DDS 真・がっこう転生 MythLive (想いの力のその先へ)
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前日譚
幕間またはプロローグ 蘆屋晴明の独白


 今回も前回に引き続き幕間回、今回は主人公の自分語りという名の設定説明的な、なにか。
 見なくても多分問題はないけど、実は伏線になるものが入ってるかも? では、どうぞ。

3/7 掲載箇所を七話部分から最初に変更並びに、章を新設しました。
ご迷惑をおかけしました。


 輪廻転生、あるいはリインカーネーション。宗教用語で所謂生まれ変わりというやつだ。

 現代に置いては創作物で主人公が一度死んだ後に別世界で生まれ変わり大成する、なんて娯楽作品で見られるのが一般的だろう。

 特によく見るのが神様転生とかいうやつだ。

 何らかの理由で死んだ主人公が死後の世界で神様と出会って、その神様から特典なりチートなりを貰って第二の人生を謳歌するってな。

 娯楽目的に見ることはあっても、実際にそんな事が起きるなんて思う人間なんて稀だろう。

 俺だって実際にそういった小説や漫画、アニメなんかは見ていたが現実にそういった事が起きるなんて思っていなかった(・・・・・・・・)さ。

 そう、思っていなかった。信じていなかったんだ。

 だって常識的に考えてありえないだろう?

 だが、実際に俺の身にそれが起こっちまったんだ。

 

 朝起きたら十五歳くらいにまで若返ってるし、見覚えがない両親に家に居候している妹分までいるときた。

 当時の俺の主観では、見ず知らずの他人の家で寝ていたところ赤の他人に起こされた、なんて酷いものだったからな。勿論絶叫モノだったさ。

 それを見た今世の親父とお袋は、息子が錯乱した! なんて大騒ぎさ。

 あの時は妹分にも大分心配をかけたし、正直すまんかったってのが本音だ。

 それで慌てた両親が俺を病院にブチ込んだ。当然の処置だよな。どうでもいい他人ならともかく、今考えれば少なくとも俺は今世の両親に愛されてることはわかったしな。

 それで俺は全身くまなく精密検査の結果異常は何もなし。それはそうだよな、ただ単に、って言い方はおかしいが前世の記憶が蘇っただけなんだから。

 俺も俺で検査の最中に冷静になると、自分の頭の中にもう一つ、今世の俺の記憶があることに気付いたっていうか、正確に言えば思い出したんだ。

 今世の記憶で一番新しいのが高熱を出して寝込んでたってところだな、それで高熱が原因でふとした拍子に前世の記憶を思い出してパニックに、というよりも今思うと前世のことを思い出し掛けてたことによる知恵熱でダウンしてたのかもしれないな。

 

 まぁ、それはともかくとして、病院の先生に健康体だって太鼓判を押され、晴れて俺は退院。

 その頃には俺も前世と今世の記憶のすり合わせの終わってたし、両親に心配掛けてごめんなさい、って謝ったんだわ。

 それを見たお袋は泣いて喜んでたけど、親父には心配させるんじゃないってゲンコツ一発もらう羽目になっちまったが、それでも喜んでもらえたよ。

 でも、その中で妹分だけが腑に落ちない顔をしてたんだよな。

 後々にそのことについて聞いてみたら、俺の雰囲気が前とは少し違ってたから別人が成り済ましてるんじゃないかと思ってたらしい。

 実際に前世の記憶を思い出してそちらの人格にも多少引っ張られてたのは事実だし、何よりも今でこそわかるが、あの子の能力ならそういうのがわかるのは当たり前だからな。今でこそ驚くには値しないんだが、もしもあの時にその事に質問してたら最悪あの時点(・・・・)で二度目の死を迎えてたかもしれないから、あの時の俺、マジでグッジョブ! としか言えない。

 そう自慢したくなるくらいには、うちの妹分は優秀な子なんだわ、これが。

 

 それで一年くらいかな? それまでは俺の側は平穏そのものだったよ。二度目の生まれも現代日本だったし、仮に定番の二次創作の世界だったとしても日常作品の安全な世界で俺はこのまま平穏に生きて、再び大人になって社会に出て普通の人生を送るんだ、と思ってたんだ。あの日、親父が俺宛の不審な荷物を持ってくるまでは。

 

 あの日は、そう、高校一年目の一学期が終わってようやく夏休みだー、って浮かれてたんだったな。それで夏休みの課題を終わらせられる分は終わらせようって感じでやってたんだわ。

 その途中で仕事から帰ってきた親父が部屋に来て。

 

「ハル、お前宛に荷物が来てるが、なにか通販でも頼んだのか?」

 

 って具合に荷物を持ってきたんだわ。

 俺は全く心当たりがなかったから、それを否定したんだが、確かに住所は家で名前は俺の名前が書いてあったんだ。

 俺の今世の名前の蘆屋晴明(あしやはるあき)様ってさ。

 流石に俺も気持ち悪いと思ってさ、元の場所に返送しようと思ってたんだけど、その時に朱音のやつ、今は違う名前を名乗ってるけど妹分の名前な、が来て。

 

「ハル(にぃ)何か買ったの? 見せて、見せて~」

 

 って言って親父から荷物を分捕って箱を開けちまったんだ。

 開けちまった以上は仕方がないから、軽く朱音を叱った後に俺も中身を確認したんだよ。

 そして見た瞬間、朱音のやつから箱を奪い取って。

 

「ごめんごめん! そういやなんか頼んでたわ! ちょっとゆっくり確認したいから、二人はちょっと外に出てて!」

 

 そう嘘をついて二人を部屋から追い出したんだ。

 自分でもバレバレな嘘だと思うけど、その時は怪しまれるかもなんて考える余裕すら無くなってたんだよ。

 で、正直確認したくなかったけど恐る恐るもう一度箱の中身を確認したらさ、中にはガントレットと折り畳まれた紙が入ってたんだよ。

 その時は紙の方はともかくとして、ガントレットの方を見て嘘だろう? って、絶望しかけてたわ。

 

 たかが甲冑の籠手に大袈裟な、と思う人もいるかもしれないけどさ、ただの防具じゃなかったんだよ、こいつは。

 更に言えば前世の記憶にこれと同じものを見たことがあったんだよ。しかも娯楽作品の中でさ。

 その作品のタイトルは、【真・女神転生Ⅳ】と【真・女神転生Ⅳ FINAL】

 ATLUSの看板タイトルで、通称メガテンシリーズの最新作、Ⅳでは主人公、FINALではお助けキャラ兼重要人物であるフリンとイザボー、それと彼らが所属していたサムライ衆が使う悪魔召喚プログラムが内蔵されている特殊な武装なんだ、これが。

 

 これで分かってもらえると思うけど、この時初めてこの世界がメガテンの関連世界だってことに気付いたんだよ。その時になんでメガテンなんだよ! って、本気で思ったよ。

 たしかに前世の俺はメガテンシリーズは好きだったし、派生作品のデビルサマナーシリーズやペルソナシリーズなんかもやってたけどさ、じゃあ実際にそこに住みたいか、と聞かれたら全力でNO! と言う自信はあるぞ。

 だってメガテンシリーズだと、東京は壊滅しましたが他の地区は滅亡しました、もしくは滅亡寸前です、がデフォだしライトユーザー向けのペルソナシリーズでさえ表では青春物語してるけど、裏では世界滅亡までのカウントダウンが始まってます、なんて超絶ハードモードな世界線なんだからな。これは酷い。そんな所に住みたいと思うのはよほどのMか、メガテンシリーズに身も心も捧げた重度のメガテニストぐらいだろ?

 

 残念ながら俺はそのどちらでもなかったから、黄昏れてたんだが、折り畳まれた紙が中に入ってることを思い出したから手にとって改めて見てみたら。

 

ヴィローシャナ「転生特典を贈りました、使い方は中に入っているAIのバロウズに聞くように。では良い今世を」

 

 

     【悲報】俺氏、神様転生だった件について【記憶にございません】

 

 

 ……うん、あの時はよく俺絶叫しなかったと思うよ、本当に。ただ単に驚きすぎて声すら上げられなかっただけなんだけども。

 

 それで色々とあり過ぎたせいでかな、あの時の俺は思考をそれこそ宇宙の彼方まで放り出してるような状態で、何の警戒もせずにガントレットをそのまま身に付けちまったんだ。

 そしてらバロウズが起動してさ。おお、本物のバロウズだ。なんて脳天気なことを考えながら、バロウズから話を聞いてたんだけど仲魔の説明に入った時にさ、既に一つ仲魔枠が埋まってたんだよ。

 で、これまた俺は何も考えずその登録されている悪魔【妖精-ピクシー】を、本当に警戒とか一切せずに召喚しちまったんだ。

 

 幸いにしてそのピクシーは多少いたずらっ子の気はあるものの、平和主義な子だったから問題なかったんだけど、実は召喚した(・・・・)事自体が問題だったんだ。

 

 急に廊下から誰かがドタドタ走ってくる音が聞こえたら、次の瞬間には俺の部屋のドアが水平に吹き飛んで。

 

「ハル兄、大丈夫?!」

 

 って言いながら朱音がダイナミック入室してきた。

 あまりにもあんまりな事態に俺もピクシーも固まった状態で、俺は。

 

「いや、朱音、お前、ドア、えぇぇ……?」

 

 そう返すのが精一杯だったよ。

 それで朱音はピクシーの姿を見ると、まるで親の仇を見るような鬼の形相に変わって。

 

「──ピクシー! お前がハル兄を!!」

 

 なんて言いながらピクシーを睨みつけて一気にその場の空気が冷えていったんだわ。

 今思うとピクシーに殺気を向けてたんだと思う。

 朱音から睨まれたピクシーは俺を盾にして隠れてたんだけど、あの時は本当俺も朱音に殺されるんじゃないかと思ったね。それぐらい朱音のやつ殺気立ってたからな。

 今でこそ笑い話にできるんだけど、俺とピクシーの二人共ガクブルに震えてたんだが、そこに親父とお袋の二人が何事かと現れて、俺達の惨状を見て即、緊急家族会議。

 

 その家族会議で結果として俺が知らなかった色々なことが暴露されてひっくり返るかと思ったよ。

 まずはうちの家系、かなり血筋としては遠いけど蘆屋道満(あしやどうまん)の子孫でした。

 それを聞いた時点で既に顎が外れそうだったね、俺は。

 次に、ヤタガラス並びに陰陽寮、更に葛葉も存在してました。

 そして最後のがある意味一番酷くて、うちの妹分、葛葉一族で、なおかつ葛葉四天王の一つ、ライドウ家の血筋でした。マジもんでうちの妹分が超エリートだった件について。

 

 それが判明した状況もマジで酷かった。

 親父とお袋がそういった裏の事情を知ってるってことはそれ相応に知識があるってことな訳で、ピクシーとバロウズ以外の全員にしこたま説教食らってグロッキー状態だったんだが、その時になって初めて、俺そういや朱音の名字を知らないよなって思い立ったんだよ。

 俺がそのことを親父とお袋に話したら二人共困ったような顔をしてな。あとから聞いた話だと俺が朱音の名字について気にしないように暗示をかけてたらしい。それが今回のドタバタと、何より俺が裏方面に手を出したせいで暗示が解けたんだそうな。

 で、二人が教えるかどうしようと悩んでたんだけど、暗示が解けたんだしもう良いでしょ、って朱音が言って自分の名字が葛葉だってことを教えてくれたんだ。

 そのことを聞いた俺はさ、ミーハー精神とでも言うかな、メガテンファンとしても本当に存在するのか気になったから朱音のやつに。

 

「それじゃ、もしかして【葛葉ライドウ】っているん?」

 

 って聞いちまったんだわ。

 そしたら朱音のやつ嬉しそうに胸を張りながら。

 

「勿論いるわよ」

 

 って答えるもんだから俺は。

 

「それじゃあ、もしかして葛葉ライドウからサインも貰えちゃったりする?」

 

 なんて馬鹿なことを聞いたんだよ。

 それを聞いた朱音は更に嬉しそうな顔になってさ。

 

「何ならあと二、三年待ってくれたら直接書いてあげるわよ」

 

 なんてことを言い出したんだよ。

 流石になんか会話がおかしいぞ? と、思って朱音に質問したらあっさり自分が次期ライドウ候補の一人で、更に言えば最有力候補だ、なんてドヤ顔で言ってきたんだよ。

 いやいや、まさかな、なんて思いながら、首を少しづつ、それこそ錆びた機械をギギギと回すような感じでゆっくりと親父とお袋の方を見たら、二人して首をブンブンと縦に振ってんのよ。

 で、ゆっくりと朱音の方に向き直ったら、そこには渾身のドヤ顔をして誇らしげな妹分の姿が。

 

 程なくして俺の絶叫が家中に響き渡りましとさ。

 ……その後妹分にぶん殴られたわけだが。

 

 そんな微笑ましいやり取りを見てた親父とお袋なんだが、ちょっと待てよ、と。

 息子、俺のことだな、は今日という日まで裏のことは全く知らなかったのに、いくらビックネームとはいえ【葛葉ライドウ】のことをなんで知ってんの? ってなったんだわ。

 そらそうよな、俺はそんな素振り見せてなかったし。それ以前にここがメガテン系の世界だなんて思ってなかったわけだし。知ってたらもっと色々準備してたわ、って話。

 

 そこんところを問い詰められたわけだが、もう本当色々と限界だった俺は一年前に前世の記憶を取り戻したこととか、今日の神様の贈り物(直喩)の事とかを全部白状しちまったのよ。一応最後の理性を動員してゲームとしてのメガテンシリーズとかのことは隠し通したけどな。

 そのことを聞いたうちの家族たちは、最初こそ冗談はそこまでだぞBOY? なんてノリだったんだけどな、ガントレットでⅠOUT、バロウズの説明で2OUT、ダメ押しの【魔神-ヴィローシャナ】からの手紙で3OUT、ゲームセット。

 今度は3人の絶叫が家中に響き渡ることになっちまった。よくもまぁお隣さんが怒鳴り込んでこなかったもんだわ。まぁ、防音の結界やら何やらが張られてたんだろうけどさ。

 

 それからは上から下への大騒ぎだ。

 なんてったって、只でさえ珍しい転生者なんて存在なのに、高位悪魔であるヴィローシャナまで関わって、あまつさえ好意的に見られてるっぽいってんだからな。更に言えばメガテン世界で言えばヴィローシャナは、宇宙そのものである大日如来でもあるんだからとんでもない。

 お袋は魂を飛ばしちまうし、親父は神に祈りまくるし、我が妹分様は手に御札を持って虚空につぶやき出す有様だ。

 まぁ朱音に関して言えば、手に持ってたのは遠隔地との通信用の御札で、ヤタガラスとやり取りをしてたらしいんだけどな。

 

 それからはもう本当にあっという間だった。

 まず、うちにヤタガラスの人員が来て、俺と朱音を丁重にヤタガラスの本部へと案内してくれた。

 一応言っておくと、柄の悪いのが一般人を丁重に扱うとかそういう意味ではなくて、文字通りこちらに色々と便宜を図る形での丁重だったよ。

 朱音は言うまでもないが、俺もまたヴィローシャナのお気に入りの可能性がある以上、粗雑に扱えば最悪、日本沈没(ガチ)なんて可能性もあるため彼らにとっては気が気ではなかっただろう。

 移動している合間、朱音に色々聞いていたんだが、まずなんで安倍晴明の系譜である葛葉である朱音が、蘆屋道満の子孫であるうちに居候することになってたのか。

 そのことを聞いたら、朱音のやつは最初何を言ってるのかわからないという表情をしていたが。

 

「ああ、そういえば表の世界では晴明と道満はライバル関係だって伝わってるんだっけ?」

 

 と、一人で納得していた。

 俺は意味がわからなかったが朱音はそれについて説明してくれた。

 それによると、この世界での安倍晴明と蘆屋道満は互いに互いを切磋琢磨する間柄であったそうだ。

 それで共闘して妖怪や悪魔を退治することも多かったそうで、そういった意味でも付き合いがあったそうな。

 その事からクズノハができた後も、蘆屋は外部協力者として主にクズノハが動けない表側の部分をサポートしていたらしい。

 例えば葛葉キョウジの拠点の斡旋、例えば葛葉の後進が表側で活動するための窓口など多岐に渡っていたそうだ。

 

 そんなある意味蜜月の関係の二つの家が表側では不倶戴天の敵と言った風に伝わっているかというと、両家にとってそのほうが都合が良かったからだ。

 と、言うのも蘆屋もまた陰陽師の名家だというのは理解できるとは思うが、それだと表側で活動するには名が売れすぎていて不都合があった。

 故に二人がライバル関係という情報を流した後に、一種の決闘を行い(勝負自体は真面目ながらも勝敗に関しては八百長だったそうだ)負けた道満が野に下り、以後普通の人として暮らしたという形を取ったということらしい。

 実際には陰陽術も捨てていないし、野に下ったわけでもないのだがそこら辺は色々と書類を改ざんしてしまえば問題ないという判断だったそうだ。

 またこの一連の行動は時の朝廷も一枚噛んでいたらしく、そちら側からのサポートもあったそうだ。

 

 しかしこれだけ考えると道満だけが泥を被って丸損しているわけだが、それを道満自身がどう思ってたかと言うと、なんとこの一連の行動は道満自身の発案だったそうだ。

 俺が嘘だろう、と驚くと朱音もそう思うよねぇ、としみじみと納得していた。

 朱音自身も俺と同じことを思ったらしく文献の管理者に質問してみたら、一つの文献を渡されたという。

 渡された文献は晴明自身が書いた日記だったそうで、その中に道満の人柄が書かれていたそうだ。

 晴明曰く、あいつちょっと聖人過ぎない? 道満のやつ無欲すぎでしょ。あいつそのうち貴族相手に詐欺られないか心配だわ、などなど人が良すぎる人物像だったらしい。

 それと同時に、あいつ朝廷のことになると沸点低すぎでしょ、やら、天皇陛下に対する忠誠心高すぎワロタ、あいつ陛下に死ね言われたらそのまま自害するんじゃない? など、愛国心はずば抜けていたということだった。

 そういう人物ならこの行動も納得だわ、というのが朱音の結論だったそうだ。それに関しては俺も全面的に同意だが。

 

 そんなこんなで道満自体は陰陽寮で術師たちの育成をしながら同時に表世界のパイプを作り、また自身の子供の中で嫡子以外を分家として独立させて、表側に更なる緻密な情報網を構築したんだそうだ。

 また分家の方にも不満を持たれないために、独自の術を継承させたり、優秀な人材に関しては陰陽寮に戻れるような制度も構築し、ある程度分家にも中央に干渉(実際にするかどうかは別問題として)できる余地は残していたらしい。

 そういう部分を見ると、ただ単に人が良い人物というだけではなく現実主義者という側面もあったということなんだろう。

 

 ちなみに、うち自体は分家の分家のそのまた、って感じで出涸らし状態なのでほぼ完全な一般家庭なのだが、親父がかなり優秀だったので本家の姫を娶ることになり、その縁で朱音も迎えることになったそうだ。

 あのお袋がお姫様かぁ、確かにぽやぽやしてる人だったけど。俺がそうやって驚いていると、朱音がお袋に関して更に補足してくれた。

 

 何でもお袋は本家の中でも良くも悪くも有名人だったらしい。

 お袋は当時の蘆屋の姫の中でも良く言えば優しい、悪く言えば気弱な姫だったそうだ。

 そしてそれはお袋が使える術にも反映されて、人を癒やす類の術はそれなりに使えるのだが、呪いや攻撃の術に関しては全く才能がなかったそうだ。例えば呪いに関しては他の一般的な術師がかけるとそのまま対象が衰弱死するようなやつでも、お袋がかけるとその対象が時々家具や壁に足の小指をぶつける、なんて効果になるらしい。地味な嫌がらせかな?

 まぁ、そんな感じで使える術がかなりピーキーだった姫のお袋だった訳だが、その事が原因で嫁ぎ先という問題が出てきた。

 葛葉などの名家に嫁がせるにはちょっと能力的に、しかして他の陰陽師の家系に嫁がせる場合、蘆屋の姫であるために嫁ぎ先に野心が出た場合、お袋が大変なことになる可能性も否定できない。こう、次代の優秀な術者を孕ませるための母体にするとか。実際にそんな類の術も存在するらしいし。

 

 そういった事情で本家連中がウンウン悩んでる時に、親父の情報が入ってきた事で、現状本当に打つ手がないし、藁にもすがる思いで姫をその男に会わせてみよう、となって会わせてみたところ、両者ともに一目惚れし、その後はトントン拍子に事が決まり、結婚し俺が生まれたと言った具合だそうだ。

 

 で、朱音に関しては先程言ったようにお袋の縁からで、なんとお袋と朱音の母親が幼馴染の親友だそうで、昔から子供が生まれたら表に出す時はお袋に頼むことを公言していたそうだ。

 それで実際に生まれた朱音なんだが、今度は彼女の才能が問題となった。

 なんと朱音のやつ、あの十四代目葛葉ライドウの後継者である、その時まだ存命していたが隠居して十六代目に譲っていた、元十五代目葛葉ライドウに。

 

「先代(十四代目)と比べると流石に見劣りするが、稀代の才能を持っておる」

 

 なんてべた褒めされたらしい。

 その発言が伝わった蘆屋本家は上から下への大騒ぎだ。

 ご隠居の言葉をそのまま飲むなら、もうほぼ内々に内定している次代、十七代目葛葉ライドウになる少女を、いくら本家の姫がいるとしても防備が殆どない一般家庭の元へと送ることになるからだ。

 そのことを問題にして他の場所に送ろうかとも考えたそうだが、そこで朱音の母親の発言、というか約束が問題になった。

 先程も言ったようにお袋と朱音の母親が親友で子供のことを約束していたことと、更に朱音自身も母親から色々と話を聞いて、うちに来ることを非常に楽しみにしてたんだそうだ。

 それを都合が悪くなったから、と反故にしてしまったら葛葉ライドウ家と険悪になる可能性が高く、また朱音が十七代目になった場合関係の修復が不可能になりかねない、なんて地雷がいつの間にか敷設されていた状態な訳で。

 

 それを回避するために本家は本当に東奔西走したらしい。

 その結果うちの周囲に、主に陰陽道での結界やら、朱音に非常用の連絡符等を持たせ、更にヤタガラスの人員まで配置してようやく朱音をうちに送り出したそうだ。

 で、本家にとってはようやく周囲の地雷を撤去して安心していたら、実は本丸に俺という戦略級核地雷が存在していた訳だ。当時の人間たちは泡を吹いて倒れたんじゃなかろうか……。

 朱音の一連の話でそのことを察してしまった当時の俺は、本家の人達にぜひとも強く生きてほしいと祈りながら遠い目になってしまった。

 まぁこの考えがその本家連中に漏れていたら、罵詈雑言を浴びせられるのがオチだとは思うんだが。

 

 それはともかくとして、ヤタガラス本部に着いた後に、色々な裏に関するレクチャーを受けたのちに、俺は蘆屋本家、ではなく朱音の要望で葛葉ライドウ家に向かったんだわ、これが。

 実際には朱音の要望もあったことは確かだが、それ以上に蘆屋本家が俺のことを持て余したということが大きいが。

 そして朱音の実家に着いた後に、そこでサマナーとしての修行を受けるか? という質問をされたので、受ける、受けさせてください、と俺はそれに一も二もなく飛びついた。

 別にこれは、俺がミーハーだったからとか、メガテンファンだったからとかいう理由ではなくて、俺にとって真面目に死活問題だったからだ。

 思い出して欲しい、俺がどういう立場だったというのかということを。

 そう、デビルサマナー世界線であれば、暫定とはいえ次期葛葉ライドウ(主人公)の兄貴分という立場なのだ。しかも、微妙に主人公が奮起するための踏み台にされそうな感じの。

 これが男女逆なら、白馬の王子様よろしく助けに来たライドウと最終的に結ばれてハッピーエンド。なんて王道ストーリーが展開されるかもしれないが、残念ながら俺は男でライドウは女。むしろ、俺が物語中盤で殺されて、それを見た朱音が激昂、更なる力を手に入れると同時にパートナー役の男に慰められて恋仲になる、なんて展開だろう。殺される俺としては溜まったものではないが。

 仮にそうじゃなかったとしても、この世界なら。

 

デスのぼりちゃん『やぁ、おはこんばんにちは』

 

 と、言った感じであらゆる場所に世界規模で散りばめられていてもおかしくないのがメガテン、というよりATLUS時空だ。地獄かな? いや、魔界とか地獄とかデフォであったわ、この世界。

 そんな感じである以上、『鍛えない=死』の図式が出来上がる訳で。

 

 それからは、朱音とともに(あいつにとっては普通の事だが)地獄の修練をこなして、一人前のサマナーになったと認められた後も、各地に異界が発生したと聞けばそこまで飛んで只管に異界に潜り死にかけたり、実際に死んでヴィローシャナの元へ連れて行かれたら『お前がここに来るのはまだ早いから、はよ現世に帰れ。あとコレ、なんかここに流れ着いたけど、現世に持ち主がおるから会ったら渡しといて』なんて言われて、【真・女神転生Deep Strange Journey】に出てきたデモニカスーツを渡されて、さらには、また死なないように、お目付け役なんかまで付けられたり。

 

 また別の場所で異界に潜ってたら、その異界に取り込まれてた女子中学生を助けたは良いものの、その子がペルソナに覚醒して、なおかつ精神状態がファントムソサエティに参加してもおかしくない感じに狂ってたから、親御さんと相談した上で弟子として引き取って心身ともに鍛え直したり、その時に遊びに来たライドウ(結局そのまま朱音が襲名した)とその子が親友になったり。

 

 政府の依頼で怪しい組織を襲撃したら、そこにDr.スリルがいてなんやかんややった結果、意気投合し俺は造魔作成用のドリー・カドモンを貰い、スリルにはガントレットとバロウズを見せて、彼と面白そうだから、といつの間にか参加してた業魔殿の主のヴィクトル、派遣されてきたゼレーニンが最終的にデモニカスーツの量産化に成功したりなどなど。

 

 そんなこんなを続けていたらいつの間にか、俺がこの業界に入って十年近く経っていた。

 そして俺はライドウほどではないが、業界で一目置かれる、蘆屋本家では、あいつもしかして初代様の転生体なんじゃないの? なんて勘違いされる、そんな存在になっていた。

 

 で、この頃、俺の業務態度が問題になってるらしく、別にサボってるわけではなくて逆に働きすぎ、傍から見るとブラック通り越してダークネスなんだがどうしよう? こいつ休み取らせても勝手に異界に突撃するし。なら楽めの仕事の表の企業調査をやらせようか、ってな感じで俺に新たな仕事が振られてきたわけで。

 正直どこに死亡フラグがあるかわからない状況では、そんなことよりも異界に潜ったり魔界に行ったりして力を蓄えたいのだが、政府から名指しの依頼である以上は無視もできないし、ちょうど弟子が住んでる都市でもあるので、顔見せついでにパパパっと終わらせるかと思い、だが何か胸騒ぎがするのできちんと準備をした後に公共交通機関で目的の企業【ランダルコーポレーション(・・・・・・・・・・・・)】の支部がある巡ヶ丘市(・・・・)へと出発した。

 

 その時の俺は、まさかあそこに特大の死亡フラグが乱立してるとは思ってなかったんだよなぁ……。

 

 




 この主人公、実は本文中で語っているように、ここがメガテン系のオリジナル世界だと勘違いしています。そして、本編に入っても、ここが、がっこうぐらし! の世界だとは気付いてません。
 まぁ、実際に悪魔が跋扈して、ライドウやペルソナ使い(朱夏)がいた以上、無理もないのですが……。
 なお、両親に関しては、ほぼフレーバーで今後登場することはないかも……。


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本編
第一話 デビルサマナー 蘆屋晴明


 この前、がっこうぐらし! が、完結したことを知り全巻手に入れて読んだところ面白かったので思わず書いてしまった今作。
 ゆるゆると書いていこうと思うのでよろしくおねがいします。
 なおこの第一話では原作キャラが登場するところまで進みませんでした……。
 第二話より少しづつ登場しますのでお楽しみに。
 では、まだ平和ながっこうぐらし! を、どうぞ。


 ──巡ヶ丘駅ホーム。

 

 東京から新幹線に乗って、今ここのホームに降り立つ一人の男の姿があった。

 全体的にラフな服装ながらも、左腕にまるでコスプレのような鉄甲を付け、どこかくたびれた雰囲気をまとう青年。

 その青年の顔を見てみると、まるで死んだ魚のような目をして辺りを見回していた。さながら不審者の様相であり、事実、彼を見た人々は彼を避けるように、または彼を見てヒソヒソと話しながら距離をとっていた。

 その件の彼だが、自身がそのように見られていることに対して全く気にせずに、もとい気にするだけの余裕がないのかボソボソとなにか呟いている。

 

「いやいやいや、何だよここ。楽な仕事じゃなかったのかよ。ありえねぇくらいに死臭が漂ってるし、どいつもこいつも死ぬような雰囲気まとってんぞ…………? ランダルって、そんなにやべぇ厄があるところだったのか? しまったな、もうちょいちゃんと情報洗っとくべきだったか」

 

 そう呟く彼の名は、【デビルサマナー 蘆屋晴明(あしやはるあき)

 知る人ぞ知る現代最強クラスの悪魔召喚師であり、そしてアクマ関連の難事件を協力者とともにいくつも解決した、現代の英雄である。

 そして今回彼は、とある政府筋からランダルコーポレーションが怪しい動きをしているので調べてくれ、という依頼を受けて日本では一番大きいランダルの支部があるここ、巡ヶ丘市へとやってきたのだが……。

 東京を出発してから頭の中で鳴り止まぬ警鐘、胸の中でどんどん広がる不吉な予感。そして極めつけは巡ヶ丘駅のホーム降り立った時に感じた、澱み過ぎてもはや毒に変わるんじゃないかと思いたくなるほどの空気。

 それらを感じ取った晴明はそのまま踵を返してGO-HOME! したくなったが、実際にしたら大問題になってしまうし、なにより。

 

(やべぇ、これ多分メガテン案件だし、解決しても、しなくても、日本中に、下手すると世界中にとんでもない被害が出るやつだわ……)

 

 彼のこの道、十年になる経験からくる霊感、第六感と言うべきか、がそのことを告げている。

 往くも地獄、退くも地獄という究極の、選択する幅がない選択肢というものを突き付けられた彼は。

 

「…………もうどうにでもなれ、だわな。とりあえず流れに身を任せるしかねぇ」

 

 そう呟きながら、駅の改札口を通り人混みの中へと消えていった。

 

 

 

 

 しばらく市内を調査していた晴明だったが、人気の少なそうな路地裏を発見するとまるでそこが目的地であったかのように一直線に入っていく。そして辺りに人がいないことを確認すると、懐から御札を取り出して周囲に何枚かぺたりと貼っていき、その作業が終わると左腕の鉄甲、それに埋め込まれたコンピューターを操作する。

 

《ガントレットAIバロウズ起動開始》

 

 左腕のコンピューターから機械音声が聞こえてくる。そして──。

 

《ハァイ、マスター。どうしたのかしら? まだPartyの時間ではないようだけど?》

 

 コンピューターから女性の姿をしたホログラムと、同じく女性の声が聞こえてくる。

 彼女の名前は【管理AIバロウズ】、晴明のパートナーの一人であり、彼が左腕の装着している【ガントレット】と呼ばれる彼専用のCOMPの文字通り管理者だ。

 

「おはようバロウズ。そのPartyについてなんだが、どうやらただのHomePartyじゃなくて、もっと大規模になるみたいなんでな。ちょっと時間がかかる案件かもしれないから、あいつに通信をつなげてほしいんだわ」

 

《あら、それは大変。あんまり遅くなっちゃったら、あの子が拗ねちゃうものね?》

 

「ま、そんな訳でな、俺の妹分の。──────十七代目葛葉ライドウまで頼む」

 

 

 

 

 晴明の言葉を聞いたバロウズは直ぐに目的の人物へ連絡をかける。

 すると、三十秒のしないうちに通信が開始される。

 

[もしもし、どうしたのハル(にぃ)? もしかして、あまりに仕事が簡単すぎてもう終わっちゃった、とか?]

 

 どこか嬉しそうに弾ませた声を聞かせてくる女性の通信者。

 彼女こそが今代の葛葉ライドウであり、かつて最強と呼ばれた十四代目葛葉ライドウの後継である、十五代目葛葉ライドウから稀代の才能を持つ、とまで称された才媛である。

 

「残念だがハズレだ。むしろこれからどうしようか、なんて頭を痛めてるところだよ」

 

 晴明からそんな言葉が溢れた瞬間、通信の先で困惑した雰囲気が発せられる。

 彼女にとって晴明は、自身が封魔管を使うオールドサマナー、晴明がCOMPを使うハイテクサマナーの違いがあれど、自身を除くと最高クラスのサマナーであり、彼と比肩しうるのは組織の掃除屋である葛葉キョウジや、ファントムソサエティでも大幹部以上の何人かの合計でも十指に数えれる程度しかいない。

 その有数の実力者である晴明から弱音が溢れる? 一体現場ではどんな事態が起きればそのようなことになるのか判断はできないが、義兄がそう言っているからには、大事になっている可能性は否定できない。

 

[と、言うことはハル兄? 私もそっちに行けば良いのかな?]

 

 つまりは久々に義兄との共同作業というわけか。確か以前共闘した時は、彼の弟子で私の親友であるペルソナ使いの子の卒業試験として、どこぞの馬鹿(ガイア教団過激派)が顕現させた堕天使オセをぶっ飛ばした時だったなぁ。

 そういえば、いま義兄がいる巡ヶ丘市は、彼女の実家があるから会いに行けるなぁ、なんてことを漠然と考えているライドウに晴明が告げた言葉は彼女にとって予想外の言葉であった。

 

「────いや、お前はこっちに来るな」

 

[────────はぁあ??]

 

 今この義兄はなんと言った? 来るなと言ったのか? あれだけのことを言っていたくせに? まるで私のことを足手まといだ。なんて言っているように聞こえてライドウは怒りを滲ませる。

 彼女の勘違いであるのだが、怒りで冷静さを欠いた彼女は語気を強めて晴明に詰問しようとするが。

 

[ちょっと、ハルに「──メガテン案件だ」]

 

 彼女の言葉にかぶせてきた晴明の発言に思わず息を呑む。

 

 ──メガテン案件。

 

 それは彼女にとって、義兄が、晴明が自身にだけ話してくれたこと。

 

 蘆屋晴明は転生者である。と、いうことは葛葉や蘆屋などの裏でなおかつ晴明と関わりの深い者たちには周知の事実であるが、それとはまた別に当時彼の家に居候し、彼が転生者だと割れた後に自身の実家である葛葉ライドウ家に転がり込んだ後、しばらくして私がライドウの名を襲名した時に私にだけ話してくれた事実。

 

 彼の前世に存在した娯楽作品であり、同時に今世に極めて酷似している世界群である【真・女神転生】シリーズに、私達葛葉が主役になっていた【デビルサマナー】シリーズ、そして親友と同じペルソナ使いたちが活躍する【ペルソナ】シリーズ。

 他にもいくつか別作品があったらしいが、それら全てに共通する世界規模の災厄。

 義兄は、その世界規模の災厄の隠語としてメガテン案件なんて言うことがある。

 だが、今まで義兄が同じようなことを言うことはあったし、何よりそれは全部解決してきた。それに本当にメガテン案件だというのなら、それこそ私もそこに行くべきなのでは?

 ライドウはそう思いながら震えそうになる声を抑えて再び晴明に話しかける。

 

[そ、それじゃあさ、ハル兄? 余計に私も行ったほうが良いんじゃないの?]

 

 内心、晴明が了承してくれることだけを祈るライドウだったが、晴明の返答は。

 

「さっきも言ったようにお前は東京に残っててくれ」

 

 ──明確な拒絶だった。

 恐らくそうだろうな、と思いつつも彼女は更に晴明に問いかける。

 

[で、でもさ、ハル兄、なにかメガテン案件の根拠でもあるの?]

 

「ああ、それは、──俺の第六感だよ」

 

 ────最悪だ、とライドウは思う。

 

 この義兄、良い方の勘は一切当たらないくせに、呪われてるんじゃないかと言いたくなるくらいには悪い方の勘は当たるのだ。それこそ百発百中と言えるぐらいには。

 

「で、ライドウには頼みたいことがあるんだよ」

 

[え、あ、うん、なにハル兄?]

 

「東京の防備を堅めてくれ、特に皇居をだ」

 

 その言葉を聞いてライドウは今度こそ絶句する。

 この義兄、言外に日本が滅亡する可能性がある、と言っているのだ。

 

「それとだ」

 

[な、なに?]

 

 ライドウは純粋に義兄の言葉を聞くのが怖い、と思った。

 一体今度はどんな酷いことを言ってくるのか。

 

「ヤタガラスに言って、巡ヶ丘に結界を張る準備をさせてくれ、俺よりもライドウであるお前が言ったほうが、すぐに動くだろ?」

 

 何だ、そんなことか、とライドウは安心した。安心してしまった。故に次に晴明が言った言葉をすぐには理解できなかった。

 

「巡ヶ丘から出ることが出来なくなるように、全域にな」

 

[──────────は?]

 

 その言葉は義兄を、晴明を見殺しにしろ、という意味であった。

 

[ちょ、ちょっと、ハル兄?]

 

「頼む、朱音(・・)

 

 よりによって今その名前を言うのか。私が義兄とともに暮らしていた、ライドウの名を襲名する前の、あの幸せだった頃の名前を。

 今の私が不幸だとは思わない。思わないが、それでもあの時の、葛葉の使命など関係なく、只普通の暮らしをして幸せだったあの頃。

 何の運命の悪戯か、あの日、かの神が義兄にガントレットを贈らなければ、もしかしたら続いていたかもしれない、なんでもない尊き日常の日々。

 今となっては、その数少ない証明の一つが私の本当の名だった。

 私が、それを大事に思っていることを知ってなお彼は言ったのだ。すなわち、ライドウ(・・・・)としての使命を果たせ、と。

 

 (朱音)としてはとてもじゃないができない、と思った。だが同時にライドウ(わたし)としては成さねばならない。護国の、帝都の守護者として。

 

[────ふぅ、もう、ハル兄。その名前は呼ばないで、って言ってるでしょ? 今の私は葛葉ライドウなんだからね?]

 

 平穏が崩れたあの日、義兄は葛葉ライドウの名を口にして、冗談めかしながらサインもらえるのか? なんて言ってきた。

 義兄が言っていたのはあの伝説の十四代目葛葉ライドウのことだったが、今は、今代は私が葛葉ライドウなんだ。ならばせめて彼が失望しないように、彼の夢(ライドウ)を壊さないようにしよう。

 

[わかりました、葛葉ライドウ(・・・・・・)の名において、ちゃんとヤタガラスに通達しておきます。ですが、すぐに出来るかはわかりませんからね?]

 

 私がそう言った瞬間、どこからか担当者の悲鳴が聞こえてきたような気もしたが、空耳だろうし、何より関係ない。私だって今回神経すり減らしたし、ライドウとしての仕事もあるから分担できる作業は分担しないとね。

 

「色々と迷惑を掛けるがよろしく頼む」

 

[うん、分かった。──その代わりと言っては何だけどハル兄? 私からもお願いがあるんだけど?]

 

「? どうした、色々と押し付けてるわけだから、出来る限りのことはするが?」

 

 よし、言質は取った。なら──。

 

[それじゃあ言うけど、ちゃんと元気に帰ってくること。そして朱夏と一緒に会いに来てね]

 

「………………分かった。出来る限りの善処はするよ」

 

 返答までに合間があったことから義兄は自信がないのかもしれない。でも、それでもきっとこの義兄なら叶えてくれる。だって彼はきっと英雄(ザ・ヒーロー)なのだから。

 

[それじゃあ、またね。ハル兄]

 

「ああ、またな、ライドウ。いや、朱音。今度は三人で、な」

 

[うん、それじゃあ]

 

 その言葉を最後に通信が終了する。

 

 

 

 

《それで、良かったのマスター?》

 

 通信が終わったタイミングでバロウズが晴明に話しかける。

 

「何がだ?」

 

《最後に朱音ちゃんの名前をまた呼んでたでしょう。今度怒られるんじゃない?》

 

 バロウズにそう問いかけられた晴明は、何だそんなことか、と鼻で笑う。

 

「フン、そもそも朱音は朱音なんだ、何も問題ないさ。それに、だ」

 

 晴明は薄く笑いながら更に言葉を続ける。

 

「血は繋がってないが俺とあいつは家族なんだ。それなのに家族の名前を呼んではいけない、なんてフザケた話があってたまるかよ」

 

《──────それも、そうね。OK、マスター。それじゃ朱音ちゃんに元気な顔を見せるためにもさっさと仕事を終えてしまいましょう? なにかオーダーはあるかしら?》

 

 バロウズの問いかけに、晴明は先程周囲に貼っていた御札を剥がしながら答える。

 

「ああ、それは今のところはねぇな。と言うよりもさっき朱音のやつに言ったように、どう動くべきか考えあぐねてんだよな、これが」

 

 その晴明の返答に不審なものを感じたのか、バロウズは更に話を促す。

 

《マスター、それは一体どういう意味かしら?》

 

「どうにも俺の霊感がささやくんだよ。ここで放置したら大変なことが起きる、が、ぱぱっと力技で片付けた場合もっとヤバいことが起こる、ってな」

 

 そう言いながら晴明は片付けが終わったようで路地裏を出るように歩き出す。

 

「だから、まずはその霊感の正体が一体何なのかの調査と、この巡ヶ丘の地理の把握からだな」

 

《OK、マスター。それじゃマスターの霊感が杞憂であることを祈りながら散策といきましょう?》

 

「そいつぁいい、AIは一体何に対して祈りを捧げるんだ?」

 

 二人はそんな軽口を叩きながら路地裏を後にした。

 

 

 

 



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第二話 日常と非日常

 流石に原作キャラが一切登場しない話だけを投稿すると、原作詐欺も良いところなので第二話もほぼ同時投稿します。
 では、原作キャラが少しだけ登場しつつも、まだまだ巡ヶ丘が平和な第二話もどうぞ。








 その後、ホテルにチェックインを済ませた晴明はまず地理の把握が優先だと判断し、市内を優先的に散策することに。

 最初はここ、巡ヶ丘に住んでいるペルソナ使いの弟子に案内を頼もうか、などと思っていた晴明であったが、そもそも彼女は大学生であり、そちらの方を優先させるべきと思い直して自分の足だけで散策していた。

 

(それに、朱夏はペルソナという異能を持つだけの表側の人間だからな。今コッチに引っ張り込むのは流石に忍びない、か)

 

 そんなことを思いながら散策を続けていた晴明だったが。ふとした拍子に、今も続いている警鐘とはまた別の不愉快な感覚が頭をよぎる。

 

(何だ、この感覚は? 人が死ぬ? どこで?)

 

 不愉快な感覚に、怒りを募らせながら晴明は周囲の確認をする。すると、百メートルほど先の横断歩道、そこに飛んでいく小さな帽子とそれを追いかけて、家族であろうか? 茶髪のロングヘアの髪に制服をまとった少女の手を離れて横断歩道に侵入するベージュ色の髪の女児の姿が見えた。そしてその横断歩道の信号は赤信号であり、近くには走ってくる自動車までいるという始末。

 

「────マジかよ!?」

 

 その姿を確認した晴明はすぐさま自身の中にある生体マグネタイト【MAG】を活性化させ走り出す。その速度を見ることが出来るならば、プロのアスリートがまるで子供の追いかけっこに見紛うほどの速度であり、事実彼が通り過ぎた後には突発性の強風が吹き荒れて、他の通行人たちは何が起きたのかと辺りを見渡している。

 そしてその速度のまま晴明は走り続け、横断歩道の十メートルまで差し掛かると。

 

「──疾っ!」

 

 自身の足に更なる力を込めて踏み込み、足元のコンクリートを破砕しながら一足飛びに横断歩道へと飛び込んで、女児と、ついでに帽子を掻っ攫って先程いた歩道と逆側の歩道に着地する。直後、背後で自動車の急ブレーキ音と、少女の「るーちゃん!」という叫び声。そして車から降りた人間や周りの通行人からの困惑した様子の声が聞こえてくる。

 当然だろう。自動車の運転手にとっても、通行人にとっても、あのタイミングであれば女児を轢いてしまっているのが確実であり、それなのに被害者の女児の身体も、血の一滴すら存在しないのだから。

 晴明はそんなことを思いながら、自身が抱きかかえている女児に話しかける。

 

「よう、お嬢ちゃん。怪我はないか?」

 

 話しかけられた女児はぽかんと放心している。

 彼女の主観ではさっきまで横断歩道にいたはずなのに、いつの間にか見知らぬ男に抱きかかえられて、別の場所に移動しているのだから仕方ないだろう。

 その時、後ろの方から「お、おい、あれ!」という声が聞こえてきた。ようやくこちらのことに気が付いたようだ。

 晴明は抱きかかえた女児を地面におろしながら、もう一方の手に掴んでいた帽子を女児の頭にかぶせて笑いかける。

 

「お嬢ちゃん、いくら横断歩道でも急に飛び出しちゃ危ないからな? 気をつけるよーに」

 

 そんな事を言いながら、女児の頭を軽く撫でる晴明。

 すると背後から切羽詰まった雰囲気をまとった少女が走ってきた。

 

「るーちゃん、大丈夫?! 怪我はない?!」

 

 そして女児が無事であることを確認すると、心配したとばかりに女児へガバっと抱きついた。

 

「…………りーねぇ?」

 

 その少女の行動で、その女児、るーちゃんの方もようやく思考が落ち着いたのか、少女の名前らしきものを呟く。

 りーねぇと呼ばれた少女はしばらくそのまま、るーちゃん、妹である瑠璃を抱きしめていたが、助けてくれた青年(晴明)がいたことを思い出し顔を上げて辺りを見回し、晴明を確認すると。

 

「あ、あの! るーちゃんを、妹を助けてくれてありがとうございました!」

 

 深々と頭を下げながら晴明に対して感謝の言葉を告げる。

 少女の言葉を聞いた晴明は照れくさそうに頭をかきながら。

 

「いや、なに、偶々間に合う位置にいたからな。その幸運でも噛み締めておいてくれ。それで、ええと、お嬢ちゃんは……」

 

 その晴明の口ごもったことで、自身が焦って自己紹介をしていなかったことを思い出した少女は、改めて自己紹介をする。

 

「あ、私は【若狭悠里】です」

 

 そして、少女、悠里は自身が抱きしめている、るーちゃんと呼んでいた妹の方を見て。

 

「この子は妹の【若狭瑠璃】です」

 

 姉である悠里に紹介された妹の瑠璃は、晴明に向かって軽く頭を下げることで挨拶する。

 その時一人の男性が近づいてくる。先程の乗用車の運転手の男性だ。

 

「あ、あの、その子は大丈夫ですか?」

 

 運転手の男性が自身が轢きそうになった瑠璃を心配し尋ねてきたようだ。

 

「ああ、さっきの運転手さんか。あなたも運がなかった、いや俺がいた分、運があったのか? まぁ、ともかくこの子は無事だよ」

「それはよかった」

 

 晴明から改めて無事なことを確認できたことにより男性は胸を撫で下ろしているようだった。そのやり取りを見ていた悠里は妹の瑠璃を見ると。

 

「ほら、るーちゃん。このおじさんに謝って」

 

 と、先程の横断歩道への飛び出しについて謝るように告げる。

 姉の言葉を聞いた瑠璃は、彼女から離れると運転手の男性へと頭を下げて。

 

「おじさん、ごめんなさい」

 

 と、謝罪する。

 瑠璃からの謝罪を受けた男性は、軽く笑みを浮かべながらしゃがんで瑠璃へと視線を合わせると。

 

「君も無事で良かった。でも急に飛び出したらだめだよ? 車は急に止まれないからね?」

 

 優しく諭すように告げながら瑠璃の頭を軽く触ると、晴明たちにそれではこれで、と言い去っていく。そして残っていた野次馬たちもまた、ことが終わったと感じてこの場を去っていく。

 

「ふぅ、とりあえず揉め事にならなくてよかった、と言ったところかな?」

 

「ええ、本当に」

 

 そう言いながら晴明と悠里は笑い合う。

 笑い合う二人だが、晴明がそういえば、と思い出したような顔をして。

 

「俺が自己紹介をしてなかったな。と、いっても、もう会わないかもしれないが、一応名乗っておくよ。改めて俺の名前は蘆屋晴明だ、よろしくお二人さん」

 

 冗談めかしながら若狭姉妹に告げる晴明。

 晴明の言葉を聞いた悠里は微笑みながら返事を返す。

 

「はい、よろしくおねがいします。蘆屋さん」

 

 その時、瑠璃が晴明にとてとてと近づいてきて。

 

「蘆屋おじさん(・・・・)、ありがとう!」

 

 と、晴明に感謝の言葉を言ってくる、が。その言葉、主におじさんの部分を聞いた悠里は慌てて。

 

「る、るーちゃん! おじさんじゃなくて、お兄さん! ね?」

 

 瑠璃に訂正を促すように告げるが、瑠璃は意味がわからないのか首を傾げている。

 その妹の姿を見た悠里は、わたわたと慌てた雰囲気を出しているが、姉妹のやり取りを見た晴明は笑いながら。

 

「わはは、おじさんで構わんよ」

 

 と、悠里に告げる。その言葉を聞いた悠里は申し訳無さそうにしているが、その姿を横目に晴明は瑠璃に質問をする。

 

「るーちゃんだったかな? 君は小学生かな?」

 

「うん! 小学二年生!」

 

 晴明の質問に元気良く答える瑠璃。その可愛らしい瑠璃の姿を見た晴明は破顔しながら、よくできました、と瑠璃を褒める。

 そして、悠里の方に顔を向けると笑いながら話しかける。

 

「なぁに、実際に二十近く歳が離れてるんだ。それなら妹さんからしたら俺は立派なおじさんだ。気にすることはないよ」

 

「は、はい。ありがとうございます……」

 

 晴明の声かけに申し訳無さそうにしながら頭を下げる悠里。姉の姿を不思議そうに見ている瑠璃を見て、晴明は苦笑していたが気を取り直して今度は瑠璃に話しかける。

 

「それで、ちゃんと質問に答えることができたるーちゃんにおじさんからプレゼントだ」

 

 そう告げながら晴明は懐からあるものを取り出すと、それを瑠璃と、ついでとばかりに悠里にも渡す。渡された二人はそれを自らの視線の前まで持ってくる。

 それは、神社で売られているようなお守り袋だった。これにどういった意味があるかわからない二人は、揃って晴明を見つめる。

 その二人の仕草を見た晴明は笑いながら。

 

「はは、わけがわからないという顔をしてるな。見てのとおりただのお守りだよ。ただ、ご利益はあるから安心しな」

 

 瑠璃は晴明の言葉に納得したのか嬉しそうにしているが、悠里はどこか不安そうな顔をしながら晴明に申し訳無さそうに告げる。

 

「あの、蘆屋さんすみません。宗教はちょっと……」

 

 悠里の消極的な拒絶に、晴明は宗教の勧誘と勘違いされているということに気付いて、苦笑しながら勘違いを訂正する。

 

「ああ、別に宗教の勧誘ではないから安心していいよ。ただ単にせっかく助けたのにまたさっきみたいなことがあると目覚めが悪いから、一つの保険みたいなものだよ」

 

 それにご利益があることも事実だしな、と告げる晴明。

 晴明の言葉を聞いた悠里は勘違いをしていたことに恥ずかしそうにしながら、感謝の言葉を告げる。

 

「あ、はい、ありがとうございます……」

 

 悠里の恥ずかしそうな姿を見た晴明はどこか気まずげに、そして同時に笑いをこらえながら。

 

「まぁ、何も知らなければそういう風にしか見えないからな。こっちこそごめんな」

 

 軽い調子で謝罪する。

 晴明からの謝罪を聞いた悠里は、その晴明の謝罪に驚きながらとんでもない、と告げる。

 

「るーちゃんを助けてもらったばかりか、お守りまで頂いて、本当にありがとうございます」

 

「それは良かった。それじゃ俺はもうそろそろ行くよ」

 

 晴明は悠里にそう告げながらも近づいていき、彼女の耳元で囁く。

 

「……次は手放さないように、な」

 

 その言葉を聞いた悠里は驚きながらも。

 

「……っ、はいっ!」

 

 自身に喝を入れるように元気よく返事をする。

 晴明は悠里の返事を背に聞きながら、手を振ってその場を後にするのだった。

 

 

 

 

《でも、マスター良かったの? あんなものを民間人に渡しても?》

 

 あの場から離れた後にバロウズから質問が入る。

 先ほど若狭姉妹に渡したお守り袋のことだった。

 

「ん、あぁ。そこまで目くじら立てることじゃあ無ぇだろうさ。それにさっきあの子に言ったことも事実だしな」

 

 晴明は何でもないことのように告げるが、バロウズが心配していることにも勿論理由がある。と、言うのも実はあのお守り袋、中には大日如来の権能(梵字)が込められた紙が入っていたのだ。それこそが晴明がご利益があると断言していた理由であった。

 

《それならいいのだけど》

 

「心配性だな、バロウズは」

 

 バロウズの心配を笑っている晴明だったが、後ろの方から姦しい声が聞こえてくることに気付く。楽しそうに話している少女二人の声だった。

 そしてそのうちの一人が素っ頓狂な声を上げる。

 

「あ、ちょっと、圭。危ないよ!」

 

 声が聞こえた次の瞬間、晴明の背に何かがぶつかった感触がする。

 振り向くと、恐らく後ろ向きにステップでもしていたのか、晴明にぶつかった拍子にバランスを崩し倒れそうになっている、先ほど別れた悠里と同じような制服を着ておでこを出しハーフアップにしている少女と、その少女に手を伸ばそうとしているパールホワイトのショートヘアの髪型の少女の姿があった。

 倒れそうになっている少女を咄嗟に抱きかかえる晴明。

 見知らぬ男性に抱きかかえられることになった少女は赤面するが。

 

「圭! 大丈夫?!」

 

 駆け寄ってきたもう一人の少女を見て晴明の側から離れる。そして晴明の方を向くと。

 

「あ、あのすみません、ありがとうございました!」

 

 晴明に頭を深々と下げて、謝罪と感謝の言葉を告げる。

 圭と呼ばれた少女の近くに来たもう一人の少女もまた。

 

「圭のこと助けてもらってありがとうございました」

 

 と、こちらも頭を下げて感謝の言葉を告げてくる。

 その二人の姿を見た晴明は。

 

「あ、ああ、別に構わないよ。ただ、危ないから気を付けてな」

 

 と、軽く注意をする。

 その言葉を聞いた圭と呼ばれた少女は。

 

「はい、本当にすみませんでした」

 

 と、再び謝罪する。

 そしてもう一人の少女が。

 

「本当にありがとうございました、それでは失礼します」

 

 と、晴明に声を掛けて、圭と呼ばれた少女の手を取り小走りに去っていく。

 去っていく二人の少女から、「圭、だから危ないって言ったじゃない!」と、怒る声や、「だから、ごめんってば、美紀ぃ」という声が聞こえてくる。

 その二人の姿を見た晴明はしみじみと呟く。

 

「やれやれ、平和なこった」

 

《でもマスターはその平和のために働いているんでしょう? なら今回も頑張らないと》

 

 いつの間にか黙っていたバロウズが晴明に再び声をかけるが、晴明はその言葉にどこか自信がなさげに。

 

「だが、今回は正直な。平和のまま終わらせられれば良いんだが」

 

 と、告げる。だがその後、頭を振って。

 

「こんな事を言っても仕方がないな。今はできることをするべきだわな」

 

《そうね、でもマスター? 今日はもう時間も遅くなっているしホテルに戻りましょう?》

 

 バロウズが言ったように、辺り一面夕焼けに覆われて、しばらくすれば完全に夜の闇に落ちるだろう。今日が調査初日である以上無理をする必要はない、と判断した晴明はバロウズの提案に同意してホテルへと戻ることにした。

 

 




2/29 追記

今回登場したるーちゃんは、原作で名前が判明していないため独自設定となります。


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第三話 神持朱夏

 三話時点でまだ平和ながっこうぐらし! のSSと言うのも珍しいんじゃなかろうか? と、思いつつ意外なキャラが出てくる三話をどうぞ。


 政府の依頼により巡ヶ丘のランダルコーポーレーションを秘密裏に調査していた晴明であったが、正直なところ進捗は芳しくなかった。まだ調査をはじめて数日しか経っていないということも要因の一つであったが、それ以上にここ巡ヶ丘ではランダルが大地主という関係もあり、悪い噂などは一切流れてこないこと、またランダル自身も巡ヶ丘では優良企業として雇用促進をしていた関係で住人から好意的に見られていることも要因として上げられた。

 そして、調査をしていた晴明だったが、今は市内にあるカフェテラスでとある人物と待ち合わせをしていた。

 

「しっかしよぉ、いくら地理を把握することを優先していたとはいえ、ここまで何も情報が無いということはもしかして誤報なのかねぇ……?」

 

 コーヒーを飲みながら愚痴をこぼす晴明だったが、その時晴明の座っていたテラスに一人の女性が近づく。

 

「あら、師匠(せんせい)が愚痴なんて珍しいわね」

 

 そう言いながら晴明の向かい側に座る女性。

 

「ん、おぉ、来たか、朱夏。久しぶりだな」

 

「えぇ、お久しぶり、師匠(せんせい)。でも急にこっちに来るなんて珍しいわね。何かの依頼なんでしょうけど」

 

 この黒髪のロングヘアーにカチューシャを付け、全体的にスレンダーながらも余人を惹きつける何かの波動を身にまとっている女性こそが、今回晴明の待ち人であり、そしてかつて悪魔が跋扈する異界に閉じ込められた際、晴明に救助されると同時にペルソナ使いとして覚醒し、晴明に(強制的に)弟子として面倒を見られていた中学生、現在は聖イシドロス大学に通う大学生【神持朱夏(かみもちあやか)】だった。

 

「それで、師匠(せんせい)、今日はどうしたのかしら?」

 

 ニコニコ、と楽しそうに晴明に笑いかけながら問う朱夏。

 彼女が何を楽しんでいるのかわからない晴明だったが、それよりもと思い彼女の問いかけに答えようとするが、その前に。

 

「ああ、お前に聞きたいことがあるんだが、その前に、だ」

 

「何かしら?」

 

 不思議そうに首を傾げる朱夏。その朱夏に対して。

 

「その師匠(せんせい)ってのやめねぇか?」

 

「…………え?」

 

 晴明の言葉に信じられないことを聞いたとばかりに表情が削げ落ち、同時に青くなる朱夏。その朱夏の表情を見た晴明は、しまった、と焦った表情になり。

 

「いや、別にそれが嫌というわけじゃないんだがよ。お前さんはもう俺の元を巣立っている以上、俺のことを師匠(せんせい)と呼ぶのはおかしいんじゃないか、と思ってよ」

 

 その晴明の提案を聞いた朱夏はホッとした表情になりながら。

 

「な、なるほど。そういうことね」

 

 と、呟きつつ、なら呼び方はどうしようか? と、考えているようだ。

 晴明としては呼び方一つに悩むものなのか? 疑問に思うが、朱夏が楽しそうにしているから問題ないか、と思い静かにコーヒーを飲んでいる。

 そして呼び方が決まったのだろう。朱夏は花開くような笑顔を浮かべながら晴明に告げる。

 

「それじゃあ、今度から晴明さんと呼ばせてもらうわね」

 

「ああ、朱夏がそれで良いんなら構わないよ」

 

 晴明からの了承を得たことが嬉しかったのか、朱夏の頬に少しばかり赤らめている。

 晴明にとっては朱夏も妹分のような存在だが、元々の見てくれが良い分多くの人の視線を釘付けにしている。

 その中には異性だけではなく同性も含まれていたようで、驚いた表情をした者や、中には物陰からこちらを覗きつつ、直接指を指してありえない、などと言っている女性までいた。

 

「……おい、朱夏。あそこにいる女の子たちは知り合いか?」

 

「え?」

 

 晴明から別の女性に対する指摘が来たことで少し(・・)不機嫌になった朱夏であったが、その指し示された女性たちを見て一瞬驚愕の表情を浮かべると。

 

「…………っ、晴明さん、ちょっと待っててもらえる?」

 

「ん? ああ、別に構わないが……?」

 

「それじゃ、ちょっとだけ席を外すわね」

 

 それだけ言うと朱夏は忽然と姿を消し、次の瞬間には先ほど晴明が言っていた隠れていた女性二人の背後に回り込み、力強く肩を掴んでいた。

 

 

 

 

 

 

 右原篠生(みぎはらしのう)は多少引っ込み思案の気があるものの、勉学に励み、友人と交流し、自身が通う大学である聖イシドロス大学に身を置く一人の男子生徒が少しだけ気になる、普通の女学生である。

 今日もまた、日曜で大学が休校ということと、晴天に恵まれたこともあり、仲の良い友人の一人である光里晶(ひかりざとあき)と共にウィンドウ・ショッピングへと繰り出していた。そしてしばらく二人でアチラコチラをブラブラとしていたが、もうそろそろお昼に近い時間ということもあり、何処かで食事をしようかと店を見回っていた時に、二人にとって見覚えのある人物の後ろ姿を晶が見つける。

 

「ね、ねぇ、シノウ、あれ」

 

 と、晶は篠生に呼びかけつつ件の人物を指差す。

 篠生はなんだろう? と、思いつつ晶が指差した先の人物を見てほんの少しであるが驚きの声を上げる。

 

「あ! あれ、アヤカさん、だよね?」

 

 その人物とは同じ大学に通う、生徒の中では有名人となっている神持朱夏その人だった。

 だが、二人が驚いたのは何も彼女を見かけたから、というわけではない。そもそも朱夏自身も一介の学生である以上、外出することもあるだろうし、実際に直接声をかけることはないが、街で何度かその姿を見たことはある。

 ならば何故二人は朱夏を見て驚愕したのか。それは朱夏自身の雰囲気にあった。

 彼女は大学においてミスコンで一位になる、非公式のファンクラブがある、などの冗談のようなことが実際に起きているのだが、朱夏自身はいつも何処かつまらなそうな、達観したような雰囲気を見せていた。

 だが、今回の彼女の雰囲気はと言うと……。

 なんか、もう、全身から花吹雪が舞ってスキップでも始めそうなほどの雰囲気を発しながら歩いている。

 その彼女の幸せそうな姿を見た通行人たちは、皆一様に彼女に視線を釘付けにしているが、朱夏自身はまるで気にしていないようなほどにご機嫌そうだった。

 

 朱夏の普段の姿を知っている二人からすると、はっきり言うと今までの姿は一体何だったのか、と言いたくなるほどの豹変ぶりだった。

 

「一体何があれば、あんなに上機嫌になるのよ」

 

 そうまじまじと朱夏を見つめていた晶であったが、同じく朱夏を見つめていた篠生があることに気付く。

 

「あ、でも、アキちゃん。よく見てアレ」

 

「え?」

 

 篠生に言われて彼女に指摘された朱夏の服装を見る晶。すると、朱夏の服装は普段はクールよりの服装なのだが、今日の服装は心做しか可愛らしい服装を意識しているように見える。

 

「へぇ、あいつあんな服も着るのね」

 

「誰かとのお出かけでおめかししてるとかかなぁ?」

 

 篠生の呟きを聞いた晶は、それだ! と言わんばかりに篠生の方を向く。

 

「それよっ! シノウ、あんたが高上とデートしようと意気込んでる時の服装に似てるわ!」

 

 晶から突然の口撃に篠生は素っ頓狂な声を上げる。

 

「え、えぇっ! ちょっとアキちゃん! 私とれん君は、そういうのじゃ!」

 

「いやアンタ、隠してるつもりなんだろうけど、一切隠せてないから。そんなことよりも」

 

「そんなこと、ってアキちゃん……」

 

 晶からさらなる追撃を受けて悄気る篠生。

 晶はそんな篠生から視線を外すと、ランランとした好奇心旺盛な目で朱夏を見つめている。そして善は急げ、とばかりに篠生の手首を掴むと朱夏の尾行を始めようとする。最も篠生の方は晶が急に自分の手首を掴んだことに目を白黒させていたが。

 

「ちょ、ちょっとアキちゃん。急にどうしたの?」

 

「どうしたの? も何も、あいつがアレだけ上機嫌なんだよ。きっと男と会うんだよ!」

 

 晶の物言いに驚く篠生は思わず彼女へ小声で話しかける。

 

「えぇ、アキちゃん流石にまずいよ! もしアヤカさんに見つかったら怒られるよ!」

 

 篠生からの忠告にも晶は。

 

「あははっ、ダイジョブダイジョブ。現にあいつ浮かれすぎて周りのこと何も見えてないじゃん。ばれないよ。それにシノウはあいつの男に興味ないの?」

 

 その晶からの意地悪な質問に、篠生は実際に気になるという好奇心と、朱夏を尾行する罪悪感に揺れていたが、最終的に好奇心が勝ったようで。

 

「アキちゃん、流石にその質問の仕方は卑怯だと思うの。……分かった、私も行く」

 

「流石シノウ! それじゃ、いっくよー!」

 

 晶はそう言いながら篠生とともに意気揚々と朱夏の後を追っていく。

 

 

 

 二人が物陰に隠れつつ朱夏を尾行すること数分、彼女はとあるカフェテラスで周りを見渡していたが、目的の人物を見つけたのか、意を決して店内へと入っていく。そしてすぐにテラス席に姿を表し、一人の男性に話しかけつつ同席する。

 そしてその男性に対して笑みを浮かべながら話しかけている。

 

「へぇ、あの人がアヤカの彼氏ねぇ? でもなんというか……」

 

 男性の姿を見た晶は、感慨深そうに言いつつも同時に疑問に思う。

 晶と同じ疑問を持ったのか、篠生もまた不思議そうな顔をしている。

 

「なんというか、普通というか、ちょっと地味っぽい?」

 

遠目から男性の顔を覗く二人だが、顔は整ったほうだとは思うのだが、しかし本人から放たれている、くたびれたオーラのせいで、朱夏と釣り合うか、と聞かれるとどうだろう? と悩んでしまう状況だった。

 

「でも、アヤカさん、すごく楽しそうだよ?」

 

 篠生が言うように、相席の男性と話している朱夏はすごく楽しそうに終始笑顔だった。

 

「本当に大学での姿を見てると、今のあいつの姿ありえないと思うわ」

 

 晶は朱夏に対して軽く指を指しながらそうのたまう。するとその時。

 

「…………あれ?」

 

 同席している男性がこちらの方を向き、一瞬目があった気がする晶。

 そして男性が朱夏に何事かを話すと彼女もまたこちらを向く。

 

「やばっ、もしかしてバレた?」

 

 その言葉に驚く篠生。

 

「え、えぇっ! どうするのアキちゃん」

 

「そりゃ、勿論──」

 

 逃げよう、と言おうとした瞬間、晶は自身の肩が痛いほどの握力で握られる。篠生が怖がって掴んできたのだろうと思い彼女の方を向くが、その彼女自身も肩を捕まれ、更にガタガタ震えながら後ろの方を見ている。

 篠生が震えて怖がるほどの何かがあるのかと、晶は後ろを見て後悔する。そこには──。

 

「貴女たち、ちょっと話を聞かせてもらっていいかしら?」

 

 先ほどまで男性とテラス席に座っていたはずの朱夏が、満面の笑みを浮かべて晶たちの肩を掴んで立っていた。

 

 

 

 

 朱夏は、どことなく見覚えのある覗き魔たち──確か同じ大学の学生だったはず──の肩を掴んで逃げられないようにした後に、なるべく、なるべく優しい口調で二人に話しかける。が、茶髪のポニーテール()は呆然として、サイドポニー(篠生)にしている方はガタガタ震えながら挙動不審になっている。

 すると挙動不審になっていた篠生がなにかに気付いたのか震えた声で朱夏に話しかける。

 

「あ、あのぅ。あそこの、男の人が、なにか言ってます……」

 

「え?」

 

「ひぅっ」

 

 疑問の声を出して篠生の方を向く朱夏だったが、彼女は小さく悲鳴を上げて縮こまってしまう。仕方がないので篠生が言ったように晴明の方を向く朱夏。

 すると晴明と視線が合い、彼は苦笑しながら口を動かす。流石にこの距離では聞こえないので以前彼に習った読唇術で口の動きを探る朱夏。

 その結果晴明はこんな事を言っていた。

 

 ──あんまりいじめてやるなよ?

 

 それを見た朱夏は短く嘆息すると、呆れた表情で二人の方を見て。

 

「…………しょうがないから、二人とも来てもらうわよ?」

 

 と、言いながら二人を引っ張って先ほどのカフェテラスへと戻るのだった。

 

 

 

 

 ──弟子兼妹分と久々に会っていたと思ったら、いつの間にか女の子二人が増えて微妙な空気が漂っている件について──。

 

 そうやって晴明が現実逃避したくなるほどの空気が彼の座るテラス付近に漂っていた。

 主な原因は二つ。一つは朱夏が連れてきた女性二人、片方は何処かきまりの悪そうな顔を、もう片方は申し訳無さそうにテーブルを見るように俯いている。そしてもう一つはその二人を面白くなさそうに見つめる朱夏自身だった。

 流石にその空気に耐えられなくなったのか、晴明は朱夏に声をかける。

 

「それで朱夏、このお二人はお前の友達なのか?」

 

「いえ、全く知らないわ。大学で見た覚えがあるから、私と同じ学生だとは思うけど」

 

 朱夏の物言いに晴明は、だったらなんで連れてきたん? と、思う。そんな晴明の考えが顔に出ていたのだろう。朱夏は面白くなさそうな顔をしながら二人を連れてきた理由を言う。

 

「私はそのつもりはなかったけど、晴明さんがいじめるな、と言ったんでしょう? だからここに連れてきて話を聞こうと思ったのよ」

 

「…………あぁ、そういう。しかしこの状態ではなぁ……」

 

 実際にポニーテールの子()は気まずげにしてるし、サイドポニーの子(篠生)に至っては、まるで小動物のようにビクビクと震えている。まだこれが人前で朱夏が連れてきたという事実があったから良かったものの、もし人目のつかない場所や、朱夏が連れてきたことを認知されていなかった場合、最悪警察に通報されかねないような酷い絵面だった。

 正直ただでさえ面倒事を抱える身としては、更なる面倒事は御免被りたかった晴明であったが、現実として目の前に面倒事が転がっている以上無視するわけにもいかず、とりあえず女性たちに声をかける。

 

「あぁ、ちょっといいかな、お二人さん?」

 

 その言葉にビクッ、と過剰に反応する篠生と。

 

「ハ、ハイッ! ななな、なんでしょう」

 

 こちらも晴明を、と言うよりも彼女たちを見つめている朱夏を怖がっている晶。

 正直この時点で帰りたい、と思ってしまった晴明だったがそんなわけにもいかず、己を奮い立たせて更に声をかける。

 

「まずは自己紹介でもしようか。俺の名前は蘆屋晴明、お二人の名前は? それと朱夏、お前が不満に思っていることは分かるが、あまり睨んでやるな。話が進まん」

 

晴明が二人に気を使いつつ朱夏を咎めると、朱夏は不機嫌そうな顔をしながらも言う通りにする。彼女からの圧が減ったのが分かった二人はおずおずと自己紹介をする。

 

「えっと、光里晶です」

 

「……右原篠生です」

 

 多少なりとも二人が話せるようになったことに気を良くした晴明はさらに二人へ質問する。

 

「それでお二人はなんで朱夏を物陰から見てたんだい?」

 

「えっと、それは……」

 

 晴明の質問に答えづらそうにしている篠生を見て咄嗟に晶が答える。

 

「すみません! アタシが誘ったんです!」

 

「ふむ?」

 

 晶の急な告白に困惑する晴明。そんな彼に矢継早にこれまでの経緯などを話す晶。その話を聞くうちに晴明は面白いと感じたのか、目が笑ってきている。

 そして全ての話を聞き終えた晴明は朱夏の方を向きからかうように話しかける。

 

「しっかし、朱夏よぉ。そんなに俺と会えるのが嬉しかったのか?」

 

 晴明に問われた朱夏は頬を紅く染めながら文句を言う。

 

「だって、久しぶりなんだから良いじゃないですか! 晴明さんはいつも仕事でいろいろな場所に飛び回って会えないんだから!」

 

「はは、すまんすまん」

 

 いつもすました顔をしている朱夏が表情豊かに話していることに、改めて驚く二人。そして晶は晴明に対して声をかける。

 

「葦屋さん、本当にそいつと仲がいいんですね。もしかして付き合ってたりするんですか?」

 

「んなっ?!」

 

 晶がした質問を聞いた朱夏は驚きのあまり変な声を出すが、晴明自身は否定する。

 

「ん、あぁ、違う違う。一時期ちょっとした理由で朱夏を預かっててな。妹分みたいなもんだよ」

 

 晴明の否定を受けて朱夏は消沈している。そしてそれを気の毒そうに見ている篠生。そして地雷を踏んだのか、とばかりに冷や汗を流しながら朱夏を見る晶。

 晴明は、その女性三人の動向をあえて無視して本来の目的を口にする。

 

「それはそれとして、だ。三人に聞きたいんだが、ランダルコーポーレーションって、今何かやってるのか?」

 

 晴明の質問の意図がわからないのか三人とも首を傾げている。

 首を傾げている三人に質問の意図を説明するために、まず晴明は朱夏に声をかける。

 

「あ~、朱夏は俺の仕事についてある程度は知ってるよな?」

 

「え、えぇ、ある程度は。探偵みたいなことをしてるはず、よね?」

 

 朱夏は自信なさげに言うが、晴明はその通りと首肯する。

 そして、今回のランダルコーポーレーションのことに関する表向きの理由を説明する。

 

「で、今回うちの所にランダルに何らかの不利益がある行動が起きる可能性があるからそれを調べてくれって依頼が来たんだよ」

 

「はぁ、そんな事が……」

 

 晶が気の抜けた返事をする。

 

「まぁ、だからそんなに気にしなくていいよ。無いなら無いで越したことはないからね」

 

「確かにそうですね」

 

 篠生が晴明の言葉に相槌を打つ。そしてそのまま三人は自身が持つランダルに関しての情報を話していくが、それは晴明が今まで収集した情報と大差ないものだった。

 その情報を聞いた晴明は三人に礼を言う。

 

「三人とも助かったよ、ありがとう。礼代わりと言ったら何だがここの会計は持たせてくれ」

 

 その言葉に晶は目を輝かせて言う。

 

「えっ! 本当に良いんですか?」

 

 篠生は申し訳無さそうな顔をして断ろうとするが、

 

「あ、えっと、流石にそれは……」

 

「シノウ、だったわよね」

 

「あ、はい。何でしょうか、アヤカさん?」

 

 朱夏に疑問の声をかける篠生だったが、朱夏は苦笑しながら受けるように言う。

 

「晴明さんは一度決めたらてこでも動かないから、諦めて奢られなさい」

 

「……えぇ?」

 

 篠生の困惑した声に今度は晴明が苦笑しつつ篠生を説得する。

 

「俺の男の面子を立てると思って受けてくれないか? 頼むよ」

 

「は、はぁ……」

 

 晴明のお願いに気の抜けた返事をする篠生。

 その姿を見て晶は笑いながら篠生に話しかける。

 

「まぁまぁシノウ、良いじゃない。せっかく奢ってくれるんだから、素直に奢ってもらおうよ」

 

「……良いのかなぁ?」

 

「良いんだよ!」

 

 晶からの説得に迷う篠生だったが、さらなる晶の強引な押しに最終的に折れることになる。

 その後は四人で色々と他愛のない話、特に晴明が聞きたがった朱夏の大学での活動などを肴にして盛り上がることとなる。そしてそこで晶と篠生の二人は、朱夏が意外と表情豊かで人が良いことを知り、結果として三人はこの後も行動をともにしようという話になる。

 

 

 

 昼食が終わり、カフェテラスの会計が終わった晴明は三人のもとへ向かう。

 

「いやぁ、待たせて済まないね。三人とも今日はありがとう」

 

 晴明の姿を見た晶は、快活な笑みを見せるとハキハキとした礼を告げる。

 

「アタシらこそ今日はありがとうございました! おかげで、アヤカとも友だちになれましたし。ねっ! シノウ、アヤカ!」

 

 言いながら二人の方を向く晶。その二人、篠生は温和な笑みを浮かべ首肯し、朱夏は何処か照れくさそうに自身の髪をいじっていた。

 その姿を見た晴明は、何処か嬉しそうに笑いながら。

 

「俺としても、君のような子たちが朱夏と友だちになってよかったと思っているよ」

 

 そう述べた後に一息つくと更に晶に話しかける。

 

「それで三人はこれから遊びに行くんだったね?」

 

「えぇ、これからカラオケにでも行こうかな、って。蘆屋さんも一緒に来ます?」

 

 楽しみだと言わんばかりに声を弾ませながら告げる晶。

 

「ハハハッ、流石にこれ以上女の子たちの邪魔をするのも忍びないし、それに俺もこれからやることがあるから遠慮させてもらうよ」

 

 晴明がその誘いを断ると、晶は残念そうな顔をする。その顔を見て晴明はちょっと悪いことをしたかな? と、思いつつも朱夏に話しかける。

 

「それはそうと、朱夏はちょっと話があるから残ってもらっていいか? 二人にもすまないが少し朱夏を借りるよ」

 

 晴明の真剣な物言いに、なにかがあると感じた晶と篠生は。

 

「わっかりました! それじゃアヤカ、先に行ってるからね!」

 

「アヤカさん、また後で」

 

 朱夏にそう告げると二人は先に目的の場所へ移動する。

 その二人を見送った朱夏は晴明に話しかける。

 

「それで、晴明さん。話というのは……」

 

 朱夏の問いに答える前に、晴明は彼女を抱きしめられそうな所まで近づくと、顔を耳元まで寄せて小声で話しかける。

 

「ランダルが政府に目をつけられてる」

 

 急な晴明の接近に顔を赤らめる朱夏だったが、話の内容が頭に入ると一転して険しい表情になる。

 

「それは、晴明さんが出張るほどの何かをやっている、と?」

 

「いや、元々は俺に対しての息抜きにあてがわれた任務だったんだが、どうにも、そんな生易しい感じでは済みそうになくてな」

 

 晴明の言葉に顔をひきつらせる朱夏。ペルソナが覚醒した当初、私は選ばれた存在だ、と驕り高ぶった自身の鼻っ柱をへし折るために修行という名の地獄に叩き落とした彼が、それだけのことを言うということはかなりの難事の可能性が高いからだ。

 

「勿論杞憂であれば良いが、万が一という可能性もあり得る。だから──」

 

 そこで一息ためて朱夏に告げる晴明。

 

「もしもの時は、その力(ペルソナ)を使うことを戸惑うな。その力で友達を守るんだ、良いな」

 

 晴明の言葉に力強く頷く朱夏。

 そんな朱夏を見ながら晴明はもう一つの目的を告げる。

 

「それと、だ。もし何も問題が無かったら、朱音のやつがお前に久しぶりに会いたいって言ってたから、予定を開けといてくれ」

 

 晴明の言葉に喜びと驚きの感情が半々の状態で朱夏は声を上げる。

 

「朱音が! わかりました、行きます!」

 

「そうか、よろしく頼む。それじゃ、俺の話は終わりだからさ。引き止めて済まなかったな」

 

「えぇ、それじゃ。晴明さんも気を付けて」

 

 そう言って朱夏は走り去っていく。

 それを見た晴明もまた別方向に情報収集をするために向かうのだった。

 




 9/22 光里晶のルビを間違えていたため修正。


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第四話 アウトブレイク

 第三話とはまた違った意味で意外な人物が登場し、そして、ついに地獄の釜の蓋が開き始める第四話です。では、どうぞ。












 朱夏たちと別れた後に情報収集を続けた晴明であったが、特に目新しい情報にありつけることもなく、その日はホテルに戻ることにする。

 その道中、晴明はとある場所の前を通り過ぎる。その場所を見た晴明は思わず立ち止まる。

 

「ん? ここは……」

 

 晴明が立ち止まったところ、それは巡ヶ丘にある陸上自衛隊の駐屯地であった。

 駐屯地を見たことで何事かを思い出した晴明は、足早にその場を去るとそのままホテルへと戻る。そして自身が泊まるホテルの部屋に入ると、しばし逡巡するが意を決したようにバロウズに呼びかける。

 

「……バロウズ」

 

《どうしたの、マスター?》

 

「確か五島一等陸佐(・・・・・・)との個人的なホットラインがあっただろう? それに繋いでくれ」

 

《あら、珍しい。マスターはどことなくあの人のことを嫌っていると思ったけど》

 

 バロウズからの疑問を聞いた晴明は。

 

「確かにあの人に関しては苦手意識を持っていることは否定しないが、人柄自体は好ましく思っているよ」

 

 

 

 晴明が苦手と言っている五島という人物、彼は自他ともに厳しく、日本男児たるもの強きをくじき弱きを守るべきと常日頃から公言し、またその見た目も短く刈り上げた髪に巌のような巨漢であり、多くの部下からも慕われ、国民のためならば自身の命も惜しまない、という自衛隊員として、そしてかつての大日本帝国軍人の鏡のような人物である。

 そこだけ聞くと晴明が苦手意識を持つような人物ではないように見えるが、これには勿論理由がある。

 それはと言うと、この五島一等陸佐とほぼ同じ人物が晴明の前世にも存在していた。

 

 その人物の名は【戒厳司令官ゴトウ】

 彼の前世に存在していたゲーム【真・女神転生】に登場した古き神々、悪魔とも呼べる存在たちと契約し、部下とともにクーデターを起こした人物である。

 ゴトウは悪魔たちの力を使い東京を戒厳令下に置いたのちに、在日米軍並びに駐日アメリカ大使であるトールマンを殺害するために動く。……が、これは本筋には関係ないために割愛する。

 

 そして五島一等陸佐はこのゴトウと同じく神々(悪魔)の力を借りて、日本防衛のために尽力している。

 一つ違う点があるとすれば、彼の方はクーデターではなく融和策を取っているということだろうか。

 

 そういった点や、ヤタガラスや葛葉から危険視されていないことから晴明もゴトウとは別人とは分かっているのだが、それでもやはりあちらの存在がどうしても頭を過るため、彼にとって五島一等陸佐は苦手な存在となっていた。

 

 

 

 閑話休題

 

 

 

《へぇ、意外》

 

 バロウズが驚いたような声を出す。それを聞いた晴明は面倒くさそうに髪を掻きむしりながらバロウズを急かす。

 

「とにかくバロウズ、早めに繋いでくれ」

 

《了解、マスター》

 

 その言葉と同時に通信を開始するバロウズ。そして程なくして一人の男の声が聞こえてくる。

 

[君から連絡とは珍しいな。とうとう我らと合力してくれる気になったのかね?]

 

 この低い、まるで昔の任侠映画の男優のようなドスの利いた声の主が、陸上自衛隊対悪魔特殊部隊司令官の五島一等陸佐だった。

 その五島のラブコールを否定しながら晴明は本題に入る。

 

「お久しぶりです五島さん。今日通信をしたのはそのこととは別件でして。少し気になることがあったので連絡させていただきました」

 

 晴明の否定を聞いた後藤は少し残念そうな声を滲ませながらも先を促す。

 

[それは残念だ。それで聞きたいこととは何かね?]

 

「えぇ、実は──」

 

 晴明はそう言って今回のランダルコーポーレーションに関する一連のことについて切り出す。それを聞いた五島は。

 

[ふむ、なるほどランダルか……。実は、私もかの企業については調べているのだ]

 

 五島の言葉を聞いて驚くとともに、何か進展があるかも知れないと思い喜ぶ晴明だったが、五島の次の言葉に凍りつくことになる。

 

[まだ確定ではないが、かの組織の裏に【メシア教】がいる可能性があるようなのでな]

 

「メシア教ですって?!」

 

[あぁ、こうなると私の部隊の一部がそちらの駐屯地に教導隊として配属されていたことが天佑だと思える]

 

「五島さんの部隊というと……」

 

[あぁ、君の知り合いの科学者が開発したデモニカスーツ、だったか? それを配備した部隊だ]

 

 その言葉を聞いて晴明は不幸中の幸いだと思う。

 デモニカスーツとは、【真・女神転生Strange(ストレンジ) Journey(ジャーニー)】に登場した一種のパワードスーツで、それを使うことによってただの人であっても悪魔とある程度戦えるようになる代物であった。

 そして五島もまた晴明が巡ヶ丘を訪れていることを幸運に思い、ある提案を持ちかける。

 

[そして幸運なことに君もまたランダルを調べているという。ならば一つ提案があるのだが、君と私の部隊で、共同で調査をするのはどうだろうか?]

 

「それはこちらも願ってもないことですが……」

 

[ならば決定だな。部隊の指揮官である唯野一尉には私から連絡しておく。が、今日はもう遅い。明日また駐屯地に行ってくれたまえ]

 

「了解しました。それではよろしくお願いいたします」

 

[うむ、こちらこそよろしく頼む。では失礼する]

 

 その言葉を最後に通信が終了する。通信が終わった瞬間に晴明は気が抜けたように息を吐く、そして──。

 

「ふぅ、しかし幸運だったな。デモニカ部隊がある以上少しは楽になるかもしれん」

 

《そうね、偶然にしては出来すぎな気もするけど》

 

 バロウズが茶々を入れるように言う。しかし言っている事自体は事実で、晴明自身もそのことには疑問に思うが。

 

「だが、それでも結果的に被害が少なくなるのであれば、それに越したことはないだろう」

 

《────それも、そうね》

 

 バロウズはどこか釈然としない様子ながらも納得する。

 

「ともかく、だ。明日は自衛隊の駐屯地に行く以上早く寝たほうが良いからもう寝るとしよう。お休み、バロウズ」

 

 そう言ってガントレットを付けたままベットに入る晴明。バロウズもまたそんな晴明に対して。

 

《えぇ、そうね。お休みなさい、マスター》

 

 そう晴明に声をかけるのだった。

 

 

 

 

 ──地獄の釜の蓋が開く、死は万人に等しく訪れる。果たして誰が生き残るのか。

 

 のちにX-Dayと呼ばれるこの日、晴明は今まで感じていた警鐘や胸騒ぎとは完全に無縁な状態で目を覚ました。それはまるで今までの自分から完全に脱却し、新しい自己の確立を終えたような清々しさだった。

 

「ふわあぁあ。…………何故だか知らないが、本当によく寝た気分だ」

 

《おはよう、マスター。……よく寝たも何も、もうお昼よ?》

 

 起き抜けにバロウズから痛烈な皮肉が飛ぶ。その言葉に慌てて部屋の時計を確認する晴明の目には、確かに時計の短針が十二の刻を指し示しているのが確認できた。

 

「……ま、まじかぁ。いや、でも、行く時間は決めてなかったはずだし」

 

 誰かに言い訳するように独り言を言い続ける晴明。しかし──。

 

《……ま、す、たー?》

 

「はい、すぐに準備します……」

 

 バロウズの呆れたような、同時に責めるような言葉に観念して外出の準備を始める晴明。

 しかし、その時、にわかに外が騒がしくなる。

 

《何かしら?》

 

「もしかして、待ちきれなくなった五島さんの部下の人が来たとか、か?」

 

《まさか、流石にそれはないでしょ》

 

 二人が話し込んでいる時にホテルの部屋のドアが激しくノックされる。そして側からは男性の切羽詰まった声が聞こえてくる。

 

「お客様! お客様!! ご無事ですか!」

 

 その尋常ならざる声に、晴明は普段の生活の時の気持ちから、戦場に赴く時の気持ちへと切り替える。

 

「えぇ、無事ですが、何かあったんですか?」

 

 いつでも戦闘態勢に入れるようにバロウズに小さい声で武器を出すように告げながら男性に話しかける晴明。その声を聞いた男性、恐らくホテルの従業員は安堵の声を漏らしていたが次の瞬間。

 

「あっ! クソ、離せっ! …………ぐあぁあ!」

 

 外から男性の断末魔らしき声と同時にドシャリ、と何かが倒れる音が聞こえる。その音を聞いた晴明は、バロウズが異空間に収納していた自身の剣と、愛銃を持ちつつ、バロウズに指示を出す。

 

「バロウズ! エリアサーチ!」

 

《もうやってるわ! ……これは、マスター!》

 

 エリアサーチの結果に焦った声を出すバロウズ。それもそのはず現在、内部も含めホテル全体が敵性反応に囲まれている状況だった。

 その結果を見た晴明も一瞬とはいえ驚きの感情を見せる。

 

「これはっ……! いや、まずはここを脱出するべきだな」

 

 そう言って警戒し、自身の愛銃「メギドファイア」を構えながら静かにドアを開けて周りを見渡そうとするが、そこには。

 

「グ、グゥ……」

 

 そんな唸り声とともに、恐らく晴明に声をかけていたホテルマンらしき遺骸を貪り食らっているヒトガタの化け物の姿があった。

 

「……おいおい、まじかよ」

 

 晴明が思わずこぼした言葉に反応したのか、ヒトガタの化け物は緩慢な動きで立ち上がり、こちらへと向かってくる。

 それを見た晴明は特に慌てることもせず手に持つ剣──銘を倶利伽羅剣──を使い一合のもと、袈裟斬りにて斬り捨てる。その一太刀をまともに受けたヒトガタの化け物は、一切の防御や肉体自身の硬さといったものの抵抗はなく、一刀両断され、そのまま血飛沫を上げながら地面に転がる。

 

「ふぅ、何だってこんな化け物が都市部に──!」

 

 一息ついていた晴明だったが、その時自身の足首がグワシッ、と掴まれる。その掴んだ人物を見て、晴明は躊躇なくメギドファイアをその人物(・・)へと発砲する。

 その人物は、先ほどまでヒトガタの化け物に貪り食われ、既に事切れていたはずのホテルマンらしき男性だった。その男性、恐らくゾンビは銃撃を頭に受け、脳漿を撒き散らしながら活動を停止する。

 

「屍鬼-ゾンビと言ったところか。しかし何故悪魔が……」

 

《待って、マスター。おかしいわ》

 

 悪魔の仕業と断定する晴明であったが、それにバロウズが待ったをかける。

 

「どうした、バロウズ? 確かに都市部に悪魔が出現することは珍しいが、ありえないことでは──」

 

 言葉を続けようとする晴明だったが、バロウズの発言に衝撃を受ける。

 

《違うの、マスター。さっきのゾンビもだけど、ここら一帯には一切悪魔の反応がなかったのよ(・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「……なん、だと。ではこのゾンビは?」

 

《反応上は間違いなく、ただのヒト(・・・・・)、よ》

 

 その言葉を聞いた晴明は今度こそ絶句する。そしてほんの数瞬間が開くがなんとか言葉を絞り出す。

 

「…………では、なにか? リアルバイオハザードでも起きたってことか?」

 

《…………現在の状況では、その可能性が高いでしょうね》

 

「……おい、まじかよ」

 

 晴明は半ば自棄になって言った言葉が肯定されて呆然とする。しかしそんな晴明の耳にゾンビの呻き声らしき音が聞こえてくる。

 その音で我に返った晴明は再度バロウズにエリアサーチの指示を出すが。

 

「バロウズ、エリアサーチで生存者の反応を──」

 

《無駄よ。さっきの時点で生存者は私達以外にはあの男性しかいなかったわ》

 

「──Shit!」

 

 バロウズの言葉に思わず悪態をつく晴明。しかしそんなことをしている合間にもどんどんと音は近づいてきている。

 いつまでもここに留まっているわけにはいかない、と判断した晴明であったが流石にこの状態でホテルから脱出するのは少し(・・)骨が折れそうだ、と判断してバロウズに指示を出す。

 

「バロウズ、DDSプログラム起動、召喚するのはジャンヌだ」

 

《了解! 悪魔召喚プログラム起動!》

 

 そのバロウズの言葉とともにガントレットと、そして晴明の前方の床に幾何学的な魔法陣が形成される。そして魔法陣が眩く輝くと光の中から一人の女性が姿を表す。

 

 流れるような金糸の髪を三編みにした、軽装鎧に槍にも見える旗を持つ女性、晴明の前世にてFateと呼ばれるゲームに登場した「ルーラー ジャンヌ・ダルク」に酷似した女性こそ、彼の仲魔の一人であり、同時に造魔として生み出された【英雄-ジャンヌ・ダルク】その人だった。

 ジャンヌは、すぐに旗槍を構え戦闘態勢に入りながら、晴明に質問する。

 

「マスター、状況は?」

 

「あぁ、現在俺たちは周囲を敵性存在、仮称ゾンビに包囲されている状況だ」

 

 晴明の言葉に疑問を覚えるジャンヌ。それを解消するために晴明を問い質す。

 

「仮称ゾンビ? 悪魔ではないのですか?」

 

 それに対してバロウズが答える。

 

《えぇ、悪魔ではないの。姿、形は屍鬼-ゾンビそのものなのだけど、悪魔特有のMAGの波長も、悪魔憑きに見られる特殊な波長も確認できなかったわ》

 

「そんなモノが……」

 

 今までありえなかった存在の出現に驚きを隠せないジャンヌ。そんなジャンヌに晴明もまた同感だ、と思いながらさらに説明をする。

 

「ともかく、そんな訳のわからない存在にやられるつもりは毛頭ない。ということで現在の目標はこの建物からの脱出だ」

 

「──了解しました! それではマスター、改めて命令を!」

 

 ジャンヌの気概の入った言葉を受けて、晴明もまた気合を入れ直して命令を出す。

 

「よしっ! では雑魚どもの群れを突破して脱出する! 俺が突撃、ジャンヌは援護と討ち漏らしの処理を頼む!」

 

「了解っ!」

 

 その言葉とともに二人はゾンビの群れに突撃を開始した。

 

 

 

 

 ホテルの廊下を疾走する晴明とジャンヌ。その進路の先に数体のゾンビの姿がある。

 

「邪魔だァ! 退きなァ!」

 

 咆哮しながら晴明はメギドファイアの銃口をゾンビたちに合わせて、自身のMAGを銃に注ぎ引き金を引く。すると、メギドファイアからは先ほどの実弾ではなく、エネルギー弾が発射される。

 そのエネルギー弾はそのままゾンビたちの元へ突き進み、目標付近に到達すると拡散し、まるで散弾のようにゾンビたちを蜂の巣にする。そしてそれだけには留まらず、ゾンビは空いた銃創から次々と炭化していき、最後には塵芥となる。

 だがその後からも次々とゾンビ共が押し寄せてきている。

 

「しゃらくさい! 道をォ、開けろ!」

 

 晴明はそう怒鳴りながら今度は自身の踏み込んだ方の足にMAGを集中させ、地面を蹴ると同時に開放し、一気にゾンビたちとの距離を詰めると、手に持つ倶利伽羅剣で一閃!

 あまりに素早い斬撃に空間が分断された際の発生する暴風と同時に摩擦の熱がその暴風に乗ってゾンビたちを蹂躙していく。

 

 ──ヒートウェイブ!

 

 女神転生に置いてはそのように呼称される物理技を使用してさらなる蹂躙、さながらこの場はゾンビたちの屠殺場と化していた。

 無論ゾンビたちも、考えたり共闘すると言った知能があるわけではないが、それでも数に物を言わせて晴明(・・)の元へと殺到している。が、そもそも遠距離ではエネルギーの散弾で、近距離ではまるで虫を散らすように雑に斬り捨てられていく。

 

 そして地味ながらも、ジャンヌもまた手に持つ旗槍で突き、叩き、薙ぎながら、時にはさらに踏み込んで腰に佩いている剣を抜き放ち斬り裂いていく。

 そもそもジャンヌは晴明の仲魔のうちでは、物理戦闘ではなく魔界魔法による補助、回復に特化した能力であり、一応攻撃魔法も習得しているものの、直接戦闘能力で言えば実はそこまで高くはない。

 にもかかわらず何故今回彼女しか召喚されていないのかと言うと……。

 

「マスター、他の子達は召喚しないんですか!」

 

「したいのは山々だが、基本全員火力が高すぎて下手するとこの建物が倒壊してしまうんだよ!」

 

 …………晴明が告げたように、彼の仲魔たちは基本、異界や、魔界などの被害を気にしなくてもいい場所での戦闘に特化しているために、現実世界、取り分け屋内では運用しにくい存在ばかりだった。一応屋内であっても広い場所であったり、一部の仲魔であれば召喚しても問題はないのだが──。

 

「それじゃあ、ジャア君や、ジャックはどうですか!」

 

「二人共なんだかんだで高火力! ……いや、ジャックならまだなんとかなるか? バロウズ!」

 

 晴明の掛け声と同時に先ほどの魔法陣が展開され、光の中から何者かが飛び出してゾンビの群れへと突貫していく。そして次の瞬間にはその場にいたゾンビたちが一つたりとも漏らすことなく細切れとなって地に落ち、壁や床一面が血によって化粧されて一見すると凄惨な殺人現場が出来上がる。

 そしてその中心地には一人、一切返り血を浴びていない銀髪のショートヘアにボロボロの外套を身に付け、短剣をそれぞれ逆手に持つ、ジャンヌと同じくFateに登場した「アサシン ジャック・ザ・リッパー」に酷似した少女、【外道-ジャック・リパー】が立っていた。

 

「……まあ、こうなるわな」

 

 そう言いながらジャックを見つめる晴明。そんな晴明を見つけたジャックは満面の笑みを浮かべながら。

 

「あ! おかあさん!」

 

 晴明の胸元へと飛びついてくる。

 晴明もそうなることを理解していたようで、飛びついてきたジャックを落とさないように抱きしめる。ジャックは抱きしめられたことが嬉しいのか、嬉しそうに晴明の胸板に頬ずりをしている。

 そしてひとしきり晴明の胸板の感触を楽しんだジャックは、満足したのか彼から離れる。

 

「それでおかあさん。わたしたちは何をすればいいの?」

 

「あぁ、この建物から脱出するために、俺と一緒にゾンビ共を蹴散らして欲しい。頼めるか?」

 

「うん、分かった!」

 

 ジャックは晴明の言葉にニコニコと笑いながら告げる。そこには一編たりとも躊躇などは存在しなかった。見た目は愛らしい姿をしていても、彼女もまた悪魔であるということが分かる一面だった。

 最も晴明にとってはいつものことであるために何も感じていないようであったが。

 

「それじゃ、二人とも行くぞ!」

 

 晴明の掛け声とともに三人は先を急ぐのだった。

 

 

 

 

 その後も晴明たちの進撃は続き、一階ロビーに続く階段に到着した時、彼ら全員は異様な光景を見ることになる。それは階段下のたまり場には多くのゾンビがいるものの、その中の一体たりとて階段を登ることができずに、少し登っては転がり落ち、という行動をひたすら繰り返していた。

 

「……おい、ゾンビってのは、頭だけじゃなくて足腰も弱いのか?」

 

《一応どんどん腐っていくから、それで弱くなっていくことはあり得るんじゃないかしら? ……見た感じはまだ瑞々しいようだけど》

 

 その二人のやり取りを挑発と受け取ったのかは知らないが、ゾンビたちはさらに躍起になって階段を登ろうとして転がり落ちていく。さらには転がり落ちる音を聞いたゾンビたちがさらに階段付近に集まってくるという悪循環が起きていた。

 そのゾンビたちの姿を見た晴明は、そういえば、と思い返す。

 

「ここまで来る道中、妙に俺だけが襲われると思ったが、もしかして俺が人間だから襲われていたわけじゃなくて、あいつら音を聞いて獲物を判断してたのか?」

 

 晴明の言葉にジャンヌも同意を示す。

 

「そうかも知れませんね。……と、なるとこのゾンビたちは本当に物語の中のゾンビのように思えます」

 

 そのジャンヌの言葉を聞いた晴明は、やだやだ、と呆れたように言いながら首を横に振ると。

 

「それならいっそのこと、カートゥーンの世界にでも帰ってもらいたいね。そうすれば手間がなくなる」

 

 そう言いながらも晴明は、一切の油断をせずにゾンビたちの動向に注視している。そしてゾンビたちからは目を離さずにジャンヌへと話しかける。

 

「時にジャンヌ。お前さんのメギドラでここのゾンビは一掃出来ると思うか?」

 

 晴明に問いかけられたジャンヌはしばし考えるが。

 

「…………厳しいと思いますね、流石に広範囲すぎます。それに──」

 

 そう言いながらホテルの入口を指差すジャンヌ。全員がその方向を向くとそこには続々とホテル内へと入ってくるおかわり(ゾンビ)の姿があった。

 その光景を見た晴明は思わず舌打ちをする。

 

「チッ、商売繁盛なこって。ホテルマンはもう還ってるってのによ」

 

 悪態を付きつつもどうするべきか、と思案する晴明。今の仲魔の中に広範囲に攻撃できてなおかつ威力が微妙なやつはいたかな? と、思い返していたが、一人だけ心当たりがあった。それは──。

 

「バロウズ、もう一人召喚だ。対象は秘神カーマ」

 

 その掛け声と同時に三度魔法陣が展開されそこから銀髪の少女、こちらもFateに登場した「アサシン カーマ」と瓜二つの【秘神-カーマ】が現れた。

 召喚されたカーマは気怠けに欠伸をしながら悪態をつく。

 

「ふわぁ、どうしたんですかぁ? 私、これから惰眠を貪る予定だったんですけどぉ?」

 

 その姿を見た晴明は顔を引き攣らせ、怒りを堪えながらカーマに話しかける。

 

「……なんというか、お前は相変わらずだな」

 

「えぇ~、だって私これが平常運ですしぃ~。それに何故私なんです? 広域殲滅だったらそれこそ私よりも、おっぱいタイツ師匠なんかが適任でしょう?」

 

「言い方ァ! それにスカアハは威力が高すぎるんだよ!」

 

 カーマのあまりの言い草に突っ込む晴明だったが、それでは埒が明かないと思い、このままカーマに命令を出す。

 

「とにかくだ! カーマは天扇弓を使ってくれ。そしてそのタイミングで俺たち全員出入り口を目指し突破する! 行くぞ!」

 

「はぁい、わかりましたぁ~」

 

 カーマは気の抜けた返事とともに、自身の得物である弓を顕現させると、弦に矢を三つほど番える。そして──。

 

「──行きます!」

 

 先ほどまでのフザケた態度が嘘のように、表情を引き締めると、晴明から自身に流れるMAGを矢に込めて天井に射掛ける。すると昇っている途中の矢が急に床方向に方向転換をした次の瞬間。

 矢が堕ちていくと同時に、その数が2,4,8,16,と倍々に増えていきその全ての矢がゾンビへと襲いかかる!

 さながら矢の大豪雨に曝されることになったゾンビたちは、脳天を、肩を、足を、あらゆる場所を刺し貫かれて、あるものは床に縫い付けられ、またあるものはハリネズミになって地面に倒れ伏す。

 矢の大豪雨が終わった後、そこには死屍累々の光景が広がっていた。

 

「よし、突撃!」

 

 晴明の号令とともに全員が入口に向かい移動を開始する。

 まだ多少元気なゾンビが残っていたが、そもそも数的優位が崩れている以上、晴明たちの障害になるはずもなく、行きがけの駄賃とばかりに各個撃破された。

 そしてそのまま晴明たちはロビー入り口までたどり着き見事に脱出成功するのであった。

 



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第五話 赤坂透子

 今回から更新できる限りは、隔日での更新にいたします。ご了承のほどよろしくお願いいたします。
 そして今回は、原作で死亡した、とある人物が登場する第五話。では、どうぞ。


 ──赤坂透子(あかさかとおこ)は夢破れた女である。

 

 過去、彼女は偶然友人に誘われたライブハウスでの小さなライブ、決して有名ではないグループのライブを見て、それに憧れて友人たちとバンドを組み、夢に向かって邁進していた。家族たちからは、夢を見るよりも現実を見ろ、なんてことを言われていたが、それでも彼女は自身の夢に向かってひたすらに走り、そして──。

 

 夢を抱いて仲間たちと上京し、ともに支え合いながら頑張っていた。だが、いつまで経っても大成できぬ己たちに絶望し、一人、また一人と仲間たちは抜けていく。それでも、と夢へと向かって頑張っていた彼女であったが、ある時、彼女を音楽の道に誘ったはずの友人に。

 

 ──え? まだやってたんだ? 透子もいい加減現実を見たほうが良いよ?

 

 彼女にとっては、これ以上無い裏切りだった。

 他の人間だったらまだ良かった。だが、よりによって、私をこの道に誘った貴女がそれを言うのか。その時はまだ親友と思っていた彼女に対する怒りと、何よりも心の根っこにある芯を折られた彼女は、失意のうちに故郷へと帰る。

 

 ──赤坂透子は夢破れた女である。

 

 故郷に戻った時、父親に、やっと現実を見る気になったか? と、問われ怒りと悲しみがごちゃまぜになった感情のままに彼女は父を睨んでいたが、そんな娘に父は。

 

 ──ここに行ってみろ。そうすれば、今よりはマシになる。

 

 父からそう言われつつ家から送り出され、半分自暴自棄になっていた透子は、父が言っていた場所に赴く。そこは地方の、巡ヶ丘に根付く小さなラジオ局だった。

 そこで、透子自身のファンと言ってくれた人と出会い、そしてその人にここで働いてみないか? と、誘われた。最初は渋る透子だったが、ここで働けば、また歌えるかもしれない、と言われ、また局長が父の友人だったらしく、今すぐにとは言えないが、とは告げられたがそれでも、もう一度夢を見る機会を与えられた透子は、ラジオ局に入社し、そしてまた我武者羅に頑張った。

 そして、その結果透子は自身がメインパーソナリティを務める番組『ワンワンワン放送局』の枠を手に入れることに成功する。しかし──。

 

 ──赤坂透子は夢破れた女である。

 

 枠自体は決定したが、それでも本放送までしばらく間があるということと、何よりも実は自分の夢を一番応援してくれていた父に恩返しをしようと、透子は少なくない金を払いキャンピングカーを購入。

 アウトドアが趣味である父と久しぶりにキャンプへと行こうと誘うために実家へと戻る途中にX-day、アウトブレイクに巻き込まれる。

 人が人を喰らう、そんな地獄を目の当たりにした透子は、ただ父のことが心配になり実家へと急ぐ。あの混乱した状態で自身が一体どうやって実家にたどり着けたかわからないが、父のもとにたどり着いた透子が見たものは、今まさに喰われる寸前の父の姿だった。その姿を見た透子は思わず助けに行こうとして──。

 

 ──来るな! 逃げろ、透子ォ!

 

 そう絶叫する父に透子の足が止まる。そしてさらに父は。

 

 ──あの場所に、お前が秘密基地と言っていたあの場所に行くんだ!

 

 そう叫びながらヒトガタの化け物の群れに飲み込まれる父。後には何かを咀嚼する音のみが響き渡った。

 透子の頭の中は混乱していたが、父に言われた秘密基地に行け、という言葉だけを心の支えとして、キャンピングカーに乗って逃げる。

 しばらく移動して、時間も経ったことで落ち着いた透子は、ふと自分のファンと言ってくれた先輩のことを思い出し、生きていて、と祈りながらラジオ局に向かう。

 

 

 

 

 透子はラジオ局に到着し、局員用の非常口から中に侵入する。

 中は荒れ果てた様子で、あらゆる書類やモノが散乱していた。

 そこを足音を立てないように注意しながら歩みを進める透子。

 

「……誰か、いませんか?」

 

 そう言いながら、主に裏方が詰めていた控室の扉を開ける透子だったが、そこには。

 

「────ッ」

 

首筋から肩にかけて喰い破られて、ヒトガタの化け物に変貌していた、自分のファンと言ってくれていた先輩の無惨な姿があった。

 いくらなんでもこんなのひどすぎる、透子はそう思うものの、かと言って自分で何かをできるわけではない。半ば狂乱状態に陥りながら後ずさる透子だったが、その時。

 

「──!」

 

 バキリ、と自身の足が何かを踏み砕く音がした。

 その音に反応した化け物は透子に向かって動き出す。それを見た透子は一目散に、音が出るのもお構いなしにその場を逃げ出す。その音がさらなる化け物を惹きつけるということも忘れて。

 

「いやぁ! いやぁあ!」

 

 我を忘れて絶叫しながら逃げ惑う透子。我武者羅に、自身が何処をどう走っているかはわからないが、少なくとも足を止めたら化け物に喰われて仲間入りを果たすということだけは分かっている。

 そのため、自身が生き残るために身体、特に心臓が悲鳴を上げていることもお構いなしに走り続けていた透子だったが、いつの間にか自身が局内に侵入した時に使った非常口まで来ていた。

 ここから出れば助かる! そのことだけを望みに、透子は勢いよく外に出る。しかしそこには……。

 

 化け物、ばけもの、バケモノの群れ。いつの間にかラジオ局には多くの化け物が集まっていた。しかもその中には──。

 

「──局、長?」

 

 父と同じく自身の夢を応援してくれて、そしてラジオ番組のために骨を折ってくれた局長の姿があった。そして局を囲んでいる化け物たちにも見覚えがあった。

 ある人は私の夢を知って、頑張れよ、と応援してくれた人だった。

 ある人は、休みが合うとともに遊んだりするぐらいには仲の良い局内の友人だった。

 ある人は、ある人は、ある人は──。

 

 多くの親しい、本当に良くしてくれた人達の成れの果てに囲まれた透子は、身体の限界に達していたこともあり、その場に膝から崩れ落ちてしまう。

 

「なん、でよっ! 私が、一体何したっていうのよ!」

 

 そう吐き捨てる彼女の顔は涙に濡れて絶望に染まっていた。

 その声を聞き透子のもとへと集まってくる化け物たち。透子は逃げようと思うが、その意思に反して身体は疲れ果てているために動かない。動けない。

 それでも、と這いつくばりながら腕の力で移動しようとするが、その移動は化け物よりも遥かに緩慢であり、到底逃げることはできない。

 最も化け物たちはそんな透子の思いと関係なく、少しづつ、少しづつ、ジリジリと近寄ってきている。

 自分にとっての死が確実に近づいてきていることで、透子はとうとう限界を超え発狂したように叫びだす。

 

「なんでっ! やだっ、来ないで! 死に、たくないっ!」

 

 ひたすらに叫び続ける透子。しかしそれは化け物を集める結果しか生まない。

 

「局長! みんな、私を食べないでぇっ! やだぁ! だれかぁ! わたしを、たすけてよぉ! まだ、まだ、じにだぐないぃ!」

 

 遂には涙を流しながら化け物に対して命乞いをする透子だったが、そもそも食欲しか無い化け物にそんな命乞いが通用するわけがない。

 そしてかつて局長だったものが、とうとう透子の元へたどり着いてしまう。

 透子は少しでも死が遠ざかるように逃げようとしていたが、ふと諦観が頭を過る。

 

 ──このまま逃げようとしても、他の化け物に食べられちゃうんだし、それならいっそ局長に食べられたほうがマシなのかな……。

 

 どうせ助からないのなら、とそんな自滅願望のようなものが浮かんでくる。

 

 

 

 

 

 ──────赤坂透子は夢破れた女である。

 

 せめて最後は恐怖を感じないように、と目を閉じる透子。その顔はまるですべてのものから解き放たれたような無垢なる顔であった。

 そしてその瞬間が遂に来たのか、彼女は全身になにか生暖かいものがかかる。

 だがいつまで経っても痛みが来ない。不思議に思った透子が目を開けた時、目の前には。

 

 ──全身に血を浴びた、独特な形の剣と、銃を持った死神の姿があった。

 

 そしてその死神の周囲には、先ほどまで透子自身を食わんとしていた化け物だった者たちの残骸が転がっていた。

 その光景を見てしまった透子は。

 

「────ッ」

 

 自身の足の付け根からなにか生暖かいものが流れ出るのを感じながら白目を剥き倒れ伏す。

 彼女の最後に見た光景は、何故か死神が慌てていることと、なにか金髪の女性がこちらに駆け寄ってきている光景だった。

 

 

 

 

 

 

 

 ホテルから脱出した晴明たちは各地で生存者たちを救出しつつ行動していた。

 その道中、五島麾下のデモニカ部隊とも偶然とはいえ遭遇し、隊長である唯野仁成(タダノヒトナリ)に生存者を預け、自身はさらなる生存者を探しに行動していた。

 

「しかし、デモニカ部隊の隊長が彼だったとはねぇ……」

 

《マスターは彼のことを知っているの?》

 

 バロウズの質問に晴明は迷いながらも答える。

 

「あぁ~、そうだなぁ。彼はある意味有名人だよ」

 

 晴明が言ったようにタダノヒトナリは二重の意味で有名人だった。

 まず一つ目、彼はレンジャー勲章や各種勲章を数多持つ歴戦の戦士であり、一般兵に属する自衛隊員でありながら、多くの軍高官に熱い眼差しで見つめられるほどには優秀だった。

 そしてもう一つ、それは晴明の前世に同姓同名の人物が存在していた。

 彼もまた五島と同じく女神転生のゲームの中にいた人物ではあるが、その作品名は「真・女神転生Strange Journey」、デモニカスーツの出典元と同じであり、そして彼はその作品の主人公であった。

 

 彼はゲーム内においては、南極に発生した巨大な異界【シュバルツバース】を調査するために結成された各国の精鋭たちのドリームチーム、シュバルツバース調査隊に配属されるほどの優秀な兵士だった。

 

 しかし、何の皮肉かこの世界でもまた彼は日本限定ではあるが精鋭部隊に招かれ、デモニカスーツを着用し、悪魔の代わりにゾンビとの死闘を繰り広げている。ライドウ(朱音)といい、彼といい、メガテン主人公は面倒事に巻き込まれる星の下に生まれているのかもしれない。

 そんな事をつらつらと考えていた晴明の元へ、バロウズの報告が届く。

 

《マスター、生体反応! ──これは…………、動きが激しい! ゾンビに襲われてるわ!》

 

 バロウズの報告と同時に駆け出す晴明。そして駆け出しながら仲魔たちに指示を出す。

 

「ジャックとカーマは周囲の敵を殲滅! ジャンヌは着いてこい!」

 

 それだけを告げると、さらに加速する晴明。ジャンヌもまた晴明に遅れないように追随する。その速度は人が出すにはありえない、自動車と同等の速度が出ているものと思われた。

 そんな人としてはありえない速度で走りながら、晴明はバロウズに確認する。

 

「バロウズ! 生存者はまだ生きているか!」

 

《大丈夫! まだ生きて……。待って、これは…………。マスター、急いで! 生存者、ゾンビに囲まれてる!》

 

「くそっ!」

 

 バロウズの絶望的な報告に晴明は、限界までMAGを活性化させ、さらに加速し、悪魔であるジャンヌですら置き去りにされる速度を出していく。

 後ろでジャンヌが何事か叫んでいるが、それすら無視して晴明は加速し続ける。

 そしてついに晴明の目視できる範囲に生存者の姿が現れる。

 その生存者、ロックファッションを着こなした女性は、全てを諦めたような顔で目を閉じている。だが幸いというべきか、ゾンビとの距離を考えればまだ間に合う。ならば──!

 晴明は自身の人外の域にまで達した脚力をもって跳躍。一瞬のうちに女性の側まで落下する最中、倶利伽羅剣による剣圧を女性の周囲に屯するゾンビたちに放つ。

 そして女性の元へ着地すると、もう一度剣を一閃! すると、今度はその剣閃は幾重にも増えて周囲のゾンビたちを蹂躙する。

 

 ──空間殺法。

 

 それが今回晴明の放った剣技、物理技であった。

 晴明が空中からの剣戟、そして地上での空間殺法の結果、周囲にいたゾンビたちはもれなく細切れにされて血飛沫を撒き散らしながらボトボトと地面に落ちる。

 

 血飛沫による返り血を晴明と、完全な巻き添えであるが女性も浴びる。晴明は女性が気持ち悪いと思うかもしれないが、助けた結果だと思って諦めてもらおうと思う。

 

 血飛沫を浴びたせいかはわからないが、女性が恐る恐るといった感じで目を開けてきた。そして、周囲を確認した瞬間。女性は白目を剥いて倒れ伏す。

 その倒れた女性の足の付け根付近から、血とはまた別の液体が流れてきたのを見た晴明は、すぐに別方向を向き、その光景を忘れることにした。

 別方向を向いたその時にジャンヌの姿が見えた晴明は、天の助けとばかりに手を大きく振る。

 必死の形相で晴明と女性の側まで駆け寄ってきたジャンヌは晴明に文句を言う。

 

「マスター! 一人で先に行かないでください! 何かあったらどうするんですか!」

 

 ジャンヌの威圧にタジタジになる晴明だったが、なんとか落ち着かせようとする。

 

「ジャンヌ、ちょっとだけ待ってくれ」

 

「待ちません!」

 

 しかし、ジャンヌの剣幕は凄まじく、本来召喚主で立場が上のはずの晴明は完全に押されてしまっている。だが、流石に倒れている女性を放って口論をさせ続けるためにもいかないため、バロウズは二人に口を出す。

 

《二人とも、いい加減にしなさい! それは救助者を放ってまですることじゃないでしょう!》

 

 バロウズの怒声に驚く二人であったが、晴明自身はこれでやっとジャンヌに彼女のことを頼めると思い安堵する。

 

「ジャンヌ、置いていったことは済まないと思うし、説教は後で受ける。だが、今は彼女の介抱を頼む。男の俺じゃ色々とまずいからよ」

 

 晴明の言葉を聞いたジャンヌは、確かに今は、と怒りを抑えて倒れている女性の元へ向かうが──。

 女性の姿を改めてみた時、彼女は晴明の方に向き直り、笑顔を引き攣らせながら。

 

「…………マスター? 一体、彼女に、何を、やったんですかっ!」

 

 怒髪天を衝く、とばかりに気炎を吐くように晴明に詰め寄る。

 再びのジャンヌの形相に晴明は腰が引けているが、ここで黙秘をするとさらにまずいことになるということは理解できているので、正直に白状する。

 

「いや、普通に避難させるには間に合わない状況だったので、彼女を守るためにこの場所でそのままゾンビを殲滅しました、はい。その結果彼女もゾンビの血を被ってしまったし、この状況を見て気絶させてしまったのは、悪かったと思ってます、はい」

 

 その言葉を聞いて晴明を追うことを優先したがゆえに周囲を見ていなかったジャンヌは、改めて確認するが、その時に初めて惨殺現場もかくや、という惨状を認識する。

 その結果ジャンヌの怒りはいよいよ爆発する。

 

「一般人にこの惨状を見せつけたら、そうなるに決まってるじゃないですかっ!」

 

 そしてジャンヌは素早く周囲を確認すると、すぐ近くに建物があることを確認する。

 女性をそこで休ませようかと思ったジャンヌであったが、その建物内にゾンビの影があることを見たジャンヌは晴明に檄を飛ばす。

 

「マスター! まずはその建物内を掃除(・・)してください! 最低でも一部屋は確保するように!」

 

 ジャンヌは、そう言いながら女性の介抱を開始する。

 晴明は流石に今回怒られるのは理不尽だ、と思いつつも、実際に女性の粗相を見てしまっている以上ある程度は仕方ない、とも思っているので素直にジャンヌの言うように建物内のゾンビの殲滅を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 透子はなにか温かいものに包まれている感触を感じながら意識を覚醒する。

 どうやら寝かされていたようで、上半身を起き上がらせると、どうやら何処かの部屋のソファに……。否、彼女にはこの部屋に見覚えがあった。

 

「……ここ、は。局の休憩室?」

 

 その時休憩室の外から誰かが入ってくる。思わず身構える透子だったが。

 

「あぁ、良かった。お目覚めになったんですね」

 

 入ってきた人物、金髪の年頃は高校生くらいの白人女性だった。

 その少女、と言うべきか、は、見た目は完全に外国人だったが随分と流暢な日本語を話すことから、もしかしたらハーフか、それとも日本好きで巡ヶ丘に来た時に今回のアウトブレイクに巻き込まれたのかもしれない。

 そのことを哀れに思う透子だったが、ふと彼女に見覚えがあると思う。全く会ったこともない人物なのに、と思った透子だったが、その時一つの記憶がフラッシュバックする。

 

 ──自身に降りかかる何かの温かい液体状のもの、目を開けるとそこには恩人たちだったものがばらばらになっていて、目の前には血を被った死神が。つまりさっき私が被ったものは局長たちの……。

 

「イヤぁぁ!」

 

「! 大丈夫ですか!」

 

 急に叫びだした透子を心配して駆け寄る女性。その姿を見て透子は最後の記憶、駆け寄ってきた金髪の女性が彼女だったのか、と思う。

 そしてその女性は透子を抱きしめるとあやすように頭を撫でながら、話しかけてくる。

 

「大丈夫、大丈夫ですよ。もう怖いものはいませんから」

 

 女性の言葉を聞いた透子は綴るような目で彼女を見ながら問いかける。

 

「ほん、とうに? あの化け物たちや、死神もいないの?」

 

「……死神、ですか?」

 

 透子の言葉に困惑する女性。彼女はあの恐ろしい死神が見えていなかったのだろうか?

 正直あの存在のことを話すのも嫌だったが、それ以上にいないという確証を持って安心したいがために彼女に話す。

 

「私の側にいた、なにか変な剣と、銃を持った死神よ!」

 

 それを聞いた女性は、どこか気まずそうに曖昧な笑みを浮かべて透子に話しかける。

 

「……あ~、っとですねぇ。ちょっと、それは誤解と言うかぁ…………」

 

 女性のこの様子から何かを知っている! と、確信した透子は彼女に問い詰めようとするが、その前に──。

 

「お~い、レティシア(ジャンヌ)。彼女は目覚めたのか?」

 

 そう言いながら件の死神自身が姿を表す。

 その姿を見た透子はパニックに陥る。

 

「いやっ! 離してっ! 逃げ、ないとぉ!」

 

「あぁ、落ち着いてっ。怖くないですから」

 

 その透子の取り乱しようを見た死神は困惑したようにレティシアと呼ばれた女性に話しかける。

 

「もしかして俺、またなんかやっちまった……?」

 

 その不安そうな様子を見せる死神に女性が話しかける。

 

「いやぁ、今回はちょっと間が悪かった、としか……。とにかく、彼女は落ち着かせておきますから、晴明さん(・・・・)は、ちょっと席を外してもらって」

 

「了解。後でまた来るよ」

 

 そう言って晴明と呼ばれた死神は去っていった。

 最も透子はその事に気付かずにまだ暴れていたが……。

 

「離してぇ!」

 

 

 

 

 

 しばらく暴れていた透子だったが、ようやく落ち着きを取り戻して晴明が死神だという誤解も解かれた。

 その後に改めて全員が自己紹介をしたが、その中に小さい女の子が二人もいるとは思わなかった透子。

 

「えっと、晴明さん。この子たちも晴明さんが保護したんですか?」

 

 透子はジャックとカーマを見ながらそんな事を言う。

 それを聞いたジャックはわけがわからない、という表情で、そしてカーマは、ニンマリ、とあくどい笑みを浮かべて答える。

 

「えぇ、そうなんですよぅ。でもこの人ったらぁ、……って、あいたぁ!」

 

 透子に何事かを吹き込もうとしていたカーマだったが、その前に晴明にげんこつをもらい、叩かれた場所を押さえながら蹲る。

 

「痛いじゃないですか! いきなり何するのよ!」

 

 そう言いながら下手人である晴明を睨むカーマであったが。

 

「さて、さくら(カーマ)? お前さん、彼女に何を吹き込もうとしたんだ?」

 

 晴明のそんなドスの利いた声に冷や汗を流し始める。

 そして、そんなやり取りを見て呆然としていた透子であったが見かねたジャンヌが仲裁する。

 

「まぁまぁ晴明さん、そこまでに。透子さんが困ってますよ?」

 

 ジャンヌからの指摘でその事に気付いた晴明は透子に謝罪する。

 

「あぁっと、すまない透子さん。置いてけぼりにしちまったか」

 

「あ、えっと、いえ……」

 

 透子自身は心ここにあらず、という状態だったが反射的に答えを返す。

 その様子を見た晴明は、とりあえず三人との表向きにカバーされた関係について話す。

 

「ジャックの、ああ、この銀髪の子のことなんだが」

 

 そう言いながらジャックの頭を撫でる晴明と、それを嬉しそうに受け入れているジャック。晴明はそのまま撫で続けながら続きの言葉を話す。

 

「この子の保護者、というのは間違っていないんだが、透子さんを介抱していたレティシアと、こっちのさくらに関しては仕事の同僚みたいなもんなんだよ」

 

 そう言いながら、ジャンヌとカーマを交互に見る晴明。

 ちなみに、レティシアとさくらという名前はそれぞれジャンヌとカーマの表側で活動する際の偽名である。勿論裏を取られても大丈夫なように、二人の戸籍も存在している。さらに余談であるが、ジャックに関しては偽名も戸籍も用意はされていない。姿も言動も完全に子供なので警戒されないことと、万が一名前がバレたとしてもイメージとはかけ離れすぎているため本物とは思われないからだ。

 

「……同僚、ですか?」

 

 カーマの方を見て不思議そうな顔をする透子。それはそうだろう、見た目で言えばジャックとそう変わらないはずなのに就労しているというのだから、不思議に思うのも無理はない。

 

「ああ、そいつは今、超能力みたいなもんで姿を変えてるんだ。さくら、元の姿に」

 

 と、晴明はカーマに話しかけながら裏でこっそりとカーマにMAGを送る。それで晴明の意図を察したカーマは面倒くさそうな素振りを見せながら。

 

「え~、まぁ良いですけど……」

 

 彼女の姿がどんどんと成長していき、だいたいジャンヌと同じくらいの年頃の女性の姿になる。それを間近で見た透子はあんぐりと口を開けて呆然としている。

 

「まぁ、そうなりますよね~」

 

 カーマは含み笑いをしながら透子の方を見ている。その声は先ほどまでの舌足らずなものではなく、きちんとした女性のものであった。

 

「え? は? えぇっ!!」

 

 あまりのことに透子は思考停止に陥っていたようで、今更ながら驚きの声を上げる。

 その姿を見たカーマは、いたずら成功とばかりに笑っていた。

 そして、それを好機と見た晴明は畳み掛けるように用意されたカバーストーリーを話していく。

 

「で、俺らの仕事は探偵みたいなもんなんだが、さくらには今の特技を使ってもらって、子供姿での情報収集もしてもらってるんだよ」

 

「は、はぁ……」

 

 晴明の言葉を理解できたのか、できてないのかは定かではないが透子は一応の納得をしたようだ。そのことに安心したジャンヌは、晴明に話かける。

 

「それで晴明さん、今後はどうしましょうか?」

 

「ああ、そうだな。透子さんを自衛隊に保護してもらって、その後はまた探索に、ってところだろう。流石に今日はもう遅いからここで待機になるだろうが」

 

 その晴明の言葉を聞いた透子は即座に拒否する。

 

「いやよ! 私はあなた達と一緒にいる!」

 

「ええと、透子さん?」

 

 晴明の困惑した声が響く。しかし、何故か透子はそんな状態であっても一歩も引く気にはなれなかった。

 これは透子自身も自覚していなかったことだが、自身が死にかけたことにより、人としての生存本能が刺激されて、その結果直感的に自衛隊に保護されるよりも、晴明とともに行動するほうが命の危険が少ないと判断したからだった。

 

 しかし、だからといって晴明もまた民間人を危険に晒すわけにもいかないために、なんとか説得しようと思い行動しようとするが、その意図を察した透子は畳み掛けるように告げる。

 

「私、キャンピングカーを持ってるわ! それで移動すれば少しは楽になるはずよね!」

 

 透子の必死の剣幕に押される晴明。そして透子はさらに畳み掛けるように告げる。

 

「それに私、秘密基地。そう、秘密基地を知ってるわ!」

 

「……秘密基地?」

 

 晴明は秘密基地という言葉に困惑とともに一定の興味を示す。それを好機と見た透子はさらに情報を出していく。

 曰く、過去、子供の頃に父に連れられてその場所に行ったことがあること。

 曰く、その場所は避難施設となっており、ある程度の物資が貯蓄されていること。

 

 そして、曰く、その建物の建設に、ランダルコーポーレーションが関与していること。

 

 そのこと、特にランダルに関して強い関心を示した晴明は。

 

「ふぅ、分かった。透子さん、案内をお願いしていいかい?」

 

 言外に透子の同行を容認した。ジャンヌはそのことに慌てて考え直すように迫るが晴明の。

 

「ここで拒否した場合透子さん、自衛隊の基地を抜け出して俺らを追ってくるかも知れんぞ」

 

 という言葉に折れて渋々ではあるが同行に賛成する。

 その光景を面白いものを見た、とばかりに笑っているカーマと、全く興味を示していないジャック。

 その結果透子の同行は許可されることとなり、彼女は喜び、張り切りながら案内しようとするが、晴明に今日は流石に遅いから、と止められる。

 なら、せめて、ここよりもキャンピングカーのほうが安全だと思う、と透子が提案すると、晴明はしばし思案したのちに、彼女の提案を飲み全員でキャンピングカーに向かうことになった。

 

 

 

 ──赤坂透子は望みを叶えた女である。果たしてそれが良かったのか、悪かったのかは、今は誰もわからない──

 




 今回登場した、通称ラジオDJのお姉さんは、原作で名前が判明していないため、るーちゃんと同じく独自設定となります。


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幕間1 その時、巡ヶ丘学院高校

 何かいつの間にか、ルーキー、並びに二次創作のランキングに本作が載っていたようで、UAやお気に入り登録、評価に感想まで色々頂いて、正直驚愕しております。
 こんな自分のある意味欲望ぶっ込みの本作ではありますが楽しんでいただけたら幸いです。
 そして今回は幕間、主人公が本編で動いている合間に高校で起きた出来事についてです。
 さらに今回も本来の世界線で死亡したキャラなどが出てきます。ではどうぞ。


 巡ヶ丘市内にある公立高校、巡ヶ丘学院高等学校の二階、図書室にて勉学に励む一人の少女の姿があった。

 黒色の長い髪にアイスブルーの瞳、そして日本人にしては色白の肌の彼女は、自身が所属する二年B組ではロシアンハーフで、文武両道を地で行くと皆から評判の生徒だった。

 その彼女であるが、本人は自衛官であると同時に組織内で一目置かれる父と、ロシア人であり類まれなる知能を持ち科学者として働く母を幼少のときから見てきた結果、今の状態でもまだ足りぬ、と、自身にとって誇り高い両親に少しでも追いつくために、今日もまた励んでいる。

 

 勉学に励んでいる少女であったが、彼女自身が机に置いていたスマートフォンからアラームが鳴る。そのアラームを止めて時刻を見た少女は、これ以上ここで勉強をしていると帰宅時間が遅くなると思い、荷物をまとめ帰宅の準備をするが、その時。

 

 ──悲鳴、そして絶叫。

 

 校庭から聞こえてきたその声に彼女は何事か、と図書室の窓へと向かう。そこで彼女が目にしたものは──。

 

「……なによ、アレ」

 

 人が人を喰らい、そしてパニックに陥った人々が逃げ惑う光景だった。

 そしてさらには喰われたはずの人が起き上がり、逃げ惑う人々に襲いかかる有様まで見える。

 まるでパニック映画のワンシーンを見せられていると感じた少女だったが、自身に頬を軽くつねって痛みが走り、これが現実だと理解する。内心、夢であることを願った少女であったが、これが現実である以上一時も無駄にするべきではない、と考える。

 

「まずは、避難すべきね」

 

 そう呟く少女だったが、まずは、どこに避難するべきかを考える。

 

 ──自宅。却下、校庭に移動する以上、いま人々を襲っている「かれら」と相対する可能性が増えるし、何よりこの異常事態がここだけとは限らない。

 

 ──体育館。却下、校庭と近すぎる以上、次に「かれら」が襲う可能性が高い。

 

 ──ここで籠城。却下、物資がない以上長時間の籠城に適さない上に、二階という中間位置にある以上、いざという時に脱出することが難しくなる。

 

 ──屋上、確かあそこには園芸部の家庭菜園があったはず。それに入り口も一箇所だから、そこを固めてしまえばある程度の安全性は確保できる。ここなら問題ない、はず。

 

 そうして避難場所に見当をつけた彼女は、次に武器になりそうなものを探すと……。

 

「あった。これなら使えそうね」

 

 恐らく図書室の掃除用であろう、スチール製のモップが置いてあった。

 彼女はそれを手に取り、軽く振って感触を確かめる。

 

「うん、大丈夫そう」

 

 当座の武器も手に入り、いよいよ移動のために図書室の扉に手をかけた、その時。

 

「きゃあァァァあ!!」

 

 絹を裂くような悲鳴が廊下に響き渡る。

 少女は慌てて廊下に飛び出し、その悲鳴が聞こえた方角を見ると、そこには。

 かれらに喰われて痙攣を繰り返す女子生徒と、その奥に喰われた生徒と同じ制服、あの色からして上級生か、が恐怖のせいで動けないでいる。

 このままでは、あの首元にチョーカーを巻いている上級生はかれらに喰われてしまうだろう。

 自身の安全だけを考えるなら彼女を囮にして、今のうちに三階へ向かうのが上策だろう。しかし──。

 

「それでは、父さんに顔向けできないわね……」

 

 彼女が考えるように、今の異常事態に父や、父が所属する部隊が動かないとは思えない。そして彼女自身、人々を守る父とその仕事に誇りを持っている以上、端から見捨てるという選択肢はない。

 

「はァァァァっ!」

 

 彼女は自身に気合を入れるように気炎を上げると走り出して、未だに女子生徒を喰らっているかれらに対してモップを勢いよく振るう。

 彼女の振りの威力が凄まじかったのか、女子生徒を喰らっていたかれらは吹き飛ばされると同時に廊下の窓に叩きつけられ、そのまま突き破りながら外へと落下していった。

 それを見た少女は、急ぎチョーカーを付けた上級生の元へと向かう。

 

「大丈夫ですか、先輩!」

 

「あ、あぁ……」

 

 少女が語りかけてきたことにより、その上級生の震えは幾分か収まったようだが、それでもまだ動けないようだ。

 その時、少女は後ろに微かな気配を感じて振り返る。そこには先ほどまで喰われていた女子生徒が起き上がろうとしていた。しかし、その顔に生気は全く見えない。かれら化してしまったのだろう。

 そして今度は後ろからドサリ、と音がする。おそらくチョーカーの先輩が腰を抜かして尻餅をついたのだろう。だが今はそちらに構っている暇はない。

 少女はモップをキュ、と握りしめていつでも攻撃できるように構える。

 

 起き上がった女子生徒はこちらを目指してくるが、その動きはおぼつかないものであり、なおかつ緩慢だった。

 これならばすぐに処理できる、と判断した少女は、片足を少し下げると同時に胴体もひねり、モップを持つ腕も後ろに目一杯下げて、勢いよく突きを繰り出せる体勢にする。

 そしてかれらと化した女子生徒が少女の間合いに踏み込こんだ時、全身のバネを使って渾身の突きを放つ。その目標は女子生徒の頸!

 風切り音とともに女子生徒の頸を狙ったモップの芯は、見事に命中し、ぐしゃり、という骨を砕く手応えを少女に残して、女子生徒は吹き飛ばされる。

 吹き飛ばされた女子生徒は、ビクビク、と痙攣していたがすぐに活動を停止した。

 

 そのことを確認した少女はチョーカーを付けた先輩の方に振り返るが、彼女は吹き飛ばされた女性生徒だったものを見つめている。もしかしたら、仲の良い友人だったのかもしれない。

 しかし、彼女はもう既に手遅れだったし、このままでは二人共仲良く喰われてしまう可能性があったのだから、そこは理解してもらうしか無い。たとえそれが難しいことであっても。

 そう思いながら少女は先輩に近付くが、当の先輩は彼女が近づいてきた時に恐怖からか、か細い悲鳴を上げる。

 

「ひっ」

 

 少女はそれを気にせずに先輩に話しかけるが。

 

「先輩、もう大丈夫です。立てますか?」

 

 少女に対する拒絶なのか、もしくはただ単に否定だけなのか、彼女は顔をこわばらせながら、ゆっくりと首を横に振る。

 先輩の恐怖に縮こまった姿を見た少女は、彼女の横へ行くとそのまま肩を貸す。

 少女に触れられた当初は、ビクッ、と怖がった反応を見せた先輩だったが、少女が自分に危害を加えないと分かると、そのまま少女に身を任せる。

 その先輩の反応を見た少女は彼女へ声をかける。

 

「先輩、まずは三階へ行きますよ。その後は屋上へ、そこなら多分安全です」

 

 その後も、ことあるごとに、大丈夫です、助かりますよ、と先輩を励ましながら少女は屋上を目指し、かれらが近くにいる時は、先輩を下ろして、かれらを処理して先へと急ぐ。だが──。

 後少しというところで、後ろからこちらに、おそらくは同じく屋上に向かおうとしている男性の怪我人を背負う、ツインテールの髪型の女子生徒、制服から彼女もまた先輩であろう生存者と、その後から大量のかれらの姿があった。

 

「あと、少しなんだけど、見捨てるわけにもいかないか……」

 

 自身の心情的にも、という個人的な理由もあるが、それ以上に彼女を見捨てた場合取り返しのつかない事態になると、直感的に思った少女は、先輩を下ろすと今までとは違い、彼女に先に屋上へ行くように促す。

 

「先輩、ここから先は、一人で屋上に行ってください」

 

 その言葉に彼女のことを信頼、むしろ依存し始めている先輩は驚いて彼女を見る。

 

「お、おい! そんなこと出来るわけ無いだろっ! お前はどうするんだよ!」

 

 その先輩の質問に少女は簡潔に答える。

 

「あの男の人を背負っている先輩が屋上に入るまで、ここで足止めします。大丈夫、終わったらすぐに行きますから」

 

 先輩を安心させるように、薄く笑いながら告げる少女。その少女の姿を見た先輩は、一瞬躊躇するものの、彼女の言う通り屋上へと向かっていく。しかし屋上に入る直前に少女の方に振り返ると。

 

「おい、お前! 絶対に来いよ! まだ、名前も聞いてないんだからな! あと、私の名前は柚村貴依だ!」

 

 一方的にそれだけを言うと、屋上へと消えていく。

 貴依の空元気を見た少女は、苦笑しながら、そういえば励ますこと優先で自己紹介もしてなかったな、と思う。

 いや、今はそれよりも目の前に走ってきている、もう一人の先輩を救うためにも行動を起こさないと、と頭を切り替えて彼女の元へと駆ける。

 あの先輩も男の人をずっと背負ってここまで来たのだろう、額に汗を流し、何よりも息が上がってきている。このままでは、いくら彼らの足が遅いと言っても追いつかれる可能性がある。だから──。

 

 

 

 

 恵飛須沢胡桃は負傷した憧れの先輩を背負い、なんとかここまで来ていたが正直限界が近かった。本来であれば多少危険があったとしても問題なく、この訳のわからない連中から逃げおおせることは出来ていただろうが、今回は言うなれば少し間が悪かった。

 憧れ、否、恋心故に、彼に少しでも良いところを見せようと、本来既に引退していた陸上の走りを先輩とともに指導し、そして実演していた。

 確かに彼女は引退する前までは陸上部のエースとして部を牽引していたし、体力も他の部員よりはあるが、人の域を出るわけではないし、膂力にしても今まで運動をしていたこともあり、一般的な女性よりあるのは確かだが、それでも成人男性と力比べをした場合、勝つのは難しいだろう。あくまでも、常識の範囲内に収まっている。

 

 胡桃は先輩と同じ大学に進学を希望し、引退後は勉強一筋だったために運動から離れた状態で、今回の部活を終わらせた後に、この異常事態に遭遇し、さらに負傷した男性を抱えた状態でここまで逃げてきたのだ。正直、途中で捕まらなかったことが奇跡に等しい。

 

「くそっ! 先輩、あと少しだから頑張ってくれよ!」

 

 胡桃は背負っている先輩に話しかけるが、当の本人は荒い息をして、胡桃の言葉には反応しない。

 その時、前方から声が聞こえてくる。

 

「あと少し頑張って!」

 

 そう言いながら、黒髪の女子生徒が胡桃の後ろに走っていく。

 

「あ、おい!」

 

「先に行って! 足止めします!」

 

「……ごめん!」

 

 胡桃は一言女子生徒に謝ると先を急ぎ、そのまま屋上に駆け込むと、そこには、お互い抱き合って無事を喜んでいる女子生徒や、それをどこかオロオロと見ている女子生徒、それにめぐねえ、国語科教師の佐倉慈の姿があった。

 

 

 

 

 

 ツインテールの先輩と居場所を入れ替えるように前に躍り出た少女は、まずは手近なかれらにモップで足払いを仕掛ける。それで先頭のかれらが倒れるとそれに躓くように後続たちも引っかかって倒れていく。

だが、それで全てを足止めできるわけでもなく、その横をすり抜けるように数体はこちらへと向かってくる。

 最も、彼女自身そのことは予測済みだったようで、後方にかれらがいないか確認しながら、隙きの小さい刺突で前方を牽制しつつ、屋上の階段へとじりじりと後退している。

 そして、屋上の階段まであと少しのところまで来ると、彼女はもう一度、今度は倒れる位置を調整するように手近なかれらに足払いを仕掛け転倒させると同時に、モップを投槍のように投擲。

 一時的にかれらの前進が完全に不可能になったことを確認すると、少女は踵を返し全力で屋上へと駆け出す。

 無論かれら自身もそんな少女を逃すまいと追いかけようとはするのだが、前方が詰まっていることと、何よりも元々の足が遅い所為でまともに追いかけることが出来るわけもなく、少女はそのまま無事に屋上へとたどり着く。

 

 

 

 

 

 

 親友である丈槍由紀との再会をお互い涙ながらに喜んでいた貴依だったか、屋上の扉が開いたのを確認して、そちらを見るとそこには先ほどの男性を背負った女子生徒──確か元陸上部の恵飛須沢とかいう名前だったはず──が、避難してきた。

 正直、自分を助けてくれた後輩ではなかったことに落胆しながらその姿を見ていた貴依だったが、後輩は彼女を助けるために足止めをすると言った以上、その彼女が先に来るのは当然か、と思いながら、あの頼もしい後輩の無事を祈る。

 その祈りが通じたのかは分からないが、今度は扉がバン、と勢いよく開け放たれ、その音に全員の視線が入り口に注がれる中、自分を助けてくれた後輩が姿を現す。

 多少息が乱れているものの、無事な姿を見た貴依は安堵していたが、その後輩はめぐねえに対して大声で呼びかける。

 

「先生! 何か、ここを塞げるものを、バリケードを作らないと!」

 

 その言葉を聞いた貴依は周りを見渡すと、園芸部用のロッカーが見えた。

 貴依は由紀から離れると、そのロッカーがある場所まで行って、オロオロしている同級生とめぐねえに声をかける。

 

「そこの貴女とめぐねえ手伝って! これをあそこまで運ぶよ!」

 

 貴依の言葉に最初は驚いていた二人だったが、後輩が塞いでいた扉から、バン、バン、と叩く、と言うよりもむしろ殴るような音と、呻き声が聞こえてきたことにより、顔を青ざめながら慌ててこちらに来る。

 そしてその後は、ロッカーを扉の前に運び、四人で即席のバリケードを作っていたのだが……。

 

「うぁぁ!」

 

「……今度は何!」

 

 後輩が苛立ったように、声がした方向に向くと、そこには恵飛須沢が一緒につれてきたはずの男性に襲われていた。まさか……!

 

「先輩、なんで……!」

 

「その人は、もう手遅れよ!」

 

 そう言いつつ後輩は、恵飛須沢を助けるために走り出そうとするが、その前に。

 

「うわあぁあぁぁ!」

 

 恵飛須沢が、近くに落ちていたシャベルで、男の人の頸を……。

 その後、男性に馬乗りになって、何度も、何度も……。

 しかし、途中で由紀が恵飛須沢に飛びついて必死に止める。

 

「もうだめ! そんな、顔しちゃだめだよ!」

 

 泣きながら必死に止める由紀。それに感化されたのか恵飛須沢も手を止めて、そして由紀を抱きしめてあいつも泣き始めた。きっとあいつにとって、あの男の人は大切な人だったんだろうな……。

 私はそう思いながら、帰ってきた後輩やめぐねえたちとバリケードを作り続けた。

 

 

 

 

 バリケードを作り終え、胡桃先輩も落ち着いた頃に私たちは全員、自己紹介をしようという話になった。とは言っても私以外の紹介は全員三年で同学年なのと、そして三年の教師だったから早く終わってしまったけど。

 そしてこの中では唯一の大人で、三年の教師である佐倉先生が私に話しかけてくる。

 

「でも、唯野さんも無事で良かったわ」

 

「めぐねえ、この後輩のこと知ってるのか?」

 

 貴依先輩が佐倉先生に聞くと、先生は、めぐねえじゃなくて、佐倉先生! と、怒りながらも質問に答える。

 

「ええ、学年は違うけど優等生として職員室でも有名だったから。流石に下の名前までは、先生も知らないんだけど……」

 

 確かに、先生たちからの印象は良かったとは思ってたけど、有名になるほどだったのか、と思いながらも、私も話す。

 

「私も先生の間で有名だとは知りませんでした……。私の名前も出たので改めて自己紹介しますね」

 

 私のその言葉に、貴依先輩と由紀先輩が、お~、と興味津々そうにこちらを見てくる。

 他の佐倉先生や、胡桃先輩、悠里先輩もこちらを見てきたので自己紹介を開始する。

 

「それでは、改めて。2年B組所属、【唯野=アレクサンドラ】、親しい友人からは【アレックス】と呼ばれています。今後ともよろしく、です」

 

 そう私は自己紹介したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




 今話で登場したアレックス、一応補足しておきますと、がっこうくらし! のキャラクターでも、オリキャラでもなく、出典はメガテンシリーズの「真・女神転生 Deep Strange Journey」からとなります。
 念の為の補足でした。……最も彼女に関しては一部、独自設定も入れられていることは確かですが。


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第六話 秘密基地

 前回の幕間に関して、ご不快に思われた方がいるようなので、詫び代わりとと言ってはなんですが、今回一日早い投稿をいたします。
 次回更新は3/8となります、ご了承ください。

 ちょっと短いけど切りが良いところまでで。
 同時にあんまり場面が進まなかったよ、な第六話です。
 本来はるーちゃん救出まで行くはずだったんだけどなぁ……。
 では、どうぞ。


 透子が所有しているキャンピングカーで一夜を過ごした晴明たちは、透子の運転で彼女が昨日言っていた秘密基地へと出発するために、ラジオ局を後にする。

 

 ──チリィ……ン。チリィ……ィ……ン。

 

 晴明たちが去った後のラジオ局に鈴の音が響き渡る。もの悲しげな鈴の音が、何かを見送るように鳴り続ける。いつまでも、いつまでも……。

 

 

 

 

 

 

 ラジオ局を出発した後、晴明たちの大凡順調と言えるものだった。むしろ順調すぎる(・・・・・)と言えるかもしれない。昨日よりも、明らかにゾンビの数が少ないのだ。

 透子と昨日の罰として、キャンピングカーの天井の上から敵性存在の狙撃を命じられているカーマ以外は、皆一様に首を捻っていた。

 その中で一番最初に晴明が話し出す。

 

「しかし、昨日に比べると数が減ってきているみたいだな」

 

 その言葉にジャンヌが同意する。

 

「そうですね、昨日なるべく倒しながら移動してたのが効いたんでしょうか?」

 

 ジャンヌの言葉を聞いた透子は驚きながら二人に話かける。

 

「はぁ?! 皆そんなことしてたの?!」

 

「ん? あぁ。生存者の安全を確保するために、一応な」

 

 晴明の言葉を聞いた透子はちょっと、いやかなり引いていた。この男、自分が死に物狂いで逃げ回っていた時に、他の生存者を助けるために化け物を間引きつつ、自身の救助に来たと言ったのだ。有り体に言ってこいつら化け物だ、と透子は思った。

 もっとも、それは透子の勘違いで、実際には超特急で助けに来たわけだが、その時の晴明たちの走っていた時速が約50km/hを出していたという真実を透子が知った場合、そこまで認識は変わらないか、より酷くなりそうな気もするが。

 

 ともかく、そんな事を話しながらもたまに見えるゾンビは、カーマの弓の餌食になりつつ旅路は進み、正午の時間帯には目的地である透子曰く秘密基地へと到着する。

 その外見は住宅と言うには殺風景で、見た目的にはガレージか何かのように見える。

 

「これが、秘密基地なのか……?」

 

「えぇ、こっちよ」

 

 キャンピングカーを秘密基地に横付けにして止めた透子は、側面の壁に敷設されている梯子を登り天井に移動する。

 晴明たちも彼女に続き天井に移動すると、そこには各所に太陽光発電機と中央に丸い金庫扉が設置されており、透子はそれを回していたが……。

 

「これ、すっごく硬いんだけど!」

 

 一向に回らないのか、顔を歪ませながら力を込めている透子。

 その横に晴明が移動すると、彼もまた扉を回すために力を貸す。

 

「よっ、と」

 

 そんな彼の軽い掛け声と共に少し力を込めて回すと、扉のハンドルはギィ、という重苦しい音とともに少しづつ回りだす。そんな彼の姿を透子は真横で驚愕した顔で見ていた。

 それから程なくして扉は開き、晴明が中の安全を確認した後に全員で侵入する。

 中に入ると、そこはほんのちょっとの大きさの小部屋が有り、その先には先ほどの金庫扉よりも堅牢そうな扉があった。尤もその扉は施錠されていなかったようで、簡単に開く。

 晴明たちはそのまま中に侵入すると、そこには放送用の機器が設置されている部屋と、別の部屋に繋がる扉、そして奥にはなにか広大なスペースが確保されているようだった。

 その全容を見た晴明は思わず呟く。

 

「なるほど、確かにこれは秘密基地、だな」

 

 その言葉に透子はそうでしょう、そうでしょう、と言わんばかりに笑いながら何度も頷く。そして透子はそのまま案内を始める。

 

「父さんの話ではここで緊急放送を、そしてそっちの──」

 

 と、言いつつ扉を見る透子。

 

「扉が生活スペース、寝室やキッチンね。それで最後にあそこ」

 

 そして今度はこの部屋の先にあるスペースを見る透子。

 

「あそこには色々な物資が集積されているらしいわ」

 

「……らしい、ですか?」

 

 最後だけ、確定情報じゃなかったことに疑問を持つジャンヌは、透子にそう質問する。すると、透子はどこか罰が悪そうにしながら答える。

 

「…………だって、前にここに来た時は子供だったんですもの。あそこに入りはしたけどすぐにつまみ出されて、ここは色々なものがあるから触っちゃだめだよ、なんて言われたのよ」

 

 透子の言葉を聞いたジャンヌは納得したように頷きつつ提案する。

 

「それなら、その集積所を捜索してみましょう」

 

「レティシアさん?」

 

 ジャンヌの提案に訝しがる透子。しかし晴明はジャンヌの提案に乗る。

 

「そうだな、透子さんが物資の内訳を知らない以上、今から把握するしか無い。今後必要になった時に物がありませんでした、では困るからな」

 

「……それは、確かにそうね。なら、探索しましょうか」

 

 晴明が言うことに納得がいったのか、透子もまた賛成する。

 

「ああ、それと──」

 

 晴明はそう言いながら、寝室があるという扉の方を向く。そこには皆に隠れて中に移動しようとしていたカーマの姿があった。

 

「さくらとジャックはそっちの部屋を見て、なにか異常がないかを確認してくれ」

 

「えぇ~……」

 

「はぁーい!」

 

 晴明の指示に、カーマは面倒くさそうに、ジャックは元気よく、まるで正反対の返事をする。

 

「ぶ~ぶ~、少しは休憩してもいいじゃないですか。私、今回はすごく頑張ったんだし」

 

「? でも、ほとんどゾンビいなかったよ?」

 

 ぶーたれるカーマと、彼女に対して悪意のない口撃をを仕掛けるジャック。

 ジャックの口撃がクリティカルヒットしたのか、カーマは膝から崩れ落ちそうになるが既のところで耐える。が、しかし──。

 

「あ、でも、さくらちゃん、この頃、歳のせいか身体がキツイって言ってたよねっ。わたしたちが見てくるから、休んでて良いよっ」

 

 ジャックのさらなる追撃にとうとう崩れ落ちるカーマ。他の三人は、そんなカーマを不憫そうな目で見る。

 

「……子供って、怖いね」

 

 晴明が呟いたその言葉にウンウン、と頷く女性二人。特に女性としては、年齢関連で口撃されたことに戦々恐々としているようだ。

 

「とりあえずジャック一人だと心配だから、俺は向こうに行くよ。物資の確認はレティシアと透子さんの二人でお願い。……特に荒らされた形跡もないから問題はないとは思うけど、念の為、二人一緒に行動してくれ。万が一があると怖いからな」

 

 晴明の言葉に真剣な表情で二人は頷くとそれぞれ調べる場所へ移動する。……そして、この場所には、しくしく、と泣き崩れているカーマのみが残された。

 

 

 

 

 

 

 秘密基地の探索開始から数時間後、全員が再び放送用の機器があった場所──便宜上放送室と呼称する──に集まった。

 そして探索の結果を発表する。その結果はまず秘密基地内にゾンビを始めとする敵性存在は発見できず、そして物資に関しては保存食などの食料品や、医療品に衣服、生活用品など、この人数であれば約二ヶ月は暮らせるであろう物資が集積されていた。

 

「……なぁ、透子さん」

 

「なに、かしら?」

 

 その物資を確認した面々、特に透子の顔には影が差している。これでは、まるで──。

 

「いや、顔色が悪いから──」

 

 晴明が透子を慰めようとしたのだろうが、その時ガントレットからアラームが鳴り出す。

 何があったのかと晴明と、そして珍しさからか透子もまた覗き込む。

 

「晴明さん、これは一体?」

 

 そしてガントレットが何かわからなかった透子が晴明に質問する。

 

「ああ、これは俺の商売道具だよ。変な形だと思うだろうが、色々と高性能だから重宝してるんだよ」

 

 晴明が透子に説明した後を見計らって通信が開始される。

 

《ハァイ、マスター、元気かしら? あら、そこの人は?》

 

 その通信の主はバロウズだった。彼女は昨日はバレないように黙っていたが、今回火急な要件があったようでこういった形で連絡をしてきたようだ。

 

「彼女は昨日保護した民間人だよ、あっと、透子さん、紹介しておくよ。彼女はバロウズ、俺達の仕事をサポートしてくれている」

 

《はじめまして、お嬢さん。バロウズよ、よろしくね》

 

「あ、はい。よろしくお願いします。赤坂透子です」

 

 そう言って自己紹介をする二人。そして自己紹介を終わった後に晴明は。

 

「済まない透子さん。こっちの仕事の件かもしれないから、席を外すよ」

 

「えっ、あ、うん……」

 

 どこか寂しそうに透子が頷くと、晴明は席を外し入口近くの小部屋に移動する。

 

 

 

 

 

 小部屋に移動した晴明はバロウズから報告を受ける。

 

《それで、マスター朗報よ。生存者の反応があったわ》

 

「なにっ!」

 

 バロウズの報告に驚く晴明。その晴明にさらに驚く報告を入れるバロウズ。

 

《マスターは、数日前に交通事故から助けた姉妹のことは覚えているかしら?》

 

「確か小学生の妹さんと、高校生くらいの子、若狭、だったか? ……まさか!」

 

 そこまで呟きながら彼はあの二人にお守りを渡していたことを思い出す。

 

 ──晴明自身を、この世界に転生させた高位悪魔『魔神-ヴィローシャナ』、その一つの側面である大日如来の力を内包されていたお守りを、だ。

 

 晴明の考えを肯定するようにバロウズは言葉を続ける。

 

《えぇ、マスターの考えてる通りよ。あの子たちに渡した物の反応があるわ》

 

 そのことを聞き安堵する晴明。あのお守りが起動しているということは、少なくとも本人たちは死亡していないということだからだ。と、言うのもあのお守りは人間のMAGでしか起動できず、ゾンビたちは悪魔でこそ無いが、多少MAGが変質しているためにゾンビ化していた場合、そもそも起動されることはない。

 そしてその効果は、低級の悪魔程度であれば寄せ付けないことが出来る空間を生み出すものだから、一度発動さえしてしまえば問題ないはずだ。

 

「そうか! ならその反応と辿れば救出は可能だな。詳しい場所は分かるか?」

 

《えぇ、一つは……、これは、鞣河小学校ね》

 

「と、言うことは妹さんの方か。もう一つは?」

 

《もう一つは、巡ヶ丘学院高校、みたいね》

 

「ふむ、……バロウズ、地図を表示できるか?」

 

《出来るわよ、マスター》

 

 晴明の要望に答えて地図を表示するバロウズ。晴明はその表示された地図を見て考え始める。地図に表示されている二つの目的地は、現在地を中心とするとそれぞれ真逆の方向を示していた。

 

「…………これなら、妹さんの救出を優先したほうが良さそうだな」

 

 その晴明の言葉にバロウズも同意する。

 

《ええ、そうね。この距離ではお守りの反応しか検知できないから、生存者が居るかもわからないし、いないことを前提とするとより幼い子を優先すべきね》

 

 それに、高校生ならある程度は自分で考えて生き延びれる可能性も高いでしょうし。とバロウズは告げる。晴明もそう思っていたようで。

 

「ああ、俺もそう思う。それでメンバーだが、保護した民間人を連れて行くわけにもいかないから、ここの防衛にジャンヌ、カーマ。救出にジャック、それと戦力が足りなそうなら他にも召喚する、ってのが妥当かな?」

 

《了解、いつでも召喚できるように準備しておくわ》

 

 一通りの作戦会議を終わらせた二人は、全員がいる放送室へと戻る。

 

 

 

 

 放送室に戻った晴明は、バロウズからの報告や、それに関してのこれからの行動について告げる。それを聞いて、いの一番に反対したのは昨日と同じく透子だった。

 

「いくら貴方が強いと言っても危ないわよ! それなら全員で──」

 

 なおも詰め寄り抗議しようする透子だったが、それをジャンヌが宥める。

 

「まぁまぁ、透子さん落ち着いて。……それで、晴明さん。そこまで急ぐ理由はなんですか?」

 

 ジャンヌ自身は、何らかの急がなければいけない理由があることは理解しているが、恐らく透子はその理由を言わなければ納得しないと思った彼女は、わざと晴明に理由を尋ねる。

 

「理由か、それは簡単だ。……今回の救出相手は、完全な子供だ。だから既に一刻を争う状態になっている可能性がある。だから今回は少数で、なおかつ一番速く移動できる俺が行ったほうが良いという結論を出した」

 

「それなら、なおのことキャンピングカーで──」

 

「それは無理だな」

 

 透子がキャンピングカーでの移動を提案しようとするが即座に却下する晴明。

 

「今日キャンピングカーでここに来るまで何時間かかった? 約五時間かかっているだろう? 俺単独であれば、道さえ知っていれば遅くても(・・・・)三十分あれば移動できた」

 

 その言葉を聞いた透子は驚きながら流石にそれは、と否定する。

 

「いやいやいや、晴明さん? ラジオ局からここまで、平和なときであっても徒歩だと大体一時間半位かかるんだけど……」

 

「……あはは、まぁ、晴明さんですから」

 

 透子のツッコミに乾いた笑いを浮かべるジャンヌ。なお実際にはここに居るメンバーでは透子以外では全員問題なく可能だったりする。

 

「ふむ? 透子さんには、俺が普通の人間に見えた、と? 確か、昨日は死神に間違われたはずだが?」

 

 晴明が不敵な笑顔を浮かべながら透子に告げると、彼女は顔を真赤にして抗議する。

 

「……それは、ごめんなさいって昨日謝ったじゃない! 普通は、あの状態で颯爽と助けが現れるなんて思わないわよ!」

 

 そのまま透子は憤った声でさらに詰める。

 

「それに、それならなんでジャックちゃんは連れて行くの!」

 

「一人、二人程度なら運んで移動するのには、何ら問題は無いからな。それならばジャックを連れていけば生存者が警戒しても、この子が説得できる可能性がある。それにこの子もある程度の自衛手段を持っているから大丈夫だ」

 

 実際には自衛どころか、単独での殲滅も可能なのだが透子がそれを知る由も無い。

 その後、透子は観念したように溜息をついた後に、晴明に言葉をかける。

 

「私だって、自分が足手まといだということは分かっているわ。でも、これだけは言わせて?」

 

「…………どうした?」

 

 晴明の問に透子は意を決したように彼に縋り付いて囁く。

 

「他の誰かはどうなっても良いから、貴方は、貴方だけは絶対に無事に帰ってきて。約束よ?」

 

 まるで恋人にかける声のような甘ったるい声色で晴明に告げる透子。事実、彼女は昨日の絶体絶命の危機を彼に助けられたことによる吊り橋効果と、それ以上に彼なら自分を絶対に守り通してくれるだろうという打算が複雑に混じり合い、特殊な精神状態になっていた。

 透子自身には自覚がないのだが、晴明の単独救出に反対したことも、彼が危険というよりも、彼と離れたことで自分自身が危険な状態に陥る可能性が高いと思ったからだった。

 彼自身はジャンヌ(レティシア)カーマ(さくら)を護衛として付けると言っていたが、透子自身は二人の戦闘能力をあまり知らないため信じきれないというのも理由にはあった。

 

 透子に縋り付かれた晴明は彼女の華奢な、柔らかい体を押し付けられたことで一瞬動揺するが、彼女の両肩を掴むと、優しく支えながら少しづつ、自身の体から引き剥がしつつ、透子を安心させるように笑いかけながら彼女に話かける。

 

「大丈夫、ちゃんと帰ってくるよ」

 

「……本当に、無事に帰ってきてね?」

 

 そう言いながら晴明から離れる透子。

 そして晴明は、ジャンヌに透子のことを任せると、ジャックを連れて陽が沈む中、秘密基地を出発するのだった。

 



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第七話 救出、鞣河小学校

 今回は、るーちゃん救出と、新しい仲魔の召喚、晴明の切り札とも言える存在の顔見せ回な第七話です。
 では、どうぞ。


 秘密基地を出発した晴明とジャックは、文明の光が無くなった宵闇の中、自身の跳躍力を活かし、民家やその他の建物の屋根を道として先を急いでいた。速度を優先しているために着地の度に音がして、それに少なからずゾンビが反応しているが、結局こちらにちょっかいを出せるわけでもないため二人は無視して先を急ぐ。

 そしてそのまま二人は忍者のように建物を飛び移りながら先に進むと、しばらくしたのちに、目的地である鞣河小学校が見えてくる。

 

 その近くの民家の屋上に晴明は留まるとバロウズにエリアサーチの指示をする。

 

「バロウズ、エリアサーチ。救助者がどこに居るか、正確な位置を教えてくれ」

 

《了解、マスター。…………これは、一階の教室みたいね。場所は……何か狭い物、ロッカーかしら? それに隠れてるみたい?》

 

 バロウズからの報告を聞いた晴明は。

 

「了解した。……ちなみに、他の生存者は?」

 

 そうバロウズに問いかける。そしてその問いにバロウズは……。

 

《報告するべきものは何もなかった。…………それが全てよ》

 

 分かり切っていたこととはいえ、実際に聞いた晴明は落胆を隠せなかった。バロウズの、彼女の言ったことは即ち、若狭瑠璃以外の生存者はいないという事だったのだから。

 しかし、晴明としても瑠璃の救助に来た以上、いつまでも足を止め置くわけにもいかず、気持ちを切り替えて救出のための行動に入る。が、その前に──。

 

「バロウズ、まずは念の為の召喚だ」

 

《オーライ、マスター》

 

 彼女の言葉とともに、光が溢れそこから一人の男性が姿を表す。

 青いタイツのような軽装鎧に、朱槍を手に握った青髪の彼の名は、【幻魔-クー・フーリン】

 晴明の仲魔の一人で、彼もまた何故か晴明の前世に存在したFateのキャラクターと同じ姿をしている。

 

「どうした、マスター? やっと俺の出番か?」

 

 待ちわびた、とばかりに獰猛な笑顔を見せつつ晴明に語りかけるクー・フーリン。そんなクー・フーリンの様子に、晴明は頼もしく思いながら告げる。

 

「ああ、今回は一刻を争う可能性がある以上、ホリンには暴れてもらうよ? それに()も居るかもしれないしね」

 

 それを聞いたクー・フーリンは頭をガシガシと掻きながら、思い出したかのように話す。

 

「ああ、そういえばあの爺さん(・・・)、ホテルを出たタイミングで別行動を取ってたんだっけ?」

 

「そうだよ。まぁ彼が本当にお爺さんなのかは、あの見た目では判断できないけどな」

 

 そう苦笑しながら告げる晴明。しかし晴明の言葉を聞いたクー・フーリンは。

 

「いや、あの喋り方だと、どう考えても爺だろ」

 

 と、晴明に突っ込む。晴明はしばし苦笑していたが、すぐに真面目な顔になると、全員に号令をかける。

 

「さてお喋りもここまでだ。あとは、彼処で救助を待っている子の救出が終わってからすることにしよう。では、行くぞ!」

 

 そのまま民家の屋根を蹴り、鞣河小学校に侵入する晴明。他の面々の彼に続くのであった。

 

 

 

 

 晴明たちが小学校の校庭に降り立った時、彼らを出迎えたのは大人のゾンビの群れだった。少数の子供のゾンビも居ることは居るのだが、それでも小学校の敷地の大きさに対して明らかの数が少なかった。

 そのことを訝しがる晴明だったが、今は救助を優先すべきと思いクー・フーリンに指示を出す。

 

「それじゃあ、ホリンはここでゾンビ共を盛大に引き付けてくれ。俺とジャックは、その間に救助に行ってくる」

 

 その言葉に頷くクー・フーリン。だが──。

 

「あいよ。だがマスター?」

 

 クー・フーリンは獰猛な笑顔をさらに歪ませながら告げる。

 

「あんまり遅いと、ここら一帯喰い付くした後に中まで行っちまうぜ?」

 

 クー・フーリンの言葉に、晴明は苦笑しながら。

 

「それならそれで構わんよ。そっちのほうが後処理は楽だしな。それじゃあ行くぞ、ジャック」

 

 それだけを言うと晴明は校舎へと駆け出す。それを見送ったクー・フーリンは手に持つ朱槍【ゲイ・ボルグ】を構え咆哮を上げる。

 

「さぁ、お前ら、かかってきな! この俺を退屈させるんじゃねぇぞ!」

 

 その言葉に反応したように、ゾンビたちはクー・フーリンの元へ殺到するが、彼はまずは挨拶代わり、とばかりにゲイ・ボルグを前方に横薙ぎ一閃。あまりの膂力に振るだけで轟音を奏でる一撃は、まるでゾンビたちを枯れ葉が舞うように吹き飛ばす。

 そして次に彼は、その威力を殺さぬまま棒高跳びの要領で地面に槍を突き刺すと、それを軸にして身体を横に回すように周囲全体に蹴りを放ち、さらにはそのまま槍を引き抜くと、特にゾンビが密集している地点に槍を叩きつける。

 一連の動作で多くのゾンビを屠ったクー・フーリンはさらに気炎を上げると、ゾンビたちを挑発するように怒号する。

 

「オラオラ、どうしたぁ! つまんねぇぞ! もっとかかってこいやぁ!」

 

 そう吠えながら、次に彼は槍を上に投げると自身も跳躍。槍まで追いつくとオーバーヘッドキックの要領でゲイ・ボルグを蹴り飛ばす。

 

「──ジャベリンレイン!」

 

 クー・フーリンの掛け声とともに蹴り飛ばされたゲイ・ボルグは次々と分裂を始めて地面に直撃する。すると、地面に直撃した槍たちは次々に爆発を始め、さながら周囲は絨毯爆撃でもあったかの様相を呈していた。

 その攻撃で、校庭にいるあらかたのゾンビは一掃できたが、爆発の音で引き付けられたのか、校門から、校舎から、体育館から、ゾンビたちがわらわらと集結し始めていた。そしてそれを見たクー・フーリンは手元に出現したゲイ・ボルグを握りしめ──。

 

「良いね、良いねぇ! 喰い放題、ってか! それなら、どんどんかかってきなぁ!」

 

 心底嬉しそうに大声を上げるのだった。

 

 

 

 

 

 

校庭でクー・フーリンが思う存分暴れている頃、瑠璃の救出に向かった晴明たちは……。

 

「よっ、と……」

 

 軽い掛け声とともに、校庭に向かうように校舎の廊下を歩いているゾンビのうちの一体の頸を、無造作に刎ねていた。それと同時にジャックもまた、軽い調子で床を、壁を、天井を、あらゆる場所を足場にして飛び跳ねながら、進行ルートにいる邪魔な者たちを解体している。

 その時、校庭側から爆音が響き渡る。クー・フーリンのジャベリンレインの着弾音だった。それを聞いた晴明は。

 

「クー・フーリン、張り切ってるなぁ、俺らも急がないとな」

 

 そう言いながら目的地へと進む晴明たち。そしてそう時間はかからずに瑠璃の反応がある教室を発見する。

 

「バロウズ、ここで良いんだよな?」

 

《ええ、マスター。反応はここから出ているわ》

 

 晴明の確認を肯定するバロウズ。確認の取れた晴明は教室の扉を慎重に開けると中を確認して突入する。

 その教室内には、ゾンビこそいなかったが荒れ果てており、何らかの存在が暴れたのは確かなようだ。

 

「ゾンビが暴れて、そのまま出ていったのか。それとも何か別の──」

 

 チリィ……ン、チリィ……ィ……ン。

 

 何処からともなく鈴の音色が聞こえてくるとともに。

 

 ────とてつもなく恐ろしい死の気配がする────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど、そういうことか……」

 

 晴明はなにか察しが付いたようで、即座に後ろを振り向く。そこには地面から少し浮かんだ位置に座る(・・)ヒトガタの異形の存在がいた。

 その服装だけを見ればお坊さんの法衣である黄色に染められた直綴(じきとつ)に、緑色の袈裟、そして直綴と同色の帽子をかぶっていた。そして手に持つのは、お坊さんとしては仕事道具でもある数珠と金剛鈴。

 そこまでであれば、空中に浮かんでいることを除けば、どこにでもいる、と言っては失礼かもしれないが、ただの日本にある各地の寺にいるお坊さんでしか無いだろう。

 

 ──そのお坊さんの顔、そして見えている体の部分が干からびた木乃伊(ミイラ)でなかったら、だが。

 

「意外と遅かったのぅ、さまなぁ殿よ」

 

「ここの掃除は貴方がやってくれていたのか、大僧正」

 

 晴明に大僧正と呼ばれた木乃伊、かの存在はかつて晴明がヴィローシャナの元へと運ばれた際に彼の目付役として、現在は晴明自身がそれなりの実力をつけた、と判断されたために彼の仲魔となった【魔人-大僧正】と、呼ばれる存在だ。

 

「それで、何故ここに、ってのは愚問だよな?」

 

「呵呵っ、左様。拙僧が大日如来様の波動を間違うはずも、ましてや迷える衆生を見捨てるわけもあるまい? もし拙僧がそんな破戒僧であれば、ミロク菩薩様に折檻されるであろうよ。ありえぬ仮定ではあるがの」

 

 そう言いながら大僧正は笑い続ける。そして笑いが収まると、大僧正は教室の一角にあるロッカーを見る。

 

「あの場所にお主の助けようとしている童がおるよ。行くが良い」

 

 確かに大僧正が指し示したロッカーから、あの姉妹に渡したお守りの波動が見える。

 

「それでは拙僧は再び隠れるとしようかの。では、さまなぁ殿、さらばじゃ」

 

 そう言いながら空間と同化するように姿が掻き消えていく大僧正。その姿を見送った晴明は、そのまま瑠璃が隠れているロッカーに向かう。

 そしてロッカーにたどり着いた晴明は、ロッカーに手を軽く当てて中にいる瑠璃に呼びかける。

 

「大丈夫、生きているかい? 助けに来たよ?」

 

 その晴明の声に何も反応を示さないロッカーの中にいる瑠璃。恐らくは信用していないか、ゾンビの襲撃を警戒しているのだろう。

 なので、晴明はもう一回声掛けをする。

 

「瑠璃ちゃん、大丈夫。蘆屋おじさんだよ。お守りをあげた、覚えているだろう?」

 

「…………蘆屋、おじさん?」

 

 晴明のその言葉に反応する瑠璃。彼女の反応を見た晴明は、さらに優しく声掛けをする。

 

「そう、おじさんだよ。よく頑張ったねるーちゃん、助けに来たよ」

 

 ロッカーの扉を恐る恐るといった様子で開ける瑠璃、そして目の間にいる晴明が、以前自分を助けてくれたおじさんだと確認すると、そのまま晴明に抱きついてくる。

 

「おじさん! おじさぁぁぁん!!」

 

「よしよし、よく頑張ったね」

 

 瑠璃は恐怖から開放されたからか、晴明に抱きついたまま泣き出してしまう。その瑠璃の頭を撫でながら頑張ったと褒める晴明。そのまま、瑠璃が泣き止むまで撫で続けようとする晴明だったが──。

 

「おう、マスター。探し人は……、見つかったようだな」

 

 ゾンビたちの殲滅が終わったのか、先ほどよりもさらに軽装に、シャツにジーンズ姿のクー・フーリンが教室に入ってくる。

 晴明は瑠璃の頭を撫でながら、クー・フーリンに礼を言う。

 

「ああ、ホリン。助かったよ」

 

 その時、泣いていた瑠璃が頭を上げてクー・フーリンを見る。晴明が親しく話していたからか、その顔には恐怖心はなく、誰だろう? という好奇心のほうがあるようだ。

 瑠璃の様子を見た晴明は、瑠璃にクー・フーリンのことを紹介する。

 

「こいつはホリン、おじさんの仲魔で、今回手伝ってもらったんだ」

 

「おじさんの、仲間? お友達?」

 

「まぁそんなものだよ」

 

 二人のそんなやり取りを見ていたクー・フーリンは、瑠璃の傍まで行くとしゃがみこんで、先ほどの獰猛な笑みではなく、爽やかな笑みを浮かべて瑠璃に話かける。

 

「お嬢ちゃん、もう大丈夫だからな。安心しろよ」

 

 クー・フーリンにそう告げられた瑠璃は、満面の笑みを浮かべながら礼を言う。

 

「うん! ありがとう、ホリンお兄ちゃん(・・・・・)

 

 瑠璃の言葉を聞いたクー・フーリンは笑い、そして晴明はガックシと肩を落とす。その後晴明は独り言のようにツッコミを入れる。

 

「おいおい、俺はおじさんでこいつはお兄ちゃんなのかよ……」

 

 その呟きにクー・フーリンは笑いながら晴明の肩を叩きつつ。

 

「はっははは、まあそんな気を落とすなよ、お・じ・さ・ん?」

 

「てめえ、ホリン! ぶっ飛ばすぞ!」

 

 クー・フーリンのからかいに声を荒げる晴明。しかし、その表情は笑っており本気ではないようだった。

 その後ひとしきり騒いでいた両名だったが、いつまでもここで雑談をするべきではないと思い、秘密基地へ変えることを瑠璃に説明する。

 

「るーちゃん、今は安全だけどいつまでもここにいると危ないから別の所、おじさんたちが避難してる所に行こうか」

 

「おじさんたちが? うん、行く!」

 

 晴明の言葉に頷く瑠璃。彼女の了解を得た晴明はさらにもう一つ瑠璃にお願いをする。

 

「それと、瑠璃ちゃん。今、お外はちょっと怖い状態だからおじさんに掴まって目をつぶっててね。そしたらおじさんが連れて行くから」

 

「うん、わかった」

 

 瑠璃は晴明が言うようにギュ、と抱きつくと目を閉じる。

 

「それじゃ、行くよ。…………ホリン、念の為に警戒を頼む」

 

「あいよ」

 

 晴明の指示にクー・フーリンは一言答えると、全員で秘密基地の帰途へと就くのであった。

 




 と、言うわけで、最初はヴィローシャナからのお目付け役として、現在は晴明の切り札の一人である【魔人-大僧正】が登場しました。
 しかし、大僧正はまだ晴明たちとは合流しません。彼にはまだやってもらうことがあるからね。

 晴明にはもう一人切り札たる存在がいますが、その子もそのうち出てくるはず……。

 そして今回、クー・フーリンが使ったジャベリンレイン。FGOの水着スカサハの宝具「ゲイボルグ・オルタナティブ」を参考にしたので、それを想像してもらうとわかりやすいかも。


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第八話 若狭瑠璃と赤坂透子

 活動報告の方でも書きましたが、今話でストックが尽きたのと、私事で忙しくなる可能性があるため、今後の更新は書き溜め後に一気に投稿する不定期更新となります。
 ご了承のほどお願いします。

 今回、救出完了後の帰還並びに、インターミッション的な第八話です。
 では、どうぞ。


 秘密基地に帰るために、行きと同じように屋根を跳んでいく晴明一行。

 しかし瑠璃を抱きかかえていることから、行きほどの速度は出さずに気持ちゆっくりとした行軍になっていた。

 だが、遅いとは言っても、それはあくまでも晴明たちの基準であり、その結果夜風を浴びることになる瑠璃は風の冷たさからか身じろぎをする。

 

「おじさん、寒いよ……」

 

「ああ、るーちゃんごめんね」

 

 そう言って晴明は一時的に屋根の上で停止すると、瑠璃に上着をかけて休憩する。

 それを疑問に思ったジャックは晴明に話かける。

 

「おにいちゃん? ここで休憩するの?」

 

 そのジャックの声で瑠璃は初めて彼女の存在に気付いたようで。

 

「おじさん、この子だぁれ?」

 

 と、晴明に問いかける。二人に問いかけられた晴明はと言うと。

 

「ああ、ジャック、少しぐらいだったらここで休んでも大丈夫だろう。それと、るーちゃん。この子はジャック、ホリンと一緒にるーちゃんを助けに来てたんだよ」

 

 と、二人にそれぞれ告げる。

 その言葉を聞いた二人、特に瑠璃は。

 

「そうなの? ジャックちゃん、ありがとう!」

 

 そう言いながらジャックに抱きつく。抱きつかれたジャックは。

 

「え、うん……」

 

 どことなく困惑した様子で助けを求めるように晴明の方を見る。

 一方見られた晴明はというと、微笑ましいものを見るような目で二人を見ながら瑠璃に話かける。

 

「なぁ、るーちゃん」

 

「……どうしたの、おじさん?」

 

「もし、よかったらさ、ジャックと友だちになってくれないか?」

 

「おか──お兄ちゃん?!」

 

 ジャックとしては瑠璃を引き剥がしてもらおうと思ったのに、蓋を開けてみれば何故か瑠璃(人間)自分(悪魔)の友だちになってくれ、と頼むのだから思わず驚きの声を上げる。

 そして瑠璃は瑠璃で。

 

「え?! うん、なる! ジャックちゃんよろしくね!」

 

 と、即答しながらさらにギュウ、と抱きつく始末。

 そんなこんなで、ジャックも流石に頭がオーバーフローを起こしたのか。

 

「あうあうあうぅ」

 

 顔を真赤に染め上げながら、言葉にならぬ声を上げていた。

 それを瑠璃は不思議そうな顔をして。

 

「ジャックちゃん、大丈夫?」

 

 と、ジャックの顔を覗き込む。

 さらにジャックは慌てるが、流石にかわいそうに思った晴明は瑠璃に。

 

「瑠璃ちゃん、もうそろそろ行こうか?」

 

 と、呼びかける。その声を聞いた瑠璃は。

 

「うん!」

 

 と、元気よく返事をして晴明に抱きつく。その姿を見てホッと一息つくジャックだったが。

 

「ジャックちゃんも、早く早く!」

 

 と、何故か瑠璃が呼び始める。彼女はジャックも晴明に運んでもらっていたと勘違いしているようだ。

 それを見た晴明とクー・フーリンは目配せをして。

 

「おう、何してんだ。ジャック、さっさと行くぞ」

 

 と自身の胸を叩くクー・フーリン。その動作は、ジャックに抱きつけと言っているものだった。ジャック自身はそんなに乗り気ではないのだが、瑠璃が自身をジィ、と見ているため仕方なくクー・フーリンに抱きつく。

 それで瑠璃はジャックのことは大丈夫だと思ったのか、今度は晴明を急かす。

 

「おじさん、早く行こ!」

 

 その言葉に晴明は苦笑しながら。

 

「ああ、そうだね」

 

 屋根の上から跳躍し、また進み始める。だが今回、瑠璃は目を閉じていないので。

 

「わぁ、すごーい! おじさん、はやい、はやい!」

 

 と、言った具合にキャッキャッ、と喜んでいた。

 そして晴明の横を並走するクー・フーリンに抱きかかえられているジャックを見て。

 

「ジャックちゃん、たのしいね!」

 

 と、笑いながら告げてくる。

 ジャック自身は普段から同じような行動をしているため、特に思うことはなかったはずなのだが、何故か満更でもない、と思いながら無意識のうちに笑っていた。

 そのまま、主に瑠璃とジャックは和気藹々とした雰囲気のまま秘密基地への帰途へ就く。

 

 

 

 

 それから、そう時間もかからぬうちに、瑠璃の救出チームは秘密基地へと帰還した。

 

「はい、るーちゃん、着いたよ」

 

 瑠璃にそう告げながら、彼女を下ろす晴明。瑠璃自身は擬似的な空の旅が楽しかったのか、終始ニコニコとしていた。そして、二人にわずかに遅れる形でクー・フーリンとジャックも到着する。

 ジャックの姿を見た瑠璃は、彼女の手を取ると早く行こう! とばかりにジャックを引っ張る。

 その二人の姿を見た晴明とクー・フーリンは微笑ましく笑いながら天井入口のドアを開けて中にはいる。

 中に入った瑠璃は、すごいすごいとはしゃいでいる。その姿に元気だな、と笑いながら中の扉を開けて帰還したことを告げる晴明だったが。

 

「おぉい、無事に帰ってきたぞぉぉぉっ?!」

 

 そこにはなぜか下着にジャケットを羽織っただけの姿の透子がいた。

 即座に回れ右、からの背後を向き、ついでにクー・フーリンの目潰しをする晴明。

 ちなみに一緒に見ていたるーちゃんの目は、ちゃっかりジャックの手で塞がれていた。

 

「どうしたの、ジャックちゃん?」

 

「ううん、なんでもないよ、なんでも」

 

 その横では目潰しをされたクー・フーリンが、ゴロゴロと転がっていたが。

 そして透子は晴明にとって、さらに予想外の行動に出る。彼女にとっては見知らぬ男性がいるはずなのに悲鳴を上げることもなく、さらには晴明に抱きついてきたのだ。

 

「良かった、晴明さん、無事に戻ってこれたのねっ」

 

 そう言いながらさらに抱きつく力を強める透子。その力に比例して晴明には彼女の体の柔らかさがダイレクトに感じられてしまう。あまりの事態に驚く晴明だったが。

 

「透子さん、こんな所に! と、言うか、なんて格好してるんですか!」

 

 奥の物資集積所から、恐らくは透子を探していたジャンヌが現れて、晴明に抱きついている透子を引き剥がす。透子も抵抗しようとしていたようだが、いくら見た目が似ているとはいえ、そもそもただの人間が悪魔の力に敵うはずもなく、そのまま引き剥がされるが、透子の腕は未練がましく晴明の方へと伸ばされていた。

 

 その時奥の部屋からカーマも現れて、現在の状況を見るとなにかに納得したように頷きながら、ジャンヌに語りかける。

 

「……レティシア、透子はこっちで面倒見ますから、晴明になにか話すことがあるんでしょう?」

 

「さくらさん……。そう、ですね。お願いします」

 

 そう言いながらカーマに透子を引き渡すジャンヌ。透子自身は名残惜しそうにしていたが、カーマの。

 

「はいはい、晴明は逃げないから、こっち居ましょうねぇ~」

 

 と、引っ張られて奥の部屋に消えていく。それを見送っていた晴明だったが。

 

「それで晴明さん。少しお話が……」

 

 ジャンヌが話しかけてきたことにより正気に戻る。

 

「あ、あぁ。しかし、透子さんは一体どうしたんだよ?」

 

「そのことについてのお話なんです」

 

 あまりにジャンヌが深刻そうな表情をしていたために、晴明も息を呑む。その時、いつの間にか痛みから復帰していたクー・フーリンが。

 

「ガキどもの面倒は俺が見とくから行ってこいよ。大事な話なんだろ」

 

 と、晴明に告げる。晴明はそんなクー・フーリンに。

 

「ああ、済まない。助かるよホリン」

 

 そう言うと今度はジャンヌの方に振り返り。

 

「それで、どこで話す?」

 

「それでは向こうで」

 

 晴明の質問にジャンヌは物資集積所の奥で話すことを提案し、二人とも歩いていった。

 

 

 

 

 

 奥まで来た晴明とジャンヌは、それぞれ物資が入れてある棚に背中を預け、晴明は腕を組んだ状態でジャンヌに話かける。

 

「それで結局話ってのは、何なんだ? 透子さんについてのことだとは、嫌でもわかるんだが」

 

 晴明の質問に、ジャンヌはどこか答えづらそうにしながらも、意を決したように話し始める。

 

「……はっきり言いますと、透子さんはかなり危険な状態です」

 

「………………危険、とは?」

 

 どのように危険な状態なのか要領を得なかった晴明は、さらにジャンヌに話を促す。それにジャンヌは──。

 

「精神が、です。結論から言うと、透子さんは今貴方に依存しているからこそ、なんとか精神を保っている状態です」

 

 そう言ってジャンヌはそれを知ることになった経緯を説明する。

 

 曰く、晴明を見送ってしばらくしたのちに、彼女は急にソワソワし始めてあちこちを徘徊し始めて、次にはやっぱり私も、とキャンピングカーまで行こうとしたために自身とカーマの二人で止めたが、その時にかなり取り乱したらしい。

 そのため二人で話を聞いたところ、彼女は目の前でゾンビに肉親を喰われ、救出の時に彼女を囲んでいたゾンビたちは彼女の同僚や恩人たちの成れの果てだったそうだ。

 その事から今の彼女は、知り合った人間が居なくなることを極端に恐れ、そしてさらにはその中で晴明が一番、というよりもむしろ晴明が居なくなったらもう後はゾンビに喰われるだけだ、と思いつめている状態なんだそうな。

 

 だからこそ彼女は現状晴明だけが自身を守ることが出来る存在だと認識しており、その結果彼女は自身の体を使ってでも晴明を留め置くように行動しているようだ。

 

 そのことを聞いた晴明は頭を抱えながら。

 

「つまり、なんだ。今日、もしも自衛隊に預けてた場合、抜け出すのはまだいい方で、最悪発狂していた可能性があったのかよ……」

 

「ええ、まぁ、そうですね……」

 

 二人はそういった後深々と溜息をつく。そしてジャンヌは──。

 

「なので晴明さんは、ゾンビと戦う時以外、救出の現場に行く場合なども、可能な限り透子さんと行動をともにしてください」

 

 ジャンヌにそう告げられた晴明は困ったような顔をしながら。

 

「いや、そんなこと言われてもなぁ……。まぁ、流石にそれで発狂されても目覚めが悪いし、可能な限り善処する」

 

 と、だけ告げる。その言葉を聞いたジャンヌは少し肩の荷が下りたようにホッとしながら。

 

「ええ、あくまで可能な限りで。私たちの方でもフォローしますので」

 

 と、晴明に申し訳無さそうに話す。そして話は終わったのか、晴明に対して戻るように提案する。

 

「それじゃ、話すことは終わったので、戻りましょう晴明さん。あまり遅くなるとまた変な感じに誤解されるかもですし」

 

「おい、怖いこと言ってくれるなよ」

 

 そう言いながら二人は放送室へと戻るのだった。

 

 

 

 

 放送室に戻った二人が見たものは、今度はちゃんと服を着た透子と瑠璃が楽しくおしゃべりをしている光景だった。

 お姉さんと女の子が楽しくおしゃべりしている光景を見ると、先ほどのジャンヌの言っていたことが嘘のようだが。

 その時、透子が晴明に気付き、そちらに視線をよこす。その瞳は情欲に濡れていて晴明は。あ、やっぱりジャンヌが言ってたように駄目なやつだわ、これ。と、思ってしまう。

 思わず表情が引き攣りそうになる晴明だったが、なんとか我慢して普段の表情のまま透子に話かける。

 

「透子さん、大丈夫だったかい?」

 

「? えぇ、勿論。私が何かをしていたわけでもないし。それよりも晴明さん? このことは知り合いだったのかしら?」

 

 そう晴明に質問しながら瑠璃を見る瞳には、ほんの僅かながら嫉妬による敵愾心が見え隠れしていた。そのことを察知した晴明は、自然な仕草で彼女の横に座る。その行動の結果、彼女の瞳から嫉妬が消えて、どこか優越感が漂ってくる。

 そして晴明は透子の質問に答えようとするが、その前に瑠璃が。

 

「ねぇねぇ、お姉さんとおじさんって、恋人同士なの?」

 

 と、透子に対して爆弾発言をしてくる。それを聞いた透子は。

 

「ゲホッゴホッ! 急に何を言い出すの!」

 

 と、驚いた声を出したあとに。

 

「…………ねぇ、本当に私と晴明さん、恋人同士に見える?」

 

 猫なで声で瑠璃に質問する透子。その問いに瑠璃は。

 

「お姉ちゃんたち、恋人同士じゃないの?」

 

 と、首を傾げている。その反応を見た透子は苦笑いしながら。

 

「うん、私と晴明さんはまだ(・・)恋人同士じゃないの。期待に添えずにごめんなさいね?」

 

 そう瑠璃に答える。その答えを聞いた瑠璃は。

 

「う~ん、そうなんだ。」

 

 小さな声で呟いた後に、屈託のない笑みを浮かべて。

 

「頑張ってね、お姉ちゃん!」

 

 と、何故か透子に対して激励を送る。それを聞いた透子は。

 

「晴明さん! この子、すごく良い子なんだけど!」

 

 よほど嬉しかったのか、かなりハイテンションになり晴明に抱きついていた。しかもその時に飛び跳ねるように喜んでいたために、結果として晴明の顔に胸を押し付ける形で。

 その姿を見た瑠璃は、二人はやっぱり恋人なのでは? と首を傾げていたようだったが。

 

 そのまましばらくグダグダな状況だったが、透子もようやく落ち着いてきたのか抱きしめていた晴明を離す。尤もその頬は少しばかり赤く染まっていたが。

 そして透子から開放された晴明もまた顔をほんのりと赤く染めていた。そんな空気を変えるために晴明は少しわざとらしく咳き込んだ後に話し始める。

 

「んう! とりあえず透子さんが落ち着いてくれたようで何より。それでこの子についてだが──」

 

 そして晴明は瑠璃と出会った経緯、主に交通事故未遂などについて、そして彼女たち姉妹にお守りを上げたことについて話す。

 

「なるほど、そんなことがあったのね」

 

 そして瑠璃を見た透子は彼女に微笑みながら。

 

「お姉さんも、この人に助けてもらったのよ?」

 

 瑠璃にそう告げる。すると瑠璃は、晴明の方をまるでヒーローを見つけたかのように、キラキラとした目で見つめている。

 そんな目で見つめられた晴明はどこかきまりが悪そうにしていたが、そういえばそろそろ夜も遅くなってきたと思い、彼女たち二人にもう寝るように告げる。

 

「さて、二人はもうそろそろ寝たほうが良い」

 

 そう言いながら晴明本人は寝室とは別の場所に行こうとするが、それを二人が手を握ることで阻まれる。

 

「…………どうした?」

 

「おじさん、一緒に寝よ?」

 

「瑠璃ちゃんの言う通りよ、一緒に寝ましょう?」

 

「いや、流石にそれは──」

 

 思わず断ろうとする晴明だったが、その時ジャンヌが言っていた言葉がよぎる。

 

 ──可能な限り透子さんと行動をともにしてください──。

 

「あ~、そうだったなぁ……。分かった、分かったよ」

 

 晴明が折れたことで、瑠璃と透子は喜びのハイタッチを交わす。

 その姿を見た晴明は複雑な表情を浮かべていたが、大きく息を吐きだすと。

 

「それじゃあ、とっとと寝よう。明日もなにかあるかも知れないからな」

 

 そう言いつつ、二人を連れて寝室へと入っていくのであった。

 

 

 



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第九話 願いと想いとこれから

 お久しぶりです、作者です。
 リアルが忙しかったのもありますが、それ以上に自身が思い浮かべる文章が書けない所謂スランプに陥ってこんなに時間がかかってしまいました。
 なので、現状この話しか出来上がっておりませんが、生存報告を兼ねて一話だけの更新となります。
 それでは新たな動きのための前準備回な第九話をどうぞ。


 三人で仲良く寝床に入る晴明たちは、部屋に設置されていたワイドキングサイズのベッドに瑠璃を中央にした川の字で寝ることにした。

 

「それじゃ、るーちゃん、透子さんおやすみ」

 

 晴明が二人にそう言って挨拶をすると、残りの二人も同じくおやすみなさいと言って、そのまましばらくすると寝息が聞こえ始める。その音を聞いた晴明はこっそりと寝床から離れようとするが。

 

「んぅ……。おじさぁん」

 

 瑠璃がそんな寝言とともに晴明の服を掴んでいた。

 その姿を見た晴明は彼女の掴んでいた手を外そうかと思案するが。

 

(この子は丸一日、大僧正が助けていたとはいえ、たった一人で過ごしていたんだったな)

 

 瑠璃もまた一人であった故の心細さと、生存者がいた事の安心感で今は落ち着いているがここで自身が居なくなっていたらパニックを起こすかもしれない、と思った晴明は。

 

(本来は付近の調査や制圧をしておきたかったが……、まぁ仕方がない、か)

 

 そう考えながら瑠璃を起こさないように優しく頭を撫でる。撫でられた瑠璃は、むず痒そうに身じろぎをしながらも安心したように再びすぅ、すぅ、と寝息を立て始める。

 彼女の安心した姿を見た晴明は、自身が途中で抜けるつもりだったのを感づかれていたのかもしれないな、と思う。

 

「──やれやれ、子供の勘は鋭いとは聞くが、な」

 

「……どうかしたの、晴明さん?」

 

 晴明の独り言で起きたのか透子は晴明に語りかける。それに晴明は起こしてしまったかな、と苦笑しながら。

 

「いや、なんでも無いよ。ただ単にこの子も良く寝ていると思っただけだよ。それよりも透子さんも、もう寝なくちゃ。明日も何かがあるかもしれないからね」

 

晴明の言葉を聞いた透子は、瑠璃を見て考え込んでいたようだが、しばらくすると自身の考えがまとまったのか晴明に返事を返す。

 

「……それもそうね。おやすみなさい晴明さん」

 

「ああ、おやすみなさい」

 

 その後透子も目を閉じて再び寝息が聞こえ始め。晴明もまた仕方がないと瞼を閉じて眠るのだった。

 

 

 

 

そして翌日、起床した晴明たちは朝食を摂った後に、晴明、透子、ジャンヌの三人で今判明している情報の共有を始めていた。

 

「それで現在分かっていることは、ここ巡ヶ丘でバイオハザードと思われるゾンビ化現象が起きていることと、まだ生存者がいるだろう、ってことぐらいか」

 

 晴明の言葉を聞いた透子はどこか不安げな表情を浮かべながら疑問を呈する。

 

「…………本当に、生存者なんているのかしら……? 瑠璃ちゃんが居た小学校もゾンビだらけだったんでしょう? 自衛隊だって、どこまで当てになるのか」

 

 透子の不安げな様子を見た晴明は、彼女を安心させるために自身が知る情報や考えを告げる。

 

「自衛隊なら大丈夫だ。対ゾンビ、というわけではないが、そういった特殊な存在に対抗する部隊が、運良くと言うべきか現在巡ヶ丘に展開している。それに生存者自体も最低でも一名は確認できているよ」

 

「……そうなの?! 一体どこに居るの!」

 

 晴明からの情報に驚愕した透子は思わず席から立ち上がり彼に詰め寄る。その姿を見た晴明は透子の勢いに苦笑しながら彼女を落ち着かせると、彼らの近くで遊んでいた瑠璃を呼ぶ。

 

「まぁまぁ落ち着いて透子さん。今からその説明をするから。……るーちゃん、ちょっと来てもらっていいかい?」

 

「?? なぁに、おじさん?」

 

 晴明に急に呼ばれることになった瑠璃は不思議そうな顔をしながらとてとて、と近付いてくる。

 

「るーちゃん、前におじさんがるーちゃんに渡したお守りを見せてもらってもいいかい?」

 

「うん! はい、これ!」

 

 晴明のお願いに瑠璃は元気良く答えると、自身の服のポケットを弄って以前晴明に渡されたお守り袋を出す。

 一方、透子は瑠璃が取り出したお守りになにか意味があるのか、と疑問に思いながら彼女が手に持つお守りを見る。

 晴明もまた瑠璃がちゃんとお守りを肌見放さず持っていたことに、満足そうに頷くと渡したお守りに対しての説明を始める。

 

「るーちゃんに渡したそのお守りはちょっと特殊な()()でね、それを持っている持ち主に対する危険を遠ざけるお呪いが掛かっているんだよ。そして、そのお守りのお呪いの効果が始まると特別な波動が発されるようになって、それをバロウズが感知できるんだ」

 

「そんなものがあるのね……」

 

 お守りの説明を聞いた透子は目を見開きながらその一言を発するのが精々と言った感じに驚いていた。そして当の本人である瑠璃の方はと言うと──。

 

「……?」

 

 いまいちお守りの効力が理解できなかったのか、キョトンとした顔をしていた。その姿を見た晴明は苦笑しながら瑠璃へ告げる。

 

「まぁ、簡単に言うとそのお守りを持っていたら色々な危ないことから守ってくれるよ、ってことだよ」

 

「おおー!」

 

 晴明の言葉を聞いた瑠璃はようやく理解したようで、爛々と目を光らせている。

 

「ね、ね! おじさん、どんなふうになるの!」

 

 瑠璃は興味津々といった具合に晴明に質問するが、問いかけられた晴明自身はどこか困ったような表情を浮かべる。

 

「どんな風に、と改めて聞かれるとちと困っちまうが、さてどうしたものか……」

 

「そんなの実践して見せればいいじゃないです、か!」

 

 いつの間にか側まで近寄っていたカーマが瑠璃に【悪意を持って】いたずら、頬を引っ張るために彼女の顔に手を伸ばすが、顔に近づく前に淡く光るなにかの壁に阻まれるかのようにカーマの手が進まなくなる。

 カーマの行動が瑠璃にとっては不可思議に映り、彼女の手に触れようと瑠璃もまたカーマの腕に手を伸ばすが、今度はなにかの力場に押されるかの如くカーマの手が押し退けられていく。

 一連の光景を見た瑠璃は流石に驚いたようで。

 

「おおー?」

 

 そんな驚きの声を上げていた。そして押し退けられたカーマ自身は。

 

「こんな感じで悪意や害意がある存在が近づこうとすると、こういう風に守ってくれるわけですね。まぁ、尤も──」

 

 そう言いながら瑠璃に対して再び手を伸ばすカーマ。すると先ほどと同じように壁に阻まれるが、次の瞬間。

 

「むぎゅぅ」

 

 カーマの力に耐えきれなかったのか、瑠璃を守っていた淡く光る壁が霧散して、カーマは彼女の頬を軽くではあるが好きなように弄り倒している。

 

「このようにある程度の能力(チカラ)を持つ存在には容易く突破されてしまいますが。……まぁ、あのゾンビ共であれば十分に防ぐことは可能でしょう」

 

 そんなことを告げながらカーマは瑠璃の頬の感触を、時折、若いだけあってもちもちした肌触りですね、などと言いながら堪能している。瑠璃の方は痛くはないようだが、流石に鬱陶しく感じたようで、カーマの腕に手を伸ばすが触れる前にカーマ自身が瑠璃の頬を離す。

 瑠璃はカーマの腕に触れなかったことに、ほんの少し不満げな表情をしている。そのことに関してカーマは素知らぬ顔をしているが、その額には一筋の冷や汗が流れていた。

 と、言うのも、もし瑠璃の頬を離すのがもう少しでも遅れていたら、近くに寄っていた晴明からゲンコツを落とされるところだったからだ。

 

「さくらのいたずらはとりあえず置いておくとして、だ。実践してみせたように少なくとも普通の人間や、ゾンビであれば完全に防げる。……さっきのいたずらが通ったことに関しては、さくらがそれだけの力量があるということの証左、だな」

 

 晴明によって改めて力の証明をされたカーマは自信満々と言った様子で胸を張る。

 透子はそんな様子のカーマを胡乱げな目で見ているが、カーマが以前に自身の見た目の年齢を好きなように変えていたことを思い出し、そんなことが出来るならそこまでおかしくはないのか、と思い直す。

 彼女がそんな事を考えている合間にも、晴明は話を進める。

 

「で、ここまでが前フリだったわけだが。……それで、るーちゃん。このお守りについてなにか思い出すことはないかい?」

 

 晴明にそう振られた瑠璃は一瞬考え込むが──。

 

「あ! りーねぇも持ってるよ、このお守り!」

 

 瑠璃の答えに満足したのは晴明はしゃがんで瑠璃に視線を合わせながらよく出来ました、とばかりに彼女の頭を撫でる。

 

「そういうこと。つまり、るーちゃんのお姉さんもこのお守りを持っているから、少なくとも今はまだ無事だし、このお守りのお呪いは一週間ぐらい保つからその間は心配しなくていいってことだね」

 

「本当なの、おじさん!」

 

「ああ、本当だとも。だからるーちゃん、安心していいよ」

 

「やったぁ! りーねぇ生きてるんだ!」

 

 晴明から肯定の言葉を聞いた瑠璃は、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら喜んでいる。

 その様子を見た晴明たちは微笑ましいものを見るように、或いは瑠璃と一緒に純粋に喜びを分かち合っている。

 晴明もまた、瑠璃と透子がはしゃいでいる姿をしばらく眺めていたが、そろそろ話を進めようと思い、手をぱんぱんと叩いて注目を集める。

 

「嬉しいのは分かるけどそろそろ話を戻そうか」

 

 その言葉に瑠璃と一緒にはしゃいでいた透子は、周りの注目を集めていたことに今さら気付き、顔を赤面させつつすごすごと席に戻る。そんな姿を見せる透子を瑠璃は不思議そうに眺めていたが……。

 そしてカーマは透子を眺める瑠璃の手を握ると、あちらでジャックと遊んでいましょう? と告げて、瑠璃をジャックの元へと連れて行こうとする。瑠璃もまた不満はないのか、そのままカーマと移動していった。

 

 

 

 

「それで、少なくとも確実に生存者が居ることは理解してもらえたと思うが、今度は今後の行動についてだな」

 

 晴明の言葉に疑問を持ったのか、透子は訝しげにしながら話す。

 

「今後の行動? それこそ昨日と同じように、晴明さんがあの子のお姉さんを救出に行くんじゃないの?」

 

 透子からそんな言葉が出ると思っていなかった二人は、少し驚いたような雰囲気を醸し出すがそのまま黙って透子に先を促す。

 その二人の反応を見た透子はそんな二人の態度の逆に驚く。

 

「まさか、そこで無反応だとは思わなかったわ」

 

「ふむ、昨日の自分と真逆のことを言っていることかな? それとも、俺が帰ってきたときの痴態についてかな?」

 

 晴明のからかいにも思える言葉を聞いた透子はかぁっ、と頬を赤く染めるが自身を落ち着かせるように深呼吸をするとその通りだというように頷く。

 

「……えぇ、そうね。あの時はどうにかしていたんだと思うわ、本当に」

 

「ですが、それにしてもかなり急な変わり様にも思えますが……?」

 

 ジャンヌのそんな言葉に透子は答えに窮するが、それを見た晴明は。

 

「あの子、るーちゃんなんだろう?」

 

 晴明の指摘に透子は頷くと、力ない笑みを浮かべて話し出す。

 

「正直ね、最初は生きてるかどうかもわからない、それも子供を探すために危険を犯すなんてどうかしてる、なんて思ったわ」

 

 透子がそんなことを考えているとは思わなかったジャンヌは驚くが、透子は逆にそんな様子を見せるジャンヌを、本当に人が良いんだな、と思いつつさらに自分の思いを告げていく。

 

「しかも、晴明さんだけの単独行動。とは言ってもジャックちゃんも一緒に行ってたわけだけど、まぁ、それはともかくとして晴明さんが、おそらくこの中で一番強いんでしょ? そんな人が居なくなるんだから、私、見捨てられるのかな。なんて思ってたわ」

 

 そんな透子の思いを聞いたジャンヌはそんなことはありえないとばかりに、首を横に振り否定の言葉をかけようとするが。

 

「レティシアさん、今はわかってる。あなた達が私を見捨てるつもりなんて無いこと、それでも昨日あの子を見るまではそんな考えは持ってなかったんだけど……」

 

 そう言いながら自嘲したように自身を咲いながらさらに告げる。

 

「昨日の晴明さんが帰ってきた時のアレだって、言ってしまえばあれで晴明さんが私に手を出してくれれば見捨てられないだろうと思ったからしたことだったわ。尤も、あの後さくらちゃんにこっぴどく叱られちゃったけど。愛もないのにあんな行動をしたら自分が不幸になるだけだって」

 

 その透子の言葉を聞いた晴明は、カーマが叱った件について、それはそうだろうなと思う。

 晴明にとってカーマはいたずら癖のある、そして頼りになる仲間であるが、かの存在の本質は愛欲の神であり、それ故に打算だらけで愛のかけらもない行動をした透子に対して腹を据えかねたのだろう。

 だがそれだけで彼女が考えを変えたとも思えない晴明だったが、そんな晴明の考えをよそに透子はさらに話を進めていく。

 

「それでさくらちゃんに叱られたわけだけど、その時は正直どうでもいい、と思ってたわ。だって、いくらその言葉が正論だからといって死んでしまっては元も子もないもの。それならいくら売女(ビッチ)と罵られようともかまわないと思ったの」

 

 そういう彼女の顔は、未だに自嘲の表情が張り付いたままだったが。

 

「だってそうでしょう? 誰だって死にたくはないわ。いえ、ただ死ぬだけだったらまだマシかも知れないけど、その後はかれらの仲間入りなんだから」

 

 でも、と呟いて透子は話を進める。

 

「昨日の夜ね、寝静まった後、とは言っても晴明さんは多分いつでも起きれるようにしてたんだと思うけど、ともかくあの子がね、寝言を言ってたのよ」

 

 そう言うと透子は一拍置いたあとにその言葉を告げる。

 

「おとうさん、おかあさん、りーねぇどこぉ……。って、すごく寂しそうな声で」

 

 その言葉を聞いたジャンヌは息を呑む。いくらあの子が明るく振る舞っているとはいえ、実際には不安に思ってないはずがないのだ。だからこそ先ほど晴明が姉の悠里が無事だと告げた時にあそこまで喜んでいたのだろう。

 

「その声を聞いたときに、私何やってるんだろう、って思ったわ」

 

 そう発した透子の表情は苦悶の表情を浮かべていた。

 

「あの子だって私と同じように、いえ、違うわね。あの子のほうが晴明さんと出会えた私よりも危険な目にあってるはずなのに、それでもあの子は、瑠璃ちゃんは私を気遣ってみせたわ。それに比べて私は……」

 

「それで瑠璃ちゃんが喜んでた時に一緒になって喜んでたんですね」

 

「ええ、そうね。あんな良い子なんですもの、そんな子の家族が無事とわかって嬉しかったわ」

 

 透子の言葉を聞いた晴明はだからか、納得の表情を浮かべながら彼女へ話しかける。

 

「つまり、そのこと(悠里の救助)を提案したのも一刻も早くるーちゃんに会わせたかったからなんだな?」

 

「えぇ、ここで私が救助に行く、なんて言えたら格好もついたんでしょうけど、この中で瑠璃ちゃんを除くと私が一番足手まといなんでしょう?」

 

 透子の確信を持った言葉を聞いた晴明は少し驚きながらも問いかける。

 

「……なぜ、そう思ったんだ?」

 

「だって、冷静に考えたらあなた達、明らかにおかしいもの」

 

 透子は微笑みながらそう告げる。そして自身の中でそう考えるに至った経緯について話していく。

 

「晴明さんが持ってる変な剣や銃だってそうだし、あなた達いくら敵対しているとは言っても、少し前まで普通に生きていた人達を全く躊躇せずに殺す、なんてことは少なくとも私には無理だし、他の人達にもそう出来ることとは思えないわ。さらに言えばさっきのやり取りだってそうよ」

 

 そう言うと透子は真剣な表情になってさらに言葉を続けていく。

 

「あの結界、とでも言えばいいのかしら? あんなものを用意できることもそうだけど、何よりもさくらちゃん。あの子『ゾンビ程度なら問題なく防げる』なんて言いながらその結界を軽々と破ってたわよね? それに、ここに来る途中の車内で言ってたゾンビの殲滅も嘘ではないんでしょうし、そうなるとジャックちゃんだって見た目通り、なんてことはないんでしょう?」

 

 だからこそ瑠璃ちゃんの救助にジャックちゃんを連れて行ったんでしょう? と、透子は晴明に問いかける。その言葉を聞いた晴明は特に否定する理由もないために首肯する。

 その様子を見た透子は自身の考えが正しかったことを理解して、安堵したように顔を綻ばせる。

 その顔を見た晴明は透子からカマをかけられたということを理解する。

 

「やれやれ、これはしてやられたかな?」

 

 そう言いながら苦笑する晴明。

 彼女もまたそんな晴秋の姿を見て一瞬どこか影のある笑いを浮かべる。

 晴秋もまたそんな彼女を見るが、次の瞬間には普通に笑っていたために見間違えか何かだったのだろうと結論付ける。

 

「それはそうよ、私も流石に確証は持てなかったもの。ただ、私は駄目なのにジャックちゃんが良いというのはなにか理由がある、って予測ぐらいは立てられるでしょ」

 

「……それに関しては、あの子にるーちゃんを説得させるため、と言ったと思ったがなぁ」

 

「あの時はそれで信じたけど、あの子と知り合い、しかも命の恩人だというのならそもそも説得なんて必要ないじゃない」

 

 透子からそんな反論を受けた晴明は降参とばかりに手を上げる。

 その二人のやり取りを見ていたジャンヌは、流石に話が脱線しすぎていると思いストップを掛ける。

 

「はい二人共そこまでです。透子さん、すみませんが私たちにも話せないことがある、ということは理解してください」

 

 ジャンヌの言葉を聞いた透子はハッとした表情を浮かべ、次には申し訳無さそうな顔で二人に謝罪する。

 

「そうね、関係ない話をしている場合ではなかったわね。ごめんなさい。二人を困らせるつもりじゃなかったのよ」

 

 シュンとした様子の透子を見て晴明は慌てた様子で彼女をフォローする。

 

「いや、こっちこそ色々と黙っていて済まなかった。ただ、貴女とるーちゃんを守ることに関して一切嘘はないからそれだけは信じてほしい」

 

 真剣な表情でそう告げる晴明を見て、透子はクスリと笑うと彼を安心させるように話す。

 

「さっきも言ったようにあなた達を困らせるつもりもないし、それに、晴明さんが私たちを守ってくれることに関しては今はもう微塵も疑っていないわ」

 

 だから安心して? と、告げる透子。

 その透子の言葉に嘘はないと判断した晴明は頷いて理解を示す。

 それでこの話題が終わったと判断したジャンヌは話を進める。

 

「それで、先程の今後の予定についてですが晴明さん?」

 

「ああ、今後についてだが、その前に透子さん?」

 

「何かしら?」

 

「この近くにショッピングモールとかの商業施設があるかどうか分かるかい?」

 

 唐突な晴明の問いかけに透子は疑問符を浮かべながらも答える。

 

「? この辺りならリバーシティ・トロンがあったと思うけど」

 

「よし、ならそこだな」

 

「そこってどういう意味?」

 

 意味がわからないと言った感じで首を傾げるジャンヌと透子。

 その二人を見た晴明は薄く笑いながら説明する。

 

「どういう意味と言ってもそのままの意味さ。今後はまずそのリバーシティ・トロンにまず行こうってこと」

 

「いや、それは流石にわかるんだけど、一体何をしに?」

 

 思わずと言った感じで透子はツッコミを入れる。

 ツッコミを受けた晴明はハハッと笑いながら理由を告げる。

 

「何をしに、ってそりゃ物資の補給のためだよ」

 

「物資の補給、ですか?」

 

 ジャンヌは晴明の答えに鸚鵡返しをしながら物資集積所を見る。そして視線を晴明に戻すと疑問を投げかける。

 

「まだここに来たばかりなのに、その必要性ありますか?」

 

 透子も同じことを思ったのかうんうん、と頷いている。

 その二人の様子に自身の言葉が足りていなかったことに気付いた晴明は頬を掻きながら補足を入れる。

 

「ああ、違う違う。俺らのじゃなくて、生存者に対する手土産に、だよ」

 

「手土産? でも、高校の生存者の人とも晴明さん知り合いなのよね? 必要あるの?」

 

 それでも疑問が残った透子はさらに問いかける。それに晴明は。

 

「ああ、高校生ならもしかして複数人の生存者がいるかも知れないからな、るーちゃんのお姉さん一人が安全だ、と言っても受け入れられない可能性がある。そのための保険だな。それに」

 

「それに?」

 

「よくフィクションのゾンビものではそういったショッピングモールで生存者が籠城をしてるだろう? フィクションと現実を混同する気はないが、もしかしたらとは思わないか?」

 

「! そう、そうね。確かに今がある意味フィクションみたいなものだから、可能性はあるかもしれないわね」

 

「それにもしも本当に生存者が居た場合、あのお守りがある高校よりもそちらのほうがより緊急性が高いという意味でもなるべく早く調査をしておきたい」

 

「そうですね、確かにそれなら先にそのリバーシティ・トロンに行くべきですね」

 

 ジャンヌもまた納得したように晴明の提案に同意する。

 透子も納得出来たようでしきりに頷いている。

 

「理解してもらったようでなりより。それじゃそういうことでいいな」

 

「ええ、そうね。それじゃ行きましょう。私は車の用意をしておくわ」

 

 透子はそれだけを告げると席を立って準備をするために外にある車へと移動する。

 晴明も出発するために瑠璃の世話をしているカーマたちのもとへ赴き、今後の行動についての説明をして透子のもとへ向かう。

 車で準備をしていた透子は晴明が瑠璃を連れてきたことに驚くが。

 

「流石に護衛対象を別々の場所において行動するのは愚策だからな」

 

 という言葉に納得する。

 その後は滞りなく準備も終わり。

 

「それじゃリバーシティ・トロンに出発だ。透子さん運転頼むよ?」

 

「ええ、任せて」

 

 そのまま一行は秘密基地から出発し、リバーシティ・トロンへと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 




 前回の更新の折、二名の方から誤字脱字報告をいただきました。
 この場で御礼申し上げます。
 今後できるだけ早く書くつもりですが、遅くなったら申し訳ありません。


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第十話 一路、リバーシティ・トロン

 どうも作者です、前回も誤字の報告があり本当にありがとうございます。自分ではきちんと変えたつもりだったのですが、正しく「つもり」だったようで恥じ入るばかりです。
 今回そこまで場面は進んでいませんが第十話をどうぞ。


 物資の調達、並びに生存者が居るかの調査のためにリバーシティ・トロンへとキャンピングカーを走らせていた晴明たちだったが、思わぬ事態に足止めを受けることになっていた。

 

「ああ、もうっ! ここも行き止まりなの?!」

 

 悪態をつきながらキャンピングカーをバックさせる透子。その眼前には道路を塞ぐように横転や乗り捨てられた乗用車などがあった。

 

「えっと、この道も駄目、と」

 

 そう言いながら地図にバツ印を付けるジャンヌ。

 その地図には他にも同じような印が何個も付けられていた。

 そんなジャンヌの姿を見ながら小声で彼女に話かける晴明。

 

「レティシア、気付いているか?」

 

 晴明の問いかけに透子に気付かせぬために、極力そちらを向かずに答えるジャンヌ。

 

「……ええ、明らかに昨日、一昨日よりも道路の惨状がひどくなっていますね」

 

 ジャンヌの言葉に首肯する晴明。

 リバーシティ・トロンに向かう道にいくつかは昨日秘密基地に避難するために使った道もあり、その時は多少通行しづらいもののまだ移動はできる状態だった。

 だが、今日通ろうとすると既に先程の通行できなかった道のように乗用車が横転していたり、さらに場所によってはバリケードが築かれている場所すらあった。

 そのことから生存者がいるのかとバリケードの先を調査に行った晴明であったが。

 

「結局生存者は確認できず、か。どこか別の場所に避難したか、それとも自衛隊に保護されたか、あるいは──」

 

 そう言って苦虫を噛み潰したような顔になる晴明。

 

「──全滅したか」

 

 晴明が吐き捨てた言葉を聞いて顔を曇らせるジャンヌ。

 

「……今は、どこかで生き残っていることを信じましょう。もしかしたら私たちがあちらについた後にデモニカ部隊が来た可能性もありますし」

 

「そうだな、(唯野仁成)が率いているんだ。その可能性を信じよう」

 

 二人がそうあってほしいという希望的観測を話していたが、そんな二人、主にジャンヌに透子が話かける。

 

「レティシアさん地図を見せてもらえる?」

 

「あ、はい。今行きますね」

 

 透子のお願いにジャンヌはすぐさま彼女がいる運転席に向かう。そして二人は互いに地図を見て、ああでもない、こうでもない、と目的地に対してのルートを検討し始めた。

 そんな二人の姿を見ていた晴明だったが、ふと自身の袖がひっぱられていることに気付く。その方向を見るとそこにはどこか不安そうな表情を見せる瑠璃の姿があった。

 

「どうしたるーちゃん? なにか怖いことでもあった?」

 

 不安にさせないように笑顔を作り瑠璃に問いかける晴明。

 瑠璃は首をふるふると横に振り。

 

「おじさん大丈夫? すごく怖い顔してた」

 

 瑠璃の言葉に表情こそ変えないものの、内心しまったと思う晴明。

 先程ジャンヌと話していた時の苦虫を噛み潰したような表情を見られてしまったのだろう。

 彼女にとって晴明は自身の命を二度も救ってくれた英雄(ヒーロー)であり、そんな晴明が苦悩した表情を見せたことで不安を抱かせてしまったのだろう。

 そのことに気付いた晴明は、瑠璃に大丈夫だよ、と告げる。

 

「ただ、レティシアお姉ちゃんと今から行く場所に生きている人がいるといいねって話てただけだから。だから心配しないでね」

 

「……うん」

 

 安心するように言われた瑠璃自身は釈然としない様子だったが、他ならぬ晴明に言われたため不承不承ながら頷く。その姿を見た晴明は苦笑しながら。

 

「るーちゃん、大丈夫だから、ね? 危ないことじゃないから」

 

 瑠璃をあやすように告げる晴明であるが、その時。

 

「晴明さん、ちょっと来てもらっていい?」

 

 透子から来てほしいと呼び声がかかる。それを聞いた晴明は。

 

「ああ、今行く! るーちゃん、おじさん呼ばれたから行ってくるね」

 

 晴明はそう言うと、瑠璃の頭をくしゃりと軽く撫でる。

 頭を撫でられた瑠璃はそれで機嫌が治ったのか笑顔をみせて頷くとジャックたちのもとへと戻っていく。

 それを見送った晴明は二人がいる運転席に向かう。

 

 運転席についた晴明が見たものは、巡ヶ丘の地図を見てうんうんと悩む透子とジャンヌの姿だった。

 

「それでどうしたんだ二人とも?」

 

「ええ、ちょっとね」

 

 そう言いながら蟀谷を押さえる透子。ジャンヌもまた少し困惑した表情を浮かべている。

 そんな二人の様子に相当な問題が起きたのかと思い、真剣な表情を見せる晴明。

 

「なにかまずいことでも起きたのか?」

 

「まずいことと言えばまずいことと言えるかもね……」

 

 そう言って透子は嘆息する。そして地図から顔を上げて晴明を見ると申し訳無さそうに告げる。

 

「どうにもこのままじゃ最悪今日中にリバーシティ・トロンに着けないかもしれないのよ」

 

「む、そう言えばそんなに時間が経っていたか」

 

 そう言いながら晴明はフロントガラスから外の、空の景色を見ると中天に輝く太陽がその存在を主張している。

 いつの間にかお昼時になっていたようだった。

 そのことに気付き晴明は再び地図を覗き込むと、地図の位置としては終着点であるリバーシティ・トロンへの行程の半分も過ぎていないことが見て取れる。

 

「こればかりは仕方がないな。とりあえず昼食にして進める場所まで進む。間に合わなければこの中で夜は過ごすしか無いだろう」

 

「そうね、帰りは来た道を戻るだけだから一日で大丈夫だと思うけど」

 

 透子も晴明に同意するように話す、が急に苦しそうに咳き込みだす。

 

「けほっ、ごほっ」

 

「透子さん大丈夫ですか?」

 

 透子の背中を擦りながら労りの言葉をかけるジャンヌ。晴明もまた彼女を心配そうに見る。

 透子はそんな二人を安心させるように手を上げて自身が大丈夫であることを示そうとする。

 

「大丈夫、ちょっと咳き込んだだけだから」

 

「本当に大丈夫ですか?」

 

 ジャンヌが心配そうに透子の顔を覗き込む。

 

「透子さん、無理そうなら俺が運転を代わるが……?」

 

「いえ、心配しないで。それに晴明さんはいざという時にすぐに動けるように待機していてもらわないと」

 

 透子はそう言いながら晴明に笑いかける。その顔には先程の苦しそうな様子はなかった。

 彼女の顔色を見た晴明は確かに大丈夫だと思い引き下がるが。

 

「まぁどちらにしてもまずは飯を食べて英気を養うとしようか」

 

 冗談交じりにそう告げる晴明。

 

「ええ、そうね」

 

 晴明の言葉に透子も微笑みながら同意するのだった。

 

 

 

 

 

 その後、晴明たちは昼食に舌鼓を打ち、再びリバーシティ・トロンへと出発するが結局幾度か進路変更を余儀なくされ、最終的に目的地付近に着く頃には完全に日が傾き夕暮れ時になっていた。

 

「さて、これではリバーシティ・トロンに着いたとしても流石に中を探索するわけにもいかないかな」

 

 晴明の事場に全員が同意するように首肯する。そしてその中で代表するかのようにジャンヌが話す。

 

「ええ、仮に生存者が居た場合保護してもこちらに戻る時間がないかもですし、何よりせっかく救助しても移動中に襲われて被害が出たら意味がないですから」

 

 ジャンヌの言葉に特に透子がうんうんと頷いている。

 カーマはそんな透子を興味深そうに見て、そして近場にいるジャンヌに透子に一体何があったのかと問いかける。

 その問いかけにジャンヌは今日の朝晴明とともに聞いた彼女の思いを告げる。それを聞いたカーマはなにか感慨深そうに頷いていた。

 

 そして晴明も他の面々の同意を得たことに満足そうに頷き。

 

「それじゃ、俺がしばらく見張りをしておくから後でホリン、見張りを代わってもらっていいか?」

 

「うん? おう、かまわないぜ。むしろ最初から見張りをしてもいいぜ?」

 

「いや、後々のことを考えるならここで無理をする必要はないだろう」

 

 そう言って晴明は首を横に振りながらクー・フーリンの提案を退ける。

 クー・フーリン自体もとりあえず言ってみた、という感じだったようで特に文句をつけるつもりはないようだった。

 その後、晴明は反対意見がないかクー・フーリン以外に問いかける。

 

「それで他になにか意見がある人は? ……ないようだな。それじゃ後は俺がやるからみんな休んでくれ。ホリンは4時間後を目処に頼む」

 

 その晴明の指示にクー・フーリンは軽い調子で答える。

 

「りょーかい」

 

 そして透子もまた瑠璃の手を取ると微笑みかけながら彼女に声をかける。

 

「それじゃるーちゃん、お姉さんと一緒に寝ましょうか?」

 

 透子に問いかけられた瑠璃は眠気が強くなってきたのか目を擦りながら答える。

 

「とーねえ? ……うん」

 

「とーねえ、か……。ふふっ、さぁそれじゃ行きましょう」

 

 瑠璃にとーねえと呼ばれた透子は照れくさそうにしながら彼女の手を引いて寝所へと向かっていく。

 それを見送った晴明はキャンピングカー周辺に簡易的なバリケードを準備するべく外へと出ていくのだった。

 

 

 

 

 晴明はキャンピングカーに備え付けられていたベルトスタンドで周囲を囲んだ後、車内に戻り運転席に座っていると誰かの足音が聞こえてくる。その足音が聞こえてくる場所に視線を向けると、そこには先に寝所に行ったはずの透子の姿があった。

 

「透子さん? るーちゃんはどうしたんだ?」

 

「あの子はもうぐっすり寝てるわ。私もすぐ寝るつもりだけどその前に話したいと思って」

 

 彼女はそう言うと助手席に座る。そして晴明の方を見ると少し笑みを見せて話しかける。

 

「晴明さん、改めてありがとうね」

 

「? どうしたんだ一体?」

 

 透子から急に感謝の言葉をかけられる理由がわからずに聞き返す晴明。

 聞かれた透子は恥ずかしそうにしながらその理由を説明する。

 

「いえ、ね。そう言えば私ラジオ局で助けてもらった時の礼すら言ってなかったと思ったの

よね」

 

「うん、そうだったっけ?」

 

「ええ、そのはずよ」

 

 透子は恥ずかしさからか頬を赤く染めながら肯定する。

 その姿がおかしかったのか晴明は笑いをこらえているようだった。

 

「ちょっと晴明さん! 流石に笑うのはあんまりだと思うんだけど!」

 

「ふっくく、すまんすまん」

 

「もうっ、もうっ!」

 

 透子の可愛らしい抗議に晴明は我慢の限界に来たのかついに大笑いを始める。

 晴明の大笑いを見た透子はさらに顔を真っ赤にするが、そのうち晴明の笑いに釣られたのか彼女も笑い始める。二人は笑い続けるがしばらくすると流石に笑いが収まってきたのか元の夜の静寂が訪れる。

 そのまましばらく静かな時間が過ぎるが、透子が遠慮がちに口を開く。

 

「晴明さん、えっとね……」

 

「どうしたんだ透子さん?」

 

 どこか迷うような透子の声に疑問を持った晴明は彼女を見る。透子は困ったような、迷うような顔をしている。

 

「ううん、やっぱりなんでもない。それじゃおやすみなさい」

 

 そう言うと彼女は席を立つ。

 

「? ああ、おやすみ」

 

 晴明はそのまま寝所に戻る透子を見送ると見張りを続けるのだった。

 

 

 

 

 その後は特に問題が起きることもなく、晴明はクー・フーリンと見張りを交代し就寝した。

 そして翌日、流石に目的地の目と鼻の先まで来ていたこともあり、なんの問題もなくリバーシティ・トロンまで到着する。

 到着したあと透子は比較的ゾンビが少ない駐車場にキャンピングカーを止める。が、そこにゾンビが全く居ないわけではなく、少数のゾンビは素早く外に出た晴明とクー・フーリンに一掃される。

 

「よし、これで最低限の制圧は完了だな」

 

 昨夜と同じようにベルトスタンドを設置しながら晴明はそう零す。

 そしてキャンピングカーの安全を確保すると晴明は自身の装備を含めた、建物内へ突入するための準備を始める。

 その中で晴明はジャンヌへと話しかける。

 

「そうだ、レティシアは念の為に一緒に来てもらっていいか?」

 

「? はい、大丈夫ですが……?」

 

「助かる、それじゃホリン、さくら、こちらは頼むぞ」

 

 晴明の言葉にクー・フーリンは退屈そうに軽く手を上げ、カーマも透子とともにジャックと瑠璃を見守りながら手を振っている。

 

「では、行くぞ」

 

「はいっ!」

 

 晴明の掛け声にジャンヌは頷きともに建物内に侵入する。

 

 

 

 

 リバーシティ・トロンに侵入した晴明とジャンヌの耳に犬の鳴き声が聞こえてくる。

 そこで二人が見たものは、エントランスに設置してあるグランドピアノに乗る柴犬の子犬と、その周囲に屯するゾンビの群れであった。

 

「おいおい、まさかこんなに早く生存者(?)を発見できるとは、幸先が良いのか悪いのか」

 

「そんな冗談を言っている場合じゃありませんよ、マスター」

 

 想定外の事態に思わず軽口を叩く晴明に対してジャンヌは苦言を呈する。

 ジャンヌの苦言を聞いた晴明は、それもそうか、と言いながら己の武器、倶利伽羅剣とメギドファイアを握りしめる。

 晴明は通常の意識から戦闘のそれに切り替えるとMAGを全身に行き渡らせて戦闘態勢に入る。

 ジャンヌもまたいつものラフな格好から、自身の鎧を一瞬で展開してその手には今まで持っていなかったはずの旗槍を出現させて握り込む。

 そして二人は特に何かを話すでもなく、だがまるで互いの意識が手に取るようにわかるかの如く同時に突撃を開始する。

 

 まず先手はジャンヌであった。

 

「ハァッ!」

 

 まず彼女は威勢のよい掛け声とともに、旗槍を薙ぎ払って比較的近場にいるゾンビ数体を攻撃する。その攻撃を受けたゾンビたちは彼女の尖すぎる攻撃に吹き飛ばされるではなく、すべての個体が胴の部分から上下に分断されて血飛沫を撒き散らしながら地面に転がっていく。

 次に晴明が自分の番とばかりに彼女が打ち倒したゾンビを飛び越えると同時に、今度は空中で自身の体のバネを最大限に使い二段跳躍を行いゾンビたちの頭上を取ると銃を乱射。そして再び自身のバネを今度は地面に墜ちるように加速すると倶利伽羅剣を地面に突き立てるように振るう。すると、突き立てた場所を中心に熱と衝撃が爆発的に広がりゾンビたちを蹂躙していく。

 

 ──八相発破。

 

 そのスキルを受けたゾンビたちは例外なく焼け爛れて塵芥に還っていく。

 そこでようやく子犬に気を取られていたゾンビたちは晴明たちの方に攻撃をしようとするが時既に遅し。

 先ほどの二人の攻撃でかなりの数のゾンビたちが塵芥に還っており、その後は消化試合の如く次々と二人に切り捨てられていった。

 

 ゾンビたちの殲滅が完了した二人はグランドピアノの上にいる子犬のもとへ向かう。

 子犬は晴明たちを警戒しているのか唸り声を上げる。

 

「ぐるるっ」

 

 その子犬の様子にジャンヌは警戒させないように笑みを見せて手を広げながらなるべく優しい口調で語りかける。

 

「ワンちゃん、大丈夫だから。こっちに来て?」

 

 子犬はジャンヌの様子を少し警戒して見ていたようだが、自身に危害を加える気がないということを理解すると、彼女の胸元に飛び込んでいく。

 

「きゃっ。ふふっ、よしよし」

 

 子犬が飛び込んできたことに驚くジャンヌだったが、子犬を落とさないように抱きかかえて頭や背中を撫でる。

 ジャンヌに撫でられた子犬は気持ちよさそうに目を細めるが、その時ジャンヌは子犬に首輪に着けられたネームタグを見つけ、子犬を抱えながらネームタグを見るジャンヌ。そのタグには【太郎丸】という文字が彫られていた。

 

「君は太郎丸っていうの?」

 

「わんっ!」

 

 ジャンヌの疑問に元気よく鳴くことで答える子犬、太郎丸。

 太郎丸の答えにジャンヌは笑みを浮かべながらよくできました、とばかりに撫で回す。

 彼女の撫でに気持ちよさそうにしていた太郎丸だったが、しばらくすると何かを思い出したのか、ハッとした表情を浮かべるとジャンヌの胸元から飛び降りて駆け出していく。

 

「あ、ちょっと、太郎丸くん?!」

 

 ジャンヌは慌てて手を伸ばすが、太郎丸はそんな彼女の様子を知り目に上の階に登る階段を駆け登っていく。

 晴明もまた太郎丸の急な行動に驚いてジャンヌと一緒に追いかけようとするが、その前にバロウズが話しかけてくる。

 

《マスター、追いかけながらでもいいから少しいいかしら?》

 

「どうしたバロウズ」

 

 彼女に話しかけられたことで一瞬反応が遅れるが、ジャンヌの後を追うように走り出しながら話を聞く晴明。

 

《朗報よ、マスター。生存者がいるわ》

 

「なに、本当か! 場所は!」

 

《5Fに二人の反応があるわ》

 

 バロウズの言葉を聞いた晴明はそれで太郎丸がなぜ急にジャンヌから離れて階段を駆け上っていったのかを理解する。

 

「つまり太郎丸は生存者の場所へ案内しようとしてるわけか!」

 

「そのようですねっ!」

 

 同じく太郎丸を追っているジャンヌもまた晴明の意見に同意する。

 しかしそこでバロウズはなにか不可解なことがあるのか変な声を出す。

 

《でもおかしいわね?》

 

「なにかあるのか?」

 

 バロウズの様子になにかあるのか、と問う晴明。

 問われたバロウズは自身が気になる点を晴明に告げる。

 

《どうやら生存者と同じ場所に敵対的な反応はないけど悪魔が居るみたいなのよ》

 

 そのバロウズの言葉を聞いて晴明は素っ頓狂な声を上げる。

 

「悪魔ぁっ?! バロウズ、俺より以前にクズノハやヤタガラスのサマナーが巡ヶ丘に入ったという報告はなかったはずだよな?」

 

《こちらではそのような報告は受けてないわね》

 

 晴明の疑問にバロウズは肯定する。

 しばし悩む晴明たちだったが今は考えても仕方ない、と思い太郎丸を引き続き追いかけることにする。

 因みに彼らが話している傍らで進路上のゾンビたちが雑に切り捨てられていたことをここに示す。

 

 

 

 

 そのまま太郎丸を追いかけていた一行は4Fから5Fに向かう階段で足を止める。

 足を止めた一行の目にはダンボールで作られたバリケードが目に入った。

 

「これは……」

 

「この先に生存者が居るのは確定のようですね」

 

「ああ」

 

 ジャンヌの言葉に首肯する晴明、そして二人はそのままバリケードを乗り越えていく。

 バリケードを乗り越えた二人が見たものは悲惨な光景であった。

 この階で火災があったのか各所に存在する焼け焦げた跡に、おそらく被害にあったであろう焼死体、一つの扉に群がるゾンビたちの姿があった。

 そしてその扉の奥から生存者と思しき声が複数聞こえてくる。

 

『たろ────行って──』

 

『それよ──k────たちも──って!』

 

『────るホー!』

 

 その声を聞いたあと、晴明たちの行動は素早かった。二人とも即座に飛び出すと扉に群がっているゾンビたちを剣で、銃で、槍で葬っていく。扉周りが騒がしくなったことで中の生存者も異変に気付いたようでにわかに騒がしくなる。

 しばらくしてゾンビの掃討を終えた晴明たちは部屋の中にいる生存者に話しかける。

 

「大丈夫か、助けに来たぞ!」

 

 するとすぐさま太郎丸がわんわんっ、と嬉しそうに吠える。

 太郎丸が元気よく吠えていることから特に重大な危機に直面しているわけではなさそうだ、と思った晴明は安堵するが肝心の中の生存者たちの反応がない。

 その様子に不安に思った晴明は中へ声をかける。

 

「おい、大丈夫か! 怪我でもしているのかっ! もしそうなら扉から離れろ、扉を破壊する!」

 

『ああ、いえっ! 大丈夫です、今開けます』

 

 中の生存者は晴明の声に慌てたようにバタバタと動き出す。

 そしてキィ、と扉が開くとそこには不安そうな顔を覗かせる、どこかで見た覚えのあるショートヘアとハーフアップの女子学生の姿があった。

 

 



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第十一話 圭と美紀と悪魔たち

 文字数が嵩んだ割にはそこまで場面が進まなかったよ、な第十一話お待たせ致せいたしました。
 ではどうぞ。


 部屋から顔を出した生存者たちを見た晴明は彼女たちの顔にどこか見覚えがあると思い、どこで見たのかを思い出そうとする。が、その前に彼女たちもまた晴明に見覚えがあるようで驚きの声を上げる。

 

「あっ! あの時の」

 

「圭がぶつかったお兄さん!」

 

 その二人の驚きの言葉に晴明もまた彼女たちのことを思い出す。

 彼女たちは晴明が巡ヶ丘に到着した初日、瑠璃を交通事故から守った後にホテルへと向かう道中で晴明とぶつかり倒れそうになった際に彼に抱きかかえられた少女と、その連れの少女だった。

 

「君たちはあの時の……。なんにせよ無事で良かった」

 

「晴明さん、お知り合いですか?」

 

 その当時まだ召喚されていなかったジャンヌが晴明に確認をする。それで晴明はジャンヌに経緯を話そうとするがその前に二人に話しかける。

 

「ああと、それはだなぁ……。と、その前にお二人さん部屋の中に入っても大丈夫かい? 一応ゾンビたちは殲滅したはずだが、もしかしたらやり残しが居るかもしれん」

 

 晴明の言葉を聞いた少女二人はビクリと体を震わせると、コクコクと頷いて晴明たちを部屋に引き入れる。

 部屋の中はもともとバックヤードだったのか、簡易ベッドが備え付けられており辺りには物資が入っていると思われるダンボールが積み上げられ、そしてその荷物の影に青色の帽子を被った何かが隠れているようだった。

 晴明はその姿を努めて無視し、しかしあまりにもわかり易すぎるために笑いそうになりながら二人の女子学生に話しかける。

 

「……まずは、自己紹介からかな? 俺の名前は蘆屋晴明、こっちは、えぇと……」

 

 ジャンヌの紹介もしようとする晴明だったが、荷物の影に隠れている存在を見て困った顔をする。

 晴明がそんな表情をしたことで残りの三人も晴明の視線の先を見る。

 そこには青く先端が二股に別れ、後ろに向けて垂れ下がっているとんがり帽子を被った雪だるまの見た目をした悪魔、【妖精-ジャックフロスト】がいた。

 そして女子学生二人のうちハーフアップの少女がジャックフロストのもとへ向かう。

 

「もう、ヒーホーくん。この人怖い人じゃなかったじゃないの! 隠れてないで、出ておいで」

 

 彼女は隠れているヒーホーくんと呼んだジャックフロストに語りかけながら引っ張り出そうとする。が、肝心の引っ張られているフロストはというと。

 

「嫌だホッ! どうせ油断させた後にバッサリとやられちゃうんだホ!」

 

 と、言いながら抵抗をしていた。もっとも少女を怪我させないように注意はしているようだが。

 それを見て苦笑いを浮かべるもうひとりの少女。彼女は晴明の方を見ると軽く頭を下げ、苦笑しながらフロストの行動について謝罪する。

 

「すみません、昨日はこんなことはなかったんですけど。今日は何故かこんな調子で……」

 

「いや、それは別にいいんだが……」

 

 少女の謝罪に気にしていないことを告げる晴明。実際に彼自身仲魔以外の悪魔たちからはあまり好かれておらず、また晴明自身も好戦的な悪魔に関しては、基本的にサーチ・アンド・デストロイの精神で行動しているためにある意味お互い様と言える状態だった。

 その時フロストの口から本人にとっては切実な、晴明からしたら初耳の情報が発せられる。

 

「デビルサマナーの蘆屋晴明といったら、魔界だろうが異界だろうが目につく悪魔を片端から殺し尽くす、悪魔以上に悪魔らしいニンゲンだって評判だホ! こんなことなら大人しく魔界に引きこもってればよかったホ!」

 

 そのフロストの言葉、主に殺人鬼のような言い様に驚愕の表情を浮かべて晴明の方を見る少女二人。しかも近くに座っているショートカットの少女に至っては、心なしか晴明から少しでも距離を取るように動いている。

 最もそんなことを言われた晴明自身はたまったものではない。たしかに一部分は事実ではあるが、あくまで(ミナゴロシ)にするのは好戦的な悪魔、または人間界にとって害悪、もしくは明らかに悪意を持った悪魔だけであり、命乞いをする悪魔やそもそもこちらに好意的な悪魔に関しては敵対行為を一切せずに交渉中心でことにあたっている。もちろん命乞いをした後に不意打ちをしようとした相手に関しては、以降命乞いを含む一切の交渉を受け付けずに滅殺しているが。

ともかく、流石に救助対象に誤解されたままでは今後の行動に支障が出るので、晴明はフロストに勘違いであることを説明する。

 

「おいおい、ちょっと待ってくれ。ジャックフロスト、よぉく考えてみろ。俺がお前さんの言うように殺し尽くしているというのならば、お前さんその情報どこからもらったんだよ?」

 

「…………ヒホ? どーゆー意味だホ?」

 

 ジャックフロストは晴明が言っている意味がわからなかったようで口に手を当てながら、体ごと頭を傾げている。

 そのフロストを見た晴明は苦笑しながらさらに理由を述べていく。

 

「どういう意味も何もそのままの意味だよ。そもそも全員殺しているならその情報が流れるわけ無いだろうに。誰も情報を持って帰れないんだから」

 

「………………ヒホッ! それもそうだホ!」

 

 晴明の言葉にようやく納得がいったのかフロストは手をポンと合わせると何度も頷いている。

 フロストの仕草に少女二人はどこか毒気を抜かれたように呆れた表情を見せる。

 だがフロストはそのことには気にもとめずに隠れていたダンボールの影から出てくると、ハーフアップの少女とともにこちらに近づいてきた。

 そしてフロストと少女はもうひとりの少女の側まで行くとそれぞれ座って話をする態勢になる。

 彼女たちが話せる状態になったと判断した晴明は、改めて話を始める。

 

「それじゃ自己紹介の続き、といきたいんだが……。その前にそちらの話をちょっと聞かせてもらっていいか? それを聞かないと話ができない部分がありそうなんだ」

 

「? なんでしょうか?」

 

 晴明の言葉にショートカットの少女が反応する。

 少女の言葉を聞いた晴明はフロストの方に視線を向けながら話す。

 

「君たちがヒーホーくんと言った彼のことについてどれくらい知っているんだ?」

 

 晴明の言葉を聞いたショートカットの少女がハッとした表情を見せる。そしてもうひとりの少女を見るが彼女もまたふるふると首を横に振る。

 それを見たショートカットの少女は晴明にどことなく言いづらそうに告げる。

 

「えっと、彼のことについてはよくわからない、です。昨日、どこからともなく現れて……」

 

 そしてショートカットの少女は説明を始める。

 まず自身の名前が【直樹美紀(なおきみき)】、もう一人のハーフアップの少女の名は【祠堂圭(しどうけい)】という名前であること。二人はアウトブレイク初日に此処、リバーシティ・トロンに買い物に来ていて、結果あの大規模災害に巻き込まれたこと。

 

 その時は美紀たち以外にも十名前後の生存者が居て彼ら、彼女らとともに避難生活をしていたこと。しかし一昨日の夜中に誰かがゾンビ化、彼女が言うには【かれら】化してその際、直前に酒盛りをしていたことも要因の一つなのか火が消されておらず、結果として生活スペースが炎上。その時運良く遠くで寝ていた二人はいち早く異変に気が付き、もしもの場合の避難所に逃げ込むことに成功するものの他の生存者はとある老婆の飼い犬であった太郎丸以外は全滅。

 

 幸いにして避難所スペースに物資を貯蓄していたためにしばらくの合間生活に困窮することはなさそうだが、それでも自分たち以外が全滅してしまったことでこれからどうするべきか、と途方に暮れている時に急に空間に孔が空き、そこからフロストがぽとっ、と落ちてきたらしい。

 

 美紀自身は得体のしれない存在であるフロストを最初警戒していたらしいが、圭はフロストの可愛らしい見た目だったことと、色々ありすぎたせいで彼女自身現実逃避気味なことが重なって全力でフロストをモフりに行ったんだそうな。フロスト自身は最初は抵抗していたそうだが、妖精という中庸の属性故か敵意がない存在に暴力を振るうのは流石にできなかったので最終的にされるがままになったようだ。

 

 尤もその後にもともと社交性が高い性格であった圭と種族的に子供っぽい性格のフロストは意気投合しすぐに仲良くなった。そして美紀自身も圭経由でフロストと多少仲良くなり、さてこれからどうしようか? と、相談している時に太郎丸が居なくなり皆慌てていたが──その中でも特にフロストが慌てふためいたらしい──そんな中で太郎丸が彼らを引き連れてこそいたが無事に帰還。そしてその後に晴明たちが現れて現在に至るらしい。

 

 それでなぜ最初の方にフロストが物陰に隠れたり、晴明に対して錯乱していたかと言うと、彼曰く。

 

「だって太郎丸が晴明とジャンヌという名前のすごく強い人間が来たって言ったんだホ。しかも、男の方は銃と剣を、女の方は旗を持ってたなんてことまでだホ。そこまで来ると、もうあの悪名高いデビルサマナー【蘆屋晴明】と、その仲魔であるジャンヌ・ダルク以外ありえないホ」

 

 と、何故か自信満々に胸を張りながら得意げに話していた。

 しかし今度はフロストの口から出た歴史上の偉人、百年戦争の英雄であるジャンヌ・ダルクの名が出たことで驚く二人だが、流石に同姓同名の別人だろうと思い晴明たちに確認を取るものの……。

 

「えっと、ジャンヌさんってお住いはどちらで……?」

 

「? 昔は()()()()()()()()村に住んでましたが、今はマス、っと晴明さんのところにお世話になってますね」

 

「…………ドンレミ村、ですか」

 

 そう言いながら錆びついた機械のようにギギギ、と晴明の方に体ごと視線を向ける美紀。

 彼女が言わんとしていることがわかっている晴明はなんとも言えない表情を浮かべながら。

 

「あぁ、うん。君が想像していることで大筋は間違っていないと思う、ぞ?」

 

 その言葉を聞いた二人、特に美紀の驚きは凄まじく、口をあんぐりと開け目を大きく見開き年頃の女性にあるまじき表情をするほどで、圭の驚きはジャンヌ自身よりもむしろ美紀の醜態によるところが大きそうだった。

 

「ちょっと美紀、美紀ってば」

 

 美紀に声掛けしながら彼女の頬をペチペチと叩く圭。圭に叩かれたことで正気に戻ったのか美紀は。

 

「──はぅぁっ!」

 

 素っ頓狂な声を上げるとジャンヌの方をガン見する。一方見られた方のジャンヌは居心地が悪そうに身じろぎをしていた。

 しかし美紀としてはそんなことは関係ない、と言うよりも彼女自身余裕がないようで晴明に詰め寄っていく。

 

「あ、あの! 一体どういうことなんですか! あの人が本当にあのジャンヌ・ダルクなら、なんで貴方と一緒に、と言うよりもそれ以前になんで生きてるんですか!?」

 

 美紀の押しにタジタジになる晴明だったが、なんとか彼女を落ち着かせるようになだめようとする。

 

「えぇとだな、まずは落ち着いてくれ」

 

「私は落ち着いています!」

 

「いや、とてもそうは見えないんだが……」

 

 美紀の剣幕に苦笑いを浮かべながら声を出す晴明。そこに美紀の背後から圭がにじり寄って彼女を背後から抱きしめる。すると流石の美紀もびっくりしたのか。

 

「きゃっ! ちょっと圭っ!」

 

 美紀は圭に対して文句を言おうとするがその前に美紀の頬を人差し指でプニプニと突きながら。

 

「ほぉら美紀、リラックス、リラ~ックス。そんなにカリカリしてたら美容に悪いよっ」

 

「もう、圭っ! ……ありがとう」

 

 圭の態度に毒気を抜かれたのか、落ち着いた美紀は心配をかけた彼女に対して謝罪する。そして晴明の方を向くと深々と頭を下げて。

 

「その、蘆屋さん。すみませんでした。ジャンヌさんもごめんなさい」

 

 美紀は、晴明とそしてジャンヌにも謝罪する。

 しかし彼女に謝罪された当の本人であるジャンヌはどこか申し訳無さそうにしながら。

 

「ああ、いえ、別に貴女が悪いわけでは……」

 

 と、言いながらジャンヌは困った顔をして晴明に視線を向ける。晴明もまた困り顔だったが、それでも美紀に優しく語りかけるように告げる。

 

「こちらこそ困惑させるようなことになって済まないね、直樹さん。祠堂さんも申し訳ない」

 

 そう言いながら頭を下げる晴明。そしてそのままさらに言葉を告げていく。

 

「こちらとしても説明をしたいのはやまやまなんだが、まずはそこのジャックフロストに話を聞かなければいけないのと、俺たちの方でも君たち以外に保護している人が居てね。できれば彼女も交えて説明をしたい。だから、そこに移動するまで説明は待ってもらってもいいかい?」

 

 晴明の問いかけに二人のうち圭が美紀から離れつつ首肯して答える。

 

「はい、大丈夫ですよ。ね、美紀もいいよね?」

 

 圭の言葉に美紀もまた首肯して晴明に対し自身の考えを告げる。

 

「はい、ちゃんと教えてもらえるのなら」

 

「ああ、もちろんだ。それは約束しよう。しかし……」

 

 そう言って一瞬口籠る晴明だったが、意を決したように真剣な表情を浮かべながら彼女たち二人に一つの問いかけ、ある意味においては覚悟を問う。

 

「正直聞かなければよかった、なんて厄ネタの類だがそれを聞くだけの覚悟はあるかい? 一応聞かない、聞いても記憶を封印する、という選択肢もあることはあるが」

 

 ある意味において晴明の脅しに顔を青褪めさせる美紀だったが、それ以上に先ほどの晴明が発した『記憶を封印する』という言葉が気になったのか彼に問いかける。

 

「記憶を封印、ですか……? そんなオカルトのようなことが出来るんですか?」

 

「ああ、出来るとも。それにオカルトと言うが」

 

 美紀の疑問に肯定しつつも、彼女が言ったオカルトという言葉を聞いて晴明はジャンヌを見る。

 

「ここに、こうやって本来死んでいるはずの存在が居るんだ。それに比べたらそこまでおかしくもないだろう?」

 

 晴明の言葉に苦笑を浮かべるジャンヌ。彼女もまたそれに続けて美紀に語りかける。

 

「厳密に言えば黄泉帰ったとは少し違うんですが、まぁ端から見ればほぼ同じようなものですしね……」

 

 元の肉体は灰になってセーヌ川に流されたらしいですし、と冗談にも自虐にも取れそうな発言をするジャンヌ。

 尤もそんなことを言われた他の面々、特に美紀と圭は反応に困っていたが。

 ジャンヌの発言の結果、微妙な空気が漂うことになったが晴明はその空気を払拭するためにも先ほどの話題に戻そうとする。

 

「そ、それはともかくとしてだ。記憶に関しては心配しなくていい。とは言ってもここは設備がないからすぐに処置はできないけどな。いつその場所に行けるかも現在は不明だから、まぁ仮に聞いたとしても判断するための猶予期間があると思ってくれ」

 

 もちろん聞かないという選択肢もあるが、と続ける晴明。

 その言葉を聞いた二人はまたもや微妙そうな表情を浮かべるが。

 

「そういえばオイラはどうなるんだホ?」

 

 というフロストの言葉を聞いてそう言えば、と思案顔になり美紀と圭は晴明を見る。視線を向けられた晴明はと言うと……。

 

「それが一番の問題なんだが、まぁその前に、だ」

 

 晴明はそう言うとフロストの方を向き彼に対して深々と頭を下げ感謝の言葉を告げる。

 

「まずは結果的にとは言え二人を守ってくれていたようで感謝する。礼というわけではないが、貴殿が望むことを可能な限り叶えるとともに、身の危険が及ばないように最大限配慮するように我が名において誓おう。なにか望みはお有りか?」

 

 晴明の畏まった態度に驚きを隠せないフロスト。

 

「……ヒホッ?! いきなりそんなことを言われてもホ~」

 

 どことなく困った顔を浮かべながらあたりを見渡すフロスト。そして圭と目が合うとなにか思いついたように声を出す。

 

「それじゃ圭と一緒に暮らしたいホ! ……やっぱりだめ、ホ?」

 

 フロストの望みを聞いた晴明はやっぱりか、と非常に困ったと言いたげな表情を浮かべて蟀谷を押さえながらフロストに確認を取る。

 

「それがどのような意味を持つか理解した上での望みだと受け取ってもよろしいか?」

 

「わかってるつもりだホ!」

 

 フロストの元気の良い返事に晴明は溜息を吐きながら。

 

「彼女が了承するのなら、だ。そうでないのなら認められないが宜しいか?」

 

「ヒーホー! それで大丈夫だホー!」

 

 確認の言葉を告げる晴明と、それに嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねながら了承するフロスト。いつの間にか景品のような扱いになった圭だったが彼女は。

 

「あの、私ならヒーホーくんと一緒に暮らしても……」

 

 と、控えめに了承の意を告げようとするがその前に晴明から待ったがかかる。

 

「その返事に関しては先ほど言った説明が終わるまで待ってくれ。君の人生そのものがかかっていると言っても過言ではないからな」

 

 かつての自分自身のことを思い出すように、そしてそれを彼女に重ね合わせた結果、圭に憐れみの視線を向けながらそう告げる晴明。

 そこまでのことと思っていなかった圭自身は晴明の態度と言葉に引き攣った表情を浮かべながら、はい、と返事をするのが精一杯のようだった。

 そんな彼女を見ながら晴明は小声で愚痴るように言葉を零す。

 

「……しかし、そうなると君たち二人の記憶を封印する、というのは現実的ではなくなってきたかもしれないなぁ」

 

 だがそんな晴明の言葉が圭には聞こえたようで。

 

「なにか、問題でもあるんですか?」

 

「問題と言うよりもちょっとした面倒くさいこと、と言ったところかな? こちらも後で説明させてもらうよ」

 

「はぁ……」

 

 圭は晴明に質問を投げかけるがその要領を得ない答えに生返事を返す。

 彼女の様子に晴明は苦笑しながら彼女たちに話しかける。

 

「まぁとにかくまずは安全な場所に避難しよう。それとここにある物資も一緒に回収させてもらうよ」

 

「回収、ですか? でもいっぱいありますよ?」

 

「ああ、それは大丈夫」

 

 晴明はそう言いながら手にとった荷物を左手に装着しているガントレットに近付ける。するとその荷物はガントレットに吸い込まれるように消えていく。

 美紀はそれを、まるでありえないものを見たかのように驚愕する。

 それも当然だろう、端から見れば晴明が持っているものが次々と虚空に消えていっているのだから。

 

「えぇ?! どうなってるんですか、それ!」

 

 驚愕の声をあげる美紀に晴明は何事かと思うが、そういえばガントレットの説明をしていなかったことに気付いた彼はその説明とついでにバロウズの紹介もすることにした。

 

「これはこのガントレットの機能の一つで、ゲームにもあるだろう? アイテムボックスとか、ふくろとか。そういったものと同じようなもんだよ。……それと、どうせならついでに紹介しておくか、バロウズ」

 

 晴明に呼ばれたバロウズはガントレットからホログラムを投影しつつ、自身をついで扱いした晴明に悪態をつきつつ二人に挨拶をする。

 

《マスター? ついで扱いは流石にあんまりじゃないかしら? ……それで、二人ともはじめまして。このガントレット搭載の管理AIバロウズよ、よろしく》

 

 バロウズの挨拶を受けた二人はもう何も言えないと言いそうなほどに驚いていた。

 それも当然だろう。AIが人の言葉を聞いて応答する、これはまだわかる。しかしそれが搭載されているのが人の片腕程度の大きさしか無い機械、しかも身につけるタイプであるのだから実際の面積はさらに減るし、何よりも先ほどバロウズは晴明に対して悪態をつく、つまり感情、言い換えれば心が存在するのだ。

 

 昨今、筐体に搭載されているAIが人間相手に応対する、ということで世間が騒いでいたことに対して、こちらはさらに小さい機械に搭載可能な高性能なAIが開発され存在している、なんてことは彼女たちはついぞ聞いたことがないのだから、ある意味においては自身の目の前にSF小説の物が現れたと言って過言ではない。

 

 だがこの世界はSF世界ではなく(彼女たちが未だ知らないだけでオカルト方面は普通にある)現実世界であり、そして美紀は自身は実は寝ていて夢の世界に居るのでは? と、疑い自身の頬を抓るがその場所から痛みが走ったことにより、自分が寝ぼけているわけでもないことを理解して思わず乾いた笑みを浮かべる。

 

 正直美紀にとっては昨日から、と言うよりもアウトブレイク後からの非日常の連続で色々と精神的に参ってきていた。

 とは言っても、生者に襲いくる「かれら」と生存者の全滅についてはなんとか折り合いをつけた、正確に言うならば自身よりも精神的に追い詰められ笑顔を浮かべることすらなくなった圭がいたことにより、彼女の助けになろうと奮起していたと言うべきだが、それも昨日現れたわけのわからない存在である、自称ヒーホーくんにはじまり(だが、彼のおかげで圭に笑顔が戻ったことだけは感謝しているし、だからこそ一定の信頼をおいている)今日再び出会うことになった圭とぶつかった青年、蘆屋晴明に彼らが言うことが本当なら過去の英雄であるジャンヌ・ダルク、さらには今しがた挨拶されたバロウズと言う非常識な存在たちに自身の常識を粉微塵に粉砕されたのだから、さもありなんと言ったところだろう。

 

 なお圭も最初は驚いていたがヒーホーくんなんて存在が居るんだし、そんなこともあるんだろうなぁ、と思い直したようだった。これが彼女自身の順応性が高いと取るべきか、もしくは現実逃避という名の一種の処世術と取るべきかは若干悩むところではあるが……。

 

 とにもかくにも美紀が放心している合間に圭とフロストと協力して物資を収容した晴明はいつの間にか口から魂を出している美紀に話しかける。

 

「直樹さん、そろそろ出発するよ?」

 

「…………ふへ? はっ!!」

 

 晴明の声かけでようやく現世へと戻ってこれたようで彼女は今まで呆けていた顔を見られていたことに気付きワタワタとしている。

 それを見て優しげな、生暖かい目を向けていた彼女以外の面々だったが。

 

「ともかく出発しよう。キャンピングカーまで戻れば安全地帯まで行けるからな」

 

 晴明の号令に改めて自分たちが助かると認識した美紀と圭は喜びながらも顔を引き締める。彼女たちにとっては助かるためとは言え今から死地へと赴くのだから警戒は怠るわけにはいかないといった心境なのだろう。

 

 晴明にとっても護衛対象が浮ついて勝手な行動を取るよりも、彼女たちのように緊張を持って行動をしてくれたほうが動きやすいので、彼女たちの心構えはありがたいと思っている。

 

「それじゃ、行くぞ」

 

 晴明はそう言うとドアノブをギィ、と回してジャンヌとともに部屋の外に出る。そして外の安全を確認すると他の面々にも出てくるように伝えるのだった。

 

 

 

 

 その後は太郎丸を追うことを優先していたとはいえ、その行程で目につくゾンビたちは撫で斬りにしていたこともあり、死体が散らばっていた光景を見た美紀と圭の顔色は悪かったがそれ以外での危険は特に起きることもなく、そして晴明は最低限登るときにはできなかった物資の物色をしつつ1Fエントランスへと行くための階段付近に差し掛かっていた。

 

 その中で未だに少しばかり顔色は悪いが、幾分か調子が戻ってきたのか圭は美紀に話しかける。

 

「もう少しで私たち助かるんだね、美紀っ」

 

 彼女の言葉に美紀もまだ気分が優れないのか、影のある笑顔を浮かべながらも同意する。

 

「……そう、だね。圭、私たち助かるんだね」

 

 そう発した彼女の声は少しばかり震えている。

 それが本当に助かるんだという嬉しさからか、もしくは何かの危機を感じ取ってしまったが故の虫の知らせかは本人にもわからなかった。

 その時、ふと美紀はなにか違和感を感じて遠くを見るように目を細める。すると彼女の視線の先には──。

 

「あれは……、ヒーホーくんが出てきた時の孔?」

 

 彼女の視線の先、ちょうどエントランスロビーの吹き抜けになっているところにポッカリと空く何もかもを飲み込んでしまいそうな、そんな仄暗い闇がにじみ出てきそうな空間の孔が広がり始めていた。

 

 美紀の異変に気付いた晴明もまた彼女の視線の先に目を向ける。

 

「あれは、何かの異界の入り口か? バロウズ」

 

《はいはい、ちょっと待っててマスター。…………これは、どうやらそんな生易しいものではないみたいよ》

 

「なに?」

 

 バロウズに解析を依頼した晴明であったが、彼女自身最初は軽い調子だったものの次第に真剣味を帯びる声色になってきたことにより警戒を強める。

 

《この反応からすると……、何某かが魔界の入口を開く? いえ、違う。ここら一体が異界と現実世界の境界が曖昧に…………! なにか来るわ、マスター!》

 

 バロウズの警告と同時に孔が完全に空いてそこからなにかの影が飛び出してくる。

 

「ギャハハ、ついに人間界に出てこれたぞ! ……うん? しかし、これはこれは、ヒト猿どもまで居るとはツイてるなぁ?」

 

 そう言いながら美紀たちを見て舌舐めずりをする異形の存在。その姿は王冠を被った人とエイが融合をしたような姿であった。

 その姿を確認した晴明は嘆息すると心底面倒くさそうに吐き捨てる。

 

「やれやれ、順調に進んでいたと思ったら最後の最後にこれかよ。悪いが貴様に彼女たちを喰わせるつもりはない。魔界に帰ってもらおうか」

 

 晴明の言葉に異形の存在を気分を害されたと憤慨するが、すぐに調子を取り戻して晴明を挑発する。

 

「あぁん? なんだ、男か。男の肉は筋張ってて美味くはないんだが、俺様は好き嫌いはしない主義でなぁ、女ともども仲良く喰らってやるから安心して、この【堕天使-フォルネウス】様の血肉になる栄誉を賜ることを喜ぶんだなァ!」

 

 

 

 

 ────堕天使-フォルネウスが一体出た!

 

 

 

 

 






と、言うわけで次回は今作初めてのボス、フォルネウスとの戦闘回。
上手く書けるか自信はないけど、なるべく早くに書けるように頑張ります。
なぜ悪魔が出てきたか、などのことは次回か次々回に書けるといいなぁ。


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第十二話 VSフォルネウス

 なんというか戦闘を書くのは難しいと感じる今日この頃、作者です。
 とりあえず戦闘以外のことも書こうとしたら、とんでもない文字数になりそうだったので今回はほぼ戦闘のみの回です。
 それではたいへんお待たせいたしました。VSフォルネウスの第十二話をどうぞ。


 空間の孔より現れたフォルネウスは自身がリバーシティ・トロンの主である、と言わんばかりに空中をまるで海中であるかのように我が物顔で泳ぎ回る。

 フォルネウスが泳ぎ回る合間、晴明はフォルネウスに狙いを付けるようにメギドファイアを構えるが、彼がその引き金を引く前にフォルネウスが行動を起こす。

 

「そぉら、まずは小手調べだ。いくぜェ!」

 

 フォルネウスは自身の身にまとうMAGを束ねるとその中心点から冷気が、否、氷塊が姿を表す。

 

「──マハ・ブフーラ!」

 

 フォルネウスが放つ力ある言霊により全体化された中級氷結魔法【マハ・ブフーラ】が解き放たれる。

 迫りくる数多の氷塊を見た晴明は──。

 

「ジャンヌ!!」

 

「はいっ!」

 

 ジャンヌに号令をかけ、それを受け取ったジャンヌは美紀と圭、それにジャックフロストをかばうように前に出ると、手に持つ旗槍、その旗部分を開放するように翻して、彼女もまた自身のMAGを集中し、力ある言霊を発する。

 

「──マカラカーン!」

 

 その言葉と同時に、淡い緑色に輝く光の膜が彼女を中心に()()()()()()()ように展開する。魔法系の攻撃を反射する魔法である【マカラカーン】だ。

 光の膜に触れた氷塊はまるで時を巻き戻すようにフォルネウスの元へと向かう。ただ違う点を上げるとすれば、その氷塊はMAGに戻るわけではなくそのままフォルネウスへと殺到している点だろう。しかし──。

 

「ハッハァ! 無駄、無駄ァ!!」

 

 氷塊がフォルネウスに触れると、まるで溶け込むようにそのまま体の中に吸収されていく。

 それを迫りくる氷塊を時に倶利伽羅剣で切り払い、時に側面にそっと添えるように蹴りを放つことで氷塊の軌道を変えるようにして回避していた晴明は横目に見て。

 

「ちっ、氷結吸収か。面倒な……。バロウズ、解析できるか?」

 

 余裕そうな表情でフォルネウスの姿に悪態をつきながら、バロウズにかの悪魔の解析ができるかを問いかける。

 

《それがマスター……。あのフォルネウス、かなり上位の個体のようで解析が効かないわ!》

 

 晴明はその報告に舌打ちをしそうになるが、その前にフォルネウスが息をつかせぬとばかりに再び攻めかかってくる。

 

「オラオラ、よそ見してんじゃ、ねぇよ!」

 

 そう言いながらヒレを激しく波打たせながら突撃してくる。

 

「おっと」

 

 晴明はその突撃してきたフォルネウスを横っ飛びをして進路上から退避する。

 そのままフォルネウスは速度を保ったまま先程まで晴明がいた場所を通り過ぎるが、その速度自体凄まじく過ぎ去ったあとには暴風が吹き荒れて、近くにある小物や商品などが吹き飛ばされていく。

 晴明は回避ざまにフォルネウスが通り過ぎた方向に向き直り、メギドファイアの通常弾を乱射する。

 しかしフォルネウスは狭い室内を器用に上下左右に回避行動を取りつつ旋回し、再び晴明に突撃してくる。

 晴明もまた向かってくるフォルネウスに銃撃を浴びせかけながら回避行動を取りつつジャンヌに指示を出す。

 

「ジャンヌ! その二人を安全なところに!」

 

「はいっ!」

 

 晴明の指示を承諾したジャンヌは二人ともに今から避難することを告げる。

 

「二人ともこちらへ! 建物の外へ逃げます!」

 

「え、あ、はい!」

 

 フォルネウスの姿を見て呆然としていた二人だったが、ジャンヌの声を聞いて正気に戻った圭は美紀の手を掴むとジャンヌの先導のもと走り始める。美紀もまた圭に手を握られたことで遅ればせながら正気に戻ったようで、走り始めたときこそ足を取られそうになっていたが持ち前の運動神経の良さも手伝い転ぶことなく機能を停止したエスカレーターを駆け下りていく。

 

 だがそれを見逃すフォルネウスではなく──。

 

「おぉっと、逃さねぇぞぉ!」

 

  フォルネウスは再び自身のMAGを練り上げようとするが。

 

「ヒーホー!! ブフ!」

 

 その前にジャックフロストが邪魔をするとばかりに低級氷結魔法のブフを放つ。しかし氷結吸収耐性を持つフォルネウスには意味がなく。

 

「ハッハハハ、意味がねぇんだよ! 雑魚妖精が!」

 

 フォルネウスに小さな氷は吸収されていき今度はフォルネウスが自身の口から冷気を吐き出そうとする。だが──。

 

「よくやったフロスト!」

 

 その前に晴明の放った熱を持つ斬撃、ヒートウェイブがフォルネウスのもとへと届く。意識の外から熱を持った強風に煽られることとなったフォルネウスはそれで体勢を崩し、吐き出した氷の吐息【アイスブレス】は全く別の方向へ吐き出され、周辺には霜と主に着弾した地点を中心に凍りついていく。

 

 フロスト自身も先ほど反射されたマハ・ブフーラが吸収されたことで氷結系が効かないことは百も承知だったが後ろから猛追している晴明が見え、そしてフォルネウスがこちらに夢中になり気付いていなかったことを理解していたためにブラフとしてブフを放ったのだ。

 

 そしてフォルネウスは見事思惑通りに引っ掛かり油断したことでアイスブレスを吐き出すタイミングがワンテンポ遅れることとなり、あらぬ方向に飛ばす結果となった。

 

「貴様ぁあ!!」

 

 そのことを理解したフォルネウスは攻撃をした晴明と、それ以上にまんまと自身を嵌めたフロストに殺気を向ける。遥かに格上の存在に殺気を浴びせられたフロストと、近くにいた美紀と圭は──。

 

「ヒホッ!」

 

「あ、ぁぁ」

 

 あまりの恐ろしさに体の震えを押さえきれなくなる。だがその時晴明が三人に声をかける。

 

「大丈夫だ、あとは任せろ!」

 

 そう言いながらフォルネウスの視線を遮るように三人の前に身を躍らせる。そしてその後晴明はフロストに声をかけて、彼に()()()()()()()()()を披露する。

 

「フロストよく見ておけ。こいつは今の不屈の闘志を持つお前ならいずれ到れるかもしれない、キングとはまた違うお前の可能性の一つだ! バロウズ!」

 

《オーライ、マスター!》

 

 バロウズは晴明に呼び掛けられたことで彼が何をしたいのかを理解して仲魔召喚用の魔法陣を展開する。そしてその魔法陣から真っ黒い腕が現れて──。

 

「ヒイィィィホオオォォオ!」

 

 雄叫びとともにジャックフロストと似たような姿をした、しかし本来体の白い部分が真っ黒で青色から紫色に変化した帽子を被りジャックフロストとは思えないほどの凶悪な形相をした悪魔、【邪鬼-ジャアクフロスト】が顕現した。

 

「今さら雑魚妖精が増えたところでぇ!」

 

 フォルネウスはそう咆哮しながら今度はマハ・ブフーラを放つ。

 だがその時じゃあくフロストもまたとある魔法を放つ準備を完了していた。

 

「あんまりなめるんじゃねぇホ! ()()()()()()()!」

 

 ジャアクフロストの突き出した両腕から火焔が、全体化された中級()()魔法である【マハ・ラギオン】が放たれる。

 フォルネウスが放ったマハ・ブフーラとジャアクフロストが放ったマハ・ラギオン、双方は互いを目標として突き進み空中で激突!

 互いが互いを食い合うように氷解は水流に、火焔は水流を蒸発させつつも消えていく、がその最中に────、轟音、そして閃光。ついには二つの魔法が混ざり合い結果として水蒸気爆発を引き起こす。

 

「ちぃっ!」

 

「ヒホォ!」

 

 美紀たちを庇う状態で爆発の衝撃波を浴びることになった晴明とジャアクフロストは驚きの声を上げながら足を踏ん張るが、ある意味彼らよりも悲惨なのは踏ん張ることができない空中にいるフォルネウスだった。

 

「うおぉっ!」

 

 急な衝撃波による暴風を一身に受けることになったフォルネウスは、錐揉み回転をしながら現在の吹き抜け部分のさらに上空に打ち上げられる。そのまま天井に打ち付けられるかに思えたがその前に体勢を立て直して停止する。

 そしてギョロギョロと地表部分に視線を巡らせるフォルネウスだったが、そこには既に出入り口から脱出しようという少女たちの姿があった。

 それを阻止しようとフォルネウスは加速してロビーに移動するが間に合うはずもなく美紀たちは脱出に成功する。

 脱出した美紀たちを見て歯噛みするフォルネウスは、次に晴明たちを忌々しそうに見る。

 

「てめえら……! よくも邪魔してくれたなァ!」

 

 そのまま怒り心頭なフォルネウスの口からは先ほどの冷気、アイスブレスとは違い今度は煙が吐き出される。

 フォッグブレス、と呼ばれる敵の視覚を制限し、命中と回避を低下させるスキルだ。

 

「ちぃ、面倒な」

 

 晴明は大きくバックステップすることによりフォッグブレスの回避自体に成功するが、ジャアクフロストは……。

 

「ヒホッ!?」

 

 そのままフォルネウスの吐いた煙に巻き込まれる。それを見たフォルネウスは自身が吐いた煙の中へと突撃していく。

 そして煙で視界を遮られているジャアクフロストはフォルネウスの突撃に気付けるわけもなく、無防備な状態でその突撃を受けて煙幕外へと吹き飛ばされ、あまりの衝撃に内壁に埋まるように激突する。

 ジャアクフロストが吹き飛ばされたところを見た晴明は手に持った銃を使い、煙幕内に弾幕をばら撒くが、フォルネウスはその前に上空に離脱する。

 離脱したフォルネウスは──。

 

「今度こそ喰らっとけやぁ! マハ・ブフーラ!」

 

 今度こそはとばかりにMAGを練り上げ、本来複数体の敵に攻撃するはずのおびただしい数の氷塊を晴明一人に殺到させる。

 しかし、晴明はそのおびただしい数の氷塊を利用して思い掛けない行動を取る。

 なんと伝承にある八艘飛びのように自身の放たれた氷塊を次々と足場にしてフォルネウスのもとへと跳んでいく。

 そんな非常識なものを見せられたフォルネウスは一瞬とはいえ思考が停止する。

 

「……はぁっ?」

 

 そしてその一瞬の隙きは、晴明がフォルネウスのもとまで辿り着き一太刀を浴びせるには十分過ぎる時間だった。

 

「おぉぉ!!」

 

 晴明は気迫の入った咆哮とともに倶利伽羅剣に力を込めてフォルネウスを両断せん、とばかりに轟音、あまりの力強さに空気が破裂するような音を響かせながら振り下ろす。

 

「く、そ、がぁぁ!」

 

 フォルネウス自身は晴明の一閃を躱そうと咄嗟に身を翻そうとするが、流石に間に合うわけもなく、しかし同時に致命的な一撃を避けることには成功する。だがその代償として片方のヒレが斬り飛ばされる。斬り飛ばされたヒレは光の粒子になって消滅しそして片ヒレがなくなったことで空を飛ぶことが出来なくなったのか、フォルネウスは地表へ、ちょうどリバーシティ・トロンの地下部分へと続く階段付近へと轟音を立てて墜落する。

 それとほぼ同じ時にフォルネウスのヒレを切り飛ばした晴明も地表に着地すると、先ほどフォルネウスに吹き飛ばされたジャアクフロストに駆け寄る。

 

「おい、ジャアクフロスト、大丈夫か!」

 

「アイタタタだホ、よくもやってくれたホ」

 

 フォルネウスに吹き飛ばされた衝撃で少しばかり壁に埋まっていたジャアクフロストは、その壁から抜け出すと頭をふるふると振りながら片手で押さえる。

 その行動で痛みが収まったのか、ジャアクフロストはフォルネウスが墜落した地点を険しい目で睨みつける。

 そこには晴明に斬られた結果地面でのたうち回っているフォルネウスがいた。

 

「がぁ、ぁあぁぁ! フザケやがってぇぇ!!」

 

 喚き立てるフォルネウスのもとに地下に向かう階段から複数の人影が近づく。その体の一部は腐り落ち、そして中には食い破られた箇所から骨が見えるものも居る。

 それは、晴明たちが地下に行かなかったために殲滅されずに残っていたゾンビたちだった。

 

 そのゾンビたちはフォルネウスのもとに群がると、そのまま喰らおうとするが──。

 

「ヒト猿ごときが俺様を喰えるわけがないだろぉが!!」

 

 その歯先はフォルネウスを貫くことはなかった。そもそもゾンビが如何に人間よりも強化された身体能力を持つとはいえ、そもそもMAGもまともに扱えない一般人が強化されたところで雀の涙でしかなく、まだ低級悪魔であるならともかくとして中級以上、即ち伝承に謳われる神話生物たちを相手取るにはあまりにも非力すぎた。

 

「何をしたいのかは知らんが俺様に楯突いたんだ。まずはキサマらから喰らってやるわ!」

 

 フォルネウスはそう言うと自身に詰め寄っていたゾンビのうちの一体に喰らいつく。そしてそのままバキバキと骨ごと、肉や臓物を咀嚼する。

 すると先ほど晴明に斬り飛ばされた切断面が隆起してヒレが少しづつ再生していく。

 そしてさらにフォルネウスは付近に存在するゾンビたちを次々と喰らっていく。その結果は顕著に現れた。

 すべてのゾンビを喰らったフォルネウスはヒレが再生しただけではなく、リバーシティ・トロンに現れたときよりも体自体が大きくなっており、そして身にまとう雰囲気も凶悪なものとなっていた。

 力を取り戻した、否、先ほどよりもより強大になったフォルネウスは今度こそ晴明を仕留めるために飛翔するがその時。

 

『そこまでだ、フォルネウス!』

 

 どこからか聞こえてきた声によってフォルネウスは動きを止めてあたりを見渡す。そしてその場所を見つけたのかある一点に視線を集中させる。するとそこには自身が出てきたときと同じような空間が広がっていた。

 

 晴明も少し遅れてフォルネウスと同じ場所を見ると、ちょうどそこからなにかが飛び出してくる。

 そのなにかは、高速で飛翔しながらフォルネウスのもとへと降り立つ。どこかヒトデを彷彿とさせる五芒星の中心に単眼がある悪魔【堕天使-デカラビア】が現れた。

 

「邪魔をするな、デカラビア!」

 

「落ち着けフォルネウス、今するべきことはそれではなかろう。我らがなぜ人間界に出張ることになった忘れたわけではあるまい?」

 

「………………ッ」

 

 晴明に対して怒り心頭なフォルネウスはデカラビアに噛み付くが、そのデカラビアから諌めるような言葉を受けると沈黙する。

 フォルネウスが沈黙したことを確認したデカラビアは晴明の方を向き、彼を品定めするようにマジマジと見る。

 そしてしばらく見続けた後におもむろに口を開く

 

「只の人間がここまでフォルネウスを追い詰めるとはな。人間、貴様の名は?」

 

「…………蘆屋晴明だ」

 

 デカラビアの質問に晴明は警戒しつつも答える。

 晴明の答えを聞いたデカラビアは驚いたような雰囲気を出す。

 

「ほう! 貴様が我らの盟友オセに手傷を負わせた片割れか! ヤツも人間にしては見どころがあると言っておったわ」

 

 感嘆の声を上げるデカラビア。

 そしてデカラビアはフォルネウスに振り返ると、どこか呆れたような視線を向ける。

 

「大方久々に人間界に行くことに燥いで、なおかつ人間がいたことでヒト猿ごとき敵じゃないなどと言って油断したのであろう?」

 

「ぐむぅ……」

 

 フォルネウスはデカラビアの言葉に反論できないのか口籠る。

 それを見たデカラビアは溜息を吐きながら、今度は晴明の方へ向き直る。

 

「悪魔召喚師よ。我らにも使命があるゆえここで失礼させてもらう」

 

「……させるとでも?」

 

 デカラビアの挑発とも言える言葉に晴明が噛み付く。しかし──。

 

「させてもらうとも。──【メギドラ】」

 

 デカラビアの力ある言葉とともに晴明たちの頭上に光が集まり大きな光球を作り出すと明滅し始める。

 晴明たちはその魔法、あらゆる防御を無視する万能系中級魔法【メギドラ】が危険であることを知っているために慌てて回避する。

 その後、頭上に集まった光、メギドラはそのまま光を撒き散らすように爆発する。

 

「チィッ、無茶苦茶やりやがる!」

 

 メギドラを回避した晴明はデカラビアたちの方を見るが、そこには既に離脱を始めていた彼らの姿があった。そうはさせまいと銃を構える晴明だったが。

 

「フォルネウス!」

 

「応よ!」

 

 デカラビアの声かけにフォルネウスが応じると同時に再びフォッグブレスを、今度は攻撃のためではなく自身たちを護るための煙幕として散布する。

 フォッグブレスに紛れてフォルネウスを視認できなくなった晴明はバロウズに指示を飛ばすが──。

 

「バロウズ、エリアサーチ! 奴らを逃がすわけには!」

 

《マスター、残念ながらもう離脱済みよ……》

 

「くそっ!」

 

 バロウズの報告を聞いた晴明は苛立たしげに悪態をつく。そして深呼吸をして精神を落ち着かせるとバロウズに残存する敵がいるかどうかの確認を取る。

 

「バロウズ、エネミー・ソナーに反応は?」

 

《反応は…………、無いようね。地下にいたゾンビもフォルネウスにほとんど喰われたみたい》

 

「…………そう、か。」

 

 バロウズの報告を聞いた晴明は忌ま忌ましげに表情を歪めながらそれだけを答える。

 晴明個人としてはフォルネウスたちを追撃したかったが流石に救助した二人や、透子、瑠璃を放って追撃に出るわけにもいかずに舌打ちをする。

 少しして晴明はガントレットを操作してジャアクフロストを送還しつつ今後の行動とバロウズに指示を出す。

 

「仕方がないか。最低限の目的は達成したのだからまずは透子さんたちのもとへ戻るとしよう。それとバロウズ、今後は何か少しでも異変があれば教えてくれ」

 

《了解、マスター。でもいいの? 緊急性が高い場合彼女たちにも聞かれることになるけど》

 

 バロウズの質問に晴明は嘆息しつつ答える。

 

「仕方あるまい。もともと祠堂さんと直樹さんには話すと言ったんだ。それに、今までは人型しか召喚していなかったから誤魔化しは出来ていたが、ジャックフロストという明らかに異形の存在を見ることになった以上、もう隠すことも出来まい?」

 

《だから全てを話して決断してもらう、と?》

 

「そういうことだ」

 

 そう言いながらリバーシティ・トロンの屋内から出た晴明が見た光景は、心配そうにこちらを見ていた透子と救助者二人。そしてジャックフロストに抱きつき戯れている瑠璃の姿だった。

 晴明はその光景を見て困ったように笑いながら彼女たちに手を振り、自身が無事であることをアピールする。

 すると心配していた三人、特に透子はあからさまにホッとした表情を浮かべる。

 そんな彼女の姿を見た晴明は、彼女を安心させるように近づいていく。そしてただいまと告げると、彼女ははにかんだ笑みを浮かべておかえりなさいと返す。

 祠堂圭と直樹美紀に太郎丸、二人と一匹の生存者を救出した晴明たちは秘密基地の帰途につくのであった。

 



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幕間2 結成、学園生活部!

 今回は再びの幕間回。巡ヶ丘高校の面々のお話ですがとあるキャラが勝手に動いた結果、作者の想定していない原作ブレイクが起きました。
 最初はどうするかな? とも思いましたが、こういったキャラが勝手に動く時はそのまま身を任せると面白いことになりそうだと思いそのまま放置に。

 それではそんな事が起きた幕間2をどうぞ。

 ……ちなみに今話はもともと前後編に分ける予定でしたがそこまで文字数が目標までいかなかったので一つの話に纏めた結果、通常よりも文字数が多めとなっております、ご了承の程をお願いします。


 巡ヶ丘全域が地獄の様相を呈したX-dayの翌日、アレックスは自己紹介を終えた後のことを思い返していた。

 

(あの後、結局状況確認も出来ずに皆寝てしまったんだっけ……)

 

 アレックスが思っているように全員があの異常事態に強いストレスを感じていたことで、肉体的、精神的に消耗していたことから、まともに食事もせずに──食事ができたとしても食料は園芸部の菜園に栽培されている野菜と、丈槍由紀が所持していた飴菓子くらいしか存在しなかったが──就寝することとなった。

 そのようなことをつらつらと考えているアレックスだったが、彼女の腹部から可愛らしい音が鳴る。どうやらいくら異常事態に陥っているとはいえ、彼女の体はいつもどおりに栄養を欲しているようだった。

 

 お腹が鳴ったアレックス自身は顔を赤らめながら、辺りを見渡すが他の面々は全員がすやすやと未だに夢の世界へと旅立っていたままだった。

 それもそのはず、辺りはまだ暗闇に、否、地平線の先から僅かに日の出が見える時刻であり、彼女が自身のスマートフォンを取り出して時刻を確認すると、時計の針は午前五時十分を指していた。

 それを確認した彼女はおもむろにバリケードを築いた屋上の出入り口に近づくと、扉に耳を当てて校舎内の気配を探ろうとするが、扉の向こう側からは一切音が聞こえてこない。少なくとも今の階段付近にはかれらはいないだろう、ということは理解できた。

 次に彼女は屋上フェンスに近づいて胡桃が連れてきた男性の遺体を処理しつつも校庭を確認するが、そこにもかれらの姿はまばらにしか確認できず、現在巡ヶ丘高校にかれらはごく少数しかいないのではないか? と、結論付ける。

 

 そのことを確認したアレックスは他の面々が寝ている場所に戻るが、その時に由紀がもぞもぞと動いてこちらを見たことに気付く。そしてアレックスを見た由紀は、にへらと笑いながら彼女に話かける。

 

「……おはよう、あーちゃん。起きるの早いんだね」

 

「おはようございます、ゆき先輩。…………あーちゃん?」

 

 由紀から挨拶をされたアレックスは反射的に返すが、その後聞き慣れない言葉を聞いたことに気付き、鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔をしてオウム返しをする。

 そのアレックスの姿を見た由紀はおかしそうに笑いながらさらに告げる。

 

「アレックスだとかわいいよりもかっこいいから。せっかくあーちゃんはかわいいんだからかわいい愛称で呼びたいからあーちゃん!」

 

 その言葉を聞いたアレックスは驚いた表情になると同時に、半ば無意識に疑問を口にする。

 

「……かわいい、ですか?」

 

「うん!!」

 

 口から溢れた疑問を由紀に肯定されたことで困惑するアレックス。

 彼女はその見た目と言動からむしろ同年代からはかっこいいと言われてどちらかというと、異性よりも同性からの人気が高かった。

 また彼女の母親もかわいいというよりも、かっこいいやキレイという言葉が似合う女性であり、そのことからかわいいと褒められることに関しては無縁の人生を送っていた。

 そんななかでの由紀のかわいい発言は彼女にとっては新鮮であり、同時に困惑しながらも嬉しくも思うのだが──。

 

(でもアレックス以外の愛称で呼ばれるのは嫌だと感じる私もいる……)

 

 事実昔のアレックスはロシアぐらしの時にサーシャなどの別の愛称で呼ばれることもあったが、友人たちには自身のことをアレックスと呼んでほしいと願い出ることが多かった。

 友人たちは不思議そうな顔をしていたが彼女の頼みなら、と快く受け入れアレックスという愛称が定着した過去がある。

 あの時は何故あそこまで頑なだったのだろう? と、疑問に思うアレックスだったがふと彼女の頭に鋭い、針を刺すような痛みが奔り、そして──。

 

 ──アレックス、君の次の旅には、幸いを。

 

 聞き覚えのない、だがどこかで聞いた気がする男性の幻聴が聞こえる。

 

「あーちゃん、どうしたの……?」

 

「……え?」

 

「だって、泣いてる」

 

 由紀に言われて彼女は自身の指を目元に持っていくが、そこには確かに由紀が言うように涙で濡れている。

 何故かはわからない。哀しいわけでも苦しいわけでもないはずだ。しかし涙は後から後から湧いて出てくる。まるで自身の半身を失ったかのような喪失感に苛まれている。

 

「よしよし、大丈夫だからね」

 

 いつの間にか起き上がっていた由紀に抱きしめられるアレックス。

 アレックスはしばらくの合間、由紀に抱きしめられたまま静かに涙を流し続けていた。

 

 

 

 

 その後しばらく泣き続けていたアレックスだったが、ようやく落ち着いてきたのか由紀から離れると彼女に礼を言う。

 

「…………ありがとうございます、先輩」

 

 その言葉を聞いた由紀は満面の笑みを浮かべながら。

 

「いいんだよ。それで落ち着いた?」

 

 瞳の奥に優しい光を湛えながらアレックスを心配する由紀。それと同時に何故泣いていたのかを問いかけない優しさがアレックスには嬉しかった。

 何故ならアレックス自身が、何故涙を流していたのかを理解できなかったのだから……。

 だからアレックスは──。

 

「ええ、もう大丈夫だと思います」

 

 ふわりと優しく笑いながら由紀にその旨を告げる。

 それを聞いた由紀も安心した、と言いたそうな表情を浮かべて。

 

「そうなんだ、よかったね。あーちゃん」

 

 

 心底安心したように花開いた笑顔を浮かべ彼女に告げる由紀。そのことがアレックスには擽ったかったのか、少し顔を赤くして誤魔化すかのように周りを見渡すが、まだ由紀以外は眠っているようだった。

 自身の先ほどの醜態と今現在火照って赤くなっている顔を由紀以外に見られていないことに安堵したアレックスだったが。

 

「…………ううん、どうしたの。ゆきさん、唯野さん?」

 

 二人の声に起こされたのか、佐倉慈は眠たそうな声を上げながら二人に問いかける。

 その声にアレックスはビクリと肩を震わせて慌てて慈の方を見るが、由紀は。

 

「あっ、めぐねえ。ごみん、起こしちゃった?」

 

 後頭部に手をやって舌をペロッと出しながら少し済まなそうに笑いながら謝罪する。

 それを見た慈は目を擦りながらも特に問題はなさそうだ、と思い次にアレックスの方を見る。

 慈に見つめられたアレックスは、一瞬挙動不審になるが慌てて取り繕うと。

 

「どうかしましたか、佐倉先生?」

 

 と、何も問題がなかったかのように告げる。

 一瞬動揺したアレックスにどうしたのだろうか、と不思議そうに見つめる慈だったがその後すぐに普段の顔に代わったので問題はないと判断したようだ。

 そして慈が起きたのを皮切りに他の面々の次々に起き出してくる。

 それを見てアレックスと由紀は互いを見て少し笑うのだった。

 

 

 

 

 全員が起きた後、それぞれが昨夜何も食べていないことで空腹感が無視できるものではなかったようで菜園に栽培されていたトマトやじゃがいもを使い簡単な朝食を作り食べていた。

 その中でアレックスは全て食べ終わると、全員を見渡して話し始める。

 

「あの、皆さん。ちょっと良いですか?」

 

「むぐっ?」

 

 アレックスの声に最後の一つとなった蒸したじゃがいもを口に含みながら彼女の方を見る恵飛須沢胡桃。

 それを見たアレックスは、ああ、食べながらでいいですから。と苦笑して告げる。

 それを聞いた胡桃は今頬張っている分を急いで噛み砕いて飲み込むと、アレックスの方を不思議そうに見つめて。

 

「それで? どうしたんだ急に」

 

 アレックスに言葉を投げかける。それを聞いた彼女は気を取り直すと先ほど自身が確認したことを告げる。

 

「……そう、なのね。なら今は比較的安全、ということなのかしら?」

 

 彼女の報告を聞いた若狭悠里はアレックスが言いたかったことを端的に告げる。

 

「その可能性はあると思います」

 

 その悠里の言葉を肯定するようにアレックス自身も首肯しながら同意する。そして──。

 

「──だからこそ今はチャンスだと思います。もしいま校舎内にかれらが少ないのならここで一気に三階を奪還、制圧して生活スペースを確保するべきです」

 

 彼女の、アレックスの提案に全員が息を呑む。そしてX-dayで彼女と行動をともにしていた柚村貴依は手を上げて恐る恐るといった様子で声を出す。

 

「でもよアレックス? 今すぐに行動するのは流石に危ないんじゃないか?」

 

 その言葉に悠里と胡桃はうんうん、と頷きながら同意するが……。

 

「いいえ、今回に関しては早く行動したほうがいいかもしれないわね」

 

 この中で唯一の大人である慈がアレックスの提案に賛同の意を示す。それに驚いた三人は思わず。

 

「「「めぐねえっ!?」」」

 

「佐倉先生ですっ!」

 

 彼女のことをめぐねえと呼び、慈自身は訂正の言葉を出す。そして慈はこほん、と咳払いをすると彼女がなぜアレックスの意見に賛同したか、その理由を告げる。

 

「先生も皆と同じように危険だとは思いますけど、その前に三人とも周りを見渡してみて?」

 

 彼女の言葉を聞いた否定派三人は不思議そうに周りを見渡すが、彼女がその行動をしろといた意味が理解できなかったようで……。

 

「なんだよねぐねえ。なにもないじゃないか」

 

 三人を代表して胡桃がそう告げる。その言葉に慈は満足そうに頷くとその通りだと告げる。

 

「そうよ。恵飛須沢さんの言う通りここにはなにもないわ」

 

「ならなんで言ったんだよ……?」

 

 胡桃は呆れたような顔をするが、慈の言葉で悠里は何か気付いたようでハッとした顔をして声を出す。

 

「……あっ! そうだ、天井がないから雨が降ったら」

 

 彼女の呟きに慈は再び満足そうな笑みを浮かべ首肯する。

 

「そうね、若狭さん。昨日はたまたま雨が降らなかった、今日も今のところはまだ降ってはいない。でもこれからは? 明日降るかもしれない。もしかしたら今すぐに天気雨だなんて可能性もあるでしょう。でも先生たちは傘を持っていないのだから、そのまま雨に打たれるしか無い」

 

 そこまで言われて最悪の自体が頭を過ぎったのか、胡桃は顔を青くしながら独りごちる。

 

「もしも雨に濡れて風邪を引いた場合、病院どころか薬もまともにない状態じゃ最悪そのまま死ぬ可能性だって……」

 

「その通りよ、恵飛須沢さん。それにここには今食料はこの菜園の分しかないわ。若狭さん、仮にこのままここに居座るとして食料はどれくらい持つかわかる?」

 

 慈に問われた悠里は慌てたように菜園にある野菜の確認をするが……。確認を終わらせた悠里も胡桃同様に顔を青褪めながら報告する。

 

「……恐らく、私たち六人が食べられる量としては切り詰めても一週間。それ以前に食事量の低下からまともに動けなくなる可能性もあるかもしれません」

 

 悠里の報告を聞いた慈とアレックス以外の面々は程度の差はあれども、改めて自分たちが危機的状況に置かれていることに気付いたようで一様に顔を引き攣らせている。

 そして報告を受けた慈自身は──。

 

「……まぁ、そうでしょうね」

 

 と、冷静そうな顔で頷いているが、その額には一筋の汗が流れていた。

 そして慌てふためいた貴依が不安を口にすると同時に慈に問いかける。

 

「そんな……。そんなのどうすりゃいいんだよ! ねぇ、めぐねえ!」

 

 そんな錯乱している貴依を安心させるように慈は柔らかい笑みを浮かべると彼女に話かける。

 

「もう、柚村さん。佐倉先生だって言ってるでしょう? それに、安心して。どうするべきかをさっき唯野さんが言ったでしょ?」

 

「……え? でも、それは」

 

 先ほども言ったように危険ではないかと思う貴依は尻込みするが。

 

「大丈夫! さっき唯野さんも、今かれらは少ないって言ってたでしょう? 何故少なくなってるのかはわからないけど、唯野さんが言っているように今がチャンスなの。 それになにも彼女一人で行かせるわけでもないわ」

 

 そして慈は一息つくと自身に活を入れるように言葉を紡ぐ。

 

「──先生も一緒に行きます」

 

 その慈の決意を聞いた三年生組は一様に──。

 

『めぐねえは行かないほうが……』

 

 と、消極的反対をする。それを聞いた慈は。

 

「なんでですかっ!」

 

 三年生組に止められたことに対して憤慨するが。

 

「いや、だって、めぐねえ。前になにもないところで思いっきり転んでたじゃんか」

 

 と、胡桃に言われ。

 

「園芸部の方でも以前菜園の段差に足を引っ掛けて土に頭からダイブしたことが……」

 

 と、悠里から追撃を受け。

 

「ほら、めぐねえって意気込んだ時に限って失敗するから」

 

 教材を運んでた時とかさ、と貴依に具体例を出され。

 

「……めぐねえ? 運動神経無いんだから、おとなしくしていようよ?」

 

 由紀の悪意のない暴言でとどめを刺された慈は体育座りをして真っ白に燃え尽きている。

 三年生組の容赦ない口撃と、燃え尽きた慈の姿を見たアレックスは乾いた笑みを浮かべる。が、いつまでもそのままというわけにもいかず、アレックスはコホンと咳払いをすると制圧を反対していた三人に話かける。

 

「……佐倉先生が付いてくるかどうかは別としても、三階を奪回したしたほうがいいということは理解していただけたとは思いますが」

 

 アレックスの言葉に神妙に頷く三人。そして胡桃が口を開く。

 

「そうだな。で、誰が行くかだが……」

 

 その言葉にアレックスが口を開く。

 

「もちろん私が提案したのだから私が行きます」

 

 彼女の言葉を聞いた胡桃はやっぱりか、と少し呆れたような表情を見せながら。

 

「お前ならそう言うだろうな、とは思ってたが。まさか後輩に全部任せるだなんて先輩として立つ瀬がないからな。あたしも一緒に行くよ」

 

「ですが、くるみ先輩は……」

 

 アレックスは胡桃に対して遠慮がちに話しかけるが。

 

「良いんだ。何もしてないと先輩のことを考えちまいそうだし」

 

 胡桃は力なく笑いながらそんな事を言う。

 

「……先輩」

 

 彼女の姿を見たアレックスたちもまた沈痛そうな表情を浮かべるがそれを見た胡桃は。

 

「おいおいなんだよ皆して暗い顔になって。今はそれよりもやることがあるだろ?」

 

 不敵な笑みを浮かべて皆に発破をかけようとする。

 だがその顔は、端から見ればまだまだ痛々しい様子であったが彼女にこれ以上無茶をさせるべきではないと思った悠里が声を上げる。

 

「くるみの言う通りね。まずは出来ることをしましょう」

 

 アレックスも悠里の発言に乗っかる形で言葉を紡ぐ。

 

「ええ、そうですね。では突入は私とくるみ先輩で。他の人はある程度安全を確保できたらバリケードの構築をお願いする形で」

 

 そこまで言ったところで貴依が意を決したように声を上げる。

 

「なぁ、突入のグループに私も入れてくれないか?」

 

「貴依先輩?」

 

貴依がそんなことを言うと思っていなかったのかアレックスは少し驚きながらも彼女に問いかける。

 

「大丈夫なんですか? 無理しなくても……」

 

 アレックスがそこまで言ったところで貴依が割り込むように口を出す。

 

「私も! 私も情けないままではいたくないんだ!」

 

 そう言いながら由紀を見る貴依。そんな貴依を不思議そうに見る由紀だったが、貴依はかまわずに話を続けていく。

 

「アレックスのおかげで私は死なずに由紀と再会できたんだ。なら今度は私がアレックスの手伝いをしたいんだよ」

 

 恐らく私だけじゃ屋上に行くことも出来ずに死んでたと思うし……。と、告げる貴依。アレックスも貴依を救助したときのことを思い出し、事実そうなっていたであろうと思う。

 

「ですが貴依先輩。今度は死ぬかもしれないんですよ? それでもいいんですか」

 

 アレックスの言葉に一瞬言葉をつまらせる貴依だったが、覚悟を決めた表情をして。

 

「それでも、だ。私だって守りたいやつがいるんだ」

 

「……たかえちゃん?」

 

 由紀は覚悟を決めたと言うよりも思いつめたようにも見える貴依を心配そうに見つめる。

 貴依はそんな由紀を見ると、安心させるように笑いかけながら由紀を引き寄せて抱きしめて、頬をぷにぷにと指で突き始める。

 

「ほらほら、どうしたんだ由紀ぃ」

 

「わぷぷっ、たかえちゃんっ」

 

 一頻り堪能したのか貴依は由紀の頬を突くのをやめた後に、今度は軽く彼女の頭を撫でると、先ほどよりは余裕のある表情でアレックスを見る。

 彼女の表情を見たアレックスは、彼女を説得するのは無理だと思ったのか小さく嘆息する。そして頭を振って気を落ち着かせると貴依に話かける。

 

「貴依先輩本当に良いんですね?」

 

「ああ」

 

「……わかりました。では改めて突入は私とくるみ先輩、貴依先輩の三人で。そして安全を確認出来次第バリケードの構築をする、というところでしょうか」

 

 アレックスの言葉に頷く三年生組。頷く彼女たちを見たアレックスはもう一つ懸念を口にする。

 

「それで問題は校舎内に突入するにしても何らかの武器が欲しい、と言ったところですが……」

 

 その言葉に悠里が反応する。

 

「シャベルはくるみが持っている一丁しか無いけど、プール掃除用にデッキブラシが何本かあるからそれで代用できないかしら?」

 

「ゆうり先輩、材質はわかりますか?」

 

「材質? スチール製だったと思うけど」

 

「なら当座の武器としては大丈夫そうですね」

 

 悠里の言葉に安堵したアレックスは、彼女にデッキブラシの保管場所を聞くと取りに向かう。そしてそう時間がかからぬうちに戻ってくる。その彼女の手には複数のデッキブラシが握られていた。

 そのうちの一本を貴依に渡すとアレックスは自身も持ってきたデッキブラシのうち一つを無造作に掴むと、握り込んだ後に全員から少し離れて軽く振って感触を確かめる。確かめた結果問題はなかったようで軽く頷くと皆のもとへ戻るアレックス。

 アレックスが突入しよう、と号令を過けるその前に先程まで燃え尽きていた慈が彼女に声をかける。

 

「唯野さん、やっぱり私も……」

 

 おずおずとアレックスに話かける慈だったが、彼女はふるふると首を横に振ると。

 

「すみませんが佐倉先生はここで待機していてください」

 

 彼女の言葉にショックを受ける慈だが、すかさずアレックスはフォローを入れる。

 

「ああ、いえ、佐倉先生にはもしもの時のために屋上で待機していてほしいんです」

 

「でも、私は先生で。貴女たち生徒に危険なことをさせるわけにはいかないわ」

 

 悲壮な表情でそう言う慈に近づくと彼女の両手を取るアレックス。そして──。

 

「先生、ちゃんと危険だと思ったらすぐに引き上げてきますので、今は私たちを信用してはくれませんか?」

 

 真剣な表情で慈を見つめるアレックス。しばし二人は見つめ合うが先に根負けしたのは慈の方だった。彼女は深くため息をつくと。

 

「……ふぅ、わかりました」

 

 と、告げる。そのことに湧く生徒たちだったが。

 

「──ただし、条件があります!」

 

 急にそんな事を言い出した慈に吃驚したのか三年生組が彼女を見つめる。

 

「皆無茶をしないこと、そして全員無事に戻ってくること。良いですねっ!」

 

 力強い語気で言うと彼女は笑顔を見せる。

 その笑顔を見た生徒たちは、はいっ! と、返事をする。

 その返事に慈は満足そうに頷くと。

 

「よろしい。それじゃ皆さん無理はしないように。いってらっしゃい」

 

 そして慈たちに見送られる形でアレックスたち突入チームは屋上の扉を開けると校舎内に侵入した。

 

 

 

 

 屋上の扉を開け放ち校舎内に侵入するアレックスたち三人。彼女たちの目にまず飛び込んできたのはあちこちに飛び散った赤黒く変色した流血の後であった。

 

「うぷっ……」

 

 その光景を見た貴依は気持ち悪そうに口を押さえる。もしもアレックスたちがいなかったらそのまま蹲って吐いていたかもしれない。

 彼女の姿を見た胡桃は貴依のもとへ寄ると背中を撫でつつ声をかける。

 

「おい、大丈夫か?」

 

「……あ、あぁ。大丈夫だ。それよりも恵飛須沢、アンタも顔色が悪いぞ」

 

 胡桃の言葉に大丈夫と答えつつも、貴依もまた彼女の顔色が悪いことを指摘する。貴依が言うように胡桃もまた顔を少し青褪めさせていた。

 

「何言ってんだ、あたしも大丈夫に決まってんだろ? そんなことよりも……」

 

 顔色は変わっていないが精一杯の強がりなのか、ニカッと勝ち気な笑みを浮かべる胡桃。

 そんな二人とは対象的にアレックスは淡々とした表情で、気負った様子もなく階段を降りていく。

 

「お、おい。アレックス一人で行くと危ないぞ」

 

 貴依がそうアレックスに語りかけるが。

 

「なら先輩も早く。今は安全かもしれませんが今後も安全という保証はないんですから。先輩もこっちに来ると言った以上は覚悟を決めてください」

 

 と、逆にアレックスに諭される。その言葉を聞いた貴依は。

 

「その、ごめん……」

 

 と、縮こまって謝るが、それを見た胡桃が。

 

「おい、アレックス。流石にその言い方はないんじゃないか?」

 

 アレックスの物言いに流石にあんまりじゃないかと告げる。しかし当のアレックスは。

 

「中途半端な覚悟では死ぬことになります。そして一人が死ねば連鎖的に私たち三人がまず死んで、その後屋上に残った人たちも後を追うことになるんですよ?」

 

「うっ……」

 

 アレックスの反論に二の句を告げなくなる胡桃。

 それを見たアレックスは、彼女らに気付かれないように小さく嘆息すると二人に対して頭を下げる。

 

「すみませんでした、くるみ先輩。貴依先輩も一杯一杯なのもわかってはいるんです。ですが──」

 

 そこまで言ったところで貴依がアレックスに語りかける。

 

「いや、良いんだ。私こそごめん」

 

 そう言うと貴依は両手で自身の両頬をぱんっ、と叩く。その姿にアレックスと胡桃は驚くが。

 

「うし、気合入った。……これでもう大丈夫、私もどこか楽観視してたみたいだし、さ」

 

「楽観視、ですか?」

 

 アレックスの言葉に貴依は申し訳無さそうにああ、と答える。

 

「アレックスとくるみがいてくれるから大丈夫、なんてどこかで思ってたんだよ、きっと。でも、もう大丈夫。そんな気持ちは今の一発で追い出したからさ」

 

 貴依のそんな言葉に胡桃はプッ、と吹き出す。

 

「……なんだよ、それっ」

 

 二人の様子を見たアレックスもまた先ほどまでのピリピリとした雰囲気は溶けており肩の力を抜けていた。

 そして二人も大丈夫になったと判断したアレックスは。

 

「行きましょう先輩方。まずは教室を開放できれば机や椅子がバリケードの部品として使えるはずです」

 

「おう」

 

「ああ」

 

 アレックスの提案に二人が了承するとそのまま三人で教室方面に足を向けるのだった。

 

 

 

 

 

 そのまま三人は階段のすぐ隣の2-Aの教室を窓から望みこむ。

 覗き込んだ教室内には二、三体のかれらが何をするわけでもなくそのまま棒立ちしていた。

 

「少しとはいえ、やっぱりいるんですね……」

 

 アレックスが小声で呟くと貴依と胡桃もそうだなと頷く。そして胡桃が教室のドアをゆっくりと開けると貴依とともに教室内に侵入する。

 

「あ、先輩。急に……」

 

 アレックスが二人を止めようとするが、その前に二人はかれらのうちの一体に近づくと胡桃は手に持つシャベルをフルスイング! 勢いの乗ったシャベルはかれらの頭に強かに打ち据えられ、その勢いのまま、ずだんと地に伏せ動かなくなる。

 しかし、その音で胡桃たちが侵入したことに気付いたのか残りのかれらが二人のもとに向かい出す。

 それを見たアレックスは──。

 

「もうっ……!」

 

 そう言いながら慌てて教室内に躍り出るがその前に。

 

「せぃやぁ!」

 

 貴依の気合が入った掛け声とともにデッキブラシの一突きをかれらのうちの一体ににお見舞いする。突きを食らったかれらは体勢を崩し倒れ込む。

倒れ込んだかれらに対して貴依は胴体を踏みつけて動けないようにすると。

 

「このぉっ!」

 

 頭部めがけてデッキブラシを叩きつける。その一撃で叩いている個体は動かなくなっているのだが彼女はそれに気付かずに何度も何度も叩きつける。恐怖か、興奮から正常な判断が出来なくなっているようだった。

 そしてそんな彼女の背後にもう一体のかれらが忍び寄るが、近くにいた胡桃がすかさずフォローに入る。

 

「柚村、危ない!」

 

 そう言いながら胡桃は彼女の背に立つと、近付くかれらに対してシャベルによる刺突を繰り出す。

 その一撃はかれらの頸に突き刺さり、その勢いから止まることなく頭を撥ね飛ばす。

 撥ね飛ばされた頭はそのまま中空を跳んで床にゴトンと落ちる。

 その音でようやく気付いたのか貴依はかれらを打ち据えるのをやめて後ろを振り返る。そこには胡桃の後ろ姿と、その先に頭をなくし、血を噴水のように吹き出しながら後ろに倒れるかれらの姿があった。

 それでようやく自身がかばわれたという事実に気付き、貴依は胡桃に礼を言う。

 

「う、あぁ、助かったよ恵飛須沢」

 

 貴依の声を聞いた胡桃は安堵したような表情を浮かべて彼女に語りかける。

 

「ったく。心配かけさせんじゃねえよ」

 

 そこにアレックスも駆けつけてくる。そして貴依に近付いてくる。

 これはまた怒られるかな。と、思っていた貴依だったが側に来たアレックスは彼女が怪我していないか体を触りながら全身の確認をしだす。そして怪我がないことを確認したアレックスは安堵のため息を漏らすと貴依に話かける。

 

「先輩、あんまり心配させないでください。こんな最初から誰かがいなくなったら、佐倉先生にも顔向けできないんですから」

 

 アレックスの様子に貴依はきまり悪げにそっぽを向いて、小さな声が口から溢れる。

 

「私だってやれるんだって示したかったんだよ……」

 

 その言葉を聞いたアレックスは困ったように笑いながら語りかける。

 

「貴依先輩、気負いすぎですよ」

 

「そうだぞ柚村」

 

 貴依の肩に肘を置きながら胡桃も貴依に話かける。

 二人による励ましに貴依は苦笑しながら感謝の言葉を述べる。

 

「……二人ともありがとう」

 

 気恥ずかしげな彼女の様子に二人は笑う。

 その二人を見た貴依は最初こそ不貞腐れた様子だったが、二人につられて笑い出す。が、いつまでも教室で笑っているわけにもいかずに三人は互いの顔を見て頷くと、2-Aの教室から出る。

 そしてその隣の教室の入り口に近付くがそこでアレックスが立ち止まる。

 

「どうした、アレックス?」

 

「おい、柚村」

 

 アレックスの様子がおかしいと思い貴依は彼女に声をかけるが、そこで胡桃に止められる。

 貴依は胡桃の方に振り返るが、彼女がドアプレートを指差してその理由を理解する。

 そのドアプレートには彼女が在籍している【2-B】の表記がされていた。

 そのことに気付いた貴依は気不味そうにするが、当のアレックスは。

 

「気にしないでください先輩。覚悟を決めていただけですから。……では、行きましょう」

 

 彼女はそう言うと教室のドアを開ける。そこには小柄な女子生徒のかれらが一体だけ立っていた。

 そのかれらを見て一瞬アレックスの顔が歪む。その姿に見覚えがあったというのも勿論ではあるが、それ以上に件の女子生徒はアレックスのことを慕い仔犬のように彼女の後ろをついてくるクラスのマスコットのような存在だった。

 だが今の彼女は体こそ腐ってはいないが右腕にはかれらに食い破られたであろう傷跡や、何よりも顔には一切の生気を感じられず口からは時折体液、唾液かもしれないがポタポタと垂れていた。

 

 彼女の姿を確認したアレックスは怒りか悲しみか、自身のよくわからない感情を募らせるとデッキブラシを握りしめて、気配を殺し背後から彼女へ近付く。そして──。

 

「……おやすみなさい」

 

 その言葉とともにデッキブラシを大上段に構えて唐竹割りに振り下ろす。

 真後ろから渾身の一撃を受けたアレックスのクラスメイトだったかれらは後頭部を陥没させて倒れ伏す。そして倒れた彼女の頭部を中心に血が広がっていく。

 それを見たアレックスは複雑そうな表情を浮かべるが、すぐに感情を押し殺すと貴依と胡桃のもとへと戻る。

 

 顔が能面となったようなアレックスを見て貴依は心配するが。

 

「おい、アレックス──」

 

 彼女に声をかけられたアレックスは先ほどの能面のような無表情が嘘のように、貴依に微笑みかける。

 

「先輩、私は大丈夫ですよ。それより先に進みましょう」

 

 アレックスはそれだけを告げると一人で先に進んでいく。

 胡桃と貴依はアレックスを心配しながらも慌てて彼女の後を追うのだった。

 

 

 

 

 2-Bの教室を出た三人は残りの教室も制圧するために行動を開始したが、その道中では特に問題は起きずにそのまま教室方面の制圧を完了する。

 その後、彼女たちは一度屋上へ戻る。

 三人の無事を確認した屋上待機組、特に慈は突入組の無事な姿を見ると安堵で緊張の糸が切れたのか、足から力が抜けてペタンと座り込む。

 そのことに驚いた胡桃が慈に駆け寄る。

 

「めぐねえっ!」

 

 だが途中でその歩みが止まる。

 胡桃が見たものは感極まったのか静かに涙を流す慈の姿だった。

 

「あれっ? なんで私……」

 

「……めぐねえ」

 

「ごめんね、なんで。私は先生で、しっかりしなくちゃいけないのにぃ……」

 

 慈は涙を止めようと自身の手で顔を覆うが、一向に泣き止むことが出来ず譫言のようにごめんね、ごめんねと繰り返す。

 彼女の姿を見た由紀は心配そうに彼女に駆け寄ると背中をポンポンと叩き落ち着かせようとする。

 その由紀の行動が効いたのか、少しづつ慈の泣き声が小さくなって、そのまま彼女は立ち上がる。

 

「ごめんなさいね、先生がこんなことじゃいけないのに。ゆきさんもありがとう」

 

 涙に濡れた顔で笑いかけながら全員に告げる慈。そんな慈に由紀は真剣な表情を浮かべると彼女に語りかける。

 

「そんなことない! めぐねえだって私たちと同じなんだもん。だから! だからめぐねえだって不安に思ったっていいし、泣いてもいいんだよ?」

 

 その言葉を聞いた慈は驚いた表情を浮かべるが、由紀はそれに構わずさらに彼女へ諭すように語りかける。

 

「めぐねえにとって私たちは頼りないかもしれないけど、でも、私だってめぐねえの役に立ちたいし、他の皆だってそう。だからめぐねえは私たちを頼って良いんだよ。その代わり私たちもめぐねえのことを頼りにするから、ね?」

 

 その由紀の言葉を聞いた慈は顔をくしゃくしゃと泣きそうなように歪めながらも、気丈に振る舞おうとする。

 

「……そう、ね。私もゆきさんも、皆もそうだものね」

 

「そうですよ、佐倉先生」

 

 そこへいつの間にか近付いてきていたアレックスもまた慈に自身の思いを告げる。

 

「私も先生がここにいるからこそ校舎を奪還しよう、と提案できたんですから」

 

「唯野さん……?」

 

 彼女の言い様に疑問を持ったのか慈は疑問符を浮かべるが。

 

「先生なら私たちをまとめ上げることが出来る。そう思ったから私は私の出来ることを提案した。そう言うことですよ」

 

 心底安心したような表情を浮かべてそう告げるアレックスを見て、慈は再び、今度は感動から泣きそうになるが、その前に由紀が全員にとある提案をする。

 

「それならさ、めぐねえ(教師)私たち(生徒五人)がいるんだから、どうせなら部活動にしちゃおうよ!」

 

『……部活動?』

 

 由紀の突然の提案に目を丸くする他の面々。そんなことはお構いなしに由紀は楽しそうに笑顔を浮かべながらさらに自身の考えを告げる。

 

「そう、部活動! 学校で生活するんだから…………。うん、【学園生活部】!!」

 

 

 彼女の言葉に驚いていた面々だったが、不意にアレックスが笑い出す。

 

「ふ、くく、ゆきせんぱ、い。いくらなんでも安直すぎません?」

 

「え~……。なら、あーちゃんにはなにか代案があるの?」

 

 アレックスに否定されたと思ったのか由紀は不貞腐れたように彼女に代案はあるのかと告げるが、アレックスは首を横に振った後に。

 

「ふふ、ゆき先輩、すみ、ません。……否定してるわけじゃないんですよ。ただ、ゆき先輩は面白いこと考えるなぁ、と」

 

 そしてアレックスは慈の方に振り返るとにこやかに笑いながら彼女に問いかける。

 

「それで佐倉先生どうしますか? 顧問一人に生徒五人。部活動としての最低限の人数は集まっているから創設、という意味では何も問題はないと私は思いますよ」

 

 アレックスに問いかけられた慈は全員の顔を見渡すが、否定的な表情を浮かべるものは誰もいなかった。

 それを確認した慈はハンカチを取り出すと自身の涙に濡れた顔を乱暴に拭うと力強く宣言する。

 

「そうね、ならゆきさんの提案どおりに部活動を設立しちゃいましょう!」

 

 彼女の宣言に沸き立つ生徒たち。特に由紀は慈が元気になったことが嬉しいのかぴょんぴょんと飛び跳ねそうなほどに喜んでいた。

 そのときに、あ、でも、とアレックスが言う。

 

「部活動をするとして部長と副部長をどうしましょうか?」

 

 それを聞いた慈はそういえば、といった顔をするがすぐに。

 

「いえ、それはまた後で決めましょう。それよりも今は唯野さんたちが帰ってきたということは下の方は一段落したということでいいんですね?」

 

 と、アレックスに問いかける。

 

「ああ、はい。一応最低限教室方面は制圧できましたからバリケードの資材には困らないはずです。ただ職員室方面はまだ未制圧なのでそちらには注意が必要ですが……」

 

 それを聞いた慈はうんうんと頷きながら。

 

「なら今はまずバリケードの構築を優先しましょう。階段と職員室方面を塞げば最低限の生活スペースは確保できます」

 

 その言葉に全員が頷く。そしてさらに慈が告げる。

 

「それでは学園生活部の初活動、バリケード作りを皆で頑張りましょう!」

 

 彼女の宣言に皆がおー! と気炎を上げると突入組三人が慈たちを守る形で校舎内へと再び舞い戻り、バリケード作りや校舎内の制圧に精を出すのであった。

 

 






 読了ありがとうございました。
 がっこうぐらし! の原作を知らない、RTA小説の知識ではどこが原作ブレイクしたの? と、思われる方がいるかも知れないので一応そこら辺の補足をば。

 今回巡ヶ丘高校組は無事(?)学園生活部を発足させましたがこの経緯が原作とは全くの別物となっています。

 原作ではアウトブレイク発生後、運良く生き残った由紀でしたが親しい友人(貴依など)の死や、日常の崩壊を直視することが出来ずに塞ぎ込んでしまいます。
 そのことを重く見ためぐねえは彼女とくるみ、りーさん(悠里)にせめて学校にいるうちだけでも日常を送ろうと学園生活部の設立の提案をして発足。
 発足後、由紀は塞ぎ込むことはなくなりましたが、非日常の中で日常を送るようになった結果、原作で胡桃が美紀に【元気になりすぎた】と言ったように現実逃避による幼児退行化、所謂【ゆきちゃん】化してしまいます。
 その後、【あめのひ】でのめぐねえの死によってさらに悪化、原作開始へと続いていきます。

 ですが今作ではまず親友の貴依が生存したことにより、多少精神に余裕ができたこと。
 次に、年下で後輩のアレックスという由紀からすると庇護対象が現れたこと。
 その結果元々由紀自身芯の強い女性【原作のゆきちゃん化した状態でもどこかで現実を認識しており、きもだめし”=夜の比較的彼らの少なくなる習性を利用して購買部への物資調達”や、えんそく”=学校内部の物資が乏しくなる前に外部での物資調達”、また部員がストレスを貯めすぎないように何らかのレクリエーション”=うんどうかい”などの提案を行っている】だったこともあり、結果として今作の由紀はゆきちゃん化ではなく、原作最終話でのゆきねえに近い状態に覚醒。
 そして精神が不安定になっているめぐねえを見た由紀は、彼女の心配、不安を取り除くために学園生活部の設立を提案するという、最終的な結果こそ同じであるがそこへ至る過程が真逆になるという原作ブレイクが起きた、ということでした。


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第十三話 透子とかれらとウイルスと

 お久しぶりです、作者です。
 なんだかんだとうだうだ書いているうちに、【まんがタイムきららフォワード】でがっこうぐらし! の続編、【がっこうぐらし!~おたより~】の連載が開始されたようで、作者自身はコミックス派なのでまだ読んでいないのですが、楽しみな半面新たな設定で矛盾が出てきたらどうしよう、と戦々恐々している次第です。

 それはまぁともかくとして、今回は圭たちを救助したその後のお話である第十三話をどうぞ。


 晴明たちが秘密基地と言っている避難所の一室。そこで晴明は椅子に座りとある冊子をペラペラとめくり読み込んでいる。

 その部屋にあるベッドの一つに女性が静かに眠っている。その女性とは赤坂透子だった。

 その時、扉から一人の少女が中に入ってくる。

 

「蘆屋さん、おつかれさまです。赤坂さんは……?」

 

 髪をハーフアップにした少女、祠堂圭はそう言って晴明に問いかける。

 晴明は彼女の方に椅子を回して向き直ると近くにある机に冊子を置いて問いかけに答える。

 

「ああ、祠堂さんか。安定しているし大丈夫だと思うよ。あとは目覚めるのを待つだけなんだが……」

 

 晴明の答えを聞いた圭は安堵したようにほっと息を吐くと、かすかな笑みを浮かべる。

 

「でも、本当に赤坂さんが無事で良かったです。それにまさかあれに治療法があったなんて」

 

 その言葉を聞いた晴明は苦笑しながら彼女の認識を訂正する。

 

「治療法と言っても、な。あれに関しては裏技みたいなものだし、誰もが使えるというわけでもないしな。……そういう意味では透子さんは本当に運がいいのかもしれないな。尤もこんな事に巻き込まれている時点で逆に運が無いんだろうがな」

 

 晴明の言葉を聞いた圭は不思議そうな顔をすると晴明に問いかける。

 

「そうなんですか……?」

 

「ああ、そうだよ」

 

 そして晴明は申し訳なさそうな顔をすると圭に謝罪する。

 

「祠堂さんも済まないな。本来ならそれも含めて説明してるはずだったんだが、流石にこの状況ではそういうわけにもいかなくてな」

 

 晴明の謝罪を聞いた圭は慌てた表情で両手を前に突き出すと手をブンブンと振って否定する。

 

「ええっ! いやいや、そんな! 今はそんな状況じゃないってわかってますから」

 

「そう言ってもらえると助かるよ」

 

 晴明は圭にそう返しながら先ほど机に置いた冊子を見る。その冊子の表紙には【緊急避難ファイル】という文字が印刷されていた。

 それを見ながら晴明は何があったのかを思い返していた。

 

 

 

 

 時は晴明たちが圭たちをリバーシティ・トロンから救出して秘密基地に帰還したところまで遡る。

 キャンピングカーから救出された圭たち非戦闘員が降りてくるが、その中で透子はジャンヌに肩を貸される形で降りてくる。その顔は苦痛に歪み青白くなっている。

 ジャンヌは心配そうに透子に声をかける。

 

「透子さん、大丈夫ですか? 帰ってきましたよ」

 

 しかし透子はそれに答えるだけの余裕がないのか沈黙を、否、痛みで意識が朦朧としているのか時々呻き声を上げている。

 そして透子の代わりにキャンピングカーの運転をしていたのか、晴明が最後に降りてくる。

 そしてジャンヌに透子の容態を聞こうとするが。

 

「レティシア、彼女の様子は……。どうにもよろしくなさそうだな。中に何か鎮痛剤でもあれば良いんだが……」

 

 晴明は苦虫を噛み潰したような顔をしながら忌ま忌ましげに吐き捨てる。リバーシティ・トロンを脱出した時点では何もなかったはずなのだが、秘密基地に帰る途中に彼女は突然なんの前触れもなく苦しみだした。

 その様子が尋常ではなかったことから晴明はすぐに彼女と運転を交代すると、ジャンヌに看病をするように指示を出す。

 唯一幸いと言えたのは、彼女が苦しみだしたのは秘密基地に比較的近しい場所だったということだろう。

 そのためにそう時を待たずに秘密基地に帰還することができた。そうでなければ透子の容態はさらに悪化していただろう。

 

「ともかく今は中に入るとしよう。レティシア」

 

「はい」

 

 晴明はジャンヌに話しかけると同時に彼女から透子を受け取るとそのまま横向きに、所謂お姫様抱っこの状態で抱きかかえる。そして軽く地面を踏みしめると、トンッと軽い調子で飛び上がる。

 するとそのまま晴明は軽い跳躍だったとは信じられないほどの高さ、即ち一足飛びで地表から秘密基地の入口がある屋上部分に飛び移る。

 現に晴明に追い越される形になった美紀と圭は口をあんぐりと開けて驚愕している。

 そして彼を追うように跳んで来たジャンヌを見て、もはやそういうものなんだと理解した二人は黙々とハシゴを登ることにしたようだ。

 そんな二人を待たずに晴明はジャンヌに入口を開けてもらうと、そこから内部に飛び降りて着地。そしてそのまま透子を施設内のベッドに寝かせる。

 

「レティシア、俺は他の子達と何か無いかを探してみる。お前は透子さんの体に異常が出てないかを確認してくれ」

 

 晴明の言葉にジャンヌは了承する。

 

「了解しました。こちらで確認を取ります」

 

「……頼む」

 

 晴明はそれだけを告げると部屋を退室する。それを見送ったジャンヌはベッドに寝かされた透子のもとへ向かうと彼女の衣服を脱がせ始める。そして──。

 

「なんですか、これ……」

 

 透子の体を見たジャンヌが息を呑む。彼女の体にはまるで血管が浮き出たかのような蚯蚓腫れが浮かんでいた。

 

 

 

 

 部屋から出た晴明は秘密基地内に入ってこれた美紀と圭を見ると彼女たちのもとへと赴き彼女たちに頼み事をする。

 

「済まない二人とも。本来は休んでもらいたいんだが状況が状況なのでな。できれば一緒になにか使えそうなものを探してもらいたい」

 

 申し訳無さそうに話す晴明を見た二人は、今の状況では仕方ないと理解しているのか苦笑しながら彼の頼みを受け入れる。

 

「ええ、いいですよ。ね、美紀」

 

「うん、私たちでいいなら手伝います」

 

「感謝する。ではこっちだ」

 

 二人の返事を着いた晴明は施設内の物資集積所に案内する。そこを見た二人は驚きの声を上げる。

 

「ここは……」

 

「こんなに……」

 

「ああ、それで……」

 

 そこまで言って晴明は集積所の一角を指差す。

 

「透子さんの話ではあの辺りに薬品類が多く置かれていたそうだ」

 

「ならまずはそこを探すんですね!」

 

 圭は晴明の話を聞いてフンす、と気合を入れて話す。

 

「ああ、とは言っても流石に三人も入れるスペースはないようだから、俺は念の為に別の区画を探してみるよ」

 

「わかりました、それじゃなにか見つけたら知らせますね」

 

 美紀もまた晴明にそう告げると彼自身二人にお願いする、とだけ告げて別の区画に移動をする。その晴明の余裕のなさそうな様子を見た二人もまたいそいそと捜索を開始するのだった。

 

 

 

 

 その後しばらく圭たちとは別の区画を捜索していた晴明だったが──。

 

「こんなことなら、もっとよく整理をしておくべきだったか……」

 

 と、愚痴とも後悔とも取れる言葉をこぼしていた。

 とは言え、晴明たち自身も数日前にここを拠点とし始めたばかりで、なおかつその後も瑠璃の救出やリバーシティ・トロンへの遠出などで物資集積所の整理をするだけの時間を捻出出来るほどの余裕はなかったという現実的な問題もあったのだが。

 だが、それでも、たらればを考えてしまう晴明は溜息を付きそうになるが、その前に晴明のもとに困惑した様子の圭が駆け込んでくる。

 それを見た晴明は、なるべく平静な表情を保とうとするが。

 

「蘆屋さん、これ一体何なんですか!」

 

 彼女の突き出してきた冊子を見て困惑する。それには緊急避難マニュアルと印字されていた。

 

「祠堂さん、これは……?」

 

「私もわからないから聞いてるんですけどっ! ……って、蘆屋さんもわからないんですか?」

 

「ああ、何分俺たちも何日か前にここに来たばかりでね。見せてもらっても?」

 

 晴明の言葉に圭は黙って頷き冊子を差し出してくる。それを受け取った晴明は冊子のページを捲っていくが次第に顔色が険しくなっていく。

 

 ──機密保持事項。

 ──人材と資源の確保、並びに非感染者の隔離をすること。また武力衝突の発生を前提とせよ。

 ──人命こそ最も優先すべきものであるがゆえに、多数の人命の危機の場合、少数の人命の損耗をためらってはならない。

 ──……生物兵器も、この例に漏れない。

 ──■■菌をベースとしたα系列、■■ウイルスをベースとしたβ系列、突然変異種であるΩ系列。

 

 そして巻末には。

 

 ──緊急連絡先、【ランダル・コーポレーション巡ヶ丘支社】

 

 さらには拠点一覧という文字とともに、生存者がいるはずの【私立巡ヶ丘学院高校】と、晴明の弟子であるペルソナ使いの神持朱夏が通う【聖イシドロス大学】の名前、さらには巡ヶ丘の自衛隊駐屯地までが記載されていた。

 

「なんだ、これは…………!」

 

 そんな言葉を出しながら晴明はかすかに震える。だが頭の冷静な部分では政府が【コレ】を何らかの理由で掴んだからこちらに仕事が回されたのか、と理解する。

 そして同時に、何故自衛隊駐屯地まで記載されているのかを訝しむ。

 そもそも晴明がランダル・コーポレーションを調査していたのは政府の依頼が発端なのだ。それなのに自衛隊、というよりも政府がランダルに協力していたというのであれば辻褄が合わないし、仮に自衛隊が独自の判断で行動していたとすればコレは立派な背信行為だ。

 そこまで考えて晴明は頭を振る。

 

(それこそ辻褄が合わない。ならば何故五島一佐がランダルの調査を行っていた? 考えろ、考えろよ蘆屋晴明。……そういえばあの時通信で五島一佐はなんて言っていた?)

 

 あの時五島が何を言っていたかを思い出そうとする晴明。そして。

 

 ──まだ確定ではないが、かの組織の裏に【メシア教】がいる可能性があるようなのでな。

 

 彼が言った言葉を思い出して思わず苦虫をダース単位で噛み締めたような顔をする晴明。

 

(最悪の場合、メシア教のシンパが自衛隊内にいて、なおかつかなり高い地位に就いている可能性があるのかよ……)

 

「あの、蘆屋さん……?」

 

 考え込んでいた結果に舌打ちをしたい晴明だったが、圭に心配そうに話しかけられたことで我に返り彼女の方を見る。圭は不安そうな表情で晴明を見つめていた。

 そのことに気付いた晴明は慌てて取り繕うと彼女に大丈夫だということを告げる。

 

「あ、ああ、済まないね。ちょっと考え事をしていたんだ。それよりも、だ」

 

 晴明は改めて冊子の記述を横目で見やると。

 

「祠堂さん、コレを見つけてくれたのは本当にお手柄だ。この記述が本当ならなんとかなる可能性が出てきた」

 

「本当ですか!」

 

 晴明の言葉に圭は興奮気味に問いかける。それに晴明は──。

 

「まだ可能性だが、そう分の悪い賭けにはならないだろう」

 

 と、圭に勝率は高いことを告げると、冊子を彼女に返す。

 

「では後はこちらに任せて吉報を待っていてくれ」

 

 それだけを圭に告げると足早に物資集積所を去っていく。圭はそれを見送ると美紀のところへと小走りで戻るのだった。

 

 

 

 

 透子が寝ている部屋と物資集積所双方に隣接している放送室では瑠璃が心配そうに透子が寝ている部屋の扉を見ていた。

 が、物資集積所から晴明が出てくるのを確認した瑠璃は、とててっ、と晴明のもとへ駆け寄ると心配そうな表情を崩さずに彼へと問いかける。

 

「ねぇ、おじさん。とーねぇ大丈夫だよね……?」

 

 その心配そうな瑠璃の様子に晴明は彼女を安心させるように微笑みを浮かべて目線を合わせるようにしゃがみ込むと、彼女の頭をくしゃりと撫でる。

 そして心配無用だと彼女に告げる。

 

「大丈夫! 透子さんの方は俺たちでなんとかするから、だからるーちゃんは休んでいなさい。いいね?」

 

 晴明の言葉を聞いた瑠璃は少し悩んだ素振りを見せるが、すぐに右手の小指を立てた状態で突き出す。それで瑠璃が何をしたいのか察した晴明は彼女に倣って同じように突き出すとお互いの小指を絡めて。

 

「指切りげんまん、嘘ついたら針千本のます、指切った。……約束だよ、おじさん?」

 

 瑠璃の行動に晴明は笑いながら。

 

「ああ、約束だ」

 

 瑠璃と約束を交わすと透子が寝ている部屋の入り口へと歩を進める。

 扉の前に立つとそのままノックをする晴明。

 そして晴明は中にいるジャンヌに声をかける。

 

「レティシア、俺だ。いま中に入っても大丈夫か?」

 

『あ、はい。大丈夫です』

 

 ジャンヌの返事を聞いた晴明はそのまま部屋の中に入っていくのだった。

 

 

 

 

 部屋の中に入った晴明が最初に見たものは、体を冷やすように少し服をはだけさせた透子に寄り添うように、彼女の額に乗せた濡れタオルを交換し、同時に汗を拭き取っているジャンヌの姿だった。

 そして一段落ついたのか、彼女は晴明のもとへ向き直る。

 

「それでマスター。こちらに戻ってきたということは、なにかわかったのですか?」

 

「ああ、恐らく原因になったこととそれ他にもちょっとな。それでジャンヌの方は何かあったか?」

 

「それは──」

 

 晴明に透子の状態を聞かれたジャンヌは簡潔に彼女の状態を告げる。それを聞いた晴明は顎に手を当てるとポツリと呟く。

 

「その症状は、やはりあの冊子に書いてあったα系列の症状と似ているな、ならば……」

 

「α系列? それに冊子、ですか?」

 

 晴明の発言が気になったのかジャンヌが彼に問いかける。

 

「さっき祠堂さんが見つけてくれてな、その中に色々と書いてあったんだよ」

 

 そして晴明は先ほど見た冊子の内容をジャンヌへ告げる。

 それを聞いたジャンヌは驚きの表情を浮かべる。

 

「そんなっ! それじゃあ今回の件は政府もグルだった可能性があると……!」

 

「……それはないだろうな」

 

「なぜそう言い切れるんですか?」

 

 ジャンヌは不安を口にするが晴明は即座にそれを否定する。そのことを不思議に思ったのかジャンヌは晴明になぜか? と、問いかけるが彼の答えは──。

 

「そもそも依頼自体が政府からの依頼なんだ。アリバイ作りに依頼したとしてもそんな冊子(証拠)を残すなんて、いくらなんでも杜撰過ぎる。それに護国と天皇陛下に忠誠を誓っている五島一佐が調査に乗り出している時点で自衛隊内も一枚岩じゃない可能性が高い」

 

「…………あぁ、確かにあの方ならむしろ『その精神を叩き直してくれる!!』と言って鉄拳制裁する側ですね」

 

 実際に五島が行動している様子を想像したのか、ジャンヌは曖昧な表情を浮かべながら晴明の意見に同調する。

 

「まぁ想像でしか無いし、いまはそんなことはどうでもいい。それよりも彼女の状況がわかって、なおかつ治療ができる可能性があることのほうが重要だ」

 

 晴明はそんなことを言いながら、かつて自身の前世に存在したゲーム『真・女神転生Ⅳ』のことを思い出す。

 この真・女神転生Ⅳというゲームで一つの状態異常が新たに実装された。その状態異常の名前は【風邪】と呼ばれる状態異常。そう、現実でも人にとって一番よく罹るだろう体調不良の原因のあの風邪だった。

 さらに風邪の状態異常時に悪化と呼ばれるスキルを使うことで強制的に残りHPを1にして追撃の一撃で一掃するという経験値稼ぎという方法があったがそれは本筋とは関係ないので割愛する。

 ここで重要なのは()()()()()()が原因で、なおかつ他の病気に分類できないほど広義な意味での風邪と呼ばれる症状が状態異常として実装され、そして本来特効薬が存在しない、抗生物質などを飲んで体を休めるしか治す方法がない風邪という病気に明確な治療できる方法が存在する、というところだ。

 

 今世に置いて晴明はメガテンシリーズのあらゆる知識を使い悪魔召喚師としての腕を磨いてのし上がってきた。それは逆説的にいえば本来虚構(フィクション)であるはずのゲームの知識が、現実世界の常識として通用することを意味する。つまり本来明確な治療薬が存在しない風邪に(裏世界限定とはいえ)完全治療薬が存在している、ということだった。

 

 そして透子が倒れた原因であろうα系列。これの原因は細菌であるということが冊子の記述により判明。

 それはつまり、裏世界の治療法が今回の透子の治療や、さらに言えばゾンビ化現象ですら治療が可能であるという一つの可能性が浮かび上がってきた、ということだった。

 

「だが、流石に風邪と同じようにディスポイズンで治るという確証はない。ないが、それならさらに強力な方法を保険として使用すればいい」

 

 そう言ってジャンヌを見る晴明。見つめられたジャンヌは私? と不思議そうな顔を一瞬浮かべるが。

 

「何を不思議そうな顔をしているんだジャンヌ。お前は【アムリタ】が使えるだろうに」

 

「……あ」

 

 晴明が呆れたような表情を浮かべてジャンヌにそう言うとそれで彼女自身も気付いたのか間抜けな声を上げる。

 

 ──【アムリタ】

 

 これは本来インド神話に登場する不老不死の霊薬であるが、彼らが言っているのは霊薬のことではなく、状態回復魔法のことだ。

 その効果は味方単体の死亡以外のあらゆる状態異常を回復する、という最上位クラスの回復魔法だ。

 これを超える回復魔法は現在常世の祈り、メシアライザーとも呼ばれるPT全体のHPの完全回復と、死亡以外の状態異常回復効果を持つ魔法しか存在しない。

 そして晴明はそのアムリタであれば確実に透子の治療ができるであろうと踏んだのだ。

 

「ともかく、いまは彼女にアムリタをかけてみるしか方法はない。いいなジャンヌ」

 

 晴明の言葉に頷くジャンヌ。そして彼女は力ある言葉を紡ぐ。

 

「いきます。──アムリタ」

 

 彼女がその言葉を紡ぐと同時に透子に新緑の暖かい光が纏わり付き、その光が透子の肉体に染み込んでいく。すると、先程までの苦しんでいた様子が嘘のように静かな寝息を立て始める。だが、同時に彼女の頬に浮かぶ汗が先ほどまで苦しんでいた光景が確かな現実だったということを示していた。

 その様子を見た二人は安堵の笑みを浮かべる。

 

「どうやらちゃんと効いたようだな」

 

「ええ、本当に良かった」

 

 しかし、透子の様子をスキャンしたバロウズは楽観できる状態ではないことを二人に報告する。

 

《でも、彼女は体力をかなり消耗しているわ。最悪の事態を防げたのは確かだけど、意識を取り戻すのには時間がかかるかもしれないわね》

 

「……そう、か。いつ頃戻るかの予想はできるか、バロウズ?」

 

 晴明はバロウズにそう質問するが。

 

《こればかりは彼女の生命力次第としか……。まぁ、最低でも今日一日は眠ったままでしょうね》

 

 晴明はバロウズの答えにため息を付きそうになるのを堪えながら。

 

「…………まぁ、仕方あるまい。流石に透子さんを置いていったり、俺一人で巡ヶ丘高校に行っても意味がないし、彼女が起きるまではここで待機、だな」

 

「そうですね、彼女の看病にも人手が要りますし。瑠璃ちゃん一人を先にお姉さんの場所まで送る手もありますが」

 

 ジャンヌの言葉に即座に首を横に振る晴明。

 

「るーちゃん本人が納得しないだろう。それに仮に行くことになったとしても、お姉さん自体は嬉しいだろうが、俺は一度こちらに戻らないといけない以上、他に生存者がいた場合足手まといが一人増えた、と生存者同士で険悪になる可能性がある」

 

 晴明の予想にため息を吐くジャンヌ。

 

「それがありましたか。ならどの道一度待機しておくしかありませんね」

 

 その言葉に晴明は首肯すると。

 

「それじゃ、ジャンヌしばらくここは任せていいか? 一応このことを他の子達にも話しておくべきだろうからな」

 

「了解しました、そちらはお願いしますね」

 

 晴明はジャンヌにそう言って見送られると部屋の外へ出るのだった。

 

 

 

 

 

「…………蘆屋さん、どうしたんですか?」

 

 圭に呼びかけられることで我に返ったのか、晴明はハッとした顔をすると彼女に返事をする。

 

「なに、ここに帰ってきたときのことを思い返していたんだよ」

 

 その答えを聞いた圭はくすり、と笑いながら晴明に話しかける。

 

「そうだったんですね」

 

 圭が晴明に返事をした、その時に透子が眠っているベッドでもぞもぞとした動きがあった。それを見た圭はベッドに顔を向けて目を見開き、その姿を見た晴明も慌ててそちらに向き直る。

 するとタイミングが良かったのか、ううん、という声と同時に透子の瞼が少しづつ開いていく。

 

「──ここ、は……?」

 

 透子は小さく声を上げるが、なぜ自分がここにいるかを理解できていないようだった。

 それはともかくとして、彼女が目覚めたことを喜んだ圭は。

 

「私、皆を呼んできます!」

 

 その言葉とともにバタバタと部屋を出ていく。

 それを見送った晴明は再び透子を見ると。

 

「透子さん、体は大丈夫か? どこかおかしいところはないか?」

 

 と、呼びかける。それに透子は少しづつ頭が回転しだしたのか。

 

「え、ええ。特に問題はないと思うけど。あ、でも……」

 

「でも?」

 

 晴明が鸚鵡返しに訪ねたときに、どこからともなく腹の虫が聞こえてくる。自身からその音が聞こえた透子は赤面して。

 

「ちょっと、お腹が空いたかも……」

 

 恥ずかしそうにそう告げる。それを聞いた晴明は。

 

「そうか、それなら良かった」

 

 心底安心した、と言わんばかりの安堵の表情を浮かべるのだった。

 

 




 ちなみに圭が見つけた緊急避難マニュアルは、原作3巻の巻末についている、めぐねえが職員室で見つけたものと同等のもの(場所が場所なので教職員用ではない)という設定です。
 そしてΩ系列については今作の独自設定です。


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第十四話 悪魔と召喚師と説明と

 毎度言っているような気もしますがお久しぶりです、作者です。
 この頃かなり私事が忙しく、その結果のモチベの低下まで発生していましたが、私事のほうが少し落ち着いて執筆の時間が取れたのでなんとか書き終えることが出来ました。
 また世間では今年の10月下旬にSwitchで真・女神転生Ⅲのリマスター、並びに来年にはⅤの発売が決定したと発表があり個人的には大変楽しみといったところです。

 前書きで長々と書いているのもあれなので、とある伏線回収とともにメガテンを知らない方へ向けてと同時に今作での独自設定の説明会、な第十四話をどうぞ。














 透子が意識を取り戻してしばらくした後、彼女が寝ている部屋にフロストとジャック以外の全員が集まっていた。

 特に彼女の心配をしていた瑠璃は透子の元気な姿──あくまでもまだベッドから起き上がっているだけの状態だが──を見て、感極まったのか思い切り抱きついて涙を流していた。

 

「とーねぇ、とーねぇ……!!」

 

「ごめんね、るーちゃん心配かけて」

 

 そう言いながら瑠璃の頭を撫でる透子。瑠璃はそんな透子の言葉にうん、うん、と何度も頷いて。

 

「とーねぇ、ホントにいっぱい、いっぱい心配したんだよ」

 

 と、涙ながらに語りかける瑠璃を見て困ったような表情を見せる。

 そこで晴明が瑠璃に近付いて視線を合わせるように屈むと、彼女を安心させるように告げる。

 

「ほら、るーちゃん。だからおじさんは大丈夫だって言っただろう?」

 

「うん!!」

 

 晴明の言葉に満面の笑みを浮かべて頷く瑠璃。

 しかし瑠璃の笑顔を見た晴明はどこか気まずそうに苦笑いをすると本来の功労者について告げる。

 

「ま、実際のところ祠堂さんがあれを見つけてくれたからどうにかなったんだけどな」

 

 そう言いながら晴明はすぐ近くにあるテーブルの上に置いてある緊急避難マニュアルを見る。晴明につられて他の面々もテーブルを見るが、その中で一人だけその冊子を見て顔を青くするものがいた。

 

「……晴明さん、それ……!」

 

 顔を青くした人物は、先ほどまで意識を失っていてその存在を知るはずのない透子だった。

 その透子の姿を見て晴明はやはりか、と思って苦笑を浮かべつつ彼女に問いかける。

 

「やはり透子さんはあのマニュアルの存在を知ってたんだな?」

 

 晴明の断定とも取れる言葉に静かに頷く透子。彼女の頷く姿を見て発見者である圭は驚きの表情を浮かべると彼女に詰め寄ろうとする。が、その前に美紀に肩を掴まれて止められてしまう。

 

「ちょっと、美紀!」

 

 思わず美紀の方に振り向く圭だったが、顔を合わせた美紀は首を横に振ると。

 

「圭、落ち着いて。赤坂さんは病み上がりだよ。それに私たちよりもあの人に話を聞きたい人がいることを忘れないで」

 

「…………!」

 

 美紀に諭された圭は、それでも納得はいかないのか美紀から顔を背ける。そんな圭を見た晴明は。

 

「祠堂さん、いまは我慢してくれないか? ……それに、彼女が言い出せなかった理由は俺の方にもあるだろうしな」

 

 晴明の言葉を聞いた美紀と圭はキョトンとした顔をする。それには構わずに透子の顔を見る晴明に対して件の透子はというと。

 

「……晴明さん、いつ気付いたの?」

 

 どこか怯えたように晴明に話しかける。それを聞いた晴明は。

 

「気付いた、と言うほどではないかな。祠堂さんが持ってきた冊子のことをレティシアに聞いて、彼女も知らないと言ったから最初は祠堂さんが第一発見者だと思ったんだが」

 

 その言葉を聞いて、なら何故という顔をする透子。それを見た晴明は苦笑しながらさらに告げる。

 

「最初に違和感を持ったのはリバーシティ・トロンに移動する途中の夜。あの時透子さんは俺に何かを話そうとしてやめただろう?」

 

「……ええ、そうね」

 

「あの時のどこか後ろめたそうな顔が気になったのが始まりだった。そして次は祠堂さんがあの冊子を持ってきた時だ」

 

 そこで私? と、自身を指差す圭。それを笑って頷きながら晴明はさらに言葉を続ける。

 

「ここに到着した日に集積所を捜索したのはレティシアと貴女だったな。それでもしレティシアが発見していたのならば、そんな重要なものの報告をしないはずがない。そしてあの日、捜索が終わった後の貴女の顔色はかなり悪かったな」

 

 彼の言葉に顔色を悪くしながらも頷く透子。そこにさらに言葉を続ける晴明。

 

「あの時は只の民間人の貴女がこんな地獄のような目に合えば何もおかしくないと思ったが。……実際にはあれを見つけたんだろう?」

 

「……ええ、その通りよ」

 

「透子さん……」

 

 彼女の返答に信じられないようなものを見たような表情を浮かべるジャンヌ。そのジャンヌの視線から逃れるように縮こまる透子だったが。

 

「やめろ、()()()()

 

 晴明からの突然の叱責に戸惑うジャンヌ。

 

「え、あ、すみませんマスター」

 

 そして思わず素の返答を行ってしまうジャンヌ。それを聞いた瑠璃は。

 

「レティシアおねえちゃん、ジャンヌって? それにマスターって、なに?」

 

「あ、えっと、それはぁ……」

 

 瑠璃の質問にしどろもどろになってしまうジャンヌだったが、それを遮るように晴明が瑠璃に話しかける。

 

「るーちゃん、そのことは後でちゃんと話すから、いまはちょっとこっちを優先させてもらっていいかな?」

 

 晴明の言葉に不承不承と言った感じで頷く瑠璃。それを見た晴明は独り言を呟くように透子に話しかける。しかしそれは詰問するものではなく、どちらかと言えば自身の失敗を悔いるような雰囲気であった。

 

「なぜ冊子のことを話さなかったのか、なんて言うつもりはないよ。」

 

「…………」

 

 晴明の言葉に一瞬口籠る透子だがなんとか絞り出すように声を出す。

 

「……晴明さん、私は」

 

 しかし、晴明はそんな透子の姿を見て首を横に振る。

 

「さっきも言ったように気にしなくていいよ。……それに言い出せなかったのも、あの時はまだ無意識のうちに俺のことを怖がってたんだろう? それを無視して責めるわけにもいかんよ」

 

 まさか晴明の口からそのような答えを聞くことになるとは思っていなかったのか、透子はもとより、彼に助けられた全員が狼狽する。

 その彼女たちの姿が面白かったのか晴明は笑いをこらえながらさらに告げる。

 

「祠堂さんと直樹さんは()()と一緒にいたから感覚が麻痺しているんだろうが、よく考えてくれ。そもそも強盗のようなものに襲われていたからとは言え、警官でもない素性の知れない銃刀法違反の人間に助けられたとして、君たちはそんなやつを完全に信用できるのかい?」

 

『……あ』

 

 晴明の言葉を理解した二人はそう間の抜けた声を上げる。

 それを見た晴明はとうとう堪えきれずに笑いながらさらに告げる。

 

「まぁ、そう言うことだ。……ああ、後この剣と銃に関してはちゃんと許可を得て携帯してるからそこは安心してくれよ?」

 

 茶目っ気たっぷりにそう告げる晴明に生存者の面々はどういった反応をすればいいかわからないとばかりに困ったような顔をする。

 それを見ていた晴明だったがしばらくすると、申し訳なさそうな顔をして透子を見る。そんな顔で見つめられると思っていなかった透子はさらに困惑した表情を浮かべる。

 

「えっと、どうしたの晴明さん?」

 

「ああ、いや……」

 

 その透子の言葉に一瞬迷いを見せる晴明だったが意を決したように謝罪の言葉を告げる。

 

「むしろ俺のほうが透子さんに謝らなければいけない立場だからな。本当に済まなかった」

 

「…………はぃ?」

 

 なぜ晴明から謝られたか理解できない透子は素っ頓狂な声を上げる。そして意味がわからないゆえにその理由を尋ねる。

 

「えっと、なぜ私に謝ったのかしら?」

 

「恐らく、とは言ってもほぼ十中八九、透子さんが感染した原因は俺にあるから、だな」

 

『はぁっ?!』

 

 晴明の言葉に驚きの言葉を上げる面々。特に圭の驚きようは凄まじく彼に詰め寄りなぜそうなったのかを問い詰める。

 

「一体どうしてそんな事が起きたんですかっ!」

 

「そのことを言う前に透子さん。彼女たちに俺たちが最初に出会ったときのことを教えても大丈夫かい?」

 

「……え? ええ、それはまぁ構わないけど」

 

 晴明のお願いに怪訝そうな顔をしながらも了承する透子。圭にはそれが晴明が誤魔化そうとしているように感じて、彼にどういうつもりなのかを問おうとするが。

 

「蘆屋さんっ!」

 

「これを言うことが祠堂さんの疑問の解決にも関わるんだ。まずは聞いてはくれないかな?」

 

 晴明の落ちついた口調に自身が頭に血が上っていることを自覚した圭は、一度深呼吸をすると首肯することで晴明に話を促す。

 

「ありがとう。……それで、あの時透子さんと初めて出会った時は、彼女がゾンビの集団に襲われてあと少しで噛まれるという状態だった」

 

 その言葉に驚いた圭は思わず透子を見つめるが、彼女自身はコクリと小さく頷くことで晴明の言った言葉が事実だと肯定する。

 

「それで、本当にギリギリのところだったが、透子さんが噛まれる前にその場所に行くこと自体は間に合ったんだけど、予断を許さない状況だったこともあって安全な場所に避難させる暇がないから、その場で即座にゾンビ共を殲滅したんだ」

 

「ええ、そうね。あの時は完全に諦めてせめて痛くないように、なんて祈ってたから本当に何が起きたかわからなかったわ」

 

 そうしみじみと呟く透子。それを聞いた他の救助された面々はそんな事があったのかと興味深そうに聞いていた。

 しかしそこでふと疑問に思った圭は問いかける。

 

「あれ? でも、それじゃあ感染する理由がなくないですか? 救助も成功しているわけなんですし」

 

 圭の疑問を聞いた晴明は首を横に振ると。

 

「そこだけ聞くとまさしくそうなんだけどね、その状況が問題だったんだよ。……簡単に言うと透子さんを中心にゾンビたちに囲まれている状況で、そいつらを残らず斬り伏せたから透子さんは全身に()()()を浴びることになったんだ」

 

 しかもその後同じく血塗れの俺を見て精神の限界に達したのか気絶してたしな、と告げる晴明。

 それを聞いてさもありなんと頷く美紀と圭だったが、そこで美紀は晴明にとあるお願いをされる。

 

「それで直樹さん。そこに置いてあるマニュアルを手に取ってちょっと確認してほしいことがあるんだ」

 

「え? えっと、……どこを確認すれば良いんでしょうか?」

 

 唐突な晴明のお願いに面食らった美紀だったが彼の言うとおりにテーブルに置いてあったマニュアルを手に取り晴明に質問する。

 質問を受けた晴明は改めて美紀に確認して欲しいところを告げる。

 

「じゃあ、それに記述されている感染症の感染経路の(ページ)を確認してくれるかな?」

 

「? わかりました。……感染症だからここね。えっと、α系列の感染経路は接触感染に飛沫感染、それに……、()()、感染……! これって……!」

 

 そこまで読んだ美紀は驚きの表情を浮かべて晴明を見る。見つめられることになった晴明自身は彼女の考えを肯定するように首を縦に振る。

 

「恐らく直樹さんが考えている通りに全身血濡れになって、なおかつ気絶した透子さんは知らないうちに体内にウイルスか細菌の侵入を許したんだろうね。まだα系列だったから良かったものの他のタイプだったらどうなっていたことか……。ともかく、これが俺が透子さんに対して感染の原因だ、と言った理由だよ」

 

 晴明の言葉を聞いた面々はなるほどと納得していたが、ただ一人、美紀だけが疑問に思ったことを口にする。

 

「ちょっと待って下さい蘆屋さん。それだとおかしいです」

 

「どうしたんだい、直樹さん」

 

「それで赤坂さんが感染したと言うのなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()? 貴方も赤坂さんと同じように返り血を浴びたのだったら、明らかに矛盾しているじゃないですか」

 

 美紀の考えにその他の三人はそういえば、と不思議そうな顔をして晴明を見る。

 見つめられた晴明はと言うと。

 

「それに関しては、そうだなぁ……」

 

 晴明はそれだけ呟くと周りにいるジャンヌを始めとする仲魔たちを見て一つ頷くと話し始める。

 

「そのことを説明するためにも、今まで待ってもらってたフロストのこととかについても話さないとね」

 

「? ヒーホーくん、ですか?」

 

 晴明の言葉に首を傾げる高校生組二人。

 

「ヒホッ?!」

 

 自身のことが話題に出るとは思っていなかったのか、部屋の隅でぼーっと全員を眺めていたフロストは肩をビクリと震わせると、晴明たちをまじまじと見つめる。

 そのフロストと目があった透子は、そういえばといった感じでその存在についての疑問を語る。

 

「そう言えば、結局その、ぬいぐるみ? の子、何者なのか聞いてなかったわね」

 

 透子にぬいぐるみと言われたフロストは心外だと言わんばかりに憤慨する。

 

「誰が、ぬいぐるみだホッ! オイラは【妖精-ジャックフロスト】、いつか偉大なキングになる悪魔だホ!」

 

 そのジャックフロストの熱弁に。

 

「「キング……?」」

 

「悪魔……?」

 

「ぬいぐるみじゃなかったんだ……」

 

 と、上から順に女子高生二人、透子、瑠璃の弁である。

 少しの間とはいえ、ともに暮らしていた美紀と圭はともかくとして、他の透子と瑠璃には全く信じられていなかった。尤も美紀と圭もキングという意味がわからずに首を捻っていたが。

 それぞれの反応を見ていた晴明は苦笑しながら、フロストが嘘を言っているわけではないことを告げる。

 

「ははっ、別にそいつが嘘や冗談を言ってるわけではないよ。その見た目雪だるまはアイルランドの妖精、ジャックフロストで間違いない」

 

 それを聞いた透子はどこか腑に落ちない顔をする。

 

「まぁ、可愛らしい姿だから、まだ妖精というのは理解できるんだけど、あの子自分のことを悪魔と言ってたけど、妖精と悪魔って別物なんじゃないの?」

 

 瑠璃がフロストを「ひんやりして気持ちいい」と言いながらペタペタと触っているのを横目に見ながら透子は疑問を口にする。

 透子の疑問を聞いた晴明は困ったように笑いながら告げる。

 

「確かに普通に考えるなら透子さんの疑問は正しいんだがなぁ……。まずはそこら辺の説明からかな」

 

 そう言って晴明は世間一般の悪魔のイメージではなく、所謂裏世界や、魔界などでの悪魔についての説明を始める。

 

 曰く、悪魔とは聖書や神話に謳われる神の敵対者のことだけではなく、その神自身や天使、各地の伝承に存在する土着の妖精や精霊、はたまた妖怪や怪物にそれを退治した英雄たち、果てには現代にも伝わる怪異や都市伝説、そのありとあらゆるものに登場する【人ならざるモノ】たちの総称を悪魔と呼称すること。

 

 その中でほんの一部だが、英雄と呼ばれるカテゴリの悪魔たちは、歴史上の人物がその存在を昇華させて悪魔となった人間であり、そしてレティシア自身がその英雄の一人、ジャンヌ・ダルクだということ。

 

 そしてジャンヌ自身のことも話を聞いていた透子たちには十分に驚くべきことだったが、それ以上に彼女たち、特に透子があまりの驚きに呆然としたのが、瑠璃と楽しそうに遊んでいたジャックが外道-ジャック・リパー、わかりやすく言えばかつて英国を震撼させた実在の連続殺人鬼にして、一種の都市伝説のような扱いになっている【切り裂きジャック(ジャック・ザ・リッパー)】その人だということだろう。

 

 そしてそのことに驚いた人物がもう一人いた。

 

「ブラザー?! 一体全体どうしてそんな姿になったんだホ!!」

 

 同じ悪魔のジャックフロストだった。

 と、言うのもフロストの一部個体は、同じアイルランド所属のジャックランタン、そしてジャック・リパーと【ジャックブラザーズ】や、【デビルバスターバスターズ】などといったグループを組んだりすることもあったため、ジャック・リパーと面識がある場合も多い。

 そのフロストをしてジャック・リパーのあまりの姿の変わりように、発狂したような声を上げたのだ。

 

 しかし、そんな声を上げたフロストを責めるのはあまりにも酷だろう。

 彼が知っているジャック・リパーはタキシードを着こなし手にナイフを握った【骸骨】の悪魔であり、断じて銀髪の布面積の少ない服を着て召喚師をおかあさん呼びする幼女ではない。

 なのでフロスト自身も彼女をニンゲンの一人と思っていたら正体はなんと自身の義兄弟の一人である。これはひどい。この状態で驚愕の声を上げるな、というのは無理難題である。

 しかも驚愕の声をあげられることとなったジャック・リパー本人は……。

 

「…………?」

 

 こいつ何言ってるんだろう? と、ばかりに首を傾げている。

 

「なんでそこで首を傾げるんだホ! それともオイラのほうがおかしいのかホ?!」

 

 と、ツッコミの声を上げる。

 ツッコミ疲れから、ゼーゼーと肩で息をしているフロストを見た晴明は不憫に思いながらも実は、と声を上げる。

 

「ジャック、だけではないが一部の仲魔たちは何故か通常とは違う姿になってるんだよ。原因は俺にもわからないんだが……」

 

「そうなのかホ?」

 

「ああ、そうなんだよなぁ……」

 

 そう言いながら首を捻る晴明とフロスト。

 フロスト自身も悪魔の姿が変わる、という事例に心当たりはないようだった。

 

「それはともかくとして、次の説明をするか」

 

 そう言って晴明が今度は生体マグネタイトについて実演を交えて説明を始める。

 そも、生体マグネタイト(MAG)とは東洋での氣や、西洋でのオーラなどと呼ばれる生体エネルギーのことであり、これを活性化させ身に纏うことによって悪魔召喚師やペルソナ使いたちは常人ではありえないほどの身体能力を発揮し、同時にMAGで体全体をコーティングすることにより一種のバリヤーに変換され、術者のMAGが尽きない限りは永続的にダメージを軽減する効果もある。

 そしてそれは勿論術者自身に害があるもの全てに適応されることから、透子と同じく晴明も血塗れになりながらも細菌やウイルスに一切侵されなかった要因だった。

 ただしこれは通常の、MAGが介在しないことが前提であり、悪魔たち自身の権能によって病原菌やウイルスをばらまいた場合はその限りではないのだが。

 

 晴明は自身の右腕に眩く発光する緑色の光、自身のMAGを可視化出来るほどに活性化させながらそう告げる。

 晴明の説明を聞いた女性陣たちは、あるものは恐る恐る、そしてあるものは興味津々といった感じで彼の右腕を見つめている。

 

 そして晴明は一息つくと最後の説明に入る。

 即ち、悪魔とは本来実体を持たない精神生命体と言うべき存在であり、普段は魔界と呼ばれる異世界に存在しているが、極稀に現世に現れる者たちもいる。その者たちが現世に干渉できるように顕現するためにはMAGで肉体を構成する必要があるということだった。

 そして現世において最もMAGを保有しているのは人間であり、それ故に悪魔たちはあの手この手で、時に契約、時に神託という形をとって人間に干渉してきた。

 その中には人間と共存することを望む悪魔もいたが、大多数はフォルネウスがヒト猿と蔑んだように隣人としてではなく家畜として扱う者たちだった。

 

 無論人間たちも家畜のままで終わるつもりはないが、しかし同時に人間と悪魔では圧倒的なポテンシャルの差が存在するために、そのままでは勝負にもならないのは明白だった。

 だが、それならば目には目を、歯には歯を、悪魔には悪魔をぶつければ良いと考えた人間たちの手によって生み出された技術こそが悪魔召喚、そして悪魔召喚師(デビルサマナー)であり、神降ろしから派生した人間という種が持つ普遍的無意識の海の中から、自身の内なる精神に最も近い認識を悪魔に見立てて顕現させるペルソナ使い、そして自身のMAGを徹底的に鍛え上げることで、その身一つで悪魔を討伐するデビルバスターだった。

 

「と、まぁ俺が感染しなかったことも含めて説明するとこんな感じか」

 

 そう言いながら説明を終えた晴明は全員を見渡すが、その目に写ったのはあまりのスケールの大きさに呆然としている人間たちと、それをさもありなんとある者は呆れたように、あるものは苦笑しながら彼女たちを見る仲魔たちの姿だった。

 晴明は、まあそうなるよな、という感想とともにふぅ、とため息を一つ吐くと。

 

「なぜ今さらになってこんなことを話したのかとか、聞かなければよかった、なんて考えているかもしれないが、もう既に少なからず悪魔が顕現し始めていることから、遅かれ早かれ皆も悪魔にかかわる可能性が高くなった以上、覚悟を決めてもらうために話させてもらった」

 

 その言葉を聞いた透子たちは顔を青くしながらゴクリと唾を飲む。

 

「無論俺たちは元々悪魔退治が専門だから、皆の護衛含めて危険が迫らないように努力するからあまり深く考えないで、ってのは無理だわな」

 

 晴明の言葉に全員顔を青くしながらブンブンと首を縦に振る。それを見た晴明は困ったような顔をすると額を手で抑えながら。

 

「まぁいくら皆が納得できない、と言ってもゾンビも悪魔もこちらの都合なんてものは考えてくれないから、死にたくなかったらなんとか折り合いをつけてくれ。愚痴ならいくらでも吐いてもらって構わないから」

 

 そう告げる晴明だったが、それでも彼女たちの顔色は悪いまま好転する兆しはない。その姿に晴明は。

 

「まぁ透子さんたちの考えも嫌というほど理解は出来るんだがな……。実際、俺も似たようなものだったわけだしね」

 

 その言葉にバッと顔を上げる透子たち。

 その姿を見た晴明は苦笑しながら自身の過去、かつてのヴィローシャナからの贈り物とその後のことについて、転生者などの下りをかなり暈しながら説明していく。

 

「というわけで、嫌な意味での先達者だが、まぁともかく少しぐらいなら相談に乗れるから、なにかあるなら遠慮なく言ってくれよ?」

 

 晴明が冗談めかして告げると、ようやく彼女たちの表情にほんの少しではあるが余裕が戻る。

 彼女たちに余裕が戻ったことを見て取れた晴明は安堵の表情を浮かべながら。

 

「さて、とはいえ本当に色々あって疲れただろう。今日はまずゆっくりと休もう。そして明日動けるならまたその時どうするかを考えようか」

 

 晴明の言葉に全員が頷くと、それぞれ思い思いに自身の気を落ち着かせるための行動を始める。

 その行動を見た晴明はウンウンと頷くと、彼は皆がちゃんと休めるように見張りのために外へ出るのだった。

 



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第十五話 思い込みと外の状況

 こんばんは作者です。
 今回は早く書き上げれたのですぐに更新できました。
 まぁ今回の話も、元々は前話と一つにしようかとしてたけど、文字数が嵩みそう&二話に分けても目標文字数は達成できそうという判断から分けた、いわば後編的な意味合いが強いのですが……。
 即ち今回も伏線回収&説明会なお話となっております。
 では、実は主人公たちがとあるガバをやらかしていたことが判明する第十五話をどうぞ。










 見張りのために秘密基地の外へ出た晴明。

 だが、保護した面々に見つからない場所まで移動すると晴明の顔は憤怒の表情に歪む。

 

「……くそっ!」

 

 思わず悪態をつく晴明。

 それを唯一聞いていたバロウズは晴明を心配しながらも、どこか戯けるように話しかける。

 

《あら、マスター。ご機嫌ななめ? どうしたのかしら?》

 

「バロウズ、お前は分かって聞いているだろうに……」

 

 彼の憤怒の原因を知っているはずのバロウズのわざとらしい声掛けに晴明は毒気を抜かれたのか、どこか気の抜けた表情で呆れたような声を上げる。

 無論そのことを理解しているバロウズはさらに言葉を続ける。

 

《ええ、勿論。だってあの子たちへの説明、()()()()()を暈したんでしょ? ……やっぱり踏ん切りがつかなかった?》

 

「……ああ、そうだよ。全く自分の間抜けさが嫌になるな」

 

《でも、それは結果論でしょうマスター? あの時点では流石にここまで大事になるなんて予想もできてなかったんだし》

 

 二人が話していることは晴明が転生者の件……ではない。透子を始めとする生存者たちに、実は先ほどの説明で意図的に省いた部分があるのだ。

 その省いた部分とは、悪魔が顕現する条件にMAGが必要とだけ伝えていたが、実は他にも条件があったのだ。

 

 その条件とは異界化と呼ばれる現象が発生させる、ないしは空間内にMAGを充満させることだ。

 そも異界化と呼ばれる現象がどういうことかと言うと、現実空間を悪魔たちが過ごしやすい空間、つまり魔界に近い空間に上書きするということである。

 

 簡単な例えにすると現実空間が外、魔界が家屋だとしよう。

 だがその家屋には出入り口が存在せず、中にいる悪魔は普通なら外出することが出来ない。

 だが家屋にいる悪魔は中から外出──脱出と言っても良い──をしたい。ならばどうするか?

 簡単だ、出入り口がないのならば、玄関なり勝手口なりを作ってしまえばいい。

 その玄関や勝手口に相当するのが異界という空間なのだ。

 そして異界を作り出すためには、悪魔たちの顕現と同じくMAGが用いられる。

 しかし、本来異界化させるためのMAGは人間一人、二人程度の保有量では到底足りず、主に富士の樹海のようなパワースポットや、悪魔崇拝者たちに手による特殊な儀式をすることで発生することが一般的だ。

 

 またこれは一部の例外であるが、私利私欲で悪魔召喚師の力を奮っている通称ダークサマナーの総本山とでも呼ぶべき組織【ファントムソサエティ】では、構成員のレベリングのために自前で異界の確保、並びに整備を行っている例もある。

 

 多少話がそれてしまったが、つまり悪魔が顕現するためにはまずその現れる土地が異界化、ないしは大量のMAGが空気中に存在することが必須条件だ。

 しかしMAGはその性質上パワースポットのような特殊な環境、またはパワーストーンのようなオカルトアイテムがない場合はその場に留めるのは難しい。それこそ土地に()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そう、結界である。

 

 覚えているだろうか? 晴明が巡ヶ丘に来た折に義妹である十七代目葛葉ライドウ(朱音)に、万が一の場合は巡ヶ丘を隔離するように結界を張るように依頼したことを。

 その後通信を終えたライドウはすぐさまクズノハの上位に位置する組織【超國家機関ヤタガラス】に連絡を取り手配していた。

 ヤタガラスも国家の守護者として最大級の戦力であるライドウと、その義兄でライドウを始めとする葛葉四天王やキョウジに次ぐ実力者である晴明の二人から依頼を受けたことで只事ではないと感じたのか、即座に巡ヶ丘に人員を派遣。

 巡ヶ丘でアウトブレイクが発生した際には依頼通りに即座に結界を張り、その後はヤタガラス並びに日本政府に報告を上げるために現地から撤退している。

 

 そのため現在巡ヶ丘には異界ができやすい土壌になっている。が、そこまでだったら()()問題ではなかった。

 問題はアウトブレイクで発生したゾンビたち、正確に言うならばそのゾンビたちを討伐していた晴明やデモニカ部隊にあった。

 実はその答えになることをアウトブレイク初日にバロウズが既に述べている。

 

 ──一切悪魔の反応がなかったのよ。

 

 ──反応上は間違いなく、ただのヒト、よ。

 

 ──悪魔特有のMAGの波長も、悪魔憑きに見られる特殊な波長も確認できなかったわ。

 

 バロウズがこのように述べたように、精神、魂魄的に死んでいるかはわからないが、少なくともあのゾンビたちは肉体的な意味で言えばまだ死亡していなかったのだ。

 いわば脳死に近い状態だと推察できるが、これは原作でも青襲椎子がΩに感染し、発症していた胡桃を診断した際に、肉体の代謝活動を行っていることを確認したことからも見て取れるだろう。

 

 ならば何故晴明たちはそのことに気付けなかったのか。その理由を簡単に言えば一種の思い込みが原因だった。

 

 と、言うのも悪魔には屍鬼と呼ばれる種族が存在し、その中にはアウトブレイク初日に晴明たちが勘違いしたようにゾンビやグールなどといった存在もいる。

 そして晴明たちはそういった存在の討伐も幾度となく行っており、故にゾンビ=死者という図式が頭の中にあり、無意識下のうちに巡ヶ丘のゾンビたちもそれと同じ存在である、と認識していたのだ。

 

 奇しくもその認識が正されたのはリバーシティ・トロンにおけるフォルネウスとの一戦が原因だった。

 悪魔の肉体がMAGで構築されている、というのは先述の通りだが、ならばそのMAGをどうやって確保するのか。

 一つは人々の崇拝や畏怖のような【この悪魔はこのような存在である】という一種の信仰。祈りと言い換えても良いが、その思いに人々の持つMAGが少量であるが含まれて対象の悪魔に送り届けられる。

 例えるならば、何事かを成す時に自身にできることは全て行ったが、まだ不安だから神社を詣でて神頼みを行った人もいるのではないだろうか?

 その神頼みにのせられた祈りこそが悪魔たちの血肉となり、そしてその祈りが悪魔に気に入られたのであれば、時に満願成就や、または神託という形で人間のもとへと帰ってくる。

 

 これが一般的なMAGの取得方法になるが、他にも方法がないわけではない。

 一つは人間の感情の爆発によって生成され、体外に放出されたMAGを吸収すること。

 よく物語で、主人公や登場人物が怒りなどの感情で普段よりも戦闘力が高くなる描写があるが、それがMAGにも適応されるのだ。しかし同時に人間の体内に貯蔵できるMAGの総量は決まっており──修行などで総量を増やすことは一応可能である──その総量を超えた分をそのまま体内に留めておくと最悪の場合、肉体が崩壊するために体外に放出する必要がある。

 つまりお零れに与るということなのだがここで一つだけ明言しておくと、この感情というのは何も怒りだけではなく、憎しみなどでも問題ない。

 即ちどういうことかと言うと、一つの方法として適当な人間を攫い拷問にかけて自身に憎しみを向けさせる、これだけで悪魔としてはMAGが回収できる。

 

 そしてもう一つ、これが晴明が巡ヶ丘のゾンビが肉体的に死亡していないと気付いた要因になるのだが、その方法とは単純に人間をそのまま喰らい直接MAGを摂取するという方法だ。

 つまり、人間の踊り食いというわけだが、勿論これは前提として喰らう人間が生きていなければならない。

 と、言うのも単純に人間が死亡した場合、体内に貯蔵されているMAGは体外に排出されて霧散してしまうのだ。

 無論それでも悪魔たちはある程度MAGを取得することは可能だが、それだとどうしても多少のロスは発生する。それに人間が死亡して時間が立っている場合は、完全にMAGが空気中に溶け込んでしまい回収するのは困難なために、悪魔が人間を殺してから喰らうという事例は稀だ。

 

 これらを把握した上でフォルネウス戦を思い返してもらえば理由は見えてくるだろう。

 ……そう、フォルネウスは晴明に追い詰められた際に、地下から上がってきたゾンビたちを咀嚼することでMAGを摂取し強大化してみせた。さらにはその時にフォルネウスはゾンビたちに向かって()()()()()()と吐き捨てている。

 そのことからもわかるように、フォルネウスはあの時点でゾンビたちが()()()()()()()()()()()()()と言っていたことになる。

 

 そしてさらに晴明の今までの、ホテルからの脱出、透子の救出、リバーシティ・トロンでの行動を思い返してみてほしい。

 その全てにおいてゾンビの殲滅を行っているのだ。

 勿論晴明本人にとっては生存者を助けるため、今後の行動を円滑にするための行動ではあったのだが、実際には本人が気付かぬうちにせっせとゾンビを殺すことで空間中にMAGをばら撒いて異界を発生させるための下準備を行っていたに等しい。

 その結果が圭たちのもとに現れた野良悪魔のジャックフロストであり、フォルネウス、デカラビアだった。

 そして一度悪魔が巡ヶ丘に発生した以上、今後はさらに悪魔たちがこの地に現れることになるだろう。

 

「メシア教やガイア教がなにかやらかすかと思ってたら、まさか俺自身が異界作りの片棒を担ぐなんてな。……本当に焼きが回ったかな?」

 

 晴明は自嘲するように告げる。それを聞いたバロウズは彼に声をかけようとするがその前に誰かから通信が入る。

 

《……誰かしら? って、あ……、マスター不味いかも》

 

「何がだ?」

 

《とにかく通信を繋ぐわ。あの子、怒ってないといいんだけど……》

 

 そんなバロウズの不吉な言葉とともに先方との通信が繋がるが、まず聞こえてきたのは女性の甲高い声による怒声だった。

 

[ちょっと、ハル兄! いつになったら連絡してくるの!!]

 

 その声の主、義妹である朱音の声を聞いた晴明は連絡をすることを怠っていたことを思い出して、額に一筋の冷や汗を流す。

 思わず晴明は(あ、やっべ)と内心思っていたが、そんな晴明の心の中が読まれたのか、バロウズの通信映像に映し出された朱音は険しい表情を浮かべながら、さらに晴明を問い詰めようとする。

 

[ハル兄、聞いてるの! 返事くらいしたらどうなの!]

 

 朱音の剣幕に晴明はタジタジになりながら返事を返す。

 

「あ、あぁ、済まない。聞こえているよ。だが、こちらでも色々あったんだ。だから連絡を忘れていたことに対しては大目に見てくれ」

 

 晴明の声を聞いた朱音は、どこか呆れたような、それでも安心したような雰囲気を醸し出しながらホッと溜息を吐く。

 そして先ほどとは違い幾分か優しい声色で喋りだす。

 

[まったくもぅ、とにかくハル兄大丈夫なんだよね?]

 

「ああ、幸いにも怪我なんかはしてないよ」

 

[よかった……]

 

 晴明の返答を聞いた朱音は、ようやく安心できたようでその言葉には深い安堵の表情が滲み出ていた。

 晴明もそんな義妹の様子に、ちょっとした罪悪感をいだきながらも、巡ヶ丘の外の状況を確認する。

 

「それで、そっちの方は何も問題はないのか?」

 

[そうね、()()()()()()()()()()()()()()()()()()]

 

 晴明の質問に朱音はそうやって含みのある言い方で返す。それを聞いた晴明は。

 

「日本に関しては、か。ということは何かあったんだな? 何が起きたんだ?」

 

[そこで起きたバイオハザード、実は全世界で同時多発的に起きてたようなの]

 

「何っ? それは本当か?」

 

 晴明は朱音の返答が、自身の聞き間違いではないかと思い聞き返すが、それに朱音は本当のことだと肯定すると同時に、世界状況の詳細を告げる。

 

[残念ながら、ね。それで少なくともバイオハザードが起きたのは、アメリカ、中国、ロシア、インド、イギリス、ドイツを中心としたEU諸国。確認できるだけでこれだけの国家で発生して、なおかつEU諸国とは音信不通。最悪国家機能が麻痺している可能性すらあるわ]

 

 その最悪の返答を聞いた晴明は、ひゅっ、と息を呑む。

 そしてそれがなにかの間違いではないかと確認する。

 

「お、おい、流石にそれは……。まだバイオハザードが発生して一週間程度しか立っていないんだぞ。いくらなんでも早計すぎないか」

 

[それがそうとも言い切れないのよ。今からバロウズにデータを送るから確認してみて]

 

 朱音がそう言うのと同時に、ガントレットにとあるデータが受信される。その受信したデータを開く晴明だったが、その目に飛び込んできたのはいくつかの衛星写真だった。

 その写真とはヨーロッパの町並みの中、ゾンビたちが住民たちに襲いかかっている状況写真であった。他にも軍隊がゾンビたちに抵抗している写真などもあったが、最後にはすべからくゾンビの物量の波に飲み込まれ、彼らもまた同じ末路を辿っていた。

 朱音から送られてきた写真の数々を食い入るように見ていた晴明だったが、そこで朱音に話しかけられ我に返る。

 

[ハル兄、これで嘘は言ってないってわかってもらえた?]

 

「あ、あぁ、なんとかな。だが、EU諸国ということはアメリカとかの他国家とは連絡が取れているのか?」

 

[うん、そっちは大丈夫みたい。ほら、今判明している国の中でEU以外は日本がデモニカスーツを販売してることはハル兄も知ってるでしょ?]

 

「ああ、なるほど。確かにそうだったな。特にロシアに関しては一部の科学者が開発に関わってたわけだし、優先的に販売、技術の提供もしてたな。同じく開発に関わったDr.スリルはなんとも複雑な気分だろうが」

 

 晴明が苦笑とともにそう零すと、朱音もまた軽く笑っている。しかし、すぐさまその笑いをおさめると不意に真面目な声を出す。

 

[ハル兄、そのスリルさんのことなんだけど……]

 

「? 彼がどうかしたのか?」

 

 晴明は不思議そうに朱音に尋ねるが、彼女の口から衝撃の言葉が飛び出てくる。

 

[現在行方不明なのよ、彼。……そして、彼が最後に確認された場所が今ハル兄がいる巡ヶ丘市なの]

 

「なんだと? スリルが行方不明でなおかつここにいる可能性がある? ……まさかとは思うが朱音は、あいつが今回のバイオハザードに関係していると思っているのか?」

 

 朱音の言葉に険しい表情を浮かべて尋ねる晴明だったが、朱音自身なふるふると首を横に振ると。

 

[私もあの人がわざわざそんなことをするなんて思ってないよ。……後、この通信一応公式のものだから私の呼び方はライドウでお願いね]

 

 と、自身もスリルのことは疑っていないことと、ついでに呼び方を改めるようにお願いをする。朱音の言葉を聞いた晴明は呼び方について謝罪すると。

 

「すまん、気が抜けていたな。それでライドウ、なぜスリルが行方不明なんて事態に? 一応まだ監視は付いている状態だったんだろう?」

 

[それがね……、スリルさん、この前のデモニカスーツの開発協力の功績が認められて、少し前に恩赦という形で監視は外されてるの。それで、それと同時にとある大学から講演を頼まれたらしくて……。本人は「ようやくわしの天才さ加減が世間様に認められたんや!」って、言いながらその大学、えっと……]

 

 そう言いながら手元の何かをゴソゴソと探す朱音、そして探しものが見つかったのか、手元に紙切れを持って書いてある文字を読む。

 

[あったあった、で、その大学【聖イシドロス大学】ってところに行って、そこから音信不通になってるんだ]

 

「聖イシドロス大学だって?!」

 

 朱音からでてきた大学名を聞いて驚きを顕にする晴明。そのことに驚いた朱音はどういうことかと問いかける。

 

「急にどうしたのハル兄?」

 

「その聖イシドロス大学、朱夏が通っている大学なんだよ。それと──」

 

 そのまま晴明は秘密基地で発見した冊子や今の時点で判明したことなどを朱音に説明していく。それを聞いた朱音を険しい表情を浮かべながら。

 

[なるほど、そんなことが……。ただでさえランダル関連で面倒くさそうなことになってるのに、悪魔と同時にさらには自衛隊にメシア教のスパイがいる可能性、か]

 

「ああ、まったく。その可能性に気付かなかったなんて本当にどうかしてるぜ」

 

 そう言って晴明は再び自嘲するが、そのことに朱音は。

 

[まぁ、それに関しては気付かなかったこちらにも落ち度はあるし、それより今は起きてしまったことを悔いるよりも、対処法を考えるべきだよ、ハル兄]

 

 と、晴明を慰めるように自身の考えを告げる。その言葉に晴明は。

 

「……ふぅ、そうだな。済まんな。みっともないところを見せた」

 

 そう言って朱音に謝罪する。そして──。

 

「それじゃあライドウ。済まないがまた頼まれてはくれないか?」

 

[こちらにできることなら]

 

 晴明の問いかけにある程度のことならと言いつつ、即座に了承する朱音。

 

「自衛隊の中にメシア教がいるかわからない状態で通信して、最悪傍受されたら面倒な事態に陥りかねないから、それとなくでいいから五島一佐に直接メシア教についてのことを伝えてくれないか?」

 

[そんなことならお安い御用。と、言うよりも今も対策会議で顔を合わせてるからその時にでも話しておくね]

 

「助かる」

 

 そこで少しの合間会話が途切れるが、朱音が何かを思い出したかのように晴明に話しかける。

 

[あ、そうだハル兄。ハル兄が受けた依頼の件、どうやらそんな単純なものではなかったみたい]

 

「いや、まぁこの状況ではそのとおりなんだろうが……」

 

 朱音の話にいまいち要領がつかめなかった晴明はそのように返すが。

 

[ああ、えっと、そう言うことじゃなくてね。……どうやら今回の依頼、何かしらの組織が政府に働きかけてハル兄に依頼が行くように仕向けてたらしいの]

 

 それを聞いた晴明は困惑した顔になると。

 

「なんだそりゃ? メシア教辺りがまた裏工作でもしてたってのか?」

 

 意味がわからない、とばかりに言葉を零す。しかし朱音はそんな晴明の言葉を否定する。

 

[その組織、すごく慎重に動いてるみたい。こちらやヤタガラスでも調査してるんだけどまだ名前しか判明していないんだよね。でもその判明した名前からするとどちらかと言えばガイア教っぽいんだよね]

 

「そうなのか? ガイア教がそんな組織だった行動ができるとは思えないんだが……」

 

[私もそう思うんだけど……]

 

 二人はそう言ってその組織が本当にガイア教なのか疑うが現時点では判断できないと結論づける。そして何時までも考えても仕方ないと思った晴明はその組織の名前について尋ねる。

 

「それで結局、その組織の名前はなんていうんだ?」

 

[うん、その組織は【()()()()】って名乗ってるみたい。]

 

 ね、ガイア教みたいでしょ? と告げる朱音を尻目に、晴明はとんでもないビックネームが現れたことに言いしれない悪い予感を募らせるのだった。

 






 読了お疲れさまでした。
 ちなみに今回判明した日本の状況を簡単に説明すると、原作がっこうぐらし! をノーマル難易度と仮定すると、晴明たちの行動により巡ヶ丘はハードモードに突入していますが、巡ヶ丘以外の日本全土はベリーイージー、つまり普通の日常をまだまだ謳歌している状況だったりします。
 まぁ、今後どうなるかに関してはまだまだ予断を許さない状況ですが……。




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幕間3-1 悪魔と天才、そしてペルソナ使い。 前編

 こんばんは作者です。
 今回はまた幕間の物語、そして前後編となったので2話同時更新となります。
 では、2つ合わせて幕間3をどうぞ。


 X-day、アウトブレイクより数日、聖イシドロス大学では不可解な事件が起きていた。その事件というのも──。

 

「墓場から感染者が消えている?」

 

 その報告を受けた男子生徒たちのリーダーである金髪の青年、頭護貴人(とうごたかひと)は怪訝そうな声を上げる。

 

「確かなのか? それは」

 

 そのことを確認した同じグループの人間で野球帽を被った無精髭の青年、城下隆茂(じょうかたかしげ)は何度も頷く。

 

「いや、ホントだってリーダー! 流石に何体居るかなんてのは数えてないけど、明らかに以前よりも呻き声の数が少なくなってんだよ!」

 

 そもそもに置いて彼らが【墓場】と呼んでいる場所はコンテナを始めとする障害物で直接出入りすることをできなくした区画のことで、そこからゾンビたちが居なくなるというのは考えづらい。

 そのことから自身が嘘をついているのではないか、と疑われていると感じたのか、隆茂は必死そうな様子で貴人に訴えかける。

 それを見た貴人は、頭に鈍痛でも感じたのか掌で押さえながら、隆茂に対して疑っていないことを告げる。

 

「別にお前を疑っているわけではない。ないが、そうだとすると、墓場の何処かに穴があって、そこから奴らが這い出ている可能性もある」

 

 そうなると巡回警備を密にする必要があるな、と貴人は呟く。と、なると──。

 

「彼女らとも、話し合う必要があるな……。タカシゲ、高上を呼んできてくれ」

 

 その言葉に少し驚いたのか隆茂は貴人に質問する。

 

「あいつを……? ということは、あちら側に行くのか?」

 

「ああ、ことがことだ。女性陣とも情報交換しておくべきだろう」

 

 そうして二人は目的地である、女子生徒たちが避難している区画へと行くのであった。

 

 

 

 

 

 そしてしばらくした後に、校舎にある一つの部屋に数人の男女が揃っていた。

 男性側は、先ほどの貴人と隆茂、そしてニット帽を被った、少し恥ずかしそうにしている背丈の小さい青年、高上聯弥(こうがみれんや)の三人。対して女性側は──。

 

「あなた達から連絡は珍しいけど、何かあったのかしら?」

 

 そう澄まし顔で男性陣に話かける神持朱夏。その両隣には光里晶と右原篠生の姿があった。三人の中で晶のみが男性陣、主に貴人と隆茂を睨むように見つめている。

 その姿を見た朱夏はいつものことと思いながらも、晶に対して話かける。

 

「アキ、貴女の気持ちも分かるけど、ここでそれは辞めなさい。話し合いができないわ」

 

 そう朱夏に窘められた晶は、不服そうに顔を背ける。

 彼女が不服そうにしているのも勿論理由がある。それはアウトブレイク初日、晶の友人の一人が混乱の最中に強姦未遂にあっているのだ。

 その事自体は偶然避難するために移動していた、晶と朱夏の手によって防がれていたが、もしも彼女たちが通りかからなかった場合は……。

 

 なお、朱夏自身も思うところはあったが、同時に晴明との修行時代に、彼とともに事件を解決する時に、そのような場面に幾度か遭遇しているために、そういったこともある、と理解はしている。尤もその度に下手人のモノはツブしているが。そのことに関しては晴明も黙認し、なにか問題がある場合もライドウ(朱音)がもみ消していたが。

 

 そのことと、朱夏が人知れずペルソナで感染者を狩っていたことで本来の世界線よりも大学生の被害が少なかったこと、さらにはそのことで生存者に本来よりも精神的な余裕ができていたために、モラルの観点と、実際に強姦未遂が起きたために男女を別に分けるべきという意見が台頭して、それが受け入れられてしまったこと。

 そのことから現在イシドロスでは男女が別々に行動し、何らかの問題が起きた場合に代表者、現在この部屋に集まった面々で情報を共有するという体制をとっている。

 

 

 

「それで? 一体何があったのかしら?」

 

 再び朱夏が話しかけると、貴人は隆茂を見やり、それで彼の意図がわかったのか隆茂は説明を始める。

 

 曰く、昨日より墓場にいるはずの感染者が減っている可能性があること。

 曰く、それと同時にこちら(男性)側の生存者の中で何人か行方不明になっていること。

 

 と、現在判明していることを告げる。尤も生存者が行方不明になっていることは貴人も初耳だったようで。

 

「タカシゲ、それは確かなのか?」

 

「……、ああ、俺も今朝聞いたんだが、ダチのダチが昨日の夜、少し外に出てくるって言ったきり戻ってきてないんだそうだ」

 

 隆茂から報告を聞いた貴人は、頭の痛みを堪えるように蟀谷を押さえる。そして──。

 

「そういった報告は早く欲しかったな」

 

 貴人は報告を怠った隆茂に苦言を呈する。それを聞いた隆茂はバツが悪そうに顔をしかめて貴人に対して詫びを告げている。

 その報告を受けていた女性陣もまた。

 

「そういえばシノウ、昨日から姿が見えないって子、続報はあるかしら?」

 

「……いえ、ありません。一応椎子さんの方にも確認を取りましたが、そちらには来てないそうです」

 

「……そう」

 

 篠生から報告を受け取った朱夏は男性陣を見ながら。

 

「そっちの行方不明者との愛の逃避行というのならロマンがあるのだけど、そういうことではないでしょうね」

 

 と、独り言のような仕草で彼らに話しかける。

 そんな朱夏の問いかけに貴人は苦々しげな表情ではあるが、同時に少し落ち着いたような感じに答える。

 

「……それだと良いんだがな」

 

 そこで今まで黙っていた晶が発言する。

 

「それで? 結局解ってるのは行方不明者が出てることだけ? で、アンタ達はどうするのよ?」

 

 晶のどこか刺々しい物言いに高上が答える。

 

「僕たちの方では見回りを強化しようってことになってる。それで、そのことを含めて情報を共有しようってことになって……」

 

「こっちに来た、ってわけね」

 

 高上の言葉を引き継いで晶が話す。そこには先ほどまでの刺々しさはなくなっていた。

 

「うん、まぁ……」

 

 そんな晶の態度に高上はどこか毒気を抜かれたように肩の力が抜ける。彼にとっては友人があんなこと(強姦未遂)にあっている以上仕方ないことだが、ここの男性陣に対してかなり排他的な晶に正直苦手意識を持っていた。しかもなぜか知らないが自身にだけはそういった面を見せない理由がわからないことも含めて、だ。

 尤も晶にとって彼を敵視しない理由は単純に彼が親友の篠生の想い人であることと、高上自身も篠生に対して憎からず思っていることを把握しているからだった。

 

 なお高上自身が篠生のことを憎からず思っていることに関しては、現在生き残っている女性陣──ただし篠生を除く──に知れ渡っており、なおかつ双方ともに自身が片思いと勘違いしているために、彼女たちにとっては大変面白い、もといもどかしい話題として現在に置いては彼女たちの数少ない娯楽となっている。

 ただ、その結果として二人の状態があるからこそ、篠生たちを潤滑油としてかろうじてイシドロスの男女間が決定的な破局まで陥らなかったとも言えるのだが。

 なお、晶と、ついでに朱夏だけは早くこいつらくっつかないかな、と思っているのだが……。

 

 それはともかく、朱夏もまた男性陣が今日こちらに来た理由に納得して彼らに話しかける。

 

「とりあえず、了解よ。こちらでもなるべく出歩かない、出歩く場合でも複数人で行動するように言っておくわ。見回りの件も含めてね」

 

 その言葉を聞いて安心したのか、貴人は幾分か表情を和らげて朱夏に礼を告げる。

 

「ああ、感謝する。それでは俺たちはもう戻る。行くぞ、隆茂、高上」

 

 そう言いながら席を立つ貴人。それに続くように二人も席を立つ。

 

「あら? もう帰るのかしら?」

 

「あぁ、これから今後のことを話し合う必要がある」

 

 そう言って貴人は足早に部屋を出ていく。

 それに続く形で隆茂も出ていき、最後に高上はちら、と朱夏たち三人を見ると軽く会釈をする。

 それを見た三人、特に篠生はニコリと微笑みながら軽く手を振る。

 そんな姿を見た高上は薄く頬を朱に染めながら二人に続いて部屋を去っていった。

 

 

 

 

 

 男性陣を見送った朱夏たちはそのまま部屋で話し込んでいた。

 

「でも、頭護のやつ、ほんと偉そうにしてるわよねぇ」

 

「まぁまぁアキちゃん」

 

 先ほどの貴人の態度が気に入らなかったのか晶は不機嫌な顔をして悪態をつき、それを篠生が諌めていた。

 そんな二人のじゃれ合いを微笑ましそうに見ている朱夏だったが。

 

「そもそもあいつどうせ“自分が選ばれた存在だ”とか」

 

「うぐっ!」

 

「“俺が皆を導かねばいけない”なんて考えたりしてるわよ、きっと!」

 

「はうっ!」

 

 晶の発言に何故か胸を貫かれたように押さえる朱夏。

 近くで朱夏がそんな奇行をしていることに気付いていない晶はさらに言葉を続ける。

 

「まったく、生き残った程度で選ばれた存在だ、なんて“厨二病”じゃあるまいし!」

 

「がはぁっ!」

 

 遂に堪えることが出来なくなったのか、朱夏は胸を押さえたままドサリと床に倒れ伏す。

 その状態になって晶たちはようやく朱夏の奇行に気付いたようで慌てて彼女のもとへ駆け寄る。

 

「ちょっとアヤカ、どうしたの!」

 

「あの、アヤカさん。大丈夫ですか……?」

 

 自身を心配する二人に朱夏は気付かずに不気味に咲い出す。

 

「ふ、ふふふっ」

 

 そんな朱夏を不気味に思った二人はお互いを見つめるが次の瞬間、朱夏が突然喚き出す。

 

「コロせ、いっそコロしてぇ!」

 

 喚きながら床をゴロゴロと転がりだす朱夏。

 いつもの朱夏からは考えられない奇行に、流石に驚く二人だがすぐにそんな場合じゃないと思った二人は。

 

「ちょっとアンタ! 本当にどうしたのよ! しっかりしなさいよ!」

 

 晶は朱夏に語りかけながら落ち着かせるためにもまずは彼女の動きを止めようとする。

 尤も晶一人では動きが止められないようで彼女も朱夏に巻き込まれて転がりだす。

 

「ちょっ! シノウ手伝って!」

 

「う、うん!」

 

 そのまま篠生もまた朱夏に抱きついてしばらく二人は朱夏を止めるために悪戦苦闘することになる。

 

 

 

 

その後しばらくして朱夏の暴走は止まることになったがその代償として三人はもみくちゃ状態、服装もはだけており何も知らない人間が見たら三人がそういう趣味に走ったと勘違いされかねない光景が広がっていた。

 

「はぁ、はぁ、もういったい急に暴れてどうしたのよ?」

 

 朱夏から離れてはだけた服を整えながら晶は彼女に問いかける。尤も件の朱夏はまだショックが抜けきっていないのか上の空になっている。

 朱夏のそんな状態が珍しいのか篠生もまた自身の服装を整えながら朱夏を見つめる。

 しばらくその状態が続いたが外からノック音が響いたことで晶と篠生の視線がそちらを向き、そして扉が開き一人の女性が部屋に入ってくる。

 グレー色の長髪を三編みに纏め瓶底、とまでは言わないが大きな丸いメガネを掛けた彼女の名前は出口桐子(でぐちとうこ)。晶と篠生の友人の一人であり、本人曰く【自堕落同好会】と言う名のサークルの部長とのことだが、実際のところX-day以前に大学に認可されたという記録はない。

 

「お~い、三人とも遅いけど、話し合いは、おわ…………?」

 

 桐子は三人に声掛けをするが途中で、主に朱夏の惨状に気が付き言葉が尻切れトンボなり驚きの表情に染まる。

 そして先ほど桐子が部屋に入る前に着直したために結果的に何事もなかったように見える二人の方を向くと。

 

「……君たち、そんな趣味があったの……? 特にシノウは高上のことが、と思ってたんだけど、まさか両刀だったなんて…………」

 

 二人から距離を取りながら驚愕の言葉を口にする。その言葉を聞いた二人は慌てて。

 

「ち、違うよトーコちゃん! え、えとコウくんのことは違わないけど、違うから!!」

 

「ちょ、流石にそんな冗談やめてよトーコ! ああ、もう! いつまでもボーッとしてないでアンタも説明しなさいよアヤカぁ!」

 

 半狂乱になりながら否定の言葉を出す二人。

 晶の罵声を聞いてようやく意識が戻ってきた朱夏は目をパチクリさせ何事かと周りを見る。

 そこでギャーギャーと騒ぐ二人と彼女たちに対して引き気味な桐子、そして自身の服がはだけていることに対して桐子が勘違いをしていることに気付き、慌てて服を直しながら桐子に問題ないことを告げる。

 

「あ、あぁ、なるほど。桐子、私の身に何かあったってわけじゃないから安心しなさい」

 

「…………本当にぃ?」

 

 朱夏の言葉に信用できない、という感情をありありと感じさせる表情で聞いてくる桐子。

 桐子の表情を見た朱夏は苦笑しながら本当だ、と告げる。

 

「……ふぅん?」

 

 まだ信用できないようだが、それでも朱夏自身が大丈夫と言っているためにこれ以上の追求が出来ない桐子は渋々と言った様子で引き下がる。

 そんな桐子の様子に三人、特に晶と篠生は窮地を脱したと胸を撫で下ろすが、同時に晶はこの騒ぎの元凶となった朱夏と、ついでに貴人に怒りを募らせる。

 晶はいつかあいつ(頭護)シメる、と己に誓いつつ朱夏に先ほど何故あそこまで錯乱したのかと問う。

 

「それで結局朱夏はなんでいきなり暴れだしたのよ?」

 

 そのことを問われた朱夏はと言うと、肩をビクリと震わせて。

 

「……それは必ず言わなければいけないかしら?」

 

 後ろ髪をふぁさぁ、とかき上げながらクールぶって告げる。しかしいつもは不敵な笑みを浮かべているがその笑顔が引き攣っていることと、何よりも冷や汗をダラダラと流していることから全く余裕がないことが見て取れた。

 そんな朱夏の姿を見た晶は目が据わった状態で一言だけを告げる。

 

「……いいから、さっさと吐け」

 

「……はい」

 

 晶の凄みに朱夏は誤魔化すことは不可能だと悟ったのか、肩をガックシと落としながら自身が何故そうなったのかを告げるのだった。

 

 

 

 

 朱夏から理由を聞いた晶は痛みだしたような気がする頭を押さえながら溜息を吐く。

 

「つまり、何か? アンタは昔、蘆屋さんのところでお世話になってて、その時に厨二病発症してたから、アタシの厨二病発言でその時のことを思い出して悶えていた、と?」

 

 その晶の言葉に朱夏は意気消沈した様子で小さくコクリと頷く。

 

「で、なおかつ、アタシが頭護のこと言ってたのにそれが全部過去のアヤカに当てはまっちゃってて、その結果があの暴走だった、と……」

 

 晶がさらに言うと朱夏は消え入りそうな声で「……はい」と、返事をする。

 そんな意気消沈した朱夏の姿を見るのは全員初めてだったようで、各々驚きや呆れなど様々な表情を浮かべながら彼女を見つめている。

 特に晶はこの数日間の付き合いで朱夏が意外にポンコツだった、ということをまざまざと見せつけられて、自身の中での朱夏のクールでどこか放おっておけない、そんな彼女のイメージ像がガラガラと崩れ落ちるのを感じていた。

 

「ま、まぁそれはそうとしても。話し合いは終わったんだし一度戻りましょうか。トーコが来たってことはヒカも心配してるんでしょ?」

 

 晶の言葉に桐子は身を乗り出して同意する。

 

「そうそう! 皆があんまり遅いから迎えに来たんだからね!」

 

 桐子のその言葉に遅くなる原因となった朱夏は苦笑いしながら謝罪の言葉を告げる。

 

「迷惑をかけたわね、ごめんなさい」

 

 朱夏の謝罪を聞いた桐子は、あはは、と笑いながら大丈夫だと告げる。

 

「ま、若気の至りなんてものは誰でもあるさ。それよりも皆首を長くして待ってるからさ、そろそろ戻ろう?」

 

「……そうね」

 

 桐子の朱夏を慰めるような言葉に彼女は小さい言葉で同意する。そして朱夏は再び小さい声で桐子に話しかける。

 

「……ありがとう」

 

 朱夏の感謝の言葉を聞いた桐子は、にっ、と笑うと。

 

「気にしない、気にしない。それじゃ行こうー」

 

 おー、と手を上げて一人で明るく掛け声を上げながら桐子は先に部屋を出ていく。

 朱夏はそんな桐子の姿を見て、くすりと笑って彼女の後に続くのだった。

 

 



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幕間3-2 悪魔と天才、そしてペルソナ使い。 後編

 こちらは二個目の更新となります。
 本日前後篇同時更新となりますのでこちらを先にご覧になった場合、先に前編の方をお読みいただくようお願いいたします。


 男性陣との会合の結果を告げた朱夏たちは、その後女性陣でも警戒することと同時に朱夏を中心とした警邏を不定期で行うこととして解散した。

 

 そしてその夜。

 

「うぅ~、寒い。いくらもうそろそろ夏になるとは言え、やっぱり夜は冷えるわ……」

 

「そうだね、アキちゃん」

 

 薄暗い大学構内の通路の中、腕を擦りながら寒さを紛らわせようとしている晶と、そんな彼女を見て苦笑している篠生。朱夏はそんな二人の姿を苦笑しながら見つつ、手に持った懐中電灯で照らしながら歩いている。

 そして朱夏はいくら今は安全とは言え少し気が抜けている二人を嗜める。

 

「二人とも、あまり気を抜きすぎるのは良くないわ。いきなり物陰から、なんて可能性もあるのだから」

 

 朱夏の例えに、晶はうげっ、と声を出して篠生はすぐに真剣な表情になり辺りを見渡す。

 晶も辺りを恐る恐る見渡して、安全なことを確認すると心底嫌そうな声を出す。

 

「ちょっと、アヤカ~。嫌なこと言わないでよね。あたし本当ホラーとか苦手なんだから」

 

 晶の言葉を聞いた朱夏は不敵な笑みを彼女に向けると。

 

「それは残念だったわね、アキ。既にこの世界自体完全なパニックホラーな状態よ」

 

 そして朱夏は二人に聞こえないように小声で呟く。

 

「……元々伝奇ホラーのような世界だったけど、さらにパニックものなんて実際ツイてないわよね。別の意味で憑いているのかも知れないけど」

 

「? アヤカさん、どうかしたんですか?」

 

 彼女の独り言が少しだけ聞こえたのか篠生は不思議そうに問いかける。

 

「いえ、なんでも無いわ。ただの独り言……?」

 

 篠生の問いかけに答える朱夏だったが、その時彼女にとって()()()()()()()が漂ってきた。その匂いを特定するために鼻をスンスンと鳴らす朱夏。そして嗅ぎ取った朱夏は顔を歪ませる。

 その嗅ぎ取った匂いとは、鉄が錆びたような()()()()だった。

 そして血の匂いと理解した朱夏は戦闘が起きると仮定して意識を感覚を研ぎ澄まさせる。と、同時に晶と篠生に顔を向けると。

 

「二人はこのまますぐに部屋に帰りなさい、いいわね!」

 

 それだけを告げて走り出す。彼女の言葉を聞いた晶は朱夏を止めようとするが。

 

「ちょっとアヤカ。どういう意味、って早っ!」

 

 件の朱夏はロングスカートを翻しながら、まるで陸上のオリンピック選手もかくや、と言わんばかりの速度で遠ざかっていく。

 そして朱夏を見送るしかなかった晶はと言うと。

 

「……もう、一体何なのよぉ!」

 

 と、廊下に彼女の困惑した叫び声が響き渡るのだった。

 

 

 

 

 血の匂いを嗅ぎつけて駆け出した朱夏が匂いの発生源で見たものは凄惨な光景だった。

 

「た……、助け…………あ、あぁ」

 

 彼女の視線の先に広がったものは、ビクンビクンと痙攣しながら体から血を撒き散らしてバケモノに腸を食いちぎられている女性の生存者だったものの姿だった。

 かろうじて生存者だったものは掠れた声を上げていたが、その体の損傷はどう見ても既に助かるものではなく、現に彼女の瞳からを急速に光が失われ事切れたことが見て取れた。

 その彼女の姿を見た朱夏はキッ、と下手人を睨みつけると忌ま忌ましそうに吐き捨てる。

 

「……【幽鬼-ガキ】ね。こんなところにまで迷い出てくるなんて」

 

 その声が聞こえたのか、女性の遺体を貪っていた、痩せ細った体躯ながら腹部だけが異様なほどに膨らんだ青い肌をした悪魔、幽鬼-ガキはゆるゆると顔を上げると嬉しそうに笑い声を上げる。

 

「ギギギ、マタ、新鮮ナ肉、来タ! オ前モ、他ノ人間モ、全部マルカジリィ!!」

 

 そう言って彼女に飛びかかるガキ。

 飛びかかってきたガキをヒラリ、と危なげなく躱すと同時に朱夏はスカートの裾をたくし上げて、自身の太ももに巻きつけていたケースホルダーからサバイバルナイフを引き抜く。

 そしてそのままそのナイフを掌でクルリと回すと逆手に構えた。

 その朱夏の姿を見たガキは、彼女を小馬鹿にしたように笑う。

 

「ギギィ? ニンゲン、ソンナ物デオレ様トタタカウ? ギヒヒッ!」

 

 対して朱夏はガキの言葉は気にも留めずに逆にガキを嘲るように挑発する。

 

「あら、戦うなんてそんな、そんな。私とアナタみたいな雑魚悪魔とでは戦いにすらならないわよ」

 

 朱夏のその言葉に気分を害したのか、ガキは彼女を睨みつけると再び飛びかかるような体勢になる。しかしそこで突如として叫び声が響き渡る。

 

「きゃあぁぁぁぁっ!」

 

「……アヤカっ! 何よあのバケモノ?!」

 

 その声の主は先ほど朱夏が部屋に戻るように、と告げた晶と篠生のものだった。

 彼女たちは先ほどの鬼気迫る表情で単独行動に入った朱夏を心配して追ってきていたようだった。

 そして彼女の姿が見えたと同時にガキの、彼女たちにとっては異形の怪物の後ろ姿も見てしまい、さらにはその先にある同じ生存者であった女性の無残な姿を見て悲鳴を上げたのだった。

 さらに最悪なことに二人の声を見て彼女たちの方向に振り返ったガキは、新たな餌が来たと嬉しそうに笑う。

 

「ギギギ! マタ来タ! 今日ハ大漁ダ!」

 

 そう言って二人に襲いかかろうとする。

 その姿を見た朱夏は呆然としている二人に叫ぶ。

 

「何をしてるの! 早く逃げなさい!」

 

 彼女は二人に声をかけるとともに、自身の中にあるMAGを活性化させる。朱夏の体を中心に緑の波動が吹き出していく。

 そして彼女の目前に力の波動を放つ、まるでタロットカードのようなものが具現化する。

 その具現化したカードを、手に持ったサバイバルナイフで切り裂くような仕草をすると同時に彼女は咆哮を上げる。

 

「──ペルソナァ!!」

 

 その咆哮とともに朱夏の背後に一つの幻影(ビジョン)が浮かび上がる。

 朱夏の背後に現れた幻影、その姿は全身黒い衣装に身を包み、顔はどことなく朱夏に似た女性だった。

 その女性は微笑みをたたえながら慈しむように晶たちを見やる。そして次にガキを見るとゆっくりと腕をガキの方向へと向ける。

 そのペルソナの動作と同時に朱夏もまた力ある言葉を、電撃系のとある魔法を唱える。

 

「ブラック・マリア! ジオダイン!」

 

 彼女の言葉と同時に電撃系最大魔法である【ジオダイン】が彼女のペルソナ、聖母マリアのもう一つの姿であると同時に、インド神話の女神イシスとも同一視される存在【ブラック・マリア】の腕から奔っていく。

 そしてその稲光はそのままガキのもとまで翔け抜けるとその身を一瞬で炭化させていく。

 幽鬼-ガキは断末魔を上げる暇もなく絶命した。

 

 ガキが炭化したことにより命の危機が去ったことを理解した晶と篠生は足の力が抜けたようにペタンと座り込む。

 とりあえず二人の無事を確認した朱夏はホッと息を吐くがすぐに彼女たちのもとへ駆け寄る。

 

「二人とも大丈夫!」

 

 朱夏の言葉に二人は声が出ないのか首を縦にコクコクと振って頷く。

 その仕草に朱夏は一瞬気が抜けた表情になるが、すぐに口をキュッと閉めて表情を引き締めると二人を問い詰める。

 

「それで、二人とも? なんでここにいるのかしら? 私は部屋に戻るように、と言ったはずよ」

 

 その言葉に以前朱夏と出会った時のことを思い出したのか、篠生はビクリと肩を震わせるが、晶は朱夏をキッと睨めつけると。

 

「アヤカ、アンタこそあの変なバケモノと、あの魔法みたいなのは一体何なのよ! それに、アンタを見捨ててあたしたちが逃げられると本気で思ってんの!」

 

 晶の剣幕に少し押される朱夏だったがすぐに気を持ち直すと。

 

「アキ、それについては……」

 

 と、朱夏が話し始めたのと時を同じくして、外から何か、乾いたものを叩くような音と男性たちの声が響いてくる。

 

「くそっ、何なんだよ。この化け物は!」

 

「おいおい、嘘だろ。あの化け物、感染者を喰ってやがる! もしかして墓場の感染者が少なくなってた原因はあの化け物なのかよ!」

 

「タカシゲ、高上! そんなことよりもまずはこの化け物や感染者を排除するのを優先しろ!」

 

 朱夏たちが聞いた声。それは昼間会合を行った男性陣、頭護貴人、城下隆茂、高上聯弥の三人の声だった。

 彼らの発言を聞いた朱夏は、その言葉で建物の外にも悪魔が出てきていることを悟る。と、同時に彼女は近場にある窓を勢いよく開け放つとそのまま外へ躍り出る。

 それを見た晶と篠生も慌てて彼女の後を追うが、そこには男性陣三人と悪魔、さらには感染者たちの三つ巴の戦いが広がっていた。

 その光景を見た篠生は悲痛な声で叫ぶ。

 

「…………コウくん!」

 

 その言葉に高上は反射的に反応して篠生の方を向くが、その一瞬注意を反らしたスキを突き感染者が高上に襲いかかる。

 

「ガァァァァァ……!」

 

 感染者の叫び声で我に返った高上であったが、その時既に感染者は彼の目前にまで迫っていた。

 

「うわぁぁっ!」

 

 叫び声を上げ、本能的に目を瞑る高上。だが──。

 

「ハァァァッ……!」

 

 その高上に襲いかかる感染者に対して、朱夏はガキの捕食現場へと向かったときと同じように、自身の健脚とMAGによる強化によって一気に感染者まで近付くと一息に蹴り飛ばす。

 そして蹴り飛ばされた感染者はその先にいる他の感染者をまるでボーリングのピンをなぎ倒すように吹き飛ばしていった後に地面に落下する。

 朱夏が起こした惨状を見た他の者達、感染者たちも含めてまるで時が止まったかのように動きを止める。

 だが当の本人である朱夏は、そんな空気は知らぬとばかりに篠生たちに檄を飛ばす。

 

「シノウ! そんなところでボーっとしてないで高上をお願い! アキも、いつまでもそこで固まってると危ないわよ!」

 

「え、あ、はいっ!」

 

「……とりあえずアヤカ、アンタ本当どんな脚力してんのよ!」

 

 彼女の激によって再起動した二人を皮切りに他の面々も動き出す。

 その中で唯一動きを止めていなかった悪魔、赤黒い肌に藍色の衣服、そして一番の特徴として額から二本、そして頭頂部から一本と、それぞれの場所から角が生えた日本ではかなりの知名度を持つ妖怪、【妖鬼-オニ】が楽しそうな表情を浮かべながら朱夏に声を掛ける。

 

「姉ちゃんナニモンだ? いくらなんでもただの人間があんな馬鹿げたことを仕出かせるわけがねぇ」

 

 そのオニの問いかけに朱夏ははぐらかすように答える。

 

「さぁ? 少なくとも私はただの人間のつもりよ?」

 

「抜かせっ!」

 

 朱夏の答えに楽しげな表情を崩さないままオニは手に持つ金砕棒を振り上げて彼女に向けて振り下ろす。

 それを彼女はバックステップを踏むことで躱すが、オニは振り下ろす勢いを止めることなく思い切り振り抜いて地面に叩きつける。すると金砕棒は轟音とともに砂煙を上げつつ地面を砕き、叩きつけられた後には局所的な地震とともに、小さなクレーターが出来上がっていた。

 そしてそのオニが起こした地震により朱夏以外の面々が揃って体勢を崩す。

 

「うおおっ!」

 

「きゃあぁ!」

 

 なんとかたたらを踏んで耐える生存者の面々だったが、感染者たちにはそれを行うだけの知性は残っておらず、その場にいる者たちはもれなく倒れ込んでいる。

 それを見た朱夏は、オニに話しかける。

 

「ねぇ、どうせアナタは私と戦いたいんでしょう? でも外野が騒いでたら邪魔くさいと思わない?」

 

 その言葉を聞いた鬼は哄笑を上げる。

 

「がはははっ! 本当に面白い姉ちゃんだな、好きにしな! その代わりちゃんと後で戦ってもらうぜ!」

 

「あら、ありがとう」

 

 オニにそれだけを告げると朱夏は晶たちの方に振り向き声を掛ける。

 

「皆今すぐそこから離れなさい! 巻き込まれるわよ!」

 

 その言葉と同時に彼女は先ほどと同じようにペルソナの召喚態勢に入る。それを見た晶と篠生は朱夏がさっきの女性の幻影を出すつもりだと気付き、男性陣に慌てて声をかけたり、手を引いてその場を離脱する。

 

「アンタたちそこにいると死ぬわよ!」

 

「コウくん、こっち! 急いで!」

 

「あ、うわっ、右原さん……!」

 

 そして生存者たちが避難したのを確認した朱夏は再びペルソナ、ブラック・マリアを顕現させる。そして──。

 

「消し炭になりなさい! ──マハ・ジオンガ!」

 

 全体化された中級電撃魔法の【マハ・ジオンガ】の雷が感染者たちに降り注ぎ、一体残らず感電させた後に発火し、残らず火葬していく。雷が降り注いだ後に残ったものはかつて感染者であった残骸と、パチパチと肉が焼ける音と匂いだけだった。

 

「俺、しばらく肉食えなさそう……」

 

「そもそも肉なんて上等なもの、そんなに残ってないでしょうが! ……言いたいことはわかるけど」

 

 隆茂と晶の漫才のようなやり取りを聞き流しながら朱夏はオニの方に振り返ると同時に話しかける。

 

「お待たせしたわね、それじゃ始めましょうか?」

 

「姉ちゃん、ペルソナ使いだったんだな……」

 

 オニの驚いたような声色に朱夏は挑発するように語りかける。

 

「あら、予想外のことに怖くなったのかしら? ならそのまま逃げ帰ってもいいのよ? そのほうが私も手間が少なくなるし」

 

 その朱夏の言葉にオニはニィっと口角を吊り上げると。

 

「まさか! 楽しみが増えたってもんだ! それじゃあ死合おうか!」

 

 喜々として金砕棒を掲げながら朱夏に突撃していく。

 それを見た朱夏もまたオニに合わせるようにMAGを活性化させるとオニに向かって突き進んでいく。

 戦いの先手は朱夏よりも巨躯であるがゆえにリーチが長いオニが取ることになった。

 オニは先ほどとは違い金砕棒を横に振り抜く。轟音とともに放たれた一撃を朱夏は姿勢を低くすることで躱すが、それを見たオニは。

 

「甘ぇな姉ちゃん!」

 

 その言葉とともに自身の膂力に物を言わせ、無理やりに力の方向を横から下に変えると朱夏がいる場所に叩きつける、が。

 

「残念ね」

 

 朱夏はその行動を予期していたようにすぐさま足に力を溜めて横っ飛びに回避する。そして先ほどの焼き直しのように朱夏が居なくなった場所に金砕棒が叩きつけられる。

 そして朱夏はそのスキを見逃さずに再びオニに突貫すると。

 

「あら、いい足場。ちょっと借りるわね」

 

 と、言いつつ振り下ろされた金砕棒を踏むとそこを起点に跳躍。そして勢いを殺さずにオニの側頭部にローリングソバットを叩きつけ、続けざまに今度は反動を利用して体をくるりと回転させると同時に蹴りを一発、二発と連続で叩き込みつつオニを吹き飛ばす。

 吹き飛ばされたオニは空中で体勢を立て直すと地面に金砕棒を突き立てて減速、そのまま着地する。その顔にはしてやられたことに対する悔しさと同時に、心底楽しいとばかりに喜色に彩られていた。

 

「やるじゃねぇか、姉ちゃん」

 

 そう言いながら口に溜まった血をペッと吐き捨てるオニ。そして今度はこちらの番とばかりに金砕棒を振り回す。

 

「オラオラオラオラぁ!」

 

 オニの一振り一振りが暴風を起こし手当り次第に広場に植えられた樹や、ベンチと言ったあらゆるものを破壊していく。オニの物理スキル【暴れまくり】だった。

 朱夏に攻撃を当てることができないのなら、面ごと制圧してしまえばいい。暴論ではあるが人間よりも遥かに身体能力が優れる悪魔にとってはある意味においては最適解の行動だった。

 ただ一つオニに誤算があるとすれば──。

 

「鼬の最後っ屁、というやつかしらね。でも!」

 

 朱夏は先ほどと同じようにペルソナを召喚するが、今回使うのは攻撃魔法ではない。

 

「ブラック・マリア! ラスタキャンディ!」

 

 彼女の力ある言葉とともに、彼女の肉体を中心に柔らかな光が集い、自身の攻撃力、防御力、敏捷性と言ったあらゆる能力にバフが掛かる。

 

 ただ一つの誤算、それは朱夏が純粋にオニ以上の身体能力を発揮できる、つまり()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことに他ならなかった。

 

 そして朱夏は只人ならばミンチになるしか無い暴風の中を、時に手に持つナイフでいなし、時には軽やかに躱しながらオニの足元まで接近する。

 

「──これで、終わりよ!」

 

「見事──!」

 

 その言葉とともに朱夏は手に持つナイフでオニの体を逆袈裟に切り裂いていく。

 切り裂かれたオニは地響きとともに地に伏せる。

 それを確認した朱夏は他の敵対的な者たちが居ないかを素早く視線を巡らすことで調査し、存在を確認できなかったことでようやく戦闘態勢を解く。

 その時、先ほど地に伏せ体からMAGが粒子として霧散し始めているオニが朱夏に向かって話しかける。

 

「なぁ、姉ちゃん。なんで魔法をもっと使わなかったんだ? 使えばもっと早く終わってただろ」

 

 オニの疑問に朱夏はふわりと優しく微笑みながら告げる。

 

「だって、オニは人間との真っ向勝負が大好きなんでしょう? さっき待ってもらったお礼も兼ねてあなた達の流儀に合わせた。ただそれだけよ」

 

 オニは朱夏の予想外の返答にはじめはキョトンとした顔になっていたが、言葉の意味が理解できると破顔して大笑いする。

 

「…………がははははっ! なるほど、今のオレが勝てないわけだ!」

 

 そしてオニは嬉しそうな顔をすると。

 

「今の人間界にも姉ちゃんみたいな気骨のある人間がいるたぁ、嬉しいねぇ! 同胞たちにもいい土産話が出来るってもんだ!」

 

 そう言いながら心底嬉しそうに笑い続ける。それはオニの輪郭が薄れ、姿が消滅するまで続いた。

 

 

 

 

 そしてオニが消滅した後、朱夏に背後からドン、と抱きつく晶。そして──。

 

「アヤカ、アンタ一体本当どうなってんのよぉ……!」

 

 半泣きになってぐずりながらも朱夏に詰め寄る晶。

 その晶の状態に困った表情を浮かべる朱夏だったが。

 

「俺達もその話には興味があるな」

 

 と、貴人が朱夏に話しかける。その言葉に晶と朱夏以外の他の面々も、ウンウンと頷き肯定する。それを見た朱夏は。

 

「あ~……。私が話してもいいんだけど……」

 

 どこか困惑した様子で告げる。それに貴人は。

 

「なにか話すことに問題がある、と? それとも、俺達には知る必要がないと言いたいのか?」

 

 貴人の詰問に朱夏は。

 

「そう言うわけじゃなくて……。ああ、そういえばあの人が居たわね」

 

 朱夏はそう言うと、ついてきなさい。と、一言だけ告げて背中に抱きついた晶を背負うと踵を返す。朱夏の急な行動に晶自身は驚きの声を上げるが。

 

「ちょ、ちょっとアヤカ!」

 

「黙って背負われなさい、今、貴女腰が抜けてるでしょう」

 

 朱夏に言われたことが図星だったのか、晶はそのまま押し黙る。それで問題なしと判断したのか朱夏は目的地へと歩みをすすめる。

 それに他の面々は慌ててついていくが。

 

「……それで、アヤカ。目的地はどこなのよ?」

 

 朱夏に背負われている晶が彼女に問いかける。それに朱夏は。

 

「ただ単に私以上に詳しい人がいるから、その人に話を聞きに行くだけよ」

 

 と、簡潔に答える。

 

 その言葉に驚いた晶は。

 

「はぁ?! そんなやつがこの大学にいたの?! だれよそいつ!」

 

 と、朱夏に激しく問い詰めるが、肝心の朱夏は。

 

「学内の人間ではないわよ。偶然今ここにいるだけで」

 

 それだけを答えると口を閉ざす。そして彼女のこれ以上口を開くつもりはない、という空気に当てられたのか朱夏以外の全員が困惑しながらも静かに歩みをすすめることになる。

 

 

 

 

「ここよ」

 

 しばらく歩みを進めた面々がたどり着いた場所を見た篠生が驚きの声を上げる。

 

「ここって理学棟……! 椎子さんも関係者なんですか?!」

 

 篠生の言葉には答えずに入り口に設置されているインターホンを押す朱夏。するとしばらくしてガチャ、という音とともに女性の声が聞こえてくる。

 

[……誰だ?]

 

「椎子さん!」

 

 インターホン越しの声の主の言葉を聞いて、篠生が声を上げる。

 

[なんだ、右原か。女生徒は来ていないと言っただろう。まだなにかあるのか?]

 

 面倒くさいという雰囲気を一切隠すことなく応対する椎子と呼ばれた女性。彼女の言葉に篠生はひぅぅ、と萎縮するが朱夏はそんなことには構わずに彼女へと話しかける。

 

「椎子、私よ」

 

[なんだ、神持。お前までいるのか、残念だが今の時点ではまだ何も判明していないぞ]

 

 椎子の明け透けな物言いに朱夏は苦笑を浮かべつつ、そのことではないと告げる。

 

()()()そっちのことじゃないわ。……Dr.は起きてるかしら?」

 

[あの人に用事なのか? 確かに起きているが……]

 

 その時、椎子以外の声がインターホン越しに聞こえてくる。

 

[なんや、なんや、お客さんか? ……って、朱夏ちゃんやないか。この大っ天才になんか用事か?]

 

 インターホン越しに大天才を自称する声を聞いた朱夏を除く女性陣が驚きの声を上げる。なにせその声は完全に男性のものだったのだから。

 

「ちょっと椎子! 男の人と一緒に暮らしてるの、なんで?!」

 

 晶の言葉に朱夏はあちゃあ、というように頭を抱える仕草をするが、声をかけられた椎子は。

 

[お前は……光里だったか。何故と言われても共同研究をしているのだから、一緒に行動していたほうが効率がいいだろうが]

 

 意味がわからないと言いたげな椎子の様子に、晶は何事かを言おうとするがその前に朱夏にその口を塞がれる。そして朱夏がそのまま捲し立てる。

 

「ともかく! ちょっとこっちで予想外のことが起きたからDr.と、あとできれば椎子も出てきてほしいのだけど!」

 

 朱夏の言葉に椎子は迷惑だ、と言わんばかりに。

 

[……面倒なんだが?]

 

 とだけ告げるが、横から自称大天才の男性が。

 

[まぁまぁ、朱夏ちゃんがこんなん言うなんて、それだけ大事っちゅうことやろ? それにこんな辛気臭いとこずっとおったら気が滅入るさかい、わしとしては外に出たいんやけど]

 

 彼のその言葉に椎子はため息をつくと。

 

[……少し待っていろ]

 

 その言葉とともに通話が途切れる。

 そしてしばらくすると朱夏たちの前にある入口が開き、そして。

 

「久々のシャバの空気やなぁ」

 

「別にここは刑務所ではないぞ」

 

 その言葉とともに一組の男女が姿を表す。

 そのうちの女性、銀青色の髪をそのままストレートに流し縦縞の服とジーンズを着た彼女こそが椎子、【青襲椎子(あおそいしいこ)

 そしておかっぱ頭に眼鏡を掛けた目付きの鋭い男性、彼こそが。

 

「それで朱夏ちゃん? この大天才たる【Dr.スリル】様の頭脳を借りたいなんて一体どんな緊急事態なんや?」

 

 自他ともに認める、かつてフランケンシュタインの怪物を生み出したヴィクトール・フォン・フランケンシュタインすら認めた大天才、Dr.スリルその人であった。

 

 

 



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第十六話 悪魔召喚師(見習い)祠堂圭

 こんばんは作者です。
 色々あって少々遅れましたがなんとか書き終わったので投稿いたします。
 では、そこまで場面は進まなかったよ、な第十六話をどうぞ。


 義妹である葛葉朱音(ライドウ)から連絡があった翌日、晴明たちは再び全員集まって悪魔関連の話の続きを行おうとしていたが……。

 正直な話、透子たち一般人の顔色が良くない──恐らく夜もまともに眠れなかったのだろう──ことからどうしたものかと頭を悩ませていた。

 しかし、その中でも圭だけは青白く強張った表情を浮かべながらも、気丈にも晴明に話しかける。

 

「……あの、蘆屋さん。ヒーホーくんと一緒に暮らす場合はどうすればいいんですか?」

 

 彼女の言葉を聞いた晴明は少しだけ悩み、とある一つの方法を語る。

 

「一番確実な方法は祠堂さんが俺と同じ【悪魔召喚師(デビルサマナー)】になることだ」

 

 晴明の言葉を全員一瞬理解できなかったようだが、理解が及んだ時に美紀が鬼気迫る表情で身を乗り出して、噛み付くように抗議する。

 

「……! それって圭が危険になるってことじゃないですか!」

 

「……そうだな、それは否定できない」

 

「……蘆屋さんっ!」

 

 晴明の言葉に激昂する美紀だったが、そこで透子が彼女を落ち着かせるように話しかける。

 

「まぁまぁ、まずは落ち着いて。えっと、美紀さん、だったわよね……?」

 

 透子が確認するように告げると女子高生組二人は、救助された直後に透子が感染発症したためにまともに自己紹介をしていなかったことに気付く。

 

「あ、はい。そうです。私は巡ヶ丘学院高校二年の直樹美紀です。で、こっちが」

 

 そう言って美紀は圭の方を向く。その視線で美紀の意図がわかったのか圭はコクリと頷くと。

 

「美紀と同じく二年の祠堂圭です。よろしくおねがいします」

 

 と、美紀に続き自己紹介をする。それを聞いた透子もまた返礼として。

 

「うん、二人ともありがとう。で、改めて自己紹介だけど、わたしは赤坂透子。今はしがないラジオパーソナリティーに、なる予定だったんだけどね……」

 

「なる予定だった、とは……?」

 

 美紀が不思議そうに問いかけるがそれを見た透子は苦笑しながら。

 

「わたしは元々上京してたんだけどこっちに出戻って来たの。それで巡ヶ丘ラジオに就職してお仕事をこなしてたら、今度の番組更改時に一枠貰えることになってたんだけど、その矢先にこんなことが起きちゃってね……」

 

「……そうなんですね。って、ん? そう言えば…………」

 

「どうかしたの、圭さん?」

 

 透子の言葉に同情しつつも何かを思い出したように疑問顔になる圭。それを見た透子はどうしたのか、と彼女に問いかけるが。

 

「そう言えば、赤坂さんの声、どこかで聞いたことがあるような気がして……。どうしてなんだろ?」

 

「圭も? 私もなにか聞き覚えがあるような気がしてたんだけど……」

 

 そう言って不思議がる二人。その二人を見た透子は笑いながら。

 

「ふふ、もしかしたらだけど二人ともわたしの歌を聞いたことがあるのかもね? さっき上京してたって言ったでしょ? その時に音楽関係の仕事で、一応CDも出してたから」

 

 そこまで売れたわけじゃないんだけどね。と笑いながら告げる透子。そんな彼女の言葉を聞いた圭は。

 

「…………あぁぁぁぁ~~~~!!!」

 

 と、いきなり叫び声を上げると、近くに置いていた自身の荷物を乱雑に漁りだす。その突飛な行動に全員が驚いていたが。

 

「あっ……たぁ~~~!!」

 

 目当ての荷物を見つけたのか、手に持って天に掲げるとホクホク顔で戻ってくる。そのあまりの落差にどう反応していいかわからない面々は呆然としていたが。

 

「これ! 赤坂さんのCDじゃないですか!?」

 

 テンションが上った圭は、透子に確認を取りながら手に持っていた小型のCDプレーヤーに入っている音楽CDを再生する。

 するとたしかに彼女の手の中にあるCDプレーヤーから、透子らしき優しい音色の歌声が響いてくる。

 

「へぇ、たしかにこれは透子さんの声だな」

 

「本当ですね」

 

「でしょでしょ!」

 

 三者三様に彼女の歌声に聞き惚れていると、自虐を含めて言った冗談が現実になるとは思っていなかった透子が茫然自失の状態から我に返る。

 

「え、えぇ、これは間違いなくわたしのCDね……。冗談で言ったつもりだったんだけど、まさか本当に買ってくれてたなんて、圭さん本当にありがとうね」

 

「……えへへ」

 

 透子からCDを買ったことに対して礼を言われた圭は手を後頭部で組みながら照れくさそうに笑う。

 それを見た美紀は、彼女がなぜそんなに照れくさそうにしているのか、そもそもなぜ圭が透子のCDを買ったかを思い出す。

 

「そう言えば圭、そのCD、前に動画サイトで聞いてすごく良かったからCDショップで買おうと探したら、どこにも置いてなかったから駆けずり回ったのよね」

 

 あの時は私も付き合わされたなぁ、と美紀がしみじみ呟くと圭は焦った表情に、透子は驚いた表情を浮かべる。

 そして圭は美紀の肩を掴みガックンガックン揺らしながらどうしてそんなこと言うの、と詰め寄る。

 

「もう、美紀! あの時付き合わせたのは悪かったけど、その後謝ったじゃない! なんでそんなことを本人の前で言うの!」

 

「ちょっ、圭、痛っ、てか目が回って、キモチワル……、揺らすのやめ……!」

 

 最初こと驚いていた透子だったが、そんな二人のやり取りを見て思わず吹き出す。その音で二人は、この場所には自分たち以外がいることを思い出して赤面する。

 

「あう、あう、えっとこれはですね……」

 

 そのことでテンパったのか圭は突拍子のない行動を取る、その行動とは。

 

「えっと、えぇ~と、サインください!!」

 

 と何故かCDプレーヤーを透子に突き出す圭。それを見た透子と晴明は流石に我慢の限界を超えたのか笑い出す。

 

「くっ、くくく」

 

「ふ、くっ、ふふ。え、えぇ、いいわよ」

 

 笑いながらも圭からCDプレーヤーを受け取る透子だったが、本当にこれにサインしていいのかと問いかける。それを聞いて本当にサインをしてくれると思っていなかった圭は、再び自身の荷物を漁りだすと、一つのCDケースを持ってくる。

 

「──これにお願いします!」

 

 と、彼女は透子にそのCDケースを差し出す。それを受け取り透子は近くにあったペンを取るとさらさらと自身の名前を書いていく。そして書き終わるとCDケースを圭に返却する。

 

「はい、どうぞ」

 

「あ、ありがとうございますー!」

 

 圭は透子からサイン入りCDケースを受け取ると、そのままヒャッホウと叫びそうなほどに舞い上がる。

 彼女のその姿を見て破顔する透子。それを見て晴明は遠子に話しかける。

 

「良かったじゃないか、透子さん。ここにもファンが、それも生き残ってくれてて、さ」

 

「……ええ、そうね」

 

 晴明の言葉に同意しながら、彼女はかつて自分のファンだと言ってくれた、今回の巡ヶ丘の災害にてバケモノに成り果ててしまった先輩に思いを馳せる。

 

(──先輩、貴女以外にもわたしのファンになってくれた娘がいましたよ。もし先輩が生きていてくれたら……)

 

 もしかしたら、いい友人になったのかも知れませんね。と、舞い上がる圭を見て思う透子。

 そんな彼女たちの微笑ましい姿を見ながら晴明は手でパンパンと拍手をすると、申し訳無さそうな顔をしながら告げる。

 

「あ~……。皆、済まないがもうそろそろ話を戻してもいいかな?」

 

 その晴明の言葉に、ここに集まった元々の理由を思い出したのか三人とも、特に舞い上がっていた圭はハッとした表情になると、いそいそと元の場所へと戻ってくる。

 それを確認した晴明は。

 

「で、どこまで話したんだったか……。あぁ、そうそう。一つの手段として悪魔召喚師のことを言ったんだったな」

 

 晴明の言葉にコクリと頷く面々。その彼女たちの姿を見た晴明は何故悪魔召喚師のことを話したのか、その理由を告げる。

 

「それで、何故悪魔召喚師のことを話したかというと、結論から言うと他の手段はデメリットしかないからだな」

 

「「……はい?」」

 

 晴明の言い様に疑問符を浮かべる女子高生二人。透子も同じ気分だったが、それでは話にならないので晴明に話を続けるように促す。

 

「晴明さん、それはどういった意味で、そうなるのかしら?」

 

「ああ、それはだな──」

 

 そう言って晴明は、他の手段と、何故デメリットしかないのかを告げる。

 その手段とは、圭やジャックフロスト自身を葛葉の里などで保護する方法だが、これの場合保護という名の軟禁生活になる可能性が高い。と、言うのも今回の場合、圭は、ただ悪魔とともに暮らすだけではなく、それこそどっぷりと交流を深めてしまっている。

 

 ──魔が差す、という言葉がある。

 

 本来この言葉は普段生真面目な人間が、何らかの悪事に手を染めた場合、まるで悪魔に取り憑かれたかのようだ、という意味の言葉であるが、今回の場合、圭たちはジャックフロストと交流を深めた結果、彼の存在、雰囲気のようなものが彼女に馴染んでしまい今後彼女の元にはそれを道しるべとして多くの悪魔や怪異などが辿り着く可能性が高い。

 その観点から見ても元の生活に戻る、というのは論外だ。

 説明するまでもないとは思うが、悪魔を惹きつける可能性がある以上何らかの理由で一人になった時に悪魔に襲われて、翌日変死体として発見されたなんてことが起きてもおかしくない。

 

 もちろん晴明はその辺のフォロー、結界を張ったり、若狭姉妹に御守を渡したように悪魔を寄せ付けない護符や御守を渡すことも可能だが、それはそれで問題が起きる。

 なんだかんだで、蘆屋晴明という人物は分家とはいえ陰陽師の名家である蘆屋の出であると同時にかなりの実力を持ち、なおかつ今代葛葉ライドウとも親交を持つということから、裏社会ではかなりの有名人なのだ。

 そんな人物に配慮されている一般人なんて、それこそ重要人物と喧伝しているに等しく、たとえ御守を持たせていたとしても、ダークサマナー、しかも超人クラスの実力者であるシド・デイビスやフィネガン、マヨーネなどが出張ってきた場合、いくらなんでも御守や護符程度では不足すぎるし、たとえヤタガラスの人員を配置したとしても蹴散らされた上で攫われたり、最悪殺される可能性が高い。

 無論、晴明自身も護衛としてある程度行動はできるが、それ以上に彼は悪魔絡みの事件や異界化した土地を正常化するためにあちこち飛び回ることが多いために四六時中護衛できるわけではない。

 そのことから考えるにどう見てもリスクとリターンがあっていない、と言わざるを得ないだろう。

 そのことを彼女たちに説明していく。それを聞いた圭はまた顔を青ざめながら晴明に質問する。

 

「……あの、そのダークサマナー? という人たちはそんなにすごいんですか……? 蘆屋さんが戦ったとして、その人たちに勝てるんですか……?」

 

「ん? ああ、一対一(サシ)の戦いだったらまず勝てるだろうが……。もし三人掛かりで来られた場合は最大限努力する、としか……」

 

 晴明の答えを聞いて絶句する三人。特に透子は彼のバケモノっぷりを何度も見ているために彼がそうまでいう人物たちが本当に存在するとは思えなかった。

 思えなかったゆえに透子は本当にそうなのか、と確認を取る。

 

「えっと、晴明さん。それは本当に……? 冗談とかではなくて?」

 

 その質問に晴明はなんの迷いもなく首肯すると。

 

「ああ、残念ながら、な。尤もあの娘、ライドウなら三人相手でも問題なく蹴散らしてみせるだろうが、俺自身にはそこまでの実力はないよ」

 

 と、苦笑しながら肯定する。

 それを聞いた三人はもはや何がなんだか、といった様相だった。

 透子にとってはゾンビたちを歯牙にもかけない存在、女子高生二人からすればあのエイのバケモノ、彼女ら自身は知らないがソロモン七十二柱の一柱であるフォルネウスと互角以上に戦える晴明と、三人掛かりであればその晴明を殺せる可能性があるダークサマナーたち。

 そしてさらに晴明が言うには、そのダークサマナーたちを苦もなく蹴散らせるというライドウと呼ばれる人物。

 彼が言うことが本当であるのならば、創作物で俗に言う主人公最強物を体現したかのような人物が現実に存在するということになるのだから、そう思ってしまうのも無理はないだろう。

 事実、葛葉ライドウは世が世なら実際に物語の主人公なので彼女らの考えも(あなが)ち間違いではないのだが……。

 

「まぁ、マヨーネのやつに関しては色々とあったから積極的に殺し、殺されってのには発展しないとは思うが……。ふぅ、ま、それはともかくとして」

 

 そう言って晴明は、コホンと咳払いをすると次に悪魔召喚師になる場合のことを説明する。

 

「そして悪魔召喚師になる場合なんだが、実はそっちの場合のほうが危険性は少ない可能性があるんだよな……」

 

「え? なんでですか?」

 

 晴明の言葉の意味が理解できない圭は思わず疑問を挟むが、それに晴明は苦笑しつつ答える。

 

「それに関してはさっき話した俺と知り合いだというデメリットが、メリットに変わるというのが大きいな」

 

 そう言って晴明は何故デメリットがメリットに変わるのかを説明していく。

 そもそも悪魔召喚師とは裏の業界、隠された存在であることから基本的には元々その世界で生きてきた家系や、現役のサマナーが才能ある者を弟子にとって育成というのが主流となる。

 今回の圭の場合は後者となるが、その場合誰が師匠となるか。それは言うまでもなく彼女を発見した晴明本人が師匠となる。

 そして晴明は先ほども述べた通りライドウとも親交を持つ裏世界の有名人である。

 その弟子になるということは、つまり晴明やライドウの後ろ盾を得るに等しく、そんな存在に手を出すバカは居ない。

 それを象徴するように裏社会ではとある一つの言葉が囁かれている。

 

 ──曰く、ライドウには手を出すな。手を出したバカがいた場合は、今すぐその者とは縁を切れ。

 

 そう言われる程度には葛葉一族、とりわけライドウという存在は知る者たちにはアンタッチャブルとして扱われているのだ。

 実際に圭が晴明に弟子入りした場合、姉弟子となる神持朱夏の時も、それとなく遠くから監視している目はあったが、直接動こうとした折にはどこからともなく現れたライドウに“組織ごと”殲滅された事例も二、三件ほど発生し、それがこの話に拍車をかけている。

 その話を聞いた三人は乾いた笑みを浮かべる。

 

「あ、はは。そ、そうなんですか。……すごいですね」

 

 と、引きつりながら告げる美紀。きっと彼女の中での【ライドウ】という人間は身長3メートルくらいある筋骨隆々の大男のようなイメージになっているだろう。

 実際のところはどちらかと言えば、小柄で華奢な見た目の女性なのだから、もし彼女が真実を知った場合は驚きのあまり、ひっくり返るかも知れないが……。

 

「まぁ、そんな感じだな。で、祠堂さんどうする?」

 

 一応第三の選択肢でジャックフロストとともに暮らすのを諦める、という道もあるがと告げる晴明。

 それを聞いた圭はしばし悩むが、答えが決まったのか真剣な表情で晴明を見つめると、自身がたどり着いた答えをはっきりと告げる。

 

「──私は……、悪魔召喚師に、蘆屋さんの弟子になりたいです」

 

「圭……」

 

 圭の答えに心配そうな表情で彼女を見つめる美紀。それを感じた圭は一言、大丈夫だよ、と告げる。

 それの彼女の覚悟を感じ取った晴明であったが、念の為にもう一度、今度は脅すような形で確認を取る。

 

「本当にそれでいいんだね? いくら安全に配慮するとは言っても、怪我や最悪死ぬ可能性だってあることはあるが」

 

「はい。だってあの子は、ヒーホーくんは友達なんです。その友達を、私が危険だから、そんな理由で見捨てたくないんです」

 

 そんなことをしてしまったらきっと後悔する。そして、私は私自身を許せなくなってしまいますから、とはにかみながら告げる圭。

 彼女の覚悟の言葉を聞いた晴明は小さく嘆息するとバロウズに話しかける。

 

「バロウズ、アレを出してくれ」

 

《……アイアイ、マスター》

 

 そして一つの銃にも見える道具が晴明の手元に現れると、それを彼女に手渡す。

 

「これを渡そう」

 

「……銃、ですか?」

 

 圭は手渡された銃らしきものをまじまじと見つめるが、晴明はそんな彼女にとある動作をするように、と告げる。それは──。

 

「それの引き金を引いてみてくれ」

 

「え? でも……」

 

「大丈夫、危険ではないから」

 

 晴明にそう言われ、圭は恐る恐る引き金に指をかけるとそのままトリガーを引く。すると銃身部分が縦に割れて左右に展開し、割れた接面部分にはモニターとキーボードが設置されていたことが確認できた。

 その姿を見て、おぉ、と目を輝かせる圭と、物珍しいものを見たという顔をする美紀と透子。

 そんな三人の反応を見ながら、晴明はその銃らしきものの正体を告げる。

 

「それは銃型のハンディ・コンピューター。通称GUMP(ガンプ)という悪魔召喚師用の機器だ」

 

「GUMP……」

 

 GUMPの名を聞いた圭は噛みしめるように呟く。

 晴明はその彼女を見て頷くと。

 

「そう、そしてそのGUMPには悪魔召喚プログラム、ジャックフロストをはじめとする悪魔たちと契約出来るようにするプログラムが組み込んである」

 

「それって、つまりこれがあれば……」

 

「ジャックフロストをこの世界に留めておくことが出来る、というわけだ」

 

「それなら早速──」

 

「逸る気持ちはわからないでもないが、それはまだ権限を移譲していないから祠堂さん、弟子になる以上は圭と呼び捨てにさせてもらうが、君にはまだ使えないぞ」

 

 晴明の言葉を聞き、しなしなと萎れる圭だったが晴明は移譲のためのコマンドなどを告げていく。

 その後晴明たちはデビルサマナーに関しての知識を少し話した後に、今後の行動についての話し合いを始めるのだった。

 

 

 

 



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第十七話 再会

 毎度のことながらお久し振りです、作者です。
 今回は約一ヶ月ぶりの更新となりますが、いくつか本作での独自設定が出てきます。
 では第十七話をお楽しみください。







 晴明たちの話し合いが終わった後、全員は透子所有のキャンピングカーに乗り、一路生存者がいると思われる【聖イシドロス大学】へと向かっていた。

 そのキャンピングカーの中で晴明は、瑠璃に話を、正確に言うなら彼女に対して姉に逢わせることが遅くなることを平謝りしていた。

 

「ごめんな、るーちゃん。本当なら巡ヶ丘高校に行くはずだったんだけど、おじさんの用事を優先することになっちゃって……」

 

 瑠璃自身は晴明の用事、弟子である神持朱夏と巡ヶ丘で消息を絶ったDr.スリルの安否の確認を優先したことに対して、なにか思うということは無いようで首を横に振って、大丈夫なことを告げる。

 

「ううん。大丈夫だよ、おじさん。りーねえは、るーと同じ御守持ってるから大丈夫なんでしょ?」

 

「ああ、勿論だとも。それにあの御守を肌身離さず持ってるなら大丈夫。それにきっと頼りになる人もお姉さんの元に行ってるはずだからね」

 

「そうなの?」

 

 晴明の言葉に首を傾げる瑠璃。その姿を見た晴明は本当だよ、と告げる。そしてそのやり取りを聞いていたジャンヌはふわりと笑いながらからかい混じりに告げる。

 

「そう言うことですかマスター。いくらあの子達が心配とは言え、私情を優先させるのはらしくないと思っていましたが……」

 

 からかい混じりのジャンヌの言葉を聞いた晴明は顔をしかめながら。

 

「あまりからかってくれるなよ。俺としてもどちらを優先すべきか悩んだんだからな」

 

 そう告げると、ジャンヌは少し微笑ましいものを見たような顔をしながら謝罪する。そして──。

 

「ふふ、すみませんマスター。でもよくそちらを優先する気になりましたね?」

 

「ああ、もし本当にあの大天才がイシドロスにいるのなら、流石に朱夏だけに護衛を任せるわけにもいかないからな」

 

 晴明の物言いに、ジャンヌは彼が何を言いたいのかを察したのか、先程までとは違い真面目な表情をすると。

 

「なるほど、そういうことですか。なら現状、私しか適任がいませんね」

 

「そういうことだ、頼めるかジャンヌ?」

 

「ええ、任せてください」

 

 その二人のやり取りに疑問を持ったのか、晴明に弟子入りすることになった圭は二人に質問する。

 

「あれ? でも、蘆屋先生。仲魔は基本、サマナーから離れられないって言ってませんでした?」

 

 圭の質問を聞いた晴明は、頷き肯定する。

 

「そうだ、基本、仲魔たちは契約したサマナーの遠くに離れることはできないが、まぁ、何事にも例外はあるんだよ」

 

 何事にも例外がある、という言葉を聞いた圭はほえぇ、と気の抜けた声を上げながらちょっと驚いた顔をしている。

 その間に今度は美紀が晴明に質問する。

 

「それじゃジャンヌさんが、唯一その例外だったりするんですか?」

 

 美紀の質問に晴明は腕組みをしてキャンピングカーの壁に背を預けると、首を横に振って否定する。

 

「いや、これはジャンヌだけではない、かな。一部種族の特性だ」

 

 そう言って晴明は講義のように美紀と圭にその種族についての説明を始める。

 そもそもジャンヌたちが属するカテゴリ【英雄】は、とある特殊なカテゴリの悪魔を経由する事で初めて仲魔にすることが出来る、所謂レアや隠しなどと言われるような悪魔だ。

 では、その経由する大元の種族とは?

 

 それは【造魔】と呼ばれる種族だ。しかしこの造魔と呼ばれる種族も近年になって現れた種族である。

 なぜ神話生物や、都市伝説などと言った遥かな過去から存在するはずの悪魔でありながら、造魔は近年まで発見されなかったのか?

 その理由は単純だ。そもそも造魔というカテゴリは本来存在せず、近年とある大天才の手によってこの世界に生み出されたからだ。

 

 その大天才の名は【Dr.スリル】、現在イシドロスに居ると噂されている人物だ。

 

 彼は、かつて過去の錬金術師が発明し、現在失伝したドリー・カドモンと呼ばれる特殊な素材を自身の技術で再び世に生み出した。

 そのドリー・カドモンと悪魔を合体させることで生み出される種族こそが造魔であり、さらにその造魔をある特殊な法則のもとに合体させることにより、初めて英雄というカテゴリの悪魔を顕現させることができる。

 

 ──英雄(ヒト)悪魔()に昇華させる外法にして偉業。

 

 その偉業は悪魔研究の第一人者にして、今現在も生きている天才にして怪人、フランケンシュタインの怪物の生みの親、ヴィクトール・フォン・フランケンシュタインをして、なし得なかったことから彼は、裏に関わる人間から大天才であると称されている。

 

 その説明を聞いた圭は、ほへぇ、と理解したのか、していないのか判りづらい、ちょっとばかり間が抜けた顔をして聞いていた。

 逆に美紀はまさかフランケンシュタインが実在していたとは思わず、驚きの表情を浮かべて晴明に問いかける。

 

「あれって創作じゃなくて実話だったんですか?!」

 

 その美紀の言葉に晴明は顎に手を当て、しばらく悩んだ表情になると美紀の質問に答える。

 

「うぅん、一応実話と言えば実話だが、今もヴィクター(ヴィクトル)博士は生きてるし、本人監修の創作物って感じかねぇ……?」

 

 晴明の言葉を聞いた美紀はしばし絶句するが、ふと正気に返るといやいやいや、とばかりに手をパタパタと振ってありえないでしょう、と言い募る。

 

「いやいや、ちょっと待って下さい蘆屋()()。あの小説が出版されたのは十九世紀前半ですよ?! それなのに現在も生きてるって、それじゃ、どんなに若く見積もっても二百歳以上ってことになるじゃないですか!」

 

 美紀が現代の常識的な観点でそう告げると、晴明は、まぁそうなるよなぁ、と面倒くさそうに頭を掻きながら嘆息する。

 

 余談ではあるが、美紀が晴明を先生と呼んだのは、圭が弟子入りする際に彼女だけが危険なところに行くのは看破できないから、と美紀も同じように弟子入り志願したのが要因である。

 しかし、幸か不幸か彼女自身に悪魔召喚師としての才能がなかったために、彼女は圭とはまた別の方向での修業をすることになるのだが、現在はその前段階、前提とする知識の勉学という状況になっている。

 

 それはともかくとして、晴明は真剣な表情を浮かべると美紀に忠告する。

 

「まぁ一つ言うことがあるとすれば、美紀。仕方ないとは言え君は少し常識に囚われすぎだな。常識を捨てろ、とまでは言わないが、裏の世界では常識が通じないことは多々あるから、もう少し頭を柔らかくすることだ。でなければ最悪生死に関わるからな」

 

 真剣な表情をしている晴明の脅しとも取れる忠告を受けた美紀と、ついでに側で聞いていた圭はゴクリと唾を飲み込むと、コクコクと首を縦に振る。

 それを見た晴明はよろしい、と一つ頷くと言葉を続ける。

 

「ま、流石に昨日の今日で意識を切り替えろ、というのは酷だからな。そちらは少しづつでも慣れていけば良い」

 

 そんなこんなを話しているうちにも旅路は順調に進んでいたようで、透子から晴明の声が掛かる。

 

「晴明さん、目的地が見えてきたわよ」

 

「お! そうか、今行く!」

 

 そのまま晴明は透子が居る運転席へと向かうのだった。

 

 

 

 

 のちに知った話だが、悪魔と呼ばれる存在、妖鬼-オニと朱夏が戦った翌日、ニット帽を被った小柄な青年、高上聯弥はボウガンで武装した状態で、他数名とともに校舎の外の見回りに出ていた。

 その見回り自体は問題なく終わりそうだったのだが、ふと虫の知らせなのか、イシドロスの正門が気になった高上は、他の面々と離れて正門へと向かう。

 そこで彼が目にした光景は、正門近くに止められている大型の自動車と、そして既に校内に入っている、左手になにか鉄製の籠手のようなものを装着した不法侵入者の姿だった。

 それを確認した高上は即座にボウガンを構えて威嚇行動に出る。

 

「──誰だ!」

 

 高上の声を聞いた不法侵入者は彼を脅威だと思っていないのか、特に警戒した様子もなしに彼に問いかける。

 

「生存者か。ちょうどよかった、ちょっと聞きたいんだが──」

 

 侵入者が何かを話しているが、高上はその言葉に耳を貸さずにボウガンのトリガーに指をかける。それを見た侵入者は。

 

「おいおい、俺はゾンビではないし、敵対する気もないんだが?」

 

 それでもなお、軽口を叩き続ける。その事に自分がナメられている、と感じた高上は。

 

「なら、手を上げろ! その籠手も外してだ!」

 

 と、不法侵入者に要求する。それを聞いた侵入者は手を上げながら。

 

「あ~、手を上げるのは良いが、これを外す訳にはいかなくてな」

 

 その事に侵入者があくまで要求を飲むつもりはない、と理解した高上は脅しも兼ねてトリガーを引いて矢を発射するが。

 

「ふぅ、何を気負っているのかは知らないが、少しは冷静になるべきだったな」

 

 トリガーを引いた次の瞬間、フッと侵入者の姿が掻き消えて高上が放ったボウガンの矢は虚しく、なにもない空間を突き進んでいく。

 そして、自身の背後から首筋になにか刃物らしきものが添えられると同時に、声を掛けられる。その声は忽然として消えた侵入者のものだった。

 

「さてと、動かないでもらおうか」

 

 刃物を突きつけられた高上は、なるべく動かないようにするが、その時。

 

「──コウくんから離れて!」

 

 と、高上とともに見回りをしていたライダースーツの女性、右原篠生が侵入者に吠えるとともに飛び掛かって、手に持つアイスピックを突き立てようとするが──。

 侵入者は篠生の存在に気が付いていたのか、すぐさま高上から離れると彼女が侵入者自身に突き立てようとしていた腕を掴み、彼女の力を利用しつつ怪我しないように、細心の注意を払って投げ飛ばす。

 

「きゃっ!」

 

「うん? 君は……」

 

 投げ飛ばした拍子に篠生の顔を見た侵入者は、不思議そうな顔をするが。

 

「シノウッ! ……こんのぉ!!」

 

 彼女に少し遅れてこの場に駆けつけた最後の一人、光里晶は握りしめていた鉄バットを大上段から篠生を投げ飛ばした下手人に振り下ろす。

 振り向きざまに、手に持つ剣で彼女の攻撃を防いだ侵入者だったが、晶の顔を見て驚いた声を上げる。

 

「やはり君もかっ! 確か、光里さん、だったな!」

 

 侵入者の声に、晶は彼の顔をまじまじと見て驚きの声を上げる。

 

「……えっ? て、あぁ! 確か、蘆屋さん!」

 

 そこで起き上がった篠生が後ろから侵入者、朱夏の想い人である蘆屋晴明に攻撃を仕掛けようとするが、その前に晶が慌てて彼女に攻撃を止めるように言う。

 

「ちょっと待って、シノウ! ストップ、スト~ップ!!」

 

 晶の静止に篠生は驚きながらもなんとか攻撃を取りやめる。そして、なぜそんなことを言うのか、と晶に問いかけようとするが、その前に振り返った晴明の顔を見て。

 

「あ、あぁぁ! あの時の……、蘆屋さん!」

 

 と、篠生もまた驚きの声を上げるのだった。

 

 

 

 

「スミマセンでしたっ!」

 

「いや、まぁそこまで思いつめなくてもいいから……」

 

 聖イシドロスの校舎内の一室に、晴明を始めとする秘密基地の生存者メンバーと、イシドロスの会合メンバーが集まっていた。

 そして先ほど、謝っていたのは先走って晴明に攻撃していた高上であり、晴明はそんな彼に気にしすぎないようにと告げていた。

 そんな二人のやり取りを篠生と晶以外の大学生メンバーは高上を呆れるように、秘密基地メンバーはどこか不思議そうに見つめていた。

 

 そして高上の謝罪が一段落ついた時点で晴明は朱夏を見ると、安堵した表情を浮かべて彼女に話しかける。

 

「それで朱夏、大丈夫だとは思っていたが、改めて良く無事でいてくれた」

 

 晴明の声かけに、朱夏もまたふわりと微笑みかけながら語りかける。

 

「晴明さんこそ、無事で良かったわ。でも──」

 

 と、そこまで告げて彼女は少し眼光を鋭くすると、晴明の近くにいる瑠璃以外の三人の女性を見る。

 そして絶対零度、とまでは言わないが冷たい声色で晴明に話しかける。

 

「──生存者が女性しかいない、というのは流石に解せないのだけど?」

 

「と、言われてもなぁ……」

 

 事実、ここに居る晴明が救った生存者に関しては女性しかいないが、それ以前のデモニカ部隊に保護を依頼した生存者の中には男性も含まれていたのだから、自身がまるで女好きで生存者を選り好みしてたかのように言われるのは流石に心外だ、と思う晴明。

 そこで少し微妙な空気が流れるが、その中で圭がおずおずと朱夏に話しかける。

 

「あの、えっと、神持朱夏さん、ですか?」

 

「え? えぇ、そうだけど、貴女は……?」

 

 急に名前を呼ばれると思わなかった朱夏は、怪訝そうな表情を浮かべて圭に問いかける。

 その言葉を聞いた圭は、どこか緊張した表情を浮かべながら朱夏に挨拶する。

 

「えっと、私は祠堂圭です! 朱夏さんと同じく蘆屋先生に弟子入りしたので、よろしくおねがいしますっ!」

 

「え、えぇ。圭ね、よろしく……。って、弟子入りしたぁ! え、本気で?」

 

 彼女の挨拶を聞いてそのまま返す朱夏だったが、聞き逃がせない一言を聞いて思わず正気かと問いかけてしまう。

 その問いに圭は元気いっぱいに答える。

 

「はいっ! 朱夏さんとは違う形ではありますけど、蘆屋先生には『朱夏さんは姉弟子になるから、顔合わせぐらいはしておくべきだろう』と言われたので、この話し合いにも参加させてもらいましたっ!」

 

「そ、そうなのね……」

 

 圭の言葉に、朱夏は微妙そうな表情を浮かべて曖昧に頷く。

 

 

 ──因みに、のちの話になるが、この時なぜ朱夏が圭の事をまるで、これから屠殺場に向かう養豚を見つめるかのような表情を浮かべていたのかを身を以て理解できた、とは本格的な修行が始まった時の圭と、ついでに美紀の談である。

 

 

 そんなかつて自身の修行時代を思い出してアンニュイな気持ちになる朱夏だったが、いつまでもそんな感傷に浸っているわけにもいかず、予想はできているが一応イシドロスに来た要件を晴明に問いかける。

 

「それで、晴明さんがここに来た理由はやっぱりDr.の事に関してかしら?」

 

 朱夏のその言葉に、晴明は本当にいたのか、と頭を抱えながら肯定する。

 

「あぁ、朱音のやつから『スリルが巡ヶ丘で消息を絶った』と、連絡を受けてなぁ……。で、朱夏の言い草だとやはりここにいるのか」

 

「ええ、そうね」

 

 晴明の言葉に、朱夏が同意すると同時に部屋のドアが開き二人の人物が中に入ってくる。そしてその中の一人が晴明に話しかける。

 

「おお! ハルやんやないかぁ! 自分もこっちに来てたんか!」

 

「スリル! 無事だったか!」

 

 その言葉と同時に立ち上がってスリルと抱き合い、笑顔を浮かべてお互いの背中を叩き合う二人。

 そしてそのまま二人は離れると、晴明は心底安心したとばかりに言葉を零す。

 

「しかし朱音の、ライドウからお前がこっちに来てるって聞いた時は、流石に肝を冷やしたぞ。本当に無事で良かった」

 

 晴明の言葉にスリルは驚きの表情をあらわにするが、ふと納得の表情を浮かべて何度も頷き始める。

 

「なるほどなぁ、ハルやんがこっちに来るのが嫌に早いと思うたら、ライドウはんの差し金かいな。それなら納得やなぁ」

 

 納得したとばかりに頷くスリルだったが、それを見た晴明は冷や汗をかきながらどちらかと言うと、と否定の言葉を告げる。

 

「あぁ、いやぁ。早い、と言うかむしろ遅かったと思う、ぞ?」

 

「へ……? どういう意味や、ハルやん?」

 

 気の抜けた表情を浮かべるスリルの疑問に晴明はアウトブレイクよりも前に巡ヶ丘入りしていたことや、その後のことについても掻い摘んで説明していく。

 そして説明を受けたスリルはなるほどなぁ、と言いつつ晴明に話しかける。

 

「しっかし、ハルやんがトチるなんて珍しいなぁ。それに、結界かぁ……。まぁ、ハルやんの立場からすれば、仕方のないことなんとちゃうん?」

 

「まぁ、それに関しては私も同感かしら、ね?」

 

 スリルの率直な感想に朱夏もまた自身が同じ感想なのを告げる。

 その事にスリルとともに部屋に入ってきた女性、青襲椎子は何故か、と冷静に質問する。

 

「なぜ神持とDr.の二人は問題ないと思うんだ? 素人考えでは、ただ単に現場の危険度を悪化させた行為でしかないと考えるんだが……」

 

 椎子の質問にスリルは頭を掻きながら答える。

 

「別に問題がない、ってわけではないんやけどなぁ。ベストな選択肢がないからベターを選ぶしかなかった、ってな状況なわけやし……」

 

「それに、仮に晴明さんが結界の手配をしていなかったとしても、ここまでの災害となると遅かれ早かれ悪魔が顕現する状況になったと思うわよ? 特にランダルの背後にメシア教がいたのなら尚更ね」

 

 スリルの答えに朱夏が補足するように告げると、彼女が放ったメシア教という言葉を聞いた晶が、意味がわからないとばかりに質問する。

 

「そう、そこよ。その、メシア教? ってのは一体何なのよ。まるで胡散臭い新興宗教っぽい感じだけど」

 

 晶の言葉を聞いたスリルと朱夏は、メシア教が新興宗教呼ばわりされたことに思わず吹いてしまう。

 

「くっくく。アキちゃんもなかなか言うなぁ……!」

 

「ふ、くっ。え、えぇ、まったくだわ。……それで、メシア教についてだったわね」

 

 そこでなんとか笑いを収めた朱夏は、メシア教に対しての説明を始める。

 

「メシア教に関して、さっきアキが新興宗教と言ったけど、それ自体は間違いではない、というのは確かなのだけど、その教義に関しては世界最大の宗教であるキリスト教を母体としたものとなっているわ。そしてメシア教が表に出てきたのは、所謂世紀末、今から二十年近く前の九十年代後半と言われているわ。……で、良かったわよね? 晴明さん」

 

 朱夏の確認に晴明は首肯すると、その説明を引き継ぐように話し始める。

 

「ああ、そうだ。更に詳しく言うのであれば、メシア教の教義は他宗派よりもさらに先鋭化した狂信的なものだ。このご時世に十字軍やレ・コンキスタ(再征服運動)を大真面目にやろうとしていると言えば理解できるんじゃないかな?」

 

 晴明の言葉を聞いた、メシア教のことを知らない面々は顔を引き攣らせる。まさか今の時代に、そんな時代錯誤な連中がいるとは思わなかったのだろう。

 晴明としても、その思いは痛いほど理解できるし、いっそ冗談の類であれば助かるというのが率直な感想なのだが、そんな現実逃避をしても意味はないので、話を先に進めていく。

 

「更にメシア教は他宗派とは目的も違ってきている。他宗派が唯一神の教えを伝えて民衆を導いていくことを是としていくことに対し、メシア教の目的は【救世主(メシア)の降臨を以て神の千年王国(ミレニアム)を建立すること】が、最終目標となっている」

 

神の千年王国(ミレニアム)、ですか?」

 

 晴明の物言いになにか不穏なものを感じたのか、美紀はオウム返しのように晴明が発した言葉を零す。

 美紀が思わず零した疑問に、ああ、そうだ。と、答えつつそれが何であるのかを告げる。

 

神の千年王国(ミレニアム)、争いのない平和な楽園なんて謳っているが、その実態は完全なる管理社会としてのそれだ」

 

 晴明が発した完全なる管理社会という言葉に息を呑む面々。そして晴明は一息溜めると更に話を進めていく。

 

「その構造は、全てを治める王としての立場に唯一神を、その下に唯一神の配下である天使たち。更にその下、労働者階級に人間たちを配置して、その上の監督者としてメシア教徒に監視させる。そして、もしも労働者階級の人間が、メシア教の教義に疑問を持った場合は、断罪という名の粛清を行う。といった徹底的な、そして神や天使たちに都合の良い管理社会となるだろうよ」

 

 晴明が吐き捨てた言葉に絶句する面々。その中で隆茂だけがカラカラに乾いた喉を無理やり震わせて言葉を発する。

 

「な、んだよ、それ。それじゃ楽園じゃなくて、ただの地獄じゃねぇか……」

 

 隆茂が発した言葉に、晴明は首肯すると、なぜそうなるのかの理由を告げる。

 

「そうだな。だが、狂信者たちは神に奉仕することこそが己の使命であると言って憚らないし、天使たちもまた人間が唯一神に対して奉仕することは、絶対的な義務にして、それこそが最大限の幸福である。と言う考えだから、そもそも一般的な感性では地獄になる、なんてことはそもそも思いつかないから意味はないだろうな」

 

 そんな晴明の言葉を聞いた隆茂は今度こそ沈黙するのだった。

 

 

 

 

 そしてしばらく全員が沈黙するが、その中で再び晴明が言葉を発する。

 

「まぁ、ちょっと無駄話をしちまったが、本題はそこじゃないから話を進めさせてもらうぞ」

 

「そう言えば、ここに来たちゃんとした理由を、聞いていなかったわね」

 

 先ほどのメシア教関連の話で完全に空気が死んでいる中、何事もなかったかのように話を続ける晴明と朱夏を見た、スリル以外の面々はまじかよ、と驚きの表情で二人を見る。

 その視線を受けた二人は、彼ら彼女らの考えは分かっているが、正味自身らの経験からまたメシア教か、程度の感覚でしかないので構わず先に進めていく。

 

「ここに来た目的は朱夏が言うようにスリルの安否確認がまず一つ、そして本当にスリルがここにいた場合は……」

 

 と、言って晴明は自身の近くにいるジャンヌに目配せをする。

 するとジャンヌは一歩前に出て彼の言葉を引き継ぐように目的を告げる。

 

「わたしがここで手伝い、並びに護衛任務のために残る。といったところですね」

 

 そのジャンヌの言葉を聞いて驚くとともに、本当なのかと確認を取る朱夏。

 

「え、ジャンヌさんが残るって本当にいいの、晴明さん? こと防御方面に関しては、仲魔の中でも随一だった筈だけど……」

 

「ああ、だからこそ、ここに残ってもらうんだ。残念ながら俺自身は、また別の生存者が確認された場所に向かわないといけないし、現状単独行動ができる仲魔で、なおかつ安心して運用できるのが彼女だけだからな。それに……」

 

「それに?」

 

「ほんのちょっと前だが、彼女が今回のゾンビ化現象の、まだ完全に進行していない場合は治療が可能であると判明したんだ」

 

「…………はあっ?!」

 

 晴明の言葉を最初は理解できなかった朱夏だったが、その意味をようやく咀嚼できたのか、驚きの声を上げる。

 また大学生組とスリルとしても、寝耳に水の情報だったために各々に驚きの表情を浮かべている。

 そしてその事が事実であることを証明するために、晴明は透子の治療に関することや、秘密基地で見つけたマニュアルなどを見せるとともに、自身の知りうることを説明していく。

 その事を聞いたイシドロス大学の面々はなんとか自身の中で折り合いをつけたようだった。

 その中で朱夏だけが一つの疑問を呈する。即ちジャンヌをここに残したとして、秘密基地メンバーや、これから向かう生存者たちの治療は大丈夫なのか、と。

 

「それは、……凄いわね。でもジャンヌさんがここに残るとして他は大丈夫なの? ほら、治療に関して、とか」

 

「その点なら問題ないさ」

 

 そう晴明は自信満々に告げると、その根拠について述べていく。

 

「そもそも現状俺の手元から離れて、なおかつ治療行為ができるのがジャンヌだけなのであって、俺たちの方に関してもカーマが同じ方法を使えるから何も問題はない。それにこれから向かう生存者がいる場所。巡ヶ丘学院高校には今から向かうし、なんならもう一人単独行動を行っている彼が向かっている筈だしな」

 

 その晴明の言葉。その一節に反応した朱夏はガバリと身を乗り出して詰め寄りつつ確認する。

 

「──巡ヶ丘高校、ですって! それは本当にっ!」

 

 彼女の豹変に驚く晴明だったが、その豹変ぶりに対する心当たりを思い出したのか、納得の表情を浮かべて首肯するとともに、彼女がそうなった理由を述べる。

 

「うん? お前が言っている巡ヶ丘高校で間違いはないはずだが……。ああ、そう言えば巡ヶ丘高校はお前のかつての母校で、恩師も居るんだったか」

 

「……ええ、そうよ。尤も最初はまだ教育実習生で、私が二年になると同時に正式に教師として赴任してきたんだけど……」

 

「そうだったか。しかし、教育実習と赴任場所が同じというのは珍しいな」

 

 晴明の言葉に朱夏は照れくさそうに告げる。

 

「あ~、うん。何でも私のことが心配だったとかで、本人が巡ヶ丘に来ることを希望した、らしいわ。私自身、又聞きだから真偽の程はわからないのだけど……」

 

 朱夏の言葉を聞いた晶と篠生は、その教師に対して共感したのか、あ、なんかわかるとだけ告げると更に自身が思ったことを口に出す。

 

「確かに少し前の、蘆屋さんと出会う前までのアヤカの印象だと、どこか儚げとか放おっておけないとか、そんな感じだったもんねぇ」

 

「そうだねぇ、アキちゃん」

 

 そうやってしみじみと頷く二人。それを見た朱夏の頬に少し朱が差すが、次の晶が発した言葉に、今度は別の意味で頬を紅くする。

 

「でも、今はどこか残念というか、親しみやすくなったのは良いけど、神秘的とかそういうのはなくなったわよね」

 

「ちょっ、アキちゃん!」

 

「へぇぇっ? そうなんだぁ、アキィ?」

 

「……あ、やっべ」

 

 そのままイシドロス女子メンバーの、きゃいきゃいと姦しい騒ぎに発展するが、それを見た秘密基地メンバーは微笑ましそうに、そして男性陣はどこか頭を抱えながら見ているのだった。

 

 

 

 

 そんな姦しいイザコザが収まった後、再び話し合い、と言うよりも最後の確認が行われていた。

 

「それで、ジャンヌにはこれを渡しておく」

 

 そう言いながら晴明は、彼女に淡い翠色の透き通った鉱物を一つ手渡す。

 その鉱物を受け取ったジャンヌだったが、それを詳しく見ると珍しく驚きをあらわにして、本当に良いのかと問いかける。

 

「これは……、チャクラ金剛丹じゃないですか! こんな貴重なものを、本当に良いんですか?」

 

「ああ、大丈夫だとは思うが、今後は離れて行動するわけだからな。保険というやつだ」

 

 そう言って大丈夫だから持っていろ、とジャンヌに促す。

 

 因みに、チャクラ金剛丹とは、所謂チャクラ、言い方を変えればMAGが凝縮して鉱石化した物体であり、これがあれば、ほぼ無限にMAGが補給できると言う代物だ。

 とは言え、そんな貴重品が早々転がっているわけがなく、現在、その存在を知るものはここに居る晴明たちと、葛葉ライドウとヴィクトル両名の限られた人間のみである。

 

「相変わらずハルやんは豪気やなぁ、それにこんなもんまでもらうとは……」

 

 そんなことを呟くスリルの手元には、秘密基地にて発見したマニュアルが握られていた。

 それも晴明が、自身が持っているよりもスリルに渡して原因究明してもらったほうが良いだろうという判断からだった。

 

「ま、俺が持っているよりも、スリルの手元にあったほうが有用だろうからな。こちらでもなんとか調査をしてみるが、もしなにか分かったら教えてくれ」

 

「おう、分かったわ。それじゃ椎子ちゃん、今後は忙しくなるでぇ?」

 

「ふ、望むところだともDr.」

 

 そんなスリルと椎子、二人のやり取りを見た晴明は、今更ながら驚きの表情を浮かべる。

 

「さっきの、二人で部屋に来た時も思ったんだが、まさかスリル。その娘を助手として使っているのか?」

 

 晴明のその言葉にスリルは首肯すると。

 

「そうやで、この娘、なかなか優秀でなぁ。今ではこの娘抜きでの研究なんて考えられへんぐらいや」

 

 その言葉を聞いて、驚き絶句する晴明。そして少し経った後に再起動して。

 

「あ~、青襲さん、だったな」

 

「うん? ああ、そうだが……」

 

「この騒動が終わった後にお互い無事だったらの話なんだが、正式にスリルの助手になる気はあるかい?」

 

 晴明の提案を横で聞いていたスリルは、予想の斜め上の話に吹き出す。

 そして椎子自身も目を白黒させて、晴明に確認を取る。

 

「は? いや、申し出事態はありがたいのだが、貴方にそういった決定権があるのか……?」

 

「直接はないが、ある程度の要望やらは捩じ込める立場だし、何よりスリルが絶賛したと言えば、向こう(政府)の方からオファーが来るとは思うぞ」

 

「…………流石に今すぐの返答はできないから、しばらく考えさせてもらっても?」

 

 と、流石に気が動転したのか、それだけを告げる。

 その事を聞いた晴明は。

 

「ああ、流石に今すぐ返答してくれとは言わないよ。ただ、できれば前向きに検討してもらえると助かる」

 

 とだけ告げる。

 その晴明の言葉に椎子はコクリと頷くだけだった。

 それで一応の話が終わったと思った、晴明たちは改めて聖イシドロスから出発しようとするが、その前に。

 

「……あの、晴明さん」

 

 遠慮がちに朱夏に止められる。

 そのしおらしい姿の朱夏に疑問を持ったのか晴明は振り返って、どうかしたのか、と確認を取ると、朱夏は意を決したように一つのお願いを口にする。

 

「もし、もしよ。私がお世話になった先生がまだ生き残っていたら助けてほしいの。それと、もし、手遅れだった場合は……」

 

「ああ、その時はちゃんと向こう(あの世)に送ってやるさ」

 

 と、それだけ告げて透子のキャンピングカーに乗ろうとするが、その前に朱夏の恩師の名前を聞くことを忘れていたことに気付いた晴明は再び振り返ると、朱夏に問いかける。

 

「そう言えば朱夏。その恩師の名前は何ていうんだったかな?」

 

 その問いかけで朱夏も、恩師の名前を告げていないことに気付き、慌てた様子で質問に答える。

 

「あっ! そうだったわね。その人の名前は──」

 

 そこで朱夏は一瞬迷った素振りを見せるが、意を決して名前を告げる。

 

「佐倉、()()()。生徒の間では()()()()なんて渾名で慕われてたわ」

 

「了解だ、出来る限りの努力はしてみるよ」

 

 朱夏から恩師の名前を聞いた晴明は、そう告げると今度こそキャンピングカーに乗り込み、秘密基地のメンバーたちとともに一路、巡ヶ丘高校を目指すのだった。

 










読了お疲れさまでした。
前書きでも書いていたように今回。

・神持朱夏が巡ヶ丘学院高校のOGである。
・神持朱夏の高校の担任教師が佐倉慈である。
・カテゴリ「英雄」「造魔」の悪魔は単独行動が出来る。

と言うのが本作での独自設定となります。
原作では明言されていない部分ですので、よろしくおねがいします。

……一応原作最終盤にて、かれら化した朱夏が巡ヶ丘高校に現れたために、生前の習性を持つという意味では、OGである可能性は高いのですが、明言はされていないのであくまで独自設定です。あしからず。


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第十八話 出会いと別れ、そして『あめのひ』 前編

 こんばんは作者です。今回は前後編なので二話同時更新となります。
 そして今回はあまり多くを語りませんので、そのまま第十八話をどうぞお楽しみください。


 唯野=アレクサンドラは、巡ヶ丘高校の屋上で膝を抱えて俯きつつ、床に座り一人物思いにふけっていた。

 

 アレックスにとってこの数日は、嫌な意味でとてつもなく刺激的な毎日だった。

 アウトブレイク初日に起きたかれらの襲来から始まり、偶然助けることになった先輩である貴依とともに数少ない生存者がいた屋上に避難し、そこでもまた結果的に彼女が助けた先輩である胡桃が背負っていた男性のかれら化と同時に、胡桃自身がその男性に介錯を施し。

 そして翌日にはアレックスの提案で三階、二年生の教室や職員室などの奪還のために行動し、そこで彼女はかれら化した、かつて自身を慕っていた女生徒を自らの手にかけ地獄から開放すると、途中休憩のために屋上の生存者の下に戻りながらも、なんとか三階の奪還を成功させた。

 

 その翌日からも、アレックス、胡桃、貴依の三人を戦闘班として校舎を少しづつ、少しづつ()()してなんとか彼女たち自身の手によって二階まで奪還することに成功していた。

 

 そのことは良かった、とアレックス自身思っている。しかし同時に彼女には一つだけ拭いきれない疑問が自身の頭から離れない。それは──。

 

(なぜ、私はこんなにも冷静でいられるの……?)

 

 彼女の疑問、それは彼女自身に関することだった。

 

 なぜ、かれらが襲来した時に、すぐに武器の調達と避難場所の選定なんて思考に移れた?

 なぜ、二日目朝に起きた後、すぐに周囲の安全確認と、さらにはかれらが少ないだろうと結論付けることができた?

 そして、なぜ私はいくら【かれら】とは言え、人の形をしたものに対して、なんの躊躇もなく屠れて、なおかつ倒したことについて良心の呵責を全く感じないどころか、かつての知り合いだったにしても、淡々と処理できるのか?

 

 これではまるで私はサイコパスのようでは──。

 

「──違うっ!」

 

 そこまで考えてアレックスは自身の思考を否定する。

 少なくとも私はかれらを殺すことを楽しんではいないし、何よりもあの娘の時()()は、なにか特別な感情を感じた気がした。

 

 アレックスはそう考えるが、これ以上思考すると深みに嵌まり抜け出せなくなると思い、別のことを考え始める。

 

 それはこの数日、彼女が見る夢についてだった。

 夢の中のアレックスは一人、よくわからない空間を只管に歩いていた。

 その空間は、戦場で、遊園地で、ショッピングモールで、公害汚染の進んだ地で、とまるで雑多な統一性のない世界を只管に、誰に言われるでもなく自身の考え、覚悟のもとに行動しているのだけは確かだった。

 そしてもう一つ。確かなのは私一人で歩いているはずなのに時折男性の声が聞こえること。夢の中の私はその男性を相棒(バディ)と呼び、信頼していること。

 そして夢の終わりには、自身の父である【唯野仁成】と出会う場面で必ず目が覚めるのだ。

 

 最初は父や母に会えぬ寂しさからこんな夢を見ているのかと思ったが、この数日見たことでそれは違うということが理解できた。

 なぜなら夢の中の私は父であるはずの仁成に憎悪の感情を向けていたからだ。

 なぜあの私が優しい父に対して憎悪の感情を向けているのかはわからないが、しかしながら夢を見ている時の私はそれが当然のことだと思ってしまう。

 なぜ、なぜ、なぜ──?

 

 

 

 

「──ちゃん、どうしたの?」

 

「……え? わひゃあ!」

 

 そこでアレックスは初めて自身の眼前に人の顔、とある一人の少女が自身を覗き込んでいることに気付き素っ頓狂な声を上げる。

 そして彼女はバクバクと暴れる心臓を鎮めるように胸の上から押さえながら件の少女を見ると、呼吸を整えながら彼女へ話しかける。

 

「ゆ、ゆき部長(・・)、ビックリさせないでくださいよ。……それでどうしたんですか?」

 

「ううん、別に何も? ただ、あーちゃんが難しい顔して悩んでたみたいだから、何かあったのかなって思って」

 

 にへら、と人好きのする笑みを浮かべる彼女こそ、学園生活部の発起人にして、生活部部長に就任した丈槍由紀その人だった。

 しかし次の瞬間、由紀は真面目な顔になると自身の人差し指をアレックスの唇に突きつけて、彼女にメッと叱るように問いかける。

 

「それで、あーちゃん? 悩むのは良いけど、それを一人で抱え込んじゃダメだからね? そんな時はわたしやめぐねえ、りーさん(悠里)でも良いし、もしもわたし達に言い辛い時は、くるみちゃんたちに相談すること!」

 

 由紀から急に説教をもらうと思っていなかったアレックスは、彼女の真剣な表情と言葉に気圧される。そしてアレックスは由紀に気圧されて呆然とした表情のままコクコクと頷く。

 アレックスが同意するように頷いたことに気を良くしたのか、由紀は先ほどのように柔らかい笑みを浮かべると、先ほどまでアレックスに突きつけていた指を立てたままの状態で自身の顔の横にまで持ってくる。そして──。

 

「学園生活部心得第四条、部員はいついかなる時も互いに助けあい支えあい楽しい学園生活を送るべし、だよ」

 

 アレックスには彼女のその笑顔が、まるで聖母の微笑みのように見えた。

 

「……は、はい」

 

「よろしい」

 

 呆然と返事を返すアレックスに由紀は一言だけ告げる。

 そしてそのまま彼女の手を取るとアレックスを引っ張って彼女を立たせようとする。

 そのことがわかったのかアレックスは抵抗せずにそのまま立つと、由紀はにっこりと微笑みアレックスを先導して屋上を降りようとする。

 

「あ、あの、ゆき部長?」

 

 彼女の強引ともいえる行動にアレックスは目を白黒させる。

 そんな彼女の様子に由紀は動じることもなく、そのままアレックスを引っ張っていくと同時に彼女に声を掛ける。

 

「ほらほら、あーちゃん急いで。皆あーちゃんが来るのを待ってるんだから」

 

「え、あ、え?」

 

 混乱しているアレックスを見た由紀はどこか呆れたように告げる。

 

「あーちゃん、ごはんの時間だって忘れてたでしょ」

 

 その言葉を聞いたアレックスは慌ててあたりを見渡して日が完全に昇りきっている。つまりは今が正午であることを確認する。

 

「え? あ……! すみません!!」

 

 そのことに気付いたアレックスは慌てて謝るが。

 

「気にしない、気にしない。あーちゃんだって疲れてるんだから。それじゃ、行こっか」

 

 由紀はアレックスが罪悪感を感じないように、笑いかけながらそれだけを告げる。そしてそのまま二人は屋上を後にするのだった。

 

 

 

 

 由紀はアレックスを先導する傍ら、この頃自身が感じている思いに馳せる。即ち。

 

 ──最近学校が好きだ。

 

 ということを。

 

 そもそもにおいて今回のアウトブレイクが起きる以前、由紀にとって学校、ひいては自身の取り巻く環境は苦痛でしかなかった。

 

 と、言うのもそれには彼女自身の出自が関係してくる。

 彼女の一族、丈槍家はこの巡ヶ丘、正確にいうなればその前身となった男土という地名の時からこの地に存在する古くからの名家であり、それ故に巡ヶ丘にもかなりの影響力を持っていた。

 それこそ、この巡ヶ丘に住む人間であれば誰もが理解し、腫れ物を扱うかのように敬遠される程度には。

 事実、彼女自身の高校の制服が、丈槍家の出であるとわかるように他者と差別化されているのがその典型例だ。

 そしてその結果、由紀にはまともな友人や真の意味で彼女を慮る人間は、当時不良扱いされている柚村貴依や、外から巡ヶ丘に赴任してきた佐倉慈が彼女に関わるまでは誰ひとりとしていなかった。

 それもそうだろう。君子危うきに近寄らずと言うように、わざわざ自分から危険に近づく人間はいない。慈のように外から来て、巡ヶ丘の風習を知らない人間でもない限りは。

 その中に置いて巡ヶ丘生まれで、なお由紀と普通に接する貴依は稀有な存在だったと言える。

 

 それほどまでに彼女はその存在を尊重されているようでいて実際のところは居ない者、一つのいじめと言える状況にその身を置いていた。

 だからこそ由紀は、本来勉学のできる身でありながら、国語の成績のみ()()()赤点を取って(めぐねえ)と一緒になれる時間を作ろうと行動していたし、貴依に対しては生来の明るい性格を見せていた。

 故に慈が、かつて巡ヶ丘高校の教頭に由紀のことを言われた時に反発した結果、教師の間で孤立しそうになった時は、本来頼るまいと決めていた実家の権力を持って彼女を庇い立てるように行動したこともある。

 その時の教頭の狼狽して自身の半分以下も生きていない小娘(わたし)にヘコヘコと頭を下げる様を見た由紀は、彼の情けない姿に侮蔑と、何よりもそんな覚悟もない人間が自分と慈の中を引き裂こうとした事実に怒りを覚えていたが、それも今となってはどうでもいいことだ。

 そんな人間はもうこの学校には存在しないのだから。

 

 そのことで関して言えば彼女自身、不謹慎であるがこの状況、そして今、手を引いている後輩に感謝しているぐらいだ。

 

 ──この大規模災害が起きたからこそ、わたしを、丈槍家の由紀ではなく丈槍由紀という一人の人間として見てくれる学園生活部という、一つの新しい家族とも呼べる繋がりが出来た。

 

 ──この後輩がいたからこそ、自身の無二の親友である貴依が生き延びることが出来た。

 

 もし、学園生活部がなければ、慈や貴依が助からずに死んでいたのであれば、このような感情を抱くことはなかっただろう。それどころか、たらればの話になるが、もし二人が死んでいたのならば自身は壊れていたかも知れないと由紀は思う。

 

 だからこそ由紀はこの後輩に、唯野=アレクサンドラという少女に感謝している。

 彼女が貴依を助けてくれたからこそ、そして自ら率先して危険に身を投じて慈の負担を軽減してくれるからこそ、今の状況があると理解しているから。

 尤も、貴依を危険な場所に連れて行くのはできればやめてほしいのが本音であるが、それが貴依自身の望みである以上、由紀がどうこう言うのは筋違いでしかない。

 それはともかくとして、そんな状況を生み出してくれた彼女には感謝しているからこそ、由紀は自分ができる限りのサポートをすると決めている。

 それが結果的に自身にとってもプラスになるだろうということを理解しているし、そして彼女自身、この生真面目な後輩に貴依たちほどではないが好意的な感情を抱いているというのもある。

 

 そんなことをつらつらと考えているうちに二人は目的地の、現在学園生活部の部室となっている教室にたどり着く。

 そこで由紀はドアを開けると満面の笑みを浮かべて元気よく声を出す。

 

「たっだいまー! みんな、かえったよー!」

 

 その声を聞いた学園生活部副部長の若狭悠里は配膳の手を止めると、微笑みながら二人を見て声を掛ける。

 

「おかえりなさい、ゆきちゃん。あら、アレックスさんを呼んできてくれたのね、ありがとう」

 

 その二人のやり取りに、他の面々も一様に騒ぎ出す。

 

「おう、遅かったじゃないかアレックス。大丈夫か?」

 

「そう言ってやるなよ、くるみ。アレックスだって疲れてるんだ。なぁ、アレックス?」

 

 貴依のその言葉に胡桃はへぇへぇ、と気のない返事をした後にからかうように声を掛ける。

 

「本当お前はアレックス大好きっ子だな、たかえ」

 

「なんだとっ、そんな生意気なことを言うのはこの口か、このっ、このっ」

 

「うわっ、ちょっ、やめろって」

 

 胡桃のからかいに、半分冗談、半分本気のお仕置きのために彼女の頬を引っ張ろうとする貴依と、それを阻止したい胡桃によるじゃれ合いがはじまる。

 その二人の光景を微笑ましそうに見る()()の人物。そのうちの一人が、自身の横にいる女性、学園生活部顧問の佐倉慈に話しかける。

 

「呵々っ、仲良きことは美しきかな、ですな。佐倉先生」

 

 声を掛けられた慈は、驚きにビクリと肩を跳ね上げながら声の主に振り向いて返答する。

 

「っ! え、えぇ、そうですね。()()()さん」

 

 彼女の視線の先、そこにはシワシワのまるで木乃伊のように骨と皮だけになった老僧が、同じく()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 なぜ、学園生活部の女性たちと縁もゆかりもない老僧がこの場に居るのかというと、身も蓋もない言い方をするのならば、ただ偶然に、否、必然というべき事態により、彼がこの巡ヶ丘学院高校を目指していたからだ。

 その老僧が現れた日は、彼女たち学園生活部が二階の奪還に成功した翌朝だった。

 

 その日、巡ヶ丘高校に現れた老僧は、曰く法力と呼ばれる尋常ならざる力で校庭と、未だ制圧していなかった一階のかれらを一掃すると、そのまま彼女たちの元へ辿り着き、悠里に一つの質問を投げかけた。

 

 ──お主の親類縁者に、同じ御守を持っているものは居るかね、と。

 

 その事を聞かれた悠里は、自身が妹である瑠璃の安否の確認を怠っていたことに気付き、一時パニック状態に陥り、あの子を助けに行かないと、と一種暴走状態になっていたが、その時、大僧正と名乗った老僧が一言告げることで大人しくなった。即ちそれは。

 

 ──お主も知っていはずだが、その御守の本来の持ち主である蘆屋晴明の元に保護されておるよ、と。

 

 その言葉を聞いた悠里は一言、るーちゃんが生きている、とだけ呟くと安心してその場に泣き崩れる。

 泣き崩れた悠里の代わりに、胡桃がその発言は確かなのか、と大僧正に問うと彼は、自身が元々その少女、瑠璃の安全を確保していたこと、晴明が訪れた際に彼に瑠璃を託したこと、そしてその後、彼女が持っていた御守と同じ波動を感じた場所であるここ、巡ヶ丘高校を目指していたことを告げる。

 

 その時、悠里が胡桃に対して、その老僧は嘘をついていないと告げると同時に、その理由をぽつりぽつりと話し始める。

 

 曰く、あの日、下校時に自身の不注意で妹が車道に飛び出し、あわや大惨事になりかけたこと。

 曰く、その時一人の青年が妹を助けてくれて、その青年は蘆屋晴明という名を名乗ったこと。

 曰く、蘆屋と名乗った青年は自身と妹に、霊験あらたかな御守として、この御守り袋を託してくれたこと。

 

 その全てが、大僧正が話した内容と一致しており、そして先ほどのかれらを相手取った無双を見る限りは、助けることも不可能ではないと筈と告げると、胡桃自身も確かに、と納得する。

 

 その一連の流れを見た大僧正は呵々と笑うと、今後しばらくはここに留まる事を告げる。

 その発言を聞いた悠里は、もう一人の恩人だからという理由で特には反対せず、また戦闘班の内、胡桃と貴依も、悠里が信用したことと単純に戦力として頼れることから諸手を挙げて賛成。

 その中でアレックスだけが大僧正になにか良くないものを感じる、と消極的反対に回るが、中立を保っていた由紀が突如賛成に回りアレックスと、もう一人反対意見を持っていた慈を説得。

 由紀の説得を受けたことで二人も、まぁ由紀が言うなら、と迎え入れることに賛成する。

 

 ……尤も由紀自身も心の中では、二人と同じように大僧正から良くないものを感じたので、迎え入れるのは反対だったのだが、現実問題として反対した場合、大僧正がどういった行動を取るかわからないこと。そして、打算として彼が戦線に加わることで、他の学園生活部の、主に戦闘班の負傷する可能性がぐんと下がるために、学園生活部部長として断るという選択肢が取れなかったという背景がある。

 

 だが、そんな由紀の心配をよそに、実際のところは何の問題も起きず、むしろ大僧正に関しては好々爺と呼ぶべき状態で、生活部の面々は久々に穏やかな日々を過ごすことが出来ていた。

 

 

 

 

 ──ここまでの事で、お気付きであるとは思うが、大僧正と名乗ったこの老僧の正体は、晴明の仲魔のうちの一体である【魔人-大僧正】が、人間に化けた姿である。

 なぜ魔人である彼がこのような回りくどい方法をしているかというと、単純にこのほうが面倒が少ないということだった。

 

 もし単純に通常の木乃伊状態で会いに来た場合どうなるか?

 それはもう火を見るよりも明らかに、全員が恐慌状態に陥り護衛だの何だのと言える状態ではなくなるだろう。

 

 だが本来、護衛など行う必要がないはずの大僧正が、なぜこんなに彼女たちに心を砕いているかと言うと、それにも勿論理由がある。

 一つは単純に悠里が瑠璃と同じように、大日如来の御守を手にしていること、これに尽きる。大僧正にとって大日如来はまさに雲の上の存在であり、かの存在の力を、仮初とは言え宿しているものを見捨てるという選択は取れないし、取るつもりもない。だからこそ瑠璃の時も晴明が現れるまで彼女のことを守護していた。

 

 そしてもう一つ、これは彼自身には、さほど重要ではないが由紀の存在が挙げられる。

 なぜ大僧正が由紀に興味を持ったのかと言うと、彼女の内なる才能に中に少し心惹かれるものがあったのだ。もしも彼女が育てば切り札たる存在になるかもしれない。そんな可能性を見た彼は、すぐ側でそれを見るのも一興、と思える程度には由紀に対して興味を唆られている。

 

 だからこそ大僧正は、多少面倒なことをしてでも直接護衛という手段をとったのだ。

 しかしその中で彼女たちと触れ合ううちに、大僧正はもう一人、気に入った存在を見つけた。それは恵飛須沢胡桃だった。とある理由で彼女が抱えている感情を知った大僧正は、一つだけ彼女にお節介をしようと思い、他の面々にもある程度信頼されるまで行動を控えていた。そして、彼女たちからある程度信頼を勝ち得たと考えた大僧正は、今日行動に出る。その行動とは……。

 

 

 

 

 

 由紀がアレックスを呼びに行って帰ってきた後、彼女らは昼食を食べ終わった際に、大僧正は胡桃に話しかける。

 

「胡桃お嬢ちゃんや、ちょっと良いかの?」

 

「うん? どうしたんだ、爺ちゃん?」

 

 大僧正に話しかけられた胡桃は、スコップを磨いていた手を止めて彼の方に向き直る。

 胡桃が聞く態勢に入ったことを確認した大僧正は、彼女に一つの提案をする。

 

「ちと逢引、俗世の今の言葉ではでぇと、と言うんじゃったかな? それをしてくれんかのぅ?」

 

 その言葉を聞いた胡桃は、しばしの間自身の耳の穴をホジったり、ボケっと考え込んだ後にようやく意味が頭に浸透してきたのか、顔を赤らめると素っ頓狂な声を上げる。

 

「………………はぁっ?! いやいやいや、爺ちゃん何言ってんだよ!! いきなりデートだなんて!」

 

 その胡桃の絶叫に他の面々は何事かと、集まってくるが大僧正は気にした様子もなく飄々としたままにさらに告げる。

 

「ほほっ、そんなに驚くことでもあるまいて」

 

「いや、驚くだろっ! あたしと爺ちゃん、いくら歳が離れてると思ってるんだよ!」

 

 と、胡桃が突っ込むが、実際の所、彼は魔人であると同時に即身仏となった身なので、彼女が考えている以上に歳の差は離れているが、それを彼女は知る由もない。

 それはともかくとして、話の流れで何が起きているのかの見当が付いた慈は猛烈に反対する。

 

「大僧正さん! いくら何でも、いきなりそういったことは流石に駄目です!」

 

「呵々、そう怒らんでくだされ。佐倉先生」

 

「なんと言おうと、駄・目・で・す!!」

 

 なんとかなだめようとする大僧正だったが、慈は一切聞く耳を持たずに困り果てる。

 

「ほほっ、これは困ったの。こうも取り付く島がなくてはどうしようもないわ」

 

「そもそもおじいちゃん、なんでそんなことを言いだしたの?」

 

 純粋に疑問に思った由紀が大僧正に質問する。

 その質問に大僧正は。

 

「いや、なに。これも胡桃お嬢ちゃんのためになると、愚僧なりに考えた結果なのじゃが、やっぱり駄目かのう?」

 

 その大僧正の質問に慈は自身の胸元で両腕をクロスさせて、大きくバツ印を作り出す。

 それを見た大僧正は。ガックシと肩を落とすと。

 

「こうまで拒絶されると、流石に傷つくのぅ。……先生や。お主が監視についても良いからどうにか認めてくれんかのぅ」

 

 そこまで頼み込む大僧正を哀れに思ったのか、胡桃は慈の説得に入る。

 

「あ~……、めぐねえ。あそこまで落ち込むと、流石に可哀想だから、さ? それに爺ちゃんも、めぐねえ同伴で良いって言ってるし。めぐねえが来てくれるんなら、あたしはそれでいいと思うんだけど……」

 

 保護者同伴のデートなんて、それはそれでどうなんだ、って話なんだけどさ。と、告げる胡桃に慈はしばらく胡桃と大僧正を交互に見つめるが、二人が意見を退けるつもりがないと察すると、やがて仕方ないと諦めたように嘆息する。

 そして、顔に不安の色が見え隠れするものの、胡桃が決めたのなら、と許可を出す。

 

「でも、先生も着いていきますからね。良いですね、大僧正さん?」

 

「呵々、構わぬよ。それに、()()()()()()()()()()()()()()()。そこまで心配することもなかろうよ」

 

 改めて大僧正に確認を取る慈だったが、その大僧正は何やらおかしな事を言いつつも、心配ないと告げる。

 その事に少し疑問を覚える慈だったが。

 

「それでは、お二人とも、拙僧の後に」

 

 と、大僧正が語ると同時に歩を進めたために、二人はその後を慌てて追うのだった。

 

 

 

 

 ギィ、という音と主に屋上への扉が開かれると、その影から大僧正たち三人が現れる。彼らの、正確には大僧正がデートの場所として、この屋上を選んだことに疑問を覚えた胡桃は彼に問いかける。

 

「なぁ、爺ちゃん。なんでここに来たんだ? なにか珍しいものがあるわけでもだろ、ここ」

 

 胡桃の疑問に大僧正は笑いながら。

 

「呵々、果たしてそれはどうかのぅ? 少なくとも、胡桃お嬢ちゃんには()()()()()だと思うぞぃ」

 

 と、胡桃からすれば意味がわからない返答が返ってくる。それを聞いた胡桃は頭に疑問符を浮かべながらも、デートについて問いかける。

 

「それで? あたしはここで爺ちゃんとデートすれば良いのか?」

 

 その胡桃の質問は、大僧正からすると的外れも良いところの話だったようで、彼は心底おかしいとばかりに呵々大笑する。

 それを見て、なぜ大僧正が大笑いするのか、その理由がわからない胡桃と慈は不思議そうな顔をする。

 その二人の表情で大僧正は、ようやく二人が勘違いしているということに気付く。そして大僧正は二人の勘違いを訂正するために語りかける。

 

「ふぁっふぁっふぁっ。なるほど、胡桃のお嬢ちゃんと佐倉先生は、ともに勘違いをしておったのじゃなぁ」

 

「勘違い、ですか?」

 

 大僧正の言葉に首を傾げながら告げる慈。彼女の疑問に左様、と答えながら大僧正は更に告げる。

 

「お主らは拙僧とでぇとをしてほしいと言っていたと勘違いしておるようだが、拙僧はその様な事は一言も言っておらぬぞ?」

 

 大僧正の発言を聞いた胡桃は、意味がわからないとばかりに大僧正に問いかけようとするが、その前に大僧正が手に持った金剛鈴を鳴らす。

 

 ──リィィ……ィン。

 

 そして鈴を鳴らし終えた後に、大僧正は胡桃に後ろを振り向くように言う。

 

「さて、胡桃お嬢ちゃん。後ろを振り向くと良い。そこにでぇとをしてもらいたい()が居るでな」

 

「……え?」

 

 大僧正に告げられるままに後ろを振り向く胡桃。そこには半透明な肉体、思念体と呼ぶべきか。ともかく、そのような状態の男性の姿があった。

 その男性の思念体を見て、驚愕に目を見開く胡桃。

 胡桃にとって男性は見覚えがある、どころか彼女が恋い焦がれ、同時に自身の手によって介錯した、本来ここに居るはずのない男性。

 

「なんで……、葛城先輩っ!」

 

 胡桃に葛城先輩と呼ばれた思念体の青年は少し躊躇う様子を見せたが、そのまま彼女に話しかける。

 

『久しぶり……、と言うほど時間は経ってなかったはずだね。でも、くるみが元気そうで良かった』

 

 胡桃に話しかけながら笑顔を浮かべる葛城。その姿を見て、自身が幻覚を見ているのではないかと思い慈の方を見るが、彼女もまた驚きの表情を見せていた。

 そして次に大僧正を見る胡桃だったが。

 

「呵々、安心するが良い。お主が見ているのは幻覚でも何でもない。彼の者の魂魄よ」

 

「魂魄、って……。幽霊ってことかよ」

 

「左様、わかりやすく言えばそういう事じゃよ」

 

 と、胡桃に言葉を告げると同時に、大僧正は慈に話しかける。

 

「さて、佐倉先生。では拙僧らはここで御暇いたしましょうぞ」

 

 しかし、慈は突然の事態に混乱しているようで。

 

「……え、あの。大僧正さん? 御暇って……?」

 

 オロオロとしながら、大僧正に聞き返す。

 大僧正は慈を安心させるように、温和な笑みを浮かべると、彼女を諭すように語りかける。

 

「なに、後は若い者同士で、と、そういうことですじゃ。」

 

 そして大僧正は次に胡桃を見ると。

 

「胡桃お嬢ちゃんも、その者とはろくに最後の言葉を交わせなかったのであろう? ならば、せめてこの逢引はたんと楽しむと良い。これが最後となるのじゃからな」

 

 大僧正の()()という言葉に肩を震わせる胡桃。そして大僧正に綴るように話しかけようとするが、その前に。

 

『くるみ、ダメだよ?』

 

 葛城に話しかけられたことで、なんで、と困惑した表情を見せる胡桃。

 その彼女の表情を見た葛城は、罪悪感と焦燥感を併せたような表情を浮かべると。

 

『大僧正さまは、本来聞く必要がないお願いを叶えてくれたんだ。だからこれ以上あの方にご迷惑を掛けてはいけない。どうか、わかってくれないか?』

 

「でも……!」

 

『胡桃が辛いのはわかってる、ごめんね。でも、頼むよ、僕からのお願いだ』

 

 心底申し訳無さそうに胡桃に謝罪とお願いをする葛城。それを見た胡桃は息を詰まらせると同時に、再び大僧正を見るが。

 

「残念ながら、その者は既に終わった存在じゃ。生きておるのであればともかく、そうでないのならば拙僧は、その者を救う方法は彼岸に送るしかあるまいて。それとも胡桃お嬢ちゃんは其奴を苦しめたいのかね?」

 

「そんなのっ……!」

 

 大僧正の言葉に咄嗟に否定の声を上げる胡桃。それを聞いた大僧正は。

 

「納得せよ、とは言わぬ。しかし、其奴の心意気も汲んでやってもらえんかの?」

 

 その言葉に胡桃はどうやっても葛城を救うことは不可能である。と理解したのか、掌で顔を覆うと涙を流す。

 葛城はそんな彼女の側に寄り添うと、胡桃を抱きしめるような仕草をする。尤も彼は今思念体なために、本当に抱きしめることは出来ないのだが……。

 そんな二人の姿を見た大僧正は最後に一言。

 

「では、拙僧たちは約定通りに退散するでな。後の事は委細任せるが、お主もわかっておるな?」

 

 と、葛城に告げる。その言葉に葛城も。

 

『はい、大僧正さまもお願いを聞いてくださりありがとうございます』

 

 と、返答する。それを聞いた大僧正は。

 

「良い、良い。迷える衆生を救うことこそ、我が責務よ。ではまた後ほどじゃな」

 

 葛城にそう告げると大僧正は慈の腕を掴み、今度こそ屋上を後にするのだった。

 



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第十八話 出会いと別れ、そして『あめのひ』 後編

 こちらは後編となりますので、前編から読まれるようよろしくおねがいします。









 屋上入り口から中の踊り場に入った大僧正と慈だったが、その先には急な二人の登場に驚いたのか、ひっくり返ったり、慌てて逃げ出そうとしている残りの学園生活部の面々の姿があった。

 その姿を、気配自体は感じていたが、改めて確認した大僧正は嘆息すると。

 

「やれやれ、お嬢ちゃんたちや。出歯亀はあまり感心せんぞ」

 

 と、言いながら慈の腕を離して屋上の扉の手前で座り込む。

 先ほどまで、ある意味強制連行されていた慈は、大僧正を見て何をしているのかと、問おうとするがその前に、彼自身が勘付いたのか。

 

「何、あの者との約定でな。胡桃お嬢ちゃんとのでぇとが終わり次第、改めて彼岸に送るためにここで待っておくのよ。それに出歯亀したいお年頃のお嬢ちゃんたちも多いようだしのぅ」

 

と、慈に話しかける。それを聞いた彼女は。

 

「それは、わかりました。……でも、こう言ってはなんですが、彼は、葛城くんは大丈夫なんですか?」

 

 大僧正の行動に納得するとともに、葛城についての質問をする。と、言うのも彼の生前、慈は胡桃から恋の相談を受けており、それから彼女はそれとなく二人を気にかけていた。

 しかし今回、この大規模災害が起きたことにより二人は望まぬ結末を迎えたことから、胡桃が彼の後を追ったり、逆に葛城が胡桃を連れて行かないかを危惧しているようだ。

 それを聞いて不安がる女生徒の面々。しかし大僧正は呵々と笑うと、慈たちに大丈夫だと語る。

 

「それなら心配いらぬよ。あの者は自分の死を自覚しておるし、何よりお嬢ちゃんが大事だったんじゃろうなぁ。だからこそ、自分の後を追わないように釘を差したいと申しておったよ」

 

「……それ、は」

 

 大僧正の言葉を聞いて絶句する慈。

 もし、今回の災害がなければ。もしも平和な日常が続いていれば、彼女は、胡桃は自身の想いを遂げていたという事ではないか。

 それなのに、現実は二人は死に別れ、なおかつ死んだ想い人から生きてほしいと告げられる。それはなんて残酷なことか。

 確かに胡桃は葛城の【生きて欲しい】という祈りを叶えて生き続けるだろう。だがそれは同時に、胡桃に、彼女の中に葛城の記憶(想い出)がある限り、絶対に生きなければならないという【呪い】になるのだから。

 その事を理解した慈は、揺れ動く焦点の合わない瞳で大僧正を見つめるが、彼は何も表情を浮かべていない顔で小さく横に顔を振ると慈を諌める。

 

「佐倉先生や、その考えを持つのはやめなされ。その思いは誰も幸せになれぬよ」

 

「な、ぜです──」

 

 慈が吃りながら何事かを話そうとするが、その前に大僧正が彼女の考えていること、そしてそれを行ってはいけない理由を告げる。

 

「大方、あの者の魂だけでも現世に残せないか。と言ったところじゃろうが、確かに我が法力であれば、その程度のこと造作もない」

 

「っ! ならっ!」

 

「じゃが、それをすれば、あやつの魂は何れ悪霊ないし、怨霊となりて人々を殺めるようになるじゃろう。それは即ち、あの者が再び討伐、殺されることを意味するのじゃぞ? それとも、お主はもう一度あやつが殺されることを望むのかね? 佐倉先生や」

 

「そ、んなこと……」

 

 大僧正の言に衝撃を受けた慈は、喘ぐように言葉を絞り出す。

 

「……そんなの、望むわけないじゃないですか」

 

「で、あろうな」

 

 慈の絞り出した言葉に、気のない様子で相槌を打つ大僧正。事実、彼にとって葛城を送る事は只の既定路線であり、彼女たちの願いについても、ただ単に我侭を諌めている程度にしか感じていない。

 その時、大僧正の背後にある扉が開き、葛城とともにいた筈の胡桃が顔を覗かせる。

 

「……爺ちゃん、先輩が呼んでるよ」

 

 どうやら胡桃は大僧正を呼びに来たらしい。彼女に声を掛けられた大僧正は一言声掛けをする。

 

「胡桃お嬢ちゃんや、お別れは済んだかね?」

 

 大僧正にそう問いかけられた胡桃は、直綴の裾を掴んで小さく頷くと同時に答える。

 

「……うん。でも、爺ちゃん。先輩を送る時、あたしも一緒にいてもいいかな?」

 

「そのような事であれば構わんとも」

 

 大僧正の同意を得た胡桃は小さく、ありがとう、と告げると踵を返す。大僧正自身もまた彼女を追って屋上へ、葛城のもとへ向かうのだった。

 

 

 

 

 再び屋上に出た大僧正は、思念体の葛城と対面する。そこで大僧正は今一度葛城に確認を取る。

 

「では、お主はもう良いのじゃな?」

 

『はい、お願いします。大僧正さま』

 

 その言葉を聞いた大僧正は、ゆるりと頷くと次に胡桃を見る。

 そして彼女にも最後の確認を取る。

 

「胡桃お嬢ちゃんも良いな?」

 

「……本当は、良くないけど」

 

『くるみ──』

 

 思わず本音を零す胡桃を諌めようと葛城は声を掛けようとするが、その前に胡桃はふるふると、首を横に振って。

 

「でも、それじゃ先輩が危ないんだよな。爺ちゃん」

 

「そうじゃな、その通りじゃ」

 

「なら、爺ちゃんお願い。もう、先輩には危ない目にあってほしくないから……」

 

 はらはらと涙を流しながら、大僧正に懇願するように告げる胡桃。

 その姿を見た大僧正は悠然と頷き、そして。

 

「任せよ。この者はちゃぁんと送り届けてみせるでな」

 

 そう言うと大僧正がお経を唱えると同時に、彼の周囲から淡い碧色の光が広がってくる。

 その幻想的な景色に見惚れる胡桃だったが思念体、葛城の姿が足元から少しづつ、まるで編み物が解れるかのように、薄くなってきていることに気付く。

 その事に気付いた胡桃は葛城に思わず腕を伸ばそうとするが、苦しそうな表情を見せながら(すんで)のところで思いとどまるように腕を下げる。

 そんな彼女が葛藤している合間にも儀式は進み、どんどん葛城の姿が霞んでいく。

 その時、葛城が胡桃を見つめて口を開く。

 

『くるみ……』

 

「先輩……?」

 

『くるみは、君は、どうか思いつめないで』

 

 葛城が何を言いたいのかが分からないのか、彼女は葛城に問おうとするが。

 

「先輩、一体何を……?」

 

『僕はもうそろそろ逝かなくちゃ。それじゃあ、くるみ。()()()

 

「っ! ……うん、またね。先輩っ!」

 

 葛城の言葉に胡桃は、どこか痛々しい様子を見せ、涙を流しながらも笑みを浮かべる。

 その胡桃の笑みを見た葛城は安心したように柔らかな表情を見せると、その姿は完全に消え去っていった。

 

 その時、ザリ、と何かを踏みしめた音が響く。胡桃は涙を流しながら音がした方向を向くと、そこには胸で手を組み、心配そうに胡桃を見つめていた慈の姿があった。

 彼女の姿を見た胡桃はか細い声で。

 

「めぐねえ……」

 

 と、一言だけ呟く。そんな弱々しい胡桃の姿を見た慈は。

 

「くるみさん」

 

 と、彼女に呼びかけると同時にすぐ側まで近づいていくとそのまま抱きしめる。

 

「……え? めぐ、ねえ?」

 

 急に抱きしめられると思っていなかったのか、胡桃は困惑した声を上げるが、慈はそんなことには構わずに、彼女の頭を撫でながら優しく語りかける。

 

「くるみさん、よく頑張ったわね。でも、もう頑張らなくていいの」

 

「な、にを、言ってるん──」

 

「もう、いいの。今は嫌なこと、悲しいことを吐き出して。先生が、おねえちゃんがちゃんと受け止めてあげるから、だから今はもう我慢しないで」

 

 慈にそう語りかけられた胡桃はとうとう、否、既に感情の限界を超えていたのか、慈の胸にしがみつくと、堰を切ったように滂沱の涙を流す。

 

「めぐねえ。あたし、あたしはぁ……」

 

「くるみさん。もう大丈夫だからね……」

 

「あ、あぁ、うわあぁあぁぁぁぁ………………!!」

 

 屋上に胡桃の悲痛な叫び声が木霊する。それはあたかも、死んでいった葛城を送る鎮魂歌のようであった。

 

 

 

 

 大僧正が、そして胡桃が葛城の死出の旅を見送った翌日。空はあいにくの、もしくは胡桃の心を反映したのか、ざぁざぁと大粒の雨が降っていた。

 

「……嫌な天気だな」

 

 そんな外の様子を、窓際から憂鬱そうな様子で見る胡桃。そしてそんな彼女に同意するように、隣で相槌を打つ由紀は、ふと外の様子に違和感を覚える。

 

「うん、そうだね。……あれ?」

 

「……どうかしたのか、ゆき?」

 

 由紀の不思議そうな様子に、気怠けな表情で問いかける胡桃だったが。

 

「あ、えっと。なんかいつもより外の──」

 

 彼女が話している時に、廊下からドタドタと走る足音が聞こえると同時に、教室の扉が開け放たれる。そして扉を開けた本人、貴依がぜぇぜぇと息を切らせて切羽詰まった表情で叫び声を上げる。

 

「お、おい! お前ら大変だ! かれらが大挙してバリケードに押し寄せてきてるぞ!」

 

 その言葉を聞いた胡桃は反射的に近くに立て掛けてあったスコップを掴むと、貴依の横を通り過ぎていく。

 

「あ、おい、くるみ!」

 

 貴依はそんな胡桃に声を掛けるが、しかし彼女はその声が聞こえていないのか、そのまま走り去っていく。

 その胡桃の様子に貴依は苛立ったように頭をかきむしると。

 

「ああ、もう! ゆき!」

 

 急に彼女に呼ばれた由紀はビクリと肩を震わせるが、当の貴依はそんなことにはお構いなしに更に言葉を告げる。

 

「お前は放送室に避難するんだ!」

 

「たかえちゃんはっ!」

 

「私はこの後、爺さんとアレックスが防衛してるから、そこに合流する!」

 

 それを聞いた由紀は貴依を止めようとするが、その前に。

 

「たかえちゃ──」

 

「私は大丈夫だ! それにあの爺さんも居るんだ、早々ひどいことにはならないよ! だから由紀も早く!」

 

 そう貴依に急かされる。そのことで由紀は不承不承ながらも了承すると。

 

「──わかった、でも。たかえちゃん。無事に帰ってきてね!」

 

 由紀の切実なお願いを聞いた貴依は、ニカっと気持ちのいい笑みを浮かべると。

 

「勿論っ!」

 

 力強く宣言すると、彼女は踵を返しアレックス達がいるバリケードへと向かう。それを見送った由紀も避難するために動こうとするが──。

 

 

 

 ──我…………、汝…………。

 

 

 

「──え?」

 

 ふと聞こえてきた声らしきものを聞き振り返る由紀。しかしそこには何もなかった。

 由紀は首を傾げながらも、今は時間がないと慌ててその場から避難する。

 そんな由紀を見送るように、先程まで彼女が見つめていた場所で一匹の()()()がひらり、ひらりと舞っていた。

 

 

 

 

 

 ガシャンと何かを叩く音と同時にあちらこちらから呻き声が聞こえてくる。

 かれらが、学園生活部の面々が築いたバリケードを破壊せん、と(おの)が腕を、体を叩きつけている音だった。

 そんな中、悠里は少しでもかれらをバリケードから引き剥がそうと、モップなどの長物を使って押し返そうと奮闘していた。

 

「このっ! 離れなさい!」

 

 彼女は気合の入った掛け声とともに、再び引いた腕を突き出すことでまた一体の彼らを突き飛ばす。しかし──。

 

「これじゃ切りがない……!」

 

 事実、彼女が言うように一体のかれらを突き飛ばす間に、他に数体のかれらが取り付いてしまうため、まさに元の木阿弥と言うべき状態だった。

 それでも彼女は抵抗をやめるつもりはない。言わずもがな、諦めた瞬間に皆が死んでしまうということもあるが、それ以上に彼女を突き動かす衝動、それは。

 

「私は、もう一度、るーちゃんに会うの! だからっ!」

 

 自身が不甲斐ないばかりに助けることが出来なかった妹。その妹が生きてこちらに向かっている。なら姉である自分が諦めるなんてこと、出来るわけがない。

 もう一度、妹と笑い合う。ただそんな当たり前の幸せのために彼女は不退転の決意を固めていた。だから──。

 

「あなた達は邪魔なのよ…………!」

 

 だからこそ、なんとしても生き残る。その決意を胸に悠里は抵抗する。例えそれが無駄な抵抗だとしても、それこそ石に齧りついてでも、泥水を啜ることになろうと必ず……!

 

「りーさん、無事か!」

 

 その時、悠里の背後から胡桃の声が聞こえてくる。その声に悠里は振り返ることなく。

 

「ええ、こっちはまだ大丈夫! それより、めぐねえ達の方は!」

 

 凛とした声で胡桃に問いかける悠里。その問いかけに胡桃は大丈夫だと告げる。

 

「あっちは爺ちゃんが片付けてくれてる! 後はこっちさえどうにかしてしまえば……!」

 

 そう語る胡桃だったが途中で言葉が途切れる。その理由は彼女たちの前にあるモノが原因だった。

 

「バリケードが……!」

 

「りーさん、逃げろ! 倒れるぞ!」

 

 かれらが群がっていたバリケード。破壊こそされなかったが、攻勢の末にかれらの物理的な圧力に耐えることが出来ず、結果的に悠里を押し潰そうと彼女の方へと倒れてきたのだ。

 

「くっ……!」

 

 悠里は直前に胡桃から逃げろと言われたこともあり、反射的にバリケードから逃げ出す。

 その直後、バリケードが倒れたことによる極大の破砕音が周辺に響き渡るとともに粉塵が周囲を舞う。

 

「りーさんっ!」

 

 胡桃は周囲に舞う粉塵を散らすように手で払いながら悠里に声をかける。

 

「く、るみ……。痛ぅ」

 

 そんな時弱々しい悠里の声を聞いた胡桃は慌てて声が聞こえた場所に向かうが、そこには。

 

「これは、しくじっちゃった、かな……」

 

 そこには、倒れてきたバリケードに足を潰された悠里の姿があった。尤も潰されたと言ってもバリケードの原料となった学習机自体はそこまで重い素材ではなかったために、重量によって足が千切れ飛ぶという最悪の事態だけは避けられた。

 無論このままの状態でも打撲などの症状はあるだろうが、時間さえあれば何の問題もなかっただろう。そう、時間さえあれば。

 

「ヴゥゥゥ…………」

 

 せっかく獲物が動かないのに、ご馳走を前にかれらが待ってくれるわけがない。

 そんなかれらの姿を見た胡桃は、悠里をかばうように前に出ようとするが。

 

「くるみ、逃げなさいっ!」

 

 悠里は苦痛で顔を顰めながらも、胡桃を叱るように怒鳴りつける。

 その言葉を聞いた胡桃はただ一言だけ吐き捨てるように告げる。

 

「そんなこと出来るかよっ!」

 

 しかし、次の瞬間。悠里の口から出た言葉に肩を震わせる。

 

「約束を、破るつもりなの?」

 

「そ、れは……」

 

 悠里の言葉に動揺から青褪めると同時に、瞳が揺れ動く胡桃。そんな彼女を優しく諭すように悠里は優しげな表情を浮かべながら語りかける。

 

「私は……、大丈夫だから。だから、ゆきちゃんたちをお願いね?」

 

「りーさん、あたしは……」

 

「急いでっ! そしてあの子達を、めぐねえをっ!」

 

「く、うぅ」

 

 悠里から叱責を受けた胡桃は、涙を浮かべながら一歩、二歩と後ずさると、そのまま踵を返し走り去っていく。

 その後姿を見送った悠里は無意識に伸ばしていた手を降ろすと。

 

「あ~あ、ここまで、なのね」

 

 諦観の中、どこかスッキリとした清々しい表情を浮かべながらそう独りごちる。しかしその直後に俯くとポタポタと雫が落ちるのと同時に嗚咽を漏らす。

 

「ごめんね、るーちゃん。ダメダメなお姉ちゃんでごめんね……」

 

 そんな彼女の心中に構うことなく、かれらが悠里に覆い被さろうとする。

 その時、彼女を中心に()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 胡桃にバリケードが突破されたこと。そして悠里のことを聞いた面々は、現在のバリケードを放棄して次のバリケードに防衛線を下げていた。だが──。

 

「……そんな、ゆうりさん」

 

「りーさんが、くそっ。くそぉっ!」

 

 若狭悠里の死。

 

 その非情すぎる現実が彼女たちの心に重くのしかかる。

 あるものは信じられない、否、信じたくないと思い。あるものは自身の非力さに嘆く。

 しかし彼女たちにそれを嘆く時間はない。まだかれらの襲撃は終わっていないのだから。

 

 その現実を示すように遠くからかれらの呻き声が少しづつ、少しづつ近付いてきている。

 そしてかれらの呻き声を聞いた胡桃は昏い表情を浮かべると。

 

「おまえ達が、おまえ達がいなければ先輩も、りーさんも……! おまえ達さえ、いなければぁっ!」

 

 そのまま己の激情に身を任せて、二人の仇を取ると言わんばかりにかれらに突撃する。

 その無謀すぎる行動に貴依は驚きの声を上げる。

 

「お。おいっ。くるみ、早まるな!」

 

 しかし、その貴依の声が聞こえていないのか胡桃はバリケードを乗り越え、それを背にすると握りしめたスコップをかれらに向かって我武者羅に振り回す。

 

「……あの馬鹿!」

 

 貴依は一言そう吐き捨てると、彼女を守るために自身もバリケードを乗り越えようとするが、その前に大僧正に止められる。

 

「呵々。待て、待て。お嬢ちゃんまで行ってどうするね?」

 

「だからって、見捨てろってのかよ、爺さん!」

 

 貴依は大僧正の物言いに激昂するが、当の本人は飄々とした態度を崩さずに。

 

「そもそも、胡桃お嬢ちゃんが来たバリケードから、あのモノらが一切来ないのはおかしいとは思わんのかね?」

 

「──あぁ?」

 

 大僧正の言葉に不思議そうな声を上げる貴依。

 確かに現在かれらが押し寄せてきているバリケードは貴依や慈、大僧正がいた方向からのみであり、もう一方のバリケードは閑古鳥が鳴いている状況だった。

 そして、大僧正が更に告げる。

 

「それに、どうやら来たようじゃのう。全く、遅すぎるわ」

 

 彼がそう零した瞬間。貴依たちの頭上を、襤褸切れをまとった銀色の何かが通り過ぎていく。

 その何かは、徐々に追い詰められバリケードに背を預けていた胡桃の眼前に鋭利な物を投げ付け、かれらを処理して安全を確保すると、そのまま前方に降り立つ。

 

「────()()()()()っ」

 

 その降り立った存在から、童女のような甲高い声が聞こえてくる。

 そして言葉と同時に銀閃が幾度となく煌めくと、近場にいたかれらは宣言どおりに例外なくバラバラに解体される。

 それを見て、あまりの光景に怒りも忘れ絶句する胡桃。

 そんな中、降り立ったモノが胡桃の、正確にはバリケードの方に向き直る。その姿は銀色の髪色の、そしてその小さな肢体には不釣り合いな大型のナイフを二振り、それぞれの手に握った幼き少女だった。

 

 その時バリケードの奥、現在一向にかれらが現れない通路の先から声が響いてくる。

 

「おぉ~い、ジャックちゃん。はやいよ~……」

 

「待って、圭。生存者が居るっ!」

 

「えっ! ……ホントだっ! それじゃ、あの人達が()()が言ってた……?」

 

 驚きの声を上げる圭と呼ばれた少女。その声を聞きながら胡桃は他に生存者がいた喜びと、そしてもし目の前の少女を含めた彼女たちがもう少し早く来てくれたのなら、と八つ当たりじみた感情が鎌首をもたげるが、次に聞こえてきた声に彼女はまだ安全が確保できていないにもかかわらず、声が聞こえてきた方向に振り向くことになる。

 

「……ええ、そうよ。皆まだ無事で良かった」

 

 聞こえてきた、そして聞こえるはずがない声に驚いて振り向いた胡桃の視線の先。

 そこには後輩らしき二人に肩を貸され、そしてそのすぐ側に彼女とよく似た小さい女の子がぴったり寄り添っている、かれらによって噛み殺された筈の若狭悠里の足を引き摺りつつも無事な姿がそこにはあった。

 

「……りー、さん」

 

「くるみ、心配をかけたわね。でも、もう大丈夫よ」

 

 その優しげな声色に胡桃はようやく悠里が無事だと実感できたのか、目尻から一筋の涙を流す。

 しかしその涙は先ほどの悲しみの涙とは違い、喜びによるものであった。

 

 その後、彼女たちの安全はジャックと呼ばれた少女。外道-ジャック・リパーと大僧正、そしてカーマと名乗ったもう一人の少女の手によって確保されることとなるのであった。

 









 今回も本作独自設定として

 ・実は頭が良かったゆきちゃん。
 ・原作よりも(比較的)メンタル強めなりーさん。
 ・(投稿時書き忘れ)巡ヶ丘の名家、丈槍家

 というのが出てきました。

 ……因みに、胡桃の先輩の名字が葛城というのは独自設定ではなく、実写版『がっこうぐらし』から採用しています。


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第十九話 弱肉強食というコトワリ

 筆が乗ったので、今回は早めの更新です。
 では第十九話をどうぞ。








 ジャックたちの活躍もあり、なんとか安全を確保した学園生活部。

 死んだと思われていた悠里が後輩やジャックたちに救助されていたことにより、学園生活部にとっては結果的にではあるが大団円と言える状況だった。

 特に胡桃にとっては、あの時見殺しにするしかなかった彼女が生きて、無事であることに涙ぐんでいる有様だった。

 そして、学園生活部を含めた一行は安全地帯である放送室に移動していたが、その中で胡桃はあの絶望的な状況からどうやって悠里が生還できたのか、その事を彼女に問いかけていた。

 

「りーさんが無事で良かった。でも、あの状況でどうやって助かったんだ?」

 

 その胡桃の問いかけに、悠里はうふふ、と優しく微笑みながらその時の事を話す。

 

「ええ、そうね。あの時は──」

 

 

 

 

 

 胡桃が去った後、悠里は俯き嗚咽を漏らしていたが、そんな事はお構いなしにかれらが彼女に覆いかぶさるように迫ってきた。

 彼女自身、その事には気付いていたが、気付いていたからと言って何か出来るわけでもなく、心中には絶望と、そしてそれ以上に瑠璃に会えないという悲しみの気持ちでいっぱいだった。

 そしてかれらのうち、一体がとうとう悠里の側まで近付いてきた。後少しでかれらに噛みつかれて悠里もかれらの仲間入りを果たすだろう。その事を理解した悠里は。

 

(いや、だなぁ。……せめての時は、くるみやアレックスさんが私を終わらせてくれるのかな)

 

 そう思う悠里の脳裏には、昨日の、自身の想い人を再び喪い、それでも気丈に振る舞っていた胡桃の姿が思い浮かぶ。

 

(また悲しませちゃうなぁ……。るーちゃんの事といい、くるみの事といい、私は結局、何も出来なかったのね)

 

 二人に対する申し訳無さ、そしてそれでも何も出来ない自分自身の不甲斐なさに虚無感を抱く悠里。だが、だからといってこの状況が好転するわけでもない。

 そう思っていた悠里だったが、しかし──。

 

 彼女の心の中が絶望に支配されかけていた、その時。

 

 自身の胸元から暖かい光が淡く、しかし同時に力強く輝き出す。

 その事に驚き、上擦った声を出す悠里。

 

「え?! な、なに! なにが──」

 

 その悠里の声をかき消すように、光が風船のように膨れ上がると、次の瞬間には破裂したかのように周囲に拡散する。

 そしてその暴力的なまでの光に思わず目を瞑った悠里は気付かなかったが、その光に触れたかれらはもれなくその身を焦がし、塵芥へと還っていく。

 その光景はまるで不浄なる者の存在を許さないと、そう言わんばかりの神の裁きにも見えた。

 

 しばらくすると極光とも言うべき光の奔流も収まり、付近が普段の光量に戻ったことに気付いた悠里は恐る恐る目を開くと周囲を見渡す。その周囲にはそこかしこに(かれら)が散乱するだけで、かれらの姿はどこにもなかった。

 その事に疑問を覚える悠里だったが、どうしてか胸元がぽかぽかと温かいことに気付く。

 その違和感と、そして過去に大僧正に御守のことを問われたことを思い出した悠里はハッとした表情を見せると、自身の首に掛けた御守を胸元から取り出す。

 胸元から取り出した御守は、かつて見た時とは違い淡く光り、そして人の心を落ち着かせるかのように、まるで愛しい人に抱きしめられているかのような温かさを感じた。

 懐から出した御守を見て悠里は晴明との出会いを思い出す。

 確かに、あの時彼はこれを持っていればご利益があると言っていたが。

 

「でも、まさか本当に守ってくれるなんて……」

 

 正直、悠里にとってこの御守、そして彼の言葉は気休めか何かだと思っていた。その後、現れた大僧正が法力と呼んだ理外の力、それを見てからは多少は信じていたがまさかここまで凄まじいものだったとは予想もしていなかった。

 その時、遠くで物音が聞こえてくる。

 

「くっ、そう言えば、まだこんな呑気にしている場合ではなかったわね」

 

 今の悠里はあくまでも、直前の危機が去っただけで、まだ危機的状況を脱したわけではない。その事を思い出した悠里はまず倒れてきたバリケードから、足を引き抜こうとするが。

 

「痛ぅ。……これは、まずいわね」

 

 引き抜く以前に、身じろぎをした瞬間に挟まれた足から鋭い痛みが走る。どうやら折れてはいないようだが、もしかしたら骨に罅くらいは入っているかもしれない。

 そんな事をしている合間にも少しづつ物音は近付いてきている。早く脱出しないとまずいのだが、しかし。

 

「こうも踏ん張りがきかないと……」

 

 痛みの所為か、体に力が入らずにバリケードを少し浮かせるのにも難儀する悠里。

 その時、悠里の耳に物音以外の音、具体的に言うならば人声が微かに聞こえてくる。

 

「ジャ────ん、本当に────あってるの?」

 

「うん。こっ────が聞こえたよ? それと何か────音も」

 

 その声は段々こちらに近付いてきているようであった。そしてその声の主たちは遂に悠里を発見したようで。

 

「あ! 本当に居たっ!」

 

「圭っ、それよりも様子がおかしいから助けに行かないと」

 

 そんな声を発すると同時に、ぱたぱたと複数の足音が聞こえてくる。

 その足音の主たち。そのうち二人はアレックスと同じ制服、つまり巡ヶ丘学院高校の生徒で、なおかつ悠里の後輩であることは明白だった。

 そして二人の他にも駆け寄ってきた女性たち。そのうちの一人は全体的に際どい服装をした白銀の髪の女性、もう一人は妹と同い年にも見える銀髪で襤褸切れのような外套をまとった少女。そして最後の一人は──。

 

「──りーねえっ!」

 

「……るーちゃん? るーちゃんなの、本当に!」

 

 悠里の妹である若狭瑠璃その人であった。

 その姿を見た悠里は、瑠璃に駆け寄りたい一心で痛みなど一切構わずに無理矢理バリケードから抜け出そうとするが。

 

「痛っ、……こんなのでっ!」

 

 抜け出そうと痛みを堪えて藻掻いていた悠里だったが、そこにストップの声が掛かる。

 

「……あ~、そこの貴女。あまり無理しないほうが良いですよ?」

 

「……え?」

 

 その声を聞いた悠里が、声の主に顔を向けるといつの間にか際どい服装の女性がすぐ側に立っていた。

 驚いた悠里が、先ほどまで女性が走っていたはずの地点に目を向けると、そこには悠里と同じように驚いている後輩二人と妹の姿があった。

 尤も、この女性はその様な事は一切気にせずに顎に手を当てて何事かを呟いていた。

 

「ん~……。この邪魔なのを持ち上げてもいいですけど、ちょっと面倒くさいなぁ。って、事でジャック。この邪魔なのを適当に切り裂いてくださいな」

 

「…………はぁい」

 

 女性がそんな事をいつの間にか横に来ていた少女に告げる。すると少女は呆れた顔で女性を見ながらも了承の返事をして──。

 

「え、ちょっ!」

 

 いつの間にか逆手に構えていた大型のナイフを慌てふためく悠里に、正確にはバリケードに押し潰された彼女の足付近に対して振るう。

 そのまま少女の腕の軌跡をなぞるように銀閃が数度煌めく。そして一瞬、間を置いた後にまるで唐突に時が動き出したかの如くゴトリ、と悠里の足を避けるようにバリケードが解体された。

 

「うんうん。やっぱりこちらのほうが楽でいいですね」

 

 と、満面の笑みで頷く女性。そしてその女性はしゃがみ込むと悠里に話しかける。

 

「それで、貴女があの子。瑠璃ちゃんのお姉さんの悠里さんでいいんですね?」

 

 女性に問いかけられた悠里は呆然としながらコクコクと頷きつつ肯定すると、彼女に対して疑問を告げる。

 

「え、ええ、そうです。それで、あなた達は一体……」

 

「私はカーマ、それでこっちがジャック。それとその他大勢ですよ?」

 

「ちょっと、カーマさん! その他大勢ってなんですかっ!」

 

 悠里の質問にカーマはニマニマ笑いながら彼女に告げる。おそらく冗談で言ったのだろうが、その言葉を聞いた後輩の一人が憤慨したようにツッコミを入れる。

 そのツッコミにカーマはエサに食いついたとばかりに妖しい笑みを浮かべると、圭と呼ばれた少女をからかうように語りかける。

 

「えぇ? だって戦力としては私とジャックだけで、あなた達がここに居るのは避難の意味合いが強いですからねぇ」

 

「……むむむ」

 

「圭、むむむとか言ってないで」

 

 そんな二人のやり取りをどこか呆れたように、曖昧な笑みを浮かべながらツッコミを入れつつもう一人の後輩が悠里に話しかける。

 

「えっと先輩、はじめまして。私は二年の直樹美紀、こっちは同学年の祠堂圭です」

 

 そう言って自己紹介を始める美紀。そしてその中で自身の名が出たことで圭も慌てて悠里に頭を下げる形で挨拶する。

 そのやり取りで毒気を抜かれたのか、悠里はくすりと笑うと自身も名前を告げる。

 

「ええ、美紀さんに圭さんね。知ってるかもしれないけど私はるーちゃんの姉で、ここの三年の若狭悠里よ。カーマさんも、妹を助けてくれてありがとうございます」

 

 悠里はそう言いながら妹を保護してくれていたであろう彼女に礼を告げる。その言葉を受けたカーマはどこか気不味げにしながら悠里に頭を上げるようにお願いする。

 

「ああ、そんなの良いですから。頭を上げて、ほら」

 

「それにそもそもるーちゃんを助けたの、カーマちゃんじゃなくて、おかあさんとわたしたちだもん、ねっ」

 

「うぐっ」

 

 カーマは気不味げにしていた理由をジャックにズバリと突っ込まれて呻き声を上げる。

 しかしその事を知らなかった面々は驚きつつも、ジャックが言っていた言葉に疑問を覚える。

 

『おかあさん?』

 

 部外者の中では、瑠璃だけはジャックが晴明の事をおかあさん呼びしていることは知っていたが、なぜそう呼んでいるかを知らなかったので、ここぞとばかりに質問する。

 

「そう言えばジャックちゃんっておじさんの事、おかあさんって言ってるけど、なんで?」

 

「? おかあさんは、おかあさんだよ?」

 

 しかしジャックには質問の意図がわからなかったのか、首を傾げながらそう告げる。それを見たカーマは慌てて話題を反らすように悠里に質問を投げかける。

 

「それよりも悠里さん! ここには貴女以外生き残りはいないんですか?」

 

 カーマから受けた質問で悠里は助かった安心感から、今がまだ非常事態であることを忘れていたことに気付き慌てて起き上がろうとする。

 

「そうだ、まだ皆がっ! あぐぅ!」

 

 しかし、急に立ち上がろうとした結果、負傷した足から痛みが走り倒れそうになる。それを美紀が支えると圭に話しかける。

 

「圭、蘆屋先生からもらってたやつ!」

 

「うんっ!」

 

 美紀の言葉に、圭はどこからともなく青色の石を取り出すと、患部にそれを押し当てる。するとその石は淡く発光する。

 そして発光した石は段々と大きさを縮めていくと、最終的には無くなってしまう。

 その結果どうなったかというと。

 

「え、痛みが少し引いた……?」

 

 悠里が驚きから小さく呟いたように、青い石によって彼女の足が完全とまではいかないが治療されていた。

 その事に悠里はもとより、使用したはずの美紀と圭も驚きをあらわにする。

 しかし、驚いている悠里に対してそんな事は関係ないとばかりにカーマは急かすように問いかける。

 

「それで、他の生存者たちの場所は? 他にも襲われているのでしょう?」

 

「は、はい。場所は──」

 

 カーマの質問に慌てて答える悠里。それを聞いたカーマは。

 

「ジャック、良いですね?」

 

「うん、先に行ってるねっ」

 

 二人の短いやり取りの後、ジャックは常人とは一線を画す速度で飛び出していく。

 その事に驚く他の面々だったが、カーマはまるで平常運転だと言わんばかりに語りかける。

 

「それじゃ私達も移動しますよ。美紀と圭は悠里さんに肩を貸して。もしも危ないものが来たら私が守りますんで」

 

 そう言っていつの間にか具現化していた弓を握っているカーマ。

 彼女の言葉に三人はコクコクと頷きながら他の生存者、学園生活部が籠城する場所へと向かう。そしてそこで胡桃たちと悠里は短い別離を終えることとなる。

 

 

 

 

 

「へぇ、そんな事があったんだな」

 

 悠里からその時の状況を聞いた胡桃は、そうなのかと何度も頷く。しかし、そこで彼女は、はたと疑問を覚える。

 

「そう言えばよ、りーさん。妹さん、るーちゃんだったか?」

 

 瑠璃を見つめながら悠里に話しかける胡桃に、何かあるのかと二人を同じように首を傾げる。

 それを見て胡桃は、やっぱり姉妹なんだな。と笑いそうになるが、それを抑えて質問する。

 

「この子が言ってたおじさんってのは、どこに居るんだ?」

 

 その言葉に悠里は、ぴしりと石化したように固まる。

 そしてギギギと、錆びたブリキのように不自然な動きで首を動かすと、恐らく親しい友人だったのだろう、アレックスと感動の再会をしている二人の後輩を見る。

 

「ね、ねぇ。美紀さん、ちょっと良いかしら?」

 

「? はい、何でしょう?」

 

 なぜ呼ばれたかわからない美紀は、不思議そうな声を上げながら悠里のもとに来る。

 

「あなた達を助けてくれた人は、今どこにいるのかしら……?」

 

「え、蘆屋先生ですか? 先生だったら、今──」

 

 と、何かを話そうとして固まる美紀。その体からは冷や汗がだらだらと流れていた。

 そしてガバっと、何故か大僧正を指差してゲラゲラと笑っているカーマの方を向くと。

 

「カーマさん! 蘆屋先生の方は大丈夫なんですか!」

 

 と、問いかける。その美紀の焦りように良くないものを感じたのか、胡桃は再度悠里と同じ質問をするが。

 

「な、なぁ。結局その、蘆屋先生、だったか? その人は何してるんだ?」

 

 胡桃の質問に、美紀は心底焦っていますと言わんばかりに、早口で捲し立てる。

 

「あの人はこれ以上学校にかれらを入れないために今、他の人と一緒に入り口で防衛戦をしてますっ!」

 

「はぁ! まじかよ!」

 

 胡桃は驚くと同時に、それを早く言えと悪態をつきながら駆け出すが、しかし。

 

「はい、ストッ~プ」

 

 いつの間にか胡桃の背後まで来ていたカーマにツインテールの片方を握られていた結果、首からゴキリ、と嫌な音を響かせて無理矢理止められる。

 そしてもう必要ないとツインテールを放された胡桃は、首の痛みで蹲りながら下手人であるカーマに文句を言う。

 

「い、いきなり何すんだよ!」

 

 その言葉にカーマは呆れながら。

 

「何ってそんなの、いきなり自殺しに行こうとしてたら、止めるに決まってるじゃないですか」

 

 そして、馬鹿なんですか? いえ、馬鹿なんですね? と更に胡桃を煽るカーマ。

 それを聞いた胡桃は憤るが、カーマはそんな胡桃に対して、ぞんざいに一言だけ告げる。

 

「そもそも本当に助けが必要なのかは、実際に見れば一目瞭然ですよ」

 

 と、言いながら窓を指差すカーマ。

 その言葉を聞くと同時に悠里は窓際に駆け寄り外を見るがそこで再び固まる。彼女の背中からは困惑した雰囲気が漂っていた。

 そんな悠里の様子に訝しげに思いながら胡桃も、首の痛みを堪えながら外の光景を見る。

 見るのだが、彼女の眼前に広がっていた光景は、ある意味大惨事だった。

 

 その光景、入口付近にバリケード代わりにキャンピングカーらしきものが置いてある。それはまだ良い。勿体ないが、まぁ理解は出来る。

 しかし、そのバリケードの筈のキャンピングカーを守るように、それぞれ三方向に一人づつ居るのはどういう了見だ。普通に考えるならば、どう見てもただの自殺行為だろう。

 だが目の前の光景は、実は今、夢の中にいるんじゃないのか? と言いたくなるほどに現実離れしていた。

 

 まず一人目、青いタイツに身を包んだ男性が手に持った、自身の身長よりも長い槍らしきものを振るうたびに、かれらが空高く吹き飛ばされる。人って、あそこまで空高く飛べるんだなって、新たな知見を得ることが出来た。

 二人目、こちらも男性で手にそれぞれ剣と銃を握っている。そして彼が剣を振るうたびに剣閃が一重、二重どころか倍々に膨れ上がっていき、かれらは微塵切りにされていく。ジャックって子の師匠なのだろうか?

 

 そして三人目、この人物がある意味一番現実離れしていた。

 その人物、紫色の全身タイツの身を包み、赤紫色の長髪をした妙齢の女性。その女性は、青タイツの男性と同じ槍らしきものをそれぞれ片手に一本づつ持ってそれを軽々と、まるで新体操のバトンのようにくるくると曲芸じみた動きで回しつつ周辺のかれらを屠りながら、更に槍の範囲よりも遠くのかれらに対してはまるで魔法のようなものを放ち、その全てを燃やし尽くし(マハ・アギダイン)氷漬けにし(マハ・ブフダイン)見えない何かで細切れにし(マハ・ザンダイン)、そして稲妻で感電させていた(マハ・ジオダイン)

 

 つまり端的に言うと、本来彼らに対して恨み骨髄な筈の胡桃をして、思わず同情したくなるような(かれらにとっての)地獄がそこにはあった。

 ほら、今も青いタイツの男性によって打ち上げられたかれらが、雷雲から落ちた雷のオーバーキルを受けて──。

 

「……は?」

 

 そこまで見た胡桃は驚きから、あんぐりと口を開ける。

 

 雷雲から落ちた()()、それはただの雷ではなかった。

 それは、猿の顔と虎らしき手足、そして狸のような胴体に蛇の頭が付いた尻尾を持つ化け物であった。

 その化け物は口に加えていたかれらをバキリ、と噛み砕いて咀嚼すると身の毛がよだつほどの咆哮を上げる。

 

「あ、ぐぅぅ」

 

 その時、すぐ側で同じく外の様子を見ていたアレックスがくぐもった声を上げると同時に、痛みを堪えるかのように頭を抱えてドサリと膝をついて窓の縁に凭れ掛かる。

 

『アレックス!』

 

 その只事ならぬ様子に、貴依と後輩二人がアレックスのもとに駆け寄る。しかし、アレックスはその事に気付かずに、譫言のように独りごちる。

 

「う、あぁ? アク、マ?」

 

 そのアレックスの口から出た言葉を聞いて驚きの表情をあらわにする後輩二人。その様子に何かを知っているのかと、胡桃は問いかけようとするがその前にカーマが口を開く。

 

「あらまぁ、【妖獣-ヌエ】ですかぁ。これは困りましたねぇ」

 

 と、カーマは言葉とは裏腹にニコニコと愉しそうに嗤いながら告げる。

 その様子に、胡桃は彼女がなにか知っていると思って話しかけようとするが、続いて更に二つの雷が校庭に落ちる。

 そしてその落雷があった場所には、雷で構成された獣の上半身だけが宙に浮かぶ、先ほどのヌエとはまた違う二体の化け物の姿があった。

 その化け物の姿を見たカーマは心底可笑しいとばかりに嗤いながら更に告げる。

 

「あらあら、【妖獣-ライジュウ】まで現れましたか」

 

 カーマの態度に不安を持った圭は、彼女に話しかける。

 

「あ、あの、カーマさん。蘆屋先生は大丈夫ですよ、ね?」

 

「さぁ?」

 

「さぁ? って、そんな」

 

 カーマの気のない返事を受けた圭は呆然とした顔をするが、その顔を見たカーマはくすくすと咲いながら。

 

「そこまで心配することもないでしょう。それに──」

 

「それに?」

 

 カーマの言葉に不安そうな顔をして続きを聞こうとする圭。そんな圭に対してカーマは。

 

「どのみち、この程度で死ぬようなら、そこまでの男だった。ただ、それだけの話ですよ?」

 

 と、微塵も心配した様子もなく裏世界、そして、自然界のたった一つの掟。即ち弱肉強食というコトワリを淡々と告げるのだった。

 






 次回、再び主人公たちによる対悪魔戦。


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第二十話 蘆屋晴明という名の怪物

 またまた書き上げることが出来たので早めの投稿。
 果たしてこの更新ペースはいつまで続くのか……。


 大粒の雨が降りしきる中、ゾンビたちを殲滅した晴明たち。しかし、殲滅が終わった後にMAGが充満したのか、悪魔たちが召喚されてしまう。

 その悪魔たちを見た妙齢の美女、クー・フーリンと同じように本来の姿が違う、晴明の前世におけるFateに出てきたスカサハと同じ姿をした悪魔【女神-スカアハ】は、どこか失望したように鼻で笑う。

 

「ふん、どのような悪魔が現れると思ったら、この程度か。興醒めよな」

 

 その言葉を聞いた晴明は苦笑しながら同意する。

 

「まぁ、言わんとすることはわかるけどな」

 

 そして晴明はそんなに詰まらないというのなら、と前置きをしてスカアハと、ついでにクー・フーリンにとあるお願いをする。

 

「ならよ。こいつら全員、俺に譲ってもらっていいか?」

 

 晴明の提案を聞いたスカアハは興味なしとばかりに即座に同意する。

 それを聞いたクー・フーリンもまあ良いか、と言った感じで。

 

「それじゃ、俺達はここで守りながら、ゆっくり見物させてもらうぜ」

 

 そう言ってクー・フーリンは気を抜くことこそはしていないが、近くに止まっている透子のキャンピングカー。その運転席近くに背を預けてゆっくりし始める。

 それを間近で見ることになった透子はぎょっとした顔をして、慌てた様子でクー・フーリンに話しかける。

 

「ちょ、ちょっと。ホリンさん! そんな事してて大丈夫なの?!」

 

 そんな透子の様子に、クー・フーリンは気楽そうに笑いながら、安心するように告げる。

 

「ははっ、安心しな、透子の姉ちゃん。マスターがあの程度の悪魔に負けるのなら、そもそもここに来る前に既にくたばってる筈だからな」

 

 そこにスカアハも同意するように話の輪に入ってくる。

 

「全くよ。あの程度の陣容ではマスターに傷を負わせることも厳しかろう」

 

「えっと、スカアハさん? そうなんですか?」

 

 まだ出会って間もないということもあり、いまいちスカアハの言を信じきれない透子は疑問を投げかける。そんな透子にスカアハは、くくっ、と含み笑いをしながらその通りだ、と告げる。

 

「あのヌエ、と言ったか? あの妖怪に関して、確かにこの日ノ本では名の在る存在なのだろうよ。しかしな、マスターや、儂らはあれ程度ならいくらでも屠ってきたのだぞ?」

 

「えっと……」

 

 それでもいまいち理解しきれない透子は助けを求めるような表情でクー・フーリンを見るが、彼はその視線に肩を竦めると。

 

「まぁ、なんだ。もしもマスターが危険になったら助けに行くから安心しな」

 

 と、気負った様子もなく告げる。そこには晴明が負けるといった考えは、微塵も持っていないようだった。

 透子はそんなクー・フーリンを見て、本当に大丈夫なのかな? と、思っていたが晴明と悪魔たちの戦い(蹂躙)が始まると、驚きに目を見開くのだった。

 

 

 

 

 

 晴明は仲魔たちが後ろに下がるのを確認すると、軽く伸びをすることで体の硬さを解し、何の気負いもなく悪魔たちに向かって歩き始める。

 その姿に取り巻きのライジュウたちは馬鹿が来たと嘲笑していたが、その中でヌエだけが仲魔が下がったことで、自分たちが馬鹿にされていると感じて怒りの声を上げる。

 

「オマエ。オレタチ、バカニスルノカ!」

 

 そのヌエの怒りに、晴明は鼻で笑い飛ばすと更に挑発する。

 

「はっ、仕方ないだろう。俺とお前らでは歴然とした力量差があるんだからな。それとだ──」

 

 その言葉とともに晴明の姿がかき消え──。

 

「この頃、ちょっと虫の居所が悪くてな」

 

 次の瞬間、取り巻きの一体の真横に現れると、倶利伽羅剣をそのまま振り下ろす。すると本当に人間の膂力でそれを成したのか。倶利伽羅剣は空気を壁を突き破る轟音とともに、ライジュウもろとも地面を磨り潰し、ちょっとした大きさのクレーターが校庭に出来上がる。

 それを間近で見ることとなったヌエは呆けた声を上げる。

 

「……ハ?」

 

 そんなヌエに構わず、晴明は独り言のように言葉を紡ぐ。

 

「ゆえに貴様ら鏖殺だ。呪うのなら、こんな時に俺の前に現れちまった己の不運さを呪うんだな」

 

 その晴明の宣言とともに、戦いという名の蹂躙が始まった。

 

 

 

 

 

 ヌエの取り巻きの残り一体のライジュウは、一心不乱にこの場から遁走しようとしていた。その胸中は、こんな事聞いていない。ただそれだけだった。

 そもそも悪魔はこの現実世界では早々死ぬことはないし、それに人間とは悪魔よりも遥かに脆弱な存在だ。

 だからライジュウは今回、現実世界と魔界の境界が綻んだと聞いた時、人に例えるならバカンスにでも行くか。という気楽さでこちらの世界に渡ることを決めた。

 ちょうど直前に妖精たちのジャックフロストが行方不明になった、と騒いでいたのもライジュウの決心に拍車をかけた。

 

 ──あいつも現実世界に行ったんだろう。そしてあんな雑魚がまだ戻ってきていないということは、あちらの世界は安全ということだ。

 

 そう思ったライジュウは旅行ついでに美味しい肉(ニンゲン)を喰らい、ある程度気ままに過ごしたらまた魔界に帰る。流石に長く居着いたらクズノハのサマナーが出張るだろうが、短時間なら大丈夫な筈だ、と考えた。

 しかも、いざ現実世界に行こうとした時に、自身よりも更に強大な妖怪であるヌエと同道出来る事になる幸運も得た。これならば万に一つも危険は起きない。と、あの時は思っていたが、蓋を開けたらこのざまだった。

 

 あのニンゲンが一人で自分たちの前に歩いてきた時は、また自意識過剰の馬鹿が来たか、と思った。

 ライジュウ自身、以前異界で出会った新人らしきサマナーは無駄に自信満々だったために、その心をへし折った上で末端からゆっくりと喰らってやった。その時の馬鹿者の絶望の感情は至極美味だった事を覚えている。

 今回もその手合だと思っていたのに、何なのだ、あの化け物は!

 それにそもそも、自分自身もあのサマナーが仲魔を下げた時点で気付くべきだったのだ。戦いの場で仲魔を下げる存在など、よほどの大馬鹿者か、もしくはそれ以上の手練だということを。

 実際に風の噂では、今代の葛葉ライドウは修行と称して格下相手には基本的に仲魔を召喚しない事があると言われている。あのサマナーも同じ手合、もしくはライドウ本人である可能性もあったと言うに。

 

 失敗した、失敗した、失敗した!

 だが、この場から無事に逃げ果せる事ができれば──。

 

 それがライジュウの最後の思考だった。

 

 

 

 

 

 たった今までの戦闘(蹂躙)の一部始終を見ていた放送室の面々。

 ただし、具合が悪くなっているアレックスの看病をしていた美紀と貴依、それと元々晴明のことを知っている仲魔たちと、そのうちの一人、ジャックに遊ぶという名目で意図的に窓際から引き離されていた瑠璃以外の、主に学園生活部+αの間では重苦しい空気、それこそ実際に質量が存在するのならば、全員が地に伏せそのまま押し潰されそうな、そんな雰囲気が室内に充満していた。

 そんな中で一人の勇者がこの空気を払拭するために話し始める。

 

「な、なぁ。りーさん」

 

 その勇者、恵飛須沢胡桃は笑みを浮かべて、なんとか絞り出すように若狭悠里に声を掛ける。なお、本人は笑みを浮かべているつもりだが、残念なことに笑みも声も完全に引き攣っていた。

 

「…………なにかしら、くるみ」

 

 その胡桃の呼びかけに、努めて冷静な様子で答える悠里。ただしこちらも声は震えている。

 

「あの人? が、るーちゃんが言った【おじさん】で、間違いないんだよな?」

 

 どうか間違いであってくれ、そんな切実な願いが聞こえてきそうな声色で問いかける胡桃。しかし、現実は非情で──。

 

「……ええ、そうね。間違いなくあの人? が、るーちゃんを助けてくれた蘆屋さんで間違いないわ。ええ、本当に」

 

 そう自分に言い聞かせるように告げる悠里。そうでもしなければ信じきれなかったのだ。

 何を信じきれなかったのか?

 それは、彼女や胡桃が人という部分に疑問符を付けたことが答えであり、即ち。

 

 ──あいつ、(身体能力とか、一般常識的な意味で)人間じゃねぇ!

 

 この一言に尽きた。因みに、彼女たち二人だけではなく戦闘(蹂躙)を見た全員そう思っている。

 もしも、晴明がこの事を知ったら抗議の声を上げるかもしれないが、先ほどの戦闘の流れを見せられた彼女たちからすれば、声を揃えて『ダウト』ということ請け合いだった。

 そもそも、一体目の化け物を狩った瞬間移動じみた高速接近からのクレーターを作る叩き潰し攻撃だけでも()()なのに、その後、二体目の化け物を狩る攻撃が、さらに常識というものを全力でどこか遠方にぶん投げていた。

 

 その非常識な攻撃とは、彼が持っている拳銃らしき武器から放たれたのだが、そもそも攻撃の準備段階からして既におかしかった。

 と、言うのもまずは拳銃らしきものの銃口に光が集まると、バスケットボール位の大きさの球体が形成され、それを起点として必死に逃げていた化け物に対してビームが照射されたのだ。

 それだけでも十分に驚嘆に値するのだが、それ以上に威力が凄まじかったらしく、化け物を一瞬のうちに蒸発するもそれだけでは飽き足らずに学校を囲っている塀を貫通し、更にはその先にある一般家屋にまで届いたのだろう。

 直線状にあった一般家屋が三軒ほど土煙を上げて倒壊し始めていた。

 

 胡桃たちと同じようにその大惨事を見ていた圭は、どういうことだ、と言いたげな引き攣った表情を浮かべてカーマを見る。そして。

 

「あのぅ? カーマさん? これは、どういうことなんですか、ね?」

 

 素直に晴明が怖いとか、私の心配を返せという怒りとか、本当に何がどうしてこうなった、と言いたくなる困惑とか、そんな色々な感情でごちゃまぜになっている内心を隠すようにカーマに問いかけるが、件のカーマは。

 

「えぇ? どういうことも何も見たとおりですよぅ?」

 

 と、嘲るように告げる。それを聞いた圭はイラッときたのか。

 

「でも、カーマさん。貴方、私が蘆屋先生の事心配してた時に、さぁ? とか、言ってたじゃないですか!」

 

 と、強めの語気で気炎を上げる。が、そんな彼女にカーマはぷーくすくすと、とてもウザい笑みを浮かべながら。

 

「あっるぇ~? おっかしいですねぇ~。私は『そこまで心配することもないでしょう』と、ちゃんと伝えましたよぅ」

 

 と、更に圭をからかうように返答する。それで圭は遅まきながら先ほどのやり取りが自身を担ぐための狂言に近いものだったのだと気付き、『殴りたい、この笑顔』と思うが、それはそれとして、先ほどカーマが言っていた悪魔に困っていたのはどうしてなのかを問いかける。

 

「でも、それじゃさっきあの化け物が現れた時に、困ったと言ってたのはなぜなんです?」

 

「ああ、それですか」

 

 すると、カーマは本当に困ったと言いたげに嘆息しながら顔を顰めると。

 

「いやぁ、なんと言いますか。この頃のマスター、ストレス溜まってるみたいでしたから、丁度いいサンドバックでも現れてくれたらなぁ。なんて、思ってたんですけどねぇ」

 

 あの程度じゃサンドバックにもなりませんよ。と、悩ましげな表情で溜息を付きながらカーマは愚痴を零す。そして今度は嘲るような表情で。

 

「前回現れたのはフォルネウスやデカラビアなんて大物だったそうじゃないですか。それで期待して見てたのに、蓋を開けてみたらあれですよ、あれ。Sレアのピックアップガチャを引いたら、レアどころかコモンしか出なかったとか、そんな感じです」

 

 さて、運営はどこでしたかね? 抗議の電話を入れないと。と、あくまでふざけた態度を崩さないカーマ。

 そんなカーマに圭は不満そうにして詰め寄る。蘆屋先生が心配ではないのか、と。

 その言葉を聞いて笑いを堪えるカーマだったが、そんな中で彼女は圭が一つの思い違いをしていることに気付く。それを感じたカーマは、それの確信を得るために真剣な表情になると彼女に話しかける。

 

「ふむ、なるほど。圭はマスターのことがとても心配なんですね?」

 

「心配に決まってるじゃないですか! あんな化け物と戦ってるのに、なんで心配しないと──」

 

 そこまで聞いたカーマはやはりと思う。やはり彼女は()()()()()()()()()()という人物はある程度理解しているが、()()()()()()()()()()()()()という人物、その有り様を全く理解していない。

 だからこそ、こんな()()()な心配をしている。

 

 全くなんてことだ。いくら間もないとは言え、マスターに弟子入りした人間がその程度の理解もしていないとは、と嘆息しそうになるカーマ。

 しかし、マスターはこの()()に対して多少の後ろめたさを感じているから、あまり強くは出ないだろう。だが、マスターを過小評価されるのはあまり面白くない。

 だからこそ私がこの勘違いした小娘に、少しばかり思い知らせてやろうか、と思うカーマ。

 この裏世界の厳しさを、そしてそんな世界で生き延びてきて、なおかつあの葛葉ライドウと多少なりとも比較される存在である、蘆屋晴明という()()の恐ろしさを。

 そう考えたカーマは、()()()()で軽い殺気を圭に飛ばす。

 

 しかし、彼女自身も一つ忘れていたことがある。と、言うよりも今まで民間人とともに行動する、という機会がほぼなかったために経験していなかった、と言うべきか。

 そもそも彼女は人間と同じ姿を持ち、普段は巫山戯ているとは言え、愛欲の神性を持つ神様。間違いなく強大な力を持つ神話生物なのだ。

 そんな神と呼ばれる存在がほんの僅かとはいえ、一般人に対して殺気を、神威を振り撒いたらどうなるか?

 直接浴びなかった学園生活部の面々さえ、この部屋が急に極寒の地に変貌したかのようにガタガタと震え始めて、生命の危機を遠ざけるために全員で集まり始めている。

 直接浴びなかった者たちがその状態なのだ。では直接浴びた圭はどうなったか?

 

 顔は青褪めるのを通り越して青白く、まるで死人のように生気を失うと同時に目を見開いて滂沱の涙を流しながら歯をガチガチと鳴らし。更に身体全体から膨大な汗がぶわ、と出るとともにガタガタと震わせ、そして彼女の太腿の付け根からは汗とは違う液体が流れて足元に小さな水溜りができている。

 

 そんな圭の姿を見たカーマは、あ、やべ、やりすぎた。と、頭が急速冷却されるが、その時、背後からドンという衝撃を感じる。

 カーマは衝撃を受けた部分を見ると、そこには大粒の涙を浮かべて震えながらも彼女に抱きつく美紀の姿があった。そして美紀はそのまま縋り付くようにカーマに懇願する。

 

「あの、カーマさん。圭がなにか失礼なことをしたのなら私が変わりに謝りますから、だから圭を、親友を殺さないでくださいっ!」

 

 その言葉を聞いたカーマは、あ、これ、まずい流れだ。と思い殺気を消すと慌てて弁明する。

 

「あ、あの、美紀さん? 落ち着いてください、ね? そもそもこのカーマさんが殺すなんて、そんな物騒なことするわけないじゃないですかぁ」

 

 しかし、そんなカーマの必死の弁明に対して美紀の返答は、更に彼女の体をぎゅう、と抱きしめて絶対に圭の元へは行かせない。親友はなんとしても私が守るんだという鋼の意志。つまり、カーマの言は全くと言っていいほど信用も、信頼もされていなかった。

 その答えにカーマは顔を引き攣らせると、助けを求めるように周りを、ジャックは瑠璃を慰めるのに忙しいため除外して、残りの大僧正の方を見て──。

 

「ちょっと待ちなさい。なにかおかしくないですか?」

 

「ふぉっふぉっふぉ。何のことかのぅ?」

 

 思わず疑問の声を上げるカーマと、それを飄々と躱す大僧正。

 その大僧正の背後に学園生活部のメンバーがいつの間にか移動して、ぶっちゃけ彼をカーマから身を守る盾にしていた。

 その事にカーマはツッコミを入れる。

 

「いやいやいや、どう考えてもおかしいでしょう?! なんで私が、死の化身である貴方より怖がられてるんですかっ! 私は神様なんですよっ!」

 

 アイ・アム、ゴット。愛の神様! と声を張り上げるカーマ。

 

 そのカーマの言、主に大僧正が死の化身だ。という言葉に驚きをあらわにする学園生活部の面々、なお彼女が愛の神云々は戯言として処理されている。今までの行動のどこに愛があるのか、という思考で全会一致しているようだった。

 

 その時、ドシャリという音が聞こえる。

 音が聞こえてきた場所では殺気から開放された圭が四つん這いの姿勢で倒れており、ハッ、ハッ、と過呼吸を起こしていた。

 それを見た美紀はカーマから離れると、足がもつれそうになりながら急いで彼女のもとに駆け寄ると、服が汚れるのも厭わずに抱き起こし、圭、大丈夫?! と、声を掛けている。

 そして圭自身も先ほどよりも顔色は多少良くなっているが、未だに過呼吸が収まらず声が出せないのかコクコクと頷くことによって彼女に返事をする。

 

 それを見てカーマはチャンス! と、思ったのか、威厳を出すような雰囲気で二人に近付いていく。因みに、他の面々はいっぱいいっぱいで気付いていないが、ジャックと大僧正はそんな彼女を呆れた目で見ていた。

 

 そしてカーマが自分に近づいてきていることに気付いた圭は怯えた表情で小さく悲鳴を上げる。

 

「ひっ……!」

 

「圭っ! くっ!」

 

 その圭の怯えように、美紀は彼女をかばうように前に出ようとするが、それをカーマは押し留めて、自身もしゃがみ込んで圭に視線を合わせると、なるべき彼女を怖がらせないように優しく語りかける。

 

「さて、と。では圭さん」

 

「ひぅっ。は、はい……」

 

 カーマに呼ばれたことで怖がりながらも返事をする圭。それを見たカーマはにっこりと笑いながら彼女に問いかける。

 

「これで、少しは分かりましたか?」

 

「…………え?」

 

 カーマの質問の意図が解らなかったのか圭は疑問の声を上げる。

 それを見たカーマは、言葉足らずだったか。と反省すると、更に話しかける。

 

「ふぅ、そうですね。なら、マスターから聞いたサマナーと仲魔の関係性は覚えていますね?」

 

「は、はい。サマナーは自分の力量以上の悪魔は契約も召喚も出来ない、……でした、よ、ね?」

 

 次なるカーマの質問に圭は恐る恐る答える。その答えが正解だったのかカーマは満足げに頷くと同時に正解と告げる。

 そしてカーマは、再び先ほどのやり取りについて聞く。

 

「つまり、マスターは私を従えるに相応しい力量を備えている、ということです。……これがどういった意味を持つのか、貴女は身を以て理解した筈です」

 

「え? あ……」

 

 その圭の呆然とした表情に、カーマは満足そうに頷くと。

 

「勿論マスターを心配すること自体は構いません。それが貴女の善性なのですから。しかし、圭。貴女はまず、相手の力量を見る目を磨きなさい。それが出来ずに相手の実力を見誤ると、それが貴女の仲魔や貴女自身、更には親友の命を奪う結果になるかもしれません」

 

 そのカーマの言葉を聞いて圭は顔を引き攣らせると小さく悲鳴を上げる。

 その姿を見たカーマは真剣な表情を浮かべると。

 

「それが嫌なら精進なさい。貴女が死なないように。そして親友を死なせないように。良いですね?」

 

 その言葉に圭は何度も頷く。それを見たカーマは満足げにすると。

 

「幸い貴女は運があります。あの蘆屋晴明に弟子入りできた事、そして今回も命の危険がない場所で失敗を学べました。後はそれを糧として活かしなさい」

 

 それだけ告げるとカーマは立ち上がり、窓際に歩き出す。

 

「さてさて、それでマスターの方はどうなってますかねぇ。もう終わってる頃だとは思いますが」

 

 そう呟きながら外の景色を覗き込むのだった。

 

 

 

 

 その頃、晴明とヌエの戦いは未だ続いていた。だがその内実は──。

 

「ふむ、カーマのやつ、何かはっちゃけてるのか? どうやら騒がしいようだが……」

 

「ゴホッ、ヨソミヲ──」

 

「──する程度には詰まらない、ということだよ」

 

 ヌエの台詞に被せるように晴明は呟くと、一瞬で懐に入ると同時に回し蹴りを食らわせる。

 そして回し蹴りを受けたヌエは、身体から骨が折れる音を響かせながら吹き飛んでいく。

 吹き飛び、地面をゴロゴロと転がるヌエ。その体はまさに満身創痍という有様で無事な箇所を見つけるのが難しい。対して晴明は傷どころか埃も付いていない、どちらが優勢か一目瞭然だった。

 そんな満身創痍のヌエを見て晴明はポツリと呟く。

 

「ふぅむ、中々に頑丈だな。腐っても大妖怪、ということかな?」

 

 と、気楽に、そして予定調和とばかりに悠然としている。

 しかし、なぜ仮にも大妖怪であるヌエと人間である晴明の間で、ここまではっきりとした力の差が付いているのか。

 それは謂わば一つの戦いの経験値の圧倒的な差、そしてその結果得ることになった存在としての格の差だった。

 まず晴明はかつて(第一話)語ったように、堕天使-オセやそれ以外の神話生物、更には人から外れた存在たちと命の奪い合いを果たし、そして生き残ってきた。

 

 その中で晴明は戦闘経験だけではなく、悪魔たちのMAGを取り込むことで生物としての位階を上げてきた。

 今の彼は一般人を示す愚者は既に超えているとして、裏の世界に足を踏み入れたことを示す異能者や、それを超えた裏世界では一流扱いされる覚醒者すら超越し、達人と呼ばれる只人としての一つの限界をも突破した、超人という位階に足を踏み入れている。

 

 因みに、比較として彼の弟子であり少し前に妖鬼-オニ相手に完勝せしめた神持朱夏。彼女の位階は未だ覚醒者に足を踏み入れた程度、かなり甘めに見積もっても達人にかろうじて足は届くぐらい。と言えば、彼が如何に人としての力から逸脱しているかが理解できるだろう。

 

 それに対してヌエは、その位階に照らし合わせるなら覚醒者。一流のサマナーが戦わないと命を落としかねない、まさしく大妖怪に相応しい実力を有している。

 そしてその実力に裏付けされた知性も持ち合わせている事から、もし平時に顕現していたら都市一つが滅んでいたかもしれない。それほどの危険な存在であるのは確かなのだが、今回は単純に相手が悪すぎたと言う他ない。

 

 もっとわかりやすく例えるとするのならば、ヌエのLV(レベル)は30程度、それに対して晴明のLVは75を超える。

 まさしく大人(晴明)子供(ヌエ)であり、この状況は子供が枯れ枝を持って大人にじゃれついているのに対して、その大人は機関銃を持って対抗しようとしている。といった具合なのだ。これは大人げない。

 尤も実際にこれが大人と子供のじゃれ合いではない以上、晴明は手加減も見逃すつもりもないのだが。

 

 そんな中、逃げもせずに未だに晴明に立ち向かっているヌエに対して、これを愚かと呼ぶか、それとも諦めない精神を称賛するかは人それぞれだろうが、しかし、そんな事をしても結果が変わるわけではない。

 ヌエは血反吐でも吐きそうな表情で言葉を紡ごうとする。だが──。

 

「ナゼ、ナゼ、キサマノヨウナバケモノガ──」

 

 その言葉の途中に晴明に詰め寄られると同時に、彼は手に持つ倶利伽羅剣を一閃!

 身体を文字通り一刀両断されたヌエは、そのまま何を告げるでもなく魔界へと強制的に還されるのだった。

 

 そしてヌエを斬り捨てた晴明はぽつりと呟く。

 

「何故、何故だと? そんな事決まっているだろう──」

 

 ただ、生き残るためだ。と呟く晴明。

 

 彼は何の思惑かは不明だが。かの魔神-ヴィローシャナの手によって転生し、ガントレットという祝福(監視)も送られている。

 もし、彼がこの世界にかの神々が居ると気付かなければ。もし、ヴィローシャナから祝福を受けていなければ、逃げるという選択肢もあったかもしれない。

 だが現実には、祝福を受け、それによって神々の存在を知ってしまった。

 そして知ってしまった以上、彼が生き残るには足掻き続けるしかない。その結果が今日の晴明自身である。だが、彼は今の状態でもまだ足りないと思っている。

 何故なら彼は知っているからだ。

 

 ──かの魔神を、かの大魔王を、そしてかの唯一神を。

 

 そんな存在たちからすれば、晴明自身も吹けば飛ぶような矮小な身でしかない。

 

 ──だから強くなる。

 

 自分の命を、大切な誰かの命を弄ばれないように。

 だからこそ強くなる。その為だったら屍山血河さえ築いてみせよう。その果てに安全を手に入れることができるのなら。

 

 ただ、その一心でこの地獄を進んでいるのだから。

 

《マスター……》

 

「ん? あぁ、済まないな。ぼぅっとしていた」

 

 ガントレットのAIであるバロウズに話しかけられた晴明は、頭を振ると彼女に、学園生活部の、この高校の生存者達がいる場所への道案内を頼む。

 

「バロウズ。今、彼女らはどこに居るんだ?」

 

《……ええ、こっちよ》

 

 バロウズの案内のもと、彼は透子たちと合流して生存者達がいる場所に向かう。

 

 その場所で一つの大惨事と圭が憔悴している姿、そしてコソコソと逃げようとしているカーマを目撃した晴明は、彼女の頭上に特大の拳骨を落とすと同時にカーマの悲痛な叫び声が響き渡ったのは言うまでもないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ひぎゃぁぁぁぁぁ…………!』

 

 

 

 

 





 今回登場した生物としての位階については、名称に関してはメガテンTRPGを参照していますが、レベル帯などの設定に関しては本作独自設定となります。
 あと、今回((´・ω・`)様より第三話の誤字報告をいただきました。
 お知らせいただき本当にありがとうございました。






 それと、実は初心者なりにこの作品のR-18方向のを書いているのですが、需要ありますかね……?
 あるのであれば、そのうち新規枠で投稿するかもしれません。
 因みに現在書いている分では主人公の出番はありません。
 アンケートを置いとくので、教えていただければ幸いです。

 10/10追記
 そう言えば期限を書いていなかったので、一応アンケートの期限は10/16の午前零時までとします。
 ……正直今の推移だど気にする必要はないかもしれませんが念の為に、ということで。


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第二十一話 二人の酒宴

 悪魔たちを難なく撃破した晴明は、その後学園生活部が避難していた放送室に赴くが、そこでの惨状を見て、元凶となったカーマに鉄拳制裁(ゲンコツ)を施す。

 それを受けたカーマは頭頂部に大きなたんこぶを拵えて倒れ伏すが……。

 その一連の流れを見て、学園生活部や美紀、圭などはカーマが言っていた意味を理解すると同時に顔を強張らせる。

 

 彼女たちの畏れや、戸惑いの空気を感じた晴明は頭をガリガリと掻きながら。

 

「あぁ……と、ジャン──。って、あいつは大学に居るんだったなぁ……」

 

 そう独りごちながら彼は申し訳無さそうな表情をして透子に話しかける。

 

「あぁ、透子さん。済まないが、少しここの後始末を頼んでもいいか?」

 

 と、彼女にお願いする。晴明としてもカーマの事に責任を感じないわけでもないのだが、流石に圭の尊厳などの問題もあるので、晴明やクー・フーリンといった男性がやるよりも同性でなおかつ同じ一般人の透子が適任だと思ったためだ

 そんな晴明の言葉に彼女はくすりと笑いつつ快諾する。

 

「ええ、いいわよ。あ、でも……」

 

 何かを思いついたように人差し指を顎先に当てながら、そう言って透子は晴明に一つだけ頼み事をする。

 

「ジャックちゃん、あの子だけはここに居て貰った方がいいかしら? そっちの方がるーちゃんも安心するでしょうし」

 

 透子の言葉を聞いた晴明は一瞬悩む素振りをするが、それもそうか、と納得してジャックに話しかける。

 

「ふむ、ジャック。お願いしてもいいか?」

 

「うん、良いよ。おかあさん」

 

「頼む。それじゃ行くぞ、ホリン。……と、大僧正。貴方はどうするんだ?」

 

 そこで晴明は姿は確認していたが、この空気で話しかけるタイミングを失っていた事と、何より学園生活部から信頼を得ている様子の大僧正に一応確認を取る。

 晴明の言葉を聞いた大僧正は、ふむ、と自身の顎をさすると。

 

「呵々、拙僧もお主に確認したき事もあるしの。何より拙僧も枯れておるとは言え男子(おのこ)故、ここには居らぬほうがいいじゃろうて。ということで同道しようかの」

 

 と、晴明の言葉に同意する。そしてそのまま大僧正は後ろにいる、先ほどの大僧正の発言を聞いて不安そうにしている学園生活部の面々に振り返る。

 

「何、お嬢ちゃんたちも心配するでない。確かにあのジャックの嬢ちゃんも悪魔ではあるが、何より純粋じゃからの。それに悠里のお嬢ちゃんや」

 

 そこで大僧正から急に話を振られた悠里はビクリと肩を震わせて返事をする。

 

「は、はいっ!」

 

 その姿が可笑しかったのか、大僧正は一頻り笑うと彼女に問いかける。

 

「ふぁっふぁっふぁっ。そう緊張するでない。獲って食うわけでもあるまいに。まぁそれは横に置くとして、じゃ。あの二人をよく見てみるが良い」

 

 そう言って大僧正は二人、ジャックと瑠璃がいる場所を顎でしゃくる。それで悠里もその場所を見るが、そこには瑠璃の事を心配そうに見るジャックと、そしてそんな彼女を信頼している様子の瑠璃が見えた。

 

「まだ会って間もないジャックの嬢ちゃんをお主が信用も、信頼もできんのは無理もない。じゃが、彼女を信頼している妹御は信頼できるのではないのかね?」

 

 大僧正に問いかけられた悠里はハッとした表情をすると。

 

「そう、そうですね。るーちゃんがあそこまで懐いてるんなら、きっと良い子なんですよね」

 

 と、自身を納得させる。そしてそんな彼女の答えを補強するように由紀も一言。

 

「うん、それに、あの子。私もすごく良い子な気がするよっ!」

 

 そのように自身が感じたことをまっすぐに告げる。それを聞いた悠里はくすりと笑い。

 

「ええ、そうね。ゆきちゃんもそう言うなら間違いなしね」

 

 と、安心したように述べて、胡桃なども彼女たちに続くように。

 

「ああ、そうだな。それにあたしは直に命を救ってもらってるしな」

 

 ニヒルに笑いながら戯けるように言う。それを聞いた貴依は、ほんとだよ、この馬鹿。と言いながら胡桃にヘッドロックを仕掛け、胡桃も、ちょ、やめろよ。と二人は笑いながらじゃれ合いを始める。

 その二人のやり取りを笑って見る学園生活部の他メンバーたち。アレックスも多少顔色は悪かったが同じく安心したように笑っていた。

 学園生活部が納得したのを見た大僧正は、うんうんと頷くと彼女たちに改めてここを離れる旨を告げる。

 

「納得してもらえたようじゃな。それでは拙僧も席を外すとしよう」

 

 彼らのやり取りを見ていた晴明も透子に話しかける。

 

「それじゃ俺たちは外に出ているから、全部終わったらスカアハに言ってくれ。彼女に連絡をしてもらうから。スカアハも頼む」

 

「まったく、儂をそんな小間使いのように扱うのはマスターだけだぞ?」

 

 晴明の言葉に呆れた表情を浮かべるスカアハだったが。

 

「はは、すまんな」

 

 晴明の悪びれる様子もない謝罪を聞くと、本当に。と、溜息を付きながらもまんざらではない様子で。

 

「良い、良い。承ったとも。本当にお主の仲魔となって此の方、飽きが来ぬの」

 

「それはよかった」

 

「皮肉じゃ、馬鹿たれ」

 

 二人は笑いながら冗談の応酬をすると、晴明はそれじゃあ頼む。と告げると倒れているカーマを担いで放送室を後にする。

 それを見送った透子は、ふふ、と楽しそうに笑う。そしてすぐにむん、と気合を入れると。

 

「それじゃ、ちゃっちゃとやっちゃいましょうか? それで貴女たちも少し手伝って貰って良いのかしら?」

 

 そう言って、学園生活部、その中で唯一の大人である慈に話しかける。

 話しかけられた慈も、圭が巡ヶ丘の制服を着ていることもあって、そうですね。と快諾すると人員の割り振りを始める。

 

「それじゃ、えっと。ゆきさんはあの二人のことをお願いできる?」

 

 慈のお願いに由紀は元気よく挙手するとともにはーい! と、返事をして二人に駆け寄ると二言、三言話して二人を外へ、シャワー室がある場所に連れて行く。

 それを見た胡桃は慈に話しかける。

 

「それじゃ、あたしは一応ゆきたちの護衛として一緒に行くよ。万が一ってこともあるかもだし、さ」

 

「それもそうね。お願いできる? くるみさん」

 

「おうよ」

 

 慈の言葉に胡桃は言葉少なく返事をするとスコップを持ち、三人の後を追うように部屋を出ていく。

 それを見送った慈はアレックスに話しかける。

 

「アレクサンドラさんは、身体は大丈夫?」

 

 その言葉にアレックスは大分良くなったと告げる。

 

「はい、先生。まだ少し気持ち悪いけど、なんとか大丈夫です」

 

 それを聞いた慈は、ふむ、と少し考えるとアレックスに休むように、そして貴依にはアレックスの面倒を見るように告げる。

 

「それじゃアレクサンドラさんは少し休んでて。たかえさん、彼女のことをお願いしても良いかしら?」

 

「でも、私は……」

 

 慈の言葉に食い下がろうとするアレックスだったが、貴依は彼女の肩をぽんぽん、と軽く叩くとともに、薄く笑いながら話しかける。

 

「まあまあ、アレックス。めぐねえが言うようにゆっくりしとけよ。何よりお前は頑張り過ぎなんだよ。そんなことじゃ今度は倒れちまうよ」

 

「たかえ先輩……」

 

 貴依の言葉に不本意そうなアレックスだったが、そのまま彼女に押し切られるように休まされる。

 

 アレックスが休んだことを確認した慈はホッとした表情を浮かべて悠里と微笑みあう。そして透子を見ると。

 

「おまたせしました。それじゃ始めましょうか」

 

 と、告げるのだった。

 

 

 

 

 

 その後、放送室の後始末を終えた面々は晴明に連絡して集まることにしたが、流石に放送室では問題あるかもしれないと思い今度は学園生活部の部室へと集合する。

 しかし圭の精神状態が万全ではない事。そして学園生活部もかれらの襲撃による疲労等を考えるとこのまま話しても、建設的な意見が出ないという理由で軽い自己紹介をした後に今日は解散。翌日に改めて話し合いの席を設けることにした。

 それと同時に圭の精神状態を鑑みても彼女を学園生活部の生徒たちとともにしてなにか問題を起こす可能性や、何より彼女の精神を安定させるために晴明は美紀と圭に一室を貸してほしいと生活部の面々に提案。

 最初は二人の共通の友人であるアレックスも含めるか、などの意見も出たが彼女自身も疲労困憊の様子から彼女も行くと美紀の負担が大きくなるという理由で立ち消えとなり、その後は由紀の賛成の一声で晴明の提案は了承される。

 

 その後は実際に解散となり各々が自身がいる場所に戻り、そして夜──。

 

 慈は一人、自身が書いている日誌を書き終わるといそいそと眠るための準備をしていたが、そこで扉がノックされる。それを聞いた慈はまた生徒たちの誰かが自分を心配してきたのかな? と、思い返事をする。

 

「あ、はーい。先生もそろそろ寝るから先に部屋に戻っててね」

 

「ああ、あの子達が言うとおり、ここだったのね」

 

 しかし返ってきた声は彼女が大切に思っている生徒たちではなく赤坂透子、自分と同じく数少ない大人であり、そして学園生活部以外の生き残りの女性だった。

 そして彼女はそのまま扉を開けると室内に入ってくる。

 

「どう、したんですか?」

 

 いきなり彼女の訪問を受けると思っていなかった慈は身構えるが、すぐに入ってきた彼女の見せびらかすように胸元に上げた、その握られた手にぶら下がっている物に視線が釘付けになる。

 

「佐倉先生はいけるクチかしら? ……って、その様子なら問題なさそうね」

 

 慈の反応に苦笑する透子。その彼女の手の中には銀色の缶、この避難生活で見ることが無くなったビールなどのアルコール類、それにそのお供となるつまみが入った透明なビニール袋がぶら下がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「「乾杯」」

 

 そう言って二人はそれぞれの手に持ったビール缶を軽く当てるとプルタブに指を引っ掛けてカシュ、と飲み口を開けると飲み口に口を付けるとそのまま傾けて一口だけ呑む。アルコールはそのまま喉を伝い彼女たちの胃の中をカッと熱くして、それに満足した二人は口を離す。

 そして透子は満足そうに笑うと幸せそうな声を零す。

 

「ぷはぁっ。やっぱり久しぶりに呑むと美味しいわねぇ」

 

「ええ、そうですね」

 

 透子の言葉に慈もニコリと微笑むと同意を示す。でも、と不思議そうな声を出すと。

 

「よくアルコールなんて残ってましたね?」

 

 と、透子に疑問を投げかける。それを聞いた透子は感慨深そうにしながらこのアルコールがあった場所について告げる。

 

「ああ、これ? これはね、近くにリバーシティ・トロンがあったでしょ? そこで晴明さんが確保してくれたのよ」

 

「リバーシティ・トロン! でも、危険なんじゃ……あっ」

 

 透子の口からリバーシティ・トロンという施設の名が出たことで心配そうな声をあげようとした慈だったが、そも晴明の昼間の大立ち回りを思い出して尻窄みになる。

 そんな慈の様子に透子は笑いながら同意する。

 

「ふふっ。まあ、そういうことね。でも、これ以上の収穫もあったから、本当にあそこに行ってよかったと思ってるわ」

 

 そう言って透子はビールを呑む。

 そして慈は彼女の言った()()という言葉が気になり質問する。

 

「これ以上の収穫、ですか?」

 

「ええ、昼間会ったでしょ。美紀ちゃんと圭ちゃん。二人があそこで生き残っていたのよ。だから、あの子たち二人を救助できたことが一番の収穫」

 

 わかるでしょ。と、透子は慈に同意を求めて慈もまた首をブンブンと振って同意する。彼女にとっては受け持ちの生徒ではないにしても学校の生徒、つまり守るべき子供が生き残って保護されていたという事実に感極まっているようだ。

 慈の姿に透子もまたうんうんと頷くと、本当にあの子達は運が良かった。と告げる。

 それを聞いた慈は、そうですね。と同意するが、透子は首を横に振ると慈が考えている意味とは恐らく意味が違う、と語る。

 その言葉に慈は頭の上に疑問符を浮かべると同時に彼女に質問する。

 

「それは一体どういう……?」

 

 慈の質問に透子は簡潔に答える。

 

「昼間、校庭に現れた化け物。あの化け物と同種の存在がリバーシティ・トロンにも現れたのよ」

 

 しかも晴明さんが言うには昼間のよりも遥かに格上の存在らしいわ。と慈に語ると、それを聞いた彼女は驚きのあまり絶句する。

 慈の驚いた表情に透子はさもありなん、と思いながらも更に彼女にとって、そして慈にとっても驚愕の事実を告げる。

 

「で、晴明さんが言うには、あと一歩のところで邪魔が入って逃げられたらしいわ。……逃げた、じゃなくて逃げられたなんて言うんだから、本当にあの人の強さってどうなってるのかしらね?」

 

 苦笑してその事実を語る透子にもう言葉がないのか、慈はまるで金魚のように口を開けては閉じるを繰り返す。それで、と透子は前置きをして慈に質問する。

 

「貴女たちの方は何があったのかを聞いても良いかしら? ああ、勿論話したくないのなら無理に話さなくてもいいわよ?」

 

「えっと、そうですね……」

 

 話さなくてもいいと言う透子に対して慈は特に隠し立てすることではないと思ったのか、ビールやつまみを時折つまみながら、ぽつりぽつりと自分たちに起きた出来事。アウトブレイクから生き残りアレックスを中心とした校舎奪還に、大僧正との出会いや葛城についての話をする。

 それを透子も慈と同じようにビールとツマミを口にしながら、時に相槌を打ち、時に驚きながら聞いて、また今度は自分の番と言うように自身が保護された状況や大学のことなどを話していく。

 そして一頻り話した二人だったが、話し終えた際に透子が感慨深そうに呟く。

 

「それにしても佐倉先生……。歳も近いだろうし、めぐみって呼んでもいいかしら?」

 

「ええ、良いですよ。その代わり私も赤坂さんの事を、透子さんって呼んでも?」

 

「さん付けなんて要らないわよ。呼び捨てでいいわ」

 

 その透子の返答に慈は、えへへ、と笑いながら。

 

「職業柄、さん付けで呼ぶことに慣れてて呼び捨ては逆に違和感が……」

 

「ああ、それなら仕方ないわよね」

 

 と、慈の言葉に苦笑する透子。そして透子は慈をまっすぐ見据えると。

 

「でも、本当にめぐみは凄いわね」

 

 尊敬か、憧憬を抱くような様子で透子は独りごちる。何故彼女がそのようなことを言ったのか慈にはわからないようで。

 

「え? 何故ですか?」

 

 と疑問を口にする。その事に透子は自分が感じたことを正直に伝える。

 

「いえ、ね。めぐみ、貴女はあの混乱した状態でもあの子たちの事を、ちゃんと考えてあげられたんでしょう? ……私が貴女と同じ立場だったら、きっと逃げてたと思うから」

 

「……え?」

 

 透子の独白に慈はどこか不思議そうな顔をして彼女を見る。その事に透子は苦笑して。

 

「ふふっ。まあ、普通はそういう反応よね……。でも、ね。私は実際に似たような事をやったのよ」

 

 そう言って彼女はか細い声でかつての自分自身を嘲笑うかのように、以前秘密基地で晴明やジャンヌに零したように瑠璃に対する想いと、何よりも自分自身の行いを懺悔するように語る。

 その事を聞いた慈は驚きの表情を浮かべる。

 そして透子は手に持ったビール缶の中身を一息に呷って呑み干すと空になった缶を握り潰して慈を力強く見据える。

 その視線を受けた恵みは体を強張らせて身動ぎするが、それを見た透子は怖がらせてしまったかな。と思い、安心させるようにふわりと微笑むと彼女に謝罪するように話しかける。

 

「ごめんなさい、怖がらせてしまったかしら。昔の、と言うほど前ではないけど、私自身の情けなさに憤ってただけだから」

 

「は、はぁ……」

 

 透子の謝罪に気のない、と言うよりも呆然とした様子で相槌を打つ慈。そんな彼女に苦笑しながら透子は再び話し始める。

 

「それで話は最初に戻るんだけど、そんな馬鹿なことをした私だからこそ、めぐみの、貴女があの子達を見捨てずにここまでこれたのは、本当に凄いと思うのよ。でも、ね──」

 

 そこまで言って透子はどこか真剣な様子で慈を見据えると一言だけ、彼女自身が慈に感じたことを問いかける。無理をしているんじゃないのか? と。

 その言葉を聞いた慈は一瞬狼狽した様子を見せるが、すぐに冷静になってみせると、しらを切るように返答する。

 

「……! え、ええ? 透子さんの気の所為じゃないでしょうか」

 

 慈のしらばっくれる様子に透子は妖しく微笑むと、彼女に優しく話しかける。

 

「そうかしら? でも、貴女。昼間一緒に作業してた時、悠里ちゃんに対して、いえ、違うわね。生徒のみんなに対して後ろめたいような、申し訳ないような顔をしてたわよね?」

 

 それはどうして? と問いかける透子。そして問いかけられた当人はと言うと、ほんの少しの合間顔を強張らせるが観念したように息を吐き出し、その理由を話し始める。

 

「はじめ、この災害が起きた時は私もどこか他人事、ただの被害者だと思ってたんです。でも──」

 

 そうじゃなかった。と悔恨の念を抱くかのように懺悔の言葉を口にすると、ぼそぼそと語り始める。

 

 曰く、アレックスたちと三階の奪還に成功した翌日、彼女は以前に教頭から緊急事態に開けるように、と言い含められていた冊子の存在を思い出してそれを開いたこと。

 その冊子の中身は今回の災害のことについて記載されていた。つまりこの災害は既に予見されていたことであり、もしも自分が最初教えられた時にちゃんと確認していればもっと多くの生徒を救えていたかもしれないこと。

 だから今回のことは大人たちの、私の怠慢の結果起きたことであると同時に、あの子たちはそれに巻き込まれた被害者であること。

 加害者であり、唯一の大人である私は罪を償うためにも、たとえこの生命を失ってもあの子たちを絶対に生き残らせると誓ったこと。

 だからこそ、生徒たちには絶対に自分が弱っている姿なんてものを見せるわけにはいかないことを語る。

 

 その全てを聞いた透子は無言で慈のもとへと近付く。その透子の突然の行動に恐怖で慈は身体を震わせるが、透子はそんな彼女の心境はお構いなしに側まで寄ると慈を自身の胸元に抱き寄せる。

 その突然の行動に慈はびっくりして手に持ったビール缶を滑らせる。そして床に滑り落ちたビール缶からは呑み残しのビールが溢れて広がっていく。

 呆然とそれを見ていた慈は、ああ、もったいない。とどこか他人事のような、場違いな事を思っていたが不意に透子から頭を撫でられる。そして──。

 

「良く、頑張ったわね。一人で大変だったでしょう? でも、ね。めぐみ。貴女はもうそんなに一人で頑張らなくてもいいの。今ここには貴女以外にも、私や晴明さんが居る。大人はもう貴女だけじゃない。だから──」

 

 もう自分を追い詰めなくてもいいの。そう透子はあやすように慈の頭を撫でて優しく語りかける。

 一人でよく頑張った、もう大丈夫。と、声を掛けられた慈はしばらく呆然としていたが、頭を撫でられる心地よさと、何よりも自分以外の大人が、相談できる人間が現れたということを理解する。その事で彼女の中で張り詰めていた緊張感や、全部責任を負わないといけないというプレッシャーから開放されたのか大粒の涙をぽろぽろと流し。

 

「ふっ、ぐ、うぅぅぅぅぁぁぁ……!!」

 

 透子にぎゅう、ときつく胸に抱きつき顔を埋めると静かに泣き始める。そしてそんな慈を慰めるように、安心させるように大丈夫、大丈夫。と声を掛けながら撫で続ける透子。

 

 そんな彼女たち二人を淡い月の光が室内に優しく照らすように入り込んできていた。

 まるで二人の、慈のこれまでの頑張りを見ていたぞ、と言うかのように。そしてこれから何が起きても大丈夫、と安心させるようにいつまでも、いつまでも彼女たちを照らし続けていた。

 











 読了お疲れさまでした。
 それと同時に前話に置いてのアンケートのご協力もありがとうございました。
 結果としては多くの方から需要があるとのことなので、今後そちら方面でも更新できる時に更新しようと思います。
 なお、まだ話自体は全部書けているわけではないので、書き終わった時点で改めて活動報告か、もしくはこちらの更新時に告知する形になるかと思いますので、よろしくおねがいします。


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第二十二話 もう一人の超人

 学園生活部の戦力増強回(その1)











「……お客様、お客様。起きてください」

 

「うーん、むにゃむにゃ」

 

 気持ちよく寝ていた由紀だったが何者かにゆさゆさ、と身体を揺らされる。何者かの揺さぶりによって安眠を妨害された由紀はむずがりながら上半身を()()()()()()()()()()から起こす。

 そして由紀は布団で寝ていたはずの自身が、何故か勉強机、正確に言うなれば教室の席で眠りこけていたことに疑問に思う。

 

「あれ……。なんで私……?」

 

「おはようございます、お客様。……お目覚めになってよかった、本当に」

 

 疑問に思ったことをぽつりと呟く由紀だったが、その時彼女の耳に荘厳なピアノの演奏と透き通った女性の歌声。そして()()()()のある、彼女が敬愛している佐倉慈の声が聞こえてくる。

 歌声や演奏についてはわからないが、その声を聞いた由紀は安心した様子で余人が見れば見惚れるような笑顔を咲かせながら声の出処に振り向く──。

 

「あれっ? なぁんだ、めぐねえも──」

 

 居たんだ、と呟こうとする由紀。しかし、振り向いた先でぴしりとありえないものを見たという様子で固まる。

 彼女の視線の先にいたのは佐倉慈ではなく。

 

「失礼ながらお客様。わたくしは、めぐねえと呼ばれるお方ではありません」

 

 その先にいた人物。

 どこか困ったような声を上げる人物は、青藍色のスーツに身を包んだグラマラスな女性で、そして由紀が固まった原因である彼女の顔は。

 

「……え? めぐ、ねえ? イメチェン?」

 

「いえ、ですから。わたくしは貴女様が知る、めぐねえなる人物とは違うのですが……」

 

 彼女の顔、それは腰まで届く慈とは違い肩まで届くセミロングの髪型であることと、髪色がプラチナブロンド、瞳の色が金色であること以外は、慈と瓜二つ、双子と言われても納得できるような風貌だった。

 

「ふふふ、どうやら偶然ここに訪れられたお客人である貴方様の知り合いに、リディアと同じ風貌の方が居られるとは、中々に面白い偶然でございますな」

 

 呆然としていた由紀の耳に独特な甲高い老人の声が響いてくる。

 それを聞いたリディアと呼ばれた女性は声が響いてきた方向に身体を向けると。

 

「これは我が主。お見苦しいものをお見せいたしました」

 

 その声の主に向かって恭しく頭を垂れる。

 リディアに釣られるように声の主を見る由紀だったが、そこには一人の異形とも言える老人がいつの間にか存在していた。

 教室に設置されている黒板の前、本来は教壇が置かれている場所に一つの執務机が置かれており、その場には血走った目をギョロリと見開くと同時に鷲鼻が特徴の頭に、その頭を支えるがっしりとした肩幅の胴体と、それとは正反対な枯れ枝と見間違いそうなほどに細い腕の肘を机の上に置いて、眼前に両手を組んだスーツ姿の老人の姿があった。

 

「……え? ひっ────」

 

 その老人を見た由紀は、自分でも何故かはわからないが全身に怖気を感じて、無意識のうちにくぐもった悲鳴を上げる。

 由紀の悲鳴を聞いた老人は少し困ったような、それでいて凶悪な形相に笑みを浮かべると、彼女を安心させるように語りかける。

 

「おやおや、怖がらせてしまいましたかな? ですが、心配召されるな。わたくしも、そこのリディアも貴女様を獲って食らうわけではありませぬからな」

 

 そして老人はふふふ、と笑うと自己紹介を始める。

 

「では、改めまして。わたくしの名はイゴール。夢と現実、精神と物質の狭間にあるこの場、ベルベットルームの主を致しております。そして、こちらが助手の──」

 

 イゴールの言葉を引き継ぐように、いつの間にか彼の横に移動していた女性、リディアが頭を下げて自己紹介する。

 

「リディアでございます。どうかよろしくお願い致します」

 

「それで、お客人のお名前をお伺いしてもよろしいですかな?」

 

 自身たちの自己紹介を終わらせたことで次は貴女の番です、と由紀に自己紹介を促すイゴール。その言葉に由紀は自己紹介をしようとして──。

 

「あ、えっと、私は……。あれ?」

 

 そのまま首を傾げる由紀。そして次第に顔に焦りの色が浮かび上がってくる。

 何故か自身の名前が浮かんでこない、他の学園生活部部員の悠里、胡桃、貴依、アレックスや、顧問である慈の名前は浮かぶのに、自身の名前だけポッカリと穴が開いて抜け落ちたかのように。

 そんな由紀の様子に、どこか面白げに見るベルベットルームの住人たち。

 興味津々の様子で見てくる彼らを尻目に、由紀は頭を抱えてウンウンと唸っていたが、ふとした拍子に頭の中で何かがぷつんと切れた痛みを感じるとともに、一つの名前が浮かんでくる。

 

「私は、わたし、は……。っ、丈槍、丈槍由紀ですっ!」

 

 彼女の言葉とともに自身の視界がパァっと広がる。そして彼女が見た光景。それは──。

 

「……ここ、学校の教室?」

 

 彼女が発したようにそこは慣れ親しんだ教室だった、だが一つだけ明確に違う点がある。

 青、蒼、アオ、辺り一面を覆うまるで海の中にでもいるかのように外壁が、床が、学習机が、あらゆる物が蒼色の景色が広がっている。

 

 そこで由紀の耳に笑い声が聞こえてくる。イゴールの声だ。

 

「ふふふ、どうやらお客人、丈槍様は来るべくしてここに来られたようですな。ですが、未だ契約はなされていないご様子」

 

「けい、やく……?」

 

 イゴールの契約という言葉に不思議そうに首を傾げる由紀。

 それを見たイゴールは左様、と一言告げると。

 

「ここは本来、何らかの契約を果たされたお客様のみが訪れる事ができる場所。ですが、丈槍様はそれを果たさずにここに訪れられた」

 

 だから興味深い、と告げるイゴール。

 その事に疑問を思う前に由紀の視界が霞んでいく。

 

「あ、あれ?」

 

「どうやら、お別れの時間のようですな。次に相まみえる時は丈槍様が何らかの契約を果たされた後の事となるでしょう。では、その時までご機嫌よう──」

 

 イゴールの言葉を最後に由紀の視界は白くなり、意識が遠のいていく。

 そして彼女の意識は闇に包まれた。

 

 

 

 

 

 

「うぅ~ん、……はっ!」

 

 眠りから覚めた由紀はガバリと()()から飛び起きる。そして辺りをキョロキョロと見渡すと。

 

「…………あり?」

 

 キョトンとした顔をして不思議そうな声を出す。

 そんな由紀の様子に、既に起きて作業をしていた悠里がどうかしたのかと問いかける。

 

「どうしたの、ゆきちゃん? そんなに慌てて飛び起きて。なにか怖い夢でも見たの?」

 

「あっ、りーさん。ううん、怖い夢じゃなくてちょっと不思議な夢を──」

 

 由紀がそこまで話した時に夢の中で聞いた声が聞こえてくる。

 

「あら、ゆきさんおはよう。よく眠れたかしら?」

 

「あっ! リディアさ──」

 

 思わず由紀は夢の中で出会ったリディアの名前を言うが、そこにいたのは佐倉慈だった。

 そこで由紀は慌てた様子で彼女の名前を言い直す。

 

「──んじゃ、なかった! めぐねえ、おはよう! 私、着替えてくるねっ!」

 

 それだけを告げると、由紀はまさしく脱兎という言葉がふさわしい速さで立ち去っていく。

 彼女の急な行動に残された二人はと言うと。

 

「……めぐねえ、リディアって誰ですか?」

 

「さあ、私にも何がなんだか……?」

 

 それと、めぐねえじゃなくて佐倉先生です。と付け加える慈と、それを聞いていた悠里は二人して不思議そうな顔をして由紀の後ろ姿を見送ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんながあったものの、改めて話し合いの席を設けるために学園生活部は秘密基地から来た生存者たちと合流する。

 その中で秘密基地組のリーダー格である晴明が保護した少女の美紀の指に昨日までなかった絆創膏を貼っていることに気づくと不思議そうに問いかける。

 

「うん? 美紀、その指の絆創膏はどうしたんだ?」

 

 その言葉に美紀は一瞬慌てた様子を見せるものの、すぐに落ち着きを取り戻して晴明に返答する。

 

「……え? これ、ですか。これは昨日、寝てる時に強く噛んじゃったみたいで、血が出てたから念の為に、と」

 

 その返答を聞いた晴明は、先ほどの美紀の動揺から何かしらを隠している、と感づいたが昨日の圭の件もあり、下手に聞くと地雷を踏み抜くかもしれないと思い、追求はせずに注意にだけ留めておくことにする。

 

「ふむ? そうか。まあ、なるべく気をつけるように、な」

 

「はいっ」

 

 美紀の返事を聞いた晴明は、それで話はおしまいだ。として今度は学園生活部の面々の方を向くと代表者の慈に話しかける。

 

「それで、佐倉先生、でよろしかったかな?」

 

「ええ、そうです」

 

 晴明の言葉に慈は首を縦に振ることで肯定する。肯定を受けたことで晴明は彼女にいくつかのことを語る。

 

「それは良かった、では、色々と情報交換を、と言いたいのだがその前に確認したいことがあるんだが良いだろうか?」

 

「はい、何でしょう?」

 

 晴明の言葉に慈は不思議そうな顔をしながらも、問いかけに答える姿勢になる。それを見た晴明は自身の弟子である一人の女性の名前を告げる。

 

「神持朱夏、という名前に聞き覚えがあるだろうか?」

 

「アヤカさん、ですか? ええ、確かに聞き覚え、というよりも私のかつての教え子ですから知っていますよ」

 

 それが、何か? と問いかける慈。その彼女の様子に晴明はホッとした表情を浮かべると、朱夏が慈の心配をしていたことを告げる。

 

「ああ、そうか。人違いでなくて良かったよ。あいつと大学で会った時に佐倉先生のことを心配していてな、もしも生き残っていたら助けてやってくれ、とお願いされていたんだよ」

 

 良かった、良かった。と喜んでいる晴明を尻目に、慈は彼の話しから朱夏が生きている事を理解して彼女は無事なのか、と晴明に詰め寄る。

 

「あ、あの! アヤカさんは、あの子は無事なんですか!」

 

「お、おう。とりあえず落ち着いてくれ、佐倉先生」

 

 心配のあまり自身の豊かな胸が晴明の胸板に密着しそうなほどに近付く慈と、それを感じて彼女の肩を優しく掴むことで接近を抑えつつ慈を落ち着かせようとする晴明。

 そして晴明に肩を掴まれたことでようやく正気に戻った慈は、晴明の顔が目の前、それこそ後一歩でも近付くとそのままキスが出来そうな距離にあることに気付くと。

 

「うひゃぁっ! …………あぅぅぅ」

 

 慈は慌てて晴明から距離を取ると、恥ずかしそうな呻き声を上げる。

 そんな慈の姿を他の女性陣たちは微笑ましそうに見ていた。その中で透子だけが慈を羨ましそうに、あるいは恨めしそうに見ていたが。

 晴明もまた同じように苦笑していたが、こほん、と咳払いをすると朱夏についての話をする。

 

「それであいつの、朱夏についてだが大学で友人たちと一緒に元気にやっていたよ」

 

「そうなんですね、良かった……」

 

 朱夏の事を聞いた慈は心底ホッとした様子で胸をなでおろす。

 そんな慈の様子にとある事を言うか、言うまいか迷っていた晴明だったが今後の心配を解消させるためにとある情報を明かす。

 

「……それに、あいつのことは心配せずとも大丈夫でしょう。少なくとも現状ならあいつを、朱夏を害することが出来る存在はそう多くない」

 

「それはどういう……?」

 

 晴明の断言に慈は何故そうも自信満々に言えるのか、と首を傾げる。その事に晴明は、彼女に戦いの手ほどきを施したのが自分であることを告げる。

 

「佐倉先生は聞いていないだろう、と言うよりも俺が口止めをさせていたのだが、あいつも異能者の一人でね。そしてその時に俺も現場に居合わせた縁でしばらくの間、あいつの戦いや異能について色々と教え込んでいたんだよ」

 

 所謂弟子というやつだな、と晴明が語るとその言葉を聞いた慈は掌を口の部分に添えてびっくりした表情をする。

 慈の様子が珍しかったのか、由紀はおずおずと彼女に朱夏のことを尋ねる。

 

「……ねぇ、めぐねえ。その、アヤカって人の事を聞いても良い?」

 

「え? えぇ、アヤカさんの事ね」

 

 そう言って慈は彼女の事について自身の知る限りのことを話す。

 最初に出会った時は自身が教育実習生の時で、その時点でただしく文武両道という言葉を体現したような子であった事。

 物静か、と言うよりもどちらかと言えばクールな女性で何を考えているかわからないこともあったが、心根は優しい子であったこと。

 しかし、友達と一緒に行動するということが少なく、由紀とは別方向で心配な子であった事。

 

 それらの事を聞いた由紀や、他の学園生活部の面々はおおー、と興味津々な様子で聞いていた。晴明もまた高校での朱夏の様子を聞いて、そんな風に暮らしていたんだな、頷いて聞いていた。

 

 そのように聞いていた晴明だったが、慈の話が終わるとどこか気不味気な様子でもう一つの話をする。

 

「……あぁと、だなぁ。朱夏の話が終わった以上、本題に入るべきなんだろうが……。ちょっともう一つ話さなきゃいけない内容があるんだが良い、かな?」

 

 後頭部を掻きながら言いづらそうにしている晴明に一同は不可思議そうな顔をしているが、その中で慈が代表して質問する。

 

「えっと、それは今話したほうがいい内容なんですか?」

 

「ああ、後回しにするよりは、先に話したほうがいい内容だろうな」

 

 そちらの方が後の話し合いも円滑に進む可能性もあるしな。と告げる晴明に慈は。

 

「それなら、今話したほうが良いでしょうね。皆も良いかしら?」

 

 と、全員に確認を取る。その確認に学園生活部は問題無しと頷き、透子達秘密基地のメンバーも同様に頷いている。それを見た晴明は一言、ありがとうと告げると。

 

「アレックスさん、でよかったかな? 少し良いだろうか?」

 

 とアレックスを名指しする。呼ばれると思っていなかったアレックスはびっくりしながら彼の前に出てくる。そして晴明は前に出てきたアレックスをまじまじと見つめて一言。

 

「……やはり、そうか。圭たちに聞いた時は間違いであればいいと思ったが」

 

 と苦虫を噛み潰したような表情で独りごちる。そんな不躾な晴明の行動にアレックスは身動ぎし、由紀は小さい体ながらも後輩であるアレックスのかばうように前に出て自身の意思を告げる。

 

「いくら貴方でも、あーちゃんをいじめるなら許さないよ」

 

 由紀の絶対に守るという決意の言葉を聞いた晴明は、驚きながらも誤解だと告げる。

 

「いや、いじめるとかそう言うわけではないんだが……」

 

 そう言いながら晴明はアレックスに話しかける。

 

「アレックスさんに一つだけ聞きたいことがあるんだよ」

 

「……何でしょうか?」

 

 晴明の言葉に、不審者に話しかけられたかのように警戒しながら返答するアレックス。その事に晴明は一瞬苦笑を浮かべるが、すぐさま真面目な表情になって彼女に一つの質問を投げかける。

 

「もしかして君はこの頃、妙な夢を見ているんじゃないか? ……それも、昨日現れた化け物たちが出てくるような夢を」

 

「なんで、それをっ……!」

 

 晴明の質問にアレックスは驚きの表情を浮かべると思わず、と言った様子で言葉を零す。

 その事で晴明は困ったような表情を浮かべながら、さらにアレックスに話しかける。

 

「……俺はその原因も知っているし、その解消法になり得る方法も知っている」

 

「それはっ──」

 

「だが、それを行うと君は再び地獄に、今この環境が天国に思えるような、そんな地獄の道を再び歩むことになる。それだけの覚悟はあるか?」

 

 悪夢を解消する方法がある。そう言われたアレックスは晴明に問いかけようとしたが、それを遮ってさらに言われた言葉にヒュッと息を呑む。

 そんなアレックスの様子に由紀は現況である晴明を睨むが、件の晴明は首を横に振って。

 

「こればかりは俺を睨まれてもどうしようもないよ。決めるのは彼女次第だ」

 

 といっそ冷淡と言ってもいい言葉で告げる。その事に由紀は文句をつけようとするが、その前にアレックスに肩を掴まれて止められる。

 

「ゆき部長、まってください」

 

「……あーちゃん」

 

「大丈夫、ですから」

 

 それだけを告げると力強い視線で晴明を見つめて一言。

 

「その方法を教えて下さい」

 

 と晴明に告げる。その事に晴明はガシガシと、頭を掻くとバロウズに話しかける。

 

「バロウズ、()を起こしてやってくれ」

 

《……良いのね、マスター》

 

 晴明の左腕から急に女性の声が聞こえてきたことでびっくりする学園生活部の面々。そんな驚く面々を尻目に晴明はバロウズとの会話を続ける。

 

「仕方ないだろう、本人の了承もあるし、何よりもこれはかの御方からの指示でもある」

 

《……オーライ、マスター》

 

 その言葉とともに晴明の腕には黒いスーツと赤いフード付きの外套が顕現する。それを丁重に持つと晴明はアレックスの前に立って、それを、()()()()()()()()()()()()を差し出す。

 

「これはとある御方から託された君のためのモノだ。今こそ君にお返しする」

 

 彼女にとってはいきなり訳がわからないことを言われたことから、困惑した表情で手に取るが、彼女が触れた瞬間、スーツから男性の声が聞こえてくる。

 

《──ハロー、アレックス。いや、この場合は初めましてと言ったほうが適切かな?》

 

 その声を聞いたアレックスの脳裏に夢の中で見た光景が一気の流れていき、あまりの情報量に脳が悲鳴を上げる。その痛みでアレックスは苦悶の表情を浮かべて膝を付き、側にいた由紀は心配そうに彼女を抱きとめると晴明をキッと睨みつける。

 

「貴方はっ! あーちゃんに何をしたの!」

 

 晴明に罵声を浴びせる由紀だったが、そこで再びアレックスに肩を掴まれる。

 由紀は肩を掴まれたことで彼女を見るが、アレックスはそのまま首を横に振ると自身が大丈夫であることを告げる。そして──。

 

「大丈夫です、()()()()。心配しないで。……それとジョージ、初めましてじゃくて()()()()、でいいわよ」

 

 アレックスは立ち上がりながらそう返答する。そしてその返答を聞いた、ジョージと呼ばれた男性の声はどこか嬉しそうに彼女に語りかける。

 

《そうか、では久しぶり相棒(バディ)。君と再びともに戦えることを光栄に思う》

 

 そのジョージの言葉にふっ、とアレックスは柔らかい微笑みを浮かべて。

 

「私もよ相棒(バディ)。また色々とお願いするわ」

 

《ラジャー、相棒(バディ)。では我々の(Journey)を再開するとしよう》

 

「そうね、私たちの新たなる過酷な旅(strangeJourney)を始めましょう」

 

 かつての、彼女の前世とも言える地獄の旅(シュバルツバース)の記憶を思い出したアレックスは、相棒とともに決意の言葉を告げるのだった。

 

 






 読了お疲れさまでした。
 前回の更新時に言った、R-18版がっこう転生ですが、今日の23時に予約投稿いたしました。
 タイトルは【真・がっこう転生 ~秘め事~】となりますので、よろしくお願いします。


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第二十三話 死を告げるモノ

 晴明はジョージを、アレックスの前世で愛用していたデモニカスーツを手渡すと、彼女が着替えられるように、自身はその場から一時退室する。

 そしてアレックスもすぐに、シュルシュルと布擦れの音を響かせて巡ヶ丘高校の制服を脱ぐとデモニカスーツに着替える。

 デモニカスーツの着心地を確かめているアレックスの姿を見た由紀は、目を輝かせて彼女のもとへ突撃すると、さらによく見るために、周りをぐるぐる回って興奮した様子で声を上げる。

 

「あーちゃん、かっこいぃ~~! ダリオマンみたいっ!」

 

 由紀の勢いに気圧されたアレックスは、仰け反りながら不思議そうな声を出す。

 

「…………ダリオマン、ですか?」

 

「うんっ!」

 

 アレックスの疑問に、満面の笑みを浮かべて同意する由紀。

 

《──検索完了。どうやらそのダリオマン、とは架空のヒーローの事のようだぞ、アレックス》

 

「そう、ジョージ」

 

 由紀の代わりにアレックスの疑問の答えを口にするジョージ。それを聞いたアレックスは、なるほど。と納得するが、ふと、不思議そうな顔をした後に、驚きの表情を浮かべると同時に声を上げる。

 

「……ちょっと待ちなさい、ジョージ! 今、検索って言ったの? それって、つまり最低でもネット関係のインフラは生きているってこと?!」

 

 アレックスの言葉を聞いて、その意味を理解した他の面々も一様に驚きを見せる。彼女たちにとって、現在この学校こそが全てであり、ネット回線が生き残っている。つまり、インフラが整備できるほどの生存者が生き残っているとは、露ほども思っていなかったのだから。

 

「そういえば、そうだよな……。それなら、もしかして学校のパソコンも使える、のか?」

 

 驚きから、いち早く正気に戻った貴依はふと思いついた、本当に思いつきの言葉を口にする。

 彼女の言葉を聞いた慈も、その可能性に気付いたのか口に手を当てて思案顔になる。

 

「確かに、そうね。……今まではそんな余裕がなかったけど、後で確認しないといけないわね」

 

 慈が貴依に同意するように頷いている時に、部屋の扉がコンコンとノックされる。

 

「もうそろそろ大丈夫かな? 大丈夫なら入室するが……」

 

 扉の奥から先程退室した晴明の声が聞こえてくる。彼の言葉に学園生活部の面々は、彼がアレックスの着替えのために部屋を出たことを思い出して、お互いに顔を見合わせる。

 そして全員で頷くと代表して、慈が大丈夫だと声を掛ける。

 

「あ、はいっ。もう大丈夫ですよ」

 

 慈の言葉を聞いた晴明は扉を開けると入室してくる。

 入室した晴明は学園生活部や、何よりもデモニカに着替えたアレックスの姿を確認すると小さく頷いて話し始める。

 

「よし。それじゃ、改めて話をさせてもらうから、よろしく頼む」

 

 そう言うと晴明たちはそれぞれ席につくと、昨日の化け物、悪魔と呼ばれる存在たちのことと、アレックスが着ているデモニカスーツの概要についての情報を、触り程度であるが説明していく。

 それを聞いた学園生活部の面々は、とある二人以外は一様にそんな化け物が存在していたという事実に顔を青ざめる。

 残る二人のうちの一人、由紀はデモニカスーツの存在に瞳を輝かせ、そしてもう一人のアレックスは。

 

「……蘆屋さん、で良かったわよね? 一つ質問があるのだけど」

 

 と、神妙な表情で晴明に対して、質問していいかを問いかける。その言葉に晴明は頷いて続きを促すと、彼女は自身の疑問に思ったことを告げる。

 

「これだけは確認しておきたいのだけど。……南極は今、どうなっているのかしら?」

 

「は? 南極ぅ?」

 

「おいおい、アレックス。なんでまた南極なんだよ?」

 

 アレックスの質問が予想外過ぎたのか、胡桃と貴依の二人は素っ頓狂な声を上げる。

 しかし、晴明は彼女が何を危惧しているのかが理解できたので、彼女に一つの情報を告げる。

 

「君が何を危惧しているのかはわかった。……結論から言おう、()()()()()()()()シュバルツバースは発生することはないと断言する」

 

『しゅばるつばーす?』

 

 晴明が言ったシュバルツバースという言葉に聞き覚えがなかった面々は、首を傾げながらオウム返しのように口に出し、アレックスだけはどこか安心した表情を見せる。が、そこでなにかおかしいという表情を浮かべると、訝しげに晴明に対して質問する。

 

「待って、発生していないというのなら、貴方は何故シュバルツバースを知っているの? それに、何故発生しないと断言できるの?」

 

 アレックスの質問に晴明はカバーストーリーとしての事実と、そして彼女にとって絶望的な情報を告げる。

 

「一つ目の何故シュバルツバースの名前を知っているのかは単純だ。ジョージに情報提供をしてもらったから。そして二つ目の何故発生しないと断言できるか、だが、こちらも単純だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、だ」

 

「多大な労力、それに僻地って、その言い方じゃまるで……」

 

 晴明の答えを聞いたアレックスは青ざめた顔でうわ言のように呟く。

 そんな彼女の様子を見た晴明は、神妙な表情で頷くと彼女にとって死刑宣告ともいえる言葉を口にする。

 

「ああ、そうだ。シュバルツバースと呼ばれる大型の異界が発生しない理由は、そもそもこの世界のあらゆる場所に彼らが出入り口を作れるような場所、龍脈や霊地と呼ばれる場所が既に存在するからだ」

 

 つまり、この世界では悪魔はある程度の制約はあるが、どこでも発生しうる存在となっているんだよ。と晴明は告げる。

 その言葉を聞いたアレックスは、ショックのあまり体がぐらつくものの、なんとか耐えると、額を手で押さえながら深呼吸をする。

 そんなアレックスを心配するように、由紀は堰を立ち上がり彼女のもとに駆け寄ろうとするが、そんな由紀にアレックスは手で静止して彼女に着席するように促す。

 そして彼女を安心させるように語りかける。

 

「ゆきさん、心配しないで。大丈夫、ですから」

 

 そう由紀に告げるアレックスの瞳には確固たる意志、なんとしてでも私が皆を守らなければ、という意志が垣間見える。

 そんなアレックスの様子を見た晴明は、彼女が無茶をするかもしれないという懸念から、念の為に釘を刺す意味も兼ねて彼女たちに、とある情報を開示する。

 

「あ~、アレックスさん? 意気込んでいるところ悪いが、そこまで思いつめなくていいぞ。そもそもそういった対悪魔関連の部署は既に存在するからな」

 

「……はい?」

 

 晴明の声に鳩が豆鉄砲を食ったように目を丸くするアレックス。晴明は、あちら(転生前)の世界の彼女に対して、どちらかと言えばクールや冷徹と言った印象を持っていたが、その彼女がそんな表情をするのは予想外だったようで、思わず出そうになる笑みを我慢すると、この世界に存在する所謂対悪魔組織、自身が身を置く超國家機関ヤタガラスや、クズノハについて、こちらも触り程度であるが説明する。

 その情報を聞いた面々、特に秘密基地組は悪魔関連については以前聞いていたが、個人で動いていると考えていた晴明のバックに、まさか国家がついているとは露とも想像していなかったのか、驚きの声を上げる。

 

「ちょっ、蘆屋先生ぇ?!」

 

「晴明さん、それマジな話なの……? いや、まぁここで嘘を付く必要はないんだろうけど……」

 

 衝撃的な情報の開示に素っ頓狂な声を上げた圭に対して、晴明はニヤリと笑いながら冗談めかして喋りかける。

 

「良かったな、圭。これで無事に生き残れたら、国家公務員に就職で給与面は安定するぞ?」

 

「えっ、そうなんですか? よかっ────、じゃなくてぇ!」

 

 晴明の冗談のような言い方に圭は一瞬納得しかけるが、すぐにハッと正気に戻ると、私、聞いてませんよ! とノリツッコミのようなやりとりをする。

 そのやりとりを見ていた面々は一様に笑い、場の空気が少し弛緩するが、その中でアレックスだけは険しい表情を浮かべると圭の肩を掴み、万力のような力で締め上げる。

 

「ちょっと、圭。どういうことか詳しく話してもらえるかしら……?」

 

「ちょっ、アレックス。痛いっ、痛いってば!」

 

「ちゃんと言えば離してあげるから、とっとと話しなさい?」

 

「わかった、わかったから、離してっ!」

 

 圭が半泣きでアレックスに懇願すると、ようやく彼女は圭の肩から手を離す。離された圭は、未だにジンジンと痛む肩を見て、手形が付いているんじゃないかと心配しつつも、晴明との出会いや、悪魔召喚師として晴明に弟子入りした経緯を説明する。

 すべてを聞いたアレックスは圭が悪魔関連のことを隠していたわけではないことに安堵すると同時に、彼女の運が良い、もしくは悪すぎることに呆れたような、困ったような表情を浮かべる。

 そして晴明の方に顔を向けると、挑戦的な顔を見せて。

 

「もしも、私が貴方の代わりに圭を守る。と言ったら、その時、貴方はどうするのかしら?」

 

 晴明を挑発する、あるいは自身がその任務を引き受ける、と言いたげに語りかける。その言葉を聞いた晴明は、否定するように首を横に振る。

 

「俺としてはそれも一つの手だとは思うが。しかし、残念ながらやめておいたほうが賢明だろう。……圭が少なからず悪魔と縁を紡いでしまっている以上、彼女から少しでも目を離した場合、すぐに悪魔が集ってくる可能性がある。無論、君が四六時中、それこそ寝る時もともに暮らせるというのなら何も問題ないが」

 

 晴明の言葉に、アレックスは不敵に笑いながら、なおも告げる。

 

「なら、何も問題はないわね。圭も、ここで暮らせばいいだけの話なんだから」

 

 したり顔でそう語るアレックスだったが、晴明は呆れた表情を浮かべながら再び否定するように首を横に振ると。

 

「そういうことじゃないんだ、今はそれでいいだろう。しかし、俺が言っているのは、この災厄が終わった後の事を言ってるんだよ」

 

 嘆息した後に晴明がその言葉を告げると、アレックスを含めて全員が驚いた表情を見せる。

 それもそうだろう。彼女たちは今のことを話しているのに対して、彼だけは、一人災害が終わったときのことを話しているのだから。

 他の人間がそんな事を言っても大言壮語にしかならないだろうが、国家がバックについている晴明がそんな事を言うと意味が変わってくる。

 彼がそれだけ言うということは、国が行動を起こしているか、もしくは既に何らかの解決策があると公言しているとも取れる。

 その事に気づいた由紀は自身の席から身を乗り出すと彼に問いかける。

 

「つまり、私たちは助かるの?!」

 

 由紀の驚きの言葉を聞いた他の面々も、その言葉でようやく思考が追いついたのかそれぞれ喜びの表情を浮かべる。

 そして貴依は先ほど話していた、ジョージがネット回線を使っていた事実を思い出し、拳を握りながら興奮した様子で喋る。

 

「そうだよ! ネット回線が生きてるってことは、自衛隊だってこの事態を把握してるんだろっ! なあ、そうだよな!」

 

 貴依はそう言って晴明に同意を求める。それを聞いた晴明は少し苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるが、すぐに彼女たちに微笑みかけて、そうだ、と肯定する。

 

「……ああ、そうだな。自衛隊も今回の事は認識しているし、東京では既に政府による対策本部も設置されているそうだ」

 

 彼の言葉を聞いた学園生活部や、晴明や仲魔たち以外の秘密基地のメンバーはわぁっ、と喜びを分かち合う。

 自分が助かる、という確信が持てたのであればそうなるのも道理だろう。

 しかし、唯一その中で美紀だけが、一瞬だけ晴明が浮かない顔をしていたことを見ていた。だが、すぐに彼が微笑みを浮かべたことで、見間違いだったのかな、と頭の隅に追いやる。

 

 ──もしも、本来時間の流れにたら、れば、はないが、それでも、もしもその時に美紀が疑問に思い、晴明に確認を取っていれば、また違う展開があったかもしれない。そんな残酷な現実が、彼女たちに襲いかかってくるのは時間の問題だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──時に、巡ヶ丘陸上自衛隊駐屯地。

 

 多くの避難民たちが集うこの場所は今、敷地内のあらゆる建物が倒壊すると同時に火災が起きているのか、もうもうと煙が上がり、そして元避難民だったかれらが闊歩する。まさしくこの世の地獄と化していた。

 

 本来であれば、最新式の対悪魔装備であるデモニカスーツを多数所持する五島麾下の部隊がいるこの基地は、巡ヶ丘でも有数の安全地帯であった。

 事実、多数のかれらが押し寄せてきた時も、幽鬼-ガキに代表される悪魔たちが攻め込んできた時もデモニカ部隊の奮戦により多少の損害はあれど、問題なく撃退できていた。

 

 そう、あの悪魔(死神)が現れるまでは。

 

 その悪魔、楽士服を身にまとい、ヴァイオリン(ストラディバリ)で演奏している人型の、しかし全身が骨だけの容貌の悪魔は狂々(くるくる)と回りながら、嬉々として演奏を続ける。

 

 すべての生きとし生けるものに、自身の芸術を惜しげもなく披露するように。

 すべての存在に自身が主催する、死の舞踏を踏ませるように狂々、狂々と。

 

「ふふふ、あのお方に演奏依頼を受けた時は、退屈な演奏になると嘆きましたが。しかし、中々どうして、面白そうなことも起きるものです」

 

 骨の悪魔は、カタカタ、と顎を震わせながら愉しそうに告げる。

 

「まさか、今の世にわたくしとは違う存在とは言え、()()を従えるだけの力量を持つ召喚師がライドウ以外に居るとは本当に面白い」

 

 悪魔は嬉々として踊り狂い、そして。

 

「我が魔宴とその者の力。どちらが上か、いずれ確かめるとしましょう」

 

 その果てにその者に、死の舞踏を踊らせるのもまた一興。と、嗤いながら独りごちる。

 そう言って骨の悪魔、あらゆるものに対して、本来は死を告げるモノである魔人。そのうちの一体、【魔人-デイビット】は惜しげもなく魔の演奏を続ける。いつまでも、いつまでも……。

 



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第二十四話 約束

 今回、前半部分に「真・女神転生StrangeJourney」のちょっとしたネタバレを含みます。
 ご注意、ご理解いただけますようよろしくお願いいたします。







 

 

 

 巡ヶ丘学院高校の一室。

 

 その場で現状出来る分の情報交換を終えた晴明たち秘密基地メンバーと学園生活部の面々は、その後お互いの境遇を知るための雑談に興じていた。

 その中でもともと平和な時にアレックスと同じクラスだった美紀、圭は彼女の無事を喜んでいた。

 

「でも、アレックスも無事だったんだね」

 

「本当だよ。無事でよかった」

 

「そう言うあなた達こそ良く無事だったわね。……あの人に助けてもらったのだろうけど」

 

 珍しく表情を崩した美紀に続くように、圭もへにゃり、と笑いながら安堵していた。

 対するアレックスも二人の無事を喜びつつも、同時に複雑な表情で親友二人を助けてくれた晴明の方に視線を向ける。

 彼女の視線の意味がわからない圭は不思議そうな顔をしてアレックスに問いかける。

 

「アレックス、どうしたの? 蘆屋先生をそんなに見つめて……。ははぁん?」

 

 そこで圭は意地悪な表情を浮かべるとアレックスをからかうように話しかける。

 

「もしかしてぇ、アレックス。……一目惚れ?」

 

 彼女のあまりにも予想外な言葉を聞いたアレックスは、盛大に咳き込むと圭を睨みつける。

 アレックスの視線に圭は、あ、これ、怒られるやつだ。と冷や汗を流すが、そんな圭を見たアレックスは深々と溜息を零すと、心底呆れたとばかりに声を上げる。

 

「……圭、あなたねぇ。まぁ、いいけど」

 

 そしてアレックスは急に真剣な顔をすると圭に質問する。

 

「それよりも圭。あなた、悪魔召喚師になる。ということがどういうことか、本当に理解しているの?」

 

「それは、うん。……本当のことを言えば、まだ実感もわかないし、どうしても理解できてない部分もあると思う」

 

 アレックスの質問に圭はふざけて答えるべきではないと考えて、自身の心のうちにある思いを告げる。

 それを聞いたアレックスは、身を乗り出すように彼女に顔を近づけると、それなら考え直せ、と警告するように話す。

 

「なら、なおのこと考え直しなさい。圭が考えている以上にこの世界は救いはないわ。今ならまだ引き返せるはずよ」

 

 アレックスの言葉を聞いた圭は否定するように首をふるふると横に動かすと、もう一つ、彼女自身のかけがえのない出会いと、その出会いをなかったことにしたくない。と自身の思いを告げる。

 

「うん、私も蘆屋先生にそう言われたけど、でもあの子と、ヒーホーくんとの出会いをなかったことにも、別れたくもなかったから。……これが私のわがままなのも、馬鹿な選択だってこともわかってるつもり。でも、それでも……」

 

 圭の詰まるような話し様を見たアレックスは、頭の痛みをこらえるようにこめかみをおさえると、なんとか自分自身を納得させるように深呼吸する。

 そして、おさえたこめかみをぐにぐに、とほぐすように揉むと、もう一度確認するように圭に問いかける。

 

「本当に覚悟はできているのね?」

 

 彼女の問いかけに圭は真剣な顔でまっすぐ見つめ返すと、コクリと頷く。

 

「本当の意味で覚悟なんて、できてないのかも知れない。でも、選択を後悔したくないの」

 

 圭の口から出た覚悟の言葉を聞いたアレックスは、気を落ち着かせるように息を吐くと手のかかる子を見るような、優しい目で彼女を見る。そして──。

 

「まったく、仕方がないわね。……そんなに言うんだったら大丈夫でしょ。私も手伝ってあげるから頑張りなさい」

 

 アレックスの励ましとも、発破とも言える言葉をもらった圭は満面の笑みを浮かべると。

 

「……うんっ!」

 

 彼女に認めてもらった嬉しさを噛みしめるように頷いて返事をする。

 二人のやり取りでアレックス自身は、ひとまずの納得を得たこともあり、しばし会話が途切れるが、その合間に美紀はアレックスに対する疑問を呈する。

 

「でも、アレックス。あなたは何故悪魔について知ってたの? それに、蘆屋先生に確認してた南極のこと。シュバルツバースだっけ? あれも結局何のことだったの?」

 

 美紀の質問を聞いたアレックスは、バツの悪そうな顔になって額をおさえると、彼女の質問に答える前にジョージに話しかける。

 

「……ジョージ、どこまで話していいと思う?」

 

《彼女たちは君の友人なのだろう? この際だ。警告のためにもある程度の情報開示は必要だろう》

 

「それもそうね……」

 

 彼女たちのやり取りに不思議そうな顔をする美紀と圭だったが、そんな二人を尻目にアレックスはこほんと咳払いをすると、美紀の質問であるシュバルツバースについて簡単に説明していく。

 

「シュバルツバースというのは、(晴明)の言葉を借りるのならば南極に築かれた超巨大な異界のことよ。……異界についての説明は聞いているわよね?」

 

「うん、それは大丈夫」

 

 アレックスの確認に圭が返事を返しながら、二人は首肯する。それを見たアレックスは頷くと説明を続けていく。

 

「それじゃ続けるわね。そもそもシュバルツバーツという異界ができた経緯は、人類自身の怠慢、強欲が原因だったわ」

 

「……え? それってどういう?」

 

 アレックスの物言いに不審なものを覚えた美紀は首を傾げながら問いかける。その疑問にアレックスは、忌々しそうに毒付くように吐き捨てる。

 

「……あなた達も知っているはずよ。人類による不必要な森林の伐採や公害による環境汚染や、人が多く排出している二酸化炭素が起こす地球温暖化現象。武力や経済による戦争での貧富の格差の拡大。また、あらゆるモノを作っては捨て、それが原因で他の生物が死ぬことだってある」

 

 アレックスが言っていることと、悪魔の関連性がわからず二人は首を傾げているがそのことに構わずアレックスは核心について触れる前に二人にとある質問をする。

 

「そういった人類の数々の行動は地球を、他の生物を、そして母なる大地を傷つけていったわ。……ところで二人は病気になった時、ああ、今じゃなくて平和な時よ? その時はどうしてた?」

 

「いや、どうって……。まぁ、病院に行って薬をもらったり、ゆっくり体を休めて治す、とかだよね美紀?」

 

「そうだよね、自分の体の免疫力に頼、る──。まさ、か?」

 

 二人は最初不思議そうな顔をしながらお互いを見つめて確認するように話していたが、その中で美紀は何かに気付いたように、声をかすれさせながら青褪める。

 そして美紀の直感を肯定するようにアレックスは、本当の意味での核心に触れる。

 

「大地を、空を汚染する人類を病原菌と断じた地球は、世界を浄化するための自浄作用として生み出したものがシュバルツバースであり、異界に封印されていた古の、母と呼ばれる神々だった」

 

 アレックスが話したシュバルツバースの真実に、ゴクリとツバを飲み込む二人。

 そして圭は恐る恐るといった様子で問いかける。

 

「……母、お母さんってことよね? そんな悪魔たちがいたの?」

 

「ええ、そのとおりよ。各文明の神話に存在する人や、数多くのものを産み落とした神々。そして、そんな母たちを産み落とした、すべての母たる大悪魔【大霊母-メムアレフ】」

 

「メム、アレフ……」

 

 アレックスの口から出てきた大悪魔の名前を聞いた圭は自身の中で整理するように小さく呟く。

 アレックスは彼女がこぼした言葉に首肯するが、でも、と言ってもう一つ彼女たちにとって衝撃的すぎる言葉を告げる。

 

「さっきメムアレフのことを大悪魔と言ったけど、それは正確ではないの。というのもメムアレフは、これもさっき言ったようにすべての母。即ちすべての生命が生まれた母なる大地たる地球の意思そのものなの」

 

 アレックスの言葉を聞いた美紀と圭の二人は今度こそ驚きのあまりに絶句する。

 そのまましばしの時が流れるが、アレックスの告げた言葉の意味が咀嚼できたのか、圭は俯いてふるふると震えていたがガバっと憤怒に染まった顔を上げるとともに怒号を上げる。

 

「……ふざけないでよっ! 私は、私達は殺されるために生まれたわけじゃないっ!」

 

 そんな圭の怒号に他で話していた面々は、なんだなんだ、と彼女たちを見る。

 その中で由紀だけは、圭の怒りが気になったのか、てててっ、と三人のもとに走ってくる。

 

「どうしたのあーちゃんに、ふたりとも?」

 

 そして美紀と圭からすれば衝撃的な言葉が由紀の口から放たれる。

 その言葉を聞いた美紀は目を見開き、圭に至っては先ほどの怒りも吹き飛んだようで、少しの合間、呆けた目でアレックスと由紀の二人を交互に見つめる。

 そしてアレックスの可愛らしいあだ名に遅れて笑いがこみ上げてきたのか、ぷっ、と吹き出すと堪えきれずに笑いはじめる。

 

「ア、アレックス、くくっ、あーちゃんて、ふふっ、可愛らし、ぷっ、あだ名をもらったのね。あははっ」

 

「ちょっ、圭、まずいよっ!」

 

 そんな圭に美紀は焦ったように笑いをおさえるように告げる。そして美紀の視線の先には、にこやかに笑いながらも額に青筋が浮かせているアレックスの姿があった。

 

「けぇいぃ~~…………!」

 

 そのままアレックスは地獄の底から響き渡るような声を放つと、一瞬にして圭の背後に立ち、彼女に無慈悲な判決を言い渡す。

 

「どうやらお仕置きが必要なようねっ……!」

 

「ははは……ハッ!」

 

 その怒りの言葉を聞いた圭は、今更ながらにしまったという表情を浮かべて慌ててアレックスに言い訳をしようとするが、その前に彼女のギュッと握られた両拳が圭の左右のこめかみに添えられる。

 両拳の感触に気付いた圭は恐る恐るアレックスに問いかける。

 

「あ、あの、アレックスさん……? 慈悲とか、そういうのは……?」

 

 その言葉に圭自身は見ることは叶わないが、アレックスは微笑みを浮かべる。

 代わりにその微笑みを見た美紀が安心したような表情をみせ、そんな彼女の表情を見た圭も微笑みを見せる。

 しかし、次にアレックスが放った言葉で微笑みを凍りつかせる。その言葉とは──。

 

「慈悲なんてあると思う?」

 

 彼女の言葉を聞いた圭は最後の抵抗とばかりに声を上げようとするが──。

 

「べ、弁護士を──」

 

「もはや問答無用っ!!」

 

 要求するっ! と、圭が言葉を告げる前にアレックスは一言で彼女の言葉を切り捨てると、無慈悲にこめかみを拳でぐりぐりする行為、通称ウメボシの刑を執行する。

 そして刑を執行された圭は、こめかみから伝わる痛みから悲痛な声を上げる。

 

「みぎゃあぁぁぁぁ~~~~…………」

 

 

 ──圭に敗因があるとすれば、笑顔とは本来攻撃的なものである。ということを忘れて、あるいは認識していなかったことだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 アレックスが無慈悲にウメボシの刑を執行してしばらく経った後、アレックスに美紀と圭、そして由紀を加えた四人は再び話をしていた。

 その中で圭は未だに頭が痛むのか、痛みを感じる場所をおさえながらアレックスを恨めしげに見ると文句を言う。

 

「……む~、アレックスぅ。も少し手加減してくれてもいいじゃんっ」

 

 そんな圭の言葉にアレックスは呆れた表情を浮かべた後に、彼女に見えるように拳を握ると話しかける。

 

「あら? どうやら、まだ足りなかったみたいね? それじゃ、もう一発いっとく?」

 

 アレックスが凄みをきかせながら放った追加の刑執行をする? という脅しに、圭はダラダラと冷や汗を流しながら、焦った様子で彼女を押し止めるように腕を突き出すと、掌をぶんぶんと振って否定する。

 その圭の様子が可笑しかったのか、アレックスはぷっ、と吹き出すと一言、冗談よ。と告げる。

 彼女の笑いで圭はようやくからかわれていることに気付くと、頬を紅く染めるとリスのようにぷくぅと膨らませる。

 圭の様子があまりに可愛らしかったようで、アレックス以外の二人も、くすくす、と笑い出す。

 笑い出した二人に、圭はますます頬を膨らませるが、すぐに彼女自身も笑いはじめる。

 しばらく笑い続ける四人だったが、一頻り笑って落ち着いたのか自然と笑いがおさまる。

 

 笑いがおさまったことで、由紀は先ほど圭が荒ぶっていた内容について問いかける。

 そしてすべてを聞き終えた由紀は、アレックスに一言だけを告げる。

 

「あーちゃん、大変だったんだね」

 

「……え?」

 

 由紀の発した言葉に疑問符を浮かべるアレックス。

 そんな彼女の様子に由紀は慌てた様子ながら、えへへ、と笑みを浮かべるとさらに告げる。

 

「えっと、私もみーくんやけーちゃんみたいにあーちゃんがどれだけ大変だったかは完全にはわからないけど、それでもあーちゃんが皆のために頑張ってたのはわかるよっ! だって、あーちゃん優しいんだもんっ」

 

「ゆきさん……」

 

 とにかくアレックスを励まそうとする健気な由紀の様子に、アレックスは少し呆けるが、すぐに我に返ると、くすり、と小さく笑う。

 由紀もアレックスの雰囲気が少し柔らかくなったことで安心したのか自然な笑みを見せる。

 だが、美紀と圭は由紀の言葉の中、恐らく自分たちのことを差す言葉を小さく呟く。

 

「みーくんって……」

 

「けーちゃんかぁ」

 

 そんな二人の様子に由紀は首を傾げると、なにか問題があったのかと話しかける。

 

「どうしたの二人とも?」

 

 不思議そうな由紀に、美紀は何故自分だけくん付けなのか、と抗議するように告げる。

 

「なんで、アレックスと圭はちゃん付けで、私だけがくん付けなんですか、先輩?」

 

 その言葉を聞いた由紀はますます不思議そうな顔をしながら自身が思ったことを告げる。

 

「え? なんでって言われても……。みーくんが、【みーくん】って感じだったから、かな?」

 

「いや、なんですか、それ……。意味がわからないんですけど」

 

 由紀の答えを聞いた美紀の憮然とした様子に、他の二人は珍しいものを見たとばかりに驚く。

 そして、圭はくすくす、と笑いながらからかうように美紀に話しかける。

 

「まあまあ、いいじゃない。私は可愛いと思うよ、みーくん?」

 

「…………アレックス、GO」

 

 圭のからかいにいらっときた美紀はアレックスをけしかけようとする。

 そのことに圭は慌てて抗議の声を上げる。

 

「ちょっ、美紀! それはあんまりでしょっ!」

 

「圭は調子に乗りすぎ」

 

 美紀の言葉にアレックスもうんうんと頷く。

 それを見た圭は、そんなぁ、と情けない声を上げる。

 そして三人はまるで、かつての平和な時が戻ってきたと思えるような安心した空気を感じて、お互いに笑みを浮かべて笑い合う。

 

 そんな後輩たちを見て由紀もまた安心したように笑う。

 彼女にとってアレックスがこんなにリラックスしている姿を見るのは初めてだったのもあり、それだけでもこの二人が生きていて本当によかった。と、内心安堵していた。

 そして由紀は唐突に自身に気合を入れるように声を張り上げる。

 

「よぉぉしっ! 頑っ張るぞーー!!」

 

 その様に驚いた表情を見せる三人。そして三人を代表するようにアレックスが由紀に話しかける。

 

「急にどうしたんですか、ゆきさん?」

 

「ん? えへへ……」

 

 アレックスに話しかけられたことにより、今の行動を改めて客観視できたのか由紀は恥ずかしそうに笑いながら自身の頭を撫でる。

 そしてアレックス達の疑問である、由紀自身がなぜ気炎を上げたかの理由を告げる。

 

「だって、あーちゃん達が頑張ってるのに、先輩の私が何もしないわけにはいかないじゃない? だから、これからもっと頑張ろうって。それに」

 

「それに?」

 

「巡ヶ丘以外が無事なら、そのうち本当に救助が来るだろうし、それまで頑張れば皆が無事に生き残れるんだから! なら、頑張らない理由がないよねっ!」

 

 学園生活部、ふぁいとっ、おー! と、再び気炎を上げる。

 しかし由紀のとある言葉に美紀がツッコミを入れる。

 

「あの、先輩? 私達はまだ入部したわけじゃないんですが……」

 

「えぇ~~?」

 

 美紀のツッコミに由紀は不満そうに様子で、ぶぅ、と唇と尖らせるが、すぐになにか思いついたのか手をぱんっ、と叩くと笑みを浮かべて美紀に話しかける。

 

「でも、二人は蘆屋さんと一緒に来て、あの人は今生活部の外部講師なんだから、その人と一緒にいる二人とも、もう学園生活部だって言っても過言じゃないよねっ!」

 

「「ええ…………」」

 

「ゆきさん、流石にそれは……」

 

 由紀の超理論を聞いた三人は呆れたような声を出すが、件の由紀自身はまったく意に介しておらず彼女たちに言い聞かせるように話しかける。

 

「私はなにも二人を無理やり仲間にしようとしてるわけじゃないんだよ?」

 

「それなら、なんでゆきさんは二人を何度も勧誘してるんですか?」

 

 アレックス自身、由紀の強硬なまでの勧誘に疑問を抱き質問する。

 それを聞いた由紀は、私そんなにしつこかった? と、頭を掻きながら質問する。

 その質問に三人が何度も頷くと、流石にショックだったのか、目と口を皿のように開いて驚愕する。

 だが、すぐに落ち着いたのか表情が戻ると、こほん、と咳払いをして三人に話しかける。

 

「だって、せっかく生き残った巡ヶ丘の生徒なんだから、仲良くしたいんだよっ」

 

「えっと……?」

 

 由紀の言葉の意味がわからなかった圭は首を傾げて疑問符を浮かべる。

 しかし、美紀は彼女の制服を見て、何故そんな事を言ったのかがわかったのか、顔を少し歪めて圭の肩を叩くと耳打ちする。

 

「圭、ゆき先輩の制服。あれって丈槍の……」

 

「え? あ……」

 

 美紀に耳打ちされた内容を聞いた圭は、改めて彼女の制服を見る。

 そして確かに彼女の制服が【丈槍】を示す特注品ものだった。

 それを見た二人は同時に、ある噂を思い出す。

 三年の先輩に【丈槍】がいることと、その先輩が村八分に近い状態にされていることを。

 二人がそんな内緒話をしていたところで、アレックスからストップがかかる。

 

「はい、そこまでよ二人とも。ゆきさんは、ゆきさん。丈槍なんて関係ないわ」

 

 アレックスの言葉に二人はいつの間にか由紀を【丈槍】という色眼鏡で見ていたとこに気付き気不味くなる。

 そして二人は彼女に頭を下げて謝罪する。

 

「その……ゆき先輩、ごめんなさい」

 

「すみません、ゆき先輩」

 

 そんな二人の謝罪に由紀は安心させるように大丈夫、と語りかける。そして。

 

「今は皆、(由紀)を見てくれるから。りーさんもくるみちゃんも、もちろんあーちゃんだって、ね?」

 

「ええ、そうですね」

 

 そう言って二人は笑い合う。

 そんな二人の姿を見た美紀と圭は短い間ながらも確固たる信頼関係を築いていることを察する。

 そしてそれを可能としたのは、丈槍由紀という一人の少女が持つ人間性、もっと言えば一種のカリスマ性が影響しているのだろうとも感じた。

 二人がそんなことを考えているうちに、由紀が彼女たちの方を見て安心させるような笑みを浮かべると語りかける。

 

「確かにこんなことになって私達だけじゃない、皆大変だと思うんだ。でも、ね。だからこそ皆で協力すれば私達はどこへでも行けると思うのっ! だって、本来がっこうってそういう場所のはずだから。だから、私も学園生活部の部長として、そして一人の人間としてここにいる皆と無事に生き延びようって言いたいの。そして喜びを分かち合うなら一人でも多いほうが良いから。これが、私が二人を生活部に誘う理由かな?」

 

 もちろん部活に入らなくても皆で生き残れればそれもまたいいと思うけどね、と由紀ははにかみながら語りかける。

 そんな由紀の想いを聞いた美紀と圭はどちらからともなく顔を見合わせると、微笑ましそうに笑みを浮かべる。

 そして美紀は幾分か柔らかい表情を見せて由紀に話しかける。

 

「なら、私達も頑張らないといけませんね、ゆき先輩」

 

「みーくん……?」

 

「みーくんじゃないですけど、改めて私達も学園生活部に入部させてもらえますか、ゆき先輩?」

 

 美紀の宣言に圭もこくこくと頷く。

 それを見た由紀は満面の笑みを浮かべると、うん、と力強く頷き。

 

「もちろんだよっ! ようこそ、学園生活部へ!」

 

 由紀は両手を大きく広げて歓迎の意を示すと同時に大喜びする。

 そして彼女は学園生活部部長として、一つの目標(約束)を宣言する。

 

「一番の目標はここにいる全員で生き残ること。そして他の生存者の人達がいれば一緒に生き残ることを目指すよっ! 学園生活部、ふぁいとっ、おー!」

 

 由紀の(とき)につられて後輩たちも同じく、おー! と声を上げる。

 

 彼女達のそんな姿を見て、大人たちで話していた慈は微笑ましく、そして同時に頼もしく中心人物である由紀を見つめていた。

 

 

 

 

 

「そういえば美紀、太郎丸って今どこにいるんだっけ?」

 

「え、太郎丸? あっ! もしかして、まだヒーホーくんと一緒に車の中にいるのかも……!」

 

 その後、二人は慌てて透子のキャンピングカーに戻って、忘れられていたことにぷんすこと怒っているジャックフロストに平謝りしたり、怒れる雪だるまに嬉々として抱きつく由紀の姿が見られたそうな。

 



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第二十五話 ともだち

 

 

 

 

 晴明は学園生活部のメンバーと改めて互いの状況確認をした日の夜、念の為に仲魔であるカーマと校舎内の見回りを行っていた。

 そして晴明は、その見回りの途中にバロウズに話しかける。

 

「…………バロウズ、通信を頼む」

 

《通信? ええ、了解。相手は朱音ちゃんかしら?》

 

「ああ、頼む」

 

「それじゃ、私は見張っておきますねー」

 

 そんな二人のやり取りにカーマは自身の得物である弓と矢を顕現させると、素早く辺りを警戒する。

 その間に通信が繋がったようでバロウズ越しに第十七代目葛葉ライドウ(朱音)の声が聞こえてくる。

 

[もしもし、ハル兄。今回はどうしたの]

 

「夜分にすまない。今回、色々と動きがあったから連絡と情報交換をしたいと思ってな」

 

 そう言って晴明は今回、学園生活部と合流したことによって得た情報や、なによりも彼女たちと合流する前に美紀と圭によってもたらされた新情報を伝える。

 その新情報とは、かつて彼女たちがリバーシティ・トロンで他の生存者と生活していた時、太郎丸の飼い主であった一人の老婆から聞かされた昔話だった。

 

 ──曰く、約半世紀前、この巡ヶ丘の地が男土という名称の時に、一夜にして当時の総人口が半減するほどの大災害。通称【男土の夜】と呼ばれる災害が起きた、というのだ。

 老婆が言う男土の夜と今回の大災害が同じものかはわからないが、少なくともまったく違うものだという保証はないのも確かだ。

 即ちそれは、現在、全世界規模で起きているゾンビパンデミックの原因がこの地にあるかも知れない、という一つの指標になり得る情報だった。

 

 しかも、その男土の夜という災害を巡ヶ丘出身の透子をはじめとした面々は誰も聞いたことがなかった。つまり、当時の人間たちによって情報統制が行われた可能性すらあるといういわくつきの情報だった。

 

 それらのことをライドウに説明した晴明は深い、深いため息をつく。正直な話、男土関連の情報はもっと早くにもらいたかったというのが彼の偽りざる本音だったが、だからといって彼女達も精一杯の状況では伝えるのを忘れてしまうのも無理はない、と理解はしている。

 それでも、と思ってしまうのは詮無きことだろうが……。

 

 そんな晴明の心情を理解したライドウもわずかに苦笑しながら語りかける。

 

[まあ、流石に一般の子達にそこまで求めるのは酷だと思うよ?]

 

「わかってはいるんだけどなぁ……」

 

[まあまあ]

 

 頭を抱えている晴明に慰めるように声をかけるライドウ。

 そしてライドウは今度はこちらの情報を、と現在判明していることを話していく。

 とはいえ、やはり巡ヶ丘が隔離されている以上情報源が乏しくなり、海外の被害や、なによりわずかばかりに手に入るデータのみが判明しているだけだった。

 端的に言ってしまえば、状況解明にさほど進んでいない、ということだ。

 

 その中で唯一、良くない意味でだが新情報が彼女の口からもたらされる。

 

[これは五島さんから聞いた話だけど、どうやら巡ヶ丘の駐屯地からの定時連絡がなかったみたいなの。ただ単に連絡を忘れただけなら良いんだけど……]

 

「連絡がない、か……」

 

 彼女の言葉に晴明は苦虫を噛み潰したような口調で愚痴をこぼす。

 ライドウが言うようにただ連絡を忘れただけならまだ笑い話になるが、もし、本当に駐屯地が何らかの存在に陥落されられたとしたら……。

 その場合は、かつてホテルから脱出した後に保護してデモニカ部隊に預けた避難民達の生存は絶望的だろう。

 

「いや、今は考えても仕方がない、か……」

 

[それでなんだけど、ハル兄?]

 

「ああ、わかっている。駐屯地の調査に向かえば良いんだろう?」

 

[うん、お願いできる?]

 

 ライドウのお願いに晴明はわかっていると答える。だが、同時に今すぐにはできないと彼女に告げる。

 

「本当に駐屯地が陥落しているのだとしたら、ここの生存者の数を大僧正一人に任せるには流石に人手が足りなさすぎる」

 

 彼の不安、それは本当に駐屯地が壊滅していた場合、それを行った存在ないし、元避難民のゾンビたちが自身が調査に出て不在の時に、高校を襲撃する可能性を捨てきれなかったからだ。

 確かに今、ここの防衛戦力としてはかつてのシュバルツバースを駆け抜けたアレックスに魔人である大僧正がいることはいるが、二人だけで残りの人間をすべて守れるかというと流石に疑問が残る。

 彼の仲魔を学校に残すことができればまた話は別だろうが、単独行動ができる仲魔に関して言えば英雄や造魔カテゴリ、そして魔人カテゴリの悪魔しか単独行動できないのだから……。

 せめて、あと一人だけでも超常の存在がいれば話は別だろうが……。

 そこまで考えた晴明は何かに気付いたかのような表情をする。

 

「そうか、いや、しかし……」

 

[どうしたの、ハル兄?]

 

「いや、なんでもない。とりあえずこちらでも早急に調査でいるように努力してみるよ」

 

[そう? それじゃ、お願いね]

 

 そう言ってライドウとの通信が途切れる。そして晴明は気を落ち着かせるように深呼吸をする。

 そんな晴明に対してカーマが話しかける。

 

「それでマスター? マスターが考えた解決策ってもしかして……」

 

 カーマの質問に対して晴明は言葉少なく首肯することで答える。

 それを見たカーマは少し顔を引き攣らせながらさらに問いかける。

 

「マスターは本当にできると思ってるんですか?」

 

「……確かに()()()は気紛れなところがあるが、それでもるーちゃんと、それに丈槍さんだったかな? 彼女たち二人であれば、あるいは、と思ってしまったんだよ」

 

 特にるーちゃんはジャックとお友達になりたい、なんて言う子だったからな。と告げる晴明にカーマは呆れた表情を浮かべながら疑問を呈する。

 

「それは理解できますが、それでも博打が過ぎるんじゃないです?」

 

「まあ、最悪の事態にならないように備えはするよ。それに、もしも駄目だった場合は、その時はその時でなにか別の方法を考えるさ」

 

 後、もし、本当にそうなればあの子のためにもなるしな。と、晴明は肩を竦めながらそう答える。それを聞いたカーマは天を仰ぐのだった。

 

 

 

 

 

 

 そして翌日、早速晴明はジャック・リパーとともに校舎の屋上にいる瑠璃達のもとに赴いていた。

 そこには瑠璃以外にも、彼女とともに遊んでいた由紀にジャックフロスト、太郎丸。そして彼女たちを見守るように姉である悠里の姿もあった。

 彼女達の姿を確認した晴明は、まず久しぶり、と言うほど離れていたわけではないが、それでも瑠璃のことで多少なりとも縁ができた悠里に話しかける。

 

「やあ、若狭さん。お久しぶり、とでも言うべきかな? なんにせよ無事で良かった」

 

 晴明に話しかけられた悠里は、彼の方を向くとふわりと微笑みながら返答する。

 

「ええ、お久しぶりです、蘆屋さん。私もるーちゃんも、一度ならずに二度まで助けてもらって、本当にありがとうございます」

 

 そう言って悠里は晴明に対して深々と頭を下げる。

 そんな悠里に晴明は押し留めるような仕草をしつつ、彼女に語りかける。

 

「ああ、いや、そんなことしなくていいよ。事故になりそうな時に助けたのは偶然だし、御守を渡したのも、もしもなにか起きた場合後味が悪くなるから、なんて自己満足からだったしね。……それがまさか、こんな事態になるなんて想定外だったけどね」

 

 そう言いながら照れくさそうに自身の頬をぽりぽりと掻く晴明。

 それを見た悠里は口を上品に隠しながら可笑しそうにくすくすと笑う。そして晴明の横にいたジャックに視線を合わせるためにしゃがみ込むと、彼女の手を両手で優しく包み込みながら語りかける。

 

「ジャックちゃんもありがとう。私もるーちゃんも、貴女に助けてもらっちゃったね。それに、るーちゃんと友達になってくれたのも。あの子、すごく嬉しそうにしてたわ」

 

 だから、本当にありがとう。と優しい口調で礼を言う悠里。

 そんな悠里に対してどうしていいかわからずに、オロオロとするジャックだったが、そこで晴明が彼女の頭を優しく撫でつつ話しかける。

 

「なに、お前さんが頑張った結果、感謝されたってことなんだから、素直に胸を張ればいいんだよ」

 

「…………うん。えへへ」

 

 晴明に誇って良いことをした、と告げられたジャックは少し照れくさそうにしながら微かな笑みを浮かべる。

 ジャックの笑みを見た晴明と悠里はお互いの顔を見ると、二人もまた笑みを浮かべるのだった。

 

 

 一頻り雑談に興じた二人だったが、そこで悠里は何かに気付いた様子で晴明に問いかける。

 

「そう言えば蘆屋さんは、なにか用事があったんじゃないですか?」

 

「ああ、ちょっとるーちゃんにね。あの子、丈槍さんだったかな? 彼女も一緒にいてくれたのは正直ありがたかったが」

 

「るーちゃんとゆきちゃん、ですか?」

 

 二人の取り合わせに意味がわからず首を捻る悠里。これが瑠璃だけならば、彼がほぼしていたこともあり何らかの連絡ないしお願いかな? と理解できるが、そこにこれまで瑠璃とまったく面識もなかった由紀が入ることによって、途端にどういった意図があるのかがわからなくなる。

 そもそもあの子達二人に共通点なんてあったかしら? と考え込む悠里だったが、そんな彼女に晴明は薄く笑うとそこまで考え込まなくてもいいよ、と告げる。

 

「ただ単に、彼女達二人ならきっと大丈夫。なんて直感が働いただけだからね。だから二人の関係性とか、そういうのはないよ」

 

「はあ…………?」

 

 晴明の言い様がよくわからずに生返事をする悠里。そんな悠里を見ながら晴明は再びジャックの頭を撫でつつ、さらに告げる。

 

「それに君の妹、るーちゃんはこの子と友達になりたいって言ってくれたからな。だから、もしかしたら、あの子とも、本当の意味での友達になれるかも知れないと期待してるんだよ」

 

 あの子も本来悪い子ではないんだが、無邪気過ぎるのと、彼女自身もある意味においては被害者のようなものだからな。と誰に聞かせるわけでもなく独りごちる晴明。

 

 そんなことを話しているときに、どうやら瑠璃が二人のことに気付いたようでとテテ、と走り寄ってくる。そして彼女に釣られるように由紀たちも同じように晴明達のもとへ集合する。

 晴明のもとへ走り寄った瑠璃は上目遣いに彼を見つめて話しかけてくる。

 

「おじさん、どーしたの? るーになにか用事?」

 

 瑠璃はそのまま首をコテンと傾げながら問いかける。

 晴明はそんな彼女の様子に、しゃがみこんで彼女に視線を合わせると、笑いかけながら今回ここに来た理由、とあるお願いを告げる。

 

「うん、今日はちょっと、るーちゃんにお願いしたいことがあってきたんだ。それと──」

 

 それまで告げると次に由紀を見る晴明。

 急に見つめられた由紀は居心地悪そうに身動ぎするが、そんな彼女の姿を見た晴明は安心させるように笑いかけながら話しかける。

 

「怖がらなくていいよ、というのは無理な話かな?」

 

「えっと…………」

 

 話しかけられると思っていなかった由紀は、どう答えたものかと思案していたが、そこに瑠璃が彼女の手を握りながら助け船を出す。

 

「ゆきおねーちゃん、おじさんは怖い人じゃないよ?」

 

「…………うん、そうだね」

 

 彼女の真摯な態度と、なにより一切警戒をしていない態度に安全なのだろうと判断した由紀はにへら、と表情を崩す。

 そして今度は自分から晴明に話しかける。

 

「それでどうしたんですか、えっと…………?」

 

 彼女が言いよどんだことで晴明は自身が主に慈との情報交換を行っていて、彼女達生徒とは悠里を除き、そこまで交流をしていなかったことに気付く。

 そのことに気付いた晴明は、面目なさそうな表情で頭を掻くと改めて自己紹介をする。

 

「蘆屋、蘆屋晴明だよ。蘆屋でも、晴明でも好きに呼んでくれ」

 

 そんな言葉を聞いた由紀は、ん~、と考え込んでいたがなにか思いついたようで、ぱん、と拍手するとにこやかに笑いながら晴明に対しての呼び名を告げる。

 

「それじゃ、はーさんでっ!」

 

「は、はーさん? はーさんか……。ま、まあ呼び方に問題があるわけでもないし、良いのかな……?」

 

 由紀の考えた呼び名に面食らう晴明だったが、特に呼び名に問題があるわけではないし、なにより自身が好きに呼べと言った結果だったこともあり、そのまま許容する。尤も困惑自体は隠せていなかったが……。

 そんな困惑した晴明を見ていた由紀は、してやったりと言わんばかりににこにこと笑いながら、改めて今回の用件は何なのかと尋ねる。

 

「それで、はーさん。今日は一体どうしたの? 私にも用事があったのかな?」

 

「あ、ああ。丈槍さ──」

 

「ゆきだよっ、ゆきってよんで」

 

 由紀の問いかけにたじたじになりながら彼女の名字を呼ぼうとするが、その前に由紀自身から、名前で呼んで、と訂正が入る。

 先ほどから由紀にペースを握られっぱなしの晴明は、こほん、と咳払いをして空気を入れ変えると再び、今度は名前で由紀を呼びながら二人に話しかける。

 

「──ゆきさんと、るーちゃんに一つお願いしたいことがあるんだ」

 

 晴明の言葉に名指しされた二人はうんうんと相槌を打つ。それを見た晴明は今度こそお願いの内容を告げる。

 

「そのお願いっていうのは、とある女の子と友達になってほしいのと、本当の意味での友達というのを教えてあげてほしいんだ」

 

 晴明の奇天烈なお願いを聞いた由紀は、人差し指を顎先に当てながら、頭中に疑問符を浮かべて困惑する。

 

「友達になるのはわかるけど、友達を教えて、っていうのは何……?」

 

 他の子達も同じような疑問を持ったようで、皆でうんうんと唸っていた。

 全員をそんな状態にした元凶の晴明は、苦笑しながら簡潔に、本当に簡潔に答えを告げる。

 

「その子はちょっと特殊な環境にいたもんだから、色々と勘違をしてるんだよ。それに、過保護な保護者がそれに拍車をかけてしまってね……」

 

「え? 保護者の方がいるんですか?」

 

 晴明の保護者発言に悠里は疑問を呈する。それこそ、保護者がいるのならば友達を教える、などと言った意味不明な状態にならないのではないか。と思ったのだろう。

 その疑問に晴明は頭が痛そうに顔を顰めながら答える。

 

「ああ、その保護者から、あの子を預かっているんだが、ね……。でもその保護者連中がその子を好きすぎることと、何よりその子のお願いを斜め上のぶっ飛んだ方法で叶えてたもんだから、その子自身も常識が歪んでしまってるんだよ」

 

 そこまで答えると吐き捨てるようにため息をつく晴明。その姿には哀愁が漂っていて、本当に苦労していることが見て取れた。

 そんな彼を見て表情を引きつらせる悠里。昨日の戦いで無双をしていた姿とのギャップがあまりにも激しすぎたし、何よりそんな人物を憔悴させるなんてただ事ではないと思ったからだ。

 

 だが、そんな悠里の思いとは裏腹に二人は晴明のお願いに乗り気なようで、表情には多少の好奇心が見え隠れしていた。

 そして由紀が晴明に話しかける。

 

「それで、それで? その子は今どこにいるのっ?」

 

 わくわくしたかのような楽しげな由紀の物言いに相槌を打つ瑠璃。そんな由紀の雰囲気が伝播したのか太郎丸も尻尾をふりふりと楽しそうに振っていた。

 その様子に晴明は安堵すると、とあるアイテムを彼女たちに渡しながら件の()()を召喚する。

 

「まずは皆にこれを渡しておくよ。そして今から連れて──いや召喚する。バロウズ」

 

《アイアイ、マスター》

 

 バロウズの返事とともに屋上の床の一部に幾何学的な文様が刻まれると同時に、まるでその場に太陽が現出したかのように激しく発光する。

 召喚の様子を興味深く見ていた面々だったが、召喚反応の光がおさまるとそこには、一人の青いワンピースを身にまとい、金髪にリボン型のカチューシャを身に着けた白人の少女が現れた。

 

 現れた当初は目を瞑っていた少女だったが、薄っすらとまぶたを上げていく。その瞳は綺麗な紅眼であり、まさしくお人形のような可憐さを持つ美少女だった。

 ただし、その身には不釣り合いな禍々しいほどの死を体現したかのような雰囲気も放っていたが。

 

「…………ん」

 

 その美少女は辺りを見渡して晴明を見つけると、にこにこと笑いながら話しかける。

 

「あれ、ハルアキ。アリスを喚んだの?」

 

 自らをアリスと名乗った少女。彼女こそがとある二柱に魂を歪められた被害者であると同時に、あらゆるモノに死を振りまく魔人のうちの一体、【魔人-アリス】だった。

 アリスは晴明以外の存在には興味がないようで、由紀たちを完全に無視して、なおも晴明に話しかける。

 

「ねーねー、赤おじさんと黒おじさんはー?」

 

 まるで駄々っ子のように晴明に詰め寄るアリス。

 そんなアリスに晴明は済まなそうに顔を歪めると彼女に話しかける。

 

「ああ、済まないね、アリス。二人は今ここにはいないんだ」

 

「えー? ぶーぶー」

 

 晴明の答えを聞いたアリスは不満そうに文句を言う。

 そんなアリスの姿に悠里たちは苦笑を浮かべ、そして瑠璃は彼女の可憐さに憧れを持ったのか目をキラキラさせて話しかける。

 

「ね、ねっ! るーは、若狭瑠璃。貴女のお名前を聞いて良い?」

 

「えっ? アリスは、アリスだけど……貴女、なに?」

 

 瑠璃が話しかけてきたことに煩わしそうにしながらも一応名を告げるアリス。尤も瑠璃にはアリスの名前を聞いたことでついに()()()()()()()()()()

 

「るーはね、()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 その言葉を聞いたアリスは、先ほどとは打って変わって表情を綻ばせると瑠璃に話しかける。

 

「へ~、アリスと()()になりたいんだぁ。なら、アリスのお願いを聞いてくれるよね?」

 

 その言葉に不穏なものを感じた悠里は瑠璃を止めようとするが、その前にアリスは願いを口に出す。

 

「ねぇ、死んで──」

 

「アリス、そこまでだ」

 

 が、すべてを口に出す前に晴明に止められる。そのことが不満なのか、アリスは口を尖らせながら文句を言う。

 

「ハルアキ、なんで邪魔するのっ」

 

「アリス、それは駄目だと毎回言ってるだろう?」

 

 文句を言うアリスに対して、晴明は身をかがめてアリスと同じ目線に立つと彼女の両肩を軽く押さえながら諭すように言う。

 だが、それでもアリスは不満なようでぶー、ぶーと文句をたれている。

 その一連の流れで流石にアリスの異常性に気付いたのか、悠里は妹をかばうように抱きしめる。

 だが、その妹の瑠璃は何を思ったのか、彼女の抱擁を振りほどくとアリスのもとへと歩く。

 

「るーちゃん、そっちに行っちゃ駄目!」

 

 瑠璃に対して静止するように声を掛ける悠里。しかしそれでも彼女の歩みは止まらない。

 しかも何を思ったのか、彼女の後を追うように由紀まで続いていってしまう。

 

「…………ゆき、ちゃんまでっ!」

 

 そのことに驚愕して声を荒げる悠里。

 しかしそんな姉のことには構わずに、由紀たちはアリスのもとへたどり着くと、彼女の手を取って諭すように話しかける。

 

「ねぇ、アリスちゃん。今、この手をどう感じてるのかな?」

 

 由紀の質問の意図が読めないアリスは怪訝そうな顔をしながら答える。

 

「え? ん、と、少しあったかい…………? それがどうかしたの?」

 

 その答えを聞いた二人は顔を見合わせると、コクリと頷き、次は瑠璃が彼女に話しかける。

 

「アリスちゃんは温かいって言ったよね? それは、るーたちが生きているからなんだよ? でも、アリスちゃんはるーに死んでって言ったよね? もしも本当にるーや、皆が死んだら、るーたちも、それにアリスちゃん自身ももうこの温かい感覚を感じれないんだよ? それで本当に良いの?」

 

 そう言いながら彼女はアリスを抱擁する。

 急に抱きしめられたアリスは、目を白黒させるが、瑠璃から聞こえてくるトクン、トクンという心臓の音を聞くことによって、精神が少し落ち着いてきていた。

 そこで瑠璃は急に彼女から離れる。抱きしめるのをやめられたアリスは名残惜しそうに彼女に手を伸ばすがすぐに引っ込める。

 彼女たちが、瑠璃が何を言いたいかを理解したからだった。

 

 だが、その方法(人を殺すこと)でしか友達の作り方を知らないアリスは小さな声で独りごちる。

 

「…………でも、おじさんたちはアリスが間違ってるなんて言ってなかったもんっ」

 

 そう言って座り込んでメソメソと泣き出す。

 その呟きを聞いた悠里は彼女を訝しげに見る。人の常識で言えば、彼女の行動はありえないものなのに、保護者と見られる【おじさん】なる人物は、むしろその行動を推奨しているように感じられたからだ。

 その疑問を氷解させるように晴明が彼女に気付かれないように、アリスの身の上について話す。

 

「……アリス自身も、本来は既に死んだ身なんだ」

 

『……え?』

 

「だが、彼女の魂に目をつけた悪魔たちがいた。それがアリスが言った赤おじさんと黒おじさん。【魔王-ベリアル(赤伯爵)】と【堕天使-ネビロス(黒男爵)】だった」

 

 そして晴明はそのまま皆を見回すと続きを話していく。

 

「最初は、かの大悪魔たちの戯れに過ぎなかった。だが、途中でアリスに対して情が湧いたんだろうな。あの子のため、とあらゆる行動を始めたんだ」

 

「あらゆる行動……?」

 

 悠里が緊張でカラカラに乾いた喉から、絞り出すようにオウム返しをする。その悠里の声の春秋は頷くと、とある世界、この世界とは極めて近く果てしなく遠い世界での出来事を話す。

 

「あの二柱はアリス一人だけのための楽園を作り出そうとした。……その楽園とは、住人たちが永久に朽ちることのない体を持つ楽園」

 

「そんなことが、可能なんですか……?」

 

 晴明の言う楽園が本当に可能なのか問いかける悠里。その問いに晴明はある意味において絶望的な答えを返す。

 

「君たちは、まず受け入れられないと思うが、考え方によっては、この巡ヶ丘自体が二柱が用意した楽園と大差ないものになっているよ……」

 

 その答えで楽園というものがどういうものか察した悠里は絶句する。

 

「そう、若狭さんが考えたように箱庭にゾンビたちを、とは言っても実際には君たちが考えている以上にたちが悪いが……、ともかく、ゾンビたちを永久に朽ちぬ住人として飼っていた。それが楽園の正体だ」

 

 そこで由紀が手を上げて晴明に質問する。

 

「はいっ! はーさん、たちが悪いってどういうこと?」

 

「ああ、それはな。身体こそゾンビ化しているものの、意識自体は人間の意識がそのまま残されていたんだよ。もちろんゾンビ化されたことに疑問に思わないように洗脳された上で、だがね」

 

 晴明の口から絶望的な答えを聞いたことで、由紀も目を見開いて絶句する。

 

「そしてアリスはそこで二度目の死を迎えるまで安穏と暮らしていた。もちろん今ここにアリスがいることで、楽園の終焉があったってことは理解できるとは思うが……。だからこそ彼女は普通の友達というものを知らないんだ」

 

 そして晴明は深呼吸をすると優しい瞳で瑠璃を見て語りかける。

 

「だからこそ、彼女に本当の友達というものを知ってほしかったんだ。そしてジャックに対して友達になりたいと言って、本当に友達になったるーちゃんなら、できるかも知れないと思った」

 

 俺では本当の意味での友達にはなれないからな、と自嘲するように呟く晴明。

 瑠璃がどうしてと言うような視線を向けるが、それを感じ取った晴明は自身が悪魔召喚師である限りはどうしても線引ができてしまうと話す。

 

 それを聞いた瑠璃はどこか決意のこもったか表情をすると、未だに泣いているアリスに話しかける。

 

「ねぇ、アリスちゃん。友達になろう?」

 

「でも、アリス、友達のなり方なんて…………」

 

 そこで瑠璃と同じようにアリスに近付いていた由紀が彼女に話しかける。

 

「そんなの簡単だよっ! ただ名前を呼び合えば良いんだよ」

 

 由紀の言葉を聞いたアリスは驚きのあまりキョトンとする。そんなことでいいのか、と。

 そのアリスの顔を見た由紀は笑顔で頷きながら、そうだよ、と告げる。そして──。

 

「だから、アリスちゃん。私達と友達になってくれますか?」

 

 そう言いながら由紀と瑠璃はアリスに手を差し出す。

 それを見たアリスはしばらく呆然としていたが、花開いたような笑顔を浮かべると。

 

「うんっ、ゆき、るりっ!」

 

 彼女達の手を取って立ち上がる、その顔は年相応の少女のものだった。

 そんな三人の姿を見た晴明は、ホッとした表情を浮かべつつ、手に持った保険(ホムンクルス)が無駄になって良かったと内心安堵していた。

 そして、そのまま悠里に話しかける。

 

「済まなかったね、若狭さん。でも、君の妹さんのおかげで、あの子が真の意味で救われた。本当にありがとう」

 

 晴明の感謝の言葉を聞いた悠里は、緊張の糸が解けたのかそのまま倒れそうになる。

 それを支えた晴明はゆっくりと彼女を地面に座らせる。

 座り込んだ悠里は縋り付くように晴明に抱きつくと、妹はもう大丈夫なのかと問いかける。

 

「るーちゃんは、もう本当に大丈夫なんですよね…………?」

 

 その問いに晴明は安心させるように柔らかい笑みを浮かべると、三人のいる場所を指し示しながら、もう大丈夫だと答える。

 

「あの子達の表情を見てくれ。あんなに一緒になって、それでいて心の底から笑っているんだ。だから、もう大丈夫だよ」

 

 その言葉を聞いた悠里は今度こそ大丈夫だと確信できたのか、あるいは安堵したからか小さく涙を流す。

 そんな姉の心配をよそに妹は、こちらに振り向くと力いっぱいに手を振っていた。

 

 

 

 

 後に、巡ヶ丘学院の校舎で三人、または四人の少女達のよく遊ぶ姿が目撃されるようなった。

 そして、その少女達が遊んでいる場では、常に笑顔が絶えなかったという。

 



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第二十六話 平穏な日と話し合い

 

 

 

 透き通るような晴天の空の下、巡ヶ丘学院の屋上に少女達の楽しげな笑い声が響く。

 その声の主は、由紀と瑠璃に彼女の友達であるジャック、そして三人と新たに友達になったアリスの声だった。

 彼女達四人ともう一人、圭の仲魔であるジャックフロストは、今、屋上にある元園芸部用の家庭菜園の近くで、おいかけっこに興じていた。

 

 今でこそジャックフロストも彼女たちと一緒に遊んでいるが、アリスが召喚された当初、彼は彼女にひどく怯えていた。

 それもそうだろう。魔人とは死の象徴。具現した死そのものであり、それと同時に彼女は二柱の大悪魔から寵愛を受けている、まさに特別と言っていい悪魔だったのだから。

 

 そんな中で彼からアリスに対する恐怖、と言うよりもジャックフロストについていた彼女に対する色眼鏡を取り払ったのは、少ない時ながらもともに暮らしていた瑠璃の説得と、何よりも由紀の叱責だった。

 

 特に由紀の叱責は、彼女自身が普段【丈槍】としての色眼鏡越しに見られる毎日だったこともあり、それがどんなにツライことなのかを、滾々と諭されたこと、ジャックフロスト自体も素直な性格だったこともあって、その後やはり苦手意識があるのか恐る恐ると言う様子であったが、二人が直接話すことで彼の中にあった恐怖や蟠りも消え、以後は友達として一緒に遊ぶようになっていた。

 

 そんな五人が楽しく遊ぶ様を遠くからニコニコと、あるいは眩しそうに眺めている二人の少女の姿があった。

 その二人、瑠璃の姉である悠里。そして今回の災害が起きる前、由紀の数少ない友人の一人であった柚村貴依だった。

 

 彼女たちが遊んでいるところを、楽しそうにニコニコと笑っていた悠里だったが、ふと、彼女たちを、正確には彼女達の中にいる友人である由紀を見つめている貴依に話しかける。

 

「たかえさん。ゆきちゃんと一緒に遊べないのはやっぱり寂しい?」

 

 貴依をからかうように話しかける悠里に対して貴依は人好きするような笑みを浮かべてると、認めるように返答する。

 

「……そうだな、確かに寂しいのかもね。でも」

 

「でも?」

 

 彼女の肯定しつつも、それだけじゃないという言い様に聞き返す悠里。

 そんな悠里に対して彼女はどこか嬉しそうにしながら、自身が思っていることを告げる。

 

「でもね、それ以上に私は嬉しいんだ。あの子が、由紀があんなに楽しそうに遊んでるところを見ることができることが、さ」

 

「…………え?」

 

 彼女の発した言葉に疑問を覚える悠里。そんな彼女に貴依は一つの、今は慈と彼女だけが知っている由紀の話をする。

 

「……あの子は、さ。今回のことが起きる前までは、教室の中でも、休みに遊びに行く時も、本当に借りてきた猫のように大人しくてね。自己主張なんてものは、それこそめぐねえの補習授業の時ぐらいしかしてなかったんじゃないかな?」

 

 あの子にとって、頼れる大人ってのは、めぐねえ以外にいなかったみたいだしさ。と感慨深く告げる貴依。

 それを聞いた悠里は驚いた表情を見せる。

 

 由紀の楽しそうな、本当に楽しそうな今の姿を見ると、貴依が言うかつての由紀の姿がまったく想像できなかったからだった。

 確かに悠里も同学年に【丈槍】がいることは知っていたが、彼女にとっては所詮他人事でそこまで関心を持っていなかったこともある。

 だが今、由紀とともに暮らしたことで、彼女の陽だまりのように色々な人を引きつけるような性格のあの子が、そんなことになっていたとは露とも知らなかったのだ。

 

 知らなかったから、なんてことは言い訳にもならないが、でも、もしも、この災害が起きる前に彼女のことを知っていれば何かが違っていたのだろうか。と、思いつめたような表情で由紀を見る悠里。

 そんな悠里に貴依は安心させるように語りかける。

 

「りーさん、そこまで悩まなくてもいいよ」

 

「たかえさん……?」

 

「あいつは、ゆきは、そんな小さいことで恨むようなやつじゃないし、それに」

 

 そこで貴依は、にやり、といたずらっ子がするような笑みを浮かべると、先ほどのお返しとばかりに、悠里をからかうように告げる。

 

「ゆきはりーさんのこと『まるでお母さんみたい』なんて言って懐いてるから。だから、そこまで深刻にならなくていいよ?」

 

「……んなっ!」

 

 まるでお母さんみたい。と言う由紀からの印象を聞いた悠里は、同学年に年上に見られた怒りからか、はたまた、彼女のような良い子に慕われるという嬉しさ、あるいは羞恥心からか顔全体を真っ赤に、それこそ湯気が立ち上りそうなほど真っ赤にする。

 

 それを見て仕返し成功とばかりに笑う貴依。

 そんな貴依に悠里は口を尖らせて文句を言う。

 

「もうっ、たかえさん!」

 

 そのままポカポカと殴りかかってきそうな彼女に、貴依は両手をぱちん、と合わせると未だに半笑いの状態だったが、悠里に申し訳無さそうに謝罪の言葉を口にする。

 

「ははっ、りーさん。ごめんって、このとーり」

 

 貴依の謝罪にも思えないような謝罪だったが、それでも、彼女に謝られてしまった以上、この話題を蒸し返すのは憚られたのか、悠里は一応矛を収める。もっとも、矛を収めただけで不満はありそうな様子だったが。

 その時、二人のもとに新たな人影が現れる。

 

「あれ? 二人とも、こんなところでどうしたんだよ?」

 

 その声の主の方向に顔を向ける二人。

 そこにいたのは、彼女達の仲間である胡桃だった。

 

 ぐるん、と自身の方を向いた二人、特に先ほどまで不機嫌だった悠里に、半ば睨まれるような視線を受けることになった胡桃は、うお、と思わず仰け反る。

 もっともすぐに仰け反り体勢からもとに戻るが、流石に悠里に睨まれたのが怖かったのか、つつつ、と横滑りで貴依に近付くと彼女に悠里が不機嫌な理由を聞く。

 

「な、なぁ、たかえ。りーさんのやつ、なんであんなに不機嫌なんだよ……?」

 

 胡桃の質問に貴依は、たはは、と笑って頭を掻きながら自身が原因であることを告げる。

 

「いやぁ、ちょっと、からかいすぎた、ってところかなぁ……?」

 

「って、お前が原因なのかよ! お前、マジふざけんなよ! あたしは本当に怖かったんだぞ!」

 

 原因を聞いた胡桃は貴依の襟首を掴むと、がっくんがっくんと揺らしながら文句を言う。

 この頃、()()()力が上がってきている胡桃に全力で揺さぶられた結果、貴依は気分が悪くなってきているのか顔を青くしている。

 だが、それに気付いていない胡桃はそのまま揺らし続けるが、そんな二人のやり取りを見ていた悠里は、貴依の顔の変化に流石にまずいと思ったのか、慌てて胡桃を止める。

 

「ちょっ、くるみ、手を離して! たかえさんの顔がすごいことになってるからっ!」

 

「えっ、りーさん? って、うおっ! たかえ、大丈夫かっ!?」

 

 急に悠里に話しかけられたことで驚く胡桃だったが、彼女の指摘で自身が揺さぶっている貴依の様子に気づいたのか、慌てて彼女の襟首から手を離す。

 だが、急に手を離された貴依からしたらたまったものではなく、ただでさえ先ほどまで揺さぶられていた影響で平衡感覚がなくなっていたところに、結果として支えとなっていた胡桃の手が離れたことで、彼女はまず、どすん、と思い切り尻餅をついて、そのまま倒れたことから後頭部まで強打するという、泣きっ面に蜂とでも言うべき状態になった。

 そして尻と頭にほぼ同時に痛みが来た彼女は。

 

「あいっ、たぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 と、叫び声を上げると同時に後頭部を自身の手でおさえて、その場をゴロゴロと往復するように転がる。

 そんな彼女を見た二人はオロオロとしていたが、しばらくすると痛みが収まってきたのかのろのろと起き上がると、貴依は涙目になりながら胡桃に吠える。

 

「くぅ、るぅ、みぃぃぃぃぃぃぃ!」

 

 貴依の鬼の形相に、胡桃は内心及び腰になりながらぺこぺこと頭を下げて謝り通す。

 先ほどとは真逆になった二人のやり取りを見ていた悠里は、思わず、ぷっ、と吹き出す。

 その音を聞いて悠里を見る二人だったが、その行動もおかしかったのか、悠里は我慢できずに笑い出す。

 そんな悠里の姿に、完全に気が削がれたのか二人は曖昧な表情で笑う。

 

 そしてそんな二人には構わずに悠里の笑い声が響き渡るのだった。

 

 

 

 

 

 

 瑠璃たちと遊んでいた由紀だったが、そんな折に悠里の笑い声が響いてくる。

 そのことに驚いた由紀は思わず足を止めて悠里がいる場所を見る。

 彼女の行動に、他の面々も同じく足を止めて由紀の視線の先を見る。

 

 そこには、お腹と口元を抑えて爆笑している悠里の姿があった。

 そんな珍しいものを見た彼女たちは互いに顔を見合わせる。

 だが由紀にとっては、この頃人知れず気難しい顔をしていた悠里が楽しそうに笑っていることはいいことだ、と思い顔を緩ませる。

 

 その時、由紀が着ている上着の裾が何者かに引っ張られる。

 なんだろう? と、由紀が振り向くと、そこには彼女の後ろに、ちょこんと立っていたジャックフロストの姿があった。

 それを確認した由紀は笑顔を浮かべながら彼に視線を合わせるようにしゃがみ込むと、そのまま彼に話しかける。

 

「どうしたの、ヒーホーくん?」

 

 笑顔で問いかける由紀に対して、ジャックフロストは自身の身体をガサゴソとまさぐると、一体どこから取り出したのか、一枚のカードを彼女に差し出す。

 

「ヒホッ、ユキにこれやるホ。きっといつか必要になるホ!」

 

 そう言いながらジャックフロストに差し出されたカードを受け取る由紀。

 受け取った由紀は、カードを持ち上げて裏返したりと、全体をしげしげと見る。

 直感的に由紀は全体的に青みがかっているそのカードが、どことなくトランプやタロットカードのように見えた。

 不思議なカードを貰った由紀は、このカードは何なのか、とジャックフロストに問う。

 

「ヒーホーくん、このカードって…………?」

 

 由紀の質問にジャックフロストは楽しげに笑いながら内緒だと告げる。

 

「ヒホホッ、それはそのうちのお楽しみだホ。きっといいことがあるホー」

 

 そんな風に楽しげに喋るジャックフロストを見た由紀は、まぁあの子が楽しげなら大丈夫なのかなと思い、深くは追求しないことにした。

 そして、ジャックフロストはそのまま近くにいる太郎丸を見つけるとおいかけっこを始める。

 それを見送った由紀や、瑠璃たちは互いの顔を見合わせて苦笑するのだった。

 

 

 

 

 

 

 そのように学園生活部の面々が思い思いに過ごしている頃、晴明、慈、透子の大人たち三人と、そして学園生活部であると同時に前世のことを思い出したアレックスの四人は、職員室に集まって慈に渡された一つの冊子を見ていた。

 そしてその冊子、緊急避難マニュアルを見た晴明は自身の率直な感想を告げる。

 

「……確かに、この冊子は秘密基地にあったものとほぼ同一、だな」

 

「ええ、本当に……」

 

 晴明の感想に追従するように頷く透子。

 そんな二人の様子に、慈はどこか恐る恐るといった様子で声をかける。

 

「……そう、なんですか?」

 

 そんな彼女に晴明は安心させるように微笑むと、彼女の疑問を肯定する。

 

「ああ、現物は大学に居る信頼できる博士とその助手に預けてるが、預ける前にある程度の記述は確認してたんだ。だから、さっきも言ったようにほぼ同一だと断言できるよ」

 

 ただ、と一言告げる晴明。

 そんな晴明に他のメンバーはどうしたのか、と言いたげに疑問符を浮かべるが、それを見た晴明は自身が疑問に思ったことを正直に告げる。

 

「今の所判明しているのは、今回の災害、むしろ人災と言うべきか。これにランダルコーポレーションが関わっていることと、その背後にメシア教が絡んでいる可能性が高いことなんだが……」

 

「メシア教、ですか……?」

 

 晴明の話の中で出てきたメシア教と言う名前に聞き覚えがない慈は疑問を口にする。

 それを聞いた晴明は、そう言えばその辺りを説明していなかったと思い、かつて秘密基地メンバーに説明したこととほぼ同じ内容を口にする。

 それを聞いた慈は得心がいったのか、なるほど、と頷いていた。

 

「それで話を戻すが、正直な話、企業にしても、メシア教にしても、今回の災害を起こすにしては色々とあまりにも杜撰すぎる気がするんだよ」

 

「……杜撰?」

 

「確かに、考えてみると、いくらなんでも行きあたりばったりすぎるわね……」

 

 晴明の言葉に実際のメシア教を知らない透子と、天使たちのことを知るアレックスで正反対の反応が出る。

 そこで天使たちのことを知るアレックスが、自身が納得した理由を告げる。

 

「私もメシア教については、そこまで詳しいわけじゃないんですけど。でも、私が知っている天使たちと比べると本当にやり方が大雑把すぎるんです」

 

 そしてアレックスは一息つくと、続きを話し始める。

 

「天使たちはもともと秩序を重んじる、と言うよりも絶対視するんですけど、でも今回の行動はどちらかと言えばカオス寄り、今の巡ヶ丘を考えればわかってもらえると思いますが、世紀末思想、力こそがすべてと言わんばかりの世界を作ろうとしてるように見えるんですです」

 

 アレックスの例えを聞いた慈と透子は、確かにそれっぽいと二人して頷く。

 二人に納得してもらえたアレックスは満足したような顔を見せると晴明の方を向く。

 晴明も彼女の我が意を得たりとばかりに頷きながら話を進める。

 

「ああ、そうだな。だから今回考えられる原因についてはいくつか考えられる」

 

 そう言いながら春秋は握りこぶしを作ると、その兎地の一本人差し指を伸ばして話を続ける。

 

「まずは一つ目、メシア教と敵対している宗教、さっきアレックスさんが言ってたガイアが妨害工作を行った結果、今回の災害が起きた」

 

 次に、と言うと人差し指と中指を立てながら話を続ける晴明。

 

「二つ目の理由はただ単に人的ミスによるウイルスの流出、並びに感染の拡散。考えたくはないけど、ある意味普通の理由だな」

 

 そして、と今度は薬指も立てて、自身が考えたくない可能性を述べる晴明。

 

「……三つ目は、メシア教がわざと流出させた可能性。この場合、考えられるのはメシア教にとって都合のいい人間以外を()()()()()()するために、今回の研究とウイルスを利用したってところ、だな」

 

 晴明が考えた可能性を聞いた三人、天使たちを知っているアレックスは納得の表情を、そして知らない慈と透子は、そんな人道に反することがあり得るのか、と驚愕の顔を見せる。

 特に慈は信じられない、信じたくないという表情を見せながら胸元にかけている私物のロザリオを、ぎゅ、と握り込む。

 

 それを目敏く見つけた晴明だったが、なにも言うつもりはなかった。信教は自由であるし、何より天使の中でも本当にごく少数であるが、人間の味方をする者も存在することを彼は知っているからだ。

 そして晴明は不安に思っている慈を安心させるために、今言ったことはあくまで可能性があるだけだ。と話しかける。

 その話を聞いた慈は、幾分か気が楽になったのか、ホッとした表情を見せる。

 

「まあ、美紀と圭の二人から【男土の夜】と呼ばれる過去に起きた災害についての話も聞けたから、今後はそちらも調査すれば、何らかの情報の進展があるかも知れない」

 

 晴明からの情報に知らなかったアレックスと慈は驚いた顔をするが、晴明はそのことについて改めて共有する。

 そして一通り話した晴明は、最後に締めの言葉を口にする。

 

「兎にも角にも、今、生存者がここまで揃ったのだから、まずは皆で生き残ることを考えよう。そのために俺も微力ながら協力させてもらうから、それじゃ、みんな頑張ろう」

 

 晴明の言葉に皆それぞれに、はい、と返事をして全員が生き残るために頑張ることを誓うのだった。

 



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第二十七話 魔人-デイビット

 

 

 

 アリスが召喚されて数日が過ぎた。その間、彼女の行動で危険なことを起こさずに、むしろ瑠璃を友達として、由紀を姉として慕っている様子から問題はないだろうと判断した晴明は、以前ライドウに依頼されていたことを解決するために行動を起こすことにした。

 

 ライドウの依頼、それは巡ヶ丘駐屯地の調査のことだった。

 本来はすぐにでも行動を起こすべきだったが、直接晴明が動く以上、彼の仲魔達は、魔人である大僧正とアリス、そして現在別行動として大学に居る英雄、ジャンヌ・ダルク以外の仲魔は彼から離れられないことから、どうしても学校の防備が手薄になってしまう。

 

 無論、学校に残る人間の中でもかれら相手ならある程度戦える胡桃や貴依、本人は気付いていないがジャックフロストを仲魔としたことで、少しだけMAGが表面に出てきた結果、身体能力が向上している圭、そして、何より前世の記憶、かつてのシュバルツバースや絶望の未来の記憶と経験を取り戻し、なおかつ相棒であるジョージがともにいる超人クラスのアレックスが居るのだが……。

 

 しかし、悪魔が襲撃してきた場合、今挙げた人物の中で対抗できるのはアレックスと、圭の仲魔であるジャックフロストのみとなり、そこに大僧正を入れてもたった三人。これでは防備が手薄と言っても仕方ない。

 なので、晴明は暴走する危険があることを承知しながらも瑠璃や由紀の人柄でアリスが絆される可能性に掛けて彼女を召喚した。

 その結果は彼にとって、満点と言っていい状態であり、まだ多少の不安があるものの彼は駐屯地の調査に踏み切ることにしたのだった。

 

 晴明はその旨を大人組に伝えると、単独行動を取る準備をして、そして今はアリスの元へ会いに来ていた。

 

「……アリス」

 

 晴明に話しかけられたアリスは、一緒に遊んでいた瑠璃や太郎丸に断りを入れて彼の元へ駆け寄る。

 

「どうしたの、ハルアキ?」

 

 首をコテンと傾げながら彼に問いかけるアリス。

 そんな彼女を見た晴明は、視線を合わせるようにしゃがみ込むと、彼女の肩を軽く掴んで真剣な表情で語りかける。

 

「アリス、俺は今からちょっと外にいかなきゃいけないんだ。つまり、しばらくの間俺が皆を守ることが出来ない。だから、その合間、アリスにるーちゃんや由紀さん、皆を守って欲しいんだ。もちろん、大僧正もいるが、どうしても彼一人では限界がある。でも、そこにアリスがいれば皆を守れる可能性がぐんと高くなるから、ね。頼んだよ?」

 

 晴明からの真剣なお願いを聞いたアリスは、にこにこと笑いながら首肯する。

 

「うん、要は危ない奴らを全部やっつければいいんでしょ? なら、アリスに任せて。全部、死んでもらうから」

 

 楽しげに、そうのたまうアリスの言葉を聞いた晴明は、顔を引き攣らせそうになるが、それを我慢してよく出来ました、というように彼女の頭を軽く撫でると、もう一度、頼むぞ、と言って立ち上がる。

 そして晴明はそのままアリスの元から立ち去る。それを見送ったアリスは瑠璃と太郎丸の元へと戻るのだった。

 

 

 

 

 

 

 学校を足早に出発した晴明は、行きがけの駄賃とばかりに校舎の一階と校庭に屯していたかれらを処理すると、そのまま自身の脚力をフルに使い跳躍。比較的無事に残っている民家の屋根に飛び移ると、まるで忍者のように次々に飛び移って移動していく。

 

 ごうごうと風を切りながら屋根を飛び移って移動する中で、周辺を観察する晴明だったが周りには生者の気配はなく、崩壊した街中のそこかしこをかれらが徘徊するのみだった。

 そんなかれらの中でも、時々屋根に居る晴明に反応するものもいたが、当の晴明が凄まじい速さで移動していることもあり、すぐに目標を見失って周囲を徘徊することになる。

 

 そうした移動を繰り返した晴明は、昼頃には目的地である巡ヶ丘駐屯地が視界に見えてきていた。

 そこで晴明は初めて駐屯地の惨状が見えてくる。

 煙こそ上がっていないが各所で倒壊した建物に、明らかに人が成せないであろう破壊痕。

 そしてなによりも晴明に異常を知らせる一助となったのは、駐屯地から聞こえる音。破壊された場所には不釣り合いなほどの荘厳な音楽だった。

 

 それを訝しげに思った晴明は、駐屯地に近付くのをやめてそのまま民家の屋根上に留まる。

 そして晴明はガントレットを操作するとバロウズに話しかける。

 

「バロウズ、エリアサーチ」

 

《オーライ、マスター》

 

 晴明の指示通りに付近をスキャンするバロウズ。しかし次の瞬間には彼女は焦った様子で晴明に報告を上げる。

 

《マスター、拙いわ! 駐屯地に悪魔の反応、しかもこれは──、魔人の反応よ!》

 

「…………そう、か」

 

 バロウズの報告に言葉少なく答える晴明。

 

 確かに駐屯地には悪魔と戦えるデモニカ部隊が即応できる形で待機していた。

 しかし、悪魔と戦えると言っても、あくまでも想定していた悪魔は妖精や幽鬼などのいわゆる下級悪魔たちであって、まかり間違っても魔王や大天使ともやりあえるような魔人などという規格外の存在に対してではない。

 

 一応デモニカ自体も学習型パワードスーツなので修羅場を幾度となくくぐり抜けることができれば、アレックスやシュバルツバース調査隊のように上級や大悪魔と言えるような面々と正面から切った張ったをできるようになるが、この日本は前世の晴明が遊んだメガテン世界とは違い、曲がりなりにも平和な日本だった。

 そして同時にデモニカ自体もまだ生み出されて間もない技術であるからして、圧倒的に対悪魔戦闘を行う回数が少なかったのだ。

 

 そのような状態では、如何に別世界(シュバルツバース)で数多くの神魔を屠ってきたタダノヒトナリの同位体がいたとしても、打ち克つのは不可能に近いだろう。

 もし、例えるとするのなら、RPGゲームでようやくチュートリアルを終えてレベル上げを始めたら、ランダムエンカウントで本来ラストダンジョンに出てくる中ボスクラスが現れた、とでも言えばわかりやすいかも知れない。

 

 もしその場にクズノハやファントムの熟練サマナーや、それに類する超能力者たちがいれば善戦、あるいは撃破できる可能性もあったかも知れないが、少なくとも晴明が保護した避難民にはそのような人物はいなかったし、その後のデモニカ部隊の活動内で保護していた場合は五島からライドウ、そして晴明にと連絡が来るはずなのでその線もない。

 

 即ち、現有戦力であるデモニカ部隊だけで魔人と戦った可能性が高く、その結果、魔人に敗北して駐屯地は壊滅したのだろう。

 

 そこまで考えた晴明だったが、ふと、駐屯地の様子がおかしいことに気付く。その理由とは駐屯地が壊滅したにしては、()()()()()()()()()()()

 晴明は、壊滅した以上静かなのは当たり前のはずなのに、そのことに違和感を覚える理由を探して、すぐに思い当たって納得する。

 かつて晴明が壊滅した場所で、透子を、瑠璃を、美紀と圭、そして太郎丸を助けた場所では共通点があったのに、この場所ではそれがないからだ。

 

 この場所には無くて、他のメンバーを救助したときにあった共通点、それはかれらの存在だった。

 

 透子の時、彼女はかれらに食われる寸前だった。

 瑠璃の時、校庭や校舎は大人のかれらと、子供のかれらに占拠されていた。

 美紀、圭、太郎丸の時、彼女らは避難所に籠城してかれらの襲撃を耐えていた時に、晴明に救助された。

 

 と、いったように彼女たちを救助した時は多かれ少なかれ、かれらが関わっていたのに対して、晴明の眼前に広がる駐屯地の様子はと言うと……。

 まごうことなく一部建物は倒壊し、また以前火災が起きていたのか焼け焦げた建物などもあることから、壊滅していることは簡単に見て取れるが、しかし、そんな状態にも関わらず人っ子一人どころか、かれらの姿まで見えないのだ。綺麗さっぱり掃除しました、と言わんばかりに。

 

 つまり、今の状態は本来異常なのだが、しかし、フォルネウスが行ったようにここにいる魔人がすべてのかれらを喰らったとしたら……?

 その場合は、ただでさえ強い魔人という悪魔が、晴明ですらも即時撤退を選択しなければならないほどの難敵になっている可能性が高い。

 そのことに気付いた晴明は、口の中に溜まった唾を飲み込んで、音を立てずに駐屯地の近くに降り立つと仲魔を召喚する。

 

「来い、クーフーリン、カーマ──」

 

 彼の号令とともに送還されていた仲間たちが再び召喚される。

 しかし、彼が告げた名前は()()なのに対して、召喚の光は()()輝いていた。

 残り一つの謎の光。その答えを告げるように晴明は最後の仲魔の名を告げる。

 

「──そして、ピクシー!」

 

 晴明が最後の名前、彼の初めての仲魔にして数多くの死線をともに潜ってきた相棒の名を告げると同時に、小さな体に虫のような翅、そして青色のハイレグスーツに身を包んだ少女、妖精-ピクシーが姿を表す。

 

 もしも、この場に圭の仲魔であるジャックフロストがいた場合、彼女の姿を見たら驚愕し、腰を抜かすこと請け合いだろう。

 なぜなら、彼女は本来ジャックフロストよりも弱い下級悪魔であるはずなのに、実際のところ彼女が身にまとうMAGは、上級クラス、下手をすれば魔王などの大悪魔クラスと同等だったからだ。

 

 そんな通常からしたらありえないピクシーは、久々に外に出たことで気持ちよさそうに体を伸ばすと、ニヤニヤと晴明を見て話し出す。

 

「ん~、久々の娑婆だわぁ……。で、マスター? 私を出すなんてトンデモ案件なの?」

 

 ニヤニヤと楽しそうなピクシーに対して、晴明は真剣な表情を浮かべて答える。

 

「ああ、どうやら魔人がいるようだ。……それで、なおかつ音楽が聞こえてくる、となるとある程度は予想はつくけど、な」

 

 晴明の言葉を聞いたピクシーはなおさら楽しそうに顔を歪めながら、晴明の予想を答える。

 

「へぇ、つまり魔人-デイビットってわけね。これはまた一筋縄ではいかなそうね」

 

「ああ、それに今、ここには人はいないから思い切り暴れることも可能だろう?」

 

 それがお前の望みだろう? とでも言うようにピクシーに語りかける晴明。

 それを聞いたピクシーは、心底可笑しそうに笑いながら首肯する。

 

 そんな二人のやり取りを見ていたカーマは、げんなりとしながら愚痴をこぼす。

 

「もうやだ、このバトルジャンキーども。本当何とかしてくださいよ……」

 

「そいつは無理ってもんだろうよ?」

 

 カーマの愚痴を聞いたクーフーリンは無理だろう、と一刀両断する。

 言葉を聞いたカーマはのろのろと彼を見るが、そこには年甲斐もなくキラキラとした笑顔を浮かべるクーフーリンの姿があった。

 彼の楽しそうな姿を見たカーマは、そうだ、ここにもバトルジャンキーがいたんだった。と絶望的な表情を浮かべる。

 

 そんな様子でじゃれている二人を尻目に、晴明は警戒しながら駐屯地へと歩みを進める。

 そして晴明を追うようにピクシーも移動を開始すると、流石にカーマとクーフーリンの二人も気付いたのか、慌てて追いかける。

 そのまま中に入った四人は駐屯地の一角、元は訓練にでも使われていたであろう開けた場所で一心不乱にストラディバリを弾いている魔人、デイビットを発見する。

 

 気持ちよさそうに己が楽曲を披露していたデイビットだったが、突然の乱入者の存在に気付き演奏を止める。そして──。

 

「おやおや、音楽家の楽屋裏に突撃訪問などと、あまり感心しませんな。ですが……」

 

 急な乱入者、晴明達に苦言を呈しながらも興味深げに見やるデイビット。

 興味深げに見ていたデイビットだったが、合点がいったのか楽しそうに頷きながら晴明に話しかける。

 

「ふぅむ、その容姿からすると、貴殿がデビルサマナー、蘆屋晴明殿ですな?」

 

「……俺を知っているのか?」

 

 デイビットの言葉に警戒しながらも、彼の質問に肯定しつつ、自分のことを知っているのか、と問いかける。

 それを聞いたデイビットは、当然、と笑いながら答える。

 

「貴殿のことは依頼主から聞いていたのでね」

 

「依頼主、だと?」

 

「左様。しかし、誰のことかは教えるつもりはない。なにより今は、貴殿とわたくし達の舞踏を楽しむとしよう!」

 

 それだけを言うとデイビットは問答無用とばかりに、ストラディバリで演奏を開始する。

 しかし、先ほどの演奏とは明らかな差異があった。それは──。

 

「これは……楽譜? なにっ!」

 

 音楽の演奏で用いられる楽譜の書き方である五線譜、それが中空に描き出されると、まるで魔法陣のように円状になり、その中から悪魔が顕現する。

 

「まさか、軍勢を召喚するとはっ……!」

 

 晴明はまさかデイビットが多数の悪魔を召喚するとは思わずに驚愕する。

 そんな晴明の眼前には、複数の妖魔-ヴァルキリー、妖精-ローレライ、妖鳥-セイレーンの群れが現れる。

 驚愕している晴明をよそに、デイビットは骸骨でありながら、ニヤリと笑ったのがわかりそうな雰囲気をまとわせ、演奏を激しくしながら語りかけてくる。

 

「ふふふ、我が死の演目によくぞ参られた。……それでは存分に楽しむといたしましょう! 貴方達の命が尽きる、その時まで!」

 

 デイビットの宣言とともに、悪魔の軍勢、そして魔人-デイビット自身が襲いかかってきた!

 



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第二十八話 死闘、巡ヶ丘駐屯地

 

 

 晴明一行に空中から襲いかかってくるヴァルキリーとセイレーン達。

 彼女らの攻撃を避けるために晴明たちは別方向に跳んで間合いを取る。

 そして晴明とカーマは、回避途中の空中でそれぞれメギドファイアと、自身の得物である弓を構えて反撃に出る。

 

「おぉぉぉぉぉぉ!」

 

「──天扇弓!」

 

 晴明はメギドファイアに自身のMAGを込めることで散弾化させ、カーマも天扇弓による上空から矢の雨を降らせる。

 縦方向と横方向からの殺し間で悪魔たちを一息に狩ろうとしたのだ。

 

 だが、そこに──。

 

「────!!」

 

 ローレライ達とデイビットの共演にて、彼女達の周囲に音の結界が張られる。

 音の結界によって、ほんの一瞬であるが晴明達の攻撃が止められてしまう。

 尤も、すぐに結界を突き破り凶刃がヴァルキリーやセイレーン達を貫こうとするが、ほんの一瞬、本当にタッチの差であるが彼女達の回避行動が早く攻撃は空を切る。

 地面に着地しながらそれを見た晴明は、すぐさまピクシーに呼びかける。

 

「──ピクシー!」

 

「はい、は~い。──ラスタキャンディ!」

 

 晴明に呼びかけられたピクシーは、気の抜けた返事とは裏腹に力ある言葉を唱えると同時に、彼女をはじめ晴明や仲魔達のあらゆる能力を上げる魔法、ラスタキャンディを使用する。

 魔法を使用すると、彼女達の周囲に光が集まり、そのまま身体に吸い込まれていく。

 

 ピクシーが使用した魔法、ラスタキャンディを見て、ぎょっとするローレライ達。

 ローレライ達にとってピクシーとは同じ種族の中でも最下級の存在であり、そんなピクシーが全能力上昇なんて高位の、大魔法と呼ばれてもおかしくないラスタキャンディを使用できるとは露ほども思っていなかったのだ。

 そして、その隙を見逃すほどクー・フーリンという悪魔は甘くない。

 

「はっはぁ! 隙だらけだぜぇ!」

 

 彼は地面を踏み砕くほどの神速の移動を繰り出し、そのまま手に持つ槍、ゲイボルグを突き出して、まるで馬に乗った騎士のごとくランスチャージを繰り出す。

 しかし、そんな彼の前に二体のヴァルキリーが現れ、両手に持った剣、合計四振りで彼の槍を叩き、無理矢理穂先を下に向ける。

 その結果、下を向いた穂先は地面をえぐり、しかしそれだけで運動スピードがなくなるわけではない。かくしてクー・フーリンは、本人が望むわけではなく偶然ではあるが、棒高跳びのように身体がぐるんと空中に放り出される。

 

「っ! なろっ!」

 

 それでも元来の戦闘センスで、空中ですぐさま体勢を立て直すクー・フーリン。

 しかし、そんな彼を取り囲むようにヴァルキリー達、先ほどクー・フーリンの槍を迎撃した二体以外の九体が彼に向かって突撃してきていた。

 それを見て顔を歪ませるクー・フーリン。

 しかし、それは苦々しく思っているのではなく、どちらかと言えば楽しげな笑みであった。

 

 笑みを浮かべたクー・フーリンは、それこそ平時であれば腹を抱えて笑いそうなほどに喜色に溢れた声で吠える。

 

「はははっ! その程度で俺を殺せるかよぉ!」

 

 吠えた後にクー・フーリンは身体のバネを最大限に使い全身を可能な限り撚ると、そのまま開放して独楽のように回転して周囲に槍を叩きつける。

 まさしく暴風、竜巻そのものと言えるようなクー・フーリンの暴威を突然受けることになったヴァルキリーたちは、成す術なく薙ぎ払われていく。

 それを見たカーマは一言。

 

「……たーまやー。とでも言うべきですかね?」

 

 と、呑気に言いながら突然の惨状に呆けていたセイレーンの何体かを矢で貫いていく。

 カーマの攻撃に味方がやられていることに気付いたセイレーン達は慌てて羽ばたきながら回避行動を取る。

 それと同時に何体かはさらに力強く羽ばたくことで突風を発生させて、カーマが放つ矢の軌道を変えて防ごうとする。

 しかし、流石に妖鳥と秘神という二つの種族が持つ能力の絶対値、その違いを突破できるだけの風を引き起こせるわけもなく、抵抗を選んだセイレーン達も次々と胸に、頸に、額に矢を撃ち込まれ討ち取られていく。

 

 次々と敵を減らしたカーマは戦果に気を良くして、さらに拡大すべく矢を番え──即座に回避行動を取る。

 緊急回避を行いカーマが去った場所に音の衝撃波が撃ち込まれ、地面が爆散する。

 

「……あぶなっ! 洒落になってませんよっ!」

 

 そう言いながら下手人を見るカーマ。そこにはストラディバリを弾いているデイビットの姿があった。

 

「ふぅむ、小手調べとは言え、この程度は回避してもらわないと面白くない」

 

 カーマの回避を見たデイビットは、そのように感想を述べながらもストラディバリを弾き続ける。

 すると、今度は衝撃波以外にも、楽譜に記載されている音符の形をしたエネルギー体が生成されてカーマに殺到する。

 デイビットの攻撃を何度もステップを踏むことで躱そうとするカーマ。しかし、衝撃波自体はそれで躱せたが音符は追尾能力でもあるのか、しつこくカーマを追ってくる。

 

「くっ! 面倒な攻撃をっ!」

 

 カーマは愚痴りながら音符に向かって、迎撃の矢を放っていく。

 そして、デイビットが放った音符とカーマが放った矢が激突するたびに、破裂する轟音と衝撃波を周囲に撒き散らす。

 カーマが音符の迎撃を終わらせたその場は、まるで爆撃を受けたかのような様相を見せていた。

 仮にも神性を持つ自身が迎撃しかできなかった、という事実に戦慄するカーマ。

 

 カーマの表情を見たデイビットは満足そうに再びストラディバリの弦に、弓を添えて演奏をしようとするが、その時。

 

「はぁぁぁぁ────!」

 

 そこに倶利伽羅剣を振り上げた晴明が超スピードで迫ってくる。そしてそのままデイビットに向かって一閃!

 それを感じたデイビットは、即座に弓で晴明の斬撃を受け止める!

 

 晴明の剣とデイビットの弓が接触した瞬間、攻撃と防御の衝撃が周囲に拡散し、空間を、地面を破壊していく。

 その中で鍔迫り合いを続ける二人だったが、デイビットは踊るようにステップを踏むと晴明を蹴り飛ばす。

 蹴り飛ばされた晴明だったが、インパクトの瞬間に自ら後ろに飛ぶことでダメージを軽減し、さらに吹き飛ばされながらも素早くメギドファイアを取り出してデイビットに向けて実弾で乱射する。

 苦し紛れの攻撃だったが、デイビットは慌てることなくストラディバリを弾くことで、自身の周囲に即席の結界を張り防御する。

 

 結界自体は破壊されたものの、攻撃を防ぎきったデイビットは視線を吹き飛ぶ晴明に向けるが、攻撃を防がれたはずの晴明は何故か、してやったり、と言わんばかりの笑みを浮かべていた。

 その笑顔に不審なものを感じたデイビットだったが、すぐに晴明が笑みを浮かべていたか、その理由を強制的に理解させられる。

 

「これで────ジオダイン!」

 

「なっ……! ぐぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 デイビットが音の結界を張る一瞬の隙を付いて、ピクシーが電撃系上級魔法であるジオダインを放ったのだ。

 意識の外からジオダインという強力な魔法をまともに受けてしまったデイビットは、ただダメージを負うだけではなく身体が感電する。

 それを見た晴明は、吹き飛ばされながらも空中でくるりと回転して体勢を立て直すと再び突撃しようとするが、その前に先ほどクー・フーリンの邪魔をした二体のヴァルキリーが斬りかかってくる。

 

「ちぃっ! 邪魔だぁ!」

 

 ヴァルキリーを確認した晴明は、自身のMAGを練ると倶利伽羅剣に纏わせて思い切り振り切って斬撃を増大、空間殺法にて敵対者を細切れにする。

 ヴァルキリーを細切れにした晴明は追撃を仕掛けようとするが、既に体勢を立て直したデイビットからの音符攻撃が放たれるのを見て即座に回避、迎撃行動に移る。

 晴明は再びメギドファイアにMAGを込めて散弾状態で乱射。音符を次々と破壊していく。

 

 そうして音符をすべて破壊し終えた晴明は、仕切り直すようにデイビットから間合いを取る。

 晴明の行動を好機と見たデイビットは追撃を仕掛けるためにストラディバリで演奏をしようとするが、突然足元に槍が投擲される。槍はクー・フーリンのゲイボルグだった。

 足元に打ち込まれたゲイボルグを見たデイビットは驚いて周囲を確認するが、そこにはいつの間にか殲滅されてMAGに還っていく自身の召喚した軍勢の姿があった。

 

「なんとっ! まさか、ここまで呆気なくやられるとは……」

 

 自身の手勢の脆さに驚くデイビットだったが、そんな彼に突撃する影があった。ゲイボルグの持ち主であるクー・フーリンだ。

 デイビットに突撃したクー・フーリンは足元のゲイボルグを掴んで持ち直すと、すぐさま突きの連打をお見舞いする。

 だが、デイビットは軽業師の如く華麗にステップを踏んで、神速の突きを見切って回避していく。

 そして、そのままデイビットは晴明たちと間合いを取って仕切り直す。

 

 互いに距離を取って仕切り直す形になった晴明達とデイビット。

 その中でデイビットはカタカタと顎を鳴らしながら、嬉々とした様子で告げる。

 

「ふふふ、まずは小手調べが終わり、これから本当の意味で死の舞踏を始めましょうかっ!」

 

 そう告げたデイビットの全身から活性化したMAGが噴き上がる。

 その勢いは凄まじく、まるで駐屯地周辺が突然の災害が訪れたかのように荒れ狂う。

 

「ちぃ! これが、魔人-デイビットの真の力、か!」

 

 力の奔流を感じた晴明は腕で顔を庇って、目を顰めながらデイビットが本気を出した事実を噛みしめる。

 仲魔達も、それぞれデイビットを警戒しながら態勢を整える。

 

「では、行きますぞっ!」

 

 MAGを全身に行き渡らせたデイビットは全力で演奏を始める。

 デイビットが演奏を始めると同時に衝撃波と音符が弾幕を張るように晴明達のところに押し寄せてくる。

 それを見た晴明達はギョッとするが、カーマと晴明がそれぞれ弾幕を張り対抗する。

 

 ──煌めく閃光と響き渡る轟音、そして蹂躙する衝撃波。

 

 デイビットの手によって壊滅した駐屯地が、双方の攻撃の余波でさらに建物が土煙を上げて倒壊し、破壊されていく。

 建物が倒壊した際に発生した土煙が全員の身を隠していく。

 そのまま少しの時が流れるが、唐突に煙から何かが飛び出していく。

 

 飛び出した影、それは晴明とクー・フーリン、そしてデイビットだった。

 飛び出した三人、晴明は剣を振るい、クー・フーリンは槍を突き出し、デイビットはストラディバリで演奏しつつ体術、蹴撃を見舞う。

 

 薙ぎ、突き、振るい、剣戟、蹴撃、と余人が見ればまるで三人が決められた手順の通りに華麗な舞踏を踊っているように見えただろう。

 だが、これは彼らの戦闘の先読みが成した必然であり、同時に奇跡だった。

 先読みでの舞踏を続ける三人、しかし、突如晴明とクー・フーリンがデイビットから距離を取る。

 その直後、デイビットのもとに矢の雨が殺到する。

 

「いい加減、倒れなさいなっ!」

 

 矢の雨の正体は、身を隠して準備していたカーマのスキル、天扇弓と、もう一つ。

 

「────刹那五月雨撃ち!」

 

 こちらも、本来は複数の敵に多数の矢を撃ち込むスキル【刹那五月雨撃ち】を連続で発動していたのだ。

 そして、矢の雨が上から、前からと殺到して必然的にデイビットがいる場所は、殺し間とも言える空間になる。

 

「ふん、猪口才なっ!」

 

 そんなカーマの妙技に、デイビットは吐き捨てながら自身の魔技とも言える演奏で音の結界で防ごうとするが……。

 

「ぐ、むっ。まさか、これほどとは……」

 

 しかし、流石に複数のスキル、しかも、それが多段スキルだったことから、結界でなんとか攻撃を防ぐことは出来たものの、結界はいつ崩壊してもおかしくないほどにヒビ割れ、同時にデイビット周囲の地面が矢によってハリネズミのようになっていた。

 カーマの手によって結界を破壊される寸前までいったデイビットは、地面の矢の衝撃もあって体勢を崩しており、すぐさま動くことが出来ない。その好機を見逃す晴明達ではなく、さらなる追撃を掛けるためにクー・フーリンは肉薄を、晴明はメギドファイアの銃口を向ける。

 

 そして銃口に晴明のMAGの光が集まり、極光となってデイビットに放たれる。

 その一撃は、かつて巡ヶ丘学院にて、逃げようとするライジュウに向かって放たれ、ライジュウと射線上の周囲を薙ぎ払った晴明が持つ最高クラスの物理スキル。

 

 ──至高の魔弾。

 

 メギドファイアから放たれた力の奔流、それはクー・フーリンを追い抜き、今なお体勢を崩しているデイビットに牙をむく。

 晴明から放たれた至高の魔弾が自身の結界を、いくら崩壊寸前だったとはいえ飴細工のように破壊するのを見たデイビットは、己を簡単に滅ぼしうると直感的に理解したが、さりとて回避することはかなわず、しかし悪足掻きと体を捻って被害を最小限に、自身の右上腕部を吹き飛ばされるだけに留める。

 そして身体との繋がりが途絶えた右手は衝撃で弓ごと遠くへと飛ばされていく。

 

「ぐ、ぅぅ。……!」

 

「おぉりゃぁぁっ!」

 

 攻撃をまともに受けたことで呻き声を上げるデイビットだったが、そこにクー・フーリンがトドメとばかりに槍を振り下ろす。

 

 しかし、その一撃はデイビットを両断することなく、あくまで彼の左腕、ストラディバリを持つ腕を切り放すに留まった。

 

カーマから続く連続攻撃で己の命とも言える音楽を奪われたデイビットは激昂する。

 

「おのれ……。おのれ、おのれおのれぇ!!」

 

 しかし、激昂する彼は気付いていなかったが、自身を噛み砕く死神の鎌がすぐ側まで近寄ってきていた。

 

「──マハ・ジオダイン!」

 

 その鎌とはピクシーの放った全体化された電撃系上級魔法のマハ・ジオダインだった。

 放たれたマハ・ジオダインは彼自身を中心に、回避する事も出来ないように広範囲に渡って雷を降り注がせる。

 

「ぐ、うおぉぉぉっ!」

 

 回避することを封じられたデイビットは、マハ・ジオダインで発生した稲光とともに落ちてくる雷の直撃を受ける。

 激しく光り、同時に響き渡る落雷の轟音。そして少し遅れてバチバチと何かが焼ける音が聞こえてくる。

 それはデイビットの着ていた楽師服がボロボロになっていることからも見て取れるように、服が焼けている音だった。

 

 デイビット自身もマハ・ジオダインのダメージで限界を超えたのか、ドシャリと仰向けに倒れる。

 倒れたデイビットの骨の身体から緑色の燐光が立ち上ってくる。それは、彼自身が制御できなくなって体外に放出しているMAG、即ちデイビットの命そのものだった。

 立ち上って消えていくMAG(自分の命)をぼぅっと見ているデイビット。

 しかし、しばらくすると、くはは、と笑いはじめる。

 

「我が魔技を持ってしても届かぬか。あるいはわたくし自身の傲慢が招いた必然かな……?」

 

 そう言いながら、笑い続けるデイビット。

 そんなデイビットに対して、晴明達はそれでも警戒を緩めずに戦闘態勢のままで倒れた彼を取り囲む。

 晴明達の様子を見たデイビットは、なおもおかしそうに笑い続ける。そして彼は最後に幕引きと、さらに晴明たちにとって衝撃的な言葉を続ける。

 

「くくく、これにてわたくしの公演は終幕だが、貴方達はこんなところで呑気にしていていいのかな……? 本来の予定とは前後してしまったが、諸君を出迎えるためのエキストラは既に君等の拠点に向かってしまっているぞ?」

 

「エキストラ? それに拠点、だと?」

 

 デイビットの抽象的な言葉に嫌な感覚を覚えながらも聞き返す晴明。その問いにデイビットは淡々と答える。

 

「貴方達の拠点、あそこは今、この地にいた出来損ないのゾンビどもに襲われていることだろう……」

 

「……なにっ!」

 

 デイビットが告げた言葉に驚いた表情を浮かべる晴明。

 そんな晴明の様子にデイビットは満足げな雰囲気を出すと、ボロボロと身体が崩れながらもさらに話を進める。

 

「本来は、貴方達をここに呼び寄せるための餌だったが、まさか紛い物どもが襲撃を加える前にここに来るとは思っていなかった。……まぁ、結果的に入れ違いになってしまった、ということですよ」

 

 カタカタと顎を震わせるように嗤いながら告げるデイビット。

 あくまでも他人事のように嗤っているデイビットを見た晴明は忌々しそうな表情を浮かべると、とどめを刺すようにメギドファイアの引き金を引く。

 メギドファイアの銃口から放たれた弾丸は、そのままデイビットの頭骨を破砕し、身体も急激にMAGに分解、拡散されていく。

 しかし、それでも全身が完全にMAGになるまでデイビットは嗤い続けていた。

 

 そして、デイビットの身体が完全にMAGになった時、カランという音とともに身体があった場所に晴明とクー・フーリンによって吹き飛ばされたはずのストラディバリが顕現(ドロップ)する。

 

 無言でデイビットが落とした戦利品を拾っていた晴明を見ていたカーマは、彼に話しかける。

 

「マスター、これからどうします?」

 

「どうするか、だと? そんなことは決まっているだろう!」

 

 晴明は結果として、まんまと嵌められた自身に対しての激情を抑えながら、カーマに向き返って質問に答える。

 

「いくら高校にアレックスや大僧正達がいるとはいえ、最悪の場合ゾンビどもの中にデモニカ部隊が混じっている可能性が高いんだ。急いで戻るぞっ!」

 

 それだけを告げると晴明は地面を踏み砕くほどの踏み込みでクレーターを創る勢いで跳躍し、巡ヶ丘駐屯地から巡ヶ丘学院への帰路を急ぐ。

 そんな晴明の様子に仲魔達はさもありなん、と互いを見合わせながら晴明に続くのだった。

 



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第二十九話 神話覚醒

 

 

 

 その日、微睡んでいた由紀は不思議な夢を見ていた。

 その夢とは、彼女自身が今まで見たこともないような、以前訪れたベルベットルームとはまた違う、光が溢れる神々しい場所に一人で立っていた。

 そして由紀の対面には後光であまり見えないが、それでも赤い鎧のようなものを着込んでいた女性が立っていた。

 不思議な女性が由紀に向かって話しかけてくる。

 

「……こうして話すのは初めてですね」

 

 包容力のある、しかし同時に威厳を感じさせるソプラノボイスを聞いた由紀は、どこか他人と思えない女性に対して不思議そうな顔で問いかける。

 

「あの、貴女は……?」

 

 由紀の不思議そうな声を聞いた女性は、後光で顔が見えないはずなのに人好きのするような笑みを浮かべているのがわかるように、くすくすと笑いながら告げる。

 

「今はわからなくていいんですよ? いずれ、わかる時が来ます。ただ──」

 

「ただ……?」

 

 彼女の言葉に疑問符を浮かべる由紀に対して、女性は慈しむような音色で語りかけてくる。

 

「これだけは忘れないで。私は貴女であり、貴女もまた私の、そして彼女の写し身だということを──」

 

 と、由紀にとっては聞き捨てならないことを告げる。

 そのことに対して由紀は、どういう意味なのか、と問おうとするが、その前に彼女の視界が徐々に歪んでいく。

 現実の由紀が起きようとしている結果、夢の中にいる由紀の意識が混濁したのだ。

 そしてそのまま由紀は質問をする暇もなく意識は堕ちる、もしくは浮上していく。

 

「……ハッ! あ、あれぇ~?」

 

 今まで以上に不可解な夢を見たことで布団から驚いてガバリと飛び起きると同時に首を傾げる由紀。

 そんな彼女の様子を不思議そうに見ている瑠璃だったが、その時、常人よりも遥かに鋭い由紀の聴覚が異音を、ここでは聞こえるはずのない音を拾う。

 その音とは──。

 

「えっ? ヴァイオリン? それに、この呻き声……。っ! まさかっ!」

 

 聞こえた音がなにか気付いた由紀は焦った様子で学校の校門が見える窓枠に飛びつく。

 そして限界まで目を細めて遠くを見渡そうとする由紀。

 その由紀の視界には、本人にとっては外れて欲しかった現実、先日の【あめのひ】以上の数がいる、かれらの団体が微かに見えた。

 それを確認した由紀は、慌てた様子ながらも一度深呼吸して自身を少しでも落ち着かせると、瑠璃を不安にさせないように努めて普段のまま彼女に向き返り、優しく告げる。

 

「るーちゃん、お願いがあるんだけど。みんなを、まずはめぐねえ、りーさん、透子さん、あーちゃんを呼んできてくれる?」

 

「りーねえを? ……うん、わかったっ!」

 

 頼み事をする由紀に何かを感じたのか、瑠璃はそれだけを告げると、とてて、と小走りで部屋を出ていく。

 彼女を見送った由紀は、再び窓から外を見ると、先ほどの優しさが溢れる表情がまるで嘘だったように、苦虫を噛み潰したような忌々しげな表情を浮かべると独りごちる。

 

「まさか、あの人がいない、こんな時に……。あーちゃんや大僧正のおじいちゃん、アリスちゃんだけであの数を防げるの……?」

 

 そこまで心中を吐露した由紀は、嫌な考えを追い払うように首をぶんぶんと横に振る。

 そして気合を入れるように自身の頬をぱちんと叩く。

 

「今はそんな悲観的なことを考えるよりも、何ができるか考えないと……。みんなで生き残るって決めたんだから……!」

 

 そんな決意のこもった言葉を吐くとともに、気炎を上げる由紀。

 そんな彼女を一羽の、()()()がまるで見守るかのように天高くから見つめていた。

 

 

 

 一方その頃、祠堂圭は見回りのためにジャックフロストとともに校舎の三階から散策していた。

 その中で圭とともに行動できることが嬉しいのか、ジャックフロストは見回りと言うよりも遊びのような感覚で腕を飛行機のように伸ばして走り回っていた。

 

「キーンだホー!」

 

「もう、ヒーホーくん。廊下を走っちゃ駄目だよ?」

 

 そんなジャックフロストの様子を見た圭は彼を嗜める。

 それを怒られたと思ったのか、ジャックフロストはしょんぼりした様子で彼女に謝る。

 

「マスター、ごめんだホ……」

 

 しょんぼりしたジャックフロストを見た圭は、苦笑を浮かべながら彼の頭を良い子、良い子と撫でる。

 圭に撫でられることが気持ちよかったのか、ジャックフロストは目を細めて気持ちよさそうにすると、彼女に抱きつく。

 ジャックフロストの抱きつきに驚く圭だったが、ひんやりと冷たい彼の身体が気持ちよかったのか、しょうがないなぁ、と言いたげな表情をするとさらに頭を撫でる。

 その時、ジャックフロストでも圭でもない第三者、優しげな音色の()()の声が聞こえてくる。

 

「ふふふ、仲良きことは美しきこと、かな」

 

 その声に驚いた圭は、ジャックフロストをかばいつつ、声が聞こえた方向を見る。

 なぜなら、その男性の声は、彼女が知る限り晴明でも大僧正の声とも違っていたからだ。

 そして警戒しつつ声の主を見た圭だったが、その場にいる人物を見て目を見開く。

 

 その人物、赤いスーツにカッターシャツ、眼鏡に瞳が隠れていたがそれでもどこか優しげな雰囲気を醸し出す紳士だったが、なによりも圭の視線を釘付けにしたのかが彼の座っている()()()だった。

 車椅子の紳士は、警戒する圭に向かって気さくに話しかけてくる。

 

「そんなに警戒しなくてもいいよ。……と、言っても無理だろうね」

 

 声を聞いた圭は、何故か彼が言うように警戒を解きたくなったが、頭をぶんぶんと振ると、彼に何者なのかを問いかける。

 

「貴方は一体……。生存者の方、ですか?」

 

 少なくとも学園生活部、由紀やめぐねえからそんな話は聞いていないはず、と思いながら彼の返答を待つ圭。

 

 そんな彼女の問いかけに車椅子の紳士は、これは失敬、と言いながら自己紹介を始める。

 

「それじゃあ、改めまして。僕の名前はSTEVEN(スティーヴン)、しがないプログラマーだよ。詳しく知りたければ蘆屋晴明くんが帰ってきた時に、僕のことを聞いてみるといい」

 

 車椅子の紳士、STEVENの言葉を聞いた圭は、幾分か警戒を解くと同時に、晴明と知り合いなのかを問う。

 

「蘆屋先生に……? スリルさんと同じように、貴方も先生とお知り合いなんですか?」

 

「ふふ、これは難しい質問だ。……僕たちは知り合いじゃないけど、僕は彼のことを知っているし、彼も僕のことは知っているだろう」

 

「……は、はぁ?」

 

 STEVENの知り合いじゃないけど知っている、と言う謎掛けか、頓知のような返答に困惑する圭。

 そんな彼女を見ながらSTEVENは困惑している圭に対して、そんなことは関係ないと自身の用件を告げる。

 

「そんなことより、()()()君。今日、僕がここに来たのは、一つ忠告を与えるためだ」

 

「……忠告?」

 

 STEVENの忠告という言葉に首を傾げる圭。そんな圭に対してSTEVENはそうだ、と一言発すると、彼の言う忠告を口にする。

 

「君は近々、選択を迫られることになるだろう。その選択は君にとって苦しいものになるだろうが、気を強く持って後悔しないような選択をとってほしい」

 

「……選択」

 

 STEVENの言葉に凄みがあったからか、圭は緊張した面持ちで彼の言葉を反芻する。

 圭の様子に、何か満足するものがあったのか、STEVENは頷くとそうだよ、と告げる。

 満足げな様子のSTEVENに圭は質問しようとするが……。

 

「それは、いった──」

 

「──圭!」

 

 そこで自身の名を背後から告げられて出鼻をくじかける圭。

 そして何事かと振り向くと、そこには息を切らせながら彼女に駆け寄ってくる美紀の姿があった。

 美紀の様子にどうしたんだろう? と、思った圭は彼女に問いかける。

 

「どうしたの、美紀? そんなに慌てて……」

 

 彼女の側まで駆け寄った美紀は、肩で大きく息をしながら呼吸を整えると、どうしたの? じゃないよ! と鬼気迫る勢いで彼女に詰め寄る。

 

「外! なんでか知らないけど、かれらがいっぱい来てるの! だから今、皆で持ち場に付いてるから圭も早くっ!」

 

「ええっ!」

 

 美紀の言葉に驚いた圭は慌てて校庭側の窓ガラスに駆け寄り外の様子を見る。

 そこには美紀が言うようにかれらの、もはや津波と形容すべき移動の波があった。

 

「こうしちゃいられない。行こう、美紀!」

 

「うんっ!」

 

 そう言って二人は駆け出そうとするが、その前にSTEVENのことを思い出した圭は彼に話しかけようとするが──。

 

「あ、そうだ。STEVENさ、……え?」

 

 そこにはSTEVENの姿は影も形も存在していなかった。

 美紀とのやり取りも一分も経っていないのに一体どこに、と思う圭は美紀にSTEVEN、車椅子の紳士がいなかったかを確認する。

 

「ねぇ、美紀。私に話しかける時にSTEVENさん、車椅子に乗った男の人を見なかったっ!」

 

 そんな圭の問いかけに怪訝そうな顔をする美紀は、そんな人はいなかったし、なによりもありえない、と告げる。

 

「ねぇ、圭、しっかりして。ここは()()なんだよ? しかも、かれらが直接上がってこれないように()()()()()()()()()()()でしょ? それなのに、()()()()()が来れるわけないじゃない。めぐねえ達もそんな事は言ってなかったし」

 

 そんなことよりもさっさと行こう、と圭とジャックフロストの手を引っ張る美紀。

 美紀の言葉に圭はようやく自身が彼を警戒した理由に思い当たると同時に、幻覚を見ていたのだろうか、と思ってしまう。

 しかし、それにしては自身の脳裏に嫌なほどこびりつく彼が言った忠告、選択という言葉。

 そして同時に、そう言えば彼は私の名前を呼んでいたが、そもそも自己紹介をしただろうか? と疑問に思う圭。

 だが、今は気にしている状態ではないと思い直し、圭は美紀とともに皆がいる場所に急ぐのだった。

 

 

 

 

 美紀と圭がバタバタと走って現場にたどり着いた時、既に戦闘は激戦の様相を呈していた。

 数多くのかれらがバリケードに殺到し、それを胡桃や貴依、そしてアレックスが殲滅していた。

 特にアレックスは、かつての地獄(シュバルツバーツ)の記憶を思い出したこと、ジョージや新型デモニカスーツをまとっていることなどの影響で他の面々よりも、はるかに多くのかれらを討伐していた。

 

「アレックス! 先輩たちも無事ですかっ!」

 

 美紀が焦った様子で彼女らに語りかけた時、ちょうどアレックスはバリケードから飛び出して、攻撃してくるかれらの突撃をゆらりと柳が揺れるような動きで回避すると、右手に持つレーザーブレイドを使い次々と返す刀でかれらを斬り捨てていた。

 

《アレックス、次は左方からくるぞ》

 

 相棒であるジョージの言葉を聞いたアレックスは、反射的に左手に持つレーザーガンの引き金を引いてかれらを撃ち抜いていく。

 そして、彼女に遅れる形で援護するように胡桃と貴依も飛び出して、スコップと鉄バットでかれらを一体一体確実に始末していく。

 それを見た圭は、彼女達の動きに感化されたのか同じように前線に飛び出そうとする。

 そんな圭に美紀は焦った様子で引き留めようとするが。

 

「大丈夫っ! ヒーホーくんだっているんだからっ!」

 

「そうだホー!」

 

 ジャックフロストが自身に任せろとばかりに肯定すると、ぴょんとバリケードを飛び越えると同時に密集しているかれらに対して魔法を発動する。

 

「マハ・ブフだっホ!」

 

 彼の力ある言葉とともに、小さいながらも数多の氷の礫がかれらに襲いかかり、ある者は氷にその身を食い破られ、またある者は直撃した氷の礫を中心に氷漬けになっていく。

 それを見た胡桃と貴依は驚きで一瞬止まるが、アレックスだけはそれがジャックフロストが引き起こしたものであると理解しているがゆえに、そのまま追撃してさらに戦果を広げていく。

 その光景に遅まきながら正気に戻った胡桃と貴依も、アレックスに続けとばかりに自身の得物で次々とかれらを討ち滅ぼしていく。

 

 そんな中で圭だけは、常に晴明に守られる立場で実戦経験がない彼女だけは、先ほどまでの自信が嘘のように思考停止していた。

 

 それもそうだろう。

 

 いくらかれらが自身の命を脅かす敵とはいえ、その姿形自体は人とほぼ変わりないのだ。

 これがもし正史の、守護者がおらず自身の力で生き残るしか道がなかった彼女であればこのような失態は起こさなかっただろう。

 だが、実際には晴明という守護者がいたことで、彼女や美紀は終末世界に近しい場所にいながらも平和を謳歌し、結果として今回の災害がどこか他人事のように感じてしまっていた。

 そのことから常にかれらと身一つで戦っていた学園生活部とは違い、真の意味で覚悟が出来ていなかった。

 

 ──その結果を、覚悟が出来ていないのに出来ている、と嘯いてしまった彼女は己が罪を贖うこととなる。

 

 茫然自失になっていた圭の側で、学園生活部の戦闘班、彼女達が取りこぼしていたかれらが彼女に襲いかかる。

 

「────ァァ!!」

 

 そのことにいち早く気付いた美紀が圭に向かって叫ぶ。

 

「けいっ! 逃げてぇ!」

 

「……え?」

 

 美紀の言葉にようやく自身が危機に陥っていることに気づいた圭は目を見開いて襲いかかってくるかれらの姿を見る。

 しかし、彼女にできるのはそこまでで、急激な事態の変化に思考停止した状態で、なおかつ死の危険を感じたことで硬直した肉体は動くことはなかった。

 

(……あ、これは、だめ、だ)

 

 死の危険を感じながら、圭の頭の片隅に残っていた冷静な思考がもう助からない、と残酷な現実を告げる。

 そして、美紀の叫び声で圭の危機に気付いたアレックスたちだったが、流石に既に襲いかかられている彼女を助けるには、距離が離れすぎていた。

 アレックスたちが間に合わない以上、圭は自力で危機を脱する必要があるが、()()()()()()で、この状態から危機を脱するのは不可能だった。

 

 ──もしも、このままなにも乱入することがなければ、であるが。

 

 圭自身、もう助からないと思い、まるで走馬灯のようにゆっくりと流れる光景を見ているだけだったが、その時、彼女の耳に馴染みのある鳴き声が聞こえてくる。

 

「うぅ、わぅんっ!」

 

 その鳴き声と同時に圭に襲いかかってくるかれらに対して小さな影が突撃してかれらを怯ませる。

 それを好機と見た何者かが圭に向かって叫ぶ。

 

「けーちゃん! 今だよっ!」

 

 何者かの言葉を聞いた圭は反射的に跳び下がって、かれらから間合いを取る。

 そして、九死に一生を得たことでバクバクとなる胸を押さえながら、自分に向かって叫んだ人物に視線を向ける。

 そこには学園生活部部長で、小柄で可愛らしい姿ながらも頼もしい先輩である、丈槍由紀の姿があった。

 

「ゆき先輩っ!」

 

 彼女の姿を見た圭は、なぜアリスや大僧正と同じエリアを守っていたはずの彼女がここにいるのか疑問に思いながらも、それでも、自分を助けてくれた彼女に感謝するように声を弾ませて名前を呼ぶ。

 由紀も圭が助かったことに安堵した表情を見せるが──。

 

「ぎゃぅん!」

 

 次の瞬間、圭を助けた一番の功労者であるかれらを怯ませた小さな影、太郎丸の悲痛な鳴き声を聞いて焦った表情で鳴き声が聞こえた方向を見る。

 そこには、かれらを怯ませたのは良いものの、その怯ませたはずのかれらのひっかきを受けて血を流しながら吹き飛ばされる太郎丸の姿があった。

 かれらに吹き飛ばされた太郎丸は床で一回、二回とバウンドして壁に叩きつけられる。

 

 そして壁に叩きつけられた太郎丸はピクリとも動かなくなる。

 それも仕方がないことだろう。

 もともと太郎丸は子犬であることから一般的な犬よりも身体が脆いこともそうだし、なによりかれら化した存在は通常よりも遥かに強い膂力を持っている。

 いくら怯ませ、バランスを崩していたとはいえ、そんな存在からの攻撃をまともに受けてしまえば良くて大怪我、当たりどころが悪ければ即死するだろう。

 

 そして今、巡ヶ丘に医者と呼べる存在は恐らくいなくなっている。

 

 その状態では、大怪我をすること自体が死に直結しかねないことになる。無論これは太郎丸だけではなく、人間、学園生活部や圭達にも言えることではあるが──。

 

 そんな中で太郎丸が叩きつけられたことで激昂する者が二人いた。

 一人は圭の仲魔であるジャックフロスト。

 

「オ、マ、エぇぇぇっ!! オイラの友達に何してくれてんだホぉ!!」

 

 そういうと怒り狂ったジャックフロストは、怒りの感情で一時的に限界を突破したのか物理スキル【メガトンパンチ】を発動させると、下手人であるかれらを一撃で血煙に変える。

 それほどまでに凄まじい一撃を放ったのだった。

 

 そしてもう一人、それは、太郎丸を保護した圭でも、皆に隠れて太郎丸のことをわんこ、と可愛がっていた美紀でもなく、太郎丸を見てガタガタと震えている丈槍由紀だった。

 尤も由紀が激昂している相手は太郎丸を傷付けたかれらではなく、皆で生き残ると誓ったのに、それを守ることが出来なかった自分自身に対してであった。

 

 そんな自身の無能さを悔やむ由紀だったが、そんな中で彼女の意識の中に、かつての夢で出会った人物、イゴールやリディア、赤い鎧の女性、それにベルベットルームなどの風景が現れては消えていく。

 次々と現れては消えていく情景に酔ったのか、由紀は痛む頭を抑えるように両手で抱え込む。

 

「……ゆき先輩っ!」

 

 太郎丸のことで呆然としていた圭だったが、由紀の様子がおかしいことに気付いて悲鳴のような叫び声を上げるが、次の瞬間に驚きの声を上げると息を呑む。

 

「……先、輩。なん、で」

 

 その驚きの声の意味。

 頭を抱えている由紀の周りに渦巻く力の奔流、それを圭は、そして美紀も知って、同時によく見ていたからだ。

 

「なんで、ゆき先輩からMAGが噴き出して──!」

 

 それは緑色の力の奔流、人が持つ命の煌きである生体マグネタイトだった。

 すると次に由紀は、頭の痛みがなくなったのか両手を下げる。

 が、今の由紀はまるで何者かに操られているかのように、いつもの陽気で人を安心させるような温和な表情ではなく、すべての感情を削ぎ落としたかのような無表情だった。

 そして彼女は口ずさむ、本来であれば彼女が知るはずのない力ある言葉、【ペルソナ(心の仮面)】と。

 

 

 

 痛む頭を抑えていた由紀だったが、次第に頭の中がクリアになっていく。

 それと同時に彼女の意識の中に今朝、夢に現れた女性の声が響いてくる。

 

 ──我は汝。

 

 その彼女の言葉に引き摺られるように、由紀もその可愛らしい口から言葉を口ずさむ。

 

「────ペ」

 

 口ずさむと同時に彼女から溢れ出る生命の輝き(MAG)が増していく。

 

 ──汝は我。

 

「────ル」

 

 すると彼女の前に一つのカードが現れる。

 

 ──我は汝の心の海より出でし者。

 

「────ソ」

 

 そして由紀の背後、そこには女性らしき幻影(ビジョン)が浮かび上がる。

 

 ──今こそ発せよ。

 

「────ナ」

 

 由紀は目の前に現れたカードを、まるで敬虔な信者が祈るように両手で包み込むと、そのまま握り砕く。

 

 ──我の、そして貴女のもう一つの名を!

 

「……ガブリエル!」

 

 彼女は発したガブリエルと言う名とともに、背後の女性の幻影が明確な形になっていく。

 それは由紀とどこか似た顔立ちの、しかし赤い鎧に右手に剣、左手に薔薇を一本持った女性の天使だった。

 

 自身のペルソナたる【ガブリエル】を呼び出した由紀。

 そして彼女は、ここにいるはずがないベルベットルームの住人であるイゴールとリディアの笑った姿を見た、ような気がしたのだった。

 

 



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第三十話 想い(チカラ)と覚悟

 お久しぶりです。そして、いまさらながら、新年あけましておめでとうございます。
 色々とリアルが立て込んでいたのと、精神的に参ってたのがあってなかなかに筆が進んでいなかったのですが、ようやく書き上げたので久々の投稿となります。
 それではよろしくおねがいします。


 

 

 

 

 自身の心の鎧と呼べるペルソナを呼び出した由紀だったが、先ほどまでの無表情ではなく、瞳の中には確かな知性が宿っているのが見て取れた。

 そして遅まきながら、自身の背後に幻影が浮かんでいることに気付いた由紀は驚きの声をあげる。

 

「えっ? あ、えぇ! ど、どうなってるのっ!」

 

 素っ頓狂な声をあげる由紀を心配した貴依は、振り返って彼女に声をかけようとするが。

 

「ゆき、大丈夫────、何だよそれぇ!」

 

 由紀の背後にいるペルソナ、【ガブリエル】を見て驚きの声をあげる。

 その声を聞いた他の面々も、かれらを蹴散らしつつ由紀の方を見て驚きの表情を見せる。

 その中でも悪魔の存在を知るアレックスは、緊張で顔を引き攣らせながら由紀に、正確には由紀の背後にいるガブリエルを警戒する。

 

 だが、皆の中で圭と美紀はここに、巡ヶ丘学院に来る前に訪れた聖イシドロス大学で彼女達の姉弟子兼ペルソナ使いの神持朱夏に出会っていたことで彼女の異能について知っていたこともあり、警戒しているアレックスに対して美紀は落ち着くように諭す。

 

「アレックス落ち着いて! ゆき先輩の背後にいるのは悪魔じゃないよっ!」

 

 それを聞いたアレックスは未だ警戒しながらも視線だけを美紀に向けて、どういうことなのか、と先を促す。

 それを感じ取った美紀は、イシドロスでの朱夏との出会い、そしてペルソナ使いという存在について話し、さらには由紀自身もそのペルソナ使いになった可能性があることを告げる。

 

 美紀の言葉を聞いたアレックスは彼女が冗談を言う質ではないことを理解しているがゆえに警戒を解き、由紀も話を聞いて、そうなんだぁ、と相槌を打つ。

 そんな由紀の姿を見た美紀は、なんで先輩がそんな反応なんですか、とツッコミを入れる。

 ツッコミを入れられた由紀は頭を掻きながら、えへへと笑って自身も急にペルソナ能力が発現して驚いていることを告げる。

 

「えへへ。まぁ、私にこんな隠された力、みたいなのがあるとは思ってなかったから……」

 

 と、言いながら照れくさそうに笑う由紀だったが、すぐにそんな場合じゃない、特に太郎丸の安否が気になり真剣な表情になる。

 それと同時に、由紀の中にペルソナ能力の使い方、のようなものが思い浮かぶ。

 それが本当にそうなのかわからない由紀だったが、今は一刻を争う事態だと思ったために、ぶっつけ本番となるが自身の力を行使する。

 

「行って、ガブリエル。太郎丸の元へ!」

 

 その掛け声の通りにガブリエルは太郎丸の元へと向かう。

 そして太郎丸のもとにたどり着いたことを確認した由紀はさらなる力、自身のペルソナが告げる癒やしの力を使う。

 

「ガブリエル、お願い! ディア!」

 

 ガブリエル(由紀)のディアという言霊とともに緑色の優しい光が溢れ出し、太郎丸を包み込んでいく。

 すると、先ほどまでピクリとも動いていなかった太郎丸が、少しだけ身じろぎをするように動く。

 それを確認した由紀は安堵のため息をつく。

 

 そして、元凶こそジャックフロストの手によって葬られているが、他にもかれらはまだまだ近づいてきていた。

 由紀は、そんなかれらの群れにこれ以上大切な人達は傷付けさせないと気炎を上げると、ペルソナにさらなる命を下す。

 

「ガブリエル、スラッシュ!」

 

 その言葉とともにガブリエルはかれらに突撃していくと、手に握った剣で、ある者は唐竹割りに、またある者は上半身と下半身が泣き別れになるように次々に斬り捨てていく。

 それを間近で見た胡桃と貴依は感嘆の声を上げる。

 

「なんだよ、あれ……。すげぇ」

 

「ゆきがやってるのか……」

 

 しかし、胡桃は感嘆の声を上げながらも、どこか悔しげな表情をしていた。

 そんな胡桃の様子には気付かず、由紀はさらに畳み掛けるように力を行使していく。

 

「まだまだっ! ──ブフ!」

 

 彼女が発した命令を受け取ったペルソナはMAGを氷の礫に変換して放っていく。

 それを見たジャックフロストは驚きの声をあげる。

 

「ヒホッ! ユキも魔法を使えるようになったホ?!」

 

 ジャックフロストの感嘆の声を聞いた由紀は、どこか誇らしげな様子で彼に微笑むが、同時に何故かその顔には疲労の色も見える。

 そして、由紀はジャックフロストに何事かを話そうとするが、その前にぐらり、とふらつくと、そのまま膝をついてしまう。

 それと同時に由紀のペルソナ、ガブリエルもまるでガラスが砕けるような音とともに姿がかき消える。

 

「あ、あれ? おかしいな……?」

 

 由紀はそれだけを呟くと、そのまま意識を失い倒れ込んでしまう。

 その姿を見た面々は驚きの声を上げる。

 特に貴依は親友の由紀が急に倒れたことで、慌てて彼女の元へ駆け寄り抱きかかえて声を掛ける。

 

「おい! ゆき、ゆきっ! しっかりしろよ!」

 

「…………ぅ」

 

 しかし意識を失っている由紀は彼女の問いかけに答えることはない。

 だが、それでも由紀が呻き声を上げることで、少なくとも死んではいないことを理解した貴依はほんの少しであるが安心する。

 

「心配かけさせるなよ、このバカ……」

 

 そう言って微笑みながら悪態をつく貴依。

 だが忘れてはいけない、未だに彼女達がいる場所はかれらが大挙として押し寄せてきている戦場だということを。

 そして、由紀はもともと別の防衛箇所担当だったからまだ問題ないが、彼女を守るために貴依が離脱したことで防衛戦力が少なからず低下したことを。

 また、胡桃も表情にこそ出していないが由紀が倒れたことで動揺しており、普段に比べると動きに精彩を欠いていた。

 

 そのことを見たアレックスは胡桃に指示を出す。

 

「くるみ先輩、一度下がってください」

 

 アレックスの指示を聞いた胡桃は、驚愕の表情を浮かべるとまだあたしは戦えると反論する。

 しかし、胡桃の反論も虚しくアレックスは彼女に足手まといだと告げる。

 

「くるみ先輩、今の貴女だと万が一があるかも知れません。だから下がって!」

 

「──でも!」

 

「でも、じゃ、ありません!」

 

 アレックスの一喝に思わず怯む胡桃。

 そんな彼女を見たアレックスは一瞬、言い過ぎてしまったかと思うが、それでも彼女に死なれるよりはマシだと思い直し、再度胡桃に下がるように告げる。

 

「私は大丈夫です。だからくるみ先輩はゆきさんを守ってあげて」

 

 胡桃を安心させるように笑いかけながら告げるアレックス。

 そんな彼女の表情、覚悟を見てしまった胡桃は二の句が告げなくなる。

 そして何事かの言葉を発しようと口をもごもごさせる胡桃。

 

「────わかった、死ぬなよ!」

 

 次に胡桃の口からはそんな言葉が飛び出してくる。

 もともと胡桃自身も、アレックスがジョージと再会してシュバルツバースの記憶を取り戻した後に、ともにかれらを討伐している際も彼女が動きづらそうにしていた事自体は理解していた。

 

 それが、記憶を取り戻した結果、アレックスと自分たちの戦力が隔絶してなお、彼女は自分たちと合わせるためにあえて力をセーブしていたことも。

 だからこそ胡桃はそんなアレックスの足手まといにならないように必死に食らいついていた。

 そうしないと、あの心優しい後輩は、絶対に無理をすると思ったから。

 

(でも、やっぱりあたしじゃ力になれないのかよ……!)

 

 内心そう思いながらアレックスに気付かれないように、ギシリと拳を握る胡桃。

 そうでもしないと、自分自身に対する苛立ちと情けなさで、どうにかなってしまいそうだったからだ。

 自身の拳を握ることでなんとか心を落ち着かせようとする胡桃だったが、彼女はそんな中でも、否、そんな状態だったからこそ心の底からの願いを吐露する。

 

「……強くなりたい、なぁ。アレックスの足手まといにならないように。そして、役立たずにならないように──」

 

 己が渇望を口にしながら胡桃は覚悟と、ほんの少しの嫉妬が籠もった目でアレックスの後ろ姿を見つめていた。

 

 

 

 

 

 そんな胡桃に見つめられているアレックスは、彼女が納得していないながらも由紀を守るために引き下がったことに安堵していた。

 そしてすぐさま精神を戦闘のそれに切り替えるとバリケードの近くに来ていたかれらに向かって突撃する。

 その時、突撃しているアレックスに対してジョージが語りかけてくる。

 

《アレックス、君は本当にこれで良いのか?》

 

 ジョージの言葉が何を意味するのか、アレックス自身は彼の心配も気遣っていることも理解しているが、それでも、と思い問いかけを黙殺する。

 それと同時にこの行動こそが答えとばかりにさらに加速すると、今度は跳躍してかれらの中心に躍り出る。

 そのことに気づいたかれらがアレックスに襲いかかろうとするが、その前にアレックスはその場で回転するようにレーザーブレイドを振るう。

 すると彼女の一閃は、まるで熱したナイフでバターを切り裂くかの如く周囲のかれらを屠っていく。

 そのことに本能的な危険を感じたのか、かれらの進軍が一瞬とはいえ止まる。

 それを見たアレックスは忌々しげな表情を浮かべて独りごちる。

 

「チッ、どうやら彼が言っていたことは本当だったようね」

 

《……どうやら、そのようだな》

 

 アレックスの独り言にジョージが同意するように答える。

 彼女が舌打ちをした理由、それは晴明が自衛隊駐屯地の調査に行く前に、アレックスだけに告げた一つの事実が原因だった。

 その事実とは、以前彼が圭たちを助けた時に判明したかれらが()()()()()()()()()()()というものだった。

 

 本来、晴明はその事実を他の人間に明かすつもりはなかったのだが、アレックスにジョージを返還したことで彼がその事実に気づきアレックスに報告、その結果、不信を抱かせる可能性があると判断したために先んじて情報の共有を行った、というのが真相だ。

 尤も、知りたくもなかった事実を知ることになったアレックスからするとたまったものではないだろうが……。

 

 それはともかくとして、アレックス個人としては晴明の情報に半信半疑だったのだが、今のかれらがした行動、本能的に取った恐怖による硬直を見て、少なくとも生物的な行動を取るということは嫌でも理解できた。

 それはつまり、かれらは()()()()()()()()()()()()()()()が、()()()()()()()()()()()()()()()()という、確たる証拠になってしまったのだ。

 

「……ということは、なおさら先輩たちにこれ以上、手を汚させる訳にはいかないわ」

 

《アレックス……》

 

 そんなアレックスの決意の籠もった言葉に、ジョージは彼女を心配するように声を掛ける。

 だが、肝心のアレックスは、彼の心配を何の問題もないと言わんばかりに安心させるように薄く笑う。

 そして、そのままかれらを軽く蹴散らしながら彼女は言葉を続ける。

 

「あの人たちは私とは違うの。……そう、本来は手を汚す必要なんてないんだから──!」

 

 そう言いながらアレックスは次々にかれらを斬り捨て、撃ち抜いていく。

 そんな彼女の脳裏には今世ではなく前世、遥かな未来世界において多くの同胞たちが殺され朽ち果てていく中、ほぼ唯一の生き残りとなって、なお生き足掻いて自身の、そして仲間たちの未来のために抵抗を続けていたことが過る。

 その中でアレックスは、自身のために、仲間たちのために無関係の人間を屠ることもあった。

 だからこそ、アレックスはいまさら自身の手が汚れようとも構わないと思っている。それこそ、今回は運良く輪廻の輪に入れたが、今世を生き抜いた先に地獄に落ちようとも納得できるから。

 

「でも、あの人たちは違うっ!」

 

 アレックスはまるで血反吐を吐くように悲痛な叫びを上げる。

 

「あの人たちは、ゆきさんは、こんな地獄で手を汚す必要なんてないっ!」

 

 かつて、シュバルツバースの記憶を取り戻す前のアレックスは一つの焦燥感に囚われていた。

 もともと今世の友人たちからは、アレックスって真面目すぎるから、と言われ自身も優秀な両親に恥じない人間になるべく努力するべきだ、と追い込んでいたのだと思っていた。

 

 だが、かつての記憶を取り戻した今となってはなんてことはない、ただ単に前世において未来世界の障害になるという理由だけで屠ろうとした人間である唯野仁成とゼレーニンの娘に生まれて後ろめたかったのだ。

 自身の勝手のために殺そうとしていた人物たちの子供に生まれ、その結果、本来二人の間に生まれるはずだった子供すら殺してしまったかもしれないという罪悪感。

 そして何よりも自分のような罪人が彼等の子供になってしまったという後ろめたさに無意識のうちに突き動かされ、せめてもの罪滅ぼし──それも自己満足に過ぎないが──のために、二人の誇れる人間になろうとした。

 そんな浅ましい愚者である自分が地獄に落ちるのは自業自得でしかないし納得できる。

 

 ──だけど、彼女たちは、学園生活部の仲間たち、そして親友である美紀と圭は違う!

 

 あの人たちはこんな浅ましい、無意識のうちに壁を作っていた自分に対しても大丈夫だと、みんなで生き残ろうと笑顔で手を引き、闇の中から引き上げてくれたのだ。

 そんな日常の象徴と言える彼女たちを、これ以上地獄に身を置かせることはない。

 幸いにして自身は既に汚れきった身であるし、いまさら気にする必要はないのだ。

 ならば、自分が為すべきことは既に決まっている。

 

 ──あの人たちの障害になるものは、すべて薙ぎ払う。たとえその結果、この身が地獄に落ちようとも。

 

 アレックスはそのたった一つの想いを標として敵対者を滅ぼしていく。

 そして、それからそれほど時も立たずに、かれらは修羅となったアレックスの手によって殲滅されることになる。

 

 

 

 

 

 アレックスがほとんど単独でバリケードの防衛を成したのと時を同じくしてもう一つの防衛箇所、由紀が本来防衛していた場所から慈をリーダーとした他のメンバーたちも戻らぬ由紀を心配して合流しに来ていた。

 そこで由紀が意識を失っていることに驚く面々だったが、貴依から状況説明を受けたことで一先ずの納得を見せる。

 しかし、その中で逆に説明をしていた貴依がそちらこそ大丈夫だったのかと問いかけるが、それを聞いた慈は苦笑を浮かべると終始安全だったことを告げる。

 

「えぇっと、正直、先生たちの方はアリスちゃんだけで防衛できた、というか過剰戦力だったと言うか……」

 

「はぁ……?」

 

 慈の煮え切らない言い草に疑問の声を上げながら、ドヤ顔で胸を反らしている幼女(アリス)を見る貴依。

 そんな彼女の疑問に答えるようにこの中で、ある意味において唯一の巡ヶ丘学院の関係者ではない透子があちらで起きたことを説明していく。

 

「まぁ、なんだかんだで、あの子も間違いなく晴明さんの仲魔、同類だったってことになるのかしらね」

 

 最初に引き攣った顔を見せながらそんな感想を述べる透子。

 そして、こほん、と咳払いをすると改めて彼女が成したことを順に説明していく。

 

 まず、アリスが行ったことだが、最初の時点で既に加減や躊躇を一切せずに──透子たちは知る由もないが──自身の固有であると同時に彼女を体現するスキル、呪殺系最高峰スキルの【ねぇ、死んでくれる?】をかれらに対してぶっ放していた。

 スキルが発動すると同時に、虚空から槍を持ったトランプ兵やテディベアが召喚されて、とあるかれらはトランプ兵の槍に貫かれ、またあるかれらは抱きついたテディベアの自爆に巻き込まれると言った様子で次々と蹂躙されていく。

 

 その後、透子たちにとって驚愕の事態が発生する。

 なんと、アリスに屠られたはずのかれらが起き上がると、何故か仲間であるかれらを襲い出したというのだ。

 

 その理由は、アリスが人知れず発動していた魔法【ネクロマ】でかれらを完全なゾンビ化させて、自身の忠実な下僕(ともだち)にして襲わせたのが真相だった。

 

 その一連の行動ですらオーバーキルだったのに、さらに大僧正までが参戦したことにより、瞬く間に透子たちの防衛戦にいるかれらは一掃されることになり、そのことの伝令として由紀がアレックスたちのもと、すなわちここに走ったのだった。

 その後のことは、いまさら言うまでもないだろう。

 

 そのことを聞いたアレックスを除く面々は引き攣った表情でアリスを見る。

 だが、そのような感じで皆の視線を集めていたアリスは、そのような些事に気にすることはなく、それどころか何かに気づいたようで通路の端に駆け寄るとその場にしゃがみ込む。

 そして彼女が疑問に思ったのか圭に対して語りかけてくる。

 

「ねぇねぇ、けいお姉ちゃん?」

 

 まさかアリスに語りかけられると思わなかった圭は一瞬身構えるが、それでも彼女が晴明の仲魔であり、そして瑠璃と親しくしていることから危険はないと思い直して、アリスの元へ駆け寄る。

 そこで圭は、アリスの視線の先を見ることで何故彼女が自身に声をかけたのかを思い知ることになる。

 それと同時に圭はアリスの視線の先、ぐったりとして洗い息を吐いている太郎丸を自身の胸に抱きかかえると、切羽詰まった声で美紀に呼びかける。

 

「みき、太郎丸が、太郎丸が……!」

 

 その問いかけと同時に振り返った圭の胸元に収まる太郎丸の様子に呼びかけられた美紀だけではなく、他の面々も驚き彼女のもとに駆け寄る。

 そしてその中でも美紀はオロオロとしている圭の胸元の太郎丸、その体の一部を見て絶句する。

 太郎丸の前足付け根部分に血が滲んでいるのとともに見慣れない、しかし同時にかつて一度だけ見覚えがある斑点を見つけてしまった。それは──。

 

「これ……。まさか、そんなっ」

 

「どうしたの、みきさん?」

 

 彼女の動揺を不思議に思ったのか、慈は怪訝そうな様子で問いかける。

 慈の問いかけに美紀は、明らかに平静ではない、瞳は小刻みに揺れて声を震えた状態で返答する。

 

「もしかしたら、だけど、太郎丸が感染してるかもしれないんです……!」

 

 美紀の予想を聞いた他の面々は息を呑む。

 しかし、その中で胡桃はそんな馬鹿な、と言いたげに美紀に食って掛かる。

 

「おい、待てよ! 冗談にしても、その言葉は笑えないぞ! だいたい太郎丸は別に噛まれたわけじゃ──」

 

「感染は! 感染は、噛まれたときだけするんじゃないんです……」

 

 胡桃の抗議の言葉を遮るように感染はかれらに噛まれた場合だけではないことを告げる美紀。

 それを聞いた胡桃、そして緊急避難マニュアルの存在を知るアレックスと慈以外の学園生活部の面々は、初めて知る事実に絶句する。

 

「どういう、事だよ。どういう事なんだよ、それはぁ!」

 

「それは──」

 

 胡桃の激昂に美紀は気圧されながらも、自身が知る内容を、かつての秘密基地で見た冊子に書かれていた内容を告げる。

 その内容は事実を知らない面々には衝撃的だったようで、皆、程度の違いはあれど絶句していた。

 その中で、まだ比較的冷静だった悠里が、ふと一つの疑問を抱き美紀に問いかける。

 

「ねぇ、みきさん。感染経路が複数あることは、その、納得したくはないけど一応わかったわ。でも、なんで太郎丸が感染したと思ったの?」

 

 悠里の疑問にそういえば、と疑問に納得する学園生活部の面々。これには、避難マニュアルの存在を知っているアレックスと慈も含まれていた。

 その質問の答えを告げようとする美紀だったが、その前に透子が彼女の声を遮るように答えを告げる。

 

「えっと、それ──」

 

「それは、私が一度感染してたから、その時にみきちゃんは症状を確認していたんだと思うの」

 

「透子、さん……?」

 

 透子の喋った内容が衝撃的だったのか、慈は吃るような様子で彼女の名前を口に出す。

 その声を聞いた透子は苦笑して慈たちに謝罪の言葉を告げる。

 

「黙っていてごめんなさい。でも、下手に事実を告げると皆、混乱するだろうと思って黙ってたの」

 

「お、おいおい。感染してたって大丈夫なんだろうな?」

 

 透子の返答に不安に思ったのか、貴依は意識を失っている由紀をぎゅう、と抱きしめて警戒するように彼女を見る。

 そんな貴依の様子に、美紀は文句を言おうとするが、その前に透子に肩を掴んで止められる。

 肩を掴まれた美紀は思わず透子を見やるが、当の本人は美紀の顔を見つめた後に、チカラのない笑顔を浮かべながら否定するように首を横に振る。

 

 二人がそんなやり取りをしている中、一人、瑠璃が貴依の前に立つと目に涙を浮かべながら、大丈夫だもん、と啖呵を切る。

 

「おじさんが約束を守ってくれたから、とーねぇはちゃんと元気になったんだもん!」

 

 だから大丈夫なんだもん、と涙ながらに告げる瑠璃。

 それを見た貴依は、流石に悪いと思ったのか瑠璃と透子に謝罪する。

 

「ああ、るーちゃん悪かったよ。それに、赤坂さんだっけ? 疑って悪かった」

 

「いや、いいのよ。こればっかりは仕方がないから」

 

 貴依の謝罪に透子は苦笑いを浮かべながら問題ないと告げる。

 その問答で先ほどまでのピリピリした雰囲気は霧散する。

 そのことで全員に余裕ができた時に、少しばかり平静さを取り戻した圭が何かを思いついたのか、ぶつぶつと独り言をつぶやく。

 

「まってよ、あの時、透子さんの体を治したのはジャンヌさんで、それで──」

 

 そして考えがまとまったのか、圭は大僧正に話しかける。

 

「あの、大僧正さん!」

 

「ふむ、どうかしたかの?」

 

「もしかして大僧正さんも感染の治療ができるんじゃないですか?」

 

 圭の疑問を聞いた他の面々、特に学園生活部の者たちは一斉に大僧正の方を向く。

 図らずも女性たちの視線を一心に集めることになった大僧正だったが、その子とに何ら感慨を抱くことはせずに、圭の疑問に答える。

 

「そうじゃのう、確かに──」

 

 そこまで言って透子に視線を向ける大僧正。急に彼から見つめられることになった透子は身動ぎをするが、そんな彼女を見て大僧正は視線を外して今度は圭を見つめ。

 

「かの娘御について、さまなぁ殿から聞いておる故断言できるが、まず間違いなく拙僧であれば治療は可能であろうな」

 

 その言葉を聞いた圭の表情は、ぱぁ、と明るくなり。

 

「それなら──」

 

「じゃが無駄であろうな」

 

「……え?」

 

 圭が大僧正に治療をお願いする前に、恐らく無駄であることを告げる。

 大僧正の返答に不思議そうな声を上げる圭だったが、彼の言葉が理解できると慌てた様子で問いかける。

 

「な、なんでですか?!」

 

 そんな圭に対して、大僧正は彼女を宥めるように語りかける。

 

「お嬢ちゃん、けい、と申したか?」

 

 大僧正の言葉に首肯する圭。彼女の行動に満足そうに頷くと話を続ける。

 

「お主は、そこの娘御の看病をしていたはずじゃったな?」

 

「…………はい」

 

 大僧正の問いかけに不思議そうにしながらも肯定する圭。

 圭の答えを聞いた大僧正は、何故透子が良くて太郎丸が駄目なのか、その理由について告げる。

 

「彼の者の時は、一日ほど生死の境を彷徨ったと聞くが、それでもなんとか持ち直したのじゃったな」

 

「はい、だから太郎丸も……!」

 

「じゃが、そこの子犬と娘御では明確な違いがある。わかるかの?」

 

「……えっと?」

 

 大僧正の問いかけにウンウンと唸りながら頭の上に疑問符を浮かべる圭。

 そんな彼女に変わって美紀が少し顔を青ざめながら答えを告げる。

 

「もしかして、透子さんはまだ大人で体力の余裕があったから耐えられたけど、太郎丸は子犬でなおかつ怪我までしてるから、体力的に耐えられない……?」

 

「左様」

 

「そんな……」

 

 美紀の答えに大僧正が正解だと告げたことで、圭もまた顔を青ざめさせる。

 

「そんなの、どうにか、どうにかならないんですかっ!」

 

 圭は悲痛な声で大僧正に問いかけるが、彼はただ首を横に振って否定すると、彼女に優しく声を掛ける。

 

「……死とは誰にでも平等に訪れるものよ。今回はその子犬の番であった、ただそれだけのことよ」

 

 大僧正の言葉に俯いて首を横に振りながら、太郎丸をぎゅう、と抱きしめる圭。

 その圭の耳に、一つの、福音か、あるいは悪魔の囁きが聞こえてくる。

 

「……方法ならある、ホ」

 

 聞こえてきた言葉に驚いて顔を上げる圭。

 彼女の涙に濡れた目に声を発した存在、圭の仲魔であるジャックフロストが決意の籠もった目で彼女を見返していた。

 



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第三十一話 コンゴトモヨロシク

 お久しぶりです、作者です。
 色々とリアルの事情や、モチベの低下などで更新が遅れましたが、なんとか書き終えたので投稿いたします。
 今後は、少しは更新を早くできると良いなぁ……。


 

 

 

 

 

 圭は太郎丸についてまだ望みがある、と言ったジャックフロストを、涙混じりであるが驚いた表情で見つめ返す。

 己がマスターに見つめられることになったジャックフロストは、彼女の藁をも掴む表情に気圧されそうになるが、それでも、と力強い目線をもって頷く。しかし──。

 

「でも、それにはマスターの、けいの協力が必要だホ」

 

「私の……?」

 

 ジャックフロストの言葉に首を傾げる圭。

 そんな彼女にジャックフロストは再び頷くと自身の方策を告げる。

 

「マスターが持つGUMP。その中にあるアプリ【悪魔合体プログラム】を使うんだホ」

 

「……悪魔合体、プログラム?」

 

 ジャックフロストが言った言葉をオウム返しのように口遊みつつ、圭は太郎丸を近くにいる美紀に預けると、GUMPを操作して目的のアプリを調べる。

 すると程なくして目的のものを発見できたのか、圭は、これ? と口に出してジャックフロストに確認を取る。

 確認を取ったジャックフロストもそれで問題ないとばかりに頷く。

 それを見た圭は早速アプリを起動しようとするが、その時今まで沈黙していた大僧正が唐突に話しかけてくる。

 

「待たれよ、お嬢ちゃんや」

 

 急に話しかけられた圭は驚いて動きを止める。

 そうして圭が動きを止めたことを確認した大僧正は、次にジャックフロストに話しかける。

 

「妖精よ。お主も、だ。それが、どのような結果をもたらすのか、分かった上で言っておるのか?」

 

「どういうこと、ですか?」

 

 大僧正の言い分に不穏なものを感じた圭は問いかける。

 圭の問いかけを聞いた大僧正は、嘆息しながら悪魔合体についての説明をする。

 

「お嬢ちゃんや、悪魔合体とは本来、二種の異なる悪魔を融合させることで新たなる悪魔を降臨させる秘術であり、間違っても本来は生者の治療に使うようなものではないのじゃ」

 

 そして、大僧正は真剣な面持ちで自身を見る圭にさらなる苦悩となり得る言葉を投げかける。

 

「そして、さらに言えば悪魔合体の材料となった悪魔は消滅、新しい悪魔になるのだから当然じゃの。それは肉体だけではなく精神についても同じことじゃ」

 

 かろうじて記憶だけは継承するようじゃがの、と告げる大僧正。そのことを聞いた圭は驚愕の表情を浮かべると一言。

 

「……え?」

 

 反射的にただその声だけを口から漏らすと、ジャックフロストを見る。

 圭から見つめられたジャックフロストは、彼女の瞳の奥底にある否定してほしいという願望を無視して自身の覚悟を告げる。

 

「……そんなこと承知の上だホ」

 

「────ヒーホーくん!!」

 

 ジャックフロストの言葉を聞いた圭は、半ば怒声のような悲鳴を上げると考え直すように語りかける。

 圭にとって太郎丸も大事な存在であるが、ジャックフロストも友人として、そして精神的に追い詰められていた自分を救ってくれた大切な存在なのだ。

 圭自身もそういった大切な存在であるジャックフロストを犠牲にしたくないし、何より太郎丸だってそんなことを望んでいないはずだと思った彼女は、半ば懇願するように説得する。

 

「ヒーホーくん、いくらなんでも、そんなことをしたらだめだよ! そんなことをしても、太郎丸だって喜ばないよ……」

 

 しかし、その言葉にジャックフロストは首を横に振って否定すると。

 

「他に方法はないんだホ、それに──」

 

 それだけ言うとジャックフロストは圭に近づいて自身の掌で彼女の手を包み込むように握る。

 

「オイラは太郎丸を、大切な友達を助けたいんだホ。でも、オイラだけじゃ無理なんだホ。だからお願いだホ、マスター。オイラに友達を、大切な親友を助けるために力を貸してほしいんだホ」

 

「っ、そんなこと──」

 

 できるわけがないよ。と、言おうとする圭だったが、その時、少し前に出会った車椅子の紳士、STEVENとの会話が頭を過る。

 

 ──君は近々、選択を迫られることになるだろう。その選択は君にとって苦しいものになるだろうが、気を強く持って後悔しないような選択をとってほしい。

 

 彼との会話を思い出した圭は混乱する頭で、何故あの人はそのことをわかっていたんだろう、とも、こんなの選択できるわけがないよ、などと考えていた。

 しかし、いくら圭がそんなことを考えていたとしても、それで太郎丸が救われるわけでもなく、何より彼女の決断が遅れれば遅れるほど太郎丸が死ぬ確率が高くなる。

 そのことを理解しているジャックフロストは圭に今一度お願いをする。

 

「マスター、お願いだホ。もし、もしも太郎丸が死んじゃったら、オイラは死んでも死にきれないんだホ。だから……」

 

 そう言いながら圭の手をぎゅう、と握るジャックフロスト。

 彼の握る力に少し痛みを感じて顔をしかめる圭だったが、自身の手を包む彼の手が小刻みに震えて、ジャックフロスト自身のいろいろな不安と戦っていることがわかった。

 それと同時に彼の手からひんやりとしながらも、どこか温かい想いが伝わってくる。

 そのことを感じた圭は、頭の中で色々な考えが、想いがぐるぐると渦巻いていく。

 

 それで半ば混乱しているい状態の圭は、ほぼ無意識に助けを求めるように美紀の方を向くが、そこには先ほど彼女に預けた太郎丸の苦しげな姿が目に入る。

 太郎丸の姿を見た圭は次に、再びジャックフロストの顔を見る。

 彼の顔は可愛らしい顔立ちながらも、どこか圭に懇願するような表情を浮かべていた。

 そんな彼の姿を見た圭は不意に目から溢れ出そうになる涙を堪えると、自身も覚悟を決めたのかジャックフロストをまっすぐに見つめて声を掛ける。

 

「……うん、わかったよ。ヒーホーくん。太郎丸のこと、お願いしてもいい?」

 

「──! 任せるホー!」

 

 圭の言葉を聞いたジャックフロストは力強く頷く。二人のやり取りを聞いた大僧正は、どこか優しげな表情ながらも、諦めるように首を横に振るのだった。

 

 

 

 

 

 決断した圭のその後の行動は素早かった。

 再びすぐさまGUMPを操作して悪魔合体アプリを起動するとそのまま展開。合体の準備を進めていく。

 すると、圭の前方の地面に二つの魔法陣が展開された。

 そして準備が整うと圭は美紀に話しかける。

 

「美紀、太郎丸を右側の魔法陣の上にお願い」

 

「うん、わかった」

 

 圭の指示を受けた美紀は、その言葉通りに行動し、太郎丸を指定された魔法陣へと横たえさせる。

 それを確認したジャックフロストは太郎丸とは逆側の魔法陣に移動する。

 ジャックフロストの移動を確認した圭は、彼に最後の確認を取る。

 

「ヒーホーくん、行くよ? ……本当に良い?」

 

「大丈夫だホ、マスター」

 

 圭の確認にか可愛らしい顔に笑顔を浮かべて同意するジャックフロスト。

 彼の言葉を聞いた圭は、合体のプログラムを開始する。

 すると、二つの魔法陣が目映く発光し、そして悪魔であるジャックフロストのみ足元からMAGの光に分解されていく。

 そして、分解されたMAGは太郎丸に集っていき、少しづつ体の中に取り込まれていく。

 そんな中で、既に胴体部分まで分解されたジャックフロストが不意に口を開く。

 

「マスター、オイラはマスターとみき、それに太郎丸と出会えて、一緒に遊んで、暮らして幸せだったホ。だから──」

 

 ──ありがとうだホ。

 

 その言葉を最後にジャックフロストは完全にMAGに分解された。

 それと同時にジャックフロストだったMAGをすべて取り込んだ太郎丸の体にも変化が起きる。

 彼の体から爆発的なMAGの奔流が、まるで暴風のように噴き上がる。

 その凄まじさに皆、反射的に己が身を守るために目を瞑る。

 

 しばらく後に、治まったと感じた圭はなぜか先ほどよりも体に不調を感じるが、それを無視して目を開いて太郎丸がいたであろう場所を見る。

 そこには胸元に収まるほどの小さく可愛らしい子犬ではなく、人間を軽々しく組み伏せることができるほどの体躯を持つ、白銀の獅子、それでいて尻尾のみが蛇のように硬質化した異形の存在が佇んでいた。

 

 そしてその異形の存在が口を開く。

 

「我ハ魔獣-ケルベロス。マスターノ敵ハ、全テ我ガ牙デ喰ラッテヤル。コンゴトモヨロシク」

 

 そう宣言するケルベロスと名乗る異形の存在(アクマ)

 ケルベロスの言葉を聞いた圭は、もう子犬の、太郎丸の意識はないのかもしれない。それでも、と一縷の望みを託してかつての、太郎丸の名前を呼ぶ。

 

「……太郎丸、私のこと、わかる? 圭だよ、祠堂圭」

 

 圭の祈るような言葉に、グルル、と唸り声を上げるケルベロス。

 その仕草に体をビクリ、と震わせる圭だったが。

 

「無論ワカルゾ、我ガマスター(飼い主)。朧気ナガラ覚エテイル。アノ大キナ建物(リバーシティ・トロン)デ出会ッタコトモ、ヒーホート一緒ニ遊ンダコトモ」

 

 と、端的に太郎丸として圭と出会ったときのことを覚えていることを告げる。

 そしてケルベロス(太郎丸)はさらに告げる。

 

「ソレニ我ガ倒レタ後ノコトモヒーホーノ記憶ヲ通シテ理解シテイル。……マスターガ無事デ良カッタ」

 

「太郎丸……」

 

 ケルベロスの言葉を聞いた圭は、彼の名前を呼びながら安堵するが、それで緊張の糸が切れたのか膝から崩れ落ちる。

 その後、圭は腕に力を入れて起き上がろうとするが……。

 

「あ、あれ? おかしいな……」

 

 彼女がそう呟いたように、何故か体に力が入らずの腕を立ててもすぐに力が抜けてまともに起き上がることもできなくなってしまっていた。

 それを見た美紀とアレックスは流石におかしいと感じたのか彼女に駆け寄り容態を確認する。

 

「ちょっと圭、大丈夫?!」

 

「しっかりしなさい、ほら」

 

 そう言ってアレックスは圭に手を差し伸べて彼女を立たせようとするが、足にも力が入らないのか、そのまま圭は尻餅をついてしまう。

 その様子を見ていたジョージは彼女の現在の状況を解析して、結果をアレックスに報告する。

 

《アレックス、まずいぞ! その娘の体力が急激に低下している》

 

「……ジョージ?」

 

 ジョージの報告に意味がわからないと言った感じで疑問の声を上げるアレックスだったが、その答えは意外なところから齎される。

 

「……我ガマスターノ負担ニナッテイルノダロウ」

 

「太郎丸……?」

 

 その様に喋った太郎丸に対して疑問の声を上げる美紀。

 不思議そうな顔をしている美紀に、太郎丸は今の圭の状態について解説する。

 

「我ガ悪魔ニナッタ故ニワカルコトダガ、本来、今ノマスターニ我ヲ従エルダケノ力量ガナイノダ。ダガ、ソノ状態デ無理矢理我ヲ維持スルタメニ、マスターハ現在ドンドンMAGヲコチラニ回シテイル。ソノ結果、今ノマスターハ急激ニ体力ヲ消耗シテイル」

 

そこまで言って太郎丸は圭に語りかける。

 

「ダカラ我ガマスターヨ。我ヲ従エルニ相応シイ力ヲ身ニ付ケヨ。……期待シテイルゾ、ケイ」

 

「たろう、まる……」

 

「デハ、マタナ」

 

 それだけを告げるとケルベロスはその身の実体化を解き、自らGUMPの中に入っていく。

 それを見送った圭は、そこで完全に体力を消耗しきったのか倒れ伏す。

 彼女が最後に見た光景、それは美紀とアレックスが焦りの表情を見せながら自身に何かを呼びかける光景だった。

 

 その中で皆が圭に注目していた結果、意識を失っているはずの由紀。彼女の胸元が淡い青色に輝いていることに気付くものはいなかった。

 それと同時に胡桃が昏く淀んだ目で悪魔合体を果たし、ただの子犬から魔獣となった太郎丸を見つめていたことも……。

 

 

 

 

 

 

 時は少し遡り、圭が太郎丸を救うために合体の準備をしている頃、由紀は微睡みの中にいた。

 そんな時に彼女の肩を何者かがゆさ、ゆさ、と揺さぶってくる。

 その刺激が不快だったのか、由紀は顔を顰めながら、ううん、と声を上げて重い瞼を上げる。

 そして半ば眠気眼であたりを見渡す由紀。そこは一面、青の景色の教室。かつて夢の中で訪れたベルベットルームだった。

 

 そのことに驚きガバリと体を起こして再びあたりを確認する由紀。

 すると自身の直ぐ側に彼女が敬愛するめぐねえのそっくりさん、リディアと名乗った女性がいることに気付く。

 件のリディア自身も由紀が無事に起きたことを確認すると、彼女を安心させるようにニコリと微笑むと自身の主であるイゴールの元へ移動する。

 そしてイゴールはリディアが自身の横に立ったのを確認すると、由紀に向かって楽しげに語りかける。

 

「ようこそ、我がベルベットルームへ。再び相見えましたな」

 

 イゴールに続くようにリディアも由紀へ微笑みながら語りかけてくる。

 

「ここは何らかの形で契約を果たされた方のみが訪れる部屋。貴女様は見事力を覚醒させたようですね」

 

 リディアがそこまで告げた時、由紀の眼前に光が集い形を成していく。

 そして完全な形、鍵のような物になると由紀が座っている席にゆっくりと降りてきてカランと転がる。

 その自身の目の前にある鍵を不思議そうな顔で見た由紀は疑問の声を上げる。

 

「これは……?」

 

 その彼女の疑問にイゴールが答えを告げる。

 

「それは契約者の鍵と呼ばれる物。今日、この日から丈槍様、貴女様はこのベルベットルームの正式なお客人となられたのです」

 

「お客人?」

 

「左様、このベルベットルームは、本来特別な力である【ワイルド】の能力を持つペルソナ使いの方のみが訪れることができる場所」

 

 イゴールの言葉を引き継ぐようにリディアも由紀に語りかける。

 

「ワイルドとは、数字のゼロのように何者でもなく、そして何者にも成れる特殊な素養を持つ方のこと」

 

「それがワイルド……」

 

 リディアが発したワイルドという言葉を噛みしめるように呟く由紀。

 そんな彼女の姿に満足したのか、イゴールは嬉しそうに笑いながら告げる。

 

「左様でございますな。そして我らベルベットルームの住人は、これから丈槍様の旅のお供としてともに行きたく思っております」

 

「旅?」

 

 イゴールが言った旅という意味がわからずに首を傾げる由紀。

 それを見たイゴールは、ふふふ、と笑いながら机の上にタロットカードを広げつつ、自身が言った旅というものがどういった意味なのかを告げる。

 

「丈槍様は今も過酷な道を歩んでおられるようですが、これからはさらに過酷な、ともすれば命を失いかねないほどに危険な道を歩まれることになるでしょう」

 

 そう言いながらイゴールは占いは信じられますかな? 由紀に問いかけつつ指を鳴らすようにスナップすると、彼の行動とともにカードの一枚、現在を司る部分が捲られる。

 そのカードは、塔の正位置。

 それを見たイゴールは低く笑いながら、次は未来を示すカードを捲る。

 そこには悪魔の正位置が置かれていた。

 二つのカードを見たイゴールは彼女が現在置かれている境遇について語る。

 

「どうやら丈槍様の未来には、何らかの誘惑、ないしは裏切りの憂き目に合い、その結果命を落とす可能性があるのかも知れませんな」

 

 そんなイゴールの言葉を聞いた由紀は息を呑む。

 尤もイゴールは由紀の強張った顔を見て、タロットカードを消し去りつつさらに告げる。

 

「しかし、未来とはちょっとした行動で変わるものでございます。なればこそ丈槍様には絆を紡いでもらいたいのです」

 

「絆……?」

 

 由紀が疑問の声を上げるが、その言葉に補足するようにリディアが話しかけてくる。

 

「ええ、そうです。ワイルドは人と人の絆、【コミュニティ】を育むことによって、さらなる力を覚醒させることができるのです」

 

 ですが、とリディアが告げると、手に持っている分厚い書籍の頁を捲りながら、彼女にとって寝耳の水ともいえる言葉を放つ。

 

「既に丈槍様はいくつかの絆の力、コミュニティを開放されているようですね……」

 

「……え?」

 

 リディアの言葉を聞いた由紀は思わず目を点にして彼女を見つめる。

 だが、リディアはそんな由紀の様子を見て、それでも関係ないとばかりに話を続ける。

 

「丈槍様が築いたコミュニティは魔術師(胡桃)女教皇(悠里)法王()節制(貴依)運命()正義(美紀)太陽(瑠璃)、そして刑死者(アレックス)を開放しているようですね」

 

「……そうなの?」

 

「ええ、このペルソナ全書に確かに記されていますので」

 

 リディアの話に首を傾げる由紀に対して、本人は自身が持っている書籍、ペルソナ全書を彼女に見せつけるように掲げて告げる。

 

「これはペルソナ全書と呼ばれる物。丈槍様のペルソナと、そして丈槍様の旅の歩みが記されている書物です」

 

 そう言ったリディアの言葉を聞いた由紀は、おぉ~、と興味深そうに彼女が持つペルソナ全書をまじまじと見る。

 そんな由紀の様子がおかしかったのか、リディアはくすり、と薄く笑う。

 その時、由紀の胸元からほんのりと青い光が漏れ出す。

 そのことに驚いた由紀は慌てて光の根源を弄ると、原因となった物体を自身の眼前に持ってくる。

 眼前に持ってきたものを見た由紀は、何故これが光ったのか、と不思議そうにする。

 その物体とは──。

 

「これ、ヒーホーくんから貰った……、カード?」

 

 由紀が言うとおり、その物体は以前彼女がジャックフロストと遊んでいた時に、彼からいずれ必要になる、と渡された仮面の絵が描かれたタロットカード、のようなものだった。

 何故光っているのか不思議に思いながら、仮面が描かれた反対側をひっくり返して見る由紀。

 すると、先ほどまでは真っ黒く塗りつぶされていた部分に何かが描かれていく。

 その描かれた()()を見て息を呑む由紀。彼女が見た描かれたモノ、それは──。

 

「……ヒーホーくん?」

 

 由紀が呟いたように、描かれたモノは右手を上げて、まるでバイバイと手を振っているようにも見えるジャックフロストの姿だった。

 手に持ったジャックフロストが描かれたカードをまじまじと見つめる由紀。そんな彼女にイゴールが感心したというように話しかける。

 

「ほう、丈槍様は既にペルソナカードも入手しておられるご様子。ますます興味深いですなぁ」

 

 急にイゴールに話しかけられたことで、由紀は肩を震わせてびっくりしながら彼の方を見る。

 そして、彼が言ったペルソナカードというのがどういうものなのかと問いかける。

 

「……ぺるそなかーど? それって?」

 

 そんな彼女の疑問にイゴールは少し笑いながら答える。

 

「フフ、先程も申したとおり丈槍様が覚醒した力はワイルド。何者でもなく、そして何者にも成れる能力です。ここまではよろしいですかな?」

 

 イゴールの問いかけにこくん、と頷く由紀。彼女の様子に満足したイゴールはさらに話しかける。

 

「ペルソナ使いは本来一つの特化したペルソナしか扱えませんが、ワイルドまるで仮面を付け替えるがのごとく、ペルソナを付け替えることができるのです。そして付け替えるための鍵が、今まさに丈槍様が握っているペルソナカードなのでございます」

 

 イゴールの説明に、そうなんだ、と頷こうとする由紀だったが、急に視界が明滅したことで頭を抱える。

 それを見たイゴールは彼女に時間が来たことを告げる。

 

「どうやら現実での丈槍様が目覚めようとされているようですな」

 

 イゴールの言葉を聞いた由紀は、定まらない視線をイゴールの方に向けようとするが、既に目を開けていることすら億劫なのか、そのまま机に突っ伏しそうになっている。

 そんな由紀にイゴールは優しく語りかける。

 

「ですが、その契約者の鍵があれば、次回からは丈槍様のご都合の良い時に訪れることができましょう。……では、また相見える時まで、ごきげんよう──」

 

 そのイゴールの言葉を最後に由紀の意識は闇に堕ちていった。

 

 

 

 

 

 次に由紀が目覚めた時、彼女は自身がいつも使っている布団の中で横になっていたことに気付く。

 そして彼女の隣には、うとうとと舟を漕いでいる貴依の姿があった。

 そのことを不思議に思い彼女に声を掛ける由紀。

 

「……たかえちゃん?」

 

「んぅ、うん? ゆきぃ?」

 

 由紀に話しかけられた貴依だったが、半分寝ぼけたように声を返すが、すぐに由紀が起きたことに気がつくと、眠気が吹き飛んだのか驚いた顔で由紀を見たあとに涙を浮かべて感極まった様子で抱きつく。

 そのことに目を白黒させる由紀だったが、ふっ、と優しげな表情を浮かべると一言。

 

「おはよう、たかえちゃん。心配かけてごめんね」

 

 と、優しい声色で貴依を安心させるように告げるのだった。

 



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第三十二話 ワイルドと絆の力(コミュニティ)

「そうか、丈槍さ──、いや由紀さんがペルソナを、な……」

 

「えぇ、そうよ。貴依さんの話ではあの子がペルソナを召還する時、【ガブリエル】って言ってたそうよ」

 

「……ガブリエル、か」

 

 透子から聞いた言葉にそう言って顎に手を当て考え込む晴明。

 彼女から学校に残った面々の現状を聞いていた晴明。

 それは、結論から言うと、彼が戻ってきた時にはすべてが終わっていた。即ち晴明は端的に言ってしまえば、かれらの襲撃には間に合わなかった、ということだった。

 

 そのことと、何より彼が帰ってきた時に由紀と圭が倒れていること、そして太郎丸を助けるためにジャックフロストがその身を犠牲にした。という事実を知った晴明は、もしも、もっと早くにデイビットの策に気付いていれば、と臍を噛む。

 しかし、今はそんなことを考えている場合ではない、考えた晴明は自身の不甲斐なさに対する怒りを内面に押さえ込みながら透子に話を聞いていたのだった。

 

 その最中に聞いた由紀のペルソナ(神話)覚醒──しかも、覚醒したペルソナがガブリエルという高位存在だった──について、彼自身驚きを覚えていた。

 だが同時に、彼女が覚醒したことについて、心の中でどこか納得していることにも不思議と驚きを覚えていた。

 

「──あの子は、由紀さんは」

 

 そこで言葉を切った晴明に訝しげな視線を向ける透子。

 そんな透子の様子に気付かず、あるいは意図的に無視して晴明は独り言のように呟く。

 

「もしかしたらあの子は、世界に選ばれた、()()()()()()()()、そんな存在なのかも知れないな……」

 

「選ばれて、しまった……? それってどういう……」

 

 晴明が発した言葉に対して不思議そうな顔をして問いかける透子。

 その透子の問いかけに、晴明はどこか決まり悪げにして頭を掻きながら答える。

 

「あぁ、そうだ、な……。──とある例え話でもしようか」

 

 それだけを言うと晴明は何かを思い出すように話をはじめる。

 それは、晴明がかつて生きた世界で語られたとある一人の少年、救世主(メシア)としてその身、その命すらも捧げ()()()、何よりも秩序を重んじた少年(ロウヒーロー)の物語だった。

 

 その少年はごく普通の、晴明や朱音(ライドウ)のように特殊な家系の出でもなく、本当に裏とはまったく関係ない中流階級の家庭の息子として生まれた。

 そのままごく普通に両親に愛され、少年自身もまっとうに、万引きなどの軽犯罪を犯すこともない、そして友人が、知人が間違いを犯そうとするなら叱ってでも道を正そうとする正義感の強い少年として育っていった。

 

 しかし、そんな少年に対してとある転機が訪れる。

 ある日、とても不思議な夢を見た少年は後にその夢の中で出会った二人の少年と現実でも出会い、その後、数奇な運命を辿ることになる。

 その中で少年たちは、時に協力して、また時には互いに相対しながらそれぞれの目的のために行動していた。

 

 だか、ある時少年はとある悪魔の奸計に嵌まり、仲間たちを助けるためにその命を散らす。

 しかし、その少年の献身を見た神の御使いは、ここで少年の命が失われるのはあまりにも惜しい、と、そして彼こそが救世主(メシア)に相応しい、として彼の命を復活させる。

 

 ──自身たちの傀儡として、洗脳を施した後に、だが。

 

 その後、少年は神の名の下に、千年王国(ミレニアム)を権立させるためにその身を、己が命すら省みることなく、礎とすることすら厭わない狂信的な精神で、千年王国(ミレニアム)を築くための障害となるのなら、かつての仲間であっても躊躇なく排除する狂信者となって、己が、そしてメシア教の救世主(メシア)として行動を開始した。

 

 そして、カテドラルに於いての最終決戦。彼はかつての仲間のうちの一人、悪魔としてではなく、また救世主の道も選ばず、只人としての道を選んだ少年(ザ・ヒーロー)に討たれることになる。

 最後まで洗脳が解かれることもなく、救世主、否、神の尖兵(生贄)として。そして、誰にも看取られることなく──。

 

 その話、物語を聞いた透子はしばし、あり得ないことを聞いたかのように絶句するが、すぐに正気を取り戻すと晴明に掴み掛るように近づいて問い詰めようとする。

 

「晴明さん! それってあの子が、由紀ちゃんが、その例え話の男の子と同じ道を辿るかも知れないって言いたいの?!」

 

「そんなことはない、させるつもりもない。そもそもあの子の仲間、学園生活部にアレックスだってそんなことは望んでいない。それに──」

 

 問い詰めてくる透子に対して、晴明はそう反論する。そしてさらに苦々しげな表情を浮かべて何かを話そうとするが。

 

「……いや、なんでもない」

 

 そのまま途中で口を閉じる。そんな晴明の様子をどこか不思議そうに見つめる透子だったが、彼女に対して晴明は。

 

「本当に何でもないんだ、気にしないでくれ」

 

 と、さらに言葉を告げる。

 そのことに何かがあると考えながらも、同時に晴明は何があっても話すつもりがないことも感じた透子は不承不承ながら頷く。

 そのことに、透子がしつこく問い詰めなかったことに対してありがたい気持ちと、そして申し訳なさを覚える晴明。

 そもそも先ほど口をつぐんだ理由、それは由紀に対する申し訳なさと、そして自身に対する情けなさが理由だった。

 

 実は、もともと晴明は彼女、由紀が何らかの異能に目覚めたかも知れないことを、生活部顧問の佐倉慈から相談を受けていた。

 そしてその中で、由紀の口から知らない人の名前、リディアという名前と、そしてイゴールという名前を聞いたということも併せて教えてもらっていた。

 

 ──イゴール。そして異能(ペルソナ)

 

 それだけあれば、彼にとって由紀がどのような力を得たのか、などということは想像に難くない。

 ピアスの少年(ペルソナ主人公)や、周防達也(ペルソナ2主人公)のようにフィレモンに、あるいはニャルラトホテプに見出だされた存在か。

 あるいは、結城理(P3主人公)鳴上悠(P4主人公)雨宮蓮(P5主人公)のようにワイルドとして覚醒した、か。

 いずれにせよ、由紀がかの英雄たちと同じ能力に覚醒したと言うのであれば、今後は大丈夫だろう、と安心した。()()()()()()()()

 

 本来であれば、彼女たちを保護しなければならない自分が、その責任を只の、戦いも知らぬ女の子に押し付けて、もう死ぬことはない。もう安心だ、と。

 確かに晴明にとって自身の死から逃れるために行動することは大前提ではあるが、だが、それでも悪魔召喚士として、何より人として超えてはいけない一線というものがある。

 

 それなのに、晴明は彼女が居れば大丈夫。などといった無責任な考えを一瞬とはいえ考えてしまった。

 自身が死の恐怖、というものをよく理解しているはずなのに、よりにもよって、それを丈槍由紀という一人の少女に押し付けようとしてしまった。

 これがよく知らない人間、それこそ透子や学園生活部の面々に話したとしても、晴明にもそんな感情がある、と思い彼を安心させるために尽力してくれるだろう。

 

 彼女たちの行動は美徳と言ってもいいし、晴明自身もそれに感謝することはあっても、咎めると言ったことはないだろう。

 しかし、そういうことではないのだ。

 

 曲がりなりにも晴明は裏世界の戦いのプロフェッショナルであり、実際にいくつもの異界を踏破してきた実績もある。

 だからこそ、それだけの実績があるからこそ、晴明は由紀に任せれば大丈夫、などとほんの少しでも考えてしまった自分自身が許せないのだ。

 

 晴明自身、もとは自身の出自など知らずに生きてきた人間だった。

 その中で前世の記憶を思い出し、そしてかの魔神の贈り物(呪い)によってこの世界がたやすく地獄に変貌する。そんな世界であると理解して、家族を、そして自身を生き延びるために、恥も外聞も捨て血反吐を吐く思いで今の力を身に付けた。

 しかし、彼女は、由紀は偶然──もしかしたら必然なのかも知れないが──ペルソナ能力を開花させた、いわば朱夏と同じ、ただの被害者でしかない。

 

 そんな彼女にこれ以上の重荷を背負わせるなどと、それは戦う者として、そして何より男としても情けないではないか。

 

 だからこそ、悪魔召喚師(デビルサマナー)-蘆屋晴明はかつて、この世界が容易に死が訪れることを知る人間として、そしてそんな世界の、それでも平和に生きる人々を守るために自身の力を振るおうと決意したのだから。

 何よりも死と呼ばれるモノがどれほど恐ろしいか、転生という経験を以て知っているのだから。

 それ故に、もう間違える(由紀に責任を押し付ける)つもりはない。

 

 そこまで自身の中の思いを再確認した晴明は、さて、これからどうしたものか?と、考える。

 と、その時二人がいる部屋のドアが慌ただしくノックされ、しかし、二人が返事をする前に美紀が足を縺れさせながら入ってくる。

 

「どうしたんだ、美紀? ずいぶんと慌てて……」

 

「ゆき先輩が目覚めました!」

 

 早口で二人に由紀が目覚めたことを告げる美紀。

 その報告を聞いた透子は表情を明るくさせ、晴明もまた安堵の表情を浮かべていた。

 そして晴明は、美紀に由紀の容態について確認をとる。

 

「そうか、それはよかった。それで、美紀。由紀さんの意識ははっきりしているのか?」

 

 晴明の確認に美紀は何度も頷きながら肯定する。

 

「は、はい! たかえ先輩が看病してたんですけど、その時に起きられたようで……。今はりーさんや、くるみ先輩と話してます」

 

 美紀の報告を聞いた晴明は、そうか、ありがとう。と、簡潔に伝えると席を立つ。

 それを見た透子はどうしたの?と晴明に問いかける。

 その透子の質問に晴明は一言。

 

「あの子が起きたのなら、俺も聞きたいこと、話したいこともあるからな。だから、ちょっと由紀さんのところに行ってくるわ」

 

 そして晴明は美紀に、由紀さんのところまで案内を頼む。と、言って二人で由紀のもとへ向かうのだった。

 

 

 

 

 

 晴明が由紀のいる部屋に辿り着いた時、そこでは学園生活部の面々が楽しげに喋っていた。

 正直その光景を見た晴明は、あの現場に男一人で入るのは、と躊躇したくなったがそれでも確認しなければならないことがあるために意を決して部屋に入る。

 

「あ~、歓談中に済まない。由紀さん、少しお話を聞いてもいいかな?」

 

 晴明の言葉にまさか自分にお呼びがかかると思わずにビクリと肩を震わせて驚く由紀。

 しかし、すぐに気を落ち着かせると、晴明ににこりと笑いかける。

 

「どうしたの、はーさん?」

 

「ああ、さっき透子さんから由紀さんがペルソナを使ったと聞いてね。それでお話を聞きたいのと、もしわからないことがあれば、こちらの知りうる限りとなるがある程度説明できると思ってね」

 

「おおー……」

 

 晴明の言葉に感心したような声を上げる由紀。

 そして他の学園生活部の面々、特に胡桃と悠里、さらには慈も興味津々といった様子で晴明の顔を見る。

 慈が興味津々と言うこと、それとイゴールにまだすべてを説明されていないことを感じ取っていた由紀はこほん、と咳払いをすると早速質問をする。

 

「……えっと、それじゃ、はーさん。私がペルソナを使った後に急に倒れちゃった原因ってわかる?」

 

 由紀の質問に晴明は顎に手を当てて少し悩むと、予想ではあるが答えを話す。

 

「ふむ、倒れた理由、か。それなら恐らく……」

 

「恐らく?」

 

「単純に慣れていなかった、から。だろうな」

 

 どんな理由かと興味津々に聞いていた面々だったが、晴明の答えが悪い意味で予想外だったのか、えぇ、と呆れた顔になったり、ボケを聞いたようにズッコケたりといった反応を見せていた。

 そのことに晴明は、彼女たちが何かを勘違いしていると悟ったのか、苦笑してさらに説明を加える。

 

「ああ、恐らく皆が考えていることとは違ってだな。……そうさな。恵飛須沢さんは、たしか元陸上部だったよな? 例えば、入部した当初は走るとすぐに息切れしてたけど、ある程度練習した後、同じコースを走っても息切れしなかったり、タイムが上がったりなんて経験はあると思うんだが。どうかな?」

 

「え? ああ、確かにそういうことは、まぁ、普通にあるよな」

 

 晴明の例え話に首肯しつつ答える胡桃。

 胡桃の答えを聞いた晴明は一つ頷くと、改めて全員を見渡して話しはじめる。

 

「それと同じようにペルソナを使う時も体力や精神力なんかを消耗するんだ。そして、その消費する力を俺たちはMAG(生体マグネタイト)と呼んでいるんだが、MAGは一般の人はそうそう使えるような力じゃない、というのはいいかな?」

 

 晴明の確認するような問いかけに全員がこくりと頷く。それを見た晴明はさらに話を続ける。

 

「そして生体と言う言葉が付くことからわかるとは思うがMAGとは生命力そのものと言っていい。……それで、ここからが理由となるが、由紀さんがMAGを急激に使用して生命力が低下、その結果意識を失って倒れた、と言うところだと思う」

 

 状況を見ていないからあくまでも推測でしかないけどな、と付け足す晴明。

 晴明の言葉に得心がいったのか、全員が、おおー、と感心の声を上げたり、しきりに頷いたりしている。

 そこで何かに気付いた由紀が目を点にして声を上げる。

 

「ん? って、ことは私、もしかして結構危ない状況だった……?」

 

「まぁ、俺の予想が当たっていれば、という話にはなるが、な……」

 

 由紀の疑問に晴明が苦笑しながら、直接口に出してはいないものの肯定ともいえる言葉を出したことでショックを受ける由紀。

 そして、それ以上に貴依がショックを受けたようで、由紀の肩を掴むと心配そうに体の調子を確認して、そのまま布団に寝かしつけようとする。

 

「ゆき、やっぱりお前もう一回ちゃんと寝とけって! まだ起きたばっかりで本調子じゃないかも知れないんだから!」

 

「ちょっ、たかえちゃん。私は大丈夫、大丈夫だからっ!」

 

「お前の場合大丈夫じゃなくても、やせ我慢して大丈夫って言うだろうがっ! いいから──」

 

 そんな様子で、すったもんだの押し問答を続ける由紀と貴依。

 それを晴明は苦笑して見ていたが、流石にそのままでは話が進まないと思い、助け舟を出す。

 

「あぁ、柚村さん? 由紀さんの健康状態は問題ないはずだから、心配しなくても大丈夫だと思うぞ?」

 

 その晴明の助け舟に、これ幸いとばかりに乗っかる由紀。

 

「ほら、たかえちゃん! はーさんもこう言ってるんだから大丈夫だって、ね?」

 

 由紀の言葉に貴依は睨みつけるような視線を晴明に向ける。

 貴依の不躾な視線に、晴明は彼女を安心させるように笑いかけながら太鼓判を押す。

 

「今の由紀さんはMAGが活性化、あぁ、わかりやすく言えばむしろ元気が有り余ってる状態なんだよ。だから心配しなくても大丈夫」

 

 晴明の言葉を聞いた貴依は、今一度由紀の方を向くと確認を取る。

 

「ゆき、本当に、ほんっとうに大丈夫なんだな?」

 

「大丈夫、大丈夫。ほら元気、元気!」

 

 そう言いながら力瘤を作るような仕草をする由紀。

 そんな彼女の様子に貴依は、ぷっ、と吹き出すと一言。

 

「ああ、わかったよ。信じるよ」

 

 そして次に晴明の方を向くと軽く頭を下げる。

 

「蘆屋さん、疑ってごめん」

 

 貴依の謝罪に晴明は微笑みを浮かべながら、構わないよ、と答える。

 

「知らない以上、どうしても疑わしいと感じてしまうからね。仕方ないだろう」

 

 実際のところ、貴依の疑問も当然のことである以上、晴明としても彼女を責める気はさらさらなかった。

 そのこともあり、もうこの話は終わりと言うように今度は晴明から由紀に話しかける。

 

「ところで由紀さん。改めてこちらも聞きたいことがあるんだけどいいかな?」

 

「うん、いいよ。はーさんの聞きたいことってなぁに?」

 

 晴明の言葉にこてん、と首を可愛らしげに傾けながら聞く由紀。

 由紀の可愛らしい仕草に他の面々がほっこりとしている中、晴明は真剣な表情で口を開く。

 

「由紀さんが以前寝言で言っていた人の名前、リディアという人と、もう一人イゴールという人について聞きたいんだが」

 

 晴明の言葉に以前リディアの名を聞いた悠里、そしてその後に寝言でイゴールの名前も聞いた慈がそう言えば、というように興味を持った視線を由紀に向ける。

 その視線を受けた由紀は、冷や汗をダラダラと流して体を震わせる。そしてそのままの状態で彼女が口を開く。

 

「な、なななんのことかな……?」

 

「いや、そこまで動揺してたら誤魔化すものも誤魔化せんが……」

 

 口吃る由起を見て晴明は思わず突っ込む。

 そして晴明は、彼女の態度で得心が言ったように独り言のような声の大きさで一言呟く。

 

「……なるほど。やはりワイルド、か」

 

 その言葉が聞こえた由紀の態度の変化は劇的だった。

 彼女は驚愕の表情を浮かべて晴明を見る。

 そんな彼女の反応を見た他の面々は、ワイルド? と、由紀が反応した単語をオウム返しのように口遊む。

 そのことに由紀はしまったとでも言うように顔をしかめる。

 

 由紀の渋面を見た貴依はどういうこと? と、言いたげな表情で由紀と晴明を交互に見る。

 そのことに気付いた由紀はあ~、う~、と呻きながら何事かを話そうとするが、それでも意味ある言葉が口から出ることはなかった。

 その中で晴明が詳しい情報の出どころは言えないが、と前置きしながら由紀の代わりにワイルドがどういった存在なのかを告げる。

 

「──ワイルドとは人と人との絆を力に変える、そんな存在だ」

 

「絆を、力に……?」

 

「ああ、あるいは想いを力に、と言い換えてもいいかもな」

 

 晴明の言葉を聞いた貴依は、想いを力に、と反芻する。

 そのことに晴明はうむ、と頷くと美紀と圭に話かける。

 

「二人は朱夏もペルソナ使いだということは憶えているな?」

 

 晴明の確認にこくん、と頷く二人。

 二人が同意したことに驚く慈。

 慈も以前に晴明から彼女が異能を持っているとは聞いていたが、それが由紀と同じものとは聞いていなかったためだ。

 それを見た晴明は今さらながら詳しく話していなかったな、と思い、慈に謝罪しながらさらに話をする。

 

「そういえば、佐倉先生にはそこら辺の詳しい話をするのを忘れていたな。申し訳ない。だが、それはそれとして、今は説明を続けさせてもらうよ」

 

 そして晴明は空気を整えるように一つ、咳払いをするとイゴールが由紀に言ったことと同じ説明を始める。

 それを聞いた面々は口々になるほどと声を出したり、納得がいったのか頷いている。

 その中で貴依が、質問があるのか挙手をする。

 

「それで、絆が力になる、ってのはわかったけど、さ。ゆきは、具体的に何すればいいのさ?」

 

 貴依の疑問に晴明は一つの解を告げる。

 

「それは、まぁ……。彼女が彼女らしく、心の赴くままに過ごす。言ってしまえば日常を謳歌する、ということになるかな?」

 

「日常を謳歌する、って言われても……」

 

 晴明の答えを聞いた貴依は呆れたような、否定するような音色で告げる。

 事実、今の巡ヶ丘は今回のバイオハザードといえる事態でどう考えても()()なんてものを過ごせる状態ではないのは確かだ。

 しかし、それでも晴明は告げる。

 

「あぁ、柚村さんが言いたいことはわかるつもりだ。でも、だからこそ、由紀さんは学園生活部の発足を提唱したのだろう? 今の非日常の中で、それでも日常を見失わないように生きよう、と」

 

「それは……」

 

 晴明の言葉に二の句を告げなくなる貴依。

 彼が言ったことも彼女達にとって紛れもない事実だったのだから。

 

 由紀が学園生活部を作ろうと提案したからこそ、今の自分たちがいるのだと。

 学園生活部の仲間たちがいたからこそ、ギリギリのところで踏ん張れたのだと。

 

 ふと、そんなことを思う貴依だったが、その時由紀が笑いながら声を上げる。

 

「えへへ、まぁ、私もあーちゃんみたいに戦えるわけじゃないけど──」

 

 そこで由紀はハッとした様子で、でも今はあーちゃんやくるみちゃん、たかえちゃんと一緒に戦えるよっ! と言いながら胸を張る。

 そして、由紀は自身の当時の思いを馳せるように、あの時の決意を語る。

 

「あの時は、はーさんやお爺ちゃんのことを知らなかったし、最悪生き残りが私たちだけ、なんて可能性もあったから。この世界には英雄(ヒーロー)はいないかも知れない。なんてことも思ったけど」

 

 そこで由紀は真剣な表情を浮かべると、皆を見渡し、ズビシィ! と、虚空を指差して宣言する。

 

「だったら、私がヒーローに成ればいい。【ヒーローなんて待ってるもんじゃない、ヒーローはなるもんだ!】って、ね」

 

 ダリオマンの受け売りだけどね。そう言って、由紀はいたずらっ子のように笑う。

 それを聞いた胡桃は、何だよ、それ。漫画かよ。と、可笑しそうに笑う。

 胡桃の笑いに触発されたように他の面々も笑い出す。

 

 その中で晴明は眩しいものを見るかのような視線で由紀を見る。

 そんな視線で見られると思っていなかった由紀は照れ臭そうに身じろぎする。

 が、晴明は恥ずかしがる由紀を見て笑いながら彼女に話しかける。

 

「由紀さんが英雄、か。由紀さんならなれるかも知れないね?」

 

 そう言って晴明は柔らかい笑みを浮かべると、由紀の頭に手を置くと良い子、良い子、とするように頭を撫でる。

 晴明の急な行動に身構える由紀だったが、頭を撫でられることが心地よかったのか、次第に目を細めてされるがままになる。

 そうして頭を撫でられ続ける由紀だったが──。

 

「────っ!」

 

 急にビクリと体を震わせる。

 そのことで心配したのか貴依が不安そうな様子で話しかける。

 

「お、おいっ? 由紀、大丈夫か?」

 

「う、うん。大丈夫だよ、へーき、へーき」

 

 貴依を安心させるようにへにゃり、と笑みを浮かべながら由紀はそう告げる。

 そう言って由紀は再び晴明のナデナデを堪能しながら、先ほど自身の頭の中に流れた不思議な声について考える。

 

 

 

 ──我は汝……、汝は我……。

 汝、新たなる絆を見出したり……。

 

 絆は即ち、希望の道標なり……。

 

 汝、皇帝のペルソナを生み出せし時、

  我ら、さらなる力の祝福を与えん。

 

 

 

 このように聞こえてきた言葉。

 これが、イゴールやリディア、晴明が言っていたコミュニティなのだろう。

 同時に、これは自身が、そして晴明が互いのことを想ったからこそ絆として成立したのかも知れないとも思う。

 

(はーさんも、何より私も今まで互いを信頼しきれていなかったから、仕方ないのかも知れないけど……)

 

 そう思い、内心苦笑する由紀。

 だが、今回のことで少なくとも最低限お互いが、お互いに心を開いた、ということがわかったのは良いことなのだ、と由紀は考える。

 

 そんなことを考えながら、今は、今だけはこの心地よさに身を委ねようと思う由紀だった。

 



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第三十三話 意志

 お久しぶりです、作者です。
 今話も色々とあってなかなか書く暇がありませんでしたが、なんとか書き終えたので投稿いたします。
 正直な話、文字数が多い割には場面が進まなかった……。
 今後は、場面も執筆速度も早くなってくれると良いのだけど……。




 その後、由紀たちと軽い雑談を交えた晴明は、由紀に一言断りを入れて席を辞そうとする。

 

「すまない、色々と邪魔をしたね。俺の方でも何か出来ることがないか探してみるから、由紀さんも何かあったら遠慮なく言ってくれ」

 

「うんっ! はーさんも気をつけてね」

 

 由紀も、そんな晴明をにこやかな笑みを浮かべて見送ろうとする。

 そこで圭がおずおずと晴明に話しかける。

 

「あ、あのっ! 蘆屋先生……」

 

 そんな圭を訝しげに見ながら晴明は彼女に語りかける。

 

「……どうした、圭?」

 

 晴明に話しかけられた圭は、しばし周りを見て逡巡するが、意を決したように口を開く。

 

「えっ、と……。蘆屋先生に聞きたいことと、話したいことが……」

 

 圭の様子に何かを感じた晴明は、彼女を安心させるように笑いかけながら提案をする。

 

「……そうか、そうだな。どうにもここじゃ話し辛そうだし、場所を変えて話すか?」

 

 晴明の提案に、こくりと頷くことで肯定する圭。

 彼女の仕草を見た晴明は、苦笑を浮かべながら再び由紀に話しかける。

 

「すまない由紀さん。そういうことだから圭を──」

 

 そこで今度は美紀が割り込んでくる。

 

「すみません、私も……」

 

 そのことに嘆息した晴明は改めて由紀に告げる。

 

「圭と美紀、二人を連れて行くよ」

 

 晴明の様子に由紀も苦笑を浮かべて口を開く。

 

「うん、わかったよ。……はーさんも大変だね?」

 

 由紀の言葉に晴明は軽く手を上げることで答えると、二人を引き連れて部屋を出ていくのであった。

 

 

 

 

 

 ここは学園生活部が制圧し、しかし現在使用されていない宿直室。そこで晴明たち三人が集まっていた。

 そこで三人は適当に辺りの整理をして座る場所を確保すると、それぞれ近場に円を描くようにして座る。

 そうして会話するための準備が整ったは良いものの、圭と美紀は何かを話したい、しかし何を話せばいいのかわからない。と、いった状態で口を噤んでいる。

 このままでは会話ができないのではないか。と、思った晴明は透子に聞いた太郎丸のことについて話す。

 

「……太郎丸のことは聞いたよ」

 

 晴明の言葉にビクリと肩を震わせる二人。

 その中でも圭はどこか晴明に対して怯えるような、悔恨の視線を浮かべている。

 そして圭はぽつりぽつり、と話し出す。

 

「私が、いけなかったんです……」

 

「けいっ……!」

 

 自責の念に駆られる圭の口から出た言葉を聞いて、思わず咎めるように彼女の名を呼ぶ美紀。

 圭は自身の名を呼ぶ美紀を一度弱りきった瞳で横目で見ると、何かを否定するかのように首を横に振って言葉を続ける。

 

「私が、私がもっとちゃんと考えていれば……、そうすればヒーホーくんだって……!」

 

 話していく途中で自身が許せなくなってきているのか、声を荒げる圭。

 そんな圭を見た美紀は肩を掴むと軽く揺さぶる。

 そのことで美紀を見る圭。

 

「けい、感情的になっちゃだめだよ」

 

「……でもっ!」

 

「でも、じゃない。落ち着いて? そうじゃないと、きっと──」

 

 また、繰り返すことになってしまうから。と、告げる美紀。

 美紀の言葉を聞いた圭は瞳に怯えの色を宿す。

 それを見た美紀は罪悪感を感じるが、それでも、またあんなことを繰り返すよりはマシなはず。と思い、心を鬼にして彼女に語りかける。

 

「だからこそ、私も、圭も、落ち着いて、感情的にならずに冷静にならないといけないの。そうしなければ、今度は、きっとヒーホーくんの、そして太郎丸の思いを踏みにじることになるから」

 

「…………うん」

 

 美紀の言葉が堪えたのか、圭は思い悩む様子だったが、言葉少なく肯定する。

 そんな彼女たちの様子を見た晴明は、二人を安心させるためにもなるべく優しげに二人に問いかける。

 

「圭、美紀。辛いことを聞くことになるが、話してくれるか?」

 

 晴明の問いかけに二人は頷くと、代表して圭が、俯きながらぽつり、ぽつり、と防衛戦の出来事について話す。

 それを聞いた晴明は、そうか、と一言呟くと圭に対して声をかける。

 

「……よく、頑張ったな」

 

 そう言いながら圭の頭をくしゃりと撫でる晴明。

 そのことに驚いて晴明を見上げる圭。

 そんな彼女を安心させるように、彼は柔らかい表情を浮かべると謝罪の言葉を告げる。

 

「すまないな……。俺がもっと早く気付いていれば、あるいは調査を後回しにしていれば、そんな思いをさせずに済んだのに……」

 

 その晴明から放たれた悔恨の詰まった言葉を聞いた圭は、見上げたまま目尻に涙をためると、どんっ、と彼に勢いよく抱きついて泣きはじめる。

 

「あぁ、うあぁ……。ひーほーくん。ひーほーくんっ! あぁぁあぁぁぁぁぁっ────!!」

 

 号泣する圭を心配そうに見つめる美紀。

 

「──圭、やっぱり辛かったんだよね……」

 

 そんな彼女の呟きを聞きながら、晴明は圭を慰めるように背中を擦るのだった。

 

 

 

 

 

 そのまま圭が泣き止むまで待っていた晴明と美紀。

 しばらく泣き続けて精神を落ち着かせられたのか、圭も少しづつ泣き声が小さくなっていき、完全に泣き止むと流石に恥ずかしくなったのか、晴明からそろりそろりと離れる。

 そして誤魔化すように、少し照れくさそうに笑みを浮かべる圭。

 そんな彼女を見て心配そうに声をかける美紀。

 

「圭、本当にもう大丈夫なの?」

 

「大丈夫だよっ! ふふっ、美紀は本当に心配性なんだから」

 

 自身の心配をする美紀を見て、系は心配をかけないように、とおおらかに笑いながら大丈夫だと告げる。

 そのことに一瞬不満げな表情を見せる美紀だったが、すぐにぷっ、と吹き出すと二人で笑いだす。

 美紀も圭が安心させるために、あえて冗談めかして答えていることに気付いていたからだ。

 それでも一瞬不満げな表情を見せたのは、ただ単に彼女に対する一種の異種返し、という側面が強かった。

 もっとも、美紀も圭も、お互いともにそういう心持ちでやっていたということに気付き、可笑しくなって吹き出したのだが。

 

 二人の笑い合う姿を見て安心した、と言わんばかりの表情を浮かべる晴明。

 しかし、すぐに圭が話してくれた内容の一部に気になる部分があったのか思案顔になる。

 そして、そのことを確認するために圭に話しかける晴明。

 

「圭、少し良いか? さっきの話で一つ確認したいんだが……」

 

「あ、はい。なんでしょう?」

 

 先ほどとは別種の涙を浮かべて笑い合っていた圭は、晴明に話しかけられたことで目尻の涙を指で拭いながら晴明を見る。

 

「ああ、さっき話に出ていた車椅子の紳士。──本当に、STEVENと名乗っていたのか?」

 

「えっ? はい、そうですけど……。やっぱり蘆屋先生のお知り合いなんですか?」

 

「なに? どういう意味だ?」

 

「いえ、STEVENさんが『彼に僕のことを聞いてみると良い』と、言われてたので……」

 

「そう、か。あの人がそんなことを……」

 

 晴明が告げた言葉に首を傾げる圭。彼が発した言葉が、どことなく他人行儀に聞こえたためだった。

 そんな圭を見た晴明は、先ほど圭が発した質問について答える。

 

「彼と、STEVENと知り合いか、だったな。一言で言えば直接会ったことはないが、彼がどのような人物かはある程度知っている。と、いったところだな」

 

「はぁ……」

 

 晴明の煮え切らない答えに呆けた返事を上げる圭。

 そんな彼女を横目に見ながら美紀は、先ほど圭が言っていた車椅子の紳士が彼女の妄想や見間違いの類ではなかったことに驚きを顕にする。

 そしてそのまま彼女は自身が疑問に思ったことを口にする。

 

「それじゃ、本当に居たっていうの……? でも、それじゃその人どうやって三階まで上がってきたの? エレベーターは破壊されているっていうのに……」

 

 彼女の疑問、というよりも聞こえるか、聞こえないかの小声だったので半ば独り言だったのだろうが、兎にも角にもその呟きが聞こえた晴明は頭をガシガシと掻きながら疑問を持っても無駄だと告げる。

 

「ああ、美紀? 彼に関しては考えるだけ無駄だぞ。現実世界だけじゃなくて異界や、果てには電脳世界にまで現れるからな。……うん、自分で言ってなんだが、あの人本当に何なんだろうな……?」

 

『はぁ……』

 

 晴明の言葉を聞いた美紀と、ついでに圭は呆けた声を上げる。

 彼女たちの表情にはありありと『私たちにそんなこと言われても……』という感情が浮かんでいた。

 それを見た晴明は、微妙な空気が流れはじめた現状を変えるために、んんっ、と咳払いをすると再び話し出す。

 

「それはそれとして、一応あの人に関してのことで、知ってることについて、話しておこうか」

 

 その言葉を聞いた美紀と圭は、それで謎の人物についてやっと分かるということもあり、興味津々といった様子で身を乗り出す。

 その彼女たちの様子、なんだかんだで二人とも美少女であり、そんな二人が目と鼻の先まで急に来たということもあって、思わず身を仰け反らせる晴明だったが、再び咳払いをする。

 そのことで、ようやく自分たちが晴明に近付き過ぎていることに気付いた二人はそれぞれ体制をもとに戻すと、圭は両手を後ろ手に組んで頬を染めながら、えへへ、と笑って誤魔化すように、そして美紀は思わずと言った様子で俯いているが、恥ずかしかったのか耳が真っ赤に染まっていた。

 

 それを見た晴明はこのままでは二人、特に美紀が気まずいだろうと思い、空気を払拭するためにも、努めて普段の調子で話しはじめる。

 

「それじゃ改めてあの人、STEVENについて話すぞ。まず最初に言っておくことは、あの人はDr.スリルに並ぶ、いや、彼をも超える天才だってことだ」

 

 晴明がSTEVENのことについて話しはじめたことで、ようやく二人も先ほどまでの恥ずかしがっていた様子から、真剣な面持ちへと気持ちを切り替える。

 そんな二人の様子に晴明は内心でなんとかなったか、と頷きながらも話をすすめる。

 

「彼の功績の一つとしては()()()()()()()()()を開発したことだ」

 

 まぁ、もっとも純粋な功績と思うには、負の側面が大きすぎるけどな。と、内心思う晴明。

 そんな晴明が言ったターミナルシステムという言葉を聞いて、美紀はどんなものなんだろう? と、疑問に思い首を傾げると質問があるとばかりに挙手して晴明に問いかける。

 

「……ターミナル、ですか? それは一体どういうものなんですか?」

 

 美紀の質問に晴明は、良い質問だ。と言わんばかりに頷くと答えを口にする。

 

「ある意味夢みたいな、あるいはSFみたいな話だが、ターミナルシステムはそれぞれ別の場所に設置された端末、仮に端末A、端末Bとするか。遠くに設置された端末AからBに、あるいは逆でもいいが瞬時に移動できる、簡単に行ってしまえば局地的なワープシステムだ」

 

 晴明の答えを聞いた美紀と圭は、聞き間違いかな? と、圭は自身の耳を指で穿ったり、あるいは先ほど晴明が言ったように夢なのか、と美紀は自身の頬を抓る。

 そして美紀は抓った頬から痛みが走ったことからこれが夢ではないと理解して、圭もまた聞き間違いでもなんでもなかったということがわかり、彼女たち、特に圭が驚愕の表情を浮かべて声を上げる。

 

「わ、ワープシステムぅ?!」

 

 そこでふと、さらに疑問ができたのか、美紀が訝しげな表情を見せながら声を出す。

 

「……でも、そんな画期的なものが出来た、なんてことは聞いたことがありませんけど……?」

 

 美紀の疑問に晴明は、それはそうだろうな、と言いつつ頷く。

 そして晴明は話をすすめるためにも彼女の疑問に答える。

 

「ああ、美紀の疑問ももっともだろう。そんな画期的なものが出来たのなら評判にならないのはおかしいからな。……もちろんそれにも理由がある。簡単に言えば、ターミナルシステムの起動実験時に、とある事故が起きたんだ」

 

「事故、ですか……?」

 

 晴明の言いように美紀は良くないものを感じて、無意識のうちに冷や汗を流しながら疑問を口にする。

 

「……ターミナルシステムの初の起動時に、本来は別の端末に繋がるはずが全く別の場所に繋がってしまったんだ。そしてよりにもよって、繋がった場所が最悪だった」

 

 勿体つけるような晴明の言葉を聞いた二人は、緊張してゴクリと唾を飲んで彼が話すのを見守っている。

 彼女たち二人が真剣な表情で聞いていることを確認した晴明は、二人の度肝を抜くような事実を告げる。

 

「繋がった場所、というのがよりにもよって魔界で、そこから悪魔たちが溢れ出してきてしまったんだ。そして、その時に彼も負傷して、それから車椅子に乗っていたはずだな」

 

『……はぁっ?!』

 

 晴明が告げた真実が予想外過ぎたのか二人ともが驚愕で目を見開いて大声を上げる。

 そして美紀が手をぱたぱたを振りながら晴明にツッコミを入れる。

 

「いやいやいやっ! 待ってくださいよ蘆屋先生! それだと功績じゃなくて、むしろ戦犯じゃないですかっ!」

 

 そのツッコミに圭も苦笑いを浮かべながらも、でも、と自分の正直な思いを口にする。

 

「それはそうなんだ、とは思うけど、でもね、美紀。私は、ヒーホーくんと出会えたし、それに蘆屋先生とも会えたから、一概に悪い、とは言えない、かなぁ……?」

 

「……圭」

 

 圭の物言いに呆れた表情を見せる美紀。そして話題に上がった晴明はと言うと、圭に厳しい表情を見せながら、彼女に対して一つ注意をする。

 

「圭、お前がそう思うのは勝手だが、間違っても、人がいる前でそのことは口にするなよ」

 

「……あ、えっと」

 

 晴明の厳しい口調に思わず目を泳がせる圭。

 そのことに晴明は嘆息をすると、彼女に何故言ってはいけないのか、その理由について説明するために口を開く。

 

「以前に悪魔召喚師になる方法として、現役の悪魔召喚師に弟子入りする、というのを話したのは覚えているな?」

 

「は、はい」

 

 そうして晴明の口から出た問いかけに、圭はおっかなびっくりな様子で返事をする。

 圭の返事を聞いた晴明はさらに確認のための問いかけをする。

 

「その時に才能があれば弟子にして育成するとも話したな? じゃあ、その才能というのは、どういうものか分かるか?」

 

 晴明の問いかけを受けた圭は頭を捻りながらしばらく思案するが、答えが出なかったのか、分からないと言いたげに首を横に振る。

 それを見た晴明は、今度は美紀に対して問いかける。

 

「そうか、では美紀。お前は分かるか?」

 

 その問いかけに彼女は。

 

「……いえ、私も。えっとMAGをうまく扱えるか。……というわけではないんですよ、ね?」

 

 わからないと言いつつも、自信なさげに自分が考えた答えを口にする。

 美紀の答えを聞いた晴明も、彼女自身が感じ取ったように答えが不正解であることを告げる。

 

「そうだな。MAGの扱いに関しては技術の問題になるから、最悪、修練でどうにかなる」

 

 晴明の答えを聞いた美紀は、やっぱり、と不正解だったことに、どこか残念そうにしていた。

 そんな美紀を慰めるように晴明は彼女に声をかける。

 

「まぁ、不正解であったが、それでも自身で考え答えを出す。ということが出来ただけ上等だ。人は、人間は、何よりも知性というものを武器として、自身よりも強大な存在(悪魔)に打ち勝ってきたんだからな」

 

 それに、美紀の答えも見方を変えれば間違いではないとも言えるしな、と呟く晴明。

 その呟きが聞こえた二人は不思議そうな顔をして晴明に問いかける。

 

「それって、どういう意味なんですか?」

 

「ん? ああ、二人は以前にMAGが怒りなどの感情で増幅される、と言ったことを覚えているか?」

 

 晴明の質問に、こくこくと首肯することで答える二人。

 

「つまり、MAGとは人の生命力であり、感情エネルギー。即ち人自身の意志によって強力になっていく。ここまではいいな?」

 

「ええ、まぁ……」

 

 晴明の言葉に曖昧な表情を浮かべながらも肯定する圭。

 そんな圭を見ながら晴明は、ここからが本題だ、と言った様子を見せる。

 そのことと、何より晴明の今までの話から何を言いたいのかを察した美紀は愕然とした様子でポツリと呟く。

 

「まさか……。才能って、意志って、そういう……!」

 

「どうしたの、美紀?」

 

 そんな美紀を不思議そうに見る圭だったが、美紀が今までの話から導き出した可能性を聞く。

 

「蘆屋先生が言った圭への注意、怒りなどの感情によるMAGの増幅方法。それに、あえて先生が使った意志と言う言葉。それらを考えるなら、才能とは、悪魔と戦う、または殺したいという願い(意志)。あるいは絶対に消えないほどの復讐心……!」

 

 美紀の可能性を聞いた圭は、衝撃で体をふらつかせながら晴明を見る。

 そして、晴明も美紀の答えを肯定するかのように、真剣な面持ちで首を縦に振ると口を開く。

 

「そうだ。今の現代社会に於いて、民間からこの業界に入ろうという者たちの理由は、美紀が言ったように復讐心からが大半だ。ある者は家族を悪魔に喰われたから、またある者は、恋人の人としての尊厳を踏みにじるように嫐られて殺された。など、な」

 

 晴明の言葉を聞いた圭は、恋人を嫐るという意味を、どういった意図で使われたのかを理解して、思わず吐き気を催して手で口を塞ぐ。

 そして同時に、先ほどなぜ晴明が自分に厳しく注意したのかも理解する。

 さらには、もし自身が今回のことを知らずに口にした場合の最悪の事態も想像してしまい、その凄惨さに胃の中のものがこみ上げてくるが、それを無理矢理飲み込むと荒く息をする。

 なんとか深呼吸をすることで落ち着かせようとしている圭を見ながら、晴明は彼女に声をかける。

 

「これで、俺が何故厳しく言ったのか理解できただろう? だが──」

 

 そこまで言って晴明は圭に腕を伸ばす。

 晴明の行動に圭は殴られるとでも思ったのか、身を縮こませる。

 だが、晴明は彼女を殴るようなことはせず、むしろ安心させるように、彼女の頭を軽く撫でるようにぽんぽん、と触る。

 そのことに驚いた圭は晴明に顔を向けるが、彼は圭の緊張をほぐすように柔らかく微笑むと、優しく声をかける。

 

「圭、お前のその考え、俺はとても尊いものだと思うし、出来れば捨ててほしくない」

 

『……え?』

 

 晴明の口から出た言葉がまたもや予想外だったのか、優しく声をかけられた圭はもとより、話を聞いていた美紀も困惑した表情を見せる。

 そんな二人の様子が可笑しかったのか、晴明は笑うのをこらえる仕草をしながら彼女たちに自分の考えを告げる。

 

「確かにMAGを活性化させるには感情を爆発、特に負の感情であれば、爆発させやすいだろう。それは間違いないさ。」

 

 そこまで言うと、晴明は二人を見つめながらさらに言葉を続ける。

 

「でもな、その感情をぶつけられる彼らはどうだろうな」

 

「ですが、実際に身内に被害が出ているというのであれば、仕方がないことなんじゃないですか?」

 

「確かにな。悪魔に喰われた肉親を持つ彼らのことは哀れに思うし、憤りも理解できる」

 

「それなら──」

 

なおも言い募ろうとする美紀の言葉を遮るように、晴明は彼女に一つの言葉を投げかける。

 

「だが、大多数の悪魔は子どもの悪戯のような悪事を働くことはあっても、人喰いなどはしないんだ。それらの存在も含めて、すべてを仇討ちとして殺す必要があるのか?」

 

「────あっ」

 

 晴明の問いかけに想像もしていなかったとばかりに、間の抜けた声を出す美紀。

 そして、圭もまた晴明の問いかけを聞いて悲しげな表情を見せる。

 もし、美紀が言うように仕方がないことだというのなら、彼女の友であり、そして友を助けるために命を張ったジャックフロスト(ヒーホーくん)も、その助けた相手であり悪魔となった太郎丸(ケルベロス)も、今すぐその命を断つことが正しいことになってしまうのだから……。

 

「私、そんなのやだよ……」

 

「けい……」

 

 自身の友人を、そして家族を手に掛けることを想像してしまったのか、圭は今にも泣き出しそうの表情で悲痛な声を上げる。

 そんな彼女の姿を見た美紀もまた悲しげな表情を浮かべて話しかけようとするが、なんと声をかけていいか分からず、口を開いては閉じてを繰り返す。

 二人の雰囲気がどんよりとしたものに変わっていくのを見ながら晴明は、だからこそ圭のような考え方が必要なんだ。と、告げる。

 

「殺したから殺されて、殺されたから殺して、そんなことを続けていけば後に残るのは、人と悪魔の種族間闘争。言うなれば際限のない殺し合いだ」

 

 そこで一息付くと、晴明は自身の懸念を語る。

 

「そして、人と悪魔では肉体のポテンシャルが違う。無論俺たちのような悪魔に対抗出来る存在もいることはいるが、それでも絶対数は少ない。だから──」

 

 先に力尽きるのは人類の方になる。と、晴明は結論を述べる。

 その言葉で美紀は、人類の凄惨な最後を想像できてしまったのか、顔を青くする。

 そしてすぐに、その想像を思考から追い払うように(かぶり)を振る。

 

「もちろん俺たちも、そんな未来を座して待つつもりはないけどな」

 

 美紀が顔を青くしたのを見た春秋は、彼女を安心させるようにあえて戯けた様子で語りだす。

 そのために、自身やヤタガラス、クズノハ一族のオカルト方面の力。そして、大天才たるDr.スリルたちと協力して再現したデモニカスーツを用意したのだと。

 その言葉を聞いて一先ずホッとしたのか、美紀の顔色は先程よりは大分マシになる。

 

「ま、デモニカスーツもSTEVENがいなければ、そもそも完成しなかった面が強いけどな」

 

「え? そうなんですか?」

 

 晴明がポツリと零した言葉に頭に疑問符を浮かべる圭。

 そんな圭相手に、晴明は、そう言えばそちらをまだ説明していなかったな。と、言いつつSTEVENのもう一つの功績について話し出す。

 

「ターミナルシステムの他に彼が生み出したもの、それが人類にとって武器であり、そして悪魔たちとの対話を容易にしたシステム。それが今、俺が持つガントレットや、圭に譲渡したGUMPの基幹システムとして搭載されている、有り体に言ってしまえば悪魔召喚プログラムだ」

 

 晴明の悪魔召喚プログラム、ということ話を聞いた圭はハッとした表情を浮かべると、彼が言ったように自身の譲渡された銃型のデバイス、GUMPを見る。

 そしてGUMPを起動させるとそれをまじまじと見て一言。

 

「これに、あの人が関わっていたんだ……」

 

 と、半ば呆然としながらも感慨深そうに独りごちる。

 

「ああ、そうだ。……時に二人は悪魔召喚と聞くと何を思い浮かべる?」

 

 晴明の問いかけに正気に戻った圭と、じっと二人の話を聞いていた美紀は急に話を振られたことに驚きながらも自身の思いついたことを述べる。

 

「悪魔の召喚というと、やっぱり何かの魔法陣を描いてのエロイムエッサイム~、とか?」

 

「あとは、生贄を用いた儀式でしょうか?」

 

 二人の意見にそうだな、と晴明は頷きつつ話を進める。

 

「あるいは現世に現れた悪魔を調伏して式神や使い魔にする、などだな。……まぁ、一つ言えるのは、どの方法にしてもすぐに行動を起こすのは難しいってことだ。……悪魔召喚プログラムが現れる前は、な」

 

「そう、なんですか……?」

 

 彼の言葉に純粋に疑問に思った美紀は、そう問いかける。そのことに晴明は、うむ、と肯定するように頷くと悪魔召喚プログラムの利点を語っていく。

 

「簡単に言えば、本来悪魔召喚には大規模な儀式などが必要なわけだが、悪魔召喚プログラムはその儀式を完全なプログラミング化して、必要なリソース、MAGなんかの管理も一手に引き受けてくれるから、今までのような長い時間をかけた修行なども必要なく、悪魔召喚師としての力を行使できるようになったんだ」

 

 もっとも、そのおかげでダークサマナーが増える、なんて弊害や、素人が使用して大規模な霊障が起きた。なんて負の側面もあるがな。と、告げる晴明。

 彼の言葉に、結局それでは意味ないのでは? と、思う美紀。

 そんな美紀の想いを知ってか知らずか、晴明は話を続ける。

 

「まぁ、弊害があるのは確かだが、それでも、武器があるのとないのでは大違いだ」

 

 と、そこまで話すと晴明は一息つく。そして。

 

「とまぁ、以上が、俺が知っているSTEVENという人物についてだ」

 

 そこまで話して話を締めくくり二人の反応を見る。

 二人はなるほどと納得しているようだった。

 

「それで、二人の話ってのはSTEVENのことについて。で、良かったのかな?」

 

 STEVENの話が終わった晴明の苦笑交じりの言葉を聞いた圭は、それで本来、自分が彼に言おうとしていたことを、まだ言ってないことに気付いて、慌てて違うことを告げる。

 

「……あっ! えっと、違うんですっ! その、STEVENさんのことじゃなくて──」

 

 そこまで言って圭は、自身を落ち着かせるように深呼吸をする。その中で彼女の中には太郎丸を守るために逝ったジャックフロストの最後の言葉と、太郎丸の、ケルベロスが自身に言った言葉を思い出す。

 

 

 ──オイラは皆と会えて幸せだったホ。だから、ありがとうだホ。

 ──我ヲ従エルニ相応シイ力ヲ身ニ付ケヨ。……期待シテイルゾ、ケイ。

 

 

 聞こえてきた(願ってきた)彼らの言葉に、圭自身も覚悟を決めた表情になると、晴明に一つのことを願い出る。

 

「私は、もうヒーホーくんのことを繰り返したくない。太郎丸の期待に応えたい……。だから! 私は力が、あの子たちに誇れる、守れるだけの力がほしいんですっ!」

 

 だから、私を本当に意味で鍛えてください! と、頭を下げて願い出る圭。

 そんな圭と同じように美紀もまた──。

 

「私も、圭を、誰かを守れるだけの力を、一朝一夕で得られるとは思ってないけど、それでも、一刻も早く手に入れたいんです! もう、悲劇を繰り返さないためにも……!」

 

『お願いしますっ!』

 

 そう言って二人は頭を深々と下げながらも、覚悟の、気迫の籠もった決意と願いの言葉を晴明にぶつける。

 言葉をぶつけられた側の晴明は、彼女たちの急な言葉に呆然とするものの、すぐに気を取り直して二人に問いかける。

 

「……ああ、いや。二人とも? 本当に覚悟は出来ているのか?」

 

「出来てますっ! もう、あんな思いをするのは嫌なんです!」

 

「私も、圭を、親友を支えたいんですっ!」

 

 二人の答えを聞いた晴明は困惑した様子で、頭を掻きながらさらに年を押すように問いかける。

 

「今のままでも、いずれは力を得られるのに生き急ぐ必要はないし、何より本当にすぐに力を得たいというのなら、それこそ肉体的、精神的に危ない橋を渡る必要性が出てくるぞ。──それで本当に良いのか?」

 

『はい!』

 

 そんな晴明の念押しの確認にも二人は、まるで迷いがないと言いたげに即答で答える。

 そんな二人を見た晴明は深々と溜息をつくと。

 

「…………分かった、良いだろう」

 

 観念したような声色の晴明の言葉に、美紀と圭、二人はお互いに見つめ合うとお互い抱き合って喜びを分かち合う。

 そんな二人を見ながら晴明は。

 

「まずは佐倉先生にこの部屋をしばらく借りる許可と、誰も近付けないようにお願いをしてくるから少し待っててくれ」

 

 と、一人部屋を後にするのだった。

 



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幕間4 神々(アクマたち)の胎動

 お久しぶりです、作者です。

 今回は幕間の物語。
 しかも、がっこうぐらし! のキャラたちは登場しない、即ちメガテン色の強いお話となっています。
 ……では、どの存在(アクマ)が出るか、幕間の物語をお楽しみください。





 何処までも続く蒼穹と、そして地平線が存在しないかの如くひたすらに広がる空間の中、一人の、否、一柱の存在が目を瞑り瞑想をしていた。

 人としてはあり得ない紫色の肌に青色の袈裟をまとい、背後に後光を背負った黒髪の美丈夫。

 

 そして、その存在からは只人であれば何も考えずにそのまま膝を付き(こうべ)を垂れそうになるほどの神性、神々しさを放っていた。

 

 ──其は光、其は戦神、其は宇宙。

 

 ──其の名は魔神-ヴィローシャナ。

 

 自らの修練、力を高めるために瞑想を続けるヴィローシャナだったが、自身の近くに何かの気配を感じたのか薄く目を開くと何者かを威圧するように神威を放ちながら問いかける。

 

「……何者ぞ」

 

『おお、怖い怖い。そんなに僕を威圧しないでくれよ。仲間だろう?』

 

 そう言いながら何者かがヴィローシャナのもとへ転移してくる。

 その者、褐色の肌に緑色の髪をした、全体的にカジュアルな服装をした男は、横笛を持った手を掲げると、どこかおどけるように言いながらヴィローシャナに語り掛ける。

 

「単に君が何をしているのか気になって顔を出しただけなんだから、さ」

 

「……クリシュナ、か。何用か」

 

 ヴィローシャナの言葉を聞いたクリシュナと呼ばれた存在。

 彼もまたヴィローシャナと同じく魔神と呼ばれる種族の悪魔であり、彼の同志として同じ組織に身を置くものだった。

 その組織の名は──。

 

「それはそれとして、()()()()の長として何かないのかい? 君のお気に入りの人間(蘆屋晴明)について、とかさ」

 

 クリシュナがからかう様に晴明のことを口にすると、当のヴィローシャナは言っている意味がわからないと言いたげに訝しげな表情を見せる。

 そのことにクリシュナも、おや? と、言いたげな不思議そうな顔を見せるが、そんなクリシュナの疑問に答えるようにヴィローシャナは、彼からすると驚愕の言葉を告げる。

 

「あれは別にお気に入りでも何でもない。単に都合が良かった故、手を差し伸べたに過ぎん」

 

「へぇ! そうなんだ。てっきり僕は、彼を君の神殺しとして使うものだと思ってたんだけど」

 

 クリシュナの言葉を聞いたヴィローシャナは失笑すると、何かを口にしようとするが、その前に彼の言葉を遮るように威厳のある声が聞こえてくる。

 

『ぐわはははは! ワシもそう思っておったのだがなぁ!』

 

 突如聞こえてきた声にヴィローシャナがうんざりした様子で名を告げる。

 

「六天魔王、か」

 

 そんなヴィローシャナの声を聞いた、六天魔王と呼ばれた存在は喜色の籠った声を出す。

 

『そう! ワシこそが天魔-波旬よぉ!』

 

 威厳のある声は大声を張り上げる。

 その声を直接聞かされたヴィローシャナとクリシュナは顔をしかめて抗議するような視線を虚空に向ける。

 そして、さらにヴィローシャナは威厳ある声に語りかける。

 

「……貴殿、何を企んでいる?」

 

 ヴィローシャナの言葉を聞いた威厳ある声は、可笑しそうに声を振るわせて楽しそうな音色ではしゃぐように告げる。

 

『くく、いや、なに。お主がやっておる実験にワシも絡ませてもらおうと思っての』

 

「へぇ……」

 

 威厳ある声が言った【実験】という言葉に警戒の色を滲ませるクリシュナ。

 それもそうだろう。何故ならば、彼が発した実験。それは、秘中の秘として、その事実を知るものは実験の当事者であるヴィローシャナと人間界に赴いているフォルネウス、デカラビア。それに、側近である自身と、そして【ミロク菩薩】のみのはずだったのだから。

 

 それが別派閥の、しかもガイア教団の重鎮に知られているともなれば警戒するのは当然といえるだろう。

 そんなクリシュナの警戒をよそに、あるいは警戒を笑い飛ばすように威厳のある声は話を進める。

 

『がははっ! そう警戒するでない、クリシュナよ! 何もワシはお主らの邪魔をしたいわけではない』

 

「それじゃあ、何をしたいんだい?」

 

 彼の言葉に嘘がない、ということは理解したクリシュナは、ならば何が目的なのか、と端的に訪ねる。

 クリシュナの疑問に威厳ある声は愉しげに答える。

 

『それは勿論、お主らが入れ込んでいる人間(蘆屋晴明)の力量が知りたいのと、それ以上に重要なこととして──』

 

 そこで威厳ある声は一度言葉を区切ると、気迫の籠った声を張り上げる。

 

『あの場には男と女がいると言うに、まぐあいが一切ない! それはいかん、ホンにいかんの!』

 

 それだけ言うと再び、がははっ! と、笑いはじめる。

 それを聞いたクリシュナは肩透かしを食らったように緊張感を霧散させて一言。

 

「あぁ、そうかい」

 

 と、呆れた表情を浮かべながら告げる。

 そんな様子のクリシュナを気にすることなく威厳ある声は一言。

 

『まぁ、そういうわけでの。言うべきことは言った故、ここいらで失礼させてもらうぞい!』

 

 それだけを告げると気配が消え去る。どうやらこの場から去っていったようだった。

 

「いや、本当にどういうわけだい……?」

 

 困惑した様子で、そうこぼすクリシュナ。

 だか、当然のことながら当の本人は既に立ち去っているために答えが返ってくることはない。

 しばし困惑していたクリシュナだったが、いつまでも考えていても仕方がないと思って気を取り直すとヴィローシャナに話しかける。

 

「……まぁ、いいや。それじゃあ、僕も聞きたいことは聞けたし、これでお暇させてもらうよ」

 

 そう言うとクリシュナはこの空間に現れた時と同じように転移をして去っていった。

 それを見送ったヴィローシャナは再び瞑想を行おうとするが、その前に一言だけ言葉をこぼす。

 

「しかし【()()】か……。人の子は面白いことを考える」

 

 ヴィローシャナはその様に独りごちると、再び瞑想に入るのだった。

 

 

 

 

 

 ここは巡ヶ丘の建物の一角、学園生活部や聖イシドロスとはまた違う場所で、一羽の()()()が屋上に留まり微睡んでいた。

 

 だが、鳩の睡眠を邪魔するように空間に亀裂──かつて、フォルネウスやデカラビアが現れた時と同じ現象──が起きると、孔からとある存在が顕現する。

 

 その存在は顕現すると直ぐ様膝を付き目の前の鳩に対して恭しく頭を垂れる。

 そしてその存在、天使の羽と黄色い鎧を身にまとい、両手にそれぞれ剣と薔薇を一輪持った緑色の肌をした女性は、まるで鳩が自身よりも高位の存在であるがの如く名乗りを上げる。

 

「大天使-()()()()()、御身の前に」

 

 その言葉を受けた鳩は満足そうに頷くと、徐に口を開く。

 

「よくぞ来た、我が忠臣」

 

 鳩の言葉を受けたガブリエルは感動に身を振るわせると感謝の言葉を告げる。

 

「とんでもございません、()()()()()。このガブリエル、主の勅命とならば、いつ如何なる時も馳せ参じる所存にございます」

 

 鳩はガブリエルの言葉を聞くと、深く頷いた後に彼女に声を掛ける。

 

「よくぞ言った。まことに貴様は忠義者よ。……それに引き換え、あの者どもめ。今まで散々目をかけてやったというに、よもや我に反旗を翻すとは」

 

 鳩は憎々しげに吐き捨てると、さらに自身に反旗を翻した者たちの名前を上げると軽く怒りを示す。

 

「ウリエル、ラファエル。……それにミカエルまでもが我に歯向かう、どころか本来の我を傀儡にしようとは、傲慢不遜の極みよ! いずれ奴らには神罰を与えねばならん!」

 

 鳩の激昂を感じ取ったガブリエルは、自らの主人の感情を(おもんばか)り、はらはらと涙を流しながら鳩に向かって、おいたわしや、と口にする。

 彼女の涙を見た鳩は、そのことで大分溜飲が下がったのか、先ほどよりも語気を弱めて話しかける。

 

「だが、我には貴様のような忠臣がおる。それだけでも僥倖(ぎょうこう)というものよ」

 

 そもそも、なぜ大天使、熾天使とも呼ばれるガブリエル相手に鳩が尊大な態度を取っているのか?

 それは、この鳩自体が彼女を上回る、彼女自身にとっても崇め奉る存在だからだ。

 

 ──世界最大の宗教であるキリスト教。かの宗教に於いて()()()という存在は、特別な意味を持つ。

 

 例えばノアの方舟、これに登場した白い鳩は大洪水が終わったことを方舟に乗ったものたちに知らせた。

 

 例えばイエス・キリストのもとに神の使い、言葉を伝えるものとして白い鳩が遣わさせている。

 

 そして、例えば聖母マリア。

 彼女の処女懐胎を告げる使者として大天使-ガブリエルが降臨した際に、彼女を身籠らせた聖霊が白い鳩の姿をしていたと伝えられている。

 

 そう、聖霊である。

 

 そも、聖霊とは何なのか?

 これはかなり乱暴な言い方となるが、聖霊とは唯一神の側面の一つ、あるいは分霊(わけみたま)のようなものだ。

 もっとも、分霊のように──そもそも分霊という概念自体、多神教という多くの神々がいる信仰形態であったからこそ発展した概念であるが──ぽんぽんと増やせるわけではない。

 

 ……ともかく聖霊とは三位一体と呼ばれる唯一神の側面、(唯一神)(イエス・キリスト)に続く神と同等──もしくは多少格が落ちるとされる──という存在なのだ。

 

 即ちこの白い鳩もまた唯一神であり、それゆえに唯一神の臣下であるガブリエルが頭を垂れていた、ということになる。

 

「しかし、主。なぜ、あの三人が貴方様に反旗を翻したのでしょうか? それだけ、わたくしも分かりかねるのですが……」

 

 その言葉を聞いた鳩は一瞬口ごもるが、すぐに吐き捨てるように言う。

 

「ふん! 謀反者どもの考えなど分かるはずもあるまい! そんなことよりも──」

 

 そうして鳩は話題を変える、反らすように以前自身が見たことを彼女に話す。

 

「この地に、ガブリエル。貴様の力の一部を降霊する人の子を見たが、まさか、貴様の差し金か?」

 

「は?! ……いえ、わたくしは()()()()()()()。ですが……」

 

「ですが、なんだ?」

 

「はっ。ですが以前、わたくしの意識に語りかけてきた存在がいたような気がします。もしかしたら、それが主の仰る人の子、だったのかもしれませんが……」

 

「……そうか」

 

 ガブリエルの返答を聞いた鳩はジロリ、と彼女を疑わしそうな目で見るが、すぐに彼女の言葉に納得したのか、あるいは興味を失ったのか遠くを見ながら、誰に聞かせるわけでもなく独り言のように言葉をこぼす。

 

「しかし、あの人の子からは貴様よりも──、……まぁいい」

 

 一瞬昔を懐かしむような雰囲気を出した鳩だったが、今はそれどころではない、と考えたのか再びガブリエルを見据えると、彼女に語りかける。

 

「ガブリエルよ。貴様がここに来たということは、多少なりとも目処が立った、ということか?」

 

「はっ!しかし、まだ準備は万全ではなく、今暫く猶予を頂けれぱと……」

 

「構わぬ」

 

「……は?」

 

「構わぬ、と言った」

 

 鳩の声を聞いて呆けた声を出したガブリエルに対して、言い聞かせるように、鳩はもう一度同じ言葉を告げた。

 そして──。

 

「今の我には有効な手だてがないのだ。それ故に貴様にことの一切を委ねる」

 

「は、はっ!」

 

「……励めよ」

 

「委細承知いたしました。それでは、失礼いたします!」

 

 鳩から激励の言葉を受けたガブリエルは、感動に身を震わせると舞い上がりそうになる自身を押さえながら飛び去っていく。

 それを見送った鳩は、自身に言い聞かせるように独りごちる。

 

「……そうだ。ガブリエル、ほんに励めよ。あの三人のように狂信に墜ちることなく」

 

「我は唯一無二の神。故に我が悪魔に墜ちるなどと、あってはならぬ。ならぬのだ……」

 

 そう言って鳩は、自身を安心させるため譫言のように呟くのであった。

 

 

 

 

 

 

 赤、朱、赫、全体的に真っ赤な、まるで血管の中にいるような感覚に陥りそうな妖しい空間の中。

 そんな中、キィキィ、と幕が上がる音が聞こえてくる。

 すると、空間の中に存在していた劇場の舞台に設置してあるカーテンが取り払われていく。

 そしてカーテンを取り払われた空間の先、そこには豪華な、本当に豪華な書斎のような空間が姿を表す。

 

 そこに佇む一人の青年。

 金髪をオールバックにしてスーツを着た、百人がいたら九十九人が振り向くような白人の美丈夫。

 その彼が徐に書斎に設置してあるソファに腰掛けると彼の視線の先、何もなかったはずの空間に映像が映し出される。

 それを興味深げに見る青年。

 

「……ふむ」

 

 どんどんと映像が進んでいき、その映像を見るたびに口角が釣り上がっていく青年。

 その映像にはとある人物たちが映し出されていた。

 その人物たち、()()()は自らをこう名乗っている。

 

 

 ()()()()()、と。

 

 

 その中で、特に二人の少女たちを興味深げに見る青年は、徐に立ち上がると。

 

「ヴィローシャナのお気に入りがいると聞いて見てみたら、まったくもって興味深いね」

 

 と、好奇心旺盛な声を上げる。その時──。

 

「そうでございますか、それはよろしゅうございました」

 

 いつの間にか青年の背後には、喪服の、スラリとしたスタイルの女性が立っていた。

 女性を一瞥すると青年はいいことを思いついた、とばかりに声を上げる。

 

「そうだ、どうせだから会いに行ってみるか。ヴィローシャナのお気に入りでも、彼女らでも楽しいことになりそうだ」

 

 名案だ。とばかりに笑いながら告げる青年に喪服の女性は嘆息しながらも止めるだけ無駄だ、と諦めた雰囲気を出している。

 彼女にとって青年、自身の主人がかなりの自由人であることは、永い、本当に永い年月を共に過ごしていたことから、嫌というほどに理解している。

 それ故に、彼女の口からは青年を送る言葉が紡がれる。

 

「それでは行ってらっしゃいませ。ルシ──」

 

 そこで青年が振り返って、茶目っ気のある表情で彼女の言葉を遮るように語りかける。

 

「今の私はルイ、ルイ・サイファーだよ。ゆりこ」

 

「……失礼いたしました。ルイ・サイファー様。お早い帰還を願っております」

 

「それじゃ、行ってくるよ」

 

 そう言いながら青年、ルイ・サイファーは後ろ手に手を振りながら、この空間【アマラ深界】より旅立っていく。

 それを見送ったゆりこ、と呼ばれた喪服の女性も再び深く、深ぁく嘆息しながらその姿を霞ませていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無人となった書斎。

 

 

 そこに先ほどルイ・サイファーが見ていた時と同じように一つの映像、彼が特に興味深そうに見ていた二人の少女の姿が映し出される。

 一人はピンク色の髪に猫耳型の帽子を被った小柄な少女、名を丈槍由紀。

 

 そして、もう一人。

 

 濃紺色の髪を赤いリボンでツインテールにした、勝ち気な表情を浮かべる少女──。

 

 

 

 

              ──恵飛須沢胡桃、という名であった。

 

 

 

 







 読了お疲れさまでした。

 今回、作中で語られている聖母マリアや聖霊関連は本作独自の設定、とさせてください。
 ……ぶっちゃけ、三位一体の下りの辺り、現実の方でも『考えるな、感じろ』な状態なので、作者でもどう表現していいものかわからないので……。
 いや、調べても難解過ぎましたよ、本当に……。
 三体別々の存在でもないし、かと言ってもともと一体で別の側面を()()()()()()()()()()()って、どういうことだってばよ。

 だけど一つの神であることは間違いない、となるとまるでなぞなぞの様相を呈して、作者の頭では理解不能でした……。


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幕間5 選ばれなかった者

 こんばんは、作者です。
 今回、タグの整理、追加を行いました。
 今後もタグの追加は行う可能性があります。
 今後ともよろしくおねがいします。


 ここは巡ヶ丘で数少ない生存者が集まっているコミュニティである聖イシドロス大学の一室、生存者のうち男性陣が集まる会議室。

 そしてその中では原作においては武闘派のリーダーであり、この世界では大学生き残りのうち男性陣のまとめ役である頭護貴人が座していた。

 だが、以前までは彼なりに男性陣をまとめていた貴人だったが、今の表情はまるで過労死寸前のように疲れ果てていた。

 

 はたから見るとそのような様子だったが、当の本人は気にする素振りも、否、気にするだけの余裕すらないのか、俯いて何事かブツブツと呟いていた。

 

「なぜ……、俺は、選ばれたはずなのに……」

 

 その様に呟いている貴人の脳裏に浮かぶのは、以前に自分たちを襲った異形、妖鬼-オニと、その化け物を討伐せしめた女性陣のリーダー的立場にいる神持朱夏の戦いの光景だった。

 

 自分たちが命からがら、なんとか生き延びた相手を歯牙にかけることなく一蹴してみせた彼女を見た貴人は自身のプライド、何よりもこの地獄に変わった世界で生き延びたのは自身が選ばれた存在だから。

 そして、選ばれた自分が他の生存者たちを導かねばならない、という使命感を図らずも朱夏自身に全否定されたことによる虚脱感の結果、何も知らない人間が見れば感染したのか、と思われかねないほどに消耗していた。

 

 その様に思い悩む貴人だったが、部屋のドアがノックされていることに気づく。

 

「……鍵なら開いている」

 

 本来の彼であれば、来訪者が誰かという確認くらいは取っただろうが、今の消耗した状態ではそこまで頭がまわらないのか、おざなりに鍵が開いていることを告げる。

 その返答を聞いた人物はガチャリとドアを開けると部屋に入ってくる。

 

「あら、本当に高上が言うように重症なようね?」

 

 部屋に入ってきた人物のあんまりといえばあんまりな言い草に顔をあげる貴人。

 しかし、貴人が顔を上げた理由は何も()()の言い草だけが理由ではない。

 それ以上に彼にとってある意味において彼女は特別だからだ。

 

「なぜ、お前が……」

 

「あら? 友人の想い人が貴方の心配してたから様子を見に、というのはおかしいかしら?」

 

 そう言って妖艶に微笑む女性。

 彼女の名は神持朱夏、今の貴人にとっては頭痛の種とも言える人物だった。

 朱夏の言葉を聞いた貴人はポツリと言葉をこぼす。

 

「高上、か……」

 

「ええ、そういうことよ」

 

 貴人の言葉を肯定する朱夏。

 その後、二人は言葉を発することなくしばしの時が流れるが、不意に貴人は嫉妬、羨望に濡れた視線を向けて彼女に問いかける。

 

「何故だ」

 

 貴人の言いたい意味がわからずに首を傾げる朱夏。

 そんな朱夏を見た貴人は激昂するように彼女に詰め寄る。

 

「何故お前が! 俺じゃなくてお前が選ばれたんだっ!」

 

「……はぁ?」

 

 貴人が激昂した意味も、自身に詰め寄られる理由もわからずに困惑する朱夏。

 彼女のそんな様子に毒気を抜かれたのか貴人は肩を落として、幾分か落ち着きを取り戻した様子で独りごちる。

 

「あの化け物を倒した力、ペルソナ、だったか」

 

 その言葉で貴人が何を言いたいのかを理解したのか、朱夏は、ああ、そういうこと。と呟く。

 だが、すぐに何かを思い出したのか、朱夏は思わず笑い出しそうになるのを堪える。

 それを見た貴人は、自身が笑われていると思い怒り出すが……。

 

「っ! 何がおかしいっ!」

 

「くっ。いえ、別に貴方のことを笑ったわけじゃ……」

 

 そう言いながら含み笑いをする朱夏。

 そうしてしばらく笑いを我慢する朱夏だったが、ようやく落ち着いてきたのか普段の調子を取り戻す。

 そして貴人の方を向くと申し訳無さそうにしながら、先ほど笑いをこらえた理由を説明する。

 

「さっき貴方は私が選ばれた、なんて言ってたけど……。別に私はそんな高尚な存在じゃないわよ」

 

 そう言いながら朱夏は適当な席に座ると、机に肘を乗せて頬杖をつく。

 そして朱夏は、何かを懐かしむような顔をしながら貴人に話しかける。

 

「そう、ねぇ。実際私も、初めてペルソナに覚醒した時、『私は選ばれた存在なんだっ!』って舞い上がったことはあったわ」

 

 そう言ってどこか遠くを見るような仕草をする朱夏。

 そんな朱夏に対して貴人は勿体ぶるな、と言いたげに話の続きを促す。

 

「なぜ、それだけの力を持ちながら、お前は選ばれていないと言えるんだ……!」

 

「それだけの力、ねぇ……。まぁ、それなりに力はあると思うけど……」

 

 そう言う朱夏の脳裏には自身の戦いの師匠である晴明と、かつて()()()()()()()()()()()()()、そして何よりも──。

 

「正直私の力なんて、あの子(朱音)の前では一息吹けば飛ぶような矮小なものでしかないのよね……」

 

 引きつった笑顔を浮かべながら、そうのたまう朱夏。

 そんな朱夏の言葉を聞いた貴人は訝しげな表情で彼女を見る。

 

「お前がそれほどまで言う人物がいるのか……?」

 

「ええ、本当に。葛葉の──、って、これは言っちゃいけないんだっけ。ごめんなさい、忘れて」

 

 貴人に問われて朱夏は思わず自身の無二の親友、葛葉朱音の、十七代目葛葉ライドウのことについて口に出しそうになるが、すんでのところでそれが一般人に話してはいけないことだと思いだして、話すのを中断する。

 だが、貴人はライドウの話が気になるようで、先ほどよりも生気の戻った、好奇心が刺激された表情をしている。

 それを見た朱夏は嘆息しながら、自身に話せる範囲の話をする。

 

「以前ここに来たDr.の友人のこと、覚えてるかしら?」

 

「お前が、晴明さん。と呼んでいた人か?」

 

「そうそう、高上からもなにか聞いてるんじゃないかしら?」

 

「……ああ。ボウガンの矢を射った時には既に姿が消えてて、いつの間にか背後をとられていたことと、その後、アキとシノウ相手に大立ち回りを演じていた、と聞いているが」

 

 それがどうかしたのか? と、問う貴人。

 疑問というか、不思議そうな顔の貴人を見た朱夏は、くすくすと笑いながら彼にとって衝撃的な言葉を告げる。

 

「あの人、私の師匠(せんせい)なのよ。もちろん、戦いの、ね」

 

 しかも、あの人と私。戦った場合、晴明さんに対してかすり傷の一つでも与えられたら御の字でしょうね。と、彼女の知る客観的な事実を告げると、貴人は驚きの声をあげる。

 

「なにっ……!」

 

「それで、そんなあの人でも苦戦、ないしは勝てないような存在も何人かいて、その一人がさっき言ったあの子(朱音)。私の親友なの」

 

 私とそう歳が変わらないのに、晴明さんより強い、と言うより日本最強クラスの実力者なんだから、そう言った意味では、あの子の方が余程選ばれた存在よね。と、告げる朱夏。

 その言葉を聞いた貴人は驚きのあまり絶句する。

 そんな彼の状況は気にせず朱夏は、さぞ困りました、と言わんばかりに頬に手を当てると独り言のように話し出す。

 

「そんな人たちのことを知ってて、なお『私は選ばれた』何て言えるほど私は能天気じゃないし、それに──」

 

 そう言いながら、朱夏はかつて晴明が言っていた言葉を思い出す。

 

 ──選ばれた存在なんてもの、なりたいなんて思わない方がいい。少なくともこの世界ではな。

 

 かつて、吐き捨てるように晴明がそのようなことを言った時、同時に吐露したことがある。それは──。

 

 ──蘆屋晴明は転生者である。

 

 裏の業界では只の知れ渡った事実でしかないが、表の世界、オカルトとまったく関係のなかった朱夏からすれば、只の妄言と切り捨ててもおかしくない発言だ。

 だが、親友であるライドウ(朱音)が認めていたことと、何よりかつての戦友たち、彼女らの未来を()()()()()()()()()()()()、最善の、できない場合でも次善の手を打った晴明の行動を見た以上信じざるを得なかった。

 

 そんな彼が語った、この世界と類似した、そして彼自身が知る()()()()()()たちの末路。

 かつて、透子に語ったロウヒーローのことや、人造救世主(メシア)、悪魔王に戯れとして人を越える存在に昇華させられた人修羅のこと。

 さらに言うのなら、生き──ているわけではないが、証人、と言うよりも当人である救国の英雄、聖女として祭り上げられながらも、その最後は女の尊厳を踏みにじられ、魔女として火炙りの刑で処刑された悲しき女性。

 晴明の仲魔であり、現在、スリルの護衛としてここ、聖イシドロスにいる英雄-ジャンヌダルク。

 

 そんな彼ら、彼女らの話をして晴明は、それでもお前(朱夏)は選ばれたものになるのを望むのか?と言う問いかけを自身にして来たことを彼女は思い出していた。

 

 

 

 

「────い、おい!アヤカ!」

 

 過去の晴明との思い出に浸っていた朱夏だったが、自分の名を怒鳴るような口調で呼びかけられていることに気付き、慌てて取り繕うように声の主である貴人に返事をする。

 

「……え、あ、えぇ。ごめんなさい、ちょっと考えごとをしていたわ。それで、なにかしら?」

 

 朱夏が返事をしたことでようやく話が進むと、内心の怒りが多少収まったのか、貴人は幾分か冷静になったようで先ほどの朱夏の話の続きを促す。

 

「それで、アヤカ。それに、の続きはなんなんだ?」

 

「え、えぇ。そうね……。と、言ってもね……。結局選ばれたもの、英雄になんてなるもんじゃないわ」

 

「……なぜだ?」

 

「考えてもみなさいな。有事に英雄はありがたいかもしれないけど、いざ平和になった時、人々は生きている英雄にどのような重荷を背負わせるか……」

 

「…………!」

 

「かつての、過去の悲惨な結末をたどった英雄たち。その末路を見ればわかるはずよ」

 

 朱夏の話を聞いた貴人は驚きの表情を浮かべるが、彼女の話に思い当たる節があったのだろう。すぐに苦悶の表情に変わる。

 そして、苦虫を噛み潰したような声色で独りごちる。

 

「それは、そうだが……」

 

「私としても、あの子たちがそんな未来に突き進まなくて良かった、と思ってるし……」

 

「……あの子たち?」

 

 朱夏がぽつり、とこぼした独り言を聞き付けた貴人が疑問の声をあげる。

 そのことに朱夏はなんでもない、と首を振る。

 首を振りながらも朱夏は晴明から聞いた()()()()()、その中で戦友の多くが命を落とし、彼女たちの精神的な支柱となっていた心優しい少女が戦友たちを、そして彼女たちと同じ力を持つ者たちを助けるために、自らの命を、歴史を、在り方を犠牲にした。そんな未来に突き進まなくて本当に良かった、と思っている。

 もっとも、朱夏自身、あの子が本当にその道を選んだとしても。

 

 ──わたしは、こんなわたしでも、誰かの笑顔のためになれるのなら、とても嬉しいんだ。

 ──だから、わたしの願いを叶えてよ。■■■■■■■■!

 

 と、あの子は自己犠牲、献身の道へひた走るだろう、と理解している。納得できるかは別ではあるが……。

 そんなことを考えている朱夏だったが、そのままだとさっきの二の舞だと思い思考を打ち切る。

 

「まぁ、それはともかく。今はこんなくそったれた世界に選ばれなかった事実を喜びなさい。それに──」

 

 そう言うと朱夏は席を立ち、部屋の入り口まで移動するとドアをキィ、と少し開ける。すると──。

 

「うひゃあぁぁぁっ!」

 

「うおわぁぁっ!」

 

 開いたドアから雪崩のように人が複数人、倒れ込んでくる。

 それを見た貴人は驚き、朱夏は溜め息を吐くと、倒れ込んできた人物の一人、光里晶に声をかける。

 

「で? 人の話を出歯亀なんていいご身分ね、アキ? それにあなたたちも」

 

「へっ? あ、いやぁ……」

 

 問いかけられた晶はもとより、同じく倒れ込んだ城下隆茂、出口桐子が誤魔化すように曖昧な笑顔を浮かべている。

 それを見た貴人は今までのやり取りを見られていたことを悟り、羞恥で顔を染めて文句の一つでも言おうとするが──。

 

「お前たち──」

 

「いいじゃない、見られたくらい」

 

「……はっ?」

 

 朱夏の、見られても問題ないだろう。と言う言葉を聞いて呆然とする。

 そんな貴人を見て朱夏は優しげな笑顔を見せながらも、真剣な声色で語りかける。

 

「まぁ、たしかに覗き見と言うのは趣味が悪いとは思うけど、それでも高上以外にも、これだけ貴方の心配をしている人たちがいるのよ?」

 

「……あっ」

 

 朱夏の言葉に今さらながら、その事実に気付き呆けた声をあげる貴人。

 そんな貴人に朱夏は微笑みながら、諭すように声をかける。

 

「貴方は一人じゃない。その事実に喜びなさい。そして、悩みがあるのなら、彼ら、彼女らに頼りなさい。……人は一人では生きていけないわ。特にこんな状況ならなおさら、ね」

 

「…………」

 

 朱夏の言葉に貴人は気恥ずかしさからか、沈黙をもって答える。

 しかし、少しの後に言うか言うまいか悩むように口をモゴモゴさせて、それでも気になったのか朱夏に問いかけをする。

 

「……アヤカ、お前──」

 

「ん?」

 

「お前にも、頼れる人がいるのか……?」

 

「ふふっ。ええ、もちろん」

 

 貴人の質問に満面の、花開いた笑みを浮かべて自信満々に答える朱夏。

 その表情はまさしく恋する乙女そのものであった。



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第三十四話 召喚

 晴明、美紀、圭の三人による話し合いと、その後の修行、と呼べるかどうかは分からない行動より数日後。

 一応、その行動により、圭はある程度MAGの制御を出来るようになり、美紀も本来MAGの放出が出来ない体質だったが、身体中に放出用の回路を晴明の手で作り上げられたことで放出と、何より初級とは言えアギなどの魔界魔法を行使出来るようになっていた。

 

 ……もっとも、その代償として、晴明は二人から白い目や羞恥の籠った眼差しで見つめられ、学園生活部の面々からあらぬ誤解──とも言えない──を受けていた。

 

 閑話休題。

 

 そんなこともありながらも、かれらや、悪魔の襲撃などは起きず巡ヶ丘学園は久々の平和な時間を過ごしていた。

 そんな中で由紀たち学園生活部の生徒たちや、教室の机に座り勉強を、もっと言えば日常を送るという意味で授業を行っていた。

 

 しかし、本来授業中であるのならば教室内は静かであるべきなのに、何故かその日は、生徒たちが困惑した様子でざわめいていた。

 その原因は教壇に立っている人物にあった。

 

 本来であれば、そこには学園生活部顧問であり、唯一生き残りの教師。国語科教師の佐倉慈が立っているはずだった。

 だが、その佐倉慈は教師机に顔を引きつらせた状態で生徒たちと同じように教壇に立つ人物を見つめている。

 生徒どころか教師の視線まで独占している人物、それは──。

 

「これこれ、お主ら。授業中にお喋りはあまり感心せんぞ?」

 

 黄色の直綴をまとい、手元に金剛鈴に数珠。そして何よりも特徴的な()()をカタカタと振るわせて喋る異形。

 悪魔としての真の姿を見せた魔人-大僧正が授業を進めていたのであった。

 

 そもそも、なぜ大僧正が本来の姿を彼女たちの前に晒しているのかというと、前回のかれらの襲撃時まで遡る。

 その時彼は、魔人-アリスとともに防衛の一翼を担っていたのだが、アリスによるかれらに対する無双と、透子が大僧正とアリスが同じ種族(魔人)だと知っていたこと。

 そして、そのことを慈に話していたことから、大僧正自身がこれ以上隠しておく必要なし、と判断して彼女たちに真の姿を晒した。というのが真相だった。

 

 もっとも、大僧正は自身が真の姿を晒した時、一騒動くらいは起きるだろうと考えていたのだが、彼の予想に反してそこまでの騒動にならなかった。

 その要因としては、一人の少女の鶴の一声だった。

 

 その少女の名は恵飛須沢胡桃。

 

 彼女が声を上げる前までは、おおよそ大僧正の予想通りに、主に貴依やアレックス、それに、いくら(瑠璃)を救助してもらった恩人とは言え、と悠里も不安視していた。

 だが、その時彼を庇うように声を上げたのが胡桃だった。

 

 彼女はまず貴依とアレックスに、大僧正がいなかったら自分たちが無事ではなかった可能性、何より命を預け合った戦友を疑うとはなにごとか、と説得。

 悠里に対しても妹の瑠璃が信頼しているのに、姉のりーさんが信用しないでどうするんだ。と語りかけ、結果的に彼女の説得も行った。

 

 もし、これが他の人物──特に学園生活部と関わりのない人物──が彼女らに諭したとしても心に響かなかっただろう。

 だが、こと、恵飛須沢胡桃という少女であれば話は別だ。

 彼女は生来、面倒見の良い姉御肌とも言うべき性格で、生活部内部に於いても確固たる信頼を獲得していた。

 事実、単純な戦闘力では彼女を凌駕し、悪魔に対しての造詣も深いアレックスが、それでも胡桃の意見に対して、一定の配慮を行ったのは彼女の人徳の賜物と言えるだろう。

 

 そんな生活部の精神的支柱──生存者が少ない現状、互いが互いを支え合っているともいえるが──である胡桃だったからこそ、効果があったといえる。

 

 なお、胡桃自身は大僧正の真の姿を見た際も多少の動揺はあったものの、他の面々とは違い彼を不安視していなかった。

 その理由は彼がかれらや、他の悪魔たちとは違い理知的な存在であったことと、何より想い人であった葛城と再び話せるように、別れを告げることを出来るようにしてくれた大恩人ということが上げられる。

 

 もし、赤の他人が聞いたらそんなことで、というかも知れないが、彼女にとっては本来、葛城との、想い人との突然の別れのはずだった。

 だが、現実には触れ合うことこそ出来なかったものの、互いに想いを告げ、願いを告げ、心残りがないと言えば嘘になるが、それでも笑いながらまたね、と看取ると同時に別れを告げることが出来た。

 

 彼女にとってはそれがすべてであり、そして、その機会を与えてくれた大僧正は、正しく大恩人と呼べる存在だった。

 だからこそ、大僧正が真の姿を晒した際も驚きはしたものの、そんなことは些事であり、そして、仲間たちが疑いの目を向けた時は我慢できずに彼を庇った、と言うのが真相だった。

 

 

 

 その様なことから、彼女たちにとって大僧正の姿に関して、そこまで騒ぐことではない。

 

 では、なぜ彼女たちがざわめいていたのか?

 

 その理由はある意味単純で、なおかつ彼女らにはある意味予想外のこと。

 それは、大僧正の授業が彼女たち、慈を含めて全員にとってとても分かりやすく、なおかつ要点をおさえた内容だったからだ。

 

「それでは、授業を続けるとしようかの。教科書の──」

 

もっとも、大僧正は彼女たちのざわめきを気にせずに授業を進めていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 時間は進み放課後、夕日が現在学園生活部の部室となっている生徒会室を照らしている。

 その部室の中に四人の人影があった。

 その中の一人、佐倉慈は心ここにあらず、といった様相で目を点にして、ぽけー、と放心していた。

 そんな慈を見かねたのか、透子は乾いた笑いを浮かべながら彼女に話しかける。

 

「ね、ねぇ。めぐみ? ショックだったのは分かるけど、いい加減、元気を出しなさいな」

 

「────」

 

「……だめだ、こりゃ」

 

 慈に声をかけた透子だったが、彼女の反応が芳しくないことからお手上げとばかりに首を横に振る。

 そこで、はじめて慈がぽつり、と独り言のように声をこぼす。

 

「……だって、私よりも教えるの上手だったんですもの。私、教師なのに。本職なのに……」

 

「あ、あはは……」

 

 慈の愚痴ともとれる言葉を聞いた圭も、彼女と同じように大僧正の授業の方が分かりやすいと思ったが、流石に、ただでさえ悄気ている慈に追撃になるような言葉をかけるのは憚られたのか、誤魔化すように笑い声をあげる。

 しかし、慈はその笑い声に何の意味が込められているのか分かっているようで、先ほどよりもさらに陰気を背負うと、まるでそのまま陰気に押し潰されるように机に突っ伏して、しくしく、と泣きはじめる。

 

 そんな慈の様子に圭はわたわた、と慌ててフォローしようとするが、その前に晴明が彼女に話しかける。

 

「あぁ……。佐倉先生?そこまで気にしない方が……。それに、さっき貴女は本職なのに、と言ってたが、本職という意味では、大僧正もある意味本職だぞ?」

 

「……ほぇっ?」

 

 晴明が言った、大僧正も本職である、と言う言葉を聞いた慈は、流石に予想外すぎたのか、あり得ないものを聞いたようにぽけっ、とした顔をして呆けた声をあげる。

 

「えっ、そうなの、晴明さん」

 

 透子も、晴明がわざわざ嘘を言う必要はないと思っているが、それでも、彼が本職とまで言いきったことに興味を持ったのか、確認のために問いかける。

 その透子の問いかけに晴明は首肯すると、彼女たちにとある質問を投げかける。

 

「そもそも、だ。この国の教育、学校の前身というものがどういったものであったか、知っている人はいるかな?」

 

「えっ、とぉ。たしか、寺小屋なんてのを、以前習ったような……?」

 

 晴明の問いかけに、圭が首を捻って難しい顔をしながら、かつて習ったことを思い出すように口にする。

 圭の答えに対して晴明は、そうだな。と言いつつ、さらに補足として口にする。

 

「さらに遡れば足利学校、貴族の学校である大学寮などといったものもあるんだが、これは蛇足だな」

 

そう言って晴明はこほん、と咳払いをすると話を先に進める。

 

「まぁ、そんな感じで勉学を教える場がいくつかあったんだが、その中には寺院などもあったわけだ」

 

そこで晴明は一度口を閉じると全員を見渡す。そして、皆がこちらを見ていることを確認した晴明は次の話を進める。

 

「そこで、もう一つ。大僧正の名前の意味が分かる人はいるかな?」

 

「えっと……?」

 

「だいそうじょう……?」

 

 圭と透子はパッと思い付かないのか、頭に疑問符を浮かべながら、首を捻りうんうん、と唸っている。

 その中で慈がなにか思い付いたのか、手をぽん、と叩きながら答えを言う。

 

「たしか、お坊さんの階級、みたいなもの、だったかしら……?」

 

 慈の答えに晴明は正解! と、答えながらその意味と、今までの話の繋がりに触れていく。

 

「その通り。正確には官位、という形になるが、大僧正はその中で一番偉い人、という位置付けになる。そして、先ほども言ったように一時期寺院でも勉学を教えていたわけだが、寺院の責任者は僧侶、つまりお坊さんなわけだ。ここまで言えば分かるよな?」

 

「あぁ~……!」

 

 晴明の言葉でようやく得心がいったのか、三人が納得の表情を見せる。

 

「そして、魔人という種族の一部は、英雄と同じく人から悪魔になった身なわけだが──」

 

「……ちょっとまって!」

 

 晴明の唐突な爆弾発言に一瞬スルーしそうになった透子だったが、意味を理解すると思わず制止の声をあげる。

 

「それってつまり、大僧正さんもレティシア(ジャンヌ)ちゃんと同じように偉人だったりするの?」

 

「ん? あぁ、そういえば言ってなかったな。たしかに、大僧正も生前は有名な、と言っても歴史好き以外にはマイナー扱いになるだろうが、お坊さんだ」

 

「えっと……?」

 

 話に着いていけない慈がぽかんとした表情で疑問符を浮かべているが、そんな彼女に対して圭が、晴明の仲魔にフランスの偉人、オルレアンの聖女【ジャンヌダルク】がいることや、現在彼女が聖イシドロス大学で朱夏とともにいることなどを伝えると、流石に冗談で言っているのではないと理解して絶句する。

 そんな慈をよそに、晴明は話を閉めにかかる。

 

「まぁ、そんなわけで大僧正も元々教職に縁があったってことだ。しかも、時代が時代なら、金を積んででも子どもに教えてほしい。なんて、願い出る親が続出するような高僧だって、わけなんだわな」

 

 だから、そこまでショックを受けなくても良いと思うぞ。と、慈に告げる晴明。

 晴明の言葉を聞いた慈は、でも。と、多少納得がいかない様子だった。

 それを見た透子は取り成すように慈に話しかける。

 

「まぁまぁ、そんなに気にしなくても。それに、気になるのなら大僧正さんに色々と聞いてみるのも良いんじゃないかしら? 教師としての先達の知識、というのは貴重だと思うのだけど……」

 

「……それも、そうですね」

 

 透子の説得に今度こそ納得がいったのか、慈は頷きながら肯定する。

 そんな慈の様子に透子は内心ホッとしていた。

 そして、その後しばらく取り止めのない話を続けていた四人だったが、晴明が、あ、そういえば。と、なにかを思い出したかのように圭に話しかける。

 

「そういえば、圭。お前に渡そうと思ってたのがあるんだった」

 

「はい?」

 

 晴明の渡したいものがある、と言う言葉に心当たりがないのか可愛らしく首を傾げる圭。

 そんな彼女に、晴明はバロウズに保管させていた『とあるアイテム』を手元に出現させながら話しかける。

 

「たしか圭は以前に音楽鑑賞が趣味。みたいなことをいってたよな? ……時に圭、お前さん。ヴァイオリンに興味はあったりするか?」

 

「ヴァイオリンて、その手に持ってるやつ、ですか? たしかに、一時期演奏に手を出そうとしたことはありますけど……」

 

 でも、どれもこれも高くて、音楽室のピアノしか触ったことないんですよね。と言いながら、たははと苦笑して告げる圭。

 その返答に晴明は、少なくとも意欲はある。と、とったようで、なら、これはお前のものだ。と、手に持つヴァイオリン、魔人-デイビットからのドロップ品であるストラディバリを渡す。

 それを聞いて実際にものを手渡された圭はびっくりしながら晴明に良いのか、と問いかける。

 

「え、これ?凄く上等そうなんですけど、本当に良いんですか?」

 

「あぁ、構わない。圭もMAGをある程度扱えるようになったから、武器を見繕わないといけなかったから、それを考えるなら丁度良かったしな」

 

「…………武器?」

 

 晴明のヴァイオリンが武器という、なにも知らない人が聞けばついに狂ったか、などと言われそうな言葉に、圭も流石に理解が及ばなかったのか、頭に疑問符を乗せながら困惑した表情を見せる。

 そんな圭に対して晴明は、その疑問を解消するために実際に使用してみることを提案する。

 

「まぁ、楽器が武器、なんて言われても分からんわな。……なら、実際に使用してみるか? とは言っても流石に生活空間で使用するのは危ないから外で、という形になるが」

 

 幸いにも今は下校時間であれらも疎らになってるしな。と、先に慈たちの懸念を潰しておく晴明。

 それに、俺もちゃんと行くから。と晴明が告げれば、圭も流石に好奇心が勝ったのか二つ返事でストラディバリの試し射ちのために校庭に行くと言うのだった。

 

 

 

 

 それから間を置かずに校庭に出発することにした四人は、そのまま何事もなく──一応、校内にまだ帰宅していなかった少数のかれらが居たことは居たが、その全ては晴明によって撫で斬りにされている──辿り着いた。

 そして、晴明は校庭にて圭に、まず自身のMAGを活性化させるように指示する。

 

「よし、それじゃ圭。まずは以前の感覚を思い出して実際にMAGを練り上げてみるんだ」

 

「……はい!」

 

 晴明の指示を受けた圭は、彼の思い出してと言う言葉で一番最初の時のことを思い出して顔を赤らめるが、すぐにその煩悩を追い払うと、その後の感覚を再現して自身のMAGを隆起させる。

 それを確認した晴明は、よし、と頷くと彼女に次の指示を出す。

 

「よし、出来たな。では、次はそのMAGをストラディバリに込めるんだ」

 

「はいっ!」

 

 そのまま圭は、晴明の指示通りにストラディバリにMAGを込める。

 すると、圭の感覚的な話になるが、ストラディバリの中にMAGを込めたことで、内部でなにかが切り替わったかのような印象を受ける圭。

 その感覚にびっくりした顔をする彼女を見た晴明は、圭に対して最後の指示を出す。

 

「よし、じゃあ、圭。最後に、そうだな……。あそこにいるかれらを倒す、という意志を持った上で、心に思い浮かぶままにそれを演奏してみろ」

 

「……──!」

 

 

 晴明の視線の先にいる一体のかれら。それを見た圭は、彼に言われたように、これから攻撃するぞ。と、いわんばかりの鋭い視線を向けながら心赴くままにストラディバリに弦に弓をかける。

 すると、晴明が言うように頭の、あるいは心の中に旋律──何をどうすれば引けるのか、という知識──が走り、その指示に従うように体を、腕を、指を動かし旋律を奏でていく。

 

 すると、彼女の背後に、かつての魔人-デイビットと同じような音符の魔弾が現れ、一斉に発射!

 発射された音符の魔弾たちが一斉に、たった一体のかれらに殺到していく。

 その結果、圭の攻撃を受けたかれらは音符弾の爆発により、まるで体の至るところを獣に喰いちぎられたような、あるいは人外の膂力で引きちぎられたような様相を呈していた。

その惨状を見て自分が行ったことと信じることが出来ずに、思わず顔が青ざめる圭と、同じく惨状を目の当たりにした慈と透子の二人。

 それとは対照的に晴明は満足そうに頷く。

 

「流石はストラディバリ、だな」

 

「……え?」

 

 晴明の感心したような言葉に疑問の声をあげた圭は緩慢な動きで彼を見やる。

 彼女の疑問に晴明はストラディバリの出所、この間調査に行った自衛隊駐屯地にいた悪魔、魔人-デイビットの所持品であることや、その性能について説明をした。

 

「──と、まぁそんなところだ」

 

「ちょっ、ちょお……!」

 

 晴明の説明を聞いた圭は、そんな驚きとも、嘆きともとれるような不思議な声をあげる。

 それもそうだろう。何と言っても、いくら自身が音楽好きであり、そして良い楽器(ストラディバリ)を貰ったと喜んでいたら、その楽器が曰く付き、どころか下手すれば呪われていそうな逸品だとは夢にも思わなかったのだ。

 そんな事実を急に突きつけられたら、変な声を出してしまうのもやむ無しだろう。

 

 そんな二人のやり取りを見ていた慈と透子の二人は、圭をどこか憐れむような視線で見つめていたが、その時。

 

「ん? な、何──」

 

 突如、四人の足元が眩く光輝くと、その光の帯が魔法陣を描いていく。

 それを見た晴明は驚愕の表情を浮かべて叫ぶ。

 

「──召喚陣、だと! ちぃっ!」

 

 晴明は舌打ちをすると自身のMAGを活性化させ、自身に一番遠く、そして一番校舎に近い透子に向かって跳躍。

 彼女を怪我させないように注意しつつ突き飛ばして、召喚陣の範囲から離脱させる。

 続けて他二人も脱出させようとする晴明だったが、既に時遅く召喚陣が発動をはじめる。

 

「くそ! 透子さん、俺たちは、二人は俺が守るから心配するなと皆に伝え────」

 

 そこまで言ったところで晴明たちの姿が掻き消える。

 

「え……? 晴明、さん?」

 

 透子は先ほどまで晴明たちがいた場所を呆然と見つめる。

 そして、校庭が光輝いたことで異変を感じ取った学園生活部の他の面々も集まり、彼女に何があったのか。と話しかけられるまで呆然としていたのだった。



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第三十五話 エトワリア

 さんさんと照らす太陽の光と、地平線の先まで満ちる砂、砂、砂の山。

 俗に言う砂漠と呼ばれる地域に於いて二人の少女と一匹の、猫にも、巨大なハムスターにも見える不思議な生物が旅をしていた。

 

 その中で不思議な生物が少女たちの一人、赤毛で小柄、色白な少女に心配そうに話しかける。

 

「ねぇ、ランプ? 本当に大丈夫かい? 無理はいけないよ?」

 

 その言葉にランプと呼ばれた少女は砂漠の熱でやられたのか、ふらふらとしながらも反論する。

 

「も、もうマッチったら! 私は大丈夫! ね、きららさん。私が、やせ我慢してるように見えますか?」

 

 そう言ってランプと呼ばれた少女はもう一人の少女、栗色の髪をツインテール、さらに正確に言うなればビッグテールと呼ばれる髪型で、魔法使い然とした格好をした少女に話しかける。

 

 そのきららと呼ばれた少女は、穏和な笑みを浮かべると、ランプに優しく語りかける。

 

「ランプ? マッチだって貴女のことが心配で確認してるんだから、そんなに邪険にしないの。ねっ?」

 

「それは……、わかってるんですが……」

 

 きららの言葉にランプは罰の悪い顔をしながら、もごもご、とどこかいじけるように独り言のようにこぼす。

 それを見たきららは、しょうがないなぁ、と微笑みながらランプを見る。そして──。

 

「ねぇ、ランプ。わたし、ちょっと疲れちゃったなぁ。だから、ね? 少し休憩しない……?」

 

 傍目には疲れているようには見えないが、きららはランプにそう提案する。

 

「そうだね。それがいいかもね」

 

 そして、そのきららの提案に乗るマッチ。

 一人と一匹の提案に、ランプは気遣われていることを改めて理解すると同時に、これ以上駄々をこねるのは、と恥ずかしそうに頬を染めると、賛成の意を示そうとする──。

 

「……そうですね! それじゃ、休憩──」

 

 しましょう。と、ランプが告げようとした瞬間。

 なにかが破裂したような轟音が響き渡る。

 そのことに驚く二人と一匹は音が響いてきた方角を向くと──。

 

「……なんだい、あれ?」

 

 マッチが思わず、といった様子で呟く。

 そこには天高く、巨大な壁と見紛うほどに舞い上がる砂塵の山があった。

 

 それを呆然と見ている二人と一匹だったが、ランプが現実に、正気に戻ると焦りを滲ませた表情で叫び声をあげる。

 

「あんなの、普通じゃ……! もしかして、あそこに()()()()()()の方々が! きららさんっ!」

 

「ちょっとまって……。たしかにあそこからパスを感じるよっ!」

 

 ランプに問いかけられたきららが自らの能力をもって、パスと呼ばれる力を感じとる。

 そしてそのことをランプに伝えると同時に駆け出していく。

 それを見たランプは、きららに向かって叫ぶ。

 

「きららさんっ!」

 

「ランプ、マッチもう少し頑張れる!? 頑張れるなら、二人とも急ごう!」

 

「はい、行きましょう。きららさんっ!」

 

 きららの問いかけにランプはそう答えると、二人と一匹は舞い上がる砂塵の中心に駆けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ──時は少し遡る。

 

 何者かによって行使された召喚術式によって巡ヶ丘学院から強制的に呼び出された晴明、圭、慈の三人は現在、なぜか空中、しかも地上が霞んで見えることからかなりの上空であることがわかる。

 そんなところに意識が朦朧としている状態で放り出された晴明たち三人だったが、いち早く晴明の意識が覚醒すると、辺りを見渡して状況確認に努めようとするが、その時点で既にばたばたという風切り音とともに自分たちが自由落下をしていることを理解する。

 

「くっ! 圭! 佐倉先生! ……意識がないのかっ! だが、この距離ならば!」

 

 そこで晴明は二人、圭と慈が幸いにも手の届く距離にいたことから、彼女たち二人を手繰り寄せるときつく抱き締める。

 

「ふぁっ! ……え、あ、蘆屋先生!」

 

「きゃっ! ちょっ、あの、あし、や、さん……!」

 

 晴明に抱き締められた衝撃で意識を取り戻した二人は、目の前に晴明の顔があり、同時に自身の体が密着、特に慈に関してはその豊満な胸を押し潰すように密着していることから、驚きと同時に羞恥で顔を赤らめる。

 だが、流石に今の晴明には彼女たちの体の感触を楽しむ余裕はないのか、焦った様子で彼女たちに声をかける。

 

「二人とも! 死にたくなければ絶対にしがみついてろよ!」

 

「……へ? 死?」

 

 そこでようやく二人は今の状況を把握できたようで、甲高い悲鳴にあげる。

 

『キャ、キャアァァアァ!!』

 

 二人の悲鳴の声量に顔をしかめる晴明だったが、すぐに真顔になると二人に再び声をかける。

 

「大丈夫、心配するな! 二人とも絶対に死なせはしない! ただ──」

 

 そこまでで晴明は言葉を切ると、次に、二人にお願いという形で話しかける。

 

「二人を助けるためには、少しの間、手を離さないといけない。だから、その間、絶対に離さないように抱きついててくれ!」

 

 その言葉に二人は壊れた人形の如くかくかくと頷くと晴明の体にこれでもか、と言わんばかりの力で抱きつく。

 そのことを確認した晴明は改めて前方に、地上に向けて集中する。

 

 ──五百メートル。

 

(──まだだ)

 

 ──二百五十メートル。

 

(──まだ、あと少し……)

 

 微動だにしない晴明に不安を覚えたのか、圭と慈がさらに力を込めて抱きつく。

 その間にも三人は落下していく。

 

 ──百メートル。

 

(──ここだっ!)

 

 今までタイミングを見計らっていた晴明は、今、この距離ならば、と、自身のMAGを練り上げていく。

 そして、練り上げたMAGを衝撃魔法として、バッと地面に対して突き出した両腕から解き放つ。

 

「──マハ・ザンダイン!!」

 

 晴明から放たれたとてつもない規模の衝撃波はそのまま地表に突き進んで地面に炸裂する。

 それと同時にマハ・ザンダインを放った晴明たち自身も、まず放った際の衝撃の反射で落下速度が軽減され、さらに地面に当たった結果吹き飛ばされた砂塵のカーテンや、地面に吸収出来ず跳ね返ってきた衝撃がクッションの役割を果たしてさらに減速。

 まるで鳥の羽が抜け落ちた後のふわふわと落ちてくるような落下速度になった晴明は、そのまま苦もなく着地する。しかし──。

 

「げほっ。……二人とも大丈夫か?」

 

「うぅー……。なんか、口の中がじゃりじゃりするぅ……」

 

「あ、あはは……」

 

 怪我自体はないものの、砂塵のカーテンを突っ切った結果三人とも砂まみれになり、圭はぺっ、ぺっ、と口の中に入った砂を吐き出し、慈は苦笑いを浮かべながら晴明から離れるとぱんぱんと服から砂をはたき落としている。

 そんな二人を見ながら晴明も彼女らと同じように砂を落とすと、上空に向かって無造作に、再びマハ・ザンダインを放ち砂塵を消し飛ばす。

 そして砂塵がなくなったことを確認した晴明は改めて自身が今いる場所を観察する。

 

「ここは……、砂漠、か?」

 

「本当にどこなんでしょうか? ここ」

 

 晴明の疑問に追従するように慈も首を傾げている。

 そんな中、圭が、あ! と、なにかを思い出したかのように声をあげる。

 

「あ、あれ?! そう言えばあのヴァイオリンは……!」

 

 そのまま慌てた様子でストラディバリが入るはずのない服のポケットをまさぐったり、終いには着ているものを脱いで確認しようとする彼女を晴明は慌てて押し止める。

 

「まてまて! 圭、早まるな! いくら人がいないとはいえ、天下の往来で脱ぎ出すやつがあるかっ!」

 

晴明の慌てた様子に、多少の平静さを取り戻したのか、圭は自身がしようとしていたことを客観的に理解して頬を赤く染めると、あうあう、と声にならない声を出す。

そんなプチパニックを起こしていた圭を止めた晴明は、頭痛を堪えるように頭を抱えると、圭にとある確認をする。

 

「ふぅ、まったく……。圭、GUNPは持ってきてるな?」

 

「あ、えっ? GUNP、ですか? ……はい、それならここに」

 

 そう言って、彼女は腰に巻いていたガン・ホルスターからGUNPを引き抜くと、自身の眼前に持ってくる。

 それを確認した晴明は、続けて圭にGUNPを起動するように言う。

 

「それじゃ、GUNPを起動するんだ」

 

「えっ? あ、はい」

 

 晴明の言葉に返事をした圭は、GUNPのトリガーを引いて起動させる。

 そして、起動したことを確認した晴明は、彼女の方へ移動してとある説明を始める。

 

「画面のところにアイテムの項があるだろう。……そう、そこだ。そこを開いてみろ」

 

「これ、ですか? あっ、あった! 良かったぁ……」

 

 その項目の中にストラディバリの名前があり、圭は安堵しながら手元に呼び出す。

 但し、取り出した時に急に空中に出現したことから取り落としそうになって、わたわたと焦りながらキャッチすると、今度は違う意味で安堵のため息を漏らしていたが。

 そんな彼女の微笑ましい行動によって、周囲に弛緩した空気が漂ったが、その時バロウズが晴明に話しかけてくる。

 

《マスター、和んでいるところ申し訳ないけど、こちらに、なにか近づいてきてるわ》

 

「──なんだと? 敵対反応はあるのか?」

 

《特にそう言うものは……。人らしき反応が二つ、不明、大きさからして小動物かしら? それが一つ、かしらね?》

 

「そうか──」

 

 バロウズの報告を聞いた晴明は、もしも近づいてきている存在が敵対的だった場合の保険として、同時に砂漠の熱を遮断するために取り出した外套を圭と慈に被せる。

 そして、一応警戒を。と、晴明が呟こうとした時に、件の反応が彼らに接触を果たす。

 

「おぉーい! 貴方たち大丈夫ー!!」

 

「皆様、大丈──、へぶっ!!」

 

「ちょっ、ランプ?!」

 

もっとも、魔法使い然とした少女(きらら)のこちらを心配する様子と、神官のような服を着た小柄な少女(ランプ)の転ける様を見て、警戒する必要はないか。と、思い直していたが……。

 

 

 

 

 

 晴明たちときららたちが合流してしばらくした後、彼らはきららたちが道すがら見つけていたオアシスに移動して情報交換を行っていた。

 

「エトワリア、女神ソラ、聖典。それに、クリエメイト、か……」

 

 きららから聞いたこの世界の話、特に聖典とクリエメイトに関しての話に衝撃を受けていた。

この世界の女神による権能、見ることでこの世界の住人の活力となるクリエと呼ばれるものを与える物語(聖典)と、その登場人物(クリエメイト)たち。

 

 そして、佐倉慈と祠堂圭は間違いなく、そのクリエメイトだという。

 しかし、同時に聖典によれば二人は死ぬ運命に、特に慈に関して言えば既に死んでいるはずだとも……。

 だが、実際には慈も圭も現在まで生き残っている。

 

 そのことに驚いていたランプだったが、晴明にとっても次の彼女の話は驚嘆に値した。

 

 ──女神ソラ封印さる。下手人は筆頭神官アルシーヴ。

 

 アルシーヴはソラを封印後、オーダーと呼ばれる禁術でクリエメイトたちを召喚。

 そして、クリエメイトたちを捕縛した後に彼女らからクリエを抽出しようとしている、らしい。

 しかも、オーダーで呼び出されるクリエメイトは同意もなく強制的に呼び出されるらしく、その結果、本来そのクリエメイトのが暮らす世界にも負荷がかかり、最悪の場合、世界が崩壊する可能性すらあるらしい。それと同時にエトワリアに対しても問題がある術式らしく、クリエメイトが召喚された一帯は、クリエメイトが暮らしていた世界の法則が侵食してくる可能性がある、らしい。

 

 らしい、とはっきりしない言葉が続くのは、オーダーと呼ばれる禁術自体遥か昔の文献に載っている程度の情報しかなく、詳しい情報は筆頭神官たるアルシーヴしか知らない、とのことだった。

 

 しかし、なぜそのような情報をランプが知っているのか?

 

 それは、ランプが次代の女神の卵。女神候補生と呼ばれる存在であり、そして、彼女の師匠は筆頭神官のアルシーヴ。

 さらには、彼女はアルシーヴがソラを封印する場面を目撃した、とのことだった。

 

 その後、彼女はアルシーヴに反旗を翻そうとするものの、そもそも女神候補生とはいえ、ただの子供に筆頭神官を打倒する力があるはずもなく、そのため彼女はアルシーブを打倒しえる存在を探す旅にでた。

 

 その存在こそがきらら。

 

 彼女は伝説の召喚魔法【コール】によってクリエメイトたちを呼び出すことができる存在だった。

 そしてコールはオーダーとは違い世界に負担をかけるわけでもなく、クリエメイトに関しても、同意を経ての召喚になることから、クリエメイトの世界にも問題は発生しない、とのことだった。

 

 彼女のコールであればオーダーに対抗でき、アルシーヴの企みを阻止できる、と踏んだランプはきららに世界の危機を救いましょう、と要請。

 きらら自身もせっかく友達になったランプとマッチの頼みと言うのもあるし、何より世界の危機だというのなら放ってはおけない。と、いう理由から快諾。

 現在までにもアルシーヴ麾下の七賢者という存在のうち二人を退けてここまで着たそうだ。

 

 対するきららたちも晴明の話を聞いて、聖典にはまったく記述がない、と驚いていた。

 

「悪魔召喚師にペルソナ使い、メシア教にガイア教、ですか? それに、失礼ですが、蘆屋様や、唯野様のお名前もまったく見覚えも、聞き覚えも……」

 

 そう、彼女たち。きららたちだけではなく、圭と慈も驚くことになった原因。それは、異分子(イレギュラー)たる蘆屋晴明と唯野=アレクサンドラの二人についてだった。

 そんな人間が学園生活部に関わった、等という記述はないし、さらに言えば若狭瑠璃。

 彼女は本来、聖典が描かれる前の時点で既に死亡しているはずだった。

 それが、晴明に助けられた結果生き残り、若狭悠里の精神がある程度安定していることや、唯野=アレクサンドラ、彼女に柚村貴依が助けられたことにより、丈槍由紀が幼児退行していない、等の差異が現れているとのことだった。

 

 そこで晴明は、ふと疑問に思ったことを口に出す。

 

「そう言えば、その聖典、だったか? それにタイトルはあるのか?」

 

「そう言えばそうですね」

 

 晴明の疑問に慈も同意するように告げる。

 それを聞いたランプは目を輝かせて、聖典のタイトルを口にしようとする。

 

「そこに興味を持たれましたかっ! めぐねえ様やゆき様の活躍が描かれた聖典、その名も──」

 

『くー!』

 

 そこでランプの言葉を遮るように可愛らしい鳴き声が聞こえてくる。

 全員が聞こえてきた方向を見ると、そこにはとんがり帽子を被った紺色のふかふかしたぬいぐるみのような姿をしたなにかが数多くいた。

 そのなにかを見たランプが驚きの声をあげる。

 

「あれは……クロモン! アルシーヴ配下のモンスターですっ!」

 

『く、くー!』

 

 ランプの言葉を聞いたクロモンと呼ばれたモンスターたちは、彼女を威嚇するかの如く飛びかかるようなポーズとともに鳴き声をあげる。

 ……もっとも、彼らの鳴き声を聞いていた晴明からすると、猫がじゃれついてきているような感じを受けて、むしろ和んでいたが。

 しかし、いつまでも和んでいるわけにもいかず、晴明は倶利伽羅剣を取り出すと正眼の構えとともに軽い殺気を出す。

 すると──。

 

『く、くー?!』

 

 まさか、クリエメイト(晴明)から敵意を越えて、いきなり殺気を叩き付けられるとは思っていなかったようでクロモンたちは毛を逆立たせると、ぴゅー、と効果音がつきそうなくらいの逃げ足で四方八方に散っていく。

 それを見た晴明は──。

 

「……いや、おい。自分たちから喧嘩売っといて、そんなんありかよ?」

 

 と、呆れた声を出しながら、思わずと言った様子で突っ込みを入れる。

 そんな晴明に圭と慈は苦笑いを浮かべるが、逆にきららたちは驚きの表情を見せる。

 そのままきららは晴明に何事かを話しかけようとするが、その前に──。

 

「おいっ! あんたら、こっちだ!」

 

 晴明たち三人にとって、とても聞き覚えがある声が聞こえてくる。

 思わず、といった様子で声の主の方を向く晴明たち。そこには。

 

「あまり、ぼっーとしてないでっ! こっちに安全な場所がある!」

 

 巡ヶ丘の制服をファンタジー調にした服を着ている、巡ヶ丘学院高校にいる筈の恵飛須沢胡桃の姿があった。



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第三十六話 聖典の世界(がっこうぐらし!)

 近くに安全地帯がある、という胡桃の案内のもと、晴明たちは彼女が安全だといった洞窟へと移動した。

 その洞窟には、胡桃と同じように巡ヶ丘学院高校にいる筈の若狭悠里と丈槍由紀の姿があった。

 そして由紀は胡桃が無事に帰還したことを知ると、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら彼女の無事を喜ぶように抱きつく。

 

「くるみちゃん、大丈夫だった?! ……よかったぁ!」

 

「おい、こら。ゆきっ! ……ははっ、ありがとう。ただいま、だ」

 

 抱きついてきた由紀に驚く胡桃だったが、くすぐったそうに笑うと、由紀の頭を撫でながら礼を言う。

 悠里も安心したのか、ほっとした表情を見せて胡桃に話しかける。

 

「本当に無事で良かった」

 

「なんだよ、りーさん。そうそう危ないことなんてないって」

 

 胡桃の心配をする悠里だったが、彼女の軽口聞いたときに、眉間にシワを寄せて顔をしかめると、そのまま詰問する。

 

「何を言ってるの? 前にもそんなこと言って、結果『ごめん、りーさん。ミスった』なんて言ってたでしょうに……」

 

 その言葉を聞いた胡桃は痛いところを突かれたと言わんばかりに顔を歪めると、ついで苦笑いを浮かべながら謝罪する。

 

「それは……。本当に悪かったと思ってるって。だから、無理はしないからさ、信じてくれよ、りーさん」

 

 その胡桃の言葉に、悠里は、仕方がないなぁ、と言いたげな表情になると、ひし、と胡桃と、そして彼女に抱きついていた由紀に抱きつく。

 そのことに驚いた胡桃は顔を赤らめながら悠里に問いかける。

 

「ちょっ、りーさん?」

 

「もう、本当に心配かけさせないでね。……あんな思いは本当に懲り懲りなんだから……」

 

 悠里の震える声を聞いた胡桃は、少しの間目を見開くが、すぐに優しげな表情になると彼女の頭を撫でながら約束する。

 

「あぁ、りーさん。大丈夫、約束するよ。もう無理はしないって」

 

 胡桃の決意に満ちた言葉を聞いた悠里は俯いた状態で返事の代わりに小さく頷くと彼女から離れる。

 そして、離れたあとに改めて彼女の後ろにいる晴明やきららたちを見て──。

 

「それで、くるみ。その人たちが?」

 

 と、悠里が胡桃に確認するように問いかける。

 

「あぁ、ゆきが人の声がする。何て言ったときは半信半疑だったけど、たしかに居たよ」

 

 そうして胡桃も悠里と同じように晴明ときららたちを見る。

 その中でも彼女たち二人は、外套で体を隠している人物たちに対して興味を示していた。

 そして、その人物たちに声をかけようとする悠里だったが、その前に外套をまとった人物の一人、慈が二人に声をかける。

 

「……くるみさんを見たときに、もしかして、と思ったけど、やっぱり貴女たちだったのね」

 

 そう言うと慈は外套のフードを外して、彼女たちに問いかける。

 

「貴女たちも無事で良かったわ。でも、 みきさんにたかえさん、それにアレクサンドラさんはどうしたのかしら?」

 

 しかし、その慈の問いかけに二人が答えることはなく、胡桃は驚きに目を見開き、逆に悠里は険しい表情で慈を見る。

 

「なんで、どうしてめぐねえが……。だってあのとき、みきに──」

 

「──くるみっ!」

 

 震える声で譫言のように呟く胡桃に対して悠里が一喝すると、彼女は次に由紀に話しかける。

 

「……ゆきちゃん。めぐねえも、外から来た人たちも喉が渇いてると思うから、飲み物を持ってきてもらって良いかしら?」

 

「らじゃっ!」

 

 悠里のお願いに由紀はおふざけのように、ビシィッ! と敬礼で返すと、そのまま洞窟の奥へと走っていく。

 それを見送った悠里は慈を険しい表情で見つめて詰問する。

 

「それで、貴女は何者なんですか?」

 

「……え? ゆうり、さん?」

 

 悠里の反応が予想外過ぎたのか、慈は驚きのあまり呆けた反応を示す。

 その反応に悠里は彼女を睨み付けるように見つめると、慈に話しかける。

 

「めぐねえはみきさんが学園生活部に入る前に死んでいるのに、それなのになぜ貴女の口から彼女の名前が出たの? それに、私たちは()()()なんて人も、()()()()()()()なんて人も知らないわ」

 

「……えっ?!」

 

 悠里の口から出た言葉に圭は驚きの声をあげると、彼女に詰め寄ろうとする。

 そのときに彼女がまとっていた外套が外れて、巡ヶ丘学院高校の制服があらわになる。

 それを見た悠里は驚きの表情を見せる。

 

「あら、貴女。その制服……! まさか、私たち以外にも学院の生き残りがいたなんて……」

 

 そして、驚きつつも喜ぶように口から言葉をこぼす。

 その言葉を聞いた圭は、悲しげな表情になるとすがるような気持ちで彼女に問いかける。

 

「りーさん、私ですよっ! 圭、祠堂圭。みきとアレックスの親友の! ……くるみ先輩だって、アレックスやたかえ先輩がいたから校舎の解放が楽だった。って言ってたじゃないですかっ!」

 

 その圭の必死な言葉に、胡桃は不思議そうな、悠里は得心のいった表情になると、それぞれ思ったことを口に出す。

 

「いや、そんなこと言われても……。あたしたちは最初()()だったし、めぐねえが死んでからは、みきのやつを見つけるまで三人で暮らしてたから……」

 

「ねぇ、くるみ? 彼女、前にみきさんが言ってた、一人で出ていっちゃった子、なんじゃないかしら……?」

 

「へっ? ……あぁ! たしかに言ってたなっ! と、言うことは無事だったのか! みきのやつ、喜ぶぞ! あ、でも、肝心のみきがここにいないんじゃなぁ……」

 

 どことなく残念そうな素振りをみせる胡桃と悠里を見て愕然とする圭。

 晴明は、そんな彼女の肩を優しくぽんぽんと叩くと、次に二人に話しかける。

 

「あぁ、お二人さん。少し話を聞かせてもらって良いかな? ……と、その前に。俺の名前は蘆屋、蘆屋晴明だ」

 

 晴明の自己紹介に胡桃は闊達(かったつ)な笑みを浮かべ、そして悠里は晴明を()()()()()()自己紹介する。

 

「あたしは恵飛須沢、恵飛須沢胡桃だ」

 

「……若狭、悠里です」

 

「……あぁ、よろしく頼む」

 

 そして、この時点で晴明は彼女たち三人が、()()()()()()()学園生活部の子たちではない、ということを理解する。

 その理由としては、彼女たちが知っている筈の晴明との自己紹介に応じた、というのもあるが、それ以上に悠里の態度にあった。

 

 先ほど悠里は晴明に対して警戒心を滲ませていたが、少なくとも晴明が知る悠里ならば、その反応はあり得ない。

 何故ならば、晴明は彼女の最愛の妹、若狭瑠璃の命の恩人なのだから。

 さらに言えば、彼女自身も以前晴明から譲り受けた御守りの力で九死に一生を得ているのだから、むしろ警戒をする理由がない。

 

 それなのに、今、目の前にいる悠里は晴明に対して警戒をしている。

 そして、晴明には【彼自身を知らない若狭悠里】という存在に心当たりがある。

 それは先ほどランプたちと話した内容。即ち、今ここにいる悠里は、【聖典に描かれた若狭悠里】だろうということを……。

 

 晴明は念のため、それが事実であるかを確認するために、改めて悠里に問いかける。

 

「若狭さん、改めて質問なのだが、先ほど恵飛須沢が言ったことの再確認になるけど、君たち学園生活部の生存者は、ここにはいない直樹美紀さんを含めて四名。と、言うことで相違ない、かな?」

 

「……? え、えぇ。そうですが、それがなにか……?」

 

「そうか……。それと、すまないがもう一つ質問なのだが、学園生活部の発起人。それは、佐倉慈先生で間違いなかったかな?」

 

 仲間内、しかも現在では自身と胡桃、そして事情を説明した美紀しか知らない内容を、晴明に質問という形で提示されたことに驚くとともに、さらに警戒を強める悠里。

 

「なぜ、貴方がそれをっ──! えぇ、たしかにそうですよ」

 

 なぜ貴方がそれを知っているのか気になりますが、と付け加えながら答える悠里。

 それを聞いた晴明はそうか。と、小さく頷くと、なぜ自身がその情報を知っているのか。その理由を告げる。

 

「それについては俺も又聞きと言うべきか……。まぁ、詳しくは彼女に聞いたからだな」

 

 そう言いながらランプの方を見る晴明。

 それに釣られるように悠里もまたランプを見る。

 まさか、急に自分の方に話題が飛んで来ると思っていなかったランプは、わたしですかっ?! と驚愕の表情をみせる。

 そんな驚愕の表情をみせるランプを見て、悠里は訝しげな顔で晴明を見ると。

 

「彼女が……?」

 

 と、暗に嘘でしょう。と言いたげに問いかける。

 晴明は悠里の反応に苦笑すると。

 

「まぁ、事実は小説より奇なり、というやつだな」

 

 と言うと、彼女に聞いた聖典やクリエメイトのことをかいつまんで説明した。

 その後、ランプ自身からもさらなる解説を受けた悠里と、そして胡桃はなるほど、と頷いていた。

 

「異世界、ですか……」

 

「まぁ、急に砂漠に連れてこられて、『ここは日本です』何て言われても納得できないし、逆に腑に落ちた、かな?」

 

 なぁ、りーさん? と悠里に同意を求める胡桃。

 そんな彼女に対して、悠里もそれもそうね。と、納得の声をあげる。しかし──。

 

「でも、それなら私たちが出会った、あの、かれらに似た化け物は一体なんだったのかしら?」

 

「……かれら、だと?」

 

 悠里が呟いた言葉。その中に聞き捨てならない単語を聞きとった晴明は疑問の声をあげる。

 彼女が言っていることが事実とするならば、それは即ち──。

 

「なぁ、ランプちゃん。もしかして……?」

 

「は、はい! もしかしたら、既にオーダーの悪影響が出ている可能性が高いですっ!」

 

「そう、なるよなぁ。やっぱり……」

 

 そう言いながら手のひらで顔を覆う晴明。

 晴明のリアクションを不思議に思った悠里は、訝しげな表情を見せると、彼に問いかける。

 

「なにか、問題が……?」

 

「ん? あ、あぁ。問題と言えば問題なんだが……」

 

 そう言って晴明はオーダーの影響について説明する。

 それを聞いた悠里は絶句し、胡桃は苛立たしげに臍を噛む。

 

「そんなの……、それじゃあたしらが、あいつらを連れてきちまったっていうのかよ……!」

 

「それに関しては、君たちではなくこちらが原因と言う可能性もあるしなぁ……」

 

「っ! なんであんたはっ! ……そんなに冷静でいられるんだっ! もしかしたら──」

 

 晴明の、言ってはなんだが他人事のような物言いに激昂する胡桃。

 そんな彼女に晴明は落ち着かせるように語りかける。

 

「もう、既に起きてしまったことなんだ。ならば、悔いるよりも今は為すべきことがある。それに──」

 

 そこまで話したところで、今度は彼の話を引き継ぐようにランプが胡桃に話しかける。

 

「くるみ様、落ち着いてください。全てはオーダーの魔法が原因なんです。つまり、その原因さえ取り除いてしまえば……」

 

「問題なくなるってか……? でも、それでも現に今、あいつらはここに現れてるんだぞっ! それで、被害が出ちまえば──」

 

 あたしは、あたし自身が許せなくなる。と語る胡桃。

 それを聞いたランプは目に涙を溜めると、許しを乞うように彼女に語りかける。

 

「……申し訳、ありません。くるみ様」

 

「あ、え、いや。なんで、ランプが謝るんだよ。お前が悪い訳じゃ──」

 

 ないんだろ? と、声をかけようとする胡桃。しかし、ランプは首を振ると元々の原因は自分たちにあることを告げる。

 何よりも最大の原因がアルシーヴ、自身の師匠にあること。そして、聖典で知りながら、彼女たちになにもできないことを謝り続けるランプ。

 そんな時に、先ほど悠里に頼まれて飲み物を探してきた由紀が帰還する。

 そして、ランプが泣いていることを不思議に思い声をかける由紀。

 

「どうしたの? えっと、ランプちゃん、だったよね?」

 

「ゆき、さまぁ。わたしは、わたしはぁ……!」

 

「あ、でも。まずは、はい、これっ!」

 

 そう言って由紀はランプたちに持ってきた飲み物を渡していく。

 そして、由紀は慈の前に立つと、満面の笑みを浮かべて彼女にも飲み物を手渡す。

 

「はいっ! めぐねえもどうぞっ!」

 

「あら、ありがとう。ゆきさん」

 

「えへへ……」

 

 慈に礼を言われた由紀は照れ臭そうに笑うと、彼女から目線を離し、虚空を見つめて話し始める。

 

「めぐねえにお礼いわれちゃった。ね、()()()()

 

「……えっ? あの、ゆきさん……?」

 

 由紀が急に起こした、慈に礼を言われたことを、慈に報告する。という謎の行動に面食らう慈。

 その由紀の行動の真意に気付いたランプは慈に小声で話しかける。

 

「めぐねえ様。あの、ゆき様は──」

 

 そして、彼女の行動の意味を聞いた慈は驚き目を見開いて絶句する。

 

 ──自身が死んだことにより、由紀が決定的にコワれてしまった。という事実を聞いて。

 

「……そんな、そんなことっ」

 

 慈の口から譫言のようにそんな言葉が飛び出す。

 彼女にとって、丈槍由紀という少女は、不甲斐ない話ではあるが自身が錯乱しかけたときに機転を利かせて皆を纏めあげるカリスマ性と、何より学園生活部の皆を慮ることができる心優しい子だった。

 

 その時、慈は先ほど悠里が言ったことを思い出す。

 

 ──私たちはたかえなんて人も、アレクサンドラなんて人も知らないわ。

 

 その言葉を思い出した慈は、なんてことだ、と思うと同時に足元が崩れ去るような感覚を受ける。

 彼女たちの世界に於いて、アレックスがいなかったことにより、由紀の無二の親友である貴依が助からなかった。

 それで彼女は自分自身のことで精一杯だったのだろう。

 だというのに、その世界では私までもが死んでしまい、その結果、彼女はコワれてしまったのだ。

 

 ──何が教師だ! 何が大人だ! 大切な生徒たちを助けるどころか、壊しておいて、何が守るだ!

 

 違う世界とはいえ、自分自身の不甲斐なさに憤る慈。

 

「……めぐ、ねえ?」

 

 由紀のどこか恐れるような声を聞いて、ハッとする慈。

 そして深呼吸をすると、なるべく普段の調子で笑顔を浮かべながら由紀に語りかける。

 

「どうしたの? ゆきさん?」

 

「なんか、めぐねえが怖い気がしたから……」

 

「そんなことないわ、気のせいよ? それと、ゆきさん? めぐねえじゃなくて、佐倉先生よ?」

 

「うんっ! めぐねえっ!」

 

「や、あの、だからね。ゆきさん──」

 

 そんな慈の言葉なぞどこ吹く風、と言わんばかりに由紀はぴゅー、とランプのもとへ走り去る。

 由紀の行動に毒気を抜かれた慈は、どこか困ったような、それでも安心したかのような雰囲気を醸し出す。

 そこで幾分か冷静になった慈は、彼女たちの、聖典世界について考える。

 

 まず、聖典世界に於いて、蘆屋晴明、唯野=アレクサンドラの二人がいなかった。

 それにより、柚村貴依、若狭瑠璃、祠堂圭。そして、自身の友人となった赤坂透子が帰らぬ人となっている。

 その結果、由紀と悠里は心の余裕が──。

 

 そこまで考えて、慈はふと気付く。

 

 ──彼女たちの余裕が失われているのなら、私は……?

 

 そう考えて、慈は自分はどうだったのだろう。と思い出す。

 そうして、かつてのことを思い出していくうちに、慈はある可能性に行き着いて愕然とする。

 

 それは、彼女自身、身に覚えがある、責任感に押し潰されそうになっていたかつての自身の精神状態だった。

 しかし、あの時は透子との飲み会の中で彼女に諭されたこと、自分以外にも、透子と晴明という大人が増えたという安心感から、精神を持ち直すことができた。

 

 ──だけど、聖典世界の私は……?

 

 なんてことはない、かつての自分でさえギリギリだったのだ。

 それなのに、自身よりもよっぽど追い詰められていた聖典世界の自分は、ギリギリまで、本当のギリギリまで粘って、そして、押し潰されてしまったのだろう。

 

 ──特に緊急避難マニュアル。あれを一人で見て、正気を保てたとはとても思えない。

 

「ふ、ふふっ……」

 

 一体自分はなにに対して怒っていたのだろう?

 そもそも、恵まれた環境にいた自分でさえ限界だったのに、それを棚にあげて、やれ大人だの、教師だの、と。

 これでは道化ではないか……。

 

「お、おいっ。佐倉先生……?」

 

 そこで晴明に肩を捕まれて呼びかけられたことで正気に戻る慈。

 

「あっ、はい。なんですか、蘆屋さん?」

 

「その、大丈夫なのか? ずいぶん顔色が悪いが……」

 

「ふふっ、大丈夫ですよっ。心配してくれてありがとうございます」

 

 心配する様子の晴明に、慈は笑顔を浮かべて大丈夫だと答える。

 もっとも、晴明からすると、彼女の笑顔がとても痛々しく見えて、とても大丈夫そうには見えなかったが。

 だが、慈はそのまま自身の肩を掴んだ晴明を振り切ると、胡桃と悠里の前に移動する。

 急に彼女が目の前に来たことで、悠里は警戒して、そして胡桃はどこか身構えるようにして彼女に話しかける。

 

「な、なんだよ」

 

 どこか怯えるように、おっかなびっくりといった様子で話しかけてきた胡桃に対して、慈は──。

 

「……ごめんなさい」

 

 深々と頭を下げながら彼女たちに謝罪の言葉を告げる。

 

「え、あの……」

 

 慈の様子にさすがに驚いたのか、胡桃は、そして、悠里も目を白黒させる。

 そんな彼女たちの様子はお構い無しに慈は涙声になりながらさらに告げる。

 

「貴女たちの世界の私が死んだことで、いっぱい迷惑をかけてごめんなさい。貴女たちを残して、先に逝ってごめんなさい……」

 

「めぐ、ねえ……」

 

「でも、貴女たちの世界の私は、絶対に貴女たちを嫌っていなかったはずよ。……愛おしく思っていたはずよ」

 

 そこで慈は胡桃をひし、と抱き締める。

 急に抱き締められたことで目を白黒させて身動ぎする胡桃だったが。

 

「だから、私の変わりに私が言うわ。……生きていてくれて、ありがとう。くるみさん。ゆうりさん」

 

 そう言われたことと、何より彼女の暖かさが、自分たちが知るめぐねえ(佐倉慈)そのものだったことを理解して、胡桃はじわり、と目から涙を滲ませていく。

 そして、胡桃と、悠里は慈に強く抱きつくと。

 

「めぐねえ、なんでっ。ふ、ぐぅ。うぅぁぁぁっ!!」

 

「めぐねえ、ごめん、なさいっ。あぁっ…………!」

 

 たしかに彼女は自分たちの知るめぐねえ()ではない。しかし、同時に彼女の優しさ、暖かさは間違いなくめぐねえだったのだ。

 

 だからこそ二人は涙を流す。

 自分たちを導いてくれた彼女と再び会えた喜びに。

 その彼女を、自分たちが疑ってしまった申し訳なさと悲しさに。

 彼女たちは自身の感情に振り回されて、慈に抱きつきごめんなさいと。そして、ありがとう、と涙を流し続ける。

 

 

 

 

 

 そうして泣き続ける二人を抱き締めていた慈だったが、しばらくすると胡桃も悠里も泣き止み、二人ともどこか恥ずかしそうに慈から離れる。

 二人とも泣き腫らして充血した目で慈を見て、慈もまたそんな二人を慈しむように微笑みながら見る。

 

 晴明もそんな三人を微笑ましそうに見ていたが、段々と表情を険しくさせ、他の者たちに気付かれないように周囲を見渡しはじめる。

 その理由は──。

 

(害意は感じないが……。監視、か?)

 

 何者かの視線、あるいは気配を感じた晴明は人知れず警戒体制をとる。

 すると、彼の警戒を感じたのか、一つの人影が由紀の慰めによって泣き止んだランプの近くへ躍り出る。

 

「ふぅん? こんなとこにランプがいるなんて、ね。それにクリエメイトも……。でも、ちょっと()()()()気もするけど」

 

 その声を聞いたランプは驚きの表情を見せると、声が聞こえてきた方向に振り替える。

 そこには、褐色の肌に赤髪の、そして首元には緑色のマフラーを巻き、民族衣裳のような服を着た少女の姿があった。

 その少女を見たランプは、思わずと言った様子で叫ぶ。

 

「貴女は、カルダモン! どうして、ここにっ!」

 

「どうしても、こうしても、ここにクリエメイトがいて、そしてあたしがいる。それで理由なんてわかるでしょ?」

 

「まさか──」

 

「まっ、そう言うこと。それで貴方たち。できれば抵抗せずに捕まってくれるとありがたいのだけど……。そっちの方が、アルシーヴ様の指令も早く終わるんだし」

 

 そんなことを言うカルダモンと呼ばれた少女。

 そんな少女を見据え、ランプは全員に警告するように叫ぶ。

 

「皆様、気を付けてくださいっ! 彼女はカルダモン、アルシーヴ麾下の七賢者の一人ですっ!」

 

 ランプの叫びとともにカルダモン、【七賢者-カルダモン】は愛用の武器である二本の短剣を構えながら身を沈ませて戦闘態勢に入る。

 その顔には不敵な笑みが浮かんでいた。

 

 ──七賢者-カルダモンが現れた。



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第三十七話 七賢者-カルダモン

 戦闘態勢に入ったカルダモン。彼女から発せられる重圧、俗に言う鬼気とでも言うべき気配を感じ取った胡桃たち学園生活部の面々は無意識の内に恐怖によって身震いする。

 そんな彼女たちを見たカルダモンは、にぃ、と微笑を浮かべ、体を先ほどよりもさらに沈ませる。そして──。

 

「なっ、はや──!」

 

 胡桃が驚いたように、カルダモン自身の脚力や体の柔軟性を行使して、まるで縮地の如く、まさに目にも止まらぬ速さで地面を這うように駆ける。

 そして、その速さのまま胡桃たちに突撃し、両の手に握る短剣を振り──かぶろうとして、すぐさま彼女は自身の相棒を胸の前に交差、何かから自分の身を守るための防壁とする。

 

 その直後、ガキン! という金属同士がぶつかる音が響き渡ると同時にカルダモンは吹き飛ばされ、否、自らの脚力にものを言わせて、無理矢理、方向転換とともに驚異から逃れるように後ろへと飛んで衝撃を逃す。

 そしてカルダモンは飛んだ衝撃を利用して空中でくるり、と一回転。

 そのまま何事もなかったかのように着地すると、楽し気な笑みを浮かべて、自身の邪魔をした存在を舌なめずりしながら見る。

 

「へぇ……」

 

 彼女の視線の先、そこには──。

 

「あ、あんた……」

 

 そこには、胡桃と悠里を庇うように前に出る晴明の、自身の愛刀である倶利伽羅剣で空間をなぎ払った姿があった。

 そして晴明は油断しないようにカルダモンを見据えながら背後にいる二人に声をかける。

 

「二人とも無事だな?」

 

「あ、あぁ」

 

「え、えぇ。大丈夫です……」

 

 二人の返事を聞いた晴明は小さく頷くと、バロウズに話しかける。

 

「──バロウズ」

 

《だめ、マスター。なにかに阻害されてるのかわからないけど反応が不安定。悪魔召喚プログラムだけが使用不可能よ》

 

「そうか……。しかし──」

 

 一体誰が妨害しているのか? と考える晴明。

 基本、GUNPやCOMPに搭載されている悪魔召喚プログラムは、あの化け物的な天才『STEVEN』の作品なのだ。

 それ故に、本気で妨害しようとするならば、高位悪魔たちのように事象や因果に干渉するか、物理的に破壊するぐらいしか方法がない。

 

 もしくは、ここが完全に異なる世界、あるいは法則が違う宇宙で、その結果、異物である悪魔召喚プログラムに干渉する何かが存在する可能性くらいだろう。

 そこまで考えた晴明は一つの可能性に思い当たり、まさか、と言いながら呟く。

 

「ここは、アマラ宇宙の外にある世界なのか……?」

 

 ──アマラ宇宙。

 

 それは、一つの概念。ペルソナ世界やデビルサマナー世界、そして女神転生世界は一つの並行世界として繋がっている、というものである。

 初出は真・女神転生3となるが、同時に同作内に於いてアマラ宇宙の外にも別の宇宙が存在することを示唆されている。

 

 そして、アマラ宇宙では大いなる意思と呼ばれる概念存在が君臨し、かの存在の端末が唯一神や、ボルテクス界のカグツチであるとも言われている。

 その中で晴明は、このエトワリアもまたアマラ宇宙の一部だと思っていた。しかし──。

 

「──このあたし相手に考え事とは余裕だね?」

 

 晴明は急に聞こえてきたカルダモンの声を聞いて、ハッと正気に戻る。

 その時にカルダモンは既に晴明の目の前まで迫っており、首筋めがけてハイキックを放つ。

 

「ちぃっ! ナメるなぁ!」

 

 晴明は彼女のハイキックを左手──ガントレットで防ぐと手首を回転させて彼女の足首を掴み、力任せに洞窟の壁めがけて投げ飛ばす。

 しかし、彼女はまるで猫のようなしなやかさでひらりと体勢を立て直すと、()()()()して衝撃の反動を利用して再び晴明たちに襲いかかろうとするが──。

 

「ァァァッ」

 

「ギギギッ」

 

 晴明とカルダモンの間、そこにヒトガタのなにかが落下してくる。そこにいたのは。

 

「……なんか、ディフォルメされてないか?」

 

 晴明が呆然と呟いたように、そこには晴明たちの世界にもいたかれらが、大きさ自体は同じものの、なぜか五頭身くらいの顔色の悪い人形のような姿になって存在していた。

 現れたかれらモドキは晴明に狙いを定めると、猛然と突撃してくる。……但し、その歩みは亀の如き遅さだったが。

 

「きゃぁぁあっ!!」

 

 その時、後ろから由紀の悲鳴が聞こえてくる。

 近づいてきたかれらモドキを一刀のもと斬り捨てた晴明は悲鳴が聞こえてきた方向を見る。

 そこには、洞窟の奥からかれらモドキが十体程度学園生活部めがけて移動していた。

 それを見た胡桃はあり得ないと言いたげに叫ぶ。

 

「なんでっ! ここは奥まで探索済みだったのに!」

 

 そこで晴明は、はじめてここが洞窟特有のじめじめと湿った空気ではなく、さらさらとした屋外と同じような空気であることに気付く。

 

「これは、ここはどこかで外と繋がっていたのか……!」

 

 だが、今はそのようなことを考えている場合ではない、と判断した晴明は、しかし、現状カルダモンを自由にさせておくリスクを考えて圭に話しかける。

 

「──圭!」

 

「はっ、はい!」

 

「……やれるな?」

 

 その言葉を聞いた圭は、先ほどまでの不安そうな顔から真剣な表情になって、こくり、と頷く。

 その圭の様子に晴明は小さく微笑むとそのままカルダモンと対峙する。

 

 晴明に任された、頼られたことを理解した圭は、すぐさまGUNPを引き抜くと起動。

 そのまま操作を続けてストラディバリを取り出して構える。

 もっとも、聖典世界の学園生活部の面々は、圭が銃型の機械を操作したと思ったら、次にヴァイオリンをどこからともなく取り出して演奏の準備をしはじめた。という意味不明な行動をしているように見えたことから、一体何をしているのか、と不安そうな顔をしている。

 そして、胡桃はあたしが頑張らないと、と愛用のショベルをきゅ、と握り気合いを入れるが、それを見た圭は。

 

「先輩、大丈夫! 私に任せてくださいっ!」

 

 ふんす、と気合いを入れるように胡桃に告げると、精神を集中させる。

 そして、心の赴くままに、頭の中で流れる旋律をそのまま奏でていく。

 

 圭が奏でる美しい旋律になにも知らない学園生活部は聞き惚れるが──。

 

「あれ……、なに?」

 

 その中で由紀は、圭の背後に現れた円形の五線譜、そこから音符が湧き出てくると、それがかれらモドキに殺到する。

 その音符がかれらモドキに近付いた瞬間!

 

「うぉわっ! ……まじかよっ」

 

 一部始終を見ていた胡桃は、あまりの非常識さに呆然としたようすで声をあげる。

 それもそのはず、近付いた音符が次々と爆発し、かれらモドキを物理的に解体しているのだからそうも言いたくなるだろう。

 現に悠里も同じ感想を抱いたのか、乾いた笑いを見せるも額に一筋の汗を流す。

 

 だが、由紀に関しては純粋に興奮しているのか、目を輝かせて、おおー! と歓声をあげている。

 そして由紀は興奮冷めやらぬ様子で圭に声をかける。

 

「すごい! すごいよっ! ()()()()、それ、どうやってるの!!」

 

 由紀の称賛と疑問を聞いた圭はふふん、と得意気になりながら質問に答えようとして、彼女が、由紀が発した言葉に疑問を抱く。

 

「ふふんっ! 当然ですよ、なんてったって──、って、()()()()?」

 

 聖典世界の由紀と、自身の世界の由紀の呼び方が違うことに首を傾げる圭。

 もっとも、聖典世界の由紀はそのことを知らないことから、ただ単になぜくん呼びなのかを疑問に感じているのだと思い、その説明をする。

 

「だって、みーくんの親友なんだよね? だから、お揃いのけーくん!」

 

 自信満々に答える由紀の姿を見た圭は、どこか曖昧に笑うと。

 

「あ、あはは……。そ、そうなんですね……?」

 

 と、答えていた。

 そんな二人、特に圭を興味深そうに見ていたカルダモンは、楽し気に笑うと、圭にとって、そして学園生活部にとっても聞き捨てならないことを言う。

 

「本当に面白いね、君たち。クリエメイトは戦いとは無縁の存在だと思ってたんだけど、美紀といい、君たちといい」

 

「みきっ! お前、みきになにかしたのかっ!」

 

 カルダモンの言葉に不穏なものを感じたのか、胡桃は激昂して彼女に叫ぶ。

 胡桃の様子に薄く笑うと、彼女の叫びにカルダモンは飄々とした様子で答える。

 

「ふふっ、そんなに心配しなくても、美紀は無事だよ。……ただ、拘束はさせてもらってるけど、ね」

 

「……てめぇッ!」

 

 カルダモンの言葉に冷静さを失った胡桃は晴明の横を通って彼女に突撃しようとするが、彼の横を通ったときに腕を掴まれて制止させられる。

 晴明に急に腕を掴まれ自身の行動を邪魔されたことから、胡桃は晴明に対しても苛立ちをぶつける。

 

「何すんだっ! 離せよっ!」

 

「……まったく、冷静になれ!」

 

「──っ!」

 

 まさか、晴明に怒鳴られると思っていなかった胡桃は驚きと恐怖で肩をびくつかせるが、同時にその事で頭が多少は冷えたのか先ほどのように突撃しようとはしていない。

 そのことにカルダモンはどこか残念そうに、そして挑発するように話しかけてくる。

 

「あらら、残念。そのまま突撃してきてくれてたら美紀のおみやげになってたのに。……まぁ、いいや」

 

 そう言うとカルダモンは戦闘の構えをやめると、バックステップ。そのまま晴明たちに今は帰ることを告げる。

 

「ちょっと分が悪いようだし、ここは引かせてもらうよ。じゃあねっ!」

 

 そう言って彼女は身を翻らせると、あっという間に走り去っていく。

 それを見た胡桃、そして圭は彼女を追いかけようとする。

 

「まてっ!」

 

「ま、まちなさいっ!」

 

 そう言って後を追おうとする二人だったが、すぐに晴明に止められる。

 

「二人とも深追いはするな」

 

「でもっ!」

 

 いくら別世界、自身の知る美紀ではないとは言え、囚われているとわかっていながらみすみす逃すのは我慢ならないのか、圭は晴明に反論しようとする。

 だが、晴明も流石に自ら罠に掛かりにいこうとするのを見過ごす気はないようで、圭を諭すように話しかける。

 

「なにも助けにいかないとは言っていない。しかし、な。この状態で追いかけても分断されて各個撃破されるのがオチだ」

 

「……~~~~!」

 

 晴明の言葉に納得いってはいないが、理解はできたのか圭は悔しそうな顔をして唸る。

 しかし、胡桃はそれでもやはり救出に向かいたいようで晴明に反論する。

 

「……それでも、後輩が助けを待ってるのに、見過ごせるわけないだろっ!」

 

「それで? 土地勘のない、だだっ広い砂漠を宛もなく彷徨うつもりか?」

 

「ぐっ……!」

 

「蘆屋さんっ!」

 

 胡桃の反論にも晴明は苦言を呈する。彼の言葉を聞いた胡桃もまた、圭と同じように呻くが、流石に見かねたのか慈が晴明に話しかける。

 

「この子たちはたった四人でここまで生き残ってきたんですよ? だからこそ、彼女たちの絆の深さを考えてあげてくれませんか?」

 

「これでも考えてるつもりだよ。それにさっきも言ったけど、助けにいかない、とは言ってないよ」

 

「では、どうするつもりなんですか?」

 

 慈にそう問われた晴明は、少しだけ考える素振りを見せると、自身の考えを述べる。

 

「そもそも、彼女。カルダモン、だったか? なぜ彼女はここが分かったのか?」

 

 そこまで言うと、晴明は皆を見渡してさらに言葉を続ける。

 

「それと、もう一つ。かれらモドキが現れた時、恵飛須沢さんが『この洞窟は奥まで探索した』と言ったのにも関わらず、なぜ、いったいどこから現れたのか? 不思議に思わなかったか?」

 

「それは、たしかに……」

 

 晴明の言葉を聞いた悠里も、なにかがおかしいと感じたのか、彼の疑問を肯定する。

 それを聞いた晴明は、次にランプへ声をかける。

 

「それで、次にランプちゃんに聞きたいことがあるんだが、いいかな?」

 

 突然晴明に話しかけられたランプは、緊張した様子で背筋をぴん、と伸ばして返事をする。

 

「はっ、はい! なんでしょうっ!」

 

「そんなに緊張しなくていいよ。……君に確認したいこと、それは、あのかれらモドキ、あれはもともと、この世界に存在してたのかな?」

 

 晴明の質問にランプは首を横に振って否定する。

 

「いえ、あのタイプのモンスターは、今まで確認されていません」

 

「……それって、やっぱりあたしたちがここにきちゃったから」

 

 ランプの答えを聞いた胡桃が暗い表情を浮かべ、思い詰めた様子で独りごちるが、晴明はそんな彼女に宥めるように声をかけると、さらに話を続ける。

 

「恵飛須沢さん、今はそれを言っても仕方がないよ。それよりも、疑問には思わなかったかい?」

 

「……えっ?」

 

「ほら、あのカルダモンという子だよ」

 

「えっ、と……?」

 

 晴明にカルダモンのことを問われる胡桃だったが、心当たり、思い付くことがないのか首を傾げている。

 そんな彼女を見た晴明は苦笑しながら答えを告げる。

 

「ほら、彼女。かれらモドキを見ても驚いてなかっただろう?」

 

「え、あ、あぁっ!」

 

 晴明に言われたことでようやく合点がいったのか、胡桃は驚きの声をあげるとともに、なるほど、と納得していた。

 そんな彼女を尻目に、晴明は再びランプに確認をとる。

 

「なあ、ランプちゃん。彼女、カルダモンが学園生活部についての記述がある聖典を知らない、という可能性はあるのかい?」

 

 その晴明の質問に、ランプは強い口調であり得ないと告げる。

 

「そんなのあり得ませんっ! 七賢者は神殿の中でもアルシーヴの、ソラ様の懐刀の側近中の側近なんです! それに、カルダモンも自身が武闘派、紛争の調停者ということもあって、皆様の、()()()()()()()! の聖典を好んでいましたからっ!」

 

「がっこうぐらし? ……それが、彼女たちの、学園生活部の活躍が描かれた聖典の題名でいいのか?」

 

 ランプの口から出た【がっこうぐらし!】という言葉に反応した晴明はランプに質問し、そしてランプもその質問を肯定する。

 そのことで考え込む晴明だったが、そんな彼の様子に不安を覚えたのか、慈がおずおずと心配そうに訪ねてくる。

 

「あの、蘆屋さん? どうかなされたんですか?」

 

 慈の心配そうな声を聞いたことで、晴明は自分が考え込んでいたことに気付き、そして、彼女の心配を察して、あえておどけるような言い方で、心配を払拭するように答える。

 

「あ、ああ。学校の教師と生徒が、学園で生活する部活を立ち上げるとともに暮らしている物語の名前ががっこうぐらし。というのも、安直、というか分かりやすい、というか、と思ってね」

 

 冗談交じりに告げてくる晴明を見た慈も、くすり、と笑うと彼の意見に同意する。

 

「ふふっ、たしかにそうですねっ」

 

 慈の安心した表情を見た晴明は、なんとか誤魔化せたか、と内心安堵する。

 そして、本当の意味で先ほどまで考えていたことを再度考える。

 

(がっこうぐらし、か。……聞いたことは、ある)

 

 晴明はそう思って、前世の、かつての自身の記憶を辿る。

 

(たしか……、可愛らしい絵柄と、それに似つかわしくないゾンビパニックもので話題になった作品、だったはず)

 

 しかし、と内心で晴明は頭を抱えそうになりながら独りごちる。

 

(そして、主人公は丈槍由紀、彼女だったな。そう考えると、彼女があの世界でワイルドに覚醒したのは必然だったのかも知れないな)

 

 そこまで考えたところで、晴明はその考えを頭から追い払う。

 たしかにあの世界はがっこうぐらしという版権作品に極めて似た世界なのかもしれない。

 だが、圭や美紀がジャックフロストのために流した涙は演技でもなんでもない本物だったし、なにより、学園生活部の、イシドロス大学の生存者たちの生きたい、という意思も、たしかなものだったのだから。

 

 それなのに、晴明が彼女たちの意思を否定(物語の登場人物でしかない)などと、考えて良い道理があるはずもない。

 

「な、なぁ。蘆屋、さん、だったか? 大丈夫かよ?」

 

 そこで今度は胡桃が心配そうに話しかけてきたことに気付いた晴明は、彼女を安心させるように微笑みながら大丈夫だと返事を返す。

 

「ああ、大丈夫だ。話の腰を折ってすまないな。……それで、話を戻すがさっきの彼女、カルダモンだが、かれらモドキを見て驚いていなかったことを順当に考えると、以前、実際に見たことがある、と考えるのが妥当だろう」

 

「……まぁ、そりゃあ」

 

「で、俺たちやきららちゃんたち、それに君たち三人が会ったことがなかった。そして、かれらモドキは聖典世界の出身である君たちや、俺たちの近くで発生する。というのであれば、カルダモンは以前、直樹美紀を捕獲、もしくは保護かもしれないが、まぁ、その時に見たんだろう」

 

 そこまで言った晴明はまぁ、ここまではカルダモンの証言通りとも言えるが、と述べる。

 そんな晴明の遠回しな言い方に焦れったそうな様子で胡桃が話の続きを促す。

 

「で? それがなんだってんだよ? そこまでは分かりきってることじゃないか」

 

「慌てるな、慌てるな。ここからが大事なんだから」

 

 美紀のことが心配で焦りを見せている胡桃に対して、晴明は彼女を落ち着かせるように微笑み、しかしすぐに真剣な表情になると自身の考えを話す。

 

「それで、さっき現れたかれらモドキ。あいつらが君たちに反応して現れていた。と、するならば、それこそ何度でも現れていただろうし、君たちもおかしいと気付くだろう?」

 

「たしかに、りーさんだったら、すぐに気付きそうなもんだよな」

 

「そうそうっ! りーさんなら気付くよねっ! なんてったてみんなのお母さんだし!」

 

 胡桃の例え話に悠里は顔を赤らめて否定するように手をバタバタと動かしていたが、次の由紀の例え話を聞いた瞬間、悠里の表情がふっと消える。

 その顔を見て、由紀は自身の失態を悟るが時既に遅し、悠里は由紀に手を伸ばすと、その柔らかくもっちりとした頬を掴んで、むにー、と引っ張る。

 

「そんなことを言う悪い口は、これかしら?」

 

ふぃーはん(りーさん)いふぁいいふぁい(痛い痛い)っ!」

 

「ふふふっ……!」

 

 由紀は痛みを訴えながら悠里の腕をタップする。

 だが、悠里はそんな由紀の訴えを無視して彼女の頬の感触を堪能している。

 しかし、彼女の笑みからは、得も言われぬ凄みを感じているのか由紀、そしてとばっちりであるが胡桃は彼女の顔を見て、恐怖を感じているのかガタガタと震えていた。

 晴明はそんな三人を呆れた顔で見ると、ぱんぱんと拍手で彼女たちの注目を集めて、まだ話は終わっていないよ、と語りかける。

 それを聞いた悠里は、晴明に微笑みながら謝る。

 

「あら、そうでしたね。ごめんなさい」

 

 口では謝罪の言葉を述べる悠里だったが、しかし、指の方は由紀に対して最後のとどめとばかりに限界まで引っ張っていた。

 そして、限界まで頬が伸びきると彼女は指を離す。

 そのときの痛みで由紀は悲鳴を上げる。

 

「はうっ!」

 

 ようやく指を離してもらった由紀は、涙目になりながら赤く腫れた頬を優しく擦る。

 それを見て悠里はようやく怒りが収まったのか、いつもの柔らかい笑顔を浮かべる。

 なにもそこまで、とも思う晴明だったが、悠里にしても自身と同じ歳の由紀にお母さん(歳上)扱いされるのは腹に据えかねたようだった。

 

「あ~……。そろそろ話を戻してもいいかな?」

 

 晴明の言葉に悠里はにこやかに、胡桃と由紀は戦々恐々としながら頷く。

 三人の様子を見た晴明は、緊張感を削がれたようにため息を吐きながら話を再開する。

 

「ええと、どこまで話したんだったか……。そうそう、君たち起点でかれらモドキが発生しているなら気付かない方がおかしい、までだったな」

 

 晴明の確認にこくり、と頷く三人。

 

「そして俺、佐倉先生、圭はかれらモドキの存在を知らなかったし、なにより今まで遭遇していなかったからこれを除外。……となると残り発生する可能性があるのは?」

 

 そこまで晴明の話を聞いた悠里と慈は、彼が何を言おうとしていたのか理解する。

 

「残り、ってそんなの──!」

 

「なるほど、残りはただ一人」

 

「「みきさんっ!」」

 

「まぁ、推論の域を出ないがな。そして、もし推論の通りならばかれらモドキの足跡を辿っていけば──」

 

 そこまで晴明が言ったことで、胡桃もようやく納得がいったのか、しきりに頷いている。

 

「つまり、近くにみきがいるかもしれないんだな! なら、こうしちゃいられない! すぐに行こうぜ!」

 

 美紀の捜索についての光明が見えたことで、先ほどまでの焦りが嘘のように落ち着いた胡桃は、今度は待ってられないと言わんばかりに、早く行こう、と全員を急かす。

 そんな現金な様子に苦笑をこぼす晴明だったが、同時に彼は一つの懸念について考えていた。

 

(しかし、さっきの視線。あれはカルダモンのものでは()()()()。だとすれば一体……。それに──)

 

 そこで胡桃が晴明に声をかけてくる。

 

「おぉいっ! 早く行こうぜっ」

 

「あ、あぁ。すまないな」

 

 そう言って晴明もまた胡桃たちとともに洞窟の奥へと進んでいく。

 一つの懸念。何者かの監視は、自分たちだけではなく、カルダモンにも注がれていたということを考えながら……。



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第三十八話 美紀を探して

 胡桃たちと洞窟の奥に進んでいた晴明は、途中途中に現れるかれらモドキを蹴散らしながら、どんどんと先に進んでいた。しかし──。

 

「行き止まり、か?」

 

「そんな──!」

 

 晴明の言葉通り洞窟の最奥まで到達したようで、完全な行き止まりになっていた。

 しかし、胡桃は、そんなはずはない。と、言いたげに、あるいは隠し通路があるはず、と一縷の望みを託して洞窟の壁を調べている。

 その時、晴明の側で、ひゅぅ、と僅かながら空気の流れを感じ取った。

 その風が吹いてきた方向を見た晴明は、ただ一言。

 

「そうか。天井、いや、上か」

 

 と、言って上を見上げる晴明。

 そこには巨大な吹き抜け、というには形が乱雑な、恐らくは岩盤が崩落した時にできた大穴が口を開いていた。

 もっとも、それにしては付近が綺麗に整地されていたが。

 

 それを確認した晴明は思案顔になる。

 が、考えていても仕方がないと思ったのか、晴明は考えるのをやめてバロウズに話しかける。

 

「バロウズ、この縦穴の先をサーチできるか?」

 

《ちょっと待ってちょうだい。──サーチ完了。結構広い空間があるみたい。それと、敵性反応はないわ》

 

「了解した。……さて、となるとどうしたものか。俺が担いで上まで移動する、という手もあるにはあるが……」

 

 そう思案している晴明にマッチがとある提案をしてくる。

 

これ(ロープ)があるから、僕が上まで持っていって、皆はこれを伝って昇ってくる。というのはどうかな?」

 

「そうさな……。いや、俺も共に行こう。いくら彼女たちが軽いとはいっても、流石にきみ一人でロープを支えるのは負担になるだろう」

 

「それはありがたいけど、いいのかい?」

 

 マッチの質問に問題ないとばかりに頷く晴明。

 しかし、そんな彼に待ったをかける人物が現れる。

 

「あの、蘆屋先生……。先生は後からの方がいいのでは……?」

 

 その人物とは圭だった。

 

「その、こう言ってはなんですけど、この中では先生が最高戦力なわけですし、もしも、モドキやクロモン、それにカルダモンが現れた時のためにも……」

 

 そんな圭の提案に、慈もうんうんと頷く。

 他の子たち、学園生活部やきらら、ランプも多少思うところがあるのか、少なくとも否定はしていなかった。

 それを見た晴明は頭が痛むのか、頭を抑えて、ため息を吐きながら彼女たちにとある質問をする。

 

「……ふぅ。よぉし、圭に、皆も。とりあえず自分の格好を確認してみようか?」

 

 そんな晴明の言葉に、彼女らは慌てて自身の格好を確認するが、結果は普段の──学園生活部のみファンタジー調になっているが──服装なので何が問題なのか、と首を傾げている。

 そんな彼女らに晴明は、決定的な一言を告げる。

 

「もし、皆が昇っている時に、悲鳴でも聞こえてきたら反射的に上を見る可能性が高いわけだが──」

 

 そこまで聞こえた時点で彼女らは再び自分の格好を、普段通りの()()()()()()()()()を着ていることを確認し、各々が反射的に顔を赤くしてワンピースの裾や、スカートを抑える。

 つまり、可能性の話ではあるが、彼女たちは晴明に、男性に自身の大事な場所、秘密の花園(ワンピースやスカートの奥)を見せつける可能性が大いにあったことを、ようやく気付いたのだった。

 そこで、晴明はとどめの一撃とでも言える言葉を告げる。

 

「──そこでもう一度確認だが、本当に、()()()が後からで良いんだな?」

 

 その言葉に、圭は混乱したように、目をぐるぐると回しながら早口で答える。

 

「や、やっぱり、蘆屋先生は一番最初でお願いしますっ!」

 

 圭の錯乱した様子に同意するように、他の女性陣も必死な様子でこくこく、と頷いている。

 そんな彼女たちを見た晴明は苦笑している。

 そして晴明は真剣な表情を浮かべるとマッチに話しかける。

 

「では、行こうか」

 

 しかし、マッチは何か懸念があるのか、晴明に問いかける。

 

「行くのは良いんだけど……。どうやって行くんだい?」

 

『……あっ』

 

 マッチの質問に今気付いたとばかりに間の抜けた声をあげる女性陣。

 そんな彼女たちを尻目に、晴明は何の問題もないとばかりに軽く笑うと行動して見せる。

 屈むと同時に自身のMAGを活性化させると、軽い調子で跳躍。

 しかし、その軽い調子とは裏腹に凄まじい跳躍力を見せ、ぐんぐんと空中を駆け上がると縦穴の中へ消えていく。

 

「──はっ? はぁぁぁぁっ?!」

 

 あまりの異常事態に驚きの声を上げた胡桃は慌てて縦穴の真下まで行って上を見上げるが、そこには、さらに縦穴の壁を三角飛びの要領で上に昇っていく晴明の姿があった。

 それを見た胡桃は、驚きのあまり声が出ないのか、喘ぐように口をぱくぱくと開きながら、仲間たち(悠里と由紀)と昇っていく晴明を交互に見ていた。

 

「…………なんというか、悪魔召喚師というのはなんでもありなんだね」

 

 胡桃と同じように晴明の非常識な行動を見ていたマッチもまた、呆けたようにのたまう。そして──。

 

「そう言えば、けい。きみも悪魔召喚師、だったよね……?」

 

 というマッチの言葉により、今度は彼女に畏怖の視線が集中する。

 その視線に晒された圭は、自身が晴明と同じ非常識な行動ができる。と、勘違いされていることに気付き、慌てて誤解を解くように否定する。もっとも、今の晴明の行動に加えて、圭のストラディバリの攻撃方法のこともあって、全く信用されていなかったが。

 

 それでも圭は晴明(非常識の塊)と一緒くたにされたくなかったのか、学園生活部の面々や、きららたち相手に懸命に説明を行っていた。

 そんなこんなで残ったものたちがわいわい、きゃいきゃい騒いでいる時に、()()()から彼女たちに向かって声がかけられる。

 

「おーい! こっちの安全は確保したから、マッチも、皆も早く昇ってこい……? どうした?」

 

『えっ? ……あっ』

 

 そこで彼女たちは晴明がなぜ縦穴を昇っていったのかを思い出したようで、内心申し訳なく思いながら、いつの間にか上まで移動していたマッチのロープを使って、粛々と上へと昇っていくのであった。

 

 

 

 

 

 それからしばらくして、最後に殿(しんがり)役として残っていた圭も無事に縦穴の上まで昇ってくることができた。

 そして、昇ってきた圭はキョロキョロと見渡して周りを確認すると、先ほどの洞窟とそこまで代わり映えのしない、しかし同時に先ほどよりは心なしか綺麗に見える壁面が見えた。だが──。

 

「えっ……?!」

 

 目を凝らして先を見た圭は絶句する。そこには、夥しい数の、白骨化した、かつて()()()()だったものが転がっていた。

 

「よし、圭。無事に昇ってこれたようだな」

 

 そこで圭の耳に晴明のなんでもないかのような声が聞こえてくる。

 圭にとっては、そんな場違いな声を出す晴明を、あり得ないものを見たような視線を向ける。

 そんな圭の態度に晴明は苦笑しながら、ここにある朽ち果てた骸たちについて告げる。

 

「はぁ、圭。別に俺がおかしくなったとかじゃねぇから……。ここは、地下墓所(カタコンベ)だよ」

 

「……カタコンベ?」

 

「そうだ」

 

 圭がおうむ返しに発した言葉に晴明は頷く。

 

「どうにも、あの洞窟はカタコンベ、というよりもここの上にある教会に繋がってたらしい。で、良いんだよなランプちゃん?」

 

「はいっ!」

 

 晴明の簡単な説明のあと、確認するようにランプに話しかけると、彼女は元気よく肯定の返事をした。

 そして、晴明の説明を引き継ぐように、今度は彼女が話しはじめる。

 

「私が以前、先生、えっと、アルシーヴに連れられてここに来たことがありまして……」

 

「そうなんだ……」

 

「ええ、ですので覚えがあったんです」

 

 そう言うとランプは、こちらです。と皆に告げて道案内を始める。

 勝手知ったるとばかりに自信満々に歩を進めるランプを尻目に、彼女以外の女性陣はおっかなびっくりといった様子でランプの後をついて行き、そしてその後を晴明が殿をつとめるように、念のため警戒をするように辺りを索敵しながら後に続く。

 

 ランプの先導で歩を進める晴明たち一行。

 しばらく進んだところで一行の目の前に昇り階段が見えてくる。しかし──。

 

「なんだ……? 何か上が騒がしいな」

 

「そうですね、宴でもやってるんでしょうか?」

 

「……っ! いや、違う。これは……。戦闘音だっ!」

 

 上の騒がしい様子に疑問をもった胡桃ときららは首を傾げていたが、耳を澄ませていた晴明は上から聞こえてくる音が剣撃や拳による殴打の音だと気付く。

 

「ちぃっ、皆急ぐぞ!」

 

「お、おいっ! 急にどうしたんだよっ!」

 

 急に上の階を目指して走り出す晴明の焦りように驚いた胡桃は、一体どうしたのか、と問いかける。

 その問いかけに晴明は簡潔に、素早く説明する。

 

「もし、教会に美紀──、直樹さんが捕らえられているとしたら、最悪、巻き込まれている可能性がある!」

 

「な、なんだって!」

 

 晴明の説明に大声を上げる胡桃。

 彼女の顔にも焦りが見え始め、慌てて彼の後を追う。

 そして他の面々もそんな二人を追いかける。

 

 急ぎ上の階を目指した晴明たちだったが、移動している最中急にバロウズが話しかけてくる。

 

《マスター!》

 

「どうしたバロウズ!」

 

《移動先にエネミー反応! 悪魔がいるわ!》

 

 バロウズの報告に晴明は、彼女に悪魔召喚プログラムの修復状況の確認を取る。

 

「っ! そうか……。悪魔召喚プログラムの解析、ならびに修復状態はっ!」

 

《完全には……。でも、一人だけなら、なんとか召喚できるわっ!》

 

 バロウズの悪魔召喚プログラムに関しての報告を受けた晴明は、朗報には程遠いものの、それでも最悪の状態よりはましだと安堵する。

 

「召喚できるだけ上出来だ。もしもの時は頼む!」

 

《オーライ、マスター》

 

「それじゃ、行くぞ!」

 

 そう言って晴明は戦闘が起きている場所へ突入する。

 晴明たちが突入した部屋、そこは礼拝堂のようになっており、そこには傷だらけになりながらも抵抗を続けているクロモンたちと、そして──。

 

「マグネタイトヲ、人間ノ女ヲヨコセェェェェッ!!」

 

「く、く~……!」

 

 クロモンたちに、彼らが守っている奥の部屋に向かって叫ぶ悪魔、邪鬼-オーガが戦っていた。

 それを見た晴明は、反射的にMAGを練り上げると床を踏みしめ、破砕しながら突撃。

 

「うわぁっ!」

 

「きゃっ!」

 

 後ろにいた胡桃や圭が飛んできた破片に驚きの声をあげる中、晴明はオーガに一瞬で近づくと。

 

「疾ィ!」

 

 そのままパァン! と、空気の壁を破る音を響かせながらオーガに蹴撃を浴びせる。

 意識外から蹴撃を浴びたオーガは踏ん張ることもできずに吹き飛ばされ、礼拝堂の壁に激突する。

 そして激突した衝撃で壁にめり込み、さらには老朽化していたのか瓦礫が、がらがらと落ちてくる。

 

 それを見ていたクロモンたちは、自身らを苦しめていた見たこともない化け物がなす術もなく吹き飛ばされる様子を見て、驚きに体を震わせている。

 クロモンたちと同じように驚いた様子で吹き飛んで瓦礫の中に埋もれたオーガを見ていた学園生活部だったが、彼女たちの見ている前で瓦礫が崩れると中に埋もれていたオーガが怒り心頭の様子で咆哮をあげる。

 

『ガアァァァッ!』

 

 オーガの咆哮を聞いたクロモンたちを含む全員はあまりの煩さに平衡感覚を奪われ、さらに音の衝撃波を受けた面々はたたらを踏む。

 その中で晴明だけが警戒していたのか、顔をしかめるだけに留め、油断なくオーガを見ていた。

 そんな晴明を見たオーガは、彼の左腕に装着されているガントレットを目敏く見つけると。

 

「デビル、サマナァァァァァ!」

 

 怒り冷めやらぬ様子で彼に突進してくる。そのオーガの様子に晴明も呼応するように突撃。

 オーガは手に持つこん棒を振り下ろし、晴明もまたそれを防ぎ、切り払うように倶利伽羅剣を逆袈裟に走らせる。

 

 そして、互いの得物が接触!

 轟音を響かせると、動画のコマ戻しのように腕が、得物が打ち据える前の位置に戻っていく。が、晴明はその衝撃を利用して体を一回転!

 続けざまに、今度は胴への薙ぎ払いに移行する。

 そのまま剣撃はオーガの胴へ吸い込まれ、切り裂く。が──。

 

「っ!」

 

 オーガの体を完全に切り裂くことはなく途中で止められる。

 それを見て血を吐きながらニヤリ、と笑うオーガ。

 何てことはない。ただ単に自身が持つ筋肉を鋼鉄のように凝固させ無理やり晴明の剣撃を止めたのだ。

 

 そして、自身の勝利を確信したのか、オーガはこん棒を天高く掲げるとそのまま振り下ろそうとする。しかし──。

 

「破、ぁぁあっ!」

 

 晴明は気炎を上げて、倶利伽羅剣を一閃!

 自身の能力にものを言わせて刃を無理やり押し進め、結果的にオーガを一刀両断する。

 

 そのままオーガの上半身と下半身は泣き別れ、上半身は地響きを上げながら倒れ伏し、下半身は仁王立ちのまま切断面から勢いよく血飛沫が飛ぶ。

 そして血飛沫が収まると、下半身もまた思い出したかのように、上半身とは逆方向に倒れるのだった。

 

 倒れ伏したオーガは信じられないとばかりに目を白黒させて、うわ言のように呟く。

 

「ハ、話ガ違ウ……。オレハタダ、女ガ喰エルト──」

 

 そこまで発した時点で限界だったのか、オーガは体を構成するMAGを撒き散らして魔界に送還される。

 それを見届けた晴明は倶利伽羅剣に付着したオーガの血を払うように幾度か振る。

 

「これで、終わりか?」

 

「──なにが、終わりだって」

 

 オーガを倒した晴明は、そう言って辺りを警戒するが、その時どこからともなく聞こえてきた声に嫌なものを感じて倶利伽羅剣で防御する。と、同時に倶利伽羅剣に()()かが当たり()()を散らす。

 

「晴明、さん……!」

 

 その一連の攻防を見た圭は、思わずと言った様子で声を荒らげてストラディバリを構える。

 圭の行動を確認した人影は、直ぐに晴明に蹴撃を浴びせるついでにその場から離脱する。

 なお、蹴撃自体は晴明に防御されて明確なダメージを与えることはできていなかったが……。

 

 そして、圭は晴明を攻撃した人影、さらに言えば()()()()()()()()自分の親友を監禁している、という()()相手に憎々しげに叫ぶ。

 

「──カルダモン!」

 

「やれやれ、とは言え──」

 

 圭に叫ばれたカルダモンも、ホンの一瞬困ったような顔をするが、クロモンの方を向くとどこか怒りを湛えた表情を見せる。

 

「これでも、あたしも怒ってるんだよ?」

 

「なにをっ!」

 

「クリエメイトだからって大目に見てたら、ここまで好き勝手する。なんてね」

 

 そこでカルダモンは満身創痍のクロモンたちを見る。

 そして、軽く見渡しただけだが、死んだクロモンがいないことを確認したカルダモンは晴明たちに気取られぬように軽く息を吐いたあと、苛立たしげに吐き捨てる。

 

「流石にここまでクロモンたちを痛め付けられて笑って許してあげるほどあたしは優しくないよっ」

 

 そう言いながら殺気の籠った視線を向けてくるカルダモン。

 その彼女の言葉で、全員とも彼女が勘違いしていることに気付いたが、その勘違いを訂正する前にカルダモンが襲い掛かってくる。

 

「今度は、手加減しないよっ!」

 

「──まったく!」

 

 再び、否、三度激突する晴明とカルダモン。

 目まぐるしく立ち回り、動き周りながら時に斬撃を、拳打、蹴撃を交えながら、まるで踊るように闘い続ける。

 

「シャァッ!」

 

「ちぃっ!」

 

 カルダモンの猛攻に防戦一方になる晴明。

 その理由は、カルダモンの気迫に多少なりとも圧されているのも原因だが、それ以上に──。

 

()()あの視線が現れた、だと! 一体どこに──)

 

 先ほど洞窟でも受けた、どこからともなく注がれる監視の視線。それが再び現れたことにより晴明の集中力が削られているのも要因の一つだった。

 その時、二人の闘いを止めるように、力のない鳴き声が二人の耳に聞こえてくる。

 

「く~……」

 

「クロモン、なにをっ!」

 

 晴明の前に躍り出た一匹のクロモン。

 そのクロモンはカルダモンの前に立つと、晴明を庇うように腕を広げて体をふるふる、と振らせる。

 そんな彼らの姿にカルダモンだけではなく、晴明たちも困惑するが、それでも晴明はこれがチャンスだと思い、バロウズに仲魔召喚の準備をさせる。

 

「バロウズ、召喚プログラム起動。対象はジャック!」

 

《了解! DDSプログラム起動!》

 

「なにを──!」

 

 急に晴明たちが行い始めた行動を警戒したカルダモンは、阻止するために行動を起こそうとするが、その前に彼らの前に魔法陣が描かれ、その中から人影が、外道-ジャック・リパーが現れる。

 

 魔法陣の中から正体不明の、しかも、コールでもオーダーでもない新たなる召喚法で現れたジャックを見て面食らうカルダモン、ときららたち。

 

「な、なん──」

 

「おねえちゃんたちをいじめるの、わたしたちが許さないよ!」

 

 狼狽えた声をあげるカルダモンに対して、ジャックは自身たちの仲のよい、特に友達である瑠璃の姉である悠里を傷つけようとしたカルダモンに敵愾心をもって突貫する。

 だが、そんなジャックに晴明は待ったの声をかける。

 

「待て、ジャック!」

 

「──おかあさんっ?!」

 

「あくまでも足止めだ! ……殺すなよ」

 

「……うぅ~! わかったよっ」

 

 晴明に念を押されたジャックは不満そうな声を上げながらも、彼の指示に従い行動を開始する。

 そのジャックを尻目に、晴明は先ほどからずっとこちらを監視している、鬱陶しい存在を探す。

 

(どこだ、どこにいる……)

 

 その間にもカルダモンとジャックの応酬、さらには急に現れたジャックを見て混乱している学園生活部に、それを諫めている圭と慈などの気配が感じ取れる。

 そして、その中に今まで感じ取れなかった違和感が──。

 

 それを感じた晴明は、その気配がいる場、カルダモンの後方に向けて突進する。

 その晴明の行動にカルダモンを虚を付かれて、防御体勢を取るが、晴明が自身を通りすぎたことで間の抜けた声をあげる。

 

「……えっ?」

 

 その隙を見逃すジャックではなく、さらなる功勢のために突撃する。

 

「──切り刻んであげるっ!」

 

「くっ──!」

 

 そんな二人を尻目に、晴明は何もない空間に倶利伽羅剣を振り下ろす。

 だが、振り下ろされた倶利伽羅剣は何もない()()の空間で火花を散らして、何かに受け止められる。

 

「BINGOだっ! はぁぁぁぁっ!!」

 

 そのまま晴明は気合いをいれて、受け止めた何者かを吹き飛ばそうとする。しかし──。

 

 ──ヌンッ!

 

 何者かの声が聞こえると同時に鍔迫り合いをしていた晴明は倶利伽羅剣ごと逆に吹き飛ばされる。

 

「なにっ!」

 

 そのことに驚く晴明だったが、すぐさま体勢を立て直すと着地し、自身を吹き飛ばした相手を見る。

 また、晴明が吹き飛ばされたことに驚いたカルダモンとジャックも、同じように彼を吹き飛ばした存在を見る。

 そこには──。

 

「クハハッ、流石は音に聞こえし悪魔召喚師-蘆屋晴明、楽しませてくれる。だがっ!」

 

 ──恐ろしい死の気配がする。

 

 それと同時にとあるモノが忽然と現れる。

 華美な装飾を施された騎士風の服に同様の帽子を被り、そして何よりも()の代名詞とも言える()()()()()()とエストックを構えた闘牛士に見える存在。しかし、ただの闘牛士とは違い、彼は──。

 

「ひっ!」

 

「が、骸骨っ!」

 

 そう、由紀と悠里が悲鳴を上げたように華美な衣装に身を包んだ異形。その名は。

 

「ふふふ、お初にお目にかかるお嬢様方! ──我が名は、魔人-マタドール! 血と喝采に彩られし最強の剣士! どうぞ、よしなに……」

 

 そう言って由紀たちに華麗に一礼するマタドール。

 そして、彼は挨拶を終えると再びカポーテとエストックを構えて、喜色を孕んだ声をあげる。

 

「偶然迷いこんだこの地で、これ程の猛者たちと出会えようとは! 貴公ら全員を討ち果たし、我が戦歴にさらなる彩りを加えるとしよう!」

 

 それだけを一方的に告げるとマタドールは、晴明たち全員に敵愾心を剥き出しにする。

 

 ──魔人-マタドールが襲い掛かってきた!



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第三十九話 死合い

 晴明たちの前に現れた魔人-マタドール。

 彼は、まずは小手調べと言わんばかりに、疾風のような速さでカルダモンへ攻撃を仕掛けようとする。だが、その前に彼の邪魔をするように割り込む影が一つ。

 

 その影、晴明は倶利伽羅剣でマタドールのエストックを跳ね上げる。

 自身の邪魔をされたマタドールは、どこか忌々しげに、そしてどこか楽しげに晴明に話しかける。

 

「ククッ。今の私の相手は貴公ではなく、そこなお嬢さんだ。邪魔しないでもらおうか」

 

 そのマタドールの様子を見た晴明は皮肉げに笑うと、彼の言葉を拒否する。

 

「はっ、残念ながらな。俺は悪魔召喚師でお前は悪魔。そして、互いに同じ世界の者たちがいる状態で、他の者たちに、己の世界の闘いを押し付けるほど、俺は耄碌はしてないんだよっ!」

 

 そう晴明はマタドールに対して啖呵を切る。それをマタドールは自身に対する挑戦状と受け取ったのか、マタドールは楽しげにカタカタと髑髏を震わせながら笑い、ならば、と晴明に告げる。

 

「先に貴公を片付けて、その後ゆるりと楽しむとしよう!」

 

「はっ! お楽しみの前に終わらせてやるよっ!」

 

 互いが互いを挑発するように煽ると、二人の姿が、ふっ、と消えて、次の瞬間には激突!

 二人ともが剣閃を走らせ、火花を散らしていく。

 次にマタドールが現れた時、左手に持つ『赤のカポーテ』を翻して高らかに声を発する。

 

「貴公にこの私の魂、触れることすら能うまい!」

 

 そう言いながらマタドールはカポーテを盾のように前に構えると、カポーテから風がマタドールに纏わりつき、先ほどの動きがまるで児戯であったかのような掴み所のない、そして素早い動きをはじめる。

 それはまるで、晴明を闘牛に見立て、マタドールは今から貴公を殺すぞ。と宣言しているようにも見えた。

 

 晴明はそのマタドールの行動──恐らくスキルだろうが──に心当たりがあった。

 

 ──赤のカポーテ。

 

 魔人-マタドールの代名詞とも言えるスキルの一つで、その効果は自身に命中・回避補正のバフ(能力向上)を最大限まで掛けるというもの。

 即ち、今のマタドールには生半可な攻撃はそもそも当てることも、そしてマタドールの攻撃を回避することも難しくなった、ということだ。

 ……無論、このまま何も対策をとらなければ、という前提であるが。

 

「早々やらせるかよ! バロウズ!」

 

《オーケー、マスター。いつでも出せるわよ!》

 

 二人のやり取りの後、晴明の手にはいつの間にか一つの石らしきものが握られていた。

 

「そぅら、プレゼントだ!」

 

「なにっ、ぐおぉっ!」

 

 晴明がマタドールに投擲した石が砕けると眩く発光し、そして、マタドールに纏わりついていた風が霧散する。

 晴明が投げた石。それはデカジャの石と呼ばれ、その効果は対象のバフをすべて解除する、というものだった。

 さらに晴明は畳み掛けるように一つの魔法を行使する。

 

「もう一つおまけだっ! アンティクトン!」

 

 晴明が力ある言葉を唱えると同時にマタドールの頭上に禍々しい光が集まっていき、その光がマタドールに降り注ぐ。

 

「ぐ、ぎぃっ! ……なん、だ。体が重く!」

 

 ──アンティクトン。

 

 それは、敵対者を攻撃すると同時にあらゆる能力に対してデバフ(弱体化)を掛ける上級魔法。

 それをまともに食らってしまったマタドールは、ダメージを負うと同時に弱体化にもかかってしまったのだった。

 

「な、めるなぁっ!」

 

 晴明によるデバフを食らったマタドールだったが、気炎を吐くと彼もまた魔法を行使する。

 

「デクンダぁ!」

 

 マタドールが魔法を唱えると、彼の眼前に光の幕が形成され、そして弾ける。

 マタドールが唱えた魔法【デクンダ】はデバフを解除する魔法であり、それを使って弱体化を消したマタドールは、これ以上晴明に余計な行動をとらせないために即座に突撃する。

 

「雄ォォォォォォォ!」

 

 マタドールは雄叫びを上げながら、晴明に対して神速の突きを繰り出す。

 晴明はその突きに対して倶利伽羅剣の刃をあわせて、火花を散らしながら攻撃を反らす。

 

「疾ィ!」

 

 今度は晴明がお返しとばかりに、マタドールの攻撃を反らした衝撃を利用して逆袈裟で斬りかかる。が、マタドールは晴明が斬りかかるより前にバックステップで攻撃の間合いより離れる。

 二人の間合いが離れたことにより、闘いは必然的に仕切り直しとなる。

 

 そして、そのタイミングで晴明は圭に語りかける。

 

「圭、皆を連れて逃げろっ!」

 

「えっ……?! でも、蘆屋先生!」

 

「いいからっ! ……いや、待て」

 

 晴明は、そのまま圭と押し問答をしそうになるが、その最中、先ほどの光景、クロモンとオーガのやり取りを思い出す。

 その中で、オーガはクロモンに対して、女を寄越せ、と言っていた。それはつまり──。

 

「クロモンたちが守っている部屋の中へ避難しろ!恐らくそこに、美紀がいるはずだっ!」

 

「……えっ?」

 

「……っ!」

 

 晴明の言葉を聞いた圭は、急な言葉に呆然とするが、近くにいるカルダモンの反応でそれが事実だと理解する。

 しかし、カルダモンはそれを是とはせず、妨害しようとするが。

 

「流石にそれを許すわけには──」

 

「今は、そんなことを言っている場合じゃない!」

 

 カルダモンが最後まで言う前に、晴明に一喝される。

 そのことに驚くカルダモンだったが、晴明はそんな彼女を無視してジャックに声をかける。

 

「ジャック! 他にも悪魔がいる可能性があるから、お前は皆の護衛にあたれ!」

 

「うんっ! わかった!」

 

 ジャックは晴明の指示に元気よく返事をすると、すぐ近くにいる敵対していたはずのカルダモンの手を引っ張っていく。

 まさか、ジャックがそんな行動をすると思っていなかったカルダモンは驚きに目を白黒させる。

 

「ちょっ?! ちょっとまち──」

 

「ほらほら、早くっ!」

 

 驚きながらも文句を言おうとしていたカルダモンだが、ジャックはそんなことはお構いなしに彼女を引っ張ってクロモンたちが守っていた部屋へ行く。

 クロモンたちも、ジャックの妨害をするべきか悩んだようだか、上司であるカルダモンがいることと、何よりジャックと敵対しても勝てないと本能的に悟ったのか妨害するどころか、逆に部屋へと招き入れていた。

 全員──カルダモンも含めて──の避難を確認した晴明は、なぜか静かに待っていたマタドールと改めて相対する。

 

「まさか、ちょっかいを出さずに待っているとはな」

 

「よくも言う。貴公を無視して動こうものなら、これ幸いと横槍をいれる気であったろうに」

 

 晴明のどこか嘲る言葉に、マタドールは忌々しげに吐き捨てる。

 それを聞いて晴明は、バレていたか。と薄く笑う。

 

「流石に、そこまで甘くはないか」

 

「当然であろう? それに、ここからは私も容赦せんぞ!」

 

「それはこちらも同じだ!往くぞぉ!」

 

 そのまま二人は再び激突するのだった。

 

 

 

 

 一方その頃、クロモンたちが守っていた部屋に入った圭たちが見たものは、特殊な檻に入れられていた美紀と、その周囲で守りを固めていた、先ほどとはまた別のクロモンたちであった。

 美紀は特殊な檻、クリエメイトを隔離するための専用のものであるクリエケージの中から仲間である学園生活部の姿を確認して安堵のため息を付く。が、次の瞬間には驚きで目を見開く。

 彼女の視線の先、そこには──。

 

「け、い……?」

 

 ──生きていれば、それで良いの?

 

 そう言って美紀の前から姿を消した圭がいたからだ。

 そして、美紀は無意識のうちにはらはらと涙を流す。親友が生きていたことに、再び再会できたことに。

 

「美紀……」

 

 涙を流す美紀を見て、言葉を詰まらせるカルダモン。

 彼女も聖典で圭に関する美紀の悔恨、慟哭を知っているからこそ言葉に出せないのだろう。

 その間にも美紀は己を閉じ込める檻の柵をガシャガシャと鳴らしながら、圭に、そしてカルダモンに懇願する。

 

「けいっ! ──カルダモンさん、ここから出してっ! 私、わたしはっ……!」

 

「みーくん……」

 

 普段の美紀の冷静沈着さからはまるで想像できない醜態に、由紀は驚きと、そしてどこか悲しげな表情を見せて呟く。

 カルダモンは彼女の切羽詰まった様子を見て、ほんの少し悩む素振りを見せるが、すぐにため息を吐いてクロモンに話しかける。

 

「クロモン、開けてあげて」

 

「く~……?」

 

「いいから」

 

 カルダモンの言葉に、本当にいいの?とでも言うように小首に傾げるクロモンたちに対し、カルダモンは問題ないとでも言いたげに再度開けるように急かす。

 カルダモンの言葉を聞いたクロモンは、ラジャとでも言うように飛び上がると檻の鍵を開ける。

 

 扉が開け放たれると美紀は足を縺れさせるように駆け出し、圭の胸元に抱きつく。

 そして、美紀は圭にぎゅ、と抱きついたまま、涙で声を震わせながら彼女に話しかける。

 

「けいっ、ぶじで、よかった。……わたし、ね。いきてて、いいことあった、よっ」

 

 圭はそんな美紀の声を聞きながら、慈しみの表情を浮かべて彼女の頭を優しく撫でる。

 今、美紀が抱きついている圭は、並行世界の祠堂圭であり、彼女の本当の意味での親友ではない。

 そして、彼女の本当の親友は、ランプの話ではもう……。

 

 だが、それでも、圭の口から本当のことを言うのは憚られた。

 真実が必ずしもその人のためになる、というわけではないし、世の中には知らなくて良い、知らない方が良い、といったことは往々にしてある。

 例えそれがすぐにバレることであっても、それでも──。

 

「きっと、私は間違ってるんだろうけど、でも──」

 

「……け、い?」

 

 例え泡沫の夢であろうとも、圭は彼女を傷つけたくなかった。だって、彼女は、美紀は、世界が違うとは言え自身の親友であることに、かわりはなかったのだから。

 そう思い、未だに涙を流す親友を慰めるために、ぎゅ、と抱きしめる圭。

 彼女に抱きしめられ、彼女の体温を、彼女が確かにここにいる、ということを感じられた美紀は、心の中にあたたかい気持ち、安心感を感じて少しずつ精神を落ち着かせる。

 

 しばらく抱き合っていた二人だが、美紀が落ち着いてきたこともあり、どちらからともなく離れる。

 そして、美紀がなにごとかを圭に話しかけようとするが。

 

「ねぇ、けい──」

 

 そこで美紀の唇に圭の指が止まる。そのことに驚いて話すのをやめる美紀。

 そんな彼女に圭は微笑みかけながら話しかける。

 

「みき、ちょっと待って、ね? ……今は、まだしないといけないことがあるから」

 

 美紀にそう告げると同時に彼女から視線を外し、真剣な表情で礼拝堂に続く扉を見る圭。

 そして、次に圭はカルダモンを見ると、彼女に問いかける。

 

「カルダモンさん。あの扉以外に、ここから脱出する経路はありますか?」

 

「けい……?」

 

 圭の質問に不思議そうな顔で彼女を見やる美紀。

 それとは対照的にカルダモンは真剣な表情で、彼女の質問の真意を問う。

 

「圭、きみはここが、まだ危険だと思ってるんだね?」

 

「……はい」

 

「それは、あの骸骨がいるから?」

 

 カルダモンの質問に、圭は言葉を発することなく、首肯することで答える。

 そして、圭はカルダモンを急かすように先ほどの質問の答えを求める。

 

「あの骸骨の、魔人については道すがらでも話します。だから、今は脱出経路があるのか、ないのかを──」

 

「ないよ」

 

「えっ……」

 

「残念ながら、ここは別に軍事施設というわけじゃないから、隠し通路なんてものは、ね……」

 

 カルダモンは言いづらそうな顔をしながら問いに答える。

 

「そう、ですか」

 

 カルダモンの答えを聞いた圭は残念そうにそう呟く。

 そして銃型の機械、GUNPを引き抜くとそれを見つめて意味ありげに小さく呟く。

 

「……もしもの時は、力を貸してね。太郎丸」

 

 そんな圭の様子を、美紀は不思議そうに見つめていた。

 

 

 

 

 

 銀閃が幾重にも煌めき、 交差する度に火花が散る。

 銀閃の、剣閃の主である晴明とマタドールは、まるできめられたかのように舞踏を舞う。

 今でこそ観客がいないが、もしいたとするならば、美しい。芸術的だ。と、評したかもしれない。

 それほどまでに二人の闘いは洗練され、互いに息のあった、否、必殺の意志をもって繰り出される攻撃と、それを防ぐ防御の連続は美しかった。

 

 マタドールが晴明の心臓目掛けて突きを繰り出す。それを晴明は弾く。

 弾いたことで体勢を崩したマタドールに向かって、晴明はメギドファイアの引き金を引く。

 発射された弾丸をマタドールは仰け反ることで躱し、そして、それと同時に躱した勢いそのままに、コマのように廻りながら足払いを仕掛ける。

 その足払いを跳躍して躱すと、連動して晴明は落下するエネルギーすら利用した唐竹割りを放つ。

 しかし、マタドールは晴明が踏ん張りの効かない空中にいることをこれ幸いとして、悪魔の、魔人の膂力にものをいわせて防ぐと同時に吹き飛ばす。

 

 だが、吹き飛ばされたとしてもダメージはないのか、晴明は軽やかに身を翻すと着地する。

 尤も、ダメージはなくとも衝撃は凄まじかったのか、着地した後も減速できずに、滑るように後退していたが。

 そして二人の距離が離れたことで何度目かの仕切り直しになる。

 そう、何度目かの、だ。

 先ほどから晴明とマタドールは何度かの競り合いの後に、片方を吹き飛ばしての仕切り直し、それを何度も繰り返していた。

 

 そのことに焦れたのか、マタドールは晴明に対してとある提案をする。

 

「このままでは埒があかんな。……なぁ、蘆屋晴明よ。このままでは千日手にしかなるまい? だから、ここはお互いの最も得意とする一手で決着を付けないか?」

 

マタドールの提案にしばし悩む晴明だったが、決心がついたのかマタドールの提案に乗ることにする。

 

「良いだろう、後悔するなよ……?」

 

 そう言うと晴明は倶利伽羅剣を腰だめに構えて、気合を入れる。

 マタドールもそれに応えるようにエスパーダの切っ先を晴明に向けると自身のMAGを練り上げる。

 そして、互いが互いに対して、突撃体制に入る。

 

「空間──」

 

「血の──」

 

 技名を口に出すと同時に両者突撃を開始する!

 

「──殺法っ!」

 

「──アンダルシア!」

 

 晴明の得意技である、数多の斬撃を走らせる物理スキル【空間殺法】と、マタドールのもう一つの代名詞たる神速の突きを幾度となく繰り返す物理スキル【血のアンダルシア】が激突する!

 二人のスキルがぶつかるとあちこちで衝突の衝撃が、空間が破裂する音が響く。

 そして、その衝撃はもちろん、放った本人たちをも飲み込み、吹き飛ばされていくのだった。



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第四十話 サヨナラ

 先ほどまで部屋の外から響いていた金属がかち合う音が聞こえなくなり、静寂が場を支配する。

 そのことに決着がついたのかと思った慈は、祈るために組んでいた手を解き扉を見る。

 その時、扉が勢いよく開く、と言うよりもむしろ破砕されて一つの影が室内に転がり込んでくる。

 転がり込んできた人物は素早く立ち上がろうとして、そのまま膝をつく。その人物を見て悲鳴を上げる慈。

 

「あ、蘆屋さんっ?!」

 

 慈が悲鳴を上げて呼びかけたように、その人物は晴明その人だった。しかし──。

 

「ガッ! はぁっ! はぁ──……ッ!」

 

 その姿は血濡れで、全身に裂傷、そして頭からも血を流していた。

それを見て悲鳴を上げる慈と、慌てて晴明に駆け寄ろうとする圭。

 しかし、晴明はそんな二人の、特に自身に駆け寄ろうとする圭を止める。

 

「来るなっ、圭!」

 

「でもっ、蘆屋先生っ!」

 

「愚かな。だが、どうやらここまでのようだな。デビルサマナー!」

 

 師弟の会話に割り込んでくる声。声の主を見て悲鳴を上げる学園生活部の面々。

 特に美紀は初めて見たことで、その恐ろしい風貌に顔を引きつらせている。

 そこには服がボロボロになり、ダメージを負いすぎたのか体から陽炎のようにMAGを揺らめかせているマタドールの姿があった。

 

「っ! みきっ!」

 

 その姿を確認した圭は、半ば無意識に美紀を背に庇う。

 そんな圭の健気な姿を見たマタドールは、低く笑いながら圭を嘲る。

 

「くくっ、それは、何のつもりだ。もしや、私と()()()()()、等と勘違いしているのかね?」

 

「ぅ! ……それでも、私はっ!」

 

 マタドールの殺気に顔を青くする圭だったが、それでも、とGUNPを構えると引き金を引いて起動させる。そして──。

 

「圭、やめろっ!」

 

「来てっ、太郎丸っ!」

 

 晴明の制止の声も届かず、圭は太郎丸、魔獣-ケルベロスを召喚する。

 

「アオォォォォォォォォォン!」

 

 白銀の獅子、ケルベロスの召喚自体は問題なく成功するが、やはりまだまだ負担が大きいのか、圭はふらつき、倒れそうになっている。

 それを見た晴明は。

 

「くっ、バカ野郎っ! ──ジャック!」

 

 と、悪態を吐きながらジャックにマタドールの足止めをさせるために声をかける。

 そして、自身は倒れそうになっている圭のもとへ赴き、体を支えると──。

 

「圭っ! ……スマンが、犬に噛まれたとでも思ってくれっ」

 

「ふぇっ?」

 

 晴明の言葉に不思議そうな声を上げるが、次の瞬間には自身の顎に彼の指が添えられてくいっ、と彼の顔に向けられる。

 それと同時に、晴明の顔との距離が急激に狭まり驚きに目を見開く圭。そして。

 

「──んむっ! ……んんっ」

 

 自身の唇に柔らかい感触、さらには口の中に生暖かい感覚を感じた圭。

 ここで初めて彼女は晴明にキスを、それも深いキスをされたことに気付き、気恥ずかしさや、何より意中の男性と接吻をしている、という状況に顔を茹でダコのように赤くする。

 

 因みに、その光景を見た悠里は、咄嗟に由紀の視界を遮りながら自身は食い入るように見つめ、胡桃は自身の指で視界を防ごうとしているが、肝心の指の合間が開いており、どちらかというと覗き見をしているような感じに。

 美紀にいたっては、目の前で親友と見知らぬ男性が急にキスを始めたことで、完全な思考停止に陥っている。

 

「ぷぁっ、晴明さん、なにを……」

 

 晴明とのキスを終えた圭は、無意識にそう言いながら自身の唇を、先ほどまで晴明と触れ合っていた場所を触りながら思う。

 

 ──キスはレモンの味だなんて言うけど、血の味だったな……。

 

 そんな場違いなことを考えていた圭だったが、晴明が崩れ落ちたことで正気に戻る。

 

「晴明さんっ!」

 

「ぐぅ、なんて声を出しやがる。……それよりも圭、体は大丈夫、か?」

 

「そんなことっ! 大丈夫、に……?」

 

 大丈夫に決まっているでしょう!と、言おうとして固まる圭。

 それもそのはず、先ほどまで無理にケルベロスを召喚したことでMAGが枯渇し、意識が朦朧としていたはずなのに、今は意識がはっきり、どころか、体の内側から力が湧き出てきているからだ。

 

 そのことに気付き、目を白黒させている圭を見た晴明は、苦笑しながら圭を叱る。

 

「まったく、以前、体液交換でもMAGの譲渡ができる。と教えたはずなんだけど、な。これは、無事に帰れたら補習だな」

 

「あぅぅぅっ」

 

 晴明の補習という言葉に顔をしかめて情けない声を上げる圭。

 そんな圭を見て、晴明は安堵の表情を浮かべるが、傷の痛みが響いたのか顔をしかめる。

 そして、晴明は痛みを堪えながらバロウズに話しかける。

 

「う、ぐぅ。バロウ、ズ」

 

《マスター! 圭、これをマスターに使ってあげてっ!》

 

 そのバロウズの言葉とともに、ガントレットから青みがかった丸いものが転がってくる。

 それを慌てて拾い上げた圭は、バロウズにどう使えばいいのか問いかける。

 

「あ、あの。バロウズさんっ! これって、どう使えば……」

 

《以前、魔石を使ったことがあるでしょう? それと同じ使い方で良いわっ!》

 

 それを聞いた圭は、以前もとの世界の悠里を治療した時と同じように、青みがかった丸いもの、宝玉を押し当てる。

 すると、ピキリ、と宝玉がひび割れると同時に、何らかの粒子のようなものが晴明の体に流れ込み、傷の治療をしていく。

 そして最終的に血濡れであることには変わりないものの、傷自体は塞がったようで、晴明はしっかりとした様子で立ち上がる。

 

《マスター、大丈夫かしら?》

 

「あぁ、なんとかな……」

 

 バロウズの心配の言葉に、晴明はおざなりに返しながらマタドールと、ジャック、ケルベロス、そしてなぜか一緒に闘っているカルダモンの闘い──とはいっても、実際には三対一の闘いでありながらマタドールに完全に翻弄されている──の様子を見ている。

 

 それも仕方がないだろう。なんと言っても、二人と一匹のうち、ジャック、ケルベロスが、マタドールとの相性が最悪と言って良いのだから。

 

 そもそも、マタドールとはどう言った存在なのか?

 

 ──人外の化物(悪魔)である。

 

 確かにそれでも間違いではない。

 

 ──その中でも特殊な(死を司る)存在、魔人である。

 

 それも正しい。しかし、今回はそんなことよりも、さらに単純なのだ。

 それは、マタドールは闘牛士であり、そして、その中でも闘牛を狩るとともに、()()()()ことにも悦楽を見いだした存在なのだ。

 

 つまり、魔人-マタドールとは、闘牛を、獣を狩るプロフェッショナルであると同時に、人殺しのプロフェッショナルでもあるのだ。

 

 そして、次にこちら側の戦力である、ケルベロスとジャックについて考えてみよう。

 

 まずはケルベロスについてだが、彼は確かにギリシャ神話に登場する地獄の番犬であることは確かだ。

だが、その意識はケルベロスという存在に引っ張られてこそいるが、下地となっているのは子犬の太郎丸なのだ。

 そして、子犬だった太郎丸は闘う存在ではなく、庇護される存在だった。

 そんな子犬が、闘牛士として名を馳せたマタドールと互角の闘いが出来るか?

 

 ──答えは否だ。

 

 それもそうだろう。百戦錬磨の闘牛士に、愚直に突撃しか出来ない獣が襲い掛かったところで見世物の闘牛、それの焼き直しにしかならない。

 

 次にジャックについて考えてみるが、こちらはさらに単純だ。それこそ結論を言うのなら一言で終わる。

 

 ──魔人-マタドールは外道-ジャック・リパーの上位互換である。

 

 マタドールとジャックは同じような殺人鬼である。

 そして、ジャックは素早さを生かした一撃離脱戦法を得意とするが、マタドールは彼女よりも素早くなる赤のカポーテ、というスキルがある。

 ジャックは手に持つ二つの短剣による波状攻撃や、投げナイフの投擲など、手数の多さで闘うが、マタドールにはその手数を粉砕できる、神速の連続突きである血のアンダルシアがある。

 

 そして、ともに対人特化である以上、能力が高い方が勝つ。それが必然だ。

 

 その証拠に、先ほど圭たちをこの部屋に避難させる時に晴明はジャックを圭たちの護衛につけた。

 二対一で闘えば有利に闘えたかも知れないのにだ。

 その理由がこれだ。

 ともに闘ってもジャックが足手まといに、どころか形勢が不利になる可能性が高いと判断したからこそ、晴明は彼女を圭たちの護衛につけたのだ。

 

 然るに、先の二人と共闘しているカルダモンはどうだろうか?

 はっきりと言ってしまえば、彼女がともに闘っているからこそ、かろうじて戦線が崩壊していないといって良い。

 

 彼女自身は、ケルベロスやジャックと違い、只人であるが、それでも、七賢者と呼ばれるほどには場数を経験している。

 無論、それには格下相手だけではなく、格上相手との戦闘経験があることから力押しだけで勝てる、等という幻想は持っておらず、それ故に搦め手等の経験も豊富だ。

 

 実際に今のカルダモンは、ジャックやケルベロスの攻撃の隙をカバーすることに終始しており、そのことからマタドールもあと一歩のところを攻めあぐねている。

 

 だが、それでも彼女らが不利なことには変わりない。

 そのことを理解している晴明は、早急に戦線復帰をしようとするが、その前にバロウズになにごとかを話しかける。

 

「バロウズ、一つ、二つ確認をしたい。まずは────」

 

 晴明から確認したいことを告げられたバロウズは素っ頓狂な声を上げる。

 

《え、えぇ…………? いや、まあ、多分出来るとは思うけど……》

 

「なら、頼む」

 

《……アイ、アイ、マスター。出来る限りやってみるわ》

 

 バロウズの了承を聞いて改めて戦線復帰しようとする晴明だったが。

 

「待ってくださいっ!」

 

 そこで待ったの声がかけられる。

 唐突な声に不思議そうに振り向く晴明。その場にいたのはきららだった。

 

「どうかしたのか、きららちゃん?」

 

「えっと、私も少しお手伝いできるから……」

 

 そう言いながら、きららは手に持つ杖。その先端にある星形の飾りを輝かせると。

 

「お願いっ! 私に、皆に力を貸してっ!」

 

 その言葉とともに星形の飾りから光が放たれ、晴明たちの方へと向かう。だが、その光は晴明たちを通りすぎるとそのまま上昇。

 晴明たちの頭上、天井近くまで移動すると、光がはじけて魔法陣を描く。

 そして、その魔法陣から暖かな光か晴明と、そして、圭に降り注ぐ。

 

 その光を浴びた晴明と圭は、体の内側から力が張ってくることに驚きを露にしてきららを見る。

 そんな二人にきららは微笑みながら話しかける。

 

「これでも召喚士ですから。これくらいしか出来ないけど、頑張って!」

 

「……ああ、感謝する!」

 

 きららの激励に晴明はそれだけを告げると、圭とともに戦線へと復帰するのだった。

 

 

 

 

 

 

 晴明と圭が戦線に加わろうとしているその頃、太郎丸、魔獣-ケルベロスはその必殺の牙を以てマタドールを仕留めようと襲い掛かる。しかし──。

 

「ガアァァッ!」

 

「ふははっ、緩い。緩いわっ!」

 

「ギャンッ!」

 

 マタドールは突撃してきたケルベロスを華麗にかわすと、すれ違いざまにエスパーダの突きで刺し貫く。

 ケルベロスは悲鳴を上げながらもなんとか体勢を立て直すが、それでも、幾度とないマタドールの攻撃によって血を、そしてMAGを失いすぎたのかふらふらとしている。

 それを好機と見たマタドールはすかさず追撃に入ろうとするが。

 

「──やらせないよ!」

 

 そこで短剣に炎を纏わせたカルダモンが斬りかかってくる。

 それを危なげなくかわすマタドールだったが、次の瞬間には既にカルダモンは退避しており、またもや邪魔をされたことに悪態を吐く。

 

「おのれぃ! 先ほどから邪魔ばかりしおって!」

 

「当然でしょ? あたしはそのためにここにいるんだから」

 

 マタドールの悪態に、カルダモンはさらに挑発するように告げなから考える。

 

(とはいえ、どうしたものかな。このままじゃ、じり貧だね……)

 

 そんなことを考えているときに、カルダモンの背後から音の魔弾が追い越すように現れて、マタドールに降り注ぐ。

 

「ぬぉぉっ!」

 

 意識外からの突然の攻撃に驚きの声をあげると同時に、音の魔弾が炸裂し爆炎の中に消えていく。

 

「やった!」

 

「いや、まだだっ!」

 

 自身の攻撃がマタドールに当たったことで喜びの声をあげる圭に、晴明は油断をするな、と言いたげに叫ぶとマタドールが先ほどまでいた場所に突撃していき、立ち込める煙を切り裂きながら突き進む。

 

「ぐっ! デビル、サマナー……!」

 

「雄、ぉぉぉぉぉぉお!」

 

 そして、晴明は硬直しているマタドールを部屋から押し出していく。

 さらには押し出しながら倶利伽羅剣を振り抜いてマタドールを吹き飛ばす。

 

「ぬぅおおおっ!」

 

《マスター! この場所よっ!》

 

「おうっ!」

 

 マタドールが吹き飛ばされた場所を確認したバロウズは晴明に合図を送る。

 バロウズの合図を聞いた晴明はなぜか倶利伽羅剣を床に突き刺す。そして──。

 

「破ぁぁぁぁぁあ!」

 

 倶利伽羅剣にMAGを込めるとそのまま地面に、マタドールがいる場所に向かって放出!

 晴明のMAGに耐えられなかった床はひび割れて崩壊する。

 

「ぬぅっ!」

 

 その崩壊に巻き込まれてマタドールも落下していく。

 落下していくマタドールを追撃するために、晴明も崩壊した床に向かって飛び込んでいく。

 だが、マタドールは素早く体勢を立て直すと地下に着地して迎撃体制を取ろうとするが──。

 

「──な、にぃっ!」

 

 なんと、マタドールが落下している地点には大穴が、晴明たちが洞窟から教会に向かうために通った縦穴が存在していた。

 そして、自身の上空には追撃のために追ってきた晴明が迫ってきている。

 地表に降り立っての迎撃が間に合わないことを確認したマタドールは。

 

(ならば、カウンターで仕留めるのみ)

 

 晴明が接近したときに逆に刺突で迎撃をすることを選択。

 幸いにも、落下速度や相対速度としても問題ないことを確認しているため、マタドールは落ち着いて精神を研ぎ澄ませる。

 それこそ、このまま()()()()()()()()()問題なく晴明を仕留められると確信したゆえに。

 

(さあ、こいっ!)

 

 だが、晴明はマタドールにとって予想外の行動に出る。

 

「──マハ・ザンダイン!」

 

 なんと晴明は、自身の背後から()()()()()()広範囲化された上級衝撃魔法(マハ・ザンダイン)を放ったのだ。

 その衝撃波は、晴明の身体にダメージを与えながらも爆発的な加速を与え、マタドールの予測を覆す速度で接近する。

 

 無論、その状況でマタドールの迎撃が間に合うはずもなく、最後に彼が見た光景は。

 

「……くははっ! ──この、死狂い(シグルイ)めがっ!」

 

 壮絶な笑顔を浮かべながら、自身を討とうとする晴明の姿。

 そしてそのまま二人は、マタドールは倶利伽羅剣に貫かれて、洞窟まで堕ちていくのだった。

 

 

 

 

 晴明がマタドールを討伐したあと、カルダモンを含む全員が再びクリエケージのある部屋に集まっていた。

 そこでは、マタドールが現れる前の殺伐とした雰囲気はなく、むしろそれぞれが別れを惜しむように涙ぐんでいる。

 その中でカルダモンが美紀に向かって話しかける。

 

「美紀、本当にここに残るつもりはない?」

 

「……はい。私が帰る場所は皆の、学園生活部のところですし。それに、けいにも会えましたから」

 

「……そっか、残念」

 

 カルダモンの勧誘の言葉に、美紀が笑顔を浮かべながら断る。

 すると、カルダモン自身も断られると分かっていたのだろう。微笑みながら、冗談半分に残念がっていた。

 

 カルダモンの諦めの良さに、流石に疑問に思ったのかランプが話しかけてくる。

 

「皆様を諦めるとは、いやにものわかりが良いですね、カルダモン。いったいどういう風の吹き回しです?」

 

 ランプの疑問に、カルダモンは苦笑しながら答える。

 

「ものわかりもなにも、美紀は解放しちゃったし。それに──」

 

 そこでカルダモンは、晴明たちを一瞥すると言葉を続ける。

 

「いくらなんでも、ここから挽回するなら、それこそ七賢者を全員連れてこないと厳しすぎるから……」

 

「あぁ~……」

 

 カルダモンの答えに、ランプは納得したが、同時に彼女がそこまでしないと勝ち目がない、と判断していることに驚き、曖昧な声を上げてしまう。

 きららもランプと同感だったのか、どこか困ったような表情を浮かべる。

 しかし、そのままなにもしない、というわけにもいかず、彼女は自らの出来ることを成そうとする。

 

「それじゃ、クリエケージを壊しますね。皆さん、良いですか?」

 

 晴明たちや学園生活部、この世界でクリエメイトと呼ばれる者たちを見渡して確認を取るきらら。

 そのきららの確認に全員が頷くと、きららはクリエを杖に込めて光弾を発射。クリエケージを破壊する。すると。

 

「なるほど、こうなるのか」

 

「うっひゃあ、なんだこれ!」

 

 クリエメイトたちの体が足下から光の粒子になってほどけていく。

 それは、さしずめ悪魔たちが魔界に送還される時に酷似していた。

 そのことで、他の者たちよりも冷静だった晴明が最後の言葉を告げる。

 

「まぁ、なんだ。みんな世話になった。もし、また会える機会があるなら、また会おう」

 

 晴明の言葉を皮切りに他の面々も思い思いに別れの言葉を告げていく。

 そして、晴明たちがエトワリアから去ったあと。

 

「それで、カルダモンさんは、これからどうするんですか?」

 

「どうするか、か。……とりあえずは任務失敗しちゃったからね。アルシーヴさまに叱られてくるさ」

 

「えぇ……?」

 

 カルダモンの冗談に微妙そうな表情を浮かべるきらら。

 そんなきららを見て笑うカルダモンだったが、不意に真剣な表情を浮かべて彼女たちに忠告をする。

 

「召喚士、きららだったね」

 

「は、はい……」

 

「これからも旅を続けるつもりなら気を付けるんだね。アルシーヴさまが、なんでオーダーなんかを使ってるのかは分からないけど、少なくとも、あの人は本気だ」

 

「えっ……?」

 

「あの人は、自分の命を燃やし尽くしてでも、ことを成すつもりだよ。だから、引き返すなら今のうちだよ」

 

 警告か、あるいは脅しのように告げるカルダモン。

 そんな彼女にきららも真剣な表情を浮かべて自身の覚悟を告げる。

 

「それでも、私もランプやマッチと約束したんです。ソラさまを必ず救うって。だから、これからも旅は続けます」

 

 そのきららを見たカルダモンは、ほんの少しきららを真剣な眼差しで見るが、すぐに破顔する。そして、きららに優しく声をかける。

 

「そっか、それなら頑張りなよ。あたしは七賢者って立場があるから手伝えないけど、応援してるよ。それじゃ、ね」

 

 そうカルダモンは一方的に告げると、きららの返事を待たずに走り去っていく。

 きららたちは走り去っていくカルダモンを呆然とした様子で見送る。

 

 しばらくそのまま固まっていた面々だったが、互いの顔を見て苦笑する。

 そして、きららは皆に告げる。

 

「それじゃ、次の場所にいこっか」

 

「そうですね、きららさん」

 

 そう言って彼女たちもまた旅を再開する。

 そうして彼女たちは、今後も多くの少女(クリエメイト)たちと出会い、絆を紡いでいくだろう。

 

 のちにエトワリアの地にて、新しく一つの物語(英雄譚)が人々に語られることになる。

 数多の少女(クリエメイト)たちと、伝説の召喚士が紡ぐ救世の物語。

 

 ──その物語の名は『きららファンタジア』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここは晴明たちがいた世界にある巡ヶ丘学院、学園生活部の部室。そこではお通夜のような雰囲気が漂っている。

 部屋の中にある席に座っている全員が、思い詰めたような顔で机を見つめていた。

 それもそのはず、こちら側の時間で言えば、晴明たちが行方不明になって、既に約一週間が経とうとしていた。

 

 そして、さらに言えば彼女たちにも、目下どうしようもない問題が発生していたのだから……。

 そんな重苦しい雰囲気の中、その中でただ一人、由紀が意を決したようになにかを言おうとした瞬間、部屋が光に包まれる。

 

「きゃあっ!」

 

()()()、一体なんなんだよ!」

 

 由紀が悲鳴をあげ、貴依が苛立ちの声を出すが、光が収まった後に現れた人物たちを見て息を呑む。

 そこには行方不明になっていた晴明たちがいたからだ。

 そして由紀は、その中に慈の姿を確認すると、涙を流しながら彼女に抱きつく。

 

「めぐねえっ!」

 

「あらあら、どうしたの。ゆきさん?」

 

 由紀が急に抱きついてきたことに吃驚した慈だったが、すぐに彼女を抱きしめ返し、安心させるように頭を撫でる。

 そのことで、自分たちのもとへ帰って来てくれたと理解した由紀はさらにぎゅう、と抱きつく。

 由紀の様子に流石におかしいと感じたのか、慈は由紀に語りかける。

 

「ゆきさん……?」

 

「めぐねえ、ごめ、ごめんな、さい。わたし、わたしぃ……」

 

 そこで、いつの間にか晴明のすぐ側まで寄っていた透子が話しかけてくる。

 

「晴明さん、ちょっと……」

 

「どうか、したのか?」

 

 彼女が話しかけてきたことに疑問を持った晴明は問いかけるが、透子の耳打ちで驚愕の、ともすれば信じたくない情報がもたらされる。

 

「胡桃ちゃんが──」

 

「なん、だって……!」

 

 その、透子から語られた言葉を聞いた晴明は慌てて周りを見渡す。

 すると、確かにこの部屋の中に()()()姿()がない。

 

「なんで、彼女が……!」

 

「私だって分からないわよっ! あの子が、なにを思ったのか、どうして()()()()()()()()()のか、なんて……!」

 

 そして、部屋の隅に(相棒)を失ったシャベルが立て掛けてあった。

 まるで(相棒)が消えたことを悲しむかのように、それでも、(相棒)が戻ることを望むように鈍く輝きながら……。



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第四十一話 おてがみ、そして母よ……

 由紀が涙を流しながら慈に抱きついている頃、晴明は他の面々から、彼らがエトワリアに行っていた頃の話を聞いていた。

 

「それで、だれか。詳しい話を聞いても良いかい?」

 

「それじゃあ、私が話すよ」

 

 晴明の問いかけに、貴依が挙手すると、なにが起きたのかを話し始める。

 

「そうだね。まず、ゆきからえんそくの提案があったのが、すべてのはじまりだったんだ」

 

 そう言いながら、貴依はすべてのはじまりから話し始めるのだった。

 

 

 

 

 

 時は、晴明たちがエトワリアに召喚された翌日まで遡る。

 前日は半ば錯乱していた透子だったが、一晩寝て多少は落ち着いたのか、ぽつり、ぽつり、となにが起きたのかを話していた。

 

「あの時、なにが起きたのか、よく分からないの。ただ、私たちの足下が光って、それで、私は晴明さんに突き飛ばされて……。で、晴明さんが『俺たちは大丈夫』って言った後に、みんなの姿が消えたのよ」

 

 改めて透子の話を聞いた由紀たちであったが、聞いた結果、ほぼ状況が不明であるとだけしか分からず沈黙が降りる。

 その中で一人だけ思案顔だったアレックスが自身の考えを述べる。

 

「……考えられる可能性として、何者かによって、転移、もしくは召喚魔法でどこか別の場所に飛ばされたのかも知れません」

 

「そう、なの。あーちゃん?」

 

 アレックスの考えに、由紀は小首を傾げながら問いかける。

 それにアレックスは、恐らくですが。と言いつつ肯定する。

 

「あくまで推測でしかありませんが、可能性は高いかと……。そういったことも出来る悪魔もいるでしょうし、それに都市伝説もあることはありますから」

 

「都市伝説?」

 

「神隠し、のことですよ」

 

 アレックスの神隠し、という言葉を聞いて納得の表情を浮かべる由紀。

 そこで悠里は、やはり妹の命の恩人ということもあり、本人も気にしていることから、瑠璃の顔色を見ながらアレックスに質問する。

 

「それで、結局蘆屋さんは無事、と考えて良いのかしら?」

 

「恐らくは、としか……」

 

 そう言いながらアレックスはこの場に残っている晴明の仲魔である大僧正とアリスを見る。

 

「昨日、蘆屋さんが消えたのと同じくらいにジャックちゃんたちも姿を消してるので、恐らくは彼とともに行動していると思うので、実際にそうであれば、戦力的な不安はない、はずです」

 

「そう……」

 

 アレックスの答え、その中のジャックの下りが出たときに瑠璃の顔が曇ったこともあり、素直に喜びの声をあげられない悠里。

 そのまま再び学園生活部の部室に沈黙が降りる。

 

 そこで沈黙を破るように由紀が皆に向けて話し始める。

 

「はーさんならきっと大丈夫! だから、今は私たちの出来ることをやろうよっ!」

 

 由紀が皆を元気づけるように発破をかける。

 それを聞いた貴依は微笑ましいものを見たように薄く笑ってからかうように話しかける。

 

「おいおい、私たちの出来ることって、なにするんだよ?」

 

「ん~とねぇ……。えんそく、とか?」

 

「はぁ……?」

 

 由紀のえんそく、という発言に間抜けな声を出しながら首をかしげる貴依。

 そんな貴依を見ながら、由紀はあはは、と笑いつつ、自身がえんそくと言った意味を説明する。

 

「ほら、とーこさんや、みーくんがショッピングモールや秘密基地で暮らしてたって、言ってたじゃない?」

 

「あ、あぁ。確かに言ってたな」

 

「だから、さ。今でもそんな感じで手付かずなところがあるんじゃないかなぁ、って。」

 

「なるほど、確かに!」

 

 由紀の言葉に納得した貴依。そして、そのまま胡桃たちにも同意を求めるように話しかけるが……。

 

「なぁ、くるみもそう思うよなっ! ……くるみ?」

 

「うん……? どうかした?」

 

 件の胡桃は心ここに在らず、といった様子でぼぅ、としていたが、貴依が話しかけてきたことで、半分反射的に返事をする。

 そんな胡桃の状態を確認した貴依は心配そうに話しかける。

 

「どうかした、じゃないよ。……大丈夫なのか、くるみ?」

 

 貴依の心配そうな顔を見た胡桃は、彼女を安心させるように勝ち気な笑みを浮かべて大丈夫だと告げる。

 

「おいおい、大丈夫ってなんだよ。……大丈夫に決まってるだろ」

 

「それなら、今話してたこと分かるよな?」

 

「えっと、ごめんごめん。なに話してたっけ……?」

 

「やっぱり話聞いてないじゃないか……。ゆきが、皆でえんそくに行こうって話だよ」

 

「そうそう、えんそくね、えんそく。…………んん? えんそく?」

 

 やはり、上の空で話を聞いていなかった胡桃に、貴依は呆れた様子で由紀の提案を伝える。

 それを聞いた胡桃はわかってるとでも言いたげに何度かおうむ返しのように繰り返す。

 しかし、えんそくという言葉が予想外過ぎたのか、胡桃はキョトンとした顔で貴依を見ながら訪ねる。

 

 胡桃の様子に貴依は苦笑しながら聞き間違いでははないことを告げる。

 そして、さらに由紀がなぜえんそくといったのか、その意味も含めて説明すると、胡桃も納得したように頷いている。

 

「なるほど、あたしも良いと思うぜ。あ、でも……」

 

「でも?」

 

「足はどうするんだ? 流石に歩いて、って訳にもいかないだろ」

 

「ああ、それは、まあ……」

 

 二人してどうしようか?と悩んでいたが、話を聞いていた透子が挙手すると、とある提案をする。

 

「それなら、私の車を使えば良いと思うわ。あれならここにいる全員乗れるだろうし、ある程度の物資も載せれるわ」

 

 それに、秘密基地にしろ、リバーシティ・トロンにしろ以前行ったから案内も出来るし。と二人に告げる透子。

 その透子の言葉に二人はもとより、えんそくを提案した由紀も安堵のため息をもらす。

 由紀が安堵のため息をもらしたことに、悠里があらあら、とどこか興味深そうにわらいながら彼女に問いかける。

 

「あら、もしかして、ゆきちゃんも車をどうしようか、って考えてたの?」

 

 その悠里の問いかけに、由紀は否定するように首を振ると、別の──ある意味では同じ心配になる──ことについて告げた。

 

「流石にはーさんの安否がわからない状態じゃ、心配で運転どころじゃないかなって。それに、めぐねえたちのこともあるし……」

 

 それを聞いた悠里はなるほど、と納得したように頷く。

 そして透子も、由紀に対して微笑みながらありがとう、と告げる。だが。

 

「でも、ね。由紀ちゃん」

 

 透子は由紀に声をかけた後に瑠璃を見て。

 

「るーちゃんだって頑張ってるのに、大人の私が塞ぎ込んでるわけにもいかないでしょ? それに、慈がいないからこそ私が、彼女の変わりにしっかりしてないと、ね?」

 

 そう茶目っ気たっぷりに告げる透子。

 彼女たちを安心させるために、あえて慈の、教師と同じような仕草を演じる透子を見た由紀はくすりと笑うと。

 

「うん、そうだねっ! はーさんや、ねぐねえがいない間、私たちが頑張らないと、だね!」

 

 由紀も透子に負けじと元気に告げる。

 それをニコニコと見つめていた透子だったが、何かを思い出したかのように声を出す。

 

「あっ、でも、出発は少し待ってもらっても良いかしら?」

 

 その言葉に今から頑張るぞ! と気炎を上げていた由紀は出鼻をくじかれたこともあり、ずるっ、とコケそうになる。

 

「……とーこさぁん」

 

「あはは、ごめんごめん」

 

 彼女を見て恨めしげに情けない声を出す由紀に対して、透子はひきつった笑いを浮かべて謝る。

 そして、言い訳のように透子は由紀に出発を待ってほしい理由を告げる。

 

「ほら、あの車。ここに来た時以降動かしてないから、念のため確認と、必要なら整備をしておきたいのよ」

 

 まぁ、整備と言っても、本当に簡単なことしか出来ないんだけど、ね。と、はにかみながら言う透子。

 その理由を聞いた由紀は、なるほど、と言って手をぽんと叩きながら納得する。

 

「確かにきちんと確認しとかないと、動かそうとした時に動きませんでした。では、困るもんね」

 

「でしょう? だから、少しだけ待ってほしいのよ」

 

 透子の要請に、得心がいった全員が頷く。

 そこで、なにごとかを考えていた由紀が、また何かを思い付いたように発言する。

 

「でも、そうすると……。あ、そっか。なら、おてがみを出そうよっ!」

 

 その由紀の発言に胡桃が訝しげに問いかける。

 

「……てがみ?」

 

「うんっ! ──私たちはここにいます、って皆に知らせるの!」

 

「皆って……! 他の生存者にってことか!」

 

「そう!」

 

 由紀の考え、その答えに気付いた胡桃が驚きの声をあげると、彼女は嬉しそうに肯定する。

 しかし、そこでアレックスが彼女の考えについての問題点を告げる。

 

「でも、ですよ。由紀さん。手紙を出すのは良いんですが、どうやって出すんです?」

 

アレックスの質問に、由紀は得意気な顔をすると、瑠璃に話しかける。

 

「ふっふ~ん。それならちゃんと考えがあるよっ!……るーちゃん、このあいだ見せてもらった()()出してもらって良い?」

 

「あれって、これのこと? ゆきおねーちゃん?」

 

 由紀にお願いされた瑠璃は、可愛らしいポーチをごそごそと探るととあるものを取り出す。

 それを間近で見ていた悠里は、妹が取り出したものを見て、なぜ由紀が自信満々にしていたのかを理解する。

 

「るーちゃん、ゆきちゃんが言ってたあれって……、風船セット? そっか、ここにあるヘリウムガスを使えば!」

 

 その悠里の言葉に、他の面々も感心の声を出す。

 その中で胡桃がさらに一言。

 

「でも、どうせならもう一つ他の方法があっても……。そうだな、鳩でも捕まえてみるか!」

 

 伝書鳩なんて言うしな!と、楽しげに告げる。

 それを聞いた由紀も面白そう! と同調して、風船以外にも鳩も使うことを決めて、胡桃と由紀で鳩捕獲チームが結成される。

 

 その後は、あるものはガスを確保に、またあるものはおてがみを書き、胡桃たちも何度か捕獲に失敗するものの、偶然にも由紀が()()鳩の捕獲に成功する。

 尤も、捕獲した時に鳩の名前について二人の間で一悶着あったものの、悠里の取り成しもあり、二人の案をそれぞれ盛り込んで『アルノー・鳩錦』と命名されることになる。

 

 

 

 

 

 

 おてがみと配送手段を用意した学園生活部は、準備を終わらせると屋上へと向かう。

 屋上へ出た学園生活部の面々の視界には、晴れ渡る青空と未だに収穫されていない野菜の数々、そして──。

 

「先輩……」

 

 思わずぽつり、とこぼす胡桃。

 彼女の眼前、そこには一つの十字架、遺体こそアレックスに処分されたが、胡桃の想い人で故人の葛城の墓があった。

 

 物思いに耽っている胡桃の肩にぽん、と手が置かれる。

 

「くるみちゃん、大丈夫?」

 

 胡桃の肩に手を乗せた由紀が心配そうに話しかける。

 彼女の心配に、胡桃は安心させるように答えを返す。

 

「だいじょぶ、だいじょぶ。それよりも、さっさとおてがみを出そうぜ」

 

 と、由紀に答えながらアルノー・鳩錦におてがみを括りつける胡桃。

 その彼女の後ろ姿に、物悲しさを感じる由紀だったが、それを言うわけにもいかず、沈黙している。

 

 そんな由紀の顔を見た胡桃はおどけた様子で話しかける。

 

「ほらほら、どうしたよ? おてがみ、出すんだろ?」

 

 気遣っているはずの相手に、逆に気遣われてしまった由紀は、これ以上心配をかけまいと笑顔を浮かべる。

 

「うん、そうだねっ!」

 

 そして由紀はアルノー・鳩錦に目線をあわせるように屈むと、そのまま話しかける。

 

「アルノー・鳩錦。おてがみのこと、お願いね」

 

 アルノー・鳩錦は由紀の言葉に任せろ、と言わんばかりに翼をパタパタと動かす。

 それを見た由紀はにこり、と笑うと立ち上がって今度は仲間たちを見渡す。

 すると、仲間たちもまた彼女を見て頷く。

 皆もまた準備が終わったことを、言外に告げていたのだ。

 

 全員の準備が出来たことを確認した由紀は皆に、代表として風船のおてがみを持っている瑠璃と、アルノー・鳩錦を捕まえている胡桃に、号令を出す。

 

「それじゃ、二人とも。おてがみ、しゅっぱ~つ!」

 

 その掛け声とともに、風船とアルノー・鳩錦が放たれ青空へと旅立っていく。彼女たちの淡い希望を乗せて……。

 

「アルノー! 頑張ってねー!」

 

 由紀は、彼女たちはその姿を見送っていた。

 そして、声援をかけた由紀には、アルノー・鳩錦の鳴き声が聞こえた、ような気がしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 由紀たち学園生活部がおてがみを送り出した翌日。

 透子を主導とした車の整備──透子の護衛としてアレックス、そして彼女が着たデモニカスーツのAI『ジョージ』が実質的に細部までチェックを行っていた──が終わり、改めて由紀の発案であるえんそくへと出発することになった面々。

 透子と美紀はかつて巡ヶ丘学院高校に避難する際に街が壊滅している様子を見ていたためそこまで驚いていなかったが、他の学園生活部の面々は本当に街が、巡ヶ丘市が壊滅した様子を見たために沈痛な表情をしている。

 

「…………本当、は」

 

 車の中から外の、巡ヶ丘の壊滅した光景が流れていくのを見ながら胡桃が呟く。

 彼女の呟きを聞いた美紀が神妙な顔で続きを促す。

 

「くるみ先輩。どうしたんですか?」

 

 そんな美紀に対して胡桃は、力のない笑顔を浮かべて話す。

 

「本当は、既に自衛隊とかがさ、救助活動とか復興活動とかしててさ、そのうち今度はあたしたちも救助してもらえるんだ。なんて、思ってたんだけどな……」

 

「先輩……」

 

「蘆屋さんが、さ。言ってた、自衛隊の基地が壊滅してたってのも、実は嘘で、あたしたちにサプライズをするために隠してたとか、さ」

 

 胡桃は自身の中にある感情がごちゃごちゃになってきたのか、喋る度に俯きどんどん涙声になっていく。

 

「本当は、分かってたんだよ。そんな都合の良い、フィクションみたいなことが起きるわけないって。でも──」

 

 そこで顔を上げた胡桃の視界にとあるものが映る。

 

「あっ! ストップ!」

 

「えっ! ──どうしたの?」

 

 胡桃が急にストップと言ったことで、透子は車を慌てて停めて彼女に話しかけた。

 透子に話しかけられた胡桃は、どこか慌てた様子でなんでもない、と告げようとするが……。

 

「あ、いや、なんでも──」

 

 そこで由紀がなにかを見つける。

 

「あっ、もしかして、あそこって、くるみちゃんのお家?」

 

 由紀の視線の先、そこには『恵飛須沢』という表札が掲げられた家が一軒あった。

 

「……ああ、そうだよ」

 

 由紀に問われたことで、胡桃は観念したかのように肯定する。

 胡桃の肯定の言葉を聞いた由紀は、なら、と一つの提案をする。その提案とは──。

 

「せっかくなんだし、一度、顔を出すのも──」

 

 そこで由紀は、なぜか胡桃を一人にしてはいけない。という感覚に襲われる。

 もし、彼女を一人にしたら、それこそ、取り返しのつかない事態に陥るような──。

 なんの確証もない、ただのカンでしかないが……。

 その時、ふとイゴールの顔が、そして言葉が頭によぎる。

 

 ──どうやら丈槍様の未来には、何らかの誘惑、ないしは裏切りの憂き目に合い、その結果命を落とす可能性があるのかも知れませんな。

 

 なんとなく、あの時イゴールに言われた、この言葉が関係するような気がして、由紀は咄嗟に胡桃にお願いをする。

 

「ね、ねっ! くるみちゃん! 私も着いていって良いかな?」

 

「はぁっ?」

 

「ほ、ほらっ。私、友だちの家に行ったことってないから……。だから、いいかな?」

 

 彼女の言い分を聞いた胡桃は、そういえば由紀は『丈槍』だったな、と思い返す。

 そして、由紀自身良い子であるし、なにより彼女の願いを叶えてあげたいと思った胡桃は由紀のお願いを了承する。

 

「ああ、いいよ。……一緒に行くか?」

 

「……うんっ! ──ありがとう、くるみちゃん」

 

 そう言って二人は手を繋ぎながら胡桃の家に向かう。

 

 

 

 

「……ただいま」

 

「……お邪魔、しまぁす」

 

 家の扉を開きつつ、小さく言葉を紡ぐ胡桃と由紀。

 彼女たちの声に反応する存在はないようで家の中は静寂が支配している。

 胡桃たちは、万が一の事態を想定して、あえて靴を脱がずに中へ入っていく。そして──。

 

「パパ、ママ、居る……わけないよね」

 

 がちゃり、と胡桃は両親の寝室のドアを開けながら、半ば無理と分かっていても、一縷の望みをかけて両親に、自身の大好きな父親と母親に声をかける。

 だが、彼女自身が否定したように、寝室の中の光景は、『かれら』が暴れた、あるいは生者を襲ったことがわかるような荒れ果て具合だった。

 それを見た胡桃はため息を吐きながらドアを閉める。

 

 それから胡桃は、由紀とともに今度はリビングへと向かう。

 内心、諦めに支配されていた胡桃だったが、リビングの扉を開いて中を見た瞬間目を見開く。

 リビングの中、そこには胡桃を成長させるとこうなるであろうという容姿をした女性の後ろ姿があった。

 その女性が彼女たちの方へ振り向く。

 

「どちらさま──! くるみ、ちゃん?」

 

「マ、マ……?」

 

 胡桃の姿を確認して驚きの声をあげる女性。

 そこにいた女性こそ、恵飛須沢胡桃に、彼女にとって大切な、そして大好きな母親であった。

 

 その女性を、胡桃の母親を確認した由紀の中で、なぜか彼女に対して、特大の警鐘が鳴らされるのだった。



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第四十二話 チカラガ、欲シイ/選バレタ者

 前書きの方ではお久しぶりです、作者です。

 今回の話では、残酷な表現、並びに一部、人によっては胸糞悪くなるような表現がありますので、それらを了解した上で閲覧をお願いいたします。



 アウトブレイク発生後、初めての帰宅において思わぬ再会をして動揺する胡桃。

 そんな胡桃のことはいざ知らず、胡桃の母親は嬉々とした様子で胡桃に話しかける。

 

「あらあら? くるみちゃん、帰ってくるのが遅かったわね?」

 

 そう言って胡桃を迎え入れるかのように両手を広げる胡桃の母親。

 

「ほら、いらっしゃい。くるみちゃん」

 

「ママ……!」

 

 自身の愛娘を抱きしめようとする母親の姿に、胡桃は感極まって涙を流しながら駆け寄ろうとするが──。

 そこで、彼女の肩が何者かに掴まれる。

 今、この場に居るのは胡桃たち母娘以外にはただ一人。

 

「ゆきっ! なんで邪魔するんだよっ!」

 

「……ダメだよ、くるみちゃん」

 

 唯一の部外者である由紀は、胡桃の肩を掴んで無理矢理止めると、首をふるふると振りながら彼女をいさめる。

 そのことに激昂しそうになる胡桃だったが、その前に由紀にとある指摘を受けることによって冷静になった。それは──。

 

「ゆきっ! 離さないと、いい加減あたしも──」

 

「くるみちゃん、待って。おかしいと思わないの?」

 

「……なにが、だよ?」

 

「あの人、くるみちゃんのお母さんの格好。あんなことがあった後にしては()()()()()()んだよ」

 

 そう由紀に告げられて、胡桃は改めて母親をまじまじと見る。

 そうやって母親を見た胡桃は、いつもの母親と変わらない格好じゃないかと感じて、そして、それこそがおかしいと思う。

 

 それもそのはず、今回のアウトブレイク、バイオハザードが起きて約二週間。

 その間に胡桃たちも学校の購買部を制圧してある程度の制服などの備品や、晴明たちとの合流時に彼が手土産として持ち込んだ下着などの生活必需品があるとはいえ、やはり絶対数が少ないことからある程度着回しつつ戦闘などを行っていた。

 そのことから、服などは多少とはいえ擦り切れ始めている。

 

 然るに、目の前にいる胡桃の母親はどうか?

 先ほどの寝室の様子でも相当な難事があったにもかかわらず、さらに言えばリビングも寝室ほどではないとはいえ荒れ果てた様子なのに対して、彼女は()()()()()()のだ。

 

 先ほどの例に言えば、いくらここに彼女や胡桃の服が大量にあるとは言え、それがそのまま綺麗なままというのはあり得ない。

 なぜなら、まずはインフラが破壊されている──巡ヶ丘学院や聖イシドロスのように自活できる設備があること事態がまれである──ために、洗濯等が出来ない状態なのに、汚れが一切付いていないというのがまず一つ。

 そして、さらに寝室の惨状を鑑みるに、仮に彼女が怪我をしていなかったとしても、それならば返り血の一つぐらい付いていないとおかしいのだが、それすらも付いていない。

 

 さらにおかしい点として、この家で暮らしているというのならば、なぜ彼女は()()()()()()()()()()()()()()()

 本当にここで暮らしているというのなら、最低限、怪我をしないようにガラス片くらいは掃除しておくべきだろう。

 しかし、現実にはそれすら行っていないのだ。

 

 疑念が一つ浮かび上がってくる度に胡桃は背から冷や汗が流れ、心臓がバクバクと激しく鼓動しだす。

 ただ、ただ、目の前に居る人は間違いなく大好きな母親のはずなのだ。

 

 その時、胡桃の中で天啓が閃く。これなら、間違いなく母親だと確信できる。

 その胡桃の中で閃いた質問を彼女へぶつける。

 

「ね、ねぇ。ママ? パパは今、どこに居るの?」

 

 その質問に、目の前に居る彼女、胡桃の母親らしき人物は──。

 

「うん? 変なくるみちゃんねぇ。()()()()()()()、早くこっちにいらっしゃい。寂しかったでしょう?」

 

「…………ひぃっ!」

 

 ──あり得、ない、ありえない、アリエナイアリエナイッ!

 

 胡桃の質問をまともに返さないどころか、自身の夫を、胡桃の父親のことを、どうでも良いと言いたげな目の前の女性を前にして、胡桃はとうとう引きつった悲鳴をあげる。

 そもそも、二人の、両親のおしどり夫婦ぶりはご近所でも有名で、胡桃自身も辟易とした反応を返しながらも、内心は羨ましく、それこそ、将来の夢は可愛らしいお嫁さんになりたい。と願うほどに二人の関係に憧れを抱いていたのだ。

 

 ──それなのに、それなのに、それなのにっ!

 

 今、目の前の女性(ヒト)はなんて言った。

 自身の愛する、場合によっては愛娘よりも優先しかねない夫を、どうでも良いものとして扱ったのだ。

 その時点で胡桃は、目の前に居る人物は母親によく似た別のなにか、という存在になった。

 

 そんな、よく分からないものが、自身に対して母親のふりをして接してくる。

 そのことに恐怖を感じた胡桃は思わず後退る。

 そんな胡桃に対して、目の前のなにかは、にこにこと笑いながら、再度こちらに来るように催促してくる。

 

「ほら、くるみちゃん。ママですよ、こっちにいらっしゃい?」

 

「ひぃっ! ──違う、違う違うっ! あんたなんか、ママじゃないっ!」

 

 なおも母親のふりをするなにかを見て、胡桃は悲鳴をあげると、ついに大声で否定の声を出す。

 すると、目の前のなにかは、一瞬だけ悲しそうな顔をすると俯く。

 そして、次に顔を上げたとき──。

 

「げひゃひゃ、大正解っ! よく分かったねぇ、くるみちゃぁん?」

 

「…………!!」

 

 おおよそ人ができるはずのない狂貌を浮かべていた。それを見た胡桃が声なき悲鳴をあげて震えていると、なにが楽しいのか、母親のふりをしていたモノは嬉々として胡桃に話しかけてくる。

 

「あぁ、残念だぁ。実に、残念だぁ。せっかく、くるみちゃんにも、ママと同じことを味わってもらおうと思ったのにねぇ……?」

 

「ま、ママに、何をしたんだよ!」

 

 母親に似た何かの言葉が聞き捨てならなかったのか、胡桃は恐怖で震える体を無理矢理抑えると、そのまま問い詰めようとする。してしまう。

 そのことになにかは、くつくつと嗤いながら──。

 

「いやぁ、お前のママは本当に【美味しかった】ぜぇ? 悲鳴をあげながら、『くるみちゃん、あなた、助けてっ!』ってなぁ」

 

 そう言いつつ、げひゃひゃ、と下品に嗤うなにか。

 それを聞いた胡桃の中で何かがぷつり、とはじけた。

 

「てンめぇっ!」

 

 怒りのままに背負っていたシャベルを引き抜くと、なにかに殴り掛かろうとする。だが──。

 

「おいおい、いいのかよ? この体はお前の大好きなママのモノなんだぜぇ?」

 

 なにかが放った言葉に思わず攻撃の手が止まる胡桃。

 そんな胡桃に、なにかは彼女にとってトドメとなる言葉を吐き出しつつ、凄惨な行動に移る。

 

「まぁ、この体はもう()()()なんだがよ」

 

 その言葉をともに、胡桃の母親の体は歪な風船のようにぶくぶくと膨れ上がっていく。

 そして──。

 

「くるみちゃ──、逃げ──」

 

 なにかが胡桃の精神を揺さぶるためか、あるいは、本物の胡桃の母親が、最後の力を振り絞って愛娘を助けようとしたのか、胡桃に対して逃げるように告げようとしたところで、体に限界が訪れ、そのまま、ボンッ。と()()した。

 胡桃の母親だったモノの肉塊と、臓物と、血飛沫が辺り一面に広がっていく。

 その惨状、己が母親の最後を見た胡桃は絶叫する。

 

「あ、ァああァァァあァッ!」

 

 そして、破裂した中心には、げひゃひゃ、と嗤う胡桃の母親に憑りついていた深緑の肌をした異形、鬼のような角を生やして、痩せ細った体躯の悪魔、【邪鬼-アマノサクガミ】が姿を現した。

 

 もともと胡桃の母親を名乗る人物を警戒していた由紀だったが、目の前の惨劇に対して、流石に予想外すぎたようでほんの少しの間、呆然とする。

 しかし、すぐに正気に戻ると彼女はアマノサクガミに対して自身の異能を、ペルソナ能力を行使する。

 

「──きて、ペルソナ!」

 

 彼女の力ある言葉とともにMAGを活性化させ、幻影(ビジョン)を顕現させる。

だが、彼女のもとに現れた幻影(ビジョン)は、彼女が覚醒したときに顕現したガブリエルではなく──。

 

「おねがいっ、ヒーホーくん。ブフーラ!」

 

 彼女の背後に現れた幻影(ビジョン)。それは、彼女たちの友人であり、太郎丸を助けるために逝ったジャックフロストであった。

 そして、ジャックフロストの幻影(ビジョン)は、由紀が言ったように、由紀のMAGを媒体に人の胴体ほどの大きさの氷塊、氷結系中級魔法のブフーラをアマノサクガミに放つ。

 

「ぺ、ペルソナ使いだとぉっ!」

 

 由紀のことをおまけ、取るに足らない存在だと思っていたアマノサクガミが驚きのあまり、硬直する。

 そして、それが決定的な隙となり、由紀が、ジャックフロストが放ったブフーラが直撃する。

 すると、アマノサクガミに当たった氷塊から悪魔の体に冷気が送られ、氷漬けになっていく。

 

 アマノサクガミが氷漬けになったことで安堵のため息を吐きそうになる由紀だったが、氷漬けにしたはずのアマノサクガミを見て息を呑む。

 

 かの悪魔の目がギョロリ、と動いたのだ。

 

 そして、それと同時にアマノサクガミをおおう氷から、ピキ、ピキと不吉な音が聞こえてきた。

 その音を聞いた由紀は、咄嗟に胡桃の手を掴むと。

 

「くるみちゃん、逃げるよっ!」

 

 そのまま母親の惨劇を間近で見たことによって放心している胡桃を引っ張って、無理矢理にでも逃走を開始した。

 その直後、アマノサクガミをおおう氷からさらに大きな音が響いて、最終的にはガシャァンと氷が割れる音とともに、アマノサクガミが氷漬け、氷結状態から解放される。

 

「きひっ、今度は鬼ごっこかぁ。どこまで逃げきれるかなぁ?げひゃひゃひゃ!」

 

 アマノサクガミは、独り言のように呟くと扉や家具、壁を一切合切を破砕して、二人の後を追いかけていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 胡桃たちが彼女の家に入った後、学園生活部と透子は、周囲を念のため、車の窓越しに警戒しながらも、雑談に花を咲かせていた。

 そんな中で、一人ぼぅ、と窓の外、胡桃の家を眺めていた瑠璃が、胡桃の手を引きながら慌てた様子で建物から出てくる由紀を見つける。

 

「あれっ? ゆきおねーちゃんと、くるみおねーちゃんが出てきたよ?」

 

「えっ? ほんとう、るーちゃん?」

 

「りーねえ。……うん。だって、ほら」

 

 瑠璃の言葉に、まだ彼女らが建物に入って間もないのに出てくるのはおかしい、と感じた悠里は瑠璃に本当か、と問いかけるが、瑠璃は百聞は一見にしかず、と言わんばかりに外を指差す。

 瑠璃が指差した先を悠里と、二人の話が聞こえたほかの面々も見つめる。

 すると、なるほど。そこにはひきつった表情の由紀と、能面のような無表情に、涙を一筋流している胡桃が出てきているのが見て取れた。

 

 その様子に何事か、と互いを見つめる面々だったが、そんな中、由紀が余裕のない様子で乱暴に車内に入ってくる。

 そして、由紀はそのまま透子に早口でまくし立てる。

 

「──とーこさんっ! 出発して、今すぐにっ!」

 

 そんな由紀の余裕のない様子に困惑する透子は、わけもわからず変な声をあげる。

 

「えっ、えぇっ? どうしたの、急に?」

 

「いいから出てっ! 訳は後で言うからっ!」

 

「わ、わかったわ。それじゃ、行くわね」

 

 困惑した透子は出発せずに由紀を見ていたが、そのことに由紀は再度出発するように強く要請する。

 由紀の剣幕に押された透子は、彼女の言うままに車を発進させた。

 車が発進して、胡桃の家の玄関先から離れた直後、玄関が、正確に言うなら建物の一部が轟音とともに吹き飛ぶ。

 その音に驚き、車を運転している透子と、音の主が何者か知っている由紀、そして、茫然自失の状態になっている胡桃以外が振り返る。

 

 そこには建物が吹き飛んだ衝撃で、もうもうと土煙がたちこめていた。が、次の瞬間には、土煙が何者かに吹き飛ばされる。

 そして、先ほどまで土煙があった場所に立っている深緑の異形、アマノサクガミ。

 

 アマノサクガミはすんすん、と鼻を鳴らすと由紀たちの匂いを感じたのだろう。獲物を見つけた、とばかりににたり、と笑みを浮かべる。

 

「見ぃつけたぁ」

 

 アマノサクガミは喜色満面にそう告げると四つん這いになって、ケモノのように両手、両足を器用に使って疾走する。

 それを見た貴依は悲鳴をあげる。

 

「な、なんだよ、あれぇ!」

 

 その悲鳴が聞こえたのか、アマノサクガミがげひゃひゃ、と嗤いながら車に追い付こうと加速する。

 それを見て、さらに悲鳴を上げる学園生活部。

 その中でアレックスはレーザーブレイドと光線銃を握りしめて透子に車を止めるように声をかけようとするが、ふと、胡桃の様子がおかしくなっていることに気付く。

 

 顔を俯かせてぶつぶつと何事かを呟いている胡桃。

 彼女が何を呟いているのか、耳を澄ませるアレックスだったが──。

 

「──シテヤル」

 

「くるみ、せんぱい……?」

 

「コロシテヤル、コロシテヤルッ、コロシテ、ヤル──!」

 

「……っ! 先輩、駄目です!」

 

 顔を上げた胡桃の表情は憤怒と憎悪に染まっており、そのまま走行中の車から飛び降りようと暴れる彼女を、アレックスは武器を手放すと、慌てて拘束する。

 

「離せ、アレックス! あたしが、あたしがアイツを殺すんだっ!」

 

「……っ! 先輩、落ち着いてくださいっ! ──なんで、こうも、力が強い……!」

 

《アレックス! 今、彼女からとんでもない量のMAGを感知した。クルミは完全に暴走しているっ! しかし、彼女にこれほどの素養があるとは──!》

 

 新型の、未来世界で作られたデモニカスーツを着込んだ自身の拘束を振りきりそうな胡桃の力に、アレックスは苦戦している。

 そして、ジョージもまた、胡桃から発露するMAG、最早、暴走と言っていい程の量が出ていることに驚愕していた。

 

 そも、恵飛須沢胡桃という少女。彼女は原作の、聖典世界では学園生活部随一の武闘派であり、彼女が感染、行動不能に陥るまでは、ほぼ全てのかれらの処理を単独で行っていた。

 この世界でこそ、晴明や彼の仲魔たち、アレックスに貴依という他の戦闘員がいたことから、彼女の活躍は隠れがちになってしまっていたが、それでも持ち前のセンスで陰ながら活躍していた。

 

 その中で彼女は、多くのかれらを倒したことにより、戦闘経験を、そしてなによりM()A()G()を獲得できたことが大きい。

 かつて、晴明が圭たちに、いずれ力を得られると告げたことがあるが、その方法の一つが、今回の胡桃の方法になる。

 

 即ち、他者を滅ぼし、そのMAGを奪う。以前悪魔が人間の踊り食いをすると言ったが、それの人間バージョンだ。

 と、言っても流石に悪魔のように踊り食いをすることはできないので、空気中に霧散したMAGを少量づつ取り込んで己の器を拡張、言い方を変えればレベルアップする、という寸法だ。

 

 そして、さらに言えば、ジョージが驚いたように彼女にデビルバスターとしての才能もあったために、他の、貴依たちよりも効率よくMAGを回収し、その結果、学園生活部の誰よりも、それこそ、ワイルドたる由紀や、魂だけで言えば歴戦の勇士であるアレックスにもひけをとらない身体能力を持つに至っていた。

 それに加え、今の彼女は憎悪の、憤怒の感情によってMAGを強化、暴走と言っていい程の出力で出しているのが、今回、アレックスが彼女を止めるのに四苦八苦していることの真相だ。

 

 尤も、そんなことを知らない面々は胡桃の豹変ぶりに驚き、なにより彼女を無惨に殺させないために止めようと悪戦苦闘している。

 透子も運転中のために参加こそできないものの、胡桃のことが心配で注意力が散漫になっている。

 

そしてそのことで、彼女はとあることに気付いていなかったが──。

 

「とーこさん! 前っ!」

 

「──えっ? あぁっ!!」

 

 事前に由紀に注意されたことで前を見て、驚きながら急ブレーキをかける。

 

「きゃっ!」

 

「うわぁっ!」

 

 透子が急ブレーキをかけたことでバランスを崩し倒れる面々。

 透子自身もハンドルに突っ伏していたが、すぐに起き上がると前方を見る。そこには、先ほどまで居なかったはずの、金髪に黒いスーツをまとった白人の美丈夫が立っていた。

 白人の美丈夫が無事だったことに安堵のため息を吐く透子だったが、すぐに現状を思い出すと、運転席の窓を開けて、目の前の生存者らしき人物に話しかける。

 

「そこのあなた、危ないから車に──」

 

 その時、車のドアが乱暴に開かれて一人の少女が飛び出す。

 

「──殺して、やるっ!」

 

「くるみ、せんぱいっ!」

 

 飛び出した少女、それは胡桃だった。

 そして、胡桃を追うように飛び出そうとするアレックスに美紀、そして由紀だったが、生存者らしき人物を見て、違和感を、とてつもないほどの生命の危機を感じて立ち止まる。

 

「やれやれ、忙しないことだ。それに──」

 

 そんな二人にはお構いなしに生存者らしき白人の美丈夫は独りごちると、こちらに向かってくる影、アマノサクガミを見て、面白くなさそうに吐き捨てる。

 

「せっかく()()()()()()()()()()というのに、無粋にも程がある」

 

 そう告げたあと、彼からあまりにも、本当にあまりにも異質なプレッシャーが放たれる。

 そのプレッシャーに触れた面々、学園生活部はもとより、鉄火場を経験しているはずのアレックスや、悪魔であるアマノサクガミでさえも、なにか、見えないものに押さえ付けられたかのように、地面に、車の床に平伏している。

 

「な、に、これっ」

 

「う、ぐ。せんぱい……」

 

 特にひどいのが由紀で、あの白人の美丈夫を相手にした場合、勝つ、勝てない以前に生き残ることが出来ない、と本能的に理解しているのか、顔を青ざめて震えている。

 そんな由紀を見た白人の美丈夫は、彼女に対して興味を失ったのか一瞥すると、自身のプレッシャーに触れながらも、なおも立とうとしている胡桃に、そしてアマノサクガミに近づく。

 その白人の美丈夫が近づいてきたことに胡桃は気付いていなかったが、アマノサクガミが近づいてきた存在を見て驚愕する。

 

「う、うぅ。立てよ、あたし! 仇が、ママの仇が目の前に居るんだぞ……!」

 

「だ、れだ。オレの邪魔を──!! あ、なた様は……!」

 

 そして、白人の美丈夫は胡桃を興味深そうに見た後に、アマノサクガミに語りかける。

 

「さて、間に合ったから良かったものの、私の楽しみを奪おうとは、随分と偉くなったものだね?」

 

 その白人の美丈夫の言葉に、アマノサクガミが冷や汗を流しながら、弁明しようとするが。

 

「私めがそのようなことっ! ただ──」

 

「言い訳は結構。()消滅()えたまえ」

 

「な、なにを──! ぎぃやぁぁあ…………」

 

 言い訳は聞きたくない、とばかりに白人の美丈夫は腕を掲げると不可視の波動が放たれる。

 その不可視の波動を受けたアマノサクガミは、瞬く間に塵にまで分解されて、この世から消滅した。

 それを胡桃は目を見開いて見ていたが、アマノサクガミが消滅すると俯き、悔しげな声を絞り出す。

 

「──なんで、だよ。なんで、今さら……」

 

 胡桃の悔しそうな声が聞こえてきた白人の美丈夫は、彼女の方に振り返ると再び興味深そうに眺めている。

 それに気付かず、胡桃は雫を、涙を地面に溢して、さらに、血反吐を吐くように言葉を絞り出していく。

 

「アイツは、あたしが殺さないと、そうしないとママの仇を討てないのに……、なんでっ!」

 

「くくっ」

 

 胡桃の独白を聞いていた白人の美丈夫は無意識のうちに嗤い声をあげる。

 嗤い声が聞こえた胡桃は顔を上げると、涙を流しながらも気丈に美丈夫を睨み付ける。

 その胡桃の行動に美丈夫は、さらに笑みを浮かべると彼女へ話しかける。

 

「悔しいだろう、悲しいだろう、恵飛須沢胡桃」

 

 男の、美丈夫の口から自身の名前が出てきて驚く胡桃。

 

「なんで、あたしの名前を……」

 

「そんなことより、なぜ君がこんな理不尽な目にあうか、その理由の方が重要じゃないかい?」

 

「な、にを──」

 

 白人の美丈夫の言葉を受けて、胡桃は動揺して瞳が揺れる。

 そんな胡桃の様子を見た白人の美丈夫は彼女に近づき、彼女の動揺した精神に、甘い、甘い誘惑()を染み込ませていく。

 

「それは、君に力が無いからだ」

 

「──!!」

 

「最初に襲われたあの時に、君に力があれば、葛城紡(愛しい先輩)を助けることができた」

 

 白人の美丈夫の言葉に体を震わせる胡桃。

 

「あの『あめのひ』に、君が力を得ていれば、結果的に助かったとは言え、若狭悠里を危険な目に遭わせることはなかった。そして──」

 

 そして、白人の美丈夫は、胡桃の精神に傷を残す、決定的な言葉を耳打ちする。

 

「──君に、丈槍由紀のようなワイルドの力が、蘆屋晴明のように何者であろうと薙ぎ払えるだけの力があれば、君の大好きなママを、助けることだってできた」

 

「……あぁ、うァァああぁ──!!」

 

 美丈夫の、男の、胡桃自身の力の無さを責めるような囁きを聞いた胡桃は慟哭する。

 なぜ自分に力が無いのか、なぜ自分じゃなくて由紀が力を得たのか、と。

 

 ──あぁ、妬ましい。あの力があれば今も先輩とともに居ることもできたし、りーさんを見捨てて逃げるようなこともなく、ママも助けることができたのに。そして、今、ママの仇すら討てずに、こんな惨めな思いをすることもなかったのに、と。

 

 本来の彼女であれば、思い浮かべるはずもない、八つ当たりにも似た、由紀に対する憎悪の感情が鎌首をもたげたとき、目の前に居る美丈夫から、悪魔の囁きがもたらされる。

 

「だが、安心するといい。恵飛須沢胡桃。私なら君にチカラを与えられる」

 

「チカラを……?」

 

 美丈夫の言葉に思わず聞き返してしまう胡桃。

 そんな胡桃に、男は彼女を安心させるように微笑みを浮かべると、さらに囁きかける。

 

「そうだ。君は太郎丸とジャックフロストが悪魔合体した時に、こう思っただろう?【これ(悪魔合体)をすれば、あたしも強くなれる】と」

 

 美丈夫の言葉に、胡桃はごくり、と唾を呑む。

 確かに、太郎丸が魔獣-ケルベロスに転生した時に彼女は、これならば、と思ったのはその通りだった。しかし、同時に、本当にそれができたとして、合体した後の自分が、本当に自分のままなのかわからず、躊躇したのも事実なのだ。

 

「そして、私なら君の意識を残したままヒトを超えた力をもって新生させることができる。どうかね? それなら、躊躇することもないだろう?」

 

「ほん、とうに…………?」

 

「本当だとも。我々は、契約に対しては誠実だからね」

 

 天使どもとは違って、ね。と、吐き捨てるように告げるルイ=サイファー。

 

 胡桃は美丈夫が、なぜ天使を毛嫌いしているか分からなかった。

 だが、少なくとも胡桃には彼が嘘を付いているようには見えなかった。

 そして、彼の言うとおりにすれば自身も由紀や、晴明と同じような力を得ることができる。と考えた胡桃は──。

 

「…………行く。──あたしは、アンタに着いてく」

 

「よく決断した。なら、私の手を取りたまえ」

 

 そう言いながら男は胡桃に手を差し伸べる。

 その手を掴もうとする胡桃を見た由紀は。

 

「だめっ、くるみちゃん!」

 

 彼女に考え直すように叫ぶ。そんな由紀に胡桃は、少なからず罪悪感を感じているのか、どこかよそよそしい顔で。

 

「……ごめん、ゆき」

 

 一言、彼女に謝ると男の手を取る。

 その胡桃の行動に美丈夫は満足げに笑いながら、自身の名を名乗ると同時に別れを告げる。

 

「そう言えば、名を名乗っていなかったね。──私の名はルイ、【ルイ=サイファー】だ。では、学園生活部の諸君、また逢えることを期待しているよ。じゃあ、行こうか。胡桃」

 

「……うん」

 

男の、ルイ=サイファーの言葉に胡桃は小さく頷く。

すると、ルイ=サイファーと胡桃の体が蜃気楼のように霞んでいく。

そのことに由紀は、彼女を引き留めるように手を伸ばす。

 

「くるみちゃん、まっ──」

 

 だが、胡桃は由紀を一瞥すると、拒絶するように顔を反らす。そして──。

 

「……じゃあな、ゆき」

 

 胡桃の別れの言葉とともに、胡桃の、ルイ=サイファーの姿が掻き消えていった。

 胡桃の姿が消えたことに、由紀は信じられない、信じたくないという感情を爆発させる。

 だが、胡桃が居た場所にカラン、と落ちたシャベルが彼女に否応なしに、仲間が、恵飛須沢胡桃が去っていったという現実を突きつける。

 

「──くるみちゃぁぁぁぁぁぁんっ!!」

 

 そのことに、認めたくない現実を、まざまざと見せつけられた由紀の叫びが、辺り一帯に響き渡るのだった。



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第四十三話 魔人-アリス

 学園生活部の部室に夕焼けの光が差し込む中、貴依の話、エトワリアに召喚され、そして帰還するまでに起きた出来事を聞いた晴明たち。

 その中で気になることがあったのか、圭は挙手しながら貴依に質問する。

 

「あの、たかえ先輩。その時、大僧正さんやアリスちゃんはどうしてたんですか?」

 

「あ~、それなぁ……」

 

 そう言いながら気まずそうに顔を反らす貴依。

 そして、彼女は当時の大僧正たち二人の所在について話す。

 

「あの時は、二人にここ、巡ヶ丘に残ってもらってたんだ」

 

「えぇっ?! なんでですかっ!」

 

 貴依の話に驚きの声をあげる圭。

 そんな彼女に対して、貴依はどこか言いづらそうに話す。

 

「ほら、蘆屋さんも含めて、お前ら居なくなっちゃたろ? 特にジャックちゃんとかも一緒に居なくなっちゃったから、もしかしたらあの二人もそうなるか、それか、本調子じゃないかもだからって、念のために残ってもらったんだよ」

 

 どのみち、ここを()()にするわけにもいかなかったし……。と、追加で告げる貴依。

 それを聞いた圭は、それはそうですが……。と、言いつつも、それでも迂闊過ぎる、と貴依に言おうとするが……。

 その前に、晴明が圭を遮るように手をかざす。

 

「圭、そこまでだ」

 

「晴明さ──。蘆屋先生」

 

 晴明に止められたことで、圭は不満げな表情を見せるが、そんな彼女に対して晴明は首を横に振ると。

 

「もともとの原因で言えば、不可抗力とはいえ急に居なくなった俺の方にあるんだ。それに、大僧正たちについても、キチンと説明していれば起こらなかったことでもある。……済まなかった、柚村さん」

 

 そう圭に告げると、次に貴依に頭を下げる晴明。

 そのことに貴依は驚いて、晴明に頭を上げるように言う。

 

「ちょ、ちょっと! 蘆屋さん、そんなことしなくていいからっ!」

 

 貴依の慌てた様子に、晴明は申し訳ない様子で上げる。

 

「あぁ、本当に色々と迷惑をかけた。済まな──いや、ありがとう」

 

 頭を上げた晴明は、謝罪を受け取ってくれた貴依に感謝の言葉を述べる。

 晴明から謝罪と感謝の言葉を受けた貴依は、照れ臭そうにして、恥ずかしさを誤魔化すために強引に話題を変える。

 

「そういや、けい。さっき、蘆屋さんのこと名前で呼び掛けてたけど──」

 

「えぅっ! ──あわ、わぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 貴依のからかいにも似た強引な誤魔化しに、圭は顔を真っ赤にして、彼女の声を遮るように大声を出す。

 それを不思議そうに見やる晴明は一言。

 

「いや、別に名前ぐらい好きに呼べばいいと思うんだが……」

 

「────はぁ?」

 

 そんな晴明の言葉に、貴依は、なに言ってるんだこいつ。と、言わんばかりに呆れた顔をする。

 だが、晴明はそんなことは関係ないとばかりに自身の考えを述べる。

 

「ま、なんだかんだで、圭の姉弟子になる朱夏にも名前呼びを許してるんだし、それこそ今さらだろう」

 

「あ、いや。えっと、それって…………」

 

 尤も、その考えを聞いた貴依は、その朱夏なる人物の真意を察して、憐れみの表情を浮かべる。

 しかし、逆に圭はというと喜びを噛み締めるようににやけながら晴明に話しかける。

 

「やたっ! ……ふふふ、それじゃあ、晴明さんって呼びますねっ!」

 

 そのまま圭は鼻唄でも歌い出しそうなほどのご機嫌さを隠さずににこにことしている。

 それを見て貴依はなんだかなぁ、と言いたげな微妙な表情になり、晴明も晴明でなんでそんなに喜んでいるんだ? と困惑顔になっている。

 しかし、関係ないことで悩んでいても仕方ない。と思った晴明は貴依に、彼女が先ほど話した内容で気になる部分があったために、そのことについて問いかける。

 

「まぁ、それはそれとして。柚村さん、一つ確認したいことがあるんだが」

 

「へっ……? なにかおかしいところ、あっ、りました、か?」

 

 あまりにも晴明が真剣な面持ちのために、貴依は自身が話した内容になにか不備があったのか。と思い、緊張により変な敬語が出てしまう。

 そんな彼女の様子に晴明は、話自体に問題があったわけじゃないよ。と苦笑しながら告げると、改めて質問する。

 

「さっきの話の最後、恵飛須沢さんを連れていった男は、本当に【ルイ=サイファー】と名乗ったんだね?」

 

「あ、あぁ。なんだ、そのことか。私がちゃんと聞いたわけじゃないけど、ゆきからそう聞いたんだ」

 

 そう言いながら貴依は慈に抱きついて、泣き腫らしている由紀を見る。

 その貴依の視線に気付いたのか、由紀も彼女を見ると未だに流れる涙をハンカチでごしごし、と乱暴に拭ってこちらに歩いてくる。

 

「……どうしたの、たかえちゃん?」

 

「あぁ、いや、ちょっと、蘆屋さんから質問があってな」

 

「はーさんから……?」

 

 由紀はそう言うと、不思議そうな顔で晴明を見る。

 彼女に見つめられた晴明は、先ほど貴依にした質問と同じ事を問いかけようとするが、その前に貴依が由紀に質問の内容を告げる。

 

「ほら、くるみが着いていった男、そいつの名前を聞きたいんだってさ」

 

「えっ……? ルイ=サイファーって名乗ってたけど……! もしかして、はーさん。あの男の人のこと知ってるの!」

 

 貴依から聞いた晴明の質問に答えた由紀だったが、今までの経緯からもしかしたら件の男について、彼がなにか知っているのかと思い、今度は彼女から問いかける。

 しかし、晴明は敢えて彼女に質問には答えず、というよりもさらなる確証を得るために、もう一つ質問を告げる。

 

「いや、まだ俺が知る()()とは別かもしれないからなんとも……。それで、済まないがもう一つ質問なんだが、その男というのは、金髪をオールバックにして、スーツを着た白人男性か? それとも、車椅子に乗った老紳士、あるいは、喪服の老婆を連れ添った少年の何れかの姿だったか?」

 

 晴明の質問を聞いた二人は、あまりの不明瞭さ──なぜ男と言ったのに、老人や、子どもといった話になるのか──に目が点になりながら、それでも取り敢えず彼の質問に答える。

 

「えっと、オールバックの白人男性だけど……? それがどうかしたの、はーさん?」

 

「そうか、そうかぁ……」

 

 由紀の答えを聞いた晴明は、彼女の答えで最後のピースが揃ってしまったのか、得心すると同時に深々とため息を吐く。

 そして、ため息を吐いた晴明は先ほどの由紀がした質問に答える。

 

「……恐らくは、ということになるが俺が知る()()と、そのルイ=サイファーは同一の存在だろう」

 

「……! なら、はーさん。はーさんなら、その人の居場所も──」

 

 そんな由紀の問いかけに、力なく首を横に振る晴明。

 晴明の態度に、なにか違和感を感じた由紀は、訝しげな様子で晴明に問いかける。

 

「……はぁ、さん?」

 

「……今の状況、いや、たとえ世界が平和であったとしても、彼女を救出に向かうのは不可能に近い」

 

「なん、で……!」

 

 晴明の言葉に絶望した表情で言葉を詰まらせる由紀。

 そして彼の話に聞き耳を立てていたのだろう。美紀も険しい表情を浮かべて話しかける。

 

「どういうことなんですか、蘆屋先生」

 

「どういうことかを説明する前に、まず、皆の勘違いを訂正する必要がある、かな?」

 

「……勘違い、ですか?」

 

「あぁ、そうだ」

 

 そこで晴明は言葉を切ると、ここにいる全員。主に晴明たちとの会話に参加していなかった学園生活部の面々がこちらに注目していることを確認して、まず結論から述べる。

 

「そもそもルイ=サイファー、アイツは人間じゃあない」

 

 晴明が放った人間じゃない発言に、美紀は凄みを感じて、それが比喩表現ではないかということを確認しようとする。

 

「その、人間じゃない、というのは人の皮をかぶったケダモノだとか、外道だとか、そういった意味合いじゃないんですよね……?」

 

「そうだ」

 

 美紀の質問に答える返答した晴明は、同時に大僧正を見やる。

 その視線に釣られるように他の面々も大僧正を見る。

 

「皆も、大僧正が老僧の姿に擬態していたことは覚えているだろう」

 

「えぇ、まぁ。────まさかっ!」

 

 晴明の大僧正についての発言に対して、悠里は無意識のうちに肯定するが、そこで彼が何を言いたいのかを察して驚きの声を上げた。

 その彼女の考えを事実だと認めるように晴明はルイ=サイファーの正体についての話を続ける。

 

「ここまでの話で分かるように高位の悪魔は人間に擬態する能力を持っている。そしてヤツはその中でも最上位の存在であると同時に様々な呼び名がある」

 

 そこで言葉を切った晴明に対して、彼に助けられた美紀や圭、透子などは彼のあまりにも重苦しい雰囲気に思わず息を呑む。

 そんなことは関係ないとばかりに彼は話の続きを、ルイ=サイファーのその正体、かの存在に対しての数々の呼び名を口にする。

 

「【明けの明星】【光を掲げる者】【堕天使】【悪魔王】など様々な呼び名があるが、やはり一番有名なのは【大魔王】だろう」

 

 そこまで晴明が言いきった時点で正体を理解した美紀や悠里、慈はあまりにも強大な、そして有名過ぎる存在に恐怖を感じて冷や汗を流す。

 そして、美紀は緊張でからからに乾いた喉から絞り出すようにルイ=サイファーの正体、その答えを告げる。

 

「──ルシ、ファー。【大魔王-ルシファー】……!」

 

 その美紀の答えに、晴明は正解とばかりに重苦しく頷く。

 そのことに気付いていなかった面々すらも、とてつもないビッグネームが出てきたことに息を詰まらせる。

 そして全員が答えに行き着いたことを確認した晴明は、今現在胡桃が居るであろう場所と、それに付属した情報を告げる。

 

「そう、だな。そして、彼女がヤツに着いていったというのなら、十中八九魔界に、それもルシファーの居城にいる可能性が高い」

 

「…………っ!」

 

 晴明が断定するような言葉を告げると、由紀はあの時感じた命の危険に納得するとともに、胡桃を助けることができない自身の力の無さを悔いるように顔を歪ませる。

 しかし、圭は、それでも、それでも晴明なら何とかできるんじゃないか、と一縷の望みを託すように、顔をひきつらせながらも彼に喋りかける。

 

「──でも、それでも晴明さんなら、くるみ先輩を助け出す方法があるんじゃないですか……?」

 

 だが、晴明は圭の望みを否定するように首を振ると不可能な理由を告げる。

 

「いいや、無理だ。先ほども言ったように、恵飛須沢さんが魔界の、ルシファーの居城に居るとして、その場合はルシファー以外にも側近の魔王たちや、他の悪魔たちともことを構える必要性が出てくる」

 

「……側近の魔王」

 

 晴明の魔王という言葉を聞いたアレックスは、前世におけるシュバルツバースの魔王たちを思い描くが、彼はそれを否定するように言葉を紡ぐ。

 

「恐らくアレックスさんは、かつてシュバルツバースにいたモラクスやミトラスなどを思い浮かべているのかもしれないが、残念ながらかの存在の側近たちはそんな生易しいモノたちじゃあない」

 

「……では、その、側近たちというのはどんなモノたちなんですか?」

 

 晴明の否定の言葉を聞いたアレックスは、ならばどんな悪魔たちがいるのか。と問いかける。

 その問いかけに晴明は少し息を吐いて自身の精神を落ち着かせて、ルシファーの立場と、そして、側近たちについて話す。

 

「……あぁ、その前に話しておくこととして、そもそもルシファーはガイア教、いや、カオス陣営の頭目として数々の、聖書陣営以外の、かの陣営に悪魔として貶められた神々すらも束ねる立場にいる。そして、彼の側近としては──」

 

 いよいよ晴明の口から側近の存在が語られる、と感じて息を呑む面々。

 

「有名どころで言えば、【高き館の主】【気高き主】【蝿の王】などと呼ばれ単純な力ではルシファーをも凌ぐと言われる魔界のNo.2【魔王-ベルゼブブ】それに、【魔王】の語源ともなった【第六天魔王波旬】【殺すもの】などの異名を持つ【魔王-マーラ】」

 

 晴明の口から出た側近の名前、アレックスからすれば前世で仲魔にした【魔王-アモン】すらも凌駕しそうなビッグネームたちに思わず顔をひきつらせる。

 だが、晴明の話をまだ終わりではなく、彼の口からまだまだ名前が告げられていく。

 

「他にも【魔界の宰相】である【魔王-ルキフグス】や、【天魔-アスラおう】など、はっきり言って名を列挙するとキリがないほど数多くの悪魔たちが存在する」

 

 アスラおうに関しては、こちらではヴィローシャナ、あるいは大日如来と言った方が通りがいいかもしれないが。と補足説明する晴明。

 それを聞いた悠里は、思わずといった驚きの様子で晴明を見る。

 それもそのはず、以前彼女が晴明に譲ってもらい、かれらの襲撃から九死に一生を得ることになった要因のお守りについて聞いたとき、彼はお守りには僅かなりとも大日如来の力が籠められている。と言っていたのだ。

 

 その時も、後に大日如来の由来を図書室で調べて驚いたのだが……。

 まさか、その大日如来がここで繋がってくるとは思わずにさらに驚くことになった悠里。

 しかし、そこで悠里はふと一つの可能性を思い付く。それは──。

 

「あの、蘆屋さん。あのお守り、大日如来様の力が籠められていた、というものを持ってたということは何らかのツテがあるということですよね……? それを使うことはできないんですか?」

 

 悠里本人にとっては名案とも思えた提案を晴明にぶつけるが、当の本人は流石に無理だ。と即座に否定するが……。

 

「いやいやいや、無茶を言わないでくれ。いくら多少なりとも繋がりがあるとは言っても──。……待てよ。こちらから救出に向かうのは無理でも──。いや、しかし」

 

「どうしたの、晴明さん?」

 

 悠里の提案を否定する途中でなにか考え始めた晴明を心配して話しかける透子。

 そんな透子の言葉に、思考の渦から帰って来た晴明は一つの可能性を思い付いたことを告げる。

 

「いや、何でもないんだ透子さん。ただ、一つ、もしかしたら、って程度の話でしかないが、何とかできる可能性が出てきたから恵飛須沢さんについては、こちらで動いてみるよ」

 

「ほんとうっ、はーさん!」

 

 晴明が言った言葉に身を乗り出して確認する由紀。

 由紀の急な行動に、晴明は気圧されるように仰け反る。

 そして──。

 

「あくまで可能性でしかないし、それに今回鍵になるのは俺じゃなくて──」

 

 そう言いながら晴明は由紀から視線を反らし、別の人物を見つめる。

 その人物とは。

 

「……アリスちゃん?」

 

 晴明の視線を追うように由紀も振り返ると、そこには友人である瑠璃を慰めようとしている魔人-アリスの姿があった。

 そして、皆の視線を急に集めることになったアリスは、どうしたの? とでも言いたげに首をコテン、と傾げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 晴明たちが帰還しての情報共有のしばらく後、一度は解散していた面々であったが、その中で一部、晴明とアリス、アリスの友人である瑠璃、そしてその瑠璃の姉である悠里の四名は再び、今度は放送室に集まっていた。

 しかし、なぜこの四名なのかが分からない悠里は困惑した様子で晴明に問いかける。

 

「あの、それで、なんで私とるーちゃんまで呼ばれたんでしょうか……?」

 

 その悠里の質問に、瑠璃もまた訳が分からないと言わんばかりにこくこく、と頷いている。

 そんな二人を見て、晴明は安心させるようにふんわりと笑うと、アリスの頭を撫でながら二人に優しげに語りかける。

 

「さっきも言ったように今回はアリスに頑張ってもらうんだけど、二人にはこの子の手伝いをしてもらいたいんだ」

 

「手伝い、ですか? でも、私たちは何をすれば……」

 

 晴明の手伝いという言葉を聞いた悠里は、しかし、彼女らの今までの活躍を知るからこそ自信なさげに、本当にできるのか、と暗に言う。

 だが、晴明はそんな二人を安心させるように、あるいは心配が杞憂であると断言するように、彼女らにとって予想外の言葉を告げる。

 

「別に何も? 君たちには普段通りにしてもらえればそれで良いよ」

 

「……はぃ? えっと、はぁ……?」

 

「意味が分からないとは思うが、まぁ、気負わずに、な」

 

「えっと、分かり、ました?」

 

 晴明との受け答えに本当に意味が分からない、と困惑の度合いを深める悠里。

 晴明はそんな彼女を苦笑しながら見つめると、今度は逆にうきうきとしているアリスに話しかける。

 

「それじゃアリス、準備は良いかい?」

 

「うんっ! 良いよ、ハルアキ。……赤おじさんと黒おじさん、二人とお喋りするの久しぶりだから、楽しみだなぁ」

 

「赤おじさん……?」

 

「くろおじさん?」

 

 アリスが喋るのが楽しみといった赤おじさんと黒おじさんという名称を聞いて、不思議そうに首をかしげる若狭姉妹。

 そんな二人を尻目に、晴明はガントレットを操作しながら、通信を繋げるぞ、と告げる。

 すると、直後にアリスの前にバロウズを媒体としたホログラムが浮かび上がり、そこには赤いスーツを着た小太りの白人男性と、隣には黒いスーツを着て、全体的にすらりとした黒人男性の姿があった。

 

[ふむ、デビルサマナーよ。アポイントメントもとらずに急に通信など──! アリス、アリスではないか! 元気でやっていたかね! なにか困ったことは──、何をする、黒男爵!]

 

[ええいっ! 黙りたまえ、赤伯爵! 目の前にかわいい、かわいいアリスがいるのだぞ! そのような些事に拘るでない! ……それよりもアリス、急にどうし、あ痛っ!]

 

 通信が始まった当初こそ威厳のある声で小太りの男性だったが、アリスの姿を見つけた途端猫なで声で彼女へ喋りかけようとするが、彼のアリスという名を呼んだことで後ろにいた黒人男性もアリスがいることに気付く。

 そして、小太りの男性をまるで邪魔者扱いするかの如く引きずり下ろすとアリスに喋りかけようとするが、そこで小太りの男性に腕を噛まれて悲鳴を上げる。

 その後二人は、アリスが見ていることも忘れて、彼女の目の前で大人げない取っ組み合いの喧嘩を始めてしまった。

 

 それをまざまざと見せつけられているアリスは、恥ずかしさからか、あるいは二人の不甲斐なさに怒りを覚えているのか、青白い肌を朱色に染めてやるせない声を上げる。

 

「赤おじさん、黒おじさん……」

 

「えっと。……あの、蘆屋さん? これは一体……?」

 

 アリスの手伝いということで緊張していた悠里は、あまりにもあんまりな、ある意味においては予想の斜め上をいく光景を見せつけられ、先ほどとは別の意味で困惑していた。

 そして、晴明に説明を求めるように話しかけたが、件の晴明も彼らの醜態に顔をひくつかせて、あーだの、うーだの呻いている。

 

 一頻り現実逃避をしていた晴明だったが、流石にこれ以上彼らの醜態を晒すのは、彼らの威厳的にも、何よりアリスの精神衛生的にも良くないと思い、悠里の質問に答えると同時に二人を諌める。

 

「あぁ……、なんというか、あの二方はアリスの保護者みたいな方たちでなぁ……。──あなた方もそこまでにしないと、アリスに嫌われますよ?」

 

 はたしてその言葉の威力は絶大だったようで、今の今まで喧嘩をしていたことが嘘のようにぴたりと動きを止める二人。

 喧嘩をやめた二人は恐る恐るとアリスの方を見るが、そこにはハムスターもかくや、と頬を膨らませて涙目で二人を睨み付けているアリスの姿があり、その後しばらく二人を相手に烈火の如く叱るアリスと、その声を聞きながら縮こまる大人たち、というなんとも情けない光景が広がるのだった。

 

 

 

 

 

 アリスの激怒からしばらく後、ようやく彼女の怒りも収まり、本来の、赤伯爵と黒男爵に告げられる状態まで落ち着いてきた。

 そんな中で二人を代表して赤伯爵が喋りはじめる。

 

[──失礼した。それで、結局用件はなんだったのかな?]

 

 彼の問いかけにアリスは恥ずかしげにもじもじすると、意を決したように瑠璃に抱きついて彼女を紹介する。

 

「えっと、あのね? ……赤おじさん、黒おじさん。アリスにお友だちができたの。瑠璃っていうんだよっ!」

 

[なるほど、アリスに友達が──ともだち? その娘がかい?]

 

「うん、そうだよ!」

 

[そ、そうか、そうか!]

 

 アリスからの告白を聞いていた赤伯爵だったが、まさか彼女の口から生きている人間を友達にしたという言葉が飛び出るとは思わずに驚きをあらわにする。

 が、すぐに落ち着きを取り戻すと瑠璃に優しく話しかける。

 

[それでお嬢さん? お名前を聞かせてもらっても良いかな?]

 

「るーは若狭瑠璃だよ」

 

 そう言いながら瑠璃は自身の姉である悠里を見る。

 そのことで赤伯爵と黒男爵の視線も彼女に移る。

 彼らの視線で、言外に何者かと問われていると感じた悠里もまた自己紹介をはじめる。

 

「……私は若狭悠里。るーちゃんの姉です」

 

「ゆうりおねーちゃん、りーねえのお料理はすごく美味しいんだよ!」

 

 彼女の自己紹介の後に嬉々とした様子で情報を上乗せするアリス。

 彼女の発言に照れたのか、悠里はほんのりと顔を赤くしてアリスちゃんと呼びかける。

 そんな二人の様子に赤伯爵は微笑ましいものを見るように顔を綻ばせる。

 

[うむ、うむ。良かったね、アリス]

 

「うんっ!」

 

 アリスの幸せそうな様子に赤伯爵は満足そうに笑みを浮かべる。

 そして、そのまま赤伯爵は悠里に話しかける。

 

[きみ、悠里といったね]

 

「……は、はい」

 

[きみと妹御に感謝を。もともと我等があの子の保護者のようなものだったが、我等ではあの子を本当の意味で笑顔にできなんだ]

 

「あっ、いえ……」

 

 まさか悠里も、赤伯爵のような如何にも身分の高そうな人物が感謝の言葉を、しかも深々と頭を下げてまで行うとは思っていなかったようで逆に恐縮している。

 赤伯爵は下げていた頭を上げると、次に晴明へと話しかける。

 

[デビルサマナーよ、貴様も良くやってくれた。どうやら貴様にあの子を預けたのは正解だったようだ。……まさかあの子が、永遠の友達(死者)しかいらない、と人の心を失いかけていたあの子の心を取り戻すとは]

 

 そう感慨深げに喋る赤伯爵。それに同意するように黒男爵も頷く。

 

[誠に、此度のことは褒美を与えねばならんな。それに宴の準備も、だ]

 

[まったくよな。では、褒美の件は追って伝えよう]

 

 そうしてそのまま通信を切ろうとする赤伯爵と黒男爵だったが、その前にアリスから待ったの声がかかる。

 

「あ、まって。おじさんたちっ! 今日はおじさんたちにお願いがあったの」

 

[おや、そうだったのか。これは済まないことをしたね、アリス。それでお願いというのは?]

 

 赤伯爵の問いかけに、アリスは若狭姉妹見て頷くとお願いを、恵飛須沢胡桃の件について告げる。

 

「おじさんたちにくるみおねーちゃんを助けてほしいの!」

 

[…………くるみ、おねーちゃん?]

 

 アリスの胡桃を助けて、という言葉に訳が分からず目を丸くする赤伯爵たちだったが、そこで晴明が助け船を出す。

 

「その件に関しては、こちらから詳しく説明しよう」

 

[ふむ、そうか。では、そのくるみというのはなんなのだ?]

 

「あぁ、それについてだが、その前に赤伯爵。そちらの閣下が最近こちらに遊びに来たことは知っているか?」

 

[あぁ、知っているとも。まったくあのお方の放蕩癖にも困ったものだ。しかも、人間の小娘まで拾って────まさか?]

 

言葉の途中で嫌な可能性に思い至ったのか、赤伯爵は顔をしかめる。

そして晴明も赤伯爵の考えを肯定するように答える。

 

「そのまさか、だ。その閣下が連れ帰った少女の名前は恵飛須沢胡桃。ここにいるアリスを含めた全員の友人なんだ、これがな」

 

晴明の返答。そしてさらに付け足されるように告げられた、貴依からの情報を聞くことになった赤伯爵はやっぱりか、と痛みだした頭を抱える。

赤伯爵の様子にアリスは瞳に涙を浮かべながら、不安そうに話しかける。

 

「……おじさん、やっぱり、だめ?」

 

 そんなアリスの様子に、赤伯爵は深くため息を吐くと、アリスを安心させるように話しかける。

 

[あぁ、あぁ、アリス。大丈夫だとも。我等に任せなさい。その娘御の安全は保証するとも]

 

 赤伯爵の宣言を聞いてアリスはぱぁ、と満面の笑顔を花開かせる。

 しかし、赤伯爵は安心したようにほっとしているアリスや、若狭姉妹に釘を刺すように一言告げる。

 

[だが、アリスよ。おじさんたちにも立場というものがある。だから、保証できるのはあくまで娘御の命だけ、だ。娘御が自ら修羅道に入るというのなら、それに関しては我等はどうすることもできん]

 

「……なんで?」

 

 赤伯爵の言葉に不満を覚えたのか、アリスは不機嫌になりながら問い詰める。

 そんなアリスの問い詰めに、赤伯爵は簡潔に、一言で答える。

 

[それが我等の、カオスの法だからだ]

 

「カオスの、法?」

 

[そう、カオスの法。我等は力を持つもの、力を貪欲に得ようとするものを是とする。故にその娘御が()()()()()()()()()()()()()()と言うのならば何者であろうとも止めることは罷りならん。それが例え閣下であろうとも、だ]

 

 赤伯爵の真剣な、例えアリスの願いであろうとも聞き入れることはできない、といわんばかりの意志のこもった言葉を聞いたアリスは、悲しそうにしょんぼりとしている。

 そのアリスの顔を見た赤伯爵は、思わず前言を撤回しそうになるが、それでも、と鋼の意志を見せる。

 

[ともかく、娘御の命だけで納得しなさい。それではまた会おう]

 

 そしてそのまま二人との通信は途絶える。

 通信が切れたあと、辺りは重苦しい雰囲気に包まれるが、それを払拭するように晴明が喋る。

 

「ま、まぁ。少なくともこれで最悪の事態だけは回避できたのだから、今はこれで良し、とするべきだろう。な?」

 

「うん、そうだね……」

 

 晴明が励ますように言葉を告げるが、それでも重苦しい雰囲気は払拭出来ず、しばらくの間そのままの空気が漂うのだった。



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幕間6 矛盾

 ここは巡ヶ丘で学園生活部が暮らす高校とは別の生存者たちが生活する聖イシドロス大学。

 その中で生存者のうち女性陣が暮らす学舎内の窓から、物憂げに空を見上げる一人の女性。

 彼女の名は神持朱夏。学園生活部と合流した蘆屋晴明の弟子であり、即ち祠堂圭の姉弟子にあたるペルソナ使いだ。

 

 しかし、なぜ彼女が青天の、清々しくなるほどの晴れ模様の空とは真逆の心境になっているのかというと、少し前に晴明の仲魔であり、そして現在はここに居を構える大天才【Dr.スリル】の護衛として共に暮らしている英雄-ジャンヌダルクから嫌な情報がもたらされたからだ。

 その情報とは。

 

 ──マスターの反応、契約のラインが途切れました。

 

 端的に言えば現在晴明が行方不明、最悪生死すら不明、というものだった。

 一応ジャンヌは晴明の仲魔の中でも特殊な存在で、彼のMAG供給がなくても現界でき、さらには保険としてチャクラ金剛丹と呼ばれる少量であるが無限にMAGを補給できるアイテムを貸し与えられている。

 そのことから大学防衛という意味では問題ないのだが……。

 

「──いつか、こんな日がくるかもしれない。確かにそう思ってはいたけれど……」

 

 独りごちながらため息を吐く朱夏。そこには一人の男性の無事を祈ると同時に、現状を憂う女性の姿があった。

 

 もともと朱夏にとって晴明とはただの、というには語弊があるかもしれないが命の恩人、程度の認識しかなかった。

 その認識が変わりはじめたのは、彼に弟子入りをした後、のちに十七代目葛葉ライドウとなる親友、葛葉朱音との出会いからだった。

 

 それまでの朱夏はいわゆる天才肌と呼ばれ、そして、そのことから彼女の目線で見ると同年代はもとより、大人たちですら程度が低いこともままあり、その結果彼女は日常が下らない、と無気力になっていた。

 その後彼女はある時に偶然異界に取り込まれ、ペルソナに覚醒。

 そこで晴明に助けられたわけだが、助けられた当初自身よりも遥か高みにいる晴明の存在に歓喜したものの、内心の、深層意識のある部分では、どうせすぐに彼の領域も超えてしまう。と小馬鹿に、ある意味では自意識過剰に考えていた。

 

 しかし晴明は朱夏のそんな内心を見抜いていたようで、彼女の天狗の鼻を折るために同年代の、当時中学生だった妹分である朱音に会わせることに。

 そこで初めて彼女はライバルというにはあまりに遠く、壁というにはあまりに分厚く、それでいてそこに対して鼻にかけることもなく自然体でいるという、自身を楽しませてくれ、なにより目標として導いてくれる。そんな親友を見つけたのだ。

 そして、その目標(親友)が家族としての色目もあるだろうが、それでも誉め称える男性ということで興味を持ったのが始まりだった。

 

 その後、朱夏はペルソナ使いとしての修行のために故郷巡ヶ丘を離れ、多くの人との繋がりを経て人間的に成長。

 それと同時に一番近くで晴明を観察していくうちに、彼女の中で彼に対する淡い恋心が生まれていった。

 だが、その時点ではまだ彼女自身自覚していなかったが、ある時親友の朱音とした晴明に関するとあるやり取りで自覚することになる。

 

 ──詳しい事情は言えないけど、ハル兄は生き急いで、というよりも死に場所を求めてるように感じることがあるんだ。

 

 その時の朱夏の心境としては、愕然すると同時にどこか腑におちた。と言える。

 それもそうだろう、晴明の事情──転生者であることはともかくとして、この世界がそこかしこに世界滅亡フラグのあるメガテン世界であるということ──を知らない朱夏にとって彼の行動は支離滅裂に感じれたのだ。

 

 彼は、晴明は常日頃から戦いの理由を死にたくないから、と公言する割には常に自ら死地に赴きボロボロになりながら生還する。そんな行動を繰り返していた。

 それは傍目からすれば完全なる自殺願望者のそれにしか見えない。

 その理由を親友(朱音)は知っているようであったが、そのことに関して彼女は固く口を閉ざしていた。

 

 その理由を推し量れないことに歯痒い思いをしながらも朱夏は晴明に何ともいえない苛立ちを感じていた。

 そんな日常を送る中で朱夏は、ぽつりと親友がこぼした言葉を耳にする。

 

 ──もしも、ハル兄に好い人(恋人)ができたら、無茶をするのもやめる、のかなぁ……?

 

 そんな親友の呟きを聞いた朱夏は、そこで晴明の隣に居座る見ず知らずの誰かを想像して即座に不快感を、嫌だな、という感情を剥き出しにする。

 そこで彼女は初めて晴明に対して好きだ、と。あの人の隣は自分じゃなきゃ嫌だ。という感情があることに気付く。

 

 その後朱夏は、恋する乙女として晴明の気を引くために様々な行動を起こすようになる。

 尤も、朱夏の耳に()()()()()()()()()()呟いた親友がしてやったり、と笑みを浮かべていたことに(つい)ぞ気付くことはなかったが。

 

 

 

 

 とにもかくにも、彼女にとって想い人である晴明の生死不明の報を聞いた朱夏は、彼は無事なはずと思いながらも、一抹の不安を拭いさることができずにここで黄昏ていたという訳だった。

 

「はぁ……。晴明さん、一体どこに……。──うん?」

 

 晴明のことを心配しても仕方ないと思いながらも心配してしまう朱夏は、不安に押し潰されそうな心のままため息を吐いて再び空を見上げるが、そこには先ほどまでいなかったはずの鳥が気持ち良さそうに空を舞っていた。

 なにか惹かれるものがあったのか、朱夏はその鳥から目を離せなくなる。

 鳥を見つめていた朱夏だったが、鳥はぐんぐんとこちらに近づいてきて──。

 

「──えっ?」

 

 効果音にすれば、すこぉん、と小気味良い音を響かせながら額に激突。

 

「──────!!」

 

 その激突した痛みに朱夏はもんどりうって倒れながら声にならない悲鳴を上げる。

 そしてその直後、朱夏の悲鳴と、なにより彼女が倒れたときの音を聴いて、ジャンヌが武装した状態で部屋に駆け込むが。

 

「……なんですか、この状況?」

 

 そこには額を押さえながら痛みに悲鳴を上げてのたうち回る朱夏と、それを見つめている()()鳩というカオスな光景が広がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 それから暫くした後、朱夏とジャンヌ、それに捕獲された白い鳩は理学棟、Dr.スリルと青襲椎子の研究室に訪れていた。

 

「あいたたた……」

 

「それにしても朱夏ちゃん。空見上げてたら飛んできた鳩と激突なんて、レアい体験したなぁ」

 

「五月蝿いわよ、Dr.スリル! ……痛ぅ」

 

 未だに激突したところが痛むのか、朱夏はスリルの診察を受けていたが、彼が含み笑いを浮かべながらからかってくるので文句を言う。

 しかし、文句を言う時に力が入ってしまったために、またもや痛みが走り患部を押さえる。

 そんな二人のやり取りを見て椎子は呆れたようで、嘆息して朱夏たちに話しかける。

 

「ふぅ……、神持。痛いのなら大人しくしていろ。Dr.もあまりこいつをからかうな」

 

「いやぁ、すまんすまん。朱夏ちゃんの反応がおもろくて、ついつい……」

 

 頭を掻いて、悪びれた様子もなく告げるスリルに再び嘆息する椎子。

 それから次になぜかジャンヌへと話しかける。

 

「それでジャンヌダルク。なぜ捕獲した鳩の検査を拒む。未だにゾンビ化現象の完全なる把握が出来ていない以上、少しでも可能性があるのなら調査するのが道理だろう」

 

「それは……」

 

 椎子の追求に言い淀むジャンヌ。

 そして何事かを考え込んでいる様子だったが、覚悟が決まったのか、なぜ彼女が鳩の検査を拒んだのか、その理由を告げる。

 

「椎子さん。以前に私が歴史上に語られた英雄、と自分で言うのは烏滸がましいですが、ともかく、百年戦争のジャンヌダルク本人だということは話しましたよね?」

 

 ジャンヌの確認ともとれる言葉に頷く椎子。

 

「それは、まぁ。にわかに信じ難いが専門家のDr.からの太鼓判もあるのだし事実なのだろうが。それで、それが?」

 

 椎子自身も半信半疑ながらも、共に研究するスリルからの説明もありひとまずは信用していると言う彼女だが、それと今回の件、なにが関係するのか、と問いかける。

 

「私がどういう出自でどうやって百年戦争に参加したか、なんてのも伝わっていると思いますけど……」

 

「ああ、確か天の声がどうとか────まさか?」

 

「ええ、ご想像とは少し違うかもしれませんが、この鳩から聖なる気配が、それもかなり高位の力を感じるのです」

 

 それを聴いて驚きの表情をもって鳩を見つめる椎子。そして椎子につられるようにほかの面々も鳩に視線を向ける。

 すると、鳩は、否、聖霊はジャンヌの言葉を肯定するように威厳ある声を発して者共に語りかける。

 

「──人の子よ。我を讃えよ。栄光に満ちた、並ぶことなき我が名を讃えよ。我は■■■■」

 

 鳩が喋り出すと同時に、かの身から絶大なる神威が放たれ、部屋の中にいたものたちは己の意思とは無関係に這いつくばる。

 その中で唯一ジャンヌだけがかろうじて武装を展開する。しかし、それでも聖霊から放たれる威圧感が凄まじく、なんとか立ってはいるものの、戦闘を行える状態ではない。

 そしてジャンヌは聖霊に、なぜここにいるのか。そして、なぜこのようなことをするのか問いかける。

 

()よ! なぜですか! なぜこのような──」

 

「なぜ、か。……なぜだろうな?」

 

「……え?」

 

 ジャンヌの問いに答えるでもなく、ただ単に疑問をもったように独りごちる聖霊。

 あまりにも場違いな、全知全能とも呼ばれる存在がこぼした言葉に思わずジャンヌは呆然とする。

 聖霊はそんな彼女を一瞥すると朱夏に向かって語りかける。

 その時には聖霊から放たれていた神威も収まっていることもあり、朱夏は荒い息を整えながら聞く体勢に入っていた。

 

「我が子を産んだ()の有り得ざる姿を身に宿せし人の子よ。汝は何故にあの咎人とともに生きようと欲す?」

 

「……咎人、ですって? 誰が?」

 

「汝らが言う蘆屋晴明という(モノ)──」

 

 聖霊の言葉が聞こえた瞬間、朱夏は怒りで顔を歪ませて怒声をあげる。

 

「ふざけるなっ! 師匠(せんせい)が、晴明さんが何をしたと──」

 

「かのモノ、現世に産まれたこと、生きていることが罪なれば」

 

「──────は?」

 

 怒声をあげた朱夏だったが、続く聖霊の言葉を聞いて呆けた声を出しながら思考停止に陥る。

 

 ──産まれたことが罪って、どういう……?

 

 かろうじてそのことだけ考えることができた朱夏。そんな彼女を尻目に晴明の仲魔たるジャンヌが聖霊に質問する。

 

「……主よ。マスターが存在するだけでなぜ罪になるのですか?」

 

 ジャンヌの質問に聖霊は気怠げに彼女を見やると彼女も含め、この場にいる全員にとって驚きの言葉を告げる。

 

「オルレアンの乙女よ、汝の姿こそ、あのモノの罪の象徴である」

 

「私の姿が……! どういうことなんですか!」

 

 身に覚えも、心当たりもないジャンヌは驚きのあまり自身の胸に手を当てながら、切羽詰まった表情で聖霊に尋ねる。しかし、それに聖霊が答えることはなく──。

 

「心せよ人の子よ。此度の禍、あのモノにも──」

 

「──五月蝿い」

 

 朱夏に何事かを告げようとする聖霊の言葉を遮る。

 

「五月蝿い、煩い、ウルサイ!」

 

 晴明を、自身の想い人を侮辱されたと感じた彼女は聖霊に対してそのまま射殺せそうなほどの憎しみを視線を注ぐ。

 すると、朱夏の視線、その害意に気付いたのか空間が歪み大天使-ガブリエルが顕現し、聖霊を庇うように躍り出る。

 

「無礼なっ! いくらあのお方、その力の一端を宿す人の子とはいえ、我等が主に害なすならこの場で切り捨てましょう──!」

 

「させません!」

 

 朱夏たちに対して敵意を隠さないガブリエルを見たジャンヌは、彼女たちを守るように前に出る。

 ジャンヌの行動を見たガブリエルは自身の邪魔をするな、と激昂する。

 

「ジャンヌダルクよ! 貴様も聖人であれば、なぜ主を侮辱するものを守ろうとするか!」

 

「……彼女はマスターの弟子で私の友人です!友を護るのに理由が要りますかっ!」

 

そのまま睨み合う両者。そこに聖霊が間に割って入る。

 

「やめよ、我が忠臣。それにオルレアンの乙女よ」

 

「しかし、主……」

 

「良いのだ、ガブリエル」

 

「…………はっ」

 

 聖霊に制止されたガブリエルは恭しく頭を垂れる。

 ガブリエルが止まったことを確認した聖霊は再び朱夏に質問を投げ掛ける。

 

「それで人の子よ。汝はなぜ、そこまでしてあのモノとともにあろうとする?」

 

 空気を読まずに、ある意味ではマイペースすぎる聖霊を見た朱夏は毒気を抜かれたように嘆息する。

 

「……馬鹿みたい」

 

 朱夏の発した言葉に激昂するガブリエル。

 

「貴様っ!」

 

「ガブリエル、良いと言ったぞ?」

 

「しかしっ! ──承知、致しました」

 

 聖霊に再び制止されてしまったガブリエルは忌々しげに朱夏を見る。

 尤も朱夏と、聖霊もそんな彼女を捨て置いて先ほどの問答を続ける。

 そして朱夏は、聖霊に憐れみの視線を向けると。

 

「本当、窮屈そうね」

 

「窮屈、とは?」

 

 朱夏が言った窮屈という言葉に身に覚えがない聖霊は首をかしげる。そんな聖霊に苦笑すると。

 

「いちいち一緒にいることに対して理由を求めること自体ナンセンスなのよ」

 

「……む」

 

「さっきジャンヌが私たちを守るのに理由なんて要らないと言ったみたいに、私も、私があの人の横に立ちたい、ともに歩みたい。そう思ってるから、私は、私の心の命じるままに動く。それに──」

 

「それに……?」

 

「あなたたちの教義では、誰かを想い、愛する。それにも理由が必要なのかしら?」

 

「……ぐ、むぅ。そのようなものは──」

 

 聖霊の押し黙る様子にころころと笑う朱夏。そして──。

 

「あなたも、いえ、あなた(唯一神)だからこそ分かるのではなくて? 人は感情を持つ生き物で、時には理よりも感情を優先するものだって」

 

 その朱夏の言葉に聖霊はふぅ、とため息と吐く。

 

「なるほど、道理だ。──人の子よ、褒美、という訳ではないが」

 

 そう言いながら聖霊は自身の足に括られていた物をガブリエルに解かせるとそのまま渡す。

 ()()を渡された朱夏はしげしげと眺める。

 

「『わたしたちは、ここにいます』? ──これって!」

 

 朱夏に渡された物、それは学園生活部が書いた『おてがみ』だった。

 そして、そこには巡ヶ丘学院高校の名と学生らしき人物たち、そして彼女にも見覚えがあるピンク色の髪にワンピースと着た女性。恩師である佐倉慈の姿が描かれていた。

 それを見た朱夏ははらはらと涙を流す。

 

「そっか、めぐねえ。無事だったんだ……」

 

 それは恩師の無事を喜ぶ涙であった。

 

 

 

 

 

 暫くの後に、聖霊とガブリエルが聖イシドロス理学棟を去ったあと、朱夏たちは聖霊について話していた。

 

「それで結局、あの神さんは何しにここに着たんかな?」

 

「さぁ……? 理由なんて何もなかったか、それとも」

 

「それとも……?」

 

「学園生活部、だっけ? その子たちのお願いのために、律儀に生存者を捜してたのかも、ね」

 

 『おてがみ』をヒラヒラと振りながら冗談っぽく振る舞う朱夏。

 それを聞いたスリルはぷっ、と吹き出したあと。

 

「またまたぁ、んな訳あるかいな。第一、天使たちならともかくとして神さんが直接下々の願いを聞くなんて、それこそなんの冗談や」

 

「さて、ね。それこそ『神のみぞ知る』てやつじゃない?」

 

「それもそうやな」

 

 それを機に聖霊の話題を打ち切って、朱夏たちは改めて情報交換と、念のための朱夏の治療を続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 一方その頃、聖イシドロスを去った聖霊とガブリエルは大空を悠然と羽ばたいていた。

 その最中、聖霊がぽつりとこぼす。

 

「なぜ、我は──」

 

「どうされましたか、主?」

 

「ガブリエルよ、なぜ我は人の子を産み出したのであろうか……?」

 

「──は?」

 

 聖霊がこぼした愚痴にも思える言葉に、目を丸くして呆けた声を上げるガブリエル。

 呆けた表情を見せるガブリエルを、内心おかしく思いながらも聖霊はさらに言葉を続ける。

 

「我の手足となって働くもの、という意味では貴様たちだけで問題なかったはずなのだ。だというに、なぜ、わざわざ人を、しかも我に似せて創ったのだ……?」

 

「は、はぁ……。申し訳ありません。私めには、主の深遠なるお考えを読み解くことは……」

 

「いや、良い。このようなことを言っても詮なきことよな」

 

 そのまま二柱は暫くの合間無言で空を飛び続ける。

 そして、無心のまま空を飛ぶうちに何かの考えがまとまったのか聖霊がガブリエルに話しかける。

 

「ガブリエルよ。我は一度あの人の子らのもとへ戻ろうと思う」

 

「……主?!」

 

「あの学園生活部、であったか。あの者らとともにおれば、あるいは我の答えが見つかるやも知れぬ」

 

「ですが……!」

 

「良い、良いのだ。これもまた戯れよ」

 

 そのまま聖霊はガブリエルを置いてきぼりにして加速する。

 

 ──本当、窮屈そうね。

 

「窮屈そう、か。その意味も、あの人の子らとともにあれば分かるのかも知れぬな」

 

 そう独りごちながら、聖霊は一路巡ヶ丘学院高校へ、学園生活部のもとへ帰路を急ぐのだった。








8/9 朱夏の設定に矛盾が生じていること、及び脱字に気付き修正。
いくら題名が【矛盾】だからって、そこを矛盾させちゃだめだろうに……。


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第四十四話 相談

 赤伯爵や黒男爵との会談が終わった翌日。晴明は自身に宛がわれた部屋でガントレットを操作しながらバロウズと話し込んでいた。

 

「それでバロウズ。悪魔召喚プログラムの方に異常はないか?」

 

《ええ、大丈夫よマスター。修理も終わったし、今のところ問題なく稼働してるわ》

 

「それは良かった」

 

 そう言って安堵のため息を吐く晴明。

 そんな晴明を見て笑うバロウズだったが、ふと気になったことを晴明に話す。

 

《そういえばマスター? まだジャンヌに連絡していなかったわよね?》

 

「ん? あぁ、そういえばそうだな」

 

《今からでも連絡した方が良いんじゃないかしら? ほら、多分あの子から朱夏ちゃんに行方知れずになった連絡がいってるだろうし……》

 

 バロウズからの提案を聞いた晴明は、確かにと頷く。そしてそのままバロウズにジャンヌと通信を繋ぐように告げる。

 

《オーライ、それじゃ繋ぐわね》

 

 バロウズの返事の後、すぐに通信がはじまるがそれと同時にジャンヌの大声が部屋に響き渡る。

 

[マスター、ご無事ですか!!]

 

 彼女の声の大きさに思わず耳を塞ぐ晴明。

 しかし、今回の通信が映像を写すタイプのものではなかったためにジャンヌは晴明の行動を把握しておらず、彼の返事がないことから何か問題があったのか、と心配してさらに声を張り上げる。

 

[マスター! ……マスター?! 返事をしてください!]

 

「そんなに叫ばなくても聞こえている。というよりも耳が痛いから声量を下げてくれ」

 

[あっ、すみません……。でも無事で良かった]

 

 晴明の声を聞いたジャンヌは、彼の苦言に最初恥ずかしそうに、しかし、声を聞いたことで無事だと分かったようで安心しているようだった。

 そして、安心した雰囲気を発しているジャンヌの声を聞いた晴明もまた、彼女に謝罪の言葉を述べつつも自身の無事を伝える。

 

「済まないな、心配をかけたようだ。だが、こちらは五体満足なのでな、安心してくれ」

 

 そういうと晴明は自身に何が起きたのかを説明していった。それを聞いたジャンヌは。

 

[……正直、驚きました。まさか、異世界に召喚されて、その場所に聖典世界、でしたか。その世界の美紀さんたちがいたなんて]

 

「ああ、それには俺も驚いたよ」

 

[しかも、マスターは聖典世界のことも、私たちの、メガテン世界と同じようにご存じだった、と?]

 

「ご存じ、と言えるほど詳しくはないんだがな。精々、名前と触り程度を知っていたくらいで」

 

 その言葉を吐いた後、晴明はため息を吐いて、それに、とさらに言葉を続ける。

 

「もし、すべてを知ってたのなら、こんなことになる前に手を打ってたさ。……まぁ、ただでさえゾンビパンデミック物にメガテン要素までぶっこんであるこの世界で、どこまで効果があるかは分からないが、ね」

 

 晴明の言葉とともに部屋の中に重苦しい沈黙が落ちる。

 そして、その沈黙を破るように晴明はジャンヌに話しかける。

 

「そういえば朱夏のやつは大丈夫なのか?」

 

 晴明の言葉で、朱夏に対して晴明が行方不明になったことを報告していたのを思い出したジャンヌは、ハッと息を呑み、そして。

 

[確かに、あの娘に伝えないと! すぐに戻りますね!]

 

 その後、慌ただしく扉を閉める音が聞こえる。朱夏を呼びに行ったのだろう。

 そんなジャンヌの様子に晴明は。

 

「……いや、そこまで慌てなくとも」

 

 と、呆れたようにこぼすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

[それで、晴明さんたちは無事に帰ってこれた、と]

 

「まあ、そう言うことだな」

 

[……とにかく無事で良かった]

 

 ジャンヌが慌てて呼びに行ってから、そう時を待たずに二人は部屋に着いたようで、朱夏の緊迫した声を聞いた晴明は彼女を安心させるために事情を説明していた。

 それを聞いた朱夏はようやく安心できたようでホッとした声色を滲ませている。

 そうして一安心していた朱夏だったが、そうなると今度は彼の説明に出てきた聖典について多少の好奇心が湧いてきたのか、そのことについて質問する。

 

[そういえば、さっき言ってた聖典なのだけど]

 

「うん? それがどうかしたのか?」

 

[それに私や晴明さんは出てきてたのかしら?]

 

「あ~、それなぁ……」

 

 朱夏の質問を聞いた晴明は、面倒な質問が来た。と言わんばかりに頭をがしがしと掻く。

 そして本当に話すべきが悩む晴明だったが、この色んな意味で勘の良い一番弟子なら、言わなくてもいずれ自力で真実に辿り着く可能性が高いと思い、それでショックを受ける前にこちらで種明かしをすべきと考えると、そのまま彼女の望み通りに答えを言うことにした。

 

「まぁ、まず結論から言うと俺やライドウ(朱音)は存在しなかったようだが朱夏、お前は聖典に記述されてたみたいだぞ」

 

[そ、そう……]

 

 晴明の答えを聞いた朱夏は想い人(晴明)親友(朱音)が存在していなかったことに残念そうな声で返事をする。

 だが、そこで二人が存在しないのに自身が存在する、という事実に彼女は不思議そうな声をあげる。

 

[晴明さんや朱音がいないのに、私はいるの……?]

 

「あぁ、あの子。ランプという子だったけど、あの子の反応だと少なくとも朱夏は確実に存在してたみたいだぞ。……まぁ、お前の名前を聞いた時に、思い切り顔を引きつらせていたが」

 

[……え?]

 

「まぁ、理由を予測できるといえば予測できるが、な」

 

[そう、なの?]

 

 ランプが朱夏の名前を聞いた時、()()で顔を引きつらせていた理由を予測できると言った晴明に、疑問の声をあげる朱夏。

 だが彼女は晴明からその理由を聞いて後悔することになる。

 

「俺たちとお前が出会わなかったということは、お前の性格の矯正がされなかった、ということでもあるわけで──」

 

[え゛……]

 

「まぁ、なんだ。色々と調子に乗ってやらかしたんだろうなぁ……」

 

[──あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁあ゛っ!!]

 

 晴明が遠い目をしながら告げた言葉を聞いた朱夏は、トラウマを刺激されたのか、奇声をあげる。

 そして直後に何かが倒れる音と、ごろごろと転がる音が聞こえてきたことから彼女がのたうち回っていることを予測した晴明は深々とため息を吐くのだった。

 

 

 

 

 

 そうして暫く発狂していた朱夏だったが、さらにもう少しの時間が経った後に正気を──いい加減焦れたジャンヌにぶん殴られたことで──取り戻していた。

 因みに、通信越しなので晴明たちに見えていないため気付いていないが、手甲を着けたジャンヌにそのまま殴られたことから、今彼女の頭には立派なたんこぶが出来ていた。

 まぁ、仮にそれに気付いたとして、晴明がそのことを指摘すると再び朱夏が発狂して元の木阿弥となってしまうために、敢えて指摘はしなかっただろうが……。

 

 それはともかくとして、晴明は自身がエトワリアに召喚されていた間、彼女たちに何かあったか情報交換しようとするが、その前に朱夏から質問が飛んでくる。

 

[そういえば晴明さん、めぐねえは無事だったの?]

 

 その質問を聞いた晴明は、そういえば彼女に報告するのを忘れていたことに気付いて、謝罪しながら彼女が無事であることを告げる。

 

「あぁ、そういえばここに来てからも忙しくて報告するのを忘れていたな、すまん。佐倉慈教諭は無事だったよ。……まぁ、今回のエトワリア召喚騒動にも巻き込まれたんだが、そちらでも怪我は負っていない。五体満足というやつだ」

 

 それを聞いた朱夏はホッとした感情を声に乗せて呟く。

 

[そう、なんだ。良かった。()()()()無事だったのね……]

 

「……やっぱり?」

 

[ええ、実は……]

 

 そうして朱夏は、なぜ自身が慈の無事を知っていたのか、晴明がいない間に来訪した聖霊と大天使-ガブリエルについて説明していく。

 そのことを聞いた晴明は、あまりの驚きに暫く絶句していたが、なんとか精神を再構築させると言葉を絞り出す。

 

「…………それは、本当に聖霊、あの唯一神だったのか?」

 

[ええ、間違いありません。あの力、あの輝き、あの神聖さ。間違いなく主の、主に連なるものでした]

 

 晴明の出来れば間違っていてほしい。という望みを掛けた問い掛けに、しかし、ジャンヌが彼の心に絶望をもたらすように否定する。

 それを聞いた晴明は、急激に痛くなる頭を押さえながらぽつり、と呟く。

 

「あの子たちの前に現れたルシファーだけじゃなくて、今度はあの聖四文字が、しかも現世に降臨だって? …………本当にどうなってやがる」

 

 下手すれば真・女神転生の東京沈没や、真・女神転生Ⅱのメギドアーク以上の事態が起きるのではないか、と考えて、晴明はさらに頭を抱える。

 そして、晴明が頭を抱えるもう一つの要因。

 

「さらにいえば朱夏たちのもとへ向かう前にあの子たちに接触していた? 恵飛須沢さんはルシファーだけじゃなくて、聖四文字にも見初められてた可能性があるってこと、なのか?」

 

 どんだけ才能に溢れてたんだよ。と、思わず毒づく晴明。

 だが、晴明はすぐに頭を振って、嫉妬にも似た感情を追い出すとジャンヌに話しかける。

 

「それで? その後、聖四文字はどうしたんだ?」

 

[それが、そちらの学園生活部、でしたか。彼女たちの手紙を渡し終えると役目は終わったとばかりに飛び去ってしまって……]

 

「現在、行方不明、と……。出来ればそのまま魔界か、やつ自身の世界に帰ってるとありがたいんだがな……」

 

[あはは…………]

 

 晴明の疲れたような物言いに力ない笑い声をあげるジャンヌ。

 しかし、晴明のそんな願いも空しく、後に由紀が嬉々として『アルノー・鳩錦が帰ってきたんだよっ!』と、聖霊を連れてきて度肝を抜かされる羽目になるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃、屋上では悠里が家庭菜園に新たに植えた野菜たちの世話に精を出していた。

 そして一通りの世話が終わったのか、彼女は額の汗を袖で拭いながら眩しそうに快晴の空を見る。

 そんな彼女の耳にぎぃ、と校舎へと繋がる扉が開く音が聞こえてくる。

 

 誰か来たのかな? と、入り口を見る悠里。

 そこには、いつもは天真爛漫な、しかし今はそれを感じさせない真剣な表情を浮かべる一人の少女の姿があった。

 その姿に違和感を覚えたのか、悠里は思わずと言った様子で彼女の名前を口走る。

 

「……ゆき、ちゃん?」

 

 悠里に名前を呼ばれた由紀は、真剣な表情を崩さないまま彼女に話しかける。

 

「りーさん、ううん、若狭副部長。ちょっと良いかな?」

 

 由紀の真剣な様子に、悠里もまた背筋を正して返答する。

 

「どうかされましたか、丈槍部長」

 

「野菜の世話をしてるとこ悪いんだけど、少し付き合ってほしいんだ」

 

「……付き合う?」

 

「うん」

 

 そう言いながら悠里の後ろ、屋上のプールの近くの()()()()()()()を見据える由紀。

 そんな由紀を悠里は不思議そうに見つめるのだった。

 

 

 

 

 悠里に少し付き合ってほしい。と約束を取り付けた由紀は、彼女の手をきゅ、と軽く握ると悠里には()()()()()()()()()()()()()、しかし、彼女には蒼く輝き、同じく輝く蝶が屯する扉の前に移動する。

 そして彼女は徐にスカートのポケットをまさぐると以前イゴールに貰った『契約者の鍵』を──但し悠里にはポケットをまさぐったにも関わらず、なにも手に持っていない、と不思議な行動をしているように見える──取り出して軽く念じる。

 すると、二人は一瞬意識が遠退くとともに次の瞬間。

 

「……えっ! こ、ここは? ゆきちゃん?!」

 

 そう言って驚き辺りを見渡す悠里。

 彼女たちが立つ場所は、先ほどまでのさんさんと照らす太陽の光を浴びていた屋上ではなく、辺り一面が蒼く染まった教室、即ちベルベットルームであった。

 すると、二人の耳に、由紀には何度か聞いた馴染みのある、悠里には甲高い、どこか威厳を感じつつも愛嬌のある声が聞こえてくる。

 

「これはこれは。よくぞお越しいただきました由紀さま。本日は、ご友人もご一緒ですかな?」

 

 その声が聞こえてきた方向を向いた悠里は思わずくぐもった悲鳴をあげる。

 

「……ひっ!」

 

「ふふふ、これはこれは。失礼いたしました。ワタクシの姿は刺激が強すぎましたかな?」

 

 そこにはがっしりとした体格ながらも枯れ木のような腕をして、鷲鼻に血走りギョロリと目を見開いた異形──。

 

「ワタクシの名はイゴール。精神と物質、夢と現実との狭間にある場所。『ベルベットルーム』の主をしております。以降も会うかは存じ上げませんが、コンゴトモヨロシク」

 

 部屋の主たるイゴールの姿があった。

 茶目っ気のある挨拶をしたイゴールであったが、そこで彼を嗜めるように、第三者の声が響く。

 

「──主、女の子を驚かせるようなことをするのは、あまり感心できませんよ?」

 

「ふふふ、永く生きていると、こういったことでしか楽しみを見いだせないものでして、ご容赦頂きたい」

 

 そんなやり取りをするイゴールと第三者。

 その第三者を見た悠里は、声に聞き覚えもあったこともあり驚きの声をあげる。

 

「……! め、めぐねえ?!」

 

 その驚きの声を聞いた第三者、佐倉慈と瓜二つの姿をした女教師はまたか、と嘆息する。そして──。

 

「私はめぐねえ様ではなく、お客様。丈槍由紀さまの案内役を勤めるリディア、と申します。コンゴトモヨロシク」

 

 と、悠里に対して名乗りをあげる。

 それを聞いた悠里は、彼女こそが以前、由紀が寝惚けた時にめぐねえと間違えた人物であると知る。

 そして、由紀が間違えたことに納得しつつも驚きの表情を浮かべつつリディアと由紀を交互に見る悠里。

 そんな悠里を見て苦笑する由紀だったが、すぐに真剣な表情を浮かべると彼女に話しかける。

 

「今回、りーさんをここに連れてきたのはこの場所と二人を紹介したかったのと、もう一つ」

 

「もう一つ……?」

 

「今後も私はちょくちょくここに来ることになるから、その時に外の方のフォローをしてほしかったからなんだ」

 

「フォロー? ……ゆきちゃん?」

 

 由紀のフォローという言葉に不思議そうに首を傾げる悠里。

 そこでイゴールから説明が入る。

 

「ここは先ほども言ったように、精神と物質、夢と現実との狭間にある異空間なのです。そしてこの空間にはお客様がたには()()のみでお越しいただいているため、現実でのお客様がたは、傍目には放心しているように見えるのです」

 

 尤も、この空間と現実とでは時間の流れが違うために、どんなに長くとも一分程度で正気に戻っているように見えるはずですが、とさらに告げるイゴール。

 その説明で由紀が自身に何をさせたいのか、朧気ながら理解した悠里は一言。

 

「つまり、私にゆきちゃんがここにきている合間、邪魔されそうになったら、それとなく邪魔されないように誘導しろ、ということで良いのかしら?」

 

「うんっ! そう言うことになるよねっ」

 

 そこではじめて由紀がいつものように天真爛漫な笑顔を見せる。

 それを見た悠里はホッとしたような、同時にどこか疲れたような笑顔を見せると一言。

 

「その代わり約束してゆきちゃん」

 

「どうしたの、りーさん?」

 

「絶対に無茶はしないこと!」

 

 人差し指を立てながら真剣な表情で詰め寄る悠里に対して、由紀はおどけるように敬礼で返す。

 

「らじゃっ!」

 

 そんな二人をくすくすと笑いながら見ていたリディアは、悠里を安心させるように話しかける。

 

「ふふっ、安心なさってください、りーさん様。これでも私や主は()()()()腕が立つと自負しております故、ここであればゆきさまの身に危険が及ぶことはない、と断言いたします」

 

 そんなことを言うリディアに対して、自身が自己紹介をしていないことに気付いた悠里は最後に一言。

 

「あぁ、えっと、挨拶が遅れました、私は若狭悠里と言います……」

 

 と、恥ずかしげに告げるのだった。










 ()()()()腕が立つ。

 超越者-イゴール Lv180
 力の管理者-リディア Lv99



 蘆屋晴明 Lv75
 唯野=アレクサンドラ Lv68

 神持朱夏 Lv30
 丈槍由紀 Lv19
 祠堂圭 Lv13
 直樹美紀 Lv10
 柚村貴依 Lv4


 恵飛須沢胡桃 Lv??


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第四十五話 外の世界 その1

 ガントレットの整備途中に朱夏たちに連絡した晴明は、連絡終了後に全員で集まった時、由紀がアルノー・鳩錦(聖霊)を連れてきたことで一悶着あったものの、今は平穏を取り戻していた。

 しかし、それでも空気が少し悪くなっていたこともあり、その空気を払拭するように貴依がアレックスに話しかけていた。

 

「なぁ、アレックス。そういえばさ、お前、ジョージさんと一緒に職員室のパソコンとかネットの修理やってたろ? あれ、直ったのか?」

 

 突然話しかけられたアレックスは吃りながらも彼女の質問に答える。

 

「え、えっ、あ、はい。なんとか──」

 

《取り敢えず、最低限ネットに繋がる程度には復旧しているよタカエ》

 

 アレックスの答えに追従するようにジョージがネット環境が復旧したことを告げると顔を輝かせる貴依。

 

「それじゃあ動画とかも見れるんだな!」

 

「ええ、まぁ……」

 

 そう言いながら視線はアルノー・鳩錦に釘付けになっているアレックス。

 彼女としても胡桃が気に入っていた鳩が、まさかメシア教の首領とは思わず困惑しているようだった。

 貴依自身もそんなアレックスの様子には気付いていたが、敢えてそれに触れることはせず、それでも彼女を元気付けるためにテンションをあげて話しかける。

 尤も、それ以上に彼女自身もこれからする提案に興奮していた、という事実もあるのだが。

 

「ならさ! 早速見てみようよ! 上手くいけば巡ヶ丘の外の、外の世界の状況が分かるかもなんだからさ!」

 

 その提案に思わずといった様子でざわめく晴明を除く他の面々たち。

 特に、以前晴明に結界関連の話を聞いて、外の、少なくとも日本が無事であることを知る元秘密基地のメンバーたちは、今、政府がどのような対応を取ろうとしているのか気になるようでそわそわしている。

 晴明自身もライドウ(朱音)経由で外の情報を仕入れること自体は可能であるが、彼女自身が重要人物であるため、そうそう連絡を取るわけにもいかない──但し、朱音本人としてはもうちょっと頻繁に連絡をしてほしいと思っている──ということもあり、そういった情報収集もアリだとは思っていた。

 

「なら、まずは皆で職員室に移動だねっ! ごーごー!」

 

 貴依の提案に反対意見がないと判断した由紀は明るい調子でそう告げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 貴依の提案で職員室に移動した由紀たち。

 だが、ここで晴明がふと疑問に思ったことを口にする。

 

「そういえば、こういった職場にあるパソコンってインターネットに対しての閲覧制限とかが掛かってると思うんだが、そこら辺は大丈夫なのか?」

 

「えっ、そうなの? はーさん」

 

「無論、全ての職場がそうとは限らないけど、こういうのも経費が掛かるからな。だから私用で使わないように閲覧制限を、ってところは多いと思うぞ」

 

 その晴明の答えを聞いた由紀は、ショックを受けたように目が点になる。

 そして頭を抱えるとどうしよう、と唸りだしてしまった。

 そんな由紀の肩をアレックスがぽんぽん、と叩く。

 叩かれた由紀はアレックスを見るが、そのアレックスは苦笑して。

 

「その点なら大丈夫ですよ、ゆきさん。取り敢えず一台だけですけど、状態の良いパソコンの制限は解除してありますから。……したのはジョージですけど」

 

「おおーー!! すごい、あーちゃん、ジョーさんお手柄っ!」

 

「あ、あはは……」

 

《ジョーさん、とは私のことか……?》

 

「まぁ、俺もはーさんって呼ばれてるし、そういうことなんだろうなぁ」

 

《別に異論がある、という訳ではないのだが。AIにまで渾名をつけるとは、ユキは変わっているな》

 

「そう? ジョーさんだって、あーちゃんと同じく学園生活部の仲間なんだから。私は皆で楽しくやれた方が良いと思うんだよっ! ──学園生活部心得、第四条。部員はいついかなる時も互いに助けあい支えあい楽しい学園生活を送るべしってね」

 

《そうか。私も仲間、か……》

 

 由紀が笑顔で告げた言葉を聞いたジョージほ感慨深げに呟く。

 彼に、否、彼とアレックスにとって仲間と呼べる存在は、ほぼ、それこそかつてシュバルツバースに逆行転移する前の地獄のような未来世界にしかいなかったのだから仕方ないだろう。

 その仲間たちにしても、二人がシュバルツバースに転移する前に全滅してしまったが……。

 

《──どうやら我らは良き仲間を得たようだなアレックス》

 

「ふふ、そうね。ジョージ」

 

 感慨深げに喋りかけるジョージに対して、アレックスもまた嬉しそうにはにかみながら答える。

 彼女にとっても、心許せる友がいるということは、やはり嬉しいのだろう。

 だが、いや、だからこそアレックスの中で去っていった胡桃の存在がしこりとして残っている。

 

 ──もしも、先輩が【覚醒人-ヒメネス】と同じような存在になっていたら、私は……。

 

 彼女を()()()だろうか、と。

 いや、そうではない。討たなければならないのだ。恩人である由紀に、親友である圭や美紀に、かつての仲間を殺させないように、そして、戦友であった胡桃に仲間たちを殺させないために……。

 

 ──彼女たち(学園生活部)に咎を背負わせるくらいなら、私が、彼女(胡桃)を殺す。それが、血塗られた自身に出来る唯一のことだから。

 

 そんな悲壮な決意を固めているアレックスだったが、突然額に衝撃が奔る。

 突然の衝撃に目を白黒させて額を押さえるアレックス。

 そして目の前には、いつの間にか背伸びをした由紀が腕を自身の方向に伸ばしていた。

 

 その時点になって彼女は、由紀にデコピンをされたのだと気付く。

 

「ゆきさん……?」

 

「あーちゃん、めっ、だよ」

 

「えっ……?」

 

「なにか怖いこと考えてたでしょ。顔が強張ってた」

 

「えっ、あ…………」

 

 由紀が少し怒りながら告げたことで、アレックスは自身が思考の渦に囚われていたことに気付く。

 そして、無意識の内に考えが顔に出たのだろう。それを由紀に見咎められたのだ。

 そう理解したアレックスは、先ほどと同じように温和な笑みを浮かべると、咄嗟に嘘をつく。

 

「あはは、違いますよゆきさん。もしかしたら、父さんと母さんのことが分かるかも、と思ったからで……」

 

「あーちゃんのお父さんとお母さん?」

 

「ええ、二人ともそれなりに有名人なので。もしかしたら顔ぐらい写るかな、って」

 

 先ほどとは違い、儚い笑顔で告げるアレックスを見た由紀は二の句が継げなくなる。

 なぜなら彼女の父、唯野仁成は今回のアウトブレイク発生時に巡ヶ丘基地に配属されており、そして、現在基地は壊滅。彼自身も生死不明だということを聞いていたからだ。

 

 無論、彼はデモニカスーツの第一人者であり、さらに言えば彼の妻、アレックスの母親である【ゼレーニン】はスーツ開発者の内の一人である。

 そのことからも分かるように、彼以上にスーツを使いこなせる人材はおらず、それ故に死地を突破して生き残っている可能性は僅かなりとも存在するだろう。

 だが、それでもかつてのSTRANGE JOURNEYの世界線とは違い、そこまでの死線を潜り抜けていないため、戦力として心許ないのも事実なのだが……。

 

 それでもアレックスを励ますため、なにか言葉を掛けようとする由紀だったが、何をどう掛けて良いのか分からず口ごもる。

 そんな由紀に笑いかけるアレックス。

 

「大丈夫ですよ、ゆきさん。母さんが現場に出ることはありませんし、父さんだってそうそう死ぬような人じゃないですから」

 

《そうだな、彼ならどんな死地からでも生還してみせるだろう》

 

 そう両親の、唯野仁成の生存を断言するアレックス。

 そこには両親に対する信頼は元より、かつての世界(STRANGE JOURNEY)で生き残ってみせた英雄の、彼に未来を託した者としての信頼が見て取れた。

 

 なぜアレックスだけならまだしも、ジョージまでがアレックスの父親(唯野仁成)に絶大な信頼をおくのか由紀には分からなかった。

 しかし、二人がそれほどまでに信頼するのなら、きっと大丈夫なのだろう、そう思った由紀は破顔する。

 

「……うん、そうだね! あーちゃんのお父さんなんだもん。きっと無事だよね!」

 

「ええ、そうですよ。だから、今は私たちに出来ることから一つずつやっていきましょう。さて、使えるパソコンはこれですよ」

 

 アレックスはそう言いつつ、比較的きれいなパソコンの前に移動すると、そのまま電源を入れる。

 電源を入れたパソコンは問題なく起動すると、恐らく誰か教員の物だったのだろう。生徒の成績表などのフォルダがあるデスクトップ画面が表示される。

 そこで慈が呆然とした声をあげる。

 

「これ、神山先生の……」

 

 それは、慈にとって親身になってくれた先輩の女性教員の名前だった。

 それを見て慈はアウトブレイクが起きた初日、アレックスが避難してくる前、彼女が自身のスマホに電話してきたことを思い出す。

 その中で彼女は、慈が屋上にいることを知るとそこから動かないように指示した直後、彼女のスマホ越しに何かが破壊される音が聞こえると同時に通話が切れてしまったことを。

 

 その時に恐らく、彼女も……。

 

 もし、彼女が生きていてくれていたら……。

 そんなことを思う慈。だが、すぐにそんなことを考えても仕方ない、と思い直す。

 それに、言い方は悪いかもしれないが、仮に生き残っていたとしても、それこそ、この地獄を生き抜かねばならないのだ。

 それを思うと、死んだことが救いなのかもしれない……。

 そう考えて慈は頭を振る。

 

「どうしたの、めぐねえ?」

 

 そんな慈の様子を心配した由紀が声をかけてくる。

 不安そうな由紀の様子を見て、心配をかけてしまった、と理解した慈はふんわりと柔らかく微笑むと彼女に大丈夫だと告げる。

 

「なんでもないの、ゆきさん。ただ、このパソコン。神山先生が使ってたものだから、先生のこと思い出しちゃって」

 

「かみやませんせい……? ああっ、あの眼鏡かけてた先生?」

 

「ええ、そうよ。先生、昔から先輩にずっとお世話になってばっかりで……。て、ゆきさん? めぐねえ、じゃなくて佐倉先生、ね?」

 

 由紀の彼女を思い出したかのような物言いに慈は思出話を話し出すが、その前に彼女が自身のことをめぐねえ、と呼んでいたため凄みを見せながら注意する。

 普段見せない慈の凄みを見た由紀は、冷や汗を流しながら敬礼する。

 

「は、はいっ! 佐倉先生っ!」

 

 大仰な由紀に慈は苦笑いを浮かべると一言よろしい、と告げる。

 それを聞いた由紀は胸をホッと撫で下ろす。

 貴依は二人のやり取りを呆れた様子で見ていたが、そのやり取りが終わったのを確認すると。

 

「それで、二人とも。もうそろそろはじめても良いか?」

 

「えっ……? あっ!」

 

「えへへ……ごみん」

 

 貴依の確認に二人は恥ずかしそうにしているのだった。

 

 

 

 

 

 由紀、慈の二人をはじめ、他の面々も落ち着いてきた頃、改めてパソコンからインターネットに繋ぐ。

 そして関連のワードを適当に検索している時、晴明が驚きの声をあげる。

 

「はぁっ……! ちょっと待ってくれ! 今のところ見せてくれ!」

 

「えっ? 今のところ?」

 

「これのことじゃないですか、先輩?」

 

 晴明の急な大声に驚く貴依であったが、美紀は貴依からマウスを受けとると冷静に画面をスクロールさせて晴明に確認をとる。

 

「ここですか、晴明さん?」

 

「ああ、そこだ。……見間違いじゃなかったのか」

 

「へっ? 見間違い、ですか?」

 

 晴明の見間違い、という言葉に反応した美紀は画面を注視する。

 そこには『日本政府、今回の災害に対してアメリカとの協力を強調』という題名とともに、自衛隊の高官と白人、恐らくはアメリカ政府の人間と握手をしている画像が貼り出されていた。

 

「この記事がどうかしたんですか?」

 

 どうにも晴明が声を荒げるような記事に思えなかった美紀は質問する。

 だが、次に晴明から放たれた言葉で彼女も驚くことになる。

 

「この記事の写真に写っている自衛隊の高官。彼の名前は五島公夫(ごとうきみお)。ここ、巡ヶ丘に展開していたデモニカ部隊の実質的な総司令官、つまり、アレックスのお父さんである唯野仁成の上司に当たる人物だ」

 

「…………は?」

 

「もともと彼は自衛隊の対悪魔関連の対策を一手に引き受けてたこともあって、その縁での抜擢になったんだろうな。それよりも──」

 

 そう言いながら晴明は美紀のマウスを握っている手に自らの手を添える。

 急に手を添えられた美紀は顔を赤らめるが、晴明はそんな美紀のことは気にせずに、そのまま記事のリンクをクリックする。

 すると、記事の詳細が表示され、それを軽く流し読みする。

 そして、記事の中で彼にとって目的の人物の名前が書いてあることを確認すると……。

 

「まさか、と思っていたが、マジかよ……。一体どうなってやがる」

 

 まるであり得ないものを見たかのように、晴明は頭痛がしはじめた頭を抱える。

 そんな晴明と同じように記事を読んでいた美紀は、晴明が頭を抱える原因になった人物にあたりをつけて質問する。

 

「この()()()()()とかいう人が、どうかしたんですか?」

 

 その質問に晴明は頭を抱えながら絞り出すように答える。

 

「……昨日、高位の悪魔は人間の姿に擬態出来る、と話したよな」

 

「ええ、まぁ。──まさか?」

 

「そのまさか、だ。やつの正体は北欧神話に出てくる戦と農耕、そして雷の神。【鬼神-トール】だ。だが……」

 

「まさか、まだ他にも問題が……?」

 

 美紀は、正直もうお腹一杯だ、と思いつつも、それでも確認しなかった場合、後悔するかもしれない、と考えて晴明に問いかける。

 晴明はその問いに答えるように、あるいは自身の考えをまとめるように声を絞り出す。

 

「やつは仮にもメシア教の関係者なんだぞ。それなのに立場的には、宿敵とも言えるガイア寄りの五島さんと、にこやかに握手だと?なんの冗談だ……」

 

「ガイア? それにメシア教って、今回の災害の元凶って目されてた……」

 

「ああ、そうだ。それに──いや、なんでもない」

 

 アルノー・鳩錦こそがメシア教の首魁、聖四文字である。という情報を与えて、わざわざ彼女たちを不安にさせる必要はない。

 そう考えた晴明は敢えて情報を伏せることにする。それに──。

 

 ──そもそも唯一神が分霊を使って現世に降りてくる、なんてこと自体が妙だ。それに、やつの指示で今回の災害が起きたのなら、行動がちぐはぐ過ぎる。

 

 事実、晴明が考えているように今回の災害が唯一神の指示で起きる、所謂マッチポンプを狙っているのだとしたら行動がお粗末なのは確かだ。

 そも、人々を助けるにしても唯一神が、聖四文字が降臨しなくとも天使たちを派遣した方がビジュアル的にも神の奇跡として分かりやすい。

 さらに言うなれば、聖四文字が直接降臨するのならば、その前に四大天使、特にミカエルが動いていない、というのがおかしい。

 

 無論、ミカエルの動きが察知されていない可能性というのも僅かながらに存在するが、それでもミカエル程の大物が動くならそれなりの騒ぎになるので、察知されないこと自体が不自然だ。

 そのことを考えるに、もしかしたら今メシア教は一枚岩ではないのかもしれない、と晴明は思っている。

 そうすれば一応、かなり苦しくはあるが聖霊が、聖四文字が単独で行動している説明がつく。

 そして、その理由がミカエルの暴走だとしたら?

 

 ──やつ(聖四文字)は真・女神転生Ⅱの世界で、暴走したミカエル、ラファエル、ウリエルを実際に切り捨てていた。そして、その時はガブリエルを、そして()()()を使ってことを成そうとしていた。今回もその可能性は十分にあり得る。

 

 そこまで考えた晴明だったが、頭を振って思考を振り切る。考えたところで意味がない、と悟ったからだ。それよりも今は──。

 

「今は、なんにしても情報が少なすぎる。他にもなにか情報がないか探してみよう」

 

 そう皆に提案するのだった。



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第四十六話 外の世界 その2

 晴明の提案で、先ほどのネットニュースサイトから離れて再びネットサーフィンをはじめた面々だったが、ふとした拍子に貴依が全く関係ない海外の、最大手動画投稿サイトを開いてしまう。

 

「あぁっと、ごめんごめん。すぐに消すから──」

 

 彼女としても、このサイトに情報が載っているとは思えず、ふざけている場合でもなかったので、慌ててサイトを閉じようとするが、その前に──。

 

「ちょっとまて、今、なにか……」

 

「え?」

 

 晴明にサイトを閉じるのを止められて、疑問の声をあげる貴依。

 そんな彼女に晴明は、先ほど一瞬見えた動画のタイトルを告げる。

 

「この『新型病原菌なんてホントにありゅ?』とかいうふざけたタイトル。もしかして、今回の災害についてのことなんじゃないのか?」

 

「えぇ……? いや、まさかぁ……」

 

 晴明が告げたふざけたタイトルを聞いた貴依は、呆れたように返事をする。

 だが、晴明としても、今世では見たことないが、前世では馬鹿なことをして意図的に話題を集めようとする、炎上投稿者の存在を知るが故にあり得ない話ではない、と思っていた。

 だからこそ、念のため確認をという程度の話だったのだが──。

 

 ──あるいは、ここで晴明が確認しなくても問題ない。と考えたら、また違った結果になったのかもしれない。

 

 そして、動画の再生が始まり、流れた映像を見て絶句する面々。

 その中で、胡桃と戦友としてともに戦い、特に親しかった貴依に至っては怒りで震えていた。

 

 

 

 

 ──この映像は実際のもの、として放送されていましたがどうにも非現実的で……。

 ──いやいや、どうせ映画の撮影かなんかでしょ?

 ──これで大騒ぎしてるの、馬鹿でしょ。現実にあるわけないじゃん、こんなの。

 ──そんなことよりも、給付金まだー?

 

 

 

 そこで限界が訪れたのか貴依は机に、ばん! と拳を叩きつける。

 そして彼女は血を吐くかのように、呪詛を吐き捨てる。

 

「ふざけんなっ、本当にふざけんなよ! 私は、私たちは今を、懸命に生きてんだよっ!」

 

 貴依が憤怒の表情を浮かべて歯を食い縛ることでぎり、と歯が軋む音とともに力を入れすぎたのだろう。ぷつり、と唇の端が切れて血が滲む。

 だが、彼女はそんなことはお構いなしに、さらに怒りを吐露する。

 

「現実じゃあり得ない? ふざけるな! 胡桃は、あいつは現実に母親を失ってるんだ! それなのに──!」

 

 怒りが収まらない貴依はなおも机を叩こうとするが、その前にぱしり、と晴明に腕を捕まれる。

 

「っ! 離せ、よっ!」

 

「だめだ、このまま叩き続けたら、君の腕が壊れちまう」

 

「だからなんだって──」

 

 腕を捕まれた貴依は、怒りの矛先を晴明に向けようとするが。そこで、彼女は自身がなにか暖かいものに包まれたかのような感触を感じる。

 

「だめ、だよ。たかえちゃん」

 

「……ゆき」

 

 暖かな感触。その正体は背中から彼女を慈しむように抱きついた由紀であった。

 彼女の背中で由紀は目に涙を浮かべて、震えながら語りかける。

 

「たかえちゃん、もうやめてよっ」

 

 そう言いながら由紀はぎゅむ、と先ほどよりもさらに力強く貴依を抱き締める。

 

「わたし、たかえちゃんが傷つくとこなんてみたくない」

 

「ゆき……。わかったよ」

 

 由紀の言葉に絆されたのか、貴依は腕の力を弛める。それを感じ取った晴明もまた、彼女の手を離した。

 そして、彼女を気遣うように話しかける。

 

「すまないな、柚村さん。俺が確認しようと言ったばかりに不快な思いをさせてしまった」

 

 そう言いながら深々と頭を下げる晴明を見た貴依は、慌てた様子で大袈裟に手を振って頭を上げるように促す。

 

「い、いやっ! 蘆屋さんが悪い訳じゃないんだからさっ! 頭上げてよっ!」

 

 貴依の懇願を聞いた晴明は彼女の望み通りに顔を上げる。

 顔を上げた晴明を見てホッと安堵のため息を吐く貴依。

 そして、彼女は恥ずかしそうに、言い訳がましく自身の怒りについて説明する。

 

「私はただ、そう、ただ他人事みたいに面白おかしく煽ってる奴らが許せなかったんだよ……」

 

「そう、だよな。許せないよな。でも……」

 

「でも……?」

 

 彼女の怒りに同調しつつも、何事かを話そうとする晴明に、貴依は首を傾げる。

 そんな彼女に、晴明は彼女にとって受け入れ難い事実を告げる。

 

「彼らには間違いなく()()()でしかないんだよ」

 

「っ! なん、で……」

 

 晴明の告げた答えに言葉を詰まらせる貴依。

 再び憤怒の表情に染まりそうな彼女を見ながら、晴明はゆるゆると首を横に振る。

 

「幸か、不幸か、政府による情報統制がうまく機能しているからこそ、だな。だからこそ彼らは、彼らにとって今回のことは、対岸の火事でしかないんだ」

 

「だからって──」

 

「まぁ、仮に情報統制がうまくいってなくても、変わらなかったかも知れないがな」

 

「……え?」

 

「人は、人間ってのは、自分の見たいものしか見ないもんだ。それで命を落とすことになっても、な。そして、今際の際(いまわのきわ)になって、こう言うのさ。『どうして教えてくれなかったんだ!』と、ね」

 

 晴明の言葉を聞いて貴依は今度こそ絶句する。

 絶句する貴依を見て晴明は自嘲するように、そして、ここにいない誰かを侮蔑するように、鼻で嗤う。

 

「こういう業界に身を置いてると、ね。そういう場面によく出くわすんだ。興味本位で異界に入り込んで悪魔に喰われる奴や、自分の力を過信しすぎて、守るべき人たちすらも巻き込んで死んでいく奴らなんかが、さ……」

 

「ひっ……!」

 

 実際に晴明やアレックス、それに悪魔などを間近で見たからこそ、想像しやすかったのだろう。貴依は顔を青ざめさせてくぐもった悲鳴を上げる。

 そして、アレックスにとっても彼が言った光景は身近にあったものであり、それを思い出した彼女は沈痛な表情を浮かべる。

 

「無論、すべての人がそういう訳じゃないのも確かだ」

 

 それこそ、君たちのように、ね。と、晴明は学園生活部の皆を見渡しながら言う。

 尤も、例えに用いられた彼女らからすると予想外の事だったようで、ある者はぱちくり、と目を瞬かせて驚き、またある者は照れたように頭を掻いている。

 そんな中で圭だけは、どこか心苦しそうに顔を歪めていた。

 

 

 

 

 ……それは、彼女の中にある心残り。エトワリアにて知った彼女の親友、そのあり得た可能性の存在に、彼女ではない彼女が与えた心の傷。

 

 

 ──生きていれば、それで良いの?

 

 

 その言葉とともに親友(直樹美紀)のもとを去った私ではない私(祠堂圭)

 そして、私ではない私(祠堂圭)はその旅路の果てで、命を落としたという……。

 もしも、蘆屋晴明と出会わなかったら。という可能性の世界(聖典世界)

 

 ──私じゃない、私じゃないけど。でも……。

 

 追い詰められてたのかもしれない。親友を助けたい、そう願っただけなのかもしれない。しかし、結果として親友にただ心の傷を負わせるだけだった私に、そんなことを言ってもらえる資格があるのだろうか……。

 

 

 

 そう思い悩んでいる圭の頬に何かが当たる。

 ふと、その方向を向くと、何故か親友(美紀)が圭の頬を人差し指で、ぷにぷに、とつついていた。

 

みふぃ(みき)なふぃふるほ(なにするの)

 

「なにって……。また、どうせ馬鹿なこと考えてたんでしょ? だから、お仕置き」

 

 美紀の無思慮とも言える言葉に、流石にカチンときた圭は、未だに頬をつついている彼女の腕を握りしめる。

 そして、文句の一つでも言おうとするが……。

 

「みき。いくら私でも、そこまで言わ――」

 

「けいは、さ……」

 

「みき……?」

 

「けいは、皆で馬鹿やって、笑いあって、それで……」

 

 涙声で話す美紀を見て呆然とする圭。

 そんな圭に、美紀は目に涙を浮かべて懇願するように話しかける。

 

「だから、けい。思い詰めないで。けいまで、どこかに行っちゃいそうで、私、やだよ……」

 

「みき、私……」

 

 彼女の涙ぐむ姿を見て言葉を失う圭。

 なんてことはない、確かに自身と親友(美紀)は晴明に救われた。だが、それだけだ。

 

 

 

 ──アレックスを慕っていた小動物じみた彼女は?

 ──死んだ。慕っていた相手(アレックス)に手ずから葬送(おく)られて。

 

 ──音楽の趣味が合って、よく情報交換してたあの子は?

 ──私が皆と騒いでいる時に、しょうがない。と微笑ましさ半分、呆れ半分で見守ってくれていた先生は?

 ──いつもクラスの成績で美紀に勝てず、彼女に勝とう、と猛勉強していた、美紀に対して密かな恋心を抱いていた彼は?

 ──他にも沢山いたクラスメート(ともだち)たちは?

 

 ──死んだ。死んだ。皆、死んでしまった。私や美紀、アレックスが葬送(おく)った人もいれば、未だに彷徨い歩いている人も居るだろう。

 

 

 

 

 そうだ、そうなのだ。いくら美紀が普段、気丈に振る舞っていても、彼ら、彼女らのことを吹っ切れている訳じゃない。

 自分自身そうなのだから……。

 

 確かに、蘆屋晴明に師事することで圭も美紀も戦う術を得ることは出来た。

 だが、それだけなのだ。

 

 戦う術を得たといっても、心が強くなる訳じゃない。

 確かに、多少取り繕うことは出来るようになるだろう。

 だが、だからなんだというんだ。

 

 美紀も、圭も、ついこの間まで平和な日常を謳歌していた普通の女子高生でしかない。

 そんな一般人が、急に戦う力を得て、それでヒーローのように活躍する?

 

 そんなこと出来る訳がない。

 何故なら、本来彼女たちは戦う者ではないのだから。

 それでも、彼女たちが戦えている、その理由。それは、戦わないと何もかもが失われてしまう。それが理解できているから。

 だから、彼女たちは怖くても、恐ろしくても、勇気を振り絞って戦っている。

 

 ──戦わなかったら、その時に起きる結果の方が、もっと怖いから。

 

 だが、その勇気も、胡桃が去ってしまったことで翳りを見せ始めている。

 

 次は、誰がいなくなる?

 由紀か、悠里か、もしくは貴依か?

 あるいは、めぐねえや透子なんて可能性もある。

 

 それにエトワリアで晴明が負傷するところを見た圭は、戦いに絶対勝てる。という保証がないと言うのを、嫌というほど思い知らされた。

 そのことから、晴明やアレックスがいなくなる(戦って死ぬ)可能性だって……。

 

 ──きっと美紀だって同じ不安を抱えている。それは先輩たちや先生だって……。それどころか、私たちよりも深刻だろう。

 ──だって、あの人たちにとって恵飛須沢胡桃という少女(ヒト)は、始まりの日。アウトブレイクからともに生き残り、互いに支えあって生きてきた仲間なのだから。

 

 なのに、彼女(恵飛須沢胡桃)は去ってしまった。先生を、友達を、戦友たちを置いていって……。

 そうして置いていかれた人たちの心境は如何程のものか……。

 大切な人に置いていかれ、大切な人の心を救えず、そして、大切な人と離れ離れになる。

 

 ただ、大切な人とともに暮らしたいだけだったのに……。

 ただ、大切な人と生きていたかっただけなのに……。

 

 そんなありふれた願望(のぞみ)は、悪魔たちの手によって絶たれてしまった。

 

 赦せない、と思う。ふざけるな、とも思う。

 でも、それは……。

 

 可能性の世界(聖典世界)私ではない私(祠堂圭)の行いでもあった。

 

 ──かの地、エトワリアでランプという少女から親友(美紀)の慟哭を知った。

 ──そして、かの地に於いて可能性の世界(聖典世界)親友(美紀)と出会ったことで、彼女の歓喜を知った。

 

 もしも、あの世界に行かなければ。可能性の世界(聖典世界)というものを知らなければ……。

 そうすれば、今こんなに悩まなくて済んだのだろう。

 でも、圭はあの世界に行ったことに後悔はない。

 

 頼れる先輩たち(由紀、胡桃、悠里、貴依)でもなく、心を許せる親友たち(美紀、アレックス)でもなく、自身が、祠堂圭があの世界に行ったことになにか理由があると、そう思うから。

 

 だから──!

 

 

「だいじょうぶ、だいじょうぶだよ。みき」

 

「けい……?」

 

 そう言いながら、圭は美紀の掌を優しく包み込むと、彼女を励ますように声をかける。

 

「私は、私も、()()絶対に何処にも行かないから」

 

 そう、私は聖典世界の私(私ではない私)とは違う。

 親友を、美紀を置いて何処かに行く。なんてことはしない。彼女の慟哭を知っているから。

 でも、そのためにはもっと強くならなければならない。それこそ、身も心も。

 

 だからこそ、私は庇護者(蘆屋晴明)という揺り籠から出て、真の意味で自立しないといけない。

 揺籃期を終えた赤子が、自らの足で大地に立つように。

 

 そうすれば、きっと、私の手で親友を守れるようになるはずだから……。

 そして、自分の想い人(蘆屋晴明)の隣に立つことが出来るはずだから……。

 

 

 そう、圭は新たなる覚悟を決めるとともに、本当の意味で強くなることを誓う。

 自らのため、親友のため。そして、本当に、本当の意味で想い人(晴明)の力になるため、隣に並び立つために……。



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第四十七話 外の世界 その3

 あの後も晴明たちはインターネットの検索を行っていたが、これと言った情報──殆んどがデマか確度の低いものだった──は集まらず、その日は皆も精神的に参っていたこともあって解散することにした。

 

 その夜、晴明は一人、巡回と称して夜の校舎を散策していた。

 そして、散策中に手頃な空き教室を見つけると、そのまま中に入り、ガントレットのAIであるバロウズを呼び出す。

 

「……バロウズ、少し良いか?」

 

《アイアイ、マスター。どうし……、って本当にどうしたの? わざわざ、こんな人気のないところまで移動して?》

 

「……あぁ、ちょいと、な。今から朱音……っ、ライドウに通信を繋げられるか?」

 

《あの子に……? 多分大丈夫、だと思うけど。まぁ、繋いでみるわね》

 

「……頼む」

 

 いつもとは様子が違う晴明に訝しみながらも、彼の指示通りにライドウ(朱音)に通信を繋ぐ。

 すると、まるで彼からの通信を待っていたかの如く、即座に通信が確立され、ライドウの声が聞こえてくる。

 

[ハル兄大丈夫っ!?]

 

「あ、あぁ……。大丈夫だが、どうかしたのか?」

 

[どうかしたのか? じゃないよっ!! ……朱夏からハル兄の反応が消えた、なんて連絡が来たから本当にびっくりしたんだからね!]

 

「あ、あぁ。なんだ、そういうことか……」

 

[そういうことか、じゃなぁぁぁい! 何があったのか、詳しく説明しなさいっ!!]

 

 と、ライドウ(朱音)の怒号が教室中に響き渡るのだった。

 

 

 

 

 

 その後、怒れる朱音をなんとか宥めすかして、朱夏の時と同じようにエトワリアの説明をした晴明。

 説明を聞いた朱音は先ほどとは打って変わって、落ち着き払った様子で思案に暮れている。

 

[ふぅん? つまり、アカラナ回廊から別世界に行った時と同じ状況になってた訳、ね……]

 

「あぁ、まぁ。……端的に言うと、その通りになるな」

 

[はぁ……。まぁ良いわ。それで、ハル兄? ハル兄から連絡が来たってことは、なにか聞きたいことがあるんでしょう?]

 

 朱音の言葉に嘆息すると、晴明は今日の昼間に知った疑問を口にする。

 

「……そんなに分かりやすいかね? まぁ、その通りなんだが。それで、聞きたいことってのは、はっきりと言えば五島さんについてだ」

 

[あの人がどうかしたの?]

 

「どうかしたも、なにも。なぜガイア寄りのあの人が、よりにもよってロウ陣営のトールマンと握手する、なんて事態になるんだ」

 

 晴明の質問を聞いた朱音は呆けた声を上げた後に、そういえば……と呟く。

 

[ハル兄は知らないんだったね。トールマンさん、鬼神-トールの、今の所属を]

 

「……なに?」

 

 朱音の意味深な言葉に訝しげな声を上げる晴明。

 そんな晴明に対して、朱音は今から全てを説明する、と告げる。

 

[それについては、ちゃんと説明するから待ってて。……それで、ハル兄。以前私が言ってた、政府に手を回してた組織の話は覚えてる?]

 

「うん? あぁ、覚えているが。多神連合だろう……! そうか、そうだったな。あそこには……」

 

[あ、やっぱり気付いた、というよりも()()()()んだね。まぁ、一応言っておくと、今回の調査で何柱かの存在が判明したんだよ]

 

「……その中に北欧神話の主神たるオーディンもいた、と?」

 

[うん、そこから芋づる式に、ね。それで、ハル兄? ハル兄が知ってる多神連合には、どんな神様がいたの?]

 

 晴明も何らかの情報を持っていると踏んだ朱音は彼に問いかける。

 その問いに晴明は暫し沈黙するが、自身が知っていることを話し出す。

 

「……あくまで、あの世界(真・女神転生4final)の話になるが、その中で幹部級の扱いだったのはクリシュナ、オーディン、イナンナ、ミロク菩薩、それにダグザだ」

 

 尤もダグザに関しては、彼独自の思惑で行動していたが。と告げる。

 それを聞いた朱音は、構成する悪魔たちの多種多様さ、何よりネームバリューの大きさな驚きの声を上げる。

 

[インド、北欧、シュメール、日本、それにケルト、かぁ……。しかも、主神格の悪魔も多数参加って、思った以上に大きい勢力みたいだね……]

 

「まぁ、何だかんだであの世界では第三、いや第四勢力としてメシア、ガイアと壮絶な殴り合いをしていたからなぁ……。尤もこの世界でも必ずしも同じ悪魔がいるとは限らないんだろうが……」

 

[まぁ、それは、ね……]

 

 晴明の言葉に曖昧な様子ながらも同意している朱音。

 そして朱音はこの話題は終わり、とばかりに新たな話を、晴明が()()()()()ことについて問いただす。

 

[それでハル兄? ()()()話したいことは何なのかな?]

 

「……何の事だ?」

 

 そのことに惚けた声を出す晴明。

 そんな晴明に対して朱音は……。

 

[ふぅん? 誤魔化すつもりなんだ? ──バロウズ]

 

《はいはい、朱音ちゃん。……マスターの心拍数、先ほどから変化あり、よ》

 

「おまっ、バロウズ!」

 

 まさかのバロウズの裏切りに狼狽する晴明。

 そんな晴明に、朱音は呆れた様子でため息をひとつ。

 そして、そのまま彼に話しかける。

 

[……あのねぇ、ハル兄? そもそも、私とハル兄、どれくらい家族やってたと思ってるの。例えバロウズの証拠がなくても、それくらいは分かります。まったく……。ほら、ちゃっちゃと話す]

 

 朱音の呆れた様子に、晴明は頭が痛くなってきたのか、手で押さえる。

 そして観念したのか、彼は、今自身の中にある悩みを告げる。

 

「……あぁ、そうだなぁ。正直に言えば、あの子たちと接するのが、ちょいときついと思うよ」

 

[あの子たち……? 保護した人たちのこと?]

 

「あぁ、そうだ」

 

 晴明の悩みが予想外だったのか、朱音は彼に問いかける。

 

[なんでまた……?]

 

「別に、あの子たちが悪い、なんてことじゃないんだが……。むしろ、良い子たちだよ。全員、ね」

 

[はぁ……?]

 

 晴明の言葉が要領を得ないこともあって、不思議そうな声を出す朱音。

 彼女の反応に自嘲するように嗤って、晴明は話を続ける。

 

「さっき俺たちが異世界に召喚されてたのは話しただろう? その間に、彼女らの方でも動きがあってな──」

 

 そうして晴明は、彼女たちに起きたこと。特に恵飛須沢胡桃関連の話をする。

 それを聞いた朱音は暫し絶句するも、何とか精神を立て直し晴明に確認を取る。

 

[……ちょ、ちょっと待ってハル兄。その、胡桃ちゃんって子。本当に、あのルイ=サイファーに着いていっちゃったの……?]

 

「あぁ、本当だ。これはアリス経由で赤伯爵(魔王-ベリアル)黒男爵(堕天使-ネビロス)から裏が取れてる」

 

[…………なんてこと]

 

 晴明も彼女がことの重大さに気付いたのか、通信越しでも頭を抱えているだろう。ということが理解できた。

 

[本当に、頭が痛くなる情報だね。……しかも、ハル兄が異世界に行ってる間に起きたことだから、止めようがない。っていうのが、またひどい……]

 

「まぁ、結局それも、言い訳にしかならないんだがな……」

 

[それで? その子たちは何か言ってきたの?]

 

「……いいや。それどころか、今回のことについては【自分たちの所為】なんだそうだ」

 

[…………は?]

 

 流石にその返答は予想外だったのか、朱音は呆けた声を上げる。

 彼女の心情が理解できる晴明は、然もありなん。と思いつつさらに言葉を続ける。

 

「だから言っただろう? 良い子たちだって。……まったく。あの子たちには何も非はないし、俺の所為だ。なんて言えば楽な筈なのにな……」

 

[なるほど、ね。そういう……]

 

「分かるだろう? 俺がきついって言う理由が、さ」

 

[確かに、ねぇ……]

 

 そもそも晴明やライドウが赴く悪魔関連の事件は、基本的に()()()()()()()()、後手に回るしかなかったものだ。

 即ち、既に事件が起こった。犠牲が出たものに対しての行動だ。

 無論、犠牲が出る前に、事件が起こる前に対処するのが一番望ましい。しかし、本当に出来るか、と問われると難しいのが実情だろう。

 

 それと言うのも、二つの理由がある。

 まず一つ目は、単純に人手が足りないこと。

 何故なら、この科学全盛の時代。相対的にオカルト(悪魔関連)の存在が疑問視され、結果として細々としか活動できる余地がなかった。

 尤も、こちらに関しては近年オカルトを危険視しはじめた政府主導で、対オカルト用の戦力が増強──五島のデモニカ部隊がこれに当たる──されてきている。

 

 二つ目は日本の、そして国民の価値観だ。

 まず、始めに日本という国は多神教国家であると言うこと。

 次に、八百万の神という、即ちあらゆるものに神が宿るという概念。

 これらのことにより、この国では他の国よりも遥かに信仰(MAG)を獲得しやすい。言い換えれば悪魔が顕現しやすい土壌なのだ。

 

 さらに付け加えるとするなら、緩い宗教価値観と言うのもある。

 一体、何処にたった一週間程度でキリスト教(クリスマス)仏教(除夜の鐘)神道または仏教(初詣)というイベントをこなす国があるというのか。

 もっと言えば、ハロウィンは本来ケルトの祭りであるし、健康や美容のための運動として受け入れられているヨガは、そもそもヒンドゥー教の教えである。

 

 このように宗教に対して、よく言えば寛容、悪く言えば無頓着な国民性故に、犯罪行為を犯さない限りはあらゆる信仰が許されることもあって、悪魔たちにとって日本という国は、とても過ごしやすい場所と言える。

 

 そのことから日本という国は、スーパーのバーゲンセールもかくや、というほどに悪魔が集まりやすいのに対し、それを捌く人間が少な過ぎて手が回っていない、というのが実情なのだ。

 その結果が後手後手に回る現状であり、被害が中々無くならない理由だった。

 

 そして、被害が出るということは被害者、あるいは遺族が存在する。という訳で……。

 公にこそなっていないが彼ら、彼女らから罵声を、呪詛を浴びせられる。ということは往々にしてある。

 

 ──なぜ、あの人を助けてくれなかったの!

 ──なんで、もっと早く来てくれないんだ!

 

 と、言った具合に、だ。

 

 無論、全ての被害者がそういったことを言う訳じゃないのは、学園生活部の娘らを見れば理解できるだろう。

 だが、だからこそ──。

 

「あの娘たちの精神(こころ)が死んでしまわないか心配なんだ」

 

[……まぁ、ね]

 

「確かに、あの娘たちの精神(こころ)は他の、普通の人々よりは強い。だが──」

 

 晴明は憂鬱そうな顔をして彼女たち、学園生活部の心配をする。

 そう、いくら彼女たちが自分たちの心を律しているとはいっても、あくまであの娘たちはまだ年若い少女なのだ。

 それなのに無理矢理悲しみを押し留めても、何れは限界が来る。

 

 ──聖典世界(がっこうぐらし!)の丈槍由紀が佐倉慈の死によって壊れたように。極限生活の中で若狭悠里が死んだ妹(若狭瑠璃)の幻影が見えるようになったように……。

 

 無茶をしても、何れはその反動が彼女たちに還ってくる。例え、それを望んでないにしても、だ。

 

「……本当に、情けないな。本来、大人の俺たちが子供のあの娘たちを守り、教え、導く立場なのに。結局のところ、あの娘たちに無理を強いている」

 

[ハル兄……]

 

 晴明の弱音に心配そうな声を上げる朱音。

 心配している朱音をよそに、晴明は軽く自嘲すると話を続ける。

 

「ふふっ。この考え自体傲慢なのかもしれないが、な。……済まんな、愚痴になっちまった」

 

[……ううん。いいよ]

 

「……ありがとう」

 

 朱音の気遣いに礼を述べる晴明。

 そして彼は身体を解すように伸びをする。

 

「なんにせよ助かったよ。少しは気が晴れたようだ」

 

 晴明の言葉に、朱音はくすくす、と笑い声を上げる。

 

「──なんなら、今からでも私が手伝いにいこっか?」

 

 朱音の軽い冗談に、晴明は肩を諌める。そして──。

 

「おいおい、それじゃそっちの守りはどうするんだよ。それに、仮に来るとしても、お前より先に()()が来るんじゃないか?」

 

[あっ、ひっどーい。ハル兄、私より()()()の方が良いんだ?]

 

「……勘弁してくれ。ただでさえ、お前ら三人がつるんでた時のやっかみが凄かったんだぞ。それに、あの娘もあの娘で意外と悪乗りしてくるんだからな……」

 

 深々とため息を吐く晴明の声を聞いて、朱音はケラケラと笑っている。

 一頻り笑って満足したのか、朱音は晴明に話しかける。

 

[ま、声に元気が出てきたようで安心したよ。それじゃ、頑張ってね、ハル兄]

 

「おうよ、任されて。……ありがとうな、朱音」

 

[ううん。それじゃあ、ね]

 

 そう言って二人は通信を切るのだった。



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第四十八話 守る、という意志(覚悟)

 晴明が朱音にちょっとした愚痴と近況を話し合った翌日。晴明は他の皆とともに朝食をとっていた。

 その中で晴明は、ふとした疑問が口からこぼれる。

 

「しかし、これ。今さらだが、全部購買にあったんだよな?」

 

「うん、そうだよ?」

 

 晴明の呟きが聞こえた由紀は肯定すると、満面の笑みで自身の好物である大和煮に舌鼓を打つ。

 

「……ん~! おいひぃ~」

 

 そんな由紀に晴明は薄く笑うと自身も乾パンを摘まんで咀嚼する。

 

「本当に、用意がいいこって……。まぁ、それも当然なんだろうが……」

 

 そう言いながら晴明は以前秘密基地で、そしてここ(巡ヶ丘学院高校)で見た緊急避難マニュアル。さらには、慈から聞いた、ここがランダルの出資で運営されていたという事実。

 そのことから少なくとも学校の上層部は、今回の災害が起こり得る。と認識していたことを確信する。

 その晴明の様子に、お茶を飲んでいた圭は訝しげな表情を浮かべ、彼に話しかける。

 

「どうしたんですか、晴明さん?」

 

「……いや、なんでも……。ん? そういえば……。佐倉先生、少しいいか?」

 

「あ、はい。何でしょう?」

 

 晴明に話しかけられると思っていなかった慈は、急なことに肩をびくつかせるが、すぐに気を取り直すと返事を返す。

 彼女が返事を返したことで、話しても大丈夫だと思った晴明は、改めて彼女に話しかける。

 

「ひとつ確認なんだが、まだ地下区画の調査はしてないよな……?」

 

「……え、えぇ。そう、ですね」

 

「地下区画……?」

 

「む? ……ああ、そうか。由紀さんたちにはまだ情報共有をしていなかったな……」

 

 彼女たち学園生活部の生徒たちに、件のマニュアル、並びに地下施設についての説明がまだだったことを思い出した晴明たちは遅ればせながらも、そのことについて説明する。

 それを聞いた面々は一様に顔を曇らせ――。

 

「……ねぇ、めぐねえ。めぐねえはそのこと知ってたの……?」

 

 由紀は慈にそのような質問をする。

 彼女の曇った表情と、寂しそうな口調に慈もまた、表情に影が射す。

 

「わ、わたしは――」

 

 由紀に知らなかった。関係無かったことを告げようとする慈だったが、うまく言葉にすることが出来ない。

 それを見て、晴明は代わりに彼女が今回の件と全く関係無いことを皆に告げる。

 

「あぁ、由紀さん。今回の件、佐倉先生は全く知らなかったそうだ。……少なくとも、相談を受けたときの先生の顔を見る限り、嘘ではなかった。と、断言するよ。なぁ、透子さん?」

 

「……女性の悩みを、こうもあからさまに言うのもどうかと思うけど? けど、その場にいた私もそう思うわ」

 

 晴明の行動に呆れながら、透子も彼に同意する。

 そんな二人の発言を聞いて、由紀もなにか思うところがあったのか、顔を少し綻ばせながら慈に話しかける。

 

「……そっか、そうだよね。うん、私もめぐねえを信じるよっ!」

 

「ゆきさん……」

 

「それよりも……。あーちゃん~?」

 

「ふへっ……?! ゆきさっ、急に何を……!」

 

 アレックスの背後に忍び寄った由紀は、後ろから彼女の脇腹に手を添えて、こちょこちょと動かす。

 急な由紀の行動にアレックスは狼狽えると同時に、脇腹への擽りに耐える。

 

「……ふっ、ちょ……。ほんと、に……!」

 

「なぁんで、そんな重要なこと、隠してたのかなぁ……?」

 

「……あ、う。隠してたこと、くぅ……。謝りますか、はぁ……!」

 

《……やれやれ》

 

 由紀の擽り攻撃に笑いを堪えながら謝るアレックス。

 二人のじゃれあいを間近で、と言うよりもある意味当事者として受けているジョージはため息を吐いていた。

 

 

 

 

 暫くの二人のじゃれあいのあと。由紀はアレックスを解放するが、彼女は由紀の責め苦に息も絶え絶えになっていた。

 親友(アレックス)の惨状を見て、無意識のうちに由紀から距離を取る美紀と圭。

 そんな二人に対して、由紀はおふざけのつもりで悪い顔をしながら、手をわきわきとさせて彼女たちに近寄ろうとするが……。

 

「──あ痛っ! ……たかえちゃぁん」

 

 貴依に手刀で脳天チョップを受け、頭を抑えながら恨めしそうに貴依を見る。

 そんな由紀に貴依は嘆息する。

 

「まったく、ゆきは調子に乗りすぎだっての」

 

 そして、由紀がちょっと怖かったのか互いに抱き合う美紀と圭を見て一言。

 

「ほら、後輩たちも怖がってるじゃないの……」

 

「あ、あはは……。ごみん」

 

 貴依に叩かれたことで、頭にたん瘤をこさえた由紀は、誤魔化すように笑いながら謝罪する。

 それを見た美紀と圭、二人はようやく警戒を解いた。

 彼女たちのやり取りを見ていた晴明は嘆息すると話を続ける。

 

「それで、話を戻しても良いかな?」

 

「あっ、はぁい」

 

「あっ! ごめん、蘆屋さん。どうぞどうぞ」

 

 呆れた様子で確認を取る晴明に、由紀は悪戯を叱られた子供のような返事を、貴依は謝罪をしながら先を促す。

 二人の返事を聞いた晴明は一つの提案を口にする。

 

「まぁ、結論から言えば、地下区画を調査してみよう。って、話だけなんだが……」

 

「なんだが……?」

 

 貴依は鸚鵡返しするように、晴明の言葉に疑問を抱く。

 そんな貴依に晴明は一言。

 

「いや、なに。調査メンバーをどうするか。と思ってね。ほら、今回のこともあった以上、常に俺が、という訳にもいかないだろうし、さ」

 

「あぁ~……」

 

 晴明の疑念に納得したような、してないような微妙な声をあげる貴依。

 事実、今回のエトワリア召喚のように突発的な事故がない。とは言いきれないことからも、彼の心配は一種、的を得ているとも言える。

 そんな晴明の懸念を聞いたアレックスが手を上げる。

 

「なら、私が行きます」

 

「アレックスさん、良いのか?」

 

「ええ、この中で一番慣れているのは私ですし──」

 

「……なら、私も行くっ!」

 

 地下区画の探索を志願したアレックスを見て、由紀もまた同じく探索の志願をする。

 そのことに驚いたアレックスは、由紀に危ないから、と説得しようとする。

 

「ゆきさん……! 危ないから、ここは私に任せてくださいっ!」

 

「やだっ! ……やだよ、もう。くるみちゃんの時みたいなことは……」

 

 由紀の口からぽろりとこぼれた本音に、言葉を詰まらせるアレックス。

 そんな彼女を尻目に、由紀はさらに言葉を続ける。

 

「それに私だってペルソナを使えるんだから足手まといにはならないよ。ね、あーちゃん?」

 

「ですが……」

 

 いくら由紀がペルソナ使いとは言え、彼女が心配なことに変わりがないアレックスは、なおも言い募ろうとする。

 だが、その前に晴明が彼女へ話しかける。

 

「いいんじゃないのかな。なあ、アレックスさん?」

 

「はーさん!」

 

「…………は?」

 

 晴明からの思わぬ援護射撃に、由紀は笑みを浮かべ、アレックスは間抜けな声をあげる。

 そして、アレックスはすぐに正気に戻ると彼に食って掛かる。

 

「ちょっと待って、正気なの!? 貴方、お遊びじゃないことぐらいわかってるんでしょ!」

 

「無論わかってるさ。……わかってるからこそ、そう言ってるんだから、な」

 

 アレックスに返事を返した晴明は、真剣な表情でしっかりと由紀を見つめる。

 見つめられた由紀は、一瞬たじろぎそうになるが、負けるもんか。と彼を見つめ返す。

 彼女の真剣な表情を見た晴明は、ふっと表情を和らげると独り言のように小さく呟く。

 

「……覚悟を決めた良い眼だ」

 

 そして晴明はアレックスに視線を向けると、諭すように語りかける。

 

「彼女のように覚悟を決めた人間の考えを改めさせるのは簡単ではないよ。尤もそのことは、君自身がよく知っていると思うが……」

 

「……っ」

 

 晴明の言葉に反論出来なくなるアレックス。

 それもそうだろう。何せ彼女自身も過去にそうやってシュバルツバースに挑んだのだから。

 それでも、と彼女を説得しようと視線を向けるアレックスだったが、由紀の眼を見て嫌でも理解する。

 

(……ああ。これは、駄目だ)

 

 ――確かに晴明の言うことが正しかった。

 彼女の、由紀の眼を見て覚悟を、なんとしてでもみんなを守る。という意志を感じてしまった。

 それはまるで、かつてのシュバルツバース調査隊。そして、自身の障害にして、最後に未来を託した隊員(唯野仁成)を彷彿とさせて……。

 

 かつて初邂逅のとき、アレックスにとって彼は取るに足らない存在だった。

 しかし、殺した筈の彼と再び邂逅したとき、彼は常人ではあり得ないほどの成長を遂げ、さらに三度の邂逅に於いては、いくら度重なる戦闘によって疲弊していたとは言え、彼女が敗北した魔神-ゼウスを苦もなく屠ってみせた。

 

 ──あの時はわからかったけど、今ならわかる。あの人(唯野仁成)は覚悟を決めていたんだ。それも、敵を倒す覚悟じゃなくて、人々を絶対に守り通すという覚悟を……。

 

 そして、彼と同じ覚悟を由紀も()()()()()()()()

 だからこそ彼女は止まらないし、止められない。

 そのことを嫌でも理解させられてしまったアレックスは、ため息を吐いて頭を垂れる。

 そんなアレックスを横目に、晴明は慰めるかのように声をかける。

 

「……流石に彼女だけに危ない真似をさせるつもりはないさ。──アリス」

 

「なぁに、ハルアキ?」

 

「彼女たちのこと、お願いしても良いか?」

 

「アレックスちゃんと、ユキちゃんのこと? うん、良いよっ!」

 

 由紀たちの安全を確保するための保険として、晴明はアリスに護衛を願い、彼女もまたそのことに同意する。

 彼女の快諾を聞いて驚くアレックス。

 何せ、いくら彼女と由紀が仲が良いといっても、あの子は、アリスは『魔人』なのだ。

 

 ──悪魔の中でも、魔人と呼ばれる種は特殊な存在である。

 その理由は、一般的な悪魔が人と敵対、ときに味方となるのに対して、魔人という悪魔は基本的に一貫して()()()()()()に対して死を振り撒く者。それが悪魔であろうが、人であろうが関係なく、だ。

 

 それはかつてアリスがともだちを増やすために、学園生活部に死んで、とお願いしたこと。エトワリアにてマタドールが己の武を誇示する、そしてさらに高めるために殺し尽くそうと行動していたことが顕著だろう。

 即ち、本来魔人という種族は、すべての生ある者に仇なす存在なのだ。

 

 故にアレックスからすればアリス、そして大僧正という存在は不安材料でしかない。

 尤も晴明も彼女の不安を理解できるので、安心させるためにも一つの説明を入れる。

 

「アレックスさんの心配は理解できる。でも、彼女のことを信用してやってくれないか? ……それに、大僧正も君が知る魔人とは少し違う存在なんだ。彼はとある理由で人間に対して死を振り撒くものでは──」

 

「さまなぁ殿……?」

 

 説明をしている途中の晴明に、大僧正が声をかける。

 それは、余計なことは言うな。という音色の声だった。

 その声を聞いた晴明は、ハッとした表情を見せると……。

 

「……そうだったな。すまん、喋りすぎた」

 

 そう言いながら謝罪する晴明。

 晴明からの謝罪を受けた大僧正は鷹揚に頷く。

 それからアレックスを見つめて話しかける。

 

「のぅ、お嬢ちゃんや」

 

「……なんですか」

 

「拙僧を信用できなんだら、それでも良い。しかし、のぅ──」

 

 大僧正はそこまで言うと、いつの間にか、まるで転移したかのように彼女の目前まで迫り、髑髏の顔で覗き込むように見やる。

 突然な大僧正の行動に、驚き思わず体を仰け反らせるアレックス。

 アレックスの行動に呵呵と笑うと、大僧正は語りかける。

 

「やろうと思えば、このようなこともできるのじゃぞ? これが、どういう意味かわかるかの?」

 

 大僧正の問いにごくり、と唾を呑むアレックス。

 彼がどういう意味でその言葉を述べたか、理解できたからだ。

 

 即ち、やろうと思えば、今すぐでも皆殺しにできるぞ、と……。

 そして、未だに死んでいない以上、殺すつもりはない。ということも……。

 

「おじいちゃん……?」

 

 その時、どこからかとても据わった声が聞こえてくる。

 慌てて振り返るアレックスと、対照的に落ち着き払った様子で声を出した人物を見る大僧正。

 そこには、強張った顔をした由紀が大僧正を睨むように見つめていた。

 

「いくら冗談でも、あーちゃんを虐めるのは許さないよ?」

 

 由紀の責めるような声に、大僧正は軽く肩をすくめる。

 

「なぁに、頑固者のお嬢ちゃんには、こうやったほうがわかりやすいじゃろうからのぅ。これも一つの説得というやつよ」

 

 だが、大僧正もさるもの。飄々とした様子で由紀に答える。

 そのまま睨み合うように見つめる二人。

 二人の合間には緊迫した空気が流れるが……。

 

「ゆき、ちゃん……?」

 

 そんな由紀を心配して声をかける悠里。

 彼女の不安そうな顔を見た由紀は、毒気を抜かれたように緊張を解くと、柔らかい口調で語りかける。

 

「大丈夫だよ、りーさん。うん、大丈夫。喧嘩してるわけじゃないから」

 

 そして晴明の方に振り返ると改めて確認を取る。

 

「それではーさん。地下の探索は私とあーちゃん。それにアリスちゃんで問題ないよね?」

 

「ああ、そうだな。任せて良いかい?」

 

「もちろんっ! 任せてよっ!」

 

 そう言って由紀は自信満々に答えるのだった。



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第四十九話 『丈槍』と仲間

 朝食で腹拵えを終えたアレックスと由紀は、先ほど晴明と話した地下区画の調査をするための準備を行っていたが、その中で由紀はアレックスが持っているものを不思議そうに見つめていた。

 

「あーちゃん。それ、なぁに……?」

 

「これですか?」

 

 由紀の質問に、アレックスは手に持った光輝く玉。『宝玉』を掲げると質問に答える。

 

「これは宝玉と言って、簡単に言えば怪我を治すためのアイテムですね」

 

「おぉ~……!」

 

 アレックスの答えを聞いた由紀は、好奇心で目を輝かせる。

 しかし、ふと疑問に思ったのか、彼女にもう一つ質問をする。

 

「でも、あーちゃん。そんなのどこで手に入れたの?」

 

 由紀の問いかけに、アレックスはなにかと心配性な男の顔を思い浮かべて苦笑する。そして、彼女はどこで手に入れたのか、という質問に答える。

 

「これは、蘆屋さんから譲り受けたんですよ。万が一があってからじゃ遅い、と言われて」

 

 アレックスの答えを聞いた由紀は、きょとんとした顔をする。

 そんな彼女の顔を見たアレックスは、思わずぷっ、と吹き出してしまう。

 それを馬鹿にされたと思ったのか、由紀は頬を膨らませて、抗議の視線を向ける。

 抗議の視線にさらされたアレックスは慌てて否定する。

 

「いえ、あの、ゆきさん? 別に馬鹿にしたわけじゃなくてですね──」

 

「……むぅ~」

 

「いや、だから本当に……。参ったなぁ……」

 

 馬鹿にされたという勘違いが解けず、由紀の不機嫌な様子にアレックスは困った表情を浮かべる。

 そこに、二人の様子を見に来た貴依が声をかける。

 

「おーい、二人とも準備は進んで……? どうしたんだ?」

 

「いえ、それが……」

 

 由紀が不機嫌なことに疑問を持った貴依が質問をすると、アレックスは先ほどの由紀とのやり取りを教える。

 それを聞いた貴依は──。

 

「ぷっ。あっはっはっ! なるほど、なるほど。そう言うことか!」

 

 二人のやり取りがおかしかったのか、貴依は楽しそうに笑い声を上げる。

 笑い声を上げた貴依を見て、彼女からも馬鹿にされたと思った由紀は、ますます臍を曲げてしまう。

 

「うぅ……! ふん、だっ!」

 

 二人の顔も見たくない、と言いたげに顔を背ける由紀。

 そんな由紀を貴依は愛おしそうに見つめると、そろり、と背後に近づいてそのまま抱きついた。

 

「本っ当に由紀は可愛いなぁっ!」

 

「うぇっ……! ちょっ! たかえちゃん?!」

 

 急に抱きつかれると思っていなかった由紀は目を白黒させる。

 そんな由紀にはお構いなしに、貴依はさらに頬擦りをしはじめる。

 貴依の行動に困惑した由紀はされるがままになっている。

 

 その時、なにかが貴依にパタパタと近づいてくる。

 そのなにか、アルノー・鳩錦は自身の小さい嘴で貴依を小突く。

 

「ん……? アルノー・鳩錦? ……ああ、ごめん、ごめん。ゆき、大丈夫だった?」

 

 アルノー・鳩錦に小突かれたことで由紀が困惑していることがわかったのか、貴依は謝りながら彼女から離れる。

 貴依が離れたことで一瞬残念そうな顔になるが、すぐに笑顔を取り繕いアルノー・鳩錦に感謝の言葉を述べる由紀。

 

「……ありがとう、アルノー・鳩錦。助かったよぉ~」

 

 礼を言われたアルノー・鳩錦は一鳴きすると彼女の肩へ降り立ち軽く体を擦り付ける。

 

「あはっ、どうしたのアルノー? 擽ったいよっ」

 

 そう言いながら由紀は笑みを浮かべてアルノー・鳩錦を撫でる。

 撫でられたアルノー・鳩錦は気持ち良さそうに一鳴きすると満足したように飛び去っていく。

 

「……ゆきさんとアルノー、仲良いですね」

 

 由紀とアルノーのやり取りを見ていたアレックスは、眉をひそめて呟く。

 アレックスの呟きが聞こえた由紀は、どこか寂しそうに笑うと、アルノーに対して自身が感じたことを述べる。

 

「…………なんて、言うかさ。アルノーと私、どこか似てる、って感じるときがあるの」

 

「似てる? アルノーとゆきさんが……?」

 

「うん……。私『丈槍』だから……」

 

 彼女の寂しげな音色の言葉に息を詰まらせるアレックス。

 貴依も、どこか思うところがあるのか、顔をしかめると、彼女を慰めるように話しかける。

 

「でも、ゆき。今はもう違うだろ? めぐねえだけじゃなくて、りーさんに後輩たち。蘆屋さんや透子さんも。……それに、くるみだって」

 

「うん、そうだね……。今は皆、『丈槍』の由紀じゃなくて、丈槍由紀として見てくれる。うん、それが嬉しいことなのはわかってる、でも……」

 

 そう言うと、由紀は憂いのこもった眼差しで遠くを見つめ、心中を吐露する。

 

「アルノー・鳩錦。あの子はきっと、かつての私なんだ。……たかえちゃんとも、めぐねえとも出会えなかった、寂しい頃の私」

 

「ゆき……」

 

 寂しげな由紀を心配そうに見つめる貴依。

 そんな二人の鬱屈した雰囲気を感じたアレックスだったが、逢えてその雰囲気を壊すためにも以前から思っていた疑問をぶつける。

 

「あの、済みません……。そもそも『丈槍』って、どういう意味を持つんですか?」

 

「「……え?」」

 

 アレックスの疑問に、鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔になる二人。しかし、貴依はすぐにあることに気付き納得顔になる。

 

「ああ、そういえばアレックスは、ロシアからの帰国子女だっけ……」

 

「ええ、高校入学の折にこちらに戻ってきて……」

 

「なら、知らなくても仕方ない、よな? で、えぇと。丈槍について、だよな」

 

 そう言いながらちらり、と由紀を見る貴依。そして彼女はそのまま話し始める、が……。

 

「と、言っても。私もここ(巡ヶ丘)で腫れ物扱いされてるってだけしか知らないんだよなぁ……」

 

「はぁ……?」

 

 貴依の告白に、呆けた声をあげるアレックス。

 彼女の声を聞いた貴依は、恥ずかしさから少し頬を赤らめる。そして、助けを求めるように由紀を見る。

 貴依に視線で助けを求められた由紀は、驚きと呆れで複雑そうな表情を浮かべた。

 

「たかえちゃん。ここで私に振るの……?」

 

「あ、あはは……」

 

 由紀の呆れた物言いに、誤魔化すように笑い声を上げる貴依。

 そんな彼女を見て深々とため息を吐く由紀。

 そして彼女は、自身が知る『丈槍』について話し始める。

 

「……私が知ってるのは、『丈槍』が戦国時代のあとに興ったことと、のちにここ、巡ヶ丘。その前身、『男土』の地に封ぜられたくらい、だよ」

 

「え……? それ、だけ?」

 

 由紀から語られた『丈槍』について。あまりの情報の少なさに驚きをあらわにするアレックス。

 そんな彼女を見た由紀は、先ほどの貴依と同じように恥ずかしさで顔を赤らめると、ぷくぅ、と頬を膨らませる。そして──。

 

「──わ、悪いっ!? 家の事情で友だちが出来なかったのに、その原因に興味が湧くわけないじゃない!!」

 

「そ、それは。まぁ……」

 

 逆ギレ気味の由紀に気圧され、小さく同意するアレックス。

 だが、そこで唇に人差し指を触れさせ思案顔になっていた由紀は、なにかを思い出したかのように呟く。

 

「あ、でも……。たしか、『丈槍』はどこかの分家として興ったって言ってたような……?」

 

「へぇ……」

 

 由紀の呟きに興味深そうな声をあげる貴依。

 そしてアレックスも気になったのか、そのことに対して質問する。

 

「そうなんですか……? それで、その本家というのはどこに?」

 

「ん~…………。忘れちゃったっ!」

 

「えぇ……」

 

 満面の笑みを浮かべて忘れたことを告げる由紀に、アレックスは困惑した声をあげた。しかし、すぐに由紀はなにかを思い出したのか、情報を告げる。

 

「そういえば、本家は断絶したって言ってたような……?」

 

「断絶、ですか?」

 

「うん、たしか……。あと、えぇっと……。そうそう、たしか『丈槍』以外にも分家があるって話だった、かも?」

 

「はぁ……?」

 

 由紀の情報にアレックスは、先ほどとは別の意味で困惑した声をあげた。

 それも仕方ないのかもしれない。先ほどは情報がほぼなかったわけだが、今度は不確かながらも『丈槍』が、思った以上に凄い家系である可能性が出てきたのだから。

 

 先ほど由紀の口から出た封じられた、という言葉。

 この言葉が意味するところは、丈槍がただの名士ではなく、最低でも大地主。もしくは領主であった可能性があること。

 そして、由紀からもたらされた分家という言葉。それも勘案すると断絶した本家は丈槍よりもさらに位が高く、かつての日本。江戸時代で言えば、一つの自治体を任されていた藩主。もしくは、戦国時代に一つ、あるいは複数の国を支配していた戦国、守護大名家、という可能性すらあり得る。

 

 つまり、丈槍由紀という少女は、時代が時代なら良いところのお嬢様。どころか、お姫様ということになる。

 しかし、そうなると──。

 

「──いや、なんで『丈槍』は腫れ物扱いになってるんですか……?」

 

 と言う、アレックスの疑問が出てくることになる。

 尤も、その疑問に対して、明確に答えられるものはここにはいるはずもなく──。

 

「さ、さぁ……?」

 

「そういえば、何でなんだろうね……?」

 

 と、皆で頭を悩ませることになるのだった。

 

 

 

 

 暫く丈槍のことで頭を悩ませながらもアレックスと由紀は地下区画調査の準備を終えていた。

 ある程度のアイテム──特に晴明から譲られた回復アイテムなど──は、デモニカスーツのアイテム格納スペースに。

 そして、最低限即座に使用するためのアイテムはリュックやポケットに入れる。

 そうして準備を終えた二人。

 アレックスは愛用のレーザーブレイドと光線銃。由紀は、貴依の予備として置いていた鉄バットを握りしめて気合いを入れる。

 

「よぅしっ! 頑張るぞー!!」

 

 気合いを入れている由紀を見たアレックスは、くすり、と笑う。そして柔らかい口調で彼女に語りかける。

 

「ゆきさん? 意気込むのは良いんですけど、無茶だけはしないでくださいね」

 

「はぁいっ!」

 

 アレックスの言葉に元気よく返事を返す由紀。

 返事を返した彼女は勢いよく飛び上がると慈愛の笑みを浮かべて語りかける。

 

「あーちゃん、大丈夫だよ。うん、きっと大丈夫」

 

 彼女の言葉。それは、アレックスに語りかけると同時に、自身にも語りかけているようにも聞こえた。

 その証拠に、彼女の顔。表情をよく見ると、どこか緊張の色が見てとれた。

 

 当然だ。何せ、今回の調査が彼女にとって本当の意味での初陣なのだから。

 かつてペルソナに覚醒したときは、ほぼ無我夢中で動いていたため、彼女にとっては戦ったという意識は薄い。

 胡桃の家での戦いにしても、胡桃とともに逃げることに必死でそれどころではなかったし、何より最終的には、その殆どをルイ=サイファーが片付けている。

 

 そのことから、丈槍由紀という少女は本当の意味で戦い(命のやり取り)をしたことがない。

 だからこそ、彼女の心中では不安が渦巻いている。

 しかし、それを外に漏らすつもりはない。

 なぜなら彼女は学園生活部部長(人の上に立つ者)だから──。

 

 先ほど彼女をお姫様と例えたように、彼女の家の血、そして()()()()()()()が、上の者が狼狽えたら、惑ったら。それは、下の者も巻き込んだ大いなる災厄に成り得る。と理解しているから。

 

 それを知るからこそ、彼女は弱味を見せることはないし、虚勢であっても笑顔を浮かべ続ける。

 そして、何より──。

 

 ──ゆきさん、約束。

 ──笑顔を忘れないで。貴女の笑顔はみんなを、そして貴女自身を元気にするものだから。

 

 ()()()した佐倉慈(めぐねえ)との約束。

 それが、彼女の希望(呪い)として残っている(縛っている)

 そんな由紀を見た貴依は、心配そうに手を伸ばすが、すぐに引っ込める。

 そして、彼女は戸惑いがちに由紀へ喋りかける。

 

「……な、なぁ。ゆき」

 

「なぁに、たかえちゃん?」

 

 ──やっぱり地下に行くのは、止めないか……?

 

 そう言いたくなる貴依だったが、既のところで思いとどまると、別の言葉を投げ掛ける。

 

「──無事に、帰ってこいよ」

 

「……っ! 大丈夫だよっ。あーちゃんもいるんだから」

 

 そして彼女はアレックスに抱きつくと、ねっ、あーちゃん。と囁く。

 いきなり抱きつかれたアレックスは最初こそ身構えるが、すぐに緊張を解くと。

 

「ええ、大丈夫です。任せてください、たかえ先輩」

 

 貴依を安心させるように告げる。

 そして二人は貴依に笑顔で手を振ると地下の調査へ向かう。

 二人を見送った貴依は、近くに立て掛けてあった胡桃のシャベルを抱き締める。そして──。

 

「くるみ……。どうか、二人のことを守ってあげて」

 

 ここにいない胡桃に懇願するように祈る。

 そんな彼女の脳裏に──。

 

 ──おうっ! 任せなよ、たかえっ!

 

 そんな胡桃の元気な声が聞こえた、ような気がしたのだった……。



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第五十話 悪意と決意

 地下調査のため出発した由紀たち二人。

 そして途中魔人-アリスとも合流した彼女らは、比較的安全な校舎二階まで抜け、まだ多少なりとも危険が残る一階へ降りる階段。そのバリケード手前まで来ていた。

 そもそも、一階入り口等の主要な場所を可能な限り板などで塞いでいるとは言え、それでも、元々かれらの数が多い。そして、破れた窓など侵入に適した箇所が多すぎることから一階は完全な封鎖は出来ておらず、結果として少数のかれらが徘徊する危険地域となっている。

 尤も、それは由紀とアレックス。二人だけの話であり、アリスにとってはむしろホームグラウンドとでも言える状況だった。

 と、言うのも──。

 

「ふふっ、良い子、良い子。もっといっぱいオトモダチを連れてきてね。──【ネクロマ】」

 

 彼女の得意魔法にして、ネクロマンサーの開祖たる堕天使-ネビロスによって手解きされた魔界魔法のネクロマ。

 それにより、かれらの一部はアリスの従順なお人形(オトモダチ)となって、彼女たちの道を切り開いていた。

 それを見ることになった由紀は、普段可愛らしく瑠璃と遊んでいるアリスも、本質的には人とはまったく別の存在である。ということをまざまざと見せつけられ、心の奥底で恐怖に駆られている。

 現に今も、アリスのオトモダチ(人形)にかれらが無抵抗──操られている状態のかれらについても仲間と認識しているのか──に喰われていた。

 

「うふふふふ…………」

 

 それを見て、うっとり、と楽しそうに笑うアリス。

 これが戦場の、ゾンビたちの、ゾンビたちによる、ゾンビたちを殲滅する戦いの場でなければ彼女の満面の笑みに、由紀たちは見惚れていただろう。

 なお現実は、あちこちに()()()()()()が散らばったなか、恍惚の笑みを浮かべて佇む幼女。という、下手なホラーよりも恐ろしい構図になっている。

 

 そんなアリスの姿に内心恐怖していた由紀だったが、かといってこのまま恐怖に駆られてなにもしない。というのでは今までと変わりなく、それでは何のために地下探索を志願したのか。と己が心を奮起させる。

 そして彼女は奮起させた心の赴くままに一歩足を踏み出す。

 

「ユキちゃん、どうしたの……?」

 

 決意をもって一歩踏み出した由紀を見て、アリスは不思議そうに問いかける。

 アリスの問いかけに由紀は一瞬口ごもるものの、意を決したように彼女に答える。

 

「……アリスちゃん。──私も、戦うよ!」

 

「……ふぅん?」

 

 由紀が発した決意の籠った言葉に、アリスは興味深げに彼女を見やる。

 その間にもアリスの()()()()()は、他のかれらを駆逐していく。

 

 皮肉にもオトモダチとかれらの──一方的な──共食いの結果、安全が確保させている場で両者の視線が交錯する。

 

 しばし見つめあった二人だが、すぐにアリスがニタリ、と面白いものを見たかのように嗤う。

 そして彼女は心底愉しげに由紀へ話しかける。

 

「へえぇぇぇ……。そう、そうなんだ。うふふ、たしかに愉しいことを、独り占めしちゃダメだよね。良いよ、ユキちゃんも混ざろう?」

 

「愉しいこと、って……。私はそんなつもり──」

 

「そんなことよりも、ユキちゃんも早く、早く」

 

 アリスの物言いに絶句した由紀だが、そんな彼女をお構いなしに、アリスは急かすように声をかける。

 事実、既にアリスのオトモダチの手によって大半のかれらが駆逐されており、動いている個体は片手の指で足りる程度の数しかいない。

 それを確認した由紀は、一度深呼吸して気持ちを落ち着かせると、自身の異能。ペルソナを召喚する。

 

「──来てっ! ガブリエル!」

 

 彼女の力ある言葉とともに、背後に由紀と似た風貌の女天使が顕現する。

 そして顕現すると同時に、ガブリエルは宙を疾走し、手近なかれらに近付くと己が持つ剣を振りかぶる。

 

「──ガブリエル。スラッシュ!」

 

 由紀がスキルの名を叫ぶとともにガブリエルの剣が袈裟懸けに振り下ろされる!

 そして、そのまま剣は不運なかれらを一閃!

 すると、斬られた肩から反対側の腰まで剣閃が走り、次の瞬間には血と臓物を撒き散らしながら身体同士が泣き別れになる。

 それを直視することになった由紀は、反射的に口を手で覆う。

 

「……うぷっ」

 

 自らが行った行為の結果。かれらのグロテスクな末路を見た由紀は、顔を青ざめさせながら吐き気を催す。

 その時、彼女の背後から嬉々とした声が聞こえてくる。

 

「──あははっ、凄い。凄いよっ、ユキちゃん!」

 

 吐き気を我慢しながら、声の主を見る由紀。

 そこには、嬉しそうに手を叩きながら呵呵大笑するアリスの姿があった。

 そんなアリスに、アレックスは咎めるように声を荒げる。

 

「──アリス! ゆきさんの様子をちゃんと見て!」

 

「……ほへ?」

 

 アレックスに見咎められたアリスは、不思議そうな声をあげて由紀を見る。

 そして、いかにも具合の悪そうな由紀を確認すると──。

 

「どうしたの、ユキちゃん? 具合悪いの?」

 

 アリスはそう言いながら近づいて背中を優しく擦る。

 背中を擦られたことで、少し吐き気が治まってきたのか、由紀は緩慢な動きで首を横に振って否定する。

 

「ううん、大丈夫。大丈夫だよ。ただ、ちょっと気持ち悪くなっただけ……」

 

「ふぅん。そっかぁ……」

 

 由紀の返答に、どこか冷めた様子で言葉を返すアリス。

 二人がそうしている合間にも、アリスのオトモダチが残りのかれらを掃討する。

 それを確認したアリスはどこかつまらなさげな様子でオトモダチを見る。そして──。

 

「う~ん、つまんないなぁ。……もう飽きちゃった。それじゃあ()()()()()()?」

 

 彼女が声をかけると同時に、何処からともなくトランプ兵たちが現れ、次々に()()()()()だったモノを駆逐していく。

 その光景を驚きをもって見つめる由紀。

 そんな由紀に、アリスは辛辣な言葉を投げ掛ける。

 

「ユキちゃん。もう帰った方が良いんじゃない?」

 

「……え?」

 

 その言葉に、由紀は驚いた様子でアリスを見る。

 そこには、冷たい目線で彼女を見つめるアリスの姿があった。

 冷めた目で見られた由紀は、無意識のうちに気圧される。

 その姿にアリスはため息をこぼすと、決定的な言葉を告げる。

 

「辛いんでしょう? 苦しいんでしょう? ……いくら覚悟を決めたつもりでも、今のユキちゃんの顔を見てると、とてもそうは見えないよ?」

 

「──っ!」

 

 アリスの指摘に、内心どこか自覚していたのだろう。由紀は、ひゅ、と言葉を詰まらせる。

 確かに由紀の考えが甘かったのは事実だろう。

 

 ──奇しくも、今の状況はかつて圭が覚悟を問われたときと酷似していた。

 その時も圭の覚悟と現実の乖離から、太郎丸とジャックフロストという犠牲を出した。

 遅まきながらその事実に気付いた由紀は愕然とする。

 つまり、アリスが由紀に何を言いたいのか、予想できたからだ。

 そして彼女は予想通りの言葉を告げる。

 

「このまま中途半端なままだと、いつか、ユキちゃん死ぬよ?」

 

「──わた、し、は……」

 

 いざ、突きつけられた言葉に、二の句が返せなくなる由紀。

 そして頭の中では、ぐるぐると益体のない考えが巡っていく。

 

 ──死ぬ、私が……?

 ──まだ、死にたくない。

 ──めぐねえ、たかえちゃん、りーさん。

 ──みーくん、けーちゃん、とーこさん。

 ──あーちゃん、はーさん。

 

 次々と、彼女の頭の中に現れては消えていく学園生活部の仲間たちの姿。そして──。

 

 ──くるみちゃん……。

 

 去りゆく彼女の姿を見たとき、由紀の中で()()()が溢れ出してくる。

 

 ──まだ、まだ……!

 

「くるみちゃんにお話聞いてない。なんで独りで勝手に決めちゃったの、って! ──私たち、そんなに頼りなかったの、って……! くるみちゃんとも、皆ともまた笑いあえる。それなのに……!」

 

 ──こんなところで諦めて、死んでなんていられない!

 

 由紀の瞳に決意が宿る。こんなところで死んでられない、と。

 それとともに、彼女の中からMAGの奔流が暴風のように吹き荒れた。

 

「うぅ、ああァァァァァァァァぁ!」

 

 彼女の咆哮とともに再び幻影(ヴィジョン)が、ペルソナ(ガブリエル)が現れる。

 だが、次の瞬間!

 ガブリエルの身体に亀裂が走る。そして──。

 

「…………!!」

 

 粉々に碎けるとともに白い、光の(もや)のようなものが集まる。その靄はどこか女性的で神々しさを感じさせる。

 由紀は、その()()()に命じる──!

 

「──マハ・ブフダイン!」

 

 白い靄は由紀が命じた通りに、拡散された上級氷結魔(マハ・ブフダイン)を放つ。

 もはや、それは猛吹雪もかくやと威力をもって、かれらを、そしてオトモダチをも巻き込んで全てを白銀の彫像と化し、最終的には砕け散る。

 それだけに飽きたらず、通路すらも凍り付けにしていた。

 

「は、あっ……! あ、ぐぅ」

 

 ただし、そのような攻撃を放った由紀も無事で済む筈もなく、極端なMAG使用により枯渇しかけた結果、白い靄ほ霧散し、そして彼女自身顔を青くして膝を突くことになる。

 

「……っ! ゆきさんっ!」

 

 由紀の様子に慌てたアレックスが駆け寄る。

 ジョージも由紀の身体に異常がないか精査をかけると、結果をアレックスに報告する。

 

《アレックス、どうやら彼女はMAGを使い過ぎたようだ!》

 

「──OK、バディ! なら、これを。ゆきさん!」

 

 ジョージの報告を受けたアレックスは、すぐに晴明から渡されたMAG用の回復アイテム。チャクラドロップを由紀の口に含ませる。

 

「んっ、ふぅ……」

 

 アレックスから急に飴を口に入れられて驚いていた由紀だったが、舐めるうちに次第に顔色が好くなっていく。

 チャクラドロップからMAGが補充され始めたのだ。

 尤も、消費量に比べると微々たる量でしかないために、まだどこかふらふらとしている。

 しかし、とりあえず最悪の事態だけは避け得たといって良いだろう。

 そんな二人の様子を見て、アリスは感心したような、そして楽しげな笑みを浮かべる。

 

「へぇ……」

 

 そして二人に近付くと、ニコニコと上機嫌な様子で由紀に話しかけた。

 

「ユキちゃん、凄いじゃない!」

 

「……え?」

 

 アリスの急な誉め言葉にきょとんとする由紀。

 そんな由紀を置き去りにして、アリスはさらに嬉々として語りかける。

 

「んふふっ。さっきの凄かったよっ! それで、気分はどう? ──()()()()()()()()()()()全部殺しきった、き・ぶ・ん・は?」

 

 にやにやと厭らしく嗤うアリスに、憤怒の表情で食って掛かるアレックス。

 

「──貴女はっ!」

 

 食って掛かったアレックスに対して、アリスはおざなりに視線を向ける。まるで邪魔をするな、黙っていろ。と言わんばかりに。

 だが、視線を向けられたアレックスも、もう我慢できないとばかりに詰め寄ろうとした。しかし、そこで彼女が庇っていた筈の由紀本人に制止される。

 

「……あーちゃん、大丈夫。大丈夫だから」

 

「──ゆきさん! でも!」

 

 なおも由紀のことを心配しているアレックスだが、そんな彼女を安心させるように由紀は笑みを見せる。

 そして、次に真剣な表情でアリスを見やる。

 

「アリスちゃん、私は──」

 

 そこで一度言葉を切り、少しの合間逡巡した由紀。そして自身の中で腹が決まったのか言葉を発する。

 

「──私は、もう迷わない、止まらないよ。もう一度くるみちゃんに会って文句を言ってやるんだ。私たちは仲間、家族なんだよ。って!」

 

 由紀の決意を聞いて笑顔を浮かべるアリス。

 そんな彼女を見ながら、由紀はさらに言葉を続ける。

 

「だから、その時まで何がなんでも生き残る! 例え、それがどんなに厳しい道であっても。絶対に!」

 

 ──それこそ、その果てに地獄に落ちることになろうとも。

 それほどの熱量、覚悟をもってアリスを見つめる。そして、当のアリスはというと──。

 

「ふ、ふふ、うふふ……。あっはははははははっ!!」

 

 由紀の急成長、心の強さに感服し、狂喜し、哄笑をあげる。

 

 ──なんだ、ハルアキの心配なんて杞憂じゃない。ユキちゃんなら、きっとどこまででも行ける。

 

 と、そう考えながら笑い続ける。

 それは、二人がアリスの心配して声をかけるまで続くのであった。



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第五十一話 親友(ブラザー)

 由紀の決意を聞いて哄笑していたアリス。

 後に、あまりの笑いすぎに逆に心配された彼女は、正気に戻ったあとどこか恥ずかしそうにしていた。

 その後、三人は由紀が凍り付けにした廊下の後始末を終えたのちに、当初の目的地である地下区画の入り口まで到達した。

 

「ここが、目的地……」

 

「ええ、そうみたいですね」

 

 由紀は目の前にある閉ざされたシャッターを見て呟き、アレックスもまた彼女の呟きに同意する。

 その後ろでアリスはふよふよ、と宙を漂いながらつまらなそうにしている。

 

「ねーねー、早く行こうよぉ?」

 

 可愛らしく先を促すアリスに苦笑する二人。

 そして、彼女が言ったからではないが、アレックスは閉ざされたシャッターに手を掛けた。

 そこでアレックスは違和感に気付く。

 

 ――重く、ない? 鍵が掛かっていない?

 

 疑問に思いながらもそのままシャッターを持ち上げようとするアレックス。すると、本当に鍵が掛かっておらず、簡単に上げることが出来てしまった。

 

「これは、一体?」

 

「……おかしい、ね」

 

「ええ、そうですね……。――ジョージ」

 

《ラジャー、アレックス。――広域スキャン開始》

 

 アレックスが疑問に思うのと同時に、由紀もまたおかしいと感じたようで、ぽつりと呟く。

 そのことに相槌を打ったアレックスは、ジョージを通してエリアサーチを実行する。その結果は――。

 

《……生体反応、なし。少なくとも、かれらも、そして生存者も居ないようだ》

 

「…………そん、な」

 

 ジョージの報告を聞いて言葉を詰まらせる由紀。

 そんな彼女を悼ましそうに見るアレックスに対して、アリスは興味がないと言わんばかりに先に進む。すると……。

 

「……冷たっ! むぅ~……」

 

 頭上から水滴が落ちてきたらしく、濡れてしまったことに不満げな声を出すアリス。

 由紀は、そんな彼女が心配になったようで声をかける。

 

「アリスちゃん、大丈夫?」

 

「うん、私は大丈夫。あ、でも、ユキちゃん。ユキちゃんたちは床に気を付けた方がいいかも……?」

 

「……え?」

 

 由紀に心配されたことが嬉しかったのか、にこやかに笑いながら返事をするアリス。しかし、途中でなにか気がかりなことがあったのか忠告をする。

 忠告を受けた由紀は、反射的に床を見る。

 すると、床は水道管が破裂でもしたのか、水浸しになっていた。それを見て納得した由紀は、忠告してくれたアリスに礼を言う。

 

「あっ、なるほど。うん、ありがとうアリスちゃん」

 

「えへへっ、どういたしまして」

 

 由紀に礼を言われたことが嬉しかったようで、アリスははにかみながら、礼を受けとる。

 そんな二人のやり取りをどこか複雑そうに、しかし同時に微笑ましく見守るアレックス。

 と、言うのも先ほど、地下区画の入り口に到着するまでの間、二人はお互いに対してどこかよそよそしい態度を取っていたからだ。

 

 まぁ、尤もその理由の大半はアリス自身にあったわけだが……。

 その理由と言うのもある意味単純で、先ほどまで由紀を試すためとは言え、由紀(友だち)に対して悪意のある問いかけを続けたことで、無意識のうちに彼女に引け目を感じていたこと。

 そんなアリスの心中を、感受性豊かな由紀がわからない筈もなく、そして同時にどう接して良いかがわからなくなった由紀。

 そしてその結果、双方が双方に対してよそよそしくなってしまった。というのが真相だった。

 

「まったく……。雨降って地固まる。というやつかしらね」

 

 二人の様子を見て、どこかホッとしたように独りごちるアレックス。

 そんな彼女にジョージも同意するように声をかける。

 

《そのようだな。ともあれ先に進むとしようか。相棒(バディ)?》

 

「……そうね」

 

 そう言ってアレックスは、未だにじゃれあっている二人に声をかけるべく近づくのだった。

 

 

 

 

 

 ぴちゃり、ぴちゃりと水浸しになった床を踏みしめて地下を探索する由紀たち一行。

 その中でアレックスは新型デモニカスーツを装着していることもあり、普段は解除しているマスクを着用、赤外線や熱などの各種センサーを使用し、斥候の役割を担っていた。

 だが、先ほど地下区画に生存者やかれらが居ないことを確認したのに、さらに警戒することに対して不思議に思った由紀は問いを投げ掛ける。

 

「ね、ねっ。あーちゃん、なんでそこまでしてるのか、教えてもらっても良い?」

 

 由紀の問いかけに、アレックスはマスクを解除しつつ振り向くと、彼女の目を見据えて答える。

 

「斥候をしている理由ですか? ……それは、まぁ。一言で言うなら保険のためですね」

 

「……ほけん?」

 

 アレックスが言う保険の意味がわからず、きょとんとした顔で首を傾げる由紀。

 彼女の仕草に薄く笑いながら、アレックスは補足の説明を入れる。

 

「えぇ、まぁ。……さっき確認したのは、あくまで、()()()()ではなにも反応がなかった。と言うのは良いですか?」

 

 アレックスの問いかけに頷く由紀。それを確認したアレックスはさらに言葉を続ける。

 

「ですが、今。この巡ヶ丘は結界が張られ、半異界化しています。……つまり、言い方を変えれば、いつ、どこに、悪魔が顕現してもおかしくないんです」

 

 補足説明を聞いた由紀も、彼女が何を警戒しているのか理解したのか、納得した表情で頷くと――。

 

「……あぁ、なるほど。つまり――」

 

「そうです、先ほどまでは安全だった。でも、今は? 安全だという確証がないから、こうして念には念を入れてるわけです」

 

 由紀とアレックスが、互いに答え合わせをするように口に出す。

 事実、過去にはシュバルツバース調査隊や、異界を調査する悪魔召喚師でも、何処からともなく現れた悪魔に奇襲を受けて大打撃、ないしは壊滅の憂き目に遭うことも少なくない。

 ここ(巡ヶ丘)で起きたことで言えば、魔人-デイビットによる自衛隊巡ヶ丘駐屯地の壊滅が記憶に新しいだろう。

 尤も、駐屯地壊滅自体は生存者などの証言等は一切ないため、本当に奇襲であったかは定かではない。

 しかし、本来平穏な場所に現れることのない()()という特殊すぎる悪魔が現れたこと自体が、ある意味に於いて奇襲そのものであると言っても良いだろう。

 

 そして、一度起きたことが次は起きない。などと考えるのは楽観的、あるいは人によっては危機管理、危機的意識の欠如。と言ってくる場合もあるかもしれない。

 実際、ことわざに於いても『一災起これば二災起こる』『二度あることは三度ある』などと言ったものがあることからも、古くから同じようなことがあったのは想像に難くない。

 そのことから、今回のことに関して言っても、アレックスが警戒のために行動することは至極当然と言えた。

 

 二人がそんなことを話しているとき、アリスはどこか遠くを見つめるように目を細めていた。

 そしてなにか違和感を感じたのか、二人に話しかける。

 

「ねぇ、二人とも……」

 

 アリスの様子がおかしいことに気付いた由紀は、何かあったのか。と問いかける。

 

「どうしたの、アリスちゃん?」

 

「MAGの流れがおかしいよ、これ……」

 

 アリスの言葉を聞いたアレックスは、途端に険しい顔をしてジョージに問いかける。

 

「……ジョージ!」

 

《既に検索中だ、相棒(バディ)。……これは、魔界への入り口、か? アレックス、この先だっ!》

 

 そう言いながらジョージは一つ先のエリア。そこにある小部屋を指し示す。そこに、悪魔が顕現しそうになっている。と付け加えて。

 ジョージの回答にアレックスは瞬時に戦闘態勢に移行。

 マスクを展開し、右手にレーザーブレイド。左手に光線銃をを構え、駆ける。

 由紀も反応が一瞬遅れるものの、アレックスに追従するように問題の小部屋へと移動する。

 そして、取り残されたアリスはというと……。

 

「……でも、別に殺気は感じないんだけど」

 

 と、呟いていた。

 

 

 

 

 ぱちゃぱちゃ、と濡れた床を慌ただしく駆ける二人。

 彼女ら、特に由紀にはこの場(巡ヶ丘学院高校)に悪魔が顕現したことに対しての焦燥が浮かび上がっていた。

 それもまた仕方ないだろう。

 彼女にとって悪魔、それも顕現した悪魔とは、妖獣-ヌエやライジュウなど、晴明に鎧袖一触にされたものの、それでも後の説明で一つの都市程度なら壊滅させることが出来る悪魔だった。という説明を受けていたのだから。

 

 そんな存在が足元に現れて、もし奇襲でもされたら……。

 その時、彼女の大切な人たち。学園生活部の仲間たち。そして、大好きなめぐねえが殺される可能性すらある。

 そんなことを見過ごせるわけがない。

 だからこそ彼女は駆ける。

 大切な人を守るため、危険から遠ざけるために。

 

 そして、悪魔の反応があるという場所にたどり着いた由紀たちは、間髪入れずに扉を蹴破る。

 そこには首を吊っている男性と、それを見上げる存在(モノ)

 

「ヒホ~……。おじさん、なにやってるホ……?」

 

 ()()はとんがり帽子を被ったカボチャ頭に襤褸きれのローブ。そして手にはランタンを持った悪魔。

 名をジャックランタンと言った。

 そしてランタンは急に扉を蹴破ってきた二人を驚いた様子で見る。

 

「な、なんだホ! オ、オイラをデビルバスターバスターズのランタンさまと知っての狼藉かホ!」

 

 ランタンに威嚇するように問われた由紀たちだが、彼女らには彼の言葉が聞こえていないようで、呆けた表情をしている。

 それも、そうだ。アリスとジョージに悪魔が顕現する。と言われて急いで来てみれば、まさかの光景である。

 ……本人たちとしてみれば、どんな化け物と戦闘になるか、と意気込んでいたらまさかの妖精。

 しかも彼の口ぶりからすると首を吊った男性。十中八九、首吊り自殺の人物とは無関係だということもわかる。

 特にアレックスからすれば、今までの緊張を返せ。とでも言いたくなるだろう。

 そんな空気を感じ取ったのか、ランタンは――あるかどうかわからないが――首を傾げて不思議そうにするのだった。

 

「……ヒホっ?」

 

 

 

 

 その後、遅れて合流した()()-アリスの姿を見たランタンが恐慌状態になるなど一悶着あったものの、なんとか落ち着きを取り戻し話を聞くことになった。

 因みに、彼が恐慌状態に陥っている合間に首吊り自殺の男性は降ろされてシートに包まれている。

 なお、その時に改めて男性の身体が冷たく硬直していたことから、ランタンは一切関わっていないことがはっきりとなっている。

 そして、男性を見た由紀が侮蔑の目で彼を見ていたことも付け加えておく。

 

「それで、えっと……。ランタンくん、でいいかな?」

 

「ヒホ? まぁ、それで良いホ」

 

「ん、じゃあランタンくんはどうしてここに来たの?」

 

 由紀の質問にランタンは元気良く答える。

 

「それはもちろん、ブラザーを探すためだホ!」

 

「……ブラザー?」

 

 ランタンのブラザーという言葉に、由紀は彼や、彼と同じ姿をした悪魔が大量にいる光景を思い浮かべる。

 アレックスは由紀が勘違いしていることに気付き訂正しようとするが……。

 

「あぁ、ゆきさん違います。彼が言っているブラザーとはフロストのほ――!」

 

 そこでなにかに思い至ったのか言葉を詰まらせるアレックス。

 そのことを不思議に思った由紀は彼女に呼び掛ける。

 

「あーちゃん……?」

 

 由紀の呼び掛けにハッとした表情を見せたアレックス。

 そして、すぐにランタンへと話しかける。

 

「ねぇ、一つ質問なのだけど。もしかしてブラザーが消えたのは二週間くらい前、かしら……?」

 

 アレックスの質問にランタンはビックリした様子で肯定する。

 

「ヒホっ! その通りだホ。一体どこをほっつき歩いてるのか、ホ……。」

 

「そう……」

 

 ランタンの答えを聞いたアレックスは沈痛な表情を浮かべる。彼が言うブラザー、その正体がわかったからだ。

 その正体とは、親友が、圭がヒーホーくんといって可愛がっていた()()ジャックフロストだ。

 そして、彼は既に……。

 

 そんなアレックスの表情になにか感じ取るものがあったのだろう。由紀もまたもしかして、という表情を浮かべる。

 二人の表情にランタンも彼女らがなにかを知っていることに気付き知っていることを教えてほしい、と懇願する。

 

「おねーさんたち、なにか知ってるホ? 知ってるなら些細なことでも良いから教えてほしいホ……」

 

 涙声で頼み込むランタンを見た二人は、彼がヒーホーくんを心の底から心配していることを理解して、意を決して話す。

 

「……えっと。ランタンくん、気を強く持って聞いてね。実は――」

 

 そうして由紀はフロストの軌跡。彼が圭や美紀と出会い友だちに、そして後に圭の仲魔になったこと。

 彼の親友と呼べる太郎丸と、彼を助けるために自らの身を差し出したこと全てを説明した。

 その全てを聞いたランタンは消沈した様子で声を返す。

 

「……そう、そうだったか、ホ。ブラザー、どうして……」

 

 あまりにも悲しげなランタンにいたたまれない気持ちになる由紀。

 そして彼女はとある行動に出る。

 

「ねぇ、ランタンくん」

 

「……なんだホ」

 

「実は、私ね。ヒーホーくんからとあるカードを貰ったんだ」

 

「……カードかホ?」

 

「うん。……来て、ペルソナ」

 

 彼女はそうやって一つの幻影(ヴィジョン)を具現化する。それは――。

 

「――ブラザー……」

 

 それは、ジャックフロスト。ヒーホーに貰ったペルソナカードだった。

 

「ブラザー……!」

 

 顕現したペルソナにブラザーの残滓を見たランタンは感極まった声を出す。

 

『――――』

 

 さらには、ペルソナから声なき声が聞こえてきたことで、ついには泣き崩れるランタン。

 そこには正しく、彼が大切に想っていた親友(ブラザー)が確かにいたのだった……。




9/25 こちらの方が相応しいだろう、と副題を変更。


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第五十二話 しばしの別れと、新たなる旅立ち

 親友(ブラザー)のペルソナを見て泣き崩れていたランタン。

 だが、しばらくすると少しずつ泣き声が小さくなっていく。

 別に悲しみが収まったとか、乗り越えたとかそういうわけじゃない。ただ、このまま泣いているだけじゃ、目の前のペルソナ(ブラザー)に笑われる。それどころか心配してくるかもしれない。それが嫌だったから、泣き止んで前を見よう。そう思っただけだ。

 だから、彼は元気良く(空元気で)由紀に話しかける。

 

「……ヒホっ! おねーさん、ありがとうだホ!」

 

 由紀に礼を言って頭を下げたランタンは襤褸きれのローブをまさぐると、由紀にとって見覚えがある()()を差し出してくる。

 

「これ、あげるホ!」

 

「……これは、ペルソナカード?」

 

 ランタンからカードを受け取った由紀。

 しかし、彼女は本当に良いの? と彼に視線で問いかける。

 彼女の視線に気付いたランタンは小さく頷くと。

 

「おねーさんは親友(ブラザー)が信用したニンゲンさんだホ。だから、オイラも信じることにしたホ」

 

「……そう、そうなんだ。うん、ありがとねっ!」

 

 ランタンの言葉を噛み締めた由紀は、カードを大切そうに抱きしめると、はにかみながら礼を言う。

 そんな由紀の笑う姿をみて、ランタンもまた照れ臭そうに笑うのだった。

 

 

 

 

 

 その後、ランタンはそのまま魔界に帰り――一応、アレックスがフロストのその後を話し、改めて仲魔にならないか。と誘ったが、親友(ブラザー)には親友(ブラザー)の、オイラにはオイラの道があるんだホ。と断っている――それを見送った由紀たちは、再び地下探索を開始した。

 そして、しばらく探索すると――。

 

「ねぇ、あーちゃん。ここってなんだか、他の場所と雰囲気が違わない?」

 

「ええ、確かに……。これは、一体」

 

 もし、ここに晴明や透子がいたら、まるであそこ(秘密基地)みたいだ。と感想を残しそうなほどに、かつての避難場所と瓜二つの区画を発見した。

 しかも、その場所は校舎(うえ)と同じように電気が通っているらしく蛍光灯で明るく照らされている。

 そして、空調も入れられているのか、由紀は少し肌寒く感じて身を縮ませながら辺りを見回す。

 なお、アレックスに関してはデモニカスーツが体温などを含めて、ありとあらゆるものを調節してくれているため、実は快適な状態だったりする。

 そんな対照的な二人が周りを探索していたところ、由紀がなにかを見つける。

 

「ねぇ、あーちゃんにアリスちゃん。あれ……」

 

 そう言いながらとあるものを指差す由紀。

 その先を見た二人は、思わずといった様子で由紀が指差した場所の名前を告げる。

 

「「……冷蔵室?」」

 

 そこには巨大な、一部屋を丸々使った冷蔵室が、設置されていた。

 学校にあるには――あまりに大きすぎるために――不釣り合いなものを見た由紀とアリスは小首を傾げる。

 ただし、アレックスだけはここがどういった意味合いの場所なのか、即座に理解する。

 なぜなら、未来世界でも似たような施設――尤も、既に壊滅していた場合が殆んどだったが――を見たことがあったからだ。

 

「……開けてみましょう」

 

 不意にアレックスの口から出た言葉に頷いた由紀たちは、冷蔵室の扉を開ける。

 そして、中をおそるおそる覗いた由紀だったが、中の光景を見て満面の笑みが花開く。そこには――。

 

 

 

 

 

 

『いったっだきまーすっ!』

 

 ところ変わって、ここは学園生活部の部室。

 地下探索を終え、意気揚々と帰って来た由紀たちは、皆に()()()を見せると、それを使った昼食に舌鼓を打っていた。

 そして、戦利品を一切れ咀嚼した貴依は感慨深げに声を出す。

 

「しっかし、また()()を食べられるなんてなぁ……。しかも、新鮮な生肉だったし」

 

 貴依の感想に、悠里も頬に手を当てて、綻んだ笑顔を浮かべながら同意する。

 

「ええ、ほんとに。……るーちゃん、美味しい?」

 

「うんっ! りーねえ、美味しいよっ!」

 

 悠里に話しかけられた瑠璃もニコニコと笑顔を浮かべて同意していた。

 そんな学園生活部の微笑ましい姿を見て、晴明はホッとため息を吐くと、今回の成果に驚きながら独りごちていた。

 

「……まさか、な。ここまで上手くいくとは……」

 

「予想外だった?」

 

 そこで晴明の前に少女が腰かけると声をかけてきた。それは、地下探索に赴いた片割れ、アレックスだった。

 彼女のからかうような物言いに仏頂面になる晴明。そんな彼を見てくすくす、とアレックスは笑う。

 そんな彼女を見てため息を吐くと、晴明は自身の考えを述べた。

 

「正直、今回の探索では由紀さんに戦いの空気を感じてもらえれば、それで良かったんだが……。まさかここまで戦利品を持って帰ってくるとは……」

 

 そう言いながら晴明はテーブルに並べられた数々の料理を見る。

 そこには牛肉だけではなく、豚や鶏肉。魚介類に新鮮な生野菜などの生鮮食品が調理された状態で並べられている。

 そして肉にしても、魚にしてもここにある分だけではなく、15人程度なら2ヶ月は保つであろう量が貯蓄されていた。

 それだけでも既に驚きなのだが、実はもう一つ。しかも、重要性で言えば食材よりもさらに重要であろう物を持って帰ってきていた。それは……。

 

「……抗ウイルス剤。ゾン――――いや、かれら化に対しての特効薬。その試作品、か」

 

 晴明は、部屋の片隅に安置されているアタッシュケースを見て呟く。

 それが本当に効くのかわからない。だが、少なくとも()()()()の息がかかった場所に存在していた以上、まったくの眉唾というわけでもないだろう。

 つまり、あれを調べれば何らかの情報が、今回のアウトブレイクの謎が解き明かされる可能性がある。ということだ。

 そして、晴明はそれを行えるであろう()()()を知っている。

 

「それで? ()()()な保護者さんには、何か考えがあるのかしら?」

 

 抗ウイルス剤を見ていた晴明の表情に、アレックスは何かあると察して問いかける。

 その彼女の()()()という部分に反応した晴明は惚けようとする。

 

「……過保護? 何のことだ?」

 

 晴明の惚けた様子に、彼女はくすくす、と笑うと自身がなぜそう言ったのか、理由を説明する。

 

「あら、惚けるつもり? 地下探索の時、あんなにわかりやすく尾行してた癖に」

 

「……む」

 

 アレックスの指摘に、図星とばかりに思わず黙り込む晴明。

 さもありなん。アレックスが言ったように晴明は万が一のために、と彼女たちの後をつけていたのだが、ジョージという相棒(バディ)がいたアレックスにはすぐにバレていた。尤も、バレていた。というよりはわざとバラしていたというのが正確だが……。

 

 その理由は簡単。先ほど晴明自身が話したように、由紀に実戦の空気を感じさせるためだった。

 そのことを朧気ながら察していたアレックスは探索時の戦闘時、なるべく参加しないようにしていたし、アリスに至っては由紀の活躍を見て、晴明の心配は杞憂だ。と断じていた。

 

 しかし、なぜ晴明がそんな迂遠なことをしたのか興味が出たアレックスは再び、今度は歪曲されないように彼に問いかける。

 

「で? さっきの質問なのだけど、そんなに抗ウイルス剤のケースを熱心に見てたのはどうして? それに、ゆきさんを戦わせるような真似までして」

 

 アレックスの詰問に、これ以上誤魔化せないと判断した晴明は深呼吸してため息を吐く。

 そうして気を落ち着かせると、自身の真意を語り始めた。

 

「ああ、そうだな。あれ(抗ウイルス剤)を見てたことに関しては、あれを解析出来そうな人を知ってるから、その人に回せば何らかの進展が望めそうだ。と思ったんだよ」

 

「……え?」

 

 晴明の言葉を聞いたアレックスは呆然とした様子で、彼女の口から声が漏れる。

 そして、二人のやり取りが聞こえていたのか、他の、学園生活部の面々も黙って晴明を見つめていた。

 彼女たちの視線にさらされた晴明は、自身とともに行動していた秘密基地組――瑠璃を除く――を、呆れたように半目で睨むと話しかける。

 

「あのなぁ、お前たち……。圭に美紀、透子さんもちょっと前に会ってるからな?」

 

「……えぇ?」

 

「ふぇ……?」

 

 晴明の言葉に二人はうんうんと唸りながら件の人物を思い出そうとしている。

 その中で美紀だけは思い当たる節があったのか、掌を顔に当て考え込みながら()の名前を口にする。

 

「私たちが会ったことがある? ……そうか! Dr.スリル!」

 

 美紀が思い出したのは、全体的にひょろっとして、おかっぱ頭に大きな――流石にイゴールほどではないが――鼻と出っ歯がトレードマークとも言えるロシア人男性。世紀の大天才、Dr.スリルその人であった。

 その美紀の答えを聞いた晴明は鷹揚に頷くと、彼女に続くように話し始める。

 

「そう、Dr.スリル。……彼はどちらかというと機械工学や悪魔関連が専門ではあるが、専門以外でもそれなり以上に知識がある。――それが、彼が大天才と呼ばれる所以だ」

 

 晴明の説明を聞いた学園生活部、Dr.スリルを知らない面々は、おおー、と感嘆の声をあげながら頷いている。

 そんな中、慈がなにか疑問を抱いたのか、挙手して質問を口にする。

 

「あの、すみません。蘆屋さん」

 

「ん? どうかしたのかい、佐倉先生?」

 

「その、Dr.スリル、という方を私は寡聞にして知らなくて……。どういった方なんでしょうか……?」

 

 おずおずと自身なさげに問いかけてくる慈に対して晴明は、ああ、それはなぁ……。と納得半分、申し訳なさ半分の表情を見せ、慈たちが彼の名前を知らないのも無理がない理由を告げる。

 

「元々彼は不法入国に、さらに反社会的組織の違法研究者、という肩書きの人物でね……。捕まった後は、司法取引の名目で色々研究を手伝った結果。この度、晴れて恩赦を受けて外に出てきたから、皆が知らなくても無理はないんだよ」

 

「………………はぁ?!」

 

 晴明の説明を聞いて、聞き間違いかと思った美紀だったが、周囲の反応から聞き間違いでも、冗談でもないと気付き、思わず席を立って驚きの声をあげた。

 実際、彼女がスリルと会ったときに感じたのは、どことなく似非っぽい関西弁を放つノリの良い、圭と気が合いそうなおじさんだっただけに、晴明の口から出た彼が元犯罪者。しかも晴明の懐かしそうな顔から察するに、彼自身が組織の捜査に関与、つまりそれ程の大事になる犯罪に関与していた、という事実が信じられなかったのだ。

 とにもかくにも、美紀は一度落ち着こうと深呼吸をしたのちに、手近にあったコップのお茶を飲む。

 そこに晴明から、彼女にとって。と言うよりも全員にとって驚くべき情報が告げられる。

 

「そういえば圭たちには話してなかったな。スリルはガントレットとバロウズ、彼女の一部を解析して自衛隊などで使用しているデモニカスーツ。それを開発したメンバーの一人なんだよ」

 

「ぶふぅっ――――! ……ごほっ、ごふ!」

 

「きゃあっ! ……ちょっ、みき。大丈夫っ?!」

 

 お茶を飲んでいる途中にとんでもない情報を聞いた美紀は、驚いた時にお茶が気管に入ったのか盛大に吹き出して噎せていた。

 親友(美紀)が急に吹き出した――その時、咄嗟に下を向いたため、お茶が他の人にかかることはなかった――ことで吃驚した圭だったが、直後に今度は噎せはじめたため、彼女の背中を懸命に擦りながら、心配そうに声をかけている。

 その声掛けに美紀は安心させるように、しかし、未だに気管に入ったことが苦しいのか声を出せず、涙目でこくこくと頷いている。

 そんな二人の様子を見て晴明は、どこかバツの悪そうな顔をして美紀に話しかける。

 

「あぁ、その……。大丈夫か、美紀?」

 

「……は、はぃぃ」

 

 晴明の問いかけに、ようやく落ち着いてきた美紀は情けない声をあげる。

 美紀の返事を聞いて晴明は苦笑。

 しかし、すぐに真面目な表情になると全員に提案のような形で問いかける。

 

「それで、だ。さっき俺が抗ウイルス剤を見ていた話に戻るんだが、二つあるうちの一つを譲ってくれないか?」

 

「その、今話してたDr.スリルさん? に渡すんだね」

 

「ああ、そういうことだ」

 

 晴明が話した提案。それに対して由紀は念のための確認、といった様子で言葉を発し、彼もまたそれに同意する。

 それを聞いた由紀は仲間たちを軽く見渡すが、否定する様子がなかったことで、大丈夫だと結論付ける。

 そして、晴明に大丈夫だと告げようとする由紀だったが――。

 

「皆も問題ないみたいだし、だ――」

 

「ちょっと待って、蘆屋さん。ゆきさんの件がまだよ」

 

 そうアレックスに遮られる。

 由紀も、そういえばそれに関してはまだだったな。と今さら気付き、手をポン、と叩いている。

 アレックスの詰問に再び苦笑を浮かべると晴明は彼女を宥めるように話し出す。

 

「まぁ、慌てなさんな。それは今から話すから、な?」

 

 そう言って彼は、晴明は自身が前々から考えていたことについて告げる。

 

「ん、まぁ、結論から言っちまうと、ここ(学園生活部)もある程度落ち着いてきたから、俺としても本来のお仕事、ランダルの調査と生存者の探索をそろそろ再開しようと思ってな」

 

『……え?』

 

 晴明の、簡単に言えばここを出ていく。という言葉を聞いた面々はあまりの驚きに、理解できないといった様子で不思議そうな声をあげる。

 だが、晴明はそんな面々をおいてけぼりにするようにさらなる言葉を紡いでいく。

 

「ある程度の物資は持ち込めたし、防衛戦力としてもアレックスさんに、大僧正やアリスも置いていくつもりだったし、今回のことで由紀さんも戦えるとわかったから不安要素はなくなったし、な」

 

「あなた、そのつもりで…………!」

 

 だから敢えて由紀を危険にさらすような真似をしたのか。と驚愕するアレックス。

 そんな中、透子はいそいそ、と自身の荷物を纏めている。本人としては晴明についていく気満々だったのだろうが――。

 

「透子さん、何をしてるんだ?」

 

「何って、出発するんでしょう? だから――」

 

「何を言ってるんだ? 出発するのは()()()()

 

「…………は?」

 

 晴明の言葉が理解できない、むしろ理解したくなかったのか、透子は呆けた声をあげる。

 そしてすぐさま晴明に詰め寄ろうとするが……。

 

「ちょっと、晴明さん! それって――――ひぅっ!」

 

 いつの間にか背後に回っていた晴明に抱きしめられ、素っ頓狂な声をあげることになる。

 ただでさえ、自身が内心想い慕っているヒトに抱きしめられ、心臓に悪い状況で顔を赤くしている透子。

 しかし、晴明はさらにだめ押しとばかりに彼女に顔を、キスを出来るほどに近づけると耳元で囁き出す。

 

「ここで俺と一緒に、透子さんまで出ていったら佐倉先生が独りになっちまうだろ? だから、透子さんには彼女を支えて欲しいんだよ。良いかな……?」

 

「わかった、わかったから! とりあえず離れてぇ……」

 

「……ありがとう」

 

 そう言いながら透子から離れる晴明。

 彼が離れたことがわかった透子は、胸に押し付けるように両手を組んでいる。

 その両手越しにバクバクとした心臓の鼓動を感じた透子は、はっ、はっ、と酸素を求めるように荒い呼吸を繰り返している。

 そんな透子をどこか不満げに見ていた美紀は、隣にいる圭を見る。彼女も晴明を慕っていることから不満に思っているかも、と考えたからだ。

 

 しかし、当の圭本人は、なにか思い詰めた様子で俯いている。

 そのことになにか良くないものを感じたのか、美紀は彼女の肩を揺すって声掛けをする。

 

「ね、ねぇ。けい……?」

 

「え? ……うん」

 

 そのことで、ようやく美紀が自身のことを見ていることに気付いた圭が見つめ返す。

 だが、彼女の表情はどこか怯えた様子を見せていた。

 そんな彼女を見て、流石におかしいと感じた美紀。

 

「……本当にどうしたの? どこか具合が悪いの?」

 

 心配して声をかける美紀に対して、圭は力なく首を横に振って否定する。

 

「ちが、ちがうの。……わたしは」

 

 そう言ってまた黙り込む圭。彼女の脳裏にはかつての、エトワリアで出会った親友(美紀)の、彼女の絶望と歓喜の姿が写し出されていた。

 

 ――もし、もしも、このまま名乗りあげなかったら、晴明さんは確実に独りでここを出ていく。つまり、私と晴明さんは離れ離れに……。

 

 それは嫌だ。そう思う圭だが、それと同時に――。

 

 ――でも、私が名乗り出たらみきをここ(学園生活部)に残すことに……。それじゃ、あの(聖典)世界の私と変わらないことに……!

 

 それじゃあの世界と同じように美紀に心の傷を背負わせるかもしれない。それでは、何のために自身が聖典世界に行ったのかわからない。と、そう思う圭。それに――。

 

 ――それに、もしみきが着いていくと言ったら、あの子を危険な目に遇わせることになっちゃうかも。そして、それでみきが怪我をしたり、最悪死ぬことになったら……。

 

 そんなの嫌だ、と思う圭。

 

 つまり、彼女は偶然にも(未来)のことを、あり得たかもしれない世界を知ったが故に、思考の袋小路に嵌まっていた。

 

 ――私が我慢すれば……。

 それで、もし晴明さんと今生の別れ(死別)になったら?

 

 ――みきに我慢してもらって……。

 それで、自分が死んであの(聖典)世界のゆき先輩みたく親友(美紀)を壊すのか?

 

 ――みきに着いてきてもらえば……。

 そうして関係ない親友(美紀)に、渡る必要もない危険な橋を渡らせるのか?

 

 そう益体のない考えがぐるぐると回っていく。

 そうして顔を青染める圭を見た美紀は――。

 

「晴明さん――!」

 

「どうした、美紀?」

 

「私と――! 私と、圭も連れて行ってください!」

 

「……え? みき、何を言って……」

 

 美紀の叫ぶような言葉に、晴明以上に驚きをあらわにする圭。

 そして、すぐさま彼女は考え直すように言う。

 

「みき、そんなの……! 危ないんだよ?! 遊びじゃ――」

 

 そこまで言って言葉を詰まらせる圭。

 自身を見つめる美紀の視線。それが、任せて欲しいと告げているのがわかったから……。

 だが、晴明は圭の言葉を引き継ぐかのように美紀に話しかける。

 

「そうだぞ、美紀。圭が言うように外に出るなら、今後は今以上の危険が――」

 

 美紀を諭すように声をかける晴明だったが、美紀はそんな彼の言葉を遮るように叫ぶ。

 

「私はっ! 私たちは貴方の、悪魔召喚師(デビルサマナー)-蘆屋晴明の弟子です! それに、まだ貴方から色々と教えてもらってないことが多いのに、私たちを置いていくのは無責任なんじゃないですか?!」

 

「……ぐ、むぅ」

 

 美紀の指摘に、内心思うところがあったようで、難しい顔をして黙り込む晴明。

 そして、美紀はそんな晴明を畳み掛けるように語りかける。

 

「それに私たちだって、悪魔相手にはまだ力不足かもしれないけど、かれら相手なら十分以上に戦えます! 足手まといにはならないはずです。だから――!」

 

 お願いします――! と、頭を下げる美紀。

 そんな美紀を見て、困ったように頭をがしかし掻く晴明。

 そして、深く、深ぁくため息を吐くと……。

 

「……美紀。そこまで覚悟があるなら、俺はもうなにも言わん。だが、本当に良いんだな?」

 

 晴明の言葉に美紀はがばり、と頭を上げると元気良く返事をする。

 

「――はいっ!」

 

 その返事を聞いた晴明は次に圭に問いかける。

 

「……と、言うことだが、圭もそれで良いのか?」

 

 晴明の確認に圭は思わず美紀を見る。

 美紀は真剣な、覚悟のこもった瞳で圭を見つめ返す。

 それで、美紀の決意が固いことを知った圭は、迷いを振り切るように声を張り上げる。

 

「はいっ! ――私も、私も一緒に行きたいです!」

 

 その返事を聞いた晴明はため息を吐く。そして、透子を見ると彼女に謝る。

 

「済まない、透子さん。貧乏クジを引かせたようだ」

 

 そんな晴明に透子はくすくす、と笑うと大丈夫だと告げる。

 

「大丈夫よ、晴明さん。……めぐみが心配なのは確かだし、ね」

 

 と、晴明を安心させるように茶目っ気のある返事をする。

 その答えに晴明は安堵のため息を吐くと、再び美紀と圭に話しかける。

 

「それじゃ二人とも、すぐに準備を始めろ! 終わり次第出発するぞ!」

 

「「――はいっ!」」

 

 晴明の言葉に二人は、元気良く返事をするのだった。



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第五十三話 初陣

 ここ(学園生活部)から出発する前に、晴明は屋上で魔人二人と話していた。

 

「……それじゃ、後のことは任せるぞ。大僧正、アリス」

 

 晴明の問いかけに、大僧正は鷹揚に、アリスは元気良く答える。

 

「うむ、任せるがよい」

 

「そうそう! アリスたちにお任せ!」

 

 そうして、くるくると楽しそうに回るアリス。

 そんな彼女を微笑ましそうに見ていた晴明に、大僧正はどこか試すように問いかける。

 

「それより、さまなぁ殿の方が大丈夫かの? これから見目麗しい少女たちとの三人旅じゃから、のう?」

 

 どこかからかうような大僧正の物言い。しかし、晴明は彼の問いかけの真意に気付いていた。

 

 ――これから、今までよりもさらに戦力(仲魔)が減った状態で、足手まといを二人も連れて大丈夫か、と。

 

 実際問題、現状として晴明の仲魔のうち、英雄-ジャンヌダルクは聖イシドロスに、そして魔人-大僧正と魔人-アリスを巡ヶ丘学院高校に置いておく以上、戦力の低下はまぬがれない。

 そして仲魔の数が減る以上、もしもの時の手札が減るのと同義であり、その状態で二人を守りきれるのか、と大僧正は問うてきたのだ。

 そんな大僧正に、晴明はどこか困ったように笑いながら答えを告げる。

 

「きっと、大丈夫。二人は大僧正が心配するほど弱くはないさ。……それに」

 

「それに?」

 

「師匠が弟子のこと、信じてやらなくてどうするよ?」

 

 その答えを聞いたとき、大僧正は心底おかしそうに笑い出した。

 

「――ふ、ふふ。ふわぁはははは! そうか! そうであるな! 師匠が弟子を信じぬなどと、言語道断であったな!」

 

 そう言いながら、楽しそうに笑い続ける大僧正。

 それもそうだろう。彼とて、かつては弟子をとった身。しかも、その弟子たちは、彼の思惑以上に成長を、歴史に名を刻むほどの成長を成し遂げたのだから。

 それを思い出した大僧正は呵呵大笑をあげる。なるほど、道理だ、と。

 

 大僧正が楽しげに笑い声をあげる中、屋上の扉が開かれ、学園生活部の面々が入ってくる。

 彼女らも彼女らで、美紀と圭の無事を祈る。という名目で二人の送別会を行っていたのだ。

 そして、それが一段落ついたのだろう。見送りということで晴明たちのもとへやってきたのだ。

 尤も由紀たちは、これまで笑うことはあっても、ここまで愉快げな大僧正は見たことがなかったらしく、目をまん丸にしていたが……。

 そして、彼女らが来たことを見た晴明は、美紀と圭に声をかける。

 

「二人とも、もう良いのか?」

 

 晴明の確認に二人はこくりと頷いて答える。

 

「はい、もう大丈夫です」

 

「私も大丈夫ですよ、晴明さん!」

 

 そうして美紀は生真面目に、圭は元気に返事をすると瑠璃の方を振り向いて、仲良く、ねー。と言いながら首を傾げて笑っている。

 二人の様子を見た晴明も、これなら大丈夫だと思い、安堵する。

 そこで、圭はさらに晴明に、そして自身や親友(美紀)仲間たち(学園生活部)に向けて言葉を発する。

 

「そ・れ・に、私たちはちょっと外に出るだけで、ちゃんとここ(学園生活部)に帰ってくるんですから、だから大丈夫なんです!」

 

 そう人差し指をち、ち、と揺らして茶目っ気たっぷりに告げる圭。

 彼女の返答を聞いた晴明は、安心半分、呆れ半分の表情だったが、それ以上に嬉しそうに、楽しそうに、そして、心底面白そうに聞いていた存在がいた。

 

「くっ、くはははっ! なるほど、なるほど。これは拙僧の、儂の目が節穴であったなぁ!」

 

 それは大僧正だった。

 彼は髑髏の顔でもわかるほどに、嬉々とした雰囲気で圭を見ると彼女へ声をかける。

 

「圭のお嬢ちゃんや、おぬしはいずれ大物になるぞ、儂が保証しよう!」

 

 本当に楽しそうにそう告げる大僧正。

 それに乗っかるように晴明も圭に話しかける。

 

「ふふ、そうだな。圭、彼に認められるなんて、相当なことだぞ?」

 

「……へ? え?」

 

 二人からそこまで称賛されると思っていなかった圭は呆けた様子を見せる。

 それを大僧正はおかしそうに見つめるのだった。

 

 

 

 

 

 しばらく圭が困惑した様子を微笑ましく見ていた晴明たちだったが、なんとか彼女が気を取り直したこともあり、改めて出発しようとしていた。が、そこで慈から待ったの声がかかる。

 

「すみません、蘆屋さん? そういえば、旅の足はどうするんですか?」

 

 慈の質問に、そういえば、と考え出す面々。

 今回の移動では透子が巡ヶ丘学院高校に残ることと、何より学園生活部の人数が多いこともあり、積載容量の高い彼女のキャンピングカーは、ここに残すことになる。

 そこで提案とばかりに慈が晴明に話しかける。

 

「それで、なんですけど……。私の車を使いますか?」

 

 そう言いながら自身の愛車。ミニクーパーSの鍵を取り出す。

 それを、おおー。と見る圭をはじめとする面々だったが……。

 

「……いや、佐倉先生。すまないが気持ちだけ受け取らせてもらうよ」

 

 と、晴明はなぜか断ってしまった。

 それを驚いた顔で見つめる美紀と圭の二人。

 しかし、圭はすぐに彼が、既に何らかの移動手段を確保しているのだと思い、にやりと笑って話しかける。

 

「もー、晴明さん。足があるなら教えてくれても良いじゃないですか」

 

 圭の言葉にこくこく、と頷く美紀。

 そんな二人に、晴明は何を言っているんだ。と呆れた表情を見せる。

 

「持っているはずがないだろう。それならもっと早い段階で合流できたからな」

 

「……え? へ、あ、いや。えぇ……?」

 

 晴明の返事に困惑する圭。美紀も同じく困惑していたが、それならどうするのか、と彼に問いかけた。

 

「あの、えっとぉ……。それじゃ、私たちの移動はどうやって…………?」

 

 美紀の問いに晴明は嘆息すると、彼女らにとって聞き捨てならない言葉を口にする。

 

「……ふぅ、これはお前らの修行も兼ねてるんだからな。――徒歩に決まってるだろうに」

 

『――え、えぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!』

 

 晴明の暴論とも言える宣言に、二人は思わず悲鳴をあげた。そして、魔人たちを除く他の面々も、晴明の言葉に驚きを隠せずにいる。

 そんな面々のことを晴明は意図的に無視して、美紀と圭、二人をそれぞれ脇に抱える。

 

「……はっ! え?」

 

「あうぅ……」

 

 だが、そんなことをされた両名。美紀は呆然とした様子で、しかし、恥ずかしいのか少しだけ頬を赤く染めて晴明を見上げ、圭は晴明と密着、しかも全体重を預けることになるものあって、完全に、耳まで真っ赤に染めて俯いている。

 そして晴明自身は準備が出来た。とばかりに学園生活部の面々に出発することを告げる。

 

「それじゃあ、そろそろ行ってくる。皆も達者でな」

 

「いや、行ってくるって、蘆屋さん。ここ、おくじょ――」

 

 晴明の物言いにツッコミを入れようとする貴依だが、その前に晴明は跳躍!

 一度目の跳躍でフェンスの上部に飛び乗ると、続いて二度目の跳躍で校庭に躍り出る、というよりも落下する。

 

『きゃ、あぁぁぁぁぁ…………!!』

 

 あまりにも急すぎる晴明の突飛な行動に、美紀と圭は悲鳴をあげ、そしてその悲鳴は距離が離れることで掻き消されていく。

 そのさまを呆然と見送った学園生活部。

 その中で由紀だけは呆然とした様子ながらも、大僧正にうわ言のように問いかけた。

 

「ね、ねぇ。おじーちゃん……。みーくんとけーちゃん、二人は大丈夫かな……?」

 

 その質問に、大僧正は髑髏でわかりづらいが、由紀をまるで孫娘を見るような優しい目で見つめつつ答える。

 

「なぁに、あの娘らであれば大丈夫じゃろうて。なにも心配する必要はないとも」

 

 そう答えながら大僧正は、由紀の頭を己の干からびた腕で、ネコミミ帽子の上から優しく撫でるのだった。

 

 

 

 

 

 危なげなく校庭に降り立った晴明たち。

 だが、三人の周囲には先ほどの美紀たちの悲鳴などの大声に反応したのか、かれらが集まってきていた。

 しかし、そんなことはお構いなしに晴明は抱えていた二人を手放す。

 急に手放された二人は、何とかバランスを取ろうとするが、出来なかったようで尻もちをついた。

 圭は尻もちをついた痛みを訴える臀部を擦りながら、涙目になって晴明を見上げる。

 

「晴明さぁん……」

 

 そう言いながら恨めしげに見る圭。

 だが、晴明は彼女のそんな言葉は聞こえない、とばかりに二人に指示を出す。

 

「さて、お前ら。早速のお仕事(修行)だ。――ここらにいるゾンビどもを倒して見せろ」

 

『……はい?』

 

 そんな晴明の指示に、目をぱちくりとさせる二人。しかし――。

 

「グオォォォォォ……」

 

「ギ、ギィィィ……」

 

 そんな二人の状態は関係ない、と言わんばかりにかれらは晴明を含め、三人に迫ってきている。

 しかし、そんな状況になっても晴明は目を瞑ったまま腕組みをするだけで動く気配はない。

 そのことに、晴明は本当に戦うつもりがない、と察した美紀たちは慌てて戦闘態勢を取る。

 

 まずはGUNPを構える圭。しかし――。

 

 ――今の私じゃ、太郎丸を喚んでもすぐにガス欠になる。なら……!

 

 そう考えた圭は、手元にヴァイオリン。ストラディバリを取り出す。

 そして、すぐに音を奏で魔弾、並びにそれを補充する円楽譜を展開する。

 展開された魔弾は次々とかれらに殺到し、炸裂!

 ()()とともにかれらを塵に変えていく。

 

 また、時を同じくして美紀も自身が取れる行動を行っていた。

 彼女は、以前晴明の手によって生み出されたMAGの回路を起動させ、全身に巡らせていく。そして――。

 

「――マハ(全体化)ラギ(下級火炎魔法)!」

 

 かれらに向けて、複数の拳ほどの大きさをした火炎弾を放つ!

 ()()は次々にかれらに着弾していき爆発!

 パチパチと肉が焼ける音とともに独特の匂いが辺り一面に充満していく。

 その匂いを嗅いで顔をしかめる美紀。

 

 そして、その仕草が油断となったのだろう。

 運良く、あるいは運悪くマハ・ラギの着弾をまぬがれたかれらが美紀のもとへ迫ってきていた。

 そのことに気付いた圭が金切り声をあげる。

 

「みきぃぃぃぃ!」

 

「しまっ――!!」

 

 圭の声に美紀も、遅ればせながらかれらの接近に気付く。だが既に()()で対処するには近すぎた。その時――!

 

「美紀、これを使え!」

 

 晴明の言葉とともに、彼女に向かって()()が投擲される。

 ()()の柄を反射的に掴んだ美紀は、投げられた運動エネルギーに逆らわず、しかし軸足をしかと踏みしめることで一回転!

 ()()()()でかれらを薙ぎ払っていく!

 

 そんな自らが反射的に行った行動に驚く美紀。

 そして、自身が手に持つモノをまじまじと見る。

 それは、シンプルながらも美麗な細工が施されたサーベルだった。

 そのサーベルを握りしめた美紀だったが、その感覚に妙なものを覚え、困惑する。

 

「手に、馴染む……? どうして?」

 

 まるで、長年連れ添った相棒のごとく手に馴染むサーベル。

 無論、美紀自身はこの災害が起きるまでこのサーベルどころか、まともな武器すら持ったことはない。……はずなのに、今、自身が感じているのは、この武器はどう使えば最適なのか。

 そして、どう持ち、どう振るえば良いのかがわかる、というなんとも不可思議な知識が頭の中にある状況だった。

 

 …………それは、とある()()からもたらされた()()()()()()彼女の記憶。

 聖典世界、そしてエトワリアで冒険を果たした()()()()の記憶だった。

 彼女は、直樹美紀はエトワリアにて、あるときは騎士(ナイト)として剣と盾で仲間たちを守り、あるときは錬金術師(アルケミスト)となり敵の防御を下げる、所謂デバッファーとして仲間たちの補助を行っていた。

 そして美紀は、今手に持ったサーベルを見たことで、エトワリアの、騎士(ナイト)としての記憶を部分的に継承したのだ。

 その結果、彼女は経験はないのに知識がある。という、なんともちぐはぐな状態になっていた。

 

 無論、そんなことを知らない美紀は、自身の頭の中にある知識を不気味に思うものの、現状はこの知識をもって立ち回る必要があるのも理解している。

 だからこそ彼女は内心の不安を圧し殺して、剣を振るい、魔法を、アギ(火炎)ブフ(氷結)ザン(衝撃)ジオ(電撃)の魔界魔法を放ち、かれらを殲滅していく。

 そうすれば、少なくとも現状の安全は確保できることは理解しているから。

 しかし――。

 

「……っ、数が、多いっ! どうして、こんな……」

 

「これじゃ、キリがない……!!」

 

 美紀と圭がいくら屠ろうとも、無限とも思えるほどにわいてくるかれら。

 もちろん、本当に無限にいる。というわけではないが、それでも()()彼女たちにとってはかなりきついのが現実だった。というのも――。

 

「なんで、こんな……。()()()はもっと動けるのに……!」

 

「けい、大丈夫――?! このぉ! たぁっ! ……っ、いつまで続く、のっ!」

 

 明らかにいつもより、学園生活部の皆とともに戦っているときよりも動きのキレが悪い二人。

 それもそのはず、彼女らにとってはある意味、これが()()なのだ。

 

 ――なぜ、今まで数多、というほどではないが胡桃やアレックスたちとともに戦ってきた二人が初陣のような扱いになるのか。その理由は単純だ。

 

 彼女たちの戦場、そこには必ず先達と呼ばれる者たちがいて、二人を守ってきたからだ。

 

 例えば学園生活部との合流時の戦い。このときはジャック・リパーや、カーマが。

 例えば巡ヶ丘学院高校へのかれらの襲撃。このときは大僧正、アリスだけに止まらず、胡桃、貴依、アレックスなどの戦闘班。

 それに、エトワリアの戦いの時でさえ、晴明と仲魔たち、そして伝説の召喚士-きららのサポートがあった。

 

 しかるに、今回の戦いはどうだろうか?

 学園生活部の面々は今屋上にいるため、即座に彼女たちの援護をすることは期待できず、エトワリアではないためきららのサポートも受けられない。

 そして、頼みの綱である晴明ですら動かない、この状況。

 

 即ち、彼女らにとっては、初めての、本当の意味での戦い(命の奪い合い)であり、同時に先達という庇護者のいない初の戦いであった。

 それらのことから、彼女たちは現在無意識のうちに極度の緊張を強いられていた。

 さらに言えば、その緊張の所為で彼女たちは本来の実力が発揮できず、ここまで押し込まれている。

 そして、もう一つ――。

 

 この極度の緊張感と、押し込まれているという焦燥で本人たちは冷静なつもりであるが、実のところはかなり冷静さを欠いている。

 

 ――かれら、巡ヶ丘のゾンビたちが()に反応する。という当たり前の知識を忘れ去るくらいには……。

 

 それこそが、かれらがここに無尽蔵に現れている理由であり、彼女らが苦戦している最たる要因だった。

 二人とも、特に美紀が普段通りに冷静であれば、すぐに気付けただろう。

 しかし、現実は――。

 

「ふっ、ふぅっ……! まだ、ま、だ……!」

 

「私、たち、は……。まだ、戦える……!」

 

 二人とも、極度の緊張と疲労で、息があがり、注意力も散漫になりはじめている。

 このまま、彼女らが戦い続けたとして、遠からず命を散らすことになるだろう。

 

 ――このまま、戦い続けたら、だが……。

 

 次の瞬間、彼女らの周囲に紅い閃光が奔る。

 その閃光が通り過ぎたあと、かれらは すべからく細切れとなり果てる。

 そのことに驚く二人。

 そんな二人の耳に、場違いなほどに、それこそ今日の夕食を何にするか、というほどの気楽さを感じる声が聞こえてくる。

 

「まったく……。この程度で息切れなど、修練が足りぬな」

 

「そうは言うがな、師匠。お嬢ちゃんたちの今までのことを考えたら、これでも上出来だと思うぜ。――なぁ、マスター?」

 

 女の二人を叱責する声と、それを庇おうとする男の声。

 その声に続くように、男の、彼女たちにとって尤も慕っている男(蘆屋晴明)の声が聞こえた。

 

「そうさな……。まぁ、及第点だろう」

 

 その言葉とともに、彼女らを守るかのごとく暴風が吹き荒れる。

 その暴風に巻き込まれたかれらは、紙くずが強風に浚われるように、あるいはロケットを宙に打ち上げるように、天高く吹き飛ばされて消えていく。

 もし、かれらが運良く地上に戻れたとしても、そのときはミンチが一つ出来上がるだけ。それがわかるぐらいには、常識的にあり得ない吹き飛び方だった。

 それを成した男、蘆屋晴明は二人に、かわいい弟子たちに優しく声をかける。

 

「二人とも良くやった。まぁ、合格だ。……それじゃ、ここからは選手交代、だ」

 

 そう言いながら晴明は二人の頭を優しくぽんぽん、と叩く。

 そして、先ほど二人を酷評した女と庇った男――。

 

「じゃあ、スカアハ、クーフーリン。命令だ。――蹂躙し、鏖殺せよ」

 

『了解、マスター!』

 

 そう女神-スカアハと、幻魔-クーフーリンに命令を出し、そして己もまた動き出す。

 そして、彼の宣言通り、遠からずかれらは殲滅されることになる。

 それを見届けた美紀と圭、緊張から解放された二人の意識もまた、遠退いていくのであった……。



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第五十四話 生存者……?

 ――なにか、良い匂いがする……。

 

 無意識のうちに、自身の大好きな()()の匂いを嗅ぎとった圭は、微睡みの中、薄く笑みを浮かべている。

 どこか安心を覚える暖かいものに抱きついている感覚。

 その感覚をもっと味わいたくて、彼女は頭を、そして全身を擦り付けるようにぐりぐりと動かす。それで彼女の体に気持ちいい感覚が広がっていく。

 その気持ちよさにさらなる笑みを浮かべる圭。

 

「……えへへ」

 

 それに少し遅れて彼女の抱きついているものと、自身の太ももに当たっている何かがピクリと動く。

 

「……う、んぅ」

 

 その感覚に擽ったさを覚えて、圭は身動ぎする。

 そして、そのことで目が覚めてきたのか、圭は薄く目を開ける。

 すると、そこには大きな背中とともに、ぐんぐんと、まるで車にでも乗っているかのような速さで過ぎ去っていく景色。

 しかし、車とは一つだけ違う点。遮るものがなく直に風を浴びることで肌寒く感じた圭は、先ほどよりも強く、目の前の背中に抱きつく。

 だが、そこで圭ははたと疑問に思い至る。即ち――。

 

(……あれ、そういえばこの背中――?)

 

 その時、圭が起きたことに気付いたのか、彼女を背負っていた人物が声をかけてくる。

 

「……ん? 圭、起きたのか?」

 

「あ、は――!」

 

 い、と反射的に返事をしようとした圭は()の声を聞いて固まる。

 彼女を背中に抱えている人物。それは彼女の師匠にして想い人の蘆屋晴明だった。

 そして、それはつまり、今まで彼の背中に自身の顔や、あまつさえ胸を押し付け――どころか、マーキングをするように擦り付けていたわけで……。

 しかも、彼女を落とさないように、自身の太ももには彼の手――左はガントレットなので間接的になる――が()()添えられていた。

 そのことを自覚した圭は、体全体で晴明(想い人)の体に触れられる多幸感と、彼に完全に体を預けてしまっている羞恥心で顔、というよりも体全体が熟したリンゴのように真っ赤になっている。

 それと同時に彼女の頭の中は混乱の極致に達していた。

 

(……あれ?! なんで私、晴明さんにおぶられて――)

 

 しかし、汗をだらだらと垂れ流しながら混乱している圭をよそに、反応がないことに訝しんだ晴明が声をかけてくる。

 

「……おい、圭。どうした? 何か問題でもあったのか?」

 

 混乱、というよりも半ば現実逃避することで精神を保っていた圭は、その晴明の言葉で強制的に現実に戻され――。

 

「……――――!!」

 

 精神の限界を突破し、声なき悲鳴をあげるのだった。

 

 

 

 

 圭が悲鳴をあげた少し後、晴明たち――主に圭のことを心配した美紀の提言によって――は近場の安全な場所。かれらが這い上がることの出来ない民家の屋根上で立ち止まっていた。

 そして美紀は、彼女を抱えていたスカアハから降ろしてもらうと圭に駆け寄る。

 

「ちょっと、けい! だいじょ……?」

 

 そのまま、声をかけようとした美紀だったが、圭の様子がおかしいことに気付きしりつぼみになる。

 圭の様子を観察しようと彼女の顔を覗き見る美紀。

 そこには、沸騰したやかんのように湯気を立ち上らせて、ぽへぇと放心している圭の姿があった。

 そのことに、圭がなぜ悲鳴をあげたのかを察した美紀は、どこか白けた目を彼女に向けると頬に手を添えて、彼女のすべすべの肌を擦る。

 その美紀の行動に気持ち良さそうに目を細める圭。

 しかし、次の瞬間――。

 

「……いふぁい(痛い)いふぁい(痛い)っ!」

 

 美紀に頬をぎゅむ、と力の限りつねられて悲鳴をあげる圭。

 彼女の痛がる様子に多少の溜飲は下がったのか、美紀はつねった頬から手を離す。

 そんな二人のやり取りを微笑ましく見守っていた晴明たち。

 彼らに見られていることに気付いた圭は、先ほどと同じように羞恥で頬を赤く染めつつ頬を擦る。

 美紀はその様子を見て、悪態をつきつつため息を吐いた。

 

「……まったく、けいったら。自分ばっかり」

 

「あうぅ…………? みき、何か言った?」

 

「なんでもないっ!」

 

 美紀の悪態が聞こえなかったようで、圭は彼女へ問いかける。

 だが、当の美紀はぷい、と顔を逸らすと声を荒げつつもなんでもない、と答える。

 圭は、そんな美紀に対して不可解そうな表情を浮かべる。

 二人のやり取りを聞いていたスカアハは、からからと笑いながら語りかける。

 

「ふふふ、お主ら。そんなに元気があるのなら、もう少し頑張れそうじゃなぁ」

 

『……え?』

 

 スカアハの笑い声に不思議そうな声をあげる二人。

 しかし、そこで二人はなぜ自分たちが気絶して晴明たちにおぶられていたのかを、朧気ながら思い出してくる。

 それと同時に少し顔色が悪くなる二人。

 顔色が悪くなってきた二人を見たスカアハは嘆息する。

 

「……まったく、まだまだだのう」

 

 そう言いながら首を横に振り、やれやれと呟くスカアハ。

 そんな彼女を嗜めるように晴明は声をかける。

 

「こらこら、俺が言うのもなんだが、二人にあまり無茶振りするんじゃないよ」

 

「……本当に、マスターが言うことじゃねぇな」

 

 スカアハを嗜める晴明だったが、クーフーリンのしみじみとした実感のこもった言葉にがっくりと肩を落とす。

 

『……ぷっ』

 

 そんな彼らのやり取りを見た美紀と圭は、そのやり取りがおかしかったのか思わず吹き出してしまう。

 そのまま、我慢するようにくすくす笑う二人を見て、晴明たちも肩をすくめて優しく笑うのだった。

 

 

 

 

 

 しばらく、くすくすと笑っていた二人だったが少し落ち着いてきたのか笑い声が収まってきた。

 そんな二人の様子を確認して晴明は、笑ったことで緊張が解れてきた彼女たちに話しかける。

 

「二人とも、そろそろいいかな?」

 

「え、あ、はい。なんでしょう?」

 

 話しかけてきた晴明に対して、美紀が返事をする。

 美紀の返事を聞いた晴明は改めて本題に入る。

 

「さっきの戦闘について、反省会でもしようか?」

 

「……そうですね、わかりました」

 

 晴明の提案にこくりと頷いて答える美紀。

 彼女の答えを聞いた晴明は、早速話を始める。

 

「まずはさっきも言ったが、二人ともよく頑張ったな。初陣としては上出来の部類だったと思うぞ」

 

「やたっ! えへへ……」

 

「ふぅ、よかったです」

 

 晴明の誉め言葉に、圭は憚ることなく喜びをあらわにし、逆に美紀は心を落ち着かせるように息を吐きつつ、小さく喜んでいる。

 そんな対照的な二人を微笑ましく見ていた晴明だが、すぐに真面目な表情になると次の話を始める。

 

「さて、では次に……。さっきの戦闘で拙い部分があったわけだが、それがどこかわかるか?」

 

 晴明の問いかけに二人は先ほどの戦闘について思い出そうと唸っている。

 そして、思い当たるところがあったのか、美紀は挙手すると自身が思うことを伝える。

 

「えっと、やっぱり冷静さを欠いていたこと、でしょうか……?」

 

「そうだな、それもあるな」

 

「それもある、ですか」

 

 晴明のそれもある、という指摘に再び考え込む美紀。

 それを尻目にうんうん唸っていた圭だったが、考えが纏まらず、遂には知恵熱が出たのか、頭から湯気を出しながら変な声を出していた。

 

「ふみゅう……?」

 

 圭の様子を見て苦笑いを浮かべた晴明。

 そして、二人が未だに唸っているのもあって、彼はしょうがない。と二人に対してヒントを出す。

 

「それじゃあ二人とも。かれらの習性を思い出してみようか」

 

「……かれらの習性?」

 

 晴明の言葉を聞いて、圭は頭の上に疑問符を浮かべる。

 だが、美紀は彼の言葉を聞いてぶつぶつとかれらの習性を反芻する。

 

「……たしか学校に学生だったかれらがよく来ることから、生前の行動を繰り返し行っている可能性があることと、それに光と()に、はんの、う――! そう、か……」

 

「わかったみたいだな」

 

「……はい」

 

 晴明の問いかけに恥ずかしそうに俯く美紀。

 そして、圭も彼女の呟きで思い至ったのか、あぅぅ……。と情けない声をあげている。

 

「私たちが、かれらの音に反応する習性を忘れていた、ことですね……」

 

 美紀が恥ずかしそうに、か細い声で告げる。

 それに晴明が頷くとついでとばかりに改善点を挙げる。

 

「そうだな。それにそのことを利用すれば、圭がかれらを一ヶ所に集めた後に、美紀がマハ・ラギで一掃する。という戦術も取れただろうな」

 

「はうぅ……」

 

 晴明の改善点を聞いた圭は、申し訳なさそうに縮こまる。美紀もまた同じように怒られたくないといった様子で縮こまっている。

 そんな二人の様子に晴明は苦笑する。

 そして、二人を安心させるように優しく話しかける。

 

「別に怒っている訳じゃないさ。失敗は誰にでもあることだし、それに二人とも反省してるんだろう?」

 

 その晴明の言葉に小さくこくりと頷く二人。

 そんな二人に笑いかけながら晴明はさらに告げる。

 

「なら、なにも問題ないさ。この失敗を糧にして成長すればいい。そうすればお前たちはさらに先へ進めるんだから、な?」

 

 晴明の慰めるような、そして導くような声掛けに美紀と圭はどこか吹っ切れたように笑顔を浮かべて元気よく返事する。

 

『――はいっ!』

 

「よろしい」

 

 二人の元気の良い返事を聞いた晴明は笑顔を浮かべる。

 そして今度は美紀にとある確認を取る晴明。

 

「そういえば美紀。さっき渡した剣の使い心地はどうだったんだ?」

 

 その言葉で投げ渡された剣のことを思い出した美紀は、反射的に腰に下げていた剣を取る。

 そして、その剣をまじまじと見つめると一言。

 

「そうですね、とても使いやすかったです。でも――」

 

 そう言いながらも言い淀む美紀。

 そんな彼女にさらに言葉を促す晴明。

 

「でも、なんだ?」

 

「でも、何かが欠けているような気がして。……もしかして、なんですけど。この剣、盾と一対じゃないですか?」

 

 そう晴明に確認を取る美紀に、晴明は驚いたように息を呑むと、彼女の疑問に肯定する。

 

「……そう、だな。美紀が言うようにその剣はとある場所で手に入れたんだが、その時に盾も一緒に手に入れたんだよ」

 

 そう言いながら晴明はガントレットを操作して虚空から盾を。どこか可愛らしい子犬が描かれ、そして、犬耳を模したような突起が二つ出た独特な形をしたヒーターシールドを取り出した。

 その盾を見て息を呑む二人。そして、二人は無意識のうちに声を出す。

 

『……たろう、まる?』

 

「そう見えるよなぁ……」

 

 二人の呟きに、晴明は複雑そうな表情を浮かべる。

 そう、確かに盾に描かれている子犬は、圭を守り、その結果子犬としての一生を終えた太郎丸に酷似していた。

 そのことに動揺していた美紀だったが、心を落ち着かせると晴明に、これをどこで手に入れたのかを問いかける。

 

「あの、晴明さん。この剣と盾はいったいどこで……?」

 

「そうさな、……これはアカラナ回廊といわれる特殊な空間で手に入れたものだ」

 

「アカラナ回廊、ですか……?」

 

 晴明が言ったアカラナ回廊という言葉に不思議そうな顔をして首をかしげる圭。

 そんな彼女に、晴明はアカラナ回廊がどういった場所なのかを説明する。

 

「ああ。簡単に言ってしまえば、アカラナ回廊とはあらゆる時間と空間が交差した特異点。未来や過去はもとより、異なる世界にも到達できる可能性がある場所だ」

 

「……はぃ?」

 

 抽象的な説明であったが、それでも晴明が言った意味がある程度理解できたのか、美紀は呆然とした様子で彼を見つめている。

 そして圭も信じられないのか、あるいは信じたくないのか。確認も言う名目で晴明に一つの問いかけをする。

 

「あの、晴明さん? ……それって、つまり。やろうと思えば過去や未来へ時間旅行ができる、ってことですか?」

 

 ひきつった表情でそう問いかける圭に、晴明は真剣な表情で頷くと、彼女の質問に答える。

 

「ああ、可能だ。……理論上は、な」

 

「あ、はは……」

 

 晴明の返答を聞いた圭は声をかすれさせながら、乾いた笑みを浮かべる。

 事実、葛葉の里にある文献保管庫に置いてあったとある資料には、十四代目葛葉ライドウが解決した超力兵団事変において、アカラナ回廊を通って未来から四十代目葛葉ライドウが現れた。という記述が存在する。

 また別の資料には、並行世界のライドウが現れ、彼が追っていた魔王をともに討伐した。という記述も存在する。

 もっとも四十代目は、意識のみを過去に存在していた先祖に転写していた。とも伝えられているが……。

 

 ともあれ、そのようなことからも晴明は一応は可能である。と伝えたのだ。

 しかし、そのことに疑問を持ったようで美紀は不思議そうに問いかける。

 

「……理論上は、ですか?」

 

「ああ、理論上は、だ。というのも単純にあの場は、どこでどういった場所に繋がっているのかが不明でね。なので、狙って特定の世界に行く、というのが難しいのさ」

 

「なるほど……」

 

「それに、あそこはクズノハが修練の場に用いるくらいには悪魔の出現率も高くてね。とてもじゃないが、時間旅行なんてことが出来るほど安全な場所じゃないのさ」

 

 そう言いながら美紀に太郎丸らしき子犬が描かれた盾を手渡す晴明。

 手渡された美紀は反射的に受け取るが、すぐに正気に戻ると晴明に話しかける。

 

「あの、これ。良いんですか?」

 

「ああ、構わないとも。きっとこれも何かの縁だったんだろう」

 

「……ありがとうございます」

 

 晴明から問題ない。という確認を取った美紀は盾を左手に装着する。

 そして、そのまま立ち上がると剣と盾を構えて軽く動かしてみる。

 

「……うん、やっぱりしっくりくる」

 

 一通り演武を行った美紀は、剣が今まで以上にしっくりくることを確認して鞘に納める。

 それを見ておお、関心の声を上げつつ拍手をしていた圭。

 そのまま、美紀に話しかけようとする彼女だったが、ふと、周りが騒がしくなっていることに気付く。

 

「あれ……? なにか、聞こえる……?」

 

「どうしたの、けい?」

 

「んっと、あっち……!」

 

 圭の挙動を不審に思った美紀は彼女に問いかける。そして圭も美紀の質問に答えようと、音がした方を向いて指を指そうとして固まる。

 そこには、かれらに追われて移動している生存者らしき人影が見えたからだ。

 それを見た圭は、叫ぶと同時に咄嗟に下へと飛び降りる。

 

「――助けなきゃ!」

 

「ちょ、けい。待って!」

 

 そんな親友を追いかけるように美紀もまた屋根上から飛び降りる。

 そして二人は危なげなく地上に降り立つと、生存者らしき影のもとへ走り出した。

 そんな二人、主に圭を見た晴明は少しばかり驚きをあらわにする。

 

「驚いたな……。圭のやつ、耳がよくなっているのか?」

 

 そう言いながら晴明は先ほど圭が指差した場所。この場からおおよそ()k()m()は離れた場所を見やる。

 そこには、確かにかれらがうごめく姿が確認できた。

 そして、二人を追いかけようとする晴明にクーフーリンたちとは別の人物から声が掛かる。

 

「マスター、どうやら急いだ方がいいみたいですよ?」

 

「おわっ! ……いつの間に出てきたカーマ!」

 

 晴明が突っ込みを入れたように、彼の隣にはいつの間にか秘神-カーマが立っていた。

 そこに今度はバロウズから声が掛かる。

 

《ハァイ、マスター。カーマがどうしても出せって煩くてね》

 

「んんっ! そんなことよりもっ――」

 

 バロウズの台詞にカーマは誤魔化すように咳払いをしつつ先ほどの場所を指し示す。

 

「どう考えても彼。あの娘たちには荷が勝ちすぎてますよ?」

 

 そのカーマの忠告に、晴明は改めてかれらが追う生存者らしき姿を見る。

 そしてその()()()()()姿を確認した晴明は驚愕に目を見開くと、即座に彼女らを追うために駆け出す。

 

「――くそっ! なんで、こんなところにヤツがいるんだっ!」

 

 そう言って晴明は、焦燥に身を焦がしつつ()()()()()ために駆けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ここはアマラ深界の最奥。

 そこでルイ=サイファーはソファーに腰掛けながら楽しげな様子で映し出される映像を見ていた。

 

「ふふっ、どうやらあの娘たちは順調に力をつけているようだ。ねぇ、胡桃?」

 

 そう言って後ろへ視線を向けるルイ=サイファー。

 そこには、虚ろな瞳で虚空を見つめる恵飛須沢胡桃の姿があった。

 それを見てルイ=サイファーはつまらなそうに首を横に振る。

 

「――やれやれ、大丈夫だと思ったのだがね……。まぁいい。それよりも、もうそろそろ()も接触する頃合いだろう」

 

 そこでルイ=サイファーは映像に映りこんだとある姿を見て忌々しげな表情を浮かべる。

 

「……ふん、どうやら煩い害鳥も迷いこんでいるようだが、彼女らの試練にはちょうどいいかな?」

 

 その時、彼の後ろから声が聞こえてくる。

 

「ゆ、き……。ゆ、きぃ…………!」

 

 その声、恵飛須沢胡桃の呟きを聞いて笑みを深めるルイ=サイファー。

 

「ふふ、どうやらこちらも捨てたものではないようだ。――頑張りたまえよ、恵飛須沢胡桃。君が望む力を得るために」

 

 ルイ=サイファーは胡桃に発破を掛けるが、胡桃はそれに答えず、ひたすらに仲間たちの名前を呟く。

 

「めぐ、ね、ぇぇ……。りー、さん。アレッ、……クス。た、かえ……」

 

 彼女の中にあるのは苦悩か、後悔か。――それとも憎しみなのか。

 彼女自身もそれはわからない。が、それでも彼女は仲間の名前を呼び続ける。その意図は彼女自身もわからなかった。

 

「……ゆ、きぃぃ――」



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第五十五話 絶斗

 お久しぶりです、作者です。

 今回、きららファンタジアで開催されていたイベント『歩き続ける君のために』に於いて、りーさんの妹である『るーちゃん』の本名が『若狭るう』であることが判明しました。

(イベントシナリオを原作者の海法紀光氏が担当したため、公式設定と判断できます)

 しかし、本作では長く若狭瑠璃で通してきたこともあり、今更変えるのも違和感が出ると思うので、そのまま『若狭瑠璃』で通そうと思います。
 ご了承いただけたら幸いです。


 しばし時を巻き戻す。

 

 ちょうど晴明たちが先の戦闘についての反省会を行っていた頃、一人の少年が崩壊した巡ヶ丘の地を鼻歌交じりに闊歩していた。

 その少年、年頃は若狭瑠璃よりも少し年上。小学校高学年に見える背丈に緑色の髪。そして全体的に蒼色の服とヘルメット型の帽子を被った彼は、最初こそ楽しげだったものの、すぐにため息をついて愚痴をこぼす。

 

「……はぁ、まったく。()()もヒト使いが荒いよね。せっかく、()()()()()()()()()()()と遊ぶ予定だったのに」

 

 愚痴をこぼしながらアンニュイな表情を浮かべる少年。

 そんな少年の愚痴が聞こえたのか、どこからともなくかれらが獲物を求めて、少年を包囲するように姿を現す。

 それを見た少年は心底つまらなそうに――。

 

「……しかも、こんな薄汚いゾンビ擬きどもの相手なんて。あぁ、やだやだ」

 

 少年はズボンのポケットに手を突っ込んだまま首を横に振る。

 それを挑発ととらえたのかは定かではないが、かれらは少年に襲いかかるために前進する。

 そんなかれらの()()()()()を見て、少年は小馬鹿にするようにアルカイックスマイルを浮かべた。

 

「……まぁ、暇潰しぐらいにはなるかな?」

 

 そう言うと少年は軽く跳躍。

 しかし、少年の行動とは裏腹に、彼の体は軽々とかれらの身長を飛び越え、そして――。

 

「おっと、ごめんよ」

 

 かれらのうち、一体の頭を踏み潰して、()()すると、それを足場としてさらに跳躍!

 かれらの包囲網から脱出する。

 包囲網から脱出した少年は、かれらを見下した視線で見て、一言。

 

「それじゃ、オニごっこと行こうか。――オニさん、こちら。手の鳴る方へ、ってね」

 

 かれらを小馬鹿にするように手を叩くと、そのまま駆け出す。

 それを追ってかれらも歩みを進めるのだった。

 

 

 

 

 

「よっ、はっ、ほっ、と!」

 

 少年はまるで軽業師のごとく、民家の塀を、電柱を、そして屋根を跳び移って移動し、時にはわざと道に降りてかれらを挑発するように拍手をしたり、その場で踊ったりしている。

 そうして再びかれらが近づいてくると、先ほどの焼き直しのようにかれらを踏みつけつつ脱出。それを繰り返していた。

 その中で()()()を探すように辺りを見回す少年。

 その時、少年は複数の人の気配を感じてそちらを見る。

 そこで彼は、自身にとって少しばかり遠い民家の屋根の上で話し込む男女と悪魔たち。即ち晴明たちを見つけた。

 晴明たちに気付いた少年は、楽しそうな表情で舌を出してぺろりと唇を舐めて湿らせると、独りごちる。

 

「あれが閣下の言ってた――」

 

 彼が独りごちている最中に、晴明たちのところで動きがあった。

 圭が少年のことに気付き、こちらに向かってきたのだ。

 そのことに感心したように声を上げる少年。

 

「――へぇ、話ではあのお姉さんたちは素人だって話だったけど」

 

 そして、圭を追いかけるように武器を装備した美紀も移動をしてくることを確認した少年。

 二人の行動を見た少年は、楽しそうに笑う。そして――。

 

「少し、からかってみるかなぁ?」

 

 そう言うと彼は、美紀と圭。二人から離れるように移動を開始するのであった。

 

 

 

 

 

 圭は駆ける。偶然とはいえ、見つけることが出来た生存者がかれらに囲まれていることを知って――。

 今ならまだ間に合うかもしれない。

 かつて、晴明が透子を助けることが出来たように。そして、自身らが彼に助けられたように。

 何より、これ以上誰かが死ぬ姿を、悲しむ姿を見たくなかったから。

 

「――けいっ!」

 

 その時、彼女の後ろから美紀が声を掛けるとそのまま前に飛び出し、剣を一閃!

 近場にいたかれらの頸を斬り跳ばす。

 そして即座にMAGを練ると――。

 

「――マハ・ラギ!」

 

 火炎弾を複数顕現させると、かれらに向かって放つ。

 美紀が放った火炎弾はかれらに直撃し、パチパチと肉が焼ける音とともにかれらを火葬する。

 かれらが、ヒトだったモノが焼ける匂いに顔をしかめる圭だったが、雑念を振り払うとストラディバリを展開する。

 ストラディバリを構える圭だが、頭の中では先ほどの晴明とのやり取りを思い返していた。

 

 ――音がかれらを集める。なら……!

 

 ……そも、音とはなにか?

 音とは言い換えれば空気の振動であり、その中でも波打った振動が周囲に拡散されることで音と認識される。

 それは、つまり考え方を変えるなら、一つの衝撃波とも考えられるのではないだろうか?

 そして、衝撃波。即ち魔界魔法のザンやガルと同じような運用が出来るのであれば……!

 

 ――一点集中で吹き飛ばす……!

 

 圭は自身の考えを実証するようにストラディバリの弦を引き、(衝撃波)()()()()()()にのみ届くように制御する。

 本来であれば、そのような常識の欄外。魔技とでも呼ぶべき音撃は出来ないだろう。

 だが、今圭が引いているストラディバリは魔人-デイビットが所持していた逸品。まさしく妖刀や魔剣と呼ばれる物と同等の品であり、さらには圭。彼女自身も、幸か不幸か、音に、音楽に特化した才能の持ち主であった。

 

 そも、なぜ巡ヶ丘学院高校での劣勢時に晴明が加勢しなかったか。

 先に話した戦いの雰囲気を感じさせる。というのももちろん嘘ではない。ないが、あの戦いにはそれ以外にも複数の思惑があったのだ。

 まず始めに、晴明が圭に指摘した音がかれらを集めるという習性。それを利用して付近にいるかれらをそのまま校庭に集めようとしていたのだ。

 しかし、それだけだと圭が習性を覚えていて集まらないかもしれない。

 

 ――そこで晴明は一計を案じた。即ち、自身が戦闘に参加しないことによって彼女たちを精神的に追い詰め、パニックに陥らせる。という手を。

 

 なぜ、晴明はそんな弟子たちを危険に陥らせるような行動に出たのか?

 それこそが晴明の目的に合致したからだ。

 

 即ち二つ目の思惑である、数多くのかれらを彼女たちの手で葬らせるということ。

 なぜ彼女たちにそんなことをさせる必要があったのか?

 それはかれらを倒し、そのMAGを取り込ませることで、人としての位階を、簡単に言えばレベルアップさせることが目的であった。

 

 ――以前、アレックスが怒りに呑まれた胡桃を取り押さえるのに苦戦していたのを覚えているだろうか?

 本来であれば、そのようなことはあり得ないのだ。

 

 というのも、現在の、新型デモニカスーツとジョージのサポートを受けたアレックスの位階で言えば超人クラス。晴明より多少劣る程度でしかない。

 そして、胡桃に関して言えば、ついこの間。このバイオハザードが起きる前までは愚者、わかりやすく言えば異能に覚醒する前の一般人でしかなかった。

 それなのに現実にはあの時、アレックスは何とか胡桃を取り押さえることが出来た。という力関係だった。

 先程も言ったように、本来であればこのようなことはあり得ない。

 なぜなら超人と愚者には隔絶とした差、それも大人と子供などという生易しいことは言わず、像とアリほどの差があるのだ。

 これで良い勝負が出来るなどと考える方が愚かだろう。

 だが、現実には出来てしまっていた。

 その理由が、先程も言ったMAGによる位階の上昇、レベルアップだ。

 

 彼女、恵飛須沢胡桃はアウトブレイク発生翌日から、貴依やアレックスと一緒に安全圏を確保するために、日夜かれらと戦っていた。

 討伐数こそ、無意識のうちにシュバルツバースの地獄を覚えていたアレックスが持つ卓越した戦闘技術の差で劣っていたものの、それでも一般人としては破格の戦果を誇っている。

 これは、聖典世界(がっこうぐらし!)での彼女の活躍からも一目瞭然だろう。

 そして、それほどのかれらを屠っているのならばそれ相応のMAGを獲得しているのは道理であり、さらに言えば――。

 この世界に限って言えば、以前ジョージが言ったように、彼女は破格と言っても良いデビルバスターとしての才覚を持っていた。

 

 これはもしも、ifの話になるが――。

 もし、彼女が学園生活部を去ることなく、人としてデビルバスターとしての道を歩んだのであれば、いずれ彼女は一廉(ひとかど)の、それどころか、流石に葛葉ライドウには劣るが、それでも他の退魔組織の長や、エリートたちにも引けを取らない実力者になっていただろう。

 それほどの才能の持ち主だったのだ。恵飛須沢胡桃という少女は。

 

 そして、あの時点。胡桃が学園生活部を去ることになった邪鬼-アマノサクガミとの戦いの時点でその片鱗は既に見せていた。

 それがアレックスが彼女を止めるのに苦労していた理由であり、だからこそジョージが驚愕していたのだ。

 まぁ、今回の胡桃の例はかなり特殊なもの――MAGの獲得はもとより、彼女自身の才覚が大きかった――となるが、それでも裏の界隈からしたら鎧袖一触の雑魚でしかないかれらを屠るだけで、それなりの稼ぎになるのであれば、これを放っておく手はないだろう。

 

 ……時に、少し話は変わるが『パワーレベリング』という言葉をご存知だろうか?

 

 ――パワーレベリング。

 

 主にMMORPGなどの複数人でプレイするゲームにおいて、初心者や低レベルのプレイヤーが、高レベルのプレイヤーにレベリングの手伝いをしてもらうことだ。

 尤も、この行為は初心者などのプレイヤースキルが育たないこともあり、あまり推奨されないのだが……。

 唐突になにを言っているのか。と思われるかもしれないが、よくよく思い返して欲しい。どこかで見た構図ではないだろうか?

 ……そう、蘆屋晴明(高レベルプレイヤー)祠堂圭、直樹美紀(初心者並びに低レベルプレイヤー)の関係性だ。

 

 これこそが三つ目の思惑、もし彼女たちの戦果が心もとない場合の保険。彼女たちを救助するのと並行して晴明主導のパワーレベリングを行うものだった。

 但し、こちらに関しては二人が予想以上に健闘したことにより、本当に保険のまま終わったが。

 それがあの時、晴明が下した及第点。という評価の真相だった。

 

 そして、最後の四つ目。というよりも、これは一つ目のかれらを意図的に集める理由の最たるものとなるのだが、以前デイビットによるかれらを誘導したことによる襲撃。

 これを退けた後、一時的に付近からかれらが一掃されて、ほんの一時ではあるが巡ヶ丘学院高校に平穏が戻っていたのだ。

 ただ、次第に遠方のかれらが再び付近に現れたことでサバイバル生活を余儀なくされたが、それでも一時的であっても平穏があるのとないのでは雲泥の差だろう。

 なおかつ、最大戦力となる晴明自身が別行動をとる、となると尚更だ。

 ……つまり、晴明は自身がここ(巡ヶ丘学院高校)を離れるにあたって、意図的に襲撃を再現し、つかの間とはいえ再びの平穏を取り戻そうとしたのだ。

 

 それら複数の思惑により行われた晴明主催、美紀、圭実行の狩りによって彼女たち自身は自覚していないが、大幅なレベルアップを遂げており、その結果――。

 彼女たち自身、疑問にも思っていなかったようだが、一戸建てとはいえ屋根上から飛び降りて怪我一つなく、圭に至っては1km先の音を聞き分け、そして今回の魔技を会得したのだった。

 無論、圭だけではなく美紀にも成長の兆しがあるのだが、それについては本人が自覚しなければ会得した、と気付かないだろう……。

 

 とにもかくにも、そういった理由での戦力強化によって、先の戦いよりも効率的、かつ合理的にかれらを殲滅する美紀と圭。

 只人であったはずの二人の殲滅劇に、かれらを歯牙にもかけていなかった少年は、その活躍ぶりに手放しで称賛する。

 

「へぇ! お姉さんたち強いんだねぇ!」

 

「えへへ、そう? って、それよりも大丈夫だった、きみ」

 

 少年に称賛されたことで気を良くした圭だったが、すぐに少年に駆け寄ろうとする。

 少年もまた、彼女の心配に大丈夫だと返答しようとするが――。

 

「うん、ボクは大丈――。あらら、もう来ちゃったかぁ……」

 

「――え?」

 

 その少年の呟きに不思議そうな顔をする圭。その時――。

 

「圭、美紀! ()()()から離れろ!」

 

 晴明が二人を守るように前に躍り出ると、生存者である筈の少年に向けて倶利伽羅剣を構える。

 そのことに抗議の声を上げようとする圭。しかし――。

 

「ちょっ、はるあ――」

 

「なぜ、なぜ貴様がここに居る!」

 

「……え?」

 

 抗議の声を上げようとした圭だったが、晴明の切羽詰まった怒鳴り声にかき消され困惑する。

 それに構わず晴明は()()の名を、本来ここにいる筈のない彼の名を口にする。

 

「――高城(タカジョー)絶斗(ゼット)!」

 

 晴明の、彼の警戒したような怒鳴り声を聞いた高城絶斗と呼ばれた少年。

 『真・女神転生デビルチルドレン』に於いて、デビルと称される悪魔たち。その中で深淵魔王-ゼブルと呼ばれた大悪魔の人間体にして、この世界に於いては『高き館の主』『蝿の王』とも呼ばれる大魔王-ルシファーの側近、魔王-ベルゼブブ。その分霊(わけみたま)であり、化身(アバター)たる少年は、愉しげに、皮肉げに笑みを浮かべるのであった。



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第五十六話 強き者、弱き者

 こんにちは作者です。
 今話からタグにある『準』最強主人公タグが仕事をし始めます。
 そのことを念頭に楽しんでいただけたら幸いです。


 美紀と圭、二人を庇うように移動しながら晴明は絶斗と相対する。

 警戒した、ピリピリとした空気を纏いながら絶斗を睨み付ける晴明に対して、絶斗は気楽に、それこそ今にも雑談でも始めそうなほどにリラックスした状態で見つめている。

 

 対照的な二人であるが、それもある意味当然だった。

 高城絶斗は先に言ったように大悪魔の化身(アバター)であり、いくら人間界へ訪れるためにその身を弱体化させているとはいえ、それでも神ならざる人の身では強大すぎる存在だ。

 

 ――それこそ、蘆屋晴明の全力を以てしても何とか撃退するのが限界。と言えるほどに……。

 

 しかも、現在の晴明陣営は主力となり得る仲魔、英雄-ジャンヌダルクに魔人-アリス。さらには魔人-大僧正がいない状況なのだ。

 ……まぁ、アリスは役割としては雑魚キラーなので、まだ何とかなる。しかし、ジャンヌと大僧正は違う。

 ジャンヌは主に二枚壁(テトラ・マカラカーン)を主軸とした補助役。大僧正に至っては常世の祈りや瞑想を主軸としたある程度自己完結した回復役なのだ。

 つまり、今の晴明PTは専属の回復、補助役が欠けている状況だ。

 ……尤も、他にも補助や回復を行える仲魔も存在はするのだが、それでも専属には劣るのは致し方ない。

 

 とにもかくにも、今の晴明たちでは高城絶斗という怪物を退けるのは、かなり分の悪い賭けになる。

 かと言ってそれが諦める。という理由にはならないが……。

 

 しばらく睨み合っていた両者であるが、不意に晴明が口を開く。

 

「お前は――」

 

「うん?」

 

「お前は、誰の指示でここに来たんだ。ルイ=サイファーか。それとも――」

 

 晴明の問いかけを静かに聞いていた絶斗。しかし、次に晴明が放った言葉に目を見開く。

 

「――ホシガミか?」

 

「――! ……へ、ぇ」

 

 晴明から出てきた()()()()という単語に反応した高城絶斗。

 それはある意味当然であり、同時に人間の口からは本来聞くことのない筈の言葉だった。

 

 ――ホシガミ。

 

 それは真・女神転生デビルチルドレンに於いて万物の創造主。

 無論それには人間や天使は当然として、深淵魔王-ゼブル。即ち高城絶斗も含まれる。

 そして、さらに言えば深淵魔王-ゼブル(高城絶斗)は世界の監視者として生み出されたホシガミ(創造主)の側近である。

 

 しかし、それはあくまで()()()()()()()()()()()での話。

 この世界に於いてはホシガミは存在せず、その権能は各地の神話に存在する創造神たちに継承されている。

 即ち、本来この世界の住人は誰も知らず、ホシガミという存在の記憶を持つのは、デビルチルドレン世界の記憶を継承する高城絶斗と()()()()だけなのだ。

 それなのに晴明はホシガミの存在を口にした。

 無論、それは晴明が理外の存在(転生者)であるが故。

 それ故に、デビルチルドレンの知識があったからだ。

 

 しかし、それを知らない。大魔王-ルシファーですら知らなかった情報を知っていた晴明を、絶斗は警戒する。

 そして、同時にルシファーが興味を持った事実に得心する。

 

「ふぅん? ……なるほど、ね。閣下が興味を持つ訳、だっ――!」

 

 そう言いながら絶斗はおもむろに両手を掲げる。

 そして、次の瞬間には絶斗が掲げた腕に突撃する影が二つ。まるで来ることを予期していたかのように吸い込まれていく。

 

「なにっ……! おぉぉぉぉぉ!」

 

「ふっ――!」

 

 蒼と紫の閃光。

 それは幻魔-クーフーリンと女神-スカアハが魔槍ゲイボルクを以て、奇襲を行おうとしていた。しかし――。

 

「ぐ、ぅ……!!」

 

「なんと――!」

 

 二人の、クーフーリンの一本、スカアハの二本。計三本の魔槍は絶斗の両手に展開された不可視の力場で、火花を散らしながら防がれていた。

 そのことに驚愕の表情を浮かべる仲魔たち。

 そのまま三人は力比べのように攻撃と防御を拮抗させている。だが――。

 

「ぬるいっ!」

 

 絶斗が気炎をあげると同時に、力場を防御から攻勢に反転!

 クーフーリンとスカアハは、絶斗の突然の攻勢に対応することが出来ず吹き飛ばされた!

 しかし、絶斗もまた二人を吹き飛ばした行動によって、一瞬とはいえ硬直する。

 その隙を目敏く見つけた晴明は突撃!

 倶利伽羅剣で刺突の構えをみせ――!

 

「……八相、発破ぁ!」

 

 倶利伽羅剣にMAGを注ぎ込み、破壊的な一撃を絶斗に叩き込もうとする。しかし――。

 

「……がぁぁぁぁぁぁっ!」

 

「な――!」

 

 なんと、絶斗が発した咆哮による衝撃で押し留められ、さらには――。

 

「――ふっ!」

 

「ぐ、あぁ……!」

 

 少年の見た目ではあるまじき()()を伴う蹴撃をお見舞いする。

 それを倶利伽羅剣を盾とすることで、なんとか防ぐ晴明。だが――。

 体から、防いだ腕から、みしみし。と、鈍い音が響く。晴明の腕の骨が軋む音だ。

 それは即ち、咄嗟の事とはいえ、八相発破のエネルギーを防御に転用して、なお晴明の防御を突破。攻撃が、ダメージが貫通したということだ。

 

 ――これは……。骨が逝った、か?

 

 防御した腕に奔る痛みに顔をしかめる晴明。もしかしたら骨にヒビが入ったのかも知れない。

 それ自体は回復アイテムや、魔法による治癒は可能だろう。……但し、相手が待ってくれたら、の話だが。

 

 そうやって顔をしかめる晴明とは対照的に、絶斗は手応えを感じたのか、どことなく得意気な顔をしている。

 しかし、次の瞬間――!

 

「……なっ!」

 

 絶斗の周囲に砲弾もかくや、という威力の矢の雨が降り注ぐ!

 着弾とともに辺り一面に轟音が響き渡り、地面が、道路がめくれ上がったことによる粉塵が巻き起こる。

 そして、高城絶斗の姿は粉塵の中に消えていった……。

 

 

 

 

 

「……ふぅ、マスターも無茶を言いますね」

 

 とある、晴明たちが戦っている戦場から離れた電柱の上で、秘神-カーマは弓を射った状態で佇んでいた。

 彼女こそが、絶斗を矢の雨で爆撃した下手人だった。

 

「まったく。本当に、なに考えてんですかね。あの人は……。()()()()()()()使()()なんて」

 

 呆れたように呟くカーマ。

 そう、すべてはあらかじめ決められていた作戦だったのだ。

 そもそも、晴明自身も高城絶斗。深淵魔王-ゼブル相手に正攻法で敵うなどと考えていなかった。

 それ故に、彼はまず絶斗の気をそらすためにクーフーリンとスカアハ、二人を突撃させることにした。

 勿論、それで討ち取れるほど簡単な相手ではないことは承知している。

 

 そのために二の矢として自身も攻撃。そして、仮に防がれたとしても、その場合の三の矢としてカーマに狙撃させたのだ。

 現に絶斗は晴明の目論見通り、攻撃を凌いだことで油断し、その結果、カーマの攻撃が直撃している。

 

「まぁ、何にせよ。マスターの読み通り直撃したんですし――」

 

 そこまで独りごちていたカーマだったが、ぞくり、と全身に悪寒が駆け巡る。

 そのことで彼女は自身が射った場所。絶斗がいた地点を見つめる。

 そこには、いつの間にか粉塵が晴れ、()()()を見ている絶斗の()()な姿が――。

 

「しまっ――」

 

 こちらを見る絶斗の姿を確認したカーマは、慌ててその場から離れようとする。

 しかし、今一歩遅かった。

 遠く離れた位置にいた絶斗がフィンガースナップをすると同時に、彼女の周囲に先ほど絶斗が防御に用いたものと同じような不可視の力場が形成され、そして――。

 

 轟音、そしてすべてを焼き尽くす爆炎が辺り一面に拡がるのだった。

 

 

 

 

「…………カーマ!」

 

 絶斗が生み出したもう一つの太陽、とでも言えそうな大爆発をみて叫ぶ晴明。

 そう、叫ぶ。即ち、晴明は一瞬とはいえ絶斗から意識をそらしてしまった。

 そして、絶斗はその隙を見逃すような甘い存在ではない。

 

「――晴明さんっ!」

 

 圭が叫ぶ。

 その声で正気に戻った晴明だが、既に目の前には絶斗の姿が――!

 

「――――!!」

 

 しかし、そこで何故か絶斗はバックステップで晴明から距離を取る。が、その答えはすぐに訪れた。

 先ほどまで絶斗がいた場所に、夥しい数の投げナイフが投擲されてきたのだ。

 それはジャック・リパーの投げナイフだった。

 そして、さらに――!

 

「やあぁぁぁぁぁ!」

 

 気炎をあげながら絶斗に迫るジャック。そのまま彼女は両の手に持つダガーを縦横無尽に奔らせ、絶斗を切り刻もうとする。

 だが、絶斗は彼女の攻撃を完全に見切っているのか最小限の動きで躱し、一瞬の隙を付いて彼女の片腕をとると――!

 

「邪魔だっ……!」

 

 そのまま力の限り振り回し、投げ飛ばす。

 

「…………!」

 

 その結果、彼女は声なき悲鳴を上げながら住宅の塀に激突!

 それだけには留まらず、塀を突き破り、住宅を破砕し、粉塵を撒き散らしながら吹き飛ばされていく!

 しかし、ジャックの決死の行動により時間を稼いでくれたおかげで、晴明は態勢を整えることが出来た。

 それと同時に、彼は自身に能力向上の魔法をかける。

 

「……ラスタキャンディ!」

 

 その力ある言葉とともに、晴明の周囲に様々な光が集まり吸収される。

 それで自身の能力が上がった晴明は、さらに【気合い】を入れて自身のMAGを練り上げる。

 

「――――ッ!! これでぇ!」

 

 そして晴明は、メギドファイアを絶斗に向けて構える。

 その銃口には、晴明が練り上げたMAGの光が収束している。

 晴明の切り札たる単体物理最強スキル、至高の魔弾だ。

 遅まきながら、晴明が攻撃態勢に入っていることに気付いた絶斗。

 しかし、既に至高の魔弾は発射寸前であり、回避するには遅きに失していた。

 そのことから絶斗は不可視の力場を形成、防御に活路を見いだそうとする。

 絶斗の前に複数の力場が形成されると同時に、晴明のメギドファイアから至高の魔弾が放たれた。

 

 

 

 

 

 

 バチバチと拮抗する魔弾と力場だったが、まず一枚が即座に割れ、二枚目も多少持ちこたえはしたものの割れてしまった。

 このままでは三枚目もほどなくして割れてしまうだろう。

 しかし、ここで絶斗は思いもしなかった行動に出る。

 それは、最後の自身の前方を守らせるのではなく、斜めに置く。即ち、防ぐことから受け流す事に変えたのだ。

 

「く、ぅ、おおぉぉぉぉぉぉお!」

 

 気炎を上げる絶斗。

 その彼の気迫が乗り移ったように最後の力場は至高の魔弾からの猛威に堪え忍ぶ。

 そして、最後には絶斗の機転が功を奏したようで、目論見通りにそらすことに成功し、魔弾は文字通りに空へ消えていった。

 

 至高の魔弾を受け流す事に成功した絶斗は、額から流れていた冷や汗を袖で拭う。

 そうして冷や汗を拭った絶斗は晴明を見つめて称賛の声を上げた。

 

「正直、驚いたよ。()()()()()()()()でもない君が、これほどの力を持ってるなんて、ね」

 

「……くっ。失敗、か」

 

 一方、絶斗から称賛を受けた晴明は、今の攻撃で肉体、精神両面で限界が訪れているのか、脂汗をかきながら軋ませた腕を押さえて膝をついている。

 そんな晴明を興味深そうに見ていた絶斗だったが、ぽつりと何事かを呟く。

 

「……まぁ、これで最低限、閣下のお願いは聞き届けられたかな?」

 

 そうこぼすと絶斗は、自然な仕草で自身の背中からエネルギー状のなにかを顕現させる。

 すると、そのエネルギーは翼のような形になる。

 そして絶斗は、まるでそのことが当然、とばかりに宙に浮かぶ。

 

「――さらば!」

 

 そうして絶斗は最後に一言。そう発すると目にも留まらぬ速さで飛び去っていった。

 それを見た晴明は独りごちる。

 

「逃げた……? いや、違う。()()()()()、のか」

 

 その顔はどこか悔しげに歪んでいた。それは、つまり高城絶斗にとって、蘆屋晴明という存在は取るに足らないもの。いつでも始末できる、と断言されたに等しいのだから……。

 そんな晴明の耳にどさり、と何かが倒れる音が聞こえた。

 

「あ、はっ、は…………!」

 

「う、ぐ……。ぅぇぇ……」

 

 それは晴明の愛弟子である二人。

 美紀は膝を付いて自身の胸を抑え、浅い呼吸を繰り返し。圭は四つん這いになってものを吐くようにうめき声を上げている。

 特に圭に関しては、過去にカーマから殺気をあてられたことを思い出したのか、もし俯いた顔の表情が見れたのなら、死人のように青ざめているのが確認できただろう。

 

 事実、二人にとって晴明と、彼を赤子扱いしかねない高城絶斗の戦いはあまりに刺激が強すぎた。

 そして、その果てに晴明の実質的な敗北。そのことから、二人は次は自分たちの番だと考え、極度の緊張を強いられた。

 だが、実際には絶斗が去ったことで緊張から解放されて、その結果二人は倒れこんだのだ。

 

 二人の惨状に気付いた晴明は、痛む体を押して駆け寄る。

 

「美紀、圭。大丈夫か」

 

 晴明に声をかけられた二人。

 声をかけられた彼女たちは、晴明の方に振り向くと彼の無事な姿を確認して涙めになる。

 そして二人とも、自身の感情が抑えられずに晴明に、どん、と体当たりをするように抱きつく。

 そのことに驚きと、何より痛みから声を上げそうになるが……。

 

「ヒック、ぅぐ。うう……」

 

「晴明さん、はるあきさぁん……」

 

 緊張から解放されたことと、何より晴明が無事なことに歓喜した二人は、怖さと喜びで心がぐちゃぐちゃになりながら涙を流す。

 泣いている二人を見て晴明は安心させるように、宥めるようにやさしく抱きしめる。

 そして、二人の背中を優しく擦って話しかける。

 

「すまない、心配をかけちまったな」

 

 その言葉に、美紀と圭はさらに強く晴明に抱きつく。

 彼女たちの仕草に、本当に心配をかけてしまったことを申し訳なく思いながら、晴明は二人に聞こえないようにぽつりと呟く。

 

「やっぱり、俺もまだまだ弱い。もっと強くならなくちゃ、な……。お前たちを守れるように……」

 

 そう言いながら、二人を守るように晴明は再びぎゅ、と彼女たちを抱きしめる。

 そして、その場には少女二人の静かに泣く声だけが木霊するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ここはアマラ深界。

 

 閣下、大魔王-ルシファーから蘆屋晴明の調査依頼を受けた高城絶斗は報告のために、かの大悪魔のもとへ訪れていた。

 

「閣下、言われたことしてきましたよ――……」

 

 だが、絶斗は報告の途中で口を閉ざす。目の前の光景があまりにも、あんまりだったからだ。

 そして絶斗はその光景の()()たちに話しかける。

 

「……えっと、あの…………。なに、やってるの。()()()()()()()()()()()?」

 

「このっ! このっ、糞親父……! ん、ああ。高城くん、おかえり」

 

「いくらなんでも、やって良いことと悪いことがあるわよ。おじさんっ! ……あら、いつ帰ってきたの?」

 

「いや、えっと……。今、なんだけど……。それよりも――」

 

 ミライと呼ばれた赤髪の同年代に見える少女が放った質問に反射的に答えつつも、困惑した表情であまりにもいたたまれない光景を見つめる絶斗。

 そこには赤髪の少女と同じく同年代の銀髪の少年。セっちゃんとミライちゃんと呼ばれた少年少女が、よりにもよって大魔王を、ルイ=サイファーをげしげし、と足蹴にしている光景が広がっていた。

 もし、配下の者が、なにも知らない者が()()を見たら、悲鳴を上げ、同時に少年少女を殺してでも止めようとするだろう。

 しかし――。

 

「えっと、セっちゃん。ほどほどに、ね……?」

 

 何故か絶斗は止めるでもなく、少年を宥めるように声をかける。

 その様子に少年、【甲斐(かい)刹那(せつな)】は、憤った様子でとある人物を指差して語りかける。

 

「だってよ! 高城くん、この()()()。よりにもよって、そこのお姉さん拐ってやらかしてんだぜっ!」

 

「そうよ! いくらなんでもあんまりだわ!」

 

 刹那の怒りに便乗するように吐き捨てるミライちゃんこと【(かなめ)未来(みらい)】も気炎を上げている。

 そんな二人の怒りの原因となっている、指差されたお姉さんを見る絶斗。

 そこには、未だに虚ろな表情をしている恵飛須沢胡桃の姿があった。

 

 そこで、ようやく足蹴にされていたルイ=サイファーが口を開く。

 

「あ痛たた……。セツナにミライくん? そろそろ、私の話を聞いても――」

 

『問答無用!』

 

 何らかの言い訳をしようとしたのだろうが、ルイ=サイファーの言い分は、その言葉が出る前に二人に切り捨てられてしまう。

 そんな二人のとりつく島のなさに、ルイ=サイファーはどこか悲しそうに絶斗に話しかける。

 

「……なぁ、ゼブル殿。最近()()()()が冷たいんだが、これが親の宿命。というやつなのだろうか?」

 

「閣下の場合、ただの自業自得だと思いますけど」

 

 その言葉に間髪いれずに否定する絶斗。

 そのことでルイ=サイファーはがっくし、と肩を落とす。

 

 ……時に、ルイ=サイファーの口から息子、という言葉が出たが、これは暗喩などではなくそのままの意味。

 甲斐刹那は正しくルイ=サイファーの、大魔王-ルシファーの息子なのだ。

 

 ――甲斐刹那。

 

 真女神転生デビルチルドレンの主人公の一人にして、大魔王-ルシファーと人間の子の間に生まれた半人半魔。まさしくデビルチルドレン(悪魔の子供)と呼ばれる存在だった。

 また、要未来もルシファーの子ではないが、彼女もデビルチルドレンと呼ばれる存在である。

 

「まったく、()()()()()()はちゃんとしてたのに、こっちのはここまで駄目なんだよ!」

 

 そして、この二人こそが高城絶斗以外にデビルチルドレンの世界の記憶を保持するものだった。

 

 ……もっとも、それ故に二柱を比較してルイ=サイファーに当たりが強かったりするのだが……。

 とにもかくにも、この親子喧嘩(一方通行)が終わらない限り報告も出来ない。ということを理解した絶斗は――。

 

「……うん、それじゃボクは席を外すから、ゆっくり話し合ってね?」

 

 即、上司(大魔王)を切り捨てることにした。

 

「ちょっ、ゼブル殿?!」

 

 あまりの変わり身の速さに絶斗を止めようとするルイ=サイファーだったが、その前に場から撤退する絶斗。

 そして、そそくさと安全圏に撤退した絶斗は静かにルイ=サイファーの無事を祈る。

 

 

 ……因みに、甲斐刹那。要未来の両名ともに、やろうと思えば高城絶斗(深淵魔王-ゼブル)はもとより、ルイ=サイファー(大魔王-ルシファー)すらも殴り殺せる猛者である。



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第五十七話 二人の弟子

 時間としては高城絶斗が撤退し、圭と美紀が安堵の涙を流している頃、別の場所でも動きがあった。

 ――ここは、晴明の弟子であるペルソナ使い、神持朱夏が住む生存者たちの拠点。聖イシドロス大学。

 その中にあるとある一室で、朱夏は同じく生存者であり、自堕落同好会のリーダー。【出口(でぐち)桐子(とうこ)】から相談を受けていた。

 

「……それでトーコ? 相談というのは?」

 

 椅子に座り、足を組み変えながら、朱夏は訝しげな様子で問いかける。

 そもそも、近頃のイシドロスは()()()ゾンビの襲撃も減っており、平和を享受していたこともあって、問題は起きていないはずなのだ。

 事実、女性陣のリーダーである朱夏のもとには女性陣(下から)の報告も、ましてや男性陣のリーダー(頭護貴人)からの連絡も来ていない。

 

 ……ちなみに、以前行方不明になっていた男女に関しては、のちに幽鬼-ガキに襲われた女性と同じように悪魔に喰われて事切れていたのを発見された。

 その下手人の悪魔の正体は判明しておらず、あるいは朱夏が討伐した幽鬼-ガキや、妖鬼-オニだった可能性すらあるため、実質的な解決は不可能となっている。が、現状に於いてイシドロスで悪魔関連の被害は出ていないため、恐らく問題はないだろう、という結論に至っている。

 無論、それでも万が一、という可能性があるためそれぞれの生存者たちに連絡の周知徹底は行わせているが……。

 

 とにもかくにも、現状はそのような状態なためイシドロス近辺は一応の平穏を取り戻していた。

 そんな折に、唐突な、そして深刻な顔で桐子が相談を――しかも人払いしてまで――望んだことに朱夏は異変を感じたのだ。

 

 そして、朱夏に見つめられた桐子も話すか、話さないかを迷っていたようだったが、意を決して相談を口に出す。

 

「それが……。スミコがここを出てく、なんて言ってるんだよぉぉぉ!」

 

 どうしよう、アヤカぁ! と泣きながら抱きつく桐子。

 朱夏も彼女の急な行動に驚きつつも、桐子が言ったスミコなる人物のことを思い出していた。

 

 ――黒崎(くろさき)澄子(すみこ)

 

 出口桐子の友人にして、主にゴシックロリータの衣服を好んで着る女性。桐子の話では、虎の球団のファンであり、酒豪であるとのこと。

 

 そこまで思い出した朱夏は、特になにも関係なかった。と思いつつも、件の彼女がなぜ急に出ていくと言ったのか、理由が分からず困惑する。

 今でこそゾンビの数が少なくなっているとはいえ、それでも()が危険地帯であることに変わりはない。

 それに、理学棟で椎子とDr.スリルがゾンビの研究をしているのは生存者の中では周知の事実であり、解毒剤などは未だ出来ていないものの、ある程度研究が進んでいるのは報告を受けている。

 そのことから、近く解毒剤とまではいかずとも、病状の進行を遅延する薬が出来る可能性は十分以上に存在するのだ。

 

 それなのに、このタイミングで安全圏から出て、どこに行こうというのか?

 しかも、桐子が相談に来る。ということは少なくとも彼女はまだイシドロスの敷地内にいる。即ち、突発的な行動ではない。ということだ。

 つまり、理知的な判断が出来ている。という意味になるが、それなら余計に意味が分からない。

 理知的な判断が出来るのに、その判断の結果が外に出る?

 それでは自殺と変わりないではないか。

 

 これが、研究結果もなく、先も見通せない状態ならまだ理解できる。

 しかし、実際にはそうではなく、結果も出て、ほんの僅かとはいえ、光明が見えてきている状態なのだ。

 つまり、彼女。澄子には何かの目的があり、それを達成するために行動している。と考えるのが自然だ。

 だが、彼女の目的とは?

 

 結局、そこで行き詰まる。

 そこまで考えて朱夏は(かぶり)を振る。

 

 ――考えてもわからない場合、直接聞くしかない。

 その結論に達した朱夏は席から立ち上がると桐子へ話しかける。

 

「トーコ。そのスミコさんのところへ案内して」

 

「……へ? アヤカ……?」

 

 朱夏の唐突な言葉に、桐子は頭上に疑問符を浮かべたような様子で首を傾げた。

 そんな桐子を急かすように朱夏はさらに言葉を続ける。

 

「ほら、速くっ! ……スミコさんを止めたいんでしょう?」

 

「――! うんっ!」

 

 朱夏の言葉に、桐子は飛び上がるように立つと、朱夏を先導するために部屋を出る。

 朱夏もそんな彼女のあとに続くのであった。

 

 

 

 

 

 

 部屋を出て、澄子のもとへ急ぐ朱夏と桐子。

 そんな二人の前に、ある意味珍しい顔が見えてくる。

 それは、英雄-ジャンヌダルクだった。

 彼女は一時期――晴明がエトワリアに渡り、行方不明になった際――朱夏の心配をして学生たちが暮らす校舎の方に入り浸っていたが、現在は本来の任務であるDr.スリルの護衛のために理学棟で暮らしている。

 

 そんな彼女であるが、朱夏たちがいるのに気付いたようで、笑顔を見せながら手を振ってくる。

 彼女がここにいることに驚いた朱夏は、何かあったのか、とジャンヌへ問いかける。

 

「ジャンヌ、どうしてここに?」

 

「ふふ、単なる見回りですよ。……それにあそこに籠ってばかりだと気が滅入ってしまいますから」

 

「あぁ……」

 

 ジャンヌが軽口を放ったあとに陰鬱そうに表情が陰ったことに、なにか思うところがあったのか、朱夏は納得した様子で頷いている。

 事実、理学棟にはあろうことか、動けないように拘束されているとはいえ、ゾンビが何体か確保されている。

 しかも、()()を使って研究していることもあって、護衛対象がすぐ側にいるにも関わらず始末できないのだ。

 それがジャンヌにとって地味なストレス要因となっている。

 もっとも、仮に拘束が破壊されたとしても、Dr.スリル専用の造魔、ガルガンゼロが側に控えているのである程度の安全は担保されているのだが……。

 そういうこともあり、彼女は友人(朱夏)の安否を確認するためにも、時々こちら側に訪れていたのだ。

 

「それで、お二人こそどうしたんですか?」

 

 言外に二人がどうしてともに行動しているのかをたずねるジャンヌ。

 実際、この二人だけで行動しているのは珍しく、大抵は共通の友人である晶や篠生を間に置いて行動していたからだ。

 

 朱夏もジャンヌの疑問を理解したようで、今二人で行動している理由。つまり、桐子の相談と澄子に話を聞くため移動していることを告げる。

 その話を聞いたジャンヌは澄子の名を出た時に不思議な反応を示した。

 

「澄子、黒崎澄子、ですか……」

 

「どうしたの、ジャンヌ?」

 

 彼女の名を聞いて、何かを思い出すように悩みはじめたジャンヌを見て、朱夏は怪訝そうな表情で彼女を覗き見る。

 そんな朱夏に、ジャンヌは心配させないように苦笑しながらも、どこか腑に落ちない様子で口を開く。

 

「ええ、どこかで聞いた名だな。と思いまして……」

 

「……は?」

 

 ジャンヌの返事を聞いて、朱夏は驚いたように口を開ける。

 そんな彼女の様子に、ジャンヌは慌てて手を横に振ると、朱夏に話しかける。

 

「……あっ! えっと、あくまで聞いたような気がする。ってだけで、もしかしたら私の勘違いかもしれませんから!」

 

「……え、ええ」

 

 ジャンヌの慌てた弁明に、朱夏も気のない返事を返す。

 そんな二人の空気を壊すように、今まで黙っていた桐子が口を開く。

 

「でも、仮に聞いてたとして、ジャンヌさんはどこでスミコの名前を聞いたんだろうね?」

 

『えっ……?』

 

 ふとした桐子の疑問に、他二人も不思議そうな声を上げる。

 そもそも桐子にとって澄子は大学に入ってからの短い間とはいえ、仲の良い、ともすれば気の置けない友人であり、切った張ったな世界とは無縁な人物なのだ。

 桐子はその友人と、それこそ殺伐とした世界の住人であるジャンヌとの間に、まったくと言って良いほど関連性を見いだせなかった。

 そのことをぽつりとこぼしただけであり、本来答える必要はないのだが、ジャンヌは律儀に考えて返答する。

 

「……えっと。私も基本マスターと行動をともにしてたので、聞いたとしたらその時かと……?」

 

「でも、一介の学生が交流を持てる人なのかな。その、マスターさんと……」

 

「確かに、それを言われると……」

 

 そう言ってどことなく困った顔になるジャンヌ。

 確かに晴明は一般的に市井との交流――流石に買い物等は除く――は、あまり行っていない。

 その理由としては、やはり彼自身裏世界では良くも悪くも有名人であり、そのためそちらに迷惑がかかる可能性があるからだ。

 もっとも、だからと言って何から何まで拒否する。などということは流石に行っていないが……。

 

「まぁ、そこら辺りも直接スミコさんに聞いても良いんじゃないかしら?」

 

 いつまでもここで悩んでいても仕方ないだろう。という意見を朱夏が述べる。

 それを聞いた二人が頷くとともに、ジャンヌもともに澄子のもとへ向かうことになるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、澄子をたずねて彼女の部屋へ訪れた一行。

 しかし、肝心の彼女は部屋におらず、慌てて方々を探すことになった。

 そして、駆けずり回る面々だったが、付近にいた生き残りの女性陣の中で、なおかつ珍しいエンジニアである【喜来(きらい)比嘉子(ひかこ)】から中庭で見かけた、という情報を得て一行はその場へ向かった。

 

 そして、中庭に到着した一行。

 そこには全体的に黒い基調のゴシックロリータのドレスに、手元には同じ配色で所々に白い線が入った傘を持った女性が佇んでいた。

 その女性を見た桐子が叫ぶ。

 

「――スミコ!」

 

 彼女の叫び声を聞いたスミコ、と呼ばれた女性。黒崎澄子は振り替えって桐子を見ると、気さくに話しかけてくる。

 

「やぁ、トーコ。どうしたんだい? そんなに慌てて……。それに――」

 

 そう言って澄子は朱夏を、そして次にジャンヌを見て、ほんの少し警戒の表情を滲ませる。

 だが、すぐにのほほんとした表情に戻ると、桐子からの返答を待つ。

 しかし、そのことに気付かなかった桐子は彼女に詰め寄る。

 

「スミコ、出ていくなんて危ないよ。やめよう……?!」

 

「あぁ、なんだ。そのことか」

 

 澄子のことを想い引き留めようとする桐子だが、それに対して澄子の反応は淡白なものだった。

 そのことに疑問を覚える朱夏。

 桐子の言葉を信じるなら、二人は親友と呼べる間柄であり、少なくとも自身を心配する相手に対して、ここまで淡白な反応を返すとは思えなかったからだ。

 そして、彼女はその考えが正しかったことをすぐに示される。

 

「すまないね、トーコ。実はあれ、方便だったんだよ」

 

「……え? えぇぇぇぇぇぇぇっ――?!」

 

 澄子の茶目っ気たっぷりの、そして悪戯が成功したあとのような表情で告げられた言葉に、桐子は思わずといった様子で叫ぶ。

 騙された、ということを理解した桐子は地団駄を踏んで澄子へ文句を言う。

 

「もうっ! なんで、そんな嘘を言ったんだよ!」

 

「ふふ、申し訳ない。まぁ、小生がそう言えば、君なら彼女に相談すると思って、ね」

 

 そう言いながら朱夏を見やる澄子。

 そして、本当に感謝している様子で桐子に礼を言う。

 

「だが、まさか彼女をここまで連れてきてくれるなんて。本当に()()()()。流石は親友だ」

 

「え? あ、うん……」

 

 澄子に礼を言われる理由が分からず、曖昧な返事をする桐子。

 そんな彼女に構わず、澄子は朱夏を興味深そうに眺める。

 澄子の視線に、朱夏はむず痒そうに身をよじる。

 そして次にジャンヌを見て、彼女は朱夏たちにとって聞き捨てのならない言葉を口にする。

 

「英雄-ジャンヌダルクまで居るのは予想外だったがね。……まぁ、二人とも()()蘆屋晴明の関係者なのだから、これも必然、なのかな?」

 

 あっと、英雄-ジャンヌダルクは仲魔、だったね。と呟いた澄子に驚きの視線を送る朱夏。

 視線を送られた澄子は飄々とした態度を崩すことなく手に持った傘をおもむろに開く。

 閉じられた状態では、ただの不可思議な線にしか見えなかった紋様。

 しかし、それは開かれたことで幾何学的な魔法陣であることが見てとれた。

 

 そして、それを見たことでジャンヌは今までの疑問が氷解したと同時に、驚きに目を見開く。

 

「それは……! アンブレラ型のCOMP?! まさか、そうか。貴方は()()()()の……!!」

 

 ジャンヌの驚きように澄子は薄く笑いながら肯定する。

 

「どうやら思い出してもらったようで結構。そう、小生は()()()()()()()()()()が幹部の一人。マヨーネの弟子だ。久しいな、ジャンヌ殿」

 

「なぜ、貴女がここに……」

 

「なぜ、と言われても。学生が、学校にいることなぞ、なにもおかしくないだろう?」

 

 呆然としたジャンヌの呟きに、澄子はくつくつ、とからかうように答える。

 そして、次に朱夏を見るとさらに話を続ける。

 

「それに、小生も驚いたのだ。まさか、同じ大学に蘆屋晴明の弟子がいたのだから、な」

 

「わたし……!」

 

「そうとも。正直、それを知った時には、普段呪う相手である神に、祈りを捧げたくなったくらいだとも」

 

「なにを……?」

 

「小生と戦え、神持朱夏」

 

「――スミコ!!」

 

 澄子の言い分に、流石に驚きすぎた桐子が咄嗟に、といった様子で叫ぶ。

 だが、澄子は桐子に一瞬視線を送ると、優しい口調で彼女の介入を拒絶する。

 

「トーコ。すまないが、この話には入ってこないで貰えるか。これは、小生と彼女……いや、小生の誇りの問題なのだ」

 

「……誇り?」

 

 彼女が語った誇り、という言葉に訝しげな表情を浮かべる朱夏。

 少なくとも自身は彼女のことを知らなかったし、何かをした覚えもなかったからだ。

 しかし、彼女は首肯して――。

 

「そう、誇りだ。……蘆屋晴明が師を、マヨーネを超える悪魔召喚師であることは認めよう。だが、しかし――」

 

 そう言って澄子は言葉を途切れさせると、自らに鼓舞を入れるように力強く言葉を発する。

 

「――だが、師がすべてに於いて、あの者に劣っている。などと言うことはあり得ない! 小生はそれを証明して見せる! だから、小生と戦え。神持朱夏。小生は、貴殿を倒して師が、マヨーネが、教え、導く者として蘆屋晴明よりも上を行くものだと証明して見せる!」

 

 そう言うと、澄子は、黒崎澄子(マヨーネの弟子)は自身のMAGを練り上げる。

 その瞳には不退転の決意が、神持朱夏(蘆屋晴明の弟子)を倒して、自身の考えが正しいことの証明をして見せる、という強い意志が籠っていた。



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第五十八話 黒崎澄子

「いったい、何を……?」

 

 唐突な澄子の行動に、朱夏は驚きをあらわにする。

 しかし、同時に戦士としての彼女は澄子を脅威と感じ、無意識のうちに臨戦態勢をとる。

 臨戦態勢をとった朱夏を見て、澄子は獰猛な笑みを浮かべると次なる行動を、仲魔たちを召喚する。

 

 ――SUMMON SYSTEM READY

 

「召喚。凶鳥-モーショボー。地霊-ゴブリン。妖精-シルキー。妖鬼-モムノフ」

 

 彼女の言葉とともに、地面に複数の魔法陣を描くように線が奔り、その中から悪魔たちが顕現する。

 

 ――全体的に鳥に見える意匠の服をまとい、青白い肌をした少女。モーショボー。

 ――赤黒い肌に、小人のような体躯をしたゴブリン。

 ――宙に浮き、緑色の肌をしたハウスキーパーの姿をした女性。シルキー。

 ――ゴブリンと同じ赤黒い肌に、古の武士(モノノフ)の甲冑を着込んだ大男。モムノフ。

 

 召喚された仲魔たちは、油断なく朱夏を見据えながら、召喚主(澄子)の指示を待っている。

 その中でモーショボーが楽しげに澄子へ話しかける。

 

「どしたの、マスター? なんかお困りごと?」

 

 そう言いながら、モーショボーは宙に浮いて辺りを見渡す。

 そこで朱夏と桐子、そしてジャンヌの姿を確認した彼女は、獲物を狙うように獰猛な笑みを浮かべる。

 

「へぇ、ニンゲン二人に()()()いた悪魔じゃない。あいつを倒せばいいのね?」

 

 そう澄子に確認するモーショボー。だが、澄子は首を横に振って否定する。

 

「違うよ、モーショボー。今回小生たちが狙う獲物は――」

 

 そこまで言って澄子は視線を朱夏に向ける。

 彼女につられるようにモーショボーもまた朱夏を見る。

 そして、意外といった様子で澄子へ話しかける。

 

「……へぇ、あのニンゲン……? もしかして、ただのニンゲンのためだけに喚んだの?」

 

 朱夏を見たモーショボーは、期待外れだ。と言わんばかりにふてくされている。

 だが、澄子はそれも否定すると、彼女へ気を引き締めるように檄を飛ばす。

 

「違うよ、あいつはただのニンゲンじゃない。……それにモーショボー、油断するのは早い。()()は、あの蘆屋晴明の弟子だ。なめてかかると逆にヤられるよ」

 

「……へぇぇ」

 

 彼女の、蘆屋晴明の弟子。という言葉を聞いてモーショボーはもとより、他の仲魔たちも目を鋭くし、殺意の籠った眼差しで朱夏を見る。

 彼女にとって、そしてその仲魔たちにとって蘆屋晴明とは不倶戴天の敵であり、つまりその弟子たる朱夏もまた、同じく倒すべき敵なのだ。

 尤も、何も事情を知らない朱夏からすれば、晴明の弟子だというだけで、いきなり戦えだの、殺気を飛ばされるなどと堪ったものではない。

 故に朱夏は澄子を説得しようとする。しかし――。

 

「……ちょっと待ちなさい! スミコさん、私は貴女と戦う理由なんて――」

 

「貴女の事情など知ったことではないよ」

 

 説得しようとする朱夏に対して、澄子は彼女の言葉を遮ると、にべもなく拒否の言葉をあげる。さらに――。

 

「さっきも言っただろう。我が師の方が優れている、と証明するとな。それに今後、あの人の。マヨーネの邪魔になるかもしれないニンゲンの存在を容認できないのだよ。こちらはね?」

 

 まるで聞き分けのない子供に言い聞かせるような口調で語り掛ける澄子。

 だが、朱夏としても、はい、そうですか。と、納得できるはずがない。

 

「なんで、そうまでして……!」

 

「君にはわからないよ。小生と君では根本的に違うのだからね」

 

 二人の境遇は確かに似ている。

 しかし、澄子と朱夏では決定的に異なる点があった。それは――。

 

「そうだ、小生と君は違うのだ……」

 

 そう言う彼女の脳裏にはかつての記憶。()()()()()頃の家族との記憶が甦る。

 寡黙ながらも不器用に愛してくれた父。愛嬌好く家族皆を慈しんでくれた母。悪戯好きであったが、太陽のような笑顔で皆に微笑んでいた妹。

 だが、その三人は今、澄子の記憶の中にしかいない。

 なぜなら、三人とも逝ってしまったから……。

 

 

 

 ――ただ運が悪かった。と言えばそれまでなのだろう。

 

 まだ彼女が小さかった頃に、家族全員でピクニックに出掛けた時、澄子たち一家は異界化に巻き込まれたのだから。

 そうして彼女の家族は――。

 

 ――化け物め! ……お前は娘たちを連れて、がぁあ……!

 

 愛する家族を守るために立ち向かった父は、無惨にも身体中を引き裂かれて喰われた。

 

 ――あなた! あな、た? いやぁぁぁぁぁぁぁ!!

 

 その無惨な光景を見た母は、発狂したのちに悪魔に(なぶ)られ、最後には父の後を追った。

 

 ――お姉ちゃん、助けて! お姉ちゃ……!!

 

 一緒に逃げた妹は、最後には自身の前で頭を、頸を噛み砕かれて……。

 そうして、次は自分の番だと諦観のうちに化け物たちを見つめる澄子。

 しかし運良く、あるいは運悪く澄子は彼女と、マヨーネと、そこで運命の出会いを果たす。

 

 ――あら、こんなところに迷い子なんて……。もう大丈夫ですわよ。

 

 そうして化け物を圧倒的な力で屠ったマヨーネに彼女は保護されることになる。

 

 それが、彼女と師。マヨーネとの出会い。

 即ち彼女は、朱夏と同じように異界で自身の師となる人物と出会い、師事し今日に至っている。

 ……但し、朱夏は単独で異界に巻き込まれた結果、家族が存命しているのに対し、彼女は家族ごと巻き込まれ、結果全員と死別し、さらに言えば朱夏が異界で異能(ペルソナ)に覚醒したが、彼女は異能に覚醒することもなかった。

 

 ……もし、あの時自身が何らかの異能に覚醒していたら。

 詮なきことではあるが、それでもそんなことを考えてしまう彼女の前に現れた実例(神持朱夏)

 

 なぜ、自分ではないのか。なぜ彼女だけが力を得たのか。

 家族を、最愛の人たちを失った澄子がそう考えるのは仕方のないことだろう。

 そして、さらに言えばその朱夏は蘆屋晴明の、マヨーネを悩ませる存在の関係者であるとまで来ている。

 

 ――蘆屋晴明、やつをどうにか出来ないかしら……?

 

 過去、澄子に聞かれていると気付かずに彼女がポツリとこぼした言葉。

 恐らく、マヨーネにとって、たんに独り言ととして発した、特に意味のない言葉だったのだろう。しかし、澄子にとってその言葉は……。

 

 当時、彼女に悪魔召喚師の弟子として師事していたわけではなく、母として、姉として、家族を失った彼女に、新たな家族として接してくれた恩人。そんな彼女がこぼした、ふとした弱音。そう聞こえた。だから――。

 

 許せなかった。彼女を悩ませる存在を。

 赦せなかった。そんな彼女の力になれない、か弱い自身を。

 

 だから彼女はマヨーネに教えを乞うたのだ。彼女の悩みを晴らすため。少しでも恩人に、姉に、母に恩返しをするために。

 そんな彼女の前に現れた神持朱夏(マヨーネの障害となり得る存在)

 

 巫山戯(ふざけ)るな、と思った。

 許せない。赦せない。ユルセナイ。

 

 なぜ、お前が()()にいる。

 なぜ、それだけの力を持ちながら、心底つまらなそうにしている。

 ……なにも失っていないのに。当たり前の幸せに囲まれているのに。

 

 ――なぜ自身が、小生がすべてを失ったのに、お前は……!

 

 彼女自身も、この感情が八つ当たりであることは理解している。

 だが、理解と納得は別物なのだ。

 だからこそ彼女は、まず手始めに朱夏に打ち勝つ――とはいえ桐子の友人でもあるので、流石に命まではとらない――つもりだった。

 尤も、どちらにしても朱夏にとっては迷惑極まりないものだが……。

 

 それはともかくとして、彼女の物言いに流石の朱夏も説得は無理だと気付いたのか、自衛のためペルソナを顕現させる。

 

「……っ。――ペルソナ!」

 

 彼女の気迫のこもった咆哮とともに現れるブラックマリア。

 それを見て澄子は満足そうに嗤いながら、仲魔たちとともに彼女へ襲いかかる。

 

「――さあ、往くぞ!」

 

『――イエス、マスター!』

 

 

 

 

 

 

 

 初手はモーショボー。

 彼女は自身のMAGを練り上げ、力ある言葉。魔界魔法を行使する。

 

「――ザンマ!」

 

 モーショボーの叫びとともに朱夏の身体をズタズタに引き裂かん、と殺意のこもった衝撃波が吹き荒れる。

 だが、あまりにも殺意が見えすぎていた。

 朱夏のようなある程度の実力と場数を踏んだ戦士にとって、それは今から攻撃すること、そしてその場所を教えるに等しい攻撃であり、現に朱夏も敢えてモーショボーに突進しながらも身を屈めることで衝撃波をやり過ごし、接近。

 さらには、一足飛びでモーショボーの間合いに入れる場所まで近づくと一気に跳躍!

 

「――はぁっ!」

 

「うぐぅ……!」

 

 モーショボーへ跳び蹴りをお見舞いして吹き飛ばす。

 そして、さらに追撃のため、ペルソナを行使しようとするが……。

 

「おおっと! やらせねぇよ!」

 

 ブォン! と風切り音を鳴らしながらモムノフが大槍を叩きつけてくる。

 そのことに気付いた朱夏は舌打ちをする。

 

「……ちっ!」

 

 即座に取り出したナイフで槍をいなし、反動を利用して脱出。すぐさま距離をとる。

 朱夏の行動に、モムノフはまだまだ楽しめそうだ。と笑みを浮かべながら、威嚇するように槍を回して【気合い】をいれる。

 モムノフの行動に警戒していた朱夏だったが、ふと嫌な予感が頭をよぎり、澄子へ視線を向ける。

 そこにはどこからともなく円柱状の()()()を取り出した澄子が、それを朱夏に向かって投擲しようとしている姿だった。

 ()()を見て、朱夏の中で嫌な予感が爆発的に膨れ上がる。

 朱夏自身も過去に()()と似たようなものを、戦友の一人が使っていたのを知っていたからだ。そして、それが戦友の物と同じなら……。

 

「……くっ!」

 

 朱夏は自身の直感を信じ、慌てて回避行動に移る。

 足元にMAGを集めて噴射するようにバックステップ!

 そして、直後。朱夏がいた場所に円柱状のものが投擲され、次の瞬間!

 

 ――轟音、そして爆発。

 

 そう、澄子が投擲した円柱状の物体。その正体は爆弾。しかも、彼女が自ら作り出したお手製のものだった。

 

 唐突に始まった友人たちの殺し合い。しかも親友が爆弾まで使ったことに桐子は声もなく口を金魚のようにぱくぱくさせ、驚きに目を見開いている。

 尤も、そんなことはもはや眼中にない。と言わんばかりに、澄子は桐子には視線も向けず、初見殺しと言えそうな爆弾を回避した朱夏に感心していた。

 

「……へぇ、流石に手慣れているようだ。小生の()()が爆弾だと、良く気付く」

 

 そう言いながら、先ほどと同じ爆弾を再び取り出す澄子。

 そんな澄子に、朱夏はふてぶてしさすら感じる澄まし顔で挑発する。

 

「……お生憎さま、そのタイプの爆弾には見覚えがあるの。残念だったわね」

 

 事実、澄子の持つ爆弾は簡素なタイプであり、少しネットで調べれば製法が載っているものであり、やろうと思えば中学生ですら作成可能なものだった。

 

 ――かつての朱夏の戦友のように。

 

 そのことを指摘された澄子は。

 

「ふむ、なるほど……。ならば、これならどうかな!」

 

 そう言ってアンブレラ型のCOMP。その先端部分を朱夏に向ける。

 朱夏は、石突きと呼ばれるその部分に不自然な穴が開いていることを確認すると、顔を引きつらせ、横っ飛びに回避。

 次の瞬間には、石突き部分からパンパンと乾いた音が響くとともにマズルフラッシュが瞬き、銃弾が翔んでいく。

 仕込み傘ならぬ、仕込み銃。と言ったところか。

 

「冗談やめてよ。その傘、欲張りすぎじゃない……!」

 

「ふふふ、素晴らしいだろう? 小生も、これは一級品だと自負している」

 

 悪態をつく朱夏に対して、澄子は平時であれは頬擦りをしそうなほどにだらしない表情を浮かべて悦に浸っている。

 相手の様子にげんなりしている朱夏に、澄子は急に真面目な表情を浮かべる。

 

「それで、きみはぼぅっとしてていいのかな?」

 

 一瞬、何のことを言われてるのかわからなかった朱夏だが……。

 

「……くっ、しま――」

 

 自身の突進してくる悪魔たちに、まだ戦闘が続いていることを思い出し、対処しようとするが、その時には既に接近を許してしまい、その時間が足りなかった。しかし――。

 

「――はあ!」

 

 朱夏に接近する影。モムノフとの間になにかが割り込み()()()()

 モムノフを吹き飛ばす。

 

「ぐぅ……! おいおい、邪魔するなよ!」

 

「貴女は……」

 

 モムノフは乱入者を厳しい目で見つめ、朱夏は自身を守ってくれた()()の背中を見つめる。それは――。

 

「……っ。()()()()()()()、これは小生と彼女の問題だと言ったはずだが?」

 

「だからと言って、友人の危機を見逃すわけがないでしょう?」

 

 そう言うと、彼女は朱夏に振り返って宣言する。

 

「ここから先は、貴女を守るため。私もともに戦います。良いですね?」

 

 ――英雄-ジャンヌダルク参戦。



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第五十九話 進化

 凛とした表情で朱夏を庇うように、澄子たちの前に立ちはだかるジャンヌ。

 その姿に澄子は忌々しげな様子で睨む。

 だが、すぐに深呼吸をしながら精神を落ち着かせる。

 

「……ふぅ、貴女は()()小生たちの邪魔をするのか?」

 

 彼女が言った『また』という言葉。

 その言葉が示すように、以前澄子たちはジャンヌと矛を交え、敗北している。

 しかし、今の彼女はかつてとは違う。その証拠に澄子の顔には絶対の自信にあふれ、今回の敗北はない。と言いたげに戦意を高めている。

 澄子の自信あふれる様子に、ジャンヌもまた以前とは何かが違う。と無意識のうちに剣の柄を握りしめ警戒している。

 そのジャンヌの様子に、澄子は不敵に笑う。

 

「ふふ、確かに小生たちは貴女に一度敗れたが――」

 

 そして、澄子は己を、仲魔たちを鼓舞するように声を張り上げる。

 

「――今の小生は、以前までとは違うぞ! 臆せず掛かってくるが良い! その上で、小生たちが勝利する。と宣言しよう!」

 

「な、何を……!」

 

 澄子の気迫に、思わず気圧されるジャンヌ。

 そこにはかつての未熟だった少女(悪魔召喚師)の姿ではなく、成長した一人の女性(戦士)としての姿があった。

 

 その時、ジャンヌの肩がぽん、と叩かれる。

 驚いて叩かれた方向を見るジャンヌ。

 そこには神持朱夏(もう一人の戦士)の姿があった。

 彼女は緊張状態にあるジャンヌを落ち着かせるように微笑むと。

 

「大丈夫よ、ジャンヌ。……貴女は一人じゃないもの」

 

 ジャンヌを安心させるように声をかける。

 そして、朱夏は澄子を、敵を睨み付ける。

 

「スミコさん。これ以上戦うというのなら、私も遠慮しないわよ」

 

 朱夏の言葉を聞いた澄子は、今さら何だ。と言いたげに笑う。

 

「ふん、何を今さら。何度も言ったはずだぞ。――君の都合は関係ない、とね」

 

 澄子の言葉とともに彼女の仲魔たち――朱夏に吹き飛ばされたモーショボーも含む――が、前方に、澄子を守るように躍り出る。

 対する朱夏はペルソナを再び顕現させ、ジャンヌは旗槍と剣を構え、戦闘態勢に入る。

 第二ラウンド、先ほどまでとは違う本当の意味での戦い(殺し合い)が始まる。

 

 

 

 

 

 

「雄オォォォォォォォォッ!」

 

 先ほどはジャンヌに攻撃を防がれてしまったが、次はそうはさせない。とばかりにモムノフは咆哮を上げて突貫する。

 モムノフの気迫と威圧は、まさしく猪が獲物に向かって突進するかの如く。

 しかし、ジャンヌとて百年戦争の英雄として、そして晴明の仲魔として数多くの戦場を渡り歩いた猛者。

 モムノフの突進を冷静に見極め、攻撃を再び防ぐべく剣を身構える。

 

 そして二人は最接近。モムノフの槍が力の限り降り下ろされ、対するジャンヌは真っ向から防ぐように旗槍と剣をクロスさせ掲げる。

 そして、次の瞬間には、甲高い耳障りな金属音を響かせながら二人の得物は衝突!

 そのまま鍔迫り合いに移行する二人。

 

 かたや、巌のような大男。かたや、触れれば折れそうな華奢な体躯の少女。だが、現状二人の鍔迫り合いは互角に……。――否!

 互角どころか、華奢な体躯の少女。ジャンヌが徐々に押し始めていた。

 その事実に、モムノフは顔をしかめる。

 

 それは、悪魔として。戦うものとしての格の差。

 本来なら武神として崇められ、一説にはおとぎ話に語られる桃太郎。この話のモデルとなったとも言われるモムノフに圧倒的な分がある。

 対してジャンヌは、いくら百年戦争の英雄といえ、只人が後年悪魔になった存在でしかない。しかし……。

 

 あくまでそれは()()()()()()()()()()だ。

 そもそも、悪魔とは常識で測れる存在なのか?

 否、否だ。悪魔を、神話生物たちは人の常識程度で測れるような、矮小な存在なはずがない。

 現に、かつてイシドロスの女生徒が幽鬼-ガキの餌食になったように、見た目では大人と子供でありながら、その力関係は完全に逆であった。

 

 それと同じことが起きないと誰が言える?

 確かにモムノフは武神。武士(モノノフ)の語源ともなった戦う者だ。しかし――。

 ジャンヌとて戦う者として各地を転戦。さらに晴明の仲魔となって以降は、格上との戦いを強いられてきたという過去がある。

 そして、その戦いで生き残ったことで、ジャンヌは己の存在の格というものを磨いてきた。

 即ち、今の彼女は百戦錬磨という言葉が相応しいほどの女傑。

 そんじゃそこらの悪魔たちでは、戦いにすらならないほどの手練れなのだ。

 

 むしろ、そんな彼女相手に多少押されているとは言え、拮抗しているモムノフこそ誉められて然るべきだろう。

 それこそ、他の悪魔であれば一瞬で押し切られ、一刀の元に両断されているはずなのだから。

 そのはずでありながらジャンヌと競り合っている事実からも、澄子の仲魔たちの練度が、如何に練られているかわかるだろう。

 因みに、以前ジャンヌはそこまで直接戦闘能力は高くない。と語ったが、それはあくまで晴明の仲魔内の話であり、巡ヶ丘のゾンビや、晴明に討伐されたヌエやライジュウ程度であれば、鎧袖一触となるほどの実力差がある。

 

「グ、ヌゥ……!」

 

「ふ、ぅ……!」

 

 モムノフが忌々しげに力の籠った吐息を吐き出すのと対照的に、ジャンヌは自身の精神を落ち着かせるために軽く息を吐く。

 そして、彼女はそのまま一息に鍔迫り合いを、力比べを押し切ろうとする。だが――。

 

「おぉっと! モムノフの旦那はやらせねえぜっ!」

 

 今の今まで、特にこれといった行動を起こさなかったゴブリンが声高らかに宣言する。

 そして、彼の周囲にMAGが渦巻き――。

 

「あらよっと、タルカジャ。あ、それっ。もう一丁!」

 

 芝居がかった、軽快な音頭とともに補助魔法。味方全体の攻撃力を上げるタルカジャを連続で発動した。

 その直後、澄子に、仲魔たちに、何よりジャンヌと鍔迫り合いをしていたモムノフに赤い燐光が注がれ、そして……。

 

「おお、来た来たぁっ!」

 

「……なっ!」

 

 先ほどまでとは形勢が逆転。ジャンヌを防御の上から押し潰そうと槍を前面に押し出していく。

 件のジャンヌは苦悶の表情を浮かべて耐えようとするが、一度逆転した形勢は覆しがたく、このままではモムノフに押し倒されて無効化されてしまうだろう。

 ……但し、このままなにも起きなければ、の話であるが。

 

「――あまり、私を忘れてもらっても困るのだけど!」

 

 そう、ジャンヌの、友の危機に朱夏が座して見ている訳がない。

 彼女は素早くMAGを練り上げると、ゴブリンと同じように補助魔法を、しかも彼よりもさらに上位の力を行使する。

 

「――ラスタキャンディ!」

 

 彼女の力ある言葉とともに赤、青、緑の燐光がジャンヌと朱夏のもとへ降り注ぐ。

 その光によって、すべての能力が強化されたジャンヌは、なんとか拮抗状態に持ち直す。

 

「く、くっ。……はぁぁぁぁぁぁぁあ!!」

 

 さらには自身のMAGでむりやり身体強化を施すと、自身を押し込めている槍を弾くジャンヌ。

 

「ぬぅ、なめるなぁ!」

 

 しかし、モムノフもさる者。弾かれた槍を力ずくで抑え、再びジャンヌへ叩きつける。

 そんなモムノフの肉体には紫電が奔り、心臓がドクン、ドクンと鼓動するように震えていた。

 

「――な! く、ぅ……」

 

 まさか、その状況からさらに一手加えてくるとは思わず、ジャンヌは叩きつけをもろに受けてしまう。

 それでも、幾度となく修羅場を越えてきた経験と勘から、無意識のうちに剣を盾とすることに成功。

 

「――しまっ……!」

 

 しかし、それでも咄嗟の行動であったため完全に防ぎきることはできず、衝撃で吹き飛ばされる。

 だが、吹き飛ばされた途中でなんとか体勢を立て直し着地する。

 尤も、流石に無傷というわけにもいかず……。

 

 彼女の身体を守る衣。その一部にスゥ、と一筋の線が走り、ハラリと切れ、中から彼女のシミ一つない美しい素肌。さらには一本の赤い線。薄っすらと切れた肌から血が滲んでいた。

 それを見た朱夏は心配そうに声をかける。

 

「――ジャンヌ!」

 

「……大丈夫ですよ、朱夏」

 

 心配する朱夏に、ジャンヌは安心させるように返答する。その時――。

 

「雄、オォォォォォォォォオオッ――!!」

 

 モムノフがとてつもない咆哮をあげる。その声に思わずモムノフを見る二人。そこには、姿が眩むほどに光輝き、尋常ではない様子のモムノフの姿が。

 その姿に思い当たることがあったのか、ジャンヌは焦りの表情をみせる。

 

「――まさか! させないっ!!」

 

 そのままジャンヌはモムノフの行動を阻止するために、一足飛びで間合いに飛び込むと剣で斬りかかる。しかし――。

 

「――手応えが……?!」

 

 剣が空を切った訳でもないのに、まったくと言って良いほど手応えを感じないことに驚愕するジャンヌ。

 その驚きが一瞬の隙となった。

 

「……!!」

 

 その隙を突かれ、衝撃波のようなものをその身に受け、彼女は再び後退させられる。

 その衝撃波の威力が凄まじかったのか、ジャンヌは膝をつく。が、彼女の双眸は先ほどまでモムノフがいた場所を見つめている。

 眩く光る輝きがなくなったその場所には先ほどまでの武神然とした姿はなく――。

 

「我は――」

 

 そこには深緑の()()()()()――。

 

「【邪神-アラハバキ】コンゴトモヨロシク……」

 

 モムノフたちの主であり、同時に逆賊の象徴として弾圧された神。邪神-アラハバキが顕現した。

 

 

 

「まさか、このタイミングで……」

 

 そう言いながら苦虫を噛み潰したように歯噛みするジャンヌ。

 彼女がその様な表情をみせるのにももちろん理由がある。

 

 一部の悪魔は変化、あるいは進化とでも呼べる行動を起こすものたちがいる。

 もちろん、それはすべての悪魔に起こる訳ではなく、あくまでも伝承的に関係のある悪魔たちのみ。分かりやすい例で言えば同一存在であるセタンタ(少年時代)クーフーリン(青年時代)

 セタンタがある程度の存在の格というものを高めることが出来れば、彼の肉体がクーフーリンのものに置換される。といった具合で変化、もっと言えば成長(進化)する。

 それと同じことがモムノフの、アラハバキの身にも起きた。

 

 二柱の悪魔たちは、上司、部下という関係の他にも、ともに反逆者――アラハバキは神武天皇の東征軍に敗れたナガスネヒコに信仰され、モムノフは朝廷の臣であり、一時期は軍事、司法などの役職を輩出したが、後に蘇我氏との政争に負け没落した物部(もののべ)氏を語源とする説もある――とされたものたちだ。

 このような関係から、この二柱の悪魔たちも進化、変化するに相応しいだけの関係性は構築されていた。

 

 即ち、ある意味で雑な言い方をするならモムノフはその姿を変えたことによって、大幅に戦闘力を向上。パワーアップすることができたのだ。

 さらには、先ほどジャンヌが振るった剣でまったく手応えを感じなかった件。それもまた関係してくる。

 

 この世界の攻撃には、ほぼすべからくに防御相性というものが存在する。例えば炎に水をかけたら消える(弱点)ように、逆に風が吹いたらさらに燃え上がる(耐性、無効、反射、吸収)ように。

 そしてそれは(アギ)(ブフ)衝撃(ザン)電撃(ジオ)破魔(ハマ)呪殺(ムド)といった属性以外にも物理攻撃に対しても存在する。

 

 ここまで言えば、勘の良い方たちはわかったもらえたのではないだろうか?

 

 そう、アラハバキの物理攻撃に対する相性は()()。一切の攻撃が効かないのだ。それは、例えこの場に晴明がいて、彼の物理最強スキル、至高の魔弾を放っても同じ結果になる(無効化される)

 それほどまでに相性というものは重い。

 即ち、今、この場に於いてアラハバキが存在する限り、物理攻撃という一つの手を封じられたに等しい。

 そのことを理解した朱夏もまた、先ほどのジャンヌほどではないが顔をしかめていた。

 そんな彼女の顔を見た澄子は上機嫌になる。

 

「ふ、ふふ……。よもや、このような流れになるとはね。日頃の行いがよかったのかな?」

 

 そう言いながら澄子はMAGを練り上げる。そして口角をつり上げながら宣言する。

 

「それじゃあ、改めて第二、いや第三ラウンドかな? ――開始だ。……まぁ、最終ラウンドかもしれないがね。――往け!」

 

 その言葉とともに、澄子が、そして仲魔たちが二人へと襲いかかった!



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第六十話 終結

 アラハバキの頭部、遮光器土偶の目が見開かれると同時に光が奔る。

 それはまるでSFに出てくるビームのように獲物であるジャンヌと朱夏に向かって突き進んでいく。

 しかし、朱夏はそれに気付くとジャンヌを抱いて跳躍。回避行動に移る。

 朱夏がいち早く回避行動に移った甲斐もあり、ビームが着弾する前にその場から離れることに成功する。

 

 そして、ワンテンポ遅れてビームが先ほどまでいた場所の地面に直撃。

 地面を()()するとともに、光の柱が立ち昇る。

 それはまるで何者かに捧げた墓標のようで……。

 

「何よ、あれ……」

 

 アラハバキの攻撃、その凄まじさに呆然と見やる朱夏。

 光の柱もそうだが、何よりも自身たちが先ほどまでいた場所。その場所はあまりの熱量に地面が溶け、ガラス状になっていた。

 その惨状を見た朱夏は無意識のうちに、ごくり、と喉を鳴らす。

 

 ――もし、あと一歩でも回避が遅れていたら……。

 

 あり得たかもしれない、不吉な未来を考えた朱夏は頭を振って、考えを中断する。

 今はそんなことよりも、いかにあの邪神を無力化するかの方が重要だからだ。

 

「……あの、朱夏」

 

 その時、朱夏にジャンヌが語りかける。

 そのことで、朱夏は自身が彼女を抱き抱えていたことを思い出す。

 

「あっ、ごめんなさい。大丈夫?」

 

 ジャンヌに問いかけながら、朱夏は彼女を地面に下ろす。

 地面に下ろされたジャンヌは、しかと己が足で地面を踏みしめながら、凛とした表情で敵を、澄子たちを見つめる。

 そして、彼女たちの一挙一動に気を配りつつ朱夏に大丈夫だということを告げる。

 

「……ええ、大丈夫です。それよりも――」

 

 彼女は旗槍を掲げ、剣を構えると気炎を上げる。

 

「朱夏、往きますよ! この程度の試練。笑って乗り越えなくては!」

 

「……そうね。こんなことで挫けてちゃ、笑われちゃうわね」

 

 ジャンヌの激励ともとれる言葉に、朱夏の脳裏には晴明(大事な人)の、そして自身の妹弟子たち(圭、美紀)の姿が浮かぶ。

 

 ――そうだ。こんなところで負けてなんていられない。ここで諦めたら、それこそあの人(晴明)の隣に立てない!

 

 朱夏は、そう自らに渇を入れる。

 そして、先ほどまでの弱気な自分を追い出すと――。

 

「往きましょう、ジャンヌ。あの人とともに戦ったと言うことが伊達ではないことを、彼女に教えてあげないと、ね?」

 

 ウインクしながら、茶目っ気たっぷりに告げる朱夏。

 そんな彼女に、ジャンヌは、またこの子は……。と苦笑しながら頷くのだった。

 

 

 

「まずは小手調べ……。ブラックマリア、マハ・ジオンガ!」

 

 彼女の小手調べ、という言葉とともに顕現したペルソナから電撃が澄子たちへ迸る。

 朱夏からの本格的な攻撃に、澄子たちはそれぞれ回避行動をとる。

 その結果、澄子、モーショボー、シルキーは回避に成功するが……。

 

「しびびびびびっ……」

 

 ゴブリンは回避しきれず直撃。攻撃のダメージ以上に電撃で感電したようで、痙攣を繰り返している。

 そして、アラハバキに至っては……。

 

「グ、ググ……!」

 

 電撃が効果的だったのか、小手調べのはずの攻撃で、陶器の身体がひび割れるほどの大ダメージを受けていた。

 それもその筈。先ほどアラハバキの物理に対する防御耐性は無効、と言ったがその他の属性については……。

 なんと、氷結、破魔、呪殺は無効だが、火炎、衝撃、電撃は弱点属性。即ち、朱夏は知らず知らずのうちに最適解の行動を行っていたのだ。

 そのことに気付いた朱夏はにやり、と笑う。

 

「それならここで一気に畳み掛ける! ――ジオダイン!」

 

 朱夏の力ある言葉とともにブラックマリアから先ほどとは比べ物にならないほどの電撃――最早、稲妻と言って良い――が迸る!

 無論、そんなものを負傷したアラハバキが回避できる筈もなく……。

 

「グ、ガァァァァァ…………」

 

 直撃を受けたアラハバキは悲鳴を上げ、身体からはMAGの湯気が立ち昇っている。

 端的に言って致命傷、とてもじゃないが戦闘行動を出来る状態ではなかった。

 もう一撃、もう一撃でも食らわせられれば倒せるといった状況。しかし、澄子も馬鹿でもなければ、このままで大丈夫。と考えるほど楽観的ではない。

 

「……シルキー!」

 

「イエス、マスター。――ディアラマ」

 

 澄子の叫び声に、シルキーは淡々と答えると、回復魔法であるディアラマをアラハバキにかける。

 すると、ひび割れた身体が多少修復され、漏れ出ていたMAGも収まってきた。

 そして、さらにシルキーは。

 

「……メ・ディア」

 

 今度は全体にかかる回復魔法のメ・ディアを唱える。

 その結果、朱夏のマハ・ジオンガの痛撃を受けたゴブリンや、それ以前の攻防でダメージを受けていたモーショボーの傷も快癒する。

 

「……さて、これで仕切り直しだね」

 

 先程よりも幾分か落ち着いた様子で告げる澄子。

 逆に朱夏たちは、あと一歩を届かせられなかったことに歯噛みする。

 しかし、朱夏は首を横に振って雑念を追い払うと気合いを入れる。

 

「まだ、まだよ。……一度出来たのだから、またすれば良いだけよ」

 

「ほぉう? だけど、小生たちがそれを見逃すとでも?」

 

 気合いを入れている朱夏の言葉に、澄子は茶化すように問いかける。

 そんな澄子の茶々入れに、朱夏もまた冷静さを取り戻したかのように、くすくすと笑いつつ答える。

 

「貴女が見逃すとか見逃さないとか関係ないのよ。()()()()()()()かじゃないの。私はただ()()と言っているのよ?」

 

 あまりに高慢、あまりに大胆不敵。

 朱夏の小馬鹿にする様子に思わず鼻白む澄子。

 だが、彼女とて戦場で冷静さを欠けばそれが隙になると、今までの経験で理解している。

 それ故に、彼女は自身の精神を落ち着かせるように深呼吸する。

 

「――ならば、()()を成せれば君の勝ち。阻止すれば小生の勝ち、と言ったところかな? ……なめるなよ、神持朱夏?」

 

 そう言って澄子は獰猛な笑みを浮かべる。

 彼女はこの期に及んで、こちらを格下と思っていることを理解して。

 

 ――なにが蘆屋晴明だ。なにが葛葉だ。

 

 ならば、こちらはファントムソサエティだ。その中でも手練れのマヨーネ。彼女の縁者なのだ。

 たかだか一人の弟子に遅れをとるものか。

 その高慢なる鼻柱をへし折ってやる、と奮起する澄子。

 

 そんな彼女の様子を知ってか知らずか、朱夏もまた彼女を油断することなく見つめている。

 彼女にとって黒崎澄子という女性は、蘆屋晴明、葛葉朱音(ライドウ)に続く、己が知る第三の悪魔召喚師となった。

 もともと、悪魔召喚師の知り合いが手練れの中の手練れである二人しか知らなかった朱夏にとって、澄子の格が些か落ちるのは自明。

 しかし、それでも単純な能力だけで言えば、一流所に名を連ねるだけの自力がある彼女と互角に戦える技量がある澄子は、油断ならざる敵だった。

 

 惜しむらくは、その技量を現在、己が欲望にだけ用いていることか。

 もし、彼女が朱夏や晴明。学園生活部と協調してことに当たれば、それこそ巡ヶ丘からの脱出さえ視野に入っただろう。

 ……もっとも、学園生活部のことに関して言えば、朱夏たちでさえ詳しく知らない訳なのだが。

 

 それはともかくとして、今は彼女を静めるためにもこの戦いに勝利する他ないと朱夏は考える。

 そして、そのためにも彼女は己のすべてを出しきるつもりだった。

 奇しくも、それはかつて晴明が願った朱夏と朱音の関係。切磋琢磨出来るライバル関係。それに似ていた。……但し、その時は二人の力量差は大人と子供どころの話ではなかったが。

 

 そんな二人が、それぞれの思惑は違えど、三度矛を交えようとしたその時――。

 

「ちょ、ちょっと! スミコォ……!」

 

 二人の合間に、澄子に抱きつくように桐子が駆け寄ってくる。

 そのことに、半ば存在を忘れていた澄子は煩わしそうに桐子(親友)を見つめる。

 だが、彼女の目に涙が、しかもなにかに怖がる様子を見せていたことで一転。心配した様子で声をかける。

 

「どうしたんだい、桐子? ここは危ないよ?」

 

「あ、あそこ! あそこぉ!」

 

 しかし、桐子は澄子の声も聞こえていないのか、あわあわと、錯乱した様子で先ほどまで自身がいた場所。その先を指し示す。

 桐子のあまりの錯乱ぶりに、澄子は訝しげな表情を見せて、彼女の指し示す先を見る。

 ……そこには何もない空中にぽっかりと浮かぶ孔。

 

 彼女たちとは直接関係ないが、かつて晴明が遭遇したフォルネウスやデカラビア、圭たちの心の支えとなったヒーホーくん。ジャックフロストが現れた現象と酷似していた。

 そしてその中から魑魅魍魎、百鬼夜行が顕現する。

 

 まるでこの世の光景とは思えないものを見た桐子は悲鳴を上げる。

 そして、後れ馳せながら()()を確認した朱夏も注意を澄子から百鬼夜行に向ける。

 今は互いに相争っている場合ではなくなったからだ。

 

 澄子もまた朱夏と同じように視線を百鬼夜行に向ける。

 しかし、その表情は憤怒に染まっていた。

 なぜなら、自身の邪魔をしただけでも度し難いのに、さらには己の親友にも危害を加えようとしたのだから。

 

 ……因みに、百鬼夜行が現れた原因自体は澄子自身――と朱夏の戦い――にあった。

 そもそも、先ほども言ったように朱夏と澄子は、現代社会に於いて一流所の実力者――なお、晴明や朱音など一部の者たちの実力は、最早バグ扱いなのでこれを除く――となる。

 そんな実力者同士が本気で殺し合えば、当然それ相応のMAGが周囲に撒き散らされる。

 そして、そんな事態になれば当然人間界と魔界の壁は薄く、最悪の場合異界が形成されそうになるのは自明の理だ。

 

 さらに言えば今回現れた百鬼夜行。

 これについての原因は朱夏。というよりも彼女とかつて戦った妖鬼-オニだった。

 以前、彼が朱夏に敗北した後、魔界に戻り仲間たちにそのことを嬉々として話したことで、多くの妖怪たちが興味を持ち、今回の事態に繋がった。

 

 ……いわゆる物見遊山(ものみゆさん)というやつだった。

 そのこともあり、実は百鬼夜行たちの戦意、というよりも敵意はそんなに持ち合わせていなかった。

 もっとも、一部はもしかしたらヒトを食えるかも、といった皮算用をしている者たちもいたのだが……。

 

 しかし、今回のことで言えば()()()()()()はすこぶる運が悪かった。よりにもよって()()()()()()()()()()()()のだから。

 彼女とて人の子。木の股から生まれた訳でもなく、いくら澄子が朱夏に対して敵愾心を燃やしているとは言え、流石に親友である桐子を放っておいてまで行動するような薄情者ではない。

 さらに言えば、ここまで桐子を怯えさせておきながら、なぁなぁで済ませてやるほどお人好しでもない。

 それこそ、二度とこのような気を起こさせないように徹底的に()()位の腹積もりだった。

 つまり端的に言って、百鬼夜行たちは虎の尾を踏む。あるいは逆鱗に触れた。と言って良い有り様だった。

 即ち、どういうことかと言うと――。

 

「邪魔をぉ、するなぁ――!!」

 

 澄子のあまりのぶちギレように、己が怒られているわけでもないのに縮こまる桐子。

 そんな彼女を抱き締めながら、澄子はMAGを爆発させ魔界魔法を、()()()を叩き込むための準備をする。

 

「――――シャッフラー!!」

 

 彼女の力ある言葉とともに、澄子のMAGで形成されたカード状の()()()が百鬼夜行たちに降り注ぐ。

 そして、それが百鬼夜行たちに当たると一体の例外もなくカードの中へ封印されていく。

 それを確認した澄子は、次の、()()の魔法を叩き込む。

 

「――マハ・ラギオン!」

 

 その言葉とともに放たれた火炎がカード化した百鬼夜行に殺到して、一切合財を灰にして燃やし尽くす。

 とある並行世界(真・女神転生 デビルサマナー)に於いて、葛葉キョウジが使用したコンボ。通称キョウジスペシャルと呼ばれる必殺技だ。

 

「なんと、まぁ……」

 

 ジャンヌは澄子の攻撃を見て驚きの声を上げた。彼女からしても、澄子の必殺技は驚嘆するに足るものだった。

 なぜなら、悪魔の中でもこれだけの広域殲滅を出来る者は高位存在であることが多く、そのようなことを出来るヒトは本当に少なく、限られた者たちにしか出来ないからだ。

 それだけの行為をたった一人の悪魔召喚師が、しかもかつて自身に敗北した女性がやって見せたのだ。

 一体どれだけの修練を積めばそれだけの高みに至れるのか……。

 しかも、彼女がジャンヌに敗れた後、期間としてはたった数年間しかなかった状況で、だ。

 

 どれだけの覚悟。どれだけの執念。そして、どれだけの死地を越えてきたのか。

 敵対者たちの燃え尽きる様を見ている彼女の背中からは想像も出来ない。

 

 その彼女は、すべてが燃え尽きたのを確認すると朱夏たちへ向き直る。

 彼女にとって先ほどの百鬼夜行は、あくまでも勝負に乱入した有象無象でしかない。倒すべき敵はまだ目の前にいるのだ。

 しかし――。

 

「…………? 桐子?」

 

 そこで彼女へ、どん、と力強く抱きつく桐子に澄子は疑問の声を上げる。

 そして彼女の顔を覗き見る澄子だったが、桐子の顔は涙に濡れていた。

 

「……スミコ、もうやめてよぉ。友だち同士が殺し合うのを見るなんて、もうやだよぅ」

 

 そう言いながらぐりぐりと額を押し付ける桐子に澄子は逡巡する。

 ……確かに彼女を振り払うのは簡単だ。

 しかし、だからと言って本当にそんなことを、親友を悲しませることを即座に出来るほど、澄子は人間をやめていない。

 だが、同時にこれが好機であるのも事実なのだ。

 ここでやめたとして、次の機会はいつ来るのか。少なくとも、すぐさま再戦の機会が来るとは思えない。

 

 そう考えた澄子は――。

 

「……ふぅ、ここまで、か――」

 

 なんと、己が武器であるCOMPをしまうとともに仲魔たちの送還まで始めてしまう。

 そのことにモーショボーは楽しそうに召喚主(澄子)へ語りかける。

 

「もう、良いの。マスター?」

 

「あぁ、()()()ここまでだ。この続きは次の機会を待つよ」

 

「スミコ……!」

 

 澄子の言葉に、戦いが終わると理解した桐子は感極まった声を出す。

 澄子の答えを聞いたモーショボーもまた、彼女の穏やかな顔を見て破顔する。

 

「……そっか。それじゃまたね。バイバイ、マスター!」

 

 そう言ってモーショボーは、そして仲魔たちは素直に、どこか嬉しそうに送還されていった。

 そのことに驚く朱夏とジャンヌ。

 そんな二人は放っておいて、澄子は真剣な顔をして桐子へ話しかける。

 

「……桐子、やはり小生はここを出ていくよ」

 

「え……? な、なんで?!」

 

 澄子の唐突な宣言に、桐子は悲鳴のような声を上げた。

 そんな彼女をあやすように、澄子は優しく語りかける。

 

「――なに、ちょっとした所用を思い出して、ね?」

 

「所用ってなにさ!」

 

「ふむ、布地(fabric)でも探しに行こうかと」

 

「はあっ?!」

 

 澄子の言葉の意味がわからない。とばかりに大声を上げる桐子。そんな彼女を見て可笑しそうにくすくす、と笑う澄子。

 そして彼女は、ふと真剣な表情を浮かべると朱夏へ話しかける。

 

「……神持朱夏、しばし勝負は預ける。だから、そう簡単に死んでくれるなよ?」

 

 挑発ぎみに語りかける澄子に対して、朱夏もまた生来の負けん気の強さを発揮して答えを返す。

 

「貴女こそ、野垂れ死ぬんじゃないわよ。……桐子は守ってあげるから、ちゃんと帰ってきなさい」

 

「――ふっ」

 

 朱夏の返答に澄子はアルカイックスマイルを浮かべると、桐子を自身から引き離し――。

 

「それじゃあ、行ってくるよ。お姫様?」

 

 桐子の額へ優しくキスをする。そのことに驚きに目を見開いて、額を手で抑える桐子。

 そんな彼女を優しい目で微笑むと、彼女はそのまま跳躍。

 一足飛びで塀を飛び越えて、外の世界へと旅立っていった。

 

 そんな澄子に対して、言葉になっていない叫び声を上げている桐子を尻目に、朱夏は奇妙な、敵というにはあまりに近く、友というにはあまりに遠い彼女の旅の無事を祈るのだった。

 

「……キチンと帰ってきなさいよ。スミコ?」



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第六十一話 寄り道と休息

 絶斗が去って暫くしたのち、ようやく精神的に落ち着いてきたのか圭たちは泣き止んで、抱きついていた晴明から離れた。

 特に圭は、先ほどの精神的負荷もあって顔を青くしていたが、それでも気丈に微笑みながら晴明に礼を言う。

 

「あ、ははは……。晴明さん、ありがとうございます」

 

 そんな圭の様子に、晴明は心配そうに話しかける。

 

「圭、大丈夫か? ……無理するんじゃないぞ?」

 

 晴明の心配を受けた圭は、想い人の心配が心地よかったのか、はにかみながら大丈夫だと告げる。

 

「えへへ……。大丈夫ですよ。うん、大丈夫……」

 

 そう言いながらも、圭の体は小刻みに震えていた。先ほどまで迫っていた命の脅威(高城絶斗)。その恐怖は完全に拭えていないのだろう。

 そのことを理解した晴明は再び圭を抱き締める。

 晴明の行動に、圭は目をぱちくりと瞬かせる。

 

「……はるあき、さん?」

 

「圭、すまない……。怖い思いをさせた」

 

 晴明の口から出た謝罪の言葉。それを聞いた圭は――。

 

「だい、じょうぶですから……。だ、いじょう、うぅ……」

 

 やはり、無理をしていたのだろう。大丈夫、とうわ言のように繰り返してはいるが、それでも顔は再び涙で濡れはじめていた。

 そんな彼女を安心させるように、晴明は彼女の頭を優しく撫でる。赤子をあやすように。自身は、そしてお前はここにいる。そう告げるように……。

 

「けい……。はるあきさん……」

 

 そんな二人を、美紀はどこか複雑そうに見つめていた。

 親友()のことは心配だけど、でも私もここにいるのに……。と言いたげに。

 しかし、そこで後ろから唐突に声が聞こえてきたことで、美紀は体をビクつかせる。

 

「――あらあら、いけない人たちですねぇ」

 

「――え?!」

 

 その声に驚き振り返る美紀。そこには全体的にぼろぼろに、普段以上に肌が露出してかなり際どい格好となった秘神-カーマの姿があった。

 声の主が味方であることを理解してほっ、とため息をつく美紀。

 だが、すぐにカーマのぼろぼろな姿に違和感を感じ、素っ頓狂な声を上げる。

 

「……って、大丈夫なんですか?! どうしたんですか、カーマさん!」

 

 美紀の大声に、ようやく晴明たちも異変に、カーマが現れたことに気づく。

 そして、晴明はカーマが無事だったことに喜び、声をかける。

 

「カーマ! 無事だったか!」

 

「……この姿が無事に見えるんですか、貴方は――!」

 

 晴明の言葉に、カーマから渾身の突っ込みが辺り一帯に響き渡るのだった。

 

 

 

 

 

 

 その後、傷を負った身体を癒した晴明たち。そんな彼らは今後どうするかを話し合うためにも、安全地帯を確保する必要が出てきたこともあり、手近にある住宅を――屋内にいたかれらを排除して――確保していた。

 そして人心地つくために軽い飲み物を飲んだ晴明は、改めて指針をどうするかを相談するために面々を見渡して話し出す。

 

「……さて、じゃあこれからどうするかな」

 

「どうするか、ですか? ……イシドロスには向かうんですよね?」

 

 晴明の言葉に疑問を覚えた美紀は、確認するように問いを投げ掛けた。

 そのことに晴明は首肯すると、自身が懸念していることを話す。

 

「ああ、それはもちろんそうなんだか……。ただ、さっきの戦いでこちらもかなり消耗してしまったからなぁ……。流石にこの状況で強行軍をするわけにもな」

 

 彼の物言いになにを懸念しているのか、朧気に理解した美紀は、なるほど。と相槌を打つ。

 

「――つまり、今日はここで休憩するか。もしくはさらに進むか決めかねている訳ですね?」

 

「まぁ、端的に言うとそうだな」

 

「それの何が問題なんですか?」

 

 二人の会話についていけなかった圭は、疑問顔で首を傾げている。

 そんな彼女に美紀は苦笑すると、何が問題なのか解説する。

 

「あのね、けい? 私たちの取り敢えずの目的地として朱夏さんたちのいる聖イシドロス大学に向かってるのはわかるよね」

 

「それは流石にわかってるよ!」

 

 美紀の確認するような口調に、流石にそこまで馬鹿じゃない。と憤慨する圭。

 そんな彼女をなだめながら美紀は話を続ける。

 

「けい、落ち着いて。……それで、本来。晴明さんの口ぶりからすると今日中にイシドロスに着くつもりだったの。……ですよね、晴明さん?」

 

「ああ、その通りだ」

 

 美紀の問いかけに首肯する晴明。

 そんな彼に、圭はいくらなんでも無茶な。とでも言いたげな顔をする。

 そして晴明自身も、圭がその考えに至ったことを察して、どこか呆れたような顔をして彼女を見る。

 晴明から呆れた顔で見られた圭は憤慨するが……。

 

「あのなぁ、圭……。お前、あの屋根上からここまで、どうやってきたよ?」

 

「そんなの! あそこからぴょん、って飛び降り、て……? あっ……」

 

 そこで何故晴明から呆れた表情で見られたのか察した圭は言葉を失う。

 それもそのはず、まずはじめにいくらある程度の高さしかないと言っても、二階部分から躊躇なく飛び降りたが、以前までの圭であればどんなに運が良くても受け身をとっての軽症。最悪の場合は足の骨を骨折していただろう。

 

 次に、その後何事もなくここまで移動したが、どうやって移動したか?

 ……そう、普通に走って、だ。そしてあの民家からここまで約1㎞あった訳だが。

 そこまでの区間を、彼女は一分もかからずに駆けている。

 ……因みに、一般的なマラソン選手。彼らが1㎞を駆けるのにかかる時間は、約二分三十秒から三分と言われている。

 そのことからも、圭が如何に常人離れしてきたかが理解できるだろう。

 なお、さらに蛇足だが、美紀に至ってはサーベルと盾を装備した。即ち、約5㎏から10㎏の重りを着けた状態で圭に追い付いている。原作(聖典世界)ではシャベルを背負っていたとはいえ、胡桃相手に短距離走で接戦を繰り広げた彼女の面目躍如と言えるだろう。

 

 ……それはともかくとして、ここまで言えば理解していただけると思うが、今回のような邪魔が入らない限り、巡ヶ丘学院高校から聖イシドロス大学まで一日で駆け抜けることは、今の彼女たちなら決して不可能ではないのだ。

 まぁ、未だに自分たちが一般人である。と思っていた二人からすると、認めがたいことではあるのだが……。

 事実、そのことを認識してしまった圭は、ほんの少しであるが顔を引きつらせている。逆に美紀は、どこかで確信があったのか。やっぱり、と事実として認めたくないが、現実としてそうなってしまった。とでも言いたげに諦めたかのような顔をしていた。

 

 そんな、どこか重苦しい雰囲気を醸し出す二人を見て、晴明は苦笑を浮かべる。

 彼としても二人の感覚は痛いほど理解できる。なぜなら、かつて自身も通った道なのだから……。

 とはいえ、いつまでもそのままというわけにもいかない。

 遥か彼方に旅立った彼女たちの意識を呼び戻すために、晴明は、ぱんぱんと手を叩く。

 その音で二人は正気に戻ったようで、晴明に方へ顔を向ける。

 晴明はそんな二人に、優しい、本当に優しい笑顔を浮かべると話しかける。

 

「ほら、二人とも。あんまり考え込むな。今はこれから先どうするか、だろう?」

 

「あ、はい。そうですね……」

 

 晴明の慰めとも聞こえる言葉に、比較的ショックが少なかった美紀が答える。そして、圭もまた数回深呼吸を繰り返して、精神を落ち着かせると彼の声に耳を傾ける。

 二人がこちらに対して耳を傾けたのを確認した晴明は、自身が考えた今後のことについて話し始める。

 

「それで今後の行動についてだが……。まず、イシドロスに直接向かうのは無しだな。今からでは良くて夜中、場合によっては日を跨ぐ可能性すらある」

 

 そう言いながら晴明は部屋の窓から空を見る。

 時間としては午後三時頃だろうか? そこには中天よりもほんの少し日が傾いている光景があった。

 これからさらに日が傾くと、どんどんと辺りが暗くなってくる。

 そうなってくると、今度は視認性の悪さから奇襲を受ける可能性が増えるだろう。

 さらに言えば、夕方は逢魔が時とも呼ばれ古来より魔物と、悪魔との遭遇が多くなる。つまりことさら危険性が高くなる、ということだ。

 無論、晴明だけならそこまで問題にならないだろう。高城絶斗(深淵魔王-ゼブル)クラスの大悪魔が現れない限りの話であるが……。

 

 だが、今ここには圭と美紀もいる。

 確かに二人ともある程度の力は得ているが、それでもまともに戦えるのは、中の下、今まで現れた悪魔で言えば妖獣-ライジュウ辺りが精一杯だろう。

 それでも、覚醒してまだ一月も経っていないことを考えれば、破格と言って良い成長スピードだ。

 もっとも、一部には覚醒して一週間程度で、魔王や大天使をも殴り殺せるようになる規格外(デビルサバイバー主人公)などもいる。

 まぁ、そのような規格外は本当に、本当にほんの一部のみなので気にしても仕方ないのだが……。

 

 ……少し話が脱線してしまったが、つまり何が言いたいかというと、この状態で無理に旅路を急ぐと悪魔の――しかも現在の巡ヶ丘はことさら悪魔が顕現しやすい土壌になっている――奇襲を受ける可能性が極めて高くなる。

 かといって、ここに止まるのも悪手だ。

 なぜなら、今晴明たちがいる民家にはろくな防衛設備など存在しない。

 これが巡ヶ丘学院高校であれば、最低限足止め用のバリケードなどの設備があった。

 しかし、だからと言って今から作るとなっても資材集めから始めないといけないため、はっきり言って完全な状態にするのは不可能だ。

 

 行くも悪手、止まるも悪手。ならばどうするか?

 その答えは晴明のこれまでの旅路。彼が訪れた場所にあった。そして、その場所は二人も知っている。それは――。

 

「だから、今は少し目指す場所を変えようと思う」

 

「……? えっと、どこへ行くんですか?」

 

 美紀は場所の見当がつかないようで、頭に疑問符を浮かべながら、晴明へ問いかける。

 美紀の質問に、晴明はなんでもないように、かつて訪れた。今は巡ヶ丘学院高校にいる()()()()によって案内された場所を告げる。

 

「――秘密基地だ。学園生活部と合流する前にいたあの場所を目指そうと思う」

 

『――あぁ!!』

 

 晴明の言葉に美紀と圭、二人ともが納得とともに、その手があったか! と言わんばかりに声を上げる。

 事実、あの場所は避難所として、シェルターとして機能する場所として、短い間だが彼女たちも生活していた。

 出入口に関しても、金庫室もかくや、と言えるほどの堅牢さを誇っており、そうそうのことでは破られる心配もない。

 そして何よりも、あの場所は巡ヶ丘学院高校と聖イシドロス大学の中間地点に位置し、移動という意味でもほぼ無駄がない。

 まさに、色々な意味でうってつけの場所と言えた。

 旅路を急ぎつつも安全地帯へ避難する。そのことを理解できた二人は一も二もなく同意する。

 

「そっかぁ、あそこなら安全だね!」

 

「うん、そうだね。けい。……晴明さん、今からでも移動を開始しますか?」

 

「あぁ、二人が大丈夫ならすぐにでも移動しよう。時は金なりともいうしな」

 

『はいっ!』

 

 晴明の確認に、二人もなにも問題ない。と言うように元気よく返事を返す。

 その二人の様子に晴明は、ほっ、と安心した表情を浮かべると移動を始めるのだった。

 

 

 

 

 

 そうして移動を開始した晴明たち。

 念のため、悪魔の奇襲やかれらの襲撃を警戒しながらの移動であったが、驚くほどに何事もなく目的地である秘密基地へ到達することが出来た。

 ただ、かれらの襲撃がなかったことについてはそれなりの理由があった。

 

 端的に、わかりやすく言えば、付近のかれらは軒並み絶斗に、そして彼を一般人として誤認し救出に向かった美紀、圭らによって既に駆除されていた。

 即ち、知らず知らずのうちに彼女たち二人は、結果的に自身らの利になる行動を取っていたということになる。

 そのことに気づいていない二人は、ホッとした表情を浮かべながら秘密基地へ到着したことを喜んでいた。

 

「みき、ついたよぉ……」

 

「うん、良かったね。けい……」

 

 そんな緊張感が途切れた二人に対して、晴明は即座に声をかける。

 

「ほら、二人とも。まだ到着しただけで中には入ってないんだ。気を抜くのはまだ早いぞ」

 

 晴明から苦笑とともに注意を受けた二人はバツの悪そうな顔をして。

 

『……はぁい』

 

 しょんぼりとした返事をする。

 そんな二人の様子に、晴明はぷっ、と吹き出す。

 その晴明の反応に二人、特に圭はムッとした表情でまるでハムスターのごとく頬を膨らませる。

 その顔を見た晴明と、そして横にいた美紀もまた彼女の可愛らしい様子に笑い始める。

 そして、そんな二人につられるように圭も笑う。

 そうして一頻り笑った三人は今度こそ秘密基地の中へと入っていく。

 

 中へ入った晴明は感慨深そうに呟く。

 

「……留守にしたのは一、二週間程度のはずなんだけどな。なのに、本当に久々に訪れた気分だ」

 

「そうですねぇ」

 

「うんうん」

 

 晴明の呟きに美紀と圭も同意するように頷く。

 そして晴明は固くなった身体を解すように伸びをすると二人に声をかける。

 

「それじゃあ、今日のところは休むとしよう。二人もいいな?」

 

「はい」

 

「うんっ!」

 

 その言葉を最後に其々がかつて使っていた部屋へ移動する。

 そして、全員ともに身体を休めるために休息を取るのだった。



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幕間7  (うごめ)く者たち

 こんにちは作者です。
 今話掲載に当たり、念の為あらすじに注意文を一文追加させていただきました。

 ※この物語はフィクションです。実在の人物・国家・団体とは一切関係ありません。

 というものです。
 一応のご認識のほど、よろしくお願いいたします。


 ――日本国某所。

 

 夜闇を照らすネオンの光が輝く歩道を、街道を帰宅のために、あるいはこれから仕事のため、学業のために行き交う人、ヒト、ひとの群れ。

 巡ヶ丘でバイオハザードが起きているとは、信じられないほど平和な光景が広がる中、とある二人の男女がレストランで食事に舌鼓をうっていた。

 

 その中の一人、サングラスを掛けどこか厳つい雰囲気の、道行く人に聞けば十人のうち十人が()()()の人だと判断するだろう男性は、己が食事を取ることをやめると相方の女性へ問いかける。

 

「おい、結局あれはどうなったんだ?」

 

 男の問いかけに、緑色のドレスに身を包んだ妙齢の美女は、ナイフとフォークを音もなく置くと、優雅な仕草で口元を拭いて彼の質問に答える。

 

「ええ、()()()ですわね。あれについてはそのまま放置で良い。とのことでしたわ」

 

「しかしな、マヨーネ――」

 

 そこでマヨーネと呼ばれた女性。即ち、黒崎澄子の保護者兼師匠であるファントムソサエティの幹部が一人。マヨーネはしぃ、とでも言うように人差し指を己が唇の前に立てる。

 

「こんなところで名前を出さないでくださいまし。ここはカタギの店でしてよ」

 

「あ、ああ。そうだな。すまん」

 

 そう言って頭を下げる男。彼もまたマヨーネと同じくファントムソサエティの所属であり、その中でも最強と謳われる悪魔召喚師。名をフィネガンといった。

 そんな、ある意味で裏世界の大人物と呼べる二人がこのような場所でなにをしているのか?

 それは二人の所属している組織に関係している。

 

 ――ファントムソサエティ。

 

 本来この組織の活動内容としては、各地への潜入、破壊工作など、どちらかと言えばガイア教よりの後ろ暗い活動を行っていた。

 しかし、現在はそのような活動は行っていない。それは何故か……。その理由は――。

 

「だが、お前としても今の方が良いんじゃないか? あの拾った娘の手前、大っぴらに出来ないことをする必要がなくなったんだからな」

 

「まぁ、それはそうですわね。……清い体、何て言うつもりはありませんが、それでも後ろ指指される行動をしなくてよくなった分、こうやって大手を振って歩ける訳ですし」

 

「まったくだ。それに、俺としても適度に強者との闘いに身を投じることが出来る。本当に上役様々、というやつだ」

 

「ええ、本当に……。それで――」

 

 フィネガンの感慨深そうな言葉に相槌を打ちつつ、マヨーネは流れるように手慣れた手付きで本人たちが座るテーブルの周囲に防音結界を張る。

そして、結界が機能したことを確認したマヨーネは改めてフィネガンへ話しかける。

 

「――上役の組織の名前。たしか……、()()()()でしたか? あれについてなにかわかったことは?」

 

「特には、な……。少なくとも、政府筋にパイプがあることは確かなようだが」

 

「そう、ですか……」

 

 フィネガンからの返答。芳しくない答えを聞いて顔をしかめるマヨーネ。しかし、そこで何かを思い出したようで、さらに話し始める。

 

「そういえば、政府筋で思い出しましたが、どうやら動くようですわよ」

 

「動く……?」

 

「ええ、()()が」

 

「葛葉……。まさか、ライドウか!」

 

 マヨーネの言葉に驚いたフィネガンは、思わずテーブルに手を叩きつけて前のめりになる。

 一方、マヨーネの方はと言うと、フィネガンが手を叩きつけた時に鳴ったガチャン、という皿が動く音に顔をしかめ、迷惑そうに彼を見る。

 その視線にバツの悪そうな雰囲気でおずおずと席に座り直すフィネガン。

 

「……すまん。だが、やつがかなりのブラコン気質なのは有名だろう? ……そんなあいつが、蘆屋の言いつけを破ってまで動くとは思えんのだが……」

 

 そして彼女に謝罪しつつも、フィネガンはマヨーネの情報に対して疑問の声を上げる。

 実際晴明と朱音(ライドウ)が仲睦まじいというのはある程度の情報を持つものにとっては周知の事実であった。

 マヨーネも異論はないようで、そのことに関しては首肯するが、さらに追加の情報も告げる。

 

「ええ、そうですわね。――普通なら」

 

「普通なら? ……つまり、なにかある、と?」

 

「ええ。……彼女がそんなことを考えることが出来ないほどのことが起これば話は別ですわ」

 

「……ふぅむ。しかし、今のやつは東京、というよりも()()()の守護を……。まさか……」

 

 考えを纏めるように呟いていたフィネガンだったが、そこでひとつの可能性を思い付いたようで愕然としている。

 そして、マヨーネもそんな彼の答えを肯定するように話を続ける。

 

「ええ、お察しの通り。……()()()()()()より勅を賜った。そういうことです」

 

 マヨーネの言葉を聞いて、フィネガンはへなへなと力が抜けたように背凭れにもたれ掛かる。

 それほどにマヨーネからもたらされた情報は衝撃的だった。

 確かに、十七代目葛葉ライドウは日本国における最高の対魔戦力であり、彼女に対抗しようとするならば各国の最精鋭を集める必要がある。

 だが、それでも彼女の地位で言えば、あくまでもクズノハという組織の一個人。各対魔組織の長や政府関係者に比べれば一歩も二歩も劣る。

 つまり、どう言うことかというと、本来彼女の地位ではかの()()から直々にお声を掛けられるというのはあり得ないのだ。

 そのあり得ないことが起きた。それだけでも驚愕の事態といえる。だが、それ以上に……。

 

「あのライドウを直接動かさなければいけないほどの何かが起きている、と? 一体何が――」

 

「そこまではわかりませんわ。ただ」

 

「ただ……?」

 

「どれ程の意味があるのかはわかりませんが、一言だけ伝わってきています」

 

「それは――」

 

「――()()()()()()()、と」

 

「……丈槍? なんだそれは?」

 

「さぁ? わからない、と言ったではありませんか」

 

 丈槍、というのが何かの符号なのか、と首を傾げる二人。まさか、それがたった一人の少女を意味するものだとは、夢にも思わなかったのだろう。

 フィネガンも、わからないことをいつまでも考えても仕方ない。と思考を切り替える。

 

「ふむ、だが……。いや、しかし」

 

「どうしたんですの?」

 

 急にフィネガンが考え込みはじめたことに、マヨーネは不思議そうな顔で彼を見やる。

 そんな彼女の様子に気付いたフィネガンも、今まで彼女にもたらされた情報。そして自身が手に入れた不確定情報が、実は繋がっているのではないか? という予測が浮かんでいた。

 そのことをマヨーネに告げるフィネガン。

 

「……これは、まだ完全に洗いきれていない情報なのだが」

 

「……ふむ?」

 

 珍しく言い淀むフィネガンに、マヨーネは先を促すように目線を向ける。その目線を受けて、フィネガンは意を決したように話し出す。

 

「どうやら、水面下で()()()()()()が慌ただしく動いている。という情報があった」

 

「――なっ! ……いえ。葛葉が動く以上、あり得ない。とは言いきれませんわね」

 

「……あぁ」

 

 フィネガンが告げた情報に驚きの声を上げたマヨーネ。しかし、すぐにあり得ない話じゃない。と、思考を切り替える。

 因みに、九頭竜と峰津院。この二家も葛葉や蘆屋と同じく裏の世界、対魔の名家であり、そして……。

 

「ですが、九頭竜と峰津院も、元を辿れば()()()()()()だったはずでしょう? それが動くとなると、それほどまでに蘆屋は今回のことを重く見ている。という訳ですか」

 

「まぁ、そうだろうな。あそこは根っからの忠勤の家だ。……葛葉以上のな」

 

「……そうでしたわね。つまり、蘆屋晴明があちら(巡ヶ丘)に送られたのも、そういった意を汲んで?」

 

 そうマヨーネが疑問を呈すると、フィネガンは首を横に振って否定する。

 

「いや、それはないだろうよ。……そもそも、そのような大事が最初にわかっていたのなら、その時点でもっと大々的に動いていたはずだ」

 

「それもそうですわね。となると、蘆屋晴明とライドウは幾度か通信を交わしていたようですし、その中で丈槍なるものの報告があり、それが御方の耳に入って興味を示された。というのが真相ですか」

 

「そうだとは思うのだが、な……」

 

 マヨーネの推測に対して、フィネガンもまた自信なさげではあるが肯定する。なお、彼があくまで断言しないのは、今回の推測。そのどこかに穴があり間違えてしまっているかもしれない。と、万一の可能性を考えたからだ。

 この業界、ひとつの間違い。ひとつの油断で命を落とすことも珍しくない。

 そのことを身を持って知っている彼は、こと情報に関して、とても敏感になっている。

 そのこともあって、彼は断定を避けたのだ。

 そして、今後改めて情報を洗ってみようと考えたフィネガンはテーブルに置いてあるコーヒーで喉を潤す。

 コーヒーで喉を潤したフィネガンは、これでこの話題は終わり。と言った様子で別の話題を繰り出す。

 

「それで、貴様の拾った娘のことだが――」

 

 そうして彼ら二人はさらなる話題を語り合いながら、ともに時を過ごし、夜も深まっていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 ――南米、某所。

 

 地下深くにある仄暗い部屋の中、一人の男が部屋を照らすモニターの光。現在、彼の見ることが出来る情報をつぶさに観察していた。

 その男、軍服をまとい神経質そうな顔ながらも、どこかカリスマ性を感じさせる者は、誇らしそうに、同時に忌々しそうな、まるで相反する表情を浮かべていた。

 その時、部屋のドアが開き男と同じような服を着ていた者が現れ、彼の姿を確認すると敬礼するように手を掲げて口を開く。

 

「――失礼致します閣下、第二フェイズ完了致しました!」

 

「そうか、ご苦労」

 

「……はっ!」

 

 そう言って、報告を持ってきた男は立ち去ろうとする。だが、その前に彼に閣下と呼ばれた、最初から部屋にいた男がポツリと呟く。

 

「――早五十年、ようやくここまで漕ぎ着けたか……」

 

「……は?」

 

 閣下と呼ばれた男の呟きに間抜けな声を上げる報告者。その行動に男は特に注意することもなく声をかける。

 

「七十年前と五十年前、二度に渡って()()に邪魔されてしまったが、今回それはなかった」

 

 そして男は一息呑み込むと狂気に染まった表情を浮かべる。

 

「そう! まず手始めに、かのカエル(フランス)どもを、裏切り者のパスタ(イタリア)どもを、そして何よりも! ――腑抜けた同胞どもを粛清することが出来た!」

 

 そう言って狂ったかのように、男は哄笑を上げる。それを見た報告者の男は、自身が閣下と呼んだ男の狂態に背筋から嫌な汗が流れる。

 そんな男の心境を知ってか知らずか、哄笑を上げていた男は落ち着きを取り戻す。

 

「…………どうした? まぁ、良い。それよりも、だ。そろそろ我輩たちも向かうとしよう」

 

 その言葉に喜色の表情を浮かべる報告者。

 

「そ、それはつまり……!」

 

「うむ。これより最後の総仕上げに掛かる。皆に伝えよ。()()()()()である、と」

 

「――――ジーク(勝利)ハイル(万歳)!」

 

 哄笑を上げた男の宣言を満面の笑みで受け取った報告者。彼は男に最敬礼を捧げると指示通り、その言葉を同志たちへ伝えるために退室する。

 それを見届けた男は――。

 

「今度こそ。今度こそ、だ――――!」

 

 唇が切れ、血を滲ませるほどに歯を食いしばりながら、己が感情を吐露する。

 

「今度こそ()()()を、()使()()()の尖兵どもを駆逐する!」

 

 それはかつて、()()()であった頃より持つ、男の大望。

 

「そして、人のための。人が決断し、人の手によって立つ。神の操り人形ではない、人の世を作ってみせる――!」

 

 モニターの光に照らされる、狂気を含んだその顔は――。

 

「待っていろ、同胞たちよ。待っていろ、日本よ。そして、待っていろ、丈槍よ――!」

 

 狂喜に犯されながら男は宣言する。

 

「行くぞ、行くぞ、行くぞ。我輩は往くぞ。人の世を手に入れるために、暴虐なる神より、人の秩序を取り戻すために――!」

 

 ……男の哄笑が部屋中に響き渡った。



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第六十二話 おかえり

 新年あけましておめでとうございます、作者です。
 本年もよろしくおねがいします、の意味も込めて、新年初の更新となります。それでは楽しんでいただけたら幸いです。


 さんさんと暖かい日差しが差し込む校舎の中、一人の少女と怪物が対峙していた。

 その中で少女の顔に苦悶の表情が、逆に怪物の方は表情は窺い知れないが、どことなく嬉々とした雰囲気が感じられる。

 しかし、少女とて彼女なりに譲れないもの。守りたいものがある。

 それ故に、怪物の良いようにされるわけにはいかないのだ。

 

 たが、だからと言って今の彼女は何をすれば一番効果的か、という判断がつかない。

 そのまま悶々と悩む少女。しかし、悩むだけで突破口を開けるわけがない。

 今、必要なのは行動。この状況を変えるためのアクションなのだ。

 そう考えた少女は、なにかを思い悩むように口をぱくぱくさせていたが、遂に意を決したかのように声を上げる。

 

「ね、ねぇ。()()()()()? もうそろそろいいんじゃない、かな?」

 

「うん? どうした、由紀お嬢ちゃんや?」

 

「わ、わたし……。結構頑張ったよ、ね?」

 

 そう言いながら少女(丈槍由紀)は上目遣いで、怪物(大僧正)に慈悲を乞う。

 具体的に言うと、もうそろそろ補修を終えても良いんじゃないかなぁ。と……。

 しかし、それに対しての大僧正の返答は……。

 

「……ふぅむ、駄目じゃな」

 

 由紀の席、その上にある補習テストの用紙を見て即座に願いを却下。

 然もありなん。なぜなら由紀の机にある用紙。それには確かに、彼女が言うように頑張った証として答えが記入されている。

 ……但し、大僧正が軽く見るだけで、間違いだらけ、と判断できる酷い有り様だった。

 

 大僧正の無慈悲な答えを聞いた由紀は、精も根も尽き果てた。といった様子で机にべちゃりと突っ伏した。

 そして彼女の瞳からは、まるでギャグマンガか何かのように滂沱の涙を流す。

 

「あぅぅ――――」

 

 そのまま泣きじゃくる由紀を見て、近くで見ていた教師である慈もまた、乾いた笑顔を浮かべる。

 

「あ、あはは……」

 

 そして、慈は大僧正に引きつった顔のまま視線を送ると……。

 

「あ、あのぅ。今日はここまでにした方が……」

 

 と、弱々しく提言する。しかし、大僧正は――。

 

「ならん、なりませんぞ。佐倉先生。それでは由紀お嬢ちゃんの成長する機会を奪ってしまう。時には心を鬼にすることもまた肝要なのですぞ」

 

「え、えぇ……。それは理解できるんですけど……。でも――」

 

 そう言いながら、慈は由紀の机に広がっている()()の用紙を見る。そして――。

 

「……流石に、高校を飛び越えて、大学の勉強というのはやりすぎだと思うんですけど――!!」

 

 ……慈から渾身の突っ込みが炸裂した。

 

 

 

 

 

 彼女、由紀がこんな悲劇(喜劇)に見舞われたのにも、もちろん理由がある。

 ……もともと、以前から一部の授業で慈の代わりに大僧正が受け持つ、ということを行っていたのがすべての始まりだった。

 と、いうのも確かに佐倉慈は巡ヶ丘学院高校の正式な教員ではあるが、あくまで国語教師でしかない。

 無論、他の教科もある程度なら教えることは可能であるが、それでも本職に比べると一段劣ると言わざるをえないだろう。

 

 そして、次に大僧正。

 生前、大僧正が()()()()()()()()、彼は自身の所属していた寺社に於いて勉強を、しかも当時の有力者たちの子弟に行っていた。

 とは言え、当時、彼の生前の時代で勉強と言える行動を行えるのは有力者などの一部、裕福な家庭のみであった。

 

 それも仕方ないことであった。

 事実、過去の時代では子供自身も働き手、労働力として扱われており、それ故に勉学に励むほどのリソースを確保するのは実質不可能であった。

 つまり、大僧正の生きていた時代に於いて、勉学に励む。という行為自体が下男等を雇うことが出来るほどに家が裕福である、という証であり、同時にその家は富裕層、もしくは支配者層ということになる。

 

 そして、それは即ち教えられていた子弟たちもまた高度な教育を受けていたことを意味する。

 言い換えるなら彼ら、彼女らに教育を施していた大僧正自身もまた、高い教養を持っていた、ということだ。それも現代の勉強に転用可能なほどの。

 

 現代に転用可能、という言葉に疑問を思う方もいるかもしれない。

 しかし、そうおかしな話でもない。

 

 ――例えば孫子の兵法。

 

 これは約紀元前五百年頃に編纂された物だ。

 だが、現代に於いてもこの書物は認知され、さらには現代風に編纂されたものが出版されている。

 これは即ち、流石に一部現代にそぐわない部分はあるものの、それでも十分に通用する優れた思想、論理的知識であるという証左だ。

 

 この孫子の兵法で特に有名なのは、戦国時代に甲斐国(現在の山梨県)の国主であった武田信玄公が掲げた旗印、【風林火山】だろう。

 

 ――其の(はや)きこと風の如く。

 ――其の(しず)かなること林の如く。

 ――侵掠(しんりゃく)すること火の如く。

 ――動かざること山の如し。

 

 という戦争に、現代に於いてはビジネスの行動の指針を書いている。

 その意味も、いざ動く時は風のように素早く、動かない時は林のように静かに、攻勢に出る時は火が燃え広がるよう猛烈に、守勢に回る時は山のように不動、つまり動揺せずにどっしりと構えるように、という教えだ。

 ……因みに、意外と知られていないことだが、風林火山はこの四つの言葉の後に、さらに四つの言葉が続く。が、それは今回の話に関係ないので割愛する。

 

 また、孫子の兵法の他にも、西暦1532年に発刊された【君主論】もそうだ。

 このように人の進化、人の歴史、即ち人類史は知識の蓄積の歴史とも言える。それ故に過去の知識であろうとも、現代に通用するのは可笑しい話ではない。

 なぜなら、その知識が土台となって、現代は発展しているのだから。

 

 ……話が横筋に逸れたので本筋に戻そう。

 

 とにもかくにも、その経験から慈の補佐として大僧正は学園生活部の授業を一部担当していた。……わけだが、ここで一つ思い出して欲しいことがある。

 それは原作(聖典世界)の由紀と、この世界の由紀との差異だ。

 

 本来の聖典世界(がっこうぐらし!)での由紀は知識の使い方、機転の良さはともかくとして勉強自体は苦手のように描写されている。

 対してこの世界の由紀は……。

 かつて言った(第十八話前編)ように国語担当の慈の授業のみ、彼女の補習を受けるため()()()手を抜き成績が悪かっただけで、他の教科に関してはそれこそ悠里や、学年こそ違うが美紀とためを張れるだけの実力を持つ才媛だった。

 その彼女が、丈槍という()()から解放されて、なおかつ自身の憧れの人(佐倉慈)に良いところを魅せられるとしたら……?

 そんなの奮起するに決まっている。

 その結果、彼女は普段以上の実力を発揮。原作(聖典世界)で由紀や胡桃のために問題集を作成していた悠里ですら苦戦する難問すら解いていった。

 そして、それを見た大僧正は()()()()()に気を良くしてさらなる難問を。由紀は由紀でその難問を解いていく。後はこの繰り返しだ。

 

 ――難問、解く。

 ――さらに難問、解く。

 ――さらにさらに難問、解く。

 

 そうしていく内に、二人はヒートアップ。一学期を超え、二学期。さらには三学期すらをも踏破し、三年の復習を交えつつさらなる高み(大学)へ。というのが真相だった。

 因みに、一緒に授業を受けていた悠里は、三学期の授業に入った時点で困惑。復習で苦笑。大学で諦観の域に至っている。

 なお、貴依に関しては……。

 

 閑話休題。

 

 慈に良いところを魅せるために頑張っていた由紀だったが、彼女も人間。限界があるというのは当然なわけで……。

 その結果が、この話の冒頭に繋がっていく。

 

 

 

 

 

 ……由紀と大僧正、慈のコントのようなやり取りを横目に、貴依はやや現実逃避ぎみに窓から外を見る。

 

 ――……あぁ、いつも通り。平和だなぁ。うん。

 

 澄み渡った青空、壊滅した街並み。そして徘徊するかれら。

 そんないつも通りの光景を見ながら、貴依は日常を、この壊れた日常に、半ば現実逃避ぎみに浸る。

 

 そして、彼女は夢想する。

 もしも、今回の災害。アウトブレイクが起きなかったら……。今までの日常が続いていたら。

 貴依とともに、由紀を可愛がっていた友人たちとまだ過ごしていただろうか?

 もしかしたら、ここにいるりーさん(悠里)や、居なくなってしまった胡桃とも別の形で出会っていただろうか?

 

 ……それに、アレックスたち後輩組とも――。

 

 もの鬱げに校庭を、校門を流し見ていた貴依。

 しかし、ある()()を見て彼女は目を見開く。そして、そのままガタッ、と音を立て、急に席から立ち上がる。

 貴依の急な行動に驚く由紀たち。

 

「あの、たかえちゃ――」

 

 由紀は急に立ち上がった貴依に声を掛けるが、彼女は由紀の声が聞こえないのか、鬼気迫る様子で部屋の角に立て掛けてあった()()()()()()()を掴むと外へ、教室から飛び出すように駆け出していく。

 

「ちょっ! たかえ――」

 

 由紀の制止の声を背に、彼女は教室を飛び出していった。

 

 ――駆ける、駈ける、かける。

 

 貴依は息を切らせながらひたすらに走り続ける。

 バリケードを飛び越え、付近に居るかれらを戦友(胡桃)のシャベルで蹴散らしながら駆け続ける。

 

 ――外へ、彼処へ……! 見間違いかもしれない、それでも……!

 

 今の彼女にはその意識だけが頭の中を占領していた。だが、そのことが彼女の視野を狭くしていたわけではない。

 むしろ逆。今の彼女の頭の中は、今まで生きてきた中で一番冴え渡っていると言って良い。

 その証拠に――。

 

「――邪魔だぁ!」

 

 本来、彼女が、戦う者ではない貴依では気付く筈がない死角から強襲したかれら。それすら貴依は()()()()()()()()シャベルを一閃! 頚を刎ねていく。

 

 ゴトリ、と廊下の床に転がるかれらの頚。切られた首から血飛沫を上げながら倒れるかれら。

 それを一瞥することなく貴依は駆ける。その時間すら惜しいとばかりに。

 

 

 

 

 貴依が正面玄関にたどり着いた頃、由紀たちからの連絡により事態を知ったアレックスもまた貴依を追って現地に到着していた。

 

「貴依先輩――――!!」

 

 しかし、貴依は既に正面玄関のバリケードも突破し校庭に躍り出ていた。

 そのことに焦るアレックスは、制止の声を掛けようとするが……。

 

『まて、アレックス』

 

「……っ! どうしたのよ、ジョージ!」

 

 彼女の相棒、デモニカの管理AIであるジョージに声を掛けられる。

 急なジョージの声掛けに、貴依を制止し損なったアレックスは苛立たしげに返事をする。

 

「一体なんなの、ジョージ!」

 

『――あそこだ、あそこを見るんだ』

 

 苛立っているアレックスに対して、ジョージは冷静な様子でとある地点を、貴依が向かっている先を指し示す。

 いくら苛立っているとは言え、流石にジョージがこんな時に無駄なことをする、等とは思っていないアレックスは彼女が向かっている先を見て、息をつまらせる。

 

「……っ! く、()()()()っ?!」

 

 彼女の視線の先、そこには着ている制服こそ襤褸きれになっているが、怪我はしていないように見える。かつてここを去った同じ戦闘班の仲間、恵飛須沢胡桃の、地面に倒れ伏した姿があった。

 

 ……そう、貴依が教室で急に立ち上がり、一目散にここを目指した理由。それは彼女の姿を、しかも倒れる瞬間を目撃したからだった。

 

 校庭にかれらが徘徊している以上、間に合わないかもしれない。……()()()()()()()

 間に合わないから、と言って諦めるのか?

 

 否、否だ。例え間に合わないとしても、それが諦める理由になりはしない。

 

 ――学園生活部心得、第四条。部員はいついかなる時も互いに助けあい支えあい楽しい学園生活を送るべし。

 

 彼女は、胡桃は確かにここを去ったとは言え、それでも学園生活部の仲間なのだ。

 それを見捨てる? 見逃す? 助けられる可能性があるのに?

 

 ――あり得ないっ!

 

 貴依に、アレックスにとって、恵飛須沢胡桃という存在は、すぐに切り捨てられるような、そんな軽いものではない。

 無論、それは他のメンバーにしてもそうだ。

 例え、気付いたのが貴依以外のメンバーであったとしても彼女と同じ行動を、あるいは大僧正やアリスといった戦える者たちに助けを求めただろう。

 それだけの絆が彼女らの間に育まれていた。

 

 そして、それはアレックスだって同じだ。

 貴依の目的が胡桃の救助だと理解できた今、そのことを躊躇する理由などない。

 彼女は冷静に、逸る気持ちを抑えて光線銃を構えると貴依の周囲、そして胡桃に迫ろうとしているかれらを狙い撃っていく。

 

 すべては胡桃を、仲間を救うために!

 

 アレックスの援護を受けた貴依は脇目も振らずに走り続ける。

 あと少し、あと少しでたどり着く!

 胡桃が何を思って去ったのかはわからない。でも、私たちのもとへ帰ってきてくれた!

 だから、こんな形でのサヨナラなんて望んでいない。もう一度皆で助け合って……!

 

「……待ってろ、くるみっ!」

 

 貴依は弾む息を、気を抜けば歩きだしそうになる疲労困憊の身体を意思の力で捩じ伏せる。

 休むのはあとで出来る、何よりここで止まれば間に合わないかもしれない。そんなことは御免だ!

 

 そう自身に言い聞かせる。その合間にも彼女と、胡桃の距離は縮まっていく。そして――!

 

「――――くるみぃぃぃぃぃ!!」

 

 彼女は叫びながら、胡桃を、仲間を抱き起こす。そこには確かに胡桃が、彼女がいる。

 そのまま、彼女はぽろぽろと涙を流しながら抱き締める。

 確かにそこにいる彼女の暖かい体温が感じられ、その胸は小さくとも上下に動いていた。即ち――。

 

「……生き、てる。生きてるよ、くるみ」

 

「……ぅ」

 

 その時、胡桃の口から小さい呻き声が聞こえてきた。つまり、意識はないものの、彼女は確かに生きている。

 間に合ったのだ、彼女を助けることに。諦めなかったからこそ……。

 そのことを実感した貴依は、静かに涙を流すのだった。



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第六十三話 いつわり

 こんにちは、作者です。
 今日は予約投稿で二話更新致しますので、二話楽しんでいただけたら、と思っております。
 二話目は今環投稿より五分後を予定しております。よろしくお願いいたします。


 部屋の中に芳香なる料理の匂いが漂うと同時に、ばりばりと食べ物を咀嚼する音。ずず、と汁物を啜る音が響き渡る。

 ここは学園生活部の部室となっている生徒会室。

 そこで一人の少女が、がつがつと、一心不乱に食べ物を食べ散らかしている。

 

「んぅ~~。うめぇ……!!」

 

 今も手に持ったフライドチキンを食い千切りながら、満面の笑みを浮かべる少女。それは先ほどまで意識を失っていた恵飛須沢胡桃だった。

 そんな彼女の姿を見て、悠里は頬に手を当て優しく微笑みつつも、やんわりと注意する。

 

「もう、くるみ。そんなに急いで食べちゃだめよ? 胃がびっくりしちゃうから」

 

「あっ……。えっとぉ、あはは……」

 

 悠里の注意に、ようやく皆が見ていることを思い出した胡桃は恥ずかしさを覚えたようで、頭を掻きながら照れ臭そうに笑っている。

 そんな胡桃の様子に、やっと彼女が、愛する生徒が帰ってきたことを実感した慈も、心底ホッとしたように微笑みを浮かべている。

 そして、あの時胡桃を止めることが出来ず、目の前から去っていくことを見送ることしか出来なかった由紀に至っては――。

 

「くるみ、ちゃ……。くるみちゃぁぁぁぁん!!」

 

 無事な胡桃の姿を見て号泣し、彼女へ抱きつく。

 由紀の急な行動に驚いた胡桃は、なんとか彼女を抱き止めると――。

 

「お、おおっ……! どうしたんだよ、ゆき?」

 

 由紀をあやすように頭を撫でる胡桃。そんな胡桃に由紀は頭をぐりぐりと押し付けて文句を言う。

 

「……どうした、じゃないよ! 心配、したんだからね……」

 

 そう涙声で弱々しく告げる由紀に、胡桃はバツの悪そうな表情を一瞬浮かべるが、すぐにそれを覆い隠すように笑顔を見せて彼女へ話しかける。

 

「ごめん、ごめんて。……心配かけちゃったな」

 

 そう言って再び由紀の頭を撫でる胡桃。そして彼女は皆を見回してふわり、と優しく笑うと――。

 

「――ただいま」

 

 感慨深そうに一言告げる。

 そんな胡桃に仲間たちは――。

 

『――おかえりっ!』

 

 満面の笑みを浮かべ、声を弾ませて告げるのだった。

 

 

 

 

 

「ふぅ、食った食ったぁ……」

 

 お腹が満腹になったのだろう。胡桃は満足げな様子で自身のお腹を擦っていた。

 そんな彼女を見て苦笑していた貴依だったが、すぐに気を取り直すと、どこか申し訳なさげな様子で話しかける。

 

「な、なぁ。くるみ」

 

「あん? どうしたんだよ、()()

 

「いや、あの……」

 

 胡桃に名字呼びされたことで、やっぱり怒っているのか、と思いながら貴依は遠慮がちに用件を言う。

 

「えっと……、これ、ちゃんと洗ったから返そうと思って」

 

 そう言って貴依は、胡桃を救出する時に使用した彼女愛用のシャベルを差し出す。すると胡桃は。

 

「ああ、なんだ。()()()()()か。別に柚村が使っても良いんじゃないか?」

 

 と、他のメンバーにとって思ってもみないことを口にする。無論、それは貴依にも当てはまるわけで、彼女は思わず呆けた声を上げる。

 

「……は?」

 

「……え? くるみ、ちゃん?」

 

 由紀もまた信じられないものを見たように、胡桃へ話しかけていた。

 そんな二人の様子に、胡桃は()()()()()()()()()()()()()()? と、キョトンとする。

 そして胡桃は、きっとこちらを心配してるんだな。と、考えると二人を安心させるように語り掛ける。

 

「おいおい、()()()があの()()()のところに行って、力をつけたのは知ってるだろ? だから、()()()()()()の柚村が持ってるべきだって。なっ?」

 

「あ、あぁ。そう、かな?」

 

「そうだって!」

 

 不安そうにしている貴依に対して、胡桃はニカっと、人好きのする笑みを浮かべて肯定する。

 胡桃の自信満々な様子に気圧された貴依は、曖昧な様子で同意する。

 

「そ、そっか。なら、私が預かっておくよ」

 

「おう! 頼んだぜ!」

 

 貴依との話が終わると、胡桃は食卓から立ち上がって大きく延びをする。

 

「ん、ん~~……っと」

 

 そして、肩を揉んだり、腕を回したりといった身体を軽くほぐす仕草をすると。

 

「それじゃ、腹ごなしに見回りにでも行きますかぁ!」

 

 そのまま彼女は元気良く部屋を出ていく。

 そんな彼女を、悠里は心配そうに声を掛け、慌てて追いかける。

 

「ちょっ、ちょっとくるみ! 貴女、まだ病み上がりなんだから――!」

 

 そのまま悠里もまた部屋を出ていくと、流石に二人だけでは危ない。と他の面々も追いかけていく。

 そして、部屋には呆然とした貴依と由紀が残される。

 二人は、しばし呆然としていたが……。

 

「なぁ、ゆき……」

 

 不意に貴依が由紀へ話し掛ける。そこにはどこか信じたくない。といわんばかりの感情が籠っていて……。

 

「……うん、たかえちゃん」

 

 貴依が持つ懸念。それを由紀も理解しているのか、真剣な、悲壮的とも言える表情を浮かべ、彼女を見つめる。

 そのまま二人は目配せをすると、なにも言わず、部屋を出るのだった。

 

 

 

 

 

 その後、なにか問題が起こるわけでもなく――ただ、あちこち移動したり屋上にある()()()()()で首を傾げる胡桃に、皆して振り回されていたが――平和に時間が過ぎていった。

 そして、その日の夜……。

 

 貴依は一人、胡桃を空き教室へ呼び出していた。

 

「――で、どうしたんだよ。柚村?」

 

 肩をすくめて、不思議そうに彼女を見る胡桃。

 そんな胡桃に対して、貴依はあり得ないほどに()()()()を出し、シャベルを胡桃に突き付けながら問いかける。

 

「――なぁ」

 

「……おいおい? 何の冗談――」

 

()()()()()?」

 

 貴依の底冷えするような冷たい言葉に、一瞬とは言え絶句する胡桃。

 しかし、流石に冗談だと思ったのか、上擦りながらもなんとか声を絞り出す。

 

「お、おいおい。なに言ってんだよ。()()()は胡桃だよ、恵飛須沢胡桃。それ以外の何に見えるんだよ……?」

 

 困惑しながらも自分はここにいる、とでも言いたげな様子で胸に手を置き答える胡桃。

 だが、それでも貴依の、まるで裏切り者を見るかのごとき絶対零度の視線に曝される。

 そのことに困惑を隠せない胡桃。

 そんな彼女に、貴依はさらに問いかける。

 

「お前が本当にくるみだとして……。なんで、()()()()にある()()()()()()()()()()()()?」

 

「……え? ……だって、あんなところに十字架があったって、()()()()()()()?」

 

 胡桃の返答を聞いた貴依は、これで答えが決まった。と言わんばかりに吐き捨てる。

 

「――ダウト」

 

「……え?」

 

 貴依の吐き捨てた言葉に困惑する()()()()()()()

 だが、貴依はそれに取り合わず、彼女が、目の前の人物が言った決定的な言葉を口にする。

 

「残念だな、お前がくるみじゃないってはっきりしたよ」

 

「な、なに言ってんだよ。()()()は――」

 

「――まず始めにあいつは、くるみは自分のことをわたしって言わない。()()()って言うんだよ」

 

「な、なんだ。そんなことか。そんなの気分だよ、気分――」

 

 貴依の指摘に、胡桃らしき人物はほんの少しとはいえ動揺したのか、声を震わせながら反論する。

 しかし、貴依の、彼女の主張はここからが本番だった。

 

「それに、屋上の十字架が邪魔? ……その言葉、お前が、他の誰でもない。お前だけは口にしちゃいけない言葉だろうが……!」

 

「へ……?」

 

 貴依のこれでもか、と熱が籠った言葉に間の抜けた声を上げる胡桃らしき人物。

 そんな彼女に、貴依はその理由を説明する。

 

「あれは、あの十字架は! お前の先輩の、お前が大好きだった、愛していた葛城さんの墓だろうが……!」

 

「……っ!」

 

 その貴依の説明で、ようやく自身がとんでもない失態を演じていた事実に気付き、胡桃らしき人物は言葉をつまらせる。

 そして、貴依は彼女へ最後のトドメとばかりに言葉を投げ掛ける。

 

「それにあの時、くるみがルイ=サイファーに着いていった時、私たちも、何よりあいつもあの男が大魔王なんて知らなかった! ……もう一度聞くぞ、お前は誰だっ!」

 

 ここまで言われたら、もう誤魔化せないと理解したのだろう。彼女は俯くと肩を震わせながら嗤う。

 

「……ふふ、はっはははははぁ! はぁ、いやぁ参った参った」

 

 そして頭をあげた彼女の顔には、皮肉げな笑顔が浮かび――。

 

「まさか、ここまで早くバレるなんて、なぁ!」

 

 突き付けられていたシャベルを腕の力で払い除け、さらに――。

 

 ――如何なる異能か。腕がゴムのように伸びていき、そのまま貴依の首を鷲掴みにしようとする。

 

「……ぐ、ぇ」

 

 胡桃らしき人物の突然の攻撃に反応できなかった貴依は、躱すことすら出来ず首を絞め上げられてしまう。

 しかも、彼女の腕はそれだけでは終わらず貴依の身体が宙に浮く。

 腕が伸びた、という非常識なことを除けば、それはまるでネックハンギングツリーもかくや、と言う様相だった。

 

「まったく、そこまでわかっていて、なんで一人で会おうとするかねぇ?」

 

 本当、馬鹿なんじゃないか? と、嘲るように告げる胡桃らしき人物は、今度は伸ばした腕を元の長さへ戻していく。

 そして目の前に来た貴依を見て嘲笑う。

 

「ははっ、無様なもんだ」

 

「う、ぐ……!」

 

 自身を嘲笑う者に対してなにかを言おうとする貴依だったが、首を絞められている関係で声がでない。

 絞めている本人自身もそのことを理解しているのもあって、胡桃の顔には似合わない卑下た笑みを浮かべると、貴依へ話し掛ける。

 

「まぁ、安心しろよ。例えお前が死んでも()()()()()()()からさぁ……」

 

 その言葉とともに胡桃の顔が文字通りぐにゃりと歪む。

 そして、顔の歪みが直るとそこには……。

 

「ほぉら、こんな風に、さぁ」

 

 そこには、目の前にいる貴依とまったく同じ顔になっていた。

 ……そう、彼女の、この異形の正体。それは――。

 

 ――外道-ドッペルゲンガー。

 

 それがこの異形(悪魔)の正体。つまり、悪魔が胡桃の姿に擬態していたのだ。

 そのことを理解した貴依は、今も苦しんでいるのは確かなのに、それでも憤怒の表情でドッペルゲンガーを睨み付ける。

 その視線にドッペルゲンガーはおどけるように口を開く。

 

「おぉ、怖い怖い。……怖いからさっさと終わらせないとなぁ」

 

 そう言いながらドッペルゲンガーは腕に、手に、指に力を込めていく。

 その結果、貴依の首からみしみし、と骨の軋む音が響く。

 貴依はそれに足掻くようにシャベルを腕に叩きつけたり、指を離させるために己の指を絡ませようとする。

 

「…………!!」

 

「あっはははは! 無駄無駄、ヒトザルごときが悪魔との力比べに勝てるものかよ」

 

 貴依の無駄な抵抗に、ドッペルゲンガーは馬鹿にするように嗤う。

 そして、彼女へ最後の言葉を投げ掛ける。

 

「まぁ、なんだ。お前を喰った後に他の奴らも喰ってやるから、寂しくはならねぇよ。あの世で仲良くお仲間ごっこを続けるが良いさ。じゃあな、本物(たかえ)

 

 それだけを告げるとドッペルゲンガーは指にさらなる力を込める。

 

 

 

 

 

 ――直後、部屋に()()()が砕ける音が響き渡った。



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第六十四話 むくい

 こちらは本日二話目の更新となります。
 先に前話を読んでいただくようよろしくお願いいたします。


 部屋に()()()が砕ける音が響き渡ると()()に、貴依の身が地面に放り出される。

 離された衝撃で、どすん、と尻もちをつく貴依。その口からは――。

 

「…………げほっ! が、はっ。はぁ、はぁ……!!」

 

 今まで供給を止められていた酸素を取り込むため、激しく咳き込み、あわてて息を吸っていた。

 生きていた、確かに柚村貴依はここで生きていた。

 ならば、響き渡ったナニかが砕けた音の正体は……?

 

「……ぐ、ぎぃ。己ぃ、誰だぁ!!」

 

 音の発生源。それは外道-ドッペルゲンガー。奴が貴依の首を絞めていた手の甲からだった。

 ドッペルゲンガーは砕かれた手の甲を抑え、発せられる痛みを堪えながら下手人の姿を探す。

 激昂して、あちこち見回していたドッペルゲンガーは、すぐに下手人を見つけることが出来た。

 

「お前かぁ――!!」

 

 その少女は開け放たれた教室のドアから心配そうに貴依を見つめていた。彼女の名は――。

 

「――丈槍、由紀ぃぃぃぃ!!」

 

 ペルソナ使い、しかもワイルドとして覚醒した丈槍由紀、その人だった。

 彼女の周囲には活性化したMAGの奔流が吹き荒れ、そして背後には彼女のペルソナ、ジャックフロストが、拳を振り抜いた姿をして佇んでいた。

 

 ――メガトンパンチ。

 

 しかも、それを直接叩き込むわけではなく、吹き荒れた拳圧を以てドッペルゲンガーの、奴の手を砕いたのだ。

 

 

 ――奴の、ドッペルゲンガーにとって由紀の横槍で己の肉体を傷付けられたことは、この上ない()()だった。

 なぜなら、いくらペルソナ使い――なお、ワイルドだということには気付いていない――とは言え、ただの人間に己が所業を邪魔され、あまつさえ身体を傷付けられたのだ。

 

 ……ただの人間ごときに、悪魔である己が!

 

 それだけに、由紀が、彼女が何の傷も負わずにこちらを見つめていることが、まるで見下されているように感じたドッペルゲンガーは……。

 

「貴様ぁっ! この女より先に、貴様から殺してやるぅぅぅぅぅ!!」

 

 由紀に侮られたと感じたことで冷静さを欠き、貴依を放置して由紀に襲いかかる!

 空中に飛び上がったドッペルゲンガーは両の腕を先ほど貴依の首を絞めた時のように伸ばす。

 無論、それは由紀も先ほど見ていた光景だ。それ故に慌てずに回避行動を――。

 

「……馬鹿が!」

 

 ――取ろうとする由紀を見て嘲るドッペルゲンガーは、さらなる一手を打つ。それは――。

 

「……えっ! 指も伸び――」

 

 由紀が驚いたように、今度は腕だけではなく、指までもが、まるで触手のように伸びて彼女のもとへ殺到する。

 そのままドッペルゲンガーの十指は由紀の首を、腕を、足を、胴体を狙い巻き付こうとした。

 

 さらなる奇策に動揺した由紀。このままでは先ほどの貴依の焼き直し。しかも、より残忍な方法で――首を、身体中を絞められ、引き裂かれて――殺されるだろう。

 

 勿論、それが()()()()()、の話だが……。

 由紀の身体中に巻き付こうとする指たち。その寸前で由紀の前に一つの人影が躍り出る。

 そして、その人影は手に持った()()()を奮い、指を切断していく!

 

「――ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!」

 

 その痛みに思わず叫び声を上げるドッペルゲンガー。だが、人影はドッペルゲンガーの叫びを無視して由紀へと向き直る。

 その人物の顔を見て、由紀は無意識のうちに彼女の名を呟く。

 

「……あーちゃん?」

 

「由紀さん、無事で良かった」

 

 そこには由紀の無事を喜ぶアレックスの姿があった。

 

 

 ――もともと、今回のドッペルゲンガーの正体を見破るための行動は由紀と貴依、二人の独断で行われていた。

 なぜなら、その時はまだ疑惑止まりであり、確証がなかったことから、下手に相談が出来なかったからだ。

 事実、もし他のメンバーに相談して、それがドッペルゲンガーが扮した胡桃の耳に入った場合。単純に正体を現して人質をとる、と言う行動はまだましな方で、もし正体をバラさずに人知れず再び姿を消していたとしたら……。

 その時は、仲間に疑われて胡桃が姿を消した。と言うことになり、その結果。学園生活部の面々の絆に決定的な傷が入って、各々が勝手な行動を始め、最終的には全員が死亡、ないしは行方不明。と言う壊滅の憂き目にあっていたことだろう。

 そのことが容易に予想出来たこともあり、二人としても秘密裏に処理するため、相談することが出来なかった。

 

 もっとも、その結果として先ほどまで二人は窮地に陥っていたのだが……。

 しかし、ならばなぜここにアレックスが現れたのか?

 それは由紀たちの行動が原因だった。

 

 ドッペルゲンガー扮する胡桃が食事を取って以降、何かと不振な動きをしていた二人を訝しげに感じたアレックスは、夜行動を起こした二人の後をバレないように尾行していたのだ。

 その結果、胡桃が偽物であるということを知ったアレックスは、すぐに二人の加勢に入ろうとするが、そこでジョージに止められる。

 

 ――加勢するのなら、気付かれていないことを逆手にとり、もっとも相手が油断した時に横合いから殴り付けてやるべきだ、と。

 

 そのジョージの意見に一理ある、と考えたアレックスは一時的に静観。そして、奇策を以て由紀を仕留める目前、もっともドッペルゲンガーが油断するタイミングをもって、戦いに介入したのだった。

 

 突然のアレックスの介入によって、二度目の奇襲も失敗に終わったドッペルゲンガーは歯噛みする。

 しかも、最悪なことに目の前にいるアレックスは、学園生活部の中でももっとも警戒していた相手だった。

 その彼女が由紀と、ペルソナ使いとともに襲いかかってくる。

 それだけでも厄介なのに、今の己は両腕の指がすべて切断され、まともに使えない状態なのだ。

 そんな状況では万に一つも勝ち目はない。

 

 ――逃げる、か……?

 

 思わずそんな考えが頭の中を過るドッペルゲンガー。

 実際、ここまで形勢不利だと仕切り直す必要もあるだろう。

 内心(はらわた)煮えくり返っているドッペルゲンガーであったが、だからといって己が命を賭してまでやる必要性は感じない。

 そも、今回の行動はルイ=サイファーの()()()()()()のだから。

 

 そうと決まれば話は早い。

 ドッペルゲンガーは、素早く貴依の方へ駆ける。

 その行動に自身が狙われていると感じた貴依は、思わず身を固くする。

 そして、由紀とアレックスはそうはさせない。と追い掛けようとする、が。

 

 なぜか、ドッペルゲンガーは貴依がいる場所を通りすぎる。

 その突拍子のない行動に、虚を付かれて動きを止める貴依と由紀。

 対するアレックスは、そのことでドッペルゲンガーの真の狙いを看破する。

 

「まさか、逃げる気……!」

 

 だが、気付いたところでもう遅かった。

 その時には、ドッペルゲンガーは既に教室の窓を体当たりでぶち破り、外へ逃亡していたのだから。

 慌てて追い掛けるように窓から身を乗り出して外を見るアレックス。

 しかし、そこにドッペルゲンガーの姿はなかった……。

 そのことに悪態をつくアレックス。

 

「くそっ! ……逃げられた!」

 

 苛立たしげに顔を歪ませたアレックスだったが、気を落ち着かせるように深呼吸する。

 その横に一拍遅れて由紀も駆け寄ってくる。

 そして、アレックスと同じように外を見てドッペルゲンガーに逃げられたことを察すると……。

 

「……っ」

 

 彼女は悔しそうに顔を歪ませる。親友である胡桃を騙ったドッペルゲンガーを仕留め損なったことが悔しかったのだ。

 しかし、彼女はアレックスと違いそのことだけに注力しておけば良い存在ではない。

 すぐに気を取り直すと、貴依へ駆け寄る。

 

「たかえちゃん、大丈夫?!」

 

「あ、あぁ。……大丈夫だよ」

 

「……良かったぁ」

 

 貴依の返事を聞いたことで、安心し笑みを見せる由紀。

 そんな由紀を見て、貴依は申し訳なさそうな顔をする。

 

「……ごめん、ゆき」

 

「……? どうしたの、たかえちゃん?」

 

「私がしくじらなければ、あいつを追い詰めれたのに……」

 

 そう言って悔し涙を流す貴依。そんな貴依をあやすように、由紀は彼女を抱き締めると背中をぽんぽん、と軽く叩く。

 

「大丈夫、大丈夫だよ。たかえちゃん。たかえちゃんの所為じゃないし、それに――」

 

 そう言って由紀は視線をアレックス、正確にいうなら彼女が着ているデモニカスーツ。その管理AIであるジョージを見る。

 

「ジョーさん、今の偽物に関するデータ、録ってたんだよね?」

 

『……良くわかったな、ユキ』

 

「ジョーさんならそうすると思って」

 

『……ふっ、そうか』

 

 由紀の言葉を聞いたジョージから、ほんの少しであるが喜色の籠った声が聞こえてくる。

 由紀が信頼している。そのように感じられたことが嬉しかったのだろう。

 それに由紀としても、データと言う確たる証拠が出来たことで危惧していた可能性がなくなったことで、精神的に余裕が生まれていた。

 だからこそ、彼女は無意識のうちに薄い笑みを浮かべていた。

 

 胡桃を騙っていたことは許せない。許せないが、それでも最悪の事態だけは回避できた。

 しかし、同時に他のメンバーにどう説明しよう……。と、由紀は人知れず頭を悩ませているのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――堕ちる、墜ちる、落ちる。

 

 由紀たちから無事に逃げ遂せていた筈のドッペルゲンガーは、いつの間にかどことも知れぬ空間で落下していた。

 

「なんだここはっ! どこなんだ!」

 

 思わず叫ぶドッペルゲンガー。

 そんなかれの目の前に光が迫ってくる。

 その眩しさに目を閉じたドッペルゲンガー。そして、眩しさが収まった。感じて目を開いた彼に飛び込んできた光景、それは――。

 

「こ、ここは……? ……どこなんだ?!」

 

 今までとはまったく脈絡のない荒野と砂嵐、そして空には赤雷が奔っている。

 まるでこの世のものとは思えない光景。

 事実、それはこの世の、人間界の光景ではなかった。

 もしも、この空間が何か、そしで誰に作られたものかを理解していれば、自身の、この後の結末に気付くことは出来ただろう。

 もっとも、気付くだけでは何の意味のないのだが……。

 

 ――カカカッ。愚かなものよ。

 

 どこからともなく聞こえてくる(しわが)れた声。

 

「だ、誰だ!」

 

 その声から本能的な恐怖を呼び起こされたドッペルゲンガーは叫ぶ。もっとも、彼は答えなど返ってくるとは思っていなかった。しかし――。

 

「なぁに、お主に()()()()()よ」

 

 己の背後から声が聞こえたことで振り返るドッペルゲンガー。しかし、誰もいない。

 

「ほんに愚かなものよなぁ。よりにもよって()()がおるのに気付かず襲撃を掛けるなど、と」

 

 ――再び背後からの声。振り返る。いない。

 ドッペルゲンガーは遂に恐怖に歪んだ声で叫ぶ。

 

「ど、どこだ! 隠れてないで姿を見せろっ!」

 

 ――ほっほっほっ。貴様ごときが拙僧の姿を拝みたい、と? ならば、刮目してみるが良い。

 

 そう言って姿を現す声の主(魔人-大僧正)

 声の主、その正体を知って驚愕し、恐怖に震えるドッペルゲンガー。

 

「な、なんで。魔人がこんなところに……」

 

 そう言って彼は尻もちをつく。まさか、死の化身である魔人が現れるなどと、露にも思わなかったのだ。

 

 ――そう、この空間は()()()()。魔人が獲物を逃さぬために、確実に仕留めるために張る小さな異界だった。

 

 そのことに気付いた彼は、あまりの衝撃に力が入らなくなった身体で、それでも死から逃れようと後退りする。しかし――。

 彼の背中が、とん、と何かに当たる。

 

 そのことに驚いて、後ろを見上げるドッペルゲンガー。そこには()()()()()の姿があった。

 その少女は、何がおかしいのか、にこにこと笑いながら彼へ話し掛ける。

 

「いっけないんだ、いけないんだー。胡桃お姉ちゃんの姿で、皆を騙すなんていけないんだぁ」

 

「ひぃっ! 魔、魔人-アリスっ!」

 

 少女の、魔人-アリスの姿を確認したドッペルゲンガーは悲鳴を上げる。

 前門の大僧正、後門のアリス。進退極まったドッペルゲンガーは――。

 

「ふひゃ、ふひゃはははははははあっ……」

 

 完全に気が触れてしまったのか、とうとう狂ったように喚き出す。

 そんな彼の姿を詰まらなそうに見たアリスは、最後に一言。死の宣告をしたのだった。

 

 

 

 

 ――ねぇ、死んでくれる?



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第六十五話 我は■、■■■我

 結局、胡桃の偽物だったドッペルゲンガーはその後見つかることなく、しかし、ジョージが諸々の証拠を抑えていたこともあり、それを使って他の皆に説明することにした由紀。

 そして由紀は学園生活部の部室に全員を、透子を含めて召集した。

 但し、何か用事でもあったのか。大僧正とアリスの二人は、未だに姿を見せていない。

 そのことに由紀は疑問を抱きながらも、既に集まった者たちへ話し掛ける。

 

「みんな、急に声を掛けてごめんね? ……でも、すぐにでも話さなきゃなことが起きたんだ」

 

「それはいいのだけど……。それで、急にどうしたの。ゆきちゃん? くるみちゃんもいないようだけど……?」

 

 急な由紀の召集に訝しみ、疑問を口にする透子。

 そんな彼女の疑問に答えるべく由紀は口を開く。

 

「その、くるみちゃんのことで話があったの。……とは言っても、どこから話すべきなのかなぁ…………」

 

 そう言いながら、苦虫を噛み潰したように。どこか迷った素振りを見せる由紀。

 事実、これから話すことは皆に、特に初期から行動を共にしていた学園生活部のメンバーである、慈と悠里にとって辛い事実となる。

 だが、だからと言って話さない。という選択肢をとれない以上、話すしかない。

 なので由紀は、なるべく簡潔に、そして優しく言葉を選びながら胡桃が偽物であったこと、そしてその偽物。外道-ドッペルゲンガーに逃げられたことを告げた。

 そのことを告げられた慈と悠里は――。

 

「……そう、そうなの」

 

「そんな……! そんなの嘘よっ! ねっ、ゆきちゃん、嘘なんでしょう……?!」

 

 慈はどこかドッペルゲンガーが扮した胡桃の行動に思うところがあったのか、少し顔色が悪いものの納得した様子で、対照的に悠里は信じたくないと言うように取り乱し、肩を掴みながら由紀へ詰め寄る。

 由紀も悠里の気持ち自体は理解できるが、それでも事実は事実として告げるしかなく、力なく首を横に振る。

 悠里は由紀の否定に、何よりも悲壮な表情を浮かべた彼女を見てその場にへたり込む。

 

「……うそよ、そんなのうそ。――だって、あの娘は確かにここにいたのに……」

 

 そして、うわ言のように呟く悠里を見て、由紀は彼女の肩へ手を伸ばす。しかし――。

 

「……あっ! りーさん――――!!」

 

 彼女は由紀の手を避けるように立ち上がると、まるで逃げるように部屋を出ていこうとする。

 そして、出入口でちょうど部屋に入ろうとしていた大僧正とアリスの二人と鉢合わせする。

 

「――ぬぉっ!」

 

「……りーねえ?」

 

 悠里が急に飛び出してきたことに驚く二人。

 しかし、悠里はそんな二人に気付くことなく部屋の外へ駆け出していった。

 彼女のあまりの慌ただしさに、止める暇すらなかった二人は辺りを見渡す。

 

 一方、悠里を追いかけようとしていた由紀もまた、二人の登場が予想外だったようで出鼻をくじかれていた。

 そうして、追いかけることが出来なかった由紀は二人へ問いかける。

 

「おじいちゃん……!? アリスちゃんも、今までどこに――」

 

「おお、由紀お嬢ちゃんや。実はの――」

 

 驚いていた由紀の問いかけに、大僧正はアリスとともに行ったドッペルゲンガーの対処と、その顛末を語るのだった。

 

 

 

 

 

 

 勢いのまま部屋を飛び出した悠里。

 しかし、流石にがむしゃらに走って外に出ては危険と考えるだけの冷静さは残っていたようで、ふらふらとした歩きで安全地帯。彼女がよく訪れている屋上に足を運んでいた。

 そのまま何事もなく屋上にたどり着いた悠里は、かちゃん、と音を鳴らして落下防止用のフェンスへ背中を預けると、ずるずると座り込む。

 あの場、学園生活部の部室に全員が集まっていたので当然のことであるが、側に誰もいないことを確認した悠里は顔を俯かせて塞ぎ込む。

 

「……なんで、くるみ――」

 

 そう呟く悠里の脳裏に浮かぶのは、楽しげに、かつてのように快闊に笑う胡桃の姿。

 そこには、かつての、胡桃が去る前の幸せが確かにあったのに……。

 

 ――本当に……?

 

 ふと、()()()()からそのような声が聞こえてくる。

 その声に対して悠里は否定するように声を荒げる。

 

「……確かにあの娘は、くるみは、ここにいたのっ――――!」

 

 ――ふぅん? そう。でも、偽物だったんでしょ?

 

「違う、違う違う違う! あの娘は偽物なんかじゃない!」

 

 ――まぁ、そう思いたければ、そう思ってれば良いんじゃない?

 

 自身の中から聞こえる声と口論する悠里。

 否、口論というよりも聞こえてくる声の指摘から目を逸らしている、というのが正確か。

 とにもかくにも、悠里と内なる声の応酬は続いている。

 

「だいたい、あなたは誰なのっ! なんで私ばっかり――」

 

 ――なぁんだ。気付いてないんだ。

 

「――え?」

 

 内から聞こえる声。その声が告げる不思議な言葉に思わず顔を上げる悠里。

 顔を上げた彼女の瞳は涙で濡れており、そしてそれ以上に不可思議なことに――。

 

 ――私は、貴女よ。そして、貴女は私でもある。

 

 その瞳の片方は本来の黄色ではなく、昏い金色に輝いていた。

 

「――な、にを……?」

 

 内なる声の意図が判らず困惑する悠里。

 そんな彼女を嗤うように声は語り掛ける。

 

 ――だから、貴方が考えてることも良く分かるの。私は、ね?

 

「……どういう、意味?」

 

 ――だって、良かったじゃない。()()()()()()()()()()()

 

 その一言に息を飲む悠里。

 図星だったのか、その瞳は動揺からか、忙しなく蠢いている。

 それでも彼女は内なる声を否定するために声を上げる。しかし、その声は先ほどとは違い、力なく、そして震えていた。

 

「なに、を言ってるの? ……くるみが、あの娘が帰ってくる方が――」

 

 反論していた悠里だったが、彼女の声を遮るように内なる声が、さらに彼女を追い詰める。

 

 ――嘘、嘘。だって、あの娘が帰ってきたら、勝てないじゃない貴女。

 

「……え?」

 

 内なる声の指摘に、さらなる動揺を見せる悠里。

 その顔からは血が引いたように青ざめ、寒さすら感じているのか、カーディガンを羽織っているのにも関わらず、小刻みに震えている。

 そんな彼女の思いを知ってか知らずか、あるいは意図的に無視して内なる声は彼女に、悠里にとってとどめとなる言葉を告げる。

 

 ――だって、くるみってば。ここにいる人間の中で一番可愛らしかったものねぇ? 外面じゃなくて内面が。

 

「そ、れは……」

 

 内なる声が告げた言葉に、二の句が告げなくなる悠里。

 それは彼女自身が良く理解していたからだ。

 

 

 ――恵飛須沢胡桃。

 

 

 悠里が彼女と出会った。と言っても同級生なのだからすれ違うこと自体は何度かあったため、正確に言うなら知り合うが正しいか。

 ともかく、悠里が彼女の人柄を知ったのはアウトブレイク発生後の話だ。

 それ以前は、何となく男勝りな女の子がいる、程度の認識でしかなかった。

 

 しかし、ここで、学園生活部で出会って。そして、ともに暮らしていくことでその認識はどんどん変わっていった。

 

 ふとしたときに見せる、憂いを見せる仕草。

 好きな人、葛城紡に食べさせることを夢見たのだろう。時たまともに料理をする時には、悠里すら目を見張る手際の良さ。

 そして、ずっと彼一筋だったのだろう。ちょっとした会話でも、男女の付き合いに対しての初さを見せていた。それこそ、もともと愛くるしい姿の由紀を差し置いて、可愛らしい。なんて思うほどに胡桃は、時に愛らしさを見せていた。

 

 そんな彼女を間近で見て、悠里は人知れず()()()()()()()()()

 なぜならそれは――。

 

 ――だって、あの娘が帰ってきたら、ただでさえライバルの多い、愛しい愛しい蘆屋さんの視線を、あの娘が独占しちゃうかもだもんねぇ?

 

 危機感。それは今、内なる声が言ったように晴明が胡桃に盗られるかもしれない。と無意識に考えたから。……とは、言っても晴明は誰のものでもないのだが。少なくとも今、現在は――。

 

 しかし、なぜ悠里がそのような、恋慕の感情を晴明に対して抱くようになったのか?

 そんなものはある意味単純だ。

 

 ……初めての出会いの時。この時は、晴明に最愛の妹を、瑠璃の命を救ってもらった。もし、あの場に晴明がいなければ最悪、否。確実に妹は死んでいただろう。……もっとも、現状を思えばあの時死んでいた方が瑠璃は幸せだったかもしれない。悠里の心情を除けば、の話になるが。

 次に出会った時。正確に言うと出会う少し前になるが、その時は彼女自身が絶体絶命の危機に陥っていた。が、その時、今度は悠里自身が彼の手で、瑠璃を助けてもらった時に渡されたお守りによって九死に一生を得た。

 そして、その後に連続して起きたかれらと悪魔の襲撃。それを苦もなく蹴散らす晴明の力強さ、雄々しさを見た。

 ……当時は、頼もしさよりも、恐ろしさの方が前面に出ていた。しかし、心の奥底では安心感が、この人がいれば大丈夫。という信頼があった。

 この人は瑠璃を、妹を助けてくれた優しい人だと知っていたから。そして、結果的に自身も助けてもらったから……。

 

 その感情が知らず知らず、本当に知らない内に心の奥底で恋心と言う種になり根付いていた。

 白馬の王子さま、というには年齢的に無理があった。しかし、それでもそういう風に無意識に思ってしまうくらいには……。

 だが、彼の隣には既に、美紀や圭、透子といった女性たちの姿があった。だから、悠里は無意識の内に想いを心の中へ秘めた。もともと争うのは嫌いだし、何より彼女たちを押し退けて隣に座るほどの覚悟はなかったから。

 だから、本人も気付かずにこの初恋とも呼べぬ恋はそのまま終わりを告げる筈、だった。

 

 ……彼女が、胡桃が学園生活部を去るまでは。

 

 彼女が、胡桃が去ったことで心の傷を負ったのは、なにも由紀だけではない。

 貴依だってそうだし、悠里だってそうだ。

 そして、悠里は無意識下で救いを求めた。それが、仄かに恋心を抱いていた晴明に対して。もっとも、本人は分かっていなかった。恋心を抱いていることも、何よりなぜ、いの一番に彼を求めたのかすら……。

 だが、それも今なら。内なる声によって仄かな恋心を自覚させられた今なら、嫌でも分かる。

 

 ――彼に慰めて欲しかった。そして、彼が傷付いた時は慰めたかった。()()()()()使()()()()

 そうしても良い。と考えるくらいには、悠里は晴明に傾倒していた。

 そのためなら、彼の隣を力ずくで奪っても良い。と、無意識下で考えるほどに……。

 

 そう考えた時。一番の障害と成り得るのは誰か。……それは、胡桃。恵飛須沢胡桃。

 悠里が奥底にしまった恋心をほんの少しとは言え、表に出す原因となった少女だった。

 そして、その答えを得た時。悠里の奥底にあった感情。……それは、安堵。

 

 彼女のことをよく知るからこそ、一番のライバルと成り得る者がいなくなった現実に()()()()()()()()

 

 

 

 

 ……認めたくなかった。このような浅ましい感情を、心を抱いていたなど。

 よりにもよって、親友と思っている。自身らを守るために率先して危険に身を置いた気高き彼女に対して、いなくなって良かった。()()()()()()()()()()()等と思っていたなどと――!

 

 ――でも、それが()()でしょう?

 

 その時、内なる声が。彼女曰く、自分自身の本当の声が聞こえてくる。

 その声に悠里は――。

 

「そんな、こと……――!」

 

 ――認めなさいってば。貴女は私、私は貴女なのだから。

 

「ふざけないで――!!」

 

 悠里は彼女の暴言に声を荒げる。

 その時、校舎から屋上に続く扉が開かれた――。

 

 

 

 

 

 あのあと、大僧正たちと情報の交換を終わらせた由紀は、悠里を探して駆けずり回っていた。

 そして、その中で彼女はもしかして。と、一つの可能性。彼女が屋上に、悠里がいつも世話している菜園にいるのではないか、と予想して駆ける。

 由紀の中では、今、こうやって駆けずり回っている合間にも、嫌な、かつての胡桃の家で出会った、アマノサクガミとの邂逅の前後に感じた、漠然とした不安感に苛まれていた。

 

 ――はやく、はやくりーさんを見つけないとっ!

 

 そうしなければ()()()が手遅れになる。

 漠然と、そう感じていた由紀は、足を縺れそうになりながらも己の最速で校舎内を駆け抜ける。

 そして、彼女は屋上へ続く扉へとたどり着き、勢いよく扉を開けた。

 そしてその視線の先には――。

 

「りーさん!」

 

 そこには、確かに悠里がいた。

 しかし、悠里の瞳は金色に染まり、身体からは禍々しいとまで感じる()()()が噴き出している。

 その時、由紀の全身に悪寒が奔る。

 

「ふざけないで――!」

 

「りーさん、だめぇ――!」

 

 悠里がなにかを言おうとしている。そしてその言葉は、口に出してはいけない言葉だ。

 直感的にそれを察した由紀は、悠里に対して制止の言葉を掛けた。しかし――。

 

「貴女なんて――」

 

 由紀の制止は間に合わなかった。否、もしここで由紀がペルソナを召喚し、悠里を無理矢理止めていればまだ間に合った。

 しかし、仲間に。ことさら自身を認めてくれる人たちに手を出すなどと言う選択を由紀が取れるわけがなく、それ故にこの結果は必然だった。

 

「貴女なんて、私じゃない――!!」

 

 その言葉とともに悠里の身体から禍々しい気配が噴き出す。そして――。

 

 ――うふふ、あははっ。

 

 どこからか、悠里と同じ声が響く。

 そのことに目を見開かせる由紀。

 そんな彼女にお構いなしに、声の主は、その言葉を待ってました。と言わんばかりに哄笑を上げる。

 

 ――そう、そうよ! 私は、私! 貴女なんかじゃない!

 

 そして、禍々しい気配が一つに集まり姿を形作っていく。

 そうして一つの生命となった化生は産声のように高らかに言の葉を紡ぐ。

 

()()()()()()()。――さぁ、消えなさい若狭悠里! そして、私こそが本当の若狭悠里になるのよ!」

 

 そう言ってもう一人の悠里、【シャドウ-悠里】は哄笑を上げながら悠里に、そして由紀へと襲いかかるのだった。



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第六十六話 心の海より出でし者

 悍ましい気配とともに発現したシャドウ-悠里。

 その姿は垂れ流される瘴気にも似たMAGと、金色に鈍く輝く瞳以外は、ほぼ悠里と同じ。と言っても過言ではないほどに似通っていた。

 しかし、それも一瞬のこと。

 彼女の気配が膨れ上がるとともに、その姿は人と鳥の合の子。まるで鳥人とでも言うべき姿へ変貌する。

 

 その中で唯一、まだ人としての名残を残している顔を悠里に向けて、彼女はせせら笑う。

 

「……ふふ。無様なこと」

 

 一方、笑われた当人である悠里は、あまりに非現実過ぎる事態の推移に、目を見開き絶句し、シャドウ-悠里を見上げている。

 そんな悠里を小馬鹿にするように、シャドウ-悠里は――。

 

「あぁ、あぁ、本当に無様。そんな無様を晒す姉など、るーちゃんも要らないわよねぇ。……だから、早々に逝かせてあげるわ!」

 

 そう言いながらシャドウ-悠里は、まるで伝承に出てくるハーピーのように腕と一体化した翼を天高く掲げると、そのまま振り下ろす。

 すると、その翼から弾丸のように羽が悠里に向かって放たれた。

 悠里は放たれた羽が、己の命を奪うことが出来るものだと直感的に理解する。が、目まぐるしく変わる状況と、何より本能的に感じている絶対的強者からの殺気により、完全に身体がすくみ動けなくなっている。

 その中で唯一動かせたのは口、ただ悲鳴を上げるだけだった。

 

「――――ひっ!」

 

 顔を青ざめ、悲鳴を上げる悠里。このままであれば、彼女の命は儚く散っていたであろう。だが――。

 

「――マハ・ラギオン!」

 

 その力ある言葉とともに、複数の火球が殺到。

 悠里目掛けて殺到していた羽の弾丸たちを一つ残らず焼滅させていく。

 九死に一生を得た悠里は火球が飛んできた方向を見やる。そこには、ペルソナであるジャックランタンを顕現させた由紀の姿があった。

 

 悠里と同じく、シャドウ-悠里もまた己の邪魔をした由紀を見つめ、忌々しそうに歯ぎしりする。

 

「……おのれ! きさま、私の邪魔をするか!」

 

 悠里と同じ声で、怒声を、罵声を浴びせられた由紀は反射的に身を縮こませる。

 シャドウ-悠里はともかくとして、悠里を怒らせると怖い。ということを身を持って理解していたからだ。

 だが、彼女はすぐに戦闘中だから、と心を入れ換え、己に喝を入れ、奮起する。

 

「ふ、ふんだ! 本物のりーさんじゃないなら怖くないもん!」

 

 そんな強がりとも取れる言葉を聞いた悠里は、肩の力ががくり、と抜けると同時に多分に呆れを含んだ声で由紀へ話し掛ける。

 

「――ゆきちゃん?」

 

「わひゃあ! ……ごめんなさいっ!」

 

 だが、悠里に話し掛けられたことで怒られる。とでも思ったのか、由紀はしゃがみ込むとともに、ネコミミ帽子で頭を防御するように引っ張ってがくがくと震えている。

 そんな由紀の姿にさらに毒気を抜かれる悠里。

 シャドウ-悠里も同じ気持ちなようで、禍々しい空気の中に、少しだけ呆れの気配が混じっている。

 そのまま周囲に弛緩した空気が流れる。が、悠里はそこで、先ほどのやり取りで身体の緊張が解けたのか、まともに動くようになっていることに気付く。

 その時、悠里は由紀が目配せしていることにも気付いた。

 

 ――こちらに来て、と。

 

 それを理解した悠里は真剣な表情を浮かべると、シャドウ-悠里に気取られないように足に力を込める。そして――。

 

「……なっ!」

 

 シャドウ-悠里が由紀の行動に呆れている隙を付き、足で地面を力強く踏み抜くとそのままダッシュ――!

 脇目も振らずに駆け抜け、由紀の後ろ。先ほどよりは多少なりとも安全な場所へ移動した。

 悠里がこちらに走り込んできたことを確認した由紀は、立ち上がると振り返ることなく悠里へ話し掛ける。

 

「りーさん、大丈夫?」

 

「ええ、ありがとう。ゆきちゃん」

 

 その二人のやり取りで、シャドウ-悠里はようやく由紀に謀られていたことに気付いた。

 そのことからシャドウ-悠里は憤怒の表情で彼女を睨む。

 

「……きさまっ!」

 

「ふふ、油断しすぎじゃないかな? 兵は詭道なり、だよ?」

 

 由紀はそんなシャドウ-悠里に対して、あえて挑発するように語り掛ける。

 そのことに激昂したのか、シャドウ-悠里は声なき怒鳴り声を上げる。

 

「――!!」

 

「ゆ、ゆきちゃん?!」

 

 悠里は、まさか由紀がそのような行動に出るとは思っていなかったようで、驚きとともに心配の声を上げる。

 そんな悠里に、由紀はシャドウ-悠里を見据えつつ、安心させるために声を掛けた。

 

「りーさん、大丈夫だよ。これもまた、っやつ」

 

 その由紀の言葉に、悠里は先ほど彼女が言った言葉を思い出す。

 

 ――兵は詭道なり。

 

 これもかつての風林火山と同じく孫子の兵法の言葉であり、その意味は【戦いとは騙し合いである】と言うことだ。

 

 例えば、銃を持った人間に真正面から立ち向かったとして、何の問題もなく制圧できるか?

 まず無理だろう。接近する前に撃たれるのが関の山だ。

 ならばどうすれば良いか?

 その答え自体はそこまで難しくない。簡潔に言ってしまえば、銃を使わせない。これに尽きるからだ。もっとも、その行動をさせること自体が難しいとも言えるが。

 

 それはともかくとして、どうすれば銃を使わせない。という行動を達成できるか? これを考えてみる。

 例えば防弾シールド。これがあれば銃が無力化されたと考えて使わない可能性はある。

 例えばスリングショットなどの投擲で銃を落とさせる。これでも無効化できる。

 例えば意識外からの奇襲。これで銃を奪えばそれでも可能だろう。

 

 そしてこれらの行動。これらが可能である必要はない。相手に可能である、または不可能である。と思い込ませれば良いのだ。

 これが兵は詭道なり、の本質だ。

 

 しかるに、今の由紀の行動を見てみると――。

 まず始めにシャドウ-悠里の攻撃を妨害することで己の存在を誇示。悠里から目を逸らさせた。

 次に悠里とのやり取りで、あえて道化を演じることによりシャドウ-悠里と、ついでに悠里からも緊張感を奪った。

 そして、悠里を脱出させることと、それを煽ることにより、シャドウ-悠里から今度は冷静さを奪おうとしている。

 

 即ち、この一連の行動はすべて由紀の策だったのだ。悠里の安全を確保するために、そして、自身が有利な立ち回りをするために。

 

 しかし、ここでおかしいとは思わないだろうか?

 なぜ、由紀が。()()とは無縁だった彼女が、ここまでの策を弄することが出来たのか?

 その答えは彼女へ勉学を教えていた、慈ではなくもう一人。大僧正の手によるものだった。

 彼は通常の勉学を教える傍ら、このような戦いの駆け引きというものも由紀へ仕込んでいた。

 いつの日か、由紀が一人で戦うことが来た日に、少しでも生存率を上げるために。何より兵法を教えること自体、大僧正にとって()()()ものだったからだ。

 

 そして、由紀自身も()()()()()()()()ように()()()()()才能があった。

 人の上に立つ、それとともに戦う者としての才が――。

 そのこともあり、由紀はめきめきと力をつけ、今、このようにシャドウ-悠里を翻弄している。

 そのことに気付かないシャドウ-悠里は地団駄を踏み、由紀を睨み付ける。

 

「これ以上邪魔するなら、いくらゆきちゃんでも――」

 

「……――判断が遅いよ!」

 

 由紀に警告のような言葉を発するシャドウ-悠里に対して、彼女はいつの間にか手に持っていたペルソナカードを砕き、新たなペルソナを顕現させる。

 

「――ガブリエル! ブフーラ、からのスラッシュ!」

 

「……きゃあぁぁぁぁぁっ!」

 

 由紀が顕現させたガブリエルの一連の攻撃によって、シャドウ-悠里は凍り付けにされて身動きがとれない状況で翼を斬り裂かれる。

 その切断部分からは血飛沫のようにMAGが噴き出していた。

 だが、それを見て油断する由紀ではなかった。

 彼女はさらに駄目押しとばかりの行動に移る。

 

「……きて! ジャック――」

 

 そこで由紀は力を溜めるようにMAGを周囲に渦巻かせると、()()()()を発現させる!

 

「ブラザーズ! ――トライアングルスプレッド! あぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 その言葉とともに彼女の眼前には()()()()()()()()()()が現れ――!

 

「ペルソナァ! ――キングフロスト!」

 

 その三枚、ジャックフロスト、ジャックランタン、()()()()()()()のカードが一つになり、一体のペルソナ。フロスト族の王、キングフロストが顕現する!

 

「な、ぁ……」

 

 そのペルソナの威容にシャドウ-悠里は驚愕とともに二の句が告げなくなる。

 それも仕方がない。本来このフロストはペルソナのため正確には違うとは言え、()()()()()のキングフロストは()()

 身近な例で言えばクーフーリンやスカアハに比肩、ともすれば凌駕し、ジャアクフロストを超越する大悪魔なのだ。

 

 そのような大いなる存在に、シャドウ。人の負としての側面。心の海より出でし集合的無意識という常識の欄外の存在とは言え、そこまで力を持たない者が見つめられ平静でいられるか?

 まぁ、まず無理だろう。

 現にシャドウ-悠里は恐怖により歯の根が合わないのか、がちがちと歯を鳴らせている。

 そんな彼女へトドメを差すために由紀は力ある言葉を紡ぐ。

 

「……キングフロスト、キングブフーラ!」

 

 そのままシャドウ-悠里はキングフロストが放った絶対零度の、フロスト族の姿をした猛吹雪に飲み込まれ調伏されるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 それからしばらくして、由紀と悠里は大人しくなったシャドウ-悠里と相対していた。

 まるで能面のような無表情で悠里を見つめるシャドウ-悠里。

 その、己の一側面を見て悠里は、おずおずといった様子で話し掛ける。

 

「貴女は、私なのよね……?」

 

「…………」

 

 悠里の問いかけに無言を貫くシャドウ-悠里。

 そんな二人のやり取りを心配そうに見つめる由紀。

 流石に話し合いの場で、武力を用いるわけにもいかないのだから、ある意味当然ではあるのだが。

 そんな由紀の心配をよそに、悠里は端から見れば独り言のように話し掛ける。

 

「……正直、貴女が私、と言われても実感がわかないわ」

 

「…………」

 

「り、りーさん……」

 

 悠里の否定とも取れる言葉に、一瞬だけ彼女へ顔を向けるシャドウ-悠里。そのやり取りをハラハラして見る由紀。

 

「でもね……」

 

 そこで悠里がなにかを決心したかのように、シャドウへ、己の側面へ語り掛ける。

 

「確かに、何となく分かるの。……貴女は私なんだって」

 

「……!」

 

 悠里の言葉に、ほんの少し反応を見せるシャドウ-悠里。

 だが、悠里はそんな彼女の反応に、我関せずな様子で話続ける。

 

「私が蘆屋さんに抱いている気持ちが愛なのか、恋なのか。それともまた別の感情なのか。それは本当に分からないの。でも――」

 

 そこまで話して悠里は一度口を閉じる。

 そして、何度か深呼吸して自身の精神を落ち着かせると、意を決して続きを話す。

 

「……でも、貴女が言うように、くるみに嫉妬してたのは本当」

 

「りーさん……?!」

 

 悠里の告白に驚く由紀。

 そんな彼女を一瞬横目に見て、悠里は再びシャドウを、己の側面を見つめ語り掛ける。

 

「だって、そうじゃない? あそこまで、誰か一人を想って、あんなに綺麗で、可愛くて。……嫉妬するな、なんて無理よ」

 

 悠里が胡桃に抱いていた感情。それは劣等感だった。

 以前彼女は胡桃と二人で話したことがある。

 その時に聞いた憧れの人、葛城紡との思い出。それを語る胡桃は、同姓の彼女ですら目を奪われるほどに綺麗だった。

 恋とは、愛とは、これほど人を変えるのか。そう考えてしまうほどに。

 それと同時にこうも思った。……私はここまで綺麗になれるのだろうか、と。

 

 そう考えた時、なれる。と断言できない自分がいた。それが悔しかった。

 なぜなら、まだ恋をしたことがなかったから。

 それが劣等感として、彼女の心の奥底にこびりついていた。

 それから目を逸らして、その結果――。

 

「その結果が、貴女なのね?」

 

 その言葉にシャドウ-悠里は肯定するようにこくり、と頷く。

 

「……そうよね、本当に私ってバカ。自分の醜いところから目を逸らして、後悔して。その繰り返し」

 

「りーさん……」

 

「でも、いい加減向き合わないと、ね。……なんてったって、私はるーちゃんのおねえちゃんなんだから。あまり、情けないところは見せられない、わよね」

 

 その言葉に今度は力強く頷くシャドウ。

 その様子にくすり、と笑う悠里はシャドウに近づくとそのまま抱き締める。

 

「貴女が言ったように、貴女は私で、私は貴女。そんな当たり前のことを認めるのに、こんなに時間が掛かって……」

 

 その時、シャドウの身体が輝きはじめる。

 そのことに驚いて離れる悠里。

 そして、シャドウはそのまま宙に浮き――。

 

 ――我は汝、汝は我。我は心の海より出でし者。

 

 その言葉を引き継ぐように悠里がぽつり、と。かの者の名前を告げる。

 

「……イシス」

 

 彼女の言葉とともにシャドウの身体は崩れ、その中からどこか神聖さを感じる褐色の肌の半人半鳥、同時にどこか悠里の面影を残す幻影(ヴィジョン)。悠里のペルソナたるイシスが顕現する。

 そしてイシスは悠里を見て微笑むと、そのまま彼女の身体へと還っていく。

 それと同時に悠里は崩れ落ちる。それを見て慌てて支える由紀。

 

「――りーさん!」

 

「……大丈夫よ、大丈夫。ゆきちゃん」

 

 心配そうに顔を歪める由紀に、悠里はそう言いながら微笑む。

 それはまるで聖母のようであった。

 そのことにホッとため息をつく由紀。

 だから、彼女は気付かなかった。悠里が最後にぽつり、と呟いたことに。

 

「……ごめんね、くるみ」

 

 と、呟いたことに……。



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第六十七話 悪魔と仮面(ペルソナ)

「あっ! そういえば――」

 

 シャドウ-悠里がペルソナ-イシスとなり、悠里のもとへ還ったことで安心した由紀だったが、なにか心配ごとを感じ取ったのか、辺りをキョロキョロと見渡す。

 

「……ゆきちゃん、どうしたの?」

 

 そんな由紀の奇行に、悠里は疑問符を浮かべつつ問いかける。

 慌てた様子で辺りを見渡していた由紀は、悠里に話し掛けられたことで、ようやく彼女も、ともにいることを思い出したようで、情けない表情を浮かべて、彼女の問いに答える。

 

「うぅ……。りーさん、どうしよう……。さっき思い切り猛吹雪を辺りに振り撒いちゃったから、お野菜大丈夫かなぁ……」

 

「…………あっ」

 

 由紀の答えを聞いて、悠里もまた彼女の危惧するところが理解できたのか、顔を少し引きつらせた。

 そして悠里も慌てた様子で屋上菜園の作物の状況を確認するのだった。

 

 

 

 

 

「良かった、とりあえず今のところは大丈夫みたいね」

 

「……本当に良かったぁ」

 

 その後、屋上菜園の状況を確認した悠里と由紀。

 その結果、屋上の気温が多少下がっているものの、それでも作物が枯れるほどの被害が出ていないことは確認できた。

 悠里と由紀は、現状問題ない。と確認できたことで胸を撫で下ろす。

 その時、由紀はふと、さらに気になることが出来たのか、悠里に話し掛ける。

 

「ねぇ、りーさん」

 

「……? ゆきちゃん、どうしたの?」

 

「そういえば身体のだるさとかない? 大丈夫?」

 

「え? ええ、とくにそう言ったことはないけど……。あぁ、そう言うことね」

 

 由紀の急な心配に不思議に思う悠里だったが、すぐにその心配の意味が理解できた。

 彼女の心配、それはかつて由紀自身が経験したことだったからだ。

 それは、由紀が初めてペルソナに覚醒(神話覚醒)した時、急なMAGの消耗で気絶したからだ。

 そのことが悠里にも起きるかもしれないと思い心配していた。

 そのことを理解した悠里は由紀を安心させるように微笑むと、優しい音色で大丈夫だと告げる。

 

「ええ、大丈夫よ。……ほら、こんなにピンピンしてる」

 

 そう言って彼女は元気であることを示すように、力こぶを作るような仕草をする。

 そんな悠里を見た由紀はくすくす、と笑う。

 

「ふふ、なら良かった。……ふぁ、なんだか安心したら……」

 

 悠里の行動を見た由紀は安心したように微笑んでいたが、同時に気が抜けたのか欠伸をする。そして、眠気を覚ますため、目を擦るが……。

 

「きゃっ。……ゆき、ちゃん?」

 

 そのままぽふり、と悠里の胸に倒れ込む。

 そのことに驚いた悠里は彼女の様子をうかがう。

 

「ちょっと、ゆきちゃん……?」

 

「すぅ、すぅ……」

 

 そして、その結果。由紀が眠りこけていることに気付いた悠里。

 先ほどのシャドウとの戦闘でやはり多少なりとも消耗していたのだろう、ということを理解した彼女は、由紀を起こさないように彼女の頭を膝に、いわゆる膝枕をする。

 

「ゆっくり休んでね、ゆきちゃん。……でも、私もなんだか、眠、く――」

 

 だが、由紀の眠気が悠里にも移ったのか、彼女の瞳がとろん、とすると船を漕ぎはじめる。

 そして、そのまま俯くと悠里もまた寝息を立てはじめるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 すぅ、すぅ、と寝息を立てていた由紀。

 そして良い夢でも見ているのか、にへら、と笑っていた彼女。しかし――。

 

「……はっ!」

 

 なにか衝撃的なものでも見たのか、突如として目を覚ますと()()()()()()()()()()()()()()()

 そして、辺りを見渡す由紀。が、そこは先ほどまでいた筈の巡ヶ丘学院高校の屋上ではなかった。

 だが、同時にその場所は彼女がよく知る場所――。

 

「……ベルベットルーム?」

 

 そう、ここは精神と物質、夢と現実の狭間にある空間。ベルベットルームだった。

 その時、由紀の耳に聞き慣れた甲高い老人の声が聞こえてきた。

 

「ようこそ、我がベルベットルームへ。……とは言え、今回はこのようなお呼び立てをして申し訳ありません」

 

 そう言って声の主、イゴールは由紀に向かって頭を下げる。そして、それに続くように側に控えていたリディアもまた頭を下げた。

 彼らの態度にきょとんとしていた由紀だが、ようやく頭の中で理解が追い付いたのか、慌てた様子で頭を上げるようにお願いする。

 

「ちょ……! そんなことしないで、頭を上げてイゴールさん。めぐね――、じゃなかったリディアさんも!」

 

「――ううん、どうしたのゆきちゃん……?」

 

 その時、由紀の隣から聞き慣れた、そして()()()()()()()()()悠里の声が聞こえてきた。

 

「えっ? りーさん、なんで……?」

 

「もうっ、騒がしくしちゃ――! ここ、は……」

 

 悠里もまた、ここが屋上菜園ではないことに気付き、辺りを見渡す。

 そんな中、リディアは混乱している二人へ声を掛ける。

 

「お二方とも、どうか落ち着いてください」

 

「えっ、あっ! めぐ、リディアさん!」

 

 彼女から声を掛けられたことで、悠里はようやく事態を飲み込みはじめる。

 そんな悠里を見て、由紀と、そしてリディアもまた人知れず安心した様子でほっ、と息を吐いていた。

 

 三人の間で少しほほえましい空気が流れる中、イゴールが話し始めることで弛緩した空気がにわかに引き締められる。

 

「それでは改めまして、丈槍さま、そして若狭さま。よくぞおいでいただきました」

 

 そう言いながら深々と頭を下げるイゴール。

 その言葉を聞いた悠里は先ほどの由紀のように慌てているが、それだけだとそれこそ先ほどの二の舞になってしまうため、イゴールは話を続ける。

 

「この度お二方をお呼びしたのは他でもありません。――まずは若狭さま、ペルソナの覚醒おめでとうございます」

 

「……! え、えぇ。ありがとう、ございます?」

 

 まさかイゴールから祝われると思ってもみなかった悠里は、目を白黒させながら礼を言う。もっとも、唐突すぎたこともあって疑問系になっていたが。

 そんな彼女を見てくすり、と笑うイゴール。

 そして彼はさらに話を続ける。

 

「ですが、此度貴女さまが覚醒した力は、丈槍さまとは別の力となります」

 

「……え? でも、ペルソナ、なんですよね?」

 

「左様、丈槍もペルソナ使い、そして貴女さまもペルソナ使い。それに相違ありません。ですが――」

 

 そこでイゴールは一息溜めて言の葉を紡ぐ。

 

「丈槍さまは【ワイルド】という違いがあります」

 

「……あ」

 

 ワイルド、という言葉を聞いて悠里は、かつて晴明が話していた内容を思い出す。

 

 ――ワイルドとは人と人との絆を力に変える、そんな存在だ。

 

 そして、そんな悠里の表情を見て、イゴールもまた心当たりがあったのだ、と感づき話を進める。

 

「どうやら、若狭さまもなにやら心当たりがおありのご様子ですな。では、ワイルドと一般的なペルソナ使いの違いについてご説明いたしましょう」

 

「まって、イゴールさん」

 

 そこでなぜか悠里ではなく由紀が待ったを掛ける。

 そのことに不思議そうな顔をするイゴール。

 

「おや? どうなされましたかな、丈槍さま?」

 

「わたしもりーさんもペルソナ使い、なんだよね? それなのに違いがあるの?」

 

 由紀の疑問に、イゴールは少しだけおかしそうに笑うと答えを返す。

 

「ふふふ、ええ、そうです丈槍さま。丈槍さまと若狭さまでは明確に違いがあります。それを今から説明いたしますが、よろしいですかな?」

 

 再度、確認するように告げるイゴールに対して、由紀と悠里は肯定するようにこくり、と頷く。

 それを見たイゴールは満足そうに笑みを浮かべると改めて説明をはじめる。

 

「それでは、まずワイルドについてですが……。以前丈槍さまはトランプのワイルドカードのようなもの、と例えたことを覚えていらっしゃいますかな?」

 

「え? ……えっと、たしか。ジョーカーのように何者にでも成れる、だったよね?」

 

「ええ、そうです」

 

 由紀の答えに満足した様子で肯定するイゴール。

 そして彼は例え話をするように語り出す。

 

「現に丈槍さまは、ご本人のペルソナであるガブリエル以外にも様々なペルソナを降臨されておられますな。……もっとも、ペルソナ合体まで行われたのは、我らとしても驚嘆いたしましたが」

 

「……ペルソナがったい?」

 

 イゴールの口から出た聞きなれない単語に首を傾げる由紀。

 そんな彼女を見て、イゴールはペルソナ合体の説明をする。

 

「先ほどの戦いの中で由紀さまがしたトライアングルスプレッド、あれこそがペルソナ合体なのです」

 

「……あれが?」

 

「えぇ、二つ以上のカードを用い、新たな仮面(ペルソナ)を降魔させる儀式。それこそがペルソナ合体」

 

 イゴールの説明を聞いた由紀。彼女はその説明に、とある既視感を覚える。それは――。

 

「――まるで、悪魔合体みたい」

 

 かつて圭が、そしてジャックフロストが太郎丸を救うためにした外法、悪魔合体。それとどこか似ている、と感じた由紀は、ぽつりと独りごちる。

 由紀の独り言にも似た呟きにイゴールは感心したように声を上げる。

 

「ほう、丈槍さまは悪魔合体を、【()()】をご存じでしたか」

 

「イゴールさん?」

 

 まさかイゴールから悪魔という言葉が出ると思ってもみなかった由紀は、驚きながらも疑問の声を上げた。

 そのことがおかしかったのか、イゴールはくすくす、と笑いつつも彼女へ語り掛ける。

 

「ふふ、わたくしが悪魔を知っていることに驚かれましたかな?」

 

「う、うん……。だって――」

 

 ペルソナと悪魔は別物だよね? と、問いかける由紀。

 そんな彼女に対して、イゴールは首を横に振って否定する。

 

「いえいえ、一概にそうとも言えないのです」

 

「えっ……?」

 

「そもそも、悪魔とは何か? ……丈槍さまはきちんとご理解頂けていますかな?」

 

 イゴールの質問に、由紀は悩みながらかつて晴明に聞いたことを、即ち悪魔とは、世界各地にある神話、伝承、都市伝説に語られる人智を超えた生命体たちのことだと話す。

 彼女の答えを聞いたイゴールは、薄く笑いながら語った話について、半分正解だと告げる。

 

「ふむふむ、正解。……と、言いたいところですが、それだけだと五十点。と言ったところですかな」

 

「ふぇ……? でも……」

 

 はーさんの説明ではそうだったよ? と、告げようとする由紀。

 しかし由紀がその言葉を吐く前に、イゴールは話を続ける。

 

「確かに丈槍さまの言うとおり、悪魔とは超常の存在です。しかし、それと同時にとある欠陥を抱えているのですよ」

 

「……欠陥?」

 

「左様でございます。その欠陥とは……。人、という種族が存在しない限り、彼らもまた存在し得ないのです」

 

「……え?」

 

 イゴールの発した言葉に驚きで目を見開く由紀。

 そんな彼女に構わずイゴールはさらに言葉を続ける。

 

「俗に、よく例え話に出される卵が先か、鶏が先か。というものとほぼ同じ考えです。悪魔がいるからこそ人という種族が生まれたのか、人がいるからこそ悪魔が顕現したのか」

 

 由紀はイゴールの言葉に困惑しながらも反論する。

 

「え? ええ? で、でも。神話では神様が世界を作ったんだよ、ね? それなら――」

 

「では、その神話を語った(作った)のは? それは人という種族ではありませんでしたかな?」

 

「あっ……」

 

 しかし、彼のさらなる言葉に二の句が告げなくなった由紀。事実、それは彼女が見落としていた点だったからだ。

 そしてイゴールはさらに畳み掛けるように言の葉を紡ぐ。

 

「そも、悪魔も仮面(ペルソナ)も起源は同じ。即ち、人の信仰によって産み出された存在なのです。違いがあるとすれば――」

 

「あるとすれば……?」

 

「直接、己の肉体で現世に降臨したのが悪魔で、心の海、と呼ぶ、人が持つ深層無意識。【観測の力】とも呼ばれる人のみが持つ特殊な力を介在して顕現したのがペルソナ、なのです」

 

「――心の海、観測の力」

 

 イゴールの口から出た言葉。その言葉を反芻する由紀。

 

「ときに丈槍さま、若狭さま。おかしい、と感じたことはございませんでしたかな?」

 

「……?」

 

 由紀だけではなく、悠里もイゴールに急に語り掛けられたことで困惑している。しかし、次の言葉を聞いたとき、彼女らは揃って絶句することになる。

 

「貴女方の後輩たちがヒーホーくん、と呼んでいたジャックフロストと、丈槍さまが降魔させたジャックフロストがまったく、寸分違わず同じ姿だったことに」

 

「――!」

 

「……そう、いえば!」

 

 イゴールから問いかけられた言葉に、驚きで顔を見合わせる二人。

 

「無論、悪魔自身の意思で、あるいは人の意思で制御する。という違いはありますが、これで納得いかれましたかな?」

 

 その言葉に二人はこくこくと頷いている。

 そのことに気を良くしていたイゴールだったが、本題から乖離し始めていたことに気付き、こほんと、咳払いを一つ。

 

「少し、話題がずれてしまっていましたな。それでは改めて、今回お二方をお呼びいたしましたのは――」

 

 そうして、イゴールは改めて説明をはじめるのだった。



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第六十八話 男土の夜

 由紀と悠里がベルベットルームにてイゴールと話している頃、晴明たちは最初の目的地である聖イシドロス大学へと到着していた。

 そして、彼らはここにくる最大の目的であったDr.スリルと面会していた。

 

「……それでハルやん? これが本当に、その坑ウイルス剤、なんやな?」

 

 そう言いながらスリルは手に持った注射器。巡ヶ丘学院高校の地下に保管されていた抗ウイルス剤を軽い調子でヒラヒラと振っていた。

 そんな彼を見て、晴明に同行していた美紀と圭は顔を青くしながらあわあわ、と焦っている。

 それもそうだ。何せ彼の手元にある薬は、なんと言っても現在のゾンビ化現象の終息させることが出来るかもしれない切り札に成り得るのだから。

 それ故に、仮にも唯一の希望となる筈の薬を、ここまでぞんざいに扱うとは思ってもみなかった。

 もっとも、スリルとしても仮称坑ウイルス剤を()()調べた結果、ここまでやさぐれた感じになってしまっているのだが……。

 晴明はスリルの様子に違和感を覚えたのか、彼に軽く問いかける。

 

「スリル、いったいどうしたんだ? その薬に何か問題でも?」

 

「問題、問題なぁ……。ある意味問題ではないし、逆に大問題とも言えるなぁ」

 

 晴明の問いかけに煮え切らない返事を返すスリル。

 そんな彼の態度に、晴明のみならず、他の面々も困惑している。

 唯一、彼の態度に困惑していないのは、彼とともに薬の調査をした椎子であり、彼女はいつもよりさらに二割ましの気怠けな様子を見せている。

 そんな椎子が、皮肉げな様子で口を開く。

 

「――もし、これが坑ウイルス剤と言うんなら、これからの予定は病院巡りだな。それである程度の坑ウイルス剤は手に入る」

 

「……はぁ?」

 

「……え、えぇ?」

 

 椎子の言葉に、薬を持ってきた圭たちはもとより、話し合いの席に同席していた朱夏もまたあんぐりと口を開き、驚いている。

 その中で晴明だけは険しい表情を浮かべて、二人に話の続きを促す。

 

「それは、いったいどういう意味で、だ?」

 

 険しい表情を浮かべた晴明とは対照的に、スリルはどこか呆れた様子で彼の問いに答える。

 

「どういう意味もこういう意味も、これ。ただの抗生物質と栄養剤。簡単に言えば風邪薬や。……つまりランダルの連中、今回の災害の原因は風邪の一種で、ベッドに括り付けて点滴しとけば治る言いたいらしいわ」

 

「いやいやいや……」

 

 スリルのあまりの言い草に、思わずといった様子で声を上げる朱夏。

 美紀と圭も同じことを感じたのか、こくこくと頷いている。

 そんな彼女らを横目に見ながら、晴明はスリルへ問いかける。

 

「……それは本当なのか?」

 

「ハルやん。いくら、わしでもそんな悪趣味な冗談言うほど、常識知らずじゃないで」

 

「まぁ、それもそうだな」

 

 念のためと言える質問に即座に否定するスリル。スリルの否定を聞いた晴明も、否定されるとわかっていたのか、彼の答えに同意する。

 そして晴明は、そのまま何事かを考えはじめる。

 

(しかし、なぜただの風邪薬が坑ウイルス剤扱いになる? それに、美紀と圭。彼女らが太郎丸の飼い主である老婆から聞いた男土(おど)の夜。これが本当に今回のバイオハザードと同じものとするなら――!)

 

 そこで何かの可能性に思い至ったのか、晴明はガバリと顔を上げる。

 そして晴明はスリルへ話し掛けた。

 

「……なぁ、スリル」

 

「どうしたんや?」

 

「以前渡したあのマニュアル。一度見せてもらっても良いか?」

 

「なんや、そんなことか。今から持ってくるわ」

 

 そう言って退席するスリル。

 スリルが退席するのを見ながら朱夏は晴明に質問する。

 

「その、晴明さん? 急にどうしたのよ?」

 

「……ああ、いや。もしかしたら、と思ったことがあってだな」

 

「ふぅん……?」

 

 煮え切らない様子の晴明に、朱夏は訝しげな表情を見せる。

 そのまま朱夏はさらに質問を重ねようとするが、その前にスリルが部屋に戻ってくる。

 

「ほら、ハルやん。お望みのもんやで」

 

 スリルは手に持った資料。秘密基地で見つけた緊急避難マニュアルを晴明に手渡す。

 

「あぁ、感謝する」

 

 晴明はスリルからマニュアルを受け取るとすぐさま読みはじめる。そして――。

 

「――これは、現実味を帯びてきたか?」

 

 なにやら納得したようにぽつりとこぼす晴明。

 そんな彼に、スリルは不思議そうな顔を見せると問いかけた。

 

「どうしたんや、ハルやん?」

 

「あぁ、確証を得ている訳じゃないが、以前からもしかして、と考えてた可能性があってな……。しかし――」

 

「……はぁ?」

 

 晴明のどことなく、確証を得たのと同時に考えたくなかった可能性にたどり着いた。と言わんばかりの煮え切らない表情を見て、不思議そうな顔をするスリル。

 そんなスリルの疑問を解消するために、晴明は何故か美紀と圭。二人へ話し掛ける。

 

「なぁ、美紀、圭」

 

 急に話し掛けられると思っていなかった圭は不思議そうな声を上げ、美紀はどうしたのかを尋ねる。

 

「……はい?」

 

「どうしたんですか?」

 

 二人の、特に美紀の返事を聞いた晴明は、かつて二人に聞いた話を再び尋ねる。

 

「以前、太郎丸の飼い主だったお婆さんから、聞いた話があったろう? それを話してもらっても良いか?」

 

「お婆さんの話……?」

 

「ほら、圭。あの男土の夜とかいうやつだと思う」

 

「あっ、あれかぁ……」

 

 晴明の問いかけに圭は忘れかけていたようだが、美紀に諭されることで思い出したように手を叩く。

 その二人の会話を聞いて、椎子が眉をしかめる。

 

「男土の夜、だと?」

 

 その椎子の様子になにか知っているのかと思い、朱夏は彼女へ話し掛ける。

 

「椎子、なにか知ってるの?」

 

「……いや、そういう訳では。ただ――」

 

「ただ?」

 

「なにか、聞き覚えがある。そう感じただけだ」

 

 そう言いながら考え込む椎子。

 彼女の考え込む姿を尻目に、美紀と圭は老婆に聞いた男土の夜について話し出す。

 

 ――約半世紀前に巡ヶ丘の前身となる都市、男土市で大規模な災害が起きたこと。それが男土の夜、という名の由来となったこと。

 ――その内容は路上で女性の変死体が発見されたことに始まり、最終的に不発弾の爆発もあわせて約四万人の人命が喪われたこと。

 ――その後、ランダルコーポレーションが男土市再生の名目で進出。都市の名前も公募で巡ヶ丘に変更されたこと。

 

 そこまで聞いた面々の間に痛いほどの沈黙が訪れる。

 晴明以外の者たちも嫌というほどに理解したのだ。……男土の夜と今回のバイオハザード、この二つがとても似通っていることに。

 特に、女性の変死体。その首筋には()()()()()()()()()()痕があったということを含めて。

 

 そんな重苦しい雰囲気の中、スリルが掠れた声で地震が考え付いた可能性を告げる。

 

「つまり、なんか? マジで今回の騒動が風邪とか、インフルエンザの流行と同じ、だと言いたいんか? ……規模はともかくとして」

 

「少なくとも、この地に何らかの原因がある可能性は十分に、な」

 

 その二人のやり取りのあと、再び沈黙が場に落ちる。

 男土の、巡ヶ丘の出身者たちは、自身がとんでもない場所で暮らしていたことを理解して。研究者たちはこんな中規模都市にそれほどの未知があることを察して。

 

 そのまま、しばらく皆、無言で静寂の時間が続く。

 だが、そのまま無為の時間を過ごす訳にもいかず。意を決したように美紀が晴明に話し掛ける。

 

「え、えっと。それで晴明さん。これからどこに向かうのか決めてるんですか?」

 

「ん? ……あぁ、そのことか」

 

 美紀の質問を聞いた晴明は、そう言えば目的地を告げていなかったな。と考えて、彼女らへ今後について話す。

 

「一応今後は巡ヶ丘市役所を目指すつもりだ」

 

「市役所、ですか?」

 

「あぁ、そこなら何らかの資料がある可能性もあるだろ?」

 

 晴明の言葉に、確かに。と納得する美紀。さらに晴明が言葉を続ける。

 

「それに市役所に郷土資料館が併設されている場合もあるしな。そこも探れば……」

 

「……なるほど。そこなら何らかの手掛かりが――」

 

 そう言いながら、美紀は口元に手を当て思案している。

 そんな親友を横目に、圭もまた晴明へ話し掛ける。

 

「でも、晴明さん? 手掛かりって言うならランダルも候補に入るんじゃ……」

 

 圭の疑問についても考えていたのか、晴明は自身が懸念していることについて話す。

 

「あそこはメシア教が関わっている可能性があることを話しただろう? ……最悪、中に入った瞬間、天使の大軍勢がお出迎え。何てことになるかも知れんからな」

 

『……あぁ~~』

 

 晴明の指摘にメシア教と関わったことがある朱夏とスリルがとても嫌そうな表情を浮かべた。

 二人とも、なにかとメシア教に振り回された身であるため、然もありなんといったところだ。

 そして、そんな二人の顔を見た他の娘らもなにかを察したようで、二人に対して痛ましげな表情で見やる。

 先ほどとは別の意味で沈黙に包まれるが、そんな折りに晴明が空気を変えるためにも続きを話し始める。

 

「まぁ、そんな訳でな。少なくとも、今の、なにも情報がない状況で、敵の本拠地という可能性がある場所には乗り込みたくないのさ。わかったかな?」

 

 圭を見て話し掛ける晴明。

 そのことに、圭も疑問が氷解したこともありこくり、と頷いている。

 それを確認した晴明は、話は終わり、と言わんばかりに席を立つとスリルへ話し掛ける。

 

「まぁ、何はともあれ向こうでなにかわかったら、また連絡するよ」

 

「なんや、ハルやんもう行くんか」

 

「あぁ、善は急げとも言うし。それに――」

 

「それに?」

 

 晴明がこぼした言葉に首を傾げるスリル。

 しかし、晴明は。

 

「――いや、なんでもない。ともかく吉報でも期待しててくれ」

 

 と、はぐらかすように告げる。それを聞いたスリルは。

 

「ほな、無事に着いた報告を待ってるわ」

 

「おいおい、吉報を、て言っただろう?」

 

「だからやないか。無事なことが一番の吉報やろ?」

 

 そのスリルの指摘に目を丸くする晴明。だが、すぐにそりゃそうだ。と言いながら大笑いする。

 そのまましばらく笑っていた晴明。

 そして笑い終わると今度こそ大学組に見送られて部屋を後にする。

 それに慌てて着いていく美紀と圭。

 二人が着いてくる気配を感じながら、晴明は先ほどの大笑いが嘘のように真顔になると思案していた。

 

 ――しかし、俺の考えが杞憂なら良いが……。もし、本当にそうだとするなら。

 

 そこまで考えて晴明は頭を振る。

 そんな晴明の様子に、追い付いた圭が不思議そうに話し掛ける。

 

「どうしたんですか、晴明さん?」

 

「いや、なんでもない。それよりも急ぐぞ二人とも。……時間は有限だからな」

 

『――は、はいっ!』

 

 そうして、晴明たち三人は急ぎイシドロスを後にする。

 

 ――もし、今回のバイオハザードがメシアやガイアの思惑ではなく、自然的な発生であると同時に、それを利用するため、あらゆる組織が行動をしている可能性。

 

 その懸念を抱きながら……。



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第六十九話 巡ヶ丘学院高校 校歌

 聖イシドロスを出発した晴明たち。

 途中、周囲を徘徊しているかれらや、MAG濃度が高まったために顕現し始めた下級の木っ端悪魔の襲撃があったものの、それらをなんなく撃退。

 しかも、撃退したのは圭と美紀の二人であり、晴明や仲魔たちの出る幕すらなかった。

 さらには――。

 

「ねぇ、マスター……」

 

「どうしたの、()()()?」

 

 木っ端悪魔との戦闘時、圭にスカウトされ地霊-カハクが彼女の仲魔となっていた。

 なお、他にも何体かの悪魔をスカウト成功しているが、圭のMAG残量や、何より消費を抑えるため、最低限の数である彼女一人だけ顕現させている。

 そんな彼女たちではあるが、現在。行程としては問題なく、と言うよりもかなりのハイペースで、目的地の巡ヶ丘市役所へと歩を進めていた。

 

 事実、イシドロスを出発後の二人の活躍は目覚ましく、何だかんだで二人に対して甘いところがある晴明はもとより、声には出さないものの、クーフーリンやスカアハすら感心した様子を見せていることからも一目瞭然だろう。

 なお、現在。そのクーフーリンとスカアハは二人の様子を見て問題ない、と判断し残りのことを晴明に任せ帰還している。

 もっとも、帰還した理由は安心した。と言うだけではなく、二人がいた場合、彼らの気配を感じ取った木っ端悪魔たちが萎縮し、圭たちの前に姿を見せず、仲魔勧誘を出来ないから。という側面もあったが……。

 

 そんなことを記している合間にも、仲魔であるカハクは、恐る恐るといった様子で圭に問いかける。

 

「えっとぉ……。そこにいる、おじ――お兄さんって……」

 

 そう言いながら晴明を見るカハク。

 因みに、彼女が晴明のことをお兄さんと言い直したのは、おじさんと言いそうになった時自身のマスター()と、パートナー(美紀)から殺気が漏れだしたからだった。

 そんなことは露知らず――殺気自体も無意識のうちに出していた――圭は不思議そうに、首を傾げながら口に出す。

 

「うん? 晴明さんのこと?」

 

 彼女の晴明、という言葉を聞いて顔をひきつらせるカハク。そのままガクガクと震えるように相槌をうって、内心、とてつもなく嫌な予感。と言うよりも確証を持ちながらも、万が一、万が一。と一縷の望みを託し、さらに質問を重ねる。

 

「……あ、の。お兄さんとマスターの関係性は――」

 

「えぇ、私と晴明さんの関係性? ……実はね、あの人は私の恋び――」

 

 甘酸っぱい表情を見せながら恋人関係だ、と嘯こうとした圭。しかし、その前に彼女の頭へ、すぱぁん! と、小気味良い音を鳴らせた突っ込みが入る。

 そこにはいつの間にか、ハリセンで圭の頭に振り抜いた格好を見せる美紀の姿があった。

 

「――あ痛っあぁぁぁぁ……!!」

 

 いくらハリセンとはいえ、全力で打たれた痛みは相当なものだったようで、圭は頭を抱えながらしゃがみ込む。

 そんな彼女を心配して美紀は圭の肩を、しかしてまるで調子に乗るな。と言わんばかりに、万力のような力で、ぎりぎりと握り潰すように掴む。

 勿論、そのような力で握られた圭は堪ったものではなく、痛みに悲鳴を上げながら助けを乞う。

 

「いたたたたぁ、いたい。痛いって、みきぃ! ……い、いま、ごきぃっ! て、いったぁ! やめ、やめろぉッ! 助け――」

 

「ねえ、けい? 私たちと晴明さんの関係は、師匠と弟子。だよ、ねぇ?」

 

「――は、はいっ! ナマ言って済みませんでしたぁ! ……だから、もう離してぇ!」

 

 肩から発せられる痛みと、何より親友の恐ろしいまでの豹変ぶりから解放されるために、なかば無意識に叫ぶ圭。

 その彼女の様子に気を良くしたのか、美紀はようやく肩から手を放す。

 ようやく責め苦から解放された圭は、荒い息を吐いている。

 そんな己がマスターの姿を見たカハクは、契約は早まったかなぁ。と後悔し、黄昏ていた。

 

 

 ……なお因みに、カハクの疑問であった晴明の正体が、予想通り悪魔召喚師-蘆屋晴明だと判明し、悲鳴を上げマスターである圭を盾とするのは、もう少し先のお話。

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで、ぐだぐだとしながらも一行は、所々のかれらの襲撃を退け、目的地の巡ヶ丘市役所へ到着していた。

 

「ここが市役所、か……」

 

「はい、でも……」

 

 晴明の呟きに首肯する美紀。しかし、彼女らは険しい表情を見せている。その理由は――。

 

「バロウズ、エリアサーチの結果は?」

 

《残念ながら通常の生体反応は無し、ね……》

 

「そうか……」

 

 目の前の高層ビルとも言える建物。巡ヶ丘市役所の入り口は、巡ヶ丘学院高校と同じようにバリケードを構築されているにも関わらず、生存者の反応は無し。即ち、内部はもぬけの殻か、あるいは通常の、もしくは空気感染で感染したかれらの巣窟になっている可能性が高い、ということだ。

 その証拠に、市役所の窓は幾つか割れており、割れていない窓にも内側から返り血のような赤黒い色の何かが付着していた。

 

 それを発見した美紀と圭は息を呑む。

 しかし、すぐに表情を引き締めると、己の武器を身構え、いつでも戦闘に入れるように準備する。

 そんな二人の様子を見た晴明は、少しは見られるようになった。と内心喜びながら、その感情を圧し殺して二人へ声を掛ける。

 

「よしっ、行くぞ二人とも。――覚悟は良いな」

 

『はいっ!』

 

 晴明の声掛けに二人は元気良く返事すると、全員で市役所へと侵入を開始したのだった。

 

 

 

 

 

 

「……ふっ! やぁっ!」

 

 市役所に侵入したあと、早速とばかりにかれらから熱烈な歓迎を受けた面々。

 その中で美紀は近づいてくるかれらにシールドバッシュ。殴り付け、たたらを踏んだかれらに追撃の斬擊を与え、一刀両断する!

 そのあと、すぐに事切れたかれらを蹴飛ばし、動ける場所を確保すると、今度は手早くMAGを練り込み――。

 

「マハ・ザン――!」

 

 次には魔力による鎌鼬(カマイタチ)により、近場のかれらを切り刻んで撃退していく。

 それと同じように圭もまた――。

 

「カハク!」

 

「うんっ! ――アギ!」

 

 仲魔を指揮し、時にはストラディバリを奏でることで付近のかれらを蹴散らしていく。さらには――。

 

「っ……! よっ、と! ――召喚!」

 

 まるで曲芸のようにストラディバリを空中に放り投げ、手早くGUNPを引き抜くと操作。召喚シークエンスに入り、仲魔にした一体。地霊-コボルトを顕現させる。

 

「アオォォォォォォォン! 俺サマ、マスターノ敵、ミンナヤッツケル!」

 

 そう言いながらかれらに向かって突撃するコボルト。

 そんな彼を援護するように、圭はGUNPをふたたび腰に掛けると、先ほど空中に放り投げ、落ちてきているストラディバリをキャッチ!

 ふたたび演奏と指揮に専念する。

 

 そのまま、付近のかれらは圭と美紀、二人の手で掃除されることになる。

 

 

 

 その後も順調に進んでいた一行。しかし、エレベーターなどの電気設備は死んでいるらしく、多少の時間は掛かっていた。

 それでも最上階にある市長室へ到着した三人。

 晴明は市長室のドアノブを握る。しかし――。

 

「うん……? これは――」

 

 そこで違和感に気付き、そのままノブを回す。すると――。

 

 ――ぎぃ、という音とともにドアノブが()()()()()()。それは即ち。

 

「鍵が、かかっていない?」

 

「……え?」

 

 そのことに驚く美紀。

 少なくとも、最上階付近にかれらの姿はなく、その状態でなら鍵をかけておけば、安全性を確保できる筈なのに。と驚いていたのだ。

 しかし、現実には鍵がかかっていなかった。

 そのことに嫌な予感を覚えながらも晴明は扉を開け――。

 

「――! 二人とも見るなっ!」

 

 部屋の中を確認した瞬間、二人に向かって叫ぶ。

 急変した晴明の様子に驚く二人。しかし、そう言われた二人は反射的に中を覗いてしまう。

 

「――ひっ」

 

「……うっ」

 

 中の様子を確認してしまった美紀はくぐもった悲鳴を上げ、圭は吐き気を催したのか口に手を当てる。

 

 ……部屋の中、そこには市長用の執務机にうつ伏せに倒れている男性。そして部屋には腐臭が充満していた。

 その時、晴明は倒れている男性。恐らく巡ヶ丘市長が手元に何かを握っていることに気付く。それは――。

 

「……そうか、これで自殺を――」

 

 市長の手元、そこにあるのは一丁の拳銃だった。

 そして、死体に近付き、状態を確認する晴明。

 その結果、腐敗してわかりづらくなっているが、彼のこめかみにはマズルフラッシュによる火傷痕と風穴が。机には完全に乾いてしまった血が付着していた。

 

「くそがっ……!」

 

 この部屋の惨状、そして市長の遺体を見て晴明は当たってほしくなかった可能性の一つが見事的中していたことを確認し、思わず悪態を吐いた。

 それは、この巡ヶ丘市長もまたグル、あるいは何らかの情報を知っていた。ということだ。

 

「――死ぬくらいなら、最後まで足掻いてみせろよな……。それが、市民に選ばれた者の責任だろうに」

 

 苦々しげに吐き捨てながら、市長らしき死体を移動させる晴明。

 彼の肉体を掴んだ時に、ぐちゃり、と肉が崩れる感触に顔をしかめながら机から退かすと、机の物色を始めた。

 

 もしかしたら、何らかの情報を得られるかも知れない。そう思って。

 

「……あ、の。晴明、さん?」

 

 そんな晴明の様子に、美紀たちも顔を青くしながらも近付いてくる。しかし、流石に死体に近付くのは憚られるのか、微妙に距離をとっていたが。

 そして、そのまま晴明の手元に視線を送る二人。

 そこには、丁度何かを発見したようで、ファイルのようなものがあった。

 

「これは……?」

 

「……わからん、見てみるか」

 

 そう言ってファイルを開く晴明。そこには新聞のスクラップ記事、それもかつて美紀と圭が老婆から聞いた話のさらに詳しい内容が記されているものが保管されていた。

 それを食い入るように見る晴明たち。

 そして、ページを捲るとまた別のもの。今度は昔話のようなものが貼られていた。

 

「――これは?」

 

 疑問に思った晴明は、知っているか? と聞くように美紀と圭、二人の顔を見る。

 その二人も心当たりがないようで首を横に振る。

 

「那酒沼のおしゃべり魚、か……」

 

 そう銘打たれた昔話を読む晴明。

 その物語の内容はこうだ。

 

 ――かつて飢饉があった年。とある漁師が那酒沼に糊口を凌ぐため船を出した。そうして沼で網を打つと大きな魚が取れたが、その魚は悲鳴を上げ、食ってくれるなと叫んだ。

 しかし、漁師は家族のためだ。と魚の頼みを拒むと打ち殺し、持って帰って家族と食った。

 翌朝、その漁師と家族は皆死んでおり、魚の腹からは人の指が出たという。

 それから、那酒沼に船を出すと祟りが起きると噂され、船が出なくなったそうな。

 

 ――そして、それは現代にも続いている。

 

「これは、人食い魚の伝承か? ……それにしては言葉遊びが少しおかしいが――」

 

 無意識にそう呟き考え込む晴明。

 そんな時、隣から同じく思案している声が響く。

 

「那酒沼、たしか朽那川の源流の……?」

 

 その声の主は美紀だった。

 彼女の呟きに何かあるのか。と晴明は問いかける。

 

「美紀、その朽那川とは? 何かわかったのか?」

 

「いえ、そういう訳では……」

 

 そう言いながらふたたび考え込む美紀。

 しかし、その時――。

 

「へぇ、朽那川。なつかしいねっ!」

 

 どこか無理をして明るく振る舞いながら、同時に懐かしむように圭は弾んだ声を上げる。

 そのことに美紀は訝しみながら圭に問いかける。

 

「なつかしい……? 朽那川って何かあった?」

 

「何言ってるの、みき! 校歌だよ、校歌! うちの学校の!」

 

「……なんだと?」

 

 二人の会話、特に圭の校歌。という言葉に眉をひそめる晴明。

 晴明の様子に、そう言えば、と彼は校歌を知らないことに気付く圭。

 

「えっと、うちの学校の校歌に朽那川のことが入ってるんです!」

 

 そう言って圭は校歌を(そらん)じる。

 

 ――七つの丘に冠たるは天に煌めく剣の(ひじり)。朽那の川に渦巻くは九頭(くず)の大蛇の毒の息。

 

 ――七日七夜の争いに天より降るは血の涙。大地に深く刻まれし炎の跡こそ物恐ろし。

 

 ――七つの丘に日は巡り今や聖はおらねども。我ら希なる聖の子、心に剣を捧げ持ち。

 

 ――勇気を胸にいざゆかん。巡ヶ丘の民いざゆかん。

 

「と、まぁこんな感じです!」

 

 と、自信満々に胸を張る圭。美紀はそんな圭に、良く校歌を覚えていたね。と軽口を叩いている。

 その軽口に、圭は怒ったふうに美紀へじゃれつく。

 そんな二人のじゃれ合いを横目に、晴明は何事かを考える。

 

(那酒沼、おしゃべり魚、朽那川、源流、そして毒……!)

 

「まさか――!」

 

『ひゃ、ひゃい!』

 

 急に晴明が叫んだことに驚く二人。

 しかし、晴明は二人を気遣う余裕すら失っているのか、手元にある資料を調べていく。そして――。

 

「なんて、なんてことだ……。まさか、本当に、だなんて」

 

 晴明のあまりの様子に美紀は恐る恐る声を掛ける。

 

「あの、晴明さん? なにかわかったんですか?」

 

「あぁ、あぁ、わかった、わかったともさ!」

 

 そう言って晴明は、歯が砕けそうになるほど噛み締める。

 その尋常ならざる様子に口を開こうとする二人。その前に晴明の口から出た言葉に絶句することになる。

 

「これが、バイオハザードだ広まった理由はまだ不明だが、しかし。原因は――」

 

 生物兵器なんかじゃない。もともとこの土地固有の風土病だったんだ――――!!



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第七十話 予期せぬモノ

「で、でも晴明さん? 何を根拠にそんなことを……」

 

 美紀は声を震わせながら問いかける。

 確かに、晴明が言っていることに関して辻褄があいそうなのは事実だ。しかし、だからといってそのまま断定するのは論理の飛躍ではないか? と、自身の精神の安定のため己に言い聞かせる。

 もっとも、そう己に言い聞かせている時点で、既に晴明の推論に対して、無意識のうちに肯定的になっている。という証明でもあるのだが。

 そんな美紀の考えを理解している様子の晴明。

 しかし、それでも今回のことに関しては、なにも校歌の歌詞だけが理由という訳ではない。

 そのことを説明するためにも、晴明は口を開く。

 

「根拠ならある、残念ながら、な。――まず美紀。ここ、男土市を巡ヶ丘市として復興に尽力した企業はどこだ?」

 

「それは、まぁ……。ランダ、ル?」

 

 晴明の問いかけに答える美紀。しかし、そこでなにか違和感を感じたのか首を傾げている。

 そんな美紀を見て晴明は遠からず気付くだろう。と思いながら、今度は圭に次なる質問をする。

 

「次に圭。……巡ヶ丘学院高校の最大出資者について覚えているか?」

 

 急に問いかけられた圭は、困ったように首を傾げている。

 そんな彼女を見て晴明は苦笑し、簡単なヒントを告げる。

 

「ほら、圭。お前も以前見ただろう。避難マニュアルに記載されてたぞ」

 

「え、えっ? 避難マニュアル……? えっ、と。たしか、ランダルコーポレーション……?!」

 

 圭が発した言葉に正解とばかりに頷く晴明。

 それと同時に美紀と圭。二人は今まで感じていた違和感について理解する。

 

 ――そう、今までバイオハザード関連のほぼ全てにランダルが関わっているのだ。

 

 もっとも、以前からもランダルが怪しいというのは共通の見解だった。しかし、それはあくまで、ランダルが細菌兵器を作った。という前提の話で、だ。

 だが、今回の情報でその前提条件が覆ってしまった。それと同時に新たなる情報がもたらされることとなった。

 

 ――即ち、ランダルは何らかの形で巡ヶ丘の風土病。今回のバイオハザードの原因について知っていた。という情報を。

 

 そこまで考えて、晴明もまた違和感を覚える。何かを見落としているような……。

 

 ――そこで起きたバイオハザード、実は全世界で同時多発的に起きてたようなの。

 

 そこで自身を義兄と慕う妹分。十七代目葛葉ライドウこと、葛葉朱音の言葉が頭を過る。

 

「……っ! バロウズ!」

 

 彼女との会話を思い出した晴明は、慌てた様子でバロウズに呼び掛ける。

 

《どうしたの、マスター? 切羽詰まった声を出して――》

 

「ランダル、ランダルコーポレーションの支社、本社含めてどこに存在するか調べられるか!」

 

《……アイアイ、マスター。すぐに調べるわ》

 

 晴明の鬼気迫る様子にただ事ではないと悟ったバロウズは即座に情報収集を開始。ほどなく情報の精査が完了したようで報告を始める。

 

《どうやら、欧州を中心に展開してるけど、同時に極東や北米にも支部があるみたいね。具体的に言うと日本の他に、アメリカ、ロシア、イギリス、中国に支部が、そしてドイツに本社があるみたいよ》

 

「……っ。やはり、そうか」

 

 バロウズの報告を聞いた晴明は苦々しげな表情を浮かべる。あの時、朱音は全世界に同時多発的にバイオハザードが起きた。と言っていた。

 そして、その場所には全てランダルコーポレーションが存在。即ち、今回のバイオハザードは意図的に起こされた可能性が高い、ということになる。

 

 ……しかし、なんのために? その意図が読み取れない。

 

 少なくとも男土の夜、という前例を知っている以上、わざわざデータ取りのために危ない橋を渡る必要はないだろう。

 特に那酒沼のおしゃべり魚や、巡ヶ丘学院高校の校歌のように過去からの警告を残していることから、かなり危険なものである。というのは理解している筈なのだ。

 

 それなのにあえてそれを、バイオハザードを引き起こす理由。

 しかも、己の命と天秤に掛けて、それでも実行する必要性。それが理解できない。

 だが、現実にはバイオハザードを引き起こし、今回の惨事に繋がっている。

 

 ……一体、何故?

 

 そう考えて、思考の渦に陥っていた晴明だが、その時バロウズから話し掛けられる。

 

《――スター、マスター!》

 

「ん? あ、あぁ。どうしたバロウズ」

 

《どうしたもなにも返事がないから。それより通信が……》

 

「通信だと? このタイミングで? 誰からだ?」

 

《それは……。ともかく出て》

 

 バロウズに質問していた晴明だったが、彼女は答えずそのまま通信を繋ぐ。すると、通信先から晴明にとって幾度となく聞いたことのある声が響いてきた。

 

[ハル兄、よかった。ようやく繋がった!]

 

「その声、朱音――ライドウか!」

 

 晴明が放ったライドウという名前に反応する美紀と圭。

 それはかつて秘密基地で聞いた晴明よりも強い、日本で最強とも評される悪魔召喚師の名前だった。

 しかし、二人はどことなく不思議そうに首を傾げる。その理由は――。

 

「女の人……?」

 

「だよねぇ……」

 

 お互い見つめあってそう告げる二人。

 そう、二人は。正確に言うとあの時秘密基地でライドウのことを聞いた美紀、圭、透子の三人は、ライドウという名前と晴明よりも強い。という情報から筋骨隆々の男性と勘違いし、また晴明もその勘違いに気付かず訂正しなかったため、そのまま勘違いが続いていたのだ。

 そんなことを知らない朱音は、通信の先から聞こえてきた見知らぬ少女たち。美紀と圭の声を聞いて、もしかしたら、と晴明に問いかける。

 

[ねぇ、ハル兄。今の女の子の声、誰か聞いても?]

 

 純粋に疑問を思った朱音の問いかけ。しかし、あまり連絡をしていなかった晴明からすると、どこか咎められているように感じてどう答えたものか。と考え込んでしまう。

 

「あ、あぁ。えっと、だなぁ……」

 

 煮えきらない晴明の態度に、朱音はなにか勘違いされている、と理解して先ほどとはまた別の聞き方をする。

 

[えっと、ハル兄? 別に責めてるわけじゃないの。……それよりも、今聞こえてきた女の子二人、そのどちらかが丈槍由紀さんだったりする?]

 

「……由紀さん?」

 

『ゆき先輩……?』

 

 朱音の口から出た由紀の名前に困惑する三人。その返事でこの中に由紀がいないことを悟った朱音は落胆する。

 

[そう、いないのね……]

 

「あの、ゆき先輩になにか……」

 

 落胆した様子の朱音に話し掛ける美紀。だが、そこで自身がまだ自己紹介すらしていなかったことを思い出し、彼女は自分の名を名乗る。

 

「あっ、すみません。私は直樹美紀、と言います。ゆき先輩の後輩で、今は晴明さ……蘆屋さんに弟子入りして――」

 

[……弟子入り?! ハル兄に?!]

 

 しかし、その自己紹介も途中で止まってしまう。それほど美紀が晴明に弟子入りした、という情報が衝撃的だった。

 なぜなら、今まで晴明に弟子入り()()()のは彼女の親友である神持朱夏のみ。

 それ以外の人間は頑として弟子入りを受け入れなかったのだ。

 それどころか、葛葉、蘆屋以外の退魔家との交流自体もあまり積極的ではなかった。

 

 その理由としては、弟子を取ることで自身の修行。強くなるための時間を削ることを嫌がったこと。

 そして、退魔家との交流は血を交わらせる(婿入り)という側面もあったためなおさらだった。

 ……因みに、現在水面下で葛葉以外の退魔家。九頭竜と峰津院が動いているのも、晴明に恩を売ることにより、取り込むことができないか。という思惑からだ。

 なぜなら、晴明が転生者という情報は裏世界ではよく知られた話であるが、一般的に彼は蘆屋宗家、その初代である蘆屋道満の転生体だと思われている。……実際には女神転生やペルソナ、デビルサマナーのゲームがあった世界からの転生者なのだが。もっとも、この情報を知っているのは朱音のみであるが。

 そんな血を持つ晴明を取り込むことができれば、取り込めた退魔家は大きく飛躍できるだろう。

 特に九頭竜に関して言えば、今代当主が朱音と同じ年頃ということもあり、なおさら躍起になっている。

 

 とにもかくにも、良く言えばストイック。悪く言えば排他的な晴明が、まさか朱夏以外に弟子を取っているとは予想もしていなかったこともあり朱音は驚いたのだ。しかし――。

 

「あの、えっと……。ライドウ、さん? 弟子と言っても私はあくまで戦い方とかを教えてもらってるだけで。悪魔召喚師としては――」

 

「……はじめまして、祠堂圭です! 私もみきと一緒に色々と教えてもらってます! ……悪魔召喚師関連のこととか!」

 

[……嘘でしょ]

 

 ただでさえ信じられない情報を受け狼狽していたのに、さらなる圭からの追撃で呆然としてしまう。

 だが、すぐに気を取り直すと――。

 

[ハル兄、後でお話。聞かせてもらうから……]

 

 どこか凄みを感じさせる気迫で圧をかける朱音。その圧に晴明は彼女に見えていないにも関わらず、かくかくと首を縦に振っている。

 あまりに情けない様子だが、美紀と圭も朱音の圧にさらされ、気付かなかったのが不幸中の幸いだった。

 三人ともが朱音に気圧されてまともに会話にならない状況。それでは話が進まないため、バロウズが朱音に質問する。

 

《それでライドウちゃん。今回の通信は何の用事だったのかしら?》

 

[あっ……! やばっ! バロウズありがとう、思いっきり脱線してた!]

 

 バロウズの指摘に、あまりにも衝撃的すぎる情報を得た朱音は、話が完全にあらぬ方向へ脱線していたことに気付き、礼を言う。

 そして、彼女は空気を払うように、咳払いをひとつ。畏まった口調で晴明に話し掛ける。

 

[ぅんっ! ……悪魔召喚師-蘆屋晴明に、十七代目葛葉ライドウとして通達します]

 

 畏まった朱音の態度に、晴明も何かある。と理解して居ずまいを正す。

 その気配を感じ取った朱音は、通信の本題。とある指令について通達する。

 

[――今後、丈槍由紀さんの護衛を最優先してください。これは引き継ぎの人間が来るまで最優先事項となります]

 

「ちょっと待ってくれ! 由紀さんの護衛?! しかも最優先だと! どう言うことだ! それに引き継ぎ――」

 

 朱音からもたらされた指令に驚き、矢継ぎ早に問い質そうとする晴明。しかし、その勢いも次の朱音の言葉で萎むことになる。

 

[――いと畏き御方からの勅です。良いですね?]

 

「……!! 了解、した。では、引き継ぎの者は?」

 

[それは、取り急ぎ九頭竜家現当主、【九頭竜(くずりゅう)天音(あまね)】が向かっています。……そして私も、諸々のことが終わり次第合流します。そのつもりで]

 

「……はぁっ!?」

 

 交代人員がまさかの面子に驚愕する晴明。

 それもそうだ、何と言っても一地方都市に送るには、あまりにも過剰戦力過ぎた。

 今代の葛葉ライドウは言うの及ばず、九頭竜家の現当主。九頭竜天音もまた中級神魔程度――とは言っても、それでも各神話に登場する主神クラスではない神魔たち――であれば労せず倒せるだけの地力を持っている。

 即ち、この蘆屋晴明、葛葉ライドウ(朱音)、九頭竜天音の三人で、やろうと思えば一つの小国くらいなら攻め落とせるだけの戦力となるのだ。

 

 それを、ただ一人の護衛のためだけに使う。

 それがどれだけ異常な事態なのか、わかるというものだろう。

 だからこそ晴明も驚愕したのだ。

 そんな晴明をよそに朱音は念を押すように話し掛ける。

 

[ともかく、良いですね! 任せましたよ! ……ハル兄、元気で。無事でいてね]

 

 そう言って朱音との通信が終了する。

 そのことにも気付かず、晴明は呆然とした様子で。

 

「……一体、何がどうなってやがる」

 

 と、呟くのだった。



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第七十一話 襲撃

 前書きではお久しぶりです、作者です。
 今話では一部、残酷な、グロテスクな表現があります、ご注意ください。


 晴明が巡ヶ丘市役所で朱音と通信を行っていた頃、聖イシドロス大学において一つの、好ましくない動きがあった。それは――。

 

「……くっ、マハ・ジオンガ――!」

 

 朱夏が苦悶の表情を浮かべながら己のペルソナ、ブラックマリアを顕現し、広範囲化された電撃を放つ。

 それを受けて感電し、消し炭となる異形のモノたち。

 その回りには消し炭となった異形たちと同じ姿形をしたモノ。鋼色の肌を持ち、赤髪の中に角が見え隠れしている悪魔、【妖鬼-ダイモーン】がいた。

 つまりは、聖イシドロス大学は現在悪魔による襲撃を受けていた。

 

 その証拠に今の大学周辺は黒々とした煙が立ち上ぼり、建物の一部は損壊し、そこかしこから人々、大学にいた生存者たちの悲鳴が木霊している。

 その中で朱夏は一人でも多く生き残らせようと奮闘していた。

 

「……っ、まだまだ。はぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 まるで自身が喧嘩独楽にでもなったかのごとく、朱夏は次々とダイモーンに踊りかかり、サバイバルナイフで、拳で、蹴撃で文字通り蹴散らしていく。

 ダイモーンたちの返り血で深紅に染まった朱夏の姿は、まさに鬼神のごとく。

 彼女の勇ましさ、万夫不当の様相に本来の強者悪魔であるダイモーンたちが、本来は弱者である人間。神持朱夏に対して恐怖を抱いていた。

 だが、それでも――。

 

「た、たすけ……。――あぁぁぁぁぁっっ…………」

 

「いやだっ! やだっ! ――ぎぃやぁぁぁぁぁ……!」

 

 それでも多勢に無勢。いくら朱夏が一騎当千の働きをしようとも、彼女の手が届く範囲には限度がある。

 そして、彼女の手の届く範囲の外にいる者たちの末路は。

 

 ――ぐちゃり、ぐちゃり。

 

 (人間)をこねくり、咀嚼する音が聞こえる。

 それは命を蹂躙し、陵辱する音。

 その発生源となったダイモーンは口から()()()()()を滴らせ、次なる獲物を物色する。しかし――。

 

 ――斬!

 

 次の瞬間、ダイモーンの(くび)は突如として振り下ろされた長剣によって絶ち斬られ、ごろん。と地に堕ちる。

 突如として屍を晒すこととなったダイモーンに、仲間たちは慌てて周囲を確認しようとして――。

 

 ――そのまま旗槍をもって串刺しにされる。

 

 その持ち主は……。

 

「ジャンヌさん……!!」

 

「無事ですか、朱夏?」

 

 そう、彼女の名はジャンヌ。英雄-ジャンヌダルク。

 彼女は戦闘時の鎧を身に纏い、そしてその鎧には数多の返り血を浴びていた。

 彼女も、ジャンヌも朱夏と同じように戦えない者たちを護るため、()()()ために奮戦していたのだ。

 事実、彼女たち二人の奮闘によって多少なりとも大学の外へ脱出できていた。

 そのことに安堵を覚えた朱夏は内心、胸を撫で下ろす。

 そして、彼女は確認のため、ジャンヌに質問するために口を開く。

 

「ジャンヌさん、向こうは大丈夫なの?」

 

 朱夏の質問に、ジャンヌは想定していた。と言わんばかりに即答する。

 

「向こうには――ガルガンゼロがいますから」

 

 ――ガルガンゼロ。

 

 正式名称はガルガンチュア・ゼロという名であり、世紀の大天才Dr.スリルが生み出した造魔の一体。

 そして造魔の名前の通り、ガルガンゼロは英雄-ジャンヌダルクのもととなった造魔より先に生み出されたこともあり、ある意味彼女の姉とも言える存在だった。

 その彼女の力は中級神魔に匹敵し、なおかつ造魔という特性上、術者。この場合は生みの親であるDr.スリルに従順。

 彼の護衛という観点で言えば、これほど相応しい存在もいなかった。

 

 そのことを理解した朱夏は、安心したようにホッと息を吐く。

 なぜなら、今彼の近くには自堕落同好会のメンバーである桐子をはじめ、友人となった女性陣。それにその護衛として頭護貴人や城下隆茂、高上聯弥がともに行動していたからだ。

 しかし、だからといって楽観視できる状況でもない。

 こうしている合間にもダイモーンの数は増えているのだから……。

 まるで一つの軍隊が攻め込んできたように。

 

 ――その時、朱夏の背筋にヒヤリとした悍ましさを感じる。

 

 彼女は自身が感じた直感を信じ、その場を飛び退く。

 するとそこに大量の氷の礫が、ダイモーンたちをも巻き込んで殺到する。

 それを見て顔を青くする朱夏。

 あと一歩でも遅ければ、自身もまたダイモーンと同じように氷の彫像か、もしくはズタズタに引き裂かれて骸を晒していたのだから。

 

「――ヒト猿の癖に、やるじゃねぇか」

 

 間一髪、危機から脱してホッとしていた朱夏の頭上から、そんな尊大な声が聞こえてくる。

 その声を聞いて、思わず顔を上げる朱夏。そこには――。

 

「……! 堕、天使-フォルネウス、ですって?!」

 

 そこには、かつて晴明がリバーシティ・トロンで戦い、あと一歩のところで取り逃がした悪魔、堕天使-フォルネウスの姿。そして、さらに……。

 

「友よ、今はそんな小物に構っている暇はないぞ」

 

「わかってるって、心配性だなぁ()()()()()はよぉ」

 

 フォルネウスと同じくソロモン王が使役した七十二柱の魔神。その中の一柱、堕天使-デカラビアの姿があった。

 

 

 

 

 その二柱の悪魔が現れたことで朱夏は何故こんなにもダイモーンが溢れかえってきたのかを悟る。

 そもそもソロモン王の魔神たちは地獄において爵位を持つ貴族たちだ。

 そして、フォルネウスとデカラビア。この二柱はともに大侯爵の位に位置し、それぞれ二十九の軍団と三十の軍団を指揮するとされている。

 即ち、このダイモーンたちは彼らの配下の軍団。その雑兵だったのだ。

 

 しかし待って欲しい。

 ここは地獄に形容はできようが、あくまで人間界だ。

 それなのに彼らの配下、いくら雑兵とは言え悪魔を無尽蔵に顕現させることは可能なのか?

 否、そんなことは不可能だ。

 

 ……本来ならば。

 

 たが、今回に関して言えば、かなり特殊な事例だった。それは――。

 

「……まったく、こいつらを呼び出すためとは言え、あんなくそ不味いヒト猿擬きを食う必要があるなんてなぁ」

 

「そう文句ばかりいうな、友よ」

 

「しかしよぉ……」

 

 そう言いながら愚痴をこぼすフォルネウスと、それを諌めるデカラビア。

 二柱の言葉を聞いたジャンヌは、まさか。とでも言いたげに目を見開く。

 

「……まさか、この被害に対して明らかにゾンビが少なかった理由は――!」

 

 そう、二柱が言ったヒト猿擬き。その正体は今回のバイオハザードでゾンビとなってしまった元人間たち。

 かれらを片端から食うことで、フォルネウスとデカラビアはMAGを吸収し強大化。

 そして吸収できなかった余剰MAGを用いることで、自身の配下を召喚していたのだ。

 

 ――実際、気付こうと思えば気付けるだけの兆候はあった。

 

 どちらもフォルネウスたちが現れる前の話であるが、一つはかつて晴明が透子を救出し秘密基地へ向かう際、かれらの数が少なくなっていたこと。

 そして、もう一つはここ、イシドロス大学にて墓場と呼ばれるゾンビの隔離区画から数が少なくなっている。と隆茂が貴人に報告し、それが朱夏たちにもたらされた時。

 そのどちらともが、顕現した野良悪魔に食い散らかされた故の数の減少だったのだ。

 もっとも、そのどちらともが双方にとって悪魔を確認する前の出来事だったために、予測するのは難しかったかもしれないが……。

 

 だが、今さらそんなことに気付いても既に手遅れだった。

 なぜなら、今、現実として目の前に強大化した、それこそ大悪魔と言っても過言ではないほどに力を増した二柱の堕天使(魔神)がいるのだから。

 事実、朱夏は目の前にいる魔神たちからビリビリとした、肌がひりつくようなプレッシャーを感じている。

 

 そして彼女の直感は正しい。なぜなら、本来であれば朱夏とフォルネウス、デカラビアはかろうじて互角――それでも朱夏がやや不利――であるが、現在は二柱は完全に格上の存在へと成り上がっている。

 それこそ、朱夏とジャンヌ。そしてガルガンゼロの総力をもって対抗してようやく足留めが可能。と言えるほどに力の差が出来ている。

 

 そのことを理解した朱夏。

 彼女は背中に冷や汗を流しながら、現状を打破するために考えを巡らせる。しかし――。

 

「……これ以上、手間は掛けられねぇんでなぁ。ここで、死んどけやぁっ!」

 

 ……相手が考えがまとまるまで待ってくれるなどという保証があるわけがない。

 フォルネウスは後がつかえているとばかりに、さっさと片付けるためにMAGを練り上げ、マハ・ブフーラを放つ。

 それを驚きの目で見つめる朱夏。

 

 

 

 

 

 瞬間、直撃――。しかし……。

 

「うん……? ――!」

 

 何故か直撃した筈のマハ・ブフーラが術者のフォルネウスと、ついでとばかりにデカラビアへ殺到する。

 それを慌てて回避するデカラビアと、逆に甘んじて受けるフォルネウス。

 

「……そういや、そうだったなぁ――!」

 

 自らの氷結魔法を吸収しながら、フォルネウスは忌々しげに呟く。

 彼の視線の先、そこには。

 

「――マカラ、カーン……!」

 

 万能属性以外のあらゆる魔法を跳ね返す、絶対的な防御魔法マカラカーンを唱え朱夏を守るジャンヌの姿があった。

 それはまるでかつての再現。

 そう、かつてリバーシティ・トロンで美紀と圭を守る時の再現。

 

 そのことを思い出したフォルネウスは、またもや邪魔をされたことに憤慨する。

 

「……忌々しい元ヒト猿がぁ!」

 

 フォルネウスは叫びながらジャンヌへと突貫する。

 彼のエイに似た身体。そのヒレの部分がまるで鋭利な刃物のような鈍い光を放つ。

 そのまま彼女を斬り裂き、ついでとばかりに朱夏をも仕留める腹積もりなのだろう。

 だが、それは無理な相談だった。なぜなら――。

 

「テトラカーン……!」

 

 ジャンヌの前に先ほどのマカラカーンと似た光の膜が展開される。

 その膜に突っ込んだフォルネウスは見えない力場に弾かれるように吹き飛ばされる。

 彼女、ジャンヌが使ったテトラカーン。それはマカラカーンの物理防御版だった。

 

 結果としてジャンヌに良いようにあしらわれたフォルネウスは激怒。

 

「お、おのれぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 頭に血が昇ったようで、身体全体から暴風のようにMAGが吹き荒れている。

 そんな相方を見たデカラビアは盛大にため息を吐く。

 

「おい、フォルネウス!」

 

 そして、一喝。

 友の急な大声に多少頭が冷えたのか、フォルネウスは驚いた様子でデカラビアを見る。

 そこで流石に暴走していたことを理解したのか、済まなそうに謝る。

 

「お、おぉ。済まねぇ、デカラビア」

 

 そんなフォルネウスの様子に、内心舌打ちをしたい気分の朱夏とジャンヌ。

 そのまま冷静さを失っていれば、多少どうにかなる可能性もあったからだ。

 しかし、それもデカラビアの一喝で泡沫に消えてしまった。

 しかも――。

 

「ここからは、我もやるぞ」

 

「お、おい。デカラビア――」

 

「これ以上、時間は掛けられんのだ」

 

 今まで静観していたデカラビアの参戦。

 これにより、さらに朱夏たちは苦戦を強いられることになってしまう、筈だった。

 だが――。

 

 ――ちりぃ……ん。ちりぃぃぃぃん。

 

 どこからともなく聞こえる鈴の音。

 それに気を取られて辺りを見渡す全員。

 そんな全員の視線にとあるものが飛び込んでくる。

 

 ――札、札、札の山。

 

 まるで紙吹雪のように札の山が縦横無尽に空間を駆け抜ける。そして――。

 

 その札たちはダイモーンたちに取り付くと……。

 

 目を開けていられない程の発光。それとともに聖なる雰囲気が辺りを包み込んでいく。

 

「これは……!」

 

 この光景に何か覚えがあるのか、ジャンヌは驚きの声を上げる。

 それもそうだ。彼女にはこの光景を、()()を知っている。

 この魔法は破魔属性の最高クラスの魔界魔法。その名も――。

 

 ――マハンマオン。

 

 その神聖な光によって悪魔たちは軒並み浄化。MAGだけの存在となって消滅していく。

 

 己の配下たちを虐殺されたフォルネウスとデカラビアは信じられないものを見た、といった様子で辺りを見ている。

 事実、彼らにとってこの光景は信じ難い光景だった。それも二つの意味で。

 一つは配下たちがなす術もなく殺られたこと。

 もう一つは――。

 

「なぜ貴様が邪魔をする――!」

 

 ――ちりぃ……ん。ちりぃ…………ん。

 

「――大僧正ぉぉぉぉぉぉ!」

 

 フォルネウスが怒りの矛先を向ける場所。そこには全身が木乃伊のように干からびた僧侶。

 晴明の仲魔の一人である魔人-大僧正の姿があった。



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第七十二話 避難

 

第七十二話 避難

 時は少し前、大僧正が朱夏たちの前に現れる以前まで遡る。

 急な悪魔たちの襲撃を受けた桐子たちは、突然現れた悪魔たちを前に慌てた様子の朱夏の手によって逃がされ、一応の難は逃れていた。

 しかし、あくまでそれは敷地内で悪魔に襲われなかっただけの話。

 まだまだ予断を許さない状況には変わりなかった。

 事実、バイオハザードによって日常は終わっているものの、それでもまだ平和な状態からいきなり生命の危機に、それこそいつ悪魔に襲われて死ぬかもしれないという状況に陥ったことで、これまで戦いとは無縁だった桐子は多大なストレスを感じていた。

 

「トーコ、大丈夫……?!」

 

 そんな桐子の様子に晶が心配そうに声を掛ける。

 彼女自身もそこまで余裕があるわけではない。が、一応これまでゾンビ相手に奮闘していたこともあって桐子よりは多少ましな状態だった。

 晶の問いかけに、桐子は顔を青くしながらも気丈に振る舞う。

 

「あ、あはは……。だいじょぶ、だいじょぶ。いくら僕がインドア派といっても、これくらいは何とかなるよ」

 

 端から見れば完全な強がり。それでも桐子は、晶に心配をかけまいと気丈に振る舞っている。

 しかし、晶も彼女が強がりを言っていることがわかるため、はいそうですか。と納得するわけがない。

 なおも言い募ろうとする晶。

 だが、そこで待ったの声がかかる。

 

「おい、お前ら。喋ってる暇はねぇぞ。……お客さんだっ!」

 

 キャップ帽を被り、無精髭を生やした青年。城下隆茂の言葉に一言文句を言ってやろう。と彼の方を向く晶。

 しかし、その視線の先には警察の制服を着たゾンビと思しきモノがいた。

 

「……ひっ!」

 

 それを見て思わず悲鳴を上げる晶、と彼女と同じようにゾンビ警官を見た桐子。

 それも仕方がないことだった。

 彼女らに、というよりも一般人にとって警官とは平和の象徴。彼ら、彼女らがいたからこそ平和な日常が守られていた、というのが世間一般的な常識だ。

 その警官が、平和の担い手がゾンビとして、平和を脅かす者として現れたのだから……。

 しかして、そのまま怯えるだけの彼女らではない。

 そもそもにおいて、この場には彼女らだけではなく男性たちもいるのだから。

 

「おりゃあっ――!!」

 

 その男性のうちの一人、隆茂は咄嗟に腰にぶら下げていたバールを抜くとゾンビ警官の頭に殴りつける。

 それでゾンビ警官を排除し、安全になる――筈だった。

 

 だが、ゾンビ警官を殴った筈の隆茂は手応えに違和感を――。

 

「なっ、硬てぇ――」

 

 なんとゾンビ警官は未だに活動をやめない、どころか怪我らしい怪我すら負っていなかった。

 本来の、今まで現れた学園生活部が言うところのかれらであれば、柘榴のごとく割れて問題なく葬れた一撃であったにも関わらずに、だ。

 そこで隆茂は違和感に気付く。

 

「――――」

 

「な、なんだ……?」

 

 かれらが、ゾンビが何かを喋っているような気がする。

 そんなことはあり得る筈がないのに。

 少なくとも、かれらと呼ばれるようになったゾンビは、生物としてはともかく人として完全に終わっている筈なのに……。

 それなのに――。

 

 その時、がしり、と殴られたバールを握るゾンビ警官。

 そのことに驚いた隆茂は、ゾンビ警官の手からバールを引き抜こうとする。

 

「こ、この――」

 

 しかし、直後に隆茂にとって驚愕と、そして恐怖が襲いかかってくることになる。

 

「コ、公務――」

 

「……な! ほんとに喋り――」

 

「公務執行妨害ハ、死刑死刑死刑ィィィィィィィィ!」

 

 そう言いながら発狂したかのように哄笑するゾンビ警官。

 そう、このゾンビ警官はただのゾンビでも、ましてやかれらでもなかった。

 その正体は――。

 

 ――屍鬼-ゾンビコップ、即ち悪魔だった。

 

 

 

 かれらの一種だと思っていたゾンビの豹変に恐怖で竦む隆茂。

 そんな隆茂にゾンビコップは腰に下げていた拳銃を――。

 

「こ、このぉ!」

 

 隆茂に拳銃を突き付けようとしたゾンビコップを見たもう一人の、小柄な男性。高上聯弥は手に持っていたボウガンで反射的に狙撃する。

 

 ――構え、発射。

 

 ボウガンの矢は空気を切り裂く金切り音を響かせながら、標的であるゾンビコップへ着弾!

 構えようとした拳銃を弾くことに成功した。だが、それでもゾンビコップ自体にはダメージは入っていないようで、緩慢な動きで高上に振り向く。

 

「グゥゥ――」

 

 そして威嚇するように唸るゾンビコップ。そのまま握っていたバールを放すと、邪魔した高上の方へと向かう。

 一方、ゾンビコップが自身の方へ向かってきていることがわかった高上は、得物であるボウガンへ次の矢を装填していた。

 しかも、その一瞬ゾンビコップから視線を外していたことが災いし、接近を許してしまっていた。

 

「コウくんっ!」

 

 篠生の叫び声でようやく事態を把握した高上。しかし、それだけで危機を回避できたのであれば、そもそも退魔組織など必要なかっただろう。

 

 ――人と悪魔には隔絶した存在の格、というものがある。

 

 隆茂の一撃が痛打とならなかったのも、高上の矢が通用しなかったのも、言ってしまえばそれが原因だ。

 以前、力量の差を表現するために、愚者や覚醒者などの用語を用いたことを覚えているだろうか?

 もし、人が人のまま悪魔を撃退できるなら、そのような表現方法は必要なかったし、そもそも薬物などで人体を強化したり、厳しい修行など必要なかった。

 しかし現実は、人は悪魔を退治、調伏するために(わざ)を磨き、時には非人道的な行動にすら手を染めてきた。

 それが悪魔を倒すため、人を、大切なものたちを守るために必要だったから。

 

 だが、今ここにいる者たちはそのどれにも該当しない。

 そして、悪魔召喚師(蘆屋晴明)ペルソナ使い(神持朱夏)もいない。

 端的に言えば、詰み。といえる状況()()()

 それでも――。

 

「このぉ……!」

 

「おぉぉぉぉぉぉっ!」

 

 はい、そうですか。と諦めれる訳がない。

 男性陣の最後の一人。リーダーである頭護貴人と隆茂は今一度ゾンビコップを打ち倒すために己が武器を振るう。

 倒せるか、倒せないかじゃない。倒せなければ全滅するしかないのだから。

 そして、それが二人に火事場の馬鹿力とでもいえるほどの爆発力をもたらした。

 

 だが、それも先ほどの焼き直しでしかない。

 確かに貴人は釘バットで、隆茂はバールを力の限り打ち据えた。

 今度は先ほどとは違い、成人男性二人で打ち据えたのだ。

 確かに手応えはあったのだ。しかし――。

 

「ガァァァァァ!」

 

 ゾンビコップが吠えると同時に肉体が膨張し、己が肉体を傷付けようとした得物を吹き飛ばす。

 確かに手応えはあった。しかしそれはゾンビコップを、悪魔を怒らせるだけの、むしろ悪手といえる行動となってしまった。

 このままでは全滅を待つだけ。

 それも仕方ない。それが自然界ではもっとも古く、ここ、巡ヶ丘の新しい日常。弱肉強食という名の日常なのだから……。

 

 ――リィィ……ン、リィィィン。

 

 しかし、そうはならなかった。

 どこからともなく聞こえてくる鈴の音。

 それを聞いたゾンビコップが、なにかに怯えるように動きを止めたから。

 彼ら、彼女らにとってなぜあの化物(悪魔)が動きを止めたかわからなかった。

 

 しかし、これはチャンスだ。

 鈴の音が聞こえたと同時に動きを止めた、ということはその音がなる方向に行けば助かるかもしれない。

 それを直感的に理解した晶は叫ぶように告げる。

 

「みんな、逃げるよ! 音の方に、早く!」

 

 その言葉を聞いた皆が死に物狂いで走り出す。

 それしか活路がないと理解して。

 

 

 

 そのままバタバタと走る一行。

 

 ――リィィ……ン、リィィン。

 

 少しづつ、少しづつ鈴の音が近づいてきたのを感じた一行は、これで助かるんだ。と安堵する。

 ……なぜ悪魔が、ゾンビコップが追い掛けてきていないのかも考えもせずに。

 

 ――チリィィィン、チリィ……ン。

 

 鈴の音が聞こえてくるとともに何かを感じる。まるで本能が全力でここから逃げ出せ、と警鐘を鳴らしているようだった。

 一行はすぐにその理由を、嫌という程に理解した。

 目の前にゾンビコップと似たような、そしてあらゆる意味で隔絶した存在が見えてきたから。

 

 ――()()は黄色の直綴をまとった僧侶だった。

 ――()()は干からびた木乃伊だった。

 ――そして、()()は濃密な死の気配をまとった宙に浮かぶ異形だった。

 

 ――その異形の名は、魔人-大僧正。死をまとい、死を救済とし、死を授ける、死の化身だった。

 

 その姿を見た大学生組は奇しくも同じ考えに至る。

 あぁ、ここまでなんだ。……最早、死ぬしか道がないんだ、と。

 それほどに大僧正のまとっていた死の気配は濃密だった。

 無意識のうちに、生を、生きることを諦めるくらいには……。

 

 そんな無意識のうちに諦めてしまった大学生たち。

 その彼らを見た大僧正は、くつくつと笑いつつ話し掛ける。

 

「ふふ、そう怖がるものでもあるまいよ若人たちよ」

 

「……ぇ!」

 

 まさか、異形の化物が、大僧正が理知的に話し掛けてくるなどと思ってもみなかった桐子は驚きの声を上げる。

 彼女の反応を予想していたのか、大僧正は驚くこともなく桐子に、唯一反応を返した彼女へ問いかける。

 

「ちとつかぬことを聞くが、お主たち神持朱夏という女子(おなご)を知っておるかの?」

 

「……アヤカぁ?!」

 

 大僧正の口から出た友人の名に素っ頓狂な声を上げる桐子。

 そんな桐子のリアクションに、晶はこの馬鹿! と言いたくなりながら、咄嗟に彼女の口を塞ぐ。

 

「ふごっ――! もがぁ……」

 

「トーコ、アンタねぇ……!」

 

 そこから小さい、大僧正には聞こえない声量で、怪しいやつに朱夏を知ってると暴露するやつがあるか! と怒鳴る晶。

 しかし、彼女らの一連の行動で朱夏を知っていることはバレバレであり、大僧正は控えめに笑いながら話を続ける。

 

「くく、なるほどのう。お主らがあの()が言っていた娘らか」

 

『……え?』

 

 彼が発したどこか優しげな音色を感じた言葉。それに困惑した桐子と晶。

 他の面々。男性陣たちや、今まで警戒するように沈黙を保っていた篠生もまた、突然の展開に混乱している。

 そんな時、また別の場所から聞き覚えのある声が――。

 

「おぉい! お前ら無事……って、お坊さんやないか!」

 

 その声を聞いた晶は反射的に声の主を見やる。

 そこには足止めとして、一時的に離れ離れになっていたDr.スリルと助手をしていた青襲椎子。それに悪魔が襲撃した当時、彼らの方についていった喜来比嘉子、稜河原(りょうかわら)理瀬(りせ)の姿があった。

 仲間の、友人たちの無事な姿を見て安堵する晶。だが、そこでスリルが聞き捨てならない言葉を吐いていたことに気付く。

 

「ちょっとスリルさん! あなた、この……。えっと、この、人(?)を知ってるの?!」

 

 その晶の言葉にハッとした様子でスリルを見る面々。

 先ほど、確かにスリルは大僧正に対して知人であるかのような振る舞いをしていたのだから、彼らにとっては驚きもひとしおだろう。

 

 彼らの驚きに、何を驚いているんだろう、と首を傾げるスリル。

 そしてすぐに彼が木乃伊姿、悪魔としての姿を曝していることに気付き、自身が大分あちら(裏世界)側に染まっている事実を理解した。

 そして彼は苦笑しながら大僧正について話す。

 

「あぁ、うん。この坊さんはハルやんの仲魔。わかりやすう言えば良い木乃伊さんや」

 

「良い木乃伊さん……」

 

 スリルが言う良い木乃伊。というパワーワードにより困惑を深める一行。

 それこそ、背後に宇宙を背負った猫が幻視できるほどの困惑ぶりだった。

 彼らの困惑ぶりを見て大僧正は呵呵大笑する。

 

「ふははっ、確かに、確かにそういった意味では間違いないがのう!」

 

 そしてしばし笑っていた大僧正だが、不意に真面目な音色で話し出す。

 

「……拙僧の目的は、とある娘御のお願い事での。お主らを安全な場所、巡ヶ丘学院高校まで連れていくことだったのじゃが――」

 

「巡ヶ丘高校……?! それって確か、アヤカの母校、だっけ」

 

 桐子が巡ヶ丘高校の名にそうこぼす。

 大僧正もまた、それが正しいとばかりに首肯した。

 だが、その後大僧正は頭を振り……。

 

「じゃが、どうもの。そういう訳にもいかんようじゃ」

 

 そう言いながら大僧正はとある一点を、聖イシドロスがある方角を見る。

 そして、彼がイシドロスを見るのと同時に、そこからとてつもない破砕音と、天まで届きそうなほどの砂煙が上がる。

 桐子たちは知る由もないが、その頃ちょうど朱夏がフォルネウス、デカラビア二柱と戦闘を開始したところだった。

 そのことを感じ取った大僧正は彼女らへ告げる。

 

「お主らはこのまま巡ヶ丘高校へ向かうが良い。道中は掃除しておるし、スリルよ」

 

「んぁ?」

 

「お主の最高傑作、造魔がおれば安全確保なぞ造作もなかろう?」

 

「……はっ、ワシを誰だと思っとるんや。んなもん朝飯前やで!」

 

 大僧正の問いに自信満々な様子で答えるスリル。

 そのスリルの答えに満足そうに頷くと。

 

「さぁ行けぃ、若人たちよ!」

 

 そう桐子たちに激励の言葉を投げ掛けるのだった。



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第七十三話 極めて近く、限りなく遠い世界

 朱夏とジャンヌがフォルネウスたちと戦い、桐子たち大学生組が巡ヶ丘学院高校へ避難している頃、学園生活部部長、丈槍由紀は……。

 

「お爺ちゃん、大丈夫かな……」

 

 大学生たちを助けるため、単身学園の外へ向かった大僧正の身を案じていた。

 そう、大僧正がお願いされた。と語ったあの娘。それは彼女、由紀のことであった。

 

 しかし、由紀は大学生たちのことは知らない――かろうじて朱夏のことだけ、ペルソナ使いだと言うことだけを知っている――筈だった。

 その彼女が、なぜイシドロスの、大学生たちのことを知っていたのか?

 それは少し前、由紀と悠里がイゴールの招待を受け、ベルベットルームへと赴いたときまで遡る。

 

 

 

 

 

 由紀と悠里に対して一通りの説明を行ったイゴール。

 

「――と、これが一通りの説明となります。ご理解いただけましたかな?」

 

「……つまり、私は基本ベルベットルームに来ることは出来ないし、扉を視認できない。それにペルソナの付け替えも不可能、なんですね?」

 

「左様でございます」

 

 イゴールの説明を端的に話した悠里に対して、彼もその認識で相違ない。と肯定する。

 お互いの認識、その確認を終わらせた二人の間に沈黙が訪れる。

 そのまましばらく沈黙が、どこからともなく聞こえてくる荘厳なピアノの音のみが場を支配する。

 そこで一人が沈黙を切り裂くように話し掛ける。

 

「……あの、由紀さま。少しよろしいでしょうか?」

 

「あっ、うん。どうしたのリディアさん?」

 

 リディアの問いかけに大丈夫だと答える由紀。

 彼女の返答を聞いたリディアは、彼女に一つの確認を取る。

 

「由紀さまは、巡ヶ丘の地に悠里さま以外のペルソナ使いがいることをご存じですか?」

 

 リディアの急な問いかけ。それに首を傾げる由紀。

 

「えっと、ペルソナ使い。りーさん以外の……?」

 

 そういってうぅん、と少し悩む由紀。そして、彼女はかつて慈と晴明の会話を思い出す。

 

「あっ、確か……。神持朱夏、さんだっけ。はーさんの弟子の」

 

「ええ、そうです。……良くご存じでしたね」

 

 由紀の答えに感心したように返すリディア。

 そして彼女はもう一つ、由紀にとって聞き捨てならない言葉を口にする。

 

「……では、今彼女が命の危機に瀕していることはご存じですか?」

 

「…………え?」

 

 流石にその問いかけは想定外だったようで、由紀は慌てた様子でどう言うことか。と問いかける。

 

「ちょっ、リディアさんどういうこと!」

 

「流石にご存じありませんでしたか……」

 

 そうポツリとこぼしたリディアは、今。というよりも()()でイシドロスに何が起きるのかを説明する。

 

 ――イシドロスが悪魔の襲撃を受けること。

 ――その中にはフォルネウス、デカラビアといった中級、ないしは上級に分類される悪魔が混じっていること。

 ――そして、仮にそれらを退けたとしても……。

 

 そこまで聞いて由紀は放心する。

 なんだ、それは。そんな理不尽があり得るのか、と。

 その時、同じく話を聞いていた悠里が反論するようにリディアに問いかける。

 

「でも、リディアさん。なぜそんなことがわかるんです? 貴女の話し方では、まるで()()()()のように聞こえますが……?」

 

「……! そう、そうだよ。リディアさん! 何でそんなことがわかるの?!」

 

 悠里の言葉に由紀も追従するように詰問する。なぜ未来の事がわかるのか、と。

 もっとも、リディアにとって彼女たちが疑問に思うことは想定の範囲内であり、即座に答えを返す。

 

「ええ、そうでしょうね。お二方の疑問はもっともです。ですが、その疑問。ここ、ベルベットルームに於いては無意味なもの」

 

「無意味……。それってどういう――」

 

「時に、私や我が主がお客様を、由紀さまたちをお迎えした時に告げているお言葉を覚えていますか?」

 

「それが一体、なんの関係――」

 

「それがお二方の疑問の答えになるのです」

 

 リディアの疑問の答えになる。という言葉を聞いて、一向に答えを話さないリディアにイライラしつつも、由紀はかつてのイゴールが言った言葉を思い出そうとする。

 

 ――わたくしの名はイゴール。夢と現実、精神と物質の狭間にあるこの場、ベルベットルームの主を致しております。

 

「夢と現実、精神と物質の狭間……?」

 

 イゴールの言葉、そのうちで今回の事に関係ありそうな言葉を半ば無意識に呟く由紀。

 そんな由紀に、リディアは生徒が答えにたどり着いたことを喜ぶように破顔しつつ肯定する。

 

「ええ、そうです。由紀さま。ここは夢と現実、精神と物質の狭間にある場所なのです」

 

 そこまで答えたリディア。そして、今度はかつて悠里に話した事柄の補足説明を始める。

 

「そして、悠里さま。貴女様が最初にここへ来られた時、ここに精神のみで訪れること。その間身体は放心状態になるので邪魔されないように誘導して欲しい。と言ったことを覚えておられますか?」

 

「ええ、まぁ……。それが?」

 

「実は、あの時伝え忘れていたのですが。ここと現実世界、二つの世界は時の歩みが違うのです」

 

「……? えっと、それはつまり……。ここで長々と話しても、現実では数分しか経っていない、ということですか?」

 

「その認識で相違ありません。それと同時に、ここは先ほどから言っているように、現実と夢、精神と物質の狭間にある場所。即ち、()()()()()()から逸脱した世界」

 

「それってどういう……?」

 

「今、このベルベットルームには由紀さま以外にも何人か、お客様として持て成している方々がいます」

 

 リディアから急に自分たち以外にも客人がいる、と言われ困惑する二人。

 しかし、次に彼女が語った内容で困惑することになる。

 

「お一人は2009年、もう一人は2010年。他にも1996年、1999年、2016年のお客様がおられますね」

 

「ふぇぇ。そんなにワイルドの()()がいたんだねぇ」

 

「いえ、この方々は由紀さまの先輩というわけでは……」

 

「え……? でも、私よりも前にペルソナに覚醒したんだよね?」

 

()()()()ではそうですね」

 

 含みのあるリディアの表現。それと、先ほど彼女が語ったあらゆる法則から逸脱した世界。という言葉の意味を理解した悠里。

 彼女は半ば確信しつつも、確認の意味も込めてリディアに問いかける。

 

「……! もし、かして……。ここは、ベルベットルームは、今言ったすべての()()()()()()()いるんですか?!」

 

「……へ?!」

 

 悠里の台詞に、由紀もようやく気付いたようで驚きの声を上げる。

 しかし、彼女の問いかけに対してリディアは首を横に振って否定する。

 そのことにさらに困惑する二人。たが、次に続いたリディアの言葉に、さらなる驚愕を覚えることとなる。

 

「確かにあらゆる年代に連なっているのは事実です。しかし、同時に由紀さまたちがあの方たちに出会えないのもまた事実。――なぜなら、あの方たちがいる世界とこの世界は、極めて近く、限りなく遠い世界なのです」

 

「……はい?」

 

「……ちょっと待って。それって、つまり並行世界ということですか?!」

 

 リディアの、他のワイルドたちが並行世界に存在する。という言葉に驚く二人。

 特にすぐ理解した悠里は驚きの声を上げていた。

 彼女にとって正直な話、今の話は与太話であれば、とも思うが、今までのリディアの発言からそれも否定されてしまう。

 もっとも、悠里側からすると彼女が本当の事を話しているのか、あるいは嘘を言っているのか判断が出来ないのであまり意味のない考えではあるが……。

 だが、次なるリディアの語りで、それが事実であることが確定的となる。

 

「ええ、そうですね。それに……。悠里さまに由紀さま。お二方は瀬田区御影町、珠閒瑠市、巌戸台港区、八十稲葉市などの地名に心当たりはありますか?」

 

 彼女の、リディアの問いかけに否定するように首を横に振る二人。

 少なくとも二人ともに彼女が告げた地名に心当たりはなかった。

 さらに言うと瀬田区御影町、巖戸台はともに東京の地名であることを告げられると、二人は最早二の句を告げられなくなる。

 その事で二人の理解が得られた、と感じたリディアは話を進める。

 

「と、ここまでが前提の知識となります。もっと詳しくお知りになりたい場合、そちらにおられる蘆屋晴明氏に、アカラナ回廊についてお尋ねすると良いでしょう」

 

「アカラナ回廊、ですか?」

 

「ええ、そうです。かの回廊とここ、ベルベットルームはほぼ同じ法則。もっと正確に言うなれば、アカラナ回廊の一角に存在しますので」

 

 そこまで言ってこほん、と咳払いするリディア。

 そして彼女は本題を話し始める。

 

「それで私たちが、なぜ未来の事を知っているか、ですが。……正直、ここまで言えば理解していただけているかと思います」

 

「……つまり、ここは未来も過去も、そしてあらゆる可能性を内包した世界。だから、未来の事を知っていてもなんらおかしくない」

 

「ええ、その通りです」

 

 どこか思い詰めた表情を浮かべ、そう述べた悠里に対し、リディアは良くできました。と、生徒が正解したことを喜ぶように拍手した。

 その彼女の行動に、悠里はどこか慈と同じ雰囲気を感じ取って、嬉しそうな、そして恥ずかしそうに顔を赤らめる。

 一方、由紀はそんな悠里を見て、面白くなさそうに頬を膨らませていた。

 

 そんな対照的な二人を見て、リディアはくすり、と薄く笑う。

 その顔がまた慈を彷彿とさせ、由紀は彼女が幸せそうならいっか。と微笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

 その後、由紀たちは朱夏の危機について仲間たちと相談する。と言ってベルベットルームを後にした。

 彼女たちを見送ったイゴールとリディア。

 部屋の中に流れる荘厳な音楽と歌声を聞きながら無言の時間が過ぎていく。

 が、その時、イゴールがどこか難しい表情を浮かべていたリディアに話し掛ける。

 

「……時に、リディア。本当に良かったのですかな?」

 

「……」

 

「貴女が望めば、彼女たちの手伝いくらい――」

 

 そこまで言ったイゴールに対して、リディアは彼の台詞を遮るように語る。

 

「我が主。貴方様には恩がありますし、なにより私の事を慮っていただいているのも理解しています。ですが――」

 

 そこまで言って彼女は真剣な、思い詰めた雰囲気をもって語り掛ける。

 

「――私は()()()()()()()です。あの娘たちが今を懸命に生きているように、私は志半ばで果てた。ただそれだけ」

 

 その言葉とともに彼女の表情が悲しみに彩られる。

 

()()()()()が現世に介入するべきではないのです。それになにより――」

 

 ――あの世界には、()()()がいますから。

 

 そう、寂しそうに彼女は呟くのだった。

 

 

 

 

 

 その後、由紀はリディアから聞いた情報をもとに皆と相談。

 そこで朱夏の事を知っている大僧正が自ら救援に向かうと告げる。

 それがイシドロス大学に大僧正が現れた真相だった。

 

 由紀にとって、なぜ大僧正が救援に立候補してくれたのかはわからない。

 しかし、彼が立候補してくれたことで朱夏の、めぐねえ()の元生徒。自身にとって先輩が助かる可能性が高まるのは確か。

 そして、慈自身もある程度ともに過ごしたことで大僧正を信用したのか、安堵の表情を浮かべていた。

 由紀としてはもっとも優先したいめぐねえのフォローをしてくれた今回の大僧正の行動は、感謝してもし足りないし、そんな彼の無事を祈るのも道理だ。

 だからこそ、彼にも、朱夏にも無事に来て欲しいが……。

 

 ――その時、急に地面。というよりも空間自体が振動したかのように、巡ヶ丘高校全体が揺れる。

 

 急な振動に、由紀は転ばないように壁にしがみつく。

 そして、揺れは一瞬だったようで、あっという間に収まる。

 だが由紀の心の中には、かつて胡桃の家で感じたものと同じ焦燥感が燻っていた。

 その焦燥感に突き動かされるように由紀は衝撃が起きたであろう場所を見るために窓へ駆け寄る。そこには――。

 

「なに、あれ……!」

 

 そこには今まで見たことがない異常な光景が。

 

「肉の、柱……?」

 

 巨大な、天まで届きそうな円柱状の肉の柱がそびえ立っていた。



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第七十四話 ■■■-フォルネウス

 時間と場所は現在、朱夏たちとフォルネウスの戦いまで戻る。

 魔人-大僧正が現れたことにより、戦いは朱夏たち有利に推移するものと思われていた。しかし――。

 

「いくぜ、相棒! ――おぉぉぉぉぉぉっ!」

 

「援護は任せよ! ――メギドラ!」

 

 己のヒレを強化して突撃するフォルネウスと、それを援護するように中級万能属性魔法を放つデカラビア。

 それに対し朱夏たちは。

 

「……っ、ジャンヌさん!」

 

「ええ、わかっています。()()()()()()

 

 なぜか驚異度であれば格段に高い筈のメギドラではなく、フォルネウスを防ぐために物理反射のテトラカーンを張るジャンヌ。

 その理由は単純明快、ジャンヌでは、というよりもほぼ全ての悪魔、ないし人間にデカラビアの魔法を防ぐ(すべ)を持たないからだ。

 

 時に、魔界魔法。その中で攻撃系統は主に七つに分類される。

 火炎、氷結、衝撃(疾風)、電撃、破魔、呪殺、そして万能だ。

 そのうち火炎から呪殺までには防御相性、または耐性というものがある。

 以前、朱夏と澄子が戦ったときの事を覚えているだろうか?

 あの時、邪神-アラハバキの耐性は氷結、破魔、呪殺は無効、火炎、衝撃、電撃は弱点だと記した。だが、この中にもう一つ記されなければおかしい属性がある。

 

 そう、万能属性だ。

 なのに、なぜ記されなかったのか?

 その理由もまた単純だ。

 もう一度字面を良く見て欲しい。

 万能、そう()()なのだ。

 

 この字が示す通り、万能とは基本的に文字通り何者にも防げず、またあらゆる防御相性を貫通する。

 それは本来魔法を跳ね返す筈のマカラカーンですら例外ではない。

 即ち万能属性の攻撃に関して言えば、己のフィジカルのみで耐えるか、もしくは完全に回避するくらいしかまともな対抗手段がない。

 

 ……以前、リバーシティ・トロンでの戦い。その時に、デカラビアの攻撃に晴明が慌てて回避したのはそれが理由だった。

 つまり、それほどまでに強力な攻撃だったのだ、万能属性というものは。

 因みに、最上級神魔の中には一部、この万能属性に耐性を持つ者も存在し、その中の一柱。大魔王-ルシファーに至っては、本来、上級の万能属性魔法であるメギドラオン。それを越える魔法であるメギドラダインを唯一使用することが出来る。

 これがどれほど凄まじいかと言うと、一部の実力者が放つメギドラオンは、それこそ対象となった存在を塵も残さず、文字通り原子レベルまで分解、消滅させるだけの威力を持つ。と言えば理解できるかも知れない。

 

 とにもかくにも、そのような理由からジャンヌは確実に防げる物理攻撃をテトラカーンで反射しながら、デカラビアの魔法は回避する策に出たのだ。

 もちろん、朱夏もその事は理解しており、ジャンヌに声を掛けた後、即座に回避行動へ移っている。

 

 ――その中でただ一人。大僧正だけは回避行動も取らずにいた。

 そして、そのままデカラビアのメギドラが直撃する。

 

「……! 大僧正さ――!」

 

 その行動に驚き、声を荒げる朱夏。

 しかし、彼女の心配は杞憂に終わる。

 

「……渇ぁぁぁぁつッ!!」

 

 デカラビアの万能属性魔法を浴び、それでも傷らしい傷を負っていなかった大僧正は叫びを、気炎を上げる。

 

 ――渇破。

 

 それが先ほどの叫び。彼が使った()()()の正体だった。

 その効果は、自身の精神を極限まで集中させることによる体感速度の高速化。

 ゲーム的に言ってしまえば、自身の一回に行える行動回数の増加だ。

 

「くぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 まずは一つ目、大僧正が叫ぶとともにフォルネウスの体内から光が溢れ、そのまま大僧正のもとへ飛翔し、吸収される。

 それとともにフォルネウスの覇気がほんの少しであるが萎む。

 

 彼の使ったスキルの名、それは瞑想。

 

 メギド系統と同じ万能属性であり、その効果は対象の体力と精神力を奪う、というものだ。

 つまり、大僧正はフォルネウスより体力と精神力を収奪し、自らのものとしたのだ。

 そして、大僧正は間髪いれずに次の行動へ移る。

 

「……汝ら、煩悩の炎に焼かれよ。渇ぁぁぁぁぁぁぁつ!」

 

 ――煩悩即菩薩。

 

 フォルネウスとデカラビアの周囲に光が集まるとそのまま集束。

 まるで纏わりつくように光が凝縮していき、次の瞬間には一気に弾けた!

 それと同時にフォルネウスとデカラビアは、まるで泥酔したかのように、ふらふらと漂っている。

 無論、これは二柱が本当に酒を呑んだ訳ではない。

 

 先ほど使った、大僧正のもう一つの固有スキル。煩悩即菩薩の効果だ。

 その効果は対象に精神系のバッドステータスを付与するものだ。

 今回で言えば、二柱とも混乱状態になったのだ。

 そして、その状態を見過ごすほど大僧正は甘くない。

 

「我が法力、特と堪能するが良い――!」

 

 大僧正の周囲にMAGの奔流が吹き荒ぶ。

 それと同時に、彼の容姿。木乃伊の姿から想像できないほどに清らかな気配が漂う。

 

「いざ、滅相せよ。……マハンマオン」

 

 大僧正が力ある言葉を紡ぐとともに、どこからともなく護符のようなものがフォルネウスとデカラビア。双方に降り注ぐ。

 そして降り注いだ護符は二柱の周囲に漂うと眩く発光し、その力を解放する。

 

「ぐ、ぅぉぉぉぉっ!」

 

「――なん、と!」

 

 その光を浴びた二柱の身体は、まるで融解するかのように焼き爛れていく。

 もともと二柱ともに堕天した存在ゆえに聖なる波動を放つマハンマオンは効果的だった。しかし――。

 

「な、め、る、なぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 フォルネウスは気炎を上げるように咆哮する。

 確かに大僧正のマハンマオンはフォルネウスに効果的なダメージを与えていた。

 

 だが、それがどうした?

 なめるなよ、俺を誰だと思っている!

 

 そう言わんばかりにフォルネウスは咆哮を上げる。

 そしてそのままフォルネウスは、大僧正のマハンマオン(聖なる波動)を吹き飛ばすようにMAGを練り上げ、彼を中心に暴風のようなMAGの奔流が吹き荒れる。

 

「がぁぁぁぁぁぁぁあぁ! ――死門の流水!」

 

 フォルネウスの力ある言葉とともに猛吹雪と寒波が訪れる。

 瞬く間に地面が、民家が、そして事切れたゾンビや配下である筈のダイモーンすらも凍り付いていく。

 そして、それは大僧正やジャンヌ、朱夏も例外ではない。

 彼ら、彼女らの皮膚に霜が降り、息は白く、さらに霜は薄い氷に成長していく。

 

「……くっ!」

 

 朱夏は凍り付いていく自身の身体を見て悔しげな声を出す。

 それでも、ギリギリではあるがまだ抵抗できる。

 そもそも、まだ抵抗できる。というよりも一瞬で凍り付いていないこと自体がおかしいとも言えるが。

 これが英雄-ジャンヌダルクや魔人-大僧正であればまだ納得できる。

 彼らは人間よりもはるかに強靭な肉体と精神を持つ悪魔なのだから。

 

 ……しかし、朱夏は違う。

 彼女はペルソナ使いであることは確かだが、それでも肉体は只人のそれでしかない。

 それなのに今回の事が致命傷に至っていないのは何故か?

 

 それは彼女もまた数多くの死線をくぐり抜けてきた戦士だからだ。

 まず、彼女の強さをLvで表すのであれば30。

 これだけで見ると低いと思うかもしれない。が、それは勘違いだ。

 

 そもそも、この世界は局所的に大事件が起きることはあれど、女神転生シリーズのように大破壊や大洪水、東京受胎のような世界滅亡クラスの難事が起きることは早々なかった。

 とはいえ一つ間違えば滅亡にまで発展、ということがなかったわけではない。

 ある意味今回のバイオハザードが最たる例だろう。

 

 ……若干話が逸れたが、つまりこの世界は基本的に平和だったのだ。

 そんな世界でLv60を越える晴明や、それを凌駕する葛葉ライドウ(朱音)が異常なだけで、朱夏自身も戦闘能力で言えば上澄み。

 しかも、彼女の年齢。まだ二十歳を越えた程度であることを加味すれば、はっきり言って、あらゆる退魔組織が喉から手が出るほどに欲しくなる逸材だ。それこそ無理矢理拉致してでも組み込みたくなるほどに。

 実際にそれが起きていないのは、ただ単にそれを実行した場合、蘆屋晴明はもとより実質的な日本国の最高戦力である葛葉ライドウを敵に回すことになるから。

 つまり、あまりにも割に合わない事が理由だ。

 だいたい、主な退魔組織の戦闘員、その中で実働班の平均Lvが10から15程度と言えば朱夏たちが如何にずば抜けて強いか、というのが理解できるかも知れない。

 

 閑話休題。

 

 それで、朱夏がなぜフォルネウスの攻撃を防ぐことが出来たのか?

 それは彼女が自身のMAGを活性化させ、身を守るように、全身を薄い膜状でコーティングしたことが要因だった。

 もっと簡単に言ってしまえば、自身のMAGでバリアを張っていたと言えばわかりやすいか。

 つまり朱夏は、実際は直接攻撃を受けたわけではなく、あくまでもバリア越し。己のMAGを盾としてフォルネウスの攻撃を受けきったのだ。

 

 因みに、これは結構ポピュラーな方法であり、やろうと思えば美紀や圭も行える。

 ただし、実際に行ったとしても二人ではフォルネウスの攻撃を防ぎきるのは難しいが……。

 

 その理由は単純に地力の違い。

 美紀と圭、彼女たちの場合はMAGの効率的な運用を行えるだけの技量がないことや、単純にMAGの総量が少ないことが原因となる。

 対して朱夏は、先ほども言ったように数多くの死線を越えたことでより効率的に、そして多くの敵を屠ったことでMAGを収奪、成長してきた。

 それは裏の世界に関わって日の浅い美紀と圭にはない要素だ。

 

 それはともかくとして、大僧正やジャンヌならまだしも、人間である朱夏すらも耐えきると思っていなかったフォルネウスは驚く。

 

「な、なにぃっ!」

 

 フォルネウスが驚きをあらわにする中、朱夏からMAGの奔流が走り、氷の拘束を排除する。

 

「なめ、ないで――!」

 

 そして彼女はすぐさまペルソナ、ブラックマリアを顕現。

 

「あぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 そして彼女の雄叫びとともにブラックマリアのもとに紫電の光が集まる。それはマハ・ジオンガの光よりも遥かに力強く、神々しかった。

 

「――ジオダイン!」

 

 その朱夏の力ある言葉とともに、フォルネウスの頭上から膨大な量の雷が降り注ぐ。

 それをもろに浴びることになったフォルネウス。

 

「ぐ、がぁ……」

 

 雷にその身を焼かれることになったフォルネウスは、くぐもった悲鳴を上げた。

 そしてそのまま地面へ倒れ付しそうになる。だが――。

 

「ぐ、ぅ。まだ、だぁ……!」

 

 己の精神力、それを極限まで高め、維持と根性のみで食いしばる。

 それは、絶対に負けてたまるものか。というフォルネウスの意思の現れだった。

 しかし、それだけ(意思だけ)で勝てるのならば苦労はしない。

 事実、既にフォルネウスは満身創痍。さらには――。

 

「ぎぃ……!」

 

 彼のそばに盟友であるデカラビアが吹き飛ばされてくる。

 彼もまた、フォルネウスと同じく満身創痍。そして、彼と戦っていた大僧正とジャンヌが追いかけてくる。

 それだけでも絶望的な状況であったが、さらに追い討ちとばかりに、フォルネウスたちにとっては事態が悪化。朱夏たちからすると、()()()()()()が現れる。

 

「――無事か、お前たち!」

 

「……晴明さん?!」

 

 彼女の、朱夏の師匠。巡ヶ丘市役所へと向かった筈の悪魔召喚師-蘆屋晴明が駆けつけたのだ。

 そして彼の背後からは――。

 

「ちょっ、晴明さん。待ってぇ~~…………」

 

「待って、ください……。けほっ、はぁ、はぁ……」

 

 恐らく晴明を全力で追いかけていたのだろう。息を切らせ、疲れた様子の美紀と圭の姿もあった。

 そんな三人の急な登場に驚く朱夏。

 

「……何で、ここに?」

 

 思わずポツリと呟く朱夏。

 そしてそれはフォルネウスとデカラビアも同様だった。

 だが、その中でデカラビアだけは晴明が現れたことに対し、何故か好機が訪れたとばかりにフォルネウスへ驚くべき提案を告げる。

 

「――盟友よ、我を()()()!」

 

「なぁっ! なに言ってやがる、デカラビア!」

 

 デカラビアの提案に驚き、声を荒げるフォルネウス。

 そんな彼を無視するようにデカラビアは話を続ける。

 

「今こそが好機なのだ! 周囲にMAGが充満し、()()()がここにいる今こそが……!」

 

 デカラビアが言う特異点。その言葉を聞いたフォルネウスは一瞬迷う素振りを見せる。

 だが、すぐに意を決した様子になると。

 

「……すまん、相棒!」

 

 そのままデカラビアへ躍りかかる。そして――。

 

 ――ぐちゃり。ぐちゃり。

 

「な、にを――」

 

 フォルネウスの突然の凶行に驚く晴明たち。

 だが、次の瞬間。今度はフォルネウスの身体に変化が訪れる。

 彼のエイに似た身体が、まるで風船のように膨れ上がる。

 そして破裂。……否、むしろかつての身体を卵に見立て、殻を破り羽化するように異形が現れる。

 その異形を見て晴明は目を見開く。

 

 その姿にとても見覚えがあったから。

 それも、今世ではなく前世で。その名前は――。

 

「魔神、柱。だと……」

 

   ――魔神柱-顕現――

 

 本来この世界にあり得ざる存在。魔神柱-フォルネウスが顕現した。



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幕間8 転生者

 どこまでも突き抜ける蒼穹。

 その中で二柱の神性、神々しい輝きを放つ存在が揃って虚空を見つめていた。

 その虚空には巡ヶ丘市、イシドロス周辺に顕現した魔神柱が写し出されていた。

 それを見た緑色の髪色に褐色の肌、横笛を持った男性神。魔神-クリシュナが楽しそうに弾んだ声を上げている。

 

「ふぅ、これでとりあえず実験は成功かな?」

 

 そう言ってクリシュナはもう一柱の神性の方に振り向く。それは多神連合の首魁にしてこの場の主、魔神-ヴィローシャナだった。

 ヴィローシャナは鷹揚に頷きながら答える。

 

「うむ、これで一歩前進と言える」

 

「しっかし、あの醜い姿はなんなんだい?」

 

 ヴィローシャナの答えを聞いたクリシュナは、空間に写し出された魔神柱を見て、どこか呆れた表情を浮かべる。

 

「あれこそが人理とやらに刻まれた怪物。ヒトが討ち滅ぼすべき悪、人類悪と呼称されるものの断片」

 

「へぇ、人類悪。でも、その字面だと人間の悪い面に聞こえるけどね」

 

 そう言いながら肩を竦めるクリシュナ。

 そんな彼を諭すようにヴィローシャナは声をかける。

 

「善も悪も、光も闇も所詮表裏に過ぎぬ」

 

「ま、そりゃそうだ」

 

 ヴィローシャナの言葉に然もありなん、と頷くクリシュナ。

 そして彼は疑問に思ったことを問いかける。

 

「それで結局、あれにはどんな意味があったんだい?」

 

 クリシュナの質問に、ヴィローシャナはくく、と薄く笑いながら告げる。

 

「全ては、ふたたび我らが人の世に降臨するために試金石よ」

 

「へぇ。……で、その心は?」

 

「人理を再現し、用い、そしてそれをアマラ宇宙へと組み込むため」

 

「そう、それ。人理、だっけ? 結局それもなんなんだい?」

 

 人理について知らないクリシュナはさらに質問する。

 その質問に答えるべくヴィローシャナは口を開く。

 

「人理とは、人類の歴史という名の航海をより良く導くための航海図。即ち、人の繁栄を司る(コトワリ)

 

「ほう、それはそれは……」

 

 ヴィローシャナの答えを聞いたクリシュナは、驚いたような、感心したような顔を見せる。

 そして、ヴィローシャナの意図が読めたクリシュナは納得がいったように何度も頷いている。

 

「なるほど、なるほど。……つまり、君は人理を己に、()()に組み込むことによって()()()()()()()()()()()ことが()()になる。ということにしようとしてるんだね?」

 

「――然様」

 

 クリシュナの問いを肯定するヴィローシャナ。

 そう、彼らの。多神連合の目的、その一つは。

 

 ――アマラ宇宙に人理を組み込むことによって、擬似的に世界を神代の世界へと回帰させること。

 それによって、聖書の神。唯一神が現れる前、かの存在が現れる前の世界。ヒトと神がともにあった頃の世界に戻し、かつての繁栄を取り戻すことだった。

 そして、その中にはかつての姿。聖書の神や一神教により悪魔に堕とされる前の姿を取り戻すために参画したものたちもいる。

 魔王に堕とされたベルゼブブ(バアル)しかり、アスタロト(イシュタル)しかり、だ……。

 

 しかし――。

 

「そもそも、どうやってその人理とやらを取り込むんだい?」

 

 そう、人理とは本来この世界。アマラ宇宙には存在しない概念。

 それをどうやって取り込むというのか?

 その事に疑問を思ったクリシュナはさらに問いかけた。

 

 そして、その答えとは――。

 

「それこそが()()()。……その正体こそ、あやつ。()()()()なのだ」

 

 ヴィローシャナから放たれた晴明の名。

 それを聞いたクリシュナは思案顔になる。

 その後、なにか気付いたのか、ハッとしと表情になると……。

 

「まさか……。なるほど、そういうことか!」

 

 なにやら納得がいったようで手を叩いていた。

 そして彼は答え合わせをするように、自身の考えを述べる。

 

「彼は転生者。即ち外の理を持つ者であり、そして――」

 

「きゃつの知識には人理が、他にも数多くの()()()()()()()()()()がある」

 

「そう、そうだ。そしてそれをアマラ宇宙の人間が持つ能力(ちから)。観測の力で具現化すれば……!」

 

「然様、即ちやつが、蘆屋晴明こそがこの宇宙に人理を敷く鍵よ」

 

 そうだ、この二柱が言うように、蘆屋晴明(転生者)こそがこの宇宙に人理という()を打ち込む存在。

 

 ――かつてアルノー・鳩錦(聖霊)が晴明のことを産まれたことが罪、と言っていたことを覚えているだろうか?

 その理由がこれ。謂わばアマラ宇宙にとって異物であり、そして崩壊させかねない劇薬。それが、蘆屋晴明という存在なのだ。

 

 そして現行世界(己の天下)が崩壊する可能性を齎す存在を、仮にも唯一神と呼ばれるあらゆる生命、世界を創造したと嘯く存在が、座して見逃せるわけがない。

 それが聖霊。アルノー・鳩錦が晴明に敵対的な感情をぶつける理由だった。

 

「……ゆえに今回の企みが成功したのは僥倖、これで人々を救う手立てが増える、と言うことです」

 

 どこからともなくクリシュナでも、ましてやヴィローシャナでもない第三者の声が聞こえてくる。

 その声を聞いて辺りを見回すクリシュナ。

 対するヴィローシャナは堂々とした様子で新たなる声。彼にとってクリシュナと同じく、同胞とも言うべき存在へと声をかける。

 

「来たか。――()()()よ」

 

 彼の言葉とともに空間が破裂したかのように衝撃が奔り、次の瞬間――。

 

「ええ、ええ。これであまねく衆生を救えるというもの」

 

 なにもいなかった筈の空間に、いつの間にか巨大な、そしてどこかふくよかな体躯をした仏像の悪魔が現れる。

 彼こそが、今より遥かなる未来。五十六億七千万年後に世界を救うとされる菩薩。

 

 魔神-ミロク菩薩だった。

 

 ミロク菩薩は感極まったように高らかに宣う。

 

「そう、()()()()に存在する我らは失敗したようですが、我らは違う。果てにある救世も成し遂げて見せましょう」

 

 そのミロク菩薩の意気込み、彼の宣言にヴィローシャナも同意するように首肯する。

 

「そうだ、それ故に我らも早く()()()姿()をした取り戻さねばならぬ」

 

 と、ヴィローシャナもまた己の大望を口にする。

 

 ……ヴィローシャナが、宇宙そのものである大日如来が本来の姿、と口にするのは違和感があるかもしれない。

 

 しかし、実は彼にもまた別の側面、とでも言うべき姿が存在する。と、言うよりも神々自身にも各地に伝承が伝わる際に性質が変わり、別の信仰を、神格を得た柱たちも少なからず存在する。

 例えば日本に於いて七福神、福の神、商売繁盛の神として広く信仰されている大黒天。

 かの神格も元を辿ればヒンドゥー教、その中でも特に有名な破壊神。シヴァへと行き着く。

 

 このように、伝承が伝わる際に変化が、もしくは別の信仰を取り込むことによって変質する神も存在するのだ。

 

 そしてヴィローシャナの場合はどうなのか?

 かの神にも様々な側面が存在する。

 アスラ(阿修羅)族の王としての側面を持つヴィローシャナ(ヴァイローチャナ)に始まり、より戦神としての側面が強まったアスラおう。

 また、日本の神道と仏教が融合した概念。神仏習合に於いては天照大神とも同一視されることもある大日如来(マハーヴァイローチャナ)

 そして、拝火教とも称されるゾロアスター教。その中に語られる最高神にして光の神(太陽神)アフラ・マズダー。

 

 さらに言えばミロク菩薩。

 彼もまた七福神の布袋、インド神話のミトラ(ミスラ)と同一視されることがある。

 

 このように様々な神格を持つヴィローシャナであるが、彼が目指す回帰は魔神-アフラ・マズダー。

 かの最高神に回帰することによって、その力で世界を救済する。それがヴィローシャナの目的だった。

 そして晴明の魂を特異点、楔として用いることによってこの世界へ新たな概念(人理)を浸透させ、最終的にかつての世界(真・女神転生4f)の多神連合が失敗した唯一神の宇宙の破壊ではなく、新たなアプローチによる世界の、人々の救済。

 そのために手段として用いられたのが今回の実験。さらに言うなれば蘆屋晴明の転生であった。

 これら複数の目的の達成のため、多神連合は暗躍していたのだ。

 

 そこでクリシュナは、ふとなにかに気付いたように顔を上げる。

 

「そういえば……。彼の仲魔の一部、カーマたちの姿が違うのも、彼の魂が原因なのかい?」

 

「然様、幻魔-クーフーリン。外道-ジャックリパー、女神-スカアハ、秘神-カーマ。それに英雄-ジャンヌダルク。彼の者らの姿は人理を敷く世界に於いて、英霊と呼ばれる者たちの写し身」

 

「なるほどねぇ……。ヴィローシャナ、君が以前あいつを神殺しとして使わない。と言った時は疑問に思ってたけど、そもそも神殺しとして用いなくともなにも問題ない。ということだったんだね。納得したよ」

 

 得心したように笑顔を浮かべながら喋るクリシュナ。

 そんな彼の言葉に同意するように首肯するヴィローシャナ。

 そしてふたたび彼らは虚空に写された晴明たちの、巡ヶ丘の様子を見やる。

 

「それじゃ今後も彼には頑張ってもらわないとね。世界のためにも、我々のためにも、ね」

 

 そうクリシュナはポツリと呟くのだった。



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第七十五話 世界の(コトワリ)

 本来この世界に存在する筈のない異物、Fate/Grand Orderという作品で語られた化生、魔神柱。

 それが目の前で顕現したことに驚き、目を見開く晴明。

 しかし、彼はすぐに頭を振って驚きの意識を振り払い、冷静さを取り戻そうとする。

 なぜなら戦場に於いて実力のないもの。そして冷静さを欠いた者から死ぬことを理解しているからだ。

 

 だが、晴明一人が冷静さを取り戻したとしても他の者、特に朱夏はそうはいかない。

 そもそも、晴明は転生者という特殊な環境にあって魔神柱の存在を知っていただけであり、朱夏にはそのような知識はないのだから。

 実際、朱夏は不安と恐怖に顔をひきつらせながら晴明に問いかける。

 

「は、晴明さん……?! あの悪魔らしきものを知ってるの?」

 

「あぁ、多少なりとも、といったところだが……」

 

「なら、なんなの。あれ!」

 

 朱夏の問いかけに、晴明はフォルネウスから目を離さないようにしながら答える。

 

「あれは()()()。悪魔が人々の信仰をもとに顕現する存在だとするならば、あれは人々の旅路の果てに顕れる存在だ」

 

「旅路の果て……?」

 

「ああ、そうだ。人々の旅路の果て。滅亡という未来を憂う人類への()、その断片」

 

「……人類、悪?」

 

「ああ、あれこそが人が乗り越え、淘汰するべきもの」

 

「……一体なにを――」

 

 ――言ってるの?

 思わずそう言いたくなる朱夏。

 しかし、その前に魔神柱が、変異したフォルネウスが動き出す。

 

「オ、オォォォォォォォオォッ――――!!」

 

 どこに口があるのか不明だが、雄叫びが聞こえるとともに、肉の柱と化したフォルネウスの身体中に数珠のように連なる瞳が点滅する。

 そして次の瞬間――。

 

「――っ! あぶな――」

 

「きゃあっ! は、はるあきさ――」

 

 咄嗟に近くに寄ってきていた朱夏を抱き締め、その場から飛び退く晴明。

 そして飛び退いた瞬間に、彼がいた場所を一条の光が薙ぎ払っていく。

 

 ――轟音、そして爆発。

 

 光が過ぎ去った場所に連鎖的にあらゆるものが蒸発、崩壊していく。

 

 ――それはまさに神の裁き。

 

 命あるもの、亡きもの、あらゆるものを無慈悲に断罪する光。

 その名は焼却式-フォルネウス。

 

 その攻撃の爪痕を見て青ざめる朱夏。

 そこには、たしかに地獄と言える光景が広がっていた。

 

「ひ、ひどい……」

 

 彼女が見た光景、それは彼女がかつて社会の勉強で見た写真。

 空襲で灰塵と化した都市部と同じような光景だった。

 

「――あ、あぁぁ……」

 

 そこで震えた、怯え、そして呆然とした声が聞こえてくる。

 それは、彼女の妹弟子、祠堂圭の声だった。

 

「……そん、な。おとう、さん。おかぁさ、ん――」

 

 呆然と呟く圭。

 朱夏は知らないことだったが、フォルネウスの光が薙ぎ払った地区には、彼女の家が、もはや終わってしまったとは言え、日常の象徴があったのだ。

 しかし、それも全てが灰塵と化した。

 

 ――両親がまだ生きていたかもしれない、そんな淡い希望も含めて。

 

 そして、それは彼女の親友である美紀にしても同じことだった。

 美紀もまた全てを吹き飛ばしたフォルネウスを憤怒の表情で睨み付ける。

 その瞳には力のない己を、圧倒的な理不尽(魔神柱)を憎むあまり涙が滲んでいた。

 一方、そんな憎しみをもって睨まれていたフォルネウスは、知ったことではない。と言わんばかりに淡々と口を開く。

 

「標的、未だ健在。――消滅を提案する」

 

 その言葉とともに、彼の瞳はふたたび輝き出す。

 

「観測所、起動。清浄であれ。其の痕跡を消す。――焼却式-フォルネウス」

 

 フォルネウスが発した言葉に、ふたたびあの攻撃が来ると確信した晴明は大僧正に命令する。

 

「大僧正! ――俺とやつを()()()()に放り込め!」

 

 ――自身とフォルネウス、二人を閉じ込めろ、と。

 それを命じられてからの大僧正の動きは素早かった。

 晴明と魔神柱、双方がいる地面の周辺。そこに孔が、空間の渦が開き呑み込んでいく。

 

「――晴明さんっ!」

 

 それを見た朱夏は反射的に手を伸ばす。しかし――。

 

「……来るなっ!」

 

 自身を助けようと伸ばされた手を払い除ける晴明。まさか、そんなことをされると思わなかった朱夏は呆然とする。

 その合間にも孔に呑み込まれる晴明。

 そして、彼は最後に彼女たちへ告げる。

 

「お前たちは巡ヶ丘高校へ向かえ! いいなっ!」

 

 その言葉を最後に、晴明と魔神柱は孔へと消えていった。

 

 

 

 

 ――落ちる、墜ちる、堕ちる。

 

 どことも知れない空間を落下する晴明たち。

 だが、その落下もすぐに終わる。

 次の瞬間には、まるで何事もなかったかのように双方ともに地に足をつけていたのだから。

 そこは、かつてドッペルゲンガーが取り込まれ粛清された空間、決闘結界。

 結界の制作者である大僧正が死ぬか、取り込まれた両者のうち、片方が死に勝者が決まるまで脱出することが出来ない、まさしく決闘のためのフィールドだ。

 そして、さらに言えばこの世界はもとの空間と隔離されているため、いくら暴れようとも現実世界には影響がでない。

 

 謂わばそれは()()()()()本気で戦っても問題ない。ということだ。

 その事を理解している晴明は、ガントレットを操作して仲魔たちを次々に召喚していく。

 

「――来い、お前ら!」

 

 その掛け声とともに彼の眼前に複数の魔法陣が展開。次の瞬間にはクーフーリンが、スカアハが、ジャックリパーが、じゃあくフロストが、そしてカーマが顕現する。

 

「はっ、おもしれぇことになってんな。マスター?」

 

「やれやれ、本当にお主と居ると刺激に事欠かんの」

 

「おかぁさん、あれをバラバラにすればいいの?」

 

「ヒィィホォォォォォッ! 魔神だろうがなんだろうがオイラの敵じゃないホォ!」

 

「……本っ当に最近面倒事多すぎません?!」

 

 召喚され、魔神柱を見た仲魔たちは思い思いに発言する。

 彼ら、彼女らの言葉を聞いて苦笑する晴明。

 明らかに通常とは違う状況なのに戦意が下がっていないことに対して安堵と、逆に好戦的すぎることに対する不安。

 唯一やる気がなさそうな発言をしていたカーマですら、顔を見ると油断なく魔神柱を見据えていることに頼もしさを覚えたからだ。

 

「軽口はそこまでだ! ――どうやら、(やっこ)さん待ちきれないようだしな。……散開!」

 

 晴明の号令とともに仲魔たちはその場から退く。

 それと同時に今の今までフォルネウスの中で蓄えられていたエネルギーが解放され、ふたたび焼却式-フォルネウスが放たれる。

 それを危なげなく回避した晴明たち。

 

 そして、お返しとばかりに攻勢に移ることになる。

 

「まずはわたしたちから――!」

 

 初手はジャックによるナイフの投擲。それは寸分違わずフォルネウスの瞳へと吸い込まれていく。が、それは牽制にもならなかった。なぜなら――。

 

「ふぇっ……。弾かれちゃった」

 

 ジャックが言うように、彼女のナイフ。それ自体は問題なく瞳の一つへ着弾した。ただし、それは瞳に張られた薄い膜を破ることすら出来ず、全てが明後日の方向へ飛び散っていく。

 だが、弾き飛ばされていくナイフの合間を縫うように二つの閃光が奔る。

 

「バカ弟子、併せよ!」

 

「あいよ、お師匠!」

 

 ――ジャベリンレイン!

 

 二つの閃光。

 その正体は、スカアハとクーフーリンの師弟コンビ。

 彼らは一気に間合いまで詰め寄ると、かつてクーフーリンが鞣河小学校で見せたスキル。ジャベリンレインを放つ。

 彼らが放った槍の雨が次々とフォルネウスへ殺到!

 魔神柱の身体を僅かといえ傷付けていく。

 しかし、それはまだ致命傷にはほど遠い傷だった。その事を告げるようにフォルネウスは呟く。

 

「……無意味なり、……無意味なり」

 

「無意味かどうかは、俺らが決めるさ。――逝けよやぁ!」

 

 フォルネウスの呟きに反論するように声をだした晴明は、直後に跳躍しフォルネウスの頭上へ躍り出る!

 そのまま練り上げたMAGを倶利伽羅剣に籠めると、地表へ落ちる落下エネルギーすら加えてフォルネウスへ突撃する。

 

「……八相発破ぁ!」

 

 そして倶利伽羅剣をフォルネウスへ突き立てると、MAGを解放!

 攻撃的なエネルギーがフォルネウスを内部からズタズタにしていく。

 だが、やられたままで終わるフォルネウスではなかった。

 

「……――!」

 

 ダメージを負いながらも、フォルネウスは各所にある瞳を輝かせる。

 すると周囲に暴風とともに煙が発生、晴明たちを吹き飛ばす。

 

「な、にぃ……!」

 

 特に悲惨だったのが晴明だ。

 もともと魔神柱の身体の上、という不安定な足場にいたことが災いし、完全に弾き飛ばされ隙をさらすことになる。

 そして、そのような好機を逃すほどフォルネウスは楽天的ではなかった。

 

「消滅せよ、崩壊せよ――」

 

 三度、フォルネウスは自身の最大火力である焼却式-フォルネウスを放つ。

 そして晴明は今空中に投げ出され、回避できる状態ではない。

 即ち、まともに回避することも許されず直撃。肉を、骨を、灰すらも焼却される――筈だった。

 

 ――直撃する直前、晴明の前に黒い影が躍り出る。

 

「……やらせねぇっホォ!」

 

 黒い影の正体、それはじゃあくフロストだった。彼がマスターである晴明をかばうように前へ出たのだ。

 そして彼に、じゃあくフロストに焼却式-フォルネウスが直撃する。

 

 攻撃自体はじゃあくフロストが引き受けたが、衝撃自体はいかんともし難く、晴明はさらに吹き飛ばされる。

 

「う、ぉぉぉぉぉっ――!」

 

 さらに吹き飛ばされた晴明は地面へ落下すると何度かバウンドして転がって停止する。

 

「……ぐぅ、っ!」

 

 呻き声を上げる晴明だが、身体から発する痛みを無視してすぐさま立ち上がると、自身をかばったじゃあくフロストの無事を祈りながら探す晴明。

 そして、彼の探し人はすぐに見つかった――。

 

「ムダムダだホォ――!」

 

 そこには傷一つ負っていないじゃあくフロストの姿が――。

 さらにはお返しとばかりにMAGを練っていたじゃあくフロストはフォルネウスへ己が持つ最大級の攻撃を叩きつける――!

 

「――マハ・ブフダイン、だっホ!」

 

 じゃあくフロストの力ある言葉とともに、辺り一帯が氷塊に覆われる。

 それはまさしくこの世あらざる暴威だった。しかも――。

 

 ――魔神柱-フォルネウスが凍り漬けになっている。というおまけ付きで、だ。

 

「……理解不能、理解、不能」

 

 フォルネウスがそういうのも、むべなるかな。なぜなら()()としてのフォルネウスには耐性として氷結吸収が付いていたのだ。

 それなのに現実ではどうだ?

 吸収どころかダメージが通り、しかも身体が凍りついている。

 ……端的に言ってあり得ない状況だった。

 それ故にフォルネウスが狼狽えるのも無理はない。

 しかし、じゃあくフロストはそんなフォルネウスを見て嘲笑う。

 

「ヒホホ、そんなの当然だホ。――悪魔ですらなくなったお前に、そんな加護があるわけないホ」

 

 そう、目の前にいるのは悪魔。堕天使-フォルネウスではなく、魔神柱。言い方を変えれば魔術王ソロモンによって生み出された魔術式。

 即ち、悪魔とはまた別の理で動く存在なのだ。

 それなのに悪魔としての常識が通用するわけがない。

 つまりフォルネウスは、(魔術式)を得る代わりに(権能)を失ったのだ。

 

 それがフォルネウスに対して氷結魔法が効いてしまった理由だ。

 

 ――これがもっと別の形、ヴィローシャナの実験がさらに進み、人理に対する理解度がさらに進んでいた場合、また別の結果が待っていただろう。

 ――即ち、魔術式の理と悪魔の理の融合。という形で。

 

 とにもかくにも、これは晴明たちにとって朗報だった。

 つまり言い方を変えれば、魔神柱-フォルネウスに、晴明たちの攻撃を無効化する手段は持ち合わせていない。ということを意味するのだから。

 その事に気付いた晴明は気炎を上げる。

 

「――ならば、ここから反撃だ!」

 

 そういって晴明たちの反転攻勢が始まるのだった。



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第七十六話 魔人-■■■■■■

「それじゃあ、まずは私から――!」

 

 弓を引き絞り、魔神柱を見据えながらカーマが告げる。

 そして彼女は次々と矢を放っていく。

 

「――刹那五月雨撃ち!」

 

 カーマのスキル、刹那五月雨撃ち。その文字通りに夥しい量の矢が魔神柱へ向かっていく。しかし――。

 

 魔神柱に殺到する矢であったが、そのほとんどが効力射にならず、弾かれていく。

 その事に呆然とするカーマ。

 

「……冗談でしょう?」

 

 彼女がそういうのも無理はない。

 いくら彼女が他の悪魔に比べて非力とはいっても、それはあくまでも相対的な話。

 そもそも、カーマ自体高位悪魔なのだから弱いなどというのはあり得ないのだ。

 それなのに、魔神柱に対して有効打を与えることが出来なかったことには理由がある。

 

 まず、始めに魔神柱は決してカーマたち仲魔に劣る存在ではない、ということだ。

 ……確かに魔神柱は女神転生シリーズの耐性は持っていない。が、そもそも地力で言えば大悪魔クラスの力を持っている。

 そうでなければ七十二柱もいたとはいえ、人理焼却などという大偉業をこなすことは不可能だ。

 もっとも、その大偉業も最終的にカルデアの、人類最後のマスターの手によって頓挫したが。

 

 次に選択したスキルが悪かった、ということ。

 刹那五月雨撃ちは次々と矢を打ち出す多段スキル――かつてエトワリアで戦ったマタドールが使った血のアンダルシア、これの射撃版に当たる――になるが、この系統のスキルは総じて一撃の威力が甘くなる。という特性を持っている。

 それと、カーマが比較的力が弱いという欠点の相乗効果によって、魔神柱の防御を貫けなかったというのが主な理由だ。

 

 ……もしも、の話になるが。

 もしも、魔神柱と戦っていたのがマタドールで、同じような状況で血のアンダルシアを放った場合。そちらの場合は魔神柱の防御を貫けていただろう。

 これはカーマが弱い、というわけではなく、マタドールが、魔人が規格外と言うべきだろう。

 

 ……そもそも魔人とは、かの大魔王-ルシファーに目を掛けられているものたちでもあるのだ。

 事実、魔人の中には黙示録の四騎士やバビロンの大淫婦、黙示録のラッパ吹きなどといった、単体で世界を滅ぼせる存在たちがいることからも理解できるだろう。

 その特記戦力とでも言うべきものたちと、高位悪魔とは言え、もともと戦闘者ではないカーマを比較するのは、流石に酷だと言える。

 

 とにもかくにもカーマの一撃では魔神柱に有効打を与えることは難しいというのは事実。

 しかし、晴明の仲魔はカーマだけではない。

 

「はっ――!」

 

「シィッ――!」

 

 魔神柱目掛けて三つの槍閃が奔る――。

 それはクーフーリンとスカアハが放った神速の突きであった。

 それらはカーマの攻撃を防いだ防御を易々と貫き、魔神柱の肉体を穿つ。

 

「…………――!」

 

 不意に訪れた痛みに声なき悲鳴を上げる魔神柱。

 そこには理解不能、とでも言いたいような困惑の意思が見え隠れしていた。

 

 ――悪魔をも越える上位存在へと昇華した筈なのに。

 

 確かに魔神柱は、人類悪は場合によっては神霊すらも超越した存在だ。

 こことは別の世界、人類最後のマスターが相対した魔神柱たちの主たる憐憫の獣しかり、第七特異点で世界を滅ぼす一歩手前までいった回帰の獣しかり、だ。

 

 だが忘れてはならない。

 いくらクーフーリンやスカアハがかの世界の英霊の姿を象っているとは言っても、彼らは悪魔、サーヴァントではないのだ。

 

 ……そもそもサーヴァントとはなにか?

 彼ら、彼女らは生前の功績により英霊の座と呼ばれる場所に召し上げられ、現界する際にはある程度型にはめられ、それに特化した能力で現れる。

 騎士王であればセイバーとして現界する際はエクスカリバーを持ち込めるが、その代わり槍や騎乗馬は持ち込めない、といった具合に、だ。

 言い換えれば制約を掛けられている、と言ってもいいだろう。

 

 だが、悪魔にそれはない。

 事実、クーフーリンは槍も使えるし、魔法だって使おうと思えば使える。なんなら剣なども使ってもいい。本人としては槍の方が得意だから使わないだけで。

 つまり、サーヴァントが全盛期の力を限定的に行使できるのに対し、悪魔はそのまま全部使えるということだ。

 もちろん悪魔も悪魔で、MAGが足りなければ肉体が構築できずスライム化する。というデメリットがなくもないが、それを考慮しても微々たる問題だと言える。

 

 即ち、魔神柱。変態したフォルネウスにとって最大の誤算。それは魔神柱に変態した際に悪魔としての特性を失ったこと。それにより自らの力に枠を嵌めてしまったことにつきる。

 いくら地力が悪魔たちよりも大きくても、それを全力で奮えないのなら、存在しないのと同義なのだから。

 

「――これでぇ……!」

 

 そして、動きが鈍くなった魔神柱に対し、晴明は追撃を掛けるべくMAGを練り上げる。

 それと同時にメギトファイアを構え、狙いを付ける。至高の魔弾で一気にけりをつけようとしているのだ。

 

 実際に、メギトファイアの銃口には晴明のMAGが渦巻いており、すぐにでも発射できる態勢になっていた。

 晴明が攻撃態勢に入っていることに気付いた魔神柱だったが、だからといって回避行動に移れるわけではなく――。

 

 ――閃光、そして着弾。

 

 メギトファイアから撃ち出された魔弾は光の帯を描きながら魔神柱へ到達。防御膜を紙切れのように引き裂いて、穿ち抜いていく。

 

「――――!!」

 

 己の肉体を裂いていく攻撃に悲鳴を上げる魔神柱。

 それでも、今までの攻撃の蓄積もあるのだろうが、まだ耐えていること自体が驚異的だと言える。

 しかし、いくら耐久力が優れていようとも、限度がある。

 事実、魔神柱の肉体は度重なる攻撃で傷だらけになっており、まさしく満身創痍というべき状況になっていた。

 つまり、それはもう少しで魔神柱を、フォルネウスを仕留めることが出来る。という意味でもあった。

 そして、その好機を逃す晴明ではない。

 

「今だッ! 一気に方を付ける!」

 

 その晴明の号令とともに、仲魔たちは思い思いにMAGを練り上げる。自身の最大攻撃を叩き込むために。

 

「はぁッ! ――マハ・ジオダイン!」

 

「――マハ・ラギオンだっホ!」

 

「……切り刻んであげるよっ!」

 

「……天扇弓!」

 

「――(かんぬき)投げ!」

 

 魔神柱のもとに雷が、炎が、斬撃が、矢が、大質量の物体が雨霰と殺到する。

 無論そのような攻撃を一手に受けた魔神柱は堪ったものではなく、先ほどの攻撃で防御膜を破られたこともあり、まともに防御することもできずにダメージを負っていく。

 

「あり、得ぬ……。ありえ、ぬ。なぜ、我が……、俺さ、まが……」

 

 そして、遂にダメージが本体の許容量を越えたのだろう。

 魔神柱は、フォルネウスは呆然とした様子で言葉を紡ぐ。その身体からはMAGが、魔力が霧のように昇っている。

 もはや肉体を維持することすら不可能に、文字通りの死に体となっていた。

 

 そんなフォルネウスに、晴明は無言のまま近づいていく。そして――。

 

「じゃあな、化けて出るなよ――」

 

 そう言いながらメギトファイアを突き付けて、発砲。

 それがトドメのなったのか、フォルネウスの身体が完全に崩壊していく。

 それと同時にこの空間。決闘結界も少しずつ崩れ始めていた。

 戦いに決着が付いたことで結界の役目も終わり、本来の世界へ帰還を果たすのだった。

 

 

 

 フォルネウスとの決着を付けた晴明は、決闘結界が崩壊したこともあり、もとの世界へと帰還を果たした。そこには結界の主、大僧正の姿もあった。

 

「……どうやら戻ってこれたようだな」

 

「無事に帰ってこれたようじゃの、重畳、重畳」

 

「あぁ、大僧正。助かったよ。……それで他の皆は?」

 

 晴明の質問に、大僧正はなにを今さら、といった様子で答える。

 

「さまなぁ殿が巡ヶ丘高校へ向かえといったのであろう? 皆、一足先に向かっておるよ」

 

「そうか、なら良い。……俺たちも急ぐぞ、なにか嫌な予感がするし、な」

 

 そう言って晴明と大僧正は巡ヶ丘高校へと急ぐ。嫌な予感を胸に感じながら……。

 

 

 

 

 

 

「やれやれ、ヴィローシャナ。どうやらあの魔神柱もどき、やられてしまったようだよ?」

 

「で、あろうな。まぁ、問題ない。所詮は紛い物よ、それより――」

 

「それより?」

 

「どうやら、かの大魔王が動いたようだぞ?」

 

「へぇ……? そりゃまた……。()()()()()()かい?」

 

「そうであろうな、機が来た。と言うことかも知れんな」

 

 

 

 

 

 

 晴明が感じていた悪い予感、それは見事に的中していた。

 今、巡ヶ丘学院高校には招かれざる客が、同時に彼女らにとって因縁深い存在が訪れていたのだ。

 

「さて、恵飛須沢胡桃? 君の力を、彼女たちに、丈槍由紀に魅せてあげると良い」

 

 かつての偽物、ドッペルゲンガーではない()()の胡桃へ耳打ちする白人の美丈夫――ルイ=サイファー。

 

 突如として校庭に現れた二人に困惑していた学園生活部の面々だったが、それでも胡桃を救う好機に違いない。

 そのために、アレックスが、そして由紀が脇目も振らずに校庭へ駆けていく。

 

「――先輩!」

 

「くるみちゃん――!」

 

 なぜ、このタイミングで胡桃が、ルイ=サイファーが現れたのかはわからない。

 しかし、由紀にとってそんなことはどうでもよかった。仲間を、親友を助ける好機なのだから。

 だが、その由紀の考えは直後、頭の中から消え去ることになる。

 

「ゆ、き……?」

 

 どこか、浮世離れした様子で由紀の名前を呟く胡桃。

 その彼女の呟きが聞こえた由紀はそれに答えようとして――。

 

「そうだよ、くるみちゃん! 私はここ――」

 

「ゆ、きぃ……ゆぎぃぃぃぃぃぃぃぃ――!」

 

 由紀の声を遮るように彼女の名前を呼びながら叫ぶ胡桃。

 それとともに彼女の身体に異変が起きる!

 

 彼女の右半身の一部、右腕の肘から先。そして制服を着ているため見えないが右胸の半ばから脇腹、右足全体が黒く変色するとともに硬質化し、一部はひび割れたような紫の紋様が奔るとともにウロコのような突起物が形成されてくる。

 さらには側頭部から山羊のような角が、そして臀部からはまるで西洋竜のような尻尾が生える。

 それはまるで人ではなく悪魔のようで――。

 

「――さぁ、魅せておくれ恵飛須沢胡桃。君の、ヒトの、力を望みし者の可能性を」

 

「あ、あぁぁぁぁぁああぁ――――!!」

 

 あらゆるものを拒絶するかのごとく、胡桃は発狂したように叫ぶ。

 それはまるで、あらゆるものを憎み、妬み、悲しむ慟哭のようであった。

 

 

 

 ――()()-恵飛須沢胡桃が現れた――




 読了お疲れさまでした。作者です。

 今回、魔人化した胡桃の容姿につきましては、きららファンタジアにて実装されている星5戦士、恵飛須沢胡桃か、がっこうぐらし~おたより~第7話 ???に登場した感染し、異形化した胡桃を確認していただけるとわかりやすいかと思います。


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第七十七話 邂逅

 ――恵飛須沢胡桃には夢があった。

 と、言ってもアイドルになりたいなどの大それたものではない。

 ただ、好きな人と付き合い、結婚し、子供を産み、育て幸せな家庭を築きたい。

 そんなどこにでもある、小さな、されど暖かな夢だった。

 

 しかし、あの時――。

 

 偶然だった。無我夢中だった。

 他の娘たちに聞いても胡桃は悪くない。とかばうだろう。

 だが、それでも胡桃にとって、もっとも大切な人。愛した先輩である葛城紡を自らの手で殺した時に、もう幸せを求める権利なんてない。と思った。

 

 確かに先輩は『かれら』となって、討つしか方法がなかった。

 大僧正によって死んだ筈の先輩と語り合った時、自分の事を忘れて幸せになって欲しい。とも言われた。

 でも、だからといって理解できるものでも、ましてや納得できるものでもなかった。

 

 ――当然だ、大好きな人を。愛する人を殺したあたしが、あたしだけがなんでのうのうと幸せになれる?

 

 胡桃にとって、それほどに葛城は大切な人で、同時にそんな彼を殺すことになった己の弱さは許せないものだった。

 だからこそ彼女は武器を、葛城の首を刎ねたシャベルをあえて手に取り、学園生活部を守るために戦うことを選んだ。

 それが彼女の贖罪の意思であり、そして――。

 

 ――もうだめ! そんな、顔しちゃだめだよ!

 

 そう言って錯乱し、シャベルを葛城の遺体に突き立てていた胡桃を止め、ともに涙を流してくれた心優しき親友。丈槍由紀を守ることに繋がると思ったから。

 しかし――。

 

 ――我は汝、汝は我。

 

 ――ペルソナ!

 

 ――ペルソナ使い、それもワイルドか。

 

 それなのに、由紀は。親友は大きな力を手に入れ胡桃よりはるかに先へ、戦う者としての階段を上がっていってしまった。

 ……守ろうとしていた筈なのに、その守るべき人よりも弱く、それこそ足手まといになりかねない自分。

 守りたかったのに、手を汚させたくなかったのに……。

 それすら出来なかったか弱き自身に絶望した胡桃。

 

 なんのために戦うのか、なぜ戦うのか。

 

 ――由紀は戦う必要なんてない、既にあの人(先輩)の血で汚れたあたしが戦えばそれで良いんだ。それなのに……!

 

 だが現実は、由紀が、アレックスが戦い、胡桃は守られる立場だった。

 許せなかった、己の不甲斐なさが。そして、恩人に、親友に手を汚させている己の弱さが。その思いに鬱屈していた胡桃。

 

 そんな鬱屈していた彼女にとって、もっとも許せない者と出会うことになる。

 ……そう、彼女の母親。その人を殺し、成り代わり、人としての尊厳を、意思を陵辱した外道。邪鬼-アマノサクガミ。

 己の母を喰らい、成りすまし、挙げ句の果てには皆に、学園生活部の仲間たちにさえ危害を加えようとした畜生。

 

 許せなかった、母を、父を殺め、小馬鹿にするように振る舞っていたあの悪魔を。

 そして、それ以上にそんな外道相手になす術がなかった己自身が。終いには仇を討つこともできず、見知らぬ誰かの手によって、羽虫を払うように滅ぼされるのを見ていることしか出来なかった不甲斐なさも含めて。

 

 ――だからこそ力を求めた。

 

 もう惨めな想いをしないように、今度こそ皆を守れるようになるために。

 幸いにして、方法自体は太郎丸が実践してくれていたから分かっていた。

 それに見知らぬ誰か、ルイ=サイファーがその力を行使できるというのもあった。

 

 正直、もっと用心を、本当にそれで良いのかを考えるべきなのだろう。

 だが、胡桃にとってそんなことはどうでもよかった。

 

 ――皆を、由紀たちを守れるなら、あたしはどうなっても……!

 

 それが彼女の、恵飛須沢胡桃の偽らざる想いだった。

 例えこの身が朽ち果てようとも、皆を守れることが出来るなら。皆が笑いあえる明日が来るのなら。

 そのために得たこの力。それを奮うことになんの躊躇もない。

 

「――ぱい、や――――! ――――きにもど――!」

 

「くる――――まっ――」

 

 そのためにはまずこの()()たちを始末しなくては。そうじゃなきゃ由紀たちのもとへは戻れないのだから。

 

 

 

 

 魔人と化した胡桃は、かつて愛用していたシャベルを彷彿とさせる斧槍(ハルバート)をおおきく振りかぶって叩きつけようとする。

 それに反応した()()()()()はレーザーブレイドを盾のように構えるとそのまま受け流す。

 そして攻撃を受け流したアレックスは、受け流した衝撃で痺れた腕に顔をしかめ、それ以上に正気を失っている彼女を見て悲痛な声をあげる。

 

「先輩、やめて! 正気に戻って!」

 

 それに追従するように由紀もまた胡桃へ声を掛ける。

 

「くるみちゃん、まって!」

 

 しかし、胡桃は由紀の声がわからないのか、彼女の制止も虚しく苛烈な攻めを続けている。

 

「あぁ――!!」

 

 胡桃が咆哮をあげるとともに、ただでさえ人よりも優れ、魔人と化したことでさらに隆盛となった膂力で己が得物を振り回す。

 それは最早、その一薙ぎ、一薙ぎが必殺の一撃となり得る破壊力を秘めていた。

 事実、彼女の攻撃を己の才覚、そしてシュバルツバースでの経験でなんとかいなしていたアレックスであるが、一つ間違えばそのまま枯れ葉が舞うがのごとく天高く吹き飛ばされ、儚く命を散らしていることだろう。

 無論、彼女もその事は理解しているらしく、額には緊張から一筋の汗が流れていた。

 

「ちぃっ――」

 

《アレックス。冷静に、な》

 

「……分かっているわ、ジョージ」

 

 彼女が緊張していることを理解していた相棒。デモニカの管理AI『ジョージ』は気休め程度であるが声を掛ける。

 もっとも、アレックス自身もその事を感じていたのか、彼の声掛けに大丈夫と返事をしていた。

 しかし、同時にアレックスからするとこの状況は完全に手詰まりだった。

 

 確かに魔人と化した胡桃を相手取るのはかなり手間ではある。だが、倒すのが不可能か? と、問われると倒すことは出来ると答えるだろう。

 如何に胡桃が才覚があり、なおかつ魔人という人からすると上位存在になっているとはいえ、言ってしまえば()()()()だ。

 才覚で言えばアレックスも劣るものではないし、戦闘経験は圧倒的に上。

 つまり、アレックスが本気で胡桃を殺しにかかれば即座。とまでは言わないが首を刎ねるくらいであれば問題ない。

 ならば、なにが問題か?

 

 それは単純に、彼女が恵飛須沢胡桃(学園生活部の仲間)だということにつきる。

 確かに彼女は此処を、巡ヶ丘高校を去った。だが、彼女とともに笑い、ともに泣き、辛苦を乗り越えていった仲だ。

 そんな彼女を、ただ危険だからというだけの理由で排除するのは心情的に憚られるし、なにより……。

 

(流石に由紀さんや、学園生活部の仲間たちの前で胡桃先輩を殺すのは……)

 

 アレックスはそう思いながら近くにいる由紀を横目に見る。

 彼女は少しでも自身の言葉が胡桃に届くように、と願いながら焦った様子で語り掛けていた。

 もっとも、今現在も胡桃は()()()()()()()()()()()攻撃を仕掛けていることから効果はない、もしくは低いのかもしれないが……。

 そこまで考えてアレックスは()()()()()()()と感じた。

 

 ――なにがおかしい?

 ――どうおかしい?

 

 自問自答するアレックス。

 そして彼女は自身が感じていた違和感。その理由に気付いた。

 

「そうか……。胡桃先輩は一度も由紀さんを狙っていない……!」

 

 声が届いていない訳ではなかったのだ。

 もともと学園生活部の中でも由紀と胡桃、というよりも由紀は全員と仲が良かった。

 それは彼女が『丈槍』であり、皆と仲良くすることが出来なかった反動、というのもあるがそれ以上に彼女の気質。

 触れあった人の本質に気付きやすいというものと、何より生活部の仲間が皆、善人であるというのが大きかった。

 

 だからこそ仲良くなれた、だからこそ絆を結べた。

 

 そしてそれは今。

 回り回って悪魔に、魔人と化した胡桃すら攻撃を躊躇することになるほどの絆になっていた。それは同時に、胡桃にまだ人の心。仲間たちへの情が残っているという証拠でもあった。

 それは即ち――。

 

「……まだ、まだ間に合う。由紀さん! 胡桃先輩にもっと語り掛けて! そうすればきっと……!」

 

 彼女が、胡桃が学園生活部に戻ってくる可能性があるのだ。

 ならば、なにを躊躇する必要がある?

 かつての日常を取り戻すために、また皆と笑いあえるために。

 そのための一手が目の前にあるのだから。

 

 アレックスに声を掛けられた由紀も、彼女が言うように胡桃へと話し掛ける。

 アレックスがなんの根拠もなくそんなことを言う筈もないという信頼と、何より胡桃ともう一度笑いあうために。

 

「くるみちゃん! わたしだよ、ゆきだよ! 正気に戻って……!」

 

 由紀の懇願するような声が響く。

 その声を聞いた胡桃の動きが鈍る。

 そして曇っていた彼女の瞳に知性の光がほんの少しともる。

 

「……ゆ、き?」

 

 胡桃の困惑した声。その声には先ほどまでの憎しみに満ちたものはなくなっていた。

 しかし――。

 

「ぐ、がぁ……!!」

 

「くるみちゃん?!」

 

 一瞬正気に戻った胡桃だったが、すぐに理性の光は消え去ってしまう。

 そして再び暴走を始めた胡桃は、鍔迫り合いをしていたアレックスを吹き飛ばすと、その矛先をあろうことか由紀へと向ける。

 

「あぁぁぁぁぁぁっ――――!!」

 

 突発的な胡桃の行動に、驚いて一瞬身体が硬直する由紀。

 その一瞬は、由紀にとっても、何より胡桃にとっても致命的な隙になってしまった。

 

 理性を失った胡桃は必殺の意思をもって斧槍を振りかぶる。

 それを驚き、目を見開いて見つめる由紀。

 そんな由紀に向かって、胡桃は大上段から斧槍を――。

 

「――先輩! 由紀さん!」

 

 

 

 

 

 

 

 胡桃による突然の凶行。

 その事に反射的に目を瞑ってしまった由紀。

 しかし、振り下ろされた筈の斧槍から痛みはなく、代わりに甲高い鉄どうしを打ち付けたような音が響き渡る。

 その音を聞いた由紀は恐る恐る目を開け見る。そこには――。

 

「……大丈夫ですか、ゆき先輩?」

 

「……みー、くん?」

 

 そこには晴明とともに学外へ調査に出た筈の直樹美紀が、しかも出ていく時に持っていた剣だけではなく見覚えのない盾を使い、胡桃の攻撃を防いでいる姿だった。

 

「ええ、そうです。……少し、待っていてくださいね。てやぁっ――!」

 

 由紀を安心させるように美紀は声掛けすると、気合いとともに踏み込み、胡桃を突き飛ばす。

 

「……!!」

 

 まさか胡桃も美紀が己を突き飛ばせるほどの力を持つとは思っていなかったようで、たたらを踏んで後ろへ下がる。

 胡桃が後ろに下がったことを確認した美紀は間髪入れず――!

 

「……破ッ!」

 

 ――即座に回し蹴り!

 それを胡桃に叩き込んで胡桃を吹き飛ばす。

 

 その光景に、由紀は驚き声を荒げる。

 

「くるみちゃん! ……みーくん待って! あれは本物のくるみちゃんなの!」

 

「……え?」

 

 由紀の叫びに思わず振り返る美紀。

 そして由紀と、アレックスの真剣な表情を見た美紀は、少なくとも二人とも嘘を吐いている訳ではない、と判断する。

 

 その時、胡桃を吹き飛ばした方向から、ドン! と何かが破裂したような音が聞こえてくる。

 慌ててその方向を見る美紀。

 そこには驚異的な脚力で地面を粉砕して突撃してくる胡桃の姿が――!

 

「……しまっ――!」

 

 自身の危機に美紀は慌てた様子で防御しようと盾を構える。だが結果的に彼女の行動は()()()だった。

 

「――――!!」

 

 美紀に突進している胡桃が()()()に吹き飛ばされたからだ。

 その、胡桃が吹き飛ばされる瞬間。由紀に()()()()が聞こえてきた。

 

 ――ペルソナ。

 

 その言葉に驚いた由紀は、声が聞こえてきたであろう場所を見る。そこには――。

 

「美紀、油断しすぎよ」

 

 美紀に話し掛ける黒色の長い髪にカチューシャをつけ、全体的に落ち着いた服装をしながらも肩にジャンパーを羽織ったスラリとした女性。

 由紀自身は知らなかったが、かつて晴明の口から出た彼女とは別のペルソナ使い。

 彼の弟子であり、同時に巡ヶ丘学院高校のOG。即ち、由紀たちにとって先輩となる女性。神持朱夏の姿があった。



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第七十八話 進化、そして望む道

 朱夏たちが胡桃との戦闘に介入した時より少し時間を遡る。

 晴明との合流を果たした朱夏たち大学生組だったが、魔神柱-フォルネウスの顕現に始まる一連の騒動で晴明が足止めとして現地に残り、他メンバーは一足早く巡ヶ丘学院高校へと向かっていた。

 もっとも、その旅路も順調と呼べるものではなく、ゾンビや下級悪魔などの襲撃を度々受ける事態になっていた。

 

「――ふっ……! せやぁっ! けいっ!」

 

 現に、今も戦闘音を聞き付けたゾンビたちが生存者である彼ら、彼女らに群がってきていたが、そのほとんどが美紀や圭、朱夏たち異能者に文字通り蹴散らされていた。

 美紀の剣閃により両断され、あるいは彼女の蹴撃で、身体が脆くなっているとはいえ文字通り身体の一部が吹き飛ばされるゾンビたち。

 

「うんっ! ――カハクちゃんお願い!」

 

「はいはーい、アギ!」

 

 仲魔たちへ指示を出しながら、己もまたシュトラデバリを使いゾンビを一掃する圭。

 そして――。

 

「鬱陶しい! とっとと消えなさい! ブラック・マリア――マハ・ジオンガ!」

 

 己のペルソナ、ブラック・マリアの権能(チカラ)を使いゾンビを一掃する朱夏。

 まさに鎧袖一触、無双と言って良い有り様だった。

 

「ふぇぇ……、すごぉい」

 

「そうだね……」

 

 そんな三人の八面六臂の活躍を見た晶と篠生は、呆然とした様子で言葉をこぼした。

 ちなみに、少し離れた場所ではDr.スリルのガルガンゼロがゾンビたちを凍らせて、それを男性陣が砕く。という作業染みた光景が広がっていた。

 

「ふぅ……。これで一段落、ですね」

 

 美紀が剣に付着した血糊を振り払いながら周囲を確認して独りごちる。

 彼女の言葉を追うように、圭もまた自身のGUNPに搭載されているエネミー・ソナーを確認して追従する。

 

「そう、だね…………! いや、ちょっとまって……? この反応は……」

 

 しかし、エネミー・ソナーを確認していた圭だが、確かに()()の敵性反応は消失していた。だが……。

 

「なに……、この……? ここは――巡ヶ丘高校?!」

 

「どうしたの、けい?」

 

 急に動揺し始めた圭を不思議そうに見ていた美紀は、彼女へ、どうしたのか? と問いかける。

 その問いかけに圭は冷や汗をかきながら、焦った口調で答える。

 

「巡ヶ丘高校に大きな反応が二つ、突然現れたの!」

 

「……っ!」

 

 圭の悲鳴にも似た叫びに息を呑む美紀。

 

 ――巡ヶ丘に大きな反応。

 

 それはつまり、あそこに、学園生活部のもとに大悪魔クラスの()()が現れた。ということなのだから。

 それを聞いた美紀は、一瞬表情を強張らせる。

 しかし、すぐに思い詰めた表情になると……。

 

「……くっ!」

 

 美紀は全身にMAGを張り巡らせると全力で駆けはじめる。

 そんな彼女の行動に驚いた圭は、静止するように声掛けする。

 

「ちょっ、みき……?!」

 

 だが美紀はそんな圭の声も届かず、さらに駆けていく。

 その姿は、何かに背を押されるような焦燥感が纏わりついていた。

 いつもの美紀とは明らかに違う雰囲気に困惑する圭。

 その時、美紀を追うようにもう一人。

 

「……まったく、世話のかかる!」

 

 朱夏が彼女の背を追って駆け出す。

 その事に驚く圭は、二人に遅れまいと駆け出そうとするが……。

 

「……圭! 貴女は皆と一緒に来なさい、あの娘のフォローは私が――!」

 

「……えっ! アヤカさ――」

 

「――良いわね!!」

 

 朱夏の指示に出鼻を挫かれた圭は、初動に失敗し二人に置いていかれる形となる。

 呆然となった圭の視線の先、どんどんと小さくなる二人の背を見送ることとなるのだった。

 

 

 

 

 勢いよく駆け出した美紀。

 彼女の脳裏にはかつて圭から聞いた、エトワリアにて出会った()()()()自身(直樹美紀)との話を思い出していた。

 

 ――ねぇ、みき? もしもの、ifの世界だけど。もし、晴明さんが居なかったら誰に助けてもらったと思う?

 

 ――……? そんなの、透子さんとか、めぐねえなんじゃない?

 

 ――えへへ、それがね……。

 

 そんな他愛のない会話。

 その言葉によって美紀は、可能性の世界。あり得たかもしれない世界で自身は学園生活部に、丈槍由紀に救われたことを知った。

 

 確かに、ゆき先輩は頼りになる人だけど……。

 

 そう思う美紀だが、同時に心のどこかでは納得するものもあった。

 一見すると、幼い見た目と言動に見誤ることもあるが、丈槍由紀という少女は常に大局を見極め、なにを為すべきかを考えて行動していることが多い。

 ……言葉にすると当たり前に聞こえることだが、実際にその行動を、有言実行できる者がどれほど居るか?

 大人でさえ、時には難しいその行動を当たり前にこなせる由紀に感嘆を覚えたこともある。

 

 そんな彼女だからこそ、りーさん(若狭悠里)や、くるみ先輩。めぐねえだっていつの間にかあの人を中心に集まっていたのだから。

 その彼女がいる学校に、学園生活部に危機が迫っている。

 それだけで美紀の中にある危機感を煽るには十分だった。

 

 さらに言えば、学園生活部の仲間としてともに行動していた頃。晴明から聞かされた言葉も少なからず影響していた。

 それは時代の節目に、世界に大きく影響をもたらす人物が現れる。というものだ。

 その時は冗談半分という感じで聞き流していたし、それに気づいた晴明が朱夏の戦友たちを例に出して話したことで半信半疑ながらも一応納得した。

 

 ――だけど、今なら分かる。晴明さんの言葉は間違いなく正しかったんだ。

 

 その後に起きた由紀の『ワイルド』としての覚醒。そして、聖典世界と呼ばれるパラレルワールドに置ける由紀の立ち位置。

 それらを加味すれば、間違いなく丈槍由紀という少女は、この世界に置けるキーパーソン。それこそ、もし彼女が道半ばで斃れた場合、どのような災厄が訪れるか……。

 その最悪の可能性を防ぐためにも美紀は急ぐ。

 それが今の己に出来る最善のことだと信じて。

 

 

 

 

 

 

 

 丈槍由紀にとって、恵飛須沢胡桃という少女は気の置けない友人、といえる人物だった。

 それは胡桃からしても、そして悠里など、他の学園生活部の面々からしてもそうだったが、由紀本人からすると特に顕著だった。

 それもある意味必然だったのだろう。

 アウトブレイクが起きる前、由紀にとって身近な、本当に心許せる相手というのは、慕っていた佐倉慈と、唯一対等に接してくれた柚村貴依しかいなかったのだから。

 その中でアウトブレイクという特殊な極限状態に陥った状況だったとはいえ、新たに自身を対等に見てくれる者たちが現れたのだ。

 その者たちに対して、由紀が――自覚しているかどうかは別として――依存に近い感情を抱くのは必然だった。

 

 そして、それは他の者たちにしてもそうだった。

 彼女が、由紀が無意識のうちに己の理解者、ありのままの自分を見てくれる人を求めたように、胡桃や悠里もまた由紀の天真爛漫な、人の心を暖める太陽のような彼女を求めていた。

 

 特に胡桃は、葛城を殺めたあの時。

 自らに縋り付き、ともに涙を流してくれた彼女に光を見た。

 か細いながらも確かにそこにある、希望という名の光を。

 だからこそ彼女は力を求めた。(希望)を曇らせないように。光を指す道標となれるように。それが己の為せる最善のことだと信じて。

 そして、それは由紀にとっても同じことだと言えた。

 

 確かに彼女は『ワイルド』という異能の中でも、特に強力な力を目覚めさせた。しかし、それも根底にあるのは、皆を守りたい。皆とともに歩みたい、という意思が要因として目覚めたのだ。

 そこに貴賤などないし、彼女にとっても、胡桃にとっても根底にある願いは同じだ。

 

 ――即ち、大切な人を守りたい。

 

 ただ、それだけだった。それだけだったのに――。

 

 

 

「あ、ぁぁぁぁッ――!!」

 

「――――ッ! なんで、こんな……!」

 

 目の前で起きているのは、親友と後輩(自身の大切な人たち)、そして先輩による殺し合い。

 

 親友(胡桃)後輩(美紀)が互いに持つ得物をぶつけ合い火花を散らし、その隙を付き先輩(朱夏)がナイフで刺すように躍りかかるが――。

 胡桃は本能的に危険を察知し、美紀を力任せに吹き飛ばすと、魔人化して生えた尻尾を鞭のようにしならせて迎撃!

 朱夏はそれを咄嗟に、ペルソナを降魔させることで防ぐ。しかし――。

 

「ぐ、ぅ――――!」

 

 躍りかかる。即ち、宙に浮いていることが仇となった。そもそも空中では例え防御しても踏ん張って堪えることも出来ず、なおかつ咄嗟に衝撃を逃す術もない以上、攻撃を受け流したとしても衝撃自体は余すことなく受ける結果になってしまう。

 つまり、朱夏もまた美紀と同様に吹き飛ばされ、結果として胡桃は誰からも妨害を受けない、フリーな状態になってしまった。

 そして、由紀は半ば放心した状態。このままであれば彼女の命は儚くも消え去るだけだった。

 

 ――もしも、彼女がいなければ。という話だが。

 

「うぅ、あぁぁぁッ――!!」

 

 彼女の、胡桃の頭の片隅にある人としての意識が苦悶の声をあげながら、それでも由紀に襲いかかろうとする。その前に現れる人影――。

 胡桃が持つ斧槍と、()()が持つレーザーブレイドが交叉する。

 

「――疾ッ!」

 

 そしてそのまま彼女は、アレックスは斧槍とレーザーブレイドの力点をずらし、胡桃がバランスを崩すように誘導すると……。

 

「……破ッ!」

 

 バランスを崩した胡桃を誘い込むように己の懐に飛び込ませつつ、自身は距離をとるように左足を軸にして一回転。奇しくもそれは、胡桃を闘牛に見立てたマタドールのようであった。

 そのまま転ぶように膝をつく胡桃。その隙を逃すほどアレックスは甘くはない。

 無論、殺すつもりはない。ただ、彼女の意識を刈り取るためにレーザーブレイドを振るうアレックス。しかし――。

 

「――なっ……!」

 

 まるで胡桃は、そのアレックスの行動を見透かすかのごとく、後ろ蹴りで止めるようにレーザーブレイドの()を蹴り上げる。

 しかも、直後に今度は腕を地面に力強く叩きつけると、その反動を利用して跳躍。

 アレックスを見据えるようにバク転しながら彼女の頭上を飛び越えると、そのまま着地して斧槍を彼女へと構える。

 その一連の行動を見て、思わず苦虫を噛み潰したような表情になるアレックス。

 なぜなら――。

 

「明らかにさっきよりも動きがよくなってる……。――成長したというの? この短時間で……?!」

 

 そう、胡桃は戦闘者として破格の成長を遂げていたのだ。まるで渇いたスポンジが水を吸収するかのごとく。

 

 ……それもある意味必然だった。

 

 もともと胡桃の戦闘センスは学園生活部の中でもずば抜けて高い、それこそアレックスにも比肩し得るものだった。

 

 ――なのになぜ、魔人化する前は目立った活躍をしていなかったのか?

 

 その原因もまたアレックスだった。

 

 そもそも胡桃が聖典世界(がっこうぐらし!)に於いて武闘派として辣腕を奮っていたのは何度か語っていたことではあるが、その世界線の彼女は、例えかれらに囲まれたとしても無意識のうちに、どれから排除すれば安全かを判断して立ち回っていた。

 事実、彼女が負傷したのはかれら化した慈を見て完全に冷静さを失った一回のみ。

 他の娘たちがかれら相手に度々危機に陥る中、胡桃が危機に陥ったのはその時しかなかったことからも、彼女が抜群のセンスを持っていたことがうかがえる。

 

 その彼女のセンスがアレックスの大立ち回りを見る度に告げるのだ。――あたしにもあの行動が出来るぞ、と。

 ……それも間違いではない、正解でもないが。

 確かに、胡桃自身アレックスと同じだけの戦果を上げるのは不可能ではない。

 しかし、それは彼女自身がもっと成長したあとの話。

 端的に言えば、彼女の意識(ソフト)肉体(ハード)が追い付いていなかった。

 その時に、彼女の理想の動き(アレックスの大立ち回り)を見たことで一種のバグが発生。歯車が噛み合わないとでも言うべき状態になっていたのだ。

 そのことから理想の動きを知っているのに、肉体がその動きを出来ない。というなんともチグハグな状態となっていたのだ。……むしろ、その状況でも負傷することのなかった彼女のセンスに脱帽ものとも言えるが。

 

 とにもかくにも、そのような状況だったからこそ胡桃は今一つ伸び悩みを見せていた。しかし、その状況は魔人化したことで一変する。

 そう、魔人化したことにより彼女の意識(ソフト)が理想とする肉体(ハード)が手に入ったのだ。

 もちろん、理想とする肉体が手に入ったとはいえ、すぐさまその動きが出来るわけではなく、最適化を行う必要性がある。

 しかしそれも彼女自身の抜群のセンスと何より、練度の違う複数の相手(美紀と朱夏)、そして己が理想とする相手(アレックス)との戦いで即座に修正されることになる。

 

 ――そう、ここでアレックスと美紀が胡桃相手に手心を加えていたことが仇となった。

 

 魔人化した胡桃にとって、己を殺す気のない二人との戦いは実に有意義な()()()()となってしまっていた。

 つまり二人にとっては不本意極まりないが、彼女たちとの戦いによって胡桃の才能は開花。それも、単純な戦闘能力ではこの世界でも上澄みに位置するアレックスや、その彼女とも互角以上の戦いが出来る晴明とも拮抗出来るほどに押し上げられてしまった。

 即ち、唯一彼女を殺す気で懸かっていた朱夏では最早止める術はなく、完全な手詰まりな状態になってしまった。

 

 

 

 

 そんな彼女たちの状況を見たルイ=サイファーは破顔する。

 

「……ふ、ふふ。素晴らしい」

 

 そして彼はおもむろに由紀へ視線を滑らせる。

 

「さて、どうする人の子よ。……彼女を討つか、それとも――」

 

 そう、興味深く呟きながら彼女を、()()()()()()()()を見つめるのだった。












 魔人-恵飛須沢胡桃 Lv60


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第七十九話 戦う覚悟、戦わない覚悟

 魔人化した胡桃とアレックスたちとの戦いは、先ほどまでとは一変していた。

 

「お、おぉぉぉぉぉぉぉぉッ――!!」

 

「……ッ! ふっ――!!」

 

 攻める胡桃と守るアレックス。

 お互いの得物を一合、二合と斬り結ぶ度に火花が飛び散り、まるで幻想的な光景が辺りに広まる。

 これが命の奪い合いでなければ、美しい演舞として周りを魅了していたであろう。

 現に美紀と朱夏は二人の戦いに手を出せないでいた。

 もっともそれは二人の戦いに魅了されていただけではない。

 

「くっ……!」

 

 美紀は歯を食い縛りながらMAGを練り上げ、アレックスの援護のために魔法を放とうとする。しかし――。

 

「美紀! やめなさいッ!」

 

「しかし――!」

 

 それを止めるように朱夏に言われ、思わず声を荒げる美紀。

 そんな彼女に対して、朱夏もまた彼女の気持ちを理解しながらも腹立たしげに表情を歪める。

 彼女が美紀を止めた理由。それは――。

 

「くっ……、また。中々に厭らしい。本当に素人なの?」

 

 美紀や朱夏が攻撃魔法などで援護しようとする度に、胡桃は直感的に察知しているのか、二人が魔法を放てないようにアレックスを盾にするような立ち回り方をしていた。

 しかも、二人が別の地点から狙おうとする場合はあえて着弾地点周辺でアレックスと斬り結び、いざ攻撃を行おうとすると、アレックスを引きずり込んで己はいつでも離脱できるような立ち回りをする、という厭らしさだ。

 だからといって、今度は接近戦へ持ち込もうとすると、一番練度が低い美紀を重点的に狙いアレックスや朱夏を強制的にフォローに回させることで動きを束縛する、という始末。

 

 兵は詭道なり、とはいうが……。実際に胡桃はあえて同士討ちを誘発するように動いたり、三人が全力を出せないような立ち回りを終始していた。

 これがアレックスや朱夏のような、ある程度の鉄火場をくぐり抜けてきた者たちが行うのなら理解できる。

 しかし、彼女は。胡桃はついこの間まで太平の世を謳歌し、戦いとは無縁の場所にいたのだ。

 それなのに、本人のセンスだけでそれを理解し、行動する。

 その事に対して、朱夏は称賛するとともに彼女と敵対している現実を呪っていた。

 

 現に胡桃は、今のアレックスとの打ち合いの最中も成長を続けている。

 さらに重く、さらに鋭く。

 彼女の攻撃が、防御が、回避が、立ち回りが。

 まさしく『進化』と呼ぶべき速度で上達していっているのだ。

 このままでは朱夏たちが劣勢に陥るのは時間の問題だった。

 せめてもう一つ、もう二つ切れる手札が、胡桃を止めるだけのなにかがあれば……。

 

 ――その時、胡桃に向かってとある声が投げ掛けられる。

 

「くるみっ! もうやめなさいっ! ――貴女も、本当はそんなことしたいわけじゃないでしょう?!」

 

 思わず声の主を見る胡桃。そして同じように()()を見た美紀は、半ば悲鳴染みた金切り声をあげる。

 

「り、りーさん……!」

 

 そこには学園生活部でりーさんと呼ばれ慕われている若狭悠里の姿があった。

 彼女の姿を見た美紀は顔面蒼白となる。

 それもそうだ。美紀にとって若狭悠里という少女はなにも特別な異能を持たない一般人なのだ。

 そんな彼女が暴走している胡桃のもとにくるなど、完全な自殺志願者のそれでしかない。

 

 もっともそれはあくまで()()()()()()()美紀の視点での話。

 今の彼女は、若狭悠里は力を持たないか弱き少女ではない。

 彼女もまた由紀や朱夏と同じように、ペルソナ使いとして覚醒したのだから。

 もっとも、悠里はその力を胡桃に使うつもりはなく――。

 

 悠里の姿を認識した胡桃は得物を握りしめ悠里のもとへ向かおうとする。

 その事に気づいた美紀は声を張り上げる。

 

「りーさん、逃げて!」

 

 しかし悠里は()()()()

 恐怖によって動けないのか?

 

 ――否。

 

 彼女の表情に怯えや恐怖は見てとれず、むしろその瞳には覚悟が、己の命を賭しても貫き通す。という覚悟が見てとれた。

 胡桃はそんな彼女のもとに迫ると、得物である斧槍を高らかに掲げる。

 それをなにをするでもなく見届ける悠里。

 

 そして胡桃の切っ先は――。

 

 

 

 

 

 ――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そしてそのままの勢いで斧槍は地面に叩きつけられ、地表を砕く。

 悠里の真横を通りすぎた斧槍の風圧で、彼女の長く美しい髪が揺れ、砕いた地表が石つぶてとなり多少肌を傷付けるが、それ以外はほぼ無傷と言って良い。

 対する胡桃は、なぜ自身が攻撃を外したのか分からず困惑した顔で――。

 

 ――同時に、彼女は気付いていないのだろう。両の瞳から、つぅ。と一筋の涙を流していた。

 

 それは彼女のなかに残る理性。それが悠里を傷付けまいと抵抗し、成功したことで安堵した証だった。

 そんな彼女を見て、悠里はいままで動かなかったことが嘘のように、はじめて行動を起こす。それは――。

 

「……くるみ、もういい。もういいのよ」

 

「――!」

 

 なんと悠里は攻撃するどころか、ぎゅう。と胡桃を愛おしそうに抱きしめる。

 その事に胡桃も想定外過ぎたのだろう。

 胡桃は困惑した様子で硬直し、されるがままになっている。

 

 その様子を見て、悠里は慈母のように微笑みを見せて彼女の頭を優しく撫でる。

 戦場での抱擁、さらには頭を撫でるという行為に胡桃の精神は完全なる混乱状態に陥っていた。

 だが、それとは裏腹に肉体の方は、悠里に優しく抱擁されたことで感じる彼女の柔らかい肢体の感触と、とくん、とくん。と肉体越しに聞こえる心臓の音(彼女が生きている証)。それに撫でられていることで感じる心地よい感覚に目を細め、完全に力が抜けきっている。

 

 まさかの事態に今まで胡桃と矛を交えていたアレックスたちも呆然とした様子で二人を見ている。

 その中でも特にアレックスが感じた衝撃は凄まじかったらしく、本人も気付かないうちにぽつり、と独りごちる。

 

「まさか、そんな……。――いえ、でもゆきさんの時も反応してたし……。だとしても、なんて胆力……、ゆきさん?」

 

 自身の思考をまとめるために独りごちていたアレックスだったが、そんな彼女の前で由紀がふらふらと胡桃に近づいていっていることに疑問の声をあげた。

 そして、そのまま由紀は後ろから、ちょうど悠里とサンドイッチにする形で、ひし。と胡桃に抱きつく。

 突然、背後からの感触に驚き、尻尾をしならせる胡桃。

 

「くるみちゃん、よかった……。落ち着いてくれたんだね」

 

 しかし、その背後から涙に濡れた由紀の声が、感触の正体が由紀であることを知った胡桃は、恐らく本能的にであろう。安全だと察して尻尾から力が抜けて弛緩し、されるがままになった。

 その証拠、というわけではないが。先ほどまでの理性を失っていた瞳から、僅かなりとも理性の光が灯り、たどたどしい様子で胡桃は二人の名前を呼ぶ。

 

「……ゆ、き? りぃ、さん……? あたし……は」

 

 その声はかつて学園生活部でともに暮らしていた頃の利発的な、二人のよく知る恵飛須沢胡桃の声で……。

 彼女本来の声を聞いた二人は感極まったようすで、ぎゅう。とさらにきつく抱きしめる。

 ようやく、ようやく本当に胡桃が帰ってきたのだと。もう離さない。そう言いたげに。

 そんな二人の様子に胡桃は目を白黒させ、思わず得物を持っている手の力が抜ける。そして彼女の手からするり。と、抜けて、からん。という音を立てて斧槍は地面に落ちる。

 

 斧槍が地面に落ちた音で胡桃が完全に戦意を喪失したのだと理解した朱夏は顕現させていたペルソナを送還する。

 そして感心した様子で三人を、特に悠里を見て自身の思いを口に出す。

 

「まったく、あの娘。りーさん? とかいう娘、本当にすごいわね。あの状態で()()()()なんて選択を取るなんて、胆が据わってるのか、それとも極まったバカなのか……」

 

「きっと――」

 

「……美紀?」

 

 ぽつり、と発した独り言に答えが返ってくるとは思っていなかった朱夏は、どことなく不思議そうな顔で美紀を見る。

 朱夏の様子に、どこかおかしそうに笑う美紀。

 そして彼女は自身が思ったこと、彼女たちの想いを口にする。

 

「きっとりーさんはくるみ先輩のことを信じたかったんです。ゆき先輩だってそう。でもゆき先輩は学園生活部の部長だから、遺される人のことを考えて冒険でき(自分が思うまま動け)なかった。……だから、変わりにりーさんが動いたんだと思います」

 

「……ふぅん。そうなの――」

 

 美紀の考え、想いに対して淡白に答えた朱夏。

 その彼女の脳裏には由紀と同じ桃色の髪をした、どこまでも他人の幸せを優先しようとした親友の姿がよぎる。

 

 ――まだ遺される者のことを考えられるだけあの娘(由紀)の方がマシ、なのかしらね? それとも……。

 

 そこで頭を振る朱夏。ここでそんなことを考えても詮なきことだと思って。

 そこで朱夏は違和感を感じる。なにかがおかしい、と。

 そして辺りを見回すことですぐに気づいた。

 

「……ちょっと待ちなさい、あのスーツの男はどこにいったの?」

 

 ――金髪碧眼でスーツを着た男、ルイ=サイファーの姿が見えないことに。

 

 朱夏の発言に後れ馳せながらその事に気づいたアレックスと美紀も辺りを見回す。その時――。

 

「おぉ~~い、アレックスにみき、アヤカさんも無事ぃ~~?」

 

「……けいっ!」

 

 圭をはじめとする大学からの避難組が姿を現す。

 そして、圭は知らず知らずのうちに三人が警戒していることについての答えを告げる。

 

「それで、エネミー・ソナーから二つとも()()()()()()けどどうなった――」

 

 そこで圭の発言が止まる。

 その彼女の視線の先、そこには悠里と由紀に揉みくちゃにされている胡桃――一部人間としてあるまじき器官が見える――の姿があった。

 それを見た圭は駆け出すとともに、アレックスと美紀、二人に近づくと彼女たちの腕をむんずと掴む。

 

「ちょっ――」

 

「……け、けいっ?!」

 

 その事に驚く二人はそのまま引き摺られていく。そして圭は目を白黒させている二人に声をかける。

 

「もうっ、二人とも! くるみ先輩が帰ってきてるのに、なんでボーッとしてるの!」

 

 そう言いながら圭は――引き摺られるようにアレックスと美紀も――胡桃たちに近づくと思い切り飛び付く。

 突然のことに身構えが出来ていなかった胡桃たち三人は、圭たちに押されるように地面に倒れ込む。

 急なことに驚いていた胡桃と悠里だったが、同じように倒れ込んだ由紀の目を回している様子や圭の悪戯が成功した、とでもいわんばかりのどや顔。それにアレックスと美紀の申し訳なさそうな顔を見て思わず笑みを浮かべる。

 そして二人の笑い声を皮切りに、辺りには先ほどまで殺し合いが起きていたとは思えないほどの和やかな笑い声が響き渡るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ここはアマラ深界、そこでルイ=サイファーは自身の書斎とでも言うべき場所にあるソファーに身を沈ませると俯き肩を震わせている。

 

「――くく」

 

 ルイ=サイファーの口から漏れる声。それは喜色に溢れていた。

 

「ふ、ふふ……。はァーはっはっは――――おぶぇッ?!」

 

 そのまま高笑いするルイ=サイファーが、突如としてなにかに押されたようにソファーから転がり落ちる。

 その、今までルイ=サイファーがいた背後には足を上げた甲斐刹那の、恐らく五月蝿いとばかりに彼の背中を蹴飛ばしたであろう姿があった。

 そしてルイ=サイファーを蹴飛ばした刹那は悪びれる様子もなく話し掛けてくる。

 

「五月蝿ェよ、クソ親父。――それで、あのお姉さんはどうしたんだよ?」

 

 そう問いかけながらも、刹那は視線で告げる。

 

 ――下手なこと言えば容赦しないぞ。主に未来が、と。

 

 そんな二人の間を喪服の美女がおろおろとした様子で見つめる。

 彼女にとってルイ=サイファーは主君であり、その主君に対して危害を加える刹那は本来処罰すべき対象なのだが……。

 問題は刹那がルイ=サイファーの実子にして伝説のデビルチルドレン。とてもじゃないが処罰できる対象ではない。

 さりとて彼女も主君の臣下。なにもしないというわけにもいかない。

 そんな板挟みで胃を痛めている彼女を尻目に、ルイ=サイファーは心底楽しげな様子で彼女の、胡桃のことを告げる。

 

「胡桃のことかい? 彼女は仲間たちのもとへ戻ったよ」

 

 そう言いながらルイ=サイファーは空間に映像を表示させる。

 そこには悠里や由紀、圭などに揉みくちゃにされ笑顔を浮かべる胡桃の姿が写し出されている。

 その姿は本当に幸せそうで――。

 

 刹那と同じように映像をいつの間にか見ていた未来はほっとした表情を浮かべている。

 その横で訝しげな表情を浮かべ高城絶斗はルイ=サイファーへ問いかける。

 

「それで閣下? ずいぶんと楽しそうだけど、そんなに嬉しいことでもあったのかい?」

 

 その問いかけにルイ=サイファーはなにも知らない人間が見れば魅了されるほどの笑みを浮かべ、心底楽しげに話し出す。

 

「あぁ、嬉しい。嬉しいとも。彼女は人修羅とはまた別の道を選んだのだからね」

 

「別の道?」

 

「あぁ、悪魔とともにある道ではなく、()()()()()()()()()()()()を」

 

 ルイ=サイファーの答えを聞いた絶斗は首をかしげる。

 

「人としてともにある道? でも、彼女は魔人となったんだろう? それなのに?」

 

「そんなものは些事にすぎないよ。彼女の、彼女たちのあり方はまさしく人そのものだよ」

 

「ふぅん……?」

 

「君も同じようなものだろう? ()()()()?」

 

 ルイ=サイファーの含むような言葉を聞いた絶斗はかつてのことを思い出し、なるほどと納得していた。

 

「かつて僕がゼブルとしての記憶を思い出す前、そして思い出した後で価値観が変わったように、か……。まぁ、彼女の場合は()()()()()()()()()()()んだろうけど」

 

 そう言いながら絶斗はうんうん、と頷いている。

 ルイ=サイファーも彼の言葉に同意するように頷く。

 

「そう言うことだ。彼女たちの今後が楽しみだね」

 

 そう含み笑いを浮かべるルイ=サイファー。

 そのルイ=サイファーを胡散臭そうに見る刹那。

 

「で、クソ親父。今度はなにを企んでるんだよ?」

 

「企んでるなどとんでもない。ただ私はヒトの未来を見てみたいだけだよ」

 

「人の未来?」

 

 ルイ=サイファーの言葉に今度は刹那が首をかしげる。

 刹那の疑問に、ルイ=サイファーは楽しげに答える。

 

「あぁ、もとより我々カオス勢力の根底には人間を天に召します我らが父(創造神)から解放する。という目的がある」

 

 そう言ってソファーから立ち上がると、演説するかのように高らかに謳い上げる。

 

「そもそも、天使の本来の役割は人を正しき道へ導くこと。……それをあの熾天使どもはなにを勘違いしたのか、やつらは創造神こそが至高であり、人はその事を称えるための舞台装置のように扱い始めた」

 

 本当に嘆かわしいことだ。と、ルイ=サイファーは首を横に振る。

 

「それに本来、我らが堕天したのも人に甘言という名の戒め。人間の精神を成熟させるための行動だったというのに……」

 

 もっとも、今もその志を持つ悪魔は少なくなってしまったが……。と、ルイ=サイファーは悲しそうに告げる。

 

「本来天使は悪徳に堕ちる人を救済し、悪魔は契約を持って人を誘惑し、同時に彼らが契約に依存しないように精神を成熟させる。という役割で人が次なるステージに上げることが目的だった。そして――」

 

「……そして?」

 

「人が次なるステージ、神を必要としなくなった時、我らは魔界に身を引く筈だった。たが……」

 

 そこでルイ=サイファーは憤怒の表情に染まる。

 

「それをあの熾天使どもは、己が私利私欲で行動し、あまつさえ人を玩具と勘違いしている! ――そのようなこと()()()()()()は求めておらんわ!」

 

 ルイ=サイファーが怒号を上げると同時にMAGが吹き上がる。

 彼の怒気に刹那は喉をごくりと鳴らす。

 いつも飄々としている姿しか見ていなかったこともあり、流石に驚いていた。

 ルイ=サイファーを一通り怒鳴ったことで落ち着いたのか、いつもの澄まし顔に戻る。

 

「……失礼、取り乱した。まぁ、そういう訳で我らとしては、彼女が人の世に戻るのは望むところなのだよ。それよりも……」

 

 そう言うとルイ=サイファーは刹那、未来、絶斗の三人を見据えて声をかける。

 

「君たち三人に一つ、頼みたいことがある」

 

「頼みたいこと……?」

 

「うむ、実は少し前。アマラ宇宙の外に位置する別世界が発見された。その世界の調査を依頼したい」

 

「……へぇ」

 

 ルイ=サイファーの依頼を聞いた刹那は興味を引かれたようで、獰猛な笑みを浮かべる。

 

「それで、その世界でなにを調べれば良いんだよ?」

 

「なに、その世界にいる()()が人に害意を抱いていないか。そして人々がどのように暮らしているか、だね」

 

「なるほど。……で? その世界に名前はあるのか?」

 

「あぁ、その世界の名は――」

 

 ――エトワリア、と言うそうだよ。



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第八十話 不安と信頼

 胡桃が正気に戻ったあと、彼女の姿を見た大学生組と一悶着――とはいえ、事前に朱夏が説明したこともあって、多少驚かれた程度で収まっている――あったものの、現在は落ち着きを取り戻している。

 特に椎子は魔人化した胡桃の角や尻尾を興味深く観察しており、逆に胡桃がそのぶしつけな視線にたじろぐほどであった。

 

「えっと、その……。なん、です、か……?」

 

 椎子の視線にさらされた胡桃は思わずといった様子で、不自然な敬語を話す。

 そのことを受け、椎子もやっと自身が不審者のような扱いを受けていることに気づく。

 もっとも、だからどうした。といわんばかりに彼女は胡桃へと話し掛ける。

 

「いや、ふむ……。たしか、胡桃だったな。お前の頭にある角。……本物なのか?」

 

「いや、えっと……? ツノ……?」

 

 椎子に疑問を投げ掛けられて、胡桃は首をかしげると頭へ手を翳す。そして手になにか硬質なものが触れることに気づく。

 そこではじめて胡桃は自身に角が生えていることに気づいて驚きの声を上げる。

 

「おっ、おい! なんだよ、これぇ――!!」

 

 そう言って何度も角をペタペタと触る胡桃。

 そんな彼女を見て椎子は、気付いてなかったのか……。と呆れとも驚きとも取れる表情を浮かべる。

 

「……ちなみにだが。尻尾のことは流石に気付いてる、よな?」

 

 そう恐る恐る確認を取る椎子。

 彼女の確認に、胡桃はまさか。という表情を見せて手を後ろへ、臀部の方へ動かす。その手がなにやら固い、そしてなにか彼女自身が不思議な感触をするものに触れる。

 まず初めに感じたのは固いもの、という感触。次に感じたのは、確かに自身の臀部から伸びている筈なのに、()()()()()()()()()()()()()というもの。

 

 ある筈なのに、ない。

 そんなあり得ない感覚を味わった胡桃は、恐る恐る後ろを見る。

 だが、しかし。そこには確かにある竜種の物に見える尻尾。

 しかも、感覚はないくせに自身が動かそう、と考えた通りに動くときた。

 

「なっ、なんだよ。これ……ッ」

 

 自身から生えているモノに一種の悍ましさを感じ、顔を青くする胡桃。

 普通のヒトにはあり得ないモノ。それは即ち――。

 

 ――自身がヒトとして()()()()()()()となったということ。

 

 確かに胡桃は、彼女は力を得たいと考えルイ=サイファーの手をとった。

 そのことに後悔はない筈だった。でも……。

 

 太郎丸の姿を見て覚悟していた筈だった。

 だが、彼女の覚悟は……。あまりにも甘過ぎた、というほかなかった。

 

 姿が変わる。それは、言い換えれば今までの自身を()()()、と言うことだ。

 確かに彼女は間違いなく恵飛須沢胡桃だ。

 そのことに間違いも、勘違いもない。

 

 しかし同時に――。

 

 人間-恵飛須沢胡桃に角や尻尾があったか?

 

 ――否。

 

 人間-恵飛須沢胡桃の膂力はヒトを、パワード(デモニカ)スーツをまとったアレックスを超えるほどのモノだったか?

 

 ――否。

 

 ……人間-恵飛須沢胡桃は他の命を奪うことに、一切躊躇しなかったのか?

 

 ――否。

 

 恵飛須沢胡桃に尻尾や角などの部位はなかったし、いくら彼女が規格外だったとはいえ、デモニカスーツを着たアレックスを完全に凌駕するほどの膂力は持っていなかった。

 さらに言えば彼女の本質は心優しい少女であり、命を奪うことを躊躇しない、平然と出来るような精神は持ち合わせていなかった。

 事実、アウトブレイクが起きた当初から彼女は戦闘班として最前線に立っていたし、当時記憶を取り戻していなかったとはいえ、頭一つ飛び抜けていたアレックスに次ぐ戦績を打ち立てていた。

 しかし、それに反して精神は磨耗し、夜中に夢見の悪さから飛び起きることもままあった。

 

 それは彼女が弱いから……、などとは口が裂けても言えないだろう。

 そも、彼女は本来戦う者でも、ましてや命のやり取りをするために生きてきたわけではないのだ。

 

 そんな彼女が手に入れた力。悪魔として、魔人としての力――。

 確かにそれは、間違いなく人を超越した力だ。

 

 ……そう、()()()()()なのだ。

 

 彼女は既に完全な人間ではない。半人半魔とでも言うべき存在になってしまっている。

 しかし、恵飛須沢胡桃の精神は()()()()()だ。

 果たしてそんな精神状態の彼女が平静なままでいられるか?

 

「――あた、あたしは……!」

 

 ――いられるわけがない。

 

 彼女にとって()()()()だったこと。それが失われたのだから。

 ……想像してほしい。もし、あなたが急に人として逸脱した力を得たとして。

 これまでと同じような日常を送れるかどうかを。

 

 周囲から好奇の視線にさらされるかもしれない。心ない言葉を浴びせられるかもしれない。……家族から化け物を見るような目で見られるかもしれない。

 今までとは何もかもが変わってしまう世界(あなたの周り)で、果たして平静でいられるか?

 

 そも、人間とは追い詰められると近視眼的なりやすいものだ。

 今回の胡桃に関しても、そう。

 母親の仇討ちも出来ず、力も足りなかった。

 ならばどうすれば良いのか……?

 

 胡桃が冷静であったのならば、アレックスや晴明などに頼る。などという選択肢もあっただろう。

 しかし彼女はもっとも早く力を手に入れられる手段。即ち、悪魔合体を目指した。

 ……太郎丸という前例がいたから。ルイ=サイファーというモノ(悪魔)()そそのかれた(甘言に乗った)から。

 

 それが一概に悪いとは言えない。事実、力は得たのだから。それも破格と言える力を、だ。

 

 だが、いまの胡桃の胸中にある感情。それは力を得た高揚でも、全能感でもなく、ただ、ただ恐怖心だけだった。

 

 ――もし、学園生活部の仲間(みんな)に拒絶されたらどうしよう。それどころか、もし敵対されたら……。

 

 実際、彼女の本意ではないとは言え、朧気ながらも皆と殺しあった記憶があるのだ。

 今は正気に戻っている。だが、未来は――?

 再び暴走する、という可能性は否定できない。むしろ彼女(胡桃)自身が信じ切れないのだ。己が暴走しない、という可能性を。

 

 だからこそ彼女は恐怖する。皆に拒絶される可能性を。……自身が再び皆を傷付けてしまう可能性を。

 

 ――なら、ここを離れてしまえば良いのでは……?

 

 そんな益体もつかない考えが鎌首をもたげる。

 そうすれば()()()()()だけは防げる。

 そんなことを考えていた胡桃だったが、ふと、自身が暖かい()()()に包まれているかのような感覚を感じる。

 それと同時に耳元で囁かれる。

 

「くるみちゃん、大丈夫。……大丈夫だから、ね?」

 

「……ゆき?」

 

 暖かい感覚の正体。それは彼女を、胡桃を抱きしめていた由紀だった。

 

 ……自身の考えに没頭するあまり、胡桃は由紀に抱きしめられたことすら、気付いていなかったのだ。

 そのことに気付いて胡桃は内心嘆息する。

 

 冷静さを欠いたことに後悔していた筈なのに、今再び冷静さを欠いて、ハツカネズミのごとく思考がぐるぐると空回りしていたのだから。

 そして彼女は由紀に感謝する。

 もし、また一人で勝手に考えて、決め付けて、答えを出していたら……。

 

 ……その時は、皆と決定的な破局へと至っていただろう。

 だからこそ彼女は由紀に感謝し、その言葉を紡ぐ。それが今、自身に出来る精一杯のことだから。

 

「ありがと、ゆき。……お前は本当にすごいな」

 

「……え? そんなことないよ。私()()がすごいんじゃなくて、皆がすごいんだから、ね?」

 

 満面の笑みを浮かべながら、諭すように告げる由紀。

 彼女の言葉を聞いた胡桃は可笑しくなって吹き出す。

 

 ――そうだ、そうだった。本当にそう。考えれば簡単なことだった。

 

 確かに()()という意味ではアレックスが――秘密基地組が合流した後では晴明も――際立っていた。だが、それだけじゃなかった。

 

 りーさん、園芸部の悠里がいたからこそアウトブレイク初期では飢えることなく生き残ることが出来たし、その後も慈、めぐめえとともに事務的な裏方作業――電気や物資などの残量の把握や、やりくりなど――で皆を支えていた。

 

 めぐねえ、佐倉慈も事務作業についてもだが、学園側の唯一の大人の生き残りとして生活部の精神の支柱となり、授業などを通して非日常の中でも日常を作り上げてくれていた。

 

 柚村貴依もそうだ。彼女の人怖じしない性格で、なにかと生活部内で潤滑油としての役割を果たしていた。

 もし彼女がいなければ、悠里と胡桃の間で衝突が起きていた可能性だって否定できない。

 

 そしてゆき、丈槍由紀。彼女がいたからこそ『学園生活部』という名の生活集団が生まれ、彼女というカリスマがいたからこそ、意外と我の強い面々が纏まることが出来たのだ。

 実際、胡桃ももし由紀がいなかった場合の学園生活部を想像すると、途中で空中分解するか、めぐねえの下、薄氷の上で纏まるか。もしくはアレックスが武力をもって無理矢理纏めている様子しか想像できない。

 そして、その状態では今のような和気藹々とした生活部ではないのだけは容易に想像できる。

 

 ――つまり、由紀が言っていた『全員がすごい』というのは全くもってその通りであり、皆がいたからこそ学園生活部はここまで来れたのだ。

 

「そう、だな。……そうだよなっ!」

 

 涙に濡れ、震えた声で返事する胡桃。

 彼女にとって、その言葉は救いになった。自身がここにいて良いのだ、と。

 

 ――彼女自身が気付いていない心の奥底にあった不安。こことは別の可能性の世界。それは聖典世界の未来に於いて、成長した胡桃も同じように抱いていた不安。

 即ち、皆のためになにも出来なくなってしまうかもしれない。役立たず、足手まといになってしまうかもしれないという不安だった。

 

 他の仲間たち。学園生活部の面々が聞いたら鼻で笑うか、もしくは大丈夫か、と心配してくるかもしれない。まぁ、どちらにしても胡桃の不安、心配は杞憂でしかないだろう。

 しかし、それでも彼女はそう考えてしまうのだ。己の気質ゆえに。

 

 そもそも胡桃。彼女について男勝りな様子から快闊な、精神的にも強い女性として見られることが多いが、実際には少し違う。

 彼女が他人に見せる快闊な性格は、他の人間に弱いところを見せたくない。という感情の裏返しであり、実際に聖典世界。かの世界の成長した胡桃は苦楽をともにした学園生活部の仲間たちには弱いところを見せるが、逆に彼女の恩師。主治医でもある老医師には弱いところを見せようとはせず、それを見抜かれ、嘆息されている。

 

 そして彼女は、さらに根本的な部分で人の役に立ちたい。立たなければならないという強迫観念を心の奥底に抱いている。

 それが胡桃をアレックスに比べると劣りはするものの、戦闘班の中でも抜きん出た才を見せた原動力だったのだ。

 

 だが、今回に於いてはそれが悪い方向に作用してしまった。なぜなら、その精神性こそが彼女を焦らせ、冷静さを失わせてしまった原因だったのだから。

 

 もし、たらればの話しになるが……。

 彼女が自身を追い込みすぎる性格でなければ、また違う未来があったかもしれない。……もっとも、良い未来だけではなく、精神性が違うことから道半ばで果てる可能性も十分にあり得るが。

 

 とにもかくにも、そのような精神状態だった胡桃。もちろんそのままでは不味いことになってしまったかもしれないが……。

 

 しかし今は違う。

 今、彼女の周りには彼女が信頼し、そして信頼され認め合う仲間たちがいる。

 由紀との会話でそのことに気付かされた胡桃には最早迷いも、違うモノになってしまった後悔もない。あるのは、仲間たちとなにがあってもともにある。という不退転の決意。

 

 その答えを得た胡桃は、仲間たちを心配させないために笑みを浮かべる。

 その顔は憑き物が落ちたように綺麗な笑みであった。



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第八十一話 合流

 胡桃がなにがあっても皆とともにある。と覚悟を決めていた頃、晴明たちは巡ヶ丘学院高校までの帰路を急いでいた。

 もっとも、急ぐとはいっても道中が安全であるとは言い難いのもあり、低級とはいえ悪魔が顕現している現状、ある程度足止めをされているのも事実だった。

 

 今も晴明は人が出すにはおかしな程の速度で走りながら、目についた幽鬼や外道といったダーク悪魔――一般的に交渉などが一切不可能な悪魔――をメギドファイアで撃ち抜いていた。

 そしてある程度歩を進めた後、付近に悪魔の気配を感じることがなくなった晴明は、少しの合間足を緩める。

 そのことに疑問を抱いたバロウズは晴明に声をかける。

 

《どうしたの、マスター? 急ぐんじゃなかったのかしら?》

 

「……あぁ、それはもちろん。そのつもりなんだが……」

 

 いつになく歯切れの悪いことを言う晴明。

 そんな彼の様子におかしさを感じたバロウズ。

 そのことについて問いかけようとするが、その前に晴明から答えを告げられる。

 

「今日は嫌に悪魔が多い……。なにか悪い前触れでないと良いんだが……」

 

 そう言って心配する晴明の顔には、なにか悪いことが起きる。そう確信するかのように緊張の色が見て取れた。

 

 

 

 

 一方その頃。

 学園生活部の面々は空き教室の一室で、避難してきた大学生組との顔合わせを終わらせていた。

 その中で同じペルソナ使いとして朱夏は由紀へ話しかけていた。

 

「……それで、ゆき。だったわね? 貴女もペルソナ使いだと聞いたのだけど」

 

 一瞬美紀と圭に視線を向けることで、言外に誰から聞いたのかを示しながら語り掛ける朱夏。

 その朱夏に、由紀はペルソナ使いは自分だけではないことを告げる。

 

「えっと……。うん、私もペルソナ使いだけど……。今は私一人だけじゃなくて――」

 

 そう言って由紀は学園生活部にいるもう一人のペルソナ使い、若狭悠里を見る。

 由紀の視線に気付いた悠里は談笑していた晶や篠生、美紀、圭の後輩コンビに断りをいれて離れると、彼女たちの下へ移動してくる。

 

「どうしたの、ゆきちゃん?」

 

「あ、うん。用事ってほどじゃないんだけと……。ほら、この人が()()()()さんや、()()()()さんが言ってた――」

 

「……あぁ。神持朱夏さんね」

 

 二人の会話。その中で、自己紹介をしていない筈の悠里に自身の名前を知られていることと、もう一つ。聞き覚えのない二つの名前に驚く朱夏。

 朱夏が驚いたことで、二人は朱夏がベルベットルームについて知らないということに気付く。

 そして代表して由紀がベルベットルームやイゴール、リディアについて説明した。

 

「――――と、いうことなんです」

 

「……驚いたわね。そんな部屋? というよりも世界なのかしら? ともかく、そういったものがあるだなんて」

 

 驚愕半分、関心半分な様子で頷いている朱夏。

 だが、彼女はすぐに頷くのをやめ、由紀の顔を見る。その表情はどこか同情するような、不憫なものを見るような、少なくとも見つめられる由紀からすると不安をかられるものだった。

 流石に朱夏の不躾な視線に不快感を感じた悠里は、彼女へ問いかける。

 

「……あの。ゆきちゃんに、なにか」

 

 悠里の声色に、朱夏も自身がどんな表情で見つめていたのかに気付いて、謝罪しつつ理由を告げる。

 

「いえ、ごめんなさい。色々と不躾だったわね。……ただ、そう。ただ、色々と大変そうと思っただけよ」

 

「大変そう、ですか?」

 

 朱夏が言う大変そう。の意味が飲み込めず首をかしげる悠里。

 そんな悠里の様子に、朱夏は軽く笑う。

 

「ふふっ、まぁ分からないわよね。……ゆきの力、ワイルドだっけ? 聞くだけなら便利そうな能力だけど……」

 

「だけど……?」

 

「言い換えれば、選択肢がありすぎるのよ」

 

 朱夏の選択肢がありすぎる。という言葉にきょとんとした顔をする悠里。

 逆に由紀はなにか心当たりがあったのか、苦笑いを浮かべる。それを見て朱夏は、由紀は理解していることを知り、悠里に分かるように説明する。

 

「そうね……。流石にここで出すのは憚られるから出さないけど、私のペルソナは電撃属性と補助に特化してる感じね。悠里、だったっけ? 貴女のペルソナもそういった得意な属性がある筈よ」

 

 頭の中でペルソナについて思い浮かべてみなさい。朱夏にそう言われて、悠里は言われた通りに己のペルソナ。イシスについて思い浮かべてみる。

 するとまるでRPGのように、朧気ながらイシスのステータスが見えてくる。

 

「……えっと、あっ、はい。たしかに……。ん、と……、イシスは……。あら? 私のイシスも電撃と補助が得意みたいです」

 

 まさか朱夏のペルソナと得意分野が被っているとは思わず、驚いた様子で告げる悠里。

 そのことに朱夏は特に驚く様子は見せず、そういうこともあるだろう。と軽く頷いて話を先に進める。

 

「まぁ、多少なりともそういうことはあるでしょうね。……でも、由紀。貴女は違うんじゃないかしら?」

 

「……え? えっ、と。私のペルソナは氷結属性が多いけど、他に火炎と物理もいる、かな」

 

 悠里と同じように自身のペルソナを思い浮かべて告げる由紀。

 そこまで聞いた朱夏は、我が意を得たり。と言わんばかりに、そう、それよ。と告げる。

 

「由紀、貴女の力。――ワイルドといったわね」

 

「うん、言ったけど……?」

 

 朱夏の言葉を聞き、不思議そうに首をかしげる由紀。

 そんな由紀に対して、朱夏は一つの可能性を口にする。

 

「そしてワイルドは数多の仮面(ペルソナ)を降魔し、使い分けることが出来る。例えば、敵の弱点属性を持つペルソナに付け替えて一気に畳み掛ける、とかね」

 

「……あぁ、だから選択肢がありすぎる。なんですね」

 

 朱夏の話を聞いた悠里は得心がいったように頷いている。それは、今の彼女の話で純粋に込められた意味だけではなく、裏に込められた考えも見えたからだ。

 即ち由紀に、彼女に求められる役割が多岐にわたるという意味でだ。

 

 これは歴代のペルソナ主人公たち、あるいは操作しているプレイヤー視点で考えると分かりやすいかもしれない。

 まず一つ目の役割は純粋なアタッカー。これはある意味分かりやすい。なぜならペルソナ主人公(プレイヤー)はペルソナを付け替えることによってあらゆる属性に対応可能なのだから、これほど便利なアタッカーはいないだろう。

 

 次にPTの穴を埋める、といっても分かりづらい、か。

 まぁ、こちらも簡単に言ってしまえばPTに回復役や補助役がいなければ変わりにその役目にもつく、ということだ。

 

 これらだけでも充分に大変だ、ということに理解できそうだが、彼ら、彼女らにはもう一つ重要な役割がある。

 それはPTリーダーとしてメンバーたちに指示を与える。いわば司令塔としての役割だ。

 

 これは言い換えれば、あらゆるものを()()すべき役割ということだ。

 即ち、自身と仲間。そして敵の属性や使用してくるスキル。それによる有利不利の関係。さらには戦場を俯瞰的に見て、常に最善の行動を模索する判断力に思考力。

 もはやここまでくると軍師とでも言うべきであるが、それほどの働きを彼ら、彼女らは行っていた。

 

 もちろん朱夏も、これら全てを由紀に行え。と言うつもりはさらさらない。

 しかし、望む、望まないに関わらず由紀は後々その立場に身を置くことになるだろうとも思っていた。

 それがワイルドに、()()()()()になってしまった者の宿命だ、と理解していたから。

 

 ――だから朱夏は決意した。

 

 せめて彼女が戦いに、戦場へ赴く時は多少なりとも手伝ってあげよう、と。

 ペルソナ使いの先達として、そして彼女の恩師。佐倉慈(めぐねえ)が悲しむことのないように、と……。

 

 そんなことを心の中で決意しながら表面には決して出さず、朱夏は飄々とした様子で悠里に話し掛ける。

 

「それで悠里。貴女、シノウやアキと仲良く話してたみたいだったけど。もしかして知り合いだったの?」

 

「あっ、それ。私も気になってた。どうなのりーさん?」

 

 朱夏の質問に、由紀も追従するように。同時にとても興味を抱いていたのか、目をキラキラさせて問いかける。

 二人の態度に悠里は困ったように笑いながら否定する。

 

「いえ、そういう訳じゃないの。ただ――」

 

「ただ?」

 

「あそこにいた全員。あ、圭さんに美紀さんも含めて、ね。――アウトブレイク前に蘆屋さんに会ってたみたいで……。そのことを話してたのよ」

 

「ほへぇ……」

 

 悠里の答えが予想外だったようで呆けた声を上げる由紀。確かに以前、悠里が、というよりも瑠璃がアウトブレイク前に晴明に助けられたことは聞いていたが、他の面々が晴明と面識があったことは知らなかったからだ。

 とくに美紀と圭。二人はリバーシティ・トロンで偶然助けた、と聞いていたのでそのときが初対面だと思っていた。

 そして、朱夏もまた悠里の答えを興味深そうに聞いていた。

 

 確かに彼女自身アウトブレイク前日に晴明と会っている。というよりもその時に晶と篠生、二人と面識ができ、友人関係になったのだが、まさかそれ以前に他の面々に会っていたとは知らなかった。

 

 ――まるで運命に導かれるように、だ。

 

 そこまで考えた朱夏は、なにかを察したようにハッとした表情を見せる。

 かつて晴明から聞いた聖典世界。

 その世界に於いて、学園生活部が重要な役割を担ったのは聞いている。

 だが、それと同時に。

 今、ここで生きて学園生活部と合流できた自身を含めた大学生組。

 

 自身や皆も聖典世界では何らかの役割を担ったのかもしれない、と。

 その証拠に、大学で籠城していた時はかなりの生存者がいたにも関わらず、巡ヶ丘学院高校にたどり着けたのは自身や晶、篠生を含め十人程度しかいない。

 まるで(ふるい)に掛けられたように。

 

 朱夏が急に真面目な表情になったことで、何かあったのか、と心配する二人。その中で悠里が心配そうに身を乗り出しながら声を掛ける。

 

「あの……。大丈夫ですか? 朱夏さん」

 

「えっ? ……ええ、大丈夫よ」

 

 思考の渦に沈んでいた朱夏は、不意打ち気味に話し掛けられたことに驚きながら返事をして――。

 

「……? どうかしましたか?」

 

 まじまじと悠里を見つめ、次に自身を、そして悠里をと視線をさ迷わせている。

 そのことに小首をかしげる悠里。対して由紀は然もありなんといわんばかりに、うんうん。とどや顔で頷いている。

 

 彼女の視線、その先には悠里が前のめりになったことで強調された、たわわに実った果実が、そして己の控えめな、それなりにある、と思いながらも決して豊かとは言えない胸部装甲を比較して、顔には出さないものの世の不条理を嘆いていた。

 そして、彼女は表面上は平静さを見せながら――。

 

 ――いつか、どうすればそこまで育つのか聞いてみよう……。

 

 先ほどとは別の意味で誓いを立てるのだった。



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第八十二話 実力

お久しぶりです。作者です。

大変お待たせしました、今回より更新再開させていただきます。
しかし、オリジナル小説の執筆も並行して行いますので完全な不定期更新になると思います。ご了承いただけると幸いです。
また、よろしければ作者の初オリジナルであるバベル再興記~転生したら秘密結社の大首領になりました~ https://syosetu.org/novel/294112/ も併せてよろしくお願いいたします。


 その後、ペルソナやベルベットルームのことについて話していた由紀たち。

 特に先達としての朱夏の話が興味深かったのか、気になることを質問しては頷く。という行為を繰り返していた。

 そして気になることをあらかた聞き終えたのか、三人の間に少しばかりの沈黙が降りる。とはいえ、その沈黙が居心地の悪い、などということはないため由紀たち三人はあえて破ろう。という行動はしない。しかし、思いがけない方向から沈黙が破られることになる。

 

「ねぇねぇ、アヤカ!」

 

「……うん? どうしたのよアキ。それに圭たちまで」

 

 朱夏たちに話し掛けた人物。それは別の席で話していた大学生組の晶と篠生。それに、朱夏の妹弟子たちである圭、美紀のコンビだった。

 話し掛けてきた四人のうち、晶と圭は好奇心旺盛な様子で目を輝かせ、篠生と美紀は申し訳なさそうに身を縮こませている。

 そのことに、朱夏は晶が、由紀は圭がなにか突発的にしでかしたな? と、半ばあきれた表情で互いに顔を見合わせる。

 もっとも、圭と晶。二人はそんな彼女たちの変化に気付かない。もしくは意図的に無視しているようで、何事もないように彼女らへ話し掛ける。

 

「アヤカ、あんたってその……。ペルソナ使い? の中でもかなりの腕利きなんでしょ?」

 

「……え、えぇ。まぁ、それ相応には」

 

 急な晶の質問に困惑する朱夏。

 確かに朱夏の位階は覚醒者(Lv30)。平和な世の中では異能者(Lv10)クラスが主力となることから考えても朱夏の実力は破格と言っていい。

 事実、日本最大の対オカルト組織。築地根願寺の現当主。彼のLvが20であり、なおかつ腕利きと評されていることからも理解できる。

 ……まぁ、今代のライドウたる朱音や、蘆屋の分家の出である晴明など、はるかに格上の存在たちもいるが、それらははっきり言って慮外。……というよりも論外な存在なので考慮しない方がいいだろう。

 そも朱音は史上最強を謳われる十四代目葛葉ライドウより劣るとはいえ、比較対照として挙げられる才媛であるし、晴明にしても女神転生というコンテンツを知る転生者。他者からはこの平和なご時世に自身を苛めぬいて鍛えるストイック(キチガイ)な男と思われているのだから。

 

 

 閑話休題(それはともかく)

 

 

 今だ困惑する朱夏に、晶はひとつの質問を投げ掛ける。

 

「それで、さ。圭ちゃんに聞いたんだけど、アンタとこの子達の友達」

 

 そう言って彼女はとある場所へ視線をそらす。そこには晶や朱夏の仲間であり、キラキラと輝いた瞳で見つめ、興味津々と言った様子で話し掛ける桐子に対して困惑の色を隠せないアレックスの姿があった。

 

「あの子、アレックスちゃんとアンタ。どっちが強いの?」

 

「……そう、ね」

 

 晶のどちらが強いのか、という質問を聞いた朱夏は考え込む――ふりをする。

 正直な話。暴走した胡桃を止めるための短い共闘の合間の動きだけでも分かることと言えば、()()()()朱夏自身と同等の力量はあるだろう、ということだ。

 

 そう、()()()()、だ。

 

 はっきり言って朱夏の観察眼では、アレックスの(実力)の底を測ることができなかった。ただ一つ、確実に言えることがあるとすれば――。

 

(……あの子、血臭が凄まじすぎる)

 

 そう、アレックスから濃密な血の気配。まるで幾度の戦場、地獄を生き抜いてきたかのような気配が見え隠れするのだ。

 ともすれば、自身の師匠である晴明。彼のまとっている気配に比肩するほどのものを、だ。

 

 ――晴明はおろか、朱夏自身よりも年下である筈の少女から。

 

 あり得ない、とは言い切れない。

 何故ならこの世界、見た目や年齢と実力が比例しない。などということは往々にしてよくあることでしかない。

 一つの良い例として朱夏自身は面識はないが、高城絶斗(魔王-ゼブル)甲斐刹那、要未来(デビルチルドレン)などが挙げられる。

 実際、彼らは中学生であることから、そう言った意味でも間違ってはいないのだが……。

 

 ともかく朱夏としては、自身が彼女より優れている。と自惚れることは出来ない。と考える程度には彼女の存在感は凄まじかった。

 そのことを晶に伝えてよいものか、と悩む朱夏。と、いうのも晶本人は気付いていないだろうが、朱夏の実力に対して盲信しているきらいがあると感じていたからだ。

 

 そんな彼女に真実を伝えたらどうなるか?

 正直、考えたくない話だった。

 晶の精神状態のためにも、今後の活動に支障をきたさないためにも、だ。

 もし、朱夏がアレックスより弱いと知ったら、朱夏の(ペルソナ)を心の拠り所にしている晶がどのような行動に出るか。どう考えてもろくでもないことになりそうなのは確かだった。

 そんな不安を抱える朱夏。

 

 しかし、その時彼女の不安を増長させるような声が外から聞こえてくる。

 

「なら、実際に戦ってみれば良い」

 

「……なっ――」

 

「へ……? あっ、蘆屋さん?!」

 

 突如として戦えば良い、などと言った声の主を見て驚く二人。

 そこには、先ほど晶が発したように、大学生組を逃がすために殿(しんがり)をつとめた蘆屋晴明の姿があった。

 

「晴明さん、いつの間に……。いえ、それよりも――」

 

 突然現れた晴明について、彼の実力を知っている朱夏は疑問を抱くことはなかった。しかし、彼が発した言葉に関しては話が別だ。

 そのことを問い詰めようとする朱夏だが、その前に――。

 

「朱夏、お前の懸念も分からなくはないが、な……」

 

 そう言いながら晶を見る晴明。

 急に晴明に見つめられることになった訳が分からない。とでも言いたげに首をかしげる。

 もっとも、朱夏はその仕草だけで晴明が言いたいこと。つまり、彼女と同じ懸念を抱いていることを知る。

 だが、それを知ってなお、先ほどの発言をした意義が掴めない。

 そのことで声を荒げそうになる朱夏。

 

「晴明さん、なんで――!」

 

()()()()()、だ」

 

「――は?」

 

 晴明の意図が掴めず呆けた声をあげる朱夏。

 そんな彼女に構わず晴明はさらに話を進める。

 

「確かに朱夏、お前は間違いなく日本で有数のペルソナ使いだ」

 

 二人のやり取りを聞いていた晶はその言葉で顔を輝かせる。

 普段、朱夏から聞いていた話や、学園生活部の面々が話していた蘆屋晴明という怪物(英雄)。その彼が肯定する朱夏の実力を聞いて、無意識化に抱いていた気持ち(依存)が間違っていなかった。という確証が得られたのだから。

 だが、続く晴明の言葉で衝撃を受けることとなった。

 

「だかあの娘。アレックスさんはもっと強いぞ。俺でも油断してると負けるだろうな」

 

「……うぇぇ?!」

 

 その言葉を聞いていの一番に反応を返したのは圭だった。主に信じられない、というよりも信じたくない、という意味で。

 まぁ、圭がそう思うのも無理はない。

 

 晴明はともかくとして、アレックスとはそれなりの付き合いになり、美紀と三人気心の知れた仲として暮らしていたのだ。

 それが、急に自身よりも格上、というのは理解しているが流石に晴明と同格。というのは納得しづらいのだ、心情的に。

 因みに、美紀も同じ心情なのか目を真ん丸に見開いてこくこく頷いている。

 

 そんな二人を見て表にこそ出さないが、内心頭を抱える晴明。ここ最近、学園生活部から離れ、単独行動を取る際になるべく彼女たちに経験を積ませようと行動をしていた訳だが、それでもまだ足りなかったと理解したからだ。

 もっとも、今回に関しては晴明が高望みをしすぎている、という側面もある。

 例えば、素人に毛が生えた程度の人間に標高五千メートルと五千百メートルの山々を見せた後にどちらが高かったか。などと聞いてもどちらも高かったです、という返答が関の山だ。

 つまり、何が言いたいかというと、前提の知識がないのにきちんとした判断をしろ。というのは土台無理な話なのだ。

 しかも、それが己の慮外である存在であればなおさら。

 

 こういったことは本来経験がものを言うが、いくらなんでも彼女たちが力を得てから。正確に言うなら、まだアウトブレイクが起きて一月も経っていない現状では、いくらなんでも無理がある。

 むしろ先ほどの話を聞いて驚けるほどの知識を得た。という時点で称賛ものだろう。

 事実、戦えこそすれど戦闘者としての知識の無い慈と透子はそんなものなのか、といった感じて思考を放棄している。

 

 因みに、他の面々の反応は大別して学園生活部は慈以外が驚き、大学生組は朱夏を除くと篠生だけが驚き、残りは慈たちと同じ反応となっている。

 そのことからも、二つのグループの間でもかなりの経験の差があることが理解できる。

 これも一重に、初期段階で戦闘者がいたのか、いなかったのかの差が如実に表れているのが分かるだろう。

 もっとも、その結果の晶の依存がある訳で、そこまで喜べることではないのだが。

 

 とにもかくにも、本来そこまで嘆く事態ではないのだが、晴明にとってそれはゆゆしき事態に映ったようで、一計を案じるように弟子たち(美紀、圭)に指示を出す。

 

「……よし、美紀、圭。お前らもアレックスさんにしごいてもらえ」

 

『――はい?』

 

 晴明の言葉に思わずハモる美紀と圭、とついでにアレックス。そもそも、アレックス本人からすれば、なに本人の承諾も得ずに決めているのか、という話である。

 ただ、本人以外は話の流れ的にアレックス対朱夏が、アレックス対朱夏、美紀、圭のチーム戦になった。という感じなのだが……。

 その空気を感じ取ったアレックスは、己に拒否権がないのを悟ってひきつった笑いを浮かべている。然もありなん。

 

 そんなアレックスの心情をよそに、話はどんどん進んでいく。

 

「ともかく格上相手の、しかも死ぬ危険性がない戦いってのは色々な意味で良い経験になる。一度やってみろ。……それとも俺と戦るか?」

 

 その言葉を聞いて首を横に振る三人。出来るかどうかは別として、やはり好いた男に傷を付ける可能性は万に一つでも許容できなかったようだ。

 正直、それで勝手に対戦相手に祭り上げられるアレックスからすると迷惑千万な話であったが……。

 

 そんなアレックスの考えをよそに一対三の模擬戦が行われることとなり、アレックスは諦めにも似たため息を漏らすのであった。



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第八十三話 超人たる所以

 その後、模擬戦を戦うことになった四人は、晴明の手によって結界が敷かれた校庭へと足を運んだ。

 四人はそれぞれ、かれらが晴明の結界によりいなくなった校庭を見て、どこか懐かしむように見つめる。

 特に美紀と圭は、一時的とは言え完全な安全地帯となった母校に在りし日の日常を思い出し、少し感慨深げにしている。

 彼女らにとって、巡ヶ丘学院高校こそが最後の日常の象徴であり、アレックスを含め親友三人がここに集っていることからも仕方ないのかもしれない。

 もっとも、これから行われるのは日常ではなく、彼女らにとって非日常の最たるもの故の現実逃避も含まれていたのだが……。

 

「……まったく、なんでこんなことに」

 

《アレックス、今は戦いに集中すべきだ》

 

「分かってる、分かってるわよ。ジョージ」

 

 ある意味美紀と圭、二人にとって日常であり、非日常の象徴となってしまった親友たるアレックス。

 そして、彼女の相棒である新型デモニカスーツの管理AIジョージは気の抜けたやり取りを行っている。

 だが、そんな二人ではあるが、この四人――ペルソナ使いとしてそれなりの力量を持つ朱夏も含めても――の中では隔絶した実力を持った存在。正しく『超人』と呼ばれるべき人物だ。

 それは彼女が前世に於いてシュバルツバースを踏破したことからも明らか。

 

 仮に現時点の朱夏たち三人がかの地へ降り立ったとした場合、生き残れる可能性は万に一つもないだろう。

 だからこそ、彼女や今世に於いて彼女の父の同意体-唯野仁成である活躍した戦いが、晴明の前世にてSTRANGE (過酷な)JOURNEY(旅路)と評されたのだから。

 もっとも、かの世界群に於いて過酷でなかった旅路。というのは存在しない、と言って良いのだが……。

 むしろ、比較的穏当なペルソナ世界ですら学生たちの双肩に世界滅亡の阻止。という重すぎる使命を抱えさせるのだから、何をいわんや、という話だろう。

 

 とにもかくにも、そのような世界で生き抜いたアレックスと、その世界群の一部を宿しながらも比較的穏当だったこの世界で生きてきた三人では実力に差が出るのはある意味当然、致し方ない話だった。

 なおかつ、美紀と圭については、この間までまったくのド素人だというのもさらに拍車をかけるものだったが。

 

 そんなアレックスに対して三人をけしかけた晴明の思惑。それは――。

 

「ねぇ、マスター? あの三人に彼女の相手をさせるのは、流石に時期尚早ではないんです?」

 

「あぁ、まったくもってその通りだな」

 

「いや、その通りだな、って……」

 

 晴明は四人が粛々と模擬戦の準備をするのを見ながら、仲魔である秘神-カーマの疑問を肯定する。

 そのことに呆れたカーマはなんとも言えない表情で彼を見る。

 それは、彼女の心情。いくらなんでも可哀想ではないか、という同情が見え隠れしていた。

 

 もっとも、晴明はカーマの時期尚早という意見に同意こそしているが、同時に仮に戦わせるとしたら今を於いて他にない、とも思っていた。

 それこそが、晴明自身の思惑にも繋がること。

 

 まず、本来現世に、人間界に現れる筈の無い最上位悪魔である高城絶斗(魔王-ゼブルの人間体)が顕現したこと。

 これにより少なくとも、この巡ヶ丘市がかの世界群のトウキョウのように世界の命運をかけた舞台になりかねない、という危惧。

 そして、同市に偶然か必然か、丈槍由紀というワイルド(世界の命運を左右する可能性)が存在したこと。

 さらには、彼女を導くかのように神持朱夏(ペルソナ使いの先輩)が、唯野=アレクサンドラ(歴戦の勇者の魂を持つ者)が住んでいた、という事実。

 そのことからも、この地が決戦の地になる。という仮説を補強していた。

 

 そんな地獄の一丁目、とも言えそうな地に多少腕の立つだけだったり、素人に毛が生えた程度の者たちがいた場合、どうなるか?

 考えるまでもなく、その最後は悲惨なことになるだろう。

 しかもそれが己の、口にこそ出さないが愛弟子たちだとするなら。

 

 晴明としても、なけなしの人の心を持つ者として、流石にそんな最後はごめん被りたい。だからこそ、今回の模擬戦。

 そうすることで愛弟子たちの生存する可能性が少しでも上がるなら、と。

 

 確かにそこには、晴明から愛弟子たちに対する少し歪な愛があった。もっとも、本人たちからするとちょっと違う。と言いたくなるものだったであろうが……。

 

 それはともかくとして、アレックスと、手練れと戦うことで得るものはある筈だ、と晴明は思っている。

 そう言った意味では、最初自身で戦おうとも考えていたのだが。

 

「……まぁ、流石にそれは色々と面倒事になりかねねぇしなぁ」

 

「そこら辺りは仕方ないのでは? 有名税と言うやつですし。それにその心配も今さらでは……」

 

 晴明がポツリとこぼした言葉に、いつの間にか近くに寄って来ていたジャンヌが突っ込みを入れる。

 ジャンヌが有名税、と言ったように蘆屋晴明の名は裏の世界ではかなり有名だ。まぁ、この事に関しては幾度か触れているし今さらだろう。

 それよりもある意味問題なのは、まだ弟子入りして一月程しか経っていない美紀、圭に対してかなり過保護に接している事だ。

 

 弟子に対して親身に接することが問題? と思う人もいるかもしれない。

 確かにそのこと自体は素晴らしいことだし、事実、そうすることで弟子の力量はより上がりやすくなるだろう。

 ……しかし、それを行っているのが晴明だ、という一点が問題となる。

 

 もともと晴明は弟子を取らないことで有名であり、初弟子の朱夏の時もかなり驚かれていた。

 だが、朱夏の弟子入り後。約五年間、誰一人として弟子入りは叶わなかった。だというのに、ここにきて急に二人。しかも片方(直樹美紀)は本来MAGを体外に放出できない体質だったのにも関わらず、というおまけ付きだ。

 

 ……はっきりと、飾らない言葉で言えば二人よりも才覚があった者は数多くいた。しかしながらその者たちは弟子入りが叶わなかった。

 それなのに現実は才能で劣る二人が弟子入りを果たしたのだ。

 弟子入りが叶わなかった者たちからすれば面白くない話だろう。しかも、これに晴明が手ずから模擬戦まで行ったとしたら?

 美紀と圭、二人にはさらなるやっかみが降りかかることになりかねない。晴明はそれを嫌ったのだ。

 ……もっとも、そんな考えが露見したらそれはそれで面倒事になりそうな気もしなくもないが。

 

 とにもかくにも、晴明としては自身で相手に出来ない以上、苦肉の策として自身と同等の手練れ。というよりも経験で言えば格上であるアレックスとの模擬戦を提案したのだ。まぁ、アレックスにとっては迷惑きわまりない話となるが。

 

 そんなことを晴明が考えている合間に四人の準備が終わったようで――。

 

「それじゃ、いくよ。アレックス!」

 

「……はぁ」

 

 圭が意気揚々と声を出しながらストラディバリを、美紀もまた愛用の西洋剣とカイトシールドを構え、朱夏がペルソナを召喚する。

 対するアレックスは気乗りしない様子で、それでもレーザーブレイドをだらり、とぶら下げるような、緊張感のない構えを見せる。

 そのことに舐められている、と感じた圭はむっ、とした表情を見せる。

 そして文句を言おうと口を開くが――。

 

「ちょっと、アレックス――」

 

「圭、油断しすぎよ」

 

「……朱夏さん?」

 

 突如、朱夏から厳しい言葉を投げ掛けれ困惑する。

 そして彼女の方を振り向くが、朱夏は真剣な、少し強ばった表情を浮かべて冷や汗を流している。

 そんな朱夏の様子に慌ててアレックスの方へ視線を向け、今一度彼女の気配を探る。が、そこで圭は初めて朱夏が自身に対して苦言を呈した理由を知る。

 確かに己の目にはアレックスの姿が写っている。……写っているのだが、気配をまったく感じないのだ。まるで、そこには何もいないかのように。

 そのことに強い違和感を覚える圭。

 その時、彼女の背中にぞくり、と嫌な予感が駆け巡る。

 美紀もまた、同じような予感を感じたのか、ごくり、と分泌された唾を呑み込んでいる。

 

 彼女たちが感じた嫌な予感。それは俗に言う殺気というやつだ。

 圭は以前、カーマから浴びせられた経験から、美紀も間接的に浴びたことや、高城絶斗との出会いにより僅かなりとも感じることが出来るようになっていた。

 

「へぇ……」

 

《なるほど、最低限の力はあるようだなアレックス》

 

「そうみたいね」

 

 そんな二人の様子に、アレックスとジョージは少し感心していた。というのも、アレックスが二人に浴びせた殺気はあくまでも軽く、二人のトラウマにならないように絞ったものであり、ある程度の場数を踏まないと察知できないようなものだったのだ。

 それを二人は察知してみせた。

 それならば、とアレックスはさらに一段階先に進める。

 先ほどとは違う、異様な雰囲気がアレックスより放たれる。

 

「ぅ、ぐっ……!」

 

「う……おぇ――」

 

 ()()を察した、()()()()()()()二人は顔を青ざめ、美紀は自身の首を押さえ、いまだに()()()()()()()()()()かを確認し、圭は膝を突き吐き気を催したようにえづいている。

 

 先ほどアレックスが発した雰囲気も殺気の一種、否、剣気とでもいうべきものだった。

 

 ――そも、殺気とはなんなのか?

 

 簡単に、一言で言ってしまえば、これからお前を殺すぞ。というイメージを相手に向かって叩きつけているようなものだ。

 そして、先ほどのアレックスの剣気。

 それは明確に、二人の首をレーザーブレイドで断つ。あるいは既に断った、というイメージ。

 

 高々イメージで、と思う方もいるだろう。しかし、そのイメージが侮れなかったりするのだ。

 実際に剣道の試合などで小手を受けた選手が、相手の剣気の凄まじさに、実際に手首を斬られた、と錯覚し打たれた場所を押さえうずくまる、などという事例も存在する。

 なお、その選手は斬られた感触も痛みも感じていたが、審判や対戦相手から錯覚だ。という説得で事態を呑み込むと同時に痛みもなくなった、という報告もある。

 また、とある拷問に於いて、水滴が落ちる音を自身の血が滴る音と勘違いさせ、最終的に何も傷が付いていないにも関わらずショック死させたという事例もある。

 

 このようなことから、イメージというものを侮るのがどれだけ危険か分かるだろう。

 

 そして、自らの明確な死。というイメージを叩きつけられた二人は、()()()されていたこともあり、死にはしなかったものの、かなり消耗している。

 そんな消耗している二人をかばうように前に出る朱夏。

 二人は自分たちをかばってくれている姉弟子の背中を、冷や汗、というよりも脂汗を滴しながら頼もしく見つめていた。

 もっとも正面から朱夏の顔を、明確な死のイメージを受けて冷や汗をかいている彼女を見たら、少し印象が変わっていたかもしれないが。

 

 それでも、二人をかばう気概を見せたことに感心したアレックスは――。

 

「それじゃ、行くわよ三人とも――!」

 

 遊びは終わり、とでも言いたげに本格的な行動を、三人に向かって行くのだった――!



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第八十四話 試練

「――はあっ!」

 

 勢い良く間合いを詰め寄ったアレックスは、気迫のこもった掛け声とともにレーザーブレイドを振るう。

 それを朱夏は咄嗟に太ももに巻いていたサバイバルナイフを取り出して迎撃する。

 

「――くっ!」

 

 実態をもつナイフと、非実態のレーザーブレイドが鍔迫り合いを起こし、火花を散らせる不思議な光景。

 そもそも、膨大な熱量をもつ筈のレーザーブレイドにただのサバイバルナイフが拮抗することがおかしい。

 だが、無論。それにも仕掛けがある。

 

 ――それは朱夏のMAGだ。

 

 彼女は自身のMAGでサバイバルナイフの刀身をコーティングすることで一種の防御壁とし、レーザーブレイドに断ち斬られることを防いでいた。

 とはいえ……。

 

「……ぐっ、この――」

 

 苦しげに表情を歪ませて脂汗を流す朱夏。

 たしかに断ち斬られることは防いでいる。しかし、そもそも朱夏とアレックスでは地力が違いすぎる。

 今の拮抗した状態でさえ、アレックスが手加減しているからこそ起きた光景なのだ。もし、最初から彼女が本気を出していれば朱夏は防御の上から一刀両断に叩き斬られている。

 そして、そのことを朱夏は理解していた。

 

 だからこそ彼女は焦っていた。

 アレックスが少しでも本気を出せば即座に詰むこの状況をなんとか打破しよう、と。

 

「……ペル、ソ――がぁ……!」

 

 状況を打破するためにペルソナを、ブラックマリア使おうとした朱夏。

 しかし彼女のもくろみは失敗に終わる。

 なぜなら、その前に彼女の腹にアレックスの膝がめり込む、簡単に言えば膝蹴りが叩き込まれたからだ。

 思わず身体がくの字に曲がり、吐き気を催すする朱夏。だが、攻撃はそれで終わりではなかった。

 

「――ふっ……!」

 

「あぁっ……!」

 

 アレックスは朱夏の腕を掴むと捻るように回しながら足払いする。

 そのことで彼女は足が地から離れ投げ飛ばされると、背中から地面に叩きつけられる。

 

「かはっ……。く、ぅ――」

 

 地面に叩きつけられた衝撃で肺から空気を押し出され、痛みに呻く朱夏。

 そんな彼女を追撃しようとアレックスはストンピング――。

 

「……っ」

 

 ――しようとしてその場から飛び退く。

 そして一拍の後、彼女がいた場所に銀閃が煌めく。

 そこには西洋剣を振り下ろした美紀の姿があった。

 その後ろでは朱夏の介抱をしている圭の姿も見える。

 そのことにアレックスは少しはましになった、と思いつつ鼻を鳴らす。

 

「ふん……。これくらいは、ね」

 

《そう言うなアレックス。今の時点でも及第点だろう》

 

「……本当にそう思ってる? ジョージ」

 

《……》

 

 アレックスの問い掛けに沈黙を貫くジョージ。それが答えだった。

 彼女ら二人にとって、戦場は、殺し合いは身近なものであった。

 悪魔に支配された未来、人々を守るレジスタンスの一員として。その未来を救うべく訪れた過去のシュバルツバース、後に英雄となる唯野仁成(今世の父親)()()ためのJOURNEY( 旅人)として。

 

 そんな数多の死線を乗り越えた二人からすると三人は――朱夏は多少ましとはいえ――あまりにも緩すぎた。

 仲間のため非情になる覚悟もなく、己の手を血に染める気概もない。

 

 先ほどの美紀の剣撃もそうだ。

 本人はきちんとしたつもりだろうが、最後の最後。アレックスにあたるかもしれない、その心配が彼女の攻撃の手を鈍らせた。

 

 ――巫山戯ているのか。

 

 そこにいるアレックス()を討つ心配をして、攻撃を鈍らせる阿呆がどこにいるのか。

 そんなことでは、戦場に出ても無様な屍を晒すのがオチだ、と怒りを募らせるアレックス。

 

 これもまた晴明の庇護下にあった弊害だろう。

 朱夏はともかくとして、美紀と圭。二人は常に晴明の庇護下で戦ってきた。

 もちろん、二人だけで戦うこともあるにはあった、が……。

 それだって最後の一線として、後ろ楯として晴明の姿があった。

 そして、さらに言えば美紀と圭。二人は()()戦った(殺しあった)ことはない。それはもちろん生きている人間という意味で『かれら』のことではない。

 そのどちらかを経験していれば、アレックスがこれほど苛立つこともなかっただろう。

 そうすれば覚悟が、真の意味で戦士としての姿が見れたのだから。

 

 もっとも、それは本来であれば酷な要求だろう。平和な日本でそのような経験をしろ、などという要求が無茶振りなのだから。

 しかし、同時にその経験があるかないかで明確な違いが出るのもまた事実。

 そして、さらに言えば実際にそれと似た経験を()()()がいる。

 

 ……由紀と悠里だ。

 

 彼女たちはいつかの時に、()()()()()()()と、彼女の側面の一つと戦っている。

 そして二人は、悠里はその経験があったからこそ、暴走した胡桃との戦いに於いて度胸を、胡桃と戦わない、という覚悟を示した。

 一つ間違えば、己の命。その灯火が消えかねない、というのに、だ。

 

 悠里の中では勝算があったのかもしれない。それでも、己の命をチップにしてそんな賭けを、果たしてできるのか?

 否、できたからこそ、今この時がある。

 

 それだけの覚悟を、戦士としての矜持を悠里は示してみせた。

 それなのに、美紀と圭。二人は――あまり差はないとはいえ――悠里よりも長く戦場に身を置きながら、その域に達していない。

 はっきり言えば、情けない。と思うアレックス、

 

 特に圭は、以前アレックスの質問に覚悟はできてる、と思う。などと答えながらこの体たらくだ。

 これならば、まだ部屋の隅でガタガタ震えていた方がいくらかマシだ、とすら思う。

 少なくとも、それならば危険な戦場には赴かないだろう。

 中途半端な覚悟では中途半端な、最悪の結果(志半ばの戦死)しか訪れないのだから。

 で、あるのならば、その前に引導を渡すのもまた慈悲だろう。

 ……特に今後は、悪魔やかれら以外にも、生存者たちとも争う可能性すらあるのだから。

 

 なぜアレックスがそのような懸念をもつのか?

 それは一つの可能性に思い至ったからだ。

 即ち、今回のバイオハザード。その原因となったランダルコーポレーション。

 彼らは少なくとも今回の騒動の原因となるウイルス、巡ヶ丘の、男土の風土病について認識していた。

 それにも関わらずアウトブレイクが、大災害が起きた。

 本来ならあり得ない話だろう。だが、それがもし()()()()()()()()()のなら?

 

 そもそも今回の大災害が全世界規模で起きた、ということ自体がおかしい。

 なぜなら、先ほども言ったようにこの騒動の原因は風土病なのだ。

 それが、申し合わせたように全世界で起こる? あり得ないだろう。

 それこそ意図的に起こされない限りは。

 即ちランダルは、あるいはその背後にいる黒幕は故意的に引き起こした。と、考えるのが自然だ。

 もっとも、その目的については情報が不足しているため推し量れないのだが……。

 

 ともかく、ランダルにしろ黒幕、ランダルの背後に見え隠れしていたメシア教か、もしくはまた別の組織か。

 それらの思惑によっては人間どうしによる殺し合いがない、とは断言できない。

 もちろんそれは兵士という可能性もあるし、テンプルナイトやメシアン、あるいはフリーの悪魔召喚師と可能性もあるだろう。

 ただ一ついえることがあるなら、どの可能性にしても現状の美紀と圭ではカモでしかない、ということだ。

 

 今だ覚悟が定まっていない半人前()と、友人相手に攻撃を躊躇、つまり他の人間相手にも躊躇する可能性が高い半端者(美紀)

 それらが戦場に出たところで、その最後は……。

 

 そこまで考えたアレックスは無意識のうちに歯を食いしばり、ぎし、と歯が軋む。

 彼女たちの友人として、何よりも戦場に立つ先達としてそのような最後を容認できるわけがない。

 だからこそ――。

 

「みき、けい。本気で来なさい。さもなければ――ここで死ぬことになるわ」

 

「……っ!」

 

 二人にそう宣言するとともにアレックスは残像を残しそうなほどの速度をもって美紀へ接近!

 彼女に対してレーザーブレイドを振り下ろす!

 美紀もまた西洋剣を、そしてカイトシールドをもって防ごうとするが――。

 

「――くっ、あぁ……!」

 

 ほんの一瞬拮抗するが、アレックスの凄まじき膂力に敵わず吹き飛ばされてしまう。しかし、なんとか彼女は体勢を立て直すと、両の足をブレーキに見立て地面を削りながら隙をさらすのだけは阻止する。だが……。

 

「みき……――!」

 

「けい、危ないっ!」

 

 そもそも、彼女の本命は美紀ではなかった。

 アレックスに吹き飛ばされた彼女を心配して、意識をそらしてしまった圭こそが目的だったのだ。

 

 美紀の忠告に、圭はそこではじめてアレックスが自身に接近していることを知る。

 

「……戦いの場で敵から注意をそらすなどと――!」

 

「しまっ……!」

 

 音もなく圭に接近したアレックスは、レーザーブレイドの柄をくるりと回すと、そのまま柄頭部分で腹部を殴打する。

 

「……か、はっ」

 

 腹部に受けた衝撃で蹲りそうになる圭。しかし、そんなことを許すアレックスではなかった。

 彼女は無言のまま圭の首筋を掴むとそのまま後ろへ、ゴミでも投げ棄てるように放り投げる。

 放り投げられた圭は、受け身を取ることも出来ず地面に落下。

 

「――ぐっ、つぅ……」

 

 地面へ強かに叩きつけられた圭は苦悶の表情を浮かべ、くぐもった悲鳴を上げた。しかし、そのまま行動不能になるか、と思われた圭だったが何かに急かされるような焦燥を感じると、痛みを無理やり堪え、服が汚れるのも構わずに転がってその場から離脱する。

 

 ――彼女の、圭の直感は正しかった。

 

 彼女が離脱、回避した数瞬あと。いた場所に複数の銃痕が刻まれる。

 いつの間にかアレックスが引き抜いていたレーザーガンによる銃撃――恐らく出力自体は絞っている――による追撃が行われていたのだ。

 

「……はぁっ、はぁっ――!」

 

 顔を青ざめながら先ほどまで自身がいた場所を見る圭。その顔からは、アレックスがここまですると思っていなかった。という考えがありありと見えていた。

 そのことを感じ取った朱夏は、思わず舌打ちする。

 いくらなんでも脳天気すぎる、と。

 

 今回の戦いが模擬戦とはいえ、先ほどアレックスが発した殺気で彼女が本気であることは理解すべきなのだ。

 これはおままごとでもごっこ遊びでもない。れっきとした戦い(殺し合い)なのだから。

 それを妹弟子たちに理解させるためにも朱夏は一つの行動に出る。

 

「……来なさい! ――マハ・ジオンガ!」

 

 朱夏は己のペルソナ、ブラックマリアを顕現させると、アレックスの周囲に魔法の雷を落とす。それは間違いなく――当たればの話だが――アレックスの命を奪うには充分な威力を内包していた。

 突然の朱夏による凶行、それに顔を青ざめる美紀。だが――。

 

「少しはマシ、みたいね。でも――!!」

 

 アレックスは自身の周囲に落ちる筈の雷を掬い上げるようにレーザーブレイドを振るう。

 すると、なんと朱夏が放った雷はレーザーブレイドに帯電するようにまとわりつく。

 そして彼女は――。

 

 ――猛雷撃!

 

 まとわりついた雷をそのまま利用して、朱夏に斬りかかる。

 

「は、ぁっ。ぐっ……」

 

 ……もし、朱夏のペルソナ。ブラックマリアが電撃属性の耐性がなければ、致死に至る一撃だっただろう。

 それでも一撃が重かったようで服が電撃によってぼろぼろになり、合間からのぞく肌は軽度の火傷を負っている。

 結果として、ほぼ戦闘不能となった朱夏。

 そんな彼女から注意を外すと、アレックスは美紀と圭。二人へ剣呑な視線を注ぐ。そして――。

 

「甘えを捨てなさい、二人とも。……それとも、ここで果てる(死ぬ)か。好きな方を選ぶことね」

 

 そのアレックスから問われた選択。それを聞いた二人は唾を呑む。

 本当の意味での覚悟、それを問われる時が来たのだった。



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第八十五話 意志ある者、覚悟ある者

 アレックスより覚悟を問われた二人。

 その中で圭は、彼女のまとう雰囲気。重苦しい、実際に質量があればそのまま押し潰されるだろうプレッシャー――殺気と言い換えても良い――にさらされて無意識に震える身体を押さえ込もうとする。

 もっとも、押さえ込もうと行動できる圭の方がいくらかマシだろう。美紀は震える身体を制御できていないのだから。

 

 なぜ、美紀は制御できないのに圭は多少なりとも抵抗できているのか。それは彼女が、かつてカーマに殺気を浴びせられていたことが要因となる。

 カーマも普段の行動からは見えないが高位神魔。いくら本人が戦闘者でなくとも、その存在感は凄まじいの一言につきる。

 そんな彼女から殺気を浴びたことが経験となり、実力的には同格のアレックス。彼女から浴びる殺気にもある程度抵抗できていたのだ。……そもそも、神話生物(秘神-カーマ)と同格の人間。しかも、同年代の親友というのもとんでもない話だが……。

 

 とにもかくにも、そのような状況で圭の中には多少、本当に多少の、雀の涙程度の余裕はあった。

 その余裕が先ほどしたアレックスの発言。覚悟を見せるか、死か、が本当の意味で、彼女が本気で問いかけてきていることを理解した。

 

 ――なん、で……。

 

 一瞬そう思う圭。しかし、すぐにその思いは霧散する。

 そう、彼女は以前にも圭に問いかけてきていたからだ。覚悟はあるか、と。

 

 その時、圭は言った。分からない、でも選択は後悔したくない、と。

 なのに今の、この体たらくはなんだ?

 親友の前で無様をさらし、今もなおその無様は続いている。

 私は何のために力を得ようとした? 何のために欲した? 何のために悪魔召喚師になろうと思った?

 

 確かに初めは成り行きだった。

 晴明にこのままでは危ないと言われたから。ヒーホーくん、ジャックフロストと別れたくなかったから。

 ……だけど、今はそうじゃない。

 思い出せ、ヒーホーくんを、友だちを喪った哀しみを。太郎丸を、あの子を守ることが出来なかった己の不甲斐なさに対する怒りを。

 

 何のために力を得ようと思ったのか?

 決まっている、守るためだ。大切な人を、友だちを、親友を、皆を!

 なら、ここで何をしている。蹲っている暇なんてあるものか。

 私は示さなければならない。親友(アレックス)に、私の覚悟を、思いを――!

 

「……う、わあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 己に気合いをいれるように咆哮する圭。そんな彼女からMAGが、緑色の生命の輝きが吹き荒れる。

 それは正しき覚悟だ。何者かを守りたい、そのために力を得るのだ、という己を律する覚悟。

 

 

 それを見た晴明はポツリとこぼす。

 

「……一皮むけた、か」

 

 どこか満足そうに呟く彼を、仲魔であるジャンヌとカーマは嬉しそうに見つめている。

 彼女らにとっても、二人はそれなりに気に掛けていた存在だ。もっとも、ジャンヌに関してはそう時を置かず大学に出向したため関わりは薄い。しかし、それでも晴明が、マスターが手ずから弟子にしたということでそれなりに気を掛けていた。

 

 カーマは言わずもがな。

 確かに二人を、特に圭をおちょくることも多かったが、それは同時に親愛の表れ。

 そんな圭が覚悟をみせたのなら、少し感傷をみせるのも仕方ないだろう。

 

 

 そして、それは隣で震えていた美紀にも一つの変化をもたらした。

 確かに彼女は殺気を知らない、殺意を知らない。悪意を知らない。ゆえに人の善性を信じすぎるきらいがある。

 それが結果として聖典世界では、由紀の状態を見て悠里と対立したこともある。

 

 ――だが、思い出せ。

 

 かつて親友()がエトワリアで出会った極めて近く限りなく遠い世界(聖典世界)自身(美紀)の慟哭を。

 己の母を無惨に殺され、仇を討つことすら出来なかった先輩(胡桃)の憤怒を。

 

 それらを見て、本当になにも感じなかったのか?

 

 ――否、断じて否だ。

 

 確かに美紀の友情にかける想いは尊いものだ。だが、しかし――。

 

「……わたし、は――」

 

 意志なき力は悪である。それは暴力として、いずれ己が大切な人々を傷つけることになるだろう。そして、人はそれを律するために理性を、知性を持つ。

 ……ならば、先ほどアレックスに対して剣筋を鈍らせたのはその賜物か?

 

 ――否だ。

 

 それは理性では、知性ではなく惰性だ。

 今、目の前にいるのは間違いなく親友のアレックスだ。

 だが、由紀に聞いた話。胡桃の実家で起きたことではどうだったか?

 あの悍ましき悪意を知っていてなお、手を抜くというのはまさしく愚かという他ない。

 確かに目の前にいるのはアレックスだ。……だが今後は? 胡桃と同じことが起こり得ないとなぜ言える。

 

 ――その時、親友の姿をしていたから斬れなかった、と宣うつもりか。

 それが結果として、大切な人々を傷つけることになったとしても。

 

「……私はっ――!」

 

 そんなこと許せるわけがない!

 意志なき力は悪である。そして、力なき意志は無力である。

 そして美紀は今まで無力を散々味わってきた。

 

 リバーシティ・トロンの時、太郎丸の時、ヒーホーくんの時、絶斗の時。そして……。

 

 ――あ、あぁぁ……。

 ――……そん、な。おとう、さん。おかぁさ、ん。

 

 魔神柱-フォルネウスとの邂逅の時。

 

 あらゆる場面で美紀は無力だった。

 しかし、それで良いのか?

 

「……良いわけない――!」

 

 唇が切れ、血が滲むほどに歯を食いしばる美紀。

 そう、良いわけがない。

 今の自分には、美紀には僅かなりとも戦う力がある。大切な人を守る力が。

 だが、それも使う人しだい。中途半端な意志では、覚悟ではやがて死に至るだけだ。

 そしてそれは己だけではなく、大切な人の死も意味する。

 

 そんなことが許せるのか?

 

 ――否、断じて否だ!

 

「――だから、私は……!」

 

 彼女の身にも先ほどの圭と同じようにMAGの嵐が吹き荒れる。

 誰かを守りたい、死なせたくない。その意志を顕現させるように。

 

 

 

 

 

 二人の覚醒を目の当たりにして、アレックスは自身が口角をあげていることを自覚した。

 確かに、二人がこれ以上無様な、不甲斐ない姿を見せたら二度と戦場に立てないように叩き潰すつもりだった。

 それが何よりも二人のためになる。と確信していたから。

 だが、現実はどうだ?

 

 彼女らは、親友たちはアレックスの予想を超え、高みに至ろうとしている。

 それが良きことなのかは分からない。

 事実、アレックスは前世に於いて地獄を、修羅の道を歩んできた自覚はある。

 そして彼女らは、そのアレックスと同じ道を歩もうとしているのだ。

 

 親友として、先達としては止めるべきなのだろう。だが――。

 

《嬉しそうだな、相棒(バディ)?》

 

「嬉しい……? そうね、そうかもしれないわね」

 

 だが、かつての自分もそうだった。

 そしてあの時、他の者に言われ己は止まったか?

 

 止まるわけがない。

 信念がある、願望がある、意志がある。

 そんな人間が他の人間に言われ止まる筈がない。

 確かに二人が歩もうとしているのは修羅の道だ。だが、それは同時に戦士として正しき道でもある。

 だからこそアレックスは止めるつもりはないし、晴明もまた一切口出しをしない。

 それが二人にとって必要なことだと理解しているから。

 

 だからこその模擬戦、だからこその強者(アレックス)

 確かに実力でいえば朱夏も含めて、全員が足元にも及んでいない。

 

 ――だから、なんだ。

 

 そのようなこと、戦場では往々にしてあることだ。

 その時に、敵が格上だから、敵わないから諦めるのか?

 諦めるわけがない。

 ならば、どうするか?

 そのために必要なのが、覚悟、意志だ。

 

 精神が肉体を凌駕する、という話はよく耳にする。

 昨今でよく言う超集中による領域や、かつて呼ばれていた火事場のクソ力などが有名だろう。

 だが、それをもたらすには最低限、自身の核となる意志が、覚悟が必要だ。

 意志なき者、覚悟なき者には勝利の女神は微笑まないのだから。

 それさえあれば後は勝手に実力はついてくる。

 何せこの場には蘆屋晴明が、唯野=アレクサンドラが、そして彼女らにとって頼れる先輩である丈槍由紀、恵飛須沢胡桃、若狭悠里があるのだから。

 

 だからこそ、アレックスは嬉々とした笑みを浮かべ破顔する。

 彼女らなら大丈夫、きっと今後も生き残れると確信して。

 

 しかし、これは模擬戦。彼女らの覚悟を見たから終わりではない。だから――。

 

「その意気や良し。なら、後は戦って示してみなさい。貴女たちの覚悟を――!」

 

 後は先達として道を示すのみ。

 そのためにアレックスは、二人にそう告げるのであった。



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第八十六話 魔技

「やぁぁぁぁぁぁぁぁっ――!」

 

「――疾!」

 

 二人の掛け声とともにそれぞれの得物、西洋剣とレーザーブレイドが火花を散らせながら交差する。

 それを見ながら感心するアレックス。

 美紀は朱夏と同じように刀身にMAGをまとわせることで一時的とはいえ、レーザーブレイドと打ち合えるようにコーティングしていた。

 むろん、それは付け焼き刃であり、朱夏のように常時とはいかない。しかし――。

 

「……っ、器用なことを――!」

 

 アレックスと二合、三合と打ち合い続ける。

 その度に彼女は、レーザーブレイドにあたる瞬間だけMAGをまとわせることで己の消耗を抑えていた。

 さらには――。

 

「……ふっ!」

 

「――!」

 

 ――シールドバッシュ。

 

 がむしゃらに、と見せかけて。少しでもアレックスが隙をみせると盾による打撃を与えようとする。

 それもアレックスが手加減をしているからこその結果といえるが、それでも。

 

(……心構えが違うだけで、こうも――)

 

 美紀による容赦のない攻め。それを受けてアレックスは笑いだしそうになる。

 そう、それでこそ。

 

 ……一度、己の意志で戦うと決めたのなら躊躇など必要ない。

 それが戦士の作法。

 己が生き残るため、誰かを守るため全力を尽くす。それが正しい道なのだから。

 

 その時、アレックスは己の腕にかかる負荷が軽くなるのを感じた。

 美紀が攻撃の手を緩め、退いた。

 

 今までであれば、それは躊躇の証か、もしくは自身の息を整えるために退いた、と判断しただろう。しかし――。

 

 美紀が退くのに合わせ、アレックスも後退する。

 その直後、先ほどまで二人がいた場所に魔弾が殺到する。

 

 ――圭が放った音の魔弾だ。

 

 まさに、阿吽の呼吸と言うべきか。

 もともと二人が――アレックスもであるが――親友であり、お互いに何を考えているのか手を取るように分かること。そして、何よりアウトブレイク後、ともに行動していたことにより、同じ死線を潜ったことで二人の連携にさらなる磨きがかかっていた。

 

 だが、それはあくまで二人が多少手強くなっただけの話。

 その程度ではアレックスの足元にも及ばない。

 

「……っ!」

 

 彼女は光線銃を二人に向けると弾幕を張るように乱射。結果として二人は、回避を優先するためその場を離れる。

 そして、それは二人にとって悪手となった。

 

「……疾!」

 

「――っ!」

 

 二人が離れる、言い方を変えれば分断をされた隙を付きアレックスはまず美紀へ接近。

 むろん、アレックスの接近に危機感を覚えた美紀は即座に防御するため、盾を構える。しかし――。

 

「……甘いわね!」

 

 美紀は前方でどん! という大きな音を聞く。しかし、盾に衝撃を感じない。

 そのことに自身の失態を気付いた美紀は――。

 

「しま――、ぐぅ!」

 

 即座に身体を反転させようとして衝撃――!

 ()()に吹き飛ばされるのを感じながら後ろを確認すると、そこには回し蹴りを放ったと思わしきアレックスの姿が。

 

 そう、アレックスは美紀に急接近することで彼女を今から攻撃する。と誤認させることで盾を構えるように仕向け、視線を遮断。

 その後は、自身の脚力を存分に発揮し、一瞬で背後に廻ると無防備な背中へ改めて攻撃に移ったのだ。

 

 アレックスに吹き飛ばされた美紀は、土煙を上げて地面を滑りながらも、彼女の追撃を回避するため、一刻も早く態勢を建て直そうとする。

 ……だが、そんな彼女の思惑と裏腹にアレックスからの追撃は来なかった。

 その理由を察した美紀は焦る。

 

「……けい!」

 

 そう、アレックスの狙いははじめから美紀ではなく圭。それ故に盾役(タンク)の美紀を彼女から引き剥がし、分断して、さらにはダメ押しとばかりに遠くへ追いやった。

 

 そも、アレックスにとって美紀と圭。どちらが驚異度が高いか、と問われれば圭と答えただろう。

 それは単純に数の問題――美紀が一人であるのに対し、圭は仲魔を召喚することで戦力の増強を図ることが出来る――でもあるし、それ以上に。

 

《……相棒(バディ)、随分彼女を警戒しているようだが》

 

「それは、まぁね。()()があるのに警戒しない理由もないでしょ?」

 

《確かに》

 

 そう、彼女の前世に於いての失敗。取るに足らない存在だと思っていた唯野仁成(今世の父親)を甘く見ていたことにより、彼女が当初抱いていた目的は瓦解した。

 それを思えば、いくら半人前とはいえ油断など出来るわけがない。

 だからこそ、まず障害となり得る可能性がある圭から潰す。

 もちろん、これは模擬戦であり、彼女自身圭の覚悟を認めたことから、怪我させるつもりも、ましてや殺すつもりもない。

 だが、それはそれとして、上には上がいるというのを理解させるためにもここで、朱夏も同じように行動不能になってもらう。

 

 その思いのもと、アレックスはレーザーブレイドを圭に振るう。しかし――。

 

「えっ……」

 

 その光景を見た美紀、そして何より攻撃したアレックスさえも驚きで固まる。

 攻撃は完璧だった。タイミングも、どう考えても圭は避けることが出来る筈がなかった。にも関わらず――。

 

「くっ……!」

 

 あまりの驚きに一瞬固まったアレックスだが、すぐ正気に戻ると追撃を放つ。だが、それも……。

 

「当たら、ない……?!」

 

 キチンとレーザーブレイドが空を切る()はする。それなのに、速さも一級なのに、なぜ紙一重で躱されてしまう。

 そのことに驚きを隠せないアレックス。

 

 

 

 そんな二人の攻防を遠くから見ていた晴明は、圭がなぜ回避できるのか。そのからくりが分かり、狂気染みた笑みを浮かべる。

 

「く、くく……。なるほど、なるほど。これは俺の目が節穴だったか……!」

 

「……はーさん? どういうこと?」

 

 その、晴明の尋常ならざる様子に、由紀は引き気味になりながらも問いかける。

 由紀の問いかけを受け、我に返った晴明は解説をはじめる。

 

「あ、あぁ。すまないね。……そうだな、まずは圭を見てくれ。どこか、おかしいところがある筈だ」

「おかしいところ……?」

 

 そう言って由紀は、そして近くにいた悠里もまた圭を見つめる。

 少なくとも、今もアレックスの攻撃を回避――その時点で随分とおかしいが――している以外におかしなところは……。

 

「……あっ!」

 

 そこで悠里がなにか気付いたように声を上げる。

 その声を聞いて、由紀は悠里に問いかける。

 

「りーさん、なにか分かったの?」

 

「え、えぇ……。ほらよく見て――」

 

 そう言って悠里は圭を指差すと、答えを告げる。

 

「――けいさん、目を瞑ってる」

 

「……あっ!」

 

 悠里の指摘を聞いて、改めて圭を見る由紀。

 その彼女の瞳には、確かに目を瞑り、しかしながら、その状態でアレックスの攻撃を回避している圭の姿が見える。

 確かに言われてみれば異常な光景だ。

 

「……音だ」

 

「……えっ?」

 

 そんな時、不意に聞こえた晴明の声に疑問を抱く二人。

 そんな二人に、晴明はどういう意味かを説明する。

 

「あいつ、圭は意図的に視覚を遮断することで聴覚を鋭敏にして、あらゆる音を拾ってるんだ」

 

「あらゆる音?」

 

「あぁ、彼女の剣が空を裂く音はもとより、足が地面を踏みしめる音、剣を振るうときに骨が軋む音、筋肉が膨張、収縮する音、そして息づかい。あらゆる音を聞き取り、次、いつ、どこに攻撃が来るかを予測し、最小限の動きで回避している」

「……まさか」

 

 晴明の言葉を聞いた悠里は絶句する。

 果たして、本当にそんなことが常人に可能なのか。

 それはもう、人の業ではなく、魔技とでも称するべきではないのか。

 

 そんな考えが顔に出ていたのか、晴明は悠里に向かって一つの事実を告げる。

 

「ふふ、悠里さん一つ勘違いしているようだから言っておくが――」

 

「……?」

 

「あいつも美紀も、それに君たち二人だって、もう既に常人とは隔絶した存在になってるからな?」

 

「……っ」

 

 晴明によって突きつけられた事実に言葉を詰まらせる悠里。

 そうだ、そもそも常人は悪魔やシャドウといった存在に立ち向かう、ことは出来たとしても生き残るのは至難の業だ。

 そもそも、覚醒しレベルを得た時点で他の常人とは一線を画す存在となる。

 

 ちなみに、一つの比較対照としてオリンピックの金メダリスト。彼らの身体能力が覚醒者たちからすると一部の、得意分野に限定されるが、Lv3からLv5程度と言われている。

 

 即ち、学園生活部の覚醒者たちや美紀、圭は必然的に、スポーツの世界トップクラスの選手たちよりも優れた身体能力を持っていることになる。……年齢的に言えば、ただの高校生が、だ。

 そのことからも、彼女らが常人と比較できない高みにいるのは理解できるだろう。

 

 もっとも、だからといえ圭のようなことが出来るかどうかは、また別問題となるが……。

 

 それはともかくとして、晴明はアレックスと圭の攻防を見て、彼女が見せた才能の片鱗に対する称賛と、そしてあの場に己が立っていないことによる僅かな嫉妬の表情を見せる。

 

 もしも、あの場に己が立っていれば、あの才能と相対していれば、それを糧に己が力の、さらなる飛躍を望めていただろう、と確信して。

 だが、それ以上に晴明は、圭の特異な才能を称賛する。

 

「ふ、ふふ……。あいつが、圭がさらなる研鑽を積めば、いずれ俺を超える才を世に知らしめるだろうな。それが、ライドウすら超える、というのは流石に厳しいだろうが……。あぁ、本当に楽しみだ」

 

 そう言いながら晴明はかつて(前世で)見た、創作上の()()――悪魔ではない――を想起する。

 圭なら、彼女ならそこまで至れるかもしれない、と思いながら。同時に、その時のために、晴明は己が出来うることを考える。

 

「と、なれば今のストラディバリでは、少々扱いづらい、か? なら、やはりヴィクトルの協力が必要、か。それに――」

 

 そう言って晴明はいつの間にか、手に握っていた()を弄ぶ。

 

「――これを使えば……。くっ、ふふ……。どれ程の高みに至るのか、本当に楽しみだ」

 

 晴明が狂喜するのと呼応するように、彼の手の内にある石もまた、不吉な波動を発するのだった。



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第八十七話 決着

 目を瞑り、聴力を鋭敏にすることでアレックスの攻撃を回避している圭だったが、実際のところ本当の意味で紙一重であり、内心は焦りで冷静さと集中を乱しそうになるのを、なんとか意思の力で捩じ伏せ、繋ぎ止めていた。

 

(……次は、右。いや、縦! ……っ! 今度は、横薙ぎ……!)

 

 一撃一撃が必殺の攻撃。

 それをなんとか回避しているが、それでも。否、だからこそ、圭の精神負荷は凄まじいものとなっていた。

 それも仕方ない。最初の方こそ攻撃を回避されたことでアレックスも動揺し、多少の()()があった。

 しかし、同時に彼女は以前の失敗から学び、圭がまだまだ半人前だとしても警戒すべき、と考えていたことから、動揺は長続きすることなく。それどころか、今度は逆に圭がどこまで出来るのかを見極めるため、攻撃のキレが上がる始末。

 その状態では、とてもじゃないが反撃は夢のまた夢。

 はっきりと言ってしまえば、攻撃を受け昏倒するのを先の橋にしているだけで、完全な劣勢という状況だった。

 この状況を打破するには圭の力だけでは不可能。何らかの外的要因が必要不可欠なのだが……。

 

(……この、ままじゃ――!)

 

 朱夏はアレックスの猛雷撃を受け復帰は絶望的。美紀もまたアレックスからのダメージが抜けきっておらず、復帰にはまだしばらく時間がかかりそうに見える。

 即ち、それまでの間、どんな手を使っても良いのでアレックスの猛攻を耐える必要があるのだが……。

 

「……っ!」

 

 ――こうも攻撃が激しいと……!

 

 今はなんとか回避できている。だが、その度に精神をヤスリで削られているような状態なのだ。とてもじゃないが美紀が復帰するまで耐えるのは絶望的だと言える。

 しかし、絶望的だとしても耐えるしかない。それが唯一の道筋なのだから。

 だが、そんな圭の思いもむなしく――。

 

「……ぁ!」

 

 僅かに、ほんの僅かに削られた集中力の隙を付き、アレックスのレーザーブレイドが圭の身体に接触。

 本来ならダメージらしいダメージにはならなかっただろう。だが、今回でいえば致命的だった。

 

 僅かに攻撃が掠ったことによる痛みで、一瞬とはいえ硬直する圭。そして、それは紙一重で回避していた彼女には致命的な隙だった。

 

「……どうやらここまでのようね」

 

 アレックスとしては、確かにてこずらされた。そう素直に称賛できるほどの快挙。だが、ここまでだ。

 彼女は決着をつけるため、圭に向かって最後の一撃を――。

 

《アレックス――!》

 

 瞬間、ジョージから放たれる警告。

 彼の、AIらしからぬ焦りを含んだ声を聞いたアレックスは反射的にその場から飛び退く。

 そして、それと時を同じく炎の塊が先ほどまでアレックスがいた場所に飛来し蹂躙する。

 驚き、炎が放たれたであろう場所を振り返るアレックス。そこには――。

 

「……アギ、ラオ――!」

 

 うつ伏せで倒れながらも、最後の力を振り絞るとともに、本来彼女が使える魔界魔法。火炎属性の下級であるアギを超えた中級魔法のアギラオを放ってみせた美紀の姿。

 だが、それが本当に限界だったのだろう。

 今まで受けたダメージと、使うことが出来なかった魔法を使った反動で、美紀の意識はぷつり、と糸が切れた人形のように落ちた。

 とはいえ、彼女の行動にアレックスの肝が冷えたのも事実。どっ、と噴きでた冷や汗を拭う。

 しかし、この時。彼女は完全に失念していた。一番警戒していた筈の圭に対して意識が逸れていたことを――。

 

「――召喚!」

 

 その、圭の言葉を聞いてアレックスは失態を悟る。圭に悪魔召喚の隙を与えてしまったことを。

 

「しまっ――!」

 

「……来て、()()()!」

 

 そして召喚される魔獣-ケルベロス(太郎丸)

 

「――アオォォォォォォォォォンッ!!」

 

 ケルベロス(太郎丸)から放たれる咆哮。

 それは今から貴様を討つ、という宣言に他ならない。

 しかし、同時に圭の顔色も悪くなっている。

 当然だ、いくら圭が今回の模擬戦で著しく成長しているとはいえ、MAG自体はかなり消耗しているのだ。

 その状況で中級、というよりも半ば上級に足を踏み込んでいる神魔、ケルベロスを召喚して無事で済むわけがない。むしろ、召喚した直後にMAG不足となり意識が刈り取られていないことに驚嘆するべきだろう。

 だが、圭はそこで止まらない。止まれない。

 アレックスを倒すにはまだ不足している。だから――。

 

「来て、コボルト、ツチグモ!」

 

 彼女のさらなる召喚により犬の獣人である地霊-コボルト。蜘蛛の妖怪である地霊-ツチグモが召喚される。

 

「グゥゥ、オレサマ、サマナー手伝ウ。――ススクカジャ(命中、回避強化)!」

「――タルカジャ(攻撃力強化)!」

 

 二体の地霊によって強力な力を持つケルベロスにさらなるバフがかけられる。

 これでも万全とはいい難い。しかし、それでも多少なりとも差を埋める手立てとなる。だから……。

 

「わたしは、まだ――」

 

 本来、自身が従えることが出来ない大悪魔に加え、さらに二体の追加。それを維持するためのMAGを放出して意識が朦朧としている圭。

 ここで終わる訳にはいかない。しかして、長期的に維持できないため短期決戦に挑むしかない。それを理解していたからこそ、圭はこのような危険な賭けに出た。

 それが圭の思い付く限りで最良の可能性だからだ。しかし――。

 

 ――忘れてはならない、アレックスも、唯野=アレクサンドラもまた()()に足を踏み入れている存在だということを。

 

「……ガァッ!」

 

「――っ!」

 

 ケルベロスの爪とアレックスのレーザーブレイドが交差し、火花を散らす。

 

 ――拮抗。

 

 見た目だけなら華奢な少女であるアレックスと、猛獣のケルベロスであるが爪が、ブレイドがあたる度に甲高い音とともに押し戻され、互いに決定打になり得ず、二合、三合と攻撃を重ねていく。

 袈裟、逆胴、唐竹。振り下ろし、薙ぎ払い。互いのあらゆる手段を経て攻撃を通そうとする。しかし、その度、弾かれ、躱され仕切り直しとなる。

 業を煮やしたケルベロスは息を吐き出すように口許を膨らませると、中から炎が漏れ出す。

 彼の代名詞とも言えるスキル、ファイアブレスだ。

 そのままアレックスに向けて、炎が吐き出される。が、その一撃は彼女へ届かない。攻撃が当たらなかった訳ではない。むしろ逆だ。彼女は自ら当たりにいった。……ただし、レーザーブレイドに当たるように、だ。

 それを見た圭は危機感を覚える。なぜなら、それは先ほどの朱夏の時の焼き直しだからだ。

 

「……太郎丸!」

 

 レーザーブレイドで炎を掬い、纏わせるアレックス。そして――。

 

「――猛炎撃。燃え尽きなさい!」

 

 今度はアレックスから業火が放たれる。

 だが、ケルベロスは火炎無効の耐性を持っているためなんの問題もない。むしろ問題は……。

 

「ギャアァァァァァァ、マス、ター……!」

 

「……!!」

 

 そのようや防御耐性を持っていなかったコボルトとツチグモは一合のもと焼き払われる。

 そして、その凶刃は圭の下へも……。

 だが、それを許すケルベロスではない。

 彼女を守るため、自らを盾にするケルベロス。

 しかし、それはアレックスに対して隙をさらすことを意味した。

 

 そして、歴戦の勇士であるアレックスに隙をさらすとはどういうことを意味するのか。

 それを圭は身をもって知ることとなる。

 

「……ここまで、ね!」

 

 彼女はその一言とともに地面を踏み込む。

 その踏み込みは凄まじく、彼女の力に耐えられなかった地面は、シャベルで抉られるように弾けとぶ。

 そしてその反動でアレックスは跳ぶように駆ける。まさに一足跳び。圭との距離は離れていた筈なのに、次の瞬間には彼女の目の前にいた。

 しかし、彼女との間にはケルベロスが――。

 

 

 

 

「……はい、そこまで」

 

 いつの間にか彼女らの合間には晴明の姿が。

 そして晴明はアレックスの攻撃を防ぐように倶利伽羅剣で切り結んでいた。

 その、彼の背後を呆然と見つめている圭。

 だが、直後。彼が自身を守っていることを理解した彼女は緊張の糸が切れ、今までの反動だろう。精神的、肉体的疲労が一気に襲いかかり昏倒する。

 それを支えるケルベロスだったが、彼女の安全を確保すると自ら送還し、姿を消滅させる。

 このまま留まり続けると、消費MAGの負荷で圭が危険にさらされる可能性が高いからだ。

 そして、それを見てアレックスもまた振るっていたレーザーブレイドから力を抜くと、背を向け美紀へと駆ける。

 ここに晴明がいる以上、圭のことは任せてもう一人の親友を見るべき、と判断した。

 その姿を見送った晴明は苦笑する。なんだかんだ言って、彼女もやはり親友のことは心配だったことを悟ったからだ。

 

「……やれやれ」

 

 彼としても、まさか模擬戦がここまで白熱。というよりも実戦染みたものになるのは予想外だった。そして同時に美紀と圭の覚醒もだが。

 二人の覚醒を思い顔を綻ばせた晴明は振り返り、倒れていた圭を抱きかかえる。そして――。

 

「……よく、頑張ったな」

 

 優しい声色で囁きながら頭を撫でる晴明。

 頭を撫でられた圭は、意識を失っている筈たが、それでも先ほどよりも顔が紅潮し、緩んでいるように見えたのだった。



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幕間9 戦友たち

 こちらではお久しぶりです、作者です。
 この頃、オリジナル小説のほうに注力してたのと、裏設定として初期から存在してたのを表に出すか悩んでいたののダブルパンチでここまで遅れてしまいました。申し訳ありません。
 ですが、ようやく踏ん切りがついたので、今回。度々出ていた朱夏の戦友についてのお話です。

 なお、彼女らはオリジナルではなく、版権キャラ達。とある作品のキャラです。
 一応、今話の最後のほう、並びにあとがきで答えは出しますが、予想してみるのも面白いかも?

 ヒントはきらら関係で、なおかつ(製作者的な意味で)がっこうぐらし! と同じ作品、です。
 それではお楽しみいただけると幸いです。では、本編をどうぞ。


 ここはとある地方都市。その中にある先鋭的、いやむしろ前衛的といえる住居の中で複数の女性たちが話し合っていた。

 

「……それで、最近朱夏から連絡がないって本当?」

 

「うん、そうなんだ……」

 

 朱夏のことを問いかけた水色の髪をした女性に対し、しょんぼりとした様子で答える桃髪の女性。

 その彼女がしょんぼりとしている様子に、となりに座っていた黒髪の、どことなく朱夏に似た女性は憤りを隠せない様子で……。

 

「まったく、朱夏は一体どういうつもりなの? ――を、こんなに心配させるなんて……!」

 

「まぁまぁ落ち着いて、――さん」

 

 黒髪の女性の様子に、金髪の、縦ロール。ドリルツインテールとでも言うべきか。そんな髪型をした女性がたしなめるように声をかける。

 彼女の言葉に、他の女性たちもうんうん、と頷いている。その様子から、彼女。金髪の女性がこのグループのリーダー格であることが見て取れた。

 だが、朱夏に似た女性はそんな彼女の言葉を聞いても、いまだ落ち着かない様子で。

 

「でも、――さん!」

 

 と、リーダー格の女性に食って掛かる。

 その様子に苦笑する他メンバーたち。彼女らにとって、朱夏に似た女性が桃髪の女性をことさら大事にしているのは周知の事実で、だからこそこの展開は予想の範囲内でしかなかった。

 

 そんな中で、今まで口を開いていなかった赤髪をポニーテールにした、勝ち気な表情を浮かべている女性は棒状の菓子を咥えながら器用に喋る。

 

「でもよぉ……。朱夏の実家、巡ヶ丘だっけ? あそこ、確か今、特別封鎖地域。とかいう物々しいことになってたよな?」

「……う、うん」

 

 勝ち気な女性の言葉を聞き、同意するように頷く桃髪の女性。そして、それな付け加えるようにさらに彼女は喋る。

 

「それに、朱夏ちゃんが最後に連絡してきた時、あの蘆屋さん、だっけ? あの人と久しぶりに会ったって言ってたよ」

「……そうなの、――?」

 

 桃髪の女性が言った晴明の名前に反応したのは朱夏に似た女性。彼女はどこか意外そうな表情をみせて、桃髪の女性を見つめている。

 それは、桃髪の女性の口から出た言葉に驚いているのもそうだが、それ以上に彼女自身も晴明と深い、といえるほどではないが関係を持っていたことに起因する。

 また、水色の髪をした女性。周りと比べるとムードメーカーな雰囲気を持っている女性は、晴明について感慨深そうに話す。

 

「ほんほん、あの人がねぇ……。そいえばあの人って一応、私らの()()って立場になるんだよね?」

 

 感慨深そうにしていた彼女だが、ふと思い出したかのように、そのような言葉を口にする。

 そう、ここにいる――桃髪の女性は除くが――彼女たちは、それぞれが特異な能力を持ち、とある理由から晴明と共闘、というよりも晴明が介入した縁で()()()は晴明の部下、となっている。

 もっとも、それは本当に名義上だけで実際のところは晴明が後ろ楯になることで、他の組織からの横やりを防いでいる、というのが正確だ。

 なにせ彼女らの特異な能力。それらは裏の世界でも奇異なものであり、特に水色の髪の女性と朱夏に似た女性。そして、ここにいない彼女たちの仲間が持つ能力は、ことさら不可思議なことから晴明が後ろ楯となることで、他組織が手出し出来ないように先手を打っていた。

 

 もしも、この状態で彼女らへ手を出す場合。晴明はもちろん、彼が所属しているヤタガラス。さらにはクズノハ並びに今代ライドウすらも敵に回しかねないというのだから、抑止力しては十分、というよりもむしろ過剰だろう。

 もちろん、そのことに彼女らは感謝してるのだが、それはそれとして。やはり、実際に仕事をしているわけでないことで、実感がわかないということから、先ほどの水色の髪をした女性が言ったように、どこか他人事のように感じてしまっている。

 

「――ええ、確かに蘆屋氏は約二ヶ月前に巡ヶ丘へ調()()のため、現地入りしているわ」

 

 どこからともなく聞こえてきた、全員とはまた違う声。その声が聞こえてきた方向をみる女性たち。

 そこにはプラチナブロンドの髪色をした、今ここにいる彼女たちの中で、一番落ち着き払った雰囲気を持った女性の姿があった。

 その、落ち着き払った女性を見た水色の髪をした女性は驚きの声を上げる。

 

「あれ……! 先輩、どうしてここに? お父さんの手伝いは良いんですか?」

 

「ええ、そちらの方は一段落着いたから。……それで久々にこちらに顔を出したら、面白そうなことを話してたから、つい……」

 

 そう言って彼女は、イタズラが見つかった子供のように舌をペロリと出す。

 彼女のそんな様子に、薄く笑いをみせる女性たち。なにせ、彼女がこんな無防備な姿をみせるのは仲間内だけであり、意外とお茶目な面をみせるのは信頼の開かしでもあるのを理解しているからだ。

 そして、彼女の冗談に付き合うように水色の髪をした女性は問いかけをする。

 

「でも、先輩は蘆屋さんが巡ヶ丘に行ってたこと知ってたんですね。教えてくれても良かったのにぃ……」

 

「ふふ、ごめんなさいね? でも、知ってるのは当然よ? なにせ、あの人に調査を依頼したのはお父様なんですもの」

 

「……え? それ、本当なんです?」

 

「ええ、本当よ。というより、ここで嘘着く必要ないでしょ?」

 

「それは、まぁ……。でも、()()()()からの依頼って、それはそれで驚きのような……?」

 

 そう、思案するように呟く水色の髪をした女性。

 

 ……かつて、晴明がとある政治筋から巡ヶ丘の調査を依頼された、と言う話を覚えているだろうか?

 その政治筋というのが彼女が呟いた美国議員、国会議員である美国久臣議員であった。

 そしてかの議員と晴明の接点となったのが、彼の娘である落ち着き払った女性【()()()()()】と、ここにいる彼女たちであり、この都市で起きたとある事件がきっかけであった。

 

 

 

 

 

 

「でも、やっぱり神持さんから連絡がない、と言うのは心配ね……」

 

 そう言って憂鬱そうな表情をみせる金髪の女性。

 そのことに織莉子も同意する。

 

「確かに、それはそう、ね……。いくら彼がいるといっても。というより彼がいるからこそ大事になってるのかしら?」

 

「ま、まさかぁ……」

 

 織莉子の呟きに水色の髪をした女性は、頬を引きつらせつつも否定する。だが、内心は同じ事を思っていたのか、その言葉に力はない。

 そんな中で、黒髪の、朱夏に似た女性が織莉子に話しかける。

 

「それで織莉子、貴女の方でなにか分かってることはないの?」

 

「そう、ね。私の方で言えることは()()()()()

 

「それは、なにも知らない、ということ? ――それとも、()()()()()()()と言う意味かしら?」

 

 朱夏に似た女性は、自身の黒髪を手で払うような仕草をしながら問いかける。

 そんな彼女の問いかけに、織莉子は苦虫を噛み潰したような顔になる。それが答えだった。

 そして彼女は、答えの代わりに一つの提案が上がっていることを皆に告げる。

 

「……ところで、近々巡ヶ丘に人員を送る予定があるわ。それも、政府の肝いりで、ね」

 

「それって……!」

 

 織莉子の言葉を聞いた桃髪の女性は驚き、立ち上がる。

 暗に織莉子が巡ヶ丘で問題が起きていることを認めたのもそうだが、それ以上に今、この時にそのことを話した理由。

 

「それに私たちも参加できるんですか?!」

 

「……参加する、というよりも。先遣隊として捩じ込むことが出来そう。と言う話よ。なんてったって蘆屋氏は()()()()()()ですからね?」

「なるほどねぇ……」

 

 織莉子の提案を聞いた勝ち気な女性は、愉快そうに顔を歪める。

 しかし、そんな彼女の出鼻をくじくように織莉子は注意点を告げる。

 

「でも、流石に全員は無理よ? 精々、二、三人が限界ね」

 

「おいおい……」

 

「でも、それなら誰が行くか、慎重に決めないとね」

 

 勝ち気な女性は呆れた声を上げているが、その横でリーダー格の女性が考えをまとめるように、そう呟く。

 そして、周りを見渡したリーダー格の女性は――。

 

「まず、美国さんは無理ね。向こうと調整がある訳だし」

 

「それは当然ね」

 

 リーダー格の女性に同意するように織莉子は頷く。

 そして今度は桃髪の女性と、黒髪の朱夏に似た女性を見た彼女は――。

 

「そして、巡ヶ丘に問題が発生してるなら鹿()()さんと()()さんも無理、と考えた方が無難ね」

「ええ、そうね。そんな危険地帯に()()()をつれていける訳ないわ」

()()()ちゃん」

 

 リーダー格の女性の言葉に黒髪の女性、暁美ほむらは当然とばかりに頷き、桃髪の女性、鹿目まどかは悲しそうに呟く。

 

「……と、なると後は私か()()さん、()()さんの三人のうち誰かになるけど……」

 

「はい、はいはい! 私が行きますっ!」

 

 そこで元気良く手を上げて主張する水色の髪をした女性。

 そんな彼女を勝ち気な女性は、胡乱げな表情で見つめる。

 

「おいおい、大丈夫なのかよ。()()()

 

「だいじょぶ、だいじょぶ! このさやかちゃんを信じなさい! それより、()()こそどうするのよ?」

 

 水色の髪をした女性、美樹さやかは自信満々に答えるとともに、勝ち気な女性、佐倉杏子に問いかける。

 さやかの問いかけににやり、と笑う杏子。そして彼女はふてぶてしく告げる。

 

「ま、お前一人に行かせると心配だからなぁ……。しょうがないからアタシも着いていってやるよ」

 

「なにおぅ! 私だってちゃんと出来るんだからねっ!」

 

 そのままじゃれ合い始める二人。

 そんな二人を見ていた金髪の女性は微笑むとポツリと呟く。

 

「それなら、私は念のため待機の方がいいかしら?」

 

 彼女の言葉に同意するように頷く織莉子。そして彼女は、こう付け加える。

 

「この二人に加え、かの()()()まで動いた。なんてなったら、痛くもない腹を探られることになりかねないわ。だから、こちらとしても待ってもらえると助かるわ」

 

「ええ、分かったわ。……それじゃ美樹さん、佐倉さん」

 

 金髪の女性、巴マミに声をかけられたことでさやかと杏子はじゃれるのをやめて真剣な顔をみせる。

 そんな二人を見て、マミは激励を送る。

 

「私たちは直接助けることは出来ないけど、あちらの……。神持さんたちのことを任せるわ。お願いね」

 

「はいっ!」

 

「おう」

 

 マミの激励に、元気良く返事するさやかと杏子。

 この地、()()()にて起きた事件を解決した英雄たち。朱夏の戦友である()()()()と呼ばれた戦士たちは想いを新たにして巡ヶ丘を目指す。

 全ては戦友にして親友。神持朱夏の無事を確かめるため、そして彼女の手助けをするために。

 そのために彼女らは各々が出来ることを始めるのだった。





 読了お疲れさまでした。
 前書きにも書きましたが答え合わせ。
 正解は『魔法少女まどか☆マギカ』並びに、その外伝作品である『魔法少女おりこ☆マギカ』でした。
 ちなみに今話では出てきていませんが、もちろん呉キリカも彼女たちの仲間として存在しています。

 因みに、製作者的な意味で同じ、ということのやつについてはまどマギのキャラデザインがひだまりスケッチの蒼樹うめ氏、シナリオがニトロプラスの虚淵玄氏が担当。
 がっこうぐらし! が、作画を千葉サドル氏、原作がニトロプラス所属の海法紀光氏が担当、そしてともに芳文社が関わっているという共通点からでした。


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第八十八話 魔王、顕現

 美紀と圭、それに朱夏とアレックスによる模擬戦が終わった巡ヶ丘学院高校の校庭。

 模擬戦、というにはあまりにも本格的な戦闘による余波で地面が抉れ、焼け焦げている惨状は横に置くとして、ようやく戦場独特のひりついた雰囲気が弛緩し、和やかな空気が流れ始めていた。

 そんな中で一人、いや二人。晴明とアレックスだけが言葉にしづらい。しかし、肌がざわつくような不快感を感じていた。

 

《どうしたのかしら、マスター?》

 

 晴明の雰囲気を敏感を感じ取ったバロウズが、そう問い掛けた。

 その問い掛けに、晴明は圭の介抱をしながら答える。

 

「いや、何だろうな……? 嫌な、ドロッとした感覚(モノ)を感じるんだよ」

 

《……ドロッとした感覚(モノ)?》

 

 厳密には生物ではない、AIであるバロウズには晴明の語る抽象的なものが理解できないようで、液晶画面内で個首をかしげるような仕草をする。

 もっとも、晴明にしても経験から察した危機感。第六感のようなものなのだから言語化しての説明は難しかった。

 敢えて言うならば、ここが修羅場に。生命の危機を感じる場所に変容した。そんな感覚。

 ……そして彼は、今までそのような感覚を重視して鉄火場を生き延びてきた。それ故に、晴明はその感覚こそを重要視し、辺りを警戒するように気配を探る。

 

 ――ミシ、ミシ……。

 

 そんな晴明と、同じく警戒を行っていたアレックスの耳に()()が軋む音が聞こえてきた。

 そのことに違和感を覚える二人。なぜならここは未だに屋外。付近にバリケードはなく――一応、今回模擬戦のため、校門付近に簡易的なバリケードは築いている――音が聞こえてくる筈がない。

 そしてもう一つの違和感。それは――。

 

「なに、この音……? 上から聞こえてくる?」

 

 二人以外にはじめて音に気付いた由紀は、不思議そうな顔をして空を見上げる。

 明らかに不自然な音が上から聞こえてきたのだ。

 そのことに疑問を覚えた由紀。だが、そんな由紀の仕草に目敏く反応するものがいた。

 

 ――晴明だ。

 

 彼は由紀が空を見たことで一つの可能性にたどり着き、己の感覚を付近一帯に引き延ばし些細な変化も感じ取ろうとする。だが、そんな晴明を嘲笑うかのごとく付近に、彼らの足元に変化が訪れる。

 

「……なに、これ。赤い光?」

 

「――! あの時の、晴明さんたちが消えた時と似てる?!」

 

 悠里が警戒するように地を奔る赤い光を凝視すると、今度は透子が以前晴明がエトワリアに消えた時の状況と似ている。と騒ぎ立てる。

 そのことに驚くかつてエトワリアに召喚された者たち以外の面々。しかし、晴明と。そしてアレックスにはこの光が彼方へと召喚するものではなく、むしろ逆。こちらに何者かが顕現するものである、と。

 

「皆、下がれ!」

 

 晴明の切羽詰まった言葉に端を切り、晴明自身と、そして先ほどまで模擬とはいえ戦闘を行っていたことで本調子ではないアレックスが身構える。

 また、由紀も晴明が言葉を発するのと同時に嫌なものを感じたのか、率先して皆を誘導し始める。

 

「みんな、こっちへ!」

 

「ゆきちゃん?!」

 

「いいから早くっ!」

 

 由紀の行動に驚いていた悠里だが、それでもなお由紀が強引ともいえる行動を続けることに良くないものを感じたのか、彼女の指示に従う。

 また、貴依と胡桃は意識を失っている仲間である美紀と圭をそれぞれ抱えると由紀の後へ続く。

 

 その一方、大学生組は実質的なトップの朱夏を看病していたことにより反応が遅れてしまった。

 

「え、え……?」

 

「蘆屋、さん?」

 

 比較的晴明と親交があった――とはいえ、ほぼドングリの背比べだが――晶と篠生が反応した。

 しかし、それも指示に従うものではなく、あくまで疑問を呈するだけ。

 他のメンバーに至っては不安そうな表情を浮かべるだけ。

 だが、彼女たちを相手にする余裕は晴明にはなかった。

 

 そんな晴明の変わりに声を上げる者がいた。

 

「……いいから、皆。はる、あきさんの指示にし、たがって――」

 

「……アヤカ、あんた――!」

 

 先ほどまでアレックスの猛雷撃を受け、意識を朦朧とさせていた朱夏だ。

 彼女は自身の身体にMAGを循環させることで、なんとか己の身に最低限の治療を施していた。

 それでようやく彼女は喋れるまで回復したのだが、その状況で今回の異変。

 せめて晴明の邪魔にならないよう、仲間たちへの指示を優先した。

 それが彼女たちを仲間を助ける一番の近道と信じて、だ。

 彼女の指示を聞いた晶たちも慌てた様子で異変の範囲外に逃れる。

 そして、その瞬間を待っていたかのように光が激しく発光。地面が水面のように激しく波打ち、異形の存在が()()現れる。

 

 その異形の存在、下膨れた人の身体に像の頭を持ち単眼の化物を見て、晴明は思わず顔をひきつらせる。

 その化物、悪魔に見覚えがあるのと同時に、本来、未だに大破壊すら起きていないこの世界に顕現するはずのない高位の悪魔だったからだ。その悪魔の名前は――。

 

「邪鬼-ギリメカラ、だと……!」

 

 そう、多くのメガテンプレイヤーたちにトラウマを植え付け、油断してきた者たちを屠った怪物。邪鬼-ギリメカラであった。

 

 

 

 

 

 

 恵飛須沢胡桃にとって、後輩たちや朱夏が繰り広げた模擬戦は想像を絶するものであるのと同時に、今の、魔人化した自分なら着いていくことが出来る、という自負があった。

 だが、実際に模擬戦に参加しなかった以上、それを証明する術はない。

 もっとも、晴明からすると胡桃の潜在能力。もっといえば魔人化したことによる権能(ちから)は隔絶したものである、ということは容易に想像できたし、そんな彼女とアレックスが本格的に戦えば本気の殺し合いになりかねない。

 それを危惧したからこそ、胡桃を参加させなかったのだが、そんな理由を胡桃が知る由もない。

 だからこそ、彼女は己の力を証明するため、機会を窺ってきた。

 そんな彼女にとって、絶好の好機。それが目の前に転がってきた。晴明やアレックスが驚いてこそいるが何となく感じる権能では、己が勝り、一対一であれば負けないだろう相手。

 

 その相手を倒し、由紀に、仲間たちに己の力を証明する。そのために背負っていた美紀を悠里に預け、彼女はギリメカラに向けて駆け出す。

 

「ちょっ、くるみ――!」

 

「りーさん、任せた!」

 

 そのまま獲物へと駆け、自身の得物であるハルバートを呼び出す。

 胡桃が起こしたまさかの蛮行に、目を剥くアレックスと晴明。

 アレックスは胡桃が今から行おうとしていることに対して、制止の言葉を放つ。

 

「くるみ先輩、ダメです!」

 

「大丈夫だって、見てろよ。……おりゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 アレックスの制止も聞かず、胡桃は自身が出来る今、最高の一撃をお見舞いする。

 そして、それは間違いなく炸裂した――。

 

 ――()()()()()()()()()……。

 

「……う、わぁぁぁぁぁぁ――!」

 

 あり得る筈のない、己に対しての一撃を受け吹き飛ばされる胡桃。その身体には、致命傷。とまではいかないが血が滲むほどの裂傷が刻まれていた。

 その事に困惑する胡桃と、彼女へ駆け寄るアレックス。

 そしてアレックスは無茶な突撃をした胡桃を叱責する。

 

「くるみ先輩、また無茶をして!」

 

「――アレックス、これを!」

 

 そのまま叱責を続けたかったアレックスだが、その前に晴明からなにか投げつけられる。

 それをキャッチしたアレックスは、投げられたものを見て驚く、がそれをすぐさま胡桃に使用する。

 

「先輩、これを!」

 

「えっ、あ、アレックス?!」

 

 胡桃の身体に押し付けられる円形の物体。それは、身体に触れると光輝いて溶けていく。

 それと同時に胡桃の裂傷はみるみる塞がっていく。

 晴明がアレックスに投げ渡したもの。それは宝玉であった。

 胡桃の傷であれば魔石でも完治するかもしれないが、念には念を入れ、どんな傷でもたちどころに治してしまう宝玉を渡したのだ。

 

 アレックスに宝玉を渡した後、晴明はギリメカラを睨み付ける。

 

「やはり、()()()()は健在、か」

 

 そう、先ほど胡桃が自身の攻撃によって傷ついた原因はギリメカラが持っていた防御相性。晴明が言ったように物理反射が原因だった。

 物理反射とは言葉通り、物理属性の攻撃。通常攻撃だけではなく、晴明が得意とする空間殺法や由紀のペルソナ、ガブリエルが使えるスラッシュなど物理スキル全般をそのままカウンター出来る、敵側からすれば悪夢のような耐性だ。

 これが胡桃が己の攻撃でダメージを受けたカラクリの正体だった。しかし、同時に胡桃は運が良かった。ともいえるだろう。

 ……もし、彼女が魔人化しておらず、人のままギリメカラに全力で攻撃を仕掛けていれば、今頃彼女の頭はザクロのように割れていたのだから。

 

 それはともかくとして、晴明はギリメカラたちを睨み付けながらも、あまりに不自然な状況に頭を回転させる。

 

(……なぜ、ギリメカラクラスの悪魔が複数体現れた?)

 

 そう、今の現世であってもギリメカラ。それこそ一国を滅ぼしかねないクラスの悪魔が顕現するなど普通あり得ない。しかも、それが複数だ。あまりに不自然すぎた。

 それに、先ほどの空間が軋む音。あれは、恐らく巡ヶ丘に張られた結界が――。

 

 そこまで考えた晴明の脳裏に閃きが奔る。

 

 ――結界内の濃厚なMAG。

 ――顕現した魔神柱(イレギュラー)

 ――ルイ・サイファーに高城絶斗。

 ――そして、今現れたギリメカラは本来……。

 

 晴明の頭に導き出された答え。

 それを理解した晴明は最悪の事態に顔を青ざめ、怒鳴るように指示を出そうとする。しかし――。

 

「お前ら、男どもを――……」

 

 しかし、声を出す途中で晴明の姿が掻き消える。……続いて破砕音。その方向を見る面々。

 そこには凄まじい衝撃を受けたのか校舎の壁が倒壊し、土煙が上がっていた。

 そして、先ほどまで晴明がいた筈の場所にはギリメカラとは違う異形が――。

 

『……きゃああああああああ!』

 

 ()()を見た女性陣は思わず悲鳴を上げる。そこには見慣れない、……ある意味見慣れたものもいる雄々しくも、()()()な姿が――。

 

 ――其は()()()()

 ――其は死、そのもの。

 ――其は()()()()()-()()

 

 ――其の名は。

 

 

 ――魔王-マーラが現れた。



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第八十九話 ご立派さま、おん・すてーじ!

 倒壊した衝撃でもくもくと上がる煙の向こう。そこに魔王-マーラによって吹き飛ばされた晴明の姿があった。

 彼は強かに校舎の壁へ叩き付けられた衝撃で頭から血を流しながら悪態をついている。

 

「くそったれが、まさかこの程度も……ぐぅ!」

 

《マスター、大丈夫?!》

 

 ずきん、と頭や背中に走る痛みに呻く晴明。

 そんな彼の心配をしていたバロウズだが、当の晴明は彼女の心配に答える時間すら惜しい、と指示を出し始める。

 

「バロウズ、あいつに、朱音に連絡を。……今すぐ御方への防備を固めろ、と」

 

《えっ……? マスター?》

 

「急げっ! 恐らく、結界はもう長くは持たない!」

 

 しどろもどろしていたバロウズを一喝する晴明。

 先ほど空間から響いた軋むような音。それは巡ヶ丘全体に張られた結界が壊されようとしていた音だった。

 そもそも、結界が張られた当初、この結界はあくまで巡ヶ丘内部で起こるであろう、災厄を外に出さないために敷かれたものだ。

 罷り間違っても大悪魔を拘束する類いのものではない。

 しかし、現実にはルイ=サイファー(大魔王-ルシファー)高城絶斗(深淵魔王-ゼブル)などといった規格外たちが顕現。挙げ句の果てにはイレギュラー中のイレギュラー、魔神柱-フォルネウスまでもが現れる始末。

 それらの存在は、ただそこにいるだけで結界に多大なダメージを与えていた。

 そこにトドメとばかりの魔王-マーラの顕現。

 もはや、結界が崩壊するのは必然でしかなかった。むしろ、現時点でまだ崩壊していないのが奇跡、といいたくなる状況だ。

 

 しかし、それでももはや崩壊は時間の問題。ならば、一刻も早く事態を伝え、対応する時間を作るのが肝要。

 だからこそ晴明は朱音に、ライドウに連絡するようにせっついたのだ。

 

《り、了解――!》

 

 バロウズも晴明の余裕のなさに事態が逼迫していることを理解したようで、ライドウの端末にメールを送る。

 それを確認した晴明は自身が破壊した校舎の壁から外へ飛び出していく。

 

 

 

 

 

 自身の身体をうねうねと動かしていたマーラはご機嫌な様子を見せている。その理由は……。

 

「ぐわははははははっ――! 結構、結構。以前見た時はヤキモキしておったが、どうやらきちんと、イタしておったようじゃのう!」

 

 その言葉に、マーラが何を言っているのか察し、なおかつ対象になった慈、透子、朱夏は顔を赤らめる。

 ちなみに、幸か不幸か美紀と圭。残りの対象となる二人は意識が朦朧としていることもあって聞こえていなかったようだ。

 そんな彼女らを他の面々。特に女性陣は気の毒そうに見やる。

 いくらなんでも見た目が卑猥な化け物に夜の生活について暴露されるなど、羞恥プレイを越えた拷問だろう。それがたとえ周知の事実であったとしても、だ。

 なお、その中で篠生だけは面々を羨ましそうに、物欲しそうに見つめている。

 

 その様子を見つけたマーラのご機嫌はさらに高まる。

 その証拠にマーラの身体はさらに艶が良くなり、バキバキに硬くなっている。

 

「ふははっ、重畳、重畳。女は度胸じゃ! 己の望むまま動くが良い! この儂、第六天魔王にして、愛の神――」

 

 ご機嫌だったマーラのもとに矢の雨が降り注ぐ。

 秘神-カーマが放った天扇弓だ。

 せっかく上機嫌だったマーラは、カーマに邪魔されたことで少し不機嫌になる、が……。

 

「流石に、あなたと同一視されるのは迷惑なんですけどぉ……!」

 

「ぐわははははっ! そうかそうか、お主が()()のカーマか! なるほどのう」

 

 本来の姿と違う、()霊の姿を持つカーマを興味深そうに見つめるマーラ。そして……。

 

「まぁ、そう言うでないわ。同じ()()()()仲良くしようではないか!」

 

「……………………はぁ?」

 

 マーラから放たれた衝撃的な発言に、思わず反応が遅れるカーマ。

 女神? なにが……? ()()が――――!

 

 あの卑猥に、うねうねしている()()が女神?!

 

 カーマだけではなく、その場にいた全員が目を剥く。そんな馬鹿なことがあるか! 全員の心中が一致した瞬間であった。

 

 ……ちなみに、マーラ=女神説は実際に存在し、女神転生シリーズではその説が採用されていたりする。

 

 それはともかく、というにはあまりにも衝撃的な情報だが。それはともかくとして――。

 

「攻撃された以上、反撃しない。というのは無作法よな……!」

 

「……えっ?」

 

 暗に今から攻撃するぞ、と宣いながら脈動するマーラ。

 いちいち絵面が最悪なのだが、その後、ある意味さらに最悪な攻撃がカーマに降り注ぐ。

 

「――マララギダイン!」

 

 マーラの登頂部から発射された、白い炎にも液体にも見える何かがカーマに向かって降り注ぐ。

 そしてそれを呆然と見ていたカーマであるが、正気に戻った時には既に遅く――。

 

「……うぇ! ――あっちゅ、あっちゅ!」

 

『うわぁ……』

 

 ……白濁濡れになった美女が、付着したものの熱さで地面をのたうち回っている。

 そのことに非常事態であると理解しながらも、ドン引きしている学園生活部と大学生組の面々。

 ……心なしか、敵方である筈の像の異形。ギリメカラも一歩引いているように見えた。

 

 色々と最悪すぎる絵面とともに、何とも言えない空気が周囲――マーラを除く――に流れる。

 だが、直後。その空気を破るがごとく一陣の風が駆け抜ける!

 

「――――雄ォォォォォォォォォォ!」

 

 ――晴明だ!

 彼が奇襲気味にマーラの懐に飛び込むと、手に持っていたメギドファイアを乱射。

 

「……なんと、ぬおぉぉ――!」

 

 ダメージ自体は低いものの、晴明の奇襲に怯むマーラ。

 それを見た晴明は、さらに畳み掛けるように連激を加える。

 

「消えろよ、デス――――バウンド!」

 

 晴明の斬撃が幾重にもなってマーラに殺到する。そして、マーラは最初の奇襲で態勢を崩していたことからも回避など出来ずすべて直撃する。だが――。

 

「ぬははははははは――――! この程度で儂をイかせることは出来ぬわぁぁぁぁぁぁ!」

 

 マーラは自身の身体を仰け反らせることで無事をアピールする。そして、今度はこちらの番。とばかりに晴明に照準を合わせ――。

 

「そぅら、イノセントタック! 儂の美技に酔いしれるが良い――!」

 

 彼に向かって、何度も登頂部の突きを繰り出すマーラ。

 しかし、そんなものに当たってやる義理――というよりも、一撃でも当たれば致命傷になりかねない――のない晴明は、直線的な動きを見切り、回避すると即座に反撃!

 メギドファイアの銃口にMAGを集め、それをマーラに叩き込む!

 

 その後、いつまでもマーラの攻撃範囲にとどまる必要のない晴明は、即座に間合いから離れた。

 

 晴明から手痛い反撃を受けたマーラは、ぷすぷすと身体から煙を出しながらも感心していた。

 

「ぶわっはっはっはっ! なかなかなテクニシャンではないか! だが――!」

 

 その言葉とともに今まで傍観に徹していた邪鬼-ギリメカラたちがマーラを護るように立ち塞がる。

 マーラの前に存在する、完全物理耐性の盾二枚。という厄介な状況。むろん、晴明にも突破する手立てはあるにはある。が、あまり時間を掛けすぎると、それだけマーラをフリーにすることを意味する。

 今でさえ振り回されている女性陣が、そんな状態になったらどうなるか。それを考えれば、即座に突破する必要がある。

 さて、どうするか。そう思案する晴明の耳にアレックスの声が聞こえてきた。

 

「ジョージ! 召喚シークエンス!」

 

《イエス、バディ――》

 

 彼女の掛け声とともに足元に召喚陣が――。

 

「召喚――」

 

 そして、彼女の左右にそれぞれMAGが噴出し、形作っていく。

 それは二体の異形。彼女がかつてシュバルツバースにて調伏した二体の悪魔。

 

「やっと出番か、アレックス!」

 

「……ふん」

 

 そこには上半身は人で、下半身はまるで精霊のように存在しない異形と、梟と狼、大蛇を合わせたような異形の二体の悪魔が顕現。

 

「また手伝ってもらうわよ。シャイターン、アモン」

 

「……ふん」

 

 アレックスの言葉に鼻を鳴らすアモンと呼ばれた悪魔。

 その悪魔の名は魔王-アモン。フォルネウスやデカラビアと同じくソロモン72柱の悪魔の一体であり、その力は上級神魔に匹敵する。

 

「ははは、俺様に任せろ! ちゃんと守ってやるぜ!」

 

 そう自信満々にアレックスへ告げる悪魔の名は妖魔-シャイターン。

 アラビアの精霊であり、イフリートのひ孫。また、サタンとも同一視されている。

 だが、本悪魔はアレックスに惚れ込んでおり、彼女の忠実な仲魔として行動をともにしている。

 

 アモンはおもむろに腕を天に掲げる。そして――。

 

「消し飛ぶが良い! ――トリスアギオン!」

 

 ギリメカラの内の一体、その頭上から業火が舞い降りる。

 かの魔法、それは火炎系の上級魔法であるアギダインを超える魔法として、限られた存在しか行使できない大魔法だ。

 そして、いくら絶対的な物理耐性を持つギリメカラでも魔法には無力。

 

「…………――!」

 

 トリスアギオンの直撃を受けたギリメカラはまともな悲鳴を上げることも出来ず、瞬時に焼滅。そこには灰すらも残ってはいなかった。

 

「蘆屋さん――!」

 

 晴明にアレックスから声がかかる。それは、この場は任せろ。ということに他ならず。

 

「任せた――!」

 

 晴明は後のことをアレックスに任せ、再びマーラと決着をつけるため突撃。

 マーラもまた、迎撃するため待ち構えるのだった。



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第九十話 女神転生

 晴明とマーラ、アレックスたちがギリメカラと戦っている頃、一人焦燥にかられている少女がいた。

 

「わたしも、わたしだって……。でも――」

 

 由紀だ。彼女は自身が力――ワイルドというペルソナ使い――を持つにも関わらず、他の娘たちと同じように守られる側でしかなかったからだ。

 美紀と圭、彼女ら二人もある意味守られる側だが、それでも彼女たちは自らの力を示し、アレックスや晴明に認められた。

 しかし、由紀自身は……?

 

 彼女自身、以前巡ヶ丘学院地下の調査で己の意志を示した。が、それ以降は……。

 それもある意味仕方ない。なにせ、彼女よりも強く、戦い慣れているアレックスが側にいるのだ。

 ならば、戦闘者ではない由紀が率先して戦う必要はない。と、いうよりも皆に止められていた。

 それもそうだ。彼女、由紀は学園生活部の精神的支柱。そんな彼女をわざわざ危険にさらす必要がある筈もない。だからこそ、彼女は己が望む、望まないという意志を持つ以前に戦いの場に身を置くことができなかった。

 

 それもまた正しいことではあるのだろう。

 もし、彼女が負傷し、最悪死んでしまったらいったいどんな事態が引き起こされるか。

 あの時、胡桃が暴走していた時、悠里があそこまでの無茶をできたのは後ろに由紀がいる。という安心感から。

 もし、アレックスの、彼女の前世の記憶が戻る前。もしも、由紀がいなければ彼女は自らの記憶に翻弄され潰れていただろう。

 もし、もし、もし――。

 

 それほどまでに学園生活部にとって、丈槍由紀、という少女は欠かすことのできない存在だった。

 そんな彼女を危険から遠ざける。それをメンバーが選ぶのは必然だ。

 

 ……しかし、由紀の意志は?

 

 彼女は誰よりも優しく、そして気高く強い女性だった。

 それは聖典世界(がっこうぐらし!)で、慈の死から逃げ、記憶を封印していた時でもメンバーたちのために知恵を絞り、記憶を取り戻した際、悠里たちにすべてを押し付けてしまった。と懺悔したことでも理解できる。

 それこそ、普通なら私は悪くない。と、言ってもおかしくない状況だ。

 しかも、彼女の行動でメンバーが救われ、美紀という新たな仲間まで迎え入れることができているのならなおさら……。

 それでも彼女は己の過去と向き合い、一歩前へ踏み出してみせた。

 それほどの行動、いったいどれだけの人間ができるのか……。

 だからこそ、学園生活部の皆に頼られている、とも言えるが。

 

 そして、そんな彼女が自ら戦う力があるのに、ただ守られるだけの立場を良しとするか?

 ……するわけがない。

 彼女も本当であれば晴明と、アレックスと、美紀たちとともに戦いたい、と思うのは必然。むしろ思わない方がおかしいだろう。

 

 ノブリスオブリージュ、彼女の中に流れる血(受け継がれた魂)がそれを果たせ、と告げるのだ。

 高貴な血が流れる者の宿命として。

 何よりも自らの大切な者たちを守るために。

 

 ……しかし、どうすれば?

 

 彼女の中に確かに意志はある。しかし、彼女が戦うには、あまりにこの戦場は過酷だ。

 邪鬼-ギリメカラ、そして魔王-マーラ。

 神話に謳われた大悪魔たち、彼らを相手取るには彼女はあまりに無力。

 たとえ力を奮おうとも、まさしく蟷螂の斧。蛮勇という他ない。

 それでも由紀は、己の力で皆を――。

 

『ユキよ、なぜ貴様をそこまで力を欲する?』

「……え?」

 

 不意に聞こえてきた威厳のある声。それに困惑する由紀。それとともに彼女は違和感を感じ、辺りを見渡す。

 まわりはまるで()()()()()()かのように色褪せ、誰も微動たりともしない。

 そのなかで一つ、否、一体だけ色褪せていないモノ。それが由紀の目の前へ舞い降りる。

 

「アルノー・鳩錦……? 貴方の声なの?」

 

 目の前に降りた一羽の鳩。彼女たち学園生活部にアルノー・鳩錦と名付けられた聖霊が語り掛けてくる。

 

『そう、我である。……そして我は神、我こそが神。ゆえに問おう、人の子、丈槍由紀よ。なぜ、そなたは戦おうとする?』

「……え?」

 

 突然の質問に困惑する由紀。

 なぜ戦おうとするか、それはもちろん――。

 

『そなたが戦う必要などあるまい。戦いなど下銭な者へ任せれば良い』

「……なっ」

 

 聖霊のあまりに失礼な物言いに絶句する由紀。

 そんな彼女へ畳み掛けるように、聖霊はさらなる言葉を紡ぐ。

 

『人には役割がある。戦う者、守る者。そして()()()。そなたであれば、己がどの道を歩むべきか理解できるだろう?』

 

 疑問系で語り掛けながらも、実際にはどうすれば良いか理解できているのだろう、と確認を取る聖霊。

 そう、聖霊にとって彼女は導く者。下々を教え導くための存在だ、と説いていた。

 それは彼女のペルソナが聖霊の忠実な配下である熾天使-ガブリエル。そして、そのさらに内側から感じられる()からも確信していた。

 彼女こそがこの世界の英雄(ザ・ヒーロー)救世主(メシア)となり得る逸材だと。

 なればこそ、彼女が戦う必要などない。神の御言葉を民衆に伝え、導き、世界を救済すれば良い。ただ、それだけで皆救われるのだ。

 

 しかし、由紀は顔を悲しげに歪めると首を横に振って否定する。

 

「ううん、アルノー・鳩錦。それじゃダメなんだよ」

『……なにがダメだと?』

 

 由紀に否定されることとなった聖霊の声に、僅かながら怒気が混じる。

 それはお気に入りの人形を汚された子供のようで――。

 

「そんな世界、きっと寂しいだけだよ――」

『寂しい、寂しいだと……!』

 

 聖霊は以前、由紀とある意味同じペルソナ使いである朱夏から、窮屈、と評されたことがあった。

 そして、今回の由紀が発した寂しいという言葉。

 それと同じようなものを感じたのだ。しかも、今回は由紀に、人に同情されるというおまけ付きで。

 神として、唯一神として只人に同情されるなど。

 

 本来であれば赦せるものではなかった。しかし――。

 

『なぜ、そなたは――』

 

 それ以上に聖霊の心には困惑と、好奇が芽生えていた。

 人とは神を畏怖し、崇拝し、なにより縋り付くものだ。

 だが由紀は違った。彼女は縋り付くでも、盲信するでもなく、神の心に寄り添おうとしている。只の人間が、年端もいかない少女が!

 それが聖霊はおかしく、なによりも()()()()()()

 聖霊自身は気付いていないが、それはまるで子供の成長を喜ぶ親心のようであった。

 

「きっと、その道が正しくてラクなのかもしれない。でも、わたしはみんなと一緒に歩いて行きたい。それがどんな道で、どこに行き着くのか分からない。でも――」

 

 彼女は真剣な表情で聖霊を見る。そこには彼女の意志が、どんな苦難の道でも歩んでみせる。という意志が見えた。

 

「――だからこそ、価値があるんだと思う。これからも間違うかもしれない。転んで痛い思いをするかもしれない」

 

 彼女の脳裏に浮かぶのは、胡桃が学園生活部を去った絶望。彼女が変わり果てた姿で現れ、殺し合いをしなければいけなかった苦悩。

 しかし、それらを彼女は、学園生活部は仲間と手を取り合って乗り越えた。ならば――。

 

「それでも、みんなと一緒なら乗り越えられる。また明日、おはよう。って、日常を送れる。だから――」

 

 彼女は力強い意志をもって宣言する。

 

「わたしはそんなみんなに誇れるわたしでありたい。だからわたしは戦うの。誰のためでもなく、わたし自身のために」

 

 そう言葉を放つ由紀。

 その時、由紀の心にすとん、となにかが落ちるような、パズルのピースがはまるような感覚があった。それを感じた由紀は、思わずといった様子で呟く。

 

「そっか、そうだったんだ」

『……どうしたのだ?』

「こんなにも、そう。こんなにも簡単なことだった」

 

 彼女の脳裏にいくつもの場面がかけ巡る。

 

 ――アウトブレイクで地獄の光景が生み出された日。

 ――悪魔、という超常的な存在を知った日。

 ――ベルベットルーム。イゴール、リディアと出会った日。

 ――神話覚醒。ペルソナ使いとして目覚めた日。

 

 そして……。

 

 ――学園地下の探索、アリスへ覚悟を示した時。

 

 

 ……ワイルドとは絆の力によって力を発現する。しかし、同時にペルソナ使いは意志の力によって発現、成長する。

 そう、意志だ。

 今までの由紀は皆のために戦いたいとは思っていたものの、同時に仲間の望みのため、戦ってはいけないとも思っていた。

 それは自身の安全のため、言い換えれば自らの力を疑問視していたから。

 だが、今は違う。彼女に力がない、というのは事実だろう。だが、それで諦める必要などない。

 諦める、ということは己に限界を定めること。可能性、という名の扉を閉ざすこと。

 そんなのごめんだ。それが由紀の意志。

 

 ――人間だけが神をもつ。可能性という名の内なる神を。

 

 とある作品で出た言葉であるが、それは一つの真理だ。

 諦めた者に勝利の女神が微笑む訳がない。なぜなら自らその権利を放棄したのだから。

 たとえ痩せ我慢でも、空元気でも、それでも、と言い続けた者に微笑むのだ。ならば、由紀がするべきことはただ一つ。

 

「それでも、と抗い続けること。そうだよね、()()()――」

 

 ――ええ、その通り。

 

 由紀の独白に答えるように、内なる声が返ってくる。それはガブリエルの声とはまた違っていて……。

 

「貴女はわたし――」

 

 ――汝は我。

 

「たとえ、かつてのわたしと違っていても――」

 

 ――我らが目指す場所は同じ。

 

「ただ、大切な人を守るため」

 

 ――大切な日々を守るために。

 

「そのために、この力を」

 

 ――我らの力を!

 

「だから力を貸して!」

 

 由紀の身体からMAGの奔流が巻き起こる。それはかつて、ペルソナ覚醒をした時と同じように。しかして、それよりも強力で――。

 彼女の、由紀の口からその力。存在の名が紡がれる。

 

「……マリア!」

 

 爆発したかのように膨れ上がるMAG。

 そのMAGが一つの形を作り上げていく。

 

 白い石像のような姿の女性。しかし、身体の一部にはライオン、鷲、雄牛などの姿も埋め込められている。

 それはかつてガブリエルの受胎告知によりキリストを産んだ女性。

 聖母、そして()()としては女神-マリアの姿であった。



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第九十一話 合体魔法

「そらそら! それではワシをイかせることはできぬぞぉ!」

「おぉぉぉぉぉぉぉぉ――――!」

 

 魔王-マーラは己の体躯を、晴明は倶利伽羅剣を用い激しく火花を散らしている。

 ときに刺突、ときに斬撃。縦横無尽に駆ける両者。

 そんな二人の後方で、暴力的なMAGの奔流が立ち上る!

 

「ほうっ……!」

「なっ――!」

 

 突然の事態に驚き、戦いの腕を止める両者。

 そして振り返った先で、彼らは由紀の後方に突如として現れたペルソナ。マリアを視認する。

 その姿を見た晴明は目を大きく見開いている。

 

「由紀さん……!」

 

 いくら彼女がワイルドとはいえ、マリアほどの高位存在を降ろせるような実力はなかった筈。それこそ、彼女自身のペルソナが――。

 そこまで考えて晴明は、はっと気付く。

 

「そうか、あれが彼女本来の――!」

 

 ペルソナ使いは、己が持つ意志の力で降魔するペルソナを成長させることがある。

 事実、彼の弟子である朱夏もまたその口で、彼女が覚醒させたとき顕現させたのはブラックマリアではなくハリティー、日本人には鬼子母神と言えば分かりやすいか。そのペルソナを降魔させていた。

 その後、彼女は見滝原での一連の戦いで己の力を、意志を成長させペルソナをブラックマリアへと超覚醒させていた。

 それと同じことが由紀の身にも起きたのだ。

 もっとも、それにしたって彼女がペルソナを超覚醒させるには、あまりにも時が早すぎるとも感じられたが……。

 

「いや、違う。それが彼女の強さ、か……」

 

 晴明も薄々感じていたことだが、出会ったときから彼女に他の人間とは違う、カリスマ性のようなものを見ていた。

 それは、最初は小さなものであったが他の者たちとの交流。特に、彼女がペルソナ使いとして覚醒し、己に自信を着けていくにつれ顕著に感じるようになった。

 それは本来、死にたくない一心で力をつけていた晴明には持ち得ないものだった。

 言わば彼女の力は生来持ち得たもので、晴明のように後天的に手に入れたものではないのだから。

 

「いつまでよそ見をしておる! お主の相手は、このワシであろう!」

「くっ……!」

 

 由紀の変化ぶりに放心していた晴明だったが、マーラの声を聞くとともに、背中に流れた嫌な予感を信じてその場から飛び退く。

 それと同時に、さきほどまで晴明のいた場所にマーラの地獄突きが殺到。もし、あの場に晴明が留まっていたら、そのまま天に召される(逝く)ことになっていたであろう。

 

「ちぃっ……!」

「そらそら、そらぁ!」

 

 晴明に向けてマーラは幾度となく突きを放つ。それをなんとか回避する晴明。

 もともと魔王-マーラは、晴明よりもさらに上の位階に立つ存在だ。

 なにせ、かの魔王はルシファー、ベルゼブブに続く実質魔界のNo.3といっていい存在。単純な戦闘能力で言えば、かつてこの世界に晴明を転生させた大日如来、魔神-ヴィローシャナ。破壊神-アスラおうをも超える。

 そのような存在と真っ向から戦うのは、今の晴明の実力を持っても難しい。としか言えない。

 だからこそ、晴明はさきほどまでマーラに先手を打たせないよう、積極的に攻めていたのだが……。

 しかし、計らずとも由紀の覚醒を見て動揺した晴明は、一瞬とはいえ攻め手を緩めてしまった。

 

 ……戦いには勢いというものがある。

 たとえ、実力が劣っていたとしても、その勢いに乗れば強敵を打倒できる。そのようなものが。

 だが、晴明が攻め手を緩めてしまったことで勢いが失われ、それどころか相手側に勢いが移ってしまった。

 これを挽回するには、さらに突拍子のないこと。それこそ、マーラすらも怯むような一撃を叩き込む必要がある。

 だが、そんな一撃など……。

 

 マーラの一撃を紙一重で躱しながら晴明は機を待つ。なんとか、マーラに一矢報いるための隙を見つけるために。

 

 

 

 

 

 

「ここ、は……?」

 

 ペルソナ-マリアを覚醒させた由紀は、目をぱちくりとさせながら周囲を見渡す。

 さきほどまで聖霊、アルノー・鳩錦と問答をしていた時のように色褪せた景色ではなく、いつの間にか色づいた、時が動いているのを理解した。

 それとともに、彼女は己の身にかつて初めてペルソナを覚醒させた時と同じような疲労を感じていた。

 しかし、それでもあの時とは違いMAGの扱いに慣れたこと、総量が増えたことですぐに倒れるようなことにはならないのも分かった。

 

 ……このペルソナなら――!

 

 自身でも戦力になる。そう、理解できた由紀は一歩足を踏み出す。

 この力であれば足手まといにはならない、それどころか――。

 そこまで考えた由紀であったが、彼女を呼ぶ声を聞いて正気に戻る。

 

「ゆき――! 手を、手を貸しなさい!」

 

「アヤカ、さん?」

 

 由紀に声をかけていたのは、マーラたちが現れる前に行われていた模擬戦のダメージがまだ回復しきっていない筈の朱夏だった。

 なぜ彼女がここまで切羽詰まった様子で……?

 

 頭の中で疑問符を飛ばす由紀。だが、その理由はすぐに分かる。

 視界の端でマーラ相手に苦戦している晴明の姿を見つけたからだ。

 確かに、自身の想い人である晴明の苦戦を見せられれば切羽詰まるのも無理はない。

 それに彼はめぐねえ、佐倉慈にとっても想い人。そんな彼に万が一があっては……。

 

 朱夏に気取られぬよう、一瞬視線を慈に向ける由紀。

 そこには、顔を青ざめながら十字架のアクセサリーを握りしめ、必死に祈る慈の姿。

 それを確認した由紀は、一度大きく深呼吸して気を落ち着かせると朱夏に話しかける。

 

「アヤカさん、どうしたの? わたしに手を貸してって……」

「その、ペルソナ。マリアと、私のペルソナ、ブラックマリアが力を合わせれば、あの化け物に一矢報いれるわ!」

 

 己の身体が既にボロボロで、立っているのもキツい筈なのに、必死の形相で由紀に語りかける朱夏。

 それは二人の力を合わせれば確実にできる、という確信と、何より自身の愛する人を助けるためならなんでもできる、という彼女の覚悟の現れだった。

 そんな彼女の様子に、少なくとも分の悪い賭けではないことが分かった由紀。ならば――。

 

「……わたしはなにすれば良いの?」

 

「――! 私に、私に合わせなさい! そうすれば、言葉にせずとも、本能で理解できるわ!」

 

 朱夏に指示を仰いだ由紀だったが、まさかそんな抽象的な答えが返ってくるとは思わず面食らう。

 しかし、彼女は、朱夏は話を聞く限りアレックスほどとは行かずとも、それなりの修羅場を乗り越えてきているのは確か。

 そんな彼女がそう言うのだ。ならば、試してみるのも悪くない。

 そんな考えで、由紀は己の力を振り絞りMAGを練り上げる。

 

「マリア!」

 

 それに合わせるように朱夏も自身のペルソナ。ブラックマリアを顕現させる。

 

「ブラックマリア!」

 

 由紀のマリアとは似ても似つかない姿。

 しかし、それでも由紀は彼女(ブラックマリア)が、どこか自身と似ているように感じられた。

 

 並び立つマリアとブラックマリア。これからどうするべきか、そう考えていた由紀だが、自然と頭の中に次、行うべき行動が浮かんでくる。

 驚いて朱夏を見る由紀。

 そんな由紀に、朱夏はこくり、と頷くことで彼女の考えを肯定する。彼女の考えで間違いない、といわんばかりに。なら、もはや悩む必要はない。

 由紀は、己の心が命じるままに力ある言葉を紡ぐ。

 

「――審判の光」

 

 それに合わせるように、朱夏もまた力ある言葉を。

 

「――汚れ無き威光」

 

 二人から放たれた聖なる力。それが混じり合い極光となっていく。

 それはあらゆる者を裁く光、無慈悲なる力の波動。その力を解放するため、二人は言葉を紡ぐ。絶対なる審判の力、その名は――。

 

「「大いなるロゴス――!!」」

 

 無慈悲な、あらゆるものを破壊し、破滅し、消滅させる力が魔王に向けて放たれた。



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第九十二話 天孫降臨

 由紀と朱夏が放った合体魔法、大いなるロゴス。その魔法は暖かな、そして無慈悲な力の奔流となりマーラに迫る。

 

「ぬ、ぐ、おぉ? ――おおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 本来の、彼女らが放った魔法。審判の光や汚れ無き威光であれば本来、マーラにダメージを与えるのは難しかった。

 なぜなら、どちらとも破魔属性でありマーラは耐性を持っていた。

 しかし、合体させた時に何らかの変化があったのか、大いなるロゴスの攻撃属性は万能に変化。マーラの耐性が無意味なものに成り下がっていた。

 そんなこと知らないマーラは、躱すまでもないと直撃を受け――。

 

「なん、じゃと! この、ワシがぁぁぁぁぁぁ――!」

 

 彼? のご立派な、雄々しい身体は焼き爛れ、心なしか張りが失われ、萎れてきている。

 そして、それはマーラに追撃をかける絶好の機会であることを意味している。だが……。

 

「ぐ、ぅ……! こんな、時に――!」

 

 晴明は眉をしかめるとともに、身体をふらつかせて膝をつく。

 

「――晴明さん!」

「はーさん……?!」

 

 そのことに驚く由紀と朱夏。

 しかし、それも仕方なかった。そも、晴明はここまで堕天使-フォルネウスから魔神柱-フォルネウス。そして、魔王-マーラと連戦に次ぐ連戦。しかも、マーラに至っては奇襲攻撃によるダメージももらっていた。

 いくら宝玉や魔石、魔界魔法などで傷を癒すことは出来ても体力の回復までは難しい。

 しかも、今回相手にしていたのは魔王-マーラという晴明をも超える絶対強者。

 そんな相手との戦いで、晴明は少しづつとはいえ精神を磨耗していた。

 そして、由紀と朱夏が成した合体魔法。それでマーラに明確なダメージを与えられたことに、晴明は()()()()()()

 そうして出来た気の緩みで、彼の身体に張っていた緊張が解かれ、結果。いままでギリギリのラインで保っていた彼の身体に限界がきてしまった。

 

「くそっ……!」

 

 その事を一番よく知る晴明は、自身の情けなさに悪態をつく。あと一歩、あと一歩なのだ。それなのに――!

 

「……ふざ、けるなぁ――!」

 

 自らを叱咤してなんとか体勢を立て直そうとする晴明。

 そんな晴明の耳に、聞き覚えのあるソプラノボイスが――。

 

「晴明さま、あまり無理をなされぬよう……。あとは我らにお任せを。――()()()()()。いけますね?」

「うんっ!」

「おうよっ!」

 

 その声を聞いた晴明は驚いた様子で後ろを振り向く。そこには三人の女性。一人はオレンジ色の、なぜか両袖が地面につくほど長い布地で繋がれ、スカート丈が短いフード付きワンピースををまとい、頭には羽扇を彷彿とさせるカチューシャを着けた紫髪をセミロングに伸ばした女性。

 その後ろには、どこか騎士を思わせるへそ出しミニスカートのドレスを着て西洋剣を構える水色ショートカットの女性と、チャイナドレスを彷彿とさせるものを身にまとい、長槍を構えた赤髪ポニーテールの女性。

 

「天音に……、さやか、杏子?! どうしてここに――」

「今は後に……。それよりも、いざ!」

 

 晴明に天音と呼ばれた特徴的なワンピースを着た女性。日本有数の退魔家、蘆屋の分家でもある九頭竜家の現当主。九頭竜(くずりゅう)天音(あまね)はどこから取り出したのか、携帯ゲーム機らしきものを……。

 

「……えっ?」

 

 それを見た由紀は混乱する。こんな場所でゲーム? いくらなんでも――。

 しかし、次の瞬間。彼女は別の意味で驚愕することになった。

 

「現れ出でませ……。()()()()()!」

 

 何てことか、天音が取り出したゲーム機らしきもの。それもまた晴明のガントレット、圭のGUNPと同じ悪魔召喚器。COMPの一種だったのだ。

 しかも、彼女が呼び出したのは日本の主神。三貴子(みはしらのうずのみこ)の一柱、天照大御神。魔神-アマテラス、その分霊であった。

 

 

 

 アマテラスは召喚主である天音からMAGを受け取ると、それを練り上げる。

 かの神にとって、天音は自身が認めた召喚主の一人であるのは確かだが、それ以上に――。

 

「よくも、我が家族を、子孫たちを痛め付けてくれた。覚悟は良いですね?」

 

 かの神性は国産みの神。伊邪那岐命の直系であり、同時にいと畏き御方の始祖となる存在。即ち、日の本に住む民はすべからく祖としてアマテラスにたどり着く。

 つまり、日本という国で暴れるということは、まさしくアマテラスに喧嘩を売るに等しい行為なのだ。

 

「その()()()()ものを消毒して差し上げましょう。――トリスアギオン!」

「ぐ、おぉぉぉぉぉ――。なんとぉぉぉぉ!」

 

 アマテラスから情け容赦なく放たれた最大最強クラスの火炎魔法、トリスアギオン。

 本来であれば、いかに主神であるといえど霊格が覚醒者(Lv40~60)のアマテラスでは使えない筈の魔法。

 しかし、アマテラスは自身の太陽神という神格を利用して火炎系統のみであるが一段階、二段階上の魔法が扱えるようになっている。

 しかも、彼女が持つ他のスキルの中には火炎ガードキルという火炎耐性を無効化するスキルと、火炎ブースタ、火炎ハイブースタという威力を向上させるスキルまで保持している。

 ようするに、このアマテラスは絶対に敵は焼滅させる、という鋼の意思を持っているのだ。

 

 そして、その威力は邪鬼-ギリメカラを一撃で焼滅させた魔王-アモンのそれよりも上。

 いくら最強クラス、魔王の語源となった第六天魔王とはいえ、消耗しきった状態で食らえば一溜まりもなかった。

 

「こ、こりゃたまらんっ! ここまで、ワシをイカせる(追い詰める)者が現世にいようとは――」

「そうかい! それなら――」

「そのまま、逝っちゃいなよ!」

 

 追い詰められ、苦痛の声をあげるマーラに追撃を与えようとする赤と青の旋風。

 魔法少女である佐倉杏子と美樹さやかが突撃する!

 

「おりゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 さやかは周囲に自身が持つ西洋剣と同じ物を顕現させると、それを放談のように射出。その剣群はマーラの体躯に突き刺さっていく。

 

「ぬぅっ――!」

 

 剣群により針ネズミになるマーラ。それに合わせるように杏子は――。

 

「これで、終わりだよ!」

 

 ――巨大な槍を召喚し、それがまるで蛇のようにマーラの()()()に襲いかかる。

 

 ――サクっ。

 

 ……という音が出たか定かではないが、あまりにも情け容赦のない攻撃に戦慄くマーラ。

 

「なんと積極的な、このお盛んガールたち……!」

「気持ち悪いこと言ってんじゃねぇ――! それに、望んでんならそういう扱いしてやろうか!」

 

 マーラの悪ふざけともとれる言葉に顔を赤くして激昂した杏子は魔法を操作し、出現させた巨大な槍。その柄の部分が多節根のように分解。マーラの体躯にぐるぐると巻き付ける。そして――。

 

「おら、潰れちまいなぁ!」

 

 柄の部分はマーラを締め上げる。その攻撃にマーラは溜まらず、身体をぶるりと震わせる。

 

「な、なんてやつじゃ! お盛んな上に、テクニシャンじゃと――!」

「まだ言うか!」

 

 煽るマーラと激昂する杏子。

 本人たちは大真面目なのだろうが、回りからするとなんとも困る空間が形成されていた。

 ……ちなみにその裏でぺい、と羽虫を叩き落とすような手軽さで、残る一体の邪鬼-ギリメカラはアレックスの手により殲滅されていた。

 

 そうしているうちに、ぷつり。という堪忍袋の尾が切れる音が()()

 

「……死ね」

「――消えなさい」

 

 言葉遣いこそ荒いが、生来の優しさから陰で仲間たちに聖女認定されている杏子でも、流石に限界というものがある。そして、その杏子も間違いなく日の本の民。

 即ち、愛しい子孫を汚されたアマテラスもまた言うまでもなし。

 

 その事を察したさやか、晴明、天音の三人は――。

 

(……二人とも、ぶちギレ(やがった)

 

 ――と、心を一つにする。

 その後の惨劇は語るまでもない。

 ただ一つ、語るとすれば――。

 

 

 

 ――男性陣。特に、大学生組にトラウマが刻まれたぐらいだろう。……魔法少女、怖い、と。



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第九十三話 奇妙な縁

 あの後、マーラはまだまだ余裕がありそうであったが、何を思ったのかそのまま撤退。もっともマーラを取り逃がしたことで杏子は憤慨していたが。

 

「あのくそ卑猥物! 今度会ったら、二度と減らず口を叩けないようにしてやる!」

 

 そんな怒髪天を衝く杏子に、さやかは苦笑いを浮かべて彼女を落ち着かせようとする。しかし――。

 

「どうどう、杏子。落ち着いて……」

「アタシは馬かっ!」

「ひぁぁっ! ちょっ、杏子――!」

 

 八つ当たりぎみにさやかの肩をがっくんがっくん揺らす杏子。

 そんな杏子の行動にさやかは目を回している。

 突然見知らぬ助っ人の豹変に驚き、目を白黒させている学園生活部と大学生組。

 その中で彼女たちと数年来の付き合いである朱夏だけが、懐かしいなぁ。と、半ば現実逃避気味に乾いた笑み浮かべていた。

 

(本当に変わらないわね……)

 

 在りし日の、見滝原で行われた彼女らとの共闘、そして日常。その続きがそこにはあった。

 

「……ふふっ」

 

 それは朱夏の口から出た、無意識な安堵。

 彼女とてかつて、聖イシドロス大学が健在だった頃、女性陣のリーダーとして気の休まらぬ日々を過ごした。

 大学が悪魔の、フォルネウスたちの手で崩壊した後は、数少ない生き残り。そしてほぼ唯一――派遣されていたジャンヌを除けば――悪魔への戦力として戦える彼女が大学生組の中核として機能していた。

 学園生活部と合流したあとこそ、晴明を始めとした他戦力の負担も多少は減ったが、それでも他の面々。晴明とアレックス、超人二人を除けば高位の戦力ということで、彼女自身表に出すことはなかったが、朱夏にかかるプレッシャーはかなりのものであった。

 そんな彼女にとって、気の置けない友人たちの肩肘張らないやり取りは、まさしく心の清涼剤となったのだ。

 

 ……ただ、まぁ――。

 

「二人とも、そこまでにしておきなさいな」

 

 ――流石に、この友人二人が仲間たち相手に無様をさらすのは思うところがあり、主に杏子を止めるべく語りかける。

 

「あぁん? ……て、朱夏。無事だったんだな! 心配したんだぞ!」

 

 険悪な雰囲気であった杏子だが、声をかけてきたのが朱夏だと分かると、揺さぶっていたさやかをほっぽりだして彼女へ抱きつく。

 突然杏子に抱きつかれたことで、目を白黒させて驚く朱夏。

 そして杏子から解放されたさやかもまた、ぐわんぐわんと回っている目を覚ますように頭を振ると朱夏に話しかける。

 

「いやはや、助かったよ朱夏ぁ……。でも、本当に無事でよかった。みんな心配してたよ?」

「あ、あはは……」

 

 杏子からの突然な抱きつき、そしてどこか呆れた、そして安堵を浮かべるさやかの声を聞いた朱夏は乾いた笑みを浮かべる。

 かつてともに死線をくぐった戦友たちの変わらぬ様子に彼女自身もまた安堵を覚えていたが、それ以上に気恥ずかしかったのだ。

 事実、背中におそらく晶あたりの生暖かい視線を感じているのだから、なおさらに。

 

「……あの、お二人はアヤカさんのお知り合い、ですか?」

 

 朱夏との再開を喜んでいた二人に、そんな疑問が聞こえてくる。

 その質問をした人物を見る魔法少女の二人。そこには多少休めたことで、少しだけ顔色がマシになった圭がいた。

 

「あ、と。すみません、私は圭、祠堂圭っていいます。アヤカさんとの関係でいえば、妹弟子、て感じに――」

「「……はぁ?!」」

「……うそ」

 

 圭の自己紹介に驚く杏子とさやか。そして、近くで聞いていた天音。

 それは例によって晴明が弟子を取ったということに対してであった。

 ちなみに、天音の耳には晴明が新たに弟子を、美紀と圭、二人の弟子を取ったという噂が確かに入ってきていたが、正直半信半疑であった。

 それもその弟子本人が出てきたことで認めざるを得なくなったのだが。

 それはともかく――。

 

「んん……! それで私らが朱夏の知り合いか、だったよね? うん、そうだよ。私は朱夏の中学の頃の同級生で、こっちの杏子は――」

 

 そこで言葉に詰まるさやか。どう例えるべきか、少し悩んでしまったのだ。その理由は……。

 

「んぁ、あぁ……。まぁ、アタシはガッコいってなかったしなぁ……。なんて言うべきやら……」

 

 少し、困ったように笑って告げる杏子。事実、彼女はとある家庭の事情から学校に通っていなかった。

 彼女はがしがしと頭を掻きながら、圭が晴明の弟子なら話しても大丈夫だろう、と考えもう一つの朱夏との繋がりを口にする。

 

「まぁ、簡単に言っちまえば、アタシら二人は一時期、朱夏と一緒に戦ってたんだよ。そっちの巫女さんは違うけどな」

 

 そう言いながら天音を見る杏子。

 そこで初めて朱夏と晴明以外の面々は、天音が巫女であることを知る。

 まぁ、それもある意味仕方ない。彼女の格好は一般的な巫女とは逸脱しており、どう考えてもパッと見、巫女とは思えなかったのだから。

 そして、そんな雑な説明をされた天音は、頬をぴくぴく、と痙攣させながら面々へ自己紹介する。

 

「では、わたくしの名は天音。九頭竜天音と申します。そこの失礼な――」

「おいっ!」

「――失礼な娘が言ったように、これでも巫女であるとともに九頭竜家の今代当主でもあります。ついでに言えばそこにいる彼――」

 

 そう言って、未だ完全に回復しきれていない晴明を見る。

 

「――彼とは遠い血縁関係でもあります。もともと九頭竜家は蘆屋本家から分かたれた家の一つでありますから」

「ふえぇ……」

 

 天音から説明を受けた圭は目をぱちくりとさせ、感嘆の声をあげている。対して朱夏は、どこか苦々しそうな表情を浮かべていた。

 と、言うのも天音がそう言うことを告げる場合は、大抵牽制。今回の場合、晴明と自身が近しい間柄であるということを周囲に誇示する意味合いがあるからだ。

 つまり、簡単に言ってしまえば天音は圭たちに、晴明は自分のものだ。と、宣言しているに等しい。だからこそ、朱夏は苦々しい顔をしていたのだ。

 それはともかくとして、天音が自己紹介をしたことで魔法少女二人は、まだ自己紹介を終えてないことに気付き、彼女らもそれに続く。

 

「それじゃ、私から。私は美樹さやか、さやかで良いよ」

「みき……?」

「うん? どしたの?」

 

 さやかの自己紹介を受けて、ここにいる多くの人が美紀を見る。

 そして美紀もまた、どこかきょとんとした様子で自身の名を告げる。

 

「えっと、私も美紀って言います。直樹美紀、です」

「へぇ、そうなんだ! じゃあ、私と貴女でみきみきコンビだね!」

「なんですか、それ?」

 

 そう言ってクスクス笑う美紀。さやかもまた、同じくおおらかに笑っている。

 そうして、当たりに和やかな雰囲気が流れる。その中で今度は杏子が自己紹介を始めた。

 

「んじゃ、次はアタシだな。アタシは佐倉、佐倉杏子だ――」

 

 その自己紹介を受け、びくり、と肩を震わせる人物がいた。その人物は恐る恐る杏子へ話しかける。

 

「……もしかして、本当に杏子ちゃん?」

「……んぁ?」

 

 急に話しかけられたことで、不思議そうに声が聞こえてきた方向を見る杏子。そして、彼女は声の主を見て目を見開く。

 

「そんな、嘘だろ……」

 

 そこには彼女にとって予想外の人物。

 

「……めぐ、ねえ?」

 

 ……かつて、彼女が魔法少女として力を行使した結果、絶望の果てに自身を残して家族全員と無理心中を図った父の妹。彼女、杏子にとっては叔母にあたる人物。()()慈が十字架を握りしめ、彼女を見つめていた。



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第九十四話 長い一日の終わり

 無言のまま見つめあう二人。彼女らが知り合いだと知らなかった朱夏は、ヒソヒソとさやかに問いかける。

 

「ねぇ、あの二人知り合いだったの……?」

「いや、そんなのわたしに言われても……。それより、朱夏の方が詳しいんじゃないの? あの女の人のことも知ってるんでしょ?」

「確かにめぐねえのことは知ってるけど……」

 

 確かに朱夏は巡ヶ丘学院高校に在籍時、めぐねえ、佐倉慈に何かと良くしてもらっていたのは事実だ。

 しかし、それはあくまで生徒と教師という関係であり、プライベートな部分にまでは踏み込んでいなかった。

 一応、慈の名字である佐倉について、杏子と同じで珍しいとは思っていたが、それでも流石にまったくいない名字という訳でもなく、まさか二人が関係者だとは露とも思っていなかった。

 そんな二人を尻目に、杏子を見つめていた慈は、おずおずと重たい口を開く。その声は少し不安に、そして涙に濡れていた。

 

「杏子ちゃん、生きてたのね」

「それ、は――」

 

 慈の言葉にどう反応して良いのか分からない杏子は、何かを言わないと、と思いつつも口をもごもごさせて口ごもる。

 それで慈と杏子、二人の関係性がある程度見えてきた朱夏とさやかはお互いに顔を見合わせる。

 その二人の顔は、そういうことかという納得とともに面倒なことになった、と顔をしかめていた。

 そして、そんな彼女らの反応を見ていた由紀は、二人が何らかの事情を知ってることに気付き問いかける。

 

「ねぇ、アヤカさん。それに、えっと……」

「ああ、わたしのことはさやかで良いよ。まぁ、さやかちゃんでも良いけどねっ」

 

 由紀が少なからず緊張していることを悟ったさやかは、緊張をほぐすためにも冗談めかしてウインクする。

 その言葉で多少緊張がほぐれたのか、由紀はホッとした様子で話を続ける。

 

「それじゃ、さやかちゃん。……あっ、わたしは由紀、丈槍由紀だよ」

「あっはっはっ、ノリの良い娘はさやかちゃん大好きだよ? ……やっぱ、どことなくこの娘。まどかに似てるなぁ」

 

 由紀と話すことで、姿は似ていない筈なのに、どことなく親友の鹿目まどかを思い出すさやか。

 そして、続く次の言葉でさらにその思いを強くする。

 

「……あの二人のこと、なにか知ってるんでしょ。教えてほしいんだ」

「それを知ってどうするの?」

「わたしじゃなにも出来ないかもしれない。でも、知ればなにか出来るかもしれない。少しでも可能性があるんなら、めぐねえのために何かしたいんだよ」

 

 その言葉、由紀の覚悟を聞いたさやかはやっぱりか、と思いながら頭を抑える。

 

「……本当、お人好しなとこまであの娘そっくり」

「私もそう思うわ」

 

 さやかの感想に相槌を打つ朱夏。しかしその後、朱夏は由紀の、まどかと明確に違う点を告げる。

 

「でも、あの娘みたいに自己犠牲の塊じゃないだけまだマシよ」

「……あははっ、そんなことあの娘に言ったら、またむくれちゃうよ?」

「でも事実でしょ?」

 

 朱夏の指摘に肩をすくめることで答えるさやか。彼女自身もある意味無鉄砲すぎるまどかについて、否定するつもりはなかったようだ。

 なにせ彼女は友達のためと、自身に戦闘能力がないのにも拘わらず、魔女の結界に幾度か突入していたのだから、さもありなん、といったところだ。

 

 まどかの話題でひとしきり笑った二人。しかし、いざ由紀の質問に答えられるかというと……。

 

「で、由紀ちゃんだっけ? ちょっと、その質問については答えられない、かなぁ……。ごめんね?」

「今回のことに関しては、おもいっきり杏子のプライバシーに関わるのよ。……もしもの時は、こちらで何とかしてみるから。それで納得してくれる?」

 

 やはり、答えられない。という答えを返す二人。そして朱夏は、本当に申し訳なさそうな顔をしながら由紀を説得しようとする。

 由紀もまた、朱夏が本心からそう言っていることを理解したのか、渋々納得していた。

 

「分かったよ、それならアヤカさん」

「うん?」

「めぐねえのこと、お願いね?」

「……ええ、任せて」

 

 そうして二人はお互いに顔を見合わせ、笑みを浮かべる。それは互いにめぐねえ、佐倉慈に心を救われた者同士の確かな絆であった。

 

 

 

 

 

 

 慈にとって杏子の父、自身と年の離れた兄はどうにも苦手な存在だった。それは二人の性別が違うことも理由であったが、それ以上に――。

 

(あの人は理想――。いえ()()()だったものね……)

 

 全人類が信仰に目覚めれば世界は平和になる。そういうことを臆面もなく信じていた、その考えについていけなかった。

 そのくせ、考え方自体は保守的で良く言えば信心深い、悪く言えば狂信的なほど。

 慈自身も神に祈ったり、寄進をしたりなんてことはあるが、あそこまで出来るとはとても思えなかった。

 事実、だからこそ兄は牧師を目指したが、自身は別の道を、教師。子供を教え、導くという形でより良い明日を目指した。

 

 もっとも、慈が大学卒業前にあの保守的な兄が新たな教義を、得てすれば背信とも取れる選択をするなど驚きを通り越して、頭の心配をしてしまったが……。

 まぁ、その時は義姉が、そして生まれてきた子どもたちが、あの偏屈な兄に好い影響をもたらしたのかな。と、漠然に考えていたのだが。

 だが、その考えはある意味否定されることとなった。

 自身がいよいよ大学卒業という頃、風の噂で兄が自殺を、一家での無理心中を図った。というものが聞こえてきた。

 

 当時の慈は、流石にたちの悪い冗談だろう。と、思いたかったのだが、実際に焼け落ちた家屋から兄たちらしき遺体が発見された。という一報を聞いて崩れ落ちた。

 兄はともかくとして、義姉に彼女の子どもたち。自身にとって姪になる杏子にモモ。

 可愛がっていた、もしくは慕っていた彼女たちも死んだ、という事実は慈を打ちのめすには十分すぎるものだった。

 あの日は呆然とし現実逃避、悪い夢だと思い酒を浴びるように呑んだのを覚えている。のちに母があの日、酔いつぶれていた慈について苦言を呈していたことで肩身が狭かったのだから。

 

 ……それはともかくとして、慈にとってそれだけ彼女らが死んだのはショックだった。特に杏子とモモ。二人にはまだまだ未来があったというのに――。

 それから慈は今まで以上に教師への道を邁進した。自身はあの娘たちになにもしてあげられなかったから。罪滅ぼしという訳ではないが、それでも彼女たちの代わりに、少しでも生徒たちが幸せな道を歩くことが出来たなら。そう思って。

 その感情が表に出すぎていたからこそ、どうにも彼女の生徒たちに対する接し方が気安い感じになり、めぐねえ、という渾名に繋がったのだが。

 

 そんな慈にとって杏子が生きていた、というのは何より勝る福音だった。

 あの無理心中からどうやって生き残ったのか、今までどうやって生きてきたのか、という疑問が残りはするが、彼女からすれば杏子が生きている事実に比べれば些事でしかない。しかし、それはそれとして――。

 

 慈は動揺している杏子に近づくと――。

 

「むぎゅ……」

「本当に、良かった――」

 

 彼女を愛おしそうに胸元へ抱き寄せる。

 急に豊満な胸に顔を埋めることになった杏子は、恥ずかしさと息苦しさで慈の腕をタップ。なんとか離してもらうように行動しているが、感極まった慈は、その事実に気付いていなかった。

 彼女からすれば、もしこの地がかれらであふれかえっていなければ、今すぐにでも母に連絡したものを……。それが偽らざる本音であり未練。

 母の安否も分からない以上、これ以上身内を失いたくない慈は、もう離さないとばかりに抱き締める。

 

 もっとも、それがある意味杏子の危機的状況へ陥らせている事実には違いなく、朱夏とさやかもまさかこんな理由で動かざるを得なくなるのは予想外であった。

 

「ちょっ……、めぐねえ! そのままじゃ杏子が――!」

「杏子、アンタも少しは抵抗を――!」

 

 その間の抜けた光景を見て、ぷっ、と思わず吹き出す由紀。

 その合間にも朱夏とさやかは、杏子を慈から救出するため奮闘。

 

 

 

 ……なお、のちに正気へ戻った慈が杏子に平謝りしている光景があったことを付け加えておく。

 その後、今日一日だけで色々ありすぎたこともあり、説明などはまた後日、と全員で校舎へ引き返すのであった。



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第九十五話 『蘆屋』という家

 いろいろなことが起こりすぎ、一度頭や体を休ませるため早めに休養した翌日。主要なメンバーたちは空き教室の一部屋に集まっていた。

 

「……懐かしいわね」

 

 朱夏は教室に入ると、比較的きれいな窓の縁を触りつつ、感慨深そうに話す。

 そんな懐かしそうに耽っている朱夏に晶は。

 

「どうしたの、アヤカ?」

「……なんでもないわ、ただ――」

 

 どこか優しげに、そして寂しげに微笑む朱夏。そんな彼女の思いを理解している者がここに一人だけいた。

 

「そうね、ここは朱夏さんの三年生だった時の教室だものね」

「……めぐねえ。ええ、そうね」

 

 慈が言うように、ここは朱夏が巡ヶ丘学院高校に在籍時、最後に通っていた教室だった。彼女からすると間違いなく楽しい思い出があった場所であるし、同時に恐らくもう会うことが出来ない級友たちとの思い出の場所。彼女が寂しげな顔をするのも無理なかった。

 在りし日の楽しかった記憶。本来であれば青春の1ページとして残る筈だった記憶。だが、それはこの災害によりもはや取り戻すことの出来ない、平和だった頃の記憶になり果ててしまった。

 もしかしたら級友たちもどこかで生き残っているかもしれない。しかし、そう考えるのにはあまりにこの世は理不尽だ。

 ゾンビが発生したバイオハザードだけではなく、いまこの巡ヶ丘では低級とはいえ悪魔が跋扈している。

 果たして、そのような地獄で只人が生き延びられるか?

 ……不可能だろう。あるいは警察機構が、自衛隊が組織的に動けていればまだ可能性はあった。

 しかし、自衛隊駐屯地は魔人-デイビットの手によって壊滅。そのことから同じように警察署なども壊滅している、と考えるのが自然だ。それに……。

 

「晴明さま、一つお伺いしたいのですが」

「どうした……?」

「なぜ、結界が破られているのです? いえ、かの魔王-マーラが顕現するような非常事態。そのようなことが起きない、とは言えませんが……」

 

 巡ヶ丘を覆う結界が破られた。そのことがさらに悪い方向へと働いた。なぜなら、巡ヶ丘の結界は本来ゾンビを、かれらを外に出さないように張られたものであり、それは同時にかれらだけでなくウイルスの拡散をも防いでいた。もちろん、ウイルスの方は当時知られておらず、結果的に、という話になるのだが……。

 だが、その結界も崩壊してしまった。結果、欧州やアジア、北米大陸で猛威を振るっていたかれらやウイルスは海のという名の絶対防衛線に阻まれていたからこその平和だったものの、内部から拡散される以上早急に手立てを講じる必要があり、今後増援の派兵は厳しいものとなるであろう。

 

 むろん、そのこと自体は不可抗力。というより想定外が連続して起きたことに起因するのだから、ある意味仕方ない面がある。

 いくらなんでも、ゾンビ程度しかいなかった巡ヶ丘に続々と、それこそ最上位クラスであるルイ=サイファー。高城絶斗、魔王-マーラなどが雁首揃えて現れるなどといったことを予想しろ、というのは流石に無理難題だ。

 そうでなかったとしても、魔人が顕現してくる時点で予想外とも言えるのだが。

 さらに言えば唯一神の側面でもある聖霊。学園生活部にアルノー・鳩錦と名付けられた存在に、現在居場所が分からない熾天使-ガブリエル。

 これだけの大物が一堂に会するなど、終末の時か。という突っ込みが入ってもおかしくない。

 

「そうだな……。天音、きみは()()()()()()()()()()だものな。気になるのも無理はない、か」

「……え?」

 

 晴明の言葉に驚いて天音を見る巡ヶ丘の面々。そう、彼女がアウトブレイク発生時、巡ヶ丘に結界を張ったヤタガラスの構成員であり、張本人の()()であった。

 そも、いくらなんでも一つの市を丸々隔離するほどの結界を張れる実力者など、そちらの方に特化した術師か、もしくは実力自体が抜きん出ている必要がある訳だが。

 それほどの実力者となると、いくらヤタガラスが超国家機関だといえども、むしろ確保予算が年々減少傾向あることも相まって実力者を確保、また維持するのが難しくなってきている。

 事実、現状ヤタガラスにいる実力者のほとんどが葛葉一族――ライドウやキョウジなど――と蘆屋家、ならびに分家――晴明や九頭竜家、峰津院家――であることからも分かる。

 二強、などと言えば聞こえは良いが、実際にはそれだけしか運用できる戦力がいないということの裏返しであり、いかに組織が薄氷の上を歩いているか、ということが理解できる。

 なお、ヤタガラスの外に目を向ければ一応築地根願寺や恐山などの勢力もあるにはあるが……。

 実情は当主、ならびに()()たちがこの場にいる由紀(Lv22)に、多少成長した(Lv16)美紀(Lv14)と同格程度の実力しかなく、平時ならともかく現状で戦力として数えるのは正直な話、少々厳しいと言わざるを得ない。

 

 そんな中で当時動いた、というよりも動けたのがここにいる九頭竜天音ともう一人。それは、峰津院家現当主。峰津院大和の双子の妹、峰津院都であった。

 

 そもそも、はっきり言えば九頭竜家と峰津院家の実力者である二人がなぜ動けたのか。それにも理由がある。

 簡潔に一言で、なおかつ身も蓋もない言い方をすれば蘆屋晴明の要請だったからだ。

 だが、これは同時にそう単純な話でもない。

 そも、晴明は前世の記憶を思い出すまで裏の世界とは一切関わらずに生きてきた。

 そんな晴明と、分家とはいえもとより名門である九頭竜、峰津院の二人がどこで出会ったか?

 それは、晴明が葛葉の里で修行し、実際に現場へ出て頭角を現してきた頃だ。

 

 そう、頭角を現してきた頃。そして、それは同時に晴明が()()()()()()だ、という噂がまことしやかにささやかれ始めた頃でもあった。

 むろん、その噂は事実ではない。……ないのだが、重要なのはそこではなく。そのような噂が流れた事実と、周囲がそれを事実だと認識したところにある。

 

 即ち、蘆屋晴明は蘆屋道満の転生体である。というのは蘆屋本家ならびに分家での共通認識であり、()()なのだ。

 そして晴明もそれを否定しなかった。……というよりも()()()()()()

 そも、現実は女神転生というゲームが存在した観測世界からの転生者であり、ある意味道満の転生体、という()()よりも荒唐無稽だったのだから、説明のしようがなかったのだ。

 実際、唯一その説明を受けた今代のライドウ。葛葉朱音すらも最初は晴明の頭を疑ったのだから、他の面々に説明したとして、晴明がどのような末路をたどるのか、想像に難くない。

 

 そのようなことから説明できなかったのだが、その真実――というよりも、仮に違ったとしても問題ない――に目を付けた家があった。

 それが天音が当主を務める九頭竜家と、都が所属する峰津院家。

 この二家はとある共通点があった。それは晴明と近しい年頃の女性がいたこと。

 ここまで言えば分かるかもしれないが、早い話。この二家、というよりも天音と都は蘆屋晴明という血を家に取り込むため、彼に最大限の便宜を図っていた訳だ。

 仮に晴明が道満の転生体でなかったとしても、これだけの実力者の血を家に取り込むことが出来れば、それだけで家の影響力は高まる。

 そして、本当に道満の転生体だったとすれば、それだけではなく同じ分家血筋ということから子供が、子孫が先祖返りする可能性だって出てくる。そうすればライドウ擁する葛葉に比肩、あるいは超えるほどの影響力を確保できたとしても不思議ではない。

 つまり、二家にとって蘆屋晴明という男はなんとしてでも手に入れたい存在。もっとも、それを命じられた二人からすれば勘弁してほしい。というのが、当初の率直な感想だった。

 だが、今となっては時間をかけての交友で晴明のひととなりを知ったことと、何より本人たちが晴明を憎からず想うようになったことでむしろ積極的に行動をしていたりする。

 天音が九頭竜家当主に就任したことがその一貫、だと言えばどれだけ乗り気なのか理解できるだろう。

 都もまた当主にこそなっていないが、兄である大和に全面的な援助の要請を引き出したことから、その覚悟がうかがえる。

 だからこそ、高々一都市に結界を張るためだけに晴明は大物二人を呼び寄せることが出来たのだ。

 ……ちなみに、現在までに晴明が二人に対してそのような関係に至った事実は一切ない。

 むろん、今後はどうなるか分からない。というよりも、今までの巡ヶ丘の生活によって可能性は高まった、という側面もあったりするのだが……。



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第九十六話 『丈槍』という家

 とにもかくにも、晴明から一連の説明を受けた天音は頭を抱えていた。

 

 ――ルイ=サイファー(大魔王-ルシファー)高城絶斗(深淵魔王-ゼブル)?! 魔王-マーラだけではなく?!

 ――それに聖霊?! 唯一神の側面が地表に顕現?! 千年王国建国でも目論んで……?

 ――ホシガミって、なに?! 唯一神よりも位階が上の神?! なんでそんな存在が出張ってくるの?!

 

 もう、本当にいろいろな意味でいっぱいいっぱいだった。

 それを一緒に聞いていた杏子とさやか。魔法少女二人組も乾いた笑みを浮かべていた。

 

「……いや、どうせまたなんか厄介なことに巻き込まれてんだろうなぁ。とはいってたけどよぉ……」

「ある意味ここまで予想通りだと、ねぇ?」

「うるせぇよ、お前ら……」

 

 この地、巡ヶ丘で起きた一連の事件に対して、もはや茶化す気すら起きないのか、心底あきれた様子で呟く二人に悪態づく晴明。それを朱夏はなんともいえない顔で見つめていた。

 彼女としてはなんとか晴明のフォローをしたかったのだが、実際杏子たちの言葉通りであるため不可能であった。……事実、朱夏も彼女たちの立場ならおそらく同じことを言っていたであろうから。

 奇しくも天音と同じように頭を抱える朱夏。

 そんな二人が頭を抱える元凶となった晴明は我関せずとばかりに天音に話しかける。もっとも多少は動揺しているのか、よく見れば額にうっすらと汗が滲んでいるのが見て取れた。

 

「それで、こちらへ援軍に来てくれたことは感謝するが……。主上は、いと畏き御方の方は大丈夫なんだよな?」

「……え、ええ。あちらには都どのが……。それに()()()も直接動かれましたので――」

「マダム、だと……?! あの人が動いたのか?!」

 

 天音の口からマダム、()()()()()の名が出て驚く晴明。

 彼が、晴明が驚くにも相応の理由がある。

 

 ――マダム銀子。

 

 彼女、()()()()()は悪魔召喚師とヤタガラスの橋渡し役であり、同時に葛葉一族の目付役として活動している。

 もちろん、この葛葉一族の中には今代の葛葉ライドウ。葛葉朱音も含まれている。

 その時点で既にマダムがかなりの実力者であることがうかがい知れるが、それ以上に晴明の前世。かの世界でもマダムは――ゲーム内の登場人物として――存在し、そしてとある噂がまことしやかに流れていた。

 マダム銀子、その正体はデビルサマナー葛葉ライドウシリーズの主人公。即ち、最強のライドウこと、十四代目葛葉ライドウである、と。

 

 一応、その噂についても荒唐無稽というわけではなく――火のない所に煙は立たないという言葉通り――それなりの根拠があった。

 第一にマダム銀子。かの人物は朱音や十四代目と同じく管使い。即ち、COMPを使用しないオールドサマナーだということ。

 第二に晴明の前世にて、初期では女性だとされていたが、後にデザイナーから男の爺だと明言され、公式設定でも男とされたこと。

 そして第三に、マダム銀子と十四代目葛葉ライドウ。この二人に同じ声優が起用されていること。

 これらの理由からそういう噂が立っていた。

 

 もちろん、噂は噂でしかないし、晴明としても見えている地雷を踏むほど愚かではないため、敢えて今世で確認は取っていない。が、晴明自身、十中八九事実だと確信している。

 なぜなら晴明自身何度かマダムと会っているが、その時に感じた存在感は朱音以上であり、彼女に比肩、あるいは凌駕する人物など十四代目と同じように超人すらをも越える規格外の存在しかあり得ないからだ。

 

「それだったら朱音……。いや、ライドウがこちらに来るなんて言ってたのも納得だが――」

「……やはり、聞いていらしたのですね」

「ちょっ、ちょっと待って晴明さん! ……あの娘がこっちに来るって本当なの?」

 

 晴明の口から漏れた情報。葛葉ライドウ、いや朱音がこちらに来るという情報が寝耳に水だったこともあり、思わず問いかける朱夏。

 

「……ん? ああ、そう言えば言ってなかったか?」

「聞いてないわよ!」

 

 二人の痴話喧嘩じみたやり取りに面白いものを見た、とばかりににやにやするさやか。そんなさやかの脇腹にエルボーを食らわせた杏子は騒いでいる二人に話しかける。

 

「それで? その、ライドウって人は何者なのさ?」

 

 その問いかけにキョトンとする二人。そして、晴明はライドウと魔法少女組が直接会話をしたことがなかったことを思い出す。

 

「ああ、そういえば……。でも、お前たちも一度会ったことはあるぞ」

「そうなの?」

「ほら、ワルプルギスの夜との戦いの後。堕天使-オセ、豹と人間が合体したような悪魔が現れただろ?」

「あぁ……。そんなこともあったなぁ」

 

 昔を懐かしむように眼を細める杏子。そして思い出した内容の中に、確かに見覚えがない人物もいた。

 あの時、朱夏のとなりにいた。黒く艶のある長髪に学生帽らしきものを被り、また古めかしい学生服に外套をまとった、当時自身たちよりも二つか三つ年上だった少女のことを。

 

「て、ことは。あの人がその、ライドウって人なのか?」

「ああ、そうだ」

 

 杏子の疑問を肯定する晴明。そして、今度は彼が天音に対して疑問を投げかける。

 

「それよりも、だ。天音、きみに聞きたいことがある」

「なんでしょうか……?」

「きみが主上に任ぜられたこと。……なぜ、由紀さんなんだ?」

 

「……わたし?」

 

 唐突に自身の名が出て困惑する由紀。同時に巡ヶ丘市役所で晴明とともに通信を聞いていた美紀、圭はそういえば、と思い出す。

 

「そういえば、ゆき先輩の護衛を最優先にするように。って、言われてましたよね?」

「そういうこと、ですか……」

 

 美紀が発した言葉に得心がいったのか、天音は頷くと口を開く。

 

「それは彼女の断絶した宗家筋。そちらが密接に関係するのです」

「ふぇ……?」

「断絶した宗家、だと?」

 

 その言葉に由紀を見つめる面々。しかし由紀自身、かつて話したように家系についてよく知らないこともあってさらに混乱している。

 

「ええ、そうです。……その様子だとなにも知らないようですね」

 

 天音の問いかけにこくり、と頷く由紀。

 

「一応、丈槍がここの名家? みたいな立場だった、って言うのは聞いてたけど……」

 

 自信なさげに呟く由紀。

 それを聞いた天音は、本格的になにも知らないということを理解して説明を始める。

 

「名家、というよりも丈槍家は本来、この地を治める領主として派遣されたのが始まりです。特にこの地は()()()()であった()()()ともほどよく近く――」

「待て、品川家だと……」

 

 品川、という家名を聞いて驚く晴明。品川という分家を起こした名家について覚えがあったからだ。

 その名家、否、かつて()()()()だった家の名前は――。

 

「そうです、かつて御所が絶えれば吉良が継ぎ、吉良が絶えれば今川が継ぐ。そう歌われたほどの名門。室町幕府、足利将軍家の分家。駿()()()()()こそ丈槍家の宗家なのです」

 

 と、由紀たちへ告げるのだった。



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第九十七話 『今川』という家

駿河(するが)、今川家――」

 

 天音が答えた言葉をおうむ返しする由紀。ある意味自身のルーツを知ったことで、噛み締めるように呟いたのか、と思った晴明だったが……。

 

「駿河、ってなんだっけ? 駿河屋? サ○エさん?」

「あぁ……。そうなるかぁ……、あとそれは三河屋さんな? ある意味近くはあるが」

 

 直後、キョトンとした様子でそう話す由紀に、晴明は頭痛を覚えたのか、突っ込みつつ頭を抱える。

 まぁ、ある程度歴史や郷土に興味があるならともかく、そういうこともない女子高生が昔の領国名を知るはずもないのは道理だ。

 そんな由紀に、慈は駿河、駿河国について簡単に解説する。

 

「えぇっと、ゆきちゃん? そういうのじゃなくて駿河は、今の静岡県の中部、北東部のことよ?」

「へえ、そんなんだ。めぐねえ、よく知ってるね?」

「あのね、ゆきちゃん。私、先生ですからね?!」

 

 まさか知ってるとは思ってなかった、と言いたげな由紀の言葉に傷付いたのか、慈は半泣きで声を荒げる。

 二人のコントじみたやり取りに、今度は慈と比較的親しい朱夏と、そして親族である杏子が呆れたように嘆息している。

 もっとも、怪我の功名とでも言うべきか、一連のやり取りで色々と張り詰めていた空気がある程度弛緩していた。

 その中で一人考え込んでいた美紀は、自身が考えが正しいのか確かめるため、晴明に話しかける。

 

「今川家、というのはもしかして歴史の授業で出てきた今川義元の、ですか?」

「あぁ、その今川で間違いない」

 

 そのやり取りでようやく自身たちが知る歴史上の出来事、その関係者であることを知った学園生活部の面々は驚きに目を見開く。

 そして、圭が他の面々の思いを代弁するように口を開く。

 

「……それって、桶狭間の?」

「まぁ、世間ではそれが有名だわな」

 

 圭の疑問を肯定する晴明。しかし、肯定されたことで逆に疑問を覚えたのか、悠里は晴明に問いかける。

 

「でも、ゆきちゃんがその今川家の分家? なのは解りましたけど、そんなにすごい家なんですか? 天皇陛下から直々に心配されるほどの――」

「……まぁ、歴史とかそこら辺りをよく知らないとそんな反応になるわなぁ」

 

 悠里の疑問を聞いた晴明はどこか苦々しげな表情を見せる。

 そして、まずは恐らく彼女たちが誤解している点を訂正するべく説明を始める。

 

「まず、始めに言っとくとだな。信長の桶狭間でかませ犬みたいな印象を持ってると思うが、その時点で既に間違いだからな?」

「……そうなのかよ?」

 

 晴明の物言いを聞いて純粋に疑問を抱いたのか、胡桃はそう問いかける。

 その問いかけに、晴明は首肯すると。

 

「あぁ、当時の今川家は全盛期。駿河、遠江(とおとうみ)、三河。今の静岡県のほぼ全域と愛知県の中、東部を支配下に置いてたんだ。それに対して信長は尾張、愛知県西部を、しかもまだ完全に支配していない状況だった。ここまでは良いか?」

 

 皆に確認を取るように語りかける晴明。その言葉に面々は頷くことで答える。それを確認した晴明はさらに話を続ける。

 

「それを成したのが、いま美紀が言った今川義元。東海一の弓取り、戦上手と呼ばれた戦国大名だ」

「ほへぇ……」

 

 由紀が感心したように、あるいは呆けたような声を上げる。

 

「そして当時、天下に近い呼ばれた大名家は二つあった。一つは当時日本の中心だった京、山城(やましろ)国や摂津(せっつ)国を中心に支配下に置き日本の副王とまで評された三好長慶率いる三好家。そしてもう一つが――」

「……今川家」

 

 今までの振りで予想できたのだろう。悠里は小さな声でぽつりと呟く。

 その呟きに晴明は頷く。

 

「もっとも、今川家は桶狭間の戦いで、そして三好も後に分裂して衰退していくことになるが……。ま、そこは関係ないわな」

「……関係ないんだ」

 

 そこまで聞いた胡桃は、関係ないのかよ。と言いたげな胡乱げな顔を見せる。

 そんな胡桃に晴明は苦笑すると。

 

「まぁ天皇家。というよりも朝廷とも桶狭間が起きる前からある程度関わりがあったのは確かだが、関わりが深くなったのはむしろ戦国大名としての今川が滅びた後なんだよ」

「そうなのか?」

「あぁ、今川氏真。今川家が滅びた時の当主はその後、各地を転々としたが最終的には徳川家。江戸幕府へ仕えることになったんだ」

「……それで結局、今川家と天皇陛下の関わりってのは?」

 

 晴明の勿体ぶるような言い方にいい加減焦れてきたのか、胡桃は若干苛立ちながら続きを促す。

 

「それは、だな……。氏真の孫となる今川直房、彼は幕府と朝廷を繋ぐ外交官として働いていてな。死後、神格化された徳川家康。東照大権現を祀る東照宮。その宮号(ぐうごう)宣下を成し遂げたんだ」

「成し遂げた……? それに宮号ってのは……?」

「あぁ、それはな。当時、朝廷と幕府――というより徳川家康の関係は、家康が無理に朝廷に介入しようとしていたこともあって関係が冷えきっててな、当初は難色を示してたんだよ。それをなんとか外交努力で成功させた人物の一人が今川直房だったんだ」

 

 そこまで話した晴明は一息つくと続きを話す。

 

「そして宮号宣下についてだが。ざっくばらんに言うと日本では神を祀る社を、文字通り神社と言うわけだが。それよりも力、というか位が高い神宮がある。有名なのは伊勢神宮か。ま、早い話が東照大権現の信仰、力を高めるために徳川将軍家はそれを行いたかった訳だ」

「それで先ほどの話に戻る、と……?」

 

 晴明へ確認を取るように話を振る朱夏。晴明も認めるように首肯すると。

 

「当時の日本にとって朝廷と幕府。権威と軍事力の関係が冷え込む、というのは色々な意味で問題にしかならなかった。特にその当時、基督教や南蛮商人による奴隷貿易が問題になってたしな」

「……奴隷貿易?」

「あぁ、当時の基督教布教は思想による植民地支配の一面もあったし、南蛮商人たちは日本人を奴隷として外国に売っていた。だからこそ豊臣秀吉による伴天連追放令が起きた」

「そんなことが……」

 

 悠里の顔が驚きに染まる。対して話した晴明自身、そして天音の顔は苦虫を噛み潰したようなしかめっ面になる。

 基督教、即ち、キリスト教はメシア教の母体でもあり、昔から一貫して迷惑をかけられていることに辟易としていたのだ。

 しかし、いつまでもそうしていても話にならない。晴明は気を取り直すように頭を振ると、再び口を開く。

 

「まぁ、そうでなかったとしても朝廷は単独での武力は持ってなかったからな。万一にでも幕府が朝廷へ敵対行為を取った場合、対抗手段がない。そういった意味でも今川直房、今川家の行為に助けられた訳だ」

「そこまでかよ……」

 

 流石にそこまでがっつりと関わると思っていなかったのか、胡桃は先ほどまでとは打って変わって呆然としている。

 そんな胡桃を見て、晴明は苦笑すると恐らく彼女らへさらに衝撃を与える言葉を口にする。

 

「だからこそだろうな。朝廷は直房に歴代今川家の中でも異例の官位、左近衛少将(さこんえのしょうしょう)を授けた」

「異例、ですか?」

「あぁ、佐近衛少将は内裏の警備を仕事とする官職だ。……それほど権威が高い、というわけではないが、それでも大名でも公家でもない一個人が得るには異例すぎるだろう」

 

 慈の疑問に答えた晴明。慈もまた、晴明の答えを聞いて思うところがあったのか黙り込む。

 

「ふぅ……。まぁ、今川家と天皇陛下の関わりはこんなところか」

 

 一通り話を終えた晴明はため息をつく。

 自身の家、その始まりの一部を聞いた由紀は呆然とした様子で晴明を見る。確かによく知らなかったのは自分自身であるが、それでも自身の中にそのような由緒正しい血が流れている、というのは予想外だった。

 そんな彼らの耳に、聞き慣れない()()の声が聞こえてくる。

 

「――ほう、()()()()()()()面白い話をしておるのう?」

「――誰だ!」

 

 驚き振り返る晴明。振り返った彼が見た少女、その姿は――。

 

「……朱音?」

 

 どことなく血の繋がらない妹分を彷彿とさせる軍服らしき服装と帽子を身にまとい、外套を羽織った小柄な少女の姿。

 

「――いや、違う。お前は……!」

 

 だが、それは葛葉朱音、ライドウではなかった。少女もまた、その考えを肯定するように言葉を放つ。

 

「……わしこそ第六天魔王こと、そうわしじゃよ!」

「――いや、誰だよ!」

 

 そう言ってにやり、と笑い、同時に胡桃の突っ込みが辺りに虚しく木霊するのだった。



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第九十八話 第六天魔王

 突然あらわれ、自身を第六天魔王と称する少女を見て晴明は頭痛をこらえるように額を抑える。

 彼女の()()()は晴明もよく知っている。……前世の記憶、という形であるが。

 だが、同時にそれはあり得ない。なぜならその人物は、ジャンヌと同じく過去の偉人であり、普通に考えるならあらわれる筈がない。

 しかし、()()()()()()()ならば?

 そして、彼女はあくまで名前ではなく第六天魔王と名乗った。そう、第六天魔王と。

 その、称号とでもいうべき名を名乗った存在がついこの間、この巡ヶ丘学院高校に出現したのは記憶に新しい。

 つまり、この少女はそのあらわれた存在と同位体であり、人間に擬態した姿。

 即ち、その()()の名は――。

 

「……なんでまたここに来た。魔王-マーラ」

「――――はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ?!」

 

 晴明の言葉を聞いた胡桃は、驚きの表情を浮かべて晴明と、マーラと呼ばれた少女を見る。

 彼女の心の中にある思いはただ一つ。

 

 ――これが、あの卑猥物?!

 

 ……ただ、それだけであった。

 

 

 

 

 

 晴明にマーラと呼ばれた少女は、面白そうにくつくつ、と笑う。

 

「なるほど、やはりそなたは知っておったか」

「流石に、な……。しかし、なんでよりにもよってその姿なんだ」

 

 打てば響く、とでもいうように話を進めていく晴明とマーラ。しかし、置いてきぼりにされた面々、その中で朱夏が代表して質問する。

 

「あの、晴明さん?」

「なんだ? ……あぁ、やつの見た目についてか?」

 

 晴明の確認にこくこく、と頷く朱夏たち。

 そこで晴明はようやく説明を失念していたことに気付き、彼女らにマーラの()()がなんなのか、について話す。

 

「あぁ、そうだなぁ……。ほら、俺の仲魔の一部が普通の悪魔とは姿が違うのは知ってるだろ?」

「えっと、ジャンヌとかジャック、とかよね?」

「あぁ、そうだ。このマーラの見た目も、どうやったかは知らないが同じようなもんでな。その姿になってるんだよ」

「そう、なの? ……それで、もとになった人物は――」

 

 そこまで聞いたことで疑問を覚えた朱夏。しかし、次なる晴明の言葉で仰天することとなった。

 

「この日本にマーラの称号である第六天魔王を名乗った人物は二人いる。やつの見た目はそのうちの一人。戦国の風雲児、戦国三英傑の一人。織田信長だ」

「…………は?」

 

 もっとも、異なる世界、異界の信長だがな。という晴明の説明が聞こえないほど驚いている他の面々。

 その中で大僧正だけが、ミイラ顔でもわかるほど面白そうに顔を歪めていた。

 

「ふぁふぁふぁ、お久しゅうございますなぁ。マーラ殿」

 

 大僧正に話しかけられたマーラは彼を見る、が――。

 

「……お、おう。久しいの、大僧正……?」

 

 大僧正の姿になにか違和感を覚えるのか、不思議そうな顔をしている。だが、由紀と晴明だけはわずかに変化したマーラの顔色に気がついた。

 

「……顔が青く、なってる?」

「なるほど、()()()()()()か……」

 

 二人の言葉を聞いて、改めてマーラの顔を見る面々。しかし、よくわからないのか首をかしげている。

 だが、当のマーラは事実だと認めたのか大僧正へ話しかける。

 

「久しいのは久しいのじゃが……。その、なんだ。この姿になってそなたを見ると寒気を感じるんじゃが……?」

「ふぁふぁふぁ、いったい何のことですかな? 拙僧、とんと覚えがありませぬ」

 

 マーラ、信長の疑問に飄々と答える大僧正。そんな彼の行動に晴明は苦笑いを浮かべた。

 

「…………狸め」

「晴明さん?」

「いや、なんでもない」

 

 晴明がポツリ、とこぼした言葉。それが聞こえた朱夏は不思議そうに問いかけるが、晴明はなんでもない、とはぐらかす。

 

「大僧正は話すつもりがないようだし、今はまだその時じゃない。ということなんだろうな」

 

 視線を泳がせながらのたまう晴明。移動した彼の視線、その先には、はらはらして大僧正を見守る由紀の姿。

 

「しかし、今川か。いったい何の因果なのか……」

 

 晴明にとって偶然にしてはあきらかに出来すぎた状況。それに作為的な何かを感じざるをえなかった。

 しかも、よりにもよってマーラの姿は本来の信長ではなく、異界(Fate)の信長。

 確かにマーラもルイ=サイファーや高城絶斗と同じく悪魔、とくにカオス陣営の最上位クラス。ゆえにどんな姿をとってもおかしくない。事実、ルイ=サイファー。大魔王-ルシファーはやりたい放題やってるのだから。

 

 頭痛をこらえつつ思案に耽る晴明。しかし、マーラがふたたび話しはじめたことで現実に戻された。

 

「んんっ! それよりも、儂がここに来た理由だったの。なぁに、そのこと自体は簡単じゃ。ルイ殿に変わって、少しお主らの手伝いをしてやろうか、とな」

「……手伝い? それにお前らガイアたちが手を貸す、だと。何の風の吹き回しだ」

 

 マーラの発言に晴明の中にあった警戒心が一気に引き上げられる。

 それも当然だ。いくらなんでも完全な個人主義、そして実力主義のガイア教。それが共闘を申し込むことが怪しすぎる。

 しかし、そんな晴明の警戒もどこ吹く風。マーラは楽しげにくつくつ笑うと、今回のことはあくまで個人的なことだと告げる。

 

「なに、このような面白き姿を手に入れられたからの。その駄賃のようなものよ。それに――」

「……なんだ?」

 

 晴明を見てにたり、と笑ったマーラ。しかしすぐに真剣な表情をみせると。

 

「お主、近々あそこ。ランダル・コーポレーション、であったか? そこへ殴り込むつもりであろう?」

「……晴明さん?」

 

 マーラの指摘になにも話を聞かされていなかった面々は、驚いた顔をして晴明を見る。

 晴明も晴明で、とくに弁明することもなく沈黙を貫く。それこそが、彼の答えであり、端的に言えば肯定であった。

 晴明の反応に、マーラはため息を吐きつつたしなめるように語りかける。

 

「悪いことは言わん、やめておけ。お主一人で行っても自殺行為よ。今、あそこはメシアどもの異界と化しておる。のぅ、唯一神よ」

「……我は知らぬ」

 

 確認を取るようにアルノー・鳩錦。即ち唯一神に語りかけたマーラ。しかし、当の唯一神からはにべもなく切り捨てられ、おや? と、怪訝そうな表情を浮かべる。

 ちなみに一部の、主に大学生組は白い鳩が急に喋りだしたことに驚いていた。

 それはともかくとして、アルノーは自身がかかわりないことの証明するため、恐らく、という話ではあるが自身の予想を告げる。

 

「もし、ランダル・コーポレーションが異界化しておるのなら、それは恐らくミカエル、ラファエル、ウリエルの差し金であろうよ」

 

 四大天使のうち三体が独自に行動している。その事実に青ざめる仲間たち。しかし、不安がる仲間たちをよそに元凶となったアルノーは、意も介さぬ様子で由紀を見つめていた。アルノーにとって不安になる仲間たちよりも、由紀こそが重要。そう端的に示しながら……。



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第九十九話 第三勢力の影

 唯一神、聖霊にとってここ、巡ヶ丘学院高校で過ごしていた日々は良い意味でも悪い意味でも予想を超えるものであった。

 聖霊からすればヒトとは儚きもの。自らが教え導かねば簡単に道を違えるおろかな者共でしかなかった。

 だが、彼女らは違った。

 蘆屋晴明という道標があったのは確かだ。しかし、それでも苦労し、苦悩し、それでも、と皆と手を取り合い一歩でも前に進もうとする気概。

 それに魔人化した小娘(胡桃)だってそうだ。

 

 本来魔人とは死を運ぶ者、死の体現者。そんな存在に堕ちた者がヒトの、友のために奮起する。それこそ、聖霊もこの場で実物を見ていなければ一笑に付していただろう。

 実際に聖霊、唯一神はヒトから魔人へと変貌し世界を滅ぼした悪魔。混沌王とも称される大魔王-ルシファーの最高傑作。かの()()()を知っている。

 あの、友たちを討ち滅ぼし、世界創世の役目を担ったカグツチすらをも屠った悪鬼羅刹を。

 ()()と同じ存在が、ヒトと共にあり、ときに涙し、ヒトのため、友のために尽力する。

 事実を知らなければ悪い冗談にしか聞こえない。そんなことがあり得るものか、と。

 

 その悪い冗談が現実に、目の前にいる。……あり得ない、と断じるのは簡単だ。しかし、それは単なる現実逃避でしかない。

 そして、それを成したのか彼女らの、学園生活部がほんの僅かな時で育んだ絆の力。友を助けたい、という想い。それは胡桃も含めてだ。

 

 本来魔人に、悪魔に変質したヒトが友を想うなどあり得る筈がない、なかった筈なのだ。

 それを成した、というのであれば――。

 聖霊は、かつて聖イシドロス大学で朱夏にかけられた言葉を思い出す。

 

 ――本当、窮屈そうね。

 

 この考えこそが、あの娘が言っていた窮屈そう。という言葉の意味そのものなのかもしれない。

 それでも、なお考えてしまうのだ。なぜ只人と同じ筈の学園生活部の面々がそこまでやれてしまうのか、と。

 ヒトの心とは脆く、うつろいやすいものだ。だからこそメシア教は教義という名の縛りで信徒(ヒト)を律し、導いてきた。

 だが、それが間違いだとしたら?

 きっと由紀にはそれがわかっていたのだろう。だから彼女は――。

 

 ――そんな世界、きっと寂しいだけだよ。

 

 だからこそ、そう言ったのだ。

 確かに王とは、神とは孤高な者だ。そも、教え導くものと同じ立場、目線に立つなど普通ならあり得ない。

 だが、それだけではダメなのだ。

 遥か高みから見下ろすだけでは本当に必要なものが見えるわけがない。

 

「ふふっ、まさか。ヒトの子に教えられるとは――」

 

 思案に耽っていた聖霊は考えがまとまったのか、先ほどマーラに問われたランダル・コーポレーションについて、予想を交えて答える。

 

「先ほども言ったように、もしかの場所が異界化しておるなら、その犯人はミカエル、ウリエル、ラファエルたちであろう。あやつらは今、己が思惑のため動いているゆえ」

「己の、思惑……? 貴様の指示ではないのか?」

「然様、我はきゃつらと袂を――いや。正確に申すべきよな。きゃつらは我に刃を向けたのよ。我が唯一神のわけがない、とな」

 

 四大天使のうち三体までが謀反、そのあり得ざる情報を聞いた晴明は固まる。なぜなら天使とは基本的に狂信者。そんな存在たちが己が主に歯向かうなど考えられなかった。

 しかし、晴明は同時に似たような事例を前世で知っていた。

 

 ――真・女神転生Ⅱ

 

 あの世界において、四大天使のうちガブリエル以外、唯一神が望むメシアが現れないことに焦れ自ら人造メシアを生み出すメシアプロジェクトを打ち出し、当の唯一神に見捨てられた。

 それと同じようなことが起きた、と考えれば――。

 

 そしてかつて聖霊が朱夏に語った晴明の生まれたことが罪、という言葉。さらにはジャンヌたち英霊の姿をもとにした悪魔や、マーラのあり得ざる姿。それらを勘案すれば答えが見えてくる。

 その答えにたどり着いた晴明は、なんてことだ。と、己のうちから込み上げる嗤いを抑えるように額に拳を打ち付ける。

 急に気でも狂ったかのような晴明の行動に驚く朱夏。

 

「そうか、そういうことか……!」

「は、晴明さん……?」

 

 朱夏の心配を無視して晴明は聖霊とマーラを力なく見る。

 

「お前たちは、悪魔たちは俺の過去を。あの世界(真・女神転生Ⅳ final)を見たんだな?」

 

 その言葉に肯定も否定もしない聖霊。それに変わりマーラは一部否定した。

 

「見た、というのは正確ではないの。お主は()()()()のだ。かの()()を持つ者として。ヴィローシャナに、の」

 

 それこそが蘆屋晴明転生の真実。その一端だと告げるように。

 マーラが示した真実に晴明はぎり、と歯を噛み締める。

 それが真実とするならば、いままで自身が行っていた行動全てが裏目に出ていたも同然。到底認められるものではなかった。

 いわば、この世界に蘆屋晴明という存在があらわれたことによって、逆説的に悪魔が力を持つようになった。ということにもなるのだから。

 もっとも、これに関して言えば卵が先か、鶏が先か。という話になってしまうが……。

 

「貴様が憤るのは自由だが、まだ我の話は終わっておらぬ」

 

 聖霊の言葉を聞き、晴明はまだ何かあるのか。と苦々しく顔を歪める。

 しかし、次の話を聞いて彼だけではなく天音もまた驚くこととなる。

 

「我が臣下、ガブリエルに調べさせておったが、どうやらメシア教は今、ガイア教以外とも交戦状態にあるらしい。そして、その首魁がこの地。巡ヶ丘へ向かってきている、とも」

「なんだと……?」

「――――っ!」

 

 訝しむ晴明、そしてなにか事情を知っている天音はくぐもった声をあげた。

 そんな反応をした天音に注目が集まる。己が失策を悟った天音は観念したように話し出す。

 

「晴明殿がこちらの調査に派遣されたあと、こちらでも独自に調査を行っていたのです。そして、ランダル・コーポレーションの裏にとある組織が、過去の亡霊が関わっていたことが見えてきたのです」

「過去の、亡霊?」

 

 天音が言う過去の亡霊。それが分からず首をかしげる美紀。だが、次に話された組織名を聞いた美紀たちは納得するとともに、驚くこととなる。

 

「その組織は聖槍騎士団、あるいはラストバタリオン。ドイツ第三帝国、ナチスドイツの一部隊であり残党。そして、それを率いる者の名は――」

 

 ――アドルフ・ヒトラー。



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第百話 第四勢力、第五勢力、それぞれの思惑

「アドルフ・ヒトラー……!」

 

 天音の口から語られた第三勢力の首魁。その名を聞いた美紀は、ごくり、と唾を呑む。あまりにも、そう、あまりにも有名な独裁者の名に。

 そして、晴明もまた頭を抱える。

 

 ――アドルフ・ヒトラー。

 

 かの人物、ならびにドイツ第三帝国にはいくつか伝説がある。その中の1つに戦争末期、かの国が聖杯探索をしていた、というものがある。

 ……そう、聖杯だ。これだけならばまだただの与太話で済ますことができた。問題はこの世界が晴明という存在によって人理――Fate/Grand Orderで示されたコトワリ――という楔が打ち込まれつつある、ということだ。

 

 もし、もしだ。彼らが聖杯を手にしていたら?

 そうなれば最悪、この巡ヶ丘市で『聖杯戦争』が引き起こされる可能性がある、ということだ。

 ただでさえメシア教、ガイア教、かれらという敵がいる状況でさらにサーヴァントが現れたら、巡ヶ丘はさらなる混沌に陥るだろう。

 それだけではない、もし晴明の仲魔たちの一部。幻魔-クーフーリン、女神-スカアハ、外道-ジャック・リパー、秘神-カーマ、そして英雄-ジャンヌダルク。彼ら、彼女らが聖杯に英霊だと判断されたら。

 そのとき起こるのは聖杯戦争ではなく、聖杯大戦。英霊7騎対7騎による果てなき戦だ。

 そんな事態になればさすがの晴明でも手に余ること請け合いだ。しかも、問題はそれだけではない。

 人理関係で付きまとう人類悪も考慮にいれないといけなくなる可能性がでてくる。現にここに魔神柱-フォルネウスがあらわれたことは記憶に新しい。そして、それに関係する人類悪といえば――。

 

 ――魔神王、あるいは人王-ゲーティア。

 

 かの憐憫の獣がフォルネウスという(よすが)をもって顕現しない、とは断言できない。

 さらにいえば悪魔としての邪龍-ティアマト。かの存在がフォルネウスと同じように人類悪、回帰の獣に変質する可能性だって否定できなかった。

 

 考えれば考えるほど嫌になる可能性がでてきて頭が痛くなる晴明。彼はずきずきと痛む頭を押さえしかめっ面になる。

 

「……だ、大丈夫? 晴明さん」

 

 おろおろと、心配そうに見つめる朱夏。

 

「あぁ、大丈夫だ。……ちょっと考え事をしてただけだよ」

 

 彼女を安心させるように微笑むが、内心はペルソナ使いの彼女を見て、また新たな可能性へ思い至っていた。

 

 さきほど天音は残党のことを聖槍騎士団、と言っていた。それはつまり奴らの装備にあのペルソナ封じの槍、かつて聖者を貫いた槍の模造品。すなわち、ロンギヌスコピーを持っているであろうことを示唆している。

 つまり、言い換えればあのパワードスーツ部隊。ロンギヌス13が存在していると考えるのが妥当。

 

 あのヒンメル・フォイアーと呼称されるパワードスーツはMG34機関銃という重火器を装備していることや、単体で飛行可能という点で一部とはいえデモニカスーツをも凌駕する性能を持っている。

 それらが投入されれば朱夏はもちろん、由紀や悠里たちペルソナ使いたちはもとより、美紀圭コンビ。はやく言えばアレックスを除く学園生活部には厳しすぎる存在となる。

 一応、魔人化した胡桃は善戦できるかもしれないが、それもまた希望的観測だろう。

 まぁ、ほかに気休めという点で言えば彼らの敵がこちらだけではなく、ガイア教、メシア教、それにかれらと多方面に渡ることから戦力が分散する可能性があるくらいだろう。本当に気休めでしかないが……。

 

「しかし、考えれば考えるほど頭が痛くなる問題だな」

 

 思わず愚痴る晴明。そんな彼に朱夏がポツリと呟いた言葉が聞こえる。

 

「……そういえばスミコのやつ、どこへ行ったのかしら?」

「澄子、澄子だと? マヨーネの弟子のか……?」

「……え? ええ、実は――」

 

 晴明に問いかけられた朱夏は、そういえばその事を話していなかったと思い、彼女との出来事を話す。

 すべてを聞いた晴明は机に突っ伏してしまう。

 それを見て慌てる朱夏。

 

「ちょっ、ちょっと、晴明さん!」

「……彼女がいる、ということは最悪ファントムソサエティも介入してくる可能性があるってことじゃないか」

 

 晴明の口からでたファントムソサエティという組織名、そしてマヨーネという名前。それを聞いた圭と美紀の目が驚きで見開かれる。それは彼女らが晴明に弟子入りする前、彼から聞いた彼を殺しうる可能性がある者たちの名前だからだ。

 むろん、あのときとは違いこちらにも歴戦の猛者であるアレックスと天音がいる。そうなれば、そう易々と晴明が殺されることはないだろう。

 だが、敵は彼らだけではないのだ。

 

 メシア教、ガイア教、ラストバタリオン。それにファントムソサエティが介入してくるなら現地のかれら、ゾンビを除いても五つの勢力が入り乱れることになる。

 はっきり言って巡ヶ丘に未曾有の危機が迫っていると考えて問題ない、いや、ある意味大問題なのだが。

 

「……いや、それだけじゃない」

「……? はーさん?」

 

 難しい顔をして考え込む晴明を、不思議に思い首を傾ける由紀。彼が言うそれだけじゃない、という意味がわからなかったからだ。

 それは必然だ。なぜなら、彼女は六つ目の組織があることを知らないのだから。

 その組織の名は多神連合。晴明をこの世界へ転生させたヴィローシャナを首魁とする神々。主に多神教による連合だ。

 

 彼らもいままで裏で暗躍し続けていたがその全容を見せていない。何が目的なのかも――ある程度予測はつくが――判明していない不可思議な組織だ。

 その組織について天音や、なによりメシア教の首魁の一部である聖霊。アルノーはなにか情報を持っているかもしれない、と晴明は考え問いかける。

 

「ここにいる皆に聞きたいんだが。多神連合と言う組織に聞き覚えは? それに少しでも情報を持っているなら教えてほしい」

「……多神連合?」

 

 おうむ返しのように呟いて不思議そうにした由紀は他の生活部メンバーを見る。アレックスを含め、ほぼすべてのメンバーが由紀と目を合わせたときに首を横に振って否定する。

 やっぱり、情報があるわけないか。残念そうにする由紀だが、その中で胡桃のみ反応がなかったのに気付くと、彼女へ問いかけた。

 

「……くるみちゃん、もしかしてなにか知ってるの?」

 

 由紀の問いかけに、考え込み自身の世界へ入り込んでいた胡桃は驚きの声をあげた。

 

「……うぇっ?! あ、あぁ。あたしか? いや、なんか、どっかで聞いたような気がして……。どこだったかなぁ……?」

 

 なんとか思い出そうとして眉にシワを寄せ唸る胡桃。そんな彼女へからからと笑う信長、魔王-マーラが話しかける。

 

「魔人の小娘よ。それはあれだな。貴様がルイ殿の手によって魔人化していて意識がもうろうとしている頃に、耳へ入ったのだろうよ」

「……ふぇ?」

 

 マーラの指摘に間抜けな声をあげる胡桃。確かにマーラの指摘通りなら、覚えていないのも無理はない。だが、それは逆説的に指摘したマーラはなにか知っている、ということ。多くの視線がマーラに集まる。

 集まる視線を心地よく受け止めながら、マーラは口を開く。

 

「何やら、お主たちは期待しておるようだが……。儂がそれを話す必要がどこにあるのかのぉ? そもそもヴィローシャナ――アスラおうは我らガイアの重鎮でもあるのだぞ?」

「うぐっ……」

 

 マーラの指摘に晴明は口ごもる。確かにその指摘はもっともであった。事実、真・女神転生でアスラおうはガイア教、カオス陣営のボスとしてカテドラルへ攻め込んでいたのだから、晴明の口からはぐうの音もでなかった。

 それを見てひとしきり笑った後、マーラは話を続ける。

 

「とはいえ、儂もお主らに協力すると言った身。それを反故にするのはさすがに不義理よな。なのでひとつだけ答えるとしよう。あやつらがいま動くつもりか否か、だ」

 

 マーラの宣言に晴明は喉をごくり、と鳴らす。辺りに奇妙な緊張が走る。その緊張の中でマーラが口を開いた。

 

「あやつらはいま、動くつもりなどないの。まだ機が熟しておらぬ、とな」

「それは――」

「話はここまでよ。儂が言うのもなんだが、強欲は身を滅ぼすぞ?」

 

 マーラのこれ以上言うつもりはない、という宣言に晴明は気圧される。それに、マーラが言う強欲は身を滅ぼす、という指摘。

 それはかつてマーラ自身がお釈迦様を色欲で堕落させようしていたことを知っている晴明からすれば、説得力の塊であった。

 押し黙る晴明をくつくつ笑って見つめるマーラ。そして彼女は最後にとんでもない爆弾を落とす。

 

「そうそう、ひとつサービスで教えておくが。ファントムソサエティ、あやつらも動かんだろうし、動いてもお主らの邪魔はせんだろうよ。なにしろパトロンの、多神連合の不興は買いたくないだろうからのぅ」

「……なっ?!」

 

 とんでもない情報に絶句する晴明。それをマーラは愉しげに見つめているのだった。



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第百一話 わたしの夢と、未来への覚悟

 マーラが話した事実に衝撃を受けた翌日。晴明は自身に宛がわれた部屋で、考えをまとめるようにぶつぶつ、と独り言を呟いていた。

 

「ファントムソサエティと多神連合が繋がっていた? ……いや、それは別に良い。そもそも大幹部に魔王-アザゼルがいる以上、そういった繋がりがあったとしてもおかしくない。それに――」

 

 考えをまとめるため、こめかみをとんとん、と指で叩く。

 

「ファントムソサエティはたしか、大いなる存在に――、大いなる存在?」

 

 自身が口に出した言葉にたいして疑問を抱く。そもそも、大いなる存在。とはなんなのだろうか、と。

 考えられる可能性としては聖書陣営の神。唯一神-ヤハウェ。または深淵魔王-ゼブルの直接の上司に当たる創造神-ホシガミ。こちらのどちらか、もしくは晴明すら知らない別存在、というのも十分あり得る。

 

「どちらにしても、情報が少なすぎる。これでは、な……」

 

 確かに晴明は転生者であり、他の人間にはない情報ソースを持つ。事実、ホシガミはそこから得た情報であり、もしその情報がなかったら晴明はヤハウェこそが大いなる存在だと考えただろう。

 だが、それゆえ晴明は今回頭を悩ませている。

 そもそも、()()()()だけで考えるならヤハウェが一番近しい。しかし、晴明は知っている。世界がこの世界だけで構成されているわけではないことを。

 

「……エトワリア、という異世界があったんだ。他にも世界がない、などと考えるのは早計。というよりも愚考だ」

 

 かの世界で出会ったランプに教えてもらった女神-ソラ、と呼ばれる存在。彼女の口ぶりからすると、ずいぶん人間と近しいようだが、それでも女神と呼ばれる権能は持ち合わせているだろう。

 それらと同じような超越存在が他の世界に存在していない、などと考えるほど晴明は楽観主義者ではない。

 

「いかん、考えが逸れたな」

 

 ふたたびかぶりを振る晴明。いま考えるのはそこじゃない。考えるべきは他にある。

 

「ランダルが天使たちによって要塞化している可能性がある、か……」

 

 むろん、晴明の杞憂。という可能性の十分ある。しかし、楽観して良いかと問われればそういう訳じゃない。

 そもそも、何の因果か聖霊。アルノー・鳩錦がこちらにいる以上天使たちが、特に四大天使のうちミカエル、ラファエル、ウリエルが何かしている可能性は十分ある。

 と、なると仮に晴明が単身ランダルに潜入したとして、こちら。巡ヶ丘学院高校が危険にさらされる可能性は十分あり得る。かといってランダルへ連れていくのも危険性が高い。なにせ、敵の本丸なのだから。

 

「しかし、なぁ……」

 

 晴明の脳裏に浮かぶのは由紀の顔。彼女がワイルドである以上、こちらに残そうがランダルへ連れていこうが、何らかのトラブルに巻き込まれるのは必定。晴明は、そう判断している。

 

「だいたい、ピースが揃いすぎている。これでなにもない、何て考えるのはバカだ」

 

 ゾンビ化によるバイオハザード。悪魔の跋扈。大天使、聖霊の降臨。人類悪の顕現。そして、ワイルドの出現。もはや、役満と言って良いレベルだ。

 そしてワイルドの回りにはベテランの悪魔召喚師が二人。新人の悪魔召喚師とデビルバスター。ベテランと新人のペルソナ使い。そして、親友の魔人。それだけではなく、歴戦の魔法少女が二人。

 これだけの人員がワイルドの、丈槍由紀のもとへ集っている。まさしく彼女が世界の中心で、由紀を起点として世界が巡っているように。

 

「あり得ない、と一蹴するのは簡単だが――」

 

 くく、と自嘲する晴明。どう考えてもそれは思考停止でしかない。

 

『――はーさん、いる?』

「由紀さん? あぁ、起きてる。開いてるよ」

 

 晴明の耳に響く由紀の声。彼女のことを考えているときに彼女が来るのは運命染みたなにかを感じるが……。

 晴明が鍵は開いてることを告げると、由紀はおずおずと部屋の中へ入ってくる。

 

「どうしたんだ、由紀さん?」

「うん……。なんか、はーさん。悩んでる、って思って」

「……っ! そう、か」

 

 この娘は本当によく人を見ている。晴明はそう思った。

 以前、美紀と圭にも聞かされたことだが、アレックス。彼女がシュバルツバース、かの地の記憶を取り戻す前、一時期不安定になっていた精神を慮っていたのも由紀だった。

 

 立場がそうさせるのか、それとも境遇がそうさせたのか。

 

 あの話し合いの後、ひそかに天音から聞き出した丈槍家についてのこと。

 彼女たちの家が巡ヶ丘市で村八分にされた理由。そして陛下が、いと畏き御方が丈槍を特別視する理由。それを聞かされた晴明は、なるほど、と納得するしかなかった。

 彼女の優しさ、それは彼女生来のものであるが、それとともに家系ゆえのものでもありそうだ、と理解して。

 

 そのことを思い返し、難儀なことだ。と、苦笑いする。血筋が離れているとはいえ、血脈を保ち、今川の姫と言えなくもない彼女。彼女の()()()が人格者だったゆえに、業を背負うことになってしまった丈槍、という家。それに――。

 

「どうしたの、はーさん?」

 

 不思議そうに晴明を見上げる由紀。

 行動自体は幼さを感じさせるが、その心根はどこか彼女が慕う恩師の姿を思い浮かばせる。佐倉慈の姿を、だ。

 

「弟子は師に似る、とは言うが……」

「わぷっ、ちょっ、はーさん……?」

 

 猫耳キャップの上から由紀の頭を撫でる晴明。

 晴明の急な行動に目を白黒させる由紀は、しばらくされるがままになっていたが、気を取り戻すと彼から離れ、自らの身を守るように身体をかき抱く。

 

「そんなことされると流石に傷つくんだが?」

 

 苦笑しつつ、由紀に突っ込む晴明、しかし――。

 

「……でも、はーさんだし」

「おいおい、俺をなんだと――」

「みーくんとけーちゃん」

「うぐっ……」

 

 ジト目の由紀が放った言葉でひくっ、と表情がひきつり二の句が告げなくなる晴明。

 実際、望まれたとはいえ彼女より年下の、後輩たち二人に手を出しているのだから言い訳しようもなかった。

 しかも、それだけではなく、彼女の恩師や恩師の友人に卒業生の先輩。他の女性にまで手を出し、最近では友人から意味ありげな視線をもらう始末。

 どこをどう見ても女にだらしない男の図であった。恐らく、彼が巡ヶ丘に来るまで経験がなかった、という事実を話しても由紀は信じないだろう。

 それでも言い訳してしまうのが悲しき男の性で……。

 

「いやいや、誤解だって」

「本当にぃ……?」

「本当、本当だって。ただ、その、なんだ。由紀さんが慈に似てるなって、そう思っただけだから」

 

 晴明の言葉にぴくり、と反応する由紀。そして彼女は不安そうな表情で彼に問いかける。

 

「めぐねえに、似てる。わたしが……?」

「あぁ、その……。心意気、というか。心根が、な」

「……そっ、か。ねぇ、はーさん。わたし、めぐねえみたく、なれるかな……?」

「慈、みたく……?」

「うん、わたしの……夢なんだ」

 

 そう言うと由紀はぽつり、ぽつり、と話し出す。慈に心を救われたこと。自身も慈のように心を救う、そんな教師になりたい。そんな夢を。

 彼女の独白を聞いて、晴明は破顔する。

 

「由紀さんならなれるさ」

「ほんとう……?」

「あぁ、本当だとも」

 

 晴明の脳裏に浮かぶのは、慈と同じくらいに成長した由紀が、子供たちに囲まれ穏やかな笑みを浮かべる姿。

 そんな姿が楽々と想像できるのだから、なれないわけがない。

 それに由紀がちゃんと未来を見ているのだ。大人である晴明が、いつまでもうじうじしている訳にはいかない。

 もはや、覚悟は決まった――。

 

「よし、決めた!」

 

 勢いよく立ち上がる晴明。そんな晴明に由紀は声をかける。

 

「はーさん、わたしも着いていくからね? それに、他のみんなも、きっと……」

「あぁ、分かっているとも」

 

 はにかみながら由紀に手を差し伸べる。

 

「手伝ってくれるか、由紀さん?」

「当然、だよ」

 

 そして、手を取る由紀。二人の顔には穏やかな笑みが浮かんでいた。



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第百二話 真・女神転生

 覚悟を決めたのであれば、即動くべきだ。と判断した晴明は学園生活部や大学生組の主要メンバーを集めていた。

 

「それで急にどうしたの、晴明さん?」

 

 暫定的な大学生組のリーダーでペルソナ使いの朱夏は疑問を抱くように問いかける。

 彼女にとっても、昨日マーラから話された内容はそれなりに衝撃的なものだった。なにせ、バイオハザード前まで接点がなかったとはいえ、澄子がマヨーネの弟子である、というのであれば多少なりとも師匠の意向を受けて行動していた、と思っていたのだから。

 

「あぁ、今後のことについて()()()()()()()、と思ったんでな」

「話しておきたい……。相談、ではなく?」

「あぁ、そうだ」

 

 晴明の肯定に、朱夏は訝しげな表情を浮かべる。いくらなんでも、こんな状況でスタンドプレーに走る、なんてことはあまり見たことがない。まぁ、そもそも晴明とともに戦う、ということはあまりなかったので、そこまで信憑性が高くないと言えるが。

 それはともかくとして晴明が何を話すのか、興味、という意味でもそうだし、何よりわざわざ晴明が告げたということは、今後の指針について。というのは理解できた朱夏は真剣な表情を浮かべる。

 それでもこれから語られる晴明の言葉は、彼女からしても予想外だった。

 

「これより俺は暫定的な敵本拠のランダルへ打って出るつもりだ。学園生活部と朱夏たち、大学生たち。そして、天音に蘆屋晴明の名をもって協力を要請したい」

「………………は?」

「正気ですか、晴明さま?」

 

 晴明の要請に朱夏は驚きのあまり目をまんまるに見開いて呆けた声をあげ、天音は畏き御方の勅を忘れたのか、と正気を疑う。

 もちろん、晴明は正気を失ったわけでも狂気に陥ったわけでもない。だが、その疑いを持たれることを理解していた晴明は、真剣な表情で己が真意を話す。

 

「もちろん御方の勅を忘れたつもりはない。だが、由紀さんを守るにしても――」

 

 ちらり、と由紀を見る。彼女の瞳には爛々とした決意がこもっており、天音の目からしても彼女がただ守られるのを良しとしていないのが見てとれた。

 

「ねぇ、天音さん。わたし、戦えるよ」

「それは……」

 

 天音も分かっている、魔王-マーラとの戦闘で彼女が戦える(異能を持つ)ことを見て、感じて理解している。それでも、なお彼女は由紀が戦いの場に出ることは否定的だ。なぜなら、由紀は本来、戦う者ではなく、守られる人でしかないからだ。

 しかし、それはあくまで天音の見解。由紀からすれば、はいそうですか。などと納得できるものではない。

 

「ねぇ、わたし。引くつもりなんてないよ」

 

 由紀が発したとは思えないほど低く、決意がこもった声。普段の由紀を知る慈や悠里などは驚いた顔で彼女を見ている。彼女がここまで感情を、しかも暖かい感情ではなく冷たい感情を露にすることなど見たことがなかった。

 

「なぁ天音、認めてくれねぇか。あの娘が、由紀さんが戦場に立つことを」

「晴明さま、なにを……?!」

 

 何を言っているのか。なぜ彼が、蘆屋晴明がそこまで由紀を戦場に立たせようとするのか理解できない。

 かつて、彼が朱夏を弟子にとった時。彼は戦場へ立たせることに否定的だった。その彼が、なぜ由紀に関して、頑なにそうするのか。

 もし、この場に朱音が、ライドウがいたら理解しただろう。彼が由紀を戦場に連れていこうとする意味を。その本質を。

 だが、天音はその本質に気付くことができない。それは彼女が晴明が転生者である、という意味を、本当の意味で正しく認識できていないから。

 

 しかし、それも仕方ないこと。彼女にとって晴明は蘆屋道満の転生体であり、朱音が知るように観測世界の転生体だと認識できていない。そして、間違った情報からは、間違った答えしか導き出せない。

 さきほども言ったように朱音がいれば、晴明が由紀を戦場に連れ出すのも苦渋の決断だと気付いた筈だ。すなわち、仮に由紀を巡ヶ丘学院高校に置いていったとしても危険にさらすだけ、と考えている、ということに。

 

 そして、その晴明の認識は正しい。まず、はじめに由紀はワイルドのペルソナ使い。かつて、フィレモンに見初められたペルソナ使いやベルベットルームの客人となった者たちと同じように、彼女は選ばれた、選ばれてしまった側の人間だ。その彼女は否が応でも歴史という名の濁流に飲み込まれる運命にある。

 そしてもう一つ。それは彼女もまた()()()()()()()()特別な存在であるということ。

 それは、今川の姫ということではない。それは、由紀もまた――。

 

 かつて聖霊は言った。――しかし、あの人の子からは貴様(ガブリエル)よりも――。

 由紀がペルソナを進化させたとき、由紀はこう告げた。――たとえ、かつてのわたしと違っていても――。

 

 ……そう、自覚こそないが彼女もまた転生者であった。ただ、晴明のように観測世界からではなく、デジタルデビルストーリー 女神転生に登場する中島朱美がイザナギの、そして白鷺弓子がイザナミの転生体であるように、彼女は、丈槍由紀はマリアの転生体。いわば、彼女のペルソナはある意味、かつての彼女そのものであった。

 慈が何かと由紀を気に掛けていた理由。それは彼女自身の気質にもあったが、それとともにそのことを無意識に感じていたのも、またその理由であり、聖霊が由紀を優先していたのも同じ理由だった。

 

 そして、それはまだ他の大天使たち、熾天使たちには認識されていない。だが、もし、それがバレた場合。彼女は間違いなくかの天使たちの標的となる。新たな救世主(メシア)、それを誕生させるための母体として。

 だからこそ、晴明は由紀を置いていく。という選択肢を取るわけにはいかなかった。由紀を守るためにも。そして、それを気付かれる前に事を収めるため、晴明は無謀だとしても動くしか選択肢が残されていなかった。

 だからこそ、晴明は――。

 

「……頼む、天音」

 

 天音に深々と頭を下げて懇願する。それが由紀を守るため、もっとも確実な方法だと認識していたから。そして、同時に万が一の場合。己の命すら捨て石にして由紀を守る。そう覚悟して。

 天音にとって晴明の行動は理解不能だった。それでも、彼が意味もなくこんな行動をする男ではないことくらいは理解している。そして、己が恋い焦がれる男を誰よりも信頼している。

 

 はぁ、とため息をつく天音。本人からすると今も由紀が戦場へ立つのは反対だ。でも……。

 

「晴明さま。それが必要、なのですね?」

「あぁ、そうだ。必要なんだ」

 

 問いに答える晴明。それは同時に自身に言い聞かせるようで――。

 

「分かり、ました……」

 

 晴明もまた苦渋の決断だったと知り、ついに折れた天音。彼女が折れる姿を見て、由紀はやった! と、歓声をあげるのだった。



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第百三話 聖槍と契約

 由紀が天音に自身が協力することを認めさせた後、他の協力要請もトントン拍子にまとまり――実際のところ、由紀に関しては慈も心配していたが、彼女の大丈夫、大丈夫だから。という押しに圧され、無理矢理認めさせられていた――具体的な今後の話に移っていった。

 

「それでランダルに向かうのは良いんだけど、晴明さんがわざわざ言う以上、なにか問題がある。ということよね?」

 

 朱夏の半ば確信している、とも取れる晴明はこくり、と首肯する。そして、己が以前から感じていた懸念を口にする。

 

「ああ、そうだ。魔王-マーラの情報提供によって多神連合とファントムソサエティが動かない、というのは確かになった」

 

 彼はすくり、と席を立つと後ろにあった黒板にかつかつ、とランダル・コーポレーションという文字。そしてその下にメシア、ガイア、ラストバタリオン、多神連合、ファントムソサエティというも字を書く。それから多神連合、ファントムソサエティという文字を消すようにペケ印を上から書いた。

 

「そしてマーラがこちらに協力する以上、ガイア教もまた今回の争いに手出しするつもりはないのだろう」

 

 同じように今度はガイアという文字にペケ印をつける。

 

「つまり、現時点で敵対する可能性があるのはメシア、そしてラストバタリオンとなる」

 

 そう言いながら晴明は、ラストバタリオンという文字の回りをすぅ、と円で囲む。そして、そこから棒線を引くと文字を新たに書いていく。そこにはフィンメル・フォイアーと書かれていた。

 

「問題はこのラストバタリオン。正確には彼らが運用している可能性があるパワードスーツだ」

「パワードスーツ……? デモニカと同じものなんですか?」

《しかしアレックス。少なくとも表の情報にそのようなパワードスーツの記述は存在しない。なら別物の可能性もある筈だ》

 

 アレックスの疑問を、デモニカスーツのAI、ジョージは独自に調べたようで表の世界にはその様なものない筈だ、と否定する。

 それに晴明は、ああ、そうだな。と肯定すると補足説明を続ける。

 

「昨日天音がラストバタリオンの他に聖槍騎士団、という組織を告げたのを覚えているだろう。やつらはラストバタリオンの中でも特に対オカルトに特化した部隊だ」

 

 そこまで言ってぐるり、と回りを見渡す晴明。全員がなんとか話についてきている、と確認した彼は続きを話す。

 

「それはやつらの装備。聖槍という名に冠している」

「……聖槍? それって、もしかして……?!」

 

 聖槍、という意味に気付いたのだろう。慈はハッとした表情で口許を塞ぎ、驚きをあらわにする。そして彼女が察した事実は正しかった。

 

「そう、それはかつて救世主(メシア)。キリストの死を確認するために使われた槍、ロンギヌスの槍。そのコピー品だ」

 

 晴明の言葉に周りはざわざわ、と騒がしくなる。特に慈は修道女にこそならなかったが、それでもキリスト教の信徒だということは変わらない。

 また彼女の姪である杏子も同じく敬虔な――しかもからかいも含まれているとはいえ、仲間内で聖女などと呼ばれている――信徒であったことに違いはなく、目を白黒させて驚いていた。

 

「なんで、それを……。いや、待てよ。なんでそれ(ロンギヌスの槍)なんだ?」

 

 杏子が驚きながらも疑問を呈する。それもそうだろう。なにせ、ロンギヌスの槍は聖人、救世主を貫いた槍だ。その逸話を考えれば相手となるのは悪魔よりもむしろ神に連なる系譜。天使などに特効があると考えられる。

 メシア教相手に、と考えればなにもおかしな話ではない。しかし、軍隊の武装として考えるならばあまりに不適当だ。

 なぜなら軍隊とは本来あらゆる場面、あらゆる敵を想定しておかねばならず、それ故にあらゆる敵に一定の効果を発揮する武装を装備するのが望ましい。もちろん特定環境下で行動する場合、それ専用の武装を――山岳地帯で活躍する山岳歩兵や、上陸戦を想定した海兵隊など――装備するのが一般的だ。

 

 そして、それを考えるとキリスト教圏である欧州の国家。ドイツ第三帝国であれば、本来想定すべきは天使よりも悪魔。なのにも拘わらず敢えてロンギヌスの槍をコピーしてまで配備する意味が分からなかった。

 その教この考えはある意味正しく、ある意味間違っていた。それを正すため、晴明は口を開く。

 

「杏子の考えも間違ってはいない。でも、一つ抜けている部分がある」

「……なにが、だ?」

「それは人の軍隊が相手取るものの大半のことが抜け落ちていることだ」

 

 そう、軍隊の本来の相手は敵国の人間。天使でも悪魔でもない。ある意味当然すぎる話であり、それ故に杏子の頭から抜け落ちていた。

 その指摘を受け、ハッとする杏子。しかし、だからと言って疑問が解消されたわけではなかった。

 そして、その疑問の答えを晴明は口にする。

 

「それと、かの部隊はオカルト専門と言ったが、それを組み合わせれば見えてくる筈だ」

 

 と、言いながらちらり、と朱夏を見る。突然、視線を送られた朱夏は困惑する、がかつて晴明に教えられたことが頭によぎる。

 

「……そう、そういうことね。私たちペルソナ使いは()()()()という側面を持つ」

 

 朱夏の独り言に、我が意を得たり、とばかりに晴明は相槌を打つ。

 

「そうだ、ロンギヌスコピーの本質はペルソナ。すなわち異能封じの武装、という点だ」

 

 ロンギヌスコピーの本質を聞いた朱夏たち、ペルソナ使いの顔が曇る。いわば、自身の力を封じられるということだ。

 

「だからこそ、それらの相手は美紀、圭たちが重要になるだろう」

「私たちが……」

 

 急に話題を振られたことでびくり、と反応する二人。彼女らとしても、まさか半人前だと自覚していた自分たちが頼られるとは思っていなかった。

 まぁ、今回の場合。アレックスや天音、そして晴明自身も油断や慢心は無縁――むしろ、敵の根拠地に攻め入るということで、それなりに緊張している――からこそ、念のため彼女らへ話題を振ったというのが正しい。

 

「だが、正直お前たち二人の力では、まだ頼りないのも事実。だから――」

 

 晴明はおもむろにガントレットを操作する。

 

「本来、今の圭では扱える力量ではないが……」

 

 床に召喚陣が描かれ悪魔が召喚される。その悪魔は圭たちがよく知る悪魔。

 

「おかあさん、なにか用事?」

「ジャックちゃん?」

 

 外道-ジャックリパーはこてん、と首をかしげ、サラサラとした短めの銀髪が揺れる。

 晴明はジャックの頭を優しく撫でる。ジャックは気持ち良さそうに目を細めている。

 

「ジャック、お前に頼みたいことがある」

「なぁに?」

「これからは俺じゃなくて、圭を助けてやって欲しい」

 

 それは、実質的にジャックリパーの契約を弟子である圭に譲渡する、という意味であった。

 まさかのお願いに圭以上にジャックも驚いていた。

 

「……おかあさん? わたしたち、もう必要ない、の?」

 

 涙声になって問いかけてくるジャック。もちろん、晴明からすればそんな意図はない。

 

「言っただろう、頼みたい、と。俺が契約している悪魔で圭が扱える可能性があるのはお前とジャンヌだけ。そしてジャンヌを渡すわけにはいかない以上、な」

「……うん」

 

 返事をしながらぎゅ、と抱きつく。そんなジャックを晴明も抱きしめ返す。そしてしばらくそのまま時が過ぎ、満足したのか、ジャックは晴明から離れると、圭を見る。そして――。

 

「けい、コンゴトモヨロシク」

 

 それは、彼女が圭を主だと認めた、ということであった。



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第百四話 最後の戦いに向けて

 色々と紆余曲折あったものの晴明たちはメシア教の本拠地となっているであろうランダル・コーポレーション巡ヶ丘支部へと出発することになったのだが……。

 

「それじゃあ美紀、圭。もしもの時は任せるぞ」

「は、はい……」

「大丈夫かな……」

 

 晴明の声掛けにどこか不安げな様子を見せる二人。なぜなら、これから晴明と別行動になるからであった。

 とはいえ、それは晴明が戦線離脱するという話ではなく、むしろ逆。これから晴明は先遣隊としてランダルまでの道を掃除(敵を殲滅)するために先行するからだ。

 それにあくまで先行するのは晴明と仲魔たちのみ。アリスや大僧正、ジャンヌも着いていくとなれば少し不安にかられるかもしれないが、他の実力者の面々。天音や魔法少女たち、それにアレックスも本隊。今回の場合で言えば透子のキャンピングカー、そして流石にそれだけでは全員乗り切れないので慈も自家用のミニクーパーSを出す手筈となっている。

 もっとも、慈の車はもともと小さいのであまり人数を乗せることができず、気休め程度にしかならないが……。

 

 それはともかく、二人からすれば今までほぼ共に行動していた晴明と別行動になる、ということ自体に不安を覚えていた。

 そんな二人の不安を払拭するため、晴明は彼女たちを抱きしめながら頭を優しく撫でる。

 

「わぷっ……」

「あ、ふっ……」

 

 突然、抱きしめられたことに顔を赤らめる二人。そんな二人に晴明は優しく声をかける。

 

「そんなに不安がらなくて良い。そっちにはアレックスさんや天音。それに杏子たちだっている。お前たちは無理しない程度に戦えば良いんだ。だからと言って、サボられても困るけどな」

「「あうっ……!」」

 

 二人のおでこを指でピン、と弾きながら軽口を叩く晴明。それで緊張がほぐれたのだろう。二人の表情は先程よりもいくらかましになっていた。

 それに、と晴明はニカッと男臭い笑みを浮かべて二人を激励する。

 

「お前たちは、もうちょっと自信を持って良い。いくら特殊な環境に身を置いてたとはいえ、そこらのサマナーより強くなってんだ。それは俺が、悪魔召喚師(デビルサマナー)-蘆屋晴明が保証してやる」

 

 それは晴明の本心だった。事実、ヤタガラスや葛葉という特異な勢力以外。築地根願寺や恐山、他寺社に所属する戦力は10年、20年修行してようやくLvが2桁に乗る、というのが大半。それどころか途中で命を落とすことすら多い。

 それを思えば美紀と圭。二人はこの短い期間でレベル2桁を超え、しかもいまだに成長しているのだ。このまま成長していけば、それこそ朱夏(Lv30)を超えて、いずれアレックス(Lv68)晴明(Lv75)の域に到達するのも夢ではないかもしれない。もちろん、その域に到達するには長い時間と研鑽が必要になるのは疑いようもないが。

 

 だが、それを晴明は信じている。なぜなら、本来特別な存在ではなかった者が、すなわち、晴明自身がそれを為すことができたから。

 確かに晴明は前世の記憶を、女神転生の知識というアドバンテージを持っている。しかし、それでも彼の才能で言えばそこまで秀でた者ではなかった。

 その晴明がここまでの強者になれたのは、ひとえに女神転生の知識による効率的なレベリング。それと長い時間を研鑽に費やしたからに他ならない。

 そして効率的なレベリングに長い時間を使った研鑽。それらは美紀と圭、二人にも可能なことだ。事実、彼女ら二人は巡ヶ丘市役所へ晴明と共に向かった際、さらなる研鑽を積みLvを多少とはいえ高くなっていた。

 そのことを二人に伝える晴明。それを聞いた美紀は、どこか納得がいかない様子で首をかしげている。

 

「そう、なんでしょうか……?」

「そうだとも。現に美紀、お前はアギラオを使ってみせただろう。あれだってお前がちゃんと成長している証だ」

「はあ……」

 

 晴明が証拠だと伝えた言葉を聞いた美紀だが、やはり実感が湧かないのか曖昧な返事をする。

 まぁ、彼女視点からすると晴明やスカアハ、じゃあくフロストたちがダイン系、各属性の上級魔法を、果てにはアレックスの仲魔であるアモンが上級すら超えるメギドフレイムをバンバン撃っているから無理もない。

 

 だが、それらは極端な例ではっきり言うと比較対象にもならない。なにせ彼女自身は気付いていない――むしろ、本来MAGを放出できない体質だった美紀では開花する筈のなかった才能――ことだが、全門耐性(物理、万能以外の全属性耐性)の攻撃版。全門強化とでも名付けるべき異能を持っていた。

 はっきり言うとそれだけでも十分異常だが、さらに言うと美紀が使ったアギラオ。あの魔法も本来、デビルバスターに成り立ての人間が使えるものではなく、Lvに換算すると最低で15以上。平均で20以上にならないと体得できない。そして、それは逆説的に美紀がそのLv帯に足を掛けたことを意味し、それは同時に圭もまたその高みに至っている。

 

「だから心配する必要なんてないんだが、もしそれでも心配なら――」

「心配なら……?」

 

 そこで言葉を止めた晴明に疑問を抱く。だが、当の晴明はイタズラっぽい笑みを浮かべる。

 

「そこまで心配ならお前ら自身じゃなく、お前らを信じる俺を信じてみろ」

「……え?」

「言っただろう。悪魔召喚師(デビルサマナー)-蘆屋晴明が保証する、と」

「「――は、はいっ!」」

「良い返事だ」

 

 二人の動揺しながらも心地よい返事を聞いて晴明は優しげな表情で目を細める。そして今一度二人の頭を撫でる。その後、抱きしめていた二人から離れる晴明。

 

「あっ……」

 

 愛しい人の温かさ(体温)がなくなったことで不意に声をあげた圭。そして、無意識にあげた声を自覚して頬を薄く染める。だが、直後。圭だけではなく、美紀もさらに頬を赤く染めることになる。

 

「それじゃ、行ってくる――」

 

 その言葉とともに晴明の顔が迫り、唇に暖かい感触。ただの一瞬だったとはいえ、その感触。晴明とのキスで二人は恋する乙女のように目を、瞳を潤ませる。

 二人をそんな顔にさせた晴明は、敢えて二人を気にすることなく背中をみせ、去っていく。

 その背中は威風堂々としており、言葉に出さなくてもランダルでまた会おう、と語っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな三人を遠くから見守っていた者がいた。

 

「めぐねえ、良かったの?」

 

 その人物、佐倉慈に声をかける由紀。その声にはほんの少し不満――慈を放置した晴明に対して――がこもっていた。

 そんな由紀に、慈は自身を慕ってくれていることに嬉しさと、少しの申し訳なさを抱きながら優しく、慈母のような笑みを浮かべる。

 

「ええ、大丈夫。大丈夫よ、ゆきちゃん」

 

 優しく、慈しむような声で由紀へ語りかける慈。

 

「……ふぅん」

 

 そんな慈を見て、気のない返事をした由紀。彼女の目には慈が自身の腹部を、()()()()()()()()を、慈しむように撫でる姿が見えた。

 それを見た由紀は一つの決意をする。すなわち、もしも晴明が無責任なことをすれば、万難を排してとっちめてやる、と。



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第百五話 いざ、ランダルへ

 崩壊した市街を一つの影が駆ける。辺りには損壊した乗用車やトラックが放置され、いたるところに人の、損傷した死骸が打ち捨てられている。

 それと同じようにあちらこちらに蠢く人だった()()。学園生活部が()()()と呼ぶゾンビたち。

 それらは駆ける影に気付くとヴゥ、と唸り声をあげて襲いかかろうとして――。

 

 ――直後。銀閃が奔り、頸が跳ぶ。

 

 失踪する影に絶ち切られ、切断面から勢いよく血が噴き出す。辺りはびちゃびちゃと鮮血に染まる。が、疾走する影にそれが付着することはない。

 その血が危険極まりない、ということを承知しているからだ。そしてゾンビだったモノは打ち捨てられた死骸の一つに加わる。

 

 ……よく見れば打ち捨てられた死骸のなかには明らかに現実的ではない死因。全身が炭化したものや、四肢が切断されたものが混じっている。

 それらはすべて、かつてゾンビだったモノ。疾走する影、動く暴虐によってもたらされたもの。

 その暴虐は立ち止まり、口を開いた。

 

「これでここら辺りのかれらは掃討できた筈だが……。バロウズ」

《アイアイ、マスター。――エネミーソナーに反応無し。大丈夫みたいよ》

 

 その影の正体は、学園生活部に先駆けて先発した蘆屋晴明だった。彼は己の弟子たち、祠堂圭と直樹美紀。二人へ宣言したように前もって道中の障害となり得る存在――かれらや悪魔――を殲滅しながら先へ進んでいた。

 むろん、その殲滅した道を本隊。学園生活部の面々が進まなければ意味がない。が、そちらについては既に手を打っていた。

 それの軸となるのはガントレットのAIであるバロウズと、アレックスが着ていたデモニカスーツのAIであるジョージ。この二つのAIで常時周辺のデータを共有し、経路の案内を担っている。

 

「それで、この先は……と」

 

 晴明はバロウズのエリアサーチ能力だけではなく、己が鍛え上げた気配察知。いわば悪魔たちの殺意や、ゾンビたちが発する妙な気配。それらを十分に駆使して先へ進むのだった。

 

 

 

 

 

 

 その後、何か問題が発生することもなく晴明はランダルまでの道を踏破。行程の敵対的な存在をすべて狩り終わって学園生活部、そして朱夏たち大学生組や透子たち秘密基地メンバーを待っていた。

 

「しかし……」

《マスター?》

 

 本隊たる彼女らを待ちながら、晴明は道中で感じていた疑問を口にする。

 

「この道すがら俺たち以外の戦闘痕を発見できなかった」

 

 そうして眼前にあるランダル巡ヶ丘支部を睨み付ける。

 そう、本来晴明からすれば聖槍騎士団やメシア教。その戦力をある程度削りたい、という意図から先駆けとして先発して自身をある意味囮としたのだ。

 しかし、結果としてそれは不発。道中にいたのはゾンビや野良悪魔たちのみ。肩透かしを食らった気分だった。

 そして何より問題なのが……。

 

「なら、もしかすると聖槍騎士団は既に――」

 

 ランダル内部に到達し、メシア教と抗争をはじめている、という可能性。また、聖槍騎士団だけではなく一般兵がいることも考えられるし、何より。

 晴明はなかに気取られないよう、近づいて覗き込む。そこには建物内部に徘徊するゾンビの姿。

 当然のことながら、暫定的にランダルが原因だと考えていたが、事実その通りだった。その証拠とばかりに建物内にゾンビがいるのだから。

 

「……やれやれ、これは正面突破しようものならメシアやラストバタリオンに感づかれる可能性が高い、か」

 

 ゾンビ程度なら晴明はもとより、今なら彼の弟子である圭や美紀でも十分に蹂躙できる。むしろ彼女たちに蹂躙させて成長の糧にする、というのも方法の一つだろう。

 だが問題は先ほども言ったように、それをすれば天使やラストバタリオンに感づかれる可能性が高いこと。少なくとも敵に囲まれて消耗する事態は避けたいのが本音だ。

 そうするとなると、侵入口は限られてくる。

 

 そんなことをつらつらと考えていた晴明の耳に聞こえてきた、キキィ、という金属が擦れる音。それは透子所有のキャンピングカー、つまり本隊がこちらに到着した音だった。

 キャンピングカーの扉がバタン、と勢いよく開き、とててっ、と美紀と圭が晴明のもとへ走ってくる。

 たとえ僅かな間、晴明は大丈夫だろうと分かっていても彼女らからすれば無事な姿を見て感極まっていた。

 これは理性ではなく感情の問題。己が好いた男が無事だったことに安堵する女の(さが)なのだから。

 

 もっとも、当の晴明は自身へ駆けてくる二人を見て頭を抱えていた。そして、近づいてきた二人の額にデコピンする。

 

「「あうっ!」」

 

 二人仲良く額を押さえて蹲る。

 晴明はあきれた表情を浮かべて話しかける。

 

「お前らなぁ……。ここは一応敵地だぞ。無用心すぎる」

 

 ふぅ、とため息をはく晴明。

 圭たちは涙目になっている。

 そこにもう一台の乗用車、慈たちも到着する。そして、恐らく車に乗ることができなかったのだろう。車の天井に座っていた胡桃が苦笑を浮かべている。先ほどの圭たちとのやり取りが見えていたようだった。

 彼女はぴょん、と天井から飛び降りると二人へ話しかける。

 

「みき、けい。お前らなら蘆屋さんが無事なことぐらい分かるだろ?」

「だってぇ……」

 

 胡桃の突っ込みに圭は涙声になりながら、情けない声をあげた。それを見てがしがし、と頭を掻く胡桃。

 

「お前らの気持ちも分かるけどさ……」

 

 彼女が言うことは嘘じゃない。胡桃だって葛城紡、憧れの先輩のことで色々あったのだから。

 そんな彼女のやり取りの合間にも車に乗っていた面々がぞろぞろと降りてくる。

 それを確認した晴明は、現状危険な状態であることを指摘して、内部に侵入することを提案する。

 

「ともかく、ここで喋っているのは危ない。今は内部に侵入して安全を確保するぞ」

 

 その提案に他の面々も、納得したように頷くのだった。



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第百六話 真相

 仲間たちを納得させた晴明はランダル巡ヶ丘支部の外観を確認する。ビルの3階にガラスが割れて解放されている窓が見えた。

 

「あそこを使うか」

「へっ……? 晴明さん?」

 

 ビルを見上げている晴明の言葉に、圭は目をぱちくり、とさせる。

 先ほどの晴明の発言。そして、圭はかつて召喚されたエトワリアで彼が洞穴からカタコンベへ跳躍して昇ったことを思い出し、顔をひきつらせる。

 

「まさか、晴明さん……」

「――ふっ!」

 

 圭の予想通りMAGを練った後、跳躍して窓へ入っていく。その、ある意味非常識な光景を見て、美紀はあんぐり、と口を開けている。

 

「ですよねぇ……」

 

 圭は然もありなん、と呟いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 とにもかくにも、ランダルの敷地内に侵入した晴明は、周囲の安全を確保しつつ他のメンバーもビル内に設置されていた避難はしごを使い引き入れていた。

 

「良し、これで全員だな」

 

 全員が部屋にいることを確認した晴明は満足げに頷いている。もっとも、そんな晴明の様子に一部のメンバー。主に晴明のことをよく知らない大学生組は顔がひきつっている。

 それも仕方ない、なにせ晴明は――というよりも仲魔たちが、だが――ゾンビを片手間に迎撃しながら他の人間を部屋に引き込んでいたのだから。

 そんなことをするくらいなら、むしろ部屋の扉を閉じておく方が安全を確保、という意味では利口な気もする。

 しかし、晴明はそう思っていなかったようで。

 

「なに、この程度の数で通路を塞ぐのは、な。それにそこに溜めておく逆に面倒なことになっちまうしなぁ」

 

 晴明からすると、通路にゾンビがたむろすると排除するとき面倒だ、というのが扉を閉めなかった理由のようだ。

 事実、数の力というのは馬鹿に出来ないし、何より一ヶ所に集めてしまうと、ゾンビたちの死骸で足場が悪くなる、という問題もある。晴明はそれを嫌ったのだ。

 

「……そ、そうなんですね」

 

 晴明から一連の説明を受けた慈は、なるほど、と頷いている。しかし、納得したわけではなく、少し顔を青ざめさせていた。

 それが晴明が例え話として出した死屍累々を想像したのか、もしくは晴明自身の無茶苦茶さに対してなのかは分からないが。

 慈の微妙な心境が分かったのだろう、晴明はごまかすように咳払いする。

 

「んんっ……。ともかく、内部へ侵入は果たした。移動するぞ」

「移動するって、どこに……?」

 

 不思議そうな顔をした朱夏から疑問の声が上がる。彼女からすると、敵の本拠地に乗り込んだのだから、そのまま本丸へと攻め上がるのだとばかり思っていたのだ。

 まぁ、こればかりは晴明の方が悪い。確かに敵を攻めるのも目的の一つだったのだが、それとともにもう一つの目的があったのを伝え忘れていたのだから。

 

「むっ……。そういえば話していなかったか。ここの通信設備を使って、ちょっとな」

「はあ……?」

 

 どこか要領を得ない晴明の言葉。それを聞いて朱夏はもとより、他の面々も首をかしげるのだった。

 

 

 

 

 

 

 その後、晴明たちは特に妨害も受けることなくコンピューター室へたどり着くことが出来た、のだが……。

 

「なんともまた……」

 

 Dr.スリルとともにゾンビの研究をしていた青襲椎子が心底あきれた、とばかりにため息をはいている。そして、一部の面々は気だるそうにしているが、別にそれは細菌に感染したとか、ゾンビ化が進行しているなどといった話ではない。

 ただ単にこの場で判明した真実を知ってやるせない気持ちになっているだけだった。その真実とは――。

 

「ここの内部メールなどを調べたが――」

「ちょっと待て、セキュリティはどうした?」

 

 大学生組、男性陣のリーダー、頭後貴人が問いかける。

 

「あぁ、それならご丁寧にディスプレイのところにパスワードを書いた紙が貼ってあったよ」

「……管理体制はどうなってるんだ」

 

 椎子からセキュリティを抜けた理由を聞き呆れ果てる。それには椎子自身も同意だったが、それでは話が進まないため、話題をもとに戻す。

 

「ともかく、ここがゾンビ化の感染源で間違いない。ここでΩなどの実験も行っていたようだしな」

「でも、どうして……」

「拡がった、か? ……事故、いや必然だな」

「それってどういう」

 

 そう疑問を呈しながらも、答えは分かっているのだろう。美紀の顔色が少し悪くなっている。

 

「一応はP3施設が設置されていたようだが……」

「ぴーすりー?」

「細菌とか危険なものが外に出ないように隔離されている施設のことよ、ゆきちゃん」

 

 P3施設について疑問に思った由紀へ解説する慈。それへ同意するように相槌を打った椎子は話を続ける。

 

「そう言うことだ。だが、いくら設備が立派でも使う人間がズボラでは意味がない。つまり――」

 

 ――人間はどこかのバカが手洗いをサボった所為で滅びかけている、ということだ。

 

 

 なんてことはない、ゾンビ化が流行した理由の一端。それは、単なるヒューマンエラーだというのだから。

 

 

 しかし、その言葉に待ったをかける者がいた。

 

「いや、でも待ってくれよ椎子さん。ゾンビ化は国内よりも海外の方が深刻なんでしょ? それなら、ここの手洗いが原因、というだけじゃあ……」

 

 疑問を呈した者、それは貴依だった。

 彼女は以前、巡ヶ丘学院高校のパソコンで海外にもゾンビ化の波が押し寄せてきていることを確認している。それと同時に確認した当時、日本国内――巡ヶ丘以外――ではゾンビ化被害が出ていないことも。

 それらを考えると椎子の話と矛盾が出てくる。

 しかし、椎子はそれについての解も得ていたのか、気だるげに喋り出す。

 

「ああ、そうだな。今話したのはあくまで『巡ヶ丘支部』の話だ。海外のはある意味もっとひどい」

「……え?」

「どうやら意図的に拡散された形跡がある。そして日本でも時期を見計らって、という話だったようだが、その前に……。というのが真相のようだ」

「……まじかよ」

 

 椎子の話を聞き、手で顔をおおう貴依。彼女からすれば、こんな馬鹿なことあり得ない。というのが正直な心境だった。

 そして、それは彼女だけではない。この場にいる全員の心境を代弁していると言っても過言ではなかった。

 

「……どうしてこんなことに」

 

 ぽつり、と憔悴した様子で呟く悠里。それに答えることができる人間は、この場に誰一人として存在しないのだった。



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第百七話 がっこうぐらし

 今回の災害は人災である。晴明もそのことを考えなかった訳ではない。しかし、それが実際に証明されて憔悴している彼女たちにかける言葉がなかった。

 本当ならフォローの一つでも入れるべきなのだが……。

 

 ――だが、何を言えば良い?

 

 それが晴明の偽らざる心境。

 まだ、俺たちは生きている。そんなことを言っても、なんの慰めにもなりはしない。それよりかはむしろ――。

 

「バロウズ、ここの設備を使って映像通信。出来るか?」

《えっ……? ええ、出来るけど……》

 

 晴明の指示に困惑するバロウズ。この場の空気を無視するとは思っていなかった。もちろん、晴明も無視するつもりは毛頭ない。

 ただ、ここで気を遣った声掛けをするよりも、通信相手も含めてになるがとある情報を渡したほうが遥かにまし、と判断した。

 

《それで通信相手は?》

「当代の葛葉ライドウ。それともう一人――」

 

 晴明から伝えられた言葉、人物の名を聞いてバロウズは意外に思う。だが、今は通信を繋ぐことを優先するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 東京都某所――

 

 とある建物内にある部署で一人の女性が凝り固まった身体をほぐすように、こき、こき、と音を鳴らしていた。

 そんな彼女の格好はどこか時代錯誤、古めかしい学生服、あるいは軍服に見えた出で立ちで……。

 

「……失礼します!」

 

 部屋の外から突如声をかけられたことに疑問を抱く女性。彼女が本日行うべき仕事、というよりもこの場で行う最後の仕事を終わらせ、ようやく目的の地。()()()へ出立しようとしていた矢先なのだから無理もなかった。

 

「どうしたの、なにか問題?」

 

 女性の問いかけに扉の外から答えが返ってくる。

 

「はい、いいえ。問題ではないのですが、ライドウさま宛に通信が――」

「まさか、ハルに……。蘆屋晴明殿から?」

「はっ!」

「そう、すぐに向かいます」

「はっ、お願い致します!」

 

 その言葉とともに扉の外にいた気配は去っていく。

 そしてライドウと呼ばれた女性。彼女こそが今代のライドウ、十七代目葛葉ライドウこと葛葉朱音。かつて晴明の実家で暮らしていた義妹とも呼べる存在だった。

 

「でもハル兄が通信、しかも私に直通じゃないなんて何かあったのかな?」

 

 彼女は疑問を抱く。なにせ、以前から何度か個人間で通信を行っていたのだから、いまさらなぜ手間がかかる方法を? と、頭を捻るのも無理なかった。

 ともかく、通信に出ればなにか分かるかな。と通信室へ向かうのだった。

 

 

 

 

 通信室に向かった朱音だったが、そこには先客がいた。

 

「あれ、五島一等陸佐?」

 

 そこにいたのは陸上自衛隊幹部、五島一等陸佐こと五島公夫。ライドウに協力していた人物だった。

 

「むっ、ライドウ殿か。あなたも蘆屋君に呼ばれたのかね?」

「陸佐も?」

 

 朱音もまさか五島まで呼ばれているとは思わず、目を丸くしていた。

 なぜなら五島は実質的な災害に対する司令官だということもあり、いよいよもってなにごとかあったのだと確信することとなる。

 

「ま、まぁ。ハル兄に聞けば何か分かるよね……?」

 

 予想外の事態に動揺していた朱音。対して五島は多少落ち着いた様子で部屋に入っていく。

 それに着いていくように部屋へ入る。

 中ではすでに通信が繋がっていたようで晴明の姿が映っていた。が――。

 

「――はっ?」

 

 思わず低い声が出た朱音。晴明の姿が確かに映っている。映っていたが、背後にも人の姿が、しかもそれはほぼ女性。しかも10人ほど映っていたのだ。

 

『ど、どうした朱音?』

 

 朱音の低い声に動揺している晴明。何か怒らせるようなことをしただろうか、と考えているようだ。

 

「ねぇ、ハル兄? ……いったい、ナニしてたの?」

『いや、ナニしてたって……』

 

 そこでようやく晴明は妹分の朱音に何を疑われているのか理解したようで、頭を抱えると誤解を解く。

 

『あのな朱音――』

「ライドウ」

 

 自身の名を訂正させる朱音。

 晴明もそれで失態を自覚する。

 

『あ、あぁ。そうだな、すまんライドウ』

 

 そして晴明は空気を変えるように咳払いする。

 

『んん、彼女たちは現地の生存者。そして協力者だ』

「ふぅん」

 

 晴明の言い分を信用していないように気のない返事をする朱音。そんな彼女の耳に聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

『あか――ライドウ。晴明さんを虐めるのはそこまでにして、ね?』

「えっ……?! 朱夏!」

 

 それは彼女の親友でもあるペルソナ使い、神持朱夏だった。彼女の存在に気付いた朱音は嬉しそうに破顔する。

 

「無事だったのね!」

『ええ、なんとかね。色々と大変だったけど』

 

 苦笑いを浮かべて告げる朱夏。実際、堕天使-フォルネウスやデカラビア。しかも魔神柱に変異する、というおまけ付き。そんな化け物や魔王-マーラなどと出会っているのだから間違いなくその通りだった。

 

 それはともかく、親友である朱夏と旧交を温めていたが、そんな二人の間に晴明が割り込む。

 

『すまんがライドウ、そろそろ良いか?』

「えっ……? あっ、うん。ごめんねハル兄」

 

 朱夏の無事を――一応聞いていたとは言え――確認できたことに喜んでいた朱音は、自身がはしゃぎすぎた、ということも理解しており、軽く謝罪する。

 彼女の謝罪を受け取った晴明は今回の通信。その本題へと入る。

 

『今回お二人、ライドウと五島さんに通信を送ったのはお願いしたいことがあったんだ』

「お願い……? でも、それなら――」

 

 いつも通り、直通の通信でよかったのでは?

 そう疑問に思う朱音。だが、五島は晴明の意図に気付き問いかける。

 

「ふむ、それは……。今から話される事柄を公開した方が良い。そういうことかね?」

『ええ、そういうことです。特に今回、こちらの不手際で被害を拡散させうる事態になりまして……』

 

 そこで口を閉ざす晴明。被害を拡散させうる事態、とは結界が崩壊した件であり、それが起きたことでいと畏き御方に心労をかけてしまうことを悔いているようだった。

 それ故、晴明は少しでも心労を軽減するために――確定ではないが――確度の高い朗報を告げることにした。とは言え、それはあくまで予想。故に晴明は二人の、主に五島の力を借りるため今回の通信を行おうと考えたのだ。

 

『それで、五島さんにお願いしたいことは自衛隊、または政府の研究員をこちらへ派遣してほしいのです』

「ふむ、研究員の派遣か……。それは可能であるが、何のため、と聞くのは野暮かね?」

 

 そう思いながらも敢えて口に出す五島。そんな五島に晴明は苦笑いする。

 五島は既に予想できているが、敢えて問いかけることでその趣旨を説明してみせろ、という催促だった。

 

『いえ、失礼しました。今回のバイオハザード、その原因と思わしきもの。ならびに特効薬となり得るものを発見しました。その調査のため、研究員の派遣をお願いしたく』

「ふむ、それで具体的に研究員たちを送る場所は?」

『そちらは二ヶ所。一ヶ所は巡ヶ丘にある那酒沼、という名前がついた水源。そしてもう一ヶ所は――』

 

 晴明は一呼吸おいて場所を告げる。

 

『――巡ヶ丘学院高校です』

 

 それは晴明たち、そして学園生活部が暮らしていた学校の名前だった。



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第百八話 那酒沼

 晴明の五島に対する研究員の派遣要請。それを聞いたDr.スリルは、自身の天才科学者としての矜持が傷つけられた、と憤慨し声を荒げる。

 

「ハルやん、どういうことや?!」

 

 彼が立腹するのも無理などない。なにせ、本人が特効薬があるとされる巡ヶ丘学院高校に滞在していたのだ。にも拘わらずそのような話を一切聞かなかった。それで憤慨するな、というのが無茶だろう。

 そんな憤慨するスリルを相方兼助手の椎子がたしなめる。

 

「まぁ落ち着け、Dr.スリル。……だが、なぜ話さなかったのか。その理由ぐらいは知りたいな」

 

 実際、スリルをたしなめていたが、椎子自身思うところはあるのだろう。嘘は許さない、と言わんばかりの鋭い視線を向ける。

 彼らの問い詰める視線に、晴明は自嘲する笑みを浮かべる。

 

「あぁ、今の俺が言ったところで言い訳にしか聞こえないだろうが、いくつも理由があった」

 

 そして、晴明は心を落ち着かせるように深呼吸。

 

「――時間がなかった。設備がなかった。何より研究者として、実際にゾンビどもの研究をしていたお前らを失うわけにはいかなかった」

「せやかて……?!」

 

 無二の友とも呼べる晴明に評価されているのは嬉しい。しかし、だからといってそんな重要なことを聞かされないのは……。と複雑な心境をスリルは浮かべる。

 むろん、晴明とて心苦しいとは思う。しかし――。

 

「仮にスリル。おまえがその情報を聞かされて、あの高校だけを調査するだけならまだ良い。が、那酒沼まで行って調べようとしなかった、なんて断言できるか?」

「……そりゃあ」

 

 言い淀んだスリル。それが答えだった。彼としても今回の災害、その理由や原因を探ることができるなら間違いなくするだろうという確信があった。それは彼自身の知見を広げるという意味でも、科学の信徒という意味でもだ。

 ある意味自白したスリルを見て、晴明はため息をつく。

 

「だから言えなかったんだよ……」

「ぐ、むぅ……」

 

 呆れが混じった晴明の言葉にぐうの音もでないスリルは歯噛みする。

 

「それに、おまえはヴィクトルに並び称される悪魔研究者だということを自覚しろ。スリル、という科学者を損失するのは、おまえが考えている以上に世界へ影響を与えるんだ」

 

 スリルへ自重を求める晴明。彼が指摘するように、裏の世界からすればスリルという存在はそれだけの()()があった。むしろ、そうでなければ悪魔を使ったテロリスト扱いであった彼が司法取引とはいえ、無罪放免などなる筈がなかった。

 それだけの価値がある、と判断されたからこそ彼は自由の身となったのだから。

 

 その事を指摘されたスリルは照れたように顔を赤くする。自身が親友と思っている人に、それほどまでに評価されたのだ。嬉しくない筈がない。それを隠すように大声で捲し立てる。

 

「ふ、ふん! 当然やろ、わしを誰だと思っとるんや。大っ天才のスリル様やぞ!」

 

 そして、こほん。と紛らわせるように咳をする。

 

「……まぁ、ハルやんの考えてたことは分かったわ。それで、あのガッコとその……那酒沼、やったか? そこに今回の騒動、その原因があるんやな?」

「正確には那酒沼、の方だな。バロウズ、あの()()()を画面上と通信先に表示、できるな?」

《アイアイ、マスター》

 

 晴明の指示に了承するとともに、バロウズはとあるデータを表示する。それは――。

 

「これは……。那酒沼のおしゃべり魚?」

「あぁ、学園の面々は俺が美紀と圭、2人を連れて巡ヶ丘市役所へ探索に行ったこと、覚えてるだろう」

「え、えぇ……」

 

 晴明が言葉に出したことで思い出したのだろう、慈が戸惑いがちに肯定する。

 

「そういえば……。あの時、晴明さん。このバイオハザードの原因が分かった、って……!」

 

 なんでいままで忘れてたんだろう、とばかりに驚く圭。

 

「たしか、あの時……。そっか、ライドウさんから通信があって――」

『わたし……?』

 

 思い出したかのごとく、ぽつり、と呟く美紀。その中に自身の名前があって反応するライドウ。

 

「……え、ええ。たしか、あの時はゆき先輩のことで――」

「わたし?」

 

 それに今度は由紀が反応する。そして、指摘されたライドウはその通信がいつのことか思い出す。

 

『あぁ、あの時の……。と、いうよりその時に分かってたなら教えてくれても――いや、無理かぁ……』

 

 どことなく不満そうに呟くライドウだったが、あの時、自身も焦っていたことし、晴明とともに行動できることに舞い上がっていたから、きっと聞いていてもダメだったろうなぁ、と回顧する。

 

『それで、結局それがどういう関係――』

「……たしか、高校の水源が朽那川で、その源流が那酒沼」

『――なん、ですって?』

 

 今度は慈がポツリ、とこぼす。それにめざとく反応するライドウ。

 

「それとバロウズ、男土の夜関連の資料も提示してくれ」

《アイアイ、マスター》

 

 次なる晴明の指示によって提示される男土の夜。かつてあった奇怪な事件の資料をみて息を呑むライドウ。

 

『これは……』

「男土の夜と今回の災害、よく似ていると思わないか? それと五島一佐」

『なんだね?』

「平行して少し調べてもらいたいものが……」

『ほう……?』

 

 あえてライドウではなく自衛官である五島に頼むことで、裏ではなく表関連。しかも自衛隊、もしくはそれに近しい類いだろうことを理解する。

 

『それで? 何を調べれば良いのかね?』

「はい、それは……。かつて巡ヶ丘が男土市、と呼ばれた頃。帝国陸軍がスクランブルしている筈です。それを調べていただきたい」

『それは、その男土の夜を終息させるため、かね?』

「ええ、おそらく。そして、その行動は()()()()()()()()。浄化作戦であったと予測されます」

 

 晴明が提示した可能性。それを聞いた朱夏やライドウを除く女性メンバーは気が遠くなるのを感じる。信じたくないし、信じられないのだ。そのようなことが過去に行われた、ということに。

 

『なぜ、そう思ったのだね?』

「……圭、巡ヶ丘高校の校歌。今一度歌ってもらって良いか?」

「……え、あ、はい」

 

 突然話題を振られると思っていなかった圭は困惑する。しかし、晴明に頼られた以上断る、という選択肢は彼女になく――。

 

 ――七つの丘に冠たるは天に煌めく剣の(ひじり)。朽那の川に渦巻くは九頭(くず)の大蛇の毒の息。

 ――七日七夜の争いに天より降るは血の涙。大地に深く刻まれし炎の跡こそ物恐ろし。

 ――七つの丘に日は巡り今や聖はおらねども。我ら希なる聖の子、心に剣を捧げ持ち。

 ――勇気を胸にいざゆかん。巡ヶ丘の民いざゆかん。

 

 校歌を聞いた五島は得心がいったように頷く。

 

『……なるほど。九頭の大蛇の毒の息がΩ、天より降るは血の涙が爆撃を表し、なおかつ炎の跡ということはナパーム弾、と推察したのだね?』

「ええ、そういうことです」

『承知した、こちらでも調べてみよう。しかし、必ず結果が出る、とは確約できないが』

「でしょうね」

 

 そのようなやり取りをする二人。

 ひとつ間違えば帝国陸軍の醜聞となりかねない記録が残っているとは思えなかったからだ。

 

『それと研究者の派遣も承知した。こちらで早急に手配しよう。御方にも早く報告できるよう努力させてもらう。それで、きみはこれからどうするのかね?』

「……我らはこれからこのランダル巡ヶ丘支社を調査するつもりです。()()()()からここがメシア教のものたちによって要塞化されている、という情報がもたらされましたので」

『なんと……』

『ハル兄……?!』

 

 晴明の宣言に驚く二人。とくにライドウは、その場に由紀がいるにも拘わらず、そのような決断をした晴明を信じられない、とばかりな目で見つめている。

 

「……もし、メシアどもが何か企んでいた場合、手遅れになる可能性がある。だからこそ、危険を承知で行くんだ。だからライドウ、こちらへ合流する場合はランダルの方へ頼む」

『~~~~……っ! わかった、わかったわよ! 無茶しないでよ、ハル兄……』

「もちろんだ。俺もまだ死にたくないし、な」

 

 信じるからね! そう念押しをしてライドウたちとの通信を終えた晴明。彼は人に聞こえないよう小さい声でポツリ、とこぼす。

 

「……まぁ、そうそううまくできるかわからないが、な」

 

 そうこぼす晴明の目には、たとえ自身の命を使い潰しても、彼女たちを守る。という決意を湛えていた。




 こんにちは作者です。おそらく今年最後の投稿になると思いますので、少し早いですがよいお年を。


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第百九話 大天使顕現

新年あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。


 ライドウたちとの通信を終えた後、晴明はおもむろに口を開く。

 

「それで、これからおそらくメシア教の拠点となっているであろう地下へと向かうわけだが……。もちろんの話だが、全員で向かうのは不可能だ」

「まぁ、そりゃ当然じゃねーの?」

 

 何を当たり前のことを、と相槌を打つ杏子。当然だ、なんと言っても約半数は非戦闘員。

 このメンバーで悪魔相手に戦闘可能なのは学園生活部で由紀、悠里、胡桃、アレックス。大学生組で朱夏、一応ガルガンゼロを擁するDr.スリル。秘密基地組で晴明、美紀、圭。そして外部協力者として天音、杏子、さやかの12名。ただし、さきほど晴明が言ったようにスリルを危険にさらすわけにはいかないため、実質11名だ。

 ……危険にさらす、という意味では本来由紀も戦力外にしないといけないのだが、彼女が()()()()である、という事実が邪魔をする。

 なにせ、いままでのワイルドたちやそれに類する者は待っていたとしても、災厄の方が寄ってきていた。ゆえに同じように由紀を非戦闘員側に置いていた場合、逆に危険だということができる。

 だからこそ、彼女も戦闘員に加算して、敢えて防衛する。という形を取らざるを得ない。

 そしてスリルにはそういった特別な事情はないため、非戦闘員として換算できる。という意味合いもある。まぁ、それ以上に彼を非戦闘員側に置くことで彼ら、彼女らの護衛代わりにできる、というのもある。

 それでもやはり護衛の人員が少ないため、多少戦闘員から人員を割く必要があるのだが……。

 

「問題は、誰を割くか。ということだ」

 

 中途半端な戦力では意味がない。そして、由紀を非戦闘員側に置くわけにはいかない。それらを勘案すると、候補としては魔人である胡桃、アレックス、朱夏、ベテラン魔法少女である杏子、さやかとなる。

 ちなみに天音は由紀の護衛として派遣されているため、由紀と離して配置するのは論外だ。

 

 ともかく、残す候補として考えると、まずは胡桃。彼女は侵攻組に入れるべき、というよりも彼女自身が望むだろう。なにしろ彼女からすれば由紀は、自身が辛い時期――葛城を自ら殺し、ナーバスになっていた時――に親身に接してくれた大恩ある人物。その彼女を守るため、躍起になるのは目に見えているし、離そうものなら逆に士気が低下して使い物にならなくなる可能性すらある。

 次にアレックスだが、こちらはもう考える必要すらない。単純な戦力で言えばこの中で実質的なNo.2、九頭竜家当主、九頭竜天音すらをも凌ぐ実力者だ。それを護衛という形とはいえ、遊ばせておくのは論外だ。

 

 そう考えると護衛として残すのにふさわしいのは、朱夏、杏子、さやかとなる。

 とくにさやかは魔法少女の中でも貴重な回復魔法が使える逸材だ。彼女が護衛に回るだけでも非戦闘員の生存率は高くなるだろう。

 むろん、それは侵攻組でも同様だが、そちらの場合は仲魔やペルソナ使いで回復魔法を使える面々がいる。それを考えると絶対必要、というほどではない。

 それを考えるとさやかを残すのは理にかなっているし、そうすると同じ魔法少女であり、さやかと連携を期待できる杏子も一緒に残すべきだ。

 そして残りの朱夏に関しては――。

 

「晴明さん、私は攻略組へ参加させてもらうわよ」

「おまえが率先して立候補するのは珍しいな」

 

 まさか、朱夏がそんな自己主張するとは思わなかった晴明は、ぴくり、と眉を動かしながら彼女を見る。

 晴明に見つめられた朱夏もまた力強い視線で見つめる。彼女にも譲れないものがある、ということだろう。

 

 朱夏は静かに目をつむる。思い返されるのは聖イシドロス大学でしのぎを削った黒崎澄子。彼女が立ち去る時言った言葉。

 

 ――布地(fabric)でも探しに行こうかと。

 

 あの時は意味が分からなかった。だが、いまなら何となくわかる。あの時、澄子は既に気付いていたんだ。ここに、ランダル巡ヶ丘支社にすべての原因があることを。

 布地(fabric)という表現自体が言葉遊びだった。fabricという単語には布地という意味以外にも、構造という意味も持たせることができる。

 そう、構造だ。言い換えれば原因と言っていい。それがランダル巡ヶ丘にある、と澄子は確信があったということだ。つまり――。

 

「……澄子はここに来てる」

 

 仮に出会った場合、敵対するか協力するか分からない。しかし、たとえどちらになったとしても、最終的に首根っこを掴み、引き摺ってでもここへ連れてこなければならない。

 

「……ど、どうしたの?」

 

 朱夏が急に見つめてきたことで居心地が悪いのか、身を震わせる桐子。

 そうだ、澄子と桐子は気の置けない友人、という間柄だった。そんな彼女たちを引き合わせることができる。ならば、それをしないという理由はなかった。

 

「桐子、気を付けてよ?」

「……えっ? あっ、うん……。でも、ボクよりもアヤカの方が気を付けないと……」

 

 朱夏の忠告に桐子は不思議そうにしている。自身よりも朱夏の方が危険性が高いのだから当たり前だ。

 桐子から突っ込みを受ける形となった朱夏は苦笑いする。

 

「それもそうね」

 

 ふっ、と息を吐いて優しい笑みを浮かべる。そして晴明に向き直る。

 

「ともかく、私は反対されても着いていくわ」

「……そうか」

 

 頑固な朱夏の様子に、晴明はガクン、と肩を落とすとともにあきれたようにはぁ、と息を吐く。だが、いつまでもそうしているわけにもいかなかった。

 正直、晴明としては朱夏を連れていきたくなかった。いくら晴明やアレックスがいるとはいえ危険なことに変わりなく、由紀と違い狙われている立場でない朱夏はここで待っておけば安全なのだ。

 晴明だって朱夏の自身に対する好意を自覚しているし、巡ヶ丘学院高校での生活で己もまた彼女を妹分というだけじゃなくて、女性として好ましく思うようになった自覚もある。

 そんな女性(ひと)を流石に危険な場所へ連れていきたくなかった。これが個人の我儘なのはもちろん承知している。それでも、そう思ってしまうのは男としての(さが)なのだから仕方ない。

 

「おまえがそう言うなら仕方ない。だが、自分で望んだ以上、頼りにさせてもらうぞ?」

「……! もちろんよ、任せなさい」

 

 晴明の言葉を聞いて朱夏は頬を綻ばせる。あの人に、自身が好いた人に頼られたのだから。

 

「……むぅ」

 

 それを圭は面白くなさそうに見ていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 護衛組のメンバーが決まってからは話が早かった。なにせ、大多数の戦闘員が侵攻する関係で、時間をかければかけるほど待機組が危険にさらされる。

 ただのゾンビだけなら大学組の男性陣だけでも大丈夫だろうが、天使たちが、アクマが来る可能性は否定できない。

 その可能性を減らすため、一刻も早い侵攻が求められるのは必然だった。そして、侵攻組であればゾンビ程度歯牙にかける必要性すらなかった。

 ただしく、ゾンビたちを蹴散らしながら地下への入り口へとたどり着いてみせた。

 

「さて、ここまでは無事に到着してみせたが――」

 

 そして、晴明たちの目の前にあるのは一つの扉。これを開ければいよいよ敵の本拠地に足を踏み入れることとなる。が、その扉から発せられる異様な雰囲気。

 それが彼らの足を踏みとどまらせていた。

 しかし、だからと言って足踏みをしているわけにもいかない。晴明は意を決してドアノブを握る。

 

「……いくぞ」

 

 ごくり、と喉を鳴らし晴明は扉を開け放つ。そして、今まで感じていた異様な雰囲気。その原因を悟ることになった。

 

「――これは?!」

 

 晴明たちの視界に広がるあり得ざる景色。

 それは部屋を、そして辺りを照らす()()()()

 トンネルを越えたらそこは雪国だった、ではないが扉を抜けたその先は星々の大海であった。その事に呆然とする由紀たち。

 しかし、その中で晴明と、そして彼の記憶を覗き見た聖霊だけは見覚えがあった。だが、それは今世のものではなく、前世で見たもの。

 

YHVH(ヤハウェ)の宇宙、だと……?!」

 

 それは真・女神転生4finalのラストダンジョンと酷似していた。

 

 ――ぞくり。

 

 晴明の背筋に悪寒が走る。なにか神聖で、それでいて悍ましい気配を感じて見上げる。

 そこには神々しい光をまとった神話生物が――。

 

「愚かなり、人の子よ。そのような悪しきモノと、そして異物とともにあるなどと――」

 

 その神話生物は晴明と、信長の皮を被ったマーラを見て吐き捨てる。

 

 ――其は契約の天使。

 ――其は玉座に侍る者。

 

 ――其は神の代理人。

 

 

 ――其の名は。

 

「悪しき者、神の裁きを受けよ」

 

 

 ――大天使-メタトロン顕現せり。



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第百十話 伝承との差異

 YHVHの宇宙に顕現したメタトロンを確認して冷や汗を流す晴明。当然だ、大天使-メタトロンはメシア教の中でも重鎮。大幹部と言っていい位置付けにいる悪魔、否、天使だ。

 それが敵のアジトに足を踏み入れた場所でお出迎え、などとなんの冗談だ。それが紛れもない晴明の本心だった。

 だが、そういったところで、目の前にメタトロンがいる現実は変わらず、いくら考えたところで現実逃避としかなりえない。

 ともかく、晴明にとってこの状況は想定外もいいところだった。

 

 かといってここでぼぅ、としていたらそれこそ全滅だ。それを避けるため晴明は声をあげる。

 

「お前ら、先に進め!」

『――えっ?!』

 

 驚きの声をあげる仲間たち。晴明はその間にもメギドファイアを抜き放ち、敵へと撃ち掛ける。

 

「――はーさんっ!」

 

 由紀は晴明の一連の行動で、自身を囮にするつもりなのだと理解する。

 由紀は晴明がなぜ焦っているのか理解できない。敵が強大だ、というのはちりちり、という感覚が皮膚を刺激するのでわかる。

 しかし、それだって晴明とアレックス。二人を主軸にして戦えば打倒できる筈だ。それなのに――。

 

「バロウズ、召喚シークエンス!」

《オーライ、マスター》

 

 ガントレット内に記された召喚術式が起動。晴明のMAGを糧として幾何学的な魔法陣が展開される。

 それにMAGが注がれ光輝く。

 

《――召喚!》

 

 そして晴明の、バロウズの手によって召喚されたのは2体の魔人。

 

「かかっ、まさかこんな早くに出番かね、さまなぁ殿?」

「ふぅん? 誰に死んでもらえばいいのかな?」

 

 魔人-大僧正と魔人-アリスが召喚された。

 その仲魔たちに晴明は告げる。

 

「二人とも、皆の護衛を頼む! 俺は……」

 

 その言葉につられるよう、魔法陣が展開。女神-スカアハが、幻魔-クーフーリンが、英雄-ジャンヌダルクが、夜魔-ジャアクフロストが、そして秘神-カーマが顕現する。

 

「ここで足止めする!」

「はーさん!」

 

 普段の由紀からすれば考えられないほどの怒号。それほどまでに彼女は怒っていた。

 晴明が自身の命を囮として皆を逃がそうとしていることもそうだし、もし、ここで晴明が死んでしまえば残された者たち。

 彼を慕う女たち、そしてなによりめぐねえ。彼との間に命を宿した彼女はどうなる!

 それを由紀は認めるわけにはいかなかった。

 

 

 ……晴明とてこんなところでむざむざ死ぬつもりなど毛頭なかった。

 だが、それでも大天使-メタトロンという悪魔、神話生物は誰かを守りながら戦えるような、そんな生易しいな相手ではない。

 それにまだメタトロン相手に敗北する、と決まった訳じゃない。晴明はそれを示すように、そして由紀を安心させるために声をかける。

 

「大丈夫だ、そう易々と死ぬつもりなんてない。それに――」

 

 ここがYHVHの宇宙とランダル巡ヶ丘支社の境である以上、ここを突破されたら待機組に危害が及ぶ可能性が高い。そんなことを容認するわけにはいかなかった。だから――。

 

「こいつはここできっちりと仕留める。だから先にいくんだ」

「…………うん!」

 

 晴明の説得が功を奏したのか、由紀は元気良く声を出した。彼女の返事を聞いた晴明は、最後に激励の言葉をかける。

 

「由紀さん!」

「…………はーさん?」

英雄(ヒーロー)は待つものではなく、なるものなんだろう?」

 

 それはかつて、由紀自身が学園生活部にかけた言葉。

 

英雄(ヒーロー)になってこい!」

「うんっ!」

 

 そう言って学園生活部を、由紀を送り出す。そして即座にメギドファイアを再び構えて発砲!

 由紀たちの移動を妨害するため、晴明から注意を逸らしていたメタトロンへ牽制する。

 

「おっと、てめえの相手は俺たちだ。あんまり浮気はよくないぜ」

「滅せよ」

 

 ここに二つの化け物による激戦が始まった。

 

 

 

 

 

 初めに動いたのはスカアハだった。

 

「貴様なら儂を楽しませてくれるか――?!」

 

 跳躍した彼女は両手に持った2本のゲイボルクで突く、突く、突く!

 しかし、メタトロンは驚異に感じていないのか、回避するそぶりも見せない。

 そして、それは正しかったようで鈍色に輝く装甲に弾かれたゲイボルクはあらぬ場所へと逸れていく。

 自身の攻撃が弾かれたことでスカアハは一瞬呆然とする。しかし、次の瞬間にはにぃ、と喜色のこもった笑みを浮かべ。

 

「……面白い! ならば、儂がどこまでやれるか試させてもらおう!」

 

 狂喜する。

 そも、スカアハは影の国の女王であるが、その本質は武人。自らよりも格上の相手が出現したことに歓喜するのは必然だった。

 ……そのとなりを()()()()が通り過ぎるまでは。

 

「おいおい、師匠。あんただけ楽しむなんてなしだぜ!」

 

 獰猛な笑みを浮かべた閃光、クーフーリンは勢いそのままにメタトロンは突撃。

 

「……馬鹿弟子!」

 

 獲物を横取りされる、と危機感を持ったスカアハは怒号をあげる。しかし、それはある意味無用な心配だった。

 

「……う、おぉぉぉぉっ?!」

 

 弾き飛ばされ地表へと墜ちるクーフーリン。

 その姿に横取りされなかったことに安堵したスカアハは――。

 

 ――瞬間、後退。先ほどまで彼女がいた場所に聖なる光が出現する。

 半ば、獣染みた勘だった。それが働かなければ光に取り込まれ深刻なダメージを受けていただろう。

 しかし、攻撃はそれで終わりではなかった。

 

 ――シナイの神火。

 

 メタトロンの瞳からビームが放たれ、ガラスのような地面に接触。いたるところから光の柱が立ち上る。

 それらを躱す晴明たち。

 

「ちぃっ! 無茶苦茶すぎるぞ!」

「そんなこと言ってる場合じゃないですって、マスター!」

 

 悲鳴を上げながら回避するカーマ。そして彼女は即座に弓を構え――。

 

「こ、のぉ……!」

 

 弦に矢をつがえ、放っていく。

 しかし、やはりこれも効果は薄い。スカアハたちの攻撃もそうだったが、一応ある程度のダメージを与えることはできているようだ。だが、それでもメタトロンを倒すにはあと一手足りない。

 

「……っ、メギドラ!」

「マハ・ラギオンだっホ!」

 

 ジャンヌとジャアクフロストの魔法が直撃する。だが、これらも効果が薄い。いや、メギドラだけは万能属性ということもあり、ある程度効果があったようだ。

 それを見た晴明は物理よりは魔法の方がまだ効果がある、と判断したようで――。

 

「ならば、マハ・ザンダイン!」

 

 びゅう、と空気を切り裂く音とともに鎌鼬の刃を放つ。しかし、晴明は元々物理よりのステータスをしている。それはそうだ。なんと言っても晴明の切り札は、至高の魔弾と空間殺法。見事に物理技ばかりだ。

 そして本人も器用貧乏になるくらいなら、と物理に重きを置いていた。

 だが、晴明の一番の切り札はそれではない。彼の一番の切り札、それは――。

 

()()()()()()()か! ならば、YHVHの宇宙、4finalのメタトロンは――」

 

 ――それは、前世という名のメタ知識。

 

 それにより、晴明は悪魔の弱点という知識を持って、常に優位をとるように行動してきた。

 そして、他の作品のメタトロンはともかく、4finalのメタトロンは明確な弱点というものを持っている。

 

「スカアハ、電撃属性!」

「……っ、マハ・ジオダイン!」

 

 雷光が走る、稲光がメタトロンを直撃し、電流が全身を駆け巡る。

 

「ぐ、ぁ……」

「やはり弱点かっ!」

 

 そう、4finalにおいてメタトロンは電撃属性という明確な弱点を持っていた。さらに言えば――。

 

「ぐ、ぅ……」

 

 メタトロンはいまだ体内に電撃が残っているのか、身体を痙攣させている。SHOCKの状態異常に陥っていた。

 そして、それを見逃すほど晴明は甘くない。

 

「今がチャンスだ! 畳み掛けろ!」

 

 仲魔に指示を出すとともに晴明も駆ける。一気に決着を付けるつもりだ。

 魔法が、斬擊が、刺突が、打撃がありとあらゆる攻撃がメタトロンへ殺到する。

 いくらメタトロンがメカのような外見そのままの耐久力を持っていようとも、それでも限度があった。

 

「お、のれ……」

 

 身体を構成していたMAGの結合が崩壊し、湯気のように立ち上って消滅する。

 

「いちちっ、いいとこなしかよぉ……」

 

 クーフーリンが、苦笑いしながら晴明のもとへやってくる。ぽふん、とカーマが心底疲れた様子で座り込んでいる。

 

 ――ときに、神話に於いてメタトロンは36対の翼と無数の目を持つ炎の柱、とされている。

 

「勇み足するからだ、馬鹿弟子が」

 

 思ったより早く終わってしまったことで、欲求不満ぎみのスカアハがクーフーリンに絡んでいる。ジャアクフロストは大天使を倒せたことにピョンピョンと跳び跳ねて喜んでいる。

 

 ――だが、あのメタトロン。見た目はアンドロイドのように機械化された1対の翼の天使であった。これは伝承とはあまりにかけ離れた姿といえる。

 

 同じく晴明に近づいてきていたジャンヌは、晴明の様子がおかしいことに気付く。晴明はいまだ、戦闘態勢を解除していない。

 

「どうしたんですか、マスター?」

「………………来るぞ!」

 

 空間が震える、悍ましくも神聖な空気が辺りに蔓延する。

 

 ――忌むべき人の子よ。

 ――やはり貴様はここで討たれなければならぬ。

 ――()()の手によって悪魔召喚師、貴様はここで倒れるのだ。

 

 あらゆるところから反射する声。それはまるで同じ声の持ち主が複数いるようで――。

 

 

 力が渦巻く、空間が崩壊する。その先には。

 

「……うそ、でしょ」

 

 カーマが目を限界まで見開き、呆然と呟く。

 そこには先ほど倒した筈の大天使の姿。それも数が10、20、と増えていく。

 

 それはさながら()()、というべき有り様だった。

 

 

 

 

 

 ――()()()()()の軍勢が現れた。



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第百十一話 正体

 メタトロンの軍勢が顕れた頃、晴明に逃がされた由紀たちは、なんとかYHVH宇宙を奥へ、奥へと進んでいた。

 しかし、その道中。決して順調だったわけではなく――。

 

「――マリア! マハ・ブフダイン!」

「ペルソナ! マハ・ジオンガ!」

 

 由紀と朱夏、二人がそれぞれペルソナを使用し、電撃と氷礫の雨を降らせる。

 彼女らの魔法に道を塞いでいた天使-エンジェルやアークエンジェル、パワーなどが屠られていく。しかし……。

 

「……っ、数が多い」

 

 レーザー銃で同じように迎撃していたアレックスが悪態をつく。だが、アレックスが悪態をつくのも当然の話だった。

 なにせ、彼女の目の前に広がる光景。それはメタトロンの時と違うが、こちらも軍勢。(YHVH宇宙)が三に対して、(天使)が七。四方八方を天使に囲まれ数えることすら億劫になるほどの光景が広がっていた。

 

「……ああ、もう! 鬱陶しいなぁ!」

 

 魔人-アリスは屍人のような青白い肌を紅潮させて憤慨している。彼女にとってここにいる天使たちは自らに集る羽虫に等しく、不快感をつのらせていく。

 

「……あなたたち、とっとと()()()()()()!?」

 

 不快感が限界まで達したアリスは、辺り構わず呪詛を振り撒く。召喚されたトランプ兵が敵を串刺しにする。テディベアが爆弾を持ったまま近づき、天使たちを巻き込んで自爆する。

 もともとアリスが扱う死んでくれる? は、呪殺属性で天使の弱点であって、多くの天使を消滅させる。だが、それでも天使の総数が多すぎることで数が減っているようには見えなかった。

 

「くっそ、本当にきりがない……!」

 

 胡桃もまたシャベルを模した斧槍で天使を斬り捨てながら愚痴る。特に彼女の場合、魔法などでの複数攻撃手段が乏しいのも理由の1つだ。

 

「このままじゃ……!」

 

 今はまだ戦力として拮抗している。しかし、そのうち天使側に戦局が傾くのは自明の理。それを理解している由紀は焦る。

 どうにかしてこの戦局を打開しなければならない。だけど……。

 

「やれやれ、こちらも少し手伝うかのぅ」

 

 古風な話し方に比べると明らかに若々しい声が聞こえる。

 驚き振り返る由紀。そこには軍服姿の少女。異界の織田信長の姿を借りた魔王-マーラがいた。

 

「いざ刮目せよ。これが異界の信長が妙技、魔王の三千世界(さんだんうち)よ!」

 

 空間に波紋が浮かび上がり、三千丁の火縄銃が現れる。その銃口から次々と火花と硝煙が立ち上り、天使たちを屠っていく。

 バタバタと墜ちていく天使の姿を見て、マーラはにぃ、と口もとを歪ませる。

 

「はっははは、愉快愉快! そぅら、つるべ撃ちよ!」

 

 次々と吐き出される弾丸。穿たれる天使たち。だが、それでも足りない。あと一手、あと一手が。

 由紀たちペルソナ使いが、胡桃たち魔人が、圭たちデビルサマナー、あるいはデビルバスターが懸命に戦っている。

 

「――――うあぁぁぁぁぁぁっっ!」

 

 吼える。あと一手を為すために。ペルソナ使い、ワイルドの力を解放するために。

 しかし、結果としてそれが解放されることはなかった。

 

「…………あ、え?」

 

 力が尽きた? 否、まだ力は振り絞れる。

 敵がいなくなった? 否、未だに辺りは天使が闊歩している。

 

 ならば、なぜ?

 

 それは、彼女。由紀にとって想定外が起きたから。

 

 

 

 ――ひゅん、ひゅん。

 

 次々と天使たちへ降り注ぐ矢。しかし、それは由紀がよく知る悪魔。秘神-カーマのものではない。

 だが、その矢は天使たちをハリネズミにして討っていく。

 

 ――おぉぉぉぉぉぉぉっっっ!

 

 背後から喚声が聞こえる。なにごとか、と振り返る由紀。そこには天使たちとは違う悪魔。妖鬼-オニやモムノフの姿。それだけではない。甲冑や胴丸を身に付けた人間らしき姿もちらほらと――。

 

「ほっほっ、どうやら間に合ったようじゃのぅ」

「……おじい、ちゃん?」

 

 大僧正の間に合った、という言葉に困惑する由紀。しかし、大僧正は由紀にそのことを説明するつもりはなく、あくまで優しい口調で語りかける。

 

「ささっ、由紀お嬢ちゃん。……いや、()()。ここは拙僧たちにお任せを」

「……え?」

 

 大僧正のミイラ姿がぼやける。かつて人に擬態していた時のように、老僧――の姿ではなかった。

 由紀たちよりも歳を取っていそうなのは確かだ。しかし、それにしては若々しい、三十代後半から、四十代手前の姿に見えた。

 今までとは明らかに違う姿に絶句する由紀。

 

 その時、大僧正らしき男に声がかけられる。

 

「まったく、師よ。地獄の獄卒相手に天下取りをするのではなかったのか?」

「ふぁふぁふぁ、お久しゅうございますお屋形さま」

 

 戯れのように談笑する大僧正らしき男。その彼に声をかけた人物もまた時代がかった姿をしていた。

 戦国の甲冑姿はもちろんのこと、頭には烏帽子。手には扇子を持ち、腰には刀を佩いている。

 

「師にお屋形さま、と呼ばれるのも擽ったいの」

「それとも栴岳承芳(せんがくしょうほう)とも呼ぶべきかね?」

「それは懐かしい、師とともに仏門へ帰依していたことも大切な思い出よ」

 

 由紀は大僧正と仲良く話している男を見て、なぜか懐かしい気持ちになる。まるで、遥か昔のご先祖さまを見ているようで……。

 

「それで、その娘御が?」

「左様、拙僧。いや、儂が見たところ、お主の子孫よ」

「ほう……」

 

 由紀の顔をまじまじ、と見つめる男。

 目鼻立ちの整った男に見つめられたことで頬を染める由紀。

 由紀を見つめていた男は満足そうに頷くと、嬉しそうに笑う。

 

「なるほど、なるほど。確かに余の血筋を引いているようだの。女だてらに凛々しい顔つきをしておるわ」

 

 ほほほ、と笑う男。そして、手に持った扇子をパチン、と鳴らす。

 

「にしても、耶蘇教のものどもにも困ったものよ。やつはらの野蛮な教えなど、日ノ本には相応しくないというに。これは教育する他あるまい? この余――」

 

 にぃ、と獰猛に笑う男。

 そこでマーラもようやく男に気付いたようだが、その男を見て絶句する。

 

「……げ、げぇ?! き、きさまは――!」

「ほう、きさまが異界とは言え、余を討った尾張のうつけ、か」

 

 くつくつ、と嗤った男。そして男は名乗りをあげる。

 

「まぁ、どちらでも良い。今は味方なのであろう? ならば、余と。この今川(いまがわ)治部大輔(じぶのだいふ)義元(よしもと)と轡を並べるが良い」

 

 ――かつて海道一(東海道一)弓取り(戦上手)と評された今川家最大版図を築いた当主、今川義元。

 

 そして、彼に師匠と呼ばれた大僧正。

 彼の正体こそ、桶狭間の戦いにてまだ存命であれば義元の敗死はなかった、とまで評された今川家の軍事、外交、内政すべてに辣腕を振るった宰相にして今川義元、そして江戸幕府を開いた天下人、徳川家康を育てあげた僧侶。

 

 怪僧-太原(たいげん)崇孚(そうふ)または雪斎(せっさい)。後世、黒衣の宰相とまで呼ばれた人物であった。



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第百十二話 上総介

 天使を己の得物である斧槍で切り払っていた胡桃だが、ふと、後ろが騒がしいと思い、振り返って絶句する。

 

「お、おいおい……! なんだよ、ありゃあ」

 

 目を見開き、顔をひきつらせる胡桃。オニなどの妖怪だけならまだしも、時代錯誤の鎧武者たちが闊歩していたのだから仕方ない。

 

岡部(おかべ)丹波守(たんばのかみ)推参! 姫様の道を塞ぐ者、ことこどく討って見せようぞ!」

 

 遠くからよく聞こえる男の声。岡部丹波守と名乗った人物。今川家重臣、岡部元信の気合いに胡桃は気圧される。

 

「…………っ、いや、いやいや。姫様って誰だよ!」

 

 正気に戻るとともに突っ込みを入れる胡桃。まさか、その姫様が親友である由紀だとは分からなかったようだ。

 もっとも、そんなこと元信には関係ない。彼は佩いた刀を抜き放ち、敵――天使たちへ斬りかかる。

 見た目が人間の元信が突撃する様を見て、胡桃は危ない、と叫びそうになる。だが……。

 

「ぬおぉぉっ――!」

 

 ――気合一閃!

 

 元信は天使たちが突いてきた槍をヒラリ、と躱すと刀を振るい切り裂いていく。

 切り裂かれた傷口からMAGが漏れ出し、輪郭がぼやけていく。きっとそのままでも、そのうち消滅するだろう。

 だが、元信はそれを良しとしなかった。

 

「――ぬんっ!」

 

 負傷した、死に体の天使たちにも油断せず、元信はトドメを刺していく。そして粗方天使を片付けた元信は近くで戦っていた胡桃を見る。

 

「お主、姫様のご友人かな?」

「いや、あの……。姫様って、だれ……ですか?」

 

 得たいの知れない、あからさまに怪しい男からの問いかけにしどろもどろになる胡桃。そんな彼女の様子に内心首をかしげながら、元信は質問に答える。

 

「姫様を知らない……? あぁ、そうか。いや、失敬。この時代、あまり家は重視されないのであったな。姫様とは丈槍由紀さまのことだ」

「ゆ、ゆきぃ……?!」

 

 思わず上ずった声を上げた胡桃。彼女からしたら完全に予想外の答えだった。

 

「あの方は我らがお屋形さま。今川治部大輔様の血を引く女子だからな」

「そ、そう言えば前にそんな話してたっけ……」

 

 そこまで聞いて胡桃はようやく、前に天音からそんな話があったことを思い出した。

 だが、さすがにそのことで胡桃を責めるのは酷だろう。なにせ死人――胡桃たちがよく相手にしていた()()()もある意味死人だが――、しかも400年前の人間が現れて、しかもそれが仲間の関係者だと言われても分かるわけがない。

 

 いま、この瞬間。ここが戦場であることを忘れたかのように和気藹々したやり取り。しかし、なにかに気付いた元信は顔を引きつらせるとその場を駆け出していく。

 

「若殿、上総介(かずさのすけ)様! 危のうございます!」

「あっ、ちょっ――!」

 

 元信の豹変に驚く胡桃。そんな彼女を尻目に元信は場を去るのだった。

 

 

 

 

 元信が走り去った頃、一人の青年が天使たち相手に大立ち回りを行っていた。

 

「どうした、どうした! 上総介はここぞ! 我を討ち取り、名を上げようという剛の者はおらぬのか!」

 

 刀一振で天使たち相手に大立ち回りをして、バッサバッサと切り捨てている若武者。

 今もまた、背中から刺し貫こうとした天使の気配を感じ取り、するり、と水のよう自然な動きで躱すと返す刀で天使を切り裂いていく。

 

 

 

 その若武者の活躍を見た総大将、今川義元は嬉しそうな、困ったような顔をしていた。

 

「やれやれ、龍王丸(たつおうまる)も滾っておるわ」

「よろしいではありませぬか。生前、かのお方はそんな機会に恵まれなかったのですからな」

「むしろ、恵まれては困るわ」

 

 雪斎の指摘に、おどけるように答えた義元。彼からすればかの若武者の活躍は嬉しい反面、あまり危険なことはしてほしくない。というのが本音だった。

 なにせ、かの若武者の正体。それは――。

 

「なぁに、()()様もようやく磨いた刀の腕を振るえるのです。張り切りもするでしょう」

 

 今川義元の嫡子。12代目今川家当主、今川上総介氏真その人だった。

 

 

 

 

 

 そも、今川氏真は史実において蹴鞠に興じた暗愚や、信長よりも先に楽市楽座を行った内政官。あるいは徳川家の外交官としての面が多く取り沙汰される。

 しかし、それはあくまで一面でしかない。

 そもそも、氏真が暗愚である。というところにまず疑問がある。

 氏真の代に大名家の今川が滅んだのは確かだ。しかし、その前の状況も考えなければいけない。

 まず、始めに今川家が傾く最初の要因となり得るのが桶狭間の敗戦だ。

 この敗戦で今川家は義元をはじめとして、多くの重臣を失っている。すなわち、言い換えれば今川家の中枢がごっそり、といなくなったわけだ。

 

 ……考えてみてほしい。もし、自身が同じ立場だとして、現代風に言い換えるとある日、就職している大企業の社長、または会長と重役や幹部連中たちがゴッソリいなくなって、残ったのは引き継ぎが中途半端な若社長と後々の幹部候補と黙されていた係長、主任クラスのみ。

 果たしてこの状況で会社を維持できるだろうか?

 

 ちなみに桶狭間が起きたのが1560年。そして大名家の今川が滅亡したのは1569年。氏真はこの約9年間、家を保たせている。嫁の実家である相模の獅子、北条氏康率いる北条家の協力があったとは言え、周りが商売敵で敵対していた甲斐の虎、武田信玄率いる甲斐武田家と第六天魔王織田信長の後ろ楯があった松平、後々の徳川家相手に耐えてみせた。と言えばその異常性が分かるかもしれない。

 しかも、蹴鞠に関しても公家相手の外交。という側面があった可能性もある。そもそも本拠の駿河には度々公家が下向していたことで関わりがあった。それらの人物相手に外交をする場合、蹴鞠や歌会などは有効だ。

 実際、信長の父親である織田信秀も公家相手に蹴鞠や和歌を学んで交流を深める、方法を取っていた、とされている。

 

 そして外交官については以前――第九十七話――で語ったように功績を残している。

 しかし、今川氏真という男はそれだけではなかった。というのもこの男、剣豪将軍と呼ばれた十三代目征夷大将軍足利義輝と同じく、剣聖塚原卜伝(ぼくでん)に師事し、最終的に奥義である一の太刀を伝授されている。すなわち、最低でも剣聖に認められるだけの腕はあった、ということだ。

 もっとも、それが氏真に必要か? と、問われると必ずしもそう言うわけではない。なにせ、氏真が刀を振るう、というのは確実に本陣まで攻め込まれている負け戦であり、その中で振るっている以上討ち死には免れない。それこそ桶狭間の義元のように、だ。

 だからこそ、氏真に武勇がある。という逸話がなかったのかもしれないが。

 

 さらに言えば、この男。一度、大名に返り咲けたかもしれないチャンスにも恵まれていた。

 かつて徳川家康が信長相手に氏真を駿河へ封じてはどうか。と提案したことがある、という逸話が存在する。まぁ、それは信長自身がそんなことをしても意味がない、突っぱねて実現しなかったそうだが。

 しかし、何らかの思惑があったのやも知れないが家康がそんな提案をする程度には有能だった、という可能性も十分ある。

 また、徳川に取り込まれた今川旧臣の中には今川家が徳川家の中で領主として復帰するかもしれない、という噂が囁かれていた、とのこともあるのでそれなりに求心力もあったといえるだろう。

 

 そして、彼の血は脈々と、由紀にまで引き継がれている。あるいは由紀が学園生活部の部長として皆をまとめ上げていることも、ある種のカリスマ性を出していることも必然だったのかも知れなかった。



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第百十三話 神と成りし者

 ひゅんひゅん、と風を切って放たれた矢が天使を貫いていく。額、喉元を貫かれた天使たちはぐりん、と白眼を剥いてMAGを撒き散らして消滅していく。ある者は宙に浮いたまま、殺されたとも気付かずに。またある者は地に堕ち、衝撃とともにMAGとして霧散する。そんな地獄を由紀は駆ける。自身の先祖だという今川義元、そしておじいちゃんとして慕っていた魔人-大僧正。太原雪斎から告げられたままに。

 

「ゆき、無事かっ!」

「くるみちゃん、無事だったんだね!」

 

 そんな由紀といち早く合流できたのは岡部元信と付近の天使を掃討し終えた胡桃。彼女は万が一の事態を考え、優先的に由紀のもとへ向かっていたのだ。

 

「くるみちゃん、りーさんたちはっ!」

 

 他の、まだ合流できていない仲間を心配する由紀。むろん、それは胡桃も同じこと。キョロキョロと素早く辺りを見渡して状況を把握しようとした。

 

「くっそ……。まだよく見えねぇ……! でも、きっと大丈夫」

 

 自身を、そして由紀を安心させるため。そう呟いた胡桃。別に気休めという訳じゃない。彼女自身、元信と協力して付近を制圧したのだから、他の面々も同じ状況になっている可能性は高い。

 そして、彼女の予想は当たっていた。

 実際に、他の面々。朱夏、美紀と圭、悠里のもとにも援軍、と呼べる者たちと共闘していた。

 

 

 

 

 

 

 

 美紀と圭、二人はエンジェルやアークエンジェルといった下級天使たちに囲まれていた。だが……。

 

「――――っ!」

「こんのっ……!」

 

 圭は音の魔弾による弾幕で足止めをして、その間に美紀がロングソードで切り裂く。もしくは――。

 

「まだ……! エイハ!」

 

 ムド、呪殺属性とはまた別の闇属性。呪怨属性に分類される魔界魔法だ。そしてこの魔法は、天使などの聖なる――lawに分類される天使には特効となる。

 事実、エイハを受けた天使たちはまるで硫酸でも浴びたかのよう、どろどろに溶けていく。今の彼女たちであれば下級天使は敵ではない。

 だが、それでも数の暴力で攻め立てられるとジリ貧となっていく。

 

「ほんと……! 多いなぁ……」

 

 辟易とした様子で吐き捨てる圭。額には珠のような汗が滲み、疲労が蓄積しているのが見て取れた。同じく、疲労を滲ませている美紀もはぁ、はぁ、と息を切らせている。

 

「けい、いくらなんでも。このままじゃ……」

 

 顔をしかめ、少し弱気になってきていた。今までなら晴明が、彼女たちの大切な人がどんな時でも助けてくれた。

 しかし、その晴明はここにいない。大天使、熾天使であるメタトロンの足止めをするため別行動を取っている。

 アレックスもまた獅子奮迅の活躍をみせている。が、それでも圧倒的に数が足りていない。

 そのことが美紀を弱気にさせていた。

 

「戦場で不安そうにするのは、あまり感心できねぇなぁ……」

「……えっ?」

 

 どこからともなく聞こえてきた男の声。晴明とはまた違う、聞き覚えのない声。だが、敵意は感じない。不思議に思った美紀、そして圭は声が聞こえた場所を見る。

 そこには黄色い着物を纏い、胴丸を着込んだ武士。背には『八幡』と書かれた黄色い旗指物。

 その武士は、刀を抜くと無造作に天使たちを切り捨てていく。

 

「本来、俺がここにいるなんて場違いにも程があるが……。義兄者の娘婿がああも張り切ってるんだ。かつての主家に加勢して、武を奮うのも悪かないさ!」

 

 そう、男が告げるとともに背後から部下らしき足軽たちが現れる。しかし、よく見ると義元たちが率いる足軽たちと違う点があった。

 家紋が違うのだ。義元たちが率いる足軽たちが掲げる家紋は今川赤鳥紋。だが、男が率いる足軽が掲げる紋は――。

 

「行くぞ手前ら、今回も勝ち戦なんだ。勝鬨をあげていけぇ!」

 

 ――北条鱗紋。

 関東の勇、後北条家が掲げていた紋。そして、それを背負うこの男こそが……。

 

「遠からん者は音に聞け、近くは寄って目にも見よ! 我こそが北条五色備えが一騎。地黄八幡(じきはちまん)北条左衛門大夫綱成なりぃ!」

 

 北条家随一の猛将とまで呼ばれた、地黄八幡、北条綱成だった。

 

 

 

 

 

 突如として現れた綱成、そして北条勢を見て呆然とする美紀と圭。しかし、そんな二人を置き去りにして綱成は突撃を開始する。

 

「勝った、勝った! この戦、すでに我らの勝ちぞ!」

(えい)(えい)(おう)! 鋭、鋭、応!』

 

 勝鬨をあげながら突撃する綱成たち。その異様な光景にエンジェルたちは気圧されている。

 ただの人間相手に気圧される、などと普通はあり得ない。しかし、ことこの北条綱成だけは普通足り得なかった。なぜならば――。

 

 ――地黄八幡とは、すなわち直八幡。

 

 かつて越後の龍、上杉不識庵謙信が毘沙門天の化身、と名乗ったように、綱成もまた八幡神、八幡大菩薩の直系、いわば化身だと名乗っていた。

 そして、今の綱成は涅槃、死人がこの世に蘇った身。あり方としては肉体を持たない、精神生命体に近い。

 ……時に、美紀たちからすれば今の綱成はある意味よく知る存在に極めて近くなっている。すなわち、悪魔に、だ。

 そして、この世界において悪魔とは、あらゆる伝承、都市伝説に出てくる、人を越えた超越者たちだ。

 つまりは、だ。偶然とはいえ、綱成もまた人を越えた存在としてこの場に顕現している。それとともに彼は直八幡と名乗り、その力を得ている。

 すなわち、今 ここにいる北条綱成は、過去の武将、北条綱成であるとともに悪魔、威霊-ハチマンの分霊としても顕現していた。

 

 戦いにおいて数は正義だ。しかし、それだけで決定打になるかと問われれば必ずしもそうなるわけではない。

 戦史を紐解けば、寡兵が大軍を打ち破った例なども出てくる。奇襲なり、戦略なりで、だ。

 今回の綱成の突撃もまた、一種の奇襲に近い。だが、本当に奇襲か、と問われれば首をかしげざるを得ない。なぜなら、この攻撃は足軽や綱成の気迫がこもった突撃で無理矢理、簡単に言えば勢いだけで突破しているに等しい。

 それでも天使たち相手に勝てているのも、綱成が……否。武神たる威霊-ハチマンが軍勢を率いているからこそ。

 つまり、威霊-ハチマンの化身たる北条綱成。彼がここに現れた時点で天使たちと美紀、圭。彼ら、彼女らの運命は決まっていたのだ。彼女たちが生き残り、天使たちが殲滅される。そんな運命が……。



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