難題を言ってくれる。『オールマイトに関わりのある者達を脳無に改造する際は、なるべく《面影》が残すよう丁重に扱ってくれ』などとは…。脳味噌を弄くる時点で《頭部》と《顔》の損傷は避けられんと言うのにのぉ…。《雄英の女教師》は後頭部を損傷しとったのもあって手間は然程かからんかったが、《インゲニウムの弟》《ワン・フォー・オール9代目》《オールマイトの元サイドキック》の3体を生前の面影を残しながら改造するのは本当に苦労したわい…。とはいえ、全員が《ハイエンド脳無》になれる器だったのは《嬉しい誤算》じゃったがな。ハイエンド脳無を作るためには《戦闘思考のヴィランの死体》でなければならんと確信しとったんじゃが、その理論は考え直さなければならんのぉ。《正義を志したヒーローの死体》がハイエンド脳無に適していた…これは貴重なデータじゃわい!」

 

 4つのカプセルの中央に備えられた装置を操作しながら、独り言を呟きつつドクターは不気味な笑みを浮かべていた。

 

 ドクターの左右に2つずつ置かれたカプセル…

 

 その中には、それぞれ姿は違えど怪しい液体に浸けられた《頭から爪先まで全身が真っ黒な脳無》達が入れられていた…

 

「にしても、折角《ワン・フォー・ワン9代目の遺体》が手に入ったと言うのに、肝心のオール・フォー・ワンは今タルタロスの中とは…。いつの日か彼が脱獄してくるまで、この子の中の《ワン・フォー・オール》が消えずに残っているかどうか……いや…もしかしたら既に消えているかも知れんなぁ…」

 

 目元を左手で覆いながら、ドクターは右隣にあるカプセルの表面に右手で触れた。

 

 ドクターが触れているカプセルの中には《剥き出しとなった脳味噌の周囲に黄色の髪が生えた筋肉質のハイエンド脳無》が入っていた…

 

「こんなことになるなら、ナインのように《オール・フォー・ワンの個性因子》の適合実験をもっとやっておくべきじゃったのぉ…。ハァ…《後悔先に立たず》とは正にこの事か…」

 

 ドクターは、先日までこの実験施設にいた被験体を思い浮かべながらまた溜め息をついた…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●雄英高校の職員室…

 

 

オールマイト side

 

「A組とB組の生徒達、ちゃんとヒーロー活動やっているだろうか?」

 

 私は職員室の窓際で、雪を降らす雲を見上げながら呟いた。

 

「那歩島の人口は1000人、ここ30年の事件は些細なものばかり、まぁ問題は無いでしょう。それにヒーローというものは、貴方のように大災害に単身赴いたり、凶悪なヴィランと戦うことばかりではありません。守る者との関わりは彼らにとって貴重な体験になる筈です」

 

 私の呟きに、後ろのデスクでパソコンのキーボードを打っている《顔を包帯で覆っているブラド君》が返事をしてくれた。

 

「元々は1クラス分の生徒で充分なプロジェクトだったところに2クラスの生徒を向かわせたのですからきっと大丈夫ですよ。今年の文化祭はヴィランのせいで滅茶苦茶にされましたが、その過程でA組とB組の生徒達は絆を深めることが出来ました。性格に問題のある生徒が1人いますが、それでも俺のクラスの生徒達はA組の生徒達をフォローしてくれますよ。まぁ…私のような駄目教師が…言えた立場じゃありませんが…」

 

「ブラド君…」

 

 私はブラド君の心情を瞬時に察した。

 

 今年の4月に発生したUSJ襲撃事件にて、相澤君が死柄木 弔に殺されてからというもの、ブラド君は《相澤君と黒瀬君が命懸けで守りぬいたA組生徒達を自分が受け持ったB組生徒達と共に立派なヒーローへと育て上げて無事に雄英高校を卒業させる》という決意を固めた。

 

 だが…そんなブラド君の熱意を嘲り笑うかのように…A組の不幸は連鎖している…

 

 

 

 《飯田少年》と《青山少年》はヴィランによって命を落とし…

 

 《常闇少年》と《轟少年》はヴィラン連合に誘拐された…

 

 

 

 相澤君がその身を呈して守ったA組の生徒が…1年も経たない内に4人も雄英からいなくなっている…

 

 

 

 ヒーローを目指す以上、危険は付き物だ…

 

 雄英を卒業する前に、ヒーローインターン中の事故などで《命を落とした生徒》がいることは私だって知っている…

 

 雄英の長い歴史上《ヒーロー科に入学した生徒達が誰1人欠けることなく全員で卒業式を迎えられたケース》はまず有り得ない…

 

 《インターン中に死亡するケース》もあるが、その多くは《除籍や中退で雄英を去ったケース》が殆どであり、その例題として上がるのが合理的主義者の《相澤君》だ…

 

 相澤君は雄英高校の教師の中で《一番の生徒思いで優しい教育者》であると根津校長は言っていた…

 

 彼は何よりも生徒が大切だからこそ敢えて厳しく教育し、ヒーローとしての見込みのない生徒には《除籍》という厳正な処罰を下していた…

 

 だが相澤君とて鬼ではない、除籍を決定した生徒には1度だけ《復学》というチャンスを与えていたらしい…

 

 そして除籍を言い渡された生徒達は、除籍という名の《死の経験》をバネにして研鑽を積み、各々が《自分の中に秘められた可能性》を見つけ出すことで、本当の意味で担任(相澤君)と向き合い、本物のヒーローの道を進んでいく…

 

 それこそが《相澤君の教育方針》である…

 

 教師生活を初めて1年も経ってない私が言える立場ではないが、相澤君は正に《教師の鑑》だ。

 

 

 

 なのに…私と来たらどうだ…

 

 

 

 教師らしいことなんて何一つとして出来ていない…

 

 私が雄英の教師として初めて受け持ったヒーロー授業では、雄英の歴史上1番の大失態を犯して《赤谷少年》と《爆豪少年》の人生を狂わせ、更に大勢の人々に多大な迷惑をかけてしまった…

 

 屋内対人戦闘訓練……私が《身勝手な私情》を優先せずに蛙吹少女達の言う通り《爆豪少年が赤谷少年に度を越えた暴力を振るい出した時点》で授業を即中止するべきだったのだ…

 

 

 

 

 

 私の私情…

 

 

 

 

 

 それは《爆豪少年に自分の過ちを自覚してもらうため》だったんだ…

 

 

 

 

 

 今更ながら…私はどうしてあの時にそんなことを考えてしまったのか理解できない…

 

 今年の春、入試の審査にて私は《赤谷 海雲》という緑谷少年と瓜二つの少年の存在を知った…

 

 髪色こそ違ったが、私は彼が緑谷少年だと完全に思い込んでしまい、すぐに会って1年前の件を謝罪しようとしたのだが、根津校長とリカバリーガールから彼は別人だと注意された…

 

 根津校長とリカバリーガール、塚内君とその妹さんの4人は、緑谷少年が現在何処にいるのかを知っているのだが…彼らは一切として私に緑谷少年とその御家族の居場所を教えてはくれなかった…

 

 ただし…《緑谷少年が引っ越した理由》だけは教えてくれた…

 

 

 

 その理由は単純明快…緑谷少年は飛び降り自殺を図った1週間後、奇跡的に目を覚ました!

 

 ……だが…起きて早々に根津校長達から告げられた《超人社会の無個性(緑谷少年)に対する理不尽》を全て知ったことで…彼はヒーローを嫌い…完全にヒーローの夢を飽きられてしまったのだ…

 

 根津校長は緑谷少年への償いとして《ヒーローになるための補助》を提案したそうだが、緑谷少年はその提案を2つ返事で断ったらしい…

 

 それからすぐに緑谷少年と御家族は、静岡県の折寺町から姿を消した…

 

 

 

 私は…心から彼に謝りたかった…

 

 

 

 謝ることが多すぎて…何を最初に謝れば良いのか…私自身が自分で判断が出来ない程に…私は彼を傷つけてしまった…

 

 何が《No.1ヒーロー》…何が《平和の象徴》…手を伸ばせば救えた筈の緑谷少年の心を…私は救えなかった……いや…救おうとしなかった…

 

 だから私の緑谷少年に対する《懺悔の気持ち》は膨んでいく一方だった…

 

 

 

 それから1年後、私は《赤谷 海雲》という少年の存在を知った…

 

 最初こそ私は、彼が緑谷少年と似ている点だけで興味をもっていたのだが、彼のプロフィールを調べてみると、警視監と外交官の両親の元へ産まれながら、親の反対を押し退けてヒーローを目指し、自力で雄英高校のヒーロー科に合格するという努力家だった…

 

 赤谷少年は無個性ではないが、両親の役職のせいで中学校までの学校生活は悲惨と言っていい散々な年月を過ごしてきたと記録されていた…

 

 辛い学校生活を送ってきても尚、ひた向きにヒーローを目指すその姿は…正に《緑谷少年》と同じだった!

 

 緑谷少年を救うことも…ヒーローとして育てることも出来なかった私は!今度こそ間違った選択も行動もせずに!教師として彼を立派なヒーローへと育て上げようと心に決めた!

 

 

 

 ただ気がかりだったのは、赤谷少年が入学したヒーロー科1年A組に《爆豪少年》がいたことだ…

 

 

 

 1年前のヘドロヴィラン事件の後、緑谷少年の情報は全て公安委員会が隠蔽したことで、緑谷少年をイジメや差別で苦しめていた《爆豪少年や他の生徒達や教師達》は、何の罪にも問われず罰を受けることなくのうのう過ごしてきた…

 

 私は個人的に爆豪少年を嫌っていた…

 

 彼は私と同じく緑谷少年を自殺に追いやった主犯でありながら、私と違って彼は緑谷に対する罪の意識なんて欠片も抱いていなかった…

 

 

 

 

 

 なんでそんなことが分かるのかって?

 

 

 

 

 

 それは入学初日にあった相澤君の個性テスト後、マッスルフォームで廊下を歩いていた私は爆豪少年に声をかけられて話しをしたからさ。

 

『おい、オールマイト』

 

『ん?ばっ、爆豪少年!』

 

 個人的に会いたくなった少年に話しかけられた私は、歪みそうになる顔を必死に我慢しながらいつもの笑顔をつくった。

 

『こうして会うのは久しぶりだね爆豪少年!1年ぶりかな?』

 

『ああ、あのクソヘドロヴィランの事件以来だからなぁ』

 

『それで、私に何か用かい?』

 

『なぁアンタ、デクが今何処にいるか知らねぇか?』

 

『デク?誰のことだい?私の知り合いにそんな名前の人物はいないが?』

 

『すっとぼけてんじゃねぇよクソが!ヘドロヴィラン事件でヒーロー共の仕事の邪魔して叱れて!ビルから飛び降りた無個性のクソナードのことだよ!』

 

『ッ!?』

 

 爆豪少年の言葉を聞いた瞬間、私はヒーローでありながら《爆豪少年への殺意》を抱いた…

 

 爆豪少年の言っている『無個性のクソナード』とは《緑谷少年》を指しているのは確実だった…

 

 あの事件から1年…緑谷少年の事件は公安によって隠蔽されてしまい世間には公表はされなかったが、折寺中学校の関係者には《緑谷少年が飛び降り自殺を図ったこと》と《奇跡的に命を取り留めた後に緑谷少年は御家族と共に忽然と折寺町から引っ越すこと》は伝えられたと聞いている…

 

 緑谷少年を無個性だという理由で差別し虐めていた生徒や教師達も然別、イジメの主犯である爆豪少年は『この1年間を通して自分の悪行を反省し更正してくれるんじゃないか?』と私は密かに期待していた…

 

 

 

 しかし…どうやらそれは無駄な期待だったようだ…

 

 

 

 爆豪少年は…性根から腐っていた…

 

 

 

 例え、緑谷少年の自殺未遂事件が隠蔽されずに、爆豪少年のこれまでの悪行が1年前に世間へ晒されて社会的制裁を受けたとしても…《爆豪 勝己》という少年は決して反省しなかったことだろう…

 

 それは…その後の彼の発言でも明確だった…

 

『なに驚いてんだよオールマイト?アイツの名前を知ってるってことは今何処にいるか知ってんだろ?教えろや!』

 

『……すまないが、私も今彼が何処にいるのかは全く知らないんだ。私が彼の名前を知っているのは《ヘドロヴィラン事件の現場にいた少年》が同日に《無人ビルからの飛び降り自殺を図って病院に緊急搬送された少年》と同一人物だと聞いていたからなんだよ』

 

『チッ!なんだ知らねぇのかよ!使えねぇな!』

 

『………質問を返すが、何故キミは緑谷少年の居場所を知りたいんだい?彼に謝罪でもするつもりなのかい?』

 

『ハア?謝罪?何を?俺は産まれてこのかた悪いことなんざ一度もした覚えはねぇよ』

 

『………だが…私の知り合いの刑事の調べによると、キミや折寺中時代の同級生達は緑谷少年を日常的に虐めていたという情報があるんだが?』

 

『それはその刑事が無能なだけだろうがクソが!他の奴らはともかく、将来アンタを越えてNo.1ヒーローになる未来が決まっている俺が!そんな下らなねぇことする訳ねぇだろうが!』

 

 爆豪少年の発言を聞いた私は…教師の立場なんか捨てて…爆豪少年を《あの男》を殴った時と同じく全力の拳でブン殴りたかった…

 

 自分の悪行を棚にあげ、緑谷少年に飽きたらず塚内君までをも彼は侮辱したのだ!

 

 しかし…私も緑谷少年を自殺に追い込んだ主犯の1人…

 

 そんな私に爆豪少年を殴る資格なんてない…

 

 私は怒りを沈めつつ、笑顔を崩さないよう両拳を強く握り締めた…

 

 《我田引水》という諺があるが、爆豪少年は正にそれだ…

 

 《自分さえ良ければ他人がどうなろうと関係ない》…

 

 そんな心意気の彼が…私を越えるNo.1ヒーローを目指し…雄英高校を受験して合格するとは…

 

 爆豪少年のその清々し過ぎる態度は…私に《あの男》を彷彿とさせた…

 

『では話しを戻すが、何故キミは彼の居場所を今更知りたいんだい?』

 

『そんなの決まってんだろが!無個性のアイツが今も懲りずにヒーローを目指してねぇか確認するためだよ!ヒーローに叱られたくらいで自殺を図るような腰抜けのゴミカスが!ヒーローを目指すなんざ俺はゼッテェ認めねぇ!もしどっかのヒーロー育成高校に入学してようもんなら!2度とヒーローを目指そうなんて思えねぇように身の程ってもんを叩き込んでやるんだよ!』

 

 緑谷少年を自殺に追い込んだ大部分の原因である爆豪少年は、現役No.1ヒーローである私を前にしてとんでもないことを口にした…

 

 

 

 何故、爆豪少年は…そんな心無い言葉を平然な口調で言えるのか?

 

 何故、爆豪少年は…自分の言葉や身勝手な行動が《ヒーローを目指す者とはかけ離れていること》に気づかないのか?

 

 

 

 私が爆豪少年に抱いた疑問の解答を探していると、そんな私の心境などお構いなしに爆豪少年の暴論は続いた…

 

『それによぉオールマイト!迷惑をかけられたのはむしろ俺の方なんだよ!』

 

『何?』

 

『デクは昔から何の役にもたたねぇ無個性のクソナードだってぇのに、中3なっても『ヒーローになる』なんて叶いもしない夢を見てたんだぜ?俺はそんな奴に現実を見させて目を覚まさせてやるために!10年以上もこの手で教えやったっつうのに!アイツはそんな俺の優しさを無駄にしやがったんだ!』

 

『………』

 

『それに自殺を図ったならそのまま死んでくれりゃあ良かったのによぉ、しぶとく生き残りやがって!しかも意識を取り戻して早々、散々迷惑をかけた俺に謝罪の1つもなく折寺町から出ていきやがったんだ!デクは死んで詫びるべきだったよ!『無個性はヒーローになれねぇ!』って現実を10年以上も親切に教えてやったこの俺にな!』

 

『………』

 

『いいかオールマイト!俺は《謝罪する側》じゃなくて《謝罪される側》なんだよ!人間には生まれつき《強い人間》と《弱い人間》の2種類しかいねぇんだ!《弱い人間》…《カスみてぇな雑魚個性》と《生きる価値のねぇ無個性》の弱者共は!《強い人間》…《俺やアンタみてぇな選ばれた強者》の役にたつ道こそが幸せなんだよ!だから俺がデクに謝る通りは何1つとしてねぇんだ!No.1ヒーローの癖にそんな常識を履き違えてんじゃねぇわクソが!まぁ目障りなクソナードが居なくなってくれたのは精々したけどな!』

 

『………』

 

 《醜悪》と言っても過言ではない《爆豪少年の1人語り》が耳に入ってくる度に、私は怒りを通り越して頭がどうにかなりそうだった…

 

 《こんなにも醜く…心が汚れきった少年》がこの学舎の生徒となって本当に良いのだろうか?

 

 

 

 もし神が存在するのなら…私は問いたい…

 

 

 

 何故…正義の心を持つ緑谷少年に…神は個性を与えなかったのか?

 

 何故…不義の心を持つ爆豪少年に…神は個性を与えたのか?

 

 

 

 僅か5分程度の会話だった…

 

 しかし…そのたった5分で…爆豪少年が緑谷少年に対して何を思って1年間を過ごして来たのか…

 

 ほんの少しでも…爆豪少年は自分に非があったに気づいて反省し…考え直してくれているんじゃないか?

 

 そんな一途の期待を私は抱いていたが…

 

 どうやらそれは全て無駄だったようだ…

 

 爆豪少年は1ミクロ足りとも反省はおろか罪の意識すら感じていなかった…

 

 それどころか、言うに事欠いて口を開けば《緑谷少年への悪口》しか出てこない…

 

 

 

 私は理解した……爆豪少年は《他人を思いやる心》が欠如しているのだと…

 

 

 

 入学式初日で、私は爆豪少年を見限りたかった…

 

 だが……そんな勝手な判断は許されない…

 

 今の私は《No.1ヒーロー》であると同時に、今年から《雄英高校の(新米)教師》となったのだ。

 

 教師は生徒が間違った道を進んでいるのなら、正しい道へと導かなけらばならない。

 

 爆豪少年の周囲にいた大人達(爆豪夫妻、幼稚園から中学校の教師達)が、彼にどんな間違った教育をしてきたのかは定かではないが、こうして爆豪少年が雄英高校の生徒になった以上、教師である私がするべきこと……

 

 それは《爆豪少年の歪んでしまった心を更正すること》だ!

 

 そう思い直した私は…爆豪少年への怒りを沈め…両手の握り拳をほどいた…

 

 

 

 

 

 だがその数日後…雄英高校の歴史上《最悪の悲劇》が起きてしまった…

 

 

 

 

 

 私の初授業…ヒーロー授業《屋内対人戦闘訓練》…

 

 記念すべき私の初授業を受ける生徒達(ヒーロー科1年A組)は、全員が中学までは体験できなかったヒーロー授業に興奮し胸を踊らせワクワクしていた。

 

 生徒達が各々のデザインしたヒーローコスチュームに着替えてグランドβに集合、早く授業を始めてほしいのか皆がはしゃいでいた。

 

 生徒達からの質問の嵐に戸惑いつつ、私は屋内対人戦闘訓練のルールをカンペを読みながら説明した後にクジ引きで2人一組の班分けをして、いよいよヒーロー授業がスタートした!

 

 私自身も始めての教師の仕事に多少舞い上がってはいたのだが、初戦の組み合わせ(AチームvsDチーム)からそんな余裕はなくなった…

 

 

 

 ヒーロー役の《赤谷少年と麗日少女のAチーム》と、ヴィラン役の《飯田少年と爆豪少年のDチーム》の対戦…

 

 運命の悪戯なのか?

 

 初戦から《赤谷少年》と《爆豪少年》が戦うことになってしまった…

 

 

 

 私は嫌な予感がして、クジの引き直しを考えたが《授業時間は限られること》《私の個人的な思い込みであること》もあり、不安はありながらも私はそのまま授業を続行した…

 

 もしもの時は《授業を中止すればいい》…《私が止めに入ればいい》と…

 

 そんな私の浅はかな考えが…

 

 《あの悲劇》を引き起こす事態に繋がってしまうなんて…

 

 

 

 4人が所定の位置につき、ついに訓練が開始された!

 

 核を守る飯田少年がいる最上階を目指す赤谷少年と麗日少女を爆豪少年が個性を使って阻み、2人は爆豪少年の攻撃をかわしながら上の階へと続く階段に向かうも、爆豪少年の個性《爆破》が麗日少女に直撃する瞬間!

 

 赤谷少年が個性《位置変換》で自分と爆豪少年の位置を入れ替え、麗日少女を守りつつ彼女を上の階に逃がした!

 

 

 

 私はこの時《赤谷少年が麗日少女を守った姿に感動していたこと》で気づいていなかった…

 

 赤谷少年の個性で位置を入れ替わった爆豪少年の両手の爆破が壁に直撃し《建物に大きなダメージを与えていたこと》を…

 

 

 

 それから《赤谷少年と爆豪少年の戦闘訓練》が始まったのだが…

 

 それはとても訓練とは呼べない戦いだった…

 

 爆豪少年は赤谷少年に、一方的過ぎる爆破を連発で喰らわせ始めたんだ!!?

 

 爆豪少年と赤谷少年はまだ出会って数日のクラスメイトという接点しかない筈なのに、爆豪少年は復讐にでも取り憑かれたヴィランの如く、赤谷少年へ連続の爆破を浴びせていった!

 

 

 

 予期せぬ事態に蛙吹少女を筆頭に観戦していたA組生徒達は私に《訓練の中止》を要求してきた。

 

 当然、本来ならば即座に訓練を中止にして、赤谷少年をリカバリーガールの元へ連れていき、爆豪少年を叱るのが教師である私のやるべき正しい行動だった…

 

 しかし私は…正しい行動をとらずに《私情》を優先してしまい…訓練を中止しなかった…

 

 

 

 

 

 あの時の私が抱いた《爆豪少年に自分の過ちを自覚してもらう》という私情を…

 

 

 

 

 

 赤谷少年へ容赦なく爆破を何発も喰らわせている爆豪少年だったが、モニター越しの爆豪少年は《狂喜の笑み》を浮かべながらも《連発する爆破の威力が回数を増す毎に少しずつ弱まっていたこと》に私は気がついた!

 

 それを見た私は、爆豪少年が赤谷少年との戦いを通して『自分が過去に緑谷少年にしてきた自分の過ちを自覚して後悔し始めているんだ!』という《妄想》に囚われてしまった…

 

 雄英入学式の日の爆豪少年は《ヒーローを目指すものとは到底思えない発言》を私に言ってきたが、心の何処かではやはり《自分が悪いことをしていた》という感情があり、それをやっと自覚してくれたんだと私は思った…

 

 そして、爆豪少年は突然爆破攻撃をやめて赤谷少年から距離をとった。

 

 当の赤谷少年は、爆豪少年の爆破を何発も喰らってボロボロになっていたというのに、フラフラになりながらも倒れずに立っていた。

 

 モニター越しのその2人の姿を見た私は考えさせられた…

 

 もし…あの場にいるのが《赤谷少年》ではなく《私からワン・フォー・オールを授かった緑谷少年》だったならば…と………

 

 

 

 そんな妄想をしていた私の心境など露知らず、モニターに映る爆豪少年は《右腕に装着された手榴弾のサポートアイテムのピンを何の躊躇もなく引っこ抜いた》…

 

 

 

 それを目視した瞬間!

 

 私は全身の血の気が一気に引き、先程まで思い浮かべていた妄想など全て投げ捨てて、爆豪少年に攻撃を止めるよう大声で指示をした!

 

 だが爆豪少年は、私の言うことなど一切聞かず…あろうことかピンを抜いたサポートアイテムの照準を赤谷少年へと向けたのだ!!?

 

 

 

 何故、爆豪少年が爆破の威力を少し弱めていたのか?

 

 何故、爆豪少年は赤谷少年から距離を置いたのか?

 

 

 

 それは爆豪少年がサポートアイテムのピンを抜いたことでハッキリした!

 

 私は物事を都合の良い方向ばかりに捉え過ぎていた…

 

 

 

 爆豪少年が爆破の威力を少しずつ弱めていたのは…これから放つ大技のためにサポートアイテムの中に貯めている自分の汗の量を調整していたため…

 

 爆豪少年が赤谷少年から距離を置いたのは…単純にこれから自分が放つ大技に巻き込まれないようにするため…

 

 

 

 《教師として生徒の爆豪少年と向き合って更正していこう》という私の甘い考えが完全に裏目に出てしまい、それに気づいた時には自分の馬鹿な考えに後悔する間もなく…

 

 赤谷少年と爆豪少年のいる階のモニターが光に包まれると同時に、大きな爆発音と激しい地響きがモニタールームに響き渡った!!!

 

 

 

 爆発と地響きがおさまると、私は咄嗟にモニタールームにいる生徒達(A組16人)の無事を確認すると、すぐにモニターを確認した!

 

 殆どの監視カメラが壊れていたが、辛うじて生き残っていた監視カメラの映像を見て私は戦慄させられた!

 

 訓練に使われていたグランドβの建物が倒壊していたのだ!!!??

 

 その惨状を見た瞬間、私はモニタールームの変形した扉を無理矢理に抉じ開けて、4人の生徒の救出へと急行した!

 

 

 

 

 

 それからは…あっという間だった…

 

 

 

 

 

 《建物の倒壊に巻き込まれた4人の生徒達の救出》…

 

 《根津校長や相澤君達からの叱責》…

 

 《公安委員会からの情報漏洩防止命令》…

 

 《爆豪少年の除籍処分》…

 

 《赤谷少年は手術は成功したものの意識不明の重体》…

 

 《赤谷夫妻(赤谷警視監、赤谷外交官)の来訪》…

 

 《赤谷少年の中退》…

 

 《相澤君が私の大失態の身代わりとなって教育権の剥奪及び雄英教師の辞職》…

 

 《爆豪少年の刑事裁判》…

 

 《世間に公表された爆豪少年の悪行の数々》…

 

 

 

 そして…

 

 

 

 《爆豪少年のタルタロス収監》…

 

 

 

 その全てが…私のたった1度の判断ミスによって引き起こされてしまった《悲劇》…

 

 教師という立場になっておきながら…

 

 個性を使った危険な授業中だったというのに…

 

 私は私情を優先し判断を誤った結果だ…

 

 それから私は…蛙吹少女から何度も何度も同じ質問をされたが…その質問に対する返答を見つけられずダンマリを決め込むことしか出来なかった…

 

 それは彼女達が那歩島へ向かう前日もだ…

 

『ケロッ…オールマイト先生…いい加減に教えてください…。どうして…あの時すぐに…訓練を中止してくれなかったんですか?』

 

 私は彼女のその質問に…またしても無言を貫いてしまった…

 

 『私が私情を優先してしまったせいなんだ…』と正直に答えたところで…それは蛙吹少女が納得する答えにはならない…

 

 

 

 何故…私はあの時…私情を優先してしまったのか?

 

 

 

 私自身…あの悲劇からずっっっと考えてきた…

 

 だが…いくら考えたところで…ダメ教師である私の脳味噌では…私自身と蛙吹少女が求める答えを導き出すことは出来なかった…

 

 

 

 いや…私には教育者としての資格が無かったことは…もっと前に気づいて自覚していた…

 

 

 

 そう…去年の春に出会った1人の少年…

 

 個性を持たずにこの世に生を受けながらも、誰よりも真剣にヒーローを目指していた無個性の少年…

 

 そんな少年の夢を私は真っ向から否定してしまい…自殺に追いやった…

 

 言い訳のしようがない…

 

 無個性ゆえに…彼のことを思い私が言った言葉は、少年の心を…《緑谷少年の心》を完膚無きまでに破壊し…彼の生きる希望もを打ち砕いてしまった…

 

 絶望し…生きる希望を失った緑谷少年は…ビルから身投げした…

 

 ヘドロヴィラン事件の後、救急車に運ばれる《血まみれの緑谷少年の顔》が…今でも私の頭から離れることなく鮮明に残っている…

 

 瀕死の重症となった彼だったが、リカバリーガールのお陰で一命を取り止め、1週間後に目を覚ました。

 

 

 

 彼の意識が回復したと知った時は本当に安堵した!

 

 

 

 しかし…私は再び…彼を絶望させてしまった…

 

 今になって思えば、私は何がなんでも公安委員会の隠蔽工作に反発するべきだった…

 

 結果、奇跡的に意識を取り戻した緑谷少年は、公安委員会の《理不尽な隠蔽工作(無個性への理不尽)》を知ったことで完全に打ちのめされ…ヒーローの道を諦め…母親と共に静岡県から出ていき…別の場所へと引っ越してしまった…

 

 緑谷一家が何処へ引っ越したのか…私は全く知らない…

 

 知っているのは《根津校長》と《リカバリーガール》、《塚内君》と《塚内君の妹さん》の4人だけが知っているのだが、誰に聞いても彼らは私に《緑谷少年の所在》を断固として教えてはくれなかった…

 

 

 

 

 

 私は…彼(緑谷少年)のことを思い出す度に《後悔の念》に駆られる…

 

 

 

 

 

 あの時…私が緑谷少年の夢を否定することなく…ワン・フォー・オールを継承し…新たな平和の象徴として育てていたのなら…運命が大きく変わっていたのではないか?……と…

 

 

 

 

 

 だが…もう遅い…

 

 今更どんなに後悔したところで過去を変えることは出来ない…

 

 ワン・フォー・オールはこの世から消えた…

 

 私がヒーローを引退する前にオール・フォー・ワンをタルタロスにブチ込むことは出来た…

 

 だがまだ…お師匠の御家族である《死柄木 弔》が残っている…

 

 本来なら私が彼を止めなければいけないというのに…

 

 個性(ワン・フォー・オール)を失った私にはもう…

 

 出来ることは…何もなかった…

 

 

 

 《No.1ヒーロー(現役ヒーロー)》の職を失った私は…未練がましくも未だに《雄英の教師》として雄英高校にいる…

 

 私の中の《残り火(ワン・フォー・オール)》は消えた…

 

 《平和の象徴》は死んだのだ…

 

 私はもはや…このヒーロー社会の《お荷物》でしかない…

 

 先生(グラントリノ)はあの時(神野区激戦後の病室)…

 

『お前は雄英に残ってすべき事を全うしろ。平和の象徴ではいられなくなったとしても、オールマイトはまだ生きてるんだ』

 

 …と言ってくれたが…いったい私に何を全うしろと言うのか?

 

 

 

 肝心な時に私は《私情》を優先し…

 

 《生徒》も…《同僚》も…《相棒(サイドキック)》も…誰1人として守れない…

 

 

 

 お師匠の時も…

 

 

 

 緑谷少年の時も…

 

 

 

 爆豪少年と赤谷少年の時も…

 

 

 

 相澤君と黒瀬君の時も…

 

 

 

 飯田少年の時も…

 

 

 

 デイヴの時も…

 

 

 

 常闇少年と轟少年の時も…

 

 

 

 青山少年の時も…

 

 

 

 そして…通形少年と…ナイトアイの時も…

 

 

 

 私がヒーローとして良かれと思った行動の全てが裏目に出てしまう…

 

 私はいつもそうだ…

 

 失なってから……居なくなってから……全てが終わってから……初めて気がついて後悔するんだ…

 

 

 

 もし万が一、那歩島へ向かったヒーロー科生徒達に何かあったとしても……私は無力…

 

 彼らを心配したところで…今の私はこうして職員室の窓から《空を眺めること》しか出来ないんだ…

 

 

 

 

 

「緑谷少年…キミは今…何処にいるんだい?キミは…今のヒーロー社会を…今の私を…どう思う?」ボソッ

 

 

 

 空から降り注ぐ雪を見ながら…私は小声でそう呟いた…

 

 何処にいるかも分からない緑谷少年に対して私は質問した…

 

 返答が返ってこないと分かっているのに………




 《スローライフの法則》の世界にて【出久君がヒーローを目指さなかったことで《逮捕されなかったヴィラン(ステイン、オーバーホール等)》とそのヴィラン達によって《現在も被害を受けている人達(デイヴ、壊理)や犠牲となったヒーロー達》の詳細】及び【オールマイトや根津校長達が公安委員会から受けた警告内容】の2つなのですが、どちらもまだ完成はしていないため、その2つは頃合いを見て今後の《スローライフの法則》の話に組み込んでいきます。

 感想の返信につきましては、まだ返信していない皆様からの感想を含め、お正月中に投稿できる話を全て投稿し終えた後に必ず全て返信いたしますので、そちらも気長にお待ちくださいませ。

 来年度も【緑谷出久の法則】をどうぞよろしくお願いいたします。


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【番外編】スローライフの法則(8)

【20万UA突破記念作】8作目!

 あけましておめでとうございます。

 去年は全くといっていいほどに更新できませんでしたが、今年はそんなことがないよう《本編の更新》と《番外編(スローライフの法則)の完結》を目指して頑張っていきたいと思います。

 ただ…《スローライフの法則》についてなのですが、コンパクトに纏められた《ロベルト・ハイドンの法則》と違い、《15話》以上にの長編になってしまうやもしれません…

 あと、今回の番外編(スローライフの法則)において、那歩島に駐在していた《高齢のヒーロー》なのですが、私は《とあるアニメキャラクター》として登場させます。
 それが誰なのかは、次の話(スローライフの法則9話)で判明するようにいたします。

 そして今回の話の後書きには、先に完成した《出久君がヒーローを目指さなかったことで逮捕されなかった7人のヴィラン達》の詳細を纏めました。


●いおぎ荘…(夕方)

 

 

None side

 

 本日の激務を終えて、事務所に戻ってきた雄英ヒーロー1年A組B組の生徒達は、全員椅子や畳に座って休んでいた。

 

「疲れた~…」

 

「労働基準法プルスウルトラしてるし~…」

 

「委員長~ちょっと細かい仕事受けすぎじゃね?」

 

 疲労に嘆く砂藤と上鳴に続いて瀬呂がA組委員長の八百万に話しかけた。

 

「事件に細かいも大きいもありませんわ。ヒーロー活動しているとはいえ、私達はまだ《学生》です。誠実にこなし島の皆様からの信頼を得なければ!」

 

「気張ってんな~ヤオモモ」

 

 瀬呂の問いに八百万は誠実な返答をしつつ、事務所内にいるヒーロー科生徒全員に宣言した。

 

 そんな八百万に、向かいのソファーで座っている拳藤が言葉を添えた。

 

「はーい、この島に来て2週間、1度もヒーロー活動してない奴が1人いるんですけど~」

 

 右手をあげた峰田は、物間に視線を向けながら嫌みを言った。

 

「失礼だね峰田君!僕は敢えて事務所に残ってるんだよ!皆が出払ってる時に《もしもの事態》が起きたらどうするんだい?」

 

「『もしも』とは…《ヴィラン》のことですかな?」

 

「そうだよ宍田、そうなった時に事務所に誰もいなかったら誰が皆に通達するんだい?事務所を空にする訳にはいかないだろ?」

 

「確かにその意見には賛同しますぞ。ですが…」

 

「この島にヴィランは存在しない…」

 

「ブラキン先生も言ってただろ?ここ数十年、那歩島で起きた事件は些細な事件だけだってさ」

 

「長年この島でヒーローをしていたお爺さんが勤務する前から、この島は大きな事件なんて1度も無いって言う平和な島なんだよ」

 

「それに物間、お前が事務所に入り浸ってんのは、A組に余計なことを言う度に拳藤の手刀を喰らって気絶してたからじゃねぇかよ」

 

「そっ…それは……」

 

「図星だね」

 

 宍田と会話をする物間に、B組の生徒達(黒色、泡瀬、円場、回原、庄田)は草臥(くたび)れながらも的確な指摘をした。

 

 B組の男性陣が会話をする中、他の生徒達は相当に疲れきっているためか、座っている椅子から全く動こうとせずにグッタリとしていた。

 

 

 

 今、生徒全員がコスチュームから普段着に着替えている…

 

 それにより、何人かの生徒達はコスチュームで隠していた肌の火傷痕が露となっていた…

 

 今年の夏…林間合宿のマタタビ荘にて…《蒼い炎の個性を使うヴィラン》こと《荼毘》によって大火傷を負った生徒達は治療を受けるも完治にはいたらず、身体のアチコチに火傷痕が残ってしまったのだ…

 

 荼毘の炎によって火傷を負った生徒は《芦戸》《尾白》《上鳴》《切島》《砂藤》《障子》《瀬呂》《峰田》《物間》の9人なのだが、背中のみに火傷を負った芦戸と違い、他の8人は顔にまで火傷を負い、それにより彼らは自分の顔を見る他人の目を人一倍に気にかかるようになっていた。

 

 初期にデザインしたコスチュームで全身の肌を殆ど隠せている生徒(砂藤、峰田)はいるにはいるのだが、そうでない生徒は腕にアームカバーを着けたり、コスチュームを申請して顔や身体の肌を大幅に隠せるコスチュームへと変更するなどをして、極力他人に火傷痕を見せないようにする気配りを心掛けていた。

 

 その中でも《尾白》《上鳴》《物間》の3人は、顔を隠せるデザインのコスチュームでは無かったため、それぞれ顔を大幅に隠せるヘルメットやマスクを追加していた。

 

 ただし、上鳴は顔ではなく首元の火傷だったため、ヘルメットやマスクではなく首元全体を覆える《ネックカード》を着けている。

 

 尾白のヒーローコスチュームにはボクシング選手が使うような《ヘッドガード》と尻尾全体を覆う《尻尾カバー》が追加され、物間のヒーローコスチュームには怪盗紳士が正体を隠すために着けているような《アイマスク》が追加されていた。

 

 そんな火傷痕を見せないためにコスチュームを改良した生徒達だが、冬でも夏のように暑い那歩島では、火傷痕を見られずには済んでもその分暑さによる身体への負担が増えてしまっていた。

 

 なので、彼らは事務所にいる時だけは顔や腕などを隠さずにラフな格好をしている。当然、そんな格好をすれば火傷痕が丸見えになるのだが、彼らが火傷を負った経緯を理解している他の生徒達はそれを咎めたりは一切しない。

 

 

 

 そんな折、生徒達はこの島に来てから耳にした《ある噂》を話題に出した。

 

「なぁそういえば、今日もあの噂聞いたんだけどよ」

 

「噂?」

 

「ほら、例の《未確認巨大生物》の噂だよ」

 

「あぁそれか」

 

 鉄哲の言葉に切島が反応した。

 

「1日に1回は必ず聞く噂だよね」

 

「でも私達がこの島に来てから全く現われなくなったらしいノコ」

 

 鉄哲と切島に釣られて葉隠と小森も口を開いた。

 

 雄英生達が那歩島にやってくる12月1日の前日(11月30日)まで、去年の春頃より《日の出前の早朝》と《真夜中》の1日2回、島の海岸付近で《未確認巨大生物》が目撃されているという噂を雄英生達は聞いたのである。

 

 当初は島民達も《見間違い》や《幻》だと思っていたらしいが、連日場所は違えど決まった時間に必ず現れる《巨大生物の影》は、島民全員へと認識されていった。

 

 しかし、当の巨大生物の実体を見た島民は誰1人としておらず、あくまでも遠目からのシルエットだけでしか確認されていない。

 

 更に言えば、その巨大生物は《村を破壊したり》《島民を襲ったり》などの害なす悪行は一切しておらず、ただ目撃されているだけという不可思議な噂なのだ。

 

 そして、その巨大生物は雄英高校ヒーロー科の生徒達が那歩島にやって来て以降はパッタリと現れなくなった…

 

「《謎の巨大生物》ってさ!やっぱロマンあるよなあ!」

 

「ああ!俺もこの島にいる間に一度でもいいから見てみてぇぜ!」

 

「それで鉄哲?その肝心な巨大生物の正体は何か分かったの?」

 

「いや全然」

 

 未知の生物の存在にロマンを抱く鉄哲と切島に拳藤は質問するも、鉄哲は素っ気なく返答する。

 

「俺は《ネッシー》だって聞いたぞ」

 

「ネッシー?ネッシーだったら《海》じゃなくて《湖》じゃなかったっけ?」

 

「俺は《大きな蛇》だって聞いたな」

 

「え~私は《恐竜》って聞いたけど」

 

「私は《ダイダラボッチ》っていう大きな妖怪って聞いた…」

 

「オイラは《ドラゴン》だって聞いたぜ」

 

「島の子供達は《怪獣ヒーロー・ゴジロ》だって言ってたぞ」

 

「俺は《オゴポゴ》って聞いたな」

 

『オゴポゴ?』

 

 生徒達(瀬呂、凡戸、尾白、取蔭、柳、峰田、鱗、鎌切)はそれぞれこの島で得た未確認巨大生物の正体について語っていると、鎌切が口にした聞きなれない名称に生徒達は疑問符を浮かべた。

 

「俺も気になって休憩時間にスマホで調べてみたんだがよ。頭は羊だか山羊で、身体は鯨だか鮫みたいな外見をしたネッシーと同じ《水棲UMA》らしい」

 

「ヘッドがシープかゴートで…」

 

「身体が鯨か鮫って…」

 

「全くイメージできないな…」

 

「それだけ沢山の目撃情報があるのに、島の誰もその正体を知らないなんて…」

 

「ますます謎は深まるだかりですな…」

 

「結局さぁ、全部ただの見間違いってオチなんじゃないのぉ?」

 

 鎌切がオゴポゴの詳細について説明をするも、角取、芦戸、黒色、蛙吹、宍田は余計に頭がこんがらがってしまい、耳郎は未確認巨大生物の存在に対して否定的な発言をした。

 

 雄英生達が島民から聞いた《未確認巨大生物の姿形》は様々であり、その殆どは《ネッシー》や《大蛇》などのロマン溢(あふ)れる捉え方をする者もいれば、小さい子供達は《怪獣》や《ドラゴン》などといった特撮混じりに捉え、年配の老人達は《島の守り神》だと讃えてる人達と、その解釈は十人十色。

 

 那歩島に来た当時の雄英生達は、未確認巨大生物の噂は最初こそ《作り話》だとばかりだと思ってた。

 

 しかし、こうして毎日クラスの大半が島民から聞いてるのだから、誰しもがその《謎の生物》の存在を認めざるを得ず、その上で正体を知りたいと全員が内心思っていた。

 

 だが、この島での起きていた異変は《未確認巨大生物》の他にもう1つあった。

 

「謎と言えばもう1つ、未確認巨大生物の存在が噂され始めた去年の春から《海岸に流れ着いていたゴミが忽然と消える》という謎もありますな」

 

 宍田が島民から聞いた《もう1つの噂》を口にした。

 

「この島は本当に不思議な現象ばかり起きてるよね ( ? _ ? ) 」

 

「ですが、これといった被害は何も出てないとも聞いております」

 

「その未確認生物がこの島に被害を出しているならともかく、逆にその巨大生物が出たっつう浜辺は軒並みゴミが消えて綺麗になってるらしいじゃん」

 

「もしかしたら…その未確認巨大生物が…海岸のゴミを掃除してくれているのかも知れないね…」ボソッ

 

「島のお爺さんやお婆さん達は『それはきっと那歩島の守り神様のおかげだ』って言ってた…」

 

「ん…《ゴミ掃除をしてくれる島の守り神》?」

 

「随分とまぁ、地域貢献に長(た)けた親切な神様やね」

 

 吹出、塩崎、骨抜、口田、柳、小大、麗日は疲労と空腹で草臥れながらも《未確認巨大生物の謎》と《海岸が綺麗になる謎》について頭を捻って考察したが、結局誰もその答えを導きだせる者はいなかった。

 

 

 

ガチャ

 

 

 

「お邪魔するよ」

 

「村長さん!」

 

 雄英生達が話し込んでいると《黒縁(くろぶち)メガネをかけた村長》を先頭に島民の人達が事務所の入口に集まっていた。

 

「さっきは婆ちゃんを病院まで運んでくれてありがとね」

 

「バイクの修理助かったわ」

 

「ウチのバッテリーも」

 

「物置小屋の屋根も」

 

「塀の修復も」

 

「工場の外壁の補修工事も」

 

「「ビーチの安全ありがとう!」」

 

「取れ立ての魚やで~」

 

 事務所に置かれたテーブル全てを埋め尽くす大量の料理が並べられた。

 

「お礼という訳じゃないけど良かったら食べとくれ!」

 

 鈴村さんの言葉に対する空腹な雄英生達の返答は…

 

 

 

『いっただきまーーーーーす!!!』

 

 

 

 さっきまでの疲労は何処へやら、生徒達は歓喜の声をあげた!

 

「皆さん!ちょっとは遠慮してください!」

 

 八百万が生徒達を沈めようとするも、絶賛空腹の生徒達を止めることは出来ず、既に半数以上の生徒が料理を口に運び舌鼓を打っていた。

 

 

 

 八百万は拳藤と共に事務所の外へ出ると、改めて料理を持ってきてくれた島民達に感謝の言葉を述べた。

 

「すみません、わざわざ」

 

「ありがとうございます」

 

「いやいや、アンタらが来てくれて本当に助かっとるよ」

 

「これからもよろしくお願いね」

 

『ッ!』

 

 八百万と拳藤は、島民からの温かく優しい言葉に嬉し過ぎて思わず涙が零れそうになるが、2人はグッと涙を堪えた。

 

 本州では世間より向けられる冷遇によって心を痛めていた分、この島で自分達が理想していたヒーロー活動ができ、人々の役に立てているのだと2人は身に染みて実感し、改めて『ヒーローを目指して良かった』と感動していた。

 

「はい!」

 

「精一杯、勤めさせていただきます!」

 

 八百万と拳藤が返答すると、島民達はそれぞれの自宅へと戻っていく中、村長と鈴村さんはその場で《とある青年の名前》を口にして会話を始めた。

 

「そういえば鈴村さん、最近緑谷君を見ていませんが彼は元気ですか?」

 

「ええ元気ですよ。さっきも買い物袋を持って真幌ちゃんと活真君と一緒に家へ入っていくのを見掛けましたから」

 

「?」

 

「緑谷?」

 

 村長と鈴村さんの会話が聞こえた八百万と拳藤が事務所に戻る足を止めた。

 

 雄英生がこの島に来て2週間経っているが、八百万と拳藤は未だに《ヒーローとしての仕事の依頼》を受けていない名字の人物に何故か興味を抱き、村長と鈴村さんの会話に加わった。

 

「すみません、その緑谷ってどんな人なんですか?」

 

「おや?キミ達はまだ彼とは会っていないのかい?」

 

「はい、私達はこれまでに《ヒーローとして受けた依頼者のお名前》を記録していますが《緑谷》という名字の方からの依頼は1度も受け賜っておりませんわ」

 

「緑谷君は、私の家の近所に住んでいる高校生でね、去年の春にこの島へ母親と一緒に引っ越して来た男の子だよ。よく早朝と夜中にランニングをしていたんだけど、最近は走ってないみたいだね」

 

「まぁ今は、母親がいないから隣に住んでる島乃さんのお子さん達の面倒を見ながら暮らしているんだ」

 

「え…母親がいない…」

 

「それって…病気か何かでその緑谷のお母さんが亡くなったってことですか?」

 

 鈴村さんと村長の発言に疑問を持った八百万と拳藤は恐る恐る質問した。

 

「あぁ違う違う『母親がいない』っていうのはね。彼の母親は今《海外赴任している夫の元に行っている》というだけの話さ」

 

「丁度アナタ達が来る2週間前に、海外で働いてる緑谷さん家の旦那さんがヴィラン事件に巻き込まれて病院に運ばれたらしくてね、幸い手術が必要な程の大怪我じゃなかったそうなんだけど、緑谷さん家の奥さんはお見舞いと看病を兼ねて旦那さんが入院している海外の病院へ行っているんだよ」

 

「そ、そうだったんですか…」

 

「なんだ、ビックリしたぁ…」

 

 八百万と拳藤の誤解を村長と鈴村さんは詳細を語って即座に解く。

 

「まぁ《母親が亡くなってる》っていう点で当て填まるのは、真幌ちゃんと活真君の方だけどね」

 

「え?それって…」

 

「緑谷さん家の隣の家は《島乃さん》と言ってね。母親を早くに亡くして今は父親と幼い姉弟の3人で暮らしているんだけど、父親は年中出稼ぎで本州に出掛けてて、普段は幼い姉弟の2人きりで暮らしているんだよ」

 

「そう…なんですか…」

 

「勿論、アタシらは近所の者も面倒を見てるよ。けど姉の真幌ちゃんは10歳、弟の活真君は6歳、まだまだ幼いのに親がいないってのは…きっと寂しいだろうから…」

 

『………』

 

 鈴村さんの説明を聞き、八百万と拳藤は何も言えなかった…

 

 自分達は幼い頃から両親に愛されて順風満帆な生活を送っているので、幼くして母親のいない父子家庭の生活の苦労を理解することが出来なかった…

 

「でも今は隣に引っ越してきた緑谷さんが、父親がいない間の真幌ちゃんと活真君の面倒を見てくれてる上に、毎日じゃないけど週に4日、5日は一緒に暮らしてくれているから、私達も安心しているんだよ」

 

「島乃さんの父親も、幼い子供達を置いて島から離れるのは本当に悩んでいたからねぇ」

 

 村長と鈴村さんの補足を聞いて八百万と拳藤は安堵した。

 

 母親を亡くし、父親は出稼ぎで家に殆どいない幼い姉弟の家庭環境に同情を向けながらも、そんな幼い姉弟を積極的に支えて面倒を見るという提案をしたお節介な緑谷一家の寛大さに、八百万と拳藤は第三者ながら感銘を受けた。

 

「そんな素敵な方々ならば、是非とも1度お会いしたいですわ」

 

「その緑谷の母親っていつ頃に帰ってくる予定なんですか?」

 

「ん~っと確か~3週間ほど旦那さんの元へ行くと聞いたから~あと1週間くらいかな?丁度キミ達のプログラムが終わる頃に帰ってくることになる」

 

「そうですか、じゃあ運が良ければお会いできるかもしれませんね」

 

「そういえば、緑谷さん家の高校生の男の子ってなんて言う名前なんですか?」

 

 八百万は村長の言葉に残念がりながらも、場合によっては緑谷家の母に会える可能性を示唆し、拳藤は自分達と同い年だという青年に話題を変えて鈴村さんに質問した。

 

「その子の名前は《緑谷 出久》だよ。緑色の髪で頬にソバカスのある男の子なんだけど見かけてないかい?」

 

「緑谷 出久…」

 

「緑髪で頬にソバカス……ん~…私はそんな人は見かけてないなぁ」

 

「ふむ、出久君はキミ達と同い年だからてっきりもう友達になっていると私は思っていたんだが、恐らくは今は母親がいない分、島乃さんの姉弟の面倒を彼が1人で見ていて忙しいから、キミ達に話しかけるタイミングが無いだけかもしれない」

 

「もし出久君を見かけたら是非話しかけてあげておくれ、あと島乃さん家の活真君はヒーローが大好きだからその子にもね」

 

「「はい!」」

 

 話が終わると村長と鈴村さんもそれぞれの家へと帰っていき、八百万と拳藤は一足遅れて夕食を堪能した。

 

 

 

『ご馳走さまでしたーーー!』

 

 

 

 雄英生達は島の人達が用意してくれた御馳走を残さず全て平らげた。

 

「いや~旨かったぜ~」

 

「人の優しさが身に沁みるな」

 

「ヒーローをやってて良かったと思える瞬間だよね~」

 

「That's Right!(その通りですね!)」

 

 鉄哲、障子、葉隠、角取がそれぞれ本心を素直に語った。

 

「………」

 

「梅雨ちゃん、事務所に戻ってきてからずーっとボーッとしとるけど大丈夫なん?」

 

「元気無いようだけど、体調が優れない感じ?」

 

「まだ気分が悪いノコ?」

 

 皆が笑顔で食事をする中、唯一落ち込んだ表情で食事をしていた蛙吸に、近くに座っていた麗日と取蔭と小森が話しかけた。

 

「ケロッ?だ、大丈夫よ。ごめんなさい、心配かけちゃって」

 

「何言ってんの、さっき海岸沿いで擦れ違った時よりも明らかに具合が悪そうじゃん」

 

「本当に大丈夫よ一佳ちゃん、まだ少しフラフラするだけだから」

 

 蛙吹の異変には拳藤だけでなく他の女子生徒達も感づいていたが、蛙吹は何とか誤魔化した。

 

 蛙吸以外の女子生徒達は、蛙吹の元気がないのは《昼間の海でのヒーロー活動中に熱中症で倒れたこと》が原因だと思っているようだったが、実際は《赤谷 海雲と瓜二つの緑谷 出久という少年と出会ったこと》で、今年の4月に発生した《屋内対人戦闘訓練で起きた悲劇》がフラッシュバックしてしまい気分が優れないのだ。

 

 

 

 因みに、今のA組B組の女子生徒達はお互いを名前で呼び合う仲になっているのだが、拳藤を名前で呼んでいるのは蛙吹1人だけである。

 

 それは拳藤を差別している訳ではなく、ヒーロー科1年の女子生徒13人の中で拳藤は同い年ながらも《1つ年上のお姉さんの風格》と《姉御肌》を身に付けているため、蛙吹以外の女子生徒達は拳藤を姉のように慕い名字で呼んでいる。

 

 蛙吹に至っては《自分が友達になりたい人》及び《友達になった人》は異性の場合は名字に、同姓の場合は名前に『ちゃん』付けをして呼ぶようにしているのである。

 

 当の拳藤は、蛙吹以外の女子達が自分を名前で呼ばないことについては気にも留めていない。

 

 補足として、拳藤と同じくクラス委員長の八百万だが、優等生ながらも多少《ポンコツ》なイメージを抱かれてしまっているせいなのか、拳藤のような姉御肌の印象は持たれず、A組生徒達が決めた八百万のアダ名である『ヤオモモ』とB組の女子生徒達からは呼ばれているのだが、それは親しみを込めて呼ばれているのだと彼女自身も理解しているため、拳藤と同じく呼び名について気にしていないのだ。

 

 

 

 そんな女子生徒達が蛙吹を心配する中、A組の男子生徒達は皿や食器の片付けを始め、B組の男子生徒達は風呂場へ向かおうとしていた。

 

「お~い物間~、宿直よろしく!」

 

「俺達風呂に入って寝るから!」

 

 泡瀬が物間に話しかけると敬礼をしながら《宿直》の役割を言い渡し、回原もそれに言葉を乗せた。

 

「なんで僕だけっ!!?」

 

「だってお前《電話番》以外なにもしてねぇじゃん」

 

「ぐっ!?」

 

「お前以外の皆、全員外で汗水垂らしてヒーロー活動をしてきたんだぜ?それくらいは引き受けてくれるよな物間?」

 

「うぐぐっ…」

 

 円場と鱗に追い討ちをかけられた物間は何も言い返せず、宿直の仕事を了承した。

 

 因みに、現在の雄英ヒーロー科1年A組B組の男子は合計で21人おり、事務所に備えられている風呂場には一度に全員では入浴できないため、男子はA組B組に分かれて入浴することとなっている。

 

 食器洗い等の家事は交代制なのだが、何故か《峰田》だけは毎日朝昼晩必ず食器洗いをさせられていた…

 

 

 

 何故かと言うと…

 

 

 

「峰田、お前が風呂に入れるのは食器洗いが終わった後だって何度も言ってるだろう」

 

 B組男子達と共にどさくさに紛れて風呂場に向かおうとする峰田を、尾白は咄嗟に尻尾で巻きつけて捕らえた。

 

「またかよ!何で俺だけ毎日毎日強制参加なんだよ!」

 

「何でもクソもあるか!プログラムの初日早々に女風呂を覗きに行こうとしたのは何処の誰だよ!?」

 

「結局は覗けてねぇんだから良いじゃねぇか!未遂だ!未遂!俺は無罪だ!」

 

「良くねぇわ!覗きは立派な犯罪だろうが!」

 

「女子の入浴中に脱衣所へ足を踏み込んだ時点でアウトだろ!」

 

「何が無罪だ!開き直んな!林間合宿でブラド先生達から叱られたのをもう忘れたのか!?」

 

「……………」

 

「『《峰田が覗きに来るかも知れない》って不安があったら女子達は安心して入浴できないよ…』っと口田は言ってるぞ」

 

 切島、瀬呂、上鳴、砂藤、口田、障子のA組男子達は、尾白の尻尾によって身動きを封じられた峰田を叱りつけた。

 

 

 

 

 

 

 2週間前…《実務的ヒーロー活動推奨プロジェクト》で那歩島へとやって来た雄英高校ヒーロー科1年A組B組の34人が島に到着したのは夕方であり、事前の予定でも初日は那歩島の村長から自分達がこれから3週間暮らすヒーロー事務所の《いおぎ荘》の内装の説明を受けて、本格的なヒーロー活動は次の日からとなっていた。

 

 生徒達は夕食を食べ終え、後は入浴を済ませてから明日に備えて就寝するだけだったのだが…

 

 プログラムの初日から問題を起こした男子生徒が1人いた…

 

 それが今ではヒーロー科1年生で性欲魔と呼ばれている《峰田 実》である…

 

 いおぎ荘には男女それぞれに大浴場が備えられているのだが、それでも1度に入浴できる人数は十数人であるため、女子生徒はともかく男子生徒は21人なので2班に分けて入ることとなり、当日の男子は出席番号順で《A組の尾白、上鳴、切島、口田》の4人と《B組の泡瀬、回原、鎌切、黒色、宍田、庄田、円場》の7人が最初に入浴していた。

 

 その間、夕食で使った食器などを洗っていた他の男子達だったが、いつの間にか1人いなくなっていることに気付き、それが峰田だと分かった時点で彼ら峰田が向かう場所を即座に理解し、急いで風呂場へ向かった。

 

 林間合宿にてプッシーキャッツからの罰を受けた峰田は、今回は覗きをしないだろうと男子生徒達は高を括っていたのだが、そんなことで諦める峰田ではなく、食器洗いをしていた男子達の目を盗んで、女風呂の脱衣所に侵入していたのだ。

 

 

 

 しかし、結果的に峰田の覗きは失敗に終わった…

 

 

 

 それは何故か?

 

 

 

 女風呂の脱衣所に侵入した峰田が最初に目にしたのは…

 

 

 

 制服を着て仁王立ちをする《耳郎 響香》だったからである…

 

 

 

 耳郎は前回の件(林間学校での峰田の覗き)もあって、峰田を警戒しており他の女子達が浴槽へ入っていく中、耳郎は1人だけ脱衣所の扉前に残っていた。

 

 そして最悪の予測(峰田が懲りずに覗きに来る予測)が的中し、ノコノコと脱衣所へやってきた峰田に、耳郎は容赦なく耳朶のプラグを峰田の両目に突き刺して最大限の衝撃波を放った!

 

 耳郎の制裁を受けた峰田は気を失い、その後一足遅れてやって来た砂藤達に耳郎は気絶した峰田を預けた…

 

 

 

 その後、意識を取り戻した峰田は風呂から上がってきた女子達から個性を使った制裁を受けた…

 

 

 

 峰田の仕出かそうとしたことは未遂とはいえ立派な犯罪であり、本来ならば雄英高校に即日通達しなければならないのだが、それをA組とB組のクラス委員長と副委員長の4人が『待った』をかけた。 

 

 何故4人(蛙吹、八百万、拳藤、骨抜)が『待った』をかけたのか?

 

 疑問をもった峰田以外の他の生徒達が聞いてみたところ、4人は那歩島に出発する前日に校長室へと呼び出されており、ブラドキング先生から言われた忠告とは《別の忠告》をいくつか根津校長から直々に言われていたのだ。

 

 その忠告の1つに《プロジェクト期間中に生徒内で発生した問題等の報告は、プロジェクト終了後に雄英高校へ戻ってきた際にまとめて直接聞く》という内容だった。

 

 要はプロジェクト期間の3週間、雄英高校及び外部への連絡は禁止とされていたのだ。

 

 何故かというと、それは言わずもながら今年の雄英高校は何かと問題続きであるがために、世間だけでなく警察やヒーロー協会からの信用が落ちていた。

 

 そんな現状で、プロジェクトの初日から生徒内で問題(女風呂の覗き)が起きたなどと、もしヒーロー公安委員会に知られようものならば、最悪《雄英高校の存続》にも関わると根津校長から言われていたのだ。

 

 今の御時世、何処で誰が聞き耳をたてているか分からない…。万が一にも《今回の内容(峰田の覗き騒動)》を雄英高校へ報告する際に通話内容を盗聴され、それがマスコミやヒーロー公安委員会の耳に入ろうものなら、《那歩島でのプロジェクトは即中止》となり《雄英高校は更に信用を落とす結果》となってしまうだろう…

 

 それを危惧したA組とB組のクラス委員長と副委員長の4人は、峰田の罪を一時的に見送りとして、雄英高校に戻ってから報告する提案をした。

 

 納得のいっていない生徒はいたが、根津校長の忠告内容を知った生徒達は最後には納得し、女風呂を覗こうとした峰田は罰として《プログラム期間中の3週間、家事全般の強制参加》となった。

 

 事務所の掃除は勿論、食器洗いや洗濯(男子の服装のみ)などの雑用を、峰田だけは当番制を関係なく毎日の参加が決められたのだ。

 

 

 

 

 

 

 そして今に至り《女子が入浴している間は他の男子達が峰田を見張る》というルールが決められた。

 

 今日はB組男子が先に入浴し、A組男子が後で入浴することになっているのだが、2週間前の峰田の覗き騒動の次の日から、女子の入浴中の間は峰田を必ず見張っている男子生徒が1人いた。

 

「峰田……俺はいつも…お前を見張っているぞ…」

 

「男にそんなこと言われても何1つ嬉しくねぇっつうの!つうか目付きが怖ぇんだよ黒色!」

 

 物陰から峰田をジッと見ているのは、髪以外全身真っ黒の《黒色 支配》である。

 

 彼が何故そこまでするのか?

 

 その真意は一部の生徒にしか知られていない…

 

 

 

 

 

 

 綺麗な星空の見上げながら、物間は宿直を終えて雄英ヒーロー事務所(いおぎ荘)へと帰ってきた。

 

「はあぁ…全く…泡瀬も回原も円場も鱗も人使いが荒いなぁ…」

 

 物間はいおぎ荘に戻ってきて早々、自分1人に今日の宿直を押し付けた《B組常識人男子四天王》の4人に対して愚痴を溢しながら入口の扉を開けようした。

 

 しかし…

 

 

 

『…ぅ……ぅぅぅ……』

 

『大丈夫よ…お茶子ちゃん…大丈夫だから…落ち着いて…』

 

 

 

「?」

 

 事務所の庭から微かに聞こえてくる《2人分の声》を物間は聞き取り、忍び足で声が聞こえてきた庭へと移動して声の主達を特定した。

 

 声の主は、庭の縁台に座っている麗日と蛙吸だった。

 

 ただ2人は《楽しいお喋り》をしているわけではなかった…

 

「私が…私があの時…赤谷君を1人にしたから………私…赤谷君には助けられてばっかりなのに……私は……ぅぅぅ…」グスグス…

 

「お茶子ちゃんの責任じゃないわ。お茶子ちゃんは悪くない…悪いの自分勝手な行動をした《爆豪ちゃん》よ…

(あと…何故か試合を止めてくれなかった《オールマイト先生》にも責任があるわ…)」

 

「でも…ブラド先生が言ってたやん…赤谷君の容態は日に日に悪化しとるって…《植物人間》になってまうかもしれへんて…」

 

「それは…そうだけど……まだそうと決まった訳じゃないわ、信じましょお茶子ちゃん、赤谷ちゃんはきっと目を覚ましてくれるわ。赤谷ちゃんが雄英高校に戻って来るのは…もう無理だけど…その時は一緒にお見舞いへ行きましょ?」

 

 2人の会話を物影で盗み聞きしている物間は、改めて今年の4月より1年A組で発生した悲劇の連鎖を思い返した。

 

 A組で最初の犠牲となった《赤谷 海雲》……物間を含めB組は赤谷との面識が一切無いが、それでも顔も知らない赤谷に対しては同情の念を抱いていた…

 

 《雄英高校ヒーロー科の面汚し》である《爆豪 勝己》の身勝手な行動が原因で、赤谷は重症を負った…

 

 これがA組の……雄英高校の…《不幸の連鎖の始まり》となったのだ…

 

 更にそれからもA組からの犠牲者は出てしまい…

 

 

 

・A組の担任《イレイザーヘッド》の死亡…

 

・A組のクラス委員長《飯田 天哉》の死亡…

 

・雄英体育祭の優勝者と準優勝者である《轟 焦凍》と《常闇 踏陰》がヴィラン連合に誘拐…

 

・ヴィラン連合の内通者《青山 優雅》の死亡…

 

 

 

 まだ1年も経過していないというのに、A組だけで既にこれだけの犠牲者と被害者が出ており、更には《13号》…《出水 洸汰》…《ナイトアイ》…《通形 ミリオ》の雄英に関わりのある人々が何人も命を落としていった…

 

 物間もヒーローを目指す以上《それ相応の覚悟》をもって雄英高校に入学した。

 

 だが…自分の身の回りにいた人々が短期間で何人もいなくなっていけば、物間とて大きな不安や恐怖を抱く…

 

 

 

 誰だって…死ぬのは怖いのだから…

 

 

 

「お茶子ちゃん、今日はもう休みましょ?明日もあるし、ちゃんと寝ないと疲れて倒れちゃうわよ?」

 

「……うん…ありがとう…梅雨ちゃん……いつもいつも…ごめんね…」グズグス…

 

「気にしないでいいのよお茶子ちゃん、辛い時は1人で悩まないで。私で良ければいつでも相談相手になってあげるから。私はもう少し涼んでから寝るわ。お茶子ちゃんは先に休んでてちょうだい」

 

 蛙吹に励まされた麗日は、ゆっくりと立ち上がって寝室へと戻っていった。

 

 

 

 1人庭に残った蛙吹は、麗日の姿が見えなくなると…

 

 

 

「盗み聞きなんて趣味が悪いわよ、物間ちゃん」

 

「…なんだ、気づいてたんだ。盗み聞きとは人聞きが悪いねぇ、宿直から帰って来て早々に庭から話し声が聞こえたから怪しいと思って聞き耳をたててただけだよ、蛙吹さん」

 

 蛙吹に話しかけられた物間は悪びれる様子もなく物陰から姿を現して、蛙吹の近くへ移動した。

 

「それを世間では《盗み聞き》っていうのよ」

 

「まぁそういうことにしといてあげるよ。それよりも…赤谷君が植物人間になる可能性が高いって…本当なのかい?」

 

「………本当よ…那歩島のプロジェクトが始まる前、私とお茶子ちゃんでブラドキング先生に確認をお願いしたのよ。そして飛行場に向かうバスの中でブラドキング先生が私達に赤谷ちゃんの本当の容態を教えてくれたわ」

 

「ブラドキング先生がA組のバスに乗ってたのはそういうことだったのか。………麗日さんはまだ引きずってるかい、屋内対人戦闘訓練の一件を?」

 

「当然よ、お茶子ちゃんはずっと後悔しているのよ。『あの日の自分の行動が本当に正しかったのか』って…『赤谷ちゃんがあんな大怪我をしたのは自分の責任だ』ってね…」

 

「………」

 

「お茶子ちゃんだけじゃないわ…私や峰田ちゃんだって…USJで相澤先生を見捨てたことを…今でも後悔してるの…」

 

「………」

 

「ケロッ…死んだ人は絶対に戻ってこない…どんなに後悔しても…過去は変えられない…。だから亡くなった相澤先生や飯田ちゃん達の分まで、残った私達は《彼らに恥じない立派なヒーローになる》っていう希望をもって生きているのよ…。それが…彼らを助けられなかった……いえ…助けなかった私達の《罪》であり《償い》なんだから…」

 

「《罪》に《償い》って…爆豪君の件はともかく《イレイザーヘッドや飯田君達が亡くなった件》と《常闇君と轟君が誘拐された件》については、キミ達A組と僕達B組に法的な罪はないじゃないか」

 

「分かってる……分かってるわよ…そんなこと……悪いのは《爆豪ちゃん》や《ヴィラン》だって…皆頭では分かってるのよ…。でも…心が……心が追い付いて来ないのよ…。赤谷ちゃんは未だに意識不明なのも……相澤先生と13号先生、飯田ちゃんと青山ちゃんが死んだのも……常闇ちゃんと轟ちゃんが誘拐されたのも……全部が私達のせいじゃないって分かっていても……彼らの近くにいた私達(1年A組)がもっと考えて積極的に動いていたら…運命は変わったんじゃないのかって…そう考えるようになっちゃったのよ」

 

「………」

 

「物間ちゃん…アナタが普段から口癖で言ってるように…A組はB組に劣っていると言われても文句は言えないわ…。私達は過去の過ちをいつまでも引きずって前に進めてないんだから………笑いなさいよ…いつものように『これだからA組は!』って…嘲笑いなさいよ…」

 

 蛙吹は自分の内に秘めていた負の感情を物間にぶつけた…

 

 そう……悩んでいるのは蛙吹と麗日だけじゃない…残された1年A組の生徒達14人は大なり小なり蛙吹と同じ《悩み》と《後悔》を抱えているのだ…

 

 そんな不満をぶつけられた物間はと言うと…

 

「……見くびらないでくれよ蛙吹さん、いくら口が悪い僕だって《故人》や《誘拐された被害者》や《その関係者》を悪く言うほど性根は腐ってないさ」

 

「ケロッ…それ自分で言うの?」

 

「爆豪君みたいな傍若無人な人間と一緒にされたくはないからね。でもさ蛙吹さん、僕が言うのもなんだけど、悩みの捌け口ばっかりなっていたら…いつか限界がくるんじゃないかい?現に今日の夕食時に、キミがいつもと様子が違うのは女子達だけじゃなくて男子達も気づいていたんだよ?」

 

「それは……昼間の熱中症がまだ残ってたからよ、別に他意は無いわ」

 

「ふ~ん…まぁそれならいいけど、あと1週間あるんだから体調管理には気をつけてよね。それじゃ」

 

 物間はそう言うと、事務所の出入口へと向かい離れていった。

 

「………物間ちゃん…アナタには話しても分からないわよ…私の悩みなんて…。この島にいた…《赤谷ちゃんにソックリな男の子》の《緑谷ちゃん》に…私は出会ってしまったんだもの……私ですらあんなに取り乱しちゃったんだから、もし《お茶子ちゃんが緑谷ちゃんと出会っちゃったら》って考えると…私は気が気じゃないのよ…」

 

 物間が居なくなって1人になった蛙吹は、星空に向かってそう呟いた………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●ヒーロー公安委員会…(同時刻)

 

 

None side

 

 公安委員会より呼び出しを受けたホークスは《公安委員会会長》と《会長補佐》と共に、個室に設置されたモニターの画面に映る《日本地図》を見ていた。

 

 モニターに表示された西日本の地図には近畿地方、中国地方、四国地方、九州地方の4ヶ所に1つずつ《赤い罰印》と《ヒーローの写真》がそれぞれ添付されていた。

 

「先週から継続的に発生している《ヒーロー暴行事件》。被害者は全員意識不明、しかも個性を失っている。今年の9月、オールマイトの元サイドキックである《ナイトアイ》を筆頭に決行された指定ヴィラン団体《死穢八斎會》の一件、組織の壊滅には成功したものの、肝心な大元(おおもと)である若頭《治崎 廻》には逃げられてしまい、彼らが密造した《個性を消す針》…通称《個性消失弾》は、日本のみならず海外の裏ルートにまで出回りヴィラン達に高値で売却されている。それは死穢八斎會と協力関係を結んでいた死柄木一派も同様、奴らは間違いなく《個性消失弾》を治崎から入手している」

 

「彼らが独自に《個性消失弾》の量産に成功したという情報は?」

 

「いいえ、そんな情報は聞いていません」

 

「なら調べろホークス、何の為に奴らの内定を続けていると思っているんだ。オールマイトが倒れ、エンデヴァーとベストジーニストが使い物にならず、個性を消滅させる薬が出回りつつある今、No.2のキミがシッカリしなければならないことを忘れてはならな…」

 

「《個性を奪われた》…とは考えられませんか?」

 

「何?」

 

 会長補佐のお小言を遮り、ホークスは自分が考えてきた最悪の可能性を口にした。

 

「被害者はヒーローですから、失った個性は当然使えるものばかりです。《個性消失弾》によって個性を失った可能性もありますが、もし容疑者があのオール・フォー・ワンと同じ《個性を奪う個性》を持っているとしたら…」

 

「そんな事が…」

 

 会長はホークスの考えを否定しようとするも、星の数程存在する個性があるこの世の中では、決してあり得ない可能性ではないため、否定も肯定もしなかった。 

 

「まっ、どちらにせよ死柄木絡みです。両方の線で追ってみますよ」

 

 そう言い残すとホークスは部屋を出ていった。

 

 

 

 ホークスは廊下を歩きながら《先程の口にした自分の考え》と《2週間前にヴィラン連合のメンバーが運んでいた謎の積み荷》との関連性について考察した。

 

「(《ヒーローの個性消失》…《謎の積み荷》…《個性を奪う個性》…この全ては繋がっているのか?)」

 

 考えを巡らせるも真相へは辿り着けず、外へ出たホークスは公安委員会から飛び去った。

 

 

 

 ホークスの考えは的を射ていた…

 

 そして…ホークスが考察した最悪の可能性は…

 

 雄英高校ヒーロー科1年生達がいる那歩島に向けて…

 

 今も尚…刻一刻と近づきつつあった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●新潟県の山中…(同時刻)

 

 

None side

 

 今年に入ってから数々の騒ぎを起こし、今や日本ならず世界中にその名を響かせている悪名高きヴィラン組織、通称《ヴィラン連合》…

 

 そのリーダーである死柄木 弔とその一味は今、人里離れた山奥にある《採石場のプレハブ》を拠点としていた。

 

 以前まで拠点だった《神野区のBAR》は神野事件以降は使えなくなり、彼らは廃墟などの人が寄り付かない場所を転々としており、現在は諸々の事情で新潟県の山奥にある《採石場として使われていた工事現場》に身を潜めている。

 

 日が沈み、闇に包まれた工事現場内で1ヶ所だけ明かりが点(とも)るプレハブ。

 

 その中ではヴィラン連合のメンバーが2週間前に《ドクターから依頼された仕事》について話し合いをしていた。

 

「結局積み荷は何処に行ったんでしょう?ヒーロー側は回収してないんですよねぇ?」

 

「あぁ…そいつは確定情報だ…」

 

「結局さぁ、積み荷の中身は何だった訳?」

 

 トガヒミコの疑問に対して荼毘が返答すると、Mr.コンプレスが死柄木に質問した。

 

 2週間が経過した今も尚、彼らはドクターに依頼されて運んでいた《積み荷の正体》が気がかりでいた。

 

「ドクターいわく…知る必要はないそうだ…」

 

 Mr.コンプレスの質問に死柄木はそう呟いた。

 

 だが、そんな答えで納得する彼らではない。

 

「なんだそりゃ?」

 

「俺達をパシられといて、あとはダンマリかぁ!?」

 

「ますます気になりますねぇ~」

 

「………」

 

 スピナー、トゥワイス、トガヒミコが死柄木の返答に異を唱える中、部屋の隅で壁に寄りかかっている《白く丈の長いフード付きのローブを着た男》だけは何も言わずにダンマリでいた。

 

「ていうか積み荷もだけどよ!あの鳥マスク野郎はあれから何の連絡してこねぇじゃねぇか!?」

 

「私と仁君のおかげでヒーローと警察から逃げ切れたのに、まだお礼の一言も言って貰えてないのです!」

 

 トゥワイスは突然話題を変え、今年の9月に一応は協力関係を結んだ《死穢八斎會》の話題を出すと、トガも釣られて死穢八斎會の若頭に対する愚痴を溢した。

 

「報酬は貰ってる…。奴らも海外への密航やら…新しい拠点探しでここ数ヵ月は忙しかったみてぇでな…。最近になってやっと製造が軌道に乗ったみてぇだぞ…」

 

 トガとトゥワイスの愚痴に死柄木が返答する。

 

「報酬っつったってよ、例の個性消失弾と血清弾を3発ずつと端金(はしたがね)しか貰ってねぇじゃねぇか」

 

「安く見積もられたもんだよなぁ俺達、儲かってんだからケチケチしないでもっと払えってんだよあの鳥マスク野郎。そしたら今頃、寿司でも鰻重でもステーキでも食い放題だったっつうのによぉ」

 

 死柄木の返答が気に食わなかったのか、今度はスピナーとMr.コンプレスが死穢八斎會の若頭への愚痴を溢した。

 

「とにかくだ…あの積み荷のことは忘れろ…良いな…」

 

「了解!やなこった!」

 

「荼毘…コイツ借りてくぞ…」

 

「ああ…」

 

 トゥワイスの返事を聞きながら死柄木は荼毘に許可を得ると《白いローブを着た男》を連れてプレハブの外に出た。

 

 死柄木は積み荷の運搬をした後日、連絡してきたドクターとの会話内容を思い返した。

 

 

 

『死柄木 弔…アレに触れてはならない…忘れるんだ…』

 

 

 

 ドクターが死柄木に伝えたのはそれだけだった…

 

「(ドクター…)」

 

 死柄木は考え事をしながら顔に《手のマスク》を着けると《白いローブを着た男》を連れて何処かへ出掛けていった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●那歩島…(明朝前)

 

 

緑谷出久 side

 

 いつもより早く起きた僕は、寝ている活真君と真幌ちゃんを起こさないように家を出て《とある場所》を目指し歩いていた。

 

 まだ日が昇る前の時間だけあって、出歩いてる人は誰もおらず、僕は暗い夜道を1人で歩きながら目的地に向かった。

 

 

 

 今年の11月末まで、毎日欠かさずに続けていた《早朝ジョギング》と《浜辺でのトレーニング》を控えていたこともあってか、この時間帯に外へ出たのは2週間ぶりだ。

 

 僕は雄英生達がこの島にやって来た12月から《早朝と夜に外で行っていたトレーニング》を控えていた…

 

 

 

 何故って?

 

 

 

 それは単純に『雄英生との…いや…ヒーローとの関わりを持ちたくなかった』…ただそれだけ…

 

 雄英生達が那歩島へやってくる前日に村長から電話越しで言われた《あの言葉》を真に受けてしまった僕は、雄英生達とは極力関わらないようにするため、外出時は帽子にマスクにロイド眼鏡を着けて顔を隠し、更に毎日欠かさずに続けていたトレーニングも控えて、外で雄英生を見かけた際は万が一にも話しかけられないようにわざわざ遠回りの道を通るなどの努力をしてきた!

 

 そのかいあってこの2週間、僕は雄英生から話しかけられることは1度もなかった!

 

 あと1週間…この生活を続ければ、雄英生達は那歩島から出ていき、僕は元の生活に戻れる!

 

 

 

 そうなってほしいと願っていたんだけど…

 

 僕は昨日の油断して…その2週間の努力を無駄にしてしまった…

 

 

 

 昨日の夕方、買い物を終えた帰り道で真幌ちゃんと活真君と合流して一緒に自宅へ戻っている最中、真幌ちゃんからの指摘を受けた僕はマスクを外してしまった。

 

 『神経質になりすぎたかなぁ?』という気の迷いもあって、うっかりマスクを外して顔を晒したその瞬間、僕を誰かと勘違いする《蛙を連想させる緑髪の美少女》に話しかけられた。

 

 ヒーローコスチュームと思われる服装を着ていたから彼女が雄英生であることを理解して咄嗟に僕は真幌ちゃんと活真君をつれてその場から離れようとしたけど、彼女は急に僕に近づいてきた上に涙を流しながら僕のこと『赤谷ちゃん』と呼びながら何度も嘆き訴えてくるその圧に僕は押されてしまい動けなかった。

 

 そんな困り果てていた僕を見かねたのか、真幌ちゃんが僕の代わって誤解を解いてくれたお陰で、雄英生の彼女は自分が《人違い》をしていたことを理解してくれた。

 

 彼女は僕に謝罪を述べて、それに対して真幌ちゃんは悪態をつき、活真君は姉の態度に慌てていた。

 

 一刻も早くこの場から離れたかった僕は、彼女との会話を颯爽に切り上げて自宅へと歩を進めた。

 

 雄英生と別れたあと、家へと帰った僕達は夕食の準備に取りかかりながら、僕は『ついさっき会った雄英の女子生徒が他の雄英生達に僕のことを伝えてはいないか?』という考えを巡らせていた。

 

 

 

 別に顔を覚えられるくらい問題ないんじゃないのかって?

 

 個性(能力)は見られてないんだから大丈夫なんじゃないのかって?

 

 

 

 確かにそう考えたいけど…そうも言ってはいられないんだ…

 

 考えていなかった訳じゃない…

 

 ただ知りたくなかっただけ…

 

 受け入れたくなかっただけなんだ…

 

 今年に入ってから問題続きの雄英ヒーロー科1年A組に在籍していた《赤谷 海雲》…

 

 

 

 もしかしたらその赤谷 海雲は…僕と『双子レベルで似ているなんじゃないか?』ってね…

 

 

 

 《世界には自分と同じ顔をした人間が3人いる》とは聞いたことがあるけど、早々にソックリさんなんているわけない………と普通なら否定したいところなんだけど、実際《僕のお母さん》と《真幌ちゃんと活真君のお母さん》が瓜二つレベルで似ていたのもあって、一概に僕は否定は出来なかった…

 

 それは…僕がスクラップブックの作成を始めるキッカケとなった《今年の4月に売店で買った雑誌》に書いてあった内容の1つ…

 

 被害者の赤谷 海雲を死に至らしめた容疑者の《少年B(かっちゃん)》が被害者家族に言った暴言…

 

『俺が一番嫌いな無個性のクソナード野郎と同じ面をしてるアイツが悪いんだろうがよ!第一、子供の喧嘩で一々大袈裟に騒ぐんじゃねぇわクソ親が!』

 

 この台詞の中にある『俺が一番嫌いな無個性のクソナード野郎と同じ面』とは九分九厘の確率で《僕》を示していた…

 

 実際、僕は当人から頻繁にそう言われていたからね…

 

 

 

 要するに何が言いたいのかというと…

 

 僕は4月にあの雑誌の内容を拝見した時から…

 

 《赤谷 海雲と僕はドッペルゲンガーと言っていい程に同じ顔をしている可能性》に気づいていたんだ…

 

 

 

 なんで僕が自分のソックリさんが存在することを認めなくなかったのかって?

 

 

 

 それは…

 

 《かっちゃんが赤谷 海雲へ暴力を振るった要因の1つに僕(緑谷 出久)が関わっていると誰かに思われたくなかった》からだ…

 

 完全なる私情で殺人未遂事件を引き起こしたのはアイツ(かっちゃん)個人の問題だけど、アイツがあの事件を起こした要因が《僕が折寺町から引っ越したために、アイツは虐めるターゲットがいなくなったというストレスを溜めていき、それが僕のソックリさん(赤谷 海雲)と会った瞬間にそのストレスが爆発して事件が起きてしまった》…なんて検討違いな考えをする人間が出る可能性は非常に高い…

 

 特にマスコミやメディアなんかは、自分の都合の良い解釈をして情報を改竄して、世間の注目を浴びるためなら出鱈目なニュースや記事を平気で世間へと公表するに決まってる…

 

 現に、ヘドロヴィラン事件以降から一躍有名人となったアイツを《将来有望なヒーロー》や《未来のトップヒーロー》なんて当初は祭り上げていたマスコミとメディアは、アイツが雄英高校で殺人未遂事件を起こした途端に掌を返して、社会的にアイツを追い詰めていくようなニュースや記事ばかりを出すようになったんだ…

 

 まぁ僕の予想では、例え僕が引っ越しをせずに折寺町へ留まったとしても、かっちゃんは雄英高校であの事件を確実に起こしていたと僕は思うけどね…

 

 

 

 僕はもう…世間や大人の身勝手で人生を振り回されるのは嫌なんだ…

 

 普通でいい…

 

 地道でいい…

 

 凡人がいい…

 

 激しい《喜び》も《幸せ》もいらない…

 

 その代わり、深い《絶望》も《不幸》もない…

 

 《植物の心》のような平凡な人生を…

 

 そんな当たり前のような《平穏な生活》こそが今の僕の目標なんだ!

 

 

 

 なのに僕は昨日…1人の雄英生に顔を見られ…僕という存在を知られてしまった…

 

 それが原因で、いつか僕の平穏な生活が脅かされるんじゃないかと思うと僕は急に怖くなったんだ…

 

 大袈裟かも知れないけど、この御時世どこから情報が広まるか分かったもんじゃない…

 

 僕は気が気じゃなかった…

 

 『あの雄英の女子生徒が他の雄英生達に余計なこと(僕のこと)を話すんじゃないか?』って考えると怖かった…

 

 

 

 そんな見えない恐怖に心をやられてしまった僕は、起きて早々にこの島の《ある場所》へと出掛けて、今やっと到着した…

 

 今は空き家となっている…《義足を着けたプロヒーローのお爺さんが住んでいた家》の前に僕はやって来たんだ………




 前書きにも書いた通り、今回の後書きには出久君がヒーローを目指さなかったことで《逮捕されなかったヴィラン達(ステイン、オーバーホール等)》の詳細について纏めました。



・ステイン(赤黒 血染)…保須事件後、ヴィラン連合とは徒党を組まずに単独でヴィラン活動(偽物のヒーローの粛清)

・ウォルフラム…Iアイランド襲撃後、とある組織と同盟を組む

・マスキュラー(今筋 強斗)…雄英林間合宿後も引き続きヴィラン連合に所属

・オーバーホール(治崎 廻)…海外逃亡

・クロノ(玄野 針)…海外逃亡

・ジェントルクリミナル(飛田 弾柔郎)…海外逃亡

・ラブラバ(相場 愛美)…海外逃亡



 以上のキャラクター達の詳細は、以下に纏めました。



◯ステイン(赤黒 血染)…【保須事件以降も単独でヴィラン活動(日本各地での贋物のヒーロー達の粛清)】

・原作では、保須市にてプロヒーローのネイティブを粛清中に雄英生3人(飯田 天哉、緑谷 出久、轟 焦凍)との戦いで敗北し、その後は《ヒーローとヴィランの全面戦争》後の死柄木 弔とハイエンド脳無によるタルタロスの襲撃及びオール・フォー・ワンの救出まで収監されていた………しかし、今作の番外編では《緑谷出久が雄英高校にいないこと》と《轟焦凍が現場に駆けつけていないこと》で、ネイティブと飯田の命を奪った後は逮捕されることなく保須市から姿を消した…

・保須市を離れた後も日本各地で《ヒーローの粛清》を続けており、神野事件後は《救出作戦の失敗》《オールマイトの引退》《エンデヴァーの家庭の闇》など、立て続けに発生した悲劇の連鎖に激情し、ステインによるヒーローへの被害は増加していった。

・原作では《ステインの動画》に感化されてヴィラン連合へ所属した荼毘やトガヒミコ達は、今作の番外編では【保須事件にてステインが学生相手(飯田 天哉)であろうとも『将来的に偽物のヒーローになる』と判断したならば、例えそれが子供であろうとも容赦なく命を奪うというその《理想》と《信念》そして《残虐性》に感化されたこと】で、彼らはステインと繋がりがあった《ヴィラン連合》へと集結した。

・保須市事件後、ステインは黒霧から何度もヴィラン連合への介入を求められていたが、その要求に応じることなく《Iアイランドの事件より連鎖して発生したヴィラン事件の数々で世間が騒いでいた時》も《ヴィラン連合が異能開放軍との戦争後に組織を合併して【超常解放戦線】という巨大組織になった時》も、ステインは我関せずに一匹狼で偽物のヒーロー達の粛清を続け、12月を迎える頃には《3人(デステゴロ、シンリンカムイ、Mt.レディ)を除いたヘドロヴィラン事件に関わったヒーロー達》を含めて100人以上のヒーローの命を奪い、世間からは《ヒーロー殺し》という2つ名の他に《100人斬り》の異名を付けられた。

・ステインはデステゴロの粛清する際にデステゴロのサイドキック達は全員抹殺したが、インゲニウムの時も同じくデステゴロを生き証人という《見せしめ》にするため、重症は負わせたが殺さずに生かした。



◯ウォルフラム…【Iアイランド襲撃後、誘拐した博士に個性増幅装置を増産させ、それを世界中の闇市に売り出して超人社会のバランスを崩壊させた】

・デイヴィット・シールド博士とその助手であるサムが政府に没収された《個性増幅装置》を取り戻すための計画に用意された《仮想のヴィラン》だったが、実際にはデイヴ博士の預かり知らぬところで金に目が眩んだサムによって用意された《本物のヴィラン》であった。

・原作(ヒロアカ映画1作目)では、オールマイトと雄英生達の共闘によってウォルフラム一派は全員倒され逮捕されていた………しかし、今作の番外編では《緑谷 出久に加えて飯田 天哉と爆豪 勝己もIアイランドに来てないこと》で誰もウォルフラム達を止められる者がおらず、Iアイランドの科学者達を人質にされたことでオールマイトを含めたプロヒーロー達は何も出来ず警備システムによって拘束されてしまい、その間にウォルフラム達は《個性増幅装置》を手に入れ、ウォルフラムは早々に装置の試運転を行い、強化された個性を使ってセントラルタワーは倒壊させた後、《デイヴィット博士》を誘拐してIアイランドから一味全員で逃亡した。

・Iアイランドからの逃亡後、自分達のアジトへ戻ったウォルフラムは誘拐してきたデイヴ博士に《個性増幅装置》の増産を命令した。当然博士は首を縦には降らなかったが《ウォルフラム一味からの度重なる暴行》と《Iアイランドのヴィラン襲撃の真実を世間に暴露して博士の娘が社会的に苦しめるという脅迫をされたこと》で屈服し、博士はウォルフラムの要求に承諾して個性増幅装置の開発を始めた。

・ウォルフラムはデイヴ博士によって増産される個性増幅装置の完成品を、世界中のヴィラン組織へ高値で裏ルートに流して多額の資金を得ていた。

・Iアイランドの事件から数ヵ月後、ウォルフラムの元へ《日本のとあるヴィラン組織》から1本の電話が入り、そのヴィラン組織の若頭から同盟を持ちかけられた。最初こそウォルフラムはその同盟を受け入れる気は無かったが、電話相手の若頭から『自分達と同盟を組んで匿ってくれるのなら《個性を消す薬》と《その血清薬》の一部の提供する』という言葉に興味を惹かれ、ウォルフラムはそのヴィラン組織を受け入れた。

・それから更に数ヵ月後、ウォルフラムの組織は《個性増幅装置》だけでなく《個性消失弾》と《血清弾》をも世界中に裏ルートで売り出したことで巨万の富を得ると同時に、海外で尤も危険なヴィラン組織のボスとして《最重要指名手配ヴィラン》の1人となった。



◯マスキュラー(今筋 強斗)…【雄英林間合宿襲撃後も引き続きヴィラン連合に所属】

・原作では、林間合宿の緑谷 出久との戦いに破れ、ムーンフィッシュとマスタードと共に警察へと捕まってタルタロスへの収監されていた………しかし、今作の番外編では《緑谷 出久が雄英高校にいないこと》で出水 洸汰を殺害した後は黒霧のワープでヴィラン連合のアジトへ帰還。

・神野事件では、雄英林間合宿での作戦成功のパーティー中に『暴れ足りない』という理由で席を外しており、オールマイト率いるプロヒーロー達とは戦ってはいない。

・神野事件以降は死柄木達とは別行動を取り、ステインと同じく各地で暴れ回っていたため、死穢八斎会の一件には一切として関わっていなかったが、オール・フォー・ワンのボディーガード《ギガントマキア》との屈服させる戦いの際に死柄木達と合流をし、交代で戦う他のメンバー(Mr.コンプレス、トゥワイス、スピナー、トガヒミコ)とは違い、死柄木と同じく殆ど不眠不休でギガントマキアとの戦いに明け暮れていた。



◯オーバーホール(治崎 廻)…【海外へ逃亡】

・原作では、《ナイトアイの命》と《通形 ミリオの個性》を引き換えに出久達によって倒され、護送中に死柄木 弔とMr.コンプレスの個性によって両腕を失うと同時に完成品である《個性消失弾》と《血清弾》を奪われて全てを失った後にタルタロスへと収監された………しかし、今作の番外編では《緑谷 出久が雄英高校にいないこと》と《イレイザーヘッドが亡くなっていたこと》と《通形 ミリオが9代目ワン・フォー・オール継承者になっていたこと》で、死穢八斎会の地下通路にてミリオとナイトアイの2人と戦闘になり、一時はミリオの強さに追い詰められはしたが、ミリオが突然死したことで形勢が逆転、ナイトアイを変化させたコンクリートのトゲで串刺しにした後、玄野と共に壊理を連れて逃亡に成功した。

・ナイトアイ達から逃げきった治崎と玄野だったが、死穢八斎會の本部と関連の組織は全てヒーローと警察に包囲網を張られてしまい、仕方なく新たな拠点を探していた際、治崎は今年の夏に難攻不落の人工都市であるIアイランドに襲撃した《とあるヴィラン組織》に目をつけ、裏ルートを使って彼らへの連絡手段を入手して同盟を持ちかけた。《個性消失弾》と《血清弾》の一部の提供を対価として同盟が成立し、そのヴィラン組織の協力もあって治崎と玄野は壊理と共に日本を離れて海外へと逃亡した。

・同盟を組んだヴィラン組織から新たな拠点と設備を提供された治崎は、再び壊理を使った《個性消失弾》と《血清弾》の製造に取り掛かった。

・新たな拠点に腰を据えた頃、治崎は日本で協力関係を結んだヴィラン連合にはまだ利用価値があると判断し、ナイトアイ達の襲撃時にトガとトゥワイスが自分達の逃走時間を稼いでくれた件での報酬をヴィラン連合に送った。

・それから数ヵ月後、同盟を組んだヴィラン組織を通して《個性消失弾》と《血清弾》を高額で裏ルートに売り出すことで治崎は多額の資金を稼いでいき、それと同時に《最重要指名手配ヴィラン》の1人となった。



◯クロノ(玄野 針)…【海外へ逃亡】

・原作では、イレイザーヘッドにトドメを刺そうとするも、警察と共に駆けつけた天喰 環の奇襲によって個性を封じられてしまい、そのまま治崎を含む他の組員達と共にお縄となった………しかし、今作の番外編では《緑谷 出久が雄英高校にいないこと》と《イレイザーヘッドが亡くなっていたこと》と《通形 ミリオが9代目ワン・フォー・オール継承者になっていたこと》で、死穢八斎会の地下通路にて治崎はミリオと、玄野はナイトアイを相手に戦い始めたが、自身の個性である《クロノスタシス》の詳細をナイトアイは全て把握していたため、個性の発動条件である自身の頭髪をナイトアイに当てることができず、《超質量印》を投げて遠距離戦を仕掛けてくるナイトアイに苦戦を余儀なくされた。だが、ミリオが突然死したことで形勢が逆転、ミリオの死に動揺して大きな隙を見せたナイトアイに、治崎は何の躊躇もなく個性《オーバーオール》で変化させたコンクリートのトゲをナイトアイの腹に突き刺した。

・自分達を追いかけてきた2人のヒーローを倒した治崎と玄野は、壊理を連れてヒーローと警察からの逃亡には成功したのだが、日本国内の死穢八斎會の本部と関連の組織は全てヒーローと警察に包囲網を張られてしまい、新しい拠点をどうするべきかと玄野が悩んでいると、治崎が裏ルートで海外の《とあるヴィラン組織》と取り引きをし、その結果日本を離れて海外へと逃亡した。

・その後は治崎と共に同盟を組んだ海外のヴィラン組織に身を潜めながら《個性消失弾》と《血清弾》の製造に日々取り組んでいる。



◯ジェントルクリミナル(飛田 弾柔朗)…【海外へ逃亡】

・原作では、雄英文化祭への侵入を出久に阻まれたことで雄英教師であるハウンドドックとエクトプラズムに捕まってラブラバと共に警察へと連行された………しかし、今作の番外編では《緑谷 出久が雄英高校にいないこと》で雄英高校への侵入に成功し、雄英文化祭を開始1時間で中止にさせた後、雄英高校敷地内にヴィランが出現したことでパニックを起こした一般人の人混みに紛れてラブラバと雄英高校から脱出した。

・無事にアジトへと帰還した後、本日撮り上げた動画をすぐに編集し、その日の内に2つの動画(《100人以上のプロヒーローが警備する雄英周囲の森を通り抜け、雄英高校のセキュリティを解錠し、見事に侵入を果たした動画》と《雄英高校の敷地のド真ん中で自分のヴィラン名を高らかに主張する動画》)をネットにアップしたところ、次の日に確認するとその2つの動画は今までにない再生回数と高評価の数値を叩き出し、それに感激したジェントルはラブラバと共に喜び号泣した。

・いつもならば即座に削除される自分の動画なのだが、何故か今回投稿した《雄英高校への侵入成功の動画》と《雄英文化祭を中止させた動画》は削除されることなくネットに残り続け、それによってジェントルは多額の資金を得ると同時に、《迷惑動画配信者》から《有名動画配信者》へと世間からの評価が変わった。

・しかし《起こした事件》が事件であるため、ジェントルとラブラバを逮捕するべく日本のヒーローと警察が本腰を上げての大捜索が始まってしまい、逃走経路に悩んだジェントルは、動画で稼いだ大金を使って義爛に協力を求めた結果、裏ルートを使って英国紳士発祥の地である《イギリス》にラブラバと海外逃亡をした。

・日本のヒーローと警察からの逃げきったジェントルとラブラバは、海外に作った新しいアジトを拠点に、当面の間はヴィラン活動を控えて身を潜めながら、本場のイギリスを観光している。



◯ラブラバ(相場 愛美)…【海外へ逃亡】

・原作では、雄英文化祭への侵入を出久に阻まれたことでジェントルと共に警察へと捕まった………しかし、今作の番外編では《緑谷 出久が雄英高校にいないこと》で雄英高校のシステムをハッキングして侵入に成功し、雄英校内にて《ジェントルがヴィランである自分の存在を高らかに主張する瞬間》を撮影した。

・雄英高校敷地内にヴィランが出現したことでパニックを起こした一般人の人混みに紛れてジェントルと共に雄英高校から脱出し、アジトへの帰還後、すぐに今日撮影した映像を編集し、その日の内に2つの動画をネットにアップした。次の日、前日に投稿した2つの動画が今までにない再生回数と高評価の数値を叩き出したことで、ラブラバは感情が爆発し、号泣するジェントル以上に涙を噴水のように吹き出して感激を露にした。

・その後、削除されずに残った2つの動画によって多額の資金を得たものの、ジェントルの共犯者として本腰を上げた日本中のヒーローと警察に目をつけられてしまい、拠点を移すことになった際、ジェントルが昔お世話になったというブローカーの協力によって、ジェントルと共に《イギリス》へと海外逃亡した。

・海外の移転には成功したものの、今異国の地で不用意にヴィラン活動をしてヒーローや警察に目をつけられるのは不味いと示唆したジェントルが、当面の間は新しい拠点にて身を潜めて大人しくするのが得策と判断したため、彼女はジェントルと共にイギリス旅行を堪能することとなった。幸いなことに《例の2つの動画》を機にこれまでジェントルが作ってきた動画を再投稿した結果、全ての動画の再生回数は爆発的に延びていき、それもあって十分な資金を2人は得ていた。

・因みにラブラバは、ジェントルと共に海外へ逃亡を図る際『これは駆け落ち!!!』…っと頭がお花畑となっていた。


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【番外編】スローライフの法則(9)

【20万UA突破記念作】9作目!

 スローライフの法則の世界にて、林間合宿で火傷を負った雄英生達がそれぞれどんな火傷跡が残ったかにつきましては、皆様のご想像にお任せいたします。

 ただ、包帯グルグル巻きのブラドキングが負った火傷を私個人で例えるのならば《るろうに剣心》の《志々雄 真実》に近いですかね。



 前回の話(スローライフの法則8話)でも思いましたが、やはりB組を含む34人の雄英生達の会話シーンは中々難しいですね。



 前回の前書きで書いた通り、スローライフの法則の世界では《那歩島に駐在していた高齢のヒーロー》は《とあるアニメキャラクター》として登場いたします。

 《右足が義足のお爺さんのアニメキャラクター》となれば、既に感づいている方もいらっしゃるかもしれませんが、今回の話も楽しんでいただけたら幸いです。


●那歩島…(明朝前)

 

 

緑谷出久 side

 

 那歩島に日が差し込む前の時間帯…

 

 2週間ぶりにこの時間に外へ出た僕は、この島にある空き家…《義足を着けたプロヒーローのお爺さんが住んでいた家》の前へとやって来た…

 

 僕の悩みを誰かに聞いてほしい…

 

 本音を言うのなら…植木さんとウールさんに聞いてほしい…でもそれは叶わない…

 

 かといって真幌ちゃんや活真君へ話せる内容じゃない…

 

 どうすればいいのか分からなくなった僕は…この島でお世話になった《ヒーローのお爺さんが住んでいた家》に足を運んだ…

 

「ここに来たって…何かが解決する訳じゃないのに…」

 

 当のお爺さんはもうこの島にはいない…

 

 そんなことは分かってる…

 

 でも…

 

 それでも…

 

 植木さん達や根津校長達以外で僕が本心を話せたのは…

 

 この島では《ヒーローのお爺さん》しかいないんだ…

 

 

 

 僕はこの島にいたヒーローのお爺さんと過ごした日々を思い返した…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この島に勤めていた《義足を着けたプロヒーローのお爺さん》とは、僕が今年の7月に個性使用許可免許証の取得するまでの約1年3ヶ月の間、海岸での個性使用の許可をもらうためもあって交流があった。

 

 ヒーローとの関わりは極力避けて生きていこうと決めた僕だけど、この超人社会のルールは守らなければならない。

 

 普通、現役のプロヒーローが《ヒーローを目指していない一般人の個性特訓の監視》を引き受ける義理はないんだけど、根津校長の口添えもあったおかげか、そのお爺さんは条件付きで僕の個性使用を認めてくれた。

 

 その条件というのは、個性特訓をする場所は《人がいない時間帯(夜明け前、真夜中)の海岸》で行い、かつ《海岸に落ちているゴミもしくは流れ着いたゴミを掃除すること》、そしてヒーローのお爺さんの趣味である《将棋》の相手をすることが条件だった。

 

 僕としては《将棋の相手》はともかく、《特訓は人目を避けたかったこと》と《能力の発動条件》もあったから願ったり叶ったりだった。

 

 そんなヒーローのお爺さんは70歳を超えた高齢であり、今年の11月をもって50年以上勤めてきたヒーロー業務を引退した。

 

 島の人達は、長きに渡り那歩島の平和を守ってくれたヒーローのお爺さんを、引退する11月末まで手厚く労っていた。

 

 僕は7月に個性使用許可の免許を取得して以降は、たまに誘われる将棋の相手以外でそのお爺さんとは会っていなかった。

 

 ヒーロー不信になってしまった僕だけど、そのお爺さんには本当に色々とお世話になったから、免許を取得した後も将棋相手での交流は続けていた。

 

 まぁ実を言うと、僕はこの島に来るまで将棋のルールは全くといっていい程分からなかったけど、ヒーローのお爺さんが素人の僕でも分かるように将棋を教えてくれたんだ。

 

 お爺さんの教えもあって、僕は将棋が多少強くなれたけど、ヒーローのお爺さんには到底及ばず、お爺さんがこの島を去るまで結局一度も勝てなかった…

 

 お爺さんは僕の将棋の腕前については『筋は良いぞ』とか『お前さんとの勝負は一瞬も油断できんわい』と言って称賛してくれていた。

 

 

 

 そして、そのお爺さんがヒーローを引退して那歩島を去る前日、僕はお爺さんから連絡を受けて『この島を去る前に最後の将棋相手をしてくれんか?』と頼まれた。

 

 僕は二つ返事で了解し、お爺さんの家に行くと既に家の中の家具や荷物が無くなっており、縁側にお爺さんが将棋盤を置いて僕を待っていた。

 

 僕とお爺さんは将棋を指す際は、一切会話することなく黙って打つのが当たり前だった。

 

 でもその日のお爺さんは、何故か僕へ《自分の昔話》を語りながら将棋を指してくれたんだ。

 

 

 

・30代の時に《とあるヴィラン》との戦いによって片足を失ったこと…

 

・片足を失って以降は、この島でのヒーロー活動を含めて、本州にいる若いプロヒーローやヒーロー育成高校の学生の指導と後進育成に情熱を注(そそ)いでいたこと…

 

・5年程前、最後に指導していた《新人ヒーロー》と《お爺さんが養子として引き取った身寄りの無いヒーロー高校の学生》の2人の弟子のこと…

 

 

 

 勝負の間、お爺さんは自分の過去を僕に淡々と話し続けてくれた…

 

 何故、ヒーローのお爺さんは僕に自分の昔話を語ってくれたのか?

 

 《ヒーローを目指している人間》に話すならともかく、どうして《ヒーローを諦めた僕》にそんな話をするのか…僕には理解できなかった…

 

 お爺さんがこの島で《若いヒーローや学生を指導していたこと》は島の人達から聞いていたから僕も知っていた…

 

 でもあの日、僕が次の一手に頭を悩ませて手が止まっていると、お爺さんはこの島の誰にも教えていない《世間には伏せられている機密情報》を僕に話し始めたんだ…

 

『30年以上前に片足を失ったワシは、一時期はヒーローの引退を考えておった……じゃが親友からの薦めで引退はせず…この島でヒーロー活動をしつつ、後進育成に取り組むことにした…』

 

 パチッ

 

『島の人達が教えてくれました。貴方が臨時の教官として日本中の《ヒーロー高校の生徒》や《新人ヒーロー》の教育をなさっていたんですよね』

 

 パチッ

 

『そうじゃ、まぁ5年前に指導していた生徒達を最後に臨時教官の職を下りたがな』

 

 パチッ

 

『この島でのヒーロー活動に加えて後進育成と指導まで、本当に長い間お疲れさまでした』

 

 パチッ

 

『なぁに、その礼を言うならワシではなく、当時片足を失ったショックで引退を考えとったワシを奮い立たせてくれた親友に言ってくれ』

 

 パチッ

 

『その親友の方はまだヒーローを続けているんですか?』

 

 パチッ

 

『いや5、6年程前に自分のヒーロー事務所を弟子に託してすぐに引退したそうでな、今はのんびりと老後を過ごしとるらしい』

 

 パチッ

 

『その人も将棋を指すんですか?』

 

 パチッ

 

『ああ、老後はアイツと将棋を指すのも良いかも知れん』

 

 パチッ

 

『………あのぉ…桑島さん……どうして…僕にそんな話を?』

 

 僕は将棋を指す手を止めて、ヒーローのお爺さんこと《桑島 慈悟郎(くわじま じごろう)》さんに疑問を訪ねた。

 

 この人は根津校長から僕の事情(【別世界の能力】を除く)を全て聞いて知っているため、僕の心境を察して個性特訓と将棋以外では必要最低限の会話しかしてこなかった…

 

 なのに、今日に限っては自分の過去の話をこれでもかと言うくらいに話してくれている…

 

『……出久、お前さんはワシが最後に指導した教え子の1人によく似ておる…』

 

『えっと~…それって桑島さんが特に目をかけていたっていう《新人ヒーロー》と《ヒーロー高校に通っていた学生さん》のことですよね?どちらのことですか?』

 

『ワシが養子として引き取った方じゃ』

 

『学生さんの方ですね』

 

『今はプロヒーローになって活躍しておる。最近第一子が産まれて父親になったそうじゃ』

 

『そうなんですか!?おめでとうございます!ってことは!実質的に桑島さんのお孫さんっていう訳ですね!』

 

『そうなるな、まさかあの泣き虫がこんな別嬪(べっぴん)さんと結婚できた上に父親になるとはな……正直な話、ワシが生きてる間にアイツが身を固めるのは無理じゃと思っとったんじゃがのぉ』

 

 

 

 桑島さんは将棋盤の傍に置いていた自分のスマホを何度かタップすると、スマホの画面を僕に向けて《1枚の写真》を見せてくれた。

 

 その写真には《ボロ泣きしながら赤ん坊を抱っこする金髪で短髪の男性》と《黒髪で長髪の八方美人な女性》が写っていた。

 

 

 

『…桑島さん…僕は《ヒーローの夢を諦めた出来損ない》です…。プロヒーローになって家庭まで築けた…こんな立派なお弟子さんとは似ても似つかないですよ…』

 

『出来損ないか……コイツもそうじゃったわい。儂は長年若い奴を大勢見てきたが、コイツは一生忘れられない一番の問題児じゃった』

 

『?』

 

 話の意図が掴めないでいる僕を尻目に、桑島さんはスマホを将棋盤の横へ置くと、外の景色を見ながら昔を懐かしんでるような表情になった。

 

 桑島さんが何を考えているのかサッパリ分からない僕は、目の前の将棋に意識を戻して次の一手を指した。

 

 パチッ

 

『今日お前さんを呼び出したのは他でもない……儂がこの島を去る前に……お前さんにだけは話しておきたいことがあったからじゃ』

 

 パチッ

 

『え?どうして僕だけに?…そんなに僕がそのお弟子さんと似ているからですか?』

 

 パチッ

 

『それもあるが……そうじゃなぁ…強いて言うのなら…理由は他に2つある』

 

 パチッ

 

『2つ?』

 

 パチッ

 

『《1つ目》は、お前さんには儂が最後に指導したもう1人の弟子のようになってほしくないからじゃ』

 

 パチッ

 

『もう1人……当時デビューしたばかりの《新人ヒーロー》ですね』

 

 パチッ

 

『そうじゃ、ソイツは儂が見てきた弟子の中でも類を見ない努力家でな、ヒーロー高校には首席で合格しつつ1年生の時点で仮免を取得し、インターンにも積極的に参加して活躍しとった天才じゃった』

 

 パチッ

 

『そんな天才が桑島さんの元に指導を受けに来たんですか?』

 

 パチッ

 

『ああ、奴はプロヒーローとしてデビューしても尚、自分の実力に満足しておらんかった。奴はヒーロー協会と当時就職したヒーロー事務所にかけあって、この島で《電気系の個性持ちの指導》をしておる儂の元で修行させてほしいと頼み込んでこの島へとやって来た。ヒーロー協会からの要望もあった儂は、ソイツを1年間だけ指導してやったんじゃ』

 

 パチッ

 

『天才な上に強くなるために努力を惜しまないなんて、正にヒーローになるために産まれてきた凄い人なんですね』

 

 パチッ

 

『その点は儂も高く評価していた。じゃが…その反面で奴は性格に問題があり過ぎた…』

 

 パチッ

 

『え?……それって…まさか…《自分より弱い立場の人を見下すような思いやりがない人間》だった…ってことですか?』

 

 パチッ

 

『……その通りじゃ、奴はある種の天才じゃった…じゃが…根性は腐っとった…。プライドが高いというのか…自尊心の塊というのか…自分より劣る人間を下に見る傾向があってな。儂に対しては敬意を払っておったが、もう1人の泣き虫な弟子に対しての接し方や言動は誉められたものではなかった…。儂は気になってヒーロー協会にソイツの学生時代について確認をとった。その結果、奴は学生時代は小学校から高校までの間、クラスメイトに対しての暴言や暴力を当たり前のように働いていたようでな、奴の言動と行動が原因で同級生でヒーローを目指す者は目に見えて減っていたそうじゃ』

 

 パチッ

 

『(《かっちゃん》みたいな手前勝手な人が他にもいたんだなぁ…。いや、僕が知らないだけで今のヒーロー社会はそんな人達が当たり前なのかもしれない…。当のアイツは今タルタロスの中だけど…)』

 

 パチッ

 

 僕が内心でもう名前すら口にしたくない幼馴染のことを思い浮かべる中、桑島さんは将棋の手を止めて俯き表情が暗くなっていく。

 

『儂はな…将来あの2人が協力して…今後のヒーロー社会を支えてくれることを願っておった。じゃが…もうその願いは一生叶うことはない…』

 

『え?…それって…』

 

 桑島から発せられた言葉の意味を僕は察した… 

 

 《一生叶うことはない》…

 

 つまり、その《かっちゃん》みたいな人はもう… 

 

『…あのぉ…もしかして……亡くなられたんですか?そのもう1人のお弟子さんは…』

 

『ん?あぁ違う違う、ソイツはまだ死んどらんよ』

 

 僕はてっきり、今年の春から各地で暴れている《ヒーロー殺し》によって命を落としたんじゃないかと重く受け止めていたのだが、桑島さんはさっきの暗い雰囲気は何処へやら、ケロッとした態度で颯爽に答えてくれた。

 

『えっ?じゃあ復帰できないほどの大怪我をして入院しているとか?』

 

『それも違う、奴は五体満足の健康体じゃ』

 

『???…では…どういう意味ですか?《最後に指導したお弟子さん2人がこれからのヒーロー社会を支えることが一生叶わない》というのは?』

 

 他にも色々な予想はあったけど、あの時の僕は《その答え》を自分で導き出せなかった…

 

 

 

 いや、本当は僕が予想した考えの中に答えはあったんけど、まさか《アイツと同じ末路を辿ったなんてあり得ない》と僕は勝手に決めつけていたんだ…

 

 

 

 僕の問いに暫く無言だった桑島さんは、少し間を開けてから答えを教えてくれた。

 

『もう1人の弟子はな……今は《タルタロス》に収監されとるんじゃよ』

 

『タッ!?タルタロスに!!?』

 

『シーッ!声がデカイわい!!!(小声)』

 

『あっ…す、すいません…』

 

 桑島さんの発言に僕は思わず声をあげてしまった!

 

 まさか《かっちゃん》と同じ末路を辿っていたなんて!?

 

 《現役ヒーローがタルタロスに収監された》なんて、元ヒーローオタクの僕でも聞いたことがない…

 

 つまり《世間には公表されていない》って訳だ…

 

 そうなると…導き出される答えは1つ…

 

『ヒーロー公安委員会が事実を隠蔽した…ってことですね…』

 

『そうじゃ…お前さんの時と同じようにな…』

 

 パチッ

 

 桑島さんは皮肉を込めた発言をしながら、次の一手を指した。

 

『《ヒーローがタルタロスに収監された》なんてニュースや情報は聞いたことがありません。そのお弟子さんは公安が隠蔽する程に不味いことをした…ということなんですか?』

 

 パチッ

 

『詳細までは言えんが…ソイツは《とある政治家》に騙されて悪事に手を染めてしまったんじゃ…ヒーローでありながらな…』

 

 パチッ

 

『せっ、政治家!?…どんな事件なのかは存じませんが…その政治家も逮捕されたんですか?』

 

 パチッ

 

『いや…その政治家は警察の調査の結果、証拠不十分で裁判にはかけられなかった。しかもその事件は公安委員会が揉み消したために世間へ公表されることはなかった……しかし、悪事に手を染めたその馬鹿弟子は最終的に全ての罪を被せられてしまい、結果タルタロスにブチ込まれたんじゃ…』

 

 パチッ

 

『(経緯は違えど、その人は本当に《かっちゃん》とよく似てるなぁ…。似た者同士、案外タルタロスの囚人部屋が隣で仲良くなってるのかもしれない………いやアイツの性格を考えれば、それはないか…むしろ延々と口喧嘩をしてて五月蝿そうだな…)』

 

 パチッ

 

『何故アイツがあんな馬鹿なことを仕出かしたのか…奴を指導していた師範の儂には到底理解できんわい』

 

 パチッ

 

『……そのお弟子さんは警察が捕まえたんですか?』

 

 パチッ

 

『それがお前さんにこの話をする《2つ目》の理由じゃ』

 

 パチッ

 

『え?どういう理由ですか?』

 

 パチッ

 

『ソイツを捕まえた……いや…倒したのは警察ではなく…デビューしたばかりの《駆け出しヒーロー》だったんじゃよ』

 

 パチッ

 

『駆け出しヒーロー………えっ?まさか!』

 

 僕は《歩兵の駒》を指先で持ったままの状態で固まった…

 

 桑島さんが話してくれたこれまでの内容を聞いた上でその答えが分からない程、僕は馬鹿じゃない…

 

 《悪事に手を染めたお弟子さん》を倒したヒーロー…

 

 それは…

 

『そう…コイツじゃ…』

 

 桑島さんはスマホを手に取って、さっき見せてくれたスマホ画面の写真をもう一度僕に見せてきた。

 

『この金髪のお弟子さんが……兄弟子さんを倒したと…』

 

『そうじゃ、本来なら奴を指導していた師範の儂が止めに行くのが筋じゃった…。じゃが…泣き虫で臆病者だったがコイツが…悪事に手を染めた兄弟子を…師範である儂に代わって見事に倒し…ケジメをつけてくれたんじゃ』

 

『……本当に…立派なお弟子さんですね』

 

『あぁ……コイツは……儂の誇りじゃ…』

 

 桑島さんはそう言うと、スマホの画面に映るお弟子さんを見ながら優しい笑みを溢した。

 

『………』

 

 でもすぐにその笑みは消えて桑島さんは表情を曇らせていく…

 

 当然だろう…

 

 

 

 手塩にかけて育てた弟子の1人が《ヴィラン》となって悪事を働いた…

 

 

 

 教育者にとってこれ以上に辛く悲しいことはない…

 

 事件の詳細を知らない他人の僕がとやかく言う資格はないけど…

 

 確かなのは《桑島さんには何の落ち度もないこと》…《ヴィランとなった兄弟子さんの尻拭いを師範である桑島さんに代わって引き受けた弟弟子さんは立派であり尊敬に値すること》…そして《桑島さんを苦しめた元凶が、兄弟子さんをヴィランの道へと引き込んだ政治家と、その政治家に騙されてプロヒーローでありながらヴィランにもなった兄弟子さんであること》だ…

 

 僕は桑島さんと知り合って1年程の付き合いしかないけど、桑島さんは義理人情に厚い人だ。

 

 本州に比べて娯楽が少ないこの那歩島で、30年以上に渡りヒーロー業務を勤めながら、次の世代のヒーロー達の指導までしていた。

 

 

 

 それは決して誰にでも出来ることじゃない…

 

 

 

 ヘドロヴィラン事件に関わったヒーロー達(シンリンカムイ、デステゴロ、バックドラフト、Mt.レディなど)然別、近年のヒーロー達は《派手な活躍して世間から注目されたい欲求》を優先し、ゴミ拾いなどの《地味な地域貢献》は劣後されている。

 

 東京や大阪などの人口の多い都市部(都会)を活動区域とするヒーローが多く、那歩島のような地方(田舎)を活動区域として望むヒーローは少ない。

 

 人口密度が高ければ犯罪(ヴィラン事件)が多いのは事実だけど、過疎化の影響で犯罪率が低いとはいえ《ヒーローの助けを求めている人は大勢いる》…それは都会だろうと田舎だろうと同じ…

 

 

 

 つまり僕が何を言いたいかというと…

 

 《活動区域》や《(世間からの)評価》なんて関係なく…

 

 《誰かのために役に立とうって思える人》こそが《本当のヒーロー》なんだ…

 

 

 

 

 

 桑島さんは謂わば、僕の尊敬する最高のヒーロー《植木 耕助》さんが《ヒーローの道を全うした未来の姿》なんじゃないか?

 

 …っと僕はいつしか思うようになっていたんだ…

 

 

 

 

 

『………桑島さん……最後まで聞いておいて何ですが…この話ってかなりの機密情報ですよね?どうして僕みたいな一般人に話してくれたんですか?』 

 

 桑島さんにかける言葉が見つからなかった僕は話題を逸らしつつ、手に持っていた《歩兵の駒》を指した。

 

 パチッ

 

『確かにな、じゃから今話したことは儂とお前さんだけの秘密じゃ』

 

 パチッ

 

『………』

 

 パチッ

 

『出久よ……儂はな……次にこの島の平和を任せられるヒーローがいるとするのなら……それは《お前さん》だと考えておるんじゃ』

 

 パチッ

 

『えっ……僕が……ですか?』

 

 桑島さんの突拍子のない発言には、僕は再び将棋を指す手が止まった。

 

『そうじゃ、この島にどんな災いが訪れたとしても…お前さんがきっとこの島の人々を守ってくれると儂は信じておる。出久…お前さんは…この島の《守り神》じゃ…』

 

『…桑島さんにそう言っていただけるなんて光栄です。…でも僕が持っている《個性使用許可免許証》はあくまでも職業用の免許なので、プロヒーローみたいに《ヴィランとの戦闘》で使えるものではありません…。それに《守り神》なんて…僕みたいな凡人には荷が重すぎますよ…』

 

 パチッ

 

『………』

 

 次の手を指しながら言った僕の返答に桑島さんは無言だった…

 

 僕に言われなくたって、50年以上プロヒーローを務めてきたベテランの桑島さんならそんな当たり前の常識は承知している…

 

 この先…もし一般人の僕がヴィランと戦ってしまったのならば最後、苦労して取得した《免許の剥奪》なんて甘い処罰では済まされない…

 

 理由がどうであれ、資格(ヒーロー免許)未取得者が保護管理者の指示なく個性で危害を加えることは、例え相手がヴィランであろうと《立派な規則違反》と見なされて厳正な処罰が下される…

 

 そしてその処罰の重さは、最悪の場合ヴィランと同じ水準として扱われ《逮捕》される可能性だって十分に有り得てしまう…

 

 そうなってしまったならば…何もかも終わりだ…

 

 《平穏な人生》なんて2度と望めない…

 

 《犯罪者(前科者)》として残りの人生は後ろ暗い生活を虐げられることとなる…

 

 

 

 そう…無個性として4歳から過ごしてきたあの辛苦の10年……それを上回る《地獄》をだ………

 

 

 

 そんな生活なんて送りたくないし、想像もしたくもない!

 

 第一、ヒーローを諦めて一般人として生きていくと決めた僕は、ヴィランと戦うなんて真っ平御免だ!

 

 僕は…今の幸せを絶対に手放したくはない!!!

 

 

 

 そんな僕の気持ちを桑島さんは根津校長から聞いて知っている筈…

 

 なのに桑島さんの発言は…ハッキリ言って矛盾していた…

 

 

 

 この島にどんな災いが訪れても僕がこの島の人々を守ってくれるだって?

 

 僕がこの島の《守り神》だって?

 

 

 

 そんなの無理に決まってる…

 

 

 

 だって僕は…

 

 

 

 辛い現実から逃げた《負け犬》で《臆病者》なんだから…

 

 

 

『悲観するでない出久、儂は何の根拠も無しにこんな無責任なことは言わん。出久、お前さんはその若さで…人の痛みを…この個性社会で生きるヒーローに慣れなかった人々の辛さを誰よりも理解しておる…』

 

 桑島さんは右手を伸ばして、前髪で隠していた僕の《額の傷跡》に触れながら話を続けた。

 

『だからこそ、お前さんは誰よりも人の苦しみや恐怖を理解することができるんじゃ。そういう人間は《此処一番という正念場》では何者より強くなり!そして…決して負けることがない!』

 

『………』

 

『泣いていい…逃げてもいい…ただ諦めるな…。お前さんの中に眠っているその小さな《芽》が…いつの日か《大きな勇気》という《花》となって咲いた時、この島をお前さんが必ず守ってくれると…ワシは信じておるぞ』

 

『桑島…さん…』ポロポロ…

 

 心に響く桑島さんの言葉に…僕は涙をこらえることが出来ずに泣き出してしまった。

 

 桑島さんが僕の額から手を離すと、改まって僕にこう言ってくれた。

 

『出久、お前さんのその個性(ちから)は、いつか多くの人々の役に立つ時が必ず来る。その時にお前さんがどんな選択するかはお前さん次第じゃが…決して道を踏み間違えてはならん!いいな?』

 

『……はい!!!』

 

 僕は袖で涙を拭き取って力強く返事をした!

 

 

 

『しかし将棋の腕はまだまだ甘いのぅ、ほれ王手じゃ』

 

 パチンッ!

 

『えっ……あっ!?』

 

 将棋盤に視線を戻すと、僕の《王将の駒》の前に桑島さんの《金将の駒》が指されていた!

 

 油断なんてしてなかった…

 

 僕なりに完璧な盤面を組んでいた…

 

 それでもやっぱり、桑島さんの方が1枚も2枚も上手であり、結局僕はこの島に来てから1度も桑島さんに将棋で勝つことは出来なかった…

 

 

 

 勝負の後に桑島さんは『将棋が上手い奴は戦略を立てるのが上手い』とか『次に会う時までにはワシに勝てるようになっておれ』と僕に言ってくれた。

 

 そして帰ろうとした時、僕は桑島さんに呼び止められた。

 

『待て出久』

 

『何ですか、桑島さん?』

 

『最後に聞くべきことがあったのを忘れとった。《あの技》を体得することは出来たのか?』

 

『はい、お陰さまで……と言いたいところ何ですが…1日2、3回ならともかく、それ以上連続で使うと足が痛くて暫く動けなくなってしまいますね』

 

『そうか…お前さんの発現した個性が電気系ならば、今頃全ての型を教えることも出来たんじゃがなぁ』

 

 桑島さんは残念そうな顔をしながら溜め息をついていた。

 

 桑島さんの言っている《あの技》とは一種の《高速移動技》であり、その速度は僕の知る限りでは《インゲニウム》や《ホークス》の速度を遥かに上回る程だ!

 

 現に、片足が義足な上に高齢の桑島さんのスピードに僕は未だに全く追い付けていない…

 

 《現役時代の桑島さん》や《現役のプロヒーローとして活動している桑島さんのお弟子さん達》がいかに超高速で動けるのか…想像するに余りある…

 

『僕なんて全然、始めてこの技を教えてもらった頃は、毎日足が筋肉痛になってしまう体たらくでしたし』

 

『確かにお前さんが覚えた《壱ノ型》はまだ完璧とは言えん…。しかし電気系の個性を持たない人間がここまで習得できたのなら、贔屓目無しに見ても上出来じゃ。儂はヒーローとして、最後にお前さんという弟子を教育する事ができて良かったわい』

 

『桑島さん……本当に…本当にお世話になりました!本州に戻っても身体に気をつけて過ごしてください!』

 

 僕は桑島さんにお辞儀をしてお礼を言った。

 

『うむ!お前さんも達者でな!出久!』

 

 

 

 そうして次の日、桑島さんは長年勤めた那歩島を離れて本州へと帰っていった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕が桑島さんが住んでいた家の前で立ち尽くしながら、桑島さんと送った日々を思い返していると、水平線が明るくなって那歩島に薄い光が差し込んできた…

 

「ん?夜明けかな?…って!もうそんな時間なの!?今何時だっけ?あっ!しまった!腕時計もスマホも置いてきたんだった!とりあえず早く帰らないと!!」

 

 今更ながら腕時計とスマホを家に忘れてきたことに気づいた僕は、今何時なのか?いったい何時間ここに突っ立ってのか?は分からないけど、真幌ちゃんと活真君が起きる前に急いで家に帰って朝食の支度をしないといけない。

 

 僕の家から桑島さんの家の家はかなり距離があるから、今から普通に走って帰っても7時を過ぎてしまう。

 

 どうしようかと頭を抱えようとしたけど、よくよく考えてみれば《あの技》を使えばすぐに帰れるじゃないかと思い至った。

 

 この島に移住して桑島さんと出会い暫く経った頃、個性トレーニングの最中に桑島さんは自分が現役時代に使っていた《必殺技》の1つを僕に伝授してくれたんだんだ。

 

 ただ、その必殺技は《電気系の個性を宿した人》に適した技であるため《植物系の個性を宿す僕》がそれを身に付けるのは死ぬ程に苦労した…

 

 今の時間ならまだ誰も出歩いてはいないだろうし、僕は桑島さんから教わった《高速移動の型》を2週間ぶりに使って帰ることにした。

 

 

 

 右膝を前に出し…

 

 左足を後ろに伸ばしながら背を低くし…

 

 歯を食い縛りながら息をゆっくりと吐いた…

 

 そして…

 

 

 

「【雷の呼吸 壱の型…」

 

 

 

 《足の血管の1本1本全てに力を籠めるイメージ》をしながら、右足に《地面を踏み抜く程の渾身の力》を籠めて踏み込みをいれた!

 

 

 

「…霹靂一閃】!!!」

 

 

 

 僕は物凄い勢いスタートダッシュを切って走り出し、桑島さんの家から急激に離れて自宅へ向かった!

 

 

 

 僕は何とか太陽が顔を出す前に最速で自宅へ帰ってくることが出来た。

 

 だけど、2週間以上トレーニングを開けていたツケの反動は大きかった…

 

 自宅に到着して足を止めた瞬間!

 

「足つったーーー!!!??」

 

 僕は両足を盛大につってしまい、久しく感じていなかった足の筋肉から伝わってくる激痛に耐えられず、家の玄関の前で倒れてしまい、そのまま足を抑えながら悶絶させられた…

 

 桑島さんから【雷の呼吸 壱の型 霹靂一閃】の教えを受け始めてから約1年が経過した頃、厳しい特訓の成果なのか、1日数回程度ならこの技を使った後に足を痛めることはなくなってきた!

 

 …っと思っていたのに…こうしてトレーニングに少しの間を開けてから技を使っただけでこんな有り様になるとは…僕の鍛練がまだまだ足りていない証拠だね…

 

 というより、そもそもの話…やっぱり桑島さん達が使う【雷の呼吸】とは《電気系の個性持ち》だけに対して適しており、それ以外の人達には足への負担が半端ないんだ…

 

 そんな考え事(現実逃避)をしたところで、足の痛みがすぐに引くわけもなく、やっとこさ起き上がれた僕はさっきの電光石火の動きは何処へやら…今度は亀のように遅くなり…足を必死に動かしながら家へと入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●九州地方…(朝)

 

 

None side

 

 昨夜突如として発生した稲妻の雨によって破壊された町は、まだ火災がおさまっていない建物があるために消火活動が続いており、翌日の朝を迎えてもまだパトカーや消防車や救急車のサイレン音があちこちで鳴り響いていた。

 

 九州地方へと戻ってきたホークスはすぐに現場へ急行し、稲妻が発生した中心部にて《破壊された軽トラック》と《病院に搬送されたそのトラックの運転手と思われる男性》がいた事故現場で1人考え込んでいた。

 

「(被害者の中にまた個性消失者が、ただ今回の被害者はヒーローではなく一般人…しかも身元の分かる物が全て奪われている…。犯人は奪った個性が何なのかを知られたくない?何故隠す必要が?いずれにしても被害にあった一般人が目を覚ましてくれないことには進展は難しいか…)」

 

 そんな悩むホークスの背中を…瓦礫となった建物の上から《死柄木 弔》と《白のローブを着た男》が見下ろしていた…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●いおぎ荘…

 

 

 今日も今日とて、雄英ヒーロー科生徒達は忙しい時間を送っており、それはお昼を過ぎた後も変わらず仕事の電話が鳴り響き、事務所にいた芦戸はかかってきた依頼の電話の応対をしていた。

 

「はい、雄英ヒーロー事務所です!………旅行バックの紛失ですね!分かりました!すぐに向かいます!(ガチャッ)商店街で観光客の荷物がなくなって…」

 

「私、行く行く!希乃子ちゃん、一緒に行こう!」

 

「了解ノコ!他にも誰か手が空いてるなら来て欲しいノコ!」

 

 芦戸から通達された依頼に葉隠は手を上げながら了承し、そのままB組の小森に声をかけた。

 

 小森は2つ返事で了解しつつ、事務所に残っているメンバーの中から手伝ってくれる面子を募った。

 

「なら俺も行くよ」

 

「僕も手伝う、凡戸も行こうぜ(^-^)」

 

「うん、分かったぁ」

 

 小森からの誘いに円場、吹出、凡戸の3人も名乗りを上げた。

 

「ま~た忘れ物かよ~そのくらい自分で…」

 

「依頼者の声、スッゴく可愛かったなぁ~」

 

「うっひょーーー!困ってる人は放っておけねぇぜえええ!!!」

 

 依頼内容を聞いて愚痴を溢していた峰田だったが、芦戸の独り言を聞いた瞬間に態度を急変させ、葉隠達と共に事務所を出ていった。

 

「障子さんからビーチに2人程応援が欲しいとの連絡がありましたわ」

 

「なら俺が行くよ」

 

「俺も行く」

 

「私も定時パトロールに行ってきマース!」

 

「私も新島さん家の畑の手伝いに行ってくるね」

 

 スマホで障子からの連絡を受けた八百万は、事務所に残っている面子に声をかけると、尾白と回原が名乗りを上げ、それに釣られて角取はパトロールに、麗日は畑仕事の手伝いに事務所を出ていった。

 

「いってきま~す」

 

 麗日は事務所を左に出てすぐ左の角を曲がり新島さんの畑に向かおうとしたが、角を曲がるとそこには昨日公園で会った活真が佇んでいた。

 

「あれ?キミは昨日の?確か…活真君やったっけ?どうしたの?またお姉ちゃんとはぐれちゃったん?」

 

「あ…あのぅ……き…昨日は…ごめんなさい…」

 

「へっ?」

 

 麗日は活真がなぜ自分に謝ってきたのか理解できずに気の抜けた声を出した。

 

「あ…あのね……昨日のことなんだけどね……実は…アレ………」

 

 活真はソワソワしながら麗日に、昨日の《迷子探し》が姉の真幌が仕組んだ《イタズラ》であったことを麗日に打ち明けた。

 

「な~んだ、そういうことだったんやね~。私が騙されただけか~。でも偉いねぇ~ちゃんと謝りに来てくれたんやから。大丈夫やよ、別に怒っとらんから」

 

 真実を告げられた麗日は、活真を叱りはせず逆に謝りに来てくれた活真を笑顔で誉めた。

 

「他のヒーローのお姉ちゃん達にも…ごめんなさいって言ってくれる?」

 

 活真は怒られるのを覚悟して謝りに来た手前、それを笑顔で許してくれた麗日に申し訳なさがあってなのか、まだ緊張している様子だった。

 

「うん、ちゃんと言っておくよ。でも活真君、どうして昨日のあんなことしたん?」

 

 麗日はしゃがんで活真と目線を合わせながら質問をした。

 

「…僕のお姉ちゃん…ヒーロー嫌いなんだ。昨日の夜もね…お姉ちゃん…個性を使って『ヴィランが出た』ってイタズラをしようとしてたから…」

 

「えっ!そうなん!?」

 

「でも!でもね!お姉ちゃんは何もしてないよ。『気が変わったからやらない』って言ってた」

 

「…活真君のお姉ちゃん…真幌ちゃんやったっけ?真幌ちゃんはなんでそんなイタズラしようとしたん?」

 

「…『ヴィランが出た』って言ったら…『ヒーローは怖がって助けに来ない』って…『今年の雄英1年生はダメダメ』だって…」

 

「………」

 

 麗日は活真を通して真幌がヒーローを嫌う気持ちを理解した…

 

 今年の雄英高校ヒーロー科1年生(A組)が世間からどんな印象と評価をされているのか?

 

 今年に発生した事件の数々を考えれば、真幌がヒーロー(雄英生)を嫌っているのは当然のことだった…

 

 いやむしろ…自分達が知らないだけでこの島には真幌ちゃんの他にも《ヒーロー嫌いな人》がまだいるのかも入れない…

 

 この島(那歩島)の人達は本当に優しい人達ばかりだったものあって、麗日はそれを忘れそうになっていた…

 

 自分達は本来…《世間から煙たがられる存在》などだと…

 

「出久お兄ちゃんも……本当は僕がヒーローになるのは…嫌なのかもしれない…」

 

「出久お兄ちゃん?活真君ってお姉ちゃんだけやなくてお兄ちゃんもおるん?」

 

「…本当のお兄ちゃんじゃないけど…いつも僕と遊んでくれる…隣の家に住んでる優しいお兄ちゃんだよ…。お姉ちゃん達と同じくらいの」

 

「そうなんや、その出久ってお兄ちゃんもヒーローが嫌いなん?」

 

「……分からない……昨日ね、出久お兄ちゃんに聞いたの…『僕がヒーローになるのは反対?』って…」

 

「…それで?その出久お兄ちゃんはなんて言ってくれたん?」

 

「…出久お兄ちゃんは…『活真君には幸せになってほしい』って言ってた…」

 

「幸せに?」

 

「うん…《僕が大人になった時に笑顔で楽しく生きているのなら満足》って言ってた…」

 

「………」

 

 麗日はまだ会ったこともない、活真が兄のように慕う《出久》という人物に感銘を受けた。

 

 今の御時世…オールマイトがヒーローを引退してもまだ純粋にヒーローを夢見る子供達はいる…

 

 だが、そんな子供の夢を素直応援する親や身内が現状まだいるだろうか?

 

 否、自分達の親ですら雄英高校内での寮生活の提案を先生達から受けた際は、決して快くは承諾してはくれなかったのだ…

 

 現状のヒーロー社会を踏まえれば、ヒーローを目指す幼き子供の夢を受け入れない親や身内がいるのは当然のことだった。

 

 真幌が活真の夢を否定しているように…

 

 しかし《出久》という少年は、まだ幼い活真の夢を肯定も否定もせず、ただ《活真の幸せを願う》という…《活真の夢を壊さない》選択肢をとった…

 

 そんな《出久の優しさ》に麗日は勝手な思い込みながらも元気付けられた。

 

 その《出久》という少年がどんな人間なのか?ヒーローを嫌っているのか?は不明だか…それでも《現状のヒーローやヒーロー育成高校の学生を受け入れようとする心意気の人間》が1人でもいてくれたことに、麗日は心の何処かで安心感を抱いていた。

 

 黙って考え事をしていた麗日は、ふと活真が服の胸元に着けている《バッジ》の存在に気がついた。

 

「あっ、そのバッチ《忍者ヒーロー・エッジショット》やよね?」

 

「うん!」

 

 今まで悲しそうな顔をしていた活真の顔が明るくなり、それに釣られて麗日も再び笑みを浮かべた。

 

 しかし…すぐに活真の顔から笑顔が消えた…

 

「僕は…大人になったらヒーローになりたい……でも僕の個性はヒーロー向きじゃないし……だからお姉ちゃんも危険だって…」

 

 落ち込んでいく活真に対し、麗日は昨日公園で真幌が言っていた言葉がフラッシュバックした。

 

 

 

『雄英ヒーロー科のくせにダメダメじゃない!』

 

 

 

「(そうか…真幌ちゃんはヒーローが嫌いだからじゃなくて…活真君のことを心配して…)」

 

 咄嗟に真幌の気持ちを察した麗日は、しゃがんだまま事務所の塀に背を預けると、活真に質問した。

 

「ねぇ、活真君」

 

「?」

 

「活真君は《どんなヒーロー》になりたいん?」

 

 麗日に質問された活真は、俯きながらも目を輝かせて《自分のなりたい夢のヒーロー》を口にした。

 

「…悪いヴィランをやっつける…強いヒーロー…」

 

「そうなんや、私はね《困ってる人を助けて笑顔にするヒーロー》になりたいんよ」

 

「困ってる人を助けて…笑顔に?」

 

「うん、私はね《人の喜ぶ顔》が好きなんよ。だから活真君の《敵に勝って人を助けるヒーロー》と、私の《人を助けるために敵に勝つヒーロー》は順序こそ違うけど、目指してるものは同じ《最高のヒーロー》なんやと私は思うよ」

 

「………」

 

 麗日の言葉に活真はぽかんとしていた。

 

「まぁ、私みたいなダメダメな雄英生がこんなこと言ったところで説得力は全然ないんやけどね!」

 

 麗日は自虐を言いながら立ち上がり、活真に手を差し伸べた。

 

「お互いに頑張ろう!活真君!」

 

「…うん!」

 

 活真は笑みを浮かべて麗日が差し伸べた手を握り握手を交わした。

 

「あっでも、なるべく家族には心配をかけない感じで」

 

「うん!」

 

 活真は麗日に手を降りながら笑顔で走り去った。

 

 そんな活真と入れ替わりに鈴村さんが《袋に積めた野菜》を持ってやって来た。

 

「活真ちゃん、本当にヒーローが好きなんだねぇ。はい、コレ」

 

「あ、ありがとうございます!鈴村さん!」

 

 鈴村さんは麗日に持って野菜を渡した。

 

「優しくしてあげてね」

 

「えっ?」

 

「あの子ん家ね、母親を早くに亡くして、父親は年中出稼きで、姉の真幌ちゃんと2人で暮らしているんだよ」

 

「そう…だったんですか…」

 

「勿論アタシら近所の者も面倒見てるよ。けど…あの歳で親がいないってのは…寂しいだろうから…」

 

「………」

 

「とは言っても、今は去年に隣へ引っ越してきた《緑谷さん》っていう家族が活真君と真幌ちゃんの普段の面倒を見てくれているから、私達は安心してるよ」

 

「緑谷さん?」

 

「去年の5月辺りにこの島へ引っ越してきた家族でね。3人家族らしいんだけど旦那さんは海外赴任をしているから、母親と息子さんの2人暮らしをしているだよ。緑谷さん家の息子さんは今年で高校生になって手間がかからなくなったからなのか、緑谷さん家の奥さんが父親がいない間の活真君と真幌ちゃんの面倒を四六時中で見てくれていてね」

 

「へー、会ってみたいです私!その緑谷さんの奥さんと息子さんに!」

 

「奥さんは今、旦那さんがヴィラン事件に巻き込まれて入院したらしくて海外に行ってていないけど、息子さんの出久君なら自宅に行けば会えると思うよ」

 

「にゅ!入院!?大怪我をしたんですか!?」

 

「あぁいや、怪我をして病院に運ばれたそうだけど、当人は意識もハッキリしていて、手術が必要とされる程の大怪我じゃない軽症だそうだよ」

 

「そうなんですか…良かった…」

 

「それでも心配だったみたいで、緑谷さん家の奥さんが1人で旦那さんの入院する海外の病院へ行ってるんだよ。本当は息子さんの出久君も母親と一緒に行く予定だったみたいだけど、活真君と真幌ちゃんの面倒を見るものあったから、奥さんだけが旦那さんの元へと行って、出久君はこの島で留守番することにしたみたいだよ」

 

「その緑谷さんの奥さんってあとどのくらいで帰ってくる予定なんですか?」

 

「出久君の話だと《3週間くらい向こうに滞在する》らしくてね、もう2週間経っているから今日を含めてあと1週間くらいで帰ってくる筈だよ。丁度貴女達がこの島に来る前日に慌てて出ていったそうだから」

 

「私達の活動期間もあと1週間ですから、タイミングが合えばもしかしたら会えるかも知れないですね」

 

「そうだねぇ。……ホント…緑谷さんがこの島に来てくれて良かったよ…」

 

「え?どういう意味ですか?」

 

 急に思い詰めた顔をする鈴村さんに麗日は違和感を抱いた。

 

「さっき、活真君達のお母さんが亡くなってるのは話したろ?」

 

「はい」

 

「実はねぇ何の偶然なのか、出久君の母親の引子さんが、活真君達のお母さんとソックリなんだよ」

 

「え…ええっ!!?」

 

 いきなりの事実に麗日は驚き、危うく持っていた野菜を落としそうになった。

 

 だが、よくよく考えてみれば麗日はその事実に納得した。

 

 普通、いきなり隣へ引っ越してきた家族と一緒に暮らすなんて言われても、すぐに受け入れるなんて無理な話だ。

 

 それが幼い子供なら尚更である。

 

 しかし、どんな運命のイタズラなのか、隣に引っ越してきた家族の母親が、死んだ自分達の母親と瓜二つの顔をしていた…

 

「私も初めて会った時は驚いたよ。《活真君達のお母さんが蘇ったんじゃないか》ってくらい似ていたんだからね」

 

「そんな偶然が本当にあるんですねぇ」

 

「だからなのか、活真君も真幌ちゃんも引子さんに母親の面影を感じたのかも知れない。本当の母親じゃないのは分かっても…やっぱり2人共まだ親に甘えたい年頃だからねぇ。特に活真君は、お母さんと過ごした時間が真幌ちゃんより短かったのもあってなのか…引子さんのことを本当の母親のように慕っているんだよ」

 

「………」

 

 麗日は鈴村さんの話を通して《島乃一家》と《緑谷一家》の関係性を知った。

 

 

 

 一方、事務所の2階ベランダでは、アイスを食べながら《麗日と活真の会話から今まで会話》をずっと聞いていた物間が、音を立てずに事務所の中へと戻っていった…

 

「参ったなぁ、これじゃあ蛙吹さんの発言を反論できないよ」

 

 偶然とは言え、昨日に続いてまたしても《盗み聞き》をしてしまった物間は、罪悪感を抱きながら1階への階段を下りていった。

 

 

 

 

 

 

●丘の上にある公園…(夕方)

 

 

 空の色が変わってきた頃、公園では真幌が活真が戻ってくるのを待っていた。

 

 昨日作ったカレーの残りを3人で昼食にした後、出久が夕飯の買い物に出掛けるのと一緒に、真幌と活真は公園へと出掛けた。

 

 しかし、公園に向かう途中で活真が『ちょっと用事があるから先に行ってて』と真幌に言い残して何処かへ行ってしまった。

 

 真幌は活真の言う通り、公園の遊具の傍で活真を待っているのだが、なかなか来ない活真を心配し、不安な顔をしながら辺りを見渡していると…

 

「お姉ちゃーん!」

 

 弟の声が聞こえた方を見ると、活真がやって来た。

 

「何処行ってたの活真?」

 

「ウラビティお姉ちゃんのとこ」

 

「え?」

 

「昨日のこと、謝ってきた」

 

 活真は立ち止まりながら、自分が何処へ何をしに行っていたのかを真幌に伝えた。

 

「…どうして?」

 

 活真の予想外の返答に真幌は動揺した。

 

 そして、いつもと様子が違う活真を不思議に思った真幌は、活真の顔を覗きこみながら問いを投げた。

 

「…僕…お父さん好きだよ……お父さんのようなカッコいい人になりたい……でも!……でも!」

 

 強い意思を込めた視線を向けながら自分の気持ちを精一杯伝えようとする活真の態度に真幌は唖然とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドガーーーーーン!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キャア!な、何!?」

 

 漁港より突然鳴り響いてきた轟音に、真幌は悲鳴を上げ驚きながらも活真を守ろうと抱き寄せた。

 

 2人は恐怖しながらも、何が起きたのか知るために公園から見える漁港を確認した。

 

「なに…どういうこと!?」

 

 真幌と活真が目にした光景は信じられないものだった!

 

 さっきまで何事もなかった漁港は今…

 

 フェリーが横倒しとなり、漁港が破壊されていたのだ!!!




 原作のヒロアカ映画2作目にて、那歩島に駐在していた《お爺さんヒーロー》の詳細についてなのですが、《高齢でヒーローを引退したこと》と、島乃 真幌いわく《高齢の身でありながら迷子を見つけ出すのには1時間もかからないこと》しか情報が無く、どんな姿でどんな個性を持っているのかも不明でした。

 なので今作の番外編の世界では、その《お爺さんヒーロー》を、《鬼滅の刃》に登場した【鳴柱】こと【桑島 慈悟郎】として登場させました。

 前作の番外編の世界(ロベルト・ハイドンの法則)では《僕のヒーローアカデミア》と《植木の法則》以外のキャラクターは登場させませんでしたが、スローライフの法則の世界では《鬼滅の刃》のキャラクターを何人か登場させる予定でいます。
 とはいえ、あくまでも番外編なので《鬼滅の刃の主要キャラクター達》については、名前や存在を匂わせるだけで、なるべくは登場しない方向になると思います。

 そして、この世界の緑谷 出久は桑島 慈悟郎より【雷の呼吸】の【壱の型】だけを教わっており、血の滲むような努力の末に完璧ではありませんが【霹靂一閃(日輪刀なし)】を修得しておりますので、六ツ星神器の【電光石火(ライカ)】がなくても《スローライフの法則の出久君》は高速移動ができます。



 とりあえず現代階で投稿できる話(スローライフの法則7話、8話、9話)は投稿いたしましたので、今後は皆様からいただいた感想の返信しつつ、次は《本編の26話》を投稿を目指していきます。

 もし《スローライフの法則の10話》が先に完成した場合はそちらも投稿いたしますので、ゆっくり待っていてくださいませ。


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