空を飛ぶ程度の―― (茶蕎麦)
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第一話 慣れない

 一巻を読んだ勢いで書いてみました!



 博麗霊夢は、現し世にどうしても慣れない。

 

 高校の入学式、周囲にきゃぴきゃぴと萌える若さの中で何とはなしに窮屈な感を覚える。自分もあれらと年は同じであるはずなのに、何かおかしいのだよな、と首をかしげながら。

 そして、紫檀の髪に乗っかった、友達の()()に半ば強制されているお洒落の一つ大きめのリボンを弄りながら、少女はため息を堪えて、気をそらす。

 ちょうど、間近にある窓の向こうは晴天だった。蒼に気持ちを乗っけて、心を自由に。そうするだけで、霊夢の心は軽くなった。

 

「まあ、何でもいい、か」

 

 自分が場違いなのは、何時だって変わりない。だってほら、ガラスを鏡としてみれば今もクラスメートのほとんどが、自分の一挙手一投足を気にしているのが分かってしまう。その理由が、目立つ容姿をしているからと理解しながらも、どうでもいいやと投げ出して、霊夢は再び空を見る。

 IS学園で自分は自分の居場所を見つけられるのか。そんな期待と不安を空色に潰して、少女は今日も暢気に生きる。

 

 

「はぁ。何とも面倒なもんね。このアイエスって奴は……」

 

 噂を空に聞くに男子生徒が居るらしい隣の教室――1組――の騒々しさを無視しながら、まるで電話帳のような分厚さの教科書を白魚の指先で浚いつつ、霊夢は独りごちる。そしてその内容の難解さを、親の敵のように睨み付けるのだった。

 自己紹介を早々に終えて直ぐに担任が口にした通りに、IS学園は最新鋭の集まりである。

 習熟すべき飛行パワードスーツ・インフィニット・ストラトスのオーバーテクノロジーを筆頭に、技術を湯水の如くに使うことに余念がない。

 そして、教科書はそれらのマニュアルでもある。厚くなってしまうのも当然だった。

 どうにも舶来ものにも機械ものにも苦手意識のある霊夢には、横文字の多さにまでもうんざりとしてしまう。

 

「大体は、分かったけど」

 

 もっとも、霊夢は人にできることは当然のように出来るタイプである。俗に言う、天才だ。

 一読してその殆どを当たり前のように理解して。その上でもって嫌うのだった。

 

「結局、感覚(よく分からない)を言葉にしているだけよね、これ」

 

 根本原理不明に対しての言葉を選んだ解説は、直感的な少女にとってはリリックにすら見える。故に、真剣になりきれない。それにそもそも、人を選びすぎる欠陥兵器に対して、霊夢の興味はあまりなかった。

 霊夢にIS学園の志願理由は、持ち前の天才による成績の良さによって養父母に望まれ、自分をライバル視して()()()友人、理沙が目指していたからというそれだけの曖昧でしかなかったのだ。

 残念ながら才能面で恵まれない理沙が、実技で落ちてしまったがために、もはや少女が学園で頑張る理由は、自分を拾ってくれた博麗神社の皆に恩返しするため以外にない。

 そして、霊夢は人のために頑張りたがる性質ではなく。だから、きっと霊夢のモチベーションは周囲の少女たちの誰よりも低いのだった。

 

「めんどうくさい」

 

 その呟きが、周囲のこそこそと霊夢を見()()()少女たちに聞こえなかったのは幸いか。

 崇め奉りたくなるくらいに見惚れてしまう容姿の美少女の中身が、ただの怠惰な飲兵衛である事実は、悲しみしか生まないだろうから。

 そう、世が世なら、霊夢は神に並び立てる程度の華である。世界という花火の中心で輝く少女(主人公)。それが、普通に世にあるのは、最早違和感しか生まなかった。

 

「はぁ……」

 

 先生すらあえて無視せざるを得ないくらいの可憐さを残念の外側に纏いながら、霊夢は静かにIS基礎理論の授業を溜息と共に聞き流す。

 視界の端の青を見ながら、早くI()S()()使()()()空を飛びたいな、と思いつつ。

 

 

「お前は……博麗!」

 

 隣のクラスの世界で唯一ISを使える男の存在すら忘れるほどの驚きを持って、穴が開くほどに見つめられることに飽きた霊夢は、声をかけそびれた学友たちを尻目に一人、一限休みに2組の教室から抜け出していた。

 その際。1組から偶に同じタイミングで出てきた男女と出くわす。

 すると、その一方――ポニーテールの少女――は霊夢のその姿を認めてからツリ目を更に持ち上げて、名前を叫ぶように呼んだ。

 霊夢は何気なく、そっちを見やって首を傾げた。

 

「ん? あんた……誰だっけ?」

「っ! ……いや、以前の名を忘れているなら丁度いい、か。私は篠ノ之箒だ。一年前に長野の学舎で共に学んだ……」

「ごめん。覚えがないわ」

「くっ……そう、か」

 

 悔しげな箒の前で、再び霊夢は首を反対に傾げる。困ったな、と。

 それもその筈、霊夢が去年の長野を想起しても、理沙の騒々しさに除雪の面倒くらいしか思い出せなかったのだ。しかし続けていると、そういえば転校してきたと思えば直ぐに居なくなった女の子が居たような、とどうでもいいけれどそれらしい過去にようやく霊夢も思い至る。

 あの子もこの箒とやらと同じ髪型だったっけ、ひょっとして、と考えたところ、隣のやけに整った顔をした男子がはじめて声を出す。

 霊夢に負け劣らず多くの視線を帯びた少年――織斑一夏――は、霊夢をとんでもない美人と認めてからそんなことよりも、と苛々とした様子の幼馴染に水を向けるのだった。

 

「なんだ、箒の知り合いか?」

「ああ……もっとも向こうは覚えていなかったようだがな……彼女は博麗霊夢。剣の天才だ」

「へぇ」

 

 そして、少年は幼馴染の剣呑な視線の意味を判じる。箒は幼き頃より剣道を嗜んでおり、昨年の剣道全国大会で優勝する程には究めた腕を持っているのだと、一夏は知っていた。

 一夏は箒の言をそのまま信じて、目の前の――竹刀(武器)を振れるのか疑問に思ってしまうくらいに可憐な――少女はきっと、意識してしまうくらいに剣道が強いのだろうと、想像する。

 しかし、剣の天才とされた少女ははっきりとその言にクエッションマークを浮かべた。

 

「は? あんた人をなんて紹介してんのよ。私は剣道なんて体育の授業でそれこそ嫌々でしかやったことないわよ」

「だからこそ、だ」

「どういうことよ……」

 

 言い募っても、目を瞑りながら断言する箒に霊夢は困惑する。

 しかし、箒の瞼の裏には未だにどんな剣閃、どんな体運びを持ってしても全てをいとも容易く避ける霊夢の達者が映っている。目指すべき一つの姿をその美麗に見出している彼女が、それを忘れるはずがなかった。

 だが、霊夢にとって避けることなんて()()()()。そんなの天才でもなんでもないと、思い込んでいる。

 通じず故に、箒が自分をからかっているのでは、と霊夢は苛立ちを覚えだす。

 釣り上がり始めた霊夢の柳眉に、どうしてか怒る姉を思い出した一夏は慌てて、前に出た。

 

「ま、まあとりあえず。博麗さん、よろしくな。俺は織斑一夏」

「あ。あんたなら分かるわ。少し前によくテレビに出てたから」

「はは……そんなに俺、騒がれてた?」

 

 何をいまさら、と苦虫を噛み潰したような表情の箒を他所に、少年は少女に尋ねる。

 実は、大変ではあったが大切に守られてもいた一夏は今回の『女性しか使えない筈のISを男性が使ってしまった』という騒動についてISを使える男子当の本人でありながら殆ど実感がなかったのだった。

 しかし気になってはいたので、これは外から見た自分を知れる丁度いい機会だと一夏は霊夢に訊いたのだ。

 

「そうね。どこのチャンネルでもあんたの顔をアップで映してたから、正直見飽きたわ」

「うわ。それくらいにかー……」

「外出るなら、サングラスくらいかけたほうが良いかもね」

「マジかよ。購買に売ってるかなー」

「さあ?」

 

 整いすぎた少年少女は、衆人環視の中でそんな会話を広げる。何人もの生徒が二人の会話にずっこけたことを知らず。

 世界でも随一の有名人に対して、小さな変装を勧める霊夢はどこかズレていた。真に受けてしまう一夏も同様に。

 だが、そんな会話を横に聞き、少し喜色を浮かべた者も居た。箒は、つぶやく。

 

「見飽きた、か。そうか……」

「なに、どうかしたの?」

「いや、ひょっとしたら、博麗となら良い友達になれるのでは、と考えてな」

「はぁ?」

 

 先までの渋面から晴れ晴れとした面になった箒の言葉の意味が分からずに、再び霊夢は疑問を浮かべる。

 箒が喜んだのは珍しくも一夏の整った顔に釣られない女子が現れたからだったが、恋なんてどうでもいい霊夢にそんなことは分からない。

 気になった霊夢が質問しようとしたところ、時計を眺めていた一夏は焦ったように口にした。

 

「おっと、あまりゆっくりしてると箒と話す時間なくなっちまう。ありがとな、博麗さん」

「ああ、そうだな、一夏。では……また会おう。博麗」

 

 そそくさと、その場から去っていく男女一組。そして、残る全ての生徒たちの視線は霊夢一人に集まる。

 そして、世界唯一の男子との会話の感想を、学年一かもしれない美人から聞き出そうとする輪がぐんと迫ってきたことを少女は感じた。

 近づくうるささの中で思わず、霊夢は零す。

 

「はぁ。どいつもこいつも、変わってるわ」

 

 やっぱり、自分は馴染まないな、とそう思った。

 

 



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第二話 ノブレス・オブリージュ

 二巻を読んだ勢いで続きを書いてみました!


 

 

 世界は奇跡を失伝した。

 

 神は死に、魑魅魍魎は根絶され、光は単なる明かりで闇はただの暗がりとなる。

 昔々のお話は寓話となり、恋ですら分泌物の次第とされた。今や殆どの人はあり得ないを信じない。

 神がかるのは科学ばかりで、なら人の望みは即物的にならざるを得なかった。だから、ただひたすらに誰かの幸せを誰かが願うことですら殊の外困難で。

 

 ならばこの世界に楽園は、どこに。

 

 

 そういえば、女の中に男一人ってどんな気持ちなのかしらね、と霊夢はふと思う。ユートピアに思うのか、はたまた針のむしろに座るような心地なのか。

 少し考えてから、まあ当の本人はそんなに気にしてなさそうだったし、どうでもいいかと思い直す。

 

 そんなことよりも、箸で持ち上げたとろりとした黄金色をまとわせたうどんを急ぎ啜ることの方が重要だった。ずるりずるりと、コクあるその喉越しを味わい、次に霊夢はお茶に手を伸ばす。

 熱と渋みを存分に口内で楽しみ嚥下してから、ぷは、と少女は一息つく。

 しかし霊夢はそのまま満足感に浸らない。そう間を置かずに、大盛りでねと頼んだところサービスが利きすぎて特盛りすら超越してしまった月見うどんに再び挑みかからんとする。

 そしてそのまま、ずるずるずるずる。

 口内の噛みごたえある麺の連続に霊夢がそろそろ薬味などで味を変えたくなってきた時、対面にて彼女を見つめていた少女は呆れ混じりに言った。

 

「はぁ。よくお召し上がりになる方ですわね。それにススル、というのは日本の文化であるようですが、どうにも……苦手ですわ」

「ん。そう? まあ、()の人はそう感じるかもしれないわね。あんた……オルコットってさっきイギリスがどうのこうのって言ってたわよね。やっぱり啜るのって向こうだとマナー違反だったりする?」

「ええ。食事中に音を立てるのは……節度を疑われるものですから」

「へー。文化の違いって奴ね」

 

 なるほどね、と言い、そのまま会話相手の不快なんて気にも留めず、マイペースにずるずると食事を食事を再開する霊夢。

 あっけに取られるのは、霊夢には見慣れた金髪碧眼の、しかし外の人であり知人では決してない初対面のセシリア・オルコット。

 霊夢の食いっぷりに食欲を削がれはじめているセシリアはISにおけるイギリス代表候補生。自他認めるエリートである。そのあんまりな扱いの悪さに彼女が気を悪くしてもおかしくはない。

 しかし、霊夢のその無縫な様子に、怒気どころか最初にあったどこか挑むようだった気持ちもどこかに消えていた。使い方を習得したばかりの箸を置き、彼女は霊夢が食べ終えるのをそっと待つ。

 

「それにしても……」

 

 一味をかけてペースアップを計る霊夢を見つめながら、セシリアはぽつりと呟いた。嫌な注目をされていますわね、という言葉の続きを内にて消化しながら。

 それは、見目のいい霊夢の食べっぷりに対する驚きにも依っているが、セシリア本人もやってしまったと少し反省している彼女の発言に主たる原因があった。

 入学初日、本日の三限目。1組ではクラス代表を決める話し合いがあった。最中、その存在の物珍しさから神輿にされかけた一夏と、自分が代表に相応しいものと信じ込んでいるセシリアとの間でひと悶着が起きる。

 そのため、代表選考は一週間後に決まったISを使った模擬戦での勝負によって決めることになった。当人たちはそれで納得。だからそれでお終い、というわけにはいかなかった。

 

「はぁ」

 

 問題だらけの唯一の男子生徒が担任――身内――からの注意によって食堂への到着が遅れている中、視線をなんだか目立つ新入生に定めた皆のうちの何人かが自分の噂をしているのが、セシリアの耳に入る。

 きっと、その内容は良いものではないだろうな、と彼女は思う。

 

 そう、セシリアはクラス代表を決める際に大嫌いな男をこき下ろすためとはいえ、悶着の中嫌な言葉を口にしすぎていたのだ。それはまるで、自分が棘の塊であるという自己紹介をしたかのよう。

 それでクラスメートの女子たちの印象が良くなるはずもない。ひとまずは、よくは分からないけれど付き合い難い、というレッテルを貼られたようだった。

 距離を空けられ、そのために食堂でのセシリアの周囲は空席となった。反省まではせずとも彼女が一人ぼっちという悪い滑り出しに虚しさを覚えていたところ。

 

「ぷはー。美味しかったわ」

 

 そこに席が空いてるところがあったわラッキー、と滑り込んできたのが霊夢だった。目を合わしてから少し。軽く互いに自己紹介をしてからの、今がある。

 セシリアは、うどんに汁を吸わせる隙も与えぬ快速で美味を堪能し尽くして満足げな霊夢に、再び話しかける。

 

「それにしても、奇遇ですわね」

「え? 奇遇ってひょっとして私、あんたにも前に会ったことあんの?」

「いいえ。わたくしと博麗さんは初対面ですが……」

「なら良かった。流石に二回も忘れるなんて、自分が呆けちゃったのかと思ったわ」

「はぁ……?」

 

 首を傾げるセシリアにこっちの話よ、と霊夢は続ける。

 のんびり屋な霊夢とはいえ、元クラスメートを忘れていた事実は気になっていたようだ。もっともそんなこと知らないセシリアは何を言っているのだろうと思う。

 

 しかしセシリアが気を取り直して見てみると、どうにも目の前の少女は華であると感じる。それも、美しいと自認している己とまた違ったもののような。

 セシリアが添えられ対象を際立たせる華であるならば、霊夢は単独で極まった大輪ではないか。派手なリボン飾りをすら陳腐にしてしまう少女の綺麗は比較にならない絶対的。

 嫉妬すら起きないそれはまるで……と、そこまで考えてからセシリアは初対面相手にする想像ではないだろうと首を振って思考を散らす。

 

 そして、僅か普段の虚飾を取り戻してから、セシリアは言った。

 

「その、奇遇というのはですね。わたくし、博麗さんが入試で教官を倒したことを知っておりまして。実はわたくしも……」

「あー、そのことね。はぁ……嫌なことを思い出させてくれるわね」

「? ……何かあったのですか?」

 

 どこか低くなった声色に、セシリアは疑問符を浮かべる。

 今回、セシリアは霊夢に自分も同じく教官を倒したエリートであることを伝え、ライバル宣言でもしようかと思っていた。

 しかし、霊夢の反応はどこか悪い。初対面ではあるが、根は優しいセシリアが嫌なことという言葉に心配してしまうのも仕方なかった。

 

「まあ、あんたにあたることじゃないわよね。はぁ。墜とした相手が担任だったのが運の尽きだったわ……そのせいで私、クラス代表にされちゃったのよ」

「クラス代表に? それは名誉あることではありませんか」

 

 自分が騒動を起こすくらいにそれを求めたものを蔑ろにする霊夢に、セシリアは眉根を寄せる。

 しかし垂れ目がちな少女が目端を不快に釣り上がらせたことを知ろうともせずに、霊夢は続けるのだった。

 

「名誉で楽できるなら良いんだけどね。むしろ面倒じゃない。クラス長ってことで色々と任されることになって」

「……貴女はノブレス・オブリージュという言葉をご存知で?」

「高貴たるものに課される義務、とかいう意味だっけ? 嫌な言葉よね」

 

 誰か義務を欲しがる数寄者に2組の代表を放り投げられたら良いんだけど、と溢す霊夢は見た目こそ貴人に劣らないものであるが、その実随分と俗だった。

 そんな姿は、人一倍貴くあること、そして課せられた義務を熟すことに苦心している少女の怒りを買った。

 自分でも驚くほど平坦な声で、セシリアは言う。

 

「……貴女は……いえ、東方の果てのどん詰まりのお猿さんに何か期待をしてしまったわたくしが間違っていましたわね」

「は? 何、あんた喧嘩売ってんの?」

「あら。貴女に買えますの? お高いですわよ」

「面白いじゃない」

 

 周囲のどよめきを他所に、霊夢とセシリアは立ち上がり互いを睨み合う。

 水と油。意見が合わないことが両者にはよく分かった。青に、赤が対となり、瞬かない。

 存外喧嘩っ早い霊夢は、流石に直接的に手を上げることさえないが、どう負かしてやろうか頭巡らせる。

 そんな霊夢に対して、セシリアの反応は淡白だった。疾く視線を外し、そのままトレーを持った後に背を向ける。

 

「何、逃げるの?」

「まさか。もし貴女が臆さないのでしたら……白黒は、クラス対抗戦で付けましょう」

「ふん。そういやあんた、代表候補生とか言ってたわね。良いわよ。あんたの得意ごとでその鼻っ柱叩き折ってあげようじゃない」

 

 獰猛な声を背中に聞いて、セシリアは口の端を吊り上げる。

 もう、彼女には周囲の目どころか、憎き男との模擬戦のことすら頭から消えていた。

 ただ、その思いを正直に、少女は呟くように伝える。

 

「楽しみにしてますわ」

 

 そう。セシリアはその存在を知ってからずっと、それまでISに触れることがなかったというのに一度触れれば教官を()()する程の実力を内包していた天才でしかない少女と戦うことを楽しみにしていた。

 

 しかしまずそのためには。

 

「―――間違いなく、あの男を仕留めないといけませんわね」

 

 思わず、身じろぐ。楽しみに悶える少女に、この日より慢心は消えさったのだった。

 

 

 

 そして、その夜。

 

「あ、貴女は……!」

「あー。ちょっとぶりね」

 

 遅れた荷物を手にして割り当てられた部屋に入ろうとした少女が、同部屋の生徒を迎えようとして驚きに硬直した少女の前で、決まり悪そうな表情を浮かべる。

 

 そう、セシリアは自分のルームメイトとして、博麗霊夢(好敵手)と再び顔を合わせることとなるのだった。

 

 




 最初は二人仲良くなってもらおうとしたのに、どうしてこうなったのでしょうか……分かりません!

 果たして一夏くんはセシリアさんに認められてクラス代表になれるのでしょうか? 
 そして霊夢さんは鈴ちゃんに上手くクラス代表を押し付けられるのでしょうか?


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第三話 武というよりも舞

 三巻を読む途中ですが、コーヒーを飲んだ勢いで書いてみました!
 普段飲んでいないとやる気が出ますね!


 

 

「はぁ。撒くのに苦労するわね。そんなに純和風な私の容姿が珍しいのかしら。もっと珍しい外の人間だってちらほら居るってのに」

 

 今日も今日でゆっくり出来ずにげんなりしながら、霊夢はだだっ広いIS学園を歩む。

 それも、半ばファンとなりつつある幾らかの同級生達の追っかけ振りを避けるために急いだのか、僅かに彼女の髪は乱れていた。

 もっとも、そんな御髪の乱れなんてひとつ撫でつけただけでお終い。髪一本に至るまでのその身の上等さに慣れきっている霊夢は便利すら覚えることなく、歩を進める。

 

「ああ、それにしても帰りたくないわ……」

 

 気持ちを素直に吐露する霊夢。当然のことながら、その帰りたくない理由はルームメイトセシリアと霊夢の間を流れる空気の微妙さからではない。

 唯一の男子(一夏)のせいで急遽変わった部屋割に向こうは酷く意識していたようだったが、しかし霊夢には同居人が誰だろうがどうでも良いことだった。

 現在部屋の殆どをセシリアの私物が埋め尽くしている事実だって、まあ邪魔にはなっていないから構わないかとすら考えている。

 生活必需品と携帯電話くらいしか持ってこなかった自分が悪いのだと、そう思いながら。

 

「くっさいのよねぇ。部屋が」

 

 しかし、堪えきれないものもあった。自然天才的な嗅覚も、こんなときには不便なのである。

 セシリアが持ち込んだお金持ちの必要最低限は、それなり以上に場所を取り、空間の香りすら変容させた。

 芳しき、上流の匂い。しかし、それがい草の香りに慣れた霊夢には臭いものと取れてしまった。

 勿論、霊夢はセシリアの制止を跳ね除け直ぐに換気を開始している。それは、臭いのよとその理由を話され愕然とするセシリアを他所に、不用心にも出入り口をすら一夜開放してまで努めた程であった。

 それでも、朝起きて霊夢が感じたのは、嫌に高貴な良すぎるばかりの匂いの充満。慣れた生活臭なんてこれっぽっちもないそれを嫌がり、彼女は臭い部屋に帰るまでの時間稼ぎと寄り道を開始したのだった。

 

 ちなみに、臭いと言われたセシリアはそれを本気で気にしてしまい、入ろうと考えていた部活動であるテニス部へ見学に向かうことも忘れて、急ぎ取り寄せた無臭の消臭剤にて現在消臭に励んでいる。

 とはいえ、その努力を知らない霊夢は、この後に匂いが消えた部屋にどうでしょうと誇りふんぞり返るセシリアにすら気づかず、ノーリアクションで彼女を酷くがっかりさせるのであった。

 

「しっかし、どうしようかしら。うーん。まだお腹も空いてないし、学食に向かうことはないわよね。それに、せっかく外に出たのだから、何か……ん?」

 

 ゆっくりしたいと終始思っている霊夢であるが、しかしお茶も身体を休める場所でもないところでの暇を迎合することはない。

 せめて座れるような場所、と考えながら周囲に目をやるが、その中に休憩場所は見当たらなかった。

 むしろ、動の姿ばかりが見て取れる。それこそ、セシリアが見てみたかっただろうテニスに興じる女子生徒の姿に、グラウンドを駆け回る少女たちの様子などなど。 

 霊夢が、こんなところは普通の学校と変わりないのね、という感想を覚えながら周囲を更に見渡そうとすると、耳に強く響く声色があった。

 叫びのように上げられた甲高い声へと向くと、そこには立派な道場の姿が。そして、妙にギャラリーの姿が多い、開け放たれた扉の内に、見覚えのある二人の姿を霊夢は発見した。

 

「あれって、織斑と篠ノ之じゃない。……うわ、あいつ倒された。へっぽこねー」

 

 面を被り、打ち合う二人を遠くから判ずるその目は、しかし呆れに満ちている。

 それは、箒に竹刀一本で翻弄され続ける一夏の情けない姿によって。それであいつ、女より弱いのね、と素人の霊夢が彼に対する評価を一段下げてしまったのは、仕方のないことかもしれない。

 しかし、それは何も知らない霊夢の錯誤である。弱く見える一夏は剣道から離れて久しく、反して強者である箒は剣道全国大会にて優勝する程の腕前なのだ。つまり思い出し中の一夏は決して弱い程ではなく、ただ箒が強すぎるだけだった。

 だが、上から見下ろしていれば、そんなことが分かるはずがない。オルコットと織斑が戦うとかいうこと聞いた覚えがあるけど、こんな情けない様で戦いになるのかしらとかまで考えてしまう。

 

 そして、ふと霊夢は思い出す。そういえば今日のお昼ごはんを一緒にした時に、箒に言われたことがあったな、と。

 それに基づき、霊夢の足は視線の先へとまっすぐ動き出す。

 

「社交辞令かもしれないけど、剣道部に一度顔を出して欲しいって篠ノ之に言われてるし……何より暇だから、行ってみようかしらね」

 

 何より暇だから、という言に実感を込めて、霊夢は独り言つ。

 先にて一本を決められた様子の一夏が転がる姿に、何となく残念さを覚えながら、そこはかとなく慣れた匂いのする剣道道場へと彼女は歩を進めるのだった。

 

 

 練習というものは、霊夢にとって目を引くものではない。そんなものを一切しなくても十分すぎるものをもつ少女にとって、努力はあんまりなまでの過分。

 自分がやってしまったら卑怯というか無意味でしかないというかそもそも面倒というか、兎に角やりたいと思うものではなかった。

 もっとも、霊夢も運動嫌いという訳ではないので、以前中学の体育でやってみたサッカーなどは殊の外好きであったりもする。活躍しすぎて、女子サッカー部に入れられそうになった時には閉口したが。

 故に、彼女にも運動を楽しむ気持ちだけは分かる。きらきらと汗を流す彼女ら(プラス男子一人)を馬鹿にしたりせず、青春してるわねー、とか思いながら霊夢は見学をしていた。

 

 正座を苦にしない霊夢のその隣に座っていた、早々に入部したのだという同級生は、何となくこの子今孫を見るお婆ちゃんぽい目をしてるなと失礼にも思いながら、眺める少女に話しかける。

 

「博麗さんも、剣道をやってみない?」

「はぁ?」

 

 実は剣道狂の同級生のその言葉は、霊夢に珍妙な返事をさせることになった。

 人の頑張りを見てのんびりしていようと考えていた霊夢にとって、その言葉は寝耳に水である。

 しかし、見学者――興味を持っている人間――を剣道沼に引きずり込もうとするのは、同級生の少女にとって当たり前。

 彼女は、続ける。

 

「せっかく来てくれたんだもの。どうかな? ほら、竹刀竹刀」

「もう、ルールだってろくに覚えてないわよ。とりあえず、今渡してくれたこれで相手の頭しばけばいいんだっけ?」

「そうそう。それでいいんだよ」

 

 手渡された竹刀を持て余す霊夢に、同級生の少女は雑に合わせた。ためしに、びゅん、と彼女が振ってみたその音の鋭さにぴくりとしながら。

 

「博麗さん、きっと才能あると思うんだよね」

「どうしてそう思うのよ」

「だって博麗さんは手足がすらりと長いし、何というか、和っぽいし」

「雑な理由ね……でもどうせ、剣道なんて私には合わないわよ?」

 

 それは、霊夢の本心。真面目に究めるということが出来ない自分に武道は体現できないだろうと、少女は思っている。

 たとえ勝ち続けることが出来る才能があるとしても、己に克つ才能はないのだと霊夢本人は考えているから。

 その暢気振りを知らない同級生の少女は、ガワの整いに引っ張られ、そんなことはなさそうだけれど、と勘違い。

 更に勧めようとする彼女。だがその前に、影がさす。

 

「そんなこと……あ、篠ノ之さん」

「話し中、失礼する」

 

 二人の前に現れたのは、箒だった。

 竹刀を無数に振ったことで湧き出した汗を肩に下げたタオルで拭きながら、箒は同級生の少女の尊敬の視線――先の全国大会で戦い負けた経験が故に――を気にも留めずに霊夢を見つめる。

 そして、霊夢がその手に竹刀を遊ばせていることに、笑顔を見せるのだった。

 それが、獲物を狩らんとする肉食獣のものに酷く近いことに気づかず、そのまま箒は口を開く。

 

「竹刀を携えているとは丁度いい。博麗。是非ともお前には手合わせを願いたい」

「面倒ね」

「そうか」

 

 霊夢の即答。しかしそのつれなさをまるで知っていたかのように、箒は目を瞑りながら頷く。

 そして、なんだなんだと近寄ってきた一夏らを他所に、今度は決意に目を開いて、言うのだった。

 

「なら――――はっきりと言おう。博麗霊夢。私はお前に決闘を申し込む」

「なっ」

「ええっ!」

 

 ざわめく周囲。それもその筈。箒は、IS学園剣道部の中でも白眉の腕前。それが、素人らしい華奢にも思える少女に対して決闘だなんて。

 半信半疑ながら、霊夢の強さを聞いている一夏ですら、大丈夫かと思うのだ。

 それが箒の強さしか知らない部員達なら動揺は尚更だった。ざわめきの中にて箒に対する静止の声が飛び出す中。

 しかし、霊夢は眼前から向けられた強い視線を受け止めながら立ち上がり、溜息とともにはっきりと言った。

 

「はぁ……仕方ないわね。受けてあげるわ」

 

 仏頂面に、痛いくらいの決意を込めた瞳。箒の真剣は明らかだ。その理由までは判然としないが。

 流石に、ここまでの本気で立ち向かう相手に尻尾を向けてしまうほど、自分は悪い人間ではないと、霊夢は認めている。

 まあ時間つぶしにはなるか、という本心を隠しながら霊夢は獰猛に笑み、手の中の竹刀を強く握った。

 

 

「着替え、終わったわよ」

 

 そういえば着替えなければいけないんだったと決闘を受けたことにちょっと後悔しながら霊夢が身につけたは道着の上に胴、垂、小手。

 霊夢は皆のように一度髪を後ろで括ろうかとも思ったが、まあ別にそこまでする必要はないだろうと止めている。

 なんだか格好から入ったおかげかやる気が出てきた霊夢を前に、大問題を発見した一夏が口を挟んだ。

 

「おいおい。博麗、面を持ってくるの忘れてるぞ」

「えー。あんな狭っ苦しいの被るのなんて勘弁してくれない? 見にくくなるし、どうせ、要らないんだから」

「いや、それは危ないしあまりに箒の腕をなめきっているというか……」

「大丈夫よ。当たらないし」

 

 そっくり返りながら自信満々な霊夢を前に、周囲は疑念に顔を合わせる。

 幾ら達者で加減だって朝飯前な腕前の箒だろうが、本番でのその苛烈な太刀筋を思うと面も無しでは流石に危なくはないかと思ってのことだ。

 無理にでも渡さなければ、と動き始めた皆。しかし、それに待ったをかけるかのような、信じられない言葉を箒は口にする。

 

「はぁ。その通りになるだろうことが残念だ」

「……マジか?」

「滅多に無い機会だから本気で打ち込んでみるが……未だに彼女に届く気がしないのが正直なところだ」

「博麗ってそんなに凄いのかよ……」

 

 ざわめきが、走る。言動から見て素人だろう少女を前に始める前から敗北を認めている箒の姿は、知り合ったばかりの部員たちであっても衝撃的だった。

 その性格をよく知る一夏にとっては尚更に。

 

「箒……?」

 

 だから、何か言葉をかけようとした一夏。しかし、少年は気づく。

 

「ふふ」

 

 そう、目の前の少女が楽しみに、童女のように微笑んでいることに。獅子の皮を脱いだ箒はまるで子供のように、続ける。

 

「一夏。彼女は凄いんじゃない――――綺麗なんだ」

 

 それこそ、憧れてしまうくらいに。箒は、確かにそう言った。

 

 

「嘘だろ……」

 

 それが始まって、僅か。しかし、間隙としか呼べないその合間だけで、衝撃が走りきるのは十分だった。

 竹刀のぶつかり合う音すら鳴り響かない静寂の中。一夏が思わず呟いたその言葉は、二人以外の心情を直接的に表すものとなった。

 

 まず、初撃を遠くに避けた霊夢。下手ではないが、しかし無駄が多すぎるそれに、剣道部の皆は失望する。反応はいいが、それだけか。

 続けて彼女は素人丸出しの動きを始めるのだろうかと、その場の殆どが思っていた。

 

 しかし、その後の所作は完全に玄人はだし、いやこんなのむしろ剣の達人であればあるほど出来ない最強の形だった。

 

 線の攻撃は円かに避けられる。すり足の捌きはつま先の移動にて距離取られ、剣の先はそもそも相手に向かえない。

 予知と変わらない直感と、人界における最高の体捌きによって、箒の剣技は当てるための業は尽くが無為と化していた。

 踊るように動き回る霊夢の周囲は修練の死地。研ぎ澄ませようが極めようが、それがまるで無駄のように空に消える。

 

「なんだ、これ……」

 

 一夏がそう零してしまうのも仕方のないことだろう。

 その回避は紙一重ではない。しかし大げさでもなく。所作の全てに無為の美が溢れていた。

 これは武というよりも舞。しかしだからこそ、目を惹かれる。しかし袴の端が優雅にそよぐに戦いの中で見惚れてしまうなんて、何という冗談。

 

「はっ、はぁっ!」

「っと」

 

 武は、余計を切り捨てた無骨によって最短を目指すもの。

 無駄だと切り捨てた動作の数々。しかし、その要らなかったはずのものが、これほどまで芳醇な綺麗となって提示されるとは。

 

「すげえ」

 

 それは感情の吐露というよりも、涙のようにこぼれ落ちた焦がれ。

 少年は、己の頬がだらしなく歪みきっていることに気づかない。華美を身にまとう少女は桁違いに美しく、強い。それは、憧れているあの姿と別ベクトルの最強で。

 どうしても自分が目指せないそれには手を伸ばせずに。だから、その強さを恋しく見つめることしか出来なかった。

 

「敵わ、ないな……」

 

 そして、箒がそう呟いてしまうのも仕方がない。

 段違いが実力の差を表すのなら、二人のそれはまるで天と地。そう、どれほど積み重ねたところで、階段は天蓋まで続かないのだ。

 幾ら空気を裂いても、空を殺せない。それと同じことが、人間同士の対決にて起きるとは。

 

「でも、嬉しくはある、か」

 

 それでも、以前よりは終わるまでの時間を引き延ばせていることを箒は感じる。

 だから、笑ってしまう。それは憂さ晴らし、暴力として剣を振るっていたあの下らない自分なんかより、今の空高き位置にある少女を追いかけ続けた自分の方がよっぽどましであることが分かるから。

 

 以前、重要人物保護プログラムにより長野のとある学校に転校した際に箒は剣道の授業で霊夢と戦ったことがある。そしてあっという間に、負けた。

 箒は下され膝をついて、中々立てなかった。だって、目の前に映ったあの綺麗は、力みだらけの自分なんか問題にしない、素晴らしいものだったのだから。

 

 そして箒は理解する。強さとは、何か。

 

「中々やるわね」

 

 読みきれない動きの中で、鋭さばかりを究めた剣を振り続けて。掠める(グレイズ)音一度。

 そこでようやくこちらを見つめた霊夢に、箒は心底心震わせる。

 ああ、だって。こちらをやっと見つけてくれた彼女は、優しく微笑んでくれていて。嘘のように認めてくれている。

 

 憧れの人に見つめられ、ぼっと顔を赤くした箒に霊夢は、残酷に告げた。

 

「隙あり」

「あ――――」

 

 いつ、どうやって近寄っていたのか。紛れが多くて誰も気づくことは出来なかった。

 そう博麗霊夢は篠ノ之箒の胸を痛く弾ませるほど目の前に。やがて片手で行ったものであるというのに、嫌に威力ある唐竹割り――頭上からの縦の一閃――にて、箒は沈んだ。

 

 

 

『……どうしてお前はそんなに強い?』

 

 私は、彼女にそう問う。すると呆れた顔をして、でもちゃんと彼女は返してくれた。

 

『はぁ、●●。あんたって、嫌に強いとか弱いとか気にするのね。そんなの――――どうでも、いいじゃない』

 

 その時、私は偽名を強いられていた。今まで気にしたことはなかったけれど、彼女に偽りの名前で呼ばれると、どうしてか胸が傷んだ。

 しかし彼女は、そんな私に気づかずに、言った。

 

『だって、あんた独りで生きてる訳じゃないんだから』

 

 私は、そう言った彼女――――博麗霊夢の柔らかな笑顔に、私は。

 

 本当に久しぶりに、力を抜いて、笑ったのだった。

 

 

「ああ、篠ノ之。起きたの?」

 

 瞳を開けて、そこにはもう会えなくなった筈の彼女の姿がある。

 まるで華のような、そんな博麗が私の前で柔らかな表情を見せていた。

 ああ、こんなに綺麗な人が自分の本当の名前を呼んでくれている。それは嬉しいこと。

 でも、もっと、と考えてしまうのは間違いなのか。いや、それはきっとおかしなことではないのだ。 

 

「私のことは、箒と呼んでくれ」

 

 友と呼びたいくらいに好きな人に寄りかかってしまうことなんて、自然なこと。

 

「……仕方ないわね。私のことも、霊夢でいいわよ」

 

 認めてくれた。いや、彼女はずっと前から遠く、認めてくれていたのだ。

 

 

 私はもう、独りじゃない。

 

 

 




 二人にただ楽しく剣道をしてもらおうかと思ったら、どうしてこんな感じに……分かりません!

 霊夢さんが箒さんを伸したのは易者さんを倒したあの一撃ですー。


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第四話 ありがとう

 ありがたいことに、評価を沢山頂けましたので勢いづいて書いてみました!
 とても嬉しいですー。


 

 セシリア・オルコットは、勤勉である。

 授業で持ち帰った学びを都度復習するのは当たり前。暮らしの中、異国の言葉で不明だったところを使い込んだタブレットで自室にて調べることはしょっちゅう。

 入部して熟しているテニスの素振りの型を繰り返してみたと思えば、疲れを残さぬようにストレッチをしてみたりもする。

 全体、それはまるで起きている間は励む時だと信じ込んでいるかのよう。貴くあるための代償をセシリアは懸命に日々払い続ける。

 

「あんた、頑張るわねー」

 

 だがそんな、優雅とはとてもいえない白鳥のバタ足を霊夢が横に見て覚えた感想は、この一言で尽きた。

 テレビに映る男たちの話芸に飽き、ふかふかベッドに寝っ転がりながらセシリアの努力をなんとなく見つめていた霊夢は、見返してくるブルーを認める。

 彼女はどこか照れた様子のセシリアが返してくる言葉をゆっくり待った。

 

「こういうところはあまり……博麗さんに見られたくはありませんでした。ですが、同室であっては隠せませんもの、気にせず自由にさせて頂いていますわ」

「ま、私も勝手にしてるし、構わないわよ。ただ、ちょっと気にはなるわね」

「あら……目障り、でしたか?」

 

 カールした髪先を弄り、セシリアは言う。どこか挑発的な声色は、己の不安を隠すためのカバーのよう。

 そう、彼女は自分の努力が他人に見られるのは殆どはじめてのことで、そんな素のままの自分を嫌われたくはなかったのだ。

 だから敢えて、自分の頑張りを悪めの言葉でラッピングした。そこまでではない、と言ってもらうために。

 しかし、そんな全部は杞憂である。霊夢は何言っているのかと呆れた表情をして、素直に口にした。

 

「ん? 全然。あんたのそういうとこ、私は好きよ」

「なっ――!」

 

 セシリアは、ぼ、っと自分の頬が紅潮するのを感じる。

 利用される恐れから居丈高にして人と距離を置いてきた少女は、好かれる経験が殊の外少ない。まして無様だと考えていた自分の生のままの姿が好まれるだなんて思いもしなかったので、照れてしまうのも当然である。

 まさか、好敵手と認めている悪口で貶しもしている相手に、そう思われていたとは考えていなかった。

 だが、三日前の怒りなんてとっくに忘れている霊夢にとって、他人の努力は素直に褒めるべきものだった。なにせ、自分はとてもそれを続けられない。

 天才で大概がなんとでもなってしまう人間にとって、頑張るということは選択肢にならなかった。だが、努力しなければならない彼らの足掻きを霊夢()尊いものと考えている。

 

 霊夢は、影で頑張る人間を間近に知っていた。そして、それが結果に繋がった際の彼女の笑顔は霊夢には決して忘れられない。

 彼女――理沙――は眩くそれこそ星のようにその努力の結実を霊夢のために魅せてくれた。

 届かなくても手を伸ばし、どれだけそっぽを向いていても自分を見つめ続けてくれる。そんな友達が隣にいたことは、霊夢にとって幸運だったのだろう。

 そして、今も自分の隣には頑張る金髪碧眼の誰かが居る。霊夢が思わず重ねて応援したくなってしまうのも仕方ないことだった。

 まあ、と霊夢は続ける。

 

「ただ、無理して怪我とかして欲しくはないと思うけど」

「あなたは……っ」

 

 慮られること。それがセシリアには理解できなかった。

 そう、好かれるには、好かれるための行動が必要だとセシリアは()()()している。愛されたいと思ってもいなかったのに愛されるだなんて、彼女にとってはそわそわしてしまうくらいに不気味だった。

 何か二の句を継げようとしたその時。コンコン、というノックの音が聞こえた。

 押し黙るセシリアに、霊夢は扉へ向かって尋ねる。

 

「誰?」

「あー。声で分かると思うけど、俺だよ。織斑一夏」

 

 急に響いた男の声に身を固くするセシリア。反して霊夢はどうあろうがニュートラル。平気のまま、そろそろ夜に入ろうとする時間に訪れた少年に訊く。

 

「何?」

「いや、博麗にちょっと相談があるんだけれど、入っても良いか?」

 

 あっけらかんとしたその声色に、自分に何か用かと構えていたセシリアは目をぱちぱち。

 そんなことだから、入れてやってもいい? と質問してくる霊夢に彼女はうまく反応出来なかった。

 

 

 彼女らはひとまず一夏を迎え入れることにして、ちょっと待って下さいと片付けを始めるセシリアを霊夢はのんびりと忙しいわねと眺める。

 そしてたっぷり十分経ってから、セシリアは一夏に入室許可を出す。特定女子の部屋の前で立ちすくむ一夏はとんでもなく目立っていたが、彼は問題にしなかったためにそのことによる面倒は先回しになった。

 入るなりついつい、女子らしさにシックな異国情緒が混じり合った内装を眺めてしまう一夏。それに、もっと綺麗にしたほうが良かったかしらと後悔を覚えるセシリアを他所に、霊夢は一人先に中央のテーブルに座していた。

 

「あんたもキョロキョロしてないでこっちに座れば……あ。そういやオルコットって、男苦手なんだっけ? 織斑連れて出てこうか?」

「いえ、そこまでしていただく必要はありませんわ。むしろ私の方がお邪魔でしたら……」

「いや、夜分におしかけてきて部屋の人を私事で追い出すなんて流石に失礼すぎるだろ。寛いでくれてて構わない。ただ……出来れば、聞こえた話の内容を黙ってくれたら助かる」

「そうですか……まあ、他言は致しませんわ」

「すまない」

「そこは、ありがとうですわよ」

 

 頭を下げる一夏に、つんとしながらも二人話しやすいようにと気を遣い自分の机にてISの教本に向かうセシリア。

 そんな様子にオルコットは意外と話が分かる奴なんだな、と評価を上方修正する一夏は、座したところ眼前におもむろに置かれた湯呑みの渋い和風さに目が点となる。

 なんというか、湯気を立てるその粋な味わいの碗がどう見ても洋風の室内において酷く場違いな感がして。

 開いた少しの間を気にした霊夢は、一夏に声をかける。

 

「何、織斑は緑茶嫌いだった?」

「いや、そんなことはない。むしろ好きだ。ありがたくいただくよ」

「そ」

 

 少し構ってからずず、と先にお茶を飲み込む霊夢。同じくその渋みと温かさを身体に容れてどこかホッとしてから、一夏は気になったことを尋ねる。

 

「大体部屋がこう……洒落てる感じになってるのはオルコットの趣味だとは思うんだが。なら、この湯呑みは博麗の私物、ってことになるのか?」

「そうよ。私が家から持ってきた奴。誰かと同室になるからって二つ持ってきておいて正解ね」

「そうか。これ、博麗のか……」

 

 この青い碗が来客用であることは分かっているが、それでもなんとなく、気恥ずかしくなる一夏。普段の彼ではあり得ない思考だ。

 頬を掻き湯呑みをまじまじと見つめる少年に、その内心の混乱を知らず霊夢は急かす。

 

「で、話ってなに?」

 

 霊夢は、面倒事であったら困るなと思いながらその磁器と言うには目映さが過ぎるその顔をこてんと傾げる。

 その綺麗に対し真剣になって、異様な整いを持つ少年は口を開いた。

 

「あ、ああ。それじゃあまず……博麗は、好きな人っているか?」

「なに、私?」

 

 問われたからには答えなければなるまいと、ええと、と深くは考えずに自分の中の好意を漁る霊夢。思わず一夏は、身を乗り出していた。

 その後ろでは婉曲な好意の告白と取れる一夏の言葉にセシリアが驚き振り返っていたりする。

 少し考えてから、霊夢は言う。

 

「ただ好きならそりゃ家族とか友達とかいるけど……多分、織斑が言ってんのは異性に対する好きよね?」

「そうだ」

「なら居ないわ」

「そっか……」

 

 少しの間。何時本格的な告白が始まるのかとなんだかどきどきしてきたセシリアを他所に、二人は沈黙。

 平然とする霊夢を前に言おうとして何度か言いあぐね、そしてようやく一夏が口にしたのはこんな言葉だった。

 

「実は俺、箒に告白されたんだ」

 

 セシリアは、ごくりと唾を飲み込んだ。

 

 

 一夏は語る。思えば一昨日博麗に箒が負けた時からあいつ、何かおかしかったんだ、と。

 

「なんかこう、吹っ切れたっていうかさ……そんな感じだった。元幼馴染、とはいえ付き合いが長い俺もはっきり言って初めてみたんだ。何というかあんな力の抜けた……可愛らしい箒は」

 

 口を開けば博麗博麗、ってうるさくなっちまったけどさ、と一夏は苦笑しながらも、満更ではなさそうだった。

 それもその筈、ISに関わる騒動によって離れてからこの方、一夏は幼馴染である箒をずっと心配していのだ。頑なな少女はどう成長しているのだろうか、と不安を抱きながら。

 それが柔らかく、幸せそうにしていたら、嬉しいばかりで当たり前。同室の彼女の明るさに、一夏が剣道場での扱きによる身体の痛みすら忘れて旧交を温めていたところ。

 唐突に、それは告白されたのだった。

 

「あいつ、俺のことが好きなんだってさ。……おかしいだろ?」

 

 はじめ、一夏はその言葉の意味が分からなかった。それが人間的にといったものだと勘違いした彼はああ、俺も好きだぞ、と返したところ、苦笑した箒にこう返される。

 いや、一人の異性として私は一夏お前が好きだ、と。

 

 少年は、頭が真っ白になった。

 

「何がおかしいのよ」

 

 一時間も経たない頃を思い出して顔を()くする一夏に、霊夢はむっとしながら言う。

 そう、何がおかしいのだ。人が人を想うのは当たり前。そうやって人の世界は出来ている。女の子が男の子を好くことなんて両手を挙げて祝福したいようなことだというのに。

 しかし、自己評価が過小に過ぎる一夏は、なお言い募るのだ。

 

「だって。俺はまだ、大した奴じゃない……誰一人守れなくてむしろ迷惑ばかりかけちまう、そんな程度の男だ」

「は? 何言ってんのよ。あんたがどんな()()とか、そんなの関係ないわよ」

「いや、関係あるだろ……俺は好きになって貰えるような資格がない」

 

 そう、言の通り資格がなかったからこそ、自分は親に愛されなかったのだと一夏は思い込んでいる。それは物心ついてからこの方姉と二人ばかりで生きてきた、その弊害。

 これまでずっと、姉一人に守られてきた一夏は彼女からの愛しか知らない、分からない。不感症の少年は姉の威容しか目に入らず、その愛に対する恩返しをするには、自分は人を守れる人間にならなければと考えていた。

 そしてきっと、そこまで行かなければ自分が愛されることはないだろう、と諦めてもいたのだ。

 

 そんな諦観を覗いてしまった霊夢は、溜まったもんじゃないと一夏に詰め寄る。そして、その下がった顔を持ち上げた。

 

「好かれるのに資格も何もあるわけないっての……ったく、こっち見なさい!」

「っ!」

 

 そして、合わさった瞳と瞳。本気の赤に、一夏は気圧される。

 だが、耳のあたりに添えられた二つの冷たい手のひらは、その怒気を一部も感じられない程に優しげだった。だからこれは今、自分は優しくされているのだと、人の心が分からない一夏も察することが出来た。

 少年は、少女の言葉を聞く。

 

「あのね。よく考えてみなさいよ。――別に、命を助けられたからその人を好きにならなきゃいけないわけじゃないし、殺されかけたからってその人を嫌いになんなきゃいけないってこともないでしょ? 気づいたら、なってるもんなの」

 

 それは、当然。極論のようでもあるが、実際問題好きに嫌いに理由はそう要らない。

 勿論、人が物であるために体内分泌によって計ることは出来るだろう。だが、そんな事実は霊夢にとってどうでも良い。彼女は無聊な現実よりもファンタジック(幻想的)な嘘の方が好きだったから。

 まるで自分に言い聞かせるかのように、霊夢は微笑んで、言う。

 

「同じように、あんた……織斑一夏だって愛されていいのよ」

 

 博麗霊夢は捨て子である。実の親に畏れられ、投棄された過去を持つ女の子だ。

 確かに、自分は一度愛されなかった。だが、それだけに囚われてしまうのはあまりにつまらないことだと、少女は知っていた。

 

 上を見れば、空は吸い込まれるように広い。そして、それが包む世界は自分たちには()()()()くらいに大きすぎる。だから。

 

 それを目指そうと思った少女は、こう言うのだ。

 

「世の中いろんな柵が確かにあるわ。でも想い――心くらいは自由でも良いんじゃない?」

 

 重力にすら引かれない、そんな本来を持つ霊夢は、こんな説教臭いの自分のキャラじゃないな、と思いながらもその言葉に満足する。

 だから、笑った。それは、とても美しかった。親愛に満ちていたのだ。故に、少年の心は大きく動かされることになる。

 一度胸元に手を当てて、一夏は、決心した。

 

「ごめん……いや、ありがとう、だな」

「はぁ。ちょっとは顔色が良くなったみたいね」

「あいつに、断ってくる。やっぱり俺は箒と付き合えないって」

「ええー……私の言ったこと、ちゃんと聞いてた?」

「ああ。ちゃんと聞いたし、分かってる」

 

 一人の少女の恋が敗れることにがっかりする霊夢に、反して一夏は満足げ。

 それは、自分に対する恋愛の告白に困惑する彼に、箒が霊夢に相談することを勧めた理由が、ようやく分かったからだった。

 どこか哀しげだった箒は分かっていたのだろう。自分を独りにしてくれなかった霊夢なら一夏を解き放つことが出来ると。そして。

 

「でも仕方ないだろ? だって俺には他に好きな人がいるんだから」

 

 一夏が既に、霊夢のことを手遅れなくらいに好いていたことだって、きっと。

 

 

「はぁ……何だか凄かったですわ」

「ああ、オルコット聞いてたのよね。お疲れ様」

「本当に、疲れた気がしますわ……」

 

 一夏が笑顔で箒の元へと帰り、ようやく言葉を吐き出して自己主張をはじめたセシリアに、霊夢は視線を向ける。

 果たして、霊夢と一夏の話の邪魔をしないように努めていた心優しい少女はぐったりとしていた。

 恐らくは、どきどきし過ぎて大変だったのだろう。本人は否定するだろうが、セシリアは人並みに色恋沙汰に興味津々なのである。

 

「あ。男嫌いのあんたの前で、男女の恋だの何だのの話ししちゃったけど、そういや大丈夫?」

「いえ……大丈夫ですわ。むしろ、勉強になりました」

「そう?」

 

 言った通り確かにセシリアには、聞いていて勉強になったことがある。特に、好きには理由が必要ではない、という言にだった。

 確かに世のつまらない男たちだってきっと、大概が愛によって女性と結ばれていくに違いないのだ。それはつまり大層なものが相手でなくても、人は十分に愛せるということだった。

 

 しかし、その事実はセシリアにとっては複雑である。それでは殆どの男性を嫌う自分に見る目がないということにならないか、と。

 もっとも、男性は大凡世界の半分である。それを、一方的に嫌ってしまうのはつまらないことであると、セシリアも十分に分かってはいた。

 だがしかし、と考え巡らせながらふと思い出したセシリアはベッドの上の定位置に戻りだした霊夢に言う。

 

「何だか、お父様とお母様のことを思い出しました」

「ふーん」

「あら、わたくしのことは大して気にしていないようですわね。空返事っていうのでしたっけ。わたくしだってそれくらい分かりますわよ」

「いや、もうカウンセリングみたいなこと、懲り懲りなのよね……まあ、てきとうに聞いあげるから、勝手に喋りなさいよ」

 

 先の問答で霊夢は、なけなしのやる気を殆ど全て使い切っていた。

 それに何となく一夏からの好意に気づいている霊夢は、これから面倒になりそうであるという予感すら覚えているために、余計更に面倒を抱えるのはごめんだった。

 しかし、まあ霊夢も気にはなっていたのだ。どうしてこの子はこんなに、怖がっているのか、と。

 

「それでは手短に……わたくしのお母様とお父様はどうにも不仲のようだったのですが……その最期に、一緒に旅行をしていたのです。どうして、二人があの時プライベートを共にしていたのか、わたくしはずっと気になっていまして」

 

 殆どセシリアは、独り言のように呟く。それは別段、返事を期待していなかったから。

 確かに、一夏に対する物言いは筋が通ったものだった。しかし、決して霊夢も万能ではないだろうと、セシリアは思って。

 

 当然ながら、霊夢だって言の通りカウンセラーのようなことは得意ではない。特に、心の機微に関しては苦手な部分がある。ただ霊夢は、訳知り顔で自分の知っていることを述べるのが得意なだけだ。

 けれども、今回。彼女も両親の相愛を信じられなくなってしまった少女に向けて言えることがあった。

 霊夢は寝転がったまま、むしろ言い張るのだ。

 

「そんなの、好きあってたからに決まってんじゃない」

「え?」

 

 思わぬ言葉に、セシリアは目を瞠る。

 何しろ確証が取れぬ他人のこと、大人ならば分かりませんとでも言うべきところ。しかし、少女の言葉は止まらない。

 間違いないと、真っ直ぐ霊夢は言い切った。

 

「好きでもない相手となんて、付き合ってらんないもの」

 

 私が世界の中心のお手本であるかのような、そんな物言い。けれどもそんな自信に、セシリアは救われたのだった。

 

 

 

「ああ――」

 

 だって、そんなにも強く断言されたら、信じてみたくなるじゃないか。

 なにしろ、他所の女の子がそう言ってくれたのだ。娘のわたくしが信じなくてどうする。

 そう、前よりお父様とお母様が本当は愛し合っていたって、そんな夢みたいなこと、わたくしはずっと認めたかった。

 

「その通り、ですわ」

 

 死者は語らない。けれども、私は自分を騙れるのだ。

 貴女によって今更ながらそれを知った。だから。

 

「ありがとうございます」

 

 ありがとう。私はこれからきっと、前を向ける。

 

 




 セシリアさんと霊夢さんでしんみりお話させようと思っていたのですがどうしてこんなことに……分かりません!

 自己解釈ですが、一夏くんの鈍感にこんな理由があってもいいかな、と思いますー。


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第五話 天生

 なんだかちょっとの間日間ランキングに入れて頂けたみたいで、大いに勢いを貰って書いてみました!
 ありがとうございますー!


『日本には満を持して、という言葉もあるようですが……少し、待たせ過ぎではありません?』

『主役は遅れてやってくるっていうだろ? まあ正直に言うと……博麗が一次移行(ファースト・シフト)も済ませていない機体で戦うのはどうかって言ってさ。少し慣らし運転してたんだ。悪かった』

『そうですか、()()さんが……なるほどあの方らしい賢明な判断ですわね』

『おい、もしかしてオルコット、お前博麗と下の名前で呼ぶ仲になってんのか? 羨ましいな』

『こればかりは代わって差し上げられませんわよ? 距離を縮めたかったら、貴方も勇気を出すことですわね』

『ぐっ。……そう考えると箒って凄かったんだな……』

『ですわね……恋する女の子は偉大ですわ……』

 

 IS学園第三アリーナの中にて、ISを身にまとった()女が親しげに会話を交わす。

 これからその身に帯びる過剰な武装を向け合うだろうことが信じられないくらいに穏やかなそれに、周囲は驚きを覚えていた。

 こと、話の題材として弄ばれている箒は顔を朱くしてその会話を聞きながら、二人は随分と変わったものだなと思う。

 そして、箒は一夏とセシリアをそれこそまるきり変えてしまったのだろう、影響力の大きすぎる隣の少女を見た。

 美しさの極みをあどけなさの合間に散りばめる、人間のお手本のような彼女は、桜の唇を動かし、言う。

 

「あいつら何悠長にしてんのかしら。私だったらちょっとしたら問答無用で手を出してるとこなのに」

「……霊夢、お前は通り魔か何かなのか?」

「酷い言われようね。誰だろうと、容赦しないだけよ」

「もっとタチが悪いな……」

 

 憧れている赤い通り魔、霊夢のそんな言葉に、箒は溜息を吐く。この少女はときに抜群の優れを魅せつけてくるが、普段を見ると中々に怠惰だ。

 対話を面倒くさがって早く戦闘に移行したがる女の子なんて、そうはいないだろう。変な血気盛んと言うか、姉とは異なるがこれもまた天才が故の偏りか、と考えながら箒は言う。

 

「それにしても、霊夢。二人を知るお前はこの勝負、どう見る?」

「んー? どうせセシリアが勝って終わりでしょ」

「それは……」

「ふむ。随分一夏に入れ込んでくれていたように見えたが、博麗はどうしてそう思う?」

「あ、織斑先生(ブリュンヒルデ)

 

 一夏の方のピットに居ながらその勝利を望んでいないような言動に箒が眉根を寄せると、そこに少女らの会話を面白そうに望んでいた大人が入ってくる。

 にこにこと黙しながらとことこ寄ってくる1組の副担任である山田真耶を引き連れて、真剣な面をした織斑千冬が霊夢の直ぐ近くに立つ。

 名前を呼び改めて見上げながら霊夢は、そういやこの人が一番強いのよね、と思い出す。1組の担任であり第一回IS世界大会優勝者(ブリュンヒルデ)。確かに、雰囲気からどうにも強そうだし偉そうだ。

 そういや、織斑(一夏)と名字一緒ね、とか考えつつ一切気圧されることなく霊夢は返答をした。

 

「そりゃ、あんな武器(勝機)一つだけじゃ駄目でしょ……うから」

「ふ、敬語が下手だな。……確かに、武器一つで射撃型であるオルコットのブルー・ティアーズを落とすのは難しい。だがしかし――――発現したワンオフアビリティー雪片弐型(あの剣)は上手くいけば一振りで防御を喰い破るぞ?」

「だから、ですよ」

「だから?」

 

 千冬は重ねて問う。

 その言の通りに雪片弐型は、エネルギー防御の一切を無効化するとっておきの剣。斬りつければ絶対防御というISの機能を発現させて、そのシールドエネルギーを大いに減らすことが可能な代物だ。

 シールドエネルギーの損耗度合いで勝敗を決めるIS格闘のルールにおいて、とんでもなく強力な武装であるに違いない。

 それを聞いて、一夏は発奮したし、箒もその勝利を確信した。しかし、霊夢は全く違う。至極当たり前のことを口にするように、少女は零す。

 

「それに頼った(偏った)時点で、空を飛べなくなるでしょう?」

 

 首を傾げる箒と真耶。空を飛ぶなど、ISを持ってしては簡単なこと。そうであるのに、霊夢は剣に頼れば飛べなくなると断言した。

 意味不明、或いは哲学的な意味があるのだろうかと考える二人。しかし、千冬はその意味を簡単に解して、破顔した。

 

「――ははっ。その通りだ。人はその全てを持って(覚悟して)飛ばなければならない。流石だな」

「当たり前のことだと思いますけど」

「ああ。もっとも、それを忘れてしまっている奴は、あまりに多いがな。……まさか、山田先生まで分からないとは思わなかったが」

「あはは……申し訳ありません……」

 

 隣で千冬の言に身を小さくする真耶を他所に、箒は考える。空を飛ぶのに全てを覚悟する、それはつまりどういうことか。

 始まった戦いを他所に、少女は己の中にのめり込み、一つの答えを導き出した。

 

「――霊夢や織斑先生と私達とでは空を飛ぶということの意味が違う?」

 

 近くに遠く、真剣の如き女性と舞の化身のような少女の姿を箒は認める。

 武に偏った乙女は空に浮く少女の考えは分からない。けれども、その心構えの違いばかりは察することが出来た。

 そう、霊夢達はきっと、空を飛ぶということを、その()()と思っていないのである。

 

 

「なんだあの腑抜けた動作は……」

「へったくそねえ」

「あはは……」

 

 異口同音とは行かずとも、同時に並んだ罵言に真耶は苦笑い。タイミング的に動作始まりの切っ先に既に文句を用意していたのだろう霊夢と千冬の異常さに、驚きを覚えながら。

 しかし、実際彼女らが見つめる先にて一夏は紙一重でセシリアの攻撃を避けられている。旋回というには不格好だが、巻き込みの動きは確かに幾多のレーザーを縫うことに成功していた。

 だがしかし、それが大したことでないのは、箒にはよく分かる。幼少期の経験からよく見知っているだろう武の見切りではない紛れだらけのその動作は正に。

 

「一夏め。霊夢の真似をしているな……」

 

 剣道場であれだけ矯正させたというのに、それでも本番にてその付け焼き刃を使うか。それほどまでにお前は霊夢に惹かれているのだな、と恋破れた箒は傷心に微笑む。

 そう、一夏は一度その目で見てからずっと、似合わなくて向かないことを知っていながら、霊夢の踊るような回避を求めていた。

 自分の動きに容れて、そうして失敗を続けて箒に叩かれ続けても尚、止めなかったそれは今、それなり以上の完成度となっている。

 

「だが、あれでは霊夢には程遠い……」

 

 その上手さはワルツを求めるセシリアを驚かせたが、しかしそれだけ。今もセシリアが展開する四基のビットの網を抜けることは叶わない。

 むしろ、優雅なほど過分に動きすぎるがために、射線に入りどんどんとシールドエネルギーが削られていく。

 真似ることに必死な一夏は攻撃に至ることも出来ずに踊るばかり。ISに武器が近接ブレードひとつしかなかったことも災いしている。避けることばかりに、ふらふらと。

 それはまるで、風雨に嬲られる蝶の体現。その下手に千冬と霊夢が苛立つのも仕方なかった。

 

「織斑くんは、頑張っていると思いますけれど……」

 

 しかし、それでも二回目のIS戦闘であるにしては健闘していると言える。

 今も、周囲を行き交うエネルギーの緊張の中で、これ以上なく身を引き絞りながら一夏はチャンスを伺いつつも舞い続けていた。その強かさを含めて、真耶は高く評価に値すると考えている。

 

 そう、代表候補生であるある種の天才であるセシリア相手にここまで飛べているのは素晴らしいことと言っていい。それも、まるで魅せつけるような避け方で未だ空にあり続けられるのは大したものだ。

 つまるところ、一夏は天才なのだろう。向かない人真似ですら戦うことの出来る、ある種の異常。

 だが博麗霊夢の物真似には異常でも天才でも足りない。そして、同程度の天才であるセシリア・オルコットに、究極の偽物なんてそんな半端で勝ることなんて出来なかった。

 縦横無尽に閃光は走る。スピーカーから、優勢に勝ち誇ることもなく冷静なままのセシリアの声が響く。

 

『織斑さん。貴方は、その()()でわたくしに勝とうと言うのですか?』

『ああ。勝ちたいな。俺は、俺が恋するあの人のやり方で、勝ちたい。――並びたいんだ』

『なるほど。……そういうことですか』

 

 一夏は、そう願いを零す。

 唯一の男子生徒から吐かれる恋という言葉に湧く周囲を他所に、セシリアは瞑目した。

 ハイパーセンサーが付いているISとはいえ、目視を失えば自然制御は甘くなる。光線の包囲に開く隙。チャンスが来たと一気に距離を縮める一夏。

 そして、彼女は口を開いた。

 

『――恥を……知りなさい!』

『なっ!』

 

 怒号。そして目を見開いたセシリアは眼前の的へと弾道型のビットを開放する。

 正に虎口に飛び込んだ形になる一夏は必死に避けるもその一弾を半身に受けた。爆発の威力に錐揉みしながら墜ちていく彼に、容赦なく四つのビットからの追撃が向かう。

 セシリアは激し、続ける。

 

『初恋に浮かれるのは構いませんが、それで盲目になられるのは、はた迷惑です』

『ぐっ』

『よそ見をしては困ります――――相手はセシリア・オルコット(このわたくし)ですわよ? 必死なって、踊りなさい!』

 

 怒りに本気になったセシリアは、完全に容赦をなくす。

 優雅なんて知ったことか。上位者の余裕なんて忘れた。ただ、あの気に食わない男を射殺す狩人たれ。

 四方の弓手を動かし続け、上下を相手に失わせる。円かに、なんて求めない。直線だけで絵を描け。回避不可能な死地の形を。

 セシリアはビットを駆使して、遊び一つ許さぬレーザーの天網を広げた。どうしようもなく、この中では美しくあることなど出来ようもなかった。このままでは早々と、一夏は墜ちてしまうことだろう。

 

『くそぉっ!』

 

 だが少年は負けん気に吠える。一夏は無様にも、真っ直ぐに避けた。装甲が削れる、嫌な音を聞く。しかし、無様に泣きそうになりながらも彼はそれを続けて、風になる。

 疾く光の檻を抜き、最短距離にてビットに近づきそれに剣を向けて、直ぐにその場を立ち退いた。

 タイムラグにて気づけた、ライフルから発せられた一条の光線を避けるために。掠め(グレイズ)音盛大に響かせて、そうしてから一夏は相手を強く認めた。

 そして、己をその両目で貫く青の言を聞く。

 

『なるほど、その機体は本来速さが取り柄のようですわね』

『そうみたいだな。はは、今更気づいたよ。情けねえ』

『なら、どうします?』

『そうだな……今更だがもっと、俺らしく(無様に)やらせて貰う!』

 

 そう宣言した少年の顔に、セシリアは満足を覚えた。少女は少年を好敵手と認める。

 だからこそ、彼女はここで彼を墜とすと決めたのだった。

 

 

「やっと、それらしくなったか」

 

 先まで腑抜けていた弟の力強い宣言を聞き、千冬はようやく相好を崩す。

 そして、彼女は隣で何を思うか戦う彼彼女らに透明な視線を向ける少女を横に見た。

 

 そう、最近弟の口からよく聞くようになった存在、博麗霊夢。

 彼女ははじめてにして問答無用の試験結果を出した、抜きん出た空を飛ぶ才を持つ少女である。

 麗しいどころかまるで眩しくすらある霊夢の全容を確認しながら口の中で転がすようにして、千冬は小さく呟く。

 

「天才……いや、()()()の言う通りだとしたら、天生か」

 

 ばけものにすらそう言われた天蓋の存在の一種。その異才ぶりを思うと決して人間に相応しい存在とはならないだろう。

 だからこそ、そんな霊夢がまさか一夏(最愛)の心を救ってくれるとは千冬は夢にも思わなかった。

 それどころか、躊躇わずに、少女は様々な問題に真剣になる。それはまるで、誰かの孤独を嫌う、本物の人間のようだった。

 

「やはり、私()とは違う、か」

 

 同等で、異なる。不平等な自分と異なる平等な何か。

 それはまるで、不自然を均す自然の権化。

 千冬は一夏がエネルギー切れで墜ちたその瞬間ですら顔色一つ変えない霊夢に対して、そう結論づけたのだった。

 

 

 

 織斑千冬は、以前から博麗霊夢を知っていた。それも一方的な情報として。

 はじまりは、一人職員室で残業をしていた際に唐突に鳴り響いた電話から。おかしな音色を出しはじめたそれに嫌な予感を覚えながらも、何とか出てみた時よりだった。

 

『もしもし人間原理(もし)。はーい、ちーちゃん。世界(みんな)中心(アイドル)束さんだよー!』

 

 そして、予感どおりに通話相手は厄介者。世界の災厄であり、千冬の親友でもあるIS開発者、篠ノ之束その人だった。

 溜息と共に、千冬は言う。

 

「束。その呼び方は止めろと言っただろう」

『分かったよ、ちーちゃん! そんなことよりー……ちーちゃんは霊夢ちゃんのこと、知ってる?』

「霊夢? 聞き覚えがないが」

『それはそうだろうね。ただ、見覚えはあるんじゃないかな。ほら、その手元のIS学園受験者名簿の中でとか』

「…………これか。博麗霊夢……彼女がどうかしたのか?」

『よく覚えておいたほうが良いよー。次の主人公(中心)はきっと霊夢ちゃんになるから!』

「……ふむ」

 

 千冬は端末に映る美少女を認めながら、束の言の意味を考える。

 篠ノ之束は、人に興味を持たない、持てない。それは、それが人と分からないからだった。

 なるべく異常でなければ、彼女の気にも留まらないことだろう。そして、そんな束が自分を差し置いて中心になるものとしてその少女を挙げたということは。

 つまるところ、博麗霊夢は極めつけ、ということなのだろう。

 そんなものがIS学園(職場)にやってくるというその事実に内心慄きながら、千冬は耳を澄まして束の言を待つ。

 

『それにちょーっと型落ち(言語違い)が否めないけど、それでもあの子は私の妹みたいなものだからね~。ちーちゃんには是非とも仲良くしてもらいたくて!』

「全く。箒というものがありながらよく他人を妹と呼べるものだな……」

『どうかしたのちーちゃん? ()()()()()()()()()だよ?』

 

 妹という単語にそんな反応をする束に、千冬は反省をする。

 なるほどこいつは血肉に頓着するような人間ではなかった。ならば、つまり博麗霊夢はこいつと質が似通っているということか、と千冬は考えた。

 それが、見当違いであることを知らずに。

 

「……そう、か。なるほどお前によほど近いらいしいな、そいつは」

『ちっち。ちーちゃんはサルミアッキくらいに甘いねえー。霊夢ちゃんは、妹分でありながらなんと私達(化物)の真逆もいいところのカウンター(主人公)なんだよ!』

「それは……彼女が私達と似て非なる何か、ということか?」

『霊夢ちゃんはね、(天災)をすら超え得るミステリー(神秘)をその生身に秘めてるんだー! 天生の子って言えば良いのかな? 凄いよね~☯』

 

 テンションを天井知らずに上げていく真正の化物を相手にしながら、千冬は至って冷静だった。

 いや、むしろそう努めなければどうなってしまうか分からない。何しろ束以上の存在なんて、その友でしかあれなかった出来損ない(贋作)には想像も付かないことだったから。

 

「そんな奴を、私はどうすればいい?」

『ああ、ちーちゃんにだって――――あの子はどうすることも出来ないよ。でも、出来れば近くその目で見ておいて欲しいな♪』

 

 ふふ、と兎は笑う。

 

『幻想の華がこの世に開く瞬間を』

 

 物語の幕が上がることすら待たずに、束は踊る。

 

 そして、彼女は終幕までをも見通して、戯けるのだった。

 

 




 一夏さん対セシリアさんを描こうとしたら……なんとぴょこんと兎さんが……どうしてか分かりません!

 束さんは何を語っているのでしょう?


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第六話 恥ずかしい

 肌色が多いシーンをひょいひょい避けながら読み進めてみた勢いで書いてみました!
 恥ずかしいです!


 博麗霊夢はIS学園の生徒である。そうであるからには制服を着用せずにはいられず、当然露出度の高いISスーツを着込むことだって義務付けられていた。

 

「水着みたいよね、これ……恥ずかしいわ」

 

 ぴたりと肌に張り付く学校指定の薄一枚。肌触りがやたらと良く、まるで着ていないかのようにすら錯覚してしまえるあたりがどうにも嫌だ。

 こんな薄着の上に更に鋼鉄を纏うなんてなんてセンス、と霊夢は思う。指定体操着のブルマに切れ散らかしたことは、記憶に新しい。

 もっとも、ISスーツを当たり前として歓談する同級生の前で、どうかしてんじゃないのという感想を口にすることは流石に憚られたが。

 

「はぁ。これなら言われた通りに契約して自分でスーツをデザインした方がよかったかしらね……ま、専属なんてぞっとしない話だけど」

 

 しかし、電位差を感知するだの耐久性だの細かいことは抜きにして、こんな格好をするのは霊夢は嫌だった。

 だから、嫌気からつい誰にも秘密としていたことが口から零れてしまったのも仕方のないことだったのだろう。

 そう、霊夢は入学する前、合格通知と共に企業からのアポイントメントを受けていたのだ。嫌々出向いたところで、少女は専属契約という文句を初めて聞いた。

 

 霊夢が試験で発揮した圧倒的な実力。それには、敗衄した当の本人――2組の担任――こそがいたく感銘を受けた。

 彼女は霊夢を推薦するために手ずから編集し、良かれと思って縁のあるISを数機保有している世界的大企業に売り込みをかけたのだった。

 勿論そんなの秘匿義務もプライバシーも何もない言語道断な行いであったが、そんな行いでどうなろうと構わないと思わせる程、霊夢の操縦は逸していたのだ。

 当然、ISが専門ではない企業であっても霊夢の空を飛ぶ能力には惹かれてしまう。またそのアイドルはだしの容姿もプラスだったのだろう、それこそ年齢も考えずに広告塔にならないかと本気で口説き落としにかかった。

 だが、幾ら彼らが本気であろうとも、霊夢という大山を動かすには足りない。霊夢にとって特別扱いというのは面倒でしかなかった。提示された大金には多少なりとも心動かされたが、それだけ。

 小金持ちな養父母の手でそこそこに裕福な暮らしをしていた霊夢は、丁重に専用機の制作を断ったのだった。

 

 そのことに、酷くがっかりしていた担任――ブロンド輝く美人――は、IS飛行訓練に集まる生徒たちの中から霊夢を見つけて、言う。

 

「博麗さん。まず貴女が打鉄を纏って貰えるかしら?」

「……私が、ですか?」

「そうよ。貴女がクラス長というのもあるのだけれど……ふふ、私がやってみるより博麗さんがして()せた方がよっぽどお手本になると思って」

 

 にこり、と霊夢に向けて過度の親愛を持って笑う、そんな彼女もISスーツを纏った露出過多。

 まったく海に来てんじゃないんだから、と思いながらも、名指しした先生の言葉を霊夢はいたずらに拒絶出来ない。

 と、いうよりも折角こんな格好までしたのだから、霊夢も早く空を飛んでおきたかったのだった。だから、特にむずかったりもせず、頷く。

 

「はぁ……流石に先生がやった方が勉強になると思いますけど……分かりました」

「よーし。それじゃあこの訓練用の打鉄を……一応フィッティングとパーソナライズは切っておいて、と。うん。良いわね。装着に手伝いは必要かしら?」

「大丈夫です」

 

 ISの外部コンソールを弄りながら、自分を子供扱いするかのような物言いをしてきた担任に、僅かにむかっ腹を立てながらも霊夢は面に出さずに遠慮なくISに触れる。

 白に紫のラインが目立つどこか無骨な様子の打鉄。その相変わらずの冷たい感触に、向こうからの拒絶の感を覚えながら。

 膝をつくような形で固定されているそれを装着し始めると、どこか妖しげな様子で先生は言った。ふんわりと、金糸が柔らかに所作に靡く。

 

「それにしても、博麗さんって意外とIS適正低いのよねぇ。確か、Cランクだったかしら?」

「はい」

「あんなに上手に操縦できるのに、不思議ね」

 

 先生の言に、ざわりと周囲がざわめく。ぽつぽつと、私よりも博麗さん低いの、という声すら上がった。

 そう、霊夢のIS適正ランクは可もなく不可もなくのC。エリートが集まるこの学園にてISとの噛み合いは、それほど良い部類ではなかった。

 しかし、霊夢はそんなことを気にするような少女ではない。彼女にとってISは数多くある空へ向かうための方法の一つでしかなかった。

 一番簡単なやり方であるからこうして使っているが、もし普通に重力から解放されることがあるなら、こんな機械なんて疾く手放すだろう。

 ()()()()()のCランクであるのだが、しかし平等な霊夢は乗り物の機嫌すら選ばないのだった。

 装着後無事に起動を済ませ、歩くことすらなく、霊夢は軽く言う。

 

「じゃ、飛びます」

 

 身につけた時点で既に打鉄は博麗霊夢の体の一部(支配域)。ならば、意も必要ないくらい当たり前に、飛べるのだった。

 誰もかもをその場に置いてきぼりにして、少女は浮かぶ。その長い黒髪が疎らに散って光を梳いた。

 

 当然のことながら、ISを纏った人間はPICに依って、浮遊が出来る。その延長線上で飛ぶことだって可能だ。むしろ浮かぶということはIS操縦の初歩の初歩。出来て当たり前のことだった。

 だが、最初の一歩が恐ろしいまでに上等であれば、真っ先にその者の実力の高さは覗えてしまうものだ。切っ先から鋭ければ、果てはどこまで綺麗なのだろう。

 そう、博麗霊夢が地から足を離したときに起きたのは、歓声を堪えたがためのざわめきだった。

 

「センサーの類いが敏感すぎて皆の吐息だって煩いくらいね……まあ、いいわ。続けましょうか」 

 

 そして、重力に縛られることのなくなった霊夢は、そのままふうわりと飛ぶ。

 やがてそのままふよふよと空気を流れて、確かめるかのように右に左に。速度を上げていこうが、その優雅は変わらなかった。

 見上げる少女等は思う。あれはどういう操縦なのか。果たしてどうすればあそこまで自然に慣性を得られるものだろう。

 スラスターにどれだけの慎重を期させているのか、それは教師にすら想像もつかない。

 皆が畏怖すら覚える中で、しかしその繊細な制動を霊夢は気にも留めていなかった。

 人が内臓の働きを気にしないくらいには、少女にとって空を飛ぶことは当たり前。むしろ重力に引かれている何時もこそがおかしかった。

 その飛行は画になるどころか軌跡すら忘れる自然。誰が見ても、まるで空の青にぴったり彼女が当てはまるようだった。

 

「……博麗さん。そこから地上一センチまで真っ直ぐ降りて来て頂戴」

「はい」

 

 一センチって爪ほどもないわよねどれくらいだったかしら、と考えながらの地面までの小飛行。速度を出したままに、少女は慌てず騒がず舞い降りる。

 そして当たり前のように一ミリの狂いもなく地面すれすれに霊夢は静止した。そのままゆらゆらとして、彼女はそれを課した担任の様子を見る。

 苦笑しながら霊夢のそのあり得ない実力を見た先生は、それでいいわ、とだけ喉の奥から絞り出す。そして、唖然とする周囲に向けて彼女は言った。

 

「分かっているとは思うのだけれど……いとも簡単に博麗さんがこなしている動き、あなた達には無理よ? と、いうよりも私にもこんな真似は出来ないわ。後で打鉄のログを確認してみるけど……きっと再現は不可能でしょうね」

「えー……」

 

 流暢に似合いもしない日本語で力説する担任の言葉に頷く皆。それを無視して霊夢は、もしかしてへぼだったのかしらこの教師、と失礼なことを思う。

 だが勿論、IS学園の先生がISについて達していないはずがない。それを軽々と越してしまっている霊夢が異常なだけなのだった。

 ウィンクをして、副担任(補佐)要らずとされた程の辣腕でもある彼女は演説する。

 

「けど、見本にはなったでしょう? 届かなくても、もがいて頂戴。博麗さんの操縦こそがあなた達にとっての空を飛ぶ理想像よ」

「はい!!」

 

 思わず仰いでしまうような同級の少女の凄さを認めた皆は、それに向かうことを楽しみとする。空に魅せられた彼女たちは、大いに高揚を覚えている。

 

「はぁ。ついていけないわね……」

 

 しかしうるさいくらいの2組の皆の反応をハイパーセンサー越しに大きく聞いた霊夢は、その元気の良さにまた場違いな感を覚えたのだった。

 

 

「博麗のクラス、飛行訓練やったんだって? 聞いたぞ、博麗が見本で飛んだっていうの」

「織斑って意外と情報通なのね」

 

 後の夕食時。奇遇を装いながらセシリアと共に食事中の霊夢の元へと一夏と箒はやって来て、いただきますをしてからしばらくしてからそんな会話が生まれた。

 熱心に蕎麦を食んでいる霊夢はそぞろな返事。しかし健気にも一夏は恋しい相手の言葉に真面目に反応するのだった。

 

「そういうわけじゃなくてさ。俺にも聞こえるくらいに話題になってたんだよ。あー、俺もISを纏った博麗の姿、見たかったなー」

「なに。あんたそんなに破廉恥な格好の(ISスーツを着た)私を見たかったっての?」

「ち、違うっての……そんなんじゃないって」

「一夏……!」

「最低ですわね」

 

 ぼっと赤くなる一夏に向けられる、幾多の冷たい視線。それは思わず声を上げた箒にセシリアだけでなく、それとなく周囲に散らばり聞いていた霊夢のフォロワー達からのものも多数だった。

 勿論、意中の女性の水着に近いような姿なんて、見てみたいに決まっている。しかし女性ばかりのIS学園で、いやらしさで注目されることほど身が縮こまる思いになることはなかった。

 絶対零度の中でぶんぶん首を振って慌てる一夏に、霊夢は上等を自然に歪めてにこりとして言う。

 

「冗談よ。あんたがそんなのじゃないってのは知ってるわ」

「……勘弁してくれ」

 

 一拍前の過ぎた緊張から一夏は溜息すら出なかった。どっと疲れた様子の少年を他所に、箒が代わりのように続ける。

 

「この軟弱者はどうでも良いとして、霊夢。ただ飛んだだけで話題になるとは流石だな。私も鼻が高い」

「なんで箒が天狗になっているのか分かんないんだけど……まあ、上手いかは知らないけど飛ぶのは好きね」

「そうか。まあ、私としては霊夢のIS戦闘の腕前の方が気になるところだが……」

「あら。そっちの方はわたくしが先約ですわよ?」

 

 ぱくぱくしていたサンドイッチを置いて、セシリアは言い張る。

 ()()()()()として対抗戦で恥じない結果を得るため、いいやもっと言えば霊夢との戦いへの準備のために勤勉さに磨きをかけている彼女にとって楽しみにしているところで鳶に油揚げをさらわれるのはごめんだった。

 釘を刺してから再び食事をはじめたセシリアに、箒は微妙な表情をして問う。

 

「オルコット……先から気になっていたのだが、どうしてお前はそんなに辛そうな顔をしながらサンドイッチを食べ続けている?」

「霊夢さんに作って差し上げようとしたら突き返されたので仕方なしにですわ! ……もっとも、こんな酷い味のものを霊夢さんに食べていただく訳にはいかなかったのですから、良かったのかもしれませんが。はぁ、自分の料理の腕がここまで拙いものとは知りませんでした……」

「見た目は美味しそうに見えるが……霊夢はよくその味の悪さに気づけたな」

「勘よ、勘」 

 

 何でもないかのように言う霊夢。それを、何となくその全方位的な天才ぶりに感づいてきた箒は胡乱げな顔をした。霊夢の隣でまたぱくりぱくりと沈痛な表情で食事を再開したセシリアにも残念なものを見る目を向けて。

 ちなみに、霊夢に食べ物を残したら勿体ないお化けが出るわよ、と脅されたセシリアが残飯を出すようなことはない。ジャパニーズオバケは礼儀正しすぎですわ、と今も彼女はその存在を信じていた。

 そんな哀しいセシリアの様子を見て、ふと一夏はあることを思い出す。それは手作り料理からの連想。ツインテールの勝ち気な少女の姿が彼の目に浮かぶ。

 

「そういや鈴……友達の女の子なんだけどさ、そいつが別れ際に料理の腕が上がったら毎日酢豚を作ってやるとか言ってたことがあったな」

「一夏、それは……」

「あらあら。織斑さんも中々隅に置けませんわね!」

 

 毎日異性に料理を作りたい(のお世話をしたい)。中華の香りがするのが妙ではあるが、それをオブラートに包んでしまう乙女心。聞いて、そんないじらしさを察した箒とセシリアは頬を染める。

 しかし、彼女らは忘れていた。目の前にいるのは大変な唐変木。相変わらず人の心が分からない男子は、見当違いを自信満々に主張する。

 

「いいだろ? 鈴の家は中華料理屋でさ。きっと上手くなったら相当なものだと思うんだ。そんなのを奢って貰えるなんて友達冥利に尽きるって奴で……ぶっ」

「はぁ。もう喋るな、一夏」

「ぐっ……箒、普通そう言う前に叩くもんか? ……オルコットもどうしてそんなに怒ってるんだ?」

「……こんなにまで鈍い男を一度でも好敵手と思った自分が恥ずかしいですわ」

 

 まるで女心を秋の空とでも思い込んでいるかのような物言いに、周囲の一夏への評価はがくんと落ち込む。

 正史を知らず、箒はフラレてきっぱりと諦めて正解だったなと考え、セシリアはこんな男に恋をするなんてあり得ないと、思う。

 どうしようもないものを見る視線に耐えられず、一夏は恋しい人へと向いた。向けられる赤い瞳。瞬きもなくその深みは彼を見つめ、そして。

 

「あんた――――頭湧いてん(正気な)の?」

 

 彼は想い人(霊夢)にすら一刀両断されたのだった。

 

 

 

「鈴、か……」

 

 IS学園にて、唯一の男子生徒である俺は珍獣だ。だからこそ、中々一人になれる時間はない。

 自室でも箒が一緒なんだ。それこそ自分を見直して我に返る時間なんて、あり得なかった。改めようとする前に、問題ばかり押し寄せていたしな。

 でもだからって、博麗が俺が愛されてもいいって言っていたその意味だって本当は理解しきれていなかったなんて駄目だよな、俺。

 

『……まあ。それでもいいわ。そう簡単に思い込みからは抜けられないもんだしね』

 

 でも、博麗はそんな俺を見捨ててくれなかった。

 愛らしいばかりの容姿の中に確かに鋭いものを持つあの子は、俺にこう言ったんだ。まるで、子供をあやすかのようにして。

 

『でも――――良かったじゃない、織斑。だって、聞く限り鈴って子は間違いなく織斑一夏を愛してたわ』

 

 俺には分からない。鈴のあの赤らんだ顔が、たどたどしい言葉が、友達以上の意味を持っていたなんて、それを貰う権利がない俺には分からない筈なんだ。

 それなのに、博麗は綺麗を尚美しく、そんな自然な笑みで言ったんだよ。

 

『あんたが分からないなら、私が教えてあげるわ。だって、そう………』

 

 笑顔は本来攻撃的なものではなく、赤子をあやすためのもの。そう言われたら信じたくなるような、そんな本気が博麗にはあった。

 そう、博麗霊夢は一度決めたら中途半端はしないで思いっきりぶつかっていくんだ。そりゃあ、魅力的に思えちまうよなあ。

 

『友達って、そういうものでしょ?』

 

 うん。けど、その言葉だけは、頂けなかったんだよな。

 

「はぁ……」

 

 箒が寝入った夜中、眠れず久しぶりに俺は一人になった。その間、考えていたのは鈴のこと。

 今どうしてるんだろうな、ということからはじまり共にあった時間を反芻して、過去の言葉の意味を俺は思ったんだ。

 すると、俺がもし自意識過剰でなかったのなら、あいつの言動に友達同士に向けるものとしてはおかしな部分がざっくざっくと見つかってしまった。

 

「俺、好かれてたのか」

 

 そして、ようやく俺は博麗の言葉をまるきり飲み込めたんだ。

 まさか、俺みたいな足を引っ張ることしか出来ないやつが一線を越えるまでに好かれているなんて思いもしなかった。でもだからって、自分に向けられた人の気持ちすら慮れなかった俺は馬鹿だ。

 ましてや、鈴のその思いが嬉しくてたまらないのに、それと同じものを友達だって線を引いた博麗に求めてしまう俺は、どうしようもない。

 

 でも、そういう風に改めて人に求められる自分(人間)に変われたことはどこか誇らしくもむず痒くて。

 

「想うっていうのも存外良いもんだな……って、恥ずかしいこと言ってんな、俺……」

 

 恋って思ったより照れくさいもんだって、ようやく俺は知ったんだ。

 

 ああ、俺は確かに正気じゃない。

 

 




 霊夢さんがふよふよして軽い日常で〆る予定でしたのにどうしてこうなったのでしょう……わかりません!

 鈍感治療中ですー。


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第七話 光

 なんだか前回の話で色々と考えて悩んでしまったのですが、まあ馬鹿な自分が考えても仕方ないと勢い込んで続きを書きました!
 でも今回も心配ですー。


 篠ノ之箒にとって、織斑一夏は唯一つの光だった。

 それこそ盲目になってしまうほど心の底から想った相手であるし、何なら振られた今でも未だに大好きな男の子でもある。

 とんでもなく外見が格好いいところとかはまあ、箒もそこに惹かれている部分も多々あるが、置いておくとして。

 優しくて、何より変わらない。彼のまるで故郷のように安心できるところが一番に惹かれる部分だったのだろう。

 何せ、箒は姉を原因として帰るべき場所を失くしてこれまでずっと転居を繰り返していたのだ。終始落ち着かない心地で休まることなく。安堵を覚えることは殆どなかった。

 むしろ、境遇の特殊さから周囲と馴染めずに、次第に敵視することで自分を守ることを覚えたのだ。そんな彼女が幼き時の僅かに抱いていた心落ち着く彼への想いを大事にして、何が悪かったというのだろう。

 

「いや……少しは悪かったのかも、しれないな」

 

 虚空に、少女は独りごちる。

 確かに、恋を精神安定剤とするのは、箒の心を生かし続けるのに必要だったかもしれない。

 けれども、それ以外はいらないとするまでに依存してしまうのは問題だったのだ。マッチ一本の温もりで暖まるのは限度がある。

 それこそ、家族を知らないもしも(本来)よりも人の温もりの意味を知っている霊夢が口出ししてしまうくらいに、箒は寒さに震えていた。

 

「霊夢には、感謝をしないとな」

 

 箒は、霊夢の言を聞き入れた後、変わった。それこそ霊夢が忘れてしまうくらいに普通の、幸せな女の子になったのだ。

 よほどのことでもなければ、学生生活は楽しいもの。同じくらいの子供達と笑い合っていて然るべきものだった。

 よく見れば皆馬鹿みたいに優しくて、時にされる意地悪にだってそんなに深い意味もないと箒は知る。愛すべきは、隣にもあった。だから想いを分ける。そうして彼女は、恋に偏る乙女心を失ったのだ。

 それが良かったか悪かったかは、分からない。けれども箒は、一夏(大好きな人)の想いの自由を願えている自分を良しとしていた。

 

 ちなみに、霊夢が以前口にしたようなことはそれより前から先生等に口酸っぱく言われていたりもする。

 頑なな(寂しげな)少女が誰にも想われなかった筈なんて、なかったのだ。もっと周囲を見て、幸せになって欲しい。そう思う大人だって、少なからず居る。

 でも、そんな当たり前の言葉(想い)を届けられたのは、箒を完膚なきまでに打ち負かすことの出来た霊夢だけだった。

 そして、説教のように彼彼女らが以前から向けてくれていた愛を後で知ることが出来、余計に箒は霊夢に感謝を覚えたのである。

 ああなりたいと、憧れながら。

 

「んー。面倒くさいわね。受付……」

「む……何だあの生徒は……迷っているのか?」

 

 ふと箒は首を傾げる。一つに括られた、少女の長い髪がさらりと疑問に揺れ動く。

 箒が剣道部の稽古にて温まった身体を半ば持て余しながらの歩みの最中、構内にきょろきょろとしている女の子の姿が眼前に現れた。

 その挙動不審振りにまず箒は眉根を寄せたが、反するように少女の矮躯とすら思える小柄の全体に同じ学生服――改造しているようだが――が纏われていることからただの迷子の新入生と判断。

 さてどうしようかと一瞬迷ったが、しかしまあこのくらいの面倒はいいかと判断。箒はツインテールの彼女へと歩み寄っていった。

 そう、普段の暢気を知りながらも、未だに霊夢を困ったときには必ず声を掛けてくれる存在と信じ込んでいる箒は、焦がれてそんな偶像の真似をしたがるのだ。

 

「あー……間違いだったらすまないが。ひょっとして、君は迷っているのか?」

 

 しかし口を開いて、その時勘違いだったらどうしようという考えが出てしまった箒の言は少し曖昧になってしまった。これは、竹を割ったように話す霊夢とは大分違うな、と彼女は苦笑する。

 だが箒の予想は的中していた。ぐりん、と音がなりそうな程の勢いで少女、凰鈴音(ファン・リンイン)は声の主へと振り向く。べしりと、両脇のツインテールが頬に肩にぶつかる。

 そして、箒の胸元へとその目をさまよわせてから、苦渋を更に煮詰めて飲み込んだかのような表情をしてから、言った。

 

「ぐ……そ、そうよ。だってここ、無駄に広んだもの! あたし、事前に資料とか貰ってないし……仕方がないでしょう!」

「そうだな。初めてで案内もなしでは、迷っても仕方がないだろう」

「でしょ! そうなのよね、誰か案内してくれるような人が居たらあたしも……」

「そうだな。差し支えなければ、私が案内を買って出ようか?」

「ホント? いやー、最初はちょっと硬そうでとてもじゃないけど合わなそうに見えたけど……あんた意外と話が分かるのねー。助かったわ!」

 

 初対面で随分な思われようだな、と箒は思うがしかし、彼女が今鈴に向けているのは決して愛想笑いではない。

 喜怒哀楽、それがハッキリとしていて無表情になりがちな自分とは大きく異なっている。だが、箒はなんとなく、鈴のその忙しなさを愛らしいと思ったから。

 なるべく上等に――あの時の彼女のように――微笑んで、箒は鈴に手を差し出す。

 唐突に差し出された手を前に左右に首を捻る彼女を前に、箒は言った。

 

「察するに君は、一年生だろう? この道着姿だと分からないだろうが、私も同学年だ。これも縁。出来れば仲良くしたいと思ってな」

「え? 年上じゃなかったの? ……これで?」

 

 驚きとともに、とても自分と同年代のものとは思えない豊満な胸元を鈴は敵のように睨む。飛びかかって毟ってやりたいと、その目は雄弁に語っていた。

 強い視線を胸部で受け、彼女の第一印象が悪かった理由は何となく理解できて来た箒だったが、まあこれも持つもの宿命だなと多少気分を良くしながら言い募る。

 

「私の名前は篠ノ之箒だ。ひとまず、よろしくな」

「……ふぅ、いいわ。あたしは凰鈴音。よろしくね」

 

 そうして、箒と鈴は手と手で繋がる。

 一つ息を吐いたところで貧富の差に憤りを拭い去れない鈴は、思いっきり繋がった手に力を込めて驚かせようかとも思ったが、しかし止めた。

 何せ、向けられたその瞳は久しく見ていなかった優しげなもので。大好きな彼を彷彿とさせるものだったから。

 ま、この子なら友達になってもいいかもね、とか内心捻くれてニヤつきたがる口元を堪えながら、鈴は言う。

 

「あたしはあんたのこと篠ノ之、って呼ぶわ。篠ノ之。それじゃ確りナビゲート頼んだわよ」

「分かった、凰。それで……私はどこに案内すればいいのだ?」

「そういや言ってなかったわね……本校舎一階総合事務受付ってところっ!」

「それなら、こっちだな」

「こっちだったの? うわー、回り道してたわ……」

 

 反対の手で示し合い、二人、手を離すことすら忘れて繋がったまま歩み始める。

 比べれば少し歩幅の大きい箒ではあるが、難なくちょこちょこ付いてくる鈴のおかげでその進みは順調そのもの。

 だからこそ、会話をする余裕も出る。実はすっかり好きになってしまっている女の子との距離を縮めんと鈴はまくし立てた。

 

「ねえ、そういや篠ノ之って、篠ノ之博士と同じ名字よね。なんか関係あったりするの?」

「よく聞かれる質問だが……まあ、隠しても仕方がない。篠ノ之束は私の姉だ」

「マジ? 凄いじゃない!」

「まあ、凄いのはあの人の方で、私はただの一般生徒だと考えてくれると助かる」

「IS学園も侮れないものね……絶対に篠ノ之ったら金の卵じゃない! まさかそんな子を擁してるとはねー」

「……本当に私はただの一学生程度でしかないんだがな……」

 

 話題が話題なだけに、箒の笑顔はどうにも窮屈なものとなる。何しろ、これまでの苦境の原因はISを発明した姉たる束その人なのだから。

 しかし、話題にしてみて今まで考えていたよりもずっと、恨みの感情が減っていることに箒は気づく。なるほど、これも周りを見てみた成果だろうか、と彼女はふと考える。

 

 ちなみにその苦笑いの意味を軽いものとして、ひょっとしたら篠ノ之はあたしのライバルになるかも、とか鈴は考えていた。にこにこと、もう彼女は笑顔を隠さない。

 追いかけたくなるくらいに恋する人に、学業のライバルになり得てまた友達になりたい女の子がこの場に居る。楽しみだ。最初がここまで幸先よければ、嬉しくなってしまうのも仕方ないだろう。

 まあ篠ノ之が恋のライバルになったら困るけれど、それでも自分は負けはしないでしょ、と鈴は思っている。自信は充分。気合だってある。

 

「ふふ、これからの学園生活が楽しみね!」

 

 だから凰鈴音は、これからの未来が光り輝くものであると、信じて止まなかった。

 

 

 それは、待ち構えたからであるわけでも、出向こうとしてかち合ったわけでもない。つまり偶々。それを鈴は運命的なものと捉えた。

 朝の登校時。上がったテンションのせいで偶に早起きして寝泊まりした部屋から出てみたら、偶然にも扉を開けて出てくる恋すべき人の姿が認められた。

 目が合う二人。思わずにんまりとしてしまった鈴に、一夏は叫ぶように言う。何事かと大声に見張るクラスメイトを知らず。

 

「鈴? お前、鈴じゃないか! どうしてここに居るんだよ!」

「ふふ、転校してきたのよ、転校! 一夏がISを動かしちゃってここに入れられたって聞いて、一人寂しくしてるんじゃないか、って思って来てあげたのよ!」

「別にぼっちとかそんなことはなかったけどさ……いや、でも嬉しいな!」

 

 ぎりぎり幼馴染と言える関係の一夏と鈴。二人は周囲を顧みることなくまる一年ぶりの再会を全身で喜び合う。

 それこそ、抱きついてくる鈴を一夏が持ち上げたりして、いちゃいちゃと。それを見た霊夢一夏派の女子生徒が歯噛みしていたりするのは、完全な余談である。

 存分に友達同士の気安さを楽しんだ後、我に返って鈴を降ろして、一夏は言った。

 

「あ、そうだ。これ言うの忘れてた……おかえり、鈴」

「ふふっ、ただいま、一夏!」

 

 笑顔に笑顔が返る。一夏は鈴の、この性差すら覚えられないほどのあどけなさが好きだった。

 だがしかし、と彼は思う。もうその中にある想いを自分は知っているというのに、それなのに彼女を子供扱いしたままで良いのかと。

 考えれば考える程に、それは不誠実に思えた。だから、と思い真剣な瞳になって一夏は鈴を見つめる。

 

「ん? 一夏、どうしたの?」

「……あのさ。放課後、ちょっといいか?」

「え?」

「ここ。俺の部屋に、後で来て欲しいんだ」

 

 そう、小さな耳元に彼は告げる。そして言葉足らずにも一夏はそのまま去っていく。覚悟を決めるためにも、鈴と一時距離を置くために。

 しかし、取り残された鈴は大変だ。口をぱくぱく、顔を真赤にしてあわあわとする。

 

「え、えっと、それって……そういうこと?」

 

 両手を熱を持つ頬に当てていやいや。ピンクな想像をはじめた彼女は知らない。一夏に同室の少女が居るということを。

 だからこそ、気軽に女の子(友達)を上げるのだということだって、まだ分からなかった。

 

 

「来たか。上がって……どうした?」

「……聞いたわよ、あんた篠ノ之と同室なんだって?」

「ああ。箒にはもう既に話は付けてある。気にせず、上がってくれ」

「箒、ねぇ……」

 

 想い人の前で少しひねたように、鈴は呟く。それは、羨ましいという感情からだ。

 ちなみに部屋割の情報源は一夏と顔を合わせるのは恥ずかしいからと、鈴が見つけて仲良くご飯を食べようとした箒本人である。

 彼女の口から紡がれた男女同部屋というあまりの事態に、隣の巻き髪の少女に口に含んでいた中華丼の一部を吹きつけてしまったことは記憶に新しい。

 もっとも話を聞いた際に箒に、私は一夏に思う所は何もないから安心しろと、言われて鈴は、あ、安心なんてそんなことそもそも気にしてないわよ、と強がっていた。

 しかし、今こうして一夏の気安い呼び方を見るに、二人の距離は鈴が考えていたよりもずっと近いようだ。

 

 これは気をつけないと、と気を引き締めていると、一夏はおもむろにキッチンへと消えていく。

 座るわよ、と一方的に口にしてから鈴は半ば勝手にテーブルの前の椅子に座す。そして、クッションの柔らかさとフリルの感触に、女性を覚えた彼女はどうにも機嫌が更に悪くなった。

 そんなことつゆとも知らない一夏は、お盆に二つお茶を載せて持っていく。湯気が立ち昇るそれを見た鈴は、相変わらずマメね、と少し嬉しくなった。

 

「鈴、お茶飲むか?」

「……いただくわ」

 

 そうして、ずずとお茶を啜り合う男女二人。

 何となく切り出しにくい一夏と、未だ機嫌が直らない鈴との無言の時間はそこそこ長く続いた。

 だがしかし、それでも少年は果敢に口を開く。それがたとえ、少女にとって残酷な結果になるとしても、覚悟をして。

 きりりとしたその面の整いのあまりの良さにぽっとする鈴を他所に、一夏は言う。

 

「……えっと、さ。鈴。俺は一年ぶりにお前と会っただろ? それは本当に嬉しい。IS学園で二人の幼馴染とまた会えるなんて思いもしなかったからさ、正直なところ舞い上がりたいくらいの気分なんだ」

「二人?」

「ん? ああ、そこが気になったのか……箒は鈴と会う前に仲良くしてた、友達だったんだ。白騎士事件以降ずっと、会えなくてさ……」

「なるほどね……」

 

 静かに、鈴は納得する。

 まだあたしをただの幼馴染扱いしてんのこの唐変木、と憤りながらも何だかんだ彼女はほぼ一年で中国の代表候補生に至ったほどの才女なのだ。

 篠ノ之束が起こしたのだろう白騎士事件の重大さも、それが引き起こしたのだろう別離により想い人たちが味わった寂しさが理解できないとは口が裂けても言えなかった。

 だから、気になることは多々あるが鈴は大人しく続きを聞くことにしたのだ。その後の言葉に、大きく胸元かき乱されることになると知らず。

 

「話戻すぞ……俺だってただ喜んでいたくあるんだ。でもさ、忘れちゃいけないこと、応えなければいけないことだって俺たちの間にはあるだろ?」

「ん? それって何のこと? んぐ」

「酢豚がどうのこうのってあれ、鈴なりの告白だったんだよな?」

「ぶっ!」

 

 それは、鈴にとっての唐突。まったりとした会話が続くものと思いきや自分の想いに皆中してしまった一夏の言葉に、思わず彼女はタイミング悪く口に含んでいた緑茶を吐き出し、つまるところ本日二度目の噴出をした。

 瞬く間に紅潮して慌てだす鈴に、構わず一夏は続ける。

 

「まあ言い回しが鈴にしては回りくどかったというか古臭かったし……いや、だからこそ気づくべきだったのかもしれないな。それって、あの時明らかに何時もの鈴じゃなかったってことだ。思えば、滅茶苦茶赤くなってたし、とんでもなくどもってたし……緊張してたんだな」

「ふぇえっ!」

 

 鈴は、混乱の極地に陥った。別れ際に朴念仁に対して思い切って咄嗟に放った昔お婆ちゃんがしたという告白を真似た自分としても少し分かりづらいかもしれないあの言葉が、本当に受け容れられていたなんて。

 それはなんて恥ずかしくて嬉しいのだろう。

 何かがおかしいと警鐘する己の勘を無視しながら、鈴は期待をその大きな双眸に込めて一夏を見つめる。

 

「流石に要は毎日世話をしたい、って言ってるってくらいは理解するべきだったな。プロポーズのつもりだったかは分からないけれどさ、普通の友達同士だとそこまでするのにはよっぽど覚悟がいるっていうくらいは俺だってよく考えたら分かる筈だったんだ」

「プ、プロ……! な、何言ってんのよ一夏。そんな筈……いや実際あんたのお世話してあげたくはあったけど実際直ぐ家庭に入りたいとかそこまでの意味は……というか恋人期間をすっ飛ばしてそこまでいっちゃうのってあまりに勿体ないというか何というか……」

「そっか……鈴はやっぱり俺のこと、想ってくれてたんだな」

「前みたいに聞き流してもくれない……!」

 

 鈴は、思わず恥ずかしさに泣きたくなった。というか、この目の前の男の子は本当に誰なのだろう。

 まるで、以前の一夏(鈍感)とは違っている。ここまで察しがいいとありがたい。けれども少し――寂しくもある。

 でもでも想いが届いてくれたことは狂喜乱舞したくなるくらいの喜びで。だから次の至福を望んだ鈴は。

 

「でもごめん。俺は、鈴の気持ちに応えられない」

 

 希望の光を失った。

 

 

 

「なんで、なんで、どうしてっ……!」

 

 鈴は走る。涙を零しながら、扉を蹴破る勢いで開け放って、どこかへと。

 一夏に、拒絶された理由なんて聞けなかった。それはどうしようもなく、怖いから。ただでさえ、上げて落とされたのだ。もし嫌われていたのだとしたら、首を括りたくなってしまう。

 だから、一夏の悲痛な叫びすら無視して逃げた。そうしたら。

 

「全く――――箒の予想の通りね」

「わっ」

 

 玄関を抜けた途端、突然現れた誰かに、鈴は抱きとめられた。

 顔を上げ、あまりの美麗にぼうっとする。割れた心に染み入る、それくらいに目の前の乙女は可憐だった。

 だがしかし、感動なんかで止まらない感情が鈴にはある。手振足振り拘束から抜け出そうとする彼女を、霊夢はなるべく優しく捕まえた。

 

 その言の通りに、大丈夫という一夏の言葉を信じきれずに、部活動に向かう前に箒は霊夢に何かあった時には、と頼んでいた。

 最初は面倒臭がった霊夢だったが、自分が野暮と知りながらも彼の為になるだろうとその想いを暴露してしまった、一夏を想っているだろう少女に対してのことであるからには、仕方がない。

 まさか一夏が半ば隔離されている、このIS学園に話題の少女が入ってくると思わなかったが、やはり恋心というのは偉大なのだろうな、と霊夢は改めて理解した。

 だからこそ自分には関係ないものだな、と半ば諦めながら、それでも彼女は暴れる鈴を強く抱きしめる。

 

「離して、離してよ!」

「いやよ」

「なんでっ」

「泣いてる子を見過ごす程、私は腐ってないつもりよ」

 

 それに半分以上私のせいだし、という言葉は飲み込んで、霊夢は鈴を真っ直ぐ見つめる。

 その真剣に、無残に割れた心の隙間で感じ入った鈴は、言う。

 

「なんで、ここの人たち、優しいのよ? ……ひっく。そんなに優しくされると……あたしが、駄目な、っく、みたいじゃない……」

「そんなことはないわよ……多分、あんたにとって私が一番残酷だから」

「ぐす。どういう、こと?」

 

 少し哀しげな霊夢の前に、鈴は暴れるのを止める。

 それが功を奏したのか降ろされ、再び真っ直ぐに立たされた鈴は綺麗と完全なる対面を果たす。相手は、胸元の膨らみなんて気にならないくらいの絵になる少女。

 鈴は霊夢が何を言うのか、涙を引っ込め固唾を呑んで見守った。

 

「確か凰と言ったわね。凰、私が――――あんたの気持ちを織斑に吹き込んだ張本人だ」

「ああ……ああっ、おかしいと、思ってた! なんだってあんた、一夏にそんなこと!」

 

 そこでようやく鈴は己の直感が働いた意味を知る。

 おかしいのだ。自省なんかであの唐変木が変わるはずなんてない。外から誰かが働きかけなければ、一夏があんな()()()変わり方をするはずがないんだ。そう、鈴は信じ込む。

 だからこいつは悪い奴。そう思い込みたい恋する少女は、しかし怒りという熱量にて崩れかけの心を上手く繋げたようだった。

 消沈から一転、気炎を上げ出した鈴を喜びつつ、あえて悪どい表情をして、霊夢は問う。

 

「どうでもいいじゃない。私の思惑なんて。それより――――凰は()()()()()で織斑を諦めるっての?」

「諦められるわけ、ないわよ! どうしたって、あたしは、一夏のことが好き! 振られようが、そんなのどうしたってのよっ。絶対にあたしに振り向かせてやるんだから!」

 

 そうなのだ。自分はまだ認めていない。だって、あんまりじゃないか。ずっとずっと、想っていた。それが、他人の横槍が入ることで無残に砕けてしまうなんて。そんなこと許せるものか。

 霊夢を悪者と勘違いした鈴は、まさか目の前の綺麗があえて泥を被っているとは気づかない。だから、憎む。それに光明見出して。

 しかし、憎悪の視線をまるきりどうでもいいと受け流して、霊夢はさらりと言った。

 

「なんだ。なら、それでいいじゃない」

 

 思わず鈴は息を呑む。果たして、目の前の少女は本当に人間なのだろうか。確かに存在している筈なのに、どうしてだか、遠い。

 鈴は人の笑顔が、こうも理解できないものなんて、思わなかった。

 

「全く――――私なんかに負けちゃ駄目よ?」

 

 そんな霊夢の本気の一部を知った鈴は、しかし。

 

「……上等じゃない!」

 

 だからこそ目に強い光を灯して、燃え上がるのだった。

 

 




 鈴ちゃん箒さんに仲良くして貰ってそうして一夏くんが……といったところで終わらせようとしたらどうしてこんなことに……分かりません!

 一夏くんは直ぐ反省し必死に追いかけましたが、鈴ちゃんを受け止めていた霊夢さんの強いアイコンタクトを受けて、歯噛みしながら二人の仲違いを見つめていたりしますー。


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第八話 恋愛と友情

 何だか沢山の評価を頂けたみたいで嬉しくって、眠かったのですが禁断のコーヒー二杯飲みを行って勢いづいて書きました!
 ありがとうございますー。


 

 

 今再びの第三アリーナ。IS学園一年1組2組の生徒達が固唾を呑んで見つめる中、対峙し浮かんでいるのはただ二つ。

 赤を主とした第三世代型ISを纏う凰鈴音は、目の前のありふれた白き第二世代ISを身に着けふよふよとしている霊夢を強く睨みつける。

 専用IS甲龍(シェンロン)の装備の一つである青龍刀、双天牙月の柄を過剰な程に強く握りながら、苛立たしく鈴は吐き捨てた。

 

「ふぅん……そんな時代遅れ(骨董品)のISで本当にあたしの前に出てくるなんて、随分とナメてくれるみたいじゃない」

「骨董品ねぇ。まあ、このISがポンコツでも何でも、そんなのどうでもいいのよ」

「はぁ?」

 

 飛んできた軽口を、しかし霊夢は何時もの様子でかわしていく。傾国傾城(かぐや)にも劣らぬ美人は、甚だしい怒りの前で整ったまま。

 ただセンサー類の感度の無闇な良さを再び少し気にしてから、それですら何ですらどうでもいいかのように言う。

 

「要するに――――あんたより長く飛んでいれば良いだけでしょ?」

 

 ISでの戦闘。それは相手のシールドエネルギーを削り切った時を勝利とする。それで負けた相手が何もいきなり飛べなくなるわけでもない。

 だが、霊夢は一人空に自分だけ飛び続けると言う。つまりそれは(邪魔)を墜とすという宣言と同じだった。

 一年足らずで国の顔となるほどのエリートどころではない才能の塊、負けを忘れて久しい少女はそんな暢気にツインテールを怒気に逆立たせ、凶悪に表情を変える。

 

「上等っ!」

 

 そう、中国の国家代表候補生相手にこれだけの啖呵を切る相手だ。何一つ遠慮することはないだろう。ジャブなど要らない。最初から全力(ストレート)だ。

 世代差というよりも最早桁違いと言ってもいい火力。それが鈴の指揮のもとにて炸裂する。龍咆(衝撃砲)の不可視の弾丸が数多、霊夢に向けて幕と飛んだ。

 

 

 それは、霊夢と鈴が矛を交える一日前。2組の教室は大層ざわついていた。

 何しろ、2組にやって来た転校生が挨拶の後に、それじゃあ後はクラス長の博麗さんの言うことを聞いてね、という担任の先生の言を拒絶したからだ。

 転校生が睨みつけるはクラスの代表。それに驚く金髪美人を他所に、鈴は言う。

 

「……先生ったら酷くないですか? あたしが居ない間にクラス代表を決めちゃうなんて」

「ふぅん? ……なるほど、そうねぇ……確かに、凰さんが学園に来ると本格的に決まったのは入学式より前だったわ。凰さんが不在の間に委員等を決めちゃったのは不満かしら?」

「ええ、とっても」

「そう……」

 

 不満を隠そうともしない鈴に、担任も困り顔を作る。そこに愉快を隠しているのに気づけたのは、霊夢一人だけだった。

 殆ど初対面でそんな内心なんて想像もしない鈴は、続けて考えていた文句を次々に口にする。似合わない臭い演技も全て、白黒つけるために。

 

「それに、クラス長ってクラス対抗戦に代表として出るみたいじゃないですか。でも1組はイギリス代表候補生がクラス長と聞きました。ちょっと強敵ですよね。それと勝負するのなら、中国代表候補生のあたしが適任じゃないかなーって」

「一理は、あるかしら。でも、博麗さんもとってもISの操縦が上手だし……困ったわ」

「そうですか……なら、模擬戦をして、勝ったほうが代表となる、というのはどうです?」

「1組でも似たようなことをやったし、否とは言いにくいけど……でも、この時期アリーナを予約することは簡単ではないし、どうしようかしら?」

 

 寮の前での騒動を知っている2組の多くの白々しいものを見る視線を知らずに、薄い胸を張る鈴。

 だが彼女の考え通りにとんとん拍子に進んだ話。それが少し教師の悩みに揺れる。

 首をかしげて碧眼をぱちぱちとさせる、年齢不詳。どうにも胡散臭い様子の担任をげんなりと見据えながら、霊夢は嫌々話を継ぐ。

 

「先生」

「なに、博麗さん?」

「明日、1組との合同授業がありましたよね。そのコマを私達に使わせて貰えませんか?」

「ああ、確かにあったわね。先に予定してる実戦訓練の準備としての合同飛行訓練を行う予定だったけれど……うん、多分大丈夫ね」

 

 織斑先生がゴネたら年功序列を使えばいいし、と零す2組担任。ここに、彼女のブリュンヒルデを上回る年重が明らかになった。

 幾つもの驚きの目に微笑んで、先生は霊夢と鈴に向けて言う。

 

「でも流石に一コマ丸々は、駄目ね。三十分。その間に相手のシールドエネルギーを多く削った方が勝ち。それでいいかしら?」

「はい!」

「分かりました」

 

 元気の良い返事と、ゆっくりとした言葉。青と赤の視線。その二つの主は相反し、そうして視線合わすことなく、翌日に半刻ばかりの間ぶつかり合うのだった。

 

 

 ISが飛ぶための空は広く、その中で一方の攻撃ばかりが轟き続ける。

 龍咆を止めずに双天牙月を全力で振り続ける、そんな轟音の塊のようになっているのは鈴だった。

 つまり反する霊夢は防戦一方の筈である。攻撃一つなく、宙にあるばかりのそれを見て、国家代表候補生は呟く。

 

「そんな……嘘、でしょ?」

 

 唖然と、しかし隙一つない堅牢さを攻撃によって披露したままに、鈴は目の前の奇跡の軌跡に目を瞠る。

 重火力の連続。それは起こりから不明な筈の衝撃波を主体とした攻撃だった。勿論、速度で劣る打鉄に近寄り至近での剣舞だって披露している。

 むしろ、止めどない不可視の至近弾に、本来ならば蜂の巣どころかあっという間の墜落こそが当たり前の筈だった。

 だがしかし、霊夢は端々攻撃掠めさせながらも、大体を無事にしたまま宙にある。空を、()()()()と飛び続けていた。

 

「鬱陶しいわね……」

 

 だが当然のことながら、捌き切っている霊夢だって大変だ。なにしろ殆ど人力でもって、機械によって拡張された人間を相手取っているのだから。

 霊夢はテンポ外れに反応を探ろうとする機械の全ての煩わしさを、無視し続ける。

 ハイパーセンサーの感度はあまりに遅い。そんなものよりも勘に任せた方が霊夢にとってよっぽど早いのだ。

 そうして、胡蝶は空に踊る。綺麗なままに、徒手空拳を遊ばせて。

 

「何よ……何よこれっ!」

 

 火力に綻びはないままに心大きく乱させて、鈴は叫ぶ。

 美麗断じる刀を華麗に避けるその、あり得なさ。空気を読むなんていうどころではない。

 完全に、霊夢は空気そのものだった。当たらない、切れない、紛れでしかない。

 勿論、砲撃斬撃の一部は霊夢の軌跡を掠めて(グレイズして)いる。だがその音色の全てが幽か。まるであってないかのように、少女は空に健在だった。

 轟音の騒々の中で霊夢は、声を張る。

 

「凰……あんたの想いってこの程度?」

「んなわけ、ない、でしょっ!」

 

 リーチが足りない。いやそれ以前。兎に角間近にあるのに距離があるという異常事態。

 自然、鈴は双天牙月の二刀を機能を用いて一体化させてバトンのように動かさんとし始める。

 柄と柄をくっつける、そのあってないかの隙間。

 それを見つけた霊夢は、微笑んでそれを展開した。速度は大したものではない。だが、一拍の間隙にその剣は顕現した。

 

「葵――っ!」

 

 それは打鉄の初期装備。ただ一振りの、近接ブレード。一夏の持つ雪片弐型と比べものにならない程のなまくら。

 だが、それを持つものが博麗霊夢であるという、ただそれだけで、その剣はあまりの鋭さを持って輝いた。

 少女は怖じ気を覚える相手の足りない弾幕へ押し入り、振りかぶる。

 

「こう、かしら?」

「なぁっ!」

 

 そして、一閃。ただ一度の剣の移動。だがそれは、霊夢の中の手本(箒の剣閃)を軽々超えた無量の威力となって空を断じる。

 だからそれはまるでバターを切ったかのような滑らかさだった。

 一つになっていた筈の青龍刀は、霊夢の手により両断される。

 そして返す刀で肩部のユニット――龍咆――を切り裂いて、再び。

 

「次は、こんな感じだったわよね」

「あ――」

 

 目に焼き付いた先日の箒の上段からの振り下ろしの物真似が、霊夢の天生を足した上で、鈴に向けて煌めいた。

 少女の瞳が、恐怖に瞬く。

 

 

「知ってるわよ」

「本当、ですの?」

 

 鈴の言を聞いて、セシリアは驚いた。

 昨日はご飯吹きつけちゃってごめん、と食事の最中に隣にやってきた少女に対しての三々五々の会話の後。

 自己紹介の後に互いが国を負う身分と知って、そしてセシリアは数時間前に霊夢と彼女が仲違いしたというファンクラブ会員仲間からの情報から鈴に探りを入れたのだ。

 だが、霊夢の名前を出したことに嫌がる鈴に、霊夢さんは悪い方ではありませんわ、とセシリアが伝えたところに、答えはそんなこと承知の上であるとの返答。

 思わず首を傾げるセシリアに、エビフライを齧りながら、鈴は続ける。

 

「あたしだってバカじゃない。分かってんのよ……あいつが悪くないってことくらい。――――どうせあれ、折れそうだったあたしを励ますための嘘なんでしょ?」

「状況を伝え聞くに……そうかもしれませんわね」

 

 セシリアは、頷く。そもそも、霊夢は悪心を持つほどに複雑ではない。単なる、真っ直ぐだ。それでいて、怠惰。

 だから、そんな彼女がわざわざ挑発をしたというのであれば、そうある必要があったということだ。

 セシリアはそう信じているし、怒りの後に我に返った鈴も、薄々ながらそう考えたのだった。そもそも、一夏は悪いやつの言うことを丸呑みするような人間ではないのだし、と思って。

 二尾のエビの尻尾に苦戦しながら、徐々に鈴はボルテージを上げていく。

 

「それに大体、本当にあいつが一夏に陰口言ってたとしたって、振られたらそりゃ信頼勝ち取れなかったあたしが悪いってこと。そんなの……考えるまでもないの!」

「……そう、でしょうか……」

「はは。あんた優しいわね……そう、オルコットに篠ノ之……こんな堅物そうで優しい二人に好かれてんだもの、博麗は確かに悪いやつなんかじゃないんでしょうね……」

 

 鈴は、そう言って目を下ろす。すると、次第に視界が悪くなっていく。

 湿潤は落ち込んで、瞳を揺るがす。どうしようもなく、泣きたいほどの感情が、少女の内に暴れていた。

 

「でも、でも、あたしだってバカになりたい時だってあんのよ! 間違ってても、止めらんない時だってあんの!」

 

 零して、叫んで。それでも足りない。

 恋している。愛してもいるのかもしれない。それを今更止められるか。

 もし止めてしまったら。そこまで考えてから、鈴はぶるりと震えた。

 

「それに第一! あたしから一夏()を奪おうとするのは、何だって敵だっ!」

 

 少女にはもう二度と失くしたくないものがある。だからこそ、鈴は止まらない。恋敵を睨むのは、当然だった。

 それに何よりこの気持ちを、誰かに受け止めて欲しくって。彼女は足掻く。

 

 

「あ」

「上手いわね」

 

 あの剣を避けられた。それに、鈴は驚く。恐れる心に反して動いた身体は、腕部小型衝撃砲、崩拳を発動させることに成功していた。

 紛れもない、ラッキーパンチ。意志と身体が相反した、僅かな行動阻害にしかならないそれに、霊夢の勘は反応か遅れた。

 だから彼女は打鉄の白きシールドの一部に凹みを付けることとなる。

 衝撃によって開いた距離。しかしそれを物ともせずに、霊夢は再び向かい来る。それを、過剰なまでに少女は恐れた。

 

「いや、いやっ……!」

 

 先程までの修練の業はどこへやら。剣の鋭さに怯えた鈴の動きはまるで駄々になる。

 弾幕は、酷く醜く作り上げられていった。

 

「やりにくいわねっ」

 

 だが、心が遅れていてもその身体の反応は優れている。身体が勝手に動く、を地で行く少女は恐れに対する最適解を思考要らずで行った。

 不断であり、ズレている。そんな、調子をとてもではないが合わせられない見えない弾の群れに囲まれて、次第に打鉄のシールドエネルギーも目減りしてきた。

 これがもし、霊夢生身であればもっと当たり判定が狭くて楽に戦えたのだろう。だがしかし今彼女は余計な荷物を抱えてしまっている。だから、続ければ削れるものだってあるだろう。

 勿論、鈴のこんな戦い方は続くものではない。このまま消耗戦を続ければ、勝つのは霊夢で間違いなかった。

 

「仕方がない、か」

 

 だが、そんな終わり方、誰にとっても望ましくないものだ。

 霊夢は渋る一夏と約束している。あの子の気持ちは私が受け止める、と。友達の友達は、友達だっていいだろうから、と。

 だから、彼女は気にしなくなる。被弾とか、回避とか、そんな全ては本当にどうでもいいことだから。

 それは隙間を縫うのではなく、空に流れる行為。

 

 

 ただ、博麗霊夢は空を飛んだ。それだけで、誰もが彼女から目を離せなくなった。反比例するかのように、攻撃行為の何もかもが、少女から遠くなっていく。

 

 やがて、霊夢は彼女へと辿り着く。

 

「本当に――――私なんかに負けちゃ、駄目じゃない」

「きゃっ!」

 

 それは、博麗霊夢という少女の本音。彼女は恋する女の子に克って欲しかった。

 だが、軌跡も残らぬ剣閃幾度。甲龍は、葵によって断たれて墜ちた。

 

 

 

 あたしは、泣く。だって、悲しくって。

 そう、あたしはずっと悲しかったんだ。父さんと母さんが別れてからずっと。

 最愛が無残になってしまうことなんて、見たくなかったのに。もう、二度と見たくなんてなかったというのに、どうして。

 

「信じたいのに……恋が駄目になるのをまた見るのなんてあたし、やだぁ……」

 

 恋も愛も失くして、父さんと母さんは、憎み合った。そんなの、辛い。悲しいんだ。

 そして、結ばれなければあたしと一夏の恋がそうなってしまうかもしれないと思うとまた、悲しくって。

 あたしはぐすぐすと、泣き続ける。

 

「……はぁ。全く」

 

 そんなあたしを、上から見下げる視線があった。

 むっとして、私はすっかり赤くなった目を向ける。そうしたら、彼女は。嘘みたいに綺麗な女の子は。

 

「凰。そういやあんた、制服の肩のところ改造してたわよね……私はあれ、結構いいセンスだと思うわよ」

 

 そんなことを、言った。ぽかんとするあたしを他所に、博麗霊夢は続ける。少し、頬を染めながら。

 

「凰は、私のこと嫌いでしょうけど。私は、あんたみたいな人間、嫌いじゃないわ」

「あたしは……」

 

 分からない。あたしは、この子が嫌いなのだろうか。真っ直ぐにあたしを見つめる博麗を、嫌いになって本当にいいのか、分からない。

 

「だから――――何度でもぶつかって来ていいのよ。私はそれが、嫌じゃないから」

 

 そう言った博麗は目を細めて口の端が僅かに上がっていて。遅れてそれが、彼女の笑顔だと気づいたの。

 何だかとても身近に感じたそれに、あたしは思わずつられてしまったわ。

 そしてあたしは涙をどこかへやってしまって、言ったの。

 

「ふふ。……あたしは、しつこいわよ?」

 

 恋愛以外の情だってある。それさえあれば決してあたしは一人ぼっちにならないのに、そんなことだって忘れてた。

 だから、それ(友情)を思い出させてくれた博麗に、あたしはもう少しだけ甘えてみようと思うんだ。

 

 あたしは、彼女に手を伸ばした。

 

 




 鈴ちゃん対霊夢さんをそのまま書いてみようと思ったところ……こんな感じになりました!
 そんなに想定外の展開にはなりませんでしたが……こうなると逆に心配ですねー。


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第九話 日常

 沢山の評価と千を超えるお気に入りを頂けて、慄きと共に発奮する自分を抑えきれずに勢いづいて書きました!
 ありがとうございますー。今回は日常回です!


 なんだかIS学園は騒がしくてあまりゆっくり出来ないな、と霊夢は思う。

 時に理沙が遊びに来たりもするが、我が家たる神社の軒下にて茶を呑みながら年離れた義母や義父と共にのんびりと過ごしていたあの日々が今や懐かしい。

 ここでは霊夢は教室は勿論のこと自室にいようが放っておいてもらえないのだ。一夏と鈴にセシリアが主に接触してくるが、それを抜きにしても同級上級関わらず遠巻きにしてくる人の多いこと。それは目立ちすぎたせいかな、と霊夢も薄々察してはいた。

 それだけの結果を出してしまっているし、何かと問題に首を突っ込むことで自身が騒動の種になっているという自覚だって勿論ある。

 だが、良識から考えるとどうにも放っておけない事態ばかりを見咎めただけというのに、とも思ってしまうのだ。だから、彼女も今のこの面倒も過大評価だと考えてしまう。

 今日も流されながらもうんざり顔の霊夢の側で、少女の元気がはじけた。

 

「行くわよ霊夢! 今日は卓球で勝負しようじゃない!」

「……この学園にも卓球部ってあったのね。今更だけどあんた、アポはちゃんと取ってんの?」

「もっちろん! あたしともう一人で部活体験してみたいって言ったら快く一台空けてくれたわ。ふふっ、卓球王国で鍛えた腕前、披露してあげようじゃない!」

「はぁ。仕方ないわね……一回だけよ?」

 

 笑顔の鈴に腕を引っ張られるがままに人波をかき分けながら、溜息。元気な乙女の強引さに、さしもの霊夢も嫌気を覚えているようだった。もっとも、彼女も本心から嫌っているわけではないからつられる足を止めもしないのだが。

 まあ、そもそも友達が遊ぼうと誘っているのだ。幾ら霊夢にとって面倒でも付き合ってあげたいという気持ちくらいはあった。それが、傷心を紛らわせようとする空元気からくるものであるならば、尚更に。

 今日でかれこれ三日目の、部活体験という名の遊び場借り。噂の転校生(代表候補生)とそれに勝ったという少女を一目見たいとその気楽な体験入部は受け容れられているが、一向に勝負に飽きることない鈴に、霊夢も少し疲れてきていた。

 だがまあ、と周囲の羨望のような崇拝のような色の目線を受け取って、霊夢は溢す。

 

「ま、どうせ一人でいても放っておかれないだろうし。いいかしら」

「んー? 霊夢ったら何か言った?」

「なんでもないわ。カットしやすいラケットってあるかな、とちょっと思っただけ」

「カット? ……ひょっとして霊夢、あまり見ないカットマンなの? うわー、燃えてくる情報じゃない。 あたしのドライブもカットできるかしら?」

「テレビでやってたのの見よう見まねよ? どうかしら」

「前回のバドミントンの時だってそう言って無双してくれちゃったじゃない! 今回は負けないわよー!」

 

 張り切る鈴。彼女はつい数十分後に、まるでボールさんゆっくりしていってね、と言わんばかりの凄まじい下回転をかけて返してくる霊夢の上手さに泣きを見ることになるのだが、そんな未来は分からない。

 そして、その後負けた悔しさを正規卓球部員相手にドライブを打ち込み勝ちまくることで晴らすようになるのだって、知りもしなかった。

 ただ、鈴は笑顔を深めて霊夢の手に縋り付くのだ。

 

「今日も遊ぶわよー!」

「やっぱ、本音はそれなのね……」

 

 そう、何だかんだ彼女は久しぶりの自然な笑顔を楽しみながら、ライバルのお友達と遊びたいのだった。

 それにこうしていたら、大好きな彼も様子を見に来てくれる。自分の勇姿を見ようとしている訳ではない、ということは未だ恋する(未練持つ)鈴にとっては少し残念だけれども、それでも向けられれば呆れ顔だって嬉しいものなのであった。

 足早に進む二人に殆ど駆け足で追いついた一夏は、曖昧な表情をする。

 

「またやってんのか……あんまり博麗を困らすなよ、鈴」

「ふーん。ライバルは困らすもんよっ。というか、あたしこそ勝負吹っかけておいて全敗っていう赤っ恥に困ってるんだけど!」

「だったら、ほどほどで止めとけよ……それか、相手の苦手なもので勝負する、とかさ」

「あ、それはアリね! ということで霊夢、あんたって苦手なことあるの?」

「うーん……強いて言うなら、身体を動かすことが苦手(面倒)ね」

「身体を動かすのが苦手ってそんなの、ISであんな変態的な動きをする奴のセリフじゃないわよっ!」

「ちょっと。あんまり強く引っ張んないでよ……」

 

 ぷんぷん、といった擬音が付きそうなくらいに愛らしく怒る鈴。怒気に真剣味が欠片も出ないのは、彼女が本心から今を楽しんでいるからだった。

 ぐいぐいと引っ張っていたその手に力入れてぎゅうぎゅうと。嫌がる霊夢の反応を受けて嬉しそうに、友誼を深めるのだ。少女は笑う。

 

「ふふっ!」

「元気だな、鈴……」

 

 そんな姿を見て、良かったと一夏は思う。鈴は失った後に得ることが出来た、とんでもなく大切な友人の一人だ。そんな彼女が自分()()()のために苦しんでいたというのは、あまりに辛かった。

 愛されるのは嬉しい。けれども、自分への愛のために人が傷つくことを一夏は望んでいなかった。それは、未だに己の価値を理解できないから。恋して愛して、そんな普通一般の少年に自分は決して届かないと、未だに癖で考えてしまうのだった。

 だから、こんなに近くあっても恋する相手の手も握れない下の名前で呼べもしない。そんな自分が、彼には歯がゆかった。

 

「はぁ……」

 

 ただ、そんな一夏の心の揺れ動きは、顔に出やすいその性質から、どうにも霊夢には殆ど直に伝わってしまう。

 自分を信じることも出来ない少年は、寂しいと口にも出せずに側にある。恋なんてちっぽけなものを大事にしながら。そんな哀れっぽいのなんて、たまらなかった。

 だから、ぐいと霊夢は鈴のように遠慮なくその手を掴んで引っ張るのだ。普通ならここいらで恋情が少しくらいは湧くものかもしれないけど、それにしてはどうにも子犬の面倒を見ているような気分なのよね、といった余計な考えを持ちながら。

 

「わ、は、博麗!」

「あんたも行くわよ、()()。発端はあんたのせいなんだから、道連れにしてやるわ。唯一の男子生徒を卓球部への手土産にしてやろうじゃない」

「――――っ! あ、ああ。分かった、霊夢。でも、お手柔らかにな?」

 

 格好いいが、相好を崩す。久しぶりの、破顔。すれ違いに色めき立つ周囲を他所に、一夏は感極まる。

 何しろ、彼女は今までの誰よりも自分のことを真っ直ぐに理解してくれている。それが、恋する相手であることが何よりも嬉しくて。

 魔性にほど近いまでの霊夢の綺麗ですら、少年には映らない。ただ、その手のひらの温もりを温かいと感じる。

 

「くっ……霊夢はずるいわね! 抜け駆けばっかりして!」

「はぁ……照れるなんて余計なことしてるあんたらが、遅すぎんのよ」

 

 更に想い人が惹かれる様子を見せつけられ怒れる鈴に、男女の合間に挟まれて酷く疲れた様子で零した零した霊夢の言葉は、ある意味真理だった。

 

 そう、想いは直ぐに伝えなければ届かない。それを霊夢は嫌というほど知っていたのだった。

 

 

「それにしても、不可思議ですわね」

「ん? どうかしたの? あんたが朝びっくりしてた納豆の粘りは、発酵の賜物だけど」

「あの腐る手前の匂いをしたネバネバは誰だって発酵したものだと分かりますわ! そうではなくて……あの、わたくし、どうしても霊夢さんが鈴さんとの模擬戦でああまで被弾を避けられた理由が分からないのです」

「ああ、あれね」

 

 同部屋の二人、定位置となったベッドの上で寝そべる霊夢とかじりつくように机にて次のクラス対抗戦のための対策を練っていていたセシリアは、そんな会話をした。

 どうもわたくしに対して意地悪ですわと思うセシリアだったが、食事を共にし、寝所も一緒であれば別段それほど話したがりという訳でもない霊夢も、親しみを覚えて冗談を言ったりもする。

 霊夢のアルカイックスマイルを見て、まあ嫌われているようではないから良いでしょうかと思い直し、セシリアは椅子を動かして彼女の瞳の深さを改めて認めた。思わず、彼女は身を固くする。

 

「録画をいくら見直しても、最初から霊夢さんは鈴さんが攻撃行動に移る前にそれを察して動いているようにしか見えませんでした。……これは、ありえないことです」

「そう? 簡単よ」

「……感覚は起こりを察知してから常識で働くもので、経験則は一連の動きに規則性を見いださなければならないもの、とわたくしは認識しています。つまり、わたくしの自論からすると、初動は誰だって鈍くならざるを得ない。しかし霊夢さんは龍咆の不可視を見知っていたかのように対応していました」

「ふーん」

「貴女はまた話半分に聞いて……でもそうですわね。そういった理を抜きにして、直感で動いていらっしゃる霊夢さんには、確かに縁遠い(つまらない)話だったかもしれませんわね?」

「なんだ、セシリアも分かってんじゃない」

 

 不可思議とか言ってたからそんなことも分かんないかと思ってた、と述べながら、霊夢は反対側にごろり。一気に見えなくなった彼女の表情に、ファンクラブの一桁会員であるセシリアはなんとなく残念に思う。

 それにしても、霊夢は恐ろしいと代表候補生に至るまで様々な化物を認めてきたセシリアは続けて考える。

 何でも出来て当たり前すぎて、思い通りになり難い人間関係以外にはつまらなそうにしている普段から何となく分かっていたが、少女は間違いなく天禀を持っていた。

 速いどころではない至近距離の目にも映らぬ弾丸を、そもそも発される前から避けているという異常。あの織斑千冬(ブリュンヒルデ)が到達した域に酷似したものを、最初から備えているなんて。

 人には限界がある。それを拡張するのが才能だとするならば、霊夢の域まで行きつかせるにはどれだけの天才が必要なのか。

 怖気と共に、それに挑戦したいという意気も湧いてくるから困ったものだ。こんな最高の的を撃ち抜いたら、どれだけの快感があるのだろうか。ああ、やはり自分はスナイパーの性質が強いのだな、とセシリアは再確認する。

 

「ま、得意なのかもしれないわね、避けるの。大体来る前に分かっちゃうし」

「参考までにお聞きしますが……霊夢さんはこうされたら避けられない、と思うような事態を想像は出来ますか?」

「私に当てたかったら……そうね。空を覆うくらいにはぶ厚い、弾幕が必要なんじゃない?」

「もう。そんなの、IS単機ではとても不可能なことですわ……」

 

 セシリアはまた冗談を言ったと思い、閉口するが、しかし霊夢のその言は自分を正しく見積もった上での本気だった。

 天を撃ち抜きたければ、それ相応の量が必要となるだろう。無数と錯誤できるくらいの複雑さを持った弾丸の群れであれば或いは霊夢も墜ちるかもしれない。

 だが、単発の連続で空の少女を墜とすのは、至難の業を超えた無理難題。セシリアが挑もうとしているのは、水鉄砲で蝶を堕とすことと似ていた。

 まして、先の戦闘の最中に明らかに進化した、あの最適解の飛行方法の謎を思えば、到底直線的なレーザーなんかで皆中を見せることなんて出来ないだろう。

 だが、セシリアは微笑むのだった。お嬢様らしく、柔らかに愛らしく。それは最近思い出した、あの人達が存命だった頃の笑い方だった。

 

「まあ、たとえ無理だとしても、それでもいいでしょう」

「何? 諦めんの? らしくないわねー」

「そうでしょうか?」

 

 セシリアは霊夢の言に本心から、首を傾げる。確かに、足掻くのが自分の得意であることは間違いない。

 しかし、認めることだって苦手だけれど出来ないことではないのだ。

 負けを認めて、それでも手を伸ばし続けるのを決意することだって、セシリア・オルコットにとっては決して無理なことではなかった。

 だって、何よりも。ワクワクするじゃないか。戦うとはいえ、こんなに好きな人と一緒の目線になれるなんて。

 

「だって、ライバル(友達)と一緒に空を飛べるなんて、それだけで充分楽しいことではありません?」

「……まあ、そうかもしれないわね」

 

 純粋。霊夢はセシリアをそう見て取る。そして、それにはどうにも既視感があった。そう、出会った知り合いの大体痛みを覚えていて、それでいて汚れに染まりきっていない。

 向けられる、細まった青い瞳を受け取り、何となく少女は気恥ずかしくなる。

 いい子が多い場所だな、とまた寝相を変えながら、霊夢は思うのだった。

 

 

「霊夢」

「なに? 箒じゃないの、どうかした?」

 

 恒例となってきている鈴との部活動巡りが終わり、やれやれと疾く返って横になろうとする霊夢。そんな彼女に声をかけたのは、箒である。

 ずっと固かったはずの表情を柔和にして、彼女は一番のお友達へと続けた。

 

「いや、偶々姿を見かけたからな。いや……そうだな、少し話がしたい」

「何、どうかしたの?」

 

 竹刀袋を左に背負い、箒は隣を空ける。そこにふわりと滑り込んだ霊夢は、少し心配を覚えるのだった。

 何より、前に自分が首を突っ込んで変えてしまったのかもしれない少女のこと。先日の失敗を思うと、今の状態が気になってしまうのも仕方がなかった。

 だが、霊夢の心配は杞憂である。むしろ想われたことを喜んで微笑み深める箒は、幸せだった。だが、もっとと思い話しかけたのである。

 

「いや、恥ずかしい話だが……私もお前もクラスが違って思い思いの部活で過ごしているとなれば仕方がないのだが、会う機会が少ない。そのことが少し寂しくってな」

「そう」

 

 霊夢からしたら、昼の食事と夕食だって一緒することのある相手のことを、機会が少ないと思いはしない。

 だが、それでも分からないでもなかった。おそらく、箒は一日数度では足りないくらいに情を寄せてくれている。そのことは、霊夢はまあいいかと気にはしない。

 ただ懐かれちゃったわね、と霊夢は少し嬉しくも思う。

 

「そういえば、鈴と剣道部に未だ来ないが、それは何か理由があるのか?」

「あー……箒には悪いけど、剣道部は以前箒のしちゃった後から勧誘が酷いからちょっと行かないようにしちゃってたのよね」

「そうか。ふふ、確かに今も部長は時に霊夢をまた連れてきてと私に言ったりもする。人気者も大変だな?」

「はぁ。要らない人気を物好きに売っ払えたりしないかしら」

 

 嘯く霊夢。その面には呆れと疲れ、そして僅かに喜色があった。

 日暮れの紅に染まりながら紅白の少女はこんな色々とある日常も悪くはない、と思う。普段の彼女ならば血迷ったのかしらと思うような思考だが、黄昏時で迷うことだってきっとあった。

 忙しなさの間でのんびりと会話を楽しむ。日常を振り返り、友達とそれで遊ぶこと。そんなのが青春だとしたら、まあまずまず。

 思い、霊夢は箒を見る。そして何だかぽうっと見返す彼女に霊夢は改めて話かけるのだった。

 

「あのさ。箒」

「なんだ、霊夢」

「私って実はあんまり友達って居ないのよ。大体が、私を遠巻きにしちゃうから」

「それは……」

 

 返事を言いあぐねる箒に、霊夢は首を振る。言葉はいらないと、そういう意味で。

 博麗霊夢は空に届くほどの天才である。故に、近寄りがたく感じて逃げ出していく同い年だって数多かった。

 去っていく彼彼女らに、霊夢は悲しさなど微塵も感じない。それでも少女は彼彼女らを嫌いにはなれなかったのだから。

 霊夢は自分を追うことを一度諦めて背を向けた、蛙と蛇が大好きという変わった少女の光り輝く瞳を思い返す。結果の不仲が仕方ないことだったと静かに思ってしまう辺り、どうも自分は子供時代をすっ飛ばしてしまったのかもしれないと感傷のなさに残念を覚える。

 ただ、そんな霊夢であっても、仲のいい友達が側に居てくれるのは嬉しいものだった。だから、真っ直ぐに、彼女は伝える。

 

「だから良かったわ。箒、あんたがIS学園に居てくれて」

「そうか……そっか! ああ、私も、霊夢が居てくれて嬉しかったぞ!」

 

 感極まる、そんな言葉の意味を箒はここで体験して知った。

 憧れの彼女に、友達であることを喜ばれるのが、こんなにも嬉しいことなんて、彼女は知らなかったのだ。

 箒にとって、霊夢は悪かった自分を打ち負かしてくれた、恩人。そして、一番好きな人間。そんな子と一緒にあることなんて、嬉しいに決まっていた。

 だから、武道少女はキャラではないだろうとか手のひらの硬さとか、汗臭いのではないかという不安やその他諸々の恐れを投げ捨てて、大好きを体全体で表現する。

 

「霊夢!」

「わっ……って箒、急にどうしたのよ」

「ハグだ! 子供の頃、姉がよく私にしていた!」

「……その時、あんたどう感じてた?」

「正直、うざったかったが……ひょっとして、霊夢もそう感じているのか?」

「ああ、怯えない。……大丈夫よ、驚いただけ」

「そうか!」

 

 ニコニコ笑顔で抱きつく、会員ナンバー2。何時もの昔気質ムーブは何処へやら、今の箒はただ幼気でしかない。

 勿論、そんな彼女をいたずらに引き離すのは気がひけること。もっとも嫌だったら霊夢は気にせず突き放していたが、つまりこれは彼女の許容範囲だということだった。

 絆されているわね、と思いながら霊夢は箒の背中をぽんぽん。びくりとした反応を気にせずに、そのまましばし抱擁を続けた。

 やがて、正気に返った箒は慌てて、霊夢から離れる。慌てて、言い訳するように彼女は言った。

 

「す、すまない。どうにも……人肌寂しくってな。後、霊夢の言葉が嬉しすぎた……」

「ま、いいわよ……ただ」

「ただ、どうした?」

「そこでカメラ構えてる上級生のことは良いのかしら?」

「なっ!」

 

 平然としている霊夢を他所に、箒は他人の闖入に慌てる。にやにやとしている上級生は、やけに小さなデジタルカメラを構えていた。

 彼女は新聞部の黛薫子という上級生だった。おまけというように、赤ら顔の箒へファインダーを向けて、シャッターをかしゃり。そうしてから彼女は言った。  

 

「いやー、いい記事の素材どうもありがとー。後でデータコピーして二人にあげるね!」

 

 言葉が終わる寸前で、薫子は反転。そして駆け出した。

 彼女の行動が逃げ去るためのものであることに遅まきながら気づいた箒は、自分と霊夢の姿が学校新聞の一面になってしまうことを恐れて、直ぐに追いかけだす。

 

「待って下さ……いや、待てっ!」

 

 そして、箒は薫子の意外な瞬発力に舌を巻き、霊夢を放ってこの追いかけっこはしばらくの間続くのだった。

 

「はぁ……どうせ、あの人なりの冗談でしょうに。箒は真面目ねー」

 

 ぽつんと残された霊夢は、しかし全く慌てない。それは、自分の写真がどう使われようが気にならないということもあるが、それだけでなく、彼女は薫子の人となりを知っていたからだった。

 本日の部活体験で料理部にてインタビューを受けて霊夢は知ったのだが面白い物好きの薫子は、存外記事内容の良し悪しを慎重に選ぶタイプなのだ。

 父母の話になった時に、霊夢の境遇を知った彼女が、話し辛いこと聞いちゃってごめんねこういうのは載せないから、と謝ったことを考えるに、今回のただの友達同士のスキンシップを過激に扱うことはないだろうと思われた。

 更に、ま、こんな狭い全寮制の学園の中で嫌われるようなことなんて、中々出来ないだろうし、と続けて考えながら、霊夢はあくびをする。

 

「ふぁ」

 

 そうして一人、暢気を覚えた彼女はしかし、どこか人寂しさを覚えて苦笑い。

 こう、続けるのだった。

 

「まあ、悪くは、ないわね」

 

 この世に合わない心地は未だに続く。それに、中々ゆっくり出来ることもなかった。

 だが、そんな日常だって、悪くはない。そう、この日この時、霊夢は思うのだった。

 

 




 皆仲良く楽しく、を考えてやっていたところ、何やらハグが……友情でアリですよね?

 日常は壊れるためにあるのかもしれませんが、それでも幸せだった記憶は結晶のように何時だって煌めいてくれるものと思いたいですねー。


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第十話 針と破壊

 あんまり出来ていないかもしれませんが、戦闘回を描いてみようと勢いづいて書いてみましたー。
 やっぱり心配です!


 クラス対抗戦。本来ならば、専用機持ちの生徒ばかりが注目されるこの大会にて、今回本命と目されている少女は、どこの国にも企業にも専用機を譲り受けて貰っていない一般生徒だった。

 その名は博麗霊夢。こと、一年生の間で絶対の最強と噂されているのが、彼女だったのだ。

 曰く先生よりも上手く飛べる、曰く専用機持ちからブレード一本でクラス代表の座を守りきった、曰く唯一の男子生徒を入学早々に墜としている、等など。

 そんなどれも眉唾な話ばかりが当たり前のように広がっていたがために、上級生等は半信半疑で聞くしかなかった。

 だがそのうちに、噂話を聞いただけの皆も、そんな生徒は果たしてどのような見た目をしているのか気になり直に見に行く者も多く現れるようになる。

 多くが最強の織斑千冬の類似を想像した。生き写し、とまでは行かなくても強者に通じるものはあるのではないかと。しかしそんな険のある少女の妄想は、現実と大きく反して、先輩方を驚かせることになるのだ。そして、話題は加熱する。

 曰く、彼女は剣も持てそうにない可憐。次にはそんな文句が噂の俎上に上がることになった。

 

「いやー、現実は小説よりも奇なりと聞くけれど、本当ねえ。噂通りの華奢……いや、そうでもないかな。見た目が綺麗すぎるからそこに過度の線の細さを想像してしまうだけで、別にやせ細っているわけじゃないわね」

 

 でも羨ましいくらいに、いかにも少女って感じのスレンダーさね、と続けるのはここIS学園の生徒会長。名前を更識楯無と言った。

 彼女は含んだような笑顔が似合う、水面の涼で染め上げたかのような髪色が特徴的な二年生である。

 楯無は、今回の対抗戦のために雑に書類仕事をこなしてから観戦に来たのだった。

 だが、一度生徒会長権限を使うことを考えてしまったくらいに、第二アリーナは超満員。出遅れたが何とか滑り込んで入ったところ、楯無は長い水色髪のよく見知った後ろ姿を見つけていた。

 のほほんとしたよく知る顔と一緒に観戦している彼女を見て取れる位置にてそっと、楯無は立ち見を始める。

 折角あの子が入学してくれたんだからこの問題もなんとかしないとなあ、と楯無の心は悩むが、しかし瞳は自然と抜群の存在へと吸い寄せられていく。

 

「っ――!」

 

 少女としての完成形、可憐を帯びた博麗霊夢は空に当てはめられることにて、大輪と化す。

 そして、その軌道は数々の上手な円状制御飛翔(サークル・ロンド)を見てきたロシア()()でもある楯無ですら、絶句するほどの無垢。

 対応力を見る限りマニュアル制御である筈なのに、その所作は機械的をすら超えた汚れ一つ容れられないほどの純潔ぶり。

 あんな美麗に、点でも線でも当てられる筈がないのだ。一面すらも伺えない単調では博麗霊夢に触れることなど叶わない。そもそも攻撃の全てが無聊に思えるほどに、その飛行は完成していた。

 

「これは……いい後継候補の登場ね」

 

 視界の端にて愛する妹――日本代表候補生――が、霊夢のその凄まじい空を飛ぶ能力に驚き開いた口に手の平を添える姿が楯無にも見てとれる。

 姉妹揃って、きっと同じ思い(驚き)なのだろう、現在の学園最強は微笑んだ。そしてその全体の実力すら察して楯無は、笑顔で次代の台頭を喜ぶ。

 裏側に作為が絡まるどうにもきな臭い現況にあって、彼女が専用機持ちではない(有事の戦力にならない)ことを、少し残念に思いながら。

 愛用の扇子を顎に当てながら、対暗部用暗部、更識の当主は回転率の高いその頭脳を悩ませ、こてんと首を傾げる。

 やがて、結論が決まった彼女は、眼前にて()()となって墜ちていくビットのことすら気にせずに、独りごちるのだった。

 

「うーん……ちょっかい、早めちゃおうかしら?」

 

 楯無はおもむろに扇子をはらりと開いてその中身『巧遅拙速』の四文字を披露する。そして、彼女はこれからのちょっかい(余計なこと)を画策し始めるのだった。

 

 

 セシリア・オルコットにとって、博麗霊夢とは一番の好敵手であり友達である。そして、何よりも至極の目標だった。

 霊夢がIS操縦だけでなくほとんど全てにおいて群を抜いているというのは、普段を共に過ごしている間に重々承知している。

 だが、何よりセシリアが惹かれたのは、その飛行の何にも囚われない自由さ。読めなさは狙いをつけるものに対し、上等な羽ばたきとなって幻惑(魅了)する。

 あれには、当てられない。当てたくもない。そして、実際にやってみたところで掠りもしないのにはもう、喜色しか湧かなかった。

 先手伺う自分の思考すら読まれているような直感の動き。そこに無理も無様も一向に見て取れないのにはセシリアも称賛の言葉しか思いつかない。素直に、少女の口は動いた。

 

「ふふ、流石ですわね。わたくしのスターライトmk-Ⅲの狙いを察するだけでなく、ブルー・ティアーズの四つの砲口の位置すら察しているかのように射線から逃れている……一瞥もせずに、そう出来ているのは不思議ですわ」

「まあ、何となくタイミングが分かるってだけよ。後は適当。……ていうか、ブルー・ティアーズ(IS)ブルー・ティアーズ(BIT)っていう武器が積んであるの? ややこしいわね……」

「それは、その通りかもしれませんわね……」

 

 霊夢の言に、柳眉をひそめるセシリア。IS蒼の雫の六つ雫のようなビットの名前が蒼の雫とあっては、確かに惑う気持ちが起きもする。

 操縦しているセシリア本人も、今はその名称を気に入っているが、最初の頃は違和感を覚えていたものだ。

 そんな雑な会話で気が抜ける、その合間に思い出したかのように霊夢は動き出す。僅かな身じろぎ程度。しかし、それが二人の間の距離を埋める。

 

「じゃあ、慣れてきたし、こっちからも行くわね」

「っ、射撃兵器!」

 

 射出、いや投じられたそれは、ブルー・ティアーズ(ビット)の一基に深々と突き刺さった。セシリアは疾く、ハイパーセンサーを集中させて認めたそれの形を、埋もれた内側へのスキャニングまで駆使して判じさせる。

 そして、認められたのは、大きく鋭くも、真っ直ぐなばかりの凶器の形。メイドが使っていた金属の編み棒をバカでかくさせたようなそれを見て、セシリアは呟く。

 

「これは、大きな針、でしょうか……」

「ご明察。じゃ、次行くわよ」

「くっ!」

 

 畳針を杭のように太くして更に尖らせたようなその針を、霊夢は打鉄の豊富な拡張領域(バススロット)から次々と取り出していく。指の間に挟んだ針となって形成すそれらは、都合三つずつ同時に真っ直ぐ飛んでくる。

 前回の鈴との戦いの際に霊夢が、打鉄の装備の一つであるアサルトライフル焔備(ほむらび)を使用しなかったことから、射撃は苦手と判断していたのだが、だとしてもまさかこんな代替手段を持っていたとは。

 思わぬ遠距離攻撃手段に、大きく避けるセシリア。ふわりと、不格好なサークル・ロンドの動きの合間に霊夢はどこか満足気に距離を詰めていく。

 

「まあまあね」

 

 ISは指先に尖りがデザインとしてあるために少し扱いにくいかと思いきや、むしろパワーアシストもあって針を気楽に投じられることに霊夢は喜びを覚える。

 彼女の手元にて、三つの輝きが瞬いた。そして、その度に衝撃とともに突き刺さる実体弾()がブルー・ティアーズのビットの内側を損ねていく。その連続の速度の高さには、遅れて対応して打ち出すビームでは損ねきれない。

 次第に、浮遊機能すら覚束なくなって、墜ちるビットが幾つか出ていく。三つのレーザービットの破壊を確認してからセシリアはむしろ自分の身を盾にするかのように一基を後ろにした。

 そして、何故か止まった霊夢の次の動きを注意深く観察する彼女を他所に、少女は独り言つ。

 

「期待してなかったけど、あの企業意外とやるじゃない」

 

 そう、企業専属に誘われた際に新武装のアイディアとして提案してみていたのだ。未だ霊夢の勧誘を諦めていない企業が試しにIS用に作ったのだと送ってきた針、それを彼女は喜んで使っている。

 もう一度、手を一振り。それだけでライフルの側面で受け止めなければシールドエネルギーを損ねられて居ただろう皆中が三度。打鉄に無数に詰め込まれた針、それを霊夢が投じた際の命中精度の高さに驚き、セシリアは思わず溢した。

 

「どうやって……ただ投げているだけの様に見受けられますが……」

「そりゃ、ISの補助まであるんだし、投げりゃ何処にでも刺さるでしょ」

「普通は当たりませんし、ブルー・ティアーズの装甲は素人の投擲物で穴が開くほど柔ではありませんわ! 一体霊夢さんの何処に、そんな馬鹿げた怪力があるというのです――っ!」

 

 そう。そもそも、棒状のものをおもむろに投じただけで対象に刺さるわけがない。空気の抵抗やらで、途中で落ちてしまったり、そもそも真っ直ぐとすら中々いかない筈である。しかし、霊夢は一投目から深々とビットの内部を毀損するまでに打ち込めていた。

 今も、立て続けに投じられるそれは直線的ながら非常に高い命中率となっている。いや、外れすらも誘うための紛らわしだとしたなら、霊夢が針で奏でる意図は全て叶えられているとも言えた。

 レコード針は粛々と、輪舞曲の終わりを告げる。針鼠と化してきたライフルに向けた半身の装甲を痛めさせ、セシリアがまさかの遠距離戦で敗北する、そんな意外な終止記号が置かれる前に。

 

「っ!」

「なっ!」

 

 アリーナの遮断シールドを突き破り、そのノイズは盛大に落ち込んできた。

 

 

「―――皆、落ち着きなさいな」

 

 安全だと思い切っていた学園に突如として現れた侵入者にパニックになりかけ、熱を帯びた観客達に正に水滴のように広がる静かな言葉一つ。

 何時もの茶目っ気は何処へやら。あまりのカリスマ性によって、その場は瞬く間に掌握される。

 皆が皆、声の主を見て安心を覚えていく。それは希なるその綺麗に心奪われたがためだけでなく、そも更識楯無(学園最強)は、有事の今において何より頼れる一人と知られているためだった。

 間近の妹から向けられる、どこか怯えるような視線を気にしないように振る舞いながら、迎えるように手を広げ、楯無は()へ向かって続ける。

 

「一夏くん、でいいかしら? ここの遮蔽フィールドは、いくら貴方の武器(雪片弐型)でも継戦が難しくなるほどにエネルギーを込めないと切り裂ききれないわよ? 無駄なことは止めなさい」

 

 そう。楯無は想い人の危機に面して既に白式を展開し刀にエネルギーを纏わせている一夏に対して、そう忠告したのだった。

 エネルギーが供給されることで展開し続けているアリーナの遮断シールドに対して、いかにそのアンチ武器であっても裂くのは労が要る。しかし、酷く焦った様子の一夏は、半ば食って掛かるように、返す。

 

「そんなの、やってみなければ……分からないでしょう? それに、バリアーを無効化出来る筈の雪片ですら難しいくらいに頑丈な遮蔽フィールドを突破するレベルの火力を持つISなんて、霊夢達が危ない――!」

 

 こんな問答なんてどうでも良い。今直ぐにでもシールドを突き破って大好きな彼女の助けになりたかった。

 勿論セシリア(友達)のことだって気にかかるが、一夏にとって今や博麗霊夢(想い人)は大切すぎた。

 鮮烈過ぎる、恋の味。それにやられて、正史の恋に燃えた彼女らのように、ISを展開する際の諸々の規約すら彼は忘れた。自分が役に立つか立たないかはどうでも良く、ただ愛する人が心配に過ぎた、そのために。

 だが、それを察しながらも、努めて冷静に楯無は言う。

 

「もっともね……でも、あのよく分からないISの攻撃がもし来てしまったら、ここの皆は危ないでは済まないわよ?」

 

 そして、彼女は怯える周囲を示すかのように瞳を向ける。振り向き、彼もやっと気づいた。

 一夏の周りにあるのは、立ち向かうことすら選ぶことの出来ない、ただの生身の子供達。そんな彼女らが無力の手を握りしめあって震えている、そんな姿を見て、一夏は愕然とした。

 

「っ! それは……ああ、そうだ。何、間違えてんだ俺。守りたいものと、守るべきもの、理想と現実のどっちを見るかなんて決まってんのにっ!」

 

 そして一夏は疾く、雪片に無闇にエネルギーを纏わせることを止める。

 一夏は、守りたかった。それは自分が守られている側であって、守る人を神聖視してそうなりたいと考えていたからでもある。

 だがしかし、それは悔しくも、その守られることの嬉しさ、そしてその安心を知っていたから、それを他にもしてあげたくなったからでもありはしなかったか。

 それを思うに、今の自分は何だ。ただ叶いもしない好きを守ることばかりに気を取られて、周囲の助けを必要としている人間を無視していたなんて。

 それはなんて愚かなのだろう、と思い改め、一夏は次に自分が為すべきことを考え始める。そしてその時、一夏を放って互いのクラス代表の応援し合いながら駆けていった箒と鈴が向かった方角から、轟音が轟いた。

 

「あら、丁度良く、反対側に専用機持ちの子が居たみたいね。一夏くんは気が変わったなら、同じように、ロックされているでしょう近くの扉を壊して皆の逃げ場を確保してくれないかしら?」

 

 遠くを見据えて、楯無は言う。部分展開していたISのセンサーを使い僅かに煙が漂うひしゃげた扉に向けて、案内を務めているポニーの少女を認めて微笑んで。

 楯無の言の通りに動き始める一夏。折り重なるように集まっていた生徒達に退いてもらいながら扉に刀を向ける彼は一度振り向いて、聞いた。

 

「貴女は……どうするんですか?」

「ふふ。貴方は知らないでしょうけど……生徒会長というのはね、生徒の皆を助けるためにあるのよ。――ここ、テストに出るから、よく覚えておいてね」

 

 皆を守るように改めてISを展開しながら、それこそ迷える男の子だって助けちゃうんだから、と戯ける彼女の背中はどうにも、頼もしかった。

 

 

「なによこいつ……」

「ターゲットロックされていますわ! お気をつけて!」

 

 それは、不明だった。中に入っているだろう人物を伺わせないほどの装甲を持ったIS。

 霊夢は何時ぞや、自分がISスーツを恥ずかしがったことを思い出す。なるほど、こいつはシャイな見た目である。決してその酷いセンスから真似したくはないが。

 そう思っていると、相手は何も語ることもなく、攻撃を開始した。霊夢が察して動いたその後の軌跡に、太い光線が下手な絵を描く。

 

「っ、問答無用って、いいじゃない。やりやすくって」

 

 敵対が分かりやすければ、それだけ容赦はいらなくなるから。そう考えながら宙を泳いで少女は見に努める。

 相手は覆われたが故の、無貌。その全身装甲に、甲虫のイメージが重なる。頑ななまでの防御は最早理解を拒絶するかのよう。

 露出度が高いのも何だけれど、こうまで硬質で全体防御しているのも格好悪いわね、と霊夢は思い、観察を続ける。そして、熱線を回避すること二度。

 遮蔽シールドに命中したら再び穴を開けかねないレベルのとんでもないビームの威力をすら気にせず、下方から見入っていた彼女は、ふと気づいた。

 

「さっきから胸元に動きがまるでないわね……ひょっとして……試してみようかしら。セシリア、もっと上に避けといて!」

「分かりましたわ! 霊夢さんは何を……」

「ちょっとね……これでどう?」

 

 セシリアが浮上しても、乱入機の視線は霊夢へと固定したまま遠距離攻撃を続ける。或いは仮面の下では動きがあるのかもしれないが、不気味なまでに端からはうかがい知れない。

 そんな様子を確認してから、霊夢は相手の頭部の中心(目があるはずの場所)へ正確に針を投じる。しかし、針の先端は届けどもその内に入ることもなく、カチンと音を立ててから地に落ちていった。

 だがその様子を見て、霊夢は確信して言う。

 

「やっぱり、()()()()()()か」

「あ……そういうこと、ですか。反射行動もないなんて……このISは……」

「十中八九、無人ね」

 

 センサーがうるさいくらいに攻撃を察させる筈だ。そも、(鋭いもの)が眼前に飛んできて避けないなんて普通の神経ではありえない。

 しかし、相手が攻撃をただ危険度として捉えるだけの代物で、それからすると針が脅威とならないレベルの威力に調整されていたとしたらどうだろう。きっと、避けることすらしないのではないか。

 そう。正しく機械的な判断を目撃した霊夢とセシリアはその中身の無さを感じ、遠慮の意味の無さまで解した。

 だから、見向きもされていないセシリアはビットとライフルの砲口を一点集中させることを決めて、霊夢は針だけでなくブレード・葵をその手に顕した。

 

「機械だとしたら、壊すまでは止まらないでしょうね……思い切り行くしかないか。ただ、射線を他の生徒に向けるのは危険ね。セシリア。あんたはそのまま高所に陣取ったまま、援護射撃お願い」

「分かりました。霊夢さんは、どう位置取るおつもりですの?」

「あいつの下から攻めてみる!」

 

 自分にばかり向いている攻撃。それを思えば基本的にビームの方向は下方以外に散らないだろう。そして、上に下から攻めれば挟み撃ちにもなるだろうと、霊夢は瞬時に考えた。

 そして、彼女はここでギアを上げる。地面が融解してしまう程の温度は、紙一重で避けるにはあまりに熱い。地面スレスレを泳ぐように飛ぶのはまた、難度が高かった。

 

「ったく! 面倒ね!」

 

 だが、それがどうしたというのだ。幾ら汗をかこうが難しかろうが、それでも空を飛ぶのを止める理由なんてない。

 だって、自分が墜ちてしまったらあんなにも自分達を応援してくれた子たちが危険に晒されてしまう。そんなの、認められるはずがなかった。

 それに、このうるさい平穏を壊されて、霊夢はむかっ腹が立っていた。だから、彼女は空を飛ぶ。

 

 光線の威力に流され針は届かず、機械の速さによって離された道は遠いまま。セシリアの火力も撃ち抜くには足りていない。しかし諦めることなく霊夢は飛んでいく。

 その泳ぐ軌跡は機械ですら先読みできぬ奇跡となり、そして次第にそのファインダー越しに、超越者の心すら惑わせていく。

 

「はぁ……」

 

 そして次第に大義も忘れ、彼女は誰彼の思惑からも離れていった。綺麗は続いて、歪みを忘れる曲線の連続は最短距離を進むよりなお早くなり、太いばかりのビームの直線はただの眩い空の飾りと化していく。

 そんな最早()()とすら呼称しても良いだろうとんでもない個性によって、空で危険は危険を失い、霊夢はただ空に揺蕩うばかりとなる。

 

「――追いついた」

 

 やがて、速度に大差がある二機のチェイスは、霊夢が追いつく形で終わる。

 汗が一つ煌めく。その間隙に先から二機が遠距離から打ち込み続けシールドエネルギーを削り続けた結果、一つ敵の胸元に挿し込めた針の上に、霊夢は更に針を正確に重ねて打ち込んだ。それは、正にクサビを打ち込むのと同じ。先端は深く相手に刺さり入る。

 

「これで、どう!」

 

 そして霊夢はその上から二段重ねの針の先端が()()()()()()に届くように、斬撃を重ねた。

 衝撃に、あまりに凝り固まった装甲が、開く。それは、蝶が羽化する時のように、劇的だった。

 

「今、ですわっ!」

 

 そして、この時を彼女は上方から待ち構えていたのだ。セシリアは、虎の子であるミサイルビットを開放する。

 吸い込まれるように二基は装甲の内側の脆い部分へと飛んでいった。次の瞬間、轟音を立ててそれは威力を発揮する。ひび割れたそれを侵食し、威力は内側から殻を喰い破っていく。

 火炎散らしながらバラバラに墜ちていく、中身のない相手――ゴーレム――の散華を見届けながら、霊夢は独り言ちた。

 

「……流石に、()()()っぽいのを壊したからには、もう動かないでしょうね」

 

 心臓を壊した後で動くものなどない。けれども、もしかしてこの機械が妖怪的だったら。妖怪なんて()()この世にいないというのに、霊夢はそう危惧する。

 だから、セシリアが抱きついてその身を振り回してくるまで、霊夢はその残骸を見つめ続けたのだった。

 

 

 

 

「いやぁ。やるかな、とは思ってたけどコアまで壊しちゃうかぁ。霊夢ちゃんは流石だねー!」

 

 そんなこんなを全て、見届けたのは一羽のうさぎ。天才過ぎて最早ルナティックな彼女は自分の作品を壊されたことに大喜び。

 むしろあんなものを台無しにしてくれてありがとうとでも言わんばかりに狂喜した。完璧に作った不完全。それに確りと役目を全うさせてくれたことは、親として嬉しいものだったから。

 そしてそして、ぴょこんと兎は一歩先を行く。

 

「そう、私の二人目の愛すべき(後継)、最期にしてはじまりの幻想。それでありながら……空を飛ぶ程度のもの」

 

 この世界では『赤月』、引いては天災の力に一度怯えてしまった友への執着はもう薄い。代替が要った。そして、それは偶々最愛の側にあって、とても都合が良かったのだ。

 まこと、暇つぶしには。

 

「霊夢ちゃんは、私なんかよりずっと上手に――――世界を壊してくれるよね?」

 

 言い、篠ノ之束は壊れた笑みを華として、開かせた。ずきり、と刺さった胸元の針を忘れて。

 

 




 どんどんと皆に戦って貰おうと思いましたが……大体針霊夢さんの話になり、そして結局兎さんが持っていってしまいました! どうしてでしょう?
 果たして、楯無さんは今作では夏に乗り遅れることはないのでしょうか。


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第十一話 タイプ

 また幕間っぽいですが、今回は少し趣を変えてみようと勢いづいて書いてみましたー。
 どうなのか、気になりますね!


 

 本人はあまりそう思っていないが、霊夢とて現代っ子の端くれである。むしろ、ISという最先端のマストアイテムに日頃から触れられている彼女の今は、流行りに敏感な女の子達の理想と何ら変わらない。

 とはいえ、最新の飛行パワードスーツに対しては造詣が深くあれども、彼女は最新の通信機器に詳しくはなかった。

 故に、愛用の一昔前の携帯電話をぱかりと開いて友達との通話を楽しむ霊夢はどうにもちょっと遅れている(旧式である)ようにも思える。そんな彼女の淡色の唇は柔らかに動いて、新たな言葉を紡ぐ。

 

「はぁ。幾ら珍しいからって自分の身体で試すことはないじゃない……」

『ははっ、霊夢にはそう言われると思ってたぜ。でも、流石に明らかに新種のキノコを目にして口に入れてみないってのは()()様じゃあないな』

「身体張るわねー……あんたは若手芸人かなにかなの?」

『なあに。私の知見からすると毒性はないと踏んではいたし……ま、流石に端っこをかじる程度で止めたからな。ちょっと口の中が痺れる程度で済んだ』

「毒だったんじゃない!」

『あはは。冗談だ、冗談。本当は、何もなかったさ。多分アレ、イグチ科の変種か何かだったんだろ。うまかったぜ』

「ったく……笑えない冗談ね……」

『ははは、悪い悪い』

 

 だが、電話相手の理沙は、そんな霊夢の相変わらずさですら楽しんでいるように笑い交えながら会話を重ねる。

 互いが一夏に対する箒や鈴のように、幼馴染であるからには、遠慮はない。だからこそ、軽く言葉をぶつけ合って、楽しめるのだろう。

 間近に起きた面倒によって数度の聴取を受けたことに対する疲れも忘れて、霊夢は微笑んで話を続ける。

 

 霊夢はこうやって、案の定の定位置であるふわふわベッドの上にてあぐらをかいて、同部屋の彼女が大浴場で入浴中の合間に隠れるように理沙との通話を楽しんでいた。

 秘密にしているのは、何とはなしに、セシリア達に理沙の存在を話したら面倒事になる予感がしているからである。何せ、周囲の子たちが妙に嫉妬深そうなところがあると、霊夢も薄々気づいていたから。

 そんな、霊夢の中で同率一位を占めている女の子、理沙はなんとはなしに霊夢に聞く。通話越しに、彼女の長い金の髪が少女の手によりくゆられたような、そんな気配がした。

 

『それで霊夢。最近はそっちで何か面白いことはあったか?』

「特にないわね」

『霊夢は何時もそう言うな。お前さんのことだから本当に特にないとでも思ってるんだろうが、実際はそうじゃないだろ』

「どうしてそう思うのよ」

『そりゃあ、博麗霊夢なんていう極めつけの問題児がいるんだ。それでなにも起きなけりゃ詐欺ってもんだぜ』

「なによ。私ほどの優等生なんて、そういないと思うけど」

『優等生で問題児だから、性質が悪いんだよなぁ。誰か、霊夢に自分を曲げるってことを教えちゃくれないもんかねえ』

 

 今にもやれやれと続けた気に、理沙は言い切る。それに、霊夢はむっとするのだった。

 それはそうだろう、何事だろうが()()に大成できる程の能力を無駄な道を進むことに使い続けている、そんな変わり者に性質が悪いと言われたら、自分のおかしさを認識していない少女は苛立ちもする。

 とびっきりの女の子は、そんなとびっきりに並びたい女の子に向けて、言う。

 

「そう言う理沙だって、筋金入りのオカルトマニアの癖に。養父(おとう)さんがあんたの父親が妖しげなものがそろそろ理沙の自室からあふれ出してきそうで怖いと愚痴って来たって言ってたわよ?」

『なあに、私は父親に追い出されたってロマンを追い求めるのは止めないさ』

「あんたの口癖よね。火力と魔法はロマンだって。あんた、何処目指してんのよ」

『そりゃ、魔法使いに決まってる。それも、最近人気の魔法少女じゃなく古式ゆかしい魔女様だ』

「そんな将来の魔女様はどうして最先端のISを学ぼうとしたのかしらねえ……」

 

 呆れたように、霊夢は零す。そう、理沙は昔から魔法使いになりたいと、そのために横道を張り切って進んでいた女の子だ。

 その程は甚だしく、あまりによく分からないものを拾っては自室で研究するので彼女はよく、父親の会社の相談役である総白髪のお爺さんにたしなめられていたものだった。

 様々な素を実験によって探りながら、言葉という記号を元にして、不可思議を追いかけていく。理沙がキノコに拘るのは、毒性による朦朧と神秘体験の相似に興味を持ってから、その味に惚れ込んだからである。

 そんな風にして、まるで己に()()()ものを探すかのように、理沙は魔法を追い求めていたのだ。

 そのような彼女が、横道というか正反対の、先端科学というかそのような何かで出来たISを学ぼうとしていたのは霊夢にとっては常々不思議に感じることだった。

 しかし霊夢の本心からの疑問に、理沙はあっけらかんと答える。

 

『それは、ISが魔法とタイプとしては似ているからだ』

「はぁ? どこがよ」

 

 無理やりな先端の方法と古来の方法の同一視に、霊夢は携帯電話の隣で首を傾げる。

 幾ら考えてみても、分からない。だって、()()()()()は、共存できるものではない。そのことを霊夢は誰より知っている。

 故に、博麗霊夢だけには決してその言を理解できないのだ。彼女は音声の向こうの理沙の表情が想像できなかった。

 

『……霊夢は分からないのか。だが、ありゃあ同じ、不思議だよ』

「そう?」

 

 断言する、理沙。彼女は天才ではない。その極みに近いとはいえ、凡人の範疇だ。

 だからとはいえ、その魔を見つめ続けて磨かれたその眼の良さは、決して高みの代物に劣るものではなかった。

 土の味すら知るからこそのその審美眼からすると、ISのオーバーテクノロジー性と魔法のロストテクノロジー振りには類似が見て取れたのだ。

 こと、天災(魔女)によって独占できる程度のものであるというところなんて明らかに。

 そして、太古の力のコピー(魔法)を使いたがっている理沙は考えたのだ。試しに最新の幻想を、コピーしよ(盗ろ)うと。

 

『私はな、最先端の科学から、その身一つで空を飛ぶ()()取り戻し(盗み)に行こうと思ってたんだ。あーあ。落っこちちまったのが残念だぜ』

「はぁ……そんな無謀に知らず付き合ったせいで、私はいまIS学園(こんなところ)にいるのね」

 

 霊夢は思わず溜息を吐いた。IS学園でインフィニット・ストラトスについて学んでいる身からすると、確かに根幹技術の不明が気にかかりもする。

 しかし、それがどんなものなのかは霊夢にすら分からない。回路が生き物、意志(進化)に似通った結果コアが複雑なスパゲッティーどころじゃない意味不明になったのではないかと考えているが、それだけ。

 そもそも、世界中の天才たちが雁首揃えてその原理を思っても理解できなかった代物だ。そこからただのオカルト好きな学生でしかない理沙が空を飛ぶ一番簡単な方法を学び取れるかは疑問だった。

 まあ、それでもこいつならもしかしたら、と思えるあたり輝く一人ではあるのよね、との思いを霊夢が隠していると、バツが悪そうに理沙は言う。

 

『私だって正直、霊夢には悪いことをしたと思ってるんだぜ? 一人乗り気じゃなかった霊夢をそっちに置いてっちまったのは申し訳ない』

「全くよ。あんたがいないと面倒が私に直にぶつかってきて大変なんだから」

『んー? なんだかんだお前さんの周りにも面白そうなことが色々起きてるみたいじゃないか』

「面白いかどうかは分かんないけど、ゆっくりしていられないのは辛いわね」

『はは。そうかい。……相変わらずの、合わなさか』

「そうね。悪くはないけど、どうもしっくりとはこないわ」

 

 霊夢は、そっと天井を見上げる。硬質な白が、どうにも彼女の瞳には合わない。天板のざらつきを目でなぞって、気まずさを覚えるばかりが常だった。

 理沙も霊夢のそんな感覚を聞いて、知っている。そして、彼女も同じ意見を持っていた。だからこそ、少女は魔法に執着している。

 そんな、時代に沿えない二人は、しかし電話で繋がりながらしばらく沈黙した。

 喋ることを止めれば耳に届くは現の音。風の擦れ合い、人の蠢き。そこに暗さを感じられないことがむしろ不気味と思えるのはおかしいのだろう。

 堪えきれず、霊夢が口を開こうとした時、理沙は言った。

 

『霊夢――――空を飛ぶのは楽しいか?』

「…………まずまずね」

『そりゃ、良かったぜ』

 

 満足気に言った理沙に、霊夢はしばらく言葉を返せなかった。

 出来るならあんたと一緒に飛びたかった(寂しい)、と喉から出そうになった言を飲み込むのに、少し時間がかかってしまったから。

 そんなキャラではないことを口にしたら、()()飛びにくくなる、ということを博麗霊夢は知っていた。

 

 

「私の男のタイプ、ね……」

 

 霊夢と鈴と一夏。部活に入っていない三人組にて、放課後鈴の部屋にて駄弁っていると、そんな男女の話題が出てきた。

 これまで、理沙等同性に囲まれるばかりであまり色恋の話題が会話の俎上に上ったことなどないために、霊夢にとって好きになるような男性の形質なんて考えたことすらないものだ。

 少し悩みだす霊夢に、あまり言いたくないのかと思った鈴は、元気なままに続ける。

 

「そうそう。一年生筆頭とか言われちゃってる霊夢がどんな男が好きなのかとか、正直気になるじゃない。ね、誰にも言わないからさー。おまけで一夏も居るけど、いいでしょ?」

「俺はおまけかよ……まあ確かに霊夢もあまり俺のことは気にせずに喋ってくれていいぞ?」

「元々別に気になんかしていないけど、そうねぇ……」

「そう……か」

「どんまい、一夏」

 

 一夏の落ちた肩に手を置く鈴。霊夢は自分の何気ない一言で起きた悲劇にすら気づかずに、本気で考えてみた。

 しかし、考えれば考えるほどよく分からない。意外と見目は気にするのだが、格好いいだけでは駄目である。性格も大事だと人並みには思うし、そんな理想が合致するような人間なんてそうは見当たらない、と彼女は思う。

 なら、過去の偉人とかから適当にあんな人と採ってみてもいいか、と考えはじめてしばらく。それでも中々思いつかなかった霊夢は、しかし唐突にとあるモノクロームの映像を思い出した。

 そこにあった人の性格の良さと見目の良さから、まあ彼ならいいかと霊夢はその人の名前を口にする。

 

「うーん……強いて言うなら、写真で見た霖之助()()()()()の若い頃の姿はタイプだったかもね」

「リンノスケおじいさん? 誰よそれ。うーん、まあ……年取ったら渋くても若いときは凄かったって人もいるわよね。ね、その人は写真だとどんな感じだった? ひょっとして意外に俺様系とかワイルド系?」

「全然。白黒写真からは書生っぽいというか、知的な感じがしたわね」

 

 霊夢は思い出す。旧い写真に写っていたのは和服姿の、青年男性。本人も幾つ年を重ねたか忘れたという程に長寿の霖之助――件の理沙の父の会社の相談役――の若い頃は、さぞモテただろうと思わせるほどの美丈夫だった。

 霖之助が若い頃はうんちくが多くて煩い人間だったと、そんなことを知らない霊夢は今の翁の優しさからまああの人みたいなら好きね、とか考える。

 そして、知的な感じ、という言葉だけを取って噴出した鈴は、さっきまで一夏を慰めていたその手を何度も叩きつけることとなった。少女は、少年を揶揄する。

 

「あははっ、それって一夏とタイプ全然違うわ! ぷぷ、あんたってホント残念ね!」

「鈴。笑いながら肩バシバシ叩くなって……というか、俺ってそんなに知的に見えなくて残念か?」

「私は箒から、一夏は参考書を電話帳と間違えて捨てたせいで、ここに入る前に予習一つしてないから都度教えるのが大変だって聞いたけど」

「霊夢……箒、そんなことを霊夢に愚痴ってたのか……」

「同室ってのも大変ねー。あたしも、弾から一夏は藍越学園ど真ん中くらいの微妙な成績だったって聞いたわよ。全く、あたしが居なくなってからも特に変わんなかったのね。それじゃ、IS学園の勉強について行けなくって当たり前だわ」

「まあな。確かに大変だよ。でも、泣き言ばかり言ってられないんだよな」

「んー? どうして?」

 

 首を傾げて、髪の一房を頬に乗せる、鈴。そのあどけなさに微笑みながら、一夏は口を開く。

 

「別に俺のせいで誰かが落ちた、とかそういうことはないみたいだけどさ。それでも折角こんな普通は入れもしない場所で男の俺がISを学べるんだ。そう考えると望んでなかったとはいえ、まあ頑張ってみてもいいだろうって思うよな」

「ふ、ふーん。一夏にしては、中々真面目なことを言うじゃない!」

 

 真面目な顔をすれば、やっぱり格好いいのよねこいつ、と思い頬を染めながら鈴はそんなことを言う。

 そんな少女の天の邪鬼さを近くで見て、霊夢は相変わらず素直じゃないわね、と冷めたお茶を一口。

 そっと、お茶を啜る霊夢を覗いてから、頬を掻きつつ一夏は言った。

 

「それに……まあ。格好悪いままじゃ嫌だからな」

 

 何時かはと、そう考えて一夏は決意に己の手のひらを強く握りしめる。

 そう。未だに織斑一夏は、博麗霊夢の前で格好いいところを見せたことがない。むしろ、負けたところや頼りにしてしまったところなど、情けない姿ばかり見せていた。

 現在の一夏にとって、霊夢の好みとか、そんなことはどうでも良いことだ。まずは、自分を磨くこと。そのために、箒に愚痴を溢させるくらいには勉学に励んでいるのだった。

 

「ふうん。あんたも男の子ねー」

「格好付けたいお年頃って奴かしら」

 

 もっとも、そんなことを知らない鈴と霊夢はただ、感心する。

 実のところ二人共天才肌であるがために、あまり頑張る価値を理解できない。彼女らにとってはやれば直ぐ出来るのが当り前。格好なんて、勝手によくなるものだった。

 でも、それぞれ普通に頑張ることの大切さくらいは知っている。だから、まあ応援くらいはしてあげようと思うのだ。

 

「まあ、期待してるわよ」

「おうっ!」

 

 そして、霊夢が言ったそんな投げやりな応援に食いついて、一夏はやる気を見せる。

 その満面の笑みは、飼い主の横で尻尾を振る犬の姿をすら彷彿とさせた。ぶんぶんと、そんな風音すら聞こえ、一夏のお尻には大ぶりの尻尾すら幻視できる。

 

「はぁ。わっかりやすー……」

「痛っ! 何すんだ、鈴!」

 

 想い人の他所へと向かう恋慕なんて、見たくもない。でも、その相手だってとても嫌いにはなれなくて。

 だから、ぶーたれた鈴は横から彼の尻を蹴っ飛ばしたのだった。

 

 

 そんなこんながあった翌日。

 朝のHRを何時も通りに朝は大体眠そうな担任が遅めに終わらせた後、2組の生徒たちは遅れて第二グラウンドにやって来た。

 先には、1組の生徒が既に集まっている。それもそのはず。今日の一コマ目は、1組2組合同のIS模擬戦闘の授業。どちらかといえばルーズな2組と違って、厳しさに支配されている1組が先に来ているのは当然のことだった。

 その厳しさの主である織斑千冬の制裁を恐れる2組の生徒は皆駆け足で先の集団に向かう。

 

「んー? 何か変じゃない? 1組に人垣が出来てるわ」

「確かに、妙ね。誰か怪我でもしたとかじゃなければいいのだけれど」

「霊夢は心配性ね。あたし、ちょっと行ってみてこようかしら? ……ん?」

 

 霊夢と鈴も、沢山の女子の香り高すぎる更衣室から出て駆けてから直ぐのこと。走ったことにより息荒くする周囲の中から、二人は静かに1組の生徒が集まりすぎている様子を認めた。

 

「二人目?」

「どういうことかしら」

 

 何かあったか気にする霊夢に、鈴は手っ取り早く見てこようとすると、その耳になにやら奇妙な言葉が聞こえてきた。

 曰く、二人目。どういうことなのかと眉をひそめる霊夢と鈴に応じるように、人垣は僅かに隙を見せて、その中身を見せつけた。

 その中にあったのは、長い金髪を後ろに纏めた、一夏に劣らず整った容姿をした、これまた一夏と同様の意匠のISスーツを身に着けた子の姿。

 そんな見目を額面通りに受け取った鈴は、口を驚きに大きく開いて、騒ぎ出した。

 

「わ、二人目ってそういうこと? 各国が虱潰しに探してたっていうけど、マジでISに乗れる男子って一夏以外にも存在したのね!」

 

 そう、どう見たところで彼――シャルル・デュノア――は男子。それも優しげで、育ちの良さそうな、そんな感じにひと目で見受けられた。

 そうして印象を咀嚼してから、鈴は考える。やがて、彼って頭良さそうだしひょっとしたら霊夢のタイプじゃないかな、と思うのだった。

 だとするならば恋の矢印は彼へと向いて、このまま霊夢が一夏に絆されて二人が付き合い出す、なんていう最悪の可能性もぐんと減るだろう。そう思って、鈴はぽかんとしたレアな表情の霊夢に向けて笑顔で言うのだ。

 

「ね、あの男の子とか、霊夢のタイプなんじゃない? 一夏なんかよりよっぽど頭良さそうよ?」

「あれが二人目の男性操縦者? いや、あの子どう見ても……」

「――――何を喋っている! 整列しろ!」

 

 男じゃないでしょ、と続く霊夢の言葉は、千冬の怒号によって遮られた。

 慌てる全体。そして、罰を恐れて疾く動き出す周囲に倣いながら、霊夢はシャルルの方を見定めるかのように見つめ続けるのである。

 

「へぇ……これはホントにひょっとする?」

 

 そんな集中ぶりを横目で見た鈴は、霊夢って本当にあんな感じがタイプだったんだ、と勘違いして驚くのだった。

 

 

 

「整列、できたみたいね」

 

 やがて、列の前に立つ千冬の後ろに、華麗なほどにゆっくりと、2組の担任も金の髪を流してやって来る。

 自分が早めにグラウンドにやって来られなかったその原因である相手ののんびり振りに、千冬は苦言を呈さざるを得なかった。

 

「はぁ……それにしても先生は、少し遅れ過ぎでは?」

「このくらい平気よぉ。それに、その間に皆が新しい子達を周知できたみたいだし、悪いことばかりじゃないわ」

「そう、ですか……」

 

 しかし、暖簾に腕押し。そもそも千冬とて年上に強く出るのは難しい。溜息を飲み込む彼女に、2組の担任は微笑んで、続けた。

 

「大丈夫。皆はそんなに気にしていないみたいだけれど、私はもう一人の転校生、ラウラ・ボーデヴィッヒさんのことは気にしておいてあげるわ。何しろ――――同遇の子は、気になるでしょうからね」

「っ」

 

 その言はどう取れば良いものか。千冬は元はドイツ軍で働いていた時期があり、ラウラもドイツ軍に所属していてなんとか、二人は同遇といえないこともない。

 しかし、きっと彼女が言った意味はそれではないだろう。

 そう、目の前の女性はおそらく、視線の先の銀の少女、ラウラが千冬と同じ()()()であると気づいているのだ。

 それを思うと、気にしてあげるという意味が深いものに思える。千冬には、見慣れているはずの同僚の姿が、遠く感じた。思わず口の端を、噛む。

 

 だがしかし、彼女にとってはそれがどうしたとも言えた。得体のしれないものには慣れている。むしろ、千冬はそれを友とし続けていたのだ。

 

「そう、ですね。よろしくおねがいします」

 

 だから、細められた赤い目の深さに感じ入りながらも、千冬は不気味の前で毅然と返すのだった。

 

「ふふ」

 

 そんな強さの横で、妖しくも、彼女は微笑み続ける。

 

 




 待望された理沙さんの登場に、次にどうしてだか霊夢さんのタイプ話、そうしてやっと本編に、といった感じになりました!
 今回は東方の気配が少し強めですねー。


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第十二話 勘違い

 なんだか評価バーが真っ赤に染まっていたので、勢いづいて続きを書きました!
 沢山の評価、どうもありがとうございますー。


 

 

 シャルル・デュノア、いいや本名シャルロット・デュノアは、IS学園で送る日常の酷く穏やかなことに、驚いていた。

 生徒の大概が朗らかで人当たりが良く、特に同居人でもある一夏は言動にどきどきするところもあるが悪心からほど遠い人柄で、シャルロットはとても人に恵まれたと感じている。

 それこそ自分の性別を偽っていることに深い罪を覚えてしまうくらいに、強く。

 

 彼、いいや本当のところ彼女は、近頃周囲に険ばかりを感じ取って怯えていたのだ。

 それは、母を亡くし愛人の娘としてデュノア社に引き取られてからIS学園に向かうまでの、二年というそれなりに長い間。思惑入り交じる視線の応報に滅入ること多く、身の危険を覚える事態ですら片手で足りない程だった。

 しかし、それが今はない。あまりの緊張から解かれて、急に柔らかなものに包まれてしまったような、落ち着かない心地。きっと、それは本来ならば楽になれたと喜ばしいのだろう。

 きっと、シャルロットに科せられた任務である、()()の男性操縦者とその機体のデータを取ってくることを忘れられれば。

 

「……全く。男装して、気付かれることなく男子に近付けなんて、無茶言うよ。……愛人の子なら、そんなの簡単だと思われたのかな」

 

 そんな自嘲のような独り言はシャワーの音に消えた。水気滴る金色の後ろ髪がどうしてだか、重い。普段はキツく押さえつけている双丘のつかの間の自由が、どうにも喜べない。

 母親が亡くなってからの怒涛の人生の急変にはまり込む前、シャルロットは普通の少女として暮らしていた。そして、彼女は今もその時に育んだ心根を確りと持っている。

 だから、人を騙して過ごすのは辛いのだ。自責ばかりに苛まれて過敏な総身には、優しい眼差しですら、痛くなる。

 

「任務は順調、なのが辛いな」

 

 そして、未だに男装して女子校に転校なんて無茶がどうにかなってしまっているのがまた難だ。

 第二世代のISしか開発出来ていないデュノア社が遅れている第三世代型の開発の進展させるための、苦肉の策が、このシャルロットの男装によるスパイ。

 最初はあの人――父親――の正気を疑ったし、その裏に別の考えでもあるのかと考えたりもしたが、そんな全てがどうでも良くなってしまうくらいに、専用のコルセットで女性的な部分を隠しただけの彼女は見事に男性扱いされた。

 もとよりシャルロットは、美少女である。決して学園の女子の間で騒がれているように美男子ではないのだった。そんなに自分は男の子に見えるのかな、と彼女は少し自信をなくす。

 でも、鏡を見れば、美しい女の子が柔らかなラインもたおやかに、こちらを見つめている。それを確認して、シャルロットは少し鼻を高くしてから、しかし彼女は彼――対象――の思い人を思い出して顔を伏せた。少女は、呟く。

 

「それでも、博麗さんには負けちゃうよね」

 

 何やら自分に関わって来たがる、美しい人。自分が中性的な程の整いを多分に持った美少女であるとするならば、あれは完全無欠の少女の見本だと、シャルロットは思う。

 上には上がある。そんなことは自分の母親の綺麗を見て知っていた筈だった。けれども、そんな認識すら甘いと思えるくらいに、彼女は遠い。怖いくらいに、それは高嶺にある。

 そう、シャルロットの目から見た霊夢は完全に()()()()()存在だったのだ。

 

「言うなら幻想的、って奴なのかな。そんな人が、僕を気に入ってくれるなんてね……」

 

 清めた身体をふわりとタオルで包みながら、彼女は言う。そう、そんな()()()()()()()のような霊夢に、シャルロットは付きまとわれているようだった。

 今日も、シャルロットと会う機会が生まれる度に、霊夢はじっとこちらを見つめながら寄ってくる。そしていやに彼女は距離感が近く、ボディタッチすら度々してくるのだ。

 先に隣り合った時おもむろに霊夢に手を掴まれた時は、シャルロットもびっくりしたものだった。嫉妬に睨みつけてくる一夏の凄みや、囃し立てる鈴の声のあの高さと共に、その冷たい感触は今もどこかに残っている。

 

「なんだか、嫌にどきどきするのが困るんだよね」

 

 まさか、性別を察されているとは思いたくもないシャルロットは、至極の美形に触れることに照れる。いやだな、別に心まで男の子になったわけじゃないのに、と思いながら。

 ちなみに、二人目の男性操縦者と霊夢の急接近は、とある人達に大きく注目されていた。以前からの流行りである霊夢一夏派と最近台頭著しい霊夢シャルル派が今も陰で討論を繰り広げていることをシャルロットは知らない。

 台風の目であるシャルロットの周辺は未だ、平和なままである。

 

「まあ、こんな生活が何時まで続くか分からないけど……頑張らないとね」

 

 言い、シャルロットは悩みから換えのボディーソープが切れたことを一夏に言うのを忘れたために、自分で換えることになった労を特に気にせず行ってから、脱衣所に鎮座するコルセットを憎々しげに見つめる。

 そして、乱雑にそれを掴んで身につけはじめてから、思い返すようにシャルロットは呟いた。

 

「それにしても、今日霊夢さんと手を繋いじゃったせいで、一夏ったらどこか冷たいし……僕は三角関係なんて望んでいないんだけれどなぁ……」

 

 それは勘違い。だがしかしどこか劇的なそんな空想は実は乙女なシャルロットの口角を持ち上がらせる。

 何だか圧倒的な美男子と美少女に囲まれて、右往左往する男装した自分。視点を持ち上げてみたら、それはまるで物語の中に自分が入ったような気がして落ち着かなくて。

 そんなこんなをシャルロットは、実のところ楽しんでもいたのだ。

 

「……ふふ」

 

 だから、明日の波乱も知らずに、彼女は気づかないまま自責を忘れて一時微笑むのだった。

 

 

 ドイツからの転校生、ラウラ・ボーデヴィッヒは、最近苛立たしいほどに関係しようとしてくる人間が現れることで、困惑していた。

 相手がただの生徒であれば冷たく拒むのは簡単である。だがしかし、その人間は隣のクラスを受け持つ先生だった。

 目上であるという以前にそれはつまり、彼女が尊敬する教官たる織斑千冬が同僚と認めている女性であるということでもある。そして、当人の口から織斑先生から様子を見るように頼まれたの、とまで口にされては無下には出来ない。

 

「それでね、博麗さんったらどうにもつれなくってねぇ。一度はラウラさんと会って欲しいのだけれど……どうにも最近男の子が気になるみたいなのよ。青春よねぇ」

「はぁ……」

 

 ラウラは、2組の担任である彼女の主に下らないとしか感じられない話に相づちを打ち続けるしかなかった。まあそれでも時に、興味深い内容を交えてくる分なんだか性質が悪いなと、彼女は思う。

 つれなくしようが、のらりくらり。今もラウラは昼休みに一人にもなれずに、内心苛々としていた。

 だが、それを上司の前にて表にしないことの必要性くらい、軍で学んでいる。ならばむしろ会話を自分の望む方に誘導してみようと、ラウラは試みてみる。

 そう、丁度名前が出てきたあの空が似合いすぎる少女について、とか。

 

「博麗とは、授業中に貴女との模擬戦闘を披露してくれたあの少女のことでしょうか? 飛行と回避に関してあまりに逸した部分がある……」

「そうよ。彼女が博麗さんね、本職の貴女から見ても、やっぱり彼女は凄い?」

「ええ。先生の操縦技術は高いところで纏まっていて、大変勉強になりましたが、彼女の動きは……まあ天才的すぎて参考にならないというのが正直なところです」

「そうよねぇ……特に、集団戦闘も考慮した堅実な動きを究める必要のある軍人さんに、あれはちょっと真似できないわよね」

「ええ。攻撃の全てをないものとしてすり抜けてしまうやり方は、馴染みません。自分ならば、当たる攻撃を選びます」

 

 ドイツの軍隊ですり潰されかねない程に揉まれたラウラ・ボーデヴィッヒにとって、IS学園は生っちょろいところである。当然、その中身である生徒ですら大したものでないと考えていた。

 だがしかし、初回のIS戦闘の授業にて披露された専用機持ちたちの無様の後に、次は2組の番ね、と行われた2組担任と博麗霊夢との回旋曲によってそんな盲は軽々と啓かれる。

 素直に尊敬出来る先達の技能によるラファール・リヴァイヴらしい精密な射撃の嵐、そしてそれを無にする天才の回避。

 後者は真似したくもできそうになかったが、織斑千冬以外に認められる見上げるのに丁度いいものを見つけて、ラウラは正直なところ嬉しかった。

 だからこそ、彼女は心を入れ替え敬意を持ってIS学園の先生には確りとあたるようにしているのだ。微笑みを向ける彼女に、ラウラは続ける。

 

「ですが、仮想敵としてはとても面白い。あの腑抜けなんかよりも……よっぽど」

「ふふ。腑抜けって、一夏くんのことかしら? ラウラさん出会い頭に叩いたって聞いてるわよ。嫌いでも、あんまり喧嘩とかしては駄目よ?」

「……先生が仰るのであれば」

「不満たらたら、っていう顔ねぇ。或いはこれも青春っていうのかしら?」

「さあ……」

 

 直に言われてしまった喧嘩――私闘――の禁止に不満を抱きながらも、それでも何だかんだ話をしていて棘が抜かれていることにラウラは気づく。

 大切を毀損した男の下手さによってささくれ立っていた気持ちは、会話によって随分と紛らわせられていた。ふと、彼女は担任の女性としての美しさを不詳で紛らわしているような、そんな魔性の容姿を認める。

 更にはそれこそ相手を飲み込むようなペース、それこそカリスマといったようなもの。それをこの女性は持っていると、ラウラは感じる。

 なるほど、教官が自分と同等としている相手だけはある、と納得して気が緩んだ時。心が無防備になるその()()を縫うように、女性は口にした。

 

「あら。ちょっといいかしら?」

「何ですか?」

「ふふ、おべんとうがついてるわよ……ほら、頬に食べ残しが少し」

「あ……」

 

 先生の前で、生徒はぽかん。ラウラは、接触を忌避することもなく、それを見送る。驚きに険を失くした彼女はまるで、ローレライの妖精。可憐な一羽。

 そんな彼女の頬から一つ、米粒がさらわれた。

 

「ほら。ふふ……ラウラさんは慌てん坊さんね。それとも、お箸にはまだ慣れていないのかしら?」

「いえ、別に箸は苦手ではありませんが……自己確認を怠ってしまったようです。申し訳ありません」

 

 隙をつかれたことに、また内心おののくラウラ。そんな彼女を見て、まるで人でないような、そんな朧気な綺麗を持った彼女は微笑む。

 

「そんなに畏まることはないのよ? ただ、よく見たらもう一つ、()()ちゃっているものがあるから、もう一度失礼してもいいかしら?」

「まだあったのですか。なら自分で……」

「ああ、大丈夫よ。直ぐに済むから」

「っ」

 

 赤い目と目が逢う。そうしてラウラはくらりとするような感覚を覚えた。一瞬の意識の暗転。踏みとどまった彼女は瞳を瞬かせてから、今一度体勢を立て直す。

 目を、また開けた。そして、確かに頬に触れてきたはずの彼女――妖しく微笑んでいる――の手の内には何もなかった。訝しく思ったラウラが何か言う前に、先生が口を開く。

 

「ごめんね。光の加減かしら、どうも勘違いしちゃったみたい。驚かせたみたいでごめんなさい」

「いえ……」

「後、すこしふらついていたけれど、大丈夫かしら?」

 

 先生の端正な顔が、心配に歪んでいることに気づいて、バツが悪くなったラウラはそっぽを向く。孤独な少女でもある彼女は、何だかんだそんな真っ直ぐな好意に弱いのである。

 そして、そんなであったから、くらりとしていたその隙間に、ズボンに隠された太ももにあるレッグバンド、待機状態のISシュヴァルツェア・レーゲンに彼女が僅かの間触れていたことに、ラウラは気付かない。

 

「ふふ」

 

 そっぽを向いたラウラのその愛らしさから、(月の落し子)を飼ってみるのも良いかしら、と2組を支配する彼女はこそりと思うのだった。

 

 

 

 博麗霊夢は、シャルル・デュノアが女子だと殆ど確信している。

 勘ではもう最初からあれは違うと思っていた。そして確証を得るためにも観察と接触を重ねた結果、間違いなく男子ではないと理解したのだ。

 特に、昨日に思い切って触れてみた手のひらの柔らかいことといったら、もうこれ実は隠す気ないでしょと思わず口にしたくなった程。

 それほどに、霊夢にとってもう目の前の男子は完全にシャルルちゃんだった。

 

「えっと……博麗さん。こんなところに僕を呼び出して、どうしたのかな?」

「あー……うん。そうよね。ちょっと待っててくれる?」

「わかったよ」

 

 しかし、シャルルことシャルロットは自分の性別を知られているとは思ってもいない。ならば、こうして一人、霊夢に屋上に呼び出されたことを、告白をされてしまうのではと勘違いして居心地悪くなってしまうのも当然。

 もじもじしている男装の女子を前に、霊夢も何だか気恥ずかしくなってしまった。

 なるべく角が立たない最短の方法を選んだからだけれど、私がこいつに行ってきた今までのやり取りって異性に対するアプローチに見えてたに違いないわよね、とやりにくさを覚えながら。

 落ち着くために少しそっぽを向いて、空を見てみる。青は雲を抱いてどこまでも。それを掴めるものはなくそれを掴んで良いものか。迷う。

 そして何時ものニュートラルの位置に落ち込んだ彼女は至極冷静になって、彼女に向かって言う。

 

「ねえ、シャルル。私、結構あんたが好きよ」

「え! ええと……うん、僕も博麗さんのこと、好きだけれど、僕はちょっとそういう意味じゃないというか。なんというか……」

「はぁ……落ち着きなさいよ」

「あはは、ごめんね。どうして僕が慌てちゃってるんだろうね。ふふ」

 

 微笑むシャルロット。そのあどけなさに、醜さなど覚えることなんて出来ない。故に、霊夢は彼女が己を隠しているのには相当の故があるものであると考えた。

 そう、性別を偽り、唯一の男子に近寄ろうとしているそのことが彼女の意思ではないと、霊夢は信じたい。

 整った面を真っ直ぐ。それだけで鋭い印象に変わったことに驚くシャルロットを他所に、霊夢は呟く。

 

「正直ね。でも、そんな貴女だから、私も信じてやりたくなったのでしょうね……」

「……博麗さん?」

「率直に言うわ。あんた、女よね?」

「……っ!」

 

 明らかな、驚き。しかし、シャルロットから否定の言葉は出てこなかった。

 それは、確信からくる霊夢の断定から、というよりも優しげな彼女の表情によって喉が詰まったからだ。自分がそんな風に思わ(想わ)れていたと、彼女は知らなかったから。

 今までのあれこれは自分を疑っていてたからなのだなと理解し諦めて、シャルロットは零す。

 

「言い逃れは……出来なそうだね」

「してもいいけど?」

「いいや、僕が博麗さんの前でそんなみっともない真似、したくないんだ」

「そう」

 

 長い髪が、風でなびく。頬にかかるそれを気にせず、彼女は金の髪を遊ばせた。

 艷を思い出したシャルロットは、最早男の子には見えない。ただ、迷える女子として困った表情をした。

 

「どう、しようかな」

「どうしてもいいじゃない」

 

 空を見上げて、途方にくれるシャルロット。だがまた、彼女に向けて霊夢は断言をする。

 シャルロットが今一度霊夢を見つめてみると、そこには酷く真剣な少女の顔があった。その本気ぶりに、ありがたさを覚えながら、彼女は吐き出すように言う。

 

「そうかな。僕に出来ることって何もなさそうだけれど……」

「そんなことはないわ」

 

 無力に、怖じる心に対して、霊夢はただ真っ直ぐな言葉を投げつける。その心の強さが、シャルロットには理解できない。

 

「分からない。分からないよ。どうして、博麗さんはそんなことを言ってくれるのさ。何も分からないくせに……」

「分からなくてもね。私はあんたを信じたいのよ」

「……どうして?」

「先に言ったじゃない。私はね、あんたみたいないい子、好きな方だから」

「っ!」

 

 シャルロットは、驚く。そして、胸に来るものを感じた。

 ああ、いい子なんて、何年ぶりに言われたのだろう。愛人の子として、悪く見られるのが常だったのに、今までずっと偽ってきたのに。

 それなのに、彼女は自分を良いと言ってくれた。そんなあり得ないこと、いままで夢想したことすらなかったのに。

 自分のような面倒な存在がこんな優しさに寄りかかってはいけない。そう、思うのだけれど。

 

「ごめん、ごめんなさいっ……」

 

 涙は、止まらない。求める心は、止まってくれない。シャルロットは、ずっと独り、寂しかったから。

 そして、それを実感し、崩れ落ちそうになる身体は、優しく抱き留められた。

 

「ああもう、折角可愛いのが台無しじゃない……」

「う、うわぁあ……」

 

 そして、涙にぐちゃぐちゃになったシャルロットを撫でる手は、遠い日の母のものを思い出させて。

 どうしようもなく、彼女の視界は濡れてしまうのだった。それを受け止める彼女の手にシャルロットは、甘える。

 

 

「大丈夫?」

「うん、僕はもう大丈夫」

 

 シャルロットが今までのあれこれ全てを吐露した後。どうしようもないことと、どうにかなりそうなことを霊夢と話し合った彼女は、晴れ晴れとした表情になっていた。

 縋り付いていた手がただ繋がっているばかりになったのに残念を覚えながら、シャルロットはふと、もう少し男装を続けようと決意する。

 もっと、皆に彼女との仲を勘違いされ続けたい。何となくそう、彼女は思うのだった。

 

「僕は……霊夢が言ってくれたみたいに一度、あの人……お父さんと話してみる」

「そう」

「それでどうなっても、いいや。だって、僕に……お父さんの機嫌を見ながら生き続ける必要はないんだものね」

「そりゃそうよ。それで何かあったら、私が飛んでって文句を言ってやるわ」

「あはは……それは、頼もしいなぁ……」

 

 シャルロットは、笑う。今までどうして父親の勝手に文句一つ言わず、そして親の過ちに諾々と従ってばかりいたのだろう。そう思ってしまうくらいに、自分は変わったのだと思う。

 友愛という後ろ盾。それ一つあっただけで、こんなにも頼もしい。そんな素敵なことを知り、シャルロットは想うのだ。

 こんなに胸がドキドキするほど心地良いのなら、もっと欲しいな、とそれとなく。

 

「っ」

「え?」

 

 そうして彼女が何かを言わんとした時、急に霊夢が眉根を寄せて、後ろを見た。驚くシャルロット。そして、次の瞬間、屋上の出入り口の扉はばんと開かれた。

 突然に現れた水色の二年生は、元気に、言う。

 

「不純異性交遊の気配がすると聞いて、生徒会長が直々に綱紀粛正にやって来たわ! ちょっと失礼するわねっ」

 

 怪訝な目で霊夢が見るのは生徒会長こと、更識楯無。彼女は入学式で見ただけの面識がない相手に、警戒する。

 しかし、平和な空気に少し緩んでいるシャルロットは、楯無をただの愉快な闖入者と見て、まごまごと返す。

 

「……いえ。僕らはそんな色気のある話をしていたわけじゃなくて、相談事をしていただけでして」

「相談事? ……ああ、まあそれもそうよね。ふふ、私の危惧もちょっとアブノーマルだったかしら?」

 

 勘違い勘違い、とチェシャ猫の笑顔で続ける楯無に、言い訳したシャルロットも疑問顔。

 しかし、何となく霊夢は察して。

 

「はぁ……」

 

 溜息一つ、吐くのだった。

 

 そして、爆弾は落とされる。

 

「何しろ霊夢ちゃんと――――シャルロットちゃんは女の子同士だものね♪」

 

 莫逆之交とえらい達筆で書かれた、そんな扇子を披露しながら、楯無は片目を器用に閉じて戯けるのだった。

 

 




 シャルロットさんをシャルロッテさんと何度も誤字して直しつつ、ちょこっと勘違い要素を出してみたらどうしてこんなことに……分かりません!
 ラウラさん周りは平和(?)ですねー。


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第十三話 極み

 この話を書く途中に実は勢いづいて自援絵を描いてみてもいたのですが、中々上手くいきませんでしたー!

 あらすじにもおいてみますがこんなのですー。

【挿絵表示】

 ……イラストも要練習ですね!


 

 

 IS学園第三アリーナ。遮蔽フィールドによって、存分に戦闘行動を採ることが出来るこの場。逆に言うならば檻の如くに閉じられて空へ向かうこと難しいそんな閉鎖空間にて、大空の自由を体現する一機があった。

 旧いそれ――打鉄――は最新の機体の狭間、攻撃の嵐の中にてまるで安堵しているようにすら見える。無駄な動きを極端に廃したそれは、身じろぎばかりで宙を区切っていく。

 コンマを読み尽くした鋭い射線に慌てず騒がず交わることなく、天才による反射的な行動ですら未来視に近しい精度で予期して距離をとり、全ての攻撃を当たるから掠めるまでに堕としていった。

 

「凄いね……霊夢ったら代表候補生二人を全く相手にしていないよ! 連携の不備をつくどころか、上下左右に散らばった矛先を敢えて集めてそれをまるで踊るように避けるなんて……これはなんというか、察する力が尋常じゃないね!」

「はは、そうだな……」

 

 そんな、霊夢のあり得ないレベルの精密動作を見上げて、シャルロットは己の男装をすら忘れてはしゃぎ立てた。

 頬を紅潮させて黄色い声を上げる、同室の彼であるはずの相手に、一夏も苦笑いを禁じ得ない。何となく、彼もシャルルが女の子っぽいな、というくらいには察してきているのだった。

 

「ふ~ん♪」

 

 そんな二人の隣で、笑むのは涼やかな表情を崩さないのは、ロシア代表の水色の彼女。ことの大体知っている楯無は数時間ほど前に屋上で霊夢とシャルロットを唆していた。

 そして放課後の今、一夏と鈴とセシリアの三人が行っていたISの操縦訓練に二人を引き連れてやってきて、会長権限とやらで確保してきた打鉄を霊夢に纏わせ、彼女に三対一よ頑張って、と戯れたのだった。

 ちなみに、真っ先にエネルギー切れで墜ちた一夏は、何となくこの人は苦手だと楯無の視線にシャルロットを挟んで隠れるように観戦をしていたりする。

 

「いい加減、鬱陶しくなってきたわね……」

 

 だがやがて、見えない打撃と、位置の変遷著しい四方から来るレーザーに対応を続ける霊夢も大分嫌気が差している様子を見せ始めた。

 鈴とセシリア。以前戦ったことで霊夢もその調子に慣れていて避けられているとはいえ、ブルー・ティアーズに甲龍を身にまとった二人は流石に上手だった。

 速度を活かして縦横無尽に、天を踏み台にしたりしながら宙を舞う。空を使うのに慣れている彼女らの、奇手に富んだ攻撃の間断のなさはカプリチオ。霊夢といえども削られて当然だった。

 

「いけそうね……」

「鈴さん、半拍龍咆のリズムが遅れていますわ!」

「分かってるわ。もっとガーっとやればいいんでしょ!」

 

 鈴とセシリアは通じ合わない言葉を交わしながら、勝ちへと突き進む。

 二人は、霊夢を通じてそこそこ仲がいい。そして、彼女らが少し前の授業で山田教諭との模擬戦にて二対一で負けたことも大きかったのだろう。

 天才の部類である鈴とセシリアは、相手とテンポを合わせること、その探索を何とはなしに反省から此度行い続けていた。

 そして相手のペースを乱すばかりが勝負ではなく、味方と調和するのも意味深いことと知る。その結果が、追い詰められた霊夢の姿であった。

 

「このままじゃ、負けるわね」

 

 霊夢は、低機動力を上手く使い皆中ばかりを避け続けながら、独りごちる。既にシールドエネルギーの損耗著しく、仕様として高速修復され続ける装甲にも傷が目立ちはじめていた。

 しかし、片方を追えば片方が対応する、その比翼の如き二機の動作に近づききれず針鼠にしきれずに、甲龍とブルー・ティアーズのエネルギー損耗度合いは仲良く半分を下回った頃合いといった様子。

 手の中で三本の鋭いものを転がしながら、霊夢は不利に心底嫌そうな顔をした。そして、言う。

 

「仕方ないわね……シャルル……いえ、シャルロットだったっけ。ま、シャルって言っておけば間違いないでしょうけれど。あの子のためにもそろそろ私もあの胡散臭い女に少しは示しとかないと」

 

 霊夢は本人が聞いたらとても喜ぶだろうあだ名をシャルロットに勝手につけてから、下にてにやにやとしているだろう上級生の捻くれた性格に、溜息を飲み込む。

 先に、男装とその意味を端から知っていたという楯無は持つ情報筋の太さを見せつけながら、手を貸しましょうかと霊夢とシャルロットに言ったのだ。

 訝しがる二人に楯無は、このままだとシャルロットちゃんって、色んな国に利用されちゃう可能性があるから、とあっけらかんと続けて。

 

「私だってやるときゃやるってことを、ね」

 

 別段、生徒を守るのは、生徒会長の務め。そんなことを口にする楯無を霊夢も信用していないわけではない。任せてしまっても、いいだろう。

 だが、霊夢ちゃん貴女には国家の思惑からシャルロットちゃんを守るための()()はあるの、と問われた際に彼女は少し反省を覚えている。

 未遂とはいえ中立の場で性を偽った上でスパイを行った人間の非を上手く使わんとするような、人間の汚さくらい霊夢も知っていた。だが彼女は国々の思惑なんて七面倒臭いものに、対する気なんて更々なかったのだ。

 大事になる前に、内々で済ましてしまえばいい。そんな甘えた考えをしていたことに気づいた霊夢は、己のそんな弱さを嫌う。

 だから、今回霊夢は魅せてやろうじゃないと啖呵を切った模擬戦にて()()を出してみることにした。鈴とセシリアには申し訳ないわね、という思いすら遠く。

 

 自由になった霊夢は、空にて更に浮かぶ。

 

「ま。面倒だけど、避け()()()進みましょうか」

「なっ――――」

「来るわよ、セシリアっ!」

 

 そうして、霊夢は周囲の全てに、ぞくりとするものを味わわせた。

 避けることに腐心していた筈の霊夢。しかし、そんな彼女は何も気にせずに前へと進みだした。あり得ざる軌跡、その曲線は、あまりに当然至極。

 美麗は自然、汚れることはない。当たらず、傷つかず。そうして究極の方法は、たち向かう気持ちをすら飲み込む。

 

「うふふ……素敵じゃない」

 

 楯無が溢したそれは、それを見る誰もの見本回答。

 強きが圧倒するのは当たり前。しかし、美しさがこうも人を刺し貫いてしまうものになるなんて。

 感動。そして、それに必死に抗った二人も、攻撃の全てをなかったものとして向かってくる少女相手にどうしようもなく普段ではいられずに自由を失う。

 

「今、ね」

「っ、駄目!」

「そんな……くぅっ」

 

 半端な連携は断ち切られ、影重なる一瞬を霊夢は刺し貫く。金属同士がぶつかりあう音。一本線によって追い詰められた二機が接触してしまったその瞬間を霊夢は逃さなかった。

 そして少女は葵を振りかぶる。

 一度きりでは火力足りない。ならば、二度も三度も重ねてしまえばいい。そんなやり方をどうしてだか知っていた霊夢は剣閃でも神がかった成果を発揮する。

 そもそも神前に剣舞を納めることすらあるのだから、巫女のアイコンとすら言える程極まっている霊夢が剣にて舞うのならば、さもありなん。

 至極の一刀を無数の如くに繰り返して一陣の風になり。霊夢は一辺に鈴とセシリアを墜とした。

 

「ふぅ。これくらい出来れば、中々でしょ?」

 

 紫檀の深みが一陣揺らぐ。己の利用価値を示した霊夢は楯無に振り向いて、そんな風に、うそぶいた。

 

 

 

「はぁ……はぁ……くっ!」

 

 風のように人の波をかき分けながら走り去るは、小さな銀の影。

 危うくも女子生徒達にぶつかるのを避け続けながら、彼女は赤い目を凝らしてそこから逃げる。

 そう、ラウラ・ボーデヴィッヒは先まで自分がしばらく場所を借りようとしていた第三アリーナから遠くに行こうとしていたのだった。

 

「あれは、あれはっ――!」

 

 ほんの少し前。そこでラウラは見た。見てしまったのだ。

 博麗霊夢の、空を飛ぶその実力の極みを。

 見て、知り、ラウラは焦がれた。あれになりたいと思ってしまった。

 なにしろそれは、あまりに圧倒的で。まるで。

 

「教官と、同じっ……」

 

 ラウラは思わずそう零してしまった己を殴りつけてやりたくなった。

 だが、思いは止められない。闇の中の己を引き上げてくれたもの。しかし今や輝きを失ってしまったそれ。

 そんな力の類似が美しさとなって、示された。それに、目をやられないのは最早、ラウラ・ボーデヴィッヒ(答えを求めるもの)ではない。

 単一だった憧れに、もう一つ比類する何かが浮かんで、ラウラの心を激しく揺さぶる。

 思わず囚われてしまうくらいの、強さへの信仰。それが、ただ美しいだけで負けない、そんなあり方への驚愕によって揺らぐ。

 どちらも、目指したくなってしまうくらいに、ああなりたいと思ってしまうくらいの究極。

 

「私は、私はっ!」

 

 そんなに幾つも強烈に魅せられても、ラウラの身体は一つしかなく、現在エラーを起こしているとあるシステムに少女の願いを叶えてくれる余地はない。

 故に、心に脆いところがある彼女の取って代わりたいという欲望は、散り散りに乱れて。かもしたら少女の心は壊れそうになって。

 

「――ラウラ。何があった?」

「教、官……」

 

 そして再びラウラは織斑千冬によって救われた。

 

 

 

 織斑千冬と、篠ノ之箒はそれなりに仲がいい。方や幼馴染のお姉さんと思い、方や親友の妹と気にする。そんな認識であれば、本来、仲を違えようもないのだ。

 だがしかし、その実箒は覚えてはいないが、前に一度彼女は千冬の心を暴力(IS)にて折っている。

 未だISに乗るのに恐怖心を覚えてしまうくらいのトラウマ(痛み)。それを堪えて、生徒として箒を愛してあげている千冬はやはり、並大抵の精神力ではなかった。

 今も、力に呑まれた狂気の箒の姿を幻視しつつも、彼女らは平然と会話を続ける。

 

「すまないな、篠ノ之。未だ国にはお前と束の繋がりを疑う者が多くてな、聞き取りくらいはしなければならかった……やれ、何のための重要人物保護プログラムだったのか疑問だな」

「いえ! こちらこそ、姉がご迷惑をおかけしてばかりで……改めて本当に、申し訳ありません」

「非常に遺憾だが、アレが散らかしたものの後片付けには慣れている。篠ノ之が気にすることではない」

「はぁ……」

 

 そう、殺されかけても、嫌いにはなれない。それくらいに千冬は束に情を持ってしまっていた。

 それは、箒に対しても、変わらない。実際に刃の痛みを忘れられなくても、それでも力に呑まれただけのよく知る子供を見捨てられはしないのだ。

 もっとも彼女とて、知らない他の人間が同様の行動に走ったら、問答無用で見切るだろう。そこら辺、千冬にも贔屓の心があるのだった。

 

 そのまま二人、寮までの道を歩む。春の陽光は少し眩しいが、それを気にすることもなく彼女らは背筋をぴんと伸ばして凛と進んでいく。

 剣の道にて己を磨いてばかりいた千冬と箒。その鋭い容姿から、並ぶと二人はまるで実の姉妹のようにも傍からは見えた。

 何となく伺う視線を感じ、それに首を傾げる箒を見やり、千冬は言う。

 

「丸く、なったな」

「そうですか?」

「ああ」

 

 顔に疑問符を浮かべる箒に、千冬は微笑む。まるで剣のようになろうとしていた少女が、人間らしく戻れたのは、実に喜ばしくて。

 まあ正直なところ千冬にはそれが、彼女が心血傾けていた恋によるものでないのは意外だった。だがしかし、それを起こしたのがかの天生の少女であるなら、納得してしまうようなところがある。

 そのくらいには、既に千冬は博麗霊夢を認めていた。もっともIS技能を見て活躍を聞いたばかりでは気になるところも、多々あるが。

 ふと、千冬は箒に問った。

 

「篠ノ之。お前から見て、博麗霊夢はどんな奴だ?」

「はぁ……霊夢が、ですか?」

 

 そして、自分の言があまりに率直なものになってしまったことに、千冬は僅かに自己嫌悪。まあ疾くそんなことは忘れて、悩み愛らしい柔らかな表情を見せる箒を見つめた。

 想いを素直に楽しむそんな箒の姿を鏡にした千冬は、ああ、かもしたら自分もと、そんな迷いを僅かに覚える。やがてそんな僅かな合間に一つ結論を出した箒は、こう断言するのだった。

 

「霊夢は人間の極みと思えてしまうくらいに凄いですが、それでも近くにいてくれる……大好きな、友達です」

 

 自分の眦が僅か、細まったことを、千冬は感じる。目の前で箒が作って()()()のは、あの日の狂笑を忘れるくらいの、満面の笑みだったから。

 

 

 

 

「教官、教官、教官っ……」

「……ラウラ」

 

 泣きながら縋り付く矮躯の力の無さを感じながら、千冬は崩れ落ちるラウラの姿を見逃さずに留めることが出来て良かったと、思う。

 普段から厳しさを纏っている千冬でも、今はそれを緩めて少女の弱さを受け止めるしかなかった。

 それくらいに、ラウラは銀の乙女は弱っていたのだ。それは、あの日最強でなくなった自分が受けた壊れそうなほどの痛みを彷彿とさせるほど。

 とても、何時ものように涙を甘えと断じることは出来ない。

 しばらく彼女は彼女の為すがままに任せる。あやすことには慣れていないが故に撫でることすら思いつかず、ただ抱きつかせたそのままにして。

 そうして涙声が落ち着いて来た頃合いを見計らって、千冬はラウラに問いただした。

 

「ラウラ……何が、あった?」

「教官、私は、私は…………迷って……しまいました」

「そうか」

 

 迷ったという、その言葉一つで分かることは少ない。だが、千冬はそれでも良いとした。

 分からないが、それでも迷った時に自分を頼ってくれるのであれば。もう少し強くあり続けることが出来るだろうから。

 だからこそ、あえて力強く、千冬はラウラに語りだすのだった。

 

「ラウラ。正直なところ私はお前に言うべきことをあえて言っていなかった」

「教、官?」

「それは、お前に自分で答えを見つけて欲しかったからだ。だが……こうも迷ってしまったのならば、仕方がない」

「……申し訳、ありません」

「謝るな。私も間違っていた」

「教官が、間違う?」

「ふふ。私だって人の子だ。間違ってしまったことは一つや二つではきかないぞ?」

 

 千冬はラウラを安心させるために、微笑んで言う。そこで初めて思いつき、恐る恐る彼女の銀髪を撫で付けることにした。

 光輝かす白に乗っかり白磁は流れる。その柔らかさに、頼りなさに、改めて千冬は自分の過ちを思い知るのだった。

 思わず抱きしめたくなる心を押し留めて、千冬は告げる。

 

「ラウラ――――強さというのはな、弱さを否定することではない。もっと……お前は自分を信じろ」

「信、じる?」

「ああ。そして、自分の進みたい方向へと進め。それが出来たらもう、お前は強くなっているよ」

「教官……」

 

 ラウラが上げた瞳に、千冬は視線を合わせる。いつの間にか外れた眼帯から覗く強いられた金の瞳に感じ入りながら、彼女はしかし愛おしいものを抱きしめない。

 確かに千冬は、生まれの特別故に、ある種の極みに至った。だが最強であったはずの強さも、親友の手により簡単に折れたのだ。

 その時、酷く悩んだ際に自分に語りかけた言葉。それをラウラ(同遇)にかけるというのは果たして、愚かかもしれない。

 

 だが、千冬は願うのだ。自分は先生(人間)でありたい、と。

 そう。

 

 

 

「――――バケモノではなく?」

「っ!」

 

 そして、本心を出したことで出来た心の隙間。そこに付け込んだは、冷たく響く声一つ。

 振り返り、そうして彼女がそこにいた事を、千冬は今更に理解する。そう、織斑千冬(地上最強)程の性能ですら分からない程の、不明が直ぐ側に。

 同僚の彼女は、不気味なくらいに綺麗に微笑んで、口を開いた。

 

「あら……疲れたのかしら。ラウラちゃん、眠っちゃったわね。ふふ、可愛いわぁ」

「貴女、は……」

 

 おかしい。彼女はこうまで妖しかったか。そもそも、ここまで残酷なまでに美しかったか。そして、果たして今まで世界はこんなにも暗かっただろうか。

 やがて千冬は疑る。そもそも、彼女の名前は――――

 

 服の装飾の柔らかさを試すかのように、くるりと一転。黄昏にて、彼女はざわめく。

 

「大丈夫。貴女はその極みにあろうとも、人間よ」

 

 私を恐れてくれるのだからと、人間/妖怪はわらって言った。

 

 




 ラウラさん回と千冬さん回を同時にしようと欲張ったところ、何故か2組の担任の先生がぱかりと……どうしてこうなったのでしょう?

 次は一夏君とかもっと皆さんにも出番を回してあげたいですねー。


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第十四話 ゆっくりしたい

 オリジナル小説を書き出しましたが、こちらも忘れてはいけないと勢いづいて書きました!
 やっぱり二次も楽しいですー。


 

 

「っ、くうっ!」

「はいっ、一夏くん残念ー」

「うわっ!」

 

 どすん、というよりもずどん。そんな音とともに地面に突き刺さり、機械と人で出来た奇妙なオブジェと化した一夏を冷然と見下ろし、ロシアの第三世代ISのカスタム機、ミステリアス・レイディを纏った楯無は微笑む。

 はじめてのマニュアル操作に苦心し、その上で行った瞬時加速(イグニッション・ブースト)を制御しきれずに墜ちた後輩の面白さに受けている彼女は、もっと面白くしようかと画策する。

 頭を地から抜き取った一夏を確認してから露出度の高いISスーツを気にもとめずに、程よく締まったお尻を向けて、言った。

 

「必死に追っかけてたおねーさんのお尻に触れなくって、残念無念ね!」

「違いますって! 楯無先輩のその、尻を追いかけたりなんてしてません!」

 

 言わされた尻という文句に顔を紅くしながら、一夏は必死に否定する。

 それもその筈、今回一夏はただ真面目に今日のトレーニングは追いかけっこよ、と言われた通りに指示の上で機体制御のPICのオートを切り、楯無を追いかけていたのだ。

 最後は殊更無様を見せてしまったが、別に彼女の色に惑わされることもなくずっと集中していたというのに。

 自分を強くしてくれるという申し出があったから、国家代表という楯無に頼ってみたのに、からかわれるばかりではあんまりだと、一夏は思う。

 

「あら、私だけでは不足だったかしら? なら一夏くんは霊夢ちゃんも呼んだ方が必死になってくれたかしらねー」

「……楯無先輩、怒りますよ」

「ふふ。本当はこっちが怒りたいことが沢山あるんだどなぁ。唯一の男子だったってことで大事にされすぎちゃったのか、特にその洗練されてなさ過ぎる動作のあまりの野暮ったさとかね」

「っ!」

 

 そして、霊夢を引き合いに出されたことで少しカチンと来た一夏も、現状の酷さを直に口に出されとことで、押し黙る。

 一夏も馬鹿ではない。むしろ、ISにおいては特に天賦の才能が目立ってある方である。そんな彼が、自分がその天才的な部分以外の全てが()()と比べてあまりに劣っていることは、とうの昔に自覚出来ていた。

 まだ、それでも一夏は今まで皆のように以前から学んでこなかったのだから、これからという考えもあったが、それもシャルルという存在によって意識が変わる。

 もうひとりの男子――本当は女子だが――は、あまりにISの操縦に習熟していたのだ。そして、シャルルは殆ど唯一技能と言っても良い武装の高速切替(ラピッド・スイッチ)という凄まじい得意まで引っさげてきていた。

 これに対抗意識を持たない、織斑一夏ではない。ましてや、相手が妙に意中の相手に大事にされているようであるからには、尚更に。

 

 だから、学園最強という楯無の直々の教導という誘いにまんまと乗っかり、そしてこのザマである。

 自覚していた部分を鋭く抉られて、一夏は唇を噛んだ。

 そんな男の子のいじらしさを認めて、楯無は笑顔を満面にして言う。

 

「ふふ。自覚はちゃんとあるみたいで良かったわ。まあ、分かったでしょう? 百聞は一見にしかず、って。特にISはそうだってね」

「はい。最近勉強は欠かさずやってたんですけど……駄目ですね。実際動かしてみて、俺がどれだけ自動制御に助けられてたか、よく分かりました」

「ま、勉強は続けて貰うとして、問題は……上達のスピードね」

「はぁ……まあ、確かに俺はまだまだですけど……」

「確かに今の一夏くんはダメダメよ。でも、直に上達スピードを見てみると、かなりのものがあるってよく分かるわ」

「はぁ……」

 

 何処か胡乱げに、妖しげなものに対しているかのように、言を聞いた一夏は楯無を見る。

 現状自信を得る機会に欠けている一夏に、己の実力や才能に対する自信なんて存在しない。けれども、実際の彼は出来るものは直ぐにものにしてしまうタイプである。

 充分に天才である一夏のその自負のなさにアンバランスさを覚え、楯無は噴き出す。

 

「ふふっ。まあ、おいおいそこら辺は自覚してもらうとして。そうね……私が言ってるのは、単純なことよ」

「どういうことですか?」

「つまり、かなりのものって程度では、一夏くんの望みである霊夢ちゃんに並ぶのは百年経ったって無理だってこと」

「……やっぱり、そうですか……」

 

 落ち込む、一夏。見目において格好良すぎる彼が、やるとよっぽどのことのように見えてしまう。

 男の子を落胆させてしまったことに何となくバツの悪さを覚えた楯無は、ISを部分解除してから頬を掻いて、諭す。

 

「ほら、折角私が真面目に教えてあげてるんだから、もっとしゃんとしなさい。……それに、何も絶対に無理とは言ってないじゃない」

「本当ですか?」

「そう。上達スピードが足りないなら、何も正道を通ることはないのよ。足りないのを補填し、その上で築き上げるなんて面倒なこと、放ってしまえばいいじゃない」

「それは……」

「つまり、一夏くん。貴方の得意を活かすのよ! そうすれば、食い下がれる可能性も、無きにしもあらず、とはいえなくもないかも?」

「どっちなんですか!」

 

 IS学園に入学する少し前までボケることが大好きだったことを忘れて、突っ込みに回る一夏。

 そんな律儀な一年生に、中々やるものねと変な感心の仕方をし、楯無は部分解除したその手からさっと扇子を取り出しておもむろに開いた。

 ラピッド・スイッチで現れた達筆に書かれた張子の虎の文字に目を丸くする一夏に、彼女は胸を張る。ぶるんと揺れるそれに、少し彼も目を取られた。

 

「虚仮威しで結構。中身がなくても城は城よ。一夏くん、貴方の得意、私が伸ばしてあげるわ」

 

 そして、更に見上げてみれば、何よりも自信満々な涼しげな面がそこにある。思わず、希望を託したくなってしまうようなその頼りがいに、一夏は僅かに惹かれれた。

 少年が何かを言う前に、地上最強を差し置いて学園最強と言い張る女の子は続けていく。

 

「安心して。今月の学年別トーナメントでは、霊夢ちゃんに格好いいところを見せられるくらいには、鍛えてあげるから♪」

 

 その言葉を聞いて、男の子が燃えたのは、言うまでもなかった。

 

 

 龍の飛翔を追いかけ、跳ねる鯉。

 それを哀れと見るか、その迫真をみて驚くかどうかは、人次第なのだろう。

 

 

 

 異なる部活動に励む二人と、未だ入部を決めかねている一人。午後の自由時間が中々合わないそんな三人も、剣道部とテニス部の休みが重なることさえあれば空いた時間を一緒することも出来た。

 美人が揃えば、華はそれだけで過分な程。物語を華やがせるに充分な三人は、備え付けのテーブルを囲み、生まれ違えども共に日本茶を口に含んでから、口を開く。

 

「ん。それで、鈴はまだ部活を決めかねているのか?」

「確か、大体の部活動は見学し終えたのですわよね。特に気に入ったものはなかったのですか?」

「うーん。あたし結局霊夢と剣道部にテニス部に、殆どの部活動を見に行ってみたんだけどさ。意外と大体が悪くないのよねえ。ラクロス辺りは結構気になってるけど他も……あー、最初に行ってたら多分即決したのになー」

「そういえば、料理部にも見に行ってたと聞いたが……どうだった?」

「部員の殆どが料理上手で優しくて良かったんだけど……居心地良すぎてずっといたら太っちゃいそう」

「それは嫌だな……」

「わたくしも一時料理部も考えていたのですが……そうですわよね。作ったらどうしても食べたくなってしまうでしょうから、歯止めは難しそうです」

 

 そんな鈴にセシリアと箒の仲良し三人組みは、不在のルームメイトの承諾を得た上で鈴の部屋にて気楽な会話を広げる。

 テーブルの上にて主張しているお茶菓子には、誰も手を伸ばさない。その可愛らしさが女の子にとってある種の罠であることを皆知っているから。

 部活の話から女子的にクリティカルな体重の話題に移行させてしまったことに、鈴はたいそう微妙な表情で後悔してから、話を変えた。

 

「でしょ? ……まあ、そんなことは忘れるとして」

「忘れるのか……」

「そうよ! それで。あのさあ、二人はシャルル君と霊夢の仲について気にならない?」

「うむ……」

 

 鈴が急に切り替えてきた話の内容に、思わず唸る箒。彼女にとって、大好きな人がぽっと出の男子に持っていかれるのは複雑だった。

 そして、それは黙っているセシリアも同じ。むしろファンクラブ会員として精力的な彼女の方が、一家言を持ってすら居た。

 しかし、既にどこか祝福モードである鈴に、二人の機微は分からない。にこにこ笑顔で、彼女はその地雷的な話題を続ける。それを止められないのは、女子の性か。

 何だかんだ、彼女らは霊夢を中心とした三角関係を気にしていた。何しろ大好きな友達と、目立って仕方ないくらいに見目のいい男子二人とのことである。モテる彼女がどちらに惹かれるのか、それが気になってしまうのは年頃の女の子的には仕方がなかった。

 見たところ、最近はシャルルことシャルロットが霊夢に歩み寄っている様子である。そしてそれに焦った一夏が大胆な言動を取って霊夢以外の周囲の皆をどぎまぎさせるのが、近頃の常だった。

 

「なんだか、そろそろシャルル君が休みが来る度に2組にやって来るってのにも慣れてきたわ……まあ、一夏も付いてくるんだけどさ。でも霊夢も満更じゃなさそうなのよねー。これはひょっとしてひょっとする?」

「うむう……鈴はひょっとして、デュノアが霊夢と恋仲になるのを良しとしているのか?」

「まあ、そうね。あたしとしては、一夏と霊夢が付き合うよりも、良いかなって。よく見ると二人、何だかお似合いな感じがするし」

「鈴さん! 外から見ただけで相性を判断するのは間違っていますわ!」

「な、何よセシリア……」

「おっと」

 

 鈴が願望も乗っけた雑なことを言うと、セシリアが急に噛み付いてきた。主を失った椅子が倒れる寸前に、持ち前の反射神経で箒が慌ててそれを支える。

 がばりと身を乗り出してくる相手に少し気持ちを引かせる鈴に、セシリアは続けた。

 

「これは、霊夢さんの受け売りでもあるのですが……恋はわき起こるもの。他人が押し付けるのは、違うと思いますわ」

「んー……それも、そうかもね。あたしだって、冷静になると一夏なんかに恋してんのってどうかって思いもするし……それでも好きだし。そんなもんかもね」

「……私も、縋り付いていたことに気づいてそういう想いから一歩引いたが、一夏を好きだったのは間違いではなかったと思っている。……まあ、恋愛に他人が口を挟むのは確かに野暮なのかもしれないな」

「そうね……ん……? って箒。あんた一夏のこと好きだったの?」

「あー、デュノアの話ばかりだが、そういえば同時に転校してきたボーデヴィッヒのことはどう思う?」

 

 訥々と述べられた箒の言葉に、鈴は初めて彼女の失恋を知り、どういうことか友達として気にし出す。

 だが、そこのところを突っ込んで聞かれたくなかった箒は、下手にも話題を変えんとしはじめた。

 次第を知っているセシリアはその棒読みをすら微笑まし気に見める。対する何となく話しにくいのだとは察した鈴は、溜息と共に強引なその流れに乗っかった。

 

「はぁ……言いにくいのだったら聞かないわ。それで、あの銀髪の女の子のこと? 出会い頭に一夏を打ったっていうけど、その後何にも音沙汰が無いわねー。どんな子なのかしら?」

「投げかけられた言葉からなにやらお二人に因縁がありそうな感じでわたくし、気にしていたのですが、それっきりでしたわ」

「だが変わらず一夏のことは嫌いなのだろうな。努めて、無視しているようではある」

 

 三人は、そうしてしばし一夏とどういう関係なのなのだろうと、意見を述べ合う。

 一夏の元恋人というセシリアの意見は鈴と箒が真っ先に否定し、そして一夏を叩いた時の言動から、むしろ千冬に想いを寄せているのではという謎の誤解が生まれて、三人して黄色い悲鳴。

 再びセシリアが唱えたラウラ実は二人の妹説は、気まずそうに鈴と箒が否定して、そして彼女が千冬のことを教官と呼んでいるあたりから鈴が単なるミリタリーマニアの千冬ファンでは、と冷静に言ってみたりもした。

 

「うーん。結局、結論でないわね……」

「それはそうだろう。答えを知っている人間がここに居ないのであればな」

「気にはなりますけれど……どうしようもないことですわね……あら」

 

 まあ、そんなこんなで語ってみても、しかし関係者不在では、その正体なんて分からないものである。

 次第にラウラについての憶測が尽きてきた時。ノックの音三つ。それに素早く応答したのは鈴だった。

 

「ん? ティナかしら。入ってきて良いわよー」

 

 だが、その対応はおざなり。どうせ女子ばかりのこの学園で、気にすることは特にないだろうと剛毅に来客を迎え入れる。

 その様に箒はそれはどうだろうと思い、セシリアは思い切り振りに慄く。

 そんな反応を知らない鈴は、おずおずと入室してきた相手を見て、驚いた。ぴょこんと、二房の髪の毛が所作に応じて持ち上がる。

 

「ちょっと、貴方……シャルル君?」

「あはは……仲良くしているところお邪魔しちゃってゴメンね。……僕ちょっと、キミたちに相談があるんだ」

 

 苦笑いをするシャルルことシャルロット。

 三人でのお茶会は、彼こと彼女を入れて、もうしばらく続いていくようだった。

 

 

「貴女は……」

「ん? あんた、確かボーデ……ヴィッヒだっけ?」

「……呼びにくいなら、ラウラでいい」

「そ。で、ラウラ、私になんか用?」

 

 広い校舎を彷徨ってみても、結局のところ休まるところが一つであれば、自ずと身体はその場に戻るもの。

 それを思うとラウラが自分が何をしたいのか己に問いかけながらうろついた結果、千冬が寮長務める一年寮に帰ることになるのも自然なこと。

 そして、凛とした面の中でぐうたらしたいと願ってばかりの霊夢が、所用から帰りがてら寮の辺りに居るのも、何ら不思議なことではなかった。

 何だか慌てているラウラを他所に、そういや殆ど会話すんの初めてね、と思いながら霊夢は普通に問う。

 堂としたその様に僅か狼狽えてから、ラウラは言った。

 

「博麗……貴女にはこれからどうなりたいという考えは、あるか?」

「何? 唐突ね……」

 

 しかし、その要旨は少し不明である。唐突な将来への問いかけに霊夢は思わず、眉をひそめた。

 だが、ラウラの面を見れば、流石に何かこの問いに意味があると察するのは霊夢には難しくない。彼女から縋るような色を感じて、彼女はまた悩みを持った子の相手をしなきゃ駄目かと溜息を吐いた。

 

「はぁ……何。どうなりたいか? そうね……」

 

 真剣な顔で見てくる少女を前にして、霊夢は思う。どうなりたいか、将来のことなんて正直あまり考えたことないな、と。

 だが、それでも未来が今の延長線上ならと、願うことは一つあった。

 語られるべき美人と同等の霊夢は真面目な顔して、語る。

 

「取り敢えずは、然るべき場所で、ゆっくりしたいわ」

「は?」

 

 そして、そのトンチンカンな言葉に、ラウラは目が点になった。

 だが、しかし、その言葉は霊夢にとって真面目も真面目。ずっと願っている、ことに違いない。

 

 何しろ、この世に霊夢が身を置くべき然るべき場所なんてないのだ。だからこそ、それを欲する。

 

 もっとも、そんな内情を知らないラウラに、ゆっくりしたいという願いは理解の外だ。柳眉を怒らせて、彼女は話しだす。

 

「……私が言っていたのは、貴女が望んでいるような目先のことではない。ひょっとして、私をからかっているのか?」

「からかってなんかいないわよ。あのね、あんたこそ私をからかっていない?」

「何?」

 

 しかし、ラウラは霊夢に逆に問われる。その意味を理解できない彼女に、天生の少女は続けるのだった。

 

「どうなりたいかなんて当然私は、私のままこれからもあるのよ。――――そんなの当たり前でしょ?」

「自分の、まま……」

「ラウラ。あんたなんか迷ってるみたいだけど、言っとくわ。やりたいこと、やればいいのよ。そうしたら……どうにかなるに、決まってんじゃない」

 

 それは、強き者にとっての真理。

 端から己を持っているものに、変化は根っこを変えるものではない。だから、何をするにだって自由だ。そして、その結果の変化をすら迎合できる。

 

「っ……!」

 

 そして、行えばどうにかなる。そんなことは誰にとってだって当たり前のことだった。

 未来が不安であっても、生きてさえいれば、先へと行き着くもの。やりたいことやっても、どうにかなるには、決まっていた。

 そんな暢気の言葉が、どうしてだかラウラには強く響く。そして、その次の言葉に、彼女は大いに惑わされるのだった。

 

「どうなりたいか、なんて結構無駄な考えよ? あんたはあんたで、それでいいんだから」

「私は、私……」

「そ。無駄に格好つけても、良いことないわよ」

 

 彷徨い、惑い、そして。少女はようやく、無力に涙を流す、自分を見つけられた。

 

「ああ……」

 

 そう、ラウラ・ボーデヴィッヒは、強くなりたいと焦がれてばかりの格好悪い自分を、ここで初めて認めたのだった。

 そして、ぴったりと。儚い雪のようなこの子を強くしてあげたいという身の丈に合った思いを抱くのだ。

 

 それは、希望であり、願望からの別れ。

 それが辛くって零す涙を忘れて、彼女は嬉しくって笑った。

 やがて、そんな無茶苦茶な心を迎合して、その心地よさを教えてくれた、彼女に向けてラウラは頑張って一言を絞り出す。

 

「ありがとう」

 

 その一言(産声)の大事に気づいた霊夢は、しかし大げさに歓迎することはなかった。

 だが、その面は確かに微笑んでいて、次の一言には少なくない想いが篭もる。

 

「……良かったわね」

 

 ただ、袖すりあった他人の感謝。けれども、それだけだって嬉しいから人生は素晴らしい。

 そんなことは、霊夢だって知っていた。

 

 

 だが、そんな当たり前を誰より大切にしつつも、博麗霊夢は空を飛ぶ。

 或いはそれは何よりも、寂しいことなのかもしれなかった。

 

 




 兎に角大勢に動いて頂こうと勝手していただいたところ、こんな風に……結局霊夢さんが持っていってしまいましたー。

 タッグトーナメントがどうなるか、自分もドキドキです!


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