グリモア~私立グリモワール魔法学園~ 虐げられた元魔法使い (自由の魔弾)
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第壱話 立ち上がれ!魔法使い

【私立グリモワール魔法学園】
日本にある魔法使い育成専門の教育機関。
魔法使いに覚醒した人は、必ずここで最低六年の教育を受ける。
日本では個人で経営しているが執行部や国軍のサポートも受け、JGJインダストリーとも協力体制をとっている。
輩出される魔法使いの実力が高いエリート校。
コロシアムの地下に何か隠されている。



始まりは何のことないものだった。突然、真っ暗な世界に溢れんばかりの光が降り注いだのだ。外の世界に出ることなど決して許されなかったのに、その光はまるで『こっちにおいで』と少年を誘い招いているように思えた。少年はゆっくりとその光に向かって歩き出そうするが、途端に鈍重な痛みが身体中に走った。

 

「……あ、折れてる?これで、歩けるかな」

 

少年は自身の足が骨折していることに気づくと、躊躇わずに折り直して再び歩き出す。通路の側に何かに襲われた形跡がある人間だったものが大量に横たわっているが、少年はまるでそれらが存在しないかのように崩落した天井から崩れた瓦礫を足がかりにして隔たれていた“外の世界”に到達した。

 

「ん…よくみえない」

 

少年の視界に広がっていたのは、まるで世界全体が濃い霧に覆われている光景だった。街も山も空をも埋め尽くす霧はある一定以上の濃度を持つと実体を得ているようで、少年の眼前にも行動する大きな個体がいくつか存在していた。

 

「…どいて」

 

少年は視界を遮っていた目の前の霧の魔物を叩いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何だと!?タイコンデロガが!?」

 

グリモワール魔法学園の生徒会長である武田 虎千代が前線を維持している国軍から無線で報告を受ける。タイコンデロガとは一般的な魔物の強さと比べて段違いの強さで、軍に匹敵するほど強力な魔物のことを指す。学園生の中でも虎千代を含めて数人しか対応できない現状であり、発生場所は国軍が維持している最前線の為、今から向かってもかなり時間が掛かる上、その間既に疲弊しきっている学園生の負担も大きくなることは目に見えていた。

どちらを選ぶか決めかねていた虎千代に、国軍から続報が届いた。

 

《ほ、報告です!部隊正面のタイコンデロガ級…後方からの攻撃により消滅!全て消滅しました!》

 

「消滅…だと?この短時間で…まさか、つかさがやったのか!?」

 

国軍からの思いがけない報せを受け、思わず呆然とする虎千代。唯一対抗し得る存在の可能性を示唆するも、すぐにその仮説を否定される。

 

「私が何だ?」

 

「うひゃあ!?つ、つかさか…いきなり背後から現れるな!」

 

予想外の出来事が連続してためか、普段の生徒会長ぶりからは考えられない素っ頓狂な声を上げる虎千代。そんな彼女を他所につかさと呼ばれる少女は話を進める。

 

「タイコンデロガと言ったな。さっきから小物ばかりで飽きていたところだ、相手にとって不足は無い。何処にいるんだ?」

 

「既に霧散を確認したと国軍から報告受けたところだ。つかさがやったのかとばかり…」

 

「知らん。知ってたらここに戻ってくるわけないだろう。国軍にもタイコンデロガとやり合える力が残っていたとは思わなかったな」

 

妙に噛み合わない2人の会話。お互いに怪訝に思いながら話を続ける。

 

「…いや、国軍の報告では魔物の“後方からの攻撃”により消滅したらしい」

 

「……何?」

 

その時、虎千代の下に女生徒が報告をしに来る。生徒会副会長の水瀬 薫子だ。

 

「会長、報告です。タイコンデロガ消滅地点にて民間人1名を保護したとのこと。意識は失っているものの命に別状は無いようですが一応、民間の医療機関に搬送されたそうです」

 

「そうか…各方面の戦闘も終わりつつある。薫子、生徒たちを集めてくれ。終結宣言をする」

 

分かりましたとすぐに生徒の招集に向かう薫子。それとほぼ同時につかさもその場を立ち去る。その去り際、奇妙なことを呟きながら。

 

「私がタイコンデロガに気づかなかっただと…」

 

不可解な点を複数確認しながらも、第7次侵攻は無事に終結を迎えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

侵攻から1ヶ月後、この騒動の張本人が学園に通うこととなることは、どの世界線で見ても例を見ない可能性を与えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




【第7次侵攻】
未明に全世界で大規模な魔物の発生が確認され、学園の北西の小鯛山で大規模な魔物の発生が確認。
事前の予想以上に魔物の数が多く、規模は通常の42倍で過去最大規模。政府からの要請で学園生も出動することとなった。
第6次侵攻とは比較にならないほど人類の戦力は上がり、グリモアでも過去にないほどの強力な魔法使いが集まったこともあり、奇跡的なまでに大きな痛手がなく魔物に勝利した。


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第弐話 通えよ!魔法使い

兎ノ助(うのすけ)
グリモワール学園の生徒指導官。ウサギのぬいぐるみまんまな外見をしている。
転校生に学園について説明する役割もあり、学園生活を充実させるようにアドバイスしてくれる。
フレンドリーな態度と気が回る性格もあり、生徒達を見守る良き大人で学園生からの信頼も厚い。
一方でファンシーな外見とは裏腹に大の女の子好き。そのおっさん臭い言動から生徒達から変態扱いされることもしばしばで、風紀委員から説教をくらった回数は数知れず。



第7次侵攻を見事勝利したグリモワール魔法学園。平穏を取り戻してのも束の間、その一ヶ月後に新たな生徒が転校してきた。

 

「ほぁ〜…おーきながっこうだなぁ。きょうからこのがっこうにかようのかぁ」

 

校門の前で唖然としているのは、ついこの前の第7次侵攻で保護された少年だった。後々の内偵調査で判明したのだが、何を隠そう侵攻の際に出現したタイコンデロガは既に魔法使いへ覚醒していた彼が倒したものだったのだ。

そんな彼が退院して心機一転、学園へ足を踏み出そうとした時、不意に誰かに声をかけられた。

 

「おっ!そこの君、ちょっと待って!もしかして、君が今日から転校してくる生徒かい?」

 

「うわっ!うさぎさんがしゃべってる!すご〜い!!」

 

少年の前に現れたのはぬいぐるみまんまな外見をしている宙に浮いたまま喋るうさぎだった。物珍しい反応をする少年に、喋るうさぎは思わず感極まっていた。

 

「お、おぉ〜!!?よっしゃ!やっと来たその反応!やっぱ普通の反応ってそうだよな!うさぎが喋ってるんだからびっくりしちゃうよな!」

 

「うん!びっくりした!」

 

あくまで素直に喜ぶ少年の反応に、テンションが最高潮に昂ぶるうさぎ。

 

「くぅ〜!何て素直で純粋なんだ…!おっと、自己紹介が遅れたな。俺はこの学園の生徒指導官をやってる“兎ノ助”って言うんだ。何か困ったことがあったら相談してくれ!いつでも力になるからな!」

 

「うん!わかった、兎ノ助せんせー!」

 

「うっ…!?何なんだこの感情は?いつもの女子生徒を見る時のエロい気持ちとは違うこのトキメキは!?まさかこれが、父性って奴なのか!?」

 

屈託のない笑顔で返事をする少年に心が躍る兎ノ助。そんな気持ち悪い勘違いをしている兎ノ助に、女生徒が声をかける。

 

「あら、兎ノ助じゃない。相変わらず気色悪いこと考えてるんだってね?」

 

「うぎゃあ!?だ、誰が気色悪いだ!俺は常日頃から生徒たちの事を思ってだな…ブツブツ」

 

会うや否や兎ノ助に失礼な言葉を浴びせる(ほとんど日頃の行いの悪さ)のは、赤髪で白衣が似合う一見科学者のような風貌の女子生徒だった。

 

「どの口が言ってるんだか…。ん、そっちのボケッとしてるのが噂の転校生?」

 

「あー、多分お前が思ってる“転校生”とは違うと思うぞ?いや、彼は今日からここに通う転校生ではあるから、ある意味では間違ってないけどさ?」

 

「ふーん…あっそ、違うならどうでもいいわ。それより今日こそデウス・エクスシリーズの技術進歩に向けて成果を出さないと…」

 

兎ノ助に目的の人物ではなかったことを説明されると、少年を一瞥して興味を失ったかのような態度をとってすぐさま校内に向けて歩き出そうとするが、そこに少年が立ちはだかった。

 

「…何?もしかして馬鹿にされて腹が立ったとか言うわけ?魔法使いになったからって偉そうに出来ると思ってたら大間違いなんだから!」

 

女生徒が凄んでみせる。しかし、少年から発せられた言葉は意外なものだった。

 

「兎ノ助せんせーのこと、わるくいっちゃダメだよ!」

 

少年の言葉は女生徒から兎ノ助への暴言の謝罪だった。

 

「ハァ?アンタいきなり何言っちゃってるのかしら。兎ノ助に弱みでも握られてるの?」

 

困惑する女生徒を他所に、少年は更に言葉を投げかける。

 

「おねーさん、兎ノ助せんせーにごめんなさいしないとダメ!」

 

「ちょっと兎ノ助!こいつ気でも狂ってんじゃないの!?ってか、もう邪魔!」

 

女生徒は少年の拘束する手を無理矢理振りほどいてその場から走り去ってしまった。少年は女生徒に突き飛ばされた勢いのまま手から地面に倒れ込んだところを兎ノ助が駆け寄る。

 

「お、おい!大丈夫かい?ごめんな、あいつも本気で言ったんじゃないんだ。中々気難しい子でさ…それより怪我してないか?」

 

少年は一応全身を見回してみると、特に何も感じなかったのか満面の笑みで答えた。

 

「…うん。だいじょーぶ!でも、そろそろちこく?しちゃうかも。せーとかいってところにいかなきゃいけないんだぁ。だからバイバイ!」

 

「…お、おう!またなー!しっかり頑張れよ〜!!」

 

少年が兎ノ助に手を振ると、向こうも短い手をブンブン振って返してくれた。

少年の言葉通り、手続きのこともあったがもう一つ本命の目的があったのだ。

少しして少年は鏡に映る自分の姿を見て、ある事に気がついた。どうやらさっき倒れた時に着いた指が本来曲がるはずのない方向に折れていたのだ。

 

「あー、まただ。しょうがないなぁ…えいっ」

 

もう片方の手で折り直すと、ゴギィという通常鳴り得ない骨の音が折れた指を再び元の形状に戻ったことを知らせる。幾らか形は歪なものの、あらぬ方向に折れていた指は差し支えない程度になった。

 

「ふぅ〜、これでよし。♪〜♪♪〜」

 

しばらく経てば見た目も元に戻ることを知っている少年は何事もなかったかのように、再び軽快な足取りで生徒会室へと向かうのだった。

 

 

 

 

 




如月(きさらぎ)(そら)
魔導科学研究所より出向してきた科学者。
実は世界で唯一人、自分の力で魔法の力を使えることができるすごい人。
魔法を誰にでも使えるようにすることに心血を注いでおり、そのためには自分自身をデウス・エクスシリーズの実験台にすることもいとわない。


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第参話 呼べよ!魔法使い

【生徒会】
生徒会長:武田 虎千代
副会長:水瀬 薫子
会計:結城 聖奈
書記 : 朱鷺坂 チトセ
生徒会に選ばれるメンバーは真の実力者のみで構成される。主だったメンバーは上記の4人だが、意外にも構成員はそれなりの人数がいる。



現在、少年が向かっているグリモワール魔法学園の生徒会室。本来なら彼が無事に辿り着くまでその部屋の中で何が行われているか知る手立てもないが、今回は特別にそこで交わされている会話の内容に迫ってみることにしよう。

 

「いよいよ今日ですね、例の転校生」

 

生徒会副会長の水瀬薫子が会長席に腰掛けている武田虎千代にその話題を持ちかける。その傍らでは会計の結城聖奈も静かに話を聞いているようで、一応の興味はあるようだ。

 

「タイコンデロガを1人で倒したという侵攻中に発見され、保護された正体不明の魔法使い…か。一応、経歴をまとめたものが手元にあるが…」

 

虎千代は事前に手渡された少年の情報が載った1枚の書類に再度目を通す。そこには次のように書かれていた。

 

氏名:JC(本名不明の為、発見時に身に着けていたドッグタグから読み取れた部分を抜粋)

年齢:18歳(身体的特徴から推定)

身長・体重:176cm・68kg

住所:不明

血液型:A型

追記:事前の知能テストの結果は小学校低学年程度と判明。しかし精密検査の結果、魔力活性化と魔力腺の発達の具合からおよそ12〜3年前には既に魔法使いに覚醒していたと推察できる。

 

この結果を見て改めて唸る虎千代。これには薫子も同じ思いのようで、説明を補足する。

 

「宍戸結希自らが彼の精密検査を申し出るとは思いませんでした。おかげで当初の予定より2週間も彼の入学が遅れてしまいましたが」

 

彼女にしては珍しく皮肉めいたことを呈している。第7次侵攻が終わって早々に新たな魔法使いの入学が決まって、学園内の雰囲気も慌ただしくなりつつあった中でのこの遅れだ。普段温厚で優しい彼女が多少荒れるのも無理ないだろう。聖奈もそれに便乗するかのように虎千代に提言する。

 

「正直なところ、私も彼の待遇にはまだ納得しているわけではありません。例え実力があるとしても、生徒会で彼の面倒までみる必要はないでしょう?」

 

聖奈の訴えは至極当然とも言える。学園で別に存在する精鋭部隊のメンバーは有志なのに対し、生徒会に選ばれるメンバーは真の実力者のみと規定されている。クエストを一つ遂行しただけで任命された朱鷺坂チトセや、その実力から生徒会に就くよう出頭命令が出ているが無視している生天目つかさという例外はあるが、それらを踏まえた上で入学と同時に生徒会の管轄下に置かれるのが理解し難いのだ。

 

「仕方ないだろう?彼は事情を知らない生徒との接触を禁止されているんだ。それに「しょーらいゆーぼーなまほーつかいにしてくれるんだもんね」そうそう…ってぬわぁ!」

 

いつのまにか部屋に入って会話に混ざってきたJCに酷く驚いて椅子から転げ落ちる虎千代。やられた〜と戯けてみせる虎千代とは裏腹に、薫子と聖奈はつい先ほど話していた経歴を知っているため、疑惑を悟られまいと彼を警戒していた。

 

「エヘヘ…びっくりした?とらのおねーさん」

 

精神年齢相応の悪戯っぽい笑顔を浮かべるJC。その独特な呼び方に対して、虎千代大好き薫子が素早く反応する。

 

「“虎のおねーさん”?それは会長のことを指しているのでしょうか…」

 

薫子の言葉に頷いたJCは呼び名の由来を説明する。

 

「うん!けんさのときにはかせのおねーさんにおしえてもらったんだぁ。せーとかいのこと、まだすこししかおぼえてないけど、よしゅーしてきたんだよ!“とらのおねーさん”と“おかねのおねーさん”、あとまほーのおねーさん!」

 

聖奈がホワイトボードに呼び名の特徴を書き記していく。

はかせのおねーさん→宍戸結希

とらのおねーさん→武田虎千代

おかねのおねーさん→結城聖奈

まほーのおねーさん→朱鷺坂チトセ

と何となく推察できる。しかし、ここで脳裏に1つの疑問が自ずと浮かぶ。

 

「…ん?なぁ、JC。薫子のことはなんて覚えてるんだ?」

 

虎千代が面白半分で尋ねてみる。ここまで単純な法則性ならそこまで捻ったネーミングはしてないと勘ぐったのだ。JCは満面の笑みを浮かべて恥ずかしげもなく答えた。

 

「おっぱいのおねーさん!」

 

「ブフォ!!く、くはははっ!!そう来たか!確かにそうだな…アハハハッ!駄目だ、こりゃ駄目だ!」

 

思いっきりツボに入ったのか、吹き出して笑い転げている虎千代。それを制止しようする聖奈も、柄にもなく肩を震わせてながら必死に笑いを堪えて虎千代を宥める。

 

「か、会長…フフッ…笑い過ぎですよ。そんなに笑っては、副会長にし、失礼ですよ…くふっ」

 

もちろんJCには周り(特に虎千代と聖奈)がどうしてこんなにも笑っているのかは分からなかった。結希からはこの学園にはとても個性的な生徒が多いことから、その人物の特徴を捉えて覚えなさいと言われていたからだ。因みにJCに笑い者にされた薫子はというと…。

 

「〜〜〜っ///」

 

羞恥で顔を真っ赤にして悶えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




水瀬(みなせ) 薫子(かおるこ)
生徒会副会長として実務を取り仕切る才女。カリスマと戦闘に特化しすぎてなかなか事務ができない生徒会長、武田虎千代を完璧にサポートする。黒いものでも虎千代が白と言えば白に変えてしまうほど心酔し、彼女以外の人間を基本的に見下している。JCに“おっぱいのおねーさん”と呼ばれる由縁にもあるように、B95が彼に襲い掛かる日もそう遠くない未来かもしれない。JCの精神年齢が一気に引き上がればいつかきっと和解できる…はず?


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第四話 触れ合え!魔法使い

武田(たけだ) 虎千代(とらちよ)
5年連続生徒会長という快挙を成し遂げた前代未聞のカリスマ。在学生の中で総合的な戦闘力がトップであり、非常識なまでに強い。知名度は世界クラス。一癖も二癖もある学園をまとめ上げる人望もさることながら、自ら前線に赴くバトルマニアの面も併せ持つ。当分の間、JCの世話係になることを口実に部屋に居座らせようとしていて薫子と聖奈をやきもきさせているが、それにはある目的が…?


「とらのおねーさん。ぼく、じゅぎょーうけられないの?」

 

「ん?薫子、そうなのか?」

 

開口一番にその疑問を呈しているのはもちろんJCである。その理由は前回説明した通り、現在のJCの状態を考慮した結果であることを薫子が改めて説明する。

 

「えぇ、と言っても学園内での生活に慣れるまでの間だけです。例外的に参加して頂くことが無いとも言えませんが、基本的は生徒会室での自習をするように…と言うのが宍戸結希の見解です」

 

薫子はそう言いながら事前に持参していた小学生が対象の漢字や計算のドリルをいくつか机の上に広げる。虎千代が過去に同じようなものをやって苦労した経験を思い出しながら面白がっている一方で、JCも特に疑うこともないまま早速その中のドリルを1つ手にして取り組み始めた。

 

(…意外と素直?)

 

その様子を見ていた薫子と聖奈は侵攻後、宍戸結希によって報告されたJC発見地点の調査結果を思い出して、現状と見比べていた。

 

〜回想〜

 

《第7次侵攻で小鯛山から霧の魔物が発生していたわけだけど、その中でも彼が発見されたと思われる場所は魔物の進行ルートの丁度真ん中の地点の地下施設。国連の事前調査によると地表にタイコンデロガによって開けられたと思われる大穴が開いていたそうよ。じゃなかったら、多分一生気づかなかったでしょうね》

 

「地下施設?それは一体…」

 

《その地下施設を調べた調査隊によると、施設自体は地下20m程の所に造られていて、全体に防音・耐衝撃加工が施されていた。そして、中を調べていくと研究員と思しき人間の死体が複数人確認出来たそうよ。同時に数人の魔法使いと思われる人間の死体も》

 

「魔法使いの死体だと…!?」

 

《国連軍が身元を確認したところ、どういう訳か政府に覚醒した事を確認されていない者ばかりだった。恐らくその施設で魔法使いに対する何かしらの実験をしていたのか…或いは別の意図があったのか。それを唯一の生存者である彼を調べるために科研が強引に引き取ろうとしていたのを政府が阻止するために、このグリモアに白羽の矢が立ったというわけよ。元科研の私が言うのもどうかと思うけど、あそこは人権を無視してでも結果を得る為に手段を選ばない人間が多いから》

 

「成る程…確かにグリモアに所属していれば、外部から非人道的な扱いを受ける心配はありませんものね…」

 

《入院先の病院から事前に行った精密検査の結果から分かる通り、彼はある種のトラウマのようなものを抱えているわ。“PTSD”と言う方が的確かもしれないわね。私の専門分野ではないから詳しくは知らないけど、その結果として防衛機制が働き幼児退行という形で生命を維持したのね》

 

「治療法は無いのか?」

 

《調べたところ、催眠状態にして過去に何が起こったか原因を探るのが一般的だけど…今回の場合はあまり望ましいとは思わないわ。こういう実験をされた人間が過去に幸せだった試しがないもの。それよりも新たに人格を形成する方が、言い方は悪いかもしれないけど魔法使いとしては大成すると思うわ》

 

「そうですか…。それでまずは生徒会で彼を受け持つと?」

 

《将来的には普通の学園生として過ごせるまでに成長してもらうつもりだけど、それにはまず見本となる人間が必要。一般的には6〜12歳頃は周りの大人の影響を受けやすい時期だから指針になる生徒会に任せるのが一番だと考えたわ。しばらく様子を見て問題ないと判断したら、他の生徒に引き合わせてもいいんじゃないかしら?》

 

「…分かりました。ではそのよう準備します」

 

「今から頭痛がしてきた…」

 

〜回想終了〜

 

「とらのおねーさん、ここはどうやればいいの?」

 

「ん、筆算か。これは上の数字と下の数字を足して10を超えたら隣に繰り上げてだな…」

 

まるで姉と弟のような光景に微笑ましく感じた薫子と聖奈は互いに視線を交わし、暫くは見守っていこうと判断した。

そんな彼女らの傍らで、虎千代は咄嗟に何かを思いついたかのように提案する。

 

「あ、そうだ。JCは暫くアタシの部屋で寝泊まりするからな」

 

『……ハイ!?』

 

彼女たちの波乱の育児生活はまだまだ始まったばかりである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




結城(ゆうき) 聖奈(せな)
生徒会会計。金の管理ならとにかく彼女に任せておけば安心。【労働には対価、与えられた仕事は完璧に】がモットーで、仕事ができない人に対して恐ろしく冷たい。彼女とまともに話したかったら、どんな些細な仕事でもいい、きちんとこなしてからにしよう。宍戸結希の提案で薫子と共にJCの管理・監視を渋々了承している。


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第伍話 押し付けあえ!魔法使い

朱鷺坂(ときさか) チトセ】
本人が申告したものを除き、年齢、出身など一切の素性が知れない謎のお姉さん。かなりのベテランと思われるが、なぜこれまで発見されなかったのかも不明。余裕のある穏やかな態度と、まれに見せる訳知り顔が特徴。戦闘能力は武田虎千代に匹敵する。似た境遇で発見されたJCに好意とは違う理由で興味を持っているようで…。


「あ、あの…会長?仰っている意味が分からないんですが」

 

薫子が若干顔を引きつらせながら、虎千代の言葉の真意を問いかける。すると虎千代はJCから少し離れたところに薫子と聖奈を集めて、こそこそと耳打ちしてきた。

 

「(いや本当は宍戸の所で寝泊まりしてもらう予定だったんだが、例の旧科研の調査で霧の護り手が、放置されていた魔物を操作する技術を確立させた疑惑が浮上したから暫くそっちに専念する旨を伝えてきてな…。とてもじゃないがJCの面倒までみてられないらしい)」

 

「(だからといって会長自らが請け負わなくても…。私や聖奈さん、朱鷺坂さん…は少し心配なのでアレですけど、任せて頂ければ…)」

 

「(いいんだ。こういうのは負担が軽い奴がやるべきだ。偶々それがアタシだったってだけの話さ。それに聖奈は子どもの扱いに慣れてないし、薫子はJCそのものに苦手意識を持ってるだろう?)」

 

「(そ、それは…まぁそうですけど)」

 

「(確かにそう言われたら、何も言い返せません…)」

 

「(それに、いつつかさに見つかるかも分からん。何かあった時にアタシが近くに居た方が色々と便利だろう?)」

 

「(…失礼ながら、会長もそこまで得意には見えませんが?)」

 

「(お、それは聞き捨てならんな。だったら試してみるかっ)」

 

虎千代はそう告げると、黙々と勉強を続けているJCへと向けて、問いかけた。

 

「なぁJC、1人で寝るよりアタシの部屋で一緒に寝る方がいいよな?」

 

「…え?」

 

言っていることの意味が分からなかったのかJCは聞き返す。後ろの2人に疑惑の眼差しを向けられ焦ったのか、虎千代は慌てて言葉を言い換える。

 

「えぇと…1人で居るより誰かと一緒の方がいいよな?例えばアタシとか…」

 

「……。…あ、うん。そうね」

 

否定されるより酷かった。ものっそい上の空だった。計算ドリルをカリカリ進めながらの言葉だった。

(お、大人だ…)

 

薫子と聖奈は一瞬で関係性が逆転した光景を目の当たりにしたが、とりあえず今日一日だけ虎千代に任せて様子をみることにした。

しかし、その結果は翌日に彼女らのもとに知れ渡ることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、薫子と聖奈は少し遅れている虎千代とJCを待ちながら、なんとも言えない空気の中で待っていた。

ふいに聖奈が切り出す。

 

「あれから連絡の1つもありませんでしたが…会長は無事にやり遂げられたのでしょうか?」

 

聖奈の言葉に、虎千代のことが常に気が気でない薫子は柄にもなく朝からオロオロしていた。

 

「あぁ…会長…やはり私が彼を受け持つべき?いや、でも彼と一緒にいて他の生徒の前でまた…あんなはしたない呼び名を聞かれでもしたら…あぅ〜」

 

「…こっちも重傷だったか」

 

尋常じゃない薫子の状態を見て聖奈が肩を落とす。すると、少ししてガラガラと戸が開いた。

 

「……はぁ〜」

「おはよーございます、みなさま」

 

珍しく溜息と共に疲れ切った様子の虎千代と反対にやけに肌艶の状態が良いJCが入室してくる。虎千代に至っては全体重を預けるかのようにどっさりと自分の席に腰を下ろしていた。

薫子は聖奈と目を見合わせ、代表して声をかけることにする。

 

「えぇと…会長?何かありましたか?まさか彼に何か…!?」

 

「いや…最近の男子は元気過ぎるな。アタシも結構頑張ったんだが、先に参ってしまったよ…」

 

『なっ…!!』

 

虎千代が苦笑しながら笑い話にしているが、聞いてる側の人間はぶるぶると震えだす。

 

「本当は薫子と聖奈も呼ぼうかと思ったのだが、JCが中々離してくれなくてな…」

 

「“とらちよさん”がみせてくれたのに、つかれた〜ってさきにねちゃったんだよ」

 

「ハハハ…面目ない。という訳で今日のアタシはずっとこんな状態だ。悪いが今日はどっちかがJCの面倒を頼む」

 

何があったかは知らないがとにかく疲弊しきった虎千代の様子を見て、今度は聖奈が立ち上がった。

 

「分かりました。ではここは私が引き受けますので、副会長は会長のお世話に専念して下さい」

 

「…申し訳ありません。何か手伝えることがあれば言って下さいね?」

 

すると聖奈は妙にやる気で答えた。

 

「えぇ。中身は子どもと言えども見た目は大人であることは事実。この際、奴の性根を叩き直してやりますよ」

 

相変わらず他人に厳しい聖奈。元々子どもは苦手なはずだが、見た目が大人と何ら変わりないJCにはそんな感情は湧かないのだろうとすっかり安心しきっていたのが仇になるとは知らずに…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さらに翌日。生徒会にはすっかり元気を取り戻した虎千代と薫子が聖奈とJCが来るのを待っていた。

 

「………」

 

「な、なぁ薫子。扉に向かって念を送るのはやめないか?」

 

「…あ。す、すみません。私はどうも彼に苦手意識があるようで…」

 

「あー、例の“おっぱいのお姉さん”の件か」

 

「そ、それは言わないで下さい!あの時は居なかったからまだ良かったですけど、ここにはそういうのが大好きそうな人が「それって、もしかして私の悪口かしら?かぷっ」ひゃっ!!と、朱鷺坂さん!急に現れないで下さい!」

 

しれっと会話に交ざってきたのは、ついこの間転入してきてすぐにこの生徒会入りを果たした異例の転入生こと朱鷺坂チトセだった。因みに薫子が驚いたのはチトセが急に現れた体はなく、彼女の耳を甘噛みしたのが原因であることを強く説明しておく。

 

「んふふっ…。相変わらずそこ、弱いみたいね。それで、一体何の話かしら?」

 

「朱鷺坂さん…!ついこの間会ったばかりのあなたにそんなこと言われる関係性ではありません。それに転移魔法も使うとは…仮にも生徒会の人間なのですから、しっかりと配慮して頂かないと」

 

「あー、あー。全然聞こえませ〜ん。同年代の男の子におっぱいのお姉さんとか呼ばせて学園の風紀乱しまくってる人の言うことなんか」

 

「あ、あなたに言われたくありません。転校生さんに自分のことをお姉さんって呼ぶよう強要してるくせに!っていうかさっきのやっぱり聞いてたんじゃないですか!!もぉー!!」

 

チトセに煽られ軽く…というかだいぶキャラ崩壊を起こしている薫子。そこからさらにタイミングを見計らって追撃する。

 

「風紀を乱してると言えば、副会長のこの暴力的な乳のほうが問題だと思うけど?一体っ!何のっ!為にっ!こんなっ!育ったのっ!かしらっ!今どき“虎千代×薫子”の王道が天下とるわけじゃないのよ!!」

 

チトセは薫子の胸を両手で鷲掴みにして、乱暴に揉みしだいている言葉の端々に恨みつらみが含まれている気がしてならないのはまた別の機会に明らかになるので、今は語らないでおこう。

そこにタイミングよく聖奈とJCが入室してくる。が、聖奈の様子がどうもいつもの違うことに虎千代が気づいた。

 

「聖奈…何かふらふらしてないか?」

 

「うぅ…す、すみません。付き合いとはいえ、この歳になってあんなものに夢中になるとは…。あまつさえそれで寝不足になるなど弁解の余地もありません…」

 

「“せなさん”のほうがむちゅーになってたね。パチパチたたくの、たのしかったよ!」

 

JCの言葉に狼狽える薫子。その矛先はもちろん聖奈に向けられる。

 

「せ、聖奈さん…!あなたという方は、一体彼にどんな性癖を植え付けようと…!?まさかあなた、Mなんですか!攻められたいんですか!?」

 

「ご、誤解です…!?副会長の考えてるようなことは何もありません!それを言うなら一昨日の会長の方が問題かと…」

 

「んなっ!?アタシの何が問題なんだ!?アタシはただJCが興味を持ちそうな“おもちゃ”をいくつか用意してやってだな…」

 

『お、おもちゃ…』

 

「あ!お前たち、変な想像するな!そういうのじゃないぞ!本体より胸のほうが印象に残るような薫子に言われたくない!」

 

「か、会長…!!それは今、気にしていることですよ…!」

 

3人が我を忘れてギャーギャー言い合っているその横でチトセがJCの手を引いて小声で耳打ちする。

 

「(…今日は、お姉さんの所で寝ましょうか)」

 

JCがこくりと頷くと、そのままチトセに手を取られたまま1日を過ごす事となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、と…魔法で熟睡してもらったわけだけど、まさかここまで魔法に抵抗できるとは思わなかったわね」

 

夜中、自室に招き入れJCを魔法で催眠状態にしたチトセ。もちろん私利私欲の為にこんなことをしているのではなく、彼女にしかできない確固たる信念のもとでこの強行に及んだのだ。

 

「んじゃまず手始めに…あなたについて教えなさい」

 

「…ぼくは、JC。まほうつかい」

 

「JCは本名じゃないわね。“あっち”にはそんな魔法つかいは存在しなかったもの。本当の名前は?」

 

「…わからない。タグからつけてくれた」

 

「魔法が効きづらいのはどうして?」

 

「“ぼくたち”はまほうに、つよくないとダメ。だから、くんれんうけた」

 

「僕たち…他にもたくさんいたの?」

 

「おうちにいっぱい、なかまがいた。でも、みんなおでかけした」

 

「…?みんなはどこにお出かけしたの?」

 

「わからない。いつもよるでいったことないから。でもよるなのにおそといこうとしたら、おでかけされる」

 

いよいよ手詰まり感を感じて切り上げようとしたチトセだったが、ふと気になったことを興味本位で聞いてみる。

 

「生徒会のメンバーの部屋で何してたの?」

 

「とらちよさんとはひーろーごっこ、せなさんとはえくせる」

 

「成る程…狙って言ってるんじゃなければ、あなた相当のスケコマシね」

 

「でも、かおるこさんともあそびたいし…チトセさんとも」

 

そこでようやくチトセはある事に気づいた。

 

「あれ、もしかして魔法の効果切れてる?」

 

こくりと頷くJCに苦笑して誤魔化すチトセ。

 

「しばらく噂に付き合ってもらうから…宜しくね☆」

 

翌日から生徒会ご乱心の噂がしばらく絶えなくなったことは言うまでもなかった。

 




【JCの噂】
第7次侵攻後に発見された魔法つかいを転入生として迎え入れるや否や、その存在を秘匿扱いにして生徒会が匿っている。正確には生徒会と一部の生徒にのみ接触する機会を与えているのを報道部が掴んでいる。匿名で生徒会メンバーが日替わりで夜な夜な彼を辱めたり、逆に辱められたりしてるかもしれないという噂が流れていたりするが、真相は定かでない。


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第六話 広まれ!魔法使い

宍戸(ししど) 結希(ゆき)
学園どころか世界でも有数の頭脳を誇る天才少女。授業を免除され、いつも自分の実験室で研究に勤しんでいる。魔法と科学を合わせた【魔導科学】が専門分野。彼女の功績で30年は技術が進んだという、人類側の懐刀。【ヒト】の作成が最終目標だという噂。定期的にJCの魔法使いとしての状態を精密検査しているため、彼の裸体を見慣れている(直視できるとは言ってない)。自他共に認める立華卯衣とJCの管理担当。


「え?パーティーですか…」

 

学園内の魔法棟に常設されている魔導兵器開発局にて、週に一度の精密検査を受けていた際の宍戸結希との会話である。

 

「そう。学園生が企画・運営してクリスマスパーティーを開催するらしいわ。あなたが編入してきてもうすぐ一ヶ月、他の学園生たちとの交流を深めるきっかけにでもとあなたの参加を生徒会の連中も考えたんでしょう」

 

JCがきょとんとそれに反応する。

 

「パーティー…。それってなにすればいいんですか?」

 

「特に気負う必要は無いわ。何もしなくてもどうせ向こうから勝手に色々話しかけてくるだろうから。次の検査の時にでも会話の内容を教えてくれればいいわ」

 

「ゆきさんはいかないんですか…?」

 

「…どうしてそんなことを聞くの?」

 

モニターから視線を外さずに作業を続けながら何の気なしに質問する結希。それに対してJCは横たわっていた台から身を起こし、身体に繋がれたらケーブル類を外しながら少し不満顔で答えた。

 

「ゆきさんいないと…たのしくないから」

 

「………そう。データは取れたから、もう戻っていいわ」

 

「え、ちょっと…まだふくきてな」

 

特にJCの言葉に反応することも無く、淡々とそう告げて未だ服がはだけた状態のJCの背中を押して研究室から追い出す結希。それとは入れ違いで室内で寝ていた立華卯衣が補給と定期的なメンテナンスを終えて目覚める。

 

「ドクター…どうかしましたか?若干ですが、体温の上昇を確認しました」

 

あくまで無表情のまま淡々と事実を告げる卯衣に、結希は静かに反論する。

 

「……気のせいよ」

 

ぷいっと顔を背ける結希だったが、その表情は心なしか柔和な笑みを浮かべているように見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、クリスマスパーティー当日。いきなり現れて学園生を驚かせるわけにもいかないので、JCは少し遅れてパーティー会場に向かう事にした。その道中、背後から突然何者かに声をかけられる。

 

「あー!お兄ちゃん、みっけ!ず〜っと探してたんだよ?」

 

声の主は学園生のようだ。無邪気に笑う彼女だったが、JCにとっては面識ない相手であったので不思議に思って聞き返す。

 

「おねえさん、だれ?」

 

彼女は思わず目をぱちくりして呆然としていた。すると、すぐさま彼女の様子が急変した。

 

「…くっ、ふふ…ふはははっ!!いや、すまんな〜。よもや“おねえさん”と来るとは思わなんだわ!それにしても…魔法の影響を受けにくい体質か。ちと試してみたいのぅ」

 

自分の胸までしか背丈のない明らかに歳下の少女を何の疑いもなくおねえさん呼ばわりするこの男子生徒を、少女は笑わずにはいられなかった。突然笑われたことを不満に思ったのか、JCは少しムッとしながら答える。

 

「…それ、たぶんききませんよ。まえにもチトセさんにおなじようなこと、されましたから」

 

「ちっ…あいつ、妾とおんなじこと考えおったか。まぁどうせ奴のことじゃ。そなたにもそれはそれは小っ恥ずかしい手段をとったんじゃろ?いや待て言わんでいい。取っ捕まえて聞き出しちゃる」

 

「チトセさんのこと、いじわるしちゃだめだよ」

 

「な…!?」

 

JCに予想外の反撃を受けた少女は目を丸くする。

 

「せいとかいのみんなは“あそびのかんけい”なんだから、たいせつなの。あとゆきさんとういちゃんと兎ノ助せんせーも」

 

「その言葉はたぶんすごく危ない意味に聞こえるぞ…」

 

少女が冷や汗をかきながら、嘆息している。気を遣ってくれたのか、JCが気まずそうに声をかけてきた。

 

「あの、もういっていいですか?パーティーおわっちゃいそうなんで」

 

少女は明らかにどこか納得がいかない表情をしていたが、しぶしぶ諦めた様子で返事する。

 

「…仕方ない。まぁ今日のところは顔合わせが目的じゃったし、それは果たせたから良しとしよう。それよりも…!」

 

そう言うと少女はJCの腕に抱きつくと、悪戯っぽい笑顔を浮かべて再び熱っぽい視線を送った。

 

「一緒にケーキ食べたいから、ぱーてぃーに行こっ?」

 

もちろんJCにはそんな芝居がかった猫撫で声は最初に本性を現した時点で既に通用しない。当然引きつった表情でどうしようか迷っていたが、そんなことは御構い無しに事態は進行する。

 

「…はぁ。まぁどうせいくつもりだったから…“アイラさん”もいっしょにくる?」

 

JCから提案を受け、少女は目をキュピーンと光らせていた。

 

「おぉ〜!ならしっかりと淑女たる妾を“えすこーと”するのが男の務めじゃぞ!って、何で名乗ってもないのに名前知っとるんじゃ!?」

 

アイラの質問に、JCは微苦笑しながら答える。

 

「おたがい“ゆーめいじん”ってやつなのでは?」

 

「…お主、中身が6歳というのはちと無理がないか?」

 

「アイラさんが“きゅーけつき”っていうのも…。みためこわくないし、むしろかわいらしいし」

 

「…転校生とは違う意味で女を不幸にしそうじゃな、お前」

 

額に手を当てて、頭を抱えるアイラ。ことここに至って悟ってしまったらしい。

 

「と、言うわけでぱーてぃーの間はぴったりくっついてやるからな。せいぜい周りの女共に刺されないよう気をつけるがよい。魔法つかわん魔法つかいのお兄ちゃん☆」

 

「…え?それってどういう」

 

気がつけば2人は会場内に移動していた。どうやらアイラが勝手に転移魔法を使ったらしい。突然会場に現れて訳がわからずたじろいでいる学園生とJCを他所に、アイラはイベントのMCを務めている学園生からマイクをひったくって、声高らかに宣言した。

 

「みんな、ちゅ〜も〜く!この場を借りてぇみんなに紹介したい人がいま〜す!もう知ってる人もいるかもしれないけどぉ、この前転校してきてぇ〜さっき会ったばっかりなのにアイラの“彼氏”になってくれたJCくんで〜す!でもでもぉ、みんなもJCくんのことよく知ったらぁ〜きっと好きになっちゃうと思うけどぉ…その時はアイラ、気にしないから。どんどん告白してみんなの彼氏になってもらおうね〜!」

 

その言葉を皮切りにより一層抱きしめる力を強めるアイラ。口調から判断できるとおり勿論本気で言っているわけではないことは明白だが、この場の雰囲気を一気に掻っ攫うのにはじゅうぶん過ぎる宣伝だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




東雲(しののめ) アイラ】
ほぼ誰も信じていないが、自称313歳の吸血鬼。見た目の割に深い知識を持ち、桁違いな威力の魔法を使いこなせるのは事実で、しかも恥ずかしげもなく死語を連発するあたり見た目通りの13歳とも考えづらい…授業を免除されていることも含め謎だらけの少女。自称JCのコレ(小指)


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第七話 滾れ!魔法使い

生天目(なばため) つかさ】
闘争に命を賭ける正真正銘のバーサーカー。戦うこと以外に全く興味がない。強い相手を求めてふらりと学園からいなくなり、魔物を討伐して戻ってくるのが日常。武田虎千代とタイマンで張り合える数少ない人物で、格闘においては彼女を上回る強さを誇る。JCを拉致した後無理矢理自分と戦うことを強要するが、彼の体質・現在の戦闘力を理解した彼女は「お前が今よりもっと強くなったらまた相手してやる」と再戦を約束する。


クリスマスパーティーから数日後、JCは来る日も来る日も迫る追手(アイラの話を間に受けた女生徒連中)から逃げ隠れしていた。そして今日も紆余曲折ありながらも無事に追手を巻いて生徒会室に逃げ帰ってきたのだが、ふとJCの視線の先に見知らぬ生徒たちが虎千代に促されて室内に入っていくところを目撃し、すぐさま近くの物陰に身を隠す。

 

「(…知らない人たちだ。そーいえば今日はせーとかいのみんなは出かけちゃうから、別のところに行きなさいって言われてたっけ…」

 

「成る程…。なら今日は私に付き合ってもらうぞ」

 

「…へ?にゃわ!」

 

思考を巡らせているのと同時に聞こえてきた明らかに自分ではない誰かの声。その正体を探る間も無く、次の瞬間には高速で景色が転換していく以外の情報が入ってこなかった。何故ならば現在進行形でJCは何者かに常軌を逸したスピードで拉致されているからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここまで来ればいいだろう。おい貴様、私と戦え」

 

僕を攫った“ゆーかいはん”のおねーさんが明らかに人気のないであろう山まで担いでいた僕を下ろした後、さっきのセリフに戻る。最早何が何だか状況からして掴めていないJCは、薫子ちゃんから「念のため…ほ、本当に念の為に渡すのであって、別にあなたのことを心配しているわけでは……ってそんな物に喜ばないで下さい!」と言って手渡された防犯ブザーを躊躇なく鳴らす。

 

ビビビビビビビビビッ!!!

 

「む、貴様!その五月蝿いのを早く止めろ!」

 

「うわっ!わわっ!こ、こんなに大きな音だと思わなくって!?お、おねーさん、これ止めて!」

 

「…仕方ない、貸せ!」

 

僕から防犯ブザーをひったくったおねーさんは、そのままけたたましく鳴り続ける防犯ブザーと戦っていた。しかし、仕組みがよく分からなかったのか最終的には地面に叩きつけてそのまま拳によって黙らせたところで話を元に戻す。

 

「さぁ、邪魔者は消えた。次は貴様の番だ…私と戦え」

 

ゆーかいはんさんが微笑み、僕はぶるぶると震えだす。

 

「…神崎○郎さん?」

 

「…誰だそれは?」

 

「オーデ○ンと言ったほうがわかりやすいですか?」

 

「貴様が何を言ってるのかは知らんが…フンッ」

 

ゆーかいはんさんは近くにあった手頃な岩を殴ると、ビキビキッという音を立てて粉々になって崩れてしまった。

 

「次は貴様の頭がこうなるぞ。分かったら戦え」

 

凄むゆーかいはんのおねーさんに、僕はついに意を決して立ち向かう。

 

「…わかった。そーいうのは“慣れてる”よ。さぁ…こい!」

 

僕の言葉に不信感を覚えたのか、一瞬だけ動きが止まったように見えた。

 

「では、行くぞ!」

 

「…ッ!!」

 

うん、止まったように見えただけだった。一瞬で姿が消えて次に見えた時には僕の体ごとおねーさんの放った拳によって吹き飛ばされ、そのまま後方の木に打ち付けられた後だった。

 

「貴様…何故、防がない?」

 

内臓やその周辺の骨の感覚がおかしく感じながらも、ゆらゆらと揺れる足腰を立たせて、おねーさんに向き直す。

 

「…?いつもと変わらないと思うけど」

 

「何だと…」

 

「僕はいたくならないと、つよくなれない。だから攻撃、うけるの」

 

これは少し前にチトセさんに魔法を使われた時に思い出したことだ。断片的に…という言葉であってるかな、昔実験施設にいた頃の話だと思う。もったいぶって話すことじゃないから流したりしないでかつ事細かく要点を押さえて説明します。

 

「僕を倒すなら、本気で攻撃しないと。痛くなるとどんどん強くなっちゃいますよ?」

 

つい先ほどまで震えていた僕の体は既に元の状態、いやそれ以上のポテンシャルを発揮していた。この一ヶ月でもう一つだけわかったことがある。

でもその前に目の前の彼女を何とかしないと。

 

「ふっ…面白い。なら今度こそ立たなくなるようにしてやろう」

 

そう言って再び彼女の姿が消える。さっきは速すぎて視認できなかった、でも今は少しだけ視える。やっぱりそうだ。

 

「どうした!さっきの言葉はハッタリか!?反撃しないのか!」

 

「ぐっ!…かはっ!?」

 

だからと言ってそんなすぐに彼女の異常な太刀筋を読み切れるわけもなく、せいぜい何発かに一発防げれば良いほうで、防ぎきれない分の拳は無情にも僕の体に吸い込まれるように炸裂していく。たぶんもう全身複雑骨折くらいの症状は体に現れてるはずなのに、すこぶる体の調子が良い。

 

「やっぱりそうだ…。力が、増してる!」

 

疑惑が確信に変わっていくのが手に取るようにわかる。彼女の攻撃を受けるたびに僕自身の筋力や傷の回復力はもちろん、視覚や聴覚果ては第六感まで研ぎ澄まされていくのが実感できる。

その成果として彼女の放つ拳が次第に決まらなくなってきていた。

 

「…ッ!成る程、痛みで順応したか。だが、もういい」

 

何かに満足したのか、はたまた諦めたのかわからなかったけど突然拳を振るうのをやめた彼女。それと同時に僕の体調が急激に崩れる。恐らくアドレナリンの分泌が収まった所為か痛みによる能力値ブーストの効果が切れたのか…あ、だめだ。また、もどるかも……うゅ?

 

「あれ、おねーさん?ぼく、まけちゃったの?」

 

あまりの豹変ぶりに、開いた口が塞がらないおねーさん。首を傾げていると、すっかり戦う気が失せたのか「まぁ、その何だ…」と頬をぽりぽり掻きながらゆっくりとおねーさんは話しだした。

 

「お前の強さは分かった。だが、まだ私の求める強さにまで達していない。だから、これ以上の闘争は望まない」

 

「えー、もうあそんでくれないの?」

 

不満げにブー垂れるJC。それに対して彼女はあえて誘うように挑発してみせた。

 

「もしまた私と遊びたくなったら…強くなれ。私は強い奴としか遊ばん。お前が強くなったと感じたその時、また遊んでやるさ」

 

彼女は制服の上着を肩に掛けて、僕に背を向けて歩き出す。

 

「あ、あの…!ぼく、もっとつよくなります。つよくなっちゃいますから!そしたら……またあそんでくださいね!」

 

僕の言葉に名前も知らない彼女は振り向くことはなく、ただ空いている手をひらひらと振って無言のまま返事して去っていった。

そんな彼女に僕は強さの憧れと目標を貰い、頬を叩いて気合いを入れ直す。

 

「よーし、頑張ろっ。でもその前に、どうやって帰ろう…?」

 

少年JCの奮闘はまだまだ始まったばかりなのです。

※この後結局迷子になりましたが、彼女の知り合いの忍者さんに連れ添ってもらって無事に学園に帰れました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




【忍者の噂】
いや〜、自分としては今回生天目先輩の見張りが任務だったわけッスが、それよりも人っ子一人いない山の中で放置されて泣きじゃくってるJCさん見かけたら、そりゃやっぱそっち優先しちゃうでしょ。案の定話しかけてみたらすごい勢いで懐いちゃいましたし、中身が子どもっていうの知らなかったら相当のダメ男に見えてしまうッスからね。自分も変なとこで母性に目覚めそうになったんで〜、そこはちょっと反省ッスね。今後も個人的にJCさんの動向を観察しよっかな〜と思ってるッス。にんにん。


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第八話 渡れ!魔法使い

楯野(たての) (のぞみ)
一度登校したきり不登校に陥った引きこもり。寮の部屋でゲームばかりしている。当然、昼夜逆転の生活で不健康さにおいては他の追随を許さない。慢性的な気怠さと頭痛に苛まれてるらしい。低気圧の日は特に酷いとか。普通の人じゃ感じないような濃度の霧でも気分が悪くなる“霧過敏症”患者の一人。
宍戸結希から常々、単位を餌に半ば強制的にあらゆる面で仕事を依頼されることが多い。JCのゲーム指南もその中の一つだが、意外にもJCの脳筋プレイに横から口出しするのは楽しかった模様。


「確かに強くなりたいとは言ったけどぉ…」

 

前回までのあらすじっ!僕、JCは見知らぬ女の人に強引に拉致され袋叩きに遭い、ボロッボロに負けた悔しさをバネにしてもっと強い力を手に入れることを約束した。でもそのまま山に置き去りにされてわんわん泣いていたところを忍者さんに助けてもらったり、学園に帰ったら薫子ちゃんにめちゃくちゃ怒られたり軽く泣きながら心配させて、ちょっと心がズキズキ痛んだ。

 

「おい、さっきからぶつぶつ独りでなに喋ってんだよ。宍戸に脅されてわざわざボクが付き合ってやってんだから、サクッとクリアしろよな……ってそこ!レアアイテム取り漏らしてんだろ!罠の上ばっか歩くなよ脳筋かよ!?もっとマップ全体を見ろよな!」

 

僕の横でギャーギャー騒いで口出ししてくる望さんと一緒に部屋でゲームしています。この状況、誰か説明してくれませんかぁ…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だーかーら!なんで武器屋と防具屋素通りするんだよ!RPGの醍醐味0じゃないかよ〜!?終始素手で倒すって脳筋縛りプレイ、今どき流行んないって!」

 

わなわな震えながら隣で意味の分からない言葉を連発する望さん。文句は言いながらも決して僕からコントローラーを奪うようなことはせずにただただ僕のプレイに助言と言う名の文句を浴びせてくる。そもそもなんでこんな事態になったのかよくわかってなかったので、望さんにいい加減教えてもらいます。

 

「ところで望さん、結希さんにこの部屋に行くように言われていきなりゲームさせられてるんだけど……それも初対面なはずのあなたを頼れって言われて」

 

「お前、宍戸の言うこと変だなとか思わなさそうだもんな……だからこそ扱いやすいんだろうけど」

 

「えっ、何ですって?」

 

なんか最後の方、急に小声になってほとんど聞き取れなかったんですけど。怖っ。

 

「…何でもないよ。ボクが宍戸から聞かされてる話で良いんだったら話してやってもいいけど……聞く?」

 

こくんと頷くと、望さんは部屋に設置してある棚からポテトチップスを取り出して、パーティー開けした流れで1枚ずつ掻い摘んで口に運びながらぽつりぽつりと話し始めた。因みに味はのり塩、基本的に全部一人で食べるから特にパーティー開けの恩恵は無いとのこと……少しくらいくれてもいいじゃないか!

 

「えぇ…っと、お前宍戸に強くなりたいって言ったんだっけ?そこで何でボクの所に押し付けようって思ったのかさっきまで謎だったけど……お前のプレイ見てたら何となく理由、わかったわ。頭悪そうだもんな、お前」

 

「えっ、初対面で普通そこまでボロクソに言う?」

 

僕は普通にショックを受けた。この不名誉に対して慌てて抗議しようとしたところ、望さんが仕切り直してきた。

 

「いや、勘違いするなよ。頭悪そうっていうのは根っからの馬鹿っていうんじゃなくて、知識が足りないって意味だかんな!」

 

「それってフォローになってないんじゃ…」

 

僕の追及に望さんはそこで一瞬詰まる……しかし、何か思いついたことがあるようでスッと顔を上げた。

 

「お前にゲームやらせろって言い出したの宍戸だかんな?前情報無しでやらせて、プレイスタイルを見極めろってさ。そして見事にお前は典型的な脳筋タイプ、しかも武器も防具もサブイベントも全部すっ飛ばす頑固一徹タイプ」

 

ムスッとしながら念を込めて送っていると、ここから更に軌道修正を加えてきた。

 

「そもそもそういうスタイルなのは“そういうものがある”っていう知識自体が無いからだ。だからボクが横で色々口出してサポートしてるんだろ?まぁ、あんまり聞き入れてもらえなかったけど…」

 

「うーむ、いまいち要領を得ない感じですね…」

 

相変わらずぴこぴことゲームを進めている僕に同調するように、望さんはベッドにゴロゴロしながら一枚、また一枚と手に取ったポテトチップスを口に運ぶ。どうやら本気でゲームに介入してくるつもりはないらしい。その証拠に食べたら手が汚れるポテトチップスの減りがさっきから止まらない。

 

「いーんだよ、子どもは大人の言うことを都合のいいように噛み砕いて吸収しちまえば。それに若いうちから頭使い過ぎると、その内ハゲるぞ」

 

あくまで楽観的な態度でいる望さんに嘆息しつつ、ふとポケットの中のデバイスから呼び出しの電話がかかってることに気がついて応答する。

 

「アイラさんからだ…はい、僕です。どうかしましたか?」

 

〈おー、ちゃんとかかったぞ。中々便利なものじゃな、こりゃ……あ、お兄ちゃん、やっほー♪〉

 

電話相手はアイラさんだった。何故番号を知られているのかというと、ついこの間行われた学園主催のクリスマスパーティーの際に番号交換を済ませておいたのだ。

 

「アイラさん…素が出ちゃってますよ。あと、思い出したかのように子どもキャラに戻るのやめて下さいよ」

 

〈ブーブー、相変わらず洒落の分からん奴じゃな〜…お主、今出られるか?ちと、頼まれてくれんか?場所は…〉

 

一通り話を聞いた後、通話を終える僕。少し考えた僕は、不思議そうに電話の様子を聞いていた望さんにその旨を伝える。

 

「望さん、ごめんなさい。ちょっとお呼ばれされちゃったので行ってきます。それとゲームなんですけど」

 

とそこまで言ったところで、僕の言葉は望さんに静止される。

 

「あー、分かってるよ。ちゃんとセーブしておくから行ってこいよ。お前、結構楽しんでたみたいだしな」

 

「望さん…」

 

少しでも楽しんだ気持ちが伝わってて、僕も実は嬉しかったりする。そんな感情を含んだ視線を送っていると、心なしか頰を紅潮した様子でまくしたてた。

 

「な、何だよ!ボクにだってそういうの、なんとなくだけど分かるんだからな!ほら、さっさと行けよ!」

 

シッシと手を振って追い出す素振りを見せる望さん。仕方なく部屋を出ようとする僕だったが、ふと望さんがポテトチップスに手を伸ばしていたのを見てある事を思い出し実行する。

 

「一枚、もらいますよ」

 

「えっ、ちょ、おま…」

 

手に持っていたポテトチップスが彼女の口に入る直前でその手をガッと掴んで、僕の口にそれを含んだ。

 

「…うん。やっぱのり塩好きだなぁ。んじゃ行ってくるね〜」

 

口をパクパクさせて固まっている望さんに挨拶して漸く部屋を出ようとした矢先、アフターケアをし忘れたのを思い出したので一度閉じかけた扉を少しだけ開けて忠告しておく。

 

「…食べ過ぎると、太りますよ。気づかないうちにお腹にぷにぷにの柔らかお肉が……なんて事にならないで下さいね?せっかくお綺麗なんだから」

 

そのまま僕は「ではでは〜」という言葉を皮切りに部屋を出てアイラさんにお呼ばれされていた場所に向かった。望さんの部屋の方でやけに騒がしい物音がした気がしたけど、きんきゅーじゃ!というアイラさんの電話を念頭に置いていたので、急ぐ足を速めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ…ハァ…つ、疲れた……あ、アイラさ〜ん!」

 

僕が呼び出されたのは私立グリモワール魔法学園の地下に存在する通称“魔法使いの村”と呼ばれる場所で、なんでも霧の魔物が地下からやってくるという過去の推論から造られたらしい。普段授業を受けないアイラさんからの受け売りです。当の本人はといえば…。

 

「おーい、こっちじゃ〜。何をちんたらしとったんじゃ全く……おっ、その顔は早速彼女ができたな?」

 

「……いいえ?」

 

答えると少し意外そうな表情を浮かべる。う、嘘は言ってないよ?

 

「そうか…?ふぅむ〜……虫の知らせというのは当てにならんもんじゃな。あ、そうそう…お主を呼んだのは聞きたいことがあったんじゃ。ほれ、こっちに来んさい」

 

手で招かれたのでアイラさんの近くに寄ってみる。すると、アイラさんは耳打ちをしてきた。

 

「(……もう学園生で童貞を卒業し)『フンッ!!』たのかなァと!?」

 

何やら良くないことを囁いていたらしく、ヌッとアイラさんの背後から現れたチトセさんにスパァン!という擬音が正しい感じに叩かれていた。

どうやら本気で痛がって叩かれた箇所を両手で抑えて悶えているアイラさんを尻目に、チトセさんはまるで何事もなかったかのように僕に話しかけてきた。

 

「ごめんなさいね〜、この子の戯れ言は気にしないでね………まったく、私が目を離すとすぐこれなんだから」

 

「い、いえ…それで、僕に何か用があったんじゃ?」

 

僕が若干引きつった表情で聞くと、チトセさんはアイラさんに話すよう促す。

 

「あぁそうそう。ほらいつまでもピヨってないで、ちゃんと説明してあげなさい」

 

「うぅ〜…あとで妾の代わりに彼奴を引っ叩いてヒーヒー言わせてやってくれ。っとそれはそれとして、実はの、ここの奥で魔導書が見つかってなぁ。いや、それはいいんじゃがその魔導書は特殊な魔法で封印されてて開けなんだわ」

 

ふんふんと話を聞いてみる。今のところ話の概要は掴めてないです。

 

「時間をかければ恐らく、いや百パー解除出来るんじゃが妾たちは兎に角その中身が見たい。早く見たいんじゃ。まさしくそれはエロ本の袋とじを開けるが如く!すぐにでも開けられる手段を持っているなら使うに越したことはないと思うじゃろ?」

 

うんうんと頷いてみる。話は更に難解なモノになってきた。

 

「……ぶっちゃけ、魔法に耐性があるお主なら何とかしてくれるかなぁと思った次第です、ハイ」

 

『最後のだけで良くなかった!?』

 

全てを話し合えての総評。僕とチトセさんはこの結論に至った。僕たちに追及されたアイラさんはといえば“てへっ☆”と可愛らしく舌をペロッと出して誤魔化してた。313歳のわりには頑張っている方だと思う!この前同じ類の話を本人にしたところ、冗談抜きで体組織の半分以上が吸われかけた。しかもみんなが見てる前で思いっきり首筋に喰らいつかれたし……アイラさん、ホント〜に血が好きだよなぁと遠い目をして物思いにふけていると、チトセさんが補足するように説明する。

 

「…認めたくないけど、私も彼女と同じ意見なのよね。だけど、これからやろうとしていることは私たちにとっても、人類にとっても未知の領域に足を踏み入れることになる。それがどういう結末を迎えても受け入れる覚悟が……貴方にある?」

 

チトセさんの言葉を受けて、初めて本気で考えてみる。こういう話を前置きしてくるってことは、多分“そういうこと”の可能性が高いんだろうにゃあ〜と勘ぐってみる。が、すぐにそれはやめた。少なくとも自分より頭のいい人たちが考えて決めたなら、その人たちよりも頭の悪い僕がうじうじ悩むことほど無駄な時間は無いだろうかな。そう思った時には既に僕の口は開いていた。

 

「…うん、わかった。やってみるよ……上手くいかなくても、笑わないでね?」

 

僕は苦笑気味に戯けてみせる。すると二人も僕の気持ちを汲み取ってくれたのか、思い思いに言葉を返してくれた。

 

「…私と東雲さんで絶対に魔導書の時間停止の魔法は解く。貴方にも孤独な戦いを強いることになるけど、絶対に追いついてみせるから」

 

「此奴に協力するのはひっじょ〜に気が引けるが、まぁ仕方あるまい。お主という妾の楽しみの一つが無くなる方がつまらんしなぁ……何よりお主のこれ(小指)としてはな!」

 

なんだかんだでちゃっかり協力関係にある二人を可笑しく思い、思わず笑ってしまう。

 

「んじゃ、行ってきます。何かあったら骨は拾って下さい」

 

僕は一息吐くと、そっと魔導書に触れる。アイラさんの説明にあった魔法の拒む感覚というのが感じられなかった。そして文字通り“開いた”その時、魔導書の中から何かが現れ、僕の体ごと包み込んだ。

それは決して交わることのない世界へ渡ることを意味していた。それを知るのは更に更に先の話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




Testament(テスタメント)
遺書や遺言、聖書の意。学園地下から発見された魔導書。
この魔導書の表紙に【TESTAMENT】と文字が刻まれていたためそう呼ばれる。
TESTAMENTには時間停止の魔法が掛けられており、封印されていた。封印されていた理由として、この魔導書が裏世界へのゲートとなっていたことが後に判明する。
(例によって魔法に耐性があるJCには、封印の魔法の影響を受けない為、単身単独でのゲート移動が可能)


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第九話 探せ!魔法使い

【偶然の産物】
事案は東雲アイラがJCに対して吸血を行った際に確認されている。詳しい経緯の説明は省くが、JCの血液を体内に取り込んだ際、一時的に魔法の一切が使用不能になる現象が発生した。幸い、少量だった為か症状は半日程度で回復した。それに伴って魔法抵抗力の増強、基礎回復力の向上、感覚神経の極限活性化などのメリットも確認済みである。
しかし、
・魔力腺の活動量の低下による魔法の使用不可
・魔力量の一時的な減少
などの副作用が確認されている。尚、現在この血液を培養実験し、副作用を抑える特効薬の開発も視野に入れて研究が進められている。


「……んっ?ここは…」

 

気がつくと、僕は見知らぬ土地で横たわっていた。ふと辺りを見渡してみたけど、そこにはアイラさんとチトセさんの姿はなかった。当然といえば当然だったか。あれで失敗しましたとか言われたら悲しくて仕方がない。

 

「それにしても……なんて淋しいところなんだろう」

 

僕は自分の目の前に広がっている景色に抱いた感想を吐露した。既に荒廃した街や山には何かが争って出来たと思われる痛々しい傷痕、倒壊したビル群の数々がかつては栄えていたことを寂しげに物語っていた。それに加えてもう一つ、感じていたことがあった。

 

「それに…もしかして、霧が濃くなってるのかな…?」

 

そう、体感だけどすこぶる調子が良くなっていることに気がついていた。その証拠にこっちに来る前は疲弊していた身体が、今は嘘みたいに軽く感じる。そういえばさっき望さんから少し聞いた話に似たような話があったのを思い出した。

 

「望さんの霧過敏症とは少し違うみたいだけど…う〜ん、イマイチはっきりしないかなぁ。あ、そうだ……早く調査しなきゃだね」

 

どうせ僕の頭じゃ直ぐに答えは出ないと高を括る。今はアイラさん達に頼まれたこの世界の調査を実施するのが先決なのは明白だった。僕は雑念を振り払い、早速調査に没頭するのだった。

 

 

 

『………ッ!?何でここに奴が、早くみんなに知らせないと……いや、一人でいる今なら倒せるはずッ』

 

何者かが遠くから僕を見つめていることに気づかずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「JCを一人で向かわせただと!?どういうことだ!」

 

生徒会室に虎千代の怒号が響き渡る。その矛先は当然実行犯である東雲アイラと朱鷺坂チトセの両名に向かっていた。

 

「貴女が怒るのも無理ないわ。でも、これは必要なことなの。まだ詳しくは説明できないけど、私たちが滅びの運命から生き残るために」

 

チトセの言葉には推し量れる以上の思いが込められているのがよくわかった。初めこそ与太話をと思われていたが、第7次侵攻や虎千代救出の際に尽力した彼女の行動は嘘偽りを微塵も感じさせないものだった。しかしよりによって現在まで彼女の考えを配慮しつつあったところに、今回の独断だ。大目に見ろという方が無理があった。

 

「東雲も同じ考えなのか?」

 

虎千代はチラッとアイラに目線を合わせる。彼女なりに考えがあるのを少なからず知っていたのもあって、尚且つチトセのことを毛嫌いしているきらいがあった。それもあってアイラがチトセに協力することが信じられなかったのだ。

 

「…実際に彼奴が魔導書の霧に呑まれるまでは、妾も半信半疑じゃったよ。まさか本気で封印の魔法を擦り抜けるとはな。じゃが、これでやっと彼奴の重要性を認識できたじゃろう?」

 

アイラの言葉にぐっとおし黙る虎千代。それに構わずアイラは言葉を続けた。

 

「攻撃魔法や幻術、解除式さえ判明していない封印の魔法すら擦り抜ける奴の魔法に対する高い抵抗能力。打たれるほど強くなる原理不明の特殊体質。精神年齢6歳にして驚くほど洗練されたモノの捉え方。もしかしたら妾たちはとんでもない“モノ”を拾ってしまったかもしれんぞ…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん…結構探してるけど、ここのことが分かるものは無さそうだなぁ。どういうわけかデバイスも通じないし……“孤立無援”ってことかな」

 

僕は相変わらず飛ばされた地点から少し離れてせっせこせっせこ散策していた。とは言え出てくるものといえば瓦礫や鉄くずばかり、いい加減何か手がかりになりそうなものはないかと少し焦っていた。

だからこそ周りの変化に気づくのが遅れてしまった。

 

「…っ!ウグッ…!がああああああッ!?」

 

突然、僕は背後から誰かに襲われ身体ごと地に伏せる。攻撃と同時に全身が痺れて拘束される……これは雷撃魔法!?

その考えに至るまでに、僕を攻撃したと思われる謎の人物が近づいてくるのが分かったが、拘束されているため視界に捉える事が出来ず声のみが聞こえてくる。

 

「一人でここに来るなんて迂闊だったわね。抵抗は無駄よ、すぐに仲間が来るわ」

 

声の主は女性、おそらく本来の自分より少し年上と見える。未だに痺れて動けない僕は何とか腕の一本だけでも動かそうと試みる。

 

「ふんっ!「暴れても無駄」クアッ!「…往生際が悪いわね」フオオオッ!「いや、少しは聞きなさいよ!」おわっ!?」

 

が、頑張って気張っていたら怒られてしまった。でも、そのおかげでようやく体の感覚が戻ってきたぞ。まぁ力んだ所為で口の中が切れて鉄の味が広がっているけど。

 

「あの、できればどうして僕を襲ったのか教えてくれませんか?」

 

僕がそう聞くと、警戒を強めた様子の女性。まだ地面に横たわっている状態だから、本当にそうしているのかは想像だけど。

 

「…流石の抵抗力、もう効かなくなってきたようね。でも今の貴方なら私一人でも抑えられる…!」

 

女性はかなり興奮して同時に思い詰めている状態みたい……まぁ視界には土しか入ってないからあくまで想像。

 

(アイラさんに試してみろと言われてた“アレ"が使えるかな?でも、やっていいのか…いや、わかってる。死にたくない、死にたくないんだ!)

 

女性は僕の襟首を掴んで対面するように向き直させる。僕はどうにかして両手のどちらかだけでも動かせるように意識を集中させる。

 

「みんなの……仇、ーーーッ!?」

 

意を決して振り上げた拳と共に女性の言葉はそこで途切れた。何故ならば僕が強引に動かした腕で彼女の身体を抱き寄せてその口を塞いだからだ。

突発的な行動に気が動転したのか、はたまた僕の“血の効果”が効いたのか彼女は急に糸の切れた人形のようにその場で力なくへたり込んだ。

そこで僕もようやく魔法の効果が完全に切れて、身体の自由を得ることができた。

 

「ハァ…ハァ…し、死ぬかと思った〜…!!」

 

僕も九死に一生を得た気分で大地に大の字になって寝転がる。晴れ晴れとした空気に浸っていると、復帰したのか女性は目尻に涙を浮かべながらキッとした鋭過ぎる目線を僕に向けてきた。

 

「あ、あ、貴方!!な、何のつもりでこんなことォ!?」

 

む、落ち着かせようとしたはずなのに逆に興奮させてしまったかな。キスにリラックス効果があるとか言ってた人、誰だよぅ?

 

「ごめんなさい、しばらくの間魔法を使えなくしました。でもとにかく話を聞いてもらいたくて…。あ、諸説あるけどキスにはリラックス効果があって、更には特定の状況下で特異な経験をした男女は結ばれるとか結ばれないとか…」

 

僕は地に頭を擦り付ける勢いで謝罪の姿勢を見せる。土下座という誠意の込もった謝罪の仕方らしく、これはアイラさんに教わったものだ。日本人なら全員ができる必須アクション……僕、騙されてる?

すると、そんな僕の醜態を見て唖然としていた女性は不思議そうに考えを巡らせていた。

 

「……どういう事なの?人相といい背格好といい、ほとんど間違いないはずなのに……どうしてこんなにも認識にズレが生じるの?ねぇ貴方、何者…?」

 

彼女の透き通った瞳と言葉尻に、二つの異なる意思が見受けられる。一つは僕をどうしても“敵”だと認めたい気持ち、そしてもう一つはどうしても“敵”だと認めたくない気持ち……のように見える、気のせいかもしれないけど。

 

「本当の名前はわからない。みんなはJCって呼んでくれる。覚えてるのは魔法が効きにくいのと……あとは、このデバイスを見てもらえれば。あ、あとそれと……!」

 

僕はデバイスを手渡すと座った姿勢から立ち上がって、彼女の手を取ったままその瞳を見つめてその意思を伝えた。

 

「僕は…何だかあなたにも幸せになってもらいたいと思ってしまいましたぁ」

 

にへへ〜と笑いかける僕。すると最初はポカンという表情を浮かべていた彼女だったが、次第にその頰を紅潮させ………たりはせず、あくまでクール。あぅ、たぶん呆れられてるぅ!仲良くなりたかっただけなのに。

一人で勝手にショックをうけていると、彼女は顔を背けながら言葉を紡いだ。

 

「……JC、貴方のことを信用した訳じゃないから。何か怪しい動きをしたら容赦しない」

 

「え、それどんな表情で言ってます?ちゃんと顔見せてくださグベァッ!?」

 

彼女の顔を見ようとしたら容赦なく殴られた。怒ってないか確認したかっただけなのに……涙出てきた。

 

「と、とにかく!貴方には色々と聞きたいことがあるの。だから私と来てもらうわ」

 

「うーん、まぁ行くあても無かったし……それにお姉さんたぶん優しいから気に入っちゃったかも……いたっ、ちょっ!無言で叩かないで!」

 

結局僕は両手を後ろで拘束され(魔法は使えないのでロープ)、未だに名前も知らない彼女に連れられていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




【未知の世界で出逢った女性】
辿り着いた見知らぬ土地でJCにいきなり襲いかかった謎の女性魔法使い。魔法に精通しており、特に雷撃魔法に強い思い入れがあるようだ。一目JCを見た瞬間に彼女が放った「仲間の仇」という言葉、それにはどんな真実が隠されているのだろうか?尚、今のところJCは捕虜の扱いに満足している。


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第拾話 弄ばれろ!魔法使い

【JCが出逢ったお姉さん】
見知らぬ地で出逢ったお姉さん。本名は仲月 さら。パルチザンと呼ばれるレジスタンスのリーダー的存在。当初はJCを仇と認識していたが、その人間性に触れていくにつれてその面影が似ても似つかぬものだと再認識する。偶然遭遇した霧の魔物から身を呈して守ってくれたJCに忘れていた本来の人間の優しさ、愛情を思い出しそこからJCへの対応を本格的に改めていくことになる。ちなみに彼女が忘れていた感覚は…バブバブ〜。


この世界で初めて“異質の存在”というものに出逢ったのかもしれない。頭にふとそんな考えが過った。私は目の前を歩くその存在を見据えながら、警戒心を強めながら監視を続けていた。

 

「ふん〜♪らんら〜らら〜♪」

 

両手をロープで拘束され私に手綱を握られて尚、ここまで楽しそうに鼻歌交じりに見知らぬ土地を歩くこの少年は一体何なのだろう?姿形やその体質は疑う余地も無く私たちの“敵”と同じはずなのに、いかんせん性格が違いすぎる。

そんな私の思惑を感じたのか、目の前を歩く少年は不意に振り返って話しかけてきた。

 

「ねぇねぇお姉さん。そういえば僕たちってどこに向かって歩いてるの?」

 

ついさっきまで戦闘していた関係とは思えないほどフランクに話しかけてくるのだ。何か魂胆があるのかと思えば単純に興味本位で訪ねてくるような質問ばかり。核心を突かれたくなくて無駄な情報まで探っているのか、はたまた別の狙いがあるのか…。まぁ、私たちにとっても情報は重要な武器であることに変わりはないし、何よりこの少年と私たちの仇が同一人物なのかを突き止める必要があった。

 

「私たちのアジトよ。ここからまだ少し距離があるけど、今日中には着くはずだから」

 

実はこれは嘘だ。この少年が霧の魔物と共謀して私を貶める企みの可能性を考慮し、わざと遠回りの道を選んで歩いている。現に私の魔法は使えなくなったのは事実、時間が経過した今は初級魔法程度が使えるまでに回復したけど、この状態で霧の魔物と遭遇したら確実に全滅するのは嫌でも理解していた。どれだけ成長しても魔法使い一人の技量なんて所詮はその程度なんだと。

 

「ふ〜ん…そうなんだ。でも、さっきから“霧の薄いほう”に向かってるよね?」

 

「…ッ!?」

 

私は思わず顔に出して驚いてしまった。この子、まさか霧の流れが読めるっていうの!?私の知る限りそんなことが出来る人間は一人しかいない。でも、その人はもう……。

私は動揺したまま建物の陰から不用意に身を乗り出してしまった。次の瞬間、私は自分の愚かさに気づかされた。

 

 

霧の魔物の不気味な無数の視線が私の身体を貫いていた。

 

 

「……ヒィ!?あ、あぁ…」

 

私の身体は完全に恐怖に支配されて、その場で立ち尽くしてしまった。一瞬だったけど不思議とすぐに理解できた。普段の私ならいざ知らず、今の状態では勝ち目はないと。

霧の魔物がその腕を振り上げる。もしあの腕が振り下ろさせば、私の身体なんていとも簡単に引き裂かれるだろう。

そう思えば、この世界で生き続けるという終わらない苦しみから解放されるという考えが自然と脳裏に浮かんできた。同時に第7次、第8次侵攻やその後の戦いで散っていって仲間……友達の顔が鮮明にフラッシュバックする。

 

「みんな……ごめんなさい、私…やっぱり」

 

その言葉を最後に瞳を閉じて、その運命を受け入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お姉さん……諦めちゃ駄目だよ」

 

霧の魔物が振り下ろした腕はいつまで経っても私に届くことはなく、ゆっくりと目を開けるとそこには少年が私を庇うように霧の魔物の眼前に立ちはだかっていた。

 

「あ、貴方…!どうして……ッ!?」

 

私は彼の状態を見て思わず息を飲んだ。彼の腹部には私が受けるはずだった霧の魔物によって切り裂かれた傷口が深く刻まれていた。その傷口からとめどなく流れ落ちる大量の血がどれだけの威力だったのかを物語っていたが、思わず地に膝をつけた彼はそんなことなど気にも留めない様子で私に笑いかけた。

 

「ぅぐッ……ど、どうしてって、そりゃ……やっぱ笑っててほしいじゃん…っていうのは、どうかな?ハハッ…」

 

力無く笑いかける彼の表情に乗せた“思い”を受け、私はつい先ほどまでの自分の浅はかな考えを呪った。ここで私を見殺しにする選択もあったはずだ。何せ彼は魔法が一切使えない、それに加えて両手を拘束されていてろくに防御することも出来ない。そんな彼が霧の魔物から私を庇うメリットなど何一つない。

でも彼は現実として私を助けた。自分が受ける痛みなど躊躇することなく……こんなにも人の愛情に触れたのはいつぶりだろう…?

 

「んじゃあ……今の倍にして返してくるから」

 

彼はそう言うと、立ち上がって霧の魔物に向かってゆっくりと歩き始めた。その間にも霧の魔物は再び振り上げた腕を彼に向けて放つ。その時、私はその光景を目の当たりにした。痛みで咄嗟に動けないはずの彼の身体を無情にも潰してしまったと認識した。

 

『ーーーー!!?』

 

次に聞こえたのは霧の魔物の悲鳴ともとれる雄叫び。気づけばその腕は本体から離れて宙を舞っていた。更にそこで終わることはなく、霧の魔物の無数の眼が凄まじい速さで一つずつ潰されていく。私は回復しつつある魔力を使って何が行われているかを確認する。彼だ。目にも留まらぬ速さで眼球の一つ一つに連続で蹴りを放っていた。時には膝蹴り、空中連続蹴り、後方回転蹴りなどが間髪いれず見事に決まる。脚のみでここまで圧倒できるものかと畏怖の念すら湧いてきた。

そして、最後の眼球に対して彼の踵落としが決まり、本体ごと真っ二つに蹴り裂いて霧の魔物は完全に消滅した。

私はすぐに静かに佇む彼のもとへ駆け寄った。

 

「大丈夫?早く傷の手当てしなきゃ…。さぁ、早く乗って」

 

彼の腹部の大きく開いた傷の手当てをする為、彼を背負うように促す。すると彼はやけに焦った様子でしどろもどろになりながら答えた。

 

「えっ、いやぁ〜、それはまずいって。ほら、こんなにいっぱい血が出ちゃってるし、またなんかの拍子でお姉さんに血が入っちゃったら、また魔法使えなくなっちゃうよ?服も汚れちゃうし…「JCくん!」ひっ!」

 

この期に及んでまだ何かを躊躇っている彼に私は思わず声を荒げる。びくっと身体を震わせた彼は小動物のようにあどけない顔で見つめ返してきた………ち、ちょっと可愛いわね。

 

「魔法使いって言ってもここまでぱっくり切れちゃってる上に、私は回復魔法を使えないわ。放っておけば傷口が化膿するかもしれない。だから急いで手当てしないと……ほら、早く!」

 

「は、はい……お願い、しますぅ……あぅ〜」

 

彼は顔を真っ赤にして渋々ながら、私に背負われることを了承した。確かに男の子が女の子におんぶされるのは、かなり恥ずかしいことなのかもしれない。まぁ恥ずかしがってる彼の姿を見てるのもまた一興だなぁと思いながら、私は私たちの“隠れ家”へと急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さ、着いたわ……ここが私たち“パルチザン”のアジトよ」

 

僕は七枷の廃墟を利用して作られたアジトと呼ばれる場所に連れてこられた……お姉さんにずっとおんぶされて。道中で人にも霧の魔物にも見られなかったのが唯一の救いだったかも。

 

「……もうお嫁に行けない」

 

僕が込み上げてくる恥ずかしさと格闘していると、アジトのゲートを解除して戻ってきたお姉さんが不思議そうに様子を伺ってくる。

 

「…JCくん、どうかしたの?」

 

「な、何でもないです。それでここは一体…?」

 

「…変なの。あ、その話は中でしよう。一応ここに居ることはバレてないと思うけど、用心するに越したことないから。それに私の仲間にあなたのこと、誤解の無いようにちゃんと説明しなきゃいけないから」

 

そう話したお姉さんの後を追うように施設内を歩く。やがてその中の一室の中に入る。が、室内には誰もおらずそのことでお姉さんは不満を漏らす。

 

「もぉ…この部屋で待っててって言っておいたのに。じゃあ先にJCくんの傷の手当てをしちゃおうか?ほら、万歳して」

 

お姉さんはその言葉を皮切りにおもむろに僕の服を脱がそうしてきた。え、ちょっと待って!?

 

「お、お姉さん!?いきなりそんなっ…!服くらい捲れば済むって!」

 

「だーめ。シャツもズボンも血がべっとり付いてるから洗わないと。ついでに替えの服も用意してあげるから、ほら!」

 

「いやいや!もっと別の意思を感じますが!?100%ピュアハートじゃないでしょ?」

 

「そんなことないわよ。私は純粋に貴方の身体心配してるの…………ハァハァ」

 

「興奮してるーっ!?いやっー!!」

 

そんな押し問答を繰り返していると、不意に誰かに声をかけられる。

 

「お主ら……一体何を乳繰り合ってるんじゃ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よ〜し、これで完璧じゃ!っと…さら、お主がそこまで取り乱すとはのぅ…」

 

「うぅ〜…私が手当てするはずだったのにぃ〜!」

 

「…駄目じゃこりゃ」

 

わっちは横でおいおい泣いている我らが“パルチザン”のリーダーである『仲月 さら』の普段と変わり果てた姿を見て非常にびっくりしておった。少なくとも昨日まではリーダーらしいというか、気丈に振る舞って頼り甲斐があるように見えたのじゃったが…。

 

「あの、ありがとうございました。いきなり傷の手当てをお願いして、それに包帯まで巻いてもらって…」

 

かしこまった様子でわっちにお礼を言ってくるこの男。どこかで見たことあるような気がしないでもないんじゃが〜…わっちにはそれよりも気になっていることがあった。

 

「いやいや礼には及ばんよ。まぁどうしてもと言うなら……お主をモデルに描かせてくれぬか?特にこの辺とか」

 

わっちは自前の筆を使っていまだにパンツ一丁で座っている目の前の男の身体をなぞってみる。

 

「ーーー!!?ひゃっ!?」

 

嬌声のような声をあげるこの男。しかーし!わっちの筆は止まらん!そのまま整った顔、鼻や頰、頼り甲斐のありそうな胸板、引き締まった腹筋、大きな背中、くびれた腰、程よい肉感の臀部、発達した太もも等ありとあらゆる場所をわっちの“せくしーな筆遣い”が炸裂する!

 

「ハァハァ……JCくん、いいよぉ〜!すっごい綺麗な格好になってるよ〜!!」

 

横で犯罪ギリギリの顔になっているさらはここにきて押し込んできた感情を一気に解放しているようじゃ。いや、気持ちは分かるぞ。この男を弄っているわっちが言うんじゃ。この男にはもはや枯れ果てたとされたわっちらのそういう欲望を刺激する何かがあるに違いないと!

 

「も、もう勘弁してくださいよぉ〜!これ以上はやめてよぉ〜!!」

 

何じゃこの愛くるしく弄りがいのある生物は?元々物事を楽観的に考えようとしていたわっちが新しいおもちゃにハマるのは分かるが、普段から気負いすぎていたはずのさらがここまで気にいるとはなぁ…。む、これ以上はせっかく閉じかけていた傷口がまた開いてしまうか。

わっちは暴走していたさらを何とか男から引き剥がした。

 

「これ、それ以上はいかん。また血が出るぞ?お主はまずは汚れた服を持って部屋を出て左の通路を行けば洗濯用のカゴがあるから、そこにぶち込んでおけばよい。その後でちゃんと話すとしようぞ」

 

「ぐすっ…わかりましたぁ」

 

男は半泣きになりながらも血で汚れた自分の服を持って出て行った。この間に冷静さを取り戻したさらにも声をかける。

 

「さらも早く着替えてこい。背中と腰のところが奴の血で汚れておるぞ?」

 

「えっ!本当に?どこ?どこが!この服、保存しておかないと…」

 

「お主…本当に何があったんじゃ…」

 

わっちがじと〜っとした目線を向けると急に真面目な顔に戻って「冗談よ」と普段の様子に戻って自分の部屋に入っていこうとした時ふと脳裏に何かが浮かんできた。

……ん?わっちって何か忘れてないか。はて……あっ!

 

「いかんぞ!あいつ“シャワー室”に向かってるんじゃよな!?」

 

わっちが一人で焦っていると、すぐに着替えて戻ったのかさらが不思議そうな顔をして尋ねてきた。

 

「恋、どうかしたの?っていうか、ミナは一緒じゃなかったの?」

 

わっちの額から吹き出る汗が止まらない。残酷じゃが、真実を告げなければいかん。

 

「いや、途中までは一緒だったんじゃが、近頃連戦続きで漸くここに戻ってこれたから、とりあえずシャワーだけでも先に浴びたいって直行して…んでわっちはミナの着替えとタオルを取ってくるよう頼まれて、この部屋来て、あの男を弄んで……完っ全に忘れとった!」

 

わっちの言わんとすることがさらにも伝わったようじゃ。

 

「洗濯用のカゴって、シャワー室の隣に置いてあったわよね?」

 

「そうじゃ。洗濯機がそもそもそこに設置してあるんじゃから」

 

「そこにJCくんは向かってるのよね?」

 

「そうじゃ。パンツ一丁で腹を包帯でぐるぐる巻いただけでほぼすっぽんぽんじゃ」

 

「す、すっぽんぽん!………ふへっ」

 

「そこ!想像してニヤけるでない!んで、ミナはわっちが行くまで替えの服も身体を隠すタオルも無い」

 

「じ、じゃあミナさんは今!」

 

「あぁ、正しく生まれたままの姿……すっぽんぽんじゃ!」

 

「そんな姿をJCくんに見られる!?なんて羨ま…恨めしい!早く行かないと!」

 

「おーい、誤魔化しきれてないぞ。いや、まだ早まるな。奴とミナが鉢合わせる確率なんて万に一つあってないようなもの」

 

わっちがそこまで言い切ったその時、よく知った人物の悲鳴が木霊した。万に一つは当てにならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




【パルチザン】
JCが出逢った異世界のレジスタンス。第8次侵攻の後、人類の残された希望として結成。生き残った学園生が中心となって霧の魔物やテロリストとまだ見ぬ未来を目指して日夜戦闘を続けている。そもそも第8次侵攻がまだきてないんだが……あれ?


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第拾壱話 戯れろ!魔法使い

【裏世界の南条(なんじょう) (れん)
自他共に認める【あーちすと】であり、よく絵を描いている。年齢に不釣り合いなババクサい考え方と喋り方のせいでサバ読み疑惑が根強い。JCをモデル(おもちゃ)としては最高の逸材と豪語している傍らで彼を含むパルチザンのメンバーへのセクハラが今日も止まらない。


「あぁ……ど、どうしよう!?ねぇ、ちょっとあなた大丈夫?」

 

私、風槍ミナはかなり焦っていた。先にシャワーを浴びさせてもらっている間に、恋に着替えとタオルを持って来てもらうよう頼んでいたから何の気なしに出てきちゃったけど……まさか男の人が居るなんて!いきなりお腹から血を吐いて倒れちゃったし。

私があわあわしていると、叫び声を聞いた恋とさらが室内に駆けつける。

 

「だ、大丈夫か!くっ、こりゃまずったな…」

 

「あぁ〜!!JCくんのがドクドクしてるよぉ〜♡私が全部飲み干してあげるからねぇ!!」

 

「これ!いかんぞ、さら!此奴の血を見て我を忘れとる!」

 

何やらただならぬ様子のさらと、それを必死で食い止めている恋。全く状況が飲み込めない私は、唯一話が通じそうな親友の恋に声をかける。

 

「あの…恋?これって一体どういう……それにこの人は誰なの…?」

 

「こら、ミナ!いつまで“すっぽんぽん”でいるつもりじゃ!わっちより少しばかり大きいからって見せびらかしおって…」

 

「え?恋、後半ちょっと何言ってるかわからないんだけど…」

 

「な、何でもないわい!ほれ、はやくこの服を着るのじゃ!」

 

そう言うと、恋は暴走がちなさらを食い止めながら、持っていた服を私に投げ渡した。

 

「ありがとう…って、これワンピースじゃない!しかもサイズ小さいし!下着は!?」

 

「さらを引き止めるのに時間が無かったんじゃ!とにかくわっちがさらを引き受けてる間に、その男の手当てをしてやってくれ。くれぐれも其奴の血は含むんじゃないぞ!」

 

「わ、わかった!」

 

私は素早くワンピースを着ると、気絶している半裸の少年を抱き抱えて走り抜けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…んしょ。ここのソファで良いかな…と」

 

私は少年を普段使っているソファに座らせて、巻いてあった包帯を解いて開いた傷の状態を診る。せっかく手当てしてあったのに、それが無駄になるくらい血が出てしまっていた。その原因は恐らく…。

 

「やっぱり私、だよね…?」

 

彼に落ち度が無いことは分かっている。恋が着替えを持って来たと思い込んで、私が扉を開けた。その際にその、私の裸を……あぅ〜///

 

「……あ、あの?もしかして僕、また倒れちゃったんですか…ぅあ!」

 

一人悶えていると、気がついたのか少年が声をかけてきた。私は小さくこほんっと咳払いをすると、すぐに冷静さを取り戻した。

 

「まだ動いては駄目よ。今開いた傷口の手当てをするから…。少し痛いかもしれないけど、我慢してね?」

 

「あー、痛みは感じないから気にしないでください。思いっきしキツめにお願いしますぅ」

 

「んっ……分かった。すぐに済むから楽にしてて」

 

私は慣れた手つきで止血し、再び包帯を巻いていく。回復魔法が満足に使えない私たちとしては、このやり方のほうが得意なのです。

処置を終えると、やけに疲れた様子の二人が入ってきた。さらの頰に赤みが帯びているみたいだけど…?

 

「ああ〜……マジで疲れたぞ」

 

「うぅ…何もビンタしなくてもいいじゃない!あ、JCくん!」

 

両頬をさすりながら痛みを緩和させていたさらは、JCくんと呼ばれた少年を見るや否や一目散に彼に駆け寄り、彼を背後から抱きしめる。

 

「大丈夫?またいっぱい出ちゃったんだよね?」

 

さらはまるで確かめるように彼の匂いだったり、彼の身体を触っている。だ、大丈夫なのかな?

恋に目配せしてみると、どうやら許容範囲らしい。また傷口が開くような事になれば、本気で止めに入るみたい。

 

「お、お姉さん!?そんなに激しッ…」

 

彼が抗議しようとすると、それが不服だったのか柄にもなく不満顔で彼に迫るさら。頰をぷくーっと膨らませてしかめっ面をしている。どこか幼げな顔立ちをしているさらがそれをやると、何故か可愛く見える。

 

「むぅ〜…その“お姉さん”って言うの禁止!私はJCくんって呼んでるんだから、JCくんも“さら”ってちゃんと呼ぶ!」

 

「え、え〜……」

 

私たちに向けて困惑の視線を送ってくる彼。何というか、まぁ…ご愁傷様です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う〜む……」

 

表世界ではグリモアの生徒会室で一波乱起きようとしていた。その証拠に生徒会長の虎千代が自分の席でスカートがめくれ上がってるのも気にせずに踏ん反り返っている。もちろん室内にはそれを咎める存在も居るわけで。

 

「か、会長!?そんなはしたない格好で座らないで下さい!スカートの中が見えてますよ!」

 

「薫子……今はいいじゃないか、別に男子が居るわけでもないんだし。それより朱鷺坂、“テスタメント”の封印はどうなっている?」

 

「正直言って、まだまだって感じね。開けても精々二秒が限界ってところかしら?」

 

「…ダメかぁ」

 

あまりの進展の無さにそのまま机に突っ伏す虎千代。その様子はまるで“たれぱんだ”ならぬ“たれ虎千代”といったところか。

 

『(か、可愛えぇ〜!!)』

 

彼女以外の生徒会役員がその姿に胸打たれたのは言うまでもなかった。常に生徒達には強く凛々しい姿を見せてきた彼女のごく稀に見ることができる姿がこれだ。妙にデフォルメされたおよそ二、三頭身ほどにも見える彼女は、見る者にとっては鼻血モノ。その証拠に薫子の反応と言えば…。

 

「あばばばば、あばばばば」

 

恍惚の表情を浮かべて鼻血をダラダラと流しながら、どこからか持ってきたビデオカメラでその様子を撮影していた。長年にわたり彼女と時間を共にしてきた薫子にとっても相当レアな光景らしい。

そんな彼女達の思いとは裏腹に、虎千代の脳内には一つの考えしか浮かばなかった。

 

「JCの奴、大丈夫だろうか…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっと…さらさん、恋さん、それにミナさんですね?僕はJCです。詳しくはデバイスを見てください」

 

流石にずっと裸でいるわけにもいかないので、貸してもらった服を着た僕は改めて出逢ったこの人たちに自分のことを紹介する。ようやく出血が治まってきたので、ここに連れられてきた目的の通り、僕の素性と彼女たちの“仇”の関係を明らかにしておきたい。

 

「デバイス…随分と懐かしいものを使ってるのね。こっちだとこれは悪手だからもう使ってないの。とある魔法使いたちが敵対している所為でね」

 

「それはどういう…」

 

「双美 心。彼女の魔法によってあらゆるネットワークが制圧され、その結果仲間との連絡は絶たれ、私たちの情報を盗まれた。それに加えて魔法が通用しない魔法使いが現れて、生き残っている人たちを何千何万と殺していった。力と情報という二つの面で敗北しつつあるのが現状よ。でも、悪いことばかりじゃないの」

 

「えっ…」

 

僕は驚きの声を上げてしまう。今の話を聞く限りでは、この世界は既に終わりつつあるとしか思えない。そんな中で何が希望だと言えるのだろう?

そんな考えが僕を支配する中、さらさんは静かに僕を指差して言った。

 

「この疲弊しきった世界で見つけた唯一の光。それは君だよ、JCくん」

 

さらさんの言葉を受けて、僕は言葉を失ってしまう。僕が救い?そんなのはおかしい、何かの間違いだ。だって、僕は…。

 

「あなたには魔法に対する高い耐性がある。これは奴らに対抗するのに大きな力になる。特に双美 心に対しては」

 

そこまで言葉にした時、ミナさんがそれを遮る。

 

「さら…あなた、この子が“あれ”と同じだって言うの!?だとしたら、私は…」

 

「ミナ。それ以上はもっと話を聞いてからじゃ」

 

恋さんが激昂する寸前だったミナさんを宥める。やっぱり何かある……彼女たちの仇と僕の関係。

その時、僕の脳内に激しい痛みと何かの映像がフラッシュバックする。

 

「…!?う、うぐあッ!!な、何だこれ…!!」

 

「JCくん!ねぇどうしたの!?JCくん!!」

 

さらさんが駆け寄ってくるけど今はそれどころじゃない。頭の中を掻き回されるような感覚、完全に麻痺する全身。その中で浮かび上がるイメージには確かに見たことのある場所、人物が映し出されていた。

 

(……れ………ら……んだよ…)

 

(…嫌だ、俺は……俺には、出来ない)

 

(……かた…ない……きな……いな…廃……分す…しか)

 

(…っ!!ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!)

 

(○○…ごめん、でも僕、まだ生きていたい。追放されたくない!)

 

(………ぅうううああああッ!!?)

 

そこで僕の意識は現実に引き戻される。この一瞬の間に全身に嫌な汗をかいてしまっていたみたい。

ふと心配そうに僕を覗き込むさらさんの顔が視界いっぱいに広がっていることに気がついた。うわっ、近っ!

 

「あれっ、今もしかして…」

 

「うん、少し意識飛んでたよ………もうちょっとでキスできたのに」

 

「え、後半全っ然聞こえなかったけど…怖っ!」

 

何となくさっきまでの調子を取り戻してみるけど、やっぱりミナさんは快く納得……というわけにはいかないみたいだ。すると恋さんがフォローとも取れる言葉をかけてくれた。

 

「のうミナ。もし此奴が彼奴と外見が同じ人間じゃったとしても、中身まで同じになるとは限らんじゃろ?生き方は十人十色、“ご〜いんぐまいうぇい”で何とかなるのじゃ!」

 

「恋…」

 

あくまで楽観的にそれでいてどこか説得力のある恋さんの言葉に、ミナさんもどこか腑に落ちた様子だ。よかったよかった……ッ!?

 

「もし駄目な時は、調教すればいいだけじゃしなぁ…うりゃうりゃ」

「その時はもちろん私も参加するからね…JCくん♪」

 

「ヒィ!?ミ、ミナさんっ助けてェ!」

 

二人から向けられた妖艶な視線を受けて、僕は反射的にミナさんの後ろに逃げていた。いや、さっきみたいなのは本当にもう勘弁です。

 

「え、ちょっと」

 

「あ、駄目だよJCくん。ほらこっちおいで?」

 

「こりゃ、ミナ!ぬーどで悩殺しおって!やっぱりいかん!その肉づきが恨めしい!そんなぴっちりしたわんぴーすなど着て自慢しおって!」

 

「これは恋が持ってきたんでしょう!好きで着てるわけじゃ」

 

「いやだーっ!!絶対ミナさんから離れないからぁ!」

 

「ちょっとJCくん!?力強っ…」

 

「むぅ〜……JCくんに抱きつかれてるぅ!!ズルいズルい〜!!」

 

「そんなこと言われたって……んあっ///ジェ、JCくん!?変なとこ、触ってるからァ!」

 

「おぉ〜!ミナ、今のは中々良い嬌声じゃったぞ!それよりわっちのおもちゃ…じゃなかった、もでるを返せ!」

 

「いやーっ!!こっち来ないでェ!!」

 

しばらくはこの変な人たちとの生活が続きそうです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




【裏世界の風槍(かぜやり) ミナ】
パルチザン唯一の常識人的存在。常に楽観的かつ能動的な恋とJC目当てに暴走しがちなさらに振り回されつつある。左右の瞳の色が違うのは魔法の影響で、過去には色々な問題があったが、現在はしっかりと克服したらしい。JCのことを完全に信用したわけではないが、恋の口添えもあってしっかりと見守っていく考えに至っている。


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第拾弍話 吐け!魔法使い

【繋がらないデバイス】
繋がらない。毎日毎晩かけているけど繋がらない。アンテナ立っているけどJGJの奴とか言われてもよく分からない。特に分かったこととか無いけど、報告するよう言われてたからそろそろ何か言わないとアイラさんあたりが怒るだろうなぁ〜。あ、電源切れそう。充電器、充電器…完っ全に忘れてきたわ!


「でえぇやぁ!!」

 

僕の気合いの入った掛け声と共に放たれた蹴りによって、その攻撃を受けた霧の魔物の首から上が宙に舞う。どうやら今倒したのが最後の一体だったらしいです。ほとんど時を同じくして、少し離れた場所で戦闘をしていたパルチザンのメンバーが制圧を終えて集まっていた。そこに遅れて合流し、アジトに戻る道中にその戦績を讃える。

 

「こっちの分、終わったよ。みんな、やっぱり強いね」

 

「まぁ、伊達にレジスタンスを名乗ってるわけじゃないからね。と言っても私たちはほとんどバックアップ、JCくんに前線を任せてるのが現状だから、あまり誇れるようなものじゃないけどね…」

 

「そんなの気にしないでよ。ろくに魔法使えない僕が後ろにいても役に立たないし。僕の体質は攻撃受けてなんぼだから」

 

「勿論、理屈では分かってるんだよ?でも、やっぱりJCくんが傷だらけにならなきゃいけないのは……見ててちょっと辛いよ…」

 

そう言って俯きがちになるさら。もう一ヶ月以上共に過ごして分かってきたけど、多分これが本来のさらの性格なんだろうなぁ。たまに暴走するけど、それは底無しの優しさというか愛情の裏返しなんだろう。ちょっとフォロー入れとこうかな。

 

「…凄いなぁ、さらは。いや実はさ、こっちに来て色々不安だったけど、結構助けられてるんだよ?その優しさに」

 

「JCくん……うん!」

 

僕が優しく笑いかけると、暗い表情をしていたさらも次第に笑顔になる。

安堵していると、思わぬ横槍が入った。

 

「…JCくんとさら、くっつき過ぎ」

「全くじゃ。ほれ、わっちはいつも以上に疲れたからも〜歩けん。おんぶじゃおんぶ」

 

恋が僕の背に飛び乗り、ミナは理由はよくわからないけど膨れっ面をしている。多分これ、まだ警戒されてるんだろうな〜…もう一ヶ月以上一緒に戦ってるのに。そんなに似てるのか、僕?

 

「れ、恋!?ちょっと降りてよ、胸当たってるから!」

 

「良いではないか〜、良いではないか〜。絶〜対離れんからな!それにこんな“せくしーぐらまー”な美女を手放すなんてもったいないぞ?」

 

僕は悟られぬように彼女の体つきを不憫に思った。詳しく知らないけど、多分恋はせくしーぐらまーの定義には当てはまらない気がする。同い年のミナどころか、おそらくさらよりも小さいと思う。

僕がどう答えようか考えていると、何かを察したのかミナさんが庇ってくれた。

 

「ちょっと恋?JCくん、困ってるじゃない」

 

「何じゃミナ、嫉妬か?生憎此奴の背中は空いとらんぞ………下半身は空いとるかもしれんがなぁ」

 

『…!?恋!』

 

僕とミナが動揺して声を荒げる。この人、いきなりとんでもない下ネタをぶち込んできて!ミナだって……。

 

「………」チラッ、チラッ

 

うーん?な、なんかこっちをチラチラ伺ってる?いやいや間に受けちゃダメだって。

 

「何じゃミナ。まだJCと馴染んでないのか?そんなんじゃから未だに処女なんじゃぞ?どうせ貰い手なんかいないんじゃから、此奴で失っておけば」

 

「わーっ!!わーっ!!」

 

急にミナが大声で叫んだまま、僕の背中から降りた恋を追いかけ回している。けど恋が喋ってる途中でさらに両手で耳を塞がれてしまったから、何て言ってたのかは聞こえなかった。もちろん気になったのでさらに聞き直してみたけど、ニッコリしながら「JCくんは気にしなくていいよ〜」って遮られてしまった。大人ってズルい…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うがぁーっ!!何でじゃ!何で奴は一回も連絡を寄越さないんじゃ!?逐次報告せいって言っておったのに〜!!」

 

学園地下の空間、通称“魔法使いの村”に奥部に存在する魔導書“テスタメント”の前で地団駄を踏んでいる東雲アイラ。それを横で見ていた朱鷺坂チトセは嘆息しながらも、その意見に同意していた。

 

「(でも、確かに変ね。彼のデバイスに情報を入力した時に自動的にこちらに信号を送るよう細工しておいたのに、それも機能してないみたいだし……信じたくはないけど、まさか彼の身に何か?)それも含めての調査よ。先行して調査してるJCくんもちゃんと回収しないと」

 

チトセに釘を刺されて、あからさまに不満げな表情になるアイラ。もちろん彼女にも思うところはあるようで、すぐさま言い返していた。

 

「んなことは分かっておる。別に奴が死んどるとかはこれっぽっちも考えとらんよ。学園生の中でも上から数えた方が早いくらい強いはずじゃからな。それに連絡寄越さん理由もおおよその見当はついとるわ」

 

「まぁ、それについては同意見。はっきりは分からないけど恐らく“霧がある限り”は死なない身体なんでしょ、彼って?」

 

チトセの言葉を受けて、唸るアイラ。確かにその考察が強ち間違いではないかもしれない、というのが現状で言えることだ。こればかりは本人を連れ帰らないと立証できない。JCの精密検査をしていた宍戸結希がそう言うのだから仕方がない。

 

「立華卯衣のような存在もおるからのぉ。こればかりは本人に聞いてどうこうって問題でもないし…まぁ、気長に調べるわい。生憎時間もあり余っとるしな」

 

「はいはい。お婆ちゃんの余生に付き合ってらんないわよ」

 

「誰がお婆ちゃんじゃ!!ピッチピチの三百と十三歳じゃ!ロリじゃぞ、ロリ!」

 

ガルルル〜っと威嚇するアイラ。すると、彼女たちの元に選抜された学園生が集まってきた。

 

「む、漸く来たか。ちと遅かったぞ」

 

「すまんな、国軍の到着に時間がかかってな。だがすぐにでも行けるぞ」

 

武田虎千代が代表して遅れを謝罪する。どうやら今回の第一回裏世界探索に向けて錚々たるメンバーを集めたらしい。

 

「ある程度予想はしておったが、ここまでのメンツを集めてくるとは……本気じゃな」

 

アイラのつぶやきに虎千代が静かに反応する。そして深呼吸をすると、宣言した。

 

「これより第一回裏世界探索を決行する!目的はゲート先の世界を調査し、その全貌を明らかにすること。及び先行して調査をしているJCとの合流である。尚、期日は一週間とする為、今回の調査だけでは終わらないだろう。だがまず第一に、誰一人欠けることなく全員生還することを考えてほしい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえばなんだけどさ…JCくん」

 

「ん?どうしたの、さら」

 

パルチザンのアジトに戻ってきた僕たちは、制圧した地点で手に入れられた食糧を使って夕飯の支度をしていた。ちなみに今日の調理係は僕とさら。料理が出来るまで恋とミナは先にシャワー浴びに行っている。恋が「今日は洗いっこじゃ〜!」と息巻いていたけど、本当に仲がいいんだなぁと思う。って、今はそんな話をしてるんじゃなかった。

 

「前に言ってたJCくんの世界の人たちと連絡は取れたの?」

 

「うーん、一応毎日寝る前に連絡を取ろうとはしてたんだけど、全然繋がらなくてさ。何日か前に一瞬だけ上手くいきそうだったんだけど、またすぐダメになっちゃって…。ついでにデバイスの充電も遂に切れたし」

 

まぁここまでよく持った方だけどね、と調理をしながら答えると、さらも静かに笑いながら話を聞いてくれる。たまに暴走するけど話はちゃんと聞いてくれるし、何だかんだ言って親身になってくれるから一番気のおける人かもしれない。

 

「一ヶ月以上も一緒に過ごして、良い意味で遠慮がなくなってきたもんね。名前で呼ぶのも抵抗無くなったみたいだし……ねぇ、JCくん。君さえ良ければ、ずっとここに居てもいいんだよ…?」

 

唐突にさらが調理の手を止め、僕にそう告げる。少し考えてみた結果を伝えてみる。

 

「う〜〜〜〜ん…。多分、というかほとんどそうなるかもしれないんだよねぇ…。こっちから一切のコンタクトが取れないわけだし、待ち合わせ場所も特に決めてないし」

 

「…!そ、そうなんだ……そっか〜、ふふっ」

 

返答を聞くと、なぜか嬉しそうに笑っているさら。こうなるといつも深読みしないといけない。この前も同じような場面に遭遇したけど、その時はたしか「一緒の調理場に立って料理して、なんか新婚さんみたいだね♪」って言ってた気がする。

意味はよく分からなかったけど、とりあえずサムズアップした記憶がある。

僕は鍋に入った具材を混ぜながら、もっと深いところの話題に切り込んだ。

 

「実はそのことも含めて、あとでみんなと話したいと思ってるんだ。この世界のこと、もっと知りたいんだ。調査を頼まれたのもあるけど、今はみんなの“仇”って奴のことをもっと調べてみようと思ってさ……うん、美味い!」

 

ちょうどいい感じで具材とルーが混ざり、仕上げに隠し味にリンゴを投入し味に深みを出す。試しに味見してみると、これまたけっこう美味しくできてるんだ、これが。

さらにも味を見てもらおう。

 

「さら、ちょっとだけ口、開けて?」

 

僕はスプーンですくって、それをさらの口へと運んだ。

 

「へ?あ〜んっ…!んぐ…んぐ…ごっくん……お、美味しい…!」

 

「本当?よかった〜…。じゃあ、みんなで食べよっか」

 

さらの後押しを受けた僕とさらは、気を良くしたまま皿に盛りつけたカレーライスを、恋とミナが待つテーブルへと持っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほーれほれ、ミナ〜。悔しかったら取り返してみろ〜」

 

「うへぇええん!!それ私のぉ〜!返してよぉ〜!!」

 

「な、何なの?この状況……まさか!」

 

僕たちが来た時、既にこの状況だった。さらが何かに気づいたらしく、冷蔵庫の中に入れていたであろう何かを探していた。

 

「や、やっぱり…!入れておいたお酒が無くなってる!二人が飲んじゃったんだ…」

 

多分テーブルの上に転がっている空き缶がさらの言っているお酒なんだろうなぁ。無事にこの近辺の霧も払えたから祝いたい気分だったんだろうかな。

 

「JC!ミナの脱ぎたて生パン、パ〜ス!」

 

「へぶぅ!?な、何これ……ほのかに暖かい」

 

「うわわっ!ふぅ〜…カレー、ギリギリセーフ」

 

恋が僕に投げた何かは見事に顔面に直撃して視界を遮る。その拍子に持っていたカレーが手から滑り落ちたけど、声から察するにさらがダイビングキャッチしてくれたみたいだ。僕は目の上に乗っている布切れと思われる物の存在を確認する。

 

「これは…!ミナの生パン!?」

 

目の前で広げてみると、それはそれは可愛らしいデザインの縞々模様の三角形。たしか前に洗濯物を干している時に見たことがあるものだった。てっきりさらのだと思ってたけど、ミナのだったんだ…。

 

「私の〜!!それ、返してぇ〜!」

 

「へ?うわぁ!!」

 

僕はいつのまにか目前まで迫ってきていたミナに、半ばタックルのような形で押し倒される。鈍い痛みを感じつつ視界を確保すると、眼前に頰を少し紅潮させたミナの整った顔があった。体勢はミナが僕の上に馬乗りになって胸ぐらを掴まれて顔を寄せている感じ。うぉ、酒臭っ!

 

「JCくぅん〜…聞いたよぉ?さらにキスしたんだってぇ〜?」

 

「いや、それは生命の危機を感じたから…」

 

「恋にぃ、ヌードモデルも頼まれてたんでしょ〜」

 

「JCくんのヌード!?ふわぁ〜…」

 

「それは上半身だけだし、エピソードとしても描いてないから説明面倒なの!あと、さらは幸せそうな笑顔でこっちを見ないで!鼻血も止めて!」

 

「私だけ何にもしてくれないなんて、ふこーへぇだよ〜!うえぇぇんっ!!」

 

まるで子どものように泣き出すミナ。一ヶ月以上一緒に過ごしてきたけど、僕はいつもミナに警戒されていると思ってた。だからさらや恋と接するのと同じようにミナに接することをしなかった。三人の中で一番“仇”のことを重く捉えているから、僕と重ねて嫌な思いをしてほしくなかったからだ。

 

「ミナ……」

 

僕は静かにミナの瞳を見つめる。オッドアイの潤んだ瞳に僕の顔が映るのが見える。普段は冷静に振舞ってる分、お酒の力とはいえ今の姿が素なんだろう。

僕はミナの背中に手を回し抱擁して、優しく問いてみる。

 

「ごめんね、ミナ。そんな風に思ってくれてたなんて、知らなかったよ。何か僕にしてもらいたいことはある?」

 

愚図るミナは淡々と、恥ずかしげもなく口走った。

 

「……して」

 

「…して?何を?」

 

「……キス、して?」

 

『…マジか、こいつ』

 

この場にいたミナ以外の思考が満場一致した。多分アルコールのせいで気が大きくなっているんだ。そうに違いない。

二人にサインを仰ぐ。

恋は【いけ!ブチュっとな!舌を入れるとポイント高いぞ!】

さらは【上手くはぐらかして!JCくんの唇は私のものだから!】

不本意極まりないけど、ここはさらに従おう。後半はもう訳わかんない。

 

「ミナ、駄目だよ。こんなのって良くない…」

 

「うわぁあああん!!やっぱり私のこと、嫌いなんだぁああ〜!!」

 

だ、駄目だ。余計手がつけられなくなった…。しょうがない、フリだフリ。フリで誤魔化すしかない。

 

「…分かったよ。ゆっくり動いて、そう。屈んで」

 

僕はミナの顔をゆっくりと手繰り寄せ、少しずつ顔を近づける。二十センチ、十五センチ、十センチ、五センチと互いの息遣いが聞こえるほど近づく。

 

「JCくん……うぅ……うっ…」

 

ミナが嗚咽を漏らしている。感極まっているのだろうか。よーしよし、酔いが回ってこのまま眠ってくれると助かるんだ、本当に。

よし、良い感じだ。もう少し、もうちょい…

 

「うっ!……おうえぇ〜…」

 

安心しきっていた矢先、僕の顔に絶え間なく降り注ぐ吐瀉物の嵐…兆候なんか無かった。

 

「ぎゃー!!吐いたァ〜!!?」

 

「うっぷ……い、いかん、貰った……おぅえ〜…」

 

「ぎゃー!!こっちも〜!?」

 

さ、最悪や…。約一ヶ月半の戦闘、その報酬は美女たちからの顔面リバースかぇ…。

 

「さら…」

 

全てを出し切ったミナの拘束を解かれた僕は、ムクリと起き上がって静かに告げた。

 

「…貰わないように頑張って」

 

「……うん、頑張るぅ」

 

出逢ってから、これまでに類を見ないほど淡白な会話だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




【魔女殺し】
度数40%の500ml缶のアルコール。一本飲み切ったらトイレに直行間違いなしのシロモノ。少量なら興奮剤の役割も果たす。


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第拾参話 向かえ!魔法使い

【裏世界の遊佐(ゆさ) 鳴子(なるこ)
ミナから教えられた情報収集のエキスパート。学園生の生き残りの1人でパルチザンとは別に世界の真理を探っている。面識のないJCは勿論だが、パルチザンのメンバーですら彼女の居場所を知る術は持ち合わせていない。霧の魔物とテロリストを相手に未だ健在であることから、魔法の実力は相当なものであるとされている。彼女の残した文面から協力者の存在と6月に風飛市で何かの受け渡しを画策していると思われるが…?



「ここが“裏世界”なのか…。見渡す限り霧と瓦礫しか無いぞ…」

 

魔導書のゲートを通過した先の景色を見て、言葉を飲む虎千代。直前にチトセから説明を受けていたが、見ると聞くとでは大違いだった。すると、裏世界に着いてすぐさま単独行動をとろうとしていた生天目つかさの姿が目に入り、注意する。

 

「待てつかさ。今回ばかりは勝手に動かれては困るんだ」

 

「…なぜだ?」

 

「こちら側で行方が分からなくなった際、アタシたちに探すだけ余裕があるとも限らない。最低でも、目の届く範囲に居てもらうぞ」

 

「……都合のいい時だけ生徒会長になるな。それにその心配は無さそうだ。どうやらこの近辺に霧の魔物は存在しない」

 

つかさが明後日の方向を見ながら、やけに自信ありげに答える。虎千代はその言葉の真意を図りかねていた。

 

「…どういうことだ?朱鷺坂や遊佐が言うにはここは霧の本拠地とされているんだぞ。どうしてそこまで言い切れる?」

 

「…分かるさ。原種が確認できない。知る限りこれほどの力を持っているのは私と貴様を除けば、奴だけだ」

 

ここで虎千代にも一つの答えが出た。

 

「まさか……JCか!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん?誰かに呼ばれた気が…」

 

「どうかしたの?JCくん」

 

僕はどこからか声が聞こえてきたと感じたけど、どうやら気のせいだったようです。ちなみに今はミナと近くの街へ偵察に来ているところだ。

例の件はどうやら本人たちは憶えていないようで、そこをわざわざ追及するつもりはなかった。僕も思い出したくないので。

 

「ごめん、なんでもない。それにしても……街の方に来るのは初めてだ。いきなりだったからちょっとびっくりしたけど」

 

「本当はさらとだったんだけど、無理言って替わってもらったの。ほら、前に言ってたでしょう?私たちの仇について知りたいって」

 

「うん…それでどうして街に?」

 

僕が街へ来た理由を聞くと、ミナは一枚の写真を手渡してきた。そこには知らない女性が写っていた。

 

「その人は遊佐鳴子さん。私たちの仲間で情報収集のエキスパートよ。今はお互いに身を隠しているから直接連絡が取れないけど、最近この辺りで遊佐さんの居た形跡が残されてたみたいなの……ほら、これとか」

 

ミナは廃墟と化したビルの一室で見つけたホワイトボードを指さす。そこには霧の魔物と霧の護り手の関係性についての考察、JGJ乗っ取りの背景、ムサシについてなどが事細かく記されていた。

その内容をじっくりと確認しようとすると、びっしりと書き記された文字たちがまるで煙のように消えていってしまった。困惑する僕を尻目にミナは得意げに答えた。

 

「流石遊佐さん…自分以外の誰かがこれを見た途端に全て消えるように魔法をかけてあったのね。でも遊佐さん本人はやっぱり居なかったか…」

 

「ねぇミナ…“ムサシ”って何?」

 

僕は気になるワードがあったので、それを確認した。何故か分からないけど、細胞レベルで反応した。

 

「魔物の強さを表す階級のことよ。最初に日本に現れたとき江戸城くらいの大きさもあったっていうのが語源だって言われてるけど。第8次侵攻の時にも突然私たちの前に現れて……国軍の兵士とか逃げ遅れた一般市民、それに…学園のみんなを……」

 

そこまで言って俯いたミナの表情には悔しさと悲しみで溢れていることに気づく。僕は堪らず自責の念に駆られた。

 

「ご、ごめん…ミナが言いたくないことなのに気づかなくって…。何焦ってんだよ、僕は!」

 

「ううん…大丈夫、ちょっと思い出しちゃっただけ。それより話を戻そっか……えっと、どこまで話したっけ…」

 

ミナは目尻に浮かんだ涙を拭うと、普段通りの口調で話を続けた。

 

「あ、そうそう…遊佐さんに会うには中々難しいのが現状よ。私たちもそうだけど、霧の魔物とテロリストの両方に追われる身だから当然連絡は取れないし、行き先の目処もつかない。ここに居たのもかなり前かもしれないし……運良く遊佐さんからアプローチしてくれればいいんだけど…」

 

「八方塞がり、か………ん?ここ、なんか書いてある」

 

「え?私には何も見えないけど……もしかして、魔法耐性の違いかしら。何て書いてあるの?」

 

「うん、うっすらしか読めないところは自信無いから省いて読んでみるね」

 

僕はホワイトボードを指差してなぞりながら、見える範囲の文字を読み上げていく。

 

「協力者…12年前……風飛市受け渡し……六月……パ、パン…?駄目だ、これ以上はもう読めない」

 

「でも、これでかなり情報は得られた感じはするわね。少なくても遊佐さんは私たちの知らない協力者と連絡を取り合ってたみたい」

 

「ミナ、今って何年?」

 

「2027年の2月よ。これを書いた時期にもよるけど、12年前ってことは…2015、或いは2014年って事になる。風飛市は私たちの学園があった場所だよ」

 

僕はそこで考え込む。ミナの言っていることが正しいならあらゆる疑問が一本の線の上に集約される。そして、それは過去の年代…つまり元の世界へ行けば謎に迫れることを意味していた。

気づけば僕はミナの肩を掴んで、真剣な眼差しで話していた。

 

「ミナ…よく聞いてほしい。こっちが大変なのは分かってるつもりだけど、どうしてもこの謎を解明するには元の世界に戻る必要があるんだ。こんな時にここを離れるなんて許してくれないと思うけど、でもこのままじゃ」

 

僕がそこまで言いかけた時、ミナは僕の口元をに指を添えてそれ以上の発言を止めた。

そして柔和な表情を浮かべて、思いの丈を伝えた。

 

「知ってるよ、JCくんが本気でどうにかしようとしてるのは。最初は疑ってたけど、もう二ヶ月も一緒に戦ってるんだもん……それくらい私にだってわかるよ。だから信用されてないなんて言わないで」

 

「ミナ…」

 

ミナの意外な胸中を垣間見て、言葉にならないでいる僕。普段のミナならそんな言葉は言わないであろうに。

 

「実はね、前からさらと恋からは遊佐さんのことをJCくんに教えるべきだって言われてたのを私が反対して止めてたの。もちろんいきなり現れた君が私たちの仇と似ているのもあったけど、遊佐さんは私たちの要だからそこが崩されればレジスタンスは壊滅する。要するに他人を信じるのが怖かったの」

 

僕は黙ってミナの告白を聞いている。確かに以前さらや恋に聞いた際、ミナが言いだすまで待ってほしいと言われていたのを思い出す。あれにはそういう意味があったのか。

 

「でもね、JCくんを近くで見てよく分かったよ。この人は嘘がつけないくらい真っ直ぐで…でも時々お子様で」

 

オイ、とついツッコみたくなるけど話に水を差すのも癪なのでスルーだ、スルー。

 

「でも、絶対に裏切らない。挫けそうになっても支えてくれる頼れる存在だって」

 

「…ミ、ミナァ〜!」

 

僕は感極まってしまい、涙が止まらなくなってしまった。だって、だってェ〜!?

 

「JCくん!?な、何で号泣してるのぉ!?あわ、あわわわっ…な、泣き止んでよ〜!」

 

「うぁああん!!だ、だってぇ〜!こんな嬉しいの、初めてなんだもん…!だからしょうがないんだもぉん!!」

 

歯止めの効かなくなった感情を爆発させる僕の頭を、無言で優しくそっと撫でてくれるミナ。その瞳には紛うことなく慈愛の感情が込められていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さっきのスゴイ爆発音はチトセさんだったのか…あの人もっ!?」

 

少し時間が経ってすっかり泣き止んだ僕は、ミナと別れて元の世界に帰るため初めてこの世界に流れ着いた場所を目指していた。そして近くなってきた矢先、突如として爆音に包まれたので一旦付近の物陰に身を隠して様子を伺っていた。そして暫くして爆発地点から現れたのはチトセさんとかつて僕を拉致した女生徒だった。

気づけば僕は彼女たちに向かって駆け出していた。

 

「チトセさん!」

 

「へ?うわっ…と、JCくん?無事だったのね。連絡してくれないから心配したのよ?」

 

僕はチトセさんの姿を確認すると、後ろから一目散に抱きついた。チトセさんも少し驚いたみたいだけど、僕のことを確認すると少し安心したような笑顔を見せて迎えてくれた。

 

「そ、そうだ!早く帰らないと!6月の受け渡しが…あっ、あぁ……」

 

突然、僕の意識が遠のいて行った。今までの無理が祟ったのか、はたまた安心感からきたものなのか。

こうして僕の第1次裏世界探索が終わりを迎えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




R+【JC】 親愛度:0/150
Lv:30/60 コスト:5
攻撃:3500
防御:6500
スキル【ペインレイジ】 Lv 3/20
効果 自パーティ計1班 攻/防 小アップ
サポートスキル・アシスト効果
無し


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第拾四話 惑う 魔法使い

【第1次裏世界探索前後の(空白の)表世界】
2015/1/19 商店街警備(風飛)
1/25 第1回代表選抜戦
1/27 山奥でミスティックベビー討伐
チトセ、アイラ テスタメントの時間停止を解く
・執行部隠してたテスタメントの存在を認める
・鳴子「テスタメントは別世界に繋がるゲート(12年後の風飛)、行ったことある」
1/27 梓つかさのエジプト行き阻止
1/31 護り手幹部間ヶ岾、団体を抜ける
観光地阿川奈城砦跡(茨城)で人喰いオニ退治
・人食い鬼伝説の地でオニ再び出現、人為的なもの?
・一般非公開だがネット上に写真や動画が流れる、護り手が魔物を使役しての自作自演?
・学園生をおびき寄せる目的か
間ヶ岾銃殺死体発見(阿川奈)、護り手の仕業か
・オニに襲われたよう偽装?
・裏間ヶ岾によるものだと後に判明
2015/2月頃 護り手で内紛?日本支部トップが裏間ヶ岾に入替
七撫護り手を離脱し潜伏後特殊魔法隊に戻る
2/9 バレンタイン
2/18 スキー場警備
2/23 第2回代表選抜戦・孟山調査
・オニの発生源?特級危険区域認定されるか?
2/23 マザーウルフの群が国軍演習中襲撃(茨城の山奥)、保健委員歓談部緊急出動
・国軍新兵けが人多数
・魔物数が多く野生の獣のように子供を守ったり統率された動き、知能を持つ?
2/23 テスタメントのゲートを開き裏世界(12年後)へ、アイラチトセつかさ天
・ブルイヤール(原種)だらけなのに霧濃くない
2/23 梓薫子の依頼で結希周辺の警戒
2/28 第1回裏世界探索
3/18 汐ファン
3/27 卒業式記念 代表選抜戦
3/29 つかさ風子、魔法使いの村で私闘(取り締まり)
3/30 鳴子、夏海に電話番号を渡す
3/31 虎千代風子を次期生徒会長に指名、風子イヴを風紀委員長に指名
3/31 虎千代つかさましろ鳴子卒業
裏世界テスタメントは開いてない?(チトセ談)
4/1 巻き戻り
虎千代ましろ鳴子つかさ卒業せず
4/1 人形館マリオネット討伐(汐浜)
4/9 部活ロワイヤル
4/17 WIND FESTA警備
4/22 みちる入学
4/24 第4回代表選抜戦
4/25 討伐強化週間
4/26頃 洞窟のスラッジ討伐
・初音JGJから試作品ジンライSP強奪
5/15 霧の嵐で裏世界へ(12年前)、エレンゆかりつかさ鳴子転校生、過去の裏自分と接触


………あれ、ここどこだ?また真っ暗で何も無いところだ。もしかして力尽きてしまったのかな……ん、あれは。

 

『今日も酷くやられたなぁ…イタタッ』

 

目の前に現れたのは紛うことなく“僕”そのものだった。周りをよく見れば見覚えのあるあの施設だった。知らない間にまたあそこへ入れられてしまったのかな?

様々な考えが頭の中でぐちゃぐちゃに交錯して僕は訳が分からなくなってしまう。

すると、目の前の僕に向かって話しかける人物がいた。

 

『○○、大丈夫か?悪かったな、アイツらに見張られててあんまり加減できなくて…』

 

『いいよ、気にしないで。これも向こうが言うところのカリキュラムなんだから…ぁいっ!』

 

『無理するなって…お〜い、△△!ちょっと薬持ってきてくれ!』

 

△△と呼ばれた少女が僕の横を通り過ぎて薬を持ってくる。やっぱりここにいる誰からも僕の姿は見えていないようだ。ならばしっかりと観察させてもらおう。

 

『またなの?これって結構貴重なんだけど』

 

『そこを頼む!ほら、○○が辛い目に遭ってくれるおかげで俺や△△が助けられてるのは事実だろ?ギブアンドテイクってことで、この通りだ!』

 

『……まぁ、いいけど。○○の魔法が効きづらい体質って本当、面倒よね。直接回復魔法使えないから、一々生成するしかないし…はい、どーぞ』

 

『サンキューな!さっすが回復のエキスパートだぜ』

 

『○○も大変ね…。攻撃する度に力を増すなんて脳筋みたいな体質植えつけられたコイツのサンドバッグ任されてるなんて』

 

『おい!それは言わない約束だろぅ!まったく…』

 

三人の間にふと笑いが生まれる。彼らにしか見えない結束のようなものがあるんだろうか…。

 

そんなことを考えていると、次第に感覚が現実に呼び戻されていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……へぇ?」「…ん?」

 

僕が目を開けると、目の前に見知らぬ少女が目をぱちくりしながら僕の顔を覗き込んでいた。僕が起きたことに気がついた少女は次第に自分の体勢を思い出したようで、その顔をみるみる羞恥に染めて絶叫した。

 

「キャアァアア!!?」

 

驚きながら床に尻餅をついた少女。2mくらいは後ろに飛んだんじゃないだろうか。そしてすぐさま別に求めていない弁解を始めた。

 

「ご、ごめんなさい!別に疚しい気持ちは無かったんです!椎名先輩にお留守番を頼まれて、そしたら噂で聞いてたよりも綺麗なお顔だったのでちょっと見惚れてしまっていたというか…興味本位で覗いてしまったというか…」

 

そう言ってぺこぺこ頭を下げる少女。やけにお辞儀が綺麗ですごく様になっているなぁと思いつつも、僕はベッドから体を起こして対応する。

 

「あー、いやあんまり気にしないでいいよ。それより、僕は何だってこんなところに?」

 

「…憶えていないんですか?と言いましても、あたしも聞いた話なんですけど…倒れちゃったんですよ」

 

おずおずと申し出る少女は近くの机に備え付けの椅子を持ってきて、僕の前に置いて座った。あ、これ長くなりそうなやつか。

 

「そうだったのか……あ、忘れてた。僕はJCです、よろしく」

 

「こ、こちらこそ宜しくお願いします!桃世ももです!何かあれば購買部に居ますので、その時はご贔屓くださいませ、先輩!」

 

僕とももちゃんはお互いに差し出した手を交わし、握手をする。やけに焦りながら手をスカートのところで拭っていたけど、それって男の人がやるヤツなんじゃ…。

 

「ちょっと気になったんだけど、その“先輩”っていうのは何なの?」

 

「学園では転入してくる年齢が皆バラバラで先輩後輩の区別がつきにくいので、基本的には年上の人を先輩って呼ぶのがなんとなく決まった流れと言いますか……もしかして、嫌でしたか…?」

 

少し申し訳なさそうに僕の方を見つめるももちゃん。あ、これちゃんと弁解しないと後までひきずりそうだ。

 

「ん〜、嫌というか何というか…。ほら、僕ってほとんどみんなに知られてないじゃない?それなのに転入してきていきなり先輩って呼ばせてるの見たら、誰だって気分良くないと思うんだ。だから「そんなことありません!!」…ッ!?」

 

やんわりと断っていたらいきなりももちゃんが大きな声で叫んだ。え、怖っ。

 

「あたし、まだ少ししか話してないですけど、先輩のことそんな風に思いません!確かに今までの転入生とは違って姿も見れなかったし、噂では何ヶ月も授業サボってる不良だってみんな言ってますけど」

 

なんか、知らないうちに評価が最低ランクにまで落ちきっているみたいだ…。

 

「でも!いざ話してみたら意外と普通ですし、その……見た目も、カッコいいですし……」

 

そう言って俯いてしまうももちゃん。なんか面と向かって褒められると、むず痒いなぁ……ぶち壊すか。

 

「おめぇ馬鹿にしてんのかァ!?ハァ〜ン!?」

 

「……どうして枕に向かって叫んでるんですか?」

 

不思議そうに首を傾げるももちゃん。向こうのメンツに対してはこれくらい平気で言ってたけど、なんかこっちはそんな雰囲気じゃ違う気がした。ももちゃんとかなんかすごい繊細な感じするもん。今だって可愛らしくちょこんと座って待ってくれてるし……僕って、向こうで穢されたんだなぁ(泣)

 

「と、とにかく!評価してくれてるのは嬉しいけど、それとこれとは別!色々角が立つから、できるなら名前で呼んでもらってもいいかな?」

 

「な、名前でですか!?そんないきなり…こ、困りますぅ」

 

目を><の形にして手をぶんぶん振って困ってるももちゃん。あ、なんかこの感じ癒されるなぁ〜。

僕はももちゃんの手を取って「ひぅ!」と驚くももちゃんを気にせず詰め寄った。

 

「ももちゃん、お・ね・が・い♪」

 

それはまるで雨の中初めて自分に目を向けてくれた人間に対して「僕を拾ってよ」と尻尾をぶんぶん振り回してその目に訴える純粋な仔犬の瞳。うるうると煌めかせまっすぐももちゃんを見据える。パルチザンの面々が言うには、女性特有の保護欲をそそるらしい。たぶん今のうちにしか使えないな、これ。

 

「は、はひ……わ、分かりました!分かりましたから、離れてくださいぃ〜!」

 

パッと掴んでいた手を離すと、ももちゃんはすぐに後ろを向いてしまった。何かぶつぶつと小さい声で呟いていた。気づかれないようにちょっと聞いてみようかな。

 

「…だ、ダメダメ!なんでこんなにあがっちゃってるんだろ?あたしが好きなのは先輩で……ひゃう!な、なんで聞いてるんですかぁ!?もう〜!」

 

あ、バレた。やば、これはまた長丁場になりそうだ……ん、誰か入ってきた?とりあえず窓から逃げとこうか。

 

「あ、先輩!保健室に来るなんて珍しいですねぇ……って、指から血が出てるじゃないですか!すぐに手当てしますからこっち座っててください!ってあれ?JCさん……居なくなってる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふ〜ん、あの男の子がももちゃんの好きな人なのかぁ…。そういう感覚ってよくわかんないけど、僕にもそういう人が見つかるのかな……ッ!?ヤバッ」

 

僕は背筋に悪寒を感じ、咄嗟に回避行動をとった。すると次の瞬間、さっきまで僕が立っていた場所にクレーターが出来上がっていた。このグリモア内でこんなことを仕掛けてくるのは1人しか考えられない。

 

「避けたか…以前よりはマシになっていると見た」

 

クレーターの中心部に拳を突き立てて僕を見据える女性。前に僕を拉致して一方的に殴りかかってきた人だ!

 

「またあなたですか!?いったいなんの用です?」

 

「貴様、ゲートを通って2ヶ月も裏世界にいたらしいな。あそこは魔物の原種が大量にいるとされていたが、私たちが着いた時には既にあらかた掃討されていた。朱鷺坂チトセの話ではあの時点で魔物に抗えるほど人類に力は無いそうだ」

 

「だから僕がって思ってるんですか?買い被りすぎですよ……それに、あっちはまだ負けてない。これから救うんですよ!」

 

僕の思いのこもった言葉をこの人が受け取ってくれるだろうか?いや、そうならないことは分かりきっていた。

この行き場のない気持ちはぶつけるしかない。

 

「御託はいい……来い」

 

彼女はゆっくりと戦闘態勢をとる。僕は息を整えると裏世界を救うという固い決意のもと、彼女目掛けて駆け出した。

 

「行くぞ………タァ!!」

 

僕と彼女、お互いに放たれた拳が激突し、その影響で発生した衝撃波が付近の建物にまで被害を及ぼす。僕はそれによって生じる痛みも気にせず、乱打を続ける。彼女は依然として僕の攻撃を捌いているが、前とは違う戦闘スタイルに少し驚いているようだった。

 

「貴様…やはり武の心得を」

 

僕だってあの地獄のような世界で2ヶ月も遊んでいたわけじゃない。裏世界にいた間、やたらめったら魔物に突撃していく僕を見かねて、パルチザンの面々が格闘の手ほどきをしてくれたのだ。霧の魔物には魔法の方が圧倒的に効果があるから普段は使わないと言っていたけど、本当はべらぼーに強い。

 

「ヤァ!ハァ!タァ!ツェア!」

 

牽制のパンチ、本命、拳を捌きながらエルボー、上体を逸らして躱しながら裏拳。全てが防がれてしまう…なんでだ!?

 

「はぁ…はぁ…チクショー!」

 

「拳というのは、こう使うのだ……ハァアッ!!」

 

彼女は魔法による身体強化を行うと、先ほどとは比べ物にならない強力なパンチを食らわせてきた。咄嗟に防御の姿勢を固めたけど1発で崩され、間髪入れずに2発目が腹部に直撃して僕は堪らずその場にうずくまる。

 

「…カハッ!!な、何て…パワーだ…」

 

「攻撃は当たってこそ意味をなす、防がれてはならない。ならばその諸共防御を打ち崩せばいい。まぁ、今のは強化魔法を使ってこそ成せる技だがな」

 

ふふんと勝ち誇った笑みを浮かべる女性。僕は倒れる前より体が重く感じたけど、鞭打って今出せる全力で拳を彼女目掛けて突き上げた。

 

「……ウラァッ!!!」

 

「…ッ!?クッ…!」

 

外した?いや、確かに当たった感触はあった!ぎりぎり直撃は免れたみたいだけど、僕の手にはその時掴んだと思われる布切れが………あれ、これ何の布切れだ?

 

「フフッ……フハハハハハッ!まさか私に一撃食らわせるとはな!それでこそやりがいがある……おい、何余所見をしている?こっちを見ろ」

 

不思議そうな感じで僕を見つめる女性。いやさっき取れた布切れ、あなたの制服の胸元が大きく開きまくっている原因ですぜ。

 

「ちょ、ちょっと待って!それ以上近づかないで!見えちゃうから!」

 

「む、こんなもの見てどうだと言うのだ。いいから私と戦え!こら、逃げるなっ!」

 

「にゃーっ!?襟首掴んだぁ!ダメですダメです!見えちゃいますからァ!?」

 

僕が必死で逃げようとしていると突然激しい閃光が僕たちの視界を奪い、僕は誰かに抱き抱えられるように拘束から助けられた。そして光が止み、僕を助けてくれた人の正体が露わになった。

 

「…ふぅ、ぎりぎり間に合ったッスね〜。あ、JCさ〜ん、お久しぶりッス。にんにん」

 

「忍者さん!…うわっぷ!」

 

「服部、邪魔する気か…。ならばまず貴様から片付けてやろうか」

 

「忍者さ〜ん、手どけてくれないと何も見えないよぉ」

 

「生天目先輩〜、昼間からそんな暴れん坊おっぱい放り出してちゃ駄目ッスよ。JCさんはまだお子様なんスから、刺激強すぎッス。それに、もうJCさんの現状は把握できたでしょ?ここは自分に免じて」

 

「……フン、まぁいい。その男が本気で挑まないならもう用は無い。JC、また闘おう」

 

女性は僕たちに背を向けて歩き出した。僕はその背中に向けて気持ちをぶつける。

 

「テメェこの野郎ふざけんじゃねぇよ!!今日はこの辺で勘弁してやるかんな!うわっ、戻ってきた戻ってきた」

 

「…名乗るのを忘れていたな。私は生天目つかさだ、次こそ無傷で貴様を地にひれ伏させてやろう」

 

そう言って立ち去ろうとする背中に向けて、気持ちをぶつける。

 

「五月蝿えよ二度と来んなよ塩撒いてやるかんな!!うわっまた戻ってきた」

 

「私から奪った布切れを返せ、充てがうのに使う」

 

腰を低くして僕はおずおずと持っていた布切れをつかささんに手渡す。そしてまた見えなくなったタイミングで気持ちを爆発させる。

 

「バーカ!バーカ!そんなんで隠せるわけねぇだろ!それただの布切れだよ、バーカ!!」

 

「JCさん、言ってることと態度が全然違うッスよ〜?でもそんなところも自分的には可愛いし面白いんでOKッス♪」

 

フー、フーっと息を切らして威嚇していると、漸く本当に見えなくなったので忍者さんにお礼を言おう。

 

「忍者さん、本当にありがとうございます!つかささんってば、いきなり襲いかかってくるもんだから…」

 

「全然気にしないでいいッスよ。それにしても随分強くなりましたね〜、生天目先輩相手に一撃入れるなんて……まぁダメ男っぷりも順調に助長してるみたいッスけど。それにしてもそんなに急いでどこに行こうとしてたッスか?」

 

「そ、そうだ…。遊佐さん!遊佐さんって人に会いたいんです!忍者さん、何処に行けばいいか分かりますかねぇ?」

 

すると、さっきまでとは打って変わって真剣な表情の忍者さんは問いかけてくる。

 

「それは…何用で?」

 

「6月、向こうで遊佐さんって人が何か受け渡しをするらしいんです。それで12年前って単語が出てて…。それが今年らしいんですけど」

 

「ほうほう…それで?」

 

「こっちの誰かと協力してたと思うんですけど、とりあえずこっちにいる遊佐さんって人から探ってみよう思ってるんです。裏世界でまだ戦ってるみんなの為に…!」

 

暫く考えこんだ忍者さんは、静かに重い口を開いた。

 

「……しょーがないッスね。本当はおおっぴらに協力できないんスけど……とりあえず遊佐先輩のところまで連れて行ってあげるッス。ただし自分は諸事情あって案内だけッス。説得はご自分でお願いするッス……でも、急がないと結構ヤバいッスよ?」

 

呆気にとられている僕に忍者さんは残酷な程の不変の真実を告げた。

 

「今5月ッスから、あと1ヶ月しか猶予ないッス」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




【忍者さん2】
……ハッ!?いや、寝てませんよちゃんと起きてましたって。え〜っと、JCさんのことッスよね。今回も生天目先輩と戦ってたみたいッスけど、正直言ってちょっとびっくりしたッス。だって生天目先輩、強化魔法使ってましたし……あれ、ちょっとだけ本気出してましたよね?それだけJCさんが前と見違えるくらい強くなってたってことッスから。なんなんすかあのえげつない肉弾戦。なんで肘とか膝とか裏拳とかふつーに飛び交ってるんすか?バカみたい攻撃力の生天目先輩はともかく、壁蹴って宙返りとか連続バク転とか平気でやって見せてるJCさんも大概でしょう。まぁ今回は生天目先輩のポロリ攻撃で純情JCさんが戦意喪失しちゃったんで助け舟出しましたけど、その辺は貞操教育しないとだめッスね。もう18歳なので性教育をオススメしますッス。とりあえず今度あったら水風船って言いながらゴムをそっとプレゼントしておくッス。先輩はまだイチャラブくらいで済みそうッスけど、JCさんは意味が分からないままそのまま行為に挑んでしまいそうなくらい無垢で危険なんで。にんにん。


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第拾伍話 答えろ!魔法使い

【表世界の遊佐鳴子】
壁に耳あり障子に目ありを体現する報道部部長。秘密のノートには学友のご飯から政治家のスキャンダルまでありとあらゆる情報が詰まっているという。気味が悪いほどなんでも知っているが、まともに教えてくれはしない。嘘まみれな彼女の言葉から真実を探せ。
JCの存在を知って近づこうとするものの、強硬手段は使わず敢えてJCから来るように仕向けていた。JCのことを感覚的はおもちゃにして扱っている。


「さぁ…ここに遊佐先輩がいるはずッス。ではでは自分はこれにて失敬させてもらうッス。ドロ〜ン!」

 

忍者さんはそう言いながら煙幕を使って、煙が消える頃には忍者さんの姿は綺麗さっぱり無くなっていた。忍者さん、凄い!

 

「え〜っと、ほ、報道部?本当にこんな所にいるのかな?」

 

僕は不安になりながらも、報道部室の扉を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どういう事だ、桃世?JCが突然居なくなったというのは…」

 

保健室ではJC失踪の連絡を受けた生徒会メンバーがももに事の経緯を聞いていた。JCの意識が回復したら、真っ先に連絡をするよう言いつけられていたのだ。

 

「はい…本当についさっきまでベッドの上にいたはずなんですけど、先輩の傷の手当てをしてる間に出ていってしまったみたいですぅ…すみません!」

 

深々と頭を下げて謝るもも。その時、少し遅れて部屋に入ってきた薫子が虎千代に駆け寄り耳打ちをする。

 

「(会長、つい先程学園内で発生したクレーターの犯人が特定出来ました。現場を調査した風紀委員によると、犯人はやはり生天目つかさで間違いないようです。それと気になることが…)」

 

更に薫子の報告を受ける虎千代。すると、そこには目を見張る情報があった。

 

「何だと!?JCとつかさが……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「し、失礼しまーす…」

 

声かけてみるも反応は無かった。誰もいないのかな?と思ったけど、ふと机で気持ち良さそうに居眠りをしているツインテールの少女に気がついた。何やら寝言を言っているようで、少し耳を傾けて聞いてみる。

 

「…ぶ、部長〜。こ、今回のは度肝を抜く特ダネですよぉ〜!実しやかにネットで噂されてる“ネッシーくん”の正体が実は霧の魔物で…」

 

部員さんなのかな?寝言でも記事を書いてるなんて、随分と熱心な感じだなぁ。

 

「…え?ボツ?いやいやいや!ちょっと待って下さいよぉ!ネッシーくんですよ、ネッシーくん!何十年も前に初めてその姿を確認されて未だに謎だらけのネッシーくんですよ!絶対バズりますって!え、やっぱり駄目?来週までに全部書き直し……ぐすっ」

 

だ、大丈夫だよね?夢だもんね、このまま泣いたりしないよね…?

 

「…うぅわああああんっ!!もうネタが無〜い!!堪忍してぇ!!」

 

マジ泣き!?いや、ちょっと心配になってきたなぁ…あ、起きた。

 

「ん…?あれ、あたしまた寝ちゃってた……って、うわぁ!?あんた誰!?まさか寝てる間に乱暴しようとか思ってたんじゃないでしょうね!?」

 

寝起きでいきなり椅子から転がり落ちて僕を警戒する少女。その際も彼女の持っていたカメラのファインダーはしっかりと僕を捉えていた。

 

「ち、ちょっと落ち着いて!僕は遊佐さんって人に話があって来ただけなんだ!ほら、カメラしまって……こらシャッター切るなぁ!連写するなぁ!」

 

僕たちは一進一退の攻防を繰り広げていると、気づけばふと開かれた扉の前に立っていた人物は軽く呆れながらも何故か笑っていた。

 

「君たち……一体いつの間にそこまで仲良くなったのかな?」

 

僕と対面していた少女はその人物の姿を見ると、すぐさま駆け寄って助けを求めた。

 

「あぁ!部長!ちょっと助けて下さいよ〜!こいつがあたしの寝込みを襲ってエロいことを…」

 

「だーかーら!それはあなたの勘違いで、僕は遊佐さんに会いに来ただけで…」

 

僕の話を聞いた部長さんは何やら考え込んだ様子になる。そして、すぐに提案をしてきた。

 

「…よし、JCくん。少し外で話さないかい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「服部!」

 

「にゃわ!?かいちょーさん!?いやはや、奇遇ッスねー。本日はお日柄も良く…」

 

明らかに動揺している忍者さん…もとい服部梓は虎千代に声をかけられてその場で飛び跳ねていた。

 

「とぼけなくていい!それよりもJCの居場所を知っているのなら教えろ!」

 

「だ、ダメッス〜!!まだ教えられないんス〜!?」

 

梓の肩を掴んでブンブン振りまわしている虎千代。梓は目をぐるぐる回しながらも頑なに拒む。すると今まで沈黙を保ってきた薫子が前に出た。

 

「会長、ここは私が…」

 

「あ、あぁ…頼む。服部の奴、折角アタシが優しくしてやれたのに…」

 

虎千代に解放された梓がふらふらになりながらもなんとか自立する。そこに薫子の追い討ちが掛かる。

 

「服部さん、JCさんは何処へ?」

 

「え、いやだから…」汗

 

「“うちの”JCさんは今、何処に?」

 

「い、いやそれは、その…」汗ぽたぽた

 

「うふふ…」ニコニコ

 

「お、おやおや〜?」

 

薫子のJCに対する意識に完全におかん…もとい悪寒が走る梓だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや〜、すまなかったね。あそこは最近誰かに盗聴されているみたいだったからさ。それに夏海に在らぬ疑惑をかけられるのも君に悪いし」

 

ベンチに座りながらハッハッハ〜と笑う部長さん。それって結構まずいんじゃ…。

 

「実は君の意識が戻ったら、真っ先に話を聞こうと思っていたんだ。僕たち一般生徒からしてみれば、秘匿されていた君は当然興味の対象でね。それで、君は遊佐に会いにきたんだって?」

 

部長さんに促されて、僕も部長さんの隣に座りながらミナに貰った写真を見せながら話す。

 

「向こうで信頼できる仲間から貰った遊佐さんの写真です。テロリストや霧の魔物から逃れる為に変装していて顔は確認出来ないですけど…間違いなく本人だそうです」

 

「これが…その口振りだと、君は彼女に会えなかったのかい?」

 

痛いところを突かれ、思わず押し黙ってしまう僕。でも、パルチザンから受けた期待を無駄にはできない!

 

「…はい。でも!いくつかの手掛かりはあるはずです。さっきメモしたのを見て下さい」

 

僕はももちゃんが転校生くんを手当てしている最中に殴り書きしたメモを部長さんに手渡した。それを受け取った彼女はまるで品定めをするようにメモに目を通していた。

 

「6月、受け渡し、12年前、協力者……フッ、やっぱりそうか。どうやらJCくんにはジャーナリストの素質がありそうだね。だったら1つテストを受けてみないかい?」

 

「…どういうことですか?」

 

部長さんの言葉を不思議そうに聞いていると、彼女は少し嬉しそうに話す。

 

「ジャーナリストというのは真実を追求する者だ。今明らかにされている真実など、もしかしたら誰かによって作られた偽りの真実かもしれない。だからその障害をもろともしない力が必要なんだ」

 

意図を図りかねて少し冷や汗をかきながら聞いている僕に、部長さんは少し言葉を言い換えて説明してくれる。

 

「そうだな……もしさっき桃世くんが君の側を離れなかったら?もし生天目くんに完膚なきまで叩きのめされていたら?服部くんに案内して貰えなかったら?夏海に部屋を追い出されていたら?そして極め付けにこの写真を貰うほど信頼されていなかったら?これらの疑問に答えてみてくれ。もし納得がいく答えを出せたら、遊佐と話ができるよう計らってあげよう」

 

部長さんの意地悪な質問に、僕は頭を最大限に使って考えてみる。

 

「たぶん…ですけど、それでもいいですか?」

 

「うん、構わないよ。最初に辿り着いた答えが常に正解という訳ではないからね」

 

部長さんのお許しを得た僕は、ゆっくりと一つ一つの問いに答えていくことにした。

 

「えっと、じゃあ…ももちゃんが転校生くんを手当てするのに目を離してなければ、たぶんあそこを出ることは出来なかったと思います。つかささんにやられてたら、きっとまた気を失っていた。忍者さんに案内して貰えなかったら、きっと報道部に辿り着かなかった。夏海ちゃんに追い出されていたら、部長さんと話が出来なかった。最後にこの写真を貰うほど信頼されていなかったら……何の疑問も持たずに時間を過ごしていたと思います。これが僕の答えです!」

 

ドン!という効果音が似合うくらいキッパリと答えた。すると部長さんはクスクスと笑いを堪えていた。

ひ、酷い!

 

「いやぁ、ごめんごめん。君があまりに一所懸命だから」

 

ぶ、部長さんェ…。

 

「じゃあ、さっきの質問の答え合わせをしようか。桃世くんの件については完全に運だ。桃世くんは人に尽くす性格のようだから、意識が戻ったばかりの君を放っておかなかっただろうね。転校生くんというキラーカードが無ければ、あのまま桃世くんが呼んだであろう生徒会の面々に連行されて僕とは話せなかった」

 

「はい…何となくももちゃんはそんな感じかなとは思いました」

 

「生天目くんについては君の実力を発揮できたことが要因として大きいかな。彼女相手によく立ち回れたね。服部くんの件も然り、彼女の興味を唆ることができたからこそ僕に近づく危険を冒してまで君を導いてくれたんだろう。でなければ、君の持つ情報が眉唾物でないという先入観を取り払えなかっただろうからね」

 

「は、はぁ…」

 

「そして夏海の件。これは正直なところ、どっちでも良かった。君が部室に入った時には僕は君の姿を見つけていたからね。でも、夏海に敵意を抱かせなかったのは上出来だよ。彼女は人の心の機微に敏感だから、少しでも気になるとずっと引きずって近づこうとも近づかせまいともしてしまうから。常々直すように言っているんだけどねぇ…」

 

「あ、あれで機嫌を損ねてないんですか…?」

 

「そして最後、この写真を渡した真意。これは君の性格が関係していると考えられる。僕が思うに、これを渡したのは女性なんじゃないのかな?1番手っ取り早いのは好意を寄せられること……つまりは相手に“好き”と思わせるのさ」

 

「…???」

 

部長さんの言っていることがほとんど理解出来なくなる。え、どういうことなの?

 

「…あまりピンと来ていないみたいだね。君は僕のこと、好きかい?」

 

「うん、好きですね」

 

「……随分とまっすぐに言うんだね、君は。他の人はどうかな?」

 

「会ったことない人はよく分からないけど…。夏海ちゃんも忍者さんもつかささんやももちゃん、パルチザンや生徒会メンバーもアイラさんも多分好き…かな?」

 

「……OK、君に色恋の話はまだ早いみたいだ」

 

なんか勝手に期待されて、勝手にガッカリされてる…。

 

「まぁ、大事なことを簡単にまとめると……先入観を持たないこと、疑問を持つこと、あらゆる可能性に必ず自分を含めること。それさえ忘れなければ、君も立派なジャーナリストだ」

 

……ん?これ、話逸らされてる?

 

「いや、そうじゃないでしょ」

 

「…あ、やっぱり誤魔化されないかい?じゃあお待ちかねの結果発表をしようか。ダカダカダカダカダカダカ……」

 

あ、部長さん自分でドラムロールしてる。ちょっとアホっぽいの可愛らしい。

 

「ダンッ!」

 

「………」

 

「………」

 

「……ご、ごくり」

 

「……ふぅ〜」

 

「結果はァ!?ねぇ!」

 

「…君は若手芸人さんみたいだねぇ」

 

部長さんに完全に遊ばれてるよね…?本当に意地悪だなぁ。

 

「じゃあ簡潔に。JCくん、君は合格だよ」

 

「ほっ…よかった〜」

 

「おまけの合格だけどね」

 

「shit!」

 

 

「…君は何人なんだい?まぁいいや……君は僕の納得のいく答えを出すことができた。約束通りに遊佐に会わせてあげよう……よいしょっと」

 

部長さんはベンチから立ち上がって、僕の前に対面するように立つ。そしてポケットから手作り感満載の名刺を差し出した。

 

「では、改めて自己紹介をしよう。僕は報道部部長の遊佐鳴子だ。君の情報は非常に価値のあるものだったよ。それを見込んで君に仕事を依頼したい」

 

「……え?え?え?」

 

困惑する僕に対して、部長さんもとい遊佐さんはニンマリと笑顔のまま僕に告げた。

 

「1ヶ月後、僕と一緒に会ってもらいたい人物がいる。裏世界にいる僕の協力者……12年後の遊佐鳴子にね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




【おかん・薫子】
半年以上の触れ合いを禁止されていた反動による、母性爆発……としか考えられない。


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第拾六話 辿り着け!魔法使い

【第2回裏世界探索(12年後)の概要】
参加生徒:鳴子、夏海、明鈴、初音、沙那、ゆえ子、精鋭部隊、茉理(JGJ)、転校生、JC
・鳴子風飛市街で裏鳴子と接触しパンドラ受け取る
・JGJ長期調査に向け基地開設
・精鋭部隊裏山方面地下シェルターで裏宍戸博士捜索


1ヶ月後、6月30日。僕は遊佐さんの誘いを受けて、再びゲートを通って裏世界へと赴いていた。前回は奇しくも会えなかったけど、こっちに戻ってきて収穫はあった。何より表の遊佐さんと協力関係にあるのはかなり大きい。

 

「ふふっ、JCくん……君の考えている事を当てようか?ズバリ『僕と同じチームより宍戸くんの方に行きたかった』じゃないかな?」

 

「えっ!そうなんですか!?天才科学少女×謎だらけの素行不良男子の禁断の恋!?これはスクープの予感が…」

 

「…ゆえにはそういう未来は見えないのですが」

 

「あ、あはは…」

 

遊佐さんに煽られて夏海ちゃんがまたジャーナリスト魂に火がついたみたい。あの後結局ゴタゴタが収まらなくて、独占取材を受けるって約束で何とか関係を取り持ってくれた。最後に喋った子は確か、えっと〜……誰だったかなぁ?

 

「…おや、あまり見かけない方がいらっしゃいますねぇ。失礼ですがお名前は何というのでしょうか?」

 

やけに小さいその子はゆったりとした話し方で僕に問いかける。30cm以上身長差がある所為か顔を上に向けて首を痛そうにしていたり背伸びが辛そうだったので、屈んで目線を合わせてあげる。

 

「よいしょ…初めまして、かな?僕はJCです。よろしくどうぞ」

 

「…ご丁寧にどうも。ゆえは西原ゆえ子です……実はJCさんと同い年なのですよ……むにゃむにゃ」

 

ゆえ子さんはそう言いながら、ふらふら〜っとその場にへたり込んでしまった。慌てて駆け寄るとやけに疲れた様子で答えてくれた。

 

「だ、大丈夫かい!?何でまた急に…」

 

「す、すみません…ゆえは生まれつき体が弱くて、動くとすぐにへばってしまうのです……転校生さん、いきなりですみませんが、魔力を頂いてもよろしいですか?」

 

ゆえ子さんが申し出ると、彼女の背後で待機していた転校生くんが魔力譲渡を行う。するとみるみるうちにゆえ子さんの状態は元気になっていった。

 

「どうだい?転校生くんの魔力譲渡を実際に見た感想は」

 

遊佐さんがこそっと僕に耳打ちしてくる。

 

「…すごいですねぇ。魔法学の授業で習った通りなら、魔力って体内から放出できないんですよね?不思議だな…」

 

僕が感心していると、遊佐さんが「僕には君も同じくらい不思議に思えるんだけどねぇ」と苦笑していた。むぅ…肝心なところは教えてくれないんだ。

 

「ところでJCさん、少々申し上げ難いのですが…」

 

「えっ、何ですかゆえ子さん?」

 

無事回復したゆえ子さんがおずおずと話しかけてくる。

 

「あなた、死相が見えてますよ。それもかなりの数と確率で」

 

「うぉ!?本当ですか!弱ったなぁ…」

 

「はい。ですので、あなたにはこれを差し上げます」

 

そう言って、ゆえ子さんは僕に妙に綺麗な石を手渡してきた。

 

「これは?」

 

「アメジストです。パワーストーンの一種で“直感力を高める、魔よけのお守り石”とされています。

大切な人との真実の愛を深めたい

心配・恐れ・トラウマを解消したい

魔よけのお守り石が欲しい

といった方にオススメしています」

 

「トラウマねぇ…。まぁ思い当たらない事も無いには無いけど。わかった、ありがたく貰っておこうかな」

 

「因みに1番若い時の死相がおよそ5歳の頃、いくつかは既にこなしてきたようですが、ゆえが分かるだけでもあと10回ほど死に直面する機会があると思いますです。ふぁいと、お〜ですよ」

 

ほんわかした笑顔でものっそい残酷な宣言をされた……か、悲しいなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…んっ、どうかしたの?あなたの編成チームはこっちじゃないはずよ」

 

無表情のまま冷静に答えるのは、同じく裏世界探索に来ている別班のメンバーである結希さんです。

 

「結希さん…いや、特に用事があった訳じゃないんですけど。ただ、ちょっと顔を見たくなったっていうか…」

 

これは半分嘘である。実際は少し前にゆえ子さんから伝えられた予知の内容に原因があった。

 

 

(あと、もう一つお知らせしておきたいことがありまして…)

 

(う〜ん、死相の話をされた後であんまり聞きたくはないんだけど…何かな?)

 

(はい…実はさっきの死相の話の続きなのですが、あなたの周りの人たちにも同じ死相が見えているのですよ)

 

(僕の周りの人…?)

 

(ゆえはあまり見えたことは無いんですが、親交の深い方々だと連なって見えることがあるそうです。恐らくですが、今ゆえに見えているものがそうだと思います)

 

(ど、どうすればいいんですか!?何か出来ることは?)

 

(ゆえの予知はあまり精度が高くありませんし、見えた未来が絶対とは限りません。ですが、何もせず手をこまねいていたら必ず訪れるものです。ですからあなたが変えるしかありません)

 

(それは…)

 

(人の未来を変えるのは、人の心なのですよ)

 

 

「……そう。けど、作戦行動中よ。今はまだテロリストや霧の魔物の襲撃は無いけど、いつ状況が変わるとも限らないわ。あまり軽率な行動はとらないで」

 

「あぅ…ご、ごめんなさい」

 

怒られてしまった。かと言って、死相が見えたから心配になって見に来たと素直に言って信じてもらえるとは思えないし、何よりゆえ子さんから言うのを止められてる。

暫くすると、上空から卯衣さんが偵察を終えて舞い降りてきた。

 

「ドクター、やはりヒトらしき反応はありませんでした。引き続き探索しますので一度、転校生くんに魔力の補充をお願いしてきます」

 

「そう…卯衣、遊佐さんによると、そろそろ合流地点に近づきつつあるわ。上空からの探索は発見される恐れがある、次は地上から調査しなさい」

 

「はい…JCくん、何故あなたがここにいるの?」

 

「卯衣さん、いやその説明はいま結希さんにしたばかりで……いや、やっぱりいいです。ちょっと気ぃ抜けてました。ヨシッ!」

 

僕は両手で自分の頰を叩いて、喝を入れる!2人は少し驚いていたけど気にしない。分からないことをいつまでも考えていても仕方ない。なら今はひたすらに前へ進むだけだ。

 

「僕、戻ります!さっきのは忘れて下さい」

 

僕はそう言って遊佐さんの班に戻ろうとする。すると、誰かに制服の裾を引っ張られた。

くいくいの主を確認するため振り返ると、当然っちゃ当然だけどそこには卯衣さんの姿があった。そしてそのままハグをされる。

 

「う、卯衣さん…?」

 

ジッーっと無言で僕を見つめてくる卯衣さん。えっ、僕何かやったかな?

 

「…少し焦っているように見えたから、引き止めてみたの。どうかしら?」

 

「…う〜ん、正直ビックリした。落ち着いたと思ったら、また別の意味でドキドキしてる」

 

そう言ってドギマギしている僕の心臓あたりに耳を寄せて確認する卯衣さん。

 

「…確かに心拍数が格段に上がっている。キスのほうが良かったかしら…?」

 

不思議そうに傾げている卯衣さん。これに関しては少し僕も責任を感じている。転入してきて初期の結希さんが所用で不在の頃、よく卯衣さんとデバイスで色々検索して遊んでたからなぁ。いつの日かやった“キスにはリラックス効果が〜”のくだりはこれの所為でもあったりする。

 

「そ、それは大丈夫だから!じゃあもう行くからね!」

 

僕は卯衣さんの拘束をスルッと抜け出して、その場を後にしようとする。しかし、すぐさま僕の背には卯衣さんが乗っかっていた。

 

「…行き先が同じなら、走って行くよりあなたにおぶさった方が速いから」

 

えぇ〜…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みんな、このオフィス街を抜ければ霧の魔物が少ない地点に出る。今日はそこで夜を明かそう」

 

探索開始から何時間か経過した現在、遊佐さんが頃合いを見て号令をかける。前に来た時にパルチザンと一緒に倒した分の霧の魔物がまだ払われているのか、また新たに払ってくれたのかはわからないけど確かにこの周辺の霧は前より薄く感じた。建物の柱の陰にもたれるように座り込んで物思いに耽っていると、不意に誰かが話しかけてきた。

 

「ねぇ、君がJCアルか?」

 

「んぇ?あぁ、そうだけど…君は別班の?」

 

声のする方を見上げると、小柄で赤毛の女の子が悪戯っぽい笑顔を僕に向けていた。今日はよく知らない人に会うなぁ。

 

「ボクは雀 明鈴!宍戸から君の噂は聞いてるアルよ。君も拳で闘う魔法使いネ!ボクとおんなじネ!帰ったら手合わせ願うアル〜!」

 

「えっ、あ、あぁ〜…うん。その時はよろしくっ」

 

「意外と聞き分けが良くて助かったアル!約束したアルよ〜!」

 

明鈴ちゃんは言いたいだけ言うと、嵐のようにピュ〜っと走り去ってしまった。自由人だな〜…。

 

「早速、雀くんに気に入られたみたいだねぇ。君も隅に置けないなぁ、JCくん」

 

ちょうど会話が終わったところで遊佐さんが2人分のコーヒーを持ってきて、片方のカップを僕に差し出しながら僕の隣に座った。僕はそれを受け取って一口だけ口に含むと、静かに話を始めた。

 

「遊佐さん…。そうだ、こんなにゆっくりなペースでいいんですか?あと何時間かで日跨いで7月になっちゃいますよ」

 

僕はさっきから危惧していた疑問を遊佐さんにぶつける。襲撃を懸念しているのはよくわかっていたけど、今のペースでは到底期限内に到達できるとは思えなかったのだ。

すると、遊佐さんは随分とあっけらかんとした様子で僕にある事を告げた。

 

「あぁ、あれフェイクだよ」

 

「………は?」

 

「だから、6月に会うっていう君が見つけた情報。あれは裏世界に居る君が僕の出した課題を見つけて、答えられるかを試しただけのものだから。本当の受け渡しは明日の午後5時に新街を抜けた所にある県立風飛高校で行われるよ」

 

「じゃあ、あの時ミナに何も見えなかったのは…」

 

「そう、本当は“何も書いてなかった”んだ。後で話を聞いて分かったけど、彼女の眼は少し特殊でね、真実のみを見ることができる…そこを利用させて貰ったよ。彼女も言っていたんじゃないかな?」

 

僕は当時のミナとの会話を思い出してみる。確かあの時ミナはさらに無理を言って変わってもらったと僕に言った。そしてミナの提案で街を散策することになって、裏世界の遊佐さんの書き遺したメモを見つけたんだ。それらが全て表と裏、両方の遊佐さんによって仕組まれていたものだったんだ。驚きだ…その手の込んだ前フリに。最悪気づかなかったぞ。

でもなんかそう考えたら、全ての重荷が降りた気がした。自分で何とかしなきゃと無理に背負い込んで、奔走して、でもそれは遊佐さんによって仕組まれたものだけど、全く疑わなかった甘い考えでよく生きてこれたな、僕は。

気づけば僕の口から笑い声が漏れていた。

 

「ハハッ…アハハハッ!何となく吹っ切れた気がしました。やっぱり背伸びできませんわ、僕って」

 

「…そうだね。君は難しい顔をしてるより、そっちの方が良いと思う」

 

「あ、それって僕がバカだって暗に言ってる…」

 

まぁ、いいかな。人間、背伸びはよくない。いつでも等身大の自分でいいのだ。そう感じた今日この頃です。

 

 

 

 

 

 

 

 




西原(さいばら) ゆえ子】
世界で3人しか確認されていない【未来予知】を使える魔法使いの1人。オカルトに傾倒しており、パワーストーンを始めとした怪しいグッズを持ち歩いている。いつも眠そうな顔とマイペースが特徴。とても小さい。JCとの身長差は35cmなので、竹物差し(30cm)じゃ足りない。相当ちっちゃい。同い年なのに。何ならJCより先に生まれてるのに。


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第拾七話 心に刻め 魔法使い

雀 明鈴(チャオ メイリン)
中国からの留学生。食(食べる方)を我が道と定めてあらゆるものを食らいつくす。摂取したカロリーは運動で相殺するタイプらしく、食って動いて食って動いてと忙しい。嫌いなものがないため料理人にとっては嬉しい反面、生半可な量では満足しない。拳法(カンフー)を得意としていることから、戦闘スタイルが違うが拳を武器にしているJCに親近感という名の闘志を燃やし手合わせしたいと常々感じている。


翌日の待ち合わせ地点、時間は16時を回ろうとしていた。予定では今から1時間後の17時にこの風飛高校で受け渡す手はずになっている。でも、さっきから遊佐さんの表情が晴れない。まるで苦虫を潰したような焦りというか、苦しそうな雰囲気が感じ取れた。

少し不安に思った僕は隣を歩いていた夏海ちゃんにこそっと耳打ちで相談した。

 

「(夏海ちゃん…遊佐さんの様子がちょっとおかしくないかな?)」

 

「(まさかあんたと同じ意見とはね…。確かにちょっと変よねぇ、部長のことだから心配いらないとは思うけど…よし、あたしが探りを入れてみるわ!)」

 

夏海ちゃんはすぐに遊佐さんに駆け寄って何やらやりとりをしている。遊佐さんも夏海ちゃんの顔を見た瞬間、いつものように夏海ちゃんを煽って戯けてみせている。やっぱりさっきのは勘違いだったのかな…。

すると、次の瞬間、僕たちの周りを取り囲むように建物の陰から武装集団が現れた。

 

「な、何だ…こいつらは…?」

 

僕は自分の目を疑った。この世界で初めて魔法使い以外の人間に出会ってとても嬉しいはずなのに、何故か悪寒が襲ってくる。見るからに歓迎されていない雰囲気だ。

 

「おい、どーなってんだよ!?沙那!あれ、ウチの社員じゃねーか!」

 

同じく遊佐さんの近くにいた…確か神宮寺さんだったかな…が、お付きのメイドさんに慌てて詰め寄っている。もしかして、この武装集団のことを知っているのかな?

 

「各自、約束の時間までこの校舎を死守するんだ!特に西原くんと転校生くん、宍戸くんは必ず護らなくてはならない!少ないメンバーでの持久戦だが持ち堪えるんだ!」

 

遊佐さんの号令で各自戦闘態勢に入る。僕も数人編隊の懐に飛び込み手当たり次第に殴りつけていく。警戒すべきはライフルの類いだけど、銃身の先に体が留まらないように立ち回れば僕の攻撃範囲に相手を含めることが出来る。

 

「ヤァアッ!タァ!!」

 

躱しながら空いたボディに蹴りを入れ、更に蹲った相手の背中を利用して転がって、他の追撃を躱す。その流れで足払いを食らわせ、倒れてきた敵を背負い、残りの別の敵へ投げつける。辺りを見渡して周辺の敵を倒し終えたのを確認すると、近くで戦っていた明鈴ちゃんの背後に敵が迫っていることに気がつき、僕は飛びついた勢いのまま投げ飛ばした。

 

「…ッ!危ない!ハァッー!」

 

追撃で顔面に拳を打ち込んで気絶させると、すぐに明鈴ちゃんの安否を確認するために背後から彼女の方に手を乗せる。

 

「明鈴ちゃん、大丈夫ぐばっ!?」

 

なんか普通に殴られた。

 

「何で殴った!?」

 

「ごめんアル!だってみんな似てるアルよ!!」

 

「確かに乱戦ではあるけど……危ない!」

 

「へ?うわぁ!?」

 

明鈴ちゃんの背後から迫る敵に攻撃するため、明鈴ちゃんの足を掴んで持ち上げて空中に投げる。すると、空中でクルクル回転する彼女の足が遠心力で力を増した蹴りへと変化し、敵の攻撃を躱すと同時に頭部への痛烈な一撃を決めて、見事に着地した。

 

「ほわぁ〜!今の何アルか!?師範でもやったことない技アルよ!」

 

妙にキラキラした目で訴えてくる明鈴ちゃん。とても思いつきとこの前見た映画でやってたとは言いづらいなぁ…。

 

「……ムーンサルト、キック…かな?」

 

間違ってはないはず。月面宙返りの要領で攻撃を躱しながら、相手の後頭部へ回転蹴りを食らわせる技。うん、ムーンサルトキックだ(断言)

 

「すごいアルよ〜!!技の名前はちょっと“ダサい”けど…あれ?どうして蹲ってるアルか?」

 

うっ!?痛いところ突いてくるな…。悪意が無いぶん遠慮がないんだよなぁ。

 

「あ、そうだ。さっき遊佐から聞いたけど、時間なくなってきたらホワイトプラズマみたいなの撃つから離れとけって言ってたのだ!じゃ、ボクはまた遊佐のところに戻るのだ。手合わせの約束、忘れるんじゃないネ!」

 

そう言い残して風のように走り去っていく明鈴ちゃん。本当に元気っ子だよな〜。

 

「じゃなかった。早く逃げなきゃだ…っ!?」

 

「動くな。少しでも動けば頭をブチ抜くぞ」

 

僕は全身の血の流れが止まったような感覚に陥った。背後から突然現れた誰かに拳銃を突きつけられていたからだ。

僕は恐る恐る閉ざしていた口を開いた。

 

「…僕はどうすればいい?」

 

「…このまま建物の中に入るんだ。こちらは振り向くな」

 

僕は指示されるがままに近くの建物の中へ入った。奥部にある使われていない一室に誘導されると、僕を脅迫していた犯人は自らの装備を外して、その素顔を露わにした。

 

「…っ!?あなたは……」

 

「会うのは初めてだったね…。君がここにいるってことは、僕のメッセージは受け取ってもらえたかな…グフッ!」

 

吐血しながらも何とか言葉を紡ごうとするその人を介抱するため、側に駆け寄った。

 

「遊佐さん…ですよね?こっちの世界の…何だってこんな傷だらけなんですか。今、保健委員を呼んで回復魔法を…」

 

僕がデバイスで連絡を取ろうとすると、裏の遊佐さんに止められる。

 

「…いいんだ。それより君の血を貰うよ…」

 

「へ…痛ッ!!」

 

遊佐さんは持っていた小型ナイフで僕の左手の親指の先を切ると、その傷口から流れ出る血液を残さずその指ごと全部口に含んだ。

 

「んっ…はぁ…ちぅ……ぅん…んくっ……ぷはぁ…」

 

一心不乱に僕の指ごと血を吸い尽くした遊佐さんは、口元に着いた血まで舐め取り、妖艶な笑みを浮かべて僕を見据えていた。一方で僕はといえば、彼女の突然の奇行に何故か高揚感と気恥ずかしさが入り混じったような感情に支配されていた。

 

「あ、あの…!?今のはどういう…!?」

 

「やはりこの感じ……君には本当に唆られるなぁ…。さっきまでまともに言うことを聞かなかった体が君の血を飲んだ途端、嘘のように軽くなったよ。本音を言えばこのまま“君の初めて”を貰いたかったけど…それよりも僕の話を聞いてくれ」

 

裏の遊佐さんは表の遊佐さん以上に大人で只ならぬ色気を放つ女性だった。そんな遊佐さんは含みのある笑みを浮かべながら、真剣な眼差しで僕に語りかける。

 

「君はこれ以上こっちに来てはダメだ。薄々気づいているだろう?霧が体を受け付けなくなっていることに」

 

「…!!どうして…」

 

僕は絶句した。日に日に感じていた体を蝕む謎の現象については誰にも話していなかった。けれども目の前の遊佐さんはいとも簡単に見抜いていたのだ。

 

「ふふん…僕は生涯ジャーナリストだからね。表の僕はまだ気づいてないだろうけど…問題ない、それも含めて“パンドラ”として贈ろう。あぁそれと、今後パルチザンのアジトには行かない方がいい。彼女たちはある魔法使いに襲撃されて、今それぞれ身を隠しているからね…」

 

「なっ…!?どういうことですか!まさか遊佐さんの傷も…」

 

僕がそう聞くと、彼女は苦笑気味に答えた。

 

「…最後にドジっちゃったよ。でも安心してくれ、あの子たちは僕が責任を持って逃がしたから、きっと大丈夫さ。それよりも危惧すべきは君だ。君だけはあらゆる魔法を打ち消す魔法使いの天敵…“スレイヤー”とだけは絶対に戦ってはいけない」

 

“スレイヤー”初めて聞くその名前に沸々と怒気が溢れてくる感覚に襲われる。そんな僕の様子を察したのか、遊佐さんは自分の胸元に僕の頭を強引に抱き寄せた。

そして、静かに僕に問いかけた。

 

「…僕の心臓の鼓動、感じるかい?」

 

「は、はい!」

 

「それが“生きてる”って証拠だ。今、君は忘れていただろう?」

 

「…はい」

 

「君は唯一、スレイヤーに対抗できるかもしれない存在なんだ。だから何が何でも生き延びてくれ……それが、この世界の敗北者である僕たちの願いだよ」

 

「……え?ガハッ!!?」

 

突然、僕の体に電撃が駆ける衝撃に襲われる。僕は感電する体を支えきれずその場に倒れ込む。意識を失う寸前、僕が最後に見たものは…。

 

「この感じ、こっちの僕の合図か…あとは頼んだよ」

 

彼女の儚げな笑顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…くん……Cくん……JCくん、よかった…連絡とれなかったから立華くんに反応を辿ってもらって、追ってきたらいきなり倒れてるんだから」

 

「…んっ、あ、あれ…僕……遊佐さん?うわっぷ!」

 

ふと目を覚ますと、目の前には表の遊佐さんの顔があった。体を起こそうとすると、遊佐さんに強引に引き戻された。後頭部に伝わる柔らかな感触と横になって寝ている体勢から、僕は遊佐さんに膝枕されているのか…。

 

「まだ動いたらダメだよ。雷の魔法を受けたみたいだね。暫くは自由に体を動かせないだろう?」

 

「そ、そんなこと…あ、あれ?」

 

体に無理を言わせて起き上がろうとするも、まともに動く気配が無い。

 

「ほら、見たことか。JCくんには悪いけど、まだここで大人しく寝ていてもらうよ。精鋭部隊の帰還、それに加えて宍戸くんがこの周辺の調査を行っている。それが済んだら元の世界に戻れるから、それまでは居心地悪いかもしれないけど僕の膝枕で我慢してくれよ?」

 

普段は見たことのない自然で柔和な笑顔を向ける遊佐さんに、僕は何となくこっぱずかしい気持ちになる。

 

「わ、悪くないですよ、膝枕。遊佐さん、意外と良い匂いするし…」

 

「ふふっ…ありがとうね」

 

「あの、遊佐さん…その、こっちの遊佐さんとは会えましたか…?」

 

僕の問いかけに対して、遊佐さんは妙に残念そうに答えた。

 

「…いや、会えなかったよ。あれだけ派手に戦闘をしたから、流石に現れなかったみたいだ。でも、情報はちゃんと置いていってくれたから安心してくれたまえ」

 

その時の遊佐さんの表情を見たら、それより先の言葉は出てこなかった。

それから暫くして、調査を終えた結希さんと別任務を遂行していた精鋭部隊とゲートで合流した僕たちは、再びゲート潜って第2次裏世界探索を無事終えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから暫くして、密着取材と称して翌日からべったりくっつかれた夏海ちゃんによって裏の遊佐さんが拳銃自殺を図って死亡したことが不可抗力で伝えられてしまった。たしかに聞いた時はショックだったけど、表の遊佐さんの口ぶりや手に残っている傷口から、あの時確かに会ってたんだって証拠じゃないだろうか。

その日の夜、人知れず自分の無力さに泣いたのは内緒です。

裏の遊佐さんは僕に裏の世界は忘れて生きろと言った。もちろん僕もそうしたいし、多分そういう風に生きるんだろう。でもね、僕、中途半端はしません。しっかり関わりますからそれは全部終わってからの話だと思ってる。

だからそれまで見守っていて下さい。

その想いを胸に、僕はまた見知らぬ扉を開いた。

 

「皆さん、初めまして。今日から1ヶ月、このクラスでお世話になります…JCです!短い時間ですが何とか皆さんと仲良くなれるよう頑張りたいと思いますので、よろしくお願いします…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




【裏から表へ 託された想い】
…うん、わかってるよ。僕自身が命を懸けて伝えた真実だからね…。後の務めは僕が引き継ぐから、今は安らかに眠ってくれたまえ。彼は僕が命を懸けてでも護るよ。ただ……彼が戦うことを望んだその時は、僕を許してくれよ?


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第拾八話 ローズは短め 魔法使い

【1ヶ月ごとの研修と7月中の出来事】
裏世界探索から帰還したJCは、再び学園生として過ごし始める。しかし元々クラスどころか授業の話すら宙ぶらりん状態だったので、試験的にローズ、リリィ、サンフラワーの順で1ヶ月ずつ体験して、最終的に判断することが生徒会会議で決まった。基本的にクエストも受けず授業のみ受けている状態のため、参加しなかった事案やクエストが多々ある。
例:・犬川寧々覚醒
転校生霧の嵐で裏世界(2ヶ月後)へ
・裏学園生の顛末を聞く、護り手への警戒を強める
・プレジャータウンオープン
牧場警備 エレン 花梨 さら イヴ 小蓮 転校生
・寧々入学
・山奥でジャノ眼討伐、ミナ転校生
・第7回代表選抜戦
・汐ファン襲撃、先発シャルロット茶道部、後発野薔薇家紗妃龍季転校生
・ちひろ救出 ・魔物回復が早く何度も再生?着ぐるみに逃げ込み人を盾にするなど知性がみられる?


「ふ〜、いやぁ、疲れた。まともに授業受けるって、こんなに大変なんだ…」

 

学園生として正式に授業を受け始めた僕は、漸く午前中の授業を終えて学園内の食堂にてノびていた。特に授業についていけないということは無く、何なら知らないことを知識として吸収できるから楽しかったりもしてるけど。それよりも問題なのは周りの学園生の視線であったりする。顔には出てないけど何となく受け答えがぎこちなかったり、何処か僕を怖れているような反応をされたりと少し居心地の悪い雰囲気を感じていたりする。今までの行動を省みるとそう思われても仕方がないと分かってはいるけど、そのことが何となく悲しく寂しかった。

 

「はぁ…どうしたもんかなぁ」

 

「…JCさん?そんなに項垂れてどうかしました?」

 

「…あっ、薫子さん」

 

1人で考えを巡らせていると、ちょうど同じタイミングで近くを通った薫子さんが声をかけてきた。

 

「ここの席、どなたかご予約されていますか?」

 

「えっ、いや…多分大丈夫だと思いますよ」

 

「そうですか…でしたら失礼させていただきますわね」

 

薫子さんは僕と対面する席に座ると、持参したお弁当を広げて口に運んでいた。お弁当持ってるのに、わざわざ食堂で食べるんだ…。

 

「生徒会室以外で会うなんて、それに虎千代さんが隣にいないのもちょっと新鮮ですね」

 

「え?あぁ…そうですわね。会長は今度赴任してくる学園長の受け入れの準備を進めている最中なので、暫くは姿を見せないと思います。なんでも10歳の女の子だそうですとか…」

 

「10歳か〜…じゃあ“同い年”ですねー。お友達になってくれるかなぁ」

 

「えぇ、きっと良い関係を築けると思いますよ………はい?JCさん、今何と…?」

 

「え?えぇ〜っと、『俺にかまわず先に行けっ!』でしたっけ?」

 

「一体どんな状況ですか!?そうじゃなくて!」

 

「あっ、あれですかね。おっぱ」

 

そこまで言葉にしたところで気がつけば僕の体は地に倒されていた。何が起こったのか理解できなかったけど、恐らく薫子さんに光の速さで倒されたんだと思う。怖いからもうこれ以上詮索しない。

 

「JCさん!それは言わないって約束でしょう!?」

 

「…まぁ、今のはちょっと狙って言ってみたけど。でも本当毛嫌いしてますね?薫子さんの魅力なんだから認めちゃえばいいのに」

 

「…別に好きで大きくなったんじゃありませんっ」

 

拗ねたようにプイっと顔を背ける薫子さん。普段は温厚で大人の余裕たっぷりな彼女が時たま見せるそんな様子が年相応の女の子のようで少し可愛らしく思える。

あんまりいじめると可哀想なので、そろそろちゃんと答えてあげようっと。

 

「からかってすみませんです。本当は僕と新しい学園長さんが同い年で10歳って話ですよね」

 

「もう…ではやはり本当なんですね?ですが一体どういうことですか?約半年で4歳も成長するなんて…」

 

「結希さんが調べてくれた結果なんで、間違いないそうです。と言っても、結希さんが言うには成長というより獲得・取得という言い回しの方が正しいみたいです。一度失ったものが戻ってくるという意味合いも込めて」

 

「そうですか…。それはまた難儀な話ですね。それはそうと、新しい生活の方はどうですか?何か不都合なことがありましたら、遠慮せずに言って下さいね」

 

そう言って僕に優しく微笑む薫子さん。いつの間にかさっきまで拗ねていたのは忘れて、すっかりお姉さんのように振舞っている。忙しない人だなぁと考えていると、突然背後から誰かに抱きしめられた。

 

「ふふっ…何やら面白そうな話をしているねぇ。僕にも聞かせてくれないかな?」

 

「遊佐さん!ちょっと、近いですって!?」

 

座っている所為かちょうど僕の頭に女性特有の柔らかい感触と清らかな匂いが直に香る。頑張って抜け出そうとするけど遊佐さんはその腕を緩める気配は無い。

 

「遊佐さん!なんて破廉恥なことを……ここは公共の場ですよ!」

 

薫子さんが声を荒だてて遊佐さんを注意する。しかし、遊佐さんはさらに煽るように答えた。

 

「あぁ、君も居たのか。君の胸が大きくて顔が見えなかったよ。いやぁ〜すまないねぇ」

 

「ぐぬぬ……貴女までそんな戯言を…そんなに大きくありません!それより早くJCさんから離れて下さい!」

 

「それは出来ない相談だよ。なんせ僕たち報道部が広めた噂の所為で、JCくんに辛い思いをさせてしまっているんだからねぇ。噂を撤回できない以上、せめてもの償いにこうして僕が体を差し出しているという訳だ。当然の対価だよ」

 

「だ、だからと言ってそんな見せつけるようにしなくても…」

 

恥ずかしがって言葉の最後が尻すぼみになる薫子さんを見て、何か閃いた様子の遊佐さん。その証拠にいつもの悪戯っぽい笑みを浮かべていた。

 

「はっは〜ん…もしかして君、まだ“穢れを知らない清らかな体”だったのかな?僕はてっきり、もうとっくの昔に喪失しているのだとばかり思っていたよ。いや、失敬失敬……何ならJCくんで“女”にしてもらったらどうかな?」

 

「な、な、なっ…!?」

 

「…?遊佐さん、どういうことですか?僕には何がなんだか」

 

言っていることが全く理解できない僕は遊佐さんに問いかけるも、やんわりとはぐらかされてしまった。

 

「そうだねぇ…。水瀬くんから説明してもらえるかな?」

 

「薫子さん…!教えてくれますか?」

 

「えぇ!?いや、だから、その…えっと……」

 

僕と遊佐さんがまじまじと薫子さんを見つめる。すると、耐えかねたのか遂に行動に出た。

 

「っ!!失礼します!」

 

薫子さんは半分ほど手をつけたお弁当をすぐにしまって、ピューっと速歩きで立ち去ってしまった。こんな時でも校則を守って走らないんだ…流石は生徒会副会長。

 

「戦略的撤退、という訳か…中々尻尾を掴ませてくれないなぁ。まぁJCくんがいれば、それも時間の問題だと思うけど。それよりも…」

 

遊佐さんはパッと手を離して、僕にだけ聞こえる大きさでこそっと耳打ちをした。

 

「君に辛い思いをさせてしまって本当にすまない。まさか君とこんな関係になるなんて当時の僕は思っていなかったから……だから、いつでも僕を頼ってくれないかい?」

 

少し弱々しく言葉を投げかける遊佐さんに対して、僕はそっと肩に手を置いた。

 

「遊佐さん…大丈夫ですよ、痛みには慣れてますから。それにきっと、僕がちゃんとしていればみんなが優しくしてくれます。その日が来るまで気長に頑張りますよ」

 

ニィっと笑いかけると、遊佐さんはどこか納得するように溜息をついて、そして少し乱暴な手つきで僕の頭を撫でた。

 

「ハァ〜…生意気なこと言ったな?でもその潔さは嫌いじゃない。噂の方は僕が何とかする、悪いようにはしないから安心してくれたまえ」

 

「…むぅ」

 

またはぐらかされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれから1ヶ月経ったけど、変わったことが2つある。1つは僕の不良疑惑がいつの間にか払拭されていたこと。これは多分だけど遊佐さんが奮闘してくれたんだと思う。そしてもう1つは遊佐さんの関係者として認知された所為で、また人が寄りつかなくなったこと。以前のような悪意は感じなくなったけど、結局クラス最終日まで誰も仲良くしてくれなかったし…。

そんなこんなで学園内のベンチで1人悲しみに暮れていると、後ろから肩をちょんちょんとつつかれた。振り返ると

 

「えい」

 

「ぐべっ」

 

そのまま頰を指で刺された。といっても痛みは全く無いので、僕はその指をぐぐぐっと押し返しながらその犯人の顔を拝む。

 

「りゅ、りゅえこしゃん?(ゆ、ゆえ子さん?)」

 

「ふふふ、初ドッキリ成功なのです」

 

背後から僕に襲いかかった犯人はゆえ子さんだった。前回の裏世界探索以来だから約1ヶ月ぶりの再会だったのに、その再会の仕方が背後からの奇襲なんて…。

 

「突然すみません。来週からゆえと同じクラスになると聞いたので、お祝いのドッキリを仕掛けさせてもらいました。よろしくお願いしますね」

 

あくまで悪気はないと笑顔を見せるゆえ子さん。まぁ実際ドッキリどころか何となく和んだけど。

僕はつつかれた頰を摩りながらその愚行を許すことに。

 

「…別にいいですよ」

 

「では、よろしくついでに1つ頼まれて頂いても宜しいでしょうか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇねぇ!ゆえっち!うちの未来視えたってまじ?彼氏って誰!イケメン?ねぇイケメンでしょ!?」

 

「間宮さん…はい、視えましたよ。ついさっき、ぐわっと……連れてきました」

 

その少し後、ゆえ子さんは間宮さんと呼ばれる女性に何やら占いの結果を伝えていた。僕はといえば、最初の3歩だけ誘導されるもすぐに力尽きたゆえ子さんを背負って指示されるがままにどこかの教室へ向かって、そして今何故か教卓の裏に隠れさせられている。合図を送ったら出て来てくださいと一言添えられて無理やり押し込まれて目隠しをされたから声しか聞こえないけど、一体何が始まるのだろうか?

 

「あなたは…クリスマスに1人で…むにゃむにゃ」

 

「え、さっきの彼氏は?どこ行ったの?」

 

なんかすごいおろおろしてるけど、何不吉なこと言って差し上げたのゆえ子さん?

あ、また誰か来たみたいだ。間宮さんのお友達の方々か…誕生日おめでとー!って言ってる……あっ、もしかしてサプライズか?だからゆえ子さんドッキリとかやって練習してたのか!だとしたら、何で僕呼ばれてるんだ?

 

 

「ちょー嬉しい!あんがとね!」

 

お友達に祝福されて本当に幸せそうな間宮さん。全く知らない人の誕生日だけど、なんかこっちまで嬉しくなっちゃうな〜。これがアイラさんが言ってた幸せのお裾分けって奴なのか!お祝いごとに出るケーキが沢山食べられるって言ってたし。

 

「実は、ゆえの占いで視えた本当の間宮さんの恋愛事情は中々絶望的な状態だったので」

 

「えっ、まさかの自分からバラしていくスタイル?」

 

「いつもならパワーストーンやアクセサリーを授けさせて頂いているのですが…今回はゆえが考え得る中で最高のプレゼントをご用意しましたです。では間宮さん、持ってくるので目を閉じて待っていてください」

 

「え?こ、こう…?」

 

おそらく素直に両手で目を覆っているであろう間宮さん。なんかすごい素直そうだから騙すのとか気が引けるんだけど、何させられるんだろう?あ、ゆえ子さんか。

 

「(お待たせしました。JCさん、行きましょう)」

 

ガタッ!ガタッ!!と窮屈な教卓から抜け出して、おそらく女生徒の背後に誘導される。

 

「今、間宮さんの後ろには、ゆえの知る限り最も間宮さんの好みに近い男性に来てもらいました。姿を見る前に、何かやってもらいたいことがあれば叶えられますが…?」

 

「え!急にそんなの言われても…え〜っと、じゃあ後ろからハグ!」

 

「(JCさん、少しお手を失礼しますね)」

 

ゆえ子さんが僕と間宮さんとの距離を調整して、ちょうど間宮さんの体を覆うように僕の腕を回す。

 

「くぅ〜!!きたきたきた〜!!人生初の快挙達成!!何にも見えないけど!これで実は律とか自由でしたってオチじゃないでしょーね?」

 

あからさまに喜びが態度に現れてるみたい。お友達の方々も「すげーっ!!千佳が男に抱かれてる!?」とか「間宮氏史上、最高の瞬間っすね〜!!」とか言ってるし…なんかここまで喜ばれると、逆にガッカリされそうだなぁ。

 

「ゆえっち!もう見てもいい?って言うか我慢できないんだけど!」

 

「…わかりました。では、お互いに目隠しをやめて確認して下さい、ふふふっ」

 

ゆえ子さんの含み笑いが微かに聞こえてくる。あ、これ面白がってるな?

僕は目隠しを取って目の前にいる女生徒の姿を確認する。明るい茶髪で如何にもギャル!って感じだ。向こうも閉じていた目を開けて、僕の姿を確認する。お互い数秒間隈なく見つめ合った後、同じセリフをどちらからともなく同時に叫んだ。

 

『…いや、誰だよ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




間宮(まみや) 千佳(ちか)
特異なパーソナリティを持つ者が多いこの学園である意味一番の一般人。年頃の少女らしく恋愛で頭がいっぱいで、男子へのアプローチに余念がない毎日を送っている。魔法使いとして、というより女を磨きたい派の代表。成績も普通。よくフラれる。JCに対して見た目のみの評価は群を抜いて高い反面、約半年間授業未出席の不良疑惑&遊佐鳴子の息のかかった関係者&東雲アイラの彼氏(アイラ申告)など本人の意思とは関係ないところで評価を落としている模様。


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第拾九話 リリィは長め 魔法使い

【料理部】
部員は里中花梨、雪白ましろ、
李 小蓮(リ シャオラン)雀 明鈴(チャオ メイリン)の4人。別名“学園の胃袋”


「あれ?よく見たら例の元不良さんじゃないっすか?」

 

「そっかぁ〜!あんた、どっかで見たことあるな〜って思ってたら、クリスマスパーティーの時の…」

 

「んっ?なんで千佳が知ってるんだ?」

 

「ちょ、律ってば、馬鹿にしないでよね!うちのいい男センサーは常にアンテナ3本立ってるんだから!」

 

自信満々にそう言う間宮さん。その態度に何故か嘆息している律と呼ばれた女生徒は僕に振り返る。

 

「だったら、学園からのメールもちゃんと見ろよな…。あ、あたしは音無 律だ。学園中の噂だぜ〜、アンタ。んで、こっちが…」

 

律さんに促されて、後ろからぴょこっと跳ねるように猫耳のような形のカチューシャを着けたメイドさんが現れる。

 

「はいは〜い!自分、小鳥遊自由っす。でもお兄さんって、あんまり優秀じゃないほうの先輩っすよね?」

 

「はぅ!?」

 

やっぱり報道部の影響って凄いな。遊佐さんが噂を払拭してくれてるって言ってたけど、まだまだ消えてないんだ……悲しみ。

 

「ま、まぁその話はさて置いといて、今度リリィでお世話になるJCです。よろしくお願いしますっ」

 

ぺこりとお辞儀をする僕。すると、どこか納得がいかない様子の律さんが僕を見て唸っていた。

 

「な、何ですか…?」

 

「…足りねぇな〜」

 

「え、律?何言ってるの?」

 

「なんかこう…ビビビッとくる感じがしないんだよな〜。JCって名前はロックだけど、今の感じじゃすっかり毒っ気が抜けた……」

 

「音無氏、久しぶりに唸ってるっすねぇ。こりゃ“アレ”が出るかもしれないっすよ?」

 

「えっ?えっ?な、何…」

 

まったく状況が飲み込めない僕と間宮さん。

 

「あぁ、この感じはまるでLU○A S○Aの真○さんのようだぜ!」

 

『それは言っちゃ駄目ェエエ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく…ゆえ子さんのせいでひどい目にあったよぉ…。なんで窓から飛び降りて逃げるしかないんだよ…でもまぁ、学年も違うみたいだし、あの人たちとは会うことも少ないだろうなぁ……ん?」

 

命からがら抜け出してきた僕は、ふと廊下の陰で何かを覗き込んでいるももちゃんを見かける。後ろからそ〜っと近づいて話しかけてみよう。

 

「も〜も〜ちゃん」

 

「ひゃう!?せ、先輩!もっと普通に話しかけて下さいよぅ…はうっ!」

 

言葉の途中で僕にチョップされたももちゃんは、叩かれた箇所を手で押さえながら僕に抗議の視線を向ける。でも、名前で呼んでくれないももちゃんの自業自得なのだ。

 

「めっ!“先輩”禁止って約束でしょうが。それで、一体何を見てたの?どれどれ」

 

「あ!見ちゃ駄目ですっ!」

 

ももちゃんの制止を振り切って顔だけ覗き込んで見ると、例の転校生くんと数人の女生徒が何やら親しげに話し込んでいた。よく見ると、夏海ちゃんの姿も見えた。とりあえず確認できるだけでも夏海ちゃんと帯剣している子とリボンの子の3人かな。

僕はももちゃんに引っ張られて乗り出していた身を戻して向き直す。

 

「…なるほどね〜。転校生くんの周りに女の子が沢山いるから中々思うように近づけない…というわけですかな?」

 

「っ!い、言わないで下さいぃ!」

 

僕の名推理(誰が見ても分かる)を披露すると、図星を突かれたのか明らかに動揺してるももちゃん。うーむ、ここは手助けした方が良いのだろうか?

 

「はぁ…あたしって、いっつもこうだ。折角先輩に明後日の誕生日のお祝いしてもらいたかったのに、そんな時に限って先輩は…」

 

これはかなりグロッキー状態なのでは?というかももちゃん明後日誕生日なのか…。さっきみたいにお祝いしてあげればいいのかな?

 

「ももちゃん、ももちゃん」

 

「…はい?」

 

僕はすっかり元気を失くしているももちゃんにサプライズを披露してあげた。

 

「コラーッ!!!」

 

「わっ!な、何ですかいきなり…」

 

びっくりして尻餅をついたももちゃんに向かって、僕は得意げに答えてみせた。

 

「お誕生日ってこういう風に祝うって、さっき間宮さんの誕生日祝ったばっかりだから完璧でしょ?サ〜プラ〜イズって」

 

「本当にびっくりしたんですから!!もう先輩のバカーッ!!」

 

ももちゃんはそう吐き捨てて走り去ってしまった。残された僕はといえば、ガーンっという表現が正しくぴったりなほどその場に崩れ落ちていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほーん…んで、わざわざ妾の所まで来て泣きついてきたってことじゃな?」

 

「うぅ…ももちゃんに嫌われちゃったよぅ〜!もう一生お話してくれないんだぁ!?」

 

この調子でふらふら学園内を彷徨っていると運良くアイラさんのいる部屋に辿り着いたので、話を聞いてもらっていた。もちろん入ってから気がついたけど、ここには他の生徒さんもいるわけで、その人たちには悪いと思いつつも一緒に聞いてもらっていた。

 

「じゃからって、何で妾んとこに来るんじゃ!もっと暇そ〜なのが他にいるじゃろ!」

 

「だってアイラさん、僕のコレ(親指)なんでしょ?」

 

「指が違うわい!コレ(親指)じゃなくてコレ(小指)じゃ!」

 

うぅ〜っと僕とアイラさんが目線で戦っていると、横からおっとりとした女の人がやんわりと仲裁に入ってくる。

 

「まぁまぁ〜、アイラちゃんもJCさんもそのへんにして、ほらお菓子でも食べて落ち着きましょう、ね?」

 

ほんわか〜とした雰囲気で僕たちに語りかけるように話すのは僕が迷い込んだこの歓談部の象徴たる生徒の海老名あやせさんだ。彼女に止められてなのか、唸っていたアイラさんも視線を外して再びお茶を飲んでいた。しかし、こっちはまだまだ不完全燃焼なので、早くも第2ラウンドが始まろうとしていた。

 

「折角、お友だちになってくれるかもしれなかったのに…。僕はただ祝ってるつもりだったけど…何に怒ってるんだろう?」

 

すると、さっきからずっと一生懸命ドーナツを食べていたもう1人の女の子がおずおずと意見してきた。

 

「あの…もしかして、あなたに祝ってほしくなかったのでは……あっ」

 

彼女の一言で歓談部一帯の空気が凍った。一拍遅くその空気を感じとったのか、慌てて取り繕うとするも僕が沈むのが早かった。

 

「今のは日本語が苦手とかのレベルじゃないぞ…外人の悪い癖じゃ」

 

「エミリアちゃん、向こうでドーナツでも食べてましょうね〜」

 

「…す、すみません〜!!私の生意気な口はドーナツを食べて塞ぎます〜!」

 

2人の圧力に負けてはむはむと一心不乱にドーナツを口に含むエミリアちゃん。悪気は無いみたいだし、なんなら1番可能性高そうだし…。

 

「…ほれ、お主も黙っとらんで何か言え」

 

アイラさんが心底かったるそうに少し離れて座っていたシスターさんに話題を振る。すると、シスターさんは胸の前で手を組み、お祈りのポーズをとって一言だけ呟いた。

 

「神を信じ、神の御意志に従えば、貴方にも最良の未来が訪れるでしょう…」

 

…後光が差すって今みたいなことを言うんだろうなぁ。シスターさんがものすごく輝いて見えるもん。

 

「こりゃ!また性懲りも無く勧誘しおって!此奴に宗教なんか理解できるか!」

 

うーん、間違ってないけど失礼じゃない?ちょっとだけ脅しておこうかな。

僕はアイラさんの近くまで寄って、そっと耳元で囁いた。

 

「(また僕の血、飲ませるよ)」

 

途端にガタガタ震えだすアイラさん。前は強がってたけどやっぱり苦手だったんだ、僕の血は。あれ以来、1回も吸血しに来なくなったし…好かれてないんだろうな。

 

「とりあえず、暫く近づかないようにしてみます。僕もそれまでにやっておくことがあるので……相談に乗ってもらって、ありがとうございました」

 

僕は歓談部の皆さんにお礼を言って、そのまま部屋を出た。僕がやらなければいけないこと…それは二度と遊佐さんのような被害者を出さないために、パルチザンのような人たちを救うために、強くなること。そのためなら、たとえ誰に認めてもらえなくても、どれだけ傷ついても成し遂げてみせる。まずそのために約束してた彼女と手合わせしないと。

 

「たのもーっ!」

 

「ん?」

 

調理室の扉を開けて、今もなお食事を続けている明鈴ちゃんに挑戦状を叩きつける。明鈴ちゃんの他にも料理部の部員と思われる生徒が3人いるけどこの際関係ない。勝負の時は正に今この瞬間なのだ。

 

「ようやくヤル気になったアルね?1ヶ月もボクを待たせるなんて、君が相手じゃなきゃ我慢ならなかったヨ。でも、これ食べ終わるまでちょっとだけ待つネ」

 

明鈴ちゃんはすぐさま残りの料理にがっつくと、全て平らげて僕の方に向き直った。

 

「待たせたネ。今のボクは満腹で絶好調アル、それでもやるなら表、出るネ。小蓮、審判頼むアル」

 

僕は明鈴ちゃんの後を追って、校舎の外に出る。先に出て行った明鈴ちゃんは学園の中央広場で足を止めて、付近に危険が及ばないかを確認して場所を確保した。

 

「この時間なら他に生徒も居ないし、それなりに広いから大丈夫そーアルね。先にルールを決めておくアル。と言っても魔法を使わない、審判のジャッジに従う、くらいアル。簡単でしょ?」

 

「うん、わかった…小蓮ちゃん、審判よろしくです」

 

「うーん、なんかよくわからないけど…ワタシに任せるネ!では、2人とも…お互いに見合って、一礼するネ」

 

小蓮ちゃんの指示で僕と明鈴ちゃんは対面して互いに礼をする。それを終えると明鈴ちゃんはすぐに特異な構えを見せて、僕を迎え撃つ体制を整える。詳しいことはわからないけど、あれはカンフーの一種なのか。

 

「さぁ、君も構えるネ!」

 

明鈴ちゃんに促され、僕は小さく息を吐くと静かに拳を握りしめ胸の前で構えファイティングポーズをとる。そして、張り詰めた緊張感を逆撫でするように僕と明鈴ちゃんの間に風が吹いたのを機に、小蓮ちゃんの一声がかかった。

 

「それでは…試合開始ネ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところで小蓮さん」

 

「ん?マシロ、どうしたネ?」

 

小蓮はマシロと呼ばれる女生徒にちょんちょんと肩を叩かれ、振り返る。

 

「明鈴さんは何故あの“方”と戦いた“かった”のですか?方とかった……ふふふ」

 

自分で言ったことで1人不敵に笑っているましろ。ダジャレだ…。

 

「マシロ…もうそれやめるネ。聞いてるこっちが寒くなるヨ。明鈴が少し前に裏世界に行ったのは覚えてるアルか?なんかその時に約束したって言ってたネ。よっぽど素手で戦う魔法使いって肩書きに惹かれたネ」

 

話してる最中も、お互いに常軌を逸したスピードで拳の応酬を続けている明鈴と男子生徒。明鈴の拳法に引けを取らない男子生徒の防御や立ち回りには素人目から見ても眼を見張るものがあった。

 

「因みに、明鈴さんとあの方は、どちらが勝ちそうでしょうか〜?」

 

ましろの質問に対して、小蓮は少し考えてから率直な感想を述べた。

 

「今見てる感じだと…多分、明鈴が勝つネ。あの人、恐らく素人だし、ただでさえ満腹の明鈴に勝つなんて相当なことヨ。持って15分ってとこじゃないカ?」

 

すると、それを横で座って聞いていた里中花梨は心配の声を上げた、

 

「う〜ん…よくわかんねぇけど、怪我しねぇかだけ心配だべ」

 

「花梨は少し心配性ネ。それに明鈴にとっても良い機会アル。こっちに来てからまともに鍛えてなかったから、これを機にヤル気になってくれれば…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハッ!フッ!デヤァア!」

 

もう何度も隙を見て反撃しているけど、中々決定打になる一撃が決まらない。何度も捌かれて躱されて攻めすぎると逆にこっちが追い込まれる。確実に胴体に決まるはずのパンチもゆらりと躱され、明鈴ちゃんの反撃の掌底、追撃の回し蹴りが決まり、僕の体は地面に叩きつけられる。

 

「カハッ…!?」

 

綺麗に着地した明鈴ちゃんが挑発するように問いかける。

 

「もう終わりアル?ちょっと手応え無さすぎヨ」

 

その言葉に少しカチンときた僕はその場で跳ね起き、ぶるぶると顔を振り、もう一度気合いを入れ直して、再戦を挑む。

 

「うぅ……よしっ!来い!」

 

僕の合図を汲み取った明鈴ちゃんは再び僕めがけて走り出し、顔面に飛び膝蹴りを繰り出す。しかし、上体を逸らし寸での所で回避し頭上を通り越したその背中に後方回転蹴りを叩き込む。が、それを予測していたのか当たる直前で体を地面に沈み込ませギリギリで回避、同時に足払いを決める明鈴ちゃん。そのまま前方宙返りの要領で踵落としを繰り出すも、地面に倒れこむ直前にバックドンキーで体勢を戻して両腕で防御し、そのまま足を持って明鈴ちゃん諸共横に跳んで回転する。が、お互いに受け身を取り、まだまだ健在なので再び蹴りと拳の応酬になだれ込む。

拳を捌いて上段蹴り、防がれて正拳突き、躱して肘打ち、後方宙返りからの蹴りで相殺。

中々終わることのない打ち合いに、僕も明鈴ちゃんも自然と笑みがこぼれる。

 

「へへっ…こんなに長く戦ったのは万姫以外では君が初めてネ!やっと本調子になってきたカ?」

 

「…あぁ、殴られてやる気出てきたってところかな!おかげで色々昂ぶってきてるよ」

 

僕の乱打に次第に反撃の機会を失っていく明鈴ちゃん。それは疲れや痛みでは決してなく、でも確実にその変化は僕の中でも感じていた。

 

(痛みを受けてないのに、力が増してる…?攻撃してるこのタイミングで?)

 

僕が一撃を放つごとに体の奥底から力が湧き出てくる感じが確かにする。攻撃を防御した明鈴ちゃんがその勢いを殺しきれずに体勢を崩したのを好機に、足払いを決め地面に倒れこんだ明鈴ちゃんめがけて最大限の力を込めた拳を放った。

 

「…っ!やばっ」

 

僕はその刹那、一瞬で闘争心に支配されかけた意識を取り戻し、ギリギリのところで照準を逸らした。耳をつんざくような爆音と衝撃が周囲まで広がってしまったが、僕の拳は明鈴ちゃんの顔の横拳一個分空いたところにめり込んでいた。

 

「へ…あ、あの…」

 

恐怖からなのか口をパクパクさせている明鈴ちゃん。だけど異常なまでに昂ぶった僕の意識は既に限界を迎えていた。それを裏付けるように僕は有無を言わせずその場で気絶し、明鈴ちゃんの体の上に倒れこんだ。

 

「んっー!?お、重いのだ〜…し、小蓮!マシロ〜!花梨!退けてほしいのだ〜!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ん、ここは…痛ッ」

 

またこの景色、天井が見えるってことはまた保健室のベッドに寝かされているんだろう。ってことは多分明鈴ちゃんとの勝負は僕の負けだったということか……ん?

 

「…すぅ……んぅ……」

 

な、なんかお腹の横のところにもたれかかって、ももちゃんが寝てる気がするんだけど…?え、どういうことかな?

何となく悪い気がしたので、僕の体の上に乗っている手をそ〜っと退けようとするも、頑なに動こうとしない。

 

「…うぅん〜…!」

 

ぜ、全然ビクともしないじゃないか…!寧ろ余計絡まってきてるし。全く状況が飲み込めないんだけど…。あ、誰か入ってきた。

 

「遅くなってごめんね……あ、桃世さん…寝ちゃってるのね。あなたも意識が戻って良かった〜」

 

「は、はぁ…あの、あなたは?」

 

僕が見知らぬ女の人に体調の心配をされ困惑していると、改めて自己紹介をされた。

 

「あぁ、突然ごめんなさい。私は椎名ゆかり、この学園の保健委員よ。あなたは確かJC君よね?よく運ばれてくるから何となく覚えちゃったわ」

 

それを聞いていたたまれない気持ちになる。確かに裏世界から戻ってきたから、意識を失う回数が群を抜いて増えた気がするけど。

 

「あの、ももちゃんはいつからここに…?」

 

僕は今も傍らで静かに寝ているももちゃんのことをゆかりさんに聞く。

 

「確か、あなたが担ぎ込まれてきてすぐ後からだったから……もうすぐ3時間くらいかしら。あなたの意識が戻るまでずっと側に居るんだって聞かなかったんだから」

 

僕はその話を聞いてももちゃんの髪を優しくそっと撫でてあげる。そのせいか、ももちゃんは心なしか嬉しそうな顔を見せている。

 

「そう、ですか…。僕、実はももちゃんのこと怒らせちゃったんです。だから、今こうして近くに居てくれるってことが不思議で…本当だったら、僕みたいな奴の近くに居たくないはずでしょ?」

 

僕の話を静かに聞いていたゆかりさんは、何かに気づいたようで笑みを浮かべて答える。

 

「…成る程ね。あなた、感情を汲み取るのが苦手みたいね。恐らくだけど、桃世さんは全然怒ってないと思うわ。寧ろ恥ずかしがってるっていうか…」

 

「え、何でですか?」

 

「…それは私の口からは言えないけど、でもそういうところよ!言葉の通りに受け取り過ぎちゃダメってことね」

 

「う〜ん……よくわかんないけど、とりあえず安心して良いのかな。でも、これで喜んでちゃダメだよね……僕に何か出来ないかな…」

 

「…そうねぇ。それなら桃世さんが何か喜ぶことをしてあげるのはどうかしら?」

 

「喜ぶこと、か……あっ」

 

「…?どうかしたの?」

 

「ありました!ももちゃんが一番喜ぶこと!うん、これだったらきっと…」

 

僕はふと思い出したことを現実に出来ないかを考える。上手くいけば明後日の誕生日に間に合うかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、2日後の放課後、食堂の一部を貸し切ってささやかながらももちゃんのお祝いパーティーが開催されていた。ゆかりさんや夏海ちゃんに協力してもらって、ももちゃんの広い交友関係に何とか連絡が行き渡るよう奮闘してもらったり、ちゃっかり料理部のメンバーに特製ケーキを作ってもらったり、僕はといえばほぼ面識の無い転校生くんに出席してもらうため直談判しに行ったりとそれは忙しい2日間でした。もちろん会場にはお邪魔虫の僕の姿は無く、入り口の陰から祝福を受けて幸せそうなももちゃんの様子を伺っていた。

 

「ん…JCよ、そんなところで何やっとるんじゃ」

 

「あ、アイラさん。いや、別に……アイラさんは、あぁ…ケーキ食べに来たのね」

 

「相変わらずつまらん奴じゃのぅ…良いのか?向こうで一緒に祝ってやらんで」

 

「…えぇ、せっかくの良い雰囲気に水差すわけにはいきませんから。このまま退散しますよ…」

 

「ふ〜ん…ま、妾は別に止めはしないがの。お主の分のケーキも食べてやるから安心せい」

 

ハッハッハ〜と笑うアイラさんの頭の上に、僕はそっと手を置いた。

 

「…おい、何しておる」

 

「やっぱり変な感じだ。全然笑顔にならないじゃん…ウゴッ!?」

 

なんか普通に脇腹を蹴られた。

 

「許可無く女子の髪に触るなんて、お主相当のぷれいぼ〜いじゃの…。妾じゃなかったら通報もんじゃぞ?」

 

「うぐぅ……まぁ、その時はその時でしょう。僕のこと、嫌いなんでしょ?最近、転校生くんの血を吸わせてもらってるんだってね」

 

僕の追及に痛いところを突かれたのか思わず押し黙るアイラさん。たぶん僕は今までで一番冷たい視線を向けているんだろう。でも、なんかもう、そういうの…どうでもよくなってきちゃったな…。

 

「僕の体質が合わないんだよね。だから転校生くんに代わってもらった…要するに僕は御役御免ってわけかな?」

 

「お、おい…何を言っておる…」

 

狼狽するアイラさんを見て、乾いた笑いが込み上げてくる。

 

「ハハッ……“感情は言葉や態度に現れるものだけが真ではない”とはよく言ったものですね。今回の件でそれがよくわかりましたよ」

 

僕はそのまま完璧に理解した真意を告げた。

 

「別れましょう…アイラさん。今からは何の関係も繋がりもない、他人同士です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…不味いな。このままだと確実に裏と同じ結末を辿ることになる……彼が本格的に敵対する前に、早急に手を打たなければ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




【桃世ももの誕生日パーティーの様子】
わぁ〜!すごい豪華な…へ?歓談部と料理部の方々も一緒に祝ってくれるんですか?あ、ありがとうございますぅ!椎名先輩も岸田先輩も沢山の方々を招待してくれてありがとうございます!ヒャ!せ、先輩!?わざわざお祝いしに来てくれたんですかぁ!?い、いえ!まさか先輩が来てくれるなんて思わなくて…えへへ!本当に嬉しいです!でも、確か今日は1日予定があるって……へ?代わってもらった?誰にですか?え、どうしても言えない、男の約束って……先輩、いつにも増して意地悪ですぅ…。でも、ちゃんと来てくれてありがとうございます!
……あ、ちょっとだけ外しますね。あ、ありがとう!はい、ありがとうございま〜す!……ふぅ〜、本当にすごい人だかりだよぅ。でも、やっぱり居なかったよね……保健室に運ばれたって聞いてあの時怒っちゃったこと、ちゃんと謝ろうとして起きるまで待ってたけど、いつの間にか寝ちゃって結局お話できなかったんだよね……本当はJCさんにも祝ってほしかったんですよ?
あ、アイラちゃんだ。だ、大丈夫?なんかすごい青ざめた顔してるよ……え、JCさんと別れた…?ど、どういうことなの?


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第弐拾話 締めはサンフラワー 魔法使い

【PMC】
Private Military Companyの略。民間軍事会社。
営利目的で魔物の退治を行っている企業。政府や他の企業からの依頼で報酬を受けて任務を遂行する。
主な企業としては「ナチュラルエネミー」がハワイに駐屯している。


「うわぁ……綺麗だなぁ」

 

はい、現在僕は学園を飛び出しハワイという場所に来ています。というのも観光が目的ではなくて、PMCと呼ばれる民間軍事会社との合同訓練のために遠征してるんだとか。まぁ、例に漏れず未だに学園生からは距離を置かれている僕は班を編成させてもらえず、急遽組んでもらった今回の合同訓練の相手であるNE(ナチュラルエネミー)の一小隊と格闘訓練させられる羽目に。でも明鈴ちゃんと試合して以来、力の制御が効かなくなってしまい、演習相手5、6人を徹底的に叩きのめしてしまってやむなく訓練場から追放。罰としてビーチを20km走り終えるまで戻ってくるなと、精鋭部隊の何とかって外人さんに言い渡されて、それで現在進行形で走らされています。でも、今はサボり……ちょっとした休憩中です。

 

「これが“海”っていうのか…!噂には聞いてたけど、本物を見るのは初めてだ……ん?デバイスが…」

 

その時、ポケットの中に入れていたデバイスに着信の通知が来た。相手は……間宮さん?

 

〈あ、JC?も〜、今どこにいるの?こっちはもう訓練終わって自由時間だよ〉

 

「今、罰で砂浜走らされてる最中…まぁとっくに言いつけの20kmは走り終わってるけど」

 

〈え?だったら帰って来れば良いじゃん。何でまだ戻ってこないの?〉

 

「だって帰ったらまた軍人もどきの相手させられるんだもん。そうじゃなくても色んな人から距離置かれてるし…。ま、何かあればすぐ戻れるところにはいるから、このまま適当に時間潰してから帰るつもりだよ」

 

僕がそう言うと、通話越しでもなんとなくわかるほど黙ってしまう間宮さん。やばい、自虐が過ぎたか…?

そんな心配をしていると、間宮さんは意外な提案をしてきた。

 

〈そっか……じゃあさ、戻ってきてウチ達と一緒に遊ばない?〉

 

「…へぇ〜」

 

〈な、何よ…!ウチが誘ったら悪いの!?〉

 

何故か突然、僕に逆ギレをする間宮さん。自分で言ったのなら怒らないでほしい。プンプンだぜ、全く。

 

「いや、別に。いいよ…場所は?」

 

〈ウチらが訓練してたビーチ、わかるよね?急いで来ないと、もう誘ってあげないから!じゃあね!〉

 

ブツッと切られるデバイス。僕は目の前に広がる海に一抹の寂しさを感じつつも、後ろ髪を引かれる思いで目的のビーチを目指した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…よし、これでオッケーっと。智花っち、例の男子、こっち来れるって」

 

「本当?ありがとね、千佳ちゃん。私、その人の連絡先知らないし、面識もなくて話しかけづらかったから…」

 

千佳に電話をかけるよう取り計らってもらっていたのは、同じ班の南 智花だ。ハワイに来て合同訓練中にふとJCの話題が上がった際に、どういうわけかしきりにJCの存在を気にしていた。

 

「それにしても、まさか智花っちがあぁいうのがタイプだったとはねぇ〜…てっきり転校生一筋だとばっかり」

 

「へぇ!?千佳ちゃん!そ、そんなんじゃないよぅ!?」

 

千佳にイジられて赤くなる智花。それを近くで聞いていた松島みちるが会話に参加してくる。

 

「なになに?何の話してるの?」

 

「あ、実はね…」

 

千佳が智花がJCを呼び出したことをみちるに話した。

 

「へぇ〜…智ちゃんってば、意外と積極的なんだね」

 

「もぉ〜!みちるちゃんまで!?だから違うんだってば〜!」

 

2人にからかわれて、いよいよ困惑している智花。もとよりそれが真実なのを知っているので、こんな噂話として盛り上がるネタは無いのだが。

 

「はいはい、智花っちが転校生にぞっこんなのは、みんな知ってるから……まぁ、本人は知らないと思うけど」

 

「ふぇ!?きゅ〜…」

 

「あぁー!!智ちゃんが倒れたァ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ふぅ、意外に時間かかっちゃったな。えぇ〜っと、ビーチ、ビーチと……あ、これかな?」

 

少し遅れて到着した僕は、観光案内板を頼りに目的のビーチへ足を運ぶ。しばらく歩くと、無事に間宮さんの姿を見つけることができたけど、何やら忙しなくしていた。何かあったんだろうか?

 

「間宮さん、どうしたの?あれ、その子…」

 

「あ!JC、ちょうど良かった!それ、貰うよ!」

 

「あ、ちょっと…!」

 

会うや否やいきなり僕が持っていたスポーツドリンクをひったくって、日陰でぐったりしている女の子に少しずつ飲ませてあげる間宮さん。まぁ、貰い物だからいいんだけどさ。新品未開封だし。あ、終わったみたいだ。

 

「呼びつけといて、いきなりごめんね!あ、あとで飲み物代、返すからさ」

 

「いや、それ貰い物だから別にいいんだけど……その子、大丈夫なの?」

 

僕が女の子の体調を気遣うと、間宮さんは気負う必要ないと答えた。

 

「ちょっとのぼせちゃっただけだから、すぐに良くなるよ。でも、起きるまで一応あんたが付いててあげてよ」

 

「え、僕が?間宮さんは?」

 

「ウチは、ほら…ナンパされに行かないと!今回の合同訓練でPMCの人たちに少しでも声かけてもらわないと、せっかくの努力が…」

 

「あぁ…そういえばダイエット頑張って絶対に彼氏作るんだーって言ってたもんね。偉いな〜よしよし」

 

そう言って間宮さんの頭を撫でてみる。あっ、手退けられた。むっすーっとした顔してるし。

 

「うるさいなぁ…ウチのお爺ちゃんか、あんたは!とにかく智花っちのこと、頼んだからね!ほら、あんた達も一緒に行くよ!」

 

「えぇ!?私も〜!?」

 

「ノエルちゃんまで!?離して〜!!」

 

間宮さんに手を引っ張られて、ナンパ仲間に引き入れられていく見知らぬ2人の少女。何かよくわからないけど…ご愁傷様です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…うぅん……あ、あれ?私……あっ」

 

あ、起きたみたいだ。僕は目の前でゆっくりと体を起こそうとする少女を支え、着ていた自分の制服の上着を彼女の体にかけてあげる。

 

「えっ、あのこれは…?」

 

不思議そうに見つめてくる少女に、僕は目線を合わせず静かに答えた。

 

「…あんまり近くで見ない方がいいでしょ?それだけ」

 

「あっ…ありがとうございます。なんか、気を遣わせちゃって、ごめんなさい」

 

自分が水着を着ていることに気づいて、少し恥ずかしそうにしている少女。

そんな最中も、間宮さんがどうして目の前の少女と僕を引き合わせるような真似をしたのかに考えを巡らせていた。

すると、少女のほうから僕に話を持ちかけてきた。

 

「あ、私は南 智花です。実は私が千佳ちゃんに頼んで、JCさんに来てもらったんです。説明するのが遅れてごめんなさい」

 

そう言って律儀に謝る智花ちゃん。その対応を受けて、僕も改めて少し真面目に受け答えする。

 

「いや、それは気にしなくていいよ。僕はJC、よろしく。それで君の目的は何かな?」

 

僕がそう聞くと、智花ちゃんはどこか神妙な面持ちでポツリと呟いた。

 

「…最近、夢を見るんです。見渡す限り霧が広がってる街で、ものすごく大きくて、強い魔物が街を襲って…学園のみんなが力を合わせても…全然歯が立たなくて」

 

少し肩を震わせて辛そうに語る智花ちゃん。

 

「でも、そこには何故か転校生さんとあなたの姿がなかったんです…。何度見ても、その度に色々な場面を見ても、居ないんです…。それで以前遊佐先輩に相談したら、あなたに話を聞いてもらうといいよ…って言ってくださって」

 

遊佐さんが話に絡んできたことによって、僕はなんとなく話の流れを掴み始めていた。

 

「そっか…遊佐さんが僕に引き合わせたってことは、その霧が広がる街ってのは、多分“裏世界”のことか…。大きい魔物ってのはタイコンデロガ級じゃなければ“ムサシ”だと思うよ。向こうで生き残ってる学園生から聞いた話だから間違いないはず……第8次侵攻では確実に“ムサシ”が出る」

 

「じ、じゃあ…私が見た夢っていうのは…」

 

智花ちゃんが言おうとしている考えを、僕は裏付けるように告げた。

 

「智花ちゃんが見ているその夢は、第8次侵攻の全貌だと思う…」

 

その時、近くのビーチから轟音と悲鳴が聞こえてきた。そのすぐ後にそれぞれのデバイスに緊急の連絡が入る。

 

〈魔物出現!!近くの学園生と班を編成、迎撃せよ!!〉

 

僕と智花ちゃんはお互いに顔を見合わせて、すぐに駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、智ちゃん!こっちこっち!」

 

「みちるちゃん!ノエルちゃんも!」

 

一番近くのビーチに到着すると、少し離れたところに智花ちゃんの友達と思われる女の子たちが合流してくる。その喜びを感じるのも束の間、すぐ近くで魔物とPMCが既に戦闘に入っていた。

 

「智ちゃん、向こうでメアリーさんが呼んでたよ!わたしたち、同じチームだって!行こう」

 

「う、うん!JCさん、お話聞いてくれてありがとうございました!」

 

「…大丈夫だよ、智花ちゃんも、転校生くんも、学園のみんなも…きっと」

 

「…はい!」

 

それを皮切りに僕たちは分かれる。僕の思いは伝わっただろうか?

僕は振り返って、残ったもう1人の少女に向き直る。

 

「お兄さん!お兄さんはこの“スーパーサポーター”ことノエルちゃんと同じチームだよ!よろしくね!」

 

「…あぁ、お手柔らかにね」

 

見るからに元気はつらつとしたこのノエルという少女、なんか今までとはまた違うタイプの子だなぁ。

 

「ほらほら〜、わたし達の担当範囲はここじゃないよ!早くさらちゃんのところに行こう!」

 

「えっ…のわっ!?」

 

僕はそのまま天真爛漫なノエルちゃんに半ば強引に引っ張られて別班に合流し、一般市民の避難誘導、波打ち際での魔物迎撃、PMCの援護を作戦終了までそつなくこなして、無事にハワイ演習を終えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ〜…かと言ってサボってばっかりじゃダメだよなぁ」

 

学園に帰ってきて早々、僕は本来なら授業を受けていなければならないにもかかわらず、芝生の生い茂った木々に寄り添って寝転がっていた。規定の1ヶ月が経ったので僕はリリィからサンフラワーにクラス替えをしたその初日の午後イチで体調不良を理由に早退、そのまま放課後の今に至るというわけだ。もちろん体調不良は仮病ではなく、派手な戦闘をするごとに疑惑から確信に変わっていった。それでも毎回気絶するところからギリギリ意識を保っていられるくらいには丈夫になったと褒めてほしい。

 

「ん〜…ふあぁっ…眠っちまうわ…」

 

心地よい風が鼻先を擽るように吹く。自然と瞼が重くなり、少し静かにしていれば自分の寝息さえも聞こえ始めるそんな甘美な瞬間に、奴らがやって来た。

 

「(…ねぇ、ノエルちゃん!本当にやるの?やっぱりやめようよ…)」

 

「(大丈夫、大丈夫。このお兄さんは噂ほど怖くないから!それにもしバレても怒るほどじゃない楽しいタイプの落書きだから!)」

 

カキカキ、キュッキュッ…

 

「(さらちゃんも、何とか言ってよぉ…)」

 

「(はぇ〜、ぐっすり寝てますねぇ。ずいぶんとお疲れだったんですかぁ?秋穂ちゃん、これなら起きなさそうですよ〜)」

 

「(さ、さらちゃん〜!)」

 

カキカキ、キュッキュッ…

 

「(うわぁ、もうこんなに…)」

 

「(秋穂ちゃん、心配いりませんよぅ。これはちゃぁんと水で洗えば落ちるペンなのですぅ!)」バァーン!

 

「(さ、さらちゃん!)」パァア!

 

「(…ご、ごめん2人とも。わたし間違って自前の油性ペンで描いちゃってるみたい…)」

 

『(えぇええ〜っ!!?)』

 

「あばばばば、あばばば…ど、どうしよう!?」

 

「こ、こうなったら最後まで行くしかありませんっ!全力ふるすろっとるですよぉ!」

 

「さ、さらちゃん落ち着いて〜!もう素直に謝ろうよぉ!?」

 

「秋穂ちゃん…覚悟を決めるときだよ」

 

「ノエルちゃん!?」

 

「もうわたしたちは一歩も引けないところまで来ちゃってるんだ。なら、もう走りきるしかないよ!」

 

「…いや、謝ろうよ!?」

 

「それにちょっと画風が変わるけど、ほらこことか手直しすれば意外と…」カキカキ

 

「の、ノエルちゃん…」

 

「猫さんの要素も足して、許してにゃん♪というオチを…」

 

「それは誰に対する言い訳!?」

 

「ワンワン!」バシバシ

 

「あ!シロー、ダメですよぉ……あれぇ?」

 

「お、おぉ…これは!」

 

「うわぁ〜……綺麗…!」

 

むくりと僕は体をを起こす。何で目の前にまた知らない少女たちがいるのかはこの際置いておこう。僕はノエルちゃんから手渡された手鏡で顔を見るよう合図され、訳もわからず渋々確認する。そして、いろんなことが頭の中に過ぎったけど、おそらく今一番ぴったりなセリフを言おう。

 

「…ジェ○クルキャ○ツを知っているか?」

 

CA○S、絶賛公演中!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




【散歩部】
部員は仲月 さら、瑠璃川 秋穂、冬樹 ノエル。
JC曰く“小悪魔の申し子予備軍”


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第弐拾壱話 引っ張れ!魔法使い

朝比奈(あさひな) 龍季(たつき)
授業をサボってケンカに明け暮れる学園一の不良。寄るもの全て傷つける乱暴者の雰囲気が強いが、よく見ると犬の毛があちこちについている。仲月さらの飼い犬シローを撫でている所も結構目撃されており、彼女にも心を許すものはあるようだ。


「…何で起きて早々にCA○Sやらなきゃいけないの?ちゃんと説明してよ、ノエルちゃん」

 

「あ、あはは〜…そこは成り行きというか、その場のノリというか…」

 

そう言って何となく笑顔で誤魔化そうとしているノエルちゃん。もちろんそんなことで誤魔化される僕ではない、現に側にいる2人の女の子が犯人はノエルちゃんだって、僕に視線で訴えているし。お仕置きじゃ。

僕は無言でノエルちゃんのほっぺたを両手の手のひらで挟む。あ、自然と口がタコのような形になってる。

 

「うぇ!?にゃ、にゃにしてるのぉ!?」

 

「……ぷっ、くくっ…酷い顔だなぁ……アハハッ!」

 

「うわぁ〜!ノエルちゃんのお顔、タコさんみたいですぅ!」

 

「さ、さらちゃん…!面白がってちゃダメだよぅ…ふふっ」

 

2人にからかわれたことで勢いがついたのか、僕の拘束から抜け出して荒ぶるノエルちゃん。

 

「ぅあー!さらちゃんも秋穂ちゃんも、この私を裏切ったなぁ〜?この恨み、晴らさで置くべきか〜!」

 

怒りからなのか、2人の前に立つノエルちゃんのシルエットが普段の三割増しに見える。当然ちゃあ当然だけど、ノエルちゃんも本気で怒っている訳ではなく、それはあくまでポーズ…つまりは見せかけだ。でもそれだけでは終わらせるつもりはない。目には目を歯には歯を、である。

 

「でも、こっちが先ね。君たち、ノエルちゃんのこと押さえててもらってもいいかな?」

 

「はいですぅ!」

 

「ノエルちゃん、ちょっとは反省しないとダメだよ?」

 

「えっ?えっ!ちょ、何で腕掴んでるの?お、お兄さん…それ、油性ペン……にゃーっ!!?」

 

両脇を2人の女の子に固められたノエルちゃんは、抵抗むなしく僕の“お返し”を有り難く受け取ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ…」

 

同じ頃、歓談部の部室で1人静かにお茶を飲んでいるアイラの姿があった。しかし、いつものような覇気は無く、どこか哀愁漂う感じだ。その様子は同じ室内にいるエミリアとあやせも感じ取っているようで、本人に聞こえないように話題にしていた。

 

「(あやせさん、東雲さんは一体どうしてしまったのでしょう?もう1ヶ月くらいはあぁでは…)」

 

「(う〜ん…流石にずっとあの様子だと、少し心配よね〜…。やっぱり原因は“コレ”かしら?)」

 

あやせはデバイスから1ヶ月前に校内掲示板に張り出された記事の写真を見せる。報道部が書いた記事、そこには『JC×東雲アイラ 破局!吸血少女と不良少年の禁断の恋、終焉…か?』の文字が大々的に宣伝されていた。

その記事を見たエミリアがぼそっと率直な感想を口にする。

 

「(もしかして前にここに来た時も、お二人はその…お、お付き合いしていたんですか?)」

 

「(…うふふ。エミリアちゃんはそういうことに疎いものね〜)」

 

「(あ、あやせさ〜ん!?)」

 

恥ずかしそうに言うエミリアの様子が可愛かったのか、少しからかい始めるあやせ。案の定、エミリアは頰を赤らめ手をぶんぶん振り回しながら取り乱していた。およそ2頭身にデフォルメされて。

 

「(でも、やっぱり心配よね…ちょっと話してみるわ)」

 

そう言ってアイラと対面する席に座るあやせ。

 

「ねぇ、アイラちゃん」

 

「…んぁ?何じゃ、あやせ」

 

若干反応が遅いが、遠い目をしながら返事するアイラ。これは重症だ…。

 

「何かあれば、わたしたちにいつでも話してね〜。ほら、エミリアちゃんももっとたくさんお喋りしたいって」

 

「そうですよ!東雲さんが元気無いと、歓談部も活気がありませんし…」

 

「…心配するでない。奴とは何ともないわい」

 

そう言って儚げな笑顔で答えるアイラ。その返答を受けて一応の了承を得たあやせとエミリアはそれ以上の言及はしなかった。

そして、アイラは自分にしか聞こえない声で呟いた。

 

「…何とも、無くなったんじゃ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よしっ、これでオッケーっと。ほらノエルちゃん、出来たよ」

 

そう言って出来上がったのは、前髪をゴムで結んでおでこに“肉”の文字を携えた、ほっぺに大きなぐるぐる巻きの模様を描かれた不満顔のノエルちゃんだった。

 

「ぶーぶー!お兄さんってば酷いよぅ!そういうところ本当にキライだよっ」

 

「あれぇ?でもノエルちゃん、JCさんにラクガキされてる間、 すっごく嬉しそうなお顔してませんでしたかぁ?」

 

「うんうん、ほっぺに手を添えられてる時とかこの世の幸せみたいな顔してたけど…」

 

「…だってぇ〜!」

 

ぶんぶん顔を振って取り乱しているノエルちゃん。この学園の女の子はみんな多感なお年頃なんだって間宮さんとかが言ってたけど、こういうことなのかな…?

そんなことを考えている矢先、何処からか怒号とものすごい勢いでこっちに迫ってくる足音が聞こえてきた。

 

「さらから離れやがれェエエエエッ!!!」

「秋穂秋穂秋穂秋穂秋穂秋穂ーっ!!!」

 

ズドドドドドッ!!!という擬音がぴったりなほど別方向から僕目掛けて文字通り突進してくる謎の2人の女性。

 

「うわぁああああ〜っ!?」

 

『じ、JC(お兄)さん!!』

 

その勢いに任せて僕の体は見事に宙を舞い、高さ5.6mほどの木の枝に上下逆さまに吊るされる形で漸く留まることに成功した。

 

「さら、あの野郎になんかされなかったか!?」

 

「…?大丈夫ですよぉ。いっしょにおしゃべりしてただけですぅ」

 

「秋穂ーっ!お姉ちゃんが近くに居なかったばっかりに怖い思いさせてごめんねぇ〜!!」

 

「お、お姉ちゃん!?それよりはやくJCさんを助けてあげて!」

 

「えっ、えぇ〜…あ、秋穂がそう、言うなら…クッ!」

 

「たつきさんもお手伝いしてあげてくださいですぅ」

 

「…んぇ?いや、でも…「たつきさんっ」…わかったよ!ったく…」

 

あ〜…結構、雑に引っ張られてる…いだだだだだだ!!秋穂ちゃんのお姉さんが持ってる方の腕に爪食い込んでる!?あ、首から落ちた。

 

「ふがっ!」

 

ゴキィって首鳴ったけど、これ大丈夫か…って、うわっ!?

 

「ち、ちょっと…!」

 

「テメェ…さら達に手ぇ出しやがって!ただで済むと思ってんのかァ!!」

 

倒れた僕の胸ぐらを掴んで無理矢理体を起こさせるたつきさんと呼ばれる女性。凄んで見せるけど、でもこっちももういい加減に我慢の限界だよ!

僕は胸ぐらを掴んでいる手を掴み返して、宣言した。

 

「…こっちだって、手加減しないぞっ!」

 

そのまま掴んだ手を外側へ捻り、胸ぐらから離すことに成功する。これは護身術の一種で、本とかによく載ってるけど意外と決まる。お互い体が自由になったことで、自然と闘志に火がついた。

 

「っ!てめぇ…さら!止めんなよ!こいつだけは絶対ぇぶっ潰す!オラァ!」

 

勢いをつけて殴りかかってくるたつきさん。僕も応戦して嫌なくらいに大振りの拳を防御し、何度も捌く。

 

「……」

 

「…え、お姉ちゃん?」

 

「…あぁ!クソッ!何で当たんねぇんだよ!!」

 

何度も攻撃を躱したり捌いている内に、苛立ちと疲れを見せるたつきさん。今回は早めに終われそうだぞ…と思った矢先、正面のたつきさんとは別の人物から思いがけない追撃を受けた。

 

「…ウグゥ!?カハッ…」

 

背後から蹴り飛ばされ、体勢を崩して地面に倒される僕。慌ててその人物の方を見ると、さっきとは打って変わって冷徹な視線を向ける秋穂ちゃんのお姉さんだった。雰囲気から察するに2対1ってことよね……やりますか。

無言で向かってくるお姉さんに対抗する為、その場で跳ね起き激しい蹴りを何度も防ぐ。

 

「ふっ!…くっ!これ、激しッ!」

 

的確に関節の部分だけを狙い澄まして攻撃してくるお姉さんと雑だが大振りで威力もあるたつきさん。同時に2人に攻められ僕は自ずと防戦一方になりつつあった。

 

「おい、テメェ!何のつもりだ!?」

 

「勘違いするな。私はただ確かめなきゃいけないことがあるだけだ」

 

「…ちっ、邪魔すんなよッ!」

 

口ではそう言いながら、絶妙なタイミングで間髪いれずに攻撃して、まるで反撃の隙を与えてくれない2人に焦りを感じつつも、何とか攻撃を捌いて反撃のチャンスを狙っていく。

 

「お姉ちゃん!もうやめて!」

 

「あわわ、あわわわわっ!?ど、どーしよ!?止めなきゃマズいよね!?でもアレをどうこう出来そうもなさそうなんだけど…」

 

ノエルちゃんはそう言いながら、目の前で繰り広げられる拳の応酬と常人離れした回避を見て、そこに加わることを躊躇した。そりゃ平気で前宙とかバク転とかする奴が居るもんな、僕だけど。

 

「ハァ…ハァ…さ、流石に2対1はキツイな……うわっ!?」

 

一瞬、疲れに意識を支配された瞬間、お姉さんの足払いが決まり背中から地に倒される。そこに拳に雷撃を纏ったたつきさんが追い打ちをかける。ちょ、まさか、気づいてないのか!?

 

「それ、シャレにならんって!!」

 

僕は急いでその場を飛び退いて、ギリギリのところで拳は地面に激突する。しかし、それだけでは終わらなかった。

 

「…っ!?やべぇ!?」

 

たつきさん自身がその力の危険性に気づいた時には既に雷撃が周囲に走り始めていた。どうやら本人にもまだ完全には制御出来ないらしい…ってそんな悠長なこと言ってる場合じゃない!

 

「くそっ!止まらねぇ…!?この前はちゃんと出来たじゃねぇかよ!?」

 

たつきさんが何とか自制を試みてはいるものの、一向に放電が止む気配は無い。その間にもお姉さんはノエルちゃんたちの前に立ち、障壁の魔法を張って身を守ってくれていた。でも、それはいつまでもは持たない。何とか打開する手立ては……ん?何だこれ…。

 

「これは…霧?いや、違う…たつきさんの魔法、なのか?」

 

突然、目の前にぼんやりと見えた複数の線状の気配。辿って見れば、たつきさんの雷撃魔法とその線が重なっていることに気づいた。僕は何の気なしにそれらを全部束ねるようにして、自分の方に引っ張った。

 

「あがががががが!ぉいいいややっほぉおおッ!!?」

 

「…!」

 

その刹那、全身という全身にたつきさんの放っていた電撃がその軌道を変えて集約し、僕に襲いかかってきた。何で!?

 

「…そ、そんな、バカな…がくっ」

 

電撃をモロに受けた僕は、強化の甲斐も虚しくその場に倒れこんでしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…んぁ?あ、あれ…この天井ってことは…また保健室に運ばれたのか……あっ」

 

頭がぼんやりしながらも意識を取り戻した僕は、ふとベッドの脇の椅子に誰かが腰掛けていることに気がついた。

その人物はやけにやる気のなさそうな声色で、僕に話しかけてきた。

 

「…おや、よーやく起きやがりましたね。寝坊助さんは取り締まっちゃいますよー」

 

「は、はぁ…で、あなたは?」

 

僕が聞き返すと、少女は気怠そうに組んでいた足を組み替えながら答える。あっ…す、スカートの中がみ、見えそう…も、もうちょい…。

 

「どーも、風紀委員長の水無月風子です。いちおー説明しておきますと、これ演技なんで。ダラーっとしてた方が油断するでしょう?アンタさんも顔に似合わず“スケベェ”なんですねぇ…現行犯で懲罰房にぶち込みますよ?」

 

そう言いながら自分でスカートの端をつまんで、ひらひら〜と誘惑する風子さん。は、嵌められた!?

 

「とゆーわけで、ウチと取り引きしましょ?2、3質問に答えて頂ければ、アンタさんが今まで破壊した学園内の施設の弁償や落としてた分の単位を補償するように掛け合ってあげてもいいですよー。どうです?」

 

「うっ!…やっぱバレてたんだ。今までお咎めなしだったから、てっきり上手く誤魔化せてるのだとばっかり…」

 

「取り引きってゆーのは、交渉材料とタイミングが大切なんです。今までアンタさんを泳がせておいたのは、この為なんですよー」

 

ふっふーんっと腕組みしてドヤ顔を決めてくる風子さん。なんか子供が背伸びしてるみたいで可愛らしいな。

僕は素直に負けを認めて、風子さんの要求を呑むことにした。

 

「んじゃあ、まず1つ目。アンタさんが倒れた原因でもある朝比奈龍季の雷撃魔法、本人にも制御不能だったそれらの軌道をアンタさんが変えたらしーですね。一体どんな魔法を使ったんですか?」

 

「…さぁ、本当のところは僕にもさっぱり。ただ、雷撃の方向と重なるように、目の前に黒か紫色の線がぼんやりと見えたんで、それを引っ張ったら雷撃も僕の方向に…って感じですかねぇ?」

 

僕の話を聞いて、何かを見定めるように静かに頷いている風子さん。納得してくれたのかな?

 

「…じゃあ、2つ目。最近アンタさん、生徒会や宍戸結希、それに東雲アイラの所に顔を出してないらしーじゃねーですか。何かあったんですか?」

 

「…別に、ただ気づいたんですよ。みんな僕のことを気遣うフリをして、結局は僕の体質が目当てだったんだって…。言葉だけを正直に受け取って、踊らされて、利用される。それに気づかされたのはつい最近でした。自分が何者かもわからない、誰につけられたも知らない名前を名乗って、誰かの人生を代わりに生きてる!そんなの、もう…嫌なんです」

 

「…なるほど。それで不良疑惑に拍車が掛かったとゆーわけですね。あえて素行の悪い生徒を演じることで、周りの生徒からの接触の一切を断ち切る…と。ふーん…」

 

僕はここ最近の自分の行動を省みる。思い返せばいつまで経っても噂を鵜呑みにして打ち解けることが出来ない周りの生徒や優しい言葉をかけて巧みに利用してくる人たちに少し苛立ちを感じていたのかもしれない。どうして自分を分かってくれないんだ、他の人と同じように扱ってくれないんだ、可哀想な目で見るんだ…と。

 

「…ま、それでもいーんじゃねーですか?」

 

「…へ?」

 

風子さんのあまりにも心のこもってない言葉に、僕は思わず気の抜けた声を上げてしまった。

 

「だから、別に誰とでも仲良くする必要なんかねーってことです。むしろ似たような境遇なのに、誰からもよろしくやってる転校生さんとかのほーがおかしいんですよ。何であそこまで分け隔てなく誰とでも仲良くできるのか…。ふつーに生きてりゃ、人間どっかで蟠りみたいなのがあるはずです。よーするに、アンタさんはふつーなんですよ、ふつー」

 

「風子さん…」

 

僕は思わず言葉を失った。自分は特別だ、周りとは違うと過剰なまでに期待をかけられてこの学園や裏世界で過ごしてきたけど、そんなことなかったんだ。ただ無理をして背伸びしていただけの状態だったんだ。

 

「とは言え、風紀を乱す素行不良の生徒を更生させるのも、ウチら風紀委員の仕事なんで。あんまりメンドーごと起こさねーでくだせーよ?何ならいっそ、ウチらのところに来ます?なんかあれば授業も免除ですし」

 

「…え!?いや、それは…」

 

突然の誘いに戸惑う僕に、風子さんは何故か悪戯っぽい笑みを浮かべていた。

 

「ふふっ、じょーだんですよ。あんまり本気にしねーでくだせー。んじゃ、そろそろウチは退散しますわ。いちおーこれでも風紀委員長なんで、放課後にチュッチュイチャラブしてる生徒さんをパクらないといけないもんで。あー、めんど」

 

そう言いながら、かったるそうに保健室を出て行こうとする風子。しかし、突然何かを思い出したかのように振り返った。

 

「あ、そうそう…さっき虎から聞いたんですが、もし第8次侵攻が来なかったら、来月の頭に裏世界に行くらしいですよ。まぁ、アンタさんは向こうに行くと必ずと言うほど体調を崩すみたいなので、今回は見送りだと思いますが…いちおー伝えておきますわ。それではー」

 

 

 

 

 




水無月(みなづき) 風子(ふうこ)
幼い外見、ヤル気のなさそうな言動とは裏腹に、違反を見つけたら瞬く間に拘束、処罰を与える【鬼の風紀委員長】。学園の治安を乱す報道部を目の敵にしており、特に部長の遊佐鳴子との、知力を駆使した対決は一種の風物詩。生徒会に対しても不満を抱いている。今まで沈黙を保ってきた風紀委員長がJCに近づいてきた理由とは…?


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第弐拾弐話 燃やせ!魔法使い

来栖(くるす) (ほむら)
常日頃より集団からはぐれて過ごすネクラな少女。魔物に対して異常ともいえる憎悪を燃やしており、通常授業をフケてまで魔法の練習に励む。弱冠13歳でありながら精鋭部隊に所属するだけあって実力は高いが、まだまだ精神的に幼いのも事実。JCとは全く接点がないにもかかわらず、異様な親近感を覚え始めている…。


10月末日、今日も学園は至って平和……いや、一部の人たちは忙しなくしているか。授業を終えて寮に帰ろうとしていたら、偶然廊下で会った夏海ちゃんからその原因とも言える情報を小耳に挟んだ。なんでも“傷の魔物”と呼ばれる恐ろしく強い魔物が発生し、その討伐クエストを転校生くんと精鋭部隊の来栖 焔さんの2人が指名されたらしい。でも、通常のクエストとは違ってかなり危険なクエストらしく、それに対してわざわざ名指しされているってのにも、なんか意図を感じる。それも良くない方の…。

 

「まぁ、残りの精鋭部隊とその他にも何人か付き添うみたいだから特に心配する必要も無いか……そんなに仲良いって訳じゃないし、来栖さんに関してはそもそも知らないし」

 

僕の心配は杞憂に終わり、そのまま帰ろうと歩き出したところで、ふとズボンのポケットにしまっていたデバイスから通知音が鳴った。画面を見ると送り主はももちゃんだった。正確にはももちゃんがアルバイトをしているMOMOYAと言う名の購買部からの商品入荷のお知らせだけど。一通りリストを確認して、その中でも一際目を惹くモノがあったので、急遽予定変更。MOMOYAへレッツラゴ〜。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いらっしゃいませ〜!って、ひゃあ!?せ、先輩じゃないですかぁ!な、なんで急に…」

 

なんかすごいびっくりされた。別に今までだって意図して避けてたわけじゃないんだけど。でも今日は違うよ!なんてったって一目見たときからずっと探し求めていた“アレ”が遂に入荷したのだ。

 

「まぁた先輩って呼んで……そんなことよりも!ももちゃんにお願いがある。これ、1つお願いします!」

 

僕はMOMOYAからのお知らせの画面に赤丸をつけたページを見せる。ももちゃんは最初はなんでかびっくりしてたけど、すぐに店の奥に消えていき、また品物を持って戻ってきた。

 

「えっと、本当に“これ”でいいんですか?」

 

「うん!ありがとっ!うわぁ…これが夢にまで見たあの…!」

 

きっと今の僕はものすごく輝いて見えるだろう。だって待望の“アレ”が今、僕の目の前に…!

そんな感動を噛みしめている僕に、ももちゃんが何処かに不思議そうに尋ねてきた。

 

「あのぉ、ものすご〜く感激してるところでこんなこと聞くのはどうかと思うんですけど……これって所謂“コーヒー”ですよね?普通の紙パックの」

 

「…?何変なこと言ってるの。これは真の大人にしか味わえない至高の飲み物だよ。僕も本物を見るのは初めてなんだぁ…!僕より年上なのに知らないんだ?ももちゃんも意外とこどもだなぁ」

 

「えっ…いや、知らないわけじゃないんですけど。あ、あと私、子どもじゃないです!先輩よりはお、大人ですぅ!」

 

どういうわけか、ももちゃんが自分の方が大人だと張り合ってきたけど、ぜ〜ったいそんなことないね。だってコーヒーの価値がまるで分かってなかったもん。よって、ももちゃんはお子様。

 

「んじゃ、早速代金の支払いを…0の桁は4つ?5つ?」

 

「紙パックのコーヒー1個ですよ!?そんなにしませんよぅ!」

 

「大丈夫大丈夫、お金ならいくらでも払うから。諭吉さん?諭吉さんが5枚が良い?10枚でも良いよ?」

 

「だ〜か〜ら〜!?そういう問題じゃないんですってぇ!!もっと安いですから!100円です、ひゃ・く・え・ん!」

 

僕が相応の代金を支払おうとすると、ももちゃんは目をぐるぐる回してまったく対応してくれない。挙げ句の果てに100円でいいなどとぬかしているではないか。僕にだって物の値打ちくらい理解できるぞ。でも本当に欲しいものには有り金を全部はたけってアイラさんが………あぁ、今は絶交してるんだった。やっぱ訂正。

 

「本当に100円で良いの?折角この前口座っていうのを作ってもらってから、お金使いたくて堪らんかったのよね。いやね、今までずっとクエストで貯めたお金が使えるん…使える…って、あれ?」

 

「…?どうかしたんです?」

 

「…な、無い!?えぇ!うそぉ!?」

 

僕はついこの間作ってもらった通帳の中身を見て驚愕した。いやだって、お金はちゃんと振り込まれてましたよーって風子さんが言ってたし…言ってたし。

すると、通帳を覗き込んできたももちゃんが、何かに気づいたようだ。

 

「あれ?これ、昨日の日付でほとんど引き出されてますよ?」

 

「えっ!な、何だって!?うわ……本当だ。残高が……51円になってる……ほわぁ〜」

 

「うわぁ〜!!先輩の口から魂出てるぅ!?も、戻ってきて下さ〜い!!」

 

ももちゃんが必死で僕の両肩を掴んで、前後にぶんぶん揺らして魂が抜けかけている僕の意識を取り戻そうとしている。でもね、無理なのよ。僕の全財産51円じゃ100円のコーヒー1個すら買えんのよ。思えば前回の話で僕が破壊した学園の修繕費がどうとかって風子さんが言ってたような気がするけど……あれ、まさかその分のお金抜き取られてる?通帳渡した時の風子さん、なんかすっごい嬉しそうな含みのある笑顔だったような気がするんな〜…。

 

「どうします、これ?とりわけ人気商品ってわけでもありませんし、一応取り置きも出来ますけど…」

 

ももちゃんが気を遣ってくれてなのか、どこか申し訳なさそうに提案してくれる。だけど、そこで甘えていいのだろうか?いつの日か聖奈さんも言ってたじゃないか。

“労働には対価を”

その想いに体が同調した僕に、もはや迷いはなかった。

 

「…ちょっとクエストこなしてくる!傷の魔物……一攫千金じゃああああ!!」

 

後日、この時のことを桃世ももは語った。光の速さで走り去ったJCの瞳には間違いなく結城聖奈の魂が宿っていた。だって誰が見てもわかるくらいに目が¥の形になっていたんだ、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…っ!“スカーフェイス”出現。来栖さんと転校生さんが戦闘に入った模様。私もこれより詳細なデータをスキャンし、随時送信します」

 

学園との通信を終えた私は、すぐさま今回の討伐対象である傷の魔物ことスカーフェイスの全体を解析するため、多少の危険を顧みずにスカーフェイスに迫る。今回の私の目的はスカーフェイスの討伐ではなく、霧の魔物に人間の手が入っているかを確認することだ。もしその確証が得られた場合、それは霧を操ることで人類に仇なす存在ーーーつまりは“テロリスト”がいるということになる。私の任務はその繋がりを明らかにすること。それだけ……のはずなのに。

 

「…危なっかしい戦い方をするわね。他の精鋭部隊は何をやっているの。あんな魔物、2人だけで倒せるはずないのに………っ!」

 

気づけば私は氷の魔法でスカーフェイスの背後を攻撃していた。その理由は自分でもよく分からない。私の任務はスカーフェイスを調査するだけで、討伐ではない。なのに、どうして攻撃したの?

私の攻撃に気を取られたスカーフェイスに、今まで防戦一方だった来栖さんが隙をついて炎の魔法で反撃し、体制を立て直すため距離を取る。

幸い、スカーフェイスに私の存在は気づかれずに済んだけど、まだまだ討伐するには圧倒的に戦力が足りてない。残りの精鋭部隊が合流したとしても、恐らく紙一重の戦いになることは予想される。悔しいけど、私たちにそれを覆せるだけの力はまだ無い…。

 

「○*・<$〆=+>!」

 

スカーフェイスが咆哮と共に再び立ち直り、来栖さん達と合流した守谷さんと我妻さんと対峙する。私や来栖さんの攻撃を受けてダメージを負っている様子は微塵も感じられない。

 

「クソッ!!こんなもん全然効かねぇってことかよ!?絶対ェ燃やす!!」

 

その様子を見て焦りを感じたのか、来栖さんが無謀にもスカーフェイスに向けて高威力の炎をぶつけている。側に転校生さんがいるおかげで魔力の枯渇の心配が無いとはいえ、あれでは先に精神が参ってしまう。我妻さんが障壁を張り、守谷さんが援護しているけどそう長くは持たない。

 

「一体、どうすれば……「ーーーーー!ーーー!!」っ!」

 

今、遥か彼方から確かに何かが聞こえた。魔物の声?いや、違う。ちゃんとは聞き取れなかったけど、確かに人の声がした。その声に耳を傾けると、どうやらその声はどんどんこちらに近づいてくるようだ。その声の正体を探している私の目の前で、一瞬視界がブレた。

 

「%々*÷〒:|<=%$!!!」

 

魔物が奇声をあげながら、その巨体を大きく吹き飛ばされていく。私がそれを認識したのは、スカーフェイスを吹き飛ばしたあの人の姿を確認したときだった。

 

お金お金と叫びながら、意気揚々とスカーフェイスを殴り飛ばしたあの変な人を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…おいおい、あのトチ狂ってんのは何だ?あいつらが束になっても怯みもしねぇスカーフェイス、嘘みてぇにぶっ飛んでったぞ?」

 

その様子を見ていた精鋭部隊のメアリー・ウィリアムズが小馬鹿にした笑いを浮かべながら、隣にいる精鋭部隊の部隊長のエレン・アメディックに問いかける。

 

「あれは……ふっ、面白い。例の学園の秘蔵っ子の実力がどれほどのものか、見せてもらおうか…」

 

「…あ〜あ、アイツも偉ェのに目ェつけられちまったな。アタイはし〜らねっと……んじゃ、こっちも釘刺しておくか。おーい、来栖」

 

メアリーがデバイスで来栖 焔に連絡を入れる。その様子は高威力の魔法を連発させていた所為か、やや疲弊しきっていた。

 

『…ぜぇっ、ぜぇっ…ぐ、チクショウッ…!な、何だよ。あんだけデカい口叩いておいて、アイツに傷一つつけられねぇ…あんなポッと出の奴に先越されて。笑えるだろ?』

 

焔が自虐めいたことを口にする。が、普段は豪快でかつ厳しく接しているメアリーだが、心の底では1人で仇討ちに向かう焔の身を案じていたのだ。まぁ、そんなことは決して口にはしないだろうが。

 

「テメー、何バカなこと言ってんだ?まぁ、あのクレイジーマンが出張ってきたのは誤算だったが…それよりも、守谷と我妻がテメーを助けた理由が分かるか?」

 

『…知るかよ。同じ精鋭部隊ってだけだろ…』

 

「お前の望みは何だ?」

 

メアリーの短いその問いに対して、焔は微かな声で、だが確かな意志を持って答えた。

 

『…アイツに勝ちてぇ…!助けて、くれ…』

 

焔の告白を受け、背後からそれに応える声が聞こえた。

 

「…おい、目ぇ開けろよ。ったく、意地張ってねぇで最初からそう言いやがれってんだ」

 

「全くだ。これより二班に分かれるぞ。守谷・我妻・転校生は来栖の援護、私とメアリーはスカーフェイスの逃亡を阻止しつつ牽制して隙を作る。最前線はJCに任せているが……最終的には来栖が決めろ」

 

「えっ…」

 

エレンの指示に焔が唖然とした表情を浮かべていると、横から見ていたメアリーがニマァと良い笑顔で答えた。

 

「トドメ刺すのはテメーだ。派手にブチかましてやれ。今まで訓練してたんだろ?武田虎千代のホワイトプラズマ」

 

「なっ…!急に言われても、できるわけ…」

 

焔がメアリーの提案に驚きを隠せないでいる。ホワイトプラズマ…大量の魔力を放出し、レーザーとして攻撃すること。転校生による魔力譲渡によって、その威力と照射時間が飛躍的に伸びた。が、魔法使いが全員それを使用できるわけではなく、魔力を自在に操る才能が必要なのだが…。

 

「心配すんな。仕留めきれなかったら、そん時はアタイがきっちり殺してやる。気の済むまでかましてやれっ!」

 

メアリーに発破をかけられた焔は決意を固め、転校生に向き直し告げた。

 

「…転校生、アンタの力を貸してくれ!」

 

焔の願いを受け入れた転校生が首を縦に振ったのを確認したエレンが、その場で号令をかける。

 

「よし、それでは…作戦開始!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お・か・ね♪お・か・ね♪クエストこなしてがっぽがっぽ!」

 

僕はスカーフェイスと呼ばれる魔物を見つけるやいなや、すぐさま殴りかかった。初弾で吹き飛ばせた勢いで、スカーフェイスの体躯にリズムよく拳を打ち込んでいく。しかし、流石に強化無しの攻撃では決定打とまではいかず、もどかしく感じていた。

 

「ハッ!フッ!…ぃよっと!へへっ、これ気持ち良い?」

 

スカーフェイスの突進を身を翻して躱し、その間合いの中で胴体に回し蹴りを炸裂させて挑発してみる。

 

「☀︎♯○$€%°>^〜:!?」

 

するとスカーフェイスは言葉にならない声をあげて他の魔法使いの攻撃に目をくれず全力で突進してきた。僕はそれを真正面から対峙して、そして受け止め切れずに放り投げられ、付近の木々を薙ぎ倒していきながらようやく何本目かのところで、誰かに抱きとめられた。

 

「いつっ……あれ?君は、ノエルちゃん…?」

 

うん、最初はすごいそう思った。でもよく見たら、髪結んでないし、何より視線が怖い。ノエルちゃんって言った瞬間からすごい怖くなった。ぶるぶる。

 

「はぁ…私は冬樹イヴです。ノエルは双子の妹ですよ…ところで貴方はJCさん、で合ってますか?」

 

見るからに溜息を吐いた彼女は、どうやらノエルちゃんと双子の姉妹のお姉さんの方のイヴちゃんらしい。

 

「あぁ…うん、受け止めてくれてありがと。えっと、イヴちゃん、でいいのかな?あの、この手錠の意味は…?」

 

なんか気づかないうちに僕の左手とイヴちゃんの腰の部分が手錠で繋がっていた。えっ、早業すぎて全然反応できなかったんだけど。

 

「学園から連絡がありました。貴方、正式にクエストを受けずに討伐に参加しましたね?クエストの受注は2人以上が原則ですので、これはれっきとした校則違反です。風紀委員として見過ごすわけにはいきません……と、言いたいところですが」

 

一旦そこで言葉を止めたイヴちゃんは、鎖の部分に手を添える。すると、僕の左手とイヴちゃんを繋いでいた手錠がスゥ〜っと消えていった。

 

「今は緊急を要する事態なので10分だけ外します。それまでに精鋭部隊と協力して、スカーフェイスの討伐を支援してください。そうすれば今回の違反を不問に処す…というのが委員長からの伝言です」

 

僕は自由を取り戻した左手の感覚を確認しながら、相変わらず僕を追い詰めることに余念がない風子さんの嫌〜な笑顔を思い浮かべて苦笑する。

 

「10分か…結構厳しそうだね。んじゃ、最初から本気で行かなきゃだ……フンッ」

 

僕が戦う決意を固めると、僕の目がぽぅっと赫い光が灯る。ついこの間から僕の身に起こり始めた現象で、この状態だと攻撃する度に力が増す体質を発現させることが出来る。以前明鈴ちゃんと試合した時に感じたアレだ。

 

「…話には聞いていましたが、不思議ですね。身体強化の魔法とも違うようですし、既存のどの命令式とも当てはまらない現象…」

 

イヴちゃんが何か独り言を呟いていたけど、なにしろ自由時間が10分しかない。スカーフェイスから受けた傷も痛みも回復してきたのを確認し、再びスカーフェイスを視認すると、跳躍を利用し死角であるスカーフェイスの頭上から急降下キックを炸裂させる。

 

「#$€%♪○÷×<*:〒!!」

 

衝突の勢いを殺し切れずにスカーフェイスは咆哮をあげながら頭から地面にめり込む。が、すぐに起き上がり付近を手当たり次第に攻撃し始める。

 

「…ぐっ、あれだけ暴れられると手のつけようがない…ん、あれは…!」

 

真正面で力任せに暴れていたスカーフェイスだったが、突如、背後からの攻撃によって地に伏せる。

その強襲した人物を確認すると、以前見たことのある精鋭部隊を指揮する外人さん達が立っていた。

 

「私達が援護する!JC!貴様は隙を見て奴の懐に入れ!メアリー!」

 

「分かってラァ!地獄まで案内してやるゼェ!!Fire!」

 

精鋭部隊の実力者と思われる2人は、綿密かつ大胆な連携射撃を浴びせ、スカーフェイスを翻弄して動きを止める。その動きに合わせて、僕も一瞬の隙を突いて無防備な状態のスカーフェイスの身体に強烈な回し蹴りを炸裂させる。

 

「&/#☆♪€$%♪#<×○!?」

 

攻撃力が増倍した僕の蹴りをまともに受けたスカーフェイスは、轟音を立てて周囲の木々を何本も倒しながら吹き飛んでいく。相変わらず自分でも驚くほどの威力の振り幅と順応力だ。

 

「Foo〜!あのクレイジーマン、イカしてやがるゼェ!!」

 

煌々と目を輝かせて興奮気味のメアリーさん、その様子に呆れた様子で注意するエレンさん。

 

「メアリー、あまりはしゃぐな。来栖の魔力供給が完了したと守谷から連絡があった。ホワイトプラズマが来る」

 

「…あいよ。お〜い!クレイジーマン!さっさと逃げねぇと“オダブツ”になっちまうぞ〜」

 

そう言い残して即座に射線から離脱していく2人。えっ、なに?なんか来るの?

 

「…えっ、のわっ!?」

 

「…っ!何しているんですか!?来栖さんのホワイトプラズマに巻き込まれますよ!」

 

訳もわからず戸惑っていると、いつのまにか近くに降りてきていたイヴちゃんに首根っこ掴まれて、付近の高台まで引っ張り上げられる。ぐえっ。

 

「…うぅ、く、苦しっ…」

 

「…っ!来ます!」

 

イヴちゃんが言い終えるのとほぼ同時に、ついさっきまで僕とスカーフェイスが居た同一直線上に凄まじい威力の魔力の砲撃によって、そこにあった物質全てが焼き払われていた。

 

「うっは〜…すっごい破壊力だ…あれだけ手こずってたスカーフェイスが一瞬で消し炭に…って、あ、あれ?」

 

スカーフェイスを襲った来栖さんのホワイトプラズマの威力に感心していると、またもや知らん間に手錠が。しかも両手を後ろで拘束されて。

 

「戦闘は終了しました。よって再び貴方を拘束します。幸い、無事にデータも取り終えましたので、これで貴方を委員長の所に送り届ければ私の評価も上がると……きっちり反省して私の内申点に貢献して下さいね」

 

「で、でもこの後予定があって…それに魔物倒したからちゃんと報酬は出るんだよね!?」

 

「…はい?そんなの出るわけないじゃありませんか。今回の貴方のクエスト参加は正式に認可を受けていません。学園に戻っても貴方に待ってるのは報酬ではなく、委員長のお叱りです」

 

無慈悲にもそう冷たく言い放って、僕の制服の襟を掴みながらずるずると抵抗できない僕を引きずっていく。

 

「えぇ!?そ、そんなぁ〜…!!」

 

そんなこんなで、今回の傷の魔物“スカーフェイス”討伐完了。精鋭部隊と違反者1名の活躍により、1人の少女の復讐が終局を迎えたのだった。

 

 




【コーヒーのその後】
「はぁ〜…結局あれから3時間も絞られたぁ…。もうこの時間じゃ購買部も閉まってるだろうな…」

「あれ、先輩?」

「…んっ、ももちゃんか。もう今日の営業はお終いなの?」

「はい、あとはもう片付けだけで…それよりも結局あれからお店に戻って来ませんでしたよね?」

「あー、まぁ結局のところ、報酬は無しで違反の罰として1週間風紀委員の活動を手伝う羽目になったよ…」

「あちゃ〜…それはまた厳しそうですね…」

「ん〜…ま、しょうがないよね。今度はちゃんとクエスト受けて、その時にまた買いに来るよ」

「…あの、実は売れ残りが幾つかあるんですけど、もしよければ貰っていきます?」

「…へ?いいの?だって僕、お金持ってないけど」

「いいんですっ!どうせ私が持ち帰っても全部は処理できませんし、それに先輩には色々お世話になってますから…」

「…はて?ももちゃんに何か貸しを作った覚えは無いんだけど…例えば?」

「えぇ!?それは、例えば…ほら、私の誕生日に裏で色々計画してくれたりだとか、会った時にちゃんと挨拶してくれるとか……と、兎に角!そういうことですから、貰って下さいっ!」

「そ、そんな強気で言わなくても…まぁ、くれるんなら有り難く貰っておこうかな。サンキューね、ももちゃん」

「…あっ、い、いきなりそういう顔するのはズルいですよぅ…///」

「…?変なの。というか、ももちゃんは僕にこんなことしてる場合じゃないでしょ。そういうのは転校生くんにしてあげなきゃ。じゃないと、転校生くんに彼女出来ちゃうよ?」

「なっ!なんでいきなり先輩が出てくるんですか!?もぉ〜!そういうのが乙女心を分かってないって言うんですよぉ!」

最終的になんかメッチャ怒られた。


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第弐拾参話 芽生え 魔法使い

冬樹(ふゆき)イヴ】
人とのコミュニケーションを拒否し、学業に没頭する少女。誰よりも秀でることを絶対唯一の目的とし、不要なものは全て切り捨てている。そのせいか学園では孤立気味だが、特に本人は気にしていない。魔法の実力も高いが、ワンマンな戦い方には賛否両論。JCのことは体良く内申点を上げる為に楽に利用できる扱いやすい不良(と思われている)生徒である反面、自分よりも妹のノエルと仲が良いことを内心嫉妬しているのは内緒。


「あーっ!うそっ!ヤバッ!」

 

12月某日、その日の授業を終えた放課後のとある教室の前を通り過ぎようとした時、聞き覚えのある声が廊下まで響いてきた。ここは…あぁ、リリィの教室か。

気になったのでチラッと覗いてみると、騒ぎの主はやはり間宮さんだった。

 

「今思い出したんだけどさ…今月、クリスマスじゃん!」

 

「…そんなびっくりすることじゃねーじゃん」

 

一緒に居た律さんが見るからに呆れた様子で反応する。でも、それにめげる間宮さんじゃなかった。

 

「だって!クリスマスって言えば、女の子の一大イベントっしょ!?それなのに今の今まで忘れてたなんて…も〜、死にたい…。あ、うちもしかしたら女子高生じゃないのかも」

 

「何言ってんのか全然わかんねぇ…ってか、何も問題ないだろ?どうせ相手いないし」

 

「そ、そんなの当日までわかんないじゃん!」

 

間宮さんが苦しまぎれの反論をしているけど、それは経験上本人が一番分かっているようで、今も若干涙目になりながら抗議していた。な、なんて可哀想な姿…頑張ってほしいなぁ。

 

「んじゃ、とりあえず転校生とか誘ってみればいーじゃん」

 

「えっ?な、何よ急に…」

 

律さんが間宮さんに転校生くんを勧める。こんな時でも真っ先に名前が出るなんて、本当に人望があるんだな転校生くんって…僕と違って。

 

「…あっ、こんなことしてる場合じゃなかった。えっと、図書室図書室っと…」

 

僕は忘れていた目的を思い出して、中断していた図書室へ急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…おっ!よ〜、イヴちゃ〜ん」

 

「……ちっ」

 

図書室に入って偶然にもイヴちゃんの姿を発見したから挨拶しただけなのに、僕の姿を視界に入れ早々に舌打ちで返事してきたイヴちゃん。め、めげないぞ!これぐらいじゃ!

 

「目が合ったから挨拶しただけなのに…酷いなぁ。一緒の手錠で繋がった仲じゃん」

 

「…」

 

もはやツッコミすらしてくれないで、イヴちゃんの視点はノートのみを向いている。無視である、無視。

僕はイヴちゃんと対面の席に座って、未だにこちらを向いてくれないイヴちゃんをエサで釣ってみる。

 

「そういえば、この前学園内の芝生のところで昼寝してたらさ、ノエルちゃんに顔落書きされちゃったよ。ハハッ!どうだい?」

 

僕は以前CATSにされた時の写真をデバイスの画面に表示させてイヴちゃんに見せてみる。

特に興味はありませんといった反応かな。仕方ない…ならば禁じ手を使おう。

 

「ちなみに、その時に反撃したノエルちゃんのやつもあるけど…見てみる?」

 

僕は再び画面を操作し、前髪をゴムで結んでおでこに“肉”の文字を携えた、ほっぺに大きなぐるぐる巻きの模様を描かれた不満顔のノエルちゃんの写真をイヴちゃんに見せてみる。すると…

 

「……ぷふっ」

 

一瞬チラッと画面の方に視線を移したのが悪手だったんだろう。表情を悟られまいと急いで顔を背けたけど、小刻みに肩を震わせてるところを見ると、相当ツボったらしい。

なんだかんだでノエルちゃんのこと、好きなんじゃん。

 

「…何ですか、その生暖かい視線は。不快です」

 

「僕、もう泣いてもいいと思うんだ!?」

 

漸くノートから視線を移してくれたけど、怨めしそうに僕を睨むイヴちゃん。そして素早く僕の手からデバイスを奪った。

 

「あっ、ちょっと何する…」

 

「貴方がこのような如何わしい写真を他にも持っていないか、風紀委員として確認させてもらいます」

 

「…とか言って、本当はノエルちゃんの写真を自分のデバイスに送るだけじゃ……い、いぇ何でもないです」

 

言葉の途中でものすごい剣幕で凄んできて、思わず僕も雰囲気に呑まれて口を噤んでしまった。イヴちゃんは視線だけで人を殺せると思う。

そんな僕の思惑を他所に、すっかり検閲に夢中になっているイヴちゃん。こうなったら暫くは何を言っても聞いてくれない。

 

「はぁ…仕方ない、先に北海道の資料を探すとするかな」

 

僕は席を立って、受付の席に座って読書に夢中になっている女生徒に声をかけた。

 

「あの、すみません。北海道のことが載ってる本ってどこにありますか?」

 

「…はふぅ…」

 

はふぅ?この子は一体何の本を読んでるんだ?ちょっとだけタイトルを覗いてみよう。何々…あ、あ・か・ず・き…

 

「って、“赤ずきん”かいっ!!」

 

「ひゃう!?痛たぁ…あ、あれっ、もしかしてわたし、また本に夢中になってましたよね…す、すみませんっ!えっと、何かお探しの本がおありでしょうか…?」

 

僕のツッコミで意識が現実世界に戻ってきたのはよかったけど、驚いた反動で椅子に座ったまま後ろに倒れてしまった女の子。その際にスカートがめくれ上がってチラッと中の下着が見えてしまったのは、本人の尊厳のために黙っておこう。見えてない、見えてない…可愛らしい動物のプリントが施されたパンツとか絶対見てない。

 

「…あ、あぁ。北海道のことが載ってる本っていうのがあればどこにあるか教えてほしいんだけど」

 

「北海道、ですか?わかりました…では、ご案内しますね」

 

少女はゆっくりと起き上がり、倒れた拍子に付いたスカートの埃を払うと、たどたどしく歩いて僕を先導する。暫く歩くとふと止まり、何かを目線で探し始めた彼女。不審に思ったので、何があったのか聞いてみよう。

 

「ど、どうかしたの?」

 

「あ、いえ大したことじゃないんですが…本がある場所は分かってるんですけど、高いところに置いてあって…あそこにあるやつなんですけど、見えます?」

 

「あー、あれね…なら、何か台になるものを使えばいいんじゃ。脚立とか」

 

「普段ならそうなんですけど、丁度クリスマスの準備とかで借りられちゃって…たぶん閉校時間になれば戻ってくると思うんですけど」

 

そこまで待てるか…という含みのある言い方をする彼女。あの位置なら手がないわけじゃないけど。

 

「んじゃ、僕が棚伝いで上に上がって取ってきてもいいかな?」

 

すると、さっきまでのおとなしい様子とは豹変したように、僕に顔を近づけて食ってかかろうとしてきた。

 

「そ、そんなことしたらダメですっ!!ここには貴重な文献や資料だってあるんですから!破損させるようなことはもちろん、書物を汚すことだって厳禁なんですっ!」

 

さっきまでおろおろしていたのがまるで嘘かのようにまくし立てる彼女だったが、想像以上に僕と顔が接近していたことに気がついて、シュボッ!っという音が聞こえてきそうなほど顔を赤く染めて、か細い声で謝罪をしながらどんどん小さくなっていく彼女。なんか、忙しそうな人だけど…可愛らしい雰囲気がして、なんか和むなぁ。

 

「…分かった。じゃあ、ちょっと危ないけど手伝ってもらってもいいかな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…どーも。遅れて申し訳ねーです」

 

「お、漸く面子が揃ったね。それじゃ始めようか」

 

報道部の部室に立った遊佐鳴子が最後に集まったメンバーを確認し、静かに話し始めた。ちなみに今この場に集められたのは、武田虎千代、朱鷺坂チトセ、宍戸結希、東雲アイラ、エレン・アメディック、そして最後に入ってきた水無月風子である。何故このメンバーが召集されたのか、本人たちすら理解出来ていない中、唯一現状を把握している…というか呼び出した張本人の遊佐鳴子からそれも含めた説明が入る。

 

「…何故このメンバーが集められたか分からないって顔だね。まぁ、何人かは見当がついてるみたいだが」

 

鳴子はチラッとアイラに目線を向ける。一瞬、視線が合いドキッとしたアイラはすぐに視線を逸らす。すると虎千代から疑問が提示される。

 

「…というか、アタシ達が表立って会っても問題ないのか?三者不可侵の原則に従って学園を運営させなけらばならないだろう?」

 

虎千代の言い分である三者不可侵の原則とは執行部・生徒会・教員部の活動に関しては相互に不干渉であるという原則で、ひとつの勢力が強くなってしまうのを抑止するためのものである。それは学園内で一定以上の権力を持つ生徒会や風紀委員はもちろん、執行部の傘下である魔導兵器開発局に所属している結希、精鋭部隊の部隊長のエレン、あとここにはいないが学園長兼生徒の犬川寧々も対象である。そんな権力者たちの異例の大集合にはそれ相応の理由が必要なのだ。それも今まで守られてきた関係性を打ち壊すほどの決定的な“何か”が。

 

「…それが、そうも言っていられないんだ。集まってもらったのは他でもない。JCくんのことさ」

 

鳴子の一言を聞いて、思わず押し黙る。が、すぐにエレンが割って入った。

 

「ちょっと待て。私はこの前初めて奴のことを知ったのだぞ。そんな私に何の用があるというのだ?とても役に立てるとは思えないのだが…」

 

エレンの主張はもっともである。しかし、鳴子は説明を続けた。

 

「うん、君たち精鋭部隊と風紀委員には別の役回りをお願いしたいんだ。でも、その話はもう少し後でね。さて脱線したから話を戻すと……既に知っているかと思うけど、一応彼について分かっていることを説明させてもらうよ。何か間違っていると思ったら、遠慮なく指摘してほしい。まずは彼の能力についてだが、宍戸くんの検査協力や度々行われる学園生との小競り合いのおかげで色々明らかになったことがある」

 

鳴子は一旦言葉を止め、ホワイトボードに書き記していく。

 

「今書いたのは、裏世界の僕がパンドラとして残した裏世界で人類の敗北を決定づけた“スレイヤー”と呼ばれる魔法使いの能力だ。主だったものはあらゆる魔法に対する完璧な耐性、戦う度に強化されていく身体、圧倒的な回復力、そして対象の魔法を意のままに操る…というものだ。それは正しく魔法使いの天敵とも言える存在だろう。そして次が今のJCの能力を表したものだ」

 

鳴子はその横に新たに書き記していく。

 

「痛みによって強化される身体と高い回復力、そして最近では攻撃する度力が強化される現象まで現れたとか。中でも注目すべき点は一度だけ他人の魔法を操ってみせた事案が発生していることだ」

 

そこでずっと沈黙を保ってきた虎千代が机を叩き、鳴子の説明に食ってかかる。

 

「それは…それはJCが、アイツが裏世界を破滅させた張本人だと…言うのか?確証が無い段階で愚弄することは、アタシが許さんぞ…!」

 

虎千代の鋭い眼差しがその場に居合わせた者全員の意識を一気に支配する。一瞬の静寂の後、鳴子がゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。

 

「…勿論、確固たる証拠をまだ僕は持ち合わせていない。それに彼を守る役目を引き継いだ僕としても、彼を元凶呼ばわりなんてしたくないよ。でもね、僕は裏付けのない情報は口にしない主義でね、それを結論づける現象も確認されてるのも事実なんだ。水無月くん、あとは頼むよ」

 

鳴子は風子に説明の役目を引き継ぐと、自分の席に座ってしまう。そして、入れ替わるように指名を受けた風子が自前のメモ帳を広げ、淡々と説明を始めた。

 

「えー、んじゃウチからの報告ってことで。ウチら風紀委員は丁度第2次裏世界探索の後くれーから、そちらさんに依頼されて不本意ながら彼の動向を観察してました。まぁ最初の頃は特に問題は無かったんですが、ハワイの直後ぐれーですかね。朝比奈龍季が制御不能だった雷撃魔法を操って一挙に引き受けたって事案がありましてね。これは本人からの証言も取ってるので、まず間違いねーでしょう。それともう一つ面白い情報がありましてね…」

 

風子はページをめくって違う文章を読み上げる。

 

「えぇ〜っと、彼曰く自分のことを体良く利用しようとしてる人たちがいるってウチに教えてくれましたよ。そう言えば、彼と以前親交があった生徒会、宍戸結希、東雲アイラ…その辺はどーなんです?最近彼と会いましたか?まさか彼を何かの実験台なんかにしてませんよね?」

 

風子がまるで取り調べのように質問を投げかける。当然これも本人から聞いていることなので、既に分かっている答え合わせをしているのだ。沈黙は肯定であることを。

 

「アンタさんたちが彼をどういう風に扱っていたのかは知りませんが、本人の意思を無視してっていうのはいけませんねー。彼が何を望んでいるのか知ってます?」

 

そこで風子は持っていた手帳をパタンと閉じて、神妙な面持ちで告げた。

 

「普通…平穏です。僕は普通の学園生として過ごしていたいのに、誰もがそうさせてくれない。みんなが僕を奇特な人間だと思って離れていく、たとえ自分が何者か分からなくても、僕は何もしていないのに…というのが彼の言い分です。彼、そーとー塞ぎ込んでますよ」

 

風子はそう言い終えると静かに席に座り、静聴していた鳴子が再び補足する。

 

「今、水無月くんが代弁してくれたことがJCくんの声だと思ってほしい。これほどの力を持っている彼でさえも、力の在り方に迷っている。言うなれば魔法使いと言う名の兵器であることを否定したがっている。同時に、霧と戦うことが使命の魔法使いにとって彼の力は大変魅力的だ。今後の戦いでは必要不可欠な存在とも言える。だから、彼を導くために僕はある手立てを講じることにした。それが風紀委員と精鋭部隊というわけだ」

 

鳴子の説明を受けて、エレンと風子がおおよその理解を口にする。

 

「…成る程、確かにあの力は魅力的ではある。それに間接的にとはいえ、うちの問題児を手助けしてくれた恩もある。OK、精鋭部隊は奴を受け入れるぞ」

 

「ウチらも特に問題ねーですよ。まぁ氷川あたりが暴走しなければ、なんてことねーでしょ」

 

両者の許諾を得て、鳴子は次のステップの説明に入る。

 

「よし、じゃあ次はその渦中の存在である君たちだ。なぁに、やってもらうことは簡単だよ。彼と良好な関係を築く…ただそれだけさ」

 

「ちょっと待ってくれ。少なくともアタシ達はJCを特別視したことは無い。それに不信感を覚えさせるような振る舞いもしてこなかったはずなのだが…」

 

「それについては私も同感ね。彼とはあくまでもデータ採りの関係でそれ以上に深く関わっていないもの」

 

虎千代と結希が自分たちの振る舞いに対して振り返り、特に問題がなかったことを呈する。しかし、ここで改めて鳴子の補足が入る。

 

「言ったはずだよ?彼との関係は“良好”でなければならない。±0では意味が無いんだ。1つでも彼に疑念を抱かせる要素は取り除かなければ、それはこの世界の終わりを迎えることと同義だ。僕たちが霧に打ち勝つには、彼が確実に“味方”である必要がある。敵でない…では駄目なんだよ」

 

鳴子の強い想いのこもった言葉が、聞いていた者たちの心を突き動かす。少なくともテスタメントの一件がある虎千代、アイラ、チトセには響いたようだ。ただ1人、宍戸結希を除けば。

 

「…話はそれだけ?悪いけど私は退席させてもらうわ」

 

普段通りの結希の発言に思わず虎千代が意を唱えようとするが、鳴子がそれを静かに制する。

 

「宍戸くん、頼んだよ」

 

「…えぇ、善処するわ」

 

退室の去り際になされた短い会話の中に、彼女の心境の変化を確認した鳴子は優しく微笑んでいた。

 

「遊佐、何故宍戸を帰した!まだ奴の意思を確認していないだろう!?」

 

「…いや、彼女はもう分かってるよ。今までの彼女なら、JCくんをどう有効活用するかって一蹴するはずだ。でも彼女は“善処する”と言ってくれたんだ。転校生くんや他の学園生と関わることで、彼女の中の何かも変わりつつあるって証拠じゃないか」

 

「遊佐…すまない、お前がそこまで考えていたとは…教えてくれ、アタシ達はどうすればいい?」

 

虎千代が自分の浅はかな考えを持っていたことを謝罪する。すると、鳴子は突拍子も無い提案をしてきた。

 

「男を悦ばせるのは、女の仕事だ。彼の疑念が解消されるまで、君達には“女”として彼と接してもらうよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぜ、絶対に上は見ないで下さいねっ!わ、分かってます!?」

 

「お、オッケー…ど、どう?これで届きそうかな」

 

僕たちはあれから試行錯誤を繰り返し、結局僕の肩の上に彼女を立たせることで本を取ろうという結論に至った。そして今まさにその作業中です。

 

「も、もう少し左ですね…んしょ、はいっ。取れました〜…きゃっ!?」

 

やっとこさ本を取ることに成功したみたいだけど、何やら上の方でよからぬ声が聞こえてきた。そのまま視線を上に向けると、現在進行形で足を滑らせて背中から落ちてくる彼女の姿が…って、マジか!?

 

「ぐえっ…!?お、折れる…」

 

「イタタッ…はっ!だ、大丈夫ですか!?」

 

咄嗟に動いたおかげなのか、運良く僕の身体がクッション代わりとなって彼女は大事には至らなかったようだ。でも、彼女が受けるべきだった衝撃をモロに請け負った僕の背中は彼女の尻爆弾によって悲鳴をあげていた。

 

「はわわっ…ど、どうしよう!?す、すぐに保健委員を呼んできますねっ」

 

彼女が小走り気味に駆けていくのを最後に、僕の視界が闇に支配された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…んっ、あ、あれ?ここは……うぅ〜!寒っ」

 

あれからどれくらいの時間が経ったのか、そして何故学園の図書室に居たはずなのに、いきなり街まで飛ばされていたのか。全てが分からないことだらけだった。

 

「とにかく、帰る方法を考えないと…」

 

途方に暮れていても救助が来る保証はない。何か帰る手立てはないかとしばらく街を彷徨ってみる。すると…

 

「うわっ!」

 

建物の陰から不意に飛び出してきた女の子とぶつかってしまった。

 

「おっと…ご、ごめんね。怪我とかしてない?」

 

尻もちをついて倒れてしまった女の子に、僕は手を差し伸べる。すると、女の子は手を取って起き上がると、すぐに僕の背後に隠れてしまった。

 

「ち、ちょっとどうしたの……って、あなた達は一体?」

 

突然の行動に困惑していると、僕達の目の前に2人組の男が現れる。すると、途端に彼女が何かに酷く怯え始めた。その様子から察するに、この子の知り合い…というわけじゃなさそうだ。

 

「こら、君…知らない人に近づいちゃ駄目じゃないか。そっちの男の子も困っているだろう?」

 

2人のうちの歳上の方の男が物腰柔らかに女の子に語りかける。が、その言葉を恐れてなのか少女の体の震えは止まらない。

もしかして、この男が恐怖の元凶なのか…?

そう感じた僕の体は、自然に彼女を庇うように構えていた。

 

「…何のつもりかな?私達が用があるのはそこの少女だ、君ではない」

 

「そういうわけにもいかなくなってきました。だってこの子の体、こんなに震えてるんです。だったら…放っておけないっ!」

 

「間ヶ岾さん、こんなガキ1人なんてことありませんよ。さっさと片付けてしまいましょう」

 

「…仕方ない。あまり手荒な真似はしたくなかったのだがね…騒がれても厄介だ」

 

歳下の男の方が間ヶ岾という男に僕を倒してでもこの子を連れていくと提案し、間ヶ岾もそれに乗ってきた。どうやら本気らしいな…。

 

「君、危ないから少し下がってて。すぐに走れるように準備しててね」

 

僕がそう伝えると、少女はこくんと頷いて掴んでいて僕の制服の裾から手を離して、近くの建物の陰に隠れて顔を出してこちらを見ている。

 

「いくぞ……テァッ!!」

 

僕は戦う覚悟を決めて、歳下の男が振りかぶった拳を躱し、時間差で放たれた間ヶ岾の蹴りを受け止め、こちらに向かってきていたもう1人の男の脇腹に後ろ回し蹴りを炸裂させる。

 

「かはッ…!?」

 

男が蹴りの威力を殺しきれず地面にのたうち回る間に、僕は間ヶ岾に迫る。

 

「くっ…こいつ、化け物か!?」

 

僕の動きを見て狼狽した間ヶ岾がパンチを放ってくるが難なく受け止め、そのまま腕に足を絡めて組み付く。そして、重心と遠心力を利用して回転して間ヶ岾ごと地面に抑え込み、そのまま腕を固めて締め上げる。

 

「どうだ!降参するか?」

 

僕は痛みによる苦悶の表情を浮かべている間ヶ岾に対して、手を引くように問いかける。

 

「くぅ…誰が貴様なんぞに「うオリャア!」グアァア!?」

 

まだ反抗してきそうだったので、追撃で軽く手首を捻っておいた。その隙に起き上がっていたもう1人の男の襟首を掴んで頭突きを食らわせ、怯んだ体に空中で捻りを加えた蹴りを炸裂させ、男を地面に叩きつける。

そして、反撃する気力すらなくなった男を間ヶ岾の目の前に放り投げ、再度確認した。

 

「…まだやるつもりか!」

 

拳を構えて威嚇すると、もはや勝ち目がないと悟ったのか倒れていた仲間の男を背負い、僕たちの前から足早に去っていった。

 

「へへっ、おととい来やがれってんだ…うわっ!」

 

感傷に浸っていると、突然後ろから小さな衝撃を感じる。振り返ると、そこにいたのは隠れていたはずの少女が僕の足元に抱きついていた。

 

「お兄ちゃん、すごいね!カッコよかった!」

 

何故か目をキラキラ輝かせて屈託のない笑顔を向ける少女。ついさっきまで間ヶ岾への恐怖感で体を震わせていたのに、もうすっかり平気みたいだ。でも、1人で街を出歩くのはいただけないな…まぁ、迷子の僕が言えることじゃないかもだけど。

 

「えっと…君、お父さんかお母さんは一緒じゃないの?」

 

「うん…さっきまでお買い物してて…それで心、迷子になっちゃったの。でも、パパもママもきっと探してくれてるもん」

 

にへへ〜っ笑ってみせる心という少女。まぁ、親が近くにいるなら一応は安心してもいいのかな。

 

「だったら、すぐに戻ったほうがいいよ。心配してるはずだからさ。じゃあ、僕はこれで」

 

そう言って早々に立ち去ろうとする僕。しかし、背後から力弱く制服の裾を引っ張られて上手く歩けないので、諦めて向き直してその犯人と話をすることにした。ちゃんとしゃがんで視線を合わせて、マナーですから。

 

「…あの、手ぇ離してくれないと歩けないんだけど」

 

「お兄ちゃんと一緒じゃなきゃ、やだっ!」

 

「そうしてあげたいのは山々なんだけど、実は僕も迷子なんよ。だから「だったら心が連れてってあげる!」すまんね…って、連れてく?どこに?」

 

「お兄ちゃんと同じような服のお姉ちゃん、さっき見たよ。ほら、こっちだよ!」

 

心ちゃんは僕の手を握って、街行く人々の合間を縫って先導していくのだった。

僕はまだ、この時の心ちゃんとの出逢いの重大さを、知ることはできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




霧塚(きりづか)萌木(もえぎ)
いつでも本を読んでいる文学少女。彼女の読書範囲は【文字が書かれているもの】全般に及び、絵本を読んでいた翌日、よくわからない言語の分厚い本を手にしていることも珍しくない。そのせいか言語学も達者。妄想癖も完備…拗らせてるねぇ…。


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第弐拾四話 誓え 魔法使い

氷川(ひかわ) 紗妃(さき)
校内の治安に責任を負う風紀委員の一人。わずかな違反も見逃さない苛烈な取り締まりで生徒達から恐れられている。校則違反さえしなければ無害で優しいお姉さんなのだが、違反のハードルが低すぎる…怒られたい人向け。JCとは奉仕活動の際に補佐役を担当した縁での顔見知り。


「ハァ…ハァ…ハァ……ングッ…こ、心ちゃん…今度からはいきなり走り出さないで、せめて一言ちょうだいな。僕、もう息上がっちゃってる…」

 

僕は漸く足を止めてくれた心ちゃんに苦言を呈する。でも、当の本人は全く気にしないまま少し周りを見渡して目的の人物を見つけたのか、すぐに僕の方に振り返ってその方向を指差した。

 

「え〜と…あっ、ほらお兄ちゃん、あそこ!あのお姉ちゃんたちの着てる服、お兄ちゃんのと同じじゃない?」

 

「んぇ?あっ、本当だ…ってか、あの人知ってるぞ?」

 

乱れた息を整えながら心ちゃんが指差す方向を見てみると、そこには何故か見知った人物がいた。なので、僕はすかさず声をかける。

 

「紗妃ちゃ〜ん!」

 

大きく手を振ってアピールしていると、こっちに気がついたのか大げさに手招きをし返してくれた女生徒は風紀委員の氷川紗妃ちゃんだ。何故知り合いなのか詳しい説明は省くけど、要約すると罪と罰の関係である。

ほら、僕の姿を見てこんなにも喜んでくれて痛だだだだっ!!

 

「あっ!JCさん!貴方、こんなところで一体何をしているんですか!どうしてこう問題が起こる度に決まって貴方が居るんですかァ?説明してください〜!」

 

「さ、紗妃ちゃん!折れるぅ!?それ以上は折れるから!?」

 

僕の手を掴んでそのまま捻り上げて締め上げてくる紗妃ちゃん。照れか!?これ照れてるんだよね!?

 

「いじめちゃダメっ!」

 

「…へっ?」

 

僕と紗妃ちゃんが格闘していると、後ろでその所業を見ていた心ちゃんが紗妃ちゃんの腰のあたりに抱きついて抗議しだした。

 

「お兄ちゃんのこと、いじめないで!いじめちゃ悪い人だよっ!」

 

「あ、い、いえ…私はいじめてるつもりでは…ほらJCさん、ちゃんとしてください」

 

子どもながらに純粋な指摘をされてバツが悪くなったのか、すぐにパッと掴んでいた手を離してくれた紗妃ちゃん。未だに痛みが引かない手を振っていると、ふと僕の側に近づいてきた心ちゃんが僕の手をとって、そのままその手を自身の頰に添えるように動かした。

 

「こうすると、痛いのなくなるってママが言ってた!どお?」

 

「え?あ、あぁ…うん。そうね…ちょっとだけ楽になってきた、かな…?」

 

「えへへ〜っ、それならよかった!」

 

そう言って、僕に屈託のない笑顔を向ける心ちゃん。でも、僕の方はと言えば、掌から伝わってくる心ちゃんの頰の温かさだったり柔らかな感触のおかげで、気が気じゃなかった。その所為で受け答えが変な感じになってしまったし。

 

「じ、JCさ〜ん…?貴方、こんな幼い女の子にまで手を出しているんですか!?ふ、不潔ですっ!破廉恥ですっ!」

 

「えぇ!?い、いやちょっと待ってよ!それは誤解だって!?ほら、心ちゃんからも言って聞かせてあげてよ!」

 

何故か僕たちの光景を見ていた紗妃ちゃんがあらぬ疑いをかけてきた。そんなことあるもんか!僕は身の潔白を証明する為に、唯一事情を知っている心ちゃんに助けを求めた。

 

「どーなんですか?貴女、この変質者に何かされたのではありませんか?」

 

「えっと…お兄ちゃんは心を悪い人たちから守ってくれたんだよ。そのときのお兄ちゃん、すっごく強くて…カッコよくて…もう、心の気持ちはお兄ちゃんに夢中です…きゃっ!い、言っちゃった…」

 

自分の頰に両手を当てて、恥ずかしそうに身体をくねらせる心ちゃん。でも、その所為で紗妃ちゃんが鬼のような形相を浮かべて、こっちに振り向いてきた。やべっ、逃げよ逃げよ。

 

「何処へ行くつもりですか?しっかりと説明してもらうまで逃がしませんよ」

 

そしてすぐに捕まる僕。後ろから羽交い締めにあい、そのままあっけなく地面に伏せられる…しかも歳下の女の子に。側から見ればなんて不甲斐なくカッコ悪い姿だろう。

最近こんな扱いばっかり…はぁ〜。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ…ありがとう、本当にありがとう転校生くん…君がいなければ今頃紗妃ちゃんに八つ裂きにされていたところだよぉ…」

 

あれから少しして合流できた転校生たち一行になんとか紗妃ちゃんを宥めてもらって、漸く事なきを得たところだ。もう少し出会うのが遅ければ、僕は間違いなく紗妃ちゃんに殺されていただろう、比喩なしで。

 

「ひ、人前で抱き合ったりしないでくださいっ!男の人同士でも…は、破廉恥な行為は許しませんよ!?」

 

紗妃ちゃんが顔を真っ赤にして、僕と転校生くんを怒ってくる。そんなに目くじら立てて怒んなくてもいいじゃないか。転校生に至っては完全に巻き添えだし。そんな転校生に謝罪の念を込めて見つめてみる。

 

「……」←“気にしないで”と言っている。

 

な、なんて度量の大きな男、いや漢なんだ…!その漢気に惚れたぜ!って、ネットで調べたらそう言うんだよね?この前見たよ。

そんなことを考えていると、さっき転校生くんたちの一行に加わっていた面識のない女生徒の1人と目が合った。すぐに目を逸らされてしまったけど、何かを決心したのかすぐに近づいてきて、おどおどしながら話しかけてきた。

 

「あ、あの…す、すみませんっ!実は…貴女が助けてくれたあの女の子は、わ、私なんです…。い、いきなりこんなこと言っても信じてもらえないですよね!?」

 

目の前で突然土下座をしだすこの女生徒に気負いしつつも、少し離れたところで子ども時代の紗妃ちゃんと遊んでいる心ちゃんに目を向ける。こんなこと思っちゃ失礼かもしれないけど、同じ人間には見えないんだよなぁ…。そんなことを考えていると、目の前の少女の雰囲気が一瞬で変わったかのように話しかけてきた。

 

「…お見苦しいところをお見せしてしまい、申し訳ありません。少しお時間よろしいですか?」

 

「えっ?あ、うん…それはいいけど」

 

先程とはまるで別人のような振る舞い方を見せる心さん。その豹変具合に戸惑いながらも、僕は彼女の後をついて行き、周りの人たちには聞こえないほどの距離間を保ちながら話し始めた。

 

「突然のことでさぞ驚かれたでしょう?でも、あの子の言葉は本当なんです。“霧の嵐”というのをご存知ですか?」

 

「“霧の嵐”…?何ですか、それ」

 

全く聞き馴染みのない単語が聞こえてきて、思わず素で聞き返す。

 

「裏世界へのゲートが局地的に短期間開いたことにより霧が噴出する自然現象、とされています。そして氷川さんの証言から推察すると、ここは10年前の風飛市…そして『風飛市連続児童誘拐事件』が起こったとされるクリスマス時期…らしいのです」

 

「10年前…本来なら8歳の頃の僕がいる時代、か…。どうしてそれを僕に…?」

 

この心さんという得体の知れない少女は、何故初対面のはずの僕にそんな情報を与えてくれるのか?そんなことをして一体何の得があるのだろうか…。

 

「…残念なことに、この時代の彼女の中には“私”が存在しませんでした。最も重要なはずの自分自身の存在が。今まで裏世界は総じて表世界よりも悪い歴史を歩んでいると思われていましたが、この世界は少し違うようです」

 

「心さん…」

 

少し物悲しそうな表情でそう語る心さんの声が、やけに僕の胸に染み渡る。僕自身も自分の存在が無いということにシンパシーを感じたのかな…?

 

「…話が脱線してしまいましたね。つまり何が言いたいのかというと現状、唯一信用されている貴方に私たちと彼女たちを繋ぐパイプ役をお願いしたいのですよ。裏世界の自分とはいえ、みすみす目の前で誘拐なんてされてほしくありませんから」

 

「…わかった。転校生くんみたいに上手くできるかわからないけど、頑張ってみる」

 

自信はなかったけど、想いだけは強く持って僕はそう答える。すると、心さんは僕の手を握って、そっと耳元で囁いた。

 

「…えぇ、期待していますよ。ではくれぐれも、“心ちゃん”を宜しくお願いしますね?それでは………ふぇ?あ、あれ?私は何を…ひょわああ!?す、すみませんすみません!こんな近くに!?」

 

最後に意味深な言葉を漏らして目を閉じると再びあのおどおどした心さんに戻った。なんかそそっかしいというか見てて不安になるような今の心さんと、何処か凛々しくとても頼り甲斐のあるさっきまでの心さん。こんなことを考えるのは少し変かもしれないけど、まるで心さんが2人いるような感覚に支配されてしまう気がする。

 

「あ!お兄ちゃんとお姉ちゃん、こんなところでなにやってるのぉ?って、あー!ちょっとぉなんでお姉ちゃんと手繋いでるの!?お兄ちゃんの“かいしょーなし"!」

 

そこに僕たちを探しにきたのか心ちゃんがこっちに駆けてくるも、何故かぷりぷり怒った様子で僕たちを咎めてきた。そう指摘されお互いに手を離して慌てて距離をとる僕と心さん。

 

「それにお姉ちゃんも!お兄ちゃんと手ェ繋いで良いのは心だけなの!」

 

「ひぃ!?そ、そうなんですかぁ!?勝手にお手を触れてしまい申し訳ありません〜っ!?」

 

「ご、ごめんごめん。そんなつもりじゃなかったんだけど…ほら、これで良いかな?」

 

このままだと道端で心ちゃんに土下座する心さんが街行く人々の好奇の目に晒されてしまうので、早急に事態を収拾させる。僕は未だにぷりぷり怒っている心ちゃんの手を握ってみせる。

 

「あっ…えへへっ♪お兄ちゃん、意外と強引だね」

 

「…うっせ」

 

突然のことに驚きつつも、すぐに嬉しそうな顔を見せてそのまま腕に抱きついてくる心ちゃんに、何となく気恥ずかしさを感じてぶっきらぼうに返してしまった。相手は6歳の女の子なのに…。

 

「そういえば、紗妃お姉ちゃんが探してたよ?なんか、他の学園生?を見つけたから、そっちと合流するって」

 

「他の学園生…心さん、誰か知ってる?」

 

「ふぇ?えっと…確か近くに冷泉さんと博士がいたと思いますぅ…」

 

冷泉さん、という人は面識が無いからよくわからないけど“博士”という言葉が誰を指しているかは嫌でもわかった。多分、今は会いたくない人物の内の1人だろう。でも、それは僕1人のわがままであることはわかってるし、何より他の学園生や子供たちを巻き込んでまで通すのは何か違う気がした。

 

「…そっか。じゃあ、急いで向かわなきゃだね」

 

「…っ、はい!それでは、行きましょうかっ」

 

「あーっ!また心のこと仲間はずれにするぅー!?お兄ちゃんは心のなんだから!」

 

「ひぇっ!?わ、私はそんなつもりじゃ…ごめんなさい〜!?」

 

「あ、あははっ…本当に同じ人なの、君たち?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「と言うわけで、私たちは今日起きようとしている事件を止めなくてはならない。上手くいけば次の裏世界探索に影響を与えられるかもしれないから」

 

あの後、合流したのはやっぱり結希さんと冷泉さんという学園生だった。そこには当然この時代の2人も一緒にいるわけで、冷泉さんはともかく結希さんとはまだ蟠りは解消されていないから、なにぶん話しづらい。現に合流してから1度として結希さんと言葉を交わせていない。

何となく居心地悪く感じている僕はというと…

 

「お兄ちゃんってば、心っていう存在がいるのに他のお姉ちゃんと仲良くしてるんだよぅ…酷くない?」

 

「なっ!?そんなの…ふ、ふけちゅですっ!やっぱりこの方だけでも“つーほう”しなければ…」

 

「ふぁあ…わたくし、知ってます!そういった殿方を世間では“ぷれいぼ〜い”というのですよね!」

 

「ひとまわりも歳の離れた異性を誑かす……変質者と見てまず間違いないわね」

 

この時代のミニ学園生たちに絶賛罵られ中であります…。というか、完全にこの子たちの世話を押し付けられたってことだよね?どうやらこの時代の僕と転校生くんには遭遇出来なかったし、そもそも誘拐事件があったことすら知らなかった僕は基本的には蚊帳の外であるわけで、今頃転校生くんたちが事件を止めるための対策を考えているのだろう。それまで僕の仕事は目の前のお子様たちから目を離さないこと。たとえ目の前で蔑まれていても。

 

「違うの!お兄ちゃんはそんな人じゃないもん!お兄ちゃんはカッコよくて強くて心を悪い人から護ってくれて、でもちょっとだけ強引で乙女心もわからなくてデリカシーもないけど…とってもステキなんだからっ!浮気は男の人のかいしょーだから、いいの!」

 

心ちゃんが力説してるけど、多分それ間違ってる。浮気はダメ、ゼッタイ。それは世界共通のルールだと思う。心ちゃんが言いたいのは多分『ウチの人はこんなにモテるのよ、でも1番は私。残念だったわね、バイバイ“2号さん”♪』っていうニュアンスなんだろうな。まぁ僕は心ちゃんのモノではないんだけど。

そんなことを考えていると、この時代の冷泉さんがトテトテと僕の前まで走ってきて、なにかを決心したかのように話しかけてきた。

 

「あ、あの…お兄さんは“まほうつかい”なのでしょうか?」

 

「え?あー、まぁ一応そうなるかな。と言っても、特にこれといった魔法は使えないけど」

 

「つい先程、まほうつかいのお姉さんに聞きました。まほうつかいは出会ったばかりのわたくしたちのことを、なんでもおみとおしだと!それは本当でしょうか?」

 

「うっ…そ、それは…」

 

これは弱ったなぁ。多分冷泉さんの言ってることを鵜呑みにしてるんだろうけど、それはあくまで本人だからってことを伏せてるのの言い訳だと思うし…かと言って、ここで変に取り繕ってボロが出てしまうと、せっかく言いくるめた冷泉さんたちに迷惑かけることになるし…ここは話を合わせておくか。

 

「…あぁ、そのとーり。僕たち魔法使いには何でもお見通しなのじゃ、うぉっほん」

 

僕はそう言って、生えてない髭をなぞる仕草をして誤魔化してみる。って、こんなで騙せるわけないか。

 

「ふぁあ…まほうつかいさん、やっぱりすごいですぅ!なんということでしょう…まさかわたくしがいま着けてる…し、下着の色なども…?」

 

「…僕の口からそれを言わせるつもりかい?」

 

「は、はふぅ…お、お恥ずかしいかぎりですぅ…」

 

自分で言って恥ずかしがるなんて、本当に素直というかドのつくM気質というか。思わず僕も罪悪感からそっぽ向いてしまったよ……それに僕は一言も知ってるとは言ってないぞ、誓ってもいい。

 

「…ねぇ、あなた」

 

冷泉さん(子ども)がすっかり現実と空想の向こう側へ旅立ってしまったところで、今度は後ろからくいっと制服の裾を引っ張られる。振り返ると結希さん(子ども)が警戒の念を込めた視線を僕に送っていた。

 

「結希…さん、な、何かな?」

 

「…なぜ敬語をつかうの?あなたはわたしよりも歳上でしょう。この場合、それは不適切よ」

 

「…常識がなくて、悪かったね」

 

子どもに正論かまされる僕って、どういうこと…?

 

「まぁ、それはいいわ。単刀直入に聞くけど、あなたと向こうのわたしの関係は何?ただの顔見知り?クラスメート?恋仲?」

 

「…どれもハズレ。正解は研究者とモルモットの関係さ…あっ、モルモットはもちろん僕ね」

 

結希さんとの関係なんて、側から見ればそんなもんだろうと皮肉めいたことを口にしてる。よく考えれば最初からわかってたはずなのに、誰が素性もわからない見知らぬ人間を進んで保護したがるお人好しがいると信じていたんだ?

そんな僕の考えとは裏腹に、結希さん(子ども)は別の答えを口にした。

 

「そうかしら?わたしには別の答えを感じられたけど。たしかにあのわたしはなかなかに気難しい女みたいだけど、それでもすこしだけ“人間”であるところを見せてくれたわ」

 

「えっ?それってどういう…」

 

「向こうのわたしは自分が未来のわたしであることを証明するために、他の誰も知り得ない自らの“恥”を晒したわ。あなた、夜尿症って知ってる?」

 

「……や、やにょーしょー?」

 

「…あなた、本当に大人なの?いわゆる“おねしょ”のことよ。わたし、これでもいちおう女の子なんだから、あまり恥かかせないでよね」

 

「…ついでに学とデリカシーも無くて悪うございましたっ」

 

もうやだこの子ども。話せば話すほど自分の馬鹿さ加減が露呈されていく。それもほとんど無表情で淡々とチクチク責めてくるから言い返せないし…。

見るからに肩を落としている僕の滑稽な姿が面白かったのか、結希さん(子ども)は少しだけ頰を緩めた様子で“ついでの話”をしてきた。

 

「…えぇ、そうね。それにさっきのあなたの推察は間違ってるわ。実はもう1つ、自分の恥を話してくれたの。何か知りたい?」

 

「えぇ…?いや、もうそういうレベルになってくると逆に知ってることの方が少ないくらいだし…因みにヒントとかは?」

 

「…仕方ないわね。あなたは特に頭の出来が悪いみたいだから、特別に教えてあげる。ヒントは同世代の女性との違いよ」

 

なんかすっごく残念なものを見る目で僕のことを小馬鹿にされた気がするけど、今のでなんとなくわかったと思う。

 

「もしかして、もっと女の子らしく…とか?」

 

「…まぁ、おまけの合格ってところかしら。流石にあなたでも心当たりがあるみたいね」

 

おっ、なんか一応正解っぽい。でも、自分で言っておいてその中身までは僕も把握できていないのが現状だ。すると、その様子を察したのか詳細な情報を補足してくれた。

 

「正確には“もっと人間らしく”だそうよ。自分がもっと人間らしく生きていれば、心の機微にも敏感に反応できただろうし、“ヒト”を造るという願いもより早く達成できるかもしれない。そしてなにより、あなたとの関係を修繕させることが出来るのに…ってね」

 

「えっ…!?」

 

僕は驚きと混乱を隠せなかった。あの研究にしか目がなかった結希さんが、僕との関係を戻したがっている?そんな、そんなことがあり得るのか…!?だって、今まであの人は…そんなこと1度だって言ってくれなかった。あの日僕が結希さんの元を離れてから、今の1度も…。

 

「…信じられないって顔ね。わたしだって本当かどうかたしかな証拠は1つも持ってないもの。でも、あの人の顔をを見て、多分嘘は言ってないと思うわ。これは…おんなの感、ってやつかしら」

 

「おねしょしてるのはわからないのに、それはわかるのかい?」

 

「…やっぱりあなたって、嫌い」

 

むすっとした視線を僕に向ける結希さん(子ども)。今のはちょっとからかいすぎたかな?でも、それ以上は多分僕が自分で気がつかなきゃいけない気がするんだ。

 

「ごめんな。僕は君みたいに頭のいい人間じゃないから、答えに辿り着くのに沢山時間がかかるんだ。だから今はこれで許してくれよ」

 

僕はしかめっ面の彼女の頭に手を乗せる。てっきり拒まれると思ったけど、意外にもその手が払われることはなく僕の手には彼女の柔らかな髪の感触が確かにあった。一頻り終えたところで手を退けると、結希さん(子ども)は元の無表情に戻っていた。

 

「…わたしが28になったとき、そっちのわたしが必ず会いにくるといった。そっちにはその手段があるんでしょ?だからあなたも来て。そのときまでに答えを出せなかったら、このしかえしをしてあげるから」

 

「…あぁ、必ず」

 

僕たちは奇妙な約束を交わす。それは来たるべき遠くない未来の裏世界、そして表世界へ希望を繋ぐために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの後、結希さんたちの作戦通りに無事に連続誘拐事件を起こそうとしていた男たちを逮捕することができた。結局犯人は最初に心ちゃんを攫おうとしていた間ヶ岾とその仲間で、しびれを切らした結希さん(子ども)がわざと彼らの前に現れて自分を誘拐するよう挑発したんだとか。一歩間違えれば彼らに危害を加えられていたというのに、本当天才の発想っていうのは僕みたいな凡人には理解し難いよ。

無事に警察に犯人たちの身柄も引き渡し、各々子ども時代の自分たちに別れを告げ、僕たちは再び現れた霧の嵐に飲み込まれた。

 

「…戻ってきた、わね。全員いる?」

 

「はい、今回は転校生さんもちゃんと…あら?JCさんの姿が見えませんが…?」

 

「彼だけ違う場所に出てしまったのかしら…?」

 

「そんなはずは…。デバイスで連絡を取ってみます!」

 

紗妃さんが僕のデバイスへ連絡を試みる。でも、そのデバイスに僕が出ることはなかった。なぜなら今僕のデバイスを持っているのは僕じゃないからだ。

 

『…はい、冬樹です』

 

「ふ、冬樹さん!?どうして貴女がそのデバイスに…っ!」

 

『訳あって、JCさんのデバイスを拝借してました。あと、先程から彼の姿が見えないのですが…』

 

「えぇ!?彼は霧の嵐に巻き込まれて裏世界に…私たちと一緒に帰ってきたはずですよ!!」

 

『…それは、本当ですか?彼が消えたとされるこの図書室から、出入りした形跡はありません。常に私が居ましたから』

 

「そ、そんな…じ、じゃあJCさんは、まさか…!」

 

紗妃さんのひどく怯えた様子を察した心さんが、隣にいた結希さんにことの重要性を認識させる。

 

「…博士、彼はもしかして…」

 

「えぇ、再び霧の嵐に巻き込まれた可能性が極めて高い…!それにゲートと違って年代や場所が特定できない以上……こちらから探して見つけ出すのは、不可能に近いわ」

 

 

 

 

 

 

 

 




冷泉(れいせん) (あおい)
政界に幅を利かせている冷泉家の箱入り娘。家から一歩も出ないという恐るべき過保護で育てられたため、家庭教師に教えられたこと以外、世間の常識を何も知らない。本当に何も知らない。好奇心が強くなんにでも興味を持つので、優しく教えてあげよう。立場は違えど育ってきた境遇は全くと言っていいほど同じJCとは、変な意味で同胞の関係。


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第弐拾伍話 跳べ 魔法使い

【第6次侵攻】
第7次侵攻の9年前。日本全国に現れた魔物が北海道に集中するという初めての事態で国軍も対処しきれず、日本で初めて魔物に北海道が占拠された大規模侵攻。
現在防ぐ戦力は十分あるのだが、年々魔物が強くなっているうえ、第8次侵攻の対策もあるので「取り返す」ということに戦力をさけず、北海道は占拠されたまま。


「……んっ?あれ、また街に出てるのか?それに、なんかさっきよりも寒くなってるし」

 

僕は霧の嵐に巻き込まれ、漸く学園に戻ることが出来たと浮かれていた。しかし、視界に入ってきたのはまたもや見知らぬ街。辺りを見回してみるも一緒に居たはずの学園生の姿は無く、ここで漸く自分だけが別の場所に飛ばされたことに気がついた。

 

「アラァ…こりゃ参ったな。とりあえずデバイスで呼びかけて……って、イヴちゃんに借りパクされたまんまだったな。えぇ〜っと、電話、電話っと……おっ、あったあった!」

 

僕はデバイスの代わりとして街灯の近くに備えてある公衆電話を見つけ、少ない所持金を使って学園に電話をかけた。すると、数回コール音が聞こえたところで繋がった。

 

《こちら、私立グリモワール魔法学園です。お名前とご用件をお願い致します》

 

「あ、僕グリモアの生徒のJCです。実はちょっと迷子になって困ってるんです。できれば迎えに来てもらいたいんですけども…」

 

《…確認しますので、少々お待ちください》

 

そう言って、小気味の良い音楽が受話器越しに流れてくる。あぁ、この間にも電話できる時間とお金がなくなっていく…。

そんなことを考えていると、再び受付の女性から連絡が来た。

 

《申し訳ありませんが、確認したところ在籍している生徒の中に貴方のお名前はありませんでした。緊急時にこういった悪戯は困ります。今後二度とこういったことが御座いませんように。それでは失礼します》

 

「あっ、ちょっと…!」

 

無情にも電話はここで切られてしまった。該当する生徒じゃないだって?そんなことあるもんか。たしかにあまり出席してないし成績も優秀じゃないけど、これでもれっきとしたグリモアの生徒なのは間違いない!あの対応した職員めぇ…今度会ったら職務怠慢で訴えてやる。

 

「とにかく、このままじゃダメだ。学園もあてにならない以上、自分の力でなんとかしないと。まずはここが何処なのかを調べるしか……なっ!?」

 

僕は電話ボックスから出たところで、言葉の途中で思わず絶句してしまった。何故なら目の前に広がる景色……図書室の本にあったものと同一の建設物が建ち並び、見渡す限り至る所に残された生々しい傷跡。そして、なんといっても先程とは打って変わって途絶えることのない人間の悲鳴と既に生気を失っている数えきれないほどの死体がそこにはあった。

僕が電話していたあの少しの時間でこんなに早く多くの命が奪われたというのか…?いや、違う。この異変にたった今気づいただけだ。

 

「あ、あぁ…そ、そうか。今、まさに今この場所で!起こっているんだな…“第6次侵攻”が!!」

 

考えるよりも先に身体が理解していた。僕が飛ばされたのは第6次侵攻真っ只中の、今まさに魔物に奪われつつある北海道であり、同時にここを奴らから守りきるのが今回の僕のやるべきことだということを。

 

「たしか、日本全国に現れた魔物が北海道に集中した…だったかな?文面で見る限りではイマイチ迫力なかったけど、実際に感じるのでは段違いだ…でも、今ここで奴らを叩くことが出来れば、後で奪還に来てくれるグリモアのみんなの手助けになるはず…だもんね。よしっ!」

 

僕は柄にも無く震えが止まらない身体に喝を入れ、気合いの言葉と共に闘う決意を固める。

 

「男は度胸!恐れたら負けだもんね!手当たり次第、蹴散らすだけだっ!」

 

闘志を燃やす、それが具現化されたように僕の眼を赤々と色づかせるのと同時に、僕はこの既に荒廃しつつある街へ駆け出した。終わりのない、孤独な奪還作戦を遂行するために…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…さぁ、ちゃんと会いに来たわ、宍戸結希博士。約束通りあなたが5歳の時に会った、そのままの姿で」

 

JCが再び霧の嵐に攫われた3週間後、結希を中心とする探索班のメンバーはゲートを通過し、裏世界における人類最後の砦“ゲネシスタワー”の内部に足を踏み入れていた。道中、ガーディアンやPOTIといった科研の技術をコントロール下に置いたかのような手厚いもてなしを受けたことで、表世界と裏世界では技術の進歩に差があることを改めて実感する。さらには、より巨大な魔物もタワー内部に巣食っているようで、その追っ手から逃れる為に急いで最寄りの隠し部屋に入ったところでベッドに横たわっている裏世界の結希を発見し、さっきの言葉に戻る。

 

「…えぇ。覚えてるわ、結希ちゃん。折角来てくれたのに、こんな姿でごめんなさい。数年前に発病したALSの影響で、身体が自由に動かせないの。今は右腕がある程度動かすのがやっとかしら」

 

「ALS…筋萎縮性側索硬化症のことね。ということは、この車椅子も…?」

 

「考えてる通り、ALSはその車椅子に私を縛り付けたわ。でも、今それを知ったあなたなら、もしかしたら何とか出来るかもしれない。卯衣のことも…」

 

宍戸博士は側に寄り添っている卯衣の頰に右手を添えながら、言葉を続けた。

 

「…私はまだあなたを完成させてあげられない。きっと会うのはまだ先みたいね」

 

宍戸博士の言葉に、卯衣は目に悲しみを宿しながら静かに口を開いた。

 

「…マスターは私が生まれてすぐに、いくつかの事柄と命令を下しただけでいなくなってしまう。生きろという命令以外と、記憶を失くしてしまいました」

 

「…うっかりさんね。じゃあ、まだあなたの生みの親じゃないけど、代わりに答えるわ。耳を近づけなさい」

 

宍戸博士に言われた通り、彼女の口元に顔を近づける卯衣。そして少し会話を交わした後、離れて含みのある笑みを浮かべ、静かに頷いた。

 

「…はい、了解しました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ハァ、ハァ…っぐ、もう何日目だ…?たしか、太陽が昇ったのは昨日で22回目で…雨と曇りが合わせて37回、んでもって今日は曇りのち雨。おかげで中のシャツとパンツまでぐしょ濡れだぁ…」

 

僕は北海道防衛の根城にしているコンビニに戻って、日付感覚を忘れないために日課にし始めた売り物のノートに正の字を追記する。僕は書き終えると徐に濡れた服を脱ぎ始める。すると…

 

「…きゃっ」

 

今、たしかに店の奥から声が聞こえてきた。こんなところにまだ人がいたのか?

僕は声の聞こえた方向に向けて、手元の小石を投げてみる。もちろん声の主に当たらないように、かなり手前を狙って放つ。その仕草に驚いたのか、声の主は驚いた様子でバランスを崩し、その場で転んでしまった。

 

「わっ!?痛った〜い……あっ」

 

僕の視線に気がついたのか、気まずそうにこっちを見るのは…女の子?ってまた小さい子かよ…。

 

「あ、あの…わ、わたし…」

 

少女はおどおどした様子で僕に話しかけようと試みているも、恐怖心からか中々上手く話せずにいられなかった。僕はその意思を汲み取って、脱ぎかけの衣服を完全に取っ払い、露わになった背中を少女に向けて座り込んだ。

 

「…悪いけど、この塗り薬を背中の傷口に塗り込んでくれないかな?自分じゃ届かないんだ」

 

「…えっ?あ、うん…」

 

僕の提案に最初は戸惑い怯えるも、渋々といった様子で塗り薬の入った容器を受け取り、その小さく冷たい両手を使って塗り広げていく。暫くすると、少女の方から重い口が開いた。

 

「…しょ…んしょ…お兄さんの背中、すごい傷だらけだね…どうして?」

 

警戒心を持ったまま不思議そうに尋ねる少女。ちらっと少女の見た目を確認した僕は、素直な感想を言わせてもらおう。

 

「傷があるのは背中だけじゃない。それはもう全身の至る所、外側はもちろん内側も…ね。それはキミも一緒なんじゃないかな?」

 

「…っ!?そ、それは…」

 

僕の指摘を受けた少女は明らかに狼狽えていた。この時期にこの北海道で1人でいる子どもが普通でない事は薄々感じていた。きっと暫くの間、街を彷徨っていたこの少女は数日かけて僕が霧散させたこの近辺に辿り着いて、食料を漁っていたところを僕が帰ってきて鉢合わせ、ということだろうか。

 

「キミみたいな小さい子が1人でいる…状況が状況なだけに、生き残ったのはキミだけ…なんだろう?」

 

少女は何も語らない。その代わりに必死に声を押し殺して涙することに耐えているのが背中越しに伝わってくる。その事実を口にするのも憚られるほどに悲惨なものだったのか…。

 

「よく…頑張ったな。よかったよ…キミが、“生きる”ってことに前向きになってくれてさ。でなけりゃ、きっと絶望して、今こうして話すことも出来なかったかもしれないだろ?だから、今この瞬間ひとつ取っても奇跡なんだ……っていうのは、ちょっとクサかったかな?ハハッ…」

 

新たな服を着替え、少女に優しく笑いかける。すると、少女の様子が一変した。

 

「…!く、うぅ…えぐっ、うっ…うわあああぁんっ!!ああああぁんっ!」

 

遂に堪え切れなくなった少女が、目の前の僕を気にせずに抑え続けてきた感情を解放させる。僕は目の前の少女にかける慰めの言葉は見つからず、出来ることと言えば、開けっ放しの自動ドアを閉め、飲み物の棚からアレを取り出して泣きじゃくる少女に差し出すくらいだ。

 

「ほら、1本やるよ。結構美味いんだぜ、缶コーヒー」

 

「ぐすっ……へ?」

 

一瞬、面食らった少女だったが、戸惑いながらも受け取ってプルタブを開けてこくこくと飲み始める。それを確認した僕は、屈託のない笑顔を少女に向けながら言い放った。

 

「毎度、1本120円ね」

 

「ぶふぅ〜っ!?エホッ、エホッ…えぇ!?あ、あの…わたし、おかね、持ってない…」

 

「…ぷっ、ハハッ!ジョークだよ、ジョーク。ユーモアのセンスが無いのかい?どうせ、店もこんなだ。せめて生き倒れない程度に好きに使わせてもらおうぜ。僕も一緒に飲んで罪被ってあげるから、固いこと言いっこなしだぞ?」

 

「む、むぅ〜…!」

 

すっかりヘソ曲げられちゃったか。でも、さっきまでの涙でくしゃくしゃに濡れた顔は、見る影もなくなっていた。せめて、せめて今だけはこの少女を悲しみに満ち溢れた現実から解放してあげなければならない。たとえ終わりのない闘いを強いられようとも……それにしても、憎まれ役ってやっぱり辛いなぁ、はぁ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんなさいね。変に気を遣わせてしまって」

 

「いいえ、その辺の事情は事前に副会長には伝えてあったから問題ないわ……それで、わざわざ席を外してもらってまで話したいことって何かしら?」

 

再び時間軸は裏世界のゲネシスタワー内部に戻る。卯衣に新たな命令を下した宍戸博士は、結希に取り計らってもらい、他の学園生には別室に移動してもらって現在室内には2人の宍戸結希だけが残っていた。

宍戸博士は未だに事務的な対応をする結希の様子に少し呆れた様子で話し始めた。

 

「…一応先に言っておくけど、あの時あなたからもたらされたデータのおかげで、ある程度事態を把握できた。でも、その顔から察するにそちら側であまり状況は好転しなかったみたいね」

 

「そちら側では…?どういう意味かしら」

 

宍戸博士の言葉の真意を測りかねている結希。まるで裏世界では違うという口ぶりだったが…?

 

「文字通りの意味よ。こちら側…というよりも、“私個人として”の収穫は大きかったわ。そういえば、あの人の姿が見えないようだけど?」

 

「あの人?」

 

「…あのデリカシー欠落男よ。次にここに来る時は必ず同伴するように伝えたはずなんだけど?」

 

「彼は…あの後、霧の嵐に巻き込まれて3週間前から行方不明に。こちらとしても現在、北海道奪還の最終調整の真っ最中だから、JC君には悪いけど彼の捜索班は組めないのが現状よ…」

 

そう口にするも、宍戸博士はそれが真意ではないことを理解していた。何故ならば、今もそう発言する結希の拳からはうっすらと血が滲み出るほどに強く握りしめられていたからだ。その様子を見た宍戸博士は、ならばと結希の行動を後押しするような言葉を投げかける。

 

「…なら、今はそっちに専念しなさい。飛ばされた年代にもよるけど、“そっちの”彼ならきっと大丈夫よ。私の仮説が正しいとしたら、魔物や魔法使いが相手である限りは彼に敵う者は居ないはず」

 

「あなた、彼のことどこまで知ってるの?教えて」

 

結希が宍戸博士の仮説について追求する。すると、宍戸博士は少し考えた後、重く閉ざしていた口を開いた。

 

「…あなた達がJCと呼ぶあの魔法使い。彼はこちらの世界の“スレイヤー”と呼ばれる魔法使いと同質の存在よ。人類敗北の一端を担った霧の護り手のスパイだった双美心と規格外の力を持つスレイヤー…私はこの2人を許さない」

 

「だから、こっちの双美さんとJC君も許さないつもり…?」

 

結希が柄にもなく不安そうに尋ねると、宍戸博士は少し自嘲気味になって答えた。

 

「いいえ、実際に会って話してみて理解したわ。スレイヤーとあの人は間違いなく違う、もちろん双美心もね。ただ、毒をもって毒を制す…ということもあるんじゃないかしら。私たちにはそれが出来なかったけど、あなた達ならもしくは…」

 

「なるほど。相手が同じ人間なら、その弱点も熟知しているはず。それにまだこの時代の2人がこちらの存在に気づいていない今なら、その分だけ充分な対策が期待出来る…ん、何?その何か言いたそうな顔は…」

 

結希が独り言の途中で、含みのある笑みを浮かべる宍戸博士に気がついた。

 

「…いえ、側から見たらこんな感じだったのかなって、改めて実感してるだけよ。感情表現が乏しく、全然素直じゃない、頭は良くても色気がない上、いつだって理屈ばかり捏ねて研究しか頭にない面倒な女…そんな印象かしら、私って?」

 

「まさか自分に貶されるとは思ってなかったわね…まぁ、間違いではないけれど」

 

「でも、あの人のことはどんな時も忘れたことはなかった。それも嫌な覚え方ではなくて、何というか…その、心から想うって感じかしら?辛い時も苦しい時もこんな感覚って初めてだったから少し不安で…って、少し喋り過ぎたわね。とにかく私たちが成し遂げられなかった意思をあなた達に託すわ。しっかりなさい」

 

そう言って、結希から顔を背ける宍戸博士。しかし、結希には分かっていた。顔を背けたのは、今自分がどんな顔をしているのか誰にも見られたくなかったから。その仕草や原因など、そんなところまで全くと言っていいほど自分と同じだった……と思いたくない反発心が結希の中で悶々と渦巻いている。

 

「その様子だとまだお互いに打ち解けられていないようだし…あの人のことは必ず繋ぎ止めなさい。きっとそれが人類の未来の為になる。そのために若者同士、しっかりとぶつかって励みなさい。先に言っておくけど、子どもはなるべく早いうちに作っておくと良いわ。出来れば2人、理想は男の子と女の子ね」

 

「…っ!?そんなつもり、ない」

 

宍戸博士の本気かどうかわからない言葉にむくれる結希。しかし、そんな彼女の耳は真っ赤に染まっていたのは本人たちにしか知り得なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…へぇ〜。んじゃ、真代ちゃんはここ札幌の生まれなんだ。どうりで小さいのに土地勘があると思ったんだ…あっ、口元についてるよ」

 

「えっ?ど、どこですかぁ?」

 

「取ってあげるから動かんでね…うしっ、とれた。あんまガッツクなよ〜」

 

「あぅ…ごめんなさい。真代、はしゃぎ過ぎてしまいましたぁ…」

 

「まぁ、たしかにこんなにたくさんの物が売ってるコンビニって凄いよなぁ。非常時とはいえ、どれでも好きに飲み食いできるんだもんな。一応、僕の名前で領収書きっておこう…泥棒じゃないし、後払いなだけだし」

 

あれからお互いのことを少しずつ話しあった僕たちは、くきゅ〜と少女のお腹の虫が小気味良く鳴ったところで、とりあえず遅めの夕食をとることに。この少女…名前は真代と書いてましろというらしいが、どうやら空腹を満たすため土地勘を頼りに彷徨っていたら、唯一電気が生きているこのコンビニに辿り着いたという。目の前で菓子パンをむしゃむしゃと頬張っている真代ちゃんは、案の定予測通りに家族を魔物に襲われて1人生き残ったようだ。本人にも言ったことだけど、そこで絶望して生きることを諦めないでくれて良かった。でなければ、こうして一緒に食事をすることもなかっただろう。

 

「お兄さん…?ねぇお兄さんってば!」

 

「…っ!な、何かな?」

 

そんなことを考え込んでいると、気づけば目の前に真代ちゃんの幼い顔が広がっていた。いきなりだったもんで一瞬、心臓がドキッと跳ね上がってしまった。

 

「あ、あのね…ここってお風呂、あるのかな?」

 

急にしおらしくなった真代ちゃん。あぁ、自分では気がつかなかったけど、僕の匂いって相当キツくなってきたか?ここのところ碌に風呂なんて入れてなかったしな、服も自分の血で染まってきてるし。

 

「あぁ、風呂ね。って言われても、ここコンビニだしなぁ…トイレはあるけど流石に風呂は無いだろうよ」

 

「えぇ!じゃあ、お兄さんは今までどうしてたの?」

 

「う〜ん…一応、汗拭きシートで拭いたり香水で誤魔化したりはしてたけど、どうせ汚れるからって諦めてたし。シャンプーとか石鹸はあるから気合い入れて真水で体洗ったりもしたけど、あれはもうやりたくないな…」

 

僕の奇跡体験話を聞いて、ガクブルしだした真代ちゃん。ずっと男1人だったからあまり気にしてなかったけど、やっぱ女の子って風呂入りたいもんなのか…。

 

「えぇ〜…今日はお風呂入りたかったですぅ…あ、じゃあ真代のお家に行きませんか!」

 

「…何だって?しかし、こういう場合は拠点から動かないのが常套手段だしなぁ…」

 

ここで思ってもみなかった提案をしてくる真代ちゃんに悩まされる。一応、ここら一帯の魔物は霧散させたはずだけど、だからと言って確実に安全かという保証はない。何せ今は第6次侵攻の最中、全国の霧の魔物がここに集中する非常事態である以上、むやみに移動するのは生き残りたいと考えるならば…はっきり言って愚策だ。真代ちゃんには申し訳ないけどさ。

 

「で、でもぉ!すぐ近くですからっ!ねっ?行きましょうよ!?」

 

「お、おいっ…!?落ち着けって!いきなり何だってんだよ……っ!ま、真代ちゃん、キミは…」

 

僕がやんわりと断ろうとすると、急に意固地になって必死に食い下がる真代ちゃん。突然の豹変具合に戸惑ったけど、真代ちゃんの表情を見て、悟ってしまった。

 

「本当に、近くですから…お願い、します…」

 

今にも消え入りそうな声で震えながら懇願する真代ちゃん。そうか…もしかしてさっきのは建前で、本当は失ったばかりの家族の思い出が残っている家に帰りたかったのか…。なるべく口にしないよう耐えていたみたいけど、きっとこれが本心なんだろうな。

 

「真代ちゃん……ったく、子供なんだからもっと素直になりんしゃい。今準備してくるから、ちゃんと案内してくれよ?」

 

「…っ!うん!」

 

僕が提案に折れると、真代ちゃんは一気に花開いたような笑顔を浮かべて目に見えて喜んで外に走って出て行った。あぁ、ほんっと僕って自分より小さい子に強く出られないよなぁ…と思いつつ、数日分の食料と飲み物をレジ袋の中に詰めると、一足先にコンビニの外で今や遅しと待っている真代ちゃんの元へ急ぐ。

 

「ねぇ、お兄さん。真代のお家まで歩いていくんですかぁ?」

 

真代ちゃんが首を傾げて聞いてくる。だから僕も自信を持って答えてあげよう。

 

「いいや、跳んでいく。だから、ちゃんと捕まっててねっ!」

 

「へぇ?…うわぁ!?」

 

僕は真代ちゃんの小さな体を担いで横抱きの体勢にして持つと、大地を蹴って空高く跳躍した。2回、3回と建物を足掛かりにして一気にビルの屋上まで昇ると、そのまま真代ちゃんに指示された方向へビルとビルの間を飛び移っていく。その間、真代ちゃんはといえば…

 

「うっはぁぁああ〜っ!!すご〜いっ!!」

 

意外と乗り気だった。

 




雪白(ゆきしろ) 真代(ましろ)
霧の嵐に巻き込まれた先で偶然出会った蒼髪の少女。第6次侵攻で魔物に家族を奪われた彼女は、JCの前でも気丈に振る舞う。でもお風呂はまだ誰かと一緒に入りたい派。8歳。


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第弐拾六話 奪還せよ 魔法使い

【東北守備軍特殊魔法隊】
公にされていない秘密軍。浦白 七撫が所属していた。
第7次侵攻以降も北海道に幾度と潜入、札幌までの詳細な地図を作製。北海道奪還に貢献した。


3月初頭、グリモアの学園生たちは当初の予定通りに国連軍・国軍、PMC、中露軍、清・ロマノフ魔法学園の協力の元、北海道奪還作戦において中心部である札幌に赴いた。その札幌の地に最初に降り立ったアタシ、武田虎千代はその凄惨な光景を目の当たりにし、思わず愚痴を漏らす。

 

「ここが…札幌か。写真や動画などで見ていたとはいえ、見渡す限りに残されたこの生々しい傷跡や氷漬けの大地……第6次侵攻は日本人にとって大き過ぎたな」

 

「“時間の止まった大地”じゃ。お主、ここを訪れるのは初めてか。聞くと見るとでは大違い、じゃろ?」

 

アタシの愚痴を聞いた東雲がすかさず声をかける。しかし、肝心のアタシの方は数ヶ月ぶりにまともに会話する東雲の様子が戻っていることに驚いていた。

 

「東雲…もういいのか?前回の裏世界探索から気分が優れなかったように見えたのだが…」

 

「…あー、まぁそれは後で良い。どうせ奴が帰って来なければどうにもならんことじゃからな。それよりもさっき面白い情報を聞いたからお主にも教えちゃるわ。こっちゃ来い」

 

「面白い情報、だと?どれどれ…」

 

他の者に聞こえないようになのか、手招きして口元に耳を近づけるよう促す東雲。すると、アタシの耳に入ってきた情報は誰もが眼を見張るものだった。

 

「(遊佐の奴に盗聴させたんじゃが、どうもこの北海道…特に札幌の魔物の数が調査隊の事前報告よりも明らかに減っているらしい。表立った騒ぎにはなっとらんが、軍の内側はてんてこ舞いだろうに)」

 

「な、何だと…!?一体どういうことなんだ…まさか!」

 

軍隊が奪還地点の魔物の数を計り間違えるような失態を犯す訳がないと考える。その可能性を排除すれば、自ずと答えが出た。それを口にしようとした矢先、東雲から真に心のこもった言葉が漏れた。

 

「この北海道に奴が…JCがおる、おるのじゃ…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「真代ちゃん、お風呂の準備できたよ〜。すぐ入るなら着替えとタオル持ってきなよ」

 

真代ちゃんの案内の元、ものの10分足らずで真代ちゃんの家に辿り着くことができた僕は、彼女が所持していた鍵を使って開けてもらい招かれる。幸い、ガスと電気と水道などはまだ生きていたので彼女の要望通りに湯を張ってあげ、ついでに浴室の棚に置いてあったちょっと高価そうな入浴剤も入れておいてあげようかな。さらさら〜っと…うわっ、入れ過ぎた!しかもこれ泡風呂みたいになるやつ…。

 

「真代ちゃん、ごめん…なんか間違っていっぱい入れ過ぎちゃって、泡風呂みたいになっちゃった…」

 

僕が素直に非を認めて謝罪すると、真代ちゃんは泡風呂と化した浴槽を見て、何故か嬉しそうな笑顔を見せる。

 

「…うわぁ〜!こんなの初めてですぅ!ねっ、せっかくですからお兄さんも一緒に入りましょう?」

 

「えっ…い、いいよ僕は。替えの服も無いし」

 

「えぇ〜、そんなこと言わないでくださいよぉ。絶対楽しいですからぁ。ねぇ〜、お願いしますぅ」

 

そう言って逃げようとする僕の腕を掴んで離そうとしない真代ちゃん。この子は2人で入るってことの意味が分かってないのだろうか?ここは人生の先輩として、しっかりとその意味を教えてあげなければ。

 

「あのね、真代ちゃん。君は女の子で僕は男だ。女の子は好きな人以外には裸を見せちゃダメなんだよ?」

 

「えぇ〜、何でですかぁ?私はお兄さんのこと、好きですよぉ?」

 

頭の上に?マークを浮かべて、一切隠すことなく告白してくる真代ちゃん。いや、この場合は告白って感じじゃないのかな。どっちかって言うと少し気のおける歳上のお兄さんって感じだと思う。

 

「多分だけど、真代ちゃんの“好き”は少し意味が違うと思うよ?」

 

「思うよぅ?なんで疑問形なんですかぁ?」

 

むっ、真代ちゃんメェ…子どものくせに痛いとこチクチク突いてくるじゃないか。誰か好きになったことなんかないのに、上手に説明なんかできるかってんだ。でもそう思ったのはフィーリング、つまりはパッションなんだよ!

 

「だって…嫌でしょ?知り合ったばかりの男に裸を見られるなんて」

 

「へぇ?いえ、全然。さっきも言いましたけど、私はお兄さんのこと大好きですから一緒に入りましょうよぉ?」

 

なんかただの好きから大好きに昇格してるんだけど……これ、うんって言うまで解放してくれないパティーンなのかな。覚悟、決めるか…ハァ〜。

 

「………わかったよ。でも、せめて上にタオル巻くとかしてお互いに直接見えないようにしよう。それが最低条件だ」

 

「えへへっ、お兄さんは恥ずかしがりやさんですね!それでいいですよ!わ〜い!」

 

そう言って、ポンポンポーンっと身につけていた衣服を脱ぎ捨てて浴室に消えていった真代ちゃん。言ったそばから…

 

「…ったく、とにかく何か隠せるものを拝借するしかないか。たしかさっきの部屋にタンスがあったよな……う、うっ!?」

 

突然、僕は今まで感じたことのない強烈な眼の痛みに襲われる。なんとか痛みに耐えつつ慌てて鏡の前に立って確認すると、そこに映っていたものを見て愕然とした。

 

「な、なんだよ…これ?なんでこんなに“青い”んだよ…」

 

鏡に映し出されたもの。それは普段の状態や戦闘時によく見られるようになった赤く光る瞳ではない、全く新しい青い光を宿した瞳だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハッハー!まだ雑魚ばっかりだな!まとめて踏み潰してやるぜぇっ!!」

 

奪還作戦の攻略拠点設営の為、精鋭部隊が先行して周辺の魔物を殲滅していく。事前調査の情報の通り、まだ育ちきっていない小さな魔物ばかりなので、少数編成の精鋭部隊でも十分対応しきれた。主にメアリーが嬉々として大多数の魔物を霧散させていたが。

頃合いを見計らって、私は本部に連絡を入れる。

 

「エレン隊より本部へ。目標地点を確保した。補給要員を送ってくれ」

 

《…っ!わかりました。では引き続き、そちらの防衛をお願いします》

 

応答したのは副会長の水瀬薫子だったが、明らかに一拍遅れて反応したのを私は見逃さなかった。もちろんその原因も承知しているので、彼女が本調子になるよう少し悪戯してみる。

 

「…気にしているのか?私もさっき聞いたが、にわかに信じがたい話だな」

 

《べ、別に気にしてなんか…私は副会長としてJCさんの身を案じているだけで…》

 

「私が言ってるのは、報告より魔物の数が少ないということなのだが…。まぁ、彼氏が心配なのは分からなくもないが…あまり私情を持ち込むなよ?」

 

《ーーーっ!?!?》

 

デバイスの向こう側で恐らく彼女が発狂しているのが伝わってくる。むぅ…ジョークのつもりだったのだが、少し悪ノリが過ぎたか。報告は無事に済ませたので、彼女の尊厳のためにここは黙って切ってやるとするか。

すると、頃合いを見てなのか今回作戦に同行している東北守備軍特殊魔法隊の魔法使いの少女が私に話しかけてきた。

 

「…街まで攻め込まないんですね。やっぱり要望は聞き入れてもらえなかったか…」

 

「確か、浦白七撫といったな。不満そうだが、私のパーティにいる以上、私情を持ち込むことは許さんぞ?」

 

先に釘を打っておくと、当然と言えば当然だが、浦白からは軍人らしい答えを返してきた。

 

「えぇ、分かっています。こちらもプロですから、あなたの命令を聞きます。もし救援に駆けつける時は座標を教えて下さい」

 

「…我々のことを不甲斐ない存在だと思ってるのだろう?」

 

「えっ、いや…そんなことは…」

 

浦白は否定しているが、内心はそう思っているはずだ。故郷と仲間を魔物に奪われ、その悔しさをバネに軍に入って長年にわたり準備を進めて、そして今漸く自分たちの力で北海道を取り戻そうというところで、慎重な行動ばかりの我々グリモアの指揮下に収まるしかない。はっきり言って拷問、私が彼女の立場なら上官を説得してでも前線に出張るだろうに。

 

「…すまない、責めている訳ではないのだ。私も魔物に故郷を壊滅されてな…だから、浦白の悔しさや苦しみという気持ちは分かっているつもりだ。当然、軍という組織の考え方もな。本来ならば奴が…JCがこの作戦に参加できていれば…もっと積極的な奪還作戦を展開できたかもしれんな」

 

「お噂は予々…学園最強の呼び声の高い魔法使いだと聞いていますが。今はその、行方不明だと…」

 

浦白が私たちを気遣って、言葉を濁す。確かに奴がいるといないのとでは戦力的なことは勿論、一部の生徒のテンションにも影響しているのは事実だ。

 

「だが、私たちの成すべきことは変わらない。奴の力を借りずともこの作戦、私たちの手で成功させるぞ」

 

「…はい!よろしくお願いします!」

 

私が浦白を鼓舞すると、それに応えるように気合を入れなおす。私が誰かを励ますなど…どういう風の吹き回しだ。私がグリモアに感化されてきたということ…なのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん〜♪とっても気持ちよかったですぅ…へにゃ〜」

 

「あっ、真代ちゃん。ちゃんと髪乾かさなきゃダメだよ。ほら、ドライヤーするからこっち来て」

 

「えへへっ、は〜い♪」

 

あの後、無事に痛みも消えたので何事もなくお風呂に入り終えた僕は寝る準備を整えつつも、真代ちゃんが濡れた髪のまま僕の前を素通りしてベッドで寝転ぼうとしたので、慌てて引き止める。まぁ、素直に言うこと聞いてくれる(従ってくれるとは言ってない)くらいの関係は築けたのかな?

 

「〜♪〜♪〜♪」

 

彼女の長く手入れされた蒼髪を手櫛でわしゃわしゃ〜っと掻いてあげながらドライヤーで乾かす。あまり上手に出来てるかはわからないけど、鼻歌混じりでご機嫌なところを見ると一応満足してもらえてるのかな?

すると、真代ちゃんが振り返って何気なく尋ねてきた。

 

「そういえば、お父さんの服のサイズで大丈夫でしたかぁ?お兄さん、意外とガッシリしてるから…」

 

「ん?あぁ、まぁ大丈夫かな…って、どこ見て言ってんのスケベっ!」

 

「へぇ!?わ、わたしはそんなつもりじゃ…そ、そんなこと言ったらお兄さんだってわ、わたしの裸を…あぅ〜」

 

少し突っついてみると、予想以上に反応する真代ちゃん。お互いにちゃんとタオル巻いてたから直接は見てないはずだけど、意外と想像力の豊かなおませさんだなぁ。

 

「お生憎様、ちゃ〜んと予防線張ってタオル巻いてもらったおかげで見えてないし、それに真代ちゃんのお子さまボディじゃ何の興奮も覚えないよ。はい、ドライヤーお終い」

 

「なっ!む、むぅ〜!」

 

当然凹凸の無い真代ちゃんの体に興奮したなんて言えるはずも無く即座に否定する……まぁ実際に興奮してないし。ただそれで真代ちゃんがむくれる理由がよくわからない。

だって真代ちゃんで興奮したって言ったら、それこそ変態じゃないか。

 

「…じゃあ、こうしちゃいます…えいっ!」

 

「…へ?のわぁっ!?」

 

すると、何を思ったのか真代ちゃんは立ち去ろうとした僕の背後から抱きついてきた。

 

「これでお兄さんもましろにメロメロ間違いなしですぅ。そう言ってくれるまで絶〜対に離れませんからね?ギュ〜!」

 

小さい手を僕の体に回して子供ながらに必死に抵抗してくる真代ちゃん。その姿がなんとなく儚げで、視線は僕を捉えているけど真代ちゃんの眼には何か別のものが見えている…僕にはそんな風に思えた。

でも、そんなことで懐柔されるわけにはいかない。僕はそのまま真代ちゃんをずるずると引きずって、先に案内されていた彼女の寝室まで行って、そのまま真代ちゃんをベッドにポーンと放り投げる。

 

「うわっ!もう…冗談なんですから、そんなに怒らないでくださいよぉ…」

 

ベッドのスプリングによって2、3回ポンポンと跳ねると、そのままベッドの上にぺたんと女の子座りで着地した真代ちゃんが抗議してくる。でも理由はちゃんと別にあった。

 

「そんなんじゃないよ。けど、もう子供は寝る時間だ、後は僕に任せてよ。今日ぐらいは安心してぐっすり眠りたいだろう?」

 

「で、でも…お兄さんは?」

 

「…これでも魔法使いですから。まぁ、今すぐ魔物を追い払うとかはできないけどさ。でも、真代ちゃんが安心して眠れるように見回ってあげるくらいはできる。また明日、頑張ろうぜ?」

 

そう言って、僕は真代ちゃんの部屋を後にする。恐らくだけど、真代ちゃんは本当に心の優しい子だからこんな状況になっても、知り合ったばかりの僕のことまで気にかけてくれるんだろう。でも、内心では薄々感づいている。

もう僕だけの力では、札幌はおろか北海道全土の魔物を退けるなんてことはできない。なら僕が囮になって魔物を引きつけてでも、真代ちゃんを本州に送り届けなければ…と。

 

「…でも、そんなのは真代ちゃんが許してくれそうもないよねぇ。ただ…この青い眼だけはどうにかならなかったかなぁ?」

 

真代ちゃんの目の前ではなんとか発現させないように頑張って耐えていたけど、もう限界だ…。僕は抗うことを諦め、体内から湧き上がる未知の力を素直に発動させる。そう、あの青く光る眼を…。

 

「あの赤い時と同じなら、この青い眼も何か能力があるってことなのかな?そういえば、僕ってあんなに速く動けたっけ…」

 

僕の孤独な呟きに答えてくれる者は、誰もいない…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そ〜っ…どうネ、明鈴?」

 

「お…?マ、マシロー!大きい魔物以外、全部凍ってるアルよー!」

 

再度、表世界の北海道奪還作戦に舞台は戻ります。ですが、事態は既に佳境を迎えようとしていました。転校生さんと料理部のメンバーはこの北海道を支配している魔物のボスと思われる存在と対峙しました。転校生さんの魔力譲渡の力をお借りして私の氷魔法でボスの魔物周辺の小型の魔物を全て凍らせることに成功させましたが、肝心の魔物にまでは届かず更にまた新たに小型の魔物が発生してしまいました。明鈴さんとレナさんが手当たり次第に撃退していますが、援軍が到着しない限り物量差で押されてしまいそうですね…。

 

「何か、何か手は無いのでしょうか……っ!?あ、頭の中に何か…!」

 

その時、突然私の頭の中に得体の知れない“何か”が過ぎりました。戸惑いながらも私はその情報を迷わずに、万姫さんに連絡をとっている小蓮さんに伝えました。

 

「小蓮さん!魔物の頭に傷があります!攻撃を集中させるならそこにお願いしますとお伝えください!」

 

「マシロ…わかったネ!万姫、ちゃんと聞こえたネ!?外したら一生バカにしてやるから覚悟するアルよ!」

 

小蓮さんが乱暴に通話を切っていましたが、一応こちらの考えは伝わったようですね。それにしても…何故私にあのような情報が?

 

「あと10秒…ましろ!一瞬でも良いからもう一度分厚いバリア作るべ!」

 

花梨さんが近くにいた小蓮さんと一緒に最大限の障壁を張って、援護攻撃に備えます。私も明鈴さんとレナさんをバリアで守ります。そして次の瞬間、私たちの頭上を凄まじい熱量を帯びた魔力による砲撃が通過し、氷の魔物の頭部に直撃しました。肉眼では視認できない距離から少しのズレもなく正確に攻撃を当てた人物は一体誰なのか?私に魔物の弱点を教えてくれたのは誰なのか…。

しかし、この好機を逃しはしません。今の攻撃で弱っている事実は変わりません、私の全てを賭けてでもこの一撃で北海道を取り戻します…!

 

「転校生さん…今から私の全力をもって攻撃を仕掛けます。なので決して、途中で魔力を止めないようにお願いしますね」

 

私がお願いすると、転校生さんは何も言わずに頷いてくれました。私は静かに深呼吸をして、叫びました。

 

「これで…終わらせますっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ふがっ。ん、んぁ…やばっ!いつの間にか寝てたのか…ん?肩に感触が…」

 

時計を見ると時間は午前5時を指し示していた。昨晩から家の周辺を警戒して見回っていたけど、魔物の気配は感じられなかった安心感から、不覚にもリビングで寝込んでしまったみたいだ。多分最後の記憶から2時間くらいは経ってしまったと思うけど、今はそれよりももっと重要な案件で冷や汗をかいていた。

 

「…すぅ…んぅ〜…にへへ〜っ、お父さ〜ん…」

 

昨日しっかりと自分のベッドに寝かしつけたはずの真代ちゃんが、どういうわけか僕の肩の上に頭を預けて更には僕の体に腕を回して、気持ち良さげに寝言を漏らしていた。

 

「おいおい、勘弁してくれ…。誰がお父さんだって…って、この服の所為か……“お父さん”、ねぇ?」

 

僕は皮肉めいたことを考えつつも、隣で眠る真代ちゃんの頭をそっと優しく撫でる。眠っているので反応は返ってこないけど、少しでもこの辛い現実から解放されるのならそれで良い。

親はおろか自分のことすらまるで分からない僕と真代ちゃんでは、その存在価値には雲泥の差があるのは明白だった。

 

「絶対に…守るから。その為にも……っ!?」

 

その時、突然耳をつんざくような爆発音が響き渡った。僕は慌てて家の外へ飛び出して屋根の上に登り、音が聞こえてきた方向と爆発地点を探す。全身の神経が不思議な感覚に支配されて、自然とそれが何処で何が爆発を起こしていたのかいとも簡単に把握できた。

 

「あの方向は…昨日まで居た所か!?」

 

そう、爆発地点は昨日まで僕たちが居たあのコンビニがある方向だった。もし真代ちゃんの提案を断っていたら、きっと今頃…あの火中で死を迎えていただろう。

 

「お兄さ〜ん…今の大きな音は何ですかぁ?」

 

玄関を出た所から真代ちゃんが僕に問いかけてくる。僕は一飛びで真代ちゃんの元に着地すると、今見て得た情報と仮説を伝える。

 

「真代ちゃん、落ち着いて聞いてね。今の爆発音は昨日僕たちが居たコンビニの方向から聞こえてきた。でも霧の魔物はあんな風に人間みたいな爆発は起こさない。つまり、今あそこには武装した国軍の人が居るんだ!助かったんだよ…」

 

「ほ、本当…ですか?真代たちは、助かるんですか…」

 

僕の言葉を聞いた真代ちゃんが、目を潤ませながら問いかけてくる。なので、僕は自信を持って答える。

 

「そうだよ!国軍がまだ生き残ってる人たちを保護しに来てくれたんだ。さぁ、早く準備しなきゃ取り残されちゃう」

 

「は、はいっ!」

 

僕たちは家の中に戻って支度をすると、再び真代ちゃんを小脇に抱えて街の方へ跳んで移動する。そんな最中、真代ちゃんがおずおずと話しかけてくる。

 

「あの、お兄さん…真代の勘違いだったらいいんですけど、お兄さんの眼の色って“緑”でしたっけ…?」

 

「…えっ、それってどういう」

 

思ってもみなかった指摘に動揺していると、真代ちゃんは慌てて言葉を続けた。

 

「いえっ、さっき降りてきた時にそう見えただけで、その後は普通に茶色っぽかったですけど今は青いですし…」

 

緑…だって?ここに来てまた新しい力に目覚めつつあるのか。思い起こせばさっきの急に全身の感覚が鋭くなったのは緑の時の能力で、素早く動けるのは青い時の能力…ってことになるのか。

なら…自分の意思で使えるのか?

僕は建物の上を飛び移って移動していたのを止めて地上に着地する。

 

「あれ、お兄さん?まだ街に着いてないですよ……あっ」

 

僕の行動に困惑していた真代ちゃんだったけど、僕を見てすぐに何かを察してくれたみたいだ。ということは、今僕の眼は青から緑に変わっているらしい。

 

「よし…これで魔物と軍の正確な情報を知ることができる……うっ!?」

 

一瞬で軍と魔物の全ての位置と数を把握することができたがその状態も5秒と持たず、強烈な頭痛と疲労感に襲われ元の状態に戻ってしまう。

 

「お兄さん!だ、大丈夫!?」

 

真代ちゃんが心配の声をかけてくれたけど、事態が既に困窮しているのが分かった以上、急がないといけなくなった。

 

「いきなりだけど、国軍が押されててピンチみたい。すぐに救援に向かうよ。だから、ちゃんと掴まっててね!」

 

「は、はいっ!」

 

僕は再び青の力を発揮すると、真代ちゃんをしっかりと抱きかかえて国軍を視認できた場所へ急いで向かった。

移動している最中も、僕の中で不安と焦りが募っていく。今確認できただけでも魔物の数は一晩明けただけでかなり増えているし、国軍兵士の数も明らかに足りてない。生存者を全員保護する時間を稼ぐにしても、最早撤退は時間の問題だろう。それまでに必ず真代ちゃんを引き渡さなければならない。到着するまでに国軍が生き残っていればの話だが…。

 

「…っ!あそこか!たぁっ!」

 

一人で魔物に対して攻撃を仕掛けている国軍兵士を確認すると、僕はその近くに着地し真代ちゃんを下ろす。そして、そのまま兵士の頭上を跳躍して飛び越え小型の魔物に殴りかかる。しかし、ここである異変に気付いた。

 

「…!拳の威力が、弱くなってる!?」

 

明らかに一撃の威力が弱体化していて、小型の魔物ですら苦戦するほどだった。ここで僕はこの能力の数々の意義を再認識させられる。

 

「もしかして…この眼の色の能力って、力の均衡を崩して再分配するものなのか!?だとしたら…」

 

勝てない…。その事実だけが僕の頭に浮かんでくる。魔物はこの先10年かけて更に強力に育ってしまう。なのに、今の僕にはこの魔物たちを全滅させられる力は悔しいけど無い。例え赤の力を使ったとしても物量の差で押し切られ、最悪の場合、この兵士や真代ちゃんまでもが殺されてしまう…なら、もう答えは出てるはずだろう。

僕は一旦、建物の陰に身を隠している国軍兵士の側に飛び退いて、真代ちゃんを託す。

 

「もう…とっくに撤退の命令は受けてるんでしょう?だったら、早くこの子を連れて退いてください。その間、僕が時間を稼ぎます」

 

「…っ!?お、お兄さん!?何言ってるんですか!」

 

僕の言葉を聞いた真代ちゃんが狼狽えているけど、これはもうどうしようもない。僕は着ていた制服の上着を真代ちゃんの体に掛けてあげると、真正面から静かに諭す。

 

「これを着ていれば多少の攻撃からは守ってくれる。君はこの兵士さんと一緒に本土に避難するんだ。兵士さん、この子を宜しくお願いします」

 

「…大丈夫なのか?だったら私も」

 

兵士が僕一人に任せられないと引き止めようとしてくる。でも、僕には彼の体が戦闘に耐えられないことを知っていた。

 

「その傷ついた体で戦うつもりですか?だったら止めたほうがいい…死にますよ。それにあなたには、待ってくれている家族がいるんでしょう?」

 

僕は落ちていたペンダントを拾って兵士に渡す。

 

「ごめんなさい。中を見るつもりはなかったんですけど…ご家族の写真、ですか?」

 

僕がそう聞くと、兵士はペンダントの中の写真を眺めながら静かに話し始めた。

 

「…国軍に入る時に妹と撮った最後の写真だ。私が国軍に入ると知ったら、行かないでって暴れてね…だからこんな酷い顔で写っているんだ。妹はまだ9歳だ、その子も同じくらいだろ?本音を言えば、離れたくなんかないよな」

 

真代ちゃんが僕の服をギュッと強く握り締める。やっぱりこの子は僕を家族と置き換えて認識してしまうのだろうか。だとしたら、今回の僕が成すべきことは2つ。

 

「真代ちゃん、僕はこの北海道を魔物から守らなきゃいけない。でも、多分僕一人の力じゃ無理だろう。けどね、10年後に僕と同じ魔法使いが北海道を取り戻しに来てくれるんだ。だからそれまでに少しでも奴らにダメージを与えておかなければならないんだ。わかるね?」

 

真代ちゃんは黙っている。だったらもう一つの手を使おう。

 

「もし10年後、この北海道が解放されたら…その時に、この制服を返しに来て欲しい。それまで君に預けるよ…だから、そんな顔しないでよ。真代ちゃんには笑顔が一番似合ってるんだから」

 

僕は両手の人差し指を真代ちゃんの口元に当てて、端をキュッと吊り上げる。しかし不自然な笑顔になってしまい、その様子を見ていた兵士が苦笑していた。

あ、真代ちゃんがぷいって顔を逸らして恨めしさ半分恥ずかしさ半分みたいな表情で僕を睨んでいる。でも、目に溜まった涙は流れずに済んだみたいだ…よかった。

すると、お腹のところにポスッと小さな衝撃を感じた。言わずもがな、その正体は真代ちゃんだった。

 

「…わかりました。お兄さんの言うことなら、例えどんなことでも信じます。ですから、10年後に…絶対に会いましょう」

 

僕の体に顔を埋めたままそう告げた真代ちゃんを、優しく抱きしめ返す。

 

「…っ!魔物が迫ってる!」

 

しかし、再び目前まで魔物が迫ってきているのを確認した兵士が危険を知らせる。ここがリミットだ…よし。

 

「真代ちゃんを頼みます。真代ちゃん!狙うなら“ここ”だよ」

 

僕は頭を指差して、魔物の弱点を設定する。僕がやられたとして、最悪でもこれで真代ちゃんから伝えられた軍や魔法使いが後々北海道に来た時に有利に戦えるはず。

 

「お兄さん!負けないでくださいねっ!」

 

兵士に背負われた真代ちゃんが、去り際に僕にエールを送ってくる。僕は無言でサムズアップをして覚悟を決めて応えた。

 

「さぁ…ここから一歩も下がらないかんな!」

 

僕は赤の力を発揮し、眼に映る全ての魔物に対して間髪入れずに殴りかかる。そのやりとりは際限なく続いた。そう…僕の体と意識が限界を迎える頃、再び霧の嵐に飲み込まれる迄は…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「会長、報告です!一帯を指揮していたと思われる大型の魔物、料理部と転校生さんの班により殲滅しました。それと…行方不明だったJCさんの身柄を保護しました。気を失っていますが、生きています…生きて、帰ってきました…うっ…!」

 

薫子が顔を涙で濡らしながらアタシに報告してきた。JCの無事はこの作戦の成功と同じくらい喜ばしいことだった。さて、このままでは薫子の副会長としての威厳が地に堕ちてしまいそうなので、最後の追い込みをかけようか。

 

「よし…学園生諸君!北海道を巣食っていたボスと思われる魔物は霧散を確認した。後は小型の魔物のみだが、最後まで気を抜かず作戦に当たってくれ。そして、人類最初の勝利を我々の手で収めようではないか!」

 

アタシの演説と言う名の鼓舞を受け、学園生の戦意が高揚するのがわかる。それからは流れるように魔物を霧散させ、我々人類の歴史にとって初めての完全なる勝利を得たのだった。

JC…アタシはお前の信用を取り戻せるだろうか?

そんな一抹の不安を胸に抱きながら。

 

 

 

 




【予期せぬ改変】
国軍兵士…一名生存。作戦後、家族と共に自宅療養を開始する。

雪白真代…魔法使いへ早期覚醒。規定値以上の力を持つことが確認される。保護した際に年代の異なるグリモアの制服の上着を所持していた。

謎の少年…少女を保護した兵士の提言により、後日再度北海道に軍の調査隊を派遣するも発見出来ず、複数の魔物の霧散の痕跡を確認するのみに至る。現在も行方を鋭意調査中。






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第弐拾七話 養生せよ!魔法使い

【とある報道部の記録】

……うん、そうだ。明日の朝には目を覚ますと思うから、なるべく今日中に連絡が行き届くよう手配してほしい。何、君の手広い人脈と人柄なら大丈夫さ。それにJCくんに惹かれているって生徒は意外と多いんだよ…君もその内の一人なんじゃないかな?って、ごめんごめん。でもそんなに慌てると本当に勘違いされてしまうよ。
え、僕かい?そうだねぇ…半分くらいは好き、かな。正直なところ、僕にもまだ掴みきれないんだよ、彼という存在は。だからこそ、追いたくなるんだ…!
とにかく今の話、ちゃんと受けてくれよ?あと、これはオフレコで頼むからね。楽しみが半減してしまうから。


「……暇だ」

 

北海道奪還に成功した学園生たちは、人類史上初めての快挙を成し遂げた達成感を胸に抱き学園に戻って来ていた。そこには当然僕も数に含まれているわけで…と言っても僕は作戦には参加していないし、そもそも意識を取り戻したのは昨日の話だ。作戦中に気を失って倒れていた僕を保護した学園の偉い人たちが躍起になって話を聞かせろって迫ってきたみたいだったけど、僕の体調を心配したゆかりさんが来週まで休めるよう学園に掛け合ってくれたおかげでこうして寮の自室で一人寂しくベッドに横たわっている…けど、いかんせんやることが無く暇を持て余しているというわけである。はい、僕の近況報告は終わり。

 

「そういえば、放課後にでも風子さんが事情聴取に来るって言ってたっけ…それより、朝飯食べたいなぁ」

 

時計を見ると時刻は既に9時を回ろうとしていた。腹の虫が収まらないわけだ。今のこの時間なら食堂に一般の生徒はいないはず、誰にも会わず騒がれずに食事ができそうだ。

 

「…よし、そうと決まれば遅い朝飯といきますか」

 

僕は軽く身支度を整えると、すぐに部屋を出る。

 

「おはよう、JCくん」

 

「のわぁっ!?う、卯衣さん?何で…」

 

扉を開けるとあらびっくり、そこにはどういうわけか知らないけど制服姿の卯衣さんが僕を待ち構えていた。

 

「マスターの新しい命令。今日からあなたのことを見守ること」

 

「あぁ…そうなんだ。それって、もしかして24時間365日?」

 

「えぇ、そうね。4年に1回は366日、でも基本的には365日…あなたの側に」

 

おぅ…それはそれは、大変困ったぞ?でもなぁ…お腹空いたんだよねぇ。

 

「…オッケー、じゃあとりあえず食堂に行きましょ。このままじゃ飢え死にしちまうわ」

 

「スキャンしたところ、餓死するに至るほどの空腹感は感じてないはずだけど?」

 

「…ジョークだよ、ジョーク。一々ツッコまないでよっ」

 

なんか、もうやだ…。

 

 

 

 

 

 

 

〜JC&卯衣 食堂へ移動中 8:57〜

 

 

 

 

 

 

 

「それで、どうしてこんなことになったの…あ、それひとつ貰っていい?」

 

「えぇ、かまわないわ。どうして、という質問に対してだけど…答えは簡単。JCくんが霧の嵐に巻き込まれている間に、私は裏世界のマスターに会って失われていた記憶のほとんどを取り戻した。そして新しく命令を受けたの」

 

僕は頼んだカレーライスをつっつきながら、卯衣さんのサンドウィッチを一切れ貰う。おっ、意外とイケるな…っと、そうじゃなかった。

 

「そっか…じゃあ、やっぱり結希さ…その宍戸博士が卯衣さんのマスターだったんだ。いや、ほら前に言ってたじゃん、結希さんが本当のマスターだったら良いのにねって。実際ちょっと嬉しかったんじゃないの?」

 

僕がそう聞くと、少し考える仕草を見せる卯衣さん。でもすぐに口を開いた。

 

「嬉しい…という感情が正しかったのかは、わからない。ただ…」

 

「…ただ?」

 

卯衣さんは一旦言葉を止め、僕に儚げな、でもそれでいて優しい笑顔を見せながら答えてくれた。

 

「心が…ぽかぽかした。とても、心地よいものだったと思う…何か変かしら?」

 

僕の顔が緩んだ所為か、卯衣さんが少し不安そうに尋ねてきた。僕はそんなことないと答えて、卯衣さんの気持ちを肯定する。

 

「…いや、人間らしくなりたいって言ってたのが信じられないくらい、もうすっかり“人間”だなぁって。僕にはそういう感覚って、いまいちピンと来なくてさ」

 

ハハハッと自虐気味に笑って見せるけど、卯衣さんは不思議そうな顔で見つめてくるだけだ。そういうところは前と変わらないのね。

 

「話は変わるけどさ、その監視するってやつはもっとこう、どうにかならないのかな?僕にも卯衣さんにもお互い生活があるわけだし、ずっと付きっきりってわけにもいかんでしょ?」

 

「それがマスターの命令だから…でもJCくんがそう思うなら、違う方法を考えるわ」

 

オッケー、じゃあそれで手打ちってことで。

 

「もしやるんなら、本当にやることなくて暇になった時だけでいいよ。最悪『More@』でも連絡とれるし。でも、その為に卯衣さんの評価は落としちゃダメ…わかった?」

 

「…そう、わかったわ。だけど、なるべく直接確認できるようにする」

 

上手くお互いの論点に落とし所が見つかったことで話し合いが終了し、僕もちょうど朝食も食べ終えた。

 

「…よしっ、ご馳走さまでした。じゃあ僕は寮に戻るけど、卯衣さんは少し遅れたけどちゃんと授業受けに行ってね?」

 

僕がしっかりと念押しすると、卯衣さんは自分の口元に指を触れさせて、少し恥ずかしそうな素振りを見せた。

 

「うん、わかったわ。明日から方法は改善する…あっ、久しぶりに…キス、する?」

 

「…冤罪ってこういう感じで生まれるんだって、わかった気がする」

 

こうして僕と卯衣さんの邂逅は終わった。

 

 

 

 

 

 

 

〜JC 寮へ移動中 9:43〜

 

 

 

 

 

 

「ただいま〜」

 

約一時間ぶりの自分の部屋に挨拶をする。がちゃっと扉を開ければ、さっき見た景色がそこには…

 

「…よっ、おつか〜」

 

バタン。しっかり鍵かけてっと…。

 

「いけない、いけない。うっかり部屋を間違えてしまったみたい…さっ、行こ行こ」

 

「コラ〜ッ!!ナニ無視して逃げようとしてるんだよ!しかも律儀に外から鍵かけやがって!一瞬、ドア開かなくて焦ったぞ!?」

 

僕の部屋を牛耳っていた犯人が慌てて部屋から飛び出して僕の方に迫ってくる。うおっ、怖っ!勢いめっちゃ怖っ!

 

「望さん…人の部屋で何やってるんですか」

 

犯人…もとい望さんがどういうわけか知らないけど、僕の部屋に勝手に居座ってゲームして待ってた。いや、たしかに戸締りして行かなかったけど…まさか部屋の中に居るとは思わないじゃん。

 

「宍戸からお前が今週いっぱい部屋に篭るって聞いたからさ…ほら、早く入れよ」

 

痺れを切らしたのか、望さんが僕の腕を引っ張って部屋に引きずりこむ。ここ、僕の部屋なのに宿主完全に望さんになってるよね…。

 

「暇だと思って色々ゲーム持ってきてやったんだぜ。携帯機だろ、家庭用の据え置き機だろ、それからPCゲー用に大容量ノートパソコン!まぁ、全部現行型の型落ちだけどな」

 

そう言ってパパパっと室内の至る所に勝手に配置していく望さん。数分後、がらーっとしていた僕の部屋は見る影もなく充実したゲーム空間へと変貌していた。

 

「うはぁ〜…これ全部望さんの私物?」

 

僕があまりの光景に驚いていると、望さんはやけに得意げになって答えた。

 

「へへっ、これでもまだ一部だけどな。でも、ここにあるのはお前にやるよ」

 

「えぇ!?これ、くれんの?でも、お金持ってないし…」

 

流石に無償で貰うのは気が引けたので断ろうとする僕だったが、そんなことは御構いなしという様子で望さんは言葉を続けた。

 

「金はいらないよ。これは布教だから、たくさん遊んでゲームって楽しいもんだなぁって感じてくれればいいんだ。なっ、簡単だろ?特に風紀委員とか生徒会とかに是非伝えてやれよな」

 

あっ、望さんの魂胆が見えた。僕を利用してゲームに対する罪悪感を払拭させる気だ。でもまぁ…タダでくれるっていうなら有り難く貰っておこうかな。

 

「オッケー、そうさせてもらうよ。使い方を教えてもらってもいいかな?初めてなんだ」

 

「…ふふんっ、いいぞ。ボクの手ほどきでお前を優秀な警備員に仕立ててやるよっ。じゃあ、まずはこれにするか!」

 

そう言って嬉しそうにゲーム機の説明を始める望さん。そういえば初めて会った時もそうだったけど、ゲームの話をしてる時はこんな風に可愛らしい笑顔だったもんなぁ。

本当に好きなんだな、ゲームのこと。

 

「…あっ、警備員って要するにニーt」

 

「それ以上言うなっ!最近気にしてるんだからな…」

 

あぅ…これは失敗だったか。

 

 

 

 

 

 

 

〜JC&望 ゲーム中 11:13〜

 

 

 

 

 

 

「うげっ!?宍戸から呼び出しだぁ…しゃーないなぁ」

 

ゲーム中の望さんのデバイスから音が…どうやら結希さんから呼び出しの連絡が入った模様です。最初こそかったるそうにしていた望さんだったけど、すぐに諦めたのか出て行く支度を始めた。

 

「ちょうどいいところだったのに…説明、途中になっちゃってゴメンな。検査の日って今日だったっけ…?」

 

「ううん、操作はなんとなく覚えたから大丈夫。それよりも、検査って霧過敏症の?」

 

「そ〜だよ。前よりはマシになってきたって言ったんだけどさ、宍戸の奴が全然信用してくれないんだよぉ!全く困っちまうぜっ」

 

口では強がって悪態ついているけど、前よりも症状が軽くなっているのは本当みたいで、その様子はやけに嬉しそうだった。そんな望さんの姿を見て、僕も嬉しく思う…のは変かな?

 

「ふふっ、そうなんだ。でも、望さんが元気になって…僕も本当に嬉しいよ」

 

僕が素直な感想を伝えると、一瞬呆気にとられた望さんの表情がみるみる赤く色づいていく。

 

「…へ?ば、バッカじゃないの!?いきなり何気恥ずかしいこと言ってんだよっ!今どきギャルゲーの主人公でもそんなテンプレ口説き文句なんて吐かないぞ!?も、もうボクは行くかんな!」

 

「えっ、ギャルゲーって何それ?ってか、急に動いたら体に障るよ」

 

そそくさと手早く準備を終わらせ、急いで出て行こうとする望さんだったけど、扉を閉める直前でもう一度ひょっこり顔を出して一言置き土産を残した。

 

「…また一緒にゲーム、しような」

 

僕と視線を合わせずに、静かに投げかけられた言葉。きっと本心からそう思ってくれたのだと信じて…この友情を信じて、僕は答えた。

 

「うん、またやろうね…次は絶対もっと上手になってるから」

 

それを聞いて一拍遅れてぱたんと閉じられたドア。僕の気持ちがちゃんと伝わってるといいんだけど…伝わってるよね?まぁ最悪『More@』で言えばいいか。

さ、そうと決まればゲームだゲーム。結構な数のソフトを山積みにして置いていったなぁ…それにしてもさっき言ってた“ギャルゲー”って何だろう?すっごく気になるんだけど、もしかしてこの中にあるのかな…ちょっと探してみよう。

 

 

 

 

 

 

 

〜JC ベッドで暇つぶし中 12:23〜

 

 

 

 

 

 

「コンコ〜ン、お兄さん元気〜っ!」

 

「JCさん、おひさしぶりですぅ!」

 

「ふ、2人ともそんなに騒いじゃダメだよぉ…あ、失礼します」

 

時間的にはお昼過ぎ、なのにそんな時間帯に小悪魔予備軍こと散歩部の3人が僕の部屋を訪ねてきた。いや、今まで一度だってそんなことはなかったんだけど…一体どういうつもりなんだろう?

 

「君たちは…あれ、今日なんか約束してたっけ?」

 

僕がそう聞くと、この中で恐らく一番しっかりしてるであろう秋穂ちゃんが少しオドオドしながらも答えてくれた。

 

「い、いえっそうじゃなくてですねっ、大規模な作戦の後は早く学校が終わるのが通例になっているんです。みんな疲れてるだろうからって…」

 

へぇ…そうだったのか。絶対に出席日数足りてない僕を学園側が素直に休ませてくれた理由がよく分かった。

一人で納得していると、ノエルちゃんとさらちゃんがやけに元気な素振りで僕を誘ってきた。

 

「でもでもぉ!だからこそ、こうしてお兄さんをピクニックに誘いに来たんだよっ!まぁピクニックって言っても、学園内のお庭のところで集まってお昼を食べながらおしゃべりするだけなんだけどね〜」

 

「JCさんも一緒にどうですかぁ?“はるのさん”が腕によりをかけた料理をふるまってくれる予定なんですよぉ!」

 

はるのさん…それを聞いて思わずビクッと体を震わせる僕。その一言によって、あの時の恐怖と忌まわしい記憶が蘇る。

 

「…それって、僕が行っても本当に大丈夫なやつ?会った瞬間あの世行きってことない?」

 

「あ、あはは…それは可能性あるかも」

 

「す、すみません…おねえちゃんにはちゃんとわたしから説明しますので、お願いできませんか…?」

 

ノエルちゃんに可能性を示唆されるも、その横で一回りくらいサイズが小さくなって申し訳なさそうにしている秋穂ちゃん。そんな姿を見せられたら、断れないよなぁ…春乃さん超怖いけど。

 

 

 

 

 

 

 

〜JC&小悪魔三人衆 学園内の特設ピクニック会場に移動中 12:40 〜

 

 

 

 

 

 

 

「さぁ、こっちですよぉ。あっ、たつきさ〜ん!」

 

さらちゃんとノエルちゃんに両腕を引っ張られて(秋穂ちゃんは僕の背中を地味〜に軽く押している…申し訳なく思っているのか、他の2人が騒いで悪目立ちしているからなのかすご〜く恥ずかしそうにしながら)連れて来られると、さらちゃんが先に場所取りをしていたであろう因縁の不良少女に手を振っていた。

 

「おう、邪魔してるぞ…って!?な、何でテメーがいるんだよっ!」

 

「いや、何でって言われても…誘われたから。あっ、今日は喧嘩は無しだよ?」

 

「たつきさん、わたしがJCさんをお誘いしたんですぅ。ダメ、でしたかぁ…?」

 

あぁ、さらちゃんが今にも泣きそうな顔で不良少女に訴えかけてる。流石の不良少女もこれには強く出られないみたい。

 

「うっ…別に駄目じゃねぇけどよ。おい、お前!さら達に変な気起こしたら、俺が二度と立てねぇ体にしてやるからな」

 

こ、怖い人だなぁ…ごぶっ!?

 

「あーきーほーっ!!お姉ちゃん特製!マイエンジェル秋穂ラブリー無限大弁当よ〜!!なんかぶつかった気がするけど無視よ無視!さぁ私ごと召し上が…れ…って、秋穂っ!?」

 

うぅ…全く見えなかった。ぶつかった衝撃で空中を舞ったよ…5、6回全身を回転しながら。あ、誰かが介抱してくれてるっぽい…。

 

「じ、JCさん!?大丈夫ですか!?もぉ!お姉ちゃん、いきなりひどいよっ!JCさんは昨日意識を取り戻したばっかりで、まだ病み上がりなんだよ!」

 

…あぁー、やばい。意識が薄れていくのがわかる…やっぱ無理しすぎたか…。

 

 

 

 

 

 

 

〜5分後〜

 

 

 

 

 

 

「……んぁ…あぁ…」

 

…うわっ、太陽が眩しいな。全っ然目が開けられないよ、こりゃ…うおっ!?め、目の前に巨大な壁が…。

 

 

「…って、あれ?春乃さん…ぅわっぷ!」

 

僕が目を覚ますと、何故か視線の先には春乃さんの姿があって、急いで飛び退こうとしたら無理矢理引っ張られて体勢を戻された。というか、起きてすぐ空が見えるって仰向けの状態…所謂“膝枕”されてるってことだよね。うぅ〜、怖っ。

 

「おはよ。でも、あまり派手に動かない方がいいわ。症状自体は軽い脳震盪で済ませたから安心しなさい」

 

て、手加減されてアレなのか…本気で攻撃されてたらもっと恐ろしいことになってたと思うとゾッとする…。

 

「それで…どうして春乃さんに膝枕されてるんですか?というか、散歩部は…?」

 

僕が尋ねると、ある方向に頭ごと掴まれて強引に向けられる。すると、目線の先の少し距離の離れたところで散歩部+不良少女が楽しそうにおしゃべりをしながら食を囲っていた。そもそも場所を移動してたのは僕の方だったのか。

 

「悪かったわね。誰にも邪魔されずにアンタと話すには、こうするしかなかったの。特に秋穂には余計な心配かけさせない為にね…だから、このまま私のする質問に答えなさい」

 

「は、はぁ…そうですか。それで、僕に聞きたいことって…?」

 

僕が聞くと、春乃さんは僕に視線を向けないまま質問を投げかける。

 

「前にアンタが朝比奈 龍季の雷撃魔法を操ったことがあったでしょう。遊佐から詳しいことは聞いてるから、そう身構えるな。私はその原理を知りたい」

 

春乃さんの目…直接視線を交わさなくても、ビシビシ伝わってくる。この人、本気なんだ。だったら尚更僕は困ってしまうよ。

 

「原理って…そんなこと言われても、僕だってあの一回きりしか発動してないですし、ハッキリとした実感があった訳じゃないんです。だから…」

 

歯切れの悪い返答をする僕に対して、突然春乃さんの態度が豹変した。

 

「だからなんだって言うんだ!!現にお前は私の目の前でやって見せた!!アレがただのまぐれだったなんて言わせない!!そうでなければ秋穂が…!」

 

春乃さんが激昂して僕の胸ぐらを掴んで詰め寄る。期待していた答えを聞けなかった苛立ちと僕に希望を見出すことしかできないもどかしさ…そういった思いが見て受け取れる。春乃さんという人となりを知らなければまた彼女に言い負かされてしまいそうだったけど、今なら堂々と胸を張って僕の考えを明示できる気がした。

 

「だから…!僕もそれを知りたい。いや、知らなきゃいけないんですっ!そのために、学園に掛け合うつもりで色々準備している最中なんですよ」

 

「…っ!それって、どういうこと…?」

 

僕の意思をしてくれたのか単に揉み合いになるのが面倒に思ったのか、パッと掴んでいた手を放して僕の考えに傾聴の姿勢を見せる春乃さん。

 

「第7次侵攻で学園の北西の小鯛山から南下した地下で発見された実験施設。僕の全てを知るには、僕自身がそこに行く必要があります。ただ、そこは特級危険区域に指定されてて簡単に近づけないですし、僕は学園からクエスト自体が禁止されているので…まずはそれを交渉しなきゃです」

 

「何…アンタ、学園からそんな制約受けてるの?」

 

う〜ん、これ言っていいのか迷ったけど…春乃さん、本気みたいだもんね。そういう人は信用できるもん。

 

「はい…これあんまり言わないで下さいね?だからお金無いんです…あっ、春乃さんのお誕生日のプレゼントもあげられなくてごめんなさいです」

 

僕がそう言って謝ると、なんでかすごくびっくりしてる春乃さん。あっ…ちゃんと説明しないとダメか。

 

「さっき来る途中に聞いたんです。今日、春乃さんのお誕生日なんですよね?物はあげられないけど、せめてお祝いの言葉だけでも言わせて下さい……お、おめでとうございますぅ」

 

「…何で半泣きなのよ。調子狂うわね…ってか、アンタの印象かなり変わってきたんだけど」

 

だ、だってぇ…春乃さん超怖いんだよぉ!一回も視線合わせてくれないし、急にスイッチ入って怒るし、暴力を振るってくるし…ぬわっ!

 

「痛いっ!何ですか、急に立ち上がったりしてぇ…うぅ〜、地面に頭打ったぁ」

 

すくっと立ち上がった春乃さん。そのおかげで春乃さんの膝の上に頭を乗せていた僕は無情にも地面に転がり落ちた。

 

「…話は以上よ。今の話、全ての準備が整ったら…その時私を呼びなさい。でも、あまり長くは待てないわよ。私達には…時間が無い」

 

どこか物悲しそうに呟く春乃さん。私達ってことは春乃さんだけじゃなくて秋穂ちゃんにも関係する話なのかな。でも、今も元気そうに戯れているし命に関わるような大病を患っている風にも思えないけど…。

 

「それがわかったなら倒れてないでさっさと立ちなさい。主役とゲストが揃わないと、会は始められないわ」

 

そして、春乃さんは急に目の色を変えて絶叫しながら秋穂ちゃんめがけて走り出した。

 

「そう!お姉ちゃんとまいすうぃ〜とえんじぇるぅ!秋穂による甘くて濃密で濃厚な愛の語らいをするのぉ!秋穂は今日一日お姉ちゃんの言うことを何でも聞かなきゃいけなくてぇ〜…一緒にご飯を食べて、一緒に遊んで、一緒にお風呂に入って、そのまま一緒のベッドで寝るのぉ!あぁん〜嫌々する秋穂も可愛い〜♡でもでもぉ!秋穂に悪い虫がつかないようにお姉ちゃんの匂いをい〜っぱい付けとかないといけないの!だから…今行くわーっ!秋穂〜っ!!」

 

地面に伏せている僕を置き去りにして、まるで野獣のような勢いで秋穂ちゃんに襲いかかる…もとい抱きつく春乃さん。

 

「お、お姉ちゃんっ!?く、苦しい…そ、そこはダメっ…キャーッ!?」

 

秋穂ちゃん、本当にご愁傷様…。

 

 

 

 

 

 

 

パート① 冬樹ノエル 編

 

「うわぁ…散々な目に遭ってる。巻き込まれたくないから見ないでおこ」

 

「あっ、お兄さ〜ん!こっちこっち〜!」

 

春乃さんより少し遅れて合流すると、いち早く僕の存在に気づいたノエルちゃんが手招きして自分が座っている隣を手でポンポンと叩く。そこに座れってことだよね?

 

「はい、これはお兄さんの分っ!いっぱいあるから遠慮しないでバンバン食べてね!」

 

そう言って、予め取り分けておいてくれたであろうお弁当の一部を僕に差し出す。

 

「うわぁ…なんて要領の良い、それに全部好きなものばかりっ!」

 

「ふっふーん!どうよ、お兄さん?ノエルちゃんにかかればお兄さん好みのお弁当を作ってあげるのだって、チョチョイのチョイだよ〜!まぁ、料理自体は春乃さんが全部作ったからあたしは特に美味しそうなの選んでるだけなんだけどね、アハハ…」

 

ノエルちゃんは発展途上の胸を張って自慢気にしている。寂しい!その行為は限りなく寂しいよ!

僕は何となくその姿がいたたまれなく感じたので、早急に話題を変えることにした。

 

「そ、そういえば!前にノエルちゃんに落書きした時の写真、イヴちゃんにも見せてあげたんだけどさ…イヴちゃん的には結構好評だったみたいだよ。笑い転げてたもん」

 

「えっ!お姉ちゃんが?本当かなぁ…」

 

ごめん、かなりオーバーに言ってる気がする。でも心の中ではそれくらいの衝撃は感じてたと思う。じゃなきゃあんなに一生懸命人のデバイスの中漁らないもの。

 

「そうだ…もし会ったらでいいんだけどさ、イヴちゃんに僕のデバイス返してくれるよう言っておいてくれないかな?ずっと借りパクされたまんまなんだよね〜」

 

「うぇ!?そうだったの?だからお兄さんに電話しても繋がらなかったんだぁ…たしかにみんなも全然繋がらないって言ってもんね〜」

 

ノエルちゃんが一人納得しているけど、僕にはそれ以上に気になることがあった。

 

「えっ、みんなって誰?僕の連絡先知ってる人って、そんなに居ないはずなんだけど…?」

 

「えぇ〜っとねぇ、あたしが聞いたのでも…たしか生徒会でしょ、風紀委員でしょ、あと精鋭部隊と料理部と歓談部、それと報道部と千佳ちゃんに智ちゃんだったかな?」

 

うんわぁ…見事に今まででなんらかの関わりがある人たちばっかりだ。こぞって連絡してくるなんて只事じゃないよなぁ……なんかやらかしたっけ?

げんなりしていると、ノエルちゃんがいやらしい笑顔を浮かべて話しかけてきた。

 

「それにしてもぉ…お兄さんも中々隅におけませんなぁ〜。こ〜んなに沢山の女の子から連絡が来るなんて」

 

「茶化さないでよ。ノエルちゃんが思ってるような関係じゃないって…というか!なんでこんなにたくさんの人に個人情報が知れ渡ってるの!?絶対犯人見つけて洗いざらい吐かせちゃる」

 

「あ、あはは〜…お兄さん、ファイト〜…」

 

ボウボウと瞳に怒りの炎を燃やしている僕を、ノエルちゃんは冷や汗をかきながら応援しながら、そぉーっと離れようとしていた。この感じだとノエルちゃんは恐らく氷山の一角に過ぎない…大元は別にいるっぽいな。

でも今は、この美味しすぎる料理に集中することにしようか…うん、美味しい。

 

「あっ、この埋め合わせはイヴちゃんと一緒に今度してもらうからね…ノエルちゃん?」

 

ガシャーンという音と共に僕の背後で盛大にずっこけるノエルちゃんだった。

 

 

 

 

 

 

パート② 仲月さら(+朝比奈龍季) 編

 

「ふぅ…お腹いっぱいだぁ。ご馳走さまでした、春乃さん…って全然聞いてない。秋穂ちゃんを愛でることで我を忘れてるみたいだ」

 

秋穂ちゃんを顔を文字通りくまなくぺろぺろ舐め回している春乃さん。その様子に自然とモザイクがかかっている。特に秋穂ちゃんは恥ずかしさからなのか顔を真っ赤にしていて、春乃さんじゃないけど誰かに見せたらいけないと思ってしまう。

 

「あの〜、JCさん。お隣に座ってもいいですかぁ?」

 

すると、別方向から声をかけられる。その方向に視線を移すと、さらちゃんが柔和な笑顔を浮かべていた。

 

「えっ?あぁ…うん、いいと思うけど」

 

「えへへっ、それでは失礼しますですぅ!よいしょ…って、なんで手でふさいじゃうんですかぁ?」

 

僕の了承を得たさらちゃんは、さっきまでノエルちゃんがいたところにぺたんと女の子座りの体勢で座り込む。けど、それよりも先に瑠璃川姉妹の愛撫の模様を純朴なさらちゃんの視界に入れるわけにはいかない。向こうで酔っぱらったミナと恋がよくべたべたお互いの体を触りあったり脱がしあいする度にさらが僕の視界を遮ってくれてたけど、今漸くその気持ちと有り難みが理解できた気がする。

 

「いや、とにかくこっちは不味い。向こうは見ないで話そうね」

 

「…?わかりましたぁ」

 

なんとかそのまま向きを変えることに成功し安堵していると、そんなこととはつゆ知らずさらちゃんが気さくに話しかけてきた。

 

「こうやってJCさんとゆっくり話すのは初めてですねぇ。じつはいろいろと聞きたいことがあるのですよ…むぅ〜」

 

「聞きたいこと?僕に?」

 

僕の体をまじまじと見つめながら、まるで品定めするように唸るさらちゃん。そして、納得がいったのかズイッと身を乗り出して迫ってきた。

 

「JCさん!わたしは見てのとおり、体が小さいです。どうやったらJCさんのように大きな体になれますかぁ!?」

 

「どうすればって言われてもなぁ…たくさん運動して、ご飯を食べて、しっかりと夜眠ればいいんじゃないのかな?」

 

「それはいつもやってますよぅ!毎日散歩部の活動もしてますし、牛乳も10本以上飲むようにしてますし、夜はいつも8時には眠くなって気づいたら寝ちゃってますぅ…でも、全然大きくならないんですよぉ」

 

うーむ、これは難題だなぁ。その生活ぶりはまさに健康体そのものだしな…。

 

「そうだなぁ…そこまでやってるなら、あとは歳をとるくらいしか…思春期というか二次性徴というか…ブバッ!」

 

「テメェ!?さらに何吹き込んでやがる!」

 

後頭部に衝撃が走り、スパンッという小気味のいい音が響く。振り返ると、やけに息を荒くした不良少女が立っていた。

 

「たつきさんっ!いきなり叩いちゃいけませんよぉ!大丈夫ですかぁ、JCさん?」

 

心配したさらちゃんが思わず駆け寄ってくる。僕はある仕返しの方法を思いついたので、迷わず実行することにした。

 

「あー、大丈夫大丈夫。龍季さんは僕がどう言おうか困ってたのを助けてくれたんだよ。ほら僕たちフレンド、つまりは親友だから…そうだよね?」

 

「そうなんですかぁ、たつきさん?」

 

僕とさらちゃんに問い詰められた龍季さんは、予想だにしない質問攻めに狼狽していた。が、さらちゃんの疑惑の眼差しを受けて、すぐに掌を返した。

 

「うえ!?あ、あぁ…そ、そうだぜ!俺とコイツはフレンド、親友〜!だから、お互いを叩くのも信頼関係があるから問題ないんだぜっ!なっ!」

 

「ふぁ〜っ!そうだったんですねぇ!全然気づきませんでしたぁ。ふたりともわたしの大好きな人たちなので、仲良くしてくれて嬉しいですぅ!」

 

「あ、あはは…」

 

必死に作り笑いを浮かべて僕の首に腕を回してきた龍季さん…うごっ!?く、首が締まる!!

 

「(おいテメェ!!俺がいつお前と親友になったって!?さらの前だからって、調子いいこと抜かすんじゃねぇよ!)」

 

「(…だったら他にいい考えがあったの?あぁでも言わないと、さらちゃんずっと君を疑いの目で見続けてたと思うよ)」

 

「(けどよぉ…ろくに話したこともねぇのに親友って…流石に無理あるだろ?)」

 

「(意外とそうでもないかもよ?さらちゃんは純粋な子だから、君の言うことなら大抵のことは信じるんじゃないかな。それに、今更違うなんて言える勇気僕にはないよ)」

 

「(…ちっ、しゃーねぇな。さらの手前、話は合わせてやる。でもな、テメェがさらに手ェ出していいわけじゃねぇからな。そこは勘違いすんなよ)」

 

そう言って、龍季さんは僕から手を放して、少し離れたところで座り込みこちらの様子を伺っていた。そこで監視するってことか。

 

「たつきさん、どうしたんですかぁ?」

 

「お腹空いたから少し食べてくるって。それでさっきの話なんだけど、やっぱり僕には上手く説明できないっぽい。多分あと4、5年くらいすれば、さらちゃんも大人の女性になってるんじゃないかな?」

 

「はぁ…そうなんですかぁ。残念ですぅ…あっ、でしたらJCさんの体を触らせてもらってもいいですかぁ?」

 

うっ…またこの子は可愛い顔してどぎついことをグサグサと言ってくるなぁ。でも上手く答えられなかった僕に責任がないとも言えないし…背に腹はかえられないか。

 

「…ちょっとだけだからね」

 

僕は黙って右腕を差し出す。すると、さらちゃんはなんのためらいもなくその小さな手で感触を確かめるように触っていく。

 

にぎにぎ。さわさわ。むふ〜っ!ははぁ〜。びくっ!おどおど…。

その様子はまるで百面相。見ているこっちが楽しくなって仕方がない。時折腕に力を入れたり脱力させたりすると、その度に新しい表情を見せるさらちゃんはまるで小さな子どものようだった……いや13歳だから充分にまだ子どもなんだけど。

 

「はい、お終いね」

 

「えぇ〜!?そんなぁ…JCさんのいけずぅ…ですぅ!もっといろいろ触らせてくださいよぉ!」

 

いけず〜って、なんでそんな言葉知ってるのよ…?とはいえこれ以上さらちゃんのペースに乗せられるわけにはいかない。そしてなによりも…。

 

「うらぁっ!」

 

「だからこれじゃ仲良く見えないって!?」

 

「うるせぇ!これ以上テメェと仲良しごっこなんてしてられるか!さらに変なこと吹き込みやがって!」

 

いつのまにか背後まで迫ってきていた龍季さんの攻撃を寸でのところで躱して、跳ね起きや前宙を駆使してその場から逃げた。

 

「あぁ…!JCさん、待ってくださ〜い!」

 

「畜生っ!アイツ、さらをこんな筋肉バカにしちまいやがって…」

 

 

 

 

 

 

 

〜JC 自室に退避中 14:12〜

 

 

 

 

 

 

 

「…まさか青の力まで使わされるとは思わなかった。病み上がりなんだから勘弁してよ、もう…とにかく休もう」

 

僕は色々引きずる思いで漸く辿り着いた自室のドアを開ける。すると、またもや異様な光景が僕の目に飛び込んできた。

 

「ベッドの下は見ちゃダメ、見ちゃダメなんだけど…やっぱり気になっちゃう〜!男子の部屋なんて初めて入ったし…」

 

「やっほ〜いっ!このベッド、めっちゃバウンドするぅ!おっ、JC!邪魔してるぜ〜」

 

「…何やってるの二人とも」

 

一人は僕のベッドをトランポリン代わりにぴょんぴょん跳ねている律さん、もう一人は顔を背けながらもベッドの下に手を伸ばそうとしている間宮さんだ。

 

「うひゃあ!?じ、JC〜!?居るなら居るって言いなさいよ!う〜、心臓止まるかと思った…」

 

「なっ、言ったとおりだろ?JCはロックな人間だから、女なんか日替わりで取っ替え引っ替え…エチ本なんて持ってる必要ねーってさ」

 

「…それはそれでちょっと傷つくし、全くの事実無根ってやつだよっ!」

 

珍しくぷりぷり怒ってみると、何か面白かったのか二人して顔を見合わせて笑っていた。むぅ…また僕にわからない話をしてるんだ。

そんな僕の心の声を感じとってくれたのか、律さんが面白がって話題にしてくれた。

 

「悪い悪い。いや千佳のやつがさ、3ヶ月もJCが音信不通なのは絶〜対女と遊びまわってるからだーっ!なんて言いまくるもんだからさ。ほら、JCも初めてあたしらと会った時、一緒に聞いてたから知ってるだろ?千佳がクリスマスに彼氏と街に遊びに行くっていう占いのやつ」

 

「なっ!?ち、ちょっと律!それ言わない約束…」

 

間宮さんが急に慌てて律さんに抗議している。そういえば、ゆえ子さんの占いの所為で僕が呼ばれたんだっけ?今となってはその占い自体が正しいものかどうかも怪しいけど。

 

「でも…それが何だって言うんです?僕と何か関係が?」

 

「それでこっからが面白いんだ!クリスマス当日、誰か誘って遊びに行けばいいじゃんって言ったらさ、千佳のやつ何て言ったと思う?“JCが誘ってくるはずだからずっと待ってるんだもん”って言ったんだぜ!すげ〜ロックだろ?」

 

「律っ!?あー、もう…うちは何も聞こえない、聞こえないから〜…」

 

そう言って、恥ずかしそうに両手で顔を覆う間宮さん。ちょうどその頃の会話を又聞きしたから、てっきり転校生くんと一緒に遊びに行って、僕のことなんか頭になかったとばかり思ってたけど…実際は違ったんだ。

 

「間宮さん…本当にずっと待っててくれたの?」

 

顔を覆っていた手を膝の上に置いたまま小さくこくんっと頷く間宮さん。なんか…ずっと我慢させちゃったみたいで申し訳ない気持ちでいっぱいだ。クリスマスは女の子にとって特別な日だから、絶対に彼氏作るんだーっ!って張り切ってたのを知ってるから尚更のこと責任を感じてしまう。

 

「…バカらしいって思うでしょ?占いなんか信用してあんたに勝手に期待してさ…けど、うちだって女の子だよ?そういうの…ちょっと期待しちゃうじゃん。あんたなら、いいかなって…でもっ!勘違いしないでよね!いいなって思ったのはちょっとだけ、ほんのちょっとだけだからね!」

 

恥ずかしさを隠すように声を荒げる間宮さん。それでも例え少しでも僕のことを考えてくれたことが何よりも嬉しかった。

 

「間宮さん、僕に何かできることはないかな?」

 

「は、はぁ!?ちょ、いきなり何なの…」

 

「おぉ〜!いいじゃん、それ!なぁ、千佳。JCと一緒に遊びに行ってもらえよ〜」

 

「遊びに行く?僕、間宮さんと行きたいっ!」

 

「えっ、ちょっと待っ」

 

「やったじゃん!でも、その次はあたしのバンド練習に付き合ってもらうぜっ!今度余ってるギター貸すからさ、ちゃんと弾けるようになろうぜ!」

 

「ギター!何それ!?面白いの?」

 

「あぁ、スッゲー面白ぇんだぜ!あたしもまだあんまり上手く弾けないけどさ、こうギュイーンって自分の魂の叫びをギターの音色に乗せると、もうたまんねーんだよ!」

 

「うわぁ〜!!それやりたい!律さん教えてっ!」

 

「もぉ〜っ!!うち以外で盛り上がんないでよぉ!?うちも話に混ぜろ〜!」

 

いつのまにか僕と律さんの会話が盛り上がりすぎて疎外感を感じたのか、間宮さんが強引に割って入ってきた。さっきまでの恥ずかしさはもはやどこにいったのかわからないほど元気な姿で。

でも、その方が僕たちの間柄には合っているのかもしれない。お互いに気を遣い過ぎず言いたいことをはっきり言い合える関係…友達と呼べるんだろうな。すごく…大切にしていきたいと思った。

 

 

 

 

 

 

 

〜JC 風紀委員による事情聴取の待機中 14:58 〜

 

 

 

 

 

 

「そろそろかな…」

 

僕の嗅覚が敏感に感じとった。他意はないけど、とにかく今な気がした。それは間宮さんたちも感じたようで、とりあえず風子さんが訪ねてくる予定があることを伝えると風のように走り去って行った。一体なにやらかしたんだ、あの人たち…。

そんなことを考えていると、不意に部屋の扉がノックされ、外から声が聞こえてきた。

 

「うぃ〜っす…どうもどうも、水無月風子です」

 

そう言いながら部屋に入ってきたのは風子さん…だけではなく、その背後に紗妃ちゃんとイヴちゃんの姿もあった。というか許諾を得る前に普通に部屋に入ってくるなんて、もう僕のプライバシーは保たれていない気がしてきた…。

 

「あれ、昨日の話だと風子さんだけのはずじゃ…?」

 

僕のその質問に対して、何故か含みのある笑みを浮かべながら答える風子さん。

 

「えぇ、まぁ最初はそのつもりだったんですが…どーしてもJCさんに会いたいって聞かないもんでね〜」

 

ニヤニヤしながら後ろの二人をチラ見して弄っている風子さん。当然ながらその反応に反抗する人たちだ。

 

「なっ!?私は別に変な意味で言ったわけじゃなくて…ただ、あの時一人だけ消えてしまったJCさんが無事に帰ってきたかどうか確認しておきたかっただけで…あくまで仕事としてですっ!」

 

「同感ですね。私は彼に借りたままのデバイスを返しにきただけなので…第一、そこまで彼に個人的興味がありませんし」

 

そう言って、無表情のまま僕にデバイスを返してくれるイヴちゃん。うぅ…もう悲し過ぎる。なんで一々こんなに攻撃されなきゃいけないのぉ?

 

「…本当に素直じゃないですねー。JCさん、泣いちゃってるじゃねーですか。あっ、ウチはちゃあんとJCさんのこと心配してましたよ?おーよしよし」

 

風子さんが気怠げに僕の頭まで手を伸ばし撫でて慰めてくれた。なんて優しい人なんだろう…普段は小さくて偉そうで抜け目なくていつのまにか通帳の残高から無断でお金抜き取ってくる意地悪な人としか思わなかったけど、今はすごく安心できる。

 

「い、委員長っ!?安易に触れるのはいけませんっ!」

 

「何ですか、氷川。あんまり厳しいことばっかり言ってると、誰もついてこなくなりますよ?」

 

紗妃ちゃんが急に顔を真っ赤にして、風子さんに食ってかかっている。まぁ当の本人はどこ吹く風といった様子だけど。

すると、紗妃ちゃんは納得がいかないのか僕の机の上に積まれている望さんが強引に置いていったゲームソフトの中から数枚持ち出して、そのパッケージを見せつけた。

 

「き、厳しくなんかありません!だって見てくださいっ!彼の持ち物の中にはこのように…は、裸の女性が写っているものが沢山あるんですよ!?は、破廉恥極まりないでしゅ!!」

 

恥ずかしさからなのか最後の方思いっきり噛んでた紗妃ちゃん。それに対して僕と風子さんが必死に笑いを堪える……ぷふっ、くくっ!

 

「“でしゅ”って…いや〜、本当に氷川は面白いですねー。ってか、それただのゲームじゃねーですか。真っ裸じゃねーですし…それに、ウチは寧ろ健全だと思いますよ?JCさんの年齢を考えれば異性のことが気になるのは当然ですし、実際に現実の女の子達に手を出さないように努力してくれてるわけですから」

 

「そ、それは…そうかもしれませんが…」

 

風子さんの意見は妙に反論しようのないものだった。ただ、僕は必死にアイコンタクトで“それ僕のじゃありません、望さんが強引に押し付けた物です!”と伝えるも、風子さんはニヤニヤしながらどこか楽しむように頷いている。あっ、これ僕のじゃないのわかっててあえて楽しんでるな?

 

「はいはい。話もまとまったところで、そろそろ事情聴取始めますんで、二人とも外で待っててくだせー」

 

「えっ、ちょっと委員長っ!?お、押さないでっ…きゃっ!」

 

「…失礼します」

 

風子さんに強引に背中を押されて部屋から追い出される紗妃ちゃんと、自発的に出て行くイヴちゃん。

本当に用ってそれだけだったんだ……少しくらい心配してくれてもいいと思うのは贅沢な悩みなんだろうか?

 

「いやー、うちの役員共が失礼を。特に男子に対する考え方が偏ってる二人なもんで、あれで笑顔の一つでも見せれば恋人の一人でも出来るんですけどねー」

 

「ハハハッ、たしかにそれは思います…おっと、今のは内緒でお願いしますよ」

 

「…アンタさんは妬かないんですね。まぁ、ウチとしてはその方がやりやすいから構いませんけどねー」

 

「えっ?えっ?」

 

混乱する僕に、風子さんが微笑む。

 

「さて、JCさんが風紀委員に入るのに合意したということで…」

 

「ちょっと待ってください」

 

風子さんの発言に、僕がつっかかる。あまりにさらっと流してたもんだから、危うく聞き逃しそうになったよ。

 

「ぼ、僕がいつ風紀委員になるって言いました!?」

 

「あれっ、ウチに対してそれだけの恩義は感じてるんじゃねーですか?危うく氷川にアンタさんがとんでもない変態だーって、学園中に言いふらされるところを助けてあげたんですよ?」

 

むぅ…この人は本当に人の扱い方が上手いな。それも嫌なくらいに。

 

「…それは感謝してますよ。でも、風紀委員にはなれません。どこか一つだけに肩入れするつもりはありませんから」

 

「わかってます、ちょっと言ってみただけです。その代わり、いなくなったこの3ヶ月間のこと、包み隠さず全部ウチに話してください」

 

「えっ、全部…ですか?」

 

「えぇ、そっくりそのまま…マルッと全部、です」

 

ふふふ〜っと意味深な笑顔を浮かべる風子さん。僕は観念して3ヶ月間の北海道での戦い、ましろちゃんとの出会い、国軍兵士との出会い、そしてその最中で目覚めた青と緑の力についての全てを打ち明けた。その最中、その想いを馳せながら…体感する時間は悠久を感じたほどに。

 

 

 

 

 

 

 

〜JC 無事に事情聴取終了 17:53 〜

 

 

 

 

 

 

「…んじゃ、聴取は以上になりますんで…いちおー来週から普通に登校してもらいますけど、あまり無理しないでくだせーね?アンタさんにブッ倒られると、色々な方面からウチら宛にクレームやらバッシングやらがガンガン飛んでくるんで」

 

「は、はぁ…わかりました。けど、なんかあったら言ってください。僕、風子さんの頼みなら何だって聞きますから」

 

「…冗談でも、いちおー受け取っておきます。でも、それは転校生さんの役目なんで、アンタさんが気負う必要ありませんよ。あっ…そうそう、アンタさんが失くしたグリモアの制服、あれ目玉が飛び出るくらい高額な代物なので今後二度と失くさないでくださいね。ではでは」

 

ぱたん、っと力なく閉められるドア。お世辞じゃないんだけどな…。

 

「あっ、そうだ…電話だ電話。出るかな…」

 

通話待機音が数回鳴り続ける。流石に出ないか…と諦めかけたその時、デバイス越しに応答があった。

 

《もしもし、JCくんかい?すまないね、さっきまで記事の追い込みをかけていたもんで…それで、僕に何か用かい?》

 

「遊佐さん、昨日の今日でみんなに何吹き込んだんですか?」

 

僕が尋ねると、数秒の沈黙の後、遊佐さんは素直に吐露した。

 

《…流石の洞察力だ。でも、どうやって僕に辿り着いたんだい?君の考えたとおりなら夏海にだって可能性はあるだろう?》

 

遊佐さんは特に否定することなく、率先してこの話題に食いついてくれた。

 

「正直、午前中はまだ特定はしてませんでした。卯衣さんと望さんが訪ねてきたのは結希さんが手を回したのかと思いました。でも、その後散歩部や間宮さんたちが部屋に来て、挙句ノエルちゃんから僕のデバイス宛に色々な人たちから連絡が来ていたことを聞いて確信しました。手段はともかく考え方が普段の夏海ちゃんじゃないと」

 

《なるほど…君と夏海が悪友関係ということを忘れていたよ。それで、僕に謝罪を求めるつもりなのかい?》

 

遊佐さんは苦笑気味で尋ねてくるけど、僕には毛頭そんなつもりはない。寧ろ全くの逆である。

 

「…いいえ、その逆です。おかげで僕の知らないこと、知るべきこと、そしてやらなければならないことがある程度わかった気がします。ありがとうございます」

 

《…そうか。なら、僕も頑張った甲斐があるよ…なんて、あまり胸を張って言えるようなことじゃないか。今回ばかりは僕も反省だよ》

 

デバイス越しに少し声が落ち込んでいるように感じた。そこで僕は人助けという名目で、遊佐さんの実力をお借りすることにした。

 

「…それなら、一つお願いしてもいいですか?」

 

今日一日でリフレッシュできた。今から僕の反撃、開始だよ…!

 

 




【学園長】

ふっふーん♪きょうもがくえんのへいわをいじできたし!ほっかいどうもだっかんできたし!ゆくえふめいのお兄ちゃんもかえってきたし!それもこれもぜ〜んぶ寧々のおかげだよね!これでぐっすりねられる……ん?おでんわだ。もしもし?寧々だよー。あっ、報道部長さん!こんなおそくにどぉしたの?うん、うん…えぇ〜?それほんとに寧々じゃなきゃだめなの?…えっ?うん、うん…ほんとに!?わかった!じゃあ、そのお兄ちゃんがクエストにでられるように寧々がかけあってあげるね!じゃあうまくいったら寧々にごほうび!わすれないでね?


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第弐拾八話 変化せよ 魔法使い

犬川(いぬかわ) 寧々(ねね)
逝去した前学園長の米寿の祝いに生まれた娘。可愛がられて育ったのでワガママ。遺言により後を継ぐが、同時に魔法使いへ覚醒したため学園生も兼ねることになった。前学園長が存命の頃からいつも連れ添って様々な所を闊歩していた為、学園内外問わずあらゆる分野のお偉いさんと面識交流がある。


あれから少し時間は経過し、今は四月の下旬に差し掛かろうとしていた。結局のところ、あれから真面目に登校してみたものの今まで月単位で落としてきた出席日数など当然足りるはずもなく、内心諦め半分で留年を覚悟した。いや、したはずだった…と言う方が正しいかもしれない。それはなんでかというと、何者かによる帳尻合わせが本人も学園内部でも与り知らぬところで行われていた……この結論に至った。怖っ。

 

「…まぁ、何はともあれ進級できたし、誰のおかげか知らないけど感謝しなきゃだよな」

 

そう。この学園には魔法の制御が不可能か或いはその状態に等しかったり、著しく素行が悪い魔法使いは危険と判断されて送致されるという矯正施設があるらしい。僕はまだまだ卒業規定年数には届かないものの、このままいけば確実にブラックリスト入りは確定だと思っている。そうなれば今まで以上に行動に制約が付き、二度と“自由”に動き回れるなんてことは遥か遠く手の届かないものになるだろうさ。

 

「…それでも、止まらず走り切るしかない、か…」

 

「…ねぇ〜?ちょっとちょっとっ!さっきから何ぶつぶつ言ってんのよ。追い込みかけないとまた部長に締め切り当日ボツ食らっちゃうんだから!」

 

僕が感慨にふけていると、対面の席に座って必死にスクープ記事を書き上げている夏海ちゃんが不思議そうな視線と半ば八つ当たりのような視線を入り混ぜた言葉を僕に送ってきた。同じ部でもなく学年も違う二人がなぜ一緒にいるのかというと、ぶっちゃけ特段理由があるわけではなく、強いて言うならばそれは遊佐さんが原因だろうか。

 

「そう言われてもねぇ…僕に報道部の活動は手伝えないし、そもそも遊佐さんに用があって来ただけなのに、それがどうして夏海ちゃんの雑用までする羽目に…」

 

「しょーがないでしょ?あんたとは入れ違いのタイミングで、部長は結希に呼ばれて出て行っちゃったんだから。ありゃ暫く部室には戻ってこないかもよ?それよりもほら、手が止まってるっ!」

 

夏海ちゃんは僕に檄を飛ばしてまくし立てる。それを受けて僕は力なく座っている机の上に置いてあるうちわを手に取って、そのまま夏海ちゃんに向けて扇いであげる。

 

「…ってか、先月からずっと思ってたんだけど……なんか暑くない?」

 

「あー、あれでしょ。北海道にいた魔物を追い払ったから日本全体の平均気温が上がったとかいうやつ。制服に体温調節機能が付いてるからある程度は過ごしやすいけど…こうも急に暑くなるとねぇ〜。あんたはワイシャツ一枚だから涼しそうで羨ましいわ」

 

そう言いながら恥ずかしげもなくスカートをパタパタ手で扇いでいる夏海ちゃん。いくら対面に机があるから見えないとはいえ、こうも無防備に振る舞われるとなんとなくこっちも意識してしまう。そんな僕の悩みを知ってか知らずか、何か思い出したかのように話題を振ってきた。

 

「あっ、そういえば知ってる〜?なんか如何にも正統派美少女って感じの子が転入してきたの!これがまた本当に可愛い上に礼儀正しくて、思わずあたしまで感化されるとこだったわ」

 

…夏海ちゃんはもう少しお淑やかになってもいいと思う。口を開けばやれ特ダネだのスクープだの盗撮盗聴なんでもござれ。この前もなんかの撮影に巻き込まれたし…何だっけ?たしか、何とかズバリッ!みたいなやつだったかな?

 

「ふーん…そうなんだ」

 

「なによ〜?興味ないわけ?それとも…もう決まった相手がいるとかぁ!?ほれほれ、言っちゃえば楽になるよ〜?」

 

僕の食いつきが悪いのがお気に召さなかったのか、勝手な憶測を立て面白がって僕に詰め寄る夏海ちゃん。

それに対して抵抗する僕。

 

「さっさと白状しーなーさーいーよーっ!」

 

「がっつかないでよっ!!はーなーれーろーっ!」

 

持っていたペンをマイクのように持ち替え身を乗り出して僕に迫る。当然僕だってそれを甘んじて受けるつもりもなく、夏海ちゃんの顔面を手で抑えて何とか踏ん張ってみる。

うおぉ〜!!くあぁ〜!!

そんな奇声を上げながら攻防を繰り広げていると、不意に報道部の扉が開かれ、パシャッ!という音とフラッシュが僕たちを襲った。そこに立っていたのはこの部屋の主である遊佐さんであり、撮った写真の具合を確認すると苦笑気味に僕たちを微笑ましく眺めていた。

 

「お邪魔だったようだね…後輩想いの僕は失礼するよ」

 

そのままパタンと閉じられる扉。僕と夏海ちゃんはお互いの顔を見合わせ、そして同時に叫んだ。

 

『待ってくださいぃいい!!部長(遊佐さん)〜っ!!?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「むぅ…」

 

生徒会室で小さく唸っているのは会長だ。このところずっとこんな状態が続いているのを他の生徒会役員も心配していた……特に会長を盲信している私は気が気でなかった。ほら、今にも意を決して会長に話しかけようとしていた。

 

「あの、会長…何かお悩みでしょうか?」

 

「んっ、あぁ…うぅ〜ん……ちょっと耳を貸してくれないか?」

 

「え?は、はい…」

 

ちょいちょいっと私を手招きして近くに呼び寄せる会長。そして、こそこそと私に耳打ちした。

 

「(…今のアタシは、そんなに魅力の無い女だろうか?)」

 

……は、はい!?会長がまるで恋する乙女の様な顔でそう呟いた。いや、まだそう確信を持ったわけではない。きっとアレだ。時間停止の魔法によって第8次侵攻が来ないとわかったが、その猶予があまりにも不確定要素な為に不安になっているだけだと信じたい。なので、私はその不安を取り除く様に会長を励まして差し上げた。

 

「…会長が何を悩まれているかは存じませんが、普段通り会長はとても素敵な方です。それは私が保証しますので、どうかご安心下さいませ」

 

「ふむ…普段通り、か。そうか……よしっ」

 

私の言葉を受けて少し考え込み、そして何かを決心した様子を見せる会長。ふぅ…どうやら私の杞憂に終わりそうですね。よかったよかった…。

 

「ちょっと白藤のところに行ってくる。恐らくそのまま街へ出ると思うから、その辺上手く手配しておいてくれ」

 

「はい、了解しまし……えっ?」

 

…私の聞き間違えでしょうか。今、会長は納得されて仕事に戻る感じの流れじゃありませんでしたっけ?

 

「あ、そうだ薫子…聖奈や朱鷺坂にも聞きたい。もし知っていたら教えてほしいんだが…」

 

「は、はい…何でしょうか?私に答えられることなら何なりと」

 

私がそう言葉を発すると、自分の席に座ってる聖奈さんや朱鷺坂さんも同様に頷いていた。久々に元気な姿を見せてくれている会長の為に、彼女たちも一肌脱ごうというわけらしい…。

 

「JCは…どんな“下着”が好みなのだろうか?色とか形とかどんな些細なことでも構わん、だから教えてくれないか…って、みんなどうかしたのか?おーい、もしも〜し。帰ってこ〜い…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だーかーら!部長が考えてるようなことは一切無いんですって!そもそもこいつとは厳しい取材を共に助け合ってきた…謂わば盟友みたいな関係ですし」

 

んー?僕と夏海ちゃんってそんなに深い仲だったっけ?たま〜に廊下で会う時に挨拶を交わすくらいの関係だとばかり思ってたよ。ってことは、これは夏海ちゃんのブラフってわけか。

 

「はいはい、わかったわかった。それよりも…夏海、君にはこんなところで僕とお喋りしている時間は無いんじゃないかな?締め切りは明日だよ」

 

「うぇ!?嘘ォ〜!?てっきり来週だとばっかり…こうしちゃいられないわ。とりあえず怜…は風紀委員だから見せちゃマズイとして、智花に仕上げ手伝ってもらわなきゃ!部長!失礼しますよ!」

 

夏海ちゃんは書き途中のスクープ記事原稿を持って、部室から飛び出して行った。僕は口こそ挟まなかったけど、途中から気づいていた遊佐さんの言葉遊びについてダメ元で言及してみる。

 

「遊佐さん…僕の目が変じゃなければ、このカレンダーには来週が締め切りって見えるんですけど?」

 

「ん〜?そうだったかなぁ…だったら僕のうっかりってことだねー。あー、やっちゃったなぁー」

 

そう言ってにやにや笑いながらはぐらかす遊佐さん。わかってて夏海ちゃんを追い出したのか?

 

「…もしかして、遊佐さんからも何か話が?」

 

「まぁ…それもそうなんだけど、JCくんからどうぞ」

 

むぅ…遊佐さんの話、気になるなぁ。本当は先に聞いてどこまで言っていいもんか吟味しようと思ってたんだけど…仕方ない。話しても実害無いと思う範囲で話そう。

 

「じゃあ、僕から…先々週くらいから、精鋭部隊の方に出入りさせてもらって戦闘訓練に参加させてもらってます。と言っても魔法で攻撃されたり、殴られたりされてるだけですけど」

 

「精鋭部隊に?それも先々週って…その頃は部隊長のアメディックくんは教司会のクエストに同行していて不在だったんじゃないか?」

 

そう。初日からウィリアムズさんの有り難い指導…という名の憂さ晴らしに付き合わされ、そのまま来栖さんの格闘訓練…という名のサンドバッグ状態。挙げ句の果てに守谷さんと我妻くんによる広域魔法の雨を避ける訓練まで強要されて、あれよあれよと流されるままに気がつけば、ほぼ毎日のように訓練所に通い詰めていた。そのおかげなのか青の力の扱い方がかなり上達し、今では自分の意思でスイッチングが可能になった。まぁ、ただ速く動けるだけのメリットしかないこの力を今後どう使うのか見当は付いてないし、緑の力に関してはまるで手付かず。何とか自制を試みてみたものの、およそ5秒程度その状態を維持するのが限界だった。ただ体を酷使するよりもっとなにか別の方法を考えなくては…。

 

「…くん、…Cくん、…JCくん!」

 

「…っ!?な、何ですかっ?」

 

少し考えこんでいると、遊佐さんがずっと僕に話しかけていたことに気づいた。

 

「話、ちゃんと聞いてたかい?僕からも確認したいことがあるんだけど」

 

「えっ、あぁ…はい。どうぞ」

 

「おいおい、しっかりしてくれよ…」

 

口を尖らせて少し不満気な表情で僕を睨む。意外と長い付き合いになるけど、この人もこんな子どもみたいな顔するんだ…ちょっと可愛らしいと思ったのは失礼だろうか?

 

「さっき宍戸くんに呼び出されてね、近いうちに裏世界のレジスタンスと接触するつもりらしい。勿論、君も行くんだろう?」

 

「そうですね…まぁ連れて行ってもらえるなら。でも向こうの実験施設ってのにも行かなきゃならんですし、レジスタンスと接触っていうのは優先度は低いかもです」

 

「…あまり乗り気じゃないみたいだね。レジスタンスの名は“パルチザン”というらしいけど…君は知っていたんじゃないかな。一部のメンバーは君を名指ししてきたくらいだしね」

 

「…な、何ですって!?パルチザンだと!?それは本当ですか!?」

 

遊佐さんの思いがけない情報に、僕は歓喜のあまり体の芯から震えてしまう。

生きてる……さらたちが?パルチザンは、全滅してなかった?

 

「その反応…君にわざわざ隠してたのも何か訳ありみたいだねぇ。まぁ、裏の僕から託されたパンドラの内容とも一致するようだし、あながち僕の推理も間違いじゃなさそうかな?フフフ…」

 

不敵な笑みを浮かべる遊佐さんだけど、正直言って今それどころじゃなかった。パルチザンが生きてる…全てを包みこむさらの柔和な笑顔、少し不器用だけど真っ直ぐなミナの優しさ、常に楽観的で悪戯っぽい恋の激励。それらの全てが五臓六腑に染み渡るように深く眠りについていたその存在を大きくする。

たとえ二ヶ月という短い期間しか生活を共にしていなくても、お互いの腹の中を晒し合った仲だ。一度は失ったと後悔しどれだけ自分を責めたことか…。でも、今は違う!あの時よりも格段に強くなった。一部の生徒だけとはいえ、協力を仰ぐこともできる。そして何よりも…僕はパルチザンのみんなに会いたい。彼女たちの無事を祝って抱擁したい。会って話がしたい。あの時何も言わずに去ってしまったことを謝りたい。

その想いだけが僕の思考を支配してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからさらに時間は経って、今は六月の二週目に入ったところだ。いきなり時間が飛んでるのは特に代わり映えするような事件が起きなかったからで……いや、ひとつだけあったな、変なこと。真夜中に一回だけ虎千代さんが部屋に訪ねてきた…サングラスにマスクにロングコート姿で。突然何色が好きかと聞かれて困ったので、とりあえず明るめの色とだけ答えたらそのまま帰っていったけど…あれはなんだったんだろう?未だに真意がわからないんだよな。まぁそれはいいや。学園のことをいうと科研ってところが襲撃されたり、課外活動の一環でキャンプに行ったり、街に来たサーカス団の警備をしたりと意外と充実してると思ったけど、それらの全てに一切関わってないんだよね、僕って。ずっと学園に隔離されて…今日だってついさっきまで精鋭部隊の部隊長のエレンさんによる軍隊式トレーニングで全身いじめ抜かれてたから、無駄なく鍛えられたし。さらちゃんじゃないけど、側から見れば結構いい感じの体つきになった気がする…うん、そんな気がする。赤・青・緑の力を交互にずっと使いながらの訓練だったから、変な疲労感が残ってるけど…。

 

「いらっしゃいませ〜っ!あっ、先輩!こんにちは!何かお探しですか?」

 

「あー、“いつもの”お願いできるかな?」

 

わかりました〜!と笑顔で迎えてくれたももちゃん。ほんの一瞬だけ、なんか表情に翳りがあるように見えたのは気のせいだろうか…?

そんな不安ごとを消し去るようにももちゃんら快活な様子で商品を持ってくる。そう、僕が定期的に箱買いしている紙パックのコーヒー詰め合わせを。

 

「んしょ…っと、商品はこれで合ってますよね。でも、先輩ってお金持ってますか?クエストに行ったところもあまり見たことありませんけど…」

 

ももちゃんがただでさえ苦しい僕の懐事情が更に困窮することを心配してくれる。ただまぁ…今回は副収入が認められたから例外である。

 

「今回は大丈夫さ!なんだったら半年先の分まで今ここで予約したって構わないくらいだよっ!」

 

僕は商品の値段より少し多めにお金を渡す。早い話が小銭がなかったのだ。ももちゃんはお金を受け取って会計を済ませながら苦笑していた。

 

「そ、それは流石に…でも、すっかり元気になったみたいで良かったですっ。ちょっと心配してたんですよ?」

 

「えっ、僕のことを?どうして?」

 

ちらりとこちらを見て、少し複雑な感情を孕んだ表情をするももちゃん。そして、彼女の中で整理がついたのか、ポツリと呟いた。

 

「…帰ってきてすぐの頃は、すっかり気落ちしてるというか試合に負けた直後のスポーツ選手が心配されないように無理に明るく振る舞ってるみたいな感じでしたから」

 

あー、たしかにそうだったかもしれない。風子さんに北海道での戦いのことを話していた時のことだろう。自分で話している内にどんどん卑下してしまったんだよな。ましろちゃんを守るなんて大層なことを言っておきながら、最後は国軍の兵士に任せて自分も魔物の群れに敗北。今まで自分にあった驕りが招いた結果だということを痛感させられた。当然戻ってきてなにもかも忘れて本心から元気に振る舞うなんて、できるわけがなかった。結局は時間が過ぎて自然に解決したものの、まだ心の何処かで引っかかっている。多分ずっとつきまとうんだろうな、こういうのは。

ももちゃんは多分ちょっと心配くらいの目線でまだこの真理には気づいていないだろうから、僕はこほんと仕切りなおして、ちょっと強引にでも話題を変える。

 

「それはそうと…律さんから聞いたよ〜。この前のキャンプ、転校生くんと一緒だったんだってぇ?」

 

「…ふぇ?」

 

僕のいやらしい笑いに、ももちゃんはびくんと身を強張らせた。急に話題を振られて少し戸惑っている、というよりも何か別のことで焦っているように見えた。

 

「転校生くんに手作りのカレーを振る舞ってあげて、更には川辺で二人で薪拾いときた。これはいよいよ二人の仲が急接近してると見ていいのかな?いいんだよね?」

 

「な、な、なに言ってるんですか。私は別にそんなつもりじゃ…」

 

「そんな日和ったこと言わないの。前からずっと心配してたんだから。“ももちゃんの恋を応援し隊”のリーダーとしてはね」

 

「なっ、なんですかそれ!?いつの間にそんなものが…私なんかのことで色々な人を巻き込んで申し訳ないですね…」

 

「まぁ構成員は僕しかいないけど」

 

「私の反省を返してくださいっ!」

 

ぜぇぜぇと肩で息をするももちゃん。ちょっと揶揄っただけなのに過剰なまでに反応するなんて…必死だな!

 

「でも、嬉しいっていうのは本当だよ。ももちゃん、奥手だからその辺ちょっと心配だったんだ。いやー、良かった良かった!」

 

あははと笑って見せると、不意にももちゃんが僕に言葉を投げかけた。

 

「…嬉しかったんですか?」

 

「…へ?」

 

「センパイハ、ウレシカッタンデスカ?」

 

急に背筋が凍るような感覚に襲われた。ハイライトが消えたももちゃんの無機質な瞳が僕を貫く。え、僕なにかマズイこと言った?いや、僕はただ…ももちゃんのことを本当に祝いたくて…なのに、なんでそんな恐ろしい目をするんだよ!?

その時、ポケットの中に入れていたデバイスからコール音が鳴った。

 

「っ!?ご、ごめん。ちょっと…もしもし」

 

僕は目の前の恐怖から逃れるように電話に出た。あのまま射抜かれていたら恐怖で僕の気が狂いそうだった。

 

「はい、はい…わ、わかりました!すぐに行きます」

 

「電話、誰からですか?」

 

慌てて向き直すと、ももちゃんが不思議そうに僕のデバイスを覗き込もうとしていた。…さっきまでの恐ろしい気配は微塵もなかった。僕の気のせいだったのか…?

 

「えっ…あ、あぁ…遊佐さんだよ。頼まれごとをしてて」

 

「ふ〜ん…そうなんですねっ!でも、また頑張り過ぎちゃダメですよ?はい、これお釣りです!」

 

ももちゃんはそう言って差額分の小銭を手渡してきたので、それを受け取ろうと手を差し出す。すると、ももちゃんは持っていたお金ごと僕の手を両手で包み込んだ。

 

「も、ももちゃん!?ど、どうしたの…っ!?」

 

突然の行動に戸惑う僕だったけど、それも不意に耳元に顔を近づけて小声で囁いてきたももちゃんによって、その感情も消え失せた。

 

「…先輩がいなくなったら、悲しむ人もいるんですから…ね」

 

それだけを囁いてそっと離れたももちゃんの表情はいつもの愛嬌のある少女のものではなく、どこか妖艶な雰囲気に包まれた“女”の顔をしていた。違う。違うよ、それは…僕に向ける表情じゃないよ…ももちゃん。

 

「あ、あぁ…き、気をつけるよ…じゃあね…」

 

僕は何かが怖くなって急いでお釣りを財布に入れると、商品を小脇に抱えて逃げ出すように店を出た。

 

「ありがとうございましたーっ!」

 

背中越しに聞こえたももちゃんの快活な挨拶。今はそれすら僕の気に留めず、ただただこの場から逃げ出したかった。突如として感じ始めた得体の知れないこの感覚を一秒でも早く消し去るために…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでねー、ネネがびしっと言ったんだよ。ネネは学園長なんだよ!ネネに逆らったら退学〜って!ねぇ、ちょっと聞いてるぅ?ねぇお兄ちゃんったら!ねぇねぇ〜!!」

 

あー、なんだこの子。目の前でチョロチョロチョロチョロ…正直、すっごく五月蝿い。っていうか、初対面なのになんでこんな馴れ馴れしく話しかけられるんだ?

その所業を見かねた僕は堪らず口を挟んだ。

 

「…あの、寧々ちゃんだっけ?まず僕は君の友達じゃないし、呼び出したなら早くその用件を教えてくれないかな……っ!!だ、誰っ!?」

 

僕は不意に背後から視線を感じて、振り返る。しかし、そこには人はおろか窓から入ってくる風や虫の気配すらまるで無かった。

 

「…?どうしたの、お兄ちゃん?後ろに誰かいるの?」

 

どうやら目の前の少女には、何も感じていないらしい。かく言う僕にもその存在を認めることは出来ず、もしかしたら本当に僕の気のせいなのかもしれないと考え、「何でもない」と言及の一切を切り捨てた。…ただそう思いたかった。でなければ今度こそ見えない“ナニカ”からの恐怖で心臓を鷲掴みされ、そのまま握り潰されてしまいそうだった。

 

「ふーん…ま、いいや。お兄ちゃん、クエスト受けたかったんだよね?ネネが理事長にお話しした結果ぁ…なんと!三人以上のパーティーが条件で許可されましたぁ〜!わーい!ぱちぱち〜!」

 

楽しそうに手を叩く寧々ちゃん。

 

「…えっ、本当に?こんなあっさり?」

 

「何よ〜。ネネ、お昼寝の時間も削って交渉してあげたのに〜。不服なの?」

 

「いや、たしかに頼んだけどこんなに早く許可してもらえるなんて…まだ三ヶ月しか経ってないのに」

 

僕が驚いていると、寧々ちゃんはえっへんと胸を張って自慢気にふんぞり返る。十歳の奇才、恐るべし…。

そんなことを考えていると、寧々ちゃんがぴょこぴょこと跳ねてきて僕に手の平を差し出してきた。

 

「あのね、ネネ頑張ったからお兄ちゃんから成功報酬を貰えるんだよっ!そういう取引だもん…だから、ちょーだい?」

 

ゆ、遊佐さんめぇ…本当そういうところは抜かりないよな。とはいえ、今手持ちの物で渡せるのって言ったら……あ、そうだ。

 

「これ、コーヒーなんだけど…いる?」

 

「何それ!?いるいる〜!」

 

僕が差し出した紙パックのコーヒーを受け取ると、早速付属のストローを挿して勢い良くちゅ〜っと飲んでいる。が、すぐにむせたように小さく咳をした。

 

「けほっ、けほっ!もぉ〜!何これ!?全然甘くない〜!これならあとお砂糖三個はいるよ〜!」

 

どうやら寧々ちゃんの好みには合わなかったみたいだ。僕も自分の分のコーヒーを飲んでみる。うん、いつもと同じ味だ。美味しい美味しい。

 

「そうかな?程良い甘さでいいと思うけど…」

 

「それはお兄ちゃんが大人だからだよーっ。ネネはまだ子どもだからもっと甘いやつがいいの〜!」

 

「子どもって、僕と寧々ちゃんって一応同い年なんだけど…」

 

「へ?そうなの?でも書類には18歳って…」

 

「その辺はいろいろあって説明面倒だから、後で生徒会長にでも聞いてよ。じゃあ、もう行くからね……説得してくれて、ありがと」

 

僕は席から立ち上がり学園長室から出て行こうとすると、その手前で寧々ちゃんが背後から元気な明るい声が聞こえてきた。それは何のことない「じゃあね〜!“また”今度あそぼうね〜!」という恐らくは全く他意のない言葉だった。でも、その“また”という言葉が不思議と異様に僕の気分を高揚させてくれた。気づけばさっきまで感じていた物言わぬ強大な恐怖感は心からすっぽりと消え去っていた。僕は瞳を閉じてその言葉を噛みしめるように胸の中にしまうと、そのまま温かい気持ちで扉を開けた。

 

それが新たな恐怖の幕開けであるとは知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……ん?あれ、なんか水っぽいな。それに息苦しくて呼吸も満足に出来てないらしい。まるで全身がどっぷりと水の中に入ってしまっているみたいだ………んんっ!?

 

「(ガボボボブブボッ!☆→¥$€%+÷×=$々☆€°○*#!!)」

 

あっ、足っ!!足着いてない!?ヤバイ…動けないっ!?くっ…い、息が、出来なっ…!?えっ、これ死ぬ…?こんなあっさり…?やっと自由に動けるようになったのに、死ぬ……ん?あれは、光?そ、そうだあの光!外に繋がっているであろうあの光に手が届けば、もしかしたら…届け、届けっ、届けぇええ!!

僕はもがき苦しむ中で全ての力を出し切ってその手を光条に向けて必死に伸ばした。勿論、その手を誰かが取ってくれるという根拠も自信もない。でも、そうしなければ…多分ずっと後悔する。虫の報せ…というかデジャヴというか。そんなことを考えていると、突然誰かに腕を捕まれそのまま引っ張り上げられた。

 

「…っ!!げほっ!がはっ!えほっ!?はぁ、はぁ…」

 

急に周りの環境が変化したためなのか、体内に侵入してきた水という水全てを放出するように激しく咳き込んだ。危うく胃の内容物までこんにちはしそうになったけど、そこは我慢して何とか気分を落ち着かせる。すると、四つん這いになっている僕の頭上から声をかけられた。

 

「あのぉ…だいじょうぶ?」

 

視線を向けると、そこには背中まで伸びた艶のある黒髪が特徴的な少女が立っていて、小首を傾げて心配そうな表情をしていた。見た目だけの印象だと恐らくましろちゃんと同じくらいの年齢に見えたけど、それ以外は全くと言っていいほど不明だった。すると、全く状況が掴めていない僕の胸中を察してなのか、少女が少し焦った様子で会話を切り出してきた。

 

「あっ、えっとね…お兄ちゃん、川で溺れてたんだよ?でもちょっと不思議。だって、この川って“かおるこ”のお腹くらいの深さしかないのに…?」

 

「え?…あっ」

 

少女に指摘されて川を覗き込むと、水がすごく綺麗ですぐに川底が見えた。少女はお腹の高さと言っていたが実際には僕の脛くらいの深さしかなかった。少女のほうに向き直すと、くすくす笑いながら「変なの〜」と僕を小馬鹿に…いや揶揄っていた。この“かおるこ”ちゃんの態度はなんか調子狂うな。少しおどおどして儚げかと思ったら、次の瞬間には僕を揶揄って楽しんでいる。単純に感情の起伏が激しい落ち着きのない子って訳でもなさそうだし…なんか前にも同じようなことがあったような…ん?かおるこ?

 

「…会長〜っ!ご無事ですか……って、あ、貴方は!?」

 

その時、近くの草陰から聞き覚えのある声が聞こえてきた。というか、貴方はって言われてる時点で既にお互い目が合っているけど、決してその事実を認めたくないから説明口調になっているわけではないとだけ言っておく。多分これ以上言い訳できそうもないから…。

 

「…か、薫子さん?どうして…」

 

オカン(悪寒)、襲来。

 

 

 




【違和感】
むぅ〜…先輩(JC)って、やっぱり乙女心が分かってません!確かに初めて会った時に私は先輩(転校生)が好きって言ったし、誕生日も祝ってもらいたいって言いましたよ。でも、その裏で色々尽力してくれる先輩(JC)のこと知ったら…なんとも思わないわけないじゃないですか。先輩(JC)と先輩(転校生)、どっちが本当に好きなのか…自分でも正直分からなくなってしまいました。
先輩(転校生)は相変わらずクエストや他の学園生との用事で常に忙しそうですし、先輩(JC)は時折何か見えない恐怖に怯えてるような顔をしてます。今日だっていきなり裏世界の自分と話してほしいって言われて心の整理がつかないところで更にちょっと茶化されてムッとした気持ちのまま話していたら、突然何かに怯えるように走って行ってしまいました。まるで自分だけにしか見えない“何か”から逃げるように…ちょっと心配です。私の思い過ごしで何も起こらなければいいんですが……あっ、いらっしゃいませ〜!何かお探しですか?


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第弐拾九話 正せ!魔法使い

【シャルロット・ディオール】
【ヴィアンネ教司会】から派遣された魔物退治のエキスパート、らしい。正確には生徒ではないが、みんなと一緒に授業を受けて魔物討伐にでかける。狂信者っぽい一面を垣間見せることもあるが、異教に対しておおらかな面もある。気分で変わるのか、それとも…。とにかく胸は凶器(B98)


「じーっ…」

 

「ねぇお兄ちゃん。なんでこのお姉ちゃんはお兄ちゃんのこと、睨んでるのぉ?あっ、もしかしてお姉ちゃんに何かしたんでしょ!」

 

「さ、さぁ〜何でだろうねぇ?あは、あはは…」

 

薫子さんの鋭い視線を向ける僕に何の気なしに問いかける薫子ちゃん。その問いかけに対して、僕ははぐらかすしかできなかった。

ここで僕たちの状況を確認しておこう。僕たちは今、ガールスカウトで来た子ども時代の薫子さん(呼び分けるために薫子ちゃんとする)から話を聞くために近くのキャンプ場に訪れていた。他にもこちらに飛ばされた人がいないかそれとなく聞いてみたけど、直前まで一緒にいた虎千代さんと聖奈さん以外はわからないらしい。というよりそれ以上は怖くて聞けない。ただ、会ってからずっと小さく唸って恨めしそうに僕を睨んでいる薫子さんは……可愛い。

そんなことを考えていると、本人からきつ〜い言及が襲いかかってきた。

 

「ちょっとJCさん。“何で”ですって?貴方、ある日突然私たちに理由も告げず避けるような行動をとった。そんなことをされて私たち…いえ、私がどんなに悲しい思いをしたか分かりますか?」

 

「…えっ、あぁ、それは…」

 

口元をキュッと強く結び潤んだ瞳で僕にそう訴えかける薫子さん。きっとそれは本心から出た言葉であり、ずっと前から言いたくても言い出せなかった言葉であることを理解してしまい、思わず返答に困ってしまう。だがしかし、少なくとも生徒会や結希さん、アイラさんは初めは僕を意図的に管理しようとしていたはず。だから尚更のこと、生徒会側であるはずの薫子さんの心が理解し難いのだ。

すると、そんな問答を間近で見ていた薫子ちゃんが、突飛な発言を繰り出した。

 

「?…あーっ!かおるこ、わかっちゃった!お兄ちゃんとお姉ちゃん、恋人さんでしょう!」

 

「…どこを見てそう思ったのでしょうか?ぜひ教えて下さい」

 

薫子ちゃんの突飛な発言にげんなりしつつも、心なしかさっきより表情に花開いた様子の薫子さん。今のどこにそんなきっかけがあったのだろう…?

 

「えっとね、かおるこ、いろんな大人見てるけど不思議なの!だってね、けんかしてる人のほうが仲良さそうなんだよ!それでお兄ちゃんとお姉ちゃんも今けんかしてるでしょ?だから仲良いの!」

 

そう言ってニヘヘ〜っと屈託のない笑顔を見せる薫子ちゃん。何というかこの子は、本当に怖いもの知らずというかおませさんというか…薫子さんも「意外と勘が鋭いみたいですね」ってちょっと驚いているし。でも、前のパターンから他の学園生と合流した場合に、僕たちが恋人だ〜って感じで騒がれても困るから、ちゃんと訂正しておこう。

 

「あのね、薫子ちゃん。僕たちは別に喧嘩してるわけじゃないんだよ。ただちょっと色々あってすれ違ってたってだけで」

 

「そ、そうです。私はJCさんを心配していただけで決して怒っているわけじゃありませんし。ま、まぁ…学友としてお慕いしているのは、間違っていないですけど…」

 

「えっ、何ですか?後半ちょっと聞き取れなかったんですけど」

 

「…やっぱりちょっと怒ってますっ。JCさんは反省するべきだと思います!ふんっ」

 

えぇっ?!薫子さんが急にゴニョゴニョしだしたんじゃないか!あの声の小ささは緑の状態じゃないと聞き取れないだろうに…理不尽すぎて泣けるぜ、まったく。

 

「な、何で怒ってるんですかぁ!?あ、あぁ…どうしよう?!機嫌なおしてくださいよぉ…」

 

ツーンとそっぽ向いてすっかりご機嫌斜めの薫子さん。久々にこの姿見たけどこうなると結構長いんだよな…ってなことを思っていると、不意に僕の右手が掴まれた。

 

「えっ、薫子ちゃん…?」

 

「一体何を…きゃっ!?」

 

同様に薫子さんの右手を掴んで引っ張って、二つの手を近づけあいお互いの小指を立てて組み交わそうとする薫子ちゃん。不審に思い薫子さんと視線を交わすも回答は“様子を見る”だった為、特に抵抗することもなく彼女の思うようにさせてみた。すると、彼女によって絡み合わさった僕と薫子さんの指の形はある意味を成すものになっていた。

 

「薫子ちゃん…これって」

 

僕の問いかけに対して、薫子ちゃんは満面の笑みを浮かべながら答えた。

 

「"仲直りの指切り”だよっ!けんかしたあとは小指と小指を結んで、ちゃんとごめんなさいするんだよ?そしたら、もっとも〜っと仲良くなっちゃうのっ!」

 

その言葉に暫くの間呆気にとられる僕と薫子さんだったが、顔を見合わせると不意にどちらからともなく笑いが込み上げてきてしまった。相手に対する不信感とか気まずさとか、そんなのを気にする前にもっと簡単でわかりやすいことがあったじゃないかと。喧嘩をしたらごめんなさいと謝る、ただそれだけでいいのだ。

 

「薫子さん…すみませんでしたっ!僕はいつからか誰もかれもが信じられなかなってました。みんなが僕に優しくする度に、戦うためだけの魔法使いにする為に洗脳してるんじゃないかとさえ考えるようになっていって…」

 

僕は日頃から猜疑心を感じていたことを打ち明けた。最早幻聴・幻覚まで現れる段階に発展してしまっているこの症状から打開するには、一刻も早くその原因を潰して心の均衡を保つことが先決だからだ。僕の独白を全て聴き終えた薫子さんは、次第にその重い口を開いた。

 

「…そうだったのですか。確かに貴方の目には、私たちの思惑や行動はそういう類のものに見えても不思議ではありませんわね。実際、私たちは当初、JCさんの力を利用しようと暗躍していました。そのことはどれだけ謝罪しても足りません。ですが…」

 

薫子さんは組み交わしていた指を離し、そのまま僕の身体を強く抱きしめた。

 

「よく、帰ってきてくれましたね…私にとって本当に、これ以上にない幸せです。うぅ…うわぁぁあん…っ!」

 

肩越しに大粒の涙をボロボロと流して、抱きしめた腕により一層力を込める薫子さん。子どものようになりふり構わず大声で泣き喚く薫子さんの身体を、僕はそっと優しく抱きしめ返す。きっと顔は涙で濡れていて、せっかくの美人も台無しになるくらい酷い顔をしているだろう。でも、それは僕と薫子さんがどれだけの時間を欠落させてきたかを表していると思えば、彼女が気の済むまで泣き続けるのも僕がそれを秘密として胸に秘めるのも当然の権利なのかもしれない。そう考えれば、さっきまで暗雲立ち込めていた僕の心は優しさに満ち溢れ、彼女が泣き止む頃には嘘のように晴々としたものになっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お〜い!JC!薫子!アタシをどうにかしてくれ!」

 

暫く経って、僕たちの居るキャンプ場に見知った人物の助けを求める声が聞こえてきた。声の聞こえた方向に視線を向けると、何やら追われてる様子の虎千代さんとその後ろから虎千代さんを追いかけ回している小さな子どもの姿があった。

 

「まぁ、勇ましい…会長は幼い頃から凛としていたのですね」

 

僕の横で薫子さんが微笑ましい光景を見ているような柔らかい笑顔で子どもの虎千代さんを褒めていた。いやいや、虎千代さんが珍しく助けを求めてるんだからそんな悠長なこと言ってる場合じゃないって。

 

「かっこい〜…」

 

更にその薫子さんの横で、ぽぅ〜っとした表情で子どもの虎千代さんに見惚れていた。そ、揃いも揃ってこの女の子達は〜っ!!

二人ともほのぼのしててまったくと言っていいほど動く気配がないので、消去法で僕が止める羽目に。

 

「しゃーなしだなぁ……こらっ!」

 

僕はこっそりと忍び寄って首根っこ掴んで軽々とつまみ上げた。吊るし上げられた子どもの虎千代さんは空中でジタバタ暴れまわっているけど。

 

「後ろからなんて卑怯だぞ!正々堂々戦えっ!」

 

ガルルル〜っとこちらを睨んでいる子どもの虎千代さん。これどうすればいいの?と視線で訴えてみると、虎千代さんは少し落ち着いた様子で答えてくれた。

 

「ふぅ…ありがとうJC、助かった。しかし、なんとか騒ぐのをやめてもらわないとな。前回のように誘拐犯と間違えられても面倒だ」

 

「そうですわね…せめて私たちの話を信じてもらえれば話が早いのですが、正直に名乗り出ても恐らく信用してくれないでしょうし…」

 

虎千代さんと薫子さんが頭を捻って唸る。そういえば毎回この説得には苦労させられてるんだっけ。僕自身はまだ過去の自分と会えてないから、その感覚はわからないけども…あれ、そういえば薫子さんの話だと転校生くんもこっちに飛ばされてきたらしいけど、まだ合流出来ていないから少し心配だ…。

そんなことを考えていると、近くの草叢の中からなにやら蹲った様子の転校生くんが這って出てきた。

 

「て、転校生さん?!一体何が…」

 

薫子さんが慌てて駆け寄るも、転校生くんの状態は明らかに異常だった。全身の至る所に怪我を負っている様子はなく、ただ青ざめた顔で股間を手で押さえている…んっ、股間を?

 

「すきありっ!」

 

一瞬反応が遅れた。僕が思慮深く考え込んでいる最中で、手中に収まっていた子どもの虎千代さんが拘束を解き、間髪入れずに僕の急所を目掛けて大きく蹴り上げた。

ズドンッ!!

その時世界は止まった。いくら肉体強化が施された魔法使いと言えど、子どもの蹴りひとつでどうこうという問題はない。しかしながら、初めは鈍い痛みだったその一撃も次第に強烈な痛みに変わっていき、最終的には声にもならない声でその場で蹲ってしまった。

…早い話が“金的”である。この痛みは僕にとって空前絶後の一撃であるのだ。ぁああああっ!!?痛い痛い痛い痛い痛い痛いいいいいぃ!!?ま、まさか…転校生くんも奴に?

そう思い僕はなんとか首だけを転校生くんのほうに向ける。すると、アイコンタクトが通じたのか彼は僕に意思表示をしてきた。

 

「……」←青ざめた顔で冷や汗を垂らしながらサムズアップしてる。

 

あ、あの悪魔ガァアアアア!!

 

「どうだっ!悪の手先を二人も倒したぞ!この虎千代がいる限り、悪い奴の好きにはさせないっ!」

 

子どもながらに堂々とファイティングポーズをとっている子どもの虎千代さん。その後ろで地面に倒れ伏している僕と転校生くんがまるで引き立て役のようだ。すると、さっきまで惚気ていた薫子ちゃんがとてとて〜と近づいてきて、激痛で動けない僕に対してとんでもない暴挙を繰り出した。

 

「お兄ちゃん、ここが痛いの?かおるこが触って治してあげるっ!だから脱ぎ脱ぎしてっ」

 

『っ?!』

 

こ、この子は何を言ってるのか分かってるのか?この子は僕に対して公衆の面前で下半身を晒して僕のアソコを触診するって?そんなことしたら警察に捕まっちゃうでしょーが。とは言え今も尚激痛でまともに言葉をかわせない僕は抗議のメッセージを送れないし、そして同じく激痛で動けない転校生くんにも期待は出来ない。となると、もう頼みの綱は良識ある生徒会の長たる虎千代さんと薫子さんに賭けるしかない。賭けるしかないんだけど…。

 

「だ、大事に至ってはいけませんものね。ここは適切な処置を施さないと…仕方なくです、仕方なく。その子では適切な対応が出来ないので、多少なりとも知識を有している私がやるしか…け、決してJCさんの…が見たいという訳では…!」

 

「JC…すまん!こうなった薫子はアタシでも止められない。せめて見えないようしてやるから…許してくれ」

 

「…?なにみんなして固まってるんだよ。こらっ!無視するなっ!」

 

お、おいおい…じゃあ何か?僕は便宜上同年代と歳下の女の子たちに自分のナニを見せろって?そんでもってそれは転校生くんも同じ条件であるわけで、同様にブツを晒されると?グリモアの数少ない男子生徒が二人揃って晒し者?冗談じゃない。

 

「薫子ちゃん…ちょっとちょっと」

 

「なぁに〜?」

 

本人にだけ分かるように軽く手招きして呼び寄せると、薫子ちゃんの耳元で囁いてみる。

 

「(どうやって治すつもりなの?まさか本当に触るつもり?)」

 

すると、急に可愛らしい声色で驚いた様子の薫子ちゃん。どうしたんだろう?

 

「ひゃっ!?あっ、ごめんなさい…お兄ちゃんの息が耳にふーって当たったからびっくりしちゃった。えへへ…」

 

さっきまでの余裕のある薫子ちゃんの姿はなく、代わりに少し恥ずかしそうに頰を赤らめた薫子ちゃんの姿があった。もしかしてこの子は…?

 

「(薫子ちゃん、もしかしてきみ……“耳が弱い”の?)」

 

その言葉にビクッと体を震わせた薫子ちゃん。よく見るとうっすら冷や汗をかいているみたいだけど…これはまさかの展開だ。

 

「そ、そんなことないよぉ!いきなりだったからびっくりしただけ「へぇ〜…かぷっ」ひゃう!?い、いじわるしないでくださいぃ…!」

 

強情張るもんだから軽〜く甘噛みしてみたら顔を真っ赤にしてすぐに白状した。最初から素直に認めれば良いのだ、まったく。しかし、こうなってくると立場は逆転するなぁ。さっきまでの行為は他の人たちには立ち位置的な意味でバレていないみたいだし、ここで上手く交渉すれば僕と転校生くんの命は助かるかもしれない。責任重大だな。

 

「(だったら何もしないでいてくれる?そしたらここは攻めないであげるよ)」

 

薫子ちゃんの頰に手を添え、何回か指先でその小さな耳に触れたり時折摘んでみたりして半ば脅迫のように囁く。そうする度に「あうっ!」とか「ぴゃっ!」とか最早ちょっとしたおもちゃと化していた。すっかりと頰を紅潮させて目を潤ませながら懇願するようにこっちを見つめていた。心なしか僕が触れるのを待っている…?そんなわけないか。

 

「(いい子だから、おとなしくしてくれるよね?)」

 

こくこくと頷く薫子ちゃん。完璧に力関係が逆転したな、これ。僕は詐術の方法を耳打ちで伝えると、薫子ちゃんはその通りにやってくれたさ。

 

「い、いたいのいたいの…とんでけ〜っ」

 

その行為自体に治癒的な意味は無い。でも、気持ちとしてはこれ以上ないほど癒された感は否めない。あと、うちの愚息が晒されずに済んで良かった。

 

「さんきゅ、薫子ちゃん。おかげで助かったよ」

 

僕は薫子ちゃんの頭の上にぽすっと手を置いた。ちゃんと言うこと聞いてくれる素直ないい子にはご褒美をあげないと。

 

「あっ…」

 

身を起こしてゆっくりと手を伸ばすと、薫子ちゃんはまた悪戯されると思ったのかビクッと目を瞑るけど、すぐにそうじゃないと分かるとゆっくりと目を開いて僕の方をジッと見つめた。

少し乱暴に撫でまわすと、それに合わせてなのか目を細めたり気持ちの良さそうな声を漏らしていた。

 

「むむむ〜…っ!」

 

「お、おい薫子…何唸ってるんだ?」

 

…なんか薫子さんがこっちを見て不穏なオーラを放ちながら睨んでる?のを虎千代さんが宥めていた。やっぱり過去の自分とはいえ、安易に触れられるのは嫌だったのかな?仲直りできたからってちょっと調子に乗っていたか…反省しなきゃだ。

僕は薫子ちゃんの頭からパッと手を離すと名残惜しそうに目で訴えてくるので、転校生くんにも同じことしたらきっと撫でてもらえるよと伝えると渋々といった様子で転校生くんのところに向かっていった。

 

「さてと、虎千代さん!ちょっと手加減できそうにありませんけど、やっちゃってもいいですか?」

 

必死に薫子さんを宥めていた虎千代さんに確認をとる。

 

「えぇ?あ、あぁ…可能なら怪我だけはさせないでほしいのだが、なんとか出来そうか?」

 

「…ちょっと泣かせちゃうかもしれませんよ」

 

すると、構わんというメッセージを目で訴えてきたので、さっきの恨みも込めて俄然やる気で子どもの虎千代さん(もう面倒だから虎千代ちゃんと呼ぼう)の前に立ちはだかった。

 

「な、なんだよ…虎千代の正義の拳を受けてみろっ!てやぁ!」

 

ほいっ。

 

「はぁっ!」

 

そらっ。

 

「くっそーっ!これでどうだっ!」

 

ぼすっ。お腹に軽い衝撃が襲ってくるもまったく痛くない。やっぱりただの子どものままなのか…よし、今度はこっちの番だ。

 

「うわっ!?な、何するんだっ…うひゃ!?」

 

鍛え上げた腹筋で受け止めた虎千代ちゃんのパンチを逆手にとって、そのまま体の後ろに腕を回すようにして拘束する。もちろん最低限の力を込めて怪我をさせないように気をつけながら背後から虎千代ちゃんの身体を抱き抱えるように腕を回して、そのまま虎千代ちゃんの脇腹を徐ろに擽り始めた。

 

「あははは!あははははははっ!!や、やめろーっ!!」

 

威勢の良い声を上げているけど、僕の擽り攻撃にやられっぱなしの虎千代ちゃん。男の大切な部分を攻撃した罪は重いのだ。それも二人分もだ。

 

「どうだ!まだ負けを認めないか?」

 

「だ、だれが悪にくっするものか「よっしゃ!フルパワーで擽り攻撃続行じゃああ!」えっ、ちょ、ちょっと待っ「おりゃおりゃおりゃああっ!!ここか!ここが気持ちいいのかぁ!」あははっ!?ぎ、ぎぶ!ぎぶあっぷ!だからもうやめてぇ〜っ!!」

 

僕、WIN。虎千代ちゃんは身体をひくつかせながら仰向けで大の字になって倒れた。素直に負けを認めればこんなに苦しまずに済んだのに。ワンサイドゲームだと少し悪い気もするから、ちゃんとノーサイド精神で介抱しましょうね。

 

「おらっ、寝てないで早く起き上がりんしゃい」

 

「うーっ…」

 

僕が倒れてる虎千代ちゃんに手を差し出すも、やられたことがよっぽど悔しかったのか一向に手を取ろうとしない。こ、この子はまぁだ強情張ってるな?よぉし…。

 

「…へっ?うわぁ!」

 

僕は虎千代ちゃんの両脇の下に手を入れて身体ことヒョイと持ち上げると、寝転んだ時に汚れたのかズボンのお尻のところに土汚れがついていたので、手で払ってあげた。

 

「うひゃあ!?ど、どこ触ってんだよ!ちょ、やめろって?!痛っ!痛いからっ!」

 

「こらっ、暴れるなって!汚れ払えないだろ!」

 

スパンスパーンっと小気味の良い音が虎千代ちゃんのお尻から鳴り響く。お仕置きのため絶対に逃がすわけにはいかない、それほどまでに虎千代ちゃんの罪は重いのだ。その光景を見ていた虎千代さんたちがドン引きしているけど、だからといってお仕置きの手を緩めたりはしないぞ。何度もお尻でビートを刻んでいると、それが終わる頃には虎千代ちゃんのお尻は薫子ちゃんがズボン越しに触れた時の反応から紅蓮に染まっていることが分かったので、これで今回の件は水に流そう。

とにかく今回の件で僕も周りもわかったことは“大人子ども関係なく僕は怒ったら手加減なし。倍にして仕返しされる”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ、春乃さんが?」

 

「えぇ、どうやら彼女もこちらに飛ばされてきたようです。それと何故かディオールさんも…と言うか、過去の私にとはいえあのような非道な真似をするなんてっ!まだ許したわけじゃないんですからねっ!」

 

あの後、学園から連絡を受けた僕たちは再び学園生捜索にかられていた。その道中の薫子さんとの会話で春乃さんが過去の世界に飛ばされてしまったことを聞かされたんだけど、なぜかまたさっきの出来事に話が戻ってしまう。よっぽど根に持ってるんだなぁ、薫子さん…。

 

「そ、それは本当にごめんなさいです…。それにしても、薫子さんの弱点が耳だったなんて知りませんでしたよ」

 

そう言いながら依然としてご機嫌斜めの薫子さんにバレないようにそ〜っと耳に触れようとすると、気配を感じ取ったのかバッと手で両耳を覆って僕の方をキッと睨む薫子さん。

 

「JCさん…その手はどうするつもりなんですか?まさか私にも同じことをする気じゃ…」

 

…ちっ、運の良い人だ。まぁせっかく話せるようになったのに、嫌がることしてまた不仲になりたくないもんな。ここはおとなしく引き下がろう。

 

「冗談です。だからそんなに警戒しないでくださいよ。僕だっていきなりそんな馴れ馴れしくできませんから」

 

僕があっさり引き下がったのが意外だったのか、少し残念そうな顔をする薫子さん。大丈夫ですよ、そのやりきれない気持ちは今も僕を背後から狙っている虎千代ちゃんにぶつけますから。

 

「あははははははっ?!やめっ、やめろぉ〜!!」

 

僕、再びWIN。後ろから狙うなんてフェアじゃないよって虎千代ちゃんが言ってたのに。そんな悪い子にはお腹擽りの刑じゃ。ぐりぐりぐり〜。

すると、その様子を横で見ていた薫子ちゃんがま〜た突拍子もないことを言い出した。

 

「お兄ちゃんお兄ちゃん!かおるこにもやって!」

 

まるでアトラクションの順番待ちの如く、地面に突っ伏している虎千代ちゃんの後ろに立ってわくわくしている薫子ちゃん。しかし、それを良しとしないもうひとりの薫子さんがじとーっとした目で僕を見ているので、おいそれと簡単に許諾なんてできない。

 

「…そんなことしたら今度こそ薫子さんに殺されちゃうよ〜。それに薫子ちゃんは虎千代ちゃんと違って後ろから奇襲とかしない良い子だから、そんな子に悪戯できないよ」

 

そう言いながら僕は薫子ちゃんの頭の上に手を乗せて何とか誤魔化す。最初のうちは撫でられて気持ち良さそうにして上手く誑かされていたけど、すぐに目的を思い出して可愛らしいしかめっ面をしながら僕に抗議する。

 

「ぶ〜っ!今お姉ちゃんは関係ないでしょ!それにかおるこ、お兄ちゃんが思ってるほど良い子じゃないもん!えいっ」

 

ぽすっ。虎千代ちゃんよりも更に力のないパンチが僕のお腹に決まる。えっ、これどうすればいいの薫子さん?

 

「(…わかってますよね?JCさん、わかってますよね!?)」

 

うん、何言ってるか全然分からないけどすごく必死で訴えてきてる!たぶん、何もするなってことだよね。よしっ、こうなったらテコでも動かないぞ。

 

「えいっ、うぅ…やぁ!」

 

ぱすっ、ぽすっ。ふはははっ、そんなへなちょこパンチじゃ僕は倒せないぞ。おっ、今度は助走をつけて殴る気だな?よーし、しっかりと受け止めてや…って、何で何もないところで転ぶ!?

 

「ち、ちょっと大丈夫!?怪我してない!?」

 

慌てて駆け寄って倒れてる薫子ちゃんの身体を抱き起こす。パッと見た感じだと手とか足とか擦りむいたりはしてないみたいだけど…。

 

「うん…たぶんへいきだとおも…痛っ!」

 

「だいじょうぶかぁ?うわっ、これひどいな〜」

 

虎千代ちゃんが薫子ちゃんの右足を見てそう呟く。それにつられて確認すると、どうやら転んだ拍子に右足を捻ったらしく患部が赤く腫れてしまっていた。

 

「だ、だいじょうぶ!かおるこ、じぶんでちゃんと歩けるもんっ!」

 

僕の手から離れて意固地になって自力で歩こうとする薫子ちゃんだったけど、当然痛みでまともに歩けるはずもなく再び転びそうになる。しかし、今度はちゃんと直前で受け止めて事なきを得た。

 

「簡単な処置ですまないが…薫子、回復魔法を!」

 

虎千代さんの正確な指示を受けて、薫子さんが回復魔法を使って足の怪我を治癒させていく。すると、先程までの腫れが嘘のように消えていった。

 

「ふぅ…これで痛みは消えたはずです。しかし、初歩の回復魔法なので効果はかなり薄いと思います。大事をとって暫くの間、自力での歩行は控えて後でお医者様にちゃんと診てもらったほうがいいでしょう」

 

「なら、アタシの出番だな。よしっ、背中に乗るといい。おぶってやろう」

 

虎千代さんが自ら進んで薫子ちゃんを背負う役目を買って出るように、その場で腰を下ろす。しかし、薫子ちゃんは一向に虎千代さんのところに向かう気配はなく、僕のシャツの裾を掴んで離そうとせず、ただただ僕の顔をジッと見つめて訴えていた。もしかして、これは僕に責任を取れってことか…だったら。

 

「虎千代さん。その役、僕に務めさせてください」

 

気づけば自然とそう言葉にしていた。どういう形にしろ本当に悪いと思っていて更に原因に僕が絡んでるのなら、その責めはちゃんと負うべきだ。

 

「ほら…おいで?」

 

僕は薫子ちゃんに背中を向けて屈む。すると、少し遅れて背中に小さな重みを感じ、そのすぐ後に首に腕が回された。

 

「…遅れて申し訳ありません。さぁ、早く春乃さんたちと合流しましょう」

 

僕の合図を受けた一行は再び学園生との合流を目指して歩き出した。虎千代さんと転校生くんが先行して捜索を続けてくれていて、僕の背後には過去の自分を心配してなのか薫子さんがしんがりを務めてくれていた。すると、僕に背負われている薫子ちゃんが唐突に閉ざしていた口を開いた。

 

「…お兄ちゃん、ごめんなさい」

 

それは謝罪の言葉だった。きっと僕に背負わせていることに多少なりとも罪悪感を感じているのだろうか。もしそうならばそれは間違いなくお門違いだ。

 

「何言ってんの、謝らなきゃいけないのはこっちだよ。こんな怪我させちゃって…本当にごめん。だから薫子ちゃんが責任を感じる必要なんてないよ」

 

「お兄ちゃん…」

 

表情に陰りが見えていた薫子ちゃんだったけど、そんな顔はしてほしくない。“ニコニコ笑顔はいい子の証”って言うじゃないの。なら本心からこの子を笑顔にさせてあげないとな。

 

「薫子さん、笑って!」

 

「えっ?私、ですか…?」

 

「いいからっ!ほら、めっちゃ笑顔してみてください!」

 

「は、はぁ…えっと、じゃあ……にこっ」

 

僕に急かされて渋々はにかむ薫子さん。うん、元々美人さんだからものすごく可愛らしいけどそうじゃない。見たいのは微笑む程度じゃなくてがっつり笑顔なんだ。でも予想通りの反応をしてくれてありがとう!おかげで話が持っていきやすくなったよ。

 

「違〜う!!恥ずかしがっちゃ駄目ですっ!笑顔は素敵に麗しく!薫子ちゃん、お手本見せちゃれ!」

 

「にこにこーっ」

 

僕に促されて満面の笑みを見せる薫子ちゃん。それに対して気圧されるように顔を引攣らせる薫子さん。

 

「ほらっ、薫子さんも一緒に!にこにこーっ!」

 

「にこにこーっ!」

 

僕と薫子のWニコニコ攻撃にたじろぐ薫子さん。きっと心の中で素直にやるべきなのかプライドが許さないのか葛藤してるんだろうなぁ。でも絶対に逃がさん。

 

にこにこーっ!にこにこーっ!にこにこーっ!にこにこーっ!

暫く続けていると、漸く折れたのか深〜くため息を吐いて降参の意思表示をする薫子さん。僕たちの粘り勝ちじゃ。

 

「…はぁ〜、わかりました。やりますよ、やればいいんでしょう………に、にこにこ〜」

 

顔を真っ赤に染めて羞恥の限りを尽くし最高の笑顔を見せる薫子さん。それを見た僕と薫子ちゃんは一切の言葉を失った。創り上げられた完璧な笑顔、しかしそれはプライドの全てを投げ捨てた代償に完成した笑顔でもあった。それを笑おうものなら即座に殺すと念押しされているも同然だった。

…とりあえず写真に収めておこう。パシャパシャ。

 

「なっ!?なんで撮るんですか!すぐに消して下さいっ!!」

 

鬼神の如く迫ってくる薫子さんに生命の危機を感じた僕は、脱兎の如く逃げ出した。

 

「やばい!?薫子ちゃん、走るからしっかり掴まっててよ!」

 

「はーい!お兄ちゃん、がんばれ〜♪」

 

激走、開始ですわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…で、あんたいつから子持ちになったの?」

 

春乃さんとの合流後、開口一番のセリフがこれである。もっと他にも言うべきことはあると思うんですが…本当に秋穂ちゃん以外のことは眼中にないんだな、この人は。

 

「この道中に色々あって、僕が面倒みてるんですよ。ほら、右足を怪我してるでしょう?」

 

「はぁ…?どこよ、それ」

 

僕は背中に背負っている薫子ちゃんの右足部分が見えるように春乃さんの方に向ける。でもその痕跡は見当たらず、そういえば回復魔法を使って治したことを思い出す。いや、だってずっと肩口で痛くて歩けな〜い、おんぶして〜って囁かれ続けたから…。

 

「ふ〜ん、そうなの……えいっ」

 

「にゃーっ!?」

 

あっ、春乃さんが薫子ちゃんの右足を思いっきり握ってる……って!?ちょっと待ちんしゃいよ?!

 

「は、春乃さん?!そんなことしたら薫子ちゃんに激痛が………来てない。あれ?」

 

待てども待てども薫子ちゃんから悲鳴は聞こえてこなかった。代わりに小刻みに震えながら必死に笑うのを我慢していた……えっ、なんで?

と思ったら、春乃さんが薫子ちゃんの足を擽っていた。ま、まさか…!?

 

「そ、この子の仮病にあんたは騙されてたのよ」

 

か、薫子ちゃんめぇ〜…僕を騙したのかぁ!もう許さん!

 

「へぇ?うわぁ!?」

 

僕は薫子ちゃんを空中に投げ飛ばすとその場で後方宙返りをして、落ちてきた薫子ちゃんを体の前で抱きとめると、贖罪という名のお仕置きを開始した。

 

「なんで嘘をついた〜?このこのこの〜っ!!」

 

「きゃ〜っ!?耳は!?耳だけはぁ!?」

 

片方の腕で逃げられないようにガッチリとホールドし、もう片方の腕で弱点である薫子ちゃんの耳を撫でたり摘んだり擽ったりの地獄攻め。そして、今回はもひとつおまけじゃ。

 

「特別にさらなる地獄を味あわせてあげよう!喰らえ!裏世界で毎日恋に喰らわされ続けて会得した…“秘技・甘神(あまがみ)(噛み)”!!」

 

薫子ちゃんの耳にかかっていた髪の毛を退けて、その露わになった小さな耳にかぷっ…と噛みつく(はむはむする)。

 

「うぁ…お、お兄ちゃん……それ、だめぇ!?」

 

本当に耳弱いんだな、薫子ちゃん。だが、やめない!はむはむはむーっ!

 

「あぁ…い〜やーっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、そうでした。春乃さんに言っておかなきゃですね」

 

薫子ちゃんがぐったりするまで散々弄り倒して満足したので再び背負い直して、その一部始終を心底どうでもよさそうに見ていた春乃さんに次の裏世界探索に参加する際に実験施設へ向かうチームメイトとして同行してもらいたいと懇願したところ…。

 

「そう…まぁ、早い段階で話をまとめたのには礼を言うわ。その分だけ秋穂を霧の侵食から解放する準備が整えられる」

 

その言葉と同時にグッと拳を強く握り締める春乃さん。待ちに待った展望が漸く見えてきて、俄然気合いが入っているみたいだ。

 

「一応、僕の他に最低三人以上ってのが条件なんですけど…春乃さん以外の残りの人選はどうしましょう?誰か推薦する人は居ますか?」

 

「そんなの宍戸結希でいいじゃない…あぁ、すぐに名前が挙がらないのには理由があるのね」

 

うぅ…流石春乃さん。秋穂ちゃんが絡まなければこれほどまでに冷静に話し合いができるとは。

 

「そうね…ある程度秋穂の現状を把握していて、尚且つあんたに対して協力的な奴っていえば、やっぱり遊佐鳴子かしら?」

 

「えぇ、それは僕も最初から考えてました。裏に関しては遊佐さんの協力無しにはいきませんから。まだ直接頼んではいませんけど、絶対について来てもらうつもりです」

 

「となると他には…東雲アイラか」

 

その人物の名前を聞いた途端、脳裏に最後に会った時の記憶が蘇る。あの時僕はアイラさんが言葉巧みに騙して利用したことを一方的に責めてしまった。勿論それは変わることのない事実だし、故意にしろ偶然にしろ自分たちの言動がそういう結果を招いたことはさっき薫子さんから聞いて裏付けも取ってある。ただ、僕はあの時裏切られたショックからアイラさんの言い訳の一切を聞こうとしなかった。一言でも違う、そうじゃないと理由を僕にぶつけてくれてさえいたら、結果は違ったものになったかもしれない…その後悔だけがずっと心残りだったけど、今が取り戻すチャンスなのかもしれないという思いが沸々と湧き上がっていた。

 

「…そう、ですよね。わかりました、ならアイラさんには僕から伝えておきます。承諾を得たらまたその時に連絡しますので、これ僕の連絡先ですので登録しておいてください」

 

僕はデバイスに記録されている個人情報を提示して差し出す。が、春乃さんはそれを一瞥すると、すぐにデバイスを突き返した。

 

「あんたの連絡先はもう遊佐から貰ってるから大丈夫よ。それより、東雲アイラとの蟠りはこの際しっかりと解消しなさい。それだけじゃない…あんたが今関係を絶ってる人間全てに対してもね」

 

春乃さんの言及に思わず心臓が跳ね上がるような感覚を覚える。まさか、全部知られてるのか…?

 

「勘違いしないで。別にあんたの心配をしてるんじゃない。元々仲違いする必要のない奴らばかりなのに、それを見てただでさえ優しい秋穂が心配して胸を痛めるのが許せないだけだ」

 

それだけを言い放って、虎千代さんたちのところに合流する春乃さん。僕はその言葉の意味に改めて気づかされる。

 

「(そうか…僕一人の問題だとばかり考えていたけど、それは知らず識らず関係の無い誰かにまで及んでしまうのか。よし、大丈夫、きっと大丈夫。それが分かったんだから、今度はちゃんと分かり合えるはず…分かり合ってみせる!)」

 

そう決心したその時、突然後ろからシャツの裾をくいくいっと引っ張られた。薫子ちゃん…はまだ背中でのびてるから違うとして、それは誰?

 

「あなたは、神を信じますか?」

 

綺麗な金髪のちっちゃいシスターさんだ。薫子ちゃんと同じガールスカウトの服を着ているから参加者なのかな…って、それより質問に答えてあげないとな。

 

「あぁ…あんまり信じてないかも。ご利益ないし」

 

「むっ…それは“いたん”ですね。なぜ主の教えに従おうとしないのでしょう?」

 

むっす〜といった顔で眉をひそめる小さなシスターさん。えぇ〜、宗教のことなんか全然わかんないのに……ん?なんか前にも同じようなことが…。

 

「はぁ…はぁ……シ、シャルロットさ〜ん!お待ちください〜…はぁ…!」

 

すると、このシスターさんを追って来たのか、同じく金髪の大人のシスターさんが息を切らしながら走ってこちらに近づいてきた。けど……なんだろう、あのぶるんぶるんと縦横無尽に揺れる二つの球体は。“巨と言うより爆”って感じだと思うけど、言葉には形容しがたい迫力が確かにそこにはあって、自然と凝視してしまっていた。

 

「?…はっ!なにやら邪な思念を感じますっ。えっと、たしか…ぼんのうたいさんっ!」

 

「いや、それ仏教じゃん!?うおっ、危なっ!」

 

目の前の小さなシスターさんが、突然持っていた十字架を胸の前で握りしめて、何かの祈りのポーズをし出した。その際大げさに手とか振り回すもんだから、危うくぶつかりそうになったけど…とりあえず背中の薫子ちゃんに被害が及ばなくてよかった。というか、今更気づいたんだけど…後から来たシスターさん、知ってる人じゃん。

 

「あの、もしかしてだけど歓談部のシャルロットさん…ですよね?」

 

「はぁ、はぁ…やはり、JCさんでしたか。あの、すみません…息を整えますので、今しばらくお待ちください…はぁ、はぁ…」

 

膝に手をついて大きく肩で息をするシャルロットさん。その際にも前傾姿勢になったことで、シャルロットさんの大玉ビッグバンが強調されてとんでもないことに…うぅ、なんかクラクラしてきた。

 

「ふぅ…お待たせして申し訳ありません。まぁ、JCさん鼻血が…!」

 

「…へ?うわっ、本当だ!?」

 

突然の流血に慌てふためく僕はポケットの中に拭くものが無いか探そうとするも、薫子ちゃんを背負っているために両手が塞がっていて身動きがとれないことに気づく。かと言って、どこかに下ろせる椅子やベンチなども近くになく、当然地面に寝かせるわけにもいかないので完全に八方塞がり。どうしようかな困っていると…。

 

「JCさん、少し失礼致しますね」

 

シャルロットさんが自前のハンカチを手に取って血を拭ってくれた。あぅ…鼻がこそばゆいな…。

 

「シャルロットさん、わたくし達と同じ制服を着た大人の方が近くに居ると思います。その方々に“JCさんは暫く動けないと一緒にいるシスターが言っていた”とお伝えして下さい」

 

「な、何故わたくしがそのようなことを…その方は主に対する信仰心がまるでないのですよ?神を信じぬものに救いの手を差し伸べるべきとは思えませんっ」

 

これは…すごく排他的というか身内びいきというか、とにかく仲間以外は全部敵!みたいな強い考えを宗教に素人の僕でもかなりピーキーだと思った。それは宗教の専門家であるシャルロットさんの方が思うところがあったようで、小さなシスターさんに必死に諭していた。

 

「近視眼的な考えはいけません。神は信じぬものも助けてくださいます。我々の教えは人々が疲弊してしまった時の支えであり、救いでなければなりません。それにはまず対話が必要です。あなたもJCさんとしっかり対話をすれば、この方の考えや思想を誤解することなく理解できるはずですよ?」

 

「それは、そうかもしれませんですが…」

 

小さなシスターさんは僕の方をちらちら見て、何か言いたそうにしている。そうか…さっきのでは少し言葉が足りなかったのか。これは僕の反省点だな。

 

「あー、ごめんね。さっきは神様を信じてないって言ったんだけど、実は僕ってあんまり頭良くないから宗教のことってよくわからないんだ。だから、もし良ければ…君が僕に教えてくれないかな?」

 

相変わらず鼻から血を流しながら、なんとか笑顔で説得を試みる。暫く考え込むと、ゆっくりとその重い口を開いた。

 

「…わかりました。悩める人々を導くのも務めですから。戻ったらあなたにも主の教えを説いてあげましょう」

 

「ありがとう…あっ、薫子ちゃんも一緒に連れて行ってあげて。今起こすからちょっと待ってて」

 

シャルロットさんに手伝ってもらいながら地面に下ろすと、薫子ちゃんの耳にふ〜っと息を吹きかけてあげる。すると、身体をびくびくっ!と震わせて変な声を上げながら覚醒した。

 

「…ぴゃあぁっ!?あふぅ…あ、あれ?かおるこ、どうして…って、お兄ちゃん 血が!!」

 

「うん、だからこの小さなシスターさんをさっきのお姉ちゃんたちのところに案内してあげて。僕、そろそろ貧血で倒れそう…あぁ〜…」

 

額に手を当て、ふらふら〜とおぼつかない足取りで地面に倒れそうになったけど、間一髪のところをシャルロットさんに抱きとめられる。さっきまでの勢いがまるで無いことに驚いていたけど、薫子ちゃんはすぐにシスターさんの手を引っ張って走り去っていった。

 

「…行きましたね」

 

「流石に子どもの扱い方も手慣れていますね。それにしても、JCさんも中々お人が悪いです。あの年代の子どもなら出血だけでもかなりショッキングだったでしょう。それなのに倒れる演技まで…」

 

「……いや、血ィ止まんなくて倒れそうなのは本当…あぁ…」

 

なんとか子どもたちが視界から消えるまで頑張ってみたけど、遂に我慢の限界を迎えてしまった。全身に全く力が入らなくなり、抱きとめてくれていたシャルロットさんの腕からすり抜けるように地面に身体を打ちつけた。

 

「JCさん…!?J…さん……C…さ……」

 

シャルロットさんが必死に何か叫んでいるみたいだけど、意識がどんどん遠のいているのか全然聞こえない…そういえば、ここのところずっと精鋭部隊との訓練に入れ込み過ぎたのが効いてるのかな…あっ、もう駄目だこれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……う、うぅん………?あれ、僕は…冷たっ!」

 

目を覚ますと、目のところにひんやりとした感触があった。手に取って確認すると、シャルロットさんが血を拭う際に使っていたハンカチと柄違いのものだった。水で濡らしてあるのか、照りつける日差しによって火照った顔を拭うのにある種の爽快感を感じるほどだ。そういえば、倒れる直前までシャルロットさんが居たと思うんだけど、さっきから一向に見当たらない。先に合流してしまったんだろうか?

 

「血は、止まったみたいだな。僕も早く、合流しないと…うわっ!?」

 

僕は未だ自由の効かない身体を起こして立ち上がるが、もつれた足が引っかかって躓いてしまう。

 

「JCさん、いけませんっ…!」

 

突然、背後から聞こえた声とともに伸びた腕に身体を掴まれ、そのまま強引に引っ張られた勢いで倒れ込んだ。頭と顔にとても柔らかな質感を感じるのと同時に、視界はブラックアウトし窒息死しそうになる。

 

「ーーー!ーーー!?」

 

呼吸をするために慌てて顔面を覆っていた“巨大な何か”を手で掴んで視界を確保する。すると、視線の先にはあら不思議……どういうわけかシャルロットさんの綺麗な顔が……顔?なんで?そして、その顔はみるみるうちに赤くなっていき、表情も険しいものに変わっていった。

 

「…じ、JCさん。これはどういうことですか?」

 

シャルロットさんの言葉には明らかに怒気が込められていた。僕は恐る恐る両手で掴んでいるものが何であるかを視認する……うわぁ、やっちゃった。

 

「こ、これはその……すみませんっ!?でも、あの…できればシャルロットさんの方も…」

 

「…へ?何のことです…か……ーーー!?」

 

シャルロットさんが声にならない声を上げながら、自分が掴んでいる手の先にある“モノ”を確認してしまった。倒れた時に変な体勢になっちゃったのがマズかったんだな。端的に言えば、シャルロットさんの右手が僕の“モノ”をしっかりと掴んでいたのだ。男性の象徴たるアレを、ガッチリと。そして、もっと言うと僕はシャルロットさんの胸を掴んでしまっていて、更にはそれを自覚してしまったので、僕のモノは更なる生理現象を引き起こしていた。

その結果…。

 

「えっと、その……お元気になられて、なによりです…///」

 

「…えぇ、まぁおかげさまで…///」

 

お互いにすぐ手を放したもののめっちゃ気まずい雰囲気になってしまったので、このことは綺麗さっぱり忘れて今後一切口にしないことを誓い合って一応の決着をつけた。

いや、本当にもう忘れよう…うん…けどまぁ、ばいーんって感じだったなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ、もう帰るんですか?」

 

前回同様役立たずの僕がミニ学園生を巻き込んでミニシスターさんことシャルロットちゃんに神様の信仰について親切丁寧な講義(9割以上理解不能でもう眠くなってきた)を受けていると、虎千代さんたちしっかりした大人たちが対策を練ってたら、話がまとまったのか僕のところに虎千代さんが報告に来てくれてさっきの台詞に戻る。その途中、シャルロットさんと視線がガッチャンコしてしまうと、慌てた様子でバッと顔を逸らしていた。前に一度会った時は宗教の勧誘をされてちょっと怖い印象を受けたけど、ちゃんと話してみればとてもお淑やかな女性で可愛らしい人だって感じた。そして、それを横で見ていた薫子さんがどういうわけか不満気な視線を僕に向けてきてくるけど…えぇ、僕何もしてないじゃん?

そんなことを考えていると、近くで聞いていたミニ学園生たちが口々に僕に言葉を投げかけてきた。

 

「おいっ、虎千代から逃げるのか!まだ勝負はついてないぞ!」

 

「お兄ちゃん、帰っちゃうの…?やだやだっ!かおるこ、お兄ちゃんと一緒にいたいもん!」

 

「ふむ…まだ信仰の初歩的な部分しか話せていないのですが…」

 

「えっと、えっと…あたしもそう思うっ!」

 

「だぁああーっ!!うるせぇ!!一度に喋られても聞き取れんわぁ!」

 

僕の一喝によってミニ学園生たちは静まり返る。全く…主張を通すなら相手の立場を考えねばならんというのが分からんのか。あと、最後のミニ春乃さん。特に言うことないなら無理して合わせなくてもいいんだよ!春乃さんから接近禁止命令受けたからほとんど接点無いんだし。

とは言え、また一人一人に話しても時間かかるし言いたいことは同じだから一度に言ってしまおう。

 

「えー、じゃあ僕から君たちへ一言。次はいつ会えるかはわからないし、もしかしたらもう会えないかもしれない。そうなったら僕たちのことはキッパリ忘れて未来に進むんだ。でも、もしいつかまた会えたら……その時は目一杯喜ぼう。以上!」

 

悲しい別れの中に一つの希望。さよならだけどさよならじゃない。いつかまたどこかで…そう思えばほんの僅かな希望でも消えやしないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、無事に帰還したその翌日…学園では一波乱巻き起ころうとしていた。

それは早朝から全校生徒がグラウンドに呼び出され、目の前のお立ち台の上にあの子ども学園長が何か考えた様子で言い放ったことから始まった。

 

「えー、今日はみんなの魔法使いとしての絆を確かめるために…え〜っと何だっけ?て、てきせいけんさ?を行いま〜す!」

 

 

 




【ヴィアンネ教司会】
正式名称は「ジャン=マリー・ヴィアンネ教司会」である。
魔法という奇蹟は神から賜ったものであり、神の御業である。魔法が科学の一分野に指定された今、この考えは薄れてきている。
日本では存在があまり知られていないが、世界で最初の魔法使い育成機関であり、グリモアの親とも呼べる。
近年になって各学園に使徒を派遣している。(理由は謎)


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第参拾話 連携せよ!魔法使い

【連携・超連携】
連携とは2人の組み合わせによって発動スキル。
超連携とは班員3人+補佐2人の計5人の組み合わせによって発動するスキル。
大抵の場合は同じ部活に所属していたり、学年やクラスが一緒だったりする。稀にとんでもない効果を発揮するものもあり、生徒同士の関係性が親密になればなるほどより強力になるとされている。(転校生は魔力譲渡の体質からほぼ全ての魔法使いとの相性が抜群に良いとされているが、JCの魔法使いとしての素質は他の魔法使いと然程大差ないことが証明されている)


「適性検査、だって…?あの子ども学園長は、まぁた変なことを考えてるのか」

 

口ではそう言ったものの、実質的には今日一日の授業が全てパーになる訳で、残りの探索メンバーの説得に時間を費やせるのはかえって好都合だった。確か、遊佐さんとアイラさんだったよな…。

思い立った僕はすぐに二人を探すため動き出そうとするが、その瞬間に背後から声をかけられた。

 

「よっ、おまた」

 

「…いや、別に待ってないけど。いきなりどうしたの、夏海ちゃん?」

 

僕に声をかけてきた人物の正体は妙にツインテールをみょんみょん揺らしながら含みのある笑みを浮かべた夏海ちゃんだった。うわー、悪い顔してんなぁ…絶対何か企んでるでしょう、これ。

 

「んもー、ノリ悪いわねぇ。まぁいいわ…それより今回のこの企画は締め切り間近で超ピンチの私にとって、まさにうってつけだと思わない?」

 

「…?それどういうこと?」

 

僕が夏海ちゃんの言ってることが理解出来ずにいると、チッチッチーと指を振って小馬鹿にしてきた。

 

「分かってないわねぇ。今回の目玉は魔法使い同士の新しい連携について模索しようって名目で、誰とでも好きに組めるじゃない?そこでダントツ人気の転校生が誰と組むかで記事が爆発的にヒットすること間違いなしだわ!」

 

どうやら夏海ちゃんは転校生くんの人気におんぶに抱っこするつもりらしい。相変わらず努力の方向性が変わってるんだよなぁ。

 

「転校生くんの人気に完全にあやかろうって作戦なのね…後で怒られるかもよ〜?」

 

「大丈夫大丈夫。転校生には後でちゃんと報酬を…おっと、これは流石にトップシークレットだったわ」

 

危うく口を滑らすところだったけど、寸でのところで我慢する夏海ちゃん。し、心配すぎる…。

 

「そ、そうなんだ…まぁ、迷惑にならないように頑張ってね。それじゃ」

 

「…あっ、ちょっと待って!襟のところ、変なふうになってるじゃない。直したげるわ」

 

夏海ちゃんが指摘したところは確かに中途半端によれていて、それをすかさず正してくれる。夏海ちゃんって普段、こんなにきっちりした性格だったっけ?

 

「はい、これで大丈夫よ!あんたも男の子なんだからしゃんとしなきゃ、彼女の一人も出来ないわよ〜」

 

「はいはい、ごちゅーこくどうも。じゃあ、もう行くからね。転校生くんに迷惑かけちゃダメだよ?」

 

「へへっ、分かってるわよー」

 

ひらひらと手を振る夏海ちゃん。本当に大丈夫かなぁ?それにしても記事の題材になるくらい転校生くんの人気は高いらしい。すごいなぁ…僕なんか未だに怖がられて誰も近寄ってきてくれないし、なんかこのままじゃどんどん孤立してしまう気がしてきた。はぁ〜…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ふっふーん!JCのやつ、まんまと騙されてくれたわね」

 

「どうしたの、夏海ちゃん?そんなに嬉しそうな顔して」

 

込み上げてくる笑いを抑えきれなくなったあたしは、隣で不思議そうにしている智花につっこまれる。しかーし!そんなの気にならないほどあたしは舞い上がっていた。

 

「んふふっ、ちょっとね〜。このイヤホンをつけてと…はてさてJCはどう出るかなぁ」

 

「今度はJCさんに何かやったの?だ、駄目だよ〜!?」

 

智花は慌てた様子で咎めるけど、スクープのためなんだからしょーがないじゃない!それに今回に関しては部長の命令だしねぇ。

 

「智花はあんまり知らないかもしれないけど、あいつって学園の女子の水面下では人気あんのよ。まぁ、一時期不良疑惑とか学園のあらゆる危険人物と関わってるからって避けてた生徒も多かったけど、個人的に少しでも関わったことがある生徒からは何故か総じて好評価だし」

 

そう、これはまぎれもない事実なのよね。確かに女子受けしそうなイケメン顔ではあるけど、どういうわけかあまり積極的に人付き合いしてこなかったみたいだし。ある時期まで存在自体を隠されてたっていうのも変に期待度を上げた原因だと思うんだけど…謎めいた男ってぇのも女は好きだからねぇ。

 

「そ、そうなんだ…?でも、ちょっとわかる気がするかな。私も偶に相談に乗ってもらってるけど、結構しっかり聞いてくれて答えてくれるし」

 

「ほぉ〜?それは初耳ねぇ…その話、ぜひ詳しく聞かせてもらおうじゃないの智花さん?」

 

「えぇ!?そ、そんな〜!」

 

「夏海、そのくらいにしておけ。智花が困ってるじゃないか」

 

智花を弄っていると、後ろから諭すように怜が止めに入った。ちぇ〜、これからが良いところだったのにぃ。でも、なんだかんだでこの三人は集まっちゃうのよね〜。

 

「も〜、せっかく智花とJCの秘密の関係を暴いてやろうと思ったのに」

 

「ひ、“秘密の関係”だとっ!?智花、まさかJCと…」

 

「ち、違うよぉ!夏海ちゃんも怜ちゃんも誤解してるんだよぉ!」

 

あ〜らら、怜ってば顔真っ赤にしてな〜に想像してるんだか。堅物のふりして意外とムッツリよね、怜って。

さーて、智花と怜がいい具合に乱れてるところでJCの制服の裏に取り付けた盗聴器の感度でも確認しようかしら…え〜っと、何か面白いもの聞けるかしら?

 

《せ、先輩っ!》

 

うぉ!び、びっくりした…いきなり大きい声出すもんだからたまげちゃったわ。それにしてもこの声、どっかで聞いたことあるような…?

 

《も、ももちゃん…な、何かな?》

 

そうだ。購買部の桃世 もも、たしか今年から保健委員にもなったんだっけ。でも、JCとの関わりが今まであったっけ?

 

《あ、あのですね…えっと、その…もし良ければ、わ、私と一緒の班になりませんか!!》

 

…へ?えぇえええっ!?ち、ちょっとちょっと何よそれ!?あんた達いつからそんな仲になってたのよ!?は、早くも特ダネの予感…!

 

《ももちゃん…誘ってくれて、すごく嬉しいよ。正直、また誰も一緒に組んでくれないかと思ってたからさ》

 

《先輩…》

 

な、何なのかしらこの雰囲気…これはもう完全にエンドロールって感じじゃないの!これなら記事の内容はこの二人に決定し…

 

《馬鹿ヤロー!!》

 

《ひゃう!?な、何ですかいきなり…》

 

えっ、何でJCのやつ叫んでるの?今の完全にそういう流れだったじゃん。

 

《ももちゃんはすっごい優しい。きっと僕が独りでいるのを不憫に思って声をかけてくれたんだよね?でも、その優しさは僕じゃなく転校生くんに向けるべきだ》

 

《えっ?いや、そういうつもりじゃなくて、私は本当に…》

 

《大丈夫、ももちゃんの気持ちは分かってるから!つい昨日、転校生くんと僕は同じ痛みを乗り越えて絆が深まったんだ。同じ班になれるよう頼んであげるからさ。ほら、早く行こう!》

 

《へっ?うわわっ!?》

 

ちょちょちょ!?あいつ何やってんの?うわっ、ももの手引っ張って転校生のところでめっちゃ説得してる。身振り手振りで必死ね…後ろでももがすっごい複雑な顔してるけど。あっ、終わったみたいね。

 

《転校生くん、じゃあももちゃんをよろしくね!ももちゃんも転校生くんと一緒の班になれて良かったね!》

 

《…はい、そうですね》

 

うわぁ、ももめっちゃ沈んでるじゃん。JCってば、相変わらずデリカシーのかけらも無いんじゃん。あれじゃももが可哀想…あっ、まだなんか言ってる。

 

《…手、強く握って痛かったでしょ?ごめんね。痛みが長引くようだったらちゃんとゆかりさんに診てもらうんだよ?もし何か不自由感じるんなら、僕が責任とって生活の面倒みるから》

 

《…ず、ずるいです先輩。そんなこと言われたら…分かりました。今回は先輩のご厚意に甘えさせてもらいますっ!行きましょーっ、先輩!》

 

あ、あれ?なんかいつの間にか解決してる?JCって、もしかして…たらし?いやいや、まだ分からないわ。もっと徹底的に調査しないと!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うむむむ〜…」

 

あれからしばらく経つけど、JCのやつめぇ…一向に班を作る気配がない。まさかこのままやり過ごそうってんじゃないでしょーね!?冗談じゃないわよ、そんなことされたら部長に何言われるか分かんないんだから!

 

「あ、あの〜夏海ちゃん?私たちもそろそろ次の班決めに行かない?」

 

「うるさいな〜、今大事なところなんだから後にして……へ?次の班?」

 

「うん、色々な組み合わせを試すのが検査の目的なんだって。だから怜ちゃんも風紀委員の人たちに呼ばれて行っちゃったよ?」

 

なーるほど、そういうことだったのね。ってことは、JCのやつも…ちょっと内蔵してある小型カメラの映像に切り替えて…あっ、エレンに捕まってる。ってかめっちゃ変顔して誤魔化してる!何その顔!?ちょ、エレンめっちゃ笑うの堪えてるじゃん!?…結構レアだから写真撮っておこう。

 

《ブフッ…!?き、貴様…私をおちょくっているのか?》

 

《えへへっ…やっぱ駄目です?》

 

《…当たり前だ。罰として守谷たちと班を組め。私とメアリーを抜いた五人班だ》

 

《えっと…ツクちゃんと浅梨くん、来栖さんに円野さん…と僕ですか?》

 

《そうだ。お前が精鋭部隊の訓練に参加して既に三ヶ月、そろそろ連携を重視した動きにも対応してもらう。これはそのための予行演習だと思えばいいさ》

 

《うぇ〜、やっとサンドバッグから解放される〜っ!》

 

《ふふっ…大げさな奴だな》

 

おっ、精鋭部隊とJCのコラボ…これはちょっと意外かも。ってか、エレンの奴…心なしか声が弾んでる気がするんだけど気のせいかしら?

おっ、まだ続きがあるみたいね。

 

《…おっ、よぉ〜クレイジーマン!なぁに朝からチュッチュイチャラブしてやがんだよ〜?この色ボケ男〜!》

 

《うわっ!?メ、メアリーさん苦しい…!!》

 

《おい、離してやれ、意識が飛びかけてるぞ。それにしても遅かったな、メアリー。来栖は見つかったか?》

 

《あぁ、そうだったっけな。案の定、屋上でサボってやがったからふん捕まえてきてやったぜ。ほらよ》

 

メアリーの後ろから焔が不貞腐れた様子で出てきた。あの子、傷の魔物を討伐して以来独りでいることが少なくなったと思うんだけど、その分だけすっかり元気が無くなっちゃった風に感じるのよねぇ…。

 

《ちっ…何でアタシがこんなこと》

 

《やぁ、来栖さんこんにちは!》

 

《…んぁ?何だよアンタ、ヘラヘラ気色悪ぃ顔しやがって…燃やすぞ》

 

あっ、JC膝抱えて泣き始めた。うん、まぁ今のは確かにショックよね。挨拶しただけなのに燃やすぞって…本当に態度柔らかくなったのよね?

 

《あー!またJCのこと泣かしてる!どうせ焔でしょ!》

 

《知らねぇよ!コイツが勝手に泣き始めたんだろうが!》

 

《大丈夫ですかJCさん?私たちが来たからもう怖くないですよ〜》

 

《あ、あはは…JCさん、ファイトですっ!ヒーローはいつ如何なる時も涙を見せてはいけませんよ!》

 

おっ、残りの精鋭部隊も集結したわね。となると、月詠・浅梨・焔・真理佳・JCの五人連携ってわけね。これは新しいかもしれない、名付けるならば…

 

『超連携・小さな精鋭たち』

自パーティ4班 防御力アップ

対象生徒…守谷月詠、我妻浅梨、来栖焔、円野真理佳、JC

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「成る程ね、JCが精鋭部隊とも仲良かったのは意外だったわ。でもこれだけじゃまだパンチが弱いのよね〜」

 

「夏海ちゃん…私、ちょっと呼ばれちゃったから行くけど、あまり熱中し過ぎちゃ駄目だよ?」

 

「ん?あぁ大丈夫大丈夫。行ってらっしゃ〜い」

 

智花に釘刺されたけど、ジャーナリストとしては謎多きJCの実態を明らかにするまでは引き下がれないわ!もっと話題性のある人物はいないかしら?

あら、また誰か話しかけてるわね…おぉ!

 

《おぉーっ、JC〜!何だよ今誰とも班組んでないのか?ならあたしたちと組もうぜ〜?》

 

《あっ、こら律ってば!何勝手に決めてんのよ!》

 

《何だよ千佳、さっきJC見かけたら一緒の班組もっかな〜って話してた《わぁーっ!!わーっ!?うちそんなこと言ってないし!!律の聞き違いに決まってんじゃん!》うわっ、千佳声デケェよ!》

 

《ふむふむ…間宮さんのドン底だった恋愛運がぐんぐん上がっていったのには、もしかしたらJCさんのおかげかもしれませんねぇ》

 

《ちょ、先生までやめてよ…!あー、もう!JCもその田舎のおじいちゃんみたいな笑顔やめろ〜っ!!》

 

これは…千佳と律、それとゆえ子ね。このメンツは学園の中でもよく見るけど、それよりももっと面白そうじゃないの!

 

《あっ、そうでした。間宮さん、この間は遊びに連れてってくれてどうもありがとうございました!おかげで色々見れて良かったですよっ》

 

《えぇ!?あ、あー…それはまぁ、別にいいよ》

 

《あれ?千佳、この前“そんなの行ってないに決まってんじゃん!”って言ってなかったか?なぁ、西原?》

 

《はい、ゆえもそう聞いてますけど。これは詳しくお聞きする必要がありそうですねぇ…きゅぴーん》

 

《えっ、間宮さんまだ話してなかったんですか?帰ったら自慢しよっかな〜って言ってたのに…》

 

《JC!?あんた、それどこで聞いたの!?》

 

《いや〜、最近なんだか急に目とか耳が良くなっちゃって。大抵の独り言なら聞き漏らさずに聞こえてますよ》

 

《いや、それもう独り言じゃないから》

 

あははは…なんて楽しそうな笑い声が聞こえてくる。な、なんて微笑ましい光景なのかしら。何というか…すごく普通?そう、普通の学生って感じよね。

 

《でもさ、あたしもそれ分かる気がするなぁ》

 

《はぁ?何がよ律》

 

《いや、だから…JCが感覚冴えてきたって話だよ。あたしさ、JCにギターの弾き方教えてたんだけど、最初は全然出来てなかったんだけど暇つぶしに上手いやつの動画見せたら、普通に同じように弾き始めたんだぜ?絶対才能あるって!》

 

《…それって、あんたの教え方が悪かっただけじゃないの?あんた下手っぴじゃん》

 

《そんなことねーって!大体な、ギターは魂で弾くもんなんだよ!そこには上手いも下手もねーっての!》

 

千佳と律がまた言い合ってる…この二人ってこんなに性格違うのによく親友やってるのよねー。

 

《JCさんJCさん。以前あなたに現れていた死相なのですが、久々に占ったところ…どうやら大きく変化しているようなのですよ》

 

《えっ、そうなんですかゆえ子さん?その変化っていうのはどういう…?》

 

《はい、どうやらJCさんの周辺の方々に向けられていたものが、一気にJCさんに集まっているようなのです。これはひじょーに危険です、近い将来…もしかしたら今度こそ命に関わることになるかもしれません》

 

《…そうですか。まぁなんとなくそんな気はしてましたけどね。思い当たる節はありましたので…詳しいことは話せませんけど》

 

は?えっ、ちょっと待ちなさいよ!?死相?命の危機?そんなの初耳なんだけど!確かに裏世界とか行って何ヶ月も行方不明になってたけど、それでも無事だったじゃない!なのにもっと危険な目に、それも近い内にですって!?JCって何で一人だけそんな過酷な目に遭ってんのよ……まさか、部長はそれを調べるためにわざわざあたしに調査を?

 

『連携・放課後フレンズ(Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ)』

連携スキル対象生徒の攻/防50〜120%アップ

対象生徒…間宮千佳、音無 律、西原ゆえ子、JC(JCを含む任意の二人)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「JCの奴…あたし達の知らないところで何を抱えてるのよ?部長がこんなものまで寄越してくるなんて、はっきり言って異常よね…ん?」

 

すっかり気落ちしてるところで、イヤホンからまた新しい声が聞こえてきた。これは…怜?

 

《ん?JCじゃないか。どうしたんだ?一人なのか?》

 

《あっ、怜ちゃん。うん、さっきまで間宮さんたちと一緒だったけど、とりあえず課題的にはオッケーらしいって別の人のところに行っちゃったから、今は一人だよ。怜ちゃんは?》

 

《あぁ、実はJCを探していたんだ。良ければ少し付き合ってくれないか?》

 

へぇ…怜ってJCと面識あったんだ。今日は色々な新発見の連続ね。

 

《JCを見かけたら呼んでくるように委員長に言われてな。それより順調に班は組めているか?何か困ってることがあればいつでも言ってくれ、手助けするよう委員長に言われてるからな》

 

《心配し過ぎだよ〜。でも気にしてくれてありがとね。怜ちゃんみたいな美人さんに心配してもらえるなんて、世の男の人から刺されそうだな、アッハッハ〜!》

 

《なっ!?あ、あまり私を揶揄うな…!そういう冗談は、好きじゃない…》

 

《冗談なんかじゃないよ。世の中のことはまだあまりわからないけど、怜ちゃんのことは多分…すごく真っ直ぐで優しくて綺麗な女の人だと思うんだけどなぁ…って、どうしたの怜ちゃん?なんでそっち向いてるの?》

 

《た、頼むからもうそれ以上は止めてくれ…!恥ずかし過ぎて死にそうだ…あぅ》

 

あっ!JCが怜のこと口説いてる!怜もまんざらでもない感じだし…ってか、JCってこんな優男みたいな性格だったっけ?もしかして、わざと話を逸らしてる?

 

《あーっ!神凪先輩!JCさ〜ん!二人でな〜にしてるんスか?ぎゅー!》

 

《うわっ!?に、忍者さん…いきなりどうしたんですか?》

 

忍者?ってことは梓かな。

 

《服部!?な、何故JCに抱きつく!?破廉恥だぞ!?》

 

《ん〜、だって自分とJCさんの仲ですし〜。これくらい普通ッスよぉ。ねー、JCさん?》

 

《えぇ…そうなのかなぁ?まぁ、好きは好きですけど》

 

《んなっ!?JC、貴様…》

 

《お、おほぉ〜…まさかの展開ッスねぇ。こりゃあ里に招待する日も近いッスね!大丈夫ッス!里のみんなはJCさんのこと、きっと歓迎してくれるッスよ!》

 

《えっ、招待?僕を?何で?》

 

《…あー、そう言えばJCさんはこの手の冗談は通じないんでしたっけ。今のはニンニンジョークなので安心して下さいッス、神凪先輩》

 

《な、何故そこで私に振る…?それより、服部が直接来たということは…?》

 

《えぇ、いいんちょのご命令でJCさんをお迎えに参上した次第です。神凪先輩だけじゃ男の人と話すの苦手だから苦戦してるだろうって…でも、そんな心配は余計だったみたいッスね〜》

 

《…何を勘繰っているのかは知らないが、私とJCはそういう関係じゃない。あくまで仕事としてだな…》

 

《はいはい、それはもう十分に理解してますから〜。ほら、急ぎましょー》

 

《くっ…本当にわかっているんだろうな…?》

 

怜も梓もJCのこと嫌ってる訳じゃなさそうだけど、なぁんかどこか他人行儀なのよねぇ。声だけしか聞こえないから本当のところはよくわからないけど。

 

《…おや、待ってましたよJCさん。どうです、ウチのおかげで両手に花状態だったでしょ?》

 

《なっ!?い、委員長…まさか最初からそのつもりで私を!?》

 

《本当は氷川か冬樹のどっちかについてもらおーかと思ってたんですが、どっちも拒否しちまいまして。仕方な〜く服部に走ってもらいました》

 

《沙妃ちゃん…イヴちゃん…》

 

《そ、そんな捨てられた仔犬のような目で見ないで下さいっ!私たちは何も悪くないはずなのに、何故かこっちが罪悪感を覚えてしまいそうになります…》

 

《同感ですね。しかし私とJCさんはそこまでの仲ではありませんし、拒否したとしても何も問題ないかと》

 

《あーあ…そんな冷たいこと言うから、JCさんがダークサイドに堕ちかけてるじゃねーですか。おー、よしよし。この堅物風紀委員二人にはJCさんの色気はまだまだ理解できねーんですよ。ウチは味方ですからねー》

 

《あぁ〜!いいんちょ、ズルいッスよ〜!自分も混ぜて下さいッスー!なでなで〜》

 

《うはっ…ふ、風子さん、それに忍者さんも!?》

 

《…あっ。むぅ…》

 

《冬樹さん?どうかしましたか?心なしかいつもより機嫌が悪いように見えますが…》

 

《別に、何も問題ありません。ですので、早くJCさんとの適性検査を実施して下さい。私がメンバーから外れますので》

 

《えっ?は、はぁ…》

 

うーん?イヴの奴…本当に何とも思ってないのね!ちぇ〜、面白くないの。

 

『連携・取り締まり強化期間(Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ)』

連携スキル対象生徒の防50〜120%アップ

対象生徒…水無月 風子、神凪 怜、氷川 沙妃、服部 梓、冬樹イヴ、JC(JCを含む任意の二人)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん、イマイチ見出しにパンチが無いわねぇ。もっとこう、意外な組み合わせじゃないと……んなっ!?こ、この声は!」

 

《やぁ、JCくん。どうだい?メンバー集めは捗っているかな?》

 

《遊佐さん!それに…智花ちゃんも》

 

《えへへ、こんにちは!》

 

な、何で部長自らJCに接触してるの!?それに智花も!もう何が何だかわからないわよーっ!

 

《南くんとはついさっきそこで合流したんだ。あれから何か進捗があったかどうかも確認しておきたかったしね…ついでというわけじゃないけど、僕たちの相性も確かめておこうか》

 

《このメンバーってことは第8次侵攻の関係者って感じですかね…でも、たまに智花ちゃんから電話っていうかMore@で話してましたけど、あれから特に新しいことってありませんでしたよ。そうだよね智花ちゃん?》

 

《はい…相変わらずというか、転校生さんとJCさんは出てきませんでした。ただ最近変な感じなんですよね…》

 

《ほぅ…と言うと?》

 

《顔はよく見えないんですけど、全身を黒いローブみたいなもので包んだ魔法使い…なのかな?そんな感じの人たちが映るんですよね…勿論、私の勘違いかもしれないですけど!》

 

《JCくん、君はこれをどう見る?》

 

《パルチザンのみんなが特に何も言ってなかったのを考えると、それが“スレイヤー”ってことになるんでしょうか…。初めて会った時も僕がパルチザンの仇という存在と同じようなものって思われてましたし》

 

《パンドラにもまだ解明できていない謎が多く残っている。もしかしたらその中に手がかりがあるかもしれないが、こればかりは宍戸くんと双美くんに期待する他ないからねぇ》

 

《うぅ…ごめんなさい。私がもっとハッキリこうだったって断言できれば》

 

《…そうだ、今の話とはちょっと変わるんですけど…遊佐さんに来てもらいたい場所があるんですけど》

 

《あぁ、それなら春乃くんから聞いてるよ。君のルーツを探る旅に招待してくれるんだろう?ぜひ同行させてほしいな》

 

《わ、私は一緒に行かなくても大丈夫なんでしょうか?》

 

《今回は裏世界の環境に慣れている僕たちが行こう。南くんは転校生くんに付いててあげるといい》

 

《ふぇ!?な、なんで転校生さんです!?》

 

《おやぁ?僕は単純に彼の身の安全を任せたつもりなんだが…南くんには別の思惑が浮かんだみたいだねぇ》

 

《そ、そんなことありません!!》

 

《えっ、智花ちゃんも転校生くんを?うぅー…それは困ったなぁ。諸事情あって素直に応援できないけど…頑張ってね!》

 

《ふ、二人とも〜っ!?》

 

むむむ〜…また裏世界のこと?あたしはまだあんまりよくわからないのよねぇ。部長にも知らないほうがいいって釘刺されてるし…自分で調べるっきゃないわね!

 

『連携・8度目の惨劇を知る者(Ⅰ・Ⅱ)』

相手パーティ計1班 攻/防ベース値30〜45%ダウン

対象生徒…遊佐 鳴子、南 智花、JC(JCを含む任意の二人)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「部長からJCに近づくなんて、よっぽど切羽詰まってるのね。話だけ聞いてるとかなり過酷な環境で頑張ってるみたいだもんね…よしっ、やっぱりJCの悪い噂はちゃんと払拭してあげなきゃ!」

 

詳しいことはわからないけど、JCは知らないところで戦ってるのね。もしかしたら他のみんなもそうなのかもしれないけど、まずはJCからよ!

 

《…やっぱりここにいた。サボりですか?》

 

誰かに話しかけたみたいね。敬語ってことは知り合って歴が長い人物ってことよね。生徒会の誰か?生天目つかさ?それとも結希かしら?

 

《んぁーっ?誰じゃ誰じゃ、妾の至福のひと時を邪魔する愚か者は…って、フォオオッ!?な、な、何故お主がここにおる!?》

 

《いや、緑の力で聞いてたら屋上で気持ち良〜く寝息を立ててるアイラさんがいるの分かったから。それに話しいこともあったし》

 

《お、おぉ…そうかそうか。まぁ、その…あれだ。本音を言えばお主の話なんぞ聞きたくはない。聞きたくはないが妾も大人じゃ、あの時こっぴど〜く妾を振りおったことは今は忘れようぞ。それで、妾に何の用じゃ?ほれ、話してみぃ》

 

アイラ…あんた口ではそんなこと言ってるけど、心の中ではものっそいテンションうきうきよね?メッチャ嬉々として話してるわよね!?

 

《…あの時は一方的に攻めてしまってごめんなさい。正直、怒るって感情がよくわからないまま喋ったところもあって、その後の会えない時間のほうがずっと辛かったです。それに本当は“利用された”って思ったことなんか一度もなかったですし、寧ろその誰かに使役されている感覚に何故か懐かしさすら感じてましたし》

 

《JC…お主は…》

 

《でも、もうその苦しみから解放されたいんです。この“JC”という仮の自分から抜け出したいんですよ。本当の僕は誰で、どこにいるのか…それを裏世界で探すのをアイラさんにも手伝ってほしいんです》

 

えっ、JCが仮の名前?いや、確かに本名だとは思ってなかったけど…それに今のJCの言葉、まるで自分の存在そのものが誰かに与えられた造りものみたいじゃない…。

 

《…それが裏世界にあるというのか。して、その確証は?》

 

《ありません!》

 

《…はぁ!?》

 

いや、こっちもはぁ!?だよ!なんで?なんでそんなに自信満々に言えるのよ!

 

《今は思いつきませんが、必ず見つけてみせます!諦めたらダメであります!》

 

《勇敢というか無謀というか…全く、お主という奴はほとほと手を焼かせる……ぷっ、くくっ…!あはははっ!!》

 

アイラの奴…笑ってる。

 

《いや、すまなんだ。暫く会っとらん所為で忘れておったが、お主はそういう奴じゃったな……しゃーないのぉ!妾にも当然落ち度はある、吸血鬼とて良心が痛まないわけではないしの。詫びも兼ねて協力しちゃるわい》

 

《アイラさん…ありがとうっ!》

 

んっ?布が擦れるような音が聞こえてきた。一体何してるのかしら?

 

《ぬぉ!?き、急に何をする!?こら!抱くなっ!頭を撫でるなぁ!匂いを嗅ぐなぁ!?》

 

《…あの時はあまりよくわからなかったけど、アイラさんって…すごく綺麗だ》

 

はわ、はわわわっ!?こ、こここれは…間違いなくスクープの予感!!復縁の瞬間に立ち会えるなんて、あたしってラッキー?さぁ、その先までしっかりと聞かせて頂戴!

 

《やめれーって言っておろうが!んぬっ?おい、JCよ。襟の裏に何かくっついておるぞ…ほいっ》ブチッ。

 

ブチッ?あ、あー!!アイラの奴、盗聴器壊したぁ!?もぉ〜!これからが大事なところなのにぃ!あんの機械音痴がぁ!!でも、これで次の見出しは決まったわ。待ってなさいよJC、あんたの信頼取り戻してあげるわ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、レジスタンス接触日の前日。僕・遊佐さん・春乃さん・アイラさんの四人は学園の探索チームとは別に先行して裏世界にやって来ていた。

 

「小鯛山と学園の丁度真ん中の地点の地下施設…って言ってましたっけ。でも遊佐さん、良かったんですか?僕たちだけ先にこっちに来ても」

 

僕は内心不安でいっぱいの今回の件について、隣でデバイスを操作しながら最短ルートの計算をしている遊佐さんに問いかけるも、返ってきたのはえらく余裕のある答えだった。

 

「な〜に、問題はないさ。パルチザンの説得は朱鷺坂くんと本人たちに任せてあるし、最悪間に合わなくても機会はまだある。それに今優先すべきは君のほうだ」

 

「はぁ…そうですか。でも…」

 

その答えを聞いても尚踏ん切りがつかないでいると、僕の後ろで聞いていたであろう春乃さんが僕に発破をかけた。

 

「何よ、歯切れ悪いわね…秋穂の命が懸かってるのよ。もっとしゃんとしなさい」

 

「春乃さん…ですよね。これはもう僕だけの問題じゃなくなりました、他の誰かの為に活かせる力なのかもしれない。それを確かめに行くんですもんね」

 

そうだ、これは自分で行かなきゃダメなんだ。僕が誰で、何の為に生まれたのか、そしてその力で何が出来るのか。それを知らなきゃいけないのに、また忘れるところだった。ダメだダメだ!春乃さんに気づかせてもらうんじゃなく、自分が気づかなければ!

 

「…お〜い、あんまり虐めないでやってくれ。其奴とて今回の調査は特に気合いが入っておるのじゃ。昨日も荒ぶる此奴を必死で妾の身をもって漸く宥めたというのに」

 

「ア、アイラさん!?そういう言い方って…!」

 

アイラさんが変な言葉遣いするもんだから、誤解を招くような発言を!?全くもって油断ならないよ…変な汗かいてきた。

 

「それは本当かい?だとしたらかなり妬いてしまうなぁ…JCくんのことは全て知っておかなきゃならないと思っているからねぇ。ぜひ道中で詳しく聞かせてほしいかな、JCくん?」

 

「…どうでもいいけど、先を急ぐわよ。くだらない話なんかで秋穂を解放するのが遅れるなんて許せないから」

 

僕を逃がさない為か腕をがっちりとホールドして顔を近づけてくる遊佐さんと、対照的に徹底してクールに受け流す春乃さん。そして、ただただ焦る僕を心底楽しそうに揶揄っているアイラさん。

そんな顔されたら、怒る気なんてなくなってしまうよ。だってそれは、僕がもう一度見たいと願ったものなんだから。

 

 




【語られなかった連携・超連携】
【連携・世間知らず(Ⅰ・Ⅱ)】
連携スキル対象生徒の功50〜90%アップ
対象生徒…冷泉 葵、ヤヨイ・ロカ、JC(JCを含む任意の二人)

【連携・筋肉狩人と獲物(Ⅰ・Ⅱ)】
連携スキル対象生徒の功50〜90%アップ
対象生徒…仲月 さら、朝比奈 龍季、JC(JCを含む任意の二人)

【連携・姉と妹と…友達?(Ⅰ・Ⅱ)】
連携スキル対象生徒の防50〜90%アップ
対象生徒…冬樹イヴ、冬樹ノエル、JC(JCを含む任意の二人)

【連携・研究者と成果(Ⅱ・Ⅲ)】
連携スキル対象生徒の功/防90〜120%アップ
対象生徒…宍戸 結希、立華 卯衣、JC(JCを含む任意の二人)

【超連携・生徒会のススメ】
自パーティ全班 3ターン リジェネ
対象生徒…武田 虎千代、水瀬 薫子、結城 聖奈、朱鷺坂 チトセ、JC

【超連携・ぎこちないおしゃべり】
相手パーティ計4班 攻撃力ダウン
対象生徒…海老名 あやせ、エミリア・ブルームフィールド、シャルロット・ディオール、東雲アイラ、JC



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第参拾壱話 巡る 魔法使い

【ヤヨイ・ロカ】
世界を股にかける冒険者アンドリュー・ロカの一人娘。南半球で生まれ、魔物の脅威に囲まれて育ったため、危機回避と度胸は人一倍。父親仕込みのサバイバル能力で他の生徒をサポートする。ビックリするほどの楽観主義で、慣れない人は不安に思うことも。JC・冷泉 葵とは学園三大世間知らず仲間として妙な親近感を感じている。


「…J〜C〜、妾は疲れたーもう歩けんー!おんぶじゃおんぶ〜!」

 

「………はぁ、ちょっとだけですよ?」

 

「あんた、今すっごく面倒くさそうに折れたでしょ。そういうの、他の子には絶対するんじゃないわよ」

 

僕の服を掴んで離そうとしないアイラさんを引きづりながらも、結局は根負けして背負ってしまう。そんな光景を横目で見ていたであろう春乃さんに変な忠告をされてしまったけど、こんな不躾なお願いしてくるのはアイラさんと恋くらいなものだと思うけど…。

 

「んしょ…っと、くは〜っ!これは極楽じゃあ!」

 

背中越しにアイラさんの柔らかい感触や時折香る甘い匂いを確かめると、どういうわけかむず痒いような気持ちに支配されそうになる。こんなにすぐ懐柔されてちゃダメダメだ、僕!

 

「あははっ、JCくんも大変だねぇ…おっと、目的地が見えてきたようだ、ここからは慎重に行こうか」

 

先頭を歩いていた遊佐さんがいち早く視認し、その言葉を受けた僕は気持ちを引き締める…背負ってるアイラさんに両頰を引っ張られながら。本当遠慮なくなったよね、アイラさん…むぅ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ…あの子、迷惑かけてないかしら…」

 

「…どうかしたッスか?もしかして別班のJCさん達の方が気になってます?」

 

この子…相変わらず情報が早いというか地獄耳というか。忍者の服部さん、だったかしら?

 

「それ、一応極秘情報のはずなんだけど。一体どこで聞いてくるんだか」

 

「なはは…そこは企業秘密ッス。まぁ自分としてはJCさんのことは先輩に並ぶくらいの超重要案件と捉えてるので」

 

「…分かってると思うけど、他の子達には言っちゃダメよ?」

 

私が釘を打つと“了解ッス〜!”って言いながら、ゲネシスタワー内部を先行して行った生天目さんのお目付け役に徹するように施設の内部を進んで行った。前回の裏世界探索で遭遇した大きさ不明の超大型の魔物を追って行った生天目さん。始祖十家の我妻 梅と戦闘…というか稽古っていうかをして怪我したって言うのに、そんなの御構いなしに派手に動き回るもんだから見てるこっちがハラハラするわよ、まったく。

 

「でも、彼女がそこまでして強くなろうとしたのには理由があるはず。考えられるのは武田 虎千代、水無月 風子…まさか、JCくん?」

 

「…大丈夫?生天目さん、本当にしんどそうだったけど」

 

私が考え込んでいると、施設内の偵察を終えて帰ってきたヤヨイ・ロカさんが問いかけてきた。

 

「…まぁ、あそこまで動けるなら彼女的には問題ないんでしょう。一応何かあった時のために服部さんに付いてもらってるし…それより、偵察の結果は?」

 

「うん、一応地上に出るルートは安全みたいだよ。多分、こっちの宍戸さんが何か仕掛けをしておいてくれたんだと思うけど…またこの前の奴が現れない内に早く移動した方が良いかな」

 

転入してくるまで魔物で埋め尽くされた南半球をずっと生き抜いてきた彼女の言葉は、学園生の中でも特に真実味がある。その彼女が逃げた方が良いと警鐘を鳴らしている、それほどまでに読めない相手なのね。

 

「そう…なら、急いでここを出ましょう。ロカさんは精鋭部隊と風槍さんたちと一緒に先に地上に出て頂戴、私は生天目さん達に連絡してから合流するわ」

 

「オッケー!任せてよっ」

 

ぱたぱたと走っていくロカさんの姿を確認して、生天目さんに同行しているであろう服部さんのデバイスに地上での合流ポイントの座標を送る。きっと彼女なら上手く生天目さんを誘導してくれるでしょうね。それよりも気がかりなのはJCくん達について行ったあの子だ。いきなり連絡寄越してきたと思ったら、やれJCくんが話しかけてくれただのやれJCくんに授業サボってもらって一緒にお昼寝してただのやれJCくんと歓談部の部室で駄弁って楽しかっただの、口を開けば惚気惚気惚気の連続!ちょっと10ヶ月の間、絶縁状態だったからって急に態度変わり過ぎじゃないかしら。でも、“こっちの私”がそんなに夢中になれる男の子なら、もしかしたら私も…好きになっちゃうのかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「簡易的な熱センサーで調べてみたけど、人の気配はなさそうだね。武装勢力が立てこもっていたらと警戒していたけど、一応大丈夫そうだ」

 

「…それでも霧の魔物は居るかもしれないでしょ?魔物は熱源として感知できないじゃない」

 

「ははは…春乃くんは手厳しいなぁ。勿論、そっちの警戒も怠らないよ。さぁ、行こうか」

 

遊佐さんを先頭に僕&アイラさん、春乃さんの順番で古びた建設物の中に足を踏み入れる。アスファルトで整備された地面も随分と痛みが目立つ。ここで何が行われていたのかはわからないけど、多分かなり昔に廃棄された研究施設だろうか…?

 

「…のぉ、JC。何か見覚えのあるものはあるか?」

 

僕の肩にちょこんと顔を乗せたアイラさんが、小さく問いかけてくる。まだ入ったばかりだから大したことはわからないけど、とにかく空気はひんやりと重い。施設内の至る所で剥がれかけた外壁が時折入り込んでくる風に揺らされてどこか物悲しく、そして恐ろしい雰囲気を醸し出していた。

 

「どうなんでしょう…初めてのはずなのにどこか懐かしさも感じると言いますか、身体が覚えてるというか…そんな感じですかね?」

 

僕の答えを聞いたアイラさんは、ふと何かを考え込んだように黙り込んでしまった。今の質問にはどういう意味があったんだろう?

僕達は周囲を確認しながら恐らく地下へと続いているであろう階段を降りる。すると、先程とは打って変わってこもった空気が流れ込んできた。そこには微かなカビ臭さに混じって妙に無機質な臭いが鼻につく。多分、何かの薬品かな?

暫く通路を進むと、うっすらドアの隙間から光が漏れている部屋を発見した。遊佐さんが視線で待機するように合図を送って、一人でその部屋のドアに手をかけた。軋みながらスライドしたドア、同時に部屋に入った遊佐さんだったけど内部に誰かが潜んでいる様子がないことを確認したのか、程なくして僕たちを呼び込んだ。

 

「…大丈夫、室内は無人だよ。それより、みんな来てくれないか…どうやら面白いものを見つけたようだ」

 

遊佐さんに促されて部屋の中に入ると、そこには地上の施設の雰囲気とは似ても似つかないほど大型のコンピュータや計測機器らしきもの、無影灯を備えた手術台や奥に並ぶ床から天井近くまで延びる円柱のよう形状の細長いガラスケースが目に飛び込んできた。

 

「な、何なのよ…これ?」

 

春乃さんが普段の落ち着いた様子とは変わって愕然とした表情を見せる。遊佐さんやアイラさんも顔にこそ出てないけど、その胸中はきっと同じだろう……ただ一人、僕を除いては。

 

(ーーー冷たい…おぞましく暗い場所…僕は、ここを知っている?どうして?いつ?わからない。何もかもがわからない…そのはずなのに、どうしてこうも頭から離れない!?)

 

理由のない感情が頭をもたげ、一気に僕を喰らい尽くそうとする。しかし、それは遊佐さんが室内のドア脇に備え付けられていた明かりのスイッチを入れたことによって、意識を引き戻された。

 

「さて、と…これからどうしようか。僕はこのままデータのバックアップを取ろうと思うけど…特にJCくんは?」

 

「…もう少しこの辺りを探ってみてもいいですか?出来れば、一人で」

 

僕にしては珍しく鋭い視線を向けると、その意思を汲み取ってくれたのか遊佐さんは少し力が抜けたように頷いてくれた。

 

「…わかった。でも、あまり遠くには行かないでくれよ?反応がないとはいえ、危険がないとは限らないからね。春乃くん、少し手伝ってもらえるかな?」

 

「私に手伝えることはほとんどないと思うけど…まぁ、いいわ」

 

二人がモニターに向き直したのを確認すると、僕は未だに背中から降りようとしないアイラさんにもなんとかお願いしてみる。

 

「あの、アイラさんも…「イヤじゃ!」えぇ…」

 

速攻で断られた。も少し粘ってみようかな。

 

「いやいや、流石におぶったままじゃ動きにくいですし。それに…」

 

そこまで言ったところで、僕は思わず口を噤んだ。さっきから密着しているおかげで、アイラさんの決して大きくはない胸の感触が気になってまともに思考ができないってことを。

 

「イヤじゃイヤじゃ!離れたらまたお主はどっか行ってしまうじゃろう!もう、あんな思いをするのはごめんじゃ…」

 

アイラさんが僕の服を掴み、小さく肩を震わせながら声を漏らす。

 

「…守る」

 

それは、突然溢れた言葉だった。どうしてそれが一番最初に出てきたのかはわからない。けれど、とてもあたたかくて心が和む言葉だった。

 

「あっ、いや…そう!約束。本当にちょっとその辺を見て回るだけだから、ダメ?」

 

そう伝えると、その思いを理解してくれたのか渋々といった様子で僕の背から降りてくれた。そして漸く動き出そうとしたその瞬間、アイラさんが振り返って僕に言い放った。

 

「…戻ってこんかったら、裸でグラウンド20周じゃからな!」

 

それに対して僕は満面の笑みで答えた。

 

「…絶対に、イヤ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「チッ…なんでアタシがこんなこと…えぇっと、地図の通りだとやっぱりここが七枷の端っこだな。レジスタンスの拠点があるのは…」

 

メアリーの野郎にパシられるのは納得いかねぇけど、正直今回の探索で勘を取り戻したいと思ってたのも間違いねぇからな、その辺は利用させてもらうぜ。それにしても何でアイツが今回のキーマンなんだ?意味わかんねーよ…って誰かに見られてるな。

 

「そこで止まりなさい」

 

アタシを制止した声の主は、建物の陰から姿を現した。が、こいつは…。

 

「アンタ…風槍 ミナ、なのか?」

 

こっちにいる“あの”風槍 ミナとは明らかに態度が違う、まるで別人のように振る舞っているのが信じられなかった。

 

「えぇ、そうよ。私たちに会いにきたのは分かってる、でも簡単にアジトの場所を教えるわけにはいかないの。連中につけられてないかを確認したら、その時に会うと仲間に伝えて頂戴…あっ、それとこれは私の個人的な質問なんだけど…」

 

アタシはほとんど頭が理解に追いつかないまま、頼まれた言伝を持って帰った。

 

「はぁ?何だそれ、じゃあナニか。疑いが晴れるまではどうしようもねぇってか?」

 

「連中って、JGJのことかな?でも尾けられてる気配はないと思うんだけど…」

 

「…いや、多分そうじゃないわ。もしそうならこの時期に明言してなきゃおかしいもの、だからもっと別の存在…」

 

探索チームの要がすっかり頭を抱えてやがる。どうしたもんか…あっ、そうだ。

 

「そういえば、アイツ呼んでくれば信用してやるって言ってたぞ」

 

「アイツ?誰だよ、それ」

 

「いや、だから…JCの野郎とサシで話しさせるなら、すぐにでもアジトに案内するって」

 

アタシの言葉を聞いたメアリー、ヤヨイ、朱鷺坂の三人の視線が交錯して、すぐ後にひとつの結論を出した。そう、出しやがった。

 

『…今すぐ連れてくるわ(よ・ぜ)!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…はぁ?いや意味分からんて。なぁんでJCが出てったらすんなり受け入れてもらえるんじゃ、そんなもん罠じゃ罠、罠に決まっておるわい」

 

朱鷺坂からいきなり連絡が来たかと思えば、今すぐJCを連れて来いじゃと?わざわざ名指しで呼びつける真意が分からん。絶〜対、朱鷺坂の奴が妾からJCを引き剥がそうと画策してるに違いないわい。その手には引っかかるもんかい!

 

「ふっふーん!お主の魂胆は分かっておるぞ…」

 

《な、なによ…》

 

おっ、朱鷺坂の奴…珍しく狼狽えておるわ。この際ビシッと言ってやろうかの。

 

「お主、ズバリ“JCに惹かれておる”んじゃろ。ん〜?」

 

ありゃ、なーんも反応が返ってこん。ぬわぁんか言い返してこんと面白くないの〜。

 

《……け…じゃ…い…》

 

「んぬ、何じゃって?聞こえんぞ」

 

何を急にぼそぼそ喋っておるのじゃ、もっとはっきり言わんかい。

 

《しょそんなことあるんけにゃ&_+*☆♪°%><=÷〆〒×\・!!??》

 

ブツンッ!と切れてしまったわい。そーとー乱しおってからに、ありゃ図星じゃな。何はともあれ今回は妾の完全勝利じゃ!なっはっは〜!

 

「とはいえ、奴がわざわざこんな嫌がらせ紛いの電話を寄越してくるほど暇とも思えんしぃ…一応遊佐に知らせておくかの。妾って超優しぃ〜」

 

妾は今もなおデータに目を通していた遊佐たちの背後に近づいてみる。

 

「お〜い遊佐、何か朱鷺坂の奴がすぐに来れんかって喚いてお、る…って、おい!?な、何ぞやこれは!?」

 

妾の問いかけに、遊佐が渋い顔で言葉を選びながら答えた。

 

「どうやら被験体…それも子供の、その管理の記録…らしいね」

 

遊佐の隣で同じように画面を見ていた瑠璃川の奴も、遊佐の言葉と画面に映し出されたデータの悪魔的な意味を理解してしまっておるようで、その顔を背けておった。まぁ、無理もないわな。

 

「東雲くん、これを見てくれないかい?ちょっと興味深いものを発見してしまったよ」

 

そう言って、遊佐の奴が画面をスクロールしてあるところで止めた。

 

「おい、此奴は…っ!」

 

画面に映し出された人物。それは今妾たちが最も見知っておる彼奴だった。

 

「そう、映っているのはどう見てもJCくんだ。だが何故か“JACKAL”という名で登録されている。ただ呼び分けの為につけられた名なのか、それ自体に意味があるのか…」

 

「それ、どういうことなの?なら、あいつはここの施設の出身ってことになるじゃない。でもそれっておかしくない?」

 

瑠璃川の指摘は理解できる。裏世界で登録されているはずのJCが表世界で発見されたことを言っておるのじゃろう。まぁ例外がいないこともないんじゃが、それにしたって稀有な例に違いないわな。

 

「それにここを見てごらん。2001年9月に“入所”、2011年8月に“廃棄処分”…出所ではなく廃棄処分ってなってるだろう?つまり、ここでは人が人ならざる扱いを受けた……生きた兵器、戦うためだけの人間の実験・製造施設だってことじゃないかな」

 

遊佐が妙に淡白な調子で言葉を漏らした。しかし、妾の中には自然とその事実が差し支えることなく胸に降りた。

長年生きている妾にとって、霧の魔物だけが人類共通の敵ではないと考える者たちが一定数おることは容易に想像できた。霧の魔物同様、自分たちからは知り得ない力を持っている魔法使いという存在を危険視或いは敵視している勢力…反魔法使いの思想を掲げる者たちが独自にこの施設を作り、JCのような存在を創ったことが裏付けられた。そう思うと、何とも言えぬやりきれない気分になるわい。

 

「ねぇ、遊佐…廃棄処分ってどういうこと?だってあいつは今、私たちと一緒に居るじゃない」

 

瑠璃川が神妙な面持ちで遊佐に問いかける。その疑問が湧くのは当然で、もしこの画面通りならばJCは既に死んでおり、妾たちと共にいるはずのJCは何者なのかと疑ってかかることになる。遊佐の奴もここで初めてその顔を曇らせる。

 

「どう、なんだろうね…言葉通りに受け取るなら、JCくんはやっぱり死んでいるか…もしくはこの時に表に飛ばされてきたから死亡扱いにされたのか。考えられるのはこの二つだと思うけど…ただ、一つ確信したことがある。僕や春乃くんが裏世界に飛ばされた時に過去のJCくんと遭遇しなかったのは、既にここに閉じ込められていたからだ」

 

その事実を共有した妾たちに受け止める自信が削がれる程重い沈黙が支配する。が、それを打ち破ったのは遊佐じゃった。

 

「…そういえば、何か言いかけていたんじゃないかな?」

 

「あ、あぁ…そうじゃったな。朱鷺坂たちがレジスタンスと接触したんじゃが中々信用されんらしくての、何かJCを呼んでくればすぐにでもアジトまで案内するってゴネてるんじゃと。んで、すぐにでもこっち来れんかって話じゃったんだが…」

 

妾がそう言うと、少し考え込んだ遊佐じゃったがすぐに答えを出した。

 

「ふむ…分かった。とにかく今は採れるだけのデータのバックアップ作業に入る。その間に二人はJCくんを呼び戻してくれるかな?」

 

「えぇ、それは構わないけど…」

 

瑠璃川の奴、流石に気丈に振る舞っておるがまだ立ち直ってはおらんな。分かっておるとは思うが、一応確認しておくか。妾はそっと瑠璃川の側に近づいて、本人にだけ聞こえるほどの声で話しかけた。

 

「のぅ、瑠璃川…このことはまだJCには」

 

妾が言わんとすることを察したのか、瑠璃川は静かに頷いた。

 

「心配しなくても、あいつに言うつもりは無いわよ。こんなこと、わざわざ教えるほうが酷じゃない」

 

「…すまん、恩にきる」

 

「勘違いしないでよね、私は秋穂に危険が及ばなければそれでいい。それ以外に意味はない」

 

むぅ…素直に喜んでくれたってよかろうに。愛想のない奴じゃのぉ。

JCよ、妾はお主を救ってみせるぞ。例えこの事実がお主に襲いかかったとしても、この身をもって共に運命に抗ってやろうぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うん…うん、そう…分かったわ。じゃあJCくんがこっちに着き次第、彼女に会わせればいいのね?一応、今は本人同士で話してるところだけど…えぇ風槍さんだけ、向こうの南条さんは別の地域の応援に行ってて不在なんですって。とにかくあなた達もなるべく早くこっちに合流して頂戴…例の魔物がどうやら近くまで来てるみたいだから。じゃあね」

 

「今のって、もしかして兄さんたちから?」

 

ちょうど連絡を終えたところで、ロカさんが話しかけてきた。

 

「えぇ、ついさっきこっちに向けて出発したって。JCくんはかなり先行してて、多分もうすぐ到着するかもって慌ててたわ。というか、あなたもJCくんのこと名前で呼ばないのね?」

 

私はふと疑問に思ったことをロカさんにぶつけた。これは決して妙に距離感が近いことへの嫉妬や妬みなんかじゃなく、JCくん本人が変に敬称を付けずに名前で呼んでほしいと常々口にしているのを知っているから。えぇそうなんだから。

 

「んー?まぁ、そうだね。この間の適正検査、だっけ?あの時に初めて会ったんだけど、なんか不思議な人だよねぇ彼って。だってさ〜、いきなり変なこと言うんだよ?」

 

「変なこと?」

 

そう聞くと、急に頰を赤らめぽりぽりと掻きながら気恥ずかしそうに教えてくれた。

 

「いや、いきなりアタシの…胸見ておっきいですねぇ〜って言ったんだよ!?もうビックリしちゃったよ〜、ナハハ…」←B90

 

「…それは、私から謝罪するわ。本当にごめんなさい」←B87

 

あ、あの子ったら…年頃の女の子に向かってなんてことを!まぁ確かに15歳にしては豊満よね…ユッサユッサユッサユッサ。多分、久しぶりにすっごくビックリしたんだろうなぁ。

 

「アハハッ、まぁその後話したら普通に話通じるし面白い人なのかなって思ったから、逆にちょっと興味湧いたかな?冷泉さんもそうだったけど、なんかアタシと同じくらい文明のこと色々知らないみたいだし」

 

…なんかムッとするわねぇ、目の前で気になってる男の子のこと得意げに話されるのって。それにJCくんも初対面の相手を特徴付けて覚えるの、いい加減やめさせないと。

 

「はぁ、はぁ…チ、チトセさ〜ん!」

 

あら、噂をすればご本人が…って、本当にあの距離を走ってきたの!?

 

「JCくん、あなた本当に一人なの?」

 

目の前でゼェゼェ言って強引に呼吸を整えながら、強い意志の宿った瞳を私に向けて答えたわ。

 

「ふぅ…えぇ、何かよく分かんないですけど、僕だけでも先に向かうようにって遊佐さん達が。多分距離的にあと4、50分くらいはかかると思いますけど…それより!パルチザンは今、本当にいるんですか…?」

 

「今、風槍さんが話してるけど…そっか、JCくんのことを確認したいって言ってたものね。案内するわ」

 

「…お願いしますっ!みんな、大丈夫かな…」

 

JCくんは無垢な目でパルチザンの身を案じている。この子にとってもパルチザンはある意味特別な存在と捉えているのかしら…ちょっと妬いちゃうわね。

そんなことを頭の片隅で考えていると、視線の先で会話をしている風槍さんと風槍 ミナの姿が見えてきた。

 

「ほら、あそこにいるわ…って、じ、JCくん!?」

 

私は突然のことに思わず言葉を失ってビックリしすぎて近くの建物の陰に隠れちゃったわよ。だって、私が全部言い終える前にJCくんが何を言う訳でもなく、あの風槍 ミナを真正面から抱きしめていたんだから。

えっ、いや特別な存在って言ったけど、そういう意味じゃなくて仲間的な意味だと思ってたんだけど!?もぉ〜!どうなってるのよ〜!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ミナ…本当に、ミナだ…うっ、ううぅ…!」

 

一目見た瞬間、僕は心の底から溢れ出る思いを抑えることが出来なくなった。一度は喪ってしまったとさえ思い、自分が間に合わなかったことを何度も後悔した。でも、また今目の前にこうして感じることも現実で、もはや自分自身でも感情も思考も完全に制御不能になってただただ涙が止めどなく流れる僕の背中にミナは腕を回し、優しく諭すように小さく呟いた。

 

「…大丈夫、こうしてまた逢えたんだもん。だから、もう泣かないでよ…ふふっ、今すごい顔になってるよ?」

 

「ぐすっ…ミ、ミナだって…大人なのに、今にも大声で泣きそうな顔してるじゃないか…」

 

お互いにそんなことはわざわざ言われなくても自覚してる。そう言いながら、僕を小馬鹿にしつつも目に涙を浮かべているミナだって、人のこと言えないじゃないか。

 

「お、おい!お前、何故我とその…だ、抱きあっているのだ!?」

 

僕たちが再会の喜びを噛み締めていると、ミナのすぐ側にいた女の子が突然喚いていた。むぅ…せっかくの時間を邪魔するなんてなんて不埒な!

 

「邪魔しないでよ。今、すっごく大事なところなんだから」

 

「先に邪魔したのはそっちだろ!我が先に話してたのに!」

 

バチバチと目の前の女の子と視線が交錯する。でも、それを横で見てあわあわしていたミナが慌てて割って入った。

 

「あ、あのね…その、二人とも落ち着いて!私からちゃんと説明させて」

 

ミナがそう言うなら、僕だって事を荒げるつもりはないけど…まぁ、向こうの女の子もそういうつもりらしいし。お互いが一旦落ち着いたところで、ミナはこほんっと可愛らしく咳払いをして、説明を始めた。

 

「えっと、まずはこの子からね。この子はミナ・フラン…フラ、シ…何だっけ?「ミナ・フランシス・シルビィアンド・ウィンドスピアだ!」そ、そうだったわね…ゴメンね、私あんまり横文字強くなくて…要するに、この子は過去の私ってことらしいの」

 

ミナはそう言うけど、雰囲気といい言動といい僕の中のミナの人物像とは似ても似つかない目の前の女の子。静かに疑いの眼差しを向けていると、たじろぐ女の子。

 

「な、何だその目は…この最強の疾風の魔法使いを全然信じてないな!?」

 

「…だって、色々違いすぎるし。なんか変なこと言ってるし…胸もちっちゃいし…」

 

「こ、これから大きくなるもんっ!恋〜!恋〜!助けてぇ〜!」

 

うん…なんかこの感じ、酔っ払った時のミナにそっくりだ。泣き顔とか特に…あっ、もう一人ちっちゃい女の子が来た。

 

「なんじゃミナ、騒々しいのぉ…おや、お主はたしか“じぇーしー”じゃったな…って、おわっ!?」

 

「恋も無事でよかった…!前より小さくなっちゃって」

 

「こ、こらーっ!恋から離れろっ!恋も黙ってないで早く…!」

 

うぐぐ…!ちょ、顔引っ張らないで…痛い痛い痛い。

 

「こりゃミナ、やめんか。わっちは大丈夫じゃ」

 

「恋!?でも…」

 

背中に腕を回してトントンってあやすように心地よいリズムで優しく叩く目の前の恋は、僕の知ってる恋とは少し違ってすごく穏やかで包み込んでくれるような優しさを感じた。もしかして…別人、なのか。

 

「確かにちとビックリしたが、此奴に悪気が無いのはちゃんと分かっておる。のぅじぇーしー、ミナはそうでもないんじゃが、わっちは似ておるか?」

 

「う、うん…体型とかはほぼ変わらない感じだから…」

 

「…マジか、12年経ってもわっちはお子様ぼでぃのままなのか?知りたくなかったのぉ…」

 

あぅ…見るからに落ち込んじゃった。これはフォローしたほうがいいのかな?

 

「で、でも食生活の改善とかでまだまだ大きくなるかもしれないし!運動とか睡眠とかちゃんとすれば…」

 

必死に説明してると、いつの間にかクスクス笑っていた恋…さん。突然どうしたんだ?

 

「ぷっ、くくっ…いや、すまぬな。よもやそこまで必死に励ましてくれるとは思わなんだわ。二人とも、一つ聞いてもよいか?大人のわっちは、変わらずに絵を描いておるか?」

 

恋さんの質問を受けた僕とミナはお互いに顔を見合わせて、そして確固たる意志を持って答えた。

 

「えぇ、それはずっと続けているわ。戦いが激しくなっても、生きるのに辛くなっても…恋だけは学園生の時と変わらず前向きに、ね?」

 

「うん…よく僕をモデルしたいって部屋に閉じ込められたりもしたけど「えっ、何それ初耳なんだけど?」それ以外の出来上がった絵も何回か見せてもらったけど「ね、ねぇJCくん?」すごく綺麗で和むような絵ばかりだったよ」

 

「…ふふっ、それを聞いて安心したわい。ほれ、ミナ行くぞ。せっかくの水入らずじゃ、積もる話もあるじゃろう?」

 

「うぇ!?れ、恋〜!?まだ我は話し足りないのにぃ〜っ!!」

 

「…朱鷺坂もじゃ。盗み聞きは良くないぞ〜」

 

僕たちの答えを聞いて満足したのか、恋さんは不敵に微笑んだ後、ミナ…ちゃんを引っ張って連れて行ってしまった。あと完全に忘れてたけどチトセさんも居たんだよね…慌てて逃げてったけど。なんか、気を遣わせてしまったみたいで悪いことしちゃったかな…うっ!?なんか横から視線が…。

 

「ふーん…何回かいないなぁって思ってたけど、恋と一緒に居たんだぁ?へぇ〜…そう」

 

近くの椅子に腰掛けたミナの赤と青のオッドアイがジトーっとした視線で僕を貫く。こ、これはマズイ…何がマズイかはよくわからないけどとにかくマズイ!

 

「だ、黙ってたのはごめん!あの時はまだミナに疑われてたから言い出せなかったし、それに恋から口止めされてて…って、これじゃますます言い訳になっちゃうよな…あぁ、どうしよう?」

 

慌ててミナの隣…はちょっと怖かったので一人分空けて座って、変に取り繕おうとして更に焦っていると不意に僕の側に近づいたミナ。ヤバイ、怒られる!って思わず身構えたけど、拳が飛んでくることはなく逆に…

 

「…ズルい」

 

「えっ…これってどういう」

 

なんで頭撫でられてるの?!いや、う〜…とかむぅ〜…とか唸りながらって逆に怖いんだけど…ブルブル。

 

「さらは仕方ないよ?最初からJCくんにべったりだったし。でも、恋は面白がってちょっかい出してるだけだと思ってたのに…あの時は警戒してたから仕方ないかもしれないけど、それにしたって私以外でJCくんを独占してたのって…やっぱりズルいっ」

 

ムッとした顔で軽く睨みながら腕を組んでくるミナ。最初の頃に比べて色々な顔を見せてくれるようになったのは嬉しいし可愛らしいけど、あとさっきから腕に胸押し付けるの心臓に悪いからやめて…!

 

「ど、独占なんて…前にも言ったけど、パルチザンには幸せになってもらいたい。それには当然ミナも含まれてるし、僕に出来ることなら何だってするつもりだよ…それにほら、これ見てよ」

 

僕は改めてミナの方に向き直すと、赤の力を発現させる。そして青、緑と順番に色を変えて元の状態に戻して見せた。

 

「JC、くん…?どうしたの、それ…」

 

突然のことに困惑している様子のミナ。思ってた反応と違ったなぁ…。

 

「あの後、僕も色々な戦いに巻き込まれてね、その中で目覚めた力なんだ。誰かを守る、悲しませないようにする力を…それにほら、こうしてると見かけだけでもミナとお揃いみたいで…なんか嬉しいじゃん?」

 

そう言って笑いかけてみると、何故か少し複雑そうな顔をするミナ。やっぱりまだ目のことに踏み込むのは愚策だったか…。

 

「ごめん…無神経に踏み込み過ぎたよ。克服したって言っても、嫌な思いしたんだからあまり触れられたくない話だったよね」

 

話題選びに失敗してしまったと俯きがちになる。少し考えれば分かることだろう、僕の馬鹿野郎!

落胆していると、何故かミナが慌てた様子でフォローに入った。

 

「あっ…ち、違うのっ!そのことはもう気にしてないの…寧ろ、お揃いって言われてちょっと嬉しかったし……って、そうじゃなくて!JCくん、無理し過ぎてないかな?本当は自分のことに専念したいはずなのに、学園のことや私たちのことまで背負い込んで…」

 

…何だ、そんなこと気にしてたのか。ミナもまだまだ遠慮しがちだな…僕のことは遠慮なく使い古してくれていいのに。これはよく教えて仕込まなきゃダメだ。僕は思いつめた表情をしているミナの頭に手を乗せ、安心させるように語りかけた。

 

「僕は自分がそうしたいからそうしてる、それだけだよ。だからミナたちも心配しなくても大丈夫。普通に考えて、普通にすればいいんだよ…ね?」

 

少し乱雑にその頭を撫で回す。大人であるミナが歳下の僕にそんなことされてるのは多分すごく恥ずかしく感じてるかもしれないけど、そこには僕にだって当然恥ずかしさはあるわけで、ある意味照れ隠し的な行動だったのは秘密である。

心の中でそんな言い訳をしていると、いつの間にかミナの表情が何となく吹っ切れたように和やかなものに変わっていた。

 

「普通に、か…そんなの考えたことなかったな。やっぱり成長してる…JCくん、前より強くなったね」

 

「ミナだって、成長してるよ。特に胸周りとか前より…あっ」

 

やばっ、完全に今のは失言。思いっきり胸元を手で隠すミナ…ごめん、思ったことそのまま言って。

 

「…JCくんはそういうの、気にしないと思ってた。意外とえっちなんだね」

 

「…それより、さらと恋はどこに?」

 

「思いっきり強引に話逸らしたわね…」

 

「気のせいだ」

 

キリッとした表情で誤魔化す。そこ突っつかれたら色々終わりそうなんだ…大人なら察して。

 

「ま、まぁいいけど…恋は数日前から東で起きてる戦闘に参加してる。さらは他のパルチザンのメンバーのところに行ってるわ…JCくんのことを説得するためにね」

 

「…そっか。さらには嫌な仕事押し付けちゃったな…悪いことをしたよ、本当に…」

 

そう言うと、含みのある笑いを見せるミナ。な、何だ?

 

「くすくす…さらの言ってた通りね。このことをJCくんが知ったらきっと心配するって。だからこそ、JCくんのことをみんなに認めてもらわなくっちゃ!って張り切ってたもん」

 

さらには僕の考えることなんて全部お見通しってわけか。頭が上がらないよ、全く。

 

「…そうだ。宍戸博士に会いたいんだけど、案内してもらってもいいかな?約束してたから」

 

「約束?というか面識あったんだ?」

 

突然の申し出に困惑するミナに、僕はニヒルな笑みを浮かべながら答えた。

 

「うん…もう長いこと待たせてるから、早く彼女にはちゃんと答えを言わなきゃいけない」

 

 




【ジャッカル(JACKAL)】
・イヌ科の哺乳類、死肉をあさる。
・お先棒かつぎ,手先
・ぺてん師


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第参拾弐話 畏れる 魔法使い

【IMF】
International Magic Forceの略称。国際魔法師団。
魔法使いだけで構成された国際軍隊組織。日本の始祖十家である我妻家の長女、我妻 梅も所属している。


「…ここが宍戸博士の部屋よ。指紋認証センサーがあるから、先に解除しちゃうね」

 

そう言って、慣れた手つきで壁に設置してあるパネルを操作するミナ。その間、僕はかつて投げかけられた問いかけに対する答えを頭の中でまとめていた。正直なところ、彼女を納得させられるだけの完璧な答えはまだ出てない。結希さんとの隔たりは今も解消出来ていない、隠された僕の存在も結局は何も分からなかった。僕は…一体何をやってきたんだ?

 

「はい、開いたよ…JCくん?どうかしたの?」

 

「…っ!!な、何でもないよ。うん、何でも…」

 

「?…変なの。じゃあ入ろっか」

 

黙り込んで考え込む僕の様子を伺ってくるミナだったけど、その距離間は目先10cmもないほど近く突然視界いっぱいに映り込んだ端正なミナの顔が…本人は全然自覚してないみたいで、僕一人が慌てふためいているのもなんか馬鹿らしいのでやっぱ止めた。きっとミナの方がずっと大人で僕がまだまだ子供だからなんだろう。

 

「宍戸博士、風槍 ミナです。JCくんを連れてきました!」

 

すると、室内の奥に備えてあるベッドに横たわっていたであろう白衣を着た女性が呼びかけに応じるように、その右手をゆっくり上げた。ミナがすかさず駆け寄って、その女性の体を起こす介助をする…間違いない、この人がそうなんだ。

 

「風槍さん、迷惑をかけてごめんなさい。彼が…そうなのね?」

 

「えぇ、彼がJCくん。私たちの最後の希望…貴女が追い求めていた最高の魔法使いです」

 

少しズレてる眼鏡や乱れた髪、きっと寝癖なんだろうけどそんなところまで本当にそっくりで…。

 

「久しぶり、です…でいいのかな?結希ちゃ…宍戸博士」

 

僕は深々と頭を下げて、宍戸博士の出方を見る。すると、予想通り研究者としての彼女からの言葉が投げかけられた。

 

「そう…早速だけど、あなたの持つ情報と私たちの持つ情報を共有し、これを突き詰めていきたいわ。風槍さん、悪いけど少し外してもらってもいいかしら?」

 

「えっ?べ、別に構わないけど…じゃあJCくん、私は部屋の外にいるけど何かあったら呼んでね?」

 

宍戸博士に促されてミナは渋々といった様子で部屋を退室した。宍戸博士、僕と二人きりで何をするつもりなんだろう…全く読めない人だ。

ミナが出ていって暫く無言の時間が流れるけど…漸く宍戸博士が何かを決心したのか不意に呆れた様子で話しかけてきた。

 

「…いつまでそこに立ってるつもり?出来ればもっと近くに来てくれると楽なんだけど」

 

「あっ…ご、ごめん」

 

宍戸博士に促されて近く置いてあった椅子をベッドの横まで持ち寄って宍戸博士の隣に座った。

 

「相変わらずみたいね、そのデリカシーの無さは」

 

「…えっ?」

 

宍戸博士を見るとどういうわけか少しむくれた表情をしていた。その理由に検討もつかないでいると、宍戸博士本人からその説明を受けた。

 

「私のことはある程度は聞いてるでしょう?わざわざ風槍さんも追い出して、室内には自由に身動きの取れない若い女!なのに…何で襲ってくれないのっ!」

 

…いや、わけわからんて。えっ、裏の結希さんってこんな性格なの?確かに裏と表じゃ歩んできた歴史が違うから全く同じことはあり得ないって言ってたけど…それにしてもでしょ!?

 

「介抱するフリして胸を掴んだりお尻触ったりキスしてくれたっていいじゃないの!私自分からあんまり動けないんだから!ねぇJCくん…私って、そんなに女としての魅力が無いのかな…?」

 

目を潤ませながら僕の口元に指を添えて悩ましい視線をビンビン送ってくる宍戸博士。あぁ…それ以上やると僕の中の結希さん像がボロボロと崩れ落ちていく…うん、止めさせよう。

 

「…そんなこと言わないで下さい。きっと疲れてるんですよ、うんそうだ。早く横になりましょうね」

 

「えっ、ベッドで?一緒に?寝る寝る!ちょっと狭いかもしれないけど私は全然構わないわ。さぁおいで」

 

ダメだ…この人完全にキャラ崩壊してる。体全く動いてないのに口めっちゃ動いてるなぁ。もう止めてください…僕が悪かったから。

 

「…それで、ここに来たのは前にした約束の件でして。と言っても、そんなこともう憶えてないかもしれませんけど」

 

「そう…じゃあそろそろ巫山戯るのも止めて、ちゃんと聞きましょうか」

 

僕の要件を聞いて態度を改める宍戸博士…最初から出来るならそうしてほしかった。そうでなければ余計な結希さん像を刷り込む必要なんか無かったのに。

 

「結論から言うと、僕はまだ結希さんのことを信じることが出来てません。いや結希さんだけじゃなく、僕の周りにいる魔法使いの大半はそうです」

 

「そう…まぁ1月の時点でそっちの私が報告してきた通りなら、予想通りの結果だけど」

 

1月?確かその頃は僕が第6次侵攻中の北海道にいる時か。なんか時間の流れがぐちゃぐちゃになってきたな…まぁ、あんまり関係ないかな。

 

「でも…本当は、信じたい…僕への優しさは打算なんかじゃなくて、真心からくるものだったって!なのに…何処からか声が聞こえてくるんです…其奴らはお前を利用しようとしてる、戦う以外に価値なんか無い、魔法使いは全て敵だ…そんな声が頭の中で止まないんですよ」

 

僕は額に手を当てて、誰にも理解されないであろう悲痛な叫びを宍戸博士にぶつける。いくら彼女が世界最高峰の頭脳の持ち主でも、この苦しみは到底理解出来ないだろう。当人である僕にですらどうしてこんな考えが湧いてくるのか全くと言っていいほど理解不明の現象なのだから。

すると、宍戸博士は何か思ったことがあるような口ぶりで話し始めた。

 

「まさか…いえ、そんなはずないわ。あくまで可能性の話だもの」

 

「宍戸博士…どうしたんです?もしかして、何か心当たりがあるんですか?」

 

宍戸博士が研究者らしからぬ取り乱し方を見せ始め、僕は暗に察する。それも悪い方の予感を。

 

「…今から言うことは絶対に誰にも話しては駄目よ。他の学園生…特に権力を持つ生徒には。それが約束出来るなら、貴方にだけ打ち明けたいことがある」

 

一変して鬼気迫るものを感じさせる宍戸博士の嘘偽りのない表情に、突き動かされるような衝動に駆られる僕。思えばこの時、こんなにも簡単に頷かなければ、僕は僕の運命を知ることはなかったかもしれない…でも、後悔はしたくなかった。だから僕は…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…あっ、お帰りなさいJCくん。もう話は終わったの…って、どうしたの!?」

 

宍戸博士との話を終えたJCくんは、一人で部屋から出てきた。けれど、その表情や力のない歩き方から簡単に察することができるほど酷く憔悴した様子に変わり果てていた。

思わず駆け寄って確認するも、JCくんはまるで呪詛のように自分にだけ言い聞かせるように呟いていた。

 

「僕が…僕がいけない、んだ…僕の、所為でが、学園のみんなっ、みんなが…は、ははっ…かはははっ、ふははっ…」

 

「どうしたのJCくん!?お、落ち着いて…きゃっ!」

 

焦点が全く合わないほど酷く混乱しているJCくんは、まるで私のことが見えていないかのように私を押し退けて不気味な乾いた笑いを浮かべて何処かへ行ってしまった。私はまるで状況が理解出来ない中、ついさっきまで彼と一緒にいた宍戸博士なら何か知っているはずと考え、急いで彼女に詰め寄った。

 

「し、宍戸博士…!!あれはどういうことですかっ!貴女一体JCくんに何をしたんで…っ!?」

 

私は責め立てる言葉の途中で、思わず黙り込んでしまった。何故なら、宍戸博士もまた何かに取り憑かれたかのようにただひたすらうわ言のように何かに謝っていたのだから。

 

「ごめん、なさい…私は、そんなつもりじゃ…貴方を、苦しめるつもりなんて……ごめんなさい、ごめんなさいィ…!」

 

目から大粒の涙を流してまるで懺悔ともとれる言葉を吐き続ける宍戸博士。元々宍戸博士の部屋は外部の敵から身を守るために作られた隠し部屋で、当然中の音が漏れないように防音加工が施されている。だからいくら扉の前に居ても扉一枚を挟めば何も聞こえない。この部屋で一体何があったのだろうか…?

 

「宍戸博士…貴女は…とにかく、貴女は休んでなきゃ駄目。ほら、気持ちを楽にしてベッドで寝ましょう…そう、そのまま…」

 

私は宍戸博士の背中をさすってトントンと心地よいリズムで優しく叩くと、始めこそ激しく愚図っていたけど次第にその反応も小さくなりやがて静かに寝息を立てていた。感情に流されるまま、というのも決して楽ではないことを知っている。それは私たちがよく知っていることだ…学園を喪った日、先輩たちや仲間たちが魔物やテロリストと戦って死んだ日、何年も何年も戦って逃げて長い年月をかけてジリジリと追い込まれて…生きることにすら希望を見出せずにいた日々。終わりの見えない、でも決して勝利はない果てのない戦いの中で当てもなくひたすらに戦って死のうとさえ考えたこともある。でも、そんな考えを打ち破ってくれたのが…ある日突然私たちの前に現れたJCくんだった。当時の彼は突然私たちの前に姿を見せて、成り行きとはいえ共に魔物を倒してくれる仲間、戦友ともとれる存在に変わっていった。以前からさらに言及されていた私たちが最も忌み嫌う存在“スレイヤー”とあまりにも共通点が多いことから慎重にJCくんを精査していたけど、何度も一緒に戦っていくうちにその心配も杞憂に終わることになった。彼は何でよってくらい底抜けに明るくて裏表のない人間だった、だから遊佐先輩のことを教えた。それが彼が最も知りたい、知らなくちゃいけない情報だったから。そしてJCくんが元の世界に帰ったそのすぐ後に、私たちはスレイヤーの襲撃を受けた。宍戸博士の部屋に向かう道中、JCくんが遊佐先輩から私たちが無事なことを聞いたと言っていた。けど、その時自分が間に合わなかったことを酷く後悔し責めていた。だからこそ、再会したあの瞬間から…感情に突き動かされるままに喜びを感じたんだ。でも、それすらもまるで無かったように振る舞うJCくんの姿が、とても物悲しく見えて仕方がなかった。

 

「JCくん、貴方は何を知ったの…?」

 

宍戸博士が深く眠り込んだのを確認した私は、再び部屋のロックを掛けるとJCくんが消えていった方向に向かって走り出した。全てが手遅れになる前に…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぃ〜、ようやっと着いたわい。年寄りにこの距離はちとキツイのぉ…ぬっ、あれは」

 

遊佐の話に乗っかってJCを先行させたは良かったんじゃが、それはそれは遠い道のりじゃった。安易に乗っからずにまたJCの背中を借りればよかったと後悔した。そして、漸く学園生との合流地点であるパルチザンのアジトに着いた妾と遊佐と瑠璃川の三人じゃったが、その視界の端に本の一瞬だけJCの姿を見た気がした。しかし、遊佐も瑠璃川も特に言及することがなかったし、その時はあまり気に留めなかった。そして、暫く朱鷺坂達と互いに知り得た情報を共有していると、パルチザンの一人と思われる魔法使いが急いでこっちに走って近づいてくるのに気がついた。

 

「はぁ、はぁ…あ、あなた達!JCくんを見なかった!?ねぇ、JCくんは!?」

 

肩で息をしているその魔法使いに、朱鷺坂が何があったのかを問いかけた。

 

「風槍 ミナ!?一体何があったの?JCくんがって…」

 

「誰か、誰かJCくんの居場所を知ってる人は!?居ないの!?どうなの!?」

 

「ち、ちょっと…落ち着きなさい!?」

 

激しく取り乱す風槍 ミナの様子は明らかに普通ではなかった。朱鷺坂が散らばっていた学園生を招集し、誰かJCの行方を知る者がおらぬかと聞いてまわるが、これといって確証のある発言をする者は出てこず、それを聞いた風槍 ミナはその場に力なく座り込み遂には泣き崩れてしまった。

 

「う、うぅ…ま、また…また…うっく、いなく……いなくなっちゃたよぉ…!」

 

その慟哭ともとれる悲痛な叫びは、風槍 ミナの心痛を最大限に体現していた。それに対して、妾たちに投げかけられる言葉は見つからず、その後の捜索も実施されたが誰一人としてJCの発見には至らず、妾たちの第5次裏世界探索で得られたものは風槍 ミナよりもたらされた“パンドラ”のキーの一部のみで、パルチザンの協力を仰ぐことは失敗、更にJCの喪失という大打撃を被る悲惨な結果に終わった。JCよ、何故じゃ…何故お主はいつもそうなのじゃ…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーむ、アイツらが帰ってきてから何となく…学園内の空気が重いっ!!」

 

よぉ!俺、兎ノ助だぜ。いきなり俺が語り部なんて任されるなんて驚きだろう?大丈夫、俺も驚いてるから!えっと、何から話したらいいんだ……えっ、あぁ台本あんのね。俺の出演時間は…30秒…って!夏海お前、ここ俺のターン!お前出張ってくんなよっ!せっかくの出番減っちゃうだろ!ただでさえ俺の出番、明記されてるだけでもJCが転校してきた初日のシーンだけなのに…。

 

「だーっ!!五月蝿いわねぇ!さっきから全然進んでないじゃないの!話はもっとわかりやすく簡潔にまとめる!これ基本よ?」

 

「だーかーら!ここで一発俺の印象をだな…」

 

「却下よ!報道の基本は“文を目立たせ人は目立たず”よ!これだから素人は…」

 

「くっ、何だよ何だよ!俺だって出番欲しいんだよ!いっつも転校生とかJCの周りにしか女子が集まって来ないんだぞ!これを機に俺にだって女の子のファンが…ぐふふっ」

 

「…はいはい、とりあえずその辺注意してもう一回よ!今度はちゃんとやってよね」

 

うぅ…俺の計画が水の泡だ…しゃーないなぁ、ちゃんとやるか。

 

「おっす!俺は兎ノ助だ!今から学園で起こってることを説明するぜ。まずは何と言っても学園行事だな!8月の下旬にイギリスのネテスハイム魔法学園に行くことが決まったな!今回は俺も一緒に行けるからメッチャ楽しみなんだぞ!あとは特級危険区域の調査が始まるぞ!今回は大垣峰のゲートを偵察するって言ってたぜ。魔物の強さがわからない分危険もあるけど、みんななら無事に帰ってくるって信じてるぜ!それと、それと…うぅ…!」

 

俺は途中で言葉を詰まらせちまう。くそぅ…最後まで言い切れよ、俺!みんなだって頑張ってんじゃねぇか、俺が一番弱気でどうすんだよ!コンチキショー!

 

「兎ノ助、ほら続き…あいつも観てるかもしれないからさ」

 

カメラを回している夏海に励まされて奮起する。そうだ、俺が悲しんでどうすんだ!俺なんかよりも辛い生徒はいっぱいいるし、何よりJC本人が一番苦しんでるに決まってるじゃねぇか!

 

「ご、ごめんな…いきなり黙っちまって。おいJC!お前3週間もどこほっつき歩いてんだ!お前がいなくなっちまったお陰で、学園の色んなところで支障が出てんだぞ!生徒会とか風紀委員とか精鋭部隊とか購買部とか…他の学園生も色々と機能してないんだからな!だから…早く帰って来いよ!」

 

俺は思いの丈を伝えて、カメラ役の夏海に視線を送って確認する。すると、夏海はカメラのボタンを押してそっと下ろした。撮影が無事に終わった…ってことだよな。

夏海は深〜く息をついた後、あっけらかんとした様子で話し始めた。

 

「…ま、兎ノ助にしてはまずまずって感じね。後は編集で兎ノ助の余計な台詞カットしなきゃ他の生徒のコメント短くするしかなくなっちゃうもんね」

 

「ぅおい!お前…」

 

俺は思わずツッコんでしまうが、チラッと見えた夏海の表情に言葉を呑んだ。

 

「JCの奴、ちゃんと観てくれるかな…」

 

ぼそっと呟いたその一言がやけに浮き彫りになった。そりゃJCのデバイスに向けて送るんだから当然観るだろうと思った。だけど、不思議と納得がいく言葉だった。

半分ぬいぐるみ半分機械の元人間の俺がそんなこと感じるなんて、俺も焼きが回ってんのかなぁ…。

 

「観てくれるさ、絶対にな…」

 

そして、その一週間後…学園地下の魔法使いの村に設置してあるゲートと化した魔導書からJCが意識不明の重体で発見された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…えぇ!?面会謝絶ゥ!?」

 

数日後、私たち生徒会はJCさんが搬送された病院にお見舞いに来ていた。しかし、医師から告げられたのはまさかの面会拒否。素っ頓狂な声を上げて今にも医師に詰め寄ろうする会長を必死で宥める聖奈さんと朱鷺坂さんを他所に、私が代表して昂る気持ちを落ち着かせ冷静に医師と話をする。

 

「あの、一体どういうことなのでしょうか?病院の方からJCさんの意識が戻ったと報告を受けたから出向いたのですが…」

 

「いやぁ、それはそうなのですが…その、なんと言えば良いのか…」

 

あまりに歯切れの悪い医師の言葉に何となく違和感を覚える。意図してあやふやに伝えている…のではなく、敢えて言葉を選んでいるといった感じで煮え切らない。この医師は一体何を躊躇っているというのか?

 

「では、一目彼の姿を確認させて頂ければ私たちもおとなしく引き上げます。それならば構わないでしょう?」

 

私が強い意志を宿した言葉を投げかけると、医師は根負けしたのか渋々といった様子で承諾した。

 

「…今の時間ならリハビリも兼ねて付き添いの看護婦と中庭で散歩しているはずです。まぁ、行くのを止めはしませんが…決してあなた方の姿を彼に見られないで下さいね。では、私は患者の診察があるので失礼させてもらいます」

 

医師はJCさんの居場所を教えると、何故か私たちを心配するような言葉を残して去って行った。どういう意味だろう…?

 

「会長、JCさんは中庭にいるようです。様子を見に行きましょう?」

 

「う、うぅむ…しかしだな「会長?」わ、わかった。だからそんな怖い顔するな!聖奈も朱鷺坂もいい加減放してくれ」

 

少し悔しそうに負けを認める会長…ふふっ、そんな貴女も新鮮でまた意外な一面を見せて貰いましたよ。案内板に従って暫く進むと、医師の言葉通り中庭で若い女性の看護婦に連れ添われて歩くJCさんの姿が見えた。何やら妙に楽しそうに話し込んでいる様子で、それが少し胸を痛めた。

 

「ねぇJCくん、いきなり外に出たいなんて…何かあったの?」

 

「んー?べっつにぃ…“入院生活中、お世話になったお姉さんと最後に一緒に外を歩きたかった”じゃダメ?」

 

「…っ!?お、大人を揶揄っちゃいけませんっ!もう…」

 

ボンッ!と顔からみるみる蒸気を発生させて顔を両手で覆って隠している看護婦と、悪戯っぽい笑みを浮かべるJCさん。むぅ…なんかモヤモヤします。

 

「揶揄ってないんだけどなぁ…優子さん、優しいしいつも一生懸命だから俺、結構好きだよ?」

 

「なっ!?き、急に名前で呼ばないで…か、勘違いされちゃうから!」

 

「ふふっ、優子さん…可愛い♪」

 

な、なななっ、なな何なの!?あの破廉恥な空間はぁああああ!!!

 

「お、おい薫子…顔、怖いぞ…「…ハイ?」ひっ!な、何でもない…」

 

学園最強とも称されている御方が一体何に恐れているのでしょう?聖奈さんも朱鷺坂さんもそんなに酷く驚いた顔をしなくてもいいのに。私はこんなにも笑顔なのですから…ニコニコ。

 

「うぅ〜私の方が歳上なのにぃ…絶対バカにしてるでしょ!どうせ退院したらもう会わないもんね!私、知らないから!ふんっ」

 

「あれま…それは残念。色々理由こじつけて会いに来ようって思ってたのにな〜。このままだと俺学園から出られなくなりそうだから、二度と会えなくなるのかー。あー寂しいなぁ〜」

 

虚勢をはる看護師に対してJCさんが軽い口調で大袈裟に寂しがって見せると、看護婦は次第にその態度を軟化させて最終的には…。

 

「…これ、私の電話番号。勤務時間以外なら、いつでも掛けて良いから…だからっ!」

 

看護婦がそう言いかけたが、それ以上の言葉はJCさんの抱擁によって遮られた。ぐ、ぐぬぬ…!

 

「…分かってるよ。時間が出来たら連絡するから……今度どこかに遊びに行こう?」

 

「…うん!えへへ…」

 

嬉しさが極まったのか表情を緩めに緩めきった看護婦は“誰がどう見ても絶対何か良いことあったでしょ?それも男関係で”っていう顔をしている。分かる。その気持ち、分かるわ。私だって、特別な相手とその…あんな風にお互いの愛情を確かめ合うことに憧れる。出来ればその相手は…彼であってほしいと少しだけ願ってしまう自分がいる。

 

「こうしていても埒があかない。直接確かめるぞ」

 

「なっ!か、会長!?」

 

遂に我慢の限界に達したのか、会長がJCさんに直接コンタクトを取ると言い出して、面会謝絶の真意を確かめるべく歩みを進める。聖奈さんが引き止めようと声を掛けたものの、それよりも会長の強い意志が勝ってしまった。

 

「すまない、アタシたちはJCと同じ学園の者だ。失礼を承知でお願いする。少しでいい…そこにいるJCと話をさせてくれないだろうか?」

 

「えっ、同じ学園…ってことは“魔法使い”?いけないっ!!」

 

少し遅れて会長に合流する生徒会メンバー。謎の行動をとるJCさんを心配する私たち、それとは対照的に私たちの姿を見た途端に明らかに言葉数が激減し、酷く体を震わせていた。まるで私たちが恐怖の対象であるかのように。

 

「JC!?おい、しっかりしろっ!!」

 

「これは…一体どういうことだ?!」

 

「あなた達は下がって!JCくん、JCくん!私が分かる?大丈夫、大丈夫よ!誰もあなたを傷つけたりしないから!!」

 

「あ、あぁ…っ!あぁああぁっ!?カハッ…」

 

会長と聖奈さん、看護婦の必死の呼び掛けにも応じることはなく、尚もまともに呼吸すら出来ていないJCさんの容態を見て、看護婦は緊急事態の対応に切り替える。そこは現役の看護婦、その対応の早さは流石と言える。

 

「呼び掛けに反応しない…先生にすぐ処置してもらわないと!」

 

看護婦は手持ちの通信機器で担当の医師にJCさんの容態が急変したことを報告する。慌ててJCさんに駆け寄る私たちでしたがどんなに声を掛けてもそのどれにも返事は無く、ただひたすらに何かを訴えるように渇いた呼吸にならないものを繰り返している。私は今も目の前で苦しんでいるJCさんの手を握る…こんなことで苦しみが和らぐなんて都合の良いことは起こったりしないって分かってる、分かってるけど何かしたい!してあげなきゃと心の底から思った。

 

「あなた達、JCくんを病室に運ぶの手伝って!ほら、みんなで体支えて!」

 

「あ、あぁ…わかった!聖奈と朱鷺坂は足を、アタシと薫子は腕だ。道案内は任せた!」

 

会長の指示を受けて、私たちは手分けしてJCさんの体を持ち上げて看護婦に案内されるがままに病院内の一室に運び込む。その時、私は内心ある疑問が浮かんだけど…それよりもまずはJCさんを落ち着かせることが先決。

急いで病室に駆け込んできた数人の医療スタッフ…その中にいたさっきの医師がJCさんの容態を確認する。

 

「彼の症状は!?」

 

「精神的ショックによる呼吸困難、それに意識障害も引き起こしています!例の発作によるものかと…」

 

「まずは彼の容態を安定させるのが先決だ!酸素マスクと鎮静剤の準備!君、彼女たちを外へ!」

 

医師が慌ただしく指示を飛ばしながら懸命に作業に入る。それほどまでにJCさんの状態は楽観視できないものだと、素人目にも見て分かった。私たちを案内してくれた看護婦と共に病室の外に出る。私は…とても悔しかった。それは恐らく横にいる会長も聖奈さんも朱鷺坂さんも、きっと同じ胸中だと思う。そして、それはJCさんと一緒にいた看護婦も…。そんな私の視線に気づいたのか、看護婦は仕切り直すように話し始めた。

 

「えっと…じゃあ、私たちも場所を移そっか。あなた達はJCくんのこと、聞きに来たんでしょ?私の知ってることなら教えてあげられるけど…どうする?」

 

彼女から提示されたのは、私たちが求めていたJCさんの情報の共有だった。本人から話を聞けない今、その申し出を断る考えは浮かばなかった。会長が代表して、私たちの総意である“快諾”を表明した。

 

「ふふっ、分かったわ。じゃあ、場所はさっきの中庭で良いかしら?彼の名誉の為にも、あまり人に聞かれたくないような話もあるから…」

 

看護婦はそう言って“準備する物があるから先に行ってて”とだけ伝えて、一人何処かへ走り去って行った。病院内を走らないでと注意喚起のポスターが寂しく泣いている気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…んっ、私は……」

 

私は微睡む意識の中から目を覚ました。いつの間にか深い眠りについてしまっていたみたいね…。気怠い気分を振り払うように大きく伸びをすると、室内に誰かが入って来た。その人物は私の姿を見ると、何故か喜んでいる様子で私に抱きついて来た。

 

「宍戸博士!?意識を取り戻したのね…良かった!」

 

「…風槍、さん?いきなり、どうしたの…?」

 

私を見て涙ぐむ風槍さんとは対照に、殆ど状況を理解出来ていない私。今まで彼女とそこまで親密な仲を築いてきたつもりはないんだけど…。

 

「どうしたの…って、憶えてないの?まぁ、あんなに酷く取り乱してたんだから、当然って言えば当然か…でも薬の効能とはいえ、二日も寝たきりだったのよ?」

 

私が、酷く取り乱していた?私は身に覚えのない事実を知らされ考え込む…いや、知らない事実ではない。思い出したくない事実として体が拒否反応を示しているのが沸々と感じられるのが分かった。

 

「私は…そうだ、彼は!?JCさんは!?」

 

風槍さんに問いかけるも心地よい返答は無く、明言こそしないものの明らかに彼の身に何かが起こったことを示唆していた。私は焦燥に駆られて手元のコンソールを操作する。

 

「宍戸博士、あなた何を…」

 

戸惑いを隠せない様子の風槍さんが突然の行動について言及する。私は操作の片手間で説明をする。

 

「当日のゲネシスタワー周辺と内部の映像を確認する。どれか一つにでも彼の姿が映っていればおおよその位置が特定できるはず……いた!でも、これは…」

 

室内の大型モニターに出力された映像を確認すると、タワーの周辺を覚束ない足取りで彷徨うJCさんの姿を発見した。しかし、その直後…突如発生した霧の中へと姿を消したところでその映像は遮断された。彼の姿を捉えたのは時間にして約30秒ほど、その後およそ1分程度経ってブラックアウトしていた映像が復旧した。

 

「宍戸博士…これは一体?」

 

私は状況を理解しきれていない風槍さんに向こうの学園にいる私に連絡を取るように指示した。

 

「風槍さん、向こうの私にこのことを伝えて。彼は消える直前、霧に呑まれてどこか別の時間軸に飛ばされた可能性があると…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…あっ、お〜いっ!みんなの好み聞くの忘れちゃったから、色々持ってきちゃった…えへへ」

 

JCに付き添っていた若い看護婦が沢山の飲み物を抱えて持ってきた。やけに明るく振る舞う彼女の言動は私たちよりも明らかに歳上のはずなのに、それを微塵も感じさせないのは彼女の天性の才能なのか。

 

「お、おい…これは一体?」

 

「ただ話するのも何か味気ないから、好きなの選んで良いよ。ここは私の奢り!」

 

戸惑いの声を上げる会長に対して、看護婦は妙に自信満々に胸を張っている。その振る舞いに私は勿論、会長も副会長も朱鷺坂の奴ですら言葉を失っていた。ここまで私たちとの温度差を感じさせるなんてある意味大物とも言えるだろうか?

結局、私たちが渋々といった様子で各々一本ずつ飲み物を手に取ったところで話が始まった。

 

「じゃあ、まずは私のことからだね。私は佐伯 優子、この等々力総合病院の看護婦だよ…まだ2年目のペーペーなんだけどね」

 

それを聞いて僅かながらの知識を持っていた私はそのことの重大さに驚いた。この等々力総合病院は都内でも有数の大病院で、患者の数も多ければ重傷患者の割合も高い。それ故にそこで働く医療従事者のレベルは国内外でもトップクラス。一定以上の知識や技術を習得していないと就職すら出来ないほどの超倍率を目の前の彼女はパスしたというのだ。

 

「それでJCくんがうちに搬送された時のことだけど、服の上からじゃ分からなかったけど全身の至る所に裂傷と両腕両脚の骨が折られてて、すぐに緊急手術が施されてね…私は手術には立ち会えなくて後で先生から聞いたんだけど、明らかに外部から何者かによって暴行を加えられたものに間違いないらしいの」

 

うぅむ…JCの実力からして一般人から一方的に暴行を加えられたと考えるのは、可能性としてはかなり低いはずだ。以前ならまだしも今なら攻撃する度に力を増す能力がある、わざわざ防御に徹する必要が無いからだ。何よりJCの足なら振り切ればいいだけのこと。だとすれば、さっきの発作…

 

「まさか…その暴行を加えたとされる犯人は"魔法使い”、なのか?」

 

私はそれを口にした途端に、佐伯という看護婦の表情沈む。そして少しの間どう伝えようかと考えた矢先、遂に封を切った。

 

「…術後初めてのカウンセリングで、JCくんが言ったの。“信じてた”、“裏切られた”って…変だよね?霧の魔物や行きずりの犯行なら“突然誰かに襲われた”、“油断していて傷を負った”と言うのが普通じゃない?でも、そうは言わずにあなた達を見てショック状態に陥った…」

 

「つまりJCの知る人物、グリモアの学園生か…クッ!!」

 

会長が手に持っていた中身の残っているペットボトルを握り潰す。手に中身がかかることすら気に留めず、その表情を苦痛に滲ませる。

それに代わって、朱鷺坂が疑問を突き詰めていく。

 

「JCくんがそう証言したってことは、その犯人を憶えているのよね?それについての言及は?」

 

「それは特には…でも傷口の形状から特定は出来ないけど珍しい刃物が使われたって、手術に立ち会った私の先輩が教えてくれたの。こう、刃のサイズは10cmくらいで傷口の両側に傷が付くような…少なくとも包丁やナイフなんかじゃなくて、もっと特殊な小型の刃物らしいの」

 

小型の刃物、それも包丁やナイフではなく特徴的な形状の物で切り刻まれた。それも四肢を折られて無防備な状態で…こんなのはっきり言って拷問だ、エグすぎる…。

 

「あの、こんな時に不謹慎かもしれませんが…JCさんは学園に復帰できそうでしょうか?」

 

副会長がずっと気にかけていたJCの安否について質問する。こう言っては何だが、副会長は会長と同じかそれ以上にJCのことを気に掛けているからな…まぁ、私も密かに奴のことは気に掛けているが。

 

「リハビリ自体は上手くいってるし、傷も治りかけてるから近いうちに無事に退院できると思うよ。でも、本音を言えば…まだ退院してほしくないかな」

 

少し寂しげな表情でそう口にする佐伯さん。それを見逃さなかった副会長は迷わず突っかかる。

 

「…それは貴女がJCさんをお慕いしてるから、ですか?」

 

「なっ!そ、そんなんじゃないって!?やだなぁ〜もう……やっぱり、分かっちゃう?たはは…」

 

副会長の追及にものの数秒で陥落した佐伯さん。むぅ…こうも素直に認められると、逆にこっちが恥ずかしくなるな。だが、JCの奴が妙に好意的なのは何となく理解した気がする。彼女はあらゆる意味で素直過ぎるのだ、今まで猜疑心の渦中にいたJCにとってはまさに心のオアシスのような存在に見えたのだろう。

 

「でも、本当にそんなんじゃないんだよ?確かにJCくんは今、特定の誰かじゃなくて魔法使いそのものを恐れてる。こういう時、最も効果的なショック療法の観点から見ても、グリモアに戻って沢山の魔法使いに囲まれて過ごすうちに、その恐怖心が薄れていつかは克服できるかもしれない。でもそれがいつかも分からないし、それまでJCくんの心が持つかも…」

 

そこで表情に影を落とす佐伯さん。確かにさっきの発作の状態を見れば、またいつあぁなるか分からん。可能であれば私たちでサポートしてやりたいが、その原因が私たちの可能性がある以上迂闊に近づくことは許されない…のだろうか?

 

「だが、こちらとしてもJCの身柄は引き渡して貰いたい。今月の下旬から来月の半ばまでの暫くの間、我々はイギリスに向かうことになっていてな。仮にJCが退院できたとしても発作を理由に学園に置いていく訳にはいかんのだ。我々がいなくなったことに乗じてJCに取り入ろうとする輩が外部から接触してくるかもしれないからな」

 

会長の言い分は物事の芯を捉えていた。我々がイギリスに行くとなれば、当然学園の警備はほとんど機能しなくなる。一応魔物が出現した場合、“IMF”(国際魔法師団)が対応してくれる手筈になっているが、JCの内情を深く知らない彼らはきっと市民を守ることを優先するだろう。そこにJCを療養の為に置き去りにした結果、どの勢力が接触してくるか分からない…特に危惧すべきなのは、最近になって不穏な動きを見せている“ライ魔法師団”だろうか。

 

「そうなんだ…でも、やっぱりそれは認められないな。発作はいつどこでそうなるか分からないし、処置できる人間がすぐ近くにいないのはそれだけで不安を煽ることになる。残念だけど、JCくんは国外に出るべきじゃないと思う」

 

強い口調で会長の提案を拒否した佐伯さん。新米とはいえ現役の看護婦がそう提言するのだから、素直に受け入れるべきなのだろう。だが、理解は出来ても納得は出来ないものがある。それは会長も副会長も朱鷺坂も同じだろう。

 

「…JCくんが学園に残っても身の安全が保証されてれば、みんなは安心してイギリスに行けるんだよね?」

 

「…?あぁ、まぁそうだな…」

 

それを確認した佐伯さんは徐ろに携帯を取り出し、何か思い立ったようにどこかへ連絡を取る。

 

「…あっ、もしもし林檎ちゃん?佐伯 優子です〜。実はお願いがあって…えっ、いや合コンのお誘いじゃなくて!いやお見合いのセッティングでもないの!そうじゃなくて林檎ちゃんのお姉さんお借りしたいんだけど、時間ありそう?うん…えっとね、8月の下旬頃から9月の中頃まで…大丈夫そう?本当に!ありがとぉ〜!後で写真送るから見せておいてね?今度お礼も兼ねてどこかで都合合わせて会おうね!んじゃね!」

 

流れるような通話を終えた佐伯さんは、満面の笑みを浮かべて電話の内容を報告した。

 

「えっと…とりあえず、JCくんの身の安全は確保したよ。みんなが戻ってくるまでの間、“世界で2番目に強い”友達のお姉さんが付きっきりで面倒見てくれるって」

 

世界で2番目に強い?林檎という人物の姉…ま、まさか!?

 

「お、おい…それって“我妻 梅”のことじゃないだろうな!?」

 

会長の問いかけに、佐伯さんはニヤリと含みのある笑みを見せたのだった。

そして8月下旬、学園生を乗せた飛行機はイギリスのネテスハイム魔法学園へと飛び立った。その入れ違いで退院したJCが学園に登校してきて欠席していた分の自習をする予定になっている。そう、あくまでも予定だ…あの人物が来るまでは。

 

「ここもあんま変わってないわねぇ…うしっ、それじゃいきますかっ!」

 

 

 




佐伯(さえき) 優子(ゆうこ)
等々力総合病院で看護婦として働く21歳。意識不明の状態で搬送されたJCの看護担当として献身的に支える明朗快活な女性。警察官だった父親を小学生の時に亡くし悲しみに明け暮れるも、自分なりにその意志を継ごうと立ち直った過去を持つ。現在は母親との二人暮らしだが、かつては妹がいた。


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第参拾参話 再燃せよ 魔法使い

我妻(わがつま) (うめ)
我妻家3姉弟の長女で我妻 浅梨の姉。
日本の始祖十家であり、妹の林檎とともに代表である。
魔法の力は我妻家の中でも梅が飛びぬけており、世界で2番目に強い魔法使いと言われている。
他の始祖十家は豪邸に住んでいるが、我妻は庶民的な一軒家。よく始祖十家が家に集まって宴会をする。
誕生日は1月24日


「……はぁ〜…」

 

グリモアの学園生が飛行機で日本を飛び立ってロンドンに到着して、今は空港からネテスハイム魔法学園に向けて出発したバスに揺られています。みんなは海外旅行に来たみたいで楽しんでいるけど、あたしはどうしてもそんな気分にはなれませんでした。大騒ぎするみんなを横目に窓際で頬杖をついていると、あたしの様子に気づいたのか隣に座っている椎名先輩が話しかけてきました。

 

「桃世さん?元気ないみたいだけどどうかしたの…もしかして“彼”のこと?」

 

“彼”という言葉を聞いて、あたしはビクッと体を震わせてしまいました。何故ならば頭の中にふと先輩の顔を思い浮かべてしまったからです。もう二ヶ月もまともに姿を見てない…でもあたしの瞼の裏には、いつも見せてくれたあの屈託のない笑顔は今でも焼き付いてます。その笑顔に魅せられて…あ、あたしは…。

 

「まぁ…今回は仕方ないわよ。彼にも色々事情があるのよ、きっと」

 

「は、はぁ…そうなんでしょうか?…でも、先輩と一緒に観光したかったなぁ…」

 

ふとそんな独り言が漏れてしまい、慌てて両手で口を塞ぐ…椎名先輩には聞かれてない、よね?

でも、想像したら…ちょっと良いかも、ふふふっ。

初めての海外旅行。一緒に街を歩いたりランチしたり買い物したり…先輩は兎に角視界に入るもの全部が新鮮で、子どもみたいにはしゃいであたしを連れ回したりして。それで最後は夜景が一望できる場所で二人きりになって、隣に座っている先輩と見つめ合って…それから顔が近くなって…それから、それから…っ!?

 

「だ、ダメですダメです!先輩…それ以上はぁ……はっ!」

 

気づけば隣に座っている椎名先輩が顔を引きつらせてこっちを見ていました。あぅ…またやっちゃったかな?気を利かせてくれた椎名先輩は、軽く咳払いをして話題を変えてくれました。

 

「…そ、それはそうと今回も彼は大変みたいね。さっき少しだけ聞いたんだけど、もう予定でいっぱいなんだって。もう自由に身動きも取れないくらいに」

 

「あー、やっぱりそうなんですね。先輩の都合が良ければあたしも誘いたかったんですけど…」

 

「…桃世さんって、意外と大胆よね。まぁ、今回は厳しそうね…色々な子と一緒に過ごすって言ってたし「一緒に過ごすゥ!?だだ誰とですかぁ!?」ひぃ!?そ、そこまでは私も知らないけど…って、桃世さん顔怖いわよ!?」

 

むぅ〜…先輩、一人だけ学園に残ってそんなこと考えてたなんてぇ!こんなことならあたしも学園に残って先輩のお世話係を買って出るべきでした。散歩の時は倒れないように先輩の体に寄り添ったり、食事の時はあ〜んってご飯を食べさせてあげたり…お、お風呂も一緒に入って体を洗ってあげたり!?挙句には一緒のベッドでそ、添い寝をしたりして…先輩の寝顔がものすごく近くて、無防備な状態の唇が私のすぐ目の前に…はぁ、はぁ…!

 

「も、桃世さん…顔、蕩けてるわよ?というか、あなた何かものすごい勢いで勘違いしてない!?私、転校生くんの予定のこと言ってたんだけど…も、戻って来なさ〜いっ!」

 

し、椎名先輩が何か言ってるけど…もうダメ!先輩、お土産買って帰りますからねーっ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…っ!?な、何だろう…この何とも言えない寒気というか……今日はもう帰るか」

 

ぶるっと体が震えたから今日はもう終わり。まだ病み上がりだし、どうせ自習だから学生寮でも出来ないことはないし…ただ、毎日ノートの提出と次回分の内容が記されてる紙を取りに来ないといけないってかなり面倒だ。正直、一回で全部バァーって範囲教えてくれればこっちで勝手にやるし。ってか、腹減った…もう13時か。

 

「寮に戻っても誰もご飯作って待っててくれてないからなぁ。この時間じゃ優子さんもまだ仕事抜け出せないだろうし…参ったな、これ」

 

昼飯にありつけるかどうかすら怪しくなってきたと考えながら歩いていると、正門のところに見知らぬ女性が立っていることに気がついた。が、お腹空きすぎてそれどころじゃない。

 

「…あっ、ねぇそこの君」

 

うぅ…無視無視。面倒ごとには巻き込まれたくない。

 

「ちょっと!?何で逃げるのさっ!」

 

脱兎の如く走り出した俺だったが、すぐ後ろに女性が迫ってきていた。くっ…仕方ない、なら“青の力”を使うしかない!

 

「…っ!スピードが上がった?でも、まだまだァ!」

 

俺のスピードが上がったことで一瞬だけ驚いた女性だったけど、すぐにそれを上回る速度で走って追いかけてきやがった。な、何だこの女!?俺についてくるなんて、化け物か!?

そんなことを考えたその刹那、突然背後から襟首を掴まれる。その相手は勿論あの女だ。

 

「ふひひっ、つっかまえた♪」

 

その顔は笑顔だけど、心は笑ってなかった。こいつは…全身が危険信号をビンビン出してやがるぜぇ…!

 

「っ!?は、放せっ!この野郎!」

 

「んわっ!?あぁ〜ったく、とんだ暴れん坊だなぁ…兎ノ助の奴、指導がなってないよ」

 

拘束から逃れるために繰り出した拳を最小限の動きで難なく躱した目の前の女は、何故か嘆くような素振りを見せる。くそっ…初動で躱したのか?ただの一般人じゃないのかよ!?

 

「あんた、何者だ!?何故俺を狙う?」

 

「えぇ?私はそんなつもりは無いんだけどねぇ…何だったら“試してみる”?」

 

「…っ!上等ッ!!」

 

その挑発とも取れる一言に俺は激昂し、青の力を発現させたまま一気に距離を詰めて殴り掛かった。初速は十分、多少直線的な動きで赤に比べてパワーも落ちるが初見ではまず間違いなく見えない!とはいえ直撃させるわけにもいかないから、少しずらして牽制だけで勘弁してやるか。しかし現実は残酷で、そんな甘いことを考えていた自分を俺は呪うことになる。

 

「…なっ!?お、お前ェ…!!」

 

俺の放った高速パンチ群は目の前の女に命中する前に、直前で全て捌かれて一発も決まることは無かった。そんな馬鹿なことあるもんか!まさかこいつは…

 

「ふ〜ん…結構期待してたんだけど、噂ほどじゃないかなぁ。動きが単調、拳の軌道も見え見え、フェイントもバレバレで本体に力がほとんど伝わってない。だからこうやって、すぐに捕まる!そらっ!」

 

「なっ、うわぁああ!?」

 

女は俺の放った拳を難なく受け止め、そのまま腕ごと締め上げて俺の体ごと宙に放り投げた。俺は体が地面に叩きつけられ全身に激痛が襲うまで、その事実すら認識できなかった。それほどまでに無駄のない鮮やかな動きだったと認めざるを得なかった。

 

「ふふん♪どぉよ、もう降参する?」

 

女は余裕に満ちた笑みを浮かべて俺を見下すように問いかける。こいつ…潰すッ!!

俺はその場で跳ね起き、同時に青から赤へと力を変化させる。もう加減はしない、全力で行く!!

 

「もう、手加減しねぇ!ウラァアッ!!」

 

地を踏みしめ再び一気に距離を詰める。青がスピードや手数の多さなら赤は一発に込めるパワーの大きさが長所だ。以前の生天目つかさがやって見せたように一撃における力の均衡を破る戦法だ。思惑どおり放ったパンチを難なく捌いていく女、だがそのおかげで俺の一撃ごとのパワーがみるみる増していく。これなら…勝てる!

 

「ッ…!これは、なるほどねぇ…」

 

女は俺の攻撃を防ぎながら、何か納得したような口ぶりで呟いた。今更力の差に気づいたのか?だがもう遅いぜ!

 

「っ…!これでェ、終わりダァア!!」

 

俺は左手で陽動を誘うようにジャブをかまし、そっちに女の注意が向いた一瞬の隙を狙って本命の最大限に力を乗せた右ストレートを女の顔面に向けて放った。防御はまず間に合わない顔面直撃コース、赤の力が最高の状態を発揮した拳は例えあの生天目つかさでも防げない!それ故にこの勝負貰った!!

ズドンッ!!という轟音とそれに伴って発生した衝撃波と土煙によって周囲の視界の一切が支配される。だが、間違いなく放った拳には手応えがあった!最後に見た景色では女の防御は間に合っていなかったはずだ。なら、これで終わり…みたいだな。そう思い安堵の表情を浮かべようとした矢先、噴煙の中から軽快な声が聞こえてきた…ま、まさか!?

 

「…はぁ〜、危なかったぁ!今のは流石に私も驚いたわ、なっはっは〜…でも、女の顔狙って殴るのはちょっとおいたが過ぎると思うけどぉ?」

 

俺は動揺を隠せなかった。この女、あの体勢から俺の全力の拳を左手一つで防ぎやがった!?俺の拳はすっぽりと包み込むように女の顔の手前、直前に出した左の掌に収まっていた…それも目立った外傷の一つもなく、完全に勢いを殺した上で防ぎやがったのだ!あまりの出来事に身動き一つ取れない俺に対して、女はニマァ…と悪戯っぽい笑みを浮かべながら右手を“ある形”にして俺の額の前に持ってきた。そして、その次の瞬間…。

 

バチィイイイイイイイインッ!!!!

 

女の折り曲げられた中指があらゆる思いを乗せて、俺の額へと発射された。反応すら出来なかった光のよう速度で発射された天を切り裂くようなデコピンの一撃。それはまるで戦車の主砲を彷彿とさせる一撃だった。当然、それをモロに受けた俺の体は宙を舞い遠のく意識の中でただ一つ、今までで初めての完膚なきまでの敗北を味わいながら暗闇に落ちるのだった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「学園長と生徒会長に次ぐ賓客が男性だとは聞いていたが…本当に貴殿がその学園生だというのか?確かに類い稀な体質とはいえ、見た目以上の強さは感じられないが…」

 

学園のみんなを乗せたバスが到着して少しした後、レティが転校生くんに疑惑の目を向けながらそう呟いた。ちゃんと事前に話しておいたのに、まだ疑ってるんだ…相変わらず堅いんだから。まぁ学園長の寧々ちゃんの子どもっぽさや生徒会長の武田さんのフランクさはネテスハイムではまず見られないもんね。

 

「…客人が足りないな。後の一人は何処にいる?」

 

「へ…?嘘っ、転校生くん…誰か来てないんですか?」

 

レティに指摘されて慌てて確認すると、転校生くんはJCくんが日本に残ったことを教えてくれた。どうやらみんなが出発したのと入れ違いで入院先の病院から戻ってきたらしい。

 

「ふむ…そうか、それは残念だな。どういうわけか分からんが何故かミス・タケダも明らかに腑抜けているようだ、せめてそのJCなる生徒が噂通りの実力の持ち主かどうか見定めておきたかったのだが…致し方あるまい」

 

「えっ、JCくんってそんなに知られてるの?」

 

私がレティに確認すると、何故か眉間にしわを寄せて険しい表情で詰め寄ってきた。な、何かまずいこと言っちゃったかな…?

 

「貴様…同じ学園に居ながら、何とも思わなかったのか?」

 

「え、えぇ〜と…彼はちょっと泣き虫?かなぁ…ひぅ!?」

 

レ、レティがものすごく怖い顔になってる!?だ、だって本当にそう思ったんだもん!

 

「…日本の言葉にもある、まさに“灯台下暗し”というやつだな。卿もただ遊びに行っているのではないならば、実力者のことは頭に入れておけ」

 

む、むぅ…悔しいけどレティの言う通りだ。でも、JCくんって滅多にクエスト受けないし、私が唯一彼を見かける機会って言えば、歓談部で東雲さんやあやせさんに揶揄われて半べそかいてる時の子どもみたいなJCくんしか見たことないし…改めて考えてみると、私ってJCくんのことあんまり知らないのかな?

そんなことを考えていると、デバイスで連絡を取っていたレティが急に態度を豹変させた。十中八九、この感じは…魔物の出現!

 

「…あぁ、分かった。優先すべきは市民の避難だ、殲滅はこちらで行う。あぁ、そちらの指揮はエイプリルに任せる、終わり次第援護に回ってくれ…エミリア、聞こえたな?魔物が市街地に出現した、それもかなり広範囲にだ。ネテスハイムはこのまま戦闘に入るが…」

 

「…うん、だったら私たちも手伝うよ。コーディの為にも、絶対に守らなくっちゃ!」

 

私が強くそう断言すると、レティも気持ちを汲み取ってくれたのか静かに頷いて生徒会長に緊急事態を伝えに行った。私も転校生くんとすぐにパーティを組んでレティの後を追った。

結局、途中になっちゃたけど…日本に帰ったら、思い切ってJCくんを何かに誘ってみようかな…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ハッ!?こ、此処は…痛〜っ!」

 

目を覚ますと、見知らぬ部屋の中で寝かされていた。少なくとも寮やホテルではなく良く言えば生活感のある部屋、悪く言えば散らかった部屋という印象だ。訳もわからないまま取り敢えずゆっくりと体を起こすと、同時に部屋に誰かが入ってきた。

 

「…ったく、もぉ〜ちょっとは手加減してくれたっていいじゃんよ〜…おっ、やっとお目覚め…っ!?」

 

入ってきたのはさっき俺をブチのめした女だった。手で頭を押さえていることと独り言から何かしらの怪我を負ったようだが、俺自身は後頭部に一撃入れた覚えはない。それに何故か俺を見て妙に慌てた様子で取り乱す女…何なんだこいつは?

 

「…おい、何でこっちを見ない?」

 

「ち、ちょっと待って!何で裸なの!?早く制服の上着か何か着てよ!」

 

「…はぁ?そんなもん最初から持ってねぇよ。ってか何を言って…あっ」

 

女に指摘されて自分の体に視線を向けると、そこには何故か上半身裸の状態の俺が…何でだ?ともあれ女が急に態度を豹変させた理由が分かった。まぁ向こうからすれば上半身裸で下半身は布団に隠れて見えない→全裸の思考に直結しても仕方ないか…仕方ないのか?

 

「おい、俺の服何処やった?アレしか持ってねぇんだから隠してんじゃねぇよ」

 

「私が知るわけないでしょうが!そ、その辺に落ちてたりしないの?」

 

女は両手で視界を塞ぎながらも、部屋の中に服が転がっていないか一緒に探していた…なるべく俺に視線は向けないまま。そんなにまで見たくないんなら、部屋の外に出てもらっていた方が助かるのだが……おっ、これ俺のシャツか。俺はそれを掴むと、何の気なしに手繰り寄せた。

 

「へっ?うわぁっ!?」

 

「えっ…なっ!?」

 

どういう訳か女が身動きの取れない俺に対して全身で倒れてきた。ぐっ、苦しい…い、息が出来ない…!?

 

「痛た〜っ…ゴメンねぇ、知らないうちに踏んでて足取られちゃって…って、何うーうー唸ってんの?…あっ///」

 

そうだ、気づいたんなら早く退いてくれ。お前のその無駄にデカい胸に押し潰されてまともに呼吸が出来ない…。

すると、騒々しい物音を聞きつけたのかドタバタという激しい足音と共に二階に上がってきたであろうご婦人が部屋に入ってものの数秒で硬直した。

 

「あ、あの…おばちゃん、違うの…これは、そういうことじゃ「わかってるわ」へっ…?」

 

ご婦人の目に飛び込んできた景色といえば、上半身裸の若い男に覆い被さるように体を押し付ける女と胸で顔面を押し潰されそうになっている俺の姿。女がしどろもどろになりながら釈明しようと試みるが、それよりも先に何か悟った表情でご婦人が言葉を遮った。

 

「一目見た時からビビっと来てたのよね。おばさん嬉しいわぁ…“梅ちゃんにもやっと春が来てくれて”」

 

「んなっ…お、おばちゃん!?」

 

ふぅむ…このご婦人、何か盛大に勘違いしているようだが…まぁこの際どうでもいい。先に服を着ることにしよう。

 

「んじゃ、お邪魔虫は退散するわね…後は若い二人だけでどうぞお楽しみに…ふふっ♪」

 

パタンと閉じられた扉、その扉越しに聞こえてくる軽快に階段を下っていく足音と鼻歌。既にいなくなったご婦人に向けて尚も弁明を続ける女だったが、次第に諦めた様子でこちらに向き直した。

 

「うぅ〜、本当にそんなんじゃないのにぃ…ってか、君って何でそんなに落ち着いてられるの?」

 

「別に…年増に興味がないだけ「はっ倒すよ?」むぅ…」

 

冗談の通じない女だ…それを言うならあのご婦人もそうだ。俺とこの化け物女が恋仲に見えるってのか?あり得ん…。

 

「はぁ…まぁいいや。それより君も体動かしても大丈夫なら降りてきなよ。お腹、減ってるでしょ?」

 

そういえば、こいつに襲われて忘れていたが…昼飯を食い損ねていたんだ。なのに、何でそんな奴の世話にならなきゃならない…しかし、腹の虫が今にも鳴り響きそうだ。

 

「…飯を食ったら、帰らせてもらうからな」

 

人間って、食欲には逆らえないんだな…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やあっ!!」

 

エミリアが先陣を切って魔物を大群と戦闘に入る。以前から危惧していたこととはいえ、まさか現実にロンドンが襲撃されるとは…守備プランの作成が間に合っていなければ、被害は甚大なものになっていただろう。しかし、地下から出現している魔物に対してネテスハイムの戦力はやや数に劣る。人員の少なさを個々の戦力でカバーしきれるだろうか?

 

「転校生くん、今から全力で行く!だから魔力を渡し続けて!」

 

エミリアの要求に応えるように、転校生なる魔法使いが自身の持つ膨大な量の魔力をエミリアに譲渡する。なるほど、これがグリモアの魔法使いが魔力の枯渇を引き起こすことなく常に全力で戦える理由か…さしずめ“人類の希望”といったところだな。

 

「だが、私も負けてはいられん!ハァッ!」

 

エミリアの剣撃はどうしても複数の敵を相手に取れない。その討ち漏らしを私のマスケット銃による魔法攻撃で仕留める。今のところは侵攻は防いでいるが、いつ他の重要都市が危機に晒されるかわからん…速攻でケリをつけるか。

 

「エミリア、退がれ!これより私が広範囲攻撃を仕掛ける…巻き込まれるなよ!」

 

「…っ!?うんっ!」

 

私の行動を理解したエミリアはすぐさま魔物との対峙を打ち切り、一気に距離をとるように後退する。それを確認した私は眼前に広がる大量の魔物に向けてマスケット銃を向ける。数は約20〜30といったところか…エミリアがかなり減らしたようだな。ならば、ここで時間を食う訳にはいかんな…貴殿らの魂、滞りなく“送ってやる”!

 

「コーデリアよ……さらばだ!!」

 

私の言葉と同時に、マスケット銃から銃弾の雨とも比喩される私の最強魔法が発動した。轟音と共に連続発射された何百もの銃弾は全て魔物達へと吸い込まれ、討ち漏らしは0だった。

 

「…凄い、あの数の魔物を一度に…」

 

久々に私の魔法を見たエミリアが面食らったような顔をしているが、それに付き合っている時間は無い。

 

「感心している場合ではないぞ!ここは片付いたが、我々はすぐに他の場所の援護に入る!」

 

「…っ!わ、わかってるよ!行こう、転校生くん!」

 

自分で先導していてなんだが、恐らく他の重要都市はミス・タケダ率いるグリモアの魔法使い達が各々に魔物を殲滅していることだろう。魔物の出現を聞いた彼女の目の色が変わったことから、漸く本調子に戻ったと見える。となると、やはり原因はここに来ていない“もう一人の男子生徒”ということなのか?報告書で読んだ素性不明の魔法使い“JC”か…これは面白い。

 

「…ふふっ、益々貴殿という存在に興味が湧いてしまったようだ」

 

私は内心心を弾ませながら、まだ見ぬ未知の魔法使いへの期待感をより高めると共に、他の市街地の戦闘エリアへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、ラーメンと餃子と炒飯の大盛り!育ち盛りだもん、これくらい食べられるわよね?」

 

「…えっ、は、はぁ…」

 

俺はご婦人と奥にいる親父さんが作ったとされる目の前に広がる料理の品々を見て言葉を失った。いや、確かに世話になるとは言ったけど…こんなにもてなされるとは思わなんだわ。

これは困惑している俺の横で一心不乱にラーメンを啜っている女に事情を説明してもらう他ないな。

 

「…おい、これは一体どういうことだ?というより、そもそも何で隣で食ってやがる?」

 

この女、俺を意識不明にまで追い込んでおきながら平気な顔して隣で俺に出されたものと同じ料理、同じ量を食ってやがった。すると、女は何食わぬ顔をして俺に飄々と告げやがった。

 

「んー?いや、私もお昼まだ食べてなかったし…それに、“昨日の敵は今日の友”って言うじゃん?それよりも、ここって私の行きつけのラーメン屋でさ…特にこのチャーシューの味が堪んないんだよねぇ〜!これの為に生きてるって感じ!」

 

「…いや、お前と会ったの2時間前が初めてだし日も跨いでないだろ」

 

「…あれ、そうだったっけ?ごめん、なんか随分前に会ったことあるような気がしてたから、ついね…ん、美味し〜!」

 

ダメだ…こいつとはまるで話が合わない。一体全体どうなってやがるんだ?

そんな俺の胸中を察したのか、ご婦人がカウンター越しから話に混ざってきた。

 

「うふふ…梅ちゃんが男の子の友達を連れて来るなんて、確か“ジェイソンくん”以来じゃなかったかしら?結構珍しいのよ」

 

「んがっ!?げほっ、がはっ…お、おばちゃん!だからそういうのじゃないんだって!この子はただの学園の後輩で、おばちゃんが想像してるようなことは何もないんだからっ!」

 

隣で女が咽せているが、食事中は出来るだけやめてもらいたい。同じもの食ってるから特に…というか、今聞き流してはいけないことを言わなかったか?

 

「おい、俺が学園の後輩だと言ったか?」

 

すると、その問いに答えたのは意外にもご婦人の方だった。

 

「あら、貴方知らなかったの?この子はグリモアの卒業生で日本の始祖十家でもある“我妻家”の長女なのよ」

 

「我妻?どこかで聞いたような……あっ、お前もしかして精鋭部隊の?」

 

頭の中で散らばっていた情報の欠片が一箇所に集まったその時、一つの答えが導き出された。そして、それはこの女の言葉によって裏付けされる。

 

「そ、私はその精鋭部隊の我妻 浅梨の姉…我妻 梅。よろしくねん♪」

 

そう言って、俺に向けて右手を差し出してきた我妻 梅。勿論、俺がその手を取ることはない。

 

「よろしくする訳ないだろ。何で生命の危機に晒された奴と仲良くせにゃならん…おっ、このラーメン美味いな…」

 

うぅむ…具と麺とスープが程よく混ざっている、これぞまさしく黄金比と言っても過言ではない。そして、この餃子!一見普通の肉餃子かと思いきや、食感に一工夫施されている。これは具を包んでいる皮に秘密があるのか?更に極め付けは炒飯だ。油が多過ぎず適切な火力と調理時間で仕上げられている…これは親父さんの経験から算出した秘伝の作り方に違いない!この店、侮れないな…!

 

「あらあら、そんなにがっついちゃって…この子も梅ちゃんと同じで“花より団子”みたいね」

 

ご婦人、そんなつもりありません。ただこの危ない女とは気が合わないだけです。

 

 

 

 

 

 

 

〜15分後〜

 

 

 

 

 

 

「んで、いい加減話してくれ…俺をつけ狙った理由」

 

「んぇ?あぁ、それか…別につけ狙ってたってのは本当に違うんだけどねぇ…ズズッ」

 

お互いに昼飯を済ませた俺と我妻 梅はカウンターから二階の元の部屋に場所を移し、本題へと話を移行させていた。にしても、こいつ食後のデザートの後に茶までゆっくり飲みやがって。足組んで座って…緊張感のない奴だ。

 

「君のことを知ったのはちょうど1ヶ月くらい前だったかな。君の看護を担当していた子から妹を経由して連絡を貰ってね…まぁグリモアの生徒がネテスハイムに行く間は国軍とIMFが学園の警備にあたるって前々から決まってたし、ついでに君の面倒も見てくれって正式に通達が…って感じかな?」

 

「優子さんが?そうか…だが、それならもう分かってるだろ?俺が魔法使いを見れば発作を起こしてしまうってことは。本当はこの期間に退学の手続きを済ませおきたかったんだが…」

 

「ま、それは無理な相談だろうね。いくら本人が退学を望んでも、それにはお偉いさん方の許諾が必要だし…特にあのお子様学園長は絶対に認めないだろうねぇ」

 

我妻 梅はニヤついた視線を俺に向ける。確かにそれは誤算だった。せめて学園長と顔見知りの仲じゃなければ、もしかしたら申請が通っていたかもしれない。

 

「それに退学したからって自由になるって訳でもないしね。そういう魔法使いは例外なく矯正施設に送られるし、もしかしたら一生をそこで終えるなんてことも考えられないわけじゃないよ。それよりも、もっと症状が良くなることを考えた方がいいじゃん。現に私とは普通に話せてるし」

 

「それは優子さんがリハビリに付き合ってくれたからすぐに卒倒するのは防いでるだけで、あんたはそもそも俺の中では悪い奴って認識だから別に裏切られたとかそういう感覚は無いから大丈夫なんだよ。それに、内心ではまだみんなと直接会うのは…怖いんだ」

 

ここで初めて、我妻 梅の表情が陰った。それは俺に対する同情なのか、はたまた期待外れともいうべき失望の念なのか…。

 

「ふ〜ん…そう。じゃあ“諦める”んだ?」

 

我妻 梅の残酷なほど鋭い言葉を受け、俺は…何も言い返せなかった。失望したか…そうだろうな。こいつは事前に俺のことを調べてきているはずだ。タイコンデロガを倒したことや何度も裏世界に飛ばされてもその都度生きて帰ってきたことを…それが実際に会ってみればこんな弱気な奴だと知れば、誰だって幻滅するか。

 

「何と言われたって、怖いものは怖い。アンタには分からないだろうな…いや、アンタだけじゃない。俺の気持ちが分かる奴なんて誰も居ないんだ…」

 

俺の独白は我妻 梅の場違いな答えによって上書きされてしまった。

 

「そんなの当たり前じゃん」

 

あまりにあっけらかんとした答えに、俺はまた別の意味で言葉を失ってしまった。普通、そんな簡単に肯定するなんて思わないだろう?

 

「自分以外の人間が何考えてるかなんて、そんなの分かるわけないって…ま、何となくだけど思いやることなら出来るかもしれないよ?」

 

そう言って、ニィと笑いかける我妻 梅。こいつ…突き放したり肯定したり、俺をどうしたいんだ?

すると、我妻 梅は持っていた茶を一気に飲み干してスッと立ち上がって俺の横まで歩いてくると、そのまま隣に座りこんだ。な、何のつもりだ?

 

「今からする話は私が勝手にそう思ってるだけだから、返事しなくていいから聞いててね「はぁ?何で俺が…」いいから!お願い…?」

 

うぐっ…何だよ、急にしおらしくなりやがって…調子狂うなぁ。

 

「ちょうど10年くらい前だったかな…まだ私が学園で生徒会長だった時にさ、北海道で魔物が大量に出現したことがあってさ」

 

それは俺の中でも記憶に残っている出来事だ。恐らく第6次侵攻のことを言っているのだろう。

 

「その時は魔物発生から軍や学園生の出撃の初動の対応が遅れてね…結局、私たちが北海道に辿り着いたのは最初に発生してから2ヶ月以上経った後だった。因みに何で遅れたのかってのは、国同士のいざこざのしわ寄せに巻き込まれてね。北海道で霧を払ったら中国やロシアに霧が移動してしまうから、どっちを救うか選べってこと。だから、今年の3月に北海道を解放してくれて…本当に良かったんだ」

 

俺もその話は聞いている。俺が過去の北海道に飛ばされている間に、こっちに残った学園生が軍と協力して北海道を巣食う大型の魔物を倒した話だな。

 

「それでね、その過去の学園に変な電話がかかってきたことがあったんだよね。魔物の発生が確認されたのとほぼ同じくらいに“グリモアの生徒を名乗る魔法使いが北海道の公衆電話から学園に直接救援を要請してきたってね”…工作員にしては随分とマヌケな行動だよねぇ…学園内部に直通の番号にかけてくるなんて」

 

「お、おい…何でそれを「待って。黙って聞く約束でしょ?最後まで言わせて」ぐっ、くくっ…」

 

くそっ…こいつ、分かってるなら最後まで言わせろ。

 

「んで話を戻すけど、私たちが北海道に着いた時にはもうほとんどの魔物は霧散しててボスのデッカい魔物とその取り巻きの小物だけ。流石にその場の判断で勝手に殲滅させる訳にもいかないから撤退したけど…その時一緒に負傷した国軍の兵士と何故かグリモアの制服を着た女の子が一緒のヘリに乗ってたんだけど、これがまた面白い話を聞かせてくれてね。この服はどうしたの?と聞いたらこう答えたよ…“私を助けてくれたお兄さんが貸してくれた。まだ一人で戦ってるから早く助けてあげて”とね」

 

その時、一人の少女が見せた儚い笑顔が脳裏に浮かんだ。それは俺が北海道で出会った悲しき運命と戦う芯の強い少女…真代ちゃんその人だった。

 

「ここまでが私の記憶にある変わった物語の話。まぁ、つい最近まで何故か忘れてたんだけどね…どぉ?少しは気が楽になった?」

 

我妻 梅…どこから聞きつけたのか知らないが、俺と真代ちゃんの関係を知っている?だが、おかげで思い出したぜ…俺にもまだ、信じてくれる人がいるってな。

 

「私は隠し事とかあんまし得意じゃないからハッキリ言うよ…私たちには君の力が必要なの。学園生たちが何て言ってるかは想像つくけど、私たち“IMF”としては正式にこれを要求するわ。その為に私たちが君を鍛え上げるつもりよ」

 

我妻 梅は壁の近くに立てかけて置いていた鞄の中から、数枚の書類を取り出して俺に差し出した。そこに記されていた内容は宍戸結希によって採取された生体データと赤・青・緑能力や特性について事細かに、まるで俺自身が証言したような内容だった。

 

「君の能力のことは最大限こっちで調べたわ。でも、まだまだ全然使いこなせてないよ」

 

「…何だと?お前、俺の何を知っている!?答えろっ!!」

 

俺は激昂し、我妻 梅に摑みかかる。が、すぐにいなされ次の瞬間には俺の腹に膝蹴りが直撃し、あまりの激痛に声にならない声を上げてその場に蹲る。

 

「ごめんね…でも、もし君自身を変える気があるなら…明日学園内のコロシアムに来て。そして、誓って…“自分の身の周りにいる人間全てを利用してでも必ず糧にする”と。まず最初に私を利用して、誰よりも強くなりなさい。君にはそれを選ぶ権利も自由もあるってこと、忘れないで。店を出て右の路地をまっすぐ進めば学生寮の前に出るから、今日はそのまま帰りなさい。じゃあ、また明日ね」

 

我妻 梅はそれだけを言い残して書類をしまうと、そのまま部屋を出て行ってしまった。くそっ、好き放題言いやがって…誰があんな女の言うことなんかに従うか!

 

「…けど、真代ちゃんが我妻 梅に託してくれた。燻ってる俺に立ち直るチャンスを与えてくれたのかもしれない…はぁ」

 

今の俺を真代ちゃんが見たら、何て言うだろうか?

 

(今のお兄さんは、ダメダメですっ!お兄さんは北海道の為に…あ、あと真代の為に頑張って戦ってくれました。だから、絶対また元気になれるって、真代は信じてます!じゃなければ、そんな弱々なお兄さんのことなんか…大嫌いですっ、ぷいっ……あっ、今のはその、本気で言ったんじゃなくて例えばの話で…って、そんなに落ち込まないでくださいよぅ〜!?本当は大好きですからぁ〜!!)

 

…うん、きっとこんな感じだろうか?ふふっ、想像だけでも何か笑えてきたな。それにしても俺は随分と忘れていたな…あの時、北海道で味わった悔しさや不甲斐なさを。もう二度とあんな無様な負けを味わいたくないと誓ったはずじゃなかったのか、俺は。

 

「…はぁ、分かってるよ。こうなったらトコトン利用してやる…誰にも負けない、誰よりも強く…!」

 

俺は滾る想いを拳に宿し、消えかけていた闘志を再び燃やすこととなる…それは新たなる力の目覚めの予感でもあったことは、俺はまだ知る由もなかった。

 




【左手】

「じゃあ、私もう行くから。また近いうちに寄るからね!」

「はいはい、次に来る時はお付き合いの報告でも待ってるわよ」

「なっ!?何言ってんのぉ!?だから違うって言ってんじゃん!もう行くからね…「おい、梅」えっ、何おじさん?」

「お前、左手どうした…?」

「えっ…別に何でもないって」

「…そうか、なら聞かん。だがな、隠すつもりならもっと上手くやれ」

「…うん。心配かけてごめんね、でも本当に大丈夫だから!じゃあね〜………やっぱおじさんにはバレてたか〜。JCの赤の一撃、こんなに効くなんてなぁ…私ももっと強くならなきゃね!よーし、明日から気合い入れてビシバシ鍛えてやるぞー!」


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第参拾四話 臆せよ 魔法使い

七喜(ななよし) ちひろ】
汐浜ファンタジーランドが大好きな女の子。ほぼ毎週遊びに行っていたところ、魔物に襲われて重傷を負い、そのショックで魔法使いに覚醒。ふわふわほわ~っとしており、きらきらのくるるん。兎がぴょんぴょんするととってもかわゆいんです。図書委員。争いごとが嫌いで魔物や危険人物でも仲良くできればと願っている。


「はぁ…はぁ…クァッ!フッ!ヘアッ!はぁ、はぁ…タイムは!?」

 

俺はコロシアムのゲート付近でストップウォッチ片手に修行の行く末を見守っていた我妻 梅に確認する。しかし、その表情は晴れることはなく、もはや呆れすら見え隠れしていた。

 

「…49秒。これでもう78回目なのに、まだまだ全然目標タイムに到達してないよ!あんた、ちゃんとルール分かってるよね!?」

 

我妻 梅との修行を始めて3日が経とうとしていた。修行といえば聞こえは良いが、課せられた内容といえばハッキリ言って無理難題・机上の空論・絵空事・夢物語・フィクション…どう呼ばれても良いほどの眉唾物だ。俺は反抗の念を込めて、嫌味ったらしく言い返してやった。

 

「あぁ分かってるさ。30秒以内に4人を倒す…但し、向こうは本気で襲い掛かってきて俺は常に“青”の状態で1人につき一撃しか攻撃が許されてない。攻撃力不足で二発目は無し、こんなん無理だろうが!」

 

「無理でも何でもやるの!全く、口答えだけは一流なんだから…生天目つかさは倍の人数を同じタイムで倒しきったよ!」

 

くっ…化け物の友達はみんな化け物ってか?俺だってせめて攻撃力の低い青じゃなければ…もっと強い力があれば、一撃で打ち倒せるだけの力が。まさか、これが狙いか?

 

「…もう一度だ!次は上手くやるっ!」

 

俺は何度失敗してもへこたれずに挑み、その度により強力な力を酷使する要求を自身に課した。

そして、それを達成したのは学園生の帰国日から1週間後…ロンドン出発からピッタリ1ヶ月経った頃だった。不穏な動きを見せていた“ライ魔法師団”が遂に学園近辺の学生街を襲撃してきたからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「捕らえる?倒しちゃダメなのか?アイツらはリナ達を殺す気なんだろ?」

 

「えぇ、ですが絶対に殺さないでください。例え相手がテロリストであっても、私たち正規の魔法使いが倒すのは魔物だけです…魔法使いが人間を殺した時のバッシング、あなたも知ってるでしょう?」

 

私が言及すると与那嶺さんは納得いかなかったのか、私を見つめて唸っていた。霧塚さんが慌てて宥めていたけど、私だって内心ではこの決定に納得しているわけじゃない。

“優等種族である魔法使いは劣等種族である一般人を支配する”そんな危険思想を掲げている団体、百害あって一利なしだと誰もが思うでしょう。

すると、突然デバイスから通知音が鳴り響いた。相手は神凪さん?

 

「はい、冬樹です。どうかしましたか?」

 

《あぁ、委員長から伝言だ。冬樹はそのまま図書委員に付いてフォローしてやってくれとのことだ。それと…》

 

そこへ来て急に言葉を濁す神凪さん。何かあったのかしら…?

 

「神凪さん?何か言いづらいことなら無理に言わなくても構わないけど…」

 

《どうやら…JCがライの魔法使いと接触したようだ。それも、拘束したライの手下から聞き出した情報が正しければ、今回の騒動を指揮したとされる首謀者とらしい》

 

「何ですって…!JCさんの現在位置は把握しているんですよね!?」

 

私の問いかけに対して、明確な回答はなかった。それほどまでに絶望的なのか、はたまた状況は刻一刻と変化しているのでしょうか…?

 

《…詳しいことはまだ分からないが、私たちが全力で捜索する!冬樹の方でも余裕があれば気にかけてやってくれ!》

 

そこで一方的に通話が切れてしまった。まさか、ライがJCさんに?でも、一体何の用があって…今はそんなこと考えている場合じゃないわね。

 

「とにかく、今はライの魔法使いを拘束することが先決。そうすればいずれJCさんに辿り着くはず…」

 

私は何故か消えない一抹の不安を胸に抱き、襲撃跡の残る学生街を走り抜けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……こっちか」

 

俺は“緑”から“青”へと変化させて、屋根と屋根の間を跳躍して移動していく。襲撃の報せを受けた俺は学園生の少し後から学生街へ到着すると同時に“緑”の力を発現させて襲撃者のおおよその位置を探していると、何処からともなく俺を呼ぶ声が聞こえてきた。他の誰もが騒いでいないことからこの声は自分にしか聞こえないほど遠くから発せられているものと判断した俺は、許諾を得ないままその場所へと向かって現在に至る。まぁ俺の出撃自体、単独では違反行為なのだが…もう金輪際、学園一の不良生徒ってことで通すから問題ないか。

そんなことを考えていると、視線の先に目深にフードを被った魔法使いと思われる人物が不気味に佇んでいた。

俺はその人物の数歩前に降り立つと、注意深く観察する…仕掛けてくる様子はない…のか?

すると、目の前の人物が僅かに距離を詰めてきたので迷わず制止の声を上げた。

 

「動くなっ!俺を呼んだのはお前か?仲間は他に何人か居る?」

 

俺が矢継ぎ早に質問するものの相手には特に焦った様子もなく、そしてゆっくりとその口を開いた。

 

「…やっと、逢えた……また、あの時のまま…!」

 

「えっ…なっ!?」

 

目の前の人物は独り言のように小さく呟くと、一目散に俺に駆けて来て…そのまま俺の体を抱きしめた。あまりの突然の出来事に困惑する俺は抱きついてきた人物を突き放した。その拍子にお互いに地面に倒れてしまったが、不意に顔を隠していたフードがズレてその顔が露わになる。

 

「もう…いきなり女の子を突き飛ばすなんて、相変わらずデリカシーが無いんだから…ふふっ」

 

淡い桃色の髪、一見物腰柔らかだが妙に強気な姿勢、そして過去の俺を知っている口ぶり…俺はこの女を知ってるのか?

 

「お前は、誰だ…?何故俺を知っている?」

 

それを聞くと、目の前で地面にぺたんと座り込んだ女は少し不機嫌そうな顔をして口を尖らせていた。が、すぐに何か良からぬことを思いついたのか俺の手を握って一気に顔を近づけてきた。

 

「じゃあ…こういうのはどうかな?」

 

女は俺の手をとって、そのままその手を自身の頰に添えるように動かした。

 

「“こうすると、痛いのなくなるってママが言ってた!どお?”」

 

その一言を受けて、俺は絶句してしまった。俺はこの動作を知っている。だって、それをした人物は…

 

「心、ちゃん…なのか?」

 

「…ふふっ、だいせーかい♪やっぱりお兄ちゃんとは強い絆で繋がってるんだねっ!ぐりぐり〜♪」

 

目の前の彼女は心底嬉しそうに俺の胸に顔を埋める。それはあの時の少女の面影を残したままの…それでいてあらゆる所が大人の女性へと成長した心ちゃんとの22年ぶりの再会の瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ふぅ、しかし危ねーですね。もう少ししっかりと縛っておいてくだせー」

 

「す、すみません…わ、私…っ」

 

話が飲み込めてねー方々に向けて説明すると、図書委員の霧塚萌木が拘束したライの魔法使いと接触・説得を試みたものの結果は失敗に終わり、逆に攻撃されそうになってた所をウチら風紀委員が合流して何とか事なきを得たってところですかね。しかし、まさか“あの”霧塚が直接交渉に乗り出すとは予想してなかったですねー。テロリストという存在を理解しているはずなのに、分かり合う為に話をした…つまりは知識ではなく経験を優先したということになりますが…そうだ、まだこのテロリストに聞いておかなければならないことがありましたね。

 

【アンタらの大将、ウチの学園生と接触したってのは本当ですか?大人しく吐いちまえば、国軍に身柄を引き渡すまでは丁重に扱ってやってもいーですよ?】

 

周りに聞かれると少し面倒な案件なので、敢えて英語で話します。しかし、良い返事は貰えませんでした。

 

【くっ…!誰が貴様等に話すものグアアァアアッ!?】

 

反抗的な態度をとってきたので、魔法による拘束をより強力なものに変化させて体から悲鳴が聞こえそうなほど締め上げます。テロリストといえど、ウチらに殺人は許可されてません。せめて脅しに屈してくれるといいのですが…。

 

【勘違いしねーでくだせー。これは交渉でもお願いでもねーですよ。最初からあんた等に拒否権なんて存在しませんから…ウチらはねぇ、学園とそこに通う生徒を守るためなら、アンタを躊躇なく今ここで消すことだって出来るんですよ。どうやらアンタのお仲間は助けに来てくれそうになさそうですねぇ。さぁ…命が惜しければ知ってること、洗いざらい喋ってもらいましょーか?】

 

ウチの念が通じたのか、拘束したライの魔法使いはその重く閉ざしていた口をよーやく開いてくれました。

 

【…突然、我々のもとに正体不明の人物から学園の周辺一帯のあらゆるセキュリティを一時的に使用不能にする旨のメールが送られてきたのだ。そもそもロンドンに戦力を割いていたが為に本拠地をIMFに襲撃などされていなければ、こんな確証の無い情報など利用するか】

 

なるほど…精鋭部隊や生徒会、執行部のお偉いさん方が執拗に隠していたのはこのことだったんですねー。予想するにグリモアがネテスハイムに協力した所為で負けたもんだから、その腹いせを一番規模の小さいウチらで済まそうって訳ですか…ったく、子どもの喧嘩じゃねーんですから八つ当たりは勘弁してくだせー。

 

【アンタらがグリモアを襲撃してきた理由は分かりました。んで、それを煽ってきた人物は一体何処の誰なんですか?】

 

【…詳しいことは知らん。我々にとって好都合な案件であるから利用したまでのこと、現に入国して以来誰も我々の存在を感知していなかったのだからな…】

 

…確かにそれは言えてますね。ライの魔法師団が日本へ入国しようとすれば、まずゲートで弾かれるか即刻連行されるはず。仮にパス出来てもその後グリモアに向かうにつれてそのセキュリティレベルはどんどん高まっていく…一度も発見されずに学園に辿り着くのは到底不可能。ならば、この男の言う通りセキュリティは気づかぬうちに無効化されていたということになりますね。その痕跡すら残さずにそんな芸当が出来る人物といえば…。

考え込んでいると、ちょうどいいタイミングで国軍の兵士が身柄を受け取りに来ました。拘束したライの魔法使いが連行されて行く際に“話したんだから減刑しろ、約束が違うだろ”とほざいていたみたいですが…ウチ、テロリストとは交渉しない主義なんで。

 

「さーて、そろそろJCさんを探している服部から連絡が来る頃です。それまでに全員連行して締め上げちゃいましょ!」

 

ウチはその場にいる風紀委員のメンバーに檄を飛ばす。しかし、その心は何故か曇っていました。まるで何か超えてはならない一線を超えた自分が何処かにいるような気配を感じて…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、君が心ちゃんなのは理解したとして…どうして君がここにいる?そもそもどうやってここに来た?」

 

俺は未だに胸に顔を擦り付けてくる大人の心ちゃんを引き剥がし、詰問する。すると、それが面白くなかったのかまたもや不満げな顔に戻る心ちゃん。

 

「むぅ…さっきからそればっかり。そんなのどうでもいいじゃん!こうやってまた逢えたんだから〜♪それとも…お兄ちゃんはぁ〜心に逢いたくなかったのぉ…?」

 

「いや…それは、その……逢いたくなかった、わけじゃない、けど…」

 

歯切れの悪い回答だったが否定ではなかったため、再び目を煌めかせて俺に抱きついてくる心ちゃん。こういう少し強引なところは初めて会った頃の少女のままで、戸惑ってはいるものの安心感も感じてしまっている自分がいた。

 

「…あっ、ちょっとだけ待っててね♪」

 

すると、急に改まってその場を離れる心ちゃん。何やら通信機器を使用しているようだが、その内容までは把握出来なかった。というより、まるで暗号のように不規則な文字列で表示されていて、“緑”の力を密かに発現させて見えたは見えたが意味が理解出来なかった。それから程なくしてぱたぱたと駆け寄ってきた心ちゃんは、さっきまでの元気は無くどこか申し訳なさそうに口を開いた。

 

「…お兄ちゃん、ごめんね。もう行かなきゃダメみたい、ホントはもっと一緒に居たかったんだけど…お詫びにこれ、あげる!」

 

「これは?何かの通信機みたいだけど…」

 

心ちゃんが俺に差し出したのは、ついさっき心ちゃんが使用していたものと同じ小型の携帯型端末だった。

 

「これでいつでも心とお電話できるからね!でも、これを貰ったことは誰にも話しちゃダメだよ?そしたらもうお話出来なくなっちゃうからね…わかった?」

 

「あ、あぁ…わかった、約束する」

 

俺がそう返事すると、不意に右頰に柔らかな感触を感じた。視線の先には妖艶で綺麗な心ちゃんの顔が間近に広がっていた。

 

「…うふふっ、ありがと。良い子のお兄ちゃんには、心からご褒美だよ♪じゃあね」

 

満面の笑みを浮かべた心ちゃんは、そのまま足早に走り去って行った。少しの間、俺は浮ついた気持ちに支配されてしまっていたがすぐに気を取り直して、貰った通信機を見つめる。

俺がいつまでもここに居れば、心ちゃんにもあらぬ疑いをかけられるかもしれない。それは絶対に認めたくなかった。

 

「さて、と…じゃあ俺も行くかな…フッ!」

 

さっき緑で探知した際に学園生と思われる魔法使いの気配を感じた。ここからそう遠くない場所にいるみたいだけど、別の知らない魔法使いも迫っている。助けるんじゃない、新しい力を試してみたいだけだ。

 

「…っ!アレだな、フンッ!」

 

眼前に捉えた学園生と思われる女生徒とそこに迫るテロリスト…たしか“ライの魔法師団”とか言ってたか。今にも女生徒に向かって魔法を放とうとしているテロリストに対して女生徒は防御の構えを一切見せない。まさか、魔力切れか!?くぅ…間に合えッ!!

俺は一気に跳躍し、女生徒とテロリストの間に割って入った。しかし、そのまま女生徒を退避させる余裕は無い…ならば、俺が盾になるしかねぇ!

俺は女生徒の前に立ち、テロリストの魔法を一挙に引き受けた。でもな、ただでやられるほど優しくはねぇぞ!

そう強く決意した時、俺の目は紫色の輝きを宿していた。

 

【何ッ!?き、貴様は…喰らえッ!】

 

テロリストが俺に何度も魔法による攻撃を行うが、それをものともせずに俺はどんどん距離を詰めるように歩みを進める。

 

「凄い…」

 

後ろで感嘆の声を漏らす女生徒。それはきっと障壁やバリアも張らずに距離縮めているにも関わらず、俺の体には見てとれるほどの傷は無く強靭な防御力と圧倒的なパワーを武器に攻めの姿勢で状況を支配しているからだろう。そして、その距離はお互いの拳が届くほどに近づいていた。

先に動いたのは…テロリスト。

 

【…死ね、化け物!!】

 

魔法による攻撃が効かないと判断したテロリストのその己の拳に最大限の力を込めたパンチが俺の顔面に決まる。にもかかわらず、目に見えるダメージは無く逆に左手でテロリストの手を掴んで逃げられないように拘束する。そして、気合を込めた掛け声と共に拳による渾身の一撃を炸裂させた。

 

「うぅぅううああああ…ヘヤァアア!!」

 

放った拳はテロリストの腹部にめり込むように決まり、その威力を殺すことなく後方の建設物の外壁まで吹き飛んでいった。加減は微妙だったが、殺しはしてないはずだろう…ものにするにはまだまだ調整が必要みたいだな。

俺は襲われていた女生徒の元へ駆け寄って手を掴んで、地面に座り込んでいた女生徒を立たせた。

 

「怪我は無いか?魔力切れならすぐに連絡して迎えに来てもらうんだな……あと、それは耳なのか?」

 

そう、さっきからずっと気になっていてあえて何も言わなかったんだが、女生徒の頭の横に別の耳がみょんみょん動いていた。何かの動物の耳のようにも見えるが…?

 

「…はぇ?はい、ハートちゃんにそっくりで可愛いですよねぇ〜!もし良ければ、触ってみますかぁ?」

 

「………いや、遠慮しておく」

 

「むぅ〜、今すっごく悩んで断りましたよねぇ…あっ、わたし“七喜 ちひろ”ですぅ。あなたは先輩、で合ってますかぁ?」

 

この妙にふわふわ〜っとした女生徒は“七喜ちひろ”というらしい。見たことない生徒であることから、きっと最近転校してきたのだろう。まぁ不良生徒と仲良くならない方がいいことは伝えておかなければな。

 

「俺はJC…学園ではこれから不良生徒ってことで通ることになってるから、見かけてもあんま話しかけない方がいいぞ?」

 

「何でですかぁ?先輩はわたしのこと、助けてくれたじゃないですかぁ。だから、悪い人じゃないと思いますっ」

 

うっ…またこのパターンか。ももちゃんといいこの子といい、何でそんな簡単に良い人って断言してくるんだ!?

 

「…とにかく人助けだと思って、なるべくそうしてくれよな?じゃあ、頼んだぜ。よろしく!」

 

俺は足早にその場を去ってしまった。あのままあの子と話していたら、流れるように上手く話に乗せられてしまいそうだからだ。自分の世界観を持つ子は簡単に騙されてくれないから苦手だ…変に巻き込みたくないんだけどな。

俺はそのままテロリストの拘束作業をしていた風紀委員に見つからないように、静かに学園に戻った……が、後日とんでもない仕打ちを受けることになるとはこの時は知る由もなかった。

 

登校時

 

「先輩っ、おはようございますぅ。もしよければ一緒に登校しませんかぁ?って、何で走って行っちゃうんですかぁ〜!?まだ遅刻じゃありませんよぅ!」

 

合同授業時

 

「あ〜、先輩っ。わたしまだ朝のこと、ちょっと怒ってますよ?置いてくなんて酷いですぅ…って、それよりも!先輩、まだ誰とも組んでませんよね?だったらわたしと一緒の班になりましょうっ。えっ、お腹痛いから早退する?頭と肩と背中と腰とあと心も?…さ、さぼっちゃダメですよぅ!」

 

昼食時

 

「…せーんぱいっ!お一人で食べてるんですかぁ?というかぁ、わたしに嘘つきましたよねぇ?こ〜んなにたくさん食べれるのにお腹痛いわけないじゃないですかぁ!これはもう流石のちひろちゃんでも堪忍袋の尾がチョッキンって感じです。プンプンですよぉ!罰として、お昼はわたしもご一緒させてもらいますぅ。あっ、それ美味しそうですねぇ…じーっ…」

 

「だあぁあああっ!!五月蝿ェエエ!!」

 

こっちも堪忍袋の尾がチョッキンしましたわ。何なのこの子、昨日俺の話ちゃんと聞いてたよな?なのに何で俺に話しかけてくる!?

 

「ぴゃっ!?お、おっきな声出さないでくださいよぉ!びっくりしちゃいますぅ…」

 

「俺に近づくなって言ったよね!?それなのに、どうして無視するんだ!馬鹿か君は…!」

 

俺があえて語気を強めて警告するも、このちひろちゃんという少女にはどこ吹く風ということらしい。頰をぷく〜っと膨らませて、俺に反抗の表情を見せてくる。

 

「むぅ〜…!たしかにわたしはおバカさんなのかもしれませんけどぉ…もし先輩が本当にみんなが言うような不良さんだとしてもぉ、ちゃんと知ろうとしないで決めつけちゃ、めっ、なんですよぉ!わたしは、先輩ともお友達になりたいんですっ!」

 

ちひろちゃんは彼女なりの強気な姿勢を示して、俺に食い下がる。こんなに突き放してもちひろちゃんは諦めずに俺との関係を紡ごうとしてくれている…信じても、いいのか?また、騙されてしまうのではないか?でも、この子は学園の中でも権力絡みの派閥争いとは特に関係ない位置にいるはず…それなら。

 

「…先輩、じゃない」

 

「えっ?」

 

「友達には敬称は要らない。今はまだ君のことを信じることは出来ないけど、俺も出来るだけの努力をする。それでも良いなら…名前で呼んで」

 

俺の突然の提案に一瞬、呆気にとられた表情を見せるちひろちゃん。しかし、それはすぐに好転し、溢れんばかりの笑顔で答えた。

 

「…はいっ。よろしくお願いしますぅ、JCさん…うふふっ♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「痛い痛い痛い…」

 

状況が全く飲み込めない。何とかちひろちゃんと和解(?)して別れてすぐに、えらい剣幕のイヴちゃんと紗妃ちゃんに俺の襟首掴まれてズルズルと引き摺られながら何処かへ連行されていた。

 

「放せよ!俺が何したってんだっ!?俺を捕まえて何企んでやがるっ!!」

 

「きゃっ!?ち、ちょっと…暴れないで下さい!」

 

「大人しくして貰えないならば、もっと強力な拘束の魔法をかけますよ。それとも手足の一本くらいは折ってあげましょうか?」

 

「上等だ!簡単に俺を消せると思うなよ…!うああああっ!!」

 

「JCさんも冬樹さんも短絡的にならないで下さい!JCさんに聞きたいことがあるんですっ!」

 

俺に、聞きたいこと?…うっ!?あ、頭が…割れそうだっ!?な、何だこれは?

 

《…会長、学園内に侵入していた不審者を捉えました。どういうわけか学園の内情に詳しいことから、おそらくJGJのスパイか或いは“霧の護り手”の一味かと…》

 

《僕はこの学園の生徒だ!それに危害を加えるつもりもない!さっき学園生が話していることを聞いた…魔物が学園に向けて大量に発生している、今は大規模侵攻の最中なんでしょう!?だったら僕にも協力させて下さい風子さ《黙れッ!!》グアッ…カハッ!?》

 

《気安く会長の名前を呼ぶな…出来損ないのスパイ風情が。会長、この男は何か知っていると見て、すぐに地下の懲罰房に連行し、拷問すべきです。もし、お辛ければ自分が…》

 

《…いえ、ウチが主導でやります。武田 虎千代なき今、ウチが学園を守らなければなりません。その為なら…アンタさんの知ってること、全部話して貰いますよ。服部、彼を連行して下さい…準備が整い次第、すぐに拷問を開始します。くれぐれも彼の存在は他の学園生に知られることが無いように配慮して下さい》

 

《承知しました…話は聞いたな?さっさと立て!貴様には洗いざらい話してもらうぞ。会長や学園を脅かした罪を負い、楽に死ねると思うな…》

 

《そ、そんな…!?待って、話を聞いてくれ!放してくれ忍者さん!風子さん!信じてくれェ!僕はこの学園のみんなを守るために…!このままだとみんなやられてしまう!》

 

《貴様…まだそんな戯言をォ!!黙れッ!》

 

《ウワァッ!?グフッ…だ、黙るもんか…ここで黙ったりしたら、ここまで来た意味が無い!僕には、この時間で助けなきゃいけない人たちがいるんだァ!!“僕”によって壊されてしまう…“僕たちの平和”を…!!》

 

《き、貴様…いや、しかし…》

 

《…服部、何をしているんです。早くそのスパイを懲罰房に連行して下さい。学園を危機に陥れようする輩は何人たりとも放っておけません…さぁ、早く…!》

 

《…はい。行くぞ》

 

《…っ!?風子さん、風子さぁああんっ!!畜生…何で、何で信じてくれないんだよォ…うっ、うぐぅう、うぅ…》

 

…カハッ!?はぁ、はぁ…何なんだ、今の…夢?妄想?幻術?わ、訳が分からない…何で俺が風子さんや忍者さんに襲われなければならない?これは俺が無意識のうちに作り出した虚構なのか…?

 

「…JCさん?何やら顔色が優れないようですが…もしかして、何処か体調が良くないんですか?」

 

俺の顔色が白くなっているのを心配して近くに寄り添って顔を覗き込んでくる紗妃ちゃん。今の変な記憶の中に紗妃ちゃんは出てこなかった…もし風子さんの言葉通りなら、紗妃ちゃんは無害なのか?

 

「…だ、大丈夫だ。それよりも早く行こう…」

 

「えっ…は、はぁ…」

 

俺は二人の介抱を拒絶し、再び一人で歩き出す。確証が得られるまでは、誰も信用できない。それはこれから会う風子さんや忍者さん、生徒会、精鋭部隊、学園生…全員が範囲内だ。一人一人精査して、自分にとって敵か味方かを見定めなければ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「単刀直入に聞きますので、正直に答えてくだせー。昨日、ライの魔法師団が学生街を襲撃した際…無許可にも関わらずアンタさんも現場に出張ってましたね?その時、誰と接触したんです?」

 

場面は変わって風紀委員室、テーブル一つを隔てて俺と風子さんが対面して、それを他の風紀委員たちが見守っている。まぁ呼ばれた理由は案の定、昨日の件について…だったら尚更のこと、話すわけにはいかなかった。

 

「…別に。お世話になってる人の店が襲撃地点に近かったから、心配になって見に行っただけだ」

 

これは本当のことだ。我妻 梅が俺を運んだ店には学園生が不在の間、ほぼ毎日のように利用した。それだけあの店の味が気に入ったということだ。

 

「…まぁ、素直に教えてくれないってことは何か後ろめたいことがあるってゆーふうに捉えちまいますが…それでもいいんですか?」

 

「…そいつはお互い様だろ。学園の為に俺をどうして管理下に置こうか、或いは消そうかを考えてるんだろう?」

 

『!?』

 

俺の言葉に風紀委員たちに衝撃が走る。風子さんと忍者さんを除いて…やっぱりこの二人、何か知ってるんだな。

 

「…あまり変なこと言わねーでくだせー。どうしてウチらがJCさんをどうこうしなきゃいけねーんですか?」

 

「そうっスよ〜、きっとJCさんの考え過ぎっス!何かの映画の影響ッスか〜?自分もぜひ見てみたいっスねぇ」

 

風子さんはどこか疑うように、忍者さんに至っては悪ノリして便乗してきた…どういうことだ、俺を陥れようとしてるんじゃないのか?

 

「…あんた達だろうがもっと上の人間かはこの際どうだっていいさ。俺は俺の信じる道を進む、誰に理解されなくてもな…そいつらに伝えておけ。

“お前らの言いなりになるつもりはない。どう足掻いてでも生き残って運命に逆らってやる…簡単に消せると思うなよ”ってな」

 

俺はそれだけ言い残して部屋を出た。これでもし動くようなら誰が俺を狙っているのか、さっき頭に浮かんできたものの正体がはっきりするはずだ。学園からは既にマークされてるかもしれないが、その中で接触してくる奴が“首謀者”に間違いない。今度こそ尻尾を掴んでやるぜ…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ふぅ、中々捗らないな。少し休憩するか」

 

その日の夜、俺は寮の自室にて自分の身の回りにいる人物の名前をメモに書いたものを使って、相関図を作っていた。頭で考えていたものを実際に目に見える形に表せば何か閃くと思ったが、謎が新たな謎を呼ぶ…これではいつまで経っても埒があかない。

俺はそれらを見ながら、移動させながら何度も何度も繰り返しグループ分けをしていく。

 

「やはり現時点で怪しいのは、生徒会・風紀委員・精鋭部隊の組織だって動いてるところか…だが今日の風紀委員の反応は明らかに態度に差があった。おそらく上層部の意向を聞かされているのは風子さんだけで、忍者さんはまた別ルートで情報を集めているのか?」

 

となると、一概に組織が怪しいとも言えなくなる。ならば個人か?学園生が戻ってから色々と動きがあったし。

 

「帰ってきたから俺に接触したのは桃世 もも、エミリア・ブルームフィールド、東雲 アイラ、間宮 千佳、七喜 ちひろ、仲月 さら、武田 虎千代、水瀬 薫子、結城 聖奈、朱鷺坂 チトセ、冬樹 ノエル、遊佐 鳴子、南 智花、立華 卯衣…うぅむ、多過ぎるし関連性も認められないか…」

 

七喜 ちひろ以外に関しては昨日今日知り合ったばかりだから情報量は少ないが、他のメンバーに関しては総じてロンドン行き出来なかった俺にお土産を買ってきてくれたという名目で会いにきた。その土地の名産品だったり有名な洋菓子店の詰め合わせだったり…あと何か喋る置き物みたいな奴をくれたのもいたな、扱いに困ったが。この中に一人でも別の目的で接触していた人物がいたら…?

 

「俺の感で言えば、怪しいのは…管理側は東雲 アイラ・水無月 風子・朱鷺坂 チトセ、排除側は不明、グレーは遊佐 鳴子、あとの一般生徒は多分シロだ。だとすれば、一番危険なのは……“科研”」

 

自分で選別をしていった結果、残ったのは宍戸 結希・如月 天の所謂“科研組”だった。軽くネットで調べただけでも科研という場所は、基本的に魔導科学発展のためなら人権は無視すると書かれている。結希さんはどうか知らないがもう一人の如月 天という研究者にはあまり良い思い出が無い。転入初日に喧嘩吹っ掛けられて以来、まともに会話すら交わしていないほどだ。デウスなんとかって機械以外は眼中にないと思っていたが…まさか?

その時、デバイスから呼び出し音が鳴った…相手は遊佐さんだ。これは丁度いいな…。

 

《やぁ、今大丈夫かい?》

 

「えぇ…俺も丁度聞きたいことがありましたから。でも、先にどうぞ」

 

さぁ、ここでボロを出すか…潔白を証明するか。

 

《そうかい?じゃあ、遠慮なく…来月の頭にまた裏世界へ行くことが決まった。今回接触を試みる相手はパルチザンのリーダー“仲月 さら”だ。生徒会は彼女を説得して今度こそ裏世界の住人をこちらに連れてくる算段らしい…勿論、君も来るだろう?》

 

パルチザンの…さら!?ミナの次はさらに逢えるのか!それなら行かない手はない。

 

「当然です。しかし、俺は単独ではクエストが受けられない。どうすれば…」

 

《それは心配ないよ。そう言うと思って、既に僕と朝比奈くんと仲月くんの名を連ねて申請しておいたよ。あの学園長のことだ、きっと君の名前を見つけたら無条件で承認してくれるだろうさ》

 

成る程、かなり手際が良いな。だがこれだけでは敵が味方か判別出来ないな…最後に揺さぶりをかけてみるか。

 

「もし今度の裏世界探索でパルチザンの説得に失敗したら…暫くさら達と一緒に戦おうと思ってます。遊佐さんはどう思いますか?」

 

さぁ、あんたが白か黒か…答えを聞かせろ!

 

《…少し、考えさせてもらってもいいかな?なるべく早く決断するつもりだが、これは僕にとっても岐路なんだ。だから…頼む》

 

「…わかりました、待ちましょう。でも、必ず答えを聞かせて下さい。それでは…」

 

そこで通話を終えたが、俺の中にはまだ蟠りが存在していた。最後の最後で、何かに迷っていた?管理派なら絶対に許すはずはないが、排除派なら快諾するだろう。しかし、遊佐さんは迷っていた?何か別の目的で動いているのか……分からん、分からんこと尽くめだ。

俺はふと思考を止めて窓にもたれかかり、暗い夜空の中で蒼白に輝く月を眺める。その月は腹立たしいほどに辺り一面を照らしていた。自分の力では輝けないくせにそんなに光を放ってどうするんだ。そんなに照らされたら明るくて眠れないじゃないか。

 

「…あっ、そうだ。これ、通じるかな…?」

 

俺はズボンのポケットに入れていたデバイスとは別の通信機器を取り出す。もしこれが本当に使えるなら、時空を超えて大人の心ちゃんと話が出来るはずだ。彼女なら、何か情報を知ってるかもしれない。

そう思い立った俺はすぐに操作し、数コール後に無事に繋がった心ちゃんとの連絡を夜が明けるまで堪能した。

 

そして、時は流れて約束の日。学園生はパルチザンを説得して表世界に連れて行く、俺はどう転んでもさら達と一緒に戦おう。結局遊佐さんの返答はまだ貰ってないけど、気持ちの整理はある程度ついている。さぁ、行こうか…俺の敵を探しに。

その思いを胸に抱き、俺はゲートをくぐった。

 

 




【秘密連絡】
「……あっ、心ちゃ《お兄ちゃん!!お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃん〜っ!》ちょ、話!話を聞けって!」

《あっ、ごめんなさ〜い…やっとお兄ちゃんとお話しできると思ってはしゃぎ過ぎちゃって、つい…》

「…いいよ、それは俺も同じ気持ちだし。一応確認しておきたいんだけど、君は街で俺と会ったことを憶えてるんだよね?」

《うんっ、勿論だよ!あれから22年も経っちゃったから…ほらっ、心もちゃんと大人の女になったよ!お兄ちゃんと…け、結婚だって出来るし子どもだって産めるんだよ!?》

「ひ、飛躍し過ぎだよ…でも、元気でいてくれて良かった。あれ、あの頃から22年ってことは…ゲートの先の裏世界と同じくらいの年代なのかな?来月の頭に向かうことになってるんだ」

《…へぇ、そうなんだぁ。それはお兄ちゃん一人で?それとも誰かと一緒?》

「学園生の何人かは一緒に行くよ。会わなきゃいけない人達がいるから」

《ふーん…わかった。ごめん、お兄ちゃん…心、ちょっとやること出来ちゃったから、今日はもう…》

「えっ?あ、あぁ…わかった。こっちもいきなりでごめん、今度はもっと時間取れる時にゆっくり話そうな?」

《うん!じゃあまたね!おやすみっ……あっ、そうだ!》

「うぇ?な、何…?」

《…さっきお兄ちゃんに言ったこと、本気だからね?いつかきっと心を迎えに来てね…“旦那さま”。うふふっ…!》

通話時間 5分56秒。


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第参拾伍話 再認せよ 魔法使い

阿川奈城(あがわなじょう)
安土桃山時代に建造された城。現在は阿川奈城跡として観光地となっている。表世界ではオニの姿を模した魔物が出現した事件現場、裏世界ではパルチザンの隠れ家として使われている。


「…くっ、いきなりの誤算か!まさか魔物の襲撃に出くわすなんて…」

 

パルチザンに協力求めるため再度裏世界へ渡った私たちだったが、まるで示し合わせたかのように阿川奈城砦の襲撃場面に直面してしまった。突然の出来事に探索に参加した学園生たちが各々にパーティを組んで防衛に務めているが、今回の目的は仲月 さらとパルチザンのリーダーを引き合わせること…つまり“魔物を全て倒す必要はないが、会えなければこちらが追い込まれることになる”ということになる。退路を確保しているロカと到着後すぐに消えた遊佐は除外するとして戦力としては天文部、雪白と雀、仲月と朝比奈、そして“今の状態のJC”か…懸念している原因は、ここは向かう際に交わした会話の内容と学園に戻ってからのJCの態度にあった。

私はJGJの車両に乗った時にJCと交わした会話の内容を思い起こす。

 

〜回想開始〜

 

「……」

 

「…なぁJC、もう体調は大丈夫なのか?」

 

私はあえてJCの隣の席に座り、何気なく話しかける。すると、返ってきたのは以前のような明朗快活な言葉ではなく、妙に冷めたどこか皮肉交じりのような言葉だった。

 

「…駄目ならここにいない。それとも俺がいない方が好都合なことでもあるのか…“結城”?」

 

「っ…!JC、お前…」

 

私は突然突きつけられた現実に恐怖した。向けられたのは明らかな“拒絶”、“敵意”だった。以前のような純真さは消え、他を寄せ付けない雰囲気を醸し出しているJC…一体何がそこまで変えてしまったというのか?

 

「そう身構えるなよ…少なくとも今はアンタらと敵対するつもりはない。どうせ水無月から聞いてるんだろ?」

 

「あ、あぁ…それは既に聞いているが…」

 

「…ふっ、やっぱりか。それでわざわざ俺のご機嫌とりに来たのか。じゃなければ結城が俺の所に来るわけないもんなぁ?」

 

肘掛に頬杖をついてかったるそうに私を見るJC。確かにそれは聞いた…風紀委員室でまるで宣戦布告とも取れる発言をしたということは。しかし謎なのはそこに至った理由だ…本人にも誰を疑えばいいかまるで分かっていないようだったと聞いているが…今の問答で少なくとも私たちは疑われていると理解した。すると窓際で外の景色を眺めていたロカが隣のJCに絡み始めた。

 

「うわぁーっ!ねぇねぇ兄さん!車から観る景色すごいよぉ〜!ほら、こっちで見てみなよ〜!」

 

「お、おいっ…引っ張るなって…おわっ!?」

 

「へっ?うわぁ!?もぉ…兄さんってば大胆だなぁ〜」

 

ロカが嫌がるJCの腕を引っ張って窓際に引き寄せるが、勢いあまって何故かロカの胸に顔を埋めてしまうJC。というより今のはロカの自業自得なのでは?

 

「ーーっ!!ーーーっ!?(テ、テメー!!くっ、またこれか…い、息が出来ねぇ…ち、窒息する…!?)」

 

「に、兄さん暴れないよぅ〜!擦れて…変な感じ…!?」

 

むっ…な、何だ何だ!胸なんかただの脂肪のかたまりじゃないか!ロカの胸なんぞハッキリ言ってデカすぎる!私のような手に収まるサイズが一番丁度いいに決まっている……JCも、大きいほうが好みなんだろうか?

 

〜回想終了〜

 

「解せぬっ!!」

 

「うぉ!?な、何だよいきなりでけー声出しやがって…」

 

「うぅ〜、びっくりしましたぁ…」

 

「す、すまん…取り乱してしまった」

 

私はふと我に返って、同行している朝比奈と仲月に謝罪する。いかん、私が奴に振り回されてどうする。

すると、背後から仲月が話しかけてきた。

 

「大丈夫ですよぉ。わたしも早くおっきくならないかなぁって、毎日牛乳を2ℓ飲んで運動も欠かさずに夜は8時にはおねむなんですよぉ!だからせなさんも一緒におっきくなりましょ〜ね!」

 

そう言って、私に笑いかけてくる仲月…ん?今、何て言った?

 

「…おい、仲月。一体何の話をしている?」

 

「はい?えっとぉ…“JCさんはおっきなお胸の女の人が好き”ってお話ですよねぇ?せなさんもちっちゃいってお悩みのようだったので、一緒にがんばりましょ〜!って思ったんですけどぉ「…れろ」え?今何て言いましたぁ?」

 

「全て忘れろォオオオオ!今すぐにィイイッ!!」

 

私は仲月の両肩をガシッと掴んで、ぶんぶんぶんぶん振り回す。仲月は目をグルグル回しながら小さな悲鳴をあげる。

 

「うわぁ、わわっ…どうしたんですかせなさん〜!?そんなに揺らしたら目が、ぐるぐる回りますぅ〜!た、たつきさ〜ん!?」

 

「お、お前らこの状況で何ふざけてんだよ!?」

 

仲月に助けを求められた朝比奈が慌てて止めに入ったことで引き剥がされ、その場は無事に収まった。くっ、まだ記憶の消去が済んでないというのに…!

 

「ったく、さらはともかく結城…お前まで一緒になってどうすんだよ?」

 

「うぅ…す、すまん。今日は特に調子が良くないみたいだ…」

 

「…ま、こんだけ中がシラけてっと気ィ抜けんのも分かるけどな。外の状況、聞いてるか?」

 

む?外というのは阿川奈城砦の外のことだな。学園生からは特に緊急性の高い連絡は入ってなかったはずだが?

 

「もしかして、みんなが大変なことになってるんですかぁ?」

 

「…いや、その逆だとよ。JCの野郎が魔物を根こそぎ狩ってやがるんだと。この感じだとアイツ一人で城の周りの魔物、全滅させちまうんじゃねーかって勢いらしいぜ?」

 

「ほわぁ〜、そうなんですねぇ!JCさん、すごいですぅ〜!」

 

「あぁ、全くだよ。本当、アイツがバケモンみたいに強くて助かったぜ「朝比奈!それ以上はよせ!!」…っ!?」

 

私の絶叫にその場が凍る。だが、たとえ何気ない言葉であろうと私はそれを認めるわけにはいかないのだ!

 

「大声で叫んでしまったのは謝る。だが、JCを貶すような言葉は使わないでやってほしい…頼む」

 

「べ、別にそうつもりじゃ…わ〜ったよ、ったく…いつも偉そうなアンタにそんな下手に出られると調子狂うぜ…」

 

私が頼むと、どういうわけかやけに素直に応じる朝比奈。正直、もっと馬鹿にされるとばかり思っていたが…朝比奈も丸くなったということなのか?一時は目も当てられないほどの素行不良な生徒だと思っていたが、こうも成長するとは…きっとJCの心も変えられるはずだ。その為なら私は出来ることを一つずつこなしていこう。そうすればいつかきっとまたJCと笑いあえる日が来るはず…そうだろう、JC?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ……くっ、これでこの一帯は殲滅した、のか?」

 

最後の魔物を渾身の力で繰り出した拳で打ち倒し、肩で息をしながらもその眼前に広がる魔物がいた痕跡を見据える。魔物の物量は北海道の時よりも少ないが、霧が濃縮されている分個体ごとの強さが段違いだった。しかしそれを差し引きしたとしても新たに会得した“紫の力”は強力なものだった。我妻 梅の分析によれば俺の目の変化は力の均衡を分解し再構成したものらしいが、その理論によれば赤は攻防バランスのとれた形態、青はスピードに長けている分攻撃力に欠ける、緑は攻撃力とスピードを欠いた分全身の感覚が一気に鋭くなる。そして今回の紫はスピードを捨てた分だけ攻撃と防御が赤以上に跳ね上がった。どうやって知ったんだかはわからないが…我妻 梅、侮れない奴だ。

 

「やぁ、JCくん。うわぁ…相変わらずの強さだねぇ」

 

背後に降り立ったのはゲートを通過して以降、行方をくらませていた遊佐 鳴子だった。一体今までどこにいたというんだ?

 

「ん、別ルートで探し物をね。それに魔物だけなら君一人いれば殲滅させられると信じてたから」

 

こいつ…勝手に俺の心を読んで会話するんじゃねぇ。会話のつじつま合っててびびっただろうが。

 

「そんなに驚かなくてもいいじゃないか。君ほど分かりやすい性格もないんだけどなぁ…急に悪ぶってるのは学園生を余計な争いごとに巻き込みたくない裏返しってこともね」

 

なっ!こ、こいつ…もう何も考えないぞ。俺はただの石、無の境地だ。

 

「ふふっ、じゃあ勝手に喋らせてもらうよ?ついさっき敵の中に“彼女”を見つけた…君もこの間の学園街襲撃事件は憶えてるだろう?あの時襲撃者たちを裏で操っていた者が裏世界をここまで追い込んだ電脳世界を統べる魔法使いだ」

 

「…双美、心か」

 

俺が唐突にその名を口にすると、遊佐 鳴子は初めて驚きを隠せないような表情を浮かべた。

 

「…驚いたな、僕が確証を得たのも数分前だってのに。なら話は早い…彼女は次は本気攻めてくるはずだよ。それこそ魔物なんて不確かな物は使わずにJGJという兵隊を率いて総攻撃を仕掛けてくるだろう」

 

遊佐 鳴子の言葉から察するに敵の中心には魔法使いに覚醒した双美 心がいて、今もこの阿川名城砦襲撃の手引きをしているのが彼女だと確信しているのだろう。だが、それだけでは俺の信条は揺るがない。

 

「…俺は、心ちゃんを信じたい。確かに襲撃と同じ日に表世界に来るなんて明らかにおかしいだろ。恐らく向こうにもゲートと同じような移動技術があるんだろうし、それを知る立場にもあるってことだろうさ……でも、あの頃の心ちゃんと全く同じだった。22年も経ってたのに、あの時と変わらない明るくて強気で…でもやっぱり女の子らしい心ちゃんのままだった。勿論、さら達を見捨てるなんてことは絶対にしない…だけど」

 

俺が言葉に詰まってしまうと、不意に遊佐 鳴子は俺に歩み寄りどこか優しげな表情で寄り添ってきた。急に感じた人一人分の重さに戸惑いながらも、今も微かにドギマギしつつ真正面で受け止めた遊佐 鳴子の言葉を静かに聞いた。

 

「君は…いつも過酷な道ばかり選ぶんだねぇ。多くを欲するってことは多くを喪うことと同義なんだよ?彼女たちを救う代償に君は自分自身を差し出すつもりなんだね…って、君自身にはそんな認識はないのか。参ったな…よしっ!」

 

遊佐 鳴子は俺の体から急に離れ、鞄の中から徐に取り出した物を俺に差し出した。これは…拳銃!?

 

「これは僕と…裏世界の僕からの餞別だよ。残念ながら彼女はこれで自殺してしまったっていう曰く付きの品で申し訳ないけど、彼女の遺志を尊重してやってほしいな。それにこれは君の武器になるんだよ?」

 

「…これでバンバン撃てってのか?一発も弾入ってねぇじゃんかよ。こんなんじゃ威嚇にもならんて…」

 

落胆する俺に対して妙に自信ありげな表情を見せる遊佐 鳴子だった。何か考えがあってのことなんだろうな…?

 

「我妻 梅との特訓のことは既に聞いているよ。だが僕に言わせればまだまだ分析不足かな?裏の僕はその先まで調べていたよ…そう“君の能力ごとに手に取った物質を武器に変化させること”がね。それは緑専用の銃だよ」

 

何だと?俺にそんな力があるってのか…信じられん。

 

「だが拳銃なんて物騒な物、俺に渡していいのか?俺は学園を離れて…アンタらと戦うことになるかもしれないんだぞ?」

 

俺は敢えて警告するように言葉にする。すると、俺の予感とは裏腹に遊佐 鳴子は優しくはにかんで断言した。

 

「それは、ないだろうな。君は君が思ってる以上に情の深い男だよ…少なくとも、僕はそう確信してるよ?」

 

「…学園一の嘘つき野郎に褒められたって、信用できねぇっての」

 

俺は妙に気恥ずかしくなって顔を逸らした。それを見た遊佐 鳴子はクスクスと笑いながら何処かへ行ってしまった……くっ、またしてやられた。

俺は手渡された拳銃を眺めて、ふとその想いを馳せる。

 

「裏の遊佐さんが俺に…か。あの時アンタを救えなかったことが悔しくてやりきれなかった…でも今はもう違う。アンタが与えてくれた力で、俺の信じるもの全部を守ってやる!だから、俺に抗う勇気を与えてくれ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ…」

 

「さら…大丈夫?まだ気分が優れないのなら、私が向こうの学園生と話すけど」

 

ミナが私の体調を気遣って心配の言葉を投げかける。リーダーの私がこんなんじゃ駄目だよね。駄目なのは分かってるんだけど…。

 

「…ありがとう、ミナ。でも私が行かなきゃ…パルチザンのみんなは私が…くっ!」

 

私は奮起して休めていた体を起こして歩き出す。しかし、すぐに足がもつれて倒れそうになるところをミナに支えられて、何とか持ちこたえる。

 

「ほら、また無理するつもりなんでしょ?やっぱり私が行くから、さらはちゃんと休んでて」

 

ミナがお母さんみたいな強くも優しい表情で屈んで諭す。うぅ…一つしか変わらないのにぃ。屈んだ時にぷるんっと揺れたミナの大きめな胸が恨めしい〜!わ、私だって恋よりはあるもん!ちっちゃくないもん!

 

「…そうだ、一番大事なこと伝え忘れてた。さっき向こうの私に聞いたんだけど…“JCくん、一緒に来てるみたいだよ”」

 

「!?」

 

え、ミナ…今なんて言った?JCくん、ここに来てるの?魔物の襲撃を受けているこの最中で?何でこのタイミングで!?

 

「何で早く知らせてくれなかったの!?JCくんにまで危険が及ぶかもしれないじゃない!こうしちゃいられないわ!」

 

私は慌てて飛び起きると、すぐに隠し部屋から飛び出していく。そして、城の外に出た瞬間に異様な光景を目の当たりにした。

 

「こ、これは…?」

 

「ち、ちょっと待って!もう大丈夫だから…はぁ、はぁ…」

 

少し遅れて追いかけてきたミナが何か言いかけたみたいだったので、状況が飲み込めていない私は改めてその続きを聞いた。

 

「ミナ、これはどういうことなの?あれだけ大量にいた魔物は一体何処へ…?」

 

私の問いかけにミナは息を整えながら答える。それは耳を疑うものだった。

 

「私も直接見たわけじゃないんだけどね…JCくんがほとんど一人で倒したんだって向こうの学園生たちが話してるのを聞いたのよ。あれから生きて、そして前よりも強くなって帰ってきてくれたんだよ…!」

 

ミナは目を潤ませて涙声になりながら、JCくんの無事を心から喜んでいた。以前、偶然とはいえ一度彼と再会したことは聞いていたけど、その後突如として行方不明になってしまって…ミナは一時期かなり塞ぎ込んでしまったけど、何とかまた立ち上がってくれた。そのミナがJCくんの帰りを確認したというのなら、それは真実だし…私にとっても最愛の想い人にまた会えるというこれ以上ない幸せを噛み締め始めていた。

 

「行きましょう…きっとJCくんも私たちと早く逢いたいはずだよ!」

 

ミナが私の手を取り、引っ張っていく。その姿はまるでこれから何か楽しいことがあって待ちきれない様子のはしゃぐ子どものようだった。それに対して、私は自分でも驚くほどに冷静だった…たしかに彼とはまた会いたいと思っていた。でも、それは彼に対してパルチザンが抱いている誤解を全て解いて何の蟠りも無い状態での再会を望んでいたからだ。私は、まだその役目を果たしていない…当然説得は試みたけど、彼がどんなに真っ直ぐで正しくて頼れる存在かを説いても…誰も納得させられなかった。そんな私が…一人でJCくんとの再会を喜んで良いの?彼は強くなるという約束を果たして帰ってきてくれた。それなのに私はまだ何も出来ていない。それで胸を張って堂々と彼に“おかえりなさい”と言えるの?

 

「…そう、まだ駄目よね。私がみんなを説得して、本当の意味でJCくんを迎え入れる準備が整うまでは…」

 

私は自分の弱さを受け入れ、再度強く誓う。ここで腑抜けてちゃ駄目だ、私がやらなければならない使命を果たすまでは彼の優しさに甘えてはいけない。パルチザンのリーダー“仲月 さら”の意地とプライドにかけて貫き通すわ。そして、それが叶ったその時は…今まで我慢した分だけ、彼に甘えよう。きっと子どもみたいに大声で泣いてしまうかもしれない、彼に優しく抱きしめてほしいと我儘を言うかもしれない。でもそれが私の正直な気持ちなら、私は包み隠さずに伝えよう。そう、それがJCくんと私の誓いなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……っ!!はぁ、はぁ…ま、不味いな…もう近くまで来てるのか…」

 

俺は遊佐 鳴子の言葉が気掛かりで緑の力を使って気配を探っていた。すると、その言葉通りに武装した人間の集団が近づいてきていることが判明した。予感っていうのは悪い時に限って当たりやがる…!

 

「…JCく〜ん!!」

 

危機感に駆られていると、阿川奈城砦の中からパルチザンとして防衛に務めていたであろうミナが近くに降り立った。と思ったら、視認するより早く俺に抱きついてきた。

 

「…おい、どうして俺の近くにいる女は揃いも揃って許可なく抱きついてくる?」

 

「あっ…ご、ごめんなさい」

 

俺が半ば嫌味ったらしく問いかけると、我に返ったミナが少し寂しそうに離れてしゅん…としてしまった。そのことに何故か俺の方が罪悪感を覚えてしまった…しゃーなしだな。

 

「…今は、これで勘弁な」

 

「へ…?うわっ!?」

 

俺は見るからに落ち込んでいるミナの頭に手を乗せて、少し乱暴に撫で回す。俺よりも歳上のくせに止めろと注意しないなんて…撫でられている間は“あぅあぅ”言いながらやられっぱなしのミナ。けれども、その表情は困惑しながらも何処か嬉しそうなミナ…こんなことしかしてやらなくて、ごめんな。

 

 

 

 

 

「もぉ!いきなり何するのよっ!」

 

あれから4〜5分続けて漸く撫でるのを止めると、この台詞を思い出したかのように吐いたミナ。いきなりやった俺も悪いと思うけど、でもそれを受け入れたミナも同罪だと思う。というか、いつのまにかミナの顔つきがかなり穏やかになってる気がした。俺がいなくなった後に何かあったのか?

 

「それよりも早く逃げるぞ。JGJの大群が攻めてくる…!」

 

「何ですって!?やっぱりそうなのね…」

 

ミナは驚きつつも何処か冷静だった。どういうことだ?まさか予感していたのか…?

 

「そっちの学園生たちが教えてくれたの…“近く、パルチザンは壊滅して人類の敗北は決定的なものになる”ってね。最初は信じられなかったけど、この攻め様を見て確信したわ……恐らく、今日がその日なんだってね」

 

「な、何だって…!?それは…いや、でも…そ、そうだ!さらにはこの事は!?」

 

俺は動揺したまま慌ててミナに問いかける。すると、ミナは安心させるように不安の一切を切り捨てた。

 

「大丈夫、勿論さらにも伝えたよ。教えてくれたおかげで私たちは全滅を免れて、双美 心の魔法にも対抗できる…だから心配ないよ」

 

「そうか……なぁ、ミナ。さらと恋に会えるか?」

 

俺がそう聞くと、ミナは何か悩んだ様子で一瞬躊躇ったが、次第にその口を開いた。

 

「…そう、だね。恋は別の場所で戦ってるからここには居ないんだけど、さらの所にはすぐに案内できるよ…行く?」

 

俺はミナの提案に黙って従うことにした。案内されている道中、恋からの伝言で“お主にその気があるならいつでも抜いてやるから遠慮せずに申すがよい。わっちが近くに居らん時はさらとかミナに頼めば嬉々として受け入れてくれるじゃろ。なっはっは〜!”と言っていたが、今はよくわからん。ミナに聞いても“わ、私からはちょっと…”の一点張りで全く埒があかない。何だってんだ、一体……後でさらにも聞いてみるかと独り言を呟いていたら、全力でミナに止められた。何故だ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私たちは暫く身を隠すわ。バラバラに逃げてお互いの居場所を知らないまま、双美 心を倒す方法を探さないといけないものね」

 

「どうしてですかぁ!わたしたちの学園に来たほうが安全ですよぉ!」

 

学園生時代の私が涙を浮かべながら懇願してくる。でも、それを聞き入れることは出来ないの。意地っ張りだと言われても仕方ないかな?

 

「ううん、それは駄目。パルチザンだけが魔物と戦える存在なのに、その私たちがそっちに行ってしまったら…今度こそこの世界は魔物に屈してしまうもの。それだけは、絶対にさせないから…」

 

「そ、そんなぁ…」

 

感情の制御が効かなくなったのか遂に涙を流し始める過去の私。辛いのはわかるわ…全く、そんな顔されたら無下に断れないじゃない。

私は過去の私の目線の高さに屈んで、そっとその頭に手を置いて優しく励ますように言葉を投げかけた。

 

「じゃあ、こうしましょう?この件が片付いたら…その時また返事をさせてもらうわ。だから、それまでは私たちが負けないって信じて。いいわね?」

 

「はい、ですぅ…!」

 

「よしっ、じゃあこのことをあなた達の仲間に伝えてあげて。もうすぐ第ニ波が来るわ…それも魔物と霧の守り手と化したJGJが手を組んでね。私たちが時間を稼ぐから、あなた達は早く元の世界に戻りなさい」

 

私の励ましの言葉を受けて、過去の私はパタパタと仲間の元へ走って行った。やっぱり、私なんかより強いな…同じ頃の私はとにかく先輩に追いつこうって必死で気持ちに余裕なんかなかったもんね。そういう強さを持っていることが私とは違う歴史を歩んでるってことなのかな?

 

「もしその強さが私にもあれば、JCくんのことを「俺がどうしたんだ?」へっ?うわぁああ!?じ、じぇじぇJCくん!?」

 

いつのまにか私の背後にヌッと歩み寄っていたJCくんに驚いて腰を抜かしてしまった。もう!いるなら声かけてよ!すると、尻餅ついた私の手を取って立たせてくれたJCくん…もぅ、そういうところはズルいんだからなぁ。

 

「ほら、掴まれって…あっ、後ろ土で汚れてるぞ?」

 

「んぇ…?にゃ!?」

 

すると、突然私のお尻の部分に付いた土汚れをはたいて取ろうとするJCくん。だ、駄目だって!まだ私達、そんな関係じゃない…ひゃん!?あぅ!そ、そんなに強く叩いたら…き、気持ち良くなっちゃう〜!?

 

「…さら。いつまでそうしてるつもり?」

 

「えぇ〜……はっ!ミ、ミナ?」

 

私は浮かれていた気持ちのまま声のする方に視線を向けると、そこにあったのはミナの若干の不機嫌顔と私のお尻に手を添えているミナの手。近くにJCくんの姿は無く、少し離れたところでデバイスで連絡をとっていた。あ、あれぇ〜?

 

「願望があなたに幻を見せていたようね…これは私の手よ!」

 

「な、何ですってェ〜!?」

 

「…おい、お前ら何巫山戯合ってる?」

 

ぶぅ〜、ミナの所為でJCくんに怒られちゃったじゃん!ってそうじゃなかった!

 

「JCくんJCくんJCく〜ん!!くんかくんかくんかくんか…」

 

「ミナ、これは…」

 

「…えぇ、ギルティね」

 

私が久方ぶりのJCくんの感触を確かめていると、何やら良からぬ笑みを浮かべているミナとJCくんが私に近づいてきた。えっ…な、何かな?

 

「ど、どうして二人とも近づいてくるのかな?」

 

『………』

 

「何で黙っちゃうの!?」

 

困惑する私を他所に、無言で両手をわきわきさせるミナと渋々それに合わせているJCくん。えっ、私何されるの?

 

「悪い子にはお仕置きだよ。私も受けたんだから、さらもちゃんと受けなきゃ駄目だよ?」

 

…えっ、いやいやちょっと待ってって。ミナ、何でそんなに嬉々としてるの?まさかJCくんも…?

 

「悪いな。だが、こうでもしないと分かってもらえないってミナがな…」

 

やっ、そんなの…駄目だって!そんなことされたら、私…。

 

「こ、壊れちゃうから〜っ!!」

 

 

 

 

 

〜2分後〜

 

「はぁ、はぁ、はぁ……も、もうお嫁に行けない…JCくんの鬼畜〜!変態〜!ケダモノ〜……でも好きぃ…」

 

「酷い言われようだな…」

 

「くすぐっただけじゃないの…それよりも、最後の一言は聞き逃せないんだけど?」

 

地面にぐったりした私を見て呆れるJCくんと追い討ちかけるように顔の前で睨みつけてくるミナ。どれもこれもJCくんがいけないんだよ!ミナの真似してくすぐってくるけど、恥ずかしがってなのかお腹とか頬っぺしかやってきてくれなかったし……JCくんになら胸とかお尻とか唇とか触られても、別に気にしないのになぁ…鈍いんだからぁ。

 

「それよりも…さっきのさらちゃんとの会話、聞いたぞ。こっちに残るって…本気なのか?」

 

JCくんが語気を強めて問いかけてくる。多分、その考えは間違ってるよって言いたいんだよね…わかってるよ、これは私の我儘だってことくらい。でも、これだけは絶対譲れないの。

 

「えぇ、パルチザンがあなた達と一緒に世界を渡ってしまったら、こっちで魔物と戦える人間が居なくなってしまうもの。それに敵は魔物や霧の守り手だけじゃない」

 

「…“スレイヤー”か?」

 

本当に驚かされるな…やっぱりJCくんは私の考えを理解してくれるんだ。

 

「うん、そうだよ。もしかしたら一番厄介かもしれない相手…パルチザンは勿論、そっちの魔法使いが束になっても勝てないかもしれない存在。私達がそっちに行った瞬間、最悪の場合その脅威も一緒に連れて来ることになるわ。そしたら、それはもう人類の敗北は決定的なものになってしまう」

 

「だからって…ならこっちに残っても勝算があるんだろうな?思いつきやただの意地だってんなら承知しねぇぞ」

 

JCくんの言葉に一瞬返答に詰まってしまった。まさか、そこまで読み切っていたなんて…何でもお見通しなんだな。

 

「大丈夫だよ、ちゃんと策はあるの。そっちの遊佐先輩や東雲さん…あっ、今は朱鷺坂さんだったね…二人からの情報で人類がどうやったら勝てるかを考えたの。まずは人類を一つにまとめないといけない…敵対勢力の大部分を占めるJGJを味方に引き入れて、霧の守り手を壊滅させて魔物に専念すること。これにはそっちの学園生の協力が必要だから、しっかりと準備しなきゃね」

 

「なるほどね…JGJってことはJCくんの世界にいる神宮寺の協力が不可欠ってことね。こっちではJGJの元の幹部は殆ど殺されてしまっているものね…」

 

「そう、だったのか…確か遊佐 鳴子が前に言っていたな。JGJの幹部連中が次々に暗殺されて、そこに霧の守り手達が居座ったことでJGJ自体が一気に共生派に傾いたことが人類敗北の原因の一端を担ったって。スレイヤーの方はどう対処するつもりなんだ?」

 

私は苦虫を噛み潰したような苦しい表情を浮かべ、どうにも変えられない事実を知らせた。

 

「…正直なところ、今の私たちに太刀打ちできる力も策も無いわ。魔法の一切が通用しない相手に対抗するには、方法は一つしかないんだけど…」

 

私がそこまで言ったところで、JCくんがふとその答えを代弁してくれた。

 

「…俺か」

 

「うん…スレイヤーと同一の魔法耐性を持っているJCくんなら、奴らと対等に渡り合えると思うの。ただそれは、JCくん一人に過酷な戦いを押し付けてしまうことになる。本当はこんなことにJCくんを巻き込みたくない…巻き込みたくないのに…」

 

私は堪えきれず言葉の途中で泣き出してしまう。私の言っていることは、以前のようにJCくん一人を矢面に立たせて私たちの代わりに傷ついてもらうことと同義なんだ。それも魔物なんかとは比べ物にならないほど協力なスレイヤー達を相手に…戦いで傷を負うだけでは済まない、もしかしたら今度こそ命に関わるようなことになるかもしれないのに、私が代わりに行くと言い切れない弱さが憎い。

 

「さら…ごめんなさい。私に、もっと力があれば…!」

 

ミナが慰めるように私の身体を優しく抱きしめる。それはあったかくて心地いい、ミナの優しさそのものだった。決してミナが悪いわけじゃない、それなのにまるで自分のことのように詫びるミナ…違うよ、本当に謝らなきゃいけないのはみんなをしっかりと導いて、JCくん一人に責任を負わせないようにしなきゃいけなかった私のほうだ。

すると、その様子を見ていたJCくんが少し考え込んだ後、静かに口を開いた。

 

「……さら、こういう時はちゃんと言わなきゃいけねぇことがあるんじゃねぇのか?」

 

「えっ…そ、それは…」

 

私は思わず困惑してしまった。何か言い忘れていたことがあったかな?

 

「俺に一言、“お願いします”…ただそれだけで俺はさらの頼みを何でも聞いてやる。迷惑掛けたくねぇって考えてんなら、それは大間違いだぞ。仲間が困ってるのに見て見ぬ振りなんか出来るかよ…それが“友達”ってもんだろ」

 

JCくんの言葉に、私は思考の一切が止まった。そっか…変に考え過ぎて、一番大切なことを忘れてたんだ。何でこんな簡単な一言が言えなかったんだろう…?

 

「でも、JCくん…これはあなたが考えてる以上に壮絶な戦いなのよ?敵はスレイヤーだけじゃない、魔物や霧の守り手…それにまだあなたのことを良く思わない人類だって少なくないわ。それでもやるつもりなの?」

 

ミナが改めて現状の厳しさを敢えて言葉で表す。こちらでは人類を攻撃したスレイヤーの一人とJCくんは同一人物とされている事実がある。その事実を放置したまま戦闘を行えば、その汚名をJCくん自身に着せられるかもしれないからだ。でも、JCくんはそんなことは御構い無しという風に拳を鳴らして強気な姿勢を示した。

 

「そろそろ暴れたいって身体が疼いてた頃なんだぜ。それに今の俺は一端の不良生徒…嫌われるのには慣れてるさ。元来、俺にいい子ちゃんは務まらないらしいからな。俺一人いなくなったって、向こうは何も変わりはしないさ…だから、いくらでもやれるぜ?」

 

そう言いながらも少し哀しそうな表情を浮かべるJCくん。JCくんが…不良?なんか想像出来ないなぁ。もしかして、かなり無理してるのかな…って、そうじゃなかった。

 

「あっ、違うの…そうじゃなくて、JCくんには私たちの準備が整うまで向こうの世界に戻ってほしいの。今のままだとパルチザンのみんながJCくんを敵と認識してしまう…だから私がその誤解を解いて、みんなの気持ちを一つにしないと…」

 

「…そうか。なら、俺はもっと強くなる。次に会う時までに、誰にも負けないくらいに…それでいいんだな?」

 

JCくんが確かめるように聞いてくる。私は全ての迷いを断ち切るような強い眼差しで…そして優しく微笑んで答えた。

 

「…うん、それが“私たちの約束”!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

元の世界に戻ってきた俺は、コロシアムでただひたすらに鍛錬に明け暮れた。ただ強く、より強く、更に強くなる為に…。

何時間か経った頃だっただろうか…規定回数以上のトレーニングに集中していると、不意に背後から声を掛けられた。

 

「“おーばーわーく”は怪我の元なんですよぉ。だからちゃ〜んと休んで下さい…ねっ?」

 

振り返ると、そこにはスポーツドリンクとタオルを持った仲月 さらの姿があった。こいつ…今何時だと思ってるんだ?

 

「閉校時間とっくに過ぎてるのにJCさんがコロシアムの鍵返しに来ない〜って、紗妃さんが怒ってましたよぉ?それでどうしてかわたしが取りに行くことになっちゃいましてぇ…それで、どうします?もう少し続けるなら待ってますよぉ?」

 

「……いい、もう終わりにする。それ、貰ってもいいか?」

 

「あ、はい…どうぞっ」

 

俺は備え付けのベンチに腰掛け、仲月 さらから受け取ったスポーツドリンクで喉の渇きを潤す。その最中、仲月 さらはというと俺が拳で打ち砕いていった鉄屑に目を向けていた。

 

「はぇ〜…こんなふうにトレーニングしてるんですねぇ。うぅ…てやっ!えいっ!やぁ!こんな感じですかぁ?」

 

俺の見よう見真似で身体の前で拳を繰り出したり、足を上げて蹴りの真似をする仲月 さらだったが、それはお世辞にも威力のあるものではなかった。どうしてそこまで俺に構うんだ…?

 

「…俺に何か用か?ただそれを言いに来るだけなんて普通、断るだろう」

 

俺がそう聞くと、仲月 さらは手に取っていた鉄屑を地面に置いて、そのまま俺の隣に座って話し始めた。

 

「裏世界のわたしとお話ししましたですぅ。JCさんにはものすごくお世話になったって…初めは少し怖いなって思いましたけど、リーダーとしてみんなを引っ張るためだって教えてもらったら…ちょっとカッコよく見えましたぁ」

 

パルチザンのリーダーとして振舞っていた時のさらは、確かに大人びた感じで指示を出していたり前線で戦ってたりと、はたから見たら少し怖そうと感じるかもしれないな。まぁ、その後かなりの確率で抜けてる行動とるけど。着替え忘れたまま風呂入りに行ったり、何にもないところで転んでスカート捲れてパンツ丸見えになってたり…懐かしや。

 

「みんなが言うんです…“表のわたし達と裏のわたし達は同じ人間だけど、違う歴史を歩んできたからある意味別人だ”って。でも、わたし思うんですぅ…もし別人だったとしても同じ人を好きになったら、やっぱりそれは同じわたしだと思うんですよぉ!」

 

「…はぁ?誰が誰を好きだって?」

 

「わたしですよぅ!向こうのわたしもJCさんのこと、大好きって言ってましたっ!それに…うむっ!?」

 

なんかのっぴきならない事を口走りそうになっていたので、無理矢理その口を塞ぐように手で掴む。そのせいで口が突き出るような形になってしまっているが、このお子さまには言って聞かないなら実力で分からせるより他ない。

 

「…ガキのくせに、何一丁前なこと言ってんだよ。男見る目、ねぇんだな」

 

すると、手の中で急にもがき出す仲月 さら…あっ、離れやがった。

 

「…ぷはぁ!そ、そんなことないですぅ!わたし、JCさんがとっても優しい人だって知ってますもん!JCさんが授業抜け出して学園で飼ってるうさぎさんに会いに行ってたり、お散歩してたり、抱っこしてたりして「ダァァアア!?な、何で知ってやがるそんなことぉ!?」きぎょーひみつですっ…ふふっ」

 

俺の弱みを握ったことがよほど嬉しかったのか、悪戯っぽい笑みを見せる仲月 さら。それに対して冷や汗が止まらなくなってきたので、タオルで拭うが一向に収まる気配がない。くっそォ…辞めだ辞めだ!

俺はスポーツドリンクを一気に飲み干して立ち上がるとその場から離れるように歩き出す。が、その後ろを追いかけてくる影、一人有り。

 

「あぁ!待ってくださいよぉ〜…プギャ!?」

 

言葉通りに歩みを止めたら、仲月 さらは止まりきれず俺にぶつかって尻餅をつく。止まれというから従ったのに…だが、丁度いい。

 

「俺はこの鍵返してから寮に戻る。お前も早く帰るんだな」

 

俺は気にも留めず、さっさと走り出す。あんなのに付きまとわれたら面倒この上ないこと間違いなしだ。氷川 紗妃にどやされることは避けられないとして、余計な揉め事に巻き込まれるなんてごめんだ。俺は一刻も早く強くならなければならないのに、寄り道してる暇なんかないんだ。

俺はすぐに面倒ごと(4〜5分説教されたが、夜遅くに男女が密会していると報道部にあらぬ記事を書かれることを恐れた為に早く済んだ)を片付けてすぐに寮へ帰るために校門を走り抜けようとすると、門の陰から不意に視線を感じた。そこには何故かまた奴の姿が…。

 

「すぅ…すぅ……はっ!ね、寝てませんよぉ!JCさんが帰ってくるのを待ってたら、つい眠くなってたなんてことありませんよぉ……むにゃ」

 

「……寝言か?ってか、何で先に帰ってないんだよ…「JCさん?そこで何をしているのですか?」ん?氷川か…いや、こいつがな…」

 

どうしようか考えていると、風紀委員の業務を終えた氷川が遅れてやって来た。危うく騒がれるところだったが、視線で訴えると状況を把握してくれたのか特に喚くことなく率先して仲月 さらを背負った…俺に鞄持ちを押し付けて。

 

「おい…何で俺が荷物持ちなんぞせにゃならん?」

 

「仕方ないでしょう、仲月さんを背負っているおかげで両手がふさがっているのですから。女子寮の前までで結構ですよ」

 

「なら、俺がそいつを背負うからお前が荷物持てよ」

 

「…まさかあなた、寝ている女性に触れたいなどと邪な考えを抱いてはいませんよね?」

 

冗談キツイぜ、全く。何で俺がガキンチョなんぞに興奮しなきゃならんのだ。少しは常識って奴をだな…。

 

「うーん…わたし、絶対美人さんになりますぅ…背も伸びて、胸も大きくなってぇ、そしたら、JCさんの…お嫁さんにぃ…ぐぅ…」

 

仲月 さらの寝言…発言の真偽は問わず、氷川紗妃の取り締まりスイッチを入れるのには充分すぎた。

俺は理解するより早く、全身の持てる力の全てを出し切って光になった。くっそ…何だよ、何なんだよ今日!厄日かよ!?

 

「待ちなさ〜いっ!!今日という今日はしっかりと説明してもらいますよ〜!!」

 

畜生…この感覚、久しぶりでめちゃくちゃ楽しいじゃねぇか。

 




【表と裏 仲月 さら編】

「そう…あなたが過去の私なのね。あの頃の私って、こんなに小さかったんだ。みんなが可愛がってくれた訳が何となくわかる気がするわ」

「あぅ…でもわたし、もっと大きくなりたいんですぅ!だから毎日運動もして、牛乳も飲んで、夜も早く寝てますですぅ。でも、全然成長しませんですよぉ…」

「そうね…あなたくらいの歳の頃は魔物と戦ってばかりだったから、かなり不規則な生活してたものね。なのにどうしてミナの身体つきは恵まれて、私は歳相応なのかしら…腹立たしいわぁ」

「何でですかぁ?」

「何でって、そりゃあ当然…す、好きな人の、為っていうか…その…あぅ…」

「はわぁ〜…お顔が真っ赤ですぅ!さらさんには好きな人がいるんですかぁ?」

「…うん、すっごく大好きな人。真っ直ぐで裏表がなくて少し意地悪なところもあるけど、でもいつも私たちのために頑張ってくれる…そんな素敵な男の子」

「JCさんのことですよねぇ?」

「にゃ、にゃにゃにゃにをいいい言ってるのかかかしららら!?」

「にゃにゃにゃ?猫さんですかぁ?」

「うぅー…そうよ、JCくんのこと。改めて言われると、すっごく恥ずかしいわね…」

「大丈夫ですぅ!わたしもJCさんのことは大好きですからぁ!シローも大好きですよねぇ?」

「ウゥ〜、ワンワンッ!グルルッ…」

「ほら、シローも大好きって言ってますですぅ!」

「…いや、明らかに怒ってるように見えるんだけど」

「じゃあ、やっぱりさらさんの夢は“JCさんのお嫁さん”ですかぁ?」

「へっ?お、お嫁さん…わ、私がJCくんの!?一緒のお家に住んで一緒にご飯を食べて一緒にお風呂に入って一緒の布団で寝たりするあのお嫁さん!?たまに台所に立って一緒に料理したり味見で食べさせ合いっこしたり、お背中流しますってJCくんのたくましい背中をこの手で…その後私の身体も優しく洗ってもらって、その後はいい雰囲気のまま同じベッドでお互いの愛を確かめるように求めあって……はぁ、はぁ…!」

「さ、さらさん?ど、どうしたんですかぁ…?」

「元気な男の子とお淑やかな女の子の二人の子宝に恵まれて、JCくんは当然良いパパになって私もそれを支える母親になるの!そして二人の我が子が寝静まった頃、どちらからともなく囁くの…“そろそろ三人目が欲しくないか?”って。そしたらそこからまた燃え上がる激しい愛の炎が!ふふふふふふふっ、あっはははははっ!!」

「シ、シロー…さらさんが怖いですぅ…!?」

「クーン…」




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第参拾六話 甘いぜ 魔法使い

大垣峰(おおがきみね)
特級危険区域。ゲートがあるため、一般には立ち入り禁止区域と言う事になっている。
ゲートから湧き出る霧の影響で、空間がゆがみ、地形が常に変化し現在では北海道程の大きさになっている。
選抜戦の優秀生徒は特級クエストを依頼される。内容は大垣峰の特級危険区域の調査。


裏世界探索から少し月日が経過し、現在俺を含む学園生たちは大垣峰の特級危険区域へ赴いていた。なんでも区域内の中心部にあるゲートを解放することが目的らしい。しかし、解せないのは今回の攻略に際して生徒会、風紀委員、精鋭部隊、遊佐 鳴子や生天目 つかさに東雲 アイラといった錚々たる面子が揃っているにも関わらず、学園にとって目の上のたんこぶであるはずの俺までわざわざ招集されたことだ。それに、危惧している問題はそれだけではなかった。

 

「こら、何ボケーっとしてんの!もう魔物は目の前まで迫ってるよ?」

 

後ろから頭を小突かれて、俺はこのやりとりに既に飽きているにも関わらず、恨めしい視線を何度となく向けた。

 

「…何であんたがここにいるんだ、“我妻 梅”。まだ学生気分が抜けてないのか?もう10年も前の話だろうに」

 

「はっ倒すよ?」

 

お互いに視線をバチバチ交わしていると、先に諦めたのは我妻 梅の方だった…か、勝ったぞ。

 

「ゲートの周りには相変わらず魔物だらけでね、それも小型のものからタイコンデロガまでずら〜り。だから持てる戦力は出し惜しみ無しで取り返したいってさ。私とネテスハイムの子と君も含めてね」

 

「…あぁ、ゲートから魔物が発生してるのはさっき緑の力で確認した。だが、あの程度の魔物ならあんた一人でも何とかなるんじゃないのか?何で俺まで…」

 

俺の問いかけに対して、我妻 梅はやけにあっけらかんとした様子で答えた。

 

「そんなの、みんな君のことが好きなんでしょ?」

 

「おい、それ本気で言ってんなら俺はもう帰るぞ」

 

俺が語気を強めると、それが面白くなかったのか“ジョークのつもりだったのにぃ〜”と口を尖らせる我妻 梅。こいつ、歳上のくせに何でそう子供じみた真似ばかりしやがる。だが、今ので何となく上の人間の思惑に検討がついた。奴らは俺が学園にとって使えるか使えないかをこの作戦で見極めようとしているんだろう。当然、奴らの言いなりになるつもりは毛頭ないが。

 

「あっ、ゲートが見えてきたよ。私たちの仕事は後から合流する学園生が到着するまで、あそこを制圧すること。一応向こうには生天目 つかさがついてるから大丈夫だと思うけど、こっちは時間無制限だから途中で倒れないでね?」

 

「…はぁ?お、おいアレ全部か!?見渡す限り魔物だらけじゃねぇかよ!」

 

俺は眼前に広がる魔物の大群を見て思わず声を上げる。北海道でやり合った光景が脳裏に浮かび、身体を強張らせる。が、その様子を見た我妻 梅は突然俺の背中を叩いて鼓舞した。

 

「あははっ!そう緊張しないのっ。リラックスして力抜かなきゃ…それに心配しなくていいよ。お姉さん、ちょっとだけ本気出しちゃうからねん♪」

 

そう言い切った瞬間、我妻 梅の様子が明らかに豹変した。体内から溢れ出す膨大な魔力が我妻 梅を包み込み、その力を何倍にも開放させたのだ。俺との訓練の時なんか比じゃない程の圧倒的なパワー…俺は、この人に勝ちたい。

 

「んじゃ、行こっか。一応、私の弟子ってことになってるんだから、負けて帰って来ちゃ駄目だぞ?終わったらまたご飯でも食べに行こうよ! 好きなだけ奢ってあげるからさっ♪」

 

そう言って、魔物の群れに向かって走り出した我妻 梅。あの人は、どうしてあんなにも強くいられるんだろう?普通、こんな大勢の魔物を前にすれば少なからず恐怖の念が湧いてくるもんだろうに…いや、そうじゃない。それすら掻き消す強い心が自分を突き動かす原動力になっているのか!初めから負けた時のことなんか考えない、絶対に成功させると信じる気持ちが力に変わるんだ。それなら、俺にも出来るかもしれない…信じるんだ、自分を。

そう深く胸に刻みつけたその瞬間、俺の中でこれまでにない程の強い意思を汲み取ったのか自然と赤の力が発現していた。

 

「…やれる。これなら、最後まで…よしっ!」

 

俺は胸に焼き付けた覚悟と共に、魔物の大群へ駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふんっ…我妻 梅め、もう始めたか。それに、もう一人…JCか?おい契約の魔法を急げ、私もすぐに魔物を殺しに行くぞ」

 

「へっ?ち、ちょっと急かさないで下さいよっ!?ほら、これで済みましたから!」

 

…おや?氷川の奴、生天目 つかさと何をやり合ってるですかねぇ。いなくなった隙に氷川に聞いてみましょーか。

 

「今のは何ですか?」

 

すると、氷川がどこか困惑した様子で答えました。

 

「委員長…それが、生天目さんが契約の魔法を要求してきて…我妻 梅との訓練の際に邪魔になる可能性があるからと解除していたのですが、それをまた再契約しろと迫ってきたんです」

 

ほぉ〜、生天目 つかさのことを少し誤解していたのかもしれないですねぇ。生天目 つかさは学園への貢献と引き換えに優先的に裏世界に行ってましたから、また行くつもりなんでしょうか?

 

「それに、不可解なことも仰っていましたし。作戦に参加していないはずのJCさんがここに来ているなんて、そんなことあるはずないのに…」

 

「あっ、それは本当ですよ。と言っても権限を持つ一部の生徒にしか伝えられてませんが」

 

「ち、ちょっとそれどういうことでしゅかぁ!?」

 

氷川、あんたさんテンパり過ぎてちゃんと発音できてねーですよ。

 

「今回は申請が間に合わなかったんですよ。それでうちの生徒じゃ都合つかなかったんで、学園外の裏技を使わせてもらいました」

 

うちの言葉を勘繰って、深い深ーい思考という名の迷宮に入ってしまいました。そして、暫く唸った後…はっ!とした表情でその答えを口にしました。

 

「まさか…我妻 梅をJCさんの護衛に指名したんですか!?」

 

「それはちょっと違ぇ〜ですね。IMFの特別任務にJCさんが指名されたというのが表向きの理由になってます。なので報酬がクエストなんか比じゃないほど高額なんだそーですよ?おそらくは0が6つか7つほど」

 

すると、見るからに目を¥にした氷川。おやおや、欲に眩んでますねぇ…おっ、何とか正気を保ちましたね。

 

「まぁ、それだけ命の危険があるからこその金額ですが…それよりも、今回の一件で上にも不信感って奴が芽生えてきましたよ。よりにもよって、最も魔物が発生していて危険なゲート付近にJCさんを送り込むなんて…解せねーですよ、全く」

 

「それって、JCさんを“消そうとしてる”ってことですか!?それじゃあ本当にJCさんが言っていたとおりに…すぐに彼を保護しましょう!」

 

焦る氷川をうちは何とか落ち着かせねーといけませんね。今、勝手に動かれてボロを出されると逆にこっちが動き難くなってしまいますからねぇ。

 

「今はまだ無理ですね。少なくともうち等がJCさんに信用されるまでは、何をしても逆効果ってもんです。それまでは陰ながら信頼回復に努めましょ?」

 

「…はい、申し訳ありません。気が動転してしまって…私も、彼の為に出来ることをやりますっ」

 

あの堅物だった氷川が…こりゃ、本人も気付いてないところで心境の変化ってやつが起こっているんですかねー?JCさん、あんたさんという人はどういうわけか惹きつけられる魅力ってやつがあるんですかねぇ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァアアッ!!」

 

俺は目の前のタイコンデロガを渾身の力を込めた拳で打ち倒す。そこはかとない高揚感と絶えることなく滞留している闘志がどんどん溢れ出て、その勢いが衰えることはなかった。俗に言うHigh状態というものなのかもしれないな。とはいえ、先ほどから増殖を続けている魔物と延々と戦い続けるのも心労絶えないのも事実。俺はまだ続けられる気力に満ちているが、我妻 梅の方は如何だろうか?

俺はふと視界の端で魔法による連続攻撃を放っている我妻 梅にピントを合わせる。

 

「…はぁ、はぁ…こんなに動いたのは久しぶり、ちょっと準備運動が足りなかったかなぁ…?」

 

拙いな…我妻 梅の魔力量が底を尽き始めているのか?ゲートから出てくる魔物の数が討伐速度を上回ってやがる。軽口叩けるくらいならまだ心配することはないが、かと言って俺にも援護するだけの余裕は正直無い。このままだと学園生が到着するまでに俺も我妻 梅も共倒れしちまいそうだ…どうすればいいんだ!?

胸中で焦燥に駆られていた俺は気付いていなかった。ゲートより出現する魔物の数が時を追うごとに増加していること、それによって背後に大量の魔物が迫ってきていることに。

…っ!ま、拙い…間に合わない!?

一瞬の反応の遅れ、振り返れば既に眼前に広がる魔物の巨大な腕。到底防御なんか間に合わないと確信した俺が致命傷を覚悟したその瞬間、とんでもない光景を目にした。

 

「くっ…魔物が、いない?どういうことだ…」

 

つい先ほどまで俺に襲い掛かってきたはずの魔物の集団が、見る影もなく消し去っていた。だがそれは、俺でも我妻 梅でもない第三者による攻撃によるものだったと判明する。

 

「…不甲斐ないぞ、この程度の魔物に苦戦するなど…貴様も我妻 梅もな」

 

「…っ!な、生天目 つかさ!?どうして…」

 

援護に入った人物の正体は、学園内で最も予想外の行動をとっている生天目 つかさだった。何故だ、何故ここに奴がいる!?

 

「我妻 梅が魔物に押されていると連絡を受けた。だが、貴様もいるとは思わなかったぞ」

 

「今の攻撃はあんたが…それより我妻 梅についてやってくれ!魔力量が底を尽きかけてるんだ!」

 

あの生天目 つかさにこんな要望が通るだろうか?だがこの期に及んで私情を挟んでいるほど俺たちに余裕はない。何かの間違いで素直に言うことを聞いてくれ!

 

「…そうか、だが一つ聞かせろ。貴様、過去に国軍の兵士を助けたことはあるか?」

 

な、何だ突然…そんな質問に何の意味があるって言うんだよ。

 

「早く答えろ。返答によってはすぐに消えてやる」

 

むぅ…何だってんだよ。まぁ、こんなことで時間食っても辛くなるだけか…別に聞かれて困ることでもないし、さっさと答えようか。

 

「…前に霧の嵐に巻き込まれた時、第6次侵攻の最中の北海道で出会った女の子を国軍の兵士に保護してもらったことはあるけど、それだけだ。そんなことを聞いてどうする?」

 

「……分かった。我妻 梅の所に行く、虎千代のホワイトプラズマでゲート付近の魔物を消し飛ばす算段になっている。それまでは自力で耐えろ」

 

それだけを言い残すと、生天目 つかさは我妻 梅の加勢に向かって走り去っていった。一体、何だったのだろうか…ただまぁ、余計ないざこざを起こさずに済んだからオールOK…なのか?

 

「とはいえ、目の前の敵に集中せにゃならんよな。合流までの残り時間…何としてでも耐え抜いてやる」

 

そう決心した俺は緑の力を発現させて、懐に忍ばせていた拳銃を手にして念じる。すると、手にした銃は次第に形を変化させて緑の弓へと変貌を遂げた。

 

「これが、新しい武器か…よしっ!」

 

俺は再び魔物の群れに向かって飛び込んでいく。すれ違いざまに放たれた一射が魔物を貫き、更にその後続の魔物たちにまで一直線に撃ち貫いていった。それからのことは詳しくは語らないが、武田 虎千代・松島 みちる・音無 律による広範囲魔法攻撃によってゲート付近の魔物の一掃、東雲 アイラと朱鷺坂 チトセ両名による時間停止の魔法を発動。これにより大垣峰のゲートの確保に成功した。尚、今回の作戦によって生天目 つかさ・我妻 梅・俺が負傷した…とはいえ全員が保健室に搬送されればそこは戦場と化すため、暫くの間はIMFの管理する医療機関で療養する羽目になった。それに加えて学園側から俺に対して一ヶ月間の謹慎が言い渡された。その理由はクエスト参加の規定人数不足ということになっているが、多分こじつけだろうな。このことで学園を咎めるつもりは無いが、何か後ろめたい思惑を感じるのは俺の気のせいではないはずだ。ともあれ、これで学園ないし国が俺のことを疎ましく思っていることが明確になった訳だ。わざわざ俺を死地に送り込んで、帰ってきたら一方的に拒絶されたんだからなぁ。その件については我妻 梅も復帰次第IMFに確認すると言っていたが、はっきりとしたことは後になってみなければ分からないな。それよか、ご飯連れて行けなくなってごめん…と見るからに落ち込んでいたしな。そんなこと一々気にしないでいいのにと思ったが、わざわざ言葉にするのも野暮ってもんだ。軽くあしらっておいたが後まで気にしてなければいいんだが…俺なんかよりもべらぼーに強いくせに、そういうところは常識人なんだから調子狂うぜ。まぁ暫くは傷を癒すことに専念させてもらうか…緑の力、もっと上手く扱えるようにならないとな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…よ、よしっ。気持ちの準備も出来た、祝いの品もある!では行くぞ…行っちゃうからな…えいっ!」

 

コンコン、妾は男子寮のとある一室の扉をノックした。その部屋の主は特級危険区域におけるゲート確保の作戦に秘密裏に参加し、大怪我して何処ぞの病院に入院しておったとんでもない馬鹿者じゃ。つい昨日退院して帰ってきたのは良いんじゃが学園から一ヶ月の謹慎を言い渡されおって、それがまた12月の末までという何ともタイミングの悪いこと。危うく年始まで会えんことを悲観した妾は、授業免除である身分を利用してこうして白昼堂々と足を運んできたという訳じゃ。最近、JCにほの字の女子が静かに増えてるみたいじゃったからこの辺で本妻(自称)の立場を知らしめてやらねば…妾ってば頭良いのぉ〜。

 

「…誰だ、鍵は開いている」

 

若干の不機嫌そうな声が部屋の中から聞こえてきたわい。ちと心配じゃがここは突撃あるのみじゃわいな。

妾はやけに上機嫌な態度でずかずかと室内に入っていった。

 

「なっはっは〜!妾が退院祝いを持ってきてやったぞ……って、な、何故貴様がここにおる!?」

 

妾は今、自分の目に映っている光景が信じられん。いや、JCがおるのは当然じゃぞ?問題はその横におる人物じゃ。

 

「は〜い、どうもありがとね。でも、少し遅かったみたいじゃない?」

 

「と、朱鷺坂 チトセ〜…!!お主は呼んでおらんぞ!それに妙に其奴との距離が近いんじゃ!今すぐに離れろぉ!」

 

妾は一目散にJCの横で腰掛けている朱鷺坂を引っ剥がして、その位置に座る…当然、JCの右腕に絡みつきながらじゃ。その様子を見て諦めたのか、朱鷺坂は深〜い溜め息を吐いて近くに備えておる椅子に座り直しておった。ふっふっふ…この“べすとぽじしょん”は誰にも渡さんぞ。

そんな妾たちの攻防を傍で見ていたJCが、呆れたような態度を見せて状況説明を始めおった。

 

「朱鷺坂 チトセは俺が呼んだんだ。それを言うなら東雲 アイラ、お前のことを呼んだつもりはないんだが?」

 

「んなっ…!?」

 

「あらあら、そんな他人行儀な呼び方はよしてって言ってるのに…昔みたいに“チトセさん”って呼んでくれて良いのよ?」

 

「にゃにゃ!?」

 

「…その話はよしてくれ。もう昔のことだ」

 

「んもぉ…いつの間にか大人になっちゃって、ふふっ♪」

 

「な、なっ…なっ…!?」

 

な、何じゃこの彼氏とその元カノにしか分からん会話に入れん今カノの様な気持ちは!?というか、完全に蚊帳の外なんじゃが…うぅ〜!も、もっと妾と構えっちゅーの!

妾の媚びるような視線に耐えかねたのか、朱鷺坂の奴が改めて本題に入るよう促した。

 

「とまぁ、お巫山戯はこのくらいにするとして…それでJCくんは一体何を聞きたかったの?」

 

すると、朱鷺坂の問いかけに対してJCは少し神妙な面持ちで話し始めた。ま、マブいのぉ…此奴は男じゃが。

 

「大垣峰のゲート…その先の世界に行ったそうだな。そこは、どんな所だった?」

 

むっ、此奴一体どこからそんな情報を…じゃがまぁ、此奴になら話しても問題なかろうか?すると、朱鷺坂の奴もまた妾に視線を向けておった。流石自分なだけあって、考えてることは同じということらしい。妾は小さく息を整えた後、あくまで仮説という名目で話し始めた。

 

「…ゲートの先にあったのは、およそ300年前のイギリスのロンドン…つまりは第1次侵攻の真っ只中じゃった。とはいえ、その頃の魔物はまだ出始めで一緒にくっついて来た間宮や音無ですら簡単に倒せるレベルじゃったがの」

 

すると、妾の話を捕捉するように朱鷺坂が語り部を受け継いだ。

 

「私たちの目的はその時代に生きる魔導科学の基礎を作った”アイザック・ニュートン”に会うことだったの。長い時間をかけて収集した今の知識を彼に与えれば、きっと奇跡を起こしてくれる、そう信じてね……あっ、これ美味しいっ」

 

「そうか…だがその口振りから察するに、あまり良い結果は得られなかったみたいだな……ふむぅ、意外といけるな」

 

「だぁーっ!!お、お主等それ妾が購買で買って持ってきた祝いの品のチョコ!何勝手に開けて食っておるんじゃあ!?」

 

こ、此奴等話半分でどっかに視線をチラチラ向けとると思ったら…朱鷺坂、こらっ貴様!無言でJCに“あ〜ん”とかやるな!そういうのは持ってきた妾の役目じゃ!

妾は朱鷺坂からチョコの箱を引ったくって、そのまま中身を口の中に放り込む……んん〜っ!こりゃ美味じゃわい!

 

「まったく、意地張っちゃって…えっと、何処まで話したかしら。あぁ、アイザックに会ったけど良い結果は得られなかったってところまでよね。でも、実はちゃんと収穫もあったんだなぁ」

 

「…収穫?何だそれは」

 

朱鷺坂の奴…まぁいいわい。お主が話したいと思ったのなら気の済むまで話してやるが良い。

 

「彼によれば“霧の魔物は天からやって来た”そうよ。文字通り最初に太陽が欠けて、その後すぐに霧が空を覆って…そして魔物が出現した。要するに霧がやってきたのは本当は宇宙だったってわけよ」

 

「冗談を言っている、わけではなさそうだな。もしその説が正しいなら、魔物が地下から発生しているという既存の説は間違いだった…そういうことか?」

 

JCが確認すると、朱鷺坂も静かに頷いた…長い年月をかけて培った説がこの何ヶ月で転々としてしまったのじゃ。それも300年も前の老人によって…もう何も言えんわい。

 

「私たちとしては、その事実を受け止めた上で二つの選択肢を取ることができるようになったの。一つはこのまま霧と戦い続けること、そしてもう一つは霧を駆逐する方法を見つけて、過去のロンドンに飛んで霧をどうにかすること」

 

「人類の繁栄を願うのじゃったらまだ南半球が無事な頃を救って、今後二度と魔物が発生しない世界を手にするのが一番手っ取り早いじゃろうな。じゃが、それが最善手と言えばそうでもないんじゃな、これが。何故か分かるか?」

 

妾はJCに問うてみる。既に結論は出ているが、此奴の考えも聞いておきたいからのぅ。

 

「そうだな…俺には詳しいことはよく分からないが、とにかくそうしないってことは何か悪い影響があるってことなんだろ?歴史が変わるとか…」

 

ほぅ…此奴、やっぱり地頭が良いらしい。物事の本質をちゃんと捉えておるわい。

 

「えぇ、御名答よ。少なくとも私と立華さん、それにパルチザンには何かしらの影響を与えることになるかもしれないわね。というよりも、実際に歴史改変をしてみないとどうなるか分からないのが本音なのよ。前に裏世界の技術をこっちに持ち込んだ時は自ずとそうなるって見当がついていたから心配してなかったけど、今回はそうじゃないもの」

 

「…おい、ちょっと待て。“今回は”ってどういうことだ?それに前にもやったことがあるって…」

 

…うぬ?なんか話が噛み合っておらんな。まさか朱鷺坂の奴、まだ自分の正体を明かしておらんのか?

 

「あっ、ごめんなさい。JCくんにはまだ言ってなかったわね…今、幻惑魔法を解除するから」

 

そう言った瞬間、朱鷺坂の身体は光に包まれ…その光が消えた頃には妾と瓜二つの姿に変身を遂げておった。何回も見ておるが慣れんのぉ…。

 

「…これでどうじゃ?わかるかの?」

 

少し小っ恥ずかしそうに制服の裾を摘んだり指で髪を弄ったりと、どうも落ち着かない様子の朱鷺坂…自分のことを良く言うつもりは無いんじゃが、本当にマブいのぉ…妾って。

すると、まだ信用していないのかJCの奴が徐に立ち上がり、朱鷺坂の目の前に移動する。な、何をする気じゃ…?

 

「…正直、まだ信じられない。確かめてもいいか?」

 

「えっ?う、うむ…別に構わないんじゃが」

 

お、おいJCよ…貴様、まさか…!

 

「じゃあ遠慮なく…ほい」

 

「ひゃん!?ち、ちょっとJCくん!?いきなり何を…ひゃっ!?そ、そこ弱いからぁ…!」

 

朱鷺坂の台詞だけじゃとなんかやらし〜ことをされておると勘違いされそうじゃが、断じて違うぞ?JCの奴が朱鷺坂の頬を摘んだり手を握ったり髪や首筋を撫でておるだけじゃ…朱鷺坂の奴、やけに嬉しそうな反応をするでないかぁ。

 

「凄い…まるで本物の質感だ」

 

「本物じゃと言っておろうに!それに妙に手つきが慣れておってこしょばゆいんじゃ!もう元に戻るからなっ!?」

 

朱鷺坂が遂に耐え切れなくなって、元の姿に戻りおったわい。おぅおぅ、顔真っ赤にしおって…初心じゃのぉ〜。

 

「んもぅ…JCくんがこんなに積極的だなんて思わなかったわっ!おかげで変な汗かいちゃったわよ」

 

「わ、悪かった…だが、見れば見るほど信じられないくらい綺麗に出来てるな」

 

「…次はもっと優しくして頂戴。君だからこの姿を見せたってこともあるんだからね?」

 

むっ…朱鷺坂の奴め、わざわざ見えるように焦って着崩した制服を直して急に色気づきおってからに。まぁJCにそんな小細工が通用するはずないわい、恋愛のれの字も分からん男じゃからな…だからこそ周りの女どもが苦労しておるのに。

 

「とにかく、私は今から50年先の裏世界からゲートを通ってデクの技術を始め、色んな知識を授けたの。そのおかげで科学は進歩して魔物を倒す手段もある程度確立することが出来たでしょ?それが私が裏世界の人間である証拠よ」

 

「始めこそ不信感しかなかったあんただったが…別にもう疑ってなんかねぇよ」

 

「ふふっ、ありがと♪さぁ東雲さん、後はあなたに任せるわ」

 

朱鷺坂は満足したのか話題の主導権を妾に戻しおった。此奴、自分の言いたいこと言って大風呂敷広げおって…しゃーないのぉ。

 

「話を戻すが、色々な可能性を考慮した結果…妾たちが取るべき選択肢は二つに一つじゃ。今すぐ過去のロンドンを救うと立ち上がる連中に待ったをかけて暴走せぬように足並みを揃えさせる…今月末から年明けにかけてニュージーランドで開かれる臨時の国連総会でグリモアの代表として武田 虎千代にそう宣言させるつもりじゃ」

 

「…俺には関係ないな。政治のことは頭の良い奴らだけでやってくれ。どうせ謹慎中の身だ、この機会に暫く学園から離れてみようと思う」

 

『…っ!?』

 

な、何じゃと!?JCの奴、一体何を考えておるんじゃ…?

 

「それは、どういうことなのかしら?学園が許可するとは到底思えないけど…」

 

「許可なんて要らないさ。次の裏世界探索には戻るつもりだ…約束だからな」

 

そう言って、静かに拳を握りしめるJC。うむぅ…此奴には此奴の考えがあるということなのじゃろうか?

 

「また…何処かに、行ってしまうのか?」

 

気がつけば、妾はJCの腕に込めた力を強めていた。此奴はそういう男じゃ…普通の人間とは出生も生き方も根本的に違う、一瞬でも目を離せば此奴は煙のように消えてしまう。あの研究施設で見たデータが真実ならば、此奴の正体は国が秘密裏に研究・実験を施した謂わば強化人間ということになるんじゃが…そんなことより本心から心配なんじゃ。伝わるかどうかは定かではないが、本当に心配なんじゃよ。

 

「…今はまだ学園のことが信用出来ない。この前の作戦も俺を人知れず消すための罠だったとしか思えねぇしな。それにそれだけ大事なはずの会議ってやつに俺が呼ばれていない理由も何かありそうだしな。単に興味が無いのか、それとも他の奴らに知られちゃまずいことでもあるのか…どうだろうな?」

 

「うぅむ…それは、確かにずっと気掛かりじゃったが…朱鷺坂、お主はどう思う?」

 

妾は裏世界の事情に詳しい朱鷺坂に知恵を募る。先日の研究所のデータのことは既に話してある故、妾の考えをわざわざ言葉にせずともある程度共有できておるのが救いじゃ。

すると、暫く静観を続けておった朱鷺坂が可愛らしく口元に指を添えてまるで考察するように話し始めた…あれは多分無自覚でやっておろうなぁ。

 

「そうねぇ…向こうではJCくんのことは全く知られていなかったのよね。普通こんなに強い魔法使いなら真っ先にグリモアへ保護されるはず、なのに知らなかった。国が把握してなかったとは考え難いし、JCくんの言い分も無視できるものじゃないと私もあの時のことを後から聞いて思ったもの…多分、国家レベルでの隠蔽工作が行われていたんじゃないかしら?」

 

「…だろうな、そんなことだろうと思ったぜ。俺だっていつまでも馬鹿じゃないし、それにこの学園全体が敵だなんてはなっから考えてないんだ。だが国の圧力に屈するような学園のままなら…もう此処には居られない」

 

「お、おい!何を言っておるのじゃ!?」

 

妾は思わず立ち上がり、JCに詰め寄る。

 

「お、落ち着けよっ!仮の話としてそういう可能性もあるってだけだ……俺だって、お前等と離れたくなんかないんだからな…あっ、今のはそういうんじゃなくて!えっと、その…」

 

………はっ!い、いかんいかん!JCがあまりにも可愛い反応を不意に見せるもんじゃから、意識が“とりっぷ”しておったわい。朱鷺坂に至っては歓喜のあまり鼻血が出とるのに、全く気づいておらん!早ぉ拭かんか!

 

「ちょ、おまっ…部屋汚すなよ!これ使え!」

 

「ぐすっ…あ、ありがとぅ…」

 

見かねたJCがベッド脇の棚に備えているティッシュボックスを朱鷺坂に投げ渡す。全くだらしのない奴じゃ…。

 

「…おい、東雲 アイラ。何故お前まで鼻を弄っている…?」

 

「妾もちょっと血ぃ出して貧血気味になったら、お主に介抱してもらえるかなぁ〜なんて…」

 

「帰れ!!」

 

ぶーぶー!ちょっと揶揄っただけなのに部屋から追い出されてしもうた。じゃがまぁ、良い頃合いじゃったし…新しく用事も出来たしのぉ。

 

「さってと、宍戸のところに行ってJCのデータでも見せてもらうとするかの。以前と変化がなければ良いのじゃが…」

 

そんな心配事を胸に抱きつつも久しぶりに触れたJCの感触に笑みを抑えられない妾…直近では考えられないくらいその足取りは軽いものであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

「うわぁ…凄い手際の良さ。まるで職人さんみたいだねぇ」

 

あんまり状況を説明したくはないんだが、そういう訳にもいかなさそうなので手短に。12月も終盤にかかってきたこのタイミングで扉の隙間に謎の手紙が差し込んであることに気がついた俺は、刺客の可能性を疑いながらも呼び出された調理室へと赴いた。表には大きく“果たし状”と銘打ってあり、その中身の文章も何故か所々文字が滲んでいてハッキリと解読できた部分はといえば…【J○くんへ、突然のお手○で申し○ありま○ん。実は以前からあなたの○○を詳しく知りたいと考えており、是非この機会に親睦を深められればと○い立った次第です。そこで突○ではございますが…私と一緒に○○子作りをしませんか?何故○○子作りなのかとお思いでしょう、実は私の故郷のイギリスでは、今○○子作りが流行っているそうです。そこで私もあ○○って是非JCくんとご一緒出来ればと思います。と言っても、私も○○子作りに関しては嗜む程度であまり上手じゃないんだけど、そこは君がサポートしてくれると嬉しいかな…。そうそう!後で歓談部のみんなとも合○して久しぶりに色々○○できたらいいな。長々と書いてしまってごめんなさい。じゃあ明日の放課後、調理室で待ってます!】という怪文書を受けた俺は、一体どうしたものかと小一時間頭を悩ませていたが…結果としてその人物と同じ空間で菓子作りをしている。

 

「おい、ブルームフィールド…見てないで手伝ってくれ。流石に手が疲れてきたんだが…あとつまみ食いもいい加減やめてくれ」

 

「あ、あはは…私は食べる方専門だから…駄目?」

 

今もまた作業している俺の対面でデコレーション用のチョコレートに手を伸ばそうとしているエミリア ブルームフィールド…こいつが今回の怪文書を送りつけてきた張本人らしいが、それにしても俺にわざわざコンタクトを取ろうとしてきた理由がわからない。以前歓談部に出入りしていた際に多少会話を交わす程度の付き合いのはずだが、何か魂胆があるのか?

 

「…使う分の材料だけ残してくれれば別に構わん。ところで、俺は今手渡されたメモを見ながら自分でも何を作っているのか分かっていないんだが…?」

 

「えへへっ…それは完成してみてのお楽しみです!」

 

「…この怪文書を学園中の奴らに晒してやろうか」

 

「か、勘弁して下さい〜っ!?」

 

手紙には一緒に出来ればと謳っておきながら最初から全く手を出す気がないことや、何を作るかすら教えてくれないくせに何故かドヤ顔で誇ってくることにイラっとしたので脅しておく。共同作業とは?因みにメモの内容を一部抜粋して目を通してみる。

 

1.耐熱ボウルに無塩バターを入れラップをし、600Wの電子レンジで40秒、バターが溶けるまで加熱する。

2.卵、牛乳を加え、泡立て器で混ぜ合わせる。

3.グラニュー糖、バニラエッセンスを加えてよく混ぜ、ホットケーキミックスを振るい入れ、ゴムベラでサックリと混ぜ合わせる。

4.ひとまとめにしたらラップに包み、冷蔵庫で30分程寝かせる。

5.台に打ち粉をし、麺棒で5mmほどの厚さになるように伸ばす。コップの縁でくり抜き、中央をペットボトルのキャップでくり抜く。

6.鍋の底から5cmほどの高さまで揚げ油を注ぎ、170℃に熱する。こんがりと色づくまで両面を2分ずつ揚げ、油を切る。

7.皿に盛り付け、グラニュー糖をかけて完成。

 

「…長ぇよ!」

 

「うわっ!?な、何なの…突然おっきな声出して…」

 

あー、俺疲れてんのかな…メモ相手に全力でツッコんでら。だが、これではあまりにも効率が悪すぎるな…端折れるところはトコトン端折るか。

俺は材料全てをボウルに入れ、青の力を発現させて超スピードで掻き混ぜていく。こういうのはスピードがモノを言うって昔から相場が決まっているもんだ。ミキサーなんかより自分で混ぜた方が圧倒的に早い上、ダマが無く混ざる正に一石二鳥。まぁ、冷やすのとかは流石に機械に頼らざるを得ないんだがな…こういう時に魔法が使えないのは不便だな。

 

「さぁて…上手く出来るかな」

 

俺は自分の持てる力を最大限発揮して謎の菓子作りに挑んだ。時には緑の力で味覚を研ぎ澄ませて最適な分量を見つけ出し、青の力で高速で掻き混ぜ、紫の力で力強く生地を伸ばし、赤の力は…特に何も無し。その間もブルームフィールドのつまみ食いは止まることはなかった。そんなことしてるからいつまで経っても体重計乗る時に憂鬱そうな顔する羽目になるんだぞ。先月から1kg増えたって嘆いてたのはどこの誰だったか?

そんなことを考えていた俺だったが、まぁなんやかんやあって謎の菓子が無事に完成した…って、これは…。

 

「もしかして、これってドーナツか?」

 

「はいっ!うわぁ〜、凄く綺麗に出来てる!やっぱり思ったとおり!」

 

円形の揚げ物、そしてほのかに香る甘い匂い。そしてブルームフィールドのテンションの上がり様…まぁ途中から何となくそんな気はしていたが、これもしかして利用されたのか?

 

「んん〜っ!美味しい!駅前のお店の味そのものだよ〜!」

 

そう言って一つ、また一つとドーナツに手を伸ばしてはむはむさせているブルームフィールド。俺にはよく分からないが恐らく本当に喜んでいるようで、その表情にも晴れ晴れとした笑顔が溢れていた。

 

「それで…どうしてこんな機会を設けたのか、そろそろ教えてくれないか?ただ俺に会いたかった…なんてことはないんだろ?」

 

すると、そこでドーナツへと伸ばしていた手を止めるブルームフィールド。真面目な話、なのか…?

 

「実は…折り合って相談がありまして、以前国に帰った時のことを憶えていますか?あの時は友人の国葬に出席するためだったのですが…その時改めて、自分たちが戦っている魔物の恐ろしさを再確認させられました。そして、もっともっと強くなりたいと考えるようになりました。それで是非あなたと手合わせ願いたいと思いまして」

 

「…ただ強い奴ならこの学園に他にもごろごろいるだろう。何で俺なんだ?」

 

すると、少し困った様子を見せるブルームフィールド。

 

「それは…何ででしょうね。自分でもよく分からないんです。ただ何となく、真っ先に頭に浮かんだのがあなただった…というのは駄目ですか?」

 

「…そういうことを簡単に口にするな。勘違いする輩が出てくるだろ…ほれっ」

 

「うむぅ!ん〜っ!ぅん〜っ!?」

 

俺は手に取ったドーナツをブルームフィールドの口へと乱暴に放り込む。突然のことに困惑しつつも律儀にはむはむしてやがる…真面目だねぇ。

 

「気が向いたら、コロシアムに来い。いつもは大抵そこにいる…じゃあな」

 

慌てふためくブルームフィールドをよそに、そそくさと部屋を出る。これを幸運と呼ぶべきかどうかは知らないが、エミリア・ブルームフィールドが敵である可能性はかなり減ったと思う。もし仮に故郷であるイギリスの命を受けて俺をどうこうしようというのなら、わざわざ手紙を寄越すなんてあまりにも杜撰すぎる。よって、彼女個人は大丈夫…というのは楽観的すぎるか?

 

「…ただ、あの笑顔に嘘は無いと思いたい。考えが甘過ぎるか、このドーナツみたいに……うわっ、甘っ」

 

俺は自分で作ったドーナツを一口含む。それは俺の考え同様、これでもかってくらい甘過ぎるものだった…作った人間の性格が見事に表現されてるわ。次は…もっと上手くやろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




【エミリア ブルームフィールド】
イギリスの魔法学園からの留学生で下級貴族の出。正義感溢れる騎士見習いだが、楽観主義が強く、本物の戦場を知る生徒にたしなめられることも多い。もともとの実力は高いので、ある程度経験を積めば化けるはず。JCとは以前から歓談部での交流があるがそれほど深い親交は無く、JCの性格も激しく変わってしまったと学園中で誤認識されている中で意外な手段を使ってJCを呼び出すことに成功したが…?


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第参拾七話 禊祓よ 魔法使い

岸田 眞吾(きしだ しんご)
岸田 夏海の父。表世界では魔物に襲われ死亡扱いとされていたが、裏世界にて生存を確認している。
ジャーナリストをしており、夏海のカメラは眞吾の形見である。
遊佐 鳴子と知り合いである事が判っており、過去に表世界の遊佐 鳴子と共に一時的に表世界に帰還するも、天文学的な確率で再度霧の嵐に巻き込まれ、裏世界に飛ばされていたことが判った。裏世界の遊佐 鳴子とは異なる調査をしていたと口にするが…。


「俺もこの国連総会をきっかけに表舞台に復帰か…んっ、あれは…?」

 

…んっ、冒頭から俺が語り部として登場するのは初めてか。なら、先ずは自己紹介からだな。

俺は神宮寺(じんぐうじ)(いつき)。神宮寺家の次男でJGJフューチャーの社長を務めている。若造が社長なんてって裏で陰口叩かれることも少なくないが、これでも一応妻帯者だ…期待させてしまったら悪いな。

一時期は霧の護り手に拉致されたり、フューチャーを襲撃されたおかげで左腕が金属製の義手となっちまったりと、中々波瀾万丈な人生を送らせてもらっている。とまぁ、俺のことはこれくらいでいいか…それよりも俺の部屋の扉の前で御老人たちが交わしている会話の内容を聞き流すことが出来なかった。

 

〈…おい、聞いたか?例のグリモアの魔法使い、今回は出向いて来ていないようだぞ?〉

 

〈そうか…何、我々が心配することはない。たとえ奴が現れたところで、覚醒しきっていない今の状態では何も出来んよ。何よりその為の“グリモア”だろう?〉

 

〈そう、だな。違いない…我々は間違ったことは何もしていない、していないんだ…〉

 

何だ、この意味深な会話は…それにグリモアだって?まさか転校生くんに何か…いや、それはないか。今回の国連総会はグリモアにとっても最重要案件のはず、そこに支柱的存在の転校生くんを同行させないわけがない…ならば、彼等の指し示していた奴とは一体誰の事だ?

俺は扉の隙間から部屋の前に誰もいないことを確認すると、誰に聞こえるほどでもない声量で呟いた。

 

「…葉黒、いるか?」

 

「御側に」

 

俺の問い掛けの次の瞬間、背後から何処からともなく現れたのは俺の従者の葉黒だ。あまり詳しいことは言えないが、神宮寺に付き従ってくれる頼れる奴だと思ってくれればいい。

 

「グリモアの生徒の中で今回の国連総会に出席していない、且つ在籍年数が少ない生徒の経歴を至急調査してくれ」

 

「御意」

 

俺の依頼を受けて、一瞬で姿を消す葉黒。仮に俺の知り得た情報が正しいなら、今グリモアに通っている生徒の中に日本或いは世界の根幹を覆す何者かがいる…のか?

分からん、分からんこと尽くめだ。ならば、こういう時にやることは一つ。

 

「…しゃーない、俺からも少し探りを入れてみるか」

 

日本の権力者たちとグリモアという組織、そしてそこに通う魔法使い“X”の正体…はてさて一体どんな子なんだろうねぇ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう一度、お願いします!」

 

目の前の少女が俺に向かってそう叫ぶ。少女の名はエミリア、前回の菓子作りの一件でコロシアムで相手をすると口を滑らせてしまったが為に、まさか年明けの早朝から付き合わされるとは思っていなかった……どうも彼女の都合の良い時間帯が初日の出を見終えて友人たちと初詣に行くほんの数時間のみだったらしく、彼女自ら男子寮に乗り込んできてそのまま拉致され今に至る。

 

「もう勘弁してくれ「駄目ですっ!」えぇ…」

 

くっ…即刻拒否されたか。こうなると予想出来たのなら俺に一太刀浴びせてみろなどと安易に言わなければよかった…おかげでムキになって諦める素振りが全く見えなくなってしまった。

 

「まだ貴方に一撃を与えられていません!騎士の誇りにかけても誓いを違えることは致しません…ハァアッ!」

 

意気込んだ彼女の一撃が俺の身体に向かって放たれる。しかし、その突きは目で追えない速さではあるがその軌道はあくまで直線的…これは恐らく西洋の剣撃であるが故の事象なのだろう。俺は僅かに上体を後ろに反らし回避、同時に剣先を蹴りで弾いて一旦距離を取る。油断できねぇな…そもそも一太刀入れられていないのは決して彼女の実力が低いわけではない。寧ろ今のように一瞬でも反応が遅れた場合には致命傷になりかねないが故、こっちも本気で避けなくてはいけないのだ。

 

「むぅ…また外したぁ。 でも今度こそっ!」

 

再び突きの構えを見せるエミリア。マズいな、このままじゃジリ貧だ…こうなりゃ一か八かだ。

 

「これで決めます…ヤァアアッ!!」

 

より一層気合いに満ちた一撃を放つエミリア。避けることに徹していてもいずれ追い付かれしまう。ならば逆転の発想で“避けなければ”いい。

俺は紫の力を発現させて、真っ向からその一撃を受け止める…ぐぅッ!?も、持ち堪えてくれよォ!

 

「クゥウッ!?いツァ…紫でもこんなにダメージが、けど…フンッ!!」

 

左肩に剣先が刺さっているが紫の力のおかげで痛みで意識が飛ばないでいてくれた。その隙に体表から露出しているサーベルを右手で掴み、痛みに目もくれず強引に引き抜いた。

 

「…グァアアアアッ!?いっツァ〜…っ!?こ、これは…!」

 

肩に走る激痛より、サーベルを引き抜いた傷口から血液が止めどなく溢れていることより、思わず目を見張る現象が目の前で起きていた。一方、エミリアの方はそうでもなく俺の出血の様子を見て慌てて駆け寄ってしゃがみ込む。

 

「JCくん、ごめんなさい!私ったらムキになって…血がこんなに出てる…早く手当しないと「ちょっと待て!」えっ?きゃっ!?」

 

俺は立ち上がろうとするエミリアの腕を掴んで引き戻す。これは…これは凄いぞ!

 

「血なんかいつか止まる。それより見ろよ、これ…」

 

俺に促されてエミリアはサーベルに目を向ける。すると、それを見た彼女も思わず感嘆の声をあげた。

 

「うわぁ…私の剣が、変化した!?」

 

そう、俺に突き刺さっていたエミリアの剣は姿を変え、俺の目の色と同じ紫の剣へと変貌を遂げていた。緑の時に銃が変わったのと同じ、今度は剣か…!

 

「これは俺の…これが俺の武器だ!く、くくっ…くははははっ!」

 

俺は体の奥底から湧き上がる衝動を抑えきれなかった。この力があれば、俺は今よりももっと強くなれる…さら達との約束を守れる。

俺は体を震わせながら鋭利な刃物のように口角を上げた笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よっ」

 

「むっ…馴れ馴れしいぞ、ウィリアムズ。私は貴様と余計なお喋りをしに来たわけではない」

 

「へー、へー。それで、生徒会の会計が訓練所までわざわざ何の用だよ。まさか待機命令無視してでもアタイらに裏に行けってんじゃねーだろうなぁ?」

 

私の目の前でだらしなく椅子に座りながらハンバーガー片手に鬱陶しそうに話を聞くウィリアムズ。こいつ、制服の裾を捲って腹など出して…私より少しスタイルが良いからと見せびらかして……不公平だッ!!だが、それは一旦忘れよう。

 

「次の裏世界探索で転校生にはデクを使用させることが決まった。そこで国連軍歩兵師団に所属していた貴様の意見を聞きたい」

 

私の言葉を受けて一瞬、ウィリアムズの雰囲気が変わる。普段のおちゃらけた様子から兵士の顔になる、とでも言っておこうか。

 

「…ほぉ〜、またロクでもねーこと考えたもんだな。けどまぁ、案外いいタイミングなんじゃねーのか?」

 

「そうか、ならこのまま報告させてもらう。邪魔したな」

 

意外にも肯定的な意見を聞くことが出来た。ふむ、やはり第一線で戦っていた兵士の目線から見ても魔物が知性を身につけたとされるこのタイミングでのデク投入は良い頃合いなのか。

特に意見の相違もなく終わり、そのまま訓練所を後にしようとしたその時、背後にいるウィリアムズから呼び止められた。

 

「あー、ちょい待ち。そっちの聞きたいことに答えたんだ、今度はアタイの言うこと聞いてもらうぜ?」

 

「むっ、内容にもよるが…まぁ いいだろう」

 

こいつ、一体何を言うつもりだ?

 

「次の裏世界探索、参加するメンバーの人選が妙なことになってる気がすんな。もーちっとマシなメンツの方が良いんじゃねぇのか?まともにやれんのは遊佐とあのメイドくらいだろ?」

 

「秋から年末にかけて精鋭部隊も生徒会もフル稼働だったんだ。有事に備えて一旦休ませなければならないだろう?」

 

「とは言えなぁ…まぁ どうせJCの野郎(クレイジーマン)は無条件で参加してくるから、それだけでも戦力比300%増しくれぇだろうけどな。アタイの銃弾食らって倒れても、ケロッと起き上がっちまうよーな奴だからな…それもハナっから攻撃食らってねーよみてぇな顔でよ。マジでぶっ壊れてるぜ、アイツ」

 

それは…そうかもしれない。JC自らが望んでいることとはいえ、裏世界探索やゲート確保に加えて霧の嵐にまで巻き込まれている現状の中、転校生以上に休息を取らず日々強さを求める様に自身を痛めつけていると聞く。本来なら一般生徒であるJCにここまでの負担をかけることはあってはならないのだが、頼らざるを得ないのが現状だ。せめて、その心の重荷を軽くする方法は…今の私たちには無いのだろうか?

そう考える度に、何故か私の心に妙な痛みが走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あの…先輩っ!一緒のクエストは初めてですね!あたし、ちょっと緊張しちゃいます…」

 

「…そうか」

 

「えっと…ほ、本日は大変お日柄も良く…その、まさに探索日和ですねっ!」

 

「…この灰街は霧の影響で年中雨が降り続いているらしいが?」

 

「…あっ、そうなんですねぇ〜。あ、あはは…」

 

あぅ〜…緊張し過ぎて全然上手く話せないよぉ!?このままだと先輩に変な子だと思われちゃうよぉ!?

内心テンパっていると、不意に先輩が小さく呟きました。

 

「…マズいな、囲まれてる。桃世、俺の後ろに隠れてろ」

 

「えっ!?ひ、ひゃいっ!」

 

先輩が危険を察知して、あたしを庇うように手で手繰り寄せてくれます。ち、近い…こんな強引に先輩に近づけるなんて…ドキドキしちゃいます!?

 

「桃世、俺が合図したら来た道を戻って別班の遊佐 鳴子たちと合流しろ。その間に俺が奴らを引きつける…恐らく、狙いは俺のはずだからな」

 

「で、でもそれじゃ先輩に危険が…んむっ!?」

 

あたしが思わず声を上げてしまいそうになってしまい、先輩が手で強引に口を塞いで、そのまま真っ直ぐあたしの目を見据えて諭す様に告げました。

 

「俺を…“信じろ”」

 

はっきりと先輩の想いが込められた言葉。みんなは先輩は変わってしまったと言うけれど、あたしにはいつまでも優しくて真っ直ぐな先輩です。その先輩が言うんだから、間違ってるなんてことは絶対あり得ません!あたしは、先輩を信じてます。

 

「…分かりました。でも、もしも危なくなったら…その時は…」

 

あたしはきっと今、ものすごく不安な顔を先輩に見せていると思う。先輩がものすごく強いことは分かってる。でも、それ以上に何とも言えない不安定さが拭いきれません。

 

「俺はやられない。こんな所で、やられてたまるか…!」

 

先輩はどこか遠い目をしながら、小さく呟いていました。先輩にはきっとあたしには分からない景色が見えているのでしょうか…あたしには、一緒にその景色を見ることが出来ないのが…辛いです。

 

「合流するまで絶対に振り向くな…じゃあ行くぞ。1・2・3!!」

 

先輩は合図と同時にあたしの背中を軽く押すと、そのまま逆の方向へ駆け出しました。勿論、先輩の背中を追いたくなる気持ちに駆られました。でも、先輩の“信じろ”という言葉が頭の中から離れなくて…。

 

「先輩…先輩…っ!早く、早く遊佐先輩に伝えないと…!」

 

あたしは無我夢中で走りました。一分でも一秒でも早く先輩を助けるために…そして少し経った頃、漸く遊佐先輩たちを見つけて事情を説明し終えたその時…

 

パァンッ!パァンッ!!

 

乾いた銃声が二度、遠くで響きました。それもあたしが走ってきた方向から…それからのことはぼんやりとしか憶えていません。ただ、はっきりと憶えていることは…先輩と別れた場所から少し先の路上で雨に紛れて地面に滴っている大量の血、その周りで痛みを訴えて蹲っている多くの人の姿、そしてその血を垂れ流している原因…さっきからピクリとも動かないで地面にうつ伏せで倒れている“先輩”の姿。

 

「あ、あぁ…嫌ァアアアアアアッ!?!?」

 

あたしは思考の一切を失くして、その場に立ち尽くしてしまいました。あたしの悲痛な叫び声は降り続いている雨音に混じって、今にも消えてしまいそうでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みんな、大丈夫?動ける人は他の負傷者をMOMOYAに連れて行ってちょうだい。奴の始末は…あたしが責任持ってするわ」

 

あたしは奴との戦闘で負傷したレジスタンスの仲間に指示をして、眼前で倒れている仇に再び銃口を向ける。仲間の協力もあって奴に銃弾を浴びせることに成功したけど、まだ致命傷には至っていないはず。またいつ襲いかかってくるか…。

 

「や、やめてくださいっ!!」

 

あたしの向けた銃の射線上に割り込む様に立ちはだかった少女…これは過去のあたし?幻覚の魔法を受けたのではないのなら、向こうの学園生ということになるけど…?

あたしは警告の意味を込めて語気を強めた。

 

「退きなさい、あなた達に危害を加えるつもりはないわ。用があるのはそこで倒れてる男だけよ。あなた達がもう一つの世界の学園生だということは分かっているし、必要な情報も提供する…でも、その男だけは許せない!!」

 

「そんな…何で、何でみんな先輩のことっ、苦しめるんですかぁ…!先輩は何も、悪いことなんかしてないのに…うぅ…」

 

向こうのあたしは涙で顔を濡らしながら倒れている男の身体を仰向けにして、奴の着ているシャツを捲って銃創のある箇所を探す。この娘、全然物怖じしてないの…?

 

「胸部右側と左の脇腹から大量に出血している…桃世くん、傷の手当てを」

 

「遊佐先輩…で、でも先輩にあたしの回復魔法は…」

 

向こうのあたしが陰りのある表情も見せる。奴に魔法が効かないことを知っているのね…なら、益々ここで見逃すわけにはいかないわ。

 

「あぁ、分かってるよ。だから君の保健委員としての知識が役に立つんだ。止血のやり方は分かっているね?」

 

「待ちなさい、今すぐそいつから離れなさい。これは警告よ」

 

あたしはあの男に駆け寄る遊佐 鳴子に銃口を向ける。きっと彼女たちもまた、さら達と同じようにあの男に騙されているに違いない。だから、彼女たちに非はない…先輩たちや仲間、私たちの全てを奪った元凶であるこの男を殺せば…全て終わる!!

 

「それは聞き入れられないな。彼は僕たちの要だからね…こんな所で死なすわけにはいかないんだよ」

 

「あなた達が欲しいのは私たちの持つ情報と“キー”でしょう?なら交換条件としてその男の命を差し出しなさい」

 

あたしの突き付けた条件、きっと彼女たちなら受け入れるはず。あの男一人を捧げれば自分たちの欲している物が手に入る…断る理由がない。そう思っていた。

 

「そうか…なら、その条件は飲めないな。彼なくして魔物の脅威を払うことは不可能だ。それにこれは君たちの遊佐 鳴子が出した結論でもあるんだよ」

 

「んなっ…!?あなた、正気なの!?」

 

あたしは驚きを隠せなかった。彼女たちにとって最も重要なはずの情報とキーを蹴ってでも、その男を選ぶという決断を。いい加減に、目を覚ましなさいよ…!

 

「…あなた達はその男の本性を知らないみたいだから、この際はっきりさせておくわ。その男は魔法使いでありながら第8次侵攻の時に魔物に手を貸してあたし達に攻撃を仕掛けてきた!その上、何の抵抗も出来ない人達まで巻き込んで…そのせいで何千何万という被害者が出たのよ!そしてそれは…今も続いている!だからあたしはこれ以上の犠牲者が出る前に…この男を「桃世くん、やめなさい」っ!?」

 

再び持っていた銃に力を込めようとした矢先、背後から伸びた手が肩に置かれる。振り返ると、そこには暫く身を潜めていたはずの岸田(きしだ) 眞吾(しんご)さんが立っていた。な、何でここに…?

 

「約束に間に合う様に急いで切り上げてきたんだが、着いた途端にのっぴきならない状況になってるもんでね…打ち砕いてみた」

 

「岸田さん…ご無沙汰してます。約束通り、夏海を連れてきました」

 

「…そうか。だが、今はそこで死にかけてる彼をどうにかする方が先決だ。彼をMOMOYAまで移動させるぞ…君たちも手伝ってくれ!」

 

岸田さんがあたしの承諾を得る前に遊佐 鳴子たちとあの男を担いで行ってしまった。何で、何であんな男に手を差し伸べるの!?あたし達の全ての日常を奪っていった忌まわしいあの男が…魔物殲滅の要?冗談じゃない!!あれは悪魔、またあたし達の前に現れて奪っていくに決まっている!今度こそ、あたしがこの手で…!

その思いが支配した瞬間、あたしはあの男の後を追った。今度こそ仲間たちを、あたし達の日常を守るために…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…っ、んっ…俺は…」

 

深い眠りから覚めた俺は身体に走る鈍い痛みと未だにはっきりしない意識の中、可能な限り眼を見開いて視界を確保する。すると、俺が寝かしつけられているであろうベッドの横で座っているももちゃんと視線が合った。

 

「…っ!せ、先輩っ!!」

 

すると、ももちゃんは俺を見るや否やとんでもないスピードで駆け寄って、そのまま抱きついてきた…うぐっ!?く、苦しい…!

 

「良かった…本当に良かったですぅ!!あたし、もうこのままずっと起きないんじゃないかって気が気じゃなかったんですよぉ…う、うぅ…」

 

ももちゃんは大粒の涙を流しながら、本気で俺の身を案じてくれているようだ。こんな俺なんかの為に…相変わらず優し過ぎる良い子だ。

 

「俺は今まで何を…この怪我は一体…?」

 

俺は身体を起こして上半身の至る所に包帯が巻かれている状況を見て、思わず困惑してしまった。すると、何故か恥ずかしそうな素振りを見せて急に口数が少なくなるももちゃん。な、何なんだ?

 

「え、えっと…憶えてませんかもしれませんけど、胸とお腹を撃たれてしまいまして…その時に怪我の処置をした際に、その…先輩のは、裸を…あぅ///」

 

ボンッ!という効果音が聞こえてきそうな程、顔を蒸気させているももちゃん。だが言わんとすることは何となく理解した。非常時だったとはいえ、見たくもないものを見せてしまったことになる…それは、ちゃんと謝っておくべきか。

 

「あぁ…それは、その悪かった。処置のためとはいえ、見たくもないもの見せられて嫌な思いさせただろう?」

 

「い、いえ!そんなことありません!寧ろ、先輩のそういった所も初めて間近で見れて役得というか…あぁ!別にただ先輩の裸体を見たかったというわけじゃなくてですね!?服の上からじゃ華奢に見えても実は中々に筋肉質で腕周りも意外と太くて頼り甲斐がありそう〜とか、割れた腹筋を枕にして寝てみたい〜とか思ったりなんかしたみたり!り、理想は先輩の腕枕で一緒に…は、恥ずかしい!!」

 

俺が頭を下げて謝罪すると、何を思ったのか急に両手をわたわた振り乱してとんでもないことを口走るももちゃん。これは…きっと血を見た所為で軽くショック状態になってしまったのだろう。少なくとも俺の知るももちゃんはこんな変な子じゃない。

 

「…それより、今はどういう状況になってる?雨音が聞こえるってことは、まだ灰街なんだろ?」

 

俺は意識を失っている間に何か進展はなかったかを尋ねる。

すると、ももちゃんも流石に茶化せない空気を感じたのか一生懸命ピリッとした雰囲気を纏って、自分たちの状況を説明してくれた。

 

「は、はい…先輩と別れた後、遊佐先輩たちと合流したんですけど“向こうのあたし”が…何というか凄く怖くて、あたしと同じとは思えなくて…って、そんなことはどうでもいいですよね。えっと、そうだ!行方不明だった岸田先輩のお父さんが見つかったんですっ!岸田先輩、本当に嬉しそうで…その姿を見てあたしも思わず感極まってしまいましたよ」

 

夏海ちゃんの、お父さん?その人も裏世界にいたのか…前に一度、夏海ちゃんにそのお父さんの話を聞いたことがある。確かその時は亡くなったと聞いたけど、どうやら事実は違ったようだ。

 

「そうだったのか。夏海ちゃ…ウゥン!岸田の親父さんが…それでこっちの桃世は「あたしがどうしたって?」っ!?」

 

突然、扉のほうから声をかけられる。振り向くと、そこにいたのはたった今話題にしていた裏世界の桃世 ももだった。扉にもたれかかって不機嫌そうにこっちを見ている彼女…俺は意識を失う寸前の出来事をフラッシュバックする。俺は何人もの大人に強襲されて必死に抵抗している最中、突然背後からの発砲音が響き…俺の身体をいとも簡単に貫いた。そして、それを撃った人物は…目の前にいる桃世 もも。

 

「な、何ですか…また先輩を襲うつもりですか!もしそうだとしたら、あたしは…!」

 

ももちゃんが俺の前で庇う様に立ち上がる。同じ人間とはいえ、12年という歳月の違いはここまで人を変えてしまうのか?やはりこちらの世界の俺はさらやこの桃世 ももの言う通り“仇”と呼ぶべき存在に間違いないのか?だとしたら…

 

「用があるのはあなたじゃないわ、そっちの男よ」

 

「あたしは、あなたのことを信用してません。先輩を傷つけたあなたのことは…!」

 

二人の桃世 ももが互いに睨み合って、今にも一触即発という雰囲気を醸し出している。これは、止めるべきか…?

俺は立ち上がりももちゃんの肩に手を置いて、静止の言葉を投げかけた。

 

「桃世、もうそれくらいにしておけ」

 

「せ、先輩!?でも…!」

 

「俺は大丈夫だから…アンタの話を聞く。だから彼女のことは…」

 

「…えぇ、いいわ。貴方が要求に従ってくれるのなら、この子の非礼は水に流してあげる。あたし達にはそれくらい言う権利があること、分かってるわよね?」

 

俺が視線を送ると、妙に素直に快諾した桃世 もも。くっ、結局のところ主導権は向こうが握っているという現実を改めて突き付けられる。

 

「…あぁ。桃世、俺が話をつけるから部屋から出てろ。俺が指示するまでは誰も部屋に入れるな」

 

「えっ!ちょ、先輩っ!?」

 

俺は困惑したままのももちゃんの背中を押して、強引に室外へ追い出して施錠する。こうでもしないと、ももちゃんは意地でも部屋に居座ると言うに決まっているからな。さて、ここからどう出るか…。

 

「あなた、自分の置かれている状況がまるで理解できていないようね。疑惑を持たれている中であたしと密室で二人きり、それも部屋に誰も入れるなですって?お前を殺せるこの好都合な状況をみすみす逃すと思っているわけじゃないわよね?」

 

そう言って、忍ばせていたナイフを徐ろに見せつける桃世 もも。残念ながら、俺が意識を失っている間に彼女の考えは変わらなかったようだ…期待はしていなかったが。

 

「お前が仲間を呼んで駆けつけるまでのおよそ3秒間、それだけあればお前の心臓を確実に刺し貫くことが出来る。それとも逆に…あたしを殺す?」

 

「そんなことしたって状況が好転しないのは分かってる。何よりも彼女たちにはアンタの助けが必要なんだ…その為なら俺をどうしたって構わない。アンタの好きにしろよ」

 

俺は既に諦めの意思表示をして開き直る。この際、俺の生き死になんて二の次だ…。

 

「…あたしがやらないって舐めてるの?それともこの状況でもあたしを殺せるっていう余裕?」

 

「そんなんじゃないさ。アンタにどう思われようが、俺にとっての最善手はコレだ。気の済むまで刺して、殴って、撃ち抜いてくれ。ただ、一つだけ聞かせてくれないか?」

 

「…頼み?」

 

「さら達は、ちゃんと生き残って…その、今も無事でいるのか?」

 

突然の俺の頼みに困惑の表情を見せる桃世 もも。しかし、意外にもそれを払いのけることはなく返答してくれた。

 

「…えぇ、少し前までここに居たわ。“JCという人間がどれだけ真っ直ぐで正しい存在なのか”そんなことを力説していたけど、あの子も過去のあたしも可哀想に…お前に誑かされて目の前の真実を見失ってしまうなんて」

 

「…そうか。それが聞ければ十分だ…さぁ、一思いにやってくれ」

 

俺は両手を広げて、無抵抗の意思を示す。目の前の桃世 ももの顔に一瞬の翳りが見える…きっと彼女の中で過去から今に至るまでの様々な思いや葛藤が湧き上がっているのだろう。真実がどうであろうと彼女の中の仇である俺にはそれを受け止める責任がある…俺が表と裏を繋ぐ礎になってやる。

 

「…言われなくても。ふぅ…みんなの、仇ィイイッ!!」

 

遂に決心した桃世 ももが持っていたナイフに力を込め、助走によって肉迫した俺の身体に突き刺した。

 

「うぐっ…!?く、くはっ…!」

 

皮膚を貫き、体内に刃が侵入するごとにブチブチと肉を切り裂く鈍い音が聞こえてくる。気を抜けば激痛で今にも意識が飛びそうになるが…まだ、彼女の怒りはこんなもんじゃ収まらないだろう。

 

「んぐっ…へ、へへっ…!どうした…?こんなんじゃ、俺は死なねぇぞ…?」

 

俺はあえて気丈に振る舞って桃世 ももを挑発する。こうなったらもう止まらない…俺も彼女も行けるところまで突き進む以外、この悲し過ぎる惨状に終わりを告げることは出来ないんだ。

 

「…っ!?こ、このォオオッ!!」

 

怒りに支配された桃世 ももは一旦ナイフを引き抜き、そして再び助走の勢いに乗せて俺の腹の深くまで刺しこんだ。

 

「うぐっ!!か、かはっ…!?」

 

半ばタックルの如く勢いに乗った一撃を受け止めきることが出来ず、床に倒れ込んだ俺の上に桃世 ももが馬乗りになる形で着地し…そして、再び彼女の呪怨を込めた追撃が始まった。

 

「先輩たちを…!仲間たちを!何の罪もない人たちを…お前が殺したァア!!」

 

引き抜いたナイフを逆手に持ち替え、渾身の力を込めて俺に何度も振り下ろす。刃が肉を切り裂く度に傷口から鮮血が勢いよく噴き出し、激痛と共に俺の意識をどんどん不明瞭なものにしていく。

だが、これでいいんだ。俺が彼女の恨みを受け持つことで、ももちゃんたちとの関係が良好になるのなら…それにこれは俺にとっての試練でもある。彼女たちの恨み辛み一つ受けられなくて、何が幸せになってもらいたいだ…耐えてみせる。耐えて耐え抜いて、そして俺は…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………っ、ここは…?」

 

目を覚ますと、俺の視界に映ってきたのは真っ白い天井だった。それも何処か見覚えのある景色だ…そうだ、この場所は…!

すると、突然何かが落下した音が聞こえてくる。俺はその方向に目を向けると、扉の前で俺の方を見て立ち尽くしている人物の姿があった。

 

「…優子、さん?」

 

俺は微睡む意識の中、彼女の名前を発した。すると、目の前の彼女は有無を言わずに俺の側に駆け寄って、そのまま俺の身体を優しく抱き締めた。

 

「JCくん、良かった…本当に良かったよぉ…!!」

 

涙ぐみながら俺に安堵の言葉を投げかける優子さん。俺は…どうなったんだ?

 

「ゆ、優子さん…俺は一体…?」

 

「ぐすっ…JCくん、全身に30箇所以上も刃物で刺されて血だらけの状態で搬送されてきて、その上二週間も寝たきりで…私もう心臓が止まりそうだったんだよ?」

 

涙を拭いながら俺が運び込まれた時の様子を話す優子さん。全身に30箇所以上…その数で納得したのか、それとも途中で止められたからその数なのか。いずれにせよ、桃世 ももの怨みはそれほどまでに大きかったんだな…だとしたら、彼女はこちらの助けになると約束してくれたのか?

 

「優子さん、悪いけどデバイス取ってもらってもいいかな?確認したいことがあるんだ」

 

「えっ?うん、いいけど…はいっ」

 

棚の上に置いてあるデバイスを受け取った俺は、すぐにとある人物に連絡をとる。数コールめで出てくれたよ。

 

《よかった…意識が戻ったら僕から連絡をとろうと思っていたところだよ》

 

「遊佐 鳴子、単刀直入に聞く。今回の説得は…やはり失敗だったのか?」

 

声色に恐怖が混じり、微かに声が震えてしまう。さら達に理解してもらえていただけに、あそこまでダイレクトに憎悪の感情をぶつけられるとこんなにも堪えるとは考えが及ばなかった。

遊佐さんは一拍置いた後、優しく諭すように語りかけた。

 

《…大丈夫、ちゃんと手応えはあったよ。それに国連の決断についても伝えたし、彼女たちが裏世界に固執する理由とその解決が提示できた。理論的にこちらに来ることを拒否する選択肢はないはずだよ。それに…》

 

…ん?何故そこで言葉に詰まる。誰かと話しているのか?

 

《あぁ、ごめんごめん。それより、君の容体を詳しく聞かせてほしいんだけど…“傷口の具合”はどうだい?》

 

傷口?傷口って…どの傷口のことだよ?多過ぎてどれのことかわからない…というか、身体の何処を見てもそんなの見当たらないんだが…?

 

「傷口の縫合が上手くいったのか何だかは知らないが、随分と綺麗なもんだぞ?30箇所以上も切れてたなんて言われなきゃ分からんレベルだな。それがどうかしたのか?」

 

《…いや、少し胸騒ぎが収まらなくてね。君が元気なら僕も嬉しいよ。時間が出来たら君の退院祝いも兼ねて食事にでも行こう。勿論、君の独占取材をさせてもらうけどね♪あぁそれと…桃世くんのことは許してあげてくれ、彼女なりに君のことを考えてのことだと思うからさ。それじゃあね》

 

むっ…言いたいことだけ言って、切りやがった。それにももちゃんがどうとか言い残してったな、何だったんだ…うおっ!?

 

「JCくん、一体どーいうつもり?緊急搬送されるような生活を送ってるのに色んな女の子にデートに誘われるなんて…許せないっ!」

 

「えっ、何で?」

 

「…だってぇ〜!ぷいっ」

 

優子さん…嫉妬してくれるのは嬉しいけど、せめてその理由までちゃんと教えてください。あと、そんな可愛らしい不満顔で逸らされると他の患者さんとか先生方にまた口説かれちゃいますよ。

そんなことはおくびにも口にすることなど出来ずにいると、急に身を乗り出して何処から取り出したのかも分からないチラシを不満顔のまま俺に見せる優子さん。

とりあえず内容に目を通してみようか。

 

「えっと、“風飛デザートフェスタ”?二月は聖戦であり祭典…月末まで全品20%オフ。優子さん、もしかして駅前の店のコレに行きたいの?」

 

「ーーーッ!」ブンブンッ

 

う〜ん、凄い勢いで頷いてる。っていうか、仕事中もそういうの持ち歩いてるのか。

 

「行くのは構わないんだけど、俺あんまり金持ってないし…それに優子さん、年末年始関係なくずっと出勤だったの知ってるのに、そこに全乗っかりするのは申し訳ないよ…」

 

「ゆ、有給取るからっ!!お金も気にしなくていいよ!残業代でいっぱい稼いでるからっ」

 

「結構リアルな話!聞きたくなかった!」

 

優子さん、急に現実的な反応やめてよっ。月末までは残り10日弱くらい…明日速攻退院して、何とかして金を作らないといけないな。

 

「優子さん、お金の心配はしなくていいよ。だから月末の最終日は絶対に休み確保してよね…約束っ」

 

俺は右手の小指を立てて、優子さんの前に突き出す。すると、さっきまでの不満顔は見る影もなく消え去り満面の笑みで約束の指切りに応えてくれた。

 

「うん、楽しみに待ってるから!絶対行こうねっ♪」

 

俺、多分一生この人に逆らえないんだろうな…という思いが生まれた瞬間であった。さてと、明日から金策しないとな…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




【調査結果の報告】
ICレコーダー ON

ーー …おっ、急に電源入れたね。別に聞かれて困ることは言うつもりはないんだけどさ。

「岸田さんの教えを守ってるだけですよ。拾える情報を根こそぎ拾う、その為にはあらゆる手段をもってぶつかるべし…ってね」

ーー はははっ、師匠冥利に尽きるってこういうことを言うのか?まぁそれは置いておくとして、そろそろ本題に入ろうか…“インドのゲートが何者かによって閉じられた”。

「っ!?それは、興味深いですね…時間停止の魔法とは全く異なる方法が存在して、それを使えばゲートを消滅することが出来るのか…んっ、デバイスから…JCくん?岸田さん、すみません」

ーー あぁ、構わないよ。そうだ、彼の容体について詳しく聞いてもらってもいいかな?

「分かりました…んんっ、もしもし僕だよ。ハハッ、ごめんごめん…でもよかった。意識が戻ったら僕から連絡をとろうと思っていたところだよ。うん、うん…」

ーー じゃじゃ馬な子供だと思っていたけど、いつの間にかちゃんとした女性に成長したじゃないか…あっ、今のはオフレコで頼むぞ。

「…いや、少し胸騒ぎが収まらなくてね。君が元気なら僕も嬉しいよ。時間が出来たら君の退院祝いも兼ねて食事にでも行こう。勿論、君の独占取材をさせてもらうけどね♪あぁそれと…桃世くんのことは許してあげてくれ、彼女なりに君のことを考えてのことだと思うからさ。それじゃあね…ふぅ、岸田さん。あんまり人の顔見てニヤニヤしないで下さいっ」

ーー ハハッ、悪い悪い。あまりに嬉しそうに話すもんだからなんだか微笑ましくてね……それで、彼はどうだった?

「…俄には信じられないですが、彼は“傷は無かった、看護師に言われて初めて知った”と」

ーー何だって?それは変だな…少なくとも僕たちが桃世くんに襲われている彼を発見した時には、部屋中が血の海と化すくらい出血していたんだぞ。それもおよそ人間の致死量を遥かに越えていた…普通の人間なら間違いなく助からないはずだ。まさかあの仮説は本当だったのか…?

「岸田さん…“あの仮説”って何のことですか。まさかJCくんの出生について何か知っているんですか?」

ーー これはあくまで噂なんだが、過去に日本政府が秘密裏に研究していた生体兵器…つまり“霧に順応した魔法使い”の製造をしていたらしい。おかげで本来届出が出されるはずの魔法使いが何人も行方不明になっていた、それも何十年にも渡って行われていたようだ。恐らく彼はその研究の数少ない成功例だ。そして、僕は裏世界で彼以外のその研究の成功例と思われる魔法使いを見たことがある。

「…何ですって!?それって、まさか…」

ーーその魔法使いを僕たちはこう呼んでいる…“スレイヤー”とね。



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第参拾八話 稼ぐ 魔法使い

【知られたくない】

「はぁ…」

「千佳ちゃん、また溜め息ついてる。何かあったの?」

「あぁ〜、アレだろ。この前の“バレンタインまでに彼氏が〜”ってやつ。折角上手くチョコ作れるようになったのに、贈る相手がいねぇなんてなぁ…まぁ、毎年のことだけどさ」

「バカにするなぁ!もぉ〜!今年こそはってめっちゃ頑張ったのにぃ!」

「あ、あはは…でも、兎ノ助とか転校生くんとかに喜んでもらえたじゃん!男の子に渡すって意味なら大成功だと思うけど?」

「アイツらはもう毎年のことだからなぁ…今更喜びもへったくれもねぇだろうし…ほら、もう一人渡し損ねたのがいるだろ?」

「あっ、こら律!」

「もう一人?それって…あぁJCくんかぁ!」

「ちょ、みちるも何言ってんの!?」

「裏世界だっけ?あれ行ってから毎回病院送りになってんだよな、JCの奴…もう行かせねぇ方がいいんじゃねぇの?」

「そうだよねぇ…流石にちょっと心配かも。お見舞いとか行った方が良いのかな…?」

「うぅ〜、律もみちるも何で急にあいつのことを…そんなことより!ストレス発散しに行かなきゃ!」

「おっ、それなら丁度いいのがあるぞ。あたしらがよく行ってるカラオケ店で今日限定のイベントやるってよ。ほら、これチラシ」

「本当?うわぁ…結構良いの揃えてるねぇ。あっ、でもその時間帯は部活だ…」

「あれ、松島もか?あたしも用事があって行けないんだよなぁ…ってことで千佳!悪いけど…って、千佳?」

「…へ?あ、あぁ〜都合つかないのね、分かった分かった。うちだけで行くから気にしないでいーよ。ふふっ♪」

『…?』




「金が、無い…!」

 

翌日、退院した俺は早速通帳と財布の中身を何度も確認するが、どちらにも雀の涙ほどの金額しか入っていない事実は変わらない。な、情けねぇ…というか何でこんなに所持金少なくなってんだ!?何にも使ってねぇはずだぞ!

 

「…まさか、この間のIMFのクエストの報酬…ピンハネされてんのか?0が6つか7つじゃなかったのかよ!?よく見たら一銭も入ってねぇじゃんかよ!?」

 

くそっ!何が特別クエストだ!死ぬ思いした挙句、謹慎まで受け入れてやったのにその報酬もビタ一文払う気はねぇってか?完全に無駄骨じゃねぇか!

 

「…しゃーなしだな、文句言ってても始まらん。月末までの少ない日数で何とか金を作らないと…なるべく早く貰えて尚且つ高時給の仕事を探さなくちゃな…それも学園には内緒で」

 

勿論、俺の私情で報告したくないのではなくて、通常の学園生はクエストの報酬があるので所謂小金持ち…特別な事情がある場合を除き、基本副業が認められないのである。俺の場合違反しているのは俺の方という学園側のエゴがまかり通ってしまうので、金額が払われなくても向こうが咎められることはない。だったらこっちも従う義理はないし、その前に思いつく限りの知恵を絞って金策しよう。

 

 

 

 

①結城 聖奈の場合

 

「…何?おい、JC…私の聞き間違いだよな?確認の為にもう一度言ってくれないか?」

 

「…恥を忍んで頼みに来た。幾らか金を前借りしたい」

 

「…お前にこんなことは言いたくないのだが、金の管理が杜撰な人間は信用されない。それに、いきなり女の手を引いて暗がりに誘い込むなど…真面目な顔をして言うことはそれか」

 

…くっ、黙って聞いていれば好き放題言いやがって!学園が素直に報酬を寄越してくれさえいれば、こんな屈辱を味わうことなんか…!

 

「何と言われようが、俺には必要なものだ。つべこべ言ってないでさっさと寄越せ!」

 

「…悪いが断る。確かに私は生徒会の会計として財布を握っているし、お前に幾らか金を恵んでやることも容易いだろう。だが、それをすればお前は堕落した人間になるだろう。私は…お前のそんな姿は見たくない」

 

そんなのそっちの都合じゃんかよォ!?銭出せや、銭をよォ。

 

「人は真面目に働いてこそ、その報酬として金を受け取ることが出来る。“働かざる者食うべからず”という言葉にもある通り、まずは私の手伝いから始めないか?生徒会の業務や私の私生活諸々をサポートするんだ。勿論、その出来高に応じて駄賃をやるぞ」

 

「今、金のやり取りは辞めようって話じゃなかったか!?」

 

いつの間にか聖奈さんが壊れてた。あの人の眼鏡と思考回路、絶対曇ってるよ。

 

「畜生…アンタだけはまともだと思ってたのにっ!」

 

「あっ!待てJC!!」

 

俺は聖奈さんの呼び止める声を振り切って、その場を後にした。まず一人目、交渉失敗…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁ、準備は出来ていますわね?この為にお父様も反賀へと戻ってきてくれますから…万が一にも、漏れの無いように!」

 

うーん、お嬢張り切ってるっすねぇ。その分だけ自分のやる気が削がれるんすけど…そして、どーいうわけか刀子先輩の様子もおかしいんすよね。ダウナー系は自分だけで十分なんすけどっ!

 

「漏れって言っても、特別することも無いんすよね〜。強いて言えば“心の準備”くらいっすか?」

 

「ならばその“心の準備”とやらをしっかりと!転校生さんを紹介するにあたって、お父様にも転校生さんにも泥を塗らないようにしませんと!」

 

「うへぇ〜、そんなんだったら紹介しなけりゃいいのに「何か言いまして?」い、いーえ何でも…薔薇の手入れでもしてくるっす」

 

うぅ〜…えらい剣幕で睨まれた。怖っ!でも今回ばかりは自分がサボりたいだけじゃないんすよ…本家で聞いた“噂”の通りなら、先輩とJC氏に危険が及ぶ可能性があるっすよ。特にJCさんの方は何故か発見次第…みたいな空気になってますからねぇ。

 

「かと言って、お嬢の親戚を悪く言うのも自分の立場的にマズいっすからね…あぁ〜、本当に無くなればいいのに…!」

 

「おい、縁起でもないことを口にするな。姫殿に聞かれでもしたらどうするつもりだ」

 

もどかしく唸っていると、いつの間にか目の前に仏頂面の刀子先輩が立ってました。全く…こんな時まで真面目なんだから。

 

「んなこと言ったって…刀子先輩だって先輩のこと、お嬢に意見してるの知ってるっすよ?」

 

「そ、それは…転校生は格式のある家の出ではない上、野薔薇の選んだ相手でもない“姫殿個人”が選んだ相手だ。中には何処の馬の骨が野薔薇を継ぐことを快く思っていない者もいるだろう。拙者は姫殿の従者として、そして転校生の学友として身を案じているだけだ」

 

うーん…本当にそれだけなんすかねぇ?というか、さっきから先輩の名前しか出てこないって、もしかして…。

 

「あの、刀子先輩…一応、確認のために聞いときたいんすけど…」

 

「何だ、急に改まって…」

 

自分は恐る恐る、その事実を口にしたっす。

 

「いや、先輩はまだ良いんすけど…サンフラワーのJC氏、知ってます?前に本家の方に顔出した時にたまたま聞いたんすけど…なんか見つけ次第“コレ”するって周りのお付きに手配したらしいっす」

 

「…何だと!?おい自由、姫殿にこのことは…!」

 

首筋に右手の親指を当てて、そのまま横一線に掻き切る仕草を見せるっす。そこまで深い知り合いじゃないとはいえ、本当嫌なこと聞いちゃったっすよ…胸糞悪い話っす。

 

「…言えるわけないじゃないっすか。本家の人間は嫌いっすからバチくそに言ってやっても良いんすけど、それでお嬢が悲しむなら話は別っすよ。お嬢が決めるまでは本家の意向が絶対っすから…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

②桃世 ももの場合

 

昼休みになり、丁度購買部付近にいたももちゃんを捕まえて、空きのあるバイト先を紹介してもらえないか尋ねてみることにした。

 

「…えっ、アルバイトですか?確かにあたしは何軒も掛け持ちしてますけど、先輩の条件に見合うのはあまり無さそうです…力になれなくてごめんなさいっ」

 

「そうか…いや、俺も突然だったしそこは気にしなくていい。しかし、頼みの綱の桃世でも見当がつかないとなると、いよいよ弱ったな…」

 

なるべく短期間で高収入の仕事はアルバイトに精通しているももちゃんでも思い当たる節はないらしい。というか、そんなところがあるなら誰もが入りたいか…夢見すぎだな。

 

「あの、もし良ければ普段あたしが勤めてるところに入れてもらえないか聞いてみましょうか?そしたらいつも先輩の側にいられますし…「は?」い、いえ!変な意味じゃなくて、その…そう!困った時に助けられるじゃないですかっ!そういう意味ですよぅ!」

 

「な、何だよいきなり!?そんなにがっつかなくても分かってる!」

 

何なんだよ、いきなりハイテンションになりやがって。かと言って、今は「全然分かってませんよぉ…」って嘆いているし…ちゃんとももちゃんが親身になってくれてるのは分かってるのに。

 

「折角だが、それはやめとくよ。出来るだけ自分の力でやってみたいんだ、桃世にそこまでお膳立てしてもらったら俺が頑張ったことにならないだろ?まだ時間もあるし、もう少し自分の足で稼いでみるよ。相談乗ってくれて、サンキューな」

 

「…っ!は、はい!頑張って下さいっ」

 

必要以上にももちゃんの厚意に甘えるわけにもいかないので、やっぱり自分でもう少し模索してみることにしよう。去り際に感謝の意を込めて手を振ると、ももちゃんも少し恥ずかしそうに小さく振り返してくれた…本当に優しい子だ。

しかし、第二の手も失敗…万策尽きたな、はぁ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん、どうしたもんスかねぇ…頭領から直々の御通達とはいえ、これは心が痛むッス」

 

屋上で一人、悩みに明け暮れているッス。自分は“伊賀中忍” 服部 梓…世間一般で言うところの忍者ッス、にんにん。えっ、一体何をそんなに悩んでるかって?本当は他言無用なんスけど…皆さんが絶対誰にも話さないって約束してくれるなら、特別に教えてあげるッス。もし約束破ったら“御命頂戴”しちゃうッスからね?

自分は懐に忍ばせていた一見中身がまっさらな巻物を広げて、後ろから威力の弱い火の魔法で軽く炙るッス。忍者って何ぞや?ってよく言われるんスけど、意外にも結構世の中のイメージ通りだったりするんスよねぇ…あっ、魔法使ったのはここだけの内緒ッスよ?一応風紀委員の自分が率先して校則破ったとか知られたら、いいんちょにめたんこ怒られちゃいますからね。はてさて炙り出しで浮き彫りになった御通達の内容はと言いますと……

“グリモアに在籍するJCなる生徒の抹殺”ッス。

いや〜、本気で焦りましたよ。一体全体どうなってるのか全くわけわかめッス。確かに今まではJCさんの偵察が自分の任務だったッスけど、見ている限りでは周りに危害を加える様な兆候は全く無かったッス。寧ろ自分以外信じられないといった様子で周りの生徒との接触回数が極端に減ったくらいッスから。だからって里の仲間たちの実力を疑うのも違いますし…これぞ正しく板挟み状態ッス。与えられた任務に私情を挟むのは忍者としては最低ッス、それは分かってるんスけど…JCさんに情が湧かないと言えば嘘になるッス。それに、自分が危惧していることはそれだけじゃないッス。

 

「やっぱり正夢になっちゃうんスかねぇ…自分といいんちょがJCさんを拷問して、そのまま殺めちゃうってやつ「服部!!」うひゃあ!?な、生天目先輩…何用です?自分、今取り込んでまして…」

 

うんうん唸っていたら、ものすごい勢いで屋上まで駆け上がって来ました。でも自分、何も怒らせるようなことはしてないッスよ?

 

「虎千代から聞いたぞ。私にもクエストが発令される可能性があるらしいな…それも貴様の隠れ里とやらで。早く案内しろ」

 

生天目先輩が拳を鳴らしながら迫ってくるッス…うぅ、なんて迫力!でも今回ばかりは自分も引き下がれないッス!

 

「実はまだ里には魔物が出てないんですよ、里の仲間が頑張ってくれましたからね。でもまたすぐに現れるのは間違いないッス。ですから、その時は発令依頼という形で生天目先輩に知らせるッス。なので、それまで待っててほしいッス…お願いします」

 

自分が素直に頭を下げると、黙り込む生天目先輩。あ、あれ?いつもなら“そんなこと知るか、何なら貴様とやっても良いんだぞ?”とか言ってきそうなもんなのに…どうしたんスかね?

 

「…分かった、その時がきたら必ず知らせろ。だが約束は守れよ」

 

諦めてくれたのか生天目先輩は素直に引き返してくれました。ほっ…な、何とか切り抜けられたッスね。あっ、生天目先輩がいきなり振り向いた。

 

「貴様等が何を企んでいるのかは知らんが、JCは私の獲物だ…“手を出すなよ”」

 

は、はひっ…!?な、生天目先輩の目…本気だ!!っていうか、何で里からの通達内容バレてるんスか!?あぅ…全身の震えが止まらないッス。自分、一体どうしたらいいんスか〜!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

③間宮 千佳の場合

 

「八方塞がり…ってか?」

 

一日中の努力も虚しく空振りに終わり、万策尽きた俺は放課後学園内の草っ原に仰向けで寝転んでいた。知り合いに直接援助してもらうのも無し、知り合いのバイト先も全滅と来たら俺の浅知恵にまみれた知恵袋は午前中の内に底を尽きた。とりあえず妙案が浮かぶまでは休憩だ。そう、木陰で風に揺られていれば自然と、良い案が…。

 

「こーらっ!こんなとこで寝てると風邪ひくよ?」

 

「…んっ、その声は間宮か?」

 

半分寝に入っていると頭の上の方から声が聞こえてきた。寝ぼけたまま目を開けると、不思議そうに俺の顔を覗き込む間宮さんの姿があった。というか、地面に寝そべっている俺とそれを上から見下ろしている間宮さん…位置関係がかなりマズいことになってるの、言った方がいいんだろうか?いや、言うべきだな。

 

「…水色の水玉三角形」

 

「っ!?」

 

俺の発した一言によって、急いで自分のスカートを手で押さえる間宮さん。最低限のヒントで伝わってよかった…間宮さんには男に対してもっと危機感を持ってもらわないとな。普段彼氏が彼氏がって言ってる分はね、変な男たちに引っかかってほしくないんよ。

 

「…み、見た?」

 

ほんのりと頬を赤く染めた間宮さんが言質を取る様に確認してくる。ここで変に取り繕っても事態は悪化する一方だ、素直に認めた上でフォローしよう。

 

「まぁな…だが、心配するな。女のパンツくらい裏世界で散々見てきた、今更驚いたりしない「バ、バカバカ〜ッ!?」うおっ!?」

 

フォローの途中で感情を抑えきれなくなったのか、寝ている俺に跨ってマウントを取ってそのまま力任せに拳を振り下ろしてくる間宮さん。い、痛い痛い痛い…。

 

「そういうこと言ってんじゃないのっ!見えてるなら見えてるって、ちゃんと言いなさいよォ!!」

 

「あぶっ!ぐへぁ!?いたっ、ちょ、待て!ってあ!?」

 

「バカバカバカバカ〜!甲斐性なし〜っ!!」

 

間宮さんによる拳の応酬はその後4、5分にわたって続いた。俺のフォローは失敗だったのか…難しい。そんなことを考えていると俺の腹の上に座ってマウントを取っていた間宮さんが不意に手を止め、先程までの強気な口調とは打って変わって少し自信なさげな声色で俺に質問を投げかけてきた。

 

「それで…どぉ?うちの…やっぱ子どもっぽくて変だった…?」

 

これは、もしかして気の利いた言葉を期待してるのか?うーん、どうしたものか…また下手なことを言ってさっきの二の舞になりたくないしなぁ。しゃーなしだな、一か八か思ったことをそのまま伝えてみるか。

 

「…別に変だとは思わなかったよ。普段はギャルっぽいもっと派手なやつかな〜とは思ってたけど、別に今のだって間宮らしい明るめなやつだったし……これじゃ、駄目?」

 

「そーいうのは女の子に直接聞くもんじゃないっての。相変わらずデリカシー皆無なんだから…」

 

くっ…また言われた。なんか会う人間にこぞって同じこと言われてる気がするぞ。

 

「んで、要するに“あんたは好き”ってことで良いんだよね?」

 

「あ、あぁ…まぁ平たく言えばそうだな…って、おい」

 

俺の言葉を聞いた間宮さんはすぐに俺の上から退いて、隣に座り直した…結局、何だったんだ?一応、許してもらえたってことで良いのか?

 

「それで結局何でこんなところで寝っ転がってたの?」

 

さっきまでのことがまるで何もなかったかの様に話し始める間宮さん。まぁ、そっちがその気なら俺はもう気にしないが…後から蒸し返すなよ?

 

「世の中ってのは俺が思ってるよりも厳しくて世知辛いってことを、改めて痛感した…そんなところだよ。正に"体力の限界”って感じ」

 

「はぁ?何それ…あっ、それって昔のお相撲さんのやつ?お爺ちゃんがよく真似してたっけ。そんな古いの誰もわかんないよ。っていうか、全然似てないのまじウケるんだけど」

 

そう言って、小馬鹿にした笑いを見せる間宮さん。ぐっ…こっちは本気で悩んでるってのに馬鹿にしくさって、何て薄情な…聖奈さんやももちゃんとは大違いだな!

 

「そんなことよりさ、あんた暇ならこれからカラオケ行かない?メンツ足りなくて困ってんだよねぇ」

 

「“カラオケ”…何それ?金掛かる?」

 

「そんなの当たり前でしょっ!てか、カラオケも知らないって本当世間知らず…もしかしてあんた、どっかのお金持ちのお坊っちゃまなの?ねぇそうなんでしょ〜!このこの〜!」

 

間宮さんが変に勘繰って、俺の頭を乱暴に撫で回してくる。俺がどっかの金持ちだって?もしそれが真実なら、こんなに金の問題で困ってねぇっての。

 

「雑に絡むなっ!鬱陶しい!とにかく俺は今金が無いから、遊んでらんないの。だから」

 

そこまで言い切ったところで、俺の次の言葉は途絶えた。何故なら目の前でチラつかせた間宮さんのデバイスに映っているもの、つまりは餌がある所為だ。

 

「ふっふーん!勿論無料(タダ)とは言わないけど…ジャジャーン!今日行こうと思ってるカラオケ店でさ、高得点出したら色んな景品が貰えるイベントやってるんだよね!それでさ、ここ見てみなよ」

 

間宮さんに促されて、俺は画面を覗き込んでみる…んなっ!?こ、これは…!

 

「最高得点賞…賞金五万!?五万ってあの五万か!?」

 

まさか現金が貰えるなんて…だったら俄然燃えてきた!俺はすぐさま跳ね起きて、そのまま間宮さんの手を握って目的のカラオケ店へ急ぐのだった……間宮さんの案内で。

結局、第三の手で決定。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…確かに間ヶ岾の言う通りだった。何故居なくなるのかは知らないけど、間違いない…“将来的に魔物は居なくなる”。これがゲートの先の真実なのか…!」

 

ネテスハイム近傍のヘリオットで発見されたゲートを通って見てきた世界。そこには既に霧は存在せず、全て戦いが終わりを告げた。勿論、あと100年以上持ち堪える必要があるが、終わりがあるという事実は公表するべきだ。僕は混乱の一端を担っている間ヶ岾に要求を突きつけた。

 

「ライフストリームとの関係を断たねば、ゲートの向こう側の真実を公表するだと?国連総会で人類が纏まろうとしていると言うのに…また要らぬ一石を投じる。光男くん、やはり君は“霧の守り手”だな!」

 

「…どういうことだ?将来的に魔物が消滅するなら、みんなに希望が…」

 

僕の言葉を聞いた間ヶ岾は心底鬱陶しそうな態度を見せる。な、何が言いたいんだ…?

 

「君も神宮寺の人間なら分かるだろう?国連総会で人類は魔物に対して戦い殲滅するという結論を出した。しかし“魔物はそう遠くない未来に消滅する”という事実を知れば、ならば無理に攻撃する必要がないのでは?という意見が出てくるだろう。もし権力者が堅守派に名を連ねたなら、人類は再び混沌を極めるだろうな」

 

「そんなの、単なる憶測に過ぎない。人類はちゃんと選ぶべき道を間違えたりしない…」

 

僕は自分で言っていて疑問に思う。間ヶ岾の言っていることは全くの事実無根ではない、寧ろその通りになる可能性の方が多いかもしれない。僕は、人類を間違った方向に導こうとしているのか…?

 

「それにしても、双美くんが連れて来た“あの男”…思い出すだけでも虫唾が走る。あの時は奴のおかげで折角進めていた計画に暗雲が…」

 

あの男?間ヶ岾の奴、一体誰のことを…もしかして黒いフードを被ったあの男のことか?双美という魔法使いに随分と尽き慕われているようだったが、口振りから察するに以前何処かで会ったことがある人物なのか。間ヶ岾と話しているのを聞いただけでは殲滅派でも擁護派でもない…そんな印象だったが真実はまだ知らない。これを機にもっと探ってみよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、無事に辿り着いたわけだが…平日の昼間だってのに随分と人がいるな。間宮が戻ってくるまではとりあえずどんな景品があるのか見ておくか」

 

間宮さんがカウンターで色々好き放題注文しに行ったことで手持ち無沙汰な俺は、現金五万以外の景品が気になったので一覧表を見に行くことにした。はてさて一体どんなものがあるのやら…。

 

「えっと、上から順に…現金五万、菓子詰め合わせ(千円相当)、美顔ローラー、龍印のヌンチャク、有名ブランドの新作ブラ&パンティセット、最新携帯ゲーム機、EMS腹筋パッド、手芸装飾用の宝石(レプリカ)、一泊二日熱海旅行券、可愛らしいクマのぬいぐるみ、たわし、ポケットティッシュ、パジェロ…このラインナップだと現金五万がちゃっちく感じるな」

 

流石個人経営のカラオケ店…ある種の人間には穴場なんだな。間宮さんも美顔ローラー辺りを狙い目に来たのか?

そんなことを考えていると、伝票を受け取った間宮さんが何やら慌てた様子で戻ってきた。

 

「おーい!何も言わないで勝手にウロウロしちゃダメでしょ!一瞬、マジで焦ったんだから…」

 

「んっ、あぁ悪かった。景品の内容が気になってな…間宮は何目当てなんだ?」

 

「…えっ?あー、えぇっと〜…これ、かな?」

 

間宮さんは狼狽えながらよりによってあのセクシー下着セットを指差していた。誤魔化すならもっと別のものを選びなさいよ…。

 

「えっ、あっ!ち、違う違う!!これじゃなくて、その…そう!こっちの美顔ローラーだよ!本当だってぇ!?」

 

顔を真っ赤にして抗議してくる間宮さん。多分それもブラフなんだろうな…わざわざ隠したくなる物なら、そもそも俺とは来ない筈だ。まぁ言及はしないでおくが。

 

「分かったよ…それでごちゃごちゃ言ってたのはどうなったんだ?」

 

「うぅ…絶対分かってないよねっ!まぁ、良いけど…参加する人は一時間で利用して、その中の最高点数で競うの。時間内なら何回歌ってもOKで、最終的に点数が高い人がいた部屋から順番に景品を選べるんだよ。点数はリアルタイムで店長が見てるから不正の心配も無し。ほら、さっさと行くよ!」

 

間宮さんは意気込んで俺の腕を引っ張って連行して行く。もしかして、カラオケって歌を歌う場所…なのか?マズイマズイマズイ…!

俺は招かれた室内のソファに座って冷や汗をかいていると、手慣れた様子でパネルを操作していた間宮さんが様子を伺ってきた。

 

「…どしたの?具合とか悪いなら無理しなくてもいいよ?」

 

「いや、そうじゃないんだ…なんて言うか、その…“カラオケってのが歌を歌う場所”とは思ってなかったというか…」

 

「あんた、マジで良いとこのお坊ちゃんでしょ。野薔薇とか冷泉のお姫様と言ってること変わらないよ…このパネルで曲を選ぶのは分かる?ってか、そもそも知ってる曲ある?」

 

「わ、分からん…少し探しててもいいか?」

 

「別にいいけど…じゃあ、うちが先に歌っちゃうからね?」

 

すると、普段とは大違いのしっとりとした歌声が聴こえてくる。ラブソングというジャンルらしい…って、聴き入ってる場合じゃない!何か知ってる曲は無いのか?

 

「〜♪」

 

これ、グリモアの校歌とか入ってないのか?ちゃんと覚えてるわけじゃないけど、最後の方魔法学園〜♪って何となく合わせればいいんだろ?

っていうか、そんなこと考えてる場合じゃなかったな。早く何でも良いから歌える曲を………。

 

〜 JC 熟考中 〜

 

「ちょっとJC!あんたパネル見たり、ジュース飲んだり、トイレ行ったりで全然曲選んでないじゃん!もうすぐ一時間経っちゃうし、うちじゃ90点が良いとこだし…お願いっ!もう何でもいいからあんた歌ってよ!」

 

「いやぁ…面目ない。あっ、た、“体力の限界”!」

 

「思い出したようにモノマネするなぁ!それ全然似てないし、茶化していいやつじゃないからっ!そんなことより早く曲選んでよっ!」

 

むっ、これはマズいな…感覚的にはまだ10行程度しか経ってないと思っていたが、もうそんなにか。知ってる曲…知ってる曲は……あっ、これ知ってるな。ポチったな。

 

「おっ、やっと知ってる曲見つけたんだ。最後だからバシッと決めちゃってよね!」

 

間宮さんが威勢よく俺の背中をバシバシ叩く。よーし、やってやんぜ!

マイクを受け取った俺は喉の調子を確かめて、イントロが流れ出すのと同時に緑の力を発現させる。大丈夫、短めの曲なら最後まで緑の状態を維持できるはずだ…感覚を研ぎ澄ませ、気持ちを乗せるんだ。

俺は頭の奥底で眠っている記憶を頼りに歌い出した。

 

「とぉ〜きぉ〜 さたでな〜ぃ♪こさめのぉ〜 くぅ〜こぉ〜♪」

 

〜 JC 熱唱中 〜

 

「さよな〜ら こい〜びと〜よぉ〜♪」

 

無事に歌い終わり、静かにお辞儀をする。隣で聴いていた間宮さんは…ポカンとした顔をしていた。ちゃんと歌いきったぞ!

 

「…選曲、古くない?1985年って30年くらい前じゃん。何でこんな古いの知ってんのよっ!」

 

何故かご機嫌斜めの間宮さん。ちゃんと歌えたんだから良いだろ?大事なのは点数でしょうが。

 

「最高得点、お願いっ!」

 

「大丈夫…いける!」

 

俺と間宮さんの祈りがモニターに向けられる。時間的に最後のチャンス、緑の力で感覚が鋭くなっているおかげでかなりの高得点が望めるはずだ。

そして結果は…。

 

「…う、嘘っ!ひゃ、100点!?本当に100点だよねっ!?うぅ…やった〜!!」

 

「ほっ…流石にちょっと焦ったな。まぁ、結果オーライってことで」

 

横で100点取った本人よりも大喜びしている姿を見て、ちょっと面白くなってしまう。それ俺のセリフじゃないの?人のことでもこんなに喜んでくれる間宮さん、やっぱり良い人なんだ…さっきの話、受けてもいいかな。

 

「よっしゃ!勝確〜!早く景品貰いに行こっ♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…って、何でうちにクマのぬいぐるみプレゼントしてんのよ!現金五万が欲しかったんでしょ!?」

 

間宮さん、ぷりぷりだな。別にトチ狂ったわけじゃないんだぞ?

 

「…目線でそれ欲しがってたのバレバレだったぞ。それに普段はくっついて離れない音無たちと来てないってのは、欲しい景品がそれだってバレたくないから。それでも音楽やってる音無がいないと不安だったから、テキトーに暇してる俺を巻き込んだってわけだ?前のギターの時みたいなのを期待して」

 

「あぁ〜!!分かってんなら説明するなぁ!?改めて言われるとめっちゃ恥ずいじゃん!」

 

別に隠すことないじゃんかねぇ。可愛いものに目がないってことでイメージとかけ離れてるわけでもないし。

 

「それより、あんたお金どーすんの?」

 

「…まぁ、まだ時間はあるしもう少し策を練ってみようかな〜って感じ」

 

振り出しに戻ったが収穫はあった。一曲分くらいなら何とか歌いきれる…今度素人の歌番組オーディションとか出てみようか?って、あんなん結果出るまで何ヶ月も掛かってしまうから今月末までに間に合わないからダメか。

 

「そっか…あのさ、今週の日曜に学生街の広場でフリーマーケットやるんだけど…もし暇ならうちのこと手伝ってくれない?バイト代もちゃんと出すからさ、お願いっ!」

 

なんと…まさかの仕事の誘いが!これは願ってもないチャンス…だが聖奈さんのことが頭を過ぎるな。一応、仕事内容が健全かどうかを確認してから決めよう。

 

「因みに、売ってるものと俺にやらせようとしてることって?」

 

「売るのはうちが趣味で作ってるアクセサリーで、あんたにはお客を呼び込んでもらいたいの。沢山売れればその分上乗せするよ?」

 

これは、かなり良心的なのでは!前に一度見せてもらったことがあるが、素人目から見てもその出来栄えはかなりのものだったと思う。趣味のクオリティとは思えない逸品なら売れ行きも相当なはず…乗らない手はない!

 

「OK、乗った」

 

気がつけば、俺はいつの間にか手を差し出していた。そして、それに対してすかさず握り返してくる間宮さん。うわっ、手細いなぁ。

 

「ふっふーん!全部売り尽くすから、そのつもりで頑張ってよね♪」

 

その表情は自信に満ち溢れていた。こっちも俄然燃えてきたぜ。その時、間宮さんの手に握られているクマのぬいぐるみと視線が合った。そのぬいぐるみは何故かニヒルに微笑んでいる気がした。怖っ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後、俺は数枚の諭吉さんを財布に忍ばせ白衣の天使の怒りを鎮めにきていた。諭吉さんの犠牲で済むなら安いもんだぜ…それでも俺も相当食わなきゃいけないんだろうな。覚悟、決めるぜ…!

俺は意を決して戦場(デザートフェスタ)に赴いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




神宮寺(じんぐうじ) 光男(みつお)
神宮寺家三男で初音の兄。神宮寺樹の下で、各国の復興団体と交渉の役を請け負っている。母親の血を濃く受けついでいる。
魔物共生派の一人。現在は霧の守り手の幹部である間ヶ岾(まがやま) 昭三(しょうぞう)(裏世界)と行動を共にして、魔物に対する理解を深めた上で魔物が人類にとってどういう存在になり得るのかを精査しているが…。


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第参拾九話 覆る 魔法使い

【それぞれの猪口齢糖(チョコレート)
桃世 ももの場合
「はい、今年も友チョコを沢山……へっ!?わ、私は別に特別なチョコは作ってな……い、いえ何でもないです。本当にあげたかった人に渡せなかったのが心残りですかね…来年はきっと渡してみせます!」

間宮 千佳の場合
「チョコ?あー、そういえば結局作らないで終わったね。だって彼氏出来なかったのにチョコなんか作ってもしゃーないじゃん。でもさぁ、不思議なんだよね…彼氏出来なかったのは去年と同じなのにさぁ、なんかノリノリってかやる気満々って感じ?もしかしたら、見つけちゃったかも…!」

水瀬 薫子の場合

「チョコ、ですか?生憎、生徒会に暇な時期はありませんので……えっ、今何と仰いました?もう一度お聞かせ願えます……ふ、ふふっ、うふふ…!そうですかそうですか、JCさんが私の手作りチョコを御所望だと…今年も会長の分だけと決め打っていましたが、そうと決まれば話は別です!早速作業に取り掛からなければ!」

東雲 アイラの場合

「…はぁ?ちょこは好きじゃぞ、というよりすいーつ全般大好きじゃ。今年も小娘らの失敗作をたーんと食わせてもらったし…お主、何が言いたいんじゃ?ほれ、隠さず言うてみぃ?ほぉ…JCに作らんのかと。答えはノーじゃ!何故なら妾たちの関係はそんじょそこらのあべっくなんかとは別格じゃ。目が合った瞬間×××したりどちらからともなく×××したり情熱的に×××する仲で」

冬樹姉妹の場合

「チョコレート?興味ありませんね」

「ちょ、お姉ちゃん!?ごめんなさい、本当はお菓子作りすっごく上手なんです!子どもの頃はよく作ってくれたなぁ…」

「ノエル」

「ひゃあ!?ご、ごめんなさい〜!?」

「…まったく。申し訳ありません、ですが本当に答えられるようなことがないんです。もう長い間、そういったことをしてないものですから……え?そうですね、まぁ気が向いたら彼に作ってあげてもいいかもしれませんね」

「あっ!私も私も〜…って、何でお姉ちゃん睨むの〜!?」

生天目つかさの場合

「…くだらん。奴にくれてやるのはこの拳のみ。試しに貴様にくれてやろうか?」

記者 岸田 夏海の生命の危険を感じた為、取材続行不可。



三月某日、相変わらず学園寮の自室で籠っていた俺のデバイスが唐突に鳴り響いた。どうやらメールが届いたみたいだが送り主は…執行部?聞いたことないな。

 

「内容は…“現在反賀町にて魔物発生、このメールを受け取った生徒は至急討伐クエストに参加せよ。尚、クエスト参加は強制でありこれを拒否することは違反行為に該当するものとして処理する”か。この学園は益々信用できねぇな…俺だけなのか?」

 

わざわざ名指しで参加を促してくるのは少しでも戦力が欲しいのか、それとも何か別の意図があるのか…どっちにしても俺が行かなきゃならんのは変わらないか。今度こそちゃんと報酬を支払って貰いたいもんだねぇ。

 

「まぁ、ここでうだうだ考えても仕方ねぇ。やるだけのことはやってやる…魔物の所為でこれ以上誰かの悲しむ姿を見たくないしな。その為なら、俺は…!」

 

脳裏に過ぎるのは霧によって運命を捻じ曲げられたパルチザンや過去の裏世界で出逢った真代ちゃん、魔物の襲撃で亡くなった数えきれない人たちの命の重さだった。自分に出来ることなんてたかが知れてるのかもしれない、あの時あぁしていればというのはエゴなのかもしれない。でも、俺にはもうそれしかない。学園も仲間も何も信じられない今の俺を唯一突き動かせる衝動は…霧に対する“憎悪”だった。その想いに呼応するかのように青い光を灯した瞳も、何故か普段よりも暗く強い輝きを放っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「屋敷に入っている暇はありませんね…自由はお父様たちの無事を確認して下さい!私と刀子は先に町の外れの御首坂に向かいます」

 

「了解っす。まぁ避難の護衛は多分必要ないでしょうし、無事を確認したらすぐに追いつきます。あ、あとお嬢…」

 

「はい?何ですか自由」

 

私が問いかけると、いつにもなく歯切れの悪い自由。これは何かあったのでしょうか…?

 

「あ、まぁ…いえ、やっぱ何でもないっす。よくよく考えたら今言うことじゃなかったっすね!それじゃ自由ちゃん、行ってくるっす!」

 

「あっ!?自由、待ちなさい!」

 

私の呼び止める言葉も気にせず、自由は本家へ向かってしまいました。あの子は普段こそ自堕落に振る舞っていますが、決してその立場を蔑ろにすることはありません。なのに、私に何かを言いかけた後の戯けた振る舞い…あぁ〜!その真意は一体何ですのぉ!?

 

「…しっかりなさい。私は野薔薇 姫、あの子の主人でしょう。こんなことで取り乱してはいけませんね」

 

私は頬を両手でパチンと叩いて、自分に喝を入れ直します。故郷が魔物の襲撃を受けたことで少々取り乱してしまいましたが、もう大丈夫です。どこであろうと野薔薇の人間として完璧に立ち回るのですわ!

 

「転校生さん、両親への紹介は遅れてしまいますが、わたしたちにお力を貸して頂いても宜しいでしょうか?」

 

私は巻き込んでしまった転校生さんに協力を申し出ると、それを快諾してくれました。流石の懐の深さ、正しく私の伴侶としては満点の男性です。さぁ、まずは状況確認ですわね。

 

「ありがとうございます。刀子!魔物の数はどの程度ですか?」

 

「はっ…今のところ、魔物は南の方角からのみで量も少なくないでしょう。尚、討伐クエストが発令されており既に国軍と一部の学園生がこちらに向かって来ているとのこと。しからば、拙者たちの役目は応援が来るまでの間、この反賀町を守ることに他なりませぬ!」

 

「そうですか…魔物に対抗できるのは私たちだけ、ということですわね。それにしても、魔物も運が悪いですわ…他の誰かならいざ知らず“この野薔薇 姫が帰って来た”タイミングでこの町を襲撃するなど……ふっ!」

 

私はデバイスを掲げて、瞬時に制服から戦闘服に変身致します。そして、その強い思いを高らかに宣言しますわ。

 

「野薔薇家長女 “野薔薇 姫”…参りますわっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ふぅ、かなり時間かかっちゃいましたけど、お嬢たちが頑張ってくれてるおかげで何とか避難完了っすね……って、ちょっとどこ行くんすか!野薔薇のおっさん!!はぁ!?魔物の確認って、何の確認っすか!?そんなの自分が行くんで、いいから早くシェルターに避難してくださいっす!」

 

自分の柄にもない本気の説得で、何とかシェルターに避難していったお嬢の親父さん。なんて頑固っぷり…お嬢はしっかりと親父さんの血を受け継いでますね。それにしても、何で親父さんは魔物の確認なんて…あの口ぶりは“魔物が来ることを知ってた”って感じでしたねぇ。軍のお偉いさんとはいえ何で知ってたんすか……っ!あ、あれは、魔物の新手!?何でこのタイミングで!?

 

「こんなの、こんなのって無いっすよ!増援なしでずっと戦い続けて、もうやれるだけの力もほとんど残ってないのに…お嬢に決断してもらうしかないっすね…」

 

自分は覚悟を決めて、お嬢のデバイスにこれ以上の抵抗は無駄に命を散らすことを旨としたメッセージを送ります。いくら先輩の魔力譲渡の力があるとはいえ魔物の物量と自分たちの戦力差は歴然で、すぐに増援が到着する気配もない。最悪、自分が新手を食い止めてる間はお嬢たちが先に死ぬことはないんでしょうが…これは“詰み”って奴なんすかねぇ…?

 

「…って言っても、こっちもタダで死ぬほど根性腐ってないっすよ。これでも一応、野薔薇に仕えてる人間すからね。魔力はもうほとんど底を尽きかけてますが……気合い、入れるっす!うおおぉぉっ!!」

 

自分を鼓舞して、一目散に魔物の群れに突っ込んでいくっす。全滅は無理でもせめて、せめて一匹でも多く倒してお嬢たちの身の安全を確保する…それが従者としての務めっすから。

 

「死に晒せぇええっ!!「おい、そう早まんなって」っ!!えっ…な、何でここに…!?」

 

自分が今正に魔物の群れの中心に飛び込もうとして瞬間、突然後ろから声が聞こえてくるのと同時に襟首掴まれて引き止められました。慌ててその方向へ振り向くと、そこには今学園内で最も疑惑の多いあの人の仏頂面がありました。

 

「じ、JC氏…?ち、ちょっとどういうことっすか!?何でここに居るんすか!?ちゃんと説明するっす!」

 

「お、おい暴れんな!説明も何も、メールでここに来るよう言われたんだよ。この討伐クエストって奴に参加しねぇと違反行為とかでパクるって脅し付きでな…ったく、何時間もかかるこんな田舎まで寄越しやがって、ほんとはた迷惑な話だぜ」

 

そう言いながら、目の前で悪態ついてるJC氏。ですが、不思議と本当に嫌々来たという風に見えないんすよね…って、そんなこと言ってる場合じゃないっす!!

 

「そ、それよりも!このタイミングでJC氏が来てくれたのは本当有難いっす!実はお嬢たちの方がかなり追い込まれてるっす。自分がここの魔物を抑えてるんで、そっちに加勢してあげてほしいっす!そうすればきっと持ち直して、その間に他の増援部隊が到着するはず「そらっ」あうっ!?な、何でデコピンするんすか!?自分、今かなり真面目な話してるんすよ!」

 

真面目に今の状況を踏まえて打開策の提案をしていた自分に対して唐突にデコピンをして話を遮ってきたJC氏。も、もう何なんすかこの人は!たしかに普段は怠けてると思いますけど、有事の際は冷静に判断して

 

「バーカ、それじゃ小鳥遊が死ぬだろ。魔力だって無限にあるわけじゃなし、ずっとここで戦ってたんなら尚更危険だろ。それに、普段三人でセットみたいなお前らが離れてるってのは、あんまし力出ねぇんじゃねぇの?自分を選択肢から外して考えてんじゃねーよ」

 

…冷静に判断、できてなかったっすね。そっか…側から見ても分かるくらい、自分は焦ってたんすね。

 

「でも、それじゃあどの道アウトなんすよ!たしかに自分がお嬢の所に戻れば、その分生き残る確率は上がります。上がりますけど…自分がここを離れることは、目の前の魔物に背を向けてこの反賀を見捨てるってことと同じっす!お嬢の生まれ育ったこの反賀の土地が魔物に壊されるのを容認するなんて……そんなの耐えられないっす。絶対に認められないっす!だから、だから…!!」

 

「だから…“俺”が残る。そのために来た」

 

真っ直ぐに自分を見据えるJC氏の透き通るような青い瞳。純粋な思いに包まれたその言葉を投げかけられた瞬間、自分が残るという言葉が言い出せなかった。何で、何でなんすか…?

 

「…勘違いすんなよ。俺は今だって学園を信用してないし、そこに通ってる魔法使いも同じだ。IMFも結局クエスト報酬支払ってくれなかったしな…まぁ、俺を葬るためにどこかしらとグルになってる可能性もあるが」

 

「じ、じゃあ何で…?」

 

JC氏の言っていることの意味が理解できないっす。もし今の言葉通りに受け取るなら、自分たちを助けるつもりなんて更々ないんじゃ…。

 

「…小鳥遊が死ねば残された二人が悲しむ、その逆もまた然り。それが理解できたから…その感情にまで疑惑を持ったりはしない。少なくともここの魔物を全部倒すまでは残っててやる。だから早く行け」

 

シッシッと手で追い払う素振りを見せるJC氏。何でなんすか…余計にわからなくなってきましたよ。何で裏でJC氏のことを消そうとする流れになってきたのか!自分はJC氏のこと、そういう目線で見れなくなったっす…!

 

「…分かりました。もしお嬢たち以外の野薔薇の人間を見掛けたら、絶対に見つからないようにして下さいっす。そこの物置きの裏に人一人分が通れるくらいの、所謂緊急用のハッチみたいなのがあるんすけど、そこを通っていけば野薔薇本家の地下道を抜けて反賀町の外に出られるようになってるんで、危なくなったらちゃんと逃げて下さいっすよ?」

 

「…どういうことだ?学園以外にも俺の命を狙ってる奴がいるのか?」

 

あう〜、そうっすよね。いきなりこんなこと言われたら、そういう反応になりますよね。ちゃんと説明しなければ。

 

「確証があるわけじゃないので決めつけはできないんすけど、ちょうど年明けの国連総会の後くらいからっすかね…野薔薇は軍閥の名家で影響力が段違いだから特になんすけど、一部の政治家から圧力が掛かったって話っす。自分は野薔薇に仕える立場なんでほんとは大っぴらに協力しちゃいけませんし、こんなこと本人に漏らしちゃダメなんすけど……自由ちゃんは不真面目なメイドなので♪」

 

そう言って、可愛らしくウインクしてみるっす…んぁ!?JC氏、何すかその可哀想なものを見るような視線は!場を和ませるジョークなんすから、本気にしないで下さいっすよ〜!

 

「…まぁ、いいや。学園外の事情はほとんど知らなかったからな。それだけでも分かったのは大きいな…一応、感謝する」

 

…むっ、これはもしかして“クーデレ”というやつなのでは?顔面が良い人がやると映えますねぇ……はっ!そんなことはどうでもいいんすよ!今はとにかくお嬢たちのところに急がないと、刀子先輩辺りが“我が身を犠牲にしてでも反賀を守る!”って暴走しそうなので…って、さっきまでの自分がそうだったんすよね。反省しなきゃっす…よしっ!

 

「申し訳ないっすけど、ここは頼んだっすよ!自分はお嬢と刀子先輩が暴走しないように見張んなきゃいけないんで…落ち着いたら、間宮氏たちと一緒にカラオケでも行きましょ?」

 

「…また、カラオケか。うぅむ…まぁ、考えておく」

 

えぇ〜、なんかあからさまにテンションめっちゃ下がったんすけど…これ絶対間宮氏がなんかちょっかい出してますよねぇ?

なーんか知らない内に、青春してるみたいっすね〜…ちょっと羨ましいと思ったのは内緒っす。

 

「でも、ほんとに一人で大丈夫っすか?何なら先輩に魔力貰ってから、増援が到着次第また戻ってきますけど…」

 

「…いや、あの程度の物量なら俺一人で何とかなるだろ。だが、そうだな…これだけ借りてもいいか?」

 

JC氏はそう言って、足下に転がっている訓練用の刃が研がれていない薙刀(支倉家の物でたぶん野薔薇の親戚が避難する時に倒したんだと思う)を手に取ります。えっ、ちょっと謎っすよ?

 

「えっ?別に良いんすけど…それ、見た目以上に強武器じゃないっすよ?」

 

「あぁ、それなら心配ない……ふんっ!」

 

JC氏が持っていた薙刀を一振りすると、薙刀はその姿を特徴的な青い棒状の武器に変えました。えっ!何すかそれ!ロッドって奴すか!?リアルで見たの初めてっすよ!カッケーっすよ!テンションぶち上がりっすよ!!

 

「おい、いきなり我を忘れるな。早く行ってやれ」

 

「…はっ!そ、そっすね〜。んじゃ、行きますけど…後でじっくり見せて下さいよぉ?」

 

「…小鳥遊って、結構図太い神経してんだな」

 

「んもぉー!何で急にディスってくるんすかぁ!逆に冷静なんすよー!」

 

この人、やっぱりよく分かんないっす…信用してないってハッキリ言ったのに、その癖真面目に助けに来てくれてるんすよね。だから悪い人じゃないと思います、多分…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…っ!?い、今の爆発は…?」

 

「お嬢ーっ!!撤退です、撤退!早く本部に戻りましょー!」

 

突然鳴り響いた爆撃音と衝撃が目の前の魔物を襲い、目に見える範囲の魔物を消し去りました。あれはJGJアーミー!?ということは…!

 

「自由、これはどういうことですか!?本部とは一体…?」

 

「へぇ?あぁ、そうっすよね…いきなりこんなこと言われても分かんないっすよね。これっすよ」

 

暫く離れて戦闘していた自由が息を切らした様子で走ってきて、私にデバイスの画面を見せました。

 

【野薔薇源之助である。JGJアーミーの諸君、救援に感謝する。我々は助けられる立場だが、日本国政府の名で討伐依頼を発令した…宜しく、頼む】

 

お祖父様…お力添え、感謝致します。

 

「さっき神宮寺のお姫様たちも到着して、話聞いて来たっす!なんかJGJの私兵部隊らしいっすよ!それで、前線張ってた自分らも本部に撤退だって…!」

 

「そうですか…わかりました。刀子!転校生さん!ここは増援部隊に任せて、私たちは撤退しましょう。自由、二人を連れて先に戻っていて下さい…私は少し遅れてから行きます」

 

「…?そっすか、じゃあ二人ともこっちっす!」

 

自由が刀子と転校生さんを連れて魔物迎撃部隊の本部と呼ばれる方向へ向かいました……さて、そろそろちゃんと説明してもらいましょう。

 

「さぁ、そろそろ出てきてくれませんか。どうせ近くにいるのでしょう…神宮寺さん、そして月宮さんも」

 

私が敢えて聞こえるほどの声量で言葉を投げかけると、少しして物陰から二人の人影が姿を見せました。

 

「よっ、野薔薇。大変だったな〜」

 

「野薔薇様、大事に至らず幸いでした。ここからはJGJアーミーが戦線を引き継ぎますので、どうかご安心ください」

 

やっぱり居ましたわ。でも、これで疑惑が確信に変わりましたわ…ここからは私が追及する番ですわね。

 

「前置きは結構。神宮寺さん、貴女…“一体何を隠していますの?”」

 

「…っ!野薔薇様、それは「あー、取り乱すなって沙那」…はっ、申し訳ありません」

 

私の言葉に一瞬身構える月宮さんとそれを制する神宮寺さん。やはり何かご存知のようですね。

 

「別にやましいことは無いんだぜ。こっちはあくまでビジネスとして付き合ってるだけで、癒着とかは全くなしだぜ。オールフラットだ…これ以上何を聞きたいんだよ?」

 

「野薔薇が軍閥の名家とはいえ、一個人の一声で大手企業の私兵部隊を動かせる程の影響力は持ち合わせておりません。それにクエスト発令のタイミングも変でした。未だ国軍が到着していない上、自由が受け持っていたはずの野薔薇本家の東の方角からの新手の魔物…これは今誰が受け持っているのですか?」

 

「…はっ?魔物の新手って…沙那、お前そんなの聞いてるか?」

 

「いえ、今のところそのような情報は何も…確認致します。索敵範囲内に小規模の魔物の群れを確認、先程同様の爆撃と同時にJGJの部隊の分隊が殲滅すると連絡があったようです「それ、どういうことすか…?」っ!」

 

月宮さんが新たに仕入れた情報を報告すると、私の背後から突然声が聞こえてきました。その憔悴しきった声色で言葉を漏らしたのは、いつまで経っても戻って来ないことを心配して私の様子を見に戻ってきた自由でした。

 

「今の、どういうことっすか…?新手が出た東側の魔物にも爆撃したんすか?まだ魔物が残ってたから?ねぇ…ねぇ、どうなんすか!?」

 

「自由!?落ち着きなさい!」

 

普段の様子とは全く想像がつかないほど取り乱す自由。事情はよくわかりませんが、この取り乱し振りは普通ではありません!

 

「更に調べた所、新手に対する爆撃の際…逃げ遅れた人々の姿は“無かった”とのことです」

 

「はぁ!?そんなの嘘っぱちっすよ!!絶対捏造してるんすよ!!誰も居なかったなんて有り得ないんすよ!!だって、だって…!」

 

「おいおい、何だってんだよ。私兵つったって流石に民間人いるの分かってんのに爆撃なんか許可しねぇって!」

 

「残ってたのは民間人なんかじゃないっす!!そんなのとっくに避難させましたから!あそこに残ってくれてたのは……JCさん(・・・・)なんすよ!!」

 

…今、自由は何と言いました?JCさんとは、あのJCさんということでしょうか?何やらお二人も話の要領を得ない様子ですが…。

 

「…おい、それってマジな話なのか?だとしたら……沙那」

 

「はい、直ちに作戦に当たった分隊のメンバーをリストアップします。申し訳ありませんが、少しの間外します」

 

神宮寺さんの視線を受けて、月宮さんが何やら確認をしに行った模様ですね。私が出来ることは…目の前で呆然としている自由の体を抱きしめてあげることくらいです。私はなんて無力なのでしょうか……おや、月宮さんが帰ってきましたね。結果はどうだったのでしょうか?

 

「…お待たせ致しました。部隊長に確認した結果、やはり魔物以外の反応はレーダー上で確認出来なかったとのことです。間違いなく“魔物以外の反応は存在しなかった”…だそうです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ?宇宙に行きたい?アンタ、研究のし過ぎで遂におかしくなったの?」

 

「…私は別に錯乱したわけじゃないわ。アイザック・ニュートンが言っていたことが気になるの」

 

私は若干の不快感を込めて、その発言の発端であるアイザック・ニュートンが遺した“魔物は天からやって来た”発言の真意を検証したい旨を如月 天に伝えた。

 

「って言っても、まだそれ以上のエビデンスは無いでしょ?地球の状態を見るだけなら衛星写真で十分じゃない」

 

「勿論、衛星写真ならもう見たわ。でも、特に異常は無かった…なら、自分の目で確認するしかないし、速やかに宇宙に行けるよう準備を始めておくべきと思ったの」

 

「…ふーん、あっそ。ま、科研関連の事件も起こってないし、こっちに迷惑かけない範囲なら別に気にしないわ。好きにしなさいよ…その代わり、こっちはデウス・エクスの実験に専念させてもらうけど」

 

天はやけに淡白な様子で私の考えを受け入れた。自分に実害が無い限りは干渉しない性格は知っていたけど、こんなオカルト的な話を受け入れるとは思っていなかったので、私は内心驚きを隠せなかった。

すると、そんな矢先で不意に天が思いがけないことを口にする。そう、私にとってのもう一つの弱みを。

 

「そういえば“実験”で思い出したけど、アンタのお抱えの“モルモット”、また行方不明になったそうね。管理者としてどう責任取るつもりなわけ?」

 

「っ…!?そ、それは…貴女には、関係ない」

 

それが私の口から出た精一杯の言葉だった。彼が私を避けていることは分かってる、もうずっと私の所に顔を見せてないものね…それこそ半年ほどしか経っていないにも関わらず、もう何年もまともに会話してない感覚さえある。それは恐らく東雲さんたちが言っていた時間停止の魔法の影響だと思うけど…それ以上に何故か心臓が締めつけられるような痛みがあった。健康状態に問題はないはずなのに、何でなのかしら…。

 

「…まぁ、私の管轄じゃないからどうなろうと構わないけど。逃げられるくらいなら解剖でも何でもすれば良かったのに」

 

「…っ!!貴女!!」

 

天の言葉に思わず激昂し、彼女に掴みかかる。一瞬、驚いた表情を見せた天だったけど、すぐにいつもの仏頂面に戻って淡々と言葉を並べ始めた。

 

「…正直、今のアンタは見てらんないわ。私がアンタのモルモットに手を出さなかったのは、それがデウス・エクスにとって何のプラスにもならないって分かってたから。でもアンタは違うでしょ?」

 

「…彼を、モルモットなんて言わないで」

 

「でも、本人はそう思ってるわ。利用されたと気づいたから近寄らなくなったんでしょ。少なくとも未だに学生やってんのは本当に何も考えてないのか、自分以外全員敵って環境の中でも残らなきゃならない理由があったのか…アンタはどっちだと思う?」

 

天に追及されて、私は…何も言い返せなかった。JCくんにとって今まで私が取ってきた態度は科学者が実験動物に向けるものと大差ないことなのかもしれない。私にそのつもりが無くても、彼の受け取り方次第ではそれは恐怖であり猜疑心を生む要因になり得る。でも、それ以上に苦しかったのは……JCくんに信用されなかったことだった。

 

「…ま、それはいいけど。んで、結局どうすんの?学園内で騒ぎにはなってないけど、一部の生徒はもう行方不明だって勘づいてるわよ」

 

「それは大丈夫、もう手を打ってある。JCくんの行方は全力で探すし、彼を取り巻く“噂”についても早急に出処を見つけないと…!」

 

私は小さく拳を震わせて、今はここにいないJCくんに誓う。私は必ず貴方を見つけ出して、今までのことを謝罪してそしたらもう一度貴方との関係を構築していきたい。そう思うのは、私の我儘なのかしら…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……っ、うぅ…くっ、ここは…?」

 

目を覚ました俺は見知らぬ部屋のベッドの上で寝かされていたようだ。全身に鈍い痛みと記憶に多少の混乱はあるが、少なくとも俺はまだ生きているということは理解できた。すると、暫くして部屋の扉が開いた。誰かが入ってきたみたいだが……っ!?

 

「お兄ちゃん、意識が戻ったんだね!あぅ…本当に心配したよぅ〜!!」

 

「うぐっ…わ、分かったから離れてくれ。窒息死する…」

 

「あっ、ごめんなさい」

 

危うく胸に押し潰されるところだった。というか、最初にすることがそれなのか…。

 

「相変わらずなんだな、心ちゃん。でもどうして君がいるんだ?」

 

「ぶーぶー!折角“ないすばでぃ”になった心がゆーわくしてるのに、こういう時はもっと喜ばないとレディに失礼なんだよ!」

 

「…心ちゃん、君今いくつよ?」

 

「へっ?28だけど」

 

うん、知ってる。裏世界の心ちゃんは俺より10も歳上なのは知ってる。そのおかげですっかり大人の女性になってるのに、相変わらず出逢った6歳の時の無邪気な反応をしてくるから余計に変なことになってるの。凹凸の無いあの頃の心ちゃんならともかく、成長して出るとこ出ちゃってる心ちゃんがそれやるの反則だよ。

 

「…まぁ、今更言っても聞かないか。じゃあせめてどういう状況かだけでも説明してくれないか?」

 

「むっ!」

 

「…はっ?ど、どしたん?」

 

突然両手を広げて、不満顔を見せる心ちゃん。この感じ、まさか…。

 

「お兄ちゃんからハグして!そしたらちゃんと教えてあげる」

 

ふんすっ!といった様子で俺を見つめながら待っている心ちゃん。本当に大人になったのか怪しくなってきたぞ…まぁ、してあげるけどさ。

 

「…んふふ〜、お兄ちゃんの匂いだぁ♪ぎゅ〜!」

 

目を細めてより一層強く抱きしめ返す心ちゃん。見た目こそ気にしなければ、あの頃のままの純粋な心ちゃんの姿が重なる…かなり大胆になった気もするが。

 

「…はい、もう終わり。じゃあ改めて俺の状況を教えてくれ」

 

「ぶぅ…分かったよぉ。でもまた後でしてもらうからいいも〜ん!」

 

跳ねっ返りが強いな。だが、タダじゃ転ばないのはかなり頭がキレるみたいだ…本音を言えば、そのままの心ちゃんでいてくれたらどれだけ嬉しかっただろうか。さぁ、ここからは“裏取り”の時間だ。

 

「とりあえずお兄ちゃんのことから話すね。心が偶々表世界のことを探索してたら、野薔薇ってお家の所で魔物と軍隊が戦ってたの。だから気になって覗いてみたら、なんとそこにはお兄ちゃんが!?ってなって、もう一生懸命心のお家まで運んで手当てして…って感じだよ♪ほら〜!心、良い子だからいっぱい撫でて!」

 

嬉々として頭を差し出してくる心ちゃん、勿論撫でてあげるよ。よーしよしよし…もっと情報を寄越してくれ。

 

「う〜♪やっぱりお兄ちゃんのこと、好きだなぁ♡それでね、もう向こうの世界は危ないからお兄ちゃんはこっちで一緒に暮らそうよってことで…ね☆」

 

「ね☆…じゃないよ。そんなんで誤魔化せると思ってるの?じゃあ、ここからはこっちの番ね」

 

もういいや、これ以上は埒があかない。敵か味方か分からない候補の一人である心ちゃん…俺の持つ情報と突き合わせて判別しないと。

 

「まず野薔薇の土地は勿論、反賀町は全域立ち入り禁止区域として規制されてた。だから一部の人間以外は野薔薇の家どころか反賀町にも入れないはずだ。でも心ちゃんは魔物と戦闘中の俺を保護したと言った…矛盾してるよね」

 

俺の言及に対して、一瞬表情を引き攣らせる心ちゃん。さぁ、納得のいく説明をしてくれ。

 

「…そっか、やっぱり分かっちゃうよね。じゃあ、ちゃんと説明するけど…信じてくれる?」

 

「話してる内容がよっぽどトンチンカンじゃなければ、それが真実だと証明できるなら…信用する。さぁ、話してくれ」

 

俺からのパスは出した。ここから先は隠し事一切無しのぶつかり合い。あとは心ちゃんが俺を信用して真実を話すのか、何か言いくるめる為の策でも用意してるのか。

さぁ、どっからでも来い。

 

「…もう知ってるかもしれないけど、心は魔法使いに覚醒したの。その中でも情報に関する魔法が得意で、お兄ちゃんのことが気になってすぐに調べたの。そしたらね、変なことが分かったの……お兄ちゃん、研究施設と第7次侵攻…合わせて2回も死んでるんだ。ねぇお兄ちゃん、これってどういうことなの?お兄ちゃんは何で“まだ”生きてるの?」

 

…はっ?心ちゃんは、一体何を言っているんだ。俺が、もう死んでる…だと?じゃあ、今ここにいる俺は何者なんだよ…!

 




【裏世界の第7次侵攻の記録】
本日、グリモアの生徒が突如霧の嵐に巻き込まれる事案が発生した。これは無事帰還した生徒の証言を簡易的にまとめた報告書である。

・グリモアの生徒である「転校生」が霧の嵐によって裏世界の第7次侵攻に居合わせる。裏世界の風飛大深度地下に「転校生(裏世界)」の身柄があるという情報を裏世界の霧塚 萌木の魔法により発見。

・第7次侵攻中の学園内に侵入者の存在あり。抵抗するも生徒会役員の服部 梓(裏世界)により鎮圧、生徒会長の水無月 風子(裏世界)の元へ連行されるもその後の足取りは不明。(拷問の末、死亡?)

・侵入者の情報を補足すると、学園内の一部生徒の中に侵入者と面識がある者が少数いた模様。何れも幼少期に知り合ったとされるが侵入者の姿がその当時のものと同一であった為、どういう原理なのか又或いは何故同じ姿だったのか鋭意調査中である。


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第四拾話 決別する 魔法使い

【あの人に似てる】

「ク〜ン…」

「ジーっ」

ふうびきっずの警備という名目で職業体験のクエストを受けたわけですが……何故私が警察犬の訓練士なのでしょう?警察官やCAといった人気のある職業とは程遠いような気がしますし、何より今回ペアとなるこの犬…さっきから私に怯えているように見えるのですが?

「もう一度いきますよ?待てっ」

「ク〜ン…ワンッ、ワンッ!」

「…やっぱり駄目ですね。躾の仕方が悪いのでしょうか?」

「…っ!?ク〜ン、ク〜ン!」

見るからに媚びてきましたね。少し毒を吐いた途端に擦り寄ってくるとは、現金な性格をしてますね。それにこの表情、目つき……何処となくあの人に似てる気がします。

「………」←無言で犬の頬を摘んで引っ張っている。

「キャン!キャン!?」

うむむ〜…何故か段々とムカついてきました。どうしてあなたはいつもそうなのですか?何で黙っていなくなってしまうのですか?そんなことして私が心配しないとでも思っているのですか?何とか言ってみなさい。えいっ、えいっ。

「ク、ク〜ン…」

…何ですか、急に弱々しい態度を見せて。それで反省したつもりですか?今更そんな態度を見せたって許してあげないんですから…。

(…薫子さん、ごめんなさい)

「っ!!JC、さん…?」

そんな、まさか…私も相当疲れてるのでしょう。いるはずの無いJCさんの幻聴まで聞こえるなんて。でも、もし幻聴だとしても私はもっとその声を聞きたいと思い、耳を澄ませました。

(…僕は、僕を受け入れてくれる居場所に、行きたい。生きてても良いよって、認めてもらいたい…)

これは、本当に幻聴なのでしょうか?それにしては、やけに生々しいというか…まるで本当にJCさんが心の内を伝えてくれているような…ん、まだ続きがあるみたいですね。

(…あと、動物には優しくしてあげて)

…これ、絶対何処かで見てますよね?見ながら言ってますよね!?一体どういうことですか……あっ、逃げましたね!?もぅ、分かりましたよ。優しく、優しくしてあげれば良いのでしょう?うりうり〜!

「…っ!?ワンッ、ワンッ!!」




「………」

 

俺はベッドの上で上半身を起こして、ふと窓の外を眺めながら自分の中で変わりつつある“何か”を思い起こしていた。心ちゃんからの衝撃の告白を受けたあの日を境に、俺を取り巻く環境は変わってしまった。それは一体どんな告白かって?ふふっ…聞いたらきっと驚くぞ。

 

俺、既に死んでるんだってよ。それに最低でも“二回”は…ハハッ、もう訳わかんなくって笑えてくるよな。本当…俺って何なんだ?

そんなことを考えていると、不意に部屋のドアがノックされそのまま開かれた。視線を向けるとお盆に二人分の朝食を乗せた心ちゃんが少しそわそわした様子で立っていた。

 

「あ、あの…よかったら一緒に食べない?ほ、ほら!お兄ちゃん、起きてからずっとご飯食べてなかったからお腹空いてると思って…だから、その…」

 

チラチラと俺の方を見てそう誘ってくる心ちゃん。最初のうちは意地を張って拒んでいたけどもうそんなことをする気力すら湧いてこないし、それにもうそんなことをする理由も無くなった。

 

「…分かった、一緒に食べよう」

 

「…っ!う、うん!すぐに用意するね!」

 

俺の返事が意外だったのか始めから断られると勘繰っていた心ちゃんだったが、俺が申し出を快諾したことで急いでテーブルの上に運んできた料理を並べていく。その表情は何とも晴々とした様子だ。

 

「さぁ、遠慮しないでドンドン食べて良いからね!」

 

「…いただきます」

 

テーブルの前に座った俺は目の前に並べられた白ご飯、お味噌汁、焼き魚とサラダと次々に箸を伸ばして口に運んでいく。どうやら心ちゃんは和食派らしい…因みに俺は特に拘りは無い。美味しければ和でも洋でも中華でも。

 

「どうかな?お口に合うと良いんだけど…」

 

普段の勝気な態度とは裏腹に、その豊満な胸の前でお盆を抱えたまましおらしく俺の感想を待っている心ちゃん。もう俺の中で遠慮することは無くなっている、故に答えは決まっていた。

 

「…あぁ、すごく美味しいよ。心ちゃんは料理が上手いんだなぁ…良いお嫁さんになると思うよ」

 

「えっ!?そ、そうかなぁ?頑張っていっぱい練習したからそう言ってもらえると嬉しい…でも恥ずかしいよぉ〜!?」

 

僕が褒め言葉を口にすると、それを受けて心ちゃんは自分の頬に両手を添えてブンブン振り乱して悶えていた。そんな様子を見て心が温まる反面、よくもそこまで思ってもいない言葉をつらつらと並べられる自分を卑下した。もう全てがどうでもいい、だって俺はもう死んでるんだから。

 

「もっと自信を持っていいと思う。俺は好きだよ、心ちゃんの味付け…って、何やってんの?」

 

「へ…?なんか急にお兄ちゃんのこと撫で撫でしたくなっただけだから、気にしなくていいよ」

 

言葉の途中で急に隣に移動してきて、俺の頭を撫で始める心ちゃん。もう何とも思わないよ、だから俺は気にせずに飯を食う。でも不思議と嫌な感じはしなかった、寧ろ何処か懐かしい感覚を覚える。

そんなことを考えていると、心ちゃんがふと俺の左手の“ある部分”を見ながら心配そうな声を上げた。

 

「…傷、やっぱりまだ痛む?心が代わりに持ってあげよっか?」

 

「いや、もう傷口は塞がってるし傷自体もそこまで深いものじゃなかったから大丈夫。心配してくれてありがと」

 

俺は左手の傷を隠すように遮って、空いてる右手で心ちゃんの頭を撫でる。すると、途端に幸せそうな声を漏らす心ちゃん。それを尻目に俺は左手の傷を眺めながら感慨にふけていた。

 

端的に言って、この傷は刃物を左手首の静脈を狙って切りつけた所謂“リストカット”の傷だ。あの衝撃の告白からの数日間は今まで感じたことのないくらい強い感情を呼び起こして、恐怖する、泣く、怒る、叱責する等の感情を短絡的に示すようになった。そして、それらの感情が全て無意味なものと感じ始めたある時、俺の心の中に安堵の感情が入り込む余地など無く、又心理的な苦痛から一瞬でも早く抜け出す為…場当たり的な心痛の緩和の意味を求めた末、心ちゃんの目を盗んだ一瞬の内に部屋の中に置いてあった包丁を使い自傷行為に走ってしまった。目論見通り刃は血管を深く傷つけ一瞬の内に傷口から血がとめどなく溢れ出したことで俺は気絶した。再び意識を取り戻したのはそれからひと月ほど経った頃、自分では致命傷のつもりだったがまた生き長らえてしまったようだ…もう死んでるはずなのに。

 

「あっ、そうだ。心、これからまた裏世界に…そっちで言う表世界に行かなきゃいけないの。お仕事しなきゃいけないんだ」

 

「仕事?一体何の…もし危ないことなら」

 

「あ、いやそんな難しいことじゃないんだ。でも多分何日かお家を空けちゃうかもしれないんだけど…それまでここで待っていられる?」

 

表世界、俺が元いた世界か…戻ったところで俺が安心できる居場所なんかどこにも無い。敵の正体が誰かも分からないまま命を狙われるだけだ…それに、もう誰かを疑ったりする気力も起きない。疲れたよ、戦いたくもない。

 

「分かった、俺はここで心ちゃんが帰ってくるのを待つよ。でも、なるべく早く帰ってきてほしいな」

 

「…可愛い」

 

顔を紅潮させて即座に抱きしめてくる心ちゃん。顔に柔らかい感触が直に襲ってくるのでもうやめて。君はもう立派な大人なんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お邪魔しま〜す。おひさ、武田さん」

 

「国連会議以来だろう。そこまで時間が経っていないじゃないか」

 

「ふふっ、その偉そうな喋り方…懐かしいわね。ちゃんと伝統を守ってるんだ」

 

「あなたのように飛び抜けた実力があれば、不要なのだろうがな」

 

会長と我妻 梅が互いを認め合うように言葉を重ねます。世界で二番目の実力を持つと称されている彼女が学園に来た理由は、イギリスの特級危険区域内に存在するヘリオットのゲートの調査に際し、協力を要請するためです。今度の作戦はネテスハイム・グリモア・IMFの共同作戦となるため、IMFの代表として我妻 梅に同行してもらう必要がありました。

 

「ふ〜ん…それってもしかして、私がグリモア出身で学園に有利なように動くからって誰かが言ったんじゃないの?」

 

「そこまでの考えはない。だがこちらの事情によってはできれば今年中に、霧攻略の目処をつけたいと思っている」

 

「随分と忙しないんじゃない。それって本当にあなた達の導き出した答え?それとも…誰か違う奴がそう提言しろって脅してるの?」

 

この人、一体何を勘繰っているのでしょう。会長が権力に屈すると?そんなことは断じてあり得ません!少なくとも、私の知る武田 虎千代という人間は誰よりも気高く誇り高い人間です。

 

「我妻さん、あまり不躾な物言いはおやめ下さい。貴女が考えているようなことはありませんし、例えそういう輩がいたとしても会長が言いなりになるなど「執行部」…?」

 

私の言葉を遮るように放たれたその言葉。私には一体何のことかさっぱり分かりかねますが、会長だけは何故か面食らった様子でした。

 

「…やっぱりか。でも今の感じからして武田さん以外のメンバーには内情が伝わってないのね。またお得意の隠し事ってことは、今でも学園生を意のままに出来ると思ってるんだ……本当、成長しないよね」

 

「あの、我妻さん…宜しければどういうことか説明をして頂いてもよろしいでしょうか?」

 

何かを嘆くように吐き捨てた言葉の真意が理解出来なかった私や聖奈さん達は、唯一その真意を理解している彼女に説明を求める。

 

「先に言っとくけど、そのヘリオットのゲートの調査には参加してあげる。でも、それから先のことは正直言って快諾は出来ないかな…少なくとも、行方不明になってるJCくんの安否を確認するまでは学園からの案件を受けるつもりは無いし、政府の息が掛かってる執行部も信用しない。まぁ、武田さんもたぶん分かってると思うけど、私たち“魔法使い”の敵は霧だけじゃないんだよねぇ」

 

我妻 梅の言葉に私は衝撃を受けました。何故今ここでJCさんのことが話題にあがるのか、それが執行部とどう関係があるのか、そして会長が黙認し続けた理由が何なのか…既に私の理解の範疇を超える謎へと変貌していきました。

 

「…あたしは、JCを守りきれなかった。どう言い訳したところでその事実が変わることは無い。唯一あたしだけはJCを守れるだけの力を持っていたというのに…くっ!」

 

「会長…」

 

会長は怒りの感情に任せて壁に拳を叩きつけます。それはJCさんを救えなかった自分の無力さを憂いての行動だとすぐに理解出来ましたが、会長だけというのはどういうことなのでしょう…?

意外にもその問いに答えてくれたのは、我妻 梅でした。

 

「生徒会長ってさ、立場上普通の生徒が知らないようなことも知っちゃうし、それを知ったところで強大な権力に守られてる相手に一人じゃ出来ることも限られてるんだよね。私が国軍じゃなくてIMFに入ったのもそれが一番の理由…一つの立場だけで物事を判断してると、偏った見方しか出来なくなる。去年の夏くらいから第6次侵攻の時に北海道に残ったJCくんをすぐに助けられなかった記憶が混ざっててねぇ…だから、もう誰も失いたくないんだ」

 

「それは、去年の今頃JCが霧の嵐に巻き込まれたという…まさか今回も!?」

 

「まぁ、その可能性もあるよね。もし裏世界にいるならゲートの先の世界に行って保護しなきゃだし、それと並行でもう一つやらなきゃいけないことがあるの」

 

やること、ですか?それは一体…。

 

「始祖十家のマーヤー・デーヴィーが学園のセキュリティネットワークに侵入した形跡を見つけたわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「邪魔するわ」

 

私は表世界での仕事を済ませるため、霧の護り手の本部を訪れていた。中でも幹部クラスのみが存在を知る隠し部屋に入ると、共生派でタカ派の筆頭である間ヶ岾、JGJ三男坊の神宮寺 光男くん、そして全身を黒いフードで纏った“スレイヤー”の二人……おかしいわね、一人足りない。

 

「奴のことは気にしないでいい。我々の仕事とは別件で動いてもらっている……それより、君の“想い人”は一緒じゃないのかね?てっきりここへ連れて来てくれるとばかり思っていたのだが」

 

「…っ、彼はもう戦うことを望んでない。それに彼の処遇は私に一任する約束でしょ?その為に私はあなたの野望に手を貸したんだから」

 

「ふふっ、分かってるさ。君とはビジネス上での関係、ギブアンドテイクの条件を逸脱するほど互いを干渉しないルールだったからね。興味本位で一目見ておこうと思っただけさ…それより、双美くんも来たことだしこれからの話をしよう」

 

間ヶ岾は仕切り直すように再び光男くん達の方へ向き直す。私が来る前にも何か話していたみたいね……まぁ、私とお兄ちゃんには関係ないことだわ。

 

「ついさっきも話したが、魔法使い共がヘリオットのゲートの先にある世界を見たようだ。光男くんと見た魔物が完全に消え去ったあの世界だ」

 

「将来的に霧が無くなることが約束されているのに、それを世間に公表しないなんて…無益な争いはすぐに止めるべきだ」

 

「光男くん…その話はもう解決したはずだ。年明けの国連総会で魔物は殲滅すると決断し団結しようとする人類に対して、君は要らぬ一石を投じようとしているのだよ。共生派、というより穏健派としては至極真っ当な意見だが勘違いしてはいけない。人類全体で見れば我々は少数派であり“異端”なのだ」

 

間ヶ岾は見るからに呆れた様子で光男くんを諭している。最近ずっとこのやりとりを見てる気がする、というより光男くんが間ヶ岾の思想に反抗し始めたのね。

 

「どうでもいいけど、私が呼ばれた理由は何?早く済ませて帰りたいんだけど」

 

「双美くん、少しは欲を抑えてくれないか…ともあれ、近々キネティッカを使ってテロを起こすつもりだ。世界情勢を混乱に陥れる為、君には“ある映像”を流してもらいたい。簡単な仕事だろう?」

 

ある映像…確か裏世界でJGJの軍隊が調査か何かしてたって奴だっけ。でもあんなもの流出させた所で一体何のメリットがあるのかしら?

 

「何だねその顔は…一応説明しておくが、奴等は自分たちが知り得た情報を世間に秘匿していた。そんな奴等が一方的に魔物を殲滅すると宣言したところで人類を騙していたとなれば、自ずと民衆は殲滅派へ不信感を抱くという算段だ。それに加えて、グリモア内で始祖十家の魔法使いが騒ぎを起こしているという情報も入っている。学園の一生徒を殺すとか…どうやら行方不明をいいことに君の想い人に成りすまして学園に潜入していたらしいじゃないか?」

 

「…あまり気分の良い話じゃないわね。でもいいわ、もう少しだけ貴方の理想に手を貸してあげる…けど、時期を過ぎたら私は手を引かせてもらうわよ。光男くんもそろそろ身の振り方を考えた方が良いよ?」

 

「そんな…僕は、ただ争いたくないだけなのに…」

 

そうだ。私には何があっても守らなきゃいけない人がいる。22年という長い月日を経てやっと再び巡り会えたお兄ちゃんを、今度こそ離さない為に。その為にお兄ちゃんを脅かす敵は全部排除しないと。

それにしても、このフード姿の無機質な魔法使い…不気味ねぇ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ…はぁっ…学園生が、こんなにも強いなんて…でも、この一撃で終わらせる!!」

 

私は目の前で対峙するグリモアの魔法使いの実力を前に、取り繕うことなく本音を漏らす。それは自分が始祖十家という他よりずば抜けた実力を持っているからこそ、その過信を改めなければいけなかった。

そもそも本来ならこんな騒ぎになるはずじゃなかったんだ。私は始祖十家の特権を行使して風飛市の市街地に魔物が出現したという誤情報を流し、対応として市民を街の外に逃がして封鎖する。そして学園から程遠い駅前に構えて私が最も得意とする魔法による超長距離攻撃で“転校生”と呼ばれる生徒を暗殺するだけのはずだった。それが裏世界から持ち帰った人類にとって唯一の希望…魔物化する前に“ムサシ”を倒すことだった。

それなのに現実は非情で、私の目の前には彼を守るために多くの仲間が立ち塞がる。その中には同じ始祖十家の梅とコズミックシューター改め世界最強の魔法使い“ジェイソン”の姿もあった。同じ立場である彼等とも考え方の違いから道を違えてしまったのね…本当に人類のためを思うなら、その行いはきっと後悔に変わるわよ。

 

「…っ!せ、先輩!?来ちゃ駄目です!」

 

目の前の学園生の一人があの転校生と呼ばれる生徒に向かって制止の言葉を投げかける。学園から出てきたのは予想外だったけど、こうして他の魔法使いが私に向かってきている状況を考えれば納得がいく。この距離なら外しはしない!!

 

「死になさい!!」

 

私は目の前の魔法使いを振り払い、最大限に威力を高めた超長距離魔法攻撃(ロングレンジスナイプ)を放つ。障壁の魔法やデクの装甲で防いできたのだとしても、それだけじゃこの本気の一撃は防げないわ……これでチェックメイトよ!

 

「…!?させない!」

 

梅がいち早く反応し、転校生の前に立ち塞がる。例えあなたでも本気の一撃をまともに受けて無事じゃ済まないわよ!?

 

「うぐっ……何でって顔してるね。こう見えても私、結構怒ってるんだよ?」

 

「…怒る?」

 

「そうだよ。何の相談も無しにこんな騒ぎ起こして、後輩の命狙って…でもね、一番許せないのは…“あの子”に成りすまして帰りを待ってた子たちを欺いたこと。それだけで、私はあんたを引っ叩かないと気が済まないの!」

 

梅、あなたがそこまで後輩思いだったとは知らなかったわ。確かに数日間、行方不明の男子生徒に認識させる幻覚の魔法を使って学園に潜入していたけど…他の生徒の時より反応が違ったのよね。殆どの生徒から恐れられていたり、それでいてごく一部の生徒からは明らかに好意を持った視線を向けられていたりとかなり謎の多い生徒のようね。でも、それが梅と何の関係が…?

 

「どういう事情があるにせよ、それと今回のことは関係無い!次は容赦なく撃ち貫くわ…分かったら彼の前から退きなさい」

 

「そんなことしていいと思ってるの?始祖十家同士が争ったら、それこそ魔法使いの信用は地の底まで堕ちることになるよ」

 

「…こうなった以上、覚悟は出来てるわ。本当に間違っていると思うなら、私を殺してでも止めるべきだったのよ。梅もジェイソンも…その覚悟が無いなら邪魔をしないで!」

 

私はそう吐き捨てて、もう一度転校生に狙いを定めて魔法で狙撃する。手負いの梅はもう防げない、ジェイソンも梅同様“不争の誓い”で私に手を出さない。残ったのは学園生の障壁の魔法とデクの装甲のみ…今度こそ!

私の思いを乗せて放った魔法は確かにその身体を貫いた。

 

「…えっ、嘘…!?」

 

梅の困惑した声が聞こえてくる。しかし、それは私も同じだった…何故なら私の魔法が貫いたのは転校生ではなく“私が成りすましていた行方不明の男子生徒”だったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

胸の辺りに焼けつくような痛みが広がる。どうやら魔法によって拳程度の穴が空けられ、そこから大量の血が流れ出してしまったようだ。

 

「JC、くん…どうして」

 

背後で我妻 梅が酷く困惑した様子で俺を見る。あんただって同じことをしてたくせに、何でそんなに怯えてる?

 

「教えろ。マーヤー・デーヴィーってのは、どいつだ?」

 

すると、我妻 梅は俺の対面にいる奴を指差した。あいつか…俺の身体に穴空けた奴は。

 

「マーヤー・デーヴィー、転校生を殺すのはやめろ。さもないと、俺がお前を殺すぞ」

 

「貴方は…たしかJCって言ったわね。退きなさい、例え“スレイヤー”が相手でもこれだけは果たさなければならない!」

 

「…それだと俺が困るんだが、この身体に空いた穴に免じて勘弁してくれないか?」

 

冗談めかして言ってみるが、反応はあまりよろしくない。まぁ、そんなことで引き下がってくれるとは思わんが。

 

「やむを得ないか…なら、実力行使させてもらう」

 

俺は紫の力を発現させ、一歩ずつマーヤー・デーヴィーとの距離を詰めていく。その間にも俺に魔法を放ってくるが、紫の状態である今の俺に効果は無い。それが例え始祖十家が相手だろうがそこに例外は無い。

 

「くっ…何で、全弾貫通してるのに…何で倒れないのよ!!」

 

相当焦ってるな。そりゃ目の前の奴が魔法何発も喰らってるのに、気にせず迫ってくるんだから怖いか。だが、そんなの一々気にしてたら大事なことを見逃すぞ。

 

「おら、捕まえた。それで…降伏か続行か、好きな方を選べ」

 

全身血だらけになりながらもマーヤー・デーヴィーの腕を掴み拘束する。最後のチャンスのつもりで聞いてみるが、多分意にそぐわない回答なんだろう。その時は、容赦なく潰す。

 

「私は、やめるつもりは無い…人類を救う為には彼を殺すしかない!!」

 

拘束されても尚、空いている方の手から魔法を放とうとするマーヤー。俺は急いでその手を掴み俺の方へ強引に引き寄せ、再び俺の肉体を吹き飛ばさせる。その際に間近で大量の返り血を浴びたマーヤーは次第に魔法の使用不能状態へと移行した。これでもはやマーヤーの戦闘能力は皆無となった……だが、こいつが諦めない限りまた命を狙う恐れもある。

 

「あんたが諦めない以上、ここで見逃すわけにはいかない。悪いが…ここで死んでもらう」

 

『…っ!!』

 

周囲にいる奴等が尚も息の根を止めようとする俺に衝撃を受けているみたいだ。振りかぶった俺の拳はマーヤーの顔……の直前で止められた。勿論、俺が自分で止めたのではなく、いつの間にか横に来ていた見知らぬ第三者によって受け止められていた。

 

「トドメを刺すのは待ってくれないか。彼女にはまだ聞かなきゃならないことが沢山あるんだ」

 

「…あんた、誰だ?」

 

如何にもヒーローという風貌の筋肉質な西洋男…だが、あのタイミングで紫の状態で放った拳を見事に受け止めて見せた。この男の実力はあの我妻 梅と同じか或いはそれ以上と見えるが…?

 

「俺はジェイソン・デラー、世間で言うところの“コズミック・シューター”ってヒーローだ。君はJC、だったかな?」

 

「そうだが…早くこの手を退けてほしいんだが。じゃないとこの女を殺せないだろ」

 

「それだと俺が困るんだ。彼女にはもう敵対の意思は無い、それは彼女と旧知の仲である俺が保証する」

 

「あんたにいくら保証されようが、俺の知ったことじゃないな。みすみす逃して転校生が殺されるようなことがあり得ない状況じゃないだろ。そうなると、俺が困るんだよ。だから“今すぐ”手を離せ」

 

「残念だがその提案は呑めない。どうしてもというなら俺が“相手”になる」

 

無言で交わされる視線、側からみれば一触即発の雰囲気に包まれているだろう。そんな最悪な空気に割って入ったのは我妻 梅だった。

 

「ちょっとあんた達、ストップスト〜ップ!!こんなところで戦争始めないでよ!」

 

「梅…俺はただマーヤーを助けようと」

 

「…けっ、冷めちまったよ。どうしてもその女を殺したくないなら転校生を殺させないと確約させろ。そしたら見逃してやる」

 

「うぅ…分かったよ。マーヤーは私が責任持ってIMFに連行するから…ねっ、お願い?」

 

そう言って年甲斐もなく可愛らしくお願いしてくる我妻 梅。あんたのそういう姿は望んでないんだ、見るに耐えないからやめてくれ。

それにしても、この場に集まっている魔法使い…かなりの数だな。緑の力で学園内の会話を聞くと、それ以上に転校生を心配する声があるな。それだけ転校生という人間に人望があって重宝されてるってことか。俺の命が狙われてる時、俺の周りにいてくれた人は…誰もいなかったのに。

 

「転校生…あんた、良い仲間に恵まれたな。これなら俺が来る必要も無かったな」

 

気づけば俺はそう呟いていた。多分、本心から出た言葉だったんだろう…自分と違って誰からも必要とされてる、信頼されてる転校生が羨ましく思えたんだ。そこに、俺の居場所は無い。

 

「JC、くん…?」

 

俺の意味深な言葉の真意を感じ取ったのか、我妻 梅がいち早く反応する。だが悪いな…もうそこに俺はいないし、これが“最後”なんだ。

 

「あんたを信じて、あの女の身柄を渡す。これで終わりだ…俺も帰らないといけない。じゃあな」

 

そうだ、俺の帰る場所はここじゃない。俺が帰る場所は戦うことを強制しない心ちゃんが待ってくれているあの場所だ。彼女の為に出来ることは何でもしてあげたい…たった一度の出逢いをずっと大切にしてくれていた彼女。そして、長い年月を掛けてまた逢いに来てくれた心ちゃんを…俺は絶対に幸せにしてみせるよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マズい、マズいぞ!まさかこのタイミングでJCくんが学園と決別するなんて!?」

 

僕は柄にもなく焦っていた。今現在身の回りで起こっている諸々の問題が全て最悪の状況へ向かっている所為だ。始祖十家による転校生くん暗殺未遂に始まり、繰り返しの魔法の解除、霧の護り手の扇動によるテロ行為も本格化し始め、極めつけはJCくんの学園離反だ。全てが悪い方向へ向かっている…何故だ!?

 

「随分カリカリしてるみたいだな。そんなんじゃ大事な情報も見落としてしまうぞ?」

 

不意に背後から声をかけられ、思わず背筋が凍る。しかし、すぐにそれは見知った人物であると認識し、その緊張を緩和させる。

 

「岸田、さん…どうして学園に…って、僕が呼んだんでしたね」

 

「…どうやらだいぶお疲れらしい。とりあえず立話も何だから、コーヒーでも飲んで一旦落ち着こうじゃないか。君も飲むだろう?」

 

「…はい、頂きます」

 

力無い僕の返事を受けて、報道部の部室に備え付けられているコーヒーメーカーをやけに手慣れた様子で使う眞吾さん。踏み込み過ぎないくせに妙に察しが良いのはジャーナリストの才能なのか年の功なのか…?

 

「それで、珍しく荒れてる原因は何かな?思い当たることが色々ありすぎて絞り込めないんだ」

 

「…正直なところ、僕もこんなになるまで追い込まれてるとは思いもしませんでしたよ。裏世界のことも時間停止のことも魔物のことも、全部対処出来てると思ってました。でも、そんなのは僕の思い上がりでした…たった一人の心を繋ぎ止めることすら出来ませんでした」

 

僕の中でかなりの割合を占めているとは、こんな事態になるまで気付きもしなかった。初めは子どもみたいに素直な彼を揶揄ってやるつもりで色々ちょっかい出していたけど、次第にそれが何というか心地よいというか快感というか……あぁ〜!!こんな時に何を考えてるんだ、僕は!?

 

「言葉と考えてることが一致してないのは側から見てると面白いもんだな。特に普段ミステリアスであまり感情を面に出さない美人が百面相をしてるのが絵になる」

 

「岸田さん、こんな時まで巫山戯ないで下さいっ。僕は真剣に悩んでるんです!」

 

「ははっ、悪い悪い。だが、実際に話してみて少しは胸の痞えが下りたんじゃないか?」

 

相変わらず軽い雰囲気で話を受け流す眞吾さん。わざと戯けて見せて油断させて相手に本心を話させる…昔から眞吾さんが使っている尋問の方法だ。僕に恥ずかしい台詞を吐かせるつもりだな…?

 

「まぁ、そんな君に人生の先輩からアドバイスだ。男って生き物はどういうわけか揃いも揃って面倒くさい奴ばかりでね、頭では理解出来ても実際には言葉にするまでは確信しないのが大半だ。特に他人からの好意にはめっぽう鈍い。本当に大切に思ってるなら、迷わず包み隠さずに伝えるべきだ」

 

「岸田さん…」

 

真剣な面持ちで僕にそう伝える眞吾さん。確かにそうなのかもしれない…今まで明言は避けてきたのは、何となくこの関係が壊れるのが怖かったんだ。だが、そうやって偽ってきた所為で彼の心は離れてしまった…それを取り戻すには、方法は一つ。

 

「…とまぁ、偉そうなことを言ってみたが何年も妻や娘を放っておくような奴の台詞なんか心に響かないか?ははっ…」

 

「そーですね。岸田さんはもっと奥さんや夏海に優しくしてあげて下さいっ。じゃないと、夏海が彼氏を連れて来た時に父親の面子が丸潰れですよ?」

 

「うぐっ…痛いところを突いてくるなぁ。それはこれから努力するしかないな」

 

気づけば僕の心は軽口を叩けるくらい身軽になっていた。こうしてみると自分がまだまだ大人になりきれていないことを実感させられる。誰に支えてもらって立ち直るんじゃない、僕が支えになって助けるんだ。そうして彼の心を立ち直らせることが出来た時、初めて僕の本心を君にぶつけよう。

 

 

 




【マーヤー・デーヴィー】
インドの始祖十家で数学者の側面を持つ。裏世界に壊滅的な被害をもたらしたムサシの正体を明らかにした彼女は、転校生に敵対し暗殺を試みるも学園生や始祖十家、JCの妨害に遭い未遂に終わった。長距離からのスナイプが得意で“最も慈悲深い魔法使い”という異名を持つ。


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第四拾壱話 揺蕩え 魔法使い

【予知の魔法】
全世界で3人のみ確認されている大変貴重な魔法。レネイ女史、アンクル・ツォフ、そしてグリモアの西原ゆえ子の3人のみが使える。
レネイ女史、アンクル・ツォフはその正確な的中率から預言者と呼ばれているが、ゆえ子の魔法は覚醒してから日が浅く、近い未来を具体的に予知するには不向きである。


「…へ?お、お兄ちゃん…今、何て言った?」

 

お兄ちゃんとのラブラブ(死語)同居生活を始めてはや五ヶ月、相変わらず落ち着き払った様子で心の必死のお色気攻撃にも屈しなかったお兄ちゃんが、突然耳を疑うような台詞を言い放った。

 

「うん、もし良ければ今度一緒に出掛けられないかなって。ほら、前に何かしたいことあるか聞いた時に言ってたでしょ?二人で何処か遊びに行きたいねって話」

 

…か、神様ありがとぉ〜!!あのデリカシー皆無で名を馳せたお兄ちゃんが心を誘ってくれるなんて……まさに奇跡だよ!間ヶ岾の嫌な仕事を終えて戻ったらちゃんとご褒美を用意してくれてたなんて、益々お兄ちゃんのこと好きになっちゃった!!愛してるもん!!

でも、ここは一応歳上の余裕を見せなきゃだもんね。お兄ちゃんがどんなエスコートプランを用意してるのかお手並み拝見させてもらうんだから!

 

「一応、心ちゃんがお仕事してる間に色々考えてみたんだけど…季節的なことも考えて海か山に行きたいかなって思ってさ。分からないなりに頭使って色々調べて計画立てようとしたんだけど、やっぱり一人じゃ上手くいかなくて……要領悪くて、ごめん」

 

そう言いながら、本当に申し訳なさそうにしてしょんぼりするお兄ちゃん。あぅ…なんて可愛い姿なのかしら!許されるなら今すぐにでも抱きしめて大丈夫だよと諭してあげたい!でもこれは記念すべき初デートを決める運命の瞬間、やっぱり大事なところはお兄ちゃんにビシッと決めて貰いたい!だから心は…お兄ちゃんに究極の質問をするよ!

 

「ねぇ、お兄ちゃん…今からする心の質問に正直に答えて。直感で答えて良いから嘘ついちゃ駄目だよ?」

 

「えっ?う、うん…分かった」

 

少し困惑気味だけど多分心の言葉の意味は理解してくれたみたい。よしっ、後は心が恥ずかしさに打ち勝って“あの台詞”を口にすれば…うぅ〜!?やっぱ恥ずかしいよぉ!?でも、お兄ちゃんが一生懸命考えて準備してくれてたのを考えたら、こんなの一時の恥なんだから!

 

「こ、心の水着姿……見たい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ザッパーン…!ナンクルナイサ〜…メンソーレ…うり!くり、カメー!カメー!

 

それからあれよあれよと言う間に計画は実行に移されて、この未知の言語が飛び交う秘境へと旅行に来た心とお兄ちゃん。ほ、本当に来ちゃった…!

あの後、お兄ちゃんの“心ちゃんの水着姿、見てみたいな…”という超絶ふわとろ囁きボイス(心目線)によって海行きが決定した。でも心もお兄ちゃんも表世界では派手に動けない立場になっちゃったからひとまず正体がバレないように変装して、日本の沖縄に向かった。因みにこの沖縄、後で魔物が襲撃する予定があるんだけどそこはお兄ちゃんたっての希望。ハワイには軍隊が常に駐留してるからちょっと危険だし、辺境の方に行き過ぎても言葉通じなくてストレスになっちゃうもんね。それにお兄ちゃんにとっては久しぶりのお出かけ、つまらない思い出にしたくないもん!

 

「うぅ…それにしても、お兄ちゃん遅過ぎっ!着替えたらビーチで合流って言ってたのに……この水着、ちょっと大胆だったかな?なんかさっきから周りの視線が痛い…早く来てぇ〜!」

 

心の水着は所謂“オフショルダービキニ”で、ピンクのフリフリが付いた可愛らしいタイプの水着。ちょっと子どもっぽいって言われるかもしれないけど、こっちの世界の方がまだ文明は栄えてるし可愛いものも多い。そういう面では表世界も捨てたもんじゃないのかもしれない…お兄ちゃんの扱いに不満さえなければ永住してもいいかもなんて思う時もある。まぁ、冗談だけど。

 

「お〜い!心ちゃん、遅れてごめん!」

 

「もぉ〜!お兄ちゃん遅過ぎるよ!レディーを一人で待たせるなんて最低、だよ…」

 

背後からお兄ちゃんの声が聞こえて、少し不満気に言葉を投げかける。でもその姿を見た瞬間、心の言葉はピシャリと遮られた。だって、お兄ちゃんの水着姿…すっごくカッコいいんだもん!上から長袖のパーカーを着てるから上半身はほとんど隠れてるけど、前のファスナーを全開にしてるおかげでお兄ちゃんの立派な腹筋がチラチラ見えちゃってる!そっちの方が逆にエロいよぅ!?

 

「どう、かな?言われた通りに出来たと思うんだけど」

 

お兄ちゃんは心の反応を欲しがってウズウズしてるみたい。そういうところが本当に可愛くてしょうがないよ、全く!

 

「えっと、その……す、すごく似合ってる…と思う…」

 

内心では強がりながらもいざ口にすると、ものすごく恥ずかしくて尻すぼみに褒めてしまう。うぅ〜!これじゃ全然伝わらないよ!

 

「そっか…ありがとう。心ちゃんも水着、すっごく似合ってて可愛いよ」

 

お兄ちゃんはそう言って満面の笑みを浮かべて心に笑いかけてくれる。やけに清々しい表情は心の体温をみるみる上昇させるのに十分すぎるくらい輝いていた……本当にズルいなぁ、お兄ちゃんは。

 

「そうだ、ビーチパラソルとかビーチチェアを借りてきたんだった。やっぱりこういうのは雰囲気が大切だからね。早速場所取りしに行こう?」

 

心はお兄ちゃんに促されて、やけに大荷物を持ったまま他の旅行客と被らないスペースの確保に向かう。暫く歩き回ってそれほど時間をかけずに良き場所を見つけて、パラソルだったり長椅子だったりシートだったりを設置し終えた。

 

「…くっは〜!!こりゃ気持ちいいや!空気も澄んでるし、波も穏やか。ロケーションも最高だね!」

 

お兄ちゃんはそう言って、砂浜の上に敷いたシートに寝転ぶ。ふふっ、すっかりはしゃいじゃってる。やっぱりまだまだ子どもなんだから。

 

「ほら、お兄ちゃん。向こうより日差しが強いんだから、ちゃんと日焼け対策とサンオイル塗っておかないと後で全身が痛い痛いになっちゃうよ?」

 

「あっ…そうだね。その為に日除け用のデッカい帽子とサングラス買っておいたんだった。手が届かない部分は後で塗ってもらってもいいかな?」

 

「んふふ〜、お任せあれ♪」

 

お兄ちゃんはすぐにパラソルの中に戻って、パーカーを脱いでサンオイルを塗り始めた。その時、ふとお兄ちゃんの背中のある部分が目に留まった。心の視線に気づいたのか、お兄ちゃんが少し苦笑気味にその部分について言及し始めた。

 

「…んっ、あぁこれ?まだ治りきってないから目立つと思ってさ、見た人が気分悪くなると思ってパーカーで隠してたんだ。折角の楽しい旅行がこんな気持ち悪い傷跡なんて見たら台無しだろう?」

 

お兄ちゃんが気にしているある部分…それはお兄ちゃんを保護した時に初めて見た広範囲に及ぶ酷い熱傷。それもただの熱傷ではなくて、何らかの化学薬品によるものに思えた。それから五ヶ月経った今では傷自体は塞がったけど、その背中には大きく痕跡を残してしまっていた。お兄ちゃんは周りの人たちへの配慮をとにかく気にしてて、明るく振る舞ってはいるけど多分心の底から楽しめてはいないんだろうな……よしっ!

 

「お兄ちゃん!今日は心とい〜っぱい楽しい思い出、作ろうね!まずは…サンオイルの塗りっこだぁ〜!!うりゃうりゃうりゃ〜!!」

 

「心ちゃん!?ちょ、やめ…うひゃひゃひゃ!?く、くすぐったいから、やめて〜!!」

 

旅行中は目一杯笑わせてあげるからね、お兄ちゃん!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ…」

 

「何しみったれた顔してんのよ?魔物討伐の為とはいえ、このクソ暑い時期に沖縄に行けるなんてラッキーじゃないの」

 

「ツクちゃん…それはまぁ、そうなんだけど」

 

「…だぁああ〜!!もう!何がそんなに気に入らないのよ!もものくせに生意気〜!」

 

「うにゅ!?ひ、ひたいよぉ〜!?ほっへひっはらはいへ〜!?」

 

沖縄に向かう高速船の船内で隣に座っているツクちゃんにほっぺを摘まれてしまいました。うぅ…痛いよぉ〜!ちょっと生返事しただけなのに〜!?

 

「全く…最近多いわよ、そういうの。ももが元気ないと周りが心配するんだから気をつけてよね!」

 

「ツクちゃん…あたしのこと心配してくれてるんだね。ありがとう!」

 

あたしは嬉しさのあまりツクちゃんに抱きついちゃいます!ぎゅ〜っ!!

 

「うひゃあ!?も、もも!いきなり何だってのよぉ!?離れなさい〜!!」

 

「やだやだ〜!絶〜対、離さないもん!今、すっごい嬉しいんだから〜!」

 

「な、何なのよ〜…全然元気じゃない。心配して損したわ…」

 

うふふ、ツクちゃんはやっぱり優しくて可愛いなぁ♪あたしの都合でツクちゃんの笑顔を曇らせちゃダメだよね。あたしは大袈裟に明るく振る舞って見せて、ツクちゃんを安心させます。とはいうものの、やっぱり自分の気持ちとはしっかりと向き合わないと問題は解決しないよね。よしっ、頑張ろう!

 

(先輩に、会いたいよぉ〜!!)

 

ふぅ…心の中とはいえ大声で叫んで、ちょっとだけスッキリしました。でもこれが今のあたしの率直な思いです。先輩の姿が最後に確認されたのは始祖十家のマーヤーさんの事件が起こった時です。あの時、マーヤーさんに命を狙われていた先輩(転校生)を守ってくれたのと同時にマーヤーさんの逮捕を確約させてくれたと同じ始祖十家の我妻 梅さんが学園に報告してくれました。でも、それと同時に先輩はまた行方をくらませてしまって、学園に帰ってきたのは先輩のデバイスだけでした。我妻さん曰く、これが“学園との完全な決別の証”だそうです。実際、それ以来日本は勿論のこと、海外でも先輩の目撃情報は一件も入ってきていないようです。

先輩、覚えてますか。もうすぐあたしの誕生日なんですよ?今年こそ、今年こそは勇気を出して先輩を誘うつもりだったんですよ?ささやかでもいい、気持ちを伝えられなくてもいい。ただ先輩に一言、おめでとうって言ってもらいたいんです。それだけできっとあたしの心は幸せで満たされるんです。なのに、今年も先輩は居ませんね。悲しいです、悔しいです。最後に会った時、話をした時、先輩が助けを求めてきた時…あたしは何もしてあげられませんでした。何となく感じていた居心地の良さが自分のエゴで壊してしまう気がして、一歩が踏み出せずにいます。あの時、役に立てなかったあたしを責めないで笑いかけてくれた先輩。裏世界のあたしに襲われても、その恨みごと受け止めてくれた先輩。戻りたい、初めて会ったあの日に戻りたいです。もし戻れたら、今すぐにでもこの想いを先輩に伝えたい。あたしは、貴方を“愛しています”と…。

そんな儚い願いを胸に抱きつつも、それは叶わぬ願いだと受け入れている自分に腹が立ちます。今までだって決してチャンスが無かったわけじゃない、でも伝えられなかった。だから例え今先輩が突然目の前に現れたとしても、今までの非力な自分のままでは気持ちを伝えられるわけがないんだ。そう自分に言い聞かせていた時もありました。そう、あの“偶然”を引き起こすまでは……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう…お兄ちゃんってば初心なんだから。心にもサンオイル塗ってって頼んだだけなのに、顔真っ赤にして逃げちゃうんだもん……お兄ちゃんになら、触られても良いのになぁ」

 

そんな独り言を言っていても仕方ないので、お兄ちゃんが居ない間にPCからネットワークに接続して沖縄に侵攻中の魔物の現在位置を確認する。もし目の前に魔物が現れたら、その性格からお兄ちゃんは十中八九また戦ってしまう可能性が高い。折角戦い漬けの日々から抜け出すことが出来たのに、こんな所で負担を強いるわけにはいかないよね。だから何としてもお兄ちゃんから魔物を引きあわせないように誘導しないと……ん?誰かが私の回線に侵入してるわね。これは…こっちの私?いや違うわ、私ならこんなあからさまに侵入の形跡を残したりしない…なら一体誰が?

 

「ふ〜ん…どこの誰か知らないけど、私の領域で勝手に探し物なんていい度胸してるじゃない。少し遊んであげるわ」

 

私はすぐに操作して、妨害プログラムを実行させる。これで大抵のハッキングは遮断出来るはず…もしもこれをすり抜けてくるとすれば、それは魔法使いが相手という証明になるけど、それにしたってこいつの目的が何なのかしら…?

そんなことを考えていると画面が一瞬暗転し、そしてすぐに通常の画面に戻った。どうやら侵入者さんは諦めて逃げたらしい、ざまぁないわね。

 

「全く、ネットで私に勝てるわけないじゃないの。まぁ、丁度いい暇つぶしになったわ。魔物も午後一くらいまでは来なさそうだし、それまでお兄ちゃんとのデートを楽しませてもらおうかしら。んっ〜!」

 

私は椅子に座ったまま大きく伸びをして、再びサングラスと麦わら帽子を目深に被る。日除けの意味もあるけど、メインは私の正体がバレない為の変装だからね。

 

「心ちゃ〜ん!お待たせーっ!いや、海の家ってのに行ったら色々あってさ。とりあえず美味しそうなの手に持てるだけ買ってきちゃった!食べよ食べよ」

 

さっきまでのことなんかちっとも気にしない様子で駆けてくるお兄ちゃん。そういう切り替えの早いところは素直に称賛するけど、本音を言えばもっと意識してくれてもいいんじゃないの?

 

「朝出るの早かったからお腹空いてると思ってさ。ちょっとそこでやってる“海の男 力自慢大会”で軽く優勝してきたら、海の家のフードメニュー全品無料券(一回限り)っての貰ってきちゃった!どれから食べよっか?」

 

お、お兄ちゃん…それ反則。魔法使いは普通の人間より筋力が何倍にも発達してるんだから、軽くやっても優勝出来るって。っていうか、それにしてもこの量はどうだろう。かき氷に焼きそば、ラーメンやカレーライス、焼きとうもろこしにたこ焼きイカ焼きフランクフルト…控えめに言ってフードファイターみたい!二人で食べるにしても、ちょっと多過ぎないかな?

 

「?」

 

うん、この顔は多分何も分かってない顔だよね。お兄ちゃん、時々そういう顔するもんね。そんなうさぎさんみたいなキョトン顔したって、ただただ愛おしいだけなんだから!

まぁ、結局は許しちゃうんだけど。私って結構甘々なんだなぁ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…っ!!流石裏世界を牛耳っていただけのことはある…手強いわね、双美 心」

 

やはり多少知識を身につけた程度じゃ太刀打ち出来ないわね。でも、こっちに集中してくれたおかげで卯衣の方までは手が回らなかったようね。

 

「卯衣、そっちはどう?何か収穫はあった?」

 

「…はい、現在位置から半径200キロ圏内に声紋認証をかけたところ、南西方向に反応がありました。間違いありません、JCくんです」

 

やっぱり彼はこっちに居たのね。少し前に議員会館に現れた裏世界の間ヶ岾と双美 心こと“ウィッチ”の存在から、もしかしたら彼も身柄を拘束されていて強制的に連れまわされている可能性が高いことは予想できた。だからこそ魔物による沖縄の襲撃が予知されたものなら、それを人為的に操っている黒幕がいて尚且つJCくんも一緒に……!

 

「あの、マスター…私、今度こそJCくんを連れ戻したいです。でもそれが命令だからというだけじゃない、上手く言葉に形容出来ません。これは、一体…?」

 

卯衣は胸に手を当てて、困惑の表情を浮かべている。日々の生活の中で様々な生徒との交流によって、色々な経験を積み重ねている卯衣にもまだまだ理解しきれていないことがあるようね。まぁ、研究にしか興味を示さない感受性皆無の私が育てている以上、その辺の期待は初めからしていないけど。

 

「そう…卯衣、私はまだその答えを貴女に教えることは出来ないわ。意地悪でも試しているわけでもなく、私自身がその感情を正確に認識できていない。ただその鍵を握っているのがJCくんだと考えているわ…貴女も、彼に特別な魅力を感じているんじゃないかしら?」

 

「?」

 

はぁ…その気の抜けた顔、精神的に幼い頃の彼にそっくりね。私の手が空いていない時によく彼に相手をしてもらっていたから、その頃の癖が移ったのかしら?

でも、妙に可愛らしいからとりあえず頭を撫でておこう。撫で撫で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわぁあっ!?こ、こんな街中にまで魔物が襲ってくるなんて…」

 

突然の爆発となだれ込む人の波の勢いに圧倒されて、思わず尻餅をついてしまった。あまりの勢いに呑まれてしまいそうになったけど、咄嗟に心ちゃんが腕を掴んでくれて無事に事なきを得た。

 

「お兄ちゃん、大丈夫?ここももうすぐ危険だから、心たちも早く避難しなきゃ。ほら、走るよ!」

 

俺はそのまま心ちゃんに手を取られて、なし崩し的に避難を始める。その際に視界の端々に見える魔物や恐怖に支配されてまま逃げ惑う人々の姿が嫌なくらい鮮明に脳裏に焼き付いてしまって、遂には堪えきれずその思いを口にしてしまった。

 

「ねぇ…心ちゃん。俺は、戦わなくていいのかな…?」

 

「えっ…あ、そう、だね……お兄ちゃんなら多分そう言うかなって思ったけど。でも、こればっかりは辛いかもしれないけど我慢してくれないかな?」

 

心ちゃんは少し心苦しそうに俺にノーを突きつける。何か理由があるのかな…?

 

「あっ、えっと…勘違いしないでね。戦えない人々の代わりになりたいっていうお兄ちゃんの考えはすごく立派だと思うよ?でも今は状況が悪いの……ここにグリモアの魔法使いが来てる」

 

「…っ!ここに、皆が?」

 

そう、だったのか…でも、それがどうして良くない状況になるんだ?

 

「どういうわけか分からないけど、アイツら魔物の襲撃を知ってたみたい。じゃなきゃ、こんなに早く襲撃地点に到着出来るはずないもん!もしかしたら、お兄ちゃんが生きてることもバレてて今度こそ命を奪いに来たのかも…!?」

 

「そんな、まさか……いくらなんでも飛躍しすぎなんじゃ「そんなことないっ!!」こ、心…ちゃん?」

 

突然声を荒げて俺の言葉を強く否定する心ちゃん。こんな心ちゃんを見るのは初めてだ……だからこそそれがすごく異様に思えた。

 

「…あっ、ごめんなさい。怒ってるんじゃないの。ただお兄ちゃんが心配で…」

 

「俺を殺した奴のこと、知ってて教えてくれないのにも理由がある?」

 

俺は少し意地悪な質問を心ちゃんにぶつけてみる。勿論確証があるわけじゃない、でも何となく今までの心ちゃんの言動でその犯人の正体は俺が知れば悲しむ人物、らしい。

 

「あぅ…今それを言うのは、ズルいよ…」

 

案の定、困り顔を見せる心ちゃん。ここで彼女を責めるのはお門違いか…少なくとも俺を助けてくれてるのは彼女なりの優しさだと信じている。そう思えば、俺はいつの間にか今にも泣き出しそうになっている彼女の頬に手を添えていた。

 

「ごめん…今のは意地悪だったね。折角親身になってくれてるのに、心ちゃんを責めたってしょうがないもんな。今のは忘れて」

 

「お兄ちゃん……うぅん、気にしないで。当然の反応だもん」

 

心ちゃんは俺の不躾な態度を責めなかった。ごめん、こんなしょうもないことで時間を費やしちゃいけないよね。今信じられるのは、心ちゃんだけ。

 

「…急ごう、すっかり出遅れちゃった。避難所までの最短ルートの算出は?」

 

「…っ!うん、もう計算済み!このルートなら誰にも見つからないで避難所に行けるはず……こっちだよ!」

 

俺は心ちゃんに手を取られたまま、襲撃の最中の街中を走り抜ける。街の至る所に魔物の襲撃によって損壊した建物、崩落した際に起こった火災、それに伴ってごった返した人流によって予定していたルートの大半が塞がれてしまい、到着までにかなり時間がかかってしまった。途中、誰にも見られてないよね…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…えっ!?う、嘘…これって幻じゃないよね?ほっぺつねっても消えたりしないよね?えいっ、えいっ!

 

「うぅ…やっぱり痛い〜!って、そんなこと言ってる場合じゃなかった!先輩……なんでまた知らない女の人と一緒に居るんですかぁ〜!?」

 

魔物の襲撃によって逃げ遅れた人々の手当てと避難誘導を担当していたあたし、桃世 ももはとんでもないものを見てしまいました。その姿を最後に発見されたのがおよそ二ヶ月前まで遡る必要がある“あの”先輩が崩落した建物の瓦礫を挟んで目の前に居るんです!でも、その隣には恐らく先輩よりも歳上でしかもスタイルの良い女の人がぴったりと付き添っていました。思わず隠れちゃいましたけど、よくよく考えてみるとそんなことをする必要なんか無くて、寧ろあたしがあの人に気を遣って覗く方が変ですよね?むぅ〜!そこはあたしのポジション!…になる予定なのに!先輩も先輩です!先輩が優しいのは分かってますけど、それにしたってデレデレし過ぎです!あっ!ほっぺたなんて触っちゃダメです!良い雰囲気になっちゃダメですぅ〜!?

 

「ぐぬぬ…やっぱり見てるだけなんて我慢出来ないよぉ!こうなったら魔法で瓦礫を退かして今すぐ先輩を連れて帰らないと「もも〜!探したわよ!」つ、ツクちゃん?いきなりどうしたの?」

 

いざ先輩を取り戻すために動き出そうとしたその時、背後からツクちゃんがあたしに呼びかけていることに気がつきました。振り返ると、やけに息を切らした様子のツクちゃんが膝に両手をついていました。その手には何かを持っているみたいです。

 

「今時間あるでしょ!誕生日のお祝いに来たわ!」

 

あっ、もしかしてそのために急いで来てくれたのかな?運動苦手なのに走って来たからすごいぜぇぜぇしてる……って、そうじゃなかった!

 

「ツクちゃん、ごめん!ちょっとだけ待っててくれないかな?あのね、先輩見つけたんだ!」

 

「はぁ、はぁ…先輩?そんなの居たっけ……あっ、もしかしてそれってJCのこと?」

 

こくこくっ!凄い勢いで頷いたら、ツクちゃんにちょっとびっくりされちゃった。

 

「て言うか、前からずっと思ってたんだけど…JCってももより全然後輩よね。それなのに何で“先輩”って呼んでるの?本人からもそれで何か言われてなかったっけ?」

 

「うっ…そ、それは、その……は、恥ずかしいから。先輩のこと、名前で呼ぶの……うぁ〜///」

 

多分あたし今、すっごい顔真っ赤になってると思う。だ、だってこんなこと自分以外に知られたくないもん!!あっ!ツクちゃん、すごい悪戯っぽい笑顔になってる!?な、何で〜!?

 

「ももってば、顔見るだけで何考えてるか分かりすぎるわよ!…それで、愛しの“先輩”は何処に居るの?」

 

「ツクちゃん!?もう〜!揶揄わないでよぉ!?ほら、この先の建物の瓦礫の向こう側に……って、あれ?」

 

あたしが再び指差した先に、もう先輩の姿はありませんでした。ど、何処に行ったんだろう?

 

「もも、JCの幻覚見てたんじゃないの?そもそもこんな都合よく沖縄に居るのなんておかしいじゃない」

 

「う〜ん、そうだったのかなぁ…?」

 

「そー、そー。それよりも向こうでももの誕生祝いする為に集まってるんだから、早く行きましょ」

 

あたしはツクちゃんに背中を押されて、後ろ髪引かれる思いを胸に抱きつつもその場を後にしました。もしかしたらツクちゃんの言う通り、あたしの願望が見せた幻だったのかもしれないと考えに終止符を打った。でも先輩、もし本当に居るのなら……あの女の人にぺたぺた触ってた理由を納得がいくまで説明してもらいますからね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ…ハァ…!不味ったな、こんなに早く見つかるなんて!?心ちゃんともはぐれちゃったし、これからどうすれば…」

 

現在、夜の十時半過ぎ。場所は宿泊しているホテル内で俺は窮地に立たされていた。本来泊まる予定だった旅館が魔物の襲撃によって数日間営業不可能の状態になってしまったことで、観光協会側が手配してくれたホテルに泊まることになったのが騒動の発端である。そのホテルは偶然にもグリモアの生徒たちが泊まっているホテルであり、そしてつい先ほど一部の生徒と運悪く鉢合わせしてしまったのだ。当然、彼女たちは逃げる俺を追いかけてきて必死の追いかけっこが繰り広げられた。

今は物陰に隠れて何とかやり過ごしているけど…この間にも俺がここを訪れていることはどんどん知れ渡っているようで、状況は刻一刻と悪くなる一方だった。

 

「心ちゃん、心ちゃん聞こえる!?」

 

俺は以前手渡された小型通信機で彼女に連絡を試みる。幸いにも見つかったのは俺が単独の時だから、心ちゃんはまだ存在を確認されていないはずだ。この見知らぬ土地で上手く立ち回るにはまず彼女を安全な場所に避難させて、そこから上手く脱出ルートに乗せてもらうしか手はない!

 

「もしもし、お兄ちゃんどうしたの?何かさっきから部屋の外が騒がしいみたいだけど…」

 

「…っ!よかった、まだ心ちゃんは無事みたいだね。まず、落ち着いて聞いてね。俺、グリモアのみんなに今追われてるんだ!何とか撒きたいんだけどホテルの中が入り組んでて上手く逃げられそうにないみたい。心ちゃんは安全な場所に先に逃げて、出来れば脱出の手助けをしてくれると嬉しいかも」

 

「えっ?えっ?何かよく分かんないけど、とりあえず緊急事態ってことだよね。分かった!情報操作はお任せあれ、だよ!」

 

こんな非常時でもすぐに対応してくれる心ちゃん、なんて出来た大人だよ。すると、心ちゃんが流してくれたであろう誤情報によってすぐ近くを徘徊していた追手が別の場所に散って行った。これでかなり状況は好転するはずだ。出来ればこのままみんなが誤情報に惑わされてくれればいいんだけど……っ!?

 

「目標、発見……久しぶり、JCくん」

 

突然、背後から気配を感じて咄嗟に飛び退いた。振り返ると、そこにはまるで後ろから何かを抱きしめるような動作をしている卯衣ちゃんが佇んでいた。

 

「…そうか、俺と同じで君にはあぁいった類の魔法は効かないんだったね。やっぱり、俺を捕まえに来たの?」

 

「…捕まえる、のとは少し違う。私は取り戻しに来た……ほら、ぎゅってしてあげる。おいで?」

 

そう言いながら、俺に向かって両手を広げている卯衣ちゃん。捕まえるんじゃなくて取り戻しに来た……どういうことだ?

 

「それ、ジョークのつもり?少し見ない間に随分と人間らしくなったじゃん」

 

「冗談は、よく分からない。これは私の考え……私は、JCくんに帰って来てほしい」

 

胸の前できゅっと小さく拳を握ったまま、俺を見据えている卯衣ちゃん。彼女は普通の魔法使いとは根本的に違い、所謂“人造生命体”である為に人間にとって当たり前の感情を表現することが苦手だ。それ故に人間にとって当たり前である“嘘”が吐けないはず……だったら可能性は二つ。本当に俺を心配してくれているか、そういう命令を受けているのか?

 

「それは…君のマスターにそう言えって命令されたから?俺をあくまでも戦力として捉えてるから?」

 

「マスターにも、同じ質問をした。でも、答えは出なかった。鍵はJCくんが握っている、そう言っていた気がする……ねぇ、貴方が教えてくれる?」

 

卯衣ちゃんは俺の眼前まで距離を詰めて、俺の手を握ったまま懇願する。真っ直ぐに俺を見つめる卯衣ちゃんの艶やかな瞳には恐らく嘘偽りは無いんだろう。その端正な顔がほんの数センチまで迫り少しドキドキしてしまうが、その思いは彼女の異変と共に消え去った。

 

「あっ…」

 

急に全身の力が抜けたかのように倒れ込む卯衣ちゃん。突然の出来事に驚きつつも、俺は咄嗟に抱きとめて彼女の安否を確認する。

 

「卯衣ちゃん!?おい、大丈夫か!?呼吸が浅い……まさか、魔力切れか!どうして…」

 

彼女には絶対的な寿命が存在しない。例え身体を真っ二つに切断されたとしても、魔力さえ充分に補充できれば半永久的に活動できるというのが結希さんの見解だと聞いたことがある。だからこそ彼女自身活動中は魔力の節約を常に心掛け、無駄な行動はしないのだ。そんな彼女が一日一回の補充とメンテナンスを怠ることは、少なくとも俺が学園に居た頃は考えられなかった。

 

「…朝からずっとセンサーで、JCくんのことを探してた。これは私がしたいと思ったこと……それは決して無駄なことじゃない、でしょう?」

 

「だからって、倒れるまで探し続けるなんて……はっきり言って、大馬鹿野郎だよ!?」

 

「…それって、人間らしくなったって褒めてくれてるのかしら?だとしたら、とても嬉しいわ」

 

「…変なこと言ってないで、安静にしてるんだ。デバイス借りるよ?」

 

半ば叱責のような口調で言及してしまったが、儚げな笑顔を向けられた途端に何も言えなくなってしまった。そこには確かに一人の少女が居て、どういう理由があるにせよ俺の身を案じてくれていた。その事実が無性に嬉しかった。

途中、証拠写真を撮って添付する過程で何故か卯衣ちゃんから謎の指示をされて彼女を抱き抱える形でのツーショット写真を撮る羽目になったが、無事に結希さんへ魔力切れの為に卯衣ちゃんが活動不能になりかけている旨をメッセージで伝えた。きっとすぐに転校生くんを引き連れてここに来てしまうが、これで卯衣ちゃんの問題は解決するはずだ……あとは俺が抜け出せるかだな。俺は近くのソファに卯衣ちゃんを運び、着ていた上着を毛布の代わりとして掛けてあげる。

 

「もう少ししたら結希さんたちが来てくれるはずだ。悪いけど、それまで付き添ってあげる訳にはいかないんだ……俺はこんなところで訳も分からず殺されるつもりはないんだからな。俺を追いたければその時は好きにしなよ」

 

俺はそれだけを伝えてその場を去ろうとすると、背後から思いがけない言葉が聞こえてきた。

 

「…その先の非常階段、今は誰もいない。外に直接通じてるから、ホテル内の監視カメラにも映らない。そして、私は誰も見ていない」

 

それは彼女にとって初めての“嘘”だった。一体何故、何のために卯衣ちゃんを突き動かしたのか…ただ、それは俺にとっては正しく追い風と受け取れるものだ。俺の身勝手な行動に理解を示してくれた彼女には、気づけば感謝の心で満たされていた。

 

「…さんきゅ、卯衣ちゃん!」

 

俺は彼女に敬意を表して、学園時代と変わらぬ呼び名を口にした。現状、敵であるはずの彼女にそこまでの念を抱いたのには理由があったのかもしれない。いや、きっと心の奥底では何となく理解していたのかもしれない……学園生は“敵”ではないということを。

卯衣ちゃんの助言の通りに非常階段を駆け降りて一気に地上へ降り立つ。途中、通信機で心ちゃんに連絡を取り何とか合流を果たした俺は、予め心ちゃんが手配していた最終便の飛行機に乗り込んでそのまま沖縄を脱出し、難なく裏世界へ帰って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうやら学園生も落ち着きを取り戻したようね。良くも悪くも彼のことを噂する生徒は少なくなったのかしら…?」

 

沖縄から帰ってからの数日後、委員長から学園内の見回りを頼まれた私は生徒たちの様子を観察していた。魔物の襲撃から身を粉にして戦った生徒たちが十分に休息を取れているかを確認すると同時に、その夜突如として現れて再び消えたJCくんの行方を知る者が居ないかを調査するためだ。あの夜、突然ホテル内のカメラ類の一切が使用不可になったことから、外部から何らかの力が働いたとされている。それにこれは委員長にも報告していないことだけど、私はあの夜…一度JCくんに会っている。ならば何故報告しないかって?それは、この私があんな古典的なトリックに引っかかってみすみす彼を取り逃したなんて知られたら、私への信頼性は地の底まで落ちるでしょう。あぁ、今思い出すだけでも無性に腹が立ちます。少し考えればそんなことあるはずないのに。

 

「ノエルが複数のむさっ苦しい筋骨隆々の男たちに乱暴されてあられもない姿に……ですか。人の弱みに漬け込んだJCくんも褒められたものじゃないですが、それを嘘と見抜けなかった私も私ですね。それにしても他の生徒はとっくに私とノエルの仲は修復不可能だと見切りをつけているというのに、彼はそれでも私を騙せると分かっていたのでしょうか……んっ、あそこにいるのは?」

 

目線の先に見覚えのある人物が物陰から何か様子を伺っていることに気が付きます。あの挙動不審さは……間違いなくノエルですね。一体何をしようと考えているのかしら…?

 

「そんなところに居られると通行の邪魔なのですが?」

 

「…えっ?ぴゃああっ!?お、おおおお姉ちゃん!?ななな何で急に!?」

 

私の姿を見て恐らく三メートルは飛び退いたであろうノエル。いくら仲が良くないからってそんなに驚かなくてもいいじゃない…。

 

「風紀委員として校内を見回っているだけ。それより、貴女さっきからずっと挙動不審だったわね……もしかして、何か隠してるの?」

 

「えっ!?えぇ〜っと、それはその……う〜ん、お姉ちゃんになら話してもいいかな。じゃあ教えるけど、他の人には絶対秘密だよ?」

 

ノエルはそう言って、私だけに聞こえるようその内容を耳打ちしてきました。それを聞いた私は、思わず愕然としてしまいました。もしノエルの言うことが冗談でないならば、私は……いえ、私たち魔法使いはJCくんを罰しなければいけないからです。

 

「JCくんが…裏世界の双美 心と行動を共にしていた!?テロリストである彼女と…?」

 

どうやらこの世界全体が、彼の抹殺を今か今かと心待ちにしている……そんな雰囲気を感じ始めていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




【待ち受け】

「…ふふっ」

「卯衣、なんだかとても嬉しそうね。沖縄での一時は良いリフレッシュになったかしら?」

「あっ、マスター…はい、今までの活動時間の中で最も充実した時間を過ごすことが出来ました」

「そう…天も珍しく研究を止めて素直に休息を取っているみたい。恐らく、沖縄の気候にやられたのだと思うけど……これでお終いね。卯衣、定期検査は済んだわ。魔力切れの連絡を受けた時はかなり焦ったけど、大事に至らなくて良かったわ」

「はい…ご心配をお掛けして申し訳ありません」

「いいえ、貴女自身が考えて行動した結果だもの。責めたりなんかしないわ……ところで話は変わるけど、卯衣を保護した際に身体に掛けられていた上着は卯衣の物じゃないわよね。一体誰のかしら?」

「あっ…あれは、その…し、知りません」

「知らない?そう…誰かが寝ている貴女を見かねて掛けてくれたのかしら。データは全て取り終えたからもう部に戻っていいわ。お疲れ様」

「はい、失礼します…マスター」

「卯衣…あれで上手く隠せていると思ってるのね。それにあの表情と計測したデータ…主に感情面に大きな変化が出てるのね。学園に戻ってからデバイスを見る回数が格段に増えたと思っていたけど、何かあったのかしら…?」









「私とJCくんだけの世界……ふふふっ♪」


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第四拾弐話 契れ 魔法使い

【間ヶ岾の演説】

「…中々に集まっているな。今後は双美くんの力が借りられないと思うと心許ないが、幸運にも彼女が遺してくれた置き土産がある。さて、そろそろ始めるとしよう」





「皆さん、私は共生派政治団体“霧の護り手”日本支部代表の間ヶ岾 昭三です。本日はご多忙の中お集まり頂きありがとうございます。今日私が皆さんにお話ししたいことはただ一つ……“日本政府、いや国連が皆さんを騙している”という事実です!テロ組織キネティッカによって暴露された映像は偽物(フェイク)ではありません。人類は既に魔物による脅威を恐れる必要は無いのです!その証拠に我々は遂に魔物と意思疎通を図ることに成功しました。あちらをご覧下さい」

「うわぁああ!?ま、魔物だぁ!?」

「グリモアの生徒はいないの!?」

「…皆さん、どうか落ち着いて下さい。この魔物は私たちを襲うつもりはありません。こちらが攻撃する意思を示さなければ、決して襲われる心配は無いのです。ほら、このように……“後ろを向き、座り込むのだ”。どうでしょうか?あなた方の目にはどんな景色が見えていますか。そうです、魔物が私の言うことに従っている姿が見えるでしょう」

「…魔物は、俺たちを襲わないのか?」

「信じられない…」

「過去の経験から魔物を許し難いと思う方々もいるでしょう。ですが、現実に魔物は私たちの意思次第では共に生きていけると感じていただけたはずです!しかしながら、政府も国連もこの事実を知りながら未だに戦い続けて命を散らしている事実、決して見過ごすわけにはいかない。何故彼らはこの事実を公表しないのか、何故彼らは戦うことをやめないのか。理由は簡単です……彼らは戦うことで利益を生み出し、敵を作ることで民衆を抱き込み意のままに支配できると考えているのです!……むっ、警察が到着したか。そろそろ頃合いだな……皆さん、ご静聴ありがとうございました。皆さん1人1人がよき理解者となってくれることを切に願っております!」




「……あぁ、私だ。頃合いを見てあの魔物は霧散させておけ。私はこのまま退却する……途中、魔物の様子がおかしかった。旧科研の技術……この操作方法ではもう駄目なのか?」


間ヶ岾による突然の演説を受け、生徒会室にはあたしと薫子に加えて風紀委員長の水無月が集まっていた。とは言うもののクエストが発令されていない以上、学園としては勝手に現場へ出向く訳にはいかない……例えその場に魔物が同席していたとしてもだ。

 

「くっ……これは、どうすればいいんだ…」

 

「落ち着いてくだせー。生徒の長ともあろうアンタさんが慌てふためいてちゃ、後からくっついてくる生徒達に示しがつかないでしょ?もっと自信満々でいてもらわねーとですよ」

 

「うっ…た、確かにそうだな。すまない、取り乱した」

 

「…まぁ、だからといって状況から見てこっちが不利なのは変わりませんがね。とりあえずウチらとしては間ヶ岾が同様の活動を続ける間、どういう対策をとるべきか…それを決めましょ?」

 

水無月に促され、あたしも動揺していた気持ちを引き締める。駄目だ駄目だ!こんな弱気になっていては生徒達を守ることなど……守る、ことなど……うぅ。

 

「か、会長!?何故急に泣き始めたのですか!?このハンカチを使って下さい!」

 

「が、がおるご〜!!あだじはだいじょぶだぁ〜!!」

 

「はぁ…いや全然大丈夫じゃありませんから!涙とか鼻水やらでお顔がとんでもないことに……ほら、ちーんってして下さい!」

 

「これはもしかしなくても人に見せられる顔じゃねーですね。虎さん、情緒不安定過ぎるでしょ」

 

薫子や水無月に呆れられてしまったか……だが脳裏にJCのことを思い出してしまうと、平常心を保っていることが出来なくなってしまう。それはあたしの心が弱い所為なのか、はたまた別の理由があるのか…自分のことのはずなのに、まるで分からん。

 

「ですが、このタイミングで間ヶ岾が出張ってくれたのはある意味嬉しい誤算だったかもしれませんねー」

 

「嬉しい誤算…それはどういう意味ですか?」

 

水無月が含みのある笑みを浮かべたままそう口にする。あたしも薫子もその真意を理解していない…ということは、風紀委員の情報網か!

 

「いや実はですね、ウチの冬樹が沖縄でのホテル騒動の時に遭遇してるんですよ……行方不明の寝坊助さんに」

 

「JCさんにですか!?何ですぐに知らせてくれなかったんですか!!」

 

薫子が水無月に詰め寄るように問い詰める。だが、水無月が弁明するよりも先にその問いに答えた者がいた。

 

「それはJCくんがどちら側についたのかを知る必要があったから……そうだろう水無月くん?」

 

「遊佐…!例えそうだとしても、それがJCとどう繋がってくるんだ?」

 

いつの間にか部屋の中に入ってきていた遊佐が得意げに推察の根拠を話し始める。

 

「簡単なことだよ。沖縄で目撃されたJCくんは恐らく誰かと行動してるはず……それも兼ねてからずっと訴えていた“命の危険”の疑惑を持たない人物と一緒に。少なくとも僕たち学園生やIMFに対してはあまり良い印象は抱いてないだろうね」

 

「それでしたらパルチザンと行動している可能性の方が高くないですか?裏世界にいたのであればこちらで目撃情報が一切無かったことも納得できますし…」

 

「いや、それは無いでしょ。仮にパルチザンの誰かしらと一緒にいたのであれば通信の際にでも情報交換してくるんじゃねーですか。それに以前裏世界の桃世 ももに殺されかけたって聞いてますよ。普通、そんな相手の下に向かおうと思いますかね?」

 

「そうか…なら、一体誰と一緒にいるというんだ?パルチザン以外に裏世界の知り合いはいないはずだろう…」

 

「実はこの条件に合致する人物が一人だけいる。その人物の名前は……“双美 心”だ。恐らく彼女がJCくんを間ヶ岾から引き離して、同時にテロにも加担していたんだろう。尤もJCくんを手に入れた今も間ヶ岾のテロに加担しているかは甚だ疑問ではあるけどね」

 

遊佐の推理には並々ならぬ説得力を感じさせる。恐らく表には見せないが必死に考察の材料をかき集め、尋常じゃない程裏取りを繰り返した上での結論なのだろう。いつにも増してやけに自信たっぷりな顔をしているのはその証拠なんじゃないか?

すると、話の区切りをつける為か水無月がこれからの方針を打ち出した。

 

「とりあえず間ヶ岾のことは追って指示が出るまでは国軍と警察に任せるとして、まずはJCさんを保護するのが先決じゃねーです?そちらさんの推察が正しいなら、今は双美 心と一緒にいるんでしょ。どのみち間ヶ岾と双美 心が共謀している可能性が少しでもある以上、こちらとしても正当性は証明されますし」

 

「それについては僕も同意見かな。それにさっき仕入れた情報によると、フィンランドの始祖十家が近々来日予定らしい……恐らく今回の間ヶ岾の声明を受けて、いてもたってもいられなくなったんだろうさ」

 

「ちょ、それどこから盗んだんですか!ウチが知ったのだってついさっきなのに……あっ」

 

そう言いかけて何かに気づいた様子の水無月と逆に不敵に微笑んでいる遊佐。あたしには一体何のことやら…?

 

「…もしかして、お二人とも“執行部”からお聞きになったんですか?」

 

薫子が妙に怪訝な顔をしてそう漏らした。その言葉を受けてかつて我妻 梅が口にしていた執行部の黒い噂を思い出した。確か“まだ生徒を裏から操れると思ってるんだ”と言っていたな…まさか!

 

「執行部が以前よりJCの近辺を彷徨いていた…前にそう言っていたよな、遊佐!」

 

「えっ?あぁ…あの時はまだ状況証拠しか無かったから断定は出来なかったけど、今度はいけると思うよ。こっちにはJCくんのデバイスがあるからね、きっとその中に執行部とのやりとりの証拠があるはずだって宍戸くんが躍起になって解析してくれているよ。今回のこともあって改めて思ったけど、なんだかんだでいろんな人間に好かれているんだねぇ、彼は」

 

「当たり前ですっ!JCさんのことは“私”が育てたと言っても過言ではありませんから。彼が道を踏み外すことなく真っ直ぐ育つようにあらゆる手段を持ってして…」

 

遊佐がJCのことを褒めたはずなのに、何故か薫子が自分のことのように誇っていた。いや、生徒会で面倒見てたのは最初の何ヶ月かだけだったじゃないか。

 

「おや、そうでした?ウチがスカートを摘んで目の前でひらひら〜ってやってみせたら、思いっきりスカートの中ガン見してましたけど。それに以前JCさんの部屋に入った時には何やら如何わしいゲームが山のように積んであった記憶が…」

 

「……何ですって?」

 

か、薫子が微かに震えている…!こ、これは本気で怒っている時のやつだ!恐ろしくて顔を直視できん…。

 

「こらこら水無月くん。それじゃまるでJCくんが年中無休で女の子に興味があるみたいに聞こえるじゃないか」

 

「ウチはそんなこと言ってませんよー。実際に手ェ出さなければ全然問題ねーですし、聖人君子より多少女子にだらしない方が人間らしいじゃねーですか」

 

遊佐と水無月がJCを小馬鹿にするように軽口を叩く。当然、本心で言っている訳もなく言葉尻を捉えてただ巫山戯あっているだけなのだろうが、それを良しとしない者が意を唱えた。

 

「…か、彼はそんな自堕落な性格ではありません。確かに女性に対して少し甘々な所もあるかもしれませんが、根は真面目ですしどんな些細なことにも真摯に向き合ってくれます!」

 

薫子が必死にJCの肩を持つように弁明する。その様子がこれまた印象的だったのか、面食らっていた遊佐と水無月が互いに顔を見合わせて次第に笑い始めた。

 

「えっ…な、何ですか二人して…私は真面目に言ってるんですよ!」

 

二人の態度に困惑した様子を見せる薫子。だがそれは悪手で特にこの二人にとっては恰好の餌食でしかなかった。

 

「ふふっ…いや、君は本当にJCくんのことが好きなんだな〜と思っただけさ。水無月くんもそう感じたんだろう?」

 

「えぇ、そりゃもう。あそこまでハッキリ言われちゃうと聞いてるこっちが恥ずかしーくらいですよ。ごちそーさんです」

 

二人に揶揄われ次第に頬や耳、果ては顔全体まで赤く染め上げる薫子。自分の発した言葉の意味を後から理解したのか、半ば錯乱した様子で手をブンブン振って否定し始めた。

 

「んなっ……そ、そんなんじゃありませんよぉ!!ただ彼はよく誤解されがちな言動を取ることがあるので、しっかりと訂正しておかないと在らぬ疑いをかけられてしまうというだけで、あくまで友人として彼の身を案じているだけで……って、二人ともニヤニヤしないで下さいよっ!!もぉ〜!?」

 

普段は冷静で落ち着き払っている薫子の豹変ぶりが面白かったのか、引き続き結託して煽っている遊佐と水無月。それに対してあたしは何故か胸の内に騒つく感覚が芽生えていることに気がついた。薫子がJCに対して以前よりも前向きな感情を抱いていることは何となく理解しているし、JC自身も薫子に同様の感情を向けていることも知っている。あたしにとって大切な二人が良い関係性を築いていることに喜びを感じているし、友人として誇らしいことだ。でも、それなのに何故こんなにも気持ちが曇るんだ…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………っ!」

 

突然、思考の中に一瞬だけノイズが混じった感覚に襲われた。その際に思い描いたのは街中に突如出現した今まで見たこともないくらい巨大な魔物の姿。恐らく前に智花ちゃんが話していた悪夢の中の魔物と同じものかもしれない……確証はないけど、何となくそう思えた。

 

「…お兄ちゃん?どうかしたの……もしかしてお料理の味付け、間違ってた!?あぅ〜、心のバカバカァ〜!」

 

俺の横で何か盛大に勘違いしている心ちゃんのことは一旦置いておいて、俺は胸の内に発生した疑問を解消するためにある事を聞いた。

 

「ねぇ、心ちゃん……今日って“何月何日”?」

 

「んぇ?えっと、今日は……9月27日だよ。それがどうかしたの?」

 

パタパタとカレンダーの前へ走って行って俺に日付を教えてくれる心ちゃん。そうか…今日がその日だったか。原因が判明したおかげで胸の支えがさっぱり消え去った。

 

「……いや、なんでもない。ここは何も無い代わりに静かで過ごしやすいなって思っただけだよ」

 

「む〜…居心地良いのは心が居るからでしょ!こんなに可愛いレディーが尽くしてるんだから、もっと感謝してもいいんじゃないのかな!」

 

はぐらかされたのが不服だったのか、風のような勢いで近寄ってきて身を乗り出してくる心ちゃん。一体何を望んでいるんだろうか…。

 

「…具体的には?」

 

「うぇ!?そ、それは……もっと心のこと大事にしてほしいし、でもたまには強引に引っ張ってほしいし……そしたら、念願の赤ちゃんも……あはははっ!ダメダメ〜、心まだママになりたくな〜い♡」

 

そう言いながら、顔を手で覆って左右にブンブン振っている心ちゃん。言葉と行動が合致してないんだけど本心はどっち?

 

「そっか……なら、もっと心ちゃんに感謝の気持ちが伝わるように頑張らなきゃいけないな」

 

俺は未だご乱心中の心ちゃんを背後から優しく抱きしめる。突然の行動に心ちゃんは一瞬驚いたみたいだけど、すぐに落ち着きを取り戻してそっと俺の腕に両手を添えてきた。

 

「…もう、甘えん坊さんなんだから。大丈夫だよ、お兄ちゃんのことは心が絶対守ってあげるからね♪」

 

いつにも増して優しい声色で語りかける心ちゃん。歳上の余裕の中に子どもの頃から変わらない純粋さが垣間見えた気がするのは、俺の考え過ぎではないと思う。

 

「ありがとう……よしっ、色々スッキリしたしそろそろ寝ようかな」

 

「あっ、うん。じゃあベッドに行こっか?」

 

「……心ちゃん、俺はベッドに行こうかと思ってるけど君は何処に行くつもりなんだ?」

 

「へぇ?お兄ちゃんのベッドだけど」

 

「今すぐ自分の部屋に戻るんだ。分かったね?」

 

「やだやだ〜!心はお兄ちゃんを側で感じてないと安心して眠れないのぉ〜!お願ぁい〜♡」

 

「可愛く言っても駄目なものは駄目。食器とかは全部洗っておくから先にお風呂入ってきなよ」

 

「うぅ…お兄ちゃんのいじわるっ!いいもん……後でこっそり潜り込んじゃうから。お兄ちゃんの寝顔……くふふっ♪」

 

漸く諦めてくれたのか浴室に向かって歩いていった心ちゃん。全く、油断も隙もない…彼女は少し盲目的なところがあるようだ。

 

「さてと、今のうちに記憶の整理でもしておくかな。確か9月27日は第8次侵攻が発生した日だったよな……裏世界の結希さんから聞いたことだからまず間違いないはずだ。そして、その日には“ムサシ”が出る…パルチザンの話の通りなら裏世界の俺はムサシの混乱に乗じて何万人という犠牲者を生み出した戦犯、ということになるけどその日以降姿が確認されていないらしい。初めて裏世界に来た時、さらが俺を見つけたのが唯一の接触なんだとか。一体何処に行ったんだか……こっちの俺は」

 

洗剤で手洗いする食器とは裏腹に未だ解明されない想いはどんどん曇っていくばかりだった。

 

「あっ、そうだお兄ちゃん。シャンプー変えてみるから後で乾かしに来る時に感想教えてね……って、何で手で目隠ししてるの?」

 

「…分かったから、下着姿で歩き回らないで。色々見えちゃうから」

 

純粋すぎる彼女のおかげで深刻なムードは一転し、相も変わらずわちゃわちゃ騒ぎで気苦労絶えない。でも、この空気が俺はどうしようもなく好きでたまらない程この時間がずっと続けば良いことこの上ないと噛みしめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「雪白、里中も……無事でよかった。過去の風飛とはいえ大なり小なり自分の記憶と違うところがあるようだ。既に海老名が試みているんだが、二人にも過去の自分と話して違いを探ってもらいたい。頼めるか?」

 

「分かりました。裏世界のことはわたくしより風紀委員の神凪さんや何度も経験している転校生さんの方がお詳しいでしょうから。ですが、上手く聞き出せるでしょうか…?」

 

「んだべ。それにただでさえ昔のおら達は元気過ぎてとんでもねぇんだわ。神凪には悪いけど素直に言うこと聞くわけねぇべな。すねぐれやるけどあんまり期待せんでけろ」

 

「うっ…そうだな。難しいとは思うが何とか頑張ってくれ。ゲートの移動と違って霧の嵐はまたいつ巻き込まれるか分からないからな。なるべく短い時間内で頼む」

 

私から霧の嵐に巻き込まれた事情を聞いた雪白と里中は渋々ながらも過去の自分との対話を承諾してくれた。私が言うのもなんだが、表と裏では自分の歴史が同一でない可能性が大いにある。私の場合が特にそうだった。記憶から逸脱した育ち方をしているわけではないが、それにしたって臆病すぎる。確かに昔の私は今よりもずっと怖がりではあったが、大人の一挙一動に対して異常なほど敏感に反応するなんてことは無かったはずだ。一見些細なことだと見過ごしがちだが、後々大きな歴史改変に関わってくるかもしれないという報告を受けている。私と一緒に飛ばされた海老名は薄々気づいていたのか、いち早く状況を把握して警戒されないように過去の自分と話をしていた……私も見習わなくてはな。

 

「あっ、そういえば過去のわたくしに会った時のことなのですが…」

 

「むっ、どうした雪白。何か気になることがあるのか……というか、さっきまで羽織っていた上着はどうしたんだ?」

 

少し考え込んでいると、何か思い出したことがあるのか雪白が話しかけてきた。その際に何故か制服の上着を脱いだ状態で私の思考は混沌を極めていた。

 

「えぇ、その……どう言う理由なのかは分からないのですが、すごくグリモアの制服に興味を示しまして貸し出し中なんです。自分ではそんな趣味は無いつもりなのですが……これも関係あるのでしょうか?」

 

「あれまぁ、でったらそったらもんに。物珍しいってことなんだべか?」

 

「さぁ…本人にも明確な理由は分かっていないみたいです。ただ、すごく愛おしそうに抱きしめていて……もしかしたら何か特別な想いがあるのかもしれませんね。まぁ、私の考え過ぎかもしれませんが…」

 

「うむ…それはどうなんだろうか。過去の事例とは明らかに別だとは思うが何かの手がかりになるかもしれない。一応報告しておくから、二人とも引き続き宜しく頼むぞ」

 

私が発破をかけると、二人は過去の自分との会話を再開した。何が有力な情報に化けるかも分からないからな、報告出来ることはもれなく書き留めておこう。

そんなことを考えていると、離れて話をしていた海老名が帰ってきた。

 

「神凪さ〜ん。わたし、なんだかすごく重要なことを聞いてしまいましたわ〜」

 

「あらあら〜。わたし、なんだかすごく重要なことを教えてしまいましたわ〜。うふふ…」

 

「海老名と過去の海老名か……見た目だけでなく話し方までこうもそっくりとはな。それでその重要なこととは何なんだ?」

 

私がそう聞くと、海老名は周りに聞こえないようそっと耳打ちしてきた。その内容は私の予想の範疇を超えたとんでもないものだった。

 

「何……警察内部に共生派のテロリストと繋がっている者がいる、だと……!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆さん、今日もご協力頂きありがとうございます。今年になって殲滅派の勢いが増したことで共生派の活動が難しくなってきましたが、だからこそ我々は声を上げなければいけません。必要以上に戦わずとも近い将来、魔物の脅威は必ず消え去ります!戦いのために大切な生命を失ってはいけないのです!」

 

僕は間ヶ岾の暴走を止める為、自ら代表を務めるライフストリームの活動を盛り上げる街角演説を行なっていた。殲滅派の筆頭である神宮寺家の中で唯一の共生派思想である僕は、間ヶ岾の考えに共感し今まで行動を共にしてきた。その中でおよそ500年後のゲートを越えた世界では霧の魔物は完全に消滅し、同時に人類も歴史から抹消されたことを知った。未来で何があったのかは知らないが魔物が勝利したか人類が勝利したかは重要なことではなく、このまま争いを続けた未来の先に残るものは何も無いという事実が突きつけられただけだった。それを知っても尚、間ヶ岾は殲滅派に纏まりかけた人類に対して制御不能なはずの魔物を使役するパフォーマンスを披露し、再び人類を混乱に陥れようとしている。駄目だ……今の間ヶ岾は殲滅派でも共生派でもない。彼にとって人類など眼中に無いのだろう。

だったら僕が、彼を近くで見てきた僕が止めるしかない。

 

「あ、あの……こんにちは。えっと、神宮寺 光男さん……ですよね?」

 

背後から突然誰かに声をかけられる。振り返るとそこには何故かグリモアの制服に身を包んだ少女が立っていた。一瞬呆然としてしまったが、JGJと同じく殲滅派筆頭のグリモアの生徒である彼女がこの場にいる意味を理解してしまい、すぐに声を荒げた。

 

「君は、グリモアの……っ!ここは共生派団体の集会だぞ!?中にはグリモアに良い感情を持っていないメンバーもいる!すぐにここから離れるんだ!」

 

「えっ……でもうち神宮寺のお兄さんとお話したいなって…」

 

僕の言葉に困惑した様子の少女。更にその声を近くで聞いた共生派のメンバーが集まってきてしまった。

 

「神宮寺さん!グリモアの学園生が何故こんな所にいるんだ!?」

 

「まさか、俺たちの活動を妨害しに来たんじゃないのか!」

 

「何か企んでるなら俺たちが相手になるぞ…!」

 

「ち、ちょっと待ってよ!うちがそんなことするわけないじゃん!用があるのはこの人だけだっての!」

 

共生派のメンバーとグリモアの少女がもはや一触即発の雰囲気と化してしまいそうになり、僕は慌ててその間に割り込んだ。

 

「皆さん、やめて下さい!!僕たちは暴力に頼らず言葉で訴えることを誓ったはずです!すみませんが、今日のところはお引き取り下さい。そうですね……後日改めてアポイントを取ってもらえれば、時間を確保できるでしょう。僕の連絡先をお教えしますので、ぜひそちらにご連絡下さい」

 

「えっ……あっ、はい!ありがとうございます!やった〜!うふふ…」

 

話の折り合いをつける為に連絡先を交換すると、少女は満足そうに去っていった。危うく共生派のメンバーが暴力事件の当事者になるところだった……ここまで人間の心理状態が緊迫しているとは思っていなかったな。

 

「皆さん、これからも同じようなことがあるかもしれません。その時は今日のことを思い出して下さいね。我々は言葉で訴えるだけです、そこには理不尽な暴力は必要ありません」

 

「しかし神宮寺さん、奴等にはあまり良い噂は聞きませんよ。情報を秘匿して自分たちの都合の良いように事を運ぼうとしているんじゃないかって……中でも有力な説が“魔物と戦って死亡した生徒の存在を今も隠して、殲滅派の勢いが削がれないように工作している”とか」

 

その噂は何度か聞いたことがある。しかし、間ヶ岾と共に行動することを優先するあまり、いつしか頭の片隅に追いやったことで忘れてしまっていた。その時は殲滅派に対して波風を立てたいが為についた数多の嘘の中の一つだと思っていたけど……もしかして!

 

「あの、その噂が流れ始めた時期はいつ頃か分かりますか?」

 

「さぁ、正確な時期までは……でも、そこまで昔の話じゃないと思いますよ。多分今年中の何処かでしょう。それより、我々は引き続き活動を続けましょう」

 

共生派のメンバーから聞いた話を整理すると、噂が流れ始めた時期は丁度双美さんのところに“彼”が現れた時期と被る。まさかその死亡した生徒というのがその“彼”なのだろうか…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ろちゃ……こ…ろ…ちゃ……心ちゃん!」

 

「……っ!?あ、あれ?どうしたのお兄ちゃん、そんなに顔くっつけて」

 

少し考え事をしていると、いつの間にか目の前にお兄ちゃんの顔がいっぱいに広がっていた。でも、その顔はいつもの優しいお兄ちゃんじゃなくて、いつにも増して危機迫った様子に見えた。

 

「どうしたの…じゃないよ!何話しかけても全然反応ないし、もしかして何処か具合でも悪いんじゃないかって心配で……心ちゃんに何かあったら俺、どうにかなっちゃうよ」

 

「…そっか、でも全然そんなんじゃないよ。ちょっと考え事してただけ……心配してくれてありがとっ」

 

私はお兄ちゃんに愛おしさを感じて、お兄ちゃんのほっぺに軽くキスをする。すっごく恥ずかしいけどこれが私の気持ち……お兄ちゃんも顔を真っ赤にしてまんざらでもないみたい。こういうのを気持ちが通じ合ってるって言うのかな?

 

「んっ……もう心ちゃんったら。でも本当に辛くなったら言うんだよ?心ちゃん、気づいてないかもしれないけど最近ぼーっとする回数が増えてるからさ。丁度沖縄から帰ってきてからだったかな、なんか気になっちゃって…」

 

「お兄ちゃん……本当に大丈夫だよ、ちょっと昔のこと思い出しちゃっただけ。お兄ちゃんは心と初めて会った時のこと、憶えてる?」

 

私に問いかけられて思い出そうとするお兄ちゃん。うふふっ……考えてるところも何か可愛い♡

 

「…確か、街で迷子になってたら心ちゃんを追いかけてた人達と戦うことになって、その後俺と同じグリモアの学園生の所に連れて行ってくれたのが初めて会った時だったよね。あの時の心ちゃん、すっごい目をキラキラさせてたよね?」

 

「あ、あれはその……お兄ちゃんが強くてかっこよすぎるのがいけないんだよ?女の子なら自分を助けてくれた男の子のこと意識するのは当然なんだから」

 

お兄ちゃんに痛いところを突かれて少しそっけない態度をとってしまう。こんな時でも意地悪してくるんだもん、ちょっとくらい我儘になってもいいよね?

 

「でも、いきなりどうしたの?あの時のことと何か関係があるの?」

 

むぅ……ちゃっかり追及してくる。本当に真面目なんだから。分かったよ、ちょっとセンチな話になっちゃうけどお兄ちゃんには特別に教えてあげるね。

 

「……心のママとパパはね、所謂“共生派”っていう考え方だったの。でも心が魔法使いに覚醒したことを知った瞬間、心を殺そうとしたの。ずっと魔物と仲良くしなきゃ駄目だって言ってたけど、結局は魔法使いが憎くて仕方なかっただけだった。だから魔法使いになった心はもう家族じゃないって」

 

「それは……なんて言うか、その……あんまりだよな」

 

お兄ちゃんは苦悶の表情を浮かべて私の苦しみに共感しようとしている。でも、そんなことしなくてもう大丈夫なんだよって伝えなくちゃ。

 

「でもね、心は絶望しなかったよ。だって、その時にはもう心の気持ちはお兄ちゃんで埋め尽くされてたから。お兄ちゃんのことを頭の中に思い浮かべれば、どんなことだって頑張って乗り越えられたしこれからもずっと……心はお兄ちゃんと一緒にいたい。お兄ちゃんだけが心の“家族”になって…!」

 

「えっ……うわっ!?こ、心…ちゃん?」

 

私はどんどん昂る感情を抑えきれなくなって、お兄ちゃんの身体ごと押し倒してその上に跨った。お兄ちゃんはまだ状況が理解出来ていないのか顔を真っ赤にしたまま呆然としている。私もこうなったらもう後には引き下がれない……一線を越える準備はあの日お兄ちゃんを追い求めた時からとっくに出来ているから。

 

「ねぇ、お兄ちゃん……心と“家族”になってよ……駄目?」

 

多分、今ものすごく顔真っ赤になってると思うな…私。でも、ずっと前から望んでたことだもん。お兄ちゃんにとって相応しい大人の女になって、最高の状態で“初めて”を捧げるの……きっと今がその時だよね?

 

「あの、心ちゃん……俺、どうしたらいいのか分からないよ」

 

お兄ちゃんは精一杯声をあげる。この反応は……そっか、お兄ちゃんも“初めて”なんだ。ちゃんと守っててくれたんだね…。

 

「お兄ちゃんも心も、もう立派な大人なんだよ?だから“そういうこと”をしても全然おかしくないんだよ。心とお兄ちゃんが本当の家族になる為には絶対しなきゃいけないんだ。怖がらなくても大丈夫……心がちゃんとリードしてあげる。だから……しよ?」

 

ごめんね、お兄ちゃん……私はお兄ちゃんの弱い所を知ってるから、こういう言い方しか出来ないの。でも本当に嫌だったら、ちゃんと拒否していいんだからね?

 

「……下手くそでも、笑わないでよ?」

 

目線を逸らしてあくまでぶっきらぼうに言葉を漏らすお兄ちゃん。その言葉を聞いた私はもう溢れ出る情動を止められなかった。お兄ちゃんの唇に自身の唇を深く重ね合わせて、永遠とも錯覚するほど長い時間何度も何度も熱い口付けを交わす。お互いに火照った身体は人間の本能に突き動かされるように求め合い、次第にお兄ちゃんの“準備”も整っていた。

 

「うふふ……“こっち”のお兄ちゃんはもうやる気満々なんだね♡じゃあ心もそろそろ欲しくなってきちゃったから……ベッドに行こっか?」

 

私はお兄ちゃんの身体から退くと寝ていたお兄ちゃんの手を取って起き上がらせる。どんなに感情が昂っていてもやっぱり初めてはムードが大切なの。私だって怖くて不安でどうにかなりそうなんだから……でも、漸くお兄ちゃんと繋がれるんだからこれ以上の幸せって無いよね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……くっ、こんなに沢山の魔物が押し寄せてくるなんて……皆さん、落ち着いて行動して下さいっ!現在、国軍とグリモアの学園生が魔物と戦ってくれてます!今のうちに搬送用のヘリまで避難して下さい!」

 

それは突然の出来事だった。何の前触れもなくただ一報が届いた……“私の勤務する等々力総合病院の周囲が大量の魔物に攻め込まれている”と。最近風飛の街中によく魔物の大量発生が起こっているってニュースでも見たけど、まさか他県であるうちの病院が襲われるなんて思わなかった。ここは大きな病院だから入院してる患者さんの数も多いし、中には重病を患っている人も少なくない。自力で動くことができる人は既に避難誘導によって安全区域に逃げられたけど、まだ病院内には私たち医療従事者をはじめ自力じゃ逃げられない患者さんが大勢残っている。グリモアの学園生ってことは……JCくんも来てるのかな?んっ、あそこに誰かいる…?

 

「………ふふっ♪」

 

視線の先に一瞬、女の子の姿が見えた気がしたんだけど私の見間違いなのかな?でも、もし魔物に追われて迷い込んじゃったのならきっと怖い思いをしてるはずだよね……JCくんなら絶対見捨てない!

 

「ねぇ、君!待って!そっちは危ないよ……って、あれ?おかしいな。ここって一本道じゃなかったっけ?」

 

女の子が走っていった後を追いかける。でも、すぐにその姿を見失ってしまった。途中に別れた形跡はなく、まるで魔法によって消えてしまったようだった。

 

「だからって、ほっとけないよね。私だけがあの子に気づいたんだもん……何が何でも助けなきゃ!」

 

私は女の子の行方が分かるものがないか周囲を探す。すると、足元に何か落ちていることに気がついて拾い上げてみる。

 

「ペンダントだ。これは……月桂樹?何でだろう、すごく懐かしい気分……「嫌ぁああああっ!!誰か、助けてぇーっ!!」えっ、これさっきの子の悲鳴!?結構近いかも…!」

 

病院内の何処かからさっきの女の子の悲鳴が聞こえてきた。私は目に見える全ての扉に手をかけるけど、普段は使われていない病棟の所為なのかどれも施錠されていて開く気配がない。私は立ち止まって施設内の構造を頭に思い浮かべて、そしてある一つの結論に至った。

 

「この先って……そうだ、旧庭園!もしかしたらそこにいるかも!」

 

考えに至った私は通路の先にある旧庭園に向かってすぐに走り出した。あそこは普段から人の出入りが禁止されていたから、もし迷い込んだら誰にも気付かれない可能性だってある。早く保護しないと…!

初めて足を踏み入れた旧庭園……そこは表向きの大病院のイメージとは打って変わって少し薄暗く、でも天井に空いた空間から差し込んだ太陽の光によって神々しく照らされていて……まるで神様や妖精がいてもおかしくない雰囲気に包まれていた。そしてその光条の中心にあの女の子が横たわっていた……よかった、気を失ってるけど見たところどこも怪我してないみたい。

 

「とにかく急いで運ばないと……よいしょ!」

 

私は女の子を背負うともと来た道を戻る……その時、私の目の前に本来ここにいるべきじゃない人の姿があった。

 

「JC、くん?何でここに…」

 

「優子さん……今すぐその子から離れるんだ。でないと、取り返しのつかないことになる!」

 

久しぶりの再会なのにそれすら許さないほど、JCくんの表情は鬼気迫っていた。どうしたの?何でそんなに怖い顔するの…?

 

「JCくん、この子気を失ってるの!魔物に襲われて逃げてきたのかもしれないし、私ほっとけないよ!」

 

「違う、そうじゃないんだよ!今回の魔物の襲撃全てを指揮していたのはその子……いや“スレイヤー”!!お前の仕業だろうッ!!」

 

JCくんは背負っているこの子目掛けて駆け出し、そのまま大きく振りかぶって渾身のパンチを放った。あ、危ない…っ!?

 

「……っ!?うぐっ…!うわぁああああ!!?」

 

「…えっ?JCくんが、何で…!?」

 

私は目の前で起こったこと全てが信じられなかった。確かに攻撃を仕掛けたJCくんの拳は届くことなく、反対にJCくんの身体ごと吹き飛ばして壁に激突してしまった。この子がやったの……えっ、微笑ってる。

 

「……あ〜あ、折角楽しんでたのに厄介なのが出張ってくるんだもん。ボク、冷めちゃったよ」

 

私の顔の横で唐突に不機嫌そうに呟いた女の子。この子、ついさっきまで気絶してたはずなのにいつの間に起きたの!?

 

「ぐっ……優子さんから離れろッ!!」

 

JCくんは激しい痛みに耐えながら、一気に跳躍して私のもとに降り立つ。それと同時に女の子は私の背中から飛び退いて空中で一回転して着地すると、こっちに向かって不敵に微笑みを見せた。

 

「うわっと……へへっ♪結構やるね、“こっちのJACKAL(ジャッカル)”も」

 

「…ジャッカル?何のことだ?」

 

JCくんが私の前に立って庇うように手を添えてくれる。もう訳がわからないよ〜!あの子は一体何なの!?

 

「…あれ、ボク余計なこと言っちゃった?じゃあ今のは聞かなかったってことで一つよろしく」

 

「……ねぇ、JCくん。あの子って知り合いなの?」

 

「存在は前から知ってた。でも詳しくない……そういう関係だ」

 

むむっ!何その関係は…!?お姉さん的にはちょっと引っ掛かっちゃうよ、今の言い方は!

 

「うーん……今はキミの相手をしたくないんだよね。用があるのはそっちのお姉ちゃんの方だからさ」

 

「えっ……わ、私!?でも私、君のこと知らないよ?」

 

まさかの狙いは私!?何で!?さっきまであの子とJCくんだけの話だったじゃん!

 

「うん、そりゃ当然だよ。だってボクとお姉ちゃんが会うの、これが初めてだもん……よく知ってはいるけどね」

 

「まさか、魔物がここを襲ったのも……お前の差金か!」

 

「あら、てっきりそれを知ったからわざわざ裏から追ってきたんだと思ってたけど。どうせあのパソコンオタクの魔法使いから情報貰ってたんだろ?あっ…それとも致すことばっか考えてて忘れちゃったのかな?あははは!」

 

「…テメェ!!」

 

JCくんが怒りに任せて女の子に殴りかかる。でも、JCくんの拳が届く前に女の子の身体は煙のように消えてしまった。これも魔法、なの…?

 

「出て来い!!まだ近くにいるのは分かってるんだぞ!!」

 

大声をあげて叫ぶJCくん。すると、それを受けてなのかやけに気怠げな女の子の声だけが返ってきた。

 

《…あー、キミの緑の力でバレちゃうんだったね。でも引き上げるのは本当だよ……どうやら外の魔物たちはキミのお仲間たちが全部倒してしまったらしいからねぇ……あっ、“元”お仲間か。まぁいいや、どうせ今日は顔合わせだけのつもりだったし……そこのお姉ちゃんに忠告しておくよ。お姉ちゃんが生きている限り、お姉ちゃんのいるその場所が地獄になる。ボクがそうするからね……せいぜい恐怖に心を蝕まれないように強く生きるんだね。あははははッ!!》

 

そう言い残して女の子の気配は完全に消えてしまった。その事実に驚いていると、少し前まで女の子がいた場所を調べたJCくんが何か気づいた様子で戻ってきた。

 

「…幻術だな。それも最初から最後まで偽物に相手させられてたらしい」

 

「ねぇ、JCくん。私、これからどうしたらいいのかな……今回の病院の襲撃が本当に私の所為で巻き込まれただけなら、もうどんな顔して病院のみんなに会えばいいのか分かんないよ……うぅ」

 

私は堪えきれず泣き出してしまう。だって、私の大好きな病院が……大切な患者さんや先生たちが私の所為で怪我したり、怖い思いをしたんだ。それにあの子、私が生きている限り周りの人を含めて命を狙うって……それじゃあここに居られるわけない。

 

「魔物を操ることは不可能だ。だから今回の病院襲撃だってきっと偶発的に起こったんだろう。でもあのスレイヤーが優子さんを狙ってるのは本当だ。だから、今すぐここを離れるべきだと思う……どうしても不安ならグリモアに匿ってもらうしかない。一緒には行けないけど俺の名前を出せば少なくとも身の安全は確保してくれると思うよ」

 

「えっ……JCくんは?グリモアに戻らないの?」

 

今の言い方……もうグリモアに居ないみたいな感じだったよね。JCくん、何かあったの?

 

「……俺は、グリモアに命を狙われている。いや、狙われているかもしれないという言い方の方が正確かな。そういう疑いがあるってことなんだ……だから、グリモアには行けない。行ったら、殺されるかも」

 

「そんな……じゃあ、今まではどうやって生活してたの?何でそんなことになっちゃったの?ねぇ、教えてよ!」

 

私はたがが外れたように心の内から湧き出でくる不安や恐怖をJCくんにぶつけてしまう。人間ってこんなにも脆い生き物なんだ、1人じゃ生きて行けないよ…。

 

「私のお母さん、少し前に死んじゃったんだ。子どもの頃はすごく明るい性格だったのに……お父さんが事故で死んじゃって妹も行方不明になってそれからずっと2人で暮らしてきた。本当はずっと辛かったはずなのに、私の前では泣かなかった……でも、やっぱり孤独と恐怖には耐えられなかったんだ。それは私も同じ……JCくん、お願い。私を、1人にしないで……1人は嫌だよぉ…!」

 

私は堪らずJCくんにしがみついて離さないように腕を回す。図々しい女と思われてもいい、情けないと貶されてもいい。私はもう目の前の男の子に縋らなければ生きていけないんだ。

 

「……優子さん、顔を上げて」

 

JCくんがそっと私の頭に手を置いてそう促した。私を見つめる視線には悪戯っぽい笑顔も憐れんだ心もなく、ただ純粋に私の力になりたいと願うJCくんの強い眼差しがあった。

 

「一緒に行こう……俺が優子さんを守ってみせる。絶対に1人にしないから」

 

「…っ!JC、くん……うぅ、うわぁああああん…!!」

 

私の中で必死に抑え込めていた感情が一気に崩壊したのを感じた。多分、私が1番求めていた言葉だったんだと思う。大人なのにまるで子どもみたいに周りも気にせず大泣きしてしまった。でも、いいんだ……漸く答えが見つかったから。私の大好きな男の子がやっぱり私を救ってくれるヒーローだって分かったんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




【忘却の依頼】

「海老名せんぱ〜い。もしかして休憩ですか?私も休憩時間なのでご一緒したいです〜♪」

「…あら、ちひろちゃん。えぇ、いいわよ……はぁ…」

「あっ、また溜息〜!シャルロット先輩たちも海老名先輩が元気ない〜って心配してましたよぉ」

「…えっ、わたし溜息なんてついてた?いやだ、気づかなかったわ……」

「何か悩み事ですかぁ?よければわたしに話して下さいっ」

「…そうね、こういうのは誰かに聞いてもらった方がスッキリするかもしれないし。この前、私が霧の嵐に巻き込まれたのは知ってる?」

「えっと、過去に行ったってやつですよね?」

「うん、そう。それでね、わたしが小さい時のことを色々思い出してたんだけど、その頃に憧れてた人から何か頼まれてたんだけど、それがどうしても思い出せないの。連絡を取るにしても今どうしてるか、そもそもどこにいるかもわからないのに……向こうも急に連絡されてもわたしのこと覚えてないかもしれないし……って、考え始めると止まらなくなっちゃって」

「はぁ……あれぇ?分かった!その人って海老名先輩の恋人ですかぁ!?」

「…えっ?えぇ!?ち、ちがうわよ〜!その人、女性だし……でもそれに近いくらい憧れてはいたかしら。人懐っこくて誰とでもすぐお友達になってみんなを癒してくれる……そんな存在だったわ」

「へぇ〜……何かその人、先輩みたいですね。JCさんとは正反対かなぁ…」

「…えっ?どうしたの急に?」

「だってぇ先輩はみんなから頼りにされてるし〜、JCさんっていっつもムス〜っとしてて近寄りづらいって思われてて可哀想じゃないですかぁ!それでずっと学園を休んでるってみんな噂してますし……本当はすっごく可愛い笑顔なのにぃ!だから本当は今日の魔法祭、JCさんに図書委員のカフェを手伝ってもらいかったんですぅ!折角のイケメンフェイスが泣いてるって海老名先輩も思いますよねぇ?」

「えっ、えぇ……そうねぇ。確かにあの顔でニコニコ笑って接客したら、女の子はほっとかないでしょうけど……あっ」

「…海老名先輩?どうかしましたかぁ?」

「……そうだ、思い出したわ“頼まれごと”」

「本当ですかぁ!わたしにも教えてくださいよぉ」

「んふふ、それはダメよ〜。これはわたしと“アイダ”と……あの人との約束なんだから♪」

「え〜!何なんですか、それぇ!?いじわるしないで教えてくださいよぅ〜!?」





「“どうしようもなく不器用だけど優しい人、いつかあなたの前に現れる男の子を助けてあげて”か。多分あなたがそうなんですよね……JCさん♪」


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第四拾参話 伝える 魔法使い

【グリモアの運動会・借り物競走の惨劇】

参加者:
ローズ…水瀬 薫子
リリィ…シャルロット・ディオール
サンフラワー…桃世 もも

「さて、借り物競走の指定物はと………な、何ですか…これは!?」

「副会長さん、レース中につかぬことをお聞きするのですが……この“ラマン”というのは一体何のことを指しているのでしょう?私、まだ日本の文化に疎くて…」

「ディオールさんのお題もそのようなものなのですね…?これは、そのつまり……好きな人という意味だと…しかも殿方限定の…」

「……へっ!?ど、どうしましょう…私が愛するのは主のみ!仮にもその様な間柄の男性はおりませんし、かと言って主をこの場にお連れするなど未熟な私には不可能……一体どうすれば…?」

「私に聞かれても……ならばせめて“気になっている男の子”というニュアンスで捉えてみるのは如何でしょう?それならば該当する人物がいるのでは?」

「は、はぁ……ですが私にその様な感情を抱く人物は………あっ」

「…ディオールさん?急にお顔が真っ赤に…」

「なっ、何でもありません!見つかるかは分かりませんが、少し探してきます!それでは、失礼いたしますっ」

「あっ、ディオールさん!走って行ってしまいましたわ……上手く説明出来なかったのは私の落ち度ですわね…もっとしっかりしないと!んっ、あれはサンフラワーの桃世さん?何か困っているみたいですわね……生徒会として困っている生徒を見過ごせませんわ。桃世さん、何かお困りですか?」

「ひゃっ!?あっ、副会長さん……あの実は“好きな人”ってお題が出ちゃったんですけど…どうやって先輩の居場所を見つけようか迷ってて…」

「…あぁ、転校生さんのことですね。でしたらさっき運営本部のテントの所に居ましたわ。それでゴール出来ますわ、おめでとうございます〜」

「へっ!?ち、違いますよぉ!確かに先輩は素敵ですけど、でも違うんですっ!」

「……でも、今確かに先輩と言ったのは桃世さんでは…」

「あの、だからその……先輩は先輩なんですけど、そっちの先輩じゃないんです!その…あたしが、大好きな先輩は…」

「…?はて、そのような方グリモアにいらっしゃったかしら…?兎に角、私もディオールさんも恐らくゴール出来そうにないので、桃世さんがゴールして下さい。それでこのレースは終わりますから」

「そ、それどうゆうことですか?」

「あら、事前に説明を受けたでしょう?この借り物競走は2位以降の結果は公表されず、1位のみがその借りて来た内容を発表されるという一体誰が得するか分からないルールです。まぁ、私も人数合わせで参加させられたので知ったのはついさっきですが…」

「えぇ!?学園中のみんなに知られるのなんてぜ、絶対に嫌です〜っ!?」

「あっ、こら桃世さんお待ちなさい!あなたがゴールしないと私達が辱めを受けることになるのですから、ここは大人しく犠牲になって下さい〜!!」

「嫌です〜!!そんな恥ずかしい思いするならビリで良いですよぅ〜!!」

結果、水瀬 薫子と桃世 ももが借り物競走そっちのけで学園内にて追いかけっこを開始したため両者失格。シャルロット・ディオールに関してはなにを血迷ったのか学園外に逃走、本人曰く、指定されたものを探しに行っていたと弁明していたが、競技時間内に帰ってこなかったためこれも失格。よって、全くもって意味のない借り物競走の時間となってしまった。来年以降はこの競技自体を廃止する副会長の思念が逆巻いているとの噂。


「今日は〜お兄ちゃんの大好きな〜カレーの日〜♪心の料理で〜虜にしちゃう〜♪うふふっ♡」

 

私がいつにも増してご機嫌なのには幾つか理由がある。中でも最大の理由は何日か前に表世界へ行ってしまったお兄ちゃんが今日帰ってくるの!疲れて帰ってくるお兄ちゃんの為に大好きなカレーを用意して待ってるなんて、私ってばなんてできる女かしら!そしたら……この前の“続き” してもらえるかな?

 

「……ただいま」

 

あっ、噂をすればお兄ちゃんの影!むふふ〜、あとは煮込むだけっと……今、迎えに行くからね!

 

「お〜兄ちゃん、お帰り〜!心、ずぅ〜っと震えながら待ってた…よ……っ」

 

ぱたぱたと走って玄関に向かった私はそこで信じられない光景を目にした。何故ならそこにはお兄ちゃんと……もう一人私の知らない女が連れ添っていたから。

 

「ほら、優子さん……遠慮しないで上がってよ。心ちゃん、彼女は佐伯 優子さん。優子さん、彼女は双美 心ちゃん。お互いに挨拶して」

 

お兄ちゃんがいつもの淡白な口調でそう促してくる。むむむ……ちょっとだけ納得いかないけど、お兄ちゃんに頼まれたら嫌とは言えないよ。でもあくまで“表面上”は仲良くしてあげるだけなんだから。

 

「ふーん……私、心。よろしくね」

 

「あっ、こちらこそ宜しく。私は佐伯 優子です……って、あなたなんて格好してるの!?」

 

「…料理するんだから、エプロンするのは当然でしょ?」

 

「だ、だからって……それ“裸エプロン”じゃない!!せめて下着はつけておいてよ!」

 

「えー?それじゃお兄ちゃんが喜んでくれないもん。ねー、お兄ちゃん?」

 

「…えっ?あ、あぁ……まぁ、そうね」

 

お兄ちゃんが若干上の空状態で返事するけど、そんなの関係なし!お兄ちゃんも男の子だもんね〜。

 

「でしょ〜!心ってばお兄ちゃんと以心伝心だから、何も言わなくても好みが分かっちゃうの〜♪」

 

「で、でもでも!やっぱりこういうのは良くないと思う!だってほら、JCくんはまだ未成年だし教育上将来悪い影響を与えるかもしれないじゃん!?うん、お姉さん絶対そうだと思います。だから見ちゃ駄目なの〜!」

 

そう言いながら、両手でお兄ちゃんの目を塞ぐ目の前の女。ぐぬぬ……お兄ちゃんに密着しすぎ!ちゃっかりお兄ちゃんの背中におっぱい押しつけて誘惑してる!許すまじ…!

 

「あんたの意見なんてどーでもいいの!それに……お兄ちゃんは心の裸なんてもう見慣れちゃってるから全然問題ないもん。だよね、お兄ちゃん?」

 

「えっ!?ち、ちょっとJCくんどういうことなの?それって話が違う…!?」

 

ふふん、流石に動揺してるわね。所詮ぽっと出のあんたなんかとは経験も覚悟も違うのよ!長い間追い求めた末に漸く結ばれた私とお兄ちゃんの絆は切っても切れないんだから!

 

「…心ちゃん、早く服を着てくれ。別に俺は誰の身体も見慣れてなんかないし、寧ろ目の毒だよ。その間に俺は優子さんを空いてる部屋に案内しておくから、それが終わったら夕飯にしよう。優子さん、左に見える扉が優子さんの部屋になります。とりあえずこのまま目隠しした状態で俺をそこまで誘導してください」

 

「えっ?あっ、うん…分かった。じゃあまず靴脱いで……段差あるから足元、気をつけてね?」

 

そう言い残してお兄ちゃんはあの女に付き添われながら、空き部屋の中へ入って行った……な、何よあれ!?お兄ちゃん、私というものがありながら他の女にも手を出すなんて………はっ!まさか、あの女に何か弱みを握られてるんじゃ!?そうよ、きっとそうに違いないわ!じゃなければお兄ちゃんが私を放っておくはずないもん!おのれ……私のお兄ちゃんに手を出すなんて良い度胸してるじゃないの!!良いわ、その挑戦受けてあげる。あんたなんかより私の方がお兄ちゃんに愛されてるって証明してあげようじゃないの!

そう、これは……“戦争”よ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よいしょ…っと。はい、着いたよJCくん。じゃあ納得がいく説明をしてもらうわよ」

 

私は指定された部屋にJCくんを誘導すると、手で覆っていた目隠しを外してあげる。いきなり開けた視界に驚いているJCくんが、ちょっとだけ可愛かったのは内緒です。

 

「ありがとう……まぁ、そのなんて言うか……心ちゃんのことはあまり責めないであげてほしい。彼女は幼い頃、両親に命を狙われた経験から親しい人への接し方がよく分かっていないんだ。だから偏った知識や憶測に従って行動しがちで……決して悪気がある訳じゃないのは分かってほしい」

 

縮こまってまるで自分のことみたいに謝るJCくん。もう……そんな風に言われたら、私もあんまり怒れないじゃん。ずるいなぁ…。

 

「…でも、だったら私よりも彼女のことを守ってあげなくちゃ駄目だよ。だって私の所に来た時もあのおっきな門みたいなの通ってきたんだよね?さっきだって苦しそうに通ってたのに、わざわざ何時間もかけて来てくれたのに……ちょっとでも期待した私が馬鹿みたいじゃん」

 

そう、あの瞬間あの場所に来てくれたJCくんは私のことが好きだから……そう思っていたのに、実際にはあの心ちゃんという女の子がそばにいる。それはあの場に居合わせたのは偶然で意味はないことになってしまう。そう、全ては私の思い込みだったのね…。

 

「ごめん……確かにあの病院が襲撃されるって情報を聞いたから、俺は向かった。でも、俺が行こうと思ったのは優子さんが居るって知ってたからなんだ。俺、今は訳あって心ちゃん以外誰も信じられないけど……でも優子さんのことが頭に浮かんだ時、行かなきゃって思ったんだ。この気持ちは嘘じゃない……信じてはもらえないかもしれないけどさ」

 

苦笑しながら私から視線を逸らすJCくん。もう……この子はいつもそう。自分で勝手に決めつけて、答えも聞かずに完結させようとする。言って聞かせなきゃ分からないのなら、はっきり言ってやるわよ!

 

「私って、そんなに物分かり良くないし頭も悪いしおっちょこちょいだしいつも何か忘れるし失敗ばっかりだし!でもね、これだけははっきり分かるよ!私はJCくんのことが好き!だからあの時、JCくんが来てくれて本当に嬉しかった…!JCくんに想ってもらえる人間になれて良かったの!だって、そうじゃなきゃあの女の子に殺されてたもん……人知れず誰にも看取ってもらえないまま、孤独に飲み込まれてたと思う」

 

「優子、さん…」

 

私の独白を聞いて、じっと私を見据えているJCくん。大丈夫、私はいつだって君の味方なんだから。

 

「だから、ありがとうとごめんなさいが入り混じってるの。私を助けてくれたのは嬉しい、でもそのことでJCくんを悩ませちゃってるのは苦しい。だから、私はJCくんを信じるって決めたの!それじゃ、答えになってないかな?」

 

私が問いかけると、少し考え込んだ後に短く答えが返ってきた。

 

「…ありがとう、優子さん」

 

その言葉を聞いた瞬間、私は無意識のうちにJCくんに抱き着いていた。多くを語らなくても分かる、その証拠にJCくんも優しく私を抱き返してくれているから。

 

「じゃあ、ご飯食べに行こっか……あっ、それとJCくん」

 

「んっ、何かな?」

 

気を良くしたのか柔らかい口調で受け答えしてくれるJCくん。

 

「あの子と……“エッチ”したの?」

 

「……えっ」

 

途端にビクッと身体を硬直させるJCくん。無言は肯定と見做すわよ……正直に答えなさい。

 

「もう一度だけ聞くよ。あの子と“エッチ”したの?」

 

「………1回だけ」

 

ほ〜ら、やっぱりそうだ。あの距離の近さは男女の仲以外あり得ないもん。そっか…JCくん、初めてじゃないんだぁ。でも……1回なら、まだ許容範囲よね?

私は震えるJCくんの耳元で囁いた。

 

「(じゃあ、本気で悪いと思ってるなら……私とも“シテ”よね?)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「岸田眞吾が動いたようね」

 

「博士、ウィッチが活動を始めました。でも今回はダイヴの形跡はないみたいです……でもこの短調なコード、本当に彼女なの?」

 

グリモアの研究室では双美さんが電脳の魔法を使って、ウィッチこと裏世界の双美さんの痕跡を探っていた。その横でモニターを監視していた私は間ヶ岾の演説の最中に、彼の根強い支援者である警視庁副総監の実崎という男が今まさに霧の護り手(テロのメンバー)として告発された様子を眺めていた。これは転校生くん達が過去の風飛に飛ばされた際に、ハロウィンイベントに参加していた子ども時代の自分達が複数の大人に誘拐されかけた事案が発生したことが発端でもある。10年程前に実崎ら数名が実行犯となって発生した児童誘拐未遂事件が決定的な証拠となり、現代で告発・逮捕に至った。そして実崎から間ヶ岾、ウィッチを通してJCくんに辿り着くことが出来れば……今度こそ、私は間違えない。

 

「…っ!博士、ウィッチの反応が急激に低下します!このままじゃJCさんが!?」

 

「何ですって…!?どうにかして!このままだとまた逃げられる…!」

 

「わ、分かってます!せめてJCさんの居場所だけでも……!!」

 

感情的になった私の言葉を受けて、双美さんも必死にネットワークへ接続を試みる。お願い…届いて!

 

「ーーーっ!?かはっ…!はぁ…はぁ……ウィッチの反応、完全に消失しました。これ以上の追跡は不可能です」

 

「…っ!?JCくんの居所は!?」

 

必死の攻防を繰り広げた双美さんはすっかり憔悴しきっていた。でも彼女の表情は微笑みを浮かべていた。

 

「……えぇ、最後の最後に尻尾を掴ませてくれましたよ。これでウィッチのPCのGPS情報から場所を特定出来るはずです……うっ…!」

 

「っ!双美さん!?大丈夫!?」

 

言葉の途中で双美さんが目眩を起こしたように床に座り込む。彼女の魔法の負担がこんなにも大きなものだったなんて……。

 

「すみません……やはり10年の差は簡単に埋められるものではないですね。今の私ではこれが精一杯でした……データは既に博士の方にも送信済みですし、遊佐さんの“電子の妖精”に協力を仰げれば必ずJCさんを見つけられるはずです……申し訳ありませんが、私はこれ以上の協力は出来そうにありません…」

 

「…何を言うの、これだけの成果を挙げられたなら充分過ぎるくらいよ。後のことは私に任せて、双美さんは身体を休めてちょうだい。卯衣、双美さんを保健室まで送ってあげて」

 

「分かりました。双美さん、行きましょう」

 

「…保健室なんて大袈裟ですよ、自分の部屋で少し寝ればすぐ元気になりますから。立華さん、私の部屋にお願いします」

 

「…そう?分かったわ」

 

卯衣が双美さんに肩を貸して寄り添いながら研究室を後にする。その間に私は双美さんの助言の通り、遊佐 鳴子に連絡を入れて協力を仰ぐ。彼女は予期していたのか数コール目で応答してくれた。

 

《やぁ、宍戸くん。そろそろ連絡してくる頃だと思ってたよ。要件は分かってる……JCくんを取り戻すために僕の“電子の妖精”が必要なんだろう?》

 

「…どうしてそこまで知ってるのかはこの際気にしないわ、話が早くて助かるから。双美さんの力が借りられない以上、JCくんに辿り着くかは私達に掛かっているわ」

 

《そうか……フッ、望むところさ。以前の僕と同じではないということを見せてあげるよ》

 

「そう。なら、すぐ研究室に来てもらえるかしら?今度こそJCくんを取り戻すわよ」

 

《了解だよ。年末には裏世界探索も控えているみたいだからね。僕たちが霧に打ち勝つには彼の協力が不可欠だ……というのは建前で、本音は今すぐJCくんに逢いたいだけなんだけどね》

 

私が強く念を押すと、デバイス越しでも分かる程に彼女は自信に満ち溢れていた。普段私情を感じさせない彼女がここまで意気込む理由は……もしかして私と同じなのかしら?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…あら、意外と早かったわね……っ!!」

 

「……心ちゃん?どうかしたの?」

 

優子さんが一緒に住み始めてから数日後、ほんのついさっきまで優子さんと熱烈な口喧嘩(キャットファイト)(どっちの方が俺のことを愛してるか語り尽くそうという局所的な争い)を繰り広げていた心ちゃんが、不意にノートPCに視線を向けて小さく呟いた後、急に何かのデータに釘付けになる。普段からそういう姿を見ているから何ら不思議なことはないんだけど、妙に真剣な眼差しは俺の心の中に違和感を覚えさせるのには充分だった。

 

「あっ…ううん、何でもないよ〜……って!?ちょっとあんた、心が画面見てる間に何お兄ちゃんに抱き着いてるの!?お兄ちゃんは心のなんだからあっち行ってよ!!」

 

「ふっふ〜ん!戦いの最中に獲物から目を離すからいけないんだぞ〜!JCくん、心ちゃんは忙しいみたいだから一緒に私の部屋に行こ?」

 

「あ〜!!だ、駄目だよぉ!そんなの許さないんだからっ!お兄ちゃん、心のお部屋に行こうよ!?」

 

前から心ちゃん、後ろから優子さんに抱き着かれる形で俺の身体は別々の方向に引っ張られる。思っていたのとは大分違うけど、両手に花とはこういうことを言うのだろうか?尤もこんな終末的な愛情表現しか出来ない3人が集まって羨ましがられることも無いか……お互いに共依存の関係だもんな。

 

「ちょっと待って。それはそれとして……心ちゃん、何か言いたいことがあるんだよね?隠し事は良くないよ」

 

「うっ……そ、そんなことないよぉ?心は別に隠し事なんて……」

 

俺が言及すると、さっきまでの元気っぷりが嘘みたいに無くなって狼狽する心ちゃん。それは優子さんも感じた様で、背後から俺の肩に顔をちょこんと乗せたまま心ちゃんを諭していた。

 

「心ちゃん、JCくんはこうなったら話すまで諦めないよ?ここは素直になったほうがお互いのためだと思うなぁ」

 

「む、むぅ……2人とも、何か意地悪だよぉ!本当に何でもないのっ!何でもないったら何でもないんだから〜!?」

 

心ちゃんは明らかに何かを隠した様子で逃げる様に自分の部屋に行ってしまった。何か不味いことになってなければ良いんだけど……そんなことを考えていると、俺の心情を察したのか優子さんが思いがけない言葉を投げかけてきた。

 

「…行かなくていいの?心ちゃんはJCくんの大切な人なんでしょ?だったら困ってる時は考えるよりまず手を差し伸べる!私の時もそうしてくれたじゃない…ね♪」

 

「優子さん……ごめん。少し心ちゃんに時間割いちゃうけど、絶対解決してみせるから!」

 

俺は優子さんの後押しを受けて、すぐに心ちゃんの部屋へ向かった。

 

「心ちゃん、中に居るんだろう?さっきのはちょっとやり過ぎだったよ、反省してる。でも心ちゃんの助けになりたいのは本当なんだ!君が何か困ってるのなら、俺は力になりたい!そのためにもまずは話を聞かせてくれないかな…?」

 

扉越しに心ちゃんに向けて言葉を投げかけてみる。返事してくれるまでは無理に部屋に押し入る様なことはしたくない。力で強引に話をつけることは簡単だけど、それじゃ根本的な解決にはならないことを知っているからだ。暫く部屋の前で待っていると、鍵の開いた音が聞こえてゆっくりと開かずの扉が開いた。よかった……扉の前で歌とか踊りとかやらずに済んで。

 

「………お兄ちゃん、1人?」

 

静かに顔を覗かせてこっちの様子を伺っている心ちゃん。そんなに聞かれて困る話なのか?

 

「うん、そうだよ。話してくれる気になった?」

 

「……分かった、じゃあ部屋に入って。先に言っておくけど、凄く重要な話だからびっくりしないでね?」

 

「えっ……あっ、あぁ……」

 

普段は見せない真剣な表情で念を押されて、思わず身震いしてしまった。直感だけど、今からとてつもないことを聞かされるような気がする。俺はぐっと一息飲んで、心ちゃんの部屋の中に備えてあるテーブルの前へと足を運んで座り込む。程なくして対面に座った心ちゃんがお茶を用意してくれて俺に差し出す。そして自分の分を一気にぐいっと飲み干すと、意を決したように話し始めた。

 

「結論から言うとね……お兄ちゃんがここに居ることがバレた。だからすぐにここを出ないといけないの」

 

「なっ…!?どうして、そんなまさか……もしかして、この間の優子さんを狙ってたスレイヤーに…」

 

「あっ、ううん違うの……バレたのはそっちじゃなくて、グリモアのほう。心の“子機”を人に貸してたんだけど、それをお兄ちゃんの方の心が見つけちゃったみたいなの。その子機って親元の心のPCと魔法でリンクしてるから芋づる式に辿られたみたい」

 

グリモアが心ちゃん、ひいては俺の居場所を突き止めた。記憶が間違っていなければ、心ちゃんは霧の護り手として指名手配されていて、未だに俺も命を狙われているはず……遅かれ早かれここを棄てる以外に選択肢は残されていないという訳か。俺はその考えをぐっと押さえ込むように心ちゃんから差し出されたお茶を口に含む。

 

「でも、スレイヤーの方も全く心配無いとは言えないんだよね。だから心から提案があるの」

 

「……提案?それってどんな…」

 

俺はそう口では言っておきながら、内心それ以上の言葉を聞きたくなかった。何故ならもう心ちゃんの気持ちや考えが一筋の涙として彼女の表情に伝ってしまっていたからだ。

 

「……心がお兄ちゃんとお別れすれば良いんだよ。心だけが悪者ってことにすればグリモアはお兄ちゃんを守ってくれるし、きっとあの子も一緒に保護してくれるから。心はこっちで数え切れないくらい人を殺しちゃったから良くても終身刑だし、それに……結局どれだけネットワークにアクセスしても肝心の“お兄ちゃんをグリモアが殺した”って証拠が出ないの!じゃあ、心は今まで何のために……」

 

「な、何だよそれ……第一、君が最初に言ったんじゃないか!?グリモアが俺を殺した、その犯人を知っているって」

 

俺が責める様な口調で心ちゃんに追及しかけたその時、心ちゃんは今までにないくらい激昂した様子で声を荒げた。

 

「だから!その証拠が出なかったの!!心が知ってるのはこっちのグリモアがお兄ちゃんの遺体をどこかに遺棄したってことだけで、肝心の犯人が誰とかどうやって殺したとかは全然分からなくて、だからとりあえず分かってる“グリモアが犯人”って前提だけで調べてたの。でもいくら調べても犯人分かんないし、お兄ちゃんのデバイスに仕込んだ盗聴器から向こうのグリモアの魔法使いも確実に潔白って証明されちゃったし……もう最悪だよ……うぅ…」

 

心ちゃんは大粒の涙を流して独白を続ける。そうか……今まで俺に誰が犯人か教えなかったのは本当に知らなかったからなのか。それにグリモアのみんなが犯人じゃないと聞いて……俺は心の底から安堵してしまっていた。あれだけグリモアのみんなが犯人だと啖呵きっていたのに実は疑いが晴れて嬉しいと感じているのは矛盾しているか……何だろう、急に意識が遠のいてきた…?視界が霞んで見える……?

 

「…そうだとしても、心ちゃんだけを犠牲にするなんて俺は絶対に嫌だ。もし心ちゃんの言ったことが正しいのなら、優子さんだけでも、保護してもらって……俺も同じ罰を受け……うぅ、受け…るか、ら……あぁ…」

 

遂に耐え切れなくなった俺は、言葉の途中でテーブルに倒れ込んでしまった。そのすぐ後に頭に柔らかい感触と甘い匂いが俺を包み込んだ。

 

「…お兄ちゃんってばタフ過ぎるよ。ほとんど致死量の睡眠薬を溶かしたお茶飲み干してるのに、全然おねんねしてくれないんだもん。お兄ちゃんって魔法以外も強いんだね。後は心が何とかするから、ちゃんとみんなに謝るんだよ?………ぐすっ、じゃあね……お兄ちゃん…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……くん……Cく……JCくん!……起きて、起きてよぉ……」

 

微睡む意識の中、誰かが俺を名前を呼んでる気がする……あれっ、俺なんで倒れてたんだっけ?確か心ちゃんと話をしてて、それでそのまま……そうか、俺は心ちゃんの策略にまんまと嵌められたのか。漸く覚醒してきたのか、ゆっくり目を開けるとそこには涙で顔を濡らした優子さんが俺を見据えていた。

 

「…優子、さん?」

 

「…っ!JCくん……よかったぁ!部屋の外から何度も声掛けたのに全然返事なくて、心ちゃんも急に荷物持って出てっちゃったし……何かあったのかなってこっち来たら、いきなり倒れてるんだもん。そりゃそうだよ、致死量の睡眠薬の入れられてた袋の中身がごっそり消えてたんだから!?」

 

優子さんは俺が倒れた後の状況を詳しく教えてくれる。心ちゃんもすぐに出て行ったってことは、初めから俺が認めないことを予測していた上で尚且つ睡眠薬を盛ったのだろう。例え普通の人間なら致死量でも俺なら耐えられると踏んだのか。だったら、すぐに心ちゃんの後を追わないと取り返しのつかないことになる…!!

 

「優子さん、すぐに心ちゃんの所に行かないと…!じゃないと、心ちゃんは全ての罪を被って死ぬつもりなんだ!!」

 

「えぇ…!?で、でも行き先も何も言わずに出てっちゃったし、もう1時間以上経ってるからどこ探したら……!?」

 

「…大丈夫、今見つけるから……ハッ!!」

 

俺は緑の力を発現させて、心ちゃんの足跡を辿る。これは……ゲートに向かったのか?でも、何でわざわざ表世界に………まさか、心ちゃんが前に話してくれた場所に居るんじゃ…!!

 

「優子さん、すぐに支度するからいつでも出られる様にして!向こうに戻らないと……心ちゃんを死なせてたまるか…あの子は俺が……俺が守らなきゃいけないんだっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……くっ!あぅ…!?やっぱり、今の私じゃ勝てなかった……これで、良かったんだよね……うっ!?頭が、割れる…!?お兄ちゃんのこと、もうじき思い出せなくなっちゃうんだ……また、ひとりぼっちになるの?」

 

私はお兄ちゃんをグリモアに保護してもらうため、グリモアにいる過去の自分に向けて電脳空間を創り出して、そこで決着をつけることを望んだ。その結果、私は過去の私に……しかも今までで一番負けたくない、負けちゃいけないと意気込んで臨んだ戦いに敗れた。勿論、普段の私ならあんな小娘同然の過去の自分に負けるはずはなかった。でも、少し前から感じていた異変が遂に私の身体を蝕み始めたのか、電脳の魔法が突然使えなくなったことで攻撃手段を失った私は見るも無惨なまでに叩き潰されてしまったわけ。それに私の魔法は特別で、例え電脳空間でのダメージだろうとその痛みはしっかりと現実の肉体にフィードバックされてしまうの。最後の最後に電脳空間の中で頭を吹き飛ばされた私は……ふふふ。でもね、私全然悔しくないの。だって魔法が使えなくなったってことは私の一世一代の“賭け”に勝ったことを意味していたんだから……って、言ってることと思ってることが違い過ぎて、向こうの私のこと笑えないわね。

 

「…でも、お兄ちゃんの命を守るためならグリモアに恩を売るくらいなんてことないよね。多分向こうの私なら送ったデータ、気づいてくれるかな?」

 

私は自分を鼓舞するように言葉を並べる。でも、現実の孤独感からなのか段々と視界が霞んできた……あ、あれ?何でなんだろ……頑張って泣かないって決めたのに…。

 

「…どうして……これでお兄ちゃんを助けられるって、だからそれまで泣かないって…決めたんじゃん………ぐすっ、嫌だよ………死にたくないよぉ……助けてよぉ…お兄ちゃん…!」

 

気づけばお兄ちゃんの名前を呼んでる自分がいた。だってしょうがないじゃん……お兄ちゃんのこと、自分でもどうしようもないくらい好きなんだもん。お兄ちゃんのことを薬で引き止めたのは私の提案を否定するって分かってたから、でもそれよりもお兄ちゃんの顔を見たら折角の私の決心が揺らいでしまいそうだったのが一番の理由なのは秘密。だから行き先も告げずに急いで行動を起こした。いくらお兄ちゃんでもまさか私が表世界の科研にいるなんて思わないよね……でも、私の最期の我儘を許してくれるなら………ほら、やっぱり来てくれた。

 

「心ちゃん…!!やっぱりここにいたんだ」

 

「…っ!?お、お兄ちゃん……お兄ちゃん…!やっぱりお兄ちゃんは、心の願いを叶えてくれる魔法使いなんだね……えへへ…」

 

一体どんな魔法を使ったのか分からないけど、お兄ちゃんとはやっぱり気持ちが繋がってるんだね。そんな喜びを伝えたくて持てる力を出してお兄ちゃんに笑いかけるけど、もうどんなに頑張っても力無い笑顔になってしまった上にそのまま身体ごと倒れてしまった。でも、床にぶつかる直前にお兄ちゃんが抱きとめてくれた……お兄ちゃんの腕の中、すごくあったかいんだね。

 

「これ以上喋っちゃ駄目だ!!あぁ…頭から、こんなに血が……何で、何でこんな無茶なことを……う、うぅ…!」

 

「…当然だよ、電脳空間の中とはいえ……頭、砕かれちゃったから……心ね、多分もう助からないけど……これ、お兄ちゃんに渡しておかなきゃ…」

 

お兄ちゃんは悲痛な表情で涙を流して私に言葉を投げかけてくれる。もぅ……こんな血まみれで死に損ないの姿なんかお兄ちゃんに見せたくなかったのに、だからわざわざ眠らせたんだよ?やっぱりお兄ちゃんは乙女心、分かってないなぁ。でも、ちゃんと来てくれたから……最期にサービスしてあげるね。

 

「…な、何なの、このUSBメモリは…?」

 

「…ふふっ。それの中には、心が一生懸命集めた“お兄ちゃんのデータ”が入ってるの。だから、もし他の誰かにその中身を知られたら……世界中が大変なことになっちゃうから、もう一つだけ保険をかけておくね…」

 

私はお兄ちゃんに手渡したUSBメモリに、持てる力を振り絞って最期の魔法をかける……これでもう、思い残すことはないかな…?

 

「…よしっ、これでデータを見る時に、お兄ちゃんの声紋認証が必要になった。最低限だけど、セキュリティは保たれると思う……ねぇ、お兄ちゃん。心ね、今すっごい幸せな気持ちでいっぱいなんだ…」

 

「な、なに言ってるんだ…?今、優子さんが救急車を呼んでるから、もう少しだけ頑張るんだ…!こんな所で死ぬなんて、俺は許さないぞ!?」

 

必死の形相で私に叫ぶお兄ちゃん。もう本当に真っ直ぐ過ぎるんだからなぁ……折角、悪者になってあげるんだからそれなりの追い出し方をしてくれないと……してくれなきゃ駄目じゃん…!聞き分けの悪いお兄ちゃんには……こうしてあげる。

 

「んっ…!?んんっ、んちゅ…ちぅ……ぷはぁ…!こ、心ちゃん…いきなり、何を…!?」

 

「…何って、大人のキスだよぉ……恥ずかしいんだから、言わせないで…!次、お兄ちゃんの番……んっ」

 

私は目を閉じてお兄ちゃんからの“お返し"を必死にせがむ。もう体力的にこれが最期の会話だよね……悪党だってせめて最期くらい、大好きな人に看取られて逝きたいと思うのはいけなくないよね…?

 

「…馬鹿野郎だよ、それくらい……いくらでも、何度でもしてやる…だから、だから死ぬな…!!」

 

お兄ちゃんはそう言って強引に私の唇を奪う様に深いキスをしてくれる……お兄ちゃん、がっつき過ぎだよぅ。それじゃ2人とも息が出来ないじゃん……でも、すっごく幸せ♪いつも私からしかけしかけなかったのに、今はお兄ちゃんの方から積極的に求めてくれてるんだもん。お互いの感触を確かめ合うように長い時間触れて、どちらからともなくそっと離す。お兄ちゃんの悲哀と熱情が入り混じった顔を見つめながら、私は最期に伝えたいことを口にした。

 

「世界で一番……大好きだよ……心の、お兄ちゃん…♡」

 

「…っ!?こ、心ちゃん…?おい、目覚ませよ!?駄目だ…死んじゃ駄目だ…っ!!頼む、頼むから死なないでくれ……っ!なぁ、心ちゃ……くっ、うぐぅ……!?うぅ…うぅぁあああああああっ!!?」

 

不思議なことに絶命するほんの一瞬だけ、お兄ちゃんの声が聞こえた。これは誰かの魔法なのか、もしかしたら神様の粋な計らいなのか……多分、聞こえないと思うけど最期にお別れを言うね。

バイバイ、お兄ちゃん……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




【魔女の遺産】
ウィッチと交戦した私達は、戦闘中にウィッチが双美さんに送りつけた何らかのデータを元に指定された場所へ向かった。そこは以前、霧の護り手によって襲撃されて以来封鎖されていた科研だった。何故彼女がここを指定してきたのか始めは理解出来なかったけど、実際に向かってその理由が判明した。私を始めとする捜索隊のメンバーが到着した時、施設の深部にてウィッチの遺体を抱き抱えたまま悲しみに暮れているJCくんと、そのすぐ側でじっと2人を見守っている女性を発見。ウィッチは死に際に2人の居場所を教えてくれたのかしら…?それにしても私達がウィッチとの戦闘中に見た彼女の異変は何だったのかしら?途中から明らかに魔法が使えなくなっていた様に見えたのだけれど、魔力の枯渇が原因ではなさそうだった……兎に角、今は無事だったJCくんと女性を連れて帰らないと。学園に帰ったら、JCくんに今までの無礼な態度を謝らないといけないわね……そしたらもう一度、私を結希さんと呼んでくれるかしら…?


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第四拾四話 繋ぐ 魔法使い

【佐伯 優子の決意】

心ちゃんも亡くなってしまって、きっとJCくんも絶望してるはず。こんな時、私が出来ることは何だろう?今、何か声を掛けたらかえって傷つけてしまうように思えて……グリモアに保護されたのはいいけど、それで喜んでるのは私だけだよね。JCくんは内心苦しんでるはずだよ…だったら、私が側に居てあげないと…!
あれ、今どこからか鈴の音が聞こえた…?気のせいかな…?



「………検査の結果、あなたの健康状態におかしな所は無いみたいね。お疲れ様、もう身体を起こしていいわよ」

 

「そうか……まぁ、病院でも検査されたから分かってはいたが。何の断りも無しに起きしなにこっちでも検査検査…いい加減にしてくれって感じだ」

 

数日後グリモア内の結希さんの研究室に備えてある検査台の上で、検査を終えた俺はゆっくりと身体を起こしながら軽く悪態をつく。疑いが晴れたとはいえどう接して良いのか分からず、それはまた向こうも同じらしく学園に戻ってから会った生徒の何人かは俺に話しかけることすら躊躇っている様に見えた。きっと結希さんも他の生徒と一緒か或いは俺のデータが目的なのだろうと勘繰っていたが、意外にもその考えは彼女の弱々しい態度と言葉によって打ち砕かれることになる。

 

「あっ……ごめんなさい、気を悪くしたのなら謝るわ。この話し方が誤解を招くのね……信じてはもらえないかもしれないけど、私はあなたのことを心配しているの」

 

結希さんの意外な反応を受けて思わず“そりゃ貴重なサンプルが脱走したら研究に支障をきたすだろうからな”という言葉が出かかったが、どういう訳か言ってはいけない衝動に駆られぐっと堪える。少なくとも心ちゃんからグリモアの疑惑が晴れたことを教えられなければ迷わず言い放っていただろうに。

すると、唐突に研究室のドアが開いて誰かが入ってきた。少し気にはなったけどそれよりも早く検査のために脱いだ上着を着なきゃだな。グリモアに在籍する生徒の大半は女子生徒だ、そこに上半身裸の男がいたら顰蹙を買うこと間違い無しだもんな。

 

「博士、おはようございます」

 

「おはよう。今日は何か研究の手伝いを頼んでいたかしら…?」

 

背を向けているから声しか聞こえないが、当人の声色からどうやら結希さんの手伝いに来た訳ではないようだ。

 

「いえ、そうではなくてですね。実はJCさんがこちらに居ると聞きまして、何と言いますか……私、もなのですが“心ちゃん”がどうしても彼と話したいと言ってまして」

 

「そう…JCくんならさっき検査を終えて、もう起きているわ。私は引き続き研究データの分析作業が残ってるから後は任せるけど、でもあまり長い時間彼を引き止めないで」

 

「分かりました。でもそれは心ちゃんも心得ているので心配ありませんよ。それとも…“博士の願望”ですか?」

 

「…っ!?」

 

一体何を言い合っているのだろう?だが、長い時間話し込んでくれたおかげでシャツまで着ることが出来た。上着は紛失したままだからいいとしてあとはネクタイを着けるだけなのだが……中々上手くいかない。

 

「ふふっ…苦戦してるようですね。もし良ければ私が結んであげましょうか?」

 

「えっ?あ、あぁ頼む………っ!!」

 

背後から声をかけられ、何の気無しにその提案を呑んでしまった俺。振り返ってその声の主を確認した俺は……言葉の一切を失ってしまった。何故なら俺の目の前に立っていたのはこの腕の中で確かに消えていった生命……心ちゃんと瓜二つの少女だったからだ。

 

「ネクタイくらい自分できちんと結べる様にならないと格好つかないですよ?はい、これで終わりです。ほら、いつものカッコいいJCさんですよ♪」

 

慣れた手つきでネクタイを結んで俺に微笑みを見せる少女。その笑顔はほんの何日か前まで見ていた心ちゃんのものと寸分違わない、でもそれはあり得ないことだ。何故ならその笑顔は俺の目の前で喪失しもう永遠に見ることは叶わないのだから。

 

「突然押しかける様な真似をしてすみません。あなたとどうしても話がしたいと心ちゃんが聞かなくて……今、替わりますね」

 

全身から噴き出す冷たい汗が逃避しようとする俺の意識をこれでもかという具合に鮮明にさせる。目の前の少女は心ちゃんであって心ちゃんではない。なら一体誰なんだ?そんなことは分かってる、彼女はグリモアの双美 心だ!決して俺のよく知る双美 心ではないことぐらい!なのに、なのにどうして心ちゃんの存在がちらつくんだ!?

 

「……はぅ…?あ、あれ?わたし、何で研究室に……って、もう忘れてませんからね!心さんの時の記憶も引き継げるようになったんですからっ……ひょわぁああ!?あ、あなたは…えっと、JCさん…ですよね?目の前でいきなり奇声をあげてしまって申し訳ありません〜!!今すぐ土下座するので許してくださいぃ!?」

 

涙目になりながら他に頭を押し付ける様に土下座を決め込む彼女。その際の困り顔というか泣き顔が妙に心ちゃんを彷彿させる……俺に何か伝えようとしているのか?

 

「えっと…その、何て言えば良いのか分からないんですけどぉ……こ、心さんと……裏世界のわたしのことで、お礼を言いたかったんですっ!その、2人のこと…助けてくれて、ありがとうございますって…」

 

助けた…?俺が?違う。何もかもが違う…そうじゃない、そうじゃないだろっ!?心ちゃんは俺が殺してしまったようなものだ!それを勝手に美談に変えて終わりじゃないだろうが!!自分を慰めるのはもうやめろ、俺はそんなことまでして綺麗に生きたくない!もっと罵倒しろよ、さぁもっと俺を淘汰する罵詈雑言を浴びせてみろよ!それが心ちゃんを死なせてしまった俺が受ける罰であって償いだろうが!小綺麗な願望は捨てろ、彼女が伝えたい本心を感じ取るんだ。そう自分に暗示をかけて改めて精神を研ぎ澄まして心ちゃんの思念を探る。その結果、俺がひた隠しにしてきた心ちゃんの真実が目の前の少女を通して一気に押し寄せてきたんだ。

 

オニイチャン……ナンデココロヲヒトリニスルノ?ズットイッショニイヨウッテヤクソクシタジャナイ。ネェ、ココハスゴクツメタイシ、ヒトリダトサビシインダヨ?オニイチャン、ココロヲタスケテ。ハヤクコッチニキテ、イッショニタノシクスゴソウヨ?ホラ、ネェハヤク…!オニイチャン、オニイチャ……オニ…チャ………プッ、クフハハハハッ……ハハハハッ……アハハハハハハ!アーッハハハハ!!?クケケケケケケッ!?!?

 

「……っ!!?うっ、うぅ…!?か、カハッ…!?そ、そんな……ゼハァ、ゼハァ…ゼハァ!ガハッ!?へハァ、ヘェハァ…!?」

 

「…!?JCさん?ど、どうしたんですかぁ!?もしかして…わ、わたしなんかとお話した所為で気分を害してしまったのではぁ〜!?……心ちゃん、今はそんな悠長なことを言っている場合ではありませんよ。宍戸博士!JCさんの容態が急変しました!!」

 

目の前にまるで生気を宿していないドス黒い瞳、淡い桃色の髪は頭部から噴き出す鮮血によって所々赤黒く染まってその輝きを完全に喪わせている。溢れ出る血は額を通って目や頬に流れ落ちていて、心ちゃんの言葉も相まってまるで血の涙を流しているみたいだったし、口も鋭利な刃物の様に口角が鋭くなって三日月の様な狂った笑顔を俺に見せつける。そんなこの世のものとは思えない醜悪な姿を見てしまった俺に正気を保つことは最早土台無理な話で、今すぐ卒倒しないことだけが唯一無二の行動だった。しかし、それはあくまで内面の話であって体表の状態とリンクしているとは限らない。現に俺は今、呼吸困難や激しい動悸や眩暈、全く焦点があっていないことや全身に及ぶ痙攣から何らかの精神病の類を疑われているんだからな。

 

「これは……双美さんは椎名さんに連絡をお願い!私はどうにかして彼を宥めるわ。JCくん、JCくん聞こえる…きゃっ!?」

 

「博士!」

 

俺の意思とは勝手に動く手足が俺の身体を必死に抑えようとする結希さんを突き飛ばしてしまう。でも、もう自分じゃ制御がきかないんだ……目の前の心ちゃんの幻影が俺の身体的・精神的自由を支配していくのが手にとる様に分かる。やっぱり心ちゃんは俺を許してなんかいなかったんだ…当然だ。俺に出会うことがなければテロに加担することも無かったし、それによって死ぬ必要なんか全く無かったはずだ。その事実は不変のもので同時に俺という存在が心ちゃんを追い込んだことを意味する。そんな相手を許せるなんて誰が出来るだろうか?いや、そんなことは誰に聞かなくても分かっている……答えは“ノー”だ。

 

「博士、こうなっては仕方ありません。魔法が効かない以上、実力で彼を拘束するしか…!」

 

「…っ、それは駄目!彼はグリモアの生徒で研究材料のモルモットじゃない人権のある人間よ、決して暴力を振るって鎮圧してはいけない!」

 

「しかし、それではこちらが先に……くっ、分かっています。分かってますとも……きゃああっ!?」

 

俺が振るった腕に当たって壁の側まで弾き飛ばされる双美さん。ずっと眼を見開いていた所為なのか乾きによる痛みでどんどん涙が溢れてきた。それでも身体の異変は止まるところを知らず、悪化の一歩を辿っていくばかりで最早俺の意思など皆無に等しくなりつつあった。

 

「ゼェハァ、ゼェハァ……うっ、が、ガハッ…!こ、ここ…ろちゃ……ご、ごめ……さ、い……ご…んな……さ…い…うぅ、グハゥ…!?」

 

俺は持てる力の限り必死に心ちゃんへの謝罪の言葉を絞り出す。虚になっていく心ちゃんの幻想に向かって、ただひたすら声を上げるのだ。それが俺に出来る唯一の贖罪であり、期限は無い。この呪われた身体では自分で死を選ぶことすら叶わない。だからこの重い十字架を一生背負って苦しみながら生きていく以外に道は無いんだ…!

そんな考えに突き動かされる最中、俺の目の前に心ちゃんとは違う別の何かがそっと俺の頭を包み込んだ。これは…何て温かいんだろうか…?

 

「JCくん……大丈夫、あなたは滅んだりなんかしないわ。確かに自分の人生を常に間違いなく生きることは難しいけど、例え間違いを犯したとしても私たちはそれに気付ける。そして、気付いたのなら正すことが出来るの。だから…最後まで自分を見失わないで、私がずっと側にいるから…」

 

暗黒の思念の中でやけに響音する優しい声……誰だ?いや、それはもういい。とにかく今はこの居心地の良い空間に身を委ねていたい気分だ。そう、このままずっと……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……以上が宍戸さんからの報告になります。尚、現在もJCさんは自室で療養を続けていますが既に日常生活を送るまでに回復しており、年末の裏世界探索には予定通り参加してもらうそうです………っと執行部はJCさんにまた無理強いするつもりでしょうけど、私はまだこの決定に納得していません」

 

生徒会室にてアタシは薫子の報告を受けていた。尚この場に同席しているのはアタシと薫子、聖奈に朱鷺坂…それに水無月のみだ。一般の役員に出払ってもらっているのは彼らにとってあまり馴染みのないJCに関する話であることと、執行部の疑惑について外部に漏らさない為だ。

 

「とは言ってもねぇ……今度の裏世界探索は時間停止の魔法以外のゲートを閉じる方法っていうのを教えてもらう重要な目的があるんでしょう?それに行くのは裏の大垣峰……表の大垣峰ですら魔物があんなに強力だったことを考慮すると、やっぱりJCくんの協力が必須になって当然じゃないかしら?」

 

「そんなことは分かっている。これは心情的な問題だ……魔法使いのポテンシャルを最大限引き出す転校生や始祖十家の力を借りても尚、執行部の思惑通り未だJCに頼らざるを得ないことが悔しいんだ…!」

 

薫子の意見に賛同しつつも現状を見てJCに協力を仰ぐべきだと提言する朱鷺坂に対して、そうせざるを得ない現状を嘆くように吐き捨てる聖奈。どっちの意見も正しくて、同時に執行部の思い描いたシナリオに沿って物事が進んでいるというジレンマに頭を悩ませる。すると、それまで静観を保っていた水無月がボソッと一言呟いた。

 

「…ってゆーか、アンタさん方……ぶっちゃけ“JCさんに惚れてる”でしょ?」

 

『…ッ!?』

 

水無月のぶっ込み発言によってアタシ以外のメンバーがそれぞれ三者三様の動揺っぷりを見せている。な、何だ……もしかして、お前たちそうなのか?

 

「な、ななな何を仰っているのか、わ…分かりかねますわ!?私はあくまで“副会長”として彼を気に掛けているだけで、個人的な好意だけでは……全てにおいて不器用過ぎるJCさんがいけないんですっ!」

 

「同感ですね。私も奴の金銭感覚が常人とかけ離れていると強く感じた為に“会計”として矯正を試みているだけです。そこに決して他意がある訳では…」

 

「…ふ〜ん、2人ともそうなんだぁ。じゃあ私がJCくんを好きにしても別に問題ないわけね。だって私はそういう役職関係なしに、ただ純粋にJCくんに興味あるんだから……今日あたり夜這いにでも行こうかしら?」

 

『絶対駄目です(だ)!!』

 

朱鷺坂の淫行予告に対してアタシを含めた生徒会メンバーが即座に全力で声を揃えて否定する。ぶーぶーと不貞腐れる朱鷺坂を他所に水無月が何かを確信したように笑みを浮かべる。

 

「こんなにも気に掛けてくれる人がいるってのに、JCさんという人は……でも、これで漸くハッキリしましたわ。どうしてJCさんがグリモアに対してあんなにも拒否反応を示したのか」

 

「水無月、どういうことだ?アタシにも分かるように説明してくれ」

 

1人確信に迫った様子の水無月にアタシは説明を求める。きっとこれはアタシたちが知っておかなきゃいけないことなんだ。

 

「何、簡単なことですよ。人間って本音を知られるのが恥ずかしい時ってどうしても建前を並べる生き物でしょ?今言ってた“○○として” “仕事だから”みたいなやつです。恐らくですけど、JCさんにはそういう本音と建前って概念が存在しないお陰で文言をまんま受け取っちゃう稀有な性格なんですよ。例えば本音を隠したいが為についた嘘がJCさんにとっては本音になってしまうみたいな。この前の電脳空間でのウィッチの件はウチも報告は受けてます、彼女相当子どもっぽい性格だったらしいですよ?それこそ裏表が全く無いってくらいに、全てをJCさん基準に行動してたとか」

 

「だが、それがJCの疑心とどう関係するんだ?我々生徒会は全生徒の模範にならなければいけないのだ。一個人だけを特別視する訳にはいかないのは当然だろう」

 

聖奈の指摘に水無月も珍しく弱腰になる。水無月も風紀委員長として別の角度から生徒を束ねることが多いから、その難しさが痛いほど分かっているのだろう。

 

「…まぁ、そーなんですよねぇ。特にウチらみたいな組織だって動く必要があるグループがそんなことしたら贔屓だの何だのバッシングされますからねー。だからこそウィッチの一見異常ともとれる一途さがJCさんの荒んだ心を繋ぎ止めたんでしょうね。全く、ウチもこんな面倒な立場じゃなければよかったんですけどねー…」

 

「水無月さん…あなたもしかしてJCくんのこと…?」

 

朱鷺坂が何か気付いた様子で水無月に探りを入れる。すると、水無月は特に包み隠すこともなくあっさりとその気持ちを吐露した。

 

「えぇ、好きですよ。何もなければ今すぐにでも付き合いたいくらいです……それが何か?」

 

『んな…っ!?』

 

あまりにも唐突に告白するものだから、アタシまで思わず動揺してしまった。いや、別にそれが悪いことではないんだが、こうもあっさりと言われると……そんなことを考えていると、何故か言い放った本人が必死に笑いを堪えている姿が目に止まった。な、何だ…?

 

「ぷっ……ふふっ、ジョーダンに決まってるじゃねーですか。本人が寝込んでるってのに、そんな尻軽なこと言えねーですよ。あー、可笑しい」

 

発言に目を丸くするアタシたちに対して、1人ツボに入っている水無月。むぅ…あまり冗談には聞こえなかったのだがなぁ。

 

「さてと、話が随分と逸れてしまいましたが……このまま執行部の思惑通りってのも面白くねーですね。いい加減JCさんの悩みの種を取り除いておきたいんですが、もし時間停止の魔法が切れたら学園から卒業しちまう方々が大勢いますから護り手根絶にも支障が出ます……こればっかりはもっと偉い人にどーにかしてもらわねーと」

 

「…偉い人?それってどういう…」

 

水無月がふと溢した言葉に薫子が反応する。すると、水無月は含みのある笑みをアタシたちに見せた。

 

「まぁ、それは追々…ですが、悪い様にはしないつもりです。その辺はウチと学園長、それと我妻 梅なんかが対策を講じてるんで、アンタさん方は直近の裏世界探索の方に集中してくだせー。JCさんは病み上がりです、くれぐれも傷物にしたら駄目ですよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あの時、確かに目の前に心ちゃんの幻影があった。でも、それは俺の知る心ちゃんとは見るからにかけ離れていた“恐怖”そのものだった。あれが俺に見せたイメージの意味は……んっ?」

 

結希さんの研究室で意識を失った俺は、その後自室にて療養を命じられ基本的に学生寮から出ることを禁じられた。これは嫌がらせでも何でもなく、再びあの発作が起こった場合に周りに誰も居ないことがないように…だそうだ。俺自身あの時自分の身に一体何が起こったのか未だに把握していないというのに。というわけで部屋に縛り付けられている俺だが数日後、唐突に部屋の扉がノックされたことで場面は現在に戻る。

 

「やっほーっ!お兄さ〜ん!1人で暇してると思って、ノエルちゃんが遊びに来たよ……って、何で扉閉めちゃうの!?開けてよぉ〜!!」

 

「な、何だよ……あの元気娘は!?今更俺に何の用だよ…って、おい!ドンドンバンバン扉叩くな!ぶっ壊れるだろうが!」

 

「あぅ…ご、ごめんなさい!でもでも、いきなり扉閉めたお兄さんの方が悪いんだよぅ!押しかけたのは謝るから、ここ開けてよぉ…!」

 

ぐっ、発作とは別の意味で気が狂いそうだ……だがまぁ、本人に悪気は無いだろうことはその性格から知っているし、扉越しでも分かるくらい声が落ち込んでるのを見過ごせっていうのもな……しゃーなしだな。

俺は静かに扉を開けると、隙間からノエルちゃんの様子を伺う。案の定、いきなり閉め出されたのが効いたのか扉の前で三角座りをしていた。そんなことされるとこっちがいたたまれない気持ちに襲われるだろうに。

 

「…悪かったよ、いきなり閉め出す様なことして。だからそんなに落ち込まないでくれよ。部屋、入っても良いからさ」

 

「……っ!う、うん!えへへっ、お邪魔しま〜す♪やっぱりお兄さんって優しいよね。いつも難しい顔ばっかりしてるから、みんな勘違いしてるんだよ。うん、きっとそう思う!」

 

俺が先に折れると、さっきまでの落ち込み具合がまるで嘘のように消え去り、代わりにノエルちゃんの晴々とした笑顔を浮かべて難なく部屋の中に入った……この子はこういう娘だったな。

 

「そりゃどうも……それで、わざわざ俺に何の用だ?遊びに来たなんてのは何かの口実だろう?」

 

「あぅ…ちょっとは余韻に浸らせてよっ。よっと……くは〜っ!お兄さんのベッドがフカフカだよぉ…。おっ、そうだそうだ…お兄さんの秘蔵のエッチな本はどこかな〜?枕の中?シーツの下?それともベッドの下かぁ〜!って、いひゃい いひゃい いひゃい!?お兄ひゃん、ほっへ引っ張らないへぇ〜!?」

 

この娘は人の部屋に押し入ってまで何をしているんだ?大体そんな本は持ってないっての……年中金欠野郎なのをお忘れか?とりあえず少しムカついたのでノエルちゃんの頬を摘んで引っ張ってみる。ほう、これはまたよく伸びるわ……あっ、離れた。

 

「むぅ〜!!お兄さん、乙女の柔肌に気軽に触り過ぎだよぅ!ノエルちゃん、こう見えても女の子なんだけど!?お嫁に行けなくなったらどう責任とってくれるの!?」

 

「いや、今のはノエルちゃんの自業自得だと……ほら、お詫びのコーヒー」

 

俺は冷蔵庫に(何故か)入っている紙パックのコーヒーをノエルちゃんに手渡す。これでも客人をもてなす気概は持ち合わせている……一応確認したけど賞味期限が割と最近の物ばかりなのは気にはなったのだが…?

 

「あっ、ありがとう……お兄さんって飴と鞭の使い方、意外と上手だよね?そういうのは女の子をドキドキさせちゃうから、あんまりやっちゃ駄目だよっ!」

 

「んぁ?じゃあコーヒー返せ。文句言う奴にはやらん」

 

「あぁ〜っ!!嫌だよ、取らないで〜!?」

 

そんなやりとりを繰り広げつつ、俺は漸くノエルちゃんから部屋に出向いた理由を聞き出すことに成功した。早い話、つい先日のとあるイベントにて双子の姉であるイヴちゃんとの長年にわたる確執を解消することができたということらしい。いや、それを何故俺に報告してくるのかは分からないんだが……?

 

「…ちょっと待ってくれ。仲直り出来たのは素直に俺も嬉しいが、話を聞く限り尽力したのはそのイベントに参加した生徒や転校生だろ。それなのに何で俺に報告しに来る?」

 

そう、この話の最大の謎はこの姉妹のいざこざに全くと言っていいほど関わっていない俺に対して、如何様の理由があって話しておきたかったのかだ。正直なところ、俺には皆目見当もつかないんだなこれが。

 

「うぇ…!?だ、だってそれは、その……あたしとお姉ちゃんが仲直りするきっかけを作ってくれたのがお兄さんだったから…!」

 

んっ…?益々分からん。俺が仲直りのきっかけ?いやいやそんなはずはない。第一そんな大事なことは頼まれてもいないし、自分から率先して手助けしていたなら覚えているはずだ。俺にその記憶が無いのならそれはやっていないことになるだろう。

 

「仲直りした時にお姉ちゃんと話したの。もしお兄さんがあたし達の両方にお互いの情報を交換してくれてなかったら、多分今も気持ちがすれ違ったままだったって。それにお姉ちゃんも言ってたもん。お兄さんがどうしようもないくらい初心だから、自分が追われてる立場なのにあたし達の姉妹の関係が修復出来ると信じて疑わないのが迷惑だって……あっ、今の迷惑ってのはお姉ちゃんが言うところの嬉しいって意味だからねっ!」

 

「いや、俺にはそうは聞こえなかったんだが……どうせあの仏頂面で蔑むように言ってたんだろ?普段から死ねばいいだの消えろだの鬱陶しいだの平気で言ってくるような奴だからな」

 

「ち、違うんだよぉ!?それはお姉ちゃんがすっごく照れ屋さんで頑固な性格だから思ってることと逆のことを言っちゃうだけで、本当はお兄さんにすっごく感謝してるはず「誰が照れ屋で頑固ですって?」えっ?ぴゃあぁああ!?お、お姉ちゃん…いつの間に…?」

 

ノエルちゃんが必死に弁明している背後からぬぅ…っと現れたイヴちゃん。いや、俺には普通に部屋に入ってきたのは見えてたよ。今日はいつにも増して冷たくて鋭い目つきだこと…。

 

「…前からずっと思ってたけど、人の部屋に許可無しでズカズカ入ってくるのは風紀委員としてどうなんだ?まるで品性を感じないのだが」

 

「…あら、あなた居たの?てっきり未だに世界中を彷徨っているのかと思っていたわ。だって、あなた臆病者ですものね」

 

まるで俺を見下す様に鋭利な視線で見据えるイヴちゃんに、俺も負けじと挑戦的な目線を向ける。相変わらずだな、この女は……今の態度を見る限り、ノエルちゃんの言うような感謝の気持ちだとか申し訳なさとかが微塵も感じられないのだが?どうして姉妹でこうも違うのかねぇ?気分は虎と龍……勿論のことだけど俺が龍だ、格好いいからな。

 

「あわわ、あわわわわっ!?お姉ちゃんもお兄さんも喧嘩しないでよぉ!今日は折角の記念日なんだからっ」

 

「記念日…?一体何の?少なくとも俺はイヴちゃんに祝われる様なことは無いはずだぞ」

 

「それについては同感ですね。私もこの人を祝うことも、逆に祝われることも考えつきません。そんな光景を考えるだけでも悪寒が走ります」

 

「……おい、言いたいことがあるならハッキリ言えよ。遠回しに侮辱しやがって、いい加減イラついてきたぞ」

 

「…何ですか?図星を突かれたからといって逆上しないで下さい。暴力を振るう素振りを見せた瞬間、風紀委員の権限であなたを拘束しますよ?」

 

側から見ればその光景は一触即発、お互いに銃口を向けている状態だろう。正直俺も何でこんなにイヴちゃんと言い争いをしてるのか分からなくなっているけど、売られた喧嘩は買わない訳にはいかない。

それにしても、どうしてイヴちゃんはこんな酷いことを俺に言うのだろう?俺、自分でも気づかない内にイヴちゃんを傷つけるようなことを言ってしまったのだろうか……こんな言い争いみたいなことでしかやりとり出来ないなんて悲し過ぎるよ。本当はもっと素直に仲良くなりたいのに…。

 

「ふ、2人ともストップ!ストォ〜ップ!!駄目だよ、今日だけは喧嘩は無し!折角今までギスギスしてたあたし達の関係修復記念日なんだから……ほら、お兄さん!パックのコーヒー、お姉ちゃんの分も用意して!」

 

「えっ……でも「いいから!お姉ちゃん、コーヒー好きだから!」あ、あぁ…分かったよ。ほら、受け取れよ」

 

間に割って入ってきたノエルちゃんに催促され、何故か俺がイヴちゃんにもコーヒーを渡す羽目になってしまった。いや、これ俺の取り分なんだけど……っていうか、どうせ受け取ってもらえないだろうな。多分“どうしてあなたのような野蛮人から恵んでもらわなければならないのですか?”とか何とか嫌味を言われるに決まったらぁ。

と思ったら、どういうわけか素直に受け取ったじゃねぇか。どういうこと風の吹き回しだ?

 

「……何ですか。私だって他人の好意を無下にするほど冷酷な人間じゃありません……な、何で笑うんですか?私、変なことを言いましたか?」

 

プフッ、フフッ…あれだけの論争を繰り広げておきながら自分は冷酷な人間じゃない、か……やっべぇ、これは面白すぎるわ。どうやらノエルちゃんにもその思いは伝わったらしく、静かに肩を震わせながらも必死に笑うのを堪えていた。当の本人であるイヴちゃんは俺たちが笑っている意味を計りかねているのか、今までの険悪な表情ではなく困惑の表情を見せているのがかえって彼女の不器用さを体現していて、それがよりイヴちゃんの面白さを引き出していた。

 

「いや、もう本当に仲直り出来たんだなって思ったら何でか嬉しくてさ……俺、何にもしてないし直接関係もないんだけどな」

 

「JCさん…」

 

「そんなことないよっ!お兄さんがずっと信じてくれてたから、あたしもお姉ちゃんも諦めないでいられたんだもん!そうだよね、お姉ちゃん?」

 

ノエルちゃんに話を振られて、渋々ながらも同意するイヴちゃん。

 

「…悔しいですが、確かに一端を担っていたかもしれませんね。ですが、あまり調子に乗らないで下さい。今回はあくまで私たちがお互いに歩み寄った結果であって、あなただけの功績では決してありませんから」

 

「お姉ちゃん!?もう…お兄さん、本当にごめんね。お姉ちゃん、素直じゃないからお兄さんにお礼言うのが恥ずかしいんだよぅ。ここは妹のあたしに免じて許して!お願いっ」

 

頑固な姉の横で素直に謝る妹、この構図は確かに今までの冬樹姉妹には無かったものだよな。失われていた時間を漸く取り戻せるんだから、外野である俺が腹をたてていても仕方がないか……よし、ここで一旦チャラにするか!

 

「…分かったよ。だったら今までの蟠りを全部チャラにする意味も込めて、コレで乾杯しようぜ。そしたらこっからは何の気兼ねもなく接していけるだろ」

 

「うん…!良いね良いね!ほら、お姉ちゃんも…!」

 

「えぇ…!?ちょっと待って、私はまだ…」

 

俺の提案を快諾したノエルちゃんと反対に渋るイヴちゃん。この期に及んで抵抗するなんて往生際が悪いぞ。

 

「おいおい、頼むぜ。それなら妹の為だけに乾杯してくれよ。それなら良いだろ?」

 

「……それなら、別に構わないですけど」

 

ふぅ…相変わらず手間の掛かる。だがこれで漸くスタートラインに立った訳だ、後はどんな風に過ごすかはこの姉妹に掛かってるわけだ。俺が言えることじゃないけど、もう間違えんなよ?喧嘩別れ程度ならいつか修復出来るだろうが、本当の意味で別れちまったらそこで何もかもが終わっちまうんだからな……。

そんな思いを胸に抱きつつ、俺達はお互いに持ったパックのコーヒーを突き合わせて場違いとも言えるくらい壮大な祝杯をあげたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、時間は年度末まで進み……俺はまた裏世界へと足を踏み入れる。時間停止の魔法以外の方法でゲートを閉じる手段を確立させる為、かつて出会った裏世界の武田 虎千代、そしてもう1人の因縁の相手と邂逅することになった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




【USBの秘密】

ノエルちゃんとイヴちゃんの関係は最早極々ありふれた家族そのものだった。本来はあの姿が当たり前だったんだろうけど、どういう訳か拗れていってしまい最終的には取り返しのつかないところまで……という夢を見たことを教えてもらった。不思議なことにお互いに示し合わせたわけでもなく、更には2人の両親までもが同じ夢を見たという。きっとそれは裏世界での2人の結末で、最後まで分かり合うことなく第8次侵攻の際にお互いを庇って死亡した。何でこんな詳しいかって?それは俺が今閲覧している“ある物”に事細かに映し出されているからだ。そう、心ちゃんが死に際に俺に託したUSBメモリの中身だ。あの日以来、心ちゃんの存在を感じ取れるものは極力避けてきたけど、2人の話を聞いている内に俺にも家族と呼べる存在が羨ましくなったのだと思う。とはいえ俺には親兄弟はおらず恋仲の相手も居ない。唯一家族と呼べる相手といえば既に亡くなっている心ちゃんくらいだ。その一抹の寂しさから逃れる為に俺は開かずの扉とされてきたUSBメモリの中身を覗いてしまった。最初は彼女がどれだけのことを調べてくれているのかを知りたいだけだった。しかし、中の膨大な量のファイルを読み進めていく内に俺はとんでもない事実に到達してしまう。

被験体No.0903 type−N “JACKAL”

霧の魔物に対抗するべく日本政府が極秘で推し進めていた“スレイヤー計画”によって生み出された個体。当初は他の才ある被験体の養分になるべく能力を授けつつ頃合いを見て処分する予定であったが、実験中にその対象者を殺害及び能力の暴走の兆候が見られた為に大垣峰研究所の地下施設にて凍結処分。数年後の第8次侵攻後に生存した人類が研究所内部を捜索した模様、しかし被験体の存在は確認されておらず現在も行方が分かっていない。



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第四拾伍話 取り込む 魔法使い

【続・佐伯 優子の決意】

……はい、そう言うわけで退職させてもらいたいんです。いえ、病院に不満があって辞めたいんじゃないんです。ただ、それよりも…やらなきゃいけないことが出来た…という方がしっくりくるかもしれません。へっ?け、結婚じゃないですよぉ!?私、まだ22ですよ!まだまだ独身を謳歌しますぅ!もぉ〜、全然寂しそうじゃないですよねぇ?でも、そっちの方が私らしいかもしれないですけどっ。えっ?これから何をしたいかですか?それはですね………結婚、かなぁ?


①仲月 さら&結城 聖奈編

 

「…裏世界の大垣峰のゲートか。あの時は俺と我妻 梅、それにつかささんの3人がかりでやっと太刀打ち出来るくらい魔物が強かったんだよな……今回はそれとは比べ物にならないくらい強力な魔物がわんさかといるはずだ。今の俺に、どこまでの力が出せるだろうか…?」

 

ゲートを超えて裏世界の大垣峰へと到着したグリモアの一行は、合流予定の裏世界の武田 虎千代とパルチザンのメンバー、それに加えてもう1人の見知らぬ女性と落ち合った。その様子を遠巻きに見ていた俺は、今回の執行部の通達の文面に改めて目を通す。

 

「クエスト参加の報せ……内容はゲート到着後、最前線にて魔物の殲滅及び同クエストに参加する他の生徒の護衛か。要するに1番危ない所で戦って最悪他の生徒の身代わりになって死ねってことだろ?こんな時代になってまで何でこうも排他的なのかねぇ…」

 

毎回毎回俺に死のお誘いメールを送りつけてくる執行部には本当に頭を悩ませる。これなら単に暗殺の1つでもしてもらったほうがまだ気持ちは晴々とするってもんだ。あくまで自分たちは面倒を被る事なく正当な理由で俺を排除したいらしいな……まぁ、グリモアの生徒が奴等の手先でないことだけでも安心材料としては申し分ないか………うおっ!?

 

「JCくんっ!うぅ〜…すっごい久しぶりだよぉ!」

 

「…いきなり抱き着いてくるのは相変わらずなんだな、さら」

 

突然背後から衝撃を受けた俺は若干呆れ顔でその相手に向かって振り返る。するとそこには、俺の身体に腕を回したまま満面の笑みを浮かべるさらの姿があった。本来なら最後に会ってから2ヶ月程度しか経過していないのだが、時間停止の影響で1年以上会っていなかったことを考えるとさらの言うところの凄く久しぶりという感覚が正しいのだろう。

 

「えへへ、だって我慢出来なかったんだもん♪」

 

俺の呆れ顔など気にする訳もなく、ただただ俺に会いたかったと真っ直ぐに打ち明けるさら。今回の裏世界探索はパルチザンのメンバーも何人か参加するとのことだが生憎知り合いはさらだけで、そのさらが俺の護衛という役割を買って出たらしい。これでも一応レジスタンスのリーダーなのに、そんなに個人的な思いで動いてていいのか?

 

「むむっ、その顔は“そんな自由奔放に動き回ってて大丈夫なのかな?”って思ってるね?私がこの1年間、何もしてなかったと思ったら大間違いだよ!」

 

ぷく〜っと頬を膨らませて抗議してくるさら。妙に可愛らしかったので試しに指で突っついてみると、ぷふーっと空気が抜けた。さらは顔を蒸気させて抗議の意味も込めてなのか、身体に回していた腕の力をより強めてきた。うぐぐ…っ、痛いし何か柔らかい…。

 

「もぉ!真面目な話なんだから茶化さないでよっ。あのね、JCくんのことをパルチザンのメンバーにずっと説明して回ってたんだけど、結論から言うと……ほとんどのメンバーはJCくんのことを信じようとしてくれてるの。でも、まだ何人かは“スレイヤー”って事で協力を拒んでいるみたいなの。私もずっと説得を続けているんだけど本人たちの意思は固いみたいで、もしかしたら私の声は届かないのかもしれない…」

 

「こっちの桃世 ももみたいなことか…」

 

「うん……彼女はスレイヤーによる被害を間近で見てたから、話を聞いてただけの私たち低学年組よりその恨みは強かったみたいなの。あまり力になれなくてごめんね…」

 

先程とは打って変わって、見るからに落ち込んだ様子で俺にパルチザンの現状を教えてくれるさら。1年以上も俺の為に説得を続けてくれたことを考えれば、その殆どを説得してくれた時点で感謝以外の思いは湧いてこない。

 

「…何言ってんだよ。ずっと説得を続けてくれて、力になれないどころか大助かりだよ。こんな俺なんかの為に頑張ってくれて、本当ありがとう」

 

俺は向き直して、感謝の意味を込めて優しくさらの背中に手を回す。その身体は俺なんかよりずっと小さくて華奢で力を込めればすぐに壊れてしまいそうなくらい繊細に感じた。その当人はといえば、俺の腕の中で小さく声を上げた後に静かに抱きしめ返してくれた。一向に顔を上げてくれないのは真っ赤になっているのを俺に見られたくないから必死に隠してると信じたい……でも息遣いとか鼓動の速さで緊張してるのが分かるよ?

 

「…おい、そろそろ出発するぞ。そのくらいにしておけ」

 

背後から聞きなれない声が聞こえてくる。声の方に振り向くと、そこには特徴的なバイザーを装着した女性が不機嫌気味な表情を浮かべて立っていた。しかし、その冷静沈着ぶりとは裏腹に面積の小さい布一枚で上半身を僅かに隠しているという過激な服装をしていた為に俺は慌てて視線を逸らす。すると、俺の状態を察してくれたのかさらが女性の前に立って胸元が隠れるように配慮してくれた。ふぅ…何であんな過激な格好をしてるんだ?目のやり場に困るぞ……う、うぐっ!?

 

「うわぁあああっ!?JC、見るなっ!?それ以上“こっちの私”を視界に入れるなぁああ!!」

 

「ゆ、結城テメェ…!?」

 

何処から現れたのか急に俺の視界を塞ぐ聖奈さん。ぐぅっ!?首が絞まる…っ!

 

「今すぐ記憶から消せっ!いや、消してくれ…お前の望みを何でもきいてやるから頼む!?」

 

「うぐぉ……だったら今すぐ手を離しやがれェ!?」

 

「む、無理だ!?手を離したら、み…見えてしまうじゃないか!」

 

「は、話が違ェ…!?」

 

「…こいつらは一体何をやっているんだ?」

 

「あ、あはは……多分“乙女の恥じらい”ってやつじゃないのかな?」

 

聖奈さんに背後から首締め(に近い目隠し)を決められて、その様子を冷ややかな目線で眺めている裏世界の聖奈さんと困惑気味にフォローするさら。う〜ん、この状況は中々にカオスだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

②武田 虎千代編

 

「JC、来てくれっ。お前に紹介しておきたい人がいる……といっても、アタシもJCも過去に一度会っているんだがな」

 

聖奈さん騒動を紆余曲折を経て解決した(逃げてきた)俺は、少し先を歩いていた虎千代さんに声を掛けられる。その言葉に従って近くに行くと虎千代さんの隣に更に大人びた虎千代さんに似た誰かが立っていた。

 

「久しぶりだな。あの頃と全く同じ姿で現れるとは……おい、何だその手は?」

 

「…いや、何故か無性にあんたの尻を引っ叩きたくなってしまってな。別に深い意味は無いんだが」

 

すっと手を掲げると、何かを感じ取ったのか急に自分の尻の部分を手で押さえる裏世界の虎千代さん。あぁ、やっぱりか……まだあの時(金的)のお仕置きは身体が覚えているみたいだなぁ?

 

「JC……だ、駄目だぞ?あの頃はまだ子どもだったから良かったもので、大人になったこっちのアタシにそんなことしたら色々駄目なんだぞ!?あ、あなたもそう思うだろう?」

 

「…あの時の衝撃は今も鮮明に覚えているさ。アタシの尻に一撃が入る度に全身に電流が走る感覚が忘れられない……JC、といったな。お前さえ良ければ今回のクエストが終わったら、もう一度アタシをお仕置きしてくれないだろうか…?」

 

「な、何でだ…!?」

 

虎千代さんが同意を得ようと話題を振るが、裏世界の虎千代さんは何故か恍惚の笑みを浮かべながらあのスパンキングをしてほしいと俺に懇願してきた。こっちの虎千代さんとの掛け合いが漫才みたいで面白いな………痛い痛い痛い痛い。さらさん、無言で脇腹つねらないで。

 

「お前は分かっていない!アタシはあの時、未熟ながらもこの男に可能性を感じたぞ。この男の拳には魔を討ち払う輝きが宿っていることを……さぁ、お前もこの男の平手打ちを受けて感じ取るんだ!ほら、早く尻を出さんか!」

 

「いや、ちょっと待て!?こんな公衆の面前でそんな破廉恥なこと……む、無理だ!JC、助けてくれ!?」

 

俺の目の前で虎千代さんの尻を露出させようと脱がしに掛かる裏世界の虎千代さんと、必死に抵抗する虎千代さん……表と裏で性格が変わるのなんて結希さんの時で耐性ついてるから、もう驚きもせんわ。

 

「…生憎だが、俺にそんな趣味は無いもんでね。他を当たってくれ」

 

当然だが、この非常時にそんな茶番に付き合う訳もなく俺はさらを連れて足速にその場を立ち去った。それにこれ以上あの場に居たら、さらが不機嫌を通り越した末に俺の身体が破壊されてしまう。さらは俺が他の女の人と仲良くしてると分かると、決まっていつも不機嫌になるんだよな……いつもの優しいさらの方が好きなのにな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

③○○○ ○○○編

 

「さら…さっきから気になってたんだけど、あの場違いってくらいに清楚な女の人は?」

 

「えっ?あぁ…あの人は「裏世界の私だ」そうそう、生天目さんなんだよ……って、何だ知ってるんだったら聞かないでよ」

 

「……いや、俺一言も喋ってないけど」

 

俺とさらの会話に自然に入って来たのはいつの間にか俺の背後に立っていたつかささんだ。ということは、あの遠巻きに見ても分かるくらいに透き通った白い肌に腰まで伸びつつもしっかりと手入れされた艶やかな髪、落ち着いたドレス風の服装というこっちのつかささんには微塵も感じられない女性らしさを持ち合わせているこの女性は裏世界の…?

あっ、目が合った……と、思ったらこっちに近づいて来た。

 

「あの…もしかして、あなたはJCさん…ですか?」

 

「…えっ?あぁ、そうだけど……あなたはつかささん、で合ってるんですよね?こっちの世界の」

 

恐る恐る質問すると、裏世界のつかささんは胸に手を当てたまま俺にずいっと身を乗り出して暫しの間、まるで何かを品定めするように小さく唸りながら観察する。な、何だ…?

 

「…はっ!申し訳ありません。一度、そのお顔を拝見しておきたかったもので。実は私とあなたは初めまして、じゃないのですよ。あっ、勿論会うのは初めてなのですけど……うふふ♪」

 

上品に笑う裏世界のつかささんの印象は品があって包容力のある美人さんといった所だろうか。少し悪戯っぽい性格なのか、ついつい彼女のペースに合わせていると手玉に取られそうになる。恐るべし。

 

「初対面でこういうこと言うのも失礼だと思うんですけど、こっちのつかささんとは随分性格が違うんですね」

 

「あぁ、そのことですか……道中でそちらの私と少しお話をさせていただきました。確かにおおよその道筋は同じようなものを歩んでいるようですね。特に兄の戦死を機に好戦的な性格に豹変してしまったと聞いています」

 

その話は以前、つかささんから投げかけられた言葉と同じ内容であることを思い出す。確かお兄さんは国軍の兵士だったと言っていた様な……だとすれば、このつかささんのお兄さんも?

 

「…ふふっ、あなたの考えていることを当ててみせましょうか?恐らく“裏世界の私も兄を亡くしているのに、どうしてこうも違う成長を遂げているのか”…でしょう?それはですね……JCさん、あなたのお陰なのですよ」

 

優しく微笑む裏世界のつかささんだが、俺に明確な心当たりが無い為に少し狼狽してしまう。

 

「お、俺?いや、そんなはずは……だって俺、一度もつかささんと会ったことないのに」

 

「動揺するな。以前、表世界の大垣峰のゲートを確保した際にお前に聞いただろう。過去に国軍の兵士を助けたことがあるか?と。そして、お前はこう答えた。“第6次侵攻の最中の北海道で出会った女の子を国軍の兵士に保護してもらったことはある”と……これが裏の私との決定的な違いを生んだ原因だ」

 

こっちのつかささんに補足されて、何故このような歴史の唸りが生まれてしまったのかを理解する。そうか…あの時全く意識していなかったけど、真代ちゃんを保護してもらった兵士がつかささんのお兄さんだったのか。どうやら図らずして運命の岐路に立たされていたらしい。

 

「まぁ、こういう時代だから兄はもう亡くなってしまっているんですけどね。でも、その最期を戦場で孤独に迎えるんじゃなくて大切な家族に看取られることが出来たから、後腐れなく逝けたと思ってます。それに……私にも大切な目標が出来ましたし」

 

「目標?それは一体…」

 

俺が問いかけると、裏世界のつかささんは自信満々に答えた。

 

「あなたのように誰かの為に手を差し伸べられる人間になること。それが兄から私へ託された願いであり、私が今も戦える理由です」

 

真っ直ぐに見つめられて俺は思わず彼女の強い意志に言葉を失った。グリモアに在籍していた彼女なら、俺という存在がどういうものかちゃんと理解しているはずだ。いや、彼女に限った話ではない……それは虎千代さんにも言えることだ。彼女たちにとって忌むべき存在であるスレイヤーとしての俺に対して、仲間として迎え入れてくれるというのだ。そんな、そんなことってあるのか…。

 

「だが、戦力としては問題ないのだろうな?貴様やあの虎千代は余計な感傷に浸り過ぎているように見える。もっと言えば、魔物に対する憎悪が足りないはずだ」

 

つかささんが予想と反してこんなにも上品な自分と対峙すると思っていなかったのか、その強さについて厳しく言及する。しかし、当の本人は何処吹く風といった様子でくすくすと笑っていた。

 

「うふふ、心配しなくても大丈夫ですよ。これでも今日まで生きてきたんですから。それに、私も虎千代さんもそうですが……力を出す為に必要なのは相手を憎む心だけじゃありませんから。時には誰かを思いやる優しさが思いがけない力を発揮させるのです。後ほどそれをお見せしましょう。あっ、それとですね…」

 

裏世界のつかささんはそこで一旦言葉を止めて、俺に聞こえるだけの声量で耳打ちをしてきた。

 

「(あなたのことは……私が必ず守りますからね♪)」

 

そう言って、俺に優しく微笑む裏世界のつかささん。その妖艶な笑みに不覚にもドギマギしてしまった。この後、さらに無言で尻をつねられたことは言うまでもない。お尻痛い…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

④???編

 

「…よし、ゲートが見えてきたな。それにしても到着まではアタシとつかさだけが戦うはずが、まさか過去の自分たちに獲物を横取りされるとはな。その強さ、当時のアタシたちよりも強いぞ?そうだよな、つかさ」

 

「えぇ、そうですね。少々荒っぽいところはありますが、魔物における経験の差は今の私たちとそう大差ないかもしれませんね。これでもう少し女の子らしい振る舞いを心がけて頂ければ、今よりもっと魅力的な女性に近づけるでしょうに…」

 

「まさか、つかさに女らしさを説かれるとはな……自信なくなってきたぞ」

 

「心配するな。こいつは私であって私ではない。あくまで可能性の1つに過ぎん……どういう訳か実力は期待通りなのが解せないがな」

 

俺の目の前で表裏の2人がたわいもない会話を繰り広げている。ゲート到着までの道中、この4人のみで殆どの魔物を殲滅していったのを目の当たりにしている他のメンバーは、やはり武田 虎千代と生天目 つかさという魔法使いは規格外だと改めて認識せざるを得ない。一応後ろには始祖十家の我妻 梅とフィンランドの何とかっていう魔法使いが控えているんだが、一切協力は求めないようだ。というより必要無いんだと思う……出現する魔物の殆どがタイコンデロガ級に相当するとしてもだ。

 

「うわぁ……2人とも、とんでもなく強いんだね。こっちの2人が別格なのは分かってたけど、多分それに負けないくらいの実力だよ」

 

「俺もここまで力をつけてたなんて知らなかった……本当にあの2人には限界なんか無いのかもしれないな………っ!?さら、危ないっ!!」

 

隣で感嘆の意を込めた言葉を漏らしていたさらに同調していると、不意に死角からよからぬ気配を感じて咄嗟に隣にいたさらを庇う様に飛び退く。すると、俺たちの居た場所に銃弾の様なものが撃ち込まれていた。いや、これは……植物の種?

俺はすぐに緑の力を発現させて、携帯している空の拳銃を緑の弓に変化させる。そして、一瞬の静寂を経た後、僅かに空間の歪んだ箇所を見つけそこに弓による圧縮空気弾を放つ。すると、撃ち込まれた箇所の歪みが次第に広がっていき、中から以前に対峙したあの魔法使いがその姿を現した。

 

「…あ〜あ、折角アレに気付かない内に殺してあげようと思ったのに。人の厚意を無視すんなよなっ」

 

「ぐっ…スレイヤーか、こんな所にまで現れるなんてしつこい野郎だぜ……一体何が目的だ!」

 

目の前に現れたのは表世界の病院で優子さんを襲ったあの魔法使いだった。今までの魔物ならいざ知らず、魔法使いの天敵とも言えるスレイヤーが相手では流石にグリモアを代表する魔法使いといえど分が悪い。それに彼女たちにはゲートを閉じるという使命がある……だったら俺がやるしかない!俺は赤の力に変化させて、虎千代さんに先にゲートへ向かうように要請する。

 

「虎千代さん、あいつは俺が引き受けます。その間にゲートの方をお願いします」

 

「ま、待て!そんな簡単に……アタシも加勢するぞ」

 

虎千代さんが私情に任せて俺に加勢しようとするが、隣にいたさらが冷静に宥めた。

 

「武田さん、今は堪えて。あなた達はあなた達の世界を救うことだけを考えて。その為に武田さんは無理をしてでもゲートを閉じる方法を教えるのよ」

 

「ぐっ……すまない。だが必ず助けに戻るぞ!」

 

さらの口添えもあって、虎千代さん達一向は渋々ながらもゲートに先行して行った。そっちは任せました、スレイヤーの相手は同じスレイヤーである俺に任せてください。

 

「……さら、君も向こうを手伝ってくれ。ここは俺が」

 

「何言ってるの。今日の私はJCくんの護衛だよ?それに、君を苦しめるなら誰だって私の敵なことに変わりはないんだからっ……駄目?」

 

口元をきゅっと結んで上目遣いで俺に懇願してくるさら。うっ…そんなのされたら強く出られないじゃないか。

 

「…あのさぁ、どーでもいいんだけどいつまで待ってなきゃいかんの?」

 

スレイヤーの心無い言葉が俺たちの……主にさらの怒りの沸点をMAXに引き上げてしまった。

 

「うるっさいわねっ!!今良いところなんだから邪魔しないでよ!!」

 

「…いや、年寄りの色恋話とか死ぬほどどーでもいいし…ヒィッ!?」

 

す、凄い…あのスレイヤーがさらの威嚇で怯んでいる!?がるる…って、シローみたいなことするんだ。

 

「だ・れ・が“年寄り”ですってぇ〜?お姉さん、でしょう?さぁ呼んでみなさいよ…お・ね・え・さ・ん!ほらっ!」

 

「…っ!?だ、誰が……お前なんかボクのお姉ちゃんじゃない!今日はむしゃくしゃするから相手してやるよ、JACKAL!」

 

以前までの余裕は微塵も感じられない程、感情を露わにするスレイヤー。よし、気持ちが乱れている今なら何とか勝負になるかもしれない。

 

「くっ…相変わらず凄い魔力だ……!さら、このスレイヤーは幻術の魔法を得意としてる。姿が見えても迂闊に攻撃しちゃ駄目だ」

 

「…本物に見えても幻ってわけね。ふっ…!どう対処すれば良いの?」

 

神出鬼没を体現するかの様に一瞬で姿を消したり、攻撃を食らわせた次の瞬間には別の場所に現れて死角から攻撃を仕掛けてくるなど自ずとこっちは防戦一方になる。

 

「実は、これといって対処法がある訳じゃないんだ…うおっ!?」

 

「えぇ!?じ、じゃあどうやって戦うつもり…きゃっ!?」

 

居るはずなのに姿が見えないスレイヤーの攻撃に翻弄されつつもギリギリで躱して、お互いに勝機を探る俺とさら。緑の状態もあまり長時間の持続性が無いことが欠点でここ1番の時しか頼れない。何か、何か手は無いのか……?

 

「あはははっ!そうやって避けてるだけじゃボクには勝てないよ!」

 

余裕を取り戻したのか、躱すので精一杯の俺たちを煽るスレイヤー。何処から放たれるか分からない種の銃弾……一瞬だけでも動きを止めることが出来れば…。

 

「…ねぇ、JCくん。さっきから何か聞こえない…?何かこう“鈴”の音みたいな」

 

「えぇ…?そういえばさっきからチリンチリン…これってあいつが音出してるのか?」

 

さらに言及されて今まで失念していた鈴の様な音が聞こえることに気づく。以前病院で対峙した時は一瞬だったから全然気づかなかったけど、そう言えば奴が姿を見せる瞬間に数秒だけ聞こえる気がする……もしかして、奴はまだ冷静さを取り戻していないのか?だったら……これが勝機になるかもしれない!

 

「さら、とっておきの秘策を思いついた。協力してもらってもいいかな?」

 

背中合わせにお互いの死角をカバーし合う体勢からさらに協力を申し出る。半分賭けみたいな作戦だけどこの方法ならきっと…!そんな俺の思惑が通じたのか、さらは嫌な顔することなく快諾してくれた。

 

「勿論だよ。それで私は何をすればいいの?」

 

さらは障壁の魔法をかけながら俺の考えに耳を傾けてくれる。負担かけてごめん…。

 

「俺がさっきの鈴の音を頼りに奴の出現ポイントを特定するから、さらはそのポイント一帯を覆う様に雷撃魔法を放って奴の動きを止めてほしい。その間に俺が攻撃をする……さらを頼るよ」

 

「…きゅん♡」

 

今回のポイントはさらの雷撃魔法に掛かっていることだ。雷の魔法は総じて高威力だが制御が難しい……しかし、一度でも嵌ればその効力は絶大だ。そこにもう1つの狙いがある。

このままさらの意識が正常を保ってくれれば安心なんだけど…。

俺はもう一度緑の力を発現させて、時折僅かに聞こえる鈴の音の位置を探る。意識を集中させれば奴の動き方が鮮明に見えてくる……時間はほぼ正確に5秒おき、そして聞こえる範囲は規則的且つ螺旋状に周期している……だとすれば!

 

「……さら!2秒後、前方右斜め30°に雷撃魔法を!」

 

「う、うん!これでも食らいなさいっ!!」

 

指示された方向に詠唱済みの雷撃魔法による広範囲攻撃を行うさら。攻撃されたその一帯がある意味電磁フィールドと化して逃げ場は無く、攻撃を止めるまで範囲内に残存する全ての物質を半永久的に焼き払う。そこには俺の予測通りあの空間の歪みも生じており、維持出来なくなったのか中からあのスレイヤーが遂に姿を現した。

 

「ぐぅ…!?く、糞ッ!!何だこれは……動けない…!?お、お前ェ…!」

 

「……よぉ、スレイヤー。まだまだ元気そうじゃねぇか?だったら俺からもこいつをプレゼントしてやるよ……ウオォオオリャアアッ!!!」

 

雷撃によって動きを拘束されたスレイヤーに俺は追撃を加える為、あえて自分もそのフィールド内に足を踏み入れる。当然、さらの本気の雷撃魔法は痛くないはずもないが、紫の力を発現させている俺には耐えられる上に痛みによる強化の作用も施されている。例えスレイヤーといえど、この一発は死ぬほど痛いだろうぜ…!

 

「ブグッ…!!くぁ…カハッ……!?」

 

俺の放った渾身の右ストレートはスレイヤーの顔面を真っ直ぐに捉えて、その身体ごと勢い良く吹き飛んでいった。初めてまともに攻撃が通った……これなら流石にスレイヤーでももう起き上がることはないはずだ。

 

「JCくん!!自分から攻撃範囲に入っていくなんて聞いてないよ!危ないじゃない!」

 

さらが俺に掴み掛かって迫ってくる。うっ…やっぱ言わなかったの怒ってるか。

 

「ご、ごめんって……だって言ったら本気で攻撃しないと思って」

 

「うぅ……そうかもしれないけど、でも私ってそんなに信用無いかな…?」

 

さらの潤んだ瞳が俺の良心をチクチクと痛めつけてくる。これは俺が謝んなきゃならんよね…多分。

 

「そんなことない!なんだかんだで付き合いの歴が長いし、連携だって取れるし…凄く安心するんだ」

 

「そういうことじゃないんだけどなぁ………あっ、でもそれって仲間を通り越して“恋人”……いやそれよりもふ、”夫婦”ってことじゃ…!?私とJCくんが………えへへっ♪」

 

何か凄い勢いでさらが勘違いしてる気がするんだけど……一応、怒ってないみたいだから上手く伝わったのかな?

そんな俺たちの間を引き裂くようにまたもやあの声が聞こえてきた。その出どころは……目の前で地面に倒れ伏しているスレイヤーからだった。

 

「……くふっ、ふふふっ…!あ〜あ、あんなに強く殴るから顔が崩れちゃったよ…」

 

雷撃によって皮膚は焼け爛れ、俺の拳によって顔面は砕かれてもはや形を保っていないスレイヤー。もうこれを人と呼んでもいいのかすら分からないくらい醜悪な姿をを見せているスレイヤーだったものはその場で身体を起こし、ゆっくりとこちらに向き直す。まだやるつもりなのか…?

 

「…いい加減に負けを認めなさい。もうあなたに勝ち目は無いわ」

 

さらが降伏を申し入れるが、スレイヤーはさっきまでの余裕のある口調とは打って変わって淡々と俺たちに言葉を投げかけてきた。

 

「降伏…まぁ、いいや。今日はこれくらいにしておいてあげるよ…ボクの“お人形”を倒した記念に良いことを教えてあげるよ。ゲートを閉じる魔法っていうの期待してるみたいだけど、あれってゲートから噴き出す霧を吸収して人を魔物に変えるっていう何の意味も無い魔法なんだよ。それに……ボクなんかに構っているから余計な犠牲者が2人も出てしまったようだねぇ…ふふっ、早く行って代わってあげないと魔物に変わってしまうよ、JACKAL」

 

「それって、どういう……っ!?」

 

さらが途中で言葉を詰まらせた。無理もない……一度に大量の魔力を消費した上に、スレイヤーが目の前で身体の節々が肉片となってボロボロと崩れ去ったのだ。崩れ去る最期の瞬間まで奴は……笑っていた。何て惨い死に方だよ…。

俺は口元を手で覆っているさらに駆け寄る。

 

「さら、大丈夫?何処にも異常は無い?」

 

「…うん、ちょっと気分が悪くなっただけで少し休めば大丈夫。それよりもさっきの言葉が気になるの。武田さんなら心配いらないとは思うけどゲートへ向かってもらってもいいかな?何か上手く言えないんだけど……胸騒ぎがする」

 

さらの直感がスレイヤーの言葉を警戒しろと警鐘を鳴らしているみたいだ。ゲートを閉じることが人を魔物に変える……俄には信じられないけど、だからといってあのスレイヤーの言葉がでまかせとも思えない。確かめるには直接見に行くしかないか…。

 

「…分かった、さらはここで休んでて。待機組には連絡しておこうか?」

 

「ううん、それくらい自分で出来るよ。心配してくれてありがとね」

 

そう言ってさらが俺に笑いかける。ごめん、物事に優先順位つけて。確か待機組には我妻 梅や薫子さんがいたはずだ。2人に任せれば大丈夫か…。

 

「そんなの気にしないで、仲間を心配するのは当たり前だから」

 

「……やっぱりそういう意味じゃないんだけどなぁ」

 

口を尖らせてむくれるさら。こんなこと言ったらまた怒られるかもしれないけど、むくれるさらって何故か二頭身くらいに見えて……何か可愛い。本人には言わないけど。子どもっぽく見られるのを嫌がってるって知ってるからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……虎千代さん、つかささん……これは、一体……こんなのって…!?」

 

スレイヤーの言葉を危惧したさらに促されてゲートへ向かった俺は、そこで思いがけない光景を目にした。それはスレイヤーの遺言の通りに裏世界の虎千代さんとつかささんの2人がゲートから噴出する大量の霧をその体内に吸収していたのだ。別れてからすぐに吸い始めたのならもう相当の量の霧を取り込んでいると思われる。このままだと魔物に変わって……!

 

「ガアッ…!?グゥ……悪いナ、つかさ……オマエまで、付キ合ワセテ…シマッテ……ウアァッ!?」

 

「くっ…いいえ、私が好きでしていることですのでお気になさらず。ですが、少々苦しくなってきましたね……こんな痛みをあなたは今まで、我慢してきたのですね……感服しますよ」

 

お互いを鼓舞する様に言葉を投げかける裏世界の虎千代さんとつかささん。表面上では余裕を装っているけど、もう限界だ。虎千代さんに至っては魔物化の兆候が現れ始めている。駄目だ…2人まで失ったら裏世界は本当に崩壊してしまう。何より…もうこれ以上目の前で誰かを喪いたくない!

 

「……ぐぅっ!?くぉっ!こ、このォ…ッ!!」

 

『JC(さん)…!?』

 

気がつけば俺は2人の隣に並び立ち、2人が請け負っていた霧の吸収を自ら引き寄せる。大丈夫、多分俺は死なないはず…!致死量の失血だって耐えられたんだ、霧を取り込むくらいなんて事無いはずだ!!

 

「JC!お前は退がれ!ここはアタシ達で終わらせなければならないんだ!」

 

「そうです!それにあなたはこれからの戦いに必要な存在です。此処で失うわけにはいかないのです!」

 

俺の行動によって正気に戻った2人が俺を制止するように言葉を投げかけてくるが、その言葉…そっくりお返しするぜ。この2人以上に必要な人間が居るか?いーや、そんな人間は考えつかないね。だからもっと自分の価値に気づいてくれ。

 

「…五月蝿ェ!!病人は大人しく休んでろォオオ!!グアァアアッ!?」

 

俺は2人をゲートから突き放してその一身に霧を受け持つ。紫の力を発現しても殆ど痛みが変わらない…!?それに、何だコレは…!?俺のとは違う全く別の思想が頭の中に入ってくる…!?

 

「痛ミ、苦シミ、全テノ…命ヲ贄トシ…掴ミ取ルノハ血塗ラレタ……終焉ノ刻……脅威ハ去リ、新タナ時代ヲ生ム……ダガ、争イハ終ワラナイ……生キ残ッタ命ガ全テノ安息ヲ崩壊サセル……ウッ、ヴゥウウッ!?」

 

俺は、俺はどうしたんだ…?心の中はこんなにも鮮明に意識を保っているのに、何でこんなにも邪悪な衝動に駆られている!?いや、違う……まさかこれが今まで俺たち人類が戦ってきた霧の正体なのか!?だとしたら、これは霧という存在の意思……?

 

「人間ガ……我ニ抗ウ術ヲ持ツトハナ……我ノ思惑以上ニ、人間トイウ生物ハ………愚カナ醜イ存在ダッタカ…!」

 

そうか…さっきの虎千代さんの不可解な言動は、この体内に入り込んだ霧によって引き起こされていたものだったのか。しかし、正気に戻ったことでその症状も消え去った。ならば解決方法は1つ……俺自身が体内に入り込んだ霧に打ち勝つことだ。

 

「ガアッ…!?グッ、ククゥ……ま、負けねぇ…お前ナンカニ、絶対負けねぇ…!魔物ニなって、タマルかぁ…!?うぅああおおおぉ!!!」

 

俺は叫びと同時に体外に噴出しようとしていた霧を全て体内に押し込める。魔物になんか変わらない、その為には体内に霧を押し込め身体に順応させる以外に方法はない。今までに成功例は無いけど、どういう訳か今の俺にはそれが出来るような気概で溢れていた。

そして、その結果……俺はゲートから噴出した全ての霧を体内に取り込むことに成功した。しかし、その代償として……俺という人格の支配権を賭けて体内に混在する霧との暗く長い戦いが始まったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




【殺戮者達の会合】

「…ちぇっ、もうゲームオーバーか。まさかあんな古典的な方法で見破られるとはねぇ」

「JACKALと戦ったそうだな。それで…“今回の”奴は如何だ?」

「んー?まぁ今までのよりは幾らかマシって感じじゃないの?君と一緒で頭の出来が悪い脳筋みたいだからさ。くっくくっ…!」

「貴様…如何やら死にたいらしいな。女と思って手加減してやったが、もうその必要は無さそうだ……奴と戦う前の肩慣らしに貴様を血祭りにあげるとしよう」

「ふふっ……ボクもお人形が壊されてむしゃくしゃしてたところなんだ。君が相手なら遠慮なく殺れそうだ♪」

「……君達、仲間内で揉め事は起こさないでくれないかな」

「あぁ…?おい部外者が口出しすんじゃねぇ………っ!?」

「そうだそうだ!1番歳上だからってリーダー面すんなよな………ぴっ!?」

「面白い……ならば試してみるか?今にどうなるか、身をもって知るがいい」

「な、何て目してんだよ…!?ジョーダンに決まってんだろ!本気にすんなよな!」

「フン……所詮は貴様も我々と同じ血に飢えた獣か。良いだろう、貴様に免じて此処は引き下がろう。だが…いずれ貴様とも戦うことになるだろう」

「…そんなことないよ、僕たちは仲間だ。同じ地獄を生き抜いた者、そして今度はあの子も救ってあげるんだ」

「アンタ、狂ってるよ……本当」






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第四拾六話 順応せよ 魔法使い

【はぴば、アイラちゃん】

「アイラちゃん、お誕生日おめでと〜」

「おめでとうございます〜!」

「おめでとうございます……今日の佳き日を主に感謝致します」

「ちょ!お前、早々に唱えるな!妾は吸血鬼、神的なものには弱いんじゃ!」

「あ、あはは……それでケーキの他にもプレゼントを用意しました!調理部の方に手伝ってもらいながら作ったドーナツです!ほら美味しそうでしょう?」

「ケーキにドーナツって……妾は無類の甘党か!こんなの1人で食ったら糖尿病になるわい!」

「では、次は私から……こちら、プレゼントの聖書でございます。初めは朝・昼・夜と毎日決まった時間に少しずつ読み進めて、主の教えを理解することをお薦めします。慣れてきましたら、自らが理解した教えを他の方にも是非広めて頂いて…」

「…おい、こいつは妾を殺す気か?あやせ〜!もう頼れるのはお主しかおらん!何か妾がウハウハになるプレゼントを〜!」

「あらあら〜、じゃあこれはどうかしら?この前漸く手に入った良いお茶があるのよ〜。何でも腸内環境を整えてくれて美肌効果もあるらしいの〜。はい、これ飲んでみて?」

「何と!頂くぞ……んぐっ、んぐっ……んんっ!?ぶはぁ〜っ!?な、何じゃこれ!?苦過ぎるぞ、あやせ…」

「あら〜?確かセレブ御用達のって……あっ、ごめんなさい。これ、センブリ茶って書いてあるわ〜?見間違えちゃったのね……てへっ♪」

「てへっ♪ではない!もぉ〜、お主らと来たら芸人みたいなボケばっかりかましおって。お主ら、本当に妾が欲しがってるものが分からんのか?しゃーない、ヒントを出そう。まず形は棒状のものだ、それに大きさっちゅーか長さは多分…15〜20cmくらいかもしくはそれ以上かもしれぬ。そして、女子ならみんな大好きなアレじゃ。これで分かるじゃろ………おいおい、マジかお主ら。カマトトぶってるのか?女子だからそういうの口に出来ぬ〜とかじゃろ?はい、時間切れじゃ〜。正解はチ○コじゃよ、それも誰でも良い訳じゃないぞ?JCのチ○コじゃなきゃ駄目じゃ」

『……っ!?』

「あれ、思いのほかのリアクション……チ○コって言って分かるか?チ○ポでもおチ○コでもお○ん○んでも好きに呼ぶといいぞ。男の股に付いとるブラブラぶら下がっとるアレじゃよ。寒いと縮む奴、興奮するとデッカくなる奴じゃ。男と女がS○Xする時に挿れる奴」

「も、もう言わないで下さいよぉ〜!!何回も言わなくても分かりますからぁ///」

「ア、アイラちゃんってば過激ねぇ〜……ちょっとびっくりしちゃったわぁ…///」

「…あ、あまり直接的な表現は、やめてくださいまし……はしたないです///」

「何じゃ何じゃ、揃いも揃って赤くなりおってからに……あっ、さてはお主ら“JCの裸体を想像して感じたな”?はっはっは〜!性欲旺盛なのはなのは元気な証拠じゃ!」

「なっ…!?しょ、しょんなわけあるはず無いじゃないですか〜!!JCくんとはただのお友達で、そういうことをしたいわけでは…」

「そ、そうよ〜。それにいきなり男女の仲に発展することってあんまり無いわよ〜?」

「………」←無心で祈りのポーズをとっている。

「ほ〜ん……じゃあ、妾がここにJCを連れてきて今すぐおっ始めても構わん訳じゃな?お主らは発情することなくその様子を見ていられると……うしっ、試してみるか。JC呼んでくるから、お主らそこで待っとれよ」

『だ、駄目〜っ!?』

この後、風紀委員にめっちゃ怒られた。


「…よし、これで全員揃ったな。じゃあ、そろそろ話を始めるぞ」

 

裏世界探索から既に2週間が経過しようとしている今日この頃、生徒会室に僕を含むとあるメンバーが集められた。武田 虎千代、生天目 つかさ、雪白 ましろ…そしてこの僕、遊佐 鳴子だ………んっ?おかしいな、どういう訳か1人足りない気がするんだが…。

 

「既に知っているかもしれないが、アタシ達は3月末で学園生じゃなくなる可能性が非常に高い。時間停止の魔法を発動しているとされる南が魔法そのものに亀裂の様なものが入ったと感じているからな……今年中に第8次侵攻が起こることを考慮した結果、アタシ達が学園に残ることが決定したと先程水無月から報告を受けた」

 

その意見には僕も同意せざるを得ない。現在、グリモアの戦力はかつて類を見ないほどの強さを実感しているだろう。個々の学園生の実力は勿論、無尽蔵に近い魔力量とそれを譲渡出来る転校生くんと裏世界に壊滅的な被害を齎したスレイヤーと同等の力を持つとされるJCくん。正直、何をするにしてもこの2人がいるといないじゃ大違いだろうね……だからこそ頼りきっている現状が一番危険なのかもしれないのだけれども。

 

「裏世界では第8次侵攻中にムサシが現れ、風飛市と学園に壊滅的被害を齎した。お前たちにもやりたいことはあるだろうが、この学園を守るためにどうか1年だけ時間を貰えないだろうか?」

 

そう言って僕たちに深々と頭を下げる生徒会長。そんなことをしなくても彼女の一声で僕たちを自由に動かすことは容易いはずなのに、そこは律儀というか愚直というか……そんな中で先に口を開いたのは隣に座っていた雪白くんだった。

 

「…私は、北海道の復興に行きたいのです。かねてからの希望でしたから。ですが…」

 

そこで一旦、言葉を止める雪白くん。当然、その要望は彼女の故郷である北海道を解放した時から誰もが知っている。何か後ろめたいことでもあるのだろうかと変に勘繰ってしまったが、実際は全くその予想を超えた回答を貰うことになる。

 

「もう軍への入隊の手続きはキャンセルしてしまいましたから、第8次侵攻を乗り切らなければ復興も何もありませんものね。この学園を守りたいと思う気持ちは同じです……私も学園に残って戦います」

 

その思いを込めた強い眼差しでこちらをじっと見つめる雪白くん。どうやら迷いは無いようだね……僕?当然学園に残らせてもらうと伝えてあるよ。まだまだやり残したことが沢山あるからねぇ。夏海の育成然りJCくんの謎解明然り。さて、後は生天目くんの返答だけか……学園生の中でも一番思考パターンが理解出来ない彼女はどうするだろうか?

 

「ありがとう……つかさ、お前はどうだ?ずっと南半球に行きたがっていただろう」

 

「…私は何処に行こうが魔物を倒すことは変わらん。それに貴様に断る必要は無いはずだろう……だが」

 

生天目くんに返答を求めると、彼女は相変わらず魔物を殲滅することにのみ執着している旨を示した。変わらないなぁ……んっ、まだ続きがあるみたいだね。

 

「ここにムサシが現れるとなれば話は別だ。それに、JCがスレイヤーとして覚醒した時に貴様では余計な感情に惑わされて満足に戦えそうもないようだからな……私が引導を渡してやろう」

 

「つかさ…」

 

彼女の考えはよく分からないけど、とりあえず残ってくれるって解釈で良いんだよね?ということは、この場にいる全員が同じことを考えていたということになる……なら、わざわざ集まって話す必要なんか無かったかもしれないかな。

 

「それより……奴のことをこれ以上隠しておくのは限界だと思うぞ。周りが考えているほど、奴の存在は矮小なものでは無いだろうからな」

 

それだけを言い残して、生天目くんは退室してしまった。そうだ、僕も聞いておかなければいけないことがあったんだ。

 

「今の生天目くんの言葉で思い出したのだけれど……年明け以降、裏世界探索から帰ってきているはずのJCくんの姿が一向に見えない。彼は今何処にいるんだい?」

 

僕の質問に対して、一瞬だけ身を凍らせる生徒会長。やはり知っているんだな……まぁ、一緒に行ってたんだから当然か。

 

「…隠していたのは申し訳ないと思っている。しかし、JCの容態が安定するまでは誰にも話すべきではないと判断したのだ。だが、つかさの言う通り、このまま黙っていても事態が好転するはずもないか……JCは裏世界で体内に霧を取り込んだ直後、意識不明の重体となってしまった。いや、JCだけでは無い……同じく霧を取り込んでいた裏世界のアタシとつかさも含めて学園の地下“魔法使いの村”にて治療を行なっている」

 

「霧を取り込む…!?そんなことをすれば魔物化が…!」

 

雪白くんは魔物化について動揺しているが、僕にはそれ以上に危惧していることがあった。以前、秋穂くんの体内に霧が入り込んでしまったことを春乃くんから打ち明けられて以来、その対策方法として全血入れ替えや時間停止の魔法をかけるというやり方があることを知った。しかし、血の入れ替えは膨大な費用と体質に合った血液が必要でまだ彼の全容を明らかにしていない上に、裏世界の研究施設で見つけたあの実験データのことが頭にチラつく。恐らく普通の血じゃ駄目だ、先に彼が何の実験をされて何を投与されたのかを突き止めて除去しなければ、きっと同じことの繰り返しになる。そして、時間停止の魔法は恐らく……JCくんには発動しない。これは彼の魔法に対する高い抗体もあるが、それを唯一突破するのは“本人が望んだ時のみ”なのだろう。現にTESTAMENT(テスタメント)の封印を突破したのも制御不能の魔法を自分に引き寄せたのも始祖十家の魔法すら耐えられたのも、彼がそう望んだからと考えれば自然と納得がいく。つまり、僕たちがJCくんに出来る治療方法は……0ということになるだろう。C M L(カウンターミスティックラボ)でも同化した霧の対処法が見つかっていない以上、JCくんに残された選択肢は…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……私は、何をやっているのだろう。虎千代が……会長が命を賭してまでゲートを封印しようとしたにも関わらず、私は会長の容態を見誤った。その結果、生天目つかさとこちら側では味方のスレイヤーまで霧に侵されてしまうなど正に愚の骨頂だ……しかし、まさか私たちしか知り得ない命令式に介入してくるなど予測できるはずもないだろう…」

 

私、結城 聖奈はゲート封印後に過去の学園生の世界に向かい、霧に侵された会長、生天目 つかさ、そしてJCなる生徒の治療を行なっていた。当然霧に侵された身体を完治させる技術は持ち合わせておらず、かと言って人口の集中した病院などに搬送しようものならいつ魔物化が起きても不思議ではない状態の3人を放っておくことなど出来ず、こちらのグリモアと協議した結果……学園地下の魔法使いの村で3人の様子を看ることになった。初めは仲月がこちらに来ることを強く望んでいたが、まだ意識があった会長から残りのメンバーを集めてこちらに来るよう指示を受けて、代わりに私が選ばれた。私が選ばれた理由は以前、会長のお世話をしてきた経験があったからに過ぎず、障壁の魔法や回復魔法を使えるわけでもない。いざとなれば戦うことしか出来ない自分の無能さを呪いたくなる。

そんなことを考えていると、背後から不意に声をかけられる。

 

「どうじゃ、容態は快方に向かっておるか?」

 

「お前は…東雲 アイラか!今まで何処に……いや、すまない。こちら側の東雲だったか」

 

「ほっほっほ〜、別に気にしとらんわ。どの世界線でもアイラちゃんはぷりちぃじゃからなぁ……って、黙っとらんでツッコまんかい」

 

「むっ、すまない。私の知る東雲のイメージと随分かけ離れていてな…」

 

「そりゃこっちのセリフじゃわい。そんな破廉恥な格好で彷徨きおって……横からたわわな胸が丸見えじゃぞ?」

 

「…っ!?」

 

東雲が下卑た笑みを浮かべて、私の身体全体を舐める様に見回す。今まで気にしていなかったが改めて自分の姿を認識させられると、私は何て格好を……これではまるで痴女ではないか!?

私が羞恥に顔を歪めていると、東雲が軽く咳払いをして話題を変えてきた。それはこれから考えろということか……いいだろう。

 

「それよりも3人の状態じゃ。揃いも揃って実力者ばかりこうも霧に侵されるとは……世の中は本当不公平じゃわい。妾が今日来たのは忙しくしとる朱鷺坂の代わりに障壁の魔法をかけに来たのじゃが……ほほぉ〜、これが裏の虎千代と生天目か。こっちとは似ても似つかなんだわ」

 

「2人はついさっき寝付いたばかりなんだ。なるべく起こさないように頼むぞ。それで、この男子生徒に関してなのだが…」

 

2人とは違ってまるで対処法が無く今も苦しそうに呻き声をあげているJCという生徒。この男子生徒には回復魔法も障壁の魔法も効果は無く、挙句には時間停止という禁じ手の様な魔法すら効かないのが現状だ。しかし、すぐに魔物化する様な事態には陥っておらず、それはこのJCという人間の実力が如何に高いことを意味しているか側で見ているだけで痛感させられる。気合いだけで体内に入った霧を封じ込めているのだからな、並の人間には真似出来ない芸当だ。

 

「のぉ、JC……お主は何で霧なんぞ取り込んでしまったのじゃ。霧は痛いし苦しいし身体に毒なんじゃ。お主には障壁の魔法はおろか時間停止の魔法すら効かんのじゃぞ。おーい、聞いとるんかぁ?返事せんかーい…」

 

東雲がJCの横たわったベッドの側に寄り添って、その頬にそっと手を添えながら語りかける。その声色は先程までの快活さは無く、何処か弱々しさすら感じる。もしかして、東雲にとって特別な感情を持つ男なのだろうか?

 

「……結城、時間を取ってすまなんだ。うしっ、そろそろ此奴らに障壁の魔法をかけるとするかの。どこまで効力があるかは本人次第じゃが、此奴らの実力なら心配いらんじゃろ。もう暫くしたら保健委員が交代に来るじゃろうから、その間に結城も療養せい……お主にも少なからず霧が入り込んでおるのじゃろ?」

 

「…知っていたのか?いや、こちらの私が報告したのか……悪いが、そうさせてもらう。私はこの者達とは違って一般的な実力しか持ち合わせていないからな」

 

私は東雲に断りを入れて身体を休める為に備え付けのベッドに横になる。流石にずっと看病を続けるのは疲れた……尤もこの人達の苦しみに比べれば大したことはないかもしれないが。我儘を言わせてもらえるなら、少しだけ休ませていただきます……会長たちはこのJCという魔法使いを信じていることは知っているが、私やパルチザンが抱いていたスレイヤーのイメージとあまりにもかけ離れ過ぎているのだ。今までの全ての疑問に決着をつける為、この男子生徒がどういう人間なのか見定めさせて下さい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1月29日、他の誰かにとってはいつもと何ら変わらない日だと言うでしょう。ですが、私にとっては年に一度の特別な誕生日なんです。なので例年通り風紀委員の皆さんや転校生さんにお祝いしてもらえてすごく嬉しかったです。嬉しかったのですが……心が満たされない感覚を覚えるのは何故なのでしょう?

そう考えた時、ふとあの人の顔が思い浮かびました。えっ、誰かですって?それは、その……JCさんです。特に深い意味はありません!無いはずなんです……いえ、ここで嘘をつくのはやめましょう。でも本当に明確な理由は思い浮かばないのです。なので、これはもう本人に聞いて確かめてみましょう。

 

「委員長、折り入ってお願いがあるのですが…」

 

「おっ、何ですか?今日はアンタさんの誕生日です、どんなお願いでも叶えてあげますよー」

 

そう言って、優雅にお茶を啜る委員長。ならば、遠慮なくお願いしてみましょう。

 

「あの……JCさんに会わせて貰いたいのです!」

 

「ぶほぉ!?けほっ、かほっ…!ひ、氷川……どーしたんですか急に。さては逢瀬ですか?いやー、遂に氷川にも春が」

 

「茶化さないで下さい!私は真剣にお願いしているんですからっ。年明けからもう1ヶ月ですよ?JCさんが学園に姿を現さなくなったのは。絶対何かあったに決まってるじゃないですか!彼は寮の自室にも帰っていないと聞きますし、かと言って周りが騒いでいないことを考えると……彼はこの学園の何処かにいる、でも何らかの理由で接触を許されていないということになります」

 

飲んでいたお茶を盛大に吹き出してしまった委員長。話を逸らそうとして茶化してくるのもやっぱり何か知ってるからなんですね?

 

「それで、どーしてウチに頼むんです?ウチが知ってるとも限らんでしょ」

 

「分かりますよ。以前、JCさんが学園からいなくなった時の委員長の様子を近くで見てきたのですから。何を言っても基本的には上の空、チェスの相手をしてる時も自分から率先して不利な手を講じるなど思考が止まっていました。あれはまるで中毒者の禁断症状みたいでしたね」

 

「……それ、マジですか?」

 

「えぇ、大マジです」

 

私に言及されて珍しく目を泳がせる委員長。ふふん、ちょっとだけ優越感です♪

 

「うわぁ……自分では上手く隠せてるつもりだったんですけどねー。しゃーなしですね、じゃあこの時間に学園地下の魔法使いの村に行って下せー。ウチから話は通しておきますが、絶対にこの時間だけにして下せー。本来なら一般生徒の面会は許可されてねーですから、見つけ次第パクらなきゃいかんもんで……今日だけ特別ですよ?」

 

そう言って、委員長は一枚の紙切れに走り書きした物を手渡してきました。何やら時間が書いてありますね……これは放課後ですか。

ということが昼間にあって、現在は閉校時間ギリギリの魔法使いの村です。こんな所にJCさんがいるのでしょうか…?

 

「……あれ、桃世さん?」

 

すると、視線の先にある居住施設の前に桃世さんが居ました。こちらに気づいた桃世さんは咄嗟に手に持っていた何かを背後に隠しました。怪しいですね…?

 

「ひゃい!?ひ、氷川さん?どうして此処に…」

 

「それはこちらの台詞です。もうすぐ閉校時間だというのに、此処で何をしているのですか?」

 

見るからにおどおどした様子で私の方を見る桃世さん。場合によっては取り締まりますよ!

 

「あの、えっと……その、こんなこと言ったら怒られちゃうかもしれないんですけどぉ………先輩に、会いに来ましたっ!」

 

「…はい?」

 

勇気を振り絞る様に叫ぶ桃世さん。先輩?桃世さんより学年が高くてそこまで気にかける様な人が此処にいましたっけ?

 

「あのっ、別に変な意味じゃないんです!先輩が裏世界に行ってから、全然姿が見えないのでずっと心配してたんですぅ……そしたら生徒会長さんから、今日の閉校時間ギリギリくらいに魔法使いの村に行けば会えるって教えてもらって…」

 

「それは……私と同じじゃないですか」

 

「へっ…?な、何ですか?」

 

「いえ、何でもありませんっ。それよりそんな所で立ち尽くしていても仕方ありません。あまり時間は取れませんが、少しでも話が出来れば気も晴れるでしょう」

 

危うく桃世さんに本心を聞かれそうになってしまいましたが、何とか誤魔化せましたね。それにしても桃世さんにそんな相手がいたとは知りませんでした。機会があれば是非ご紹介して頂きたいですね。

 

「はい……あっ、先輩?先輩っ!」

 

居住施設内に入ると何かを見つけた桃世さんが一目散に走り出しました。その先のベッドに横たわっていたのは、どういう訳か苦悶の表情を浮かべて荒い呼吸をしているJCさんでした。

 

「これは、一体……うっ!な、何これ……!?」

 

その光景を目にした瞬間、私の頭の中に突然奇妙なイメージが入り込んできました。な、何ですかこれは……学園、魔物の襲撃に遭っているようですね。それに……満身創痍のJCさんを抱き抱える私!?こんなの記憶にありませんよ!?でも、このイメージの中の私……泣いてる。泣きながら微動だにしないJCさんに話しかけているんです。もう息を引き取ったかの様に動かないJCさんの姿は妙にリアルで……まるで本当に起こった出来事の様にすら思えます。

 

「先輩……また危ないことをしたんですね。あたし、先輩の苦しそうな姿……もう見ていられません…うぅ…」

 

桃世さんは今も苦しそうに呻いているJCさんの手を取り、両手で包み込む様にしてその思いの丈を露わにします。桃世さんの言っていた先輩というのはJCさんのことだったのですね……何故か桃世さんがJCさんの手を握っていることに対して胸がモヤモヤします。普段なら風紀を乱している!なんて咎めるはずなのにどうしてもそんな気は起こらず、逆にズルいなんて……JCさんがこんなに苦しんでいるというのに、私は何の支えにもなれないのでしょうか…。

 

「……誰かと思えば、こちらの学園生か?」

 

「まぁ…!虎千代さん、邪魔しちゃ駄目ですよ。折角の良い雰囲気が私たちの所為で台無しになってしまいます」

 

物陰から何やら誰かが内緒話をしているみたいですね。勿論、邪魔されても困るので取り締まりますよ?

 

「こら〜っ!!あなた達、そこで何をしているのですかっ!」

 

「ぴゃっ!?」

 

突然の私の叫び声に驚く桃世さん。しかし、当の本人達にはどうってこと無く、寧ろ面白がりながらその姿を見せました。

 

「いや〜、邪魔して悪かったな。どうもアタシはそういうのに疎くてな…」

 

「もぉ……あっ、私はちゃんと分かっていますよ?私たちに構わず、続きの方をどうぞ」

 

どういうわけか妙にノリノリの大人2人がせっついてきます。というかこの2人って……あっ、また誰か来ましたね。

 

「虎千代、生天目……ベッドに居ないと思ったらこんな所に居たのですね。2人とも、勝手に抜け出しては駄目じゃないですか」

 

「聖奈!?い、いや〜、偶には身体を動かしておかないと鈍ってしまうと思ってな……だよな、つかさ?」

 

「いいえ、私はちゃんと止めましたよ。それでも“アタシのJCに近くに女の気配がする”と虎千代さんが起きしなに申し上げるから…」

 

「あっ!つかさ、裏切るつもりか!?お前だって“あの方に触れていいのは私だけですわ〜”とか言ってただろう!」

 

「なっ!?そ、そんなことありましぇん……んんっ、ありませんわ!な、何を寝ぼけたことを仰っているのか全く理解出来ません!」

 

「な、何を〜!」

 

「何ですか〜!」

 

2人の背後に虎と龍が見えます!でも、当の本人達は何故か三頭身くらいにデフォルメされてやけに可愛く見えますね……あっ、ポカポカ叩き合ってます!

 

「2人とも、すまん。あぁなったら気の済むまで放っておくのが一番だ。それより、お前達のことか……このJCという男のことが気になって気になって仕方がないという生徒は?」

 

「…なっ!?何を言っているんですか!私はあくまでも風紀委員として、同じグリモアの生徒として彼の心配をしているというだけで別にやましいことなど……桃世さんもそうですよね!?」

 

大人の結城さんの言葉に思わず焦ってしまいましたが、しっかりと訂正出来ました。でも、自分でそう言っている内に心の何処かで本当は風紀委員とか同じ生徒だからとか関係なく、純粋にJCさんが心配だったという思いが確かにあったはずなのでは……と勘繰ってしまいます。自分の気持ちなのに、分からないですね。

しかし、その思いも桃世さんの言葉によって全て打ち砕かれました。

 

「へっ!?あ、あの…あたしは……そのぉ……えっと……あぅ………そ、そう…です…。あたしは、先輩のことが……ずっと前から…!す、好き…だったんだと、思います……うぅ…」

 

これ以上にない程、顔を赤く染める桃世さん。2人の関係はよく知りませんが、この口ぶりから察するに単純に友人として好意を持っている……という訳ではなさそうですね。恐らくそれ以上の……“男女の関係”つまり異性として好きということです。何故なのでしょう……私とJCさんは偶に会えば会話を交わす程度の関係、それなのにどうしてこうも気持ちが騒つくのでしょう?友人が好意を向けられていることは誇らしいことのはず、でもそれ以上に胸が高鳴る様な感覚と反対に締めつける痛みの様な感覚があるのはどうして…?

 

「…そうか。だがこちらとしてはあのスレイヤーと同質の存在と認識している以上、危険性が無いか確認する必要がある。これは私の仲間や本人も認めていることだ……だが、虎千代や生天目、パルチザンのメンバーなど一部を除けば殆どの人間が彼を危険分子とは捉えていない。だからこそ真意を計りかねてしまっている……お前たちの持つ情報を共有させてもらえないだろうか?」

 

「っ!は、はいっ!あたしなんかで良ければ…」

 

「そっちの風紀委員も、言いたいことがあるんだろう?奴の現状も踏まえた上で話を聞かせてほしい」

 

元気よく返事をした桃世さんに対して口を噤む私。その様子が気になったのか大人の結城さんは私にも意見を述べてほしいと促してきました。だったら……それに乗りましょう!

 

「当然ですっ!生徒の素行については風紀委員が一番詳しいと自負しています。彼がその様な危ない人間ではないことを私が証明します!」

 

この際、洗いざらい話してあげましょう!彼がどれほど自分に厳しい人間で、そして……どれほど他人に優しすぎる純真無垢な人なのかを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……さて、そろそろ行くとするか。双美くん、見ていたまえ……君が命をかけて守ろうとしたものは、如何に呆気なく失われていくかを。君の選択が間違いであったことを」

 

私は決意を固め、魔物との共生の未来を脅かすグリモアとの最後の戦いに向かうべく歩みを進める。今まで幾度となく衝突してきた彼等だが、今回でもう最後となるだろう。それほどまでに私は追い込まれ、反対に起死回生の秘策を実行する覚悟を決めていたのだ。その鍵となるのはあの転校生という生徒だ。膨大な魔力量を持ち、他者に譲渡する能力…それだけならただ稀有な能力を持つ魔法使いという印象で終わっていただろう。しかし、裏世界の検体A……あの少年こそが魔物と人類を繋ぐ架け橋であり“霧の切れ端”。同時にムサシの正体でもあった訳か……私に彼を説得出来るだろうか?

 

「間ヶ岾、余計なことを考えるな。周りの雑魚は我に任せておけ」

 

不意に背後から声が聞こえてくる……スレイヤーの内の1人か。相変わらずその素性は一切不明だが魔法使いを敵視しているという思想が同じであることから協力関係を取っている。だが、お互いに信頼はしていないことは言うまでもない。

 

「むっ…私は何も心配しておらんよ。それよりも本当にグリモアの魔法使い全員の足止めを任せても良いのかね?」

 

「フッ…奴に比べれば魔法使い程度、肩慣らしにもならん。尤も満足に戦える身体ならば、の話だがな」

 

拳を握りしめて鳴らしながらそう断言するスレイヤー。この者たちの思想は私には理解出来んよ……一体何処から生まれた存在なのか、何を目的として活動しているのか、何故私に協力するのか全てが謎だ。だが、この際それはどうでもいい。双美くんを失った私には、手段を選べる程の余裕はもう無いのだから。少し前から私に囁き始めた霧の声……この声に身を委ねれば全てが思い通りになる、そんな気がしているのだ。そして、それは切れ端である彼にも言えることだ。彼にもきっとこの声が聞こえる筈だ……裏の様に声に耳を傾ければ自ずと理解出来るだろう。何故ムサシへと変貌を遂げたのか、その先には何が待ち受けているのかを。

 

「まぁ、いい。どのみち彼のみとの接触は不可能だからな……予定通り正面から向かうとしよう。君の実力、信用するぞ」

 

「誤って全員殺しても文句は言うなよ?こっちの獲物は奴1人だ、それ以外はオマケに過ぎん」

 

「ふふふ、転校生くんさえ生かせば他はどうなっても構わない。君の好きにすればいい。では、向かうとしよう」

 

私とスレイヤーの彼はグリモアへと歩み始める。その背後に大量の霧の魔物を従えて。その時、視界の隅に店頭に並ぶテレビの画面が目に入った。何故なら数日前まで行動を共にしていた光男くんが警察に出頭した速報が流れていたからだ。彼が自分で望んでそうした結果なのだから必要以上に悲しんだりはしないが、残念なのは今後の共生派の将来を担ってくれるかもしれなかった光男くんに“真の共生の姿”を見せてあげることが出来なかったことくらいか。まぁ、いい……どうせグリモア襲撃の際に報道されるだろう。牢屋の中でも私と霧の姿を拝めるだろうさ……光男くん、見ていたまえ。これからの人類にとって革命の瞬間が訪れる……その時、人々は何を思うだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「間ヶ岾が……グリモアに向かっている?服部、それは確かなのか?」

 

「ッス。なんか凄い数の魔物をぞろぞろ引き連れて堂々と行進してるみたいッス。それと、ちょっと気になることがありまして…」

 

偵察から戻った服部がアタシに報告をしてくる。どういう風の吹き回しか今まで表立った武力行使はしてこなかった間ヶ岾が、堂々と魔物を従えてグリモアに向かっているらしい。それに服部の報告はそれだけでは終わらなかった。

 

「実は、間ヶ岾と一緒にいるのは魔物だけじゃなくてもう1人別の誰かがいるみたいで……自分も一瞬だけ姿を確認したんですけど、目合った瞬間なんかプレッシャーっていうか、凄い圧倒されて意識飛びそうになって……こんなの初めてッスよ!?」

 

あの服部が珍しく取り乱している所を見ると、その間ヶ岾の随伴者は相当の実力の持ち主ということらしい。学園の中でも上位に位置する実力者の服部を眼光一つで沈黙させるとは……アタシと互角か、それ以上かもしれんな。

 

「失礼するよ。間ヶ岾の狙いが判明した……恐らく今回グリモアに出向いた理由は“転校生くん”だよ」

 

「遊佐先輩!あ〜ん、怖かったですよぉ!」

 

急いだ様子で生徒会室に入ってきた遊佐が間ヶ岾の強行の理由について調査結果を報告する……その傍らで抱きついてきた涙目の服部をあやしながら。器用だなぁ。

 

「それよりも事態は刻一刻と悪化する一方だよ。当然ながら標的である転校生くんは前線で戦わせるわけにはいかないし、岸田さんの情報によれば間ヶ岾と一緒にいるのはスレイヤーで間違いない。頼みの綱であるJCくんの意識もまだ回復していない。はっきり言って、状況は最悪だよ」

 

遊佐の指摘に隣で聞いていた服部も強く頷く。まず状況を整理してみよう。間ヶ岾の狙いが転校生である以上、前線に向かわせることは出来ない……スレイヤーが相手では戦闘能力がほぼ皆無の転校生は抹殺されてしまうからだ。そして、転校生が前線から離脱するということは魔力の受け渡しが充分に出来ないことを意味する。これは転校生と他の魔法使いがお互いの状況を正確に把握出来ないからだ。更にスレイヤーに対する唯一対抗出来るJCの意識が回復していないことだ。アタシたちが戦線を維持していう内は魔法使いの村までは侵攻されないとは思うが最悪の場合、裏のアタシに頼んでJCだけでも裏世界に逃してもらうしか……って、いかん!ここでアタシが弱気になってどうする!気張れ、武田 虎千代!アタシは生徒たちの長だぞ、例え身体が粉々に砕かれたって最後まで戦い続ける!

 

「…あぁ、久々に本気が出せそうだな。今まで苦汁を嘗めされられて色々溜まってきていた所だ。間ヶ岾には悪いが、折角の行進も永久に中止してもらわなければなぁ……アタシが先陣を切る!これ以上、アタシたちの学園を好きにさせるわけにはいかん!!」

 

アタシが高らかに宣言すると、遊佐服部両名が同意の視線をこちらに向ける。今ならいつもよりも強力な魔法が使える気がしてやまない。身体中の細胞がアタシの力を後押ししてくれているみたいだ!

 

「この状況でもそこまで鼓舞できるとは……ふふふ、それでこそ僕たちの生徒会長だね。陣頭指揮は僕が取ろう、君はそういうお堅い仕事は苦手だろう?」

 

「あぁ、アタシは元来頭より拳で理解する性分でな。適材適所って奴さ……精鋭部隊と風紀委員、戦闘に参加できる生徒は学園内の各ポイントに人員を配置、それ以外の一般生徒は学園内で待機させるんだ。いつ前線を替わっても良い様に準備だけさせておけ。転校生の護衛はどうする?」

 

「水無月くんからの要望で浦白くんに任せたそうだ。彼女は間ヶ岾の戦略に詳しいだろうから、護衛には最適かもしれないね。あと自発的に始祖十家のジェンニくんも付いている様だ。それでJCくんの方なんだが…」

 

遊佐がその先の言葉を言おうとした瞬間、何者かによって遮られてしまった。生徒会室の扉が妙に勢いよく開いたからだ。

 

「その役目、アタシ達が背負うぞ。そうだろう…つかさ、聖奈」

 

「えぇ、こんなところで大切な殿方を失うわけにはいきませんから」

 

「というわけだ。病み上がりではあるが実力は申し分無い……自分達のことだから今更言われずとも分かっているか」

 

現れたのは裏のアタシ、つかさ、聖奈の3人だった。確かに彼女達の実力は相当高い。しかし霧を取り込んでしまっている以上、あまり無理をさせられない……んっ、遊佐?

 

「君の心配ごとはきっと杞憂に終わるよ。彼女たちも自分の限界を知っているからこそ志願してきてくれたんだ。始めから出来ないことは言わないだろうさ」

 

「そうか……そうだな。協力感謝する、貴方達にJCの護衛をお願いするぞ。だから決して死ぬな」

 

アタシは長々と話すことはせず、伝えたいことを端的に言葉にする。それはただ死ぬなということだけだ。すると、裏のアタシは拍子抜けした様な顔をして次の瞬間には堪えきれずに笑い始めた。な、何だ?

 

「……ぷっ、くふふ……あはははっ!そうかそうか…“死ぬな”か。ついこの前まで死ぬつもりでお前達にゲートの封印方法を授けたのだがな」

 

「虎千代さん、こちらの世界では理想的なまでに全てが円滑に回っているようです。私達の頃とは大違いですよ……だからこそ、守らなきゃいけませんね」

 

「私は……この1ヶ月、JCという男の話を聞いた。やはり、私の世界とこちらでは歴史が違うようだ。それに、2人を救ってくれた恩は感じている。まさかこうも早く返す機会が訪れるとは思っていなかったがな」

 

大人のアタシ達は既に戦う覚悟を決め、間ヶ岾迎撃に加勢してくれるという。何と心強いことだろうか…。

 

「…すまん、貴方達なら安心してJCのことを任せられる。間ヶ岾はアタシ達が必ず償わさせます」

 

「あぁ、期待しているぞ。お前はアタシだ、自分のことを信じられずに誰かを守れると思うな……と偉そうなことを言ってみたが、柄じゃないな、こういうのは。たはは…」

 

裏のアタシが緊張をほぐす為か戯けてみせると、室内が和やかな雰囲気に包まれる。相変わらず場の雰囲気を良い方に変えるのが上手いな、大人のアタシは。こういう所は忘れるわけにはいかんな。

 

「…よし、では行こうか。アタシ達のグリモアを守るんだ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




【足掻き】

「やっと灰街に着いたけど……JCくん、本当に大丈夫かな?付き添ってくれてる結城さんも楽観は出来ないって言ってたし……ううん、私が弱気になってちゃ駄目!今のうちに残りのメンバーを集めて、そしたらもう一度ももを説得しないと…」

「あたしに何か用?」

「もも!貴方……丁度良かった、貴方に話があったの。JCくんが霧を取り込んで、意識不明の重体なの」

「そう……あいつ、まだ生きてたんだ。でも、いい気味ね……最後は霧に身体を蝕まれて死ぬのはお似合いだわ」

「…っ!?もも、貴方ねぇ…!!まだJCくんがスレイヤーと同じだと疑ってるの!?JCくんはゲートを閉じる為に霧を吸い込んで死のうとした武田さんと生天目さんを庇ったんだよ!?それなのにまだJCくんを信じられない!?」

「…っ!さら、もう10年だよ?あたし達が学園の平和を失ってから、今日までずっと戦ってきた。最近は双美 心の妨害も無くなったし、間ヶ岾も向こうの世界に行ったきり帰ってこない。あの時学園と街を襲ったスレイヤーもあれ以来姿を見せてない。JGJの部隊と霧の魔物さえ何とかすればあたし達の勝ちなんだよ!これ以上不安要素を抱える必要なんか無いでしょ!?」

「もも…」

「もう、耐えられないよ……信じて裏切られるの。あたしだってあの子が仇のスレイヤーとは違うことくらい分かってる!でもそうやって信じて、もしあの時と同じことが起きたら!?」

「……そっか。ももはあの時のこと、ずっと見てたんだもんね。だからJCくんのことも…やっぱり信じられない?」

「……あたしは以前あの子に会ったときに、確かにこの手で彼を殺めた。何十箇所と刺したし出血も致死量でまず助からないはずだった。でも彼は今もあたし達に協力して、自分がどんなに苦しんでも変わらずに手を差し伸べているのは事実。あたしもね、頭の中では分かってるんだ……あの子はあたし達の仇じゃないって。でも、それを認めたら今日まで頑張って戦ってきた決意が揺らぐの…!あのスレイヤーに殺された人たちや仲間に顔向け出来ないの…!うっ、うぅ……っ!」

「……もも、今はいっぱい泣いていいよ。いっぱい怒っていいよ。心の中に溜まってる色んな感情を全部吐き出しちゃおう?ももは、今まで頑張りすぎたんだよ。だから暫く戦線から離脱して休まないと駄目、これはパルチザンのリーダーからの命令っ!ふふっ♪」

「…ぐすっ、うん……分かった。ねぇ、さら……いつか、あの子に謝れるかな?いっぱい刺して、死ぬほど痛い思いさせちゃったけど……許してくれるかな?」

「JCくんだよ?きっと笑いながら“もうこんなことしちゃ駄目だぞ?”って、撫でてくれるはずだよ。そしたらちゃんと仲直り出来たってことだもん。だから大丈夫!」

「……そっか。なら、それまでにちゃんと元気で会えるようにしておかないといけないわね。そうだ、ありすと恋とミナから伝言を頼まれたの。近々集まって向こうの世界の様子について聞きたいって……多分もうデバイスを使っても妨害されないだろうから、さらの方から連絡してあげて」

「うん、分かったわ。もも……しっかりね」

「……うん、次会うまでには気持ちの整理をつけておくから。じゃあ、またね」



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第四拾七話 躍進せよ 魔法使い

【前兆】

「…そうか、まだJCの意識は戻らないか」

「はい、JCさんに協力をお願いしたかったのですが……いえ、本当ならそんなこと関係なく意識を取り戻してほしいです」

「んふふ、水瀬さんはJCくんにラブラブですものね〜」

「んなっ!?そ、そそそんにゃことありましぇん!?と、朱鷺坂さ〜ん!!」

「きゃ〜!怖い怖い。逃げろ〜♪」

「お、お待ちなさい!この非常時にそんな軟弱な態度とは許せません!先にあなたをお説教します!こらっ、校内は走ってはいけませんよ!」

「んふふ〜。大丈夫、これ魔法で浮いてるだけだから♪」

「校内で魔法を使うことも禁止ですぅ〜!!」

「あ、あはは……薫子も朱鷺坂もリラックス出来ている様で何よりだよ。聖奈、お前は大丈夫か?」

「えぇ、問題ありません。それに例の3人がJCの護衛を務めてくれているのです、私たちは間ヶ岾に集中しましょう」

「それが終わったら、今度こそJCくんにいっぱいお世話してもらうんだものね〜、結城さん?」

「ふぉ!?な、何故それを貴様が知っている!?それは私とJCしか知るはずのない…」

「あら、あなた偶に寝言で喋ってるわよ?“JC、そんなところ触っちゃ駄目だぁ…!”とか“は、激し過ぎるぅ〜!?”とか“もっとだ……もっとめちゃくちゃにしてくれ。JCの好きなように動いてくれ……はぅ!?”とか、ね♪」

「うわぁああああ!?ち、違う!違うんです会長!!副会長も!!これはその日々のストレスから来る悪夢で……そう!朱鷺坂の陰謀なのですよ!だから、決してそういうことではないんです!!」

「う、う〜む……しかし、こう具体名を出されるとなぁ……あながち真実やもしれんし」

「結城さん?間ヶ岾の件が終わったら、朱鷺坂さんを含め私と一度ゆっくり話をしましょう。その時あなた達をどうするかは判断致しますわ……うふふ♪」

『(うわぁ……すっごい良い笑顔だ)』


「おいおい、どうなってるんだよ!?あいつら、外に出てった神凪たち無視して学園に突っ込んでくるじゃんかよぉ!?さっきまでの統制取れてた動きはどこにいったんだよ!思考ルーチンぶっ壊れてるんかよ!キーッ!」

 

ボクは宍戸の研究室からモニター越しに学園へ侵攻してくる間ヶ岾の魔物手下の様子を見て堪らず憤慨する。だっていきなり行動パターン変えてくるとかハード過ぎるって!しかも急にパワーアップしやがって……無理ゲーだろこれ!!

 

「楯野さん、あまり興奮しないで。学園生はあなたの立案した戦術通りに動くのだから」

 

「わーってるよ!くそっ…魔物が強すぎるんだよ。てか、何で転校生が待機なんだよ!普通前線で戦ってる奴の魔力回復させる為に真っ先に出張ってくるだろ!?」

 

「それは間ヶ岾の襲撃の狙いが転校生くんだと判明したからよ。それに以前科研で対峙した時に転校生くんを殺害しようとした事実もある。対応としては妥当だと思うけど?」

 

「だーかーらー!それがそもそもおかしいって話だろ。一度は殺そうとまでした転校生を何で欲しがってるんだよ?間ヶ岾はあんな化け物みたいな魔物になっちゃったし、今さら必要ないだろ?」

 

「………」

 

ボクの問いかけに対して、何でか沈黙を保っている宍戸。あれ、ボク何か変なこと言ったか?

そんな妙な空気感が伝わってなのか、唐突に研究室の扉が開かれた。入ってきたのは何故かぷりぷり怒った如月 天だった。何怒ってんだ、こいつ。

 

「あぁ〜っ!もうっ!!何だってんのよあの化け物は!?共生思想が強すぎて魔物になるって誰が予測出来るのよ!?」

 

「天、間ヶ岾のデータは採れた?」

 

「……えぇ、実際に現場まで出てってちゃんと確認してきたわよ。スキャニングの結果、やっぱり体組織の殆どが霧と同化してるみたいね。どういう原理なのかは知らないけど、霧が体内に入ってないのに魔物に変化した……世界中の何処でもそんな症例は初めてなんじゃないの?」

 

「うわっ、えげつな〜…」

 

ボクは自分の身体が魔物に変わる想像をして、思わず嫌悪感が溢れた。いや、だってあんな気持ち悪い身体になりたくないだろ普通。

 

「そう……それでもう1人の魔法使いはどうだった?」

 

「スレイヤー、だったかしら?正直言って、あれは謎だらけなのよね……私よりアンタの方が詳しいんじゃないの?JCの身体のことは文字通り隅から隅まで調べ尽くした筈でしょ」

 

「んえっ?何それ初耳なんだけど。おい宍戸〜?」

 

何やら面白そうな気配を感じ取ったボクは下品な笑みを浮かべて宍戸に向き直す。へっへっへ〜、いいこと聞いちゃったぞ。

 

「別に深い意味は無いわ。それに随分前のことだもの、JCくんは日々成長していると言っても過言じゃないでしょうね。それくらい彼の実力は未知数なの」

 

むぅ〜、顔色一つ変えないで面白くないなぁ!てか、さっきから気になってたけど、いい加減聞かなきゃ駄目だよな。

 

「それよりも!JCだよ、JC!何であいつ居ないんだよ。こういう時決まってボコスカ殴ってただろ!?」

 

「そういえば最近は見てなかったわね。結希、アンタ何か知ってるんじゃないの?」

 

「それは……あっ、ちょっとごめんなさい」

 

丁度良いタイミングで宍戸のデバイスが鳴り始めた。ちくしょー、上手く言い逃れたなぁ?

 

「えぇ……分かった。こっちは引き続きデータの解析を急ぐ、2人のことは任せたわ」

 

「おっ、何だって?」

 

「遊佐さんからの連絡。神宮寺さんが呼んだJGJの新型デク部隊が到着したから、一旦学園生を退がらせて応急処置を施すみたい。その間に私達は間ヶ岾のデータ解析を進めるわよ」

 

ちぇ、また仕事か……まぁ、いっか。戦闘が続けばあいつも出てくるだろ。全部終わったら、久しぶりにまたゲームしようぜって誘ってみるかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ……この身体にも漸く慣れてきたぞ。天下のグリモアといえども所詮は子供の集まりか。彼女達の相手は私1人で十分だよ、だから君は君の目的を果たすといい」

 

霧と同化した今の私はまさに敵無しだった。今まで幾度となく私の邪魔をしてきたグリモアの魔法使い共が、今となっては足元の蟻同然……もはや私の障害ですらない。わざわざスレイヤーの彼の手を煩わせることもないだろう。

 

「良いのか?油断は時に最悪を招く…… “獅子は兎を狩るにも全力を尽くす”と言うが?」

 

「ふふふ……それは物事の本質を捉えることが出来ていない者が言うのだよ。私には確固たる意志がある故に負けはしないさ。さぁ、早く行きたまえ」

 

私が促すと、彼は特に何かを告げることもなく学園内へ進んで行った。無愛想な彼の思考は理解できんよ。

 

「間ヶ岾ァアアア!!」

 

そんなことを考えていると、死角から覇気のある叫び声と共に強力な拳による攻撃が私の体を襲う。だが、それは今の私には効かんよ。

 

「ふふふ……これは生徒会長の武田くん、だったかな?グリモアで最も強いと名高い君の攻撃がこんなものだとは……少々ガッカリだよ」

 

「何っ!?うわぁああ!?」

 

私は巨大化した腕で薙ぎ払う様に周囲の魔法使いを吹き飛ばす。所詮はあの転校生というイレギュラーな存在に頼り切った戦い方しかしてこなかった連中だ。その特異的な存在を排除してしまえば本来の実力しか出せないだろう。それが如何に実力者であろうと個人の限界という枷がある限り、いずれ魔力は底を尽きるのだ。そうなれば魔法使いはもはやただの人間に過ぎない……霧という存在が人類に進化を齎した恩を仇で返した報いだ。

 

「君たち殲滅派が悪いのだよ。霧は我々を新たな段階へ引き上げてくれたにも関わらず、その霧を恐怖の対象と忌み嫌い迫害し淘汰しようとする。何故魔物が人間のみを襲うか一度でも考えたことがあるか?」

 

私の問いかけに答える者は居ない。当然と言えば当然か……でなければ殲滅派になど傾いたりはしない。宜しい、どうやらこうしている間にも役者は揃った様だな…。

 

「…やぁ、待ちかねたよ。君はもう出てきてくれないかと思っていたからね。それでもう答えは決まったかな……転校生くん」

 

私の攻撃によって倒れ伏すグリモアの魔法使いたち。その光景を見て我慢出来なくなったのか、護衛の浦白くんの制止を振り切って私の眼前に姿を現した転校生くん。宜しい…同じく霧に選ばれた者同士、真の共生について語らいを始めようじゃないか。そして君は選ぶことになる……裏世界で辿った“ムサシ”への道をね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…っ!この強烈な咆哮は……虎千代さん、結城さん。お二人に私の強化魔法を発動します。これで全盛期までとはいきませんが、かなりの力を発揮できる筈です」

 

学園地下の魔法使いの村にて待機していたアタシたちは、突然揺れる様な感覚に襲われる。どうやら地上で戦ってる学園生と間ヶ岾たちに動きがあった様だ。その証拠につかさが普段はあまり使いたがらない“他者への強化魔法”を有無を言わずに使ってきた。これはつかさにとって有事と判断した時のみ対象者の能力を強制的に底上げするある意味では禁じ手の様な魔法だ。普通の強化魔法と違い、何度も重ね掛けした効果を一度に発揮させるのが所以だがな。

 

「生天目、これはどういうことだ?私たちの任務はJCの護衛な筈だ。それなのに強化魔法を今使ってどうするつもりだ?」

 

「いいえ、今でなければ駄目なのです。地上の魔物は恐らく陽動、敵はもう目の前まで迫って来ている筈……っ!来ます!!」

 

聖奈が真意を確認しようとつかさに問いかけた次の瞬間、アタシたちの目の前に何かが墜落してその途轍もない衝撃波が一気に襲い掛かった。

 

「……漸く見つけたぞ “ジャッカル”よ。さぁ、我と戦え」

 

土煙が舞う中、静かに声が聞こえてくる。そして、それ以上に全身を射抜く様な圧倒的なプレッシャーがこの魔法使いの村全体を包み込んでいた。こいつ……強い!

 

「貴様、間ヶ岾の仲間だな?真っ先に私たちの前に姿を見せるとは、不運だったな」

 

「不運?ふっ、ふふっ……それは違うな。確かに我の狙いはそこに眠るジャッカルただ1人だ。だが、準備運動として貴様等の様な実力者と手合わせするのも悪くない」

 

「何…?」

 

目の前の男の言葉に怪訝な表情を見せる聖奈。こいつにとってアタシたちは“肩慣らしの相手”としか認識出来ないのだろうか?ふふふ…何故か無性にやる気が出てきたぞ。

 

「そうだな、貴様等3人の実力なら………5分で終わらせる」

 

不敵に微笑んでアタシたちを見据える男。くっ、なるほど……アタシたちはあくまで前座というわけか。そこまでコケにされたら俄然やられる訳にはいかなくなったぞ!

 

「くくくっ……アタシたちも舐められたものだな。つかさ、聖奈!遠慮は要らん……全身全霊をかけてこいつを倒すぞ!!」

 

『えぇ!!(はい!!)』

 

アタシの号令に2人が強い意志を持って答えてくれる。この男相手に出し惜しみは無しだ、持てる力の全てを発揮して止めるんだ!アタシ達がJCを守らなければ…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くぅ…!咆哮一つで生徒会長たちが吹き飛ばされるなんて……」

 

魔物化した間ヶ岾の咆哮によって発生した衝撃波を受けて、間ヶ岾の周囲に展開していた学園生やJGJの私設部隊の多くが吹き飛ばされてしまいました。幸い大事には至らない様ですが、すぐに戦線に復帰出来そうにありませんね。現状戦えるのは私と委員長、そして始祖十家のジェンニさんしか……あれは、精鋭部隊?えっ、何で2人しか居ないんですか!?

 

「オラオラァアア!!魔物はとっとと死に晒せやぁああ!!!」

 

「待て、上空にいるマスコミのヘリに共生派差別に繋がる発言として拾われる可能性がある。その辺で控えろ」

 

精鋭部隊のアメディックさんとウィリアムズさんが間ヶ岾を挑発しながら負傷した学園生から引き離そうとしていました。でも2人の火力だけじゃ間ヶ岾の注意を向けるにはまだ足りない……委員長?

 

「……なるほど、そういうことですか。氷川、作戦変更です。ウチらも精鋭部隊の2人に混ざって間ヶ岾を拘束しますよ。間ヶ岾のデータを解析した所、その戦闘力は“タイコンデロガ”、もしくはそれ以上に匹敵するという結果が判明しました」

 

「なっ…!?そ、そんなまさか……タイコンデロガ以上ってことは“ムサシ”!?あ、あり得ません!」

 

ムサシとは第1次侵攻の際に初めて現れた魔物の中でも最上位に位置する存在で、その大きさは江戸城並みとも言われるほど……そして、裏世界の第8次侵攻で最も甚大な被害を齎したとされる悪魔の様な魔物です。そのムサシに間ヶ岾がなろうとしているのですか?させません、そんなこと絶対にさせません!この学園は私が守らなきゃいけないんです。だって、あの人が起きた時に帰って来れる場所が無いと……きっと悲しんでしまいますから。

 

「えぇ、てな訳で絶賛間ヶ岾を挑発中のエレンさんからメッセージか送られて来たので読み上げますよ。現在、浦白・転校生による対間ヶ岾用の即席魔法を屋上にて準備中だ。動ける者はそれまで間ヶ岾の注意を逸らす為の時間稼ぎを頼みたい……とのことです。ウチは重力の魔法で間ヶ岾の動きを物理的に止めますので、その隙に氷川は契約の魔法で強制的に間ヶ岾を縛り付けちゃって下さい」

 

「…っ、はい!」

 

そう言って、委員長は得意の重力魔法で間ヶ岾の捕縛を試みます。タイコンデロガ級ならば容易に抑え込める魔法ですが、強化された間ヶ岾にどこまで通用するか……戦闘を長引かせない為にも私の契約の魔法で間ヶ岾の動きを封じるしかありませんね。

 

「ウグッ……身体が、動かん…!?これは、重力の魔法か……くはははっ、このグリモアにもまだこれ程の実力者が残っていたとはな…」

 

「くっ…!とか言って、今にも動き出しそうじゃねーですか…!」

 

委員長と間ヶ岾が気力を振り絞ってお互いの力をぶつけ合っています。ですが、委員長が少し押され気味です。契約の魔法は使用に時間がかかる上に対象者の意思が優先されるため間ヶ岾を追い込む必要があります。しかし、今委員長に加勢してしまえばその準備を終える前に間ヶ岾が消滅する可能性が非常に高いです。どうすればいいのでしょう……。

その時、間ヶ岾の身体に異変が起こりました。

 

「……グゥッ!?くっ、まだ無駄な抵抗をするか!!グリモアの魔法使い共がぁああ!!」

 

間ヶ岾の悲鳴とも取れる叫び声によって、委員長に抵抗していた力が一瞬弱まり一気にその体躯を拘束されました。その視線の先を見据えると、つい先程間ヶ岾に吹き飛ばされたはずの生徒会長と生天目さんが肩で息をしながら佇んでいました。

 

「くっ……魔力を抑えたとはいえ流石にホワイトプラズマは身体に堪えるな…」

 

「鯨沈を食らっても尚健在か……面白い、それでこそ“ムサシ”というものだ」

 

2人の攻撃を受けても間ヶ岾の勢いは止まらず、途端に周囲に向けて手当たり次第破壊活動を再開します。

 

「…くっ、これじゃ手がつけられない!?きゃああっ!?」

 

「委員長!」

 

間ヶ岾の常軌を逸した底力によって、委員長の重力魔法による捕縛が解かれてしまいました。委員長ほどの実力を持ってしても間ヶ岾を抑えることは不可能なのでしょうか…?かと言って、未だに学園中で魔物と戦闘を続けている学園生に応援は望めません。ねぇ……いつものあなたなら、こんな時だって颯爽と駆けつけてくれるじゃないですか。誰かが助けを求めていたら危険を顧みずに助けてくれるじゃないですか。私は、そんなあなただからきっと……。

そんな願いを込めて目を閉じる。あなたの状況はこの目で見て来たから知っている、とても戦える様な状態じゃないことも。それでも心の何処かでは信じているんです……次に目を開けた時にはこの絶望的な状況ですら誰かのために敢然と立ち向かうあなたの姿が一番最初に見えるってことを。

 

「……っ!氷川、避けてくださいっ!!」

 

委員長の叫び声が間ヶ岾の魔の手が私に迫っていることを知らせてくれます。でも、私は逃げません……だってあなたは絶対に戻って来てくれると確信していますから!

 

「グゥウオオオオオアアッ!!?」

 

次の瞬間、何かがぶつかり合った様なものすごい衝撃と間ヶ岾の叫び声が響き渡りました。ですが、私の身体に何か起こった感覚が無いことから間ヶ岾の方に異変が起きたとすぐに直感しました。恐る恐る目を開けると、そこには私が待ち焦がれていた光景が飛び込んできました。もう……あなたはどうしていつも遅刻してくるのですか?

 

「ウグッ……ま、また私の邪魔をするか……この餓鬼ガァアア!!!」

 

間ヶ岾の威嚇の様な雄叫びを受けても尚、全く怯む様子を見せないあなた。周りを見渡してグリモアの惨状を感じているみたいです。そして、静かに間ヶ岾に向き直して一言だけ呟きました。

 

「……潰す」

 

次の瞬間、姿を消したJCさんと何故かその巨体ごと吹き飛ばされる間ヶ岾の姿がありました。えっ…一体、何が起こったのですか…?私には一瞬のことで何が何だか………JC、さん?あなた、どうして髪が赫く染まって……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「グゥッ…!こ、こんな筈では…「遅い」何ッ……グァアッ!?」

 

私が、切れ端たるこの私がどうしてこんな魔法使いの餓鬼1人に追い詰められている!?霧の力を纏った今の私はあのムサシにすら勝るとも劣らない程の力を得たはずだ。なのに何故、私の攻撃をいとも簡単に避けられる?的確に反撃出来る?分からない、目の前の少年の何処からそこまでの力が湧き上がるのか見当もつかない!?

 

「…ふっ、ハァッ!!」

 

「ブッ…!グォアア!?な、何故だ……霧の力を得た私に敵は無い……だがこの底無しの絶望感は何だ!?貴様の姿を捉えた途端、全身が凍る様な感覚に襲われる……貴様、一体何をした!!」

 

目の前の少年が跳躍と同時に放った拳が寸分の狂いもなく私の体躯に抉り込む。その攻撃になす術もなく吹き飛ばされる私は何て呆気ないのだろうかと自分を卑下してしまう。グリモアの学園生共は私の敵ではなかった、これは事実だ。なのにこの少年にとって私はまるで赤子も同然、本気で向かって敵う相手ではないとすら思えてくる。これは本能的な恐怖なのか、或いは……。

 

「知るか……だが、あんたは心ちゃんを自分の勝手な都合に巻き込んだ。それによって招いた死の運命に変わりはない。だから俺はあんたを討つ……それだけだ」

 

そう吐き捨てた少年は数歩下がって、まるで気力を高める様に特異な構えを見せる。緊張の時が流れ、僅かに少年の瞳が赤く光を放った様に見えた。そして一気にダッシュを開始し最大限にスピードに乗ったその瞬間、少年は跳躍、空中回転をして力をためる。本能的にその行為に危険を感じ取った私はこの巨大な剛腕から繰り出したパンチでその動作ごと相殺を試みる。だが、次の瞬間に少年から繰り出された急降下キックが私の拳とぶつかり、そのまま腕ごと砕きながら私の頭に炸裂させた。

 

「グゥッ…!?ば、馬鹿なっ……この私が、たった1人の餓鬼に……だが、まだだ!まだ私は……!?」

 

少年のキックが炸裂した箇所から光の筋の様なものが全身に走り、私が周囲の霧を集めて損壊した身体を修復を試みるもすべからく無に還していく。馬鹿な……そんなことがあり得るのか!?霧で構成された身体に干渉してくるなど不可能………まさか、この少年がそうなのか!だとすれば双美くんが私から引き離したことも説明がつく。霧を殺す者、即ち“スレイヤー”……かつてその資料を見つけた時はとんだ眉唾物だと嗤ったが、まさか我が身をもってそのメカニズムを体験することになろうとは……人類の負の遺産、これがその研究成果か!!

 

「これで終わりだ…!」

 

目の前の少年が再び拳を振り上げ、私にトドメを刺す体勢に移行する。そして、一気に振り下ろし私の身体は無残にも砕け散る……その筈だった。あのスレイヤーが再び介入してくるまでは。

 

「漸く覚醒したか……待ちわびたぞ “ジャッカル”……フンッ!!」

 

「…っ!グゥッ…!?」

 

少年のパンチが炸裂する直前、その手を掴み上げ動きを封じたスレイヤーはそのまま無防備な少年の身体ごと蹴り飛ばす。突然現れたスレイヤーの蹴りに反応出来ず、少年は軽々と吹き飛ばされた。私を、助けに来た……のか?

 

「君は、どうして……あの少年以外興味は無かった筈では…?」

 

「あぁ、その通りだ。それ故に貴様の霧を貰いに来た」

 

「……はっ?何をーーー」

 

スレイヤーの言葉の真意を計りかねた私は、一瞬の内に視界がブラックアウトしたことに遅れて気付く。だが、次の瞬間にはスレイヤーの右腕が私の腹部を貫通していた。痛覚は全く無かった……妙な言い方だが、身体を貫かれた後も暫くの間は何ともなかった。それ程までに鮮やかな行為だった。

 

「貴様は魔物に成り果てた。その瞬間から貴様は我々スレイヤーにとって養分に成り代わったのだ。せめてもの報いだ、我の中で共に生きよ」

 

スレイヤーが腕を引き抜くと、空いた箇所から集めた霧が残照の様に噴き出す。そして、次の宿主に従うかの様にみるみる吸収されていくのがわかる。それは私の命の灯火が消えることを意味していた。

 

「……カハッ!?ウグッ……お前、誰だ…?」

 

スレイヤーに危害を加えられた少年は血を吐きながらゆっくりと立ち上がる。まるで何事もなかったかの様に立ち上がったこの少年も、スレイヤーと同質の存在ということか。問いかけられたスレイヤーは静かに少年へ向き直して、自分の証明を始めた。

 

「我は強さを求める者……それ以上知る必要は無い。肩慣らしを終え互いに条件は揃った。さぁ……我と戦え」

 

「邪魔をするなら、先に相手になる………っ、ぐっ!?くぅ…」

 

勇ましく立ち向かう素振りを見せた少年だったが、突如として苦しみもがき始める。スレイヤーが何か攻撃した気配は無かった。ならば何故…?

 

「貴様……そうか、霧が身体に順応しきっていないのか。だが、その状態で強化した間ヶ岾を打ち倒したか……中々やるな」

 

「ぐぅ…!くっ、身体が……うぇあっ!?」

 

苦しそうに呻き声を上げる少年。無理もない、切れ端に選ばれなかった人間が霧を取り込むことは猛毒を食らうことと同義だ。いずれ霧に全てを飲み込まれ人としての死を迎え、そして魔物として再び命を宿すのだ。そう、それこそが真の共生である……くっ、ふふっ…ふはははっ!

 

「悪くない。貴様は必ずやその霧と順応するだろう……だが忘れるな。その時貴様は我が軍門に降ることになる。フンッ…!!」

 

スレイヤーは蹲る少年を掴み上げ空中に放り投げると、落ちてきた無防備な背中に渾身の力を込めて振るった拳を炸裂させる。それをまともに受けた少年は勢いよく飛ばされグリモアの校舎内の壁を砕き貫く様にその身を衝突させて破壊していく。もはや戦意は欠片程も存在しないだろう。

スレイヤーは満足したのか、踵を返すと一気に跳躍してグリモアから去って行った。もう私は用済みということか……おや、浦白くんが何か私に話しかけているみたいだが、もはや何を言っているのか分からないよ。例え聞こえたとして私は君たち殲滅派の考えは理解できん。それに私には楽園へと誘ってくれる霧の魔物がこんなにもいる。私の生死は問題ではない、霧を尊重し身を委ねる意思があればそれだけで……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

間ヶ岾の襲撃から既に半月が経過しようとしていた。時間が経つのは早いもので、学園中の平和を脅かしたあの戦闘からは考えられないくらい修繕作業が捗っていた。その所為であの出来事自体がまるで無かったのではないかと思える程だ。戦闘によって崩落した校舎はまるで新築の輝きを放ち、それを見た生徒たちにも僅かながらに笑顔が戻っていた。そんな空気に何となく居心地の悪さを覚えた俺は、もはや定番となった学園内の芝生に寝転び物思いにふけていた。

 

「(あの時、俺は確かに今までにないくらいの力を発揮していた。だからこそ強化した間ヶ岾を圧倒出来た……でも、その後に出てきたあの魔法使いには手も足も出なかった。もっと強い力じゃないと駄目なのか…?)」

 

あの時の傷はもう完全に癒えている。でも今のままではまたあいつと戦うことになったとしても、きっと勝てない。力が足りない……もっと強い力が欲しい…!

 

「…ねぇ、君。隣、座ってもいいかなぁ?」

 

そんなことを考えていると、突然誰かに声をかけられる。ふと視線を向けるとそこには見知らぬ女子生徒が俺の返事を待つ様に立っていた。誰だこいつは…?

 

「……好きにしろよ。別に俺だけの芝生って訳でもねぇし」

 

「っ…う、うん。良かったぁ〜!えへへ♪」

 

そう言って妙に嬉しそうな素振りで隣に座り込む女子生徒。何かこいつの一挙一動が胡散臭い様に思えるのは俺の気のせいなのだろうか?

 

「う〜んっ!風が気持ちいいよね〜。あたし、ここがこんなに良いスポットだなんて知らなかったなぁ」

 

大袈裟に伸びをしながらやけにデカい独り言を喋っている女子生徒。別に俺の横でやらなくても他所でやってくれよ。こっちは真面目な話、結構塞ぎ込んでるんだからよ。

 

「あっ、そういえば皆君のこと心配してたよ?意識が戻った途端に、何処かに行っちゃったって。男の子だから身体は丈夫かもしれないけど、心配かけちゃダメだよっ」

 

「……はっ?」

 

「いや、はっ?じゃなくて……もっと色々な人を頼らなきゃダメだってこと!1人で頑張り過ぎてると自分でも気付かない内にガタが来ちゃうよ?」

 

「……何でこっちの話に入って来てるのかは知らねぇけど、干渉するなよ。これは俺の問題だ」

 

「もぉ〜、意固地だなぁ!そういうのが良くないのっ!君が考えてる以上に君のことを想ってる人はいっぱい居るんだからね?」

 

「馬鹿か……そんな奴、居るわけねぇだろうが」

 

「居るもん!」

 

「居ない」

 

「居るんだもん!」

 

「居ねぇって」

 

「絶対絶対居る筈だもん!」

 

「五月蝿ぇな!居ねぇったら居ねぇんだよっ!!」

 

「っ……ぐすっ、絶対居るも〜ん……ふえぇぇん…!」

 

うわっ、こいつ急に泣き出しやがった。何でだよ。

 

「ちょ、おま……くっ、何で泣く!?これで涙拭け!あとコレやるから泣き止め!」

 

こんな光景(俺が女子生徒を泣かしている)を誰かに見られてあらぬ噂を立てられたくなかった俺は、咄嗟にポケットからハンカチと未開封のコーヒーを女子生徒に差し出す。あっ、素直にストローでちゅーちゅー吸ってる。

 

「ぐすっ、ちゅ〜……おいしっ」

 

マジで何がしたかったんだこの女は。いきなり見ず知らずの俺に話しかけてきたかと思えば、勝手に泣き始めてこの有様。とはいえ、この女子生徒の言い分にも幾つか納得のいく点はある。誰かを頼る、か……多分今までの特訓まがいのことじゃ駄目だ。その場凌ぎの力じゃなく本気であいつを倒す為の力を得るには…!

 

「とにかく俺は行くからな。それやったんだからもう泣くんじゃねぇぞ。あと、その胡散臭い喋り方……似合わねぇからやめた方が良いぞ。じゃあな!」

 

「あっ……うん、バイバイ♪初めてだよ……君みたいに心の中が全く見えない子は」

 

俺は見知らぬ女子生徒に別れを告げて足早にその場を離れる。考えるだけでは駄目だ、俺は俺に出来ることをやるしかない。それがこの力を完全に引き出すことに繋がるなら何だって…。

その考えに至った俺は真っ先にある人の元へ向かった。それは何処かというと“歓談部”だ。此処に俺を強くしてくれる人が居る。その人の名は……。

 

「邪魔するぞ。突然だが、あんたに俺の特訓を手伝ってほしい。頼む、あんたにしか頼めないことなんだ」

 

「……あら〜?珍しいお客さんですわぁ♪」

 

その人の名は海老名 あやせ……またの名を“矯正の鬼”だ。




(すめらぎ) 絢香(あやか)
アイドルユニット【Magic☆Star】に所属する、歌って踊れる魔法少女。誰にでも愛想よく振る舞うアイドルの鑑で、学園でもそれは健在。間ヶ岾のグリモア襲撃後、若干の自暴自棄に陥っていたJCの元に現れ、何気ない言葉を投げかけたことが強敵への打開のヒントを授ける。尚、彼女がどうやってJCの居場所を突き止めたかは……?


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第四拾八話 色話せよ 魔法使い

【異変】

「はい、これで無事に受理されたわね。佐伯ちゃんの顔を見れるのも今日が最後かぁ〜……悲しいなぁ」

「先輩、まだ業務あるんですから泣かないで下さいよっ。ほらメイク落ちちゃいますよ?」

「うぅ……ごめんねぇ!佐伯ちゃんみたいな良い子がいなくなっちゃうと思うと、私……ぐふぅ!」

「うわぁ…ひどい顔になってますよ。一回メイクし直さないと先生とか患者さんびっくりしちゃいますから!」

「あぅ……あっ、書類提出しに行かなきゃいけないんだった。じゃあね!またいつでも会いに来て良いんだからね!?」

「はい!それじゃまた!ふぅ…先輩、美人なのに結婚出来ないのってああいうところなのかな?あっ、そうだ……今度いつ来れるか分からないもん、最後に一度心ちゃんに会っていこうかな……んっ?これさっき先輩が持ってた書類だ。知らないうちに落としちゃったのかな……えっ!?な、何これ…どういうこと!?何で心ちゃん………脳死判定から植物状態判定に切り替わってるの…!?」






「……海老名、もう一度ゴーレムを頼む。今度のはもっと硬い奴にしてくれ」

 

「そうかしら?今のも結構自信あったのだけれど……えいっ!」

 

私は魔法で周囲の土を巨大なゴーレムへと変化させます。けれど、これでもう20体近く造っては壊してを繰り返してるけど、JCさんは全然休憩しないのよねぇ……熱心なのは良いことだけど、また具合悪くならないか心配だわ。あ、そうそう。何でこんなことになってるのかを説明しておかなきゃいけないわね。

あの日いきなり歓談部に訪れたJCさんは私に特訓相手のお願いをしてきたわ、それも年度末の3月31日までの空いてる時間をほぼびっしりと……女の子の予定を強引に確保するなんてJCさんって意外と肉食系なのかしら?因みに何で年度末までなのかというと、JCさんが学園長である寧々ちゃんに限界まで休めるのはいつまでかを直談判しに行った結果、“3月はお花見とかする予定だから学園生は強制参加!あやせお姉ちゃんはともかくお兄ちゃんは不良だから本当はもう何日も休めないんだけど、ネネが理事のおばちゃんを説得してあげるね!だってこの前の魔物からお兄ちゃんがみんなを助けたくれたんでしょ?だから特別っ!”なんですって。愛されてるわね〜……あの寧々ちゃんを懐柔するなんて一体どんな魔法を使ったのかしら?

 

「はあああぁぁ………くぅ…!うあっ!ぅおりゃぁああ!!」

 

そんな私の思惑を他所に、JCさんは何やら気を高める様な素振りを見せてゴーレムの頭部と心臓部だけを狙って何度も攻撃を繰り出す。防御力を格段に上げて造ったのに簡単に壊しちゃうんだもの……やっぱりあの“髪色が変わった”のが何か関係してるのかしら〜?

 

「JCさ〜ん、そろそろ休憩しましょうよ〜?」

 

「はぁっ!てやぁあ!!」

 

あら〜?JCさん、熱中していて聞こえていないのかしらぁ?

 

「あまり根を詰めると、また寝込む羽目になっちゃいますよ〜?」

 

「くっ……うぉおおわああ!!」

 

むぅ……何か無視されてるみたいで悲しいわぁ……ちょっとだけ意地悪しちゃおうかしら。

 

「えいっ。もぉ……そんなに自分を虐めたら駄目よ。暫くゴーレムはお預けですっ」

 

「なっ……おい海老名、話が違うぞ!?この期間中は俺に協力する約束だった筈だろうが」

 

私が魔法でゴーレムを土に戻すと、JCさんから抗議の声がすぐさま飛んできました。そうですそうです、もっと私に関心を持って下さい。

 

「いーえ、私はそんなことは一言も言ってませんわ。それに1ヶ月以上ずっと同じことの繰り返しで少し飽きてしまいましたし………そうだ!これから学園の近くで有名なお花見会場に行こうかしら〜?そっちの方が楽しいかもしれませんものね〜」

 

「そんな………分かったよ。無理に付き合わせて悪かったな。海老名の都合も考えないで俺の要求ばかり通すのは虫が良すぎるもんな……それに俺となんか一緒に居ても息苦しいだけだしな」

 

「…へっ?あ、あの…JCさん?別にそういう訳じゃ…」

 

何やら話が良からぬ方向に進んでいるみたいです。何でですか……そんな哀しそうな顔しないで下さい。何故か見ているこっちまで胸が苦しくなってしまいそうです…。

 

「いいんだ気にしないでくれ。俺が勝手言い過ぎたのが悪いんだ、海老名は何も悪くない。学園長には後で俺から言っておくから、花見楽しんでこいよ……じゃあな」

 

そう吐き捨てて、踵を返すJCさん。その背中は深い悲しみを物語っていて、とてもじゃないけれど放っておくことなんか出来そうにありません!私は急いでJCさんの手を掴み、弁解を試みます。

 

「ち、ちょっと待って下さい!さっきのは言葉の綾で本心ってことじゃないんです!だから、そんな寂しいこと……言わないで下さい…」

 

今の私はきっと動揺し過ぎて感情が上手く表現出来ていないかもしれません。だって、あんな顔を見せられたら誰だって……それにさっきまでの艶々としていた赤髪もすっかり元の黒髪に戻っていますし。

 

「…海老名は優し過ぎるんだ。だから俺なんかにも申し訳ないって感情が湧いてくる。でもそれは本当に感じることなのか?だって海老名に非は無いじゃんかよ」

 

「で、ですが……」

 

「…大丈夫。俺、1人でももっともっと強くなるからさ。漸く新しい感覚が掴めてきたんだ、あと少し……何かきっかけがあれば今より強くなれる。そんな気がするんだ」

 

そう言って、私に微笑むJCさん。でも、その笑みはどこかぎこちなく心の奥底から笑っていないことが痛いほど伝わってきます。私の所為でJCさんを追い込んでしまったのね……彼が不器用なのは分かってたことじゃない。なのに何で私は……JCさんに意地悪をしてしまったのでしょう?心のモヤモヤが無くなりそうもありませんわ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁ、話してもらうぞ。間ヶ岾が言っていたことは真実なのか?」

 

グリモアの修繕作業が間もなく完了する頃、私はメアリーを引き連れて生徒会室に赴いていた。目的は武田 虎千代に間ヶ岾の言葉の真意を確認する為だ。先の戦闘中、霧の魔物と化した間ヶ岾は“転校生は裏世界でムサシへ変化し、甚大な被害を齎した”と遺言を残した。もし仮にそれが真実であるならば精鋭部隊として看過する訳にはいかない。学園内に魔物が存在すると認められたなら、執行部から討伐命令が出されるだろう。その場合、精鋭部隊は転校生を……だからこそ、学園の考えを知る必要がある。

 

「……間ヶ岾の言葉は、真実だ。確かに裏世界の転校生はムサシへ変貌し、街を壊滅させた。それはマーヤー・デーヴィーの一件で確定している」

 

「チッ……また得意の隠蔽工作かよ!」

 

武田 虎千代の言葉を受けて、メアリーが我慢出来ずに憤慨する。私も同感だが、今は耐えてくれ。私達にはより多くの情報が必要なのだ。

 

「メアリー、抑えろ。それで、これからどうするつもりだ?精鋭部隊としては、上から命令が出されれば討伐ということにもなりかねんぞ」

 

「それは……絶対にさせん。転校生はあくまでグリモアの生徒、生徒を守るのは生徒会長であるアタシの役目だ。現在、東雲や朱鷺坂、宍戸……それに伊賀忍者やネテスハイムにも魔物化の仕組みについて調査してもらっている。それが解明すれば転校生がムサシへ変わるのを阻止できるかもしれない」

 

「へっ……そんな夢物語見てて良いのかよ?その口ぶりだとまだその方法も見つかってねぇんだろ?」

 

メアリーの追及に一瞬、押し黙る武田 虎千代。しかし、再び口を開いたその瞬間……先程までの弱気な姿勢は消え失せ、強い意志を秘めた瞳と共に言葉を言い放った。

 

「…今年の9月、それまでに必ず見つかる。絶対に転校生を見捨てることはしない!」

 

これは……出まかせや言い逃れの為の言葉では無さそうだな。確たる方法は無いが本気度は伺える。その証拠にさっきまで憤慨していたメアリーも、一瞬だけ口元に笑みを浮かべていたしな。

 

「……そうかよ、だが覚悟だけはしとけよ。他力本願でどうにかなる様な簡単な問題じゃねぇってことだけはよ。マジでどうしようもなくなった時は……アタイが転校生を撃つからな」

 

メアリーはそう言い残して生徒会室を後にする。全く、素直じゃない奴め……安心したのならそう言えばいいものを。

 

「…幻滅、されたかな」

 

「気にすることはない。アイツの口が悪いのは生まれつきだ……それより私からも聞いておかなければならないことがある」

 

「あぁ、情報はなるべく共有しておいた方が良いからな。何でも聞いてくれ」

 

よし、許しが出たか……ならば、ここからは本題といこうか。

 

「先日の間ヶ岾との戦闘で見せたJCの戦い振り……あの異常なまでに飛躍した戦闘力は何だ?あれが以前から言っていた“スレイヤー”だというのなら、私は転校生よりも優先して対処するべきだと思うが?」

 

「…っ!お前!?」

 

私の言葉に動揺しているな……まぁ、これは私の本心ではなく執行部からの通達なのだがな。だが特筆すべきは我々が束になっても足止めするのが精々だった間ヶ岾を1人で打ち倒した戦闘能力と霧を取り込んだ状態から1ヶ月で復活した驚異的な回復力だ。

 

「勿論、JC自身が自分を制御出来ないのならば……という条件付きだがな。私個人としては奴に興味がある、だからこそ間違った判断はしたくない」

 

「アメディック……お前、いやアタシは誤解していたみたいだ。てっきりお前も執行部の命令でJCを排除しようとしているのかと…」

 

「ふっ……私がそこまで冷血に見えるか?確かに命令に従うのは軍人の務めだ。だが、今の私はグリモアの生徒……友人の身を案じるのは当然だろう?」

 

私がそう言って微笑むと、それを見た武田 虎千代もやけに嬉しそうな顔を見せる。こうも表情が変わると何故か面白いな。

 

「それで、当の本人は何処にいるんだ?復帰してから直ぐに何処かへ向かったとは聞いているが…」

 

「あぁ……確か裏世界に向かったと言っていたな。何でも“修業”をしに行くとか。それがどうかしたのか?」

 

「……いや、何とか不安から抜け出してほしくてな。あそこまで完膚なきまでに実力差を見せつけられて凹んでいるかと思ったが、それは杞憂に終わりそうだ」

 

JCの実力は世界的に見てもかなり高いものになっている筈だ。だとすれば綻びを見せるなら内面……それも精神的な部分だろう。まだ以前の様に学園生と触れ合っていないと聞く。それが乖離を促進させる要因にならなければ良いのだが……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……先輩、また何処かに行っちゃった。元気になったのは嬉しいですけど、これじゃ生殺しですぅ…」

 

購買部のレジで1人項垂れているのはあたし、桃世 ももです。先輩の具合が良くなったことは風の噂で聞いたので、まずはホッとしてます。でも、その後暫くしてまた何処かへ行ってしまいました。何でも“海老名先輩と一緒に居る所を見た!アレは絶対にデートだ!”なんて言う人もいたけど、あたしはそうは思いません。だって、あたしの知ってる先輩はそんな節操なしじゃないもん!確かに女の子には甘々な所もあるかもしれませんけど、それは先輩が元々優しすぎる性格だからであって……でも、海老名先輩ってすごくおっとりしてて雰囲気も穏やかで大人の女性って感じだもんなぁ。あたしと違って美人さんだし、胸も大きいし………はっ!だ、駄目駄目!そうやって直ぐに人と比べちゃいけないの!あたしは純粋に先輩を心配してるだけなんだから!

 

「も〜も、何1人で百面相してんのよ。さてはま〜た“愛しの先輩”のことでも想像してたでしょ〜?」

 

「ツ、ツクちゃん!?も、もう…揶揄わないでよぅ!あたしは先輩がまた何か悩んでるんじゃないかって心配なだけで…」

 

「ふ〜ん……あんた達、もう付き合っちゃえば良いのに」

 

「……ふぇ!?つ、付き合う!?あたしと、先輩が……ふわぁ…」

 

「ちょ、もも!?鼻血!鼻血出てるから!どんだけハードな妄想したのよ〜!?」

 

ツクちゃんが慌ててポケットティッシュで拭いてくれます。でもでも!あたしはそれ以上に興奮しちゃってます!だって、あたしと先輩がこ…恋人になるってことだよね!?朝は並んで登校したり、お昼は手作りのお弁当を一緒に食べたり、放課後は勉強を教え合ったり街に遊びに行ったりしても良いんだよね!?門限いっぱいまでウィンドウショッピングを楽しんだり、それでもちょっと足りなくて先輩の声を聞きたくて夜電話してみたり……耳元で囁かれているみたいで少しくすぐったいけど、すごく幸せな気分になっちゃいます。先輩……あたし、会いたいです。先輩といっぱいお喋りしたいです。先輩の笑った顔、いっぱい見せて下さい……じゃないとあたし、切ないですよぉ…!

 

「…そういえば、さっきあやせ見たわよ。でも、JCの奴は一緒に居なかったけど「そ、それ!何処で見たの!?」わっ!?な、何よいきなり大声出して……えっと、確か訓練所を出てすぐにすれ違ったから“学生寮”の方に行ったと思うけど……って、もも?何でツクにエプロン渡してるの?」

 

「あたし、海老名先輩に会って先輩のいる場所聞いてくる!だからツクちゃん、代わりに店番お願いね〜!!」

 

「えぇ!?ち、ちょっと待ちなさいよ〜!ツク、店番とかやったことないんだけど……って、聞いてないじゃないのぉ!もぉ〜!?」

 

ツクちゃん、ごめん!でもあたし、もう何もしないことに我慢できないの。先輩だってきっと誰かに寄り添ってほしいって思ってる筈だもん。例えそれがあたしじゃなくても……ううん、今はそんなこと考えない。とにかく先輩に会って話さないと!

全力で走っていると、目的の学生寮が視界に入ってきました。海老名先輩の部屋は……あっ、あそこがそうかな?つい勢いで来ちゃったけど、なんて声を掛ければ良いんだろう…?

そんなことを考えて海老名先輩の部屋の前で悶々としていると、不意に扉が開きました。中から出てきたのは当然、海老名先輩です。

 

「……あらぁ、桃世さん?私の部屋の前でどうしたの?」

 

「あ、あの…!海老名先輩にお話しがありますっ。実は…!」

 

あたしがそう言いかけた時、海老名先輩は何かを察してくれたのかあたしの言葉を遮って部屋の中に招き入れてくれました。

 

「待って、その先は部屋の中で聞くわ。さぁ…どうぞ」

 

「えっ?は、はぁ……失礼します…」

 

海老名先輩に促される様に部屋にお邪魔するあたし。もしかして、海老名先輩も何か聞いてほしい話があるのかな…?

 

「はい、これ簡単なもので悪いけど……」

 

「あっ、新茶…ありがとうございます。あの、それでお話しなんですけど…」

 

「分かってるわ……JCさんのことでしょう?」

 

うっ、やっぱりバレてる!?そうだよね、いきなり押しかけてくるなんてそれしか考えられないもんね……よしっ、ここは当たって砕けろだよね。

 

「はい……年明けくらいからずっと意識不明だった筈なのに、学園が魔物に襲われた時はそんなの感じられないくらい元気だったと聞いています。でも、あたしにはそれがすごく不安なんです!どうしてか分からないけど……また先輩は何処かに行っちゃう様な気がして……海老名先輩は先輩と一緒に居たんですよね?先輩から何か聞いてませんか…?」

 

「そっか……だからあんなに強くなろうとしてたのね。あっ、ごめんなさい。桃世さんが心配している様なことは無いはずよ。ただ、多分焦っているんだと思うわ。桃世さんはこの前の襲撃で今までにないくらい強い魔法使いが現れたことは知ってるかしら?」

 

「……はい。直接見た訳じゃありませんけど、先輩でも敵わないくらい強かったって誰かが話してるのを聞きました。もしかして、それが原因なんですか…?」

 

あたしがそう聞いた瞬間、海老名先輩は何故か少し悲しそうな笑みを浮かべました。

 

「……さぁ?私が知ってるのはここまでなの。それに、もうそれ以上は聞けないかもしれないし……さっきね、振られちゃったの」

 

「えっ!?そ、それって…」

 

あたしが言わんとすることを理解したのか、海老名先輩は急にわたわたと手を振って慌て始めました。

 

「…あっ、違う。違うのよ!?そういう意味じゃなくて、JCさんを怒らせちゃったってだけで別にJCさんのことは何とも……いや、JCさんのことはどちらかと言えば……す、好き…だけど……って私、何言ってるのかしらぁ!?」

 

「海老名先輩……可愛いです!」

 

いつもみたいな余裕たっぷりの海老名先輩と違って、1人の男の子のことを想って取り繕うと空回りしている年頃の女の子チックな今の海老名先輩は普段の何倍も可愛いです!でも、こんなに可愛い人を振っちゃうなんて先輩って意外と選り好みが激しいんですね。それでもあたしは諦めませんけどっ!

 

「も、もぉ……そんなに揶揄わないで頂戴っ!でも、真面目な話……JCさんは思い詰めている節があるみたいね。今回の“特訓の件”についてもいきなりやって来て“月末まで付き合ってくれ”って言ったと思ったら、結局私のゴーレム目当てだったみたいだし………少しくらい私にも感心持ってくれたって良いのに」

 

「あ、あはは……先輩ってちゃんと話すとすっごく誠実って分かるんですけど、意外と思わせぶりな発言多いですからね〜」

 

「…あらぁ?その口ぶりだと桃世さんはものすっ〜ごくJCさんを信頼してるってことになるんじゃないかしらぁ?と言うか、信頼よりも“親愛”?“LOVE”?んふふ、どっちにしてもJCさんがだ〜い好きってことよねぇ〜?」

 

ものすごく嬉々とした様子であたしを弄り始める海老名先輩。あぅ……な、何でそんな話になるんですか〜!?

 

「あっ、あの……その……えっとぉ………はいぃ……///」

 

「んふふ〜、良いこと聞いちゃった〜♪そっかそっか〜、JCさんってば隅に置けないなぁ〜」

 

「あぅあぅ〜!誰にも言わないで下さいよぉ〜!?特に先輩には絶対内緒ですよぅ!?」

 

「あらあら〜、素敵なことなのに……あっ、そうだ!JCさんに謝りに行くついでに桃世さんが非常にひっじょ〜に心配してたわって知らせてあげなくちゃ♪」

 

「絶対駄目ですぅ〜!!!」

 

海老名先輩って、やっぱり謎だ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……よく、来てくれました。こちらの世界は、あなた達を…歓迎、しま…す……くっ、くくっ!もぉ〜!!我慢出来ません!仲月さん!今すぐJCさんから離れて下さいっ!」

 

「ねぇ、JCくん……もう身体は大丈夫?何処か動かすの辛かったら私が付きっきりで看病するから遠慮なく言ってね?」

 

「……さら、気持ちは有難いけど無視は良くない。水瀬、怒ってるからさ」

 

「あっ…ごめんなさい。久しぶりに会えたからつい……えへへ♪」

 

そう言って妙に可愛らしく笑いかける裏世界の仲月さん。こちらの仲月さんと非常によく似ていて愛嬌溢れる女性に成長した様子ですね。ですが、目の前でJCさんにべたべたと抱きつくのは全く別問題です。いきなり2人揃って裏世界から帰ってきたかと思った途端にこの始末です。元々グリモアとしては彼女たち裏世界の住人を受け入れる準備を整えてきましたが、流石に全員一度にこちらに来るということは無かった様ですね。

 

「今回は私だけです。いきなり全員で押しかけても困るでしょうし……それに、素直に提案を呑める程まだ心に余裕がない人たちが大勢いるから」

 

「…そうですか、心中お察しします。ですが、こちらも現在大変な事態に見舞われていて対応が遅れそうなので、正直なところ助かります」

 

「…どういうこと?」

 

間ヶ岾が学園を襲撃したことを報告するべきでしょう。しかし、それには付随するウィッチ……双美 心の死についても触れる必要があります。ですが、何故かこの話題に触れてはいけない様な気配を感じます。特にJCさんの前では……。

 

「さら、俺は先に部屋に戻ってる。また明日からの特訓メニューを考えなければいけないから……用があれば寮まで来てくれ。水瀬もじゃあな」

 

「あっ……JCさん!」

 

私の呼び止める声にも反応せず、歩いて去ってしまいました。むぅ……学園に戻って来てから少し冷たいですね。昔は“薫子さん 薫子さん”って無邪気に駆け寄ってくれたのに……あの頃のJCさん、凄く素直で可愛らしくてまるで弟が出来たみたいで嬉しかったですわね。今はあの頃よりもずっと逞しく身体も筋肉質になって男性らしく頼もしい殿方に成長して、少し恥ずかしい気持ちになりますね。でも、以前の様なとっつき易さはあまり感じられなくなっていて、結構寂しいですね……。

 

「もしかして、あなたもJCくんにラブラブな感じかな?」

 

「…っ!?な、何を仰るのですか!?私は別に……そ、そんなこと……」

 

こ、この人は突然何を言っているのでしょう!?何故いきなりそんな話になるのですか!?た、確かにJCさんのことはお慕い申しておりますけれども……私ってそんなに分かりやすいんでしょうか?

 

「ん〜?そうなのかなぁ……私はJCくんのこと、大好きだよ!いつも一生懸命で誰かの為に頑張れる人、でも色んな女の子に優し過ぎるのはちょっと頂けないかなぁ」

 

「あっ、それ分かります。本人にはその気は無いでしょうけど、結果的に好意を持たれるきっかけになることが多い様ですし……」

 

「分かるぅ〜!いつの間にか知らない女の子と知り合いになってて、しかも超〜仲良さげにしてたりするの!そのくせ後で問いただしてみると、“新しく出来た友達なんだ”ってすっごく目キラキラ輝かせて嬉しそうに報告してくれるの。それ見たら私もう何も言えなくなっちゃって……」

 

「それは……同感です!異性とはいえ友人を作ることは大切なことです。それ自体はとても喜ばしいことなのですけど、同時に何故か心が晴れない様な感覚と言いますか……そういう方に限ってJCさんに好意的な視線を向けていることが多いですし、かと言って私が勝手にヤキモキするのも烏滸がましいと言いますか…」

 

お互いの情熱を交わした私たちに一瞬の静寂が訪れます。そして、どちらからともなくお互いに差し出した手を握り締めて、ニィと笑みを見せます。

 

「…どうやら私たち、気が合いそうですわね」

 

「えぇ……でも、JCくんを譲るつもりは無いよ。だから、お互い頑張ろうね♪………すっごく強敵だけどね、JCくん」

 

「そう、ですね……ピュア過ぎるというか、鈍感というか……でも、そこがJCさんの良い所です」

 

「そぉ〜なの!すっごくいじらしいけど、すっごく可愛いんだよねぇ〜♪」

 

お互い話題は尽きない様ですね。恋敵の筈なのに険悪な感じはしませんし、同じ人を好きになることは、意外にも悪いことばかりでは無いのですね…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………おい海老名、何でこんな所に連れて来られてる?」

 

「えぇ〜?お話ししましたよねぇ。新しい特訓の方法を思いついたと〜」

 

海老名と別れた数日後、暫く連絡を取っていなかったのだが唐突に呼び出されたのは風飛市にある有名な花見会場。確か、あのお子様学園長も3月は花見をする予定があると言っていた気がするが……まさか、今日がその日なのか?

 

「それがこれか?悪いが俺には花見なんてしてる時間は無いんだ。だから帰「さぁ、行きますわよ〜」えっ?ちょ、おわっ!?」

 

何やら良からぬ気配を感じ取った俺は即座に立ち去ろうとしたが、ガッチリ腕をホールドされて連行されてしまった………あまり言いたくないけど俺の右腕を両腕で抱きつく様に抱える海老名だが、その……胸が結構な感じで押し当てられてるんだ。本人が自覚しているのかどうかは知らないが………少し顔を見て確認しておくか?

 

「……うぅ…///」

 

……はっ?な、何か凄い顔赤くなってないか?風邪か?これ、止めなくていいのか?

 

「お、おい海老名……あんた、熱あるんじゃないのか?だったらこんなことしてないで病院行こうぜ?」

 

「…はい!?そ、そんなことありませんわ〜!?おほほほ〜…」

 

無理くり勢いで誤魔化そうとしている海老名。あんた、普段そんなことしないじゃんかよ……絶対何か企んでるよな?これ逃げるか……いや、そしたら具合悪そうな海老名を置いて帰ることになるのか。どういう理由があって俺を連行したのかは知らないが、それを無視して放っておくのも気が引けるよな…。

 

「無理するなよ、こんなに顔真っ赤になってんじゃんか」

 

「きゃっ!」

 

本当に体調が悪いなら休養させるべきだと感じた俺は、空いてる左手で海老名の左頬に添える。すると、突然触れられて驚いたのか軽く悲鳴を上げられた。でも、多分熱は無かった様に思えたのだが……それでもちょっとショックだな。

 

「あ……ご、ごめんなさい。いきなり触るからびっくりしちゃったわ〜…」

 

「……あぁ、悪い。やっぱり俺、帰るわ……あ、新しく考えた特訓メニュー、試さないといけないから…」

 

俺は気まずくなった空気を感じ取ってやはりその場を立ち去る為に来た道を戻ろうとしたが、唐突に海老名によって腕を掴む力が増した。

 

「だ、駄目です!これは、その……そう!辛いことにも耐える訓練と言いますか……だから、逃げないで下さい!」

 

「っ……!逃げる?俺が?何から逃げるって言うんだよ……放せって!」

 

俺は無意識のうちに力がこもってしまい、若干振り解く力が強くなってしまう。少し強引に振り解いてしまい、バランスを崩す海老名。駄目だ、これ以上ここに居たら海老名を傷つけてしまう。今すぐここを離れなければ…!

 

「…ま、待って下さい!あの、行かないで下さい……JCさんがお辛いのは、分かりますから……そんなに自分を責めないで下さい」

 

振り向き様の俺の背中を抱き締める様に止める海老名。ど、どういうつもりだ?俺が辛いのが分かるだと?そんなことない、そんなことあるはず……。

 

「私は大丈夫ですから……どうしても嫌なら、せめて少しだけでも私とご一緒して下さい……お願いします…」

 

きゅっと口元を結んでそう懇願してくる海老名。その目にはうっすら涙が浮かんでいる……一体何を知っているんだ?

 

「……他の学園生もいるんだろ?だったら俺なんか誘う必要無いじゃんか」

 

「そんなことありません。私はJCさんと一緒にお花見をしたいと思ったんです。ずっとじゃなくても大丈夫ですし、時々でも良いのでご一緒させて下さい。もしみんなと会うのがお辛ければ、私が人通りの少ない場所を手配しますので……どうかJCさんの側に居させて下さい」

 

海老名の抱き締める力が少しだけ強くなる。今日のあんたはどうしてこうも強引なんだ?これじゃ俺が頷くまでそうしてるつもりなんじゃないだろうな……仕方ないか。

 

「……また、特訓付き合ってくれんなら…いいけど」

 

「…っ、はい!じゃあ早速行きましょう〜♪」

 

俺の返事に気を良くした(?)のか、海老名が再度俺の手を引いて花見会場の中へ歩みを進める。暫く歩くと会場のかなり奥まった場所に案内された……確かに人通りも多くないし景観も良い様だ。所謂“隠れスポット”と言われる場所みたいだ。

 

「じゃあ私はシートと飲み物を持ってきますので、ここで待ってて下さいねっ。少し時間が掛かると思いますので、もしお暇でしたら辺りを見て回っていても大丈夫ですわ〜」

 

有無を言わさず海老名がパタパタと何処かへ駆けて行った……まぁ、また特訓に付き合ってくれるのなら少しくらい羽を伸ばしても良いのか?

 

「あの〜、そこのお兄さん?今、お一人ですか〜?」

 

「えっ……あ、まぁ…一応そうですけど…」

 

そんなことを考えていると、不意に誰かに声を掛けられた。視線を向けると明るい茶髪の活発そうな女性とその後ろにクールめな蒼髪の女性、そして更にその背後に若干怯えながらこっちを覗き込んでいる黒髪の女性がいた。

 

「本当ですか!あたし達近くで飲んでるんですけど、良かったらお兄さんも一緒に飲みましょうよ〜!」

 

「いや、でも俺未成年だし…お酒飲めないですよ…?」

 

「えっ、そうなんですか〜?お兄さん、すっごく大人っぽいから同い年くらいだと思いました〜!えっ、お兄さんいくつですか?」

 

「えっと……18、ですけど」

 

「えぇ〜!歳下なのぉ!?や〜ん♪あたし、すっごいタイプ〜!ねぇねぇ、絶対一緒に飲も〜よ!ほら、ノンアルコールもジュースもあるし……駄目?」

 

どう…しようか?でもまぁ、断る理由も無いし海老名も暫く戻って来なさそうだしな……あと、この人めっちゃ酒臭い。多分後ろの2人もベロンベロンに酔っ払ってるっぽいんだけど……そういうのって裏世界でミナとか恋みたいで何か放っておけないんだよな。酒はストレス発散の為に飲むんじゃ〜!って言ってしな……この人も酒で誤魔化すくらいストレス抱えてるんだろうな、きっと。

 

「まぁ、連れが来るまでの間だけなら…」

 

「やったー!じゃあ、ほらほら早く行こうよ〜!2人とも〜、この子一緒に飲んでくれるって〜」

 

俺の手をグイグイ引いて近くのシートまで連れて行く茶髪のお姉さん、そして先に着いていた2人が座る場所と飲み物(ノンアルコール)を譲ってくれる。あっ、俺本当に飲むのね。

 

「ほら、こっちに座ると良いよ。ごめんね、急に巻き込んでしまって」

 

「あぅ……ご、ごめんなさい〜。私、男の人苦手で…」

 

「はぁ、そうですか。でも、俺なんか誘って良かったんですか?」

 

「もういーのいーの!女3人で飲んでたってもう何〜も面白くないんだから!そ・れ・に……君みたいなイケメン漁るのも楽しそうだし♪そういえば君、名前は?」

 

「えっと、俺はJC…って言います。名字は無いっていうか記憶の一部が喪失してて分かりません。皆さんは?」

 

「あたし?あたしは赤城 さくら、23歳!“さくらちゃん”もしくは“さくらお姉さん”って呼んでね♪じゃあ次は百合ちゃん!」

 

「ボクかい?まぁ、いいけど。ボクは青山 百合、因みにここにいる全員は同い年でみんな幼稚園の先生だよ。最後は椿だね」

 

「は、はいぃ……私は黄瀬 椿ですぅ…。あの、その……は、恥ずかしいので、あまり見つめないで下さい〜っ!?」

 

三者三様の反応を見せるこのお姉さん方。楽しそうな人たちだ…。

 

「それじゃあお互いの自己紹介も済んだところで、あたし達の出会いを記念して祝杯をあげたいと思いま〜す!みんなグラス持って〜……せーのっ」

 

『乾杯〜』

 

さくらさんの合図でお互い持っていたグラスを突き合わせ、俺以外の3人がグラスを一気に煽る。うわ〜、3人とも良い飲みっぷりだ…。

 

「んくっ、んくっ……ぷは〜っ!休日の昼間から飲むお酒、最っ高〜♡桜も綺麗だし〜お酒も美味しいし〜……それに何と言っても、歳下イケメンとご一緒してるのが大きいよね〜!うりうり〜、もっと近ぅ寄りんさいよ〜」

 

「いや、俺は別にここでいいんで……うわっ、酒臭っ!」

 

酔っ払ったさくらさんが俺の身体に腕を回して絡み付いてくる。うっ、胸が当たってます…。

 

「ハハハッ、さくらは相変わらずだなぁ。そうやってまた彼氏くんに振られたんだろう?」

 

「そ、そうだよぉ……それにその子も困ってるみたいだし…」

 

「むぅ〜!何よ何よ百合ちゃんも椿ちゃんも!この子はあたしがゲットしたんだから、最初に楽しんでも良いでしょ!ねぇ、君もそう思うでしょ?それとも……あたしじゃ駄目?」

 

ウルウルした瞳で俺を見つめるさくらさん。百合さんも椿さんも変に煽るの止めて下さいよ……仕方ないな。

 

「いや良いとか悪いとかそういう問題じゃなくて……そんな簡単に知らない男に近づいちゃ駄目です。その人がもし悪い人ならどうするつもりですか?」

 

「んーっ、それがそうでもないんだよねぇ。さくらが好きになるのって決まってみんな性格の良い優男ばかりなんだよ。そういう意味では人を見る目はあるかな」

 

「さくらちゃん、いつも言ってるよね……付き合ってもエッチまでいかないで別れられちゃうって」

 

「あたしのプライベートダダ漏れ!?うわぁああん!慰めてよぅ!JCく〜ん!!」

 

そう言って俺に泣きつくさくらさん。酒の勢いに任せてなのか随分と俺に対してのボディタッチが激しくなる……あっ、そこ駄目。さすさすしないで……あぁ!!

 

「ふわぁ……JCくんって意外と筋肉質なんだねぇ。腕も太くて逞しいし……ていうかすっごいカチカチだよねぇ!もしかして腹筋も割れてる?」

 

「は、はぁ……まぁ、それなりには……ひぃ!?」

 

やけに目をギラギラさせて俺の方を睨むさくらさん。気がつけば百合さんと椿さんも同様の視線を俺に向けていた。やばい、何か嫌な予感がする…!

 

「ねぇねぇ、これ触っても良いかな?ていうか良いよね?あたしの方がお姉さんだもんね?」

 

「い、いや……それはちょっと…って、百合さんと椿さんもさくらさんのこと止めて下さいよ!?」

 

「…いや〜、実はボクも君に興味があってね。少し我慢してくれればすぐに済むと思うからさ」

 

「あぅ……ごめんね?ちょっとくすぐったいかもしれないけど」

 

「やっ、それマズいって!ちょ、服捲らないで……うひゃあっ!?」

 

マズいマズいマズいマズい!?今公衆の面前でそんなことされたら、隠し持ってる拳銃が見つかってしまう!弾は装填されてないが学園外での携帯及び使用は非常時以外認められないし、そもそも俺は学園に許可すらもらっていないから最悪の場合一発で逮捕されてしまう恐れが……かと言って俺から手をあげる訳にはいかないし……あぁ〜!どうすればいいんだぁ!?

 

「……JC、さん?一体、何をなさっているのですか……?」

 

「っ…!え、海老名……助けてくれ!この酔っ払いどもが」

 

海老名の方を向き直してそう声を掛けた俺だったが、海老名の顔を見た瞬間にそれ以上の言葉を紡ぐことが出来なかった。別にこの酔っ払い三人衆が俺に何かした訳じゃなく、単純に海老名の表情が鬼の様になっていたのが怖過ぎて黙っただけだ。

 

「JCさん、何を黙っているのですか?私はただJCさんの為にお花見用のシートと食べ物を取りに行った私を放っておいて何をしていたのかと聞いているだけですわ〜」

 

海老名、そのニコニコ具合が本当に怖い。何でそんなに怒ったんだよ…?

 

「むぅ〜…あなた!JCくんの何なの?まさか彼女じゃないよね?」

 

「か……あ、当たり前です!私はJCさんと同じ学園の生徒というだけで、別にそれ以上の関係では……」

 

発言の途中でどんどん尻すぼみになっていく海老名。おい頼むからちゃんと最後まで言ってくれないと聞こえないじゃんか。

 

「ふ〜ん……じゃあこのままあたし達がJCくんと遊んでても問題ないよね?良かった〜!百合ちゃん椿ちゃんこの後どうする?お家、連れてっちゃう?」

 

「…さくら、ちょっと待って。ねぇ君、さっきJCくんと同じ学園って言ったよね?もしかして2人とも……“グリモア”の生徒なのかな?」

 

ん…っ、百合さんの目つきが変わった?どうしたんだ…?

 

「はい…?えぇ、そうですけど……それがどうかなさいましたか?」

 

な、何だ?さっきまでの和気藹々な雰囲気が一気に消え去ったぞ。よく見たらさくらさんや椿さんまでもがまるで恐怖の存在を見たかの様な顔をしていた。何かあったのか…?

 

「……いや、何でもない。それより、ボク達も用事があるからそろそろお暇させてもらうよ。ほら、さくら……彼を放してあげなよ」

 

「うぇ?うぅ〜…しょうがないなぁ。じゃあね♪ほら椿、ぐずぐずしてると置いてっちゃうよ〜?」

 

「あっ、待ってよぉ……あの、失礼しますっ」

 

3人揃ってそそくさと行ってしまった。何だったんだろうか……って、おわぁ!?

 

「JCさん、まだお話が済んでいませんわ。さっきの続き、聞かせて下さいませ♪」

 

「ぐっ…海老名、首決まってる…!ちゃんと話すから、手ェ放してくれ…!」

 

俺が懇願すると、渋々ながら拘束していた腕を緩める。ふぅ……危うく死ぬところだったぜ。

 

「かはっ…!く、くぅ……良い技持ってんじゃねぇか。今度使わせてもらうわ…」

 

「そんなことはどうでもいいので、ちゃんと話してくださいっ」

 

そ、そんなにぷりぷりしなくても良いじゃんかよ。まぁ、別にやましいことがある訳じゃ無し素直に話すか…。

 

「そんな大したことじゃねぇよ。海老名がどっかに行った後、暇して待ってたらあの人たちが誘ってきたんだよ。別に断る理由もねぇし暫く付き合ってたら、酒の勢いもあってあれよあれよとさっきの状況に……でも、この後用事あるなんて一言も言ったなかったけどな。それに急に態度もおかしくなったし…」

 

「……JCさん、あなた自分がグリモアの生徒であることを教えましたか?」

 

「はぁ…?いや、名前と歳しか言ってないけど……それがどうかしたのか?」

 

俺が何の気無しに問いかけると、海老名は何かを考える様な素振りを見せて周りを見渡した後、静かに口を開いた。

 

「……JCさんは“モンマスの悲劇”のことは知っていますか?」

 

「モンマスの悲劇?何だそれ……聞いたことねぇな」

 

「そうですか……簡単に説明すると、魔法使いと一般人の間に生まれた軋轢のことです。魔法使いは選ばれた存在だ、一般人こそまともだという特異な意識からやがて人間同士の争いに発展してしまったんです。この風飛は魔法使いに寛容な人が多いですけど、中には魔法使いに苦手意識を持っている方も少なくありません。恐らくあの御三方も…」

 

そうか……今の海老名の説明からすれば、俺を魔法使いだと認識していなかったが為に普通に接してくれていたのか。俺が魔法使いだから……拒絶、したのか…。

 

「なんか……それすっごく悲しいな。さくらさん達が悪いわけじゃないんだろうけど」

 

「JCさん…」

 

ヤバいな、気を抜いたら目から涙がこぼれ出てしまう……様な気がしただけだった。大丈夫、最近なんだかそういう気持ちが込み上げることが無くなってきた気がするな。感情の起伏が無くなったとも言うべきなのか?

 

「…うしっ、うじうじ悩んでてもしゃーなしだな!海老名、色々持ってきてくれたんだろ?この際パ〜っと飲んで忘れちまおうぜ」

 

「えぇ!?お、お酒は持って来てないですよ?あ、あと未成年なので飲酒は駄目ですよ〜っ」

 

敢えておちゃらけて見せるとさっきまでの深刻な空気は吹き飛び、普段は温厚な筈の海老名のツッコミが軽快に決まる。結構珍しいよな、海老名のツッコミ。

 

「なぁ、海老名。一つ、言ってもいいか?」

 

「はい?まぁ、あまり失礼なことじゃなければ…」

 

俺ってどんなイメージだよ。そんなに信用ならんのか、俺って。まぁ、いいや。

 

「俺、海老名のこと……信じてるから」

 

「……はい!?な、何ですかいきなり……こ、困ります…」

 

何顔赤くしてるんだ。別に深い意味は無いぞ?

 

「良いんだよ、海老名はそのままで。変なしがらみやら権力やらに囚われないでいつでもおっとりのほほんとしてて、誰かの話を聞いてやる余裕と優しさを持ち続けてくれればよ」

 

「…それ、若干私のこと馬鹿にしてますよね〜?」

 

「いや、それ違ぐぁああっ!?」

 

指が若干変な方向に曲がった気がする。海老名の奴、照れ隠しのつもりなのか。可愛い奴めぎゃあああっ!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




【モンマスの悲劇】
一般人の中には魔法使いを化け物扱い或いは魔物と変わらないとまで言う者もいる。魔法使いと一般人とで軋轢が生じ、イギリスのモンマスで隔離政策が行われたことが語源である。その結果、魔法使いは選ばれし者、一般人はまともな人類と選民意識を強めることになり、やがて人間同士の争いに発展してしまった。このことを教訓とし、現在の魔法使いは一般人に対して魔法を使用することを全面的に禁止することを旨としている。また、稀有な例だが学園生の中でも度重なる交流によって一般人との信頼関係を築いている者もいる。


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第四拾九話 知覚せよ 魔法使い

【違う未来】

「はぁ〜……やる気出な〜い…」

「お前なぁ……まぁ今回ばかりはあたしもなんだよな〜。自分が死ぬ夢だもんなぁ…」

「はふぅ……お二人とも、お待たせしました。やはり季節限定ケーキというのは時間が掛かりますねぇ」

「先生、別に席で待っててもよかったのに。自分で取りに行かなくても、お店の人が運んでくれるよ?」

「いいえ、楽しみで待ちきれません。それに自分で運んだ方がきっと幸せも倍増ですよ」

「西原はどう思うんだ?転校生が言うにはこの前霧の嵐に巻き込まれて第8次侵攻の真っ最中に連れてかれて、そこで本当は死ぬはずだったあたしと千佳と合流して逃げたんだと」

「はぁ…それはまた興味深い話ですねぇ。霧の嵐ということは、ゲートと違って確認が出来ないのが悔やまれますが」

「でもさ、転校生の話だとまた出てこなかったんだよね……JC」

「千佳の奴、さっきからそればっかなんだよ。確かにこっちじゃ第7次侵攻の時にはJC見つかってたもんな。それなのに違う世界じゃ誰も知らねぇって絶対変だよなっ!そこんとこ西原の魔法で何か分かったりしねーの?」

「ゆえの予知魔法でも他の世界のことまでは流石に分かりかねますが……でも一つだけ判明したことがありますですよ」

「おっ、何だ何だ?」

「間宮さんがJCさんのことをとてもお慕いしているということです。それも自分の命よりも優先するくらいに……お熱いですねぇ♪ひゅーひゅーです♡」

「千佳が…JCを?おいおい、そりゃねぇだろ〜。だって、前に千佳言ってたぜ?あんな中身お子様野郎なんて全然タイプじゃないし眼中にないって。そうだよな、千佳?」

「………。あぅ…///」

「……えっ?千佳、お前…マジなのか?えっ?ど、どうなってんだぁ!?ちゃんと説明してくれよぉ、千佳〜!?」

「………むむっ!これは、また新たな火種の予感が……相変わらずJCさんの周りには災厄が付き纏う運命のようですねぇ。はむっ……ん〜!おいひいれす〜♡」



「…中国ぅ?おいおい、何だそれ聞いてねぇぞ?」

 

新年度早々何やらクラスの中のあちこちでそんな話題が飛び交っていた。割と直近まで海老名のゴーレムと拳を突き合わせてたからな……そういえば随分前に捨てたデバイスが戻ってきたぞ。渡す時に結希さんが“不要な連絡は全て遮断する様に再設定しておいたから”って珍しく笑ってたんだよ。何だこれ怖っ……って思ったぞ、うん。

 

「……って、そんなこと考えてる暇なかったな。さら達も一旦裏世界に戻っちまってるし、海老名もこれ以上酷使する訳にはいかんとなると……大人しく身支度でもするか?」

 

聞くところによれば、出発までもう1ヶ月を切っているらしい。周りの学園生は各々準備を進めているだろうが、たった今それを聞いたばかりの俺はまだ何の準備も出来ていない。さて、困った困った……誰かに頼るといってもそんな人脈ねぇしな。

まぁ、そんな思惑を巡らせつつ気づけば俺は購買の前まで歩みを進めていた。うおっ…!いつにも増して盛況過ぎるだろって、おい。皆考えることは同じってか?

 

「わっ、わわっ!?み、皆さ〜ん!落ち着いて下さい〜!?十分な数の品物をちゃんと用意してますから〜!?」

 

ももちゃんがやけに忙しなく接客している様子が購買の前にいる俺の所にまで痛い程伝わってくる。慣れてるはずのももちゃんですら捌き切れないのか。だったら俺に出来ることは無いだろうな……多分。

 

「だからって、見て見ぬふりなんて出来るもんか。大して力にもなれやしねぇだろうが、居ないよりかマシだろ」

 

ここでついさっきまでの自分に喝を入れる。見ず知らずの相手ならともかく、優しさの塊みたいなももちゃんなら誰だって手を差し伸べるだろうさ。それにしても最近俺の頭の中で意見が分かれることが多々あるんだよな……メタ認知的なことなのか?

 

「はいは〜い!ちょっと通してくれぇ!うおっぷ!?ほら、好き勝手に押すんじゃないよ!あい、あぁい!オラオラ道を開けんしゃいって、コラァ!」

 

俺は意を決して人混みの中へ飛び込んでいく。こ、この学園生共が……遠慮なさ過ぎだろ!?いや、ちょお前ら、そんな強く押すなって……おわぁああっ!?

 

「痛っ〜!?くっそぉ、好き放題しやがって……んっ、何だこれ?妙に柔らかい感触が右手に………はっ!」

 

人の波に襲われあれよあれよと流される内に、店の奥まで押されてしまったところで漸く止まった。だが、不思議なことに壁やら棚やらにぶつかった形跡は無く、代わりに得体の知れない柔らかいものが俺の右手の中にすっぽりと収まっていた。恐る恐るその主の方向へ視線を移すと、そこには羞恥によって顔を真っ赤にし、ぷるぷると身体を震わせているももちゃんの姿があった。それもそのはずだ。何故なら俺が触れてしまっていたのは彼女の……。

 

「せ……先輩?あの、いきなりこういうのは……その、困りますぅ…///」

 

「っ!?わ、悪いっ!!これは、その……いや、何言っても言い訳になるな。弁解の余地は無さそうだな……このまま俺を警察に突き出してくれ」

 

「そ、そんなことしませんからぁ〜!?そ、それに先輩から触ってもらえて、ちょっと嬉しかったですし……」

 

俺が素直に身を差し出すと、ももちゃんは嫌な顔一つせずに穏便にことを済ませてくれるという。エプロン越しとはいえ女性の胸に触れてしまった事実は変わらないし、人によっては心に傷を負うことも当然ある。不可抗力とはいえ、俺も責任を感じざるを得ない……やっぱり俺に出来ることは手伝わないといけないな。

 

「それについてはまた後でお詫びするってことで、それよりも俺に何か出来ること無いかな?今のこともあるし、ももちゃん何か困ってそうだったから…」

 

俺は嘘偽りのない心の内をももちゃんに伝える。許してくれるかどうかはともかく、俺自身は罪を告白して禊を済ませる必要があるのだ。

ももちゃんは俺の言葉を聞いた後、少し考える素振りを見せてすぐに俺にテキパキと指示を出した。

 

「……分かりました。見てもらったら分かるかもですけど、皆さん今度の中国行きの準備の為に足りないものをこぞって買い込んでるんです。普段はまちまちだから混み合うこともないんですけど、新年度早々に開店っていうタイミングが被ってしまったことで、想定以上の客足で……レジ打ちだけならこの人数でも何とかなるんですけど、品物が何処にあるかとか在庫はどうなんだとか聞かれてしまうとそっちも対応しなくちゃいけなくて……先輩にはお客さんの案内をお任せしたいんです。この紙を見てもらえれば、何処に何があるか分かるようになっているので……どうかよろしくお願いしますっ!」

 

ももちゃんが綺麗にお辞儀をしながら、そう俺に懇願する。でもな、それは違うぜももちゃん。俺がそうしたいからするんだ。ももちゃんから紙を受け取った俺は、その期待に応えるべく意気揚々と名乗りを上げた。

 

「…あぁ、バッチリ任せてくれ!あ〜い、商品のことを聞きたい奴はこっちに来てくれ〜!ももちゃんの所には会計だけで頼む〜!うおっ、ちょ、一気に押し寄せてくんなって!?どわぁああ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ったく、暫く見ない間に随分仕上がってるじゃないの。何の相談も無しに勝手に準備整えて…」

 

あたしはついさっきまで自分の身に起こっていたことを思い出しながら、部屋に備えてあるベッドに寝転ぶ。要件は当然秋穂のことだ。日に日に霧に侵される秋穂を救う方法、図書館の書物も遊佐の情報源も目新しいものは無かった……アイツが秋穂の霧を吸収する方法を提示してくるまでは。

 

「アイツ、自分の身体に霧を取り込むってことがどういうことか分かってんの!?霧を取り込むってことは最悪ミスティックに変貌するのよ?それなのに何で嬉しそうにこんな残酷なこと……」

 

あたしは天井を見つめながら、屈託のない笑顔のままこんな報告をしてきたアイツのことを思い浮かべる。確かに秋穂を救う手立てを見つけたことには感謝してる、それに今までよりも格段に成功する確率の高い手段だ。ハッキリ言って飛びつかない理由がない。いや、以前のあたしなら有無を言わさずに今すぐ実行しろと食ってかかっただろう。

 

「“やっと秋穂ちゃんを助ける方法が見つかったんだ” “俺って霧に順応する体質なんだって” “だから俺が秋穂ちゃんの霧を吸収すればもう霧の恐怖とは別れられるんだよ”か……秋穂とアイツの命を天秤に掛けろっていうの?」

 

漸く見つけた治療法も万能じゃなかった。仮にアイツの言うようなことが現実に起こるとしてもまず無事でいられる保証はないし、何よりそれでどうにかなったら秋穂が心を痛めるに決まってる。でも、秋穂を霧から救うにはこれしか……あぁ〜!一体どうしろっていうのよ!

 

「少し前のあたしならこんなこと一瞬でも迷ったりしなかったのに……いつの間にかあたしも絆されたってことか?」

 

あたしはふと棚の上に置いてあった秋穂の人形に手を伸ばして、顔の前まで持ってくる。何か困ったことがあれば、いつもこの手作り秋穂人形に聞いてもらうの。だって秋穂の言うことは絶対だもん、間違ってるはず無いわっ!今回だって秋穂を苦しみから救う為ならってアイツも自分から提案してきたんだし、ちゃんと説明すれば秋穂だって分かってくれるはずだもんね!アイツには悪いけど、秋穂が助かるための生け贄に……そこまで考えを巡らせた瞬間、ふと裏世界の研究施設で見たアイツと瓜二つの“何か”を思い出した。確か廃棄処分って言ってたけど、もしかしたらそいつも誰かの犠牲になって…?

 

「あぁ、これって本人に言うべきなのかしら?でも遊佐に口止めされてるし、東雲もそれに関しては絶対に情報漏らしてないのよね。それに霧に順応したって話もあながち嘘じゃないみたいだし……アイツを信じて秋穂に打ち明けてもいいのかな?」

 

あたしが問いかけても何も返事してくれない秋穂の人形を、今だけは小憎らしく思えた。こればかりは本人に直接伝えなきゃ駄目なのかしらね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほい、ももちゃん。ようやっと落ち着いたよねぇ…」

 

「あっ、コーヒー。ありがとうございます、先輩!そうですねぇ、こんなにあたし一人で回らないのは久々でしたからね。だから、先輩が手伝ってくれて本当に助かりましたっ」

 

いつにも増して忙しかったMOMOYAでしたが、偶然近くを通りかかった先輩が手伝ってくれたおかげで何とかお客さんを待たせることなく切り抜けられました。先輩からいきなり胸を触られたのはちょっとびっくりしましたけど……弁解しようと焦ってる先輩もなんか可愛かったなぁ♡

 

「いやいや、でも流石の接客スキルだよね。正直後半からももちゃんだけでも何とかなったんじゃないのって感じてたけど?」

 

「そ、そんなことありませんよぉ……でも、先輩が来てくれていつも以上に頑張れたのは、本当なんですけどね…」

 

「へっ?それってどういう…」

 

「……あっ!と、特に深い意味はないんですよ!?先輩と一緒だから頼もしいとか、一生懸命お仕事手伝ってくれて嬉しいとか……はっ!いや、これはその…」

 

ど、どうしよう……話す度に先輩への気持ちが溢れ出ちゃうよぅ!?本心なだけに隠せないし、どんどんあたしが恥ずかしい思いをしてるんだけど〜!?

 

「ふふっ……そんなに慌てなくても大丈夫だよ、ももちゃんが転校生くんを好きなことはちゃんと分かってるから、それくらいで勘違いしたりしないよ」

 

「やっぱり全然分かってないですよぅ……先輩の鈍感っ」

 

むぅ……先輩ってやっぱり鈍感さんです。何とも思ってないならこんな恥ずかしいこと言ったりしませんよぉ!あぅ…またよく分からない顔してます。アンニュイですねぇ〜。

 

「まぁそれはそれとして、先輩が購買部に来るなんて珍しいですよね。コーヒーの定期的な箱買い以外で何か用事が……はっ!も、もしかしてあたしの顔が見たかった……な〜んてことありませんよね!たはは…」

 

「……ももちゃん、どうしたの?いつもならそんなこと言わないでしょ。熱とかあるん?」

 

「へっ?ひゃう!?」

 

なんとなく沈黙が居た堪れなくなったので話題を変えようと少し戯けて見せると、あたしの挙動不審な様子を心配した先輩がおでこに手を当ててくれました!あぅ…冷たくて気持ち良いですぅ。先輩ってば、意外と積極的なんですね……あっ、離れちゃった。

 

「ふむふむ……熱は無いみたいだね。でも顔が赤いな…?」

 

「だ、大丈夫ですっ!全然問題ありませんから!」

 

あ、危なかった……もう少しで完全に蕩けちゃう所だったよぉ。でも、あたしばっかりドキドキしててちょっと嫉妬しちゃいます。先輩だって少しくらい意識してくれてもバチは当たりませんよ?

 

「ふ〜ん、そう……まぁ用事っちゃ用事なんだけどね。ほら、今度中国に行くでしょ?俺それ知ったのさっきだったから何も準備してなくてさ。だから購買部で分からないなりに色々買い揃えようかなって思ってたんだけど……まぁ何も残らなかったよね」

 

「はい、おかげさまで大盛況でしたね。今回で在庫が一気に減ったので、多分また補充されるまで暫くかかると思います」

 

「…そっか。ん〜っ、困ったなぁ。前のイギリスの時は行けなかったからさ、今回はちゃんと準備したかったんだけど…」

 

そう言って、見るからに落ち込む先輩。あぅ…そんな顔しないでくださいよぅ。先輩が悲しい顔をしてると、あたしも落ち込んじゃいます。あたしに何か出来ることは無いかな………あっ、そうだ!

 

「あの、先輩っ!その、もし良ければ今度のお休みの日……街までお買い物に行きませんか?あたしも付き合いますので…」

 

うぅ……い、言っちゃった!あたしから先輩を……デ、デートに誘っちゃった!!いきなりこんなこと言ったら、変な子だと思われちゃうかな?でも、あたしのお手伝いに先輩を巻き込んじゃったんだし、お詫びしなきゃいけないって思うのは普通だよね?うん、きっとそう!

そうこうしてる間に、あたしの誘いを受けた先輩は少し考えています。流石の先輩でも女の子と一緒に出かけるのには、少し抵抗があるのかな?

 

「……分かった。今度の休みの日に、寮の前で待ち合わせにしよう。ももちゃんの準備が出来たらデバイスで連絡くれると嬉しいな。じゃあ俺このまま精鋭部隊とのトレーニングに行くけど、そのつもりで宜しくね」

 

あ、あれ?何かすっごいサラ〜っと承諾されちゃった様な気がするんですけど…?もっとこう恥ずかしい!とかドキドキしちゃう〜!とか無いんですか!?むぅ〜!何故かちょっと悔しいです!こうなったらデート当日、先輩を魅了してドキドキさせてみせます!頑張るぞ〜っ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「少年め、平気な顔をしておるが…本当に異常は無いのか?まぁ、どう足掻こうとムサシ化の問題は少年一人の力ではどうにもならん故、クエストによるストレス発散が機能してるのならそのまま逃げてもらおうぞ」

 

「……どぉ?彼、あれから進展あったかしら?」

 

屋上で寝転びながら物思いにふけていると、扉から妾を呼ぶ声が聞こえた。もはや誰が来たかなど見んでも分かるわい。なんせ妾自身なのじゃからな。

妾は其奴に視線を移さず、つい先日発見したムサシ関連の資料について意見を述べた。

 

「朱鷺坂か……人形館で見つかった資料の中にムサシについての記述があったぞ。それも“人間がムサシに変化した”っちゅ〜新情報付きでな」

 

「ちょ、何よそれ!?サラッと重要な情報言わないでよっ!びっくりするじゃない…」

 

ふふふ、妾の方が一枚上手じゃったな。まぁ、正直運もあったんじゃが……そこは言わぬが花というもんじゃろ。

 

「でもその口ぶりだと、あまり価値のある情報じゃなかったみたいね。仮に有力な情報だったら今頃生徒会室がてんやわんやになってるはずだもの」

 

「…流石に妾なだけあるな。ちゃ〜んと意思疎通出来とるわい。じゃがまぁ、不確かなりにも前例があると分かっただけでも儲けじゃ」

 

妾はそう口にするも、内心ではそこまで楽観視は出来ん。結局は完治の方法は見つかっておらんのじゃからな。まぁその辺はまだ第8次侵攻まで時間がある故、分析を進めていこうぞ。それよりも問題はもう一人の方じゃな…。

 

「……もぉ、あなたなんて顔してるのよ。JCくんが心配で心配で堪らない〜!って顔に出てるわよ?」

 

「っ!ばっ、お前!な、何を言っておるか!?妾をそんじょそこらの女子と一緒にするでない!年中惚けておるわけではないぞ!」

 

むぅ…朱鷺坂め、痛いところを突いてくるわい。図星なのがムカつくわい…。

 

「この前霧の嵐に巻き込まれて倒れたとはいえ、転校生くんの方はまだ第8次侵攻っていう明確な時期が判明してるから幾らか猶予があるし……それよりも危惧しなきゃいけないのはやっぱりJCくんよね。前に間ヶ岾と一緒に襲撃してきたスレイヤーの存在も気になるし、そいつが言うにはそのスレイヤーとJCくんが同じ……かもしれないんでしょう?」

 

「そんなことあるはずなかろう!!JCが奴等と同じ存在など……じゃが、お主が疑うのも頷ける。今まで散々な目に遭ってきた妾たちにとって、喉から手が出るほどに欲した“霧に対する完全な耐性”をJCが持っておる。恐らくあのスレイヤー共にも……妾たちにとってはまさに夢の様な話じゃな」

 

そう言って苦笑して見せるも、動揺は隠せないでおるのは朱鷺坂にもきっと伝わっているはずじゃ。300年も霧の呪いをこの身に受けた妾たちにしか理解できないだろう……とうに諦めていた矢先、それをものともしない者たちが何の前触れもなく現れたのじゃ。縋りたいと思うのは当然じゃろう?最初にJCに近づいたのもそれが理由じゃ……まぁ、あの当時はそんな大それた存在とは知らんかったが。

 

「でも、本当はそんなの関係なしにJCくんを救いたいんでしょ?」

 

「朱鷺坂……もしやお主も?」

 

「…まぁね。私はあなたでもあるわけだし、大体の思考パターンは同じような答えに行き着くはずだけれども。それに最近不気味なほどに静かでしょ、執行部。だからこそ迷ってるんでしょうけど……“このまま無害なJCくんでいてくれるのを願うのか、それともあのスレイヤーみたいに人類に牙を剥く前に殺すのか”を」

 

むぅ……朱鷺坂の奴、平然と恐ろしいことぬかしおる。いや、若干拳が震えておるな……此奴も自分の立場と感情の板挟みになっとるわけか。無理しおってからに。しゃーないのぉ、ここらで決意表明しとくかの。

 

「あのきな臭い執行部とそれを裏から操っている者たちのくだらない思惑はさておき…無論、答えは決まっておる。妾はどんな手を使ってでもJCと一生を添い遂げるつもりじゃ。それを邪魔する輩はどんな奴だろうと消し炭にしてくれるわ!な〜はっはっは〜っ!!」

 

「……あら、そんなに上手くいくかしら?自信満々なのはいいけど、意外なところで足を掬われるわよ。だって今日も夜這いに行くつもりだしぃ♪」

 

「んなっ!?ちょ、お前!妾のコレなんじゃからちょっかい出すな!!」

 

何じゃ朱鷺坂の奴、急に色気を出してきおってからに……はっ!ま、まさかこいつも本気でJCを好いておるのか!?前にカマかけた時はさほどそれほどでも無かったはずじゃったのに……いつからじゃ!?一体いつからそんな面倒なことになっておった!?

 

「ふふ〜ん♪それはどうかしらぁ?最近あまり元気無いみたいだし、サービスでおっぱいでも触らせてあげようかしら♡」

 

「あぁ〜っ!?駄目じゃ駄目じゃああ!!色仕掛けなんぞさせて堪るかぁ〜!もう我慢ならんぞ!妾も乗り込んで徹底的に邪魔してやるわい!!JCは妾だけのものじゃあああ〜っ!!」

 

くぅ〜!!他の女子たちも勿論じゃが此奴にだけは絶対負けん!!ロリボディの恐ろしさをとくと味わわせてやるとするぞ!!それまで待っていろJCよ〜っ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……よし、ももちゃんから連絡もきたしそろそろ行くかな」

 

そんでもって約束の休日がやってきた。時間にして9時前、なんか“お洒落してきて下さいっ”とか言われたけど……普通に着こなせてるよな?

そんなことを考えていると、寮の扉を開けてすぐのところで何かをずっと呟いているももちゃんの姿があった。何してるんだろう?

 

「大丈夫、大丈夫……今日の為にいっぱい練習したんだもん。これなら先輩だってトキめいちゃいます!そして、その後はあたしと先輩の甘〜い日々が「独り言は誰にも聞かれないようにしなきゃ駄目だよ」へっ?うひゃああ!?せ、せせせ先輩!?盗み聞きなんて酷いですよぅ!!」

 

うおっ、ももちゃんポカポカ叩いてくるなって!今日のももちゃん、なんだかアグレッシブだな……こんな調子で本当に買い揃えられるんだろうか?ちょっと心配になってきたぞ。

 

「もぉ……あ、あの先輩っ!それはそれとして、ですね……えっと、今日はビシッと決まってますね!爽やかなコーデがとってもお似合いだと思います!」

 

ありゃ?ついさっきまで怒ってたと思ったら、今度はいきなり誉め殺し?一体どういうことなんだ……まぁ悪い気はしないし、とりあえずこっちも誉めておくか。

 

「あぁ、ありがとう。ももちゃんもお洒落してきたんだね。服のことはよく分からないけど、似合ってると思うよ」

 

「っ!!ほ、本当ですか?あたし、可愛いですか!?えへへっ、嬉しいなぁ♡」

 

あれま、顔真っ赤にしちゃって……いや待てよ。これ後で転校生くんに見せるつもりだったとかなら、今はあまり誉めない方がいいのか?ていうか、そもそもただの買い物なのにお洒落してくる理由なんて無くないか?よくよく考えたらこのやけにかしこまった装いも買い物とは不相応に思えてきたな。もしかしてこの後の予定の為か!それだ、きっとそうに違いない!俺に感想を求めたのはあくまでデモンストレーション、反応を見る為だったのか。ふふふ…冴えてる、今日の俺は冴えに冴えまくってらぁ!となれば恐らくタイムリミットは昼前くらいと見た。それまでに買い物を済ませてももちゃんを解放してあげなければいかんな!

 

〜数時間後〜

 

「はふぅ……流石に買い過ぎちゃいましたね。ちょっとあそこのベンチで休憩しましょうか?」

 

「んっ……あ、あぁ。そうしようか…」

 

既に時間は15時を回っていた。あれから街へ繰り出し買い物を済ませ、ももちゃんのバイト先の店で昼食を食べて、その後ブティックで小物を見繕いつつ新しい服装を模索したりと……もはや当初の目的とはだいぶかけ離れてしまったような?

 

「よいしょ……こうして先輩とゆっくり過ごすのは初めてですね。もう何年も前から同じ学園生として過ごしているのに、ちょっと不思議な感じがします」

 

「たしか時間停止、だったっけ?同じ1年を何度も繰り返してたっていう。体質なのか何なのかよく分からないけど、あまり実感無いんだよな。ほら、俺って学園に入学して1年くらいはそれ以前の記憶が無かったりしてたのよね。今年で4年目だから……体感22歳?」

 

「ふふっ♪それじゃ先輩じゃなくてお兄さんですね。“JCお兄さん♪”」

 

「おいおい、俺はまだ18歳だ。君と2つしか違わないぞ…勘弁してくれ」

 

そう言いながら楽しそうに笑うももちゃん。ももちゃんってこんなに悪戯っ子だったか?

 

「あーっ!まほうつかいのおねーちゃんだ!」

 

「えっ?あぁ〜!君は確か……あっ、先輩。この子はよく家族でお店に来てくれる子なんです。小さな常連さんですね」

 

ほーん、そうなんか。この子は多分普通の子だよな?海老名が言ってた通りなら一般人は魔法使いをよく思っていないはずだが……んっ?この子、ももちゃんに何か用があるみたいだな。ちょっと融通を利かせるか。

 

「なぁ、君。もしかしてももちゃんに何か用があるんじゃないのか?」

 

「へっ?あたしに?そうなの、ボク?」

 

少年に問いかけると、静かに頷いた。んっ、やっぱりか……よし、ここは2人きりにしてやるとしよう。

 

「ももちゃん、行っておいでよ。俺はここで暫く休んでるからさ」

 

「えっ?でも…」

 

流石にはいそうですかとはならないか。でもこの少年の名誉と勇気をなかったことにはできないな。

 

「大丈夫。それにこの少年の勇気を応援したいと思うのは、同じ男なら当然だろう?」

 

「は、はぁ…じゃあ少しだけ失礼しますね。ボク、向こうに行こっか?」

 

俺の後押しもあって渋々少年とももちゃんはベンチから少し離れたところへ向かった。うんうん、良い眺めだ。一般人である少年と魔法使いであるももちゃんが仲睦まじい様子で遊んでいるのは、見ていて心が和む……。

 

「本当に良い光景だよね。一般人と魔法使いが仲良くしてるのはさ」

 

その時、突然背後から俺の思いに同調する声が投げかけられた。それ自体は何の問題もなかった……声を掛けられるまで俺がその存在すら認識出来なかったことを除けば。

 

「やぁ…ここ、座ってもいいかい?“JCくん”」

 

「っ!?お、お前……何で俺の名前を!?」

 

「まぁ、そんな些細なことはいいじゃないか。今日はね、君の考えを聞かせてもらいたくてはるばるこんな所まで来たんだ」

 

無断で俺の隣に腰掛けた男は問いかけに答えず、さらに話を続けてきた。俺の考え?この男、一体何を企んでいる……だが、俺の本能がずっと危険信号を出しているんだ。一瞬でも気を抜けば……“殺られる”!!

 

「…生憎だが、見ず知らずの人間に自分のことを話し過ぎるなって釘打たれてるもんでね。何を聞かれたって答えてやんねぇよ」

 

「素直じゃないなぁ。まぁ、だからこそこうしてまだしぶとく生きてられてるんだろうけど」

 

なっ……こいつ、俺のことを何か知ってやがるのか?カマかけたって訳じゃねぇ、何か確信がある言い方だった。

 

「…仕方ない、君の疑問を1つ解消してあげよう。人間と魔法使い、そして霧の魔物との共存は“不可能”だ。何の力も持たない人間は魔法使いを恐れ、魔法という力を得た魔法使いは自ら驕り、霧の魔物はその生命を絶やさぬよう人類を貪り続ける。この三すくみの関係に終焉は来ないよ」

 

「…呆れたな。言うに事欠いて、そんなこと」

 

口ではそう言ったものの、俺は思わず震えちまったよ。この男、俺の中で最も危惧している疑問の核心を突いてきやがった。表に出さずに済んだ俺を褒めてやりたいくらいだぜ…。

 

「君にも思い当たる節があるんじゃないかな?利用、拒絶、誘殺…そんな悍ましい人間のエゴの被害に遭ってきたのは君じゃないか。僕はね、そんな可哀想な君を助けたいんだよ」

 

助けたい?この男は俺をどうしたいんだ?分からねぇ、この男の目的も考えも何もかもが読めねぇぞ!?

なら……こっちから仕掛けてやる!

 

「…ほ〜ん。で、具体的にはどうしてくれるつもりだ?」

 

さぁ、これでお前の思惑を突き止めてやる。凡その予想は科研か政府の人間ってとこだろうよ。悪いがそんな手に乗るほど馬鹿じゃねぇんだ。

 

「君を……いや、君たち同胞の命を守ってみせる。全ての並行世界の兄妹たちを、死に行く運命から救い出す。それがあの研究所で唯一生き残った僕の使命だ」

 

「っ!?お前……なっ!?」

 

俺は男の耳を疑う言葉によってその真意を確かめようと向き直したが、隣に座っていたはずのその男の姿は一瞬の内に消えてしまっていた。魔法?幻術?いや、そもそも本当にその男がいたのか?周りを見渡したがもはや形跡すら残っていない男の言葉が今も頭の中にこびりついている。あの研究所?兄妹?並行世界?どういうことなんだ……だがこれで確定した。あの男は俺のことを深く知っている!俺自身も知らない俺のことを…。

 

「せんぱ〜い!遅くなっちゃってごめんなさい……って、どうかしました?」

 

「ももちゃん……いや、なんでもない。それよりあの少年は?」

 

俺は思わずあの男のことを秘匿してしまった。別にももちゃんに聞かれたって困る話じゃないけど、何故か悟られてはいけない気配がした。何でだろう…?

 

「あの子ならさっきお母さんが迎えにきて帰っちゃいました。そういえば帰り際に“大きくなったらあたしと結婚する〜”なんて言われちゃいましたけど」

 

「おぉ、そりゃまた大胆な……将来に期待しつつ、転校生くんと揺れるわけだ」

 

「だから〜!そんなんじゃありませんって言ってるじゃないですかぁ!もう……あれ?先輩、もしかして熱っぽいです?おでこ触りますよ」

 

うおっ、ももちゃんのひんやりなおててが……って、ぺたぺたし過ぎじゃないか?

 

「う〜ん、何ともないみたいですねぇ。あたしの見間違いかな?」

 

「俺はいきなり触ってくるももちゃんにびっくりだよ……おわっ!?」

 

俺の言葉を遮るように、今度は抱き着いてくるももちゃん。な、何だ急に…!?

 

「先輩……あたし、怖いんです。先輩の身体の中に入った霧のこと、裏世界の人たちから聞きました。一時はその所為で意識不明だったけど、今度はその霧のおかげでまた強くなったって。でもそんなことして大丈夫なはずありませんし、どんどん霧を取り込んで力を使って……今度こそ命がなくなるなんて可能性、ありませんよねぇ!?」

 

そう言いながら、身体を震わせるももちゃん。多分、本気で心配してくれてるんだろうな……本当に優しい子なんだよ、この子は。

こんな子を悲しませたりしちゃいけないよな。

 

「…大丈夫、俺は何ともならないから。結局あれから俺の中の霧も馴染んだみたいだし、もし危なくなっても霧に詳しいアイラさんやチトセさんがいる。それに始祖十家や裏世界のグリモアの支援も受けられるなら……俺はスレイヤーだけに専念してこの力を使う。約束するよ」

 

俺はそう言いながらももちゃんの背中に腕を回し……たりはしない。セクハラで訴えられちゃうからな。それでもあやすように背中をポンポンと触れるくらいは良いだろう?

俺の言葉を無言で聞いていたももちゃんだったが、暫くすると漸く安心したのか不意に俺の身体に回していた腕を解き、その表情を悟られまいと少し距離を置いた。だけど、そのすぐ後に振り返ったももちゃんの表情は笑顔に満ち溢れていた。

 

「…先輩っ!あたし、先輩のこと……信じてます!また不安になって先輩を困らせたりするかもだけど、その時はあたしに“俺を信じろ”って叱って下さい!そしたら…あたしも、前に進めるような気がします…なんて♪」

 

そう宣言するももちゃんの瞳には何か強い意志が宿っているように思えた。まるでこの一瞬で少女から大人の女性へと成長したみたいだ……こんなこと小っ恥ずかしくて本人には言えないけどな。

ももちゃんの新しい一面にときめきつつも、俺たちは帰路につく。あの男のことは結局謎のままで終わってしまったが、それより今は完敗したスレイヤーに勝つ方法を探して今度こそ奴を…!

そして、翌月……中国へ飛び立った俺の思いを実現させる人物と出会うことになる。

 




【お膳立て】

「…いよいよ明日カ。グリモアの行く先に魔物有りネ。事前に聞かされた話では、転校生とかいう生徒を狙ってるのカ。なら明日もきっと……んっ、こんな時間に誰ネ?(ウェイ)?」

「おっ、もしもし〜?こちら、梅ちゃんだよ〜ん♪万姫とサシで話すのは結構久しぶりじゃない?」

「梅…生憎だガ、こっちは暇潰しのお喋りに付き合ってる余裕無いネ。悪いガもう切るヨ?」

「あぁーっと、駄目!流石の梅ちゃんも明日客人を迎え入れる予定が分かってるのに、茶化すほど意地悪じゃないよ〜。その客人について話しておくことがあんのよ」

「話?一体何ネ」

「明日そっちに行くグリモアの生徒の中にJCっていう男子生徒がいるんだけど……もし魔物が現れて戦闘が始まっても“絶対に戦わせないで”」

「…どういうことネ?魔物が現れたら魔法使いが戦うのは当然のことヨ。まさかそのJCって奴は目も当てられないくらい弱いのカ?」

「ううん、めちゃ強いよ。単純な戦闘能力だけなら今のグリモアの中でも確実にトップ3には入るだろうね。マーヤーにも一対一で勝ったことあるし。だからこそ戦わせちゃ駄目なの」

「梅、ちゃんと説明するアル。そんなに強いやつが何で戦っちゃ駄目ネ?」

「……その子ね、身体の中に霧が混入してるの。でも体質のおかげなのか4ヶ月経った今でも魔物化せずに、なんならその霧ごと自分の力に変えながら戦ってるみたいなの。嘘みたいだけど現実の話」

「…そんなの聞いたこと無いネ。でも梅がお巫山戯でこんなはた迷惑な話しないって知ってるネ、だから信じるヨ。でも梅には悪いガ、魔物が現れた時はやはり戦ってもらうヨ。手を抜いてちゃ大切な祖国は守れないヨ」

「……そっか。そうだよな〜!万姫って国のことになると意地でも譲らない性格だったもんね〜。じゃあ、これだけお願いして!前にそっちで私がやった“特別めにゅ〜・梅の巻“、あれJCくんにやってあげて!」

「えっ!あれ、本当にやっても大丈夫アルカ?後でグリモアから苦情殺到するとか無しアルヨ!?」

「あはははっ!大丈夫大丈夫。JCくんなら問題無いだろうし、それに……見てたら分かると思うけど、多分万姫も震えるよ?とにかくグリモアの方には私から話通しておくから、そっち着いたらJCくんのこと頼んだよ〜。ばいちゃ〜っ♪」

「んなっ!?ま、待つよろし!くぅ…相変わらず梅は自由人ネ!あの特別メニューを一般生徒に?下手すれば死んでしまうヨ……こうなったら直接確認する他無いネ!JC…その実力、しっかり見極めてやるから覚悟するアル!アイヤーッ!!」



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