ヴァルハラの乙女 (第三帝国)
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第1話「原作開始前」

もう、何年目だろうかこの世界に来てから。

そう思い、廊下の窓越しに夏の透き通った青空を見上げる。

日差しが強く、気温は夏ゆえに高めだがそれ以上に綺麗な青空が心を安らげる。

周囲は前世と何もかも違う環境であったけど、相変わらずこの空だけは変わらない。

 

「ああ、そうか18年だった、」

 

そう18年、とうとう今年で18年も異世界の住民として暮らした計算になる。

始めは混乱したし、望郷の念に囚われて夜に枕を涙で濡らしたこともあったし、

時間が経つにつれて前世の家族との記憶が薄れていく恐怖を覚えた。

 

わたしの名はゲルトルート・バルクホルン

 

けど、自分が誰なのか?自分の居場所はどこか?

そもそも実は前世とは自らが生み出した妄想の類ではないか?

そう悩みを抱えてきたが、それもまた時間の経過と共に落ち着き所を見つけていった。

性別が変わってしまったことも、

言語の問題も苦労したがこんな自分でも周囲の手助けのおかげで今日の自分に至った。

新たに得た家族ともだんだん慣れてゆき、このまま平和な日々を過ごすと思ったけど奴らが来た。

 

ネウロイ

 

東欧から出現した奴らは、あっという間に欧州から人類を追い出した。

【原作】通りウィッチとして実戦部隊に配属されていたわたしもまたこの戦争に参加した。

実のところこの戦争が始まることに少し期待していた。

何せ【原作】は美少女ミリタリー萌え系のものゆえに、この戦争が始まれば彼女らに会えると知っていたからだ。

けど、その期待は直ぐに現実という大きな壁にぶつかった。

恐怖に震えた避難民の列、最後に母の名を呟き死んでゆく兵士、全てを失い虚ろな表情を浮かべる子供。

勝ち戦でなく、負け戦。それも一般人を巻き込んだ末期戦的性格を持つ戦場はどこまで戦争の現実を教えた。

それ以来、わたしは前世の繋がりや未練を断ち、今ここにある自分の世界を守るべくずっと戦ってきた。

 

末期戦ゆえに悲しい事の方が多かったし、

どうしてあの時することが出来なかったと後悔した日もある。

けど、それでもネウロイ打倒という目標にわたしがすべき事は変わらない。

 

そして【原作知識】が正しければ、

この世界の鍵となる人物が間もなくここ501戦闘航空団にやってくる。

彼女はこの世界にとって自分などよりも欠かせない人材だ――――死を前提として盾になって守る価値があるほどに。

 

「おっと、」

 

考え込んでいたら、目的地までたどりついた。

報告書を改めて持ち直し、服装を軽く整える。

さて、仕事に戻ろう。

 

「ミーナ、わたしだ」

「あら、丁度いいわ。入ってトゥルーデ」

 

部屋の主の同意を得たので入室する。

ドアを開けると、わたしの戦友にして上官である赤毛の少女、

ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケは書類を処理し終えたらしく、

ペンを脇に置き、代わりに珈琲を手にしてその香りを堪能していた。

 

「弾薬と機材の消耗に関する報告書が完成した。

 それと各隊員の訓練の進行具合と今後についての概要もだ。

 この間入ったリーネに関してだが、一応ここで説明する必要はあるか?」

 

「いえ、結構よ。リーネさんについては午後に私も様子を見に行くから」

 

「ん、そうか。

 ではわたしの役目は終わりだな。

 引き続き珈琲ブレイクを楽しんでくれミーナ」

 

「ちょっと待って、トゥルーデ」

 

書類を置いて立ち去ろうとしたが、ミーナに呼び止められる。

彼女は執務机の棚から一枚の書類を取り出し、わたしに差し出した。

 

「新しいストライカーユニットが本土から貴女向けに届いたわ、これはその概要」

「わたしに?」

思いがけない言葉に疑問を口にした。

なぜなら【原作】では宮藤芳佳が来る前に新型ユニットが届くなどなかったことだ。

第2期にジェットストライカーユニットが届くが、今はまだ第1期に相当する時期である。

が、考えても仕方がないので書類を受け取りさっとその内容を読む。

 

『フラックウルフTa152H-0型』

速度:750キロ(高度9100メートル)

速度:760キロ(高度12500メートル)MW50水エーテル噴射使用時

高度:14800メートル

武装

30ミリMK108 機関砲    :弾薬90発

20ミリMG151/20機関砲×2:弾薬各150発

 

ブリタニアは海で隔たれているため、ネウロイの特性侵攻は低調なものである。

しかし、近年高高度から高速で侵入する個体があり現状のユニットではその迎撃は困難だ。

ゆえに本ユニットは高高度から侵入するネウロイを迎撃するものなり。

ゲルトルート・バルクホルン大尉にその試験運用を任命する。

 

「……驚いた、すごいのが来たな」

 

一説では究極のレシプロ戦闘機とも言われたTa152の試験運用、それをわたしがするようだ。

史実では活躍する場はなく、燃料不足と低い工作精度の三重苦のせいで究極レシプロ戦闘機であるかどうかは異論があるのだが、

この世界では人類全体が団結しており、そうした問題はなくもしかすると本当にスペック通りの性能を出すかもしれない。

時速765キロ。

これがどれだけすごいかといえば、

シャーリーのP51で最高速度が時速703キロ(まあ、加速魔法を使えば時速800はいくが)。

坂本少佐の零戦は低中高度の旋回性能は抜群だが最高速度540キロ程度でしかない。

しかも高度1万となると501に存在する一部を除けば多くのユニットは浮くだけで手一杯になるはずだ。

 

だが、軍隊において補給や機材は遅れるのが常である。

たとえそれが最前線においてもだ、にも関わらず新鋭の機材が届いたということは、

 

「…たしか、ここのところリベリオンの第8空軍が頻繁に偵察している上に、

 近くに扶桑の第1艦隊とブリタニア本国艦隊が合同演習を行うと言っていたが――――大陸奪還作戦が近いのか」

 

「ええ、そうよ。

 私もロンドンに行ったさい情報収集をしたけど、

 ここの最近の物資の搬入状況は間違いなく攻勢を意図したものだったわ」

 

しばらく静寂が部屋を支配する。

39年に戦争が始まり、41年にはガリアからここに逃げたから、

大陸から追い出されて実に3年もの時間が経過しその間もずっとわたし達は戦い続けた。

【原作】を知っていたので、いつか大陸に我々が再び足を踏み入れること知っていたがそれより前に何度も死に掛けた。

再び今の故郷に戻る前に、二階級特進の名誉の戦死を遂げるのでは?

そう何度も考え、淡々と今日まで兵士の義務を果たして来たがついにこの日が来たのだ。

 

「場所はカレーかノルマンディーのどちらか、時期は秋でしょうね」

 

「もう直ぐ坂本少佐と空母『赤城』も来るしな。

 そして新鋭機材を操り戦果を挙げるウィッチ、それも国際的な部隊で祖国奪還で活躍!

 と、わたしは宣伝されるんだろうな……まったく、プロパガンダのモデルはもうこりごりなのに」

 

「あら、前の戦時国債の呼びかけモデルで、

 トゥルーデったらエーリカと2人でノリノリでやっていたじゃないの」

「………あれは単にヤケクソだっただけだ」

 

島田フミカネの御大がツィッターで挙げた例のバニーガール姿とか、いや本当かんにんしてつかぁさい。

男の視線とか視線とか、前世が野郎だったから何考えているのか分かるんですよ、はい。

そして出回った写真やらなにやらで野郎共がピーしていると思うと死にたくなる……。

 

「こら、嫌な顔をしない。

 忠誠宣誓した以上軍人が命令に従うのは当然だから我慢よ我慢」

 

「わたしは、我が民族と祖国とに常に忠誠を尽くし、

 実直に仕え、勇敢で従順な兵士として、いかなる時もこの宣誓のため身命を賭する用意のあることを、

 この神聖なる宣誓をもって、神にかけて誓います――――懐かしいな、このうたい文句を言ったのは10か11ぐらいだったか」

 

故郷のケーニヒスベルクのウィッチ養成学校でそれを宣誓し、

いい思い出も悪い思い出も色々あったけど今となっては何もかもが懐かしい。

しかし、新鋭機材か。

早めに癖とか慣れておく必要があるな。

ましてや試作段階の代物となると不具合が出ないほうがおかしいから、

後で整備担当と話し合って飛行計画を作っておかないと………ん、待てよ。

 

「ミーナ、少しいいか?」

「何かしらトゥルーデ?」

 

わたしのお願いにミーナが首をかしげる。

 

「この新ユニットの試験飛行ルートなんだが、

 今度帰ってくる坂本少佐の送迎と新人との顔合わせも兼ねて、

 『赤城』を通る飛行ルートを作成しようと思うのだが、いいだろうか?」

 

「少佐の送迎、ね」

 

試験飛行の名目で【原作】に介入する丁度いい機会である。

『赤城』がネウロイに襲われるイベントは主人公宮藤芳佳が、

ウィッチとして成長するきっかけになったので、わたしが介入することでその成長フラグが壊れる恐れは当然ある。

 

しかし、このイベントの裏では駆逐艦数隻。

さらに空母『赤城』損傷を始めとする多数の死傷者を出すことをわたしは知っている。

駆逐艦1隻あたりの乗員は200名ほど、3隻沈めば実に600名もの命が失われた計算になる。

 

わたしはその事実を知っておきながら放置することは出来ない。

 

「ブリタニア本土ではなく海に出るなら、

 念のため完全武装状態で出たほうがいいけど、

 あの海域はネウロイが出ないから、実戦での検証ができないわよ?」

 

「いや、かまわない。

 実戦での検証は後でいくらでも可能だ」

 

「たしかにね、」

 

ミーナが頷くと、続けて言った。

 

「じゃあ、トゥルーデ。

 必要な書類や手続きを用意した上で、

 当日は坂本少佐と新隊員を先に出迎えて頂戴」

 

「了解した」

 

上官からの命令として受け取った上に、

これ以上話すことはないので踵を鳴らし敬礼する。

そして、ミーナの返礼の敬礼を受けた後に部屋を後にした。

 

新機材に関する書類を見ながら長い廊下を歩く、

この後、整備担当者との打ち合わせに各種手続きなどの作業の手順を思い浮かべる。

実際に機材に触れる前に書くべき書類の煩雑さに一瞬頭が痛くなったが、近代の軍隊とはそういうものだ。

 

だが後数日もすれば『赤城』が501戦闘航空団の基地に寄港する予定である。

すなわち【原作】の開始までの残り時間は少なく、それまでに終わらせる必要がある。

 

「物語は間もなく始まる、といった所か」

 

どうしてわたしがこの世界に来たのかは分からない。

しかし、この世界の運命を左右する存在を知っている以上、

宮藤芳佳を支援することはたぶん、わたしに課せられた責務なのであろう。

 

だから、わたしは彼女を守る。

それがたとえこの命に代えてでもわたしは彼女を守ってみせる。

 

ふと、視線を窓に移して窓越しに青い空を見上げる。

雲が少なくどこまでも青い空、何もない平和な空であるが、

今のわたしには間もなく彼女と共に飛び、戦いの日々が始まる前の嵐の静けさに思えた。

 

 

 



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第2話「原作開始Ⅰ」

ブログ【二次元が好きだ!!】では、
ヴァルハラの乙女を部分的に連日更新しています。
興味がある片はぜひそちらにもお越しください。

あと、今年もバレンタインデイ撲滅委員会に参加します


1944年、夏。

本日は晴天なり、されど波高し。

けど、下界の様子とは違いここは上空5000メートル。

どこまでの澄み渡る青い空、そして流れる風が心地よい。

ストライカーの構造上コックピットで計器に囲まれることはなく、

魔法障壁があるとはいえ、ほとんど生身なせいかまるで自分が鳥になった気分だ。

多くのウィッチが空に思いをはせ、シャーリーが音速にこだわることも頷ける。

 

ただ、「パンツじゃないから恥ずかしくないもん!」な世界なのはどうにかならないものだろうか…。

自分はスパッツを履くことで辛うじて精神を安定させているが、未だに慣れない。

 

で、だ。

 

「なんだい、不景気な面をして?」

「いや、なんでもない」

 

ズボンじゃなくてどう見てもパンティーを履いている上に、

グラマラスな我侭ボディを持つ少女、シャーロット・E・イェーガーがわたしの横にいた。

 

何故彼女がわたしの横にいるか?

それはわたしが新型ユニットであるTa152の、

最高時速760キロという性能を知ったスピード狂いの彼女が、

 

「勝負しようぜ!!」

 

とわたしの試験飛行に付き合ったからだ。

加速試験もかねた結果、加速魔法ありでは、

彼女に追い抜かれてしまったが魔法なしではこちらが振り切ることに成功した。

史実ではこのユニットの元ネタの設計者であったクルト・タンク氏は2機のP51に追われたが、

自らが操縦したTa152は完全に振り切った、というエピソードがあるように加速性能は抜群であった。

 

本国から来た技術スタッフの「最強のレシプロ型ストライカーユニット」

という触れ込みは半信半疑であったが、最強の名には相応しいことが今日証明された。

そして、もしもこれが開戦前にあれば祖国を守りきることができたのに、と悔しがった顔をわたしは忘れることができない。

 

「いやー、まいったまいった。

 たしかに私の加速魔法なら追い越すことが出来るけど、

 魔法なしだとまったく追いつけないなんて、高高度性能もすごいしなぁ!」

 

「そうか、それは――――おい、叩くな!今は飛行中なんだぞ」

 

「細かいことは気にすんな!

 本当、カールスラントの技術はすごいなぁ!」

 

「あーわかった、わかったから。

 いいから止めろ、今は一応任務中なんだぞ!」

 

HAHAHAHA!

とアメリカンな笑い声と共にバンバンと肩を叩く。

一応試験飛行と哨戒飛行も兼任した任務中なのでビシッと決めて行きたいのだが、

別に悪意があってやっている訳でなく、アメリカン的親愛表現であるのは分かっているから始末に負えない。

 

ついでに、普段からちゃらけた態度を取り、

おまけにユニットの無断改造が原因で原隊からここに飛ばされたのだが、

空戦における才能はあるし、こんなアメリカンなノリで部隊の空気を和らげたりと彼女は501に必要な人材だ。

 

「しっかし、いいなぁーバルクホルンは、

 新型ユニットがもらえて、私もほしいなー」

 

うっとり、とまるで恋する乙女かのごとく、

彼女が足に履いているストライカーユニットを見る。

一瞬、ウィッチは美人揃いなためシャーリーの乙女な表情にドキッと来たが、

残念なことに彼女の対象はわたしではなく、足に履いているストライカーユニットであった。

 

「だったら、普段の素行を改めるべきだとわたしは助言するがな。

 ああ、一応言っておくが軍機に触れるものだからイェーガー大尉に触れさせるわけにはいかない」

 

「それがどーした、軍機は破るもの!

 あ、痛、いたたたた!!ごめんごめん冗談だってば!」

 

とりあえず頭を締め付けるように腕を伸ばし、

この某革命提督的精神主義者にお灸をすえておくことにする。

そのせいで、お互いかなり密着しており前世ならマイ・ソンが反応してもおかしくないが、

悲しいことに今のわたしは女性であり、裸やズボンと主張するパンツを除けばドキマギしない。

 

「でさ、話は変わるけど、今回坂本少佐が連れてくる新人がどんな奴か教えてくれない?」

 

わたしの胸元で赤橙色の髪をした少女が瞳を輝かせ問いかけてきた。

 

「それはウィッチとしての技能のことか?それともおっぱいの事か?」

「もちろん、おっぱいさ!」

 

即答であった。

しかもこれ以上ない程、実にいい笑顔つきで。

 

「やはり、おっぱいはアレか?

 夢とロマンが詰まっているからか?」

 

「話が分かるじゃないか、その通り。

 おっぱいには夢とロマンが詰まっているのだからさ。

 できれば今回来る新人もリーネくらいあると嬉しいなぁ」

 

「おいおい、リーネの歳であの大きさは例外中の例外で、

 ペリーヌやエーリカあたりが平均であり、常識的というべきだろ」

 

「ペリーヌか、ふっ」

 

こいつ、今鼻で笑いやがった……。

 

「…本人の前でそんなこと言うなよ、

 ああ見えて毎晩こっそりバストアップの体操をしているくらい健気なのだから。

 それと胸は小さいは小さいなりに需要はあるし、単にデカければいい物とはわたしは思わないな」

 

「大艦巨砲主義は常に正義っていうだろ?」

 

「貴様は全世界の貧乳に喧嘩を売ったな――――わっぷ!?」

 

わたしの腕の拘束を振りほどくと、

シャーリーはわたしを胸元に引き寄せて自らの胸に押し付けた。

まあ、ようするにわたしは彼女の胸に挟まれパフパフ状態であったわけだ。

 

「ほーら、これでも貧乳派でいられるかなー?」

 

むぎゅ、とわたしをさらに胸に押し付ける。

そして感じる女性特有の柔らかく、暖かい感触にほのかな香りは眠気を誘う。

このままずっといたいと願ってしまいそうで、まるで赤子に帰ったかのような感覚。

 

貧乳信者というより、並乳、豊乳、

美乳も加えてそれぞれの乳に乳なりの魅力を感じる自分であるが、

はたしてこのような心地よい感覚をそれらが再現できるのであろうか?

 

貧乳はステータスだ、希少価値だ。

という言葉を前世で聞いたがそもそも貧乳は成長途上で一度は誰もが通る道。

とはいえ、確かに胸の大きさで女性の全てが決まるわけではないし萌えの要素だ。

貧乳は幼さと健気さを主張し、我々を今後の成長と健気な態度で頬を緩ませる。

 

しかし、そんな貧乳も多くはいつか成長し、やがて豊乳や並乳へと変わってしまう。

中には一生貧乳の魅力を後の世代までその身をもって語ることが出来る人物もいるが、

貧乳とは時間の経過と共に消え逝くひと時の儚い命で、その尊さをわたしは敬意を払っている。

 

けど、今はこの巨乳の圧倒的母性の魅力にわたしは逆らえないっ……!

 

「負けを認めるか?」

「ぐっ、わ、わたしは」

 

ここで負けを認めてしまえば、

この世全ての貧乳少女に面目が立たないし、

何よりもペリーヌのためにも巨乳に屈するわけにはいかない!

 

「正直になれば楽になるよ?」

「ち、違う、そんなことは――――」

 

だが、彼女の言葉で心が揺らぐ。

大艦巨砲主義という言葉はまるで、

男性だけが巨乳に誘惑されているような言い方だが、

その言葉とは逆にこれは慈愛と慈悲を主張する母性の塊だ。

彼女の言うとおり、母性に身を委ねればどれだけ楽になることか!

 

だから決断しよう、わたしは――――。

 

「なっ!?」

「っ!!」

 

結論を口にしようとした寸前、

遠くから響く爆発音、さらに水平線の先で小さく煙が立ち上った。

今自分がいる方位と位置、時間から推測して煙が立ち上った場所には、

 

「『赤城』がネウロイに襲われたな…!」

 

基地に寄港する予定の赤城がいる。

そう、これは原作が開始した瞬間だった。

 

『こちら、ミーナ。

 『赤城』から大型ネウロイ1に襲撃されたと緊急救難信号を受信したわ。

 バルクホルン大尉とイェーガー大尉の2人は直ちに『赤城』の援護へ向かって。

 現在坂本少佐と『赤城』の飛行隊が抑えているけど、押し切られるのは時間の問題よ』

 

「了解した!直ちに向かう」

 

そして細かい情報をいくつか聞き終えるとシャーリーと離れる。

改めて彼女に状況を説明しようと思い彼女を見るが、彼女の顔は先程までのおちゃらけた態度は消え、

緊張と興奮がミックスされた、所謂これから戦いに赴く兵士の表情を浮かべていた。

 

「行くぞ、イェーガー。ついてこられるか?」

「ハッ、もちろんさ!」

 

わたし達の間ではそれだけで十分だった。

申し合わせたわけでもなく、次の瞬間には最高速度で『赤城』の元へ飛んだ。

 

 

※ ※ ※

 

 

――――駄目だ!

手は軍刀でネウロイを切り裂いた確かな感触を感じた。

巨大なエイのような姿をしたネウロイは金属音を立てて裂けた。

下に白い結晶となった破片が落ち、先程まで一方的に蹂躙されていた海軍の将兵が喝采を挙げる。

しかし、坂本美緒の思考は違った。

すなわち殺し損ねてしまったという後悔であった。

なぜなら、ネウロイはコアを破壊しなければ何度でも修復してしまう厄介な性質を有している。

事実、派手にその黒い翼をもいだがすでに修復が始まっている。

(そもそも私1人では火力不足だ)

悔しげに歯を食いしばる坂本少佐。

通常、こうした大型ネウロイに対するセオリーは集団攻撃である。

早い話、複数のウィッチが寄って集って蛸殴りにするのがいつものやり方だ。

大型ネウロイのその火力の大きさは単機では手に余ることもあるが、

そうしなければ、分厚い装甲の下に存在するコアを破壊することはできない。

下界、

海では空母『赤城』を始めとする艦船がいるが、

大型ネウロイの厄介な点は駆逐艦クラスの主砲ではまったく効果がない。

それこそ、戦艦クラスの主砲による直撃弾を浴びせねばならないほどに。

だが、今は戦艦どころか重巡洋艦すら存在していない。

こうしてネウロイを引き付けていても、全滅は時間の問題に過ぎないのだ。

『駆逐艦『浦風』轟沈!』

「くそっ!」

視線を下に向ければ、

陽炎型駆逐艦第11番艦の『浦風』、

その艦首が持ち上がると棒立ちになって急速に沈んだ。

その周囲には黒煙と重油の輪が広がり、濃紺色の海を汚していた。

(あれでは、誰も助からないな……)

仇は必ずとる、と坂本少佐は内心で誓ったが現状は厳しい。

『赤城』の航空隊は次々に落とされている上に、ネウロイの火力に衰えは見られない。

それどころか、ネウロイはこの中で一番脅威である彼女に向けて光線を激しく放ってきた。

幾十もの光線がただ一人、坂本少佐を狙う。

彼女はその光のシャワーの間に生じる僅かな隙間に曲芸のごとく入り込み回避する。

隙あらばもう一度切り込むことをもくろみ、

ただ前へと進むが、ネウロイも一度斬られたことを警戒しており、

坂本少佐を中心に円を描くような動きをとり、決して自分から近寄らないようにしている。

そのおかげで攻撃は彼女一人に集中してはいたが、

それでも艦隊からすれば空から降り注ぐネウロイの光線の威力に変わりはなく、

直撃を受けて大破漂流する艦や、大爆発を起こしてくの字に折れる艦が相次いだ。

『赤城』の航空隊も片手で数える程度まで減り、

至近弾で巡洋戦艦を改装した『赤城』の船体が大きく揺れるに至り、坂本少佐の焦りはピークに達した。

「こんな時、リベリオンの映画なら騎兵隊が参上するのだがな……」

焦りだけでなく、

怒りや興奮がごった煮された思考の中で、

なぜか慰安で見たリベリオンの西部劇映画を思い出す。

鳥の羽飾りをした野蛮なインディアンに追い詰められ、

もはやこれまで、という時にカーボーイハットを被った正義の騎兵隊が駆けつける!

と、実に分かりやすい物で、ヒーロー精神がこれでもかと強調されていた。

しかし現実は、この戦争でそんなことはない、

いつも援軍は遅すぎ、少なすぎが定番でそんな話は虚構に過ぎない。

そんな黒い感情が坂本少佐の心を犯そうとした刹那。

彼方の空から飛翔音と同時に飛来した弾丸がネウロイを叩いた。

そして続けて曳光弾のシャワーがネウロイに浴びせられ破壊音が轟く。

少なくとも20ミリクラスの大口径の弾丸らしく、ネウロイから金属を引きずったような悲鳴が挙がる。

「まさか……!?」

事前に501から連絡は来ていた、

試作機の飛行訓練もかねて自分と会うと。

そう、その名は――――。

「騎兵隊参上、といったところかな少佐?」

ゲルトルート・バルクホルンであった。

 

 




以上です、


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第3話「原作開始Ⅱ」

衝号抜きの太平洋戦争もいい加減書かないと・・・


 

「騎兵隊参上、といったところかな少佐?」

 

あかん、坂本少佐が『リベリオンの映画なら騎兵隊がくるのだがな』

と無線越しで呟いているのが聞こえたからつい言ってしまった。

今更ながら臭い台詞で顔が赤くなるのが自分でも分かる。

 

現に横にいるシャーリーが、

「うまいこと言ったな」と言いたげにニヤニヤと笑みを浮かべていた。

 

しかし、相変わらず大型ネウロイは硬い。

20ミリMG151/20機関砲の連装タイプで撃ち込んだがまだ悠々と空を飛んでいる。

実際、お返しとばかりにこっちに光線が雨あられと飛んで来ている。

 

「先に少佐と合流する、

 最大速度でネウロイの脇を抜けるがいけるか?」

 

「私に加速魔法があるのを忘れているのかい?」

 

まずは坂本少佐と合流する。

その際位置的に坂本少佐との間にいるネウロイの脇を通らなければいけない。

 

しかし、わたしの『Ta152H-0型』の最大時速は760キロ、

シャーリーのストライカーユニット『P51』の最大時速は703キロと足並みが普通なら揃わないが、

彼女には加速魔法があるのでわたしの速度についてこられるので、わたしの質問に頷いて見せた。

 

「よろしい。今からカウントするから、

 0になったら一気に行くぞ3……2……」

 

魔力をストライカーユニットに一定以上注ぎ込む、

大量の魔力を食らい、魔道エンジンから爆音と漏れ出す。

さらに、魔力は運動エネルギーへ変換されつつあり、加速への準備が整いつつあった。

 

「……1……0!」

 

そして、注ぎ込んだ魔力がMW50水エーテル噴射装置を経由して、

エンジンに水エーテルを噴射した刹那、わたしは時速760キロの世界に突入した。

 

冷たく鋭い風が顔を叩くが、

それよりも雲が続々と視界の脇に押しやられ、過ぎ行く景色と爽快感がとても心地よい。

青い空に飛行機雲を描き、まるで天使が後押ししてくれている気分だ。

 

そんなわたし達にネウロイからさらに光線が降り注ぐ、

まるで東方の某弾幕ゲーのような光景で避けるのは困難であるように見えたが、

少なくとも足を止めない限り当たる事はないのを知っているので、ただ加速して進む。

 

ネウロイの横を通り過ぎる際、光線がわたし達の横から追いかけるが、

偏差射撃も追いつかず、わたし達が通り過ぎた後から光線が飛ぶありさまである。

そして、ネウロイを通り過ぎると、孤軍奮闘していた坂本少佐に合流した。

 

「バルクホルン、そしてシャーリー。

 よく来てくれた、見ての通り『赤城』と駆逐艦数隻を除いて壊滅している。

 早速すまないが2人は速度を生かして囮になってくれ、その間に私がネウロイのコアを破壊する!」

 

「了解した」

 

「了解!」

 

久々に会ったことで積もる話をしたい所であったが、

残念なことにここは戦場であるために、軍務が優先される。

 

何よりも返事をした次の瞬間、

休む間もなくネウロイから唸り声と共に光線が飛んで来た。

わたし達は散開すると、シャーリーと2人でネウロイの周囲で旋回し盛んに鉛弾のシャワーを浴びせる。

的が大きいこともあって外れる弾はなく、続々と命中しネウロイが悲鳴を挙げた。

 

 

ネウロイは光線をこれでもかと放ってくるが、

攻撃するさいに一箇所に留まらず小刻みに動くことで回避している。

やむなくシールドを使う時も出来るだけ長く足を止めないように努めている。

 

「リロード!」

 

シャーリーが装填の合図をする。

その間にわたしが前に出る形で火線を絶やさないようにする。

 

「装填完了!」

 

そしてまた2人で高速でネウロイの周囲を旋回し鉛弾のシャワーをネウロイに浴びせる。

連装MG151/20機関砲はこれまでのMG42と比較して使う方として反動が大きく、

いくら魔法で強化された筋力で押さえ込んでいるとはいえ、流石に体に響く反動はややつらい。

 

おまけに背中には【原作】の第2期ではジェットストライカーユニットと共に、

登場した30ミリMK108機関砲を1つ背負っており、弾薬ともども重いことこの上ない。

 

だが、その分の労力は報われている。

MG151/20は口径が20ミリで【原作】で一貫して使用されたMG42の7.92ミリ、

と比較すれば物理的に遥かに威力は増大している、しかも炸裂弾を使用するため威力はさらに割り増しとなる。

 

【原作】ではドラマCDによると補給が追いつかない、という理由で登場しなかったが、

どういうわけかわたしがいる世界では【原作】で登場しなかったTa152共々わたしの元にある。

 

どのような原因でそうなったかは、分からない。

しかし、わたしのこの新しい玩具を手配した人物には感謝しよう。

 

ん、今ネウロイが赤く光った?

 

「コアだ!」

 

シャーリーが叫ぶ。

その言葉に改めてネウロイを見る。

一方的に殴られたため、ボロボロと崩れ白い結晶のような破片を落とすネウロイ。

その中央部に赤い宝石のような物が露出していた、太陽の光に反射してチカチカと赤い光が漏れている。

 

「ああ、終わりだな」

 

どうやら、わたしの【原作】介入は成功したようだ。

艦隊の被害も駆逐艦数隻が未だ無傷で『赤城』も航行中で宮藤芳佳が出る幕はないだろう。

そして、ネウロイはわたし達に背中を見せ、欧州大陸へ向けて撤退する航路を取る動きをとった。

 

無論逃がす心算など当初からないため、即座に追撃する。

今度は生き延びるために必死に光線の弾幕を張るネウロイだが、

どうやら先程から脅威度が高く追撃するわたし達に集中するあまり正面にいる彼女に気づいていないようだ。

 

『2人共、感謝する。

 だからここで終わらせよう』

 

坂本少佐だ、

彼女は軍刀を上段に構えネウロイの正面で対峙していた。

今更ながら自分の正面に天敵の魔女の存在を認識したネウロイは光線を放つ。

が、急に認識したせいかまばらでどれも明後日の方向へ飛んでゆく。

 

坂本少佐は動揺することなかった。

閉じた眼を見開き、静かに息をすっ、と吸う音を、

わたしは無線越しで聞き取ると彼女は雄叫びとともにネウロイに突貫した。

 

『おおおおおお!!!』

 

ネウロイは距離的に回避することも、光線の弾幕を張る余裕はなく。

ただ坂本少佐の斬撃を受けることを待つだけの存在へと成り下がっていた。

 

少佐がネウロイと衝突すると思われた刹那、

上段から振り下ろされた軍刀がネウロイの漆黒の装甲に接触。

まずは火花が散り、次に装甲が破壊されて白い結晶が周囲に飛び散った。

 

相対速度に従い少佐はそのままネウロイを両断するかと思われたが、

ネウロイが少し上向きに動き、完全に両断することは出来ず少佐は飛び出した。

 

それでもネウロイからすれば兜割りを受けたような姿、

つまり真ん中から一直線に半分以上割れている有様でコアも破壊されたらしく、

ネウロイはその機能を停止させ、急速に高度を落として崩壊しつつあった。

 

「すっげー!流石坂本少佐、ネウロイを斬っちまったよ」

 

まったく同意である。

銃火器で攻撃するよりも、ああした物理攻撃の困難さは比べようにない。

三次元空間を移動する目標に斬撃を叩き込む技量、何よりもネウロイと事実上密着するまで接近する度胸。

 

それらがなければ実現することはできない。

こうして見るとなぜ【原作】で坂本少佐が尊敬されていたのか改めて理解できる。

というか、あんな事を好んでやるウィッチなんて扶桑の人間以外いないし……。

 

わたしも弾切れした時には銃器か戦槌の類でぶん殴ったことがあるが、

お互い時速数百キロで進んでいる中でああいう近接武器を使うなんて正直やりたくない。

というか、怖い、魔法があるから衝突しても肉片に成ることはないが怖いものは怖い。

 

それを嬉々としてやる坂本少佐、もといもっさんマジもっさん。

 

しかし、相変わらずでかいネウロイだな。

見たところ直径200メートルぐらいあるし下手な戦艦並みの大きさだ。

そんなのが、崩れ錐揉みしつつ落ちているのだからなんというか派手である。

 

……おや?

 

「なあ、イェーガー大尉。

 ネウロイが落ちている方向は」

 

「え?」

 

直前までネウロイは大陸に向けて逃げていたが、

少佐に止めを刺されてから空中で錐揉みしている間に方角がイギリス側に変わっていた。

その先には丁度空母『赤城』がおり、角度と距離からして――――衝突は避けられないものであった。

 

『っ!!しまった、赤城に当たる!』

 

坂本少佐が叫ぶ、

『赤城』をシールドで守るべく降下するが間に合わない。

わたしも、急降下するが――――やはりどう見ても間に合わない。

 

「宮藤芳佳ァ!!」

 

くそっ!!こんなところで、

彼女を死なせてしまってはいけないにも関わらずこのざまだ!

盾になってでもこの物語の主人公である宮藤芳佳を守ると決めたのに!!

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

援軍の到来。

さらにネウロイの撃破により、

『赤城』の乗員は万歳三唱から始まり様々な歓声で溢れた。

 

が、それも直ぐに絶望へ変わった。

なぜなら空気を押しつぶすような唸り声を挙げつつ、

自分たちへ落下するネウロイを見てしまったからである。

 

恐慌状態になりつつも、

このままやられるくらいならばと対空砲火を浴びせるが、

元々対象が大きすぎるためにその効果は薄く、駆逐艦も砲火を放つが無駄な努力になりそうだ。

 

「機関全速、面舵一杯。回避してみせろ!!」

 

艦橋で艦長が叫ぶ。

その声に弾かれた様に操舵手が操舵輪を回し、

『赤城』の巨体がゆっくりと、確実に進路が右へ曲がるがいつもよりも動きが鈍い。

 

「駄目です!先程の至近弾でスクリューと舵が損傷した模様で回避できません!」

 

「………っ!!」

 

死が確定された絶望の報告。

『赤城』の艦長はこの時ほどこの偶然をもたらした、

戦場の女神を呪ったことはなかった。

 

「もはや、ここまでか」

 

ネウロイの落下は誰も止められない。

後はただ軍人として毅然とした態度で死を迎えるばかりであった。

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

みんなの悲鳴に罵声が絶え間なく響いている。

ネウロイという名の化け物こそ倒されたが自分たちへ向かって落下している。

『赤城』と同じくらい、あるいはそれ以上の大きさを持つそれに耐えられるとは思えない。

 

「あ、ああ」

 

怖い。

足が生まれたての子鹿のようにガチガチと震えているのが自分でも分かる。

自分なんかよりも遥かに巨大なネウロイを見れば嫌でも自分がちっぽけな存在であるのを自覚する。

 

そして、ここで私は死ぬんだ。

お父さんとの約束を守ることも出来ずに。

 

『宮藤!宮藤!海に飛び込むんだ!!早く!』

「っ坂本さん!?」

 

インカムから坂本さんの声が通り我に返る。

海に飛び込む、つまり逃げるという選択肢を知ったけど、

 

「けど、坂本さん。それだと『赤城』のみんなが」

『大丈夫だ、彼らは軍人だ。心配するな』

 

嘘だ。

坂本さんは私を逃がしたいのだ。

そのくらい、私にも分かる。

分かるから改めて無力で惨めな存在であることを知る。

 

力、力がほしい。

みんなを守れるだけの力が!

そして、私に出来ることがあるはず――――あった。

 

「わたしに出来ること……」

 

私も坂本さんのように空を飛べることはできない。

けど、お父さんとの約束を守るために、そしてみんなを守ることが出来る力が私にはある。

 

「ネウロイ落下します!!」

 

もう眼と鼻の先にネウロイがいる。

甲板にいたみんなが生きることを諦め、絶望の叫びを声を出す。

坂本さんも何か叫んでいるけど今の私には聞こえない。

 

ただ集中し両手を空へ突き出し、

じっくりと、そして確実にシールド魔法を展開する。

治癒魔法すらあまりうまくいっていないにも関わらず、

ほとんど始めての魔法で、しかも『赤城』と同じ大きさのネウロイを食い止める。

なんて自分でも馬鹿だと分かっている。

 

けど、私はもう逃げない。

みんなを守るために私は逃げない。

それに私は――――ウィッチなのだから!

 

「はぁああああああ!!!」

 

自分でも感じたことがない程膨大な魔法力が出ると、

巨大なシールドが出現しネウロイは私のシールドに阻まれた。

 

みんなが呆然と私に注目しているのがなんとなく分かる。

間もなく、それが歓声と共に私を応援するものへ変わっていった。

 

「っぅ…!?」

 

だけど、重い。

それに意識が時折失いそうだし全身から震えが止まらない。

 

息だって体育の日で走っていた時よりも荒いし、

このまま止めてしまえばどんなに楽になるか、そんな誘惑に駆られてしまう。

 

それに、徐々にだがネウロイの自重にシールドが押されている。

1秒が1時間のように時間は遅く感じてしまうし、私の魔法力も長くは持たない。

 

「あ、」

 

どれだけ耐えたのか分からない。

けどふっ、と意識が飛ぶと同時にシールドが消えた。

 

意識が完全の途切れる寸前、

絶望の黒い感情とこれまでの思い出が一瞬の内に走馬灯のごとく流れる。

 

もう、駄目だ。

ごめんなさい、みんな……。

 

「よく頑張ったな、宮藤。

 もう安心しろ……おまえは本当によく頑張った」

 

でも、最後に聞こえた坂本さんの声は穏やかなものだった。

私はその意味を確かめる気力はなく、坂本さんの胸元に倒れこむ形で眼を閉じる。

だけど、眼が完全に閉じる前に視界の隅でネウロイの白い結晶が飛び散っていたのを私は見た。

 

そして、『赤城』のみんなが私の元に寄ってきて口々に何かを言っていたことから、

私はようやくみんなを守れたことを知り、安心して眼を閉じ、意識を閉じた。

 

 

 

 



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第4話「バルクホルンの憂鬱」

『生まれながらにして勇者は存在しない、ただ訓練のみによって生まれる』

 

とは古代ローマの偉い人が述べたコメントである。

軍隊とは常に訓練をしなければ即座に練度が低下し戦力として成り立たない。

それを考えるとこの言葉は、日々の訓練の重要性を我々に教えてくれる貴重な助言であり、真理である。

 

だからこそミーナはドレットノート級に、

ケチな財務担当者から如何にして予算をむしり取るか思考をめぐらせ。

 

部隊管理をある程度任されている、

わたしのような中間管理職は常に足りない費用を如何に効率的に使うかを考える。

そして各種手続き書類の作成、サインのために筆を走らせ、打ち合わせに走り回らなければいけない。

 

ただ、正面の敵と戦っていればいい。

という思考は近代の軍隊では存在の余地はない。

ましてや、指揮官達は部下が安心して訓練に励めるようにしなければいけない。

まあ、ようするに。わたしがやっている事はネウロイとドンパチする事を除けば、

その辺のサラリーマン、あるいは公務員のように書類と格闘するのが普段の日常だ。

 

だけど1944年の夏。

ここブリタニアにて私が第501統合戦闘航空団基地上空で響く悲鳴、

そして罵声は面倒な書手続きの末に手に入れた訓練機材をいっそ清々しいほど破壊してゆく姿であった。

 

『きゃあぁぁぁ~~!!』

『旋回が遅ーい!』

 

ブリタニアに寄港する途中にネウロイと遭遇、

落下するネウロイに対してシールドを張り、見事に『赤城』を守り抜いた期待の新人。

宮藤芳佳軍曹は飛行訓練の一環で阻止気球の間を抜ける訓練をしているが、何の遠慮なく破壊していた。

 

「…………ねえ、トゥルーデ。

 宮藤さんは『赤城』に匹敵するほど巨大なシールドを出せたわよね」

 

そうだ、あの日『赤城』にネウロイが落下し、

もう間に合わないと思った矢先『赤城』を守るように巨大なシールドが展開された。

唖然、呆然とするわたし達であったが、やがてシールドに阻まれたネウロイは、

元々深手を負っていたため、そのまま白い結晶と共に散った。

 

確かに彼女、宮藤芳佳はこの世界の鍵を握る人物だ。

【原作】でも散々「ウィッチに不可能はない!」と熱血主人公のように何度も逆転劇を演じた。

それを知った上で、この世界の常識に当てはめて言うと――――主人公まじチート。

 

つーか、何なんだよ!?

『赤城』並にデカいシールドなんて個人で出せるレベルじゃないし!

しかも色々あって今日始めて501の隊員として入隊したのだが、

普通なら先に教官と2人でする練習用の機材で飛行し、経験を積んでから単独飛行をするのだけど。

 

「いや、宮藤単独で飛行してもらう。

 何?流石に無理だって?心配性だなバルクホルン。なーに、ウィッチに不可能はない!」

 

で、一発で飛行成功しましたよこの主人公は。

 

【原作】でも一発で飛行に成功していたとはいえ、

あればネウロイに『赤城』が沈められそうになり精神的にも追い詰められた状態であった。

 

この世界では代わりにシールドを張ったため、

彼女はまだ飛行しておらず、ゆえに常識論として通常通りの手順に沿った訓練を提示したが、

 

坂本少佐、もといもっさんの向日葵のような笑顔と共に却下され、

宮藤芳佳にはいきなり単独飛行を行い――――これに成功しつつあった。

 

「ミーナ、現実逃避は良くないぞ。

 我々の眼に映るものは宮藤軍曹がクソ高い気球につっ込み、次々と壊しているシーンだ」

 

ボン、ボンと割れる音が連続して響く。

盛大に、それこそ爽快に破壊しているのは見ている側として乾いた笑いしか出ない。

現在進行形で器物破壊活動を行っている現行犯は後で注意を促すことで済むが。

壊されてしまった物は二度と戻って来なく、後始末はこちらがしなければいけない。

 

『きゃあああ!!』

『宮藤ぃ~!!』

 

あ、最後の1基が爆発した。

巻き込まれたが……まあ、魔法力の保護があるから大丈夫だろう。

 

「……宮藤さん、今まで飛んだことがないのに一回でここまで飛べたからすごいわよね」

 

「そうだな、確かに凄い、普通ならばこの水準までには数ヶ月かかるし。

 それよりミーナ、たしか気球は1基あたり30~40ポンドだったよな……予算、あるのか?」

 

「………………」

 

わたしの問いに対して、

ミーナは明後日の方向を向いてしばし沈黙する。

思わず沈黙は金、雄弁は銀、という言葉がふと浮かんだ。

 

「…………ロンドンまで行って予算を取ってくるわ」

 

背中に哀愁を漂わせてミーナが呟いた。

ああ、やっぱりか…という事はこちらはこちらで工面する必要があるな。

まずは近隣の部隊に掛け合って気球を借りるか、嗚呼また書類が必要だな……。

 

で、さらに問題がある。

視線を横にずらし、宮藤芳佳の飛行を見物しているその他ギャラリー陣を見る。

 

「おいおい、見ろよルッキーニ!!

 宮藤の奴ったら気球を全部壊しちゃったぜ!

 私も散々備品を壊して来たけど着いて早々とかは流石になかったぜ、これは負けたな!」

 

「にひひひ、これは後で始末書だねシャーリー!」

 

シャーリーとルッキーニのジャッキーニは2人して彼女の下手糞な飛行を見て大うけしている。

というか君たち、散々始末書を書いては何度も反省したはずだけどまったく懲りずに今でも始末書を書いているよね?

そしてエイラ、そして珍しくこの時間帯に起きているサーニャーは2人で仲良く並んで鑑賞していた。

 

「あ、う……う、うううう???」

「……エイラ?」

「はっ、何でもない!何でもないぞサーニャ!」

 

ただ、エイラがサーニャと手を繋ぐか繋がないかで、

悶々と悩んでいる所を見ていると相変わらずヘタレ具合は改善されていないようだ。

まあ、それでもエイラーニャ教徒でもあったわたしからすれば十分萌える光景でもあるのだが……ふぅ。

 

「まったく、坂本少佐が連れてきた新人ですから、

 さぞ優秀な方だと期待しておりましたのに、これでは期待はずれですわ。

 というか、どうして少佐は昨日今日始めたばかりの素人をここに連れて来たのかしら?」

 

ペリーヌは1人紅茶を片手に宮藤芳佳について論じているようだ。

結構きつい事を言っているが、ペリーヌは坂本少佐一筋だからなぁ……。

 

「うりゃー!」

「ひゃあ!!?」

 

あ、ルッキーニがペリーヌの胸を掴んだ。

 

「どうだった、ルッキーニ?」

「残念賞、成長してなーい。リーネよりちっちゃいまま」

「お、おだまりなさーい!?」

 

涙目になりながら胸を押さえペリーヌが叫んだ。

ペリーヌに胸の話をするなよ…本人は結構気にしているのだし、

時折同じ歳のリーネや一つ上のシャーリーの胸とか結構ガン見しているのを知っているのだろ?

この間なんか乳が重いから肩がこるなんてボヤいていたら、殺意を込めて睨まれたというのに懲りないなぁ…。

 

けどまあ、こうして騒がしく過ごすのが一番いいことは確かだ。

度が過ぎれば流石に問題であるが、しかしこの程度ならば問題なかろう。

しかし、そんな騒がしい中で一人だけ沈黙を保っている人物がいる。

 

「………………」

 

薄い金髪で一本の三つ編みを後ろに垂らした少女が、ただぼんやりと空を見上げていた。

時折俯き、何かを呟いているが服の裾を震えと共に強く握っているのを見ると、あまり良い傾向とは言いがたい。

 

彼女もまた、最近第501戦闘航空団に着いたばかりの新人で、

優秀なウィッチを自国の部隊に残したいという政治的理由で訓練部隊から直接ここに来ており、

今日一日で飛行に成功した宮藤芳佳に思うところがあるのだろう――――主に劣等感的意味合いで。

 

彼女の名は、リネット。

リネット・ビショップである。

 

「ミーナ、リネットなんだが」

 

「リネットさんね、

 坂本少佐は宮藤さんが刺激になれば良い、

 と思っていたようだけど――――これでは逆効果のようね」

 

細かいことを気にせず豪快な性格をしている少佐、もといもっさんは、

宮藤芳佳の存在が引っ込み思案のリネットを刺激させ、奮起することを期待していたのだろう。

 

坂本少佐の発想はまあ、ありだろう。

しかし世の中、そうして奮起するよりもより劣等感に悩まされる場合がある。

元々ここ501は各国のエースが集まった精鋭部隊であるため、リネットに常に緊張を強いてしまった。

無論、出来る限り友好的な態度でわたし達は接してきたけど、それでも彼女の精神的緊張を解すことは出来なかった。

 

「リネットさんは訓練では悪くないのよ、

 少なくとも、今の宮藤さんのように気球を全部壊すような真似はしないし。

 けど実戦では緊張で魔法の制御がおぼつかなくて、飛ぶだけがやっとなだけ」

 

「ああ、それに実戦に出した際、戦えなかったのが痛いな」

 

宮藤芳佳が来る前、リネットは何度が実戦を経験している。

主に4人で威力偵察も兼ねた哨戒飛行で同じく哨戒飛行をしているネウロイに対して攻撃するのだが、

1度目は緊張のあまり腹痛で引き返し、2度目は戦闘に突入したが魔法の制御が出来ずに海に墜落。

と、こんな感じでミスが続いたせいでリネットは自分に自信を持てずにいる。

 

『宮藤ィ~』

『あうう、坂本さんごめんなさい』

 

む、着陸するな。

気球もなくなったから午前の訓練はこれで終了と見た。

 

『気にするな、機材なんて壊してもまた持ってくればいい!』

 

いやいや、気にして下さい。

それをまた持ってくるのがすごく大変なのですから。

 

「美緒の言葉は正しいのよね、

 だって機材は予算さえあれば何度でも蘇るけど、

 人材はそうはいかないから、けどね、予算が、予算がね……」

 

「……そう、だな」

 

少佐ェ……。

 

『それに今日は飛べただけでも上出来だ、

 明日からは、リーネも加えてさらにびしばし行くから覚悟しておけ』

 

『は、はい!』

 

疲労の色を隠せない宮藤芳佳であるが、

その瞳は輝いており、口からは元気な声が出ていた。

 

「っ……」

 

しかし、それを聞いていたリーネは逃げるように格納庫へ走っていった。

 

「リーネ……」

 

明日からは自分も含めて訓練する。

そのさい、今日一発で飛行に成功した宮藤芳佳と自分を比べ、

劣っているのが分かってしまうのに、耐え切れなかったのだろう。

 

【原作】からネウロイが来た際、

主人公と協力して撃破してからようやく自分に自信が持てた。

だからと言って、このまま放置するのは彼女の上司としてできない。

 

だが、問題はどうやって彼女の劣等感を払拭すべきか?

こればかりは本人が変わらなければ、周囲がいくら言っても変わる事はできない。

 

「難しいな、」

 

ウィッチは美人揃いで、

一見華やかに見える職場であるが、

わたしの様な立場になると、こうして色々考えなければいけない。

 

この場合役に立つのは前世知識ではなく、経験。

それもこうした人様の悩みを解決し導くことに長けてなければならない。

そして、この世界でもそこそこ経験を積んだとはいえ、残念ながら自分はそこまでできていない。

 

けどまあ、

 

「出来ることをするしかないな」

 

知っておきながら、

出来ないから放置するのはわたしには出来ない。

彼女が【原作】キャラというだけでなく彼女の上官、そして501の仲間として。

 

 

 



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第5話「バルクホルンの憂鬱Ⅱ」

今回MMDで挿絵を入れてみました。
好評ならば次回からも使って行きたいと思います。

使用MMDモデルは
・坂本少佐:ガンプラP
・金唐紙の部屋:yuduki
・スカイドーム


 

「む?」

 

ぼやけた視界にぼやけた思考。

当初は何も理解できなかったが両者は時間が経過するにつれて原因が判明する。

何でもない、ただ自分は執務室で書類仕事の途中で寝てしまったのだ。

 

「……まったく、私は書類仕事が苦手なんだがな」

 

黒髪の少女、坂本美緒が涎を拭きつつぼやいた。

しかも、机に寄りかかる形で寝ていたせいで体のあちこちが痛い。

寝ていたことも加え、かなり長い時間書類と睨めっこしていたせいか目がショボショボする。

 

眼帯を付けていない方の眼をこすり、顳顬を抑えて目の周囲の血行を良くしようとする。

本当なら、台所にいるだろう宮藤に温かいタオルでも準備してもらった方がいいが、そうはいかない。

 

横には山ほどに積まれた書類、これを何としてでも終わらさなければならない。

手早く済まさなければ午後のティータイムに間に合わないだけでなく残業になりかねない。

 

いくら下士官から佐官まで上り詰めた程実力があるとはいえ、

坂本美緒という人間は根本的に戦以外を知らぬ「もののふ」ゆえにとことん現場主義者で、こうした仕事には慣れていない。

ふと、ロンドンまで予算を分捕りに行ったミーナはいつもこんな仕事をしていることを思い出し感謝の念を送った。

 

「ふぁぁぁ」

 

今日は青海な空で降り注ぐ太陽がもたらす熱は温かい。

周囲に部下もいないことも加え、こうして欠伸をするくらい心地よい日だ。

 

「………………」

 

また意識が朦朧と仕出す。

いかんな、また寝てしまいそうだ。

等と隙だらけな思考を巡らせる程心地よい昼下がりだ。

 

「慣れない仕事はするものではないな―――いや、駄目だ給料分は働かなければ」

 

兵卒ならそれが許されたが、残念ながら佐官。

多くの特権が与えられると同時に給料以上の責任と義務を要求される階級にいる。

血税で養われている身なので、あまり長く休むことは坂本美緒の形成されて来た精神と主義に反する。

 

(では、手早く済ませて見せるか。)

 

決意を新たにして再度書類の山との戦闘を開始する。

内容は様々だ、補給品関係でも食料、武器弾薬、被服、資金と体系でき、

ここからさらに細かく分岐してゆき、分岐した後でもさらにその先と分岐してゆく。

 

組織とは常に連絡、報告が義務づけられているからそれこそトイレットペーパー1つまで報告書が提出される。

馬鹿らしいと考えてしまうが、それこそが公平で一定の法則に従った組織の存続の避けられぬ運命。

まして軍も国家の官僚組織の一種類にすぎず、記録を残す事に情熱を掲げる官僚組織は民間以上に書類に執着する。

よって、大量の書類の過半数はどうでもいい日常的業務の報告書が占める。

 

そして本当にトイレットペーパーの消費量について注意を促す書類が出てきて、坂本少佐はゲンナリした。

いくつものサインがなされ、年頃の少女ばかりの部隊にそんな書類をよこした連中の顔を想像する。

すると、50代のおじ様と結婚したというウィルマの夫が脳に映し出された。

 

「却下」

 

人の趣味嗜好はそれぞれだというがあまりよろしくない。

リネットには悪いが流石の自分でもその年の差はマズイと思うな、と坂本少佐は考えた。

結婚式で見た感じ、本人たちは嬉しそうだったが……なんと言うか周囲の空気は実に微妙であったのをよく覚えている。

 

「少佐ー書類できたよー」

 

などと回想している最中、外から二度ノック。

そいて聞こえた声で部屋にいた彼女側は注目をドアへと向ける。

 

「おう、入れ」

 

返答と共に開いたドアから人が滑るように入って来た。

 

「ちぃーす、こんにちわー」

「ふむ、シャーリーか。何の書類だ?」

 

書類をぷらぷらと手で振りながら部隊一のナイスバディが入室した。

 

「この間の戦闘報告書」

「ああ成る程、ご苦労」

 

書類を机に置く際に少し前かがみになり、

たわわに実った2つの果実が坂本少佐にこれでもかと強調する。

ペリーヌが見たら嫉妬と女性としての羨望で狂いそうな光景だ。

 

もっとも、このもののふは、

 

(でか過ぎると反って邪魔だな)

 

とまったく女性の思考が欠けた感想を抱いた。

そして、書類に書き忘れや書式が間違ってないか不備がないか簡単にチェックして言った。

 

「うむ、ご苦労。

 問題ない、後は好きにしていいぞ」

 

「了解ー」

 

いやー書類仕事は面倒だなー、

とボヤきつつシャーリーは部屋を後にした。

彼女が立ち去った後部屋に響く音は窓の外から響く海と風の声だけで、

他に雑音はなく、残された坂本少佐はポツリと呟いた。

 

「…………平和だな、」

 

 

【挿絵表示】

 

 

しかし、こんな平和な時間の間にも訓練は続けられている。

特に自分が連れてきた宮藤芳佳、そしてリネット・ビショップに対する訓練は、

バルクホルンの指導の下、徹底的に指導している最中である。

現に今は射撃訓練なのか、時折発砲音が窓の外から響いている。

 

(こうした時間が長ければ長いほど、訓練に割り当てることが出来るのだが)

 

数日も過ぎればネウロイが襲来する可能性が高い、

そのことを知っている坂本少佐は悔しげに顔をゆがめた。

 

規模によるが最悪彼女ら2人を連れて行くような事態になれば、

当然それだけ激戦となってベテラン勢がひよこっ子2人の面倒を見る暇がなくなり、

最悪の場合2人揃って二階級昇進、つまり戦死する可能性が高くなってしまう。

 

実戦は半年分の訓練に勝る。

という言葉があっても基本ができていなければ意味がない。

だが、その時間が圧倒的に足りないのが現状で、敬礼の仕方や軍人としてのマナーといった、

教育課程を飛ばしてひたすら訓練、さらに訓練、訓練漬けの日々を送らせているがなお足りない。

 

(何時もなら単機か少数のネウロイだから、

 2人が出撃するような事態は低いといえるが、万が一の事を思うと気になるな)

 

窓の向こうの蒼い空を見上げる。

あの空に飛んだのが11か12のころだっただろうか?

その時と場所は違い、遥々欧州までやってきたがそれでも空の色は変わらない。

 

当然のことだ。

しかし、人類とネウロイが戦う日々もまた変わらないのだろうか?

 

(私も随分と長い間戦ってきた。

 けどもうすぐ20歳だ、ウィッチとして戦えるのは良くてあと1年。

 最悪今年の間に魔法力の減退が始まって、飛べなくなってしまうかもしれない)

 

魔法が使えなくなるウィッチの寿命は古来より20歳だ。

ゆえに今年で19歳の坂本少佐に残された時間は僅か1年でしかない。

 

(……っ何を弱気になっているんだ!

 せめて宮藤が、あの宮藤博士の娘が一人前になるまで私は辞めるわけにはいかない!)

 

父親が既にこの世にいないことを知り、

泣き崩れ、そして真っ直ぐな瞳で戦場に立つことを決意した彼女、

宮藤芳佳をウィッチとして育て、導いていかなければいけない。

 

そして坂本少佐は呟いた。

 

「宮藤、私がウィッチとして寿命を迎えるその日までお前を守ろう。

 例え私がシールドが張れなくなり、わが身を犠牲にしても――――私はお前を守る」

 

自分以外誰もいない部屋で、坂本少佐は静かに決意を固めた。 

空は変わらず蒼く、夏の日差しが変わらぬある昼のことであった。

 

 

 

※  ※  ※

 

 

 

ダン!やタン!ではなくズドン!

と腹まで響くようなひときわ大きな発砲音が蒼い海と空に轟く。

そして、立ち上る硝煙の香りが鼻を刺激させた刹那、双眼鏡越しに捉えていた目標に穴が開いた。

 

「命中、見事だリーネ」

 

距離は約800メートル。

目標の大きさは1メートル四方のもので、

これだけ離れていると、肉眼ではまったく見えない。

 

しかもだ、リーネが使用している銃器はボーイズ対戦車ライフル。

全長1.5メートル、重量は16キロと重たいことこの上ない代物で、

対戦車ライフルであるため、もしも人間に当たれば胴体が2つに割れること間違いないであろう。

なお、55口径(13.9ミリ)ゆえに反動も大きいが魔法力のおかげで伏射状態でバイポッドを立てずに撃てる。

 

「リネットさんすっごーい!あんな遠くの的を当てるなんて!」

 

隣にいる宮藤が率直な感想を述べる。

精々300メートル前後で射撃訓練を受けている彼女からすれば、

リーネのやり遂げたことは凄いことなのだろう、しかし。

 

「そんなこと、ないです」

 

リーネの反応は悪かった。

照れるより卑屈ゆえにしゅん、と獣耳と尻尾が下がった。

 

いつもならその可愛らしさと属性と相俟って

「ゴツイ銃器と美少女、しかも獣耳付きなんて萌えるなぁ!後でモフらせろ!」

と内心でワクテカするのだが……はぁ、やっぱりリーネのメンタルはあまり良くないないみたいだ。

 

「自虐する必要はないぞリーネ。

 その距離で当てるとなると流石のわたしでも難しいからな」

 

「そうだよ!リネットさん!私なんて今でも全然当たらないし!」

 

「……そう、ですか」

 

わたしと宮藤の2人が褒めるが本人は生返事である。

 

…まあ、仕方がないと言えば仕方がない。

訓練校から行き成り精鋭部隊へ配属され周囲に気圧され、

挙句自分より後から入った新人、宮藤芳佳は巨大なシールドを張って『赤城』を守り、

訓練初日からいきなり単独飛行に成功させたのだからこれで劣等感を刺激されないほうがおかしい。

【原作】でも、

 

「訓練もなしに行き成り飛べた宮藤さんとは違うの!」

 

と言った様に今わたしの横にいるこの主人公は元からチートで、

おまけに飲み込みが異様に早い、つまり確かにへっぽこな所があるが、それを改善させる力がやたらと高いのだ。

 

指揮官として即戦力として非常にありがたい人材であるが、

彼女らの仲間、戦友として考えると、特にリーネの心情を思うと実に難しいものだ。

 

「次、撃ちます」

 

と、そこまで考えたところで、

リーネがボルトを操作して空薬きょうを排出。

ピタリと頬を銃床につけて、すっと息を吸い全身の神経を集中させる。

何人も寄せ付けないその真剣な姿勢に、見ている宮藤が緊張する。

 

そして引き金に指をかけ、

余分な力を入れずに引き発砲。

腹の底まで響く強烈な音と白い硝煙が舞った。

 

「命中、ふむ、真ん中か。いいぞ」

 

成績は悪くない。

リーネの固有魔法『射撃強化』

で、弾丸に多くの魔力を帯びさせ、威力、

貫通力、有効射程を大幅に強化させているため、

むしろ良いほうで、射撃徽章を与えても良いくらいだ。

 

だが、問題はこれまで実戦でその実績を発揮できていないことである。

 

あれ以来色々アプローチを仕掛けてみたが全然駄目であった。

わたしはリーネより第一に年上であるし、上官でしかも軍人としてキャリアは遥かに長い。

向こうからすればいくらこちらからアプローチを仕掛けても気が引けてしまう。

 

同い年ならペリーヌ、エイラがいるが、

ペリーヌは階級が中尉である上に彼女自身ツンツンしている性格な上に、坂本少佐一筋である。

エイラもエイラで一応結構フォローしていたりするが、こちらはサーニャ一筋だ。

おまけに同じ階級の軍曹は宮藤以外いないと来た。

 

「……どうすればいいのやら」

 

なんというか、部下の扱いに悩む上司の気分だ。

ミーナは最悪戦死する前にリーネを部隊から外すことも検討しているが、

こうして悩まなく済むのならそれは恐らくベストな選択であろう。

 

しかし、彼女の性格のことだ。

もしもここから離れればリーネの自尊心が完全に折れる恐れがあり、

【原作】が成立しない云々よりも、今後の彼女の人生を思うと良心が痛む。

そして、その点についてはミーナ、坂本少佐でも一致した意見で頭を悩ましている。

 

だが、わたしは知っている。

彼女が変われる機会が間もなく訪れることに。

 

これまでのネウロイの習性を照らし合わせれば【原作】であった、

ネウロイが襲来し、リーネと宮藤が親友となるイベントが起こるであろう。

 

しかし、他者頼り。

それもよりにもよってネウロイ頼みとは、歯がゆい。

また前に『赤城』がネウロイの残骸で撃沈される寸前であったように、

【原作】知識は絶対ではなく、一瞬の油断が即座に死に繋がりかねない。

 

やれやれ、世の中うまくいかないことばかりだ……ん?

 

「ふぉ……!!」

 

横にいる宮藤が何か奇妙な声を出したので、思わず首を横に向ける。

わたしが見ていることにも気づかず、彼女はある一点をガン見していた。

 

わたしも視線を彼女の先に合わせ――――納得した。

リーネのたわわに実った横乳が撃つたびに揺れていたのである。

しかも地面にうつ伏せ状態であるから胸部装甲が地面で潰れてさらに大きく見えていた。

どうやらこの主人公の嗜好に【原作】と変わりがないようだ。

 

……というか、よく見つけたな、おい。

こっちはさっきまでシリアスにリーネの事で考えていたのに、なんだか気が抜けた気がする。

よし、そろそろリーネが全弾を撃ち尽くすし、気分転換もかねて休憩でもするか。

 

「命中だ、よしこれより休憩に入る!」

 

リーネとミーナと話ながらまた考えよう。

 

 

 



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第6話「前夜」

感想返しが苦手だ(汗)


日はあっという間に過ぎてゆく。

坂本少佐の飛行訓練から始まりそこにバルクホルンも加わり、

毎日訓練漬けの日々の中、夜の滑走路の隅で宮藤芳佳が呟いた。

 

「はぁ~~疲れた……」

 

いくら治癒魔法のおかげである程度筋肉の痛みは抑えられるが、

それでも体内に溜まった疲労は抜けていなかった。

 

というのも、

第501統合戦闘航空団に入隊して以来、

朝から夕方までひたすら体を動かして訓練、帰れば直ぐに寝て、

翌朝にはまた夕方まで訓練で、ぼんやりと学校に行っていた日々とはわけが違うからだ。

 

そして、

遠い異郷の地、しかも軍隊という組織に入ったため、

時折故郷の地にいる友人や家族のことを思い出し、寂しい感情が湧き上がることもある。

 

だが、

 

(うん、でも疲れたけど、

 こんなに頑張ろうと思ったのは初めてかも)

 

芳佳の感情は前向きであった。

今まで彼女は実家の家業をただ何となく継ぐことを考え、

日々を過ごすだけに過ぎなかったが、坂本少佐に連れられて欧州に来てから変わった。

 

元々、自分に出来ることはないか?

そう考えてきたが、それがあまり分からなかった。

だが『赤城』を守ってから、宮藤はようやく進むべき道が見つかった。

 

ウィッチになり、みんなを守るという道を。

 

(ペリーヌさんは足手まといと言っていたし、もっともっと頑張らなくちゃ!)

 

夕方、リネットと芳佳の2人は滑走路で疲労で仲良く倒れたさい、

そんな様子を見たペリーヌ・クロステルマンがこの程度で倒れていてはここにいられない。

ここは即戦力だけが必要とされる、等と話した。

 

芳佳はその言葉に傷ついたが、

だからこそ、ここで諦めるわけにはいかない。

むしろ自分には成長の余地があると前向きに捉えていた。

 

「よし、」

 

両拳を握り、決意を新たにする。

そして、ふと背後から気配を感じる。

思わず芳佳が振り返るがその先には、

 

「宮藤さん?」

「リネットさん?」

 

リネット・ビショップがいた。

 

 

 

※  ※  ※

 

 

 

そろそろ滑走路で宮藤とリーネの会話イベントが始まるかなー、

と考えて最近夜間外にうろついているわたしだ。

たが、それが何時なのか分からないので今日まで空振りに終わっている。

 

そのかわりに夜間哨戒任務のサーニャと話したり、

格納庫の天井が寝所のルッキーニと遊んだりして幾日かの夜を過ごした。

 

「ん……」

 

夜の少し冷えた潮風が心地よい。

今日も滑走路の端に2人がいるかどうか確認しに行く。

 

ふと、横から足音が聞こえた。

もしかすると宮藤、リーネの2人かと思い、首を横に回したが意外な人物がいた。

 

「トゥルーデ?」

「バルクホルン?」

「ミーナ、それに少佐?」

 

だが、ミーナと坂本少佐であった。

というか坂本少佐がどうしてここに?

【原作】ではミーナが宮藤とリーネの会話を聞いて、

宮藤にリーネの事情を説明したが、そのさいに坂本少佐はいなかった。

 

む?

 

「腕……」

 

なんか腕組んでますね、お二方。

しかもしっかり手も握っていますし。

 

確かにミーナは【原作】でももっさんへやたらと気にかけていた。

現在三次元で彼女らを見ているわたしの視点から見ても今まで妙に仲が良かったし。

 

まさか、まさかと思うが、本当にミーナは百合推進派だったとは……。

そしてわたしが、キマシタワーが建造された瞬間を目撃する日が来るなんて。

 

「ミーナ、その、なんだ?おめでとう」

「トゥっ…バルクホルン大尉、こ、これは違うの!!」

 

あたわたとし出すミーナ。

どんな戦場でも冷静な判断力を失うことがなかったミーナが、

こんなに慌てる姿を見たのは、もしかすると初めてかもしれない。

 

「安心しろ、ミーナ。このことは誰にも言わないから」

「あ、あああ。だ、だからち、違う……」

 

否定するミーナを生暖かい眼で見て、

「分かっている」と言わんばかりに頷いて見せると、

あうあう、とただ口をパクパクさせた。

 

「ミーナを弄るのはその辺にしておけ、バルクホルン」

 

もっと弄りたい、

そんな欲求が出た矢先に坂本少佐が止めた。

 

「ミーナとこうして手を繋いでいるのは、潮風で寒そうだったから温めていたんだ」

 

これ以上ないドヤ顔で坂本少佐もとい、もっさんが言い放った。

なお、ミーナとは手を繋いだままでむしろ誇らしげにこちらに見せ付けていた。

確かにそういうシチュエーションは創作物によく見かけるものだけど、それを躊躇なく実行する少佐はやはり大物だ…。

そうした度胸についてヘタレなエイラは見習うべきだと思う、けど無自覚なのがあれだけど。

 

「まあ、むしろ刀を握っているから豆ばかりの私のよりもミーナの方が柔らかくて暖かいけどな!」

「~~~~~っっっ!!!」

 

そして、

無自覚ジゴロ発言と同時にHAHAHAと大笑するもっさん。

一方のミーナといえば、顔がリンゴのように真っ赤であった。

 

……駄目だこのジゴロ侍、早く何とかしないと。

 

「おや、あれは宮藤、それにリーネか?」

 

少佐が視線をわたしの後ろの遥か先に動いた。

釣られてわたしは振り返ると滑走路の端に人影があった。

 

二人は並んで座っており、何か話しているようだ。

やがてリーネの方が何かを叫ぶと、立ち上がり格納庫へと走って行った。

話した内容こそ聞こえなかったどう見ても、物別れに終わったような雰囲気であった。

 

「リネットさん……」

 

ミーナが心配そうに呟き、

坂本少佐、わたしの順で口を開いた。

 

「参ったな、リーネの優しさが気弱になっているようだ」

 

「そうね、弱いことは悪くない。

 むしろ時には臆病さが慎重さへと繋がることがあるわ」

 

「確かに、今でも訓練ではむしろ宮藤より上だし、

 座学は士官学校に受験できる程度はあるから、リーネは出来ることに違いないのだが」

 

何度かの実戦でリーネの教育も兼ねて彼女とペアを組んだことがある。

大抵緊張で途中でバテるか、墜落するか、参加しても碌に戦えないパターンであった。

しかし、訓練では相変わらず魔力をもてあまし気味な宮藤と違い、安定して飛ぶことができる。

 

たまにする座学でも宮藤が四苦八苦する一方で、スラスラと答えを出せた。

ためしに士官クラスの戦術指揮に関する問題を出したら、キチンと解答することができた。

 

少なくとも訓練校では出されなかった問題を出したが、

どうやら、そもそも訓練校に入る前に親戚の軍人を家庭教師として色々教えてもらったらしい。

 

考えてみればリーネの家、ビショップ家は代々ウィッチを輩出したブリタニアの名家だ。

ウィッチが社会に求められた役目は護国の戦乙女、そんなのが代々続くとなれば自然と親戚に軍人はいるし、

軍隊に入る前から軍人としてある程度教育されるわけである。

 

そういえば、ユンカーのゴトフリードの兄さんもそんな感じだった。

今は『グロースカールスラント師団』に配属されたと聞いたけど、どうしているだろうか?

 

「射撃の腕も悪くないし、

 後は如何にしてリネットさんに自信を持たせるかが問題ね」

 

「ミーナ、言うのは簡単だがそれは難しいぞ。

 私も未熟だった時代は自分に自信が持てず、

 実戦で自分の力を証明してようやく自信が持てたくらいだからな」

 

ミーナ、坂本少佐がリーネを論評する。

だが、わたしはリーネが今後改善されることを知っている。

 

そして、これから何が起こり、この世界の未来とわたし達がどうなるかも。

幸いなことに、【原作】は某バッドエンド製造機が脚本を書いたわけでないので、

努力、友情、萌え、パンツで構成されるこの物語はいつか幸福な未来へと収束してゆくだろう。

 

しかし、同時にわたしは知っている。

これは戦争、それも基本人類側が不利な戦争だから多くの地獄があることを。

ネウロイの瘴気で全滅した避難民の隊列、家族や国を守るために殿となって玉砕した部隊。

わたしはその情景と一人一人の顔を忘れることができない。否、忘れてはいけない。

 

かつて【原作知識】という結論を知っていたので楽観視していた。

しかし、その結論が出される過程でどうなるかこの数年で分かった。

【原作】なんて少しの差異であっという間に変わることは『赤城』の件で分かっている。

わたしが介入したせいであそこまで変化するとなると、今後もさらに変化してゆくだろう。

 

次のネウロイ襲撃。

すなわち【原作】イベントは今日宮藤とリネットの会話イベントで解禁された。

既存の情報分析でも、数日以内にネウロイが襲撃してくることは確定済みであり、

間違いなく明日にはネウロイが襲撃してくるだろう。

 

【原作】ではミーナ、エイラを除くベテラン勢のわたし達が囮に引っかかり、

ミーナ、エイラの2人で基地を攻撃してきたネウロイを追撃するが、ネウロイは加速し振り切る。

 

最終的に宮藤、リーネの2人だけが頼りになるに至り、

宮藤が魔法力が安定しないリーネのために肩車し、さらにリーネが「敵が初弾を避けた後、避けた位置未来を推測して撃つ

事をその場で思いつき、共同でネウロイを撃破、これにより彼女は自分に自信を持ち、主人公と親友となる。

 

もしも明日が【原作】通りならこのような流れとなる。

だが、万が一に備えて幾つか打てる限りの布石を打っておいた。

まずはリーネがもしも志願して出撃をしなかった場合に備え、

最悪の際は、宮藤、リーネを出撃させるようミーナに提案した。

 

2人ともまだまだ訓練が必要で、

さらにはリーネのメンタルの不安などからミーナはかなり難色を示した。

が、ミーナも軍人ゆえに最悪の場合、という但し書きつきであるが2人をつれてゆく覚悟は決めた。

なおサーニャは時間帯的に夜間哨戒を終えたばかりのため、魔法力を消耗しているために戦力としてカウントできない。

 

次に少数ながら基地に配備されている高射砲部隊の訓練をネウロイが来るであろう時間帯とあわせた。

通常の対空火器では正直焼け石に水であるが、もしも宮藤、リーネが突破された後の最終防衛ラインとする。

 

他に近隣の部隊に応援を要請することも考えたが、残念ながら管轄圏の関係上それはできなかった。

さらに増援のウィッチを501に寄越すように頼むことも、リーネ、宮藤が来たからそれも出来ない。

始めから囮と分かっているネウロイに割く戦力を減らすことも、それが囮である証拠が今はないためできない。

 

このように、わたしに出来ることは限られている。

オリジナルのバルクホルンに負けないように今日までネウロイを叩き落とし、

エースの仲間入りを果たしたが、戦争そのものに個人で対抗するのは困難だ。

 

けど、だからと言ってそこで諦めてしまえばそこまでだ。

わたし個人の努力が平和な世界を約束するものではないが、そうなる確率を上げることは出来るはずだ。

そして、この世界の鍵を握っていると過言ではない主人公である宮藤芳佳を守ることはわたしの使命である。

 

「どうしたものだか……バルクホルンはどう思う?」

 

坂本少佐が話を振ってきた。

 

「何もしなければ何も生まれない。

 しかし、何かをすればその成果が実るとは限らないけど、

 何かが生まれる確率は出るはず――――リーネには今までどおり接するべきです、少佐」

 

「ああそうだな、いい言葉だ。

 その通りだ、案外焦りすぎたかもしれないな」

 

わたしの言葉にウンウンと頷く少佐、

そしてミーナは少し考える素振りを見せた。

 

だが、その時間がない。

その事実をわたしは知っていた。

打てるだけの手は打った、後はその日の運に任せるほかない。

 

不安に怯えつつも人事を尽くして天命を待つ、

残るわたしに出来ることはただそれだけで、後は2人を信じるしかない。

特に宮藤芳佳、彼女の動きでまた大きく状況が動くだろう。

 

「神頼みならぬ主人公頼みか」

 

ミーナと坂本少佐に聞こえないようにポツリと呟いた。

 

 



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第7話「そして来る」

感想返しは後ほど、今日は寝ます


 

部屋に駆け込む。

真夜中にも関わらず慌しくドアを閉める。

荒い息を整えリネット・ビショップはドアにもたれ掛かるとため息をついた。

 

「はぁ……」

 

いつだろうかと回想する。

姉にあこがれて魔女として軍に志願したのは。

 

そうだ、バトル・オブ・ブリタニア。欧州最後の防波堤としてブリタニア連邦の孤独な戦いが始まった時だ。

欧州大陸と同じくネウロイに明日にでも蹂躙されるかもと日々不安な生活、空襲警報に怯え防空壕に隠れる日常。

 

灯火統制のため街は光を失い、物資は配給制へと移行。

身の回りの鉄は軍に供給され、周囲はカーキー色の兵士ばかり行きかう首都ロンドン。

 

そんな中、自分はただじっとしていることしかできなかった。

いつも周りの人間はリネット・ビショップを優しいとか、いい子とか評価するのを知っている。

 

でも今思えばあの時から、

心の奥底で自分は臆病で引っ込み思案、

常に自信が持てないちっぽけな存在だと知っていたのかもしれない。

 

自己嫌悪、けど変わろうとせず。

周囲に『いい子』として評価されていることに甘え、変わることを拒んだ。

ただ、当たり前に良家の子女らしく大人しい子として一生を終える事以外見ようともしなかった。

 

変化したのは姉が天空を自由に飛ぶ姿を見てからだ。

 

家族は魔女の一族として有名で、

母親は第一次ネウロイ大戦で活躍した有名な魔女であったのは知っていた。

しかし空を飛ぶところは見たことがなく、どんなものか知らなかった。

 

姉のあの姿は羨ましかった。

 

まるで天使。

あるいは鳥のごとく空を駆ける。

どこまでも、どこまでも高く舞い上がる。

 

ウィッチになりたい。

 

初めてだった。

大人の言う事にただ従っているのでなく、

目標を持って成りたい自分に成りたいと願ったことが。

 

それからほどなくしてウィッチの訓練学校に進んだ。

学校生活は軍人になることが前提だったから規律と祖国への忠誠が特に叩きこまれた。

厳しい罰則に厳しい訓練、辛い日々であったが心は満たされていた。

 

自分から選んだ選択なら何だって耐えて見せる。

 

何かに変われる自分を信じた。

何かに変わろうとしていた。

 

訓練学校を卒業して、すぐにここ第501統合戦闘航空団へと配属が決定。

ブリタニアの戦いが火蓋を切った当初から各国のエースを集めた精鋭部隊として有名で聞いた時はしばし驚愕。

顔見知りから祝いの言葉と案ずる声、どれも聞こえない。

自分の実力が認められた嬉しさのあまり何も聞こえなかった。

 

それが、自惚れだと理解するまで、そう時間は掛らなかった。

 

名だたるエース達の圧倒的な実力、存在。

比べるのも馬鹿らしいほど両者には溝があるとしか言わざるを得ない。

何より致命的だったのは、実戦では訓練で習った事がまったくできなかったことだ。

 

飛行中幾度も緊張、委縮、プレッシャーでバランスを崩し掩機の足を引っ張る。

何もない場所に銃を誤って撃つ、など等散々であった。

 

「心配するな、初めはそんなものだ」

 

帰還後落ち込む自分にバルクホルン大尉がそう言った。

毎回私が失敗すれば自分を心配してくれたのが逆に辛かった。

 

悔しかった。

けど、どうしようもない。

私はこの程度なのかもしれない、

そして扶桑から彼女――――宮藤芳佳が現れた。

 

彼女の才能は素晴らしいものだった。

通常なら数ヶ月の訓練が必要にも関わらず訓練もなしに空を飛んだ。

高い魔法力、そして日を重ねるごとに伸びてゆく才能、リネットにとって何もかもが妬ましかった。

 

しかし、

 

「けど、宮藤さんは私より頑張っている」

 

リネットが思い出すように呟く。

たしかに彼女には素晴らしい才能を有している。

が、それで才能に胡坐をかかずに毎日努力を重ねていた。

 

訓練ではスパルタ教育を施す坂本少佐に常に全力で取り組み、

空いた時間には座学の勉強をして、周囲に言われなくても掃除洗濯炊事。

と人一倍動き回っている事実がリネットが芳佳に嫉妬しつつも憎むことは出来なかった。

 

時折見せるヘッポコなところ。

そして何時も明るく向日葵のような笑顔を絶やさない彼女は、

同じ新入りということもあり、周囲の歴戦のウィッチと比較すればどこか親近感が沸く。

 

しかし、それでも宮藤芳佳には嫉妬してしまう。

だが同時に彼女の努力する姿勢と、親しみの感情が彼女を憎めず、リネットの心をかき乱す。

 

(もしも、宮藤さんがあらゆる点で完璧なウィッチだったら、

 私はきっとこんな事を考えずただ宮藤さんを憎むだけで済んだかもしれない)

 

そうすれば、こんなに悩む必要はなかった。

あるいは、「だから仕方がない」と自分の心に諦めがついただろう。

 

「……っ、そんなの駄目!」

 

リネットは自分の黒い感情に気づき叫んだ。

 

「はぁ……」

 

再度自己嫌悪を含んだため息を吐く。

フラフラとした足取りで布団に潜り込み、

何かに逃れるように体を丸め、眼を固く瞑る。

 

(明日も訓練だけど、このまま――――)

 

このまま明日が来なくなり、この時間が続けばいいのに。

 

そんな思いに浸り、しばらくじっとしていたが、

やがて睡魔の侵攻に敵わず、リネットの意識は閉じられた。

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

早朝、太陽が昇り徐々に眩しい朝日が海と基地を照らす。

まだ鶏と夜間哨戒から帰ったばかりのサーニャぐらいしか起きていない時間帯であったが、

鳴り響く警報のサイレンで強制的に起床され、口々に言葉を発しながら動き出した。

 

(最近不規則になっているけど今回は予想の範囲内ね)

 

基地全体が慌しい雰囲気の中、

ネウロイ襲来の報告を受けたミーナの第一感想であった。

 

欧州大陸よりネウロイ襲来、この報告は別に珍しくもなんともない。

欧州が陥落して以来、欧州圏では島国であるブリタニアが最後の防波堤としての役割を担っている。

 

ネウロイは海や河といった地形に弱く、空を飛ぶタイプを除けば進行は限られる。

だから大抵わざわざ海を渡ってでも来るのは単騎で大型のものか、少数の編隊を組んだ小型と相場は決まっている。

最短距離を目指すならドーバー海峡を渡らざるを得ず、その時は自分たちの出番だ。

 

(でも、なぜかしら。いやな予感がするわね)

 

珈琲を急いで胃に注ぎながら考える。

総司令部から送られてきた情報によれば、

「大型ネウロイ、1ガ接近中」と一見すると何とでもないが、

問題はその航路である、見事にここ第501統合戦闘航空団を通過するルートであった。

 

「いつもの航路はロンドンなのに、ここ最近の不規則性といいネウロイに変化が?」

 

ネウロイは金属を取り込む習性から、

多くの金属を有する都市や工場地帯へ好んでやってくる。

そのため距離的な問題もありロンドンはよく狙われる場所である。

 

無論ロンドンへの航路とは別に中小の都市や村を通過するルートを通ることもあるが、

大抵ブリタニアに近づく前に501を筆頭にブリタニアのウィッチ部隊が迎撃、そして撃破している。

 

「ミーナ、ネウロイはどうなっている?」

 

執務室に坂本少佐が駆け込んできた。

かなり急いで来たようで後ろに纏めた黒い髪がやや乱れている。

しかし、汗ひとつさえかいていない様子を見ると流石ね、とミーナは思った。

 

「大型ネウロイ1、航路は東から真っ直ぐこちらへ向かっているものよ」

「真っ直ぐこちらにか?珍しいな」

 

坂本少佐が懐疑的に呟く。

しかし、直ぐに表情を引き締め言葉を続けた。

 

「編成はどうする?」

 

「そうね、今回はトゥルーデとエーリカが前衛。

 シャーリーさんとルッキーニが後衛――――そして美緒、

 いいえ坂本少佐はその指揮を執り、直援にはペリーヌさんを配置します」

 

「後は?」

 

「私とエイラさん、サーニャさんは予備として待機。

 宮藤さん、リネットさんも同じく基地で待機してもらいます」

 

ミーナの上官としての命令を一通り聞き終えた後、坂本少佐が口を開いた。

 

「やはり、あの2人はまだ出せないか」

「ええ、流石にまだまだ早いし」

 

2人とは宮藤芳佳、リネット・ビショップのことである。

宮藤芳佳はその膨大な魔法力と、高い学習能力で日々成長を遂げているが、

ついこの間まで民間人でウィッチとしての訓練が不足しており、危ういところがある。

 

対してリネット・ビショップは訓練校から来たとはいえ、

メンタルが不安で、またこれまで散々ネウロイと戦ってきた者からすればまだまだお荷物だ。

 

「バルクホルンは最悪の事態には2人を出撃させる事も考えるべき、と言っていたが出来ればなりたくないものだ」

 

「そうね、軍人ならたとえどんな状況でも命令に従うもの、それがどんなに未熟であっても。

 私は出来ればあの2人を出したくないけど、トゥルーデに言われなくても最悪の際にはあの2人を出撃させるわ」

 

坂本少佐が頷く。

いつか芳佳、リーネの2人は実戦に投入せねばならない日が来る。

しかし、それは可能ならば先の話であってほしい。

それはミーナ、坂本少佐の一致した意見であった。

 

「わかった、なら私はバルクホルンと打ち合わせをしてからブリーフィングルームに行って来る。詳しい話は後で」

「ええ、分かったわ。行ってらっしゃい」

 

そして、言い終えて間を空ける暇も無く坂本少佐は踵を返し部屋を後にした。

一人執務室に残されたミーナもまた直ぐに移動するため、飲み終えていない珈琲を香りを堪能する余裕も無く口にする。

一口で飲み終え、必要な書類を手にして立ち上がりこれから移動するさい、ミーナはふと悪寒を感じ取った。

反射的に振り返ったが当然誰もいなく、あるのは執務机と背後の窓だけだ。

 

「杞憂、ならいいのだけど……」

 

不安と共に窓の向こうの蒼い空を見上げる。

しかし、いつもと変わりが無い空はミーナの不安を和らげなかった。

 

 

 

※  ※  ※

 

 

 

 

少々暑いが、いい天気だ。

故郷ならこんなに晴れた日はめったにないから特にいい。

そうぼんやりとエイラ・イルマタル・ユーティライネンは思った。

故郷のスオムスは北極圏に近く、こうした太陽の恵みは何よりも貴重でありがたい。

 

「ふぁ……」

 

そのせいか朝も早いこともあり欠伸が漏れる。

顔が動いたため自慢の長い銀髪が泳ぎ、揺られ太陽の光に反射する。

 

『不思議っ子というより思考が男子中学生』と、

どこぞの大尉が評したが今の彼女は朝日に反射した銀髪が輝き、

ウィッチゆえに整った顔と白人から見ても白すぎる肌が合わさりその美しさが強調されていた。

 

エイラは気づいていないが、

そのせいか普段のミステリアスな雰囲気と合わさって周囲から注目を浴びている。

近くに座っていた芳佳は扶桑では見られないガイジンさんの容姿と合わさって思わず見惚れていたほどだ。

 

が、エイラは思う、

 

(暇だ……)

 

もう直ぐ作戦会議だから部屋に戻ることもできない。

サーニャは夜間哨戒から戻ったばかりだから部屋で寝ているし。

などと酷く現実的な問題に思考を働かせ、ただぼんやりとしているだけであった。

 

しかし、実戦を前にしてここまでリラックスできるのエイラもやはり常人の枠では納まらないだろう。

現に傍で座っている宮藤芳佳、リネット・ビショップの2人は見るからに緊張している。

 

(リーネは緊張しすぎなんだよな~、もうちょっとゆとりがあればいいのに)

 

常にマイペースなスオムスのエースはそんな2人について内心で呟く、

通常、新兵を使い物にするには最低3カ月は掛ると言われている。

対して芳佳やリーネが受ける訓練は明らかにすぐにでも実戦に出す勢いだ。

 

(まあ、最前線だから仕方がないけど)

 

することもなく、ぼうっと周囲の様子を観察する。

シャーリーとルッキーニは相変わらずじゃれ合い実に騒がしい。

エーリカは腕を枕に爆睡状態で、ペリーヌは眼を硬く瞑り手を妙な形で固定させていた。

ミーナ、坂本少佐、バルクホルン、サーニャの4人を除けば全員思い思いに緊張の時を過ごしていた。

 

(……あれって確か以前少佐がペリーヌに言っていた「ザゼン」とかいうやつか?)

 

扶桑に行く前に精神鍛錬として坂本少佐がしていたものだ、

異文化への興味から、ためしにみんなでやってみたがなかなかうまく行かなかったのが実に懐かしい。

 

少佐が扶桑に行ってからブームが過ぎ去ったように忘れていたが、

未だしているペリーヌの坂本少佐への妄信振りに呆れるような思いをエイラは抱いた。

 

「…ん?」

 

しばらくそんな風に集中しているペリーヌを眺めていたエイラが、

何気なくポケットに手を入れた際に掴んだ物を認識した瞬間、子供のような悪戯心が沸いて出た。

 

「えい」

 

ポケットから取り出した物体

――――消しゴムの欠片は緩やかな曲線の軌道を描き、見事にペリーヌの頭に命中した。

だが、ペリーヌは反応しない、むしろさらに意識を集中させたようであった。

 

(ツンツン眼鏡に反応なしか、だったら反応するまでやってみるのだな!)

 

そしてその対応にむしろエイラの悪戯心に火がついた。

が、今まさに消しゴムを投擲しようとした刹那、

 

「何をやっているんだ?」

「ひゃん!?」

 

エイラは背後から胸を揉まれ奇声を出した。

他人の胸を揉むのは好きだが揉まれるのには慣れていなかったため、

このへたれな北欧少女は無駄に心臓を鼓動させ、セクハラ犯を確認すべく振り返った。

 

「他人の胸を揉むのはいいが、

 揉まれることにも慣れておくことをお勧めしておこう。

 ああ、後これはこの前胸を揉んできたお返しだ、いい経験になっただろ?」

 

「ルッキーニじゃなくて、た、大尉かよ!?」

 

ゲルトルート・バルクホルンが口元に笑みを浮かべて立っていた。

 

「感度も柔らかさもよし、

 今後の成長が楽しみ――――と感想を述べておこう」

 

「うっさい!人の胸を論評するなよ!」

 

これ以上ないどや顔で自分の胸を評価され、

エイラは腕を交差させ胸を隠すようにして白い肌が恥ずかしさで少し赤らめる。

 

(くそう、ハルトマン中尉以上に大尉は苦手だ。カールスラント軍人のクセに人を弄るのを楽しみやがって)

 

続けてエイラは思う、

周囲の人間は自分との付き合い方があまり分かっていないようであるが、

どうもバルクホルンは自分の弱点を悉く突くかのように、あしらい方を熟知している。

これ以上弄られるのを避けるべく、次に口にする単語を選択していたがどうもその必要はなくなった。

 

「はいはい、じゃれ合いはそこまでよ」

 

ミーナがそんな2人を優しい眼で見つつ、遊びを終えるように言った。

背後にいる坂本少佐は「やれやれ」と、言いつつも微笑ましげに見ていた。

だが、直ぐに表情を改めるとその空気を察した全員が姿勢を改めミーナに注目した。

 

「敬礼は不要です、早速本日の作戦について説明を行います――――」

 

そして、また一つ【原作】が始まった。

 

 



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第8話「変化」

「衝号抜きの太平洋戦争」の第23話が3月21日に更新しました。
ネタの書き込み45の843に連載しております。
ぜひ見てください。


 

「ネウロイ1が真っ直ぐ、ここ501の基地を目指して進撃しています」

 

ミーナの言葉にやや場がざわめく。

緊張に周囲が走るが顔色を変えないミーナ、

そしてその隣で鞘に入れたままの扶桑刀を床に突き立て屹然と立つ坂本少佐。

2人の様子を見た501の隊員一同の動揺は収まった。

 

「今回は宮藤さん、リネットさんがいるので編成を少し変えます。

 坂本少佐率いる部隊は出撃、私が率いる部隊は予備として基地で待機します。少佐、説明を」

 

「指揮官は私、坂本美緒。前衛はバルクホルンとエーリカ。

 後衛はシャーリーとルッキーニ、ペリーヌが私の直衛に着いてもらう」

 

「私、エイラさん、宮藤さん、リネットさんは待機室で待機します。

 何か質問は――――ないわね、では出撃組は坂本少佐の指揮に従い速やかに出撃してください」

 

一斉に起立、そして敬礼と共に了解!と声が響く。

待機組を置いてゆく形で出撃組は駆け足で格納庫へと走った。

 

「おう、ルッキーニ、ペリーヌ。競争しようぜ!」

「いいよ!シャーリー!」

「…別にわたくしは自分のペースで走りますわ」

 

廊下を駆け抜けつつシャーリーがルッキーニ、

ペリーヌに競争を持ちかけた、ルッキーニは乗り気であるが、

金髪金眼の少女、ペリーヌ・クロステルマンはそんな2人を呆れ気味に答え、拒絶する。

そんな態度に悪戯スイッチが入ったシャーリーは、悪い笑みを浮かべてルッキーニに話しかけた。

 

「ノリが悪いなー残念だぜ。どうやら残念なのは胸だけじゃないようだぜルッキーニ」

「ペリーヌは胸が残念賞だから空気抵抗が無いのにねー、残念だねー」

「な、なんですってええええーー!?」

 

ドヤ顔で自らの胸を揺らしたところで、

ペリーヌの頭の何かが弾け、米神に青筋を立てシャッキーニのコンビを追いかける。

 

対して追いかけられる側は釣れた釣れた、と喜びながら追いかけられる。

そんな風にぎゃあぎゃあ言い争いながら駆け抜けてゆく3人とは違い、エーリカ・ハルトマンは眠たげであった。

 

「あーもう、うるさーい。眠いーお腹すいたー」

 

走りながら大きな欠伸を漏らす。

起きることが極端に弱い彼女からすれば早朝に警報でたたき起こされ、

朝食を食べる暇も無く、こうして走らされることは苦行に等しいものであった。

 

「エーリカは何時もそうだな…これを後で食べろ」

「わぁ、さっすがトゥルーデ!ありがとうー!」

 

そんなエーリカを見て「またか」

と口にしつつも、隣で走っていたバルクホルンが乾パンとチョコレートを差し出した。

 

エーリカは歓喜し戦友であるバルクホルンに感謝の言葉を口にする。

もっとも、バルクホルンの後で食べろという忠告は聞かずに早速乾パンとチョコレートを頬張った。

 

「走りながら食うなんて子供か?」

「ピチピチの16歳の子供だもん!」

「そうだな」

 

エーリカの反応に苦笑交じりバルクホルンは同意を示した。

しかし、エーリカは直後長年の戦友が物思いにふけたため息を吐いた瞬間を見逃さなかった。

 

それが、いつも戦場に行く前の緊張とはまた違うとエーリカは感じた。

直感が戦友が何かを隠している気がして、気付けば口を開いた。

 

「どうしたの、そんな憂鬱そうな顔をして?」

「わかるのか?」

 

眼を見開きバルクホルンが少し驚いたように答える。

 

「もう何年一緒に過ごしているから、

 そのくらいわかるよ、それこそミーナやトゥルーデの生理の周期も分かっているし」

 

「そりゃどうも、最後のは余計だけど」

 

一体いつ知ったのだか、バルクホルンは呟く。

 

「でさ、トゥルーデは何に悩んでいるの?」

 

エーリカが問う。

その問いかけにバルクホルンはやや間を空けてから答えた。

 

「…ネウロイの動きが少し気になってな、」

「ネウロイの動き?確かに直接ここに来るなんて珍しいけど、気になるの?」

 

ネウロイは夜襲や朝駆けこそしてくるが、

意図した戦術戦略は行動は基本とらず、ごくまれに迂回する程度である。

基本は質と量に物を言わせた蹂躙戦で、ブリタニアでの戦いは大型ネウロイが散発的に襲撃する程度だ。

 

「まあ、な。もしかするとこのネウロイは囮でないかと考えたからさ」

「囮?ネウロイが?トゥルーデは心配性だね」

 

そして、今回は毎度標的にされるロンドンではなく、

ここ501の基地を目指している点は確かに珍しいが深く考えることは無い。

というのがエーリカの意見である、なぜならたかが大型ネウロイ1機ならたどり着く前に叩き落すことが可能であるからだ。

 

その言葉に「そうだな、」と再度バルクホルンは口にした。

エーリカは戦友は未だ納得しておらず、戦友の態度から説明できない違和感を感じ取る。

そう、まるで自分だけが未来を知っていると言いたげな態度であった。

 

(私も考えすぎかな?)

 

より正確に言えば考えすぎ、

というよりそれは妄想の類だとエーリカは思った。

確かにゲルトルート・バルクホルンは昔から周囲とは何か違っていたが、それだけだ。

 

仮に戦友が自分とは違う存在であったとしても、

エーリカ・ハルトマンにとってバルクホルンは戦友であることに変わりない。

 

だから、これは考えすぎ。

そして問題などまったくない、それがエーリカ・ハルトマンが出した結論であった。

 

 

 

※  ※  ※

 

 

 

 

5人の少女と共に空を飛んでいる。

魔法力の保護があるとはいえ高度が高いためやや肌寒く、昇りたての朝日が眩しい。

 

時刻が約6時半と早めの時間ということもあるが、

出撃前にペリーヌと騒いで疲れたルッキーニ、朝が弱いエーリカなどは欠伸や眼を擦るなど睡魔と格闘している。

 

「……どう考えても妙だ」

 

現在坂本少佐の指揮下でネウロイに向かっており、その編成は【原作】と変わらない。

変わっている点といえば宮藤芳佳、リネット・ビショップの2人が始めから待機することになった点だ。

これは、わたしがいざと言う時には2人を出撃することを強く主張した影響である。

 

そこまではいい。

しかし、問題は【原作】では囮であるはずのネウロイの航路が違うことだ。

通常はロンドンを狙って来る航路をネウロイは通るのだが今回は501の基地へ真っ直ぐ向かってきている。

 

このネウロイが囮かもしれないとエーリカに言ったが、

考えすぎと言われたように、周囲を説得可能な材料はなく結果【原作】同様の編成で出撃した。

 

あるいは、もしかすると今自分が向かっているネウロイは囮ではなく、

【原作】では本命であったネウロイが始めからこっちに来ているのかもしれない。

 

だとすれば、見つけ次第即座に撃墜してしまえば何も問題ないが、

問題はそのネウロイは本体から分離、高速で離脱することが可能で取り逃がす危険性がある。

最大速度がどれだけ出るのか分からないが、【原作】のシーンを見ると時速800キロは出ていた気がする。

 

「まずいな。いや、待てよ」

 

となれば、それこそシャーリー位しか追いつけない。

しかし、逆に考えるとミーナ、エイラの2人だけで対応したのとは違い、

ここでは坂本少佐、ペリーヌ、シャーリー、ルッキーニ、わたし、エーリカの6人がいる。

 

加速する前に撃墜すれば問題ない。

そう、ここで撃墜してしまえば何も問題ない。

だから、今は今出来ることに集中しよう。

 

「こちら坂本少佐、間もなくネウロイと接触するはずだから、各隊員は周囲への警戒を怠らないように」

 

インカムから坂本少佐の指示が届くと全員周囲に視線を動かす。

誰も私語を発せず、戦場の緊張した空気がしばらく流れる。

10分ほどだろうか、先頭で魔眼で捜索していた坂本少佐が叫んだ。

 

「見えた!前方11時の方向、高度1500にネウロイだ!」

 

その言葉に釣られ、わたしもその方角に視線を向ける。

――――たしかにいた、【原作】では本命であったネウロイの姿が。

【原作】から乖離した事実をこの瞬間、わたしは目撃することとなった。

 

くそ、そういうことか!?

 

「前衛のバルクホルン、ハルトマンは突撃しろ、

 後衛のシャーリー、ルッキーニはネウロイ前方に回り込め!」

 

だが、それでやることは変わらない。

坂本少佐の命令が下ると考えるよりも早く体が動いた。

 

魔力をユニットに注ぎ込み全速で降下、

MG151を構え照準にたっぷり収まる距離まで詰めてゆく。

ネウロイは直前になって、ようやくこちらに気付いたが、遅い。

 

わたしとエーリカがネウロイと交差する寸前に息を止め、引き金をゆっくりと引いた

そして、マズルフラッシュに肩に強い反動、発射音の爆音が耳に響いた。

 

MG151は口径が20ミリと大きく、

しかも連装ゆえに反動も酷い物であったが魔力で強化された筋力はしっかりと反動を抑えていた。

 

数発に一発の割合である曳光弾が光のシャワーとなりネウロイの背後に降り注ぐ。

低空、そして奇襲の一撃ゆえに鉛弾のシャワーは数秒しか用意できなかったネウロイに打撃を与えたらしく、金属を引きずったような悲鳴を挙げた

 

さらに再度攻撃態勢に映るべく緩やかに旋回しつつ上昇。

首を後ろに回して様子をみると、シャーリー、ルッキーニが回り込んで逃げ道をふさぎ、

坂本少佐、ペリーヌがネウロイに追従する形で攻撃をしかけており、ネウロイは一方的にボコボコにされている。

 

このままここで撃墜可能か?

一瞬、そんな言葉が頭に思い浮かんだが、

 

『くそ、このネウロイは足が速い!』

 

インカムから少佐の悔しげな音声がもれる。

確かに今はネウロイをうまく叩いているがまだまだ飛んでおり、

しかも、高度が海面ギリギリまで降下したため下方からの攻撃は難しく速度が速いせいで徐々に離されている。

 

「エーリカ!もう一度いくぞ!」

 

このままではいけない。

そう思い、再度ネウロイを叩くべく降下、斜め後方から銃弾を浴びせる。

標的が大きいゆえに面白いように当たるがまだ落ちず、低空のため外れた弾が海面に水柱を作る。

苦手な海水を浴びたせいか、ややよろけるがそれでも飛び続けている。

 

ここまで叩いてもコアはまだ露出しておらず、

それどころか速度はさらに加速しており取り逃がす可能性と、

コアを破壊しない限り再生するため内心で苛立ちと焦りを覚えたが、

ネウロイを通り過ぎて後ろを振り返った瞬間、ネウロイは頭から海面に突っ込んだ。

 

「コアを破壊しないで堕ちた!?」

 

エーリカが驚く。

わたしも一瞬何が起こったのか分からなかったが、これは好機であった。

ネウロイが必死に空に浮かび上がろうとしているが、苦手な海に漬かったせいで海面に浮かぶだけで手一杯だ。

 

『いや、だいぶダメージを受けたから堕ちたのだろう、

 よくやってくれたバルクホルン、エーリカ。よし皆、ネウロイは浮いているだけだ。全員攻撃!』

 

それが合図となり、

身動きが出来ないネウロイにわたし達は容赦なく銃火を浴びせた。

命中するたびに連続して白い結晶のような物が飛び散り、ネウロイが悲鳴を轟かす。

 

そして、一瞬ネウロイから赤い宝石のようなもの、コアが露出。

わたしがコアの存在を認知した瞬間、誰かが放った弾が当たりネウロイは砕け、崩壊した。

懸念事項の実にあっけない最後であった。

 

「これで……」

 

これで終わりだ。

後は新手がこない限り帰るだけだ。

 

『なんだって……っ!』

 

しかし、インカムを抑えた坂本少佐が驚きの声を挙げた。

いやな予感が走る、可能性としては一度考えた可能性が思い浮かぶ。

 

『皆聞いてくれ、基地にネウロイが来ている……ミーナ達が迎撃のため間もなく接敵するようだ』

 

そう、そもそも「囮」はおらず、どちらも本命という可能性を。

【原作】からさらにずれた事をわたしは悟った。

 

 

 



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第9話「変化Ⅱ」

久々の更新、しかし自分でも読んでいてなんだが盛り上がりが欠ける気がする(汗)


 

 

警報が響く。

ネウロイの接近、戦場が向こうからやってきた音だ。

 

怖くて、怖くてたまらない。

頭を押さえて縮こまりたくなる。

じっとその場で眼をつむり嵐が過ぎ去るのを待ち続けたい、そうリネット・ビショップは思った。

 

「低空から接近したから発見が遅れたですって…っ!!」

「うへぇ、本当かんべんしてよなー」

「て、敵ですか!?」

 

待機室に設置してあった電話に応対するミーナ。

ミーナの言葉に対する反応はそれぞれで、エイラは面倒くさそうに反応し、芳佳は見るからに動揺していた。

そして3者の反応を他所にミーナは受話器を置くと、エイラ、芳佳、リネットの3人の方へ向き直る。

 

「坂本少佐の方は全力で向かっているけど……間に合いそうにないわ。

 エイラさん、念のためもう一度聞くけどサーニャさんはやっぱり出られない?」

 

「まぁムリダナ、夜間哨戒で魔力を使い切ってる。

 仮に無理に出撃させても寝不足で墜落しかねないぞ」

 

どこか棒読みな口調で指でバッテンを作りムリダナ(・×・)と呟くエイラ。

エイラの言葉にミーナは表情を曇らせたが、直ぐに軍人としての決断を下した。

 

「……やむを得ないわ、皆行くわよ」

「しょうがないなー、行くぞ宮藤、リーネ」

「は、はい。頑張ります!!」

 

やれやれ、と言いたげに立ち上がるエイラ。

続けて緊張しつつも立ち上がる芳佳であったが。

 

「ん?おいおい、大丈夫かよリーネ?」

「ああ、は、はい!大丈夫です!」

 

リネットだけは違った。

2人続いて立てることが出来ずにいた。

口こそは問題ないと言っているが、青白くなった表情に身体は震えが止まらない。

どう見ても出撃していい状態ではなかった。

 

「……リネットさんは待機ね」

「…………はい」

 

ミーナがそんなリーネを見て、ただ一言だけ言葉を発した。

リネットはミーナに対して申し訳ない気持ちと、自分のこの体たらくに泣きたくなった。

これでは駄目だと頭では理解していても、心と体は付いてゆけていなかった。

 

(どうせ私なんて――――)

 

黒い、鬱屈した感情が心を満たす。

頭を下げ、眼をきつく瞑り何もかもから逃れたい衝動に教われた――――しかし。

 

「リーネさん!」

 

前から声をかけられる。

リネットは顔を上げて声の主の人物を眼に入れる――――宮藤芳佳だ。

 

「あのねリーネさん、一緒に出撃しよう」

 

初めて体験するスクランブルでやや戸惑いを感じつつも芳佳はきっぱりとリネットに言った。

リネットはどうしてそんな言葉が出るのか分からず、同時に迷いが無い芳佳に嫉妬を覚えた。

 

「どうせ、自分なんて足手まといだから何もできません……」

 

「そんなことないよ!

 わたしやリーネさんだってもしかしたら必要とされる時が来るって!」

 

視線を逸らし、リネットは諦めの言葉を口にする。

しかし芳佳が即座にその言葉を否定した。

 

「初めから諦めたら、何もかも終わりだよリーネさん!」

 

迷いが無い、真っ直ぐな瞳で芳佳はリネットに訴えかける。

なぜ宮藤芳佳はここまで自分に構うのか?そんな疑問がリネットの内心で浮かぶと共に。

芳佳に対して嫉妬と怒りといった負の感情の炎が沸きあがった。

 

「さすが宮藤さんですね、訓練もなしにいきなり飛べた人は言う事が違うよね」

 

「そんなこと……」

 

「ほんとっ!!宮藤さんは羨ましいよね!!!

 私が何日も何ヶ月も訓練をしてやっと飛べたのに宮藤さんはそれを無視する。

 おまけにネウロイと戦えたなんて宮藤さんはすごいよね、尊敬しちゃうし羨ましく妬ましいよッ!!!」

 

積りに積もった鬱憤が口から吐き出る。

普段大人しいリネットがこうまで感情を露にしたことにミーナとエイラは驚き、慌てる。

 

だが、負の感情を一身に受けることになった芳佳はその程度で怯まない。

なぜなら彼女は頑固かつ真っすぐで、自分が信ずる道を往く人間であるからだ。

 

「……そうだよ、わたしはリネットさんと違ってすぐに飛べた」

 

一拍

 

「でも、ちゃんと飛べないし魔法はヘタッぴで叱られてばっかりで、銃だって碌に使えない」

 

何を言う、芳佳の言葉にリーネは反感の感情を覚える。

噴きだした鬱憤のせいで今日は口が軽く、また言葉を綴ろうとしたが。

 

「ネウロイとは本当は戦いたくない。

 赤城を守るためにシールドを張った時はすっごく怖かったし今でも怖い。

 でも、それでもわたしはウィッチーズにいたい。だってこれはわたしの意志だから」

 

だから、とリネットが言いかけたところで芳佳の手が震えているのを発見した。

それが寒気とかそういうものではなく、緊張と恐怖によるものなのをリネットは知っていた。

 

その事実を認知した後。

不思議と徐々に腹に溜まった黒い感情が抜けてゆく感触をリーネは感じる。

そして彼女自身が気づかぬ間に宮藤芳佳の言葉に引きこまれてゆく。

 

「わたしが持つ魔法で誰かを救えるのなら、何か出来る事があるならやりたい…………」

 

芳佳がリーネの手を優しく握る。

 

「この力、ウィッチの力でみんなをわたしは守りたい」

「まも、る……」

 

守る。

その単語にリーネは思い出す、姉に続いてウィッチとなった理由を。

 

(――――ああ、そうか)

 

どうして忘れてしまったのか。

姉が羨ましく堪らなかったのはそれだったのだ。

空を飛ぶ姿だけでなく誇りに満ちた姉が眩しくて、自分はウィッチを目指したのだ。

 

「宮藤さん……」

 

手を握り返す。

 

「私は……」

 

緊張とそれでも喉から言葉を絞りだそうとする。

たった一言、それだけにも関わらず踏み出す勇気が出ない。

呼吸が苦しく、緊張で震えが止まらない。

 

「大丈夫」

 

そんなリネットを察した宮藤が言葉を発する。

 

「お互いまだ半人前だけど、わたしたち2人なら一人前だよ」

 

かつてウィッチになると言った姉と同じく。

迷いがなく、眩しく、美しい笑顔を宮藤は浮かべている。

 

リネットは思った。

本当に、かなわない。

宮藤芳佳は本当に強い子なのだと。

しかし、だからっと言ってそれを理由にイジイジ落ち込むわけにはいかない。

彼女はこちらから手を差し伸べて来て断わられることはできない。期待に応えなければいけない。

 

「宮藤さん、わ、わたし出来るかな?」

「できるよリネットさんなら!」

 

緊張でうまく言葉を綴れない。

しかしそれでも今なら前を向いていける。

もう何も怖くないとまでは言えない、けど今度こそ初心を貫きたい、という淡い気持ちが湧く。

そして、リネットは言った。

 

「私も、飛びます!」

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

二条の飛行機雲が蒼穹の空を切り裂いていた。

 

「しっかし、まさかネウロイが分進進撃をするなんて」

「そうだな」

 

ネウロイと交戦からおおよそ15分。

基地にネウロイが向かっているいると報告を受けてから、

先に足が早いわたしとシャーリーの2人で先行して基地に向かっている。

恐らく間に合わないだろうが、それでも向かわざるを得ない。

 

「でもさあ、今後あんな風に対応することになるかな?」

「さあ、な。ただネウロイは常に進化するからそれはありうるかもな」

「うへぇ、勘弁してくれよ~」

 

わたしの答えにシャーリーがぼやく。

そのぼやきは分からなくもない、何せ唯でさえネウロイは数が多いのだ。

人類側はネウロイの単調な動きを読んで戦力を集中して対応してきたが今日のように、

『戦術』のような動きを見せるとなるとその前提が崩れてしまうことになる。

だが、それだけではない。

 

人型ネウロイ。

 

ストライクウィッチーズという物語には【小説の原作】【アニメの原作】がある。

が、どちらも人型ネウロイに関しては物語の中では重要な位置を占める。

この動きも今後の変化の中で注視してゆく必要があるだろう。

 

人型ネウロイの目的は何か?

【小説の原作】では結局ウィッチをまねた「兵器」にすぎないと定義していた。

もしそのままだとすると、ネウロイと人間は永久に分りあえない存在で生存を賭けて戦い続ける以外ないわけだ。

だが、それがまだ決まっていない上にスオムスにこそ姿を見せたらしいが、こちらではそもそも姿を見せていない。

 

私のような転生憑依者は大抵事前知識を生かして良い方向へと行動するものだ。

しかし、たった一人で、数十万人いる軍人の内の新米将校かつ10代そこらの小娘で一体全体何ができる?

 

所詮現実はこんなものだ、憑依や転生して大活躍しても中世ならいざ知らず近代の時代。

100万単位の軍人が動員される戦いでは個人の武勇が戦局をひっくり返すなど夢のまた夢。

精々空戦戦法を小細工程度に工夫、進言するほかない。

 

【原作】の501によるガリア解放は軍事上、本当に本当に奇跡の代物なのだ。

なぜなら、そう簡単にネウロイの巣を11人で破壊できるなら戦争など、39年の内に終わっていた。

 

――――そうすればあの子だって死なずに済んだ。

 

「大丈夫か……大尉?」

「…っと、すまない。気が抜けていた。」

 

いけない、どうやら気が飛んでいたようだ。

今この場には2人しかいないが指揮官失格だな――――む?

 

「大尉、基地だ!」

 

薄っすらとだが、水平線の向こうに501の基地が見えた。

シャーリーが思わず安心するが、やはりというべきか小さな閃光が幾つも見えた。

それが閃曳弾の軌道と発砲炎であることは経験則から推測できる。

 

「あれは!」

 

ああ、分かっている。

そしてこれからすべき事も分かっている。

どこか緩んでいた空気が再び緊張したものに変化しわたしは口を開いた。

 

「いくぞ」

 

そこで私が下すのは至極単純明確。

見敵必殺の精神でただ突っ込むだけであった。

 

 



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第10話「変化Ⅲ」

いい加減衝号抜きを完成させねば・・・


「真正面にネウロイ!」

 

先頭を飛ぶミーナが叫ぶ。

その視線の先には遥か彼方の水平線で水しぶきを上げつつ突き進むネウロイがいた。

 

「エイラさんは私と共に直ちに攻撃に移ってください」

 

了解ーとエイラが解答する。

 

「リネットさん、宮藤さんはここでバックアップをお願いね」

「はい」

「はい!」

 

リネット、芳佳の2人は元気よくミーナの言葉に答えると、空中待機に移った。

バックアップというよりも置き去りのようなものでミーナとエイラの2人は彼女たちを引き離してゆく。

ふとミーナは首を後ろに回し、遠くに離れてゆく部下を見て憂鬱なため息をついた。

 

幼さが目立つまだ14歳の少女達、それとも一人前のウィッチである14歳というべきか。

ミーナはかつてその年に実戦に参加したが、彼女たちが引き金を指にする事態にならないことを内心で祈った。

 

「速い……直ぐに射程距離に入るぞ!」

 

エイラの声に反応し、視線を前に戻す。

たしかに速い、しかも低すぎて下からという攻撃の選択肢が阻まれる。

素人的には一見上から撃ち放題と解釈可能だがネウロイからすれば攻撃される範囲が事前に知られる。

 

おまけに超低空なため墜落すれば直ぐに海面に叩きつけられるだろう。

保護魔法があるので衝撃は緩和するが、それでも御免こうむりたいものである。

 

「攻撃開始!」

 

しかし、そこに逃げるという選択肢はなかった。

ミーナの命令一言で2丁のMGから出た鉄の雨をネウロイに降らせる。

 

例え命中率が低くても理論上数撃てば当たる。

そして彼女たちはエース、ただのネウロイならば瞬殺されるだろう。

 

「速いっ…!!」

 

エイラが驚愕と歯ぎしり混じりに呟く。

相対速度が今まで以上に速く、なかなか当たらないのだ。

そしてミーナは基本戦術である一撃離脱は速度差で無理と判断。

 

代案を考える。

結論、相対速度を零にして張りつく他ない。

 

「後方に張り付きます、わたしに速度を合わせてください!」

「了解!」

 

2つの飛行機雲がカーブ、ネウロイの後方に張り付く。

その間にネウロイからの攻撃はなく、毎度の嫌になる量の光線は見なくて済んだ。

 

ミーナがエイラに無言に合図すると7.92ミリ弾で構成された鉄の暴風が再度出現する。

海面に無数の水柱が立ち、ネウロイはたまらず回避機動をしようとして速度が僅かに下がる。

 

そんな絶好の機会をエース2人は見逃さず多数の命中弾を与えることに成功した。

後部の推進機関と思しき場所と中心部に連続して着弾し、コアが露出する。

 

「コアよ!エイラさん、ここで仕留めます!」

 

エイラが頷くと赤く輝く宝石のようなコアを狙って撃つ。

何発かがコアに命中して、ネウロイから金属を引きずったような悲鳴を挙げる。

 

この時ミーナは勝利を確信した。

なぜなら、このままコアを破壊すればネウロイは崩壊するからだ。

そして、芳佳とリネットが戦場に出さずに済んだことに安心したが。

 

「分離した!?」

 

エイラが驚きの声を上げ、ミーナが息を呑んだ。

まさかトカゲの尻尾切りをネウロイがするなど誰もが想像できなかった。

 

ネウロイが後部を捨てると急激に加速、離脱に移った。

ミーナとエイラは逃がしてたまるかと、切り離した後部を避けてから食らいつくが徐々に離されてゆく。

魔導エンジンにありったけの魔力を注ぎ込み、最大の速度を持ってしてでもである。

 

「っ……なんて速さなの!?」

 

ミーナはその速さにスピード狂のシャーリーが頭に思い浮かぶ。

そして彼女、あるいは最新鋭機材を受けとった、バルクホルンでなければ追いつかないだろう。

けど彼女達はここにはいなく、いるのは自分達2人とネウロイの進行方向上にいる芳佳とリネットだけだ。

 

「宮藤さん、リネットさん、お願い、ネウロイがそちらに向かっているわ……」

 

結局最後に頼りになるのはその2人となってしまった。

ミーナが密かに唇を噛み、内心で己の不甲斐なさを攻め立てる。

 

が、すぐにミーナは頭を振る。

既に戻りようもない過去に執着して状況が変わるのか?

何も変わらないし意味が無いしそれに、とミーナは言葉を綴る。

 

「それに、戦争はいつだってこんなものだったわね」

 

ミーナは一人自虐のセリフを吐いた。

 

 

 

※  ※  ※

 

 

 

『宮藤さん、リーネさん、お願い。ネウロイがそちらに向かっているわ……』

 

ミーナとエイラの戦闘を観戦する形になっていたリネットと芳佳は。

インカムから聞こえたミーナの通信でたちまち観客の座から引きずり降ろされた思いであった。

 

「こっちにくるよ!」

 

芳佳が水平線の向こうを指を指し叫ぶ。

海面を這うように飛んでいるネウロイが米粒大の大きさから徐々に大きくなっている

 

リネットは戦場の緊張と興奮。

そして、芳佳の叫びに釣られてロクに照準に定めぬまま、引き金を引いた。

 

瞬間、腹の底まで響く。

対戦車ライフル独特のひと際大きな発砲音。

だが、当然のことながら明後日の方向へ弾は飛んで行った。

 

「…っ!!」

 

リネットはすっかり馴染んだ動作でボルトハンドルを上げ、手元に引く。

火薬が延焼した熱を保つ薬莢が排出され、硝煙の臭さが鼻につくがそれを意識する間もなく。

 

今度はハンドルを押して薬室を閉鎖。

薬室には新たな13.9ミリ弾がライフルの上部にあるマガジンから薬室へ装填される。

 

もう一度発砲、そしてまた外れる。

今度は最初とは違い狙って撃ったが、自らのホバリングの揺れでライフルの先がブレて弾を外してしまった。

 

その上、訓練の動かぬ的と違い実戦の動く的と独自の緊張感が飛行の集中力を乱す。

リネットは焦りと自らに対する怒りと共に、三度目の正直とばかりに体にしみ込んだ装填の動作を実行。

 

先の2回よりも集中力を高めて、弾道を計算。

飛行魔法と射撃制御の魔法のコントロールがぶつかり、脳内修正を繰り返す。

訓練通りの理想的なコントロールができていなかったけど、三度目の正直とばかりに慌てず焦らずゆっくりトリガーを引く。

 

発砲――――しかし、外れる。

 

「だめ、全然当てられない!!」

 

絶望の心情を吐くようにリネットが叫んだ。

何せ時間はない、もしもここで逃せば文字通り後がない。

 

ここを抜かれればネウロイは慈悲も情けも容赦もなく基地を蹂躙するだろう。

501の基地には着任して短いとはいえ愛着はあるし、なによりも基地にいる戦えない人間を見殺すことはできない。

やはり自分は何もできないままで終わってしまうのか?そんな焦燥感が精神を侵攻し、絶望がリネットの心を暗く閉ざしかけたが。

 

「大丈夫、訓練ではあんなに上手だったんだから」

 

芳佳からの励ましの声。

けれどもリネットは励まされる事実が己の不甲斐なさを強調された気をした。

何よりもこんな状況にも関わらず、いつもと変わらない態度にリネットは苛立ちを感じた。

 

「…っ飛ぶのに精一杯で、射撃を魔法でコントロールできないないから」

 

一瞬、芳佳に八つ当たりをしようと口を開きかけたが。

リネットの言葉は後半に入ってからさらに小さく弱弱しく変化する。

やはり自分にはできない、そう諦めのマイナス思考が脳に染み込んでゆく。

 

出撃のさいにあった自信が萎縮されてゆく。

しかし、宮藤芳佳はまだ諦めていないかった。

 

「じゃあ、私が支えてあげる。

 だったら撃つのに集中できるでしょ?」

 

「え?」

 

リネットが返事をする前に宮藤は行動に移る。

行き成り高度を下げてリネットの足の下にもぐりだした。

戦闘中の突然の奇行にリネットは呆然としたが何をしたかったかすぐに悟る。

 

「んっ……!!」

 

股間に芳佳のこげ茶色の柔らかな感触を感じ。

布越しのくすぐったさにリネットはつい色っぽい声を小さく挙げた。

 

「どう、これで安定する?」

「あ、あ…はい」

 

股間の感触のもどかしさで顔が赤く染まる。

意味が分からずリネットはしばらく呆然としていたが、気づく。

そう、芳佳が支えてくれるおかげでホバリングは比べものにならないほど安定していた。

それに気づいたリネットは確かな希望を見出し、冷静さを確保し思考がクリアなものへと移行する。

 

「西北西の風、風力3。敵速、位置――-」

 

芳佳に感謝の言葉を行動で示すべく、しっかりとライフルを敵に向けて構える。

狙撃に必要な要素を声に出して思考をより狙撃に適したものへと暗示させ、銃と一体化する。

 

だが、リネットは満足していなかった。

これでもなおネウロイを仕留めるには足りない。

正確無慈悲にその数値を叩きだしてもまだまだ外してしまう。

 

一体何がたりない?

一体何が足りない?

短い時間だがぐるぐると思考が回転する。

 

「そうだ、敵の避ける未来位置を予測してそこに撃てばいいんだ」

 

空戦の基本。

それは未来位置を予測してそこに弾を一度に叩きこむ。

言う事は簡単だがやるとなると経験則に依存する技術ゆえに非常に難しい。

 

人間は的を見て、的に合わせて狙いを定める癖がある。

的が低速で二次元での移動なら簡単に予測できてしまうが三次元空間である空中はそうはいかない。

上下左右、のみならず広大な空間は無限にも等しい選択の自由を秘めている。

 

そんな高等技術を習得した者だけが5機撃墜から始まるエースにやっと成れて。

250機撃墜記録を保持し、今も更新を続けるスーパーエースのエーリカ・ハルトマンの後を追いかける権利を得られるのだ。

 

「宮藤さん!」

 

だが、手は無くもない。

その方法を思いついたリネットは芳佳に呼びかけた。

 

同時に新たなマガジンを装填。

弾道修正、ライフルを持ち上げる。

 

リネット・ビショップの固有魔法は『弾道の安定と魔力付加』

念動力で放った弾丸をコントロールして、魔法力付加で威力と射程を底上げするという正に狙撃手向けの才能だ。

高い集中力を有するゆえに今の今まで訓練以外はまったく才能を生かせなかったけど、宮藤が支えてくれている。

 

「うん!」

 

芳佳はリネットの言葉に答えた。

 

「私と一緒に撃って!!」

「わかった!」

 

即ち、下の芳佳に機銃を撃たせて行動の範囲を限定させる。

この場合、予測して算出される機動は下は海面なので左右か上にネウロイは逃げる以外ありえない。

ここでリネットはネウロイが100パーセントそれ以外逃げようがないタイミングを図り、一撃必殺を狙う。

 

狙うは腹を見せることになる、体を斜め上に傾ける上昇機動。

だからリネットは視界の遥か先でネウロイが微妙に上に傾けた瞬間を逃さなかった。

 

「今です!」

 

刹那、ライフルと機関銃が光の矢を放つ。

重量60グラム、13.9ミリ徹甲弾の秒速747メートルの矢。

重量52グラム、12.7ミリ曳光弾の秒速780メートルの矢。

そんなちっぽけな金属の塊は光の軌道を青い空に曳き、人類の敵ネウロイに襲い―――リネットは見事に初戦果を挙げた。

 

ネウロイは宮藤の機銃弾を避けるため上昇した瞬間、大きく腹を見せる。

標的の面積が拡大した上にあらかじめ計算してリネットが放った対戦車ライフルの弾が黒いボディを貫く。

1発、2発と続々と命中し唯でさえ高威力だった上に固有魔法で威力が挙げられたため回復する余裕もなく、ネウロイは白く散り始めた。

 

「当たったぁ!!」

 

歓喜に解放感、達成感がリネットに満ちる。

彼女がようやく弱い自分、という名の敵に打ち勝った瞬間であった。

 

「リネットさん、すご……わぷっ!?」

「やった、やったよ。宮藤さん、私初めてネウロイを倒せたよ!」

 

リネットは喜びのあまり芳佳に抱きつき、ぎゅうぎゅう、と芳佳の顔を抱きしめてゆく。

芳佳はリネットのたわわに実った胸の柔らかみと、香りの心地よさに驚く。

そして、芳佳が今まで気づいていなかったオッパイマスターとして目覚めた瞬間でもあった。

 

『宮藤さん!リネットさん逃げて!!』

 

だが帰るまでが戦闘というルールであった。

油断大敵、という言葉の通り戦場では僅かな隙を作ったとたん簡単に命を落とす。

リネットはネウロイのコアを破壊したと思ったが、その実コアを『掠った』だけでネウロイはその場で直ぐに散らなかった。

 

無論、コアはミーナ達の攻撃を受けていたこともあり、リネットの狙撃が致命打となりネウロイはコントロールを失い自壊しつつある。

だが、ネウロイ崩壊しつつも海面を水切り遊びの石ころと同じく海面をバウンドしつつ、大質量の物体として彼女たちに襲って来た。

 

「――――――!」

 

リネットはミーナの声でネウロイの方角を見て、やっと気づくが遅い。

希望が絶望へと叩き落とされ、絶体絶命の危機に声を挙げる暇もなく――――。

 

「大丈夫」

 

リネットの視界に芳佳が現れ。

まるで王者を守護する騎士のごとくネウロイの前に立ちはだかる。

 

「私が友達を、リーネちゃんを守るんだから」

 

刹那、巨大なシールドが展開。

バウンドするネウロイをしっかりと受け止めた。

 

そしてそれが数分間の連続した緊張の糸が途切れ。

リネットの薄れゆく意識が見届けた最後の光景だった。

 

 



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第11話「変化と後始末」

ようやく更新できました。
感想返しも早急にいたします。


 

「なっ!?」

「宮藤っ!!」

 

ネウロイが自分達が駆けつける前に撃墜された。

そう、一安心したが、ネウロイが海面をバウンドしつつ宮藤とリーネに衝突した。

 

くそ、またか!?

また物語が変わっている。

視認するにしても遠いし立ち上った水柱でよく見えない。

 

……まて、無線は通じるはずだ。

 

「バルクホルンだ、繰り返す。バルクホルンだ」

『こち―――z---り―――み――』

「……っち!」

 

こんな時に限って雑音しか聞こえない。

舌打ちと共に焦りが生まれ、どうすればいいか分からなくなる。

だけど、隣で飛行しているシャーリーことイェーガー大尉がわたしの裾を引っ張り前を見るように促した。

 

「おい、見ろよ大尉」

 

声につられて前を見る。

そして、よくよく水柱が立った場所を凝視。

大質量の物体が墜落したため海面は水煙が視界を占拠していたが、収まりつつある。

その白く薄い蒸気のカーテンの中から青白く輝く巨大な円形――――ウィッチの青白いシールドが現れた。

 

……これを見るのは二度目であるが、流石主人公にしてメイン盾と言うべきか。

ウィッチ隊として入隊して数ヶ月で数十メートルクラスのシールドを展開できるなんて、なんというチート。

おまけに大質量の物体の衝撃に耐えきれるなんて、正直自分には無理だ。

 

む?

あ、海に落ちた。

 

『リーネさん、宮藤さん!!』

『大丈夫みたいだゾ、中佐。仲良く海に落ちたけど元気そうだぞ』

 

ミーナとエイラの通信が入る。

ミーナの方は慌てていたがエイラが言うとおり

 

『やったよ、宮藤さん!私できたよ!』

『わっ……リネットさん、すっごく大っきい……』

 

隊内無線で芳佳とリネットの声が響く。

リネットが初めての撃墜でテンションが高いようで、宮藤を抱きしめはしゃいでいる。

 

『ふぉ……』

 

そしてリネットの胸の中に顔を埋めている宮藤は歓喜のうぶ声を上げた。

よくみれば顔だけでなく手でもリネットの胸部装甲の柔らかみを堪能すべく彼女の胸を掴んでいる。

……まったく、相変わらずこのおっぱい星人は自重する気なんてさらさらないようだな、おい。

 

『本当に、ありがとう。

 宮藤さん、宮藤さんのおかげで私、ようやくみんなの役に立てたよ』

 

『そんなことないよ、あんな遠距離から狙撃できるのはリネットさん――――リーネちゃんだけだよ』

 

『え?』

 

突然のちゃん付けにリネットが戸惑う。

この会話を聞いているわたし達は宮藤の次の言葉に耳を傾ける。

 

『私達歳も近いし、それに階級も同じだし、

 私の事も芳佳でいいから、友達になってくれないかな?』

 

『……っ!』

 

リネットの驚きで息を飲んだ気配を無線越しにも感じ取れた。

そして、しばし間が空き周囲の人間が聞き耳を立てている中、リネットは答える。

 

『う、うん!!

 こっちこそよろしくね、芳佳ちゃん!』

 

この瞬間、リネットは宮藤と友達となった。

 

「青春しているねー」

 

そう言い、なんか子どもの成長を微笑ましげに見守るオカンのような表情をシャーリーは浮かべた。

 

「ルッキーニの様子を見るのも大変だろ、母さん」

 

「いやー、そうだなー。

 娘のルッキーニの面倒を見るのも、なかなか大変でね。

 お父さんも少しは世話を……って、いつから私がルッキーニのお母さんになったんだよ!!」

 

「いや、こっちこそ。

 いつからイェーガー大尉の旦那になったんだ!?」

 

自分から仕掛けたとはいえ何だこのノリ突っ込みは!?

シャーゲルなんてカップリングの要素にキマシタワーが建設されることなんて無いのに!

 

「あらあら、仲がいいわね」

「んだな」

 

なんて言っていたら、ミーナとエイラがやってきた。

いや、正しくはこちらが2人の方に来たから、合流したのだろう。

 

だが、2人に異議を申し立てたい。

シャーリーとは前世のまま男性ならぜひとも仲を深めて行きたいところだが、

生憎、今は女性で百合推進者でもないので、シャーゲルフラグなど有り得ないと!

 

「冗談はよしてくれ、わたしとイェーガー大尉が夫婦に見えるか?」

 

「いやー私はお似合いだと思うけどナー。

 ほら、堅物な旦那と豪快な妻。バランスがいいじゃないか」

 

によによ、とエイラは笑みを浮かべた。

使い魔が狐のせいで何だか狐が人を化かしている雰囲気だ。

実に殴りたい笑顔であったが、まあ今は任務中なので後でサーニャネタで弄るとしよう。

 

宮藤の誕生日がサーニャと同じ事をまだ知らないはずだし。

後は最近夜間哨戒で密かにとある男性と会話を交わしている事実とか、どんな反応をするか実に楽しみだ。

 

「話は変わるけどリネットさん、それに宮藤さんは上手くやってくれたわね」

 

くくく、と邪笑と共に妄想していたらミーナが話題を変えた。

 

「ああ、そうだなミーナ」

 

そうだな、確かにあの2人はよくやってくれた。

何せ客観的に解釈すれば主力が囮に引っかかり、残った味方も突破される。

そして、入隊して僅か数ヶ月そこらの2人で最後の最後の防衛線として見事にネウロイを撃墜。

 

と、今日の主役は間違いなく2人の物で、その功績は絶大だ。

こちらは万が一に備えて色々手を打っていたが、実を言うと全てが杞憂に終わって安堵している。

というのも、大尉の権限でできることなど限られていたし、仮に出来たとしてもネウロイには焼け石に水的なものでしかない。

 

だから、あの2人がネウロイを撃墜できて本当によかった。

2人を抜かれてしまえば直ぐに501の基地へネウロイはたどり着いてしまい、大勢の命が失われていただろう。

 

本当によくやってくれた。

だから海から引き上げた後で何か2人に奢ってあげ……あれ?

 

「あ、」

「……どうしたの、トゥルーデ?」

 

そういえば、アニメの水着回でストライカーユニットを履いたまま泳ぐ訓練のシーンで2人は溺れていたけど、今は浮いている。

この世界でも未だ、その訓練をしていないからこうして溺れず浮いていられるはずがない。

と、なれば答えは唯一つ。

 

『楽しい所すまないが、宮藤軍曹。

 ストライカーユニットと銃器はどうした?』

 

『え、あ、はい!海に墜落した時、重かったので両方とも捨てました!』

 

通信を入れて宮藤に聞いたが予想通り――――浮力を得るために装備を全て捨ててしまった。

 

『えっと、宮藤さん……もしかしてリネットさんも?』

『はい!リーネちゃんも全部捨てちゃいました!』

 

あ、ミーナの顔が引きつった。

 

『ぜ、ぜんぶ?』

 

『はい、全部です』

 

『芳佳ちゃん、軍の装備を捨てちゃったから聞き直しているんだよ。

 すみませんミーナ中佐、海に落ちたとき溺れそうになったから思わず捨ててしまいました。その、処罰は後で受けますから……』

 

空気を読まない、というより状況を察していない宮藤の変わりにリネットが謝罪する。

しかし、それで失った装備は戻ってくることはない、海底から引き上げるにもどう見ても不可能だし。

ミーナは装備紛失に呆れ、怒り、呆然と色々感情が入り混じっているらしく顔が青やら赤やら変化する。

 

何せまた予算とか装備を引っ張り出すのに根回しやら手続きやらが必要で、それが簡単にいかない。

元々装備の配布は常に不足気味だし、軍官僚組織とは思いのほか動きが鈍くかと言って装備がないから駄目でした、と言ういい訳も通じない。

 

だからツテやコネ、根回しを動員して装備や予算を貰うものである。

昔の英雄達はただ目先の敵をその槍で突くだけで済んだが、現代の兵士はただ槍を振り回せばいいものではない。

適切な装備、適度の休憩、規模に合った予算、その全てを整えてやる必要があり、わたし達はそれを揃える役割を担っている。

 

『……いえ、リネットさん。謝らなくていいわ。

 貴女達はまだストライカーユニットを装着しての水泳訓練をしていなかったから仕方がないわ。

 それに、命があれば何度でも戦えるし、そして今日はよく頑張ったわね。

 宮藤さん、リネットさん、2人とも……本当にありがとう、これからもよろしくね』

 

『は、はい!ありがとうございます!』

 

『これからも、よろしくお願いします、ミーナ中佐!』

 

が、ミーナはここで怒りの感情を出すのを抑え先にすべきこと。

つまりこの戦闘で生き残り戦果を挙げた2人を称えた。

 

ははぁ、流石ミーナだ。

ここで装備を紛失したことに怒鳴り散らさず褒めることが出来るなんて。

 

「お咎めなしかー、始末書仲間が出来ると期待したんだけどなー」

 

で、そこの不良士官ことシャーリーさん、貴女は一体何を期待していたんですか?

というか、始末書仲間とかやめてくれないかな、アレも一応こちらで読む必要があるから、ない方が書類仕事が増えなくいいから。

 

「というか、まだこの間の始末書を提出してしなかったな?」

「あれ……そうでしたっけ?」

 

ふふふ、と悪戯っぽく笑うオレンジ色の髪をした少女。

口元を手で押さえ、流し目でこちらを見る姿は整った顔立ちを相俟って野郎が一目見たら間違いなく一目ぼれをするだろう。

が、中身は男でも既に女性としての習慣を身に着けて幾星霜、そのような事には陥らない。

 

「で、いつ提出するんだ?今日か?明日か?それとも明後日か?」

「あ、やだな、そんな怖い顔をしなくていいじゃないか。明々後日には出す――――あいたたた!!」

「書類・は・期日・を・守り、手早・く・提出・す・る・こ・と!」

 

頭を掴み拳でぐりぐりと締め上げる。

ええい!書類ぐらい期日に間に合うように出せよ!

見るほうにも期日というものがあってだな……ってそこのお二人さん、何をニヤニヤこっちを見てるんですか?

 

「んふふふー、やっぱり仲がいいじゃないカ」

「あらあら」

 

いや、どこが!?

だいたい、未だわたしはシャーリーとは言わず、苗字で呼んでいるくらいだぞ。

よし、ではこれから如何に彼女とは衝突しているか話し、誤解を解こう。

 

 

 

※  ※  ※

 

 

 

「ふふふ、」

 

如何に部下に苦労しているかトゥルーデが言い。

横からシャーリーが茶々を入れると、2人は再度言い争う。

 

だが、そこに険悪な空気はない。

早い話、じゃれ合っているだけである。

トゥルーデは否定していたが、やはり2人の仲はいいのだ。

その光景に、501を纏める部隊長としてミーナは微笑ましく感じた。

 

(それに今日はあの2人もよくやってくれたし、今日はいい日ね)

 

嬉しい事はそれだけではない。

芳佳、リネットの2人が見事にネウロイを撃墜し、兵士として戦えることが証明された。

特にリネットは以前は精神的にかなり不安要素があったが、これを機に自信を得たはずである。

彼女の成長はミーナ個人として嬉しく、また部隊長として戦力が増強された事実を歓迎した。

 

(戦術の幅も増えるし、後は――――)

 

後はこのまま穏やかな時間が過ぎれば文句はない、そうミーナは内心で呟いた。

しかし、真の意味でそのような時が訪れる日はこの戦争が終結した時であることをミーナは知っていた。

 

また、ミーナから見て少し変わっている所があるかもしれないが大切な戦友であるトゥルーデ。

実は転生者で、この世界における異端者とも言える存在しか知らなかったが、501は戦乱の渦中に巻き込まれることが確定していた。

 

そして、戦乱は転生者の想像を常に超え続ける。

ミーナの平和への願いは、まだまだ先の話になるのであった。

 

 



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第12話「休暇」


後少しで前回理想郷でエタった所を越えますね。


 

 

コトコトと中火~弱火で鍋を煮込む。

時折蓋を開けて中を覗き、具合を確認するたびに空腹の腹を刺激するいい香りが漂う。

 

あまりに、食欲をそそる香りであったから、味見も兼ねて一口口に入れる。

そして、口内に広がるソーセージにジャガイモ、にんじん、タマネギ、レンズ豆が煮込まれて出来た香り高いスープの味。

ソーセージを噛むたびに肉汁が溢れ、にんじん、レンズ豆の固さが噛み応えを刺激し、わたしの食欲を満たして行った。

 

「ん、こんなものか」

 

アイントプフ。

ドイツ、いやカールスラントの代表的な家庭料理だ。

意味は「鍋の中に投げ込んだ」の意で、俗に「農夫のスープ」という呼び名もある。

 

料理法は極めて簡単。

豆や塩漬け肉、またはソーセージ、ベーコンなどを鍋に入れて煮込むだけだ。

さらに、固形ブイヨンや味付けにリーキ(西洋ネギ)を投入するなどして味をつけるが決まったレシピはない。

各家庭ごとに味付けは違っており、当然ながらわたしが何を入れたかは企業秘密である。

 

さて、スープができたら次はパンとサラダだな。

パンは宮藤とリネットに取りに行かせたから、そろそろ来てもいいだろう…っお、来たな。

 

「バルクホルンさーん、パンを貰って来ましたー」

 

両手に黒パンを抱えた宮藤とリネットが戻ってきた。

2人と一緒に、製パン室から出てきたばかりのパンの芳醇な匂いが鼻に届く。

 

うん、良い香りだ。

黒パンは癖があるというけど、わたしは大好きだ。

 

「ご苦労、2人とも。

 パンはそのままパン置きに置いてくれ。

 それと、サラダの製作だが2人に頼んでもいいか?

 わたしは何時も寝坊している連中を起こしに行ってくるから」

 

「はい、もちろん!」

 

「大丈夫です」

 

元気よく答える2人。

よしよし、朝から元気がいいのは良いことだ。

この100分の1でもいいから、毎朝寝坊しているエーリカは見習うべきである。

 

「ん、頼んだ」

 

そして、2人に残りの作業を託すと食堂を出た。

さて、今日はエーリカだけでなくシャーリーも起こさねば。

昨晩は夜遅くまでストライカーユニットを弄っていたから、起こさないと起きないしな。

まったく、ついつい起こしに行ってしまうけどわたしは2人のオカンか?…おっと、廊下の向こうから坂本少佐が来た。

 

「おはようございます、坂本少佐」

「おう、おはようバルクホルン!」

 

こちらから先に敬礼、と。

坂本少佐は海軍式の敬礼で返礼した。

 

しかし、朝から元気そうで何よりである。

顔が僅かに紅潮し、額に汗を流しているのを見ると。

今日も朝から修行といった所だろう、本当に元気だなーこの人は。

それに、僅かだが潮の香りが残っているから海の方で……というかこれは。

 

「少佐、もしかして泳いで来ましたか?」

 

「おおう、よく分かったな大尉!

 今日はいつもより早く起きたものだから久々に水泳で鍛錬してきた、基地一周だ!」

 

げ、元気だなーこの人は!

しかも、基地の周囲を泳いだとか何キロなんだ!?

 

「流石、海軍といった所ですね少佐。

 わたしやミーナ達は空軍ですから、少佐のようには行きませんよ」

 

「ははは、そう言われると照れるな。

 おや…ははぁ、今日はバルクホルン担当か。

 普段着飾らないバルクホルンだが、今日のエプロン姿はなかなか似合っているぞ」

 

一瞬何を口説いているんだ?

と疑問符が頭に浮かんだが慌てて胸元を見ると、エプロンを着けたままだった。

 

白の、これといった装飾もなく頑丈さだけが取り柄のエプロンだが。

これを普段着ている軍服の上に被せてあるため、軍服とのギャップが目立っていた。

今更だが何だか恥ずかしくなって来た…!

「はっはっは、恥ずかしがるとは大尉も可愛い所があるじゃないか」

坂本少佐が親愛表現としてこちらの肩を叩く。

そこに悪意はまったくなく、白い歯を見せ、実にイイ笑顔を浮かべている。

先程の言論といい、この爽やか体育会系のノリ。

表情も豪快な性格と合わさって、こちらの心を溶かすような晴れ晴れとした表情を出す。

……わたしはいいが、ミーナがこの少佐の表情を見たら惚れるだろうなー。

というか、朝から自然に口説く少佐は流石というべきか実に迷う。

「少佐、そろそろ朝食の用意ができますので、どうぞ食堂へ。

 わたしは、未だ寝ている2人を起こしに行って参りますので、先へ」

「おお、そうかバルクホルン。

 では私は食堂で皆を待つとしよう、また後で」

「はい、こちらこそ」

再度敬礼を交わす。

そして、坂本少佐は食堂へ向かった。

朝から水泳をしたにも関わらずその歩き方は軽く、ぶれずに芯が通ったものであった。

後ろから見ても背筋は曲がらず、竹のように真っ直ぐ、しっかりしたものだ。

何時も少佐、もといもっさんとは顔を合わせているけど、

こうして、じっくり見ると姿勢一つにしろ様になっているな。

わたしも、軍隊で散々歩き方やら叩き込まれたから姿勢は良い方だがやはり少佐の方がカッコイイ。

うーむ、やはり武術、あるいはスマートかつ、紳士教育を信条とする海軍教育のお陰か?

書類仕事、それに御偉いさんとの付き合いはもののふを自称するように苦手だけど。

一見豪快に見えつつも、パーティーとかの集まりでは紳士的な気遣いと振る舞いができる。

話す言葉は海軍と英国で実地教育された英国英語。

容姿は欧州では珍しい黒髪黒瞳で、かつ白人のとはまた違った白い肌に整った顔。

それで、豪快な戦士のような性格。

同時にただの脳筋ではなく、紳士的な態度と気遣い。

厳しいが仲間想いで、部下のためにその労力を惜しまない。

……あ、あれ。

冷静に考えれば何この超イケメンは?

考えてみれば見るほど、少佐にもてる要素しか見つからない。

ミーナが少佐を気にするのも無理もないな、これだから扶桑の魔女は……。

いや、まて。

我らがバルクホルンお姉ちゃんもイケメンだ。

何せ、妹の治療費のために給料を全て注ぎこんで…………あ。

「ああ、そうだな。あの子は、もう」

今はわたしがバルクホルンだ。

【原作】に存在するゲルトルート・バルクホルンは存在しない。

そして、バルクホルンを語るには妹のクリスティアーネの存在が欠かせない。 

けど、今は彼女はない。

文字通り、この世には既に存在していない。

クリスティアーネ・バルクホルン。

わたしのこの世界の数少ない肉親は、

客船『ヴィルヘルム・グストロフ』と共にバルト海の海底に今は眠っていた。

 

 

 

※  ※  ※

 

 

 

「ねえ、知っている?芳佳ちゃん?

 カウハバ基地で迷子になった子供のために出動したんだって」

 

リネットが朝食のサラダの野菜を切りつつ宮藤に話をふる。

話題は今朝の新聞で確認したニュースで、迷子になった子どもをウィッチが出動したというものだ。

 

「へぇーそんな活動もするんだ。すごいねー」

 

リネットの話しを聞き芳佳は軍隊組織という型にはめられているウィッチが、そうした活動に従事していることに素直に驚いた。

 

「うん、たった1人のためにね」

 

リネットの言葉にどんな想いが籠っていたのだろう。

それは恐らくそれを実行した人物達に対する英雄視だろう、

たった1人のために動いたという事実は、未だ軍人という型にはまり切っていないリネットに幻想を抱かせた。

 

「でも、そうやって1人1人助けられないと、みんなを助けるなんて無理だもんね」

 

芳佳も同意を表明する。

こちらもまた理想論と、言う以外ないものであった。

 

けど、しかたがない。

何せ、彼女はほんの少し前はただの女学生だったからだ。

 

「おはよう、宮藤!リーネ!」

「あ、おはようございます!坂本さん」

「おはようございます、坂本少佐」

 

坂本少佐が食堂に現れると、元気よく朝の挨拶を交わす。

 

「2人とも準備ご苦労。

 ふむ、今日はスープにパンか、いい匂いだ。

 しかし慣れたとはいえ、偶にはお米が食べたいものだな……」

 

食堂に漂う朝食の香りに思わず坂本少佐の腹の虫がなる。

しかし、扶桑人としてはご飯に味噌汁を基本とした朝食がほしいところである。

 

「あ、大丈夫です。

 坂本さん、バルクホルンさんが言うには、

 扶桑からの補給品のお米がもう直ぐ来る、と言っていましたよ」

 

「おお、そうか!楽しみだな!」

 

しかし、それがもう直ぐ叶うことを知り坂本少佐の頬を緩ませた。

そしてふと、重要な業務を思い出し、思考を切り替え口を開いた。

 

「話しは変わるが、宮藤。

 そろそろ、休暇を取ってみないか?」

 

「え、休暇ですか?」

 

「ああ、休暇だ」

 

真面目な顔で休むことを推奨され、

頭上に???マークをつけた芳佳が首を傾げる。

そんな様子を見た坂本少佐が苦笑すると、説明を続けた。

 

「軍隊では士気を保つために一定期間勤めたら、

 1日か半日休暇を与えるように規定されているんだ。

 丁度、宮藤は規定を満たしたから気分転換も兼ねてロンドンに行ってみないか?」

 

「ロンドン……」

 

芳佳は坂本少佐の提案に戸惑った。

なぜなら、これまで501の基地でひたすら訓練漬けの日々であったからだ。

非番の日もあったが、基地の中で過ごすか、付近の村や街に買出しに出かける程度であった。

 

「やったね、芳佳ちゃん休暇だよ!

 私の家はロンドンだから一緒にロンドンに行こうよ!」

 

あまり休むことを考えていなかった芳佳はどうしたものか、

と頭を傾げたが、リネットが食いつき一緒に遊びに行くことを提案した。

しかし、坂本少佐は申し訳なさそうな表情を浮かべると、リネットに言った。

 

「リネット、その提案は悪くないが、

 残念ながらリネットの休暇は前に一度取ったから少し先の話しだ。

 交代制の都合上、同じ日に休暇が取れるのは宮藤とバルクホルンだけなんだ、すまないな」

 

そんなー、とリネットが落ち込む。

芳佳も残念に思ったが、坂本少佐が話した内容に疑問を覚え、口を開く。

 

「だとすると坂本さん、

 私はバルクホルンさんと一緒にロンドンに?」

 

「ああ、そうなるな。なんだ、宮藤?

 バルクホルンにも訓練で扱かれているから苦手意識でもあるのか?」

 

からかい混じりに坂本少佐が芳佳に尋ねる。

 

「いえ、ただ……」

 

芳佳のバルクホルンに対する第一印象は『厳しい鬼教官』か『典型的カールスラント人』であった。

原隊から厄介払い的に派遣された隊員がおり、隊長のミーナ中佐自身が任務さえ務めていれば自由な雰囲気を認めているため、軍組織の割には自由気ままな雰囲気が流れている。

 

そんな中、自分をここに連れてきた坂本少佐と並んでバルクホルンは真面目な軍人をしている。

カールスラント人らしく生真面目で、厳しいが、同時に優しさと気配りを兼ね備えていた。

 

自分やリネットを気にかけているのは分かる。

にしてもしかし、時折自分に対する態度はまるで、

 

「ただ、バルクホルンさんは時々私のことをまるで、妹のように接するので少し気になったんです」

 

「……っ、そうか。はっはっは、宮藤を妹扱いとはバルクホルンも隅に置けないなぁ!」

 

芳佳の話しを聞き、

はっはっは、と大笑する坂本少佐。

だが、一瞬だけ息を詰まらせたのを芳佳は見逃さなかった。

 

「あの、坂本さん!」

「…宮藤、これはバルクホルンの問題だ」

 

芳佳が食いつくが相手は完全なる拒絶、交渉の余地なかった。

 

威圧感。

『坂本さん』でなく『扶桑皇国海軍坂本美緒少佐』という階級の軍人としての空気。

至近距離でそれを受けた宮藤は、無意識に足を一歩後ろにずらしてしまう。

喉から音声はでず、ただ意味不明の音しか小さく発するほかないほどに。

 

「宮藤は優しい奴だな、そう他人を思いやる気持ちは本当に宮藤らしい」

 

「はい…ありがとうございます」

 

声こそ優しいが威圧感はまだある。

受け手は自然と頭は下がり、視線が下へ行く。

なんだか学校の校長先生に叱られた時と似ているな、と諭される宮藤は感じた。

 

「だがな、

 この問題は他人がいくら言おうとも解決できないんだ。

 宮藤、覚えておけ、ネウロイとの戦争で肉親をなくした人がいる事実を」

 

一拍。

 

「無論バルクホルンは私達501の仲間だ、できることはする。

 だが宮藤、お前のことだからお節介を焼くつもりだろうが、

 バルクホルンに対しては今はしばらくそっとしておいてやれないか?」

 

「坂本さん……」

 

坂本少佐の言葉にどんな想いがこもっていたか宮藤には理解できた。

顔を上げて見えた坂本少佐の瞳は決意と覚悟に満ちており、自分の出番でないと悟った。

 

「ま、要するに今までどおり接してくれと言いたい訳だ、宮藤。

 だが、そうして他人を思いやる気持ち…バルクホルンを気にしてくれてありがとう」

 

そう言い、坂本少佐は芳佳の頭を撫でた。

まるで、子ども扱い、というより子ども扱いそのもので、

芳佳は自分は人として、ウィッチとしてまだまだ未熟であることを知った。

 

昔、父親に頭を撫でられた時の事を思い出しつつ、

芳佳は坂本少佐の言葉にどこか納得できず、もやもやとした気持ちを抱く。

 

(――――ああ、そういえばリーネちゃんの事は、

 こうして友達になったから、色々知れたけどバルクホルンさんの事は全然知らない)

 

考えてみれば自分はあまりバルクホルンの事を知らないにも関わらず、首を突っ込もうとしていた。

人の事を知らずに、人の心に踏み込むなど、あってはならないことだ。

 

だから、その休暇にバルクホルンさんと一杯お話ししよう。

そう芳佳は考えた。

 

 

 



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第13話「過去」

なんとか7月に一回連載できました。


 

 

「ねえ、トゥルーデ。

 宮藤さんとロンドンまで行ってみたら?」

 

たっぷり朝食を頂き、午前に任務を終え。

ミーナの執務室まで書類を届けに行った際にこんなことを言われた。

というより、何故にそこにあの主人公、宮藤芳佳の名前が出るのだろうか?

しかも、ロンドンまで行くなんて【原作】で何かイベントでもあったか……?

 

待て、あれか?

郵送できない重要書類。

さらにロンドンまで行かないと出来ない打ち合わせがが幾つかあったはず。

戦う以外の軍隊の仕事を経験させるため、宮藤はわたしの仕事の手伝いでロンドンまで付いて来るのか。

 

「ああ、宮藤に仕事を教える、という認識でいいのだな?」

 

「トゥルーデ、貴女ね……働くのもいいけど休暇が必要よ。

 貴女と宮藤さんは軍の福利厚生制度で休暇を取らなくてはいけないのよ」

 

思わずあっ、と声を漏らし気づいたが遅い。

わたしの返答に、ミーナは呆れつつも苦笑した。

そういえば、意外と福利厚生に気を使う軍隊は制度として一定期間勤めたら必ず休暇が出たな。

戦線が安定しているブリタニアではこうして休暇が出るのだが最近は【原作】の事ばかり考えていたから忘れていた。

 

だが、何故にわたしと宮藤なんだ?

出来れば彼女にもっと親しい人、坂本少佐やリネットで組み合わせ方がいい気がする。

 

「わたしは別に良いのだが、

 宮藤には出来ればここで親しい人。

 少佐やリネットで行かせた方がいいのじゃないか?」

 

「私も始めそう考えたけど……少佐やリネットさんは時期がずれているし、シフトの都合上無理なのよ」

 

む、休暇の日程にシフトの都合か……なら仕方がないな。

休暇、休暇か、そうだな、久しぶりに羽を伸ばすのも悪くない。

 

「なら仕方がないな。

 で、何時から休暇を取ればいいのだ?」

 

「出来れば今週中、それも明日からでもいいから取ってほしいの」

 

ミーナは少し困った顔で御免なさいね、と言いつつ急な予定を伝えた。

しかし明日からでもいいからとは本当に急だな、まあ配置のシフトの都合もあるからやむ得ないな。

 

「了解した、では明日から宮藤とデートをしてくるよ」

 

「あらあら、宮藤さんをちゃんとエスコートしてね、トゥルーデ。

 あと、これは休暇申請に必要な書類だから直ぐに書いて私に渡してね」

 

了承の意を込めて敬礼する。

そして、ミーナから必要な書類を受け取り執務室を後にした。

さて、また書類、書類と、休暇一つにしろ書類を作るのは今では慣れたけど面倒だ。

 

だけど、それが規則だからやむ得ないな。

さてさて、どう過ごそうかロンドンの休日を……ん、人影?

 

「おう、バルクホルン大尉、休暇だってな?」

 

廊下の曲がり角からシャーリーが現れた。

その際相変わらずでかい胸部が揺れたものだから、

一瞬そっちに眼が行ってしまったけど君が何故わたしの休暇を知っているのですかね?

 

「ああ、そうだがそれが?」

「あーいや、こういっては何だが買出しを頼めるかな?」

 

手短に用件を尋ねると、彼女は手を合わせて頼んできた。

何の用かと思えば買出しか、たしかに基地内にも売店の類はあるけど、

それも限られているから、手に入らないものもあるから仕方ないな。

 

「別にその程度ならかまわない」

 

「マジか、いやあ、ありがたい!

 おーい、みんなーいいってさー」

 

その程度の頼みごとなら、と即答したが……みんなとは?

あ、あれ?廊下の曲がり角からぞろぞろと501の隊員が来るのだが?

 

「バルクホルン大尉ーお菓子買ってきてー!」

「あの、大尉。その、申し訳ないですが買ってきてほしい書籍が…」

「大尉ー、少し頼みがあるんダ」

 

一体全体どこから聞きつけたのか、

シャーリー、ルッキーニ、ペリーヌ、エイラといった501の隊員が押し寄せ、口々にお願いを口にしている。

 

どうやら少なくとも、買出しという予定が一つ埋まったようだ。

 

 

 

※  ※  ※

 

 

 

そして週末。

太陽が水平線から出たばかりの早朝に、

基地の入り口で坂本少佐、シャーリー、ルッキーニが

ロンドンに出かけるバルクホルン、芳佳を見送るため基地の入り口に集まっていた。

 

「いいか、宮藤。

 この間まで民間人だったとはいえ、今は扶桑皇国海軍の軍曹だ。

 その事を忘れず、扶桑皇国の恥とならないように行動するのだぞ」

 

「はい、坂本さん!」

 

坂本少佐は休暇だと言うのに芳佳に対して軍人の心構えを説いていた。

しかし、これは自分が付き添い出来ず、アドバイスするしかない坂本少佐なりの心配が現れたのだろう。

 

「おう、宮藤。楽しんでこいよ!」

「芳佳!お菓子お願い!」

「はい、シャーリーさん。それにお菓子の事は忘れないからルッキーニちゃん!」

 

シャーリーが芳佳に休暇を楽しむように激励し、

ルッキーニは購入を頼んだお菓子を改めて懇願し、芳佳はハキハキとこれに答える。

 

これから、初めての海外旅行とも言える経験を、それも同郷の坂本少佐とではなく、

彼女から見てガイジンさんであるバルクホルン大尉と行くのにあまり緊張感は見られなかった。

 

「バルクホルン、宮藤の事を頼む」

「分かっています、少佐。どうかご安心を」

 

これなら大丈夫だなと、坂本少佐が内心思いつつ、

今回の足であるキューベルワーゲンの傍に立つバルクホルンに対して改めて芳佳を頼む。

バルクホルンは至極真面目な態度と言葉で、坂本少佐に芳佳をエスコートすることを誓う。

 

「さて、そろそろだな。

 宮藤、バルクホルンの車に乗れ」

 

「はい、坂本さん」

 

坂本少佐に促され、芳佳がワーゲンの助手席に乗る。

車を運転するバルクホルンも運転席に座り、慣れた手つきでエンジンを始動させる。

バルクホルンは坂本少佐と目線を合わせ、芳佳は任せたとの意を込めて軽く会釈した後に、車を発進させた。

 

「芳佳ー!頼んだよー!」

「楽しめよー」

「宮藤、気をつけるんだぞ!」

 

ルッキーニ、シャーリー、

坂本少佐が手を振り、声を出して見送る。

 

「みんなー、行って来まーす!」

 

対する芳佳も身を乗り出して、後ろを振り返り手を振る。

しばらく芳佳は手を振っていたがやがて基地から遠ざかり、バルクホルンと芳佳は基地を後にした。

 

 

 

※   ※   ※ 

 

 

 

 

「バルクホルン、ゲルトルート・バルクホルン大尉だ。

 貴官の訓練には坂本少佐と交代で担当することになっている。

 宮藤芳佳軍曹、貴官を第501戦闘航空団の一員として入るのを歓迎しよう」

 

芳佳が初めて501の隊員として自己紹介した際にバルクホルンは芳佳に対してこう言った。

初対面で行き成り胸を揉んできたルッキーニや、芳佳の胸のサイズを聞いてきたシャーリーと違い固い対応であった。

 

そのせいか芳佳のバルクホルンに対する第一印象は、同じカールスラント人のエーリカの性格に、

部隊長でもあるミーナの大人びた態度と比較すると、真面目で遊びがない『典型的カールスラント人』であった。

 

また、坂本少佐と共に芳佳とリネットに厳しい訓練を施しているため、

芳佳のバルクホルンに対する印象はさらに『鬼教官』という名が記録された。

 

加えて、何時も機械を弄るシャーリーに昼寝を楽しむルッキーニにエーリカ。

何をしているか良く分からないエイラに、サーニャと軍の基地にしては意外とのんびりした空気が漂う中、

書類を片手に基地を歩き回るバルクホルンの姿は目立っており、芳佳はよりバルクホルンに対して真面目で堅物という印象を与えた。

 

「車酔いとかは大丈夫か?」

 

「いえ、大丈夫です。

 車なんて私達が空に飛んでいるよりも遅いですし!」

 

ロンドン行きの車中、

バルクホルンは芳佳に車酔いの可能性を尋ねた。

しかし、空母『赤城』による一ヶ月もの航海に耐え、

時速数百キロの速さで空を駆けている芳佳に車酔いなどなく、元気にその可能性を否定した。

 

「ん、そうか。

 だけど、酔ったら言ってくれ。

 念のためにその準備はしておいたから」

 

「あははは、大丈夫ですよ。バルクホルンさん」

 

確かに、バルクホルンは堅物だ。

しかし口うるさく規則規則と口出したりすることはない。

厳しい人であるが、こうして年長者の余裕と気遣いを見せる。

 

それだけではない。

芳佳はバルクホルンが銀髪紫眼と扶桑では、

中々見られない容姿を持つ、エイラを弄っている姿を見たことがある。

 

芳佳からするとエイラは美少女に属しているが、何を考えているのか良く分からない不思議さがある。

そんな彼女を弄る姿は、バルクホルンがただ真面目なだけの人間ではないのは明白だ。

 

しかし、それでも芳佳はバルクホルンについて詳しく知っていない。

友人となったリネットと違い、バルクホルンとの関係は未だ上司と部下、教官と訓練生のままだ。

 

「さて、宮藤すまないが、

 ロンドンに向かう前に少し寄らなければならない場所があるんだ。

 何、30分も掛からない、だから車で少し待っていてくれないか?」

 

「え、あ、はい!」

 

と、バルクホルンとの関係を考えた芳佳は、

思考に沈んでいたため、突然の言葉に驚くと同時に、バルクホルンの意外な言葉にも驚く。

わざわざ寄り道をするなど、バルクホルンらしくなく、芳佳は興味を抱き返答した。

 

「問題ありません、バルクホルンさん」

「そうか、すまないな」

 

しばらく車を走らせる。

その間、お互い特に話すことなく黙々と時間が流れる。

流れる風景も変わらずにいたが、20分程だろうか。

 

進路上に樹木と塀に囲まれた、何らかの施設が目に入る。

バルクホルンはその施設に隣接する駐車場に車を入れて停止した。

 

「すまない、直ぐに帰ってくる。だからここで待っていてくれ」

「はい、分かりました」

 

バルクホルンは芳佳に車上で待機することを頼むと、制帽を被り車から離れた。

 

しばらく芳佳は大人しく車の中で待機する。

しかし、好奇心、それにバルクホルンを知りたい、

という欲求が抑えきれず芳佳は座席から立ち上がり呟いた。

 

「行ってみよう」

 

そして、車から降りてバルクホルンが通った道を駆ける。

大きな石造りの門を抜けると一面に周囲には延々と墓石が並んでいた。

 

「……お墓?」

 

扶桑とは違う形式の墓石が延々と並んでいる。

芳佳は予想外の光景にしばし声を失うと同時に墓場にしては、

まったく同じ白い墓石が並んでいることに違和感を感じ取った。

 

おまけに、この墓場の奥に船を模した巨大な記念碑のような物が建っており、

欧州の宗教感覚について芳佳は勘違いを起こす寸前であったが、見覚えのある後姿に思わず声を出した。

 

「バルクホルンさん!?」

 

バルクホルンだ。

後ろ姿でしか見えないが、

軍服を羽織った栗毛の少女姿は間違いなくバルクホルンだった。

そして芳佳の声に気づいた、バルクホルンが振り返る。

 

「あ、ああ。宮藤か、

 面白くも何ともないここに来ることはないのに、な」

 

自分の名を呼んだ人物が芳佳であるのを確認した、

バルクホルンは勝手についてきた事に怒らず、苦笑を以って芳佳に対応した。

 

「その、すみません……バルクホルンさんの事が気になってつい……」

 

「さっきのは軍隊の命令ではないから別にいいさ。

 さて、宮藤。突然だが、宮藤は何のために空を飛ぶことを目指したんだ?」

 

「それは……」

 

バルクホルンの問いかけに一瞬、芳佳は考え込む。

しかし、実戦を経験してもなお父親との約束。

ウィッチとしての力をみんなのために使うとの約束を守ることに変わりはなかった。

 

「守りたいからです、この力をみんなの役に立てたらな、と思ったんです」

 

「そうか、守りたい、か。変わらないのだな。

 宮藤、確かにわたし達ウィッチの力はネウロイに対する切り札だ。

 けど、それにも限界がある。覚えておくのだ。ここにある墓は全部ネウロイとの戦争でなくなった無名戦士の墓だ」

 

「ネウロイと……」

 

延々と続く墓石。

この全てがネウロイと戦い、

死んだ者達の墓である事実に芳佳は言葉を失う。

 

「そして、ネウロイからすれば無防備な銃後の市民との区別なんてない。

 兵士だけでなく、ここには身元が不明な一般市民、大人だけでなく子供も眠っているのだ」

 

バルクホルンが綴る言葉に、

芳佳は口を閉じて聞く以外のことができなかった。

自らが口にした「みんなを守る」、それがどれほど難しいのか強く感じとった。

 

そして、それは自分には難しいのでは?

そう自信が揺らぎ、自然と視線が下に下がった所で、芳佳は気づいた。

バルクホルンの背後、船を模した記念碑、否。慰霊碑に真新しい花が献花されているのを。

 

と、同時に思い出す坂本少佐の言葉。

すなわちバルクホルンはネウロイとの戦争で身内を失っているという事実を。

芳佳の視線に気づいた、バルクホルンが淡々と事実を口にした。

 

「この慰霊碑はネウロイに撃沈されたヴィルヘルム・グストロフ号に乗っていた避難民を慰霊するものだ。

 約1万人もの避難民を乗せたこの船に、妹のクリスも乗ってブリタニアに避難しようとしたけど、

 途中でネウロイに襲われ船は沈没……犠牲者は9千人、海事史上最大の犠牲者を出してクリスは今もバルト海の底で眠っている」

 

「バルクホルンさん……」

 

バルクホルンは悲しみや怒り、など感情を露にせず事実を伝える。

一見、身内を失ったことは過去の出来事と感情の整理が出来ているように見えるが、

芳佳はそれが逆に身内を失った事実に今も耐えているように思われた。

 

 

 



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第14話「ロンドンの休暇」

ヒント:ローマの休日


 

ああ、くそ。

失敗したなぁ…。

 

あの時、これから遊びに行くという時に、

墓参りなんて宮藤には見せたくなかったけど、

こちらの言いつけを破って本人が付いてきてしまったのは、仕方がないといえばそうかもしれないけど。

 

できればあの子にそうした所を見せたくなかった。

とはいえ、それは既に終わった過去の話であり今はブリタニア首都、ロンドンにいる。

 

あの後、

動揺している宮藤の手を引っ張り、

有無を言わさずキューベルワーゲンに乗り込むとロンドンまで直行。

 

しかし、途中で兵士を満載した軍用トラックの群れに引っかかる。

渋滞で速度が低下した上に、ウィッチがいることを知った兵士の一部がナンパして来た。

 

この姿になって以来。

美少女なせいでこの手の輩には多少慣れているとはいえ、不愉快なものであり無視を決めたが、

宮藤にちょっかいを出して来たので、こちらの将校としての階級を出すと相手の上官、小隊長が慌てて謝罪に来た。

小隊長は少尉、そしてこちらの大尉といえば約250名を指揮する中隊長クラスの階級なのだから、向こうが青くなるのは当然だ。

 

とまあ、トラブルはあったが無事ロンドンに到着。

そのまま車でロンドン塔、バッキンガム宮殿、時計塔といったロンドンの名所を回る。

 

わたしにとってはもう見飽きた場所であるが、

初めての海外旅行なためか、宮藤は楽しんでくれたので、

こちらとしても、ガイドに思わず熱が入り、久々の休暇を楽しめた。

 

「……ふむ」

 

そして、現在はかのネルソン提督を記念したトラファルガー広場にいる。

ここもまた観光名所ゆえに、トラファルガー広場は休日ということもあり少し混雑している。

 

それだけなら、観光地ではありふれた光景だがその観光客の大半が軍人であった。

見たところリベリオン、扶桑、ブリタニアそして我がカールスラントの兵士と実に国際色豊かである。

 

自分と同じ休暇でロンドンに来たのは想像できるが、少し多すぎる気がする。

以前兵站将校と話しをしたが、作戦開始前に英気を養うべく、こうして休暇を与える事があるらしい。

 

と、なると恐らくだが、大陸反攻作戦。

史実で言うところのノルマンディー上陸が近いのは本当なのだろう。

 

「バルクホルンさん!」

 

っと、宮藤に呼ばれた。

 

「そこの屋台で買ってみたんです、一緒にたべましょう!」

 

そう言い、笑顔で宮藤は新聞紙に包まれた揚げ物。

英国名物、フィッシュ&チップスを見せた。

 

む、いいな。

わたしの好物じゃないか。

 

前世で散々糞不味い、

との評判を受けている英国飯マズの代表格だが、意外とそうでもない。

冷えると流石にまずいが、ホカホカに焼けたものはこれまた英国名物のエールとも合って非常に良いものになる。

 

「ん、貰おう」

 

というわけで、頂くとする。

宮藤から受け取ったフィッシュ&チップスは揚げたてらしく、

茶色い衣がシュウシュウと音を立てており、実に香ばしい香りがしていた。

 

そこに、大きく口を開き噛み付く。

じゅわりと魚の油が口いっぱいに広がる、

それだけではない、白身魚の淡白な味わいが実に良い。

 

「ちょっと、油っぽいけど、

 おいしいですね、バルクホルンさん」

 

宮藤も同じく白身魚とポテトを口に頬張っていた。

うむ、たしかにうまい。英国料理は何とやらというが悪くない。

某ウナギゼリーを除けば、揚げ物にはずれはない。

 

「食事を終えたらどうする宮藤?」

「そうですね、ロンドン塔とかまだ見たことありませんし」

 

ロンドン塔か。

本物の幽霊が出るという噂だが行ってみるのもいいな。

 

「よし、今度はそっちに行くか」

「はい」

 

そんなこんなで英国グルメを堪能し、

次の観光地へ移動しようと思い、2人で車に移動するがこちらに駆け寄る人影、いや少女がいた。

 

白のブラウスに首元に青いリボンを締め、

スカート…あ、いやこの世界ではベルトだったな。

そして、青い目をして鼻や口のバランスがよく整った顔をした少女が、

わたし達の目の前に息を切らしつつ駆け寄り、声を掛けるより先にわたしの両手を掴むと叫んだ。

 

「ごめんなさい!しばらく匿ってください!」

 

くすんだ金髪の少女。

わたしより少し下の少女が唐突にそんな事を言った。

 

周囲から好奇の視線が突き刺さる。

あ、いや、待て待てどういうことなの?

キマシタワーなのか!キマシタワーが設営されたのか!!?

 

というか、貴女は誰ですか!?

 

「バルクホルンさん、何か怪しげな、黒服の人が来ますよ!?」

 

宮藤が指差す方向から、

確かに黒服のスーツにサングラスを掛けた屈強な男達がこっちへ駆け寄っている。

 

ああ、まったく!

どうやら、厄介ごとに巻き込まれたようだ。

 

「早く乗れ!そして掴まれ!」

 

2人を車内に引き込むと、

エンジンを起動、男達が飛び込む前に先にバック、そのまま、Uターンして逃走した。

 

 

 

※  ※  ※

 

 

 

「はじめまして、エリーといいます。

 ありがとうございます、お陰で助かりました…」

 

「あ、どうも。宮藤です」

 

厄介ごとを巻き込んだ少女の名はエリーと言うらしい。

一体何が原因で追いかけられているのか、何故自分達を巻き込んだのか、

聞きたいことは沢山あるが…宮藤、そこは普通に挨拶するところか?

 

「で、エリーは何故逃げていたんだ?

 それに、あの黒服の男たちは一体なんなんだ?」

 

もしもの尾行を巻くために頻繁に道を曲がらせつつ、エリーに問いただす。

厄介ごとに行き成り巻き込んだのだから、こちらには聞く権利があってしかるべきである。

 

「その、それは…」

 

顔を伏せ、戸惑うエリー。

このまま沈黙でもするのかと思ったけど、ぽつぽつと語り始めた。

 

「父と喧嘩をして外に出たんです」

「え、喧嘩?だとするとあの人達は?」

「はい、家の護衛です」

 

どうやらマフィアに狙われているとか、

そんな大層な話しではなく家出という平凡な原因であった。

しっかし、護衛付きの家庭ねぇ…エリーの英語も上品だし案外この子は貴族の娘かもしれない。

 

「喧嘩か、にしては大げさな気がするな」

「父は心配性なので…」

 

エリーが苦笑を零した。

だが、直ぐにその喧嘩の経緯を語る。

 

「…私、実はウィッチなのです。

 貴方達のように空こそ飛べないけど簡単な治療ぐらいは出来ます」

 

エリーが語る。

ふむ、ここは黙って聞くのがよいな。

 

「何もできずにただじっとするのが嫌だったんです。

 それでも、軍に志願しようとしたのですけど、父はずっと反対していて、

 私の意思を無視して未だにファラウェイランドの方に疎開させようとするのです」

 

エリーが俯き、悔しげに手を握る姿がバックミラー越しに見えた。

宮藤が心配そうに、エリーの様子を見ている。

 

「だから、お父さんと喧嘩して出たの?」

「はい、そうです」

 

宮藤の問いにエリーが頷く。

成る程な、それで家出をしたわけか。

 

で、だ。

 

「それで、家を出てから何かアテでもあったのか?

 それと今後の予定は?どこかで降ろせばいいのか?」

 

「その、えっと」

 

念のために何か考えでもあったのか聞くが、

家出娘は視線を彷徨わせ、言葉を詰まらせている。

 

…本当に、何も考えずに家出をしたのだな。

いや、いいさ。家出なんて大抵そんなものだから。

 

「やれやれ、困った家出娘だ。

 予定がないなら、このまま一緒にロンドン観光でもしないかエリー?」

 

「えっ!?いいのですか?」

 

「これも何かの縁だ、宮藤はどう思う?」

 

わたしの提案にエリーが驚愕の眼差しで見る。

別に今更1人くらい増えてもまったく問題ない。

 

むしろ、適当に放り出す方が気が引ける。

これも何かの縁だと思えばこの休暇もまた楽しいものになる。

 

「はい、私も賛成です!」

「み、宮藤さん!?」

 

宮藤が勢いよく手を上げ、賛同を示した。

うん、だった決まりだ。

 

「エリー、エリーの事情にわたし達に出来ることはないけど、

 嫌なこととかは、今日一日遊んで忘れさせる事ぐらいはできるから遠慮しないで欲しい」

 

「そうだよ、エリーさん。

 一緒に楽しんでしまいましょう」

 

「……はい、お2人共、ありがとうございます」

 

わたし達の提案に彼女は涙ぐみ、感謝の言葉を綴った。

 

「ところで、貴女の名前を聞いていないような……あの、名前を聞いていいですか?」

 

む、ああ。

そういえば宮藤はともかくわたしの名を言っていなかった。

 

「あ、ああ。バルクホルン。

 ゲルトルート・バルクホルンだ」

 

「バルクホルン…もしかしてあのバルクホルンですか!?」

 

エリーは、突然何かを思いついたように手を鳴らした。

ま、「あの」と言われるバルクホルンと言えば第501戦闘航空団に所属するウィッチのエースである自分しかいない。

 

「まあ、そうだが、何か?」

「あ、あのですね」

 

先程までの落ち込んだ空気は消滅し、代わりに目を輝かせるエリー。

ああ、またか。何度もこうした人間は見たことあるし、慣れているし、次の行動が予想できる。 

 

そして、エリーは予想どおり、

ポケットからメモ帳とペンを取り出し叫んだ。

 

「後でいいのでサインをください!」

 

 

 



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第15話 「ロンドンの休暇Ⅱ」

お待たせしました。
久々なので出来具合は悪いかも知れませんが今後も頑張ります


 

 

タワー・ブリッジ。

 

1894年に完成した跳開式の可動橋で、

仕組みは東京の隅田川にある勝どき橋と同じである。

ただ、外観はタワー・ブリッジの方が見栄えがよく現実でもロンドンの名所として知られている。

巨大な橋が持ち上がる光景はなかなか壮観で、周囲の観光客からおお、と声が挙がる。

 

「わ、わわ、動いてる、動いてるよエリーさん!」

「はい、私も間近で動いているのを見るのは初めてです」

 

宮藤、そしてエリーも2人で楽しそうにはしゃいでいる。

そんな2人を案内するのがわたしの役割だが、何だが家族サービスをする父親の気分だ。

 

「む、宮藤は兎も角エリーは始めてなのか?」

「ええ、普段はあまり、その、こうして遊ぶ機会がないので…」

 

遊ぶ機会がない、ねぇ。

やっぱりこの子は良家の子女なんだろうな。

この時代はそういう層はごく当たり前にいるし。

 

「そうか、わたしは籠の中から救い出す騎士様でないけど、

 魔女として、今日1日を楽しむ魔法ぐらいは使おうと思う」

 

「ふふ、素敵な魔法。

 ありがとうございます、魔法使いさん」

 

エリーはくるりと此方に向きなおすと、

慣れた手つきでスカート(ベルト)の端を両手で掴んで感謝の意を示した。

スカート、あ、いやこの世界ではベルトを掴んでお辞儀をするなんて本当に貴族の娘っぽいなこの子は。

 

「あ、バルクホルンさん見てください。

 あそこでニュース映画の撮影をしてますよ!」

 

なんて考えていたけど、

宮藤の言葉に釣られて彼女が指差す方向を見る。

そこには確かにカメラが数台、レフ版、棒マイク。

などなど各種機材を持ったスタッフ達がごそごそと準備をしている。

 

プロパガンダ映画の撮影だな、あれは。

この時代はネットどころかテレビすらなくて映像で見るニュースといえばニュース映画だしな。

わたし自身、何度か戦意高揚のためのプロパガンダ映画には参加したし懐かしい。

 

しかしどこか違和感を感じる。

こう、なんて言えばいいのか…そうだ、妙にこっちを見ている気がする。

 

改めて、周囲を見渡してみた。

前方に老夫婦のペア、老婆が時折こちらに視線を寄越す。

老人が喉元に手を当てて何かを呟いている…たぶん、喉頭式マイクを使っている。

 

手鏡を取り出して、身づくろいをするふりで後ろの様子を見る。

ベンチで新聞を読んでいる紳士、一見ごく普通の光景である。

だが、ウィッチの強化された視力では紳士の耳元にイヤホンがあるのがわかった。

 

……試すか。

 

「失礼」

「きゃ?」

「わっ!?」

 

2人の手を引っ張り、

左にエリー右に宮藤を抱え魔法力を発現。

そのまま、全速力で駆け抜けた。

 

周囲はいきなり街中で魔法力を発現させたことに驚き、

両脇に少女を2人を抱えた自分に好奇の視線を送っている。

 

そして、視線を先の老夫婦の方へ再度見たが…当たりだ。

慌てて立ち上がって、どこかと連絡する素振りを見せていた。

っと、おまけに前方にいかにも、という黒スーツの男がこっちに寄ってきている。

 

「悪いが2人ともしばらくじってしていてくれ」

「えっ、バルクホルンさん?」

 

宮藤の疑問に答えるより前に問答無用に纏めて2人を両脇で抱えて駆ける。

このまま車に戻って逃走すべきだが―――ちっ、先回りされている。

 

ついでに、後ろからも追いかけられているようだ。

だとすれば逃げ道は唯一つ、川だ。

 

「うぁ!」

「ひゃ!?」

 

橋の手すりに足を掛けて、魔法力で強化された筋力で一気に川に飛び込んだ。

脇に抱えている2人が悲鳴を上げるがまあ、仕方がない。

 

いくら下が水とはいえ高さは相応にあるから。

そして、このまま3人で水泳ということには―――ならなかった。

 

狙い通り橋を通過していた川船に着地。

高所から飛び降りての着地なんて格好が良いものだが、

普通ならば膝を痛める上に、人を2人も抱えてなんて膝を完全に壊す蛮行であるが、

ウィッチとして強化された肉体は何ともなかった。

 

だが見ていた側には衝撃的なシーンだったらしく、降りた先の船員たちはわたしをガン見している。

まあ、空から両脇に少女2人を抱えたウィッチが降ってくればそうなるか。

 

「訳があって逃げている、手伝ってくれないか?」

 

意味ありげに片目をつぶり、

脇に抱えた2人を持ち上げると船員たちが笑いながら口笛吹いて挨拶を返してくれた。

 

…あー勘違いしているが、細かい所は気にしないで置こう。

見ず知らずの自分に協力してくれるのだし。

 

「まあ、これはもしかして愛の逃亡というものでしょうか?」

「へ?」

 

続けて殿方でないのが残念と呟くがまったくそうだ。

愛の逃亡かロマンだけど今のわたしは女なんだよなぁ…。

改めて頬を赤らめるエリーと頭に?を浮かべる宮藤。

 

そして再度10代の少女を両脇に抱える自分を見る。

うん、愛の逃亡よりも誘拐という単語の方が強く連想できる。

 

ぐきゅう。

 

なんて考えていたら唐突に腹の虫が鳴る音が聞こえた。

思わず、宮藤の方を見るが顔を横に振っている。

もしやと思いエリーを見れば顔を背けた。あ……。

 

「…お昼にするか」

「はい……」

 

彼女の名誉のために深く突っ込んではいけない。

その後、船を市内に進めてもらい、ロンドン名物の2階建てバスで適当に移動。

適当な料理屋に入って昼食を頂くことになる…鰻があると聞いて宮藤が頼んだ鰻がアレだったが。

 

 

 

※  ※  ※

 

 

 

「な、なんで鰻をあんな風に料理しちゃうんですか!!!」

 

昼食を終えて店を出てから鬱憤を晴らすように宮藤が叫んだ。

骨ごと鰻をぶつ切りにして煮込んだ鰻と煮る檀家で煮こごりとともに食べさせる代物だが、

煮込む際に醤油のような濃い味付けをしないせいで淡白すぎる味となってしまう。

 

鰻の蒲焼に慣れた人間にはカルチャーショックが強いようで、

始めはちょっと贅沢しちゃおう、なんて顔を輝かせて宮藤の表情が出された料理に戸惑い。

食べ初めてからは徐々に瞳からハイライトが消えていったのは、ああ同情するよ。

 

「あの…すみません巻き込んでしまって。それにお昼まで奢ってもらって」

「何、この程度は大丈夫さ」

 

エリーが頭を下げるがこの程度はたいしたことはない。

何せ普段基地で生活している間はお金を消費しないものだから貯まる一方だし。

 

「バルクホルンさん、この後どうしますか?」

「ああ、そうだなぁ……」

 

宮藤の言葉にチラリとエリーを見る。

彼女は次はどこに行くか顔を輝かせスカートを握り締めている。

そんな表情をされたらすることなんて決まっている。

 

「よし、このままロンドン物見遊山を続行しよう」

「はい!ありがとうございます!!」

 

エリーがわたしの手を握り感激の感情を握った手を振ることで示した。

 

「けど、私達といられるのは夕方まで。

 それからはエリーは1人になるが、それでいいのか?」

 

人から感謝されるのは嬉しいものだ。

だけど、これだけはハッキリしなくてはならない。

まさか基地までエリーを連れて行くわけには行けないのだから。

 

「分かっています。

 元々私が家を飛び出したのだから私が悪いのです。

 けど、バルクホルンさん安心してください。父とは今晩もう一度話し合ってみます」

 

こっちの杞憂を他所にエリーは決意を表明した。

よし、だったら決まりだ。

 

「ではロンドン観光第2弾と行こう」

「はい!」

「はーい」

 

 

 

世界的に有名な探偵小説「シャーロック・ホームズ」

主人公が下宿していたベーカー・ストリート221b番地のアパートを見学。

持ってきたカメラでアパート正面で宮藤、エリーの2人の記念撮影。

 

「学校のみんなに自慢できちゃうなー」

「ふふ、私も父に自慢できてしまいます」

「それはよかったな」

 

近所の土産物屋でホームズ関係のが販売されていたので、

宮藤がホームズのマント、エリーが父親への土産にパイプを、

わたしは暇つぶし用に英語版シャーロック・ホームズを購入する。

 

 

 

今度は時間短縮もかねて贅沢にタクシーを使ってロンドン塔へ。

約1000年に渡って増改築を繰り返した歴史的建造物と同時に、

かつては数々の王族を処刑、幽閉した曰くつきの観光名所である。

 

「いい眺めだ、それに人があまりいないのも幸いだ」

 

塔の頂上は前世で登ったスカイツリーよりもウンと低いが、

高層マンション自体あまりないこの時代では意外と良い眺めに嘆息する。

 

「でもこの場にいるのは私達だけではありませんよ、だってほら後ろにもう一組いますよ」

 

エリーに従い後ろを振り向くが誰もいないが、はて?

 

「え、いるじゃないですか。

 なんか古風な服装をした男女ですよ。

 恋人なのかな、いいなあー私なんて出会い自体ないし」

 

続けて宮藤が言葉を綴る。

再度後ろを見るがだれも見当たらない。

 

「あ、宮藤さん、あの2人…きゃー!」

「わ、わー!いいなーいいなー」

 

それでも2人がまるで見えているように騒ぎ出す。

わたしを騙したり揶揄ったりする演技なんてことはないし、

ロンドン塔は「出る」という噂は聞いているがまさか、まさかな…。

 

「あ、記念撮影お願いします、バルクホルンさん!」

 

写真に変な物が写らなければいいけど…。

 

 

 

大英帝国博物館は見所が多すぎて時間が足りないので、

目玉であるエジプトのミイラにロゼッタストーン、古代ギリシャのパルテノン神殿を飾った彫刻を主に見学する。

 

「ブリタニアの物が少ないなあ、上野の博物館みたい」

「宮藤、そうなのか?」

 

宮藤が言うのは上野の博物館も展示物が海外のものばかりだそうだ。

まあ第六天魔王もといノブノブが本能寺を生き残って海外進出ヒャッハー!

な世界なのでここと同じくかつて略奪した物の展示物があっても不思議でないか。

 

それはさて置き。

 

「猫耳なギリシャ彫刻の女神像とは…」

 

人類とウィッチ関わりは人類史と密接に結びつき、

歴史の騒乱点でウィッチが関わることで前世の歴史とは違う歴史を歩んできてのは知っているが、

頭から突き出た猫耳のギリシャ彫刻を見ていると等身大フィギュアという単語がどうも浮かんでしまう。

 

そして昼食を終えてからここで3箇所目の観光地。

なかなかの強行軍であったが久々に戦争を忘れ楽しめた。

だが、何事も終わりがあるように太陽は沈み始め、時刻は夕方の時間を示すようになった。

 

 

 

「今日は本当にありがとうございます。

 素敵な魔法の時間を頂いて本当に感謝していますバルクホルンさん、宮藤さん」

 

約束の時間に至りわたし達は分かれることになった。

結局黒服の男達による尾行は見受けられれず1日が終わった。

正直拍子抜けしたが済んだことを気にしても仕方がない。

 

「家の近くといったが本当にここらなのか?」

「はい、そうです」

 

正面に見えるバッキンガム宮殿を筆頭に官庁と高級住宅が集中する地区だ。

なんだが妙なひっかかりを覚えるが、なんだろう?

 

「それではまた何時か会う日まで、御機嫌よう」

「ああ、じゃあな、エリー」

「エリーさん、またねー!!」

 

手を振り別れを告げる。

そしてエリーの姿が夕焼けのロンドンの街中へ消えていった。

 

「別れは意外とあっさりとしたものだな」

 

思わずそんな感想が口から漏れる。

 

「でも、バルクホルンさん。私なんだがエリーさんとはまた会える気がするのです」

「ほうその根拠は?」

 

わたしの感想に宮藤が反論する。

 

「魔女の勘です!!」

 

対して宮藤はこれ以上ないドヤ顔で答えた。

そんな表情が微笑ましくてこっちの口元からも笑みがこぼれるのがわかった。

 

「ふ、魔女の勘か。たしかに我々に相応しいな。

 ああ、きっとエリーとはまた会えるだろうな宮藤が言うとおり」

 

これはわたしだけが知っている事実だが何せ世界を救う主人公の勘だ。

なら間違いなく彼女とはまた出会えるはずだ。

 

「さて、わたし達も帰ろう。

 今のわたし達の家である501の基地に」

 

「はい!」

 

彼女に家があるようにわたし達も帰る。

今日の出会い、特にエリーの正体に気づくのはもう少し先の話である。

 

 

 

 



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第16話「悩み」

連載できた(驚愕)



 

ウィッチとして、家族の仇のために、貴族としての義務。

そのために軍に入ったのが今から4年前の11歳の時だったはず。

ペリーヌ・クロステルマンは模擬戦の最中そう回想した。

 

普段ならばそんな事を考える事はない。

しかし、今日は宮藤芳佳との模擬戦の最中そんなことを考えてしまった。

 

宮藤芳佳。

坂本少佐により扶桑からスカウトされた人材だが、

聞けば軍のウィッチ養成学校に入っていないどころか、

ついこの間までまったく関係ないごく普通の学校に通っていたと聞く。

 

しかし、彼女は501に着任する前、何の訓練も受けていない状態で空母「赤城」を見事に守りぬいた。

その後も基地に襲撃してきたネウロイをリネットと共同で撃墜することに成功した。

 

全て偶然と幸運といった言葉で片付けることはまったくできない。

それなりに修羅場を潜ったペリーヌから見ても彼女の戦場での適応力の高さは異常だ。

どんなに魔法力が高くても戦場に立つ軍人として心構えが十分出来ていない段階でここまで戦果を挙げることは極めて稀だ。

現に同じ501の隊員で現在こそ世界一の撃墜数を誇るエーリカ・ハルトマンの初陣は散々なものだったと聞く。

 

まるで、御伽噺の英雄ね。

ペリーヌの頭の中でそんな発想が思い浮かぶ。

 

でも、思ってしまう。

仮に英雄ならばどうして彼女のような人間があの時来てくれなかった。

家族を失い、亡国となった故郷から別れる事を余儀なくされたあの4年前の時に。

 

あるいは、あの時。

自分も彼女のような才能があれば―――。

 

「っっ!!」

 

突然体に衝撃が走る。

ペイント弾が命中したのだ。

思考の海に沈みこんでいた意識が強制的に覚醒された。

 

『そこまで、ペリーヌの撃墜を確認!宮藤の勝ちだ』

 

地上から判定していた坂本少佐の声が耳のインカムから聞こえる。

 

『ペリーヌのユニットは速度を生かした一撃離脱に向いている。

 射撃位置に素早く移動し、離脱する。格闘戦は最小限に抑えるべきだ。

 ましてや宮藤のは私のと同じく格闘戦が得意な零戦だからなおさらだ、しっかりしろ』

 

「…っ申し訳ございません、坂本少佐!!」

 

目の前に少佐は居ないが頭を下げる。

 

『まあ、ペリーヌにも油断があったのだろう。次からは気をつけろよ』

 

叱咤はそれだけでフォローする坂本少佐。

が、ペリーヌの内心はそれで晴れない。

 

先ほど考えてしまった事。

過去の後悔、嫉妬、といった負の感情が心を占める。

 

その対象、宮藤芳佳。

そして坂本少佐に知られたくないので、

表情や声で己の内心が露見しないように勤める。

が、返って表情が硬くなっているのが自分でも分かる。

 

「どうしたんですか、ペリーヌさん?」

「ふん、何でもありませんわ!」

 

ああ、まったく。

この能天気な彼女が憎らしく、同時に羨ましい―――。

 

 

 

※  ※  ※

 

 

 

「心に迷いがあるな、ペリーヌは」

 

2人の模擬戦を監督していた坂本少佐が呟いた。

そして、それはわたしと同じ感想であった。

 

【原作】では色々ネタ扱いなペリーヌだが、

この時点で既に戦場を知る兵士であり未来のエースウィッチとして期待されている。

少なくとも今の時点で才能と勘だけで戦っている宮藤を負かすことぐらい出来るはずだ。

例えロッテを組まない一騎打ちでも宮藤に勝機はない、そうわたし達は予想していた。

 

だが、模擬戦を始めてから違和感に気づいた。

旋回の幅が何時もよりも大きく、無駄がありすぎた。

速度を生かした一撃離脱をせずに相手が得意とする格闘戦に飲まれる。

 

等とペリーヌらしくない姿が見えた。

……というか、まんま【原作】で悩みを抱えるバルクホルンじゃないか!

 

祖国を失い、家族が犠牲になった点といいそのままだ。

だが今までこんな風に弱みを見せるようなことはなかった。

 

「宮藤さんね、原因は」

「宮藤がか、ミーナ?」

 

同じく模擬戦を見ていたミーナが口を開く。

その内容はわたしの予想と一致していた。

 

「宮藤さんはまだまだ未熟な所ばかりだけどその成長速度は驚異的だわ。

 たぶん、ペリーヌさんはそんな宮藤さんを見て嫉妬しているのよ。

 自分がもし宮藤さんと同じように天賦の才があれば祖国を守れたはずなのにって」

 

「……そうだなミーナ。元々才能はあると見ていた。

 まさか宮藤があそこまでウィッチとして、戦闘の才能があるなんて私も想像できなかった」

 

宮藤芳佳のウィッチとしての成長ぶりは目覚しい。

今のペリーヌとの模擬戦を除けば普段はコテンパンにされている。

 

が、時折ベテラン勢の意表を突くようなことをしてくる。

とてもじゃないが、ついこの間までいた軍とは関係ない女学生だったとは思えない。

心構えで言えば未熟者もいい所であるが、間違いなく天賦の才を持っている。

努力と経験で今の地位にいるわたしも宮藤を見ていると時折嫉妬せざるを得ない。

 

もしも、彼女のように才能があの時あれば。

この世界の妹を失うことはなかったはず、そんな事を考えてしまう。

 

彼女は何時かわたし達を越えたその先にたどり着くだろう。

そして、それを人々は英雄と呼ぶ。

 

「未来の英雄候補かもしれませんね、宮藤は」

「英雄か、大きくでたなバルクホルン」

「あら宮藤さんが英雄なんてらしくないわね」

 

冗談の類と思ったのか坂本少佐とミーナが笑う。

だけどわたしはこれが冗談でもなくなく本気に思っている。

むしろ宮藤芳佳という人間を見て一層その事実にさらに確信しつつある。

 

空母「赤城」を守り抜いた事。

リネットと共にネウロイを撃墜した事。

そうなる事は知ってはいたが現実として見ていると逆に現実味を失いそうだ。

 

どれも普通ならば出来ないことを彼女は易々とやってのける。

単純に才能や運に恵まれていたと片付けるにはとてもできない。

【主人公】という因果が彼女を引っ張っているとしか表現できない。

 

だからこそ彼女、宮藤芳佳を全力で守らなければならない。

この世界の行く末を握るのはまちがいなく彼女なのだから―――。

 

「さて話は変わるがバルクホルン。しばらく2人を監督してみないか?」

 

なんて考えていたら少佐が予想外の提案を提示してきた。

 

「少佐、なぜわたしなのでしょうか?」

 

2人を監督するなら別にわたしじゃなくても良い。

階級ならシャーリーでも良いし、何なら少佐が直接監督できるはずだ。

むしろその方が特にペリーヌが喜ぶ気がする。

 

「私が監督すべきでは、という表情だなバルクホルン。

 それもよいが、あまり私と宮藤が一緒にいるとペリーヌの調子が狂うからな。

 ただでさえ精神的な調子が悪いのに、私がいるとさらに調子を崩しかねない」

 

神妙な表情と共に少佐が言葉を綴った。

少佐、決してペリーヌが調子が悪くなるわけじゃありません。

宮藤に構う姿に嫉妬する恋する乙女なのですが……それを調子を崩すと表現するなんて。

 

【原作】のいらん子中隊を題材とした作品で百合百合なシーンが多くあったように、

この世界では百合が案外と許容されているからペリーヌの普段の言動で気がある事ぐらい分かるはずなのに。

 

まあ、基本脳筋体育会系の少佐だしな…。

 

「…はぁ、これだから美緒は」

「ん、何だミーナ、ため息なんかついて」

 

そしてここにも想いを寄せる乙女の嘆き。

ミーナがため息をつき、がっくりと頭をうな垂れ、首を振る姿には同情を禁じえない。

 

「でも美緒の提案に私も賛成よ

 階級的にはシャーリーさんが監督してもいいけど、トゥルーデ。

 これは貴女にしかできないことよ、だって貴女はペリーヌさんの気持ちが理解できる人間だから」

 

「それは……」

 

ミーナが言わんとしていることは予想できる。

わたし達、ペリーヌとわたしは肉親を失った者同士。

だから彼女を支えることが出来るのはシャーリーでなくわたしだとミーナは言っている。

 

けど、わたしに出来るだろうか。

ペリーヌの心を立ち直させることなんて。

 

「悩んでいるのね、もっと自信を持ってトゥルーデ。

 しばらく接点を増やして寄り添ってあげるだけでいいから、気楽に考えて」

 

「うむ、別に難しいことではないぞ。

 この後は予定通り部隊の皆を集めて茶の時間だ。

 まずはそこから親睦を深めてみればいいだろう。」

 

そうだ、わたしは少し考えすぎかもしれない。気楽に考えよう。

この間に宮藤とロンドンで非番を楽しんだように気楽に行こう。

ペリーヌとは仕事以外での接点が少なかったし、これを機会に親睦を深めるの良い。

 

この後開く予定の茶会で【原作】ではペリーヌは何気にボッチだったから、

わたしに宮藤、リネットを加えた4人、それにエーリカも混ぜて5人で過ごすのも悪くない。

 

ペリーヌ本人は大所帯で嫌がるけど、

いやあれはツンツンしているだろうから少しずつ接点を増やしていこう。

 

そうと決まれば―――。

 

「な―――!!」

 

暢気に考えていたが、突如鳴り響く警報。

抜き打ち訓練でないのはミーナと少佐の顔を見れば分かる。

 

ゆえにこれは。

 

「敵襲ーーー!!」

 

ネウロイが襲来したのだ。

なぜだ、早すぎる!

 

 

 

 



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第17話「信じて」

事情があるとはいえ更新が遅れてすみません!



 

また戦いね。

そうペリーヌは内心で呟いた。

 

『最近のネウロイのパターンにはブレが多いな』

 

『カールスラント領で何か動きが有るって聞いたけど。

 …あるいはもしかすると例の反攻作戦に気づいているかもしれないわね』

 

坂本少佐とミーナ中佐の雑談の内容に体が一瞬硬直した。

秋の反攻、噂のDディについては自分も聞いている。

ガリアのノルマンディ、あるいはカレーに連合軍が上陸し欧州の開放を目指す。

 

その時自分は先陣をきって戦いに行くべき。

否。戦うことを心の底から望んでいる。

 

例え祖国解放の半ばで戦死しても構わない。

少なくともここで戦死する場所は異国のブリタニアであるが、

ガリアで戦って戦死すれば生まれ故郷と両親が眠る地で死ねるのだから――――。

 

「クロステルマン中尉!」

 

そこまで思考の海に沈んだ刹那。

上司に呼ばれ突然のことでびくり、と体が震えた。

 

「ペリーヌ、いや。

 クロステルマン中尉。気が散っているぞ」

 

長機のバルクホルン大尉だ。

名前ではなく苗字と階級で自分を呼んでいる。

今自分が置かれている状況と照らし合わせてこの意味を直ぐに理解した。

 

「……っ申し訳ございません、大尉!」

 

そうだ、今は任務中。

余計な思考迷路に嵌っている暇はない。

何時ものように何も考えずにネウロイを倒してしまえばいいだけだ。

 

「…なら、いい。それとこの戦いが終わったら少し話があるから来てくれないか?」

「はい」

 

そう、何も問題はない。

 

 

 

※  ※  ※

 

 

 

まいったな。

ペリーヌは問題ないと言いたげな表情だけど大いに問題がある。

戦争と言う異常な環境ではメンタルの問題が発生し易く、そのケアが非常に重要だ。

 

【原作】のバルクホルンなどはまさにそうしたケアが必要だった。

そしてこの世界でバルクホルンであるわたしは妹を死なせてしまった後ろめたさがまだ、ある。

宮藤の、かつての妹の姿に予想外に似ていたことに動揺したし、今も後悔などで感情の整理が追いつかない時がある。

 

けど、それでもわたし自身は生きていくしかなく、

この世界の主人公を助けてネウロイと戦わなくてはならないことを知っている。

 

だからこそ、戦える。

目の前に分かりやすい目標があれば人は頑張れる。

 

けど、ペリーヌは違う。

彼女の目標はさながらエベレストのごとく高く、遠い目標だ。

祖国奪還、という大きすぎる目標は彼女の心を確実に蝕んでいる。

そして心に問題を抱えた人間のやることと言えば己の限界を超えた行動をすることだ。

 

「くっそ、」

 

思わず悪態が零れる。

メンタルケアなんてわたしには出来ない。

 

心を癒すことを出来るのは自分自身、

つまりペリーヌ自身が最終的にどうにかしなきゃいけないのだから!

 

『ネウロイ発見!方角1時、高度5000!』

 

なんて考え込んでいたら前衛の坂本少佐からネウロイ発見の報が届く。

少佐の言葉に従いその方角を見れば――――いた、黒々しい飛行物体が飛んでいる。

 

『こちらも確認したわ美…少佐。

 少佐は宮藤さんと共にネウロイに突入。

 バルクホルン、ペリーヌのペアはその援護に回りなさい』

 

ミーナの指示に了解と皆返答する。

銃の安全装置を解除し、魔力をユニットに注ぎ込む。

 

さあて、わたし達の商売のはじまりだ。

 

『3…2…1……突入!』

 

ミーナの合図で一斉に降下を開始。

保護魔法越しに強力なGが体を締め付ける。

 

が、むしろ心地よい。

これこそ空を生身で飛ぶ楽しい所だ。

しかし、ネウロイはそんな楽しい時間を容赦なく奪う。

距離的に拳ほどの大きさに見えるネウロイから盛んに赤い光線が放たれる。

 

…っ、いつも思うが某妖怪をモチーフにした弾幕ゲーみたいだ!

幸いなのは爆発系の攻撃がなく直線系しかないことか?

 

『まだだ…もう少し、もう少しだ……よし、宮藤。撃て!』

『はい!』

 

先行していた少佐、宮藤の組が攻撃を開始。

何発かが当たったらしくネウロイが雄叫びと共に2人に光線を集中させる。

そして、数えるのも億劫になるほど膨大な光線が降り注ぐがメイン盾である宮藤がその全てを防いでしまう。

 

そのせいか、余計にネウロイは2人に気を取られこっちが疎かになり。

 

『こちらリネット、援護射撃開始します!』

 

ドン!と一際大きな銃声と同時にネウロイにリネットの対戦車ライフル弾が命中。

ネウロイから悲鳴のような金属音と白い結晶が零れる、初弾命中なんて成長したなリネット。

 

ならばこっちも負けていられない。

 

「よし、突入するぞクロステルマン中尉。ついて来い!」

「はっ!」

 

少佐、宮藤の組が離れた隙間を埋めるようによろめいたネウロイに肉薄。

照準どころか目の前で黒い壁にしか認識できないほど接近して引き金を引き鉛弾をプレゼントする。

 

それも容赦なくだ。

ネウロイには悪いがここで早々に撃墜してしまおう。

 

…っと、すぐに離脱と。

 

『こちら坂本、再突入する!』

 

離脱と同時に入れ替わるように少佐、宮藤の組が突入。

ネウロイがわたしの方に向いていたせいで反応できず集中射撃を受ける。

ダメ押しとばかりにリネットからの援護射撃でネウロイは大きな悲鳴を上げる。

 

状況は悪くない。

こちら側に非常に有利に進んでいる。

後2、3回突入と離脱を繰り返せば確実にネウロイは倒せ―――って、あの馬鹿!

 

「ペリーヌ、何故付いてこない!!」

 

後ろについてきているはずのペリーヌはおらず、

振り向けば彼女は未だネウロイに食らいつき銃撃を浴びせていた。

くっそ、ネウロイと戦いだして行きなりこれとかまったく勘弁してもらいたいものだな!

 

「ペリーヌ、応答しろ!ペリーヌ!深追いをするな!」

『く、この!堕ちなさい!堕ちなさい!』

 

呼びかけるが聞こえるのは銃声と罵声のみ

まるで初めて実戦に遭遇した新兵のように完全に頭に血が上っている

 

『クロステルマン中尉、ペリーヌさん、聞こえますか!バルクホルン大尉に従いなさい!』

 

しかもミーナからもペリーヌがネウロイに近づきすぎたことを視認したようだ。

ああ、もう、こうなったら強引に連れて行くしかない!

 

『こちらバルクホルン。

 ペリーヌの奴。頭に血が上っているみたいだ!

 さっきから深追いするなと言っているけど聞きやしない、強引に回収する!』

 

そうミーナに無線で怒鳴りつけるように言ってから加速。

たった数秒で拳ほどの大きさでしか視認できなかったペリーヌの姿が等身大まで拡大される。

腕を伸ばしネウロイに気をとられているペリーヌの肩に手を置き、文句の言葉を発しようとした刹那。

 

『待ちなさい!トゥルーデ!ネウロイが―――きゃ!?』

 

ミーナからの通信が耳に入ると同時にネウロイが爆ぜた。

いや違う、そう表現するしかないほど濃厚な光線攻撃が発せられたのである。

 

咄嗟にシールドを展開するが――――間に合わない。

わたしはペリーヌ共々地上へ墜落した。

 

 

 

※  ※  ※

 

 

 

「第4射、撃ちます!」

 

そう言い、ボーイズ対戦車ライフルの引き金を引く。

直度、ズドンと大きな銃声と衝撃が肩に走る。

射撃の衝撃で銃身が上に逃げそうになるが魔法力で強化された腕力で無理やり抑える。

 

お陰で蒼空に放たれた13.9ミリ弾がリーネの予想通りの位置に飛ぶ。

その位置には坂本少佐、宮藤、さらにはバルクホルン、ペリーヌに追い立てられるネウロイ。

 

金属の破壊音と黒板を爪で引っ掛けるような叫び声が轟く。

 

「また命中、凄いわリーネさん」

「はい、ありがとうございます。ミーナ中佐」

 

第4射に至るまで外れることがない射撃にミーナが称える。

これまで失敗しかなかったリーネはこの賞賛に思わず口元が綻ぶ。

 

「このまま行けば、もうすぐネウロイは堕ちるわね…」

 

ミーナの呟きにリネットは頷く。

既にネウロイは満身創痍といった状態で撃墜まで目前だ。

 

「ん…?」

 

だから隊で坂本少佐に次いで眼が良いリネットは違和感に気付いた。

 

「ミーナ中佐、ペリーヌさんがネウロイに近づきすぎています!」

「…っ本当ね、クロステルマン中尉、ペリーヌさん、聞こえますか!バルクホルン大尉に従いなさい!」

 

ロッテの長機であるバルクホルンから離れ、

ネウロイに食らい付くペリーヌにミーナが警告する。

よく見ればバルクホルンもペリーヌに向かって何か叫んでいる。

 

『こちらバルクホルン。

 ペリーヌの奴。頭に血が上っているみたいだ!

 さっきから深追いするなと言っているけど聞きやしない、強引に回収する!』

 

そうバルクホルンから通信が入るや否や深追いしているペリーヌに急速に近づく。

しかし、戦場を俯角していたミーナはネウロイが最後の足掻きをするところを見逃さないかった。

 

「待ちなさい!トゥルーデ!ネウロイが―――きゃ!?」

「ひゃあ!?」

 

光線がネウロイを中心に360度あらゆる方角に放たれる。

今までの攻撃とは比較することができないほど強力な光線が周囲を征服する。

 

思わずミーナ、リネットは悲鳴を漏らす。

が、怪我はなく半ば無意識に展開したシールドのお陰で無傷だ。

 

「ペリーヌさん!バルクホルンさん!」

 

しかし、もっともネウロイに近づいていたバルクホルン、ペリーヌの2人はそうはいかなかった。

リネットの視界に2人が落下する光景を確かに捉えた。

 

 

 

 

 

 

 



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第18話「英雄再び」

1ヶ月ぶりの更新です。
長らくお待たせして申し訳ございません。


 

 

【原作】では無理をしたバルクホルンがネウロイに深入りしすぎた点。

加えて少佐と一緒にいる宮藤に嫉妬を覚えたペリーヌが己の実力を証明すべく無茶な機動をするバルクホルンに随伴。

 

結果双方が衝突、その隙をネウロイが逃すはずがなく攻撃。

バルクホルンはシールドを展開するが間に合わず光線が弾装に触れて引火。

負傷して墜落から始まる主人公宮藤との係わり合いなのだが…どうしてこうなった、というか!

 

「痛っいなあ、畜生!!」

 

現在絶賛落下中!

上空からはネウロイの光線が逃がさぬとばかりに飛んできている。

 

『…っトゥルーデ!意識はあるのね!!』

「ん、ああ。ミーナかわたしは大丈夫だ。腕に破片が刺さって痛いけど何とか」

『そう…』

 

ミーナから通信が入る。

何とか、と言ったけどネウロイの光線でペリーヌの銃が爆発して、

飛び散った破片が左腕に何個も突き刺さっており、焼き鏝を押し付けられたような痛みがする。

 

というか、血まみれだ。

左腕は動かしにくいし、左の方で持っていた銃なんて落としてしまった。

制服を駄目にした点に銃の紛失…後で用意する書類が面倒だ……。

 

「それより、ペリーヌに意識がない。

 腹部に出血している、早く宮藤を」

 

間一髪で捕まえ、現在胸元に抱いているペリーヌに意識がなかった。

腹部に光線で暴発した銃の破片が突き刺さっており血が制服越しに滲み出ている。

状況といい【原作】のバルクホルンそっくりだ、くそ。

 

『ペリーヌさんが!?分かったわ、すぐに宮藤さんを向かわせます』

「たのむ」

 

よし、メイン盾兼治癒ユニットの宮藤が来れば何とかなる。

後は安全な場所まで離脱できたらいいけど、ストライカーユニットは破片を浴びたせいで出力が出ない。

煙も吐いているからペリーヌを抱えて安全圏に不時着するぐらいしかできないだろう。

 

それにしても参ったな。

機動力が発揮できないせいで、どうもネウロイから離脱できない。

というか、このまま墜落するしかないようだ。

 

それに――――あ、やばい。

 

『トゥルーデ!逃げて!!』

 

特大の光線が逆さの視界。

上空にいるネウロイから迫ってきている。

というかこっちに突っ込んで来ている、シールドじゃあ、防げない質と量だ。

定石通りならここは逃げの一手だけど。

 

「出力が出ないっ…!!」

 

畜生、ユニットの出力が出ないせいで逃げられない。

 

ああまったく、まいったな。

まさかここでこういう事になるとは。

 

「すまん、いや、ごめんペリーヌ」

 

シールドと自身という肉の壁では無駄と知りつつもペリーヌを抱きしめる。

死にかけたことは何度もあったけど、こんな形でなるなんて。

無線でミーナだけでなくリネットに坂本少佐まで何か叫んでいるけど、その内容が頭に入らない。

 

心残りは沢山有る。

中でもこの世界の行方、

ネウロイがいなくなった後の世界が見たかった。

 

だから、頼んだぞ。

 

「世界を頼む、主人公。

 そしてごめん、ミーナ、エーリカ」

 

そう言ってわたしは眼を閉じた。

閉じたのだけど…直撃するはずだった光線は防がれた。

どうも主人公という存在をわたしはまだまだ甘く見ていたようだ。

 

轟音とガラスが砕けるような炸裂音が響く。

瞑っていた眼を見開けばそこにはネウロイが粉々に砕けており。

 

「バルクホルンさん、ペリーヌさん!大丈夫ですか!」

 

そう、またも宮藤だった。

シールドでネウロイをぶち貫いて主人公はそんな事を言った。

この主人公が非常識なのは重々承知していたけど、盾って、武器にも使えるんだな…。

 

 

 

※  ※  ※

 

 

 

時間は少し前に戻る。

 

「ペリーヌさんが!?分かったわ、すぐに宮藤さんを向かわせます」

 

落下するバルクホルンからの報告にミーナが叫ぶ。

仲間の負傷、それも極めて重症という内容にミーナ自身が直ぐにでも駆けつけたかったが、

そうはさせまいとネウロイの光線がミーナとリネットの直ぐ傍を過ぎ去る。

 

「…っリネットさん!」

「はい!」

 

ミーナの指示でリネットが対戦車ライフルをお返しとばかりに発砲。

ネウロイに直撃し、白い結晶が吹き出るがまだ墜ちない。

それどころか周囲に我武者羅に光線を放っている。

 

「固いわね…!?」

 

ネウロイの頑丈さは人類側のあらゆる兵器を超越しているが、

大型ネウロイ、特にドーバー海峡を越える大型ネウロイは特にその常識を超越している。

 

何せ戦艦すら破壊するだけの攻撃力、

さらにその主砲の直撃にある程度耐えるなど常識を超えている。

だからこそ魔女、ネウロイの天敵足りうるウィッチの出番だ。

 

何時もならこのあたりでコアが露出するか、

飛行するだけの力を喪失して墜落しているはずだが、

どういうわけか今日のネウロイはしつこい上にここまで頑丈と来るとミーナは辟易する。

 

早急にコアを見つけ出し破壊しなければ長期戦は免れないだろう。

ゆえにミーナは指揮官として回答を導き出す。

 

「坂本少佐、宮藤さんともう一度突入するように!

 バルクホルン、クロステルマンの両者の離脱時間を稼いでください!」

 

了解した、という返答を受けてため息。

これならシャーリーにルッキーニの2人も連れてくるべきだったか?

そうミーナは考えたが、今から呼び寄せても間に合わない上に基地の戦力がエイラとサーニャだけになってしまう。

 

「だから現状の兵力で何とかするしかないわね」

 

足りない戦力で何とか賄う。

ネウロイとの戦いで昔から変わらないことだ。

カールスラントからの撤退、そしてガリアで最愛の人を失った時も―――。

 

『っ…バルクホルン!!』

 

坂本少佐の言葉に意識が現実に戻る。

慌てて視線をネウロイに向けて見ればネウロイが急降下を始めていた。

それも現在進行形で落下しているバルクホルンとペリーヌの2人に向かって。

 

2人が狙われている。

その事実にミーナは気付く。

 

同じく気付いたリネットが即座に狙撃し命中させるが止まらない。

坂本少佐も銃撃を浴びせつつネウロイの後を追うように降下するが間に合わない。

ネウロイは光線を放ちつつバルクホルン達に体当たりすべく降下している。

 

「トゥルーデ!逃げて!!」

 

悲壮な願いをミーナは声に出す。

だが、現実は非情であった。

 

『出力が出ないっ…!!』

 

バルクホルンからの返答は逃げることは不可能、というものであった

その事実にミーナは顔を青ざめる。

 

「…っ連続射撃、始めます!!」

 

事態を把握したリネットが連続して対戦車ライフルを放つ。

いくらウィッチとして基本的な体力が向上しているとはいえ、

対戦車ライフルなので連続射撃は肩に相当な負担を掛けている行為である。

が、それを承知でリネットは行い見事に命中させるがネウロイはその動きを止めなかった。

 

『すまん、いや、ごめんペリーヌ』

 

達観したバルクホルンの声が無線越しに届く。

ミーナはそれに最後まで諦めないように言おうとするが言葉に出ない。

 

『世界を頼む、主人公

 そしてごめん、ミーナ、エーリカ』

 

最後となるであろう言葉をバルクホルンが呟く。

主人公という予想外の言葉にミーナは驚くと同時に、

自分やエーリカの名前が出たことで胸が痛めつけられる。

本来謝罪すべきはかかる事態を招いた指揮官であるミーナであるのだから。

 

そして誰も彼もが終わりだと感じたが―――。

 

『私が、みんなを守るんだから―――!!』

『宮藤!?』

 

宮藤芳佳がそう叫び、

坂本少佐の驚きを置いてゆくように芳佳がネウロイに突撃。

装備するストライカーユニットの性能以上の速度でネウロイに向かって降下する。

 

「み、宮藤さん!?」

「芳佳ちゃん、1人じゃ無理だよ!!」

 

思わぬ展開にミーナにリネットも驚く。

ユニットの性能以上の力を出している事と、

1人で大型ネウロイに立ち向かう無謀な行いに対して。

しかしそれは無謀な突撃でない、という事実を目の当たりにする。

 

芳佳は銃を撃たずにシールドを展開。

そのままネウロイに体当たりしその体に食い込みコアを破壊してしまう。

ネウロイは耐え切れず、その場で白い結晶を撒き散らして砕け散った。

 

「よ、芳佳ちゃん……す、すごい……」

 

常識外れの光景にリネットが呆然と感嘆の言葉を漏らす。

対するミーナはついこの間入ったばかりの素人が空母『赤城』を守ったことに続き、

再度やり遂げた偉業に言葉を失っており、出撃前にバルクホルンが語った事を振り返った。

 

「英雄、ね」

 

まだネウロイと呼ばれなかった人類と怪異との戦いでも、

やはりウィッチが先陣を切り開き、人々に希望を齎す英雄的存在であった。

現代の戦いでも英雄と呼ばれるウィッチは実在しそこにミーナ自身も含まれている。

 

だが、この戦いは異常だ。

航空歩兵、いいやウィッチ全般から見て芳佳は遥かに抜きん出ている。

単機であそこまで出来るウィッチなどミーナは今まで聞いたことがない。

 

「とんでもない人材を引き当てたわね…」

 

あの宮藤博士の娘、

という肩書き以上の実力にミーナは嘆息する。

そして、妙に芳佳を気にするバルクホルンの態度に納得した。

 

だが、

 

「けど、主人公って何かしら?」

 

なぜバルクホルンが芳佳のことを主人公、

と呼んだのかミーナは理解できず引っ掛かりを覚えた。

 

 

 

 

 







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第19話「病室」

なんとか更新できました・・・・


 

 

「あ……?」

 

ペリーヌ・クロステルマンが目覚めた先に見えたのは病室の天井であった。

しばらくその意味が分からず、ぼんやりと天井を眺めて過ごす

が、徐々にこうなったであろう原因の記憶を思い出し、状況を理解する。

 

そう、自分はネウロイに対して無茶な行動をした。

そしてその結果、負傷してしまったのだ。

 

「ん、眼が覚めたか中尉」

「…っ!!バルクホルン大尉!」

 

横から声が掛けられる。

振り向けばそこにはぎこちなく腕を挙げるバルクホルンがいた。

よく見れば手から腕にかけて包帯が巻かれており、同じく負傷したのだろう。

 

いや、違う。

そんな原因を作ったのはペリーヌ自身だ。

 

「申し訳ございません、大尉!!

 私があんな事を…あんな事をしなければ大尉は負傷しなかったのに!!」

 

起き上がりバルクホルンに頭を下げるペリーヌ。

無理にネウロイに突撃していた自分を止めようとしていたのを覚えていた。

 

「あ、ああ。別に気持ちが落ち着かず、

 むしゃくしゃする時だってあるさクロステルマン中、ペリーヌ」

 

対するバルクホルンは気にするなと言いたげな言葉で答えた。

しかし、ペリーヌの心が追いついていなかったことを知っていた。

それを知った上での言葉にペリーヌは自分の未熟さを思い知り、落ち込む。

 

「大尉がいなかれば今頃私は……」

 

「そ、そんな顔をするな。

 それに感謝するならわたしじゃなくて宮藤だ。

 宮藤がネウロイを仕留めたお陰でこうして生きていられるのだから」

 

「あの宮藤ですって!!?」

 

思わぬ人物が出てきたことでペリーヌが叫ぶ。

宮藤、宮藤芳佳といえばペリーヌが密かに慕っている坂本少佐の同郷というだけでも気に入らないが、

何よりも気に入らないのは少佐に可愛がられており、自分ではとても進展できないほど密接な関係を築いている。

 

「…本当にあの子は実戦はここが始めてですよね、大尉?」

「本当だぞ、わたしも信じられないけど」

 

それに輪に掛けて気に入れないのは、

圧倒的なウィッチとして才能をこれでもかと見せ付けてくることだ。

未熟な所は多いが訓練を重ねるごとに徐々に洗練されており、とてもこの間まで一般市民だったとは思えない。

 

だからこそ、ペリーヌは宮藤が羨ましかった。

少佐に可愛がれている上に、自分と殆ど変わらぬ歳で見せる才能。

 

はっきり言ってペリーヌは、

 

「私では勝てないのですね、あの子に…」

 

ペリーヌは宮藤に負けていた。

ウィッチとしての才能の差を思い知った。

そして湧き上がる劣等感を初めとする負の感情がペリーヌの心を支配し、やがて嗚咽と共に涙を流す、

 

「ぺ、ペリーヌ……」

 

その光景にバルクホルンは彼女の名前を口にすることしか出来なかった。

 

 

 

※  ※  ※

 

 

 

どうすればいいのだ?

と、言うのが正直な感想だ。

 

ペリーヌが思い詰めて情緒不安定なのは知っていたけど、

普段の強気の姿勢がこうも負の感情を露にして崩れるなんて。

 

いや、違うか。

単に強がっていただけかもしれない。

 

ペリーヌに家族はいない。

ようやく十代に入った所での離別。

そして戦争、さらに異郷での戦いに自ら身を投じた。

楽しい事よりも辛い経験の方が多く、ずっと辛いことを我慢していたのだろう。

 

そしてここ第501統合戦闘航空団は国際的な部隊だ。

真面目な彼女が祖国を代表する気概で緊張した日々を過ごしていたのは、

わたしだけでなくミーナに坂本少佐といった部隊幹部は皆知っている。

 

後はエイラだな。

エイラはしょっちゅう真面目なペリーヌを弄っていたけど、

ああ見えて歴戦のウィッチだからたぶんペリーヌが負の感情に陥らないように、

わざと挑発してペリーヌの感情を発散させていたし。

 

もしも同郷の人間、わたしにミーナ、エーリカのカールスラント組のように同じ国。

同じ部隊で過ごした戦友がいればペリーヌの心を癒すことができただろう。

 

「ぺ、ペリーヌ……」

 

彼女の名を口にするがそこから先が続かない。

どんな言葉を掛けても今のペリーヌに届かないからだ。

 

どうすればよいか?

他人の心を癒せるほど人生経験がないまま、

前世を終えてしまったわたしに出来ることが分からない。

 

転生憑依と言えばニコポ、ナデポでヒロインの心を掴むものだが、

現実でそんなことが出来る人間なんて非常に限られているのは分かっている。

 

そもそも同性にフラグを立ててどうするということあるが…。

 

「う、うぅ……」

 

だけど、泣き続けるペリーヌを放って置くなんてできない。

彼女は前世でボクが知る物語の登場人物であると同時に今のわたしの仲間なのだから。

 

それにだ、泣いている女の子を放置するなんてありえない。

今では女の子、ついでに人種も変わってしまったが心は漢であり紳士でありたい。

 

だからわたしは黙ってペリーヌの傍に座り肩を貸した。

未だ涙と嗚咽を漏らす彼女はわたしにもたれ掛かり涙でわたしの服を濡らす。

 

「…………」

 

わたしはその間何も言葉を発せず引き続き沈黙を保つ。

なぜなら下手な同情や哀れみの言葉は返ってペリーヌの心を傷つけるからだ。

 

かつてのわたしのように。

わたしはまだこの世界に馴染めずいたことも有って夜には涙を零した。

色んな人がわたしに対して色々な言葉を掛けたけど、それで落ち着くことはなかった。

けどそんな時、当時親戚の子で今では兄となるゴドフリード兄さんは黙って傍にいてくれた。

 

どんな情けや同情の言葉よりも、それが一番良かった。

 

 

 

※  ※  ※

 

 

 

「ん…?」

 

誰かが自分の髪を撫でる感触であやふやな意識が覚醒する。

眼をうっすらと開けてみれば視界は横になっていた。

 

頬に感じる体温から誰かの膝を借りているようで、

心地良さにペリーヌは再度眠りにつこうとしたがある事実に気付く。

 

すなわちこの膝枕は誰の膝なのか、ということに。

 

『そろそろ眼が覚めたか?

 まあ、そうでもなくてももう少し付き合ってもいいけど』

 

頭上から耳に届く声はカールスラント語。

東部カールスラント訛りがある口調でペリーヌは直ぐに声の主が誰かが分かった。

 

バルクホルンである。

 

「~~~~~っっっ!!!」

 

一瞬でペリーヌは意識を覚醒させ、眼を見開く。

そして自分がバルクホルンの膝を借りていた事実に悶絶する。

 

「…そ、そんな!わ、わたくしには坂本少佐が!!」

「あー、ペリーヌ?クロステルマン中尉?」

 

出た言葉はペリーヌの勘違い10割の内容であった。

彼女はまだこの状況を作った原因を思い出していないためである。

そのため、バルクホルンが態々部隊内の共通言語である英語に切り替えて呆れた感想を述べる。

 

「少佐に好意を抱いているのは、

 皆知っているから良いとして、ここはどこか分かるか?」

 

「……病室です」

 

バルクホルンの冷静になるようにとの促しにペリーヌは従い周囲を観察する。

並ぶベッド、鼻を刺激する薬品の香りなどと間違いなく病室であること確認した。

 

「どうしてここにいるか分かるか?」

 

「…………私が負傷したからです」

 

健康のままここに訪れるのは健康診断の時ぐらいである。

ペリーヌにとって病室の世話になるのは負傷の時だけであり、

そして何をして負傷したかをペリーヌははっきりと思い出した。

 

「良く寝てたな、まあ疲れていたのだろうな」

 

ペリーヌが思い出したのを確認したバルクホルンの第一声は優しいものであった。

別に馬鹿にしたりする内容でない事は知っているが自分が上官に対して泣き出した上に、

子供のように縋った上に泣き疲れて寝てしまった事を綺麗に思い出したペリーヌが羞恥心で顔を赤らめる。

 

「大尉、わ、私は」

 

「そこまでだ、中尉。

 人間色々あるが今回のような事が偶々あっただけ、それだけだ」

 

謝罪、あるいはいい訳か。

どっちか分からないが何らかの言葉を言おうとしたがバルクホルンに止められる。

しかし、そんな大人の態度に対してもペリーヌは絶対に言うべき事を思い出した。

 

「…先ほどは失礼しました、バルクホルン大尉

 この傷を治してくれたのは宮藤さんなのに私はあんなことを」

 

自分の暴走で周囲に迷惑を撒き散らした挙句、

傷を癒した人間に対する暴言、どちらも最低な行為で、

ペリーヌは自分がやらかした事実を前に気落ちする。

 

「……ペリーヌだけじゃない、

 私だって嫉妬ぐらいするさ、あの才能を見れば」

 

ぽつり、とバルクホルンが呟く。

普段宮藤を評価し賞賛することが多いバルクホルンの発言にペリーヌがやや驚く。

 

「もしもあの時、あの位の才能があればと思う事だってある。

 おまけに本人は無自覚でそれが宮藤芳佳の良さだが…まあ、人によっては腹が立つものだよ」

 

「意外ですね、大尉。

 あの子を高く評価する大尉がこんな事を言うなんて」

 

「まあ、ペリーヌのそうした感情は人事じゃないからな」

 

ペリーヌの問いにバルクホルンが苦笑気味に答える。

普段見られない表情と初めて知った上官の感情にペリーヌは親近感を抱いた。

 

「さて、傷の話だが医者の話によると数日間寝ていれば治るそうだ、

 出撃とかはミーナから禁止されているから、無理に出ようとするなよ」

 

「分かっています、そのくらい」

 

もしも始めに病室で眼が覚めた時は何が何でも出撃しようとしただろう、

が、ようやく冷静な考えを持てるようになってペリーヌは自重を覚えていた。

これも全て自分の感情を黙って受け止めてくれたバルクホルンのお陰だ。

 

「バルクホルン大尉、ありがとうございます。

 お陰さまで私少しは冷静になることが出来ました」

 

「少しじゃなくてもっと冷静でいてほしいが…今回はそれで良しとしよう」

 

ペリーヌの再度の感謝の表意にバルクホルンが苦笑と共に謝意を受け取る。

 

「それに最初より顔色が良くなっているしな、ではな」

「はい、大尉。お疲れ様です」

 

バルクホルンの言葉にペリーヌが答えるとバルクホルンは病室から出て行った。

 

「ふぅ……」

 

後ろ姿を見届けたペリーヌが息を吐く。

そして今までの会話を思い出し、纏め、考え、結論が出る。

弱いのはウィッチとしての強さが足りないのではなく、人間としてまだまだ未熟で弱いからだ。

 

ウィッチとしての才能は確かに宮藤芳佳の方が遥かに優れている、

しかし、そこで嫉妬し感情を爆発させても何の進歩もなく、意味がない。

 

だからこそ、自分がすべきことは。

 

「まずは寝ましょう、傷を癒してからそれからね」

 

先に傷を癒すために寝ることだ。

そうと決まれば、とペリーヌは再度ベッドに横になる。

 

「ふん、今は貴女の勝利を称えますわ、宮藤芳佳。

 だけど才能に胡坐をかいている間に私が追いかけてくるので、その事を忘れずに」

 

日が沈みつつある病室でペリーヌはそんな決意を小声で口にし、眼を閉じた。

その表情はまるで好敵手でも見つけたかのように良い表情であった。

 

 

 

 

 



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第20話「スピード娘の期待」

今年も1人身のクリスマスに乾杯。
そんな方にSS作品をお送りします


 

 

「ふ…あぁ……」

 

会議は退屈だ。

シャーロット・イェーガーは出そうになった欠伸を抑えつつそんな思いを抱いた。

昔の話だが、軍人とは戦場で国のために華々しく戦う英雄ぐらいにしか感じていなかった。

 

だがこの部隊で幹部クラス階級である大尉を押し付けられる形で昇進し、

ようやく分かったのだが、軍人の普段する仕事とは町役場の役人とそう変わりが無い。

 

即ち書類、書類、そして書類の決算。

さらに打ち合わせ、根回し、会議に会議。

やっている事は官僚の仕事そのものでネウロイと戦うよりも紙と戦争している気分になる。

 

正直、書類なんかよりも訓練でもしている方が楽しい、

シャーリーは色々自分の自由気ままな性格など問題点を挙げた上で、

何とか重要な仕事から外してくれとバルクホルン大尉に拝み倒したが、

 

「気持ちは分かるが、軍隊は官僚組織だからな。

 が、この紙切れさえあればストライカーユニットが動く。

 ああ、それと大尉のまま責任だけなしなんて甘い事を言うなよ」

 

とバッサリ断られてしまった。

 

「それに指揮系統の序列はミーナ中佐、坂本少佐、わたし、そしてイェーガー大尉。

 となっているから、もしもの時は指揮して貰わなくては困る、軍人ならそこを忘れるな」

 

しかも指揮なんて面倒な事までするらしい。

このままでは自由きままに飛ぶことはできない。

 

いっそ、中尉に降格するような事でもするか。

とシャーリーは一時はふざけて考えたが、元々原隊を追い出されるように501に来た以上、

ここでさらに問題を起こせば自由に飛ぶことすらできないし、逃げるような真似はしたくなかった。

 

だからこそ私はここにいる。

世の中楽しいことばかりじゃない事を嘆きつつ、ここにいる。

そんな風にシャーリーは内心で結論を下した。

 

「で、結局宮藤さんが破壊した阻止気球の予算は下りなかった、そういうことよ」

「中佐、こっちもコネを動員して色々手を尽くしたが全然足らない、申し訳ない」

「うーむ、私の方は扶桑海軍に問い合わせたが艦艇に阻止気球なんて今時積んでいないからなぁ…」

 

見知った名前の登場にシャーリーは意識を内心から会議に戻す。

宮藤芳佳、最近坂本少佐が故郷からスカウトし501に来た期待の新人ウィッチだ。

胸はルッキーニの言葉を借りれば「残念賞」であるが魔女として才能は規格外と表現しても良い。

 

何せ部隊に配属する直前にネウロイと遭遇してこれを撃退し、

続けて部隊に配属されてからも大物ネウロイを続々と仕留める一役を担っている。

 

「しかし代わりに扶桑から新型のストライカーユニットが届く、との噂を聞きましたが本当ですか?」

 

「ああ、それは本当のことだバルクホルン。

 バルクホルンのTa152の事を報告したら本国から新型ユニットの実戦証明を命じられたよ」

 

そう苦笑を零す坂本少佐。

事情は大体分かる、結論から言えば軍の面子という奴だ。

向こうが新型を持ち込んでいるならこっちも、という流れだろう。

だがそれよりも新型ストライカーユニット、その言葉に思わずシャーリーは口を挟む。

 

「少佐!それはどのくらいスピードが出るのですか?」

 

「シャーロット・E・イェーガー大尉……」

 

新型ユニットの速度に質問するが、

バルクホルンが非難するような口調でシャーリーの名を呼ぶ。

それも態々フルネームと階級まで付けて。

 

「あーシャーリー、

 詳しい性能については現物が届くまで軍機ということになっている。

 興味があるのは分かっているが、これも規則だからすまないが今は言えない」

 

坂本少佐が再度の苦笑と共にバルクホルンが言いたがっていた事を補足する。

その言葉に内心残念、という感想と同時にシャーリーは呟く。

 

「あーあ、私も新型欲しいなー。

 それも出来ればブリタニアで噂になっているミーティアとか、

 新生代のジェットストライカーユニットが欲しいなー、あれなら音速も夢じゃないし」

 

「だったら原隊で真面目に勤務すべきだったな、イェーガー大尉」

 

シャーリーの愚痴にバルクホルンが素っ気無く突っ込みを入れる。

 

「えー、そんなの私に無理だってぐらい分かるだろう、大尉なら」

「ああ確かに、いくらミーナが寛大とはいえそれでも書く始末書を受け取るわたしの身にもなって欲しいものだ!」

 

バルクホルンが何かと問題を起こしては始末書を書く部下、

そしてそれを受け取り上司に報告する中間管理職の悲壮な叫びを挙げる。

 

「出世するって大変でありますね、バルクホルン大尉殿」

「誰のせいだと思っている、誰のせいだと」

 

人事のような口ぶりにバルクホルンの米神に青筋が立つ。

 

「あ、でもミーナ中佐には感謝しているのは本当だって。

 原隊と違って好きにストライカーユニットを弄ってもいいなんて天国だよ」

 

そう言ってミーナに感謝の意を込めて拝む。

シャーリーに拝まれているミーナは苦笑を浮かべ、

坂本少佐は爆笑し、バルクホルンは「何を人事のように…」とため息を吐く。

 

「で、来る新型だが残念ながらジェットではない。

 元々ジェットストライカーはまだまだ試作段階と聞く上、

 実戦配備されるまでは時間が必要だから、早くて来年か再来年ぐらいになるだろう」

 

ストライカーユニットの開発に関わってきた経験から坂本少佐がそう断言する。

 

「再来年先だと、その時私はもう完全に後方勤務でしょうね」

 

ミーナが続けて言葉を発する。

魔力を扱える魔女の寿命は一部例外を除けば20歳であり、

例え軍に在籍していたとしても前線でもデスクワークの指揮官か後方勤務を命じられる。

既に中佐の階級を持つミーナなどは特に最前線で飛ぶことがなくなり、後方勤務となるだろう。

 

「おお、だとすると。

 その時私はまだまだ行ける歳だしジェットも夢じゃないか!」

 

少ししんみりとした空気が流れたが、

シャーリーがそれを吹き飛ばすような笑顔を零す。

 

「いいねぇ、希望が見えてきたよ。

 でもその時501の指揮官はミーナ中佐より煩い芋大尉なんだよなぁ…」

 

「喧嘩を売っているのか、イェーガ大尉?

 煩いのは注意喚起する常識的な人間が少ないからだ」

 

「へいへーい、感謝していまーす」

 

「言葉よりも行動で示せ、

 まずは始末書を書くようなことを控えるように」

 

「そりゃ無理だ、規則なんて破るためにあるんだぜ、大尉殿」

 

「………ほう」

 

どこぞの伊達と酔狂な提督のような言論にバルクホルンが眼を細める。

直ぐにこの場で拳が飛び交う喧嘩こそバルクホルンにその気がないため起こりようがないが、

普段から部下に振り回され、思う所があるバルクホルンはシャーリーに厳しい視線を向けている。

 

「いいぜ、大尉。

 何かしたいなら付き合うぜ」

 

対するシャーリーも挑戦を尊ぶ開拓移民の子孫らしく、

バルクホルンが言い出す言葉をまだかまだかと待っている。

 

お互いやる気は満々、喧嘩上等。

このまま何らかの形で喧嘩沙汰になるかと思われたが、

 

「そこまでよ、トゥルーデ。

 シャーリーさんもあまりトゥルーデをからかわないで」

 

そんな2人を制止したのはミーナだった。

 

「すまない、ミーナ」

「……中佐がそう言うなら」

 

本題から外れた行為をしていた事を自覚している2人はそれぞれの形でミーナに謝罪する。

 

「話を戻しましょう。

 つまり、予算を確保できず、コネを使って代替物の確保もできなかった。

 ゆえに今後も予算と代替物の確保に一層努力し、各自の奮闘を期待する、と言った所かしら」

 

「了解した、こちらも引き続き探してみる」

 

「私は今度の本国からの補給品希望リストに追加してみるが、

 根回しが大変だな……うーむ、まったくネウロイと戦っていた方がまだ楽だ」

 

ミーナの呼びかけにバルクホルン、坂本少佐がそれぞれ答える。

シャーリーは特に異議はないため、発言していない。

 

「よろしい、それでは解散」

 

その様子を見てミーナは頷くと会議終了を宣言した。

 

 

 

※  ※  ※

 

 

 

「ああ、もう。やっと終わったか―――」

 

会議室からミーナ、坂本少佐が出た後シャーリーが背伸びしつつそう言う。

ぐったりと椅子に背中を預け、ぼんやりとする。

 

「この程度で根を上げたのか、情けないな?」

 

「んだって、私は難しい事を考えるより飛んでいる方が楽しいから。

 こうビューン、と加速をつけて何処までも何処までも飛んで行く快楽に勝てるものなんてないし」

 

会議室に残っていたバルクホルンが呆れ気味にシャーリーに言う。

 

「まあ、その感覚は分からなくもないな」

 

「そうそう、だから大尉殿。

 お願いですから大尉殿のコネでジェットを部隊に配備されるようにどうか根回しを……」

 

「調子に乗るな」

 

空を飛ぶ快楽に賛同を表明したが、

途端の胡麻摺りにバルクホルンが釘を刺す。

 

「ケチー」

「ケチで結構」

「あーもう、お堅いなー」

 

シャーリーの非難にバルクホルンが素っ気無い回答をする。

とはいえ元々無理な相談であることぐらい知っているシャーリーはそれ以上は要求しなかった。

 

「ああ、でも本当に。欲しいな――――」

 

が、シャーリーは速さへの欲望を捨てきれない言葉を呟き、窓の外に見える蒼空を見上げる。

雲が1つも見られない綺麗な青い空で、もしも自分がジェットと共に行けたらと妄想を膨らませた。

 

 

 

 




短めですみません。


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第21話「芋大尉の思考」

約束どおり投稿できました。
そして明けましておめでとうございます。



 

「はぁー」

 

朝から廊下で辛気臭いため息を思わず吐くわたし。

その原因は予算が通らなかった理由が明記された手元の書類にある。

 

軍隊も普通の会社と同じく常に予算の問題が付きまとう。

資金源が国民の税金であることを除けば、何をするにしても予算がなくてはならない。

 

501を会社に例えるとミーナが社長で、坂本少佐が役員。

そしてわたしは中間管理職といったところであり、わたしは隊員の事も常に考えなくてはならず、

ミーナは社長でもより上のブリタニア空軍という親会社の指導下にあり、さらに色々考えなくてはならない。

 

そして、会社でもよくあるように下の考えが上に伝わり難いのが常の事で、

加えて想像だがウィッチ部隊に否定的な某大将の策謀もあって、

昨日の会議で各員の奮闘を期待するなんて言っていたが、

早い話、親会社から予算の確保は難しいから何とかしようということだ。

 

うーむ、頭が痛い。

横のコネクションでどうにかなる案件ではないから頭が痛い。

 

予算、予算、予算。

これを確保するのはネウロイを倒すよりも難しい任務だ――。

その上のあの兎娘と来たら会議では終始上の空だったしこれも別の意味で頭が痛い。

 

501は中佐のミーナ、少佐の坂本少佐、そして大尉のわたしで部隊を管理している。

イェーガー大尉、もといシャーリーはわたしを補佐する形で部隊管理の業務に就かせている。

 

彼女自身が問題児な上に正直業務に熱心でないが、

指揮序列的に4番目であるので今の内に経験を積ませる必要がある。

気楽にスピードだけを日々探求することは大尉という階級は許されないと言うのに、本当…。

しかも、問題児だが戦場ではその特技で活躍する優秀なウィッチなのだから始末に終えない。

 

おっと―――。

 

「おはよう、バルクホルン!!」

「はい、おはようございます。坂本少佐」

 

坂本少佐だ。

辛気臭さとは無縁な笑顔で挨拶してきた――って、え!?

 

「どうした、

 元気がないぞバルクホルン!

 まだ予算のことで悩んでいたのか!」

 

「ええ、まあ、そうです…」

 

そうだけど、その前に、その。

 

「心配するな、何とかなる!

 真面目なのはいいがそう悩むな!」

 

どんな根拠があってそんな事が言えるのか不明だが、

これ以上ないほどドヤ顔で少佐は言い放った―――ただしスク水姿で。

 

朝からスクール水着一丁のもっさんがそこにいた。

紺色のスク水から伸びる手足は長く、そしてよく鍛えられ引き締まっている。

程よく焼けた肌に、水着の隙間から僅かに覗く焼けていない白い肌のチラリズムに思わず生唾を飲み込む。

 

と、言うか、なんでスク水姿なのさ!

 

「えー少佐、なぜ朝からその姿で…」

 

「うむ、よくぞ聞いてくれた。

 最近さらに自己鍛錬を重ねようと思い朝から泳いできたわけだ!

 想像より海は冷たかったが、なーに頭も覚めてたし調度よい塩梅だったな」

 

なんて答えが返ってきた。

お、泳ぐのか、いくら時期は夏とはいえ朝一から泳ぐなんて。

しかもこの人海軍の人間だから数キロ泳いでも可笑しくないぞっ…!!

 

「お疲れ様です、少佐」

 

「私は別に疲れていなけどな、

 はっはっはっは――――っと、ところバルクホルン。

 部隊のレクリエーションについて思いついたのだが、良いか?」

 

「レクリエーションですか?」

 

501は最前線部隊であるが、

この前わたしが宮藤と一緒にロンドンに出かけたように、

それでも隊員の英気を養うために交代で有給を取れるようにしているだけでなく、

定期的に部隊内で様々なレクリエーションを部隊幹部のわたし達が計画、そして実施している。

 

なぜなら多国部隊ゆえに同じ国のメンバーと固まったり、

あるいは孤立してしまうことを防ぐために気晴らしの場を設けることで交流を深め、

意思の疎通を密にすることができ、部隊の団結を強固なものにすることができるからだ。

 

あれ、これはもしかすると……。

 

「海水浴ですか?」

 

「おおそうだ、その通り!

 海水浴をしようと思っているんだ。

 聞くところによるとエイラにサーニャは海を泳いだことがないらしい。

 それに扶桑で夏と言えば海水浴が一般的な娯楽ゆえにぜひやりたいと考えている」

 

ああ、やっぱり原作のイベントだ。

と、すればネウロイの襲撃はその日だと思えばいい。

後はどうやってその日にネウロイの襲撃に対処するかが問題だ。

特にあの兎娘の俊足が今回のイベントの鍵を握っているのだから……。

 

「ついでに宮藤とリーネに水練を施したいしな」

 

【原作】で不時着訓練としてストライカーユニットを履いたまま海に叩き落されるアレか。

わたしも501が出来たばかりのころ、ミーナ、エーリカのカールスラント組と仲良く落とされてひぃひぃ言ったな。

 

何せカールスラント空軍は基本扶桑で言う所の「陸軍航空隊」で、

海での不時着訓練なんて重視していないし、大陸国家ゆえにそもそも海を見たことない。

という国柄だから、前世で「海を泳いだ経験」があるわたしを除いて2人共根を上げた、懐かしい。

 

「2人の訓練用機材の準備をします」

「うむ、頼む」

 

と、ここまで話していた時、横から宮藤とリーネの会話が聞こえた。

その内容は実に日常的かつ些細な内容であった。

 

が、向かいの廊下から現れた時、

宮藤の視線はリーネのたわわに実った胸に一点集中しており、

表情もゆるゆるで、色々その、欲望に溺れている表情をしていた…。

それこそ、あの表情を見ていると見ているこちらが情けない気持ちになる程に。

 

「たるんでいるな……―――おい、宮藤!」

 

当然というべきか、坂本少佐が声を上げて叱責する。

 

「ふぇっ!?

 ち、ちがうんです!」

 

驚いた宮藤が慌てて両手を前に突き出す。

わたしは揉まれて堪るかと避けたため被害は及ばず、その両手は少佐の方へ向かい――って!?

 

「ひゃ!?」

 

あの少佐から乙女のような悲鳴が出た。

宮藤の手は正確に吸い込まれるように、水着両脇から水着を押しのけ直に胸に触れていた。

 

「ふぁ―――思ったより、大っきい」

「み、みや、ふじ、馬鹿者!揉むな!抓るな!!」

 

そして当のおっぱい星人は至福の表情を浮かべおっぱいを堪能していた。

実にうらやまけしからん、男の時にこんなラッキーイベントがあれば。

あ、いや普通に豚箱行きか、でも今ならスキンシップで大丈夫…じゃなくてだ!

 

「その辺にしておけ、宮藤。

 揉みたいならリネットの胸を揉んでおくように」

 

「坂本さんの胸って本当に―――あれ?」

 

というわけで、揉んだり抓ったり掴んだり、

等とおっぱいを堪能していた宮藤の後ろ首を掴み少佐から引き剥がす。

 

大体君には現地嫁がいるというのに浮気はいかんだろ浮気は。

揉むなら嫁だけにしておけ、と言う意味をを込めて言った際リーネが何か騒いでいたが無視する。

 

さて。

 

「で、よかったか。少佐の胸は?」

「はい、とても!」

 

おもむろに感想を聞いてみる。

その回答はとても良い笑顔を浮かべた上で元気が良いものであった。

この後の事なんて何にも考えていない、実にすがすがしい表情である。

 

反省の色なし、か。

欲望に忠実なのは見上げた根性だが今回はそれが仇になったな…。

 

「だ、そうですよ少佐」

 

「ほ、ほぉ………みーやーふーじーーー!!」

 

「は、はぃいいいい!?」

 

一連のやり取りを聞いていた少佐がにっこりと笑みを浮かべる。

が、目線は冷たく米神にはぶっとい青筋を浮かべ、背後には怒りの炎を背負っている。

 

「宮藤、さっき私は海を泳いだばかりだが、

 どうやらもう一度泳ぎたい気持ちが出た、それも2人で。

 なーに、近々水泳訓練をするつもりだったからその予行演習と思えば良い」

 

「わ、わたし朝の準備が…あい、たたたたた!!

 ひひ、ひっぱらないでくださーい、坂本さーん!?」

 

宮藤が逃走するよりも先に少佐が腕を掴み引きずって行く。

助けを求める視線をわたしとリーネに向けるがわたしは関係のない話だ。

 

そしてリーネといえば…何でかいつの間にかいない。

流石隠れ腹黒疑惑のある人間だな、巻き込まれたくないのかもう逃げたみたいだ…。

 

「では、行こうじゃないか宮藤。

 ふふふ、海軍仕込の水練を教えてやるから覚悟しろ」

 

「た、助けてーー!!」

 

そう少佐が言うと宮藤を引きずって海の方へ走って行った。

宮藤が悲鳴を挙げるが止めるものは誰もなく海辺へと消えて行った。

そして騒がしかった時間は過ぎ、今この場にいるのは自分だけとなった。

 

いや、もう1人今来た。

 

「あっはははは、やるじゃないか宮藤!

 まさかあの坂本少佐の胸を直に触るなんて、

 エイラにルッキーニも出来なかった偉業だよトゥルーデ!」

 

「偉業、ねえ」

 

兎娘ではなく戦友にして相棒のエーリカだ。

先ほどまで廊下の角の隅で隠れていたらしい。

で、さっきのやり取りが余程面白かったのか腹を抱えて爆笑している。

 

「だって、少佐って勘が鋭いから触ることすら大変なんだよ。

 私がそうだったし、エイラとルッキーニも同じ事を言っていたよ」

 

「3人で何をしてるんだ……」

 

おっぱいを触ることに情熱を燃やす少女がそこにいた。

というか、まさかエーリカまでおっぱい星人だったなんて…。

 

「ちっちっち、駄目だなトゥルーデ。

 女の子の胸はロマンが詰まっているんだからそれに触れるのが使命でしょ」

 

そう言って胸を張るエーリカ。

確かに女性の胸はロマンが詰まった素敵な代物であるのは認めるが、

こうも露骨に求めるのは品がないし、やるんだったら…ゲフンゲフン!

それよりも、自分のそのまな板みたいな身体でそんな台詞を言って悲しくないか?

 

「ない胸を張って悲しくないか、Mein Kameraden?」

「別にこれから大きくなるし!」

 

極力哀れみを伴う視線で問いかけたが、

全然問題ない、と言わんばかりの返答が来た。

これがペリーヌなら実に分かり易い反応が来るのだが、残念だ。

 

「それより、トゥルーデ。

 話は変わるけど最近シャーリーが悩んでいるみたいだけど何か知らない?」

 

唐突に切り替わった話題は兎娘のことだった。

 

「悩んでいる……?」

 

「うん、ここの所夜遅くまで格納庫に入り浸っているみたいだよ。

 そのせいか少し寝不足気味だし、何か焦っているみたいだけどトゥルーデは知っていた?」

 

言われなくても分かる。

スピードを求めるあの兎娘だが、

時速800キロより先を越すことが出来ず焦っているのだ。

それに今日か明日に試験飛行をする、という話だったしな。

 

「ああ知っている、

 最近なかなか800キロより先を突破できないらしいな」

 

「ああ、やっぱり。

 シャーリーが悩むと言ったらそれだしね。

 ミーナならデスクワークが長いせいで増える体重とかに悩んだりするけど」

 

「余計な事を言うな!」

 

本人が聞いていたらどうするんだ!

真剣に悩んでいるからミーナはこっそりランニングとか、

自室で腹筋とか腕立て伏せとか、地道な努力を重ねているというのに。

 

「大丈夫、大丈夫。

 この時間帯は朝食前の書類チェックだからここに来ないって。

 さてと、知っているんだったらいいや、私は先に朝食行ってくるね、バイバイ~」

 

「あ、おい、待て」

 

そして言いたいことが言えたのか、

こちらが止めるより先に食堂へ走って行ってしまった。

 

「何だったんだ……?」

 

行き成り現れた上に、

唐突にシャーリーの事について聞いて来るなんて。

けどまあ、エーリカが態々聞いて来たということは何か考えがあるのだろう。

 

ずぼらだが、ああ見えてかなり聡い子だから。

 

「まあ、行って見るか」

 

朝食より先に格納庫に行って様子を見てこよう。

もしかすると兎娘が俊足を求めて四苦八苦しているだろう。

そしてわたしは善は急げ、とばかりに食堂から格納庫へ向きを変えて走った。

 

 

 



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第22話「ミーナの疑問」

短いですが投稿します


 

 

エーリカが看破したように、

ミーナは執務室で朝の書類確認中であった。

執務卓に積まれた書類はそれこそ山のごとく積み重なっており、

サインをするだけでも太陽が真上に達するほど時間を必要とするだろう。

ゆえに、朝一に書類の内容を軽く確認するのがミーナの日課であった。

 

「はぁ…」

 

ところが、今朝はとある事が気になり、

書類のチェックが一向に進んでいなかった。

万年筆を手で弄ばせつつ、思考の迷宮に入り込んでいた。

 

「元から変わった子だけど、ここの所妙なのよね…トゥルーデは」

 

思いにふけっていた対象はトゥルーデ。

もとい、ゲルトルート・バルクホルンであった。

 

彼女はミーナにとって原隊は違うが、

カールスラント撤退からエーリカと共にいた戦友にして友人である。

現在もそうだが、今後のそうであり続けることに疑問はない。

 

だが、その彼女が最近どうしても気になる点が目立ってきた。

 

「……ん、宮藤さんが来てからかしら?

 妙に用意周到だったり、色々動き回っているようだし」

 

卓上の珈琲を口にしてからミーナが覚えた違和感を一人口に出す。

元々バルクホルンが持つ横同士の伝手を利用して色々部隊の運営に貢献していたが、

宮藤芳佳が501に赴任してからさらに活発に動き回っていることをミーナは知っていた。

さらに、時折芳佳に対して思い詰めたような眼で見ているのにミーナは引っかかりを覚えていた。

 

家族を亡くして自暴自棄になっていた時期や、

今でもなおその影を背負っているのを知るミーナは始め、

バルクホルンは芳佳を亡くなった妹を思い出して自責の念に駆られているのでは?

 

と、考え。

バルクホルンに休暇を進めた。

結果、気分転換になってくれたようでその時はそれで良し。

としたが、それでも芳佳に対して時折向ける視線は普通とは違うものだ。

 

「どうして、あんな眼で宮藤さんを見るのよ、トゥルーデ……」

 

当時の光景を思い出すミーナ。

そこに疚しいことや、怪しいものはない。

バルクホルンの眼は自分の命に代えても守ることを決意した人間のものであった。

 

何故なのか?

一体何がバルクホルンをそのようにさせるのか。

 

ミーナは疑問と少々の嫉妬を覚え、

苛立ちの感情を表すように万年筆でメモ用紙に荒く疑問点を記す。

 

(……それに、考えれば考えるほどトゥルーデには妙な所が多いわね。

 例えば扶桑料理の腕前は美緒が絶賛し宮藤さんが驚くほどに詳しかったし、

 カールスラントだと第二言語はガリア語かオラーシャ語が主流だから扶桑語といえば、

 大学の研究者か、扶桑と関わりのあるビジネスマンぐらいしか知らないのに何故か初めから話せていた。)

 

カールスラント人の扶桑皇国に対する印象は「地球の裏側にある国」であり、

1699年から扶桑と同盟を結んでいるブリタニアと違い接点が極めて少ない。

 

ミーナも扶桑人とその文化に接触したのは坂本少佐がきっかけであり、

生の魚を食べる習慣や、難解極まりない扶桑語に驚愕と同時に四苦八苦したものだ。

 

だが、バルクホルンは違った。

501が結成された当初にお互い慣れない言語、

ブリタニア語という外国語で何とか顔合わせをしていた最中、

バルクホルンが突然扶桑語で当時の坂本少佐と意思疎通を始めた。

 

お陰で部隊の運営がスムーズに行えたが、

どうして扶桑語が出来るのか本人に聞いた際、

「たまたま覚えやすかった」と言い、その時はそれでミーナは納得した。

 

さらに扶桑料理が恋しい、

と愚痴を零した坂本少佐にライスと味噌スープ。

それに焼き魚の扶桑の伝統的な料理を見事に作って見せた時は、

少佐のユニットを整備する扶桑の整備部隊の厨房係から聞き込んだ、ということで納得した。

 

例えそれが料理が完全に出来ない少佐と違い、

料理上手で部隊の食事を担当している芳佳が驚く程の腕前であっても、

単に日々の積み重ねで旨くなった程度にしかこれまでは考えてこなかった。

 

そして、今は違う。

 

「妙に扶桑に詳しい…まさか扶桑のスパイ?

 ……馬鹿みたい、あの子に限ってそんな事はないわ」

 

疑問に覚えた点を書き連ねて完成した仮説にミーナが失笑する。

人類共通の敵としてネウロイがいるが、それでも水面下での戦いは未だ存在している。

噂に聞けばガリア国内での政治的陰謀にウィッチのスパイが数多く暗躍しているとのことだ。

 

が、バルクホルンにそうしたスパイになる要素が見られないのはミーナがよく知っている。

それは友人として戦友として信頼していることもあるが、そのような証拠や行動をこれまで見たことがないからだ。

 

とはいえ、バルクホルンに対する疑惑。

あるいは疑問についての答えは出ていない。

 

「ふぅ…」

 

と、ここまで考えた所でミーナは再度珈琲を口にする。

代用品ではなく偶然手に入れた天然物の珈琲の香りをしばし堪能する。

そして背もたれに背中を預け、窓の外に青々と広がる青空を仰ぎ見る。

 

(そう、あの子の行動は正しい。

 不審な点があっても何時だって501のために動いていた。

 けど、そう『主人公』というのはどんな意味で言ったのかしら?)

 

ミーナがバルクホルンに感じた疑問。

あるいは違和感を感じさせた言葉を思い出す。

 

前回のネウロイの迎撃で暴走するペリーヌに巻き込まれる形で、

2人揃って危うく名誉の二階級特進を果たす所であったが、芳佳の活躍でそれは免れた。

 

501の面々は芳佳の再度の活躍に大いに盛り上がり、

士気が向上すると同時に芳佳に負けじと訓練や日々の業務に好影響を与えた。

そんな中、ミーナはバルクホルンが生命の危機に直面し、零した言葉の意味をずっと考えてきた。

 

何故ならそこに理由は不明だが、

芳佳を何かと気にかけるバルクホルンの意図があるのではないか?

そうミーナは考えて、時間があれば1人で思考の海に漕ぎ出ていた。

 

「これまでも色々考えてみたけど…分からないわね。

 コードネーム、暗号、あるいは単にトゥルーデだけが宮藤さんに付けた愛称?

 後は…実はこの世界は物語の世界で宮藤さんはその主人公…ないわね、サイエンスフィクションのネタにもならないわ」 

 

これまで考えた事を記したメモを捲りながら呟くミーナ。

色々書き込んでいるがどれも正解と言えるような回答は得られていない。

そして実の所サイエンスフィクション、と断言したものこそが正解であることを知らなかった。

 

魔法がある世界であるとはいえ、物語として観測したことがある人間。

という存在はフィクションの物であり、現実的ではないからである。

 

(はぁ、まさか本人に直接聞くわけにも行かないし…。

 この件はしばらく様子見、ということにしておきましょう。

 それよりも最近のネウロイの動きが予想できないのが頭が痛いわね)

 

思考を切り替えネウロイについて考える。

これもまたミーナが朝からため息と共に悩ませる原因である。

 

ネウロイへの迎撃戦は戦いの中で蓄積してきたネウロイのデータを参考に、

予想される出現時期を算出し、その時期に合わせて準備を整えていた。

 

だが、徐々にネウロイの動きが変化しており、

501は何時敵が来るか分からず緊張を強いられつつあった。

 

(そろそろ、部隊で何らかのレクレーションをすべきかもね)

 

今はまだ歴戦のウィッチが揃っている501ゆえに、

士気は旺盛で多少の緊張には慣れたものであるが、それでもいつかは限界が来る。

ゆえに、部隊長としてミーナは気晴らしの場を設けることを考えていた。

 

(そうね…まず美緒に何かアイディアがないか聞いてみようしょう。

 美緒のアイディアが駄目だったら…みんなから意見を聞けば良いわね)

 

決まりね、そうミーナが独り言を口にする。

そして何気なく卓時計を眼にすればすでに朝食5分前になっていた。

 

「あら、もうこんな時間?

 予想より色々考え込んでいたみたいね、我ながら」

 

部隊の団結を図るため朝食は可能な限り一緒に取る、

という事を目標としているミーナが急いで席から立ち上がり部屋を後にすべく扉に向かって歩き出した。

 

 

 

 




感想返しはのちほどします


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第23話「芋大尉の雑談」

長らく更新が滞り失礼しました。


 

やはり、と言うべきか彼女は格納庫にいた。

自分のストライカーユニットを相手に格闘している最中で、

オイル臭さが鼻を突き、スパナにプラグなど工具や部品が散らばっている。

 

「ん、あ、ああ。

 オハヨー芋大尉ー。

 ちょっとそのスパナを取ってくれないかな?」

 

「上官に対する挨拶がそれか?」

 

顔を合わせず言われた一言目がこれだった。

普通の部隊なら叱責5分コース間違いなしだな…。

 

「いえいえ、これも尊敬する上官への愛情表現ですよバルクホルン大尉殿。

 なので、その8番スパナを取って下されば好感度上昇は間違いありません!」

 

「なるほど、その気持ちは良く分かった…。

 だがしかし、顔を合わせて言えばより説得力を増すだろうな!」

 

ユニットと格闘しつつ言っても全く説得力がないよな、本当に!

まあ、それでも取ってあげるけどさ。

はいはい、これだろ?

 

「ん、サンキュー。

 ええと、回転数をちょいと弄って…こんなものか?

 よし、出来た!スピード優先で後は全部最低限にしたけどまあ何とかなるか!」

 

そう言ってシャーリーは背伸びしつつ立ち上がる。

その際その凶悪な胸部装甲が揺れ動きそちらに眼が…ゲフンゲフン!

 

ではなく、作業着どころかよく見れば顔にも油汚れが点在している。

おまけに眼にはクマを作っている…また夜を通して整備に明け暮れていたのかもしれない。

 

夜は寝るものだが、まったく。

気持ちは分かるが今後のために少し注意しておこう。

 

「はぁ、仕事熱心なのは感心だが、あまり力むなよ。

 夜しっかり寝ないと昼間の任務に支障がでるからな」

 

「ん…げ、そういえばそうだった。

 あーゴメンゴメン、つい夢中になっちゃって」

 

タハハハー、とシャーリーが苦笑いを浮かべる。

 

「大体、ミーナがこうした改造を許可するのは任務に支障が出ない範囲での話しだ。

 改造に夢中になって、体を壊したら元も子もないのは理解していると思うが自覚するようにだ……」

 

「あーもう、分かっているって。

 分かっているから朝から説教は止めてくれよー」

 

ついでとばかりに色々言おうとしたが、

シャーリーが両手を挙げて降参の意思表示をする。

 

んん、妙に聞き分けが良いな?

何時もなら「へいへーい」とぶっきらぼうな態度がデフォなのだが?

それに…何だろう、見た目は変わらないはずだが何時もの活発的な感じが見受けられない。

 

ああ、これがあれか。

エーリカが言っていたシャーリーが悩んでいる、というものか。

 

「ああ、別に心配しなくて大丈夫だよバルクホルン大尉。

 自分でも行き詰っているからって夜更かしするのは良くないのは知っているてば」

 

苦笑交じりに彼女は語る。

無理をしているのは自分でも理解しているようだ。

しかし、それでも夢を求めているのをワタシは知っている。

 

「だが、諦めたくない。

 だから頑張っているのだろ?」

 

「まあ、ね。

 大尉の言う通りだよ。

 レシプロで時速800キロでも十分なのは自分でも知っているけど、

 でも、私が目指す音速には絶対届かないのは自分でも理解しているのだけど…やっぱり諦め切れなくてな」

 

そう溜息とともにシャーリーは愚痴をこぼした。

やはり音速達成という目標への道筋がうまく描けていないない事がよく分かる。

【原作】でもルッキーニがユニットを壊したのを誤魔化した無茶改造のお陰で音速に達したしな。

 

…少し梃入れをするか。

ルッキーニが【原作】同様にユニットを弄ってくれるとは限らないし。

 

「ん、そうか…。

 しかし行き詰まっているなら思いきったことをしたらどうだ?

 例えばいっそルッキーニに調整してもらえば面白い結果が出るかもしれないぞ」

 

「ルッキーニに!?

 ちょ、それは冗談にしても悪いものだよ!」

 

ヤンキーらしくHAHAHAグットアイディア!

みたいな反応を予想していたが、なぜか青ざめた顔で強く否定された。

 

「そんなにか…年少とはいえ、

 宮藤と違って正規教育を受けたウィッチだからユニットを弄る程度の知識は…」

 

「ルッキーニが表現するストライカーの操作が

 “ドーン”とか“バビューン”でしか表現できなくてもそれが言えるか?

 ユニットの調整なんて人任せで、教本の一冊も読む気がないあのルッキーニに?」

 

「……い、言われて見れば、そうだったな」

 

そうだよ、忘れていた。

ルッキーニはウィッチと言ってもお子様であることに変わりがない。

そんなお子様に自分の命を預けるユニットを任せるなんて発想自体するほうが可笑しものだ。

 

「そうするくらいなら、

 大尉に協力してもらった方がいいな」

 

「ワタシが?」

 

シャーリーは意外な事を言ってきた。

 

「大尉はユニット、

 というより機械を弄るのに慣れているのは見ていても分かるよ」

 

「別に大したことじゃない、必要に迫られただけだから」

 

そう大したことではない。

元々機械弄りは引き取られた先は農園を経営する典型的なユンカーの家ゆえに、

農耕機械を弄る機会が多々あったし、ストライカーユニットは本土撤退戦という混乱のせいで、

整備兵がいつも傍にいるとは限らない状況が多々あり、自分で何とかしなくてはならず、そのため機械への経験があるだけだ。

 

「謙遜するなって、褒めているんだぞ。

 それに整備するなら同じウィッチにしてもらった方がより感度がよくなるし。

 例えるなら、バルクホルンの胸の感度みたいにいい反応が出来るようになるから」

 

「そりゃ、どうも…って、何を言っているんだ!?」

 

どういう脈絡でヤンキー娘に胸を掴まれた話が出るんだろうなぁ!

大体、あの時は後ろから行き成り揉まれたらいい反応が出た、というより驚くわ!!

 

「おいおい恥ずかしがるなって、

 この程度の冗談で動揺するなんてヘタレのエイラみたいじゃないか」

 

ニヤニヤと笑みを浮かべてシャーリーがのたまう。

くそ、本人はヘタレと自覚していないエイラと同列視されるなんて屈辱だな…。

 

「あの北欧娘がヘタレなのは本人以外は知っているからさて置き…

 親しき仲にも礼儀があってしかるべきだと、ましてや軍隊ではとワタシは思うな」

 

「堅物だなぁ、こういうジョークと軽口が相互理解が深まるものだよ」

 

「堅いのではなく、カールスラントの女性。

 特にプロイセン人は慎み深いだけと言っておこう」

 

元は日本人で男という意識はあるけどあえてそう言う。

 

「で、だ。

 本当にワタシが弄っていいのか?

 言っておくが音速達成の目標に役に立つとは思えないがいいのか?」

 

シャーリーのP51ユニットを視線に入れて改めて問いかける。

しかし、まさかこの兎娘からこんな話を聞くとは思わなかったな……。

 

「問題なし、

 最初に言っただろ、煮詰まっているって。

 だから他の人間の意見も取り入れてみようと思いついたわけさ」

 

「その最初の1人目がワタシか…光栄だな」

 

「だろ?」

 

片目をウィンクさせ同意を促す兎娘。

 

だが、どうする?

【原作】のようにルッキーニの手が入らないと、

シャリーは音速に達せずネウロイには逃げられてしまう。

 

「で、回答は?」

 

シャーリーが笑顔で問いかける。

それに対するワタシの答えは…

 

「ふむ、では微力ながら力を貸すことを約束しよう」

「おお、そうこなくっちゃ」

 

シャーリーのユニットを弄れる機会を生かして、

ルッキーニを何らかの形でこっそり関わらさせる。

 

これしかない。

後はルッキーニをどう誘導するかが問題だが…。

 

「んじゃ、これから頼むな大尉」

「ああ」

 

目の前の兎娘の好意を利用することに心は痛むが、

蝶の羽ばたきを少しでも抑えるためには必要なこと。

 

そう考えつつ差し出された手を握り返した。

 

 

 



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第24話「主人公の観察」

投稿できました


 

「足が痛い……」

 

己の欲望を満たした代償に朝から海軍仕込みの水練、

さらにそれ以降の地獄の扱きですっかり筋肉痛となった宮藤芳佳がよろよろとした足取りで歩いていた。

 

時刻は間もなく消灯時間で後は寝るだけの態勢であったが、

いつもより激しい運動をしたためか小腹を空かせた芳佳は夜食を頂く。

海軍用語でいうところのギンバイをすべく食堂に向かっていた。

 

「うーん、ご飯はもうなかったはずだし。

 乾燥した麺もこの間に切らしちゃったからパンかな…?」

 

空腹が脳を刺激させ独り言が出る。

欧州ではまず手に入らない扶桑の米は備蓄こそあるが、

今日炊いた分は既になく、この時間から炊き込むには時間が掛かり過ぎる。

 

素麺やうどんといった麺類も夏という季節ゆえに消費量が激しく、

備蓄を切らしてしまい、次の扶桑からの補給待ちとなっている。

 

だから芳佳はパンなら沢山あるしサンドイッチにでもしようか、

と思いながら食堂のドアに手を付けた時、先客がいることに気付いた。

 

「誰だろう?」

 

ドアの向こうから人の気配を感じる。

どうやら自分と同じことを考えている人間がいるようだ。

 

「……もしかしてミーナ中佐かな?」

 

隊員の行動を規則規則と縛り付けることを好まないミーナだが、

少し前の夜食で騒ぎがあり、自粛するように強く要望したミーナが見に来たのだろうか?

 

そう思い、食堂に入らず回れ右で自室へ戻って素直に寝るべき。

と頭の理性が訴えたが、

 

「……お腹、空いたなぁ」

 

それ以上にお腹が空腹であるとの肉体的な悲鳴を前に芳佳は屈した。

だから大丈夫、きっと隊長は理解してくれる、だから大丈夫。

と自分に言い聞かせながらドアノブをゆっくり回しそっと食堂を覗いた。

 

「ホットドック、

 それにホワイトシチューなんて豪勢だな!

 いやー感謝感謝、ユニット整備だけじゃなく夜食まで作ってくれるなんて恩に着るよ!」

 

「そこまで感謝する必要はないぞ、

 ソーセージは焼いてパンに挟む、

 シチューは缶詰のを今温めているだけだから基本手抜きだ」

 

そこには意外な人物たちがいた。

バルクホルンとシャーリーであった。

 

珍しい組み合わせというわけではないが、

服装がどうしてかツナギ姿であちこち油で汚れている。

 

「しかし、この時間帯にこんなに食べたら…太るな」

 

「大丈夫、大丈夫。

 私はみんな胸の方に栄養が行くから―――どこかのガリア人と違って」

 

「…前も言ったが本人に言うなよ、気にしているのだから」

 

シャーリーの冗談にバルクホルンが顔を顰める。

しかし残念賞な胸をしたペリーヌいう事実に異議を唱えておらず、

宮藤も内心でシャーリーの言葉に同意し、無言でうなずいた。

 

「だがそれでも腹部にも栄養が行くと思うが、その辺はどうなんだリベリアン?」

 

「ふふん、

 私はキラキラ星から来たプリンセスだから、

 いくら食べてもお腹周りが増えることはまったくないのさ。

 だから、バルクホルンのように腹筋という野蛮な行為からは無縁というわけ」

 

「悪かったな野蛮な筋肉女で、

 その無駄に大きな胸部装甲が垂れてしまえばいいのに」

 

毒舌の応酬。

しかしそこに険悪な空気はない。

 

仲の良い友人関係とはこういうものだろうか?

ふと、芳佳は祖国に残した友人と501で得たリーネと目の前にいる2人を比べる。

 

(うーん、こんな会話はないし…やっぱり年上なんだなぁ)

 

しかし、2人のように毒舌の応酬をしたことはなく、

毒舌を楽しんでいる様子を見て芳佳は自分がまだまだ子供であることを自覚した。

 

「おっと――――そろそろ兎のシチューが温まったな」

 

「兎かぁ…私、使い魔が兎だから少し複雑な気分だよ」

 

「文句を言うな、

 兎は配給の対象外だから手に入れやすい上においしいのだから」

 

シャーリーの愚痴にバルクホルンが答える。

たしかに缶詰とはいえシチューの香りが鼻を刺激する。

思わず宮藤は喉の唾を飲み込む、そして――――。

 

ぐきゅう。

 

空腹に耐えかねた胃が悲鳴を上げた。

 

「……誰の腹の虫が鳴ったんだ?」

 

「ん…お、宮藤じゃないか。

 もしかして夜食を食べに来たのか?」

 

「ふぇ!?」

 

当然ながら気づかれ、

4つの瞳がこっそりのぞいていた芳佳に注がれる。

 

「こっちこいよー宮藤ー。

 我らの上官殿が夜食を作ってくれたのだから、

 こわーい、こわい隊長が来る前に一緒に食べようぜ」

 

そう言うなりシャーリーはホットドックをナイフで半分切り分ける。

 

「え、あの…いいのですか?

 それってシャーリーさんの分だし…」

 

戸惑い気味に芳佳が問う。

 

「んんー?

 遠慮するなって、宮藤。

 別にこの程度どうってことないさ」

 

皿に盛られたホットドック。

そしてシチューが入った器を芳佳の意思を聞かず、

芳佳が座るであろう場所にシャーリーが芳佳の分を置いていく。

 

芳佳はそれでも遠慮しようと考えたが、

食べ物の香りが鼻を刺激し、空腹の度合いが大きくなる。

 

「い、頂きます!」

 

そして、結局空腹には勝てずに芳佳は好意に甘えた。

頂きますと言うなり、ホットドックにかぶりつき頬張り、

まだ口の中にホットドックがあるにもかかわらずシチューを口にする。

 

「おーおー。

 よく食べるなー。

 バルクホルンは相変わらず料理が上手だろ?」

 

「はい、とても…あっ!

 すみません、少し食べ方が下品で…。

 その、今日はいつもより体を激しく動かしたから…」

 

自分の食べっぷりにシャーリーに指摘され芳佳が顔を赤らめる。

そしてそうなった原因を口にしたが、

 

「あー、そういえばそうだったな。

 少佐の胸を揉んだ宮藤のせいだけど、災難だったな」

 

「自業自得だ」

 

「あうううう~」

 

シャーリー、バルクホルンの指摘が入る。

そうした激しい訓練をする原因が自分である事を自覚する芳佳は顔を俯かせた。

 

「あれ…?」

 

視線が下に下がったことで芳佳は机の上にノートや説明書、

計算尺に計算を記した紙束が広がっているのに気づく。

 

「ああ、これはイェーガ大尉…シャーリーのユニット改造のメモだ」

 

「2人はユニットを弄れるのですか?」

 

まあな、すごいだろ!

芳佳の問いにそれぞれ違う言葉で返す。

 

「ふふん、勉強したからな。

 宮藤も勉強しなきゃ駄目だぞ。

 勉強していれば自分が出来る範囲が広がるからな」

 

「私、勉強はブリタニア語とか座学で手一杯です…」

 

「まあ、そうだな。

 今宮藤に必要なのはワタシの座学で良い成績を収めることだ。

 次回の小テストはしっかり点を取ってもらわないと、リーネに抜かれるぞ?」

 

「ば、バルクホルンさ~ん!!」

 

唯でさえ外国語の勉強、

軍隊の座学で手一杯な芳佳にバルクホルンの無慈悲な言葉に悲鳴を上げた。

 

「軍隊に入っても勉強ばかりだよ…」

 

溜まりにたまった疲労と空腹が満たされ、

気が緩んだのか思わず愚痴が芳佳の口から出る。

 

「それは違うな宮藤。

 どこに行っても勉強は必要さ。

 例え好きなことをしても、いや好きな事だからこそ勉強が必要だよ」

 

ホットドックを食べ終え、

口元についたケチャップを拭きながらシャーリーは芳佳に語る。

雰囲気こそ何時もの飄々としたものだが、その視線は真剣なものであった。

 

「突然だけどさ宮藤、空を飛ぶのは楽しいか?

 義務感とか堅苦しい感情抜きで空を飛ぶのは楽しいか?」

 

「シャーリーさん…?」

 

何時にもない問いかけに芳佳は戸惑う。

何故彼女の口からそんな話が出たのかわからず、

バルクホルンの方に視線を向けるが彼女もまた予想外のことらしく、

シャーリーの突然の問いかけに対して驚いている様子が伺えた。

 

「宮藤は凄いさ。

 ウィッチとして技能は今こそ経験が足りないから、

 模擬戦や訓練では私達に負けるけど、才能は間違いなくある。

 しかも才能頼りじゃなくて努力も忘れないという美点だってある」

 

コーラを一口飲み、喉を潤してから続けて語る。

 

「でもさ、時々思うのだよ。

 もしかして宮藤は義務感だけに突き動かされないか?

 飛ぶことが実は嫌いなんじゃないか、無理しているんじゃないかって」

 

「…どうして、シャーリーさんはそう思ったんですか?」

 

芳佳はシャーリーの言葉が理解できず疑問に対して疑問で答える。

 

「乙女の勘さ!

 と、茶化したい所だけど、

 だって宮藤は頑張り過ぎだから見ていて心配なんだ。

 だからここ501の仲間として私は聞きたいんだ、宮藤の真意を」

 

「あ……」

 

シャーリーの回答に芳佳は初めて自分がそう思われていることを知った。

さらには、自分が心配されていたことにも初めて気づいた。

 

「教えてくれないか、宮藤?」

 

「私は…」

 

ここで誤魔化しはできない。

既にシャーリーだけでなくバルクホルンも注目している。

何よりもこれは自分自身の問題であるのだから。

 

芳佳は父親と約束した時の風景を思い出しつつ、その時の心情と決断を言語化することを試みた。

 

「…私、お父さんとの約束を守りたいのです。

 みんなを守れるウィッチになる、この約束を守りたいのです。

 シャーリーさんの言う通り義務感で動いている、というのはたぶん、間違っていない」

 

一拍。

 

「皆は私に戦争の才能がある、

 と言っても私は戦争は未だ嫌いだしネウロイとはできれば戦いたくない。

 そう思っているけど、それと同じくらいに私はここに来てよかった思っています、だって皆と一緒にいるのが楽しいから!」

 

坂本少佐の厳しい訓練や日々緊張を強いられる実戦。

しかしそうした辛い日々以上に501の隊員との交流。

育まれた友情と思い出は芳佳にとって貴重な楽しい記憶として蓄積されてきた。

 

ゆえに芳佳はシャーリーの考えは杞憂であると胸を張って答えた。

 

「そっか、なら私の考え過ぎか…安心した」

 

芳佳の回答に対してシャーリーが肩の力が抜けた呟きを漏らした。

しばらく周囲は静寂な時間が流れる。

 

「話は終わったか?

 なら食事を再開しよう。

 皆に隠れて食べる夜食はなかなかおいしいぞ」

 

少しの間場が沈黙に浸っていたがバルクホルンの一言で場が動き出す。

 

「お、バルクホルンの言う通りだな。

 辛気臭い話はここで終了っと、よし食べようぜ宮藤!」

 

「はい!」

 

バルクホルンの意見に全面的に賛同したシャーリー、芳佳は食事を再開させた。

 

 

 



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第25話「そのころパスタ娘は」

短いですが投稿できました。


 

 

バルクホルン、シャーリー、そして芳佳が食堂で夜食を取っている中。

わずかな明かりしか灯していない格納庫に小さな人影が動いていた。

 

より具体的に描写すると日に焼けた肌、

短いツインテールに縞パン…ではなく縞ズボンを履いた少女が格納庫で人を探していた。

 

「シャーリー?

 ねえ、シャーリーいないのー?」

 

501で最も年少のルッキーニだ。

彼女もまた小腹を空かして消灯時間に起きてこっそり夜食を食べた人物である。

 

そのまま寝る気にはなれず、

いつもなら格納庫でユニットの整備をしているシャーリーと遊ぼうと、

格納庫に来訪したが食堂にいることを知らずルッキーニは探し回っていた。

 

「シャーリーがいないなんて…。

 まだ眠くないのに、もう、つまんなーーい!!」

 

天井までよじ登って探してもシャーリーが見つからず諦めたルッキーニが駄々をこねる。

ミーナがいれば子供は黙って寝る時間と諭すような時間帯であったが、

昼間や夕方に寝た分まだまだ元気なルッキーニは退屈していた。

 

「あーこうなったらサーニャと遊ぼうかな…。

 でもサーニャの夜間哨戒が終わって戻ってくるのは朝だしなぁー」

 

格納庫の梁の上に寝ころびながらルッキーニが呟く。

夜に活動しているのは基本サーニャ・V・リトヴャク、サーニャだけだ。

 

実のところルッキーニとサーニャとの接点は割とある。

夜遊びの時間と哨戒のために夜の格納庫で待機しているサーニャとの時間が同じで話す機会があるからだ。

 

シャーリーと違って大好きな胸は薄いが、

それでもシャーリーと違う優しさを持つサーニャのことをルッキーニは好感を抱いていた。

 

「退屈だなーーー」

 

寝がえりし、呟く。

周囲に面白いことや、面白い事を起こしてくれる人物はいない。

その事実を享受しつつ、しばらくルッキーニはぼんやりと時間を過ごす。

 

しかし、時間が5分進んだ時。

ルッキーニはこの退屈な時間を乗り越える策を唐突に閃いた。

 

「そうだ!

悪戯しちゃおう!」

 

そうと決まれば行動は早く、

早速ストライカーユニットの発進を補助する始動機に駆け寄り、武器ラックを開く。

 

「ふふふん、みーんな入れ替えちゃお!」

 

通常始動機の傍に各人の武器弾薬が即座に取り出せるように武器ラックが設置されおり、

例えばバルクホルンの場所にはМG42機関銃、ルッキーニ自身はM1919A6機関銃がある。

緊急発進のたびに武器を取りに行く面倒を省き、各人の武器を即座に取り出せるようにしているのだが…。

 

「ミーナ隊長の銃を私のと交換してー。

 シャーリーのを芳佳のと交換しちゃおーう」

 

ルッキーニの悪戯で全て無駄に成りつつあった。

鼻歌と共に心行くまでこの悪戯を楽しんでいるが、

武器管理担当者の許可なく所定の位置の変更は重大な規則違反。

という事実をルッキーニが知っていれば、このようなことはしなかったであろう。

何しろミーナ隊長のお尻への平手打ちと頭への拳骨の痛さはこれまで十分痛感しているのだから。

 

そして格納庫でそんな作業を始めて20分後。

ついにルッキーニは目的を完遂してしまった。

 

「できたーー!!」

 

ガッツポーズと共に喜びの声を上げる。

目的を達成した満足感と何かに夢中になれた充実感でルッキーニの心は高揚する。

満足げにストライカーユニットを固定する始動機を眺めるが、ふと気づく。

 

「うーん……全部交換したのはいいけど、

 一目見た感じじゃ分からないし面白くないなぁー」

 

武器を全て交換したはいいが、

元々武器はラックの中に入っているので、

一目見て周囲を驚かす悪戯としてのインパクトに欠けている。

 

そうルッキーニが考えと時、さらに閃きを得た。

 

(ストライカーユニットの位置も全部変えちゃえ!)

 

そう決断するとストライカーユニットのロックを解除。

自身には魔法力を発動させ、金属の塊であるユニットを軽々と持ち上げる。

そして、ユニットをそれぞれの定位置から外れ、出鱈目に配置させて行く。

 

ルッキーニは悪戯をさらに楽しんでいるが、

再度の管理規定の違反で謹慎処分、減給、そして鉄拳。

というトリプル罰則がミーナから受けることが決定していたが、気づいていない。

 

「あ~雨が降っても気にしない~。

 や~風が吹いても気にしない~。

 な~槍が降っっても気にしない~。

 ふ~吹雪が降っても気にしない~。

 な~何があっても気にしない~」

 

エイラが一人で呟いていた歌を歌いながら、

ルッキーニはバルクホルンのユニットの固定を外し、

代わりに運んできたシャーリーのP51ムスタングのユニットを始動機に装着させようとする。

 

しかし、

 

「うにゃ…?」

 

ルッキーニは鼻に違和感を感じる。

埃が溜まりやすい格納庫を歩き回ったためだろう。

 

「へっくしゅ!!」

 

そして耐えきれず当然くしゃみをした。

思わず手に持っていたシャーリーのユニットを手放してしまうほど派手にだ。

 

そう、手放してしまった。

しかもルッキーニは魔法力を発現させている状態であり、

力加減なんてまったくできておらず、真っすぐバルクホルンのユニットに投げ出され。

 

結果、派手な衝突音が格納庫に響いた。

 

「うにゃーーーー!!?

 どどどどど、どうしよう!!」

 

部品や破片が盛大に散らばり、

油が床を濡らす大惨事に流石のルッキーニも、

自分がやらかしたことを理解し恐慌状態に陥る。

 

(このまま知らんぷりしちゃおっかっ…!

 あううう、でもミーナ隊長に直ぐに分かっちゃう)

 

このまま放置しても、

こんな事をする人間はルッキーニだけで、

即座にミーナが真犯人を見つけ出すことが安易に想像できた。

 

(部品とか油はお掃除すれば誤魔化せるけど、

 壊れちゃったストライカーユニットだけは何にもできない!)

 

床に散らばった部品や零れた油については掃除すれば誤魔化せたが、

壊れたユニットだけは誤魔化す手段が思いつかなかった。

 

「う、ううううう~~~」

 

何か手段はあるはずだから、考えるべき。

そう思い、考えるが策は思いつかず思考の迷路に入る込む。

 

(いっそ、正直にシャーリーにバルクホルン。

 そしてミーナ隊長に謝ろうかな、痛いのは我慢して)

 

万策尽きたとルッキーニは諦め、

正直に起こった事を報告し、謝ることを考えた。

第三者から見れば下手に誤魔化しや逃げるよりもそれは正しい選択であった。

 

のだが、

 

(……そういえば予備の部品があったよね?)

 

ふとルッキーニはそれぞれにユニットで保管している予備部品の存在を思い出す。

 

(そうだよ、自分で修理しちゃえば良いんだ!

 それなら見た目だけじゃなく中身も誤魔化せる。

 ユニットを弄るなんて何時も見ているシャーリーのを真似すれば良いだけだし)

 

導き出された回答にこれならお尻を叩かれず済むと歓喜する。

が、素人が弄ってユニットの性能がおかしくなる可能性についてルッキーニは気づいていない。

 

加えてプロの整備士が真っ先にユニットを弄られた形跡を発見し、ミーナに報告される可能性。

備品管理担当のバルクホルンが予備の部品が消えたことを気づき、犯人を探し出すこともルッキーニは考慮していなかった。

 

(よ~し、早速ユニットを修理しなくちゃ。

 じゃないと、ミーナ隊長に怒られちゃうし……)

 

どう足掻いても事が露見することは免れず、

正直に謝る方が正しいのだが、子供にはそこまで考えが及んでおらず。

ユニット破壊を誤魔化すべくルッキーニはまず床を掃除するためにモップを手にした。

 

 

 



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第26話「芋大尉とスピード娘の驚愕」

今月もなんとか投稿できました。
できれば今週中にGATEネタも投稿できるように頑張ります。

では


「おはよう、トゥルーデ」

「こちらこそ、おはようミーナ」

 

昨夜の夜食は終わり、朝が来た。

起床ラッパと共に目覚め、自室での腕立てを終え、

いつも通り食堂に向かう道中でミーナと出会った。

表情もまた何時ものように人を安心させる爽やかな笑みを浮かべている。

 

しかし、よくよく見ると書類仕事をしていたのか、目元がやや疲れているように見える。

現に仕事の事前確認でもしていたのかミーナの手には書類を挟んだボードがあった。

 

「あ、これね。

 御免なさいね。

 普段食堂までは持って行かないけど、

 食事を終えたら直ぐに格納庫に保管してある部品を見ておきたいから」

 

こちらの視線に気づいたミーナが書類を隠すように持ち直す。

 

「あ、いや。すまない。

 単に珍しいな、と思っただけだ」

 

気を使われたので謝罪の意を表明する。

別に食事の場に仕事の事を持ち出したことにワタシは気にしていない。

むしろ、20にもなっていないのにここまで熱心なのに感心したいくらいだ。

 

前世でミーナ位の歳だったころなんて阿保な学生だったし・・・。

その後もやっぱり阿保な社会人だったし、頭が上がらないという・・・。

 

「ところでトゥルーデ。

 ルッキーニさんを見なかったかしら?

 さっきシャーリーさんがあの子を探していたのだけど見当たらないらしいわ」

 

脳内で阿呆な前世の自分を殴る妄想が浮かびあがっていた中。

ミーナがルッキーニの行方を尋ねて来た。

 

「施設の外に作った秘密基地にでも隠れているんじゃないのか。

 あるいは木の上か、格納庫の梁とかに寝ているのでは?」

 

ミーナの質問にワタシは一般論で対応した。

これまでの彼女の習性からすれば自室で寝ているなんてことはまずない。

大抵は木の上や梁、それに秘密基地で寝泊まりしている。

 

自室にいない。

とはいえルッキーニが寝る場所は大体限られているし、

起床時間になればサボタージュすることなく素直に食堂に来る。

 

にも拘わらず行方が知らないとは、

 

「珍しいな、シャーリーも知らないなんて」

 

「ええ、そうよね。

 ルッキーニさんの事を一番よく知る彼女が分からないなんて珍しいわ」

 

そしてさらに珍しいのはシャーリーがルッキーニの居場所を知らないことだ。

まさかあまり考えたくないことだが……。

 

「脱走か?」

 

「以前は母親に会いたい、という理由であったけど。

 シャーリーさんが来て以来はそうしたことはなくなったからないと思うわ」

 

「まあ、確かに・・・」

 

14、15の少女が当たり前にように最前線で戦うのがウィッチの宿命とはいえ、

ルッキーニはその更に下の12歳で精神的に極めて幼く、母親に会いたいがために脱走を繰り返したせいで、

厄介払いも兼ねてこちらに送り込まれたが、501でもシャーリーが来ていない間しばらくの間は脱走騒ぎを起こし、

ミーナに少佐、それにワタシも含めその対策に頭を痛めていたのがシャーリーのお陰でその問題はなくなった。

 

「だとするとますます分からない。

 単に新しく作った秘密基地で寝泊まりしているだけ。

 そう思いたいが…わざわざミーナがこうしてワタシに聞いてきた、

 ということは、ミーナは何か嫌な予感でも感じたのか?」

 

「ええ、そうよ。

 あの子は気を抜くと何かをやらかすから……」

 

こちらの質問にミーナは憂鬱な表情を浮かべ答えた。

・・・あのお子様に一番苦労しているのはミーナだったな、うん。

 

大事な機材を破壊されてその後始末に頭を痛め、

罰として拳骨やお尻叩きに処してやった側のミーナが手を痛めたり、と色々あったな、本当に……。

 

「見かけたら直ぐに連絡する」

「お願いね」

 

一先ずワタシに出来ることはこれだけだ。

 

「まあ、だけどもうすぐ朝食の時間だから案外直ぐに来るかもしれないな。

 あのお子様は何があっても食事を抜くなんてことは今までしてこなかったから」

 

イタリア人。

いや、こっちではロマーニャ人だったな。

兎に角ルッキーニが食の快楽を無視するなんてありえない。

おまけに「お腹が空いたら即座に食堂に向かって走る」程度の子供だ。

 

だからあの無邪気な性格と相まって可愛いといえば可愛いのだが、

機材を破壊したり、武器をなくしたり、脱走するような問題児でなかければさらに良かったけどな!

 

「・・・そうね、ルッキーニさんなら案外先に食堂で待っているかもしれないわね」

 

ワタシの予想にミーナは微笑と共に肯定した。

 

「ああ、それとトゥルーデ。

 オリエンテーションも兼ねた例の海水浴の件だけど…」

 

「ん、それなら大丈夫だ。

 朝確認したけど、機材に問題はない」

 

「それなら安心ね」

 

部隊で海水浴と遊ぶ予定だが、

宮藤とリーネは先にユニットを装着した状態での水泳訓練を受けてもらう予定だ。

同時にこの海水浴の日が次のネウロイ襲撃の合図であり、転生者として色々準備する必要がある、万が一に備えて。

 

そうだな、ネウロイが高速で振り切る可能性を考えると進行ルート上で待ち伏せできたらいい。

ワイト島の部隊にも根回しをして、『偶然』ネウロイを待ち伏せできるように誘導しよう。

 

「なあ、ミーナ」

 

と、そこまで言いかけた所で、

ふと窓の外に一条の飛行機雲が伸びているのに気付く。

大陸からブリタニアに向かう航路をとっており、味方の強行偵察が帰ってきた。

 

なんて考えは基地に鳴り響いた警報のせいで一瞬で打ち破られた。

 

「こんな朝から敵襲・・・!?」

 

ミーナが驚愕の言葉を零す。

しかし、それ以上にワタシはまた歴史が変わったことに驚愕していた。

 

・・・いや、あるいは変えたのは自分のせいかもしれない。

次のネウロイ襲撃の日は【部隊での海水浴の日】であるのは事実だ。

しかし正確な日付は分からず想定がされた日時が【原作より遅れている】ので、今このタイミングでネウロイが来たのだろう。

空母「赤城」の時は入港日とかが正確に分っていたら対処できたが、やはり日時が定かでないものには対処に限界がある・・・っ!

 

「兎に角格納庫へ向かいます!

 バルクホルン大尉は直ちに出撃してください」

 

「了解した!」

 

愚痴は置いといてまずはネウロイを倒すか。

・・・シャーリーのユニットの実験がまだできていないが、何とかするしかない。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

格納庫は混乱の渦中にあった。

 

「なんで私ハルトマン中尉のユニットを履いているのーーーっ!!?」

 

真っ先に格納庫に駆けつけたのは意外な事にリーネであった。

偶々近くを通っていたために誰よりも先にストライカーユニットを何時もの定位置で履き、

始動、そして離陸、という段階まで来たが履いているユニットが何時ものスピットファイアではなく、

エーリカ・ハルトマンが使用するメッサーシャルフであることに気づき、慌てる。

 

そして履いたこともないユニットの操作などリーネには難しく、結果。

 

「ひゃあああああ!!?」

 

離陸に失敗。

派手に横転し滑走路を転がる。

怪我こそウィッチの魔法力とシールドでなかったがユニットが損傷。

自動的にリーネの足から脱がされ、その後ろに吹き飛ぶ。

 

「ちょっ!?」

 

そこには丁度リーネの後から離陸しようと滑走を始めたペリーヌがおり、

即座に避けようと試みるがこちらも何時も通りの場所で自分のユニットを履いたつもりが、

今まで履いたことがないサーニャのユニットを履いてしまい、そのせいで細かい挙動が疎かになり。

 

「な、なあああああ!?」

 

咄嗟に避けようとして壁にぶつかりペリーヌも離陸に失敗する。

 

「何やっているんだヨ!

 ・・・って、私のユニットがない!?

 何でここにツンツン眼鏡のがあるんだヨー!

 どこに行った!というか何でペリーヌがサーニャのを履いているのだヨ!」

 

駆けつけたエイラがリーネとペリーヌの失態に叫ぶが、

本来あるはずのユニットが無く、何故かツンツン眼鏡ことペリーヌのが設置されていることに驚く、

同時にサーニャのをペリーヌが履いている事実に嫉妬し、頬を膨らませる。

 

「どいてくれ!リーネ、ペリーヌ!」

 

混乱の最中。

唯一無事自分のユニットを履けたシャーリーが離陸準備に入る。

しかし、表情には陽気な彼女には珍しく焦りを浮かべていた。

 

(まさか普段と違う場所にユニットがあっただけでこんなに混乱するなんて。

 しかも、こんな事をするのはルッキーニだけだ、この混乱の責任を取らされ最悪・・・。

 ルッキーニを守るためには『ネウロイを撃墜した』という部隊の名目を守って帰らなきゃだめだ!)

 

ユニットを入れ替える悪戯で、スクランブルに支障を生じさせた。

しかも器物破損の損害を引き起こす原因を作ったのは重大な軍機違反で処罰は免れず、

最悪501から追放される可能性があり、それを防ぐためにシャーリーはネウロイを必ず倒す必要が求められた。

 

(銃は宮藤の奴で何時もと感覚が違うけど、

 銃は銃だから何とかなる、しかしどういうことだ?

 今日のユニットはやたらと魔力を食らう上に馬力の上限がなくなっているみたいだ。

 朝からルッキーニは見かけないし・・・まさかまさかリミッターが外れている!!?)

 

長い付き合いゆえに、

ルッキーニの行動原理を理解したシャーリーは、

ユニットの不調について1つの結論を下した。

 

(リミッターが外れたユニットなんて魔法力をユニットに吸い尽くされ、

 空中で気絶、墜落する危険があるから私でもしなかったけど・・・。

 いや直ぐにネウロイを撃墜すれば問題ない、あああくそ!帰ってからお尻を叩いてやる!)

 

自分が墜落する可能性について迷いを振り切るとシャーリーは叫んだ。

 

「シャーロット・E・イェーガー、出る!」

 

そして彼女は空へと飛んだ。

 

 

 



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第27話「芋と兎の共同作戦」

某掲示板で艦これネタに嵌まって更新遅れました。


 

ーーーー速い!

 

ネウロイを目視したシャーリーの第一感想がそれであった。

大型ネウロイとは速度は遅いが火力が大きい。

というのが相場であったがこれは違った。

 

反転してこちらに向かって来れば楽なのだが、

ウィッチである自分には目もくれずひたすら飛んでいる。

 

もしかするとこのままでは追いつかないのでは?

そんな不安がシャーリーを襲い、牽制射撃でも加えるべきか?

 

と迷いが生じ、背中に背負った九九式二号二型改13mm機銃に手を伸ばす。

普段のブラウニー・オートマチック・ライフルでないのもルッキーニのせいであり、

 

シャーリーは感覚が慣れていないとはいえ、

銃は銃だから問題ない、はずと迷いつつ銃を構える。

 

「狙って・・・狙って・・・」

 

照準器の中心にネウロイが収まるように狙う。

さらに息を吐き、吸い。息を吐き、吸いと呼吸を整える。

動作を終えてからゆっくりと引き金を引いた。

 

「っ・・・っと!?」

 

発砲、そして大口径銃特有の強い反動に襲われる。

普段とは違う感覚にシャーリーは驚き、明後日の方向に弾をばら撒いた。

 

しかし、即座にウィッチの力で強引に反動を押さえつけ、

正面にいるネウロイに向かって撃ち始めた。

 

ギリギリ有効射程圏内にネウロイはあるとはいえ、

空戦においてはまず当たることはない距離であったが戦場の女神はシャーリーに微笑んだ。

 

放った銃弾はネウロイに吸い込まれるように命中。

幾つもの火花を散らし、ネウロイが悲鳴を挙げる。

 

「よし!」

 

思わぬ幸運にシャーリーがガッツポーズを取る。

しかし数秒後、ネウロイの表面が赤く光る、ネウロイからの反撃だ。

放たれる熱光線を避けるためにシールドを張ろうとしたが、シャーリーはふと考える。

 

ここでもしもシールドを張ってしまえば速度は確実に落ちる。

それではネウロイに永遠に追いつくことができなくなる。

 

ゆえに、自分がすべきは賭け。

自らの危険を元手に加速し、前進すべき局面である。

 

「分の悪い賭けは好きじゃないのだけどなっ・・・!!」

 

マーリンエンジンに魔力を注ぎ込みシャーリーは加速し、

熱光線が自分がいる場所を通過するより先に通り過ぎ、前進する。

 

時折すぐそばを光線が通過し、

魔法力で保護された肉体越しでも、

直撃すれば蒸発してしまいそうな熱を帯びた光線の威圧を感じる。

 

心臓は爆発寸前に鼓動しており、体中から汗が噴き出る。

レースでスピードだけを追い求めているだけでは得られない戦場だけの緊張感。

 

速度は普段の限界である時速800キロを既に突破しており、

思わずシャーリーは無意識に唇を舐め、戦場の緊張感と共に不思議な高揚感に酔う。

 

そして手にした銃の引き金を再度引き、発砲。

曳光弾がネウロイに届き、再度命中する。

再び速度が落ち、シャーリーとネウロイとの距離がさらに縮まる。

 

いける!

そうシャーリーは歓喜に震える。

しかし、ネウロイが変形しだしたことで、

その考えが間違っているのを実感する。

 

「嘘だろ、ここで加速するつもりなのか!?」

 

徐々にだが加速を始めたネウロイにシャーリーは唖然とする。

だが、ここで黙って逃がすつもりはなく、射撃を継続する。

しかし、徐々にネウロイとの間に距離は生まれ、命中率は下がる。

 

そして、駄目押しにストライカーユニットからこれまでとは違う不自然な振動が始まる。

シャーリーはルッキーニがした無茶な改造でユニットに限界を迎えつつあるのを悟った。

 

(ユニットが全壊すること前提に魔力を注げば・・・あるいは追いつく。

 だけど、それじゃあ私はユニットなしに空に放り出されてしまう。

 いくら、ウィッチの魔法力による加護があるとしても無傷では済まない・・・くそ、どうする!?)

 

油断すればどこまでも魔法力を吸い、

ユニットが自壊するまで加速してしまいそうなユニットを、

ここまで速度を上げつつネウロイに追いつけたのはシャリーの類まれな勘と技術のお陰であるが、

 

ここでそれを放棄することにシャーリーは迷う。

しかし、迷っている時間はなくネウロイはさらなる加速を始めようとしているのが確認できた。

 

(・・・・・・やるしかない!!)

 

決断は早かった。

ここで見逃せば追いつくことは不可能。

そう判断したシャーリーは覚悟を決めて加速を始めるべく魔法力を注ぎ始めるが。

が、それを防ごうとまるで狙ったかのようにネウロイから激しい光線が浴びせられる。

 

「くっそう!!」

 

シールドを張って防げば足が止まるので避けるシャーリー。

だが、エイラのような未来予知の魔法があるわけではないので徐々に追い詰められる。

 

このままじゃ、駄目だ。

そんな絶望の感情が内心を満たそうとしたが・・・。

 

ネウロイに着弾、そして爆音が轟く。

 

『何とか間に合ったみたいだな、イェーガー大尉!』

 

インカムから届いた声はバルクホルンであった。

 

 

 

 

※   ※    ※

 

 

 

 

な、何とか間に合ったーーーー!!

兎娘に恰好つけて「何とか間に合ったみたいだな」

なんて言ったけど、間に合わない可能性の方が高かったから、追いつけて本当に良かった・・・。

 

まさか【原作】でルッキーニがストライカーユニットを破壊したのが、

こっちでは暇だからついやった悪戯でここまで大騒ぎになるとは思わなかったし、

ワタシのユニットもルッキーニが変に弄ったせいで挙動が怪しい上に、

やたら速度が出るわで操作に四苦八苦し、正直ネウロイにはもう追いつけない。

 

と思っていたけど、イェーガー大尉。

いや、シャーリーは先行してネウロイと交戦してくれたお陰で追いつくことができた。

 

こっちの武装は普段使用するMGではなく、

リーネが使用するボーイズライフルをこれまたルッキーニの悪戯のせいで使用。

 

そして命中、今に至るわけだ。

・・・リーネのように狙撃に適応した固有魔法もないのに、

初弾でネウロイに命中弾を与えることができたのは本当に奇跡だ・・・。

 

『その、大尉。ルッキーニのことだけど・・・』

 

とっ、無線だ。

しかし、こんな時でもルッキーニの事を心配するなんて、な。

 

「安心しろ、ミーナの拳骨一発、

 減給に謹慎処分それと廊下でバケツを持って立つだけに済ませることにした。

 最も、私も大尉も仲良く管理責任を問われて減給に廊下でバケツ持ち、と相成ったが」

 

今回の件は本来なら軍隊から追い出されかねない程の不始末だが、

ルッキーニ自身だけでなくルッキーニを管理できなかった管理職の責任を問うことで責任を分散。

これでルッキーニだけが負う責任を軽減し、彼女が501から追い出されるようなことを防ぐ訳だ。

 

『バルクホルン大尉・・・その、ありがとう。ルッキーニのために』

「上司としての務めを果たすだけさ、気にするな」

 

廊下でバケツ持ちは兎も角減給は正直痛いが、まあこれも年長者の務めだ。

この程度でルッキーニが501にいられるなら、安いものである。

 

「だからルッキーニのことは心配するな。

 今はネウロイを倒すためだけに思う存分飛んで行ってこい!」

 

そして今すべきことはシャーリーの後押しだ。

心配すべき要素は何一つないことを伝えて安心させる。

 

っと、引き金を引いて、発射。

初弾が命中しているから次弾もうまく当たったな、よし。

 

「このように後ろから援護するし、

 例え墜落してもワタシが拾ってやるから行ってこい!

 今のおまえなら音速だって行けるはずだ、さあ、行くんだ」

 

そうシャーリーに発破をかける。

そして返ってくるであろう返答は決まっていた。

 

『ーーーー分かった、行ってくる!

 あの糞野郎の尻に一発ぶちかまして来るぜ!

 だけど、音速を超えたその後は墜落するだろうから拾ってくれないか?』

 

「ああ、まかされた」

 

躊躇を感じさせない言葉に思わず笑みが零れるのを自覚する。

やはり、シャーリーはこうでなくては困る。

 

なんて思いつつ、再度銃を構えた。

 

 

 

 

 

 

 



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第28話「魔女達の後日談」

艦これネタの方が筆が進む・・・


 

「ふぅ・・・」

 

ペンを置き、ミーナはようやく終えた安堵から息を吐いた。

 

しかし、絶え間ない頭脳労働と、

同じ姿勢で長時間ペンを握って書類を処理していたため、

頭脳と体が疲労の声を叫んでおり、ミーナは力を抜き椅子に背を任せる。

 

「何とか間に合ったけどもうこんな時間なのね・・・」

 

窓の外を見れば既に太陽は半分以上水平線の彼方へ沈んでおり、暗闇が世界を包み込みつつあった。

 

「夕食、食べ損ねたわ」

 

腕時計の時刻はとっくに夕食の時間は過去のものであると表示しており、

仕事に没頭していたから感じなかったが、今になって空腹をミーナは感じ始めた。

 

「やあ、ミーナ。

 夕食を持ってきたぞ!」

 

久しぶりに自分で作ろうかしら、

そう考え始めた時に坂本少佐が部屋に入室してきた。

手にはバスケットを抱えており、香ばしい香りが漂ってきそうだ。

 

「態々持ってきてくれたの、美緒?

 丁度お腹が空いたところだから助かるわ」

 

「何、ミーナのお陰で我々は安心して戦えるからな。このくらいするさ」

 

「ふふ、ありがとう」

 

善性を帯びた笑みを浮かべる坂本少佐にミーナは微笑ましく感じる。

いつだって彼女はこうやって接してくれる。

 

「ところでトゥルーデ・・・バルクホルン大尉たちの様子は?」

 

「ああ、流石に先ほどまでバケツを手にして、

 何時間も廊下で立たされていたからヒィヒィ言っていたが、

 今は夕食を消化する作業に夢中になっている、それと始末書については明日から始めようと思う」

 

「そうね、もう今日は遅いからそれでいいわ

 こちらも後始末を終えたし、ルッキーニが原因で始まった今回の騒動はこれで御終いね」

 

これをネタに揺さぶりを図ってきた人間に対しても何とかなったし。

そうミーナは呟き、届けてくれた食事に手を伸ばした。

 

 

 

※   ※   ※ 

 

 

 

「空腹は最高の調味料だと思わないか?」

 

「うん!」

 

「誰のせいだと思っている、誰のせいだと」

 

呑気にそんな言葉を出した兎娘、

そして今回の主犯であるパスタ娘を睨む。

が、こちらの恨みが籠った視線などお構いなしに食事に熱中している。

 

「はい、あたしー!」

 

で、主犯が喜々と手を上げた。

・・・どうやらミーナの拳骨だけでは足りないようだ。

 

「いいじゃないか、ネウロイは撃墜。

 これにより501の面目は何とかなったんだし。

 それに、ルッキーニだってもう十分反省したし、な?」

 

「その変わりワタシとイェーガ大尉のストライカーユニットは全損。

 仲良く海に墜落しワイト島分遣隊の助けが来るまで海水浴をする羽目になった上に、

 緊急発進に際しての混乱でユニットの損傷が相次いだせいで、整備班は徹夜で作業中だ」

 

あの後、ネウロイは確かに撃墜に成功した。

が、それでとうとう無茶な改造を施されたユニットが耐えきれず自壊。

 

シャーリーとワタシは仲良く海へ墜落。

するはずだった海水浴を2人で経験することになった。

 

とはいえ、これで501の面目が保たれた。

難癖付けにやって来た軍官僚に対してミーナが反論できる余地が生まれた。

ルッキーニは今まで通り501に所属し、共に戦うことができるようになった。

 

・・・後始末を担当するワタシ、少佐、ミーナの苦労が始まるが。

 

「終わったことなんてロマーニャ人は気にしない、気にしない

 それよりシャーリーおめでとう!時速950キロを超えたんだって?」

 

「おう、今までの中で最高記録さ!

 音速を超えられなかったのは惜しかったけど、これで先には見えた!

 次からは安定して900キロ代に入れるように頑張って改造してみるぜ!」

 

今回の【原作】との違いはシャーリーが音速に達せなかったことだ。

恐らくだが音速に達するより先にネウロイに体当たりで撃墜したからだろう。

 

だが、あるいは音速が出なかった可能性もあり、

ネウロイがより遠くにいた場合は追いつかず、墜落するだけで終わっていたかもしれない。

 

・・・今回もそうだがこれまでの結果も考えれば考える程、紙一重な結果だ。

ギリギリ正しい選択肢を選べているが、一体いつまでこの幸運が続くのだろうか・・・。

 

「おいおい、

 そこで辛気臭い表情を浮かべた大尉殿。

 ふふーん、私が950超えて悔しいのか?」

 

「別に、そこは祝福するさ、おめでとう。

 ただし、機材をこれ以上破壊するような真似だけはするなよ。

 明日書くべき始末書に追加で書くような事態なんて正直御免だからな」

 

「う、そそれは善処するぜ」

 

調子に乗っている兎娘に釘を刺すのを忘れない。

 

「ルッキーニもだ、

 自分なら出来るなんて己惚れる事がないように。

 またミーナから拳骨やお尻ぺんぺんを受けたくないなら覚えることだ」

 

「う~~分かっているよ・・・」

 

ついでにルッキーニにも刺しておく。

何といっても「やらかす」コンビなのだから。

2人の後始末にこれまで散々四苦八苦したしな・・・。

 

何時になった手間がかからないようになるやら。

 

「あ、そういえば、

 海水浴の予定はどうなるんだゲルト?」

 

「・・・何だ、その呼び名は?」

 

突然現れた呼び名にまじまじとシャーリーを見つめる。

今の今までワタシを呼ぶときはバルクホルンか大尉だったがどういう風の吹き回しだ?

 

「いや、だって。

 任務以外の時は最近そっちはシャーリーって呼んでくれるのに、

 こっちは大尉、とかバルクホルンだなんて不公平だと思うんだ」

 

「む」

 

い、言われて見れば。

気づかなかった・・・だが。

 

「で、トゥルーデでなくゲルトと呼んだのは?」

 

「リベリオン風だとジョーだけど、少し捻ってみたのさ、

 というよりそっちの方が似合うからさ!カッコいいだろ?」

 

「嘘を言うな、嘘を。

 どうせトゥルーデなんて乙女らしい名前が似合わない。

 なんて思って、ジョーよりゲルトの方が男らしい愛称を付けただけだろ」

 

「む、バレたか」

 

やっぱりそうか。

それにゲルトなんてどこぞの近未来のドイツ人みたいだし。

 

「でもいいと思うぜ、愛称が多いのは。

 それとも・・・私が呼び名で呼んじゃ駄目か?」

 

そうじっと彼女はワタシを見つめる。

何かを期待するよう、こちらを真っすぐ見据える。

 

ああ、もう。

そんな目で見られたら断れないじゃないか。

それにまさかシャーリーからこんな提案が来るなんて。

 

「・・・かまわない、許可する。

 シャーリーが好きなように呼ぶといい」

 

「お、サンキューなゲルト!」

 

「分かった!分かったから肩を叩くな、食事中だぞ!?」

 

「細かい事は気にするなって!」

 

HAHAHAHAとアメリカンなノリで肩をバンバンと叩かれる。

というか前も似たようなやり取りがあったような・・・。

 

けど、まあ。

シャーリーとこうした仲になるのも悪い気はしない。

【原作】云々を抜きに彼女は国籍は違えど共に人類のために戦う仲間であり、501の隊員であるのだから。

 

「じゃあ私も大尉をゲルトって呼ぶねー。

 おい、ゲルト、オレンジジュースがないぞ、ジュースが」

 

あだ名云々で予想通り調子に乗ったルッキーニには苦笑しか浮かばない。

 

「分かった分かった。

 直ぐに冷蔵庫から持って来ればいいのだな?」

 

こちらの問いかけに得意満面な表情を浮かべるパスタ娘。

シャーリーが止めようとしたが視線でそれを抑えるように語る。

今は公務中でないのだから、この程度のわがままは見逃すつもりだ。

 

何せ、今は少し気分がいいのだから。

 

 

 



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第29話「黒猫の夜」

注意:作者の趣味でクロスオーバーがあります


追記
ようやく理想郷で宣言したことが書けました。



 

「———————————————」

 

月光を背に雲海を上を銀髪の魔女が飛んでいた。

夜間飛行は昼間と違い、視界が効かず距離感覚が掴めないため、好んで飛ぶ魔女はいない。

 

しかし彼女はその例外に属する。

頭部に光る魔導針がネウロイだけでなく己の位置を常に把握し続けているゆえ、

例え月夜がない夜でも飛ぶことが苦とならない。

 

彼女の名はアレクサンドラ・ウラジミーロヴナ・リトヴャク中尉。

501ではサーニャと呼ばれている彼女には秘密がいくつかある。

 

例えば固有魔法の「全方位広域探査」

そして訓練で習得した魔導針で同じナイトウィッチ同士で通信を交わし合っている事。

 

今は披露する機会があまりないが、

ネウロイが侵攻する前まではウィーンで音楽を学んでいたから歌が上手な事。

料理も得意でオラーシャのお国料理であるボルシチだけでなくケーキだって作れる事。

 

どれも501の皆に話したいが、

サーニャ自身も自覚している引っ込み思案な性格。

そして主な活動時間が夜間哨戒に飛び立つ夜と早朝に限られているから、話す機会もあまりない。

 

例外はエイラ、それとエーリカ・ハルトマンである。

さらに他の例外と言えば・・・。

 

『こんばんわ、サーシャ』

 

突然男性の声がサーニャの耳に届いた。

 

「こんばんわ、ビック・ガン」

 

サーニャはそれに驚かず、

魔導針で声の主の位置を確認してからいつも通りに挨拶を返した。

 

きっかけはサーニャが魔導針で捉えた機影が同じ夜間哨戒機であり、

夜の孤独と退屈を紛らわせるために話しかけたのが始まりである。

今ではこうして挨拶を交わした後の雑談が日課となっている。

 

『今夜も月が綺麗だね、

 それにシリウスもよく見える』

 

「はい、雲量が少ないからよく見えます」

 

サーニャはくるりと体を捻り空を見上げる。

夜空には星々が輝き月が光を灯らせる澄んだ空があった。

この昼間の空とはまた違う趣をサーニャは好んでおり、それを知るのはサーニャだけだ。

 

いや、だけだったと言うべきだろう。

今は名前を知らずコールサインでしか知りえない人間が知っている。

 

「————————————」

 

そして意図せずに口から歌声が漏れる。

ソプラノ調の緩やかなメロディは、今は行方が知らない父親が作った曲だ。

 

「~~~~」

 

サーニャの歌声に合わせてビック・ガンと呼ぶ人物も鼻歌を歌う。

夜空の魔女が歌えば合わせて歌う、いつもの習慣であった。

 

 

 

 

※  ※   ※

 

 

 

 

「ロンドンからの輸送機を確認しました、位置は――――ここです」

 

「そうか、この位置だと後30分くらいか・・・」

 

レーダー員はロンドンから帰ってくる予定のミーナ、坂本少佐、

そして宮藤の3人を乗せた輸送機をはっきり捉えていた。

周囲に他の機影、所属不明のものはなく予定通りだ。

 

いや、

 

「今のところは、と言うべきか」

 

ワタシは知っているがゆえに小声で呟く。

兎耳の魔女と少し仲が進展してから少し時間が経過した後、

ミーナと少佐、それに従卒扱いとして宮藤の3人がロンドンへ出張した。

 

【原作】通りなら帰還中にネウロイが接近。

これを哨戒中のサーニャが撃退する、という流れである。

 

バタフライエフェクトが発生しすぎて、

【原作】に関して信を置くことはできないが警戒するにこした事はない。

だから出迎えも兼ねてこうして眠気を我慢して様子を見ているわけだ。

 

『管制室へこちらサーニャ。

 ロンドンから帰還する連絡機を確認、迎えはいりますか?』

 

む、サーニャから通信が入った。

あっちは自前のレーダーで探知したようだ。

 

「こちらバルクホルン。

 直ぐに迎えに行ってくれ。

 今の所はネウロイは確認されていないが護衛を頼む」

 

『了解、航路変更。

 連絡機の視界に入る位置に移動します』

 

そういい終えるとレーダーでは点で表示されているサーニャが進路を輸送機に向けて移動を始めた。

お互いに近づくように動いているので相対速度的に5分程度で合流を果たすだろう。

 

そしてサーニャのすぐそばに、

同じくレーダーの表示では点で表示されていた扶桑の航空機、

コールサイン、ビックガンも離れ始めた。

 

「ビックガン、か」

 

コールサインの中の人の正体はコネで知っている。

扶桑人で学徒上がりだが腕はかなりいいとの評判の人物だ。

 

女所帯な上にミーナの方針で男性との接触が限られている中で、

無線での会話だけとはいえ、サーニャが男性と接触していたなんて驚きだが、

 

「藤堂守なんて、何の冗談だ」

 

とある戦国物では家康公が関が原で突撃した所でエタった作者が、

唯一完結させた架空戦記の人物がこのパンツじゃないからな世界にいるなんて思わなかったな・・・。

 

そして、あの作者の世界が少しでも重なるとしたら

このストパン世界でも21世紀にはゾンビが溢れたり、

あるいは宇宙人と戦争を始めたりと非常に物騒な未来を迎えるかもしれないな。

 

まあ、その時ワタシは寿命で既に亡くなっているだろうけど。

 

『——————————』

 

なんて考えていたらサーニャの歌声が無線越しに聞こえる。

穏やかなメロディに透き通った声の美しさに任務を忘れて思わず耳を傾けてしまいそうだ。

 

ミーナも元々音楽を学んでいただけあって、

綺麗な歌声で歌えるけど、サーニャの方もなかなかよく実に甲乙つけがたい。

 

ふむ、今度のレクレーションはカラオケ・・・はこの時代はないか、残念。

 

『・・・こちらサーニャ、誰か、こっちを見ています』

 

唐突に歌を止めたサーニャがぽつりと言葉を漏らした。

ふとレーダーの表示を見ればサーニャは輸送機と平行に飛んでいる。

どうやらお出ましのようだ。

 

『誰とは何だ?ハッキリ物を言え

 それと報告は明瞭に、あと大きな声でな』

 

『シリウスの方角に所属不明の飛行物体を確認しました』

 

少佐の言葉にサーニャが答える。

ワタシはサーニャ達から見てシリウスの方角を注目するが、レーダー上には何も映っていない。

 

「サーニャ、基地のレーダーは何も確認されない。

 念のために聞くがその飛行物体の高度は分かるか?」

 

『はい、海面から30メートルの所を飛行しています。

 通常の航空機よりもとても早くて、大きいのでネウロイに間違いありません」

 

『む、雲の下にいるから私の魔眼でも捉えることは無理だ。

 おまけにそんな低空で飛んでいると基地の電探には引っかからないな』

 

『私の方も固有魔法の範囲外にいるからどこにいるか分からないわ』

 

サーニャの答案に少佐が悔しそうに呟き、ミーナが困ったわねと言葉を続ける。

 

「中佐、直ぐにこちらから部隊を派遣したいと思う。

 Ju52はいい飛行機だが速度は遅いし、何よりもユニットがそちらにない」

 

『今は整備中だったから持ち込めなかったのは仕方がないわ。

 でもトゥルーデ、夜間戦闘が出来る人間は限られているわよ?』

 

ミーナが夜間戦闘に疑問符を投げつけた。

魔導針抜きの目視でも夜間戦闘はネウロイのシェルエットが黒いこともあって、非常に難しい。

 

暗いせいで敵味方の区別ができず同士撃ちの危険だってありうる。

ミーナはそうした点を踏まえて発言した。

 

「問題ない、照明弾は用意してある。

 それに敵味方の位置はサーニャが管制すればいい。

 そして撃墜でなく退けさせる戦いならできるはずだ」

 

『成程、準備はしてあるし、

 撃墜ではなく撃退ね、それなら良いわ。

 バルクホルン大尉、進言を取り入れます。直ちに出撃してください』

 

「了解した!直ちに全員叩き起こす」

 

警報ボタンを躊躇なく押し、基地に警報が鳴り響く。

 

『それとサーニャさん、

 今のは聞いていたかしら?

 皆が来るまで兎に角無理をせずに時間稼ぎに徹して下さい』

 

『了解しました』

 

サーニャの返答が言葉だけでない証拠に、

レーダー上のサーニャを示す光点が急速に輸送機の傍から離れる。

 

よし、こちらも急ごう。

いくらウィッチとはいえサーニャ1人だけでは荷が重いだろうから。

 

 



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第30話「黒猫の疑問」

このペースでの更新だと完結はいつになるやら(汗)


 

基地からバルクホルン達が来るから、無理はしないでね。

そう言い残したミーナの言葉を思い出しつつフリーガーハマーの引き金に指を掛ける。

 

明かりは太陽の光を反射している頭上の月だけで、

ネウロイは雲の下に隠れている上に、基地から来る援軍も時間を必要としている。

 

等と1人でネウロイを相手するには厳しい条件下にあったが、

魔法のレーダーとも言うべき魔導針を操るサーニャには夜の闇は関係なく、

ネウロイ相手に不足する火力も瞬発火力が高いフリーガーハマーなので問題はない。

 

(それに夜はいつも1人だったから・・・)

 

サーニャはそう独白する。

孤独には慣れている、そう慣れているから大丈夫。

そう自身に言い聞かせ、引き金に引っ掛けた指に力を入れる。

 

その際引き金のバネが強かったり、

あるいは戦場での興奮と緊張状態から力強く引くことなく、

所謂「暗夜に霜が降る如く」ゆるりと引き金を引いた。

 

刹那、ロケットの噴射音と噴き出る炎が夜空を彩った。

最も発射の瞬間サーニャは閃光で目が潰れないように目をつぶっていたので、

その光景を目にすることはなかったが脳裏に移されたレーダーからロケットが不発せず噴射したのを確認する。

 

ネウロイからの迎撃の光線攻撃も想定し、

ジグザグに飛翔するように設定したロケットは――――。

 

「・・・至近弾」

 

ネウロイには命中しなかった。

代わりに時限信管が作動しネウロイに破片を浴びせたのをサーニャの魔導針が捉えた。

 

これにサーニャは喜ばず、即座に回避行動を始める。

小型ネウロイなら兎も角、大型ネウロイ、

それも全長が100メートル単位となれば破片効果などたかが知れており、

もたもたすればネウロイから光線が暴風雨のごとく浴びせ来ることをこれまでの経験から知っていた。

 

魔法力で保護されていても急速に押しかかる重力加速に眉を顰めつつ、

急激な旋回と高速降下で光線を回避する飛行航路をとる。

 

しかし、10秒後。

サーニャはふと違和感を覚えた。

 

(光線が、こない?)

 

何時もなら降り注いでくるネウロイの光線が一条もこないのだ。

ネウロイにとって夜の暗闇は人間のように視界が暗くて見えないなんてことはなにも関わらずにだ。

 

「・・・・・・・・・」

 

再度フリーガーハマーを構える。

ネウロイの姿は両目では見えなくても、

魔導針が雲の中に隠れているネウロイを捉え続けている。

 

だからサーニャは戸惑うことなく連続して引き金を引いた。

ロケットが発する炎がサーニャのひと際白い顔を夜空に映し出す。

数条の雲を引きつつロケットがネウロイがいるであろう場所に直進する。

 

連続して発生する爆発。

月よりも強い光が夜空を彩り、雲を散らす。

が、それでもネウロイは未だ生存しているのをサーニャは把握していた。

 

「反撃、してこない?」

 

同時に違和感を何となく、

というあやふやなものでなく明確な物として認識するに至った。

 

バルクホルンやハルトマン、

ミーナといった名だたるエース程経験を積んだわけではないが、

それでもウィッチとしての経験からネウロイの動きには困惑の感情が浮かぶ。

 

何せネウロイといえばこちらを見つければ問答無用に光線を浴びせてくるような存在であり、

人類のようにとても思考と理性を以て活動しているとはいいがたい者である。

しかしこの夜のネウロイはまるで「様子見」という人間の思考に基づく行動パターンを取っていた。

 

(・・・どうしよう)

 

サーニャに迷いが生じる。

これまでにないネウロイの動きに困惑を覚え、どうすべきか分からなかった。

しかし、それでも無視するわけにいかず、ネウロイの動きに合わせて距離を詰める。

 

だがネウロイは攻撃せずサーニャを避けるように移動する。

しばらくネウロイをサーニャは追いかけていたが、

基地と輸送機から距離が離れるのを警戒し進路を反転した途端。

 

(こっちに来た・・・)

 

雲海に潜むネウロイがサーニャに向かってくるのを魔導針が捉えた。

サーニャは細い体でリーガーハマーを振り回し、牽制も兼ねて即座にロケット弾を発射。

 

が、命中する直前。

ネウロイが雲のさらに下に潜ったため命中するには至らなかった。

 

それでもなおネウロイからの反撃はなく、

サーニャとの距離を一定の間で保ちつつ沈黙していた。

 

『サーニャ、こちらバルクホルン。

 今そちらに向かっている最中だ、状況を報告せよ』

 

いっそ全弾一斉射撃で焙り出すべきか、

と過激な発想に傾きつつ最中にバルクホルンから無線が入った。

 

「ネウロイと戦闘中。

 けど、その・・・ネウロイからの反撃がありません」

 

『光線がこないのか?』

 

はい、一条も。

そうサーニャが続けると、

基地から出撃したバルクホルン以外の隊員が、

無線を通じて好き勝手に己の考えを口に出し始めた。

 

エーリカ曰く、お寝坊なネウロイじゃないの夜だし。

リネット曰く、迷子のネウロイかな・・。・?

ペリーヌ曰く、人類の反応を探る偵察行動に決まっていますわ。

ルッキーニ曰く、ペリーヌって頭堅いね、胸も堅いけど。

シャーリー曰く、お尻も骨ばっかで堅かったな、ゲルトの方が肉があったぞ。

ペリーヌ曰く、なんですってぇ!?

 

「ふふふ・・・」

 

ルッキーニの余計な一言で始まった口論と、

それをはやし立てる周囲の人間のやり取りにサーニャは思わず笑みをこぼす。

 

『面白いかサーニャ?』

 

普段の哨戒任務中ではありえない程騒がしい中、

サーニャにとって一番親しい人物、エイラが語り掛ける。

 

「うん、みんな楽しそうだから、

 私も聞いていて楽しい気分になれるから好きよ、エイラ」

 

『んーたしかに賑やかなのはいいよなァ。

 あ、そうそう後5、6分にはサーニャと合流できるから、

 それまで無理しちゃ駄目なんだからな、ちゃんと待っていてナ」

 

「大丈夫よエイラ。

 今はネウロイの動きは鈍いから、

 私1人でも平気よ、だから心配しないで」

 

エイラの心配は問題ないとサーニャが断言した。

 

『うん、分かった。

 でも気をつけるんだゾ』

 

「ありがとう、エイラ」

 

待っててナ、

再度エイラは言うと交信を切った。

そしてサーニャは意識を再びネウロイに向ける。

表情に先ほどまでの不安や焦りといった感情はない。

 

なぜなら、少し待てば501の仲間たち。

それにエイラが駆けつけてくることを分かっているからだ。

 

『サーニャ、

 エイラも言っていたように間もなく到着する。

 飛べる人間の全てを引きつれて来たとはいえ夜間戦闘経験は皆浅い。

 また、輸送機の護衛が主たる任務ゆえに今回はネウロイの撃破は目指さない』

 

2人のやり取りを黙って聞いていたバルクホルンが口を開く。

改めてすべきことをサーニャに明示する。

 

『とはいえ我々が駆けつけるまで1人で頑張って貰わねばならない。

 ・・・サーニャには負担を掛けるようですまないが、もう少しだけ頑張ってくれ』

 

「了解しました、大尉」

 

バルクホルンの命令、

というよりお願いにサーニャが頷く。

 

『では交信を終える、また会おう』

「はい、また後で」

 

交信を切る。

そして即座にフリーガーハマーを構えなおす。

 

「撃ちます――――」

 

懲りずに近寄るネウロイにロケット弾を浴びせる。

弾数は残り少ないが1発、1発丁寧に狙って撃つことでしのぐ。

 

サーニャの射撃、ネウロイの回避。

ネウロイの接近、サーニャの回避と射撃。

そんなやり取りを時計の秒針が5、6回周回を終えた時。

 

『サーニャ!!』

 

突然エイラの声がインカム越に飛び込んで来た。

待ちに待っていた501の仲間たちが駆けつけて来たのだ。

 

『よく頑張ったね、サーニャン。後は一緒に帰ろうか』

『サーニャさん、私達が来たのでここを離脱しましょう』

『シャーリ~~サーニャと会えてから寝ていい?』

『おいおい、帰るまで我慢しなルッキーニ』

『う~ん、サーニャさんがどこにいるか見えないなぁ』

 

エーリカ、ペリーヌ。

ルッキーニ、シャーリー、リネットの順に無線が騒がしくなる。

 

サーニャが後ろを振り返れば、

ユニットから吐き出される排気炎の光が夜の闇の中で幾つも浮かんでいた。

その中で1つだけ突出している光が猛烈な勢いでこちらに来ているが、

きっと心配症なエイラだろうと、サーニャは当たりを付ける。

 

『こちらバルクホルン。

 ミーナの輸送機とサーニャを確認した。

 これより輸送機の護衛とサーニャの回収を始める』

 

『分かりました。

 ご苦労様です、バルクホルン大尉。

 サーニャさん、聞こえましたが?

 もう十分です、撤退を開始してください』

 

「はい、ミーナ中佐」

 

無事にミーナ達を守れたのと、

任務が達成されたことにサーニャは安堵する。

しかし、油断せずネウロイにたいして正面を向いたまま後退。

 

増援をネウロイ側も感知したのか、

サーニャの後退に合わせて追撃することはなく、

同じようにゆっくりと後退を始める。

 

ふと、ネウロイと接触するまで会話を交わしていた相手、

ビッグ・ガンはどうなっただろうと思い出す。

 

魔導針で周囲を探り――――見つける。

左程離れていない場所におり、こちらの様子を窺うように周回している。

 

(見守っていた、の?)

 

喜びよりもただの航空機で、

そんな行為をする無謀さにサーニャは呆れの感情を覚える。

 

あるいは何らかの勝算があったかもしれないが、

魔女でも苦戦する大型ネウロイを相手に何を考えていたのだろうか。

 

サーニャは本名を知らぬ相手、

ビック・ガンの思考について考える。

しかし、答えは出ずやがてビック・ガンの機影は進路を大陸へと変針し、

魔導針の範囲外へと飛び去って行った。

 

サーニャは魔導針で捉えたその姿を範囲外に出るまでずっと見守った。

 

 

 



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第31話「芋大尉の驚愕」

もっと更新の頻度を上げたい(切実)


 

「つまり、ネウロイはサーニャに近づいてもついぞ反撃してこなかったのか」

 

サーニャの報告を聞いた坂本少佐が、

レクレーションルームに集合した隊員たちを代表して感想を口にした。

 

既に深夜に突入している時間にも関わらず、

疲労を見せていない態度には感服するけど・・・スク水姿一丁だけでは、威厳が台無しだ。

いくら輸送機から降りる際に軍服が濡れたとはいえ、暖炉の前にスク水・・・。

 

なんだろう、違和感しか覚えない。

恥ずかしがる様子もなくなく堂々としているけど・・・やはりエロい。

普段スク水を晒すような場所でないから背徳感やら何やらで余計にえっちい気分になる。

 

「変ねえ、ネウロイと言えば考えなく攻撃してくるものだけど・・・?」

 

「ああ、そうだミーナ。

 ネウロイは我々を視認した瞬間に光線を問答無用に浴びせて来る連中だ。

 ウィッチの攻撃には必ず反撃して来るし、例え反撃してこないネウロイがいたとしても、

 宮藤とリーネが遭遇したネウロイのように基地への攻撃を目的としていた自爆型のものだ」

 

「あの・・・もしかして恥ずかしがり屋さんなネウロイだから、なんて・・・」

 

「そんなわけあるわけないでしょ、リーネさん!

 ネウロイは人類の敵ですからそんな人間らしい反応なんてするはずが有りえません!」

 

「夜も遅いからネウロイも眠たかったんじゃないかな?」

 

しかしここはパンツじゃないから恥ずかしくないもん!

な世界観なのでワタシ以外の人間は違和感を覚えずごく普通に少佐と会話を交わしている。

なお順番的に坂本少佐以降はリーネ、ペリーヌ、シャーリーの順で口を開いている。

 

先ほど少佐のスク水をエロい。

と評したがワタシ以外の全員も雨の中を出撃したから軍服を脱いで下着姿となっており、

この場では金髪、銀髪、黒髪の東西の美少女のあられもない姿を晒しており、

漢にとっては正に楽園、あるいは理想郷とも言える情景があった。

 

・・・つくづく下半身の半身を失ったこの身が恨めしい!!

 

「あるいはサーにゃんのファンだから攻撃しなかったとか?

 サーにゃんって銀髪でミステリアスな雰囲気だしネウロイもサーにゃんを攻撃するのに躊躇したんだよ!」

 

ココアが入っマグカップを片手にエーリカがそう言った。

そんな馬鹿な話があるか・・・とワタシは【原作】から知っていたからそう判断できたが、

 

これまで見られなかったネウロイの動きにああでもない、

こうでもないと頭を働かせて来た人間にとって斬新な意見らしく、

エーリカに注視し、続けて当事者であるサーニャに視線を集中させた。

 

「・・・ってサーニャをそんな目で見るんじゃなイ!」

 

注目されたサーニャは頬を赤らめエイラの後ろに隠れ、

エイラはサーニャを守るべく我々に対して獅子咆哮する。

エイラ―ニャ、御馳走様です。

 

「うぉほん、話を戻そう。

 これまでのネウロイの特徴からして、

 今後も今晩遭遇したネウロイが現れる可能性は非常に高い。

 よって、夜間戦闘を想定したシフトを組むことを考えている」

 

「まずはこれまで通りサーニャさん、

 そしてバルクホルン大尉は今後夜間専従班に従事しその指揮を執ってもらいます」

 

「・・・ワタシが?」

 

エイラを差し置いてミーナはワタシを指名して来た。

いや、まあ夜間戦闘の経験はないことはないのだが・・・。

あれはサーチライトの支援や都市の明かりを助けにしていたし。

 

・・・おい、エーリカ。

もう朝無理やり起こされずに済むと喜ぶな!

それにエイラはこっちを睨むな、別にサーニャを取ったりしないのは分かっているだろ。

 

「それとミーナ、宮藤もだ。

 この際、宮藤には夜間戦闘も経験してもらおう」

 

「え、ええぇぇぇ!?わ、私が?」

 

「宮藤、お前は夜間戦闘訓練はまだだったろう?いい機会じゃないか。

 それに宮藤は訓練よりも実戦を経験した方が直ぐに強くなるようだしな!」

 

そんなぁ、と坂本少佐の物言いに宮藤がぼやいた。

諦めろ・・・これも主人公の定めだからな。

 

「はいはいはいはい!私もやる!絶対やる!」

 

じゃあ、これで行こう。

という流れに成りそうになった時、

エイラが背後から宮藤の頭を押しのけて立候補の意思表示をした。

 

「参加したいのか、エイラ?

 しかしお前には魔導針はないし・・・」

 

「宮藤や大尉もないだろ少佐!

 スオムスで夜間戦闘の経験だってあル!

 それに私の未来予知の魔法なら暗闇から飛来する光線だって避けられル!」

 

渋る坂本少佐にエイラが必死にアピールする。

なんだか就活の面接みたいだ、ああそういえば前世じゃ・・・。

止そう、面接に良い思い出なんてない。

 

「それにサーニャの魔導針。

 私の未来予知と合わされば夜間戦闘はずっと楽になるはずダ!」

 

「ふむ、一理あるな。

 それに4人いれば大型ネウロイに対抗する火力は高くなる・・・ミーナはどう思う?」

 

「哨戒する範囲も広まるし・・・そうね、そうしましょう。

 ではエイラさんも今後夜間哨戒班にてバルクホルン大尉の指揮下に入って下さい」

 

「了解なんだナ、ミーナ中佐!!」

 

ミーナから正式に下された命令にエイラは満面の笑みと共に敬礼を送った。

 

「そしてバルクホルン大尉。

 明日の夜より夜間哨戒の指揮を命じます。

 人員は先の3名をその指揮下に置き、ネウロイを捕捉、撃破してください」

 

「了解した、ミーナ」

 

こちらも敬礼を送る。

会話の流れは違うが【原作】通りエイラは夜間哨戒組に入った。

が、バルクホルンであるワタシが夜間哨戒をこれで正式に指揮することが決まった。

 

「では各自解散。

 今晩はお疲れ様です」

 

ミーナの解散宣言に「お疲れ様でーす」と各自が答えると、

削られた睡眠時間を確保すべく欠伸を噛みしめながら自室へ帰ろうとする。

 

「よう、先にいくぜゲルト」

 

「ああ、お休みシャーリー」

 

既に夢の世界へと旅立ったルッキーニを背負ったシャーリーとすれ違う。

互いに愛称で呼び合うこともこの所慣れて来た。

 

・・・ところで、エーリカ。

何故にワタシに持たれかかっているのやら?

 

「え、トゥルーデ。

 運んでくれるんでしょ?」

 

「なんだ、その何を当たり前なことをと言わんばかりの態度は!

 感謝の気持ちが大いに不足している上に、自分の足で歩いて帰れ!!」

 

「いーやーだーー!

 眠いーーーおんぶしてーーー」

 

などと喚きながら絶対離すもんかとばかりに抱き着く。

こ、こいつは・・・いや、もういい。

エーリカがこんなのであるのはもう知っている事実だ。

 

「ああ、分かった!

 分かったから運んでやる!」

 

「本当!?

 ありがとートゥルーデ!」

 

諦めてエーリカを背負い部屋へと歩き始める。

ワタシとは違い背負われている人物はご機嫌で鼻歌すら歌っている。

 

いい気なもんだ。

しかし、まあこうして誰かを背負うのも懐かしい。

前にこうしたのは本土からの撤退戦で負傷した戦友を運んだ時だ。

さらにその前となると遊び疲れた妹をこうして背負った時ぐらいだろう。

 

そう、何もかもが懐かしい。

 

「ねえ、トゥルーデ」

「何か?」

 

突然エーリカが妙に真面目な声でワタシを呼びかけた。

 

「あんまり、無理しないでね。

 夜間戦闘はカールスラント以降はしてないし」

 

「・・・エーリカ?」

 

らしくないな、何か悪い物でも食べたのか?

と続けて言おうとしたが彼女の青い瞳は真剣であった。

普段はズボラそのもの生活態度だが、時折こうして的確な言葉を投げかけている。

 

「ああ、気を付けるさ。

 エーリカの助言はいつも正しいからな」

 

そしてエーリカの言葉に間違いがない事はこれまでの経験から知っている。

だからワタシは素直に彼女に賛同を表明した。

 

「うん、分かればよろしい!

 明日から頑張ってね、トゥルーデ!

 じゃ、私はこのまま寝るからおやすみー」

 

そういい終えるや否やエーリカはワタシの背中で寝息を立て始めた。

言いたいことだけ言って寝る。

相変わらずのマイペースにただただ苦笑するしかない。

しかし、彼女の助言は確かな物なので明日から実際に従おう。

 

 



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第32話「魔女たちの夢物語」

ストパン3期のお陰で書けました。


 

欧州の夏は極東の某島国より過ごしやすい。

とはいえカーテンを閉め切った上で窓も閉じているせいで、

乙女たちが過ごすには少々不愉快な温度まで上昇して不愉快な汗が染みだす。

夜間哨戒に備えて太陽がある内に眠れ、と言われても厳しい環境である。

 

「大尉ってさー」

 

明かりはカーテンから僅かに漏れる僅かな光のみ。

後は全て真っ暗闇な中でもなお白い肌と銀髪が映える美少女。

自称強くてカッコいいウィッチことエイラ・イルマタル・ユーティライネンがバルクホルンの名を口にした。

 

「いい体してるよなァー」

 

横で寝そべっているバルクホルンの腹筋に指を滑らす。

この仕草があまりにも自然すぎたせいか、バルクホルンはしばらく何をされているか理解できていなかった。

 

「・・・見ても触っても面白くないぞ、

 あれこれ傷跡が結構残っている上に筋肉もあるから」

 

ジト目でエイラを見据えるバルクホルン。

見てくれは妖精のような愛らしさと美人な顔立ちをしているが、

このスオムス出身のエースが抱く思考は男子中学生のごとく煩悩で溢れ、

言動と行動が外見と一致しない残念美人さんであるのをバルクホルンはよく知っていた。

 

「マア、確かに胸より魅力は少ないけど、

 一応軍人として筋肉とかには気にしているし、興味があるんだよ」

 

「ええい、くすぐったいわ!

 というか、胸だけでなく筋肉好きなのか・・・?

 それは兎も角。早く寝ろ、宮藤とサーニャもさっき寝た所だろ」

 

バルクホルンが寝息を立てている2人を指さす。

既に慣れているサーニャだけでなく夜間哨戒に備えて朝から寝ろなんて言われても寝れない。

などと先ほどまで愚痴を零した宮藤もエイラのタロット占いを受けてしばらくしてから夢の中の住民と化している。

 

「イヤ、寝れないし暇なんだヨ。

 だから大尉は私と一緒に暇つぶしをする義務がある、部下の面倒を見るのも上官の務めダロ」

 

「ここまで図々しい部下はあのマルセイユ以来だな。

 軍規が厳しい部隊なら上官侮辱罪で謹慎されるな」

 

ある種開き直った態度を取るエイラに対し、

バルクホルンはアフリカで活躍中の元部下の名前を思い出しつつ発言する。

 

我が非常に強く、協調性と素行に問題がありすぎた部下であったが、

共に戦った戦友として今では時折手紙のやり取りをしている程度の関係に落ち着いている。

 

「んんーー、

 どうせ軍隊での出世なんてー。

 興味なんてないから気にしなイ~♬」

 

「や め い」

 

エイラはどこか癖になるメロディーを口ずさみながらバルクホルンの腹筋を撫でる。

対するバルクホルンはエイラの手を振り払おうと応戦するが、巧妙に避けられる。

 

「マルセイユといい問題児達は概してそういう考えだな」

 

聞かされた側であるバルクホルンは軍規で縛ろうとも問題児達は出世を気にしないので意味がない。

という共通点を見いだして呆れると同時に、

 

「・・・あるいは、才能がある人間には軍規なんてなくても、どこまでも飛べるからか」

 

僅かに嫉妬と羨望の感情を発露させた。

 

「・・・大尉、何かイヤな事でもあったのカ?」

 

エイラが先ほどまでバルクホルンの腹筋を堪能していた指を止めて問いかける。

そこに普段の惚けたような、抜けたような、兎も角よく分からない不思議な雰囲気はなく、エイラは真剣に問いかけた。

 

「・・・別に、嫉妬したんだ。

 ワタシなんて下手な上に無茶ばかりしてきたから、見ての通り傷だらけだから」

 

何時にもない真剣な問いかけに誤魔化せないと悟ったのか、

バルクホルンは正直な心情をエイラに告白した。

 

「ネウロイの光線で焼かれ、墜落して骨折し、皮膚が裂ける。そんな傷ばかりだ、エイラと違って」

 

自身の肉体に刻まれた大小様々な傷跡を指して自虐する。

 

「何だってワタシは『本当の』バルクホルンじゃないから、な」

「・・・大尉は大尉ダロ?」

 

自分はバルクホルンではない、この告白にエイラは意味が分からないと首を傾げる。

この言葉の意味について理解できる人間は「ゲルトルート・バルクホルン」というラベルで生きて行く事を余儀なくされた人間のみであろう。

 

「そもそもさ、」

 

エイラがバルクホルンの側に寄り添う。

 

「私は知っているヨ。

 この傷だらけになっても一生懸命な人を。

 皆だれもが自分が傷ついても自分じゃない誰かもために頑張っている事を」

 

互いの額が触れあう距離でエイラが囁く。

ネウロイ大戦の初頭で亡国の危機に瀕していた国の住民が語る言葉には重みがあった。

 

「なっ・・・ち、近いぞエイラ!?」

 

吐息どころか心臓の音が聞き取れる距離まで迫られ動揺するバルクホルン。

残念美人さんからオッパイがついたイケメンへクラスチェンジを果たしたエイラにタジタジである。

 

「だからさ、

 誰かが大尉の体を馬鹿にしたら私はこう言ってやるサ」

 

耳元でエイラが小声で囁く。

 

「馬鹿にすんな!

 お前の目は節穴ダナ・・・なんてな」

 

「エイラ・・・」

 

嘘偽りのないエイラの思わぬ告白。

これに聞き手のバルクホルンの心は大きく揺さぶられる。

 

 

「・・・ありがとう、エイラ。

 まさかエイラから励まされるとは思わなかった。

 ・・・ワタシは何時も誰かに救われているばかりだ」

 

「フ、フーン。

 感謝しろヨなー」

 

バルクホルンの返礼に対して、エイラは満面の笑みを浮かべる。

我欲や邪心を感じさせない綺麗な笑顔である。

 

「で、思わぬエイラの告白に感動したのは良いがーーーーその手はなんだ?」

 

双丘、胸部装甲。

あるいは実り、など色々な比喩表現があるが、

確かに言える事実は、バルクホルンの胸にはエイラの指がしっかりと食い込んでた。

 

「・・・そこに胸があれば揉むしかいないダロ?」

 

胸を揉んでいるエイラが至極当然、

と言わんばかりな態度でバルクホルンの問いかけに答えた。

先ほどまでの感動やシリアス、百合、エイゲル、等など言った雰囲気が台無しである。

 

「返せ!ワタシの感動を・・・ひゃう!?」

「おお~大尉は張りも良いけどやっぱ感度もいいネ~」

 

モミモミ、と絶妙な力加減と指の動きで胸を揉むエイラ。

肉体を刺激されたバルクホルンは思わず変な声を漏らしてしまう。

 

「胸を揉んで良いのは、

 揉まれる覚悟のあるウィッチだけだーーーーエイラ!」

 

「ひゃわア!!?」

 

 だが、バルクホルンはここで泣き寝入りするようなウイッチでない。

即座にお返しとばかりにエイラの胸を揉み返す。

 

年相応に、手のひらに収まる程度に育った実りを鷲掴みする。

しかも、下着の下から手を突っ込み直接エイラの胸を揉んでいる。

 

「・・・そっちがその気なら、コッチだって!!」

「ひぁうぁあ!!?」

 

直ちに報復がバルクホルンに下される。

同じように直接肌に触れ、より巧妙な指の動作で揉み返す。

 

周囲に止める人間はなく、

暗闇で2人だけのスキンシップ。

ここまで環境が整えば後は意地のぶつけ合い、

どちらかが先にギブアップするまで止まらない事が確定する。

 

「いい加減・・・んぁあ!?

 敗けを・・・認めろよな大尉、んん!」

 

「エイラから・・・ひゃ!?

 始めたのだから、エイラが敗けを認めろ・・・あぅ!?」

 

どれ程の時間が経過したかは不明だが、

2人供汗だくになりながら双方の胸を揉んでいた。

顔を赤らめ、色っぽい声が絶え間なく発声される。

 

互いに引き下がる気配はないがこれ以上意地を張り続ければ何だか変な気分になって色々不味い、

などと薄々と気づいてはいるが止める糸口が見つからない。

 

どうしたものか、

と妙な感覚に半ば酔った気分に陥りつつあったバルクホルンが、視線を感じでふと顔を動かす。

 

「・・・バ、バルクホルンさん。

 別にこっそり見ていたとかそんな訳じゃなくて、あの、その」

 

「・・・・・・」

 

「・・・・・・み、宮藤。それにサーニャも」

 

「え゛」

 

バルクホルンとエイラの動きが止まり、凍りつく。

宮藤とサーニャに見られていたという事実が熱を帯びた体を急速に冷やした。

 

「あの、誰に言いません!

 ・・・なのでゆっくり続きをどうぞ!」

 

「まてまてまて、

 これはスキンシップだ!

 ほら、宮藤も普段隙あらばリーネの胸を偶然を装って揉んでいるだろ、それと同じだ!!」

 

宮藤の誤解を解くべくバルクホルンが熱弁する。

 

「な、なんで知ってるんですか!?」

 

まさか自分がリーネの胸を揉んでいる。

しかも偶然を装って揉んでいる事実を指摘され宮藤が驚愕する。

 

「本人から聞いた。

 ・・・というか、501の全員にバレているぞ」

 

「リーネちゃんから直接!?

 しかも501の全員にバレている!?

 うわーん!明日リーネちゃんと会った時が気まずいよぉ・・・」

 

心底落ち込む宮藤。

もっとも2人の関係からすれば何とかなる話である。

 

「さ、サーニャ、

 これは、その、あのダナ」

 

「・・・・・・・・・」

 

対するエイラとサーニャと言えば難しい状況であった。

アレコレ言いたいが言えないエイラ。

何をどう受け止めて言えば良いか分からないサーニャ。

話が平行線どころか線すら描けていない状態である。

 

そして、

 

「・・・・・・エイラ、私は見てないから」

 

サーニャが気まずそうに視線を逸らして言う。

 

「だ、だから違うんだ!サーニャ!」

 

「・・・違うって、

 どういう意味なのエイラ?」

 

エイラの弁論対してサーニャが鋭い質問を投げ掛ける。

まるで鋭い槍のような強烈な感情が見え隠れしている。

 

「・・・そ、それは」

 

サーニャの見たことがない強い反応にエイラがたじろぐ。

どうにか誤解を解きたいが揺らぐ心のせいで言葉が見つからない。

溢れる様々な感情が表情を歪ませ、瞳から涙が溢れそうになる。

 

「サーニャ、すまなかった。

 ワタシが変に意地を張る必要なんてなかったんだ」

 

「・・・た、大尉?」

 

エイラとサーニャの間に第三者が唐突に介入する、バルクホルンである。

深々とサーニャに対して頭を下げている。

 

「・・・な、なんで大尉が謝るんだよ!!

 悪いのは先に悪戯を始めた私の方だろ!!

 サーニャ、本当にゴメン!ごめんなさい!!」

 

続けてエイラも深々とサーニャに対して頭を下げる。

ようやく素直な気持ちで言うべき言葉を見つけたのである。

 

「・・・エイラ」

「は、ハイッ!?」

 

一連のやり取りを見届けたサーニャが口を開く。

 

「・・・恥ずかしいから、

 一度しか言わないから、よく聞いてね」

 

「聞く聞く!聞くよ、サーニャ!」

 

顔を背けつつ羞恥心を露にするサーニャ。

エイラは絶対に聞き逃さない、とばかりに必死な態度を示す。

 

 

「・・・次はバルクホルン大尉じゃなくて私のを揉んでね」

 

 

耳まで赤らめたサーニャがそう告白した。

 

「へ?」

 

想像の範疇外な言葉にエイラが石像と化した。

 

「それじゃあ、

 お休みなさいエイラ」

 

「あ、ウン、ハイ。

 お休み・・・サーニャ」

 

再び布団へ潜り込むサーニャをエイラがぎこちなく見送る。

 

「エイラ、大丈夫か?」

 

「あ、アハハハ・・・。

 サーニャが、サーニャーが・・・」

 

「・・・これは酷い」

 

「いいなー、エイラさん・・・」

 

まったく身動きしないエイラにバルクホルンが声をかけたがエイラにとって先ほどの言葉がよほど衝撃的、

かつ刺激的な内容だったらしく「サーニャー、サーニャ」と、うわ言のごとく連呼する。

 

色々と手遅れというか重症というか、バルクホルンの一言が全てを要約していた。

なお、宮藤と言えば、サーニャ公認で胸を揉める事に羨ましがるなど全くブレていない。

 

「夢だ、これは夢に違いナイ。

 寝れば夢から覚めるに違いナイ・・・」

 

などと言いつつ、ヨロヨロと布団に潜り込むエイラ。

体を動かしたせいか瞬く間に眠りの世界へと旅立った。

 

「・・・寝るか。

 ああ、それと寝ている隙に胸を触るのはなしだから宮藤」

 

「し、しませんよ!!

 大体そんなの卑怯ですし、意味がないから絶対しません!」

 

「・・・どういう理屈だ?

 いや、まあ。理解できなくもないが・・・」

 

宮藤の真剣な態度に呆れるバルクホルン。

おっぱい星人もここまで極めると、称賛するべきであろうか?

 

「なので安心してくださいね、バルクホルンさん、お休みなさい!」

 

「そ、そうか・・・。

 いや安心していいのか・・・?」

 

そう誇らしげに語る宮藤。

これに如何に反応すべきか迷うところである。

しかし、宮藤も布団に入ると瞬く間に夢の世界へと旅立ったようで早くも寝息を漏らし始めた。

 

「・・・・・・寝るか」

 

自分以外の全員が就寝したのを確認し、

バルクホルンもベッドに横になって改めて寝支度をする。

 

体を動かしたせいか、

徐々に意識が遠く、深い場所へと沈んで行く。

 

 

「・・・・・・エイラのバカ、ヘタレ」

 

 

そして、完全に意識がなくなる寸前。

先に寝た筈であるサーニャの声が聞こえた気がした。

 

 



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第33話「狼と兎の雑談、ときおり侍」

あけましておめでとうございます。
アニメのお陰で筆が進みましたので、お年玉の代わりに新作を投稿します。



 

シャーロット・E・イェーガーが抱くカールスラント人の印象は随分と変わった。

以前はカールスラント人といえば扶桑人と同じく堅物で規律規律で面白味のない人間。

 

そう誰もが思い浮かべる人物像を描いてたが・・・。

 

「シャーリーさん、

 バルクホルン大尉の仕事を代行して得た印象はどんな感じかしら?」

 

普段はバルクホルンが担当する仕事を代行しているシャーリーに対してミーナが気遣う。

 

「いやー、色々確認する事とかあって大変ですね。

 書類と格闘するくらいならネウロイと戦った方がマシだと思います」

 

シャーリーが遠慮なく正直極まる感想を口にする。

頭が固い上司が聞けば「不謹慎!」と怒り狂うこと待ったなしである。

 

「あらあら、

 気持ちは分かるわ。

 でも、大事な仕事だからそこは理解してね。

 分からない事があれば遠慮なく私かトゥルーデ・・・。

 バルクホルン大尉が夜には起きるからその時聞いてね」

 

「はい、そうします」

 

しかし、ミーナは非常に寛容であった。

それどころか仕事で分からない事があれば遠慮なく聞いても構わない。

 

自分の仕事が増えるにも関わらず笑顔を浮かべている。

シャーリー自身のストライカーユニットの改造についても黙認している件もそうだが、

堅物で規律規律なカールスラント人の人物像とはだいぶ乖離している。

 

「ところで・・・ルッキーニ少尉はどんな感じかしら?

 あの子、シャーリーさんと過ごせる時間が少なくなって寂しいんじゃないかしら?」

 

さらにミーナは部隊最年少の少女を気遣う。

こうした何気ない気遣いができるから統合戦闘航空団の隊長として選ばれ、皆が従う「威」を得たのかもしれない。

 

「ハルトマン中尉がルッキーニの面倒を見てくれました。

 ついさっき迄は2人で飛行訓練をしてました・・・今は仲良く昼寝してますよ」

 

「遊んで疲れて昼寝する。

 あらあら、子供らしいというか、微笑ましいと言うべきか」

 

「その両方でしょう、ミーナ中佐」

 

やれやれ、とリべリオン的なジェスチャーをするシャーリー。

実に『らしい』率直な物言いにミーナはクスクスと笑みを溢す。

 

「正直、ハルトマン中尉がルッキーニの面倒を見てくれるとは思いませんでした。

 特に普段バルクホルン・・・ゲルトに世話を焼かれているばかりなのを見ていますので」

 

「まあ、そうね。

 バルクホルン大尉の言葉を借りるなら

 『頭はいいが、空を飛ぶ事以外を置き去りにした生活無能力者』だけど、

 あの子、結構頑固で上層部の受けは悪いけど『戦友』想いな所があるし、

 皆の事を意外としっかり観ているからルッキーニ少尉については安心して頂戴」

 

ミーナが誇らしげにそう語る。

特に「戦友」の単語を強調する、友人以上の意味を込めて。

 

(・・・2人の事、大事に想っているんだな)

 

ミーナの態度にシャーリーの心に言語化できない熱い想いが満たされる。

 

原隊でも追い出されるまで友人は確かにいた。

しかし、ここまで血の繋がらない赤の他人を想い、

他人に想われる程度までの関係を築く事はできたであろうか?

 

 

ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ。

ゲルトルート・バルクホルン。

エーリカ・ハルトマン。

 

全員カールスラント人であるが、

これまでの経験から規律に拘り、堅物であると言うよりも、

どちらかと言えば仲間との絆、義理人情に重きを置いているのが最近分かって来た。

 

しかも全員歴戦の勇者であり有能なウィッチである。

 

「・・・ミーナ隊長、

 これからも御指導などよろしくお願いします」

 

「あら?シャーリーさんがそんな真面目な態度をするなんて、

 今晩は雪でも降るのかしらーーーーごめんなさい、冗談よ、冗談。

 でも、貴女にそう言われるととても嬉しいわ、これからも宜しくね、シャーリーさん」

 

だからシャーロット・E・イェーガーはミーナ、

それと今この場にいない2人に対して敬意を込めて敬礼を送った。

 

「ところで・・・最近。

 トゥルーデの事をゲルトって、呼んでいるでしょ?

 あの子はあの子で結構無茶する所があるから傍で支えてくれる人が増えて嬉しいわ。

 ・・・これからもトゥルーデの事を宜しくね、シャーリーさん」

 

「あ、はい!勿論です、ミーナ中佐」

 

変わらずニコニコ笑顔で言葉を綴るミーナ。

しかし、瞳には僅かにだが感情が揺らめいている。

 

カールスラント本土決戦での敗北。

さらにガリアでも敗北して海の向こうの異国であるブリタニアまで撤退を重ね、

今に至るまで苦楽を共に過ごした戦友が新しい友人関係を築いている。

 

これを祝福しつつも、シャーリーに対して嫉妬している。

そんな感情表現をミーナは微かに発露させていた。

 

「・・・それにしてもバルクホルン大尉は

 なんだかんだで結構面倒見がいいですね!家族で例えるなら兄みたいです」

 

露骨な話題転換を図るシャーリー。

優しい見た目と穏やかな性格から想像できないが、

怒らせるとかなり怖いのは身に染みていたからだ。

 

が、ここで思わぬ第三者がこの話題に食いつく。

 

「バルクホルンが兄、か。

 ならば私はお父さん、つまりミーナの夫になるな!」

 

「ぶふぉ!?」

 

「・・・はい?」

 

唐突に格納庫に響き渡る元気溌剌な音声の正体はーーーー坂本少佐である。

予想外の不意打ちにミーナは吹き出し、シャーリーは呆れる。

これが意図して言ったわけでないのが余計に性質が悪い。

 

「げほっ!げほっ、げほ・・・。

 み、み、美緒!いえ、坂本少佐!?」

 

「ん?ミーナ、何故顔が赤いんだ?

 ひょっとして風邪か?駄目じゃないか。

 部隊の長だからこそしっかり休まないと・・・」

 

オロオロと狼狽えるミーナ。

あの屹然とした態度が何が原因で崩れたかは一目瞭然であるが、

元凶である坂本少佐は21世紀の極東で定義されるキャラクター。

ーーーーすなわち鈍感系ハーレム主人公と同じく女性の好意に鈍かった。

 

「ふーむ、

 熱は特にないようだから過労か・・・?」

 

「ひゃあ!!?美緒ダメよ!

 こんな見える所で・・・っ!!?」

 

さらに坂本少佐は躊躇なく互いの額を合わせてミーナの体温を図る。

なおシャーリーは、と言えば唐突に始まったラブコメについてゆけず固まっている。

 

「わ、わたし。

 さっきまでシャーリーさんと部品の在庫確認していたから、

 埃っぽいし、機械油で臭いとか・・・その、だから、あのね」

 

羞恥心で表情が自身の頭髪よりもさらに赤くなるミーナ。

坂本少佐の視線から逃れるように顔を下へ下へと傾ける。

 

「何を言っているんだ、ミーナ?」

 

だが大空の侍にそんな乙女心を理解できない。

ミーナの顎を優しく掴み、そっと持ち上げて視線を合わせる。

 

「小さい時から戦場を往来してきた武辺者な私と違って、

 ーーーーどんな時、どんな場所でもミーナは綺麗でいい香りしかしないじゃないか」

 

至近距離で坂本少佐が大真面目に語る。

どこぞの偽伯爵のようにお遊びで言っているのではなく、

真剣に、心の底から本音と本心で語っているのは誰が見ても分かる。

 

こうした芯の通った、

真っ直ぐな性格と心のありようが坂本少佐の美点に違いない。

とはいえ、無自覚かつ自然体で女性の好意を量産している。

 

という事実に変わりなく、

意図した上での発言ではないのが色々罪深い・・・。

 

「・・・・・・・・・う、うん」

 

そして坂本少佐の真っ直ぐな思いを受け取ったミーナは・・・完全に陥落していた。

黄色い桃の缶詰に入っているシロップ以上に甘く、蕩けた表情を浮かべている。

 

「・・・ねえ、美緒」

「ん、どうした?」

 

甘い色気を帯びた声を漏らすミーナ。

何を期待しているのか明白であるが大空の侍は鈍感である。

首を傾げ、頭上に「???」のマークを描いている。

 

「美緒・・・」

 

ゆえにミーナは実力行使を敢行しようとしてーーーー。

 

 

「あー、その。

 こちらの存在を忘れてませんか・・・?」

 

 

ここで再起動を果たしたシャーリーが発言する。

非常に非常に気まずい表情を浮かべている。

 

「え、え。ひゃあああああ!!?」

 

第三者に目撃されていた。

この事実を認識したミーナが悲鳴の声を漏らす。

 

「いやー、よもや、よもやです。

 ミーナ隊長がここまで情熱的とは思いませんでした。

 ・・・それと坂本少佐が男性だったら今頃きっと他のウィッチ、

 さらにはご婦人方に対してにモテまくりで色々ヤバかったでしょうね」

 

聞く側からすればかなりキツい嫌味とも取れる言葉をシャーリーが発する。

だが、ずっと傍でイチャイチャしているのを見せられた以上、

この程度の嫌味を言いたくなるの無理もないだろう。

 

「そうか?

 まあ確かに前にバルクホルンから私宛の、

 女性からのファンレターが沢山来るから何とかしろ、と言われていたが・・・?」

 

坂本少佐の回答は斜め上であった。

 

「ええぇ・・・」

 

無自覚ジゴロ。

しかも現在進行形でやらかしている事実にシャーリーがドン引きする。

おまけに、今、このタイミングで言ってしまう事実にもドン引きする。

 

(ミーナ隊長がいる前で言うか普通ー!!

 というか誰だよ、扶桑人は真面目で堅物な人間だと。

 ロマーニャかガリア人の女たらしな野郎まんまじゃないか!?)

 

内心で突っ込みを入れるシャーリー。

そう言えば宮藤とリーネの関係もなんだが怪しいし、

原隊にいた時からチラホラ聞こえてくる扶桑の魔女に関する噂でも『アレ』だったし・・・。

 

などと思考を巡らせ、らしくもなくシャーリーは頭を抱えた。

 

「・・・後で詳しくトゥルーデからも聞かなきゃ。

 それとその件について、後で話して頂戴ね、絶対よ、絶対だからね美緒」

 

「・・・かまわないが?

 どうしてミーナが拗ねているんだ?」

 

「・・・・・・ふんだ」

 

静かに憤怒を溜め込んだミーナが一句一句を強調する。

なお当事者である坂本少佐は相変わらず頭上に「???」の記号を浮かべている。

 

「シャーリー。

 なんでミーナが機嫌を損ねているか分かるか?」

 

「・・・恋愛小説でも読んでみれば分かるようになると思いますよ」

 

坂本少佐の質問に対してシャーリーは投げやり気味な回答を述べる。

他人の好意のやり取りについて深入りするのは豪胆なシャーリーでも御免被る案件であるからだ。

 

「そうね、その通りよ!

 美緒、今晩私の部屋に来て頂戴」

 

アレコレ感情が溜まっているミーナが坂本少佐を誘う。

普段のシャーリーなら「ミーナ隊長は大胆だなー!ひゅーひゆー」

などなどと囃し立てたであろうがその気力は今はない。

 

「今晩も何も、毎晩来てるじゃないか・・・?」

 

坂本少佐が不思議そうな態度を示す。

 

(はあぁあ!?毎晩!!?)

 

さらに暴露された事実について声に出そうになったが必死に耐える。

先ほどから明らかにされる斜め上な事実に対してシャーリーの突っ込みが追い付いていない。

 

「と・も・か・く!

 坂本少佐は乙女の情緒について認識を改める必要があると思います!

 なので今晩ーーーーいえ、今からそれを教えます!!ええ、今すぐにでも!」

 

「お、おい。

 ミーナ、どうしたんだ急に?

 シャーリーとの仕事はいいのか?」

 

「一通り教えたので少佐が心配する必要はありません。

 では、シャーリーさん。出来具合については後ほど執務室まで報告してね・・・」

 

ミーナが坂本少佐の手を握ると、

早足かつ、大きな歩幅で引きずるようにその場を後にした。

 

「・・・何で真っ昼間から深夜のラジオ番組で放送されているような恋話に巻き込まれたんだ、私?」

 

2人が視界から消えた後、残されたシャーリーが小さく呟く。

ミーナ隊長が坂本少佐に好意を抱いているのは見れば分かっていたが、

まさかここまで、あるいはあそこまでゾッコンでポンコツを晒すとは思わずこの現実についてどう受け止めるべき未だ分からない。

 

「というか、もしかして大尉・・・。

 いや、ゲルトは毎度毎回これを見ているのか?」

 

思えばそもそも原因は鈍感侍なくせにスキンシップが激しい坂本少佐であるが、

他の501部隊の隊員の前でミーナ隊長とのあそこまで大胆なスキンシップを披露していない。

 

披露したのは部隊の幹部が3人しかいない時。

通常ならば幹部はミーナ、坂本少佐、そしてバルクホルンの3人であるから、

バルクホルンは普段から今みたいな肺に直接メープルシロップを流しこまれるような甘い展開に遭遇しているのかもしれない。

 

「・・・今晩、何か差し入れでも持ってこうかな」

 

現在夜間哨戒班担当中のカールスラント人に思いを馳せる。

書類仕事と部隊指揮でも大変なのに普段から上司達の痴情に巻き込まれているとは災難以外他にない。

 

シャーリーは心の底からバルクホルンに対して同情した。

 

 

 



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第34話「芋大尉の夜間哨戒」

以前より筆が進んで楽しいです。


「天気は曇り、

 予想通り悪いな・・・むぐ」

 

「ほふ・・・ん、そうだな。

 初めて夜を飛ぶ宮藤には荷が重いかもだぜ、ゲルト」

 

たっぷりケチャップとマスタードを効かせたホットドックを噛る。

シャーリーがワタシ達のために作ってくれた夜食を食べつつ、飛行計画について語っている。

 

「で、味はどうだいゲルト?」

 

「なかなか美味しいな。

 特にコーラと一緒に飲んで食べると更にいい」

 

如何にもアメリカ・・・ではなく、リべリオン!

な豪快かつ分かりやすく味付けてあるが、なかなか美味である。

 

しかも美味な上に懐かしい味がする。

醤油や味噌ではない味とコカ・コーラに懐かしさを感じるのは何故だろうか?

 

「そう言ってくれると嬉しいなぁ!

 機会があれば今度は肉汁たっぷりなハンバーガーを作るぜ!」

 

「ーーーーハンバーガー、か」

 

ハンバーガー。

この単語で前世の記憶が甦る

そう、これはフライなチキンや某道化師といったファーストフードの味だ。

 

「それは、それは楽しみだな、どんな味か」

「任せておきな!」

 

いつかまた、あの懐かしい味を食べられる日が来るだろうか?

いや、必ずその日まで生きてワタシの知らない「ストライクウィッチーズ」の未来を見てみたい、な。

 

「ゲッホ、ゲホ・・・。

 な、なんですの、この黒い炭酸水は・・・?」

 

「えー、結構おいしいのに?

 ペリーヌ、好き嫌いしているから胸もペッタンコーかもー」

 

「な、なんですって~~~!?」

 

なお、夜間哨戒組以外の一部隊員。

管制塔にいるミーナと気配は感じるが姿が見えないエーリカ以外の全員が格納庫に集い、

 

シャーリーが作ったホットドッグを各自の流儀で堪能している。

例えばペリーヌはコーラという野蛮なリべリオン的飲料に慣れてないようでルッキーニにからかわれていた。

 

で、だ。

 

「あ、あの。芳佳ちゃん。

 なんでずっと私の方を見てるの・・・?

 そんなに見つめられると恥ずかしいよぉ・・・」

 

宮藤がリーネのホットドックを食べている仕草を熱心に観察していた。

まあ、何時もの宮藤なのだがら仕方がないといえば仕方がない。

 

「私の視線なんて気にしないで、リーネちゃん。

 私、ありのままのリーネちゃんを見ていたいだけだから!

 だからもっと脇をギュッとして、もっと胸を強調しながら食べて!」

 

「・・・・・・え、えぇ」

 

その視線が何処に向かっているのか、何を想像し妄想しているのか、

見られているリーネ自身理解できているようで、力説する宮藤にリーネが引いている。

 

「・・・本当にブレないよな、宮藤の奴」

「・・・そうだな」

 

宮藤の正直すぎる態度に、流石のシャーリーも呆れていた。

というか宮藤、昼間に「気まずい」と言った癖にまるで反省していないなあ!?

逆に自重しなくなってないか!?ワタシでも引くぞ!これは!!?

 

「流石に注意した方が良くないか?

 あれじゃあ、やり過ぎだしリーネが可哀想だろう」

 

真剣な表情でシャーリーがワタシに対して言う。

以前のように「プレッシャーに負けて部隊を去る予定の半人前」とは見ておらず、

リーネをエースウィッチと共に肩を並べるに相応しい仲間として認め、心配している。

 

「問題ない、もうすぐ少佐が宮藤の弛んだ頭を絞め直しに来る」

 

対淫獣最終兵器である坂本少佐の名を挙げる。

戦機に長ける少佐だから、即座に反応して制裁を下すはずだ。

 

「ほう、宮藤。

 どうやら未だ寝惚けているようだな・・・」

 

言っている傍から坂本少佐が宮藤の背後に立つ。

宮藤が何をしていたかも既にお見通しで言い逃れはできない。

 

「いえ、いえいえいえ!

 そんな事ないですよ坂本さん!?」

 

顔を青くして必死に否定する淫獣宮藤。

 

「問答無用ー!!

 その根性を修正してやる!腕立て50回始めー!!」

 

「ひぇええええ!!?」

 

が、そんな言い訳が通用するはずがなく、

少佐の罵声と淫獣の悲鳴が同時に木霊した。

 

「流石少佐だ」

「だろ」

 

シャーリーの感心に対してウィンクする。

 

「しっかし、本当に暗いな。

 せめて月明かりがあればよかったけど宮藤の奴、大丈夫か?」

 

再度宮藤の身を案じるシャーリー。

確かに格納庫より外は完全に真っ暗である。

ワタシが知る21世紀の世界と違い電気という文明の灯火は弱く、近場にある街の明かりすら見えない。

 

「大丈夫だ、今回は軽く飛ぶだけ。

 雲さえ抜けてしまえば月明かりと雲海の景色を楽しめるさ」

 

軽口を呟きつつ、

安全確認と離陸の準備に入る。

 

「それに離陸時には手を繋いで飛ぶつもりだからな、問題ない」

 

ヨシっ!と指さし確認しつつさらに言葉を続けた。

 

「・・・やっぱり優しいな、お前」

 

何かを悟ったような、

或いは何か尊くて眩しい物を見たような、

何時もとは違う表情をシャーリーは浮かべている。

らしくないな、そんな辛気臭い顔なんてシャーリーに似合わないのに。

 

「大した理由なんてない。

 ウィッチとして正規の教育を受けず、

 つい最近まで友達と学校に通っていたような子だ。

 ワタシみたいに志願して、頭の先からつま先まで戦争と破壊で一杯なのとは違う」

 

目を瞑れば思い出したくない光景と思い出が時々出てくる。

 

海行かば水漬く屍。

山行かば草生す屍。

街行かば燃ゆる屍。

 

そんな修羅の世界をワタシは知っている。

 

「飲み込みは速いし、

 努力家なのはよく知ってるが、

 近代国家の兵士、軍人として宮藤の才能は落第点だ」

 

だからこそ。

ずっと、ずっと待っていた。

この世界を救ってくれる主人公の到来をずっと耐えて待っていた。

 

けど、実際に会い。

宮藤芳佳という人間を知るにつれて分かって来た物がある。

 

「しかし才能はある、ウィッチとしては間違いなく。

 あり過ぎてウィッチとしてネウロイと戦う修羅の道。

 以外の選択肢を周囲が許さないほどの才能を秘めている。

 あの子----宮藤芳佳は父親の愛に飢えているただの女の子にすぎないのに・・・」

 

【原作】では主人公の演出としてその並外れた力を描写されていた。

さらにはあのおっぱい星人ネタを視聴し、読んで、見て、聞いた誰もが笑った。

 

だけど、根っこの部分。

ウィッチとして戦うことを決断したのは、

「行方不明となっている父親の意思を継ぐため」という事実について忘れがちだ。

 

ワタシはその事実をあの子と一緒に訓練し、

空を飛び、共に食事をする中で何度も突き付けられた。

 

父親の意思を継ぐーーーーという形で、

父親の愛情を確認しようとしている、ただの幼い女の子である事実を。

 

「ミーナ隊長にハルトマン中尉といい、

 カールスラント人はお人好しでよく見てるな、みんなを・・・」

 

聞いていたシャーリーが優しい音色を含ませた声を出す。

瞳にあの元気溌剌さはなく、代わりに慈愛と共に潤ませいる。

 

いや、まてまて。

ワタシはそんな大層な人間じゃないぞ、シャーリー。

 

それにだ、

 

「何を言っている?

 そういうシャーリーこそ普段からルッキーニの面倒を見ている上に、

 さっきから、宮藤~、宮藤は大丈夫か~と心配してばかりじゃないか?」

 

こちらの言葉に虚を突かれたのか、

シャーリーは目をパチパチと瞬く。

 

「ふっ、そうかな?」

 

そして顔を背けて疑問を呟く。

大方、恥ずかしいのだろう。

分かりやすい奴だな。

 

「そうだよ、シャーリー。

 それにエーリカもそうだが、

 シャーリーは笑っていた方が嬉しいな」

 

「そうかい、照れるな」と呟きシャーリーは笑った。

さて、もう少し話をしていいけど宮藤達の準備も終わったようだし、行くか。

 

「そろそろ、行ってくる」

「おう、行ってこい」

 

シャーリーと交わす言葉はこれだけで十分だ。

ストライカーユニットを起動させ所定の位置まで滑走路上をゆっくりと移動する。

 

「宮藤、ほら。

 手を握れば怖くなんてない」

 

「バルクホルンさん・・・」

 

予想通り夜の空に震えていた宮藤の手を握る。

夜の飛行を本気で怖がっているのは、手に伝わる震えから分かる。

 

「・・・こっちの手も握ってみる?」

「え・・・いいの!サーニャちゃん!」

 

『あの』サーニャからの意外な申し出。

これに宮藤だけでなく格納庫にいた他の隊員もどよめく。

かくいうワタシも正直かなり驚きである。

 

「サーニャちゃん、ありがとう!」

 

笑顔を浮かべた宮藤がサーニャの手を握った。

これで宮藤の左右はサーニャとワタシではさまれる格好になったが、

 

「・・・お、面白くないゾ!!

 私だけ除け者じゃないかよ、ずるいぞ!」

 

結果、エイラが除け者になるような形になる。

 

「だったら、エイラの方からサーニャの手を握ればいいじゃないか?

 ・・・それとも恥ずかしいから命令して欲しいのか、ユーティライネン少尉?」

 

憤慨するエイラに対して冗談半分。

あるいはからかい半分で言ってみる。

さて、どんな反応が来るか楽しみだなーーーー。

 

「え、いや。でも、その、

 私はしたいし、命令でも全然大丈夫だけど、

 サーニャが嫌がるかもだし、あっと、えっと・・・その」

 

なんかモジモジとするスオムスの妖精がそこにいた。

恥ずかしいのか耳まで赤くしている可愛いJCがそこにいた。

 

・・・何だこの可愛い美少女は(驚愕)!!

くそ、見てくれは部隊でもトップクラスなせいでエイラが美少女に見えるぞ!?

というかエイラ、お前・・・本当っっっっっに、ヘタレだな!!?

 

「すまない、サーニャ。

 見ての通りエイラがアレだから、

 そっちから手を握ってもらえないだろうか?

 面倒なら拒否しても、放置してもどっちでも構わないが」

 

「バルクホルン大尉。

 大丈夫です、エイラがヘタっ・・・。

 不器用なのは分かっているから、問題ありません」

 

「・・・そうか」

 

サーニャに耳打ちしたが、

よもやサーニャの口から「ヘタレ」と言いかけたような気がするが多分気のせいだ。

この子に限って恋と戦争に手段を択ばぬブリテンの精神を引き継ぐ黒リーネのような進化なんて来るはずない、多分。

 

「エイラ・・・握るね」

「ひゃ、ひゃい!!」

 

握る、というより触れた途端にこの反応である。

 

「・・・エイラ、嫌だった?」

「あ・・・違う、そうじゃなくて・・・」

 

そろり、とサーニャが手を離す。

エイラはこの世の終わりかのごとく、悲壮な表情をしている。

 

「・・・そう、だったら今度はちゃんと握るね」

「ふぉおううう!?」

 

今度はサーニャがしっかりとエイラの手を握る。

握られた側は幸福とか夢が実現したのか実に幸せそうである。

なお、表情と音声はMADの素材にされそうな愉快極まった代物であるが。

 

「バルクホルンさん、バルクホルンさん。

 ーーーーエイラさんって、頭大丈夫ですか?」

 

今まで見たことがないエイラの百面相を目撃した宮藤が、

真剣かつ大真面目に、今日のお前が言うなぶっちぎり№1な台詞をこっそり呟いた。

 

「・・・人様にそんな事を言っては駄目だろ。

 それと鏡を見ろ、鏡を見た上で自分の胸に手を当てて考えてみるんだ、宮藤」

 

「胸に・・・」

 

「ワタシの方じゃないっ!!」

 

「でも、自分の胸なんて触っても見ても面白くありません!!」

 

「・・・分かった、もういい。

 分かったから一旦胸の話は忘れろ・・・」

 

視線をワタシの胸に全集中させている淫獣がいた。

この胸に対する情熱は何なんだ、この子は・・・意味が分からないよ。

離陸する前になんだか疲れて来たな・・・。

 

「・・・エイラさん。

 まさか貴女がそんな面白い方だとは思いませんでしたわ、おほほほほ」

 

「エイラさんって、

 そういう人だったんですね・・・。

 何だかとっても親近感が湧きました!」

 

「エイラのヘッタレ―♪」

 

「へー、エイラ。

 お前結構初心なんだなー」

 

「わっははははは!

 そんなヘタレでは駄目だぞエイラ!!」

 

なお外野といえばペリーヌ、リーネ、ルッキーニ、シャーリー、

そして坂本少佐の順で一斉にヘタレだのやいのやいのと言いだしている。

 

「う、う、ううう、

 うるさいゾーーー!!そこっ!!?

 ほら、行くぞ!こんな所でグダグダしてないでさっさと離陸するゾ!!」

 

「エイラの言うとおりだ。

 これ以上ここにいると疲れが溜まりそうだ」

 

エイラの言葉に全力で同意しつつ、

ストライカーユニットを起動させ、離陸のために加速させる。

エイラとサーニャはワタシが加速を始めた時点で魔導エンジンを起動させ、同じように加速を始める。

 

空も海も滑走路も全て真っ暗で何も見えないが、やる事はいつもと同じで騒ぐこともない。

 

「ちょ、ちょ心の準備が・・・は、初めてなのに・・・。

 わぁあああああ、エイラさんとバルクホルンさんのエッチーーーー!!」

 

「何でダヨっ!!?」

 

「誤解を招くような発言はやめろ!?」

 

もっとも1人の例外を除き、という但し書きがあった。

覚悟が決まっていない宮藤が非常に誤解を招くであろう叫び声を挙げている。

 

兎も角、色々締まらないまま夜の空へと飛び立った。

 

 

 

 

 




エイゲルは次回になりました。


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第35話「魔女たちの無線交信」

今年に入ってから奇跡の更新速度です。
これも全てストパン3期のお陰で次のアニメも待ち遠しいです。


ーーーーーー1944年8月某日 501基地 管制塔

 

『まてまて~~ちょこまかと、待てよナ~!』

『待てって言われても待ちません~~!!』

 

夜間哨戒任務に従事しているエイラと宮藤の声が無線から聞こえる。

どう聞いても任務に従事していると言うよりもじゃれ合っている声である。

 

『まったく、子供だなぁ・・・』

 

哨戒任務の責任者であるバルクホルンは、

2人が明らかに遊んでいるにも関わらずこれを止めず見守っていた。

宮藤が人生で初めて経験する夜間飛行を良い思い出にしたい、という配慮が働いていたのだろう。

 

特に自身がかつて必要に迫られて慣れない夜間戦闘を経験し、残酷極まる都市空襲を目撃したがゆえに。

 

「宮藤さん、楽しんでいるみたいね」

 

ミーナがバルクホルンとの無線の交信を始める。

 

『ん?ミーナか。

 こんな時間までお疲れ様だな。

 宮藤もだがエイラも楽しんでいるみたいで見ていて飽きないな』

 

「確かに、エイラさんが胸の事以外であれ程はしゃいでいるなんて初めて聞くわ・・・」

 

『・・・・・・言われてみればそうだな』

 

ミーナのぼやきにバルクホルンが同意する。

問題児のルッキーニと共にエイラが隊員の胸を揉むことに情熱を注いでいるのは周知の事実であった。

 

『でも、ワタシは嬉しいな。

 エイラもああして楽しんでいるのは』

 

「そうね、無線越しだけど、

 こちらにも楽しさは十分伝わるわ」

 

スオムスが誇るスーパーエースだが口数少なく、ミステリアスな容姿。

一体何を考えているのかよく分からないエイラが年相応の遊びに夢中になっている。

これに戦争の地獄と生死を経験した2人の心に温かい何かが宿り、優しくエイラを見守っていた。

 

『ところで、ミーナ。

 ワタシとエーリカで休みを貰えないか、半日でもいいから』

 

「構わないけど、珍しいわね?

 貴女の方から休みが欲しい、って言うなんて・・・?」

 

仕事熱心なバルクホルンの申し出にミーナが疑問を抱く。

ネウロイと戦う事だけが仕事でない事をよくよく理解しており、

必要な事務手続き、資材の調達、根回し、その他諸々の雑用を熱心に行い、

結果、ワーカーホリック気味なバルクホルンからまさかの休暇の申請である。

 

『最近ちゃんとエーリカの相手をしてやれてない気がしてな・・・』

 

「あらあら」

 

申し訳なさそうに言葉を綴るバルクホルン。

ミーナはこれに新人教育や任務で忙しいから仕方がない、等と言った慰めの言葉を言わなかった。

そんな言葉をバルクホルンは求めていないのは付き合いが長いミーナには理解できていた。

 

『エーリカは何ともないように振る舞っているけど、

 寂しがっているかもしれないし、その、なんだ、少しは遊んでやらないと』

 

モゴモゴと言いづらそうに言葉を綴る。

 

「ふふ・・・」

 

社交的で仲間思いであり「ロスマン先生は合法ロリ先生でエロい」

など馬鹿な事を口走る程度に馬鹿騒ぎをするが根っこの部分は意外と内気。

 

真面目で力持ちであるが、

心優しくも実は恥ずかしがり屋で素直でない性格。

長い付き合いであるが変わらぬ友人のあり方にミーナの口許が綻ぶ。

 

「あら、実はトゥルーデの方が寂しいのじゃないの?

 貴女の方からフラウ、エーリカに寂しいから付き合ってくれ、と言うとあの子は喜ぶわよ」

 

『・・・否定はしないが、

 そう言うとエーリカが調子に乗るし、何よりも面と向かって言うのが恥ずかしい』

 

つい茶々を入れるミーナ。

バルクホルンはこれに否定せず積極的な賛同もしなかったが図星のようである。

 

「貴女はいつもそうね、

 でもトゥルーデの美点よ、

 素直じゃなくても皆のために一生懸命な所」

 

『ヨハンナだけでなく、

 ミーナからもそう誉められると嬉しいな』

 

志願したのは良いが右も左もよく分からない軍隊生活。

しかも異世界TS転生者で今以上に抱いていた【本物の】ゲルトルート・バルクホルンとは違うというコンプレックス。

 

そんな中で出会い、ミーナやエーリカと出会う前の軍隊生活で出来た最初の友人。

ヨハンナ・ウィーゼの名前をバルクホルンは口にした。

 

「私はヨハンナ以上に何度もトゥルーデの事をそう誉めているけど?」

 

『何度も叱責されるのは嫌だが、

 誉められることは何度聞いても飽きないだけだよ、ミーナ』

 

古い友人と比較されてミーナは少し意地悪な問いかけを投げる。

が、バルクホルンは上手な切り返しを披露した。

 

『それより話は休みの方に戻るが、

 噂の大陸反抗作戦が発動されるとすれば8月後半から9月。

 時期的にもう間もなくだから・・・今の内に一緒にいてやらないと』

 

その言葉はミーナやバルクホルン自身ではなく、

ドーバー海峡の向こうにある欧州大陸、そして遥かなる祖国へと視線と共に向けられていた。

 

「・・・休みなさい、許可します。

 それと今後ローテを組んで他の隊員達にも順次休ませます」

 

9月以降欧州の天候は曇りや雪ばかりとなり、

上陸作戦における航空支援が不可能ではないが厳しい情勢となる。

しかも海が一気に冬模様、冬の荒れた海へとなってしまい上陸どころでなくなる。

 

月日は現在8月。

6月が先送りされた以上、今年最後の機会は9月と誰もが肌で感じていた。

 

そして一度作戦が発動すれば休む暇などなく、

必ず誰かが死ぬことをミーナはよく知り、経験してきた。

 

『休みのローテが組めるほど隊員が増えたのか・・・。

 以前は戦力も不足気味、あっても隊員同士の信頼と信用が不安定でおちおち休めなかったけど』

 

「そう考えると随分人が増えたわね」

 

少し暗い感情に囚われそうになったミーナ。

狙ったのかどうかは分からないがバルクホルンが次の話題へ移行させた。

 

『最近シャーリーが問題児のルッキーニの面倒を見てくれているお陰でルッキーニはかなり落ち着いて来てる。

 加えてシャーリー自身も部隊の纏め役である少佐、ワタシの次に指揮官そして将校としての自覚が出来つつある。

 ペリーヌは空回りする点がまだあるが、空戦技術に通常のデスクワーク系の仕事もキチンと出来るようになったな』

 

「それにリーネさんと宮藤さんが戦力としてかなり使えるようになったのは大きいわね」

 

501部隊の幹部3人に加え、

スオムスのエースであるエイラ。

口数が少ないが仕事を確実にこなすサーニャ。

人類トップクラスのエースに成長しつつあるエーリカ。

 

など戦力として安定している合計6人を除く他5人の成長ぶりについて想いを馳せる。

 

「・・・ようやく、ストライクウィッチーズらしくなって気がするわね」

 

『ああ、ようやくだな。

 長かったな、本当に・・・』

 

統合戦闘航空団の設立を思い付いたのは1941年。

様々な手続きや根回しを経過し正式に設立されたのは1942年。

 

1941年から数えれば3年の歳月がすでに経過していた。

 

発案者であるミーナと手助けしたバルクホルンが流れた月日の重みに対して感傷に浸る。

特にバルクホルンはようやく【原作】開始までたどり着けた事実に対してミーナ以上に感傷に浸っていた。

 

『そういえばミーナ、エーリカを見なかったか?

 離陸する前、格納庫にいたのは気配で分かっていたけど姿が見えなかったんだ』

 

「・・・いいえ、見なかったわ」

 

バルクホルンの質問に間を置いてミーナは答えた。

 

『そうか、だとしていると寝ているのか?

 ズボラな本人の性格という点もあるがエーリカは身体が小さいから疲れやすいし、

 小さいせいでスタミナと体力、精神力を消耗した後の回復速度が遅いからな・・・』

 

筋肉馬鹿でスタミナ馬鹿なワタシと違って、と言葉を綴る。

 

「心配してるのね、エーリカの事」

 

エーリカの事を予想以上によく見ていたバルクホルンに対して、

ミーナは微笑ましさと同時に嬉しさを覚えつつ、言葉をさらに綴る。

 

「ああ、エーリカ・ハルトマンは、

 ワタシの僚機で戦友でなによりもーーーー共に飛び続けたい友達だから」

 

バルクホルンの声は軍の大尉や、

最近スコアを伸ばしつつある撃墜王でもなかった。

 

 

ーーーーそこにいたのは友達の身を案じて、照れ臭そうに笑う一人の少女であった。

 

 

『・・・って、ミーナ!

 今の言うなよ!エーリカには言うなよ!

 エーリカが聞いたら絶対に調子に乗る!間違いなく!!』

 

普段言わない本心を自ら暴露したのに気づいたバルクホルンが早口で捲し立てる。

 

「はいはい、言いませんよ。

 でもさっきも言ったけど、エーリカに直接言ってあげた方がいいわよ」

 

『・・・分かるけど、それでも恥ずかしいんだ』

 

無線越しの音声でも顔を背けているのをミーナは見ずとも把握できた。

 

「楽しいわね・・・」

 

ミーナがバルクホルンに聞こえないようにそっと呟く。

昼間よりもずっと濃密かつ充実した楽しい会話の時間。

もっともっとバルクホルンと話をしたい誘惑にミーナは惑わされる。

 

「こちらはそろそろ消灯時間ね。

 私の方は先に寝るから、お休みなさい、トゥルーデ」

 

『ん、良い夜をミーナ』

 

しかし、楽しい時間ほど直ぐに過ぎ去ってしまう物であった。

消灯時間を理由にミーナがバルクホルンに別れを告げると無線の交信を終了させた。

 

「・・・さて、エーリカ。

 貴女、トゥルーデの事は何でも知っている。

 って、言っていたけどトゥルーデも貴女の事を知っているみたいよ」

 

「えへへへ・・・なんか嬉しいな」

 

ミーナが振り返った先にはバルクホルンが何度も直接言うのが恥ずかしい、

と言っていた当の本人、エーリカ・ハルトマンがいた。

 

「貴女がここにいたのはトゥルーデには内緒よ、いいね?」

「うんうん、分かっている。分かっているって」

 

口元に指を立てて静かに、のジェスチャーをするミーナ。

エーリカは上機嫌で頷く。

 

「少し前まで思い詰めていたけど、最近トゥルーデはシャーリーと仲が良いし、

 さっきもしてたけど宮藤がトゥルーデをいい意味で引っ掻き回しているから安心だよ」

 

「ええ、みたいね」

 

ミーナとエーリカは離陸前の格納庫で宮藤とバルクホルンが交わした会話について既に知っていた。

聞いた時は呆れると同時に、思わず腹を抱えて笑ってしまったのもつい先ほどだ。

 

「本当に、よかった。

 トゥルーデには長生きしてほしいから・・・」

 

エーリカが雲ばかりの夜空を見上げる。

物理的には何も見えないが、心は雲の向こうにいるバルクホルンを見ていた。

 

「貴女もそうよ、エーリカ」

 

「うん、分かっている。

 でもミーナだって同じだよ?

 ーーーーだから3人で一緒に長生きしようね」

 

エーリカの青くて綺麗な瞳。

汚れを知らない純粋な瞳がミーナを貫く。

長生きする、たったそれだけでも戦争では如何に難しいかをミーナは知っている。

何も悪さをせずとも、運命の悪戯であっという間に命を落とす事をミーナはよく知っている。

 

だからミーナは、

 

「・・・ありがとう、エーリカ」 

「へへ、どういたしまして」

 

大切な戦友が口にした願いへの返答として、感謝と共にミーナは抱きしめた。

身体は小さいが、聡く、熱い心を胸に抱く大切な友人、エーリカ・ハルトマンを力強く抱きしめる。

 

「ねえ、エーリカ。

 今晩私の部屋に来ない?」

 

抱きしめたまま、ミーナがエーリカを自室へと誘う。

エーリカとはさらに語り合わねば眠れそうになかったからだ。

 

「え?でも坂本少佐が来るんでしょ?」

 

話していないにも関わらずエーリカはミーナの予定を把握していた。

この子には隠し事なんて無理かもね・・・とミーナは心の中で自嘲する。

 

「問題ないわ、むしろ美緒ならエーリカと話せることを喜ぶわ。

 ・・・それに実はロンドンの司令部に行った時、扶桑の遣欧艦隊からお菓子を頂いたのよ。

 一緒に食べましょ、以前トゥルーデが手に入れて一緒に食べた間宮の羊羹・・・エーリカも好きでしょ?」

 

「マミヤの羊羹!?うん、食べる!」

 

「マミヤの羊羮」と聞いてエーリカがはしゃぐ。

元々は欧州に展開する扶桑のウィッチのために「間宮」は菓子を提供していたが、

今ではリベリオン、カールスラント、ブリタニア等各国のウィッチ達にも名が知られる有名な存在で、

『あの』間宮の羊羹だけでなく、抹茶アイスに最中、などなどエキゾチックな東洋のお菓子に皆夢中となっている。

 

「今夜は楽しみだね!」

「ええ、楽しみね」

 

ミーナとエーリカが手を繋いで管制塔を後にする。

同じ国でも出身地が違い、生活様式が違い、年も僅かに違う2人の組み合わせ。

 

ネウロイとの戦争が無ければ出会わなかった2人、

否バルクホルンも加えれば3人が出会うことなどなかっただろう。

 

しかし3人は出会い、異国で苦楽をずっと共に過ごしてきた。

平和な時代なら出会うはずのなかった3人の間には、今や固い絆と友情で強く結ばれていたーーーー。

 

 

 




誤字報告の皆様。
いつもいつもありがとうございます。
牛歩の歩みながらも完結を目指したいと思います。


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第36話「魔女たちのガールズトーク」

完結まで50話超えそう(白目)


 

「ところでさ、大尉はネウロイをその辺に生えていた木を抜いて倒したって、本当か?」

 

夕方、4人でサウナに入っている最中。

エイラが唐突に懐かしく、あまり良い思い出ではない自分の過去を尋ねた。

人に好んで話すような物でないので知る人は限られており、エイラが知っていたのは、

 

「事実だ・・・。

 エイラの姉か?それとも僚機の方か?」

 

 

正式名称、第502統合戦闘航空。

通称「ブレイブウィッチーズ」には昔を知る古い戦友が3人もいる。

さらにエイラの僚機を務めていたニパ、実の姉であるアウロラが所属している。

 

大方、雑談の最中。

自分のそうした過去話が出てきたのだろう。

 

あの時は妹クリスは避難船ごと海の底へと沈み、

育ててくれたおじさんやおばさんはカイザーベルクの要塞で玉砕。

 

しかも兄的存在だった人も生存しているかどうか不明。

所属していた部隊、第52戦闘航空団のウィッチは毎日の消耗で戦死したり、

生きていても過労でダウンしたり、一時的に負傷したり、さらに他への補充などで戦力が激減。

 

何せ『あの』クルピンスキーまで過労で倒れたし、

ワタシが指揮する中隊で下手な士官よりも権威と実力を有し、

生き残る技術を教えてくれたロスマン先生も体力がないせいで一時的にダウンと最悪極まる状況だった。

 

『ネウロイの数に限りはないが、

 まともに動けるのは貴官の中隊だけだ・・・』

 

だけど、それでもまだマシな方だった。

フーベルタ・フォン・ボニン少佐、いや中佐か?

彼女が嘆いたように他の中隊は壊滅状態で動けるのは自分だけ、だがネウロイは無限湧き。

 

そんな日が続いたから心の余裕がなくなって来た。

徐々に精神が可笑しくなって来た。

 

だから半分やけくそ、投げやり。

生きることに価値を見いだせていなかったから、

エーリカとマルセイユを庇ってネウロイに撃墜されたのは当然で、死にかけた。

 

「・・・マジ?」

 

「大マジなんだ・・・。

 ネウロイに撃墜されて不時着。

 なんとか生き延びたけど武器は故障、しかも重症。

 だけど周囲にネウロイがいたから、木を振り回して必死に追い払ったんだ」

 

「・・・大変だったんだな。

 でも、本当にねーちゃん以外で、

 その辺に生えている木でネウロイを倒すようなウイッチがこの世に居たナンテ・・・」

 

事実と知ってエイラが呆然とする。

あの時、結局死なずに、死にきれず生きていた。

生きていると分かった途端、死ぬのが恐ろしくなってしまった。

 

そして同時にワタシがすべき事と為すべき義務を見出した。

すなわち1944年まで生きてこの世界の主人公である宮藤芳佳を支援し、守る事。

 

もしも捨てる命ならば、今ではない。

もしも捨てるなら自分ではなく宮藤芳佳を守るために、そう決意したんだ。

 

確実に、ネウロイを倒してくれる。

この世界を変えてくれる主人公である宮藤芳佳のために・・・。

 

「あ、あのバルクホルンさん!

 木って、その辺の木でネウロイをですか!?」

 

宮藤が困惑交じりに質問する。

まあ、それがごくごく普通の反応である。

普通はそれをしようと考える人間は馬鹿と思われる定めである。

ワタシは【原作】でそれを成し遂げた人物を知っていたからやったし、出来た。

 

が、知らない人。

当時の仲間や戦友たちからすれば、

日々ネウロイに追い詰められている中で成し遂げた愉快で痛快な快挙。

しかも『陸戦が専門でない航空ウィッチが地上でエースを成し遂げた』事実。

 

これに無理を押し通して救援に来た仲間は最初呆れたけど、

誇らしく、素晴らしい武勇だと絶賛、歓喜して士気が爆上げしたな・・・。

 

『扶桑語でも言おう。 

 事実だ、まちがない事実だ。

 私はかつてその辺の生えていた木を引き抜いてネウロイを殴打したり、投石で倒した事がある』

 

「え、えええ・・・」

 

わざわざ日本語。

ではなく扶桑語で言ってあげると宮藤は絶句する。

ブリタニア語、英語で聞き間違えたのわけでない事が判明したからだろう。

 

「もしかして投石でもネウロイを・・・?」

『ダー、そのとおりダ。サーニャ』

 

宮藤に説明するに際して、

投石するモーションを見せてたので疑問を抱いたサーニャの質問に答える。

昔、士官学校でオラーシャ語を学んでいたので今度は片言なオラーシャ語で回答する。

 

「・・・・・・すごい」

 

聞いたサーニャは、

と言えば眼を見開いて口をぽかんと開けて驚愕した。

 

「まあ、そういうわけだ。

 ところで502部隊からの手紙には他に何て書いてあったんだ、エイラ?」

 

話題を提供したエイラに視線を戻すと、

エイラは何故かびっくりした顔で固まっていた。

 

「エイラ・・・?」

 

「あ、うん。

 い、いやあ・・・大尉ってまず宮藤とは扶桑語。

 その次はサーニャとオラーシャ語で話をしていたから驚いてサ・・・。

 大尉は頭良いんだなって・・・あ、も、もしかしてスオムス語とかも話せるのか!大尉は!!」

 

固まっていると思いきや、

突然必死な態度でエイラが距離を詰めてきた。

近くで見ると・・・うん、やっぱ美人さんでこれからが・・・げほげほ。

 

「あー、エイラ。

 流石にスオムス語はまったく無理だ。

 精々、パスカ(畜生)、トゥータ(撃て)、

 ニュット・オスミ(命中)ぐらいしか知らないな」

 

前世で某ガールズなアレとか、

源文なアレとかで得た偏った知識を元にそう伝える。

 

「いや、それだけでも十分すごいよ、大尉!」

 

聞いたエイラは何故か上機嫌で喜んだ。

 

「そうか?」

 

「そうダヨ!

 スオムス語なんてブリタニアでは誰も知らないから、

 久々に故郷の言葉が聞けて・・・知っている人がいてくれて嬉しんダヨ・・・」

 

「エイラ・・・」

 

涙は出してはいない。

しかし、望郷の念を胸に抱いているのは見れば分かった。

思えばしっかりしているように見えてこの子は未だ15歳の子供。

そんな子供がたった1人、異国の空で外国人と共に命のやり取りをしているのだ。

 

「・・・なんだったら、

 時間があればワタシにスオムス語を教えてくれないか?

 今後の作戦の展開具合によっては必要に迫られるかも、だからな」

 

だから思わずそんな言葉を口にした。

 

「・・・大尉って、人良すぎダロ?」

 

聞いたエイラが嬉し気に、興味気に、

そして笑いを噛みしめながらこちらを見る。

 

「まあ・・・結構そうかもしれない。

 『いくら戦友と言ってもあの人類悪、グンドュラに甘すぎる』

 とミーナからは割と何度も言われている・・・いや、毎回だな、うん」

 

古い戦友、グンドュラ・ラル。

出会いは軍の書類を改ざん、横流しの手伝いと最悪な物だったが、

それがまさか『いらん子中隊』に携わる出来事であったから当時は驚いたな・・・。

 

「ふふふ・・・毎回ですか?」

 

「毎回だよ、こう頭に角を立ててな、

 頬もミーナの赤い髪と同じくらい赤くして、

 『トゥルーデはエーリカに対してもそうだけど、甘すぎなのよ!』って」

 

サーニャの質問に対して、

自分の髪を掴んで角の形に見立て、

さらに口調もミーナを真似てそれっぽく言ってみる。

 

「ぶふぅっ!!?」

「ぷ、くくくく・・・あはははは!!?」

「ふふふふふ・・・」

 

この仕草を見た宮藤、エイラ、サーニャの順で全員が噴き出した。

どうやら、なかなか良かったようだが・・・次もやってみるか。

 

「『おはよう!宮藤。

  さあ、1に鍛錬、2に鍛錬、3、4以下略だ!』」

 

片目を瞑り、

髪の毛を掴んでポニーテールの形を作る。

表情も出来る限りドヤ顔、そして声も力一杯、迷いない口調で話す。

 

「こ、今度は坂本少佐っっ・・・!!?

 ふ、ふぁははははーーーーっ大尉、物真似上手すぎダロ!?」

 

「ひーひっひひひひ・・・。

 お、お腹が痛い、痛いです・・・バルクホルンさん」

 

「あ、あはははははは!!?」

 

坂本少佐の物真似を見て、

とうとう3人揃って大爆笑する。

 

エイラは耐えきれない、とばかりにサウナの壁を叩き、

宮藤は腹を抱えて絶えず笑っているし、サーニャまで大声で笑っている。

 

「く、くくく、あははは・・・」

 

いや、ワタシもか。

頬が緩んで口から笑い声が出ている。

思えば、素直にこうして笑ったのは久々な気がする。

 

「ひーひっひひっ・・・。

 バルクホルンさん、楽しいですね!

 ずっと、ずっと、こんな日がずっと続けばいいのに」

 

宮藤が何気ない一言を口にする。

 

「・・・ああ、そうだな」

 

内心を隠して当たり障りのない言葉を綴る。

 

君を、宮藤芳佳を守るために今日まで生きてきた。

君なら、必ずこの世界を変えてくれる。

だからいつの日か、わが身を犠牲にしても君を必ず守る。

 

最近はこの世界の行く末を見たい。

もっと生きてみたい、もっとエーリカや皆と共にありたい。

 

という願いはあるけどーーーー必ず、君を守る。

 

その変わらぬ内心を隠しつつ微笑んだ。

 

 

 

 




以上です。
いつも誤字報告、感想を書いてくださる皆様。

ありがとうございます。


では


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第37話「魔女たちのテレビ放送」

事前に言います。
今回はギャグパートです。
苦手な人は注意してください。


夜間哨戒組が和気あいあいとサウナに入っている最中。

ミーティングルームではウイッチ達が集まってちょっとした騒ぎになっていた。

 

「おおー!テレビジョンが来るなんてなー!!

 生まれて初めて軍隊に来て良かった・・・なーんて、今思ったぜ!」

 

「テレビ、テレビー!」

 

設置が完了したテレビの前で踊ったり、

はしゃいだりしているシャーリーとルッキーニ。

 

「もう、騒がしいですわよ!

 まったく、子供じゃあるまいし・・・」

 

「でも、ペリーヌさん。

 あのレント中佐の『月下の撃墜』をすごく楽しみしていて・・・」

 

「な、なななななな、

 なんの事かしら、オホホホホーーーー!?」

 

ペリーヌが大人ぶるが、その実楽しみにしていた事実をリーネに暴露される。

特に今年7月にて成し遂げたヘルミーナ・ヨハンナ・ジークリンデ・レント中佐の戦果。

『月下の撃墜』シーンは各国で開始されたテレビ放送でも繰り返し流され、世界中で話題となっている。

 

「しかし、軍も太っ腹だな。

 テレビジョンなんてまだまだ高価だろーーーー予算は減らす癖に」

 

「ええ、そうね。

 この前予算を削ると言われた矢先。

 あっさりこうした物が渡されると・・・色々思うところがあるわ」

 

坂本少佐、ミーナが複雑な思いを抱きつつ届いたテレビを見る。

ほんの少し前、わざわざロンドンに呼び出されたと思えば予算削減を宣告されたので無邪気に喜べなかった。

 

「にひひ、トゥルーデなんて、

 『武器弾薬燃料の類は来るのが遅い癖に、

  これだから紅茶の葉っぱをキメたブリタニア人は・・・』とブチブチ言ってた、言ってた」

 

エーリカがバルクホルンの口調を真似しつつ上機嫌に言う。

 

「でもでも~私、知っているんだ。

 トゥルーデは自分がテレビに出ていて、

 し・か・も、みんなに見られることを恥ずかしがっているって事を」

 

そう、なんとバルクホルンは501部隊の隊員で初のテレビデビューを果たしたのだ。

ニュース映画やラジオに出演したことがあるとはいえ、恥ずかしいものは恥ずかしい、とは本人の言である。

 

「ふふ、『前の戦時国債キャンペーンの白バニーといい、何で私なんだ?』と頭を抱えていたわね」

 

ミーナがころころ笑う。

バルクホルンは鍛えているせいで引き締まる所は引き締まっており、

胸もある方なので割とエロく、傷や筋肉もバニーな姿でも隠せている。

 

よって白バニーなバルクホルンはエロく、

戦時国債は順調に売れ、プロマイドの売り上げも大変よい状況である。

バルクホルン本人はそれを聞いて死んだ魚のような目をしていたが・・・。

 

「ところで、ミーナ。

 バルクホルンはどんな番組に出るんだ?」

 

「それがね、美緒。

 前と同じく戦時国債の広告なのだけど、

 途中で横やりが入ったせいで複数パターンで番組収録して、

 結局どれを放送するのかトゥルーデ自身も聞いてないそうよ」

 

「横やり?また何で・・・?」

 

坂本少佐が訝しむ。

 

「・・・ド・ゴール将軍が番組に自分の娘を出すように言いだしたのよ」

「あの将軍か・・・」

 

自由ガリア軍最高司令官。

シャルル・ド・ゴール将軍。

 

我が強く、厚かましいことこの上ない人物であるのは有名である。

そんなお上の政治的要求に巻き込まれたバルクホルンに坂本少佐は同情する。

 

「しかも事前に決められた役とか、台詞とか、

 服装とかに1つ1つ注文を収録当日、しかも将軍自らその場で言い出したのよ」

 

ミーナが呆れつつ事情を説明する。

 

「あー・・・うん、

 よく耐えたな、バルクホルン・・・」

 

坂本少佐が嘆息する。

自分だったら途中で激怒していたかもしれないと考える。

特に青春の全てをネウロイと戦っていたので感情を抑えられるかどうか自信がなかった。

 

「トゥルーデも初め収録を放り出そうと考えたみたいだけど、

 将軍の娘、アンヌのためなら・・・と思って頑張ったそうよ」

 

少し間を置いてからミーナが話を続ける。

 

「アンヌは私たちとそう変わらない歳だけど、

 難病を患っているせいで20歳まで生きれるかどうか、難しいみたいね」

 

「そんな事情があったのか・・・。

 では、ド・ゴール将軍は娘のために?」

 

「ええ、そうよ。

 せめて娘に良い思い出を残したい。

 アンヌは私たち「ストライクウィッチーズ」のファンだから」

 

「ファンなのか!」

 

坂本少佐が素直に驚く。

 

「・・・うん、だからトゥルーデは言っていた。

 ガリアの将軍ではなく父親の願いなら協力するのもありかな、と」

 

ミーナがテレビの電源を入れて、

ああでもない、こうでもないと騒いでいる隊員達を眺めつつ呟く。

 

「・・・バルクホルンは優しくて、頑張り屋さんだなミーナ」

 

バルクホルンの家族や親族の事情を知る坂本少佐が言う。

 

「当然よ、トゥルーデですもの。

 でも、あの子は内に溜め込む所があるから、守ってあげなきゃ」

 

ミーナと坂本少佐の視線がぶつかる。

その次に何をすべきか、何をしたいか?

 

「ああ、そうだな。

 守らなきゃな、私たちの家族を」

 

「うん」

 

言葉にせずともしたい事は分かっていた。

だからごく自然に互いの手を握り合い、互いの体温を確かめ合った。

 

「しかし、バルクホルンはどんな演出をするのだろうか?」

 

「聞いた感じ、

 本当に色々演じたみたいね。

 よくあるプロパガンダニュース風とか他に・・・そういえば、一度だけ。

 脚本や将軍の注文ではなく、トゥルーデ自身が考えた演出をしたそうよ」

 

「バルクホルン自身が?」

 

今日はバルクホルンに驚かされるばかりだ、と思いつつ坂本少佐が問う。

 

「まあ、注文が多い将軍に頭に来たから勢いでやってみたそうだけど、

 かなり不真面目で意味不明、しかも後から思い出すと黒歴史確定、

 恥ずかしくて憤死しかねない代物でテレビ放映など絶対あり得ないだろう、

 絶対に絶対にあり得ない、こんな代物が放送されるなんてない・・・って言っていたわ」

 

バルクホルンが「やっちまった」「黒歴史確定」

「こんなの絶対おかしいよ」などなどブツブツ言っていたのをミーナは回想する。

 

「ははは、そう言うと気になってしまうな。

 おっ・・・どうやら、そのバルクホルンの放送が始まるぞ、ミーナ」

 

「あら、本当ね」

 

テレビを見れば「戦時国債は君を求めている!」というタイトルが出ていた。

他の隊員もバルクホルンが出てくる!と分かって食い張るようにテレビに注目する。

 

そしてーーーー。

 

『コンパクトフルオープン!鏡界回廊最大展開!

 Der Spiegelform wird fertig zum Transport――!

 はぁい、お待たせマイ・ロード!マイ・マスター、アンヌ!

 歌って踊れるウィッチにして魔法少女マジカル☆トゥルーデ、ここに参上!』

 

一同沈黙。

 

何か、あかいあくま。

いやいや、白黒テレビだから色などない。

 

兎に角、リリカルでマジカル。

またはカレイドなステッキ姿で可愛い服を着たカールスラント空軍大尉がいた。

可愛い少女がテレビに映っていた、というかゲルトルート・バルクホルンだった。

 

というか、大惨事だった。

黒歴史確定な大惨事であった。

 

「・・・・・・・・・えっと、誰?」

 

辛うじてミーナが思考停止状態から回復する。

部隊の隊長だけあって適応が早いが色々衝撃と刺激が強すぎるようで、

ミーナは身を乗り出してテレビに映っている長年の戦友をまじまじと見る。

 

『本当の名前はゲルトルート・バルクホルンだけど、

 クラスの・・・第501統合戦闘航空団『ストライクウィッチーズ』のみんなには内緒だよ!』

 

「いや、バレバレだぞ・・・バルクホルン」

 

「ほ、本当にトゥルーデなのね・・・」

 

坂本少佐が真顔で突っ込みを入れ、

ミーナはバルクホルンに半休ではなく、

3日間ぐらい有給を取らせた方が良いのでは?と真剣に考える。

 

「あはははははは!!?

 何あれ?すっっっごく面白いし、

 トゥルーデってば結構ノリノリじゃん!!」

 

エーリカは長年の戦友が見せた滅多に見せない感情表現に喜び、心の底から祝福する。

 

「ぎゃはははははは!!?

 ひーひひひひひひひ、なんなんだよアレ?

 ヤバイ!お腹が、お腹が笑い過ぎて痛過ぎる、し、死ぬ―!!!」

 

シャーリーは笑い過ぎてソファーから転げ落ち、床でのたうち回っている。

なお似たような反応は『各国で』現在視聴中のバルクホルンの戦友たちもしていた。

 

そして蛇足であるが後日。

本国への帰国を拒否した代償、

さらにバルクホルンの「魔法少女には相方が必要、1人ぼっちはさみしいもんな」

という強い要請によりシャーリーもまた魔法少女デビューを果たすことになる・・・。

 

「にゃはははははは!!

 『魔法少女マジカル☆トゥルーデ、ここに参上!』うひゃ、うひゃはははは!!?」

 

なお、お子様なルッキーニは大喜びで決めポーズを真似している。

 

「た、大尉の意外な側面が見れて、

 その、えっと、勉強になりますわ・・・ほほほ」

 

ペリーヌは何とか内心の動揺を収めようとするが、口元がヒクついている。

後でバルクホルン本人を目撃した時、耐えられる保証はなさそうだ。

 

「すっごく、可愛いです!

 しかも迷いなく堂々と振る舞えるなんて・・・。

 バルクホルン大尉は凄いです!戦闘でもあんなに強いし、本当に凄いです!」

 

ただ1人、リーネだけは瞳を輝かせてバルクホルンに憧憬の念を抱く。

バルクホルン本人からすれば狩人の悪夢に放棄したい程、黒歴史な代物であったとしても・・・。

 

『トゥルーデ、お願い助けて!!

 ネウロイが欧州を、いいえ人類を脅かしているの!』

 

車椅子に座った少女が懇願している。

見るからに病弱で、身体が丈夫とは言い難い。

 

「あの子が、将軍の?」

「そうよ」

 

坂本少佐の確認にミーナが頷く。

 

『まかせて!・・・って、アレ?

 マスター!まずはこの戦時国債を買わなきゃ!』

 

『戦時国債?

 それって、課金でしょ!?

 お金なんかでネウロイを倒せるの・・・?』

 

不安そうに述べるアンヌ。

だが、どことなく楽しそうである。

 

『そんなことないよ、マスター!

 戦時国債で課金すればより多くのウィッチの命が救える。

 戦時国債で課金すればより多くのウィッチはもっと強くなる。

 これぞすなわちーーーー『ウィッチ・マネー・イズ・パワーシステム』なのだわ!』

 

渾身のドヤ顔でバルクホルンが宣言した。

 

「ちょっっっっ、ゲル、ゲルトお前。

 うははははははははは、何だよそのネーミング!

 卑怯だろその顔!!?つーか、意味わかんねーーーーよっっっ!!?」

 

「ももも、もう限界ですわっっっっ!!!?

 ひゃ、ひゃはははは、あははははははははは!!」

 

これを見てシャーリーがさらに大笑いし、

ついに限界を迎えたペリーヌが周囲を憚らず笑いの声を上げる。

 

「・・・前から思っていたんだが、ミーナ。

 バルクホルンも私と同じように軍隊生活が長い割に、

 多才で器用な所があるが・・・たまに斜め上の方向に・・・その、逝く時があるよな?」

 

「え、ええ。その、

 否定、できないわね・・・うん。

 普段はあんなに真面目で良い子なんだけど・・・」

 

なお坂本少佐とミーナの反応は、

やりたい放題、あるいは好き勝手し放題なバルクホルン見て黄昏っていた。

 

『って、残念だけどそろそろ時間ね!

 次回の「魔法少女マジカル☆トゥルーデ」は、

「焼き尽くせネウロイ!バーニングドラック!

 死戦の太平洋。信者達よ見るがよい、あれがパナマの続編だ!」なのだわ!お楽しみに!』

 

途中で国債を説明するアニメーションを挟みつつ、

バルクホルン、否。魔法少女マジカル☆トゥルーデは番組の終了を伝えた。

 

が、その内容は脳死寸前もしくは火の無い灰か、

ロスリック周辺をさ迷う亡者なタイトルで知らない人が聞いても意味不明な代物である。

 

だが確実に言える事実はたった今、この番組が終わった事。

そして、これが広告として「全世界」に公開されたことである・・・。

 

「あはははははははは!!

 トゥルーデ、もしかしてこの調子で続けるつもり!?」

 

「ヤバイ、ツッコミが追い付かないっっ!!?

 ぶっ、くははははは、なんだよゲルトそれは、あはははは!!」

 

「大尉っ・・・おほほ、あははははははっ!!?」

 

「うひゃははははは!!」

 

「次も楽しみです!」

 

さらに確実に言えるのはバルクホルン本人が知らぬ間、

501部隊の全員に見られ、知られてしまったという事実。

 

こうした一連の事実を受け入れざるを得ない、

バルクホルンの精神衛生が不安であるが致し方無しである・・・。

 

 

そして数時間後。

バルクホルンは事実を知り、

絶叫と共に頭を抱えてのたうち回ったのをここに記す。

 

 

 

 





【挿絵表示】

ゲルトルート・バルクホルンという異世界TS転生者が意識、
無意識にこのストライクウィッチーズの世界へ干渉を続けた結果誕生したストライカーユニット。

量産化されたFW190D-9は汎用性に極めて優れていたが、
近年の戦いにおいて高高度、かつ高速タイプのネウロイが出現しつつあるため、
高高度性能と速度を上げる事を目的に、FW190D-9の改修型としてTa152-Hが開発された。

現在バルクホルン大尉は高高度タイプのH型について実戦テストを行っている。
上の図はストライカーユニット左側面図であるため、右側の特徴的な過給機が見えない。
配備された当時は最低限の塗装しか施しておらず「猟犬」も描かれていない。
またH型以外に地上攻撃型のB型、中低高度タイプのC型、などが各戦線でも実戦テストを行っている。


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第38話「魔女たちの覗き見」

史実を調べてみると割とバルクホルンは怪我しているし、
撃墜王としては遅咲きの方だそうです、意外なことに。

あと、ハルトマンはロシア語、
フランス語が会話可能なのは史実です、リアルチートやろ・・・。


「・・・髪を下ろしているバルクホルンさんって、新鮮ですよね」

「・・・言われてみればそうダナ」

「・・・私、バルクホルン大尉が寝ているのを初めて見ました」

 

バルクホルンが全世界で魔法少女デビューを果たしている最中。

宮藤、エイラ、サーニャはサウナの後の水浴びで居眠りしているバルクホルンをこっそり覗いていた。

 

蛇足であるが少女3人。

野外かつ素っ裸で仲良く覗き見である。

 

「明るい場所で見るとバルクホルンさん。

 髪とか意外と長くて綺麗で、筋肉もあってカッコいいけど、傷も色々・・・」

 

宮藤が躊躇しつつもバルクホルンの裸を見た感想を述べる。

異世界TS転生者として知る【原作】に至る道中まで得た数々の傷。

火傷だったり、切り傷だったり、とバルクホルンには色々な傷跡があり、

そのあり方は頻繁に負傷しつつも戦い続けた【史実】のバルクホルンに近かった。

 

「あれでもまだましだぜ、宮藤。

 大尉の戦友なんて背骨が折れたって、聞いているし・・・」

 

「背骨・・・」

 

この3人の中でも実戦経験が豊富なエイラが語り部として語り、宮藤が恐怖を覚える。

実家が診療所を営んでいるだけに、背骨を損傷した際の恐ろしさは知っていたからだ。

 

「エイラ、その人は・・・」

 

「安心しろって、サーニャ。

 ラル少佐は薬とコルセットこそ必要だけど、

 ウィッチとして同じ空を飛んでいるってさ・・・まったく凄い人ダヨナ」

 

心配そうにするサーニャに対してエイラが優しげに語る。

 

「あれ・・・ラル少佐、

 聞いたことがあるような、ないような・・・?」

 

「グンドュラ・ラル少佐。

 第502統合戦闘航空団、通称『ブレイブウィッチーズ』の隊長。

 大尉とはかつて同じ部隊にいた戦友で、全世界で2番目に撃墜250機を達成したウィッチだぜ」

 

「に、250機!す、すっごーい!!

 そんな強い人とバルクホルンさんは知り合いなんだー!」

 

魔法力も含めた潜在能力こそ非常に高いが経験不足、

技術不足な宮藤からすればネウロイ撃墜250機という単語は現実として想像できない話であった。

 

「・・・ってか、意外だな宮藤、

 大尉とは一緒にいる印象だけどあんま話をしないのか?

 せっかく坂本少佐以外で扶桑語が分かる人なのに・・・?」

 

バルクホルンを知るウィッチならばある程度分かる事実。

しかもエイラから見てバルクホルンと宮藤はかなり仲が良さそうに見えた。

 

「確かにバルクホルンさんの扶桑語は扶桑人そのもので、

 ここでの生活で私がどうしても分からない時だけ扶桑語で教えてくれますが・・・。

 普段の訓練とか座学とかではずっとブリタニア語で会話をしています。

 それにバルクホルンさんは自分の事をあまり話さないし、坂本さんともそうですけど、

 2人だけの時間なら兎も角、基本みんなと一緒にいるので日常会話も普段からブリタニア語です」

 

「あー、そういえば。

 大尉にハルトマン中尉、

 それとミーナ隊長は同じカールスラント人だけど、

 私達がいる前ではずっとブリタニア語で話していたよナー」

 

昼間のブリーフィングや、息抜きのティータイム。

それに戦闘中の会話などの記憶や光景をエイラは思い出す。

同じ国出身人同士でも外国語で会話するのは国際的な部隊ゆえの宿命であった。

 

「私は来た当初、少しだけバルクホルン大尉と2人でオラーシャ語で話したけど、

 夜間哨戒で時間帯が合わなくなってから、そもそもお話自体全然していない・・・。

 それに私はバルクホルン大尉じゃなくて、ハルトマンさんとはよくお話をしています」

 

「ハルトマンさんと?」

 

予想外の人物が出てきて宮藤が驚く。

 

エーリカ・ハルトマン。

 

人類を代表するスーパーエース。

あるいはエクスペルテに対してついこの前来た宮藤からすれば天上人。

同じ天上人なバルクホルンは坂本少佐と共に宮藤を日々訓練でしごいているので接点はあるが、

エーリカとはあまり話をした印象がなく、人物像をイマイチ把握できていなかった。

 

「でもあのハルトマンさんですよ?

 自堕落で毎回毎回バルクホルンさんがお世話しているハルトマンさんですよ?

 この前なんて『私のズボンがないから、ちょっと借りるね~』なんて言って、

 ミーナ隊長のズボンを無断で借りたから、浴槽から上がった隊長が怒ってましたよ・・・」

 

しかし、第三者として見た感じでは自堕落な生活無能力者。

お風呂から上がった戦友のパンツ・・・ではなくズボンを無断で借用。

エーリカにズボンを盗まれたミーナはスースーする羽目に陥っていた。

 

「えー・・・、あったな、ウン」

 

その時の騒動を思い出してエイラが頭痛を覚える。

スオムスでも仲間と一緒に馬鹿騒ぎをした経験はあるが、

流石に上官、しかも中佐のズボンを中尉が強奪するような真似はしたことがない。

 

「うん、どちらかと言えば、

 ハルトマンさんの方から一方的に話している感じだけど、

 オラーシャ語はバルクホルン大尉よりもずっと上手です、はい。

 それとペリーヌさんとはガリア語でお話できるって、言ってました」

 

「えぇ!?ハルトマン中尉。

 オラーシャ語だけでなくガリア語も話せたのカヨ!!」

 

サーニャとエーリカが長時間会話をしているのを密かに見ていたため、

エイラはエーリカの語学力について把握していたつもりであったが、

まさかガリア語もできるとは思わず目を見開いて驚きを露わにする。

 

「え、じゃあ。

 ハルトマンさんはオラーシャ語とガリア語。

 バルクホルンさんは扶桑語とオラーシャ語が話せることになるんだ・・・」

 

口にした内容を改めて咀嚼した宮藤が愕然とする。

ブリタニア語を坂本少佐のスパルタ特訓でなんとか習得した宮藤からすれば、

2か国語を操れるエーリカとバルクホルンは最早理解の範疇から外れた存在である。

 

「私たちが今話をしている言葉。

 ブリタニア語も加えれば3か国語ダゾ。

 しかも2人揃って今年中に前人未到の撃墜数300機に行くかもしれない。

 なんて言われているし・・・改めて考えると結構凄いよナ、あの2人・・・」

 

エーリカ・ハルトマンの撃墜数は既に250機を超えて280機へと近づいている。

ゲルトルート・バルクホルンも1944年に撃墜数250機を記録してからさらに記録を更新しつつあった。

 

「・・・でも、胸はバルクホルンさんの方が凄いですよね!」

 

「凄い」の一言で淫獣モードへ切り替わった宮藤。

どうしてそうなるかは不明であるが確実に言える現実として、

宮藤の頭の中は今や「おっぱい」の一言しかなく、瞳もキラキラと輝いている。

 

「ウン、宮藤の言うとおりだ、

 胸の大きさはハルトマン中尉とは全然違うな。

 大尉のを揉んで思ったのは、色よし、張り良しバルクホルンって感じだったナ」

 

オッパイマイスターとして先輩格なエイラが大いに賛同する。

隣にいるサーニャの視線が心なしか厳しいものになってい事に気づいていない。

 

「色良し、張り良しバルクホルン・・・」

「オイ、待て宮藤」

 

宮藤がフラフラと居眠りをしているバルクホルンに寄ろうとする。

見かけたエイラが宮藤の肩に手を置いて制止させる。

 

「どうして止めるんですか、エイラさん!」

 

「マア、落ち着け」

 

「エイラさんはこの前、バルクホルンさんと胸を揉み合いましたけど、

 ・・・私、私は・・・私はまだバルクホルンさんの胸を揉んでいません!!!」

 

真剣極まる態度でエイラに問い詰める宮藤。

なお、口から出てくる単語とか内容が完全に趣味嗜好100%なアレであるが。

 

「あのな、宮藤。

 忘れたのか?胸を揉むなら普段の時。

 今みたいに意識がない時に揉むなんて卑怯ダロ?

 普段の生活で油断している一瞬の隙を突いて胸を揉む!それが醍醐味ダ!」

 

そして制止させたエイラもエイラで、

別にバルクホルンの身を案じていた訳でなく自身の信念に反するので制止させたに過ぎず、

高らかに、力強く、そして誇りと供にオッパイマスターの心得を宣言した。

 

「・・・っ、そ、そうでした、って、エイラさんっっ!!」

 

「これは授業料、授業料。

 う~ん、やっぱり残念賞ダナ。ニヒヒ」

 

エイラの宣言に我を忘れかけていた宮藤が原点を思い出す。

だが、我を忘れていた代償、授業料としてエイラに胸を揉まれてしまう。

 

「ねえ、エイラ。

 宮藤さんの胸は揉むけど、

 ーーーーなんで私のは揉まないの?」

 

突然サーニャが静かに、

しかし確固たる意思を抱きつつ言葉を発した。

 

「・・・・・・へ、え、あ。さ、サーニャ?」

 

好き放題宮藤の胸を堪能していたエイラが硬直する。

 

「そう言えばエイラの肌----すっごく白くて綺麗ね。

 血管が透き通って見えるほど薄くて、私と同じくらい白くて」

 

「・・・え、ええええええ、!!?」

 

まさかサーニャの方から積極的に動くとは思わなかったエイラが赤面し、

後退して逃げようにも逃げる勇気すら今のエイラにはなかった。

 

「エイラの瞳。

 紫色の綺麗な瞳。

 本当に、本当に綺麗よね」

 

「ふええええええ、サーニャ!!?」

 

エイラの顔、瞳をじっくりと観察するサーニャ。

対してエイラはヘタレなだけあってか攻められると弱く、防戦一方である。

 

「うんうん、エイラさんって胸がこう、

 手のひらに収まる程度にあるのがポイント高いよね、サーニャちゃん!

 腰から太ももの形とかもすっごっく綺麗だし、あと・・・って痛ぁ!?痛いです!エイラさん」

 

「馬鹿馬鹿、馬鹿ーーー!!

 私をそんな目で見んなーーーー!!?

 オマエ、本当にドコ見てるんダヨ~~~~!!?」

 

サーニャの勢いに便乗し調子に乗る宮藤。

言われたエイラは羞恥心で涙を浮かべつつ淫獣をポカポカと殴る。

 

「・・・やっぱりエイラは、大きい方が好き?」

 

シュン、とサーニャが気落ちする。

 

「ち、違うんだサーニャ!胸の大きなんて関係ない!

 私は・・・私はありのままのサーニャがいいんだっ!!」

 

落ち込むサーニャを見てエイラは動揺するが、

同時に素直な気持ち、飾らない気持ちを獅子咆哮する。

たとえヘタレであっても、この変わらぬ一途な想いを口にする。

 

「エイラ・・・」

 

ようやく聞けた本当の気持ち。

エイラの一途な想いを知ってサーニャは感情が揺さぶられる。

 

「サーニャ・・・」

 

ぶつかる視線。

何をすべきであるか?

何を望んでいるのか?

 

普段のエイラならヘタレる所であったが、

覚悟を決めた今なら行動に移せた。

 

 

ーーーー何故ならウィッチに不可能などないのだから。

 

 

「お、おおおお・・・・。

 あわ・・・ーーーーあわわわわわ」

 

第三者として2人のやり取りを見届けていた宮藤。

2人で胸を揉んでいるだけだが、何だかイケナイ物を見ている気分に陥っていた。

 

そんな最中、唐突にふと視線を感じた宮藤が顔を動かすとーーーー。

 

「あ」

「あ、」

 

いつの間に目が覚めたバルクホルンがこちらを見ていた。

 

「・・・バルクホルン大尉?」

「へ・・・大尉?」

 

サーニャ、エイラもバルクホルンが見ている事に気づいて硬直する。

 

「・・・・・・ごゆるりと」

 

空気が読める日本人。

いや、今はカールスラント人である、

バルクホルンがそっとその場を後にしようとする。

 

「待て待て待て待てーーーー!!!

 大尉、これはその、スキンシップ!スキンシップだからナ!!」

 

今更ながら狼狽するエイラ。

 

「ああ、知っている。

 スオムス式の挨拶として、

 親しい人間の胸を揉むのがマナーらしいからな」

 

バルクホルンはわざとらしく澄ました表情で言う。

 

「いや、違うし!それは私の趣味嗜好ダ!!

 絶対分かってわざと言っているダロ、大尉!!」

 

エイラが全力で突っ込みを入れる。

 

「これはこれはーーーー失礼、かみました」

 

「絶・対・わざとダロ!

 ってか、かみましたって何なんだよ!?」

 

「・・・さあ、な?」

 

「ぐ、ぐぬぬぬぬぬぬ・・・」

 

得意顔なバルクホルン。

対してエイラが悔しそうに睨む。

 

「・・・・・・・・・・プッ、ふっ、ふふふふ」

「ぶふぅ・・・・あは、あはははは」

 

傍で2人のやり取りを聞いていたサーニャと宮藤が笑う。

 

「へ、へへへへ・・・」

「く、くくくく、あはははは・・・」

 

さらにエイラとバルクホルンもつられて笑いあう。

和やかで温か雰囲気、こんな時間がずっと続けば良いのにーーーー誰もが、そう思った。

 

 



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第39話「魔女たちの夜戦 上」

久しぶりです、何とか投稿できました。


「しっかし、さっきは何なんダヨー。

 みんな大尉の顔を見て急に笑い出したしなー」

 

「エイラの言う通り、何だったんだろうな、アレは・・・?」

 

雲海から出た時。

月明かりで銀色の髪を輝かせたエイラがそう会話を切り出した。

 

サウナから出た後。

テレビに集合していた皆と合流したが、

自分を見るなり爆笑されたり、尊敬されたりで大騒ぎになった。

ミーナと坂本少佐からは半休ではなく数日休むよう言われたし・・・何があったんだ?

 

「そうですよね、

 ペリーヌさんなんて爆笑して床に転がったし、

 シャーリーさんもバルクホルンさんを見るなり大笑いしたし・・・」

 

「私、ペリーヌさんがあんなに笑ったの、初めて見ました・・・」

 

宮藤、サーニャが首を傾げてその時の様子を回想する。

シャーリーならいざ知らず、まさかペリーヌがあそこま笑うなんてな・・・。

今まで見たことがないから驚いたけど、肩の力が抜けていているようで何よりだ。

 

「話が変わりますけどバルクホルンさんは、

 夜間飛行は久し振りって言っていたけど、全然平気ですよね」

 

「飛ぶだけなら問題ないさ、

 こう見えてネウロイ戦争が始まる前から訓練を受けていたからな」

 

「え、じゃあ・・・5年?」

 

「いいや、大雑把に見て8年~9年という感じだ。

 少佐なんてもっとウィッチとして空を飛んでいたはずだ」

 

「それ以上!ふぇー坂本さんって、本当に凄い人なんだ・・・」

 

ふぇー、と宮藤は純粋に感心している。

 

「ちなみに私は10歳の時から空を飛んでいるから、5年だぜ」

 

「私は4年くらい、です」

 

「え!サーニャちゃんもそんなに飛んでいたの!

 ・・・もしかしてこの中で私が一番短い?」

 

前世で見たネット広告のような表情を宮藤が浮かべる。

彼女の顔は毎日見てるが一々表情が変わるから見ていて面白い。

 

「この中どころか、

 部隊全体でみればルッキーニ以下ダゼ、宮藤♪」

 

「ルッキーニちゃん以下!!?」

 

自分よりも年下の女の子以下と言われて宮藤は大変ショックを受けていた。

 

「まあ、そう落ち込むな宮藤。

 それを言うと実はシャーリーは1943年に軍隊に入隊したばかりで、

 飛行時間的にはルッキーニよりやや多い程度しかなんだよ、ああ見えて」

 

「あ、そうなんですか。

 よかったー・・・てっ!?そうなんですか!

 去年軍隊に来たばかりなんですか、シャーリーさんが!?

 でも、気配りできるし、仕事も出来るし、階級はバルクホルンさんと同じだし・・・?」

 

ワタシの語りを聞いて宮藤がさらに驚く。

気持ちは分からなくもない、自分だって驚いているし少し嫉妬しているからだ。

 

軍隊に入隊して1年以内に少尉、中尉、大尉と一気に昇進を果たすなんて、

どこぞの魔術師ないし、某金髪の小僧レベルの昇進スピードをリアルで成し遂げたの見れば、な。

 

真面目に勤務し、戦って、勉強してようやく大尉。

そしてやっと少佐への昇進の内示を得た自分とは大違いである、しかも年下。

・・・思えば【原作】のバルクホルンがシャーリーに対して喧嘩腰なのもそうした所があったかもしれない、苦手な機械が大得意な点も含めて。

 

「経験についてまだまだ少ない。

 加えて撃墜数で言えばシャーリーは少ない方だ。

 だが、普段から気配りしている癖かもしれないが戦闘では目の前のネウロイだけでなく、

 部隊全体、戦場全体を広く見る事ができ、得意のスピードで突撃する勇気を持ち合わせている」

 

大尉になっても中尉どころか新米少尉気分が抜けていないが、

自分が得意とする技術を生かし、部隊、仲間を助ける献身的な姿勢と態度は素直に評価したい。

そして、原隊では燻っていたシャーリーにそうしたやる気を引き出させたミーナのカリスマもまた凄い。

 

「そして戦果も挙げるし、

 仕事もやる気があればキチンと出来る。

 だからシャーリーは大尉に昇進できたんだ。

 飛行時間と軍隊生活が短い割にあの実力・・・まったく大したウィッチだよ」

 

何年もかけてようやくここまで辿りついた自分とは大違いである。

シャーリーと同じ年齢の時は負傷したり、過労で寝込んだりと色々苦労したな・・・。

 

「・・・んん、でも大尉だって大したウィッチじゃナイカ。

 だってさ、2か国語話せる上に今年中に撃墜数が300機達成されるかも、なんて言われているだろ?」

 

「あぁ、まあ・・・巷ではそう言われているが」

 

スオムス最強のエースが急に真顔で語りだした。

「あの」エイラがワタシに対して敬意を込めてこちらを見ている。

繰り返し言うが「あの」エイラである、おっぱいとか言わずに真面目な態度をしている。

 

「・・・あの、バルクホルン大尉。

 ハルトマンさんから聞いたのですけど、

 昔はハルトマンさんだけでなく、指揮していた中隊にマルセイユさんもいたって本当ですか?」

 

「・・・事実だが?」

 

今度はサーニャだ、珍しいな。

サーニャまでワタシの過去を聞くなんて・・・というか話をしたのはエーリカか、

あの子は昔から聡い子で、孤立しがちなサーニャの話し相手になってあげたりと気配りが上手な子だしな・・・。

 

「うぇっ!?マルセイユって、

 もしかして北アフリカのマルセイユの事か!?」

 

「そのマルセイユで間違いないが、そんなに驚く事か?」

 

マルセイユ、と聞いてエイラがさらに驚く。

なんか今日のエイラは今まで見たことがない反応ばかりしている。

 

「いや、フツーは驚くぜ大尉!

 だってマルセイユ大尉もハルトマン中尉と並んで世界トップクラスのウィッチなんだぞ!

 おまけにマルセイユ大尉も今年中に撃墜数300機行くかもって、話だし。

 そんな2人を大尉が指揮していた上に大尉自身も300機行くかもダロ・・・凄いだろって」

 

「マルセイユさんって、

 あの映画俳優みたいな!すっごくカッコいい人ですよね!

 バルクホルンさんはそんなに凄い人と一緒だったんだー!!」

 

「凄い、です」

 

畏怖、畏敬、尊敬の感情を3人から貰い受ける。

ここ最近。陶芸に茶の湯、書道やらアレコレ趣味に目覚めて深酒喫煙を控えるようになり、

精神的、体調的に絶好調なマルセイユが一気に撃墜数を250機まで伸ばしたから話は分かるが、

自分がマルセイユと同じく凄いウィッチ扱いを受けるなんて・・・第三者から見ればそう見えるとはいえ。

 

「・・・待てよ、大尉の原隊はJG52だったから、

 クバニスキー・ライオン・・・ブリタニア語で言うと『クバンの獅子』と知り合いだとか・・・?」

 

「ヨハンナ・ウィーゼの事か?

 知っているも何も原隊ではワタシは第Ⅱ飛行隊司令。

 ヨハンナは第Ⅰ飛行隊司令と同じ飛行隊司令で階級、年齢も同じだから当然知ってるし、

 エーリカやミーナと出会う前、軍隊に入隊してから一番最初に出来た戦友、友人なんだ・・・」

 

エイラの口から出た二つ名につい顔がほぐれるを自覚する。

右も左を訳が分からない軍隊生活な上に、一癖も二癖もある人材が揃ったJG52。

 

あの懐かしき第52戦闘航空団に来て初めてできた友人、ヨハンナ。

彼女には色々助け助けられ、例え今は離れていてもその友情は続いているし、続けたい。

 

「・・・オラーシャだけでなく、

 スオムスでも結構有名なんダゾ『クバンの獅子』は。

 つーか、大尉自身結構強いけど、その戦友も揃いも揃ってウィッチとして強い人ばかりダナ本当に・・・」

 

「ふぇー!何かだが今晩はバルクホルンさんの凄いとこ、

 色々聞けて勉強になります!そうだよね、サーニャちゃん!」

 

「うん!」

 

エイラからは歴戦の将校に対して敬意を払う下士官のような態度をとられ、

宮藤、サーニャからは「流石お兄様!」と今にも言いそうである。

 

・・・いや、さ、どうしてこうなった?

 

「・・・あのな、3人供。

 ワタシが凄い、というわけでなくて知り合いがたまたま凄いんだ。

 例えばエーリカは出撃2回目、マルセイユなんて初出撃初撃墜したけど、

 自分の初撃墜なんて出撃120回目でようやく1機、と割と遅い方なんだ」

 

「えっ!?本当カヨ。

 意外だな、大尉は何でもできる方だからてっきり・・・」

 

「ええぇー!!本当ですか!?」

 

如何に自分が劣るか力説するが反応はよろしくない。

 

「加えて言うと、

 一週間に2度も撃墜された事もある」

 

「ニパなんて毎日そんな感じだったゼ。

 それどころか一度、燃えながら格納庫に突っ込んでさ、

 ルーッカネン隊長とラプラ、ハッセのストライカーを纏めて壊したなぁ・・・」

 

しくじり先生を披露してみたが、どうやら上には上がいたようだ。

 

「えぇー・・・」

 

「・・・えっと、」

 

懐かしそうに語るエイラに対し、

宮藤だけでなく、サーニャまで非常に困惑した表情を浮かべ、

どう反応すべきか非常に困っている・・・味方3人のストライカーを破壊するなんて。

ロスマン先生から手紙で「ニパさんは毎回毎度ストライカーを破壊する」と愚痴を綴っていたけど・・・。

 

「ストライカーは宮藤の父親が発明したのだから、少しは大切にしろよな・・・」

 

「バルクホルンさんの言うとおりですよ~、だから大切にしてくださいよ~」

 

「お前が威張ってどうすんダ?」

 

えへんと胸を張る宮藤にエイラが突っ込みを入れる。

 

「だって、私の自慢のお父さんだもん!

 それに・・・あのね、今日は・・・!」

 

20歳になれば魔法力を喪失する現実を突きつけられるから、

今ではすっかり素直に祝えない自分と違って宮藤は無邪気に誕生日を告白しようとしてーーーー。

 

「づっーーーー散開、!!」

「エイラっ!?」

 

のだが、突然エイラが叫び、

ロッテの僚機であるサーニャを引っ張って回避行動をした。

 

「・・・っ、宮藤!こっちだ!」

「え、ひゃ!?」

 

こちらも突然の事でついて行けていない宮藤を引っ張って急旋回する。

くっ、まさかサーニャの魔道針による探知より先にエイラの未来予知が発動するなんてっ・・・何?

 

「あ、あれ・・・ネウロイの光線が来ない?」

 

だが、ネウロイの攻撃はなかった。

来るはずの光線が来ない事にエイラもサーニャを抱えて困惑していた。

 

ーーーーエイラの未来予知が外れた!?

 

 





【挿絵表示】

ゲルトルート・バルクホルンのパーソナルマーク。
原隊である第52戦闘航空団の部隊章「翼を生やした剣」と、
「ネウロイのコアを噛み砕くジャーマンポインター」が描かれており、俗に復讐の猟犬と言われている。
同じ復讐者であるグンドュラ・ラルのパーソナルマーク「翼を生やした剣を咥える狼」とデザインがよく似ている。


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第40話「魔女たちの夜戦 中」

久々に本編更新できました。


ネウロイの攻撃は来なかった。

エイラは未来予知が外れてショックを受け、宮藤とサーニャは困惑したままであった。

 

だが、ワタシは知っている。

必ずネウロイはやって来ることを。

だから勘違い、と周囲が思い込んで弛緩した空気が流れるよりも先に先手を打つ。

 

「宮藤、サーニャ。

 念のため2人ともそのまま周辺を警戒するんだ。

 エイラ、未来予知でネウロイの攻撃を『視た』のは間違いないな?」

 

「あ、あたり・・・いや当然だって!

 だって私の固有魔法は予言文章なんかじゃなくて、

 必ず訪れる未来を『映像』で『視て』予知するんダゾ!」

 

語気を強くしたエイラが言う。

これまで頼ってきた固有魔法に疑問を抱かれている、と思ったからだろう。

 

「勘違いするな、エイラ。

 ワタシはエイラを信じているし、信頼している」

 

エイラの未来予知、という固有魔法は一見胡散臭いが、

何にでも解釈できる某ノストラな予言文章と違って必ず、

「映像で視認する」のでこれまでネウロイの攻撃を一発たりたとも被弾してこなかった。

 

ゆえに、ワタシはエイラの実力に対して疑問を抱いていないし、

普段は冗談な事ばかりしているが、戦場で嘘偽りを口にするような子でないのを十分知っている。

 

「だから、記憶が薄れない今の内に、ネウロイの攻撃がどの方向、

 高度、角度から来たのか?その結果どんな未来が見えたのか?具体的な情景を説明してくれないか?」

 

「っ・・・!!!」

 

そう言うと何故かエイラは驚いたような顔を浮かべ、少し間を空けてから具体的な内容を口にした。

 

「・・・高度は同じで、正面からネウロイの光線が凪ぎ払うように飛んで来たんダ」

 

正面か・・・あの時、我々正面の方角は大陸。

ガリア方面、ノルマンディー地方に向いていて、

もう少ししたら地上のレーダーから支援を受けられなくなる距離だから、

旋回して、ブリタニア側へ戻る哨戒ルートの途中だったな・・・。

 

「サーニャ、魔導針に反応は?」

「・・・あ、ありませんでした」

 

こちらの質問に対してサーニャは申し訳なさそうにしている。

成程、つまりサーニャの魔道針が感知できる範囲にはネウロイはいなかった、と。

 

しかし、エイラは未来予知でネウロイの攻撃を視た。

ネウロイを目撃しなったサーニャの証言と矛盾しているけど・・・。

 

「いや、それだけでも十分だ。

 ネウロイは我々を待ち伏せしていた可能性が高い。

 大雑把だがネウロイの方角はノルマンディー方面だろう」

 

「え?ま、待ち伏せですか!!

 で、でも、サーニャちゃんは探知していないのに・・・」

 

ワタシの断言に宮藤が疑問を露わにする。

 

「宮藤、別に難しく考える必要はない。

『サーニャの魔道針の有効探知範囲外でネウロイが攻撃を試みたが、

 エイラの未来予知で先んじて回避行動をしたから、結果的に攻撃は来なかった』だけだ」

 

「だ、だけど。

 こんな夜中にネウロイはどうやって、狙い撃てたんダ?」

 

顔を青くしているサーニャの手を握るエイラが質問する。

 

「それも仮説だが根拠はある」

 

芋大尉、ではなく。

「歴戦のカールスラント軍人」として、

視線や基地の無線中継で聞かれているのを意識しつつさらに言葉を綴った。

 

「ネウロイはサーニャを知っている。

 サーニャが発している魔導波を逆探知し、

 探知範囲外の遠距離からのアウトレンジ攻撃するーーーーこれなら目視できずとも攻撃できる」

 

魔導針は魔導波を照射し、

相手に当てた魔導波が反射されて戻って来るまでの時間、

それと方位を計測することで相手の位置を探る魔法でレーダーと仕組みはまったく同じだ。

 

レーダーと同じように魔道針も、相手から反射された魔導波が明後日の方向へ逸らされたり、

反射した魔導波の力が弱かった場合、相手を認識できない時がある。

 

しかし相手は『自分が魔導波を照射されている』事実を認識した上で、

『自分が魔導波で探られている』事象を距離こそ不明だが方位だけは把握できる。

 

これが、逆探知だ。

 

【原作】でもネウロイは『サーニャの歌を乗せて無線妨害を実行した』ので、

ネウロイが電波を理解しているのは間違いなく、逆探知という概念も持ち合わせているはずだ。

 

加えて【前世】の歴史ではこの『発せられた電波の方向を探知する技術』を利用して、

あのコロンバンガラ島沖海戦では日本海軍がアメリカ側の電波を先んじて探知した上で優位な位置へ移動し、勝利を収めている。

 

同じような事をネウロイはしようとしたかもしれない。

ロングランスの名を頂く酸素魚雷の代わりに光線によるアウトレンジ攻撃を試みたが、

直前になってエイラが察知して回避行動をとったので、ネウロイは攻撃を中止した・・・そんなところだろう。

 

矛盾なんてものはない、エイラとサーニャはもどちらも正しい報告をしている。

 

しかし、改めて考えると厄介極まる話だ!

もしもエイラがこの場にいなかったら、最悪全員何が発生したのかも把握できず、撃墜されたかもしれないなっ!!

 

数年前、未だネウロイが銀色の個体だった時なんて、コアさえ破壊すればなんとかなったのに・・・。

それが今ではあの手この手で搦め手を使うようになるなんて、間違いなくネウロイは進化している。

 

そう思えば【原作】の宮藤たちはネウロイの戦術判断のミスで勝てたかもしれない。

 

前世の記憶、というよりも「記録」によれば

『雲海の中からサーニャを狙い撃てた』ぐらいに狙撃能力に秀でた厄介なネウロイだ。

 

たとえ未来予知能力のエイラがいても、エイラだけなら兎に角。

 

ストライカーユニットを半分壊されたサーニャ。

シールド防御に優れていても経験が浅いのでまだまだ足手まといな宮藤。

 

この2人を援軍が来るまで守り通すのは端的に言って難しい任務だ。

 

もしもネウロイがエイラに対し、

接近戦に挑まず雲海から遠距離狙撃の一撃を加えて離脱、

これを延々と繰り返していたら危なかったかもしれない。

 

いくらシールドでネウロイの光線を防げる、

と言っても長期戦になれば魔法力が消耗してしまうし、

精神的にも肉体的にも疲労した挙げ句、なぶり殺される形で撃墜されただろう。

 

何故ネウロイがこの戦術判断をしなかったのか分からない。

想像になるが一番の脅威と判断したサーニャを負傷させたと誤認して止めを刺すつもりで接近戦に挑んだのか?

 

しかし、『サーニャが一番の脅威とネウロイが判断した』そうなると別の視点がまた見えてくる。

 

「そうなると、サーニャの攻撃から逃げたあのネウロイ。

 あれは、魔道針の探知範囲を探る威力偵察だったかもしれないな・・・」

 

思った仮説を口にする。

前世も含めあのネウロイは先ほどに至るまで精々ネウロイの偵察、または哨戒という程度しか考えていなかったが、

人類側の探知技術を脅威と見なし、積極的に収集、把握しようと試みている、となると話は大きく違う。

 

『ネウロイは脅威を判断認定ができる思考能力を有している。

 しかも直接戦う相手ではなく、人類が発している電波情報を理解しようとしている』

 

仮説に仮説を重ねて得た結論だが我ながら理屈は通っていると思う。

 

しかし、これは物語の裏側。

たまたま深淵を覗いてしまったような気分の悪さを覚えるっ・・・!?

確かに人型ネウロイの存在は『知っている』けど、人という『形』で模倣していない分、気味が悪い。

 

まさか、あの感動の話においてこんな裏があったなんて。

それが分かってしまう現実の戦争なんて、やっぱりクソだ。

 

ネウロイとは何年も戦っているがまだまだ、こう気づかされる事があるなんて、

やはりワタシは、いいや、人類はネウロイについて未だ分かっていない所が多すぎる。

 

『・・・バルクホルン大尉、

 訓練を中止しなさい、全員の帰還を命じます』

 

基地からの無線でミーナの命令が来た。

「トゥルーデ」ではなく「バルクホルン大尉」と呼び掛けている辺り、事態の深刻さを重く受け止めているようだ。

 

「ミーナ、言い出しっぺのワタシが言うのもアレだが、

 ネウロイを直接見聞きしたわけでもなく、現段階では全て仮説にすぎないが」

 

『貴女を信用しているし、信頼しているわ。

 それに先ほどレーダーの担当者と確認したけど、

 トゥルーデの仮説に間違いはないし、理にかなっているのが分かったから』

 

『まあ、そう言うわけだバルクホルン。

 貴様なら兎も角、夜戦の経験がない宮藤には荷が重いし、状況が変わったからな。

 一度基地へ帰投して戦術の見直しを図った方が良い、そうミーナと判断したんだ』

 

こちらの確認に対してミーナと坂本少佐が答えた。

 

「妥当な判断です、少佐」

 

一度撤退せずに戦う。

という方法もたしかにある。

 

エイラの未来予知。

サーニャの魔導針。

主人公にしてメイン盾である宮藤。

 

最後に異世界TS転生者という歪な存在ながら、

ネウロイを張り倒す事に関しては3人よりも場数を多く経験し、

腕前もなかなかの物、世界の頂点まで来れたと、自負している自分。

 

この4人ならば戦う時間帯が昼でも夜でも最後はギリギリ何とかなるだろう。

 

だけど、

 

「あんまり、無理しないでね。

 夜間戦闘はカールスラント以降はしてないし」

 

エーリカがしてくれた助言に従おう。

空についてはエーリカの言葉は常に正しく、確かな物だから。

 

「聞いたな、皆。

 これより帰投する」

 

基地への帰還、と聞いて自分以外の一同がほっ、と安堵の表情を浮かべる。

 

「いやー、ミーナ中佐が話が分かる指揮官でよかったなー、宮藤」

 

「うん、月明かりがあるけど、

 夜に戦うなんて、私まだまだだし・・・」

 

エイラの軽口に対し、宮藤が同意する。

 

「なんたって、今夜も大尉やサーニャに手を握って貰わないと飛べなかったしナー、にひひ」

 

「うえぇ!

 い、今はそうですけど。

 その内一人で飛べるもん!!」

 

エイラの弄りに宮藤が頬を膨らませて抗議する。

柴犬の耳とか尻尾を威嚇している辺りが、かわいい・・・。

 

『はっははは、

 確かに今の宮藤では難しいが、

 その内できるようになるさ、私も含め、皆最初はそんなものさ』

 

と、少佐が元気よく言う。

 

『それにしても、バルクホルン。

 戦うだけでなく、技術面でも色々知っているし、それを実戦に生かせるとは、本当に凄いな!』

 

「勉強会に参加していただけですよ。

 それに、自分は試作機のテスト役をよくしているので、自然と色んな知識が増えた次第で」

 

基地への帰投ルートを飛びつつ答える。

『あの』大空のサムライに称賛されるなんて、少し気分が良く、笑みが溢れそうになる。

 

『うむ、人生は勉強だな!

 だが、バルクホルンは魔法少女を演じたことといい、

 軍隊生活が長い割に色々できるから、私も見習わなくてはな!!』

 

人生は勉強。

まったくその通りである。

異世界転生者であろうと学業、学問からは逃れられない。

 

ましてや近代の軍隊なんて学力がなければ、まず入れない。

ウィッチといえど学力が要求されるから、昔は勉強で四苦八苦して・・・・・・ん、んん?

 

「あー、少佐。

 そ、そのですね・・・魔法少女とは?」

 

嫌な予感しかしない単語について確認する。

身に覚えはあるけど、いや、まさか・・・。

よもや・・・あの姿と、あの演技がテレビ放送されたっ!?

 

「魔法少女?」

「なんだそりゃ?」

「バルクホルン大尉が演じた?」

 

魔法少女、などと言う単語を聞いて。

宮藤、エイラ、サーニャの頭上には疑問符が浮かんでいる。

 

しかし、他の隊員。

特に出撃前に目撃したペリーヌの大爆笑からして・・・。

 

『ん、ああ、それは・・・』

 

一瞬戸惑いつつも、坂本少佐が言葉を綴ろうとした時。

無線の音声に大きな雑音が急に発生し、数秒で基地との無線中継はできなくなってしまう。

 

そしてその変わりに別の「音」とメロディーが割り込んで来た。

 

「これ、サーニャちゃんの歌・・・」

「う、そ・・・」

「ネウロイがサーニャを知っているなんて、本当に大尉の予想通りだ・・・」

 

サーニャが普段から口ずさむ「歌」。

しかも父親が自分のために作ってくれた歌がよりにもよってネウロイが歌っている。

この事実は3人にとって衝撃が強すぎるのか、揃いも揃って顔を青くしている。

 

「全員、気を引き締めろ!

 ネウロイは我々を狙っている!

 エイラと宮藤は、目視で周囲を警戒!

 サーニャは魔導針で周囲を警戒するんだ、この場で迎撃する!」

 

指揮官として、そんな年下魔女たちを大声で叱咤激励する。

場数を踏んでいるエイラとサーニャは命令を聞いて、即座に任務に取り掛かった。

 

「き、基地まであと少しだし、このまま・・・」

 

「雲の下に飛び込めば、目視できずネウロイから一方的に撃たれるだけだ。

 よって、月明かりで目視できるこの場に踏みとどまり、少佐たちの援軍が来るまで持ちこたえる」

 

翻って宮藤は恐怖に震えていた。

新兵の異議申し立てに対して軍人として言葉を発する。

首を動かさず、視界の隅に入った宮藤の表情は『主人公』ではなく本当にただの『少女』だった。

 

「安心しろ、宮藤。

 ワタシが・・・私が必ず、宮藤を守る」

 

ただの『少女』だが、いずれ英雄であることを約束された『主人公』だ。

ワタシは必ずこの世界を変えてくれる宮藤芳佳を守るため、今日まで生きてきた。

 

これはワタシ、私だけが知る誓約。

誰も知らず、誰も理解できない誓約だ。

 

「あっ・・・!」

 

そんな時、サーニャの声か、宮藤の声か。

 

どちらかは判断できなかったが、

サーニャの魔導針が眩しく輝いたと思うと、

宮藤とサーニャのストライカーの魔道エンジンが唸り声を上げて急上昇した。

2人が上昇した刹那の時、地平線の彼方の雲の中からキラリと赤い光が見えると、光線が飛来してた。

 

「大尉!宮藤が!!」

 

血相を変えたエイラが叫ぶ。

だけど一瞬の出来事で、体が動くよりも先に悪い現実が先行する。

音よりも早く、幾条の雲を蒸発させながらネウロイの光線が2人に迫る。

 

「サーニャちゃん、危ない!!」

「えっ・・・!?宮藤さん!!?」

 

宮藤がサーニャを押しのけ、

代わりにネウロイの光線が直撃するコースへ躍り出る。

 

そして、得意のシールドを展開しようとするが、

シールドが完全に展開し終えるよりも先にネウロイの光線が直撃。

 

ストライカーの爆発と共に宮藤は墜落した。

 

 



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第41話「魔女たちの夜戦 下」

なんとか生きて投稿できました。


「あれ、・・・?」

 

宮藤の意識が覚醒する。

しかし、前後の記憶がはっきりしない。

どうやら柔らかい何かに抱かれているようで、無意識に顔を埋め、再度眠りに入ろうとしたが、

 

「・・・気づいたかっ!宮藤、宮藤!!」

 

「あれ、あれ・・・?

 バルク、ホルン、さん?」

 

扶桑語で話しかけられ、宮藤の意識が完全に覚醒した。

 

「ね、ネウロイ!ネウロイは!?

 それに、私、確かサーニャちゃんを庇って撃墜されて・・・」

 

そして全てを思い出す。

夜間哨戒の最中に受けたネウロイの攻撃。

シールドの展開が間に合わず、視界の隅まで光線の光で満たされたところまで全てを思い出した。

 

「ワタシが拾ったんだ。

 宮藤のストライカーユニットは全損、今は素足で武器も紛失。

 ワタシ自身も救助を優先したからMG42を2丁放棄・・・始末書ものだな。

 ああ、それとネウロイなら背後でストーキングしている、しかも現在進行形でな」

 

バルクホルンの語りを聞いた宮藤が首だけ動かして背後を確認する。

僅かに月明かりで照らされる灰色の雲の中、見えるものなどない、そのはずだ。

 

だが、見えた。

巨大な黒い輪郭が赤い灯火を照らしつつ追従していた。

時おり、黒板を引っ掻いたような不愉快極まる音が響いている。

 

ネウロイに追跡されている。

宮藤が理解した時、感情が激しく揺れ動きそうになったが、

 

「安心しろ。

 ワタシが何が何でも守って見せるし、

 怖いなら抱きつくんだ、それなら少しは気が紛れる」

 

どことなく、男性的な響きを含んだ声で優しくバルクホルンが語りかけた。

 

「あ、はい・・・じゃあ、遠慮なく」

 

言われておずおずと、腰に手を回して抱きしめ、顔をバルクホルンの双丘の狭間に埋める。

弾力と張り、それと吸いこんだ甘い香りと体温が心地よい。

 

「気持ちいいし、何だかほっとする・・・」

 

宮藤は思った事をつい口走った。

 

「・・・そうか、まあできれば、

 あまり動かないでいてくれないか?くすぐったくなるから」

 

どこか陽気に語る言葉と余裕のある口ぶりに宮藤は落ち着きを取り戻すと共に、

 

(なんだか詩人が雲を眺めて詩の文句をねっているみたい・・・)

 

そう内心で思い、バルクホルンさんは私と違って本当の兵隊さん、軍人さんなんだ。

と、宮藤は改めて尊敬をする。

 

「あのネウロイは賢い。

 こちらが雲の中から急いで出ようとすると上から覆い被さるような機動をして来たんだ。

 どうやら『ウィッチは視界不良な雲の中での戦闘は苦手』というのを理解しているようだ。

 だから今は距離を保ち、時計回りでゆっくりと旋回しつつ上昇しているところなんだ・・・」

 

ネウロイに気づいた素振りは見えていない。

賢い、と言ってもワタシはもっと賢いようだ、とバルクホルンが笑いつつ言った。

 

(本当に、バルクホルンさんは凄い人なんだ)

 

宮藤が尊敬の念を更に深め、顔を見上げるが・・・。

 

「え・・・?」

「・・・ん、宮藤?どうした」

 

声は何時もと変わらない。

綺麗で流暢な扶桑語で宮藤に語りかけている。

優しくも、どことなく男性的な響きを含んだ声でバルクホルンが語っている。

 

だが気配はまったく違っていた。

殺気や剣気といった分かりやすい気配ではない。

顔にこれといった喜怒哀楽の感情表現が現れておらず、普通の表情のままだ。

 

しかし、眼だけは違う。

言語化できないある種、狂信、狂気が宿っていた。

瞳は宮藤を見ていながら、宮藤でない『誰か』を見出していた。

 

そこにいたのは「バルクホルンさん」ではなく、

小さい時、母親から寝物語で聞いた人の形をしていながら、人でない『化け物』のようだった。

 

「なんでも、ないです・・・」

 

誤魔化すようにバルクホルンの胸に顔を沈める。

「色よし、張りよし、バルクホルン」とエイラが評したように、

張りがある胸の感触は楽しく、嬉しいはずだが、今はそうした気分になれなかった。

 

それよりも、命の恩人に対して恐怖を抱いてしまった事、

一瞬でも『化け物』なんて言葉を連想してしまった自分に対して自己嫌悪に陥った。

 

「・・・そうか?まあ、それよりも。そろそろ頃合いか・・」

 

バルクホルンが上を見上げる。

つられて宮藤も顔を上げるが相変わらず視界は悪い。

時おり見える月以外は何も見えない。

 

「頃合いって、何ですか?」

 

質問を口にする。

 

「簡単な話だよ、宮藤。

 サーニャとエイラが脱出の援護をそろそろしてくるはずだ。

 何せ、サーニャからすれば雲による視界の障壁なんて関係ない。

 しかも側には未来予知の固有魔法を有するエイラもいる。

 だから2人なら、我々が視界不良な雲の中にいても誤射を気にせず、脱出の援護射撃することができる」

 

「あっ・・・!!」

 

言われてみれば筋道が通った理屈である。

ネウロイに追われていることで頭が一杯だった宮藤には思いつかない発想である。

 

「ネウロイが複雑な機動をしていたら難しかったかもしれない。

 しかし、今はワタシ達を追跡して単調な旋回機動を続けている。

 ああ見えて実戦経験が豊富な2人は必ずこの機会を逃さな――――来たな」

 

突然数条のミサイルが話に割り込んで来た。

正面上方から降ってきたミサイルは追跡していたネウロイに向かって直進する。

 

ネウロイは慌てて急旋回して回避を試みるが、

かえって「的の方から近づく」ような結果となってしまい全弾直撃してしまう。

 

「動くぞ、しっかり掴まっているんだ。

 何せこのTa152は零戦よりずっと速いんだ」

 

そう言いつつバルクホルンが宮藤をしっかり抱きしめる。

別名、究極のレシプロストライカーとも言われているTa152は固有魔法を使用しなければ、

という条件付きならばスピード自慢のシャーリーすらも上回る速度と加速性能を誇る優れたストライカーユニットであった。

 

最大速度は時速760キロ。

対して宮藤が使用している零式艦上戦闘脚二二型甲は時速540キロ、実に200キロも差がある。

 

戦局を覆すと噂されているジェットストライカーユニットは、

魔道エンジンの耐久性と信頼性でTa152のユモ213魔道エンジンに劣っており、

対抗馬となりうるノースリベリオンXP51Gは試作以前に1944年の時点では未だ影も形もない青写真に過ぎず、

マフィアのラッキー・ルチアーノがジーナ・プレディを拉致監禁し、軍に採用を推薦するよう脅迫している最中であった。

 

つまり1944年の時点においてTa152に匹敵するストライカーユニットはどこにもなかった。

 

「わぁ!?」

 

上昇、そして急加速。

零戦では絶対に体験できない速度の世界に宮藤が動転する。

 

機械駆動式過給機にたっぷり酸素を吸い込ませ、パワー・ブーストを全力全開で始動。

排気ノズルからからは炎が噴き出し、光跡が雲海から駆け上がる流星のごとく尾を引く。

 

ウィッチが逃げたのに気付いたネウロイがビームを放つが、

狙いすましたかのようにフリーガーハマーの斉射を追加で受けてしまう。

直撃と同時にネウロイが吠える声が轟く、それはもはやむき出しの暴力的な音声だった。

 

そのネウロイの声を無視する形で、宮藤を抱えたバルクホルンが上へ、上へと昇り続ける。

徐々に雲が薄くなり、月明かりが強くなる中、とうとう雲の中から飛び出した。

 

『大尉が出た!

 しかも、宮藤も無事だ!やったなサーニャ!』

 

『うん!』

 

バルクホルンが雲から抜け出したのを確認したエイラとサーニャが歓喜の声を挙げる。

一定以上ネウロイにダメージを与えたお陰か、無線が回復している。

 

だが、安堵する余韻はなかった。

バルクホルンの後を追いかけるように、ネウロイもまた雲海から飛び出してきた。

 

「お前はこっち来んナ!!」

 

撃ち尽くしたフリーガーハマーからMG42に持ち替えたエイラが罵倒と共に鉛玉の嵐を降らせる。

しかし、ネウロイは正面から銃撃を浴びせられてもひるまず、突撃を続けている。

 

「サーニャ!」

「エイラ!」

 

サーニャがエイラの腕を掴んで回避行動をする。

直後、2人がいた空域に光線が通り過ぎ、雲が蒸発する。

何をすべきか、何をなすべきか、言わなくても2人の間では全て理解できていた。

 

「くっそ、あのネウロイ。

 散々サーニャのフリーガーハマーの斉射を受けて、まだ動けるのカヨ・・・」

 

未だ撃墜に至らぬネウロイを目視したエイラが愚痴を零す。

これまでの経験からすれば、既に撃墜できる程度に打撃を与えているはずである。

 

「そうでもないぞ、エイラ。

 あのネウロイ、かなり損傷を受けている。

 現に先ほどまであった無線妨害が止んでいる」

 

「お、大尉っ・・・!?

 っう、うん、無事でよかったナ!」

 

「何、2人のお陰さ」

 

エイラ達と合流したバルクホルンが語りかける。

改めて無事を確認できたエイラが喜ぶが、見たこともない威圧感を纏ったバルクホルンに戸惑う。

 

「さて、サーニャ、フリーガーハマーは弾切れで間違いないな?

 間違いなければ、済まないが宮藤を代わりに預かってくれないか?

 見ての通り、ストライカーユニットがない上に武器も落してしまったんだ」

 

「え、あ、はい・・・分かりました」

 

口調こそ丁寧で柔らかい物腰だが、

眼だけはギラギラと歪な輝きを見せるバルクホルンにサーニャは胸騒ぎを感じる。

 

「では、頼む。

 宮藤を守るんだ、サーニャ」

 

バルクホルンが腋に抱えていた宮藤を差し出す。

サーニャとの会話で普段と変わらぬ態度と表情、理性を保っている。

 

「はい、・・・」

 

いや、保っているからこそ、

狂信と理性が同居しているバルクホルンに対しサーニャは動揺し、

自分よりもずっと強いウィッチが見せた心の闇を深く追求しなかった。

 

「あ、あの。

 バルクホルンさん、私、ずっと足を引っ張って・・・」

 

「心配するな、宮藤。

 年下を守るのは年長者の役割であり、

 宮藤芳佳を何が何でも守り抜くのがワタシの役割だからな」

 

サーニャの腕の中で小さくなっている宮藤が謝罪を口にするが、バルクホルンが安心させるように励ます。

だが、少し考えれば「何が何でも守り抜く」とまで言い切る態度に違和感を覚えたはずだ。

何故ならバルクホルンの言葉に含まれた想いは、重過ぎるほど想いが込められていたからだ。

 

もっとも、この事実について誰も気づいていなかったが・・・。

 

「さて、始めるとするか・・・エイラは援護を頼む」

 

「・・・んなっ!?

 大尉も武器なんて護身用の拳銃しかないんじゃな!!」

 

返答を待たずにバルクホルンがネウロイに突撃を開始してエイラが慌てる。

宮藤の救出を優先したため、機関銃を破棄したバルクホルンに残された武器は豆鉄砲な拳銃だけ。

それにも関わらずネウロイに突撃したバルクホルンに対しエイラが慌てている。

 

同じようにネウロイも慌てているのか、

即座に始めたエイラの牽制射撃もあって対応が遅い。

光線を放つ暇もなく、バルクホルンの拳が届く距離まで肉薄されてしまう。

 

「狩りの時間だ」

 

バルクホルンがある種暗示、

それと験担ぎの意味を込めて呟くと、

左手に手にした予備の銃身を渾身の力を込めてネウロイに突き刺した。

 

「■■■■――――!!!??」

 

ネウロイの悲鳴と轟音が鳴り響く。

バルクホルンの固有魔法は怪力系、

ゆえに突き刺す、というより殴り刺すような重い一撃が突き刺さる。

衝撃で全身に割れ目、裂け目が生え、破片が周囲に飛び散る。

 

しかし、それでもネウロイは未だ其処にあった。

破壊された部位の修復もできぬほど弱っていたが、

大型ネウロイだけあって、耐久力は兎に角しぶとかった。

 

「意外と固いな・・・まあ、いい。ゲルトルートの狩りを知るがよい」

 

バルクホルンが拳を振り上げ、

まるで杭打ちハンマーのような勢いで突き刺した銃身を殴った。

 

再度、響き渡る轟音。

ネウロイの体内に銃身が突っ込んで征く。

体内を破壊しつつ、奥の奥まで突き進む。

やがて最深部に鎮座していたコアをも破壊した。

 

「ネウロイの反応・・・っ消滅しました!」

「・・・素手で殴ってネウロイを仕留めるナンテ、マジで姉ちゃんみたいダナ・・・」

 

魔導針でネウロイが爆裂四散したのを確認したサーニャが叫び、

対して目視で確認したエイラが故郷の言葉で破天荒な身内を回想する。

 

「バルクホルンさん!

 バルクホルンさんは大丈夫なの!サーニャちゃん!!」

 

サーニャの腕の中にいる宮藤が大声で騒ぐ。

数分前に生死の境目を経験したせいで、不安定な感情を処理しきれていなかった。

 

「大丈夫だよ、芳佳ちゃん」

 

サーニャが宮藤を胸に抱き締め、

慈母のごとく心優しい笑みを浮かべる。

 

「バルクホルン大尉は大丈夫だから、ほら」

 

視線の先には五体満足、変わらぬ姿のバルクホルンがおり、

 

「皆、待たせたな――――ただいま」

 

エイラ、サーニャ、宮藤の3人に対して軽く敬礼した。

 

 

 

◇   ◇   ◇

 

 

 

「おい?・・・大尉、怪我してるじゃないか!」

 

勝利の余韻に浸っている最中。宮藤、サーニャ、エイラの3人の中で、

実戦経験が豊富なエイラが真っ先にバルクホルンの怪我に気づいた。

 

「ん、ああ。

 ネウロイを殴った時、

 飛び散った破片で切ったみたいだな」

 

指摘されたバルクホルンは額から血が流れていたが、何ともないように答える。

 

「痛く、ないのですか?」

 

サーニャが心底心配そうに言う。

 

「正直に告白すると少し痛い、

 でもまあ、墜落して骨折したり、

 焼けた銃身で無理矢理止血した時と比べればずっと痛くないな・・・うふ」

 

散歩でもいくような口ぶりでバルクホルンが語る。

が、語られる内容は重く、醸し出す気配は異様であった。

 

「・・・バルクホルンさん!

 少し、私の方に来てくれませんか?」

 

血に酔った獣のような気配を及びたバルクホルンに対し、宮藤が唐突に叫んだ。

 

「・・・構わないが?」

 

バルクホルンが首を傾げる。

だが、特に断る理由もないでサーニャにお姫様抱っこされている宮藤の傍に寄り――――。

 

「バルクホルンさん・・・えいっ」

 

顔を掴まれ、額の切り傷を舐められた。

 

「芳佳ちゃん!?」

「ふぉお、宮藤。オマエ大胆だな!」

 

その場に居合わせたサーニャ、エイラが驚きの反応を示す。

 

「・・・!!!???!!!」

 

バルクホルンは宮藤に何をされているのか理解するのに時間がかかった。

しかし「傷を舐められている」のを理解した時、驚愕と羞恥心が混ざった悲鳴の声を漏らし、

 

「いや、何故ここで傷を舐める。

 という選択肢を選ぶんだ、宮藤!

 ごく普通に治癒魔法を掛けてしまえばいいだけじゃないか!」

 

常識的な突っ込みを入れた。

 

「だって、さっきまでのバルクホルンさんを治療するなら、これが一番だと思ったんです」

 

「な、はあああ、いや、どういう理屈だ?

 待て、だが、、まあ・・・そう、かもな」

 

自信満々に言う宮藤に対してバルクホルンが赤面する。

自分でも先ほどまで冷静、とは言いがたい状態であったのを自覚していたので、反論する言葉が思い付かなかった。

 

「えへへ、それにバルクホルンさんみたいな優しい人なら、

 女の子同士でもちっともイヤな気持ちにはならないですよ」

 

「え、ちょ、まっ!?」

 

聞きようによっては非常に危ない内容に、バルクホルンは動揺する。

獣のような殺意や威圧感がなくなり「戻って来た」

 

「モテモテだなー大尉、ひゅーひゅー!」

「ワタシをそんな目で見んなぁ!!」

 

「普段」のバルクホルンに戻ったのを確認したエイラが早速からかう。

弄られた側の人間は大声でわめく以外で対抗手段がなかった。

 

「芳佳ちゃんはとっても優しいのね」

「えへへ、それほどでも」

 

宮藤、バルクホルンのやり取りを見届けていたサーニャが口を開く。

ほめられた宮藤は、高ぶった気持ちの後押しを受けてネウロイのせいで言えなかったことを、ようやく口にした。

 

「あのね、今日は、実は今日は私の誕生日なんだ!」

「!・・・そう、なの、」

 

神の悪戯、としか言い様のない偶然にサーニャは大きく目を見開く。

 

「んふふふ、サーニャと同じだな」

「え・・・え、ええ?」

 

「知っている」エイラはニヤニヤと笑みを浮かべる。

何を指摘しているのか話題の渦中にある宮藤は即座に気づいた。

 

「え、嘘!私、サーニャちゃんと誕生日が同じなの!

 す、すっごいよ!誕生日が同じ人なんて初めて、本当に凄い奇跡だよ!」

 

誕生日が同じことを知った宮藤が興奮してはしゃぐ。

 

「・・・2人とも、誕生日おめでとう」

「はい、ありがとうございます!バルクホルンさん!」

「Спасибо、バルクホルン大尉・・・」

 

実はあと1人、同じ誕生日なウィッチがいるのを知るバルクホルンが祝福する。

 

歳を重ねる事を素直に喜べる、

ウィッチとして未だ若いがゆえに享受できる恩恵。

対して自分は今年で18歳、ウィッチとして「あと2年」しか戦えず、

最早年を重ねることが時限爆弾のように感じつつあったので――――嫉妬の感情が芽生えたが完璧に隠し、祝う。

 

「おい、この音楽っ・・・!!」

「嘘、またサーニャちゃんの歌、もしかしてまたネウロイ!!?」

 

インカムからまたもやサーニャの「歌」のメロディーが聞こえてくる。

エイラと宮藤は狼狽するが「覚えていた」サーニャは違った。

 

「お父様の・・・ピアノ、」

 

金属を擦り付け、無理やり奏でていたネウロイの音律とはまったく違う。

上品な、そして優しさを秘めたピアノの音色は間違いなく人が奏でる音楽だった。

 

「どうやら、サーニャの誕生日を祝ってくれる人は我々だけでないらしい・・・よかったな」

 

「知っていた」バルクホルンはサーニャと違って実の親兄弟姉妹、

育ててくれた義兄の両親、義姉、その悉くを亡くしたが故に黒い感情が渦巻くが、理性で抑える。

 

そして、皆が普段から目にして求めている役者。

「ゲルトルート・バルクホルン大尉」として二回目となる祝福の言葉を捧げた。



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幕間の魔女
幕間の魔女「勇敢な魔女たち語りけり」


拙者「成層圏気流」で雲の中から駆け上がるTa152のシーンが大好き侍。



1944年8月某日 サンクトペテルブルク 第502基地 司令官室

 

 

「やれやれ、どうして書類仕事ばかりなんだ?

 こうも座っているばかりでは腰だけでなく指も痛んでしまうな・・・」

 

机の上に溜まった書類の山と格闘しているグンドュラ・ラル少佐が独り言を言う。

明らかに統合戦闘航空団の長として処理すべき量を超越しており、酷使した指のマッサージをする。

 

「出世したからでしょ?

 だから僕は万年中尉で在ることを選んだんだよねー」

 

「へー大変だな、隊長職って」

 

「頑張ってねー隊長」

 

今日は何故か司令官室でたむろしている502部隊の問題児3人。

ヴァルトルート・クルピンスキー中尉、管野直枝少尉、ニッカ・エドワーディン・カタヤイネン曹長。

 

以上3名が怪我を抱えている上司の独り言を切っ掛けに上司に対して休憩を促した上で、

お茶や珈琲の給仕を申し出るような気遣いなどせずあれこれ勝手な事を言っていた。

 

「・・・貴女たちねえ」

 

傍にいたエディータ・ロスマン曹長は問題児たちの言動に思わず頭を抱える。

誰もが勇猛果敢なウィッチで在ることは知っているが行動や言動がアレな傾向。

すなわち、世渡りに必要な礼儀作法について壊滅的であることをロスマンは再確認する。

 

「それは第501向けの機材。

 バルクホルン大尉のユニットをこっそり横取りした隊長の自業自得では?

 ノイエ・カールスラントの技術省、航空省、それと参謀本部から抗議が来ましたね。

 最新鋭の機材がよりにもよって『ブレイク』ウィッチーズが受領しているとは何事か、と」

 

 

アレクサンドラ・イワーノヴナ・ポクルイーシキン大尉がラル少佐へ粘りつくような視線を向ける。

 

この隊長がどこで学んだかは知らないが、

隙あらばあの手この手で違う部隊の補給物資を盗む技術は正しく達人、と言ってもよい。

 

ポクルイーシキン大尉、

もといサーシャはその事についてはむしろ責めない。

補給がなかなか来ない以上、戦場で生き残るためにはやむ得ないと考えている。

 

しかし今回は違った。

何時ものようにミーナから第501部隊向けの補給物資を盗んだは良いが、

盗んだ代物が未だ試験段階の実質バルクホルン大尉個人向けのユニットだったせいで誤魔化せず関係各所に露見。

 

結果、色々大変な事になり、

山のような始末書の提出と関係各所への詫び状やら何やらの提出が求められて今に至る。

 

それにしてもブレイブウィッチーズ、すなわち「勇敢な魔女たち」ではなく、

『ブレイク』ウィッチーズ、「壊し屋な魔女たち」と言われる辺りがこの部隊の評価を示している・・・。

 

「・・・流石に試験段階の最新鋭の機材を横取りすると事が大きくなりすぎるし、

 関係各所から責め立てられるし、恨まれてしまうな・・・うん、いい勉強になったな」

 

媚びない、退かない、省みない。

そんな単語を地で行く発言をラル少佐は口にする。

 

「自重してくださいね、色々大変だったんですから・・・」

 

「努力しよう。

 歌手を目指していたから声は美しいが『山賊航空団』

『盗賊航空団』などなどミーナの想像力豊かな語彙表現は聞き飽きたからな」

 

サーシャが懇願するがラル少佐に反省の色は見られない。

しかし、それにしても物は言い様と言うが家族同然な親友の機材を盗まれ、

怒り狂ったミーナの罵倒を「想像力豊かな語彙表現」などと言ってのける辺り神経が図太い。

 

とはいえ、補給が常に厳しいオラーシャの戦線。

カールスラント風に表現すると東部戦線では誰それの補給をガメるガメられるなど日常茶飯事であった。

 

「だが、Ta152の履き心地は最高だっただろ?」

 

表情を変えずにラル少佐が共犯者達へ問う。

ゲルトルート・バルクホルンという異世界TS転生者が意識、

無意識にこのストライクウィッチーズの世界へ干渉を続けた結果誕生した、

 

【史実】において究極レシプロ戦闘機と言われた存在ーーーーTa152の感想について部下たちに求めた。

 

「・・・まあ、そうですけど」

 

ラル少佐の問いかけに消極的だが賛同を示すサーシャ。

 

「あの加速力と操作の良さはいいよねー、直ちゃん」

 

以前一度人様のユニットを壊した前科者だが、

今回は奇跡的に壊さなかったクルピンスキーが称賛する。

 

「オレは扶桑のユニットの方が好みだけど、悪くなかったな」

 

「旋回性能も意外と悪くなかったし」と頷く管野。

 

「カールスラント製のは相変わらず、すごいよね!」

「あのタンク博士が設計しただけあって、なかなか良いユニットでしたね」

 

すっかりTa152に魅了されたニパとロスマンが絶賛する。

 

そう、第501部隊へ返却する前に新しい玩具。

もとい噂に聞くTa152を試着して使い回していたブレイクウィッチーズであった。

やはりミーナが罵倒したように山賊、あるいは盗賊航空団と改名すべきであるかもしれない・・・。

 

「しっかし、バルクホルン大尉って奴は羨ましいなー。

 あんな最新型のユニットを貰えるなんて・・・ウチの部隊とはえらい違いだ、上官が駄目なのか?」

 

「その部隊の上官が目の前にいるにも関わらずにか、いい度胸だな」

 

管野の呟きにラル少佐が突っ込みを入れる。

通常なら上官侮辱罪で拘置所行き確定であるが、

荒くれ者がいる第502部隊は上官を上官と思わぬ気風がすっかり根付いていた。

 

しかし、それでも精鋭部隊として一致団結してネウロイと戦える辺りが、

第501部隊のミーナとはやり方は違うがグンドュラ・ラル少佐の指揮運営能力の高さが伺える。

 

「バルクホルンはヤクザ者な僕らと違って、昔から真面目な方だからねー」

 

「はぁ!?お前と一緒にするな!!

 俺は何時だってネウロイに対して真剣勝負で挑んでいるぞ!!」

 

「そうだよ!伯爵と一緒にしないでほしいな!」

 

偽伯爵、もといクルピンスキーの言葉に壊し屋ウイッチ2名が反発する。

 

なお外野から見れば五十歩百歩。

すなわち3人とも果敢精神は良いが、

普段の行動に問題がありすぎるヤクザ者に違いや差異などない。

 

「ん?昔からって、事は・・・。

 もしかしてバルクホルン大尉の事を知っているのか?」

 

「知っているも何も、私たちと同じJG52。

 第52戦闘航空団に所属していたから知っているわよ」

 

菅野の気づきにロスマンが答える。

室内全員分のお茶を用意したようでお盆を手にしている。

 

「そうそう、懐かしいねー。

 出会って間もなくのバルクホルンは僕と同じ第6中隊所属だけど、

 内気なせいかよく仲が良かった第2中隊のヨハンナと一緒にいたなぁ。

 あ、先生先生ー、僕は出来れば先生自身のミルクを飲みたい・・・うぁ!?」

 

クルピンスキーが口にした冗談への返答には脳天へ振り下ろされた灰皿であった。

 

「ちっ、外したか・・・」

 

灰皿を振り下ろしたロスマンが舌打ちする。

割と本気であったのが目つきを見れば明らかであった。

 

「・・・オホン、話を戻そうか。

 ともかく昔はそんな内気なバルクホルンは筋肉馬鹿な今と違い可愛かった、うん。

 カールスラントの北部カイザーベルク出身なせいか僕と違って肌が意外と白かったし。

 し・か・も肌の感触とか敏感で結構可愛い声を出してさ・・・あれは良かった、実に良かった。

 でも、僕が攻略しようにも本人のガードが固かったのと、ヨハンナがあれこれ邪魔をしたなぁ。

 だからお酒を飲ませて酔わせ・・・すみません、先生。謝るから灰皿を投げるような仕草は止めてください」

 

再度話が脱線しそうになるが、

偽伯爵一番の弱点であるロスマンが無言で灰皿を投げる仕草を始めた事で本筋に戻る。

 

「内気ぃ?偶に出てくるニュース映画とかでは自信満々。

 というか、声とか結構伯爵より貴族らしくハッキリと話しているけどなぁ・・・?

 しかも相当な撃墜数を稼いでいるんだろ、隣に座っている伯爵のホラ話じゃないのか?」

 

「カンノの言うとおりかも、

 ワタシと違って視線とかしっかり前を向いていたし。

 どうせ偽伯爵閣下がしている何時もの大ぼらでしょ、分かるし」

 

「昔からそんな事をしてたんですか?

 ・・・はぁ、バルクホルン大尉も災難ですね、こんなのに絡まれて」

 

菅野と二パ、さらにサーシャが容赦ない判断を下す。

クルピンスキーへの扱いと信頼の無さが実によく分かる。

 

「『今日の』クルピンスキーが言っている事は事実よ。

 非常に、ええ、非常に忌々しいことに事実なのよね、事実。

 それとヨハンナ・・・ヨハンナ・ウィーゼ大尉とはお揃いの軍服を仕立てる程度に仲が良かったわ。

 今でもお互い離れていても、その時の軍服とデザインを変えていないし、連絡を取り合っているそうよ」

 

ロスマンが『今日の』と一言追加することで普段はウソつきであることを一層強調する。

しかし、それ以外の話においてはどこか優しさと過去への懐かしさを帯びていた。

 

「へぇー、なんかいいな、それ」

 

ヨハンナの話を聞いた菅野は素直に感心する。

常に一匹狼を貫いてきた自分とはまるで逆だが、

そうしたあり方については文学少女として何か思うところがあったのだろう。

 

「羨ましい?羨ましいでしょ?

 だから僕のおっぱいを揉んで元気出そうね、直ちゃん」

 

「なんでそんな発想が生まれるんだよ!!

 馬鹿かテメー!!いい加減にしないと殴るぞこの野郎!!」 

 

クルピンスキーの下ネタトークに菅野が激高する。

 

「え、だって。

 何時もは直ちゃんが揉まれる方だし、

 偶には揉まれる側になろうかな、って思っただけのに・・・」

 

「殺すぞ」

 

菅野がドスを利かせた低い声でクルピンスキーを睨む。

年も背もこの部屋にいるウィッチの中でも一番低いが湧き出る殺気は本物である。

大の大人でもこの殺意に当てられれば怯むことは間違いないが、クルピンスキーの様子は相変わらずである。

 

流石オラーシャ戦線を生き抜いたエースと称賛すべきなのだろうが、

人間としてはいい加減な極みでありながらも、空戦技術は部隊でもトップクラスな辺り世の中の理不尽である。

 

「相変わらず騒がしいな、お前たちは・・・。

 このままだとクルピンスキーが延々と話を脱線しかねないので、代わりに私が話そう。

 ゲルトルート・バルクホルンは強い、というよりも非常にタフで辛抱強いウィッチというべきだろうな」

 

「強いんじゃなくて、タフ?

 ワタシみたいに回復系の固有魔法があるの?」

 

二パが首を傾げる。

 

「そういう意味ではない。

 例えるならば同じランナーでも、

 お前たちが100メートル走の短距離ランナーに対して、

 バルクホルンは42キロの長距離を延々と走るランナーなんだ」

 

ラル少佐が断言する。

しかしバルクホルンを知らない聞き手達は頭上に「?」を浮かべている。

これを見てロスマンが「コホン」と咳をしてから補足する。

 

「純粋な空戦技術ではフラウ・・・。

 ハルトマンに劣り、射撃センスはマルセイユに劣る。

 だから出撃して一度に得られる戦果も2人よりも劣る。

 けど、2人よりも体が丈夫だから継戦能力が高く、連続出撃に耐えられる。

 そして目先の戦果や仲間の派手な功績に焦らず、

 毎日地道に少しづつ撃墜数を増やしてゆく我慢強さがあったわ」

 

「目先の戦果や功績に焦って、

 ユニットを毎回毎回破壊している誰それとは大違いですね!」

 

ロスマンの回想に対してサーシャが大声でバルクホルンを称賛する。

特に競い合うように機材を破壊するこの部隊の問題児3人を睨みつつ。

 

「うん、確かにそうだったね、

 今のバルクホルンは知らないけど、あの頃はそうだった。

 北アフリカでマルセイユが成し遂げた1日に17機撃墜といった派手さはなかったけど、

 1機、2機と毎日継続して少しずつ確実にスコアを稼いでいたよね・・・」

 

サーシャに睨まれ、

気まずそうに顔をそらしつつも過去を回想するクルピンスキー。

塵も積もればなんとやらで、バルクホルンの撃墜スコアは今や上から数えた方が早い。

 

「そうした慌てず、焦らず、戦うスタイルだから生き残れたかもね。

 あの当時・・・僕よりもずっと上手で、ずっと経験があったウィッチは山ほどいた。

 けどあの戦いの最中、技量や経験、そして才能なんて関係なかった。

 どんなに優れた戦果や功績を挙げても、肉体や精神が駄目になったウィッチから真っ先に死んでいった」

 

そしてかつての戦友を契機に、

脳裏の奥底に眠っていた悪夢のような記憶が蘇り、

クルピンスキーは1939年のカールスラント本土での戦いを言葉にして吐き出す。

 

「一度の出撃で未帰還率3割。

 なんてこともあったな、出撃3回で未帰還率7割だ」

 

「み、未帰還率3割だなんて・・・。

 そんな事、スオムスでなってたらウィッチが全滅しちゃうよ!?」

 

ラル少佐が口にした内容に二パが悲鳴を上げる。

小国スオムスではただでさえ人口が少なく、

ウィッチはさらに貴重で少なく、ましてや空を飛べるウィッチはもっと少ない。

 

「国を失うような戦いとは、そういう物よ・・・。

 第51戦闘航空団なんて3週間で部隊の半分はいなくなっていたわ」

 

「まじかよ・・・」

 

「それは・・・」

 

暗い表情を浮かべたロスマンの語り口に菅野とサーシャが言葉を失う。

現在戦っているオラーシャ戦線も激戦であるが、それに劣らぬ激しい戦いであったのを知る。

 

「だからバルクホルンは目先の戦果よりも、生きて長期的に戦い続ける手段を模索していた。

 中隊長として部下を指揮するようになった時は、私と共に部下を如何にして生還させるかを議論したな。

 そしてハルトマンとマルセイユが来た以降は2人の援護と2人が生き残る方に重点を置いていたーーーー死なせないために」

 

「ええ、そうね。

 だからあの2人を守ってネウロイに撃墜され、

 体のあちこちに傷が出来てしまって・・・」

 

「自分は体が丈夫、

 と言っても無茶して皆を心配させたよね。

 特に妹さんを亡くしてからは一時期酷かった・・・」

 

ラル少佐、ロスマン、クルピンスキーの順でバルクホルンについて回想する。

外野を放置して語り合う様子に事情を知らないオラーシャ人、スオムス人、扶桑人は困惑と共に見守っている。

 

彼女らの肉体は1944年にあるが意識と精神は3人が共有する記憶、

あのカールスラント本土防衛戦、あるいは決戦の世界へと飛んでいたのだろう・・・。

 

「あ、あのさー。

 さっき「ハルトマン」と「マルセイユ」の

 名前が出てたけど・・・もしかして『あの』2人?」

 

カールスラントのエースウィッチ達がら出る重苦しい空気。

これを振り払うかのように、ニパがおずおずとながらも質問する。

予想が正しければ人類最強のウィッチが2人同時にバルクホルンの元に居たことになる。

 

「そうよ、貴女が言う『あの』2人で間違いないわ」

 

「やっぱり!あのエースが2人一緒いたなんて!

 あのエース達を指揮していたバルクホルン大尉って凄いなぁ!」

 

「・・・驚きました、

 同じ52戦闘航空団にいたのは知ってましたけど、まさか同じ中隊に所属していたなんて」

 

「撃墜数を気にしない俺でも知っている、スゲー奴じゃねーか!」

 

ロスマンの回答に対してニパとサーシャ、さらに管野が驚く。

彼女らからすれば世界的エースが供に肩を並べていた事実に興奮しているのだろう。

この若手ウィッチ達の素直な反応に昔を知るカールスラント人達は苦笑する。

 

「いやいや、あの当時2人はまだまだ新人。

 バルクホルンは自分より遥かに才能があると断言してたけど、

 まさかまさか、あそこまで大成するなんて僕は思わなかったよ」

 

苦笑と供にそう語るクルピンスキー。

 

「フラウ・・・。

 エーリカ・ハルトマンの初陣なんて・・・ふふふ。

 私をネウロイと勘違いして逃げ回った挙げ句、燃料切れで墜落したわね、ふふ」

 

長機としてエーリカの面倒を見てきたロスマンが懐かしそうに語る。

 

 

「マルセイユに至っては軍規と階級を気にしない性格がじゃじゃ馬なクソガキ。

 しかも自分よりも遥かに才能があるせいで、バルクホルンはかなり苦労していたな」

 

バルクホルンから指揮官としてのコツを何度も相談を受けたラル少佐が言う。

 

「い、意外ですね。

 あのエース達がそうだったなんて・・・」

 

「先生をネウロイと勘違いして逃げたなんて・・・」

 

昔を知る仲間から暴露された人類最強と言われるエースの真実。

その思いもよらぬ姿についてサーシャとニパが驚いたり、驚愕する。

まさか新人時代の自分達と同じか、それ以上の失点をしていたとは思いもよらなかったのだろう。

 

「・・・バルクホルンって奴はオレとは全然違うタイプのウィッチだな」

 

黙って話を聞いていた管野がボソッと呟く。

 

「失望した、直ちゃん?

 ハルトマンとマルセイユの真実の姿、それとバルクホルンに?」

 

クルピンスキーが試すように、

挑発するように管野に質問を投げる。

 

「馬鹿言うなよ。

 全然そんなことはない。

 それで今日まで生き残って世界でもトップクラスなんだろ? 

 オレの知らない世の中の広さって奴を感じたし、なによりもーーーー」

 

間を置いて管野は言葉を発する。

 

「お前の戦友。

 バルクホルンはスゲー頑張っている奴だな。

 会えるんだったら一度会ってみたいと思ったぜ!」

 

「ーーーーーーーーー」

 

真剣に、迷いもなく、嘘偽りない告白。

我が強く、戦い方は狂犬のような猛々しさを発揮する。

そんな極東からやって来たウィッチの絶賛にクルピンスキーは言葉を失う。

 

「・・・うん、そうだね。

 会えるんだったら僕も、もう一度会いたいな・・・」

 

様々な感情が内心で混ざっているのを隠しつつクルピンスキーが思った事を口にする。

 

「会えた時、直ちゃんの事バルクホルンに紹介するね」

 

「おう、その時は頼むぜ!

 だが変な事言うんじゃねーぞ!」

 

菅野の太陽のような笑顔。

人種は違えど、クルピンスキーはその笑顔に見覚えがあった。

 

「うん、まかされた。

 その時はちゃんと直ちゃんを紹介するよ」

 

嬉しい時、悲しい時、つらい時。

その時間を共有したかつての戦友達の面影をクルピンスキーは思い出し、少しだけ笑った。

 

 

 




ウィッチの未帰還率などは「サイレントウィッチーズ スオムスいらん子中隊ReBOOT!」
を参考にしました。


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幕間の魔女「勇敢な魔女たちの飲み会」

注意!
今回は原作キャラの飲酒喫煙描写があります。
さらに「夜戦(意味深)」を匂わせる描写があります。

そうした物が苦手な方は回れ右を推奨します。


1944年 某月某日 サンクトペテルブルク 第502基地 司令官室

 

 

「ふむ、秘密の宴にしてはなかなか豪勢じゃないか、流石エディータだ」

 

チーズ、ハム、サラミ、キャビア。

それに各種ナッツにドライフルーツ類が盛られた数々の皿を見てラル少佐が頷く。

 

「光栄感謝の極みであります、我らが隊長殿」

 

エディータ・ロスマン曹長が舞台役者のように恭しく頭を下げる。

 

「えー、隊長。

 僕は宴に必要なアルコール類を持ち込んだのに無視ですかー」

 

「そのウィスキーとワインは元を正せばお前ではなく、

 バルクホルンが私達へと送ってくれた物だろ、クルピンスキー」

 

クルピンスキーの文句に対してラル少佐が軽くあしらう。

 

「現時点での所有者は僕ですからー、僕の物ですぅー」

 

「さて、この馬鹿は放置して宴を始めましょう隊長。

 ・・・ふふ、扶桑のウィスキーにリベリオンのワインだなんて、飲んだ事がないから楽しみね」

 

ブーブー言っているクルピンスキーを無視するロスマン。

享楽家としてかつての上官にして生徒であったバルクホルンが送ってくれた珍しいお酒にウキウキしていた。

 

「ああ、そうするとしよう」

 

ロスマンがグラスの準備しようとしたのを制止させ、

代わりにラル少佐自らがショットグラスを人数分用意し、ウィスキーを注ぐ。

 

「あ、どうも・・・」

「別に隊長自らしなくとも・・・」

 

古い付き合いとはいえ佐官クラスの将校から酒を注がれる事について、

階級を気にしないクルピンスキーも流石に恐縮し、ロスマンは物好きな隊長に対して呆れる。

 

「今はプライベートな時間だ、

 歳が近い戦友同士久々に語り合おうじゃないか」

 

ショットグラスを差し出しながらラル少佐が言う。

 

「じゃあ、かけ声は僕がします。

 オホン、貴公の勇気と、我が剣、そして我らが勝利にーーーー」

 

その昔、バルクホルンが祝いの席で上官であるフォン・ボニンから、

「何か面白い掛け声を考えろ」などと言われて咄嗟に思い付いた言葉をクルピンスキーが口にする。

 

どう聞いてもダークな魂のアレな台詞である。

 

「「「太陽あれ!」」」

 

しかし、その当時時代は未だ1939年。

誰も某死ゲーが元ネタであるなど知らない。

バルクホルンの園崎〇恵ボイスで声が良かったのと、

中二病患者の心を揺さぶる良い言葉かつ、育ち盛りの10代で戦場暮らしなウィッチに大ウケ。

 

今では世界中のウィッチが飲み会の席でする定番の掛け声にまで昇格されていた。

・・・まさかの大ウケにバルクホルンは電話片手に「どうして(震え)」な某猫状態であったが。

 

「旨いな」

 

「・・・ふぅ、いけるねコレ」

 

「あら、美味しい。

 下原さんの扶桑料理みたいな味ね」

 

3人揃ってダルマ、タヌキの愛称を持つウィスキーを一口で飲み干した。

【史実】よりも約10年早く世の中に登場したウィスキーの味は好評のようだ。

宴の燃料であるアルコールが注入されたのを契機に旧知の仲間同士和気あいあいと会話を始める。

 

「・・・こうして3人で飲むのも久しぶりだな」

 

「そうですね、

 最近はずっと皆さんと一緒でしたから、

 じっくりとカールスラント語で会話するのも久々な気がします」

 

「そうだねー。

 直ちゃん達と騒ぐのも好きだけど、

 たまには3人で静かに語り合うのもいいよね」

 

同じ第52戦闘航空団に所属して戦って来た仲間であるが、

普段はオラーシャ語、またはブリタニア語で会話していた上に、

それぞれ忙しいのでこうして3人で集まって飲み会など希にしかできなかった。

 

「ねー、隊長。

 タバコとかないかな?

 久々に吸ってみたいのだけど・・・」 

 

「ないぞ、前は扶桑人に酒を盗まれ、

 今日はスオムス人に配給のタバコを全部盗まれた」

 

堂々と煙草を強請るクルピンスキー。

しかし、既にどこぞの陸戦ウィッチに全部持ってかれたようである。

 

「司令官から物資を盗むとか末世だねぇ」

「東部戦線なんぞどこも末世みたいなものだろ?」

 

クルピンスキーの呆れに対してラル少佐はブラックジョークで切り返す。

 

「では、こちらなんてどうでしょうか?」

 

上官2人のじゃれ合いを観察していたロスマンが3本の葉巻を差し出した。

 

「うわぁ、葉巻じゃん先生!

 しかもこれ、結構いいやつでしょ?

 一体全体どこで手にいれたのさ・・・?」

 

「教育係曹長ですから」

 

クルピンスキーの質問に対してニッコリ、とほほ笑むロスマン。

教えるつもりは全くなさそうでこれからも教える気はないだろう。

 

「できる部下がいると私も嬉しいし、

 他の統合戦闘航空団に自慢したくなってしまうな。

 ・・・では、今度こそバルクホルンとハルトマンをミーナから頂くとしよう」

 

「隊長は健康維持のため、

 葉巻はなしでよろしいでしょうか?」

 

「冗談だよ、エディータ。

 それよりも不健康なんて上等だ、喫煙万歳。

 器の小さい健康ファシズムな禁煙者に災いあれ、呪いあれ」

 

全世界の禁煙者が聞けば激怒待ったなし、

そんな毒舌ムーブをラル少佐が披露しつつ、葉巻を受け取る。

久々であったが3人は慣れた手つきでシガーカッターで吸い口を作り、マッチで葉巻を点火させた。

 

「んん~~~至福の時間だよね、先生」

 

「貴女と過ごす時間について至福とは程遠いのだけど」

 

「最近は皆の手前。

 タバコの類を吸っていなかったから旨いな・・・」

 

吐き出された3条の紫煙が天井までユラユラと昇る。

吸っている人間が3人揃って20歳未満の少女と道徳的に宜しくないが、

麗しい見た目と、非常に慣れた仕草と態度で吸っているせいで絵面的にはお洒落であった。

 

「バルクホルン、

 タバコは付き合いで吸うけど基本は吸わない方だったね。

 昔『悪い遊び』としてフラウにタバコの吸い方を教えたら、

 バルクホルンがすっごく怒ったのをよく覚えているよ・・・うん」

 

「当たり前だ。

 いくらウィッチの飲酒喫煙について黙認されているとはいえ、

 あの当時、1939年時点でエーリカ・ハルトマンはまだ11歳だぞ・・・」

 

「あの時は私も怒ったから、よーく覚えているわ・・・」

 

かつてエーリカ・ハルトマンに『悪い遊び』を

教えたクルピンスキーの回想に旧知の2人が責め立てる。

 

「いや、だってさ。

 あの当時フラウは確かに真面目で良い子だったよ。

 でもそれは人の目を気にして臆病で、余裕がない事の裏返しにすぎなかったんだよ」

 

旧知の2人から責められ伯爵は弁解する。

 

「・・・それにさ、2人とも友達がいなかった小さい時の僕と似ていたから放っておけなくて、

 僕は出会ったばかりのバルクホルンにしたようにフラウにも楽しい軍隊生活のアレコレ教えたんだ」

 

らしくもなく真面目な態度で台詞を言うクルピンスキー。

視線は今ではなく遠い過去へと向いていた。

 

「・・・ぐっ、伯爵がそういう視点でトゥルーデ。

 それにフラウの事を見ていたのを知っていたけど、口に出されると腹が立つわね」

 

ロスマンが悔しそうに呟く。

クルピンスキーはどうしようもない女たらしで遊び人であるが、

なんやかんやで仲間や戦友の面倒を見ていたのを改めて認識する。

 

「だが、あわよくば2人纏めて頂くつもりだったんだろ?クルピンスキー?」

 

冷めた表情でラル少佐が本心を問う。

 

「それは勿論さ!

 タイプは違うけど2人とも魅力的な女の子だからね!

 バルクホルンもフラウもウブだから僕の手でぜひとも・・・って、痛い!先生痛いって!?」

 

「さっきまで感動していたのよ!

 そんなのだから貴女は偽伯爵なのよ!分かる!?」

 

ラル少佐の問いかけに正直極まる言葉を口にしたクルピンスキー。

これに激怒したロスマンが普段から持ち歩いている指示棒で女タラシをビシビシと叩く。

 

「ふぅーーーー・・・。

 加えて言うならばその『楽しい軍隊生活』

 とは私のサインを偽造して外出していたことか?」

 

「あれ?やっぱりバレてました?」

 

紫煙を吐き出しつつ問い詰めるラル少佐。

問われたクルピンスキーに反省の色などまるでない。

 

「バレないとでも思ったか?

 まあ、時効だから今さら蒸し返すつもりはないが」

 

「やった」

 

「何せここにはサーシャがいるからな」

 

サーシャと聞いて「うげっ」とクルピンスキーは身を引く。

固有魔法で完璧な記憶を持つ彼女相手にサインの偽造が通用するとは思えなかったからだ。

 

「あはははは、いい気味ね伯爵閣下!

 サーシャだけでなく、トゥルーデがいれば貴女を物理的に締め上げてくれたでしょうね!」

 

「ひぇっ・・・!?

 先生、勘弁してくださいよ。

 出会ったばかりのバルクホルンなら兎も角、

 今では素手で硬貨をへし曲げるんですよぉ・・・」

 

どこぞの世界線でサウナの壁を素手で破壊したり、

片手懸垂を日常的にこなしていたようにこの世界でもバルクホルンはかなり鍛えていた。

 

「ほほぅ、バルクホルンはお前の放蕩を止める良い薬になるようだな。

 転属・・・は無理だが、出張する理由を作って一度にここまで呼び寄せてみるか」

 

「た、隊長まで・・・そんなぁ。

 やめて下さい、バルクホルンは僕に割と容赦しないんですよ」

 

「あらあら、先ほどまでの威勢はどこへ行ったのかしら、伯爵様?」

 

ラル少佐、ロスマンが弱った伯爵様をここぞとばかりに弄り倒す。

 

「ふふふ・・・懐かしいな。

 このやり取りはJG52の頃を思い出すよ・・・」

 

ウィスキーを飲み干したラル少佐が呟く。

 

「あの頃の僕は直ちゃんぐらいの歳で、

 苦しい事も悲しい事もあったけど・・・楽しかったなぁ」

 

クルピンスキーはチビチビとウィスキーを舐めるように飲む

 

「本当に、そうね。

 かけ換えのない青春の日々。

 もう戻らない思い出の日々、本当に、懐かしいわ・・・」

 

チーズにハチミツをかけつつロスマンが言う。

 

「バルクホルンとハルトマンと言えば、

 今年になってから撃墜数250機まで伸びたな。

 しかもマルセイユも最近調子が良いのか同じく撃墜数250機まで到達している。

 私は背中の怪我があるが、3人ならまだまだ撃墜数は稼げるはずだ・・・どこまで行くか楽しみだな」

 

同じ第52戦闘航空団に所属し、同じ中隊にいた事もある3人が揃って、

世界トップクラスの撃墜数を誇るウィッチに成長したのをラル少佐が噛みしめる。

 

「それ、本当に凄いよね。

 バルクホルンは『あの2人は才能がある』と繰り返し言っていたけど、

 本当にここまで伸びるとは想像できなかったし、バルクホルン自身も凄く強くなったよね」

 

新米の頃はバルクホルンと同じ中隊で共に過ごし、

まだまだ弱かったバルクホルンの過去を知るだけに、

クルピンスキーは友人としてバルクホルンの成長を祝福する。

 

「部隊に来たばかりのトゥルーデはパッとしないほうだったわね。

 魔法力や体力、スタミナ、精神力はあったけど空戦に必要な技術である空戦機動や射撃眼。

 なんかは頭で理解できていても、体が上手く動かせていない感じだったわ・・・。

 1日に何度も出撃して出撃120回目でようやく初撃墜を記録したのを覚えているわ」

 

ロスマンがかつての生徒をしみじみと思い出す。

かつてバルクホルンは機械で空を飛ぶ「航空機」の動きと、

生身の肉体を動かして飛ぶ「ウィッチ」の動きに違いがあることに気づいていたが、

頭で理解していても体がなかなか上手く動かせず、四苦八苦していた時期があった。

 

「だが、バルクホルンもコツさえ掴めば撃墜数を稼げるようになっただろ?

 ハルトマンとマルセイユが来た頃にはネウロイをそれなりに撃墜していた。

 それにハルトマンも1日病院に入院した後、空戦機動が見違えるように進歩したな」

 

「ええ、しかも3人揃って世界の頂点に届く場所まで来るなんて・・・」

 

そんなバルクホルン。

さらには『あの2人は才能がある』と、

バルクホルンが断言した2人も今では誰もが認めるエクスペルテへ成長していた。

 

「ああ、楽しみだな。あの3人が今後どうなるか。

 む、もうウィスキーがないか・・・こちらも3人いるとはいえ早いな。

 さて、次はワインを飲もうじゃないか、足りなければ私のスオムスビールを出そう」

 

「いよっ、太っ腹!」

 

「ありがとうございます、隊長」

 

ラル少佐が命の水、

あるいは燃料の補充を自腹ですることを宣言する。

 

これに旧知の2人は歓喜し、

これを切っ掛けにさらに乾杯を重ね、

3人は深夜まで思い出で話で花を咲かせ、思う存分楽しんだ。

 

だが、宴の後。

クルピンスキーとロスマンは思い出話とアルコールの魔力を得て、

久々に「友達以上の関係(意味深)」になった挙句、飲み過ぎたせいでダウン。

2人揃ってベッドで仲良く頭痛とお友達になり、身動きが取れない状態へ陥った。

 

そして翌朝。

朝食の時間になっても来ない2人を心配し、

見に来たサーシャに「友達以上の関係(意味深)」を目撃されたのをここに記す。

 

 




以上です。
ちなみに出撃120回~のくだりは史実バルクホルンを参考にしました。

オマケ
下図はバルクホルンのイメージラフ画です。

【挿絵表示】


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幕間の魔女「芋大尉の○○○な日」

TS物によくある保健体育な内容です。
苦手な人はUターンを推奨します。


1944年 某月某日 ブリタニア 第501基地 某所

 

 

私、またはワタシ。

ゲルトルート・バルクホルン。

という少女、ウィッチの人生は未だ20年も経過していない。

しかし、過ごした時間の密度は前世よりも遥かに濃く、ずっと深い。

 

つくづく前世の自分の未熟さに呆れると同時に、

この世界で自分を支えてくれた友人、知人、人々の優しさにはいくら感謝しても足りない。

 

異世界TS転生者。

という異物にして異端者。

 

しかも文化と時代、常識、言語が全然違うせいで、

右往左往していたが親しい人々はそんな自分を助けてくれた。

 

だからこそ、彼ら、彼女らに恩返しをしたい。

だからこそ、彼ら、彼女らを傷つけ、殺したネウロイが許せない。

だからこそ、彼ら、彼女らを傷つけ、殺してしまった不甲斐な自分が許せない。

 

ゆえに、復讐の猟犬としてずっと戦ってきた。

だが、どれだけネウロイを叩き落としても何も解決しない。

復讐の猟犬として戦える時間は残り2年、しかし未だブリタニアで足止めを受けている。

 

だか、彼女ならば。

彼女ーーーー宮藤芳佳ならば確実にネウロイを殲滅してくれる。

 

ゆえに、ミーナと共に統合戦闘航空団の部隊立ち上げに協力した。

【原作知識】がまるで役に立たない様々な困難や難題にぶち当たりつつも、何とか今日まで来れた。

 

全ては宮藤芳佳が活躍する舞台を整えるために。

全ては宮藤芳佳を何が何でも守り、この世界を変えてもらうために。

 

それが自分の役割だと悟って今日まで戦い、生き延び続けた。

どんな困難、痛い事や、怖い事があっても耐えて、乗り越えてみせる。

 

それが今日まで変わらない信念なのだがーーーー。

 

「トゥルーデ、大丈夫?」

「吐いたから少しは楽になった・・・げほ」

 

ーーー信念なのだが、女性特有の問題について何年経過してもまったく乗り越えられる気がしなかった。

 

そのせいで現在エーリカの介護を受けつつ絶賛トイレとお友達なヒロイン。

もといゲロインなウィッチがいた、というかワタシ、ゲルトルート・バルクホルンだった。

 

「元々トゥルーデはJG52でも『重い』方だったけど、ここまで酷いのは久々だね・・・」

 

そう言ってエーリカが優しく背中を擦ってくれた。

小さな手だが温かく、擦ってくれるその感触は気持ちいい。

 

「そう、だな。

 自分でも気づかぬ内に疲れていたのと、

 気が緩んでいたせいかもしれないな・・・」

 

思えば野郎だった前世も仕事がある日は大丈夫だったけど、

休日になって気が抜けた途端、貯まった疲れが一気に来てよく熱を出して寝込んだな・・・。

 

だがそんな前世よりも今世のお月様、

あるいは女の子の日がまさかそれ以上にこんなに辛いとはな・・・。

内蔵が雑巾のように捻られた挙句、ジワジワ締め付けられるような痛さに未だ慣れない。

 

「ほらほら、トゥルーデ。

 ズボン脱いで『アレ』を交換しちゃおうね~」

 

「あ、ああ・・・」

 

言われるがままパンツ、

もといズボンを脱ぎーーーーまあ、予想通りの状態を目撃する。

体の内側、内臓に近い場所から出血大サービスだなんて・・・。

 

「・・・・・・はぁ、」

 

もう慣れた動作で『アレ』を交換しつつため息を漏らす。

よもや女性の体がここまで面倒だとは・・・前世の野郎だった時は想像できなかったよ。

しかも、嘔吐とか冷え症を筆頭に様々な体調不良に直面するなんて・・・色々辛い。

野郎だった前世の肉体のメンテナンスが如何に楽だったか知るだけに・・・なお辛い。

 

「カールスラント防衛戦とかバトル・オブ・ブリテンの時とか、

 トゥルーデ、気を張って我慢していたけど本当はよくないし休むのが一番だよ。

 病気とか炎症じゃないのが分かっているからお薬飲んで今日はゆっくり休もうね」

 

「エーリカの言う通りそうしよう・・・今日は休むか」

 

「ん、それがいいよ。

 トゥルーデは頑張り屋さんだし、

 休んでいいと思うよ、ミーナにはもう言ってあるから大丈夫」

 

今度はエーリカにわしゃわしゃと頭を撫でられる。

こちらも何だが気持ちいいし、精神的になんだかリラックスする。

何時もは撫でる方だが、こうして撫でられる側になるなんて何年ぶりだろうか?

 

「ねえ、気分まだ悪いんじゃない?

 肩を貸すからトゥルーデ、腕を上げて」

 

言われるまま腕を上げ、

エーリカに立ち上がるのを助けてもらう。

 

「自分が言うのもアレだが・・・重いだろ、エーリカ?」

 

ガッチリ鍛えた肉体は重い上に、

エーリカとは体格差があるから数字以上に重く感じているはずだ。

 

「にひひひ、

 このくらい大丈夫だって。

 昔はトゥルーデが私を助けてくれたし」

 

「そうか・・・ありがとう、エーリカ」

 

屈折の無い笑顔で答える金髪の天使がいた。

やはりエーリカはマジ天使、略してEMT(エーリカマジ天使)であった。

 

「大尉ー、だいじょうぶ?

 ・・・っふぇ!?ほ、本当に、だいじょうぶなの!?」

 

トイレから出た時、ルッキーニが駆け寄って来た。

ワタシがエーリカの肩を借りてグッタリしているのを目撃し、心配そうに様子を伺う。

まあ、普段小言をガミガミ言っている人間が突然顔を青くさせ、口元を抑えてトイレに駆け込めばそうなるだろう。

 

「こら、ルッキーニ。

 ゲルトが心配なのは分かるが、

 あまりそういう事はだな・・・」

 

「あ、あのね。

 ルッキーニちゃん。

 駄目だよ、バルクホルンさんに聞いちゃ・・・」

 

ルッキーニを追いかけて来たシャーリー、

それに宮藤を筆頭に他の全員も後からぞろぞろとやって来た。

女性特有の問題についてそれぞれ抱えているだけに、全員気まずそうにしている。

 

「え、ええ~~~、なんで?

 だって、バルクホルン大尉だよ?

 いつも力持ちで、強い大尉の事がシャーリーは心配じゃないの?」

 

「あー、いや。

 私だって心配はしてるんだけど・・・」

 

不思議がっているルッキーニに対し、

シャーリーは言いづらそうに言葉を詰めらせた。

 

何か言いたげだが、

どう言えば良いか分からず、

時々こちらを気まずそうに見ている。

 

やはり彼女は気遣いができるとても良い人間であるのがよく分かる。

軍隊に入ったのが昨年の1943年と意外と遅いせいか、

一見豪快で、物怖気しない性格だが意外と常識人なところがあるしな。

 

「生理だよ、ルッキーニ。

 実は重い方でさ・・・ここまで来たのは久々だよ」

 

なので自分から敢えて情報を開示した。

こうした時は自分から言っておくのが一番良い。

 

「せいり、って何?」

 

くうきが、こおりついた。

 

「えっと・・・」

 

ルッキーニの予想外の回答。

これに思わず助けを求めてシャーリーに視線を動かす。

だが彼女の目は「魚」の文字となって泳ぎ始めていた。

 

「ルッキーニ、もしかして・・・訓練学校で保健体育の授業をしていない?」

 

エーリカがまるでネウロイと対峙している時のように真剣な表情で質問する。

平時ならば時間を掛けて軍事訓練だけでなく性教育を含め一般常識全般を教えていたが、

 

ウィッチの需要が追い付かない今どきは一般常識の教育を省き、

軍事訓練だけ即席に叩き込む方針が特に欧州では強い、と聞いていたが、もしや・・・。

 

「うん!ウィッチは処女じゃないと駄目!

 エッチしちゃ駄目!ぐらいしか知らないよ!」

 

無垢なまま、純朴な笑顔と共にルッキーニが答えた。

この幼い少女の口から「処女」「エッチしゃ駄目」なんて言葉が出ると、

何だが変な性癖とか、あるいは愉悦な感情が芽生えそう・・・じゃなくてだ!!

 

「あー・・・私とハンナが訓練学校を卒業する直前。

 戦局が厳しいから軍事訓練以外の座学を省き始めたから、

 もしかして、と思ったけど・・・やっぱそうか、そうだよね」

 

エーリカが納得するように頷く。

 

「じゃあ、いい機会だから私が教えよっか?」

 

「えっ!?ハルトマン中尉が!」

 

「ふ、ふーん。

 こう見えて私はドクトル・・・お医者様の子供だよ?

 しかも、母様は前大戦に参戦したウィッチだったから、

 戦場における女性特有のアレやらコレやらの悩みについて詳しんだ」

 

ルッキーニにの驚きに対し、

びっくりするほど無い胸を張ったエーリカが誇らしげに語った。

 

「ハルトマンさんも親がお医者さんだったんですか!

 だったら私だって診療所のお手伝いしていたから、分かります!

 お婆ちゃんは扶桑沖戦役でも活躍したウィッチなんですよ、実は!」

 

と、その時。

医者、と聞いて何やら対抗心を燃やした宮藤が挙手する。

だが、エイラ曰く残念賞なため胸が揺れることはない。

 

「前大戦に参戦したウィッチ、ならお母さんもそうです。

 部隊に来る前、お母さんから色々教えてもらったから、

 私だってルッキーニちゃんに教えることだってできますよ!」

 

母親が第1次ネウロイ大戦におけるエースウィッチであったリーネも挙手する。

年齢には似合わない豊かな実り、母なる双丘が揺れる・・・。

 

「へぇ、まさかリーネがここで名乗り出るのかぁ・・・面白いじゃん」

 

エーリカが実に面白い、とばかりに目を細める。

確かに面白い展開かもしれない、特に負けん気の強い宮藤なら分かる。

 

だが、ほんの少し前まで緊張しっぱなしだった新人。

もといリーネの予想外な積極性にエーリカは思うところがあったのだろう。

 

それは兎も角。

 

「お前たち・・・その、いい加減。

 トイレの前でそういう事について雑談するのもどうかも思うぞ・・・?」

 

「そ、そうね・・・。

 同じ女性同士でも、その、ね・・・」

 

坂本少佐とミーナが疲れ気味に零した言葉が現状の問題点を指摘していた。

 

 

結局あの後、自分ことバルクホルン。

坂本少佐、ミーナの3人を除いた部隊全員でルッキーニへ先輩として、

ウィッチとして、女性として覚えるべきアレやらナニやらを教えることが決定。

現在ルッキーニ自身あまり使っていない自室に集合し皆で教えることになったのをここに記す。

 

 

 



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幕間の魔女「優しいの巨人の夢」

※注意!R18に該当しませんが微エロがあります。


1947年 某月某日の冬 カールスラント カイザーベルク郊外

 

 

戦争が終わった晴れた冬の朝、巨人が目を覚ました。

意識は既に覚醒していたが、カールスラントでも北の端。

 

すぐ隣にオラーシャやスオムスなど、

冬の寒さについて定評がある国と近い場所にある故郷。

 

カイザーベルク郊外の冬は寒く、

体温で温まったベッドから出る気力がまるで湧かない。

おまけに今は軍から退いたのもあって猶更慌てて起きる気力が湧かない。

 

いや、理由はそれだけでない。

自分の胸を枕に寝ている愛しい人を起こしたくないからだ、と巨人は呟く。

 

「んー・・・」

 

栗毛の少女、いやかつては少女と言われた女が眠っていた。

ウィッチとして現役の時よりも丸みを帯びたとはいえ、未だ鍛え引き締まった肉体と四肢。

戦争で作った怪我の痕こそあるが、寝間着越しに伝わる彼女の肌は滑らかで、柔らかく、温かい。

 

それにしても「んー」と唸っている様子はまるで犬のようである。

思えば20歳を過ぎてからウィッチとして戦う技能、シールドが張れなくなり、

さらに少女から女となっても未だ律儀に仕えている使い魔も犬、猟犬だったな、と巨人。

 

もとい、ゴトフリード・ノルディング・フォン・バルクホルンは思った。

 

「・・・・・・・・・」

 

『小さなトゥルーデ』の愛称で呼んでいた時のように頭を撫でる。

愛情表現についてかつてはこの程度の関係であったが今ではさらに踏み込んだ関係ーーーー。

 

婚姻関係を結んで自分の妻となった彼女、ゲルトルート・バルクホルン

いや今はゲルトルート・『フォン』・バルクホルンをゴトフリードは優しく撫でた。

 

彼女との出会いは父親が新しい家族として2人の姉妹を引き取った時から始まった。

姓が貴族の証である「フォン」がないのを除けば同じ「バルクホルン」から分かるように、

「フォン」の称号を捨てた遠い親戚、遠戚筋に当たり、その縁で引き取ったとゴトフリードは父から聞いた。

 

元々妹が1人いたが、ここにさらに妹が2人増えた。

血の繋がりのない幼い2人の姉妹にゴトフリードは何をすべきかは理解していた。

すなわち両親から自分がされ、妹にしたように身寄りのない2人の姉妹を愛することだ。

 

交通事故の衝撃か姉のゲルトルートは言葉を上手く話せず、

内に籠る傾向があり、夜中に泣いていた事もあった。

しかし、ゴトフリードが根気よく言葉を教えたら直ぐに話せるようになった。

 

そして、家族とも仲が良くなり、

ゴトフリードの手助けを受けつつ勉強してウィッチの士官学校へ入学した。

 

妹のクリスティーネは両親にベッタリだったのを覚えている。

何せ自分とフェリラ、さらに実の姉ゲルトルートの3人が軍隊へ行ったため、

その分クリスティーネには両親の愛情、子供3人分の愛情がたっぷり注がれたからである。

 

「どうして私たちの子供は揃いも揃って軍隊へ行ってしまうのか?」

 

そう冗談半分に嘆いた父親の姿も今でも思い出せる。

 

だが、それも遠い過去の話。

父親は予備役の招集で故郷カイザーベルクの要塞司令官に任命されて、

軍隊は好きではなかったが果たすべき義務は知っていたので最後の1人まで戦って戦死。

 

裕福な中産階級の次女にすぎなかった母親だったが、

避難せず夫と供にありたいと願ったため軍の補助部隊に志願し父親と共に戦死。

妹のフェリラは陸軍のウィッチ部隊に所属していたが、ベルリンの攻防戦で戦死。

もっとも幼かったクリスティーネは乗船していた避難船がネウロイの襲撃に遭遇して死亡。

 

結局生き残った家族はゴトフリードとゲルトルートのみ。

親戚筋も代々が勇武をもって知られるバルクホルンの家系なだけにことごとく戦死してしまった。

 

例外は父親の弟、ゴトフリードが軍隊へ行く原因となった叔父のエーベルトだけである。

もっとも、その叔父も勇武の代償にネウロイの瘴気を浴びたせいで年々死の気配を強めている。

 

戦争で大勢知り合いが死に、過ごせるはずだった青春も全て戦争で浪費された。

しかし、祖国を、故郷をついに取り戻すことに成功し、ネウロイは駆逐され、戦争は終わった。

 

戦後の身の振り方についてゴトフリード、

それにゲルトルートも軍人として数々の栄光と名誉を手に入れたので軍に残ることもできたが、

 

軍縮で少なくなったポストを巡る戦後の軍内部の権力闘争が嫌になった点。

加えて元々軍人になる気がなかったのでゴトフリードは軍から退くことを決断。

 

ゲルトルートも魔女として寿命を迎えた結果。

本人曰く「物語の役目を終えた」ので同じく軍から退くことを決断した。

 

その後は2人で故郷の復興事業に参加し、

失われた平和な時間を取り戻すかのように楽しい時間を過ごし、

互いに恋し、恋人として過ごした結果―――とうとう結婚し、夫婦となって今に至る。

 

「・・・それにしても若い、というよりも幼い、か」

 

何せ年齢については10歳以上差がある。

ゲルトルートはようやく20歳を過ぎたばかりであるが、

対してゴトフリードは元々厳つい顔だった上に戦陣暮らしの結果、

年齢以上に老成してしまい、見た目の歳の差については10歳では収まらない事態になった。

・・・娶った相手が親子どころか下手をすれば祖父と孫ぐらい歳に差があるメレンティン参謀長には敵わないが。

 

とにかく、歳の差について部下や知人からその点についてアレコレ弄られ、

ウィッチとして有名すぎるゲルトルートはマスメディアからガリア文学の「美女と野獣」に登場する人物。

野獣に嫁いだヒロイン、ラ・ベルに例えられ好奇な視線や低俗極まりない事を色々言われたが・・・今は静かである。

 

「・・・・・・んっ、おはようございます」

「おはよう、トゥルーデ」

 

眠りから覚めた犬のようにゲルトルートが目を開く。

仕草の一つ一つが成長しても昔と変わらず、愛らしかった。

なので再度頭を撫で、片方の手は別の場所を撫でる。

 

「で、朝から嫁のお尻を撫でるのは一体全体どういうお考えで?」

「わたしの魔女が魅力的すぎるのが悪い」

 

初めてではないが未だ羞恥心が強いので頬を赤くしたトゥルーデが「このスケベ・・・」と呟きつつ睨む。

だが、ゴトフリードはトゥルーデは本気で嫌がっている訳でなく、実は期待しているのを知っていた。

 

ワンピース型の寝間着をたくし上げ、今度はそっと太ももを撫でる。

墜落して派手にできた切り傷の跡を特に念入りに、じっくり優しく撫でる。

 

「~~~~~・・・・っ!!?

 朝からとか、せめて暗くして・・・」

 

「瞼を閉じたまま景勝地にでかける趣味はない、わたしには」

 

頬どころか耳まで赤くしたトゥルーデが顔を隠して唸る。

優しく、そして愛されている実感が嬉しくて、恥ずかしいから顔を隠して唸る。

 

「トゥルーデ・・・いいかい?」

 

じっくりスキンシップを終えた後。

今度は上半身への攻勢を開始すべくゴトフリードは幼く若い妻の肩に手を添える。

 

「う、うん・・・」

 

慣れない快楽に戸惑いつつ、

期待感に満ち、緊張した様子でトゥルーデは頷く。

 

「じ、実は少し期待していたから、その、えっと。

 今日もたっぷり可愛がってほ、ほしいワン・・・ワタ、私の旦那様」

 

どうもトゥルーデは緊張しすぎて頭のネジが外れたようだ。

彼女は媚びるような性格でないし、そのつもりではないのはゴトフリードも承知している。

 

「――――――――――――――――。」

 

なのだが男性の雄を刺激するに十分すぎた。

ゴトフリードは無言でトゥルーデの寝間着を脱がし、一気に攻勢に打って出た。

 

戦争が終わった晴れた冬の朝。

青春を取り戻すかのように2人は互いに激しく求め合った。

何度も主導権を奪い、奪われ、新しい家族を求めて愛し合う光景はまるで夢のようで―――――。

 

「・・・・・・・・・」

 

事実、夢オチだった

先ほどの光景は夢であった、遺憾ながら。

 

その事実と共に厳しい現実をゴトフリードは再認識した。

虚脱と解放感が合体した感覚と一緒に眼が覚めてしまい、現状を確かめる。

 

まず時代は1944年。

残念なことにネウロイとの戦争はまだまだ続いている。

 

次に場所はオラーシャの農村の一軒屋。

今は指揮する独立戦闘装甲団《バルクホルン》の本部拠点となっている。

 

電気はなく部屋の明かりはランプのみ、

すきま風は常に吹き付けられ、歩けば床は常に軋む、などと粗末な家だがこれでも東部戦線。

オラーシャの戦いにおいて十分贅沢なのは数年の戦陣暮らしで身に染みていた・・・。

 

染みていた、の単語でゴトフリードは気づく、

濡れた股間の感触について如何なる生理現象が発生したのか思い出して赤面する。

 

どうやら股間の分身は夢の中でしっかり役割を果たしたようだ。

下着の処理の事を考えると、間抜けで、情けなく、さらに赤面する。

もしも何時ものよう従兵に下着の洗濯を頼めば暇な兵たちから弄られるネタを提供してしまうだろう。

 

「こうなったのも、全て叔父上が悪い・・・」

 

フロイト博士も大爆笑間違いなし、そんな夢に頭を抱える。

大声で喚きつつ、ベッドの上でのたうち回りたい衝動に駆られるがゴトフリードはなんとか抑える。

 

軍隊へ入隊した原因である人物を好くべきなのか、

それとも憎むべきなのか未だ分からないが卑怯とは遠く、好感が持てる人物である。

士官候補生時代は叔父が指揮する騎兵連隊で、叔父なりに色々面倒を見て貰った面倒見の良さ。

 

さらに卑怯な振る舞いとは無縁の人物で、

戦争初頭において勇武を誇るバルクホルンの血のせいで負傷し、

悪くはなるが良くはならないのは、年々悪化する体調が語っていた。

 

付け加えるならば父親の弟であるので資産や家督、各種権利を奪おうと思えば奪えるはずだが、

そんな事をせずゴトフリードとゲルトルートの後見人を務めていることから善人であることに疑いの余地はない。

 

しかし、だ。

善人ゆえに、善人だからこそ始末に負えない。

軍隊へ行くよう勧め、士官学校への受験を断れなくしたのも善意である。

父親と同様に庭いじり、それと読書三昧な日々を望んでいた本人の意思とは無関係にである。

 

そして最近は「小さなトゥルーデ」もとい、

ゲルトルート・バルクホルンと書面上だけでも構わないから結婚、

あるいは許嫁になるようにまったくの親心、善意で言っているあたり始末に負えない。

 

自分を兄として慕うゲルトルートと結婚する可能性。

それを提示されたせいであんな夢を見てしまったに違いない、そうゴトフリードは結論を下す。

 

だがしかし、だ。

将来もしもあの子が他の誰かと結ばれる未来が訪れた時。

素直にそれを祝福する自分が――――想像できなかったので誤魔化すように紙煙草をくわえて吸う。

 

ウィッチは美人であるのは常識であるが、

ゲルトルート・バルクホルンへの印象は「小さなトゥルーデ」と呼んだように、

10歳以上の年齢が離れた血の繋がりのない小さくて可愛い妹、という印象で長らく止まっていた。

 

しかし最近気づけば年齢相応の美女。

そして世界でも有数の勇武を誇るウィッチまで成長していた。

しかも自分だけでなく、かつて指揮していた中隊の部下2人と一緒にである。

 

おまけに部下もウィッチとして前々から注目を浴びていた有名人である。

1人はその美貌と神秘的戦闘技術から「北アフリカの星」と称賛されるハンナ・ユスティーナ・マルセイユ。

もう1人は愛らしく、幼い外見とは裏腹に確実にネウロイを撃墜する「黒い悪魔」ことエーリカ・ハルトマン。

そんな2人と一緒に撃墜数250機超の世界の頂点に至り、前人未到の300機を目指して記録を更新しつつあった。

 

だからゴトフリードはかつて小さなトゥルーデ、

と可愛がった義理の妹が成し遂げた偉業に軍人として、身内として非常に誇らしく感じている。

 

しかし、そんな彼女の幸福について、特に将来について考えると心中穏やかでない感情。

一瞬、嫉妬に囚われた感情について数々の言い訳を考えてみるが、

軍隊で覚えたニコチンとタールが気分を落ち着かせ、素直な感情を吐露する勇気をようやく得る。

 

「叔父上は相変わらず始末に負えないが――――」

 

紫煙を吐き出し、

少尉候補生になってから面食らった昔のように、

生まれて初めて得た感情と戸惑い、迷いつつも元騎兵将校らしく結論を口にする。

 

「わたしが小さなトゥルーデに惹かれているのは否定できない・・・」

 

海を隔てた先のブリタニアにいるゲルトルートに優しい巨人は想いを馳せた。

 




以上です。
第6話に出たネタをようやく回収できました。

では

【追記】
史実のバルクホルンには3人の兄弟姉妹がいましたが、
バルクホルン本人を除き全員死亡し、両親は母親のみ辛うじて生存したそうです。

それを踏まえると原作のバルクホルン。
ぶっちゃけ兄弟姉妹はクリス以外全滅し、最悪両親も死亡しているのでは・・・。


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幕間の魔女「アフリカの魔女は語りけり」

幕間の話ばかりですみません。


 

最近、基地は奇妙な熱気で覆われている。

それはアフリカという土地柄で気温が暑い、という意味ではない。

高揚感、良い意味で皆が夢中に、そして熱心に一つの事象に対して注目していた。

 

「やあ、今日は出撃はないのか?」

 

出会うなりロンメル将軍がそう切り出した。

 

「残念ながらないわ、今のところ」

 

「そうか、それは残念だ。

 私はマルセイユが先に撃墜300機達成する方に賭けたんだ」

 

かつてマルセイユは1日17機撃墜という記録を打ち立て、驚かせたけど。

1944年になってからは、いよいよ前人未到の領域、撃墜数300機も夢ではなくなりつつあった。

 

現状、撃墜300機達成の一番槍をマルセイユ、ハルトマン、バルクホルンの3人で争っており、

誰が先に達成できるのか、ロンメル将軍のように最前線ではこれを賭けのネタにしている。

 

・・・とういうか、さあ。

 

「将軍閣下が賭け事に参加して良いのかしら?」

 

こっそり隠れてするならともかく、

こうも堂々と言うなんて軍規的にどーなのよ?

 

「何も問題ない、

 実をいうと軍主催でこの賭け事の胴元を担当しており、

 賭けで出た儲けは戦時国債や慈善事業の資金として運営される事が確定している。

 しかも皇帝陛下もこの賭けに参加されており、毎朝『今日の撃墜数は?』と尋ねるくらいだ」

 

カールスラント軍に皇帝陛下ェ・・・。

何というか、お堅いカールスラント人もやっぱり欧州人なのか、

こうしたイベントには本当ノリノリでするわよねぇ・・・文化の違いかしら?

 

まあ、最前線で戦う兵士にとって良い暇潰しになるし、

賭け事なんて取り締まってどうせやるだろうし、いっそ胴元になって、

儲けは国債とか慈善事業とか、ちゃんとしたのに使うというのは悪くない考えよね。

変に真面目な扶桑だと「けしからん!」と言い出す人間が出そうだから、なかなか出来ないわ、これは。

 

「へえ、将軍は私に賭けたのか?」

 

などなど話をしていたら話題の渦中にある人物、

ハンナ・ユスティーナ・マルセイユ、そのご本人が出てきた。

後頭部に髪を束ね、手は泥で汚れているから趣味の陶芸に打ち込んでいたのだろう。

 

「ああ、頼むよ。

 出来れば今すぐ飛んでネウロイを撃墜してもらえないか?」

 

「お断りだな、

 今日の私は非番で趣味に忙しいところなんだ」

 

ロンメル将軍の懇願に対してマルセイユはきっぱりと断った。

数年前なら将軍の命令、というよりも戦うのが趣味なところがあるから『ネウロイを撃墜する』ために即座に出撃。

 

そして見事にネウロイを殲滅し、

戦闘のストレスを発散するために飲酒喫煙を延々して健康を害しただろう。

しかし最近のマルセイユは元上官のバルクホルンから『戦う以外の趣味』を見つけるよう手紙で諭され、

 

華族出身の真美から茶道とか書道とか色々試したり、

それと部隊で焼き物をしている人間から陶芸を学んでそれらが趣味になった。

その影響でストレス発散にしていた飲酒喫煙を多少なりとも控えるようになった。

 

そのお陰で精神的に落ち着いただけでなく、

肉体的に健康が促進されて前よりもさらに撃墜ペースがグングン延びて今に至った。

 

マルセイユの飲酒喫煙について前から私も危惧していたけど、

止めようにも、止められなかったからバルクホルンには感謝しかない。

もっともバルクホルン自身は「なんでさ」「どうしてそうなった」と困惑しているようだけど・・・。

 

「まっ、将軍が焦らなくても問題ない。

 ネウロイは向こうから勝手にやって来る上に、

 私だって、これを機会にハルトマンとは決着をつけたいところだからな」

 

そう言いつつマルセイユは牛乳を一気に飲み干した。

 

「そう言えば、エーリカ・ハルトマンとは確か同期だったわよね」

 

ハルトマン、という人名を耳にした時。

従軍記者として初めてマルセイユと出会った際、

彼女が私へ一晩中語り明かした話をふと、思い出した。

 

「ああ、そうだ。

 私とハルトマンの因縁は5年前まで遡る。

 あの当時はハルトマンと訓練学校で主席を巡って争っていたな。

 いや、当時はそう思っていたが、私が一方的に突っかかっていただけだったな、今思えば・・・」

 

どこか遠くを見るような目でマルセイユが語る。

50年、60年生きる長い人生からすれば5年はたった5年だけど、

20歳で世代交代を強いられるウィッチからすれば「5年も昔」な話である。

しかも10歳、11歳に得た強烈な人生経験、戦争の思い出はずっと残るし、彼女からすれば遠い思い出だ。

 

「ど、同期だったのですか!?

 あのエーリカ・ハルトマンと!」

 

私は以前聞いた事があるから知っていたけど、

知らなかった周囲の面々は真美ほどではないが驚いていた。

 

「ん?マミは初耳だったが?

 よし、いい機会だから話そう。

 エーリカ・ハルトマンとは訓練学校で同期だけでなく、

 訓練学校では同じ部屋で同居し、初めて配属された部隊も同じ部隊、

 さらに所属していた中隊も同じ中隊で共に戦っていたんだ・・・昔の話だが」

 

そう懐かしそうにマルセイユが語った。

部隊だけでなく、所属していた中隊まで同じだから面白い縁よね。

 

「どんな中隊だったんですか?」

 

今日はティーガーが重整備中なので、

天幕に遊びに来たシャーロット・リューダー軍曹、シャーロットが手を上げて質問する。

 

「知りたいかシャーロット?マミ?

 ふふ、顔ぶれは豪勢だぞ、何せこの私がいた中隊だからな。

 中隊は戦闘航空団司令フーベルタ・フォン・ボニンが航空団長と中隊指揮を兼任し、

 教育係としてエディータ・ロスマン、さらに中隊長の副官にはゲルトルート・バルクホルンがいたからな、ふふん」

 

「え、あ、あれ?」

 

言われた意味を咀嚼しきれていない真美が困惑している。

まあ分からなくもない、割合ビックネームがポンポン飛び出しているから。

数年前はそうではなかったけど、今では全員統合戦闘航空団に所属しているエースたちなのだから。

 

まずはフーベルタ・フォン・ボニン。

第503統合戦闘航空団、通称「タイフーンウィッチーズ」の副司令として現在も活躍しているウィッチだ。

1943年の末に一度ヘルシンキで会ったことがあるが「空中で指揮する資格は階級よりも撃墜数」と豪語し、

「フォン」の名があるように生まれは貴族だけど、油汚れた上着を常に羽織ってる現場第一主義者である。

 

流石に現在はウィッチとしてアガリを迎えた年齢のため、

直接戦闘するよりも調整や相談役といった仕事に従事しているようだけど、

それでも現場第一主義者なのに変わりなく、なかなか好感が持てる人物なのを知っている。

 

次にエディータ・ロスマン。

撃墜数は確か90機程度とリベリオンやブリタニアのウィッチと比較すれば大エースクラスの撃墜数だが、

撃墜数100機なウィッチが大勢所属するカールスラント空軍では目立った撃墜数ではない。

 

しかし、それ以上に彼女が称賛される理由は、

カールスラントのエースたち・・・彼女たちの言葉を借りるならば、

エクスペルテ(腕利き)として絶賛されるのは人を育てる事に長けているからだ。

彼女の教えを受けた生徒は悉くウィッチとして大成することで、とても有名な人物である。

 

ヒスパニア戦役以来のベテランウィッチで、

今は第502統合戦闘航空団、通称「ブレイブウィッチーズ」に所属しており、

グンドュラ・ラル少佐によれば呼び寄せるのにあの手この手の『裏技』を使用したそうだ。

つまり、『裏技』を使わねば決して統合戦闘航空団に来る事がない貴重な人材と周囲から認められ、尊敬される人物である。

 

その証拠にロスマンについて、

普段は唯我独尊なマルセイユも彼女については「先生」と尊敬を込めて呼ぶくらいだ。

マルセイユ自身もだけどライバル視しているエーリカ・ハルトマンも彼女に育てられ、

2人揃ってついに世界の頂点までたどり着けたのだから、本当世の中は色んなウィッチ、色んな人がいるわよね・・・

 

最後にゲルトルート・バルクホルン。

マルセイユの元上官であり、撃墜数300機の先陣争いに参加しているエースウィッチだ。

しかも単に強いだけでなく試作機や兵器の試験運用が担当できる程度に技量が熟達している。

最近は「究極のレシプロストライカーユニット」なんて言われているTa‐152を使用して戦果を挙げているのが有名である。

 

さらに、世界初の統合戦闘航空団。

通称「ストライクウィッチーズ」の設立に関して隊長のヴィルケ中佐、

戦闘隊長の坂本少佐に隠れがちだが、設立当初から部隊の運営と補佐役をこなした影の主役でもあり、

しかも原隊では飛行隊司令、すなわちマルセイユと同じ撃墜王でありながら3個中隊を指揮する能力も認められている凄いウィッチだ。

 

そして、そんな彼女とは実は面識がある。

出会いは私が一度空を諦め、記者として活動していた数年前のブリタニアである。

 

今でこそ少佐だが当時は中尉だったグンドュラ・ラルへのインタビューをしている最中、

戦友であるラルの見舞いに来たのが私と彼女との出会いであり、私の戦歴を知っていたのもあるけど、

カールスラント人にも関わらず、扶桑語が扶桑人とそう変わらない水準で会話できたから当時はすごく驚いた。

 

久々に母国語で会話できたら思わず熱心にアレコレ話をして、

その際アフリカ行きの船がなかなか見つからないから、いっそ、オラーシャにでも行こうかなぁー。

なんて口にしたらバルクホルンは何故か慌てて、オラーシャに行くなんて勿体ない。

 

それよりも如何にマルセイユが素晴らしいか、マルセイユは凄いぞぉ・・・。

などと言いだして同席していたラル中尉が少し引くほど延々と語っていたなぁ・・・。

 

ともかく彼女は人一倍マルセイユに会うよう私に強く勧め、

アフリカ行きの船便を彼女の上官が有する伝手を通じて手配までしてくれた。

 

アフリカに来たお陰で私は再び空を目指すようになり、充実した今があると断言できるから彼女には感謝している。

今も彼女と繋がった縁は途切れておらず、手紙を通じて愚痴を零したり、有益な情報や物資の交換をしている。

 

以上、回想終了。

話を聞いていた周囲の様子を伺うとしよう。

 

「全員、名が知られている有名人っ・・・!」

「ほ、ほわ~~~、昔から凄かったんですね!」

「ひ、ひぇーーー!天上人ばかっかり~~~っ!?」

 

シャーロットと真美、古子が実に分かりやすい感情表現を披露している。

 

「ティナと出会って間もない時。

 当時も同じことをティナから聞きましたが、

 今ではその時とは随分違った意味合いを帯びるようになりましたね」

 

付き合いの長いライーサが苦笑と一緒に語る。

 

当時、といっても僅か数年前に過ぎないが、

マルセイユが口にした人物は皆まだまだ有名ではなかった。

 

しかし今ではシャーロットや古子のような反応を皆するようになった。

その事についてライーサが「違った意味合い」と端的に指摘している。

 

「ふふーん。

 凄いだろシャーロット、マミ、ルコ。

 いいぞー、もっと私を褒めろー、崇めろ~、そして崇拝しろ~」

 

若手のウィッチから純粋な好意を向けられたマルセイユがこれ以上ない程ドヤ顔を浮かべ、

訳の分からぬ間に「マルセイユ万歳、万歳!」と絶賛したり、拍手が始まったりと賑やかになる。

 

そんな風に大騒ぎしている年下のウィッチ達を見ていると思わずにやけそうになる。

なんだか発想が年寄りくさい感情だけど、まあウィッチとしては年寄りだから、かもね・・・。

 

私がウィッチとして名を挙げた扶桑海事変は1937年、

1944年の今から遡れば7年も昔の話であるし、もしも7年前の私に、

 

『アガリを迎えた扶桑人ウィッチがカールスラント人と共に北アフリカで怪異と戦っている』

 

なんて現状を言っても扶桑海事変当時の自分は絶対信じないだろし、

未だ空を飛べている喜びよりも「まだ戦争は続いているの?」と困惑するに違いない。

 

しかも扶桑海事変当時よりマシとはいえ、

理不尽と不条理が徒党を組んでいる軍隊に未だ所属しているのに対して呆れるかもしれない。

 

でも、今の私はこの生活に満足している。

もしもその時の私に会えたらこう言うつもりだ。

 

確かに毎日悩んでいるし、

色々忙しいし大変だけどやりがいはある。

でも国籍、人種は違えど、年下のウィッチを助け、戦えるなんて、

なかなか出来ない素敵な仕事だし、何よりも空を飛ぶことはいつまでたっても楽しいから、と。

 

そんな素敵な仕事と楽しみを彼女、ゲルトルート・バルクホルンは作ってくれた。

もしもあの時、アフリカへ行かずオラーシャへ言っていたら私は従軍記者のままだったかもしれない。

 

あの時、ブリタニアで彼女と出会ったお陰で今がある。

だから彼女のために、私自身のために、飛べなくなるその最後の日まで飛び続けるつもりだ。

 

国籍、年齢は違えど同じウィッチ。

愉快で素敵な仲間たちと共にありたい、そう私は願っている。

 

 

 

 



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幕間の魔女「騎士鉄十字の家系」

第三者から見たバルクホルンの話、今回はどこぞの国民的作家視点です。



バルクホルンはその確実な家系をゲルマニア騎士団まで遡ることができる古いユンカーの家柄である。

 

その傍証は騎士とウィッチがことごとく死した1410年のタンネンベルクの戦いの後、

生き残った数少ない騎士とウィッチに対し支払われた給料支給記録においてフォン・バルクホルンの名を確認できる。

 

「ユンカー」

 

という言葉を扶桑語で直訳すれば貴族または地主貴族になるが、その実態は、

 

「武士」

 

と表現するのがより正しい。

それも太平の世で世襲官僚化した織田幕府時代の武士ではなく、

あり方は自ら荘園を経営し、戦に馳せ参じる鎌倉時代の坂東武者に近かった。

時代が資本主義、産業主義に向かうにつれて大部分が困窮化していったことも武士に似ていた。

 

余談だが、筆者は最近東プロシャに旅行した。

カールスラントでも北の辺境、土地は貧しく、冬は白夜が見える北の厳しい大地である。

が、数世紀にわたって開拓を続けた結果、カントをはじめとする著名な文化人を数多く生み出した歴史ある土地である。

同時に長年の困難が、命令に対し絶対的な服従を誓う軍国プロシャ王国の精神的気風を育てたのがその特徴といえる。

 

そして、このあたりにユンカーが多い。

ユンカーというその本来の意味は、

 

「若殿」

 

という意味らしい。

侯爵や伯爵の息子たちがゲルマニア騎士団に属して騎士として戦ったいたからだそうだ。

ゴトフリード・ノルディング・フォン・バルクホルンもそんな若殿の子孫の末裔であるため、同時代のあらゆるひとびとから、

 

「最後のプロシャ騎士」

 

とか、厳つい顔立ちからフレデリック大王時代の豪傑極まる騎兵将軍ツィーテンの再来などといわれた。

 

しかし、本当はどうなのであろう。

事実かれは代々軍人の家系にも関わらず、軍人になろうというきもちはまったくなかった。

 

かれが東プロシャでおくった少年と青年時代。

顔と名こそ厳ついが、その実おだやかで心優しい惣領息子であったにすぎない。

事実、かれは読書と庭いじりを愛し、戦火の後には晴耕雨読の日々を夢見ていた。

 

「あの人は戦争が無ければ、大尉あたりで予備役になって、どこかの大学の優しい助教授になれただろう」

 

と、義妹のゲルトルート・バルクホルンは、

メッケル少佐が関ヶ原合戦図を見て「西軍の勝ち」と断言したように、親しい人にいった。

 

しかし後年まさかこの優しい助教授の妻に自分がなろうとは、夢にもおもっていなかった。

戦時中、エーベルトから義兄と許嫁ないし、婚約を勧められた際には大いにおどろき、

 

「とつぜん、清水の舞台からとびおりるよう、いわれた気分」

 

と、扶桑人の坂本と宮藤に自身の動揺を扶桑の諺と共に語った。

相手が同じ騎兵将校か、この辺のいきさつが秋山好古に求婚された多美に似ている。

 

はなしは、もどる。

 

騎士団幹部の大半、騎士団総長すらも戦死を遂げた悲惨極まる戦いを生き延びたのは大変な幸運であり、

人は戦いに参陣したバルクホルンのウィッチに何らかの特異な固有魔法を有してあったかのように考えがちである。

(実際、今日においてはウィッチとして数々の奇跡を成し遂げた宮藤芳佳の例を挙げて、そう結論づける者は多い)

 

だが、それ以降において、まったく名を残しておらずそれは否定せざるえを得ない。

たとえ、特異な固有魔法を有していたとしても、それだけで戦場を生き延びるのはむつかしい話だからだ。

次にバルクホルンの名前が出て来るまでに、長い中世の停滞から抜け出した時代、近世初頭までまたねばならない。

 

しかしそれも男は傭兵ランツクネヒトの中隊長として、女は古参兵ウィッチとして名前が出る程度である。

要するに戦乱の世において、ならず者たちを率いて、戦争という商売をしていたに過ぎないらしい。

 

しかし、1640年に一つの転機が訪れた。

 

後年、数で勝り、当時最強とうたわれたバルトランド軍を独力で倒し、後に大選帝侯と称えられる君主、

ブランデンブルク選帝侯の位を継いだフリードリヒ・ヴィルヘルムが指揮する常備軍の幹部将校団の一員に加わったのだ。

 

そして、ここからバルクホルンの歩む道が定まった。

男は将校として、女はウィッチとして歴代に渡ってプロシャ王国へ仕えるようになったのだ。

 

バルクホルンの名が一躍有名になるのは、1756年の七年戦争だった。

騎兵将校ゲルハルトと義妹にしてウィッチのルイーゼがロスバッハの戦いで騎兵突撃の一番槍を果たしたのた。

 

プロシャ軍は約2万、対するガリア、ザクセン、オストマルクの連合軍は合計5万。

その大軍の真正面から騎兵突撃を敢行して、これを成功させたのだ。

 

「バルクホルンは男女ともに、騎兵将校の平均をはるかに超えるまで馬術に習熟し、命令には忠実で、部下の扱いがうまい勇者」

 

と、騎兵将軍ツィーティンが手放しで誉めちぎったように、

現在に至るまで巷で言われている「勇武のバルクホルン」の原型がここで既に完成された。

 

義妹のルイーゼも気難しいことで知られるフレデリック大王からの覚えもよく、

自身の身辺を警護する近衛ウィッチとして昇進を打診され、家門の将来は安泰のはずだった。

 

しかし、ルイーゼは栄達よりも義兄の妻、家庭の実質的支配者の地位を選んだ。

ゲルハルトも戦後は軍や宮中での栄達よりも、義妹の夫であることを選び、自らの領地へ引きこもった。

 

普通なら、バルクホルンの軍事的栄光はここで終わりである。

だが2人の間に出来た子供や孫たち、その子孫はプロシャ王国が関わる戦争の全てに参加した。

 

(中略)

 

対してゴトフリードの父は戦争を好まぬ人物であった。

だが商売に関して才があり、多くのユンカーが経済的に没落してゆく中で逆に資産を増やすことに成功した。

 

しかも増やした資産を惜しげなく慈善事業や、領民の生活向上に投資していたため、名士、君子人と誰からも慕われた。

母もそんな父に似合いの人で、たいへん明るい質を持つ、常になにかを愛さずにいられない女性であった。

 

結果、かれはユンカーの世継ぎというよりは、

適度に裕福な商家の頼りなげな惣領息子と呼ぶのがふさわしい、人柄のよい人物となった。

 

かれの悲劇は軍人になってしまったことである。

しかも、人柄とは裏腹に外見はまったく厳つかった。

悪くいえば馬鈴薯のようだと評し、良くいえば勇武の相だといわれた。

 

ゆえに、かれはそうした評価にあわせて生きなければならなかった。

特に先祖代々が勇武をもって知られる家系であるから、それに従わざるを得ず、そうなった以上はそう生きねばならなかった。

 

とはいえ、かれが軍に入った当初、欧州は未だ平穏そのものであった。

扶桑海事変が勃発した時も叔父が指揮する槍騎兵連隊で平時の将校として勤務していたに過ぎない。

 

だが、その叔父がまったくの親心からかれの将来を再度決めてしまった。

 

「これからの時代は戦車だ」

 

騎兵将校として教育を受けてきたかれは、そのことでまた面食らうことになった。

 

今日でこそ、戦車こそ陸戦の王者で騎兵の末裔という立ち位置であるが、

当時、戦車とは最新兵器でありながらも未だ海のものとも、陸のものとも区別がつかないゲテモノであった。

 

そもそも第一次ネウロイ大戦の最中に開発された戦車とは、

 

「陸上戦艦」

 

という発想で生み出された。

くわえて、この開発を後押ししたのは海軍大臣のウィンスト・チャーチルであった。

つまり、陸戦兵器でありながら、潮のかおりが漂う異質同体、それが戦車であった。

 

正直なところ、叔父を好くべきなのか憎むべきなのか、かれにはよくわからなかった。

相手が善意に満ているぶん、始末におえないからだ。

 

そんな最中、かれの実家に遠戚の少女が新しい家族としてやって来た。

 

ゲルトルート・バルクホルン。

 

後に第501統合戦闘航空団、通称ストライクウィッチーズの部隊創設に携わり、

ネウロイの巣を破壊、しかも複数回関わった上に自身も世界有数の偉大な撃墜王として君臨することが約束されていた。

 

この時ゲルトルートは親と兄弟姉妹を妹のクリスを除き、全てを亡くした孤児に過ぎなかった。

しかし、世界が戦争という暗い波濤へ乗り出しつつある時代、騎士鉄十字の家系はその準備を整えたのであった。

 

 

※福田定一著「騎士鉄十字の家系」(東京広告技術社刊)第三版より引用

 




関ヶ原の話はやっぱり外せない(確信)


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幕間の魔女「芋大尉の日常」

【注意】今回、原作キャラの喫煙描写があります!



◇煙草の話

 

「こんな光景、他の隊員には見せられないな・・・」

 

三条の紫煙が揺らめく中、ワタシは発言した。

 

「そうよね、ウィッチの喫煙は黙認されている。

 と言っても、「黙認」であって「公認」ではないし、

 ルッキーニさんとか子供が真似しそうだし、皆の前で吸うのはちょっと、ね・・・」

 

紫煙の主、その一人目であるミーナが頷いた。

細長いシガレットホルダーで吸う姿は「女侯爵」の二つ名らしく、どこか貴族的な余裕と優雅を感じさせる。

 

軍隊と煙草は切っても切り離せない関係、

しかもこの時代は煙草は喉ごしが良いなんて言われていたから、

喫煙に抵抗感が薄いのを知っていたけど・・・しっかし、まさかミーナも煙草を吸うなんて・・・。

 

初めて知ったときは、本当に驚いた。

それこそ例えるならばクラスのお嬢様がNTRた挙句、

ガングロ化してチャラ男の象さん(意味深)なしだと以下略)な薄い本的展開に匹敵する衝撃だったな、うん。

 

まあ、ミーナは1日に葉巻を20本も吸うヘビースモーカーとして有名なガランド少将の副官を務めていたし、

指揮官としてのし掛かる心理的重圧、有力者との会談やパーティーなどの付き合いで喫煙せざるを得ない機会が多いからなぁ・・・。

 

というか、この時代。

喫茶店には灰皿、マッチは必ず用意されているし、

映画館で映画を上映していても、飛行機の中、列車の中でも平気で煙草を吸っている。

おまけに、ポイ捨ても平気でやるし喫煙者にとっては天国のような時代だ。

 

「ミーナの言うとおりだ、子供は大人に憧れる。

 ルッキーニだけでなく、宮藤もリーネも真似するだろうな」

 

紫煙の主、その二人目である坂本少佐が呟いた。

口にしているには前世でも有名な銘柄「ラッキーストライク」だ。

なお、ミーナも少佐と同じ銘柄をシガレットホルダーの先端に挿して吸っている。

 

よもや坂本少佐まで煙草の味を知っているなんて、意外すぎるが、

煙草の覚醒と鎮静作用に頼らざるを得ない戦場にずっと身を置いてきたせいなのと、

少佐もミーナと同じく付き合いで煙草を吸う機会が多く、それで煙草の味を覚えたと聞いた。

 

・・・JG52にいた時を思い出すな。

ヨハンナ、ラル、クルピンスキー、3人とも腕前は確かだったけど、

所詮は新米少尉に過ぎず、真の将校として人を率いるにはあと数年の歳月が必要だっただろう。

 

だけど、ネウロイ戦争で経験を積んだ先輩ウィッチは消耗戦の果てに次々と倒れ伏せ、

気づけば、中尉に昇進してみんな中隊長として職務を任されるようになってしまったんだ。

 

なおワタシとヨハンナに至っては最後は3個中隊を束ねる飛行隊司令まで昇進してしまった。

平時ならば経験豊富な大尉、あるいは少佐が受け持つ役職にも関わらず新米中尉が、である。

 

あの当時、人は簡単に死んでいった。

 

1度の出撃で発生する未帰還率は3割。

出撃する度に誰かが戦死するか、戻ってきても誰かが重傷を負って飛べなくなった。

 

12歳どころか、場合によっては10歳程度の少女がである!

 

ヨハンナは両足を切断するしかなかった部下から恨み言を吐かれて精神的にかなり追い詰められたし、

ラルは「自分が嫌われ役になれば良い」と開き直ってあの図々しい鉄仮面を被ったけど、ストレスで味覚がおかしくなった。

 

クルピンスキーは言動、女遊びな行動こそ変わってなかったけど、

部下を庇って撃墜される回数も増えて、誰かが戦死する度に密かに大泣きし、酔いつぶれていた。

 

そんな中、煙草は戦地では数少ない娯楽であり、

煙草の覚醒と鎮静作用は戦場で荒んだ精神を安定させるのに必要不可欠であった。

皆で集まって煙草を吹かしながら、喧嘩したり、議論したり、泣いたり、笑ったりしたんだ。

 

もう5年、あるいはたった5年前の話で、

まだ15歳どころか13歳の時だけど、何もかも懐かしい青春だった――――。

 

「少佐、宮藤については問題ないかと。

 何せ未だ中学校に在籍しているので一度煙草を吸えば一発で退学間違いなしですから」

 

「む、そう言えばそうだったな。

 すっかり銃後の常識を失念していたな、いかんな」

 

「本当ね・・・『普通の』女の子なら10代で煙草なんて吸わない、そんな常識を忘れてしまうわ・・・」

 

そう、『普通』ならそうだ。

『普通』の女の子なら煙草なんて吸わないし、頼らない。

軍隊と一般社会の常識の間には、大きな溝があり、長い軍隊生活がそれを忘れてしまう。

 

「それにです、」

 

紙巻煙草を吸っている2人と違い、

こちらはパイプだから炉に火を保たせるように、一度息を吹く。

 

「それに、喫煙習慣があっても進んであの3人に煙草を勧めるようなウィッチはこの部隊にいませんから」

 

エーリカに煙草を教えたチャラ女・・・。

もとい、クルピンスキーのように「楽しい軍隊生活」を先輩として教えるウィッチはいない。

 

本当、501にいるウィッチはミーナが言ってたように「良い子」ばかりである。

JGG52は確かに精鋭部隊だったけど「プライベートは深く関与しない」とラルが宣言したように、

私生活において非常に癖が・・・ぶっちゃけ、問題児なウィッチが大勢所属する愚連隊な所があったな、そうそう。

 

だけど塹壕貴族(自分がそのあだ名をつけた)もとい、

ボニン司令はそんな部隊について頭を痛めるどころか、むしろ楽しんでいた気がする。

 

「えっ?喫煙習慣って・・・私達以外にいるの?」

 

「うん、ミーナ。

 意外かもしれないけど、いるんだよ。

 正確には「昔は喫煙習慣があった」だけどエイラ、

 シャーリー、この2人、実は煙草を吸っていたんだ」

 

「シャーリーならまあ無くはないが、エイラが?意外だな・・・」

 

それについてはワタシも同意する。

黙っていれば清楚系な美女である上に、

リアル北欧系銀髪美少女なエイラが煙草を吸っていた。

なんて事実はショッキング極まる事実なのは間違いない。

 

「切っ掛けは原隊にいた時、

 先輩ウィッチから喫煙を勧められてからだそうですよ、少佐」

 

「あーーー・・・先輩から勧められ喫煙を始めたのか、よくある話だな」

 

「その辺の事情はどこも変わらないのね・・・」

 

坂本少佐とミーナが「あるある」と頷く。

「先輩から勧められて喫煙を始めた」なんて話は【前世】からよくある話だ。

 

だけどこれが、ケモノ耳と尻尾を生やし、空を飛んで戦う魔法少女でも、

こうした生臭い話が絡むなんて、少し面白く、笑ってしまいそうだ。

ただし、エイラの喫煙についてそうせざるを得ない事情もあった。

 

「スオムスは白夜の季節になればほぼ丸1日昼間の様に明るくなり、

 殆ど寝る暇も無く戦う羽目になりますから、眠気覚ましと疲労を誤魔化すのに煙草が必要だったそうです。

 501に来て暫くは隠れて喫煙していましたけど、今はサーニャに嫌われるのが嫌で止めた、と本人が言ってました」

 

堂々と吸わずに隠れて吸っていたのも本人曰く、

「ウィッチ用の食堂や休憩所に灰皿がないので、部隊に定められた暗黙の規定を察したから」と言う辺り、

エイラは見てくれこそ二次元から飛び出たリアル美少女だけど気質は周囲の空気が読めるベテラン下士官そのものだ。

 

傍から見ればボンヤリしているミステリアスな美少女だけど、

10歳の時からずっと戦ってきただけあって「軍隊」の気風、阿吽の呼吸を知り尽くしている。

 

・・・おっと。

 

「2人とも、どうぞ」

 

二服目の喫煙を始めようとする2人に対してジッポを点火する。

「あら、ありがとう」「すまないな」と感謝の言葉を受ける。

 

「ふぅーーーー・・・。

 成る程、エイラさんにそんな事情があったなんて」

 

「流石、バルクホルンだな。

 ミーナと私では知り得ぬ隊員ことを把握できるとは」

 

仲良く1つの火種を分かち合った2人から称賛される。

金ピカの将軍閣下よりもずっと、嬉しい称賛だ。

 

「何てことありませんよ、

 エイラと一緒にサウナに入って雑談する最中に知った話です」

 

だけど、ワタシは昔から素直に誉められた時の受け止め方が下手くそだ。

この称賛は本来あるべき「彼女」が受けるべきだと思っているからだ。

だから今日も後ろめたさ、照れ臭さを誤魔化すようにパイプを吹かした。

 

「シャーリーさんは?」

 

「シャーリーについては地方(一般社会)にいた時から吸っていたそうだ、ミーナ。

 理由は単純明確、大人から女性らしくしろだの、あーだ、こーだ、と言われて反骨精神を拗らせたからだ、と言っていたな」

 

この世界では歴史の節目節目にウィッチが活躍し、

「ライト姉妹」のように社会と人類の進歩を助けた経緯から「史実」より女性の地位は高い。

だけど、それでも男女の性差はあるし大人が求める「女性らしさ」は今も昔も変わっていない。

 

「シャーリーは機械弄りが得意で、

 自身もバイクのレースに出場できる程の腕前なので、

 絶賛も多かったですが「女性らしくない」と難癖も相応にあったんだ」

 

同性からも叩かれたと聞いている。

ハッキリ言って八つ当たり、それと嫉妬だろう。

何せ唯でさえウィッチ、というだけでも同性から嫉妬の対象となりうる。

 

しかしシャーリーからすれば努力して得た結果であり、

何も行動せず、アレコレ言う連中なんてふざけた話であり、

「女性らしさ」とやらを押し付ける大人と女性に対し怒りを覚えて当然だ。

 

そして反抗心を拗らせた10代の少女がやる事なんて――――まあ、喫煙一択であった。

 

「・・・シャーリーらしい、

 と言えばらしいが、意外と苦労しているんだな、シャーリーも」

 

ぽつり、と坂本少佐が呟いた。

 

「出る杭は打たれる、

 どこも事情は同じかもしれませんね。

 ですが、今はルッキーニの面倒を見たり、

 自由にストライカーユニットを改造できたりと、

 楽しい事、好きな事が山程あるから、喫煙する暇なんてないと笑ってました」

 

自分のやりたい事、好きな事を見つけ、

それに向かって努力を惜しまない――――。

 

本当に羨ましい。

【前世】も含めて自分のやりたい事、好きな事が分からず、

軍人になってネウロイを叩き落とす事でようやく承認欲求を満たせた自分とは大違いだ。

 

まあ、いい。

どうせ自分はいつか戦死する。

最近は平和になった後の世界の行く末を見てみたい欲求があるけど、その道のりは未だ遠い。

 

それよりも「ストライクウィッチーズ」の主人公である宮藤芳佳を守り通す。

彼女さえ生きていれば、必ずネウロイを地上から殲滅してくれる、絶対にだ。

人類数十億の命運は彼女に掛かっていると言って良い、だから自分の命は捨てても元は十分取れる。

 

何も問題ない、そう何も。

それだけを生き甲斐に今日まで生きて来たのだから。

 

「トゥルーデ、少し顔が怖いわよ・・・?」

「ん・・・そうか、ミーナ?」

 

心配そうにミーナが自分を覗いている。

こんな時、どうすべきか分かっている。

 

「いや、隠さない方がいいか。

 シャーリーが羨ましいな、と思ったんだ、ミーナ。

 好きな事を見つけて、好きな事に邁進するシャーリーが。

 軍人になるしか道はなかったし、軍人であることにしか意義が見いだせない自分と違って」

 

【嘘は言っていないが、本当の事は言わず、道をずらす】これに限る。

こうして自分の気持ちを騙し、周りの人間を騙して来た、ずっとだ。

 

ミーナは優しい、ワタシが知る誰よりも優しく、強く、情を知る人物だ。

だから「宮藤芳佳を守り抜くために戦死しても問題ない」なんて事実を知って心配させたくない。

 

「幼い頃に親を亡くして、引き取られた遠縁の親戚は軍人貴族な家系だから、

 ウィッチとして軍人になるしかなかったし、将来の婚約まで周囲から言われていたから余計に、な」

 

気づいたら「ストライクウィッチーズ」のゲルトルート・バルクホルンに転生していた。

しかもクリスを除いて実の家族がトラックの事故で全滅していた、本当に訳が分からなかった。

おまけに引き取られた親戚が【あの】ゴトフリードなバルクホルンだったから当時気分はもう銀河猫状態だった。

 

そんなんだから、この世界は「ストライクウィッチーズ」ではなく、

バルクホルンをメインヒロインにしたや○夫スレか!?と昔は悩んでも仕方がない事を真剣に悩んだな。

 

「ごふぅ!!、げほ!げほげほ!!

 こ、婚約!?バ、ババババ・・・バルクホルン!それは本当か!!?」

 

坂本少佐が妙に狼狽している、解せぬ。

というか、ここまで慌てふためている姿なんて初めてかもしれない。

 

「けほ、けほ・・・あ、あのね、トゥルーデ。

 普通は驚くわよ、というより落ち着いている貴女の方が驚きよ」

 

ミーナまで言われてしまう、何故だ?

 

「『身寄りのないウィッチを養女として迎えて、一族の息子と結婚させる』なんてよくある話だろ、ミーナ?」

 

美少女で魔法が使えるウィッチには希少価値があり、社会的なステータスシンボルだ。

だから歴史上、身寄りのないウィッチを権力者が育てて一族に迎える、なんてことはよくあった。

 

ましてやユンカーだ。

華やかな宮殿文化で骨抜きにされた軟弱なガリア貴族と違って、

己の勇武、御恩と奉公が商売な武士の類だから強い血、太古の昔から戦場に立つウィッチの血統は絶対に必要だ。

 

「それに妾とか、家内労働者とかではなく周囲の扱いは正妻。

 しかも、士官学校に入れる程度に教育してくれたから、ワタシは運が良いよ」

 

本当に運が良かった。

いくらウィッチとして覚醒している。

と言ってもウィッチとして正しく力を制御する訓練が必要だった。

 

加えて社会常識、それに言語もしばらく怪しい状態だったから、

もう一度学びなおす必要があり、それら全てを丁寧に教えてくれた人たちに巡り合えたのは運が良かった。

 

しっかし、よもや自分が「あの」ゴトフリードのお嫁さん候補とは・・・。

おじさんは軍人貴族家系だからと言って、ワタシまで無理に軍人になる必要はないし、

ましてや「息子の結婚相手」なんて考えていなくて単に「可愛い娘が増えて嬉しい」というスタンスだったけど、

 

周囲の人間は尚武と勇武の一族に引き取られたウィッチなら、軍人になるのが当然。

そして、自分をサーベルタイガーと一緒に引き取られた某魔王の義姉のように見ていたし、そう扱おうとしていた。

 

昔はそう囃し立てる周囲の人間に色々思う所があったけど、

ネウロイ戦争で大半は戦死してしまったから、今は少し寂しい気持ちが勝る。

 

「トゥルーデ、貴女・・・・・・」

「バルクホルン・・・・・・」

 

等と少し回想してたけど、

何故か2人揃って泣きそうな顔でこっちを見ていた――――理由が分からない。

 

 

 

◇服の話

 

「しっかし、ゲルト。

 お前マジで自然に着こなせているな、扶桑の服」

 

しげしげと、ワタシを観察していたシャーリーが呟いた。

 

「宮藤からも言われたが、そう見えるのか?」

 

今の自分は少佐の銃剣道に付き合っていたので胴着と袴姿であるが、

以前からどういう訳か、異口同音に扶桑の装束が似合っていると言われている。

 

「見えるさ、ゲルト。

『服を着るだけ』なら誰だってできるけど、

『服に合わせた細かい仕草』なんて簡単じゃないぞ。

 おまけに慣れない服にも関わらずリラックスしているし、私には無理だぜ」

 

「・・・仕草、か」

 

まさか仕草とは、ね。

【前世】から転生してから少しの間は男女の違い、

肉体の大きさが違うから体の動かし方すら違和感を覚えて大変だった。

 

「ゲルトは大抵の事なら何だって出来るから、マジで尊敬するぜ」

 

「何でもは知らないさ。

 知っていることしかできないだけだよ、シャーリー」

 

誉めるシャーリーに対して、

リベリオン人のようにヤレヤレと大袈裟なポーズをした。

 

 

 

 

◇髪の話

 

「トゥルーデ、少し伸びたよね」

 

エーリカの部屋で片づけを終えた後。

2人でベッドに寝転がり、それぞれ好きな事をしていた最中にエーリカが言いだした。

 

「言われて見れば伸びたな、髪が」

 

Ta152のマニュアルから目を離し、

腰まで、とは行かないが相応に伸びた髪を摘まむ。

色々あって切るのを後回しにしていたけど、流石に切った方がよいだろう。

 

長い髪は暑いし、何よりも手入れが面倒くさい。

女性の髪は繊細だから【前世】のように頭をガシガシ洗って終了!とはいかない。

 

しかも乾かすのにも手間隙と労力を要求されている。

まったくもって面倒なのだ、長いとアレもコレもやらなきゃならない。

 

「んん、でもいっそこのまま伸ばしたら?

 トゥルーデの髪質って、少佐に似て湿度を帯びているから長髪も似合うと思うけど」

 

エーリカがワタシの髪を撫でつつ呟いた。

 

「長髪は手入れが面倒だぞ、エーリカ。

 しかも、この基地は常に潮風に晒されているから、余計に手間が掛かる。

 化粧なんてしたことがない少佐でも、髪については毎日手入れを欠かせていないんだ」

 

坂本少佐、といえば【原作】のズレた性格と行動から、

女性らしい身だしなみについて関心がないと思っていたけど、

髪の手入れはその仕草に色気すら覚える程丁寧にしていたから、初見は心臓が止まるかと思った。

 

「それに髪を伸ばすなら、エーリカが伸ばせばいいじゃないか。

 エーリカの金髪は秋の麦穂、金糸みたいに繊細で綺麗だから伸ばして損はない」

 

転生して初めて知ったが欧米人、

中でもドイツ人と言えば金髪!のイメージが強いけど、意外とそうではない。

大半は自分のような栗毛か、金髪であっても別の色が乗算された色合いをした人が多い。

真面目な話、エーリカのような綺麗な金髪とは銀髪と同じくらい結構レアな色なのだ。

 

「えぇー、ヤダし。

 私の髪質は乾燥気味だから、今でも手入れが面倒なんだよねー。

 あっ、これから毎朝トゥルーデが手入れしてくれるなら、伸ばしてもいいかも」

 

「自分で手入れしろ」

 

エーリカの髪を櫛で梳かしながら答える。

吾ながら酷い矛盾である。

 

この子はものぐさで、残念な言動と態度をしているが、

良いとこで育ったせいか自分で髪を手入れする時はちゃんと丁寧にする方である。

 

そういえばマルセイユも見かけに反して、髪の手入れは本当に丁寧だった。

 

性格、態度は生意気なクソガキそのもので、

煙草を一丁前に吹かそうとしてヤニクラで倒れたり、

深夜まで大騒ぎした挙げ句、飲み過ぎによる体調不良で出撃できなかったりと、兎に角問題児だった。

 

だけど、髪の手入れ。

その時だけは普段の唯我独尊な振る舞いは消え失せ、1人静かにゆっくりと手入れをしていた。

 

何せあの見た目で、あの長い髪だ。

それを静かに手入れしている姿は美しく、本当に綺麗だった――――。

 

「・・・今、ハンナの事、考えてたでしょ?」

 

過去の思い出に浸っていたらエーリカが鋭い一撃を放った。

背中しか見えないが「面白くない」という態度を全身から発している・・・なんでさ、というか。

 

「・・・何故、分かったんだ?」

「トゥルーデの雰囲気から『ハンナは可愛くて格好よかったなー』って感じだったし、分かるし」

 

顔を見ずに雰囲気だけで分かるなんてエスパーか!?

あ、そう言えば魔女か・・・。

 

「私、トゥルーデの事なら何でも知っているもんね~」

 

そう言うと、エーリカは鼻歌を歌い出した。

 

「かなわないなぁ・・・」

 

小さくても誰よりも聡い友人にワタシはお手上げするほかなかった。

 

 

 

 




【注意】これはあくまで、フィクションです。
    自分は如何なる場合でも未成年者の喫煙には反対します。


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