魔法科高校の劣等生~双子の運命~リメイク版 (ジーザス)
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1章 プロローグ
第1話 再会①


この作品は以前投稿していた〈魔法科高校の劣等生~双子の運命~〉を、加筆修正したリメイク版となっております。

内容はほとんど一緒ではありますが発言や視点が変わっています。何しろ初期の作品なので語彙力が低すぎて眼も向けられない有様なため、この度もう一度初心に戻ることにしました。ではよろしくお願いします。



「貴方には第一高校に進学してもらいます」

 

そう言う女性は、今の日本の魔法師社会を束ねる〈十師族〉のうちの一家、四葉家現当主の四葉真夜である。〈十師族〉の中で最も優秀だと言われている2つの家系のうちの1つだ。そしてこの女性は〈極東の魔王〉や〈夜の女王〉という異名を持つ、当代最強と称される魔法師である。

 

実年齢は45歳なのだが、外見は30歳過ぎにしか見えない。大人の女性の美しさを持ち合わせ、同性・異性問わずに引き付ける魅力がある。ここは真夜のプライベートスペースで、執事序列一位の葉山と許可された家具・機械のメンテナンス業者以外は入ることのできない場所だ。

 

 

 

何故そんなところに俺がいるのかというと、それは俺の出生に関係がある。だが今は当主の話を聞くことが最優先事項だ。

 

「文句を言うつもりはありませんが、何故第一高校に進学させたいのかお聞きしてもよろしいですか?」

 

俺に反発する気はない。というよりしようとは思えない。何故なら四葉家の恐ろしさを身を以て知っているから。それ以外の理由もあるのだが。

 

「貴方なら理由を説明しなくてもわかっていると思うのだけれど…」

「達也と深雪に向けられる注意を分散させるためですね?」

 

意味ありげに笑みを浮かべる叔母に対して、俺が自分なりの回答をすると満点とでもいうように頷いた。

 

「貴方には達也さんと深雪さんの家に住んでもらいます。近くにいた方が何かと対処しやすいでしょう?それに貴方の【固有魔法】なら、2人の心も安らげることができるでしょうから」

 

俺が持つ【固有魔法】のうちの1つが《回復(ヒール)》だ。俺の想子が枯渇しなければ作用する魔法。俺が死ぬまでに怪我した部位が完治していれば問題はない。だが途中までしか治っていない場合は、怪我をした状態に逆戻りしてしまう副作用がある。

 

回復(ヒール)》の派生形である《癒し》は、ある程度のストレスを和らげ、感情をある程度コントロールすることができる。これは対象者と自分の信頼関係がなければ成り立たない魔法で、信頼が高いほど効果は強い。逆に自身が敵と認識したり、相手から明確な敵意を向けるものに対しては、苦痛として相手に与えることができる。その性質上、この魔法は精神干渉魔法に分類されている。

 

「2人には私から伝えますので、あなたはメイドと一緒に引っ越しの準備をしておきなさい。4日後に出発予定です」

 

それだけ言うと、話はこれでお終いとでもいうように紅茶を口にする。俺は2人とまた会えることをうれしく思った。一緒に暮らせるし学校にも通うことができるので、踊り出したくなるほど嬉しかった。俺は葉山さんにお礼を言ってから部屋を出て行った。

 

 

 

 

 

葉山が新しい紅茶を目の前に置くのを待つ。真夜は一口含むと、珍しくその場から動かない葉山に尋ねた。

 

「葉山さん、言いたいことがあるなら言っても構いませんよ?」

「僭越ながら。奥様、3人を共同生活させてよろしいのですか?揃えばわが四葉家でも対抗するのは難しいと思いますが」

 

葉山は心配らしい。あの3人が四葉家を裏切るかもしれないと。

 

「気にしなくても大丈夫よ葉山さん。達也さんは2人がいれば問題を起こさないし、深雪さんは2人がいれば暴走しないから」

 

真夜の言葉に納得したかのように葉山は一礼して退室した。

 

真夜は1人になると背伸びをする。大人の女性としては少々はしたない行為だが、たまには眼をつぶってもらおう。

 

「あの3人が一緒の学校に通っていたら、よくないことが起きそうだけどしょうがないわよね。達也さんはトラブルを引き寄せてしまうもの。彼が望んだことではないのだけど、やっぱり私と姉さんのせいかしらね」

 

独り言をつぶやいた後、真夜は翌日に達也と深雪の家に連絡を取るため就寝することにした。

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

ある日の昼頃。深雪は入学筆記試験の勉強をしていたが、満足のいく解答が出せなかったために憂鬱になっていた。こういうときは勉強のできる兄が羨ましく思う。解説してもらおうと立ち上がると、秘匿回線の呼び出し音が鳴ったため、深雪は電話にかけよって応対した。

 

「お待たせ致しました」

『ごきげんよう深雪さん。今大丈夫かしら?』

 

自分たちの母親であった故人司波深夜、旧姓四葉深夜の双子の妹である叔母の四葉真夜からであった。

 

「ご無沙汰しております叔母様。もちろん大丈夫です。今お伺い致します」

『焦らなくてもいいわよ。達也さんにも話しておきたいから、一緒にでてもらえるかしら?準備ができたらまた電話してね』

 

それだけ言うと電話は切れる。自分だけでなく兄にまで話しておきたいこととは、よほどのことなのだろうか?そんなことを考えていたが、当主を待たせるわけにはいかないので達也を呼びに行く。達也は休日のほとんどの時間を、地下の施設でCADの調整をして過ごしている。

 

「達也お兄様、深雪です。入ってもよろしいですか?」

 

問いかけると、中から「いいよ」と達也の返事が返ってくる。自動扉が開いて中に入ると、上半身をこちらに向けている達也がいる。

 

「どうした深雪?勉強してたんじゃないのか?」

 

心配をしてくれることに嬉しく思いながらも、此処へ来た用件を伝える。

 

「していたのですが、叔母様から電話をいただいたのでお伝えしに来ました」

「叔母上から?どんな内容だったんだ?」

 

達也と深雪に真夜から連絡があるのは、重要なことを伝えるときだけだ。生活の様子を聞かれたことなど一度もない。

 

「それが…お兄様にもお伝えしたいと仰られまして。折り返しご連絡がほしいそうです」

 

困惑しながら深雪は内容を伝え、達也も少なからず動揺しているようだ。

 

「叔母上が俺にも話したいことか。厄介なことでなければいいが…」

 

そこまで独り言を口にして、達也は深雪にお願いする。

 

「わかった。すぐ行くから先に準備しておいてくれ」

「はい!」

 

元気よく深雪は答えてリビングに向かう。達也はさきほど開いていたファイルを保存し、CAD調整機の電源を落としてから深雪の後を追った。

 

 

 

リビングに着くとちょうど深雪が映像電話をかけているところで、数回コール音が鳴ると真夜が出た。

 

『折り返し連絡ありがとう深雪さん。達也さんも久しぶりね』

「「…お久しぶりです叔母上」」

 

相変わらず年相応の外見をしていないので、少し反応が遅れる2人だった。それでも気になるほどの間を空けることもなく、ちょうどいい間をとって返答する。

 

「ところで叔母上、本日は一体どんな御用で?2ヶ月前にお会いしたばかりなので、様子見ということではないでしょう」

『まあ、達也さん。そんなにせっかちだと、深雪さん以外に近寄ってくれる女性がいなくなりますよ?』

 

クスクスと笑いながら真夜は答える。あながち冗談に聞こえなかったので、どう反応したらいいのか達也にはわからない。深雪は頬を軽く赤く染めてはいるが少なからず嬉しそうだ。

 

血縁関係があるというのに何故か真夜は敬語を使う。葉山に対して使用する敬語とはまた違う。葉山の場合は、年長者と当主の関係性から理解できる。だが深雪や達也に対する敬語は違和感だらけだ。まるで他人との関係に壁を作る(・・・・・・・)人間のようでもある。

 

『今回お電話したのは他でもありません。克也(かつや)と一緒に第一高校に入学してほしいんです』

 

真夜からお願いが来るとは思っていなかった。しかも克也と共同生活までという2つのお願いだ。

 

「「克也(お兄様)とですか!?」」

 

達也と深雪は同時に驚愕する。普通なら驚かない達也だが、克也のことになると至って普通の反応を示す。その理由としては、達也にとって克也がとても大切な存在のうちの1人だからだ。

 

『ええ、そうよ。克也も貴方たちに会いたそうにしていましたからよい機会でしょう?戦闘にも適していますし、深雪さんの護衛にも最適かと思いますけど』

 

魔性のウインクを最後につけながら言ってきた。

 

「よろこんで迎えますよ。俺も会いたいですから」

 

達也の中に残っているわずかな感情がうずく。

 

『そう言ってくれると思っていましたけど安心しました。名義は私の息子(・・・・)、四葉克也として学校に提出します。住所は貴方たちと同じです。関係性として幼馴染ではどうですか?親の仕事の事情での友人という感じで接してあげてください』

 

同じ家に四葉家の名前があれば、自分たちが四葉家の血縁者と思われてしまうので肩書は必須だ。今さら嘘が1つや2つ増えたところで何も変わらない。達也たち兄妹の個人情報は、もともと嘘で真っ赤に染まっている。親の仕事の都合というのも、あながち間違っているわけではない。自分たちの父親は、四葉家のある意味関係者なのだから。

 

とはいえ、四葉と関わりがあるというだけで多くの人間が離れていきそうだが。

 

『3日後に到着すると思いますからよろしくね』

 

それだけ言うと真夜との映像電話は切れ、しばらくして深雪が嬉しそうに聞いてきた。

 

「また克也お兄様と一緒に生活することができるのですね!?私は嬉しいです!」

「俺もだよ深雪。克也とまた暮らせるとは思わなかった」

 

達也に残っている感情、〈家族愛(深雪と克也のみ)〉が膨らむ。

 

「深雪、克也が来た時に喜んでもらえるように部屋を掃除しようか」

 

そう提案すると深雪は、鼻歌を歌いながら空き部屋の掃除をしに行った。また一緒に暮らせるようになるとは。少し波乱な高校生活になりそうだが、補って余りあるぐらい楽しいことになりそうだ。そう思いながら達也も深雪の手伝いをするために、空き部屋に向かった。




四葉克也(かつや)・・今作の主人公で達也の双子の兄。事情で別々に生活していたが高校進学を理由に同棲を始める。魔法知識が豊富で魔法力も非常に高く、達也と同じように深雪に対する愛情が高い。【固有魔法】を3つ所持している四葉家屈指の魔法師。



回復(ヒール)》・・克也の3つの【固有魔法】のうちの1つで、限定的な傷を治す能力がある。

《癒し》・・克也が使う固有魔法《回復(ヒール)》の派生形。対象者の感情をコントロールし、精神的な疲労を回復させることができ、敵意を持っていると苦痛として与えることができる。

《?》・・・?

《?》・・・?


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第2話 再会②

3日後の夕方。雨の香りを含んだ風が吹く中、克也は四葉家の所有するリムジンに乗ってやってきた。車から降りると同時に、到着を待っていた深雪は走り出して克也の胸に飛び込む。

 

「克也お兄様、お待ちしておりました!」

 

涙を流しながらすがりつく妹の頭を優しくなでてやる。癖のない艶やかな髪に久々に触れて、懐かしいその感覚に浸る。

 

「ただいま深雪。待たせて悪かったね」

 

声を聞くとまた泣き出してしまい、克也は慰めようと慌てふためいてしまう。妹に対してとても優しく甘い兄の穏やかな時間が流れる。

 

「お帰り克也。久しぶりだな」

 

達也が頬を緩めて近づいてきた。久しぶりに見る双子の弟を視界に入れると何故か妙に安心できる。相変わらず不思議な奴だと思いながらも返事をする。

 

「よう達也。元気だったか?」

「当たり前だ」

 

いつも通りの返答をしてくる弟に、笑みが自然と深くなってしまう。すると同乗していたメイドが話しかけてきた。

 

「克也様、入学試験頑張ってくださいね。応援しております」

 

朗らかな笑顔で言ってくれる。

 

「ありがとう」

 

克也が返事をすると彼女は車に戻っていく。克也に話しかけているメイドの顔を見て、達也と深雪は驚いていた。 

 

こげ茶色のウェービーヘア・細く濃い眉・笑うと両側にできるえくぼ。沖縄で達也をかばって逝った人、桜井穂波にあまりにも似すぎている。達也にとって心を開くことのできた数少ない人であり、深雪にとっては歳の離れた姉のような存在だった。

 

達也と深雪が驚いていると、克也が不思議そうに尋ねる。

 

「達也・深雪、どうしたんだ?」

 

克也の声に我に返る達也と深雪。

 

「すまない克也。俺たちの知っている人にそっくりな人がいたから」

「彼女は桜井水波。桜シリーズの第二世代にあたる。達也と深雪の知っている桜井穂波さんと遺伝子上は姪の関係だよ」

 

そのことを説明すると、似ている理由に納得した2人だった。

 

 

 

リムジンを見送ってから、克也たち3人は家の中に入る。

 

「2階の一番奥が達也お兄様の部屋で、手前が克也お兄様の部屋になっています」

 

深雪に部屋の説明を受けた後に、3人揃ってラフな格好に着替えて、夕食の準備がしてあるリビングに向かっていく。しばらくしてでき上がった深雪の料理は、どれも美味しくて至極満足のいく夕食だった。しかも俺の大好物の魚介がメインでもあった。

 

食後の達也はアイスコーヒー・俺はアイスティー・深雪はミルクティーを飲んでいた。正確には、深雪が久しぶりに会えたことが嬉しいのか、俺の右腕に抱きつきながらだが。

 

「克也、魔法の方はどうだ?」

 

達也は気にかけるように聞いてきてくれた。深雪も心配そうに見つめてくる。

 

「安心していいよ2人とも。ほぼマスターしたから」

 

そう答えると達也はほっとしたように肩の荷を下ろす。

 

まあ、約1名「さすが克也お兄様です!」とエキサイトしているのもいたが(もちろん深雪である…)。

 

「ほぼマスターしたというのは、言葉通りに受け取っていいんだな?」

「もちろん」

 

達也の質問にしっかりと答えておく。2人がここまで心配してくれている理由は、幼い頃に俺が魔法事故にあったからだ。《流星群》の実験中、機械の故障で魔法式が俺に逆流して死にかけたことがあった。その時に達也が俺に《再生》を行使してくれた。そしてその達也を連れてきてくれたのが深雪だった。

 

生まれた時から俺は膨大な量の想子を有していた。母である深夜の精神干渉魔法に似た魔法の《癒し》と、妹の叔母である真夜の【固有魔法】《流星群》を使うことができると言われていた。達也は生まれた頃から《分解》と《再生》の【固有魔法】を有していたが、その2つにより魔法演算領域が大幅に占領されていたため、それ以外の魔法をまったく使うことができなかった。

 

それによって達也は使い物にならないと判断された。俺が強力な魔法を4つ(・・)(〈固有魔法〉は3つ)も有していたのが、達也の迫害に拍車をかけたのだと思っている。6歳の頃に人造魔法実験を行われた達也だが、俺との絆は切れることはなくむしろ固くなっていた。こいつ(あいつ)がいれば、俺たちは誰にも負けないと思うほどに。

 

俺が《流星群》を使えることを知った子供のいない叔母は、俺を必要以上に溺愛した。母といるより叔母と過ごすことの方が多かった俺は、もちろん母にも愛されてはいたが、何処か蚊帳の外に感じていた。それでも達也と深雪は俺と仲良くしてくれた。だからこそ今のこの状況ができあがっている。久々に帰って直ぐなわけだが、俺は達也にお願いをすることにした。

 

「達也、久々に九重先生の体術修行をお願いしたいんだけどいいかな?」

「いいだろうさ。師匠も喜ぶんじゃないか?」

 

達也が頷いてくれたのでひとまず安心する。

 

「師匠に頼んでくる」と言い九重寺に向かう達也を見送って、俺は深雪に勉強を教えることにした。居候(?)させてもらうのだから、それぐらいの対価は支払わなければならないと思ったのだ。自慢ではないが、ある程度のことを教えれるほどの知識は持っている。上機嫌な深雪を追って、勉強を教えるために深雪の部屋に向かった。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

翌日の早朝、前日に八雲の許可が下りたので克也は達也と2人で向かうことにした。深雪はお留守番だ。そう告げると少し拗ねていたが、午後に買い物に行く約束をするとすぐに機嫌を直してくれた。

 

この後魂が抜けることになるとは知らずに…。

 

 

 

 

 

早朝の幹線道路を、不思議な影が2つほど生身では出せない速度で動いていた。その1つの影である克也は、足で地面を踏むことなく坂道を滑り上る(・・・・)。一方、2つの影の片割れの達也は1歩1歩の歩幅が10mにもなっている。そして達也の顔は彼らしくない余裕のない表情である。

 

「スピードを緩めようか?」

 

スピードを落として、横に並びながら問いかける克也は片足で滑走していた。脅威的な体幹とバランス力で、不安定な体勢でも余裕の表情を浮かべている。

 

「いや、それではトレーニングにはならない…」

 

軽く息切れしながら達也は答える。2人の異常な速度は人間の肉体では不可能だ。何故できるのかと言えば、靴に動力を仕込んでいるからではなく、魔法を使っているためだ。

 

克也は重力加速度を低減する魔法と、自分の身体を道の傾斜に合わせて進行方向に移動させる魔法を。達也は路面をキックすることで生じる加速力と減速力を増幅する魔法と、路面から大きく飛び上がらないように、上向きへの移動を抑える魔法を使用している。どちらも移動と加速の単純な複合術式だ。単純であるが故に、後から魔法演算領域を付け加えられた達也にも継続的に使える。

 

目的地は家から魔法を使用して10分程の距離にあり、階段下に到着して軽く息を整えてから階段を上る。山門をくぐると左右から同時に攻撃を受けた。2人は慌てず互いに背中合わせで迎え撃つ。レベル的には危ういことはないのだが何しろ数が多い。倒しても倒しても相手が群がってくる。魔法で倒したいところだが、ここには体術の指導を受けにきているので使いたくない。

 

使ったところで効果はない(薄いではない)。

 

人数的に九重寺の門人の7割が総掛かりしているようだ。師の性格の悪さに、2人同時にため息をつきながら確実に仕留めていく。

 

5分ほどで全員を叩き潰し(行動不能に近い状態)歩き出す。

 

2人ともかすり傷以上の怪我をしておらず息切れもしていない。門人が手加減したわけではなく、2人がこの歳で既に達人の域に近いところまで技術を高めているからだ。生半可な鍛え方をした者が相手をすれば、10秒も保たないだろう。

 

寺の中心には、弟子をけしかけたことをなんとも思っていない師が待っていた。服装は門人たちとほぼ変わらない質素なものなのに、まとっている空気は別格だ。彼の名前は九重八雲といい、この九重寺の僧侶で自称〈忍び〉だ。より一般的には〈忍術使い〉と呼ばれ、古式魔法の使い手であり古式魔法の伝承者。

 

「先生、お久しぶりです。久々に体術の指導をしてもらえますか?」

 

あいさつとともにお願いして構える。両手を顎の下あたりで構え左足を突き出し、右足を引きながら腰を少し落とす半身の姿は、格闘技の基本の構えだ。それを見ながら先生はひょうひょうとしながら答える。

 

「そんなに焦らなくてもちゃんと鍛えてあげるよ。今日だけじゃなくてこれからも(・・・・・)ね」

「本当ですか!?」

 

今日鍛えてもらえるだけで素晴らしいことなのに、これからも鍛えてくれるらしい。ありがたく思いながら一気に先生との距離を詰めた。目の前に現れた瞬間に右足で先生の足を払う。が簡単に躱されてしまう。

 

だがそれは予想の範囲内である。

 

ジャンプで避ける先生に払った足を軸にして踏み切り、前方に回転しながら左脚の踵で頭部を狙う。

 

「およ?」

 

予想外の攻撃に先生が気の抜けた声を出す。これならいけると俺は確信したが踵が後頭部に当たる瞬間、先生の輪郭が崩れたと思うと姿が消えていた。俺は無理な体勢から放った技を空振りさせ、致命的な隙を見せる。その隙をつかれ、先生の高速の連撃を避けるのに精一杯になった。先生の攻撃を躱し続けることができないと思った俺は、連撃の隙を見て間合いから逃れながら白旗を上げる。

 

「参りました先生」

 

降参すると、先生は自分の頭をぱしぱしと叩きながら呟く。

 

「ふぅ~今のは少し危なかったよ。あの体勢からまさかドロップキックがくるなんて。おしかったね克也君。つい《逃水(とうすい)》を使っちゃったよ」

「《逃水(とうすい)》ですか?自分には輪郭がなくなって、姿が消えたようにしか見えませんでしたが…」

 

自分は分析する能力が達也より低いので、達也でさえわからないことは理解することができない。

 

「達也君にはどう見えたかな?」

 

先生は自分たちの組み手を見守っていた達也に話を振った。

 

「光の屈折率を下げ、自分の姿を周辺の景色に溶け込ませたのではないですか?姿が消えたように見せかけ、相手の動揺を誘う技。眼で敵の位置を探し当てる敵には効果抜群でしょうね。しかし師匠が使いたがる術ではないと思いますが」

「その通りだよ達也君。正確に言えば気配を消して隠れるのではなく認識をずらす術だ。僕があまりこの術式を使わないのは、自分に合わないと思っているからだよ。気配を消すか偽るのが〈忍び〉の要素だからね」

 

達也の分析は正しかったらしく、先生が満足気に頷いている。

 

「さあ達也君、来なさい」

 

左手を天に向けて動かす様子は、強者の余裕を表している。実実、達人の域を越える腕前なのだが。先生と組手を始める達也を見ながら俺は考え込んでいた。

 

やはり達也は俺が持っていない能力を持っている。さらに体術は上で、CADを自分方式の完全マニュアル調整を行えるほどの知識も持っている。だが羨ましいと俺が思うのは、達也を否定することになるだろう。何故なら達也からしたら、自由に魔法を使える俺が羨ましく思うのと同じなのだから。俺と達也がコンビを組めば間違いなく最強になれる。達也の分析力と俺の魔法力があれば負けることはない。

 

しばらくすると達也が息切れを起こしながら地面に崩れている辺り、また先生に負けたようだ。ほんの少し嬉しく思いながらも治療するために近寄る。

 

「そろそろ達也君との勝負は勝率6割になるかな。ようやく差をつけれたよ」

「達也の方が俺より長く戦えてますし勝率も高い。少し悔しいです先生」

 

達也に【固有魔法】《癒し》を施しながら話す。この魔法の便利なところは、精神的ダメージだけでなく肉体的なダメージにも多少通用することだ。

 

「仕方がないよ克也君。君は数えるほどしか僕の教えを受けてない。それに比べて達也君は、この2年間ほぼ毎日僕と組手をしている。そもそも体術といっても、僕が教えているものと君が本家で教わったものでは根本的に違うからね。〈忍び〉または〈忍術使い〉が使う体術は、相手の動きを予測し必要最小限の行動で終わらせられるかを目的としている。逆に君が習ってきた体術は、相手を圧倒して倒すことを目的にしている。だから僕とやってもす相手の癖や戦術が分からない。分析している間に、小技の多い僕に負けてしまう。でも落ち込む必要はないんだよ克也君。両手で数えるぐらいしか組手をしていないのに、僕が驚く戦い方をした。それだけでも自信を持っていいん」

 

先生に励まされたことで、若干だけ消沈していた自信が持ち直す。達也もいつの間にか起き上がって、先生の話を同じように聞いている。

 

「君たち2人が同時にかかってくれば、たぶん僕もそんなに保たないと思うよ?君たち2人は口に出さなくても、どう攻撃したがっているのかわかるんだからさ」

 

それだけ言うと先生はもう帰りなさいとばかりに送り出した。

 

 

 

帰りは魔法を使わずに歩いた。2人して先生に勝つことができなかったが、収穫があったので落ち込むことはない。

 

「達也、先生が言ってた口に出さなくてもどうしたいかがわかるってのは、俺たち3人が作った《念話》のことかな?バレてるとは思わないけど」

「それはない。たぶん師匠が言いたいのは心の深い部分で繋がっているとか、信頼があるとかそういうことだと思うぞ」

 

俺の不安を一蹴してそれらしいことを言ってきた。達也が言うのだから間違いないだろう。

 

「達也、家まで勝負しないか?先にインターフォンを押した方が勝ちで魔法は禁止で走りだけだ。負けたら深雪の欲しいもの1つ買うのはどうだ?」

「いいだろう克也。面白い勝負になりそうだ」

 

そう言うと直線のガードレールの柱に並ぶ。

 

「「よーい…ドン!」」

 

2人同時に掛け声をして走りだした。もちろん誰にも迷惑をかけないようにして。

 

勝負はギリギリのところで俺が勝ったが、インターフォンを壊してしまい深雪に2人そろって怒られた。あの女王のような笑顔で(ただし眼は笑っていない)…。修理費は本家が出してくれたが、深雪に説教されている俺たちを見て修理に来た四葉家の使者は苦笑していた。午後から俺は深雪に連れられて買い物に行ったが、夕方まで振り回され魂が抜け、何処で何をしたのかを覚えていない。

 

帰ってきた俺を見て達也は首を傾げていたが。

 

そして俺の魂を抜いた張本人が、とってもご機嫌だったのはまた別の話である。その喜びは達也が服を買ってあげたからか。俺と一緒に買い物に行けたからなのか…。




逃水(とうすい)》・・今作オリジナル魔法。光の屈折率を下げ、自分の姿を周辺の景色に溶け込ませて敵の認識をずらす魔法。


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第3話 入学式

1週間後、克也たちは第一高校を受験し無事3人とも合格した。そして今、克也は達也と2人してソファーに沈み込んでいる。制服を試着したまではよかったのだが、満足のいくまで深雪にそのままでいさせられたことが精神的にきていた。当の本人はご機嫌で、いつも以上に露出度の高い服で家事をしている。

 

合格報告を真夜に伝えなければならないのだが、精神的に疲れているためする気になれないのが現状だ。少し理不尽じゃないか?と思いながらも深雪の機嫌取りは、この家にいる限り必須なのでどうしようもない。

 

そんな風にソファーにもたれかかっていると、秘匿回線から電話がかかってきた。

 

電話の場所が深雪の方が近いので、克也と達也の代わりに動いてくれた。意図としては、2人が動くまでもないので座っていてくれということだろう。別にそのことぐらい自分でもするのだが、気分が気分だったのでありがたく受け取っておくことにした。

 

「克也お兄様・達也お兄様、叔母様からです」

 

この時間帯に電話してくる相手と言えば、一部の人間を除いて1人しかいない。一部というのは達也の知り合いだが。電話の相手がある程度予想通りだったので驚きはしなかった。

 

「すぐに出る」

 

深雪に伝えてから今まで沈み込んでいた気分と身体に鞭をふるって、2人はテレビの正面に回った。電話の相手に相応しい態度を必要とするため、気分の切り替えは即座にしなければならない。それがある意味15年という短い人生で学んだ知識だ。

 

『おはよう克也・達也さん・深雪さん』

 

紫のドレスを着た真夜が画面に映し出され、3人そろって失礼にならない。かといって礼儀正しすぎないお辞儀をする。露出度の高い服を着ていた深雪は、その上から上半身を覆う普段着を羽織っている。

 

『3人ともどうでしたか?』

「3人とも合格しました叔母上。俺と深雪は一科生、達也は二科生で深雪は新入生代表です」

 

何をとは言わなかったが、それ以外に用件を感じていない3人は問題なく理解していた。代表して克也が答える。ちなみに真夜の呼び方は、克也と達也が叔母上で深雪が叔母様だ。

 

『よく頑張りましたね3人とも。それにしても代表は克也ではなく深雪さんなのですか?もう既に波乱が起こっているわね』

 

真夜は楽しそうに笑っている。3人ともどうしたらいいのかわからないので、微妙な表情をしているが。

 

『まあいいわ。学校生活を楽しみなさい3人とも。この3年間は人生の中でももっともわくわくする時だから。友人を大切にして時間を無駄にしないようにね。何かあったら連絡するわ』

 

そう真夜が言うと電話は切れた。

 

「叔母上の言ったことを言葉通りに受け止めれば、高校生活を謳歌しなさいってことなんだろうけど。気を抜かずにいなさいってことでもあるのかな?」

 

克也の疑問に達也と深雪は疑問符を浮かべていた。

 

 

 

 

 

入学式の朝、深雪はリハーサルのために早く家を出なければならなかった。克也と達也が「「一緒に行く」」と言うと深雪は嬉しそうにしていたが、「お兄様方に迷惑をかけることはできません」と言ってきた。

 

2人して「「ガーディアンが護衛対象から離れてどうする」」と言うと、深雪は渋々頷いた。深雪のガーディアンは克也でなく達也だが、そのことに対して2人から修正はなかった。

 

 

 

リハーサルの間に達也と2人でベンチに座っていると、上級生らしき生徒がこちらをちらちら見ながら話していた。

 

「〈ブルーム〉が〈ウィード〉なんかとつるみやがって。〈ブルーム〉の恥だな」

 

聞きたくもない声が聞こえてくる。俺からすれば〈ブルーム〉だとか〈ウィード〉だとかで差別している方が恥ずかしい。差別意識があるのは、いつの時代も同じなので気にしてはいない。達也は少なからず申し訳なさそうな顔をしていたが…。

 

入学式の予定時間に近くなり、講堂へ向かおうとすると女子生徒が近づいてきて話しかけてきた。

 

「突然で悪いんだけど、二科生の君の名前を聞いてもいいかな?」

 

人なつっこいのだろうか。初対面の相手に名前をいきなり聞くことなど普通しないだろうに。だが不思議と馴れ馴れしさを感じなかったらしく、達也は俺に目配せをして自己紹介することにした。

 

「初めまして新入生の司波達也です」

「司波達也君か。貴方が職員の先生方が噂していた人ね」

 

達也は内心穏やかではいられなかったようだ。おそらく新入生代表の兄のくせに二科生なのかというものだろう。しかし女子生徒の答えは、達也の予想の斜め上をいっていたらしい。

 

「筆記試験7教科平均100点満点中96点で1位の司波達也君。筆記試験7教科平均100点満点中90点で2位、実技試験100点満点中95点で2位。文句なしで入学試験総合2位の四葉克也君。2人の筆記試験の点数が入学生平均70点にも満たないのに、高得点だったから噂になっているのよ。しかも今年四葉家の直系がくるって言うしね。お久しぶりです克也君」

 

知り合いの女性はおどけた口調で俺と達也の入試成績を暴露し、ついでとばかり俺に挨拶して話し終えた。彼女の言う通り、俺は今日再会するまでそれなりの時間会っていない。だが久々の再開が入学式直前だとは思っていなかった。会うとすれば、もう少し後の生徒会でだと思っていたからだ。どうせ入学したことは知られているし、呼び出されるだろうと予感していたから。

 

「貴女のお名前は?」

「失礼しました。私は生徒会長を務めさせていただいている七草真由美です。ななくさと書いてさえぐさと読みます。よろしくね?」

 

最後にウインクがつきそうな口調で言うと、講堂に向かって歩き出した。その圧倒的な自己紹介に、俺と達也はしばらくそこから動けなかった。

 

 

 

入学式は深雪がその容姿で魅了しつつがなく終了した。ここで何もなく帰れていれば、一部の二科生と一科生の溝は深まらなかっただろう。ある人物が声をかけなければ…。

 

事の発端はクラスメイトが深雪に「貴女をお守りします」と言ったことだ。「お兄様がいるので大丈夫です」と断ったのだが、彼はしつこく食い下がった。

 

「本人がそう望んでいるのだから、無理にする必要はないんじゃないか?」

 

克也が深雪の肩に手を乗せながらそう言う。

 

「何だお前。もしかして司波さんのオトモか?」

 

案の定、こんな風にあざ笑ってきた。克也を馬鹿にすれば、深雪に嫌われるというのに。深雪は沸点に上り詰めたようで、すぐにでも魔法を発動させそうだった。だが克也が《癒し》で深雪を落ち着かせながら言う。

 

「そんなことはどうでもいい。もう諦めたらどうだ?」

 

克也はそう冷たく言い放ってから、深雪を連れて帰ることにした。

 

 

 

絡んできた生徒を軽くあしらった2人が歩いていると、校門に複数の人影があった。達也と講堂で仲良くなったエリカ・美月。もう1人は知らないが、彫りの深い顔立ちで体格のいい少年だった。

 

「よろしくな。俺は西城レオンハルトだ。がさつなもんでこんな話し方しかできないが大目に見てくれ。レオでいいぞ」

「よろしくレオ。俺は四葉克也だ。克也と呼んでくれ」

 

お互いに自己紹介するとレオが顔を少し顰めた。四葉と聞いて不安になったのだろう。克也が笑顔を向けると曇りのない笑顔を返してくれた。名前だけで相手を決めつけていない。なかなかの根性をしている奴らしい。エリカや美月の克也への自己紹介が終わり、仲良く帰ろうとするとまたあの声が聞こえてきた。

 

「司波さん、そんな奴らとじゃなくて僕たちと帰ろうよ」

 

後ろには男子2名・女子2名がいたが、女子の1名は困惑した顔をしている。尚もう1人は内心をうかがい知れないポーカーフェイスだ。まあもう1人と同じように、困惑した空気を纏っているのには変わりないのだが。残りの男子2名はその生徒の言葉に大袈裟に頷く。男子生徒の言葉に真っ先に突っかかったのは、意外にも美月だった。それに続くようにエリカとレオも参加し始める。

 

克也たち3人を置き去りにして。

 

「まさか美月が真っ先にキレるとはな…」

 

達也も予想外のようで呆気にとられていた。大人しそうな見た目とは違って、言うことは言うタイプらしい。

 

「なんの権利があって、お兄さんたちと深雪さんの仲を引き裂こうとするんですか!?」

 

最初は正論を並べていた美月だったが、少しずつ論点がずれてきていた。

 

「み、美月は何を、何を言っているの!?」

 

深雪は美月の台詞を違う意味で解釈したようだ。

 

「「何故深雪が焦る?」」

 

克也と達也が2人して深雪に聞く。

 

「え?わ、私は焦ってなどおりませんよ?」

「「そして何故に疑問系?」」

 

言い合っている友人たちの脇で、司波三兄妹はたわいのない会話をしていた。

 

「うるさい!他のクラス、ましてや〈ウィード〉如きが僕たち〈ブルーム〉に口出しするな!」

 

差別用語である〈ウィード〉を使うことは禁止されている。彼はわかって使っているのか知らないが、自分が正しいと思うが故に、その言葉が無意識のうちに口から出ていたのだろう。しまったという顔をしていたが、一度口にした言葉を簡単には取り消せない。

 

「今の時点で、貴方たちがどれだけ優れているというんですか!!」

 

美月が耐えられなくなったのか、口にすべきでないことを口にしてしまう。

 

「…どれだけ優れているかだって?なら、教えてやる!」

 

どうやら彼も耐えられなくなったのだろう。想子が活性化し始めていた。

 

「「まずいな…」」

 

克也と達也の口から同時にやるせない気持ちが漏れる。同時に同じ言葉が漏れたり、行動してしまうのは双子だからだろうか。

 

「はっ、おもしれぇ。是非とも教えてもらおうじゃねぇか!」

 

レオも話し合いではらちがあかないとわかったらしく、実力で止めようとしている。

 

「いいだろう教えてやる。これが才能の差だ!!」

 

そう言いながら流れるような動作で、男子生徒がCADをホルスターから抜き出して照準を定める。その動きは明らかに魔法を使うことに慣れている証拠だ。克也の眼から見てもなかなかの動きだった。

 

「特化型!?」

 

誰が叫んだかはわからなかったが、危険な状態であることは確かだ。しかもそのCADがスピード重視ではなく、攻撃力重視なら尚更に。男子生徒が抜いた瞬間にレオも走り出していた。かなりの反射速度だが男子生徒を掴むのが先か、魔法が発動するのが先か微妙なところだ。だがそこまで気にする必要はない。

 

何故なら…。

 

カンッ!と音がしたかと思うと、男子生徒のCADが宙を舞う。男子生徒は右手を押さえながら、目の前に現れた人物を睨み付ける。そこには右腕を振り上げた状態で膝立ちするエリカがいた。振り抜いた先を見ると、CADが転がっている。エリカが右手に持っているものではじき飛ばしたようだ。鮮やかな技で空気が一瞬止まる。気がついたかのように、残りの男子生徒2名が魔法式を構築し始める。それを見た女子生徒の1人が止めるためにCADに手を走らせた。

 

「達也おに…」

 

深雪は達也に止めてもらおうとしたが、達也の眼が自分たちの見ている場所ではなく、違う場所を見ていることに気付いて、話しかけるのをやめた。魔法式は構築中に強い衝撃を受けたときや、自分より強い魔法式がかぶせられたときは、構築できずに起動式が定義破綻する。

 

今のように。

 

「やめなさい!自衛目的以外の対人攻撃は、校則違反である前に犯罪行為ですよ!」

 

女子生徒の構築中だった魔法式が、想子弾によって搔き消える。術者にダメージを与えず、魔法式にぶつけて起動式を砕けさせた精緻な照準と出力制御は、並の訓練では到底習得できない。もともとの才能なのか血の滲むような努力をしたのか。本人に聞かないとわからないが恐るべき技量である。

 

想子弾が飛んできた方向に眼を向けた数人は衝撃を受けた。そこには想子を活性化させ、厳しい顔で見つめる生徒会長七草真由美と、入学式の生徒会紹介の記憶が正しければ風紀委員長の渡辺摩莉が、凜々しい顔をさらにきつくして佇んでいる。

 

「君たちは1-Aと1-Eの生徒だな。話を聞きます全員生徒会室までついてきなさい」

 

そう言うとくるりと背を向けて歩き出そうとする。まさかの登場に克也・達也・深雪以外は硬直してしまっている。達也が2人に向かって歩き出したが、克也と深雪は止めずに見送った。

 

こういう少々立ち回りにくいときは、達也に任せてじっとしているのが一番である。達也は意地を張って堂々と向かうでもなく、萎縮してとぼとぼと向かうでもなく自然に近づく。達也たちを当事者として認識していなかったのだろう。達也が近づいてきたことに摩莉は疑問符を浮かべていた。

 

「すいません。悪ふざけが過ぎました」

 

失礼にならないように一礼して事情を説明する。摩莉はいぶかしげに眉をひそめながら聞いてきた。

 

「悪ふざけ?」

「はい、森崎家一門の〈クイックドロウ〉は有名ですから。一度見ておきたいとお願いしたのですが、あまりに真に迫りすぎていたのでしょう。危機感を感じて反撃してしまったようです」

 

レオにCADを向けていた生徒が驚きで眼を丸くしている。あの一瞬で意思を読まれたことに驚いているようだ。だがこのようなことで驚いていては、司波達也という人間と付き合っていけない。

 

 

閑話休題

 

 

達也の言葉を信じたのか転がっているCADとエリカが握っているCADを一瞥し、女子生徒に鋭い視線を向けながら聞く。

 

「ではそこの女子生徒が攻撃性の魔法を放とうとしていたのは何だ?」

「あれは攻撃魔法ではありません。目眩ましの閃光魔法ですよ。失明したり視力障害を起こすような威力ではありませんでした。あの一瞬で魔法式を構築し、起動式を展開できるのはさすが一科生ですね」

 

達也の言った言葉に、魔法を使おうとした女子生徒は顔を逸らした。達也が白々しいと思ったのだろう。摩莉は冷笑を浮かべている。

 

「どうやら君は、起動式を直接読み取ることができるらしい」

 

摩莉の台詞に克也と深雪は顔を曇らせる。あまり知られたくない達也の能力が露呈したからだ。本人が開示したせいなのではあるが。

 

「実技は苦手ですが分析は得意です」

「誤魔化すのも得意のようだ」

 

摩莉は想子を少し活性化させながら言葉を発した。想子を活性化させたことによって、2人を除いた全員に緊張感が走る。といっても克也と深雪は特に何も感じていない。

 

「ちょっとした行き違いだったんです。お手を煩わせて申し訳ありません」

 

深雪が達也の横に並んで謝る。それに困惑している摩莉に真由美から声がかかった。

 

「もういいじゃない摩莉。達也君、本当に見学のつもりだったのよね?」

 

上目遣いに聞いてくる真由美に、達也は「いつの間にか名前で呼ばれてるよ」と思いながらも、真由美の手助けを無碍にはできないと考えて頷いた。真由美の笑顔が深くなったのは気のせいだろうか。まるで貸し一つでもいうようだ。

 

「互いに教え合うことは素晴らしいことですが魔法を使う場合、生徒会に許可を取って生徒会に許可された場所と時間内だけにしたほうがいいでしょうね」

 

それだけ言うと満足げに校舎に戻って行った。

 

「会長がこう仰っているので今回は不問にします。以後このようなことがないように」

 

摩莉が再度注意を与えるので全員で礼をした後、校舎に向かう途中振り返って聞いてきた。

 

「君の名前は?」

「1-E司波達也です」

 

答えると摩利は不敵な空気をまとう。

 

「覚えておこう」

 

そう言いながら真由美の後を追いかけていく。「結構です」と言おうと思ったが、面倒くさいことになりそうだったのでやめておいた達也だった。

 

 

 

「借りだなんて思わないからな」

 

達也の隣にはいつの間にか問題の男子生徒が立っていた。

 

「借りだなんて思ってないから安心しろ。それに決め手になったのは深雪の言葉だ。お礼を言われるようなことは何もしてない」

 

達也にかばわれた形になった生徒は、敵意むき出しで言ってきた。達也的にはどうでもよかったのでさらっと流す。

 

「僕の名前は森崎俊、森崎家の本家に連なる者だ。俺はお前を認めないぞ司波達也!司波さんは僕たちと一緒にいるべきなんだ!」

 

それだけ言うと校門を出ていく。残りの男子生徒2人も二科生全員をにらみつけて森崎の後を追った。

 

「帰ろうかみんな。遅くなったし」

 

何事もなかったかのように振る舞う達也に、全員が苦笑を浮かべていた。若干2名は絶賛口喧嘩中である。一方は煽るだけ煽って相手の言葉を無視していたが…。敢えて誰とは言わない。

 

「あの…私は光井ほのかです先程はありがとうございました。何も起こらなかったのはお兄さんのおかげです」

 

克也たちが校門を出ようとすると、真由美に想子弾を撃ち込まれた女子生徒に声をかけられた。

 

「どういたしまして。でもお兄さんはやめてくれこれでも同級生だ。達也と呼んでくれていいから」

 

どうやら達也には手に余るようだ。もともと他人と接することがあまり得意ではない達也は、初対面の人に対してはあまり好意的に接することが出来ない。どちらかと言えば同年代より年上の方が接しやすいのだ。かといってわざと他人に嫌われるような行動もできない。自然な対応はできないが、それでも一生懸命に接しようとするのは人を知りたいと思うからだ。それを克也と深雪は応援したいと思っている。

 

「わかりました達也さん。それで…駅までご一緒してもいいですか?」

 

お願いされて断れないメンバーだったので一緒に行くことになった。別段断る理由もなかったのもある。

 

 

 

「え、じゃあ達也君と克也君って幼馴染なの!?」

 

駅に向かって歩いていると、克也・達也・深雪の関係を聞いたエリカが驚いたように声を上げた。全員驚いて声が出なかったのもある。克也と達也は双子だが、一卵性双生児ではないのでこのような嘘が通じるのだ。嘘をつくのは心苦しかったが、まだ達也と深雪が四葉の血縁者だとばれてはいけないので我慢する。

 

四葉と聞いて最初は遠慮がちな深雪の友達だったが、怖くないことをアピールすると普通に話しかけてくれた。ほのかと一緒にいる女子生徒は北山雫といい、彼の有名な北方グループのご令嬢らしい。

 

 

レオ 美月

 

深雪 達也 ほのか

 

雫 克也 エリカ

 

 

 

という順で下校中である。

 

「深雪がお兄様って呼んでる理由は?」

 

エリカがもっともな質問をしてきた。四葉家の人間を一般魔法師(・・・・・)がお兄様と呼ぶのは外聞的におかしい。だからエリカの質問は当然だった。

 

「小学校の頃まで一緒に遊んだりしてもらっていたからよ。歳が達也お兄様と一緒だったし、雰囲気が似ていらっしゃったから」

「何で小学校までなの?」

 

余計なことまで話してしまった深雪がはっとするが、達也のファインプレーによって気付いた者はいなかった。

 

「俺たちがこっちに引っ越しちゃったからね。先月一高を受験するって知らせが来たんだ」

「名前も似てるよね?達也君も四葉家と関係あるの?」

 

悪気があって聞いてきたのではないので逆に答えずらい。名前が似ているという聞き方はある意味失礼だ。日本中を探せば、達也や克也という名前と似ているもしくは同名もいるだろうから。

 

「達也の親と俺の親が仕事の上司と部下の関係でね。誕生日が同じだったから、似た名前にしようって親同士が勝手に決めたんだ」

 

それらしいことを言うとエリカは納得してくれた。

 

「それにしても行動の仕方が似てないか?司波さんに対することとか」

 

エリカに馬鹿呼ばれされているが、決してレオは馬鹿ではない。むしろ動物の危険察知能力並みに勘は鋭い。

 

「幼い頃からよく組み手をしてたりしてたから、互いの動きがわかるんだ。同じ行動をしちゃうのは無意識にだよ。深雪は妹みたいな感じでほっとけなくてさ」

 

レオは完全に納得したわけではなさそうだが、それ以上聞くことはなかった。歩きながら他愛のない話をしていると、達也がCADの調整ができることを知ったエリカが達也に頼みこむ。

 

「達也君、あたしのも調整してよ」

「無理。あんな特殊なCADをいじる自信はないよ」

 

達也は断ったが本気で頼んでいたわけではないらしく、エリカはあっさりと引き下がった。レオを弄るにしてもどうやらエリカは、他人をからかうのが好きな人間らしい。かといって人が本気で嫌がるまではしない。程度を考えるために冗談と分かって同じように笑ってしまうのだ。

 

「…どこにシステムを組み込んでんだ?その様子じゃ全部空洞ってわけじゃないんだろ?」

「残念でした。柄以外は全部空洞よ。刻印型の術式で強度を上げてるのよ。硬化魔法は得意分野なんでしょ?」

「術式を幾何学模様化して、感応性の合金に刻みこんで想子を注入させて発動するやつか?並の想子量じゃもたねぇぞ?よくガス欠にならねぇな。てかそもそも刻印型の術式って燃費が悪すぎるから、最近じゃあんまり使われてねぇはずだぜ?」

 

レオの指摘にエリカが驚き半分関心半分の顔で答える。その表情は褒めているようにも見えた。

 

「さすが得意分野。でも残念だけどハズレ。打ち込みと受ける瞬間にだけ、想子を流してあげればそんなに消耗しないわ。〈兜割り〉と同じ原理よ。って、みんなどうしたの?」

 

周りが呆れた空気を醸し出していたので、エリカは気になって聞いてみた。本人は何気なく言っているが、〈兜割り〉はそんな簡単なものではない。

 

「エリカ、〈兜割り〉は秘伝とか奥義とかに分類されるはずだ。それって想子量が多いよりよっぽどすごいぞ?」

 

さらっと言うエリカに、驚きながらみんなを代表して克也は答えた。

 

「うちの学校って一般人のほうが少ないのかな?」

 

美月が持ち前の天然キャラで質問する。

 

「魔法科高校に一般人は居ないと思う」

 

このグループで雫初となる発言はツッコミだった。




タイミング良く切れるところが見つからなかったのでそのまま書き続けました。ほのかたちとの出会いは入学式2日後ですが、ここでは初日に会っています。


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2章 ブランシュ編
第4話 勧誘①


翌日の朝も体術の指導を受けるため、克也と達也は九重寺に向かった。今回は克也と達也の2人だけではなく、深雪も同行することになっている。理由としては、「九重先生に制服を見せておりませんので」ということだった。脳裏に顔をだらしなく崩した師匠の顔が浮かぶ。そんなことが容易に想像できるのだから悲しい。由緒正しい古式魔法の伝承者が、そんなことでいいのかと思ったことが一度や二度ではない。

 

3人で師匠の元へ向かう際、深雪は克也が達也と2人で向かった時と同じ魔法を、達也も同じ魔法を行使しながらだ。ちなみに克也も前回と同じ魔法を使ったことで10分後には目的地に到着した。女性にとっては敷居の高い寺に、躊躇なく魔法を使いながら深雪が入っていく。いつも礼儀正しい彼女の相応しからぬ作法だが、主が「構わない」と鬱陶しいくらい繰り返すので、いい加減慣れてしまったのだ。

 

その頃克也と達也は疲れて遅れていたわけではなく、門人に手荒な歓迎を受けていた。前回と違い、素手ではなく武器ありでだ。もちろん殺傷能力の高い刀ではなく、棒術で使われる(こん)だ。克也と達也が2人で迎え撃っているのを、本堂の前庭で振り返って心配そうに見つめていた深雪は、死角から突然声をかけられた。

 

「久しぶりだねぇ深雪君」

「先生!気配を消しながら忍び寄って、突然声をかけるのはやめてください!」

 

同じような悪戯を何度も繰り返されていたので、注意を払っていただけに驚き、無駄と分かっているが抗議をせずにいられなかった。

 

「僕は忍びだから気配を消して忍び寄ってしまうのは、ある意味性みたいなものなんだけど?」

 

実年齢を知っていても見た目と雰囲気が若々しくひょうひょうとしているので、例え方に迷ってしまう。

 

「今の時代、忍びという職業はありません」

「かもしれないね。それが第一高校の制服かい?」

「はい、昨日が入学式でした。先生にもお見せしようと思いマシテ…」

 

深雪のセリフが徐々にフェードアウトしていったのは、制服を見る八雲の眼が異常な光を発し始めていたからだ。深雪が後退りし始めると、八雲も1歩ずつ深雪のスピードに合わせて近寄る。

 

「清楚な空気が零れ落ちている。初々しい中にも微かな色香があって。まさに綻ばんとする花の蕾。萌えずる新緑の芽。そう…萌えだ!これは萌えだよぉぉ!むっ!?」

 

1人ヒートアップする八雲が突然身を翻し、瞬時に両手を頭上にかざす。パシッと音がしたかと思うと、八雲の両手には2人分の手刀が握られていた。

 

「「先生(師匠)、深雪が怯えてますので落ち着いてもらえませんか?」」

 

克也と達也は、それぞれ左手と右手を振り下ろした格好で同時にお願いする。2人の後ろには棍を粉砕されたり真っ二つに折られて、武器をなくした門人全員が白目をむいて倒れていた。深雪に八雲が気配を消して近づいているのを感じた克也は達也に《念話》で伝え、最短記録で(文字通り容赦なく)門人たちを叩き潰して、八雲に手刀を振り落としたのだ。

 

「2人同時に攻撃とは、君たちもせこいことするねぇ」

 

八雲は冷や汗をかきながら言葉を発したかと思うと、2人に攻撃を始めるのだった。

 

 

 

数分後、八雲を降参させた克也と達也は深雪の安全を確かめてから朝食をとっていた。

 

「いやぁ、あそこまでの完成度だったとはねぇ。僕も思い付きで昨日言っただけなのに、まさか予行演習なしで来るとは思わなかったよ。これは余計なことを言ってしまったかな」

 

深雪手作りのサンドウィッチを1つ食べ終えた八雲は、顔に少なくない後悔の表情を表しながら呟いていた。

 

「俺もあそこまでできるとは思っていませんでしたよ」

「俺も同感ですね。これほどシンクロしたことはありませんでした」

 

達也・克也の順番で返事をする。2人は手刀のお返しとばかりに突っ込んでくる八雲に、左右から攻撃を喰らわせていた。同時にではなく、わずかに攻撃のタイミングをずらしながら。捌ききれなくなった八雲が降参したのは、戦闘開始から30秒後のことであった。その間に克也と達也は、それぞれ7発と10発の拳と蹴りを八雲にお見まいしていた。

 

八雲が反撃できたのは3発だけ。うちわけは克也に2発に達也に1発。どれも避けられてしまったが。3人が話している間、深雪は克也と達也の世話をするのを楽しんでいた。

 

 

 

登校中、4人乗りのキャビネットの中で深雪が歯切れの悪い口調で話し始めた。深雪がこうなるのは珍しく、心地良い案件ではないのは確かだ。

 

「実はあの2人から連絡がありまして。入学祝いとして何が欲しいかと…」

 

あの2人とは、克也たち3人の父親の司波龍郎と後妻である司波小百合のことだ。深雪は毛嫌いしており、克也と達也は特に考えたことがない。克也は少なからず、小百合と深雪の複雑な感情に同情してはいるが。

 

「ああ、親父と小百合さんか」

 

達也はそれほど嫌悪感を含ませずに答えた。

 

「やはり達也お兄様には…何も…」

「いつも通りだ。深雪が気にすることはないよ」

 

達也は気にするなと深雪をなだめようとした。しかし深雪は抑えられないようだ。

 

「あの人たちは…」

 

すると深雪から低温の空気が流れだし、室温が急激に下がり始めた。規定温度を下回った車内に、季節外れの暖房が作動する。達也はなだめるように、深雪の手を握りながら頭を優しく撫でる。深雪は魔法を抑え始め、魔法を発動させてしまったことを恥じて俯くく。克也はその間、声が漏れないように遮音フィールドを張り巡らせていた。車内に盗撮カメラや盗聴器はないが万が一のために。

 

 

 

最寄駅から第一高校に向かう一本道を、3人で世間話をしながら歩いていると、後ろから声をかけられた。その相手は生徒会長の七草真由美だった。

 

「「「おはようございます会長」」」

「おはよう克也君・達也君・深雪さん。今日のお昼にお話ししたいことがあるので、生徒会室に来てもらえますか?」

「「「はい」」」

 

3人とも挨拶してから問題がないので、昼休みに伺うことを約束する。真由美の後ろ姿を見送りながら、克也は2人に聞いてみた。

 

「やけに親しく接してくるけど、入学式の日が初対面だよな?達也と深雪は」

 

克也の疑問に2人も同じ心境のようだった。



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第5話 勧誘②

昼休み。いつものメンバーに断りを入れて、生徒会室に3人で向かった。ノックをすると鍵が解除されたので生徒会室に入る。

 

「失礼します」

「「失礼します」」

 

深雪が一礼してから克也と達也も一礼をする。深雪の洗練された礼は、克也たち2人には到底真似できないものだ。それを表すかのように生徒会の面々は見とれていた。克也たちが動き出すと全員が我に返る。克也と達也が下座に腰をかけると、深雪は不満そうだった。しかし今の主役は自分だとわかっていたので、声を上げることを我慢する。全員の食事の準備が整うと、真由美は説明を始めた。

 

「入学式でも紹介しましたけど、もう一度紹介させてもらいますね。私の隣が会計の市原鈴音。通称リンちゃん」

「…私のことをそう呼ぶのは会長だけです」

 

そう反論する鈴音は、整っているが顔の各パーツがシャープである。スラリと伸びた身長に加えて、手足がモデル並みにスマートである。美少女というよりは、美人と表現するのが相応しいだろう。

 

「その隣は風紀委員長の渡辺摩莉」

 

鈴音の反論を無視して紹介を続ける真由美に、文句を言わないのはそれが日常茶飯事だからだろうか。

 

「それから書記の中条あずさ。通称あーちゃん」

「会長、お願いですから下級生の前で『あーちゃん』は止めてください。私にも立場というものがあるんです」

 

童顔で幼い印象のあずさは、確かに『あーちゃん』だろう。

 

「もう1人副会長のはんぞー君を加えたメンバーが、今期の生徒会役員です」

 

これも無視する真由美。

 

「わたしは違うがな」

 

摩莉が追加情報を補足してくれる。真由美の『はんぞーくん』が漢字ではなく、ひらがなで聞こえたのは発音的に気のせいではないだろう。

 

「これは毎年恒例なのですが、新入生総代を務めた生徒には役員になってもらっています。深雪さん、引き受けていただけますか?」

「承りました。未熟者ですが精一杯努力いたしますので、よろしくお願いします」

 

真由美の依頼に深雪は快く引き受けた。これで終わりかと思っていたが早とちりしすぎたようだ。

 

「そういえば、風紀委員の生徒会推薦枠が1人空いていたな」

「摩莉、それは人選中でしょ?」

「この場にいるのも何かの縁だ。達也君ではどうかな?」

 

摩莉が予想外の提案を始めた。誰もが深雪の勧誘で終わる要件だと思っていたので、完全にスキを突かれる。

 

「…ナイスよっ!」

「はあ?」

 

真由美の言葉に、つい言葉が漏れてしまう達也であった。

 

「生徒会は1-E 司波達也君を推薦します!」

「ちょっと待ってください。俺はまだ認めていませんよ?それに俺より克也にすべきではないのですか?」

 

達也の意見に2人は耳を貸すつもりはないようだ。無視ではなく聞いてはいるが、意見を聞かないという感じである。

 

「克也君より達也君の方が適任だからだよ」

「なんでも最初は初めてよ!」

 

何を言っても無駄のようだ。形だけの抵抗を少しだけしたかった達也だったが、時間が来たので諦めることになってしまう。

 

「続きは放課後でいいかな?」

「…わかりました」

 

このまま有耶無耶に終わらせていい案件ではない。放課後にもう一度訪れることになった。生徒会室を出る際、人数分の視線の中に一つだけ、温度の違うものが混ざっていた。克也は気のせいだと思うことにして、誰の視線なのかを確認しなかった。

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

放課後、克也からは達也の顔色が悪く見えた。授業の結果が芳しくなかったかもしれないし、エリカとレオの痴話喧嘩に疲れたのかもしれない。そのことは克也も達也自身ではないので、本人から直接聞かない限り知りえない。

 

双子でも自分とは性格が真反対なので、何を考えているのかわからない時があるのだ。生徒会室に入ると、昼休みにはいなかった男子生徒が窓際で3人に背を向けて立っていた。

 

「よ、来たな」

 

摩莉から親し気な挨拶があった。するとその男子生徒が、克也と深雪に近づいてきて自己紹介し始めた。

 

「副会長の服部刑部です。司波さん、生徒会にようこそ。四葉君もよろしく」

 

達也に挨拶しない服部に顔を顰める深雪は、まだ自制してくれているようだ。そのことに安堵しながらも、克也はいつ爆発するのか不安で仕方がない様子である。

 

「それじゃあ達也君、風紀委員本部に行こうか」

「待ってください渡辺先輩」

 

達也を誘って向かおうとする摩莉に声をかける服部。その声は先ほど聞いたものとは違って固く感じられる。どうみても良い言葉は聞こえないだろうと克也は半分諦めていた。

 

「一体なんだ?服部刑部少丞半蔵副会長」

「フルネームで呼ばないでください!」

 

克也たちにとって耳慣れない名称を発した摩莉に、頬を紅潮させて叫ぶ副会長。克也と達也が2人して真由美を見ると、視線に対して「ん?」と首を傾げている。

 

まさか「はんぞー君」が本名だったとは。克也と深雪にとっては予想外だった。

 

「名前なんて別にいいだろ?」

「まあまあ摩莉も落ち着いて。はんぞー君にも譲れないものもあるんでしょう」

 

そう言う真由美に、機械の操作をしていた鈴音とあずさを含めた全員から鋭い視線が突き刺さる。しかし真由美の余裕の笑みは崩れない。鈴音とあずさも参加したのは、普段からあだ名で呼ばれているからだろう。普段の仕返しとばかりに睨みつけている。

 

その視線を気にせずニッコリとしている真由美。恐ろしく度胸のある人である。数分の間摩莉と言い合い?を繰り広げていた服部が、達也を見ながら話し始めた。

 

「その二科生を風紀委員に任命するのは反対です。過去に〈ウィード(・・・・)〉を風紀委員に任命した例はありません」

 

服部の差別用語に眉を吊り上げる摩莉の瞳が鋭くなる。その瞳はまるで、獰猛な肉食動物が獲物を見つけた瞬間そのものだ。

 

「私の前でその言葉を使うとはいい度胸だな。だが強さには色々あるんだ。彼には魔法式の展開式を直接読み取る技術がある」

「ありえない!基礎単一工程の魔法式でも、アルファベット3万字相当の情報量があるんですよ!?そんなことが一瞬でできるはずがない!!」

 

服部の言う通り、普通なら理解できるわけがない。

 

普通なら…。

 

「確かに普通なら理解できないさ。だができるとなれば、彼がいることで強力な抑止力になる。今まで罪状が確定せず、不起訴になっていた生徒にも有効だ。そして彼を推薦する理由はもう1つある。ニ科生が風紀委員になった例は、お前の言う通りこれまで一度もなかった。つまりニ科生に対しても、一科生が取り締まってきたということだ。これは一科とニ科の溝を深めることになっている。達也君が風紀委員になれば、いい方向に傾くかもしれないと思っているんだよ」

 

摩莉の熱弁に気圧されながらも、服部は自分の意見を押し通そうとする。服部はその亀裂の存在を認識しているものの、別段修復しなくてもいいと考える派閥だ。わざわざ時間と労力をつぎ込んでまで、今すぐにでも直す必要はないと言っているのと等しい。

 

「会長、私は副会長として司波達也の風紀委員就任に反対します。渡辺先輩の主張に一理あることは認めますが、魔法力で劣るニ科生に風紀委員は務まりません!」

「確かに兄は魔法実技の成績が芳しくありません。しかし実戦なら誰にも負けません!」

 

深雪は黙っていられなくなったのだろう。感傷的になり喰ってかかる。その気持ちが克也には痛いほどよくわかる。だがここで感情的にはなってはいけないと、自分を抑え込んでいた。

 

「司波さん、身内を過大評価してはなりません。身贔屓に目を曇らせてはならないのです。魔法師は常に冷静でいなければなりません」

 

幼い子供に諭すように語り掛ける。だがこれはむしろ逆効果で、深雪はさらにヒートアップしていく。克也も深雪と同意見だったので止めようとはしなかった。

 

「お言葉ですが私は眼を曇らせてはおりません!兄が本当の力を以てすれば…」

 

すると達也が深雪を抑えて服部に近づいて行く。近づいてくる二科生に服部は苛立ちを覚えていた。「何故こんな奴が風紀委員なんかに」と思ったとしても仕方がないだろう。不自然に堂々と近寄ってくるのだから。

 

「服部副会長、俺と模擬戦をしませんか?」

 

突然の申し込みに眼を見張る生徒会役員。

 

「思い上がるなよ…補欠の分際で!」

 

罵倒された本人は苦笑を浮かべている。その程度の罵倒は聞き飽きたとでも言うように。

 

「何がおかしい!」

「魔法師は冷静を心掛けるべきなんでしょう?別に風紀委員になりたいわけではないんですが。深雪の眼が曇っていないことを証明する為ならばやむを得ません」

 

独り言のように呟く達也に服部は挑発されていると感じる。

 

「いいだろう。身の程をわきまえる必要性を教えてやる」

 

苛立ちを抑えながら了承した。いや、苛立ちを超えて憤怒が含まれていた。それに対して、克也は文句を言うつもりもなかった。

 

 

 

真由美によって模擬戦の許可が下り、指定された場所に移動する。克也の前を、真由美・摩莉・あずさ・服部が歩いている。そして何故か横には鈴音が…。ちなみに深雪はCADを預けた場所に取りに行く達也の付き添いだ。

 

「克也君、本当に大丈夫なの?」

 

真由美がスピードを落として、服部に聞こえないように聞いてきた。顔には不安の色が見えたが、何も考えずに自信満々に答える。

 

「もちろん大丈夫ですよ。あいつが負けることなんてありえませんから」

 

克也の微塵も揺らがない言葉と表情に、真由美は毒気を抜かれていた。そうしているうちに指定の場所に到着する。試合の準備をしていると達也と深雪が到着した。達也の準備が終わるのを待って摩利は説明を始める。

 

「ルールを説明するぞ。相手を死に至らしめる直接・間接的な攻撃は禁止だ。相手の身体を損壊させるような攻撃も同様に禁止。相手を気絶させる程度の攻撃は許可する。勝敗はどちらかが負けを認めるか、審判が続行不能と判断した場合に決する。合図があるまでCADの操作は禁止する。ルールに違反した場合はその時点で失格とする。ルールに従わない者は、私が力尽くで止めるから覚悟しておくこと」

 

双方の確認をすると摩莉は腕を振り下ろして合図した。

 

「始め!」

 

この勝負に瞬殺という言葉がこれほど似合うことはないだろう。それほどの時間で勝敗は決していた。服部は何をされたのか理解せぬまま気を失っている。

 

「…勝者、司波達也!」

 

達也は一礼するとCADをケースにしまうために動き出した。

 

「待て。今のは自己加速術式を予め展開していたのか?」

 

摩莉から疑いをかけられたが、別段やましいことはないので達也が素直に答える。

 

「いいえ。今のは正真正銘、自分の身体的な技術です」

「俺も証言しますよあれは体術です。魔法特有の〈事象改変〉は見られなかったはずですから。俺と達也は〈忍術使い〉九重八雲先生の指導を受けています」

 

全員驚いているようで呆気にとられていた。魔法師で知らなければ、無知と言われるほど有名な名前だ。そんな人物から指導を受けているのであれば、これほど疑う余地はない。

 

「あの九重先生にか!?」

「それにしても服部君は何故倒れたの?あの魔法も忍術?想子の波動そのものを放ったようにしか見えなかったのだけど?」

 

真由美は服部が倒れた理由を聞く。生徒会長ならば、達也の行動を一目見ただけで何をしたかわかるはずだ。だが魔法だという先入観によって冷静さを失っていたため、答えを知りたいという欲望が漏れていた。

 

「忍術ではありませんが、想子の波動そのものというのは正解です。あれは振動の基礎単一系魔法で、想子の波を作り出しただけです」

「それだけじゃ服部君が倒れた理由がわからないのだけれど…」

「酔ったんですよ」

「酔った?何に?」

 

達也は真由美の質問に流れるように答える。

 

「魔法師は想子を可視光線や可聴音波と同じように認識します。予期せぬ想子の波にさらされた魔法師は、実際に自分の身体が揺さぶられたと錯覚します。その錯覚が肉体に影響したんです。服部先輩は『揺さぶられた』と錯覚し、激しい船酔いのようなものになったというわけです」

 

「魔法師は普段から想子の波にさらされているから慣れているはずよ?魔法師が気を失うほど強力な波動をどうやって…」

「波の合成…ですね?振動数の違う魔法を3連続で作り出し、3つの波が服部君の位置でちょうど重なるように調整して、三角波のような強力な波を作り出したのでしょう。よくそんな精密な演算ができますね」

「お見事です市原先輩」

 

達也の説明に深雪は誇らしげに見つめている。達也の説明を聞いて、真由美は納得するように微笑んだ。簡単な魔法であったが故に真由美は混乱していただけで、よくよく考えれば真由美は既に答えを得ていた。鈴音は達也の演算能力に呆れているが、それを初見で見抜いた観察力の方がすごいのではないかと達也は思った。

 

しかし鈴音の疑問は別にあるらしい。

 

「それだけの処理速度があれば、実技の評価が低いはずはありませんが…。座標・強度・持続時間に加えて、振動数まで変数化するとなると。…まさかそれを自らで実行しているというのですか?」

 

驚愕に言葉を失った鈴音に、達也は肩をすくめながら片付けを再開した。

 

「〈多変数化〉は〈処理速度〉としても〈演算規模〉としても〈干渉強度〉としても、学校では評価されない項目ですからね」

「…実技試験における魔法力の評価は、魔法を発動する速度・魔法式の規模・対象物の情報を書き換える強度で決まる。…なるほど。司波さんが言っていたのはこういうことか」

 

未だに驚きで硬直するメンバーの後ろから声が聞こえた。振り返ると、壁に預けていた背中を持ち上げている服部がいる。

 

「司波さん、先ほどは失礼しました。以後このようなことがないように気をつけます」

 

服部は深雪に非礼を詫びると達也に眼を向ける。次は負けないという意思が伝わってくるように達也は感じた。服部は先輩たちに一礼してから試合会場から出て行く。服部の愛想のない対応に生徒会役員が苦笑を浮かべた。

 

「いろいろ予定外のイベントが起こったが。それじゃあ、当初の予定通りに風紀委員本部に行こうか」

 

誘い(脅迫?)に困惑している達也の意思を無視しながら、摩莉は達也の腕を掴んで歩いていく。何故か深雪から咎めるような視線を受ける達也。「何故俺が巻き込まれなければならないのかわからない」という視線を克也は感じていた。



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第6話 事件

達也が委員長と風紀委員本部に向かい、深雪が書記の仕事を中条先輩から教えてもらっている間、俺は暇だったのでCADの点検をすることにした。

 

何処にも異常がないことを確認し、ホルスターにしまおうとすると、いつの間にいたのやら。俺の横から眼を輝かせながらCADを覗き込む中条先輩がいた。深雪に教えていたのでは?と思ったが、深雪の吸収力が高いために教える必要はなくなったのかと予測しておく。

 

「司波君と同じ形状ですね。でも少し銃身が長くてグリップが細いようですが、なんというCADなんですか?」

 

CADオタクと言われるだけあって、達也のCAD〈シルバー・ホーン〉だけでなく、俺の特注CADにも興味があるようだ。眼を輝かせている様子は小動物を思わせる。

 

「これは四葉家の技術者が俺専用に開発したCADです。名称は〈ブラッド・リターン〉。俺の想子にだけ反応しますので、俺以外が使おうとしても作動しませんよ」

 

説明すると中条先輩はさらに眼を輝かせて近づいてきた。何故か嫌な汗がでてきたが、中条先輩が満足するまで我慢することにした。

 

 

 

 

 

各クラブの部長・副部長には、新入生成績名簿のコピー(点数は記されていない)が先週の金曜日に渡されている。土日の間に誰を勧誘するかを決め、月曜から始まる新入生勧誘活動で行動に出る。そのせいで毎年この時期にトラブルが発生するため、風紀委員の卒業生分の補充が早急にとされている。毎年生徒会推薦枠の風紀委員が決まらずに迎えてしまうことがあるのだが、今年は達也に決まったので心配はないらしい。

 

勧誘活動は放課後に行われるため、達也は風紀委員会本部で説明を受けていた。入学初日に最悪な出会い方をした森崎が、職員推薦枠で風紀委員に任命され、同じ場所にいることが達也にとっての懸念事項だった。

 

 

 

 

 

俺は生徒会役員である深雪と風紀委員である達也と、帰宅時間を合わせられるように部活に入ることにした。別に2人と時間を無理に合わせる必要はないのだが、3人でいたいという気持ちが強い。部活に入れば時間を無駄にすることはない。

 

今は魔法を使用する部活ではなく、一般的な運動部に入るつもりで見回りしている最中だ。顔写真付きの成績名簿が出回っているために、間髪入れずに勧誘がやってくる始末である。部活探し僅か10分で、疲労がそれなりに溜まり始めていた。途中普通の生徒と比べるとおかしな動きをしている生徒がいたが、何か事情があるのかもしれないと思い忘れることにした。障害を持つ魔法師であっても、成績を残せるのであれば入学を拒まれることはない。

 

校内をうろついているとレオに声をかけられる。服装は制服ではなく運動着だったので、もう既に何処かの部活に入部したのだろう。魔法を使える者を無碍に扱わないというのが、魔法社会における不文律のようなものとして出来上がっている。魔法力が強かろうが低かろうが、魔法教育を受ける権利があるからだ。といっても学校内でさえ差別が起こる有様だ。社会ではこのようなことは日常茶飯事である。結局は不文律という肩書きがあるだけで、特に大した意味は無いのだ。

 

「よう克也。どの部活に入るか迷ってるのか?」

「レオか。魔法を使わない運動系の部を探してたら、予想より数が多くて悩んでたんだ。レオは入る部活を決めたのか?」

「おうよ。俺は山岳部に決めたぜ」

 

レオは良い笑顔でそう言ってきた。清々しい笑みなのは自分に合った部活が見つかったからだろう。早く参加したいというのが身体からあふれているようにも見える。

 

「山岳部か。山を登るのか?」

 

俺の質問に待ってましたとばかりに笑みを深めて説明してくれた。

 

「俺も最初に勧誘されたときはそう思ったんだけどよ。見学しに行ったら予想と違ったんだ。なんでも肉体を鍛えるのは同じでも方法が違うらしいぞ。林間走とか崖登りとか魔法に頼らず、自分の身体を追い込む。んでもって、精神的に強くさせる部活らしいぜ。行った感じだと、一科も二科も分け隔てなく楽しくやってるようだな」

 

レオはすぐにでも参加したそうに身体を使って見せてくれた。話を聞くと面白そうだったので、見学にでも行ってみようか。レオが楽しそうな笑みを浮かべているので、悪い部活では無さそうだ。

 

「レオ、俺も見学しに行っていいか?入部するかは見てから考えるよ」

「マジで?ダンケ克也。なら早く行こうぜ。時間があれば体験させてくれるかもしれねぇからよ」

 

レオはそう言うと、山岳部が活動している演習場に俺を連れて行ってくれた。

 

 

 

結果からして俺は山岳部に速攻で入部した。

 

四葉では訓練しなかったことをやっていたことが決めた理由でもある。体験してみると楽しくて終始笑みが絶えなかった。レオと2人で新入生メニューではなく、上級生メニューに特別に参加させてもらい楽々クリアした。

 

終わった後にけろッとして2人で談笑していると、へろへろに疲れて寝転がっている2年生に、「お前らバケモンか?」と言われたのはご愛嬌だ。

 

 

 

その日の帰りに、レオが見つけていたカフェで勧誘活動での出来事を交換し合っていた。最も全員の興味を誘ったのは達也の捕獲劇だった。

 

「その桐原って人、殺傷性Bランク相当の魔法使ったんだろ?よく怪我しなかったな」

「《高周波ブレード》は有効範囲が狭い魔法だからな」

「「「……」」」

 

レオの質問に達也が答えると、克也と深雪を除いたメンバーの眼が点になっていた。論点がズレた返答だったからかもしれない。

 

「…有効範囲が狭いからって対処できるとは限らないんだけどね。例え魔法が止まってたとしても、あの人の剣を見破ることは難しいよ。あ、そういえば達也君が止めに入った時に地面から揺らぎを感じた」

 

エリカの言葉に深雪は笑みを浮かべながら説明する。

 

「対処が優れていても、魔法を強制停止させるのは普通は無理よエリカ。それにその地面の揺れは達也お兄様のせいね。達也お兄様、《キャスト・ジャミング》をお使いになったでしょう?」

「深雪に隠し事はできないな」

 

達也は苦笑しながら答える。

 

「それはもちろん。克也お兄様と達也お兄様のことなら、深雪にはなんでもお見通しなんですから」

 

そう言いながら克也と達也の腕を抱き寄せる深雪に、克也は苦笑いで達也は仕方ないなという顔をしながらも少し嬉しそうだった。

 

ちなみに座っている位置は、克也が深雪の右側・達也は左側・達也の前にエリカ・美月・レオだ。

 

 

 

達也 エリカ

 

深雪 美月

 

克也 レオ

 

 

 

「それ兄妹の会話じゃねぇぜ!?」

「「そうかな?」」

 

レオは克也たちにツッコミを入れたが、達也と深雪のハーモニーにたっぷり1秒間硬直した後、机に顔から突っ伏した。

 

「この兄妹にツッコミ入れようってのが大それているのよ」

「ああ、俺が間違ってたよ…」

 

しみじみ語るエリカに珍しく頷きながら、レオも同じくしみじみと同意した。

 

「その言われ方は著しく不本意なんだが」

「いいじゃありませんか達也お兄様。私たち3人が深い愛情でつながっているのは事実なんですから」

 

深雪がさらっと爆弾発言をする。

 

「ぐはぁ!」

 

今度はエリカとレオが同時に突っ伏す。レオに至っては効果音までつけて…。

 

「俺まで巻き込むなよ…」

 

念のために克也は苦笑しながら突っ伏した2人に抗議しておく。伝わったかどうかは定かではないが…。

 

「深雪、冗談もほどほどにな。約1名には冗談が通じてないようだから」

 

そう言いながら残りの1人に眼を向けると、美月が顔を真っ赤にして俯いていた。帰るまで美月はエリカに弄られ続けたのは言うまでもない。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

「達也君、昨日の昼に壬生をカフェで言葉責めしたというのは本当かい?」

 

2日後。半ば恒例化している生徒会室での昼食中に、突然摩莉が彼女らしくない言葉を使ってきた。克也は米粒を気管に誤って呑み込んでむせた。深雪が心配そうにこちらを見るが、大丈夫とジェスチャーで答える。

 

「先輩も年頃の淑女なんですから、そんなはしたない言葉を使うべきではありませんよ。それにそんな事実はありません」

 

達也は呆れたように冷たく答える。

 

「ありがとう達也君。こんな私を淑女扱いしてくれて。でも、カフェで壬生が顔を真っ赤にして俯いていたのを目撃した者がいるんだが?」

 

摩莉の言葉に、克也は片眉を上げるという不思議な技を身につけてしまった。

 

「…達也お兄様?一体何をしていらっしゃったのでしょうか」

 

深雪から氷点下の空気が流れ出し、飲み物や食べ物を凍らせていく。一瞬にして氷結した弁当や湯飲みを、克也は何故か微笑ましそうに眺めている。

 

「深雪さんって余程〈事象干渉力〉が強いのね〜」

 

真由美は興味深そうに凍ったお茶をつつきながら呟く。「そういうことではなく、ただ単に感情が具現化しただけです」とはさすがに克也でも言えず、黙りながらも深雪に《癒し》を施す。

 

「落ち着け深雪。ちゃんと説明するから」

 

達也も深雪を抑えるのを言葉をかけることで手伝う。深雪も達也の言葉で落ち着きを取り戻すが、終始あずさは怯え続けていた。

 

「そのような事実はありませんよ。壬生先輩の考えを聞いた後に疑問を投げかけたら、自爆していっただけです」

「ならいいんだが。頼むんだよ達也君」

「何を頼まれているのかわかりませんが。問題にならないように頑張りますよ」

 

摩莉のお願いに苦笑しながら答える達也だった。しかし達也は気づいていなかった。自分の取った対応が望んではいない危険な方向に曲げてしまったことを…。



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第7話 予兆

食事を終えて食後のティータイムに突入した頃。達也が疑問に思っていたことを話し始めた。

 

「どうやら風紀委員の監視は、生徒の反感を買っているようです。実は…」

 

 

 

達也の説明が終わると、真由美と摩莉は微妙な顔をしていた。どうやら達也の話は既知だったようで、新鮮味はあまり感じていないらしい。だが入学早々に感づいた達也を、2人は高く評価しているようだ。

 

「それは壬生の勘違いだ。風紀委員は単なる名誉職で進学のメリットになることはない。学校側も進学先も考慮しない規則を設けているしな。もちろん風紀委員を務めたと、多少の評価は校内で得られるかもしれんが」

「でも校内で高い権力を有しているのもまた事実。取り締まられた側としては、風紀委員が自分の点数稼ぎのためにしたと思うこともあるの。正確には彼らを印象操作している何者かがいるんだけどね」

 

真由美の言葉に克也は黙っていられなかった。そこまで知っているのなら話は早いと思い聞きだすことにした。

 

「正体はわかっているんですか?」

「ううん、噂なのよ」

「犯人がわかっていればすでに行動を移しているさ」

 

真由美と摩莉の返答は克也の求めたものではなく、分かりきっている言い訳に思える。

 

「そうではありません。そいつらの背後にいる者たちです」

 

深雪が克也を落ち着かせようと左袖を引っ張るが、ここで引き下がるわけにはいかない。後回しにすればうやむやにされるどころか、はぐらかされると思ったのだ。今でなければ聞き出すタイミングはなくなる。

 

「例えば反魔法国際政治団体【ブランシュ】とかですか?」

「ど、どうしてそれを!?」

「どこで聞いたんだ?あれは情報統制されているはずだ!」

 

真由美と摩莉は驚愕を露わにし、あずさにいたっては首を傾げている。魔法師であるなら知っていてほしいのだが…。

 

「情報の出どころをすべて塞ぐことなんてできませんから」

 

そう言って情報提供者の名前を出さずに克也は言葉を濁す。もちろん情報提供者は真夜なのだが、名前をわざわざ出す必要もない。四葉家なら収集は簡単にできる上に、次期当主の可能性がある克也なら知っていてもおかしくはない。

 

そう理解した2人は隠すことをやめた。

 

「…そうよね。情報を集団のトップが握りつぶしてはならない。でも情報を与えてパニックを起こしてもらっても困る。板挟みでどう対処すればいいのか考えたくないから逃げている」

「それは仕方のないことです」

 

真由美の苦渋の言葉に克也は救いの手を差し出す。その言葉を聞いて、真由美は意外そうに克也を見つめている。自分以外に向けたことのない優しい声音に、深雪が驚いて克也を見上げていた。

 

「国家ぐるみで情報を潰そうとしていることを、会長自らの意思で拡散させるわけにはいきません。何より学校運営に関わる者が国の指示に従うのは当然ですから」

 

真由美にそう伝えながら克也は微笑を浮かべる。その美貌に悩殺されたのではなく、純粋な優しさに喜びを感じて、真由美は頬を紅潮させる。

 

「慰めてくれてるの?」

「で、でも会長。会長を追い込んだのも四葉君ですよ?」

「自分で追い込んで自分でフォローする。ジゴロの手口だな。真由美もすっかり篭絡されているようだし、克也君はなかなかの凄腕のようだ」

「摩莉ったらもう」

 

あずさの言葉に乗っかって摩莉も真由美をいじる。克也にはそういう意図はなかったが、勝手に話を進めて真由美と言い争いをしている摩莉に頬を痙攣させていた。その時に隣からまた冷気が漂ってきた。見なくてもわかる横へ視線を向ける。

 

「ジゴロ…凄腕の…」

 

深雪が下を向きながら呟いていた。これは家に帰ってからの機嫌直しが大変だなと克也と達也が思ったのは言うまでもない。あずさといえば深雪から冷気が流れ出した瞬間に、席から離れた場所まで逃げていた。怯える姿は持っている餌を奪われないように守る小動物のようで、2人は笑いを堪えるのに必死だった。

 

 

 

その日の夜。克也はリビングにいる達也と深雪に、編集したファイルを見てもらうことにした。

 

「キャビネット名【ブランシュ】オープン」

 

楽な音声操作で整理したファイルを呼び出す。

 

「お昼に名前が出た反魔法師団体ですね?私が見てもいいんですか?」

 

深雪が不思議そうに聞いてきた。

 

「情報はなるべく共有しといた方が何かと都合がいい。想定外の事態に遭遇した時に対処しやすくなるからね。それに他人事で済みそうな話ではないだろうから」

 

そう前置きしながら概要を説明し始める。

 

「達也は知ってると思うが、念の為にもう一度説明しておこう。彼らの主張としては『抗議活動は市民運動の一環』ということらしい。とはいえ、裏を探れば彼らは立派なテロリストだ。関係があるか分からないが、勧誘活動している生徒の中に、下部組織【エガリテ】に参加していると思しき人物がいた」

「魔法科高校にですか?」

「深雪が疑問に思っても仕方がない。普通なら考えられないことだからね」

 

テレビ画面にいくつもの画像が同時に映され、そのうちの1枚を拡大させる。それは【ブランシュ】の存在理由を説いた、彼らのホームページだった。

 

「奴らのスローガンは、魔法師と非魔法師の差別撤廃。ここでいう差別とは収入格差のことだ。非魔法師と魔法師の平均収入に差があることから、このような行動に移したと世間では言われている。魔法師の平均収入が高いのは、この国に必要不可欠な特殊な魔法を持つ者たちがいるからだ」

 

魔法師と非魔法師の収入を表したグラフが現れる。比較したグラフは魔法師の収入がわずかに高い。

 

「彼らの収入を一般の魔法師と同等の収入に調整すると、非魔法師の方が僅かに高くなる」

 

グラフが変化して非魔法師の収入平均が魔法師を超える。

 

「彼らがどれだけ危険な場所で勤務しているか。どれだけの激務にさらされているかを顧みず、優遇されているなどと都合の良いことを言っているのが現状だ」

「かなり虫の良すぎる話だと思いますが。魔法を使うためには、長時間の修学と訓練が必要なのを知っているのでしょうか?」

 

深雪が許せないとでもいうような眼を、克也に向けながら聞いてきた。

 

「いや、知っているだろうさ。知っていて言わない。自分たちに都合の悪いことは言わず、平等という美しい理念にとらわれているから、周りのことを考えている振りをして行動する」

 

克也も彼らの自分勝手な行動にため息をつきたくなる。達也も同感のようだ。

 

「しかし彼らは表立って魔法を否定していない。何故だ?平等を最終的に求めているなら、魔法を撤廃すれば最短距離で目標に到着できるのに。もしかしたら彼らが求めているのは、平等ではないのかもしれない。それを考慮するとしても答えは1つしかないだろう。それはこの国の魔法を廃れさせたい国、もしくは人物が奴らの背後にいるということだ。この国が魔法を失うことで得をするのは誰だ?」

「克也、お前まさか…」

「彼らの背後にいるのは…」

 

達也と深雪は驚きを隠せない。

 

「まだ仮説の段階だが、おそらく大亜連合もしくは大亜連合に近い存在だな」

 

達也もこの国が弱体化することを望む何者かがいると考えていたのだろう。だが身近なそいつらとは思っていなかったようだ。

 

「何かをされるかもしれないし何もされないかもしれない。現状で相手の行動が読めない以上、こっちも行動するわけにはいかない。だが注意だけはしといてくれ」

 

克也が締めくくると、2人は深く頷いた。

 

 

 

入浴後、克也は真夜に電話をかけた。現在時刻は午後9時半。真夜もプライベートスペースでゆっくりしているはずで、何回目かのコールで真夜が出た。

 

『あら、克也から連絡してくれるなんてね。一体どういう風の吹き回しかしら』

『こんばんは叔母上。相変わらず楽しそうですね』

 

上機嫌に笑う真夜に苦笑しながら挨拶をする。その後に気を取り直して用件を伝える。

 

「最近、校内で【エガリテ】に参加していると思しき生徒を数名見かけています。何が起こっているのか調べてもらえませんか?」

『あらあら、仕事を押し付けるなんて貴方も偉くなったものね』

「別にそのようなことを言ったわけではないのですが…」

『冗談よ。貴方を弄って楽しみたかっただけですから。わかったわ早急に取り掛かるから数日頂戴』

「ありがとうございます」

 

真夜の承諾にお礼を言って切ろうとすると引き止められた。

 

『ところで達也さんが面白いことに巻き込まれているようですね』

「…何処からその情報を得たんですか?」

 

真夜の言葉に驚くより呆れる。一体何処からそんな情報を得たのか聞き出したいと思うが、教えてもらえないことは予測がついたので頭の片隅に置いておいた。

 

『それはひ・み・つよ。気をつけなさい克也。貴方たちなら遅れを取らないでしょうけど、面倒なことになるかもしれないから』

 

それだけ真夜はそう言うと電話を切った。そんなことにはならないだろうと克也はその時は思っていた。

 

しかし真夜の言ったことは2日後に現実となる。



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第8話 犯罪行為

真夜の助言を受けてから2日後。教室で帰り支度の途中だった克也は、放送機にスイッチが入る微かな音を察知していた。

 

『全校生徒のみなさん!』

 

突然爆音で校内放送が流れはじめ、教室にいたクラスメイトが何事かと視線を上げている。

 

「きゃっ!」

 

ほのかが悲鳴を上げるほどにはかなりの音量だった。音量ぐらい調節してから放送してくれとも思わなくもない。

 

『…失礼しました。全校生徒の皆さん!』

 

少し決まる悪げにもう一度自己紹介してくれる。

 

「ボリュームを絞るのをミスったようだな」

 

反応する部分をずらしてからしれっと呟いてみた。

 

「「そういうことじゃないよ(でしょ!)」」

 

雫とほのかにツッコまれる。深雪はなんとも微妙な表情を浮かべているが。まあ確かに場違いな発言であったことは否めない。もちろん克也も分かって言っているので反論する気はなかった。

 

『僕たちは校内の差別撤廃を目指す有志同盟の者です!』

「差別撤廃ね…」

 

思わず口から零れてしまう。

 

『僕たちは生徒会と部活連に対し、対等な立場における交渉を求めます!ぼ…』

 

言葉が途中で途切れたのは、異常に気付いた職員が電源をカットしたからだろう。

 

「深雪、呼ばれそうだから放送室に行こうか。ほのかも雫もまた」

 

2人に挨拶をして深雪と放送室に向かう。

 

 

 

同時刻、E組でも同じような展開が起こっていた。

 

「ボリュームの絞りをミスったか?」

「いや、ツッコむとこそこじゃないから」

 

達也のボケ?にエリカがツッコむ。「エリカちゃんもね」と美月が思ったのはお約束だ。

 

「達也、どうする?」

 

レオがそのまま座ってても良いのか?という意味合いで聞いてきた。

 

「行かなきゃダメだろうな。委員会からお呼びがかかるだろうし早めに行くか」

 

達也が立つと同時に内ポケットの携帯端末が振動する。開いてみると予想通り委員会からの呼び出しだった。

 

「噂をすればなんとやらだ。じゃあ行ってくる」

 

レオ・エリカ・美月に報告してから放送室に向かった。

 

 

 

放送室に向かう途中、達也と合流して到着する。「遅いぞ」「「すみません」」という形だけの委員長の叱責に、形だけの謝罪を2人してする。

 

「現状はどうなっていますか?」

「奴らは内側から鍵をかけて立てこもっている。御大層にマスターキーも盗んできているという徹底ぶりでな」

 

明らかな犯罪行為に顔をしかめる。

 

「多少強引でも短時間で解決すべきだろう」

 

委員長の物騒な提案に、俺は頷きながら隣の大柄な上級生に聞く。

 

「十文字会頭はどうお考えですか?」

 

失礼かなと思ったが相手は気にしていないようだ。むしろよく聞いたという賞賛が含まれる表情で答えた。

 

「俺は交渉に応じてもいいと思う。言いがかりにすぎないことをいつまでも引っ張る必要はない」

「この場は待機ということでいいですか?」

「それについては決断しかねている。この程度の犯罪行為を取り締まるために、学校施設を破壊してまで突入する必要があるとは思わない」

 

つまりどう対応すればいいか悩んでいるということらしい。

 

「達也、壬生先輩の電話番号を知らないか?待ち合わせのために交換してたりとか」

「…わかった」

 

俺は最後の手段(大袈裟だが)を使うことにした。達也が電話をかけると、意外と直ぐに繋がったようだ。

 

「壬生先輩ですか?今は何処に…はぁ、それはお気の毒です。交渉に応じると十文字会頭は仰っています。ええ、壬生先輩の安全は保障しますよ。ええ、わかりましたそれでは。…すぐ出てくるようです。電話番号を保存しておいて正解でしたね」

 

達也は一段落とでもいうように肩をすごめる。

 

「悪い人ですね達也お兄様は。でも壬生先輩のプライベートナンバーを、わざわざ保存していた件については、後程詳しくお聞きしますね?」

 

眼は笑っていない笑顔で深雪に脅された達也は、俺に卑怯者とでもいうような視線を向けてきたが黙殺しておいた。

 

「それより態勢を整えるべきです」

「態勢?君は今、彼女らの安全を保障すると言わなかったか?」

「俺が保障すると言ったのは先輩1人だけです。それにどこを代表して交渉しているなんて一言も言っていません」

 

達也の言葉に克也と深雪を除いた全員は呆気にとられた。やはり達也は「悪い人」の自覚がないようだ。

 

 

 

「私たちを騙したのね!」

 

数分後に放送室の鍵が開けられた。そのタイミングを狙って、風紀委員が占拠していた生徒を押さえつける。案の定、壬生は達也に食って掛かった。まあ、安全を保障すると言われて出ようとすると、自分以外が拘束されたのだから仕方がない。

 

「司波はお前を騙してなどいない。交渉には応じよう。だがお前らのとった行動を認めることと、要求を受け入れることは別問題だ」

 

腹に響くような声で言われては言い返せない。壬生は達也から手を離した。

 

「お話し中悪いんだけど、彼らを放してくれないかしら?」

 

突然の生徒会長の登場に全員が驚く。

 

「七草…」

「言いたいことはわかるけど今はこっちが優先よ。壬生さん1人じゃ交渉できないでしょうから。それからこの問題は生徒会に委ねられるそうです」

 

面倒くさいことは生徒会に丸投げか。そう思ったのは克也だけではないだろう。

 

「壬生さん、交渉に関する打ち合わせをしたいのだけれど、ついてきてもらえるかしら?克也君たちは帰宅してもらって大丈夫です」

「ええ、構いません」

「「「わかりました」」」

 

壬生が応じて真由美についていく。3人は挨拶してから家路についた。

 

 

 

 

 

翌日、校門の近くで待機していると待ち人来たり。克也は他人の想子の保有量を知覚できるので、大勢に埋もれていても見分けることができる。彼女のような猛者であれば尚更だ。

 

「会長、おはようございます」

「あら、おはよう克也君。達也君に深雪さんもどうしたの?」

 

待たれているとは思わなかったようで意外感を表していた。

 

「昨日のことが気になりまして」

「ああ、なるほどね。彼女たちは一科生とニ科生の平等な待遇を求めているわ。でも具体的なことは考えていないみたい。むしろ生徒会で考えろみたいな感じだったの。それで明日の放課後に討論会を開くことになってしまったわ」

「それはまた急な展開で…」

 

達也も驚いているが控えめな反応だった。

 

「相手に時間を与えない戦略は素晴らしいですが、それはこちらも同じですね。それで誰が討論するんですか?市原先輩ですか?」

 

そう聞いた達也は自分を指差しながら振り向く真由美に、今度こそ驚いていた。

 

「まさか会長お一人ですか?」

 

ご名答とでも言うように空を見上げながら呟く。

 

「1人なら小さなことで揚げ足を取られることもないし、もし彼女たちに私を言い負かすだけの根拠を持っているなら、これからの学校運営に取り入れていけばいいだけなのよ」

 

真由美の持論に克也は感服した。

 

「すごいですね会長、そこまで考えていただなんて。少し(・・)見直しました」

「えへへ、そんなことは…」

 

照れていた真由美が克也をジト眼で睨み付ける。何か言ってはいけないことを言ったのだろうか。2人を見ると少し離れて、他人の振りとでもいうようにいちゃつきはじめた。

 

「克也君、少し(・・)ってのはどういう意味かな?」

 

じりじりと近づいてくる真由美に、克也は後退りすることしかできなかった。

 

「別に深い意味はありませんよ…」

「克也君?」

 

真由美に授業が始まる直前まで、質問攻めにあったのは言うまでもない。

 

 

 

朝から真由美に精神HPを大幅に削られげっそりとした克也は、昼休みの始まりに摩莉のクラスに向かった。タイミングよく教室から出てきたので、引き止めることに成功する。

 

「渡辺先輩、少しいいですか?」

「なんだ克也君?どうしたやけにやつれているが…」

 

見ただけでわかるほどに弱っているらしい。

 

「…今朝登校中に会長の地雷を踏んだようです。こってり絞られました」

「はははは、あいつの地雷はやばいからな。踏まないようにしないと死ぬぞ?」

「それ…早く言ってくださいよ…」

「で、どうした?引き止めたからには何か用事があるんだろ?」

 

抗議したがスルーされてしまった。

 

「相談というよりお願いなんですが」

「お願い?」

 

摩莉は不思議そうに聞き返す。

 

「ええ、討論会の最中に有志同盟のメンバーが下手な行動を起こさないよう、風紀委員で警戒していて欲しいんです。彼らが何かをしでかしそうな嫌な予感がするので」

 

克也のお願いに摩莉はしばらく考え込んでいた。

 

「私もそうするべきじゃないかと真由美に言ったんだ。そうしたら同じ学校の生徒だからしなくて大丈夫と言われてな。真由美がそう言うならしなくていいだろうと思ったんだ」

「警戒することに越したことはありません。万が一何かされても対応することができます。風紀委員に各々有志メンバーをマークさせてください」

 

摩莉も克也の案に乗ることにしたようだ。

 

「わかった。委員会メンバーには私から連絡する。真由美のガードは服部に任せるがお前はどうする?」

「俺は舞台袖から警戒します」

 

自分だけ仕事をしないつもりはない。楽しい学生生活を壊されるわけには行かないのだ。

 

「頼むぞ」

 

摩莉はそれだけを言って何処かへ向かった。



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第9話 討論会と襲撃

壬生を含むグループが強行作戦に出た夜、真夜から依頼内容の結果が届いた。

 

封筒に入れられた紙には、今回の黒幕【エガリテ】について詳しく書かれている。動かしているのは【ブランシュ】日本支部リーダー司一。さらに司一の義弟 司甲も協力者であると記されていた。

 

名前だけは少なからず知っている。まさかとは思ったがどうやら内部からは、すでに校内の情報が漏れていると考えていいだろう。

 

克也の予想は正しく、摩莉にお願いしといてよかったと思える。しかし【ブランシュ】を動かしている敵の正体はわからなかったようだ。それでもよくこの短時間でここまで調べられたなと、感服せずにはいられない。

 

 

 

 

 

その日の放課後、講堂には予想以上の生徒が集まっていた。その数およそ全校生徒の半分。十分すぎるほどの賑わいである。

 

「当校にここまで暇人が多いとは。学校側にカリキュラムの改善を申請しなければなりませんね」

「…市原、笑えない冗談はよせ」

 

鈴音と摩莉のやりとりに克也が苦笑をもらす。鈴音には意外そうな顔をされ、摩莉には何故か睨まれてしまったが。

 

「どんな手を使ってくるのやら。専守防衛といえば聞こえはいいが…」

「渡辺委員長、実力行使を前提に考えないでください」

 

摩莉のボヤキに鈴音がすかさず黙らせるのだった。

 

 

 

「もはや真由美の独壇場だな…」

 

渡辺先輩の呟きは全員の内心を表していた。討論会が始まってから有志同盟のメンバーは、小さなことをごねて文句を言っているが、会長はそれをうまく利用して対応している。討論会が進行するにつれて、有志同盟のメンバーは窮地に追い込まれていった。

 

『…一科生でもニ科生でも当校の生徒であることに変わりありません。みなさんにとって、かけがえのない3年間なのですから』

 

会長がそう締めくくると講堂全体から拍手が送られる。何事もなく終わったなと俺は思った。しかし有志同盟はこのままで終わるつもりはなかったらしい。

 

ドカーン!

 

爆発音と同時にすさまじい振動が講堂を襲った。それが合図だったかのように、有志同盟のメンバーが動き出す。

 

「委員長!」

「取り押さえろ!」

 

達也が委員長を呼んだとほぼ同時に命令が下った。俺と達也は近くにいたメンバーを床に押さえつける。それとほぼ同時に窓ガラスが割れ、謎の物体が飛び込んできた。それは落下と同時に煙を吐き出したかと思うと、煙は拡散せずに物体と共に逆再生のように外に消えていった。収束魔法と移動魔法の複合術式。あの一瞬で魔法を選択し構築するとは流石だな。

 

そう思いながら使用者を見ると、「どんなもんだい」とでも言いたそうな顔で俺を見ていた。

 

「何!?そっちにも侵入者が!?」

 

委員長が何処からか連絡を受けて驚愕していた。どうやら大勢の武装集団が侵入しているらしい。魔法科高校には機密性の高い文書やデータが大量に保存されている。だからテロなどを生業にするそういう輩から狙われやすい。

 

そのため万が一に備えて、侵入者を排除できるほどの魔法力を持つ職員が、ある程度の人数を揃えて常に在中している。だが彼らでも対処できないほどの事態になっているのは、事態の深刻さを物語っていた。

 

「委員長、俺は爆発のあった実技棟の様子を見てきます」

「達也お兄様、私もお供します」

 

達也のセリフに続いて深雪までそう言い出した。

 

「気をつけろよ!」

「「はい!」」

 

委員長の言葉に2人は力強く答えて駆け出していく。

 

「委員長、俺はCAD調整室付近を見てきます」

 

委員長の返事を待たずに俺は駆け出した。

 

 

 

講堂の外に出ると校内は騒然としていた。至る所で戦闘が行われているほどに。よく見れば職員だけでなく一科生も戦っている。俺は木立の陰に隠れ眼を閉じ、意識を情報の世界に向ける。

 

全想の眼(メモリアル・サイト)》。

 

それが俺の2つ目の【固有魔法】。

 

能力の1つとして、自分が条件指定したものの一部分の記憶を視ることができる。

 

今回は「校内にいる生徒の中で何らかの違和感のある想子」という条件で探す。すると条件に一致した者が1人いたので、誰にも見つからないようにそこへ向かった。

 

 

 

到着するとそこでは1人の生徒が電話をかけている。気配を消して情報端末を奪うことを考えたが、余計に刺激してしまう気がしたので話しかけることにした。

 

「何をしているんですか?こんなところで」

 

話しかけられて驚いた生徒は、電話を切って突然攻撃してきた。俺の耳に極微細なガラスを引っ掻くような音が大音量で届く。低周波が放たれ耳元で鳴り響くが、想子を操作して無効化し同時に少し身体を傾ける。想子を操作するより楽な対抗魔法はあるのだが、事後処理の説明が面倒くさかったので使わなかった。

 

魔法名《耳鳴り》は、空気を震わせ三半規管を麻痺させる。足止めなどに使われるポピュラーな魔法で、比較的簡単であり使う魔法師も多い。利便性があるので野外訓練ではよく使用されている。

 

《耳鳴り》が効果を発揮したと勘違いした男子生徒は逃げ出した。平凡な一科生なら効果はあっただろう。だが俺は四葉を受け継ぐ魔法師であり、魔法を無効化する訓練を行っている。だから〈数字付き(ナンバーズ)〉や〈十師族〉の強力な魔法師でなければ止められない。自己加速術式で男子生徒の前に回り込み、腹部を強打し気絶させた。

 

気を失う瞬間「な、なんで…」と聞こえた。まあ、効果があったと思わせる行動をしたので仕方ないかと思いながら、講堂の舞台袖から拝借した縄で手を縛る。

 

「こちら臨時風紀委員(・・・・・・)の四葉です。不審者を発見し拘束しましたのでそちらに運びます」

 

委員長に渡された携帯端末の音声ユニットで伝える。

 

何故俺が持っているかというと、討論会が始まる前に渡されていたからだ。委員会の腕章と共に。最初はもちろん断ったのだが、「この作戦の発案者はお前だろう」と言われ渋々受け取っていた。

 

音声ユニットを胸ポケットに戻し、俺は男子生徒を抱えて講堂に向かった。




全想の眼(メモリアル・サイト)》・・・人間だけでなく動物にも作用させ、記憶を視ることができる克也の【固有魔法】。だがこれはまだ全能力の一部分でしかない。


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第10話 駆逐と感謝

拘束した生徒を講堂の奥まった部屋に連れ帰ると、委員長が尋問を開始する。

 

「ダメだな。この程度の強さじゃリーダーのことは話さないか」

 

委員長はそうボヤキ始めた。彼女は複数の薬品を混ぜて、自白剤を合成して使用したが効果がなかったらしい。

 

「手引きした犯人はすぐ吐いてくれたんだけどね…」

 

会長もがっかりしている。手引きしたのは、叔母から送られてきた紙に書いてあったのと同じ司甲だった。

 

「魔法か何かでその部分の記憶を消されたか、封じられているかもしれませんね」

 

そう俺は予想する。このタイミングで《全想の眼(メモリアル・サイト)》を使うか迷っていた。あれは有効な魔法だが、会長たちに知られたくないというより副作用のことを気にしていた。

 

全想の眼(メモリアル・サイト)》を使うと、魔法演算領域にかなりの負荷がかかり疲弊してしまう。だが、悩んでいる時間はないので使うことにした。ここにいるのは先輩方2人だけなので、他言しないようにお願いをする。

 

「今からこいつの記憶を読み取ります。ただそれをするにはある魔法を使わなければなりません。誰にも言わないと約束してもらえますか?」

 

会長と委員長の眼を見て聞いた。

 

「ええ、約束するわ。第一高校生徒会長としてではなく、〈十師族〉の一員、七草家の長女として」

「あたしも約束するよ。七草家の長女の友人として」

 

委員長の約束は七草先輩より固いものではなかったが、信用できる人なので何も言わなかった。俺は頷いてから確保した生徒に視線を向ける。

 

「それでは始めます」

 

息と一緒に余計な情報を吐き出し、眼を生徒の記憶に向ける。

 

『これで説明は終わりだ。明日は面白くなりそうだね諸君!このアジトは集会が終われば破壊されることになっている。新しいアジトは後日伝えるよ。解散!』

 

大口をたたくひょろっとして、ふちなしの眼鏡をかけている男が【ブランシュ】日本支部リーダー司一なのだろう。アジトを出るとそこはどこにでもあるようなビルの地下だった。

 

しばらくして眼を現実の世界に戻し、今視たことを2人に話す。

 

「指導者は司一。第一高校3年の司甲先輩の義理の兄です。おそらく司先輩も魔法か何かで操られて、手引きさせられたのではないでしょうか。アジトはビルの地下にあったようですが、今は何もなく新しい場所に移動したようです」

「何故そこまでわかった?」

 

委員長が聞き返してくる。

 

「摩莉、他人が隠している魔法を詮索してはダメよ」

 

会長の言う通り、他人の魔法を詮索するのはタブー視されている。【固有魔法】は他人に知られてはならないと考える魔法師が多く、詳しく説明する訳にもいかないのだ。

 

「構いませんよ会長。今のは俺の【固有魔法】で、この生徒の記憶を覗いたんです」

「怖い魔法だな。覗かれないように気を付けよう」

 

少なからず本気で怖がっている委員長に、信頼している相手に無断で使用しないと説明しておく。説明しながら気になった記憶をもう一度視返す。この男の横にいた男の想子を読み取っていく。記憶の中にいる人物だが、現実世界に存在しているならば、読み取ることができる。

 

するとその男の想子が、別の想子と強制的にリンクさせられているのが視えた。しかもその想子は既に死んだ人間のものだ。それが何なのか考える前に、現実の情報世界に視界を戻す。討論会が始まる前に見かけていたのだから、校内の何処かにいるはずだ。

 

…見つけた。

 

だがこの位置は…。俺は講堂の裏口から、その男が狙っている女子生徒の下に向かった。

 

「「克也君!?どこに行くんだ(の)!?」」

 

会長と委員長の声に振り向くことなく走る。体術と自己加速術式を使って疾走した。

 

 

 

女子生徒の姿が見えたのと、男子生徒が襲い掛かるのが同時だった。間に合わないと思った俺は、想子を圧縮して想子弾を構築し、男子生徒に向かって撃ち出す。想子弾に直撃された男子生徒は、大きく吹き飛ばされて地面に倒れる。襲われかけた女子生徒は気を失って倒れていたので、抱きかかえて危険のない場所まで移動させる。

 

立ち上がってこちらを見る男子生徒の眼は虚ろで、生気をまったくというほど感じない。想子を《全想の眼(メモリアル・サイト)》で読み取ると愕然とする。死んだ人間の想子に浸食され、本当にの意味で死んでいたのだ。

 

なのに生前と変わらない動きに魔法を繰り出すことに驚く。一撃で終わらせるために、魔法式を構築し起動式を展開させる。

 

《夜》が一部分だけを塗りつぶす。闇に燦然と輝く星々の群れ。星が光の線となって、男子生徒の中の想子を貫通する。

 

男子生徒はその場に倒れ、それきり動かなくなった。

 

 

 

男子生徒が完全に機能しなくなったのを確認してから、寝かせていた女子生徒を抱き上げる。急ぎ足でその場から離脱し、保健室に向かいベッドに寝かせる。出ようとすると安宿先生に引き止められ、一通り検査されることになった。

 

攻撃されたわけでもなかったが、保健医としてやらねばならないことだったのだろう。異常なしと診断されてからようやく解放される。

 

奥の部屋からが出てくると、そこには会長・委員長・会頭がいた。

 

「何が…」

 

会長が尋ねようとしたが、後ろの出入口が開けられる。壬生先輩を抱えた達也が入ってきた。寝かせて5分後に、目を覚ました壬生先輩に異常なしと診断した安宿先生が出ていくと、生徒会からの事情聴取が始まった。

 

それによると委員長に突き放されたと勘違いした壬生先輩に、司一が付け込んでいたらしい。これによって壬生先輩に非がないことがわかった。

 

 

 

「重要なことは奴らが何処にいるかですが…」

 

壬生から話を聞いた後、達也はそう切り出した。

 

「行くつもりか司波?危険だぞ」

 

達也の言葉に何かを感じた克人は止めに入る。

 

「わかっています。俺は学校側に手を貸してもらうつもりはありません」

「司波君、もし私のためだったらやめて。怪我をされたくないから」

 

壬生は達也をなだめる。自分のために誰かが傷つくのは見たくないと言いたいのだ。誰だってそうだろう。自分のせいで誰かが傷付くのは、自分が傷つくよりずっと辛い。

 

「壬生先輩のためではありません。自分の生活空間がテロの標的になったんです。深雪・克也との日常を損なおうとする者は、すべて駆除します」

 

だが達也の答えは辛辣だった。しかしそれを咎めるような声は上がらない。

 

「でも達也、拠点がわからないとどうしようもないぞ」

 

そう克也が聞くと達也は、「知らなければ知ってる人に聞けばいい」と言いながら保健室のドアを開ける。そこには1ーEの担当カウンセラー、小野遥が立っていた。

 

「九重先生の秘蔵の弟子から隠れ遂せようだなんて…やっぱり甘かったか」

 

苦笑気味で視線を逸らす。遥から拠点の地図をもらい、全員で確認する。

 

「達也が行くなら俺も行くぜ」

「当然あたしもね」

 

レオとエリカが同行すると言い出した。

 

「なら俺も行こう。〈十師族〉としてこのまま見逃すわけにはいかん」

 

今まで黙っていた克人が切り出した。

 

「車は俺が出す。それでいいな?」

「十文字君が行くなら私も…」

「七草、お前はダメだ」

「そうだぞ真由美。この事態に生徒会長が不在なのは困る」

「わかったわ十文字君お願い。でもそれなら摩莉もダメだからね。まだ校内に残党がいるかもしれないんだから」

 

説得された真由美は摩莉を止めた。摩莉も残念がっていたが。

 

「達也、俺も残るよ。だから後のことを頼む」

「任せろ」

 

それだけ言うと、達也たちは駆逐するために駐車場に向かった。

 

 

 

残りの残党を(全想の眼を使って)捕まえていると、安宿から女子生徒が目を覚ましたと連絡が来たので保健室に向かった。

 

「気分はどう?リンちゃん」

 

真由美が呼んだように、襲われそうになっていたのは鈴音だった。

 

「ええ、驚いて倒れた時に頭を少し強く打っただけですから。それよりここに連れてきてくれたのはどなたですか?」

「お前の目の前にいるよ市原」

「え?」

 

摩莉の言う通り視線を横にずらして、鈴音は克也を驚いたように見つめる。

 

「貴方が?」

「それだけじゃないぞ。お前を襲おうとした奴を倒したのもそいつだ。どうやってかは知らないがな」

 

摩莉の言葉に眼を見張る鈴音は、これまで見てきた表情ではない。そのギャップに克也は新鮮さを感じていた。

 

「あたしたちは事情説明があるから行くよ。またな」

 

摩莉がそう言って真由美と共に保健室を出ていく。

 

 

 

人が出て行ってからしばらく。会話が弾まないまま5分が過ぎていた。

 

「…改めて助けていただきありがとうございました」

「いいえ、そんなご丁寧に。それより怪我がなくてよかったです」

 

それだけ話すと鈴音は黙ってしまった。ここは挨拶だけして出た方がいいのか、何か話題を作るべきなのか克也は迷っていた。すると鈴音が紅潮させながらお願いしてきた。

 

「は、初めて生徒会室に来た時から気になっていました。今日助けられてすごくうれしかったです。わ、私とそ、そのお、お付き合いしてもらえませんか?」

 

まさかの告白に克也は数秒間フリーズした。

 

「…俺なんかでいいんですか?」

 

そう尋ねるとさらに顔を赤くして頷く。これまでの人生で、少なからず好意を持たれたことはある。名前を恐れてでも告白されたことだって片手には収まらない。だが歳上からというのは初めてだった。これ以上伸ばすと、鈴音に精神的なダメージを与えそうなので答えることにした。

 

「喜んでお付き合いさせていただきます。これからよろしくお願いします」

 

そう言うと鈴音は、年相応の笑顔を克也に向けてくれた。

 

 

 

 

夕方、拠点を落とした達也と深雪と3人で家に帰る。あとは就寝するだけの合間に操られていた生徒の話をした。

 

「…というわけでやむを得ず《流星群》を使ってしまったんだ」

 

克也の話に耳を傾けていた達也は真剣な顔で頷く。

 

「なるほど。死者の想子を魔法式で復活させ、安定させるために器である魔法師に組み込んだのか。魔法式が不完全だったのか器がそぐわなかったのかわからないが。安定せず暴走しだしたということだな。その器にされたのは誰だったんだ?」

「2年のニ科生黒木竜(くろきたつ)らしい。苗字からしてあの黒木家だろうな」

 

達也の問いに流れるように答える。

 

「黒木家とは何ですが?」

「黒木家は魔法師の家系でありながら、魔法を排除しようとする一族だ。知る人ぞ知る話だから深雪は気にしなくていいよ」

 

達也は説明しながら深雪の頭をなでる。

 

克也は2人に「市原先輩と交際することになったから」と特大の爆弾を落として寝室に向かった。その時の達也の驚いた顔を、克也は忘れないだろう。

 

 

 

翌日、1日中深雪から不機嫌オーラを吹きかけられた克也は、授業に集中できず、週末に居残りさせられることになるという失態を犯した。

 

そして鈴音との交際は広まらないだろうと思っていた克也の予想に反して、ありえない速度で広まってしまった。

 

犯人は誰かわからないまま謎は迷宮入りするのだった。



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番外編①
事故と別れ


第二話で話題に上った克也が魔法事故を起こした時の話です。


此処はとある場所にある魔法実験室。今此処では極秘に魔法の実験を行われようとしており、数人の研究者が機械を操作していた。機械から出た幾重にも交わるチューブは、まだ幼い少年がかぶるヘットギア型の機械に繋がっている。機械のモニターには少年の脳波と想子のグラフが映し出され、正常であることを示していた。

 

「当主様、開始してもよろしいでしょうか?」

 

緊張した面持ちで許可を貰おうとしている研究者だが、即座に開始させてほしいと顔に書いてある。真夜でなくとも誰でも読み取るのは簡単だっだろう。このまま待たせてしまえば、焦らされたことで実験に失敗してしまうかもしれない。そう思った真夜は許可することにした。

 

「ええ、始めてちょうだい」

「実験開始!」

 

研究者たちは合図ともにグラフを観察し始めた。少年は実験室の中央に立ち、左手には腕輪型のCADを巻いていた。CADを操作すると想子が活性化し始める。

 

「想子の活性化を確認。必要量に到達」

 

研究者はモニターを観察しながら詳細を報告する。魔法式が構築され想子がさらに活性化する。起動式が展開され魔法が発動する瞬間、モニターから危険を告げる警告音が鳴り響いた。

 

「何!?どうしたの?」

 

真夜が血相を変えて問いかける。

 

「わかりません!突然鳴り始めました!」 

 

研究者たちは原因を見つけようと、各々パソコンを操作し始める。だがその前で克也が突然苦しみ始めた。

 

「うわぁぁぁぁぁ!うぅぅぅぅぅぅ!っ!ぁぁぁぁぁぁ!」

 

尋常な痛みではない。身を裂かれるような痛みが、焼けた鉄の棒で身体中をまさぐられている。少年にはそう感じられた。

 

「まだ原因はわからないの!?」

「不明です!」

 

真夜の悲痛な叫びが響くがどうすることも出来ない。生粋の研究者ではない真夜には、改善策を用意することも出来ないのだ。

 

「魔法式を破綻させろ!」

「ダメだ!今の状態でそんなことをしたら、魔法演算領域に深刻なダメージがでる!運が良ければ助かるかもしれないが、悪ければ死ぬんだぞ!」

 

研究者たちが口論している間、真夜はどうすればいいかわからなかった。このままでは自分と同じ能力を使う魔法師がいなくなる。ましてやそれが四葉の人間で血を分けた甥なら尚更だ。

 

「想子観察機の魔法式構築プログラムを中止しろ!」

「…ダメです!応答しません!」

 

魔法式が崩壊すると同時に、荒々しい想子があたり一面に吹き荒れる。想子観察機へと過剰に流れ込み、想子不可侵防壁の許容量を大幅に超え爆発する。

 

「ここは危険だ!全員地上に戻れ!」

 

研究者たちのリーダーは、この場にいる全員に逃げろと命じる。だが真夜は逃げるどころか克也の元に向かおうとする。

 

焦点を失った眼で見つめる。

 

「克也…。私の血を分けた子供…。克也…」

「奥様、危険です!」

 

虚ろな声で発する。小里早苗(こざとさなえ)が真夜の手を握り、地上に向かって駆け出した。その瞬間、爆発するかと思いきや想子の嵐が突然消えた。あれだけの量を一瞬にして消し飛ばした魔法は何かと、魔法の発射地点に眼を向ける。

 

そこには深雪に連れてこられ、右手を克也に向けたままの姿勢で立つ達也がいた。険しい目つきで逃げ出す研究者たちを睨みつけている。悲しそうな光が眼の中に見えたような気がした。

 

「達也さん…」

 

真夜が名前を呟いたときには、達也は克也に向かって走り出している。深雪もその後についていく。

 

「「克也(お兄様)!」」

 

2人が名前を呼びながら倒れた克也を抱き上げ、達也が左手を克也に向けて魔法を発動する。すると高圧の想子にさらされ、ただれていた皮膚が何事もなかったかのように綺麗な皮膚に戻る。

 

しかし、克也は目を覚まさない。

 

「克也お兄様、目を覚ましてください!兄さん、何故克也お兄様は目を覚まさないのですか!?」

 

深雪が泣きながら達也に聞く。達也も深刻な表情で答える。

 

「魔法演算領域がオーバーヒートして、神経にダメージを与えたのか。脳自体がやられたのか分からない…」

 

何故。何故克也がこんな目に遭わなければならないんだ。目を覚まさないのは俺のせいなのか?突然使用したことで余計なダメージを与えたのか?まだこの魔法を上手く扱えていないからなのか?

 

そう達也が考えている間、深雪は泣きすがりながら克也の名前を叫び続けていた。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

眼を開ける。

 

「…知らない天井だ」

 

耳元から寝息が聞こえていたので、そちらに眼を向けると叔母の真夜が寝ていた。どうやらここは四葉の診療所的な場所のようだ。起き上がり立とうとすると、上手くバランスを取れずに尻餅をついてしまう。まるで立ち方を忘れたかのように足下が定まらない。

 

尻餅の音で目を覚ましたのか。叔母が起き上がり俺を見つめてから抱きついてきた。

 

「克也!?目を覚ましたのね!?」

 

耳元でそう叫びながら抱きしめてくる。

 

「叔母上!?何がですか?てかなんで抱きつくんですか!?」

 

そう言うと叔母は名残惜しそうに離れながら答えた。

 

「記憶が無いの?貴方は魔法実験に失敗して事故に遭った。立ち上がれないのは、たぶん事故による後遺症の1つだと思うわ。実験の失敗は貴方でも研究者たちのせいでもない。機械の誤作動よ」

 

事故と聞いて俺は思い出した。

 

《流星群》を発動しようとして、突然警告音が聞こえたかと思うと、想子が普段とは逆方向に流れ始めた。逆流してきたので魔法実験に失敗したかと思い、魔法式構築を中止しようとすると、身体中に痛みが走り出したことを。今思い出してみても、身体中が覚えていて震えが止まらない。

 

「誤作動したのは、俺が想子を上手く制御できていなかったからでは?」

「いいえ、貴方は失敗などしてません。私から見ても完璧に想子を制御できていたわ」

 

叔母は真面目な顔で教えてくれた。それだけ言うのだから俺が失敗したわけではないのだろう。これ以上深く考えれば、叔母にストレスを与えてしまうかもしれないと思い考えるのをやめた。

 

魔法を使えるかどうか試しに近くに置いてあった角砂糖を《浮遊》で浮かべようとすると、魔法式が途中で停止して発動しない。

 

何度も繰り返すが結果は同じで、自分が魔法を使えなくなったという事実に落ち込んだ。これでは四葉にいる価値(資格ではない)がない。追放されると考えていると、叔母がわかっているとでも言うように、後ろから優しく抱きしめながら話してくれる。

 

「大丈夫よ克也。絶対に四葉から追い出したりはしないわ。誰が何を言おうと貴方は当主の私が守るわ」

 

その言葉に安心して、俺は何をすべきかを理解した。

 

 

 

 

 

事故から半年後。達也と深雪は母の深夜と母のボディーガードである穂波さんの4人で、プライベート旅行として沖縄に向かった。俺は魔法事故のリハビリ中だったので同行は禁止された。

 

穂波さん・達也・深雪には残念がられた。特に深雪にだ。俺も行きたいのは山々だったが、リハビリに専念して不自由ない生活を送れるようにしなければならなかったので我慢した。特に達也と深雪と3人で遊ぶために。そう考えるだけで、やる気も起こり魔法が使えるような気がする。今頃4人は沖縄でゆっくりと過ごしているのだろう。

 

羨ましい限りだ。

 

 

 

それから3ヶ月後、俺は今まで通りに魔法を使いこなせるようになり、達也と体術の修行も出来るようになっていた。事故のきっかけにもなった《流星群》も、問題なく発動できるようになった。少なからず不安になることもあるが、魔法式に影響が出ることはない。

 

「心情が魔法に影響を与える」

 

一説に叔母からそう言われことがある。未だに定かではないが、俺は作用すると考えている。魔法を放つ際の心持ちによって、威力や精度などが上昇したりするからだ。ポジティブなら高威力高精度に。ネガティブなら低威力低精度に。これは個人的な意見なので正確かは分からない。四葉は精神の研究をしているので、これも研究対象で解明するまでにはまだ時間がかかるらしい。

 

 

 

あの日、旅行から帰ってきた達也と深雪はひどく落ち込んでいた。話によると大亜連合による侵攻を受け、敵艦を消滅(撃沈)するために、達也が魔法を発動する際に艦砲射撃を受けたらしい。達也を守るため、穂波さんは対熱防壁を展開したが、魔法演算領域のオーバーヒートを起こして亡くなったらしい。

 

俺のように治る人もいるが、穂波さんは【調整体】だったので助からなかったそうだ。正確には彼女が助けようとした達也に死なせて欲しいと願ったらしい。そして息を引き取った彼女の遺言通り、骨は2人によって海に流された。

 

しかし悲しいことばかりでなく、達也と深雪の関係も改善されたようだ。深雪は達也のことを「達也お兄様」と呼び、あり得ないほどくっつくようになった。さらに俺に対しても普段より甘えるようになった。

 

母さんは愉快ではなさそうだったが、俺達3人は気にせずに仲良くしていた。

 

 

 

 

 

来年は高校受験だが魔法科高校に進学するかは分からない。俺は進学したいが、できるかどうかは当主である叔母上が最終決定する。四葉が最強でいるために、おそらく通わせてくれるであろうが分からない。

 

叔母上が行けと言うのであれば行く。行かずに四葉本家で研究を手伝えと言えば手伝う。暗いことを考えていてもらちがあかないので、体術で気分爽快させようと思う。体術の先生に相手をしてもらえるよう頼むため、俺は訓練室に向かった。



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3章 九校戦編
第11話 準備


〈全国魔法科高校親善魔法競技大会〉。

 

通称〈九校戦〉は、全国に九つある魔法科高校が威信をかけて競い合う催しだ。生徒たちは若きプライドをかけて、栄光と挫折の物語を繰り広げる。

 

政府関係者や魔法関係者だけでなく、一般企業や海外からも大勢の観客と研究者のスカウトが集まる。よってここは魔法科高校生の晴れ舞台となる。注目を浴びたいがために熱心に訓練に励む者がいるが、愛校心がある生徒程活躍する傾向にある。そのため生徒の心意気は否応なしに高まるのだった。

 

学校同士の対抗戦という色彩が強いためか、〈九校戦〉の出場者はクラブの枠組みを超えて、全校から優秀な選手が選出される。こういったこともあって、〈九校戦〉は部活連ではなく生徒会が主導となって準備するのだった。

 

 

 

「…ということもあって私たちが選出しているの。選手の方は十文字君のおかげで決まったんだけど。…エンジニアが足りなくてね」

 

そうボヤく会長の食事速度は、普段の半分程度になっている。ちなみに俺と深雪は、選手として出場することになっている。深雪が生徒会ということもあり、エンジニアが不足していることは知っていた。

 

「まだ数がそろわないのか」

 

委員長もため息をつく。

 

「実技方面に人材が偏っているからアンバランスなのよね」

 

自分に火の粉が降りかかる前に逃げ出すことを決めたのか。達也が弁当を片付けて出ていこうとしたが、今回はそれが裏目に出る。

 

「じゃあ、司波君はどうですか?深雪さんと四葉君のCADを調整しているらしいですから」

 

中條先輩がそう提案する。達也の内心は「余計なことを」と思っているに違いない。

 

「さすがあーちゃん!ということで達也君、放課後の会議に出席してね」

 

会長が(強制)参加することを命じた。

 

「ニ科生がすべきではないと思いますよ。調整はユーザーとの信頼関係が絶対条件ですから」

 

達也がネガティブ発言をしたことによって、会長の熱も少なからず冷める。確かにエンジニアとユーザーの間に信頼関係がなければ、満足のいくパフォーマンスはできない。達也の言っていることは正しいのだが、棘が生えすぎていて痛かった。刺というより刃物と言った方が妥当だろうか。

 

「「達也(お兄様)、俺(私)のCADを九校戦で調整してほしい(もらいたい)のだ(です)けど、ダメかな(でしょうか)?」」

 

俺と深雪にお願いされた達也は明らかにチェックメイトだ。達也の内心を古風に表すとしたら、「ああ、ブルートゥスお前もか」だろう。

 

ちなみに俺のCADの調整は、汎用型をお願いすることにしている。さすがに特化型CADまで達也にさせるほど俺は鬼ではない。特化型なら達也より上手く調整できるから尚更だ。俺と深雪の裏切り行為に負けた達也は、弱々しく会長のお願いに頷くのだった。

 

 

 

放課後、会議で達也をエンジニアとして参加させることを提案した真由美に、一科生の上級生から反対の意見が上がった。「ニ科生には務まらない」というのが理由だ。

 

「ならば司波の実力を見ればいいだろう。なんなら俺が実験台になるが」

 

克人が反論を抑え、もっとも効果的な打開案を提案した。しかし危険だとまたしても反対の声が上がる。

 

「いえ、その役目を俺にやらせてください」

 

桐原が自ら立候補したので克也は男らしいと思った。桐原の立候補に誰も反対しなかったのは、勧誘活動での騒動を知っているからだ。そのような出会い方をしているなら、嘘の事実は伝えないと全員が思ったようだ。

 

特に達也と桐原の仲を中途半端にしか知らない者たちは、そう思ったことだろう。ちなみに桐原と達也は、割と仲のいい先輩・後輩という関係に好転している。出会い方は中々だったのだが、お互いに悪い奴ではないという共感があったようだ。

 

 

 

真由美によって、桐原のCADから競技用CADにコピーすることが課題にされた。文字に表せば簡単に見えるが現実は甘くない。スペックの違うCADをコピーするのは危険が伴う。なのでそこがエンジニアとしての腕の見せ所だ。

 

そう考えているうちに達也は調整を終了させていた。相変わらずの手際の良さだと克也は感心する。達也が調整したCADを桐原が操腕に取りつける。その表情がやや固いのと動きが緩慢なのは、自分で言ったとはいえ少し不安があるからなのだろう。桐原が得意の《高周波ブレード》を発動させると、CADは何の問題も起こさずまったく同じように作動した。

 

「桐原、感触はどうだ?」

「問題ありませんね。自分のCADと言われても疑わないほどです」

 

桐原は不敵な笑みを浮かべながら答える。桐原の言葉に、達也の参加に反対していた上級生は驚いていた。

 

「一応の技術はあるようですね。しかし突出したほどではないと思われます」

 

評価しない者もいたことに克也は我慢できなかった。

 

「完全マニュアル調整など普通は誰も行いません。それを達也は行使し、桐原先輩に違和感を与えなかったことは評価すべきかと。幼馴染だということを除外しても、エンジニアとして参加させるべきだと思います」

「まあ、そう言えなくはないが…」

 

あと一押しが足りない…。

 

「桐原のCADは競技用よりはるかにハイスペックな機種です。その違いを感じさせなかったことは評価すべきだと思いますが。会長、私は司波のエンジニア参加に賛成します。〈九校戦〉は当校の威信をかけた戦いです。ニ科生だとかつまらないことで争わず、ベストなメンバーで挑むべきではないかと」

 

服部の意見に達也は眼を丸くして驚いていた。あれだけ二科生だと見下していた服部が後押ししたのだ。達也でなくとも驚いたことだろう。

 

「服部の意見はもっともだ。司波はおそらく校内でトップの調整技術を持っている。そんな生徒を参加させずに誰に任せるというのだ?」

 

克人のまとめで達也の九校戦参加が決定した。

 

 

 

その日の夜、達也は陸軍101旅団独立魔装大隊隊長 風間玄信と話をしていた。わざわざ一般回線に割り込んで、繋げてきているのだからかなり重要な話なのだろう。克也と深雪は一緒に、食後の食器洗いに行っている。

 

「わざわざ手で洗わなくても」と言ったことがあったが、その時は2人に睨まれながら「「この程度は自分でする必要がある(ります)」と言われたので、それ以来言わないようにしている。

 

『ところで聞いた話によると、〈九校戦〉に参加するらしいな。...気をつけろよ達也(・・)

 

階級でもなく名前で呼んだのには、友人としての危険を知らせる為だろうか。達也はさらに表情を厳しくする。

 

『会場は富士演習場南東エリアだそうだな。これはまあ例年通りなんだが、該当エリアに何やら不穏な動きがある』

「侵入者ですか?」

『嘆かわしいことにその通りだ。国際犯罪シンジゲートの構成員らしき東アジア人が、近隣で目撃されている。時期的に見て〈九校戦〉が狙いとみていいだろう』

 

達也はまた厄介事が増えた思ったが、口にしたことは別のことだった。

 

「国際シンジゲートと仰いましたが」

『壬生に調べさせた』

「第一高校2年 壬生紗耶香の御父君ですか?」

『その通りだ。退役後は内閣府情報管理局で外国犯罪組織を担当している』

「…驚きました」

 

素で驚いた達也は素直に感情を口にした。

 

『詳しいことが分かったらまた連絡する。富士で会えることを楽しみにしているからな』

「ありがとうございます」

 

画面越しの敬礼に敬礼で達也は応えた。



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第12話 完成

「克也お兄様・達也お兄様、深雪です。入ってもよろしいですか?」

「ちょうど良かった。入って」

 

夜9時を過ぎた時間に、深雪が飲み物を持ってくるのは日課だ。普段はすまなさそうに礼を言う達也と克也だが、今回は明らかに自分を待っていたらしいので、深雪は喜びながらも不思議に思った。

 

「ちょうど呼びに行こうと思って…」

 

達也は途中で言葉を途切れさせ、克也に至ってはあんぐりと口を開けていた。深雪は思考停止させる2人の兄に、小悪魔的な笑顔を浮かべながらスカートの裾を少し持ち上げて膝を折る。それはまさにお姫様のような一礼だ。

 

「それは〈フェアリー・ダンス〉のコスチュームかい?」

「似合っているよ。それにジャストタイミングだ」

「正解ですさすがお兄様方。ありがとうござ…います?」

 

深雪が一礼した視線の先の床にあるはずの克也と達也の足がなかった。視線を少しづつ上げていくと、2人は足を組みながら空中に浮いていながらも普段と同じ位置に顔がある。

 

「飛行術式…。常駐型重力制御魔法が完成したのですね!」

 

深雪が克也と達也の手を取って歓声を上げた。

 

「おめでとうございますお兄様方!お兄様方はまたしても不可能を可能にされました!お兄様方の妹であることを私は誇りに思います!」

 

克也と達也は本気で喜んでくれる妹に優しい笑みを浮かべた。

 

「「ありがとう深雪」」

「これでまた目標に一歩近づくことができたよ。といっても克也が起動式を限界まで小さくしてくなかったら実現しなかった」

「水臭いな達也は。いつでも手伝うに決まってるだろ?深雪、試してくれないか?」

「喜んで!」

 

深雪は達也のお願いに快く引き受けた。

 

「始めます」

 

深雪は彼女にしては珍しく興奮していた。それも仕方が無いことだろう。なにしろ自分が初めて兄たち以外に空を飛ぶのだから。そして飛行機や無重力を発生させる装置を必要としない飛行をするのだから。

 

飛行術式が組み込まれたCADのスイッチを押すと、想子が吸収されていくのが分かった。しかしそれは日常で発している想子に毛が生えた程度で、意識しなければ気付かないほどの微量。魔法式が構築され、起動式が展開する。すると足が床から離れ体が宙に浮く。

 

人類は空を飛ぶことに昔から憧れていた。生きている間は常に地に足をつける。生まれてから死ぬまでずっと。二世紀前には違う形で成功させたが、それは大きな機械を用いての成功だ。今回のはそれとは比べものにならないほど、小さい物で空を飛んでいる。

 

興奮しない方がおかしいのだ。

 

深雪は慣れ始めると、まるでフィギュアスケートを空中で行うかのように滑らかに滑り始めた。〈フェアリー・ダンス〉の衣装と相まった素晴らしい光景に、克也と達也はかなりの間見とれていた。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

今日はフォア・リーブス・テクノロジー略称FLTに、昨日完成した試作機を持って向かうことにした。自宅からは交通機関を乗り継いで、2時間ほど離れた辺鄙な場所にある。向かう間、深雪は四六時中ご機嫌でたまに鼻歌が漏れていた。

 

「深雪?」

「はい?なんでしょうか?」

「…いや、なんでもない」

 

達也が話しかけるとご機嫌な顔で聞き返してきたが、達也は言葉を濁した。それに気にした様子もなく深雪はまた鼻歌を漏らし始めた。達也がアイコンタクトで「何があったんだ?」と聞いてきたので、「俺にもわからん」と返しておいた。

 

自分のことを不思議に思っていることに気付かないご機嫌な深雪を含めた兄妹は、和やかな空気を発しながら目的地に到着した。技術力を売りにしている企業の心臓部に入るには、色々と手続きをしなければならない。だが3人が許可証を下げずに歩いていても引き留められることはなかった。

 

それは当然である。克也と達也は〈トーラス・シルバー〉の片割れで、深雪は妹なのだから。それにこの施設の人間は3人をよく知っている。世間・研究室・研究所などのはみ出し者もしくはズレた感覚の持ち主だ。だから四葉の関係者だろうが若かろうが気にしない。才能や適性があるならば喜んで迎え入れる。

 

「あ、御曹司!」

 

中央管制室に入るとすぐに声をかけられた。この場所以外ではないことだが、深雪ではなく達也がメインに見られる。

 

克也は端整な顔立ちと卓越した運動能力で、女性からよく声をかけられる。彼は別にそれがおかしいことではなく、仕方が無いと割り切っているので、ストレスでイライラすることはないが。魔法師の場合は、名前を出せば勝手に寄りつかなくなる。だが本人は名前を出したくないのでされるがままになる。一方達也は、本能的に少し危ない人と感じるので人が寄りつきにくい。

 

 

閑話休題

 

 

「おはようございます。ところで牛山主任はどちらに?」

 

深雪は自分ではなく、達也が敬意と好意の眼差しを向けられることを我が事のように喜んでいた。達也はそんなことを知らずに研究員に尋ねると、少し遅れて名前を呼ばれた男が現れた。

 

「お呼びですか?ミスター」

 

ヒョロリと背の高い、しかし弱さを感じない男は灰色の作業服を着ていた。

 

「今回お邪魔したのはこれです」

 

小型のCADを差し出すとマジマジと見始めた。

 

「…これはひょっとして飛行デバイスですかい?」

「ええ、牛山さんが作ってくれた試作用ハードにプログラムしたものです。俺・克也・深雪は試しましたが、俺たちは普通の魔法師とは言い難いですからね。そこで皆さんにテストして欲しいんです」

 

牛山はCADを嬉々として受け取ると、あるだけの試験用CADにコピーさせ、テスト飛行を行うよう命じた。

 

 

 

1時間後にテストは無事に終わった。だが10人のテスターたちは、大型体育館にも匹敵するほどの部屋の床で、息を切らせながら大の字に倒れている。

 

何故こうなったかというと、飛行術式のテストを行い、成功したことで舞い上がったテスターたちが、許可なしに空中鬼ごっこを始めたのだ。克也たちと比べると3分の1程度しかない想子量では、数十分使用するだけであっという間に枯渇してしまう。

 

「お前らは揃いも揃って全員アホか?お前らの想子量じゃ長時間使える分けねぇだろうが。手当代は出さねぇからな」

 

後遺症の残るような魔法力枯渇を起こしたテスターはいなかったので、牛山もため息をつきながら軽くボヤいてから話を終わらせた。

 

「ミスター、少しお顔が暗いようですが。何か問題があるんですか?」

 

テスターたちの文句を無視して、成功して喜んでいるようには見えない達也に声をかけた。

 

「やはり起動式の連続処理が、今のままでは負担が大きいようです」

「そりゃお三方と比べたら、そんじょそこらの魔法師の魔法力は微々たるものですからね」

「CADの想子自動吸引スキームをより効率化すればいいんじゃないか?」

 

克也が簡単な技術的な提案した。

 

「それは俺がなんとかしますよ。ソフトじゃなくてハードで処理すれば負担も減ります。それにタイムレコーダーも専用回路を付けた方が良い」

「「実は同じことをお話ししようと思ってました」」

「そりゃ、光栄ですな」

 

深雪とテスターたちを除いた技術者3人が、腹黒い笑みを交わし合う。周囲はこれがいつも通りなことを知っていたので、やれやれとばかりに苦笑していた。

 

 

 

その帰りに3人は、あまり会いたくない人物に出会ってしまった。飛行術式のテストでの余韻が一気に冷めるほどに。

 

「これはこれは克也様に深雪お嬢様。ご無沙汰しております」

 

2人揃って失礼にならない程度にお辞儀をする。かといって礼儀を加えたものでもないが。

 

「お久しぶりです青木さん。しかしここには俺と深雪以外にも弟の達也がいます。挨拶はなしですか?それに父さんも久しぶり。俺と深雪には入学祝いだと色々くれたり言葉くれたけど、達也にはないのか?」

 

少し怒気を含ませて挨拶する。父は軽く頷いたが何も言わない。青木と呼ばれた男は焦ることなく平然として答えた。

 

「恐れながら克也様、この私は四葉家の執事として財産管理の一端を任せられている者です。一介のボディーガードに挨拶をしろと言われましても、プライドというものが私にもございますので」

「私の兄ですよ?」

「それでもでございますよ深雪お嬢様」

 

克也と深雪が限界に近いのを感じている達也は、止めるべきだと思いながらも止めなかった。ここで割り込めば青木が何を言うか分からない。それが2人を暴走させるきっかけになれば本末転倒だ。

 

達也は傍観を決め込んだが、次に発せられた青木の言葉に反論しようと思ってしまった。

 

「恐れながら深雪お嬢様は、次期当主として家中の皆より望まれているお方。護衛役に過ぎない男、さらには四葉家の秩序を乱す者。そのような男とは立場が違います」

 

その言葉に深雪の感情が限界に来たらしく、床や壁が霜に覆われていく。青木は驚いてどうしたらいいか分からないようだ。仕方なく克也は青木を手助けすることにした。

 

悪い意味で。

 

「青木さん、今の言葉は誤解を生みますよ。今の言い方では、次の当主は深雪に決まりだと叔母上が言っているように聞こえます。それは残りの当主候補の皆様に失礼だとは思いませんか?さて、四葉家の秩序を乱しているのは一体どなたなのやら」

 

深雪に《癒し》を施しながら尋ねる。

 

青木は顔を蒼白にしているが、さらに克也は追い詰めることにした。無性に追い詰められた青木の顔を、もっと見たいと思ってしまったのだ。

 

「先ほどのお言葉を叔母上にご報告してもよろしいですね?」

「それだけはご勘弁を!」

 

すると今までだんまりを決め込んでいた3人の父が、的を外れたとんちんかんな言葉を投げかけてきた。

 

「やめなさい克也。お前が母さんを恨む気持ちも分からなくもないが…」

 

その可笑しな言葉に克也は正気を取り戻し、2人を連れてさっさと帰ることにした。

 

「克也…」

 

父が話しかけてきたので、克也はドアの前で立ち止まる。2人を先に行かしてから振り返らずに言う。

 

「父さん、それは勘違いだ。俺たち3人は母さんを恨んでなどいない。むしろ俺は感謝しているよ。達也と深雪、愛する2人と暮らせるきっかけと時間を残してくれたのだから」

 

言うべきことだけを言い残して克也は去る。青木のことは真夜に伝えず水に流すことにした。



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第13話 出発

翌日、学校に3人で登校して教室に入ると、深雪と2人してクラスメイトの3分の1に囲まれた。

 

「二科生が〈九校戦〉にエンジニアとして出るって本当?大丈夫なの?」

「君は幼馴染なんだろ?教えてくれよ」

 

一体どこから情報を得たのか知りたかった。解放して貰う方が先だったので質問に答える。

 

「事実だよ。それにあいつの調整したCADを使った選手からは、大好評だから問題ない」

 

しばらくして予鈴が鳴ったのでなんとか解放された。

 

 

 

5限目の発足式では、達也のクラスメイトで友人のレオ・エリカ・美月を含む1ーEのメンバーのほとんどが、最前列を占拠しているのを眼にして驚く。悪目立ちしているが本人たちは気にしてないようだ。同じ学校に通う他の生徒からの視線を気にしない素晴らしい友人だと思える。

 

真由美によって克也を含めた一科生の名前が呼ばれる。深雪に代表の証と競技会場に入場するために必要なIDをチップに仕込んだ徽章を、ユニフォームの襟元に付けてもらうと大勢の拍手が聞こえた。

 

最後に達也へ深雪が付け終えるが、拍手があったのはクラスメイトからだけだった。真由美が「参加者全員に拍手を」と言ってくれたおかげで、達也に対しての拍手のことは有耶無耶になった。

 

発足式が終わると準備が加速し、克也や深雪は閉門ぎりぎりまで練習することになった。達也も担当選手のCAD調整のために、同じく遅くまで走り回っていた。

 

 

 

 

 

8月1日。競技会場に向かう日になった。一高は会場から近いので、例年通り前々日ギリギリに現地入りしている。近いというだけではなく、練習場が遠方校に優先的に割り当てられるので、自然と出発が遅くなるのだ。

 

また開催日の2日前に現地入りするのは、大会前々日に懇親会というパーティーが開かれるからである。日程の説明は達也から望んだものではなく、摩莉からの話題を作るための口実だ。疑問に思っていたことが解決したので良しとすることにした。

 

何故そんな話を2人がしていたのかと言うと、生徒会に真由美から急遽家の事情で遅れると早朝に連絡が入ったのだ。先に行っていて欲しいと言われたのだが、出場選手やエンジニアによる満場一致で「待つ」ということになった。その報告を聞いて慌てて向かっているらしい。

 

出発当日に長男2人だけでなく、真由美まで手伝わされるとはよほどのことなのだろう。

 

予定出発時間から遅れて1時間半。真由美が到着したので向かうことになった。克也の席は深雪の前になっている。奥に進もうとすると、途中の席に座っていた鈴音に引き留められ、横に座らされることになった。嫌ではなくむしろ一緒にいたかったのは本心だ。文句は言わなかったが、周りからはやし立てられた。

 

そして何故か鈴音の手は、隠れるように克也の左手の上に重ねられている。顔を見ると少し赤くなっていた。鈴音に告白されてから4ヶ月経つが、恋人らしいイベントを一つもこなしていない。ましてや一緒に帰ることは一度も無かった。

 

この4ヶ月は1週間に1回だけ昼食を取るだけだったので、克也不足病にでもなっていたのだろうか。1週間に1回しか一緒に食べられなかったのは、〈九校戦〉の準備で忙しく時間を合わせられなかったからだ。家で電話などはしていたが、直接会うこと以上に満足することは難しいだろう。

 

 

 

高速道路に入ってゆっくりしていると、突然対向車がガードレールを飛び越えてこちらの道路に燃えながら吹っ飛んできた。バスは急ブレーキをかけるが、ぶつかるのは容易に想像できる。

 

「ふっとべ!」

「「止まれ(って)!」」

 

千代田先輩と森崎・雫が魔法で防ごうとするが、俺の〈領域干渉〉で発動させなくする。もちろん減速魔法を行使している上級生には被らないように。

 

「四葉君、何をするの!?」

 

千代田先輩の怒りが飛んでくるが無視しておく。今はそれどころではない。

 

「深雪、火を消してくれ。十文字先輩は車の衝突を防いでください」

「わかりました」

「わかった」

 

深雪が魔法を放つ瞬間、向かってくる車に働いている魔法式が消し飛ぶ。深雪は振動減速魔法で飛んできた車の炎を消し、十文字先輩は対物障壁でバスへの衝突を防いでくれた。お陰で怪我をした人は1人もおらずバスにも被害はなかった。

 

「みんな怪我はない?ありがとう深雪さん、素晴らしい魔法だったわ。さすが新入生総代ね。十文字君も克也君もありがとう。安心できる魔法障壁と的確な指示だったわ」

「四葉の指示が素早く的確だったからな」

「ありがとうございます会長。自分が指示できたのは、市原先輩が減速魔法でバスを止めてくれたお陰ですよ」

 

俺と十文字先輩の謙遜に会長は頷いてから座った。その頃、俺の後ろでは委員長に小突かれたようで千代田先輩が頭を抑えていた。

 

「北山や森崎が驚いて魔法を発動しようとしたのはわかる。だがお前は2年生だろ。真っ先に引っかき回してどうする!」

「すいませんでした…」

 

尊敬する先輩に怒られて萎縮しているのを見ると、余計なことをしたかなと思ってしまう。だが千代田先輩の得意魔法が使われていたら被害は膨れていたと思う。気にすれば余計に傷つけそうだったので考えるのをやめた。

 

 

 

その頃、摩莉はいぶかしげに眉をひそめていた。

 

司波が魔法を放とうした瞬間、向かってくる車のタイヤに働いていた魔法が消し飛んだ。あれは何だ?司波に聞くべきか?いや、聞かない方が良いだろうな。真由美に何か言われるかもしれないし、私の見間違いかもしれんしな。

 

摩莉は見たことを忘れることにした。

 

 

 

その後は何も起こらず快適に目的地に到着した。その間は鈴音が眠気に負けて肩を貸すことになり、花音や深雪から氷柱のような目線をもらったのは言うまでもない。

 

花音の場合は単なる嫉妬である。深雪の場合は、氷属性が付与されていたので余計に痛かった。つまりは嫉妬である。機材を運ぶ車から必要な荷物を下ろし、ホテルにいつもの3人で向かっている途中、高速道路で遭遇した事故の話になった。

 

「ではあれは偶然起こった事故ではなく、意図的な事故ということですか?」

「ああ、魔法の痕跡がいくつか見つかった。1つ目はタイヤをパンクさせる魔法。2つ目が車体を回転させる魔法。3つ目が車体に斜め上への力を加える魔法。そして4つ目が車体をぶつけるために方向を決める魔法。どれも車内から放たれている」

「では自爆攻撃ということですか?」

「そうだよ。魔法が使われたことになかなか気付かないほどの巧妙さだ。特別な訓練を受けていたんだろうね。かなりの腕前だったから使い捨てにするには惜しいな。それだけの技術を持っていたなら、正しい方向に使って欲しかったものだ」

「使い捨てですか?卑劣な!」

 

深雪はやり方に理解できず感情を現にした。達也は哀れな犯罪者に同情するのではなく、命じた者のやり方に憤りを感じていることに満足する。

 

「そもそもテロリストという輩は卑劣な者たちだ。今回のこともそれを考えればおかしなことではないよ」

「克也は魔法が使われたことに気付いたか?」

「いや、気付かなかった。おかしな動きをしていたから、魔法が使われたと思ったけど。どんな魔法が使われているかまではわからなかったな」

 

ホテルのフロントに入ると、ソファーに座っていた知り合いに声をかけられた。

 

「2週間ぶり。元気してた?」

 

エリカはラフな格好で足を組みながら、陽気な声に笑顔を浮かべているので普段より楽しそうだ。

 

「久しぶりエリカ。よく泊まれたな」

「エリカ、また後でな」

 

挨拶をする克也の横を達也が言葉をかけながら機材を乗せたカートを押していく。エリカが視線を向けると、それ以降は何も言わずにホテルの奥に行ってしまった。

 

「挨拶ぐらいさせてくれたらいいのに」

「ごめんなさいエリカ。先輩方を待たせているから行かなきゃダメなのよ」

 

エリカも本気で思っていたわけではないようで、すぐに機嫌を治してくれた。

 

「今日、懇親会でしょ?」

「関係者以外入れないぞ?」

「大丈夫よ。あたしたち関係者だから」

 

悪い笑みを浮かべながら伝えるエリカの言葉に、二重の意味で首を傾げる克也と深雪であった。



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第14話 懇親会

〈九校戦〉参加者は選手だけで360名。裏方を加えると400名を超える。かと言って必ずしも全員参加というわけではない。パーティーを欠席する者はいなくもないが、9割以上が出席するため、必然的に懇親会は大規模なものとなる。

 

「お飲み物は如何ですか?」

 

克也と達也が2人で話していると、知った声が聞こえてきた。右に視線を向けると、ドリンクを載せたトレイを片手にエリカが立っていた。

 

「「関係者とはこういうことか」」

 

克也と達也は全く同時に同じ言葉を口にする。

 

「深雪か克也君に聞いたんだね。ビックリした?」

「驚いたよ」

 

楽しそうに尋ねるエリカに素直に穏やかに答える達也であった。そう言いながらエリカの服装を見つめている。おそらくどう言えばいいのか悩んでいるのだろう。仕方なく克也は助け船を出すことにした。

 

「エリカ、その服装とても似合ってるよ。可愛いじゃないか」

「でしょでしょ!克也君はわかってるね~。達也君はどう思う?」

 

達也は話を振られて困っていたが、予想外の援護射撃が来たので救われる。

 

「はいエリカ、可愛い格好をしてるわね」

「ありがとう深雪。克也君は褒めてくれたけど、達也君は褒めてくれないの」

 

少しすねるエリカに深雪は苦笑する。

 

「達也お兄様にそんなことを求めても駄目よエリカ。達也お兄様は表面的なことには囚われず、私たち自身を見てくれてるもの。もちろん克也お兄様もね」

 

克也と達也はアイコンタクトで、「それは過大評価で過小評価だな」と交わし合う。

 

「なるほどね。やっぱり達也君はコスプレに興味ないか…」

「まるで俺がコスプレに興味あるみたいな言い草だな」

「気にしたら負けよ」

 

素っ気なくあしらわれる克也。落ち込んだ克也の肩に手を置いて慰めている達也。なんとも穏やかな光景である。

 

「それってコスプレなの?」

「男の子からしたらそう見えるんだって」

「男の子って、西城君のこと?」

「あんなやつがそんなこと言うと思う?ミキよ、コスプレだって言ったのは」

「「ミキ?」」

 

克也が深雪と2人して聞いたことのない名前を復唱する。

 

「あ、そうか2人は知らなかったんだっけ」

 

そう言うとエリカはトレイを持ちながら、なかなかのスピードで裏へと消えていった。

 

「どうしたんだろうな?」

 

克也の言葉と同じように、深雪も訳がわからないようで困惑している。友人とはいえ、出会ってからそれほど時間が経っているわけでもない。それにエリカの奔放さと快活さには、まだ誰もついていけていないのだ。呆気にとられるのも仕方ないことである。

 

「おそらく幹比古を呼びに行ったんだろう。名前ぐらいは知ってるだろ?」

 

少しばかり自慢気に達也が問いかけてきた。

 

「定期試験の筆記で二科生にも関わらず4位だったはず。確か達也と同じクラスだったな」

 

どうにか記憶領域から情報を引き出して、口にすると達也はゆっくりと頷いた。二科生でありながら筆記試験で上位に入れるのは本当に珍しい。何故なら魔法を利用できないと理論は理解しにくいからだ。

 

「エリカとは幼馴染らしい。克也と深雪は会ってないから紹介したいんじゃないか?」

 

挨拶したいと口にせずとも、気を利かせてくれたことがエリカらしいので納得する。

 

「深雪、ここにいたんだ」

「克也さんと達也さんもご一緒だったんですね」

 

人混みに消えていくエリカを呆然と見送っていると、仲良さ気に笑顔を浮かべながら雫とほのかが話しかけてきた。 

 

「他のみんなは?」 

「あそこにいるよ」

 

ほのかが残念な声で示す先には、ちらちらとこちらを伺う一高の〈九校戦〉メンバーがいた。

 

「深雪に話しかけたいけど、克也さんと達也さんがいるから話しかけにくいんじゃないかな」

「「俺たちは番犬か?」」

 

またしても達也と同時に同じ言葉を口にする。

 

「たぶん思われてるのは達也さんだけ」

「雫、何言ってるの!?きっとどうやって接したらいいのかわからないんですよ」

 

雫のフォローにならない言葉を、ほのかがフォローして克也と達也を慰めてくれる。

 

「バカバカしい。同じ一高で今はチームメイトなのにね」

 

突然話に入ってきたのは、幼馴染の五十里啓を連れた2年生の千代田花音だった。

 

「分かっていても簡単に変えられないのが人の心だよ花音」

「それが許されるのは場合によりけりよ啓」

 

男女で互いに名前で呼び合うが、幼馴染なのでそれぐらい構わないだろう。

 

「どちらも正論ですね、しかし今はもっと簡単な解決策があります。深雪、克也と2人で行っておいで。終わったら俺の部屋に来たらいいよ。みんなそこに集まるだろうからね」

「…わかりました。克也お兄様・雫・ほのか、行きましょう」

 

深雪は達也の言葉に素直に従い克也達を誘う。

 

「ああ。達也、また後で」

 

克也は達也に軽く断りを入れて、チームメイトの元に向かった。

 

 

 

「将輝、どうしたの?」

「ジョージ、あの子のこと知ってるか?」

 

将輝の目線の先を見ると、見目麗しい少女が笑顔で一高メンバーと談笑している。

 

「彼女は司波深雪。出場種目は〈アイス・ピラーズ・ブレイク〉と〈ミラージュ・バット〉で、一高1年のエースらしいよ」

 

ジョージと呼ばれた少年は、一高の情報は網羅しているとでも言うようによどみなく答える。

 

「珍しいね。将輝が女子に興味を持つなんて」

「よせよ。そんなことないさ」

 

ジョージの茶々に苦笑で答える。

 

将輝と呼ばれた少年は一条将輝。凜々しい顔立ちで180cm弱の身長に、肩幅が広く引き締まった身体をしている。女子が求める男性の理想像と言われても過言ではない。その正体は〈十師族〉の一員である一条家の跡取りである。すなわち家柄も申し分ないというわけだ。

 

その隣に立っているのはジョージと呼ばれる少年、吉祥寺真紅朗。彼の外見は完全なモンゴロイドで、可愛らしいと言われるような容姿だ。

 

「右隣のイケメンは?」

「名前は四葉克也、名前の通りあの四葉の直系だよ。出場種目は〈アイス・ピラーズ・ブレイク〉。1年男子のエースらしいけど、一種目だけしかエントリーしていないのが驚きだね。理由があるのかもしれないけど。とりあえず将輝とぶつかるだろうから、注意しといたほうがいいよ」

「四葉克也ね。一高の生徒は名前に恐れてはいるが、人間性に惹かれている…か」

 

将輝の台詞に疑問符を浮かべた吉祥寺だったか、続きを聞くことはできなかった。九校戦関係者の演説が始まったからだ。

 

 

 

「続いては九島烈様による激励を頂戴いたします」 

 

暗いステージにライトが照らされ、克也は自分の眼を疑った。克也以外にも大勢の生徒が驚いていた理由は、そこに立っている人が若い女性だったからだ。何か手違いでもあったのだろうか。いや、違う。これは精神干渉魔法だ。会場すべてを覆うほどの大規模な魔法を発動させている。

 

目立つものを用意して注意をそらすという〈改変〉は、〈事象改変〉とまではいかない些細なもの。何もしなくても自然に発生する〈現象〉。ただそれを全員に、一斉に引き起こすための大規模ではあるけれども、微かに弱くそれ故に気付くことが難しい魔法。

 

これがかつて〈最高〉にして、〈最功〉と謳われた《老師》の技術だ。それを見破った克也は視線をとある場所に注力する。克也の凝視に気付いたのか。女性の背後に立つ老人がニヤリと笑った。まるでイタズラが成功して喜んでいるような、無邪気な子供の笑顔だ。老人が女性に何か囁くと、女性がステージから離れて突然老人が現れる。

 

気付かなかった者からすると、老師が空中から現れたように見えたことだろう。

 

「まずは悪ふざけに付き合わしてしまったことを謝罪しよう。今のは魔法というより手品の類いだ。その仕掛けに気付いた者は私が見た限り6人だけだった。第三高校に2人、第一高校に4人。もし私がテロリストか何かで、この会場を破壊しようと目論んでいた場合、対処するために行動できたのは、たったの6人だけだったということだ。使い方を間違った大魔法は使い方を工夫した小魔法に劣る。明後日からの〈九校戦〉で君たちの工夫を楽しみにしている」

 

九島烈の声は90歳を超えているにも関わらず若々しいものだった。

 

老師、やはり考えることが普通の魔法師と違う。なかなか面白い。〈九校戦〉はどうやら面白くなりそうだ。

 

克也と達也はそう思い薄く笑みを浮かべた。

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

懇親会後、俺は達也が作業者で起動式のアレンジをすると言ったのでついてきていたのだが、いつの間にか日付を更新していた。

 

「そろそろ切り上げてもいいんじゃないかな?明日は特に何もなくても君たちは初参加だからね。気分転換してから戻ることをお勧めするよ」

 

作業車で指を走らせていたが五十里先輩にそう言われたので、2人で部屋に戻って休むことにした。新人戦は大会4日目から8日目にかけて行われる。俺たちに余裕があるのは確かだった。明日、正確には今日から出場する選手のエンジニアはもう少し粘るらしい。挨拶をしてから作業車を下り、夏の夜の空気を胸一杯に吸い込む。

 

いくら8月といえども真夜中はそれなりに気温が下がる。さらに今日は湿度がかなり低いので、体感的に心地良い状態だった。しかし殺気らしきものを感じ、達也と2人してその方向に向かって走り出した。

 

「それでは間に合わない」

 

達也が呟き右手を広げて前に突き出す。すると遠くで何かがバラバラになった音がして、雷らしき術式が3人の人間を襲った。

 

「誰だ!?」

 

叫ぶ声がしたので、達也と2人で雷らしき術式を使用した少年の前に現れる。

 

「達也…。それと君は?」

「初めまして吉田幹比古。俺は四葉克也、達也の幼馴染で克也と呼んでくれ。君のことはエリカや達也から聞いてるけど、実は君と話したいと思っていた。ついでに言うと、さっき援護したのは達也だよ」

「君が四葉克也なんだ。初めまして僕は吉田幹比古、幹比古と呼んでほしい。実は僕も同じことを思っていたよ」

 

幹比古と笑顔を向け合っている間、達也は倒した賊を見ていた。

 

「達也、どうだ?」

 

俺の質問に達也は予想とは違う答え方をする。

 

「流石だな幹比古。一撃で賊を行動不能にしている。見事な腕だ」

「でも、達也の援護がなければ僕は撃たれていた」

 

幹比古は落ち込んでいた。

 

「阿呆か」

「え?」

 

達也の言葉に驚く幹比古。まあ、いきなり阿呆と言われてはそんな反応をしてもおかしくない。

 

「援護がなかったらというのは仮定にすぎない。お前の術で賊の捕獲に成功したこれが唯一の事実だ。お前は何を本来の姿だと思っているんだ?まさか相手がどんな手練れであろうと、何人いようと誰の援護もなく1人で勝つことができる。まさかそんなことを基準にしてるんじゃないだろうな?」

 

達也の言葉に幹比古は驚いているらしく、言葉を発せていない。

 

「やれやれまったく。敢えてもう一度言おうお前は阿呆だ。なぜそこまで自分を否定しようとする。お前を否定するやつがいるなら、俺たちが制裁を加える」

「それは…。達也にはわからないよ。もうどうしようもないことなんだ」

 

幹比古は自虐に走り始めた。

 

「どうにかなるかもしれないぞ幹比古」

「え?」

 

俺の台詞に驚く幹比古。

 

「幹比古、君が気にしているのは術の発動速度じゃないか?」

「…エリカに聞いたのかい?」

「いいや」

「じゃあなんで!?」

 

自虐ループから抜け出した幹比古は怒鳴りながら聞いてくる。

 

「俺には術を発動させるスピードが遅く感じたんだ。詳しい話は達也に聞いてくれ」

「達也、どういうことだい?」

 

幹比古は俺の言葉通り達也に聞いた。達也から「面倒くさがらずに自分で言えよ」という視線を感じたが、どこ吹く風かとばかり夜風を楽しむふりをして無視した。

 

自己紹介してすぐに相手の魔法を否定するのは失礼にも程がある。いくら性格が悪い俺でも、そんなことができるほど人が悪いわけでは無い。だから達也に説明を任せたのだ。

 

「幹比古、お前の術式には無駄が多すぎる」

「なんだって!?」

「お前自身ではなく、術式自体に問題があると言ったんだ」

「なんでそんなことが分かるんだよ!これは吉田家が長い年月をかけて編みだしたものだ!それを一度か二度見た程度でっ!」

 

幹比古は本気で怒っていた。当たり前だろう。達也が言ったことは、吉田家が血のにじむような訓練をして、ようやく作り上げたことを否定しているのだから。それに問題があると言われては、今までの努力を侮辱されたと受けとっても仕方がない。

 

「俺たちには分かるんだよ。視る(・・)だけで起動式の記述内容を読み取り、魔法式を解析することができる」

 

幹比古の怒りを受け止めてもなお穏やかに話す。そのおかげかどうかは分からないが、幹比古も落ち着きを取り戻したようだ。

 

「そんなことができるはずがない…」

 

いや、驚愕しているからなのかもしれない。あり得ないとでも言いたげな表情を浮かべていた。

 

「無理に信じてもらう必要はないさ。それよりこいつらを引き渡すのが先だ。俺たちが見ているから警備員を呼んできてくれないか?」

「え?うん、分かった」

 

幹比古は達也のお願いに素直に従ってくれた。

 

「達也、ちょっと言い過ぎじゃないか?あそこまで言う必要はないと思うけど」

「丸投げしてきた克也に言われたくはないが。確かに言い過ぎたかもな…」

「随分容赦のないアドバイスだな特尉」

 

突然の言葉にも俺と達也は驚きもしなかった。

 

「少佐、聞いておられたのですか?」

 

達也が敬礼しながら聞く。暗闇から現れたのは風間少佐だった。ちなみに風間少佐も九重先生の体術指南を受けているので、気配を偽り俺たちに気付かれないようにすることができる。ここに来ているのは知っていたので、いつか出会うだろうと予想していた。だからいきなり声をかけられてもさほど驚かなかった。さすがにこの瞬間に出会うとは思っていなかったが。

 

「あの少年も貴官と似たような悩みを抱えているようだな」

「あの程度なら自分は卒業済みです」

「つまり身に覚えがあると言うことか?」

 

達也は自分の立場が危うくなってきているのを感じたので、話を変えることにした。

 

「この者たちを任せてもよろしいですか?」

「引き受けよう。基地司令部にも連絡しておく。何か分かったら連絡する」

「よろしくお願いします」

 

俺と達也は風間少佐に任せて休むことにした。

 

 

 

 

 

〈九校戦〉初日の太陽も昇りきらないほどの早朝、達也にたたき起こされて体術の相手をさせられた。おそらく幹比古に説明するのが面倒くさくて、達也に全部任せたことで恨みを買ってしまったのだろう。ぼろぼろになる(正確には達也の気が済む)まで相手をさせられた。回復(ヒール)で癒し、周りにばれないようにしたのは深雪にも秘密だ。

 

達也はストレス解消ができたのが嬉しかったのか、普段より少し楽しそうに過ごしていた。深雪に何があったのか尋ねられたが、「わからない」と答えてその場を切り抜けた。もし俺と体術をしてストレス解消したのがばれたら、溜まる度に相手をさせられるかもしれない。それだけをさ避けるためには知らないことにしておくべきなのだ。

 

深雪に「何かいいことでもあったのですか?」と聞かれていたが「特には何もないよ」と達也が答えてくれたことに安堵した。

 

ちなみに深雪以外のメンバーは、達也の機嫌の良さに誰も気付いていなかった。



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第15話 九校戦①

克也・達也・幹比古が思わぬ仕事をさせられたのを知らずして、〈九校戦〉は開幕した。1日目の競技は、〈スピード・シューティング〉の予選から決勝と〈バトル・ボード〉の予選だ。

 

「会長の試合か。さて〈エルフィンスナイパー〉の異名の実力を見せてもらおうかな」

「本人は嫌っているようだから、目の前で言わない方がいいぞ。討論会の前の時のようなことになりたくなければな」

 

達也のくぎに克也が身を震わせる。エリカたちは何のことか分からないらしく首を傾げていたが。

 

〈スピード・シューティング〉は、30m先の空中に投射されるクレーの標的を魔法で破壊する競技だ。制限時間内に破壊したクレーの個数を競う。いかに素早く正確に魔法を発射できるかを競うので、そのまま競技名になっている。

 

真由美が会場に登場すると、大きな歓声が上がる。大半が男子生徒だが、女子生徒からもあったので意外に感じた。

 

選手がCADを構えると辺りが静まる。

 

選手はヘッドセットをつけているので声は聞こえないが、試合の開始前に静かにするのは暗黙の了解だ。開始シグナルが点灯すると軽快な発射音が聞こえる。クレーが飛び出すが、すべての標的が個々に破壊される。

 

「…流石だな。あの一瞬ですべて破壊するとは。異名をつけられるのは伊達じゃない。それに去年よりさらに速くなっている」

 

克也でも冷や汗が吹き出るほどの腕前だった。克也の苦手分野だということを差し引いても、高校生程度の大会では割が合わないと思わせられた。そして試合はパーフェクトで終わる。

 

「遠隔視系の知覚魔法《マルチスコープ》も使用しているのか。同じ魔法を100回繰り返しても、まったく疲労してるようには見えない。魔法式に使う魔法力を必要最低限に抑えているから、あれだけ平然としていられるのか。〈十師族〉の直系というのは恐ろしい」

 

達也も同感のようで称賛しか口から出ていなかった。周りにいるメンバーは、克也・達也・深雪・レオ・エリカ・美月・幹比古・ほのか・雫の9人。そして全員が真由美の実力に度肝を抜かれていた。

 

 

 

〈バトル・ボード〉は人工の水路を長さ165cm・幅51cmの紡錘形ボードに乗って、全長3kmのコースを3周して走破する競技だ。水路には直線・急カーブ、上り坂や下り坂、滝状の段差などが設けてある。如何に素早く状況判断をして、如何に有効な魔法を選択できるかが勝利の鍵になる。

 

摩莉はコースのボードの上で腕組みをしながら立っていた。他の選手3人が片膝立ちで待機しているため、部下を平伏させている女王様のように見える。摩莉の名前がコールされると歓声が沸き上がった。男子より女子の割合が高いのは、女性にしては凜々しい顔立ちをしているからなのだろうか。

 

合図が鳴ると一斉に飛び出す。選手の1人が水を爆破させ、大波で推進力を利用しようとしたが失敗していた。

 

「…使い方は間違っていないが、自分がバランスを崩すほどの威力を出してどうするんだ?おかげで既に委員長は独走状態に入っているが」

「でも持ち直したぜ?」

 

克也の愚痴を聞いていたレオの言う通り持ち直したので、後ろ3人は混戦状態になっている。

 

「硬化魔法と移動魔法のマルチキャストか。これは面白いな」

「何を硬化させているんだ?」

 

達也の呟きに自分の得意魔法が出てきたことで興味があったらしく、レオは達也に疑問を感じながら聞いていた。

 

「ボードから落ちないように、自分とボードの相対位置を固定しているんだ」

「?」

 

レオは達也の説明にピンときていないようで、疑問の表情を浮かべている。

 

「硬化魔法は物質の強度を高める魔法じゃない。パーツの位置を固定させる魔法だ。渡辺先輩は、自分とボードを一つのオブジェクトを構成するパーツとして、その相対位置を固定する魔法を実行している。そして自分とボードを、一つの『物』として移動魔法をかけているんだ。それと同時にコースの変化に合わせて定義を変化させている」

 

達也の賞賛は止まらない。

 

「加速魔法だけでなく振動魔法も使用しているのか。うちの3年の中で、〈十師族〉に匹敵する実力者と言われているのも頷けるな」

 

真由美は高速・高精度の魔法で観客を魅了しているが、摩莉は多種多様・臨機応変に魔法を使い分けている。別の意味で観客の心を掴んでいた。

 

「1位は確定だな」

 

レオの言葉に全員が頷いた。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

〈スピード・シューティング〉は真由美の優勝で幕を下ろした。すべての試合でパーフェクトをたたき出せば、優勝以外に何があるだろうか。

 

摩莉も〈バトル・ボード〉で準決勝に進出し、女子の方は好スタートを切ったが男子は苦戦していた。〈スピード・シューティング〉では優勝し、〈バトル・ボード〉の服部がなんとか勝ち残ったが、この先が危ぶまれた。

 

昼頃、風間に呼び出された達也は、昨日の賊が九校戦前に聞いていた【無頭竜】に間違いないと克也に伝えた。ただ、何を目論んでいるかまでは分からなかったらしい。わかればすぐに連絡がくるらしいが、それまでに犠牲者が出ないことを祈るしかない。

 

午後からの〈クラウド・ボール〉でも真由美の進撃は続いた。急遽達也が真由美のエンジニアに任命されたのは、昨日の夜のことだった。だがそんなことは関係なく、全試合無失点・ストレート勝ちで優勝を飾った。

 

それを観客席から見ていた克也は、逆らわない方が身の安全につながるかもしれないと改めて思った。

 

続いての競技の〈アイス・ピラーズ・ブレイク〉は、縦12m・横24mの屋外フィールドで行われる。フィールドを半分に区切り、それぞれの面に縦1m・高さ2mの氷の柱を12本設置し、相手陣地内の氷柱をすべて破壊すれば勝ちだ。

 

花音は一回戦を最短時間で勝利していたので、負けることはないと思っていた。試合は予想通り相手に簡単に勝利し、余裕で三回戦進出を決めた。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

大会3日目。男女〈アイス・ピラーズ・ブレイク〉と男女〈バトル・ボード〉の各決勝が行われるので、〈九校戦〉前半の山場と言われている。想定通り、摩莉の試合は白熱していた。開始合図と同時に飛び出したのは摩莉だけではなく、七高の選手がぴったりとマークしている。 

 

「これって去年の決勝カードですよね!?」

 

美月が興奮しながら叫ぶ。

 

「流石〈海の七高〉だな。渡辺先輩との魔法力の差を、巧みなボードさばきで不利を補っている」

 

克也の言う通り、2人はもつれ合いながら最初のコーナーに突入した。

 

突如、七高の選手の動きが加速する。その異様さを背中と観客の悲鳴を感じ取ったのだろう。摩莉が視線を背後に向ける。危険な速度で突っ込んでくる相手を躱すのではなく、受け止めるために魔法を解除した。しかし何故か受け止める瞬間にバランスを崩し、2人同時に吹き飛ばされフェンスにぶつかる。試合中止の旗が振られているが克也たちの眼には映らなかった。

 

「お兄様方!」

「「行ってくる」」

 

克也と達也は深雪に伝えてから事故現場に向かった。

 

 

 

目を開けると、そこは病院の天井らしきものが見えた。

 

「摩莉、気がついた?」

「…真由美。ここは病院か?」

「そうよ」

 

短い会話のやりとりで、自分に何が起こったのかを思い出す。

 

「克也君のおかげで骨はくっついたけど、念のため10日間の安静が必要だって。〈バトル・ボード〉と〈ミラージ・バット〉も棄権ね。仕方ないわ摩莉、あれは意図的に仕組まれた事故だと思われるから。先に言っておくと、七高の選手はおそらく犯人じゃない。克也君は達也君と一緒に大会委員からビデオを借りて、検証してるから今ここにはいないわ」

「そうか…。自分が怪我をしていれば世話はないが...」

 

自分のせいで他人に迷惑をかけるのは嫌いだが、今回は仕方ないことと割り切って安静にすることにした。

 

 

 

「達也、どうだ?」

「やはり何者かの介入があったと思うべきだな」

 

ここは達也の部屋。今は委員長の事故検証のために暗くしてある。ビデオを何度も再生させて確認しているとき、ドアがノックされ顔見知りの先輩2人が入ってきた。

 

「千代田先輩、優勝おめでとうございます。五十里先輩もご足労をおかけしてすみません」

 

軽く2人に挨拶する。

 

「ありがとう。摩莉さんの代わりに勝たないとね!」

「構わないよ。僕から参加させてほしいと言ったんだからね。それでどうだった司波君?」

「第三者の介入があったと考えるべきですね。ここを見てください」

 

五十里先輩の質問に答えながら達也が画面を指差す。事故直前の映像を上から見た状態でコマ送り再生する。

 

「普通ならこのコーナーで減速しなけらばならないわけですが、七高の選手は逆に加速してしまっています」

「…こんな単純なミスをする魔法師が〈九校戦〉に出れるわけがないわ」

「千代田先輩の言う通り、この場面で魔法の選択を誤る魔法師は普通で考えればいないでしょう。こんなことろで加速すればどうなるか理解できるはずですから」

 

達也の説明に千代田先輩は怒り模様だ。事故を起こした魔法師への怒りに満ち溢れている。憧れの人が大怪我を負えば仕方ないことかもしれない。

 

「司波君の分析は完璧だけど。どうも妙だよね」

「啓、どういうことなの?」

「現場検証で発覚したんだけど、魔法は水中から発せられているんだ。遅延発動型術式が仕掛けられていたか、何者かが水中に潜んでいると思っていたんだよ僕は。でもそれじゃ大会委員にばれるし、潜むなら長時間呼吸するための装備が必要になる。ましてや姿を隠す魔法を使えば発見される。現代魔法にも古式魔法にも完全な透明化する術式なんてないからね。それに遅延発動型術式が使われていたら、第一レースの選手が気付いてるはずだよ」

 

そこまで説明しているとまたしてもドアがノックされた。ドアを開けて入ってきた幹比古と美月が、驚きながらも軽く先輩たちと挨拶を交わす。

 

「今俺たちは事故の検証を行っている。魔法は水中から発せられているんだが、どうやって発動させたのかが分からない。美月、試合中に何か見えなかったか?」

「ごめんなさい。眼鏡をかけていたので分からないんです」

「いや、美月は何も悪くない。むしろ眼鏡を外していたと思い込んでいたこっちがおかしいからな。話を続けますが完璧に姿をくらませる魔法は、五十里先輩の言う通り現代魔法にも古式魔法にもありません。ならば人間以外の何かが、水路内に潜んでいたと考えるのが合理的でしょう」

 

最初は美月に、最後は全員に向けて説明されていた。

 

「…司波君は精霊魔法の可能性があると言いたいのかい?」

「ええ、それしか今の状態では考えられません」

 

精霊魔法は想子ではなく霊子で構成されている。普段から想子を知覚している現代魔法師にとって、見ることは非常に困難だ。一部の異能や魔法を除いては。そのため大会委員によって構成された監視員の監視を、容易にすり抜けた可能性があるのだ。逆に言えば、古式魔法を使用する魔法師であれば、普段から慣れているため知覚しやすい。

 

「吉田は精霊魔法を得意としていて、柴田は霊子光に特に鋭敏な感受性を有しています。早期解決するために2人には来てもらいました。幹比古、精霊魔法でこの事故を起こすことは可能か?」

「可能だよ」

「お前にもか?」

「今すぐにやれと言われても無理だけど一応はできるよ。地脈を理解して何度か会場に忍び込むことができれば。半月ぐらい貰えれば僕でも可能だ。今の条件なら第二レースを第一条件、水面上を人間が接近することを発動条件とすれば、水の精霊に波または渦を作らせることができる」

「なるほどな。精霊魔法の可能性は確実か」

 

達也は幹比古の説明に確信に近い納得を覚えたようだが、少し早とちりし過ぎた。

 

「幹比古、渡辺先輩のような高位の魔法師が、簡単にバランスを崩すような強い波をその条件で起こせるのか?それだけの威力を出すには、それなりの時間と手間が発動するまでにかかるはずだ。余程の腕がない限りできないと思うんだが」

「そうだよ克也。その条件では水面をなでる程度の波しか起こせないはずなんだ。そよ風が水面を揺らす程度のね。精霊は術者の思念の強さに応じて力を貸してくれるもの。何時間も前から準備していては微弱なものしかできない。そんな波では渡辺先輩がバランスを崩すようなことにはならないよ」

 

幹比古も何が起こったのかわからないらしい。

 

「話を戻すが、七高の選手のCADには細工がされていたんだと思います。ここを見てください」

 

達也の言葉に全員が驚きながら、達也が指差した画面を見る。

 

「普通なら減速すべきところで加速してしまっています。前回のタイムラップを見れば、渡辺先輩と七高の選手がほぼ同時にコーナーに入ることは容易に想像できます。減速術式を加速術式と入れ替えれば、間違いなくこの場所で衝突するでしょう。俺が工作員なら、優勝候補2人を一度につぶすチャンスだと考えるでしょうね」

「まさか七高の技術スタッフにスパイが…」

「その可能性も否定できませんが。俺は大会委員に工作員がいると思います」

 

達也は千代田先輩の予想を切り捨てる。

 

「でも司波君、そんなことができるのかい?CADは各校が厳重に保管しているけど」

 

達也と五十里先輩のやりとりで俺は気付いた。

 

「五十里先輩、CADは試合前にデバイスチェックとして大会委員に引き渡されます。検査する際に個人情報も見られますから、その時に七高選手のCADに仕組んだのでしょう。しかしいつどうやって誰が仕組んだのかがわかりません。厄介な手口です…」

 

俺の答えに全員が立ち尽くした。



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第16話 九校戦②

深雪と達也が七草先輩たち首脳陣に呼ばれたらしい。付いていこうとしたが、自分は別に呼ばれて訳でもないので、行かなくてもいいだろうと思ったのでやめた。

 

今俺は小野先生に、【無頭竜】の構成員とアジトを調査してもらえるようお願いしていた。叔母に頼んでもよかったのだが、対価を要求されそうだったのでやめておいたのだ。小野先生からすぐに連絡が返ってくる。そこには「何故その名前を知っているのか。何故そんなことを自分にさせるのか」と書いてあったが、素直に答えるつもりはなかった。

 

「一高が狙われているようなので、対策を立てるために必要なんです。それと犯罪組織の名前を知っているのは、実家からの情報です」と送る。

 

嘘をつきたくはないが、このまま放っておいて深雪に何かあれば正気を保っていられる気がしない。ならば深雪に危害を加えられる前に防ぐのがいい。相手を叩き潰すことがもっとも効率がいいが、面倒くさいので他に任せたい。

 

そうこうしていると2人が帰ってきた。話を聞く限り、どうやら先ほどの呼び出しは委員長の代わりに、深雪を本戦に出場させることを達也に許可を貰うためだったらしい。深雪なら本戦でも問題なく優勝できるので、達也も拒否しなかったようだ。俺もそう思っていたので応援することにした。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

大会4日目からは新人戦が始まる。

 

克也・深雪・雫・ほのかの出番だ。雫のエンジニアは達也で予想通り余裕で決勝トーナメント進出を決めている。午後、一高の天幕では昨日までの重い空気が一変して軽かった。理由は女子〈スピード・シューティング〉で、上位を一高が独占したからだ。真由美が達也を褒め称えているが、達也はそれほど喜んでいないようだ。

 

「独占したのは俺ではなく選手なんですが…」

「もちろん分かっているわよ。でも達也君がいなかったら、こんなことは起こらなかったのよ」

 

真由美はご機嫌で達也の肩を軽く叩いていた。

 

「ちなみに一回戦で使用された北山さんの魔法は、《インデックス》に正式採用するかもしれないと打診が来ています」

「それって新種の魔法として登録されるってことなの?」

「ええ」

 

真由美の質問に頷く鈴音。

 

「そうですか。では登録名は北山さんの名前でお願いします」

「そんな駄目だよ!あれは達也さんのオリジナルなのに…」

「最初の使用者が登録されるのはよくあることだぞ」

 

雫の反論に達也は首を横に振る。また達也の悪い癖が出たなと思いながら克也は雫に話しかけた。

 

「達也は自分が実戦で使いこなせないという恥をかきたくないから、雫の名前で登録してほしいんだ。分かってやってほしい」

 

これにはさすがの雫も渋々頷いてくれた。

 

「達也君、この後もこの調子でお願いね。克也君も頑張って」

「「はい」」

 

真由美からの応援を2人で素直に受け止めた。

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

午後に予定されている試合は、〈バトル・ボード〉の第四レースから第六レースだ。ほのかの出番は第六レースなのでかなり後である。緊張症のほのかの緊張を和らげるために、女子メンバーが談笑しているのをBGMに、男4人は深刻な顔をしていた。

 

「幹比古、何かおかしなことはないか?」

「今のところは特に何もないよ」

「俺も何も感じねぇけど、この先良くないことが起きそうな気がするぜ。誰が仕掛けてくるのか分からねぇから、対策の練りようもねぇよ」

「仕方ないさ。人間は万能じゃないんだから」

 

その後に行われたレースでは、水面に光を反射させて目くらましする戦略を使った達也の戦略(悪知恵?)のおかげで快勝だった。視界が十分でない状態でコースを走るのは危険すぎる。視界が回復してから残りの3選手は進み始めたが、順位を上げることのできないほどの距離がほのかとはできていた。

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

大会5日目。新人戦2日目は克也・深雪・雫の出番だ。今日は〈アイス・ピラーズ・ブレイク〉が行われるが、深雪の優勝は確定しているに等しい。振動魔法を得意とするので、この競技は深雪のためにあるとでも言えよう。

 

〈アイス・ピラーズ・ブレイク〉では、服装は公序良俗に違反しない範囲であれば自由に着れる。とはいえ水着などの服装は9割9分有り得ないが。魔法師兼グラビアアイドルなどを目指す生徒ぐらいだろう。注目を集めるのは間違いないだろうが。制服のまま出場する選手もいれば、流行に乗った服を選ぶ選手もいる。

 

達也はてっきりそうなると思っていたのだが…。

 

「…本当にその服装で出るのか?それに振袖が邪魔にならないか?」

「もちろんルールに違反してないんだから、使わないともったいないよ。それに襷を使うから問題なし。こういった大きな場所で着ないのは勿体無いよ」

 

その台詞に達也は頭を抱えたくなった。そう、雫の出場する服が振袖だったのだ。彼女の容姿と合っているので、着替えろとは言えない。

 

まあ、そのおかげかはわからないが雫が登場すると歓声が漏れる。雫は《共振破壊》の応用をなんなく使いこなして勝利した。流石一科の上位者なだけはあると思った達也だった。深雪の登場はよりすさまじかった。神々しいと表現するのが妥当な佇まいなほどに。CADの代わりに鈴などを持たせれば、巫女と呼べるそれだけの存在感だろう。

 

深雪は開始直後に、《氷炎地獄(インフェルノ)》を発動させて相手を秒殺した。相手の精神的ダメージが気になったが、深雪の魔法力には相変わらず驚かされる。《氷炎地獄(インフェルノ)》は、A級ライセンス試験で度々課せられる魔法で受験者に涙を流させる程の難易度だ。深雪からすれば、この程度は朝飯前なのだが。だからこそ恐ろしいと思ってもいいだろう。

 

 

 

ようやく克也の出番が来た。雫や深雪の試合を見て早く戦いたいとうずうずしていたのは、達也や深雪からすればわかりきっていた。順当に行けば、決勝で一条将輝とぶつかる。そこが本番なので、それまでの予選は軽い準備運動のようなものだ。決勝までは汎用型で遊び、観客の驚く顔を見ることにした。

 

克也が登場すると、女子生徒から黄色い声援が聞こえた。今の克也の服装は、明治維新の頃を意識したデザインだ。四葉家に頼んで特注してもらったのだが、普段は目にすることができない服装と端正な容姿で、数多の女子生徒を虜にしていた。

 

無意識による魅了は、克也の得意分野且つ十八番である。

 

「…あの容姿にあの服装は反則でしょ。相手も気合いを入れてきたみたいだけど完全にのまれてるよ。そんなことを言ってるあたしもそのうちの一人なんだけどね...」

「確かに。僕でも気負いするね…」

「…ある意味凶器だな」

「似合いすぎですね…」

「…絵になる」

「かっこいいです!」

「私でも惚れてしまいそうです克也お兄様」

「相変わらずだな」

 

エリカ・幹比古・レオ・美月・雫・ほのか・深雪・達也の順の感想だ。それだけの威力があった。

 

同じ頃、3年の場でも話題になっていた。

 

「何なんだあの魅力は?確かに市原を落とすだけの威力はありそうだが…」

「…私も驚いたわ、まさかここまでとはね」

「…」

 

カシャ!カシャ!カシャカシャカシャカシャ!

 

摩莉と真由美が感想を綴っていると、隣から連続したシャッター音が聞こえた。横目で見てみると、情報端末で克也を撮った鈴音がいる。

 

「…市原、お前は何をしているんだ?」

「絵になっているので写真を撮っただけですが。何か問題でも?」 

 

すまし顔でしれっと語る鈴音に摩莉は脱力する。

 

「…こいつは克也君が関係すると別人だな」

 

摩莉の独り言に顔を真っ赤にして俯く鈴音であった。

 

 

 

そんなことが観客席で起こっているとは露程も知らず。克也はCADを構えた。合図とともに両陣地に魔法が発動するが、克也の陣地はぴくりとも動かず、反対に相手の陣地の氷柱は高温で溶け始めていた。自陣の氷柱に〈情報強化〉をかけ、相手の魔法の侵入を防ぎながら魔法を行使する。

 

地獄の業火(ヘル・ヘイム)》は空気の温度を急激に上昇させ、対象物の構造を破壊し、燃滅(・・)(消滅ではない)させる魔法だ。急速冷凍された氷は中に数多の気泡を形成するため、もろく崩れやすいため簡単に蒸発する。

 

「…これは《地獄の業火(ヘル・ヘイム)》か?こんな高等魔法を1年で使えるというのか」

「…流石四葉家の直系ね。こんな魔法を当たり前のように使えるなんて、3年生になったらどうなるのかしら」

 

摩莉も真由美も驚愕している。

 

地獄の業火(ヘル・ヘイム)》は、深雪の使う《氷炎地獄(インフェルノ)》と違い、A級ライセンス取得時に課せられることはない魔法だ。だが使えるのはごく少数で日本に1人、世界でも10人しかいないと言われているので眼にする機会はない。使用された瞬間を撮影した映像の粗いもの以外には、克也が使う以外に眼にすることはできないのだ。

 

試合は僅か10秒で終了し、克也は着替えた後一高の天幕に呼び出された。そこには一高の首脳陣が集まっていた。

 

「克也君、貴方は一体何者なの?あの魔法は日本で使う人は1人だけだって言われていたけど。それが貴方だったなんて…」

「黙っていたのは申しわけないと思っています。しかし()から許可するまで使うなと言われていたので、今まで話せませんでした。お許しください」

 

真夜のことを()と呼んだのは、設定を疑われてはいけないからだ。

 

「四葉、顔を上げろ。俺たちはお前を責めるために呼び出したのではなく、優勝してもらうために呼んだのだ。そんなに思い詰められるとこちらが困る」

 

顔を上げると克人は穏やかな表情をしていた。強面なのは変わらないが…。他の上級生も恐怖を浮かべている様子はなく、むしろ前向きな表情をしていた。特に服部は不敵な笑みを浮かべている。

 

「四葉、必ず優勝しろ。お前にはそれだけの力がある。おそらく決勝は一条家の跡取りだろうが、今のお前なら敵にはならないはずだ。お前のやりたいようにやれ。これは〈十師族〉十文字家代表代理としてではなく、一高の先輩としてだ」

「ありがとうございます。期待に応えられるように全力を尽くします」

 

克也は克人の言葉に強く応えた。

 

 

 

天幕を出た後、達也たちの元に向かうと質問攻めに遭った。達也に「助けて」とアイコンタクトを送ったが、「人気者は仕方ないさ」と返されしばらくの間拘束されるのだった。




地獄の業火(ヘル・ヘイム)》・・対象物の周囲の温度を急激に上昇させ対象物を燃滅させる魔法。日本には1人、世界でも10人しか使用者がいない珍しい魔法。


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第17話 九校戦③

その後の試合は《地獄の業火(ヘル・ヘイム)》を使わず、振動系加速魔法の《昇華(しょうか)》で事足りた。決勝戦の相手は予想通り一条将輝だったが、負ける気は微塵もない。汎用型の調整は達也に頼んでいる。今回は特化型を使用することにしたので、達也には調整させていない。

 

服装は一回戦と変わらずそのままで行くと会場は満員だった。座席が急遽増やされたようで、観客がかなり増えていたがそれでも足りないようだった。それも仕方のないことだろう

 

一条家の跡取りであり、凜々しい顔立ちで上下ともに赤の服で固めた《爆裂》の使用者、一条将輝。

 

対して端正な顔立ちで、明治時代の服装で世界でも10人しか使えない《地獄の業火(ヘル・ヘイム)》の使用者、四葉克也。

 

今回の新人戦最大の目玉にして、〈十師族〉同士の試合が行われるのだから注目されるのは当たり前だった。

 

 

 

合図とともに魔法を敵陣地に届かすが、将輝の氷柱は微動だにしない。対して俺の氷柱は前列4本が簡単に崩壊し、一高応援席から悲鳴が上がる。しかしこれは想定内だ。敢えて前列四本を弱い〈情報強化〉をかけておき、後ろに行くにつれて強くする。

 

前列を簡単に崩壊させて油断させる。しかし奥に行くにつれて威力を上げなければ貫通しないので、精神的ダメージを与え魔法構築を遅らせ自分のペースに持ち込む。

 

これが対爆裂用対策だ。

 

俺は《昇華(しょうか)》を行使しているが効果はない。この程度で将輝の〈情報強化〉を抜けるようでは期待外れだ。俺はもう一つ奥の手を出すことにした。

 

 

 

前列四本を簡単に《爆裂》で崩壊させたことで、将輝の心は余裕を感じだしていた。

 

所詮、噂には尾ひれがつくものだ。《地獄の業火(ヘル・ヘイム)》を使えることには驚いたが、それ以外は大したことはない。

 

優勝するのはこの俺だ!

 

《爆裂》の照準を二列目の氷柱に向けた。

 

 

 

「簡単に壊されちゃったけど大丈夫なの?達也君」

 

エリカは決勝まで1本も触れさせなかった克也が、あっさりと壊されることに戸惑っていた。

 

「俺も気になったが大丈夫だろう。あいつのことだから何か策があるのかもしれない」

 

達也も少し不安なようだが、克也の勝利を疑うことは克也を裏切ることにつながる。だが達也は克也が負けるとは一切思っていない。勝つこと以外に有り得ないからだ。深雪は胸の前で手を握りしめて祈っている。達也たち以外のメンバーも心配そうに見つめていたが、勝利を信じている眼を克也に向けているのはみんな同じだった。

 

 

 

「敢えて前列四本を捨てにくるとはな。あいつの考えることは予想がつかん」

「全く同感ね。《昇華(しょうか)》を使っているようだけど、全く届いていない。やっぱり一条君は別格だわ」

「…」

 

摩莉はため息しか出ないようだ。真由美に至っては将輝の技量に感心している。鈴音は無言でポーカーフェイスを決め込んでいた。

 

 

 

何故だ?何故二列目から《爆裂》の効果が発揮されないんだ!?まさか一列目は捨て石だったというのか!後ろに行くにつれて〈情報強化〉が強くなっているだということか。だがこの強度は新人戦のレベルじゃない。一列目を簡単に壊せたことで優越感に浸らせ、二列目から潰せなくさせることで動揺を与えたのか?

 

まずいな非常にまずい。一度落ち着くんだ。そうすれば勝てる。

 

その僅かな時間の油断が、将輝にとって痛恨の失態だった。

 

 

 

一条将暉の動揺を感じ取った俺は、【第三の固有魔法】を発動させた。

 

将輝の《爆裂》が魔法式ごと(・・・・・)燃える。観客席にいた全員がそれを知覚し呆然としたことだろう。

 

闇色の辺獄烈火(ベルフェゴール)》は俺専用の対抗魔法で、魔法式を構築する想子そのものを燃やしてしまう。燃えている間なら、想子を知覚する魔法師は見ることができる。

 

 

 

魔法式そのものが燃やされただと!?

 

そんなことができるのか?ありえない、この俺が負けるわけがない!焦った俺は規定を大きく上回る威力の《爆裂》を、四葉克也を含めた範囲の氷柱に向けて発動させてしまった。

 

 

 

将輝が規定オーバーの《爆裂》を放ってきたが、克也はもう一度《闇色の辺獄烈火(ベルフェゴール)》を放って無効化し、《阿鼻・叫喚(あびきょうかん)》を発動させた。規定オーバーの魔法が放たれたことに気付いたのは、極わずかな人間だけだったことだろう。正確には、試合を観戦していた《老師》・達也・風間の3名。

 

深雪・克人・真由美・摩利・吉祥寺は違和感を感じた程度である。

 

 

 

阿鼻・叫喚(あびきょうかん)》は、液体(水や血液などその他諸々)を一瞬で蒸発させる魔法だ。《爆裂》と似ているが人体に行使した際に、鮮血の華を咲かせないのでそれほど気分を害することはない。しかし音もなく消滅するため、ある意味《爆裂》より畏怖があるかもしれない。動揺した一条将輝は〈情報強化〉も揺らぎ、俺の魔法をたやすく侵入させてしまう。

 

一条将輝の陣地の12本の氷柱はあっという間に固体から液体に、液体から気体に状態変化してすべて消え去った。一拍遅れてブザーが鳴り、俺が観客に向かってお辞儀をすると盛大な歓声が響き渡った。

 

最前列には友人たちが座っており、眼を向けると全員が感動していた。ほのかと美月は雫とエリカにすがりついて泣いている。レオと幹比古はガッツポーズを決めて、達也は「さすが俺の兄だ」とでも言いたそうな表情をしていた。深雪は涙目になっていたのでウインクを送っておいた。

 

 

 

制服に着替えて更衣室を出ると、研究者や報道陣に囲まれてしまった。質問攻めに遭っていると一条将輝が引っ張り出して、関係者以外立ち入り禁止エリアまで連れてきてくれた。

 

「助けてくれてありがとう一条将輝。おかげで余計な疲弊をせずに済んだ」

「礼には及ばん。対戦相手が迷惑そうな顔をしていたら助けたくなるものだ。それにフルネームで呼ばずに将輝と呼んでくれ」

 

将輝は紳士らしく謙遜し始めた。知り合いにはいない人間性を持っていたので新鮮だった。

 

「わかったよ将輝。それでもお礼を言わせてくれ。助けてくれて本当にありがとう」

 

そう言うと将輝は照れ始めた。幹比古と似て褒められると照れるらしく、試合とは違う一面を見れて嬉しかった。

 

「それより優勝おめでとう。まさか負けるとは思っていなかった。...俺は規定違反の威力をお前に放ってしまった。普通なら失格になるはずだったが、お前が消してくれて助かったよ。本当にありがとう」

「気にするな何もなかったんだから問題ないさ。それと俺のことは克也と呼んでくれ。将輝とは良い友人同士になれそうだ。〈モノリス・コード〉に俺は出場しないが負けないぞ」

 

そう言いながら右手を差し出す。将輝も右手を差し出して握りながら答えた。

 

「俺もそう思ったよ。だが次は負けない。〈モノリス・コード〉は俺たちが勝つぜ克也」

 

互いに握手をするとそれぞれの天幕に向かった。

 

 

 

天幕に入ると拍手で迎えられ、森崎でさえ笑顔を浮かべていた。

 

「お疲れ様克也君。あなたのおかげで三高とリードを広げることができたわありがとう」

「素晴らしい戦いだったぞ四葉。さすがは〈十師族〉の一部を担う四葉家当主のご子息だ。後はみんなに任せてゆっくり休め」

 

七草先輩から褒められた後に十文字先輩からも喜ばれた。 

 

「ありがとうございます。それではお言葉に甘えさせていただきます」

 

そう言って俺は自室に向かった。

 

 

 

夕食では達也たちと一緒に食べて満喫した。話題はもちろん俺が優勝した魔法のことを聞かれたりはしたが、秘密ではないので素直に話した。

 

その夜に俺はベッドで横たわり、夕食の余韻に浸っているとベルが鳴る。ドアを開けると私服姿の鈴音が立っていた。

 

「どうした?」

「優勝のお祝いを言いたくて」

 

モジモジとする鈴音の言葉に俺は納得する。優勝してから俺はあちこちを移動していたので、2人きりになることはなかった。よって言葉を交わすタイミングも作ることができなかった。

 

「そこに立ってないで部屋に入ろうか」

 

そう言って入るように促すと鈴音は部屋に入る。鈴音が椅子に座ったので、ベッドに腰かけて相対する。

 

「優勝おめでとうございます。流石四葉家ですねお疲れ様でした」

「ありがとう応援してもらってたし、それぐらいはしないとな。もう遅いから送るよ」

 

そう言って鍵を手に取り、部屋から出ようとすると鈴音に抱きつかれた。

 

「鈴音?」

「少しだけこのままでいさせてください」

 

鈴音は俺の背中に顔をうずめたままそう言ってくる。鈴音は満足すると普段の顔に戻り離れた。

 

部屋に送り、別れる前に鈴音がキスしてきた。不意打ちを食らい驚いていると、鈴音は小悪魔的な照れた顔で笑顔を向けてくる。呆然としていると、目の前でドアを閉められしばらく俺は廊下に立ち尽くしていた。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

次の日、鈴音はいつもと変わらない様子で作業していた。俺は逆に動揺しまくりで、ドジを踏みまくっていた。パソコンからアラーム音が鳴る度に、周囲から視線を受けるほどに。

 

大会7日目。新人戦4日目でここでは〈九校戦〉のメイン競技である〈モノリス・コード〉と、〈ミラージ・バット〉の予選が行われる。〈モノリス・コード〉に森崎が、〈ミラージ・バット〉にほのかと里見スバルが出場する。

 

達也はほのかとスバルのエンジニアを担当し、見事予選を勝ち抜いて決勝トーナメントに進出した。

 

 

 

達也は今自室のベッドで横になり、〈クリムゾン・プリンス〉こと一条将輝と、〈カーディナル・ジョージ〉こと吉祥寺真紅朗を思い出していた。

 

大亜連合による沖縄侵攻に同調して行われた新ソ連の佐渡侵攻に対して、弱冠13歳にして義勇兵として防衛戦に加わり、現当主一条豪毅と共に《爆裂》を以て、数多くの敵を葬った実戦経験済みの魔法師。

 

そして弱冠13歳にして、仮説上の存在だった〈基本コード〉の一つを発見した天才魔法師。この2人が同じ学校の同じ学年にいるのは反則級の偶然だ。

 

この2人がタッグを組む〈モノリス・コード〉は苦戦を免れない。森崎たちも善戦するだろうが、勝つことは不可能に近いだろう。森崎たちが本気で撃ち合っても、一条将輝1人に倒されるのは目に見えている。

 

そこまで考えてから睡魔に身をゆだねた。

 

 

 

昼寝から覚め天幕に向かうと、パニック一歩手前の空気が会場からではなく、各校の天幕が置かれているエリアから流れていた。

 

その原因は〈モノリス・コード〉での事故が原因だった。




昇華(しょうか)》・・今作オリジナル魔法。固体から気体に急激に状態変化させる魔法。

闇色の辺獄烈火(ベルフェゴール)》・・今作オリジナル魔法。克也の【固有魔法】で魔法式を燃やして消し去る対抗魔法。

阿鼻・叫喚(あびきょうかん)》・・今作オリジナル魔法。体内の液体(水や血液などその他諸々)を一瞬で蒸発させる魔法。昇華と性質が似ているが効果範囲がより広い。


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第18話 九校戦④

〈モノリス・コード〉での事故は、どう考えてもおかしいものだった。試合開始直後に建物が《破錠鎚(はじょうつい)》を受け、崩れた瓦礫の下敷きになったことで森崎たちは重傷らしく、残りの全試合を棄権しなければならないらしい。このままでは新人戦と〈九校戦〉の優勝が霞むことになる。優勝するためには勝たなければならないが難しそうだ。それを加味して克人が大会委員本部と折衝中らしく、まだ状況が詳しく分からないらしい。

 

「ところで達也君、2人きりで話したいことがあるんだけどちょっといいかな?」

 

真由美に天幕の奥に連行される際、深雪と雫によるきつい視線がデュエットになった。「不可抗力だ」とアイコンタクトで送った達也だったが、正確に伝わったかは不明である。

 

真由美が奥まった部屋に達也を連行して、遮音フィールドを作り上げてから質問してきた。

 

「今回の事故をどう思う?」

「四高の暴走ではないと思います。確信はありませんが」

「そう。それじゃあ今回邪魔してきているのは誰?春の一件の報復かな?」

「春の一件とは別件ですよ。開幕直前に不法侵入しようとした賊を克也と幹比古、いえ吉田と捕獲しました。今回手を出しているのは香港系の犯罪組織らしいです」

 

詳細は伝えずにあった出来事だけを話す。

 

「…初めて聞いたわ」

「駆けつけた警備員から口止めされていましたから」

「教えてくれてありがとう。この後も頑張ってね」

「大丈夫ですよ。〈ミラージ・バット〉のワンツーフィニッシュは、ほぼ確定ですから」

 

真由美の応援に不敵な言葉で達也は宣言するのだった。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

新人戦〈ミラージ・バット〉は、達也の宣言通りほのかとスバルのワンツーフィニッシュで終えた。これにより達也が担当した選手は事実上無敗となり、〈九校戦〉の歴史に深く刻まれることになった。

 

その日の夜、達也は一高首脳陣に呼び出されてとある説明を受けていた。

 

「ということで達也君、〈モノリス・コード〉に出場してもらえませんか?」

 

克人の説得によって一高は、特別に〈モノリス・コード〉に出場させてもらうことができるようになった。〈十師族〉の権力乱用ではなく、〈九校戦〉に参加しているという権利を用いたのだ。

 

こちらに非がないのは運営委員会も承知している。かといって四高が100%悪いと決まった訳では無い。四高が出られないのならば、一高も出る必要は無いのではないかというのが理屈だったそうだ。ただ四高の悪質行為ではないと言いきれない現状では、一高の参加を認めることは当然とも考えられた。よって一高の復帰が認められることとなった。

 

「1つお聞きします。一科生のプライドを考慮しないとしても、代わりの選手がいるのに俺が出場してしまえば、後々精神的なしこりを残すと思いますが…」 

 

達也は遠回しに拒否したが克人は許さなかった。

 

「甘えるな司波。お前は既に代表チームの一員だ。選手やスタッフであることに関係なく、お前は1年生200人の中から選ばれた11人のうちの1人。今回の非常事態に対してチームリーダーである七草はお前を代役として選んだ。チームの一員である以上、その義務を果たせ」

「しかし…」

「メンバーである以上、リーダーの決断に逆らうことは許されない。その決断に問題があるなら補佐する我々が止める。我々以外に異議を唱えることは許されない。そう、指名者であろうと当事者であろうと誰であろうとだ」

 

克人の言葉を達也はようやく理解した。

 

「司波、補欠であることに甘えるな。務めを果たせ」

 

つまり〈ウィード〉であることを逃げ道にするな。弱者の地位に甘えるなと言っているのだ。それを理解した達也は覚悟を決めた。

 

「わかりました義務を果たします。それで俺以外のメンバーは誰ですか?」

「お前が決めろ」

「は?」

 

達也はとぼけたつもりはない。既に選ばれていると思ったからだ。

 

「チームメンバー以外から選んでも良いんですか?」

「構わん。例外に例外を積み重ねているんだ。あと1つや2つ増えたところで何も変わらんだろ」

「わかりました。では1-Aの四葉克也と1-Eの吉田幹比古をお願いします」

「わかった。司波、その人選の理由はなんだ?」

「理由は使う魔法を知っているからですよ。克也は幼馴染ですし、幹比古は同じクラスでよく魔法の話をしていましたから」

 

そう言うと達也は2人に事情説明するために、それぞれの部屋へ呼びに行った。

 

 

 

「まさか出ることになるとは思わなかったなぁ。達也のお願いなら聞くしかないかな」

 

ここは達也の部屋。いつものメンバーが集まって、先程の招集についての話し合いをしているところだ。内容を聞いた克也は平然としているが、幹比古は対照的に暗かった。

 

「…達也、君は言ったよね?吉田家の術式には無駄が多すぎて、僕は満足に使えていないって」

「ああ」

 

幹比古の言葉に否定することも無く頷く達也を見て、レオ・エリカ・美月は顔を見合わせていた。精霊魔法をあまり知らなくても、由緒ある魔法を否定することが、どれだけしてはならないことかを知っていたので驚いたのだ。

 

「確かにあの時の術式には、術の正体をわかりにくくする偽装が施されていた。でもそれが達也の言う無駄に繋がっているんだろうね」

「CADの性能が高くなかった頃は通じただろうが、今はCADで高速化されているからな」

「なるほどね。威力が勝っているはずの古式魔法が、現代魔法に適わないわけだ」

「それは違うぞ幹比古」

「え?」

 

達也の言葉に幹比古は驚いていた。

 

「古式魔法と現代魔法に大きな優劣はない。あるのは短所と長所だけだ。正面からぶつかり合えば、発動速度が速い現代魔法に軍配が上がるだろうが、死角からの隠密性や奇襲力なら、古式魔法に軍配が上がるだろう。九島閣下も仰っていたじゃないか。要は使い方だ」

「奇襲力ね。そんなことを言われたのは初めてだよ。わかった達也を信じるよ」

「ありがとう幹比古」

 

2人の間に新たな友情が芽生えた瞬間だった。

 

「フォーメーションだが俺がオフェンス、克也はディフェンス、幹比古には遊撃を頼みたい」

「うちの陣地に侵入なんてさせないさ」

「いいよ達也。でも遊撃は何をするの?」

「遊撃はオフェンスとディフェンスの両方を支援する役目だ。ここが機能しないとどれだけ強くても勝てない。責任重大だが頼むぞ幹比古」

「任せてよ達也。達也が驚くぐらいの支援をするよ」

 

どうやら幹比古もやる気になったようだ。

 

「幹比古、《感覚同調》は使えるか?」

「本当に君は何でも知ってるんだね。《五感同調》はまだ無理だけど一度に2つまでは使えるよ」

「《視覚》があれば十分だ。2人のCADは俺がすぐに調整するから任せろ」

 

そう言って達也は自分のを含めて、3人分のCADをわずか2時間で完成させた。

 

 

 

新人戦5日目が始まり、ついに克也たちの出番が来た。第一高校VS第八高校の試合が〈森林ステージ〉で開始される。普通であれば八高相手に〈森林ステージ〉は不利であるが、一高首脳陣や友人たちは気にしていなかった。

 

八高は野外演習に力を入れているので、〈森林ステージ〉は彼らにとってホームグラウンドだ。だがそれは八雲の指導を受けている克也と達也も同様である。〈森林ステージ〉のような遮蔽物の多い環境は、忍術使いまたは忍者がもっとも得意とするフィールドと言っても過言ではない。だから全員が勝つとしか思っていなかった。

 

案の定、試合は5分ほどで終了することとなる。八高のオフェンスは克也が遠距離から想子弾を撃ち込まれて戦闘不能。遊撃は幹比古が作り出した《木霊迷路》で方向感覚を奪い、モノリスに近づけないように足止め。そしてディフェンスは達也の《共鳴》でダウン。

 

「今のは《術式解体(グラム・デモリッション)》か。達也君、まさかとは思ったけど使えたのね」

「真由美、あれが何なのか分かるのか?」

「《術式解体(グラム・デモリッション)》は圧縮した想子粒子の塊を、対象物に直接ぶつけて爆発させる魔法よ。正確には、そこに付け加えられた起動式や魔法式の魔法情報を記録した想子情報体を、無理矢理吹き飛ばしてしまう対抗魔法ね。魔法の記録(マギ・グラム)粉砕(デモリッシュ)するから《術式解体(グラム・デモリッション)》。射程距離が短い以外に欠点らしい欠点がない。実用化されているものでは最強の対抗魔法と言われてるけど、使う人はほとんどいないわ。術式を乱すのではなく吹き飛ばす圧力の想子なんて普通は使えないから。よほどの想子保有量じゃなきゃできない魔法よ」

 

2人が話しているのは、達也が八高のディフェンスに放った魔法のことだ。達也は《術式解体(グラム・デモリッション)》をよく使用するが、それは自分の魔法から意識をそらせるためなのだ。

 

 

 

次の試合は一高VS二高で昨日の事故にも関わらず、〈市街地ステージ〉で行われていた。狭い通路の置かれたモノリスは、ある意味狙いやすい。このビルは一階層の高さが3m50cm、5階の床から3階の床まで約7m。余裕で専用魔法式の「鍵」の射程10m以内だ。

 

達也は幹比古の《感覚同調》の1つである《視覚同調》で、モノリスの位置を容易に知り得る。そして忍びの極意に近い動きで接近し、モノリスへ「鍵」を送り込む。次の瞬間には、魔法の発動を察知したディフェンスから撤退し、幹比古にコードの読み取りを任せる。幹比古は精霊から送られる信号を頼りに、澱みなくコードを打ち込み送信した。すると試合終了のサイレンが響き、一高は余裕で準決勝に駒を進めた。

 

 

 

一高VS九高の試合は準決勝第二試合に決定したが、休憩するわけにはいかない。準決勝第一試合に決勝でぶつかるであろう三高の試合があるためだ。試合は予想通り一方的で、ため息をつきたくなる内容だった。

 

試合は〈岩場ステージ〉で行われており八高は押されていた。三高陣地から悠然として進む将輝は、堂々と姿をさらして「進軍」していた。八高も黙って見ていたわけではなく、3人がかりで魔法を浴びせるが、集中砲火を浴びても将暉の〈移動型領域干渉〉によって無効化され、「進軍」は止めることはできていない。

 

1人が将輝を躱して三高陣地に向かって駆け出したが、無防備に背中を見せたことで攻撃を受ける。至近距離からの爆風によって吹き飛ばされ、同様に残りの2人も爆風で全滅した。

 

「《偏倚解放》か。《爆裂》といい派手な魔法が好きなやつだな」

「一条選手以外の魔法が見られなかったのは痛いね」

 

克也の苦笑気味な意見に、幹比古はネガティブ気味な意見を加えた。

 

「一条選手はともかく吉祥寺選手はだいたい予想できる。もう1人はわからないけど」

「吉祥寺選手が見つけた〈基本コード〉は加重系統プラスコード。出場種目は〈スピード・シューティング〉。ならば得意魔法は作用点に直接加重を掛ける魔法《不可視の弾丸(インビジブル・ブリット)》だろう」

「なるほどね。吉祥寺真紅朗の名前を聞いたことあったけど、あの〈カーディナル・ジョージ〉だったのか」

「それよりまずは九高との試合だ」

 

達也の言葉に、克也と幹比古は頷いて本部に向かった。

 

 

 

一高VS九高の試合は〈渓谷ステージ〉で行われたが、ここは幹比古の独壇場だった。開始直後に両陣地を深い霧が覆い、試合状況が分からなったことで、観客席からブーイングが起きたがすぐに静まる。これだけの面積に魔法を作用させて維持することの難しさを、程度の差はあれどほぼ全員が理解していた。

 

九高の選手は古式魔法に少し疎いようで、対処しきれていない。この霧は味方選手だけに薄くまとわりつき、敵には濃くまとわりつく。視界が不十分により前に進めない九高の選手は、達也が近くを通ったことに気付いていない。モノリスの蓋が開き、地面に落ちた音を聞いて、ようやく自分たちの置かれている状況を理解した。

 

ディフェンスがモノリスに戻ったときには、達也は既に離脱している。しかもこの霧には幹比古の眼が数多あるのと同じで、コードを読み取ることは造作もない。達也達は一度も戦闘を行わず、決勝戦に進出し一高の新人戦優勝を決めた。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

達也と深雪と一緒に過ごしていると友人たちに思われていた克也は、とある人物に呼び出されていた。

 

「ご苦労様です」

「年上に向かってご苦労とは何事?」

 

克也を呼び出したのは遥だった。

 

「小野先生に運搬を依頼したのは俺ではなく九重先生ですよ。そろそろ預ってきている物をもらえませんか?依頼内容とともに」

「荷物は渡すけどあの依頼はしてないわよ。そんなことしたくないもの」

 

どうやら依頼は無料ではしてくれないようだ。

 

「仕方ありませんね。400kで手を打ちませんか?」

 

掲示した値段に眼を見開く遥。kは千を表す隠語である。

 

「そんな大金がどっからでるのよ!」

 

大声を出さず小声で驚きを表すという、高度なテクニックを見せつけてきた。

 

「俺は四葉ですよ?それぐらいのお金は口座に入っています。それに今出した金額も全財産の一割にもなりません。それでも断るなら結構です。どうしますか?」

「…はあ、わかったわ。1日ちょうだい」

「素晴らしい。1日ですか?」

 

手放しで褒められてまんざらでもなさそうな遥と別れ、達也たちの元に向かった。



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第19話 九校戦⑤

小野先生からもらった電動バックを引きながらテントに向かい、カバンを開けて中身を見た俺は固まった。

 

「...達也、これは?」

「マントとローブだ」

「それは見ればわかるんだけどね。これが《不可視の弾丸(インビジブル・ブリット)》対策なの達也?」

「それ以外に使い道はないだろ?」

 

達也が俺の質問に答えてから幹比古の質問にも答える。

 

「このマントとローブには魔方陣を織り込んでいる」

「魔方陣を織り込む?」

 

達也の言葉に覗き込んでいた会長が、疑問を感じたように聞く。

 

「古式の媒体で、刻印魔法と同じ原理で作用するんですよ。このマントとローブには、着用した者の魔法が掛かりやすくなる効果を付与しています」

「補助効果だな達也。これがなくても戦えるけど、あることに越したことはないということか」

 

達也が考えているのだから間違いはない。俺はそう信じる。

 

「決勝戦に進んでくれた時点で新人戦優勝は決まっているのよ?あまり無理しないでね」

「出場させて貰っているんですから出たからには優勝しますよ」

「〈クリムゾン・プリンス〉と〈カーディナル・ジョージ〉に勝ったとなれば、俺たち3人の自信になりますしね」

 

会長の心配に達也と俺は不敵に笑いながら告げた。幹比古は緊張で震えていたが…。

 

 

 

三位決定戦が終わり、決勝戦は〈草原ステージ〉と発表された。それを見て一高首脳陣は厳しい顔をしている。三高を優勝させたいという思惑が、運営委員から漏れ出ているようにも感じられるからだ。

 

「障害物がない場所では不利ですね会長。...司波、策はあるのか?」

 

服部から意外な質問をされて驚いているが、しっかりと達也は答えた。

 

「正直、本来の戦い方をされれば手も足も出ません。しかし一条選手は、どうやら過剰に俺を意識してくれているようです。接近戦に持ち込めればなんとか」

「格闘技は禁止されてるぜ?」

「大丈夫ですよ。策はあります」

 

桐原の念と首脳陣の不安そうな顔に達也は、薄く不敵な笑みを浮かべた。

 

 

 

決勝開始前試合ステージに到着した後、俺はマントの襟の陰に首をすぼめ、幹比古はフードを深くかぶり直していた。

 

「幹比古さんよ。絶対笑っている奴が約1名いるんだと思うんだが?」

 

俺は話しかけながらチラリと観客席の方に視線を向ける。すると同じように幹比古も、あきらめ顔で視線を向けていた。

 

「使い方はさっき言ったとおりだ。頼むぞ2人とも」

 

達也から俺たちに向けて応援がくる。本来は俺たちが送るべきなのだが逆に励まされた。それに対して俺たちは深く頷く。

 

試合後に分かったことだが、俺の予想通り笑っている人物がいたらしい。名前は言わないでも分かるだろうから、敢えて言う必要は無い。

 

 

閑話休題

 

 

試合開始の合図と共に両陣営の間で砲撃が交された。一方は二丁拳銃、片方は一丁で魔法を繰り出している。互いに歩き出して一歩ずつ近づくのを、俺と幹比古は不安な顔で送り出した。達也が魔法を撃ち合うが、互いの距離が縮めば縮むほど手数が減ってきている。

 

術式解体(グラム・デモリッション)》で相殺するのが遅れた2つの圧縮空気弾を間一髪で避ける。その顔は非常に苦しそうで加勢したくなったが、横に飛び出した〈カーディナル・ジョージ〉を、最優先で倒すことに意識を切り替える。

 

その前に回り込むと、いきなり《不可視の弾丸(インビジブル・ブリット)》を放とうとしてきたので、《逃水(とうすい)》を発動させる。まだ見よう見まねであるが、魔方陣の補助効果のおかげでなんとか発動できた。《逃水(とうすい)》によって照準が定まらず、驚いている吉祥寺選手に《逃水(とうすい)》を解除して圧縮想子弾を放つ。だが予想外の頭上からの攻撃によって発動させることはできず、さらにはそれに対処しきれなかった。

 

「ぐはっ!」

 

爆風により吹き飛ばされて地面にたたきつけられた。肺から空気が押し出され、呼吸がままならなくなる。目の前が真っ暗になり、それから少しの間俺は気を失った。

 

 

 

僕は攻撃を受けて倒れた克也を見て恐怖を覚えた。

 

『なんて威力だ』

 

そう思いながらもローブに想子を流して、吉祥寺選手の遠近感を定まらなくさせる。すると《不可視の弾丸(インビジブル・ブリット)》を放とうとしていた吉祥寺選手は、魔法の着弾点を見つけられずに魔法をキャンセルした。その隙をついて突風を起こして吹き飛ばそうとしたけどが、加重系統の魔法で威力を減らし、突風と同じ方向に飛ぶことでダメージを抑えられる。

 

その一瞬の判断の速さに驚き、ローブに流す想子を止めてしまう。逆にその隙をつかれて、吉祥寺選手の加重系統の魔法を食らい為す術なく横に落ちた。

 

「ぐっ!」

 

呼吸ができなくなるが意識を失うまではいかなかった。だがしばらくは動けないだろうと感じる。

 

『達也、ごめん...』

 

それだけを念じた。

 

 

 

『克也と幹比古がやられたか...。だが今ので一条は油断しているだろう。攻めるなら今だな』

 

突如ダッシュして彼我の距離5mまで距離をつめると、レギュレーションを超えた威力の圧縮空気弾が16発発射されるのが視えた。《術式解体(グラム・デモリッション)》を使って無効化していくが、間に合わないと達也は感じていた。しかしそれでも機密指定の魔法を使おうとしない。達也は攻撃を食らうことを覚悟で、情報構造体を分解する《術式解散(グラム・ディスパージョン)》を隠し続ける。

 

魔法式にはそれぞれに強度がある。

 

術式解体(グラム・デモリッション)》は、その魔法式を無理矢理吹き飛ばすので非常に効率が悪い術式である。そのせいで迎撃は14発までしか間に合わず、達也は圧縮空気弾2発の直撃を受けた。

 

 

 

『達也!』

 

意識を取り戻した俺の視線の先で、達也が圧縮想子弾を2発喰らっていた。いくら達也でも、レギュレーションを超えた威力の魔法を喰らえば、鍛え上げた肉体であっても無事では済まない。

 

《癒し》を少しずつ身体に施しながら、意識を取り戻した俺は2人の戦いを見ていた。幹比古はまだ起き上がれる状態ではなく、地面に倒れたままだ。自分も早く戦闘に復帰したいが、圧縮空気弾をまともに受けたくせにケロッとしていれば、何を言われるのかわからない。だから少しだけ我慢することにした。

 

 

 

【肋骨骨折 肝臓血管損傷 出血多量を予測】

 

【戦闘力低下 許容レベルを突破】

 

【自己修復術式/オートスタート】

 

【魔法式/ロード】

 

【コア・エイドス・データ/バックアップよりリード】

 

【修復/開始...完了】

 

それは達也が意識するより早く走り、達也が意識するより早く完了した。達也が立ち上がると、そこには硬直している一条がいる。起き上がった瞬間に突き出した右手の指を一条の左耳の横で鳴らす。すると音響手榴弾に匹敵する破裂音が達也の手から発せられた。

 

トドメを克也と幹比古にさそうとしていた吉祥寺も、音源に目を向けていた。一条が倒れ、共に達也も片膝を立てる姿勢で荒い呼吸をしている。

 

「吉祥寺、避けろ!」

 

仲間から危険を知らされ、その場から逃げると今まで立っていた場所に雷撃が落ちた。放たれた場所を見ると、先ほど倒されたはずの幹比古が立ち上がっている。もう一度《不可視の弾丸(インビジブル・ブリット)》を放とうとしたが、数分前と同じように遠近感が定まらなくなり放てなくなる。

 

『やったんだね達也』

 

呼吸をする度に胸が悲鳴を上げて肋骨が痛む。長時間圧迫されていたためか、軽い酸欠状態になっているのだ。

 

『倒された時に打った背中が痛いけど、達也が受けた攻撃に比べればこの程度は何でもない!』

 

自分に活を入れて歯を食いしばり、幹比古はしっかりと地面を掴む。

 

『達也が〈クリムゾン・プリンス〉を倒したなら、〈カーディナル・ジョージ〉だけでも僕が倒す!達也は教えてくれた。自分にではなく術式に問題があると。達也、君を疑っているわけじゃないけど。君の言葉を証明させて貰うよ』

 

幹比古は両手操作の大型携帯端末型CADのコンソールに、長いコマンドを打ち込む。その数15回。通常の汎用型CADによる発動手順の5倍だが、処理速度は圧倒的に速い。幹比古は5つの魔法を一つの魔法の工程としてまとめるのではなく、連続発動を指定した。

 

一つ一つの魔法の結果を確認しながら、対話式で術式を完成させる精霊魔法では当たり前の手順。それを一連の動作として、一々結果を確認せずに一気に処理を進める。

 

それが達也の幹比古に出した解えだった。

 

右腕をたたきつけた地面が揺れる。地面の表面が振動していると吉祥寺にもわかっているが、幹比古が揺らしているように錯覚させられる。バランスを崩した吉祥寺の足下へ、幹比古の手元から地割れが走った。

 

地面がひび割れているのではなく、土に圧力を掛けて押し広げていると理屈で分かっている。だが冷静さを失った吉祥寺は、まさに幹比古が起こしていると勘違いしてしまう。逃げるために加重軽減と移動魔法の複合術式で空中へ逃れようとしたが、足が地面から離れない。

 

視線を下げると草が足に巻き付いており、地面に引きずり込まれると錯覚して跳躍の術式に全魔法力を注いだ。外れたことで安心した吉祥寺の頭上に、5発目の魔法が発動した。

 

「喰らえぇぇぇ!」

 

幹比古が吠えると同時に雷撃が吉祥寺を撃ち落とす。

 

「この野郎!」

 

三高の最後の1人が魔法を幹比古に放つ。《陸津波(くがつなみ)》は普段の威力には全く及ばないが、吉祥寺から少なくないダメージを受けている幹比古を戦闘不能にするには、十分な威力を持っていた。

 

『あぁ、負けちゃったな。でも〈カーディナル・ジョージ〉を倒せたからいいか』

 

幹比古はそう諦めを心の中で口にする。だが衝撃が来ないので目を開けると、魔法式が燃えているのを知覚する。

 

 

「はあぁぁぁぁぁ!」

 

気合いをほとばしらせながら、克也が《麒麟(きりん)》を三高選手に放っていた。凄まじい威力の雷撃が三高の選手を貫く。すると試合終了のサイレンが鳴り響き、観客席から歓声が聞こえてきた。観客席からはかなり離れているというのに。幹比古は他人事のように思いながらも、2人と共に観客席に向かう。

 

「お疲れ様2人とも。達也はすごいな〈クリムゾン・プリンス〉を倒すなんて。幹比古もあの5連発はすごいよ。〈カーディナル・ジョージ〉の動揺を上手く使っての奇襲攻撃。こっちも痺れた」

「ありがとう克也。あれは意地だったんだよ。達也が〈クリムゾン・プリンス〉を倒したんだから〈カーディナル・ジョージ〉を僕が倒すっていうね」

「こっちもだ克也。美味しいところを持って行ったが狙ってたのか?」

「そりゃまさかだぞ達也。あの攻撃を受けた後は本当に動けなかったんだ。あれは参ったなぁ。15mの高さから水に飛び込んだときに入水角度をミスって、背中から落ちた時以来だ」

 

達也の茶々に克也はおどけながらもしっかりと答える。

 

「…克也、君って結構馬鹿なんだね」

「そう言うなよ幹比古。案外楽しかったんだぞ?」

「でもよく復活できたね。あの威力の圧縮空気弾を受けて」

「これは内緒にしてほしいんだが。実は俺の【固有魔法】で少しずつ治したんだ」

 

幹比古の質問に答えながらもオフレコであることを頼む。

 

「流石四葉家だね。でもありがとうおかげで助かったよ」

「水臭いぞ幹比古、それはお互い様だ。お前が〈カーディナル・ジョージ〉を倒す時間がなかったら復活できなかったしな」

 

2人で話していると、達也が話に入ってこないので克也と幹比古は不思議に思った。

 

「達也、どうかした?」

「すまない。もう一回言ってくれないか?」

「達也は大丈夫なのか?って聞いたんだけど」

「ああ、すまない。片方の鼓膜が破れていてな。今は口の動きを読んでどうにか理解できている程度だ」

 

あまり話に入ってこなかったのは、そういうことだったのかと不安を捨てる。3人で歩いていると、一高の観客席前に到着した。そこでは深雪が大粒の涙を流しながら立っていたので、克也と達也は2人して手を振る。エリカたちもみんな涙を流しており、さすがに3人とも驚いた。克也と幹比古があまり知らない明智英美ことエイミィ・里見スバルなど。達也の担当選手も勢揃いしており、涙を流して抱き合っていた。

 

克也は一高の上級生3人組の姿を探す。するといつものメンバーから少し離れた位置に座っている3人組と眼が合った。真由美は笑顔で迎えて摩莉は腕組みをしながら頷き、鈴音は深雪同様に大粒の涙を流している。克也が鈴音のためにウインクを送ると、何を勘違いしたのやら。隣の三高女子生徒から良い意味の(克也からすれば悪い意味の)悲鳴が上がり、決勝戦で疲労した克也に頭痛を起こさせた。

 

 

 

その夜に鈴音がまた部屋にやってきた。

 

「…来てくれるのはうれしいけど。ルームメイトにバレてないのか?」

「問題ありません。作戦を考えてくると言って出てきましたから」

 

俺の質問に答えながら鈴音は俺に抱き着いてきた。

 

「ごふっ!そのスピードで抱き着くのは反則だ」

「そんなこと知りません。こうしたかったのですから我慢してください」

 

俺の文句に耳を貸さずいきなりキスしてきた。俺は暴れるががっちり腕をロックされ逃げ出せない。何故こんな攻撃?を受けるのか理解できずにいると、勢いに押されてベッドに倒れてしまう。よくよく見ると鈴音に覆いかぶさられる状態になる。

 

積極性に赤面していると、向こうも赤面しながら笑顔を向けてきた。鈴音の気が済むまでキスをされ続け、試合とは違う心地良い疲労を覚えた夜だった。




麒麟(きりん)》・・・オリジナル魔法。上空の気圧を急激に下げ積乱雲を発生させ雷を発今作生させる技。一発が限界なのでここぞという場面でしか使用できない。


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第20話 九校戦⑥

大会9日目は前日の晴天とうってかわり、今にも雨が降り出しそうな分厚い雲に覆われていた。その空を一高テント付近で3人が見上げている。

 

「〈ミラージ・バット〉にとっては試合日和なんだろうが」

「波乱の前触れに見えるな」

「まだ何か起こるのでしょうか」

 

達也・克也・深雪の順で話す。

 

「分からないな。起こるという確証もないし、起こらない確証もないからね。けど深雪は心配することはないよ」

 

深雪の心配に達也が安心させるように諭す。そんな幸せそうな光景を、克也は隣から優しく見守っていた。

 

 

 

時間が過ぎ、3年生の試合がやってきた。まずは〈ミラージ・バット〉の予選である。

 

「小早川先輩はかなり気合いが入っているようですね」

「自分の結果次第で優勝がぐっと近づくか、三高が追い上げるかが関わってくる。大事な試合で手を抜けるわけがないさ」

 

克也の質問に摩利が気前良く答えた。まあこんなところで「手を抜きました」と言える精神力を持つ人間はいないだろう。

 

ちなみに克也の右側に鈴音・摩利・真由美、左にエリカ・ 美月・幹比古・レオ、後ろに深雪・雫・ほのか・それ以外の一高メンバーという並びだ。試合が始まり第一ピリオドは接戦だったが、わずかに小早川がリードしていた。

 

「美月、眼鏡外して大丈夫なの?」

「ちょっときついかな。でも眼鏡を外していたら、渡辺先輩の事故を簡単に解決できたかもしれないから」

 

エリカの心配よりも前に、美月は覚悟を決めていたらしい。

 

「念の為に量子光を弱める札は貼ってるよ。完全には遮断できないけど、直視するよりははるかにマシにはなると思う」

 

幹比古の配慮を聞いて、エリカもそれ以上声を掛けるようなことはしなかった。第二ピリオドが始まり光球をたたこうとしたが僅かにとどかず、着地する場所を探して、小早川が移動魔法を組み立てて降りようとした。だが身体はその向きにではなく下に落ちていく。

 

「あっ!」

 

突然美月が叫んだので全員が美月を振り返る。

 

「美月、どうした?」

「今小早川先輩のCADの近くで、精霊がはぜたように見えました」

「本当か?」

「はい、間違いありません」

 

美月に再度確認し、しっかりした返事を確認してから、音声ユニットを取り出して達也に連絡する。

 

「達也、美月が小早川先輩のCADの近くで精霊がはぜたのを見たらしい」

『そうか。美月に貴重な情報をありがとうと伝えといてくれ』

「了解」

 

達也と電話を終えて、音声ユニットを制服の胸ポケットに片付ける。

 

「美月、達也が感謝を伝えてくれと言ってたよ。...しかし小早川先輩はまずいな。後遺症が残らなければ良いが」

 

美月に伝えた後に呟くと、全員が同感のようで厳しい表情をしていた。

 

 

 

試合後の準備時間の合間、一高テントに一高スタッフが大会委員に暴力を振るったという情報が流れ込んだ。深雪の試合前だというのを考えると、犯人は達也しかいないと克也は思った。本人がテントに入ってきたので克也と深雪は駆け寄る。

 

「「達也(お兄様)」」

「すまないな2人とも。迷惑を掛けて」

「いいえ。でも達也お兄様がお怒りになるのは、克也お兄様か私だけですから」

「そうだね。でもね深雪、それは当たり前のことなんだ。大切な妹や幼馴染に悪意を向けられたら、いても立ってもいられない。それが普通なんだ。それに綺麗に飾っているのに、泣いてしまったらもったいないよ」

「あら達也君。我が校の生徒が突然暴れ出したと聞いて、心配してきたけど余計な心配だったみたいね。とってもシスコンなお兄さんが、大切な妹を守るために怒っただけみたいだし」

 

真由美のいじりで重たかった空気が一変する。そして達也は戦略的撤退を選択し、テントから逃げ出したのだった。

 

 

 

第一ピリオドはリードされた深雪だが、第二ピリオドから飛行術式を使用して大差で決勝に進んだ。決勝では全員が飛行術式を使用して観客全員が驚いたが、途中棄権をする選手が続出し、最後まで残ったのは深雪だけだった。

 

元々想子保有量が桁違いに違うのだから、深雪が優勝しても何ら不思議はない。最終日を待たずして総合優勝を決めた一高だった。だが祝賀パーティーは、明日以降に持ち越されることになっている。

 

「あれ?ねぇ深雪、克也さんと達也さんは?」

「さすがに疲れたって。部屋でお休みになられているわ」

「ほのか、仕方ないよ。2人とも大活躍だったもん」

「そうね、そうよね。ずっと頑張ってたもんね」

 

雫の言葉に頷き、2人が寝ているであろう部屋の辺りを見ながら、ほのかは呟いた。深雪の言った言葉は半分だけ正解だ。確かに達也は部屋で眠っていたが、その時間に克也はホテルの駐車場にいたのだった。

 

 

 

「地図データだけでいい?」

 

俺はとある人物の車にて密談をしていた。

 

「構成員も分かっているのであればもらえませんか?」

 

送られてきたデータを頭とデータカードにたたき込み、掲示した値段に上乗せして報酬金を送信する。

 

「...こんなに貰って良いの?」

「ええ、危険な仕事をさせてしまったことへの慰謝料です。足りませんか?」

「いえ、十分よ」

 

そのやりとりが終わると俺は車から降りた。

 

「保険…なのよね?」

「ええ、保険です」

 

そう言って歩き出し、小野先生がいなくなったのを確認してから別の車に乗り込む。

 

「あの女性は?」

「公安のオペレーターです。本人はカウンセラーが本職だと言い張っていますが」

 

そう話しながら、カーナビシステムにデータカードを差し込んで読み込ます。

 

「でもなんで達也君ではなく貴方(・・・・・・・・・)なのかしら」

「達也には眠って貰っています。自分がどれだけ疲れているのか自覚していなかったようなので」

 

そう話すと藤林さんは苦笑しながら発車させ、今夜の目的地に向かい始めた。彼女は陸軍101旅団独立魔装大隊の少尉。達也とは知り合いで俺も仲良くさせて貰っている。歳が近いこともあるので話しやすい。正確には10歳近く離れているのだが…。女性に年齢の話をするのはタブーなので言うつもりもない。そのぐらいの常識はいくら俺でも兼ね備えている。

 

 

 

駐車場に行く15分前、克也は達也と達也の部屋で言い争っていた。

 

『奴等は深雪に危害を加えようとした。俺の逆鱗に触れたのと同じだ。だから俺も行く』

『そんな身体で行ってどうするんだ?いい加減諦めてくれよ』

 

達也を抑えるのが難しくなってきた克也は、イライラを募らせて隠すこともせず達也の前に立っていた。遮音フィールドを張っているので、音が外に漏れることはなく心配ないのだが、ピリピリした空気が流れるのはどうしようもない。気付かれないようにと願っていた。

 

『こんなものあれ(・・)を使えば問題ない。だから俺も行くぞ』

 

克也はその言葉にイラッときて堪忍袋の緒が切れた。

 

『いい加減にしろ達也!お前はどれだけ身体を酷使すればわかるんだ!新人戦が始まってから担当選手のCADを誰よりも多く調整し、挙句の果てには〈モノリス・コード〉に出場して、圧縮空気弾を2発もまとも喰らってるんだぞ!さらに任務を行う姿を深雪に見せられるのか?』

 

克也の怒りに俺は言葉を失う。

 

俺は克也が怒鳴り始めたことに驚いていた。克也が声に出して怒るなど一度として見たことはなく、怒る場面も見た回数は少なかった。怒ったとしても声を荒げることなく、無言で睨みつける程度だったのだ。これは普通ではないと思い、克也の言う通りにすることにした。

 

「...わかったよ克也。今日は休む」

 

そう言うと緊張の糸が切れたのか、疲れがどっと押し寄せてきた。強制的に治そうとするのを意識的に停止させ、克也の手を借りてベッドにもぐりこむ。

 

『まったくわがままな弟だ』

 

そう言いながら俺の額に手を置き、《癒し》で眠らせてくれた。

 

 

 

《癒し》で達也の眠気を浮上させ眠らせる。すぐに規則正しい寝息を立て始めたので、よっぽど疲れていたのだろう。自室で長ズボンに履き替え、シャツの上からパーカーを羽織る。〈ブラッド・リターン〉を右腰のフォルスターに差し込んでから、克也は駐車場に向かうのだった。

 

 

 

その頃、藤林に時間外労働を命じた風間は予想外の客に驚いていた。

 

「席を外せ」

「はっ」

 

飲み物を持ってきた部下に退室を命じて客人に向き合う。

 

「今日はいったいどういったご用件でしょうか閣下。藤林なら今仕事でおりませんが」

「孫に会うために上官の許可などいらんだろう。今回君に話をしに来たのは彼ら(・・)のことだ」

「...彼ら(・・)ですか?」

深夜の双子の息子(・・・・・・・)である克也と達也だよ。私が知っていてもおかしくはなかろう?一時期とはいえ、深夜と真夜は私の教え子だったのだから。ところで昨日の試合を見たが惜しいとは思わんか?」

 

烈の言葉に首をひねる風間。

 

「惜しい…ですか?」

「あれだけの才能があるのに、一介のボディーガードとして終わらせるのはもったいない。そう思わんか?」

「もしや閣下は四葉の弱体化を望んでおられるのですか?」

 

風間の質問にしわを増やして、烈は真剣な声音で続けた。

 

「彼らは一条の息子と共に未来の日本を担う存在になる。克也と達也の2人が、現〈十師族〉の中でも突出した力を持っている四葉を継げば、必ずや〈十師族〉の一段上に君臨することになるだろう。そうなれば四葉が日本を思い通りに動かすかもしれん。だがそれでは困るのだ。〈十師族〉は互いにけん制しあい、暴走を止める歯車になっている。それが一つでも外れてしまえば、この国が亡びへの道を歩むことになるかもしれない」

「閣下のご懸念は理解できますが、そのようなことは絶対に起こりません。克也と達也は権力を振り回すことはありませんし、ましてや次期当主と言われている妹の深雪は、当主にさえなりたいと思っていません。彼らが権力を振り回すようなことがあれば、それは日本だけでなく世界の魔法社会の終焉を示すことでしょう。克也と達也は大切なものを失わない限り(・・・・・・・・)、世界を破壊するようなことはしません」

「…君の言いたいことはわかった。だが私の意見は変わらない。四葉家がこれ以上力をつけないように、気を付けなければならないということを知っていてほしい」

 

烈は自分の負けを認めたが、気持ちは変わらないらしい。

 

 

 

克也は東に向かい、真夜中頃に目的地へ着いた。横浜ベイヒルズタワー通称ベイヒルズの上から、香港資本によって建てられた横浜グランドホテルの一室にいる目標を狙い撃つ予定だ。

 

そこは【無頭竜】東日本総支部の活動の指令室に使用されているが、その使用者たちは逃げる準備をしていた。それを《全想の眼(メモリアル・サイト)》で、横浜ベイヒルズタワーの下から確認する。

 

「少尉、お願いします」

 

協力者に任務開始のタイミングを伝える。藤林のハッキングによって2人は、ベイヒルズタワーの屋上に向かった。

 

 

 

男たちは突然くぐもった悲鳴を聞いて、逃走準備をしていた手を止めた。

 

「なんだ?」

 

くぐもった悲鳴の発生源は、外部からの攻撃を防ぐ役割を担っていたジェネレーターからだった。〈情報強化〉を破られた反動で、精神の痛みを覚えたらしい。【無頭竜】は魔法を悪事に利用する犯罪集団であるため、幹部に取りたてられるには魔法師であることが条件である。よって今何が起こったのかをここにいる全員が認識した。

 

これはただ事ではないと。

 

1人のジェネレーターの身体に着火したかと思うと、人間の背丈を超える大きさに成長して、苦痛を与えることなく燃滅(・・)した。すると電話が鳴り始める。それは組織の一部でしか使われていない秘匿回線の呼び出し音だった。幹部たちは互いに目配せをし、恐る恐る1人が受話器を拾う。

 

『Hello,NO Head Dragon 東日本総支部の諸君』

 

受話器の先から、不自然に陽気な声が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

「よしっと、これでハッキング完了ね。無線通信はすべてこちらに繋がるように書き換えたわよ」

「さすがは〈電子の魔女〉ですね。これだけは真似しようと思ってもできるものではありません」

「ありがとう。簡単に真似されたら私の立場がなくなるからやめてね」

 

互いに他愛のないやり取りをするが目的は忘れていない。

 

「有線は切断済みですよね?」

「ええ、そちらは真田大尉が措置済みよ」

 

克也は頷くと音声ユニットを左手に持った。藤林から指示されたコードを打ち込み、残りワンプッシュで呼び出しが可能な状態にしてホールドする。愛用CADを右手に転落防止柵の前に立つ。真夜中の風に吹かれながら、右手を斜め下に向ける。CADの銃口が向く先は、はるか遠くの横浜グランドホテル。

 

「…これがジェネレーターですか」

「ええ。この間捕獲したけど、本部の特徴と一致してたから間違いないわ」

 

克也が《燃焼》を発動させてコンクリートを消すと、外部からの魔法干渉を妨害する《閉鎖》も無効化される。克也の視界に部屋の様子がより鮮明に映し出された。そして苦しんでいるジェネレーターに、《地獄の業火(ヘル・ヘイム)》を発動させて消し去る。

 

克也のCAD〈ブラッド・リターン〉は克也のために作られたと言われているが、実際は違う。それは建前であり、本当のことをいえば《地獄の業火(ヘル・ヘイム)》発動のために最適化されたものだ。これにより克也はほぼ無限に想子がなくならない限り、何発でも使うことができる。藤林がジェネレーターを消した瞬間、悲鳴を上げたが克也の意識は目標に向けられていた。

 

待機状態にしていた音声ユニットを立ち上げる。

 

「Hello,No Head Dragon 東日本総支部の諸君」

 

不自然に陽気な声で話しかけるのだった。

 

 

 

 

『Hello,No Head Dragon 東日本総支部の諸君』

 

電話を手に取った男は同僚たちを振り返った。この回線は幹部同士のみに使われるものだ。幹部クラスでなければ使用できないはずだが、何故それを誰も知らない相手が使っているのか不思議だった。

 

『富士では世話になったな。ついてはその返礼に来た』

 

一人前の口調で話す若い声音に、怒りを覚えるのではなく恐怖を覚えた。そのセリフとともに彼らを守っていた〈領域干渉〉が消え、発動させていたジェネレーターの方を見ると、炎に燃やされた後だった。

 

『その部屋から連絡を取ることができるのは俺だけだ。どうやってかはお前たちが知る必要はない』

 

そう言っていると、別の有線電話に飛びつこうとした男が炎に包まれて消えた。

 

『それでは本番だ』

 

さらに逃げ出そうとした仲間が燃滅する。

 

「待て、待ってくれ!」

『何を待てというんだ?』

「我々はこれ以上〈九校戦〉に手出しをするつもりはない!」

『〈九校戦〉は明日で終わりだ』

「〈九校戦〉だけではない!我々はこの国から明日の朝に出ていく。もう二度と戻ってきたりはしない!」

 

必死に命乞いをする男を、克也は遠くから無表情に見つめていた。

 

『お前たちが戻ってこなくても、他の人間が戻ってくるのだろう?』

「我々【無頭竜】は日本から手を引く!」

『お前にそんな約束をする権限があるのかダグラス=(ウォン)?』

 

名前を言い当てられて驚く顔を見ると、笑いがこみあげてきたが抑える。ここでは相応しくないと思い、笑いをこぼすことは無かった。

 

「私はボスの側近だ。ボスも私の言うことは無視できない」

『何故そんなことが言える?』

「私はボスの命を救ったことがある!恩を仇で返すことは組織内で禁じられている。それを作ったのは我々全員だ。そしてその掟の中にも、ボスもこれに準ずるという項目がある。だからお願いだ!」

『興味がない』

「なっ!」

 

克也は一切感情を含ませずに答える。

 

『お前らに掟があろうがなかろうが俺には関係のないことだ。お前がそれだけの影響力を持つというのなら、それを証明しろ』

「それは…」

 

克也は静かに告げる。

 

『No Head Dragonー頭のない竜ー。お前たちが名乗り始めたのではなく、敵対組織から名付けられたらしいな。ボスは決して部下の前には姿を現さない。粛清する際には、自ら意識を奪ってから連れてくるという徹底ぶりらしい。ボスの名は何という?』

 

予想以上に自分たちのことを知られている。組織最高機密の情報を言うか迷っていると、1人がまた消えた。

 

「ジェームズ!?」

『ほう、今のがジェームズ=(チュー)だったのか。手配組織の国際警察には悪いことをした』

「待て…」

『次はお前だダグラス=(ウォン)

 

仲間が残り2人になったことでようやく話し始める。

 

「…ボスの名はリチャード=(スン)だ」

『表の名は?』

「…孫公明(そんこうめい)

 

こちらが知っている情報と同じだったので、少なからず希望を与えることにした。

 

『ご苦労だった。お前はまぎれもなくボスの側近だ』

「では信じてくれるのか!?」

 

その言葉に克也は行動で返事をする。

 

「グレゴリー!?何故だ!我々は誰も殺さなかったではないか!」

 

最後の仲間が消えたことで絶望の顔を浮かべていた。

 

 

 

 

『グレゴリー!?何故だ!我々は誰も殺さなかったではないか!』

 

そんな声が音声ユニットから聞こえてきた。煩わしかったので、俺はすぐに消すことを決めた。

 

「そんなことは関係ない」

『何!?』

「確かにお前たちは誰も殺さなかった。しかしそれは結果論でしかない。もし事故で死者が出ていたら、お前はこの状況でなんと答えた?何も言えないだろう?お前たちは俺の大切な友人を傷つけ、最も大切なものに手を出そうとした。お前たちを殺すには十分な理由だ」

『悪魔め!』

 

悪魔呼ばわりされるが微塵も怒りを感じない。悪魔と呼ばれるのは慣れている。何故なら俺は自分が普通ではないことを知っているから。四葉家の中でも異端だとわかっている。

 

「お前たちの行動の方が十分悪魔じみていると思うが?不特定多数を狙うという卑劣なやり方だ。これのどこが悪魔ではないというんだ?それに比べたら俺のやっていることは、子供の遊びでしかない。この先、日本の魔法師の危険になるお前たちを消滅させて何が悪い?正当な行動以外になんと表す?」

『待ってくれ!』

 

ダグラス=(ウォン)の言葉に俺はもう一度告げる。

 

「ああ、そうそう。もう1人怒り狂っていた奴がいたんだがそいつからの伝言だ。『お前たちは俺の逆鱗に触れた』だそうだ。それではなダグラス=(ウォン)

 

そう言って《地獄の業火(ヘル・ヘイム)》を行使する。消えたのを確認した後、俺は苛立ちを発散するように、音声ユニットを左耳からむしり取った。

 

 

 

私は【無頭竜】の構成員が消えていくのを、ただ見ていることしかできなかった。

 

達也君に残された唯一の感情〈家族愛〉。克也君と深雪さんを愛する気持ち。それが達也君に残された感情であり、片方を失えばこの世界は破壊される。そんな風に作られてしまった達也君を哀れに思うけど、克也君や深雪さんはそんなこと気にしないでしょうね。この3人には、普通ではありえないほどの絆で結ばれているんだもの。

 

そこまで考えていると、克也君から声をかけられた。

 

「藤林さん、帰りましょうか。自分が受けた任務ではありませんが、ミッション・コンプリートです」

 

そう言いながら優しい笑みを浮かべる克也君に、さっきまでの声音や雰囲気の違いを見せられ、10歳近く離れているにもかかわらずドキッとしてしまう。でもそんな素振りを見せずに、ベイヒルズタワーを降り〈九校戦〉会場まで戻った。

 

その帰りが少しばかりデート気分になってしまったのは、克也君にも秘密。



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第21話 九校戦⑦

これで九校戦編は終わりとなります。3話ほど番外編を挟んで横浜騒乱編へと続いていきます。


〈九校戦〉が最終日を迎え、富士演習場は一層熱を発していた。今日の夕方5時にはすべて終了する。

 

しかしこれは最後のプログラムではなく、ディナータイムにはパーティーが開かれる予定だ。出場者はほぼ強制的に出席させられるが、ここで毎年何組かのカップルが(遠・近にかかわらず)成立する。克也は関係ないと思っていたが、鈴音に「参加しますよね?」と笑顔で脅されては参加せざるを得なかった。抜け出せば後日何をされるか考えたくもない。

 

「達也君、昨日よりスッキリした顔してるね。よく眠れたの?」

「ああ、お陰様でな。昨日は早めに寝かせてもらったし、質のいい睡眠をとれたみたいだ。〈九校戦〉での疲れが全部吹っ飛んだよ」

 

エリカの勘の鋭い質問にぎこちない笑みを浮かべながら、説明する達也の横で克也は暗い顔をしていた。

 

「で、何で横の人はそんなに暗いの?」

「どうやらこの後のパーティーが嫌らしいぞ。出場選手はほぼ強制参加だから、よっぽどのことがない限り欠席は許されないらしい」

「ふ~ん。じゃあ達也君も?」

「だろうな。俺は参加する必要はないはずだが、行かなきゃ誰かに何か言われそうだし行っとくべきなんだろうな」

 

誰に言われるかは達也にも心当たりが多くあったので、指摘して名前を挙げる労力を惜しんだ。エリカと達也の会話に、さらに行く気が失せていく克也である。

 

「何で行きたくないの?行けばみんなからダンスを申し込まれそうなのに。あ、それともダンスが苦手だった?」

「…おいエリカ、ダンスぐらいはできるぞ。さんざん家でやらされていたからな。行きたくない理由は断った時の女子の顔だよ。それを考えるだけで憂鬱だ」

「うわぁ、ぜいたくな悩みだね。モテない男子を全員敵に回したよ今の発言」

 

そう言いながら隣に座っているレオに、意味有り気ににやつきながら顔を向ける。

 

「…なんだとこら。それは俺がモテないとでも言いてぇのか?」 

 

レオも今の発言にむかついたようで、こめかみをひくつかせていた。なんだかんだ言って正気を保っているらしく、無理な笑みを浮かべている。

 

「あら、誰もあんたのことだなんて言ってませんよ~。それとも自分はモテてるとでも言いたいの?オホホホホホ」

「このアマァ、黙っていたらいい気になりやがって。これでも山岳部1年人気ランキング2位なんだぞ。馬鹿にすんなよ?」

 

エリカの挑発に乗ったレオは、克也も知らない情報を持ち出してきた。

 

「…レオ、それはいつやってたんだ?それに投票数はいくらだよそれ」

「克也が九校戦の競技練習中にだぜ。3日間ぐらいいなかっただろ?そん時にやったんだよ。それに参加者は1年女子全員らしい。顔写真付きで部長と副部長が走り回ってたぜ。何でも毎年恒例行事で、3年生も年度最初の行事を楽しんでるみたいだ」

 

レオの暴露に開いた口が塞がらなかった。部長と副部長は暇人なのかと心の中で疑問に思ってしまう。

 

「ちょ、ちょっと待て。俺はそんなの知らないんだが。というより1年全員?ということは、エリカも美月もほのかも雫も深雪も知ってたのか?」

「ごめんね~黙ってて」

「すみませんオフレコで頼まれたので…」

「知ってましたよ」

「知ってた」

「もちろん私は克也お兄様に投票しました!」

 

約1名から違う返答が来たが、ここの全員は知っていたらしい。その反応に克也は脱力してしまった。

 

「いつの間にそんなことが…。で、1位は誰なんだレオ?」

「もちろん克也、お前だよ」

「んなっ!」

 

レオの報告にまたもや開いた口が塞がらなかった。

 

「いやぁすげぇよ克也は。もちろん投票は無記名だけどよ。全投票のうち6割以上持っていったぜ。ちなみに2位の俺は2割だ」

 

ある意味魂が抜けそうになるがなんとか抑えた克也だった。

 

「ちなみに私も克也君に入れたよ」

「私もです」

「わたしも」

「ほのかと一緒」

 

どうやらここにいる女子メンバー全員から指名されていたらしい。

 

「そういえば私の友人のエイミィとスバルも入れてましたよ」

 

深雪の追い打ちに、克也のメンタルHPは赤ゲージに突入した。

 

「深雪、これ以上克也を虐めてやるな。それ以上すれば、後々面倒なことになりそうだ」

 

達也が深雪だけでなく全員に注意を促す。

 

数日後、自宅の地下室で克也が魔法を適当に乱射してストレス発散させたのは別の話だ。その時の達也と深雪の引いた顔を、克也は忘れないだろう。

 

 

 

本戦〈モノリス・コード〉は俺たちとは違い、安心して見ることができるものだった。十文字先輩の《ファランクス》のせいなのかはわからないが…。存在感が桁違いで圧迫感が画面越しでも伝わってくるようだ。直接対峙すればどうなることやら。

 

〈モノリス・コード〉決勝戦は一高VS三高で新人戦と同じような組み合わせだったが、試合は準決勝以上の一方的展開になっていた。新人戦で将輝が八高にやったことを、そっくりやり返されることになった。繰り出された魔法を、十文字先輩が《ファランクス》で無効化する。その後、自身に移動・加速魔法をかけて《ファランクス》を纏い、ショルダータックルを喰らわせて全員をノックアウトさせた。

 

十文字先輩が画面越しに「俺はお前達よりも強い」とでも言っているかのようで、不敵に笑った気がした。左拳を天に高々と掲げている姿は、王者と形容してもおかしくない風格があった。

 

 

 

 

 

〈九校戦〉後のパーティーで達也と壁際で雑談していると、将輝が深雪に話しかけているのが見えた。何故俺が達也と一緒にいるかというと、女子生徒から話しかけられるのを避ける為である。つまりは達也を番犬替わりにしていたわけだ。それでも何人かは話しかける人物はいたが…。

 

その中でもローゼンの日本支社長に、好意的に達也が話しかけられたのには驚いた。メインは達也だったが、本心で達也の技術を褒めているようだったので、兄として鼻が少し高かった。

 

2人して将輝のもとに向かい、2人して挨拶をする。

 

「「2日ぶりだな将輝(一条)」」

 

俺たちが近づくと、将輝以外の三高生徒やその他の複数の生徒が男女問わずに離れていった。邪魔にならないように去ったのか。はたまた場違いだと感じたのかは不明だ。

 

「克也に司波か」

「耳は大丈夫か?」

「心配ないし心配される筋合いもない」 

 

将輝の素っ気無さに苦笑を浮かべてしまう俺だった。

 

「え、え〜と司波?兄妹なのか!?」

 

将輝の驚きに俺はさらに苦笑してしまう。

 

「どうやら達也と深雪は、将輝から兄妹と思われていなかったらしいな」

 

俺の言葉に深雪がクスリと笑い、達也も苦笑いを浮かべて将輝は顔を引き攣らせていた。普段から図太い精神力を持つ友人たちに囲まれている俺からすれば、その初々しい反応が心地いい。 

 

「深雪、将輝と踊ってきたらどうだ?一条の御曹司と踊れる機会はそうそうないからね」

「そうですね。一条さん、踊ってもらえますか?」

「…喜んで」

 

深雪と将輝がダンス会場であるホールの中心に向かう途中、将輝からの視線の中に感謝が含まれていた。その顔はすごく嬉しそうだったので、俺はまたもや苦笑を浮かべていた。達也と2人して壁際でドリンクを片手に、深雪と将輝のダンスを鑑賞していると声を掛けられた。意識をそちらに向けて振り返ると鈴音が立っていた。

 

「鈴音か。どうした?」

「えっと…」

 

聞くと顔を赤くしていたので何が言いたいのかわからず、達也の方を見ると、達也もほのかに声を掛けられていた。鈴音同様にほのかも同様に顔を赤くしている。

 

「あのぉ、お客様方?こういう時は男性の方からリード致しませんと…」

「エリカ、何故こんな所にいるんだ?仕事はいいのか?」

「お困りのお客様にアドバイスをするのも、ホール係の仕事ですので」

 

エリカのセリフに頭を抱えたくなる俺と達也であった。俺は達也と眼を合わせ、互いのパートナーに向かい合う。しかしなんと声を掛ければいいのか迷っていた。

 

「お客様方、そんなに難しくお考えになる必要はございませんが?」

 

エリカの言葉に俺たちは覚悟を決めた。

 

「「鈴音(ほのか)、踊らないか?」」

「「喜んで!」」

 

俺と達也の誘いに答えてくれるパートナーであった。

 

俺と達也はその1人で終わると思っていたのだが、それは早とちりだったようだ。その後の俺は、ほのか・雫・会長などの顔見知りと踊った。顔は知っているが、名前を知らない生徒とも踊らされる羽目になったのは言うまでもない。もちろん他校からも誘われたので、踊った人数は両手を越えている。

 

特にきつかったのは会長で、独特のステップで踊り演奏とずれているため合わせるのが重労働だ。しかし曲の流れからすると、まったく外れているわけでもなくむしろ綺麗に思える。達也も合わせるのが難しかったと言っていたので、俺がおかしいというわけではないだろう。1年前に一度踊らせてもらっているが、その時は別段変わりなく普通だった。この1年の間に何があったのか疑問に思う。

 

もちろん一番最後に深雪と踊ることで、これまでの全てを癒してもらった。全てを包み込んでくれるようで、言葉に表すことのできない幸せな時間だった。

 

 

 

達也より数曲長く踊っていたので、終わった後に飲食席に向かうと十文字先輩に連れられる姿が見えた。深雪と2人して追いかけるが、わざわざ話に紛れ込むわけにもいかず、物陰に隠れて話が終わるのを待ってから達也に話しかける。

 

「達也、十文字先輩と何かあったのか?」

「…いや、特に何もないよ」

「そうか」

 

何か隠している様子だったが、深追いしない方がよさそうなので話題を変えることにする。

 

「深雪、ラストの音楽が流れ始めたし達也と踊ったらどうだ?」

「克也お兄様はよろしいのですか?」

「さっき踊ったからね。それに俺は踊るより見ている方が好きだから」

「わかりました。達也お兄様、最後の曲を一緒に踊っていただけますか?」

「いいとも。正確さしか取り柄のない踊りだけどね」

 

深雪のお願いに、達也は快く引き受け踊り始める。2人の姿は不思議とそれが当たり前だと思えるほど自然な絵になっている。俺はそのダンスを見ながら、想子を熱で色を変えて花火のように2人の周りに放つ仕事をしていた。

 

想子によって作り出された仮想の花火は、匂いや熱は感じないので触れても気にならない。そのお陰なのか深雪からお礼を会釈で返された。花火に照らされた深雪はとても美しく、しかしどこか儚げに見える。そこで踊る達也は、穏やかな歳相応の少年の雰囲気だった。



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番外編②
社交パーティー


七草邸に向かう道中、俺はコミューターの中でため息を漏らしていた。

 

「克也様、いかがされました?」

 

四葉の執事兼俺のボディーガードでもある四谷辰巳(よつやたつみ)25歳は、運転しながらも俺のため息を聞き逃してはいなかった。彼は四葉家の中でも達也に対して、普通に接してくれる数少ない人物だ。そのおかげか俺は辰巳に心を許し、達也も少なからず心を開いている。

 

「俺はパーティーが嫌いだよ。何で見ず知らずの人に愛想ふりまかないとダメなのかな。それに叔母上だって来ればよかったのに。何で俺1人で行かせるんだ?達也と深雪が行かないのはわかるけどさ」

 

俺の愚痴に一瞬だが辰巳が表情を歪ませた。だが言葉を発した時には何もなかったかのように話し始める。

 

「真夜様は七草のご当主のことがお嫌いなのです。詳しいことは申せませんが、今の関係を改善することはほぼ不可能でございます。深夜様がまだご存命であったならば、可能だったと思われますが…」

 

叔母上と七草弘一の関係を俺は知らない。今の話だとよほどのことがあったに違いない。母さんが生きていれば、可能だったかもしれないとはどういうことなのだろうか。聞きたいと思ってはいるが、聞いてはならないような気がしていたのでやめておく。

 

「克也様、もうすぐ到着でございます。ご準備を」

「…わかった」

 

辰巳の言葉に渋々降りる準備を始めた。

 

 

 

七草邸は東京に近い高級住宅街にあり、豪華な洋風の建物で四葉家とは違って派手なことに驚く。

 

「辰巳、四葉とはかなり違うけどこれって家系による?」

「もちろんでございます。それぞれの当主様の意向で外観や内装までが異なっております」

 

辰巳の説明に耳を貸しながら、七草家の執事の後ろをついていく。パーティー会場に入ると、大勢の大人が着飾って談笑しているのを見て頭痛がしてきた。俺が入ってきたことに気付いた大人たち。特に女性陣がこそこそと話し合っている。俺が四葉家だということはバレているだろうが、何故こそこそと話しているのかわからない。そこで辰巳に聞いてみることにした。

 

「辰巳、自意識過剰かもしれないけど、何故俺が入った瞬間に談笑からこそこそ話に変わったんだ?」

「それは克也様の容姿に驚いておられるからでございますよ。中学3年生にもかかわらず170cmの高身長、そしてよく鍛えられた肉体、そこから発せられるオーラ。そして何より皆様を虜にするほどの端正な顔立ち。一体どうやってこれらを無視することができるのでありましょうか!」

 

エキサイトし始める辰巳に違う意味で頭痛を覚える俺であった。近くを通ったウェイターからもらったミネラルウォーターを口に含んで、何気なく周りを見渡す。

 

魔法師友好派の国会議員である上野議員や、魔法社会と太いパイプを持つ化学工業を扱う大企業の社長など。魔法社会とは違う一般社会で大きな権力を持つ人物などが、思った以上に大勢いることに少々驚いていた。その他にも有名俳優や女優なども来ていることから、七草家は日本の一般社会と大きな関わりを持っていることに驚かされた。

 

 

 

しばらくすると主催者の七草弘一が娘3人を引き連れて登場した。最初の方の演説は参加者に対するお礼や、自分が貢献した事業などの説明だったので俺は暇だった。しかしそれは開始から15分間のことで、弘一が突然俺の名前を呼んだ。

 

「今回のパーティー開催に置きまして、魔法社会で大きな権力を持つ四葉家のご子息殿が参加して下さっています。四葉克也殿、前へいらしてもらえますか?」

 

フロアがザワザワし始め、俺は辰巳にどうしたらいいのか小声で聞いた。

 

「辰巳、どうにかしてくれ」

「不可能でございます。これは行かなければならないかと」

 

辰巳のポーカーフェイスに俺は脱力しながら、七草弘一の元に向かう。俺が壇上に上がると、参加者から拍手と女性から歓声が聞こえた。

 

「御足労をおかけして申し訳ありません四葉殿」

「いいえ弘一殿、今回の社交会に招いていただき光栄です」

 

弘一の社交辞令に愛想笑いで答える。もちろん愛想笑いはバレないように俺が使える技量を、可能な限り出し尽くしたものだったので弘一が気付いた様子はない。〈十師族〉は対等な立場なので、歳がある程度離れていても敬語は軽いものしか使われない。

 

「四葉殿に参加してもらえるとは恐悦至極です」

「こちらこそ恐縮です」

 

軽い挨拶を終えてからは食事時間になった。

 

 

 

ここでは何故かバイキング形式だったが、俺は肉料理ではなく魚料理や山菜などに舌鼓を打っていた。一方辰巳の方はというと、普段四葉家では見ることができない料理に眼を輝かせて、これでもかという程にたらふく食っている。俺はその様子を本日3度目の頭痛を覚えながら見ていた。

 

帰ったら1回絞めないと駄目だと思ったのは秘密である。後日、辰巳を訓練室に呼び出して、体術でコテンパンにつぶしたのは言うまでもない。

 

 

閑話休題

 

 

腹八分目になり、食後のデザートである大好物のバニラアイスを食していると、後ろから女性に話しかけられた。

 

「すみません」

 

俺はアイスの入った皿とスプーンを、テーブルに置いてから振り向いた。

 

「いかがされました?」

「四葉克也さんですよね?私は七草家長女真由美です。こちらの2人は私の妹の香澄と泉美です」

「は、初めまして四葉さん。よろしくお願いします」

「よ、よろしくお願いします」

 

自己紹介されたが、3人とも四葉の名前に怯えているようで声が震えていた。俺は四葉だが、自分たちこそ最も優秀だと思っている四葉の中心人物共とは違う。名前で他人を脅すようなことはしたくない。だから俺は年相応の振る舞いで話すことにした。

 

「初めまして四葉克也です。克也と呼んでください。自分は名前で優遇されたいとは思っていないので、気軽に話しかけてくださいね」

 

笑顔で自己紹介すると、名前のように怖い人ではないとわかってもらえたようだ。ぎこちなかった笑顔や話し方も自然になっていった。

 

「克也君は高校はどうするの?一高にするの?」

「俺は一高に行きたいんですけど、当主が最終決定するのでわからないんです」

「当主?母親じゃなかった?」

「ええ、()ですよもちろん。ただ家ではあまり()と呼びにくくて。溺愛されすぎて嫌になる時があるというか。それに〈十師族〉の中でも異端の四葉家当主ですから」

「いい母親じゃない。大切にしなきゃダメよ?」

 

そういえば七草家に今は母親がいなかったと思い返す。

 

「もちろんですよ」 

「克也さんは何の魔法が得意なんですか?」

「そうだね。得意不得意は特にはないけど、強いて言うなら振動魔法かな。あとは()が使う《流星群》だね」

「《夜》を使えるのですか?あれは四葉家ご当主様しか使えないはずでは?」

 

泉美の質問はもっともである。《夜》は叔母の【固有魔法】のはずだが、何故か俺にも使用できるので謎なのだ。

 

「そのはずなんだけど何故か俺にも使えるんだ。四葉の研究者にも解析を依頼してるんだけど、解明は全然進んでいないらしいよ」

 

話をしていると会場内に流れていた曲調が、クラシックからダンスミュージックに変わる。大人たちが手を取り合ってダンスステージに流れていった。

 

「よかったらご一緒しませんか?」

「よろこんで」

 

真由美さんに誘われたので快く引き受ける。エスコートするように手を引いて踊り始めた。真由美さんのダンスは、高校2年生にもかかわらず大人にも負けない洗練されたものだった。その後真由美さんの妹たちとも踊ったが、何故か真由美さんによって2戦目に強制参加させられた。

 

そして踊っていると途中から周りの大人たちが離れていき、俺たち2人だけが最終的に残った。弘一の方をちらりと見たがシャンデリアの光の反射によって、薄い色のついた眼鏡の奥の眼は見えない。しかし雰囲気までは隠しきれておらず、俺には何を考えているのか分かった。

 

このパーティーを機会に俺と真由美さんを婚約させ、四葉を味方につけようとしているのだと。そんなことはさせないと思いながらも、真由美さんをないがしろにはできないので、先程と変わりなく踊り続けた。

 

踊り終わると拍手をいただいたのでお辞儀で返礼する。すると弘一が近づいてきて、予想通りのことを耳元でこっそり言ってきた。

 

「もしよろしければ、娘3人のうちの誰かを娶ってもらえませんか?」

「ありがたい申し出ですが、それを決定するのは俺ではなく、()なので今はなんとも申せません」

 

許可がなければ婚約はできないと口では言っているが、言葉にそんなことはしませんと含ませている。そのことに気付いているのかどうかは分からないような、感情のない笑顔を向けてきた。

 

「もちろんそれは重々承知しています。候補に入れてもらえればと思っているだけですよ」

「そうですか。では保留とさせていただきます」

 

そう言ってこの話はこれでおしまいと俺は切り上げた。

 

 

 

「克也様、そろそろお戻りになる時間です」

 

先程までたらふく食っていた辰巳が、いつもの執事に戻って話しかけてきた。この切り替えの速さを俺は評価している。戦場では一瞬の判断ミスが命を落とすことに繋がるので、感情の切り替えは優秀な魔法師には必然的に付随してくる。

 

「もうそんな時間か。思ったより早いな。わかったすぐに向かうからコミューターの準備をしておいてほしい」

「かしこまりました」

 

辰巳にそう命じて俺は弘一に謝罪した。

 

「すみません。そろそろ出発しなければ家に戻るのが遅くなるので、帰宅させていただきたいのですがよろしいですか?」

「もう少しお話ししたかったのですが残念です。分かりました皆様には私から伝えておきましょう。真由美、駐車場までお送りして差し上げなさい」

「わかりましたお父様」

 

俺は弘一に一礼してから会場を後にした。

 

 

 

「父に何を言われたの?」

 

駐車場までの道程を歩いていると、真由美さんが顔色を伺うように問いかけてきた。

 

「ん?ああ、それは三姉妹のうちの誰かを嫁にしてくれと言われたんですよ。俺1人では決められないから、返事はできないと話を保留にしただけです」

 

隠すことなく答えると、真由美さんは表情を暗くさせた。

 

「あの狸親父、また私を嫁に貰って欲しいって言ったのね。何人に言えば気が済むのかしら」

「…まあ、親からすれば幸せになって欲しいんでしょうね。自分のように決まっていた婚約者とではない方と、気の進まない結婚してほしくないんだと思いますよ」

 

俺は真由美さんの怒りを抑えながら諭す。かつて弘一には婚約者がいたことを、俺は叔母から情報として聞いていた。どういった事情があったかは知らないが、婚約破棄となって死別した妻と結婚したらしい。

 

「…そうね。親は自分の子供が幸せになることが一番嬉しいものよね。それはそれで仕方ないか。でも、自分の好きなように恋愛をさせて欲しいと思うこともあるの。自分から好きになって交際して結婚する。それが普通の恋愛じゃないの?」

「確かに一般人はそうでしょうが、俺たち魔法師はあまり自由に恋愛はできませんからね。特に数字付き(ナンバーズ)のように強力な魔法師を抱えている家系は」

 

真由美さんの言いたいことはよく分かる。好きでもない相手と結婚して子供を産むなど心が傷つくだろうが、優秀だとされた魔法師は昔からそうしてきた。それはこの国を守るために必要だったのだから。

 

話していると七草家の正門に到着した。そこには運転席の前に立ち、俺を待つ辰巳の姿がある。

 

「そろそろお別れですね」

「ええ、でもこれが最後じゃないわ。あなたが一高に来るのであれば会うこともあるでしょうから」

「そうですね。()に懇願してみます。今日はお招きしていただきありがとうございました。踊れて良かったですそれでは」

 

俺は真由美さんにお礼を言ってから車に乗り込んだ。

 

「こちらこそ会えてよかったわ。また会いましょう」

 

走り出す車の後ろから、真由美さんがそう言いながら手を振ってきたので手を振り返した。

 

 

 

「如何でしたか?初めてのパーティーは」

 

辰少しばかりリラックスしていると、辰巳がふいに問いかけてきた。

 

「中々有意義な時間だったよ。ただ、七草弘一は油断ならない男だということがはっきりした。叔母上の言っていた『気をつけなさい』という意味が分かった気がする。俺はあいつの味方などにはならないしなるつもりもない。真由美さんや妹たちは別だけど」

 

克也は辰巳の質問に怒気を含ませながら答える。そうでもしないとコミューターを燃やしてしまいそうだった。

 

「それで結構でございます。必ず〈十師族〉と友好的な関係を築かなければならないという掟もなければ、それに従う義務もないのですから。七草家は油断ならないと気付いてもらうために真夜様は今回、七草家の要望に応えて克也様を送り出したのです。気付いてもらえたと知れば喜ばれると思いますよ」

「そうだね。叔母上の意図を少しぐらい理解できなければ、四葉としてはやっていけない。辰巳、俺は少し眠るから家に着く10分前ぐらいに起こしてほしい」

「かしこまりました克也様。ごゆっくりお休みになられてください」

 

俺は辰巳にそうお願いして、軽い睡眠を取るために椅子に深く座り直した。

 

 

 

「そう。やはりあの男は油断ならないわね」

 

そう言う叔母の顔は怒りでも苛つきでもなく、優しい笑みを浮かべていた。ここは叔母のプライベートスペースで、普段は立ち入れない場所である。俺は辰巳に起こされた後、眠気の余韻を頭から追い払い、当主である叔母の元に報告しに向かったのだ。ハーブティーを口に含みながら叔母は俺に眼を向けてくる。

 

「何でしょうか?」

「貴方が私の意図を理解してくれて嬉しかったのよ。何も理解せずに帰ってきていたらどうしようかと思っていたから」

 

恐ろしいことをさらっと口にしながら笑みを浮かべる。俺は正解に辿り着いていなかったら今頃どうなっていたのか想像したが、よろしくないことばかり思い浮かんだので途中でやめた。

 

(深雪に氷詰けにされたり、達也に体術と魔法でコテンパンにされたり、叔母上によるいろんな意味を含む精神攻撃だったりとかetc.)

 

まだ俺を見つめる叔母に疑問符を浮かべる。 

 

「まだ何かおありですか?」

 

叔母は言うか迷っていたらしいが、何ヶ月ぶりかに聞く言葉を発した。

 

「…久々に抱きしめていいかしら?」

 

耳まで真っ赤にさせながら言ってきたので、俺は苦笑するしかなかった。

 

「構いませんよそれぐらい」

 

そう言うと幼い少女のようにはしゃぎながら抱きついてきた。

 

身長165cmの叔母は170cmの俺とそこまで大差ないのだが、それを気にした様子はない。むしろこの差が少ないことを喜んでいるようだ。この状況を葉山さんに見られればどうなるかわからない。だが今は叔母が立ち入り禁止にしているのでその心配は無い。だからこうやって「お願い」を聞いているのだが…。

 

叔母の満足いくまで好きなようにさせていると、叔母が充電完了とでも言いたげな顔で俺から離れた。そして俺は部屋を出て自室に戻る。

 

数ヶ月後に、まさか第一高校に進学するよう命じられるとは知らずに。



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夏休み①

「海に行かない?」

 

雫が突然そんなことを口にした。

 

「海?」

「あ、もしかして?」

「うん、そうだよ」

 

深雪・ほのか・雫の順の発言なのだが、深雪は2人の話について行けていなかった。まだ4ヶ月ほどしか関わっていないので、2人のさっきの話は深雪にとっては意味不明である。

 

「2人ともどういうこと?」

 

雫とほのかは深雪を放置していたことを、今更ながら思い出した。

 

「実はね小笠原に雫の別荘があるんだけど、そこに行かないかって話をしていたの」

「雫、別荘を持ってたのね?」

「うん」

 

ほのかの説明に素で驚いた深雪の発言に、少し恥ずかしそうに頷く雫。今の時代のテレビは標準仕様で、最大10人まで同時にテレビ電話できるようになっており、深雪は自室で2人と話していた。

 

「お父さんが『お友達を招待しなさい』って。たぶん克也さんたちに会いたいんだと思う」

「今年は小父様も一緒なの?」

 

雫の言葉に少し引き気味なほのかの発言に、首を傾げる深雪であった。何か思い出したくないことでもあったのだろうか。そう思ってしまう。

 

「大丈夫。今回は外せない用事があるらしくて、出航前に10分会うだけで精一杯らしいから」

「よかったぁ」

 

雫の言葉通りにほっとしているようだった。

 

「それでいつにするの?」

「私はいつでもいいよ。克也さんたちの都合の良いときかなって思ってる」

 

深雪の質問に雫はこちらの予定に合わせると言っている。

 

「お兄様方に聞かないとダメでしょうから、決まったらまた連絡するわ」

 

そう言って深雪は電話を切った。

 

 

 

 

 

「…ということなのですが。お兄様方、どうされますか?」

 

克也と達也がその話を聞いたのは翌日の朝食でのこと。克也はまだ半分脳が寝ているようで眼が虚ろである。克也は意外と朝に弱い体質だ。ほぼ毎日深雪が作る『深雪特製克也お目覚めドリンク』を作って貰っている。そんな克也を介抱しながら深雪は達也に尋ねた。

 

普段は頼り甲斐のある克也だが、朝の弱い姿とのギャップが激しいので、深雪はそんな克也に優しい笑顔を向けている。この姿は深雪たちのような本当に信頼できる人間の前でしか見せない。達也と深雪はそのことを嬉しく思い、優しい笑顔を浮かべていた。達也の笑顔は友人たちに見せる笑顔ではなく、とても嬉しそうで穏やかな笑顔だ。エリカたちも信頼しているし心を許したいのだが、まだ本当の意味での信頼はできていない。

 

「メンバーは雫やほのかと俺たちだけかい?」

「エリカたちも誘いたいらしいのですが、連絡先を知らないのでこちらから連絡してほしいそうです」 

 

達也はコーヒーを口に含みながら、脳内にスケジュール表を広げた。

 

「来週の金土日は空いてるな。幹比古とレオには俺から連絡するから、エリカと美月には深雪が連絡しといてくれ」

「分かりました。来週の金曜日から日曜日にかけての2泊3日の予定で、雫たちにも連絡しておきます」

 

達也の言葉に深雪はスキップしながら、キッチンに皿を持っていく。

 

「楽しい旅行になりそうだな達也」

「ああ、良い気分転換になりそうだ」

 

深雪特製ドリンクのおかげで8割近く覚醒した克也が、本気で楽しそうに言ってきたので達也も本心で返事をした。

 

 

 

 

 

雫は本当に克也たちのために予定を空けていてくれたらしい。深雪の電話に二つ返事で頷いてくれた。参加者全員に予定を伝えたところ、誰からも都合が悪いということはなく、全員がグルではないのかと思ってしまった達也だった。

 

後日に全員で新しい水着を買いに行ったのだが、その場所で起こった事件を男勢が箪笥にしまい込み、溶接してしまったので知る由もない。特に幹比古に至ってはしばらくの間、水着という単語を聞くだけで青ざめるという怪奇現象を起こすのだった。

 

 

 

 

 

そして時は流れていつの間にか旅行当日になり、克也たち3人は集合場所に到着していた。真夜にももちろん許可をもらっており、「楽しんできなさい」と助言(恐喝?)を貰っているが、言われる前からそのつもりだった。克也たちが到着すると既に全員集合済みだった。念のため15分前に来たのだが、時間を間違えたのだろうか。

 

「おはよう。ところで俺たち早めに来たつもりだったんだけど、時間を間違えてたか?」

「間違えてないですよ克也さん。3人には30分ほど遅い時間を伝えてたんです」

 

克也の質問にほのかは何かを含ませながら答えてくれた。

 

「何故?」

「主役の登場は必ず最後って相場が決まってるでしょ?」 

「何の主役だ?」

「そりゃ〈九校戦〉のよ。雫とほのかも活躍したけど、一番はあんたたち3人だからね」

 

達也の疑問に今まで手すりにもたれていたエリカが、いつもの悪い笑顔で伝えてきた。もたれている姿もなかなか様になっている。エリカの返事を左から右に流しながら、そんなどうでもいいことを克也と達也は考えていた。

 

「君たちが雫の言っていた素晴らしい才能を持った子たちだね?初めまして雫の父の北山潮だ」

 

克也たちは後ろから声をかけられたので、振り返って挨拶する。

 

「お初にお目にかかります四葉克也です。こちらは幼馴染の司波達也と妹の深雪です」

 

自分だけでなく達也と深雪も紹介すると、2人は綺麗なお辞儀をした。

 

「こちらこそよろしく。悪いけど僕はこれで失礼させてもらうよ。何分仕事が山積みでね。短い間だが旅行を楽しんできてくれ」

 

そう言うと北山潮は乗ってきた車に乗り込み、集合場所から仕事場に向かっていく。

 

「あれが北山グループのトップか。意外な人間性だな達也」

「ああ、同感だ。もっと厳格な人だと思ったが、予想より温和な人のようだ」

 

達也と感想を交換しているとエリカに呼ばれた。

 

「お〜い3人とも。そろそろ出発するらしいから乗り込んだ方が良いよぉ」

「ああ、今行く」

 

克也たちは荷物を持ってクルーザーに乗り込んだ。3日間の旅行を満喫する気持ちを胸に抱いて。

 

 

 

 

 

6時間ほどの船旅を終え、克也と達也はビーチのパラソルの下で寝そべっていた。沖ではレオと幹比古が競泳をしているようで、水しぶきが上がっている。ときおり大きな水しぶきが上がっているのは、意地悪をしたレオに幹比古が水霊を使って反撃したからだろうか。

 

そんな様子を見てから視線を波打ち際に戻すと、眩しくて瞼を閉じそうになった。日光が水面に反射しているのが眩しいのではなく、水着ではしゃいでいる5人の少女がである。全員が美少女に分類されるほどの容姿なので余計に眩しかった。

 

「克也くん・達也くん、入らないの~?」

「お兄様方、水が綺麗で気持ちいいですよ~」

 

エリカと深雪の誘いに、2人は曖昧な笑顔を浮かべて手を振った。

 

克也にとって砂浜で寝転がれるなど考えたこともなかったので、素晴らしい気分だった。海は何度か見たことがあるが、プライベートでは来たことがない。ましてや友人と遊んだことはないので新鮮さを感じていた。

 

眠気に身を任せようかと考えていると、2人は間近に人の気配を感じたので眼を開ける。そこには全員が勢揃いしていた。2人が声を出さなかったことを評価されるべきだろう。克也は呆然とし達也は戸惑っている。

 

「入ろうよ2人とも。こんなところにいたら来た意味がないよ」

「エリカの言うとおりですよお兄様方。遊びましょう」

 

エリカと深雪が脅しとも誘惑とでもとれるような言葉を使うので、克也と達也は諦めて泳ぐことにした。まとっている空気は普通なのだが何故かそう感じる。

 

「そうだな。こんなところでじっとしてたらもったいない」

 

そう言って2人ともパーカーを脱ぐ。だがしまったと思ったときには時既に遅しで、全員が呆気にとられていた。

 

「2人ともそれって…」

 

エリカは驚愕の表情を浮かべている。克也と達也の身体は筋肉で覆われているが、皮膚には傷が無数に刻まれている。克也は達也よりましだがそれでも異常な光景だった。切り傷や刺し傷、さらには火傷の痕などが見られる。実際に切られて刺されて焼かれなければ、このようなことにはならない。だからエリカの反応は正しく、むしろ控えめだったと言ってもいいだろう。

 

「すまない。見ていて気持ちの良いものではないな」

 

達也がそう言いながら脱いだパーカーを拾おうとする。克也もそうしたが克也たちのパーカーは、一瞬速く拾った深雪のせいで手は空を切った。

 

「深雪さん、返してもらえませんか?」

 

妹とはいえ女性の胸に手を伸ばすわけにもいかず。何故か敬語で克也がお願いしたが、返事は言葉ではなく行動で返ってきた。克也と達也の左手と右手を、深雪によって抱え込まれていたのだ。

 

「わ!」

 

美月が驚いていると、深雪が克也と達也に声をかけてくる。

 

「お兄様方が心配されることは何もありません。この傷は誰にも負けたくないという気持ちを持って、長きに渡って鍛えあげた結果なのですから。だから私は気にしません」

 

深雪がそう言っていると、ほのかが達也の左手を雫が克也の右手を抱え込み始めた。

 

「克也さん・達也さん、わ、私も気にしません!」

「私も」

 

ほのかは噛んだが気持ちは十分伝わってくる。

 

「え~と雫さん?ここにいる人たち以外に見られはしないけど、念のために言っておくよ?俺には彼女がいるんですけど…」

「知ってる。分かってやってるから気にしないで」

 

『いや、貴女が気にしなくても俺が気にするんですけど!』

 

克也が心の中で叫んだが伝わるはずもなかった。そして3人とも普段より少しだけ顔を赤くしていたのだが、それは日差しのせいだけではないだろう。

 

「達也、そろそろ入ろうか?」

「そうだな入るか」

 

波打ち際に向かい水に素足を浸すと心地良い水温で、これだけでもこの場所に来た甲斐があったと思えた。

 

「達也、俺はレオと幹比古のところに行って泳いでくる。みんなのことをよろしく!」

 

そう言って泳ぎだそうとしたが、冷気を感じたかと思うと克也の足を手の形をした氷が掴んでいた。恐る恐る顔を犯人の方へ向ける。するとそこには女王の笑みをした深雪が立っていた。いや、降臨していた。

 

「深雪さん、冷たいんですが離してもらえますか?」

 

またもや敬語になってしまう克也であった。

 

「克也お兄様、一体何処に行かれるのですか?先ほどみんなで遊ぶという雰囲気ではありませんでしたか?」 

「達也に任せてさっき言った通り、レオと幹比古のところに行こうと思って…」

「行かせるとお思いですか?」

 

凄んでしまいそうな笑みを浮かべながら、1歩ずつ近づいてくる。克也は逃げようにも、氷の手に囚われているので逃げられない。ちなみに克也と深雪以外は陸に避難している。全員が克也を助けようとはせずに見ているだけだ。助けようと近づけば、絶対零度のような視線を喰らうのを理解しているから。だから助けようと近づかなかったのかもしれない。

 

深雪があと3歩で触れるという距離になってから、克也は氷の手を《燃焼》で解凍し、移動・振動魔法の複合術式を用いて水面を走り、体術で鍛えた足を懸命に回転させた。そのおかげで深雪が呆気にとられている間に、レオと幹比古のところまで走り、競泳に途中強制参加した。

 

「克也お兄様!?逃げましたね!許しませんよ…」

 

深雪の言葉に魔法が発動して、海水が凍っていく。気温が30度から10度以下まで急激に低下する。達也が深雪を抑えようと動こうとした瞬間に、深雪が魔法を自力で抑えたので達也はほっとする。克也には後でお仕置きが必要だなと思ったのだった。



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夏休み②

克也が逃走したせいで深雪が暴走しそうになったが、その後は何事もなく楽しい海水浴になった。しかし克也たち3人が長時間且つ長距離の競泳から帰ってくると、砂浜で果物を食しているメンバーの中に達也とほのかの姿がなかった。

 

「達也とほのかは?」

「あそこよ」

 

エリカの指差す方向を見ると、手こぎボートで海面に浮かんでいた。何があったのか知りたくなる。

 

「どういう状況?」

「知らない方がいいよ」

 

エリカの言葉に恐怖が含まれているので余計気になる。おそらくは深雪が関係しているので、話を続けずに無理矢理終わらせたのだが…。

 

「良い雰囲気じゃない?」

 

幹比古の空気を読まぬ(めない?)一言でビーチは凍り付いた。比喩表現ではなく現実に。

 

「幹比古、おま!」

「バ、バカ!」

 

克也とエリカが焦っていると、右側から冷気が漂ってきた。

 

「吉田君、冷えたオレンジは如何?」

 

普段と変わらない笑顔でシャーベット状に凍らせたオレンジを差し出してきたので、幹比古はカクカクとロボットのように頷きながら受け取るしかなかった。

 

「ところで克也お兄様、2人でお話ししたいことがあるのですけど少しよろしいですか?」

 

深雪が眼の笑っていない笑顔で克也に話しかけてきたので、先ほどと同じように逃亡を図ろうとした。だがエリカと雫に逃亡進路を妨害されてしまう。進路変更しようとすると、深雪に腕を掴まれてそのまま連行されてしまった。

 

レオに視線で「助けて」と懇願したが、「俺じゃ無理」と返されたので、女性陣に向かって同じように向けたのだが、「自業自得」とでも言いたげな視線が返ってくるだけだった。

 

エリカに至っては悪い笑顔で手を振りながら…。克也は力なくうなだれて、深雪の後ろをついていくのだった。

 

 

 

 

 

深雪にこってり絞られた後、夕食はバーベキューだったので克也は行儀よくやけ食いしていた。深雪に何をされたのかは思い出したくないので、誰にも話さないことにしている。

 

克也は達也やレオとフードバトルを繰り広げたり、エリカとレオの痴話喧嘩に笑ったりしていた。笑いすぎて涙が零れることもあった。それは深雪・ほのか・美月もそうだったので、克也が笑い過ぎだということはないだろう。

 

食後に達也と幹比古が将棋で勝負し、女子5人がカードゲームをしている間、克也は星を眺めていた。カードゲームが美月の負けで終了した頃、雫が深雪を外に誘う。レオは夕食後ふら~とどこかへ行ってしまったが、彼のことなので心配はそれほどしていない男2人組である。

 

「達也、克也はどうしたの?」

「克也は星を眺めにベランダに出ている。初めて来た場所では星を見るのが癖らしい。四葉家当主の【固有魔法】《夜》を受け継いでいるその影響かもしれんな。…王手、あと十手で詰みだ」

「ロマンチストだね、ってええ、もう!?」

 

女性陣のカードゲームと克也のことを気にして集中力を欠いていた幹比古は、達也の無慈悲な宣告に悲鳴を上げるのだった。

 

 

 

エリカが敗者の美月に罰ゲームを課し、ほのかが達也を連れて出ていく。その結果、幹比古は1人になってしまったので克也の元に向かうことにした。

 

「幹比古か。どうした?」

 

音もなくベランダに出ると、幹比古の気配に気付いたのか振り返らずに聞いてきた。

 

「よくわかったね僕が来たって」

「それぐらいはな。これが俺の能力でもあるし、幹比古のようによく関わっている親しい友人なら尚更だよ」

 

その言葉に驚くより流石だと感心してしまう。克也の横の椅子に座ってから幹比古は聞くことにした。

 

「ねえ克也、君は四葉家の次期当主候補だけど本当に当主になりたいのかい?」

「どうしてそう思う?」

 

克也は北山家の家政婦である黒沢特製ノンアルコールトロピカルカクテルを、軽く口に含んでから聞き返す。その仕草に見とれながらも幹比古は答える。 

 

「この4ヶ月、君を近くで見てきた。その中で当主になりたいと思っているようには見えなかったんだ。むしろ当主候補から降りたいと思っているように見えた。それは自分より当主に相応しい人がいるから、そんな風にしていたんじゃないかって。違うかい?」

 

幹比古は真剣に克也に聞く。幹比古の眼は真剣そのもので、はぐらかしていいものではないように思えた。

 

「…そうだよ幹比古。俺は当主になりたいとは思っていない。ましてや権力を振りかざそうとも思っていないししたくないんだ。小学生の頃までは自分が当主になるって思ってたけど、あることをきっかけにそう思わなくなったんだ。幹比古の言う通り、自分より相応しい人がいると気付いたからね」

「それは分家の人かい?」

「そうとも言えるかな。殺しがありの何の制約もない状態で戦えば、どっちが勝つか分からない。そう思う人がいることに気付いたからなんだ。それに俺は他人を引っ張るより、支える方が性に合ってるからな」

 

最後は苦笑しながら話す。克也の本心を聞けたことで幹比古はとても安心した。おそらく克也は、吉田家が余計なことをしない限り敵対することはない。四葉家ともぶつかることはないと直感した。

 

「ありがとう克也。その言葉が聞けて嬉しかったよ。この事を知っているのは僕だけかい?」

「こっちこそサンキューな気持ちがスッキリしたよ。知ってるのは幹比古を含めて4人だけだ。()・達也・深雪・体術の先生だな」

「達也と司波さんが?ああ、なるほど2人が知っててもおかしくないか。幼馴染だもんね」

 

幹比古の勘違いに心が痛んだが、まだその時ではないと自分に言い聞かせる。

 

「幹比古、そろそろ部屋に戻ろうか。時間的にみんなも帰ってくるだろうし。それに風呂に入りたい」

 

そう言うと幹比古は腕時計を確認する。

 

「うわ、もうこんなに時間が経ってたのか気付かなかったよ。それにここのは風呂じゃなくて温泉だよ克也」

 

幹比古がニヤッとしながら言ってきた。

 

「時間というものは、集中しているとあっという間に過ぎていくもんだよ。というより揚げ足をとるな。幹比古、明日覚えとけよ?」

「酷いなぁ。克也のことだから明日の朝になったら忘れてそうだけど」

「この野郎」

 

幹比古と軽い言葉の応酬をしながら部屋に入ると、克也は眼を背けたくなった。

 

「克也、どうし…」

 

克也に尋ねながらその目線を辿り見ると、顔を真っ赤にして立ち尽くす。そこにはタンクトップをぎりぎりまでまくり上げ、ズボンも窮屈そうなものををはいている美月がいた。身体のラインが丸見えなので眼のやり場に困りエリカに尋ねた。

 

「…エリカ、これが罰ゲームか?」

「そうだよ。似合ってるでしょ?美月ならできると思ったんだ」

 

エリカの言葉に頭痛を覚える克也は、美月に助け船を出すことにした。

 

「エリカ。罰ゲームをするのは構わないんだが、美月の気持ちを考えてから何をするか決めた方がいいぞ。幹比古も可哀想になる」

 

助け船というより、エリカの船に克也が乗り込み悪知恵を与える。つまり援軍を送ったわけだ。

 

「なっ!克也、君はこっちの味方じゃないのか!?」

 

幹比古が憤慨し始めたのでちょっといじめることにした。

 

「俺は一言も美月と幹比古の味方とは言ってないぞ。それにエリカに乗った方が面白そうだしな」

 

悪者の笑みを浮かべながら告げると、幹比古と美月は絶望を浮かべた。

 

 

 

数分後、全員がそろったので人工温泉に入浴し就寝した。男湯で克也と達也の身体の傷を見て、幹比古とレオが眼を丸くしていた。克也たちが何故それだけ強いのかを理解したようで、その話題を口にすることはしなかった。

 

 

 

 

 

翌日はほのかも深雪も何かしら吹っ切れたようで、前日より楽しそうだった。沖合で水上バイクの競争を男勢で勝負し、意外な結果に終わったので紹介しよう。

 

1位 レオ 2位 克也 3位 達也 4位 幹比古 

 

レオの運転慣れに全員が度肝を抜かれていた。なんと2位の克也と5秒の差がつき、4位の幹比古とは10秒もあったのだ。幹比古が落ち込むには十分だろう。その後、克也が幹比古を後部座席に乗せ、時速80kmで直進してターンすると、幹比古が吹き飛ばされるという事故が発生した。今度はそれを遊びに変えることになった。

 

「魔法は使わずに飛ばされること」というルールが定められ、男勢が吹き飛ぶ様子を女勢が見て笑うという行事だ。最終的に誰が一番面白い吹っ飛び方をしたかという、予想外のイベントにまで発展することとなった。

 

1位 幹比古 2位 克也 3位 レオ 4位 達也

 

という結果である。飛ばされる方も飛ばす方も見ている方も楽しく止まらず、1時間ほどで男勢の体力が尽きた。

 

 

 

 

そして今4人は、パラソルの影で絶賛体力回復中である。

 

「…水面にたたきつけられた衝撃は強いな。ここまで体力を持っていかれるとは」

「…そうだね。久々にここまで体力を使い果たしたよ」

「それはこっちもだ。4割ほど回復したとはいえ、またやれと言われても簡便だ。明日ならまだいいけど」

「さすがに明日もするのはよしてくれ。何故か精神的にくるものがある」

 

レオと幹比古はまだしんどそうだったが、克也と達也は平気な顔をしていた。

 

「本当に2人の体力は底なしだね。うらやましくなるよ」

「俺たちは九重先生から修行を受けているからな。差があるのは当たり前だ。レオと幹比古も魔法師の平均体力を大きく超えているし、落ち込むことはないと思うよ。俺と達也は特別だってだけさ」

 

2人を慰めながら克也は、魔法で水を飛ばし合っている少女たちに眼を向ける。こんな平和な日が続けばいいのにと思い、克也は潮風を胸に大きく吸い込んだ。

 

体力が回復した克也たちは、エリカの発案でビーチバレーをすることになった。奇数だったこともあり、雫のメイドである黒沢にも参加してもらう形で、5vs5で戦った。試合は接戦で楽しかった。達也のアタックにびびる幹比古、女子に怪我をさせないように威力を落として打つが、克也に簡単に拾われるレオなど。それぞれの性格が表れたので面白かった。

 

最終的にエリカが本気で打ったボールが、敵陣地のコート内にめり込み試合は終了した。

 

 

 

 

 

 

旅行から帰った後、達也は独立魔装大隊の訓練やFLTの飛行デバイスの発売のため、自宅を空けることが多くなった。その間は家の地下室で、克也と深雪は魔法力の競い合いをするのが日課になっている。

 

「克也お兄様は、やはり〈処理速度〉が私より速いです。〈処理速度〉が高いことが羨ましくなります」

「そんなことないさ。敵の魔法式を書き換える深雪の〈干渉強度〉には勝てない。そこが俺の弱点なんだろうね。入学試験では〈処理速度〉より〈干渉強度〉が重要視されて、深雪が学年トップ。期末試験では〈処理速度〉が重要視されて俺がトップ。せめて試験は平等に測ってほしいものだ」

 

克也は愚痴をこぼしてしまう。総合的な魔法力でいえば深雪がわずかに克也より高い。順位変動があるのは嬉しいのだが、重要視項目が試験で変わると、素直に喜んで良いのかがわからない。

 

より正確なことを言えば、学期末試験の範囲が〈処理速度〉をメインに評価する魔法理論だったのだ。

 

入学試験 主席 深雪 僅差で次席 克也 三席 雫 四席 ほのか 

 

筆記試験 1位 達也 僅差で2位 克也 3位 深雪 4位 ほのか 5位 雫

 

実技試験 1位 深雪 僅差で2位 克也 3位 雫 4位 ほのか 

 

しかし期末試験では大番狂わせが起こってしまった。

 

学期末試験 主席 克也 僅差で次席 深雪 三席 ほのか 僅差で四席 雫

 

実技試験 1位 克也 僅差で2位 深雪 3位 ほのか 僅差で4位 雫

 

筆記試験 1位 達也 僅差で2位 克也 3位 深雪 4位 幹比古 5位 ほのか 僅差で6位 雫

 

二科生が理論分野でトップ5に2人がいるのだ。

 

職員一同が慌ててしまい、達也が呼び出されたのは仕方がない。「四高に転校を勧められた」と聞いたときは、職員室を燃やしたり氷漬けにしたくなったが、さすがにそこは自制した克也と深雪だった。自制できた理由としては、達也や友人たちとの生活を危惧したためである。決して自分たちの保身に走ったわけではない。

 

「いいではありませんか学校の評価が全てではないのですから」

「そうだな。魔法師としての価値は成績だけじゃない。魔法社会に貢献できるかどうかなのも一理ある。ということで深雪、また勝負してもらってもいいか?負けるつもりはないぞ」

「かしこまりました。私も負けるつもりはありません」

 

2人してCADを構える。

 

「「3,2,1,GO!!」」

 

同時にカウントを口に出して魔法を発動し、互いの魔法が2人の中央でぶつかる。司波宅の地下室では、2人の強力な魔法師が魔法力を競い合っていた。




次話から横浜騒乱編へと入っていきます。


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4章 横浜騒乱編
第22話 参加


新学期が始まったことで前生徒会は9月を以て解散した。新生徒会が発足して間がないが、ここで新生徒会のメンバー紹介をしておこう。

 

会長・中条あずさ

副会長・司波深雪 

書記・光井ほのか 

会計・五十里啓

 

一高の会計は権限の面で〈監査役〉に近く、会長と同学年から選ばれる慣例になっている。当初、あずさは克也に生徒会入会を打診したのだが、「()に止められていますので」と言われては、大人しく引き下がるしかなかった。

 

正確に克也が真夜から言われたのは、「1年生の間は生徒会に入らないでほしい」なのだが、説明が面倒くさかったらしく短縮して話したという流れだ。このことはもちろん達也と深雪も知っているが、初耳であるかのように聞いていた。

 

 

 

 

 

内容が教育に不適切であると判断された資料が、多数保存されている図書館の連続稼働日数記録を、達也はここ半月ほど更新していた。一高生徒であれば、誰でも使用可能であるのに普段ほぼ無人なのは理由がある。わざわざ害ある可能性有りと判断された書籍などを、趣味・興味本位もしくは研究活動の一環であっても、目を通そうと普通では思わないからである。だが逆にいえば、目を通すことが少ないからこそ新発見に繋がることもある。

 

 

閑話休題

 

 

達也が記録を更新し続ける理由は、〈エメラルド・タブレット〉の文献を探しているからであり、自分の目標に役立つ内容を抜粋しようとしていたからだ。検索していると深雪がやってきて、鈴音に「魔法幾何学準備室まで来てほしい」と伝言を伝えるのだった。

 

 

 

「今月末に、魔法協会主催の論文コンペがあるのは知っていますね?」

 

入室して席について早々、達也は前置きなく廿楽に問いかけられていた。

 

「詳細は知りませんが」

「〈九校戦〉とは違って知名度はやや劣りますが、学校間の競争は勝るとも劣りません。なので〈九校戦〉で活躍できなかった他校や生徒が、雪辱を燃やしてやってきます。参加者はたった3人ですが、協力面でいえば〈九校戦〉をも超える人数を動員しますので、自然と参加者以外にも熱が入ります。そこで単刀直入に言います。司波君、論文コンペの代表として参加してもらえませんか?」

「自分がですか?」

「君がです。参加予定だった平河君が体調を崩してしまいましてね。代役として君が選ばれたというわけです。詳しくは市原君から聞いてください」

 

廿楽は達也が「参加します」と言ってもいないのに退室していった。マイペースという噂は本当だったんだなと考えながら、同室していた鈴音に達也は聞いた。

 

「何故俺なのでしょうか?」

「発表会まであまり時間がありません。今参加してもらうには司波君しかいないと思ったからです」

「つまり市原先輩の発表テーマに、俺が適しているということですか?」

 

達也の質問に鈴音は不敵に笑う。普段の控えめな様子からは、到底考えられない素直に楽しそうな笑みだ。楽しみの中にも何故か獰猛で野性味な色合いが含まれている。克也のおかげなのかと嬉しく思う達也である。

 

「私のテーマは〈重力制御魔法式熱核融合炉の技術的可能性〉です」

 

達也の惚気を知ってか知らずしてか。鈴音は驚くべき内容を口にする。その内容に珍しく達也が眼を見張った。よもや自分が取り組もうとしている課題を、当校の生徒が考えていたとは思わなかったのだ。

 

「このテーマに参加できるのは、同じテーマを研究している司波君しかいないと思ったからです。お願いできますか?」

「ええ、どうやら俺にもメリットがあるようですから協力させていただきます。あの時盗聴していたのは市原先輩だったんですね?」

「人聞きが悪いですね。関心を持っていたということにしておいてください」

 

達也の言葉に反論せずに笑顔を浮かべながら同音異義語で返す。2人の隣で楽しそうに話を聞く五十里の姿があった。

 

「それで俺は何をすればいいんですか?」

「まずは論文コンペについて知ることから始めましょうか」

 

そう言うと鈴音は壁のスイッチを操作し、スクリーンを映し出した。

 

「論文コンペは、簡易的な説明をすると高校生が魔法学・魔法工学の研究成果を発表する場です。発表した論文の完成度が高ければ、世界に発信されることも多々あります。毎年レベルが高く、下手をすると〈九校戦〉以上の熾烈な争いになることもあります。武の〈九校戦〉、知の論文コンペという感じです。開催日は毎年10月の最終日曜日と決められています。開催地は京都と横浜で交互に行われますが、今回は横浜国際会議場です。京都では理論的なテーマ、横浜では技術的なテーマが評価される傾向にあります」

 

幸い10月30日に予定が入っていなかったので、少し安堵した達也だった。達也的には評価内容が理論的・技術的のどちらでも問題はない。どちらも得意であり、高校生の誰にも負けないと誇れるのだから。

 

「期限は再来週の日曜日、提出先は魔法協会関東支部ですが学校を通じての提出になります。廿楽先生に内容を確認していただく時間を考えると、来週の水曜日には仕上げた方がいいでしょうね。司波君にはCAD調整機と術式の開発をお願いしようと思っています」

 

そう締めくくり、細かな注意点を告げて話し合いは終了した。

 

 

 

「え?達也、論文コンペの代表に選ばれたの?」

 

幹比古は心底驚いているようだ。〈九校戦〉とは違い参加人数はたった3人なので選ばれることの話題性はかなり高い。ここはいつものカフェ〈アイネブリーゼ〉だ。達也が呼び出されたことを疑問に思い、深雪に説明を受けた友人たちが、何事かと思って聞き出そうとしたため集まっていた。

 

「ああ。正直、俺も驚いている」

「達也君、反応薄すぎ…」

「達也にしたらそれぐらい当然だって事だろ?」

「そうでもないさ。市原先輩のテーマが俺と違ってたら断ってたよ。もちろん頼まれたら多少の手伝いはするがな」

 

達也の反応にエリカは不満らしく文句を言う。レオは逆にその程度の反応にさすが達也だと納得していた。

 

「それで達也、テーマは何だったんだい?」

「〈重力制御魔法式熱核融合炉の技術的可能性〉だそうだ」

 

全員程度の差はあれど、どれだけ壮大な内容をテーマにしているかは理解している。それでも驚きをあまり見せず、静かに2人の会話を待っていた。

 

「それって〈加重系魔法の三大難問〉の1つだよね?よくテーマにしたね」

 

幹比古はまだ驚き続けているらしい。全員が驚きと関心を達也に向けている間、克也と深雪は達也がこの上なく本気であると思っていた。

 

 

 

友人たちと別れて帰宅すると、自宅の駐車場にあまり見たくないよく知っているコミューターが駐車してあった。克也たちは顔を見合わせてから玄関を開けると、居間から足早に駆けてくる足音が聞こえてくる。

 

「お帰りなさい。相変わらず仲が良いのね」

 

からかい混じりに投げかけられた言葉に深雪は肩を振るわせ、克也と達也は眼を細める。

 

「こちらにお帰りになるのは久しぶりですね。小百合さん」

 

冷却された言葉に、3人にとって義理の母である小百合が居心地悪そうに眼を逸らす。自然な態度で迎えたのが悪かったのかと思い直す小百合だった。

 

「…ええ、仕事場に近い方が何かと都合が良いから」

「分かっていますよ」

「悪気があって問いかけたわけじゃありませんよ」

 

辺り触りのない返事をして、3人とも靴を脱いで自宅に上がる。克也と達也の言葉は冷たい。いや、冷たくならざるを得ないと言うべきだろうか。彼女の立場と気持ちを考えれば、2人の気持ちも理解できなくはない。

 

「無理に俺たちを優しく出迎えようとしなくていいですよ。辛いのは小百合さんの方でしょうから」

「克也お兄様・達也お兄様、本日はどのようなお食事になられますか?」

 

克也は出迎え方に対して本心を伝える。反対に深雪は第三者がいないかのように振る舞っている。その行動ははしたないと思われるものだが、克也と達也は仕方ないことだとわかっていたので咎める様子はない。

 

克也は自分たちの実父の後妻である小百合と、あまり深く関わりたくないと思っている。別段、嫌いだからというわけではない。四葉家によって恋仲を壊されたことには同情している。強奪された相手の血を引き、自分の恋人の血を引いている子供を見れば、好ましい状況であるとは到底言えないだろう。

 

そのような心情になることは、小百合に何か問題があるわけでもない。親しく接するには心の距離がある上に、邪見にできない立場に相手がいることも、関係修復を阻んでいると考えている。

 

最も辛い立場にいるのは、克也たち三兄妹ではなく小百合なのだから。

 

「ゆっくりでいいから着替えておいで」

 

達也に言われて嬉しそうに自室に向かう深雪。

 

「小百合さん、とにかく話をしましょう。深雪が下りてくるまでに終わらせたいので」

 

達也が居間に消えると小百合もその後を追う。2人が居間に消えたのを確認してから、克也は無表情で自室に戻っていった。

 

 

 

10分後、小百合は怒りながら帰って行った。

 

「達也、何かあったのか?」

「ちょっとしたいざこざかな。深雪、危機管理能力のない女性のフォローに行ってくる。夕食を克也と2人で作って待っていてくれ」

「分かりました」

「達也、気をつけろよ」

 

そう言って克也と深雪は、バイクにまたがった達也を見送った。

 

 

 

 

 

「で、小百合さんの用事は一体何だったんだ?魔法式を保存する機能を持つサンプルを持っていたらしいけど」

 

帰宅して風間とのやり取りを終えた後、克也は深雪特製のコーヒーを片手に聞いた。達也は箱を手元に置きながら話し始める。小百合を見送りに行ったときに襲撃され、撃退した後に箱を小百合に押し付けられたらしい。

 

これを持っているから狙われると思ったのだろうが、おそらく達也が持っている方が正しいと考え直したのだろう。あんな危険な目に遭いたくないのが本心なのは間違いない。魔法師と関わりの強い仕事とはいえ、一般人でしかない小百合は魔法関連の事件に巻き込まれたくないのだ。普通の事件でも同じではあるだろうが。

 

余談だが、小百合は克也と達也の能力を非常に高く評価している。会社でもそれなりの立場にいる小百合は、毎年好成績を残している開発第三課に対して好印象があるのだ。だがあまりにも業績を上げ続ける部門であることも確かなので、いつか独立してしまうのではないかと危機感を抱いていたりする。

 

会社の黒字経営を続けるためにも確保しておきたい。そうするためには、ある程度の関係を築くことが必須となる。だが上記に記した複雑な私情と事情で、上手く働いていないのが現実である。

 

 

閑話休題

 

 

「仕事を手伝えというのはいつも通りだ。けど今回は意外と面白そうだよ」

「お引き受けになられるのですか?」

 

達也の言葉に深雪は不安そうに聞いた。

 

「物が物だけに知らんふりはできない。こうやってサンプルを預ったことだしね」

 

達也は箱から赤く光り輝く、宝石のような物体を持ち上げながら呟いた。

 

「…達也、それは瓊勾玉(にのまがたま)系統の聖遺物(レリック)か?」

「ああ、そうだ」

 

克也の言葉に深く頷いたところをみると、よほど面倒なことに巻き込まれているらしい。達也だから仕方ないのだが。

 

聖遺物(レリック)とは、魔法研究に従事する者の間でそう呼ばれており、魔法的な性質を持つオーパーツを意味する。聖遺物(レリック)は人工物だと判断できなくても、自然に形成されるとは考え難い物質も含まれていたりする。

 

「何故あの人がそんな物を?」

「軍の依頼だ。複製を注文されたらしい」

「「そんな無茶な」」

「無茶だとわかっていても、挑戦する価値があると思ったんだろう」

 

達也も深刻な顔をしながら答える。

 

「できることならこれを解き明かしたい」

 

明るく言う達也に克也と深雪は頷く。

 

「できるさ達也なら」

「できますよ達也お兄様なら」

 

抜群の信頼を向ける2人の眼と言葉に、少し恥ずかしくなる達也だった。

 

 

 

学校に対する論文提出を3日後に控えていた達也は、深夜にホームサーバーがアタックを受けていることに気付いた。複数回路からの同時アタックは、このような仕事を生業とする集団の可能性が高い。達也は即座に逆探知プログラムを立ち上げたが失敗した。

 

同時刻。自室でパソコンをいじっていた克也も、達也と同じように行動したが成果はなかった。

 

 

 

 

 

翌日。克也は遥に昨日の顛末を伝え、異常なことが起こっていないか聞いていた。ちなみに達也でないのは、五十里に呼ばれたため急遽克也が行くことになったからだ。

 

 

閑話休題

 

 

「あのね、そんなことが実際に起こっていても、一介の生徒に教えるわけないでしょ?それに貴方は四葉なのだから、当主様にお願いして調べてもらえばいいじゃない」

「仰る通りなんですが、対価を要求されますのであまり頼りたくはないんです。そうですね。では、小野先生が公安の捜査官だということを流しても良いですか?」

 

脅しをかけると涙目になったので、勝ったと思ったのは言うまでもない。

 

「…わかった。先月末から今月の初めにかけて、横浜・横須賀で相次いで密入国事件が起こっているわ」

「無関係とは思えないということですね?ありがとうございます。それでは」

 

そう言って克也は足早にカウンセリング室から出ていった。

 

 

 

「…ということがありましたが被害はありませんでした。時期的に考えて、論文コンペの内容を盗み出そうとしたようです。五十里先輩は大丈夫ですか?」

 

生徒会室で論文コンペに出場する五十里に、達也は昨日の事態を説明していた。本当の狙いは他にあるのだが、そのことは素直に言えなかった。

 

「今のところは大丈夫だよ。この話を市原先輩にもしたほうがいいね」

「はい。警戒するに越したことはありませんから」

 

そこまで話していると、知り合い2人のうち1人がドアを開けた途端に飛び込んできた。

 

「お待たせ~啓」

「久しぶりだね達也君」

「…ええ、お久しぶりです」

 

五十里に抱きついている花音を見てげんなりしながら、達也は摩莉に挨拶する。

 

「どうされたんですか?」

「論文コンペの警備のことで話したいことがあったんだ」

「警備…ですか?」

 

摩莉の言葉に疑問を感じた達也は首をひねった。

 

「警備といっても会場ではないよ。そちらは魔法協会がプロを手配する。参加メンバーに護衛をつけるのが昔からの決まりでな。護衛には本人の意思が尊重される」

 

そこまで説明していると、当然とばかりに花音が会話に入り込んできた。

 

「啓はあたしが守る!」

 

その様子に3人が苦笑を浮かべる。

 

「五十里も文句はないからよしとしようか。市原には服部と克也君がつくことになっている」

「克也がですか?」

「服部は遠距離からの攻撃、克也君は近距離の攻撃に対応してもらおうと思ってね」

 

理屈は通っているが何か含んでいるようだったので、放って置ける疑問ではないと思い聞いてみた。

 

「委員長、克也を市原先輩の護衛にしたのは、2人をくっつけたかったからですよね?」

「…その気は無きにしも非ずだが。そ、そんなことはいいだろう!」

 

焦っているので半分近くがそういう気持ちだったようだ。まあ、人選は間違っていなかったので、達也はそれ以上ごねなかった。



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第23話 未遂

最寄り駅から魔法科高校までの一本道は、学生や周辺住民から人気の商店街になっている。そこでは校内の購買部ではそろわない物をそろえることができる。こんなところで騒ぎを起こせばどうなるか考えたくもないのだが、現実はそれほど甘くはないらしい。

 

よもや同じ高校の制服を着ていたら驚くだろう。バイクの後ろから、ロケットエンジンで火を噴きながら遠ざかる後ろ姿を見ていた全員の脳内には、「何を考えてるの?」「事故が起こったら困る」「間違ってるぞ」など。三者三様の言葉が浮かび、困惑しているのは変わらなかった。

 

 

 

 

 

翌日の朝、達也が教室の自分の机に向かうと隣の席で美月が俯いていた。

 

「どうしたんだ?」

 

達也は美月を心配そうに集まっている友人たちに、挨拶をせずに聞いた。

 

「あ、達也君おはよう。何でも美月が視線を感じるんだってさ」

「視線とはストーカーとかの類いか?」

「いいえ、大きな網で囲んで何かをその中から見つけようとしている。そんな奇妙な視線なんです。勘違いかもしれませんけど」

 

いくら達也でもそれだけでは、何を意味しているのかはわからない。

 

「柴田さんの勘違いじゃないよ。今朝から校内の精霊が不自然に騒いでる。まるで自分たちの知らない何かが来ていることに怯えているみたいだ」

 

幹比古が美月の言葉に上乗せして説明してくれた。

 

「幹比古、それは我が国の術式か?」

「…我が国の術式じゃないと思う」

「克也にも頼んでおいたほうが良さそうだな」

「警戒できる人手があるのは助かるよ。よろしくね達也」

 

そう言って自分の席に戻り授業の準備を始めた。

 

 

 

達也たちが9人で下校するのは久しぶりのことで、普段より空気が明るく浮ついていた。それによって気付けたのは、克也・達也・レオ・幹比古・エリカの5人だけだった。

 

「久しぶりに寄らないか?」

「いいね、賛成!」

「そういや最近ここのコーヒーを飲んでなかったな」

「そうだね。達也が誘うから飲みたくなったよ」

 

エリカとレオと幹比古は積極的すぎたが、深雪・雫・ほのか・美月は気付かず。いや、久しぶりに帰れたことが嬉しく、舞い上がっていると勘違いして〈アイネブリーゼ〉に入っていった。

 

コーヒーを飲んでいる間に、エリカとレオが店の裏に消えて行ったことに不信感を感じた女性陣はいなかった。

 

「幹比古、何してるんだ?」

 

幹比古がスケッチブックを広げているのを見た克也は声をかけた。

 

「ちょっと忘れないようにメモっておこうと思って」

「見つかるぞ。ほどほどにしとけ」

 

達也からも注意が放たれた。

 

 

 

 

 

翌日の昼食で待ち合わせしていると、絶賛ご機嫌斜め中のエリカが達也たちと座っていた。

 

「…エリカはまだ怒っているのか?」

 

エリカの不機嫌さに克也は達也に聞いた。

 

「そうらしくてな。対応に困ってるんだがどうにかしてくれないか?」

 

さすがの達也でも手に負えないらしい。美月と幹比古は我関せずとしている。レオは何故か顔の数カ所に絆創膏を貼っており、機嫌がこれまで以上に悪そうだった。

 

「深雪、ここは俺が出ない方が周りのためだと思うから頼むよ」

「分かりました。確かに今は女性が行くべきでしょうね」

 

深雪は快く引き受けてくれた。今この場でエリカに対抗できるのは、深雪だけだと誰もが思っている。魔法を使えば達也だって勝つ見込みはあるが、こんなところで決闘を行うつもりは微塵もない。

 

「エリカ、機嫌を直してあげて。そうじゃないとみんな落ち着けないわ」

「分かってるんだけどね。ただあいつの言ってたことが信じられないの」

「『校内にいるからって安心するな』って言われたこと?」

 

エリカの機嫌の悪い理由は、尾行してきた男に逃げられたことではなく、言葉の意味を理解しようとしていたことらしい。

 

「エリカ、今はそれを考えたって仕方がないぞ。あの男が100%信頼できるわけじゃないけど、だからといって警戒しなくていいというわけではないから今は待つしかない」

「…わかった頑張って機嫌直すわ。美月もミキもレオもごめんね。八つ当たりしてたみたい」

 

エリカも立ち直ってくれたらしく素直に謝った。彼女の人間性は素直で心優しいのだが、機嫌が悪いときはとことん不満をまき散らすので周囲は困惑する。そこがある意味エリカの欠点なのかもしれない。克也が素直に謝ったエリカの頭を撫でると、恥ずかしさのあまり手から逃げるように美月に抱きついた。逃げたエリカの口角が僅かに上がっていたことに気付く者は、いつものメンバーの中にもいなかった。

 

 

 

放課後、克也はプレゼンの準備をしている鈴音の護衛中だったが、壬生・桐原・エリカ・レオが走り始めたのを視界の端に見つけた。嫌な感じがしたのでその背中を追いかける。

 

「すみません服部先輩、少し抜けます」

「え?お、おい四葉!」

 

服部が声をかけてきたが無視する。克也が追いついたときには、エリカが女子生徒が放ったダーツを打ち払った瞬間だった。割れて飛び散った物体から紫がかった煙が広がる。

 

「離れて!」

 

エリカが叫ぶが桐原は間に合わず吸い込んでしまった。ふらりと身体を揺らしたかと思うと片膝をつく。どうやら神経ガスの一種らしい。あまりの用意周到さに驚くが、想定外に俊敏なレオのおかげですぐに解決する。レオがタックルをかまして気絶させてしまったのだ。レオを見るエリカの眼が力量を推し量っているそんな眼だったのだが、何を考えているのかまではわからなかった。

 

 

 

騒ぎを聞きつけて駆け付けた花音に克也たちはため息をつかれる。保健室で治療を受けている先輩方と、眠っている1年生を一瞥して言ってきた。

 

「市原先輩の護衛を放ってどっかに行ったと思ったら。あんたたちやり過ぎよ」

「俺は何もしてないんですけど。それに倒れた桐原先輩を担いで返ってきたのは俺なんですが」

 

念のために反論しておくがしない方が良かったと後悔する。

 

「確かにあんたがいなかったら桐原君を連れて帰ってこれなかったけど、護衛を放っていったことは間違いないでしょ」

 

ぐうの音も出ないとはこのことだ。

 

「安宿先生、お手数ですがこの子が目を覚ましたら連絡してください」

 

そう言って元の場所に戻っていくので克也も後を追った。

 

 

 

 

仕事をそれなりにしていると安宿先生から連絡があった。

 

「千代田先輩、俺も行きます。今回は何を言われても引きませんよ」

 

そう言って渋々頷く千代田先輩に俺はついていき、護衛を服部先輩に頼んで保健室に向かった。

 

「一昨日は大丈夫だった?」

 

千代田先輩の言葉に少女は驚いていた。駅前で追いかけてきた相手が、彼女だと今更ながら気付いたらしい。

 

「何でデータを盗み出そうとしたの?」

「私の目的は盗む事じゃありません。データを書き換えようと思っただけです」

「…プレゼンを失敗させたかったの?」

 

千代田先輩が握り拳を強く握りしめる。よりによって幼馴染の晴れ舞台の邪魔をしようとしたのだから、感情が沸騰しても仕方ないだろう。俺も似たような気持ちだったからそれがよくわかる。

 

「失敗させたかったわけじゃありません。あいつが少しでも困惑している顔を見たかっただけです」

「それだけであんなことを?事によれば退学になってたかもしれないのよ?」

「それでも構いません!あいつが少しでも困惑している姿が見れるなら...」

 

その言葉に千代田先輩が困惑したらしく、五十里先輩が代わりに話し始めた。

 

「平河千秋君、君は平河小春先輩の妹さんだね?」

 

五十里先輩の言葉に嗚咽で震えていた肩が止まった。

 

「あの事故が起こったのは司波君のせいだと思ってる?」

「だってそうじゃないですか!あいつは分かってたのに何も言わなかった。それで小早川先輩を見殺しにしたんです。その所為で姉さんは責任を感じて…」

 

また泣き始めたが五十里先輩は話し続けた。

 

「あの事故は司波君の所為じゃないよ。気付けなかった僕たち技術スタッフ全員の責任だ」

「笑わせないでください」

 

その言葉に千代田先輩が怒り立ち上がるが、俺と五十里先輩で抑える。

 

「あいつだから気付けたんです。五十里先輩に分からなかったのに、他の人に分かるはずがないじゃないですか」

 

その言葉に俺は我慢できなくなったので、言いたいことを言うことにした。

 

「五十里先輩、失礼します。言わせてもらうけど達也なら何でも知ってて、何でも解決できるとでも思っているのか?」

 

俺の声音に普段から優しい笑顔を絶やさない安宿先生も、さすがにひくついていた。

 

「あんたは?」

「失礼。自分は1-Aの四葉克也だ」

 

名前を聞いて同級生の顔が恐怖で覆い尽くされる。

 

「話を戻すけど、達也なら可能だと思うのか?」

「…ええ、思うわ!だってあいつなら分かったでしょ!何を仕掛けられていたのかがね!」

「君は馬鹿か?」

「なっ!」

 

俺の言葉に詰まる同級生。いきなりの罵倒を理解できていないのだろう。だがその程度で俺は言葉を止めるつもりはない。

 

「本来この世界に完璧な人間なんていない。人間は何かしら欠陥を抱えて生きているんだ。自分に足りないものを相手が補ってくれるから生活できている。君には欠陥がないとはっきり言えるのか?〈十師族〉だって不得意な魔法もある。自分のことを棚に上げて、自分より才能のある人間を逆恨みするなど、おこがましいとは思わないのか?」

 

俺の言葉に五十里先輩と千代田先輩は何も言わない。

 

「君は自分にないものを、達也が持っていることに嫉妬しているんだ。その感情を理解しているのに姉の復讐だと偽り、関係のない人間を巻き込んでいる。そんなことを小早川先輩や平河先輩が望んでいると思っているのか!?」

 

俺が声を荒げたことで、感情に想子が反応して異常なプレッシャーを全員に与える。

 

「四葉君、そこまで…」

 

千代田先輩の言葉を五十里先輩が止めた。

 

「啓…」

 

千代田先輩も幼馴染の行動の意味が理解できないわけではないので、それ以上何も言わなかった。俺は深呼吸して自分を落ち着かせる。同級生が寝ているベッドの横に置いてある椅子に腰かけて、同級生の手を握りながら話した。

 

「達也だってあんな風に生まれたかったわけじゃない。普通に生まれて普通に生きたかっただけだ。それでも達也は魔法師として生きることを決めた。そして魔法の技能を補えるだけの知識を取り込み、魔法社会からはじき出されないように必死であがいている。君はまだ自分のやりたいことが決まらずに手探りしている状態だと思う。でも君だって誰かに必要とされる日がきっと来る。いや、もう既に来ているはずだ」

 

同級生は理解できていない風な顔を向けてきた。俺は穏やかに微笑みながら伝える。

 

「君の両親やお姉さんや学校の友人だよ。君が大切だから。君に危険な目に遭ってほしくないからお姉さんは君を守ろうとしてるし、千代田先輩や五十里先輩もテロリストから引きはがそうとしてくれてる。この2人だけじゃない。さっき追いかけてきた壬生先輩・桐原先輩・エリカ・レオだって理由を知れば、きっとそう思ってくれるはずだ。だから復讐なんて小さな事にこだわらずに、自分がやるべき事を見つけなきゃ。今の自分に何ができるのか何をすべきなのかしっかりと考えてくれ」

 

言い終えると俺は保健室を出た。

 

「啓…」

「わかってるよ花音。四葉君は僕たちの気持ちを代弁してくれたんだ。壬生さん・桐原君・西城君・千葉さんの心もね。安宿先生、彼女をお願いします」

「ええ、彼女は大学付属の病院で預るから貴方たちはプレゼンの準備に戻りなさい。もうあまり日がないのでしょう?」

 

その言葉に五十里は頷いて花音を連れて戻っていった。

 

 

 

 

 

「…ということだったよ達也」

「なるほどそういう動機だったか」

 

克也の報告に頷く達也はそれほど気にしていないらしい。まあそのような粗末なハッキングツールで、邪魔されるような軟弱なセキュリティーは組んでいないと言いたいのだろう。

 

「それってただの逆恨みじゃないですか!」

「というより八つ当たり?」

「八つ当たりせずにはいられなかったんだろうね」

「お姉さんのことが大好きだったんでしょうね」

 

ほのか・雫・幹比古・美月の発言だが、一科と二科で見事に意見が分かれたのに驚く。だが口にしたのは別のことだった。

 

「誤解は解消済みだからもう大丈夫だと思うよ。それに周りをうろちょろしてるのは彼女だけじゃないし」

 

そう言うとほのか・雫・美月以外が納得してくれたので、その話はそれ以上話題にはならなかった。

 

 

 

 

 

 

翌日の昼食時。いつもの席に行くと、エリカとレオの姿がなかったので克也は何気なく聞いてみた。

 

「2人はどうしたんだ?居残りか?」

「いや、2人とも今日は休みだよ」

「珍しいな。このグループで一番病気にならなそうな2人だと思ったんだけど」

「俺もそう思ったさ。なんとなくだが2人とも病気じゃない気がするな」

 

達也の言葉の真意が知りたいらしく、幹比古が達也に聞き始めた。

 

「どういうことだい達也?」

「そう思っただけだよ幹比古。仮定の上に想像を重ねた意見だけど、案外レオがエリカにしごかれているんじゃないか?」

「何故そうお思いになられたのですか?達也お兄様」

 

深雪もよく分からないようだ。

 

「レオの潜在能力は一級品だからね。エリカならあいつを鍛えそうな気がするし、硬化魔法は剣と相性が良い」

「達也さん、それはどういうことですか?」

 

ほのかも食事の手を止めて会話に参加してきた。エリカとレオの休みの理由より、魔法について興味が湧いてきたのだろう。

 

「硬化魔法は〈九校戦〉で説明した通り、物体の相対位置を固定する魔法だ。刀などの刃の部分に使えば、技量にもよるけど普通に使うより何百倍も刃こぼれを抑えることができる」

「達也さん物知り」

 

説明を聞き終えた後雫がぽそっと感想を言った。それはここの全員の内心を代弁したものだった。

 

 

 

 

 

今朝も克也たち3人は九重寺にやってきていた。普段とは違うメニューを2人が終えた後、八雲が庫裏で突然切り出した。

 

「珍しいものを手に入れたみたいだね」

「…預かりものですが」

 

知られているとは思わず、達也はワンテンポ遅れながらも答えた。

 

「だったら早めに然るべき場所に移すべきだ」

 

いつものひょろひょろとした雰囲気ではなく、臨戦態勢に近い空気を発して話す八雲に克也たちは気持ちを引き締めた。

 

「狙われているとは知りませんでした」

「なかなかの手練れだからね。ついでに忠告をしといてあげよう。敵を前にしたら方位に気をつけるんだよ?」

「方位...ですか?」

「これ以上は高くつくよ?」

 

克也の復唱に八雲は別種の嫌な空気を発しながら答えた。



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第24話 間近

「克也、一高付近で何かおかしな想子を持つ魔法師を、可能な限りで良いんだが探してみてくれないか?時間があるときでいい」

「わかった。空き時間にやっておくよ」

 

そんな話をコミューターでしていると深雪が話しかけてきた。

 

「お兄様方、今朝先生が仰っていた『方位に気をつけろ』とはどういうことでしょうか」

「俺にもそれだけじゃわからない。とりあえず全方位を気にしていればいいんじゃないかな?」

「そうですね納得しました」

 

深雪は達也の言葉で不安がなくなったようで、先程より達也との距離を詰めるのだった。

 

 

 

今日は論文コンペまで残り1週間前の土曜日なのだが、学校に行かなければならない。術式の最終調整が残っているためである。聖遺物(レリック)をFLTに預けに行った後、ロボット研究部のガレージで達也は作業することになった。

 

「達也、1人だけおかしな想子が頭部にある奴がいる。たぶんそいつが先生の言っていた敵の仲間だと思う」

「ああ、わかった。知らせてくれてありがとう」

 

達也は克也にお礼を言ってロボ研のガレージに入っていき、克也は深雪と達也を見送った後、2人で仲良く校舎に向かった。

 

 

 

克也は生徒会室におり、深雪が仕事をしている横で眠っていた。今までの疲れが余程溜まっていたらしい。

 

「克也お兄様、少しよろしいでしょうか?…克也お兄様?」

 

何度呼んでも返事が返ってこないのでいる場所を向くと、腕組みをしながら寝ている克也がいた。それを見て深雪は頬を緩めてしまう。今この生徒会室には自分と克也しかいないので、こんな姿を見せているのだろう。起こすこともせずに深雪は生徒会室の書類をまとめ始めた。

 

 

 

1時間ほど眠っていたが、知った想子が近づいてきたことで克也は目を覚ました。克也は家にいる時以外は常に辺りを警戒している。四葉家の訓練によって叩き込まれたため、無意識に行ってしまうのだ。それは睡眠中でも同じで、今回も誰が来るのかが事前に分かっていた。

 

「千代田先輩、おはようございます」

「司波さん、やっほ~。ところで寝ぼけてる四葉君はどうしたの?」

「疲れが溜まってたみたいです」

「なるほどね」

 

起きたまではいいが、寝起き数分では克也でもさすがにいつも通りとはいかなかった。2人のやりとりが左から右に流れている。その様子を見て、深雪の説明に花音はすぐに納得した。しかし次の瞬間に克也の意識は覚醒する。

 

「千代田先輩、保安システムから異常警報です!」

「場所は!?」

「ロボ研です!」

「司波さんはここにいて。四葉君、行くわよ!」

「「はい!」」

 

克也と深雪はそれぞれ違うお願いに同じ言葉で答えた。

 

 

 

「関本先輩、何をしているんですか?」

「な、千代田に四葉!?ど、どうしてここに!」

 

ロボ研に入ると、達也以外に誰かが動いているのが見えた。千代田先輩に声をかけられた人影は、獲物に睨まれた小動物のように振り向いて止まる。驚きすぎだろうと思ったが今はそれどころではない。

 

「その台詞は聞き捨てなりませんね。ここに私が来てもおかしくはありませんよ」

「馬鹿な!警報は切っていたはずだ!」

 

不用意な言葉を発したことで、俺と千代田先輩は想子を活性化させる。

 

「ええ、警報は自動ではなく手動(・・・・・・・・)で届きましたから」

 

後になって分かったことだが、達也はロボ研の所有する人型ロボット〈3H〉に、何かあれば警報を手動で発することを命じていたらしい。

 

「関本先輩、警報を切ったとはどういうことですか?今ここで言えないのであれば、後々お聞きすることになります。もちろん厳しい罰を受けてからですが。とりあえず起きろ達也。狸寝入りはバレてるぞ」

 

脅しで話してもらおうと思ったが逆効果だったようで、関本先輩は口を開閉するだけで何も発しない。俺の言葉に達也は苦笑しながら立ち上がり、それを見た関本先輩はさらに驚く。

 

「馬鹿な!ガスが効いていないのか!?」

 

その言葉に俺はため息をついた。自ら墓穴を掘り続けることに飽き飽きしたのだ。

 

「関本勲、CADを外して床に置きなさい!」

 

そう命じながら千代田先輩は、自分のCADに想子を流し込み待機させる。

 

「千代田ぁ!」

 

関本先輩は叫びながらCADを操作するが、床を媒体とした千代田先輩の振動魔法に意識を刈り取られて倒れる。魔法を発動直前で待機させていた千代田先輩に、後から発動させて勝てるわけないだろうに。

 

「とりあえずこの人を引き渡しましょう。千代田先輩、お願いできますか?」

「ええ、任せて」

 

快く引き受けてくれたので仕事が楽になった。おそらくは先輩としての立場と風紀委員長としての仕事だと認識したからだろう。千代田先輩がいなくなるのを確認した後、俺は達也に尋ねる。

 

「で、証拠はあるのか?達也」

「ああ、3Hに記録させておいたから役に立つだろう。あとは藤林さんに送って確保してもらうだけだ」

 

そう言って帰宅する準備を始める達也を残して俺は外に出た。

 

関本勲の襲撃は予測できなかった。エリカに聞いたあの非工作員が言っていたことはこのことだったのだろうか?平河千秋の場合は自ら望んで手を結んだが今回は違う。関本勲は二科生との溝を深めず、中立的な立場をとってきた人物だ。

 

そのような人物がこんな犯罪行為をするだろうか。マインドコントロールを受けて操られていた可能性もある。だがそれでは会話が成り立たなくなるはずだ。しかし先の会話でおかしな箇所はどこにもなかった。分からない藤林さんに任せるしかないか。

 

そう思いながら俺は、雨を降らせる雨雲を見上げていた。

 

 

 

 

 

翌日、コミューターを降りて学校に向かおうとすると、後ろを走ってきていたコミューターから降りる人物を見て、克也たち3人は立ち止まった。

 

「げっ」

「ん?どうし…」

 

エリカの硬直に首を傾げながら視線を変えたレオが、こちらを見て行動停止した。

 

「詳しいことは聞かないから安心しろ」

 

克也が2人に言うとようやく動き出した。

 

「久しぶり3人とも。このことは内緒ね」

「おっす克也・達也・司波さん」

 

2人が挨拶してくるので、いつも通りに挨拶をしてから学校に向かった。

 

 

 

その日、達也は関本先輩に事情聴取をしに行きたかったのだが、風紀委員である千代田先輩と生徒会長であるあーちゃん先輩に面会許可をもらえず落ち込んでいた。俺が達也の代わりに行くなら許可するらしく、達也はその条件で渋々頷いた。

 

まあ、結局は家に帰ってから話すのだから行っても行かなくても変わらない。達也が行くと面倒事が起こるからというのが言い分である。正当性は全くないが、事実であることを俺は知っている。それに論文コンペの主力3人のうちの1人なのだから、今このタイミングで向けるのは外聞が悪い。たとえ予定以上にスケジュールが進んでいたとしても。

 

拘置所には七草先輩と委員長と行くことになり、放課後に関本先輩がいる八王子特殊鑑別所に向かった。

 

七草先輩と2人で関本先輩の隣の部屋から、委員長の尋問を聞くことにした。委員長が入ってくると関本先輩は無意識にCADが巻いてあった位置をさするが、もちろんないので何も起こらない。すると今まで焦っていた関本先輩の顔が陰り、脱力したことで無表情になった。

 

「匂いを使った意識操作ですか。これは危険ですね」

「克也君も見るのは初めて?」

「はい、あまり使われたくないですが」

「それもそうね」

 

軽い会話をした後、尋問が始まった。

 

『何をするつもりだった?』

『デモ機のデータを吸い上げた後、司波の持ち物を調べるつもりだった』

『何が目的だった?』

『〈聖遺物(レリック)〉だ』

 

委員長の質問に1つずつ答える。目的を聞いた瞬間、関本先輩は操られていたと確信した。論文コンペに出場できなかった悔しさをつけ込まれて利用されたのだろう。気持ちは分かるが同情はできない。相手の侵入を許してしまうほど関本先輩の心が弱かったのだ。

 

「克也君、そんなものを持っていたの?」

 

俺が達也と一緒に暮らしているのを、一高生はほぼ全員知っている。だから俺に聞いてもおかしくはない。

 

「いえ…」

 

そこまで話していると突然警報が鳴り出した。部屋を出ると委員長も隣の尋問室から出てきくる。

 

「克也君、これは一体...」

「侵入者ですね。…こちらが狙いですか」

 

通路の奥からゆっくり歩いてくる男を視界に入れた瞬間、全身の毛が逆立つ錯覚を感じた。

 

「「呂剛虎(ルゥ・ガンフウ)...」」

 

委員長と同時に敵の名前を叫ぶ。

 

「委員長もご存じなんですか?」

「ああ、少し前に平河千秋の入院している病院で交戦した。克也(・・)も知っているのか?」

 

委員長が俺の名前を呼び捨てにするのは余程の時だけだ。つまりは今がその時ということ。目の前に危険人物がいれば当然である。

 

「ええ、()に大亜連合で注意すべき魔法師の1人と教えられましたから。これで関本先輩を使って達也を襲わせた犯人が分かりましたね。関本さんの無実とは言えないまでも、減刑を求める書面は書けそうです。それよりも委員長、会っていたなら教えてくださいよ。そうすれば対策できたかもしれないのに」

「いちいち報告はいらないだろ。というより構えろ。来るぞ!」

 

その言葉通り呂剛虎(ルゥ・ガンフウ)は、こちらから50mまでよ距離に接近していた。

 

「俺が戦いますので2人は離れていてください。あいつは危険です。俺もそこそこ本気で戦わないと互角の戦いはできないでしょう」

「…いや、克也は真由美を守ってくれ。あいつはあたしが倒す。シュウに怪我をさせたんだ。その仕返しをしなければ気がすまない」

 

委員長の気持ちは分かるが怪我をされては困る。〈バトル・ボード〉のようなことは二度とごめんだ。

 

「いいえ、これは四葉家次期当主候補である俺にとって最優先事項です。他国が我が国で好き放題にされるのは看破できません。委員長は七草先輩のカバーをお願いします」

 

俺の活性化した想子に気圧されて息を飲む音が聞こえたが、俺の意識は近づいてくる呂剛虎(ルゥ・ガンフウ)の様子を観察していた。

 

「わかった。なら君に任せる」

「気をつけて」

「ええ」

 

2人の心配に返事をしてから敵と対峙する。

 

「っ!」

 

小さく息を吐き出し、呂剛虎(ルゥ・ガンフウ)に向かって疾走すると同時に向こうも動き出した。俺の頭上からドライアイスの弾丸が呂剛虎に向かって発射される。位置定義を俺の頭上としているので、彼我の距離が接近するほど威力が上がる。俺の頭部が急激な方向転換や角度を変えると条件が途絶えるので、可能な限り頭部を動かさずに左右に移動しながら接近する。

 

ドライアイスの弾丸の半数が直撃するがダメージはない。彼が常時発動している鋼気効(がんしごん)によってはじき返されたのだ。鋼気効は身体を覆う魔法の鎧だ。熟練度の差にもよるが余程の魔法でない限り、破ることは不可能である。俺も七草先輩も、その程度でダメージを与えられるとは思っていない。だから驚きはしなかった。

 

想子を右拳にまとわせ呂剛虎(ルゥ・ガンフウ)の腹部を強打しようとしたが、鋼気効(がんしごん)によって阻まれて体勢が泳いで後ろに吹き飛ばされる。その瞬間を狙って呂剛虎(ルゥ・ガンフウ)が拳を繰り出してきた。

 

それはまるで虎の顎のようだ。俺は焦らずドロップキックを呂剛虎(ルゥ・ガンフウ)に喰らわせるため、仮想の足場を想子で左足の近くに形成してする。慣性・重力・回転による三重のブーストを付けた攻撃は、鋼気効(がんしごん)を砕いて呂剛虎(ルゥ・ガンフウ)の右肩を直撃した。

 

「があぁぁぁぁ!」

 

叫び声を無視して右肩を蹴って距離をとる。先生に習った体術を使用していなければ、鋼気効(がんしごん)を砕いたとしても右肩にはそれほどダメージを与えられず、逆に俺の踵は粉砕されていたことだろう。強固なものだと生半可な攻撃では貫通できないと分かっていたが、ここまで堅いとは思わなかった。

 

このままじゃやばいな。2人を守りながらじゃ満足に戦えない。魔法を使えば、ここを全壊とはいわないまでも半壊させそうだ。さてどうしたものか。

 

そこまで考えていると、呂剛虎(ルゥ・ガンフウ)が荒い息を吹き、右肩を抑えて立ち上がる。予想よりダメージがあったようだ。すると呂剛虎(ルゥ・ガンフウ)が、真剣な表情をしながら猛スピードで突っ込んできた。

 

自己加速術式を使わずにここまでの速度が出せるのか!

 

そう思いながらも俺も構える。しかし肉薄された瞬間に姿が消える。直感で右を振り返ると壁を蹴る音が聞こえた。俺と先輩方の距離は10mもない。魔法を選択している余地はなかったので想子を可能な限り圧縮して1つ撃ち出す。それは呂剛虎(ルゥ・ガンフウ)鋼気効(がんしごん)と左脇腹を貫通した。

 

「グアァァァァ!」

 

かなりの量が出血しているが、それでも前に進もうとしている。

 

「委員長!」

「わかってる!」

 

俺の叫びに委員長は答えながら、CADを操作して気流を発生させた。呂剛虎(ルゥ・ガンフウ)の動きが止まったかと思うと、上体を崩して俯せに倒れる。

 

「委員長、今のは催眠系の香料を使ったんですか?」

「…ああ。少し分量を間違えて、かなり強力な睡眠剤を処方してしまったがな。目を覚ますまでにどれくらいかかるのやら」

 

委員長のボヤキに苦笑しつつ、七草先輩の状態を聞いた。

 

「七草先輩、怪我はありませんか?」

「ええ、大丈夫よ。ありがとう2人とも。それじゃあ警備員を呼びましょうか。このまま放っておくわけにもいかないし」

「お願いします」

 

俺が頼むと壁に備え付けられた緊急用固定電話に向かった。

 

これが噂の〈人喰い虎〉呂剛虎(ルゥ・ガンフウ)か…。思ったより強敵だった。鍛え直す余地がありそうだな。

 

俺は電話をする七草先輩の横でそう思った。

 

 

 

帰宅すると2人に心配されたが、怪我をしていないことを告げると安心してくれたので、叔母に連絡すると言ってその日は早めに自室に戻った。

 

『…そんなことがあったの。それは大変でしたね』

 

叔母は俺の報告に真剣に答えている。

 

「恐るべき技量でした。呂剛虎(ルゥ・ガンフウ)があれだけの実力だったとは、自分の未熟さを痛感させられました」

『白兵戦では無類の強さを誇りますから、落ち込む必要はありませんよ。直接対峙して怪我をせずに退けたのは、称賛に値すると思いますけど』

 

おどけているのか本気なのかはわからない。褒め言葉なのだから、落ち込むことはないと言ってくれているのだろう。だが俺は素直に受け取ることはできなかった。

 

「しかし先輩方がいなければ協力者は殺されていたでしょう」

『かもしれないわね。でも《貴方の魔法(・・・・・)》を使えば苦戦することはなかったはずですけど』

 

叔母は《地獄の業火(ヘル・ヘイム)》を使えばよかったと言っているのだが俺は反対だった。

 

「確かに使えば楽でしたでしょう。しかし女性の前で人が燃える光景を見せたくなかったものですから」

『甘いわね。そんなことを言っていると、いずれ大切なものを失うわよ』

「肝に銘じます」

 

叔母の言葉は本気だ。決して口先だけのことではないのだろう。

 

『論文コンペを頑張りなさいと達也さんに伝えておいてね。それじゃあまた』

「お休みなさいませ叔母上」

 

それきり電話は切れた。今のは気をつけなさいってことだよな?そう思いながらリビングに向かった。

 

 

 

「叔母上から伝言。どう解釈すればいいのかわからないけど伝えるよ。『論文コンペを頑張りなさい』だって」

「そのままでいいんじゃないでしょうか?」

 

深雪は深く考えずに答えた。

 

「いや、事件が起こるのは一度に1回限りじゃない。平河先輩の妹といい関本先輩といい、関係者を使って2回も失敗しているんだ。次は自分たちから動くだろう。だが今は論文コンペのことを考えるのが先だ」

 

達也の言葉に頷いた2人だった。

 

「それに藤林さんからの報告だが、ほぼ全てのスパイを拘束したらしい。隊長の陳祥山(チェ・シャンシェン)は逃がしたらしいが、克也が呂剛虎(ルゥ・ガンフウ)を確保してくれたから満足したってさ。よかったな克也」

「ああ、これで達也が集中できる」

 

自身が褒められることより、達也の心配をする。何者にも侵されない家族の繋がりが垣間見えた瞬間だった。



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第25話 横浜事変①

鈴音は論文コンペ本番前日に学校を休み、リハーサルを午後に繰り下げて病院を訪れていた。同行者は俺1人だけだ。病院の個室の中には安宿先生と平河の姿があった。

 

「平河千秋さん、今の貴女のやり方では司波君の気を引くことはできません。好意は無論のこと、敵意も悪意も引き出すことは難しいでしょう」

「ええ、分かってます。お連れの人に教えてもらいましたから」

 

平河の返事は学校で見たときほど棘が生えておらず、現実を受け入れようとしている証拠だった。俺はそんなことを言った覚えはないが、自分なりの解釈で導き出したのだろう。間違っていないので何も言わなかったが。

 

「千秋さん知ってますか?1学期定期考査筆記試験で、司波君は圧倒的な結果を残しました。そこにいる彼を除いてですが。しかし筆記試験第5位が貴女です。92点、普通ならトップであってもおかしくない点数です。今回ばかりは相手が悪かったのでしょう。しかし貴女なら司波君を追い抜く技量があると思っています。この2週間一緒に作業してきましたが、司波君はソフトと比べるとハードをあまり得意としてはいないようでした。現時点でも高校生レベルを超えてはいますがソフトほど飛び抜けていません。2年生からはハードの比重が増えてきます。貴女なら司波君を追い抜くことも可能だと思いますよ。他の科目で勝てないなら自分の得意分野で競いましょう。明日会場に来てください。きっと得るものがあると思いますから」

 

そう言って鈴音と俺は退室した。

 

「鈴音、大丈夫か?」

「ええ、大丈夫です。ちょっとした自己嫌悪ですから」

 

俺の言葉に応える鈴音の顔は、暗くて悲しい笑顔を浮かべていた。俺はこんな小さなことも解決できないようだ。思い詰めるが俺より鈴音の方が重い枷を付けているように感じる。

 

「鈴音、思い詰めるな。今は論文コンペのことだけを考えよう」

 

そう言って肩を抱き寄せる。鈴音は頭を俺の肩によりかからせながら病院を後にした。

 

 

 

 

 

論文コンペ当日は何事もなく目的地に到着した。開始時間が近づくと、どの学校も緊張感を醸し出している。しかしとある一室からは、何故か軽い空気が外に漏れ出ていた。

 

「こんなところに来ていいんですか?藤林さん」

 

その言葉通り、克也たちの前に座っているのは藤林響子だった。しかもここは一高の控え室なので、異常と言えば異常だった。

 

「問題ないわ。防衛省技術本部兵器開発部所属の私が、九校戦で大活躍をした達也君の元に来てもおかしくはないもの。だから『藤林少尉』でも『藤林さん』でも『藤林のお姉さん(・・・・)』と呼んでくれてもいいわよ?」

「「『藤林のお姉さん』はなかったはずですが…」」

 

藤林の冗談にさすがの克也と達也でも困惑している。深雪はニコニコと楽しそうな笑みを浮かべていたが。

 

「雑談はこの辺にしてと。悪いニュースと良いニュース、どっちを先に聞きたい?」

「悪いニュースからで」

「…そこは良いニュースからじゃなくて?」

「では良いニュースから」

「…貴方たちも大変ね」

 

簡単に掌を返す達也に、藤林は克也と深雪へ助けを求めた。しかしながらその呼びかけも虚しく、2人に一蹴されてしまう。

 

「いつものことですから」

「お兄様ですから」

 

克也と深雪は苦笑しながら同意するのだった。

 

「…気を取り直してっと。じゃあ良いニュースからね。例のスーツが完成したわ。今日の夜にはこっちに持ってくるって真田大尉から伝言」

「流石ですね。この短期間で完成させるとは」

「その言葉は直接言ってあげてね。彼、とても喜ぶと思うから。…次は悪いニュースね。例の件だけど、このままじゃ終わらないみたい。詳しくはこれを見て」

 

データカードを渡してきたので、どうやら無線電話でも憚られる内容らしい。

 

「もしもの時はお願いします」

 

藤林の真剣な顔に克也たちは頷いた。

 

 

 

一高のプレゼン前、克也は藤林から暗号メールが送られてきたので、達也に頼んで暗号解読のための鍵を貸してもらっていた。解読すると驚くべき内容が書かれていた。

 

横須賀に向かっていた護送車が襲われ、呂剛虎(ルゥ・ガンフウ)に逃げられた!?生存者はなしか…。達也に伝えておくべきなのだろうが、このタイミングはさすがにまずいよな。後手になってしまうがプレゼンが失敗するよりはマシか。

 

克也は個別ブースから出て観客席に向かった。

 

 

 

時刻は午後3時ちょうど。一高のプレゼンは予定通りに始まった。一高のテーマに各校だけでなく、魔法関係者も興味を示していた。

 

『…核融合発電の実用化に何が必要になるか。これは前世紀から明らかにされてきました』

 

鈴音のつややかなアルトの声音でプレゼンが開始され、全員の意識は一高に向けられている。一方会場の外では、開戦の準備が着々と進み、会場に危機が近づいていた。

 

 

 

『…いずれは点火に魔法師を必要とするだけの〈重力制御魔法師機核融合炉〉が、実現できると確信します』

 

鈴音がこう締め括ると、会場は割れんばかりの拍手に包まれた。発表を終えて、壇上から降りた達也をとある人物が待ち構えていた。

 

「さすがだね司波達也。あの《ループ・キャスト》の洗練度には脅かされたよ」

「恐縮だな〈カーディナル・ジョージ〉。ありがとうと言うべきか?」

「いいや、別に礼をしてほしくて言ったんじゃないよ。次こそは僕たちが勝つ!」

 

ここまでは高校生のお祭りだったが、お遊びとしてはここまでだった。その時、轟音と振動が会場を襲った。

 

 

 

現時点、西暦2095年10月30日午後3時30分。

 

後世において人類史の転換点と評される《灼熱のハロウィン》。その発端となった〈横浜事変〉は、この時間に始まったと言われている。

 

 

 

「「達也(お兄様)!」」

 

俺と深雪は客席から達也の元に走り、舞台に上がって声をかけた。

 

「達也、今の爆発音はグレネードか?」

「おそらく正面玄関の近くで爆発したんだろう」

 

達也は俺の言葉を肯定した。さらに悪いことに銃声が多数聞こえ始める。

 

「フルオートじゃない。…対魔法師用のハイパワーライフルか」

 

達也が呟いた瞬間、数人の男たちが銃を持ちながら突入してきた。

 

「大人しくしろ!デバイスを外して床に置け!」

 

たどたどしい日本語はつい最近密入国した人間だろう。だがそれ以上に魔法師の扱いにも慣れているようだ。

 

「お前たちもだ!」

 

2人の男が俺たちに近づいてくるが無視する。視界を会場の外に向けると、侵入者共と交戦している警備員が多くがいた。だが明らかに押されている。

 

やれやれ、もっと実戦経験のある魔法師を配備してほしかったな。どうでもいいことを考えていると、男たちがさらに近づいてきた。

 

「早くしろ!」

 

それにも無視を続けていると予備動作なく発砲してきた。明確な敵意を物理的に発していたが、俺と達也はそれでも焦らない。俺は手をポケットに突っ込んだまま立ち、想子を鎧のように纏うと、それは銃弾をいとも容易く防ぐ。達也は銃弾を掴み取ったかのように右手を握りしめたまま立っていた。

 

「…銃弾が貫通しない?」

「…銃弾を掴み取ったのか?」

「この野郎!」

 

俺たちに発砲した男が呟いた瞬間、もう1人が達也に向かって数発ぶっ放した。しかし先程同様に達也の右手がコマ落としのように動き、何かを掴んでいるかのように握りしめられている。

 

「バケモノめ!」

 

叫びながら銃を捨て、戦闘ナイフを抜きながら斬りかかってくる様子は、高いレベルで訓練されていることを示している。だが今回はさらなる恐怖を生むものだった。達也は右手を手刀に切り替え、ナイフを持つ手に打ち込む。

 

「ぎゃっ!」

 

達也の手刀は何の抵抗を示さずに男の腕を切り落とした。返り血を浴びていたが気にした様子はない。

 

「達也お兄様、血糊を落としますのでそのままでお願いします」

 

「ほこりを落とします」と言い換えても気にならない。そんな落ち着いた妹の様子に自然と笑みが浮かぶ。そのおかげで止まっていた時間が動き出した。

 

「取り押さえろぉ!」

 

その合図に危険を顧みないように生徒たちが、近くのテロリストに魔法を放って速攻で取り押さえた。血を見ても怯えない。それは自らの生存本能によるが故か。もしくはそれを見てことで、現実を受け入れたのか。

 

どちらにせよ再起動してくれたことは何よりだ。

 

「克也さん・達也さん、お怪我はありませんか!?」

「大丈夫だよ」

「問題ない」

 

ほのかの心配に俺は銃弾が直撃した辺りを見せ、達也は右手をひらひらさせた。その様子にほのかは安堵する。

 

「これからどうする?」

「助かろうにも逃げようにも、まずは正面玄関の敵を無力化しないとな」

「別行動して怪我をされるよりはマシか…」

 

エリカの言葉に俺は答えて達也はため息をつく。動き出そうとすると声をかけられた。

 

「ちょっと、ちょっと待て司波達也!」

「一体何だ吉祥寺真紅朗」

 

達也は敢えてフルネームで呼び、不機嫌そうに振り返った。

 

「今のは《分子ディバイダー》じゃないのか!?」

 

知識があるが故の誤解。好都合だがめんどくさいと俺はそう思ってしまった。達也は相対距離ゼロで《分解》を行使しただけだが、秘匿すべき魔法を説明するわけにはいかない。

 

「今はそんなことを話している暇はない」

 

達也はそれだけ言うと動き出した。

 

「ま、待て!」

「二度も言わせるな吉祥寺。今は黙ってろ」

 

まだ何か言おうとしたので黙らせて達也の後を追った。

 

 

 

正面玄関に到着すると、ほぼ敵に制圧されかけていた。交戦できている警備員は3人だけだ。壁際から覗いていたのだが、レオがそのまま突っ込もうとしたので、達也と2人してその場に留まるように止める。正確にはレオの襟首を2人で引っ張って首を絞めた。

 

「…2人とも相変わらず容赦ないね」

「でもおかげで命拾い」

 

幹比古と雫が感想を述べる。その隣で克也と達也は敵の動きを分析していた。

 

「深雪、銃を黙らせてくれ」

「はい」

 

深雪が達也の力を借りて魔法を発動させる。引き金を引いても銃弾が発射できないことに、ゲリラたちが不思議そうに動きを止める。《凍火(フリーズ・フレイム)》によって弾丸が凍り付き、発射できなくなったのだ。《凍火(フリーズ・フレイム)》は燃焼を阻害する魔法なので、火薬の燃焼により発射する銃にも有効だ。

 

深雪が魔法を放った直後、達也が飛び出して手刀でゲリラを切り裂くと同時に、エリカも手元のCADでゲリラの頸動脈を的確に狙う。最後は幹比古が生き残った連中を、風魔法の《鎌鼬(かまいたち)》で追い返す。

 

血が飛び散った場面を見てほのかと美月が怯えている。俺は燃焼系の魔法で血を蒸発させ、エリカに頸動脈を切り裂かれて絶命したゲリラを、移動魔法で外に運び出す。おかげで2人の顔色が少しだけ良くなる。

 

「達也、どうする?」

「情報が欲しい。俺たちが想像しているよりも状況が進行しているようだ」

「それならVIP会議室を使ったら?」

 

雫の言葉に全員が首を傾げる。

 

「VIP会議室って言ったか?」

「うん。閣僚級の政治家や経済団体のトップの会合に使われる部屋だから、大抵の情報にアクセスできるはず」

「そんな部屋があったのか」

「認証キーとアクセスコードも知ってるよ」

 

どうやら北山潮は雫にそんなことまで教えていたようだ。溺愛とは恐ろしいなと思ったのは俺だけではあるまい。

 

「雫、頼む」

 

達也が頼むと雫は今までに見た頷きの中で、もっとも真剣な頷きを返した。



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第26話 横浜事変②

VIP会議室で雫がアクセスコードを使って、スクリーンに警察データを映しだす。ひどい状況であるのは一目瞭然で、眼にした全員が厳しい表情を浮かべていた。

 

「酷いな…これは」

「大規模な人員が投入されてるようだ。すぐには解決しないだろう。避難するにも交通の便が機能していないから何もできない。避難する前に少し時間をくれないか?」

「どうして?」

「デモ機のデータを処分しておきたい」

 

エリカの質問に達也は予想外のことを口にする。確かに情報を抜き取られては研究の時間が無駄になり、望む方向とは違う方向に使われるかもしれない。そんな不安から敵に渡さないために、達也は消去したいのだった。

 

 

 

発表に使ったデモ機の置いてある場所に向かうと、上級生が集まっており処理している最中のようだった。

 

「司涙君、他校のデモ機のデータを処理してきてくれないかな?」

「終わったら控え室に集まろう。そこでこれからの方針を決める」

 

五十里に頼まれてそれと同時に摩莉に指示される。可能な限り早く終わらせるために、克也一向は即座に行動を開始した。

 

 

 

上級生と手分けして各校のデモ機を処理した後、全員が控え室に集まった。

 

「彼らの目的は何でしょうか」

「おそらく魔法協会のメインデータでしょうね。重要データは、京都と横浜で集中管理していますから」

「沿岸防衛隊の輸送船が向かってるけど、全員を収容できるか分からないみたい」

 

五十里先輩の質問に俺が答え、七草先輩が事情を説明してくれた。避難民の数を考えると、安全の確保を確定しないのは仕方ないかもしれない。

 

ここら一帯の周辺は、ゲリラに襲撃されて包囲されているだろうから、逃げようにも交通網が麻痺している今では逃げられない。応援に駆け付けていた各校の生徒、発表会の関係者の人数は正直予想がつかない。

 

不安に思っている最中、達也は俺たちの話を聞かずに別の方を見ていた。正確には後ろのドアを見ている。いや、さらにその先だ。

 

「達也?」

 

達也は俺の言葉を無視し、〈シルバー・ホーン〉を外に向けて、《雲散霧消(ミスト・ディスパージョン)》を発動させた。

 

「…今のは何?」

 

物体が消失した場面を目撃した七草先輩はそう呟いた。俺も発動の瞬間に視野を外に広げており、こちらに特攻してきていた大型トラックが跡形もなく消えるのを見た。達也は見られたことにイラついていたが、説明する必要はなかった。

 

軍服を着た人物2人が、部屋に突然入ってきたのだ。

 

「特慰、情報統制は一時的に解除されています」

 

女性は一緒に入ってきた人物に驚いている達也に、そう声をかけた。達也が敬礼すると、俺と深雪以外が驚いている。特慰と呼ばれたことにだろうか。はたまた敬礼にだろうか。

 

おそらくその両方だろう。

 

「国防陸軍少佐 風間玄信です。所属は訳有ってご勘弁願います。特慰、国防軍特殊規則に基づき貴官にも出動を命じる」

 

達也は頷いて眼を閉じる。眼を閉じた理由を俺は何となく理解した。達也が何を思い何を考えているのか。それは俺が考えていることと同じだろうから。一高メンバーに軍の関係者であることがばれ、関係を断たれることを恐れているという思いに…。

 

「皆さんには特慰の地位について守秘義務を要求する。本件は国家機密保護法に基づく措置であるとご理解されたい」

「すまない。みんな聞いての通りだ。先輩たちと一緒に避難してくれ」

「お待ちください達也お兄様」

 

達也が言い残して外に向かおうとすると、深雪に引き留められた。深雪が達也の額に口づけをすると、知覚できるほどの活性化した想子が荒れ狂って達也を覆う。

 

「ご存分に」

「行ってくる」

 

深雪に見送られ達也は戦場に向かった。

 

 

 

「藤林少尉殿、少しよろしいですか?」

 

達也が出撃したあと、会場に残っているメンバーで軍関係者に護衛をしてもらいながら歩いていた。藤林さんとその部下に護衛されながら街を歩いていると、十文字先輩が問いかける。

 

「何でしょうか?」

「車を1台貸していただけませんか?」

「どこに行かれるのですか?」

「魔法協会関東支部へ。私は代表代理ですが、務めを果たさなければなりません」

 

十文字先輩の言葉に藤林さんは納得したようだ。だがその考えに俺は納得できずにこう切り出す。

 

「それなら俺も行きます十文字先輩」

「お前はダメだ」

「何故ですか?」

「お前にはここにいるメンバーを守ってもらわなければならない。そうでなければ俺が満足に務めを果たせん」

「…分かりました」

 

俺は素直に従う。学校での先輩・後輩という関係ではなく、国を守る〈十師族〉の魔法師として。十文字先輩と藤林さんの部下を見送りシェルターに向かっていると、直立戦車が2機向かってきた。

 

「どこから!」

 

藤林さんにも予想外らしく口から心の声が漏れる。しかし次の瞬間には、直立戦車が凍り付いた上に穴だらけになっていた。深雪の《凍火(フリーズ・フレイム)》によって機関銃は火を噴かずに立ち尽くし、七草先輩のドライアイス弾によって穴が空いたのだ。

 

「さすがね」

 

藤林さんの称賛に2人は照れている。

 

「私は市民のために輸送ヘリを呼ぶつもりです」

「私も父に連絡してヘリをよこすようにお願いします」

 

七草先輩と雫は市民のために行動するらしい。俺はここにいる全員を無事に守ることが役目だ。今やるべきことはヘリがやってくるまで、この発着所を守るメンバーを守ること。やるべきことが決まった俺は視界を広げたが、声が聞こえたのでやめる。

 

「軍の仕事は敵を排除することであり、市民の保護は警察の役目です。藤林少尉は本隊に合流してください」

 

タイミングの良すぎる兄 寿和の登場に、エリカはうんざりした顔をしている。俺たちはそんなエリカに興味津々な視線を向けていた。

 

 

 

ヘリの到着を待つ間、俺は藤林さんから許可をもらい単独行動を取って敵戦力を分析していた。

 

機動隊が上陸してきたか。総力を以て制圧するつもりかな。やれやれこんなのじゃすぐに殲滅されるっていうのに、何を考えてるのかわからないね。目的が魔法協会のデータじゃなく他の何かなのか?

 

ビルの屋上から動き回る戦車を見ながら考えていると、下から襲撃された。ここは3階建な上に身を乗り出していたので、地面から簡単に狙撃することができる。

 

「やれやれまったく。先に上陸させた部隊が全滅したのを知らないのかね。まあ、倒すのは変わらないから関係ないか」

 

独り言を呟きながら飛び降り、襲撃してきた部隊の真ん中に降り立つ。

 

「俺と戦う?」

「戦うも何もお前は死ぬんだ」

 

俺の問いかけに直立戦車に乗っている男がにやつきながら話してきた。余裕なのだろう。俺の力も知らずに話し掛ける男に笑えてきた。〈ブラッド・リターン〉をそいつに向けて言う。

 

「残念だけどいなくなるのはお前たちだ」

 

死ぬとは伝えずに薄い笑みを浮かべてトリガーを引く。その瞬間、直立戦車ごと男が炎に包まれて燃滅した。その様子に取り囲んでいた男たちの顔は恐怖に染まる。

 

「どうするまだ戦う?それとも降参して捕虜になるか、情報を吐いてから本国に送られるかどっちがいい?」

 

俺は全員に〈ブラッド・リターン〉を向けてから聞いた。するとはるか上空を猛スピードで飛ぶ人間が視えた。《念話》で言葉を伝え、意識を自分に戻す。

 

「くそ、撃て撃て!蜂の巣にしてやれ!」

 

司令官らしき人物が命じると、機関銃とハイパワーライフルをぶっ放してきた。自分の周りを《炎陣(えんじん)》で囲み、襲いかかる銃弾を防ぐ。これは振動加熱魔法を防御魔法として俺が考案し、達也に作ってもらった俺のオリジナル魔法だ。

 

想子鎧(サイオンがい)》では防ぎきれない攻撃を防ぐことができる。銃弾などを余裕で防ぐだけの防御力があり、小型の大砲でさえも防いでしまう。もちろん、運動エネルギーも消えるので風圧や衝撃は伝わらない。

 

使用者や周囲は熱を感じず外側からも見えない。内側からは相手の様子がうかがえるので対応策を考えやすい。内側から全員の位置を確認し記憶する。人数は19人。どうやら死にたいらしいので、俺は《阿鼻・叫喚》を発動し全てを蒸発させた。

 

直立戦車でさえ姿を消し、俺は発着所に戻る道を歩き始めた。

 

 

 

克也が戦闘を起こした場所は、戦いがあったのかと疑うほど痕跡を残さず綺麗なままだった。

 

 

 

克也と《念話》を交す10分前、達也は戦闘用装備を着ていた。

 

「では早速だが特慰、柳の部隊と合流してくれ」

「柳大尉の位置はバイザーに表示可能だよ」

「了解です」

 

達也は風間の指示に敬礼し、真田の言葉通り柳の位置をヘルメットのバイザーに表示させた。〈ムーバル・スーツ〉に備え付けられた飛行魔法用CADを作動させ、上空に駆け上がる。

 

飛行魔法で出せる速度は、魔法師がこの魔法にどれだけ習熟しているかで決まる。達也は基盤から作り上げたことはもとより、克也や深雪もかなりの速さまで耐えることができる。

 

肉眼だけでなく、《精霊の眼(エレメンタル・サイト)》をレーダーとして同時使用していた達也は、無人偵察機を発見したことで消し去ることを決める。一旦、無人機の10m上空まで上昇し、飛行魔法を解除して重力に任せながら落下した。無人偵察機と同じ高度に到達した瞬間、《雲散霧消(ミスト・ディスパージョン)》を発動して消し去る。飛行魔法を再始動させ、目的地に向かって飛んだ。

 

道中もう2機消失させた達也は、兄が敵に囲まれているのを視たが、《念話》で『こっちは気にするな。任務を全うしろ』と届いたので、何もせずに飛び去った。

 

兄があの程度の敵にやられるとは、思ってもいないので心配はしない。もちろんその気持ちがゼロというわけではないが、頭から余計な思考を追い出し、自分が出せる限りの速度で柳の場所に向かった。

 

柳の居場所に到着して達也は即座に頼まれた。

 

「弾は抜いた。後を頼めるか?」

「了解です」

 

柳の心配そうな様子に達也は無感情に答え、怪我をした隊員に左手で持ったCADを向けて魔法を発動させた。負傷した隊員のうめき声が消え、代わりに達也の閉ざした口の奥から歯ぎしりする音を耳にする。柳は隊員を怪我をさせ、達也に魔法を使わせたことに自分を責めた。

 

 

 

「すいません。今戻りました」

「あ、克也君。大丈夫だった?」

「ええ、遭遇した敵は殲滅してきました」

 

真由美の心配に克也は真顔で答え、殲滅という言葉をどう受け取ったのか分からなかったが、今はそんなことはどうでもよかった。

 

「何かわかった?」

「いいえ何も。何か特定できるような物があれば良いんですが」

「直立戦車がどこの国かはわからなかったの?」

「これらの機械の部品は、中古車市場で大量に出回っているのを取り寄せて作った物のようなので特定は難しいです。ただ言えるのは、大亜連合の可能性が高いということですね」

「大亜連合と共謀してる国がいるかもしれないのに?」

「その可能性は低いと思います。大亜連合の部隊しか上陸していませんし、今の状態で押されているのを上官は分かっているはずです。それなのに他の国の軍隊を一つも見ていません。そうなると敵は大亜連合しか考えられないかと」

 

克也が頭を回転させて説明していると、遠くからヘリの音が聞こえてきた。

 

「来たわね」

 

真由美の顔には、市民と後輩を逃がせることへの安堵が浮かんでいた。ヘリが着陸しようと高度を下げていると、突如として黒い雲が現れた。いや、雲ではない。異様な動きをしながら近づいてくる虫の大群は化成体だ。

 

雫が《フォノンメーザー》を放つが数が多すぎて倒し切れない。克也は《全想の眼(メモリアル・サイト)》で想子情報体を読み取り、読み取った情報を視てほっと息を吐いた。化成体の想子情報体が全て同じだったので、範囲設定するだけで消し去ることができる。

 

闇色の煉獄烈火(ベルフェゴール)》を発動すると、全ての化成体が消え去った。

 

「これで安心して乗れますね。市民の皆さんを乗せてから俺たちも乗りましょう」

 

克也がそう言うと真由美は市民を先導し始めた。あらかた乗り終わり、別のヘリに乗ろうとした瞬間。

 

「動くな!」

 

大きな声を出して鈴音の首元にナイフを押し付ける男がいた。周りを見れば、5人の男が同じようにナイフを抜いて立っている。どうやら避難民の中にゲリラが紛れ込んでいたらしい。

 

「お前には捕虜を交換するための道具になってもらう。動くなと言っている!」

 

鈴音を脅しながらCADを操作しようとした真由美に怒鳴る。真由美は大人しく言うことを聞いて手を離した。

 

「確かに狙いは良かったのですが、タイミングが悪かったですね」

「なんだと!?」

 

鈴音の冷静な声音と意味不明な言葉に大声を出し始める男は、自分がどのような状況に陥っているか理解していないようだった。

 

「ゲリラさん、死にたくなかったら今すぐ離れたほうがいいですよ。もう遅いみたいですけど」

 

真由美も笑顔で矛盾したことを言っているが、その顔は引きつっていた。

 

「何を言って…っ!」

 

男は突然身体を襲ったプレッシャーに言葉を詰まらせ、目線を話していた真由美の横に移す。そして余計に圧迫される錯覚に陥った。

 

「お前、誰に何をしている?俺の目の前で」

 

顔を俯かせながら発せられたその声音は、真由美たちもこの半年間で一度も聞いたことのないものだった。ゆっくりと上げられた顔には天使の笑みがある。しかしその天使とは普段耳にするような優しいものではなく、怒りに染まり悪魔化した天使の笑みであった。

 

いわゆる堕天使なのだが、天使と表す方が適切な笑みだ。それほどまでに純粋で穢れのない笑みだった。

 

男は鈴音の首からナイフを離す。それは意識してではなく、無意識のうちに自分の身を守ろうとする防衛本能が働いたのと、鈴音に随意筋を司る運動を麻痺させられ行動した結果だ。

 

「そうそれでいい。しっかり握って構えろ。じゃないとあっという間に死んじゃうからさ」

 

克也はそう話し、想子を軽く活性化させて男に向かって歩き出す。それだけで男は尻餅をついてしまう。

 

なんて脆いんだ。この程度の活性化で怖気付くなんて。

 

克也はそう思った。

 

克也は気付いていないが、自身の活性化された想子によるプレッシャーは、A級ライセンスを持つ魔法師でも冷や汗を流すほどだ。そんなものを向けられては、低レベルな魔法師であるゲリラが耐えられるわけがない。

 

4人の男がそのプレッシャーに負けたのか切りかかってきた。だが左右の手刀で上半身と下半身に分断され、傷口から燃えて消え去っていく。克也は手首から先に薄く鋭い想子を纏わせ、刀のように切れ味をつける。切り裂いた部分から燃えるように、《地獄の業火(ヘル・ヘイム)》を体内に打ち込んだのだ。

 

「次はお前だ」

 

克也は鈴音を拘束しようとした男に笑顔を向けながら近づく。

 

「ひぃ!や、やめてくれぇぇ!」

 

男は恐怖で叫び始めた。

 

「やめてくれ?どの口が言っている。お前は俺の大切な人を利用しようとした。殺されるのは当然だろう。その罪は万死に値する。この罪はお前の命で償わさせてもらおう」

 

克也は右手で手刀を作り、男の首に振り下ろそうとしたが後ろから抱きつかれて動きを止めた。

 

「やめてください私は何もなかったんです。だからもうやめてください」

「何故だ?こいつはお前を利用しようとしたんだ。死ぬのは当たり前だ」

「これ以上貴方の手を汚さないでください!」

 

鈴音の言葉に克也は正気を取り戻した。男は気絶し倒れていたが4人を殺した場面を目撃した友人たちは、なんとも言えない表情をしていた。



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第27話 横浜事変③

「七草先輩、先に深雪たちのところに行かせてもらってもいいですか?」

 

ヘリに乗り込もうとしていた真由美に、克也はそう問いかけた。大切な妹だから先に迎えに行きたい気持ちが現れている。深雪だから余程のことはないと信じているが、今は敵の危険地域に立っている。想定外のことが起こっても可笑しくは無い。

 

「ヘリと一緒じゃなくて?」

「ヘリでは遅すぎるので。先に行って知らせておきたいんです」

「それなら連絡すればいいんじゃないかしら」

「今この状況では電話を使っても、気付いてもらうのは厳しいでしょう」

「わかったわ。先に行って教えて上げて」

「ありがとうございます」

 

克也は真由美から許可をもらい、自己加速術式と体術を併用して、深雪たちがいる場所に向かった。

 

 

 

「七草先輩、克也さんは?」

「克也君の友人の光井さんね?彼は深雪さんたちにヘリのことを伝えるために先に向かったわ。とんでもないスピードでね」

 

最後にウインクをつけて言うと、光井さんは少し顔を赤くする。その隣の北山さんが不思議そうに問いかけてきた。

 

「ヘリと一緒ではなくですか?」

「ヘリじゃ遅いから早めに伝えたいんだって。せっかちね克也君は」

 

私の愚痴にくすりと笑う2人を見ると、少しだけ安心しているようだった。でも、まだ油断はできないわね。このままじゃ終わらない気がする。私はそう思った。

 

 

 

克也が深雪のところに着くと、既に何機かの戦闘ロボットが倒されていた。

 

「深雪、大丈夫か?やるなエリカ・レオ・幹比古も」

 

突然の登場に3人は驚いていた。深雪は克也が近づいているのを知っていたようで、まったく驚いていないが。

 

「克也お兄様!」

「うわ、驚いた!急に話しかけるのやめてくんない?」

「おい克也、驚かすなよ…」

「心臓に優しいお迎えが欲しかったなぁ」

「ヘリがこっちに向かってるから、タイミングよく切り上げて脱出しよう」

 

3人の文句を無視して伝えるべきことを話しておく。今は余計な会話をしている時間が惜しい。動ける時に動かなければ安全を確保できない。

 

「了解っと。この危険な場所から逃げられるのか。助かる嬉しさもあるがもう少し戦いたいぜ」

「レオ、あまり不謹慎なことを言わないでよ。魔法師は戦う道具かもしれないけど、人を殺す道具じゃない」

 

レオの言葉を幹比古がたしなめる。レオの言葉をどう解釈するかはその人次第だ。守られている側からすれば、敵を倒してくれる安心。倒される側からすれば、味方が殺される恐怖。

 

幹比古がレオを注意したため、克也は話題転換して空気を変えることにした。

 

「エリカ、レオのそれは武装一体型デバイスか?鍛錬はこのためだったんだな」

「よく分かったね克也君」

「まあ、俺には決め手となる技がないからな。手に入れるのに苦労したぜ」

 

レオの言葉には習得するまでの苦労が込められていた。会話をしている間にも克也は周囲を警戒していた。だからこそ敵の動きをすぐに察知できるのだ。

 

「「来た」」

 

克也は《全想の眼(メモリアル・サイト)》で、幹比古は風の精霊からの情報で知ったことを3人に知らせる。数秒後、ビルの陰から2機の戦闘ロボットが飛び出してきた。しかし角を曲がりこちらに向かってくる途中、足下が凍り付いて動きを止める。

 

凍り付いたのは足下だけではない。機銃も榴弾砲も火を噴かず凍結していた。深雪による《凍火(フリーズ・フレイム)》の陽動と援護だ。深雪の魔法はちゃちなものではなく、相手を一撃で無力化できる強力な魔法である。

 

火器が火を噴かないことに気付いたレオは、ロボットが硬直した瞬間に飛び出していた。手にする獲物は克也が見たことのない代物だった。双頭ハンマーに似た短いスティック。レオが想子を流し込むと駆動音が流れ、スティックの先端から黒いフィルム吐き出される。薄い薄い黒く透き通ったフィルムだ。長方形なのだが横から見ると存在を疑うほど極薄の刃。

 

エリカが決定打のないレオに伝授した、人を殺すための技と武器。千葉一門の秘剣〈薄羽蜻蛉〉を、レオは硬化魔法を発動させて使用している。

 

〈薄羽蜻蛉〉を一閃する。5ナノメートルの極薄刃は、凍り付いた装甲板をやすやすと切り裂く。どんな刀よりも切れ味のある極薄刃を防ぐ術はない。装甲板が切り裂かれると赤い雫がしたたり落ちる。それは紛れもなく操縦者の血だ。それを見たレオは顔をゆがめたが、嘔吐など拒絶反応を示すことはなかった。

 

 

 

獲物を仕留めたのはエリカの方が早かったかもしれない。全長180cmの巨大な武装一体型デバイス〈大蛇丸〉を、肩に担ぐ用に持ち上げると既に魔法が発動していた。

 

重さ10kgの大太刀が軽々と振りかざされ、突然エリカの姿が消える。次の瞬間には破砕音が聞こえ、ロボットが粉砕されている。レオと同じように、相手を殺すための魔法によって潰されたロボットの機械油に混じって鮮血が流れていた。

 

加重系慣性制御魔法《山津波》。自分と刀にかかる慣性を極小化して敵に高速接近し、インパクトの瞬間に消していた慣性を増幅させ、対象物にぶつける魔法。

 

この魔法は助走距離が長ければ長いほど強力になる。

 

使うためには、慣性を消した不安定な状態で駆け抜ける足さばきと、刃筋をぶれさせない操刀技術。何より無慣性状態のスピードに負けない体幹と運動神経のこれらが必要になる。エリカは先天的な【速さ】と長年の厳しい修行で剣を極めつけたことで、完璧に使うことを可能にしていた。

 

 

 

克也は深雪の隣から2人の戦いを観察していたが、この魔法は警戒すべきだとそう認識した。話をしていると、ヘリの音が聞こえたが本体が見えない。音の発生源は認識しているのだが知覚できなかった。

 

「音が近くにあるのはわかるんだけどよ。ヘリはどこだ?」

「おそらく光学迷彩で姿を隠しているんだろう。敵に認識されないように。しかしすごいな。ここまで景色に溶け込ませるのは。かなりの腕前だよ」

 

克也が称賛しているとエリカに聞かれた。

 

「使ってるのは誰なの?」

「ほのかよ。ほのかはエレメンツの血統だから光学魔法を得意としているの」

 

深雪の説明にエリカは納得し、するとポケットの携帯端末が振動したので取り出して耳に当てた。

 

『克也君、ここ狭いから着陸できないの。ロープを降ろすからそれにつかまってね』

 

克也の返事を待たずに一方的に話して電話を切った。上空から破壊された戦車の状態を確認していたのだろう。無駄な時間を使わず、安全を最優先に克也たちの回収を急いだようだ。

 

「克也お兄様、今のは七草先輩からですか?」

「ああ、機体が散乱して狭いから着陸できないらしい。ロープを降ろすからそれにつかまってくれだって」

「そうですか。それは構いません。それより克也お兄様、少しよろしいでしょうか?」

 

克也は深雪の言葉の続きをある程度予想していた。すると予想通りその言葉が聞こえてくる。

 

「七草先輩のプライベートナンバーを、何故ご存じなのですか?」

 

笑顔で聞いてきたので、エリカたちに眼を向けるとそっぽを向かれて裏切られる。

 

「いや、初めて会ったときに交換しただけなんですが…」

「そうですか。その事を教えてもらっていなかった理由を、後ほど聞かせていただきますね」

 

〈横浜事変〉が終わってからも問題が残る。いや、これより大きな問題かもしれない。克也はそう思うのだった。

 

真由美の言葉通り、5本のロープが降ろされたので4人に先に上がってもらい、周囲を視て危険がないことを確認してからロープにつかまった。

 

「光井さん、辛かったら解除しても構いませんよ?今ここには深雪さんや克也君がいますから」

「…大丈夫です。みんな頑張っているんですから私もここで頑張らないと…」

 

真由美の言葉に返事するほのかは苦しそうだった。座席についていたのだが、克也は深雪に席を代わってもらう。頭に右手をかざして《癒し》を発動させて、ほのかの負担を減らす。するとほのかの苦しそうな表情が明るくなり、浅く早い呼吸が正常なものに戻った。

 

 

 

ヘリで摩莉たちが戦っている場所に着いたが、全員無事に救助することができなかった。ゲリラがハイパワーライフルを発射したことで桐原の足を吹き飛ばし、五十里の背中に榴弾の破片が突き刺さる。それを見た克也と深雪はヘリから飛び降り、重力を感じさせない動作で着地する。

 

克也と深雪はCADを使わずとも完璧に重力を掌握していた。非常に強すぎる魔法領域は、【世の理】を覆すこともある。

 

深雪の感情の暴走は、兄の能力を抑えている副作用だ。達也の能力を解放したことによって深雪の力も解放されていた。克也たちの母は精神干渉魔法を得意としており、その魔法が克也と深雪に遺伝していてもおかしくはないだろう。

 

攻撃してきたゲリラに向けて、精神干渉魔法《癒し》と系統外精神干渉魔法《コキュートス》を発動させた。敵意を向けてきたゲリラたちに、克也が《癒し》で精神に苦痛を与えて生命活動を停止させ、深雪によって精神が凍り付いたゲリラは、身体に死を命じることも死を認識することもできない。

 

克也たちがしたことを理解できた者はいなかった。

 

敵を一掃した克也が桐原と五十里に近づく。

 

「何をするの!?」

「何を!」

 

壬生と花音が叫ぶ。致命傷である恋人と幼馴染に無表情で近づけば、誰であろうと叫ばずにはいられないだろう。克也は無言で桐原と五十里を横たわらせて、《癒し》を発動させる。

 

五十里は少しずつ榴弾の破片を抜きながら傷を塞いでいく。桐原の場合は止血し、痛みを軽減させることしかできず、太ももの下からは再生させることはできなかった。五十里は治ったがこれは見かけ上しか治っていないので、完治するまでには数週間はかかるだろう。

 

「五十里先輩、一応治療しました。念のために2週間ほどは激しい運動は禁止です」

 

克也は桐原に《癒し》を施しながら説明する。

 

「…ありがとう四葉君」

 

五十里のお礼に頷きながら近づいてくる弟を待っていた。しばらくすると、彼方の空から飛んでやってくる人影が見えた。

 

「達也(お兄様)、頼む(お願いします)!」

 

飛行魔法で駆けつけた達也にお願いする。達也は無言で頷くと、左手でCADを構え桐原に発動させる。

 

【エイドス変更履歴の遡及を開始】

 

達也は無表情にたたずむ。

 

【復元時点を確認】

 

この魔法を発動するのは一瞬だが、その間に達也が理解できない痛みを味わっているのを、克也と深雪は知っていた。

 

【復元開始】

 

達也の魔法が発動する。桐原の身体が一瞬霞んだと思うと、そこには吹き飛ばされる前の状態に戻った足があった。

 

【復元終了】

 

達也は桐原の足が治ったのを見ずに、深雪を抱き寄せて耳元で何か呟く。克也には眼を向けてきたので頷く。

 

数秒ほど視線を交わして抱擁をすると、飛行魔法を使用して飛び去っていった。達也が深雪に呟いた「良くやった」という言葉を、克也と深雪以外が知る機会が訪れることはなかった。



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第28話 横浜事変④

「…何が起こったんだ?いっそ夢だったって言われた方が、まだ状況が理解できるぜ」

「でも僕が背中を大怪我したことも君の足がちぎれたことも。紛れもない事実だ」

 

桐原先輩の呟きに対して、五十里先輩はしっかりと現実を受け入れていた。自身に何が起こったのか理解できていなくとも、納得だけはできていたようだ。

 

「司波、教えてくれないか?克也君と達也君は何をしたんだ?」

「摩莉、他人の魔法を探るのはダメよ」

 

七草先輩が委員長をたしなめた。魔法社会では、他人の魔法を聞き出すのはマナー違反とされている。個人情報と同等の秘密なのだから当然である。

 

「構いません七草先輩。何が起こったのかを受け入れるには、あるがままに話す必要があるでしょうから。ここにいる方々に話しても、達也お兄様は文句を言わないでしょう」

 

深雪はそう言うと話し始めた。

 

「克也お兄様が使用された魔法は、【固有魔法】《回復(ヒール)》です。怪我を治す治癒魔法ですが、これは見かけの上のみでとなります。傷が塞がったとしても、完治するまでに克也お兄様が亡くなれば、効果はなくなり怪我が元に戻ってしまいます。達也お兄様が使用された魔法は、克也お兄様と違って治癒魔法ではありません。魔法の名称は《再生》、達也お兄様の【固有魔法】です。エイドスの再生履歴を最大で24時間まで遡り、上書きして事象を無かったことにします。これは生物だけではなく機械にまで作用します。この魔法のせいで、達也お兄様は他の魔法を自由に使うことはできません」

 

深雪の説明に全員黙り込んでいた。達也の魔法力の低さは知っていたが、それでも一科の生徒を上回る能力を持つことを訝しんでいたのだ。

 

だが今の説明で理解できた。

 

魔法力の低さを肉体の強度で補い、それを利用した戦闘方法で勝つ。達也が意図的に魔法力が低くみせて、一科の生徒に勝利して優越感に浸っているのではないとわかった瞬間だった。

 

「だから達也君はあれほどまでにアンバランスだったのね」

「それだけの高等魔法が待機していれば、他の魔法が阻害されてもおかしくはない」

 

七草先輩と委員長は深刻そうに話したが、2人の先輩は違っていた。

 

「でもそれだけの魔法が使えれば、他の魔法を使えなくても些細なことじゃない!」

「そうだね。その需要は計り知れない」

 

千代田先輩と五十里先輩の幼馴染が慰めるが、俺と深雪の表情は暗い。深雪が膝に置いた手を強く握る。その手を俺が優しく包み込むと、深雪が抱き締めるように胸へと持ち上げた。

 

「…その魔法が何の代償もなくお使いになれるとお思いですか?」

 

静かに告げた俺の言葉に2人は硬直した。

 

「エイドスを読み取るということは、その者が味わった苦痛も伴います。桐原先輩を俺が治療してから、達也が魔法を使うまで20秒がかかっていました。そして魔法が終了するまでにかかった時間はゼロコンマ2秒。この瞬間に達也は桐原先輩が味わった苦痛を100倍にして味わっているんです。それでも達也にこの魔法を使わせるのですか?」

 

俺は静かに怒りながら伝える。言葉を聞いた瞬間に深雪が震えたのがわかった。深雪を抱き寄せて髪を優しく撫でる。

 

「…100倍」

 

桐原先輩は頭を抱えながら呟く。俺と深雪は達也に《再生》を使わせてしまったことを悔いていた。

 

 

 

「っ!」

 

しばらくの間ヘリで移動していた俺は、協会付近で突然吹き付けた重い想子の波動を感じて声を出してしまった。

 

「克也お兄様、どうされました?」

「あっ!」

 

深雪の質問に答えようとした瞬間に美月も声を上げた。

 

「美月もどうしたの?」

「魔法協会の近くで野獣のようなオーラが見えた気がして…」

 

全員が理解できないような顔をしていたが、幹比古が呪符で外の様子を確認する。

 

「敵襲!?」

 

ついで叫び、全員が気を引き締めた。

 

「名倉さん、協会に!」

 

七草先輩が指示を出すと、ヘリが進行方向を変更した。

 

 

 

協会の麓では白い甲冑を着た見たことのある男が戦っていた。

 

呂剛虎(ルゥ・ガンフウ)か…」

「逃げられたみたいね」

 

俺と七草先輩はぼやく。あれだけ苦労して捕縛したのだ。それが目の前に入れば、否応なく気分が悪くなるのは当然である。

 

呂剛虎(ルゥ・ガンフウ)…ね」

「エリカ、知ってるのか?」

「強敵よ」

「なるほど」

 

エリカとレオのうわついた会話に俺は割り込む。

 

「エリカ・レオ、あいつを甘く見るな。そんな状態じゃ死ぬぞ。俺でも倒しきれなかったんだからな」

 

俺の言葉に2人は顔を引き締める。俺の魔法力を知っているからこその反応だろう。

 

「エリカ・西城、お前たちにも手伝ってもらうぞ」

「言われなくても」

「もちろん」

「克也君・深雪さん、2人は協会の中をお願い」

「「はい」」

 

七草先輩のお願いに俺たちはしっかりと答えた。

 

 

 

陳 祥山(チェン・シャンシェン)は、魔法教会関東支部の廊下を歩いて目的地に向かっていた。これまでの襲撃は、魔法協会のデータを盗むための布石だった。

 

論文コンペの襲撃・ゲリラの上陸・戦闘用ロボットの使用。そして彼の部下である〈白虎甲(パイフウジア)〉を着た本気の呂剛虎(ルゥ・ガンフウ)による陽動。それら全てがこのためのものだ。

 

《電子菌蚕》が入った端末を指紋認証部分に押し付ける。警報が鳴り響くが気にしない。ハッキングで開かれたドアから冷気(・・)が漏れ出る。

 

「これが《鬼門遁甲(きもんとんこう)》ですか。なるほど勉強になりました」

 

ドアをくぐりぬけた先から、可憐な声が聞こえてきたのでその方向に顔を向けると、そこには監視対象であった清楚な少女が立っていた。

 

「司波、深雪…。何故ここに?」

「深雪の名前を知っているということは、今まで俺たちを追い回していたのはお前の部下だったわけか」

 

後ろから声が聞こえたので振り返ると、要注意人物として国から警告を受けていた人物の1人が立っていた。

 

「四葉、克也…。お前たちには私の術が効かなかったのか!?」

「事前に警告を受けていましたから。『方位に気をつけろ』と。しかしそれではよくわかりませんでした。全方位に気を配っていれば、何とかなんとかなるだろうと思いました」

 

深雪の言葉に陳祥山(チェン・シャンシェン)は驚愕する。その程度で破られるようでは、《鬼門遁甲(きもんとんこう)》は既に廃れている。しかし実際に破られているがそのようなことを考える必要はなく、話していた目前の深雪が説明してくれた。

 

「幸いこちらには普通は見えないものが見える方がいましたから。術によって見えないことになっている貴方の姿を、容易に見ることができたというわけです」

 

その視線を辿ると照れた笑みを浮かべる克也がいた。

 

「とりあえず今はお眠りください。貴方がいなくなれば、私たちも静かに暮らせるというものです」

 

深雪は嬉しそうに呟きながら笑った。

 

陳祥山(チェン・シャンシェン)は、自分の身体の体温が下がっていることにようやく気付く。おそらくこの部屋に入ってから気付かれないように徐々に下げておき、言葉を発した瞬間に急激に下げたのだろう。

 

「どうぞお休みください。私も上達しましたので、一生氷の中ということはありません。ご安心を」

 

その言葉を最後に、陳祥山(チェン・シャンシェン)の意識は闇に飲まれた。

 

 

 

「お疲れ様深雪。見事な魔法制御だな。これなら後遺症が残ることもないだろう」

 

凍り付いた陳祥山(チェン・シャンシェン)の様子を調べてから、深雪に労いの声をかける。

 

「そ、そんな、もったいないお言葉です///」

 

すると深雪は顔を赤くさせて悶た。

 

驚愕の表情をうかべながら凍り付いた男の横で、顔を紅潮させている美少女というかなりシュールな絵面。幸いにも気にする者は1人もいない。

 

「深雪、ヘリに戻ろうか」

「はい!」

 

深雪は克也の言葉に頷いて左腕に飛びつく。その様子は恋人に甘える普通の少女で、敵を凍らせたときとは違う美しさを兼ねそろえていた。

 

 

 

外に出ると呂剛虎(ルゥ・ガンフウ)は、その巨体を地面に崩していた。既に深雪は克也から離れている。彼が倒れた様子を見るのは2度目だが、今回は確実に確保できたと克也は確信する。

 

「エリカ・レオ、よくやったな」

「あたしじゃないよ倒したのは。あ〜あ、負けちゃった」

「やれやれ強かったぜこいつはよう」

 

エリカとレオのぼやきに苦笑し、倒したことより負けたことを悔しがるエリカの様子に克也と深雪は笑った。その後に話を聞いたところ、呂剛虎(ルゥ・ガンフウ)を倒したのは真由美の得意魔法《ドライミーティア》によるものらしい。

 

エリカやレオが痴話喧嘩を繰り広げている頃、克也は弟が今いる方向に目線を向けていた。

 

「達也…」

 

無意識のうちに呟く克也であった。

 

 

 

「敵の揚陸艦が逃走し始めたようだな。これを撃沈するぞ」

「はっ」

 

柳が部隊に攻撃の命令を出そうとすると通信が入った。

 

『柳大尉、敵艦に対する直接攻撃はお控えください』

「藤林、どういうことだ?」

『敵艦はヒドラジン燃料電池を使用しています。東京湾内で船体を破損させると水産物への影響が大きすぎます』

 

柳は舌打ちをした。それでは敵をわざわざ逃がすようなものだ。しかしその心配は杞憂に終わりそうだった。

 

『退け。柳』

「隊長?」

 

風間から撤退の指示が出たからである。

 

『勘違いするな。作戦終了というわけではない。一旦帰投しろ』

「了解しました」

 

今の通信を聞いていた部下も移動本部へ向かって帰投した。いくらハイレベルの魔法師である独立魔装大隊の兵であるといえど、長時間の戦闘は眼に見えぬ疲労が蓄積する。それを踏まえての帰投命令だった。

 

 

 

帰投した柳に指揮権を委ね、風間は真田大尉・藤林少尉・達也を連れてベイヒルズタワーの屋上に来ていた。

 

「敵艦は相模灘を時速30ノットで南下中。房総半島と大島のほぼ中間地点です。撃沈しても問題ないかと思われます」

 

小型モニターを見ながら伝えた情報に、風間は頷き真田に命じた。

 

「〈サード・アイ〉の封印を解除」

「了解」

 

風間から嬉しそうにカードキーを受け取り、真田は大きなケースに差し込んだ。カード・静脈認識・暗唱ワード・声紋の多重複合キーによる厳重な箱を開けていく。

 

「色即是空 空即是色」

 

真田が呟くとロックが外れ、中から大型CADが姿を現した。

 

「大黒特慰、《質量爆散(マテリアル・バースト)》を以て敵艦を撃沈せよ」

「了解しました」

 

真田から〈サード・アイ〉を受け取った達也に風間は命令を下した。「大黒特慰」正式には「大黒竜也」は、独立魔装大隊において特務士官として活動する達也の名前だ。

 

「成層圏監視カメラとのリンクを確認」

 

藤林がモニターを確認して告げる。達也のバイザーにも同じ情報が映し出されているので、達也に言ったというより風間や真田に伝えたのが正しいだろう。

 

船体に付着する無数の水滴のうち、ヒドラジン燃料電池タンクの直上、甲板に付着した水滴に狙いを定める。監視カメラの分解能では見分けられない一滴の水滴を、精密照準する〈サード・アイ〉の遠距離精密照準補助システムも侮れないが、情報体を知覚する達也の視力も驚異的だ。それを理解する頭脳と分析する処理能力もだが。

 

「《質量爆散(マテリアル・バースト)》発動」

「《質量爆散(マテリアル・バースト)》発動します」

 

風間の指示に、達也は迷うことなく引き金を引いた。

 

突然、想子波の揺らぎの警告音が鳴り響き、偽装揚陸艦はざわつき始める。10km四方に敵の影も形もなかったのだから、その行動は仕方の無いことだ。もし揚陸艦の生存者がいたのであれば、こう表現したことだろう。

 

「太陽が突如現れ、膨れ上がり爆発した」と。

 

しかしその言葉を後世に残すことができた人間はいなかった。その灼熱の光球に全て飲み込まれ、跡形もなく蒸発してしまったのだから。

 

究極の分解魔法、戦略級魔法である《質量爆散(マテリアル・バースト)》が実戦で《2回目(・・・)》に使われた瞬間であった。

 

 

 

とある爆発を俺たちは、横浜にある魔法協会近くの海岸近くで見ていた。突然光球が水平線の彼方に現れたかと思うと、膨張して何もかもを飲み込む瞬間を。深雪は心配そうな表情をして俺の左手を握りながら見ていた。俺は無表情に何もなかったかのように穏やかになった海原を、しばらくの間眺めていた。

 

 

 

「敵艦と同じ座標で爆発を確認。撃沈したかと思われます」

「撃沈しました」

 

藤林の報告を修正し、達也は再度報告した。

 

「約80kmの距離を精密照準。〈サード・アイ〉は所定の性能を発揮しました」

 

真田の嬉しそうな報告に風間は頷く。達也、いや大黒特慰を毅然とした態度で労った。

 

「特慰、ご苦労だった」

「はっ」

 

大黒特慰はいつも通りの敬礼を返すのだった。

 

 

 

俺と深雪は自宅で初めて2人きりの生活を送っていた。もちろん俺たちに間違いが起こることもなく普段通りだ。達也がいないことだけを除いては…。電話の音が鳴り響き、深雪が応対する間に俺はテレビの正面に立っていた。呼び出し音が四葉からの秘匿回線からだったので、素早く身支度を整える。

 

「お久しぶりです叔母上」

『久しぶりね克也。それに深雪さんも』

「ご無沙汰しております叔母様」

 

俺たちは挨拶をしながらお辞儀をした。俺が()と呼ばなかったのは、この回線が強力な暗号でカモフラージュされているからである。

 

『そんなにかしこまらなくて結構ですよ。それよりも今日は大変な目に遭いましたね』

「はい。しかし何も心配することはありません叔母上。問題など何一つありませんし、達也が片付けてくれますから」

「その通りです叔母様。今、達也お兄様は事後処理のためここにはおりません」

 

俺と深雪は感情のぶれが一切無い声で答えた。

 

『そうですかそれを聞いて安心しました。そうそう今度の日曜日にいらっしゃいな。いろいろお話しましょう』

 

この言葉を真に受けてはならない。叔母としてのお茶の誘いではなく、当主としての出頭命令だ。

 

「わかりました。達也に伝えておきます」

 

俺と深雪は素直に頷いた。

 

『じゃあ、お休みなさい』

「「お休みなさいませ叔母上(様)」」

 

電話が切れると俺はソファーに沈み込んだ。

 

「克也お兄様…」

 

深雪が心配そうに見つめてくるが、今は振り向かない。

 

「達也、お前を切り離したりはしない絶対に。例え四葉家と敵対することになっても、この地球に俺たちの居場所がなくなったとしても」

 

そう呟いたあと、深雪は俺を後ろから抱きしめてきた。

 

「そんな重荷を克也お兄様だけが背負う必要はありません。私も同じように背負って生きていきます。だからそんなに抱え込まないでください」

 

そう話しかける深雪の頬には二筋の雫が流れていた。そして俺の頬にも。

 

「達也…」

 

俺はまた大事な弟の名前を呟いた。深雪を放っておくことはできず、俺は深雪と共に同じベッドで夜を明かすのだった。

 

 

 

 

 

10月31日、達也は対馬要塞でハロウィンを迎えていたが特別な感慨はなかった。

 

「これはつい5分前の写真だ。この様子だと約2時間後には出港するだろう。そしてこの動員人数を見る限り、日本海側の何処かを占領する意図があると考えられる」

 

確かにそれだけの人員・物資・武器が準備されていた。

 

「既に敵は準備を完了しているが、我々は昨日より動員を開始したばかりだ。このままでは奴らに先を越されるだろう。よって我々独立魔装大隊は、戦略級魔法を投入し殲滅することを決定した。これは〈統合幕僚会議〉の許可を受けた作戦である。大黒特慰、頼むぞ」

 

風間の言葉に達也は頷きだけを返す。そのままの流れで達也は、液晶モニターが大量に映った部屋の中心に立つ。

 

「大黒特慰、準備はよろしいですか?」

「準備完了。衛星とのリンクも良好です」

 

真田に問われて達也は〈ムーバル・スーツ〉を着て、〈サード・アイ〉を両手に答えた。

 

「《質量爆散(マテリアル・バースト)》発動順備」

 

風間の声に達也は〈サード・アイ〉を構え、照準を合わせる。狙いは鎮海軍港巨済島要塞に停泊している大亜連合艦隊の中央の戦艦の戦闘旗。三次元処理された衛星映像を手掛かりに、目的の情報体へアクセスする。

 

「準備完了」

 

呟くような小さな声だった。しかし静まりかえった室内ではそれで十分だった。

 

「《質量爆散(マテリアル・バースト)》発動」

「《質量爆散(マテリアル・バースト)》発動します」

 

風間の声を復唱し、達也は〈サード・アイ〉の引き金を引いた。

 

魔法は対馬要塞から海峡を越えて鎮海軍港へ。そして爆発した。爆発の後の爪痕を見て表情を変えなかったのは達也だけ。そしてここにいる全員が、戦略級魔法という意味を思い知らされる。

 

 

 

それは後世に《灼熱のハロウィン》として、まことしやかに語り継がれる世界を揺るがす大事件であった。

 

 

 

 

 

克也は翌日から学校には深雪と2人で登校したが、達也のいない登校は寂しいものだった。いつものメンバーから達也はいつ帰ってくるのかと聞かれたが、連絡もつかないので分からないと答えていた。

 

達也が軍の関係者であることを知っても、変わらずに接してくれる友人たちに感謝したが、昼食の席でも重たい空気が覆い楽しいと呼べるものではない。ほのかやエリカが明るく話を盛り上げてくれたのだが、空気を吹き飛ばすことはできなかった。

 

「達也お兄様はいつ帰ってくるのでしょうか」

 

1日の学校生活を終えて、エリカたちと別れてコミューターに乗っているとき。深雪がふいにこぼした。

 

「あれから2日も経つというのに、お兄様からは連絡はありません。こちらから連絡しても返信が来ません。何かあったのでしょうか」

「忙しいんだろうさ。叔母上からの報告にもあったように、条約を締結したから達也の立場も変わってきてるんじゃないかな。勝利の立役者なんだし。それに達也に何かあれば、俺たちが気付かないはずがない。達也が帰ってきたときに笑顔で迎えられるように、明るく元気でいよう」

「そうですね克也お兄様。それでは今日は、克也お兄様の大好きなたらこスパゲティにしますね」

 

俺の言葉に深雪は吹っ切れたらしく、いつもの深雪に戻っていた。

 

「それは楽しみだな。それなら早く帰らないと」

 

俺は笑顔で答えた。

 

 

 

 

 

《灼熱のハロウィン》から3日後。達也はようやく任務が完了して家路についていた。2日前、大亜連合は日本側の要求をほぼ受け入れる形で条約を締結した。大亜連合が文句もなく受け入れたのは、日本側が出した要求が控えめな内容だったのもあるが、何より鎮海軍港の被害が甚大だったのが大きかったのだろう。

 

大亜連合は《灼熱のハロウィン》によって4割の戦艦と3割の軍隊を失っており、降伏するには十分すぎるものだった。条約が締結された後、達也は会議などに出席しなければならず、到底克也と深雪に連絡できる状態ではなかった。

 

しかしそれももう終わりだ。あと10分もすれば2人に会える。そんなことを考えていると家に着いた。ドアを開けると、2人の姿が見え、声が聞こえてくる。

 

「お帰り(なさい)達也(お兄様)」

 

3日しか声を聞かなかったのに、こんなに嬉しくなるのは何故だろうか。それだけ2人が大切だからだろうか。

 

「ただいま克也・深雪」

 

達也は2人に笑顔を向けながら、玄関のドアを閉めるのだった。



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第29話 出頭命令

横浜騒乱編はこれで終了です。次話からは来訪者編に入っていきます。


後世に《灼熱のハロウィン》として語られる日から1週間。克也たち3人は、地図に記されていない山村に来ていた。その理由は真夜からの招きという名の出頭命令によるものだった。

 

「心配するな。俺たちは3年前と違う」

 

達也は暗い顔をしている深雪の肩を軽くたたきながら慰めた。達也の言った言葉の中には、2つの意味が込められている。2人の実力、そして2人の関係。達也は3年前まで深雪の単なるガーディアンで、今は兄でありガーディアンなのだ。

 

「兄」という言葉が付くだけで深雪の心は軽くなり、しかし同時に少し切なくもなる。この感情は深雪に理解できるものではなかった。達也は深雪がそんな感情を抱いていることを知らない。そんな2人を克也は、首だけを後ろに向けながら複雑そうな表情で見ていた。

 

 

 

女中に一室に通される。そのまま俺と深雪はソファーに座ったが、達也は立ったままだった。俺は座るように言ったが、達也に断られたので二度も同じことを言うつもりはなかった。

 

「おっと」

 

中庭をぼんやりと見ていた俺はつい声を出してしまう。

 

「どうした克也?」

「黒羽の姉弟だ」

「珍しいですね」

 

俺の言葉に達也と深雪は、窓から中庭を歩いている2人を見た。黒羽姉弟が出てきた離れには、当主である叔母上にとっての叔母に当たる人物が住んでいる。2人がわざわざご機嫌伺いに来てもおかしくはない。

 

「そういや達也は最近2人に会ったのか?」

「いや、会っていないな。会おうにも両方とも仕事があったし、去年は受験勉強で忙しかったからな」

「なるほどね。実を言うと俺もここ1年ほど会ってないんだ」

「どうしてだ?」

 

達也は四葉の本家にいた俺が、仕事の関係上で2人が叔母上に報告に来る際に会っていたと思っていたので、会っていないと聞いて驚いたのだろう。

 

「2人が来るときに限って用事が入っててさ。七草家のパーティーとか病院とかで会えなかったんだ」

「病院?」

「別に体調を崩して行ったわけじゃない。事故による後遺症の検査の為だよ」

 

俺の説明に不安の顔をしていた達也は、安堵した顔に変わった。

 

コンコンとドアがノックされる。

 

「どうぞ」

「失礼します」

 

声と共に入ってきた女中が深々とお辞儀をする。そのまめ横にずれると、そこには俺たちが知っている人物が立っていた。

 

「久しいな達也。先週会ったばかりだが」

 

矛盾した挨拶だがおかしいと感じなかった。

 

「少佐、何故。いえ、叔母上に呼ばれたのですか?」

「ああ、2人が来るとは聞いていなかったが」

「申し訳ありません」

「謝る必要は無い」

 

風間少佐は俺の謝罪を流す。必要だから呼ばれたのだと、瞬時に理解してくれたのだろう。

 

「しかしここに来るのも3年ぶりか。相変わらず〈死の匂い〉が立ち込めているな」

「仕方ありません。ここは四(死)の研究所の上に作られた場所ですから」

「それもそうだな」

 

この会話は3年前に達也たちがやりとりしていたらしいが、まるで今思い出したかのように言っているみたいだ。達也と深雪が風間少佐と出会ったのは沖縄でのことで、その事に対して俺は詳しく聞こうとしない。叔母上から説明されていたので、話しについていけないということはないが。

 

風間少佐が言った〈死の匂い〉とはそのままの意味ではない。比喩表現で魔法師として言葉で表せないが、なんともいえない〈何か〉を感じるのでそう言っているだけである。

 

 

 

「失礼いたします」

 

程なくして外から声が聞こえた。返事を待たずにドアを開けた執事は、見るからに高い地位を有する執事だ。実際に地位は高いのだが…。その執事の後ろから主である四葉真夜が現れた。

 

「遅くなってしまって申し訳ありません。それでは始めましょうか」

 

真夜が席に着いてそう口にすると、執事が克也・深雪・真夜・風間の前に紅茶を置く。達也にはないが誰も何も言わなかった。

 

「本日来ていただいた理由は、横浜事変に端を発する一連の軍事行動についてお知らせしたいことがあったからです。風間少佐・克也・達也さん・深雪さんそれぞれに」

 

真夜はそう切り出すと話し始めた。

 

「国際魔法協会は1週間前、鎮海軍港を消滅させた爆発が憲章に抵触する〈放射能汚染兵器〉によるものではないとの見解をまとめました。これに伴い、協会に提出されていた懲罰動議は棄却されました」

 

そんなことにまで発展していたのかと克也は思ったが、顔にも空気にも表さずに聞いていた。

 

「消滅した敵艦隊の搭乗員に震天将軍が含まれていて、戦死が確実視されているのをご存じですか?大亜連合は認めていませんが」

「劉雲徳がですか?」

 

風間はその人物が参戦しているとは考えていなかったようだ。何故ならその人物が世界でも有数の魔法師だからである。

 

「ええ。それぞれの国の政治によって国際的に公にされた、13人の戦略級魔法師の1人であるその人がです」

 

13人の戦略魔法師は〈十三使徒〉と呼ばれ恐れられている。そのうちの1人を出征させていたと聞けば、どれだけ大亜連合が先の混乱に乗じて制圧しに来ようとしていたかがわかるというものだ。

 

「3年前から続く因縁はこれで終わるのでしょうか?」

「それはなんとも言えないわ克也。ただ今夏の鎮海軍港消滅は多数の国から興味を注がれているから、大爆発が戦略級魔法であると考えている国も少なくないでしょう。術者の正体を暴くため、密かに探りを入れてきている国もいると思いますよ。3年前の爆発を含めて。これ以上達也さんの正体を暴かれたくないので、しばらくの間は接触を控えていただきたいのです。よろしいでしょうか風間少佐」

「…その方がよろしいでしょうね。わかりました可能な限り関係は持たないことにしましょう」

「ありがとうございます」

 

風間の返事に満足そうに真夜は頷いた。

 

 

 

風間が退出した後、克也と深雪は席を外すように指示された。複雑そうな顔をしながら別室に移動する。

 

「さて、達也さん。こうやって2人だけで話すのは初めてね」

「ええ、必ず克也か深雪が側にいましたからね。それにこうして直接声をかけていただくのも初めてです」

 

達也は普段と変わりなく話をしていた。常人であれば震えだし会話もままならなかっただろう。生憎、達也はそういう感情に疎いのでそんなことにはならない。

 

「そうだったかしら?まあいいわ。今回は大活躍でしたね」

「恐縮です」

 

真夜が軽く皮肉を込めるが気にせずに返答する。

 

「でも四葉にとっては困ったことをしてくれたわね」

「申し訳ありません」

「達也さんに非があるわけではありませんよ。命令した風間少佐に責任があるんですから。気をつけなさい達也(・・)、〈スターズ〉が動いているわ」

 

今までのおどけた雰囲気が一変し、当主に相応しい威厳を表した。

 

「〈スターズ〉がですか?」

「ええ、そうよ。それも克也・達也さん・深雪さんを、容疑者の可能性があるというところまで絞り込んでいるわ」

「すごい情報収集力ですね」

「伊達に世界最強の魔法部隊を名乗っていないわ」

「俺が言っているのは、リアルタイムで敵の情報を集めていることに対してです」

「…」

 

達也の言葉を違う意味にとっていた真夜は、一瞬思考停止に陥ったが瞬時に復活させた。

 

「…教えてあげられないわ。残念だけど」

「ごもっともです」

 

真夜の捻り出した言葉に軽く相づちを打つだけで答える。

 

「達也、ここで謹慎なさい」

「それは俺が犯人であると暗に意味することになります」

「理由はどうとでもなります」

「そうでしょうか?」

「私の命令に従わないと?」

「俺に命令できるのは克也と深雪だけです」

 

達也がそう言った瞬間、部屋が《夜》に塗り替えられる。だが隣の部屋から伝わってきた想子に、真夜は《流星群》の発動を強制終了させた。

 

「克也にあまり心配をかけないでもらえますか?」

「貴方が私の言うことを聞いていれば、そんなことにはならなかったのだけど。貴方も克也のことになれば素直なのね」

 

魔法を放とうとした時の表情とは違い、普段の妙齢で妖艶な笑顔に戻っていた。

 

「克也に免じて今回は許してあげる。克也に感謝しなさいよ?」

「相変わらず克也に対する溺愛は変わりませんね叔母上」

 

達也の言葉に恋する少女のように顔を真っ赤にさせる真夜。

 

「べ、別に良いでしょ!?」

 

年甲斐もない叔母の慌てぶりに、これが四葉の当主なのか?と不覚にも思ってしまう達也だった。

 

「…達也さん、今失礼なことを考えませんでしたか?」

 

鋭いと思ったがおくびにもださず答える。

 

「滅相もありません。叔母上の新しい一面を見れたことに感動していただけです」

「…感じない感情を表に出されてもね。まあいいわ。とりあえず冬は気をつけなさい」

「わかりました」

 

達也は席を立ち退室した。

 

 

 

3人は克也の元ボディーガードである四谷辰巳(よつやたつみ)が運転する車の中で、真夜との会話中に感じた想子の圧力の話を達也はしていた。

 

「克也のおかげで《流星群》を《分解》せずにすんだよ」

「まさかあんなところで使うとはね。叔母上にも困ったものだな」

「さすが克也お兄様です!」

 

約1名おかしな言葉を発していたが…。

 

「辰巳、家までどのくらい?」

「およそ2時間半ほどです。」

「そうか。なら辰巳も自動運転に切り替えてこっちで遊ばないか?」

「何をされるのですか?」

「カードゲームの一つでUNOというらしい。昔流行ったらしくて、エリカにもらったけど遊ぶタイミングがないから今しようかなと。人数もちょうど良いしね」

「分かりました参加させていただきます」

 

克也の呼びかけに快く引き受ける。青木なら運転までは引き受けるだろうが、参加などはせずに運転に集中していただろう。

 

家に着くまでUNOを楽しみ、そして一番はしゃいでいたのが辰巳だったことが意外だった。



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5章 来訪者編
第30話 留学生


西暦2095年も残るところあと1ヶ月。といっても、楽観的なことを言えるのはまだまだ先である。

 

何故なら…。

 

「…訳分かんねぇよ!」

「うるさいっ!」

「…レオもエリカも落ち着け」

 

レオの問題が解けないことへの苦しみの叫びに、集中していたエリカが切れた。克也は落ち着かせるために、紅茶を注いで2人の前に置く。今克也たちは雫の家で学生という名の者にとって、忌まわしき避けて通れない定期試験のテスト勉強中である。

 

克也・達也・深雪・レオ・エリカ・幹比古・美月・ほのか・雫といういつものメンバーが、ほのか・雫の提案で勉強会に集まっていた。といっても大抵のメンバーは、筆記試験においては優秀である。

 

レオも上位20人には入っていないが赤点を気にすることはないので、勉強会というものは名目である。実際は和気藹々としたお茶会に発展している。時折レオとエリカがケンカし始めるので、克也と美月の2人がかりで抑えていた。

 

だがその雰囲気も雫の言葉で吹き飛んでしまう。

 

「アメリカに留学することになった」

「雫、今なんて言ったの?」

「アメリカに留学することになった」

 

雫はほのかの言葉に一語一句変えずに答えた。その様子に痴話喧嘩していたレオとエリカも途中で切り上げ、視線を向け直す。

 

「よく許可が下りたな」

「私もびっくりしてる」

 

克也の言葉は雫の学力のことを言っているのではない。ハイレベルな魔法師は、国外に出ることを政府に制限されている。なので今回許可されたのが不思議ということで言っているのだ。

 

「交換留学だからだって言ってた」

「だからじゃない?」

「交換留学だからって理由で許可されるのもおかしくない?エリちゃん」

「言われてみれば」

 

美月の言葉に考え込むエリカ。

 

「ところで北山さん、期間はどのくらい?」

「年が明けてから3ヶ月」

「短くて良かった~」

 

幹比古の質問の答えに安堵したほのかは、もっと長期間だったと思っていたようだ。

 

「じゃあ送別会をしないとな」

 

達也の一言に全員が嬉しそうに頷いた。

 

 

 

 

 

定期試験も無事終わり、送別会を今日12月24日に行うことになった。

 

定期試験の結果は予想通り。

 

筆記1位達也 僅差で2位克也 3位深雪 4位幹比古 5位ほのか 6位雫 10位エリカ 15位美月 

 

レオはランク外。

 

実技1位深雪 僅差で2位克也 3位雫 4位ほのか 20位幹比古 

 

達也・エリカ・美月・レオはランク外。

 

総合順位は主席克也 僅差で次席深雪 三席雫 僅差で四席ほのか 15位幹比古

 

達也・エリカ・美月・レオはランク外。

 

という結果になったが、全員が驚いたのは実技のトップ20に幹比古が入ったことだ。九校戦以来、魔法の使い方を思い出した幹比古は、眼に見えて上達していった。それがこの結果にも表れている。

 

そしてこの日は全員結果のことは忘れて、仲良くパーティーを楽しんでいた。

 

「送別会の趣旨とは違うけどこの合図でいこうか。メリー・クリスマス」

「「「「「「「メリー・クリスマス!」」」」」」」

 

達也の合図で、全員がジュースの入ったグラスを天に突き上げて合唱する。このときは全員が魔法師ではなくごく普通の少年少女だった。開催場所の〈アイネ・ブリーゼ〉は、貸し切り状態にしてもらって楽しんでいる。

 

「アメリカのどこに行くの?」

「バークレー」

 

エリカの質問に都市の名前だけを答えた雫だった。普通ならありえない留学が許可され、それが友人であったなら聞きたくなるのも当然だろう。

 

「ボストンじゃないんだ」

「東海岸は雰囲気がよろしくないようだからね。正しい判断じゃないかな」

 

克也が雫の言葉を補填するように呟く。

 

「魔女狩りの次は魔法師狩りか。歴史は繰り返すと言うが、自分が標的だと思うと余計に気分が悪いぜ」

 

レオの言葉は全員が思っていたことなので、反論するメンバーはいなかった。

 

「代わりに来る子はどんな子?」

「同い年の女の子らしいよ」

「それ以上は分からないか」

 

雫の返事に達也はしみじみと呟いた。

 

 

 

帰り道、コミューターの中で深雪が疑問を話し始めた。

 

「雫ほどの魔法素質があるのに、留学が許可されるとは思いませんでした」

「そうだね。いくら同盟国とはいえ完全な信用などできないはずだ」

「俺たちへの接触を図るためなのかもしれないな」

「達也、それはどういうことだ?」

 

克也は達也が何か知っているらしいので、教えてもらうことにした。

 

「俺たちは容疑者らしい。叔母上の忠告と合わせれば、偶然と思って野放しにはできない」

 

達也は敢えて何のとは言わなかったが、克也と深雪は分かっていたので聞き返さなかった。

 

「今は大人しくしていよう」

 

達也の言葉に克也と深雪は頷いた。

 

 

 

 

 

新学期が今日から始まったが、留学生が来るということもあってか校内はうわついていた。

 

「達也君は聞いた?留学生がすごい美少女なんだって」

「…エリカ、何処からその情報を得たんだ?」

「色々」

 

エリカの答えにため息をついた達也だったが、顔の広いエリカはどこからか仕入れてきたのだろう。

 

「それに二高・三高・四高にも来たんだって。あと研究所にも」

 

本当に何処から得るのか気になる。

 

「こっちから関わらなければ何にも無いだろ?」

「あんた馬鹿?」

「なんだとこら」

 

エリカにけなされ沸点まで怒りが上昇したが、今回はレオの無知が災いした。

 

「A組に来てるんだから克也君や深雪たちと関わるでしょう?2人は校内でトップクラスの魔法力持ってるんだから、先生方も預けやすいし留学生もそっちに行くでしょうに」

 

エリカの言う通りだ。深雪は生徒会役員でもあるので強制的に任せられるだろう。深雪と共に行動している克也・ほのか・雫も。

 

 

 

その関わりは思ったよりも早く昼食の席でのことだった。

 

「あの3人がそろうと絵になりますね」

「恐ろしいわね」

 

美月の言葉に同調して感想を述べたエリカは、昼食を取りに行って列に並んでいる3人を眺めていた。

 

中央にはたくましさを感じさせる黒髪に夜空を思わせる群青気味な漆黒の瞳を持つ容姿端麗な克也。黄金の髪に冬の空を思わせる蒼穹の瞳の少女が左に。漆黒の髪に黒水晶のような瞳の深雪が右にいる。ただでさえ周りから視線をもらっているというのに、さらに注目を浴びることになっていた。克也も深雪も見られるのは慣れているので気にしてはおらず、留学生の方も慣れている様子である。

 

「なあ達也、あの子どっかで見たことがある気がするんだけど」

「そういえばそうですね」

「同感だな」

「「え、そうなの?」」

 

レオ・美月・達也の言葉に驚くエリカと幹比古。彼らが見かけたのは正月のことなのだが、エリカ・幹比古は一緒に初詣に来てなかったので知らないのだ。

 

「では紹介しますね。今回留学されてきたアンジェリーナ・クドウ・シールズさんです」

「リーナと呼んでくださいね」

 

料理の乗ったトレーを持った3人が席について、リーナの紹介が始まった。流暢な日本語で自己紹介をしながら華やかな笑顔を浮かべる。

 

「よろしく。深雪の兄の達也だ」

「レオと呼んでくれ」

「エリカでいいわ」

「美月と呼んでくださいね」

「幹比古と呼んでください」

 

それぞれが自己紹介する。

 

「タツヤ・レオ・エリカ・ミヅキ・ミキヒコね」

 

全員の名前を復唱するがミキヒコが言いにくそうだった。

 

「言いにくいならミキでいいわよ」

「ちょっ、エリカ!」

「そう?じゃあミキで」

 

エリカによって幹比古のあだ名が決定して幹比古は落ち込む。落ち込んだ幹比古をスルーしながら全員が食事を始めた。

 

「リーナって九島閣下のご血縁かい?確か閣下の弟さんが渡米されて、そのまま家庭を築かれたと()に聞いたんだが」

「よく知ってたわねカツヤ。かなり昔のことなのに。その通りよ。ワタシの母方の祖父が九島将軍の弟なの。カツヤの母もよく知ってたわね」

()は一時期九島閣下の指導を受けていたらしくて、その時に聞いたらしいよ」

「へぇ~九島将軍の指導を受けられたなんて運が良いわね」

「俺もそう思うよ」

 

烈は弟子をとらず、ましてや教育することもほぼ無かった。教えを受けられた深夜と真夜は幸運だったと言えよう。

 

「そういう理由もあってワタシのところに話が来たみたい」

「じゃあリーナが自分から望んだわけじゃないんだ」

「…うん」

 

エリカの何気ない質問に一瞬言葉に詰まったことに気付いたのは、克也・達也・深雪だけだった。

 

 

 

 

 

リーナは一高で鮮烈なデビューを果たしていた。深雪に負けない美貌とその魔法力によって。昼食前の午前の授業では、CADを用いた実践的な魔法の授業が行われていた。実践的であると言っても実際は、生徒同士が対決するものだけだ。本格的に魔法をぶつけあうものではなく、ゲーム性の印象が強い傾向にある。

 

『ミユキ、準備はいい?』

『ええ、いつでもいいわ。カウントはリーナのタイミングでどうぞ』

 

向かい合う2人の距離は3m。その真ん中で直系30cmの金属球が細いポールの上に乗っている。実習の内容は同時にCADを操作して、中間地点に置かれた金属球を先に支配するというものだ。シンプル且つゲーム性が高いので見ている者は楽しいが、シンプルが故に力量差が明確に現れるため、当事者は見ている者ほど気楽ではいられない。

 

『…にわかには信じられんな。あの司波の妹にも勝るとも劣らない魔法力があるとは』

『それを確認するために、こうやって見に来てるんだけどね』

 

噂を聞き付けた摩莉と真由美は、自分たちの自習を即座に終わらせて、教室の隅からその様子を鑑賞していた。上級生(一科生に限って)は、下級生の授業風景を教員の許可なくして見ることが許されている。もちろん授業を妨害しない条件付けで。

 

許可されている理由としては、九校戦のように実力の高い生徒を見つけ出すためだ。九校戦前に観戦していれば、選ばれるために上級生が見ている前で、その場しのぎの全力で取り組む輩が出てくる。それで選ばれたとしても学校の役には立たないし、むしろ足手まといになる。

 

もちろん真由美や摩莉ぐらいになれば、その程度の手抜きなど即座に見分けられる。

 

まあ授業中で操作している生徒からすれば、九校戦が終わった今見られてもいい迷惑なのだが。かといって深雪・リーナ・克也がその程度のことで怖気づくはずもない。むしろプラスの力に変えることだろう。

 

『スリー』

『ツー』

『ワン』

『『Go!』』

 

最後の合図を2人同時に合わせて言う。2人がCADを操作すると金属球が左右に揺れ少しのための後、リーナの方向に地面に落ちた。

 

『あ~っ、紅わ負けたぁ!』

『これで2つ勝ち越しよリーナ』

 

盛大に悔しがるリーナの前でほっとした顔の深雪が言った。

 

『…ほぼ互角だな』

『魔法発動速度は留学生が僅かに速かったけど、〈干渉力〉で深雪さんが勝ったというところかしら』

『侮れんな留学生の実力は』

『ええ』

 

2人はそう言い終えると、3人以外の誰にも気付かれぬまま静かに教室に戻っていった。

 

『克也お兄様もどうですか?』

『構わないけどリーナ次第だな』

『頼むわカツヤ。ミユキに負けた悔しさを乗せて今回は勝たせてもらうわ』

『負かせてやるよリーナ』

 

深雪のお願いとリーナの宣戦布告に、不敵に笑って準備を始める。

 

『スリー』

『ツー』

『ワン』

『『GO!!』』

 

CADを操作して魔法力を金属球に作用させる。すると、深雪よりも早く金属球がリーナの方に落ちた。

 

『何でよぉ!!』

『俺の勝ちだリーナ。これで俺の4戦4勝だな』

 

またしても盛大に悔しがっているリーナに伝える。

 

『さすが克也お兄様です!』

『ありがとう深雪』

 

リーナやクラスメイトを無視して無邪気に話す2人に、クラスメイトは鋭い視線を突き刺した。特に雫とほのかからのが痛かったが、克也と深雪は動じなかった。

 

 

 

 

 

噂でリーナの魔法力を聞いていたため、その日の昼食中は先程の実習の話になっていた。

 

「さすがリーナね。選ばれてくるんだからすごいのは予想してたけど、深雪とほぼ互角とは思わなかったわ」

「驚いているのはワタシもよ」

 

エリカの尊敬のまなざしに肩をすくめながら、リーナはやや嘆息気味に答えた。

 

「これでもステイツのハイスクールでは負け知らずだったんだけど、ミユキには勝ち越せないしカツヤにはコテンパンにされるし。さすが魔法技術大国・日本よね」

「俺の場合は発動スピードで勝っているだけだから、総合力でいえばリーナの方が上だよ」

 

リーナの言葉に克也は事実を伝えた。

 

「でもリーナ、学校の中で勝ち負けにこだわらなくても良いと思うわよ?」

「何事にも勝ち負けがあるから伸びるとは思わない?」

「確かに競い合うことは必要だが、必要以上にこだわりすぎるのも良くないぞリーナ」

 

深雪とリーナの会話に達也が言葉を差し込み、熱くなりかけているリーナを抑えた。

 

「ごめんねみんな。ワタシ熱くなりすぎてたみたい」

「構わないさ。競い合うことが必要なのは事実だからな。ところでどうでもいいんだがリーナ、アンジェリーナの愛称は普通『アンジー』じゃないのか?」

 

リーナは顔を引きつらせながら(克也・達也・深雪しか気付いていなかった)答えた。

 

「あながち間違いではないのよタツヤ。もう1人アンジェリーナという名前の子がいたから紛らわしかったの。だからワタシが『リーナ』って呼ばれるようになったというわけ」

「そうか」

 

達也は納得したかのように答え食事を再開した。安堵した空気を醸し出したリーナに気付いた者はいなかった。

 

 

 

夕食後、リビングでのんびりしていると深雪が達也に話しかけた。

 

「達也お兄様、お昼の話はやはり…」

「気付いていたのかい?俺は高確率でリーナが〈アンジー・シリウス〉だと思っている。しかし〈シリウス〉の正体を隠そうとしていないようにも見えた。それは俺たちに気付かせて話題をふっかけさせようとしているのか。リーナが潜入捜査に向いていないのか。それは俺にもわからない」

 

達也は悩み始めていたがその話は横に置いて別の話題を出す。

 

「昼にはあんなことを言ったが、リーナとは本気で競い合うんだ深雪。そうすればお前は今以上の高みに上ることができる」

「はい、この言葉は失礼ですが言わせていただきます。リーナほど同性で競い合える人物はいませんでしたので、このチャンスは逃せません」

 

深雪の眼は闘志で溢れていた。

 

「克也、お前もだぞ」

「分かってるよ達也。リーナから学ぶことは多いからな」

 

克也も納得の出来る魔法力を持った知人ができたことを喜んでいた。



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第31話 後悔

「司波君、ちょっといい?」

 

放課後、達也は風紀委員本部に向かった。到着してすぐに花音に呼ばれ、話を聞くべく委員長席の前に立つ。エリカの言葉を聞いて、少なからず感じていた通りの仕事を押しつけられた。

 

「シールズさんのことは知ってると思うけど、今日一緒に回ってくれない?」

 

面倒臭い。また変な噂が流れる。

 

そんなふうに思ったが、拒否すると花音の機嫌が悪くなり、そちらの方が面倒臭いので承諾する。先輩への尊敬の念が全くないが、事情を知っている者からすれば、達也の気持ちは理解できるものだった。

 

 

 

「リーナの行っていた学校では、こういう制度はなかったのか?」

 

普段の仕事で巡回している道を歩きながら、達也はリーナに何気なく聞いた。

 

「ええ、そうよ。入れるのは2年生からで、1年生は勉学に励みなさいというスタンスだったわ」

「それはアメリカ全体でか?」

「詳しくは分からないわ。ステイツのハイスクールすべての制度を知るのは無理だもの。でもそういう学校は多いと聞いたわ」

「なるほどね。リーナからしたらこれは珍しいんだな」

「ええ、だから詳しく知りたいと思ったの」

 

話の軸を乱すことなく会話を続けるので、そういうところは鍛えられているらしい。回っていると周囲から視線が飛んできたが、達也の腕章を見て状況を理解したらしい。茶々を入れてくるような無粋な生徒はいなかった。

 

達也に対しての風当たりは未だ良いとはお世辞にも言えないが、入学当時と比べれば大きく変わっている。

 

九校戦でのエンジニアとしても選手としても大活躍。論文コンテでは鈴音のテーマをより現実的にさせる補助。いくら一科生でも、これらを評価しないわけにもいかなかったらしい。もちろん達也に対して敵対心を抱いている存在がゼロというわけでもない。

 

森崎とか森崎とか森崎とか。

 

九校戦での戦闘不能による敗北は理解できなくもないが、その無念を晴らしてくれた達也に向けるのは間違っている。手柄を横取りされたと思っても仕方がないのだが。そういうこともあって、今の達也は少しばかり楽な立ち位置にいるのだった。

 

「ねえタツヤ、あなたはalternate、俗に言う補欠なのよね?」

「ああ、そうだ」

「でもみんなタツヤは、校内でトップクラスの実力を持ってるって言ってたわ」

 

みんなというのが誰なのかが気になったが、ここで聞く必要はなかった。

 

「俺は周りの人間とは違う少し特殊な環境で育ったからな。それに実戦経験が多いから戦略を練るのに慣れている」

「年齢=経験じゃないのは理解できるわ」

 

リーナの想子が冗談では済まないほどに活性化していく。敵を目の前にしたかのような上がり具合だ。達也も放課後とは思えない雰囲気を纏わせる。

 

「穏やかじゃないな」

「分かるのね。すごいわ」

 

そう言うと研ぎ澄まされた刃のような笑顔をしながら、リーナが右拳底を繰り出してきた。達也はそれを容易に掴み取る。掴まれた指先に想子が集まるのを感じ、放たれる瞬間に手首を捻る。

 

「っ!」

 

リーナが声を上げたので捻っていた手首を離した。

 

「あんた本当に力加減がすごいわね。絶妙だわ」

 

自分の右手をさすりながら言ってきたので、達也は不愉快そうに質問することにした。

 

「説明してくれるんだろうな?」

「ちょっと確かめたくなっただけよ。お許しくださいタツヤ様」

 

リーナの言葉に苦笑が浮かぶ。先程の不機嫌さが嘘のようだ。

 

「何よ?」

「いや、リーナらしくないなと思ってな」

「ワタシのどこが上品じゃないというのよ!」

「キャラじゃないだろ」

 

達也の言葉にリーナは余計なことを言ってしまう。

 

「これでも大統領のお茶会に呼ばれたんですからね!」

「…ほう?」

 

達也の反応を見て自分の失言を思い出し、リーナは冷たい瞳で達也を睨んだ。

 

「…はめたのね?」

「今のはリーナの自爆だろ?」

 

リーナの鋭い視線を達也は無視する。大統領と直接会えるのは、階級の高い人物か一定以上の魔法力を持つ魔法師だけ。先程の発言は、リーナがアメリカでも有数の強力な魔法師、或いはそれなりの地位にいるということを示している。

 

これによってリーナが〈アンジー・シリウス〉という可能性が上昇したが、今はどうでも良いことだった。

 

「とりあえず、リーナの好奇心で俺に攻撃をしたということでいいんだな?」

「…ええ」

「じゃあ、説明を再開しようか」

 

達也はそう言うと巡回路を進み始め、呆れながらもリーナが追いかけた。このやりとりを知っているのは当事者の2人だけである。

 

 

 

 

 

「シルヴィ、どうしたんですか?」

「カノープス大佐から緊急の連絡です」

 

真夜中、リーナは同居人にたたき起こされて急いで電話を取った。

 

「ベン、音声のみで失礼します」

「こちらこそ失礼します。総隊長、先月脱走した者達の行き先が発覚しました」

「何処ですか!?」

「日本です。横浜に上陸後、現在は東京に潜伏中だと思われます」

 

カノープスの報告にリーナは驚愕した。自分がいるこの東京に、自国の脱走者が潜伏しているとは考えていなかったからだ。

 

「総隊長、参謀本部からの指令をお伝えします。アンジー・シリウス少佐に与えられていた命令の優先権を第二位とし、脱走者の追跡後に捕獲または処刑せよとのことです。お気を付けて」

 

そう言い終えるとカノープスは電話を切った。そしてその報告を受けてリーナは震えていた。自分がどんな理由で震えているのか自覚しないままに。

 

 

 

 

 

「達也君、昨日のニュース見た?」

 

翌日の朝、教室でエリカが登校してきたばかりの達也に聞いてきた。

 

「吸血鬼事件のか?」

「うん。あたしは臓器売買ならぬ血液売買だと思うんだけど」

「それじゃ全血液の1割しか減っていないのが理解できないな。それに血を抜いた注射痕が残っていないことを考えると、そっちの線の可能性は低い」

 

達也の言葉にエリカはまた考え直すようだ。レオが普段より遅く登校してきたので理由を聞こうと思ったのが、時間的に無理だったのでやめたのだった。

 

 

 

その日の昼食で、リーナがいないことに達也は気付いた。

 

「今日、リーナはいないのか?」

「なんでも家の事情で休みだそうです」

 

留学3日目で休むのもおかしな話だが、国から何かしらの命令(・・・・・・・・・)を受けたのだろうと達也はうのだった。

 

 

 

その日の夜、俺は七草先輩と十文字先輩とレストランの一室で会談していた。

 

「七草家が把握している情報では、吸血鬼事件の犠牲者は報道人数の3倍。現時点で24人よ。あまりにも多すぎるわ」

「つまりそれより犠牲者の数が増える可能性があるということですか?」

「ええ」

 

俺の質問に七草先輩は深刻そうに頷いた。詳しい数字を把握していることに疑問を感じたのか。十文字先輩が身を乗り出した。

 

「被害に遭っているのは七草家の関係者か?」

「半分正解ね。正確には当家と協力関係にある魔法師よ」

「つまり敵は魔法師を狙っているということですか?」

「でしょうね」

 

ため息をつきたくなるがこらえる。

 

「四葉、留学生は怪しいと思うか?」

「怪しいとは思いますが、彼女が犯人ではないでしょう。むしろ追跡する側ではないかと」

「その情報は実家からか?」

「いえ、俺の想像です。リーナが来てからこの事件が発生しているので、あまりにもタイミングが良すぎると思いました。それにあの魔法力を考えれば、未知の敵に対処するためだと考えることができます。もちろん彼女が意図的に事件を起こしている可能性もありますが。しかし万が一、留学生が問題を起こす立場であるならば、あまりにもリスクが高すぎます」

 

交換留学という名目で来ている以上、あまり派手な動きはできないはずだ。俺は自分の考えられる限りの可能性を話しておく。敵にしてはリーナの性格は悪になりきれていないし、あの人間性はそっち方面に適していないと判断している。

 

「なるほどな。だがこのことを解決するには、四葉家の手を借りるべきだろう」

「それはほぼ不可能ね。父が余計なことをしたせいで、四葉家とは実質的に冷戦状態だから。ごめんね克也君、迷惑をかけて」

「いえ、俺はどうでもいいので何も文句はありませんし言うつもりはありません。それにまだ次期当主候補の身ですので、俺は個人的に協力させてもらいますよ。知り合いに被害が出てからでは遅いですから」

 

七草先輩の謝罪を受け入れる。結局は七草弘一と叔母の戦いなのだから関わる必要はない。でしゃばって手を貸せと言われたくもない。わざわざあの冷戦に首を突っ込んで、余計な仕事を任されたくないしな。

 

「ありがとう。これで七草家と十文字家は共闘して、克也君も参加すると。案外簡単に解決するかもしれないわね。それと克也君、今日のことは2人には内緒でね」

「分かってますよ。知られたら俺の首が飛びます。特に深雪によって」

 

そう言うと2人は想像できたのか苦笑し、その後俺は家路についた。

 

 

 

 

 

克也の家に凶報が届いたのは登校する直前だった。克也と達也が険しい顔をしていると深雪に声をかけられた。

 

「どうされました?」

「レオが吸血鬼に襲われたらしい。入院しているらしいが命に別状はないから見舞いは放課後にしよう。幹比古と美月も誘って行きたいから連絡しておいてくれないか?」

「「わかった(りました)」」

 

早く見舞いに行きたい気持ちを押し殺す3人だった。

 

 

 

「酷い目に遭ったなレオ」

「見苦しい姿見せて悪ぃな。医学的には大丈夫なんだけどよ、力が入らないから立ち上がれねぇんだ」

 

レオの入院している病院の一室で、達也の問いかけにレオはベッドに横たわったまま返事をしている。

 

「で、何があったんだ?」

「それが良くわかんねぇんだよな。殴り合っている最中に突然力が入らなくなってよ。白い仮面をかぶっていたが、やり合った感じは女だったぜ」

「素手でレオと互角か。そいつがもしかしたら、巷で噂されてる吸血鬼なのかもしれないな」

 

レオの言葉から、克也はレオが吸血鬼と出くわした可能性があると思った。レオの腕前と力を知っている友人たちからすれば、その言葉をレオから直接聞いたことで、克也の言葉を深く理解した。

 

「それよりなんで夜中に歩いてたんだ?」

「エリカの兄貴の捜査に参加してたんだよ。この前歩いてるときに話しかけたら連行されて、話を聞いたときに俺が参加するって言ってな」

 

どうやらエリカの兄の責任はそれほどないらしい。

 

「最初から人間じゃなかったということもありえるよ」

「幹比古、それはどういう意味だ?」

 

達也の問いかけに幹比古は真剣に話し出した。

 

「レオが遭遇したのは〈パラサイト〉なんだと思う。寄生虫という意味じゃなくて、PARANORMAL PARASITE(超常的な寄生物)略して〈パラサイト〉。人間に寄生して人間以外の存在に作り変える魔性のことだ。古式魔法の中でもマイナーだから、現代魔法を使うみんなが知らなくてもおかしくはないよ」

 

幹比古の説明に程度の差はあれど全員が恐怖した。

 

「レオ、君の幽体を調べさせてもらっていいかい?」

「ゆうたい?」

「幽体は精神と肉体をつなぐ霊質で作られた器だよ。人の血肉を糧にしている魔物は、同時に精気を取り込んでいると考えられている。身体と同じ大きさをしている幽体を調べれば、立ち上がれない原因が分かるかもしれない」

「分かった任せるぜ幹比古。原因が分からなかったら処置の方法もわかんねぇからな」

 

幹比古の説明に納得したレオは、二重の意味で許可を出して頼んだ。克也や達也が見たことのない伝統呪法具と由緒正しい墨で書かれた札を用いて、レオの状態を視ていた幹比古は驚愕していた。

 

「…克也や達也も大概おかしいと思ってたけど。レオ、君は本当に人間かい?」

「…おいおい、なかなかの言いぐさだな幹比古」

 

レオはしみじみと呟かれ気分を害していたが、それに気付かない幹比古は驚き続けていた。

 

「これだけ吸われていたら普通ならこうやって話せないはずだよ」

「幹比古、どうしたんだ?」

「ご、ごめん。今のレオには常人が意識を保っていられないほどの精気を奪われているのに、こうやって話ができているから驚いてるんだ」

「そりゃあ俺の身体は特別製だからな」

 

それでも笑い飛ばすレオは本当に心優しい少年なのだろう。本気で自分を貶しているわけではないことを分かっていたので怒ったりはしない。しばらく話をしてレオの体調を考え、克也たちは帰ることにした。

 

 

 

 

「幹比古、何故〈パラサイト〉は血が必要だったんだ?精気を吸うだけなら必要ないはずだろ?」

「うん。それは僕もおかしいと思ったんだ」

「他に理由があるのかもしれませんね」

 

深雪の言葉に全員が頷くのだった。



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第32話 真相

あれから2日経ったがレオはまだベッドの上だ。常人なら意識を失うほどの精気を吸われたのだから、すぐに回復するとは思っていなかった。今朝はまだ来ていないエリカと幹比古の話題で達也が美月と話していたのだが、登校してきたエリカと幹比古の顔を見て首を傾げる。

 

「…おはよう」

「…おはよう達也・柴田さん」

 

2人の挨拶にいつもの元気がなく、疲れが見えるほどの疲労が溜まっているようだ。聞く前に始業のチャイムが鳴ったので、達也は理由を聞くことができなかった。

 

 

 

その日の昼食は珍しく少ない。エリカが昼休みの間も寝ており、幹比古が保健室に行き、レオは病院なので男2人は少し居心地が悪かった。しかし女性陣は、普段なかなかない面子であることを楽しんでいたのだった。

 

 

 

その日の夜、俺は吸血鬼を追いかけていた。達也たちには叔母からの命令で、四葉家の者たちと行動していると伝えているがそれは嘘だ。今は七草家と十文字家によって結成されている捜査チームで行動している。

 

「七草先輩、どうですか?」

「何もなしね。このままじゃまた収穫なしと父に伝えてため息をつかれるのがおちだわ」

 

七草先輩もどうやらエリカ同様に疲れ切っているらしい。

 

「十文字先輩、どうしますか?」

「どうにもこうにも吸血鬼が現れない限りどうしようもない」

 

まだ2人には吸血鬼の正体を教えていないが、知られると真っ先に俺が達也に疑われるので心苦しいが黙っておいた。

 

 

 

 

 

数日後。家でゆっくりしていた俺と達也は、幹比古から連絡をもらいバイクにまたがって向かった。

 

「2人とも無事か?」

 

達也は赤髪に金色の瞳の人物と交戦していたエリカと幹比古に声をかける。達也が声をかけると2人は安堵した空気を醸し出した。

 

「克也君と達也君だ」

「克也・達也、来てくれたんだね」

「連絡をもらったんだから来るしかないだろ?」

 

俺は少しおどけながら答えるが、エリカの服の様子に少し焦ってしまい眼を背けた。

 

「ねえ、眼を背けたままじゃなくて何か羽織るもの貸してくれない?」

「ああ、すまない」

 

俺がコートをエリカに被せると、寒かったのだろうか肩の震えが止まった。

 

「あいつ許さないんだから。絶対に服を弁償させてやる」

 

エリカの服は至る所が破れていたので、愚痴りたくなる理由は分かった。自身の恋愛事には無関心でも、服装に関しては気にする。こう見えてもエリカは年頃の女子なのだ。

 

「あいつは右鎖骨を痛めていたようだが」

「達也君、それはそれでこれはこれよ。ところでミキ、いつ連絡したの?聞いてないんだけど」

「位置を見つけたときにだから15分ぐらい前かな」

「せめて言ってほしかったわ」

「いいじゃないかエリカ。また現れたときに倒せば良い」

 

時間的にも帰った方が良さそうなので帰ることにした。

 

「そろそろ帰った方がいいんじゃないか達也?」

「そうだな。エリカ、乗ってくか?」

「うん、お願い!」

 

そう言って達也の後ろに乗り嬉しそうに腰に手を回した。女子がバイクの後ろに乗りたがる衝動は、昔から変わらず今でも残っている。そう思っていると、いつの間にか達也はエンジンをかけて走り出していた。エリカにコートをとられたままの俺とエリカに怒られた幹比古は、置いていかれたことに気付くまでその場に立ち尽くしていた。

 

「…幹比古、後ろに乗っていくか?家まで送るぞ」

「…ありがとう。お言葉に甘えてお願いしようかな」

 

俺はいつもより鈍い動きでバイクにまたがり、幹比古が乗り込んだのを確認してから発車させた。

 

 

 

エリカと幹比古を自宅に送った俺と達也は、先程の戦闘の話をしていた。

 

「達也、どうしたんだ?やけに深刻な顔をしてるけど」

「いや、さっきの敵は厄介だなと思ってな。あれは《仮装行列(パレード)》だった」

「《仮装行列(パレード)》だって!?…九島家の秘技なはずだろ」

「そのはずだ。だが閣下の弟さんが渡米して家庭を築いていたんだから、その子供に遺伝して使えてもおかしくはない。リーナだよ。おそらくあの赤髪の魔法師は」

「まさか…。姿形が変わるなんてありえない」

「叔母上に聞きたい。連絡を頼めるか?」

「わかった」

 

帰宅してから四葉へ秘匿回線で連絡すると、すぐ叔母が電話に出た。

 

『あら、克也から連絡をくれるなんて【ブランシュ】以来ね。それに達也さんも深雪さんも久しぶりだこと』

「「「お久しぶりです叔母上(叔母様)」」」

『それで用件は何ですか?』

「失礼します叔母上。実はお聞きしたいこととお願いしたいことが一つずつありまして」

『構いませんよ』

 

達也の突然の割り込みに、叔母上は見かけ上は優しく頷く。

 

「《仮装行列(パレード)》の仕組みを教えていただけませんか?」

『あらあら、九島家の秘術ですよ。私が知っているわけがないじゃないですか』

「叔母上は閣下のご指導を受けていたはずでは?」

『…教えてもらえなかったのよ。いくら聞いてもね』

「失礼しました」

 

達也は不甲斐ない自分を恥じたようだが仕方がない。

 

「《仮装行列(パレード)》。仮装のエイドスというものを魔法式として自分自身に投射し、一時的に外見を変えると共に、魔法的な照準を仮装の情報体にすり替えることで、自分自身に対する魔法の作用を防止する魔法なのではないのですか?」

『【変身】が不可能だということは、達也さんが一番分かっているでしょう?』

「姿形を変えるだけでいいなら光波干渉系魔法で可能です。問題は光波干渉系魔法では、俺と克也の《眼》をごまかせないということです」

「お兄様方が正体を見抜けない相手など…」

「それだけじゃない。俺の《雲散霧消(ミスト・ディスパージョン)》と克也の《闇色の辺獄烈火(ベルフェゴール)》の照準を外された」

 

深雪の驚きに俺は頷いた。この行動は達也の言葉が本当であるということを意味し、言葉の信頼性を高める目的がある。

 

『…《仮装行列(パレード)》は弟さんの方が上手だったと聞いたことがあります』

 

それが上手く作用したかはわからないが、叔母上から重要な情報がもたらされた。

 

「それだけで十分です。それと今回の事件は我々の手に余るようなので援軍を頼みたいのですが」

『…それが許しを請う方の用件なのですね?いいでしょう風間少佐との接触を許可します』

「ありがとうございます」

 

十分な情報と許可をもらい達也は満足した。電話が切れると、達也は少し安堵したような声を出す。

 

「これではっきりした。今日の敵は〈アンジー・シリウス〉ことリーナだ。明日も学校だが、リーナとは自然に接することにしよう。それとこのことはみんなに内緒だ」

 

達也の言葉に俺と深雪は頷いた。

 

 

 

 

 

次の日。俺と達也は登校中、七草先輩に「放課後、クロス・フィールド部の第二部室に来てほしい」と言われた。クロス・フィールド部は十文字先輩が所属していた部活だから、使用することに誰も反対しなかったのだろう。

 

「司波、単刀直入に聞く。昨日の夜は何をしていた?」

「バイクで外出をしていました」

「何処へだ?」

「件の吸血鬼と交戦していた吉田と千葉に呼ばれて克也と2人で向かい、そこで吸血鬼を追跡してきたであろう正体不明の魔法師と出くわしました」

 

放課後、クロス・フィールド部の第二部室に4人で集まっていた。達也の報告に七草先輩が視線を送ってくるが、瞬きで「バレますよ」とジェスチャーする。向こうも分かってくれたようで、何もなかったかのように達也に話しかけた。

 

「どんな人だったの?」

「赤髪で金色の瞳でした。強力な魔法師だという以外には何も分かっていません」

「司波、捜査に加わってくれないか?」

「構いませんよ」

 

達也が2つ返事で承諾したことに2人とも驚いていた。

 

「いいの?」

「ええ、克也がいれば四葉家から情報が来るでしょう。それに2人と克也が共同で捜査しているのもなんとなく知っていましたから」

「えっ!」

「なっ!」

 

達也の言葉に七草先輩と俺は絶句し、十文字先輩も無言で驚いていた。

 

「克也、お前は顔に出てたんだよ。今日も手掛かりなかったみたいな表情をな」

 

達也の言葉を聞いて、七草先輩が睨んできたので頭を下げて謝っておいた。

 

「…司波、お前は四葉と組んで単独行動してほしい」

「いいんですか?」

「構わん。チームに入っても個人で動かれては統率の意味が無い。勘違いしないでもらいたい。これはお前を邪魔者扱いしているわけではない。お前の行動力と計画性を推し量って言ったことだ。だが1つ言っておきたい。手に入れた情報は包み隠さず話すこと。これが単独行動させる条件だ」

「わかりました。何か分かればお伝えします」

 

もう既に1つを隠しているのだが。昨日、秘密だと話し合ったばかりなので、この場で言うつもりはなかった。

 

その後に七草先輩からもらった情報の中で、個人的に目新しいものは3つあった。1つ目が被害の規模。予想以上の被害の増え方に驚かされた。2つ目は、単独ではなく複数による仕業であると。3つ目は捜査チームを妨害する第三の勢力。これはおそらく〈スターズ〉であろうが、確信はないのでなんとも言えなかった。そしてリーナはほぼ確定で第三の勢力だろう。

 

その後は少し他愛のない会話をし、幸せそうな深雪を連れて帰宅した。

 

 

 

土曜日、達也は廊下を偶然通りかかったリーナに右肩を軽くたたきながら挨拶した。

 

「やあリーナ、学校はどうだい?」

「はいタツヤ、楽しんでるわよ」

 

お返しにとばかりに達也の肩をたたいてすれ違うのだった。



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第33話 恐怖

夕食後、克也たちは自宅の大型スクリーンを眺めていた。吸血鬼を追跡している3つのマーカーが移動しているのを見て、達也は厳しい顔をしている。

 

「達也、行くのか?」

「ああ、〈スターズ〉は俺たちより簡単に吸血鬼を見つける何かを持っているようだ。追跡しているのは十中八九リーナだろう。チャンスは少ないと思われる。おそらく今はリーナ1人だろうから、話し合いで終われるかもしれん。行ってくる」

「気をつけろよ」

 

バイクにまたがり向かう達也を、克也と深雪は心配そうに見送った。

 

 

 

しばらくすると、家のインターホンが鳴ったので深雪が出ると驚いていた。

 

「克也お兄様、九重先生が車に乗ってほしいと仰られていますがどうされますか?」

「行かないとな。それに先生が車を出すということは、余程のことなんだろう」

 

俺はそう言いながら、〈ブラッド・リターン〉と汎用型CADを持って家を出た。

 

「先生、何故力を貸してもらえるんですか?」

 

コミューターでの移動中に俺は気になって聞いてみた。世間のゴタゴタに介入するなど普通の先生ならありえない。つま(はそれなりに大事、もしくは重大な何かが理由としてあるのだと予測する。

 

「先代が九島に教えた《纏衣(まとい)》は、《仮装行列(パレード)》の原型だ。それには僕たちにとって門外不出の秘伝が含まれている。見境なく使われては困るから、今回は手を貸すことにしたんだよ」

 

先生は俺の質問に笑顔で答えているが、心中は穏やかではないのだろう。怒りがにじみ出てきている気がする。達也の元に向かう間、俺はそう感じていた。

 

 

 

達也の元に向かうと、リーナが達也にCADらしきものを突きつけていた。

 

「…さようならタツヤ」

 

その声が聞こえた瞬間、俺は茂みから飛び出していた。

 

「そんなことはさせないぞリーナ」

 

その間に周りにいる男たちを昏倒させる。俺の声を聞いてリーナは、驚きながらこちらに顔を向けてきた。

 

「カツヤ?ミユキもなんで…」

「妹だから当然でしょう?」

「達也君、危なかったねぇ」

「白々しいですよ師匠。隠れて出番を待ってたくせに」

 

先生と達也のやりとりを見て笑顔になりそうだったが抑える。それから〈ブラッド・リターン〉で牽制していたリーナを見る。

 

「リーナ、達也は殺させない。達也に向けられる敵意を俺たちは見逃さない。取引といこうリーナ。1対1の勝負でこちらが負けれら今回は逃がすが、こちらが勝てば聞かれたことに答える。どうだ?」

「…いいわよ」

「交渉成立だ。じゃあ始めようか」

 

俺はリーナの前5mに立って特化型CADを構える。

 

「今更だけど勝てると思っているの?〈スターズ〉総隊長であるこの私に」

「それはこっちの台詞だよリーナ。俺は〈触れてはならない者たち(アンタッチャブル)〉の血を受け継いでいるんだ。簡単に勝てると思わない方がいい」

 

俺が想子を活性化させ臨戦態勢を取ると、リーナは一歩後退りしたが踏み止まり、同じように想子を活性化させてきた。俺が出会った中ではトップクラスの圧力だが、危機迫る程ではない。

 

むしろ心地が良い。

 

「リーナ、カウントいくぞ」

「ええ」

「スリー」

「ツー」

「ワン」

「「GO!」」

 

言うと同時に《地獄の業火(ヘル・ヘイム)》を発動させると、リーナは《ムスペルスヘイム》を発動させてきた。

 

さすがだ。この高等魔法を使いながら俺の魔法に耐えるとは。でも、残念だけど俺の勝ちだよリーナ。君は気付いていないんだから。心の中でそう思うと俺の魔法がリーナの魔法を喰い始めた。

 

 

何故この魔法を!?何でカツヤが世界で10人しか使えない魔法を使えるのよ!私は心の中で驚愕してしまう。自分の魔法が押され始めていることに気付いた私は、余計に焦り始めた。

 

この私が負けるなんてありえない!気合いをいっそう入れるが止まらない。何で止まらないのよ!

 

 

リーナはこの長期間、精神的に余裕がない状態で働き続けていたため、自分の疲労を自覚していなかった。そのため本来の魔法力ではなく、7割程度しか使いこなせなかった。全力で戦っても克也の本気にはかなわなかっただろう。克也が本気を出せば、達也と同じで一国を簡単に落とせるのだから。

 

リーナが押されているな。克也はまったく本気を見せていないところを見ると、リーナにはそれなりの疲労が溜まっていたんだろう。

 

克也とリーナの勝負を見ていた達也は〈シルバー・ホーン〉を構え、《術式解体(グラム・ディスパージョン)》を放つ。

 

地獄の業火(ヘル・ヘイム)》がリーナの目前に迫ったとき、克也たちの魔法は消し飛んだ。誰が何をやったのかを理解していた克也は驚かなかったが、リーナは何が起こったのか理解できていなかった。

 

「さすが達也だな」

「何?今のは…。魔法式が消し飛んだ?」

 

リーナはまだ驚いていたが、それどころではなかったので話しかける。

 

「リーナ、どうする?勝敗は分からなくなったけど」

「…いいわワタシの負けで。あのまま戦っていても負けたのはワタシだったから。でも、質問にはイエスかノーで答えられる質問じゃないとダメよ。これは譲らないからね」

 

普段のリーナに戻り、拗ねる様子に克也たち3人は笑った。その間の八雲は、感情が読み取れない謎の笑みを浮かべながら克也たちを見ていた。

 

 

 

 

 

翌日、克也たちは捜査チームを学校の生徒会室に呼び出した。

 

「昨晩3時間おきに特定パターンの電波を発する発信器を、吸血鬼に撃ち込みました。寿命は最長で3日間。微弱ですが電波は違法防止用の傍受アンテナなら受信可能です」

「どうやって…」

「それは秘密です」

 

真由美の質問に達也は答えなかった。答えるためには独立魔装大隊の技術力の一端を教えることになるからだ。それは避けなければならない。話してしまえば国家反逆罪で世間とは半永久的におさらばとなる。いくら四葉家でも国の法律には抗えない。

 

「我々が追いかけている吸血鬼の正体は、USNAから脱走した魔法師のようです。昨日四葉家から(・・・・・)連絡がありました。それに加えて、我々の邪魔をしていたのはUSNAの追跡部隊のようです。こちらに知られず事を終えたかったようです」

 

達也の半分の嘘を信じているエリカ・幹比古・真由美・克人は、「なるほど」と「まさか」という表情をした。妨害している組織のレベルが、単なる非合法組織ではないと薄々感じていたのだろう。

 

 

 

「リーナ、昨日はどうしたのですか?〈スターズ〉のコード持ちが4人とも無力化され、任務復帰の目処が立たないほどの大怪我。その上リーナまで3時間以上も通信が途絶えるだなんて」

 

シルヴィは布団で寝ていたリーナを起こし、ソファーで話をしていた。自分がリーナを追い詰めていることに気付かずに話を進めたことで、只でさえ克也に負けて吸血鬼に逃亡され、精神的にやられているというのに。そんな言葉を聞けば、奈落の底へ落とされたと感じても仕方ないだろう。

 

「…私はもう〈シリウス〉を続ける自信がなくなりました。地位を返上します」

「…え?ちょ、ちょっと待ってください総隊長!」

 

自分がとどめを刺したことにようやく気付いたシルヴィが慰めに入る。

 

「今回は運が悪かったんですよ」

「運?」

「ええ、リーナは数日前から働き続けていましたから疲労が溜まっていたんです。それなら仕方ないじゃないですか」

「…そうね。運が悪かっただけよ」

 

復活してくれたようで一安心したシルヴィだった。やはりちょろいリーナである。

 

「昨日四葉家の者と勝負したのですが負けました」

「〈触れてはならない者たち(アンタッチャブル)〉と呼ばれるあの四葉家ですか?」

「ええ。疲弊していたのは否めませんが、万全の体調で全力で戦っても勝てなかったでしょうね」

 

リーナの言葉に信じられないという表情をシルヴィはしていた。〈十三使徒〉の1人のUSNA戦略級魔法師〈アンジー・シリウス〉でさえ勝てないとなると、非常にマズい状態だ。

 

「総隊長、それでも任務は続けますか?」

「ええ、これは〈シリウス〉として成すべき事柄です」

 

リーナの表情は歳頃ではなく1人の魔法師であった。

 

 

 

 

 

週明けの学校に登校してきたエリカは、そこで全体力を使い果たしたのか。眠気に抗えず机に突っ伏していた。ここ数日おなじみの光景なので美月も慣れたようだが、心配なのは変わらないようだ。

 

「起こしてあげた方が良いでしょうか?」

「寝かしといてやろう。寝惚けて攻撃されたり不機嫌になられては困るからな」

 

達也の声も普段より半トーン低いものだ。そう美月に伝えると自分の席に座り、もう少しで始まる授業の準備をするのだった。

 

 

 

数値化不能の体力(そもそも不可能)を持つ達也から体力を奪ったのは、雫との電話が原因である。時間は半日ほど遡る。

 

夕食を終えて一息つこうとした時に電話が鳴る。出るとなんと雫からだった。

 

『雫か。どうした?』

 

達也が出るととんでもない姿をした雫が、大型画面いっぱいに映し出された。

 

『雫、貴女なんて格好をしてるの!』

『普通の服装だけど…』

『…これが普通だと?』

 

深雪が叫ぶが、雫は何かしら反応が薄くあまり気にしていないようだった。雫の服装はネグリジェで、そこまではまだギリギリで許容できる。一人暮らしで寝巻がネグリジュであるのは別段おかしくはない。

 

だが問題はその下だ。何も着けていなかったのが危なかった。雫の反応を見て、克也は素で問い返している。さらに悪いことに克也たちの家の画面は、最新の技術が使われているため映像が鮮明に映し出される。それが余計にまずかった。

 

『…とりあえず雫、上を着ようか』

『はーい』

 

どうやら雫は寝惚けているらしいと克也は思った。

 

『夜遅くにごめんね。でも伝えたいことがあったから』

『こっちは構わないが。雫、まさか飲んでるのか?』

『何を?』

『…いや、何でも無い。で、用事とは?』

 

達也の心配を聞かず(聞けず?)雫は答えた。

 

『早く伝えたかったから連絡した』

『さすが雫だな。もう、わかったのか』

『もっと褒めて。具体的には克也さんが』

 

用件は達也が雫に頼んでいたことのようだ。だが雫の言葉に克也と深雪は頭を抱えてしまう。誰が雫に飲ませたのだろうと思ったが口にはしなかった。

 

『吸血鬼の発生原因なんだけど。余剰なんとか。黒い穴の実験みたいだよ』

『黒い穴?どういうことなの雫』

『分からないから克也さんと達也さんに聞こうと思った』

『〈余剰次元理論に基づくマイクロブラックホール生成・消滅実験〉じゃないか?』

『そうそれ』

 

克也の言葉に雫は頷き、雫の行動に克也と達也は眉をひそめた。

 

「お兄様方、それは一体なんなのですか?」

 

深雪は何が何だか分からないようで、克也か達也のどちらに聞いたのか分からなかったが達也が答える。

 

「簡単に言うと、ごく小さなブラックホールを人工的に作り出して、そこからエネルギーを取り出そうとする実験だ。生成されたブラックホールが蒸発する過程で、質量が熱エネルギーに変換されるのが予想されるからね」

「けどそれは被害が予想できないから許可は下りなくて、無くなったはずの計画じゃなかったか?」

「ああ、そのはずなんだがどうやら勝手に実験したんだろうな。まったく余計なことをしてくれたものだ」

 

達也は忌々しそうに呟いた。

 

「強大過ぎるエネルギーが何かしらの条件で発生すると、次元が揺らぐという話を聞いたことがある。そして次元が揺らぎ、次元に穴が空くとどうなると思う?」

まほーしき(魔法式)ではきょんとろーる(コントロール)しゃれにゃい(されない)ましょうてき(魔法的)なエネルギーが漏れてきゅる(くる)?』

 

雫の呂律が回らなくなり眠気にも負けそうなのか。身体が揺れているがなんとか耐えている状態のようだ。

 

「そうだ。それに紛れて謎の情報体が流れ込んでくる可能性は否定できない」

 

達也がそう締めくくると克也は眉をさらに深く潜める。深雪は達也に縋り付くように移動し、雫が画面の奥で身体を震わせた。



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第34話 拮抗

その日、幹比古がやってきたのは2限目からだった。胃の辺りを抑えながら達也に文句を言っていたが、達也は軽く流していた。 

 

 

 

「っこれは!」

 

昼食後、俺は突然感じた言いしれぬ波動につい反応してしまった。

 

「克也、どうした?」

「いや、何かよく分からないけど不快な何かを感じた」

「それは想子波か?それとも霊子波か?」

「…達也が気付かなかったなら霊子波じゃないか?」

 

俺の言葉に達也は黙り込み何かを考え出した。俺たちが今いるのは校舎の屋上なのだが、実際に滞在しているのは俺・達也・深雪・ほのかの4人だ。エリカが機嫌を損ねていたせいで一緒に昼食を取ることができていない。そのため食事はここに来ていたのだ。

 

時期を考えると当たり前の事だがここには誰もおらず、それをよしとしたのか深雪とほのかは達也の腕に抱きついていた。達也は困ったなという顔しかせず、2人を振り払おうとはしなかった。俺的にも居心地が悪かったので教室に戻ろうとしていたのだが、ふいに感じた「何か」によって行動できなかった。

 

その時電話が鳴る。出ると焦った七草先輩からだった。

 

『大変よ克也君!』

「場所はどこですか?」

『吸血鬼が校内に…って知っているなら話は早いわ。通用門から実験棟の資材搬入口に向かって移動中よ』

「了解です。それと搬入口付近の想子センサーをオフにして下さい』

『戦闘になるかもってことね。…はい、切ったわよ」

「ありがとうございます」

 

電話を切り、会話を聞いていた2人に合図をする。CADを操作し屋上から飛び降り搬入口に向かう。ほのかは完全においていかれたが、そのことを気にする余裕が俺たちにはなかった。

 

 

 

克也たちが駆け付けたときには既にエリカが戦闘中だった。そしてエリカの獲物である刃が、吸血鬼の胸を貫く。しかしそれを気にする様子もなく、右手を鉤爪のように構えてエリカを切り裂こうとした。しかしその頃には、エリカは攻撃範囲から離れている。そしてエリカが貫いた胸は、全員の目の前で塞がる。

 

「治癒魔法!しかもこの一瞬で!?」

「…どうやら本格的に化け物みたいね」

 

リーナが驚いている様子を見ると、彼女が吸血鬼だということを知らなかったようだ。今そんなことを考えている暇はなかったのだが、攻撃する必要もなかった。何故なら目の前で彼女が氷の彫像になっていたからだ。

 

「さすが深雪だな」

「いえ、これぐらいはしなければダメです」

 

深雪が真面目な顔で答えたので、油断していたのは自分だったと気付かされた。克也はそこで気を取り直す。

 

「この女を調べるんだろエリカ?結果だけ教えてくれないか?」

「うん、もちろん。捕獲に協力して貰ったんだから当たり前じゃない」

 

そんな話をしていた達也・エリカ・安堵していた深雪・幹比古・美月・悔しさに佇んでいたリーナは、終わったと思っていたので気付いたのは克也だけだった。

 

「離れろ!」

 

克也が大声で叫ぶ。条件反射で逃げた5人の目の前で、氷に閉ざされていた吸血鬼が攻撃を繰り出した。氷に包まれたままそんなことが出来るのかと思ったが、そんなことを口にする暇はない。氷の彫像が爆発する瞬間、克也は全員を《炎陣(えんじん)》で反射的に守った。

 

「これは?」

「克也のオリジナル魔法《炎陣(えんじん)》だ。防御魔法としては最適でな。重機関銃の攻撃にも耐えるぞ」

 

幹比古の疑問に達也が少しばかり自慢気に答えたが、すぐに真顔に戻して敵を見た。しかし何処にも敵はおらず、空中から電撃が繰り出されている。電撃は俺の魔法によって侵入できず、すべてが燃えながら消えていく。

 

「達也、何処にいるか見えるか?」

「いや、見えないな。攻撃する瞬間に光るからそこに攻撃してみたが手応えがない」

「そうか…」

 

普通の眼では見えないので、《全想の眼(メモリアル・サイト)》で視るとそれはそこにいた。達也も視点を変えて見つけたようで少しほっとしている。

 

「なあ達也、何であれは逃げないんだ?」

「わからん。逃げようと思えば逃げられるはずなのにそうしないのは、何か逃げられない理由があるのかもしれない。リーナ、何か知らないか?」

「…ヴァンパイアの正体はパラサイトと呼ばれる非物質体よ」

「ロンドン会議の定義だろう。それは知っている」

 

達也はその程度の情報が欲しいのではない。もっと具体的な情報を欲していた。

 

「何でそんなことをあんたが知ってるのよ!日本人が全員こうだというの?」

「安心しろ俺たちは例外だ。知っているのは克也のおかげだがな。それで?」

「人間に取り付くと人間を変質させるみたい。適合性があるみたいだけど取り付く。いえ、宿主を求めるのは自己保存本能に近いパラサイトの行動原理らしいわ」

 

会話を聞いていると、どうやら誰かに取り付こうとしているらしい。それなら《炎陣(えんじん)》から出ないのが一番なのだが、他の生徒や職員に取り付かれては本末転倒だ。

 

「達也、あれは霊子の塊だ。なら魔法で吹き飛ばすことができるかもしれない。あれ(・・)が必要だと思う」

「…ここで使うのか?」

「他人に取り付かれるより、この魔法を見られる方がマシだろ?」

「…わかった。やろう」

 

克也たちは頷くと眼を閉じ、エイドスにアクセスして自分たちの魔法演算領域を重ねる。すると1人では処理できない規模の魔法式が構築され、大規模な起動式が展開される。そして克也の《全想の眼(メモリアル・サイト)》と達也の《精霊の眼(エレメンタル・サイト)》を同時に使用し、一つの能力に変える。

 

全知の眼(ゼウス)》。

 

巨大な術式を発動させ、構造体を照準し魔法を発動させた。

 

火焔解散(ジャーマ・ディスパージョン)》。

 

これは克也と達也の2人によるマルチキャストで、双子だから成し得る究極の対抗魔法だ。克也の《燃焼》と達也が《分解》を、最大出力で放つことによって可能になる。

 

「「今だ!」」

 

克也と達也が同時に叫ぶ。背中合わせで克也の右手と達也の左手から魔法が放たれた。この魔法は身体の何処かが互いに接触していないと、魔法演算領域が重ならないので発動できない。《火焔解散(ジャーマ・ディスパージョン)》が霊子の塊を直撃して吹き飛ばしたが、全てを燃やし尽くすことはできなかった。

 

「逃がしたか…」

 

達也がそれを視て呟いたが、同時に克也と達也は地面に倒れ込んだ。

 

「お兄様!」

「克也君・達也君!?」

「克也・達也!」

 

深雪・エリカ・幹比古に寄り添う美月が心配そうに駆け寄ってきた。

 

「…大丈夫だよ。少し力を使いすぎて疲れただけだ」

 

克也はそれだけ言うと達也と同じように気を失った。

 

「深雪、2人とも大丈夫なの?」

「ええ、想子の使いすぎで気を失っただけよ。さっきの魔法はお兄様たちに大きな負担をかけるから、あまり使わせたくはないのだけど仕方ないでしょうね。もちろん内緒よ?ここにいる全員がね」

「もちろんよ」

「分かりました」

「秘密にします」

 

3人の言葉に頷き深雪は考え込んだ。

 

移動させたいけれどここには吉田君しか運べる人がいないわね。十文字先輩に来てもらおうかしら。

 

「吉田君、十文字先輩の連絡先はお持ちですか?」

「ええ、ありますがどうしたんですか?」

「お兄様たちを運ぶための助けが必要なので、もう1人連れてきてもらえるようにお願いできますか?」

「はい、分かりました」

 

幹比古は深雪の要望に応え連絡をし始める。そこで深雪はもう1人安否の確認を忘れていたのを思い出した。

 

「リーナ、大丈夫?…リーナ?」

 

深雪が振り向くとそこにはもうリーナの姿はなかった。逃げたのかと思ったときには、克人がもう1人連れて駆けつけていた。

 

「吉田、2人は大丈夫なのか?」

「司波さんが言うには力の使いすぎらしいので、おそらく大丈夫だと思います」

「分かった。沢木、四葉を頼む」

「分かりました」

 

沢木と呼ばれた上級生は克也を背負い保健室に向かった。

 

 

 

2人をベッドに寝かして、戦闘に参加したメンバーの様子を確認した安宿先生に許可をもらってから、先ほどの戦闘を行った深雪たちは生徒会室に集合して状況を報告した。

 

「なるほどな。逃げられたが手傷を負わせたか。吸血鬼は誰だった?」

「リーナの知り合いのようでした。それもかなり親密な関係のようです」

「その留学生が嘘をついている様子はなかったのだな?」

「はい。リーナの反応からすると、吸血鬼の正体が友人だったとは知らなかったみたいです」

 

幹比古の報告に克人は深く頷き、深雪に話を振った。

 

「それで司波の妹、あいつらはいつ目が覚める?」

「おそらく午後の授業の間は目を覚まさないでしょう。夕方までには起き上がると思います」

「分かった。事情を職員室に伝えて、今日の授業は免除してもらえるように俺の方から頼んでおこう」

「ご苦労をおかけします」

 

深雪の言葉に頷き、克人は職員室に向かい深雪たちも午後の授業に向かった。

 

 

 

「それ」は弱っていた。克也と達也による攻撃を受け、何もない場所を彷徨っていた。致命傷は避けられたが、深い傷を負い休むための「何か」を探していた。「それ」は強い感情を持つものに引き寄せられる。形のない世界から形の存在する世界に引きずり込まれ、壁を越えた衝撃で12体に分裂し、呼び出した人間にとりついた。休める「何か」を見つけるために「それ」は移動していた。そして「それ」はロボ研で休める器を見つけた。

 

 

 

 

 

〈パラサイト〉を撃退した次の日、昼食の席で拗ねているエリカがいた。

 

「エリカ、いい加減に機嫌を直せ」

 

達也が少しイライラした口調で言うが、エリカはそっぽを向いたままだったので俺が骨を折ることにした。

 

「エリカ、逃がしたのは謝るが全てリーナが悪いわけじゃないのは分かってるだろう?あの場面でリーナを拘束などしてみろ。下手すると俺たちが拘束されていたぞ。もし本当にリーナが首謀者ならまたやって来る。その時は俺の名前にかけて容赦はしない」

「勝てるの?」

「例えリーナが強かろうと俺は絶対に負けない」

「そう」

 

俺の本気の言葉にエリカはニヤリと笑い機嫌が直る。すると全員から感謝の視線をもらった。大したことはしていないが、返事をしないのも失礼なので眼で受け取っておく。エリカの機嫌が直ったおかげで今日の昼食は楽しかった。

 

昨日放って行ってしまったほのかには、達也から謝罪があり許しをもらった。何でも「友人を助けに行ったんだから、怒る必要もなく、怒るのは本当の友人ではない」と言ったらしい。なんとも素晴らしい友人だと俺たちは思った。

 

「ところで克也君、市原先輩とはどうなの?」

「ここ4ヶ月の間は何もないな。どうしてだ?」

「ううん別に。最近克也君が市原先輩と一緒に話しているのを見てなかったから」

「なるほどね」

 

機嫌が直ったエリカの言葉に、そういや全然話していなかったと思い出した。俺と達也は昨日の午後と夜にぐっすり眠ったおかげで体調は回復し、普段通りの生活を送った。



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第35話 嫌悪

「くっ!」

 

達也は悔しそうに奥歯を噛み締める。そんな達也の様子を、克也と深雪は心配そうに見つめていた。

 

「さすがの達也君も苦戦しているみたいだね。人によってできる技とできない技があるから、今回の技が君にできなくても仕方ないよ」

 

その言葉に克也と深雪は、八雲を鋭く睨み付けた。2人の視線にさすがの八雲も冷や汗を浮かべている。ここは九重寺の地下にある部屋の一室で、達也は対パラサイト用の《遠当て》の練習をしていた。

 

「先生、〈理〉の世界に当てることができたのであれば不可能ではないですよね?」

「そうだね。3日でできるようになったんだから、適正がないわけではないと思うよ?もしかしたら、それ以上できないかもしれないからどっちとは言えないね。でも克也君はおそらくできないと思うよ。君は〈理〉の世界を現実と同じように視ることができても、そこに作用させることはできない。逆に達也君は視ることが難しいけど作用させることができる。だから君たち2人がこの前のように協力すれば、良い結果になると思う」

「しかし先生、俺たちの《あれ》は想子の消費が激しいんですが…」

「知ってるよ。それを制御できるようになれば、〈パラサイト〉を倒すことが楽になる思うんだけどね」

 

理解したうえで、八雲は対抗策はそれだけかもしれないと言う。

 

「制御するにはどうすればいいかが分からないんです。最大出力で発射しなければ、想子不足で魔法式が破綻してしまいますから」

「それは現代魔法師じゃない僕からは何とも言えない。けど古式魔法にも君たちと似た魔法があったのは知っている。だいぶ前に伝承者が伝える前に亡くなったらしいから、今はもう存在しない魔法だ。でも発動原理の記された巻物が存在していると聞いているよ。皮肉にも復活させようとしている輩がいるみたいだけどね」

 

八雲はおそらくどのように発動させるのかを知っているが、詳しくは教えてくれないだろう。古式魔法を現代魔法使用者に教えることはタブー視されている。しかし完全に禁止ではないので習うことは可能だ。

 

「先生、それにはどのようなことが書いてあるんですか?」

「詳しくは話せないけど、使用者の技量に合わせるみたいだ」

「2人の魔法演算領域を合わせた規模ではないと?」

「僕から言えるのはここまでだ」

「ありがとございます先生。参考になりました」

 

3人そろってお辞儀をした。

 

 

 

 

 

〈パラサイト〉との衝突からかなり時間が経った2月の上旬。朝のニュースを見た3人は顔を曇らせた。

 

「これは…?」

「雫が教えてくれたのと同じだな」

「タイミングが良すぎないか?」

「ああ、良すぎる。おかしな話だ」

 

そのニュースの内容は、USNA政府関係者からの証言らしく匿名で公表されていた。

 

【USNA政府は去年10月31日に朝鮮半島南端で使用された日本政府の秘密兵器の調査を開始。専門家の警告を無視し、研究者は魔法研究所において〈マイクロブラックホール実験〉を強行。それにより次元に穴が開き魔性を呼び出した。これによりとりつかれた魔法師は吸血鬼となり、日本で被害が拡大している事件の犯人である。それにより政府は三重の責任を負っている。1つ、無謀な魔法実験を強行した魔法師を止められなかったこと。2つ、リスクが高いと分かっていた実験に失敗したこと。3つ、正気でない可能性が高いとはいえ市民に被害を加えていること。この不祥事の原因は、一部の暴走した魔法師を軍が統制できていなかったことであり、もう一度魔法という概念について考え直さなければならない】

 

要約すればそういうことだった。

 

「…達也、これは魔法師排斥が根本にあるんじゃないか?」

「だろうな。その情報をリークさせた政府関係者が、魔法に消極的な人物であれば話が繋がるんだが。とりあえずリーナに聞いてみよう」

 

達也の言葉に克也たちは同意であることを示した。

 

 

 

「リーナ、話があるんだがいいか?」

 

克也が登校中のリーナに話しかける。学校に着けば同じクラスなのでわざわざ探す必要はない。だが偶然にも見かけたのであれば、それぐらいの手間をかけることは造作もない。

 

「タツヤ…。それにカツヤもミユキもどうしたの?」

「今朝のニュースのことなんだが」

「…なるほどね」

 

どうやらリーナも今朝のニュースを見ていたらしく、話をすぐに理解してくれた。

 

「あれは何処までが本当なんだ?」

「肝心なところは全て嘘っぱちよ」

「表面的には正しいのか?」

「ええ。それにあの情報は漏洩しないと書類にサインをさせられているから、流したのは実験関係者じゃないはずよ」

「ということは?」

「…〈七賢人〉よ。たぶんね」

「〈七賢人〉?」

「そう名乗っている組織がいるの。正体不明だけど」

 

政府でも分からないとはよほどの組織なのだろうか。それとも一個人による組織と名前を出しているだけなのか。

 

「リーナ、肝心なところはと言ったが何が嘘なんだ?」

 

先程まで達也が聞いていたが考え込んでしまったので、克也が聞くことにした。

 

「…あの実験は研究者全員がやめるべきだと公言したわ。そして会議でも中止にするべきだという結論に至った」

「しかし実際には実験が行われてしまったと」

「ええ、おかしな話よ」

「それで〈パラサイト〉が出現したのは意図した結果か?」

「本気で言っているなら怒るわよカツヤ。実験前はそんなことになるとは誰も推測なんてしてなかった。いえ、そんなものがいるとは考えていなかったわ。私は既に〈感染者〉を4人処断しているのよ。これが誰かが企んだ結果ならワタシはそいつを絶対に許さない」

 

リーナは1人の人間として怒っていた。

 

 

 

 

 

バレンタインの前日。七草邸の一室のキッチンで真由美が恐ろしい形相をしながらチョコを作る姿を、双子の妹は背後からこっそり覗いていた。

 

余談だが七草邸にはキッチンがいくつか設けられており、誰もがいつでも自由に使うことができる。

 

「泉美、お姉ちゃん何をしていると思う?」

「…チョコレート作りなんでしょうけどね。あの顔は普通ではありません…」

 

2人の視線の先では、魔女が毒鍋をかき混ぜている最中とも形容できそうな光景が広がっている。「うふふふふふふ」を越えて、「くっくっくっくっくっく」や「ふふふふふふふふ」という笑いが聞こえてきそうだった。

 

「それに見てよ泉美。お姉ちゃんが使ってるあのチョコ」

「…カカオ95%糖質ゼロのチョコレートですね。それにあの粉は…」

「…エスプレッソパウダーだね。お姉ちゃん、誰かに復讐でもする気なのかな?」

 

真由美が使っているチョコレートは市販されている物ではなく、ネットでしか買えない高級品であり、年間100箱しか出回らないプレミア物だ。そんな物を本命でもない相手に送るとは、正気の沙汰ではないと双子は思っていた。

 

そして真由美による恐怖のチョコレート作りは、双子が寝着いた夜中まで続いたのだった。

 

 

 

 

 

「今朝はここまでにしようか達也君」

 

バレンタインデー当日の朝。ついに《遠当て》に成功した達也に八雲は止めを宣告した。

 

「先生、達也お兄様の体力消費が激しく感じるのですが」

「それは仕方ないよ深雪君。彼はそもそも普通では攻撃を当てることができない世界に、一時期的にとはいえ干渉しようとしているんだからね」

「そうなのですね。お別れの前に九重先生、これは普段のお礼です」

 

深雪が小さな手提げカバンから取り出したラッピングされた小箱を渡す。突如として受け取った八雲の顔がだらしなく歪む。

 

「おお、ありがとう深雪君。1年に1回しか深雪君からプレゼントをもらえないからね。毎年期待値もマックスだよ」

「…先生、弟子の方々が見ていますがいいんですか?」

「構わないよ。それにこの気持ちが衝動に任せて行動しなければ問題ないからね」

 

にやけたままそんなことをうそぶく八雲の言葉に説得性がないのを感じ、「処置なし」と克也と達也がため息をつく。すると弟子一同から無言の同意が寄せられた。ちなみに深雪は引き気味な笑顔で、八雲は今にも踊り出しそうだった。

 

 

 

「おはようございます克也さん・達也さん・深雪!」

「「「おはようほのか」」」 

 

登校中真っ先に会ったのはほのかだった。ほのかが達也に何か言おうとすると声をかけられる。

 

「おはようございます克也さん・達也さん・深雪さん」

「「「おはよう美月」」」

 

ほのかにしたように3人で挨拶を返すと、美月が俺に小箱を渡してきた。

 

「これは?」

「義理チョコです。克也さんには朝しか渡すタイミングがないと思いましたので」

「ありがとう。美味しくご賞味させていただきます」

 

俺の冗談めかした言葉に、美月は笑みを浮かべながら深雪の横に並んだ。少しして空気が気まずくなってきたので、そろそろ頃合いだなと思って深雪と目配せをする。

 

「美月、貴女は背中に何を付けているの?落としてあげるからこちらに来なさい」

 

何がなんだか分からない様子で深雪に連行されていく美月を、克也たち2人は微笑ましく見送った。そして次は俺の番だ。

 

「はい、もしもし。え?今すぐですか?分かりましたすぐに向かいます」

 

俺は携帯が鳴って呼び出された演技をして、2人から距離をとることにした。

 

「ごめん2人とも。部活の先輩に至急来てほしいと言われたから先に行く」

「何があったかは知らんが構わないぞ」

 

達也が後押ししてくれたおかげで、俺は自然に離れることが出来た。

 

 

 

「達也さん、少しだけお時間いただけますか?」

「いいよほのか」

 

克也たちがいなくなりある程度時間が経った頃。ほのかが意を決して聞いてきたので、達也は二つ返事で答えた。

 

「こちらに来てもらえますか?」

 

ほのかが慌て気味に裏庭へと向かうのを背中を、遅れないように達也はついて行った。誰にも見えないところで、ほのかが達也に向き直る。

 

「あの、たちゅ…」

 

両手の手の平にラッピングした小箱を乗せながら、大切な人の言葉を噛んでしまったことの自分への怒りと噛んでしまったことの羞恥で、ほのかは顔を真っ赤にしながら俯いた。

 

「ありがとうほのか」

 

達也は顔を真っ赤にさせて俯いているほのかの手から、お礼を言いながら箱を受け取る。その代わりに小さな紙袋を置いた。予想外のことに羞恥を忘れて達也を見上げるほのか。

 

「…開けても良いですか?」

「いいよ」

 

達也の言葉に手を震わせながら包みを開けると、ほのかは硬直し無言で達也を見上げてきた。

 

「とりあえずお返し。来月とは別口だから期待して大丈夫だよ。さあ、ここは寒いから教室に戻ろうか」

 

すぐに背を向けた達也は、ほのかがその包みを抱きしめたことに気付かなかった。

 

 

 

達也はここで《精霊の眼(エレメンタル・サイト)》を使って視ているべきだった。「それ」はほのかの気持ちに反応し、「それ」に自我が芽生え意識が宿るのに気付いたはずだったのだから。

 

 

 

俺は教室に向かいながら顔はいつも通りに。しかし内心はとても暗かった。今日、バレンタインデーにほのかが達也に渡してくるのは容易に予測できていた。そのため、俺たちは何かを渡すと決めていた。しかしそれはほのかの心を弄ぶことになり、ほのかに余計な心の傷を増やすことになると分かっていた。

 

だが受け取るだけではほのかがかわいそうだという結論に、俺と深雪は至った。おそらくほのかは達也からの「お礼」を受け取って喜ぶだろう。その様子を想像して、俺は虫歯のような疼痛を感じていた。

 

自分の席に向かうと机にラッピングされた小箱が置かれている。首を傾げながら手に乗せて見つめていると、クラスメイトに声をかけられた。

 

「あれ、四葉はもう貰ったのか?羨ましいぞ」

「いや、これは置いてあったんだ。誰からなのかわからないんだけど」

「置いてあった?さすがにこのクラスの人じゃないだろう。同じクラスだから直接渡せるはずだし」

「恥ずかしがり屋という可能性もあるけど分からないな。でもありがたくもらっとくよ」

 

俺はそう言って登校前、深雪に何故か持っていくように言われた手提げバッグに小箱を入れた。しかしそれが引き金となり、他クラスからも他学年からもチョコレートをもらう羽目になった。手提げバッグがあって良かったと思った瞬間だ。

 

そしてクラスの男子から、嫉妬の目線を頂くことになったのは別の話だ。

 

 

 

その日の夜、机に置かれていた小箱を開けると、1つのチョコレートが入っており、その表面には一枚の花が描かれていた。達也は何か分かったようだが克也が知ることはついぞなかった。

 

 

 

その頃達也も克也と同じ気持ちでいたが、レオと幹比古によって吹き飛ぶ。

 

「どうした達也?朝から暗い顔しやがって」

「色々あってな。それより昨日退院したばかりなのに元気そうだな」

「おうよ。体力が回復したのに退院させてもらえなくてさ。気持ちが有り余ってるんだよ」

「2人とも朝の挨拶はおはようだよ」

 

レオと2人で話していると、少し遅れて幹比古が現れた。

 

「ああ、おはよう幹比古」

「よう幹比古」

 

素直に従った達也だがレオは変わらずに自分流で挨拶する。そんなレオに幹比古は苦笑していた。

 

「おはようレオ。もうすっかり元通りだね」

「まあな。ようやく身体を動かせると思うと腕が鳴るぜ。ところで達也は兄妹喧嘩でもしたか?」

「レオ、2人がそんなことしないのは知ってるだろ?」

「冗談だよ幹比古。久しぶりの学校での絡みなんだぜ?大目に見てくれや」

 

いつも通りの会話に笑みが浮かぶ達也だった。

 

「遅かったな美月」

「ええ、部室に寄っていたものですから。おはようございます達也さん・レオ君・吉田君」

 

挨拶しながら3人に小箱を渡す。約1名不満そうだったが誰とは言わない。

 

「急いで退院すると思ったらこれが目的だったの?」

「なんだとこの野郎っ!」

「怒るということは図星?」

 

突然登場したエリカの言葉に怒ったレオだが、続く言葉に「ぐぬぬぬぬぬぬぬ」という歯ぎしりとうなり声を混ぜ合わせたような声を出していた。

 

「おはよう。エリカは渡さないのか?」

「おはよう達也君。あたしが渡したら面倒くさいことになるから、毎年誰にもあげてないわ」

 

どうやら本当に面倒くさいことがあったらしいので、達也はそれ以上聞かなかった。

 

 

 

浮ついた空気は昼食中や放課後でも続く。

 

例えば幼馴染に、義理チョコとは思えない本気のチョコらしき物を生徒会会計に渡す風紀委員長。二科生にとっては敷居の高い一科生の教室に入って真っ赤な顔で渡し、今にも踊り出しそうな剣道・剣術のカップルなど。

 

今日だけは魔法師ではなく、何処にでもいる普通の少年少女だった。

 

 

 

放課後、達也は俺を臨時風紀委員として巡回に同行させていた。上級生が用事で来れないことを千代田先輩から聞いた達也は、風紀委員の経験がある俺を強制労働させていたのだ。今日は部活がないので断らなかった俺だが、少しではあるが機嫌が悪い。巡回していると、よく知る上級生に呼び止められた。

 

「あら、克也君と達也君じゃない」

「お久しぶりです七草先輩」

「達也君はともかく。何で克也君が腕章を?」

「今日は部活が休みでして。見回りの風紀委員が足りないので、臨時としてやっています」

 

俺の答えに納得したようだが、気になることを聞いてみる。

 

「ところでこの匂いは何ですか?」

「匂い?今気付いたわ」

 

今気付いたようなふりをしているが、俺は今までの経験で達也は持ち前の洞察力で、七草先輩の嘘を見抜いた。そして一番気になることを聞く。

 

「何故か服部先輩が机に突っ伏しているようです。この匂いと関係あるのですか?」

「…も、もちろん毒物じゃないわよ」

 

七草先輩の焦りに俺たちはため息をつきたくなった。俺たちがどう対処しようかと悩んでいると、何処からともなく声が聞こえてきた。

 

「…四葉か司波、水…を…」

 

誰が発したのか分かっていたが、声が別人のように死んでいたのでそう思ってしまった。

 

「少々お待ちを」

 

達也より俺の方が近かったので、ウォータークーラーから水を持ってきて手に握らせる。すると死にかけの病人のような速度で口にコップを持っていき、一気に飲み干して時計の秒針が半分回ったところでようやく動き始めた。

 

「四葉、礼を言う。では七草先輩、これで失礼させていただきます」

 

そう言うと服部先輩が立ち上がって去っていく。時折身体がフラッとしていたが、大丈夫そうなので放っといてあげた。

 

「先輩に話があるんですが少し良いですか?」

「ここでは話しにくいこと?」

「はい。できれば3人だけで」

「…わかったわ」

 

七草先輩が移動しようとすると、声が聞こえてきたので動きを止めた。

 

「いたいた。スバル、いたよ!」

 

赤毛の元気そうな少女が叫んでいる。どうやらエイミィがスバルと2人で、俺たちを探していたらしい。

 

「これ受け取ってくれ」

 

スバルは少し顔を赤くして、手提げバックを俺と達也に渡してきた。

 

「「これは?」」

「九校戦1年女子チームからだよ。深雪とほのかの分はないけどね」

「あの2人は直接渡したいだろうからさ」

「余計なことをしたら凍らせられたり眠らせられたりするかもよ?」

「さすがにそこまで2人はしないさ。深雪に限って言えば、あの笑みで殺されるだろうけどね」

「ありえるかも〜。それじゃあね、2人ともばいばーい」

 

マシンガントークで俺たちを圧倒し、さらには七草先輩を無視して去って行く。

 

「達也、この後は嫌な予感しかしないんだけど」

「同感だ。七草先輩、気を取り直して始めましょうか」

「…ええ。それよりも前にこれどうぞ」

 

七草先輩に向き合うと、無理矢理箱を押し付けられた。サイズに似つかわしくない異様なその重量感に眉を顰める。

 

「「これは?」」

「決まってるでしょ?」

「「…ありがとうございます」」

 

七草先輩の恐怖の笑顔の前に俺たちは断る術もなく受け取る。受け取らねば精神がもたないと第六感が囁いたのだ。

 

「食べて?」

「「ここでですか?」」

「ええ。今食べて感想を聞かせて?」

「その前に場所を変えて話をしませんか?」

「…仕方ないわね。それじゃあ付いてきて」

 

空き部屋に入って遮音フィールドを張り終わると、七草先輩が話し始めると思ったが最初は飲み物の話だった。

 

「飲み物は何が良い?」

「…紅茶で」

「…コーヒーで」

 

俺たちが答えて飲み物を煎れた後、ようやく本題に入ることができた。

 

「話は吸血鬼のことかな?」

「はい。被害はどうなっていますか?」

「表面的には沈静化しているわ」

「表面的には?」

 

微妙な言葉を聞いて首を傾げてしまう。

 

「行方不明者が普段より多いから相手の動きが巧妙化したってことかしらね。一匹仕留めたから警戒されたのかも」

「…仕留めてはいませんが警戒されているのは事実でしょう。可能性の話ですが、彼らは〈共知覚〉を備えているのかもしれません」

「きょう…知覚?」

 

耳慣れない用語に首を傾げる七草先輩に俺は説明する。

 

「〈共有感応知覚能力〉の一種ですよ。一卵性双生児に観測されることがあるらしいです」

「つまり一個体が見聞きしたことを、全員が経験として共有するということ?」

「あくまで憶測ですが…」

 

俺たちは話し終えてコーヒーと紅茶を味わっていた。なかなかの味だったので、材料が良いのかそれとも七草先輩の腕が良いのか分からなかった。そこで聞こうと思ったが、真面目に答えてもらえるとは思わなかったのでやめておく。

 

「では俺たちはこれで」

 

俺が立ち上がって去ろうとすると、七草先輩の腕が異常な速度できらめいて達也の腕を掴む。そして少し腰を浮かせた状態の達也の手が俺の腕を掴んだ。達也の眼は「逃げさせないぞ。お前も残れ」と言わんばかりの光を発していた。

 

「それじゃあティータイムを始めましょうか」

 

七草先輩が笑顔で言いながら、空いている方の手で椅子を指差す。俺たちは七草先輩に隠さずため息をついて椅子に座った。

 

ラッピングされた箱をポケットから出すと、改めて重さに眉をひそめる。明らかに箱のサイズと重量が釣り合っていない。ラッピングをほどいて包装紙を開けると、不気味な物体が鎮座している。俺たちの知っているチョコレートでは断じてない。生成や合成に失敗した化学物質とも呼べる代物である。

 

開けた瞬間に立ち上る匂いは、先程服部先輩が突っ伏していた場所で嗅いだものと同じだ。その物体の色は黒いを通り越して、どす黒いと表すのが適切だろう。

 

いくら苦い物が好きな人間でも嫌いになりそうな物体だ。薬品とでも言いたくなるような物体を、次々と放り込んだ俺たちは死んだ(・・・)。半分ほど口に放り込むと服部先輩同様机に突っ伏し、達也は全て口に放り込んで噛み砕いて飲み込んだが、精神的ダメージが強かったようで背もたれに倒れ込んだ。

 

クラスメイトからもらったチョコを口に放り込み、なんとか難を凌いだが、まだ半分残っていることに絶望する。七草先輩を見ると笑顔で言われた。

 

「まだ半分残っているわよ?」

「…残りは家で食べてはダメですか?」

「ダメよ。完食して感想を頂戴」

 

満面の笑みで七草先輩に拒否され、何故このような仕打ちを受けるのかと思いながらも、残りを口に入れる。七草先輩の物を完食した後、2箱ほどクラスメイトからのチョコをほおばって苦みを遠ざけた。このような食べ方をしてしまったことに申し訳ないと思ったが、死にかけていたので許してもらおう。

 

俺たちが食べ終えると七草先輩が満足そうに頷き、部屋を出て行く後姿を見ていることしかできなかった。その後俺たちは風紀委員の仕事に戻ることはできず、集合時間に来ないことを不思議に思ったエリカ一行に発見されてなんとか家に帰ったのだった。

 

 

 

夕食時には家庭で準備する規模と出来栄えではない料理が作られていた。深雪はバレンタインデーとして、克也と達也にフォンダ・ショコラを作ってくれていたのだ。チョコを見ることを忌避していた克也と達也だったが、一口食べると真由美による恐怖が浄化され、記憶から消し去って綺麗に忘れることができた。

 

2人にはもったいな過ぎる妹かもしれない。



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第36話 覚醒

2月15日、学校に登校すると奇妙な困惑が校内に漂っていた。いつものメンバーはその空気に首を傾げる。昼休みに克也たち3人は生徒会室に呼び出され、〈3H〉が異常な行動をしたので点検をしてほしいと言われた。

 

なんでも学校のサーバーにアクセスして、生徒の名簿を見ていたらしい。これなら「異常な行動」言ってもおかしくはないだろう。ロボ研にいつものメンバー・五十里・あずさで向かった。

 

点検をするために〈3H〉の前に達也が立つと、いきなり飛び掛かってきた。危険度が低かったので達也は避けなかったが、首に回された腕を全員が凝視していた。

 

「達也はロボットにもモテるのか。これは興味深い発見だな」

「克也、笑えない冗談はよせ」

 

深雪の不満を恐れて達也は釘を刺す。次の言葉でそれは水の泡となるが。

 

「達也お兄様にお人形遊びの趣味があるとは存じませんでした」

「深雪、俺にはそんな趣味はないぞ。ピクシー、とりあえず離してくれ」

 

もっとも信頼する2人に言われて落ち込み気味の達也だが、今はピクシーを見るのが先だった。達也の声を聞き腕を解いたピクシーの顔が、名残惜しそうにしているのを全員が認識した。

 

「ピクシー、その台に座れ。美月、ピクシーの中を覗いてくれないか?幹比古は美月がダメージを受けないようにガードしてほしい」

「分かりました」

「分かった」

 

達也に命じられピクシーは座り、幹比古は呪符に念を込める。美月が眼鏡を外して覗くと驚いていた。

 

「います〈パラサイト〉です。でもこのパターンはほのかさんにそっくり」

「…ほのかの感情が乗り移ったということか?」

「多分そうです」

 

全員が驚いている間、克也が美月に尋ねると肯定してくれる。

 

「あの時の〈パラサイト〉が光井さんの感情に反応して、目覚めてピクシーに憑依したのかな?」

「それかピクシーの中にいた〈パラサイト〉に、ほのかの感情が焼き付いたかだな」

 

幹比古と克也の会話にほのかが両手で顔を覆ったので心当たりがあるようだが、その思考はある声によって中断された。

 

『その通り。私は光井ほのかの感情によって覚醒しました』

「テレパシーか…」

「残留想子は魔法ではなくサイキックだったんですね」

 

あずさの言葉は全員を代弁したものだった。

 

「何故言葉を話せる?」

『前宿主から知識を受け継いでいます』

「お前はあの時の〈パラサイト〉か?」

『我々は〈パラサイト〉と呼ばれるものですが、その質問には答えられません』

「お前は何人殺してきた?」

『それにも答えられません。前宿主から移動するとその記憶は失われます』

「大勢殺してきた可能性もあり、誰も殺していない可能性もあるということか」

『その理解で正解だ』

「お前は我々に敵対する存在か?」

『私は彼女の貴方に対する強い想いによって覚醒しました。よって貴方に従属します』

 

会話からすると克也たちに敵対することはないらしく、驚いてはいるが会話を壊そうとする者はいなかった。

 

「どんな感情でもいいのか?」

『強い想いでなければ不可能です。貴方たち人間の言葉で言えば、〈祈り〉という概念が近いと思われます。貴方に尽くしたい。貴方の役に立ちたい。貴方に仕え、自分を知ってほしい。それが私を目覚めさせた〈祈り〉です』

 

ピクシーが言葉を発する度に叫びそうだったほのかだが、深雪とエリカに押さえつけられているので何も出来ていなかった。

 

『前宿主の記憶がありませんから、私がどのような感情に引き寄せられ、この世界に引きずり込まれたかは分かりません。今の私を構成しているのは〈貴方のものになりたい〉という欲求です。よって私は貴方に従属します』

 

ついに羞恥に耐えられなくなったほのかが、深雪とエリカを道連れにして崩れ落ちた。

 

「俺に尽くすというなら命令を聞け。許可なくサイキックを使うことを禁止する。表情を変えるのも禁止だ」

『ご命令・のままに』

 

ピクシーはぎこちない声で答えた。

 

 

 

「達也、ほのかが可哀想になったのは俺だけかな?」

「いや、お前だけじゃなくあの場所にいた全員が思っているだろう」

「そうですね。私もそう思います」

 

会話している場所は、家のリビングではなく達也が所有している車の中だ。深雪は「お嬢様」であるため、いくつかの習い事を欠かさず受けなければならないので絶賛移動中である。

 

「ピクシーはどうする?」

「どうするもなにも俺が管理しなければならないだろうな」

 

そんな会話をしていると深雪の稽古場に着いた。男子禁制なのでエントランスで見送る。

 

「克也はこの後どうするんだ?」

「先生に稽古を付けてもらいに行ってくるよ」

「分かった。俺はカフェでゆっくりしてるから、15分前になったら来てくれ」

「了解」

 

会話を終え、俺は車で九重寺に向かう。30分ほど走らせていると、達也が強い魔法力を持つ何者かと交戦しているのを感じた。その近くにはもう1人いたが誰かは分からない。車の進行方向を変更し、交通法違反にならない程度の速度で向かう。

 

この魔法力はリーナか?こんなときに面倒臭い。毒づきながらも車を走らせる。達也が交戦していた場所に行くと、身体を痙攣させている人物がいた。

 

「大丈夫ですか?」

「…君は?」

「四葉克也です。ここにもう1人青年がいませんでしたか?」

「君がエリカの言っていた友人か。僕はエリカの兄千葉修次だ。司波君なら赤髪の魔法師を追いかけていったよ」

「ありがとうございます」

 

俺は修次さんに《回復(ヒール)》で、電撃による筋肉の痙攣を抑えてから走り出した。

 

俺が辿り着いたのは、達也の放った《雲散霧消(グラム・ディスパージョン)》が、リーナの放った強力な魔法と衝突して、リーナが吹き飛んだ後だった。

 

「達也、その疲労は一体何だ?それにこの武器は?」

「リーナが放った戦略級魔法《へビィ・メタル・バースト》を受けた後だ。それにこの武器は〈ブリオネイク〉。ケルト神話の光明神ルーが持つ武器の一つから名前をとった神器の模造武器だ」

「こんなところでよくぶっ放せたなリーナは」

「比較的簡単に威力調整が出来る魔法だからな」

 

達也の話を聞きながら《癒し》で疲労を取り除いてやると、いつもの達也に戻り、後始末をしてから深雪の迎えに行った。達也を回復させておいたおかげで、深雪に戦闘をしたことはバレなかった。

 

 

 

 

 

リーナと交戦してから数日後の午後7時。克也たちは生徒が下校し、滞在している職員も僅かな学校に来ていた。夜間に学校に入ることができるのは決められた人間だけだ。

 

その中には生徒会が許可した者が該当するので、克也たちは入ることが可能である。生徒会許可証3枚を門の守衛に渡し、来訪者用IDカードを受け取る。これがなければ不審者扱いされ、警察行きになるため必須道具だ。ちなみに許可証を発行できるのは生徒会長だけなのだが、達也と深雪に頼まれ(脅され?)たあずさが発行している。

 

今回の名目は、互いに位置を知ることのできるピクシーを連れ出し、残りの〈パラサイト〉を引き寄せることだ。表向きの名目は「異常な行動を続ける〈3H〉の様子を見るため」である。ピクシーを学校から連れ出してキャビネットに乗る。

 

「達也、どこに行くんだ?」

「青山霊園だ」

「お化けはそういうところに出るからという理由ですか?」

「その通りだよ深雪」

 

どうでもいいことだが、それなら霊園じゃなくてもいいだろと思ったかもしれない克也だった。そして位置を知り合いに送るのだった。

 

 

 

しばらくしてキャビネットを降りて霊園に向かっていると、複数人に見張られているのを感じた。全員に《癒し》で眠気を表面に浮上させて眠りに誘う。おかげで倒れる音以外は聞こえなかった。

 

『ご主人様、〈パラサイト〉3体が接近中です』

 

ピクシーの報告に俺たちは足を止め、ピクシーを真ん中にして三角形の陣を作る。どこから現れるか分からないため、この陣の敷き方は正しいだろう。

 

達也が身を引き締めたので、達也の視線の先を見ると3人の男が向かってきている。彼らが〈パラサイト〉なのは分かっているが、謎の違和感があった。2人が立ち止まり1人がさらに近づいてくる。

 

眼から伝わる情報と肌で感じる情報が違うので、それによって違和感が発生していたのだと今気付く。人間の形をしているのに人ではない気配を発している。それが違和感の正体だった。

 

『四葉克也、話がしたい』

「…何故俺なんだ?」

『この国で、今もっとも力があるのは四葉家だ。そしてここにその血を受け継ぐ人物がいるなら、その者に聞くのは自然だろう?』

「事情は理解した。俺はなんと呼べばいい?」

『マルテ』

「ミスターマルテ、一体何のようだ?」

『我々はこれ以上君たちと敵対する意図は無い』

「君たちとは誰で敵対とはどういう意味だ?」

 

俺は可能な限り情報を得られるように努力することにした。俺たちは彼らのことをあまりにも知らなさすぎる。正体を知っているとはいえ、紙の媒体やデータとしての記録だけだ。実際に会話をすることができるのは、後にも先にもこの瞬間だけだろう。ならば時間を惜しんででも話を続ける必要がある。

 

『我々デーモンは、これ以上日本の魔法師に対して敵対する気は無い』

「なるほどね。それ以外にも用があるんじゃないか?」

『君たちと敵対しないと約束する代わりに、後ろのロボットを引き渡して貰いたい』

 

その言葉にピクシーが肩を強ばらせる。

 

「理由は?」

『同胞を解き放つためだ。そのような命のない器に入られていては、我々デーモンとしても許容できない。我々デーモンも命を持つ生命体だ』

「ピクシー、どうする?」

『嫌です!私は私です。私の望みはマスターの物であるそれだけです!』

 

ピクシーの言葉に全員が苦笑したことで心意気は決まった。

 

「だそうだミスターマルテ。会話を聞いての通り交渉決裂だ。それに言いたいことがいくつかある」

『残念だよ四葉克也。言いたいこととは何だ?』

「何故魔法師に対してだけ敵対しないと言った?何故一般人は含まれない?それに何故日本人だけなんだ?他国の人間は狙うのか?信用できないな。そしてピクシーを破壊した後、何を宿主にするつもりだった?言わなくても分かっているがな」

『小僧…!』

 

男が袖口からナイフを取り出す。柄にコードが繋がっているところを見るとただのナイフではなさそうだ。他の2人も同様にナイフを手にしている。顔が怒気で覆われており、感情が爆発しかけているらしい。溜めたままでは辛いだろうから爆発させてやることにした。

 

「武器を捨てて大人しく投降すれば、痛い目に遭わずにすむし、幸せな実験動物としての待遇を保証してやるぞ」

『貴様!』

 

俺がにやりと笑いながら言うと、完全にキレて叫びながら突っ込んできた。ぶつかる瞬間に《炎陣(えんじん)》で2人と1体を囲う。ナイフが触れた瞬間に溶けて消えていくのを見て、マルテを含めた〈パラサイト〉が眼を見開いて驚いている。その瞬間を見逃さずに《炎陣(えんじん)》を解除し、圧縮想子弾をマルテの足に打ち込んで転倒させる。

 

「達也!」

「任せろ」

 

達也が〈拒絶〉の念を込めた想子弾を、倒れているマルテに打ち込むと、のたうち回るように激しく痙攣し始めた。達也が打ち込んだ思念が〈パラサイト〉を拒絶し、〈パラサイト〉がそれを拒絶しているのだ。残りの2体は、俺と深雪が圧縮想子弾を大量に撃ち込み気絶させていた。

 

「克也君!」

「ごめん、遅くなった」

 

エリカと幹比古が走り寄ってきた。後ろに予想外のもう1人を連れて。

 

「レオも来たのか?」

「おう、リハビリがてらな」

「とりあえずここを離れるために、こいつらを運ぶ車を呼ばなきゃな」

「なんで?」

「あれだけ派手に魔法を使ったんだ。普通の警察以外にも寄ってくるだろうからね」

 

俺の言葉を理解できていなかったらしく、幹比古は疑問符を浮かべていた。

 

「ミキの倉に運び込んでもいい?」

「いいのか幹比古?」

「うんいいよ。そもそもこれは僕たちの仕事だからね」

 

「僕たちの仕事」とは古式魔法の使用者のことだろうか?それともエリカたちを含めたことなのだろうか?後片付けをしてもらえるのであれば、どちらでも構わないので考えるのをやめておいた。

 

「頼む幹比古」

「今日は帰りなよ克也君たちは。捕獲してくれたし後は任せてほしいから」

「分かった後を頼む」

 

克也たちは後をエリカ達に任せて帰宅する。〈パラサイト〉との戦闘中に監視されていたことを3人は知らなかった。たとえ《視界》を広げていたとしても気付かなかっただろう。何故なら遠隔操作で見張られていたのだから。

 

1つは七草・十文字家の連合とは別に、七草家当主の意向を受けている国防軍情報部。

 

1つは想子センサーを使って監視していた九島家前当主とその孫。

 

1つは反則級の情報収集能力を持つ謎の機械によって見ていた四葉家当主。

 

これらが厄介な事件に発展するとは、誰も考えていなかった。

 

 

 

翌朝、克也と達也はエリカたちに呼び出されるのだった。



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第37話 情報

翌朝、廊下を歩いていた克也と達也はエリカたちに捕まって屋上に連行された。深雪を教室に送った後だったので、なんとか巻き込まずにすんでいる。何故克也が達也と一緒にいたのかは野暮なので追及はしない。

 

「話があるんだろ?何か話してくれないか?」

 

連行された後、数分間何も話してもらえなかったことで克也は会話を促した。時間を無駄にしたくなかったので、こちらから聞くことにしたのだ。

 

「達也、実はさ…」

 

怒られると思っているのだろうか。幹比古が怯えながら話し始める。だがすぐに止まってしまったので、助け船を出すことにした。

 

「あいつらに逃げられたか?別にそんなことでは怒らないさ。また捕まえるのは厄介だが」

「違うのよ克也君!」

「そうだぜ横からかっさわれたんだ!」

「相手は手強かったのか?」

 

エリカとレオの憤慨にも平然と聞き返す。この3人は実戦に出てもそれなりの成果を上げる腕を持っている。自分たちでもそれなりに力を出さなければ、勝負にはならないと克也たちは評価している。

 

殺しが許される場合なら、2人にとっては気にすることでは無いだろうが。

 

閑話休題

 

この3人が取り逃がすとは、余程の敵だったのかと聞きたくなったのだ。

 

「腕はたいしたことなかったんだけどよ。用意周到で殴ったらこっちが痺れるスーツなんて初めてだぜ」

「やったら硬いアーマー着込んでるし、切ったら粉が吹き飛ぶなんて。もっとリーチの長い武器持ってくるんだった」

 

報告という)りは愚痴に聞こえる2人だった。それよりもそれだけ特徴がある装備なら、相手が誰なのか達也には予想が付く。

 

「それに真っ黒な飛行船で持って行かれちゃったの!」

「なるほどな」

「達也、正体が分かるのか?」

 

達也が納得したとでも言いた気だったので、克也は気になって聞いてみた。

 

「直接やり合ったわけじゃないから推測でしかないけどな。おそらくは国防軍情報防諜第三課だろう。そういう面白装備を採用していて、ステルス仕様の飛行船を持っているとなるとそこだと思う」

 

達也の暴露に全員が驚く。よもや国の内部情報を教えて良いのかと思ったが、自分たちを信用しているから話してくれたのだろうと思った。

 

「達也に面白装備なんて言われたくないだろうけどな」

「同感ね」

 

克也の言葉にエリカが納得顔で同意を示す。幹比古とレオは、なんとも言えない表情をしているが。達也が三課を知っているのは独立魔装大隊経由であり、七草家の息がかかった部署であることも知っているが、情報源を伝える気にはなれなかった。

 

「達也、それは情報部の独断かい?それとも誰かの陰謀かい?」

「それは分からないな」

「何処に連れて行かれたかも分からない?」

「絞り込まないと分からない。とりあえず教室に戻ろう。さすがに寒い」

 

この程度で音を上げるようなやわな鍛え方をしていないが、寒いのは事実で精神的なダメージを鑑みて校舎に戻ることにした。

 

 

 

1限目は一般教養だったので俺は20分ほどで終わらせ、胸ポケットから取り出した携帯端末でメールを送る。普通なら教員の叱責を受ける場面だが、周囲に迷惑をかけない行為はある程度許可されている。だから携帯端末を操作しても特に問題は無い。

 

内容は「七草家の息がかかった第三課に〈パラサイト〉を横取りされたので至急返却していただきたい」だ。送るとものの数分で返信が帰ってきたので受験生なのにいいのか?と思ってしまった。あの人なら勉強はほどほどでも大丈夫だと思い直す。だからそんな内容は返さなかった。

 

七草先輩からの返信には「第三課なんぞ知らないが、四葉の名前を出せば教えてくれるかもしれないから明日まで待ってほしい」と要約すればそう書いてあった。これでなんとかなると思い安心し、残り時間を睡眠に充てることにした俺は机に突っ伏した。

 

授業終了後、深雪に怒られたのは何故なのだろうか…。

 

 

 

 

 

翌日、七草先輩からのメールには「防諜第三課のスパイ収容施設が襲撃され、捕らえられていた〈パラサイト〉が殺された」と書かれていた。

 

 

 

 

 

今日は土曜日なので、学校があるのだがそれどころではなかった。達也が藤林に頼んで防諜第三課のスパイ収容施設の監視カメラをハッキングしてもらい、襲撃の様子を録画した映像を3人で見ていた。赤髪の小柄の人影が闇に紛れて侵入していく。警備員をひと睨みで気絶させ、扉を破壊して内部に入る。吐き出した息が白いのは、この〈パラサイト〉が拘束されている部屋が低温だからだろう。

 

三段ベッドの上に拘束されている〈パラサイト〉は、青山霊園で会った彼らだった。そしてマルテに赤髪が銃弾を撃ち込むと炎に包まれ消える。二度同じことを、上段と下段の〈パラサイト〉にも繰り返して部屋から出て行った。〈アンジー・シリウス〉の行動は「処刑」だ。宿主を殺された〈パラサイト〉のことを何も考えず、ただ殺しただけのように見える。

 

「…今のはリーナですよね?」

「…ああ」

 

深雪はリーナが《仮装行列(パレード)》を使い〈アンジー・シリウス〉であるということを、克也から教えられているので今のが何か分かったようだ。映像を見返そうとすると、突如画面に金髪碧眼の少年が映し出された。この回線は強度な壁で保護されており、普通なら侵入することはできない。できたところで会話はこちら側から繋がない限り不可能だ。

 

『ハロー、聞こえているかな?聞こえていることを前提に話させて貰うよ』

 

流暢な日本語で話しかけてくるが、案の定こちらが回線を繋いでいないのを理解しているように話し始めた。

 

『まずは自己紹介からだね。僕の名前はレイモンド・セイジ・クラーク、〈七賢人〉の1人だ。君のことはシズクから聞いてるよカツヤ・タツヤ・ミユキ』

 

リーナの言っていたのが彼だとは思わなかったが、この回線に入り込めたのだから信用できるだろう。シズクの知り合いらしくあの情報源はこの人物のようだ。

 

『〈アンジー・シリウス〉にこの場所を教えたのは僕だけど、何故か彼女はその前から知っていたようだ』

 

「この場所」が第三課のスパイ収容施設を指しているのは容易に理解できたが、教える前に知っていたことには驚いた。一体何処から得たのだろうか。政府もしくは軍関連だろうか。しかしそれでは辻褄が合わない。政府が軍に教えていたのであれば、〈七賢人〉より情報収集能力が高いということになるからだ。

 

『そこで君たちに特ダネを提供しようと思っている。今回はお近づきの印に無料でお教えしよう。現在ステイツで猛威を振るい、日本にも広がり始めている魔法師排斥運動は、〈七賢人〉の1人ジード・セイジ・ヘイグが仕掛けたものだ。ジード・ヘイグまたの名を顧 傑(グ・ジー)は、日本の〈触れてはいけない者たち(アンタッチャブル)〉こと四葉家に滅ぼされた崑崙方院(こんろんほういん)の生き残りだよ。国際テロ組織【ブランシュ】の総帥で、君が捕まえた【ブランシュ】日本支部リーダー司一の親分だね。さらには、国際犯罪シンジケート【無頭竜】の前首領リチャード=孫の兄貴分でもある』

 

次々と並ぶ知る名前に克也は愕然とし、達也は珍しく画面を覗き込んでいた。

 

『念のために言っておくけど、〈七賢人〉だからといって共謀はしてないからね。〈七賢人〉とは〈フリズスキャルヴ〉のアクセス権を持つ7人のオペレーターのことだ。〈フリズスキャルヴ〉については、詳しく話せないけどつまりはそういうことだ。話を戻すと、彼は【ブランシュ】と【無頭竜】を失って日本に干渉することができなかった。そこで〈パラサイト〉を送り込んだ。その騒ぎに紛れて工作拠点を再建するのが目的だよ。これを信じるか信じないかは君たち次第だ。これから告げることも君たちで判断して貰って構わない。そちらの時間で2月19日の夜、第一高校の野外演習場に活動中の〈パラサイト〉を全体誘導するから殲滅して欲しい。この情報は〈アンジー・シリウス〉にも伝えてある。共闘するのも敵対するのも君たちの自由だ。頼んだよ〈触れてはいけない者たち(アンタッチャブル)〉と戦略級魔法師〈破壊神(ザ・デストロイ)〉』

 

その言葉を最後に一方的な会話は終わった。達也は呼び名に眉をひそめていたが、克也は笑いを堪えるのに必死だった。達也に脇腹をつままれて気を取り直す。

 

「この情報が正しいのかどうかは明日の夜に分かるだろうから、とりあえず今日はいつも通りに過ごそう。そろそろ学校に行く時間だし」

「ということは明日行くのか?克也」

「行かなきゃならないだろうな。彼の言っていることが本当ならこの騒動を終わらせることができるだろうし。もしこれが罠で俺たちを陥れようとしていても、〈パラサイト〉を無視することはできない。エリカたちにも教えて協力してもらわないと」

「お供いたします」

「もちろんだよ深雪。さあ、行こうか。そろそろ本当に出ないと」

 

2人を連れて克也は学校に向かった。よもや翌日の夜に一騒動が起こるとは知らずに…。

 

 

 

「レオ、遅刻だよ」

「生真面目だな幹比古は」

 

実技の授業に遅れてきたレオを教員の代わりに幹比古が注意するが、さほど気にしていないようだ。

 

「達也は?」

「なんでもお客様だとか…」

「こんな時間からか?」

 

まさか2限目の時間に生徒に対して客が来るとは。よほどのことなのだろうか。達也なら誰が来てもおかしくはないと思っているレオたちは、気になりながらも授業に集中することにした。

 

「そんなことより早く終わらせましょ」

「そうだね今日のは苦労しそうだし。居残りになったなんて達也に知られたら呆れられそうだよ」

 

2人がCADのセッティングし始めたので、レオと美月も手伝い始めた。

 

 

 

達也は来賓である青木を送り出した後、よく知る人物を見かけたので声をかけることにした。

 

「リーナ、少しいいか?」

「タツヤ、何?」

 

振り向いたリーナの顔はかなりやつれていた。スパイ収容施設を襲撃したことが精神的なダメージを与えているのだろか。達也にとってはどうでもいいことではあったが。

 

「話は聞いたか?」

「ええ」

「誰か分かったか?」

「いいえ」

 

会話はかなり言葉を省いたものだったが、リーナは今日の夜の話を分かってくれたらしい。そしてレイモンドはリーナの前に姿をさらすことはなかったがそれは当然だろう。同じ国の人間に対して〈七賢人〉の1人である自分が、〈スターズ〉総隊長であるリーナに姿をさらすはずがなかった。

 

「今回は馴れ合わないわよタツヤ」

「分かっている。お前が背負っている重荷は、俺たちとは比べものにはならないからな」

 

達也が話し終えるとリーナは背を向けて離れて行く。それを達也は少し心配そうに見送った。

 

 

 

「達也、来客とは誰だったんだ?」

 

達也は〈パラサイト〉と交戦する前に一度帰宅していた。戦闘準備を整えた後、時間があったのでリビングでくつろいでいたところ、克也に聞かれていた。

 

「よく知ってたな。エリカたちにでも聞いたのか?」

「いや、A組でも噂になってたんだ。達也に来客なんて誰なんだろうって」

「なるほどな。来客は青木さんだったよ」

「何故四葉家の使者が?」

 

本家の執事は、(克也を除く)司波兄妹と可能な限り接触しないようにしているはずなのに、向こうから近づくのかと不思議に思っての問いだった。

 

「叔母上からの指示らしい。〈3H〉を買い取りたいと言ってきた」

「買い取っておいたのは正解だったな達也。それにしても叔母上は何をされるつもりだったんだろう。まあ普段生活しているだけなら遭遇することのない敵だから、サンプルにしたいのは理解できるが」

「実験にでも使うつもりだったんだろうな。あれは特殊だから理解できないわけじゃない。そろそろ行こうか」

 

達也の言葉に頷いて、克也たちは一高の野外演習場に向かった。



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第38話 討伐

克也たちはエリカ一行と合流し、3mの塀を跳び越えて演習場に侵入した。警備システムがないのは夜に野外演習場に入ることが危険だと知っている人間と、関わりたくない人間が周辺に多いからだ。

 

侵入すると中の空気は張り詰めていた。どうやら舞台の準備は整っているようだ。慎重に歩いて森の奥深くに向かっていると、美月・ほのか・ピクシーに呼び止められた。

 

『現在、進行方向から右手30度にオーラ光が見えます』

『男性2人と女性1人です。映像を転送します』

『3体の同胞を確認』

 

ほのかの魔法によって全員の携帯端末に、ほのかの眼で見たリアルタイムの映像が送られてくる。美月とほのかのおかげで即座に追跡側が発見できていた。克也と達也が視界を広げれば可能だったが、2人ほど鮮明には視えず発見も遅れていただろう。

 

ほのかと美月には、校舎の屋上から演習場を監視してもらっている。2人はお世辞にも実戦の魔法は上手くない。後方支援なら役に立てるというよりは、後方支援こそ彼女たちの得意分野である。そんな美少女2人を、幹比古が周囲の敵から守る役目を担っていた。

 

『仮面の女の子が、みんなの反対側から〈パラサイト〉に向かってます!』

「このスピードと殺気。まさかあいつは宿主を殺すつもりか!?」

 

美月の報告通りに視界を広げると、濃密な想子をまとって接近しているのが視えて、全員に聞こえるように克也は毒づく。全員に許可を貰ってから、達也と2人で全力疾走で向かった。

 

 

 

ここに集っているのは自分たちと今は敵である存在、そして今回のターゲットである〈パラサイト〉。克也一行とリーナはそう考えていた。しかし実際には九島烈が差し向けた抜刀隊とそれを単身追走する人物という、5つのグループがこの演習場に集結していた。

 

克也たちは九島烈が〈パラサイト〉に興味を持ち、利用するつもりであるなど知る由もない。自分たちが知らないことを想定して行動などできるはずがなかった。

 

 

 

森の中心付近で、リーナが〈パラサイト〉に斬りかかるのをなんとか想子の仮想の壁で防ぐ。だがリーナの魔法《旋風(つむじかぜ)》によって俺は吹き飛ばされた。あまりの威力に予想以上の距離を飛ばされ、こちらに向かっていたレオに激突してしまう。

 

「うお!?」

 

レオが気付いたときにはドカーン!とでも音が出そうな衝撃が俺たちを襲い、地面に崩れてしまった。

 

「いてててて、何だぁ?」

「「克也お兄様(君)?」」

「いてててて。やあ、みんな」

 

驚いて眼を見開いている全員に軽く挨拶する。

 

「レオ、すまん」

「構わねぇけどよ。なんて勢いで飛んでくんだ?俺じゃなかったら死んでるぜ」

「エリカなら避けてただろうし、深雪なら慣性中和の魔法で止めてくれたさ」

「克也君、何があったの?」

「恥ずかしながらあの赤髪の仮面少女に吹き飛ばされて、慣性中和の魔法を使う暇もなくここまで吹っ飛んできた」

「…そう。で、そいつはあそこね?」

 

エリカが自己加速術式で向かったのに気付いてから、俺はその背中を追いかけた。到着するとエリカが五十里先輩に作ってもらい、達也に調整させた〈大蛇丸〉のダウンサイジングバージョンである〈ミヅチ丸〉を振りかぶり、〈パラサイト〉を一閃して胴を薙いだ。

 

エリカに念動を撃とうとした〈パラサイト〉に、達也が《部分分解》で四肢を撃ち抜いて地を這わせ、想子の塊を撃ち出し〈パラサイト〉の想子を吹き飛ばす。俺・達也・幹比古の3人で話し合った結果、〈パラサイト〉は霊子の塊でありながら魔法を使う際に、想子を消費して弱体化するのではという仮説を立てていた。

 

「幹比古!」

 

通信機を使わずとも木の精霊を使って、俺たちを見聞きしている幹比古に合図を送る。すると雷撃が〈パラサイト〉を襲い、皮膚に幾何学模様と文字が刻まれる。その間に達也がもう1匹に《遠当て》を使い、もう一度幹比古が雷撃で封印する。近くで幹比古とは違う雷撃が走ったので見てみると、〈パラサイト〉が黒焦げになっており、本体はどこかに飛び去った後だった。

 

「アンジー・シリウス、頼むから封印前に殺さないでくれないか?後始末が面倒くさい」

 

声をかけると、その場を去ろうとしていたリーナが立ち止まり返事をしてきた。

 

「私には関係ない」

「シリウスの任務か。それを重々承知の上でのお願いだ」

「それは任務には含まれない。脱走兵であろうがそうでなかろうが、私の任務は処刑だけだ」

 

それだけ言い残して森の中に姿を消した。

 

「今のはリーナだよね?姿とか声は別人だけど」

「分かるのか?」

「なんとなくだけどね。呼吸とか仕草が似てたから」

 

エリカの言葉に驚くが同時に納得もする。エリカのように相手の動きを観察する戦闘スタイルの人間にすれば、相手の癖を覚えるのは当たり前のことだろう。それでも《仮装行列(パレード)》を使って偽装しているリーナを、一目で見抜く眼力は恐るべきものだ。

 

「リーナに言ったのもエリカにも当てはまるぞ」

「それは難しいお願いだね克也君」

「可能な限りでいい。不可能であれば殺しても構わない」

「オッケー」

 

達也が先にリーナを追い、俺たちは少し遅れて走っていた。突然立ち止まると、深雪・レオ・ピクシーもほぼ同時に立ち止まり真剣な顔をする。

 

「囲まれているというよりそう思わせているみたいだな。どうする克也?」

「潰そうか。邪魔されるのは嫌いだし、どんな目に遭うのかを教えてやる。深雪、達也の元に迎え」

「分かりました。お気を付けて」

 

想子を活性化させ、〈ブラッド・リターン〉をホルスターから抜き出す。深雪が走り去るのと同時に戦闘が始まった。

 

「《装甲(パンツァー)》!!」

 

レオが音声コマンドでCADを操作して敵と交戦し始める。俺は《偏倚解放》でまとめて5人ほど戦闘不能にさせて横を見た。すると殴り合っていたレオが敵の攻撃を避けた瞬間、不可解な動きで足を滑らせる。体勢を立て直したばかりのレオに襲いかかる人影に向かって鋭い剣筋が襲い、追撃とばかりにレオのフックアッパーが直撃し吹き飛んだ。

 

「克也君、達也君が合流しろだってさ」

「じゃあ任せる。気をつけろよ」

 

エリカからの言付けをもらいその言葉を残し向かう道中、リーナが2体の〈パラサイト〉を殺すのを視てため息をつく。どうやら言葉通り、処刑だけを目的しているようで容赦なく行っている。

 

やれやれ本当に言葉通りにするとは。後で苦労するだけだってのに。そう思いながらも足の回転を速めて達也の元に向かった。

 

 

 

達也の元に到着するとひどい有様だった。克也たちは知らないが地面に倒れている男たちは、九島家の息がかかった部隊の戦闘員で、10人中8人が死亡している。残り2人も立つことができないほどの重症だ。何があったのか想像もできない。

 

「深雪、これは?」

「今、リーナと対峙している〈パラサイト〉のせいです」

 

深雪の言葉通り、達也とリーナは6体の〈パラサイト〉と戦闘中であった。既に片付けた人数と比べると、ピクシーに聞いた数より増えている。

 

「リーナ、待て!」

 

克也の制止を無視してリーナが魔法を放った。その半分は達也によって無効化されたが、リーナの攻撃を受けた3体の〈パラサイト〉は絶命し、達也の魔法によって貫かれた3体の〈パラサイト〉が自爆した。

 

 

 

『レオ、気をつけて!』

『エリカちゃん、そっちに〈パラサイト〉の本体が!』

 

突然幹比古と美月から2人に緊急通信が入り、同時に驚愕していた。

 

「次兄上、〈パラサイト〉がこちらに向かっているようです!」

 

先程まで気持ちの上で剣先を向けあっていた兄に伝えると、修次はあまり〈パラサイト〉について知らないらしく首を傾げていた。だがエリカの言葉に緊張感を抱いたのは抜刀隊だった。エリカの背後の土がめくれ上がり、人影が飛び出したのとほぼ同時に、抜刀隊の後ろからも同じように人影が現れた。エリカの背後に現れた人影は、エリカに跳びかからずピクシーを狙っている。

 

鉈を《硬化魔法》で防いで跳ね上げるが、レオの筋力でもそれだけでは間合いを十分に取ることはできない。もう一度振り下ろそうとする襲撃者の胸から、刀の先が突き出ており動きを止めた。エリカは「しまった」という表情をしている。どうやら克也の注意を思い出したようだが、時既に遅しでありどうしようもなかった。

 

抜刀隊の後ろから現れた襲撃者は、修次の綺麗なフォームから繰り出された前蹴りによって吹き飛ばされ、慎重に近づいてきた修次の目の前で破裂した。霊子の塊が抜け出したことにその場にいた誰もが気付かなかった。

 

「ごめん克也君、1体殺しちゃった。もう1体は自爆したみたい」

『気にするなエリカ。2人に怪我がないならそれでいい。すまないがピクシーをこちらに合流させてくれないか?』

「わかった。ピクシー、克也君が合流しろだって」

『了解しました』

 

エリカの言葉にピクシーは素直に頷いた。

 

『幹比古、ほのかとピクシーのフォローを頼む』

『わかった』

『わかりました』

『それとエリカ・レオ、お前たちはそこを動くな。その場にいる全員に伝えてくれ』

「了解」

「わかったぜ」

 

そう伝えて克也は音声ユニットの通信を切る。どうやら〈パラサイト〉は、克也たちが思っているより用意周到のようだ。正直、対応策が見つからないので対処が遅れて後手に回ってしまう。だがここで仕留めなければもはやどうすることもできないだろう。

 

 

 

この世界に引きずり込まれた〈パラサイト〉は16体。その内の1体はピクシーの中に、2体は先程の戦闘で封印済み。そして6体はリーナに、1体はエリカに宿主を殺されて本体を解放。残り4体も自爆し本体を解放。

 

合計11体が宿主を失い、仕留めなければならない相手だ。ピクシーに引かれ、集まった彼らは元は一つの存在。よって一つの存在に戻り敵を排除しようと合体していた。

 

11の頭を持つ大蛇のような存在、〈十一頭竜(といちずりゅう)〉をその眼で見た克也たちは、ピクシーに食らいつこうとしている場所に向かった。それはそこに「ある」と認識できるほど鮮明に視えている。

 

「あれは何!?」

「視えるのか?」

「見えてはいないけど。そこに何か『力』みたいなものが集まってるのがわかる。あれは一体何なの?」

「貴女がお兄様方の言うことを聞かなかった結果よ。あれだけ殺すなと言ったのにどう責任を取るつもり?」

 

リーナの質問に底冷えするような声音で答える深雪に、克也は少なからず恐れを感じていた。

 

「脱走者を処断すること。それがワタシの存在意義よ!ならワタシが倒すわ!」

 

リーナが《仮装行列(パレード)》を発動させて接近すると、〈十一頭竜(といちずりゅう)〉がリーナに狙いを変えたのを克也と達也は視た。2人でリーナに放たれる攻撃を全力で相殺させる。1体でも厄介な敵が11体も集まっているのだから、全力を振り絞らなければならないのは当然だろう。むしろたった2人で、11体もの攻撃を全て弾いていることを賞賛するべきだ。

 

「幹比古、こちらの状況は見えているか?」

 

魔法で攻撃を防ぎながら音声ユニットで連絡する。

 

『見えているけど…。どうしたの?』

「数秒でいい。動きを封じれないか?」

『…無理ではないけど。5秒も保たないと思うよ?』

「それだけあれば十分だ。頼む。カウントはそっちでいい」

『わかった…いくよ。3、2、1、今!』

 

合図とともに対妖魔術式《迦楼羅炎(かるらえん)》が放たれ、〈十一頭竜(といちずりゅう)〉と互いを食い合うように巻きつくのを、意識の外で認識する。克也は達也と背中合わせで立ち、左手と右手を突き出す。

 

残り5秒。

 

克也が魔法演算領域を達也の規模に合わせて魔法式を構築。克也が視ている状況を達也に送り込み、達也がそれを視て照準を定める。

 

4秒

 

一高での戦闘とは違い小さい規模で構築される。それでも1人では処理できないほどの情報量が、2人の魔法演算領域を往復する。

 

3秒。

 

起動式が魔法式として展開される。

 

2秒。

 

全身から溢れた想子が活性化し、克也と達也の左手と右手に集まる。

 

1秒。

 

十一頭竜(といちずりゅう)〉に押されて、《迦楼羅炎(かるらえん)》が消え始める。

 

0秒。

 

十一頭竜(といちずりゅう)〉がより想子量の多い獲物を見つけ、リーナを無視して魔法力の高いこちらに向かってくる。そこを目掛けて魔法を発動させる。

 

焔解散(ラハブ・ディスパージョン)

 

克也と達也が八雲にヒントを貰い、新しく考案した精神干渉魔法だ。八雲は2人のどちらかに魔法演算領域を合わせると言ったが、規模の大きい方か小さい方かとは言わなかった。威力は落ちるが、2人の負担が激減すると判明したので達也に合わせることにしたのだ。

 

焔解散(ラハブ・ディスパージョン)》は克也の眼で存在を認識し、達也の眼で魔法式を照準させる。《焔解散(ラハブ・ディスパージョン)》が〈十一頭竜(といちずりゅう)〉の精神に作用し、霊子情報体を全て燃え散らした。

 

「…リーナ、今見たことは他言無用だ」

 

少し疲弊しながら克也はリーナに話し掛けた。

 

「…いきなり何?」

 

深刻な表情に声音で言われたら誰でも動じるだろう。その相手が克也であれば尚更だ。

 

「その代わりというわけだ。リーナが〈アンジー・シリウス〉の正体であることを話さないと家名に誓おう。これはこの場にいる全員が対象だ」

「いいわよ。ワタシにとっても悪い話じゃないし、カツヤとタツヤのことは内緒にしてあげる」

「ありがとうリーナ」

 

その言葉を残し、克也と達也は2体の〈パラサイト〉を置いてある場所に向かうことにした。しかしそこには先客がいた。

 

 

 

「これは九島閣下、お目にかかれて光栄に存じます。私は黒羽亜夜子と申します。今回は黒羽家の使いとしてではなく、四葉家当主の使いとしてやって参りました」

「四葉家の代理の方か。なるほど道理で若さの割にしっかりとした空気をお持ちのはずだ」

 

2人の空気は敵対してはいなかった。かといって友好的とも言えない空気である。何故ならそう話す少女の眼は強い光を放ちすぎていたから。

 

九島家の一団は少なからず敵意を抱いていたが、四葉家の一団は敵意どころか感情を表していなかった。興味なしとでも表した方が的確だろうか。その理由は亜夜子が敵意を示していないのが大きいだろう。

 

「お互い時間があまりないようですので交渉しませんか?閣下。ここには2体の封印済みがあるので、それぞれ1体ずつ持ち帰るのは如何でしょう?そちらも欲しているようですし、こちらの当主も望んでおられるので」

「いいだろう。もらえるのであればそれで構わない」

 

2人は部下に〈パラサイト〉を回収させ、背を向けて闇の中に消えていった。

 

 

 

しばらくして克也と達也がその場に着くと何もなく、すると音声ユニットが鳴ったので出る。

 

『すみません達也さん』

『ごめんなさい達也さん』

「2人とも気にするな。そもそも見張りを置いていなかった俺たちが悪い。それに後のことを考えていなかったしな」

 

美月とほのかにそう伝えてから音声ユニットを切る。

 

「達也、これはまさか」

「断言はできない。だがおそらくそうだろうな」

 

森を抜ける風に紛れて鴉の羽が、夜空に飛んでいくのを克也と達也は捉えている。そしてそれがある人物からのメッセージであることにも気付いていた。

 

 

 

克也たちがエリカとレオに出会った頃には、修次と抜刀隊が撤収していた。互いに労い幹比古たちと合流し、校門を出た時間は21時を過ぎていたため、守衛から不審な眼を向けられた。深雪の(恐怖の)笑顔に、何も言わずに引き下がるのだった。



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第39話 別れと再会

来訪者編はこれで終了し、次話からダブルセブン編にはいっていきます


校内から笑い声と泣き声が至るところから聞こえてくるが、克也はあまり興味がなかった。当事者でないのもあったが、その気持ちがまだ理解できないというのが大きな理由だ。学校生活が丸々2年ほど残っている今ならば、この先にまだ楽しいことがあると思っているからなのかもしれない。

 

そんなことは置いといて。卒業式自体は既に終わっている。卒業生は、3年間を過ごしたこの学校と友人たちあるいは恋人と別れることを悲しみながらも、新しい立場である魔法師として歩んでいく。

 

克也は式の片付けを手伝っていたので、誰が誰と会ってどんな話をしているかも知らなかった。残り作業が講堂の掃除だけになり、生徒会役員または自主的に手伝った生徒たちは、教師に「あとは専門の業者に任せるから解散してよろしい」と放免された。

 

雑用から解放された克也は、世話になった卒業生の元へ一高生徒として最後の挨拶をするために走り回っていた。

 

 

 

「克也・深雪、お疲れ様」

 

講堂から出ると達也が待っていた。だが少しばかり不本意そうな表情を浮かべている。どうやら片付けの最中、達也にとってあまり宜しくない何かがあったらしい。

 

「お待たせ達也。誰かに何か言われたのか?」

「恐ろしいぐらい察しが良いな。その通り、小早川先輩にお礼を言われたよ」

「お礼?ああ、達也が渡辺先輩に話してた『魔法技能を失っても、魔法に関する知識と感受性を活かす道がある』ってやつか。あれだけ達也が話すなと念を押したのに」

「どうやら本人から話したのではなくて、小早川先輩が無理矢理に聞き出したらしい。正直、小早川先輩に俺の言葉として伝わろうが伝わらまいがどっちでもよかったんだがな。あの人が魔法から離れたいと言わない限りは、勧めたいということを知って欲しかっただけだよ」

 

達也は嬉しいような切ないような微妙な表情をしていた。それは人として一度は悩むことのある事柄であり、どちらでも受け取れるということを知るのが大切である。

 

「克也君・達也君・深雪さん」

 

名前を呼ばれて振り返ると、そこには真由美と鈴音が立っていた。真由美には何度もお祝いを言っていたので、今更言う必要はないはずだが。

 

「七草先輩、こちらに来られてどうされたんですか?」

「リンちゃんが克也君と会うのを渋ってたから連れてきたの」

「なるほど。克也、行ってこいよ」

「俺は構わないが…」

 

本当に克也は構わないのだが、鈴音がいいのか分からない。動けずにいると鈴音が自然に近づいてきた。

 

「少し時間をいただけますか?」

 

達也と深雪をちらりと見ると頷いている。どうやら「構わない」と言っているらしい。

 

「いいですよ」

 

返事をして鈴音の後を追った。

 

 

 

離れていく2人を、微笑ましそうに見送りながら真由美は口を開いた。

 

「達也君・深雪さん、これからの一高をお願いね。次の生徒会長は深雪さんだろうし、深雪さんなら溝を埋めることが出来るかもしれないから。達也君も補佐お願いね」

「未熟ですが可能な限り全力を尽くします」

「俺が生徒会に入るとは思えないんですが…」

 

深雪は当たり前のように受け止めたが、達也は可能性がないと言う。

 

「心構えよ。そうならないとは限らないからね」

 

真由美は何かしら確信しているのだろうか。未来が見えているのか、それとも希望的観測なのか。それは達也と深雪にもわからない。

 

「こう言っちゃあれだけど。リンちゃん、結構悩んでたのよ」

 

真由美が遠ざかる克也と鈴音の背中を見送りながら呟く。

 

「克也と会うことにですか?」

「うん。事情がどうあれ、いつの間にか自然消滅しちゃったから、どんな顔で会えばいいのかわからなかったと思うわ。お互いが相手のことを考えすぎてすれ違っちゃったのかな」

「確かに、克也は相手を思いやる人間ですからね」

 

達也と深雪は知っている。克也がどれほど人に優しく厳しく関わろうとしているのかを。

 

「その優しさがリンちゃんには辛かったのかもね」

「優しさが人を傷つける?」

 

深雪が首を傾げながら呟く。

 

「優しいのは良いことよ?でもそれが武器となって相手の心を傷つけることもある。思いやりの心は、時にどんな武器よりも鋭く痛いものに変わる。眼に見えず、感じる事しかできないから。人間ってままならないものね」

「七草先輩は怒っていらっしゃるのですか?」

「まさか。克也君にもリンちゃんにも怒りなんてないわ。抱くことは許されないと思うし。リンちゃんにとっては初めての恋愛だから、戸惑うことの方が多かったでしょうね。克也君だって同じだったはずだもの。似た者同士であったけども、歯車が噛み合わなかったのかもね」

 

克也と鈴音が似た者同士という言葉に、達也と深雪は納得と戸惑いを混ぜた表情を浮かべた。

 

克也はどちらかといえば、軍人であり魔法師だ。対して鈴音は研究者であり実験者だ。魔法研究に関しては、真面目で妥協のない研究を行う。2人とも自ら立てた仮説への道を探ることを得意としている。だがその道のりはまるで違う。克也はリスクが多少あっても最短距離で解決しようとするが、鈴音はリスクを軽減させながらも効率的に解決しようとする。

 

真由美の言った「似た者同士ではあるが、歯車が噛み合わない」という言葉は、実に的を射たものであった。

 

「2人がこの結果に納得しているなら、私は何も言わないことにしてる。リンちゃんは大学受験があったし、克也くんはパラサイトで忙しかったからね」

「俺も口出しする気はありませんよ。2人が出した答えが全てですから」

「私も同じです」

「2人ならそう言ってくれると思った。達也君・深雪さん、また会いましょう」

 

真由美は髪をたなびかせながら、かつての学び舎へと消えていく。後ろ姿へ向けて感謝の礼をする達也と、名残惜しそうに見つめる深雪の姿があった。

 

 

 

鈴音が足を止めたのは、入学式のリハーサルの間に達也と座っていた並木道のベンチだった。鈴音の隣に座ると風が吹き桜の花びらが舞う。俺は話し出そうとしない鈴音の代わりに口火を切った。

 

「卒業おめでとうございます。早いですね出会ってからもう1年が経つんですから」

「…ええ、色々ありましたね。入学式での【エガリテ】の襲撃、九校戦での事故、論文コンペでの横浜事変、そして吸血鬼騒動。予定外の事件が起こりすぎました」

「そうだな。波乱な1年だったのは否定できない」

 

少しずつ緊張がほぐれてきたのか、会話がスムーズになっていた。鈴音の声音にあわせて、俺は砕けた口調で答える。

 

「でも、自分にとっての一番の出来事は鈴音と出会えたことかな。短い間だったけど幸せだった」

「こちらこそ同じです。よもや私から告白することになるとは思っていませんでしたから」

「俺もだよ。上級生からくるとは思ってなかった。そういえば鈴音は魔法大学に進学すると聞いたよ。魔法研究のためか?」

「ええ、これから魔法師の地位を変えるための方法を学びに行こうと思っています」

「その方法が見つかって実現されることを祈っているよ。またどこかで会えるといいな」

 

俺たちはその言葉を最後に立ち上がり、どちらからともなく抱き合う。鈴音は声を上げて泣いて俺に縋り付いてきた。俺は付き合った半年の間、鈴音が泣く姿を一度も見たことがなかった。だが、高校生最後の日に泣いてくれたことを忘れずにいようと思う。

 

そして鈴音から俺への別れのキスが届くのだった。

 

 

 

誰にも見せたことのない穏やかな笑顔を浮かべた鈴音と別れ、克也が達也と深雪の元へ向かうと、真由美の姿はなく摩莉が代わりにいた。

 

「ご卒業おめでとうございます。渡辺先輩、どうされたんですか?」

「ありがとう克也君。久しぶりだな。最後に3人に挨拶しておこうと思ってね」

 

相変わらずハンサムな顔で言ってくるので、男として負けている気がしなくもない。

 

「恐縮です。自分から行こうと思っていましたが」

「おや、それは失礼なことをしたな。まあいい探す手間が省けた。それよりこれからの一高を頼むぞ。まだ二科生を見下す一科生が多く居るから、不安になっているがお前たちがいれば大丈夫だろう。十文字からの伝言もある。『一高のことは任せた』だそうだ。単純な言葉で用事を伝えるとはあいつらしい」

「本当ですね。最後まで自分のやり方を変えない素晴らしい人です」

「それではなまた会おう」

 

摩莉が去ったことでいつも通りの3人になるが、重要な話は終わらなかった。

 

「リーナはどうした?」

「式が終わってすぐに帰宅しました」

「撤退命令が出たんじゃないか?」

「だろうな。〈パラサイト〉は倒したから出てるだろうが、卒業式に出てくれたことには感謝しよう」

 

達也はリーナの本当の理由を話さなかった。克也と深雪は気付いていたが、そのことを修正することもなく帰宅した。

 

 

 

 

 

数日後、到着ロビーでいつものメンバーが帰国を待っていた。3学期は一昨日に終了しており、テスト結果も出ている。相変わらず克也と深雪は他を寄せ付けない圧倒的な差を付けて、主席と次席を占領していた。

 

もっと驚いたのは幹比古が総合点で学年トップ20に入ったことだ。新学年から一科生に転科する可能性があることが分かり、全員が自分のことのように喜びを分かち合っている。幹比古は恥ずかしそうに、しかし同時に嬉しそうに笑っていた。

 

到着を待っていると人混みの中に、見覚えのある金色の髪が見えたので、克也・達也・深雪の3人が追いかけた。

 

「「「リーナ」」」

「3人ともどうしたの?」

「リーナの姿が見えたから声をかけたんだ」

「今日発つって言ってなかった?」

「「「言ってない(わ)」」」

 

嘯くリーナに司波三兄妹は同時に言ったが、リーナも返答は予想済みだったようでそれほど驚いていなかった。楽しそうな笑顔を浮かべている。留学中に浮かべていた表情とは違う。方の肩荷が降りたことで、本当の笑みを思い出したような感じだ。

 

「リーナ、これで最後じゃないよな?」

「どうでしょうね。ワタシがそう簡単に自国から出れるとは思わないけど」

「直接会わなければならないというわけじゃないさ。連絡先を交換しないか?」

「いいわよ。なかなか積極的ねカツヤ」

 

連絡先を交換し、リーナの発つ時間まで世間話に花を咲かせて送り出した。リーナがゲートに消えた1時間後、今までと変わらない雫が帰ってきた。

 

「ただいま」

「「「「「「お帰り(なさい)雫(北山さん)」」」」」」

 

自分に抱きついているほのかを雫はなだめながら、薄い笑みを浮かべながらこちらに話し掛けてきた。

 

「お土産たくさんあるよ。レイからも」

「ああ、後で聞かせてくれ」

 

行った頃より余裕のある空気で雫は頷き、みんなで雫の帰国パーティーを開くために空港を後にした。

 

 

 

 

 

3月半ば。克也は達也がFLTに行っている間、深雪と家でゆっくりしていた。その時に真夜から連絡が入る。

 

「叔母上、今回はどのような用件で?」

『春から水波ちゃんに一高へ進学してもらうので、先に連絡しようと思ったの』

「…水波がですか?」

『ええ、ガーディアンとして貴方たちの家に住んでもらいます』

「深雪のですか?」

『いいえ、貴方のですよ克也』

 

その言葉に克也は開いた口が塞がらないという現象に陥り、数秒ほど思考停止に陥った。復帰させたのは深雪の言葉だ。

 

「叔母様、それは何故なのでしょうか。克也お兄様の力を心配されているからではないはずです」

『もちろんそのことは忘れてませんよ深雪さん。克也の戦闘能力の高さは、誰よりも私が一番知っていますから。水波ちゃんは《障壁魔法》を得意としています。万が一の為に近くに居させてあげて下さい』

「…わかりました叔母様」

 

深雪は真夜の言葉を受け止めて納得した。深雪や克也は真夜に対して反抗する態度をとるつもりは毛頭ない。反抗すればどのような仕打ちを受けるかわからないから。などとというくだらない理由ではなく、達也に対する風当たりが強くならないための予防策の意味合いが強い。

 

もちろん達也の安全だけが目的というわけでもない。真夜の考えが正しいから従っているし、その理由が納得できるものならば受け入れる。たとえ裏に何かしらの意図が含まれていたとしても。

 

「いつ来るのですか?」

『来週辺りにでもしようかと思っています』

「分かりました。達也にも伝えておきます」

『ええ、それじゃあね』

 

電話を終えてからしばらく、2人は画面の前で佇んでいた。

 

「…克也お兄様、よろしいのですか?」

「水波は良い子だから大丈夫だよ」

 

電話が切れた後、深雪は真夜が何かを隠していると感じたらしい。相変わらずの勘の良さと褒めるべきだろうか。いや、今の話だけでも大抵の人間は裏があるとわかるだろう。深雪は不安そうに克也に聞いてきたが、克也にも分からなかったので、何も言えずに話を逸らすことしかできなかった。

 

 

 

FLTから帰ってきた達也に、克也は真夜からの言伝を話していた。

 

「ということだ達也。いいかい?」

「駄目と言うわけないだろう。それに《障壁魔法》を使えるのであれば、わざわざ対抗魔法を使わなくても守ってもらえる。戦術も組み立てやすいしな」

 

達也の言葉は内心とは裏腹に前向きだった。水波は穂波に似すぎているため、あの辛い記憶を思い出してしまう。本当は嫌なのだが、彼女が悪いわけではないので文句を言うつもりはなかった。

 

克也も達也があの出来事を思い出してしまうのではと思ったが、真夜のお願いという名の命令には抗えない。また新年度も波乱な1年になると思った3人だった。



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6章 ダブルセブン編
第40話 新学年


達也が困惑している姿を、俺は後ろから腕を組んでにやつきながら見ていた。今達也は自宅の全身を移す大きな鏡で(いわゆる姿見)、あとはブレザーを着るだけの状態になりながら数分間立ち尽くしていた。達也の困惑した顔だけで白ご飯が食えそうだが、達也に殺されそうなのでそんなことを口走ったりはしない。

 

「達也お兄様、早く新しい制服をお召しになった姿を私に見せてください。それとも焦らしていらっしゃるのですか?」

 

どうやら深雪の心は我慢できなくなってきているらしく、その表情は限界に近いことを表していた。達也が着ないという選択肢を放り出し、ブレザーの襟を掴んで羽織る。すると深雪がさっと回り込み、きっちりと着込んでいるのを確認して幸せそうな表情を浮かべた。

 

達也の制服は俺達と違い、左胸と片口には八枚歯のギアを図案化したエンブレムが飾られている。一科生と同じ大きさで同じ位置にある意匠は、今年度から新設された魔法工学科のシンボルである。

 

去年の1年間で対内的・対外的にも、無視することが難しいほどの実績を積み上げてきた達也。このまま二科生で留めておくのは一高としても魔法社会としても、不利益にしかならないと判断された結果だ。

 

その結果が新しい学科の新設だである。3月の試験にパスした生徒は、4月から魔工科で授業を受けることになっている。また魔工科に一科生から移籍した人数分だけ、二科生の成績上位者が一科生に転科できる。俺達の友人の中で幹比古が一科に移ることになっている。学年末の点数が影響していたのだと、誰もが思っていた。

 

しかしどれだけ表面を取り繕ったとしても、魔工科が達也のために作られたと思われても仕方がない。だからこそ達也にあるべきものが、この1年なかったことを不満に思っていた深雪が、達也にあるべきものがようやく付いたことに浮かれるのは当たり前なのだろう。

 

「みんなでお茶にしましょう」

 

深雪は2つの意味でご機嫌になりながらリビングに向かった。そんな深雪を俺は苦笑し、隣に立つ水波は不満そうに見ている。まあ、自分の仕事である家事を取られては気分を害しても仕方ないことだろう。水波はガーディアン兼家政婦という立場で、司波宅に居候しているのだから。達也が動く気配を全く見せないので尋ねてみる。

 

「達也?」

「ああ、今行く」

 

達也が動かなかったのは数秒だが、僅かな空気の変化に気付けるのは双子であり互いに信頼し合っているからだろう。俺の後ろを当たり前のように付いてくる水波は、達也が動いてリビングに向かうまで、不満そうな顔をせずに待っていた。

 

 

 

「いよいよ明明後日は入学式か。当日、俺たちは早めに家を出るが構わないか水波?」

「大丈夫です克也兄様(・・・・)。私もご一緒させていただきます」

 

水波が克也のことを「克也兄様」と呼んだのは、水波が四葉の関係者であることを悟られないための打開案だ。様では完全に情報をばらまく原因になる。水波は達也と深雪の従妹という関係であり、克也が「さん付けで呼ばれるのは嫌だ」と言ったことで、渋々であったが水波がそれで良しとしたという経緯だ。

 

ちなみに達也と深雪の呼び方は達也兄様と深雪姉様だ。水波も最初は仕方なさそうだったが今では自然に使っている。テンパったときはつい達也様・深雪様と呼んでしまっているが。

 

「それを踏まえて今日の招待は受けた方が良い。水波も来てくれ」

「…ご命令のままに」

 

達也の言葉に水波は気乗りしない様子で承諾した。

 

 

 

ホームパーティーといえど北山潮が催すだけあって、魔法社会・非魔法社会関わらず、大株主や社長が大勢集まる。だから必然的に会場は盛り上がっている。

 

雫の父が晩婚だったせいもあってか従兄弟はほとんどが成人し、結婚相手や婚約者を連れてくるので、親族だけでもそれなりの大人数になってしまう。そんな事情を克也たちは現在進行形で、雫の母親から説明されていた。

 

北山紅音は旧姓鳴瀬紅音。かつて振動系魔法で名を馳せたA級魔法師だ。そんな人物に克也と達也は捕獲され、聞いてもいないのにそんな話をされていた。少し疲れてきた2人だったが、こんな場所で気分を害されるわけにはいかないので、真面目に聞いているのだった。

 

「ところで貴方がほのかちゃんの片想いの相手なのよね?」

「そのような者ではあります」

「赤面しないのね?なかなかだわ」

 

どうやら達也の少しずれた解答が加点になったらしく、少しとげとげした空気が和らぐ。

 

「何故断ったの?可愛いのに。四葉君もそう思うでしょ?」

「可愛いと思いますよ色々と」

「そうですね。かなりレベルは高いと思います」

 

克也にも話を振ってきたので本心を伝えた。ほのかは同世代だけでなく、上級生からも好意の眼で見られている。校内のみならず、他の魔法科高校でもファンクラブが小規模であるが、いくつか形成されているほどだ。可愛いというのはお世辞でもなく事実だった。

 

「なら許可してもいいのに。四葉君は付き合いたいと思わないの?」

「確かに交際すれば楽しくなるでしょうね。しかしほのかの想い人は達也です。横槍を入れようとは思いませんよ」

「それだけの容姿をしているのに枯れてるわね」

「枯れているかどうかは分かりません。人間は容姿で判断すべきではなく、人間性で判断するべきだと思っていますので」

「辛辣なのね四葉君は。言わせてもらうけど、ほのかちゃんや雫の2人が貴方たちに向ける感情は普通じゃない。性別という壁を越えて家族のような愛に近い感情だわ。それで悪いけど司波君、貴方のパーソナルデータを勝手に調べさせてもらったわ」

「愉快ではありませんが理解できます。自分の子供の近くに自分のような不気味な人間がいれば、調べたくなるのも分かりますから」

 

正直、克也もあまり愉快ではないが達也の言う通り理解はできる。克也だって自分の周りに普通とは思えない人物がいれば、興味や好奇心を度外視しても調べたくなる。克也達ならば調べなければならない義務がある。

 

「貴方は一体何者?北山家の情報網を駆使してもデータが出ないなんて。四葉君の場合は雫に聞いたのとほぼ同じだったから気にしなかったわ。問題は貴方よ。だからここでもう一度聞くわ。貴方は一体何者?」

「自分は司波達也というパーソナルデータに書かれている人間そのものです。パーソナルデータと本人が違うのは仕方ありません。データだけでその人間を全て知ることなど不可能であり、また記すことができない事情だってあるのかもしれませんから」

「っ…」

 

達也の言葉に紅音は唇をかみしめて悔しがっていた。一回り以上歳の離れた娘の友人に言葉で負けたとなれば、少しだけ長く生きている人間からすれば認めたくはないだろう。

 

「紅音、そろそろやめなさい」

「北山さん…」

「妻がすまなかった司波君・四葉君」

「こちらこそ失礼なことを申しましたお許しください。少し失礼させてもらっても良いですか?雫とも話しておきたいので」

「ああ、娘も喜ぶだろう」

 

潮の許可をもらい雫たちの元に戻ると雫に頭を下げられた。そのまま雫の元へ向かう。

 

「ごめんね克也さん・達也さん」

「こちらこそ失礼なことを言ったんだ。雫も顔を上げて今は楽しもう」

「うん」

 

笑顔で言うと雫も笑顔で答え話題を作る。留学先でのルームメイトの珍行動や、ほのかの幼いときの恥ずかしいエピソードなどたくさん話してくれた。雫がほのかそっくりに真似るので、克也は口に含んでいた炭酸水を吹きだしかけたこともあった。

 

「姉さん、少しいい?」

「航、どうしたの?」

「お話がしたくて。邪魔だった?」

「ううん、ちゃんと挨拶してね」

 

後ろから問いかけられた相手にそんな風に話す雫は優しい姉で、普段の様子からは考えられないような優しい声だった。

 

「初めまして北山航です。今年小学6年生になります。司波達也さん、お聞きしたいことがあるんですけどいいですか?」

 

歳と同じように言葉が震えていたが、達也は克也にノンアルコールカクテルのグラスを渡しながら優しく答えた。

 

「こちらこそ初めまして。答えられることなら答えよう」

「魔法が使えなくても魔工技師になれますか?」

「「「「「「…え?」」」」」」

 

達也を除く全員が声をそろえて航を見る。彼は達也に眼を向けているため気付いてはいなかったが、達也はしっかりと答えた。

 

「無理だな。魔工技師は魔法技能を持つ魔法工学者のことだ。魔法を使えない技術者を魔工技師とは呼ばない」

「そうですか…」

「でも魔法が使えなくても魔法工学を学ぶことは可能だ。実際、魔法を使えなくても生業としている人がいるからね」

 

達也は相手の気持ちを落としてから上げることが多い。それは喜びを増やすことにもなり、進歩にも繋がると自身が知っているからだ。

 

「君が本気で勉強すれば、お姉さんの役に立つことが出来るかもしれない」

「ぼ、僕はそ、そんなつもりじゃ…」

 

顔を真っ赤にして俯けば誰でも本心が分かるだろう。達也に向けられる眼も見知らぬ大人(高校生でも小学生からすれば大人だ)に対するものではなく、尊敬し追いつきたいと思う気持ちが込められた視線に変わっていた。

 

 

 

 

 

西暦2096年4月6日新年度初日、水波を自宅に残した3人は学校に向かった。この3人での登校が残り2回しかないからなのだろうか。家から最寄りのコミューター乗り場まで、深雪は克也と達也の腕を抱きしめていた。歩きにくそうだったが幸せそうなので何も言わないことにした。

 

一高に向けて歩いているといつものメンバーがそろう。コミューターを降りる頃には、2人の腕から半強制的に離されている。深雪はかなり不満そうだったが。

 

「幹比古、一科生の着心地はどうだ?」

「からかわないでよ克也」

 

ニヤリと笑いながら克也が人の悪い祝辞を送ると、幹比古はまんざらでもなさそうに答える。幹比古が一科生に転科するのは知っていたが、制服を見るのは今日が初めてだった。

 

1年間エンブレムがないのを見てきたので、幹比古には悪いが違和感がある。しかしそれは今までなかったものがあるのだから仕方ないだろう。

 

「達也はどうなの?」

「俺か?まだ1年目だからなんとも言えないな」

「冷めてんなぁ達也は。まあ、達也がはしゃいだ方がよっぽど怖ぇか」

 

達也がもう少し喜んでいると思っていたレオだが、達也らしい反応に苦笑を浮かべていた。

 

「ほんとね。美月なんてにやけてたのに」

「に、にやけてないよ!」

 

エリカの弄りに美月が反論するいつもの様子に笑ったメンバーだが、エリカの言葉によってそれはさらに悪化した。

 

「で、ミキ」

「僕の名前は幹比古だ。何だよエリカ?」

「なんで近くにいる美月じゃなくて、わざわざ遠い達也君に聞いたの?」

「べ、別に良いだろ!?男同士なんだから聞いてもいいじゃないか」

「あ、もしかして既に電話で聞いてたりしてた?くふふふふふふ」

 

エリカの言葉に真っ赤にして俯く2人を見て、それを見ていた全員が笑い声を上げた。

 

 

 

昼休み、克也たちは生徒会室に来ていた。達也を風紀委員会から生徒会へ移籍させるという花音とあずさの密約が、本人の意思を無視して実行された結果だ。というわけで、今日から達也は生徒会副会長になっている。

 

風紀委員には達也の後任として幹比古が。欠員が出た部活連推薦枠に克也が選ばれた。本来は幹比古が部活連推薦枠に選ばれるはずだったのだが、達也の事情が事情である。魔法力と適正力から克也が選出されている。

 

克也が部活連に入ったことで、今まで不真面目だった麻雀部などが真面目に活動し始めたらしい。克也はまだ何も行動を起こしていないにも関わらず、この有様では巡回などしたときにはどうなることやら。そんなことを思い始める生徒会メンバーであった。

 

生徒会メンバーは達也が入ったこと以外は何も変わらず、風紀委員の幹比古と部活連の克也を含めた平和な昼食タイムだった。

 

「実はまだ俺たちは新入生代表を見たことがないんだ」

「新入生の準備は学校側主導で行われているからね」

「多くの来賓がある特別な式典は、人生経験が豊富な教員が担当するということでしょうか」

「その考えで間違ってないと思うよ」

 

克也の言葉に五十里が説明を付け足してくれる。そうなると新入生代表のことが気になってくる。

 

「総代はどんな子だったんですか?」

「僕は知らないけど、中条さんが顔を見てるんじゃなかった?」

「七宝君ですか?やる気満々には見えましたよ」

「野心家ってことね」

 

本心を隠そうともしない花音の表現に、あずさが苦笑したところを見ると、同じような心境なのだと生徒会室に集まった面々は思った。




生徒会長・あずさ
生徒会会計・五十里
生徒会副会長・深雪
生徒会副会長・達也
風紀委員長・花音
風紀委員・幹比古
部活連会頭・服部
部活連副会頭・克也


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第41話 入学式

放課後、あずさが1人の生徒を生徒会室に連れてきて紹介を始めた。

 

「紹介しますね。今年度の新入生総代七宝琢磨君です」

 

あずさが紹介した少年が、生徒会メンバー+αの克也に一礼する姿はまずまずだった。

 

「初めまして七宝君、部活連副会頭の四葉克也です」

「こちらこそよろしくお願いします七宝、琢磨です」

 

克也の手を握り返しながらお辞儀をする様子は、同年代の少年少女と比べきっちりとしていた(〈数字付き(ナンバーズ)〉、正確には師補十八家だから当たり前だが。名字を強調したことは少し不愉快であり、その後の行動がさらに克也を不愉快にさせた。

 

「副会長の司波達也です。よろしく七宝君」

「…七宝、琢磨ですよろしくお願いします」

 

名字を強調するのは変わらなかったが、達也のエンブレムに眼が釘付けになっていた。あずさによる魔工科の説明にどうでもよさそうに相づちを打ち、次の生徒会員・深雪に向くと引きつった顔を浮かべる。

 

〈氷雪の女王〉と自分の背後には〈灼熱の王〉が降臨していた。

 

「同じく副会長の司波深雪です。よろしくお願いします」

「…七宝琢磨です。よろしくお願いします」

 

深雪の友好的とはほど遠い自己紹介に琢磨も名乗ったが、前後からとてつもないプレッシャーをぶつけられながら、挨拶した精神力はなかなかのものだった。不機嫌な深雪の反対に同じく不機嫌な克也が立っている。

 

その後ほのかが精一杯明るく自己紹介したことにより、少なからずとげとげしいムードは吹き飛んだ。打ち合わせ中ずっとぎくしゃくした空気は生徒会室に漂い、終わるまで居座り続けた。

 

 

 

その夜、克也はリビングのソファーで落ち込んでいた。

 

「克也、そろそろ通常運転に戻れ。お前の気持ちは嬉しいがいつまでも落ち込まれてはこっちにも影響が出そうだ」

「でも、あんな態度をとったのは先輩として情けない」

 

克也が落ち込んでいる原因は達也の自己紹介の際、興味のない風に達也の学科の話を流した琢磨の行動に怒って、想子を活性化させてしまったことだ。深雪も自分の大人げない行動に少し落ち込んではいたが、達也による慰めで気分を回復させたというより、機嫌を爆発させて無かったことにした。その間水波は洗濯などの家事をすると言い訳し、げんなりしないために逃げていた。

 

 

閑話休題

 

 

「なら、明日から何もなかったかのように振る舞えば許してくれるだろう」

「そうか?…ならいいや。でも達也、七宝のお前に向ける感情は異常だったぞ」

「…ああ、あれは嫉妬というより対抗心だろうな」

「対抗心ですか?」

「去年の新入生総代は深雪、お前だ。お前を越えようと思ってもおかしくはない。俺たちのような年頃の男なら誰にも負けたくないという感情があるが、七宝はそれが人一倍強いようだ。自分の邪魔になるような相手には、反射的に攻撃的な態度をとってしまうのだろう」

「私たちは邪魔などしておりませんが」

「認められたい奴等からしたら、既に認められている人間が邪魔なんだよ深雪」

 

深雪の質問に克也が自分の経験を含ませながら教えた。

 

「あとは克也、お前もだ。お前は四葉の名を背負っているから、対抗心を持たれてもおかしくはない」

「任せろ達也。そこは抜かりなしだ。さすがに四葉本家にまで喧嘩は売らないだろうけど」

「さすがだな克也。だが彼は俺たちが四葉の関係者だと感づいているかもしれない」

「〈師補十八家〉にそんな力があるのでしょうか?」

「俺たちの知識が全てじゃないよ深雪。念のため用心した方がいいかもな達也」

「ああ」

 

この時達也と深雪は、自分たちが四葉ではなく七草家と関わりがあるため警戒されているとは知る由もなかった。

 

「そろそろ寝ようか。明日は入学式だから早めに寝た方が良い」

 

達也の言葉に各々動き始めて就寝準備に入った。

 

 

 

俺が風呂から上がり寝室に向かうと、部屋に人の気配を感じてゆっくりとドアを開ける。そこにはパジャマ姿で枕を抱きしめた水波が、ベッドの上に座っていた。

 

達也と深雪は既に寝室で夢の中なので、少し大きな声を出しても起きることはない。だが何だか自分の呼吸と地面をこする足音が2人に聞こえ、部屋に入ってくるかもしれないという疑念に囚われてしまう。何とか平常心に戻して水波に近づく。

 

「何故、水波が俺の部屋にいるんだ?」

「ガーディアンとしての務めです」

「達也は深雪と離れて寝てるけど?」

「達也兄様は特別です」

「昨日までは別だったよな?」

「達也兄様と深雪姉様が起きていらっしゃったからです」

「つまりここから出るつもりはないと?」

「その通りです」

 

水波に質問という形の拒否をぶつけるが、効果は無いようで開き入れてもらえない。入学式が翌日なのにこんなのでいいのか?と思ったが、早く眠ることに越したことはないので就寝することにした。ベッドに潜り込むと、水波が当然とばかりに横に入り込んできた。

 

「あの、同じ布団で眠るんですか?」

 

どうやら俺は動揺すると、歳の差に関係なく女性に対して敬語になってしまうようだ。

 

「それ以外に何がありますか?」

「俺は床で寝ようかと思いまして」

「ダメです。それではいざというときに対処できません」

 

もう反論する元気もなくし、仕方なく許可することにした。

 

「そういえば2人でここまで話すのは4年ぶりですね」

「そうだな。穂波さんが亡くなった日以来だ。泣き止まない水波を、ベッドの横で眠るまで頭を撫でていた記憶があるよ」

 

昔を懐かしみながら話していると水波から寝息が聞こえ、しばらくすると規則正しくなったので眠ったようだ。ようやく眠ることができるので、俺も眼を閉じ眠ることにした。

 

寝れん!

 

しばらくして俺は心の中でそう叫んでしまった。いくら家族に近い存在であろうと、水波のような美少女が自分と同じベッドで寝ていれば俺でも気まずい。俺にもそんな気持ちがないわけではないが、精神的に苦痛だった。そんな気持ちを追い出して再び眠りにつこうとした。

 

寝れるか!

 

数十分後またしても寝付けず心の中で叫んでしまった。何故俺がこんな拷問を受けなければならないのだろうかと思ってしまう。水波、さすがに俺でもそういう気持ちに少なからずなってしまうぞ。頼むから明日からは別々にしてくれ。深雪と達也に見られればどうなることやら。

 

 

 

克也が眠りにつけたのは深夜3時のことだった。克也の不安が翌日に現実となるとは、2人とも思ってもいなかった。

 

 

 

 

翌朝、朝食の準備をしていた深雪は未だに起きてこない2人を心配していた。

 

まだ寝ていられるのかしら克也お兄様と水波ちゃんは。珍しいこともあるのですね。

 

深雪はよもや2人が同じベッドで寝ているなど思いもしなかった。

 

「達也お兄様、克也お兄様を起こした方がよろしいでしょうか?」

「そうだな。早めに行かなきゃならないからそうしたほうがいい」

「では起こしてきます」

 

コーヒーを飲みながら今朝のニュースをタブレットで見ていた達也が、苦笑しながら答えて深雪が起こしに行った。

 

 

 

深雪が硬直するまで5秒前。

 

やれやれ朝に弱いのはいつものことだが今日は特に遅いな。

 

4秒前

 

俺達が眠った後にCADでもいじっていたのか?

 

3秒前

 

それとも夜空を見ていたか?

 

2秒前

 

どちらでも自業自得なのは変わらんか。

 

1秒前

 

まったく手のかかる兄だな。

 

 

 

深雪の感情が揺らいでいる!?何だ?

 

達也は深雪の後を追って克也の寝室に向かった。

 

 

 

硬直するまで深雪はクスクスと笑いを堪えていた。

 

硬直まで5秒前

 

朝に弱いのはいつものことですけど今日は特に遅いですね。

 

4秒前

 

CADを弄っていたのでしょうか?

 

3秒前

 

それとも星を眺めていたのでしょうか?

 

2秒前

 

どちらでも自業自得なのですけど。

 

1秒前

 

これは一度怒らないといけませんね。

 

深雪は笑顔の下でそんなことを考えていた。達也と同じ結論に至るのは、血だけでなく心も繋がっているからだろう。

 

「克也お兄様、よろしいですか?入りますよ?」

 

 

 

「克也お…」

 

深雪は眼前の様子に硬直した。

 

 

 

達也が深雪の元に駆けつけ、事情を聞きながら中を見て同様に硬直する。

 

「深雪、どう…」

 

そこには布団が3分の1めくれ上がり、幸せそうな顔をして克也に抱きついて寝ている水波がいる。その横には抱きつかれて少し疲れながら寝ている克也がいた。克也は達也と深雪の感情の揺れによって発生した想子波で目を覚まし、2人を見て硬直する。

 

「た、達也・深雪!!こ、これには、じ、事情が…」

「克也、お前がそんなやつだったとは…」

「克也お兄様、なんてことを…」

 

ドアを閉めながら離れていく2人に何故か謝りながら事情を説明する。しばらく理由を説明すると、なんとか許してもらうことができた。

 

 

 

「水波、その気持ちはありがたいが克也の精神面を考慮してやってくれ」

「…申し訳ありません」

 

水波は居心地悪そうに身じろぎしたが達也は怒らずなだめる。

 

「克也を守りたいというその気持ちはありがたいが、具体的な行動は慎んでくれ。克也を守る気持ちがあれば俺たちはお前と敵対するつもりはない。頼むぞ」

「はい、ご期待に添えられるよう誠心誠意努力いたします」

 

水波は達也の言葉に頭を下げて受け入れるのだった。

 

 

 

4月8日、一高入学式当日。早めに家を出た4人は生徒会室に来ていた。

 

「おはようございます克也さん・達也さん・深雪」

「「「おはようほのか」」」

「おはよう、四葉君・司波君・司波さん」

「「「五十里先輩、おはようございます」」」

 

少し早めに来たつもりだったが、もうすでに五十里が着席していた。

 

「早いですね」

「性分でね早く来た方が落ち着くんだ。ところで後ろの子は新入生かな?」

「ええ。水波、挨拶を」

「はい、克也兄様」

「兄様?四葉君、妹さんがいたのかい?」

 

予想通りの質問が来たので、あらかじめ作っておいた嘘を話す。

 

「いえ、達也と深雪の従妹(・・・・・・・・)です」

「初めまして五十里先輩、桜井水波と申します。いつも兄様と姉様がお世話になっております」

「よろしくね」

 

水波の堅苦しすぎない挨拶に、五十里は違和感はなかったようだが別の疑問をぶつけてきた。

 

「でも何で桜井さんは四葉君のことを『兄様』と呼んでいるんだい?司波君」

「水波が克也さんでは嫌だと言いまして。それと自分と仲良く話しているのを見て、呼びたいと言い出したからです」

「なるほどね理解したよ司波君」

 

達也の嘘に気付かずに納得してくれた。先輩を騙すのは嫌だったが仕方がない。

 

 

 

「おはようございます。もしかして私が最後ですか?」

「おはようございます中条先輩。生徒会長が最後に登場しても文句を言う人間はここにはいませんよ。それでは、打ち合わせを始めましょうか。来賓の誘導は深雪に任せる。それから…」

 

この打ち合わせはあずさがするはずなのだが、克也に任せても何の問題がないことを、この1年で知っている水波以外のメンバーは文句を言わなかった。そして水波がここにいることに不信感を覚えたメンバーは1人もいない。

 

「それでは俺と達也は新入生の誘導に行ってきます」

 

深雪と水波に見送られ、克也と達也は正門前や校内を歩いて、迷子の新入生を講堂に誘導しに行った。

 

 

 

克也と達也がこの役割を与えられたのは、前年度の3月末だった。去年2人が真由美と出会ったのは、彼女が同じ仕事をしていたからなのだが、生徒会長がするような仕事ではないはずだ。今思えば、緊張をほぐすための気分転換だったのだろうと思える。克也は途中で達也と別れて正門に向かう。正門には昔から何も変わらず、桜が満開に咲き祝福を送ってくれている。

 

あれからもう1年経ったんだな。

 

克也の言葉には2つの意味が込められている。達也と深雪と暮らし始めたこと・第一高校に入学したこと。どれも克也にとってはかけがえのない思い出だ。数人の新入生を誘導した後、もう一度同じ場所を巡回していく。そこで達也と偶然合流して講堂に向かっていると、よく知る人物と出会うことになった。

 

「七草先輩、お久しぶりです」

「あら、克也君と達也君じゃない。2人とも生徒会入り?」

「俺は手伝いですよ。達也が生徒会に入りましたが」 

「なるほどね。魔工科の制服を着てるからなのかな?1ヶ月と少ししか経ってないのに、随分変わった気がする」

「そんなにですか?」

 

達也自身は変わったところなんてないと思っている。だが克也や深雪は知っている。達也が少なからず魔工科に在籍できることに安心感を抱いていると。

 

「ええ、肩の荷が降りた。そんな感じかな」

「自分では自分の変化には気付かないものです。七草先輩も別人のよう(・・・・・)になりましたね」

「あ、ありがとう?…それはどういう意味かな達也君?」

 

どうやら真由美の地雷を踏んだらしく、面倒くさい事態になっているようだ。

 

「そのままの意味ですが?」

「本当に?」

「2人とも落ちついて…」

 

克也がヒートアップしていく真由美と達也をなだめていると。

 

「こらーっ!」

 

声がして振り向くと、克也の顔見知りが走ってきた。

 

「「香澄(ちゃん)!?」」

「お姉ちゃんから離れろこのナンパ男たち!」

 

どうやら克也と達也をナンパ野郎と認識しているらしい。慌てた真由美は慣れないヒールに足下がおろそかになったらしく、倒れそうになるが達也が肩を支えて転倒を防ぐ。しかしそれが余計に香澄をヒートアップさせる。達也は親切心からの行動だったが、それが火薬に点火する火種になるとは思わなかったようだ。克也もそうだが…。

 

「離れろって言ってるだろ!」

 

残り10mから空中に浮き放物線を描かず、一直線に加速しながら飛んできた。

 

「香澄、ストップ!」

「え?克也(にい)!?」

 

克也が慌てた声で香澄の名前を呼ぶと、魔法を中断するが突然効力を失った身体は地面に落下する。

 

「わわわ、わぁ~!!」

 

乙女らしからぬ声を上げながら落下していく。入学式当日にしかも式の前に怪我をするなど、恥ずかしいという感情だけでは済まない。克也がキャッチしようと動く。だが魔法の発動兆候を感じて動きを止めた。すると、魔法式が香澄にまとわりつきゆっくりと着地させる。

 

「香澄ちゃん、大丈夫ですか?」

「泉美、助かったよ。あいつ強いからあれやるよ」

「えっと、香澄ちゃん?」

 

どうやら魔法を使ったのは泉美と呼ばれた少女のようだ。事情が読めずに疑問符を浮かべる泉美とは反対に、香澄はやる気満々だったが…。

 

「いい加減にしなさい!」

 

真由美から雷と拳が落ちて一件落着する。うずくまりながら頭を抑えているところを見ると、見た目以上によほど痛かったようだ。

 

「2人に謝りなさい!」

「で、でも…」

「申し訳ありません。姉が失礼なことをいたしました」

「泉美まで…。すみませんでした」

「構わないよな達也?」

「なんにもなってないから気にしない。それに怪我をしていたとしても文句は言わなかった」

「ということで謝罪を受け入れます」

 

すると3人はほっと息を吐いた。時間的に式が始まるのでそこで別れることにした。

 

 

 

「2人を知ってたんだな」

「ああ、何度か会ってたし魔法を教えたこともあったからね」

 

生徒会関係者専用入り口に向かいながら、克也と達也は先程の話をしていた。

 

「それより達也、想子観測機のデータを消した方が良いんじゃないか?」

「だな、見つかれば面倒くさいし。ピクシー、今から10分前から記録された、正門前から前庭までの想子観測機のデータを抹消しろ」

『了解しましたマスター。…データ抹消を確認』

 

音声ユニットで〈3H〉の中にいる〈パラサイト〉個体名ピクシーに呼びかけて、データ証拠の命令をして終了したことの報告を確認後講堂に向かう。達也はこの春休みの大半をかけて藤林の指導を元に、ピクシーに監視システムへのハッキング方法を伝授した。

 

元々〈3H〉は電子頭脳であるため、機械へのハッキングはお手の物であり、お陰でピクシーは校内という限定付きだが、システムへ侵入することができるようになった。そのため今回のような事故も、当事者が口を割らない限り知ることはできない。

 

真由美が在籍していた3月までなら、彼女に頼んで消して貰うことができた。彼女がどうやって手に入れたかは知らないし知りたくもない。おそらく家名でも使って、非合法的に入手したのでは?と克也たちは思っている。

 

当然その権利は継承されることはなく消滅したため、達也がピクシーに伝授したという経緯であった。



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第42話 修羅場

香澄と泉美は真由美と別れて講堂の席に並んで座っていたが、香澄が未だに毒づいている。泉美は自分と比べて好戦的な双子の姉に、特別大きなため息をつきたくなっていた。

 

「克也兄と一緒にいたあの男は誰?お姉ちゃんに気安く触って!」

「香澄ちゃんは知らないのですか?あの方がどなたなのか」

「有名な人なの?」

「ある意味ではそうです。今年度から魔工科に転科されましたが去年は二科生でした。しかし二科生にも関わらず九校戦にエンジニアとして参加され、新人戦女子〈スピード・シューティング〉と〈アイス・ピラーズ・ブレイク〉では、1位から3位を出場者で独占。新人戦〈ミラージ・バット〉では優勝と準優勝。本戦の〈ミラージ・バット〉でも優勝。驚異的な戦果を上げられた方です」

「うそ…」

 

驚愕する香澄に、泉美はさらに追い打ちをかけた。

 

「事実ですよ。それに〈クラウド・ボール〉ではお姉様の担当でした。克也お兄様に限ってですが、〈アイス・ピラーズ・ブレイク〉の準決勝までCADを調整されていました。お二方とも満足そうにしていましたよ。克也お兄様は除外しておきますが、お姉様のあの心の許しようは尋常ではありませんね」

 

最後は独り言だったが、香澄がショックを受けている姿を見て、嬉しそうにした泉美であった。

 

 

 

入学式は無事に終わり、生徒会室には克也たちと真由美姉妹がいた。五十里・中条・ほのかは、職員と手分けして片付けにあたっているためこの場にはいない。

 

「克也兄、久しぶり」

「克也お兄様、お久しぶりです」

「ああ、久しぶりだな。最後に会ってから5年くらいか?随分と成長したね2人とも」

「克也お兄様のおかげで魔法も上達しました。もしよろしければ今度見てもらえませんか?」

「いいよ、時間があればね」

 

克也と双子が楽しく会話していると、真由美が2人を連れて達也と深雪の前に行って挨拶をさせたのだが…。

 

「泉美ちゃん?」

「深雪先輩、九校戦の活躍は意見させていただきました。とても美しかったです」

 

泉美は呆然と深雪を見上げ、真由美に名前を呼ばれても気付かずに話し始めた。深雪は上級生らしく優しい笑顔を浮かべていたが、それが余計に事態を悪化させた。

 

「私のお姉様になってもらえませんか?」

「「お姉様!?」」

「「…は?」」

 

泉美の言葉に真由美・深雪・克也・達也は、同じ言葉で驚きを現にした。しかし克也は泉美が熱しやすいということを今思い出す。

 

「それは不可能と思われます」

「水波?」

「泉美さんが深雪姉様と姉妹になるのは難しく、克也兄様と達也兄様の妹になることは可能だと申しました。克也兄様か達也兄様が真由美さんとご結婚されれば、泉美さんは義妹ということになります。この場合は深雪姉様と泉美さんは、正しく姉妹と呼べるのでしょうか?」

 

水波の言葉に固まる一同。

 

「み、水波…」

「お兄様方!?」

「反対!絶対反対!」

「深雪と香澄まで…」

 

水波にそういうことを言って欲しいのではないと言いたかったのだが、深雪と香澄に邪魔されてしまう。この場合は2人の感情が爆発している。男は女に弱いと言うように、男である克也が女である2人に勝てるはずもなかった。

 

「克也兄ならともかく。司波先輩だったら僕は反対だからね!」

「香澄ちゃん、今のは仮定のお話ですよ」

 

とうやら双子は、どちらかが熱すると片方は分別を取り戻すらしい。新しい発見に頷いていたがそれどころではなかった。何故克也は良くて達也はダメなのかと思うが、自分の知らない男が大切な姉に近づくのを防いでいるようだ。

 

「ぎゃ!痛いよお姉ちゃん!」

「苦しいですお姉様!今のは香澄ちゃんが悪いのではないのですか!?」

 

真由美に連行され、生徒会室を出て行く双子を克也たちは微妙な顔で見送っていた。

 

 

 

本日はいつものメンバーで、喫茶店〈アイネブリーゼ〉にやってきていた。雫を含めたこのメンバーで立ち寄るのは5カ月ぶりなこともあり、和気あいあいとしていたが雫の言葉で空気が固まった。

 

「主席君の勧誘はどうだった?」

「…ダメだった」

 

ほのかの言葉を聞いて「しまった」という顔をした雫だったが、悔やんでも後の祭りだ。勧誘はあずさとほのかの2人に任されていたので、失敗したほのかが落ち込んでも仕方がない。

 

「断った理由は何だったんだ?」

「〈十師族〉に負けないほど、強くなりたいからだって言ってました」

「目標があるのは良いことだし、生徒会入りが嫌だということではないんだったら残念がる必要はないよ」

「そうだな。ほのかの力不足というわけじゃない。気にしなくても良いさ」

 

達也と克也の慰めの言葉により、ほのかはいつもの元気を取り戻した。

 

「問題は彼の代わりに誰を入れるかだな。順当に行けば次席の泉美だが…」

 

克也の言葉に深雪は微妙な顔をしていた。この反応を無視して勧誘するのはいかがなものかと思い、克也は言葉を途中で切る。深雪は入学式後の生徒会室での出来事が、未だ足を引っ張っているらしく、泉美に苦手意識を抱いていた。

 

「三席は誰だったの?」

「姉の香澄だな。泉美と香澄は双子で2人とも魔法力は申し分ない。特に七宝を含めたこの3人は四席以下と比べて圧倒的だ。泉美と香澄どちらを入れても問題ないんだが、どちらを入れても少々面倒くさくてね」

「どういうことだ?」

 

克也の歯切れの悪い言葉に、レオが興味津々に聞いてくる。もちろんレオには悪気はない。克也が苦笑いをしているのが珍しかったのだ。

 

「泉美を入れた場合は深雪に精神的なダメージがあって、香澄を入れると達也と一騒動を起こすかもしれないから」

「詳しくは聞かねぇが、どっちにしろややこしいことになるわけだな?」

「その通り」

「でも、順当に行けば次席の泉美さんなんじゃないかな?」

「そうですね。事情はともかく成績上位者から選ぶのであれば、それが正しいと思います」

「最後は本人達のやる気次第だろうね」

 

幹比古と美月からの推薦もあり、泉美を入会させることが濃厚になり雑談会は終わった。

 

 

 

家では、トイレに行った達也の後を追いかけた幹比古との会話内容を、達也が2人に話していた。

 

「ということは、エリカはローゼンの血筋なのか」

「そういうことだな。道理で俺が千葉家にエリカがいると知らなかったわけだ」

「達也お兄様、それはどういうことですか?」

「これはあくまで想像だが。エリカは高校入学まで、苗字を名乗らせてもらえなかったんじゃないかな。寿和警部・修次さん・お姉さんの3人は前妻との子供だからね。腹違いの子供であるエリカを、時期尚早で社会に知られたくなかったのだと思う。それも相手がローゼン一族だ」

「だから今日までローゼンは日本に支社を置きながら、あまり関与しなかったのですね」

「正確には関わりたくなかったんだろうね。断絶状態にしたのは、一族からそんな人間を出してしまったことへの戒めなんだと思うよ」 

 

エリカは苦労して生きてきたのだと今更ながら思う。それでも現実を受け入れ、真っ直ぐに生きていこうとしている姿を見ると眩しく、眼をそらしてしまいたくなる。だがそれは、彼女との友人関係を崩すことにもなる。

 

克也たちはエリカにこのことを一切話す気にはならなかった。

 

 

 

 

 

4月10日。克也は昼休みに水波に頼んで、泉美と香澄を生徒会室に連れてきてもらい、生徒会入りのことを話していた。何故達也でも深雪でもなかったかというと、どちらかが壊れて話が進みそうになかったためだ。克也なら2人は心を許しているし、熱にうなされたり敵意をむき出されずに話を聞いてくれるからである。

 

「つまり私たちのどちらかを、生徒会役員として取り立ててくれるということですか?」

「やる気があるなら2人一緒でもいい」

「気持ちはありがたいですが遠慮させていただきます」

「そうか。なら泉美、入ってくれるか?」

「喜んで」

 

泉美の生徒会入りが決定し、放課後に仕事を教えることになった。

 

 

 

そしていつの間にか新入生勧誘週間に入った。生徒会・部活連・風紀委員会にとって、最も忙しい行事の一つに突入している。ここ2日間は乱闘などが起きず平和である。恐らくは克也のお陰だろう。

 

あずさが「今年は平和ですね」と言った心境は理解できる。しかし去年、大きな事件に巻き込まれた克也・達也・深雪、毎年乱闘が起こることを知っている五十里は無視している。あずさの「今年は何事もなく終わりますように」という願いは、3日目にして儚く散った。

 

ロボ研でトラブルが発生し、一触即発の場面で達也と深雪が現れたことで、魔法の撃ち合いには発展せず平和に解決した。元凶になった少年は、達也が入学式の前に誘導した生徒の1人であった。

 

 

 

 

 

4月14日の夜、3人は珍しい客を迎えていた。

 

「久しぶりだな2人とも」

「お久しぶりです克也兄さん・達也兄さん・深雪姉さん」

 

文弥は嬉しそうに返事をする。文弥と亜夜子は3人にとって四葉と繋がりのある人間の中で、唯一信頼できる身内だ。克也はともかく、達也や深雪が普段より優しくなるのは仕方がなかった。

 

「そういえば四高に合格したらしいな。遅くなったがおめでとう」

「ありがとうございます達也さん。本当は一高に進学したかったのですけれど、私たちが一カ所に集まるのはよくないと当主様に言われましたので断念しました」

「叔母上の命令なら仕方ないさ。で、今日はどんな話を持ってきたんだ?」

 

達也が話を促すが、人影が3人の背後にあることで、文弥は聞かせてもいいのか迷っている。

 

「水波なら気にするな。水波は克也のボディーガードだ」

「克也兄さんにですか?必要だとは思いませんが」

 

話をする前に、水波を見た文弥に達也は事情を説明する。

 

「ではお伝えします。現在国外の反魔法師勢力によって、国内にマスコミ工作が仕掛けられています」

「どこから?」

「USNAです。反魔法師キャンペーンはマスコミだけでなく、野党の議員にも手が回っています」

「さすがだなこの短期間でよくここまで調べた」

「あ、ありがとうございます…///」

 

先程まで事務口調だった文弥が克也に褒められ、顔を真っ赤にする様子は文弥が普通ではない趣味があるように見える。だがそんなことはなく、単に褒められて嬉しかっただけだ。

 

 

 

克也は文弥と亜夜子が帰った後、自室のベッドで腕を頭の下で組みながら、2人からもらった情報を思い出していた。 

 

吸血鬼騒動が終わったと思えば、今度は対魔法師マスコミ工作か。気を休める暇もないな。達也の《質量爆散(マテリアル・バースト)》の影響で、世界の基盤が揺らぎ始めているのは予測していたが、ここまでとは思っていなかった。やはり他国は日本の技術力と魔法力を無視できないらしい。日本には戦略級魔法師が2人もいるのだから、探りを入れてきても可笑しくはないか。

 

克也は腕を元に戻し睡魔に身をゆだねた。

 

 

 

克也は自分が戦略級魔法師にも勝るとも劣らない力を保持していることに、まだ気付いていなかった。



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第43話 実験効果

文弥と亜夜子が訪れてから数日後の夜、俺は自室で四葉の秘匿回線を使って亜夜子と話をしていた。

 

「今日はどんな話題を持ってきてくれたんだ?」

『単刀直入ですね克也さん。それでは結婚相手が見つかりませんよ?』

「…それ、達也が叔母上に言われてたよ。双子だから仕方ないと思ってくれ」

『構いませんわ。では本題に入りましょうか。4月25日、来週の水曜日ですね。一高へ国会議員が視察に訪れます』

「民権党の神田議員かい?」

『よくお分かりですね克也さん』

「意外性と面白みがないからがっかりだよ」

 

予想通りで言葉通り落胆した表情で俺は答え、訪問理由を考えていた。

 

「生徒が軍と癒着していることを確認したいんだろうね。このくらいなら、亜夜子も分かっているだろう?」

『…お褒めの言葉として受け取っておきます』

「事実、褒めているんだけど」

『分かってやっていますか?』

「どういうこと?」

『…何もありません。取りあえずお伝えしましたので』

「ありがとう参考になったよ」

『ではお手並み拝見させていただきますね』

 

楽しげな笑みを浮かべる亜夜子に、俺は礼を言って電話を切る。そしてそのまま対策準備に入った。

 

 

 

 

 

翌日の4月20日。俺は始業前に達也・深雪・五十里先輩・中条先輩を呼び出し、昨日もらった情報を話した。

 

「神田議員が来るのは面倒くさいことになりかねんな」

「四葉君、その情報はどこから?」

「実家からです。()も俺がいる学校に、反魔法師キャンペーンに関わっている国会議員が来るのは、精神的にも許容できないのでしょうね」

 

もっともらしい嘘をつき、黒羽家のことは話さないようにした。あの2人が四葉家の分家であることを公にするのは、次期当主候補から次期当主を決定し、当主の座を継承した後になるだろう。

 

公にしないこともありえるが、それを決めるのは次期当主だ。今の俺が考えることではない。

 

「おそらく彼らは魔法科高校が軍事教育化していると、魔法社会の現状を世論に訴えたいのだと思います。高校が軍と癒着し、学校側が軍属するよう強制していると示したいのでしょう」

「なるほど。そうすればその情報を公開した自分たちに資金が入り、動きやすくなるからかな」

「ええ、それで今回これを逆に利用してやろうと思いまして。少し派手なデモンストレーションをしたいと思っています」

 

俺はそう言いながら、昨日のうちに作成していた設計図と説明書を、全員に見えるように机の上に出した。

 

「…これが?」

「少し…?」

「これは…」

 

五十里先輩・中条先輩・達也は呆れながら呟く。驚くのは普通であり、平常心でいられる方が不思議だ。俺の出した設計図は、〈加重系魔法三大難問〉の一つ〈常駐型重力熱核融合炉〉に近い装置だったのだから。

 

「効果は抜群だろうけどできるのかい?」

「現段階で完全な再現は不可能です。ですが達也の目標にも繋がり、当校に訪れる国会議員を驚かせ、さらには生徒の意識向上に繋がればいいなと。費用は多少かかりますが、これだけのメリットを無視してしない手はないと思います。資金が学校側の想定を超えれば、もちろん四葉家が補填させていただきますが」

「四葉君の心意気は理解できました。疑っているわけではないですけど、本当に成功できるんですか?」

 

この質問は誰もが思っていることだ。だがこの計画の目的は成功させることではない。神田議員への宣戦布告を意味しているのがメインだ。といっても追い返すためだけを目的にするより、成功させることを目指してもいいだろう。短時間の成功であっても、参加した生徒の自信にも繋がる。同じ学び舎にいる生徒の刺激にもなると思っている。

 

「我が校の生徒が協力すれば、一時的にとはいえ短時間なら実験炉を動かすことは可能だと思います」

「僕は賛成だ。神田議員を追い返す力にもなり、自分の勉強にもなるからね。むしろやるべきだと思う。中条さんはどうかな?」

「私も賛成です。一高生徒会長としてではなく、1人の魔法師として興味があります」

「俺も賛成だな。自分の目標に繋がることを除外しても面白そうだ」

「私も賛成です」

 

全員が賛成してくれたことで、後は職員の許可をもらうだけとなった。

 

「参加メンバーは俺と達也で考えますので、放課後にまたここにお願いします。ご足労をおかけしました」

 

先輩2人に礼を言い、3人で教室に戻った。

 

 

 

放課後。始業前に話していたように、生徒会役員・克也・参加メンバーが生徒会室へ集まっていた。

 

「条件付きで許可をもらいました」

「条件とは?」

「廿楽先生が監督として参加されます」

「そういうことで私が責任者です。それで四葉くん、参加者は誰にするのですか?」

 

廿楽が席に座りさって質問してきたので、克也は予定通りに放課後までに達也と考えた案を伝えていく。廿楽がニコニコしながらソワソワしている。魔法師としても教師としても中々にズレた廿楽は、この実験を行えることに意味があると感じているようだ。

 

「ガンマ線フィルターは光井さんに頼もうと思っています。電磁波の振動数をコントロールする魔法を得意としているのは、当校で彼女だけですから。頼むぞほのか」

「頑張ります」

 

ほのかの真剣な顔に克也は安心して話を続ける。

 

「クーロン力制御は五十里先輩に。中性子バリアは達也の従妹の桜井さんに頼みます」

「1年生で大丈夫ですか?」

 

廿楽の懸念は魔法力の不足についてではなく、複雑で強力な魔法を使えるのかという不安からのものだった。

 

「問題ありません。対物理防壁魔法に関しては自分のお墨付きですから」

「そうですか」

 

廿楽が納得の息を吐いたのは、四葉家直系の魔法師による評価ではなく、第一高校の先輩としての評価であると理解したからだ。克也の魔法力は誰もがそれを疑わない上に知っている。そんな生徒からの太鼓判ともなれば、下手な専門家より信頼に値するのだ。

 

「第四態相転移は決まっていませんが、重力制御は自分と深雪が担当します」

「妥当な人選だと思います」

 

一高で最も魔法力を持つのは、3年を除いて克也と深雪であると廿楽も理解していた。だからその配置に文句を言うつもりもない。含めたとしてもトップクラスなのは変わらないが。

 

「会長には全体を見ていてもらいます。問題は第四態相転移を誰に頼むかですが…」

「克也兄様、第四態相転移を私たち(・・・)に任せてもらえませんか?」

「泉美、私たち(・・・)というのは香澄と一緒にということか?」

「はい、2人でなら可能だと思います」

「わかった。2人の阿吽の呼吸なら心配ないだろう。泉美、実験のことを達也が説明するから香澄を呼んできて欲しい」

 

泉美が香澄を生徒会室に連れて来た後、達也が概要を説明して準備が始まった。4日間という短い期間だが、実験炉さえ完成すれば、あとは全員で魔法を互いに阻害しないように工夫するだけで終わりだ。

 

手伝いには友人や知り合いが参加してくれたおかげで、3日後にはリハーサルを終了させて本番を待つだけになった。

 

 

 

 

 

そして4月25日、それは魔法に関係する人物にとって好ましいことはなくむしろ招かれざる客だった。彼らはアポなしでやってきて、取材の許可を求めたのだった。

 

「…来たか」

「さっきのざわめきは克也さんが言ってた人たち?」

「だろうね。じゃなきゃこんな空気にはならないはずだよ」

 

校門付近に止められた黒塗りのセダンから、自信に満ち溢れた様子で降りて歩いてくるスーツ姿の男たち。それを教室の窓枠に偶然腰かけていた克也が、視界の隅に見つけた。思わずこぼれてしまった言葉に、近くで談笑していた雫が不安そうな表情で問いかけたのだった。

 

「やはりあれをしなければなりませんか?克也お兄様」

「そのために手伝ってもらったからね。あいつが来ようが来まいがやることは変わらないさ。でも今は授業に集中しよう」

 

ほのかと深雪を安心させるように言って、予冷が鳴ったことで授業に集中させる。その後姿を、雫は優しく微笑みながら見守っていた。

 

 

 

『実験を開始します』

 

5限目、校庭に設置された拡声器から達也の声が響くと集まった生徒が話を止めた。校舎からは、学年問わずに鑑賞する生徒が固唾を飲んで見守っている。

 

遠くから見ているだけでは我慢しきれなくなった生徒が校庭に集まり、余計に参加メンバーへプレッシャーがかかる。参加者は目の前の実験に集中しているため、見られていることは知っていてもプレッシャーを感じなかった。

 

それに参加者は大抵が九校戦に出て成績を残している。だから注目されることには慣れているのだ。たかが一介の生徒に見られたところで動じるはずもない。九校戦は観客席から比較できないほど視線を向けられているのだから。

 

午後の授業を実習ではなく座学に切り替えたのは、教師による神田議員への抵抗ではない。実験を見たがる生徒と他の職員が多いだろうと、校長と教頭が判断した結果だ。予想通りに全学年全クラスが、講師を含めて廊下から校庭を見ている。校長と教頭の判断は正しかったと言えるだろう。

 

神田議員一行と大勢の生徒が見守る中、実験は達也の声と共に開始された。

 

『重力制御』

 

深雪が重力制御魔法を発動させ、重水・軽水の混合水が中心を空洞にし、水槽の内側全面に張り付く。

 

『第四態相転移』

 

泉美と香澄が相転移魔法を発動させ、液体を第四態つまりプラズマに変化させる。重水素プラズマ・水素プラズマ・酸素プラズマが発生する。

 

『中性子バリア及びガンマ線フィルター』

 

水波が重力制御魔法と第四態相転移魔法の間に中性子バリアを挿入する。更にほのかが中性子バリアと第四態相転移力場の間に、ガンマ線フィルターを挿入する。ほのかのおかげで、発生した熱を誰もが知覚することができる。この魔法は発動までの工程が複雑なので、ほのかのような多工程の魔法を得意とする魔法師にしか扱えない。そしてこの学校で最も多工程な魔法を使えるのはほのかだった。

 

『重力制御』

 

克也が重力制御魔法を発動させたことで、全ての魔法が互いの魔法に作用されることがなくなり、全員の魔法発動と制御が容易になる。水槽の赤道部分にはめ込まれた金属環は、球形水槽に存在する物質を計測し、その結果をデータとして達也の隣に置かれた機械に送られる。

 

その機械がデータを起動式に変換して、深雪と克也にほぼリアルタイムで送る。そのおかげで、微妙に変化する対象領域内の質量に対応した重力魔法を、2人が安定的に発動できるのだ。

 

『クーロン力制御』

 

達也の言葉に五十里がクーロン力制御魔法を発動させ、物質の化学反応を促進させる。それにより淡い光が発生し、数分間輝き続けたことで生徒がどよめく。可能な限り球形水槽は頑丈な材料を使ったが、やはり耐久力不足だったようで形が少しずつ崩れ始めていた。

 

『実験終了』

 

達也の言葉に克也と五十里が第二の重力制御魔法とクーロン力制御魔法を解除すると、容器内の光が消えた。

 

『ガンマ線フィルター及び重力制御解除。中性子バリアは継続』

 

魔法を解除するとほのかはほっと息を吐いた。どうやら彼女でもこの魔法は発動継続が難しく、長時間使用すると疲労を引き起こすらしい。克也が《癒し》をほのかに施しながら、最後まで実験の様子を見守る。

 

ロボ研が操るアームが、容器の頂上に設置された空気穴にダクトを繋ぐ。ダクトの先にはガス成分分析機が付いており、蓋を開けると気圧差で容器からガスが吹き出して、分析機に流れ込む。

 

『気体成分・水蒸気・水素・重水素・及びヘリウム・トリチウム。その他放射性物質の混合は観測されません!』

 

高らかに分析機の前に陣取った少年から、簡易測定の結果が伝えられた。簡易とはいっても成分比が計算されないだけで、存在する物質を測定できないわけではない。

 

そしてその声を発した少年の名前は隅守賢人という。達也が入学式の日に誘導した少年であり、ロボ研での一騒動の原因でもあった少年だ。今回は彼が実験の概要を知り合いから聞いて、達也に参加を懇願したという経緯である。魔法工学の知識が豊富だったため、達也も今回の実験に特別に許可していた。

 

『注水を開始してください。中性子バリア解除』

 

別のダクトから水が注水され、容器が水に満たされると水波が中性子バリアを解除する。ついでに水波にも《癒し》を施す。その様子を見守っていた生徒は、実験結果がどうだったのか早く聞きたくてうずうずしていた。

 

達也が全員を労いながらそれぞれの意思を確認し、最後に五十里と頷きマイクをあずさに渡す。首を振って受け取らないあずさを克也と深雪が笑顔で脅すと、恐怖によって観念してマイクを握った。

 

『…〈常駐型重力制御魔法を中核技術とする継続熱核融合実験〉は、所期の目標を達成しました。実験は成功です』

 

最初の言葉が震えていたのは、克也と深雪の脅しのせいだったかもしれないが、あずさの報告に校内の生徒全員が歓声を上げた。それは一高全体が震えたかのような錯覚を克也たちに与えた。

 

 

 

 

 

翌日、克也たちが行った〈実験〉がニュースサイトにアップされ、何故か参加したメンバーより見守っていた生徒の方が喜んでいた。

 

その〈実験〉の批評は、好意的な意見と否定的な意見が半々であると考えていた。しかし思った以上に評価が高いことと、予想より好意的な意見が多いことに克也と達也は驚いていた。

 

そして最も脅かせたのは、ローゼンの日本支社長が高評価を与えたことである。エリカと幹比古は微妙な顔をしていたが。

 

しかし喜ぶ生徒の中に混ざれない生徒もいたのも、事実だと言うことを忘れてはならない。その〈実験〉が一騒動起こすとは、克也・達也・深雪も思いもしなかった。



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第44話 厄介事

「やれやれまったく。四葉君、何があったの?」

 

俺が香澄と琢磨を風紀委員本部に強制連行してきた後、千代田先輩が心底機嫌が悪そうに聞いてきた。

 

「自分も最初から見ていたわけではないので。詳しくは分かりませんが…」

 

そう言って俺は意識を、事件発生時の頃に戻しながら話し始めた。

 

 

 

俺が部活連の副会頭として巡回していると、遠くで人だかりができていた。何事かと思い向かうと、香澄と琢磨が言い争っている。突如2人がCADを取り出し、魔法を放とうとしたので止めに入った。

 

「2人ともCADを降ろせ」

「そこの2人、一体何をしている!」

 

同時に反対側から俺と同じように引き留める声が聞こえ、香澄は操作を止めたが琢磨は制止を無視しして魔法を発動させる。その瞬間に俺は振動魔法《耳鳴り》を放った。魔法を発動させかけていた琢磨の三半規管を揺らして、魔法式を強制停止させる。

 

俺の魔法発動速度は校内で3年を含めてトップを誇る。故に〈師補十八家〉の息子であり、首席入学した琢磨の後から発動させても先に行使することができる。それによって琢磨は脳震盪を起こして地面に片膝をついていた。

 

「〈神速〉…」

 

香澄が俺の二つ名を呟いたがそれを無視する。

 

「1-A 七宝琢磨並びに1-C 七草香澄、部活連副会頭の権限を以て連行させてもらう。風紀委員会本部まで同行願うが、妙な行動をすればその時点で罰則処分とする」

 

俺の言葉に香澄は固まって動こうとはしなかった。

 

「香澄」

「克也兄…」

 

香澄が俺の名前を呼びながらうなだれるのを見て、ため息をつきたかったが、連行するのが先だったので飲み込んでおく。

 

「森崎、2人を俺に任せてもらえるか?」

「構わない。止めたのはお前だからしたいようにしてくれ」

「ありがとう」

 

案外聞き分けの良い森崎に感謝して、立ち尽くす香澄の肩を優しくたたき付いてくるように促す。付いてきているのを確認しながら、膝を着いた七宝の状態を確認する。

 

「立てるか?」

「…ええ、大丈夫です」

「そうか、なら俺の後に付いてこい。みんなは自分の仕事に戻ってくれ。もう群がる必要は無い」

 

七宝が返事をしたので、ギャラリーに部活動に戻るよう説得した後、2人を連れて風紀委員会本部に向かった。

 

 

 

「という経緯です」

「はあ、早速やらかしてくれたわね2人とも。特に香澄、貴女は風紀委員でしょ何をやっているのよ」

 

俺の説明にため息をつきながら香澄を叱る千代田先輩に、俺は「貴女も人のこと言えませんよ」と心の中で呟く。口にした瞬間に魔法が飛んできそうなので、言えるのは心の中だけだ。たとえ飛んできたとしても、無効化させれるので問題ないのだが…。

 

「香澄はCADを使おうとしただけですから、罰則を受けるだけで済みます。問題は七宝ですね。魔法を発動させたので停学は確定で、最悪の場合は退学処分の可能性があります。七宝、お前は俺と森崎の制止が聞こえなかったのか?《風陣(ふうじん)》を発動させて、もし俺の対処が遅れて香澄だけではなく、ギャラリーまで巻き込んでいたらどうしていた?お前だけの責任ではなく、親にまで被害がいっていたんだぞ」

 

最初は騒動を聞いてやってきた達也・執行部の十三束・風紀委員長の千代田先輩に説明し、その後は七宝に向かって話していた。俺の言葉を聞いて、自分がしたことの責任をようやく感じてくれたらしく、反省した表情をしていた。

 

「で、原因は何?2人とも正直に言いなさい」

「七宝君に侮辱されました」

「七草から許しがたい侮辱を受けました」

「はあ。四葉君、これどうしたらいいと思う?」

 

自分で聞いときながら、相手が悪いと張り合う2人にうんざりして俺に責任を押し付けてきた。まあ騒動を鎮静化させたのは俺なのだから、無責任に千代田先輩に押しつける気はなかったので、文句を言わず答える。

 

「一番手っ取り早いのは、決闘をさせて勝負を付けることですね。自分が正しいと思っているなら、勝つという気持ちが誰より強いですから。負けるのを覚悟で臨んでもらうべきだと思います。2人はどうしたい?」

「…私は正直戦いたくありません。自分が正しいと思っているのは事実ですが、勝負までして決める必要は無いと思います」

「なるほどな。七宝は?」

「俺は戦いたいです。自分が正しいと証明してみせます」

「このまま話し合っても平行線を辿るだけか。らちがあかんな」

 

面倒くさいが一肌脱ぐことにした。

 

「わかった。じゃあ、俺が香澄の代わりに戦おう」

「「「「「え?」」」」」」

 

俺を除く全員が同じ言葉を同時に発した。

 

「いやいやいや、それはダメだよ四葉君!2人の争いに君が関わる必要はないんじゃないの!?」

「確かにそうだ。俺だって自分が出る必要は無いと思っている」

「なら…」

「だが香澄は戦いたくないんだろ?争いたくないと言っている生徒に戦わせるわけにはいかない。それも女子生徒だ」

 

嫌がっている相手に無理強いさせて喜ぶような癖を、生憎俺は持ち合わせていない。俺の眼の本気具合に、十三束も何も言えず固まっていた。

 

「だが克也、お前が本気を出せば七宝は死ぬぞ」

 

達也の言葉に俺を除く全員が息を飲む。俺の実力を知らない生徒は一高にはいない。ましてや入学して1ヶ月も経っていない1年生でも、知らない生徒の方が少ないだろう。魔法を学ぶ者であれば、九校戦は無視できない行事であり、去年俺が出ていたのを知らないわけがない。

 

「…分かりました。その勝負をお受けします」

「七宝、いいのか?」

「ええ、俺が正しいことを証明させてみせます」

 

十三束の心配にも七宝は耳を貸さず俺を見てきた。その眼の光は虚勢ではなく、本気で戦う魔法師の眼だった。

 

「七宝、今回は特別だぞ。次からは手は貸さんからな」

「分かっています」

「ならいい。それとお前の勝利条件は、俺にお前の力を認めさせることだ。そのためならどんな手段を用いても構わない。俺を殺すつもりで来なければお前は死ぬと思え」

 

俺の脅しに少しだけ恐怖した七宝だが、すぐに先程の眼で睨んできた。それが心地良くにやついてしまう。

 

「委員長、これに承認印をお願いします」

 

達也が渡した書類に、風紀委員長の許可を表す承認印を押してもらう。生徒会長からも承認印をもらうため、俺は達也と共に生徒会室に向かう途中で場所を指定する。

 

「場所は第二演習室で15分後に開始です」

 

そう伝えてから生徒会室に向かった。

 

 

 

「達也、ピクシーに頼んでロボ研のガレージからバイク部までの想子観測機のデータを消すように、あとで頼んでおいてくれないか?」

 

廊下を歩きながら達也に頼む。七宝と香澄のゴタゴタはほぼ解決したと言える。だからデータを処分しても問題ないと俺は判断した。

 

「構わない。だが七宝と何処までやるつもりだ?」

「別に頭にきたから懲らしめてやろうと思ったわけじゃない。ただあいつの心を正しい方向に戻してやりたいんだ。正義感があるのは良いことだけど、ねじ曲がっていたらそれは悪と大差ないし周りを巻き込んでしまう。そのことに気付いて欲しいから、俺は香澄の代わりに戦うことにしたんだよ」

 

これは偽りのない本心だ。決して惨めな思いをさせるために決闘を申請したわけではない。

 

「後輩思いなんだな克也は」

「それは良い意味だよな達也?」

「それ以外にどう解釈するんだ?」

 

生徒会室に向かいながら話していると、最後の方はもはやじゃれ合いになっていたが楽しかったので気にしなかった。中条先輩に承認印をもらい第二演習室に向かう。生徒会室にいた深雪・ほのか・五十里先輩・中条先輩が参加し、結果8人が俺と七宝の試合を観戦することになった。

 

 

 

第二演習場に到着し、〈ブラッド・リターン〉が正常に作動するのを確認して七宝と対面する。

 

「審判は自分、司波達也が務めます。試合は非公式とし高校生活に影響しないことを約束する。克也が七宝を認めれば七宝の勝ち、認めさせることが出来ずに七宝が戦闘不能になれば克也の勝ちとする。直接攻撃は禁止、致死性の攻撃または回復不可能な攻撃も禁止する。ルール違反すればその場で失格とし、それなりの罰を与えるからそのつもりで。双方構えて…始め!」

 

達也の合図とともに七宝が脇に抱えていた本を床に落とし、《雷撃波(らいげきは)》を放ってきたが、俺は〈領域干渉〉でなんなく無効化した。七宝が驚いているところを見ると、手応えがあったが平然としていることに衝撃を受けているのか。自分のこの魔法に自信があったのに、あっさりと破られたことに対する恐怖だろうか。

 

この歳で《雷撃波(らいげきは)》を使えることには少々驚いたが、威力が低いので正直期待外れだった。深雪たちは七宝が高等魔法をなんなく発動させたことに驚き、関心半分納得半分の表情をしていた。だが克也が無効化すると、「さすが」という顔と「でしょうね」という納得の顔に別れていた。

 

正確には同級生が前者、上級生が後者である。克也の〈領域干渉〉を貫通するのは、並大抵のことでは不可能である。完成してしまえば、深雪でも簡単には解除できないほど強固になる。それを知らない下級生からすれば、現実逃避したくなるだろう。現に香澄は魂が抜けた表情で試合を見ていた。

 

七宝は圧縮空気弾を何十発と撃ち出しているが、一向に〈領域干渉〉が緩む気配がしないので焦っていた。《雷撃波(らいげきは)》が〈領域干渉〉で無効化されたことにより、余計に精神的ダメージを受けていたのだ。

 

精神的ダメージの蓄積は魔法発動の妨げになる。魔法を普通に発動させるだけで、精神には負荷がかかり疲労が溜まるが、恐怖や緊張は余計に精神を疲弊させる。それが顕著に琢磨に現れ始めていた。しかし琢磨は、精神的ダメージの蓄積による魔法発動の阻害によるものではなく、焦りによるものだと勘違いしていた。

 

くそ!なんで圧縮空気弾が生成できないんだ!焦りによるものではないのか?ならどうすれば発動させることができる?もうあれを使うしかないのか?いや、あれは俺の切り札だ。それを今出せば手の打ちようがなくなる。だが出し惜しみをして負ける方がださい!使うなら今だ!

 

琢磨は一度深呼吸し、両膝を床に付いて本を一度閉じる。再び開くと、全ページが紙切れとなって克也に向かって襲いかかる。七宝家切り札の一つ《ミリオン・エッジ》を発動させた。

 

克也は琢磨が両膝をつくのを見た瞬間に笑みを浮かべる。

 

ようやく使う気になったかな。出したくなかったけど、出し惜しみで負けるのは恥ずかしいと思ったんだろう。さすがにこの量じゃ〈領域干渉〉では防ぎきれないから、魔法を使わせてもらうけど。

 

俺はそう心の中で呟きながら〈ブラッド・リターン〉をホルスターから瞬時に抜き出し、照準を定めて《闇色の辺獄烈火(ベルフェゴール)》を放つ。CADの抜き出しが見えたのは達也だけだ。残りの全員が眼を丸くして驚いている。それは抜き出しのスピードだけではなく、魔法の発動スピードと照準スピードも含まれていただろう。

 

闇色の辺獄烈火(ベルフェゴール)》によって自分の切り札を無効化され、《ミリオン・エッジ》が燃えるのを知覚して呆然としている琢磨に向かって、克也は圧縮想子弾を5つ撃ち出した。圧縮想子弾は琢磨が無意識に展開している〈領域干渉〉を貫通し、脳天と四肢を直撃して気を失わせた。

 

これは達也が1年前の服部との試合で使用した、想子の波の合成を応用したものだ。魔法師が想子を可聴音波や可視光線と同じように認識するなら、「攻撃を受けた」と錯覚させ、「痛み」を引き起こすのではないかと仮説を立てたのだ。

 

実際に使用するのは初めてだが、七宝が気絶しているところを見ると仮説は正しかったようだ。

 

「勝者、四葉克也」

 

達也が宣言し試合は終了した。

 

「さすがだね四葉君」

「驚いたよ。四葉君はパワースタイルだと思ってたけど、僕の勘違いだったみたいだ」

 

五十里と十三束の称賛に軽く礼をしておく。

 

「香澄、これでいいか?」

「いいです。…克也兄の手を煩わせてごめんなさい」

「気にしないでくれ香澄。これは俺が言い出したことだし、七宝に気付かせるのが目的だったから」

「目的?」

 

香澄は言葉の意味が理解できないという風に首を傾げていた。

 

「俺は七宝に気付いて欲しかったんだ。一匹狼にならずに周りと協調し、困難に立ち向かうことが必要だってことを。才能だけじゃいつかは限界が来る。努力が実を結べば才能に勝る力を持つことがあるということを知れば、七宝も小さなことでいざこざを起こさずに済むってことをね」

 

壁際に背を預けて気を失っている琢磨を見ながら、克也はこの試合の目的を香澄だけでなく集った全員に話した。

 

 

 

その日の夜、達也は用事があると言い出て行ってしまった。夜も更けている。入浴して寝るだけの自由時間に、四葉からの秘匿回線の呼び出し音で、俺は暫しの幸福な時間を奪われた。

 

「叔母上、どうされたのですか?」

『昨日のことを話にね。ところで達也さんは?』

「用事があると言って何処かに行ってしまいました」

『あらあら。女性とでも行ったのでしょうか』

「…叔母上、滅多なことをおっしゃらないで下さい」

 

叔母の言葉を真に受けた深雪が周囲を凍てつかせ始めたので、《癒し》で深雪を抑えながら抗議した。

 

『冗談ですよ克也。では本題に入りましょうか。昨日は大活躍でしたね』

「ありがとうございます叔母上。亜夜子の情報が無ければ手も足も出ませんでしたが」

『そうですね。今回ばかりは亜夜子さんにお礼をするべきかもしれません。でも同時に克也の友人たちの魔法力には驚かされたわ。特に〈ガンマ線フィルター〉を使ったお嬢さん』

「ええ、彼女はおそらく一高でトップの多工程魔法を使用できると思います。この1年の騒動や事件は無駄ではなかったのでしょう。彼女だけでなく吉田家の次男・千葉家の娘・硬化魔法を得意とする友人も、有り得ないほど魔法力を伸ばしています」

 

言葉通り幹比古・エリカ・レオもかなり実力を伸ばしている。その結果が幹比古の一科への転科である。

 

『そうね。でもそれは貴方たちにも当てはまるのではなくて?』

「そうでしょうね。俺も達也も深雪も去年よりはるかに成長しているのが、自分達でも分かるほどですから。本来言うべきではないですが言わせていただきます。吸血鬼がやってきたおかげで俺たちは実力を伸ばすことができました。そこは感謝してもいいかもしれません。もし来ていなければ今回の実験は成功しなかったでしょう」

 

不謹慎ではあるがそう思ってしまう。

 

『それは言うべきではありませんが、事実ですから仕方ありませんね。ある意味そこだけは感謝してもいいかもしれません。そうそう、あの〈実験〉の評価を見て百山先生が野党に対して抗議文を送りました。その結果、反魔法師運動派はしばらく自由に活動できなくなったようです』

「つまり都合よく利用されたということですか?」

『ええ、でも生活しやすくなるのであればいいでしょう?それじゃあまたね』

 

叔母との電話を終えソファーに座る。叔母との会話は精神力を大幅に使うので、あまり頻繁には連絡したくないが叔母から来るのは仕方ない。ソファーに背を預けてリラックスしていると、いつの間にか眠り込んでしまった。

 

「克也兄様、コーヒーをお持ちしました。克也兄様?」

 

自分の問いかけに答えないので前に回り込むと、克也は眼を閉じて眠っていた。

 

「深雪姉様、どうされますか?」

「眠らせてあげましょう。今日は短時間とはいえ戦闘をしたのだから」

「かしこまりました」

 

深雪姉様の言葉を聞いて、私はもう一度克也様を見る。幸せそうに寝ているので思わず頬を緩めてしまった。克也様は普段からソファーが好きなので、わずかでも時間があると座って眠る癖がある。

 

克也様曰く「ソファーは人を悪くする物」だそうです。

 

口癖のように言っていますが、それを達也兄様と深雪姉様の3人で「それはない」と反論しています。しかし一向に応えた様子はなく、むしろ「この気持ちを知らないのはもったいない」と言い出す有様だったと思い出します。ソファーで寝ている寝顔は自分と同じか年下のように見えて、普段とのギャップでドキッとしてしまいます。

 

水波はそれが一種の恋であると気付いていない。普段とのギャップがありすぎるから、そう感じているだけだと思い込んでいた。

 

 

 

達也が帰宅する頃には克也は眼を覚ましていた。

 

「今日の用事はなんだったんだ達也?」

「七宝に余計な知識を与え、あんな性格にした人を少し脅してきた。独立魔装大隊の力を借りてなんとかしたが、謎の奴らに狙われていた」

「謎?」

「テレビ番組の飛行船がハイジャックされていたし、調べる前に消してしまった」

「なるほど。それじゃあ仕方ないか。そろそろいい時間だし寝ようか?」

 

克也の就寝合図に3人が動き出した。




風陣(ふうじん)》・・・今作品のオリジナル魔法


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7章 スティープルチェース編
第45話 困惑


6月最終週。達也は生徒会での自分の仕事を終わらせて、久々の山岳部で身体を動かしていた。

 

「なあ達也、何で桜井さんはこの部活に入ったんだ?」

「いきなりだなレオ。別に構わないが。入部を希望した理由は、身体を動かしたいからと言っていたな。そのことなら今日来る予定だった俺じゃなくて、いつもいる克也に聞けば良かったんじゃないのか?」

「まあそうなんだけどよ。今日聞こうと思ったら、バレーボール部の練習試合に連行されたらしくて聞けなかったんだ。あの魔法力なら、各クラブから勧誘されたんじゃないのか?」

 

練習前のウォーミングアップ中にレオが話しかけてきた。レオの言うとおり、今日は克也がバレーボール部に行っているため、山岳部には来ていない。克也はこことバレー部を掛け持ちしており、1週間に1回ずつ両方の部活に顔を出している。

 

余談だが克也が入部しているバレー部は、魔法の使用が禁止されており、身体能力のみで戦う昔ながらのスポーツだ。試合には必ず想子測定器が設置されている。厳しく検査され違反した場合は、使用した魔法のグレードに応じて使用者またはチーム全員が罰を受ける。

 

 

閑話休題

 

 

「入学上位者だから勧誘されまくってうんざりしたらしくて、勧誘されなかったこの部に敢えて入部したらしい。それと料理が好きらしいから、料理部にも入部しているらしいぞ」

「へぇ~なかなか賢い選択したんだな」

 

レオは達也の建前の説明に納得したらしく、林間走に集中し始めた。水波が部活動をしている本当の理由は、護衛対象である克也と時間を合わせるためだ。水波にとって最優先なのは、自分でも達也でも深雪でもなく克也なので仕方ない。水波も今日は料理部に顔を出しているため、今日ここにはいなかった。

 

 

 

 

 

今学期は珍しく(当たり前?)何事も起きなかったので、克也たちは普通の高校生として学校生活を謳歌していた。九校戦出場選手は既に決定しており、選手に伝えるだけだったので仕事はかなり楽だった。克也が選手として出場するのは決定事項だったが、今回はエンジニアとしてもとは本人も思わなかった。生徒会室は前年度と比べて温和な空気で包まれている。

 

今日7月2日月曜日、予想外の通知が来るまでは…。

 

 

 

その日の放課後。克也たちが生徒会室のドアを開けると、重苦しい空気が流れ出してきたので足を止めた。発生源を見てみるとうなだれる五十里とあずさがいた。

 

「…何があったんですか?」

 

代表してドアを開けた克也が聞いてみた。

 

「…大会委員から連絡が来ました。しかしそれは、九校戦の競技変更を知らせるものでした」

「何が変わったんですか?」

「3種目です。〈スピード・シューティング〉・〈クラウド・ボール〉・〈バトル・ボード〉が外されて、新たに〈ロアー・アンド・ガンナー〉・〈シールド・ダウン〉・〈スティープルチェース・クロスカントリー〉が追加されました」

「…かなり大幅な変更ですね」

 

あずさの悲鳴の報告に、克也は納得と同時に競技内容にうんざりした。

 

「しかも掛け持ちができるのは、〈スティープルチェース・クロスカントリー〉だけなんです!それに〈アイス・ピラーズ・ブレイク〉・〈ロアー・アンド・ガンナー〉、〈シールド・ダウン〉がソロとペアに別れているんです!」

「…厄介ですね。また戦術発案と選手選考からやり直しですか。まだ出場選手に伝えていなかったので、本人たちを失望させることにならなくてよかったのが、僅かな救いです」

 

競技変更となると、魔法特性によっては選ばれている生徒より、選ばれなかった生徒の方が得意という可能性もある。また、かけもちが許される競技とそうではない競技があるとなれば、誰をどれを優先するべきなのかを考慮しなければならない。

 

「克也お兄様、〈ロアー・アンド・ガンナー〉・〈シールド・ダウン〉は名前を見ればなんとなくは理解できます。〈スティープルチェース・クロスカントリー〉は、一体どのような競技なのですか?」

「俺の知っているルールがそのまま適用されるとは思わないけど。〈スティープルチェース・クロスカントリー〉は、障害物競走をクロスカントリーで行う競技だ。陸軍の山岳・森林訓練に採用されている軍事訓練の一種だよ。障害物は自然にあるもの自体を使用したり、魔法による攻撃や銃撃もある。九校戦だから魔法や弾丸が飛んでくることはないだろうから心配しなくてもいい。それにしても軍事色が濃い気がするな。〈スティープルチェース・クロスカントリー〉は、軍以外ましてや高校生にやらせるような競技じゃない。運営委員は一体何を考えているのだろう。…まさかね」

「克也、気付いたか?」

「達也もか?」

「ああ、おそらく〈横浜事変〉の影響だろう。あの事件で魔法師が実戦不足だと気付いたから、今回の九校戦で慣れさせたいんだろうな」

 

達也の説明に4人が難色を示した。〈横浜事変〉と聞いた全員は少なからず不快な思いになる。なんせ五十里は瀕死の傷を負ったし、達也は軍に在籍していることがばれている。

 

「〈横浜事変〉が起こって間がないから押し通すことができたって訳か」

「ちなみに〈スティープルチェース・クロスカントリー〉は、2年生・3年生なら誰でも参加可能だよ。ゴールすればポイントをもらえるから、実質1年生以外は強制的に全員参加だろうね」

 

五十里の補足にため息をつく。各校も可能な限り選手を参加させてくるだろうから、準備を急がなければならない。

 

「クロスカントリーは危険ですから準備が難しくなります。障害物の予測は不可能なので、まずは森林コースを問題なく走れるように訓練して、当日の障害物は選手個人の判断に任せましょう。しかし今はクロスカントリーより、他の種目の参加選手を決めるのが最優先事項です」

 

達也の言葉に五十里は頷いて校内の名簿を取り出し、生徒の選考を始めたので手伝うことにした。一方あずさはその日は、ずっと落ち込み作業を一切手伝わなかった。

 

 

 

その日の夜。俺は夕飯を早めに終わらせ、将輝と電話で競技変更について話し合っていた。

 

「将輝、競技変更を聞いたか?」

『ああ、〈ロアー・アンド・ガンナー〉と〈シールド・ダウン〉はまだ理解できる。だが〈スティープルチェース・クロスカントリー〉だけは異質だ』

「将輝もそう思うか?」

『…俺は感じただけだがジョージがそう言っていた』

「〈カーディナル・ジョージ〉か。彼がそう言ったなら間違いないだろう。達也と同じ意見だからな」

『あいつもか?』

「そうだ。〈横浜事変〉の影響だろうって言ってた」

『…〈横浜事変か〉』

 

将輝が〈横浜事変〉という単語に対して腑に落ちない表情を一瞬していたが、今はそれを聞いている場合ではないと思って忘れることにした。

 

「1ヶ月後を楽しみにしてるよ将輝。今回も〈アイス・ピラーズ・ブレイク〉に出場するから待ってろよ?」

『それはこっちの台詞だ。今度こそぎゃふんと言わせてやるから覚悟してろよ?』

 

互いに宣戦布告をして電話を切り、俺はそのまま十文字家に電話をつなげた。

 

『四葉か。どうした?』

 

予想外に電話に出たのは十文字先輩だった。

 

「夜分に申し訳ありません。克人さんの意見を伺いたいと思いましてご連絡させていただきました」

『構わない。だがそこまでかしこまられては、ぎくしゃくして話しづらい。普通に話してくれ』

 

校内では十文字先輩、校外では克人さんと呼び変えたのだがお気に召さなかったようだ。学校では一生徒の先輩・後輩の関係。私生活では〈十師族〉として対等な関係であるという俺の心情を理解しているようで、話を拗らせるようなことはしなかった。

 

「分かりました。では早速お聞きします。今年の九校戦の競技種目を知っていますか?」

『ああ、先程七草からのメールで見た。それで聞きたいこととは何だ?』

「競技種目について何か感じませんでしたか?」

『…軍事色がやけに濃いと思った。特に〈スティープルチェース・クロスカントリー〉は危険すぎる。高校生にさせるような競技ではない』

「十文字先輩もそうお考えなのですね?」

『も?どういうことだ四葉』

 

十文字先輩が食いついてくれたので隠さずに答える。

 

「先程一条将輝と電話で、競技について意見を交換し合っていました。その時に〈カーディナル・ジョージ〉が危険だと言っていたと教えていただきました。達也と自分も同じ意見です」

『なるほどな。そのお前たちがそう言うなら間違いは無いだろう。で、この競技になった理由はなんと言っていた?』

「〈カーディナル・ジョージ〉と一条将輝からは何も言われていませんが、俺と達也は〈横浜事変〉が影響しているのではと考えています」

『【〈横浜事変〉での被害は、魔法師の実戦経験不足であると痛感した。今回の九校戦に軍事メニューである3つを競技とすれば、実戦経験を少なからず得られる】と考察するのが妥当か』

「ええ、それで間違いは無いと思います。まだ仮説の段階ですので周囲には内密にお願いします」

『承知した。四葉も頑張れ。OBとして健闘を期待する』

「ありがとうございます」

 

俺は電話を切ってリビングに向かった。

 

 

 

「克也、誰と電話していたんだ?」

「将輝と十文字先輩だよ」

「一条と十文字先輩か。どうだったんだ?」

「十文字先輩はすぐ俺達の仮説に辿り着いてくれた。将輝は少々抜けているところがあるから時間がかかるだろうけど、きっと分かってくれるはずだ」

 

俺と達也が話していると、水波が戸惑いながら話しかけてきた。

 

「達也様、メールが届いております」

 

戸惑っているためか「兄様」ではなく「様」になっており、本人もそのことに気付いていなかった。

 

「メール?誰から?」

「差出人が書いていないので分かりません」

「無い?とりあえずこっちに回してくれ」

「かしこまりました」

 

戸惑っていた理由が分かり、達也の声にも訝しさが含まれていた。メールは暗号化されており、四葉の暗号解読キーでは解除されず、独立魔装大隊の暗号解読キーで見ることができた。

 

「達也、これは彼女からか?」

「これだけの高度なネットワーク技術を持っているのは、その人だろうが断定はできない。本人が送ったのか命令されて送ってきたのか。今の状態では判断が付かないからな」

 

メールの内容を読むと驚愕する。

 

「…一体何を考えてるんだ?本当に」

「新兵器の開発にそれの利用か。九校戦競技種目の変更が国防軍の圧力であるのは、ある程度予想済みだったが。九島家が秘密裏に開発した新兵器を、〈スティープルチェース・クロスカントリー〉で使用するつもりだったのは予想外だ」

「お兄様方、どうされますか?」

「まだこれが真実だと決まったわけじゃないからどうしようもない。それに匿名なのが腑に落ちない。もっともらしい事柄に嘘を紛れ込ますのは、戦術として初歩中の初歩だからね。達也、先生に相談した方が良くないか?」

「その方が良いと俺も思う。今から行って明日の朝に話す時間をもらえるように頼んでくるから、克也はこのメールを頼む」

 

達也はバイクにまたがり九重寺に向かった。

 

「克也お兄様、これはどうされますか?」

「コピーをとって本体を葉山さんに送るよ。水波、これを暗号強度は最大で葉山さんに送って欲しい」

「かしこまりました」

 

水波に頼んだあと、俺は風呂に向かった。

 

 

 

 

 

翌日の早朝、水波を家に残して3人は九重寺に向かった。大事な話をしたいと昨日の夜に言ったにもかかわらず、山門をくぐった瞬間には門人から攻撃を受けた。克也たちは想定済みだったので驚くこともなく、入学式翌日の記録を大幅に更新し、悪戯(稽古)を仕掛けた八雲の元へ歩いていく。

 

「それじゃあ、話は中でしようか」

 

有無を言わせず部屋に向かう八雲の背に克也たちはついていく。部屋に到着して、4人が静かに座り込む。深雪が電磁波と音波を遮断する障壁を張ったのを確認してから、3人で頭を下げる。

 

「師匠、今回は面倒な案件を持ち込んでしまい申し訳ありません」

「構わないよ。僕も個人的に調べていたからね。しかし九島家も危ないことを考えたものだ。今更言わなくても分かってるだろうけど、〈スティープルチェース・クロスカントリー〉は危険だ」

「…先生でもそうお考えですか?」

「そうだよ。その危険な競技で新兵器の性能実験をしようだなんて、正気を失っていると思ってしまうね」

 

八雲の辛らつな言葉に3人は息を飲んだ。

 

「師匠は九島家の計画を知っていたのですか?新兵器の正体とか」

「〈P兵器〉と呼ばれているようだけど、詳細は不明だ」

 

八雲でも分からないと言うのであれば、諦めるしかないと克也は思ったが、予想外の言葉に思考は中断された。

 

「奈良へ行く必要があるね」

「旧第九研ですか?」

「僕にとっても因縁の場所だよ」

 

八雲の眼は強い光を放っており、克也たちは早朝とはいえ真夏にもかかわらず、寒気がして背中を汗が伝っていくのを感じた。



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第46話 情報提供

九校戦競技の練習は思ったようには進まず、生徒会も参加者たちも悪戦苦闘していた。〈スティープルチェース・クロスカントリー〉の練習は、克也たちが〈パラサイト〉と交戦した第三演習場で行われている。といってもただ走るということしかできなかったが。

 

この練習の目的は、森林コースを普段と同じように走れるようになること、制限時間内にゴールするというものだった。7月中旬になっても制限時間内にゴールできたのは、参加予定の男子生徒・女子生徒ともに7割だけだった。

 

ちなみに3兄妹は余裕でクリアしている。

 

 

閑話休題

 

 

克也と達也はほぼ練習せず、いろいろな種目の練習を手伝っている。〈アイス・ピラーズ・ブレイク〉の練習では、克也が男子ペアと試合をして完勝してしまい、自信を失わせてしまったのではと心配されていたが。克也の場合は、手を抜くのも失礼だと思ったので、普通に戦っただけなのだった。

 

試合の合間に克也と深雪が試合をしてみたらどうかという意見が出たのだが、達也の「学校に被害が出るから止めるべきだ」という言葉でなくなった。2人が試合をすれば学校どころか周辺にまで被害が拡大する可能性があったので、達也の判断は正しいと称賛するべきだ。

 

 

 

 

 

7月下旬になると全種目ともに選手が慣れてきた。一定の目処が立っていたので、九島家の陰謀を防ぐために達也は深雪と八雲と共に、7月20日の夜から奈良にある旧第九研に向かうことになっている。

 

定期試験も無事終了し、恒例行事のように教職員を悩ませる結果を2年生が残した。何故か教員に文句を言われ、仕方ないと思って欲しいと克也たちが思ったかは定かではない。驚くことに幹比古が総合成績トップ10に入り、〈アイネブリーゼ〉でお祝いをした際、幹比古は恥ずかしそうにしていたがとても嬉しそうだった。

 

 

 

 

 

達也と深雪が八雲と奈良に行った土曜日の朝。克也は学校に向かうコミューターの中で、木曜日の夜の会話を思い出していた。

 

 

 

『達也、俺は四葉の名前を背負っているから今回はついて行けない。九島の陰謀を解き明かしたいけど、今の九島家を無断で〈十師族〉が調査するのはまずいから残るよ』

『本当は付いてきて欲しいが、お前の言う通り行かない方が良いだろう。今回は極秘で動くからな。知られればこちらが動きづらくなる。お前の行動は間違っていないさ』

『頼んだよ2人とも。吉報を待ってる』

 

 

 

「…様。克也兄様」

「ん?どうした水波?」

「もう少しで降車駅です」

「すまない水波、忘れてたよ」

 

どうやら達也との会話を思い出していると、いつの間にか一高の最寄り駅に近づいていたらしい。自分の没頭ぶりに苦笑してしまう。

 

「そういえば水波と2人で登校するのは初めてだったな」

「そうですね。いつもは4人で登校していましたから新鮮です」

「俺も同じ感想だよ」

 

コミューターを降りて一高に向かう一本道で、水波と会話をしていると4人に会った。

 

「おはよう克也君・桜井さん。達也君と深雪はどうしたの?」

「おはようエリカ」

「おはようございます千葉先輩」

 

エリカが2人のいない理由を聞いてきたので、上手くごまかしながら答える。

 

「用事があるらしい。今日は学校を休んだよ」

「もしかして〈横浜事変〉で会ったあの人たちに呼ばれたの?」

「そうだと思うよ。深雪まで呼ばれるとは思わなかったけど」

「思う?克也に教えなかったのか?」

「なんでも極秘らしくて俺には教えてくれなかった。そもそも達也の所属自体が極秘だしね」

 

俺の言葉の不思議さにレオが聞いてきたので、極秘という本当の意味での言葉を使って答えた。

 

「それなら仕方ないよ」

「そうですね。そのことに関係があるなら話すわけにはいきませんから」

 

幹比古と美月の似た考えに苦笑しながら頷いた。

 

 

 

「克也さん、深雪はどうしたんですか?」

「深雪は達也と一緒に用事があるからって。今日は休みだよ」

「達也さんも?」

「そうだよ」

 

教室に入るといつものように俺の席に集まっていた雫に聞かれ、答えていると同じようにほのかも聞いてきた。

 

「たぶん〈横浜事変〉のことと関係があるんだと思うよ」

「たぶん?」

「詳しく話してくれなかったから」

 

雫もレオと同様に同じところを聞いてきたので、同じように答えて言葉を濁す。学校生活は達也と深雪がいない分さみしかったが、楽しさは何も変わらず当たり前のように過ごした。

 

 

 

達也と深雪が奈良から帰ってきた日曜日の夜、達也から報告を受けて俺は衝撃を受けた。

 

「…そんなことが許されるのか?狂ってるよ閣下は」

 

オブラートに包まない素の言葉で言った俺の言葉に、深雪は驚いていた。しかしそんなことを口にしてしまうほどの威力を、達也の情報は持っていたのだ。

 

「〈パラサイト〉を用いた兵器がP兵器の正体で、ネーミングが〈パラサイドール〉か。ピクシーのことを何処からか入手して作り上げたのかな。まったく忌々しい。それに大亜連合から亡命してきた。いや、密入国したこの方術師の能力。タイミングが良すぎないか達也?」

「ああ、良すぎる。明らかに今回の実験のために、わざわざ送り込まれてきたように思える。木・石・金属で作った傀儡を操る術。傀儡にかりそめの意思を与える孤立情報体に働きかける精神干渉系統の魔法。他の術下にある孤立情報体の支配権を奪い取る魔法。この魔法は孤立情報体を術者の制御から切り離して、暴走させる術に長けていると書かれている。俺が旧第九研の〈パラサイドール〉の中に見つけた魔法の性質に似ていた。この情報は亜夜子からだから、また借りを作ってしまったな」

 

感謝と同時に申し訳なさが達也の表情からにじみ出ていた。

 

「亜夜子は貸しを作ったわけじゃないと思うぞ。これが彼女本来の仕事だから貸し借りなんて考えていない。亜夜子が求めているのは、この情報を使って俺達がどう対処するかだ。情報を無駄にするか有効利用するのか。それは俺達にかかってる」

「その通りだな克也。俺が間違っていた。亜夜子のためにもなんとかしないとな」

 

達也の決心に俺も頷いた。

 

 

 

 

 

九校戦会場に向かう道中は、去年のように事故は起こらず無事に到着することができた。まあ、あんなことが毎年起こっては困るというのが経験者の心境だが。ロビーに入ると、偶然歩いていた三高の生徒が友人だったので声をかけた。

 

「克也じゃないか。クロスカントリーの情報は手に入ったか?」

「いや、まだ何も分からない」

「家の力を借りなかったのか?」

()に力を貸してもらうと、対価を要求されるから嫌なんだ」

「ギブアンドテイクか。大変だな」

「その通り厄介なんだよ。将輝の方はどうだった?」

「…実は俺も調べていない。四葉家がしていると思ったからな」

「…おいおい」

 

意思疎通が出来ていなかったようで、どちらも調査しておらず気まずい沈黙になってしまう。

 

「将輝、今からそっちが調べることはできるか?」

「できなくはないが…。この短期間じゃ俺の家の情報収集能力では難しいぞ?」

「それでもいい。分かったことだけを伝えてもらえれば、それなりにお礼はする」

「分かった。部屋に戻ったら頼んでおく」

「頼んだ」

 

 

 

その日の夜、達也は〈スティープルチェース・クロスカントリー〉のコースを下見に行ったらしい。

 

『単独侵入は不可能。亜夜子と文弥でも同様。だが師匠によると、〈パラサイドール〉を何処に設置しても状況は変わらない』

 

というメールが届いてため息をついた。

 

やはり当日にならなければ撃破は不可能か。前日から配備などはせず、裏に隠しているとはな。用意周到でありさすが九島家だ。しかし亜夜子の魔法でも侵入できないとはね。警戒が前回とは比べものにならないほど厳しくなっている。敵が侵入しにくくなるのはいいが、こちらも入りにくくなるのは痛い。

 

亜夜子の得意魔法《極致拡散(きょくちかくさん)》は、指定領域内における任意の気体・液体・物理的なエネルギーの分布を平均化する魔法である。夜に紛れ込むのが得意である亜夜子が侵入できないとは驚きを隠せない。

 

通称《極散》は、達也の使う《分解》と事象改変の方向性が似ている。

 

小学生の頃、本家において自分の特性が理解できず悩んでいた亜夜子は、達也がわかりやすく実演したことで使えるようになった。達也が亜夜子の魔法特性を視て魔法式を解析し、亜夜子にもわかるように図式化した。亜夜子は自分のために魔法式を書き換え、そのCADを作った俺と達也に、【黒羽亜夜子】という人間を作ってもらったと思っている。

 

このようなことがあったためか、達也を単なるガーディアンと見下すことができず、それは文弥も理解している。それが達也を過大評価してしまう原因であると気付いていなかった。

 

2人は親戚一同が、達也の存在を否定していることを良く思っていない。だからもし深雪が次期当主になれば、自分たちは黒羽家と縁を切り、深雪と達也あるいは俺の手足になると決めている。親になんと言われようと他の分家になんと罵られようと、3人に命を捧げると2人は心に誓って、その時が来るのを待っている。

 

文弥は四葉家の次期当主候補であるが、次期当主から外れると黒羽家の当主になると決まっている。しかし文弥は四葉家当主になりたいとは思っていない。ましてや分家の当主にもなろうとも思っていない。だが自分が黒羽家を継げば、達也の待遇が変わるのであれば継いでもいいと思っている。

 

俺は2人が達也に対して特別な感情を抱いてくれていることに、嬉しさを感じている一方で申し訳ないとも感じている。2人が達也を慕っているのを、四葉家の関係者全員が知っているからだ。嫌がらせを受けたりはしていないらしいが、微妙な視線を受けたことがあるらしい。

 

2人は何故向けられたのか原因が分からないと言っていたが、その事を聞いた俺たち3人は申し訳ないと思った。だが突き放すことはできない。2人は俺たちにとって数少ない味方なのだから。

 

布団に寝転がりながら考えていたせいで、いつの間にか眠ってしまったらしい。翌日に朝風呂する羽目になったのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

8月5日、2096年度の九校戦が始まったが一高は浮かれてはいられなかった。一高最強世代が卒業したことで、苦しくなることを上級生は理解していたからだ。

 

大会初日。

 

〈ロアー・アンド・ガンナー〉女子ペア 1位 

〈ロアー・アンド・ガンナー〉男子ペア 3位 

〈アイス・ピラーズ・ブレイク〉女子ペア 決勝トーナメント進出 

〈アイス・ピラーズ・ブレイク〉男子ペア 決勝トーナメント進出 

 

まずまずの結果だった。

 

不安だった〈アイス・ピラーズ・ブレイク〉男子ペアも、克也の特訓のおかげか圧倒的な強さで勝ち残っている。彼ら曰く、「相手の魔法発動速度が遅すぎて面白みがない」らしい。その言葉を聞いた首脳陣は苦い笑みを浮かべていたが。

 

大会2日目

 

〈アイス・ピラーズ・ブレイク〉女子ソロ 決勝トーナメント進出 

〈アイス・ピラーズ・ブレイク〉男子ソロ 決勝トーナメント進出 

〈ロアー・アンド・ガンナー〉ソロは男女とも4位

 

得点0という惨敗に終わった。

 

深雪と克也の突破は確実視されていたが、〈ロアー・アンド・ガンナー〉ソロは首脳陣の懸念通りの結果だった。最初から得点は望めないと予想していたので、ダメージは小さかったが精神的ダメージは大きい。

 

 

 

その日の夜、克也は将輝からメールを受け取っていた。お茶会の前に送られてきて良かったと思いながら、メールを開いて概要を読むと納得する。

 

将輝の情報曰く『国防軍内の対大亜連合強硬派が裏で暗躍。首謀者は酒井大佐。4年前の佐渡侵攻での最高指導者であり父親の旧友。今は意見の食い違いで絶縁関係。反乱するかもしれないと噂されていたが、今回の競技変更がそれの可能性有り』ということだった。

 

この短時間でここまでの情報を集められるとは。将輝の自分の家の情報収集能力への評価は過小評価だったらしい。黒羽家とは比較できないが、〈十師族〉の中でもなかなかの腕を持っていると思える。

 

達也にそのままメールを送り、お茶会の準備をするために作業者に向かった。



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第47話 歓喜

大会3日目

 

〈アイス・ピラーズ・ブレイク〉男子ペア 3位 

〈アイス・ピラーズ・ブレイク〉女子ペア 1位 

〈シールド・ダウン〉男子ペア 1位 

〈シールド・ダウン〉女子ペア 予選落ち 

 

しかし三高は今日の試合で全て2位以上だったため、2日目終了時点で得点差が40点だったのが、3日目には100点にまで広がっていた。優勝してペアをお祝いすることができなかったが、個人個人でお祝いの言葉を言う生徒はいた。

 

 

 

『マスター』

 

お茶会の途中、ピクシーからテレパシーが届いた。達也は普段テレパシーを使うことを禁止していたが、特別な事情があれば使用しても構わないと命令している。つまり何かがあったということだ。

 

「達也お兄様?」

「3Hの様子がおかしいようだから見てくる」

 

急に立ち上がった兄に深雪が聞くと、どうとでも解釈できるように答えた。克也は友人たちとの会話に夢中で気付いていなかった。

 

『同胞の反応をキャッチしました。私の存在も認識されたようです』

「何体いる?」

『16体です。今、反応が消失しました。休眠に入ったようです』

 

思っていた以上に多いことに達也はうなだれた。

 

 

 

「達也、〈パラサイドール〉を見つけたのか?」

 

達也がいなくなったことに気付いた克也が、作業車から降りてくる達也に問いかけた。

 

「ああ、これはチャンスだ。今から行ってくる」

「行かせないぞ達也」

「克也?」

 

作業車から降りるとお茶会は終了していた。話し掛けてきた克也に答えると予想外の言葉が返ってくる。双子の兄が真剣な表情で止めに来ることを予想していなかった達也は、少なからず驚いていた。

 

「お兄様、私も同じ意見です」

「深雪?」

「ご自分の体をどれだけ酷使しているか理解しているのですか!?朝から夕方まで選手のCADを調整して、作戦まで考えられてその裏で〈パラサイト〉の仕事など。いくら達也お兄様でも壊れてしまいます!それでも行くというなら、克也お兄様とご一緒に力尽くで止めさせていただきます!」

 

深雪の怒気に慌てる達也だった。

 

「待て2人とも!俺の《眼》を封じるつもりか!?そんなことをすれば2人とも只では済まないぞ!」

「わかってるさ達也。これは承知の上で言ってるんだ。明日の試合は出られないだろうし、一高を退学の可能性だってある。それは仕方がない。だが、ここで達也が壊れれば俺たちはどうすれば良い!?別れは寿命が尽きる時だけだ!それ以外の死は絶対に許さない。去年と同じことをしようとしているのを自覚してくれ。二の舞はゴメンだ」

 

達也は2人が涙を流しながら懇願する様を見て、自分がどれだけ心配をかけていたのかを実感する。これだけ自分を心配してくれる兄妹に、これ以上不安にさせることはできない。いや、させたくなかった。

 

「わかった。今日は戻るよ」

 

達也が素直に従ってくれたのでほっとした克也だった。水波は克也の必死さを見て、少し自分の胸が痛んだ。それが自分より達也を心配することに嫉妬した反動だとは、まだ気付いていない。

 

3人の喧嘩はお茶会が終了した後だったので、その話を聞いたメンバーはいなかった。

 

 

 

 

 

大会4日目、達也の休息による復帰と足並みをそろえるように一高の追い上げが始まった。〈アイス・ピラーズ・ブレイク〉男子ソロでは克也が将輝を破り優勝。のちに将輝から文句を言われたが恐怖の笑顔で黙らせていた。

 

〈アイス・ピラーズ・ブレイク〉女子ソロ 優勝 

〈シールド・ダウン〉男女ともに 優勝 

 

これにより先日までの点数差が100点から60点にまで縮まった。

 

その日の夕食で話題になったのは、克也が決勝で将輝を破った魔法《流星群》だった。世間には《夜》として認知され、真夜が使用しない限り見ることができない。この大会で見ることのできた観客は幸運と言えるだろう。

 

克也が使用した理由は真夜からの命令だったが、元から使用するつもりだったので命令に従ったというより、自分の意思で使用したと言うべきだろう。

 

 

 

 

 

一高の快進撃は新人戦でも続いた。

 

新人戦初日

 

〈ロアー・アンド・ガンナー〉男女 優勝 

 

香澄のエンジニアを克也が担当して見事優勝に導いた。

 

 

 

 

 

2日目

 

〈シールド・ダウン〉男子 3位 

〈シールド・ダウン〉女子 優勝 

 

水波のエンジニアを克也が担当しまたしても優勝に貢献。

 

〈アイス・ピラーズ・ブレイク〉男子 3位 

〈アイス・ピラーズ・ブレイク〉女子 優勝  

 

克也は泉美も担当した。

 

3日目。〈ミラージ・バット〉は亜夜子の独壇場だった。一高からは1人が決勝トーナメント進出しており、善戦しているが優勝は不可能だろう。しかし2位は確実な点数なので心配することはない。

 

「やっぱり亜夜子に勝つのは難しいな」

「あの魔法力なら仕方ないさ」

「私でも勝てるとは言い切れません」

 

3人は誰にも聞かれないように小声で話しながら、亜夜子の試合を観戦していた。亜夜子が縦横無尽に空を飛び回り、圧倒的なスコアをたたき出して優勝した。

 

 

 

〈モノリス・コード〉では琢磨たちが6戦全勝しており、残りは四高とだけになっていた。だが辛勝した三高が四高にあっさりとやられているのを見て、更に気を引き締めていた。克也は琢磨たちのCADを担当していたが、もちろん負けるだろうと予想している。文弥に勝つのは不可能だと分かっていたから。

 

結局、琢磨たちは四高つまりは文弥によって全員がノックダウンされて負けた。しかし2位を確保したことで一高は新人戦優勝を果たした。文弥と亜夜子の活躍は九校戦で名を馳せ、以前から流れていた「四葉の分家に黒羽という家系があるらしい」という噂を、真実であるのではないかと信じ込ませた。

 

 

 

 

 

9日目からは本戦に戻り〈ミラージ・バット〉の決勝戦が行われた。一高は決勝に2人、三高が1人の時点で、合計獲得点数は上回るだろうと言われていたが、確実に取るためには達也とあずさの調整と選手自身にかかっていた。

 

優勝 ほのか 準優勝 スバル 3位 三高 

 

となり獲得点数80点と20点でついに一高が1位に躍り出た。

 

 

 

 

 

10日目。一高は〈モノリス・コード〉でも優勝し、三高との点数差を100点に広げた。しかし最終日の〈スティープルチェース・クロスカントリー〉の結果次第では、逆転は十分可能な点数差だ。首脳陣は下級生や結果を残した選手とは違い、素直に喜べてはいない。

 

達也の本当の仕事はここからであり、正直なところ総合優勝などどうでもよかった。克也と深雪に被害が出なければそれでよかったからだ。

 

 

 

 

 

最終日、克也は〈スティープル・クロスカントリー〉女子に出場している深雪に語りかけていた。

 

『深雪、達也が〈パラサイドール〉と交戦中だ。可能な限りスピードを下げて慎重に進むように一高生に伝えてくれ。思った以上に達也が苦戦してる』

『わかりました。可能な限りスピードを抑えるように言います』

 

深雪は克也との《念話》を切った後、一高チームに伝えた。

 

「できるだけ慎重に進みましょう。何をされるか分からないから」

「その意見には賛成だね。練習したとはいえ普通に森を走っただけだから」

「大丈夫よ!そんなのすぐ避けれるわ!」

 

スバルたちは納得してくれたのだが、花音は自分の意志を貫くらしく走って行った。その結果、深雪の言葉通りのことが起きる。

 

「キャー!」

 

声がしたので向かうと網にくるまれた花音がいた。

 

「千代田先輩、ゆっくり行きましょう。いいですね?」

「あうぅぅ。わかった…」

 

深雪が諭したことで花音もようやく理解してくれたらしい。素直に言うことを聞いたのは注意を無視して走ったところ、罠にはまったという羞恥心が大きかっただろう。

 

それ以降、深雪がゆっくり行くよう指示したことに疑問を抱いたメンバーはいなかった。むしろそれが正しいと感じたようで素直に従っていた。花音の痴態も深雪の言葉の信憑性を裏付けたのは言うまでもない。幸か不幸かは別にして(花音にとっては不幸に違いないが)、克也と深雪の作戦はある意味良い方向に働いていた。

 

 

閑話休題

 

 

実際、〈スティープル・クロスカントリー〉の練習はスバルの言ったように林間走をしただけだ。障害物の予測ができない以上、深雪の指示はどの視点からみても正しかった。たとえ達也の目的を隠すための理由であっても、生徒の安全を考えれば間違ってなどいない。

 

 

 

『達也、深雪に一高チームにゆっくり行動して欲しいと言っておいたから、気にせず戦ってくれ』

『任せろそのためにここまで来たんだ。そろそろ切るぞ?このままでは戦いづらい』

『わかった。気を付けろよ達也』

 

達也が集中できるように克也は《念話》を切る。その結果、達也が全ての〈パラサイドール〉を殲滅した5分後に、深雪たちは戦闘があった辺りを通った。克也の指示がなければ鉢合わせしたか、〈パラサイドール〉による攻撃を受けていただろう。

 

深雪は最後に花音が再び罠にはまったのを無視して、〈スティープルチェース・クロスカントリー〉女子を優勝した。花音は2位、ほのかと雫は仲良く5位と6位、スバルは8位となった。

 

男子は1位 克也 2位 将輝となり、一高は総合優勝を果たした。

 

 

 

 

 

最終日には去年と同じようにパーティーが催された。今年は真由美がいなかったので、克也はそれほど疲れはしなかったが、三高の女子にたかられ将輝に助けを求める羽目になった。後夜祭の後は一高だけのお祝いパーティーが始まり、全員が互いを労っている最中だ。

 

「今年も司波の活躍で優勝できたな。あいつ今回も負けなしだろ?いつまで続くかが楽しみだな」

「沢木先輩、あまり言わない方が良いと思いますよ」

「冗談だ。そういえば、四葉もなかなかの腕前だったな。七草姉妹・桜井・七宝にも大好評だったようだ。魔法だけでなくCADの調整もできるとは大したものだよ」

「少なからず自分のCADは、自分で調整できるようになりたかったものですから。その知識が今回役に立ちました」

 

達也は魔法式の無駄を可能な限り省き、魔法の発動速度を速めて効率化することに重きを置いている。一方、克也は使用者本人のその時々の体調に合わせて調整するため、使用者本人への負担はかなり軽減される。

 

達也の調整は確かに素晴らしいが、選手への負担が少し多いため克也は微妙な心境になる。本人たちは気にしていないようなので告げることはしないが。魔法技能や身体に影響しているわけでないのだから、わざわざ本人達に伝える必要もない。

 

「四葉の魔法力にはまた驚かされたな。決勝で使った魔法、あれは《夜》だろ?この眼で見られるとは思わなかった。一条選手の驚いた顔を見たときには少し笑ってしまった」

「それ本人に聞かれたら鮮血の華が咲きますよ服部先輩。今回も振動魔法で来るとあいつは考えていたでしょうから、裏をかいて《夜》を使ってみましたが予想通りでしたね」

「違いないな。あの驚き様は振動魔法対抗戦術を考えてきたのに、作戦が役に立たずに愕然とした人間の顔だった。案外純情なのかもしれないぞ、なぁ吉田」

「な、なんで僕に話を振るんですか!?」

 

幹比古は突然話し掛けられ慌てふためき、その様子を沢木・服部・克也は見て笑っていた。

 

「七宝の変わり様は目を見張るものがある。四葉のおかげか」

 

服部はしばらく笑った後に真剣な顔で話しだした。

 

「そうですね。自己が強いのは変わりませんが自分の意見を貫こうとせず、むしろ他人の意見を吟味して考え直すようになってくれました。だから〈モノリス・コード〉に出場した残りの2人も、七宝をリーダーと認めて作戦を考えて遂行したのでしょう」

 

琢磨はあの試合以来人間性が大きく変わった。何より変わろうと努力しようとしているのが分かるほど熱心に取り組んでいたため、周囲の信頼を得て上級生からも、一目置かれる存在になった。CADを調整した際も、ちゃんとお礼も言い自分なりの作戦を克也に話して、改善点を示して欲しいというお願いまでしてきた。そんな七宝に克也も頑張っているなと思うようになった。

 

神田議員を追い返すための〈実験〉を行ったときは、香澄へ対抗心をかなり燃やして二の舞を演じかけたが。達也と深雪がいつものメンバーと窓際で楽しそうに話していたので、克也も混ざるために友人8人の元へ向かった。



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8章 古都内乱編
第48話 想定外


九校戦が終了した後、克也と達也は夏休みの残りの大半を自宅のCAD調整室で過ごしている。ろくに睡眠も食事も取らないまま。何かに取り付かれたかのように仕事をしている様子を見て、深雪と水波は不安になっていた。

 

だから深雪と水波は週末に客人を迎える気にはなれなかった。2人が精神的に疲弊しているのを知っていたため、余計に思っていたのだ。だが2人が通すように言ったため、仕方なく通した。たとえその客人が心を許せる人物であったとしても。

 

 

 

「文弥・亜夜子、よく来たね」

「こんばんわ克也兄さん・達也兄さん・深雪姉さん・桜井さん」

 

社交辞令を軽く交わし本題に入ることにした。

 

「今回はどうしたんだ?」

「当主様から直々にお預かりしてきました」

 

文弥は背広の内ポケットから、当主直筆の封筒をソファーに座っている俺達の前に出した。達也がそれを読むと眉をひそめ、俺に渡してきたので読むと同じように眉をしかめる。

 

「…文弥はここに書かれた内容を知っているのか?」

「ええ、知ってます」

周公瑾(しゅうこうきん)の捕縛を依頼(・・)すると書かれているが?」

「僕たちもそう聞いています」

「言葉の文ではないんだな?」

「でもなんで叔母上が依頼(・・)するんだ?今までのように命令すればいいはずなのに」

「その件に関しては私が伝言を預かっています」

 

亜夜子の言葉に俺たちは驚いた。書面にも残せないような重要なことであれば、確かにデータなどで送るよりは秘匿性が高い。だがわざわざ文弥や亜夜子に言伝を頼む必要性はないはずだ。

 

つまり今から聞かされる言葉は、これまでのものとは別種の何かだと俺達は感じ取っていた。

 

「今回のお仕事はお断りになっても構わないそうです」

 

亜夜子の言葉に今度こそ驚愕する。これまでの仕事を叔母は、俺達に命令という形で取ってきた。それが今回は依頼(・・)として来たのだから驚くのが普通だ。さらにはそれを断っても良いと言う第二の選択肢。

 

「…叔母上に『承りました』とお伝えしてくれ」

「分かりました」

「情報は入っているのか?」

「限定的ではありますが得られています。捕縛対象は現在、京都方面に逃走したと想定されます」

「協力者は?」

「九の各家と対立関係である〈伝統派〉が裏に付いていると見られます」

「ありがとう参考になった」

 

 

 

文弥と亜夜子を見送った後、俺はソファーに座っていたが沈み込んでいくような錯覚に陥っていた。

 

「克也、どうした?」

「今回の叔母上の判断が理解できない。何故命令ではなく依頼(・・)なんだ?今までのように命令すればいいはずだ。四葉家が何か隠しているとは思いたくないが」

「克也、それは考えすぎだ。現に四葉家は俺達の危機に手を貸してくれている」

「それだけじゃない。何故俺には参加を認めてくれない?協力せず達也1人で追い込めというのか?」

 

叔母からの文には、俺に達也との協力を禁止するという命令が加えられている。

 

「今、それを考えても仕方ない。それより生徒会選挙のことを考えるのが先だ」

 

達也は俺の悪いループから抜け出させるために、話をずらしていった。

 

 

 

 

 

今年の論文コンペまで残り1ヶ月と少しだが、校内はそのことより生徒会選挙のことで盛り上がっていた。深雪と達也は誰を生徒会員にするか迷っていたが、知り合いに毎度毎度聞かれるため少しイライラしていた。

 

「それで達也君、今年は論文コンペに出ないの?」

「別に去年も出たかったわけじゃない。今回は単に間に合わなかっただけだ」

「どういうこと?」

「今新しいテーマに取り組んでいるんだが思いのほか難航していてな。今回は出ない予定なんだ」

「どんなテーマなの?」

「エリカ、あまり追求しすぎたら相手の機嫌を損ねるぞ。達也はそんなことで機嫌を害したりはしないけど」

 

やんわりと克也がエリカの質問を止める。今達也が取り組んでいるのは克也の新魔法だ。正確には克也が魔法式の基礎設計をするのだが、まだこの段階で苦戦している。振動魔法の設計を根本的に変えることは、容易ではないことを達也は知っていた。克也が自分の限界を超えたいと思っているのを、この1年半の間ずっと感じ続けている。

 

克也がみんなが寝静まったあとも考え続けていたのも知っているし、悩んで思い詰めていたのも知っている。基礎設計が作れず、悔し涙を流している姿を後ろから見たこともあった。そんなこともあってか達也は克也の気持ちに応えたいと思い、自分の目標を一度頭から追い出して、克也の魔法開発を最優先事項としている。

 

「今回はサポートは頼まれてないの?」

「今は頼まれてないがこれから頼まれるだろうな」

「達也なら引く手数多だからね。そのうち魔法に関係ないことまで頼まれるかも」

「おお、その通りだ幹比古。おそらく雑用だぜ?」

「レオ、お前とは一度みっちり話し合わなければならないようだな」

「おお怖、遠慮しとくぜ」

 

レオの本気で嫌がっている様子に、昼食中にもかかわらず全員分の笑い声が響いた。

 

 

その日の夜、達也は克也に頼んである人物に連絡を取ってもらっていた。克也は協力するなと真夜に言われているが、言いつけを守るつもりはない。言いつけに背いてでも達也に仕事を成功させるため、克也は友人に助けを求めた。

 

「やあ、光宣。今大丈夫か?」

『克也兄さんお久しぶりです!今は大丈夫ですよ』

 

画面には超絶美形の少年が映っている。そしてその顔は満面の笑みを浮かべている。人懐っこい様子はまるで猫が尻尾を振っているようだ。

 

「お願いがあるんだけどいいかな?」

『お願いですか?構いませんよ。克也兄さんのお願いは可能な限り聞きたいですし』

 

純粋な好意で言ってもらえるのは人間としてとても嬉しい。それも信頼している友人からなら尚更に。

 

「じゃあお言葉に甘えて。閣下との面会を設置してもらえないか?」

『お祖父様にですか?何のために?』

「今は秘密。このことを知られたくないから藤林さんから伝えてもらえないかな?達也が藤林さんに頼んで面会を閣下に願ったという形で」

『つまり四葉家に知られたくないわけですね?わかりました響子姉さんに伝えておきます』

「ありがとう光宣。そっちに行ったときに会えると良いな。その時を楽しみにしてる」

 

電話を切りベッドに倒れ込む。閣下と話ができたとしても協力を得られるとは考えにくい。光宣なら個人的な感情で動いてくれるだろうが、九島家自体は難しいだろう。

 

 

 

 

 

9月28日金曜日の夜、光宣から連絡があった。

 

『こんばんは克也兄さん。この前の件でお知らせしたくてお電話しました』

「こんばんは光宣。で、どうだった?」

『お祖父様は面談に応じると仰っています。日時は10月6日土曜日の18時に生駒の九島本邸だそうです。大丈夫ですか?』

「ああ、大丈夫だ。俺の部活が入っているが家の用事と言えば問題ない」

『分かりました。1週間後を楽しみにしてます』

 

光宣は嬉しそうに笑顔を浮かべて電話を切った。

 

 

 

「達也、そういうことだけどいいか?」

「もちろんだ助かった。ということで叔母上にも連絡しないとな」

 

数分後、四葉本家に電話をかけると葉山が出たので少々驚く。

 

『達也殿、誠に申し訳ないが奥様はただいま都合が悪い』

「時間帯も考えず突然の連絡しているので当然です。先日の依頼についてお伝えしていただきたいのですが」

『伺いましょう』

「先程、九島家と面談する許可が閣下から降りたと、藤林さん(・・・・)から連絡がありました」

 

本当は違うのだが、光宣にもそう伝えているから口を滑らせるようなことはないと思っている。達也が藤林のことを少尉と呼ばなかったのは、軍の上司と部下の関係ではなく、藤林家の令嬢としての関係を示していたからだ。

 

『ほう、なかなか面白いことを考えましたな達也殿。独立魔装大隊の助力はいらないのですか?』

「ここで少佐の力を借りるわけにはいきません。それに今回は四葉家と周某の因縁です。周某が〈伝統派〉に匿われているのであれば、敵対している九島家の力を借りるのが効率的でしょう」

『ギブアンドテイクということですな。分かりましたお伝えしておきましょう。それから一々こちらに報告しなくても構わないと奥様は仰っております。ご自分の判断で行動せよとのことです。お気を付けて』

 

電話が切れると達也は手応えを感じていた。

 

「俺の判断で行動して良いか。つまりは克也を参加させても構わないということだ。克也、手伝ってくれるか?」

「水臭いな達也は。頼まれなくてもやるに決まってるだろ?」

 

2人の仲の良さを深雪と水波は嬉しそうに見ていた。

 

 

 

 

 

9月29日土曜日。生徒会長選挙が行われ、予想通り深雪が生徒会長に選ばれた。割り当てはこうだ。

 

生徒会長・司波深雪 

副会長・四葉克也 

副会長・七草泉美 

書記・桜井水波 

会計・光井ほのか 

書記長(・・・)・司波達也

 

この書記長(・・・)という謎の役職に反対しようとした職員や生徒は少なからずいたのだが、真っ当に誰1人反論できなかった。何故なら予想外にそれを喜ぶ生徒が大勢いたためである。深雪が暴走した場合、止められるのは克也と達也だけなのだから。克也でも止められないときがあるかもしれないので、最終兵器として達也を配備しておくことを誰もが望んでいる。

 

花音の跡を継いで風紀委員長には幹比古が。部活連会頭候補だった克也が生徒会に異動したため、空いた席に何故か雫が部活連会頭に就任した。

 

 

 

 

 

数日後、地下室から出てきた克也と達也は家の中をうかがう人ではない何かを感じていた。

 

「達也、これは化成体か?」

「いや、人造精霊だろう。想子でのみ構成されているから簡単に消せる。克也、1匹頼む」

「了解」

 

達也は《精霊の眼(エレメンタル・サイト)》を使って、構造を読み取ったあとに《分解》を。克也は《全想の眼(メモリアル・サイト)》で照準を設定し、《闇色の辺獄烈火(ベルフェゴール)》を放った。2体の人造精霊はただの想子に戻り消えていく。

 

「お兄様方!」

 

階段の上に現れた深雪が2人に駆け寄ってくる。

 

「今のに気付いたか?」

「いえ、お二人が魔法を放ったのを感じたので。もしかしたらと思いました」

「たぶん周某の仕事の影響だよ深雪。やつの部下か匿っている一味の仕業かわからないけど。文弥たちがつけられたかな?」

「文弥君たちがですか?」

「2人が気付かないわけがないから、たぶん意図的に連れてきたんだろうな。それも本家の命を受けてね」

 

文弥と亜夜子が悪いわけではないと伝えておく。いくら深雪でも克也と達也と同様に心を許している相手であっても、危害を加えられたとなれば黙ってはいない。そう思った克也の判断だった。

 

厄介なと達也は思ったが、仕事を受けた後であるのでどうしようもない。今断れば確実に何か制裁を加えられると達也はそう思った。

 

 

 

 

 

翌日の朝、克也と達也は九重寺に行って昨日の話をしていた。もちろん「悪戯」を仕掛けられたのは言うまでもない。

 

「また厄介事に巻き込まれているみたいだね2人とも」

「…知っておられたのですか?」

「弟子が勝手に出歩いて確保してきたからね。少なからず彼ら(・・)の素性は分かったよ」

 

どうやら昨日の監視の敵は複数だったようだ。

 

「どんな奴らだったんですか先生?」

「彼らは〈伝統派〉に雇われた野良の魔法師だよ」

「野良…ですか?」

「この国にいたんですね。フリーの魔法師ということですか?」

「そうとも言うね。でもその数は少なくないと思うよ」

「大勢いるということですか?」

「物は考え用だよ達也。去年から密入国や逃亡・亡命が増えている。この国に大勢いてもおかしくはない。たぶんその手引きをしたのもこれまでの事件も、すべては今回の黒幕の仕業だ」

 

達也は克也の説明に自分の知識不足を恥じた。

 

「克也君の言うとおりだと思うよ。今回は下手をすると〈横浜事変〉並の荒事になるかもしれない」

 

八雲の指摘に克也と達也は、任務の難易度を大幅に上方修正するのだった。



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第49話 収穫

2096年10月1日付で新生徒会が発足した。今期の生徒会は恐怖独裁政治の趣を呈していたが、その配下にある生徒が以前より楽しんでいるという、少々救いがたい現象が発生している。そのことを気にする役員はおらず、前生徒会と何も変わらない穏やかな空気が流れていた。

 

新生徒会発足初日にも関わらず、克也と達也は先日の家の様子をうかがっていた人造精霊の起動式を記憶領域に保存してこっそりと学校に持ってきていた。放課後に簡単な挨拶を終えて、それぞれが業務に携わってくタイミングで、去る直前の幹比古に見せているところだ。

 

「幹比古、これを見て欲しい」

「これは起動式だね。どこで見つけたんだい?」

「昨日、外出中に監視されてる気がしたからちょっと読み取ってみた。それで式神の構造は、流派によって異なるのかどうかということなんだが」

「克也ならそんなことあっても仕方ないか。流派の違いは克也の言う通り見られるよ。僕の家の精霊魔法も自分たちなりに改造した物だからね。ん?なんだろうこれ変なアレンジが入ってるね。…なるほど2人が僕に聞いてきた理由が分かったよ」

「どういうことだ幹比古?」

 

幹比古の納得したような言葉と表情に、達也は何かが分かったのだと思って、好奇心を抑えきれずに聞いた。

 

「これは明らかに盗撮・盗聴のための式神だよ。違法なことに使用するためのものだ」

「幹比古に聞いて良かった。これは破棄したほうが良さそうだな」

「その方が良いよ」

 

幹比古は得意げにニコニコしながら答えた。

 

 

 

生徒会の仕事を終えて帰宅途中。俺達がコミューター乗り場で待っていると、突然謎の集団に襲撃されたがあっさりと返り討ちにして全滅させた。

 

「達也、これを見て欲しい」

「...破魔矢か」

 

俺の掌に乗っているクロスボウの矢を見るとすぐに答えてくれた。

 

「古式魔法でSB(スピリチュアル・ビーイング)を介した魔法を妨害する道具だが、魔法式を直接投射する魔法には効果が無い。たぶん俺たちを古式魔法師と勘違いしたんだろうな。本物と違ってこれ自体で十分な殺傷能力があるようだけど」

 

鋭く尖った鏃に触れながら呟く。

 

「私達を黒羽家が雇った古式魔法師と思ったのでしょうか?」

「それで間違いないと思うよ水波。でも俺達が標的になっているとしたらまずいな」

「克也お兄様、それはどういうことですか?」

「俺達を目的としているなら、周りにも迷惑がかかるかもしれないということだよ。下手をしたら被害が出るかもしれない」

 

俺の想像に深雪は厳しい顔を浮かべた。周りというのが友人だと理解した結果だ。

 

「万が一のことを考えて師匠にも頼むか。それとエリカ達にも警戒させた方が良いな。俺は今から師匠のところへ行ってくるから、3人で先に帰っていてくれ」

「了解」

 

俺は達也と別れて深雪と水波を連れて帰宅した。

 

 

 

 

 

翌日の放課後、いつものメンバーを特例で生徒会室に入室させて昨日の事の顛末を伝えた。

 

「4人とも怪我はないんだね?」

「ああ、大丈夫だ幹比古。悪いがこれを見て欲しい」

 

昨日拾ったクロスボウの矢を机の上に乗せると幹比古が顔をしかめたが、それ以外のメンバーは疑問符を浮かべていた。この武器に詳しいのは、古式魔法師かそういう物事に精通している者だけだ。だから友人達が首を傾げていても文句などなかった。

 

「…破魔矢だね」

「ああ、これを使ったとなると俺達を古式魔法師と勘違いしていたらしい」

「おかしな話だね。4人は九校戦で活躍しているから顔ばれをしている。なのにこれを使うなんて」

「その通りだ。それを踏まえて考えると俺達を狙ったのは、この国の魔法師ではない亡命か密入国した大陸の魔法師だということだ。もちろん国内の術者という可能性もあるかもしれないが、わざわざこんな道具を使って捕らえにくる必要性を感じない」

「達也の言う通りだと思う。この道具は国内では使われていないものだし、簡単に手に入る物じゃない」

 

克也と幹比古の会話を聞いて全員が事態の深刻さに気付いた。当事者でないのだから気付くのに遅れても仕方が無いが、もう少し早めに気付いて欲しいと思う。

 

「克也が言いたいのは何故襲撃されたか背景が分からない。個人ではなく一高生が狙われるかもしれないということだね?」

「その解釈で正しい。1人になるのは危険すぎるから複数で行動して欲しいんだ。論文コンペの代表には、既に十分な数の護衛がついているから心配ない。一番心配なのはここに呼んだメンバーだ。俺達が最も親しいのは君らだからな」

 

克也の言葉に男2人は照れ、エリカは何故かにやりと笑っていた。美月はやや怯えていたが。

 

「雫はほのかを家に泊めてあげて欲しい。幹比古は美月を頼む。このメンバーの中で狙われやすいのは美月だと思っている。特に彼女の能力を知られるわけにはいかない。問題はレオとエリカだが、先生に頼んでおいたから大丈夫なはずだ。見えない不安はあるかもしれないけど、実力は申し分ないから気にしなくていい」

 

全員が素直に頷いてくれたのに満足して、克也達はほっと息を吐いた。

 

 

 

数時間後、生駒に4人は来ていた。呼び鈴を押すと意外にも藤林が出てきたので、4人は少しばかりその場で呆然としている。

 

「藤林さんが来るとは聞いていましたが、案内役まで買って出るとは思いませんでした」

「2人をイジってみたかったから」

「…本人がいる前でそれを言いますか?」

 

他愛ない会話をして謁見室に入ると、既に烈はソファーに座っていた。

 

「本日はお時間を頂きありがとうございます」

「そんなにかしこまらないでくれ。去年の九校戦の時のように普通に話して欲しい」

 

達也の社交辞令に烈はかぶりを振り、孫を見るような穏やかな眼でお願いをした。

 

「ではお言葉に甘えまして。今回の用件ですが」

「それは響子から(・・・・)聞いている。事件の首謀者である周公瑾の捕縛だとか。これは四葉家の命令かね?」

「その通りです」

「では克也君は参加しているのかね?」

「自分は()に参加を禁止されていますので、今回は見ているだけです」

 

克也の炎が燃えるような眼の光を見て、思わず烈は少し腰を引いてしまう。克也は〈パラサイドール〉などという危険兵器を作った上に、それを九校戦で精度実験を行い、達也に怪我をさせたことに怒っていた。

 

達也は気にしていないようだったが克也は許せていない。自分たちが必死になって捕らえた〈パラサイト〉をかっさらい、自分の欲望のままに動いたのだから。

 

「〈十師族〉には非常事態を除き、師族会議を通さずに共謀・協調してはならないというルールがある。だから今回は九島家としては協力できないが、九島烈個人として達也君の要請を受けよう」

「ありがとうございます」

 

つまりは周公瑾の危険性を、それなりに認識しているということだろう。

 

 

 

10分程度の面会だったが、克也達にとって協力を得ることができたのは大きな収穫だ。今克也達は藤林に誘われて、友人としての食事をするために接待用食堂に座っていた。ドアがノックされて開かれると、見目麗しい同年代の少年が入ってきた。その美貌に深雪と水波は息を飲んで達也でさえ驚いていた。

 

「第二高校1年九島光宣です。よろしくお願いします」

「第一高校2年司波達也だ。よろしく光宣」

「同じく司波深雪です。よろしくね光宣君」

「1年桜井水波です。よろしくお願いします光宣様」

「久しぶり光宣」

「克也兄さん!」

「ごふっ!み、光宣し、死ぬ…」

 

達也達の自己紹介を聞いたあと克也が挨拶すると、光宣がとんでもないスピードで克也に接近して抱きしめた。その力に克也は呼吸がままならなくなり悲鳴をあげている。

 

「克也兄さん、会いたかったよ!」

「…光宣君、克也君が死んじゃうから離してあげて」

 

藤林の言葉に光宣が我に返り解放すると、克也はその場に崩れ落ちて屍と化していた。その様子を見ていた達也はポツリと呟く。

 

「光宣君はどうやら克也のことを、本当の兄のように思っているようだな」

「それは仕方ないわ達也君。光宣君の身体を一時的にとはいえ、正常な状態に戻してくれるんだから光宣君がそう思うのが普通よ」

「克也は治したことがあったのか?」

「…ああ、()が用事で九島家を訪れたときに、光宣の話し相手をしてたんだ。その時に《回復(ヒール)》で一時的に治してあげたらこうなった」

 

ようやくダメージから回復したようで、椅子にしっかりと座れるようになっていた。光宣が席に着くと料理が運ばれていく。準備が整って食事をしていると光宣が話題を出した。

 

「達也さんの仕事は、〈伝統派〉の術者を捕まえることですか?」

「大体そうだ」

「でしたらお役に立てると思います。〈伝統派〉の拠点が集中しているのは京都ですが、奈良にも拠点と呼ばれる場所が少なからずありますので」

「拠点?」

「〈伝統派〉というのは魔法結社だけど、1つの組織から成り立っているわけじゃないの。少なくとも10を超える魔法師の集団の連合体なのよ。だからそれぞれの集団ごとに本拠地と呼ばれる拠点があるわけ」

 

藤林の補足に4人は納得した。

 

「だから〈伝統派〉が起こした事件でも、違う流派の式神で似た性質を持つ魔法が使われていたんですね?」

「その通りよ。あらゆる流派が混ざっていたから、最近までどこの組織なのかが分からなかったの」

「分かりました。それじゃあ頼むよ光宣君」

「光宣と呼んで下さい達也さん」

「分かった光宣。明日はよろしく」

「任せて下さい」

 

その言葉を最後に口は夕食を食するために動かされた。たまに藤林が光宣の黒歴史を暴露し、光宣が怒るという楽しい時間が過ぎていった。



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第50話 返り討ち

翌日、克也達は朝早くにホテルをチェックアウトして、九島本邸を訪れていた。

 

「おはようございます」

「おはよう光宣。体調は良いのか?」

「はい、今日は大丈夫です」

 

小さなハンドバックを持った光宣の額に克也が手を当て、《全想の眼(メモリアル・サイト)》で想子状態を確認する。

 

「確かに嘘じゃなさそうだ。本当に想子が安定している。今日は何処に向かうんだ?」

「〈伝統派〉の大きな拠点は、春日大社から少し奥に向かったところにあるのですが、そこは駅の近くですので最後に行くことにします。最後に行けるように飛ばし飛ばしですが、拠点があると思われる場所に向かいましょう」

「よろしく光宣」

 

九島家が準備したリムジンに乗り込み、光宣に任せて目的地へ向かう。リムジンに乗る際、光宣がCADを左右の腕に巻いているのが目に入る。

 

「光宣、お前はもしかして2つの汎用型CADを使うのか?」

「ええ、99個じゃ足りなくて2つ使用しています。両手で操作するのは難しいですが、FLTの完全思考操作型補助デバイスを開発してくれたおかげで随分楽になりました。これを開発した〈トーラス・シルバー〉は天才ですよ」

「その通りだな。その人がいなければ、俺たちはここまで魔法を使いこなすことはできなかった」

 

克也は達也が〈トーラス・シルバー〉の片割れだと気付かれないように、言葉を慎重に選んで答えた。

 

「皆さんはどこまで〈伝統派〉のことを知っていますか?」

「九重八雲先生からある程度は聞いている。旧第九研に参加したが当てにしていた成果が得られず、研究所閉鎖後に逆恨みで流派を越え、無節操に結束した古式魔法師の集団だとか」

「その説明でほぼ合っていますが呼び方は適切ではありません。〈伝統派〉とは彼らが勝手に呼び出した名前で、本物の伝統を継承する術者からすれば、自分たちも標的になると怯えています。〈異端派〉や〈外法派〉と呼んだ方が良いでしょうね。本物の伝承者たちは僕達の立場を理解してくれていますから、偽物を駆逐することに参加してくれています」

「彼らは自分達こそ、正しい〈伝統派〉であると示したいんだろう。体良く言えば、利害の一致というやつだ」

「参加してくれているとはいえ、旧第九研が原因で自分達に被害が来ています。今回ばかりは仕方なくでしょう」

 

重い話をしながらもリムジンは目的地へ向かっていた。

 

 

 

光宣が最初に4人を連れてきたのは、〈葛城古道〉と呼ばれる散策路だった。リムジンを出口で待たせるように運転手に伝え、立乗り式電動ロボットスクーターに乗って向かおうと、光宣は克也一行に提案した。

 

ロボットスクーターに乗るためには、原付免許(昔から呼び方は変わらない)が必要で、2人乗りの場合は小型二輪免許が必要になる。生憎深雪も水波も持っていなかったので、光宣1人・克也と水波・達也と深雪という順に乗り込むことになった。

 

ちなみに光宣・達也は普通二輪免許を。克也に至っては大型二輪・普通自動車免許まで取得している。普通であれば18歳以上でなければ取得できないのだが、名前で押し通していた。もちろん法的に正しい方法で取得しているのだが、年齢とやり方がアウトなのでグレーゾーンであるのは確かである。

 

 

閑話休題

 

 

光宣が先頭で道案内し、その後ろに克也ペア・達也ペアで進むのは、当然のフォーメーションである。しかし深雪の乗り方に問題があった。2人乗りのロボットスクーターは2人が横に並んで立って運転者がハンドルを握り、同乗者は前に取り付けられた安全バーを掴む。

 

水波はそうしていたのだが、深雪は嬉しそうに達也に抱きついていたのだ。付いてきているか確認する度に、ストレスが溜まっていく水波だった。

 

「水波、俺がちゃんと視てるから振り向かなくても大丈夫だよ。それにそこまでストレスを溜められると俺が困る」

 

そう言いながら水波に《癒し》を施しながら諭す。水波は自分の心が軽くなっていくのを実感した。

 

「分かりました克也兄様」

 

こんなに近くで克也様と一緒にいられることを嬉しく思わなきゃ。

 

克也に答えながら心の中で嬉しそうに呟く。本当は深雪の真似をして抱きつきたいのだが、こんな人目があるところでする勇気は無かった。そして未だに自分の気持ちに気付いていない水波であった。

 

 

 

水波が精神的ダメージと感情的回復を同時に受け、深雪が幸せ満開だったロボットスクーターによる散策は終了した。2人とも不満そうで、克也と達也は気付いていたが気付かないふりをしていた。そのあといくつか回ったが、どの捜索も空振りに終わりそして時刻は午後3時。一行は奈良公園で小休止していた。

 

「よかったらこれをどうぞ」

 

光宣は朝持っていた小さなハンドバックから、サンドウィッチを取り出して4人に渡した。

 

「これは?」

「響子姉さんが朝作ってくれたんです。『食事をする時間がないだろうから持って行きなさい』と。その通りだったので、食べずに持ち帰って怒られずに済みました」

「かたじけない。それでは頂くとしよう」

 

全員が口にしたのは卵サンドだった。別々の味にすると、取り合いや食べられない食材があるかもしれないという、藤林の配慮であると全員が理解する。その程度で喧嘩するような幼稚さは持ち合わせていないが、藤林の気持ちをありがたく頂くことにした。一口食べると全員が行動を一瞬止める。

 

「これは凄いな。店に出したら即完売だぞ」

「同感だ。深雪と水波にもしかしたら勝っているかもしれない」

「水波ちゃん、帰ったら研究しましょう。負けていられないわ」

「まったく同じ気持ちです深雪姉様」

 

克也と達也の呟きに深雪と水波は女心を刺激され、何故か藤林と競い合うことになっている。自分の姉が褒められて光宣は嬉しそうに4人を見ていた。

 

 

 

軽食を胃袋に納め、遊歩道の手前までは楽しく話していたが、克也が立ち止まって達也が遅れて立ち止まる。深雪・水波は不思議そうに首を傾げていた。

 

「克也兄さん、これは…」

「精神干渉魔法となれば、これは結界だな」

「敵襲ですか?」

 

深雪の呟きに水波はCADを取り出し、克也の横に立って臨戦態勢をとる。

 

「高位の術者がいるようですね。克也兄さんにここまで悟らせないとはかなりの腕前です」

「古式魔法にはこのようなテクニックが豊富に存在するようだな」

「状況に応じて魔法を使い分ける現代魔法師と違って、特定の魔法を極めた者が人望を集めるのが古式魔法師なんだろうさ」

「さすがにここまで早く克也兄さんに気付かれるとは思っていなかったようですね。自分達の隠業によほど自信があったようです」

 

光宣が呟くと同時に、隠しきれない気配が木々の間から漏れ出した。

 

「俺もなかなか気付けなかった。なにより俺より感受性に優れている深雪に、まったく気付かせなかったのは評価してやる。だが邪魔するようだから、排除することに変わりはない」

 

克也が気配が漏れ出した辺りに、《闇色の辺獄烈火(ベルフェゴール)》を放つ。漏れ出た殺気より多くの気配が流れてくる。隠密系の魔法を燃やされ、姿をさらされたことによる危機感だろう。だがその一瞬の迷いが達也に攻撃の時間を与えてしまった。達也の《部分分解》により、四肢を撃ち抜かれて苦痛に耐えきれず気絶していく。

 

反対側では光宣が歩き出し、その身体に向かって襲撃者が魔法を放つが、貫通して何のダメージも与えずに霧散し、その間に10人が倒されている。

 

「《仮装行列(パレード)》。忍術の要素を取り入れた九島家の秘術だよ水波。しかしあの精度はリーナ以上だな」

 

敵を圧倒していく光宣の戦いに夢中になっている水波に説明する。どうやら敵は光宣が憎む敵である九島家であると察したらしく、深雪と水波を攻撃していなかった。そこまで考えていると、自分の敵が5人になったので集中することにする。

 

といっても克也は人を殺すための魔法しかほぼ使えず、捕獲するための魔法は持ち合わせていない。捕獲するには圧縮想子弾か《偏倚解放》しかないが、この魔法は高速で絶えず動き回る敵には通用しにくい。

 

だから克也は達也と取り組んでいる魔法とは別に、新しく考案した魔法を発動させた。

 

【範囲測定 横5m 縦6m 高さ2m 包囲完了】

 

想子の壁が長方形方に構築され敵5人を取り囲む。

 

【敵体内想子構造体照準 照準完了】

 

想子そのものを魔法式の影響下に設定。

 

【魔法式 構築】

 

想子を活性化させ魔法式を構築する。

 

【起動式 展開】

 

魔法式が起動式に展開される。

 

【《四赤陽陣(しせきようじん)》発動】

 

ここまでで使用した時間はゼロコンマ5秒。克也の処理能力と発動速度があって使用できる大魔法だ。

 

「「「「「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」」」」」

 

強制的に想子を吸い出され、苦痛に悲鳴を上げる5人の敵襲。後遺症が起こらない程度まで想子を吸いだして燃やしていく。そして《四赤陽陣(しせきようじん)》を解除し、《偏倚解放》で気絶させる。

 

「…今のは何だ?」

「まさか、そんな…」

 

達也と光宣は強力な魔法が放たれたのを感じたため振り向くと、克也に群がっていた敵の身体から炎が上がっているのを見た。しかし敵の身体が燃えていないのを見て、さらに驚愕する。完全に身体が炎に包まれていたはずなのに、火傷をしていなかったため不思議に思ったのだ。だがそのことを今聞く時間は無かった。

 

「克也兄さん、ここから離れましょう。人目に付けば面倒くさいことになるでしょうから、響子姉さんに頼んで回収してもらいます」

「頼んだ」

「ところでまだ時間はおありですか?」

「ああ、まだ3時間ほどある」

 

達也に眼を向けると代わりに答えてくれた。

 

「それでしたら温泉に入られませんか?」

「な、何!?お、温泉だと!?」

「…ええ、この近くにありますからどうかと思いまして」

「行くに決まってるだろ。それを行かずして何処に行くというのか」

 

克也の変貌ぶりに光宣は困惑し、達也は兄の暴走が始まったと頭を抱え、深雪は兄の無邪気な喜びに笑いを堪えていた。水波は驚きで眼を丸くしていたが。

 

「…光宣、克也を抑えるために連れて行ってくれるか?」

「喜んで」

 

達也のお願いに素直に従い、電話で藤林に襲撃されたことを連絡する。変なスイッチを押さないでくれよと達也が思ったかは分からない。達也でさえ克也のつぼを完全に把握できていないことを、付き合いの短い光宣に求めるのは野暮である。

 

 

 

温泉を満喫(特に克也)し、男3人はロビーで克也の魔法について話していた。もちろん遮音フィルターを張って。

 

「克也、あの魔法は何だ?」

「僕も聞きたいです」

「魔法名は《四赤陽陣(しせきようじん)》。範囲は最大50m四方、高さは最大15m。効果は相手の想子を吸い出して燃やし、敵を戦闘不能にさせる魔法だ」

「敵の身体が燃えていたように見えたのは、想子を吸い出しながら燃やしている瞬間を錯覚していたのか…」

「…よくそんな魔法を考えつきましたね克也兄さん」

「俺には敵を捕獲する魔法がないからな。人を殺すための魔法しか使えないから、殺さずに無力化する魔法を使えるようになりたかったんだ」

「なるほど。克也の得意な圧縮想子弾や《偏倚解放》は、動き回る敵には狙いが定められないから効果が薄い」

「ご名答」

 

温泉からご機嫌になって出てきた2人と合流し、リムジンで駅まで送ってもらい別れることになった。

 

「また会えますか?」

「用事は終わってないから会うことになるかな。それに論文コンペもあるから会えないということはないと思う。また頼むよ光宣」

「分かりましたその時を楽しみにしています」

 

さみしそうに聞いてくる光宣に優しく答え、リムジンに乗って帰って行く光宣を見送ってから帰宅した。

 

 

 

家に帰った光宣は烈と偶然会った。

 

「お帰り光宣。楽しかったか?」

「ただいま帰りましたお祖父様。はい、非常に楽しかったです。それに克也兄さんの魔法力には驚かされました」

「ほう、何かあったのかね?」

「〈伝統派〉と思われる敵と交戦した際、新魔法で敵を倒していました」

「さすがは四葉家当主の息子(・・)だ」

 

烈は事実を隠して答えたが、孫の喜ぶ姿を見て一般人と変わらない優しい笑みを浮かべていた。

 

 

 

東京に戻った3人は夕食を外で済まして帰宅した。私服に着替えて一段落していると、電話が鳴ったので出る。

 

「藤林さんですか。どうされました?」

『あら達也君、お帰りなさい』

 

「お帰りなさい」と家の人間でもない人に言われるのは違和感があったが、気持ちだけ受け取ることにした。

 

「連絡を頂いたのは今日のあれですか?」

『その通りあれよ。5人を襲った集団について情報が出たから伝えようと思って』

「ご足労をおかけします」

 

被害に遭ったとはいえ、仕事を増やしてしまったことに申し訳なさを感じていた。本人は気にしていないようなので、好意に甘えることにする。

 

「やはり〈伝統派〉の古式魔法師でしたか?」

『その通り。〈伝統派〉の実行部隊で間違いないけど、その中に大陸からの亡命道士が混ざっていたの。〈パラサイドール〉開発のために、九島家が保護した道士が含まれていたのは遺憾だわ。ごめんね4人とも迷惑をかけて』

「そんなことは気にしてはいません。藤林さんが謝ることでは無いと思います」

 

藤林の謝罪をばっさりと切り落としながらも慰める。

 

『今回の襲撃は情報部の管轄になりました。なので独立魔装大隊は動けません。今回は達也君を含めた4人がマークされているわ。九重先生の手は借りられないの?』

「もう既に身近を見張ってもらっています。それにこれ以上師匠を関わらせるわけにはいきません」

『どうして?』

「師匠は九島家とも〈伝統派〉とも因縁が深すぎます。師匠が参加すれば、師匠の同門が動き出し比叡山まで動くかもしれません。そうなればもはや内戦です。俺たちでは対処できませんし、〈十師族〉でも収拾がつかなくなるでしょう。周公瑾の背後にいる黒幕の思うつぼです」

『…黒幕がいるというの?』

「これは克也と2人で出した仮説ですがそれが自然でしょう」

『わかったわ。でももし危険になったら言って頂戴。隊員の生命確保の為の行動は、軍規でも許可されているから』

「分かりました」

 

藤林の言葉に達也は敬礼で応えた。これは決して嫌みではなく、もしもの場合は隊の一員として行動するという意味であり、藤林を安心させるためだった。




四赤陽陣(しせきようじん)》・・・今作オリジナル魔法。捕獲用魔法をあまり持ち合わせていない克也が考案した広範囲魔法。


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第51話 待機

克也達が生駒から戻った次の日の夜。七草家当主 七草弘一は長女 真由美のボディーガードであり、腹心である名倉三郎を呼び出していた。周公瑾との関係を四葉に知られてはならないと始末を命じ、これを名倉は了承した。

 

 

 

 

 

克也と達也はある日、1時間目と2時間目の間の休み時間に、幹比古から風紀委員会本部まで呼び出された。

 

「時間が無いから手短に言わせてもらうよ。昨日の帰りに柴田さんが狙われた」

「美月が?そんな風には見えなかったが」

 

克也は美月が狙われる可能性は低く、むしろ幹比古が狙われると思っていた。

 

「柴田さんは気付いていない。けどおかしいよ2人とも。何であんな奴に狙われなきゃいけないんだ!?」

「犯人が分かったのか?」

「あいつらは裏の魔法師だった」

 

〈裏〉とは汚れ仕事を専門とする人物を表す隠語だ。

 

「教えてくれないか?何故論文コンペに関係ない柴田さんが狙われる?このままじゃ僕は柴田さんを守りようがない!」

「詳しくは言えない」

「達也!」

「俺もだ幹比古」

「克也まで…。それは四葉関係だからかい?」

「それも言えない。わかってくれ幹比古。これは極秘の仕事なんだ。今言えるのは去年の〈横浜事変〉の工作員を手引きした人物を追っていて、〈伝統派〉に匿われている可能性があるということだけだ」

 

〈伝統派〉という言葉に幹比古は反応した。どうやら心当たりがあるらしい。

 

「2人とも夜に話せないかな?柴田さんを送ったあと戻ってくるから」

「「わかった」」

 

幹比古と約束して教室に向かった。

 

 

 

夜7時半、幹比古は学校に戻ってきて朝の話を始めた。

 

「まずは吉田家の立場をはっきりさせておくよ。〈伝統派〉を名乗る奴らは、良くも悪くも古式魔法師の一大派閥だ。吉田家は旧第九研に参加した〈伝統派〉とは考え方が違う。力を増せば良いと考えている奴らとは違い、僕らは神への信仰心を第一にしているからね。そんな奴らと手を取り合えるわけがない。僕か吉田家が全面協力できると思うけど、極秘のことを話すわけにはいかないから僕個人が協力するよ。今回の論文コンペの近くには〈伝統派〉の拠点がある。現地の状況確認のために警備チ-ムを派遣する予定だったけど、僕もそこに加わろうと思う」

「それはありがたいな。その間に達也が広く回れば不都合は生じない。で、幹比古はどうするんだ?」

「僕は囮だ。派手に探査用の式を打って、連中の神経を目一杯逆なでしてやろうと思う。手を出してくれば正当防衛成立だからね」

「穏やかじゃないな幹比古。一科生になってから好戦的になったんじゃないか?」

 

冗談めかしてにやつきながら聞くと、慌て始めたので真顔に戻して聞いた。

 

「冗談は横に置いといて。戦力差は大丈夫か?」

「心配しなくても大丈夫。もしこっちの戦力を越えるような人数を出してくれば、他の諸流派が黙っていないからね」

「作戦勝ちを狙うのか」

「ところで克也、さっき達也は(・・・)って言ったけどどういうこと?」

「ああ、それはな…」

 

克也は事情を説明したが、敵の捕獲は四葉家からの要請ではないと上手く誤魔化してからしっかりと伝えておいた。

 

 

 

 

 

翌日の放課後。生徒会室には生徒会メンバーと風紀委員長である幹比古が集まり、現地の下調べの話し合いをしていた。

 

「ここが会場である新国際会議場です。周囲の交通量はそれほど多くありませんから、ゲリラや工作員が潜むのは難しいと思われます。しかし周囲には自然が多くあります。それなりの準備をすれば、短期間なら潜むことは可能ではないかと。近くに隠れるところがなければ、ある程度離れた場所に拠点を作る可能性があると僕は思います」

 

幹比古が地図を指さしながら説明を始める。そして打ち合わせ済みの合いの手を深雪が言う。

 

「つまり広範囲を調べておくべきだと吉田君は言いたいのですね?」

「ええ、去年の二の舞はごめんですから」

 

去年の論文コンペで、何があったかを泉美や水波は知っていた。幹比古の話がおかしいとは思わず、正しい判断だったと思っていた。それに水波は〈伝統派〉に関わっていたので、口を挟むようなことはしなかった。

 

「下調べは僕と達也と誰にするかですが」

「私も行きます。生徒会長として応援に来る生徒のために、ホテルの方と詳しく話しておきたいですから」

「その考えは間違いじゃないと思う。生徒会長なら全体のことをある程度把握しておく必要があるからな」

 

事情を知らないほのかや雫は、克也の言葉に説得力を感じていた。

 

「克也はどうする?」

「俺はプレゼンの状況を把握しているから残って指示を出すよ。泉美の腕を疑っているわけじゃないが、行事のことを知っている上級生が多くいても不都合はない。今後の進行やスケジュール管理の対策になるからね。それに来年の予行演習にもなる」

「分かった。学校のことはお前に任せる」

 

これも打ち合わせ済みだったので問題なかった。

 

「日程はどうする?」

「ぎりぎりだけどコンペの前日の土日はどうかな?もし拠点が置かれていて破壊に成功すれば、1週間で修復は不可能だろうから」

「ナイスアイデアだ。水波、ホテルの予約を3人分で頼む」

「かしこまりました」

 

達也の言葉を聞いて、水波はタブレットを操作しホテル予約のためにネットを検索し始める。一連の流れをおかしいと思った人物は1人もいなかった。

 

 

 

その日の帰り、コミューターの中で真由美のボディーガードだった名倉三郎が、事件に巻き込まれ命を落としたというニュース記事を眼にした。そして死因は他殺による出血死。克也達は事件を早く解決しなければならないと思った。そして達也は葉山に「北山家と九重寺」の手助けをしてもらうよう要請した。そのおかげで一高周辺では事件らしきことも無く、事情を知らなければ平和だと思える日常だった。

 

 

 

 

 

達也・深雪・幹比古が下見という名目の伝統派討伐に向かった日。克也はほのか・雫・美月の4人で昼食をとっていたのだが、普通ならここにいるはずの2人がいないので、当然そっちに話が流れていった。

 

「エリカさんと西城君はまだ実習中なんですか?」

「今日は2人ともお休みだそうですよ。なんでも家の用事だとか」

「エリカの場合はありえるな。しかしレオの場合はどうなんだろう」

「どうしてですか?」

「千葉家ならエリカのように実力のある娘の力を借りてでも、解決したい事件があるんじゃないかって」

「そんな事件あったの?」

「可能性の話だよ。案外風邪を引いてたりしてね」

 

3人はエリカが風邪を引いて寝込んでいる姿を想像し、声を出して笑った。

 

「ありえませんけど想像したら笑っちゃいました」

「私も」

「私もです」

「俺もだよ。まあ、そんなことは無いと思うけどあったら見てみたいな」

 

そんな本人に聞かれたら眼で殺されるような話をしたおかげで、エリカとレオが欠席して、京都に行っていることを知られずに済んだ昼休みだった。

 

 

 

放課後、克也は生徒会室で生徒会長代理としての仕事と達也の代わりとして事務処理をしていた。克也が生徒会長代理としていることが校内に発表されたのは3日前だが、反対する生徒も職員もいなかった。

 

深雪に勝るとも劣らない卓越した魔法力、達也には及ばないがそれでも十分な魔法知識。さらには人徳もあるのだから反対するわけがない。克也が生徒会長であるべきだと考える生徒がいるほどだ。

 

「克也兄様、五十里先輩がお呼びでした。何でもCADの調子が悪いとか」

 

ある程度の事務処理を終えた頃、泉美が音声ユニットから耳を離して緊急の連絡を克也に伝えてきた。

 

「何処で?」

「中庭だそうです」

「行ってくる。その間に処理済みの書類を職員室に届けてきておいて欲しい。ほのかは生徒会室の管理をよろしく」

「任せて下さい」

「分かりました」

 

事務処理していた書類を、終了した分だけ泉美に渡して中庭に向かった。書類を受け取った泉美の顔は、構ってもらえた子犬のようだ。水波は料理クラブに顔を出しており、克也は普通なら山岳部に行っているはずなのだが、代理としての仕事を任されていたので、休みの許可をもらっていた。

 

余談だが生徒会に与えられる書類は、紙媒体のものとデータカードとして送られてくるものがある。データカードの仕事は、達也が下見(討伐)の前に終了させていたためする必要はなかった。

 

 

 

中庭に向かうと論文コンペ出場者や護衛の先輩が集まっていた。その辺りは空気が張り詰めており、僅かながらに嫌な予感がする。

 

「五十里先輩、どうされたんですか?」 

「四葉君、ごめんね急に呼び出して。実はCADの調子が悪くて見て欲しいんだ」

「具体的な症状とかはありますか?」

「術式の発動が遅かったり発動しても干渉力が弱いとかかな」

「それならソフトに異常があるかもしれませんね。見せてもらってもいいですか?」

「もちろんだよ。そのつもりで呼んだからね」

 

五十里の許可を得てCADを調整機に繋いで内部を見る。克也の調整能力は達也には劣るが、校内で2番目の腕であるため、達也がいなかったり仕事が多かった場合、克也にこういった仕事が回ってくる。

 

腕が良いので職員までが達也と克也にCAD調整を頼みにきて、「契約を結ばないか」と契約書まで持ってくる始末だ。もちろん2人は、「ライセンスが取れるまでは誰とも契約を結ばない」と断っている。もちろんライセンスがなくても、調整できるだけの技術があれば作業をするのは可能だ。だが調整を生業としている者から、白い眼で見られることがあるので断っているのだ。

 

しばらくキーボードを叩き、CADを見ていると予想通りソフトに問題があった。

 

「五十里先輩、やはり問題はソフトにありました」

「何が原因だった?」

「アップデートした際のゴミが散らばっています。ここ5年程の間に製作されたCADは残りにくくなっていますが、完全に残らないということはないので、これまでの破片がたまっていたのでしょう。処理を行いますので少しお待ちください」

「頼むよ四葉君」

 

キーボードを叩きながら五十里に時間をもらいゴミを取り除く。取り除くのにかかった時間は5分もかかっていない。克也の処理方法に魔工師志望の生徒は興味深げに見て、自分も使えるようになろうと学んでいたが、魔法師志望の生徒は呆気にとられて見ていた。

 

「これでほぼ取れました。全てではありませんが普段より使いやすくなったはずです。試してもらえますか?」

「使ってみるよ」

 

五十里が魔法式を発動させると何の問題もなく機能した。

 

「さすがだね四葉君。以前より発動が速いし干渉力が強くなったよ。これで準備が進められる」

「力になれてなよかったです。論文コンペの前にもう一度調整するようにお願いします。平河さん・ケント、あとは頼むよ」

 

2人に任せて克也は生徒会室に帰って行った。

 

 

 

生徒会室に帰ると、満面の笑みの泉美に迎えられる。

 

「お帰りなさいませ克也兄様」

「ただいま泉美」

「何が原因だったんですか?」

「アップデートした際のゴミがソフトに残ってて、それが作動の妨げになっていたみたいだ。どうやら学校にそういう細かいことも、仕事に入れるよう要請しないと駄目みたいだな」

 

生徒会長専用の椅子に座り、事務処理を再開しようとすると泉美に止められる。

 

「一度ご休憩されてはいかがですか?」

「その方がいいですよ克也さん。ずっと働き詰めですから」

 

泉美とほのかの言葉を聞き、時計に視線を向けると午後5時を過ぎている。どうやら2時間ほどぶっ通しで働いていたらしい。

 

「そうだね少し休もうか。ほのかも泉美も少し休憩しよう。ピクシー、お茶を頼む」

『かしこまりました』

 

2人を誘いピクシーに頼んでから長机の椅子に座る。数分後ピクシーが克也にはコーヒーを、ほのかにはホットミルクティー、泉美にはホットレモンティーを出してくれた。ピクシーは普段達也の言うことを優先的に聞くが、今は達也の命令によって数人の命令を吟味し、自分で判断を出すようになっている。

 

克也はコーヒーと紅茶をどちらも飲む。だが周期的に飲むものが変わる。入学試験までは紅茶を飲み、入学式からはコーヒーを飲んでいる。

 

 

閑話休題。

 

 

「達也さんと深雪と吉田君は、今頃どうしているでしょうか」

「しっかりと下見(討伐)しているか、カフェで俺たちみたいに飲み物を頼んで休憩しているかもね」

「会議場の近くに美味しいカフェはあるでしょうか」

「それを踏まえての下見(討伐)をしてたらいいな」

 

克也の冗談にほのかと泉美は声を上げて笑う。この時達也達は〈伝統派〉と交戦しており、幹比古達も同じように交戦中だったのを克也は知らなかった。



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第52話 治療

夕食を食べた後、克也は水波が食器を洗っている間に、達也からのメールを読んでいた。

 

『幹比古達が忍術使いを含む〈伝統派〉に襲撃されたが、返り討ちで捕縛。一条がその時に援護してくれたらしい。幹比古の予想では、周公瑾が〈伝統派〉に匿われているのではなく、乗っ取っているのではないかということ。そして宇治川に京都の魔法師が結界を張っているため、周公瑾は宇治川を越えてはいないのは確実。京都市街区から出ているのであれば伏見より南、宇治川より北に潜伏している』

 

ということだった。よく1日で分かったなというのが本心であり安心要素だが、捕獲できていないということが不安材料だった。

 

克也は今回自分の参加が認められていないのは、「分家の不満を紛らわせるため」「達也の忠誠心を試すため」という結論に至っており、真夜が仕方なく命じたと見いだしていた。確信ではないが8割方そうだと思っている。

 

それであれば「文弥たちにわざと尾行をつけさせ、達也の家に連れてきた」のも納得できるし、「克也の手助けなしで任務を成功させなければならない」ということも頷ける。

 

達也が捕縛に成功すれば、分家の当主たちは良く思わないだろう。おそらくその時に会合を開いて達也の処分について話し合うだろうから、その時に文句を言えばいいと克也は思った。

 

考え込んでいると電話が鳴り、出ると不機嫌そうな光宣が画面いっぱいに映った。

 

「どうした?光宣」

『…嘘つきましたね?先月来てくれるって言ってたのに』

 

どうやら今回、克也が京都に来なかったことに怒っているらしい。誤解を解かなければならないと思うのだった。

 

「それは誤解だ光宣。俺だって行くつもりだったさ。でも生徒会長と副会長が、そろって学校を離れられるわけがないだろう?もう1人副会長がいるとはいえ、1年生1人に任せっきりにするのは可哀想だ。プレゼンの指導や人員不足の現場に生徒を派遣しなきゃならない仕事もあったんだ。1人でも多くの手がいるだろ?」

『うう、分かりました。でも、来週は来てくださいよ?約束ですからね!』

「分かった約束するよ。またな」

 

電話を切ると、水波がアイスティーを持って来てくれたので礼を言って口に含む。

 

「光宣様からだったのですか?」

「ああ、先月会う約束をしたが会えなかったことに拗ねていた。あれはほのかの男バージョンだな」

 

克也に同感のようで水波も笑っていたが、また電話が鳴り出ると意外にも将輝からだった。

 

「将輝か。どうした?」

『久しぶりだな克也。今日俺が京都で吉田君一行を助けたことについてなんだが』

「ああ、さっき達也からのメールで見た」

『そうか。どうやら今回もきな臭いことになっているようだ。コンペまでにあいつを捕まえなきゃ腹の虫が収まらん』

「奴のことを知っていたのか?」

『…〈横浜事変〉の時に建物へ逃げ込んだゲリラを引き渡すように命じた際、捕獲して差し出してきた男がそいつだった。あの時は協力してくれたのだと思ったんだがな。どうやらはめられていたらしい』

 

どうやら〈スティープルチェース・クロスカントリー〉の話をした際、顔をしかめていたのだがこのことだったようだ。

 

「悩むなよ将輝。お前があの時そう思っても仕方ないさ。俺であろうと達也であろうと十文字先輩だろうと、お前の立場だったら疑わなかった」

『ああ、ありがとうおかげでスッキリしたよ。それよりなんだあのCAD(・・・・・)は?見たことないぞあんなの』

「それは秘密だ。じゃあな」

『あ、待て、おいこら!』

 

将輝の言葉を無視して電話をぶち切る。

 

将輝が言っているのは今年の九校戦で、〈スティープルチェース・クロスカントリー〉の異質さを話していた時に、一条家が種目変更の真実を見つけると約束したことだ。その際可能な限りのお礼はすると克也は言った。将輝が情報をくれたのでお返しにCADを送ったのだが、それはFLTで将輝のためだけに作ってもらった特注品であり非売品でもある。

 

将輝の好きな赤をベースにした色合いで、形は〈シルバー・ホーン〉に似ているが名称は決まっていない。名称を将輝に付けてもらおうと思い、命名せずに先週郵送した。

 

見れば誰もが非売品であると気付く代物なのだから、何か言ってくるのは分かっていたので無理矢理電話を切ったのだ。おそらくメールで文句を言ってくるだろうが、直接(電話も直接とは言わないが、画面越しに話せば直接と言えなくもない)言われるよりはマシだ。

 

 

 

寝室に入りドアを閉めようとすると、水波が隙間から部屋に滑り込んできた。

 

「水波、どうした?」

「今日は達也兄様と深雪姉様がおられませんので、同じベッドで寝ようと思いまして」

 

水波は寝る気満々のようだ。たまにはわがままを聞いてあげるのも先輩且つ義兄の務めだろう。

 

「いいよ水波。おいで」

 

水波は嬉しそうにベッドに潜り込んできた。

 

そして翌日、水波が起き出す前にこっそりベッドから抜け出し静かに眠らせてあげた。水波がまたしても俺を抱き枕にして寝ていたのは、言わなくても想像がつくだろう。

 

 

 

 

 

早朝、土日の日課であるランニングを終えて、シャワーを浴びてから地下室で新魔法の基礎設計の最終調整をしていると、水波から内線で連絡があった。

 

「水波、どうした?」

『達也兄様からの緊急連絡です。光宣様が体調を崩したので至急来て欲しいと』

「わかった。準備するから水波も頼む」

『かしこまりました』

 

水波に返事をしてから、理論データを保存してパソコンの電源を切る。今日1日で理論と基礎設計が完成できると思ったんだが仕方ないか。想定外のことが起こるのはいつものことだし。

 

克也は京都へ行く準備をするために自室に向かった。

 

 

 

数時間後、光宣が寝込んでいるホテルに到着した。

 

克也は京都に向かう間、水波の距離がいつもより近い(正確には10cm)ことに気付いたが、毎回毎回同じ距離が保てるわけがないから仕方ないと思い、気にしないことにしていた。2人の距離が普段より近いのは、好きな人に甘えたいという気持ちが行動に表れたものだと気付いていない水波であり、水波が自分を好きだと気付いていない克也の天然が合わさった結果だった。

 

やはり克也は、達也が去年の九校戦で言われていた「朴念仁」という言葉に当てはまるのだろう。双子なので傾向が似ていてもおかしくはないので、今は何も言わないでおこう。

 

 

閑話休題

 

 

「光宣、大丈夫か?」

 

達也に部屋番号を聞いていたのでわざわざ連絡する必要も無く、用件を伝えてホテルマンにマスターキーで開けてもらった。達也から聞いていたらしく疑わずに案内してくれた。

 

「克也兄さん、来てくれたんですね!?」

「気持ちは嬉しいが興奮するな光宣。身体に悪いから落ち着け」

 

起き上がろうとする光宣を手と言葉で押しとどめる。

 

「水波、空気の換気を頼む。いくら気温を下げないためとはいえ、ここまで空気が悪ければ別の病気にかかりそうだ」

「かしこまりました」

 

空調システムでも換気は可能だが、人間の手で換気し自然な空気を取り入れる方が、精神的にも衛生的にも効果はいい。水波に頼んだあと、《回復(ヒール)》で光宣の想子の活性化を抑えて身体の破壊を押しとどめる。

 

克也は光宣が『調整体』であることを初めて治療した頃から知っており、普通の魔法師の想子と比べて規格外に活性化していたのを視て、『想子体』が壊れていることに気付いた。しかし何故想子がここまで活性化するのかまでは分からなかった。克也は光宣が実の兄妹の間に生まれていることを知らない。光宣自身も藤林も。そして遺伝子提供した兄妹でさえも…。

 

「ありがとうございます。やっぱり克也兄さんの治療が一番効果的です」

「といっても応急処置だけどな。完治させることは俺にもできないから、九島家に早く特効薬でも良いから開発してもらいたいものだ。明日からは魔法を使っても良いが、今日1日は絶対安静だ。藤林さんはいつ来る?」

「分かりました今日は大人しくしています。響子姉さんは仕事が終わり次第来ると言っていました。たぶん夕方頃になると思います」

「そうか。俺と水波は隣の部屋にいるから何かあったら呼んでくれ」

「分かりました」

 

光宣が目を閉じて規則正しい寝息を立て始めたのを確認し、電気を消してカーテンを閉めてから隣の部屋に移る。水波が煎れてくれたアイスコーヒーを一気に飲み干しておかわりを頼む。

 

「克也兄様、光宣様の原因がお分かりになったのですか?」

 

遮音フィールドを張っているので光宣には聞こえない。治療している間の俺の空気の揺らぎを察知していたらしく、勘の良さに舌を巻いてしまう。

 

「みんなには内緒だ。もちろん達也と深雪にも」

「はい」

 

水波の受け入れる覚悟が出来ているのを確認して話す。

 

「光宣は『調整体』だ。そのため想子が尋常じゃないほどに活性化している。それも普通の魔法師じゃ耐えられない圧力に。でも活性化しているから光宣の想子体の回復も早い。破壊と回復を高速に交互に繰り返しているから、体調を崩しているんじゃないかな」

 

俺の言葉に水波は自分と『同じ存在』である光宣に同情していた。自分の心臓が締め付けられるような幻痛が走り、無意識に心臓の辺りを手で触れ、痛みを押さえ込んでいた。

 

 

 

達也達が帰ってくるまで、克也は新魔法を使用するための試作CADの設計を考えていた。

 

「効率よく魔法を発動させるためには、ソフトに比重を置くべきだが、想子消費を考えればハードを優先させるべきだ…。やはり魔法を最短且つ強力に発動させるためには、俺の処理能力と発動速度に頼るしかないか」

 

克也は呟いているが遮音フィールドは張っていない。このホテルは四葉が展開している企業の傘下が経営しているため、盗聴などは気にしなくていい。新魔法のことはいずれ話すことになるだろうから問題ないが、光宣のことはバレたくなかったので遮音フィールドを展開していた。

 

今、水波は机に体を預けて可愛らしい寝息を立てて眠っている。克也が疲労のある水波を、《癒し》で眠気を浮かび上がらせ眠らせたのだ。魔法を使うより自然に回復させた方が精神的な回復は高い。汗だくになって魔法で乾燥させるより、シャワーで洗い流した方がスッキリするのと同じ原理だ。近づいてくる人の気配がしたので、水波を起こして迎えの準備をする。

 

「藤林さん、ご苦労様です」

「こちらこそごめんね。光宣君を任せて」

「気にしなくてもいいですよ。藤林さんが仕事で来れないのは仕方ないですし、治療方法がある俺が看病するのは当然ですから」

 

光宣が眠る隣の部屋で、水波が煎れたコーヒーを藤林さんの飲み干す。一息ついてから眼で水波にお礼を言い、俺に謝罪してきたので軽く流した。

 

「そろそろ達也が帰ってくるので少し待っていて下さい」

 

言葉通り10分後に達也が帰ってきた。藤林さんは達也に光宣を視て欲しいと頼み、達也は仕方なく受け入れた。達也が原因の一部を伝えていると幹比古たちが帰ってきた。

 

「あれ?なんで克也君がいるの?」

「光宣が体調を崩したから看病に来たんだ。ところで将輝は?」

「そのまま金沢に帰ったよ。事情を伝えに帰ったんじゃないかな?」

 

確かに今帰らなければ、夜までに帰宅するのは難しいだろう。妥当な判断だ。

 

「で、今日の結果は?」

「こっちは襲撃のあとの事情聴取で1日終わりだ」

「将輝と七草先輩の名前を使っても、簡単には終わらせられないほどの事態だったのか?」

「ああ、こっちは一条の《爆裂》で手足をもいだ程度しか攻撃していないんだが、向こうが自滅攻撃してくれたせいで、情報らしきものは何も出なかった。想子センサーや監視カメラには、向こうが先に攻撃したのが映っていたんだがな」

「自滅攻撃?」

 

レオの質問は自滅した攻撃方法に対しての質問だった。

 

「襲撃者は蛇または竜の巻き付いた剣を炎で作り上げたんだ。何か分かるか?」

「…達也、それは《倶利伽羅剣(くりからけん)》じゃないか?」

「克也は知ってたの?」

「一時期、古式魔法を勉強することにはまっていた時があってその時に知ったんだ。それを自らなのか強制的なのか分からないけど、使ったのであればただじゃ済まない」

「使わせるとどうなる?」

「…」

「…手が燃える」

 

達也の質問に克也が黙っていると幹比古が代わりに答えてくれた。その答えに全員が眉をひそめる。

 

「…魔法で形作られているとはいえ、《倶利伽羅剣(くりからけん)》の炎は具現化したものだ。それを無理矢理握らされているんだから燃えるのは道理だよ」

「厄介な相手だったんだな。それよりも俺は1日多くこっちに残る。みんなは帰ってほしい」

 

達也のお願いに藤林と光宣以外が反対しようとしたが、俺が止めた。

 

「達也は立場上(・・・)、残らなきゃならない。幹比古は風紀委員長だ。学校を2日連続で欠席するのはあまりよくない。エリカとレオは実習が溜まっているんだから帰らなきゃまずい。俺と深雪は生徒会長と副会長だ。2人そろって欠席するのは学校運営に支障を来す可能性がある。だからみんな堪えてくれ」

「分かったけど実習の課題手伝ってよね」

「俺の分もだぞ?」

「…わかったよ」

 

俺の言葉に全員が渋々納得してくれた。2人ほど要求があったが言うことを聞いてくれるのだから我慢しなければならない。俺は仕方なく頷いた。



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第53話 任務完了

翌日の夕方。達也は帰宅すると強制的に寛がされていた。

 

「光宣君の原因は何だったのですか?あのときの達也お兄様の動揺は、尋常ではありませんでした」

「…ショッキングな話だから心を強く持って欲しい。光宣は『調整体』だ。克也は知っていたんだな?」

「ああ、初めて治療したときに気付いた」

 

深雪が寛がさせていた達也に突然聞き、達也は一拍置いてから説明を始めた。達也は克也がそれほど動揺していないことに気付いたらしいが、流石に克也も次の言葉には驚愕せずにいられなかった。

 

「光宣は藤林さんと異父姉弟だ」

「…達也、それは本当か?それなら血が濃すぎるというのが病弱の原因になるのか?」

「断定はできない。だが読み取った遺伝子情報はそうだった」

 

深雪の驚きように克也達は気付かず、光宣の正体に驚き続けるのだった。

 

 

 

 

 

10月27日土曜日。論文コンペ前日を迎えたが、克也達は出場者とは違う緊張感を持っていた。今日、周公瑾を捕獲しなければ今後の捕獲確率は格段に下がってしまう。そのため達也は今日捕獲すると決めており、克也は達也について行くことにした。

 

「文弥・亜夜子、準備は良いか?」

 

克也と達也は、黒羽家が仕事の際に常用しているホテルの一室で話していた。2人が頷くのを見て情報を聞き出す。

 

「奴は何処にいる?」

「信じられないことですが、国防陸軍宇治第二補給基地に匿われているようです」

「どれだけ探しても見つからないわけだ」

 

克也と達也の硬質な声に文弥はしっかりと応えたが、亜夜子は腰を抜かして床にへたり込んでいた。克也のこの声は、相手を敵と認識して消し去ることを決めた際に出す。口調もそれに合わせてきつくなっていく。達也の場合は、怒りが一定の水準に達したことを表している。

 

宇治にあるこの基地は地域色が濃いためか、古式魔法師が多く配備されている。だから周公瑾がそこにいたとしても不思議はない。そのことを思い出していれば、もっと早くに見つけられていたのだが。今更それを考えても時間の無駄だ。

 

「達也、先に行っててくれ。俺は亜夜子を治療してから行く。それに俺が行く場所と達也が向かう場所は違う。一緒に行動していては効率が悪い。基地に突っ込んでいてくれて構わない」

「分かった後で会おう」

 

達也ヘルメットを持って裏口に駐めてあるバイクに向かった。

 

 

 

亜夜子を抱き上げてベットに寝かせる。

 

「亜夜子、大丈夫か?すまない2人がいるのにあんな声を出してしまって」

「…いえ、克也さんは間違っていませんから気にしないで下さい」

「ありがとう亜夜子。文弥、行ってくるから後を頼む」

「分かりましたお気をつけて。その前に一つ聞いてもいいですか克也兄さん?」

 

亜夜子の無事を確認して部屋を出て行こうとしたが、文弥に止められてしまう。

 

「手短に頼む。何だ?」

「今回の作戦において、克也兄さんは参加を禁止されていたのではないですか?」

「確かにその通りだ。だが叔母上は達也の判断に任せると言っていた。だから達也の意思で俺を参加させても、叔母上の命令に逆らったことにはならない。隙間をついた苦しい言い訳だけど。今は奴を捕獲することが最優先事項だ」

 

文弥の見送りを遠慮し、達也と同じように裏口に向かいながら携帯端末で将輝に連絡する。

 

『克也か。どうした?』

「今京都に来ているんだろ?宇治二子塚公園南西の入り口で、17時まで達也が待ってるから向かってくれ」

『17時だと!?分かった。今から向かうがお前はどうする?』

「俺は別行動だ。周公瑾が逃げるであろう方角で待ち伏せする」

『気をつけろよ』

「分かってる」

 

電話の際は声を普段のものに戻したが、感情は怒りで包まれていた。その気持ちを表に出さないように抑えつけながら、平等院鳳凰堂のすぐ側に架かる宇治橋の東側に向かった。

 

到着するとバイクに乗るために着ていたライダースーツを脱ぎ、パーカーと長ズボンをはいて荷物をコインロッカーに、バイクを駐輪場に置いてくる。奴がやって来るまで観光客の振りをして待つことにした。

 

 

 

17時になり、達也は将輝と合流して基地へ突入していたが砲弾の直撃を受けていた。

 

「おい、しょっぱなから実弾で撃ってきやがったぞ!」

「やれやれ何を考えているのやら」

 

将輝の〈対物障壁〉で身を防いだ2人は、危機感と嫌悪感を抱いていた。

 

「おいおい、今度は戦車まで出してきやがった。近くには民家があるってのに正気か!?」

「操られているんだろうな」

「何故分かる?」

「普通なら侵入者を見つければ拘束弾でも撃てば良いはずだ。だが今回は最初から実弾だった。それに効果が無いと気付いて即座に重機関銃へ変更した。俺達の足止めか殺人で時間を稼ぐという考えなんだろう。それにあの不自然な表情と虚ろな眼をしているのを踏まえると、操られていると考えるのが妥当だ」

 

互いに正体をばらさないようにフルフェイスヘルメットを被り、名前を呼び合っていないため、余計に愛想がない会話になっていた。

 

「このままじゃ周公瑾に…奴だ!」

「何?」

 

一条の視線を辿ると車を急発進させ逃げるのが見えた。しかし同時に周の想子に異物が混じっているのが視える。

 

これは…あなたの思いを無駄にはしない!

 

『克也、周がそっちに逃げた。俺達も向かうが少しの間時間を稼いでくれ』

 

克也に《念話》で伝え、迫ってくる敵を将暉と2人で殲滅しに正面から突っ込んだ。

 

 

 

『了解』

 

達也からの連絡を受けて、意識を西側から向かってくる敵に向ける。まだ見えてはいないが、国内のものではない想子が近づいているのは感じていた。十数分後、セダンに乗っている美貌の青年を見て、彼が周公瑾だと確信し、車の進行を妨げるように車道の真ん中に立つ。

 

「四葉克也!?何故ここに!」

 

周の叫び声は克也に聞こえなかったが、克也がここにいることに驚いているのは容易に想像できた。容赦なく殺すために右手に想子を集めボンネットに突っ込む。爆発する瞬間に周が飛び出したため、まともなダメージを与えられなかった。

 

「よく避けたなあの一瞬で」

「…〈触れてはならない者たち(アンタッチャブル)〉のご子息に褒めてもらえるのは光栄ですが、今の攻撃は通りがかった歩行者を巻き込む可能性があったと自覚しているのですか?」

「気にしていない。巻き込んででもお前を殺せれば補って余りあるだろう?」

「…卑怯者ですね」

「お前ほどではないさ。それに爆発させたところで死ななかったから気にする必要は無い」

「どういうことか教えてもらいましょうかっ!」

 

その言葉と同時に黒いハンカチを広げ、影獣を何体も吐き出して克也を攻撃するが、ことごとく克也の展開した《炎陣(えんじん)》によって燃やされ、傷一つつけることはできなかった。

 

「燃えた?いや、燃やし尽くされたので…っ!」

 

言葉を最後まで発せなかったのは、克也が圧縮想子弾を周の足を狙って撃ったのを避けたためだ。克也は笑みを浮かべたまま首を傾げる。当たったはずだと思ったが、俊敏に動いた周に違和感を覚えての行為だ。その笑みは〈横浜事変〉の際、鈴音が捕まったときに見せたあの天使の笑みだった。

 

周は冷や汗をこれでもかというほどかいていた。爆発する瞬間に車から飛び出したときには、《鬼門遁甲(きもんとんこう)》を発動させていたのだが、正確に両足を狙ってきたことに驚いていた。

 

私の《鬼門遁甲(きもんとんこう)》が効かなかったのでしょうか?いえ、それはありえませんね。彼の攻撃が直撃しなかったのがその証拠です。しかし私が避けなければならないほどの正確な攻撃をしてきましたから、何かの能力で私の技を見抜いているのでしょう。

 

「俺が正確にお前の足を狙えたことに驚いているんだろうが、生憎教えるつもりはない。死ね」

 

その言葉通りに圧縮空気弾と圧縮想子弾を同時に発射する。ぎりぎりのところで避けるが、なにしろ数が多く数発が身体を掠めていく。着地するとバランスを崩したので足下を見ると、圧縮空気弾か圧縮想子弾なのかは分からないが、着弾した痕があり地面が数cmえぐれていた。

 

それを見て別の意味で冷や汗が吹き出る。それを喰らえば間違いなく死ぬと思い周りを見渡す。何故か人影がなくなっている。あれほど密集していたはずなのに全員が消えている。そこでようやく周は、自分が術中にはまっていることに気付いた。

 

「私に何をしたのですか?」

「ようやく気付いたか。別にお前自身にかけたわけじゃない。この辺りに来ないように人払いをしただけだ。正確には人を寄せ付けない結界を張っているだけだがな。それとお前がさっきまで見ていた人影は、全て幻影であると教えといてやる。冥土の土産というやつだ」

「…あれが幻影だというのですか?人間と言われても疑えないほどですが」

 

幹比古に頼んで2つの魔法を同時行使してもらっているため、あまり時間をかけたくはない。だが動揺を誘うためには説明した方が良いと克也は思った。

 

「俺も事前に言われていなければ信じていただろうな。あの幻影は、光を水の精霊と風の精霊に頼んで反射と屈折を利用したものだ。俺がお前を捕まえるために開発した魔法でな。名前はないんだが、今回しか使わないだろうからつける必要が無い」

「…古式魔法師の力を借りていたというわけですか。古式魔法師が古式魔法師の魔法に惑わされるとは皮肉な話ですね。ですが私はここでは死にません!」

 

周はこれまでの戦闘で最大数の影獣を作り出し、克也に向かって吐き出して、その隙を突き下流に向かって逃走した。普通に魔法で攻撃すれば、逃走を防ぐことはできたが敢えてしなかった。達也の仕事であると同時に、下流では2人が待機しているのを知っていたからだ。

 

『周がそっちに行った。任せるよ』

『こっちでも視て確認した。幹比古にありがとうと伝えておいてくれ』

『了解』

 

《念話》で達也と会話し、こちらを水の精霊で見ているであろう幹比古に、約束していた想子波で周波数を作って送ると、結界と魔法が解除された。携帯端末を取り出して連絡する。

 

「ご苦労様。予定通り誘導できたことに感謝する。達也からも礼があるぞ」

『どういたしまして。それにしても凄かったね克也。見てて鳥肌が立ったよ』

「それが俺の役目だからな」

『ところで敵は大丈夫なの?』

「達也と将輝がいるから大丈夫だよ。俺は今から帰る。30分後に着くと思うから気を張らなくていい」

 

そう言い通話を切る。そのまま達也たちがいるであろう下流を見てから、戦闘の痕跡を残さないよう黒羽家に連絡し、周が乗ってきたセダンは《燃焼》で燃去しておく。

 

魔法の使用は想子観測機で見つかるのだが、藤林に頼んでここら一帯を一時的にハッキングしてもらい、データを書き換えてもらっている。到着した黒羽家お抱えの会社に橋の修理を任せ、観光客の振りをして荷物とバイクを取りに向かった。

 

 

 

「そこまでだ周公瑾。この前はよくも一条の跡取りであるこの俺を虚仮にしてくれたな」

 

克也から逃げた周は、川原を誰にも見つからずに走り続けていた。突如そんな声が前方から聞こえたので、足の進行方向を変更し川に飛び込もうとするが、目の前で爆発が起き水しぶきが飛び散る。

 

「一条家の《爆裂》を前にして水の中に飛び込むのは、爆弾の山に自ら飛び込むのと同じだ」

 

背後からの声に眼を向けると、一条将輝とは違う種類の本能的に危険だと感じる人間が立っていた。

 

「司波達也…」

 

名前を呼んだ瞬間に周の両ふくらはぎが内側からはじける。《爆裂》の改良型である局所的な《限定爆裂》だ。

 

「ここまでだな」

「フフハハハハハハ!私はこんなことでは滅びない!死しても私は生き続ける!」

「一条、下がれ!」

 

将輝が一歩近づくと、周は不自然な動作で立ち上がり叫び始めた。達也は指示して大きく距離をとり、将輝もその声を聞いて反射的に距離をとる。周の体がはじけ、鮮血が飛び散るが赤い血が赤い炎となる。

 

「ハハハハハハハ!」

 

燃えさかる炎の中で哄笑が聞こえる。それは火が消えるまで続いた。

 

「終わったのか?」

「ああ、終わった。これで論文コンペは何も起きずに終わるだろう」

「そうだなそろそろ帰ろう。夜までには家に帰りたい」

 

将輝の言葉に同感のようで、達也はバイクを駐車している場所に2人で向かった。

 

 

 

 

 

翌日、克也は論文コンペの応援を休み、水波と共に四葉家本家に来ていた。もちろんアポなしでだが、そんなことを気にしている暇はなかった。

 

今すぐにでも分家の当主たちに怒りをぶつけないと、本家を燃やしてしまいそうだ。会合が開かれている一室に、克也は苛立ちを隠さず向かっており、使用人をびびらせていたが気にしなかった。

 

 

 

「ということで達也には問題が無いと思います。いかがですか?」

「…認めないわけにはいかんだろう」

「この能力は確かにおしい」

「今回は合格だ。今回はな」

「我々はもう少し落ち着くべきだと」

「最終的な判断は速すぎる」

「…」

 

分家の当主が論文コンペ以上の重要な会議をしていると、ドアがノックされる。一番近くに座っていた黒羽家当主 黒羽貢が開けると1人の使用人が用件を述べた。

 

「先程、克也様がお見えになられました」

「用件は何と?」

「分かりかねます。とりあえず入室の許可が欲しいとのことです」

「ご当主様、どうされますか?」

「構いません。連れてきて下さい」

「かしこまりました」

 

使用人が克也を迎えに部屋を出る。すると分家の当主たちがざわめきだした。

 

「何故克也様がお越しになられるのだ?」

「今回の任務の詳細を伝えに来たのでしょうか?」

「それなら既に話したはず。っ!なんだこの異様な圧力は!」

 

壁を隔てでもなお尋常ではない圧力が、自分たちを襲っているのを感じた。当主たちは誰が放っているのか分かっていたのだが、口にすることはできなかった。

 

葉山でさえ厳しい眼をして真夜を守るように立つ。その本人がドアを開けて入ってきたことで、さらに吹き付ける圧力が増す。

 

「克也、どうしたの?」

「叔母上は黙っていて下さい」

「克也様、今の発言は…」

「黙れ」

「がっ!」

 

真夜の問いかけに辛らつな言葉を発した克也に、椎葉家当主が立ち上がり叱責しようとすると、克也が想子をまとわせた左腕を一振りして、椎葉家当主を壁にたたきつけた。ただ腕を振っただけで大人を吹き飛ばした現実に、他の当主たちは怯えはじめる。

 

「今回の任務は何ですか?達也の忠誠心を試すためだったようですが、いくらなんでもおかしくないでしょうか」

「…今回の任務は克也様のお考えの通り、達也殿の忠誠心を試すためです」

「それだけではないでしょう。真実を教えてください」

「ですから忠誠心を…」

「いい加減にしてください。椎葉家当主のようになりますか?それともここで死にますか?」

 

ドアから1歩入った状態で、克也は部屋を見渡して威圧し続ける。

 

「克也様!それはなんでもやり過ぎなのではございませんか!?」

「やり過ぎ?達也を四葉家から追放し、達也の存在を無きものにしようと暗躍した皆さんが言えることなのでしょうか。最後にはこの世から消すつもりだったのでしょう?達也がいなくなれば俺と深雪が世界を壊します。ここで死のうが世界を壊され死んでいくのとでは何も変わりません」

 

新発田家当主の言葉にさらに圧力を高めながら聞く。克也の心理状態は不安定であり、魔法力が暴走しかけているため、想子が光宣以上に活性化して感情が具現化していた。

 

「…今我々を殺せば四葉家は滅亡します。それでもよろしいのですか?」

「構わない。俺と深雪から達也を奪うのであれば、それなりの制裁を加える」

「…我々はここで殺されるわけにはいかないのです。ですから抵抗させていただきます」

「そうか。ならば致し方ない」

 

真柴家当主の言葉に克也は覚悟を決め、新魔法を発動させるために〈ブラッド・リターン〉ではない特化型CADをホルスターから抜き出して、真柴家当主に向ける。発動させようとすると、誰かが正面から抱きついてきたため魔法式が破綻する。

 

「水波?」

「おやめください克也兄様!」

「どくんだ水波!こいつらは達也を無きものにしようとした。絶対に許さない!」

「それでもダメです!そんなことをして達也兄様と深雪姉様が、お喜びになるとお思いですか!?」

「2人に憎まれたって良い!達也と暮らせるならそれでいい!だからどくんだ水波!」

「お断りします!私は克也兄様にそんなことをして欲しくありません!たとえあなたに憎まれようと恨まれようと命をかけて止めます!これが私が誓った証です!」

 

水波は分家の当主と四葉家当主の真夜の前で克也にキスをした。その行動に克也は肩を強ばらせたため、荒々しく吹き荒れていた想子の風が収まった。

 

「…水波?」

「たとえ私の命が今この瞬間消えようと、私は克也様(・・・)の側から絶対に離れません」

「水波…」

 

覚悟を決めた水波の顔を見て、克也は自分の行動の浅はかさを自覚し、水波の小さく細い体を抱きしめた。

 

「…叔母上、達也は何があっても四葉から追い出させはしません。殺させはしません。これは俺と深雪・水波の思いです。これだけは何があろうと覆りはしません。失礼します」

 

ドアを出る前に椎葉家当主に《癒し》を施し、気絶から目を覚まさせる。水波の肩を抱いて帰宅するために、達也から借りた車を置いている駐車場に向かった。

 

 

 

克也が水波を連れて部屋を出て行ったあと、しばらくして黒羽貢が口を開いた。

 

「…達也が四葉家の【罪の象徴】であるなら、克也様は【償いの象徴】。達也の処理は破棄いたしましょう。それが四葉家の安定と繁栄に繋がります」

「「「「「「異議無し」」」」」

 

黒羽家当主の言葉に、反対論を唱える残りの分家の当主は1人もいなかった。克也の魔法力に怯えたという側面もあったが、四葉家の発展を望んだという理由が大きかっただろう。

 

達也を追放すれば克也も深雪も四葉から離れる。3人を失えば、四葉家の権威は失墜し、〈十師族〉から格下げになるだろうと予想していた。だがそれでも達也を四葉にいさせてはならないと思い、今回の任務を与えた。

 

それが知られれば克也の怒りを買うことも分かっていたが、それでも試したのだ。覚悟をしていたが甘かったことを認識させられ、克也の言い分を受け入れるしかなかった。

 

分家の当主たちが討論している間、真夜は意味ありげな笑みを浮かべて明後日の方向を見ていた。



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9章 四葉継承編
第54話 連動


「それではご唱和下さい。メリー・クリスマス!」 

「「「「「「メリー・クリスマス!」」」」」

 

エリカの音頭でグラスを突き上げて一斉に声を上げる。克也達は今年も〈アイネブリーゼ〉を貸切にし、1日遅れでクリスマスパーティーを開催していた。

 

水波と香澄は、別に開かれている1-Cのクリスマスパーティーに参加している。それによって自然と、いつものメンバーでのパーティーになっていた。ちなみに泉美はこちらに来たがっていたのだが、香澄に連行されてここにはいない。3人のことを気にせず気軽に話せるため、名前を出すような真似は誰もしなかった。

 

「あと1日早く開催したかったよなぁ」

「仕方ないさ。昨日まで生徒会も事務処理が忙しかったし。克也・エリカ・美月は、大会とコンクールがあったからな」

「そうだね。あ、そういえば美月は入賞おめでとう。克也君も優勝の立役者だね」

「ありがとうエリちゃん」

「ありがとう」

 

美月は美術展に絵を出展して見事入賞を果たした。克也はバレーボールの関東大会に一高エースとして出場して、優勝に大きく貢献している。エリカはテニス部の幽霊部員なので大会には出場していない。といっても応援に行っていたため、昨日はパーティーを開けなかったのだ。

 

「そうだね2人ともすごいよ」

「幹比古、それ以上褒めてやるな。克也はともかく美月の精神状態がもたんぞ」

 

達也の言葉通り、美月は褒められすぎて顔を真っ赤にして俯いていた。美月を除くメンバーの笑い声が、〈アイネブリーゼ〉店内に響く。

 

 

 

「今年も色々あったな」

 

パーティがそれなりに賑わっている頃、レオが思い出したかのように呟いた。しみじみと呟かれたレオの言葉には、あらゆる感情が含まれている。

 

「そうだね。吸血鬼とかほのか&ピクシー事件とか」

「千葉さん、やめてよ!」

「それは横に置いとくとして。今年も去年同様に忙しかったのは事実だ。気を抜く暇がなかった」

「〈横浜事変〉よりマシだったんじゃないかな」

「あれ以上の厄介事はごめんだな」

 

レオの言葉を始まりとして話題が盛り上がり、達也のもうたくさんという意味合いのある言葉でさらに笑いが起こる。他国の進軍と戦闘など、日常生活ではありえないことだ。達也の反応は控えめであると言える。

 

「来年は何も起こらずに卒業したいものだな」

「そっか、もう1年しかないんだね。なんかあっという間だった気がする」

「エリカに同感だね」

「あら、ミキが同調するなんて珍しいじゃない」

「僕の名前は幹比古だ。別に珍しくもないだろ。小さいときからたまに意見は合ってたじゃないか」

 

エリカと幹比古の楽しげな言い合いを、残りのメンバーが苦笑いしながら見守っていた。

 

 

 

「達也さん、来年もみんなで初詣に行きませんか?」

 

パーティーも終盤になり始めた頃、ほのかが少しばかり期待感を込めた声音で尋ねた。

 

「日程は?」

「1月2日です」

「すまない、俺と深雪は外せない用事があるんだ」

「そうですか…。克也さんはどうですか?」

「すまない。俺も来年は本家に帰らないといけないんだ」

「え?克也君、今年は帰ってなかったの?」

 

克也の微妙な言葉に、エリカはどストレートに聞いてきた。

()に無理して帰って来なくても、電話してくれればいいって言われてたからね。それ2人と正月を過ごしたかったから」

「なるほどねぇ気持ちはわかるよ。でもなんで今年は帰るの?」

「わからないんだ。ただ、()に今回は帰ってこいと言われてるから逆らえないだけだよ」

 

エリカと会話している最中、深雪が無理して笑顔でいることに気付いたメンバーは、克也と達也以外にいなかった。

 

 

 

メンバーと別れ、家に帰っても血行が悪いかのように深雪は青ざめたままだった。

 

「深雪、今日はもう休め。あとは俺達に任せて寝るべきだ」

「しかし!…いえ、分かりました」

 

深雪は克也の言葉に反論しようとしたが、深雪がなんと言おうと拒否する眼をしている2人に見つめられては、素直に引き下がるしかない。深雪は申し訳なさそうに寝室へ向かった。

 

 

 

「達也、深雪は大丈夫か?」

 

リビングに克也が煎れたアイスコーヒーのストローをコップの中で回し、氷のぶつかる音を聞きながら達也は答えた。

 

「初詣という言葉に引っ張られた結果だろう。一時的な精神的な疾患だからすぐに治るさ」

「…ほのかの言葉と連動して〈慶春会〉を思い出したんだな?」

「叔母上がどのような判断をするかはわからないが、ほぼ確定で深雪が選ばれることを深雪自身が一番分かってる。それが余計にダメージを与えているんだろう」

 

四葉家次期当主は、次期当主候補から選ばれることが定められており、今回の当主候補は5人いる。

 

司波深雪 黒羽文弥 津久葉夕歌 新発田勝成 四葉(司波)克也

 

【最も強い魔法師】が次期当主になるのではなく、【最も優れた魔法師】が次期当主になる。そのことは深雪も克也も分かっているが、素直には受け入れられないのだ。分家が達也に向けるあの視線は、2人にとって耐え難いものである。2人のどちらかが次期当主になり、達也に向けられる視線を変えられるのであればなってもいいと思っている。

 

そして【最も優れた魔法師】は深雪であると誰もがそう思っているし、深雪自身も理解している。魔法力が強くても中身が備わっていなければ、当主にはふさわしくない。逆に魔法力が平均ほどでも、人を動かす『何か』を持っていれば、当主になることは可能ということだ。深雪にはその両方が備わっているため、四葉家次期当主確実と言われているのだ。

 

「達也、水波を迎えに行ってくる。深雪が何か言いたげだったら聞いてあげて欲しい」

「分かった」

 

ヘルメット2つとコート1枚を余分に持ってバイクにまたがる。克也は1-Cのクリスマスパーティーが開かれている会場に向かった。

 

 

 

到着したのは終了予定時刻の15分前で、まだ生徒達は和気藹々と楽しんでいた。想子の動きを加速させて暖をとる。想子を活性化させると、街角の至る所に設置されている想子観測機に検知されてしまうが、魔法を使っていないため逮捕されたりすることはない。

 

10分後、パーティーが終了したらしく参加していた生徒たちがぞろぞろと出てきた。ほとんどの生徒が克也に気付き、挨拶してくるので軽く手を振り挨拶を返していると、水波が泉美と香澄と一緒に出てきた。

 

「あ、克也兄」

「え?あ、克也お兄様」

「克也兄様」

 

3人が克也に気付いて、小走りで駆け寄ってきた。

 

「どうされたんですか?ここは1-Cのクリスマスパーティー会場ですよ?それに克也お兄様は、〈アイネブリーゼ〉で開いていたはずではなかったのですか?」

「水波を迎えに来たんだ。それにパーティーは1時間前に終わってて、15分前に来たばかりだ。達也は深雪と家で留守番だよ」

「…15分も待つのはきついと思うけど?」

幼馴染(・・・)の従妹が襲われるよりはマシだろう?それに迎えに行くという約束をしたのに、遅れて少女を待たせるのは男としてもあまりにも情けない」

 

克也の説明に香澄は納得したらしい。一方水波は『幼馴染の従妹』と言われ、言葉にできないむずがゆさを感じていた。もちろん克也は水波の心情に気付いていない。

 

「俺は水波を連れて帰る。泉美と香澄はクラスメイトと帰るのか?」

「いえ、七草家の使用人が迎えに来るのでそれに乗って帰る予定です」

「なら俺も来るまで待っておこう。2人だけ残して帰って、拉致されたりでもしたらシャレにならん」

 

2人を傷つけることより、真由美に怒られることが恐ろしいと思ったが故の行動だった。

 

 

 

2人を迎えに来た使用人に軽く挨拶をして見送ってから、水波と帰る準備をする。

 

「水波、これを着てくれ」

「これはコートですか?」

「いくら防寒しているとはいえ、見ている方が寒くなるからな。それに俺が何より安心できる」

「…ありがとうございます」

 

自分が何気なく発した言葉に、顔を赤くする水波を見て首を傾げる。

 

俺、何かおかしなことを言ったのか?

 

自分のしたことのある意味事の重大さに気付いていない克也は、乙女心を理解できていない紛れもない〈朴念仁〉であった。克也は水波がバイクにまたがって、自分の腰に手を回したことを確認して、エンジンをかけてバイクを発車させる。

 

人の体温は暖かい。それも好きな人の体温であれば尚のこと。この時間はかけがえのない大切なものですね。

 

水波はそう思いながら克也の腰に回した腕に力を込め、振り落とされないようにしっかりと掴む。克也は腰に回され、自分の身体に水波が密着していることに気付いていたが、『バイクに乗るのだから身体が密着してもおかしくはない』というとんでもない勘違いをしていた。

 

水波が至福の笑みを浮かべて抱きついていることに、克也は帰宅しても気付かなかった。

 

「密着」と「抱き締める」は、身体がくっついていることに変わりはない。だが水波の場合は、甘えるという意味合いが強いだろう。

 

 

 

帰宅すると達也はおらず、おそらく地下室にいるのだと考える。

 

「水波、風呂に入って身体を温めておいてくれ。俺は達也のところに行ってるから何かあれば連絡して欲しい」

「わかりました」

 

水波が着替えを準備しに自室へ向かったのを確認した後、地下室に向かった。

 

「達也、何をしてるんだ?」

「克也かお帰り。新しい魔法を発動させるためのCADの最終調整に入ったところだ。ところで水波は?」

「ただいま。もうすぐ完成か待ち遠しいな。水波は風呂に入らせてるよ。それで深雪はどんな状態だ?」

「早く完成させたいものだな。ここまで1年かかっているんだからその気持ちは理解できる。…まだ少し精神的な疾患は残っているが、気にならない程度だし今は眠っている。かなり深い眠りだから、明日にはすっきりして起きられそうだ」

 

達也は焦点の定まらない眼で深雪の寝室辺りを見上げる。《精霊の眼(エレメンタル・サイト)》で深雪の精神状態を理解する能力は、達也だけが使える異能とでも呼べる力だ。

 

克也と深雪のみに適用される達也のこの眼は、2人が何処にいようと何が起きようといつも視ている。無意識に使っているとでもいえるこの能力を、達也は自分の精神と魔法演算領域に負荷を与えていることを知らない。2人は知っているが、達也に知らせてもやめさせることはできない。

 

これは達也に残された〈家族愛〉という感情の副作用であるため、やめさせると達也の精神は大きく乱れ、最悪の場合は命を落とすことにもなる。使わせると精神と魔法演算領域に負荷を与え、やめさせると精神が乱れる。どちらにせよ達也を苦しめることになるため、克也と深雪は悩み続けている。

 

「そうか。なら明日、俺達が家を空けても大丈夫そうだな」

 

そんな悩みを抱えていることを感じさせないよう自然に答える。

 

「ああ、早くこれを完成させて〈慶春会〉で叔母上に報告したい」

 

克也の気持ちに気付かずに達也は嬉しそうに答えた。

 

 

 

 

 

翌日、克也と達也は家に深雪と水波を残しFLTに向かった。晴れておりバイクで向かうことができたので、交通機関を使用すると2時間かかるところを1時間で到着した。

 

「牛山主任、今回は製作したいものがあって来たんですが」

「おお、克也さん直々のお願いですか。我々から要望することは何度かありましたが、そちらからあるとは珍しいですね」

「珍しくもないですよ。2ヶ月前にも特注してもらってますから」

 

第一会議室で今日の予定を話す約束をしていたので、単刀直入に会話をしても話がこじれることはなかった。牛山やその他の研究者たちは、克也の知識が達也ほどではなくても驚かされている。

 

第三課の収益を2人で半分を。その中でも克也が4割ほどの利益を上げているため、研究者たちは尊敬している。達也が開発した飛行術式も克也がソフトを作り、小学生や中学生のための『安全第一』を掲げたCADを開発したことで、牛山でさえ頭を垂れることがある。

 

克也の名前は公表しておらず、〈トーラス・シルバー〉という名前で発表している。つまり〈トーラス・シルバー〉はミスタートーラスを牛山、ミスターシルバーを達也と克也が担っているということである。

 

「やめやめ、討論で御曹司や克也さんには適いませんぜ。それよりどんなものを作るんですかい?」

「今回はこちらを作りたいんです」

 

頑丈にロックされたアタッシュケースから設計図を取り出し、牛山にも見えるように広げる。牛山は一通り目を通すと厳しい顔を浮かべる。

 

「これは少々厄介ですな。なんせこれほど大きなCADを作るのは初めてですから時間がかかりますぜ?」

「ええ、それは承知の上です。しかしこの第三課の技術力があれば問題なく作れます」

「そうですな。これほど高度なCADを作れれば今より更に高見へ上ることができます。名声もポーンと跳ね上がりますぜ」

 

どうやら牛山主任もやる気になってくれたようだ。

 

「しかし、この銃身が長いのはどういう意味があるんですかい?」

「それは遠隔照準補助システムを内蔵するためです。露出していると、万が一狙撃などによる攻撃で破損させられるかもしれませんから」

「なるほど。一度聞いただけですが、御曹司の〈サード・アイ〉は露出しているそうですからね。露出していれば攻撃された際に被弾する確率が上がりますが、機構が複雑じゃないので照準性能は上がります。遠隔照準補助システムを内蔵すれば、逆になりますから今回の作り方も納得できます」

 

達也は克也の言葉に頷きながら牛山の反応を待っている。牛山はしばらく吟味した後に答えた。

 

「分かりました。まずは試作機から作りましょう。完成は未定ですが必ず作って見せます」

「「よろしくお願いします」」

 

克也と達也は牛山の腕を信じて握手をした。もちろん彼らもアシスタントとしてソフトやハードの作成を手伝う。材料の調達等は成人している牛山に一任されている。

 

克也の夢は一歩ずつ確実に実を結んでいた。



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第55話 指名

12月29日土曜日、克也達が本家に赴く日が来た。今は既に本家に着いているのだが、道中分家が何か仕掛けてくるかもしれないと警戒していた。しかし気の抜けるように特に何もなかった。どうやら会合に侵入して恐喝したことで、達也の追放を留めてくれたようだ。

 

万が一襲撃してくれば容赦なく殺すつもりだったので、無駄な労働をしなくて済んだことに安堵していた。ちなみに達也と深雪は、論文コンペの日に克也が何をしたかは知らない。辰巳の運転で本家に来たのはいいが、使用人として仕えていた水波が、自分達と同じ部屋にいることに4人とも首を傾げていた。

 

「何故、水波ちゃんがここにいさせられるのでしょうか?」

 

深雪の言葉は水波にいてほしくないわけではない。使用人ではなく客人として認識されていないことに、大きな違和感を覚えたが故だった。

 

「克也のボディーガードだからということなのか。それ以外の何かがあるのかもしれないけど」

「何か…ね」

 

達也の言葉に克也は無意識で呟いたが、誰からも追求はなかった。

 

「叔母上との約束の時間まで1時間しかない。その間に休んでおけってことかも」

「ならよいのですが」

 

真夜は19時から候補者及びボディーガードを食堂に集め、次期当主を指名するつもりなのだろう。

 

〈慶春会〉で発表し醜態をさらさせないための配慮なのだろうが、「せっかく準備する時間をあげたのだから失敗したら許しません」とでも言いたげな真夜の高らかな笑い声が、頭の中にわいてきたので、克也はかぶりを振って追い出す。その様子を水波たちが不思議そうに見ていたが、何でもないと手を振り気にしないように促した。

 

 

 

18時50分になり克也達は食堂に通された。深雪は一番端に。そして達也・克也・水波の順に座っている。深雪の隣は真夜の席であるため、つまりは2番目の上座だった。

 

少しして文弥・亜夜子・夕歌・勝成がそろう。あとは真夜を待つだけになったのだが、達也と水波は居心地の悪さを感じていた。ボディーガードでしかない自分達が、何故このような場所に座らせられているのか理解できていなかった。亜夜子はボディーガードではなく、補佐役に近いので納得できる。だが自分達は場違いであると思っている。

 

だがそれは達也達の勘違いだ。亜夜子を含む5人は達也と水波がここにいることに異議を唱えず、むしろいなければならないという共通の思いを胸に秘めていた。達也は自分達を凌駕する能力を持ち、水波は第二世代の調整体にも関わらず、〈十師族〉に匹敵する魔法力を持っている。そう認識しているため何も言わず、単に2人が勝手にそう思っていただけだった。

 

「みなさん今日はよく集まってくださいました。そこまでかしこまる必要はありません。気楽にして下さいな」

 

真夜が現れたことで空気に緊張感が走るが、言葉を聞いて少し空気が和む。

 

「今日呼んだのは他でもありません。明日の〈慶春会〉でいきなり次期当主を発表されては気持ちの整理がつかないでしょうから、先に伝えておきたいと思いました」

「御当主様、少しよろしいでしょうか?」

「何かしら?」

 

文弥が真夜の言葉の後に手を上げて、許可を求めたことには驚いたが、真夜が優しく聞いたおかげで、克也の気持ちは空回りしなかった。

 

「失礼します。私、黒羽文弥は次期当主候補の地位を返上し、司波深雪さんを推薦いたします」

「私も失礼いたします。私、津久葉夕歌も地位を返上し司波深雪さんを推薦いたします」

「それは構いませんがお二人はご実家を継ぐおつもりかしら?」

「自分は次期当主決定次第で決めさせていただきたいと思います」

「私はそのつもりでございます」

 

文弥はそう言うだろうと分かっていたが、夕歌まで言い出すとは思わなかった。津久葉家は達也に対してはまだ友好的。悪く言えば無関心の立場を取ってきたため、どうなるか予想できなかった。

 

「克也はどう思いますか?」

「自分を除く次期当主候補の方々ならば、どなたでも次期当主に推薦しても間違いはなく、それぞれが相応しい当主になると思っています。なので特に言うことはありません」

「勝成さんはどうですか?」

「自分勝手であり、責任放棄なのは重々承知の上で申し上げます。私は真夜様と他の次期当主候補のご意向に任せようと思っております」

「責任放棄ではないとは思いますけどいいでしょう。では発表します。次期当主は…」

 

真夜の言葉に全員。いや、深雪だけが緊張していた。全員が真夜が誰を指名するのか理解していたので、何も言わずに言葉を待っている。

 

「深雪さん、貴女を次の当主とします」

「…はい」

「次期当主候補の方々が貴女を推薦しているのですから、期待を裏切らないように心懸けなさい」

「期待を裏切らないように誠心誠意精進して参ります」

 

真夜の宣言と深雪の覚悟を全員が受け止め、納得した表情でお辞儀をする深雪を見つめていた。

 

 

 

食事が終わると、真夜が深雪・達也・克也・水波に残るよう命じる。それから他の候補者を真夜は送り出した。全員の前に紅茶が置かれ、葉山を含めた執事が退室して真夜が口を開く。

 

「さて深雪さん。貴女は次期当主になりましたけど、当主となれば結婚相手を決定しなければなりません。しかし自由な恋愛は認められません。これは理解されていますね?」

「…はい」

 

深雪は固い声で返事をして真夜の決定を待っていた。

 

「結婚相手を発表する前に大切なことを教えます。克也と達也さんは、貴女の本当の兄(・・・・)ではありません」

 

その言葉に4人が驚愕する。

 

「何故なら2人は私の息子(・・・・)なのだから」

 

更に4人は驚愕し、深雪と水波は手で口を押さえて声が漏れないようにしていた。

 

「叔母上、それは事実なのですか?俺と達也が深雪の兄ではないという証拠はどこにあるのでしょうか」

「貴方達は私が事故に遭う前に保存していた卵子を受精させ、姉さんを代理母として生まれた双子なの」

 

その言葉を聞いて2人は驚くより真夜を疑った。人を殺すような視線とも言える鋭さで、真夜の眼を見据える。その様子に真夜は不自然なほど落ち着いた表情で、優しく見つめ返していた。

 

「…後ほど詳しくお聞きしても良いですか?」

「ええ、親子水入らず(・・・・・・)で話しましょう。深雪さん、貴女の結婚相手を発表します。準備は良いですか?」

「…はい」

 

深雪の言葉には、覚悟と「もしかしたら」という気持ちが込められていた。

 

「貴女の結婚相手は達也さんです。達也さんは深雪さんの婚約者兼ボディーガードとして、これからも傍にいてあげて下さい」

「かしこまりました」

 

達也は潔く受け入れていたが、深雪は胸を押さえて前屈みになっていた。歓喜のあまり張り裂けるような痛みを、まさに痛感していたのだ。

 

「それから克也は、深雪さんの補佐役として仕えてあげて下さい」

「叔母上、それは構いません。ですが水波がここにいる理由をお聞かせ願いたいです」

「何故聞きたいの?」

「ボディーガードとしてここにいるのであれば、勝成さんも2人を連れてくるはずでしょう。達也と水波がここにいるのは、能力を認められているからではないはずです。現に達也は深雪の婚約者に選ばれました」

「さすがね。克也の洞察力には驚かされます」

「恐縮です」

 

克也は喜びを一切感じさせない冷たい声音で返事をする。

 

「褒めてはいないけど教えてあげる。水波ちゃんは克也の婚約者です。そのために呼びました。〈慶春会〉で深雪さんの次期当主発表と婚約者発表をします。その時に達也はもちろんのこと、克也と水波ちゃんにも出席してもらいます」

 

半ば予想していた答えだった。だが実際に言われると、感情の揺らぎを抑えることはできなかった。水波は深雪同様に前屈みになっていたが、深雪と違うといえば涙を流していたことだろうか。

 

「2人は〈慶春会〉のために自分を磨かなければなりせんね。葉山さん」

 

真夜が名前を呼ぶと葉山が入ってきた。

 

「葉山さん、白川夫人を呼んでちょうだい。深雪さんと水波ちゃんの入浴に何人か手配して」

「かしこまりました」

 

葉山が白川夫人を呼び、2人を浴場に連れ出した後、真夜はようやく口を開いた。

 

「それじゃあ、私たちも移動しましょうか」

 

 

 

2人が連れて行かれたのは真夜の書斎だった。達也が室内を不思議そうに見回していたので聞いてみる。

 

「達也、どうした?」

「いや、ここはいつも電話していたところとは違うのだなと思ってな」

「ああ、あれはまた別の部屋だよ。ここは俺・葉山さん・HARのメンテナンス業者しか入ったことがない部屋だ。正確には叔母上のプライベートスペースだな」

「何故お前が?」

「魔法事故の後、最初に目を覚ましたのがこの部屋だったんだ」

「何故ここに?」

「叔母上のせいだろうね」

 

話ながら真夜にチラッと眼を向けると、頬を赤くして眼を逸らした。そんな様子に克也が笑みを浮かべると、達也もぎこちないが笑みを浮かべる。ここに来た意味を忘れかけるような話をしていると、葉山が自然な流れで問いかけてきた。

 

「達也()のコーヒーはブラックでよろしいですか?克也様は砂糖なしにミルク少々でよろしいですね?」

「…ええ」

「よく覚えてましたね葉山さん。3年間も俺のを作っていないでしょうに」

 

達也は葉山さんの呼び方に戸惑っていた。これが一番大きな変化だっただろう。「様」と葉山に呼ばれるとは思いもしなかったのだから。

 

「叔母上、何故あのような嘘をついたのですか?」

「嘘なのか達也?」

 

葉山が克也と達也にコーヒーを、真夜にハーブティーを置くのを待ってから、達也は静かに聞き始めた。

 

「ああ、俺達と深雪を形成している遺伝子は同じだ。ここに呼ぶための手段だったんじゃないかなと思ってな」

「確かにあんなことを言われれば後々聞こうと思うからな。それで本当なのですか叔母上?」

「ええ、嘘よ。貴方達2人は姉さんの子供です。でも深雪さんと兄妹ではないというのは、あながち間違いじゃないのよ?だって深雪さんは【調整体(・・・)】だから」

 

今度こそ驚愕に固まった。

 

深雪が【調整体(・・・)】…?ありえない。そんな兆候は見られなかった。この17年間一度も。思うかもしれないとすれば、完璧すぎる容姿とプロポーションだろう。左右対称の肉体など本来ありえない。人間はどうしようと体質・成長過程で、身体の左右のバランスが変わるものだ。だが深雪は機械を使って測定しようと同じ数値となる。だがそれは数値化しないとわからない変化であって、わざわざ気にすることではない。女性は気にするかもしれないが。

 

「2人が驚くのも仕方ないわ。深雪さんは【完全調整体(・・・・・)】とでも言える四葉家の最高傑作だから。2人をもってしてもこれまで気付けなかったのでしょうね。達也さん、姉さんなら貴方の力を一時的に抑えることは可能だった。でも、確実に貴方より先に寿命を向かえる。その際、貴方を抑えられる存在が必要だった。そのために深雪(・・)は造られた。深雪(・・)は貴方のために造られた存在。あの子がいなくなれば貴方は世界を滅ぼす。だから達也、深雪(・・)を娶りなさい。拒否は許しません。それに産まれてくる子供のことも心配しなくて良いわ」

「…拒否も何も。俺は深雪を突き放すことはできません。気持ちの整理をする時間が必要ですから、今すぐに受け入れろと言われても無理です」

「それでいいの。少し外で待っててもらえる?克也と話したいことがあるから」

「分かりました」

 

達也が部屋を出て行ったことを確認した後、真夜は克也に向き合った。

 

「まずはおめでとうと言うべきかしら?」

「ありがとうございますと言うべきでしょうか叔母上?俺も達也同様に気持ちの整理ができていません」

「それは分かってるわ。でも喜ぶべきではなくて?水波ちゃんと婚約したのだから」

「婚約できたことは嬉しいですが、俺は自分が水波のことを好きなのか分かりません」

 

嘘偽りなく克也の言葉は本物だ。

 

水波は可愛らしく気品があり、人望も文句がない。メイドとしてのプライドなのか変なところでわがままになることがあるが、基本は素直で真面目である。見た目や人柄だけで結婚できて嬉しいわけではなかった。

 

「克也でも分からないことがあるのね」

「人間は自分のことを完全に理解することなどできません。達也でさえ、残っている感情でも理解に苦しんでいるぐらいですから。達也に劣る俺が理解できるはずがありません」

「固いわね。でも、貴方は知っているはずよ。自分が水波ちゃんのことを好きだということを。今までなかった?水波ちゃんと一緒にいて嬉しかったことや楽しかったこと」

 

真夜に言われて、そういった思い出は幾つか簡単に浮かんできた。だがそれが好きという感情に当てはまるのか分からなかった。

 

「俺にとって大切な存在であるのは確かです。しかし深雪と同じ感情を抱いているとは思っていません。深雪に向ける気持ちと水波に向ける感情が違うのは分かっていますが、それが好きという感情に繋がるかは分かりません」

「以前付き合っていた市原鈴音さん。いえ、一花(・・)鈴音さんとの時は感じなかったの?」

「鈴音があの一花(・・)だったとは…。よくそのことがわかりましたね」

 

この瞬間まで克也は鈴音が《一花家》であり、《数字落ち(エクストラ・ナンバーズ)》だとは知らなかった。話してくれてもよかったのではないかと、克也が思ったかは定かではない。鈴音が交際相手でさえ言わなかった。いや、克也だからこそ(・・・・・・)言えなかったのかもしれない。四葉家の名前に恐れて言わなかったのではない。好きな人だからこそ知られたくなかった。

 

知られるならもっと深い関係、もしくは婚約者になる時まで。四葉家と克也を信じなかったわけではないのだ。ただそうであると言えなかった。それだけのことだろう。鈴音に限らず、《数字落ち(エクストラ・ナンバーズ)》はその素性を明かさない。失敗作の烙印をおされたことを引け目に感じているからだ。

 

魔法社会は一般社会と比べて、より実力主義な界隈である。魔法力が多少あっても、よほどの希少能力でもない限り生き残ることが難しい。されど魔法力が高ければ安定は保証される。事故に遭わなければという条件付きだが、これは一般社会でも同じことだ。だが今まで魔法を使えていたものが、使えない存在になると扱いは最悪だ。腫れ物を見るかのような冷たい視線に晒される。

 

だが克也達はそんなことなど気にしない。《数字持ち(ナンバーズ)》だろうと一般魔法師だろうと同じ扱いだ。

 

「この際、鈴音のことは置いておきましょう。鈴音と水波に向ける感情が別の種類の感情だとは理解しています。水波に向ける感情は俺の中で深雪と同じように妹である感情、女性として見ている感情が入り交じっていますから」

 

克也にとって水波は守るべき妹的存在であり、気持ちの切り替えは難しい。

 

「今はそれでいいわ。この先気付いてくれればいいから。それから達也さんのように、子供のことは気にしなくてもいいわ」

「何故でしょうか?」

「貴方の遺伝子には、【調整体】の不安定な遺伝子を正す能力があります」

「それは固有魔法《回復(ヒール)》の影響ですか?」

「その通りよ。これが分かったのは私の叔父であり、貴方の大叔父である四葉英作の能力によるものです」

「俺が幼いときに知ることができたのですか?」

「それがあの人の能力だったから。どのように知ることができたのかは教えてもらえず、ついには私たちにも分かりませんでした」

 

真夜が残念そうに話すので克也は本心だと思った。

 

「水波に黙っていて良い話ではありませんね」

「ええ、そうした方がいいでしょうね」

「ではこれで」

「達也さんも連れて入浴してきなさい」

「分かりました」

 

 

 

部屋を出ると達也が壁に背を預けて眼を閉じていた。

 

「達也、終わったよ」

「遅かったな」

「思った以上に内容が重くてな」

 

予想外の内容の濃さに、案外長時間にわたって話していたらしい。

 

「水波のことはどうするんだ?」

「受け入れるよ。ただ心の準備ができていないから、これからどう接したらいいか分からない」

「俺も深雪のことを受け入れきれていないから、人のことは言えないけどな。それに友人たちが知ったら、大騒動になりそうなのが一番の心配事だ」

「それはどうしようもない。叔母上が決めたことに反対することは、叔母上を裏切り四葉を裏切ることになる。今ここで裏切れば俺達の周りは敵だらけになる。俺達の力じゃ2人を守り切れないし、何より2人を突き放すことができない」

「ああ、それに深雪と水波は今の状況を受け入れることに精一杯だ。これ以上追い詰めるようなことをしたら、どうなるか想像もつかん」

「だから今は〈慶春会〉のことだけ考えよう」

 

克也の肩を軽く叩き、着替えを取りに部屋に向かった。



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第56話 戸惑い

入浴を終えて部屋に戻ると、和室に布団が敷かれていた。何故か布団が1組に枕が2つ。どういうことなのか分からず、お互いに眼を見ながら首を傾げていた。その時、ドアのノックが聞こえたので開けると白川夫人が立っていた。

 

「克也様の部屋は別にご用意させていただいております。そちらに移動をお願いします」

「…分かりました」

 

疑問を抱きながら白川夫人のあとをついて行くと、達也のいた部屋からかなり離れた一室に通された。先ほどいた部屋と同じ作りであり、布団が1組で枕が2つなのも変わらず。叔母の考えが分かり、久々に頭痛に悩まされたが達也に《念話》で伝える。

 

『…こっちも同じだったよ達也』

『連絡が遅かったな。そんなに遠かったのか?』

『結構歩いた気がする。移動距離にして20mぐらいか?』

『…離すにも限度があるだろ。叔母上は何を考えているんだ?』

仲を深めろ(・・・・・)ってことだろ。こんな用意をわざわざさせるんだから。叔母上の場合はその意味がずれてる気がする』

『…そういうこと(・・・・・・)をしろということなのか?』

『〈慶春会〉前にそんなことをさせるか?当日に醜態をさらすことになるぞ。多分叔母上は、俺達4人が動揺するのが見たいんじゃないかな』

『…なかなかいい性格をされているな叔母上は』

『達也がそれを言う?』

『お前にも言われたくはないが…深雪が帰ってきたから切るぞ?』

『こっちも感じた。水波も帰ってきたみたいだから切る』

 

達也との連絡を切り、少し気を抜いているとドアを開けて水波が入ってきた。

 

「お待たせしました。こ、これは!」

「いや、俺がしたのでは…っ!?」

 

部屋に入ると自然に眼に入る位置に和室があり、その場所に克也が立っているため、克也が敷いたかのようなことになっていた。弁解しようと声を出したが最後まで言えなかったのは、水波の様子に驚いていたからである。

 

何人もの使用人によって磨かれたであろう水波は、普段から美少女であったが、今では深雪にも劣らない美貌に変化していた。浴室が暑かったのだろうか。単衣(ひとえ)だけでも全く寒そうに見えない。遠くで達也の動揺した気配を感じたので、自分と同じような状況になったのだろう。水波でさえこうなのだから、深雪ならどうなるのか想像したくもない。

 

「水波、先に言っておくが俺が敷いたんじゃないぞ。ここに移動させられたときにはこうなっていたんだ」

「いえ、克也兄様を疑っているわけではないのですが。驚いていましてどなたがこうされたんでしょうか」

「誰がこうしたのかは分からないが命じたのは叔母上だろうな。とにかく寝ようか明日は朝から忙しいだろうから。でも寝る前に話しておきたいことがある。布団で待っていてくれ」

「分かりました」

 

克也が着替えている間、水波は寝る準備をしてくれた。顔が赤いのは、入浴の際の熱が残っているだけではないだろうと気付く。寝間着用の浴衣に着替え、敷き布団の上で正座をして俯いている水波の前に、同じように正座をして座る。

 

「水波、顔を上げてくれ。今から話しておきたいことがある。俺はまだお前が婚約者だと納得できていない。理性では理解しているが、感情がそれを邪魔している。水波にとっては辛いかもしれないが我慢してほしい」

「大丈夫です。私は婚約者であると感情で理解してもらえるまでいつまでも待ちます。お聞きしたいことがあるのですがよろしいですか?」

「いいよ。答えられることなら」

「お名前はなんとお呼びすればよろしいですか?」

「水波の好きなように呼べばいいよ。今まで通りでもいいし、俺が四葉家にいたときの呼び方でもいい」

 

いきなり呼び方を変えろなんて言われても、簡単には変えられない。人間というものは、慣れた言葉を意図していなくても紡いでしまうものだ。克也が護衛兼偽りの従妹として水波を見ていたのを、今すぐに婚約者として見れないのと同じだ。

 

「それでは人前では『克也様』と、家や2人の時は『克也兄様』とお呼びさせていただきます。さらに聞かせていただきます。深雪姉様と兄妹ではないということは本当なのですか?」

「いや、それは嘘だ。達也と深雪を結婚させるために言ったことらしい」

「それでは近親婚ということになるのではありませんか?」

「深雪は四葉の科学、魔法学の粋を結集させて作られた

完全調整体(・・・・・)】だそうだ。造られる前に遺伝子が弄られているから、ベースが一緒でも遺伝子は別物だ。だから近親婚による弊害はないから、生まれてくる子供に影響はない」

「…つまり遺伝子上は従妹ということですね?」

「その通りだ。叔母上の言葉から推測すると、俺達より寿命は長いだろう」

 

深雪の正体を知っても尚感情にブレが出なかったのは、自分と同じ【調整体】であることを無意識に感じていたからだろうか。

 

「水波、婚約者が俺で本当にいいのか?お前が望むなら解消してもらってもいい」

「嫌です!私には克也様しか考えられません!論文コンペの日に言ったように私の居場所は、克也様の隣だけです!…克也様の婚約者にしてもらえて私は嬉しかったんです。もし克也様が他の誰かと婚約すれば私の居場所は何処になるのか。私は何のために生きているのか分からなくなっていました。克也様は誰にも渡しません!」

 

水波の眼を見て俺は気付いた。

 

誰に何を言われても折れない心の強さ。それを曲げない意志の強さ。それが俺を惚れさせて恋をさせた。水波に妹として向けていた感情の中にあった、1人の女性としての感情がこれだったのだ。死が2人を別つまで守り続けなければならないものだ。

 

今になって気付く。そんなことを教えてくれた大切な女性がこんなに近くにいたのに、今まで気付いていなかったのだろうか。鈍感な自分に腹が立つほどに。

 

「水波、寝ようか?」

「はい!」

 

水波は横に入ってきて嬉しそうに抱きついてきた。今までの俺なら、文句を言うか遠回しな拒否をしていただろうが、今の俺にはできない。将来の伴侶になるのだからできないのは当然だ。

 

「水波、もう一つ言っておくことがある」

「何でしょうか?」

「俺はお前とまだ一線を越えて事を成すわけにはいかない。それは分かってくれているか?」

「…はい」

 

水波が顔を赤くして恥ずかしそうにしているが、大切なことなので気にせず続ける。

 

「お前が卒業して生活環境が整ってからだ。優秀な魔法師は多くの子孫を残すことが求められているが、学生の間は適応されない。それに他の家から求められても従う義務はない。だから安心して高校生活を送って欲しい。年明けからの学校は居心地悪いだろうが我慢してくれ」

「そのことは覚悟の上で了承したんですから気にしないで下さい。もし子供が産まれればその子は大丈夫なのでしょうか」

「そのことは心配しなくて大丈夫だ。俺の《回復(ヒール)》があるから問題ないらしい」

 

子を成すのはまだ先だ。経済的な安定があっても、人間としては未熟にも程がある。水波にも大きな負担をかけることになる。それだけは避けたい。

 

「ただ、その何だ。気の迷いだったりで求めることがあるかもしれない」

「そ、それは願ったり叶ったりではありますが…。口に出されるとどうすればいいかわからないです」

 

それはそうだろう。いきなりこんな話をされるのだから、動揺しない方が凄い。水波の性格からして、そういった知識は周囲より少ないだろう。基礎的な知識はあっても、興味がなければ増えるはずがないのだから。

 

「そろそろ寝よう。眠くなってきた」

「はい。最後にお願いをしてもいいですか?」

「どうした?」

「抱き締めてもらえますか?」

「もちろんだ」

 

水波の甘えに嬉しく思いながら抱き締める。

 

「しまった特製ドリンクを忘れた。元旦の朝はまずいことになる」

「ご心配なく。もちろん持参しておりますよ」

 

準備の良さに辟易とさせられる。

 

「おやすみなさいませ」

「おやすみ」

 

互いの手を握りながら目を閉じると、睡魔が襲ってきたためすぐに眠りにつけた。

 

 

 

 

 

元旦の朝から克也達は着せ替え人形のように1時間以上いじり回され、終わる頃には自宅に帰りたくなっていた。控えの間で気持ちを落ち着けていると、着飾った津久葉夕歌がやってきた。

 

「あけましておめでとう。助言として入場の際に吹き出しちゃダメよ。我慢できなくなったら、少し長めのお辞儀で顔を隠しなさい」

「あけましておめでとうございます。それはどういう意味ですか?」

「入ったら分かるわ」

 

それだけを笑顔で伝えて、夕歌は自分の控え室に戻っていった。

 

「達也、吹き出すってどういうこと?」

「分からん」

 

達也も少なからず緊張しているようで返事に愛想がなかった。その後、白川夫人に呼ばれて誘導に従いながら部屋に入る。

 

「次期当主 司波深雪様及び御兄上 司波達也様。当主補佐 四葉克也様及び使用人 桜井水波様のおなーりー」

 

白川夫人の口上に克也と達也は膝が砕けそうになる。深雪と水波はこめかみが引きつっていた。夕歌の助言がなければ、4人とも醜態を曝していたことだろう。

 

これは〈どこまで耐えられるか選手権〉なのか?

 

〈慶春会〉の場にも関わらず、そんなくだらないことを考えてしまう克也と達也は、自分自身にうんざりしたが、気が軽くなったのでプラマイゼロになるのだった。

 

 

しばらく食事を楽しんだ後、葉山の進行で最も重要な場面へとフェーズが移行する。

 

「皆様、改めまして。新年あけまして誠におめでとうございます。私より3つほど喜ばしい報告を致します」

 

金糸をふんだんに使った黒留袖を着た真夜の発言に、ざわつきが音をなくしたかのようにピタッと止まった。

 

「この度、司波深雪さんを次期当主とすることを決定しました。挨拶は継承式で行おうと思っております。そして〈私の息子(・・・・)〉である克也の弟・達也を婚約者としました」

 

真夜の言葉にざわめきが広がった。子供がいなかった真夜の口から〈息子(・・)〉という言葉が出たのだ。深夜の子供だと思っていた彼らが、隣同士で会話をしてもおかしくはない。

 

「ご当主様、〈息子(・・)〉と聞こえたのは聞き間違えでしょうか?」

「いいえ津久葉殿。良い機会ですからここで説明しておきましょう。克也と達也は【事件】の前に採取していた私の卵子を用い、姉を代理母として産まれた双子です。何故双子になったのかは謎ですが。このことを知っていたのは、姉である深夜と葉山さんと紅林さんだけでした」

「納得いたしました」

 

津久葉家当主が座り直したのを確認してから、真夜は口を開いた。

 

「そして達也の兄である克也を、深雪さんの補佐として仕えさせることにしました。これを踏まえ、桜井水波ちゃんをボディーガードから婚約者としての地位に変更致します」

 

出席者は何故使用人兼ボディーガードだった水波が、深雪達と同じ席に並んでいるのかを理解したらしく、納得顔で隣同士で話している。

 

「姉さん、大丈夫?」

 

文弥が声をかけていたので視線を向けると、真っ青な顔をしている亜夜子が視界に入った。

 

「葉山さん、亜夜子さんを別室へ」

「かしこまりました」

 

亜夜子が文弥とともに退出するのを見送って真夜は告げた。

 

「それでは食事を再開しましょうか」

 

 

 

「姉さん、大丈夫?」

「…やっぱり文弥には分かっちゃうんだ。こういうときに双子は隠し事ができないから不便ね」

「克也兄さんのことは仕方がないよ。克也兄さんが気付かないうちに水波さんに好意を抱いていたのは知ってるからね。姉さんが落ち込むことはないと思う」

「水波ちゃんを恨んでなんかいないわ。克也さんを幸せにしてくれればそれでいいから。...でも本音は自分で克也さんを幸せにしたかった。克也さんが私に抱いてる感情は、『愛』でもそれは1人の女性としてじゃない。家族としての『愛』だってずっと前から気付いてた。何があっても自分には振り向いてくれないのは分かってた。でも諦めきれなかった。とっても好きだったから」

 

別室で涙を流しながら悲しく微笑む双子の姉に、文弥はかける言葉が思い浮かばなかった。今の亜夜子は次期当主候補の補佐ではなく、1人の少女として話していた。

 

 

 

食事もほぼ終了して泥酔しかけている出席者の前で、克也と達也は真夜に話さなければならないことを伝えることにした。

 

母上(・・)、お伝えしたいことがあるのですがよろしいですか?」

「どうしたの克也?」

 

母上(・・)と言うのはまだぎこちなく違和感があるが、〈設定〉を疑われてはならないため我慢する。

 

「〈アンジー・シリウス〉が日本に来日し、吸血鬼と戦闘をこなしている頃から、自分は力不足なのではないかと感じ始めていました」

 

克也が話し出すと、今まで談笑していた出席者は3人の会話を静かに見守り始めた。どのような話をするのか興味を覚えたのだ。

 

「貴方は四葉でも屈指の実力者ですよ?謙遜しすぎると嫌みになると思いますけど」

「謙遜ではありません。自分には達也のように、一瞬で多くの相手を無力化する決定打がないのは事実ですから」

「複数が相手でも貴方なら問題ないでしょうに。それこそ気にしなくてもいいのではなくて?」

「俺の魔法は大勢の敵を倒すことを前提としたものではありません。あくまで単独あるいは少数の敵を倒すことを目的とした魔法です」

 

克也の言葉に全員が衝撃を受けていた。克也の魔法力の高さだけに眼を向けていたため、そのようなことに気付いていなかったのだ。確かに克也の得意とする魔法は効果範囲が極端に狭い。《流星群》も効果範囲を広めることができるが、達也のように何十kmもの範囲を爆発させることはできない。

 

「…何が言いたいの?」

「自分と達也はこの1年間、可能な限りの時間を新しいテーマに注いできました」

「それで?」

「その甲斐あって強力な新魔法を開発することができました」

 

克也の言葉を聞いてどよめきが広がる。表情や雰囲気を崩さないあの葉山でさえ驚いていた。表情には表していないが、空気が揺れ動くのは隠せていない。

 

「達也さん、それは本当ですか?」

 

克也を疑っての質問ではない。真夜自身が理解するために時間稼ぎをした意味合いが強い。

 

「はい、俺の《質量爆散(マテリアル・バースト)》にも劣らない極めて強力な魔法です。地形にもよりますが俺より威力は上の可能性があります」

「なんてこと!2人は自分の力だけで戦略級魔法を開発したの!?母親(・・)として誇り高いわ!」

 

真夜の喜び様は本当の母親のような様子だ。

 

「それでその魔法はどんな魔法なの?」

「CADが完成していませんのでまだ確定ではありませんが、俺の《質量爆散(マテリアル・バースト)》とは違い、周辺には大きな被害を与えないと思います。大規模ではありますが局所的な魔法なので戦略級魔法として認められれば、昨今の世界情勢を鑑みるに実戦での使用頻度が増えるでしょう。試し撃ちはしていませんが、今すぐに実戦投入しても克也なら失敗することはないかと」

「CADはいつ完成するのですか?」

「今月中にはなんとか仕上げたいとは考えています」

「分かりました楽しみにしています」

 

真夜は満足そうに頷きいて日本茶をすすり始め、克也達も気を緩めることができた。

 

 

 

 

 

翌日、2097年1月2日。四葉家から魔法協会を通じて、〈十師族〉・〈師補十八家〉・〈百家〉・〈数字付き(ナンバーズ)〉などの有力魔法師に対して通知が出された。

 

①司波深雪を四葉家次期当主に任命したこと。

 

②司波克也及び司波達也を四葉真夜の息子として認知すること。

 

③司波克也と四葉達也は双子であり、四葉克也の姓名を司波に変更すること。

 

④司波深雪と司波達也が婚約。及び司波克也と桜井水波が婚約したこと。

 

それを知った有力魔法師各家は、魔法協会を通して祝電を送った。しかし全ての数字付き(ナンバーズ)が祝電を送ったわけではなかった。

 

翌日の1月3日付で、日本魔法協会本部に司波克也と桜井水波の婚約を破棄するよう異議が申し立てられた。

 

申立人は現〈十師族〉七草家現当主 七草弘一その人であった。



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10章 師族会議編
第57話 異議


一条将輝は新年の挨拶から帰宅したところ、「当主様が呼んでいる」と使用人に伝えられたため、即座に父の仕事部屋に向かっていた。この時間から家にいるのは珍しいことだ。一昨年も去年もいなかったというのに何があったのやら。普段、剛毅は表の仕事のため家にはいないので、将輝も少なからず動揺していた。

 

「失礼します」 

「将輝か。楽にして座ってくれ」

 

部屋に入ると、羽織袴を着た父の剛毅が足を崩して座っていた。将輝はその言葉通りに足を崩してあぐらをかいて座る。

 

「どうしたんだ親父?」

「まあ、気楽にして聞いてくれ。お前は四葉克也という男を詳しく知っているな?」

「ああ、去年と一昨年〈アイス・ピラーズ・ブレイク〉の決勝で負けた相手だ。それに一昨年は〈モノリス・コード〉でも負けた。友人でもあるがそれがどうしたんだ?」

「彼は次期当主の司波深雪嬢の従兄だ」

「何だと!?」

 

将輝は二重の意味で驚いていた。深雪が四葉家の直系であり次期当主であること。そして克也と血縁関係があることに。

 

「さらに司波達也は四葉克也の双子の弟だ」

「…そうか」

「驚かんのか?」

「ああ、親父も知っているだろう?俺があいつにレギュレーション違反の攻撃をした際、攻撃を受けながらも立ち上がり俺を倒したことを」

「ああ、緊急の会合が開かれたぐらいだからな」

 

達也が去年、克人に後夜祭で呼び出されたのは、将輝を倒したことで緊急の会合が開かれたことを示していた。

 

「あの時俺はあいつを殺してしまうところだった。だがあいつは攻撃を食らいながらも立ち上がり俺を倒した。克也と双子であるならそれも納得できる」

「そうか。そしてその四葉克也だが桜井水波と婚約した」

「桜井といえば桜シリーズの【調整体】か?」

「おそらくそうだろう。これに対し七草家は、婚約を解消するよう魔法協会本部に異議を申し立てた」

 

将輝はそれを聞いて眉をひそめた。そもそも他家がよその家系に文句を言うこと事態が馬鹿げているのだ。言うことは権利でもないがそれに従う義務も発生しない。

 

「将輝はどう思う?」

「双方ががそれを望んでいるなら何も言うつもりはないし、そもそも他人の婚約に首を突っ込むべきではない。俺だって婚約した際に文句を言われるのは腹立たしいからな。七草家の解消の理由は何だ?」

「さあな。そこまでは書かれていない。詳しくは次の〈師族会議〉で聞くことになるだろうが、おそらくは遺伝子のことだろう」

「遺伝子?桜井さんが【調整体】だから遺伝子が不安定だと言いたいということか?」

「確信はないがな。四葉克也のような魔法師を【調整体】などとではなく、真っ当な魔法師と婚約させたいのだろう。やれやれ、そもそも魔法師なんぞ造られた存在が多いというのに。そんなことをまだ言っているのか」

 

吐き捨てるような剛毅の言葉に、納得と疑問が同時に浮かんだ。

 

「親父、七草家は造られた魔法師ではなく、自然な魔法師の家系ということなのか?」

「ああ、七草家は一度も遺伝子操作を受けていない日本唯一の存在だ。お前が文句を言わないのであれば、俺は一条家当主として四葉家の味方になろう」

「いいのか?貸しを作っても」

「貸し借りなど関係ない。今回は七草家の考えに賛同できないだけだ」

「わかった親父に任せる」

 

これが後々日本の魔法社会を狂わせる騒動の火種になるなど、一条親子は露ほどにも思っていなかった。

 

 

 

同じ頃、七草邸でも同じような親子会議が行われていた。

 

「先日、四葉家から新年の挨拶と共に重大発表が届いた。司波深雪嬢を四葉家次期当主とし、司波達也を婚約者にすると」

「…納得ですお父様。深雪さんの魔法力は〈十師族〉に匹敵し、上回るとも思っていましたから。でも、兄妹で結婚などできるのですか?」

「本当は従兄妹同士だったらしいがこのことはどうでもいい。それより問題なのは他にある」

 

忌々しそうに父の口から言葉が漏れるため、真由美・香澄・泉美はどう対応すれば良いか迷っていた。そこで真由美が長女として聞いてみる。

 

「それ以外に何があったのですか?」

「司波達也君は四葉克也殿と双子の弟だ」

「…それも納得はできます。達也君の腕は普通の魔法師の域を凌駕していますから。克也君と双子と言われても不信感はありません」

「そうか。では四葉克也殿が一高1年の桜井水波嬢と婚約したのはどう思う?」

「…桜井さんとですか?お父様」

「…僕も信じられません」

「事実だ。だがこれは許容できる話ではない!」

 

父の情緒が理解できずに3人は眼を丸くしていた。 

 

「あの能力を【調整体】なんぞと子供を作らせてたまるか!日本の魔法社会の貢献に役立って貰うためには、【調整体】などに渡さん!…香澄・泉美、もしお前達がよければ四葉家に対して婚約を申し込むが?」

「なりませんお父様!既に婚約している身の方々に申し込むのは失礼です!」

「自分も同じですお父様。私達は確かに克也兄を好いていますが、婚約した方に申し込みたくありません」

「そうか。もういい」

 

弘一は娘達と話を打ち切り自室に引っ込んだが、それは自分の欲をはき出すためのものだった。日本魔法協会本部を通じて四葉家へ、香澄または泉美と婚約してもらうよう要請することにした。

 

その後、弘一は新しい目的のために動き出した。

 

 

 

 

 

克也一行が一段落できたのは1月4日だった。1月3日には帰ってきていたのだが、九重寺と独立魔装大隊に挨拶しに行っていたため忙しかった。八雲には思った以上のスピードで話が広がっていることを聞かされ、今年も穏やかに学校生活を送れないと確信するのだった。

 

 

 

 

 

1月8日。新学期初日に克也達は学校に呼び出されたため、いつもより30分ほど早く家を出ていた。

 

「つまり、わざと戸籍を移動させていたわけではないということですね?」

「はい。自分は一度父親に捨てられたため、四葉家に引き取られていました。今回の婚約で実家に戻ることができたので、姓名を戻ス運びとなっています。捨てられた理由としては、自身の地位が脅かされると忌避したからでしょう」

「如何されますか校長?」

「事情は理解した。だがご当主様には抗議をさせていただく。それ以外は構いません。今までのように学校生活を送り、一高のために尽くして下さい」

 

ニヤリと笑いながら語りかける百山に、感謝の返事を返した達也は教室に向かうと、エリカたちが自分の席で話し込んでいるのを見た。

 

「どうしたんだ?全員そろって」

「あ、達也。おはよう」

「おっす達也」

「おはよう達也君」

「おはようございます達也さん」

 

達也が聞くと、幹比古・レオ・エリカ・美月の順で挨拶してくれたが、一度で答えてはくれなかった。

 

「ああ、おはよう。しかし良いのか?俺なんかとつるんで」

「四葉家の直系で克也の双子の弟で深雪さんの婚約者ってこと?気にしすぎだよ達也は。その程度で僕達が離れるわけがないだろ?」

「それだけのことを黙っていたはずなんだがな。何とも思わなかったのか?」

「人には隠さなきゃならねぇことが一つや二つあるのは当然だろ?そんなこと黙ってたって俺達は怒らねぇよ。四葉家の直系だって聞いたら誰もが驚くだろうけどな」

「本当にそれだけなのか?」

「達也君は疑い深いね。逆に聞くけど知られたらどうなると思ってたの?」

「避けられると思ってた。あれだけのことを話さずに隠していたんだからな」

 

エリカに聞かれたことに対して本心を言うと、全員がげんなりしたため、何か間違ったことを言ったのかと思った。

 

「水臭いな達也は。僕達は友達だろ?そんなことでは離れないよ」

「そうよ。その程度で距離を置いている連中とは訳が違うのよ」

 

エリカが言葉通りにクラスに眼を向けると、友人を除くクラスメイト全員が顔を背ける。そのあからさまな行動にエリカが爆発しそうになっていた。

 

「エリカ、落ち着け。あいつらはお前達みたいにそれほど仲良くしていたわけじゃない」

「それでも同じ一高生徒でクラスメイトでしょ?達也君に助けてもらった人も大勢いるのに、黙ってたってだけでこんな仕打ちは割に合わないよ!」

「俺はそんなこと気にしていない。時間が解決してくれることもあるから今はそっとしといてやれ。それにお前達がいるんだから何とも思いはしないさ」

 

達也の本心からの言葉に、いつものメンバーが照れた笑みを浮かべていた。

 

 

 

達也とは違い、克也と深雪は居心地の悪さを感じていた。

 

「やっぱりこうなるか…。予想通りだったけど実際にされるとくるものがあるな。それより水波と達也が心配だ」

「仕方ありませんよ克也お兄様。1人ではないだけマシですから。達也お兄様がどのような状態でいるのか分からないのが不安です。それに水波ちゃんも可哀想になります」

「ああ、そうだね…」

 

本当は達也の感情が少し上がっていることを知っていたが、ここで深雪に話せば周りにどんな眼を向けられるかわかったものではない。ただでさえその美貌で周りを魅了してきた深雪だが、同時に恐れられてもいた。そこに家柄が加わったのだから不安は倍増どころか二乗だろう。

 

普段なら挨拶してくれるほのかや雫は、2人から離れたところで話をしているため、挨拶することはできなかった。自分から行けばなんとか返してくれるだろうが、普段通りには行かないのは目に見えていたので何もしなかった。

 

 

 

昼休みになっても事態は好転せず、むしろ悪化しているように感じた。同級生だけではなく下級生や上級生からも向けられるのだから、たまったもんじゃない。

 

今まで名前で眼をつけられることは日常茶飯事だった。気にしていなかったが、今向けられている感情は精神的なダメージを与えるものであり苦しかった。俺と深雪は2人だがそれでもこんな状態なのだから、水波はどうしているのか心配だった。

 

〈慶春会〉以降、水波はまともに俺と会話もせず眼でさえ合わしてくれない。

 

そのため嫌われてしまったのかと思い、深雪に相談すると「悩んでいるのではないか」と言われた。「今までのような関係ではなく、婚約者という立場になり、心の整理ができていないから距離を置いているのでは?」とも言われた。

 

少なからず俺もそうだったので、無理に会話をしようとはしなかった。

 

1年生の階を歩いていると否応なく視線を向けられる。俺は名前も顔も校内で知られてしまっているため、こればかりはどうしようもない。1-Cの教室に着いて迷いなくドアを開けると、予想通り水波がクラスメイトにたかられていた。

 

「水波」

「克也様…」

 

名前を呼ぶとすぐに返事をしてくれたが、視線が鬱陶しかったのでさっさと退散することにした。

 

「行くぞ」

 

水波を呼んで背を向けて歩き出すと、弁当を持って後をついてきた。

 

 

 

行き先は何処でもいいが、誰もいない所で弁当を食べることにした。屋上では達也と深雪が仲良くしているため、邪魔しないように別の場所を探していたのだ。

 

校舎と実験棟の間にある並木道に、ベンチがあったのでそこで食べることにした。俺が座ると水波も少し広めに隙間を空けて座る。確認しから周りを一瞥し、寒さを遠ざけて適温にまで上昇させる。この程度はCADを使わずに念じるだけで操作可能だ。想子測定器に拾われてしまうが、ピクシーに頼めばもみ消してもらえるため使わない手はない。深雪が作ってくれた弁当を開け食べ始めた。

 

 

 

15分後、水波が食べ終わるのを待ってから俺は話し始めた。

 

「水波、戸惑っているんだろう?」

「…はい、どのように距離を保てば良いのか分かりません」

「深雪みたいにひっついても構わないんだぞ?むしろその方が俺は嬉しい」

「深雪姉様ほどはできませんが可能な限り頑張ってみます」

 

水波が嬉しそうに微笑みながら、俺との距離を詰めて左肩に頭を預けてきた。

 

 

 

しばらくしてから水波に聞いた。

 

「クラスはどうだった?」

「非常に居心地が悪かったです。朝は遠目から見てくるだけだったのですが、昼休みが始まるとすぐに集まってきまして質問攻めに遭いました」

「やはりか」

「でも、七草さんに助けていただきました」

 

予想外の人物の登場に驚く。

 

「香澄か。正義感があって困ってる人を放っておけない性格だから、その様子を見過ごせなかったんだろうな」

「克也様はどうでしたか?」

「深雪がいたからそれほど気にしなくて済んだよ。ただ、ほのかと雫には避けられた」

「北山先輩はともかく光井先輩は仕方ないと思います」

「そうだな。好きな人に婚約者ができたとなれば平常心ではいられない。そろそろ戻ろうか授業開始まで10分しかない」

 

そう言って俺は水波を連れて教室に戻った。

 

 

 

帰宅してすぐに克也は真夜に連絡した。

 

『どうしたの克也?』

「本日、百山校長から呼び出しを受けました」

『厳重な抗議ですか…克也達は特に何もしなくていいわ。それより伝えたいことがあります』

「伝えたいことですか?」

 

真夜が嘆かわしいとでも言いたげな表情で伝えてきた。

 

『本日、日本魔法協会本部を通じて七草家から異議の申し立てがありました』

「それだけですか?〈十師族〉といえど、婚約に異議を唱える資格は持ち合わせていないはずです」

『その通りよ。内容は貴方に水波ちゃんとの婚約を解消するよう求めたばかりか、娘の2人を婚約者にして欲しいそうです』

 

真夜の表情を理解できる内容だ。ため息をつきたくなるが真夜の前ではしない。

 

「それは本人達が望んだことですか?弘一殿だけの意思でしたらお断り下さい。俺は一夫多妻制などとるつもりはありません。俺の婚約者は水波だけです」

『その気持ちは分かるけど今はまだ返事をしません。貴方達はいつも通りに生活をしていなさい』

「分かりました母上(・・)。ご命令通りに」

 

電話が切れるとソファーに座り込む。七草家のホームパーティーに行ったときの弘一との会話が脳裏に浮かぶ。真由美・香澄・泉美の誰かを娶って欲しいと言ってきた弘一の顔が浮かぶが、敢えて考えないようにする。香澄や泉美が嫌いで断ったのではない。むしろ好きなのだが、水波以上に好きにはなれないと自分でも分かっていた。

 

達也達はどう声をかけたらいいか迷っていたが、結局かける言葉が見つからず途方に暮れていた。



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第58話 却下

1月13日。克也と達也は新魔法の試作機が完成したため、それの実験を行いにFLTへ来ていた。FLT本社の地下30mに作られた縦10m・横10m・奥行き・50mの巨大な地下空間に、克也・達也・牛山の3人は、防火対策を施された専用の作業着を着て立っている。

 

克也の腕の中には、スナイパーライフルのような大型CADが握られていた。「ような」という注釈がついたのは、スナイパーライフルに比べて銃身が太いためである。

 

『それじゃあ始めますか牛山さん』

『ダメと言ったらどうしてたんですかい?』

『牛山さんにぶっ放してました』

『克也さん、冗談でもダメですぜ!?』

『もちろん冗談ですが?』

 

克也と牛山の楽しげな口論を達也は微笑まし気に見ていたが、時間が無駄なので途中で止めることにした。防火対策をした作業着のせいで声がくぐもってしまうが、聞き取れないことはないので3人とも気にしていなかった。

 

『はい、2人ともストップ。時間は有効的に』

 

2人は真面目な顔になると準備を始めた。克也の立ち位置から50m先に置かれているのは、特別性耐熱処理を施した金属で重さは約50kg。これを狙うのが今回の実験内容だ。威力調整は克也が自ら行い、被害を最低限に抑えつつ目標物を狙うのが正確な実験内容だ。克也は緊張も恐れも抱いていなかったのに対し、達也と牛山は息を飲んで見守っていた。

 

『実験を開始します』

 

克也の硬質な声が地下空間に響く。

 

【対象物を照準 確定】

 

金属の質量体を魔法式の投射場所に設定。

 

【魔法式 構築】

 

想子が活性化し魔法演算領域で魔法式が構築される。莫大な量の想子が荒れ狂い、想子測定器が注意を示す警報を鳴らすが、3人とも気にせず実験を続ける。

 

【起動式 展開】

 

魔法式が起動式に展開され発動準備が完了する。

 

『準備完了』

『《フレイム・バースト》(仮)発動』

『《フレイム・バースト》(仮)発動』

 

克也がCADの引き金を引くと、特別性耐熱処理を施した金属の真上に少し上回る程度の炎球が発生した。それはみるみるうちに姿を変え、柄を天井に刀身を金属へ向けた剣の形に変化した。まるで罪人を裁くギロチンのように。その剣は金属に向かって落下し、金属をいとも容易く貫通して爆発した。

 

ここまでに用した時間はゼロコンマ6秒。

 

爆風は真夏の風程度の温度だったが、剣が貫いた金属は跡形もなく、そこにもとから何もなかったかのように蒸発していた。金属を置いていた台座は少し焦げていたが、それ以外何一つ傷は無い。達也と牛山は何が起こったか理解できないという表情をしている。克也が作業着を脱ぐ音で2人は我に返った。

 

「克也、今のは何だ?あんなことになるとは聞いていないぞ」

「俺にもわからん。炎球のまま落とそうと思ったんだけど勝手に剣に変わりやがった」

 

克也の言う通りあの形は意図したものではなく、偶然の賜物であった。

 

「それより克也さん、CADはどうですかい?」

「ほぼ問題ありませんね。強いて言うなら、もう少し遠距離照準補助システムの性能を上げたいところですが。これ以上のパーツを追加すると、CAD自体の重量が増えたり魔法式に影響が出そうです」

「それさえ改善すれば問題ないと?」

「ええ、あとは自分が魔法式に慣れるだけです。余剰想子光と光波ノイズが酷すぎますから、何とかしてそれをなくせるようにしなければ」 

 

克也の言葉を聞いて、牛山は満足そうに微笑んだ。

 

 

 

CADについて少し話した後、克也と達也は帰宅した。手応えを感じたので、今月中には完成するだろうと予測している。

 

「達也、魔法名が決まらないんだけどどうしたらいい?」

「魔法の特徴から付ければいいんじゃないか?あの剣のような形からでも」

「そうだな。CADが完成したら決めることにするよ」

 

話している場所は克也と達也が所有する自動車の車内なので、ある程度内容を話しても問題は無い。2人は手応えを感じながら帰宅した。

 

 

 

 

 

新学期2週目、人というのは慣れれば打ち解けるのが早い。克也達のことが盛大に発表された当初は、近寄らなかった一高生徒だったが、以前と変わらず接してくれる彼らを見て、自分達の認識が間違っていたと理解したらしい。

 

そのおかげかほのかや雫とも関係を修復することができた。ほのかと深雪が、互いにライバル宣言を克也と達也の前でしたため、苦笑いと申し訳なさそうな悲しい顔を混ぜたような表情で、2人を優しく見守っていた。

 

 

 

「克也、これよろしく。校内では(・・・・)異常なし」

 

放課後、生徒会室で作業をしていると、幹比古が風紀委員管轄書類を持ってやってきた。

 

校内では(・・・・)?校外で何かあったのか?」

 

幹比古が差し出した電子ペーパーに、生徒会確認印をカードキーで入れながら、克也は幹比古の言葉に違和感を覚えて聞いてみた。

 

「盗撮や尾行される生徒が増えてるみたいだ」

「ストーカーというより、【人間主義者】の団体の可能性が高いか」

「克也の言う通りだよ。まだ暴力や脅迫を受けた生徒はいないみたいだけど、暴言を吐かれた事例は確認してる」

 

〈慶春会〉による精神的疲労と新魔法の試作機の実験による多忙さで、周囲の状況を確認できていなかったらしい。幹比古の生徒会への報告で、近辺の現状をようやく知ることができた。

 

「警察に提出した被害届は受理されています。しかし具体的な取り締まり結果はないようです」

 

話を聞いていた水波が端末から検索をかけ、警察が発表している統計データを確認して報告する。

 

「暴言や尾行は状況証拠でしかないから、確固たる証拠としては不十分だ。音声や映像があれば可能なんだろうが、監視カメラの大量設置を周辺住民が納得するとは思えない」

「達也の言う通りだろうな。いちいちそんなことで調査していたら、警官の数も足りないし効率が悪い。後手になるけど、被害に遭うまでは捜査してもらえないだろう」

 

克也も理解の上で「被害を受ける」と言っていることに反論できず、それしか方法はないと生徒会室にいたメンバーは思った。

 

「【人間主義者】と聞いて思い出したんだが。アメリカでかなり活発になっているみたいだ」

「どんなことがあったんだい?」

「死傷者はいないらしいんだが魔法師をメイン部隊とするUSNA陸軍の基地が、【人間主義者】によって襲撃された」

「指導者は?」

「名前は知らないが団体名は判明している。【ノーブル】だ」

「【ノーブル】?」

 

聞いたことのない団体名らしく幹比古は首を傾げていた。幹比古だけでなく、達也・深雪・水波以外というのが正確だろう。

 

「最近創設されたばかりの団体らしい。かなり過激らしくてUSNA政府も頭を抱えていると聞いている」

「それは政府全体なの?それともどちらか一方かい?」

「両方みたいだ。魔法師側の政府にとっては不愉快だし、非魔法師の政府にとっては、設備などを破壊されるから賠償費用などが発生する。どちらにとっても好ましくない状況と言える」

「なら解散させればいいのではないですか?」

「無理に解散させると、余計に過激な手段に出るかもしれない。安易に手は出せないんだよ泉美。少数の団体だからまとめて逮捕すればいいけど、そうしたら他の団体が『権力濫用だ』とでも言ってくるかもしれない。だから事実上は放置に近い。監視程度はしてるみたいだけどね」

 

【エガリテ】のことでも思い出したのか、幹比古とほのかは不愉快そうに話を聞いていた。

 

「その情報は当主からもらったのかい?」

「そうだが。それがどうした?」

「何でそこまで詳しく知っているのかなと思って」

「同感だ。母上(・・)は一体何処から入手したんだ?俺達が知らない収集方法を使っている可能性があるけど、今重要なのはそこじゃない。これに対して俺達がどのように行動するかだ」

 

ここにいるメンバーがどのように考えているかは聞かないと分からないが、まとまってもいない考えを聞かされてはどうにもできない。今は待つしかなかった。

 

 

 

学校から帰った克也は、久々に親しい人からメールをもらったがその表情は暗かった。

 

「どなたからなのですか?」

「七草先輩から話があると言われた。明日の昼に話し合いたいから来て欲しいそうだ」

「あの婚約破棄のことでしょうか?」

「それ以外ないだろうね。こんな時期に話すことといったらそれしかない」

「そういえば七草香澄さんと泉美さんから、そのことについてお言葉をいただきました」

「何を言われたんだ?」

 

もし破棄しろと脅されていたら、月曜から2人に対する克也の態度は真逆になってしまっただろう。だがそれは克也の考えすぎだった。

 

「今回の要望は当主の暴走であると。『婚約したくないというわけではない。むしろしたいけど、桜井さんを差し置いてまでしたくはない』と仰っていました」

「なるほど。やはり弘一の単独行動か」

 

七草家当主を呼び捨てにしたことに水波は驚いていたが、克也には呼び捨てなどどうでもよかった。もともと人間性は嫌いであるし、口と頭が同じことを言って考えているとは思っていない。考えは読めず、味方を犠牲にしてでも任務を完了させる人間だと克也は思っている。

 

「取り敢えず明日はFLTに行くのはやめて七草先輩に会ってくる。先延ばしにしても良いことはないし、むしろ事態が悪化する気がする」

「わかりました。そのように達也兄様と深雪姉様にお伝えしておきます」

 

水波は心配そうにしながら頷いた。

 

 

 

 

 

翌日、俺は指定されたカフェに15分前に到着していたのだが、既に七草先輩がいたので大学は大丈夫なのかと思ってしまった。カフェに入るとウェイターがやってきた。七草先輩を指差すとこちらの状況を察してくれたらしく、お辞儀をして下がっていった。

 

「七草先輩、お久しぶりです。卒業式以来ですね」

「ええ、早いわねもう1年近く経つなんて。いつのまにか達也君も深雪さんも、いろんな意味で成長してるから驚いたわ」

 

七草先輩の言葉には達也と深雪が四葉家の直系であり、深雪が次期当主であるという意味が含まれている。席に着くとウェイターがメニューを渡してきたので、アイスカフェオレを頼む。それから七草先輩と軽い社交辞令を交わす。

 

「今日のお呼び立ては婚約のことですよね?」

「ええ、そのために学校を抜け出してきたの。気にしなくていいのよ?1回ぐらい休んでも成績には影響しないから」

 

俺の内心を読み取り先に話してくれたので、少しだけ気持ちが軽くなった。

 

「いえ、感情的な問題ですよ。迷惑をかけてしまったのは事実ですから。それで何をお話ししたいんですか?」

「単刀直入に聞きます。克也君は2人が好き?」

「好きですよ」

「それは女性として?」

「いえ、性欲の対象としてですね」

 

俺が無表情で答えると、ボッと音がしそうな勢いで顔を真っ赤にさせた。そこまで照れるようなことを言ったつもりは無いのだが。

 

「か、克也君にもそういう感情があるのね!?」

「ありますよもちろん。人間の本質といっても過言ではありませんから。それにしても随分初心ですね七草先輩」

「誰でもそんなこと聞いたらこうなるでしょ!私だって興味が無いわけじゃ…って何を言わせるの!」

「…今のは先輩の自爆ですが?」

 

フンと顔を逸らして怒ったのだが、それほど怖くないので話を続けた。

 

「それは置いときまして。七草先輩は何が言いたいんですか?」

「克也君は2人と婚約したい?」

「俺には既に水波がいます。するつもりはありませんし、一夫多妻制などとるつもりもありません」

「〈愛人〉でも嫌なの?」

「俺は別に構いませんが3人が傷つくでしょうね。自分の好きな人が、他の人とそういうことをしていると知れば、病んでも仕方ありません。相手が自分のよく知る友人や家族であるなら尚更です」

「やっぱり無理よね...」

 

その言葉を聞いて俺は確信した。七草先輩は2人の姉として来たのではなく、七草家当主 七草弘一の使いとしてここに来たのだと。そして水波との婚約を破棄させ、2人と婚約させるように命じられていると。

 

七草先輩の心境は分からないが、ここにいるということは弘一の命令を承知したということだ。強制的にさせられている可能性もあるが、あまりにも自然体過ぎる。

 

「七草先輩がここに来たのは2人の姉としてではなく、七草家当主七草弘一の使いとして来たと解釈しても良いですか?」

「…その通り。今日は父の使いとして来ました」

「では俺は四葉家次期当主 司波深雪の補佐兼桜井水波の婚約者として言わせていただきます。『これ以上四葉家に関わるようなことはするな。これ以上踏み込むようであれば、宣戦布告として受け取りそれなりの報復をする』と当主にお伝え下さい。俺は七草先輩が弘一殿と同じ意見ではないことを願ってます」

 

その言葉を残して俺は電子マネーで2人分の代金を払い、未練など微塵もなくカフェを後にした。

 

「...やっぱりお父様は間違っています。これ以上克也君・桜井さん・香澄・泉美が傷つくのを見てたら、私は耐えられない」

 

真由美は涙を流しながら呟く。音声は遮音フィールドによって外に漏れることはなかった。

 

 

 

克也は帰宅して速攻で真夜に連絡した。

 

「叔母上、先ほど七草家長女 真由美嬢と対話してきました」

『用件はあのこと?』

「ええ、しかし真由美嬢は命令されてしただけのようです。彼女の意思ではないことをご理解されたいのですが」 

『貴方が言うのならその通りでしょう。七草家に対してではなく七草家当主に抗議しておきます。それでどんなことを言われたの?』

「婚約できないのであれば、〈愛人〉としてはどうかと言われました。もちろん断りましたが」

『何故断ったの?』

「俺には水波がいるので必要ありません。それに水波に悪いですから」

『そのぐらいで嫌われることはないと思いますけど』

「感情的な問題です母上(・・)

 

真由美に話した内容を、何故もう一度話さなければならないのか不思議だった。

 

「自分の旦那が自分の知り合いとそんな関係だと知れば、傷つくのは当然でしょう」

『…私には分からないけど』

「すみません失言でした」

 

真夜が悲しそうに呟くのを聞いて、克也は自分の発言を恥じた。子供を作る能力を失った叔母の絶望感は、男性はまさしく女性も体験しなければ理解できないだろう。

 

「最近、達也ではなく自分がトラブルメイカーになっている気がするのですが。…気のせいでしょうか?」

『高校2年間のつけが回ってきたんでしょう?』

「…充分に巻き込まれていると思いますが」

『その時の発端は達也さんだったでしょう?今回は貴方ということですよ』

 

真夜はえらく楽しそうだ。にこにこしながら話すので克也は余計に毒気を抜かれていた。

 

「規模が違うと思いますが?」

『問題は比重ですよ克也。達也さんの場合は、他国からの侵攻や魔法師とは違う存在の一般人による暴走。克也の場合は国内です。〈十師族〉同士のしがらみですから、克也さんの方が重くなるのは仕方ありません』

「他国からの侵攻の方が問題なのですが、今はそれを言っている場合ではありませんね。善処します」

『それで結構。〈師族会議〉の結果を待っててね』

 

その言葉を最後に電話は切れた。

 

「あのクソ爺」

「あの狸親父」

 

克也と真夜は電話を切っていたのにも関わらず、双方同時に似た言葉を弘一に向かって毒を吐いていた。




ノーブル・・・今作オリジナル反魔法国際政治団体


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第59話 安堵

克也は数日後に真夜から文をもらっていた。秘匿回線でも憚れる内容らしく、手紙を読んでいると驚愕した。

 

『USNAの兵器保管庫から旧世代の小型ミサイルが紛失。行方は不明』

 

旧世代の兵器とはいえ、今でも紛争が続いている地域では現役として使用されている代物だ。廃棄されずに保管されていたのは納得できるが、失くなることは普通ならありえない。

 

これは直接聞きに行くしかない。

 

克也はUSNAに入国する許可を求めるため、四葉家と国に頼むことにした。

 

 

 

 

 

1週間後。特別に許可が降りたため、渡米経験のある亜夜子と2人で向かうことになった。それを水波に告げると不満そうだったが、四葉家の仕事と理解してくれていたので文句は言われなかった。滞在期間は3日間である。帰ってきたらそれなりに水波と何かをしなければならないと思っている。

 

USNAに到着したが、目的地までは交通機関を頼るしかない。USNA政府に許可をもらっているというのに、何故に車を準備しないのか不服に思った。俺も亜夜子も英語は問題ないので、基地司令室へ向かうのは容易いが。

 

USNAが特別に発行してくれた偽装身分証明書のおかげで、掲示を求められても問題なく通れた。偽装身分は日系アメリカ人の恋人同士(・・・・)で、西海岸から観光に来たという名目でタクシーやバスを乗り換える。

 

正直恋人同士というのが納得できなかったのだが、自分を連れて行くための条件として亜夜子に出されてしまったのだ。確かに恋人という偽造は動き回るのに便利だとは思うが、兄妹でもいいのではないかと思ったりする。

 

やむなく了承したが、水波にバレたらどうなるかわからない。亜夜子は嬉しそうに俺の左腕を抱き締めているので、ふりほどく気にはなれなかった。

 

空港のコミューター乗り場へ移動し、客待ちをしているタクシーが目に入った。亜夜子に目配せをすると、頷きを返されたのでそのまま乗り場に向かう。

 

『基地司令室の近くまでお願いできますか?』

 

流ちょうな英語でタクシーの運転手に目的地を指定すると、疑問を投げかけられた。

 

『あそこにですか?見るとお客様は学生のようですが何の目的で?』

『自分達は魔法師なのですが、将来は軍に入ろうと思っているんです。そのために資料ではなく、実物をこの眼で先に見ておきたいと思いまして』

『かなりの向上心をお持ちなのですね。自分も若い頃は軍を目指していたのでお気持ちお察しします。わかりました可能な限り、お近くまでお送りしましょう』

 

快く引き受けてくれた運転手の運転は、昨今の技術の向上により振動や慣性が軽減されているとはいえ、少なからず感じられる違和感を感じない。車や技術の癖を理解し、自身の腕で補っているようだ。かなり運転に慣れているのだろう。

 

余談だが、今の時代にも前世紀同様にタクシードライバーがいる。無人無料コミューターが普及している現代においても、人に運転してもらいたいという層がそれなりにいるためだ。自動運転で移動するのではなく、自ら・誰かがハンドルを握って運転したい・してほしいという人々が意外と多い。

 

 

閑話休題

 

 

『運転手さんも魔法師なのですか?』

 

乗車前に聞いた話を思い出したので、信号待ちのタイミングで聞いてみた。

 

『私のことはハウリーとお呼び下さい。私は事故で魔法技能を失いましたので今は一般人ですよ』

『失礼しました』

『気にしないで下さい。それほど魔法力はなかったので軍には入れませんでしたから』

『この地域では【ノーブル】は活動していないのですか?』

『はい。この辺りは軍の施設が近いためあまり活発に活動できないらしく、やってきたはいいものの即座に撤退しましたよ』

 

嘆かわしい事態だったのだろう。彼の言葉には毒が含まれている。

 

『軍の魔法基地を襲撃したと聞きましたが?』

『政府によって情報統制されているはずのことを、何故知っているかはお聞きしません。隠蔽された理由は、政府にとっても許容できない問題だったからです』

 

叔母上の情報より詳しく知っているらしいので、分かる範囲だけでも聞き出すことにした。

 

『それはどういうことですか?』

『襲撃した【ノーブル】のメンバーの数人が、魔法によって操られていたのが分かったんです。それも死んだ人間(・・・・・)がです』

『…どういうことでしょう?』 

 

今まで2人の話を聞いていた亜夜子が口を開いた。

 

『大陸の古式魔法によって死体を動かしていたんだろうな。《僵尸術(きょうしじゅつ)》と言ったと思うけど、どちらにせよあまり気持ちの良いものではない。それを知られないために政府がもみ消したと?』

『はい、私は軍に知り合いがいますから教えてもらえましたが』

『何故我々に教えたのですか?』

『私は人を見る目がそれなりにあると自負しております。貴方々を見て信頼に足る。そしてその立場にあるのだと判断したからです。こちらこそお聞きしますが、何故私の言ったことを信じられたのですか?』

『魔法師は嘘をつくと想子の動きがぶれます。それが貴方にはなかったから信用しました。少量とはいえ一般人も想子を持っていますから』

 

想子は意図しなくても動いてしまうものだ。生きている以上、想子は活動しているのだから当然である。

 

『貴方はかなり強力な魔法師なのですね。着きましたよ』

『ありがとうございます。お釣りはいりませんのでもらっておいて下さい』 

『かなり多い気がしますが?』

『お礼です。詳しい情報を頂きましたから、それぐらいしなければつり合いません』

『お気を付けて』

 

笑顔で見送るハウリーさんと別れて、俺達は見学を装いながら基地司令室へ向かった。

 

 

 

「亜夜子、分かっていたことだけど簡単に通れたことが不安でしょうがない」

「克也さんでも驚きますか?私は以前ここに来ているんですから、チェックがある程度寛容なのは当然ですよ」

「流石は亜夜子だ」

「お褒めに預かり光栄です」

 

亜夜子が嬉しそうに微笑む。今俺達は話さなければならない重要人物がいる部屋に向かいながら、英語ではなく日本語で話していた。案内人がいるが多少日本語を知っていたとしても、会話の内容は理解できなかっただろう。

 

『こちらでお待ち下さい』

『分かりました』

 

いきなり声をかけられたが、驚くことなく英語で返事を返す。待たされたドアの先には、面会する人物が待っている。緊張などとはほど遠い性格だが、相手の地位が高いこともあり気まずかった。

 

『どうぞ中へ。許可がおりました』

 

案内人にお礼を言ってから部屋に入る。

 

『失礼しますバランス大佐』

『失礼します』

 

俺と亜夜子が部屋に入ると、驚いた表情をする金髪碧眼の少女がおり、その横には〈スターズ〉ナンバーツーのカノープス少佐が立っていた。

 

『ようこそ司波殿。シリウス少佐・カノープス少佐も楽にして下さい。今回集まってもらったのは四葉家の要請によるものです。では司波殿、説明をお願いします』

『失礼させていただきます。自分は四葉家次期当主 司波深雪の補佐司波克也です。本日、出席させていただいた理由を申し上げます。このほどUSNAの兵器保管庫から旧式のミサイルが紛失したことにはご存じだと思いますが、犯人は未だ把握できていないはずです。しかし我々はその犯人を特定することができました』

 

俺の報告に3人が驚くが話を続ける。

 

『今回の事件の犯人は顧 傑(グ・ジー)またの名をジード・ヘイグ。国際テロ組織【ブランシュ】の頭領であり、国際犯罪シンジゲート【無頭竜】の前首領リチャード=(スン)の兄貴分でもあります。さらにはつい最近、USNA軍の魔法基地を襲った【ノーブル】を作った張本人でもあります』

『今までの事件はほぼそいつの仕業ということですか?』

『はい。しかしもっと大きな事件の首謀者でもあります』

『大きな事件ですか?』

 

今まで黙って聞いていたカノープス少佐が、聞かずにはいられないとでもいう表情をしながら聞いてきた。

 

『吸血鬼ですよ』

『なっ!』

 

驚きで声が出なかったリーナがついに声を上げる。むしろ片眉を上げたり、肩を震わせた程度の反応しか見せない2人が異常だ。

 

『…なるほど。それほどの大きな事件を引き起こした黒幕が関係しているというわけか。通りで我々にも中々しっぽを掴ませないわけだ。つまりこのまま放っておけば、日本にもUSNAにとっても不利益を被るということですね?』

『そうです。この事態を危険視した四葉家現当主は、自国にとって危険な人物を処理するべく、同盟国であるUSNAに我々を派遣したという次第です』

『…我々にとってのメリットはなんでしょうか?』

『今回紛失した兵器が、USNAの失態であるということを無かったことにできます。全世界に流れれば、USNAの世界最強の魔法部隊という基盤が揺るぐことになります。それは同盟国である我が国も許容できません』

『確かに兵器の紛失という事実が、他国に知られるのは好ましくない。だがUSNA政府と話し合わなければ国としての判断はできかねる。我々の独断で押し通せる内容ではない。だが事態が事態だ。数日待ってもらえるのであれば、良い報告をできると思っているがそれでよろしいか?』

『構いません。それほど時間もかからないのであれば大丈夫です』

『結論が固まり次第、シリウス少佐経路でお伝えさせていただく。シリウス少佐、2人の見送りをお願いします』

『イエス・マム』

 

リーナは命令を断らずにしっかりと敬礼を返していた。日本で見たときより行動に余裕がある。こちらにいたときは脱走兵の処分などによって精神がすり減っていたのだから、余裕がなくなるのは当たり前だろう。

 

『失礼しました』

『失礼します』

 

2人そろって挨拶をしてリーナの後についていった。

 

 

 

『バランス大佐、あれでよろしいのですか?』

『何が言いたい?カノープス少佐』

 

3人がいなくなると、カノープスが不安そうにバランスに問いかけた。

 

『〈触れてはならない者たち(アンタッチャブル)〉と手を組んでもいいのかと』

『手を組んだわけではありません。あくまで利害の一致というものです。四葉家を敵に回すことは、USNAの破滅を意味しますからね。崑崙法院が滅亡した理由がそれです。この先世界の均衡を保つためには、四葉家の存在が必須なのです』

『...万が一の場合、総隊長を四葉家に避難させるということですか?』

『まだ四葉家は知らないようですが、【ノーブル】の活動が水面下で活発化してきています。前回のようなことが起こらないという確信もありません。だからこそ準備はしています』

『この司令室にも手が伸びる可能性があると?』

 

バランスの言葉が信じられないかというようにカノープスはかぶりを振った。この司令室は他の基地内の施設より厳重な警備と安全性が保証されている。だからカノープスはそんなことはないと言いたいのだ。だが現に軍用基地が襲撃されたことを考えると、到達されないという可能性は否定できない。

 

『前回のように死体に襲撃される可能性があるということですか。眼や機械で見分けることは不可能ですから、話せるかどうかで判別しなければなりません。それでは見落とす可能性があります。後手に回るしかないでしょう』

『今はそれしかできません。ならば可能な限りで対応できるようにしてもらいます。頼みますよカノープス少佐』

 

カノープスは敬礼で返事をした。

 

 

 

一方その頃、リーナは克也と亜夜子を連れて基地内を案内していた。

 

『リーナ、基地を案内しても良いのか?』

『別に構わないわ。軍の機密事項や重要書類を見せるわけじゃないんだし。武力を見せびらかすだけで脅しにもなるわ』

『物騒だな。でも間違ってはいないから否定はしない。ところで死体によって基地が襲撃されたのは本当か?』

『…不本意だけど噂通りよ。分かったのは行方不明で死亡扱いになっていた人間がいたこと、死体の大半が遺体安置所から盗まれたものだったってことだけ。その殆どが軍医が戦場で直接死体認定していたわ』 

 

それなら政府が隠したくなるのは分かる。

 

『じゃあ、ミサイルが盗まれた方法も分かっているよな?』

『死体が持ち出したって言いたいんでしょ?』

『リーナは半年経っても馬鹿なのは変わらないな』

『なんですって!?』

 

突然の馬鹿呼ばれにリーナは憤慨した。まるでエリカの悪口にレオがキレたような光景だ。その様子を亜夜子が内心のわからない微笑みを浮かべて見つめていた。

 

『よく考えろ。無断で侵入できるようなセキュリティーはしてないだろ?』

『当たり前でしょ!どこにも負けないわよ!』

『それなら分かるはずだ。見たところここには、声紋認証システムが導入されている。死体は話せないから、他のセキュリティーをクリアできてもそこで積みだろう。それを考えると、内部に協力者がいるか、生きたまま操られた人間が盗んだ以外には考えられない』

『軍に内通者がいると言いたいの?』

『確信はないがいる可能性はあるだろう。これだけの警備だ。外部からの侵入はかなり厳しい。余程の御隠がなければ入れないが、〈スターズ〉の前衛部隊に古式魔法師はいないはずだ』

 

克也の分析にリーナは信じたくなさそうな表情をしていた。克也だって四葉家に内通者がいると言われても、容易には信用できない。

 

『肝に銘じとくわ。それより2人はいつ帰るの?』

『明後日だ。何故聞く?』

『暇があれば軍で練習しない?ワタシも久々に戦いたいし。一高でやったのと同じ訓練があるからそれで勝負よ』

『いいよリーナ。今回も負かしてやるさ』

 

リーナからの宣戦布告を受け入れ、人の悪い笑みを浮かべる。

 

『ところで2人はホテルの部屋は別々?』

『一緒だが。それがどうした?』

『何で一緒なの?』

『経費の無駄だからな』

『…そう』

 

リーナの質問の意味と少しばかり落胆した声音が、克也には理解できなかった。

 

ちなみに部屋の予約をしたのは亜夜子だ。1度渡米した経験のある亜夜子がホテルの予約をするのは別段お可笑しなことでは無い。不慣れなことをして失敗する克也ではないが、亜夜子に任せて問題のないことだと理解していた。予約を同室にしたとしてもお金を節約できると亜夜子に言われれば、克也もわざわざ断る必要も無かったものある。

 

婚約者がいる身なのだから、いくら亜夜子ほどの美人と同室だとしても克也が過ちを犯すわけが無い。たとえ亜夜子がウェルカムだったとしても。亜夜子からすれば大好きな人と同じ部屋で一晩すごせる。克也からすれば余裕がある四葉家のお金でも節約できる。こうした利害の一致により、一室のみの予約となったのだ。

 

しかしそれが亜夜子による作戦であったとは、2人は知る由もない。



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第60話 遭遇

リーナと別れてホテルに戻り、食事と入浴を終えて就寝するだけになった克也と亜夜子は、ホットレモネードを飲みながらゆっくりとくつろいでいた。盗撮や盗聴は、亜夜子と克也による二重の警戒によって問題ないことが立証されている。そのおかげで多少は砕けた話ができるようになっていた。

 

「何とか約束は守ってくれそうだな。同盟国とはいえ、完全に使用してもらえないのが痛い」

「それでも前向きに考えてもらえるだけ、ありがたいと思うべきでしょう」

 

亜夜子にたしなめられ、悪循環に陥らないように思考進路を通常運転に戻す。

 

「明日の夜には判断して欲しいけどさすがに1日では無理か。国の面子に関わることだから…ん?」

「克也さん?」

「…亜夜子、少し黙れ」

 

口調が変わると同時に響いた硬質な声に、亜夜子はCADをカバンから取り出して臨戦態勢を取る。

 

「1、2、3、4…5人か。しかも全員死んでいるように見えるってことは、顧傑(グ・ジー)の術にやられているようだな」 

「でもここは四葉が準備した部屋ですよ!?分かるはずがないじゃないですか!」

「狙われているのは事実だ。どうこう議論している暇はない。窓から飛び降りたいのは山々だが、ここは10階だし魔法で降りることはできても捕まるだろうな。そうしたらあの話はなかったことになってしまう。魔法を使って逃走するより、正当防衛での魔法使用の方がいいか」

 

せっかく許可を得られても、逮捕または尋問されてしまっては本末転倒である。

 

「距離はどのくらいですか?」

「もう下の階にいる。左右の階段とエレベーターからも来ているから、エントランスから逃げるのは不可能だな」

「リーナさんに連絡して、正当な魔法の使用許可をもらえばいいのでは?」

「上からの魔法の使用許可が必要なのは、何処の国でも同じだ。得られたとしてもそれまでに襲われる。だがこちらが怪我をするのも本末転倒だ。ここは魔法を使って事情説明するしかない。亜夜子、身を隠しておいた方が良さそうだ。嫌なら眼を閉じていてもいい。少し荒っぽくなる」

「わかりました」

 

部屋の電気を消した亜夜子が《極散》で暗闇に溶け込むのを確認して、〈ブラッド・リターン〉を取り出す。そのまま壁に隠れながら入り口を見る。

 

数秒後、ドアを開けるのではなく蹴りで強引に開けて飛び込んできた。扉の近くに陣取っていれば、飛んできた扉によって余計な労力を強いられていただろう。予想と違ったのでワンテンポ動くのが遅れる。自己加速術式を瞬時に展開して侵入者に肉薄する。そのままタックルをかまして狭い部屋から廊下に押し出す。

 

廊下に出た瞬間に飛び込んできた男から離れ、部屋の入り口を対物障壁で覆い侵入を防ぐ。タックルをかました男以外にもぞろぞろとやってくるが、全員驚いた様子もなく近寄ってくる。死んでいるというよりは仮死状態に近い。かなりの勢いでタックルをかましたのだが、まったく効いておらず不自然な動きで立ち上がってきた。

 

「あれだけの威力でタックルしたのにほぼノーダメージか。参ったなこれは。消すつもりでやらなきゃ少々ヤバいかもしれない」

 

独り言を呟き終わる前にタックルをかました男に体術で接近し、顎を右掌底で打ち抜く。その流れで左から跳びかかってきた男の後頭部に左肘をねじ込む。2人が倒れたところで残り3人は魔法を放ってきた。発動速度は意外にも七草先輩とほぼ同等だが威力がないため恐るるに足らない。俺は自分が立っていた場所から壁に飛び移りそのまま壁を走る。

 

壁走り(ウォール・ラン)》。

 

加重系魔法の一つであり、自分にかかる重力を足下に移動させることで、どんな場所でも歩いたり走ることが可能になる魔法だ。高難度の魔法なので使う人はまずいないが。それにこれは攻撃魔法でもなければ、頻繁に使用される魔法でもない。どちらかといえばマイナーなもの。だが俺は実戦的な魔法だと思っている。普通なら走れない場所を走ることができるのだから。俺が壁に飛び移った瞬間、先程まで立っていた床が溶ける。

 

酸の術式か…。存在するとは聞いていたが眼にするのは初めてだな。

 

魔法を使った操り人形に《全想の眼(メモリアル・サイト)》を向けると、大量の想子が減っているのが視えた。とうやら想子保有量は個人差があるらしい。最初からあった想子がなくなっているのを見ると、あれが無くなれば動かなくなると予測する。そこであえて全員からの攻撃が当たるように仁王立ちになる。

 

すると予想通り全員が一斉に魔法を放ってきたので、《炎陣(えんじん)》で無効化する。警備員が来るまでまだ時間はある。殲滅させて記憶を見ることにした。

 

魔法の隙をみて《炎陣(えんじん)》を解除してから《四赤陽陣(しせきようじん)》を発動し、行動不可能になるまで想子を燃やして無力化する。魔法発動速度はそれなりに速いが、次に放つまでのタイムラグがありすぎる。

 

行動不可能になった操り人形の記憶を視るべく、近くの男の瞼を持ち上げて眼球を見つめる。まだ微かに命があるので、記憶を視ることが可能である。

 

歩いている場所は何処にでもある普通の市街地。1人で歩いていると気配を感じて振り向く。その瞬間、身体に電気が走ったように感じると同時に意識は闇に墜ちた。振り向いた瞬間に見えた姿は、黒い肌に中華風の服を着た50歳ほどの男。

 

俺が視れたのはそこまでだった。

 

「っ!」

 

突然接続を切られたかのように男の記憶からはじき出される。視ていた男の眼は、まぶたを持ち上げた時より光を失っていた。どうやらこの男の命が終わったため、俺は現実に強制帰還させられたらしい。

 

まったく手掛かりがなかったわけじゃないが、これでは計画も立てられんな。

 

戦闘が終了したのを感じたのか。心配そうな表情で亜夜子が部屋から出てくる。俺の対物障壁は外からは侵入できず、内側からは出られる設定を施していたため、亜夜子はぶつかることもなく出てこれた。ついでに対物障壁を解除しておく。

 

「終わりましたか?」

「ああ、それほど危険な相手じゃなかった。この程度なら10人でも大丈夫だが…。亜夜子、離れろ!」

「え?」

 

部屋の入り口に一番近いところに倒れていた男から爆発の兆候を感じ、亜夜子を守るように部屋へ押し込む。

 

「亜夜子、大丈夫か?」

「はい、ありがとうございます。克也さん、腕がっ!」

「…このくらい大丈夫だ」

 

俺の右手は爆風により使い物にならなくなっていた。反射的に《炎陣(えんじん)》を発動したのだが、身体の右半分を庇いきれなかったらしい。

 

「ごめんなさい。私のせいで…」

「亜夜子のせいじゃない。油断した俺が悪かったんだ」

「取り敢えず傷を塞がないと…」

「大丈夫だ。もう《回復(ヒール)》を使ってる。っ!」

 

大丈夫だとは言ったものの、細胞が急激に回復させられる痛みは、神経をこすられるようで不快だ。怪我の痛みなら我慢できるが、細胞を強制的に回復させる痛みは、いつまでたっても慣れない。《回復(ヒール)》を使いながら《癒し》で痛みを抑えるが、それでも口から声が漏れてしまう。

 

数分後、完治した右手を無意識に握ったり開いたりを繰り返す動作は、《回復(ヒール)》でも取り除けない痛みが残っているからだろうか。

 

「ふう、ようやく塞がったか。これでなんとか日常生活は送れるかな」

「使えるようになったのはいいんですが、治ったのですか?」

「達也の《再生》のようには無理だけど、中学の時よりは進歩してるよ。あの時だったら怪我を隠す程度にしか治せなかった」

 

俺の《回復(ヒール)》は、今までなら見かけの上でしか塞がらず、完治するにはそれ相応の時間がかかっていた。だがこの2年の間に、達也の《再生》に近いところまで治せるようになっている。

 

「ですが、そのCADは使い物にはなりませんね」

「ああ、こうなっては修理は不可能だ。念のために汎用型を持ってきといてよかったよ」

 

右手のCADは爆風によって全体がただれ、原形を留めていないところまで破損している。完全消去するために加重系魔法で空中に浮かべ、《燃焼》で原子にまで燃やす。

 

跡形もなく消えたのを確認して、リーナから渡されていた緊急携帯端末で司令室に連絡を入れる。リーナが駆け付けるまで亜夜子は、俺の右腕を労るように抱き締めていた。

 

 

 

リーナが部下を連れて現れたのはそれから15分後だった。ちなみに基地からここまでの距離は20kmある。基地からの距離と隊をまとめて指令を伝えるまでの時間を考えると、驚異的な速さだ。四葉の名前を恐れて死ぬ気で来たとしても、不満は微塵もなかった。その日は基地の部屋を借りて一夜を明かした。

 

別々の部屋を準備してもらったのだが、亜夜子が強硬に反対したため、一室で眠ることになったのは水波には内緒だ。

 

 

 

克也が爆発を受けた頃、達也は日本にいながらそれを感じ取っていた。達也が自宅で厳しい顔で急に立ち上がったのを見て、深雪と水波は驚いて達也を見上げる。

 

「達也お兄様、どうされました?」

「…克也の気配が一瞬歪んだ」

「何かあったのですか!?」

 

克也の気配が揺れるなどまず有り得ない。尋常ではないことが起こったのは確実だ。克也の気配を揺らす敵を、深雪は達也以外に知らなかったため動揺していた。

 

「気配が揺れたのは一瞬だから大丈夫だ。…だが克也の気配を揺らす奴とは何者だ?」

 

水波は克也の無事を聞いてほっと息を吐いていた。

 

「帰ってきたら事情聴取しないとな」

 

達也の呟きに2人は深く頷いた。

 

 

 

 

 

翌日、克也と亜夜子はバランス大佐に呼び出され、昨日と同じ部屋に来ていた。

 

『つまり、昨日確保した一同は【ノーブル】のメンバーということですか?』 

『はい。取り調べた結果、パーソナルデータが一致しました。ご迷惑をおかけして申し訳ありません』

怪我をしていない(・・・・・・・・)のでお気になさらないでください。それにこのことは()にはお伝えしませんし、ホテルの警戒が弱かったとは思っていません。むしろ高かったと考えています』

 

本当は怪我をしていたのだが、謝罪ばかりされそうだったので嘘をついておいた。

 

『昨日のことはどうなりましたか?』

『政府も危機感を抱いているようで、当日中に許可をいただくことができました。我々も捜査に参加したいのですが、日本に部隊を上陸させるのは難しいかと』

『それは最初から分かっていましたので、お気になさらないようにお願いします。そちらには日本ではなくUSNA内で奴の動きを調べていただきたいのです。奴がどのような経路で来たのか。それと何処から国外に逃れるのかを見つけてもらえれば』

『分かりました早急に取りかからせましょう。本日はどうされるおつもりですか?』

『今日は夕方には出発予定なので、空港の近くで観光するつもりです』

『分かりましたお気を付けて』

 

部屋を退出し、荷物を持って基地を出てから電話でタクシーを呼ぶ。タクシーから降りてきたのは、行きに乗せてもらっていたハウリーだった。お陰で空港までの道のりは楽しかった2人であった。

 

 

 

空港の近くには観光施設が多く点在しているため、時間をつぶすのにはもってこいである。克也と亜夜子は、いろいろな店を見て回りながら楽しんでいる。

 

昼食にはハンバーガーを堪能した。日本でも食べられるのだが、本場の味を堪能したいと、2人は真っ先に店に入って頼んでいた。味は至極よく値段に納得できるものだったが、少々量が多くて亜夜子の残りを胃袋に収めたため、克也の胃袋はヤバかった。

 

動けるようになりしばらく歩いていると、後を付けてくる気配がしたので店に入ってやり過ごすことにする。恋人に似合うアクセサリーを探す姿を演じていたが、気配は膨れ上がり人数が増えたのを感じた。

 

周りからはお似合いのカップルのように見えていたようだが、これ以上ここにいれば迷惑がかかると思ったのだろう。克也は亜夜子を連れて店を出た。案の定、店に出た瞬間に囲まれてしまう。正確には2人の後ろは店の出入り口なので、180度囲まれていたと表現するのが妥当だ。店の中にいた客達は、店先の状況が理解できず混乱している。

 

『何のようだ?』

 

愛想無く聞くと、リーダー格らしい体格の良い男が言葉を返してきた。

 

『お前ら2人が左手首に付けているそのブレスレット。CADだな?』

『そうだが。それがどうした?』

『魔法など邪推だ!人間に与えられたものではない!よってお前らを処分する!』

 

どうやら【人間主義者】の集団らしく、全員がリーダーの発言を復唱する。それを見て嘲笑が浮かぶが、男は勘違いしたらしくにやつきながら聞いてきた。

 

『恐ろしすぎて笑顔で恐怖を吹き飛ばそうとしてんのか?可哀想になぁ』

 

そう言うと笑い始めた。さらに笑みを深くしながら静かに笑う。

 

『…何が可笑しい?』 

『いや、お前らの阿呆さに笑いが止められなくてな。これは傑作だなナイト(・・・)?』

『はい、馬鹿馬鹿しすぎて笑いが抑えられませんリーフ(・・・)さん』

 

自分たちの正体を隠すため、2人の間で決めたあだ名で呼びあう。日本で聞けば、おかしなコードネームだ。だがここはUSNAであるし、この場所では特におかしな名前という訳でもない。顔を真っ赤にして、今にも攻撃をしてきそうな男を見ても、俺は戦闘態勢は取らない。

 

『何だと?魔法師の分際で!』

『排泄を我慢しているのか?近くにトイレがあるから行ってこい。じゃないと漏らして辱めを受けるのはお前だぞ?』

 

あえて挑発して男に手を先に出させ魔法を使うように仕向ける。そうすれば正当防衛として罰せられることはない。それに喧嘩を吹っ掛けられたのを、大勢の買い物客が目撃している。想測定器に感知されようと、前科がついたり補導されることもないだろう。

 

『このガキぁ!!やれ!』

 

予想以上に逆ギレしてきたが、克也と亜夜子には攻撃せず店の中にいる客に向けて銃を発砲する。しかし弾丸は店の硝子を砕くことなく地面に頼りなく落ちた。

 

『何だと!?もう一度だ撃て!』

 

二度目の発砲も同じ結果になる。

 

『貴様、魔法を勝手に使っていいと思っているのか!』

『いやいや、それは見当違いだぞ。俺は犠牲者を出さないように店にいる客を守っただけだ。悪いのはそっちだからな?』

『黙れ!魔法の無断使用は万死に値する!全員撃てぇ!』

 

全員が発砲するが、ハイパワーライフル20発を容易く受け止める克也の《想子鎧(サイオンがい)》を、単なる小銃の弾10発で貫通できるわけがない。

 

『馬鹿な!弾丸が貫通しないなどありえない!』

『…現実を見ろよ。実際に貫通してないんだから無理だってわかれ』

『黙れよお前!魔法を使うなと何度言えば分かるんだ!』

 

高い声でギャーギャーわめいて耳障りだったので、リーダー格の男に横に立っている同い年ぐらいの男を黙らせることにした。

 

『お前、うるさいからちょっと黙ってろ』

 

魔法師が自然に展開している〈領域干渉〉に消されるほどの弱さで、かる~く圧縮した想子弾をわめいた男の眉間に撃ち込む。

 

『ギャ!』

 

想子弾が眉間に直撃し悲鳴を上げて後ろに倒れた。

 

『貴様、魔法を使って一般人を攻撃するとは!』

『先に攻撃してきたのはそっちだ【ノーブル】さん』

 

自分が参加している団体の名前を言い当てられ、驚愕をあらわにして奇声を発しながら飛び掛かってきた。攻撃を軽くいなし首筋に手刀をたたき込み気絶させる。倒れてくる男を敢えて受け止め地面に横たわらせる。

 

『魔法を使わなくても、俺なら君らを倒せるってことが分かったと思うけど。それでもまだやる?』

『リーダーをやりやがって!謝るのは今のうちだぞ!』

『逆ギレか?最初に喧嘩を売ってきたのはそっちなんだが…』

『黙って聞いてりゃいい気になりやがって!やっちまえ!』

ナイト(・・・)、少し離れてろ』

『分かりました』

 

暴漢が殴りかかってきたのと同時に、亜夜子に離れるように命じる。10人の総掛かりだが八雲の弟子より腕が劣る。躱すのは簡単だったので欠伸が漏れたりした。

 

『やるならもっと本気でやってくれ。面白みが全くないんだけど』

『うるせぇ』

『何で掴めねぇんだよ!』

『ちょこまか動きやがって!』

『じゃあ捕まえてみろ』

『なめやがって!』

 

神経を逆なでるようにあえて挑発する。殴る勢いを利用してこかせると、全員がナイフを取り出し切り掛かってきた。数人のナイフを奪い、気絶させていると魔法発動の兆候を感じる。視線を向けると、ナイフから電気が発せられているのが見えた。

 

麻痺させるためなのか殺すためなのかは分からない。電気を放っている男を《全想の眼(メモリアル・サイト)》で見ると、昨日の襲撃者のように魔法を放った反動なのか想子が減っていた。

 

こいつを倒さないと自爆されたら困る。倒したところで遅延発動術式で爆発されるので、消すことに決めた。向かってくる暴漢を全員気絶させながら魔法を撃つ隙を探していると、軍服を着た男が男からナイフを奪い取り、そのナイフで胸を貫いた。

 

その動きは俺でさえはっきりとは見えなかった。一般人からすれば、いつの間にか男が倒れていたとしか思えなかっただろう。

 

『カノープス少佐、俺たちをつけていたのは貴方でしたか』

 

存在感がある人物が自分達を尾行しているのは気付いていたが、彼だとは思っていなかったようだ。

 

『バランス大佐から極秘任務を言い渡されていた。【2人を護衛せよ】と』

『お心遣い感謝します。ですがそいつから離れた方がよろしいかと』

『心臓を貫いたのだ問題ないだろう。どの生物も心臓があれば操ることは容易い。それが機能しなくなれば自爆をしないのは道理である。それよりお二方には事情聴取をしたいのでご同行願います。お前達はそこの暴漢どもを拘置所に連行次第、現場検証に当たれ』

 

カノープスが部下に命じ、男を担いで歩いて行くのを見て背中を追いかける。結局、事情聴取で残りの時間は全て奪われてしまい、帰国時間まで空港の近くのホテルから外出することはできなかった。

 

正当性は認められたのだが、挑発したことに関しては少し反省するように言われた。



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第61話 惨事

帰国した翌日から学校だったが、実習が午後からなので克也は助かっていた。克也は1時限目から4限目までの間、座学の課題を最短記録で終わらせ、残りの時間を睡眠時間に充てている。時差ボケでなかなか眠れなかったため、今で睡眠不足を補っているのだ。しかもその最短記録は、達也が本気でやっても更新できないほどの速さだった。

 

もちろん時差ボケだけが睡眠不足の理由ではないのだが…。

 

「深雪、克也さんは大丈夫?」

「大丈夫よ。昨日の遅くに仕事から帰ってきたから寝不足なの。今は寝かせてあげましょう」

「仕事?」

「お家関係よ」

 

克也を見ながら心配そうに聞くほのかと雫の質問に答えて、深雪は克也を微笑ましそうに見ていた。昨日帰ってきた克也を質問攻めにし、睡眠時間を奪ったなどさすがの深雪にも言えなかった。

 

「克也さんが疲れるだなんて。よっぽどのことだったんだね」

「私にも詳しく教えてくれなかったんだけど、仕事中に【人間主義者】に襲撃されたみたいなの。それも2回。一度は宿泊先でもう一回は市街地で」

「よくニュースにならなかったね」

「国はそんなこと放送されたくないでしょうし、正当防衛だって証明されたみたいだから」

「正当防衛?」

「向こうから手を出してきたらしくて、魔法を使わずに騒ぎを静めたみたい。それと【人間主義者】が一般人を狙ったときに魔法で守って、怪我をさせなかったことを狙われた人や目撃者が評価したらしいの。だから大事にはならなかったみたい」

 

深雪の説明に2人は納得し、優しく克也を見ながら呟いた。

 

「大活躍だったんだね。克也さんは批判を受けても、一般人を守ることを止めなかったのはすごいよ」

「ほのかの意見に賛成。克也さんは本当に優しい男性だっていうことは、世間に自分の事情を公表されても変わらないんだね」

 

そう言ってくれる友人に、深雪は嬉しそうな笑顔を浮かべながら聞いていた。

 

 

 

 

 

今日は2月4日。四葉も黒羽もUSNAも顧傑(グ・ジー)の情報を何もつかめておらず、捜索に進展は見られなかった。唯一分かっているのは、顧傑(グ・ジー)が死人を操り【ノーブル】のメンバーを、道具として使い捨てにしていることだけだ。

 

克也達は自分が作った組織の人間を使う理由が分からなかった。操り人形にされた彼らに同情はできないが、命を粗末にされることには苛立ちを覚える。たとえ批判してくる奴らでも同じ人間であり、命を持つ生命体なのだから。

 

克也と深雪が教室に入るとざわめきが起き、2人は首を傾げていた。

 

「克也さん・深雪!何で学校に来てるの!?」

 

ほのかが悲鳴にも似た声で聞いてくるので、少し心が痛む2人だった。

 

「…おはようと言いたいところだけど。『何で』とは随分だねほのか」

「克也お兄様、私達は仲間外れにされたようです」

「そのようだな深雪。俺は悲しいよ」

「克也お兄様…」

「深雪…」

 

その言葉を聞いてほのかが眼を白黒させ、雫はどうフォローしようか迷っているようだ。2人に婚約者がいることを知っているのだが、美男美女が向かい合って互いの名前を呼び合っているのを見れば、思考停止に陥っても仕方が無い。

 

だが幸い2人の困惑は短時間で終わった。

 

「冗談よほのか」

「ふぇ!?」

「その通りだ2人とも少しからかっただけだ。ほのかが言いたいのは、今日が〈師族会議〉だから俺達が来ないと思ってたんだろう?」

 

2人でまとっていた空気を素に戻して聞く。

 

「そうです!行かなくてもいいのかなって…」

「気持ちは分かるが俺達は行かなくていいんだよ。出席者は『現』当主であり『次期』当主じゃないからね。それに開催場所は出席者以外は知らされていないから、俺達が行こうにも無理だ。ほのかと雫が知らなくても当然だけどね。2日目の選定会議に出席する〈師補十八家〉の方々も、今日の時点では大体の場所しか知らされていなくて、具体的な場所はまだ通知されていないはずだよ」

 

同じ頃達也と水波・香澄・泉美も、クラスメイトから同じ質問を受けて同じように説明していた。

 

 

 

 

 

〈十師族〉の当主は、箱根にあるそれなりに名の知られたホテルの貸し会議室で、命のやりとりにも劣らない真剣な面持ちで集まっていた。不思議な点は克人が父親の後ろに立っていることだろうか。開始時間になり真っ先に手を挙げたのは、十文字家当主 十文字和樹だった。

 

「私は先日に魔法技能をすべて失いました。この場を以て十文字家当主を退き、息子の克人に譲ろうと思います。よろしいでしょうか?」

「十文字殿がそう言うのであれば誰も文句は言わないでしょう。家督継承を他の〈十師族〉に許可をもらう必要はありません。ご自由になされよ。それでは新しい十文字家当主として克人殿、席に着かれよ」

 

最年長の九島真言が全員の内心を代弁して発言した。克人が席に着いて少しの間、反政府活動および侵略行為の監視状況を説明する。一段落したあと、七草家当主七草弘一が発言許可を真言に求めたことで、残りの8人がげんなりした雰囲気を醸し出す。

 

弘一が発言を求める時は、毎回会議が面倒くさくなるため当主たちは嫌なのだ。

 

「四葉殿、次期当主のご決定おめでとうございます」

「ありがとうございます」

 

互いに言葉だけを見れば、祝いの言葉を言いお礼を言っているように見えるが、実際にはそんな生易しいものではない。2人は愛想笑いを浮かべているが、弘一は眼に嫌な光を浮かべ、真夜は冷ややかに見返している。

 

何故か2人とも既に臨戦態勢で、今にも魔法の応酬に発展しそうだ。残りの8人の当主たちは、「やれやれ」という表情と「またか」という表情に分かれていた。

 

「しかし次期当主候補の従兄である克也殿の婚約には、承服致しかねます」

「何故でしょうか。克也と婚約者は互いにそれを望んでおりますが?」

「彼のような優秀な魔法師の遺伝子を、【調整体】の不安定な遺伝子と掛け合わせてはなりません。それならば有力魔法師との間に子供をもうけるべきだ。自分勝手ながらそのようなお考えをお伝えします」

 

弘一の発言に真夜を除く当主たちが眉をひそめる。弘一の発言は【調整体】という存在を許容していないと言っていることと同じである。真夜はかなり限界に近いようだが、ここで爆発させれば〈十師族〉から外されるどころか、魔法社会からの追放にもなりかねないと考えて我慢していた。

 

「本人の意思を無視すると言いたいのですか?」

「魔法師であるなら、ある程度心を殺すべきだと思いますが」

「私は何を言われようと婚約を破棄などしませんよ?息子(・・)の幸せな姿を見たいですし、2人の間に生まれてくる子供に問題はありませんから。ご心配なく」

「…それはどういうことか教えていただけますか?」

「教えるつもりはありません。他人の魔法を聞くことはタブーですから」

「発言いいでしょうか四葉殿・七草殿」

 

2人の危険な会話に一条家当主一条剛毅が割り込み、少し空気が和らぐが次の言葉で先程より張り詰める。

 

「一条殿、どうぞ」

「ありがとうございます四葉殿。私は息子 将輝の気持ちを優先し、克也殿の婚約を推奨いたします」

「…一条殿、貴方は魔法社会の発展を望まないと言うのですか?」

「そうは言ってはおりません。確かに心を殺して優秀な魔法師と結婚することは、魔法社会の発展に繋がると思っています。七草殿、貴方の昔のこと(・・・・)を知っていますから」

 

真夜は昔のこと(・・・・)という単語を聞いて表情を厳しくしたが、そのことに気付いた者はいなかった。

 

「七草殿の言いたいことは理解できます。七草殿は確か克也殿に娘さんお二人を婚約させたいと仰っていました。お二人が望むなら解消するべきだと思います」

「三矢殿、それは2人が克也殿にアタックをしても構わないと申すか?」

「八代殿、男女の相性は交際してみなければ分かりません。もしかしたら克也殿がお二人との方が婚約されている桜井殿より、相性が良いと気付くかもしれません」

「…2人にアタックさせることは認めましょう。婚約したいならばご自身の心で勝ち取ることが条件ですが。ですので婚約は解消しません。それでよろしいですか七草殿?」

「それで結構です四葉殿」

 

真夜が渋々頷いた様子を見れたことに満足したかのように、明るく返答した弘一であった。

 

 

 

弘一が投げ込んだ爆弾で全員が疲れを見せたあと、一度休憩を挟み会議は再開した。最初の発言者は、意外にも真夜で再び爆弾を爆発させる。

 

「皆様は周公瑾という人物をご存じですか?」

「それは誰ですか四葉殿?」

「七草家や九島家の当主がよくご存じだと思いますが、説明いたしましょう」

 

克人が真夜に聞き真夜が2人の名前をわざと出す。そちらに視線を向けると弘一はポーカーフェイスを保ち、真言は背筋を僅かながらに伸ばした。

 

「彼は横浜中華街を根城にしていた大陸の古式魔法師です。一高での反魔法国際政治団体【ブランシュ】によるテロ・2095年度九校戦での国際犯罪シンジゲート【無頭竜】の暗躍・〈横浜事変〉でのゲリラ及び大亜連合破壊工作部隊の手引き・吸血鬼と呼ばれる〈パラサイト〉事件を引き起こした黒幕の日本における代理人を務めた(・・・)人物です」

「四葉殿、務めた(・・・)というのは既に粛正済みだということですか?」

「その通りです八代殿。周公瑾は昨年10月、一条将輝と九島光宣の協力を得て達也が仕留めております。ちなみに【ブランシュ】は達也・深雪・十文字殿を含む5人が。【無頭竜】は克也が壊滅させました」

 

真夜の報告に会議室をざわついた空気が満たす。周公瑾討伐に克也も参加していることを真夜は知っていたが、伝える必要は無かったので話さなかった。

 

「それはそれは。次世代が育ってくれているのは嬉しいことですね」

「私や十文字殿からすれば後輩ですが」

 

六塚家当主 六塚温子の茶々は年長者の笑いを誘ったが、真夜が三度投げ込んだ爆弾で和んだ空気は霧散する。

 

「七草殿・九島殿、貴方方は周公瑾と関係をもっていましたね?七草殿は配下の名倉三郎氏を使って周公瑾とコンタクトを取り、民権党の神田議員を間接的に利用して一高へ押しかけさせた。反魔法師運動を煽っていたのは調べが着いています。九島殿は周公瑾の要望を聞き入れ、〈道士〉と呼ばれる大陸の魔法師を保護しましたね?何か仰りたいことはありますか?」

「…四葉殿、私は周某が何かを仕掛けているとは知らなかった」

「貴方が保護した〈道士〉が私の息子と婚約者と姪と貴方の息子(・・)である克也・達也・深雪・水波・光宣を襲ったことはご存じですか?」

「…それは知らなかった。お許し願いたい」

「何事もありませんでしたからお気になさらずに。七草殿はどうでしょう」

 

真夜は真言に対しては穏やかに話していたが、弘一に向くと先程と同じように冷ややかに見つめていた。

 

「確かにその人物とは関係を持っていました。反魔法師運動を活発化させたのはガス抜きをさせ、魔法師に一時的とはいえ甚大な被害が出ないようにしたまでです。それに彼は危険だと判断し、名倉三郎に消すよう命じましたが、返り討ちに遭って無残に殺されました」

「何故我々の捜査に援軍を出さなかったのですか?」

「名倉氏は当家にとっても指折りの実力者でした。その彼を容易く殺す魔法師がいると痛感させられ、これ以上犠牲を出さないために派遣しなかっただけです」

 

薄い色のサングラスの奥は照明の反射で見えない。

 

「それならその情報を我々に与えてくれればよかったのでは?」

「必ず情報を他の〈十師族〉に伝えなければならないという約束はありません。危険性は高いが伝える必要は無いと判断していました。あの時は名倉氏が亡くなったことを受け入れられる状態ではありませんでした。そのため正常な判断ができず、あのような判断をしてしまったという次第です」

「この4ヶ月の間に伝えることができたのではありませんか?」

「それ以降も忙しく、思い出す時間が無かったのです。お許しを」

 

剛毅と弘一の会話を残りの当主は聞いていたが、もっともらしいことを言っているが胡散臭く感じ、疑いの念を弘一に向け始めていた。

 

 

 

 

 

翌日、選定会議は前回と変わらないメンバーで始まった。

 

「昨日話していた周公瑾という人物のことですが。彼はこの日本における黒幕の代理人と四葉殿は仰いました。一体、誰が差し向けたのでしょう」

「それは私からお伝えします二木殿。周公瑾の黒幕は顧傑(グ・ジー)またの名をジード・ヘイグといい、彼の捜索にはUSNAも協力してくれています」

「USNAがですか…?どうやって協力してもらえたのですか?」

顧傑(グ・ジー)は【ブランシュ】の総帥。【無頭竜】前首領リチャード=(スン)の兄貴分でもありますね。〈パラサイト〉事件の指導者です。最近USNAで【ブランシュ】より勢力を伸ばし、過激な活動を続けている【ノーブル】の設立者と言えば、この危険性がおわかりいただけますか?」

 

当主一同が驚愕している間も真夜は話し続けた。

 

「政府によって情報統制されており、皆さんぐらいしか知られていないUSNAの魔法軍事基地が襲撃された事件ですが、襲撃したのは【ノーブル】のメンバーです。そしてUSNAと共同捜査できるように努めてくれたのは、私の息子(・・)の克也による功績です」

「克也殿ですか。彼は魔法力だけではなく、人と人とを結びつける能力が高いようですね。その協力は四葉家だけですか?」

「我が四葉家との間の約束事ですが、情報が入り次第お伝えしようと思っています。ご心配なく。七草殿のように伝えないということはありませんから」

 

五輪家当主 五輪勇海に真夜は頷きながら答えた。「USNAの兵器保管庫から旧式携行ミサイルが盗まれた」ことは絶対に話さないと克也がUSNAと約束したため、この場でも真夜は話さなかった。これ以外は伝えるつもりなので、全てが嘘というわけではない。

 

「その首謀者はどこにいるかは誰にも分かっていないようですが、案外この会議を狙っているかもしれませんな」

 

八代雷蔵の言葉を発したのと同時に、激しい音と振動が会議室を襲った。それはまったくの偶然で各当主たちも驚きにより、何が起こったか理解できていなかった。



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第62話 結束

選定会議が行われていた会議室が、謎の爆発によって襲撃された頃。第一高校は2限目と3限目の間の休み時間だった。克也は深雪達と実習室に向かっている最中に懐で緊急信号が鳴った。不思議に思って情報端末を取り出して開く。それと同時に顔色を変え、深雪も同じように情報端末を見て、血の気を失ったように真っ青になっていた。

 

「ごめん、先に行く!」

 

ほのかと雫を置き去りにして、克也は深雪の手を引いて駆け出した。

 

 

 

実習監督の教員に事情を伝え、校門で達也を待っていると水波・香澄・泉美を引き連れた達也が、珍しく血相を変えてやってきた。

 

「全員に緊急連絡来たということは誤報じゃないな」

「克也、早く向かおう。ここでちんたらしてられない」

「ああ、急ごう」

 

克也と達也は4人を引き連れて足早に駅に向かった。駅員に事情説明し、特別に大人数用のコミューターを準備してもらう。可能な限りの速度で会議場に向かいながら、車内で克也は友人に電話をしていた。

 

『克也か!?ということは誤報じゃないんだな!』

「ああ、七草家の双子にも来ているから間違いない。どのくらいで着く?」

『2時間ほどだ』

「こっちは2時間半ほどかかりそうだ。もっと早くに着きたいからヘリを準備して欲しいところだが、ないものねだりというやつだ」

『ヘリか…。そうだその手があった。俺は今すぐ家に帰ってヘリを呼んでから向かう。お前も早く来い。遅れるなよ!』

 

一方的に電話を切られた克也は独り言を呟いていた。

 

「こっちは準備できないっての」

「克也兄、少しいい?」

「香澄、どうした?」

 

一方的な婚約を突きつけられて迷惑している2人に、克也は文句を言えなかった。2人が望んで婚約を破棄させてきたなら、克也は同じコミューターにも乗らなかったし、関係を断絶していただろう。

 

「僕達の家にヘリがあるからそれで向かおうよ。方向はこっちだしもうすぐ見えるから」

「分かった感謝する」

 

香澄に礼を言い、コミューターの目的地を七草邸に変更した。

 

 

 

克也一向が現場に到着したのは、爆発があってから1時間後のこと。将輝は克也一行の数分後に到着した。

 

「俺に遅れるなと言ったのはどちらさんだった?」

「操縦士がテンパってヘリが飛ばなかったんだ!俺のせいじゃない!」

「命令しときながら遅れるとは。何かしてもらわないとな」

「何をさせるつもりだ…」

「何かだけど。…取り敢えず今はここで終わらせとこう」

「そうだな。こんな状況で言い合いなんてしている暇はない」

 

将輝を含めた7人で当主一同が集まっている場所に向かう。

 

「あれは刑事?何で!」

「泉美、待ってよ!」

「あの馬鹿」

 

泉美が走り出してそれを追うように香澄が走り出したので、克也は毒づきながら追いかける。

 

「皆様は被害者ですよ!何故取り調べを受けなければならないのですか!」

 

案の定、泉美が刑事に食って掛かっていたので遠ざける。

 

「泉美、やめろ」

「克也お兄様、何故止めるのですか!?」

 

克也が泉美の左腕を掴みながら言うと、泉美がその腕を振り払った。だが克也は振り払われた腕をもう一度掴み、泉美の重心をコントロールしながら引き寄せる。泉美は抵抗する間もなく。さらには痛みを覚えずダンスリードされるかのように、自然と刑事から引きはがされた。

 

「頭を冷やせ泉美。警察の方は職務を全うされているだけだ。邪魔をすればその分だけ事情聴取が長引く。離れるぞ」

 

克也が泉美を連れ戻す様子を、真夜と剛毅を除く当主達が興味深げに見ていた。

 

 

 

「四葉、お前達も来ていたのか?」

「十文字先輩?」

 

事情聴取が終わるのを待っていると克人に声をかけられた。達也と克也は2人で話をしており、将輝に水波達を任せてあるのでここにはいない。

 

「四葉と言うべきか?それとも司波か?いや、そうすればややこしくなるな」

「今まで通りでいいですよ十文字先輩。何が起こったのか教えてもらってもいいですか?」

「わかった。見ての通り、当主方はかすり傷以上の怪我をされていないから安心してもらって構わない。それと今回の爆発は詳しく分かっていないのが現状だ。だが俺は高確率でこの〈師族会議〉が狙われたと思っている」

 

克人の予想に間違いなどない。克也と達也はその理由を克人の人間性から見抜いていた。

 

「十文字先輩、首謀者が誰かご存じですか?」

「ああ、顧傑(グ・ジー)というのだろう。それがどうした?」

「あいつは死者を操る魔法を得意としています。それに【ブランシュ】のような反魔法団体を組織するということは、魔法を衰退させようとしているとみて間違いありません。しかし今回の爆発程度では、〈十師族〉を殺せないことは分かっていたはずです」

「...つまり狙いは当主ではなく、このホテルで働いていた非魔法師ということか?」

「それで間違いないと思うよ達也。あいつの狙いは『非魔法師を守らず、自分たちの安全だけを考えて逃げた。魔法師はいざとなれば非魔法師を見殺しにする』と一般人に伝えることだと思う」

 

克也の想像に克人と達也は、忌々しそうに眉をひそめるのだった。

 

 

 

克人と分かれた克也は達也と2人で話していた。

 

「克也が言ったのはあれで全部か?」

「さすがに達也には隠せないか。…十文字先輩に言ったのは予想の半分だよ。正確には四葉に対する復讐だろうな。自分が祖国を追われたように、四葉が日本に居場所を失うよう仕向けているんだと思う」

「質の悪いやり方だな。正面からぶつからないとは性根が腐ってる」

 

達也の表現に苦笑してしまう。

 

「仕方ないと思うよ。あいつの使う《僵尸術》は、前線で直接使う魔法じゃない。遠距離からの遠隔操作で動かしているんじゃないかな。動きを止めるなら、存在の消去か心臓の破壊だ」

「次がいつなのか分からないがしばらくは動かないだろう。ほとぼりが冷めるまで待って、どさくさに紛れて脱出するつもりだろう。それまでに捕まえてやる」

 

達也の決意に克也も頷き、将輝たちの元に向かった。

 

 

 

 

 

事情聴取から解放された当主一同は、将輝の乗ってきたヘリで魔法協会関東支部に移動して会議を再開していた。達也・深雪・水波・将輝・香澄・泉美は、別室で会議が終わるまで待つことになっている。

 

克也殿(・・・)、今回の爆発をどう思われますか?」

 

会議の冒頭からいきなり弘一は克也に質問を投げつけた。克也がここにいる理由は、USNAとの共謀を結びつけた腕を買われた結果である。真夜の後ろで微動だにせずに立っていた克也は、真夜の横に移動してから発言する。

 

「現段階で死者16名、未発見者を含めれば20名を超えるでしょう。世論の火を炎に変えることになるほどの被害ですから、マスコミを抑えることはできないと思われます。かといって抑えずにいるわけにはいきません」

「その通りですね。黙っているだけでは、一方的に悪者扱いされるだけです」

「しかし反論しすぎて反感を買うのは論外だ」

 

克也の言葉を引き金に、当主達が互いに提案しあっているのを鑑賞してから意見を述べた。

 

「マスコミ工作を進めながら、顧傑(グ・ジー)の捕縛をするべきだと思います」

「だが我々〈十師族〉が表立って動くわけにはいかない。しかし何もせず第二・第三のテロを起こされれば、〈十師族〉の権威は地に落ちる。我々でだけでなく、魔法師全体に逆風が吹くことになるだろう」

「それでも誰かが動かなければなりません。誰を探索に向かわせますか?」

「当家からは克也と達也を遣わせます」

「では将輝にその任を与えよう」

「私、十文字克人は当主ですが学生であることを踏まえて参加させていただきます」

「それでいいでしょう。あとは我々が集めた情報を届ければいいと思います」

 

顧傑(グ・ジー)の捜索メンバーが決まり、次の話題に上がったのは先程の爆発のことだった。

 

「先程の爆発の起爆剤などは、どうやって運び込まれたのでしょうか」

「会議が始まる2週間前から警備は厳しくなっていますから、その前に運び込まれた可能性があります。ですがその場合は、誰かが気付いているはずです」

「おそらく爆発させる直前に侵入させたのでしょう」

「克也殿、それはどういうことでしょうか」

 

克也が経験談を話すと、二木家当主 二木舞衣が質問してきた。

 

「自分はUSNAに渡った際に操り人形と交戦しました。その際、半分生きた人間に遅延発動術式を施し、自爆させるように仕組まれていたのを目撃しています。今回もそれと同じなのではと思いまして」

 

ミサイルのことは黙りつつ、襲撃されたときのことを話す。

 

「生きている人間と識別できないのは痛いですね。しばらくは首謀者を見つけることを優先したほうがいいようです」

 

三矢元の言葉に全員が納得し会議は終了した。

 

 

 

克也は帰宅して、達也と将輝に今日の会議内容を伝えた。

 

『つまり俺達は情報を待ちながら、自分達でも動かなければならないということか』

「今は会議が行われた場所の付近を中心に捜索しているから、案外すぐに見つかるかもしれない」

「とはいえ相手は【ブランシュ】の総帥だ。簡単には見つからないだろう?」

『…嘘だろ?それは初耳なんだが』

「そういや将輝には教えてなかったな。顧傑(グ・ジー)は【ブランシュ】の総帥で、【無頭竜】前首領リチャード=(スン)の兄貴分だ」

『…そんな奴を見つけられるのか?』

「見つけるんだよ将輝。じゃないと魔法師にとって住みにくい国になる。ただでさえ日増しに反魔法師運動が増えてるんだ。放っておけるわけがない」

『分かった。俺も可能な限り情報を集める』

 

電話を切つてソファーに座る。将輝には強気で言ったが、正直なところ捕まえられるかが不安だ。ただでさえ、USNAと約束を取り付けて日本に帰ってきてから1ヶ月の間、奴の目立った情報が一つも見つからなかったのだから不安にもなる。

 

USNAと四葉の諜報でも何一つ手掛かりがつかめないのは、さすが〈七賢人〉の1人というところか。〈フリズスキャルヴ〉の能力により、こちらの行動が筒抜けの可能性がある以上、あまり電子機器でやりとりをするわけにはいかないかもしれない。

 

 

 

 

 

翌日からは普段通りに学校生活を送ろうと達也と決め、今は実習を受けている最中だ。しかし実習のテストを受けている間も、顧傑(グ・ジー)のことを考えてしまう。情報待ちの段階とはいえ、手を拱いていられないのもまた事実。自分なりにネットを使って不審な事件などを一通り洗ってみたが、何も見つからなかった。

 

行方不明事件が2月の時点で、前年度の2割に上っていることが分かったが、その年によって事件数は上下する。あまりこの数は当てにはならない。克也の背中から漂う名前のつけようもない空気を、深雪は感じ取っていた。だがどう声をかければいいのか分からず、心配そうな眼を向けることしかできなかった。

 

 

 

ランチタイムにいつものメンバーが集まり、和気藹々とした雰囲気は突如として終わりを迎える。流れた昼のニュースのせいである。それを耳にした全員が辟易とする。

 

ニュースの内容を要約すると「魔法師は自分の身を守ることしか考えず、一般市民を見捨てて見殺しにした。魔法師の行動は間違っているため、それなりの責任を負い、罪を償わなければならない」ということで、エリカ・レオ・幹比古が文句を言っていた。

 

「何で自分の身が危険にさらされているのに、他人を優先しないといけないのよ!」

「そのホテルには50人近くいたってのに、たった14人に助けさせるか?救えるはずがねぇよ」

「職業や地位で優先する場合もあるけど、それを当然のように言われるのは不愉快だね」

「さっきのニュースを聞く限り、救われるべき命に魔法師は含まれていない。魔法師は自分で自分を守れるから、数える必要は無いと考えているんだろうな」

 

達也の文句や批判では済まない辛らつな言葉で全てを丸く抑え、エリカ達がそれ以上ヒートアップしないように留めた。

 

 

 

 

 

2月9日の深夜。達也は鎌倉にバイクで向かい、俺は家で休むように叔母に命じられていた。正直行きたかったが、水波に止められては無理強いはできなかった。達也を見送った後、ソファーでブラックコーヒーを飲みながら今まで得たデータを吟味していた。

 

ブラックコーヒーを飲んでいた理由は、今のブームがコーヒーなのも理由の一つだが、大部分は情報から顧傑の行動を予測するために、脳を強制的に動かすことが目的だった。

 

3時間ほど前にリーナと情報交換をした際に得られたのは、「顧傑(グ・ジー)は西海岸にいた無国籍難民。その地域では見た目は恐ろしいが、問題を起こさずむしろ怪我をした子供を介抱する優しさを持っている。そして【ノーブル】の構成メンバーの大部分が忽然と姿を消し、本部も慌てている」ということだった。

 

問題を起こさなかったのは目をつけられないためだろう。メンバ-が姿を消したのは、顧傑に操られて手駒にされているためだと予測する。重要なのは、肝心の本人がどうやってUSNAから脱出したかということだった。

 

客船や飛行機などに乗れば、身分証明の掲示の際に機械を通すため記録に残るが、データには一切なかったため有り得ない。あるとすれば、軍にいる協力者に頼み込んで中規模の船艇を譲ってもらったということ。これに関しては確信はできない。

 

そうこうしている間に眠気に負けて、そのままソファーで眠り込んでしまい、帰ってきた達也に起こされるという結果になってしまった。

 

 

 

 

 

2月10日日曜日。克也は達也・深雪・水波を連れて北山家を訪れていた。何でも雫の父親が自分達と話がしたいと言い出したらしく、雫が克也達を家に招待したという経緯だった。

 

「遅れて申し訳ない」

「いえ、自分達が約束の時間より早くに来ていただけですから。お気になさらないようにお願いします」

 

克也達が早めに来た理由は、雫にお茶をしようと誘われていたためである。

 

「それで今回のご用件は何でしょうか」

「話とは魔法師ネガティブキャンペーンのことだ。私は魔法師ではないが、妻も娘も魔法師である以上、見て見ぬふりはできない。〈十師族〉の考えを教えてくれないかな?」

「今回のテロを起こした首謀者を、我々の手で捕獲することを決定しました。マスコミの方は協会を通じて、一般人を巻き込んでテロを起こした首謀者を非難するように指示する声明を出しています。とはいえ、マスコミが都合良く動いてくれるとは思っていません。むしろこちらを非難する記事を出すことでしょう」

「ではそれに私も参加させてもらえないだろうか?」

「…嬉しいお言葉ですがそれは承服致しかねます」

 

北山潮の意外な提案に戸惑う。そのせいで返事がワンテンポ遅れたがしっかりと返しておく。

 

「何故かね?」

「北山さんは大富豪ですから、目の敵にされるのは目に見えています。あまり介入しない方が奥様や雫のためにもなるでしょう」

「では事態をそのままにして、被害が出ても良いと言うのかな?」

「魔法師全員をフォローするなど不可能ですし、自分の身は自分で守るというのが鉄則です。もちろん一部の例外を除きますが。もし被害が出るのであれば、その度に改善すれば済む話です」

「君の言いたいことは分かった。だが私も他人事では済まないから協力がしたいということを知っていてほしい。それでは失礼させてもらうよ仕事が山積みなのでね」

 

出て行く北山潮の背中に向かって、4人でお辞儀をしてお礼をする。

 

「ごめんね変なことを話しちゃって」

「雫が気にすることはないよ。一家の大黒柱である父が、妻や子供を守りたいと思うことは可笑しなことじゃない。むしろ大切なことだ。北山さんはそれをしっかりと分かっていらっしゃるから、こんな提案をしてくれたんだ。雫の父上は素晴らしい人だよ」

「ありがとう達也さん」

 

その後は、和やかにお茶の時間を楽しみ克也達は帰宅した。



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第63話 暴挙

2月11日月曜日。4人が学校に登校すると、妙に校内がざわついていることに気付いた。

 

「おはようほのか。何があったんだ?」

「あ、克也さんに深雪もおはよう。一条さんが職員室に入っていったのを見た生徒がいるらしくて、その噂が流れてるみたいです」

「「将輝(一条さん)が?」」

「制服の色は?」

「赤だったそうですよ」

 

制服がそのままだということは転校ではなく、事情があって三高に所属したまま来たのだろう。まだ将輝本人だと決まったわけではないが、彼ならばテロのことで調査しに来たのかもしれない。

 

「まだ、あいつだと決まったわけじゃないから悩んでも仕方ないよ。来ているなら1限目の前に俺達に対して説明があるだろうから、変な先入観を持たない方が良い」

「そうですね」

 

ほのかを説得してから席に着いて情報端末を開く。克也は手慣れた動作でお気に入りの書籍サイトに接続し、小説の世界にのめり込むのだった。

 

 

 

将輝が来ていたことは事実らしく、1限目が始まる前に教頭と共にA組にやってきた。事情は詳しく説明されなかったが、俺の予想通りだろうと思っていた。将輝が座る席は先月自主退学した生徒の空いた席になり、俺の横になったため話をするのが楽になった。

 

1限目と2限目の間の休み時間に俺は将輝を連れ出した。俺と将輝が廊下を歩いていると、喜びに満ちた悲鳴があちこちから上がったが無視して空き教室に向かう。部屋に入って遮音フィールドを張り、真剣な面持ちで向かい合う。

 

「今回、一高に転校ではなく移籍したのはあの件が理由か?」

「ああ、向こうでは調査しにくいから三高の校長に頼んで一高に行けるようにしてもらったんだ。魔法科高校のデータは、魔法大学を仲介としてどの高校にも送ることができる。座学なら三高の授業を一高でも受けられるからな。実技や体育は対象外だが」

「お前なら1ヶ月程度は問題ないだろ?三高と一高の実習内容は真逆と言っていいほどかけ離れているが、良い経験になると思う。しばらくの間は俺達に頼って早くこの環境に慣れてくれ。そうすれば捜査の時も安心して動けるだろ?」

「すまんな。不謹慎だがこんな経験をできるのは滅多にない。楽しませてもらうぞ」

「ふふふ、天狗にはさせないよ将輝()

 

空き教室で2人は互いに人の悪い笑顔で向き合っていた。女子生徒がその光景を見ればこう表しただろう。

 

【悪魔の密約会議】

 

空き教室から帰ってくると深雪に説明を求められたが、何も隠すことはなかったので話しておいた。

 

 

 

今日の実習はリーナと勝負したのと同じものだった。どうやらこの学校ではこの実習がよく行われ、一定期間の間に魔法力がどれだけ伸びたのかを計測するための恒例行事らしい。

 

「克也、これはなんだ?」

「簡単に言うと、〈事象干渉力〉と魔法発動速度を競い合って勝敗を決める遊びだな」

「遊び?」

「俺からすればこれは遊びだと思ってしまうんだよ。九校戦とは違う本当の実戦を経験してるからな」

 

九校戦は学生のお遊びであるからして実戦とは言い難い。殺傷性の高い魔法も禁止されているため、実戦とは言え生ぬるいものだ。

 

「お前の気持ちは理解した。それで一番強いのは誰なんだ?」

「深雪だよ」

「お前より強いのか?次期当主なら分からなくもないが」

「四葉の当主は【強力】な魔法師ではなく、【優秀】な魔法師が継ぐから判断材料にはならない。俺は演算処理つまり魔法発動速度が速いけど、深雪は〈事象干渉力〉が高い。いくら先に発動させても、結局最後は押し切られる」

「それなら俺も司波さんには勝てなさそうだな。俺と勝負をしないか?雪辱を果たすぜ?」

「また負けるのが落ちだぞ将輝」

「言ってろ。その余裕の笑みを驚愕に変えてやる」

 

最初は真面目な話をしていたはずなのに互いに煽り始め、結局勝負で決着を付けることになった。克也と将輝が装置の前に立つと、先ほどまでざわついていた実習室が静まり試合を見つめる。

 

「カウント行くぞ克也」

「いいぞ」

「スリー」

「ツー」

「ワン」

「「Go!」」

 

順番にカウントダウンし、最後に声を合わせて発しパネルに手をたたきつける。使うのは単一工程の移動魔法。金属の球を相手側に押し込み合う。一瞬の均衡の後に金属の球が将輝側に落ちた。

 

「またかぁ!」

「3戦3勝だ将輝。俺には勝てないぞ?ふふふふふ」

「ぐぬぬぬぬぬぬ」

 

将輝が歯ぎしりしている姿を見て、克也はほくそ笑んでいた。周りの生徒は、「さすが主席と一条家の御曹司」とでも言いたげな表情で2人を眺めていた。

 

「深雪、何が起こったか見えた?」

「私にもはっきり見えなかったけど、克也お兄様の方が魔法の発動が早くて一条さんに勝ったんだと思うわ」

「克也さんの発動速度がさらに上がってる気がする。あれは反則級だよ」

「克也お兄様は四葉史上最速の魔法発動速度を有していると叔母様に教えられたから、その名に恥じないことを示したのよ。〈神速〉の異名は伊達じゃないわ」

 

克也の二つ名を出しながら自慢気に答える深雪を、ほのかと雫は優しい笑みで見つめていた。その頃将輝は克也に文句を言っていたが、克也はどこ吹く風とばかりに明後日の方向を見るのだった。

 

 

 

「将輝、一緒に昼食を取らないか?」

「いいのか?」

「もちろんですよ一条さん。誰も拒否はしませんから」

「是非に」

 

将輝を食堂に誘う。いつものメンバーと食事を始めていると、エリカが先ほどの実習のことについて聞いてきた。

 

「こっちは均衡が長く続くから見ててあんまり面白くないのよねぇ。A組ではどうだった?」

「克也さんと一条さんが戦ってましたよ。克也さんの圧勝でしたけど」

「え?一条君、また負けたの?」

 

エリカは悪気があってした質問では無いのだが、負けた人間からすると嫌みにしか聞こえない。だが将輝は優しいからか怒らずに苦笑しながら答える。

 

「完敗だよ。こいつには勝てる気がしない。魔法発動速度が異常としか言いようがない」

「その言い方は不本意だぞ将輝」

「だが一条の言いたいことは理解できる。克也の魔法発動速度は人間の限界に肉薄しているからな。ある意味一種の化け物だ」

「…達也から人外扱いをされるとは。正直かなりへこむ」

 

達也も化け物じみた存在なので、その人物に言われるとさすがの克也でも精神的に来るらしい。

 

「達也も十分化け物だけどね」

「幹比古に同意だな」

「幹比古、お前も一度話し合わなければならないようだな」

「よしてよ達也。というより何で僕だけ!?」

「気分だが?」

「余計に質が悪いよ!」

 

このように楽しげな会話と一部悲鳴があったが、楽しそうな空気に女性陣は微笑まし気に見ながら、微かに大人気ないとでも言いたげな表情をしていた。

 

 

 

顧傑(グ・ジー)の捜査は、達也が黒羽家に呼ばれた日以降何も進展していなかった。達也は黒羽家が見つけた顧傑(グ・ジー)の潜伏場所に行くと、ジェネレーター3体しかおらず顧傑(グ・ジー)は逃走した後だったらしい。どうやらこちらとのやりとりを、〈フリズスキャルヴ〉で傍受されて暗号を解読されていたらしい。

 

 

 

 

 

今日はまたしても面倒な1日が始まった。普通の少年なら嬉しい日であり、魔法科高校の男子生徒も一緒だが、俺はそれに乗ることはできなかった。何故なら顧傑(グ・ジー)の捜査が一切進まないので、徒労感を覚えていたからだ。

 

「よう克也。どうした?」

「いや、少し悩みがあってな」 

「悩み?奴が捕まらないことならお前が気にしなくても良いと思うが」

「それもあるが今日がちょっとな。お前も時間が経てばわかるよ」

 

俺の言葉に将輝は分からないとばかりに首を傾げていたが、それは女子生徒が教室に来るまでの僅かな時間だけだった。

 

「司波君も一条君もあげる!」

 

俺た達人にラッピングされた小箱を、有無を言わせず握らせて走り去っていった。

 

「克也、これは?」

「しばらくはこれが続くと思った方が良い」

 

将輝の質問に正しく答えず、むしろ注意を促す。すると先ほどの女子生徒をきっかけにして、多くの女子生徒が俺達の机の上にラッピングされた小箱を置いていく。それによって山ができ上がってしまう。

 

クラスの男子からは嫉妬の眼を向けられるが、不可抗力なのでどうしようもない。

 

「…警告の理由は理解できたが、何故こんなことになった?」

「…お前、今日が何の日か知らないのか?」

「何か行事でもあるのか?」

 

天然さにため息をつきたくなるが堪えて説明してやる。

 

「今日は14日。つまりはバレンタインデーだよ」

「…なるほど理解した。克也は知ってたのか?」

「いや、朝教えてもらった。嫌なことを思い出すから、あまりもらいたくはない。とはいえ、わざわざ作って持ってきてくているから邪険にはできない。将輝は向こうでもらわなかったのか?」

「もらってはいたが、今回は捜査で日にち感覚を忘れていた」

「俺も人のことは言えないか。これやるから全部持って帰ってやれ」

 

手提げカバンを将輝に1つ渡す。朝、何故か水波と深雪に1つずつ渡されてそのまま持ってきたのだが。役に立ったということは、もしかしたら2人は将輝が知らないことを見越していたのかもしれない。達也は1つ持っていたが、俺が2つ持っていることを不思議だとは思っておらず、むしろ当然とばかりに見ていた。

 

昼食時は女子生徒から逃げるために生徒会室を利用した。水波が何故か着いてきたが気にせず弁当を食べ、誰も見ていないからか水波は俺の左腕に抱きつき、幸せそうに至福の笑みを浮かべていた。

 

 

 

克也達が年相応の気分に浸れたのはこの1日だけだった。

 

 

 

 

 

2月15日金曜日昼頃、魔法関係者達にとって恐れていた事態が勃発した。反魔法師団体によって組織されたデモ隊が、魔法大学構内に侵入しようとしたところを警官と揉み合いになったのだ。

 

魔法大学には国防上の機密にあたる情報を大量に保管しているため、部外者の立ち入りを厳しく制限している。警官の取った行動は魔法師を擁護するものではなく、政府の方針に従ったまでのこと。デモ隊は知ってか知らずしてか、警官を非難して暴力行為に出た。

 

「…ついに始まったか」

「始めやがったな」

「やってくれたね」

「馬鹿馬鹿しい」

 

昼食中にニュースを見た俺の言葉を始めに、レオ・幹比古・エリカが文句を言う。

 

「逮捕者が24名か。最近にしては多いな。画面に映った限りでは200人ほど、全てを含めると500人ぐらいか。ここ5年のデモの中では一番の多さだ。これをきっかけにして、いろいろな場所で起きなければいいが」

「それは難しいと思うよ達也。こんなのは始まりに過ぎないから、どれだけ懸念しても食い止めることはできない」

 

俺はこの場の空気を悪化させることをわかった上で、達也の意見を切り捨てた。

 

「【言論の自由に対する侵害】に【集団行動の自由は、集会の自由と同様に尊重されるべき】ね。デモ隊の行動を肯定し、警官の対応を否定するのはいかがなものかと思うが。心情を考えればそうなるか」

「克也の言う通りだと僕も思う。この弁護士と同じ意見を述べる輩は増えるだろうね」

 

幹比古の不吉な予言を否定することができたのは、1人もいなかった。

 

 

 

午後3時頃、〈十師族〉から日本魔法協会本部を通じてマスコミ各社に抗議文が送られた。

 

『魔法大学は常に部外者の立ち入りを普段から厳しく制限している。今回の警官の対応は魔法師を擁護したわけではなく、政府の方針に従ったまでである。そのため警官を非難するべきではない』

 

これのおかげなのかデモ隊の行動を批判するマスコミと、警官の対応を非難するマスコミに真っ二つに分かれ、昼夜問わず討論が日本各地で起こっていることを克也達は知らなかった。

 

 

 

 

 

翌日も事件が起こり、魔法科高校生徒は不安に押しつぶされそうになっていたが、各高校に政府が派遣した特殊部隊が警備していたため、デモ隊は侵入することはできなかった。

 

しかしそれは校内にいるときであって登下校中は含まれない。そのため一般人と変わらない不審者がいたとしても、気付かないうちに事件に巻き込まれてしまうことがある。

 

今日のように。

 

克也と達也は捜索に向かう途中、事件のことを聞いて学校に引き返していた。

 

「詳細は?」

「二高の女子生徒が下校中、数名の【人間主義者】に襲われたそうです。その際自衛として魔法を発動させたようですが、加減を間違い重症を負わせてしまったようです」

「回線は?」

「今接続中です」

「接続完了しました」

 

深雪に一つずつ事件のことを聞いていると、水波が二高との回線が繋がったことを伝えてくれた。お礼を言いマイクに話し掛ける。

 

「こちら第一高校生徒会副会長 司波克也です。どうぞ」

「こちら第二高校生徒会副会長 九島光宣です。克也兄さん、テレビ回線に変更してもらえますか?」

「光宣か。了解、少し待っててくれ」

 

副会長が光宣だったことに驚いたが、実力を考えれば妥当な人選だ。回線を変えると映し出されたのは、相変わらず少年としての美貌をした顔だった。

 

「光宣、事件の詳細を教えてくれ」

「分かりました克也兄さん。本日午後、女子生徒が1人で下校していた際、突然男6人に囲まれました」

 

俺の友人としての質問に光宣も同じ対応で答えてくれたが、光宣の報告に生徒会室にいる全員が眉をひそめた。特に女子生徒5人が。

 

「囲んだ男達が【人間主義】の教義を説き始めたので、女子生徒はどくようにお願いしましたが、聞き入れられませんでした。そこで防犯ブザーを鳴らそうとすると掴み掛かられた次第です」

「その後は?」

「偶然通りがかった1年生3人・2年生1人の男子生徒が駆け付けて乱闘になりました。男達は格闘技を習っていたようで、2年生が殴り倒されたのを見た女子生徒が魔法を放ち、怪我をさせたというのが一連の流れです」

 

聞いた感じでは、どうみても正当防衛であり【人間主義者】側が犯罪者なのだが。何故【人間主義者】が大怪我と言われているのだろうか。

 

「怪我の状況は?」

「2年生が鼻骨骨折・鼓膜破裂・肋骨亀裂骨折・数カ所に内出血。内臓にもダメージがありかなり重症です。1年男子1名が鎖骨骨折、1名が脳振盪。もう1人と女子生徒は無事です」

「【人間主義者】の方は?」

「魔法の影響で不整脈が1名。1人が転倒したときに顔を強打し、口内を切って歯が1本折れています。残りは軽い擦り傷程度です」

 

【人間主義者】より生徒の方がよっぽど酷い怪我だ。

 

「生徒の方が重症だろ。誰が【人間主義者】の方が重症だって言い出したんだ?」

「魔法による不整脈が酷かったと思われたようです。精密検査の後は、元々高血圧で不整脈が出やすい人だと分かったんですが。報道で重症だと言われたようですね」

「厄介事がまた増えたな。ありがとう光宣助かった。お前も気を付けろよ?」

「こちらこそありがとうございました。そちらもお気を付けて」

 

電話を切るとため息を大きく長くついた。

 

「今回は許されるだろうがこの先が危ぶまれるな」

「達也さん、どういうことですか?」

「この先被害を受けなければ、魔法による抵抗は許されないと言い出す政治家や裁判官が、大勢出てくるかもしれないということだよ」

「司波先輩、それでは魔法師には自己防衛の権利が無いという結論になってしまいます」

「それならば魔法以外の方法で自衛すればいいと言い出すだろう。魔法以外の方法で自分を守れるのはごく僅かだ。特に女子生徒は危険すぎる。俺達では守り切れない」

 

達也は無表情に言葉を発した。

 

 

 

 

 

数日後、深雪たちは一高の最寄り駅前に、卒業生へ送るための記念品の打ち合わせに来ていた。泉美と水波を連れて来た理由は来年のための経験だ。水波の場合は、克也に頼まれて深雪を護衛していると言ったほうが正しい。一高への帰り道、深雪達は恐れていた事態が発生しているのことに気付いた。

 

「貴方達、何をしているのですか!」

 

泉美が一高の女子生徒を囲んでいる男たちに叫ぶと、数人がにやつきながら振り返った。

 

「おい、あれは四葉克也の婚約者と一高の生徒会長だぞ」

 

そんな言う声が聞こえたかと思うと、男達がこちらに向かって走ってきたため、水波は反射的に魔法障壁を張った。水波の判断は正しくその数秒後、男達の掴み掛かろうとした手は障壁に阻まれていた。

 

「魔法を使うなど許されん!罰を与えよ!」

 

リーダーらしき男が右手を挙げ、勢いよく振り下ろす。彼の左右に立つ4人の青年が右手の中指に真鍮色の指輪をつけ、前に突き出す。

 

「アンティナイト!?」

 

泉美の口から叫びを上げる。

 

「天罰!」

 

リーダーの号令と共にキャスト・ジャミングのノイズが3人を襲う。水波がうめき声を上げて胸を押さえ体勢を崩す。揺らいだ障壁に向かって男達の手が突き出された。



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第64話 暴走

俺は達也と二手に分かれて捜査をしていたが、向かっている途中で嫌な予感を感じていた。何かが水波に向かって行くのを。さらに進んでいると水波の気配が揺れているのを感じ、バイクを急旋回させて一高へ向かう。

 

水波!誰だか知らんが揺るさん!

 

殺意を纏いながら交通法に違反しないギリギリの速度で向かう。

 

『達也、感じたか?』

『ああ、可能な限り全速で向かっているが5分はかかる』

『俺もだ。急ぐから頼む』

 

硬質な声で《念話》でやり取りしながらも一高へ向かう。水波の無事な姿を確認しない限り、この焦りは抑えきれないところまで上昇していた。

 

 

 

一高に着くと男達に囲まれている女子生徒がいたが、そこに水波がいるのは見なくとも確信していた。男達が手を突き出しているが、眼に見えない壁に阻まれるかのように途中で止まってしまい、水波が苦しげに顔をしかめながら必死に魔法障壁を保っていた。

 

バイクを通行の邪魔にならないように置き、ヘルメットをゆっくり脱ぎながら息を吐く。そうでもしなければ今すぐにでも消してしまいそうだった。

 

克也にとって今もっとも大切な存在は、達也でも深雪でもない。

 

水波だ。

 

最愛の婚約者が苦しんでいる姿を見れば、意識するよりも早く魔法を放ってしまいそうになる。深雪が嫌悪感を露わにしている表情を見ると、水波程でないとしても殺意が湧き上がる。

 

男達の指輪に向かって《燃焼》を使って消し去る。「腕を向ける」や「指差し」など余計な行動をしなくても、意識を向けるだけで魔法が発動する。

 

CADなど必要ない。タイムラグはほぼなく発動ともに指輪が消える。

 

「克也兄様!」

 

水波が嬉しそうに言ってきたので、笑みがこぼれそうになったが怒りでそれは消える。

 

「どけ!」

 

克也の口から鋭い怒号が響いて男達は数歩ほど後退る。自分より明らかに強い生物に恐れた結果だった。その隙を見て水波・深雪・泉美が男達の囲いから抜け出し、こちらに走り寄ったことを見て、ようやく自分がどんな状態にいるかを認識した。

 

「水波、障壁を張ったまま学校に入れるか?」

「可能です」

「では2人を守ったまま校門の中に入って少し待っててくれ。すぐ終わらせる」

 

命令通りに水波が2人を守りながら校内に入ったのを確認する。泉美はこの1年間で見たことのない克也を見て怯えていた。自分が思っていた「克也」は、優しく誰にも分け隔て無く関わる人間だ。今の「克也」は狩猟する狩人のように見えていた。

 

3人が一高に入ってようやくリーダーは部下に命令を下した。

 

「同志よ、邪教の徒を逃がすな!」

 

それは不幸な結果をもたらすだけだった。克也を無視して3人を狙う5人の男は、克也の横を一歩も前に踏み出すことはできなかった。全員がほぼ同時に攻撃を喰らい地面に突っ伏した。克也は無表情に。いや、人間を見るような眼ではなく、〈世界の異物〉を見るような視線を倒れた男達に向けていた。

 

「貴様!一般人に攻撃をするとは死を以て償え!」

「お前ら、誰に何をした?」

 

リーダーの男の言葉に耳を貸さずに冷え切った声音で聞く。泉美は腰を抜かして地面にへたり込み、水波は後退りし深雪はまるで寒さに震えるかのように、身体を震わせながら克也を見ていた。

 

「誰に何をしたかって聞いてるんだが聞こえないのか?その耳は飾りか?」

 

克也が背筋も凍るような声を発しながらにじり寄る。克也が歩いた痕は燃やされたかのように、コンクリートが溶けてへこんでいる。克也を覆う想子が克也の感情に反応し、得意魔法である振動系加速魔法が無意識に発動されていた。

 

克也の抱いている感情は【怒り】ではなく【憤怒】。想子が熱を発し陽炎のように揺らめきながら克也を覆っているため、克也自身が熱を発しているかのように見える。

 

『克也、落ち着け!今すぐその怒りを抑えろ!周りに被害が…』

 

達也からの《念話》を強制遮断し、男に近付きながら聞く。

 

「俺の『もの』を苦しめやがって。絶対に許さん。貴様らには地獄に行ってもらう。永遠に続く痛みと苦しみを味合わせてやる」

 

克也の呟きに男が腰を抜かし、四つん這いで逃げようとする。それが滑稽に見えて笑いが止まらなかった。

 

「ハハハハハハハハ!なんだよその動きは。それでも人間か?もはやゴミだなお前らは」

 

普段の克也なら言わないような言葉を聞いて3人は青ざめていた。

 

なんて快感だ!これが【怒り】という感情か。素晴らしいこれがあれば水波を傷つけずに幸せに暮らせる。素晴らしいぞ!

 

克也は感情に飲み込まれかけていた。強い感情はときに人を飲み込み、あられもない姿に変化させ人間性を奪う。それが今の克也に起こっている現象だった。

 

克也に向かってナイフを切りつけてくるリーダーを腕を振る風圧だけで吹き飛ばし、四つん這いになって逃げている男に近づき首を掴み持ち上げる。

 

「は、はな、せ!」

「それが人にものを頼む態度か?どのみち言い方を変えても許しはしない。水波、見ていろ。お前を苦しめた人間の命が消える瞬間を!ぐっ!」

 

克也が言葉を言い終え、首を絞めようとすると背中を強烈な衝撃が襲う。振り返ると狼狽の表情を浮かべた達也が立っていた。

 

 

 

克也が怒りながらリーダーに向かって歩いている最中、達也はバイクで一高へ可能な限りの速度で向かっていた。その道中で今までに感じたことのない恐ろしい怒気を感じ、ヘルメットの下で冷や汗をかいていた。

 

なんだこのおぞましい怒気は!?克也なのか?だがこれはまずい!感情が膨らみすぎて飲み込まれかけている!

 

『克也、落ち着け!今すぐその怒りを抑えろ!周りに被害が…』

 

《念話》を一方的に切られ、何度かけても繋がらず遮断されたのだと気付いた。一高に着いてバイクを放置し、体術で克也に急接近する。克也の背中に蹴りを喰らわせると、こちらに振り向いて睨み付けてきた。その眼はもはや人間ではなく悪魔そのものだった。

 

「克也、目を覚ませ!俺はお前と争いたくはない!」

「貴様も俺から水波を奪うのか?許さん!水波は俺のものだぁぁぁぁ!」

 

俺の言葉に耳を貸さず魔法を放ってきた。《術式解体(グラム・デモリッション)》を使って魔法を無効化したが、魔法の兆候を感じさせずに肉薄されて蹴り飛ばされる。

 

「ぐっ!」

 

とてつもない衝撃が身体を襲い、吹き飛ばされて壁にたたきつけられた。

 

「達也お兄様!」

「来るな深雪!」

 

自分に駆け寄ろうとする深雪を押しとどめて立ち上がる。

 

今の速度は何だ?魔法の兆候をまったく感じなかった。それにこの蹴りの威力。想子を使って筋力をブーストしたのか?感情が原因なら、それは精神が崩れているということだが。それを治せば克也は元に戻るはず。だが《再生》を使うには接触しなければならない。

 

…やむを得ん。

 

達也は自ら克也の懐に突っ込んで攻撃を繰り出す。右フック、左足払い、右上段蹴りが悉く避けられるがそれが達也の狙いだった。連撃の隙を狙って克也が攻撃を繰り出してくるので、それを躱してまた同じように攻撃し、克也の攻撃を躱すのを繰り返す。

 

どれくらい時間が経っただろうか。克也が動いて達也が腰を折って足を浮かすほどの強烈なパンチを、達也の腹に喰らわした。

 

「ぐっ!…捕まえたぞ克也」

 

肋骨を折られて内臓を潰されながらも、克也の攻撃を受け止めたまま笑顔で笑う達也。

 

「目を覚ませ克也ぁぁぁぁぁ!」

 

掴んだ腕から《再生》が発動される。達也の【固有魔法】《再生》が克也の精神に作用し、【憤怒】が【怒り】に、そして【怒り】が無かったことになった(・・・・・・・・・)

 

克也の身体を覆っていた禍々しい想子の嵐が収まり、克也は眼を閉じたまま動かない。自分にも《再生》を使い、肋骨骨折と内臓破裂がなかったことにしてから、達也は克也を抱えて一高に向かった。

 

 

 

 

 

「う…ここは?」

 

目を覚ますと、そこは見覚えのある天井だった。

 

「ここは俺の部屋か?俺は何でここに?一高にいたはずじゃ…」

 

夜の色に星を散りばめた天井を見上げて気付く。寝息が聞こえたので聞こえた方に眼を向けると、水波が肩から上を俺のベッドの上に乗せながら寝ていた。何が起こったのか分からずにいると、ドアが開いて達也が入ってきた。

 

「目が覚めたのか?」

「達也、俺は一体何を。一高で何があったんだ?」

「詳しく話そう。リビングに来てくれ」

「分かった」

 

重い身体を持ち上げ、寝ている水波を自分のベッドに寝かせてリビングに向かった。

 

 

 

リビングには深雪と達也が深妙な面持ちでソファーに座っていた。時計を見ると午前9時を指しており、今日は平日なので学校があるはずだ。

 

「達也、学校に行かなくていいのか?」

「学校はしばらく休みだ」

「休み?何でだ?」

「それも含めて話をする」

「わかった」

 

達也の真剣な表情に、俺は余程なことがあったのだと直感した。

 

「まず、学校は今日から1週間臨時休校だ。【人間主義者】が二高に続き一高にもやってきたのだから判断は正しい。次にお前は自分が何をしたかわかっているのか?」

「俺が何をしたんだ?」

 

俺はとぼけたわけではない。本当に記憶がないのだ。

 

「どこまでなら覚えている?」

「【人間主義者】に近付いて質問をしたところまでだ」

「お前は記憶がないんだな?」

「ああ、俺にもわかるように説明してくれ」

「わかった。簡潔に言うと、お前は暴走した」

「そんな馬鹿な。俺が暴走だなんてあるわけがない。…深雪、本当なのか?」

「…本当です」

 

深雪の言葉に俺は愕然とした。自分がそんなことをするはずがないと思っていたのに。していたことは俺の心を深く傷つけた。

 

「俺は誰かを殺したのか?」

「いや、殺していないから大丈夫だ。水波にお礼を言っておいてやれ。お前が倒れてからさっきまで、夜も寝ずに看病してくれたんだからな」

「分かった。目が覚めたらお礼を言っておくよ。泉美はどうした?」

「かなり怯えていましたから誤解を解くべきだと思います。克也お兄様、後ほど謝罪をした方がよろしいかと」

「泉美にもしっかりと謝っておくよ」

 

克也はしっかりと頷き笑みを浮かべた。達也と深雪は克也の笑顔がいつも通りだったことと、元の克也に戻ったことを喜んだ。

 

 

 

俺は達也と深雪との会話を終え、七草家へ電話していた。出たのは意外にも七草先輩だった。

 

『あら、克也君。どうしたの?』

「朝早くにすみません。泉美はいますか?」

『何か用事?』

「ええ、昨日のことについてお話したいことがありまして」

『分かったわ少し待ってて』

「お手数をおかけします」

 

七草先輩が泉美を呼んでくるまで数分かかったが、やってきた泉美は聞いた通り怖がっていた。

 

「泉美、大丈夫か?」

『…正直言いますとまだ怖いです』

「俺は自分が何をしたのか記憶が無い。だが迷惑をかけたのだと理解している。すまなかった」

「泉美、俺からも謝罪する。許して欲しい」

「泉美ちゃん、私からもお願い。ごめんなさいね」

 

上級生3人に同時に謝られるのは精神的に悪いと分かっていたが、謝罪したいのは本気だった。その感情は胸にしまい込むことにした。

 

『謝罪を受け入れます』

「ありがとう泉美」

『それほど悩むことではありませんから。来週お会いできることを楽しみにしています。それでは』

「ああ、また来週ね」

 

泉美が謝罪を受け入れてくれたおかげで、克也の心の重荷が減ったことで気分も良くなり楽になった。

 

 

 

 

 

「達也、早朝に何をしていたんだ?」

 

翌日の朝、克也の何気ない質問に達也はコーヒーで咳き込み、深雪は顔を真っ赤にして俯いてしまった。その行動が余計に何があったのか知りたくなった。

 

「さすがに言えん。だが顧傑(グ・ジー)をこの眼で確実に捉えたから、もう逃がすことはないとだけ言っておこう」

「捉えたというのはどういう意味だ?」

「俺は普段、《精霊の眼》の〈リソース〉の大半を深雪に割り当てている」

「〈リソース〉?」

「注意力や集中力その他諸々を含めた意味で、俺は〈リソース〉と呼んでいる。話を戻すが、俺が〈リソース〉の7割を使えば、国から特定の人間を見つけることができる。だが俺は『感情的な問題』で深雪から、《眼》を離すことができない。一瞬でも離れた瞬間に深雪に何かが起こりそうで怖くて仕方が無い。俺が《眼》を離しても深雪は怪我をすることもない。昔とは違うと理屈では納得しても『感情』が納得しない。だが《眼》で視えないと安心できないならば、この身体で感じることができればいい。つまりは『感情』が納得してくれるのではないかと仮説を立てた」

 

達也の説明を聞き逃すまいと克也は真剣に耳を傾けていた。

 

「深雪の体温を実感できたことで、俺は深雪から《眼》を離すことができた。そのおかげで奴に【印】を打ち込むことができたから、もうあいつを見失うことなどない。この世界に存在している限り、世界の何処にいようと見失わない」

「つまり次は捕縛することができるというわけだな?」

「ああ、奴を捕まえてテロ事件を解決したと世間に知らしめることが俺達の目的だ。成功すれば、俺達に向けられる視線もマシになるだろう」

 

近いうちに顧傑を捕獲できるのが、確実だということがはっきりしたことに安堵した。そこで一つ聞き忘れていることを思い出した。

 

「聞き忘れていた。『体温を感じることが出来た』って言ってたけどどういうことだ?体温を感じるだけでいいなら、手を握るだけでいいだろ?」

 

克也の質問に達也は情報端末を取り出し、お気に入りの小説サイトを開いた。「回答を拒否する」とでも言っているかのように視線をこちらに向けてこない。深雪はといえばさらに顔を真っ赤にして、今にもボッと音がして爆発しそうになっていたので、克也は首を傾げて2人を見ていた。



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第65話 解放

時刻はまだ午後4時前。魔法科高校の授業終了時間はどこも午後4時20分なので、一高から一番近くにある四高からでも来れるはずがなかった。2人は荷物も持たず訪れたので、ホテルに荷物を置いてきたのだろうか。

 

「2人とも学校は?」

 

事情を知らなければ聞いても不思議はなかった。

 

「四高も今日から休校です」

「三高はまだ授業だと言っていたが?」

「一高の決定に追随する形で二高と四高は今日から。他の5校も明日から歩調を合わせるようです」

 

文弥の報告を聞いて、ここまで大事になっているとは思わなかった。

 

「それは知らなかったな」

「あら、克也さんなら知っていると思いましたけど」

「一高だけだと思ってたからね」

 

亜夜子がおどけて聞いてくるので、自然と笑みが浮かぶ。水波に左脇腹をつねられ、慌てて真顔に戻す。

 

「2人が来てくれた理由は?」

「おそらく俺達が出ている間、深雪と水波の護衛をしてくれるのだろう」

「…達也さん、物分かりが良すぎるのはやめてもらえませんか?」

「達也兄さんに求めてもダメだよ姉さん。達也兄さんは先のことや僕達の考えを、簡単に先読みしてしまうんだから」

「そうだな。達也はそこも化け物だ」

「克也、お前を《分解》してもいいか?」

「達也、冗談でもそれはまずいぞ」

 

真剣な話から克也と達也の痴話喧嘩に発展したが、2人はすぐにやめて亜夜子と文弥に向き合った。

 

「達也さんの言う通り、深雪お姉様と水波さんの護衛に立候補させていただきました。深雪お姉様の場合、私達より強いのですけど」

「「構わない」」

「2人がいてくれるなら安心できる。ホテルに泊まっているなら家に泊まらないか?毎回家とホテルを往復するのは面倒くさいだろ?」

「…どうする姉さん?」

 

この家に泊まれる方が都合がいいのは確かだが、双子とはいえ年頃な2人は同じ部屋で寝るということに少し迷いがあるはずだ。姉弟でも言い難いこともあるだろう。

 

「お言葉に甘えましょう文弥。何とぞよろしくお願いします」

「深雪、水波と2人で空き部屋の掃除をしてくれ。克也はここで文弥達にお茶を煎れてあげてほしい。俺は今から出るが遅くなると思う」

「分かりました」

「かしこまりました」

「了解、気をつけろよ達也。何かあれば連絡してくれ」

「ああ、朝までには片をつけるつもりだ」

 

克也の心配に達也はしっかりと頷いて出て行った。

 

 

 

深雪と水波が文弥達の部屋を準備している間、俺は2人に飲み物を煎れていた。文弥にはブラックコーヒー砂糖多めミルク少量、亜夜子にはホットレモネードを出す。一口飲むと2人は眼を見張った。

 

「…克也兄さん、何故ここまで美味しく煎れることができるのですか?」

「…黒羽家の使用人より美味しいのですけど?」

「その時の豆の状態・葉の具合と湿度・気温・お湯の温度を見分けて調節しているだけだよ。この豆と葉はどこのか分かるか?」

「いえ、高価なものだと思いますけど…」

「残念。それはそこら辺のスーパーに置いてある安物だよ」

 

2人は俺の告白に呆気にとられていた。

 

「これが安物ですか?家で飲んでいるものより美味しいんですけど、一体どんな手品を使ったんですか克也さん?」

「その前に2人は葉山さんの煎れた飲み物を飲んだことがあるよね?」

「はい、何度もいただきました」

「何か違いを感じなかったか?」

「…確かに葉山さんのコーヒーは満足のいく味でしたが、克也兄さんのは素材の味が出ている気がします」

「その通り。葉山さんはちょっとした魔法を使って味を調節しているが、俺は魔法を使わず材料だけの味を使っているんだよ」

 

魔法より美味しく煎れることができるなど思ってもいなかったらしく、2人は開いた口が塞がらない状態になっている。

 

「俺は炎を得意としている。厳密にいえば振動系加速魔法なんだけどね。炎を操るということは熱を操るということ。つまり空気中に含まれた水分子を振動させるということだ。ここまではいいか?」

 

2人が頷いたのを確認してから話を続ける。

 

「水分子を操作できるなら、水分子のことをさらに詳しく視ることができる。つまりその豆や葉に含まれた水分量を視ることができて、空気中に含まれている湿気を理解できる。煎れる分量を測り、その水分量を視てお湯の温度を適切な温度に設定するという簡単なテクニックだ」

「…それを簡単だと言えるのは克也さん、貴方の認識能力があるからだということをお忘れではありませんよね?」

「俺以外にもできると思ったんだがな」

「…理解していないみたいだよ姉さん」

「…みたいね文弥」

 

2人に呆れた眼で見られ、俺の精神HPが少しばかり減少した。

 

 

 

その頃バイクに乗った達也と将輝は、2台のセダンを連れて相模川河口近くの漁港に来ていた。セダンには十文字家配下の魔法師10人が5人ずつに分かれて乗っており、これだけの戦力があれば十分だと達也は思っていた。

 

バイクを漁港の入り口に止めて防波堤を見ている。そこには四艘の船が漁船が停泊しており、どれも沿岸用の小型船だったがそれはどうでもよかった。

 

「沖で大型船に乗り換える気だろうか」

「可能性は低くない。だがこんな小さな船では沖合に出たとしても、この風の中ではすぐに転覆するだろう。魔法を使っても魔力切れを起こせば即死亡だ」

「司波っと、呼び方はこれでいいのか?」

「構わない。克也のことはこう呼んでいるんだろ?俺はどちらでもいい。それで何が聞きたい?」

「奴はこっちに向かっているのか?」

「ああ、こっちに…いや、西に進路を変えた。行くぞ!」

 

達也は叫ぶと同時にバイクにまたがり、西に向かって走り始めた。将輝も一拍遅れてバイクにまたがり、セダンの運転手にジェスチャーで向かう方向を指示を出して達也の後を追う。

 

海岸線と平行に走る幹線道路を西に向かっていると、前を走る車が1台いた。それに顧傑(グ・ジー)が乗っていると、達也に聞かなくても将輝には分かる。

 

達也の横に並ぼうとしてスピードを上げて横に並んだ瞬間、達也がバイクから離れた。その行動を不思議に思っていると、達也がバイクから離れた次の瞬間に、バイクが一閃されて真っ二つになった。

 

将輝は犯人を見ようとしたが見ることができなかった。魔法発動の兆候を感じて同じように反射的に、バイクから離れて達也の横に着地する。先程まで自分がいた場所を見ると、愛車が真っ二つにされており、そうした張本人が道路に立っている。

 

達也は街灯に照らされた襲撃者の顔を見て、驚きの表情を浮かべた。

 

「千葉寿和警部か!?〈百家〉千葉家の長男でもあろう貴方が、何故テロリストに味方する!?」

「何、千葉!?あの千葉さんの兄なのか!」

 

将輝が達也に聞いたが達也からの返事はない。寿和が返事をせずに敵対行動で返ってきたことで、避けることに意識を向けていたため答えられなかったのだ。将輝に切り掛かろうとした寿和は、上から猛スピードで落ちてくるナイフを避けるために距離をとる。

 

そのナイフは達也が移動魔法で投擲し、牽制を意図したものであった。距離をとった寿和に《精霊の眼》を向けるとほぼ死にかけていた。

 

これが克也が言っていたやつか。

 

達也の脳裏に克也から説明された言葉を思い出す。

 

 

 

 

『操られた人間は二度と生き返ることはない。また想子が枯渇しても自爆して存在を残さない』

『自爆させないためにはどうしたらいい?』

 

達也の質問に苦い顔をしながら克也が答えた。

 

『…殺すしかない。たとえその人が善人であろうと関係ない人間を巻き込むのであれば、いっそ命を奪って人殺しにさせないようにするしかない』

『どこを狙えばいい?』

『心臓だ。そこに自爆遅延発動術式が仕込まれている。俺や達也の《眼》でも視ることのできないように細工されて』

 

 

 

つまり俺の《部分分解術式》で心臓を狙うか、一条の《爆裂》で狙えばいいということだが、俺の《分解》を見られるわけにはいかない。ここは一条に頼むしかないな。

 

「一条!俺が牽制するからお前は《爆裂》で心臓を狙え!間違っても全身を狙うんじゃないぞ!」

 

返事を待たずに寿和に向かって走り出す。

 

「何!?待て!まだ把握してないぞってもう突っ込むのかよ!ええい、任せろ!」

 

俺は司波の指示に従い《爆裂》の照準を合わせる。

 

【《爆裂》 照準準備】

 

【目標 左肺及び心臓 照準完了】

 

【《爆裂》発動】

 

《爆裂》が男性の心臓に向かって放たれたが、肉眼では捉えられない非物理の光が男性の全身から放たれ無効化される。それは紛れもなく《術式解体(グラム・デモリッション)だった。

 

「何!?」

「《爆裂》が無効化されただと!?」

 

俺達は戸惑いを隠せない。その一瞬の隙をついて男性が高速接近し俺達に刀を振るう。それをからくも避けた司波は、また男性と接近戦で刃を交えていた。

 

この人は高等魔法《術式解体(グラム・デモリッション)》を使えるのか!?いや、考えるのは後だにしよう。今はこいつを殺すのが先だ。

 

俺はもう一度《爆裂》の照準を合わせて発動させる。またしても彼の全身から想子が発せられ《爆裂》を無効化されるが、俺は動じずそして間髪入れずに《爆裂》を発動させた。今度は無効化されずに、彼の左肺と心臓を破裂させ活動を停止させた。

 

「お疲れ司波。この人は《術士解体(グラム・デモリッション)》を使えたのか?」

「使えたかということはこの際関係ない。この人をどうにかするのが先だが、顧傑(グ・ジー)はもう目視できないほどにまで離れている。これ以上離れれば日本の領海までに確保できなくなるだろう。お前は十文字家の配下の方々と追いかけてくれ。俺はこの人を弔う」

「分かったその人のことは任せる。行きましょう!」

 

将輝はセダンの横を自己加速術式で走りながら、顧傑が乗った車を追いかけていった。

 

 

 

弔うと言ったのはいいが。どうしたらいいか悩んでいると、知った声が聞こえてきた。

 

「達也君」

「師匠、どうしてここに?」

 

声をかけてきたのは八雲だったことに達也は驚いていた。

 

「このままあの人物に暴れられては困るからね。一応僕も魔法師に近い存在だから、君達魔法師が苦しんでいるのを放っておけない。協力しようと思ってね」

「ありがとうございます。ではこの方をお願いします」

「おい、達也君」

 

八雲に任せて将輝のあとを追い掛けて暗闇に消えていった達也に、優しく声をかける。しかし聞き入れずに走り去った達也に、やれやれとばかりに首を左右に振り弟子に指示する。

 

「まったく。彼を弔ってあげなさい」

 

暗闇の中から現れた弟子達が担架に乗せた寿和を、道ばたに泊めてあったワゴンに乗せる。八雲が乗ったことを確認した後、東に走り去った。

 

 

 

達也は将輝を自己加速術式で追い掛けながら、左右に視線を向けていた。その時克也と《念話》する時とは違った感覚で、頭の中に声が聞こえてきた。

 

『もしもし聞こえていますか?聞こえていれば応答願います』

「聞こえています。貴女は誰ですか?」

 

聞こえてきた声は女性だった。耳元で話されているような微妙な感じに顔をしかめながらも、半分無視して走りながら返事をする。

 

『申し遅れました。私はUSNA顧傑探索特別部隊所属のシルヴィア・マーキュリー・ファーストです。シルヴィとお呼びください。リーナとの関係はよくお聞きしていますよ司波達也さん』

 

どうやらリーナの知り合いらしい。耳元に直接話しかけてくる魔法に興味を覚えたが、それは今考えることではないと頭から追い出して質問を返す。

 

「達也でいいですよシルヴィさん。それでご用件は何でしょうか?」

顧傑(グ・ジー)の逃走経路が判明しましたのでお伝えします。彼はダラスに先月まで潜伏した後、操っていた海軍の隊員を用いて逃走用船舶を準備させ、USNAを脱出したのが3週間前です。そして以前から工作員として潜り込ませていた大陸の古式魔法師を使い、横浜に密入国しました。その後は、2月4日まで箱根付近に潜伏していたとみられます』

「なかなかの手際の良さですね」

『そして信じられないことに、ブラジルの船艦10隻が日本に向かって出船していたことが判明しました』

「ブラジルですか?ブラジル政府は何と?」

『「命令など出しておらず、混乱中に勝手に出て行きやがった」とぼやいております。USNAとブラジル政府は同盟までは行きませんが、友好関係があるため我が政府はこの情報を事実と認めました』

「いつ頃到着予定ですか?」

『…』

「シルヴィさん?」

 

返事がないためもう一度聞き返すと、返ってきた言葉に驚愕せずにはいられなかった。

 

『30分後です』

「どうすればいいでしょうか?」

『リーナに《へビィ・メタル・バースト》を使わせるのが一番でしょうが、そこまで派手に我々が動くわけにはいきません』

「考えがありますので、シルヴィさんはご自分のお仕事にお戻りください」

『分かりました。達也さん、お気をつけて』

 

会話が切れたのを確認後、達也は克也に《念話》で連絡を取る。

 

 

 

文弥達と家の警戒をしていると、達也から《念話》で連絡が届いた。

 

『克也、急いであれを着てあれを持ってこい!』

『何故あの2つを?』

『四の五の言わず早く持ってこい!俺の場所はバイザーに表示可能だ。切るぞ!』

 

達也から叱責を受け、反省しながら水波の元に向かい願いを言う。

 

「水波、俺の【箱】を開けてくれ」

「今すぐにですか?」

「ああ、それが必要だ」

「分かりました」

 

達也が〈横浜事変〉でしたように克也は片膝をつき、深雪がしたように水波が克也の額に口づけをする。その瞬間一高前で起こった危険な想子の嵐ではなく、普通に活性化した想子が渦巻く。

 

「克也お兄様、お開けになるのはお使いになられるからですか?」

「それだけの事態になっているんだろう。地下室に行ってそこから直接達也のところに行くから見送りはいらない。文弥・亜夜子、2人を頼む」

 

克也は深雪と水波を2人に任せて地下室に向かった。地下室のパソコンを立ち上げ、戦闘服を収納しているクローゼットのパスワードとCADのパスワードを入力し解除する。床下からせり上がり、厳重に保管されたクローゼットの中にある〈ムーバル・スーツ〉に似た戦闘服を、二着のうち一着を取り出して着衣し、大型CADを手に取り屋上に向かう。

 

自宅の屋根の上に上がり、ベルト部分に仕込まれた飛行魔法用CADを作動させ上昇する。バイザーに達也の位置を表示して確認した後、西に向かって飛行する。眼下の景色がとてつもないスピードで後ろに飛んでいくが、それでも達也のいる場所に到着するまで15分はかかるだろう。

 

克也は可能な限りのスピードで向かった。

 

 

 

克也が西に向かって飛び去った後、亜夜子が口を開く。

 

「深雪お姉様、克也さんが何をしたか教えてもらえませんか?」

「…水波ちゃんの行動は、克也お兄様の真の力を解放させるためのものです」

 

深雪は言うべきか迷っていたが、自分達を慕ってくれている2人を蔑ろにできないと判断しての答えだった。

 

「真の力の解放ですか?」

「それは私から説明いたします。私と克也兄様の間には、パスのようなものが形成されています。どのような結果でこうなってしまったのかは分かりませんが、気付いたときにはできていました。ある日、克也兄様が魔法を使おうとした際、全魔法力の7割しか出せないことに気付かれました。達也兄様に視ていただいたところ、克也兄様の魔法演算領域の一部に【蓋】がされていることがわかりました」

「魔法演算領域に【蓋】ですか?」

「これにより克也兄様は、全魔法力の7割しか使えなくなりました。その【蓋】の開閉は私の意思で可能です。達也兄様は克也兄様に【蓋】がされていることに気付いた際、こう命名されました。【パンドラの箱】と」

「水波さん、それは北欧神話のゼウスがパンドラに与えた災いの詰まった【箱】ですよね?何故そんな名前を達也兄さんはつけたのですか?」

「少しだけその神話の内部を説明します。パンドラは好奇心からその【蓋】を開けてしまい、あらゆる災禍が飛び出しました。急いで【蓋】を閉めたので、【希望】だけが残ったと言われています。達也兄様が【パンドラの箱】と名付けたのは、克也兄様の【蓋】を開けることで災いをもたらすという意味ではなく、希望を残すという意味でです。決して悪意を込めてつけたわけではないのです」

 

水波が涙を流しながら説明するのを聞いて、深雪は同じように涙を流し、文弥と亜夜子は聞いてしまったことを後悔していた。




パンドラの箱・・・北欧神話における災いの詰まった箱。パンドラが興味本位で箱を開けたことで、あらゆる災いが世界に散らばったと言われている。慌てて閉めたことで箱の中には【希望】が残ったと言われる。克也がその【箱】を解放することで、塞がれていた魔法の扉を開けて覚醒することに他ならない。


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第66話 失敗

達也はようやく将輝と十文字家の配下の魔法師に追いついた。だが十文字家の配下の魔法師は、USNAの軍人を含む負傷した怪我人を治療している。少し離れたところには、砂浜に座り込んで海岸線を見つめている将輝がいた。

 

「一条、どうした?」

「…顧傑(グ・ジー)に逃げられた」

 

悔しそうに歯の隙間から声を出す将輝に、達也は心配そうに声をかける。

 

「何があった?」

「俺達は顧傑(グ・ジー)が他の車に乗り換える隙をついて攻撃したが、伏兵に邪魔されて逃亡させてしまったんだ。USNAの部隊と共闘したが数が多すぎて何も出来なかった」

「人数は?」

「軽く100人は超えていた」

 

将輝の報告に達也は妙な納得感を感じていた。ここに向かう途中シルヴィーからもらった情報には、「【ノーブル】から忽然と姿を消したメンバーの数は100人を超えている」とあり、顧傑(グ・ジー)の手駒としてこの場で使われたとすれば、人数的におかしくはない。砂浜には将輝が《爆裂》で倒したのだろうか。大量の血が飛び散っており、砂に染み込み始めている。

 

顧傑(グ・ジー)が乗っていると思しき水陸両用車が船に乗り込むのを視て、どうするべきか迷っていたがその思考は中断を余儀なくされる。情報端末から緊急着信を告げるアラームが鳴り、出ると意外な人物からだった。

 

『特尉、無事か?』

「中佐?何故この番号に?」

『詮索は後だ。今から信号弾を打ち上げるからそこに来てくれ』

 

その言葉が終わるか終わらないかの間に、沖合から信号弾が打ち上げられる。将輝は何が起こっているのか分からず無言で見上げていた。

 

「一条、俺は今からあの信号弾が打ち上げられた場所に向かう。お前も来るか?」

「何か理由があるんだろ?もちろん行くぞ」

 

将輝の言葉に頷き、十文字家の配下の魔法師のリーダーに聞く。

 

「自分達はこれからあの信号弾の打ち上げられた場所に向かいます。ここを任せてもいいですか?」

「お任せを。必ず奴を捕縛してください」

 

その言葉に2人は頷き、互いに抜きつ抜かれつ海の上を疾走しながら目的地に向かった。

 

 

 

船に上がると克也がいたので事情をある程度理解する。将輝は何事かと眼を見開いて驚いていたが。

 

「中佐が俺の携帯に緊急連絡できたのはこういうことでしたか。何故克也を見つけられたのですか?」

「『上空を有り得ないスピードで飛んでいく人影を見た』という魔法師からの目撃情報が入ってね。確認したら〈コバルト・スーツ〉を着た克也君だったという経緯だよ」

「なるほど補導されなかったことに感謝します真田少佐。中佐方が来ているということは、軍が動いているということですか?」

「これは非公式の命令だ。来ているのは30人ほどになる。そのため〈サード・アイ〉はもってこれていない」

「では敵艦を駆逐できませんね」

「敵艦とはどういうことだ特尉?」

 

風間はどうやら知らないらしく将輝も驚いていた。

 

「20分程前にUSNAから連絡がありました。船艦10隻がこちらに向かっているらしく、あと数分で視界に入ると思います。それが分かったので克也に来てもらいました」

「…だから克也君は大型CADを持っていたわけか。あれを使って倒すのか?」

「ええ、周囲に被害を与えない究極の魔法を使いますよ」

 

達也の言葉に克也を除いて全員が驚愕するが、それは人によって意味合いが違った。将輝はそれだけの艦隊を倒せるだけの魔法を使えるのかと。風間と真田は達也と公表されている人物以外に、戦略級魔法を使える人がいるのかと。

 

その後ろで克也は無表情に佇んで平線を見つめていた。

 

「来たぞ達也」

 

克也の硬質な声に惹かれるように全員が水平線の先を見ると、巨大な戦艦が多数出現したため情報が事実と確認した。顧傑(グ・ジー)が乗った船は戦艦に向かって走って行って乗り換えるのだろう。

 

「中佐、魔法使用の許可は下りていますか?」

「下りてはいないが戦艦を確認したのだ迎撃しても構わない。放っておいて自国が砲撃にさらされた方が非難を免れないだろう。準備は出来ているのか?」

「克也は既に準備完了しています。俺がタイミングを指示しても構いませんか?今の克也に声を届けられるのは俺だけですので」

 

克也の眼は敵艦だけを見据え、こちらの会話には介入する素振りを見せていなかった。

 

「いいだろう。だが我々もここで見届けさせてもらう」

「分かりました。克也、いいか?」

「問題ない」

 

達也の問いかけに振り返らず、端的に答えただけで敵艦を見据えていた。

 

「これは〈インシュタント・ブリック〉か。よくもまあこんな戦艦を持って来れたものだな」

「...何だと?」

 

克也の呟きに風間は驚きを隠せなかった。

 

「司波、それは一体何だ?」

「ブラジル海軍、戦艦四天王の一つだ。大きさとしては一番小さいが、攻撃力は四天王の中ではトップクラス。さらには世界でも指折りにお墨付き。本格的に戦争させるつもりだったとしか思えないな」

 

達也の説明に風間・真田を除く全員が硬直状態に陥ったが、達也が続けた言葉で安堵した。

 

「克也なら攻撃される前にすぐ倒してくれる。見ていれば分かるさ」

 

敵艦が艦砲射撃の試し撃ちを行い、克也達の目前数kmの地点に落下して巨大な水柱を成形する。水柱によって大量の水しぶきを浴びるが克也は微動だにしなかった。

 

「魔法発動、準備」

「魔法発動準備、開始」

 

達也の指示に克也は生命感を感じさせない声音で呟いたにもかかわらず、克也から10m離れた場所で心配そうに見ている風間・真田以下の隊員にも、しっかりと聞き取れていた。

 

【対象物照準 完了】

 

艦隊の中心を走る〈インシュタント・ブリック〉に狙いを定める。

 

【魔法式 構築】

 

想子が人肌でも感じれるほどに活性化する。

 

【魔法式構築 完了】

 

巨大な魔法式が魔法演算領域に流れ込み、魔法式が構築される。

 

【起動式 展開】

 

魔法式が起動式に変換される。

 

【起動式構築 完了】

 

起動式を一旦停止させそのまま保持する。

 

「魔法式準備完了」

 

克也の報告を聞いて達也は風間に視線を向ける。風間が頷きを返したので許可が下りたと理解し、最後のそして克也の生活を脅かすことになる命令を下した。

 

戦略級魔法(・・・・・)《レーヴァテイン》発動」

「《レーヴァテイン》発動」

 

克也が大型CADの引き金を引くと〈インシュタント・ブリック〉の直上に炎球が発生した。瞬時に剣の形に変形し、猛烈なスピードで落下し目標物である〈インシュタント・ブリック〉を貫く。敵艦が展開していた陣形は円形に直径約1km。その中心を航行していた〈インシュタント・ブリック〉を貫いた瞬間、その剣は上下左右に膨張し、艦隊の残りの9艦をも巻き込んだ。

 

爆発が収束したのを確認して眼を向けると、そこには何も存在していなかったように穏やかな海原があるだけだった。約1kmの定義された座標で爆発した結果、周囲には被害を及ばさない。克也の魔法が被害を可能な限り留めながらも、戦略級魔法に値するものだと証明された結果だった。

 

「敵艦全て撃沈。残りは目標のみ」

「分かった。顧傑(グ・ジー)捕獲は〈十師族〉に任せ、我々はこれから帰還して今回の魔法についての緊急会議を開く。全ての隊員は持ち場に急げ!特慰、あとは任せた」

 

風間の頼みを聞き入れ、用意してくれた小型艇に3人で乗り込む。逃亡し始めている顧傑(グ・ジー)の乗った船に向かって、エンジンだけでは出せないスピードで追い掛けた。

 

 

 

振動魔法を克也・硬化魔法を将輝・移動魔法を達也が、それぞれ担当しながら追い掛けていると、突然逃走船の加速がなくなり止まった。3人で顔を見合わせ、状況が理解できていないことを確認する。

 

「何故止まった?」

「知らん。乗組員を殺したんじゃないのか?顧傑(グ・ジー)がこの中にいるのは分かっているんだが」

「殺す意味が分からないぞ達也。そうしたら逃げられなくじゃないか」

「分かっているがそれしかないだろ?」

 

3人で意見を交換していると、船から突如として炎が立ち上り瞬く間に全てを覆った。

 

「何だ!?」

顧傑(グ・ジー)が証拠隠滅を狙ったんだろう!水をかけろ急げ!」

 

将輝と達也は移動魔法で海水を持ち上げ船の上からかけ、克也は振動系減速魔法で水分子の動きを抑える。だが炎の勢いは止まらずむしろ勢いを増していた。

 

「消えないぞ!むしろ炎が大きくなってやがる!」

「周公瑾の時と同じで自ら燃えているんだ!まずいぞ。あいつの存在がなくなっていく。これじゃ世間に示しがつかない!」

「乗組員だけでなく自分の存在まで消そうというのか!?俺達が捕縛し、世論に捕まえたと知らせないために自害しやがったんだ!」

「離れろ!これ以上ここにいたらこっちまで巻き込まれるぞ!」

 

将輝の言葉通り全員を飲み込もうとするかのように大きくなる炎から逃れるために、全速力で陸地に向かって船を走らせた。

 

 

 

帰りは合流していた八雲の車に乗せてもらい、将輝を最寄りのコミューター乗り場まで送った後、自宅まで送ってもらった。

 

克也と達也が帰宅したのは午前2時過ぎだった。全員が寝ていると思ったため無線でセキュリティを解除し、静かに玄関のドアを開けたのだが水波と深雪が既に待っていた。

 

「「お帰りなさいませ克也兄様(お兄様)、達也兄様(お兄様)」」

「「...ただいま」」

 

予想外の出迎えに口ごもってしまう。

 

「先にお風呂に入られますか?それともお食事ですか?」

「まず風呂に入ってくるよ。食事は軽いものでいい。達也はここのを使って俺は地下のを使うから」

 

達也と別れて風呂場に向かった。

 

 

 

克也と達也は風呂から上がってソファーに座っていたが、水波と深雪が出してくれたサンドウィッチを口にするか説明をするか迷っていた。達也が口を開いたので克也は達也に任せることにした。

 

「...任務に失敗した」

「失敗とは逃げられたということですか?」

「いや、死亡は確認したが遺体を回収できなかった」

 

失敗と聞いた4人は、死亡と聞いて強張っていた表情が少しだけ緩む。

 

「しかし『生死を問わない』という命令であったはずでは?」

「深雪、それは万が一を想定した場合だ。テロ事件を解決したと世間に知らせるためには、首謀者の存在が不可欠だった。姿を見せられないのでは、一般市民が納得しない。むしろ反対運動が活発化するだろう」

「今回の任務は世間に我々魔法師が解決したと示すことが目的だった。それを成せなかったなら任務は失敗としか言い様がない」

 

落ち込む克也と達也に4人はかける声を見つけることができず、ただ心配そうな眼を向けることしかできなかった。

 

 

 

 

 

翌日。達也は千葉家を訪れるらしいので、克也は横浜の魔法協会関東支部に今日の深夜の事後説明のために訪れていた。水波同伴で一番豪華な応接室に通される。他にも九島家や十文字家の当主が来ていたが、どうやらレディーファーストで真夜がこの部屋の使用権を勝ち取ったらしい。

 

母上(・・)、お待たせしました」

「よく来てくれたわね。顧傑(グ・ジー)の件かしら?」

「はい」

 

未だに母上(・・)と呼ぶのに違和感があるが、「設定」を疑われるわけにはいかないので我慢する。

 

「今回の一件、不首尾に終わってしまったことをお詫び申し上げます」

「気にしなくていいわ。自害されるとは誰も予想していませんでしたから」

「しかしそれでは示しがつきませんが」

「仕方ありません。どうにかして〈十師族〉で収束させます」

 

真夜は当主らしくしっかりと頷いてくれた。しかし他の懸念も残ってしまいそれが一番の心配事だった。

 

「反魔法主義運動はこの先どうなるのでしょう?」

「過激になるでしょうね」

「やはりですか。困りましたね」

「私達だけで対応するのは不可能だから今考えても仕方ないわ。それより《新魔法》はどうでした?」

「予定通りでした。戦略級魔法 《レーヴァンテイン》と公表して問題ないかと思われます」

「貴方の《レーヴァテイン》は局所的な魔法ですから、条件が限られる場所でも使えます。これから使用頻度が増えるかもしれませんね。そんな日が来ないことを望んでいますが」

母上(・・)でもそんなことを考えられるのですね?」

「貴方は私を何だと思っているの?」

 

克也の茶々に楽しそうに乗っかりながら、真夜は笑顔で聞き返してきた。

 

「俺を溺愛する優しい母上(・・)だと思っていますが。何か間違いでもありますか?」

「…言うようになったものね克也」

 

頬を赤くしながら睨まれても全く怖くないので、さらに踏み込むことにした。

 

「次期当主の補佐ですよ?現当主に引け目を感じていたらやっていけません」

「なかなか肝が据わってきましたね克也。それはどの程度まで耐えられるのでしょうか?」

 

真夜は先程と変わらない笑みを浮かべながら、《夜》で応接室を包む。

 

「穏やかではありませんね母上(・・)

 

克也も笑顔を崩さず、同じように《夜》を発動させた。真夜より《夜》が明るいことがただ一つ違うことだろうか。互いの《夜》が相殺して《夜》が崩れる。

 

母上(・・)、手加減されると気分を害されるのですが」

「ここで殺り合っても仕方ないでしょ?それに可愛い息子(・・)を傷つけたくありませんからね」

「…褒め言葉として受け取っておきます」

「素直にありがとうと言えばいいのに。そろそろ会議が始まるから移動するわ。気をつけて帰りなさい。水波ちゃんを介抱してあげながらね」

 

意味ありげにウインクをしながら会議室に向かう真夜の後ろを、今まで身じろぎ一つしなかった葉山が克也たちに一礼して追い掛けた。2人を見送った後、硬直していた水波を再起動させて帰宅することにした。

 

「水波、帰ろうか」

 

そう言いながら左手を差し出すと、水波は首を傾げながら克也を見てきた。

 

「俺達は婚約者同士なんだから、これくらいしてもおかしくないだろ?それともしたくなかったか?」

 

意地悪げに聞くと頬を赤くし膨らませながらも、嬉しそうに克也の左手を細い右手で握ってきた。交際したばかりの互いの手を握るつなぎ方ではなく、互いの指を絡めるようにして魔法協会関東支部をあとにした。

 

 

 

克也達はこれで終わったと思っていたが、この騒動は始まりに過ぎない。顧傑(グ・ジー)の背後にさらなる黒幕がいることを、克也も達也も真夜も知り得なかった。そしてその黒幕の野望は、地道にしかし確実に実を結んでいた。




レーヴァテイン・・・克也の使用する特化型CADと戦略級魔法の名前。


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11章 レプグナンティア編
第67話 微妙


今日は3月10日、将輝が金沢に帰る日がやってきた。一高への臨時転校は昨日で終了しており、あとはキャビネットに乗るだけで帰宅できる状態になっている。克也は1人で将輝の仮住居からほど近い、キャビネットの駅に見送りに来ていた。

 

「いろいろすまなかったな将輝」

「迷惑なんてかかってないぞ克也。有意義な時間だったからむしろ感謝しているさ」

「そう言ってもらえると助かる。向こうでも変わらずやるんだろ?」

「ああ、克也に勝てないことはこの2ヶ月で思い知らされたからな。お前以外の魔法師には負けないように、もっと実戦での作戦を考える。基礎から勉強するつもりだ」

「〈カーディナル・ジョージ〉にでも頼むのか?」

「もちろんだ。あいつは俺の参謀だからな。結果を期待できる作戦を考えてくれるさ」  

 

そうこう話している間に帰る時間が来てしまったため、送り出すことにした。

 

「何かあったら連絡してくれ。可能な限り便宜は図らせてもらう」

「その時は頼みにしてるぜ友人」

 

お互いの拳と拳を軽くぶつけて別れの挨拶をした。将輝の乗ったキャビネットが見えなくなるまで見送り、克也はそのまま学校に向かった。

 

 

 

今日は日曜なのだが入学式に向けての準備があるため、学校に行かなければならない。面倒だとはいえ、疎かにすることはできないのだ。達也と深雪は真夜に呼び出されており、今日は学校に来ないので克也が中心となって準備を進めることになる。克也は別に入学式が嫌いというわけではない。準備をするのが面倒くさいので嫌なだけである。

 

学校に到着すると、部活動をする同級生や下級生のかけ声や応援が聞こえてきた。卒業式はもう少し先だが、3年生が登校しないため、在校生は先輩気分で練習に励んでいた。

 

克也も山岳部とバレー部に入部しているが、最近は忙しくここ2ヶ月ほど参加できていない。各部長に小言を言われるが、所属部員のCADを調整することで許しを得ている。最近では部員から〈名誉部員〉と呼ばれているらしく、不本意だが受け入れるしかなかった。

 

生徒会室に到着して部屋に入る。もう既に達也と深雪以外の役員がそろっており、それなりに着々と準備が進んでいた。ほのかは〈会計〉として入学式にかかる費用を計算しているらしく、難しい顔をしながら何度も何度もパソコンのキーボードをたたいている。泉美はプログラムの見直しを職員とするため、足早に生徒会室を出て行った。

 

「水波、総代の答辞はできた?」

「すみません克也兄様。どう言葉を紡げば良いのか分からなくて」

「貸して」

 

水波にキーボードで打ち込んでいた答辞の原稿を見せてもらう。どうやら全体を変えようとしていたらしく、余計に時間がかかっていたようだ。

 

「ここ10年以上答辞の原稿は変わっていないらしいから、全体を変える必要はないよ。所々を前年度と被らないようにすればそれでいい。どうせ総代が自分なりにアレンジしてくるだろうから。あくまでも所信表明のようなものだから、新入生代表の答辞に深い意味は無いよ」

「ということは七宝君の時も変わっていたんですね?」

「深雪も変えてたらしいから、多少の変化は教師も気にしないそうだ」

 

水波の質問に少し論点をずらして答える。その後も準備を進め、ある程度の目処が立ったところで、早めに帰宅することになった。

 

 

 

 

 

3月15日。今日は魔法科高校の卒業式であり、先程まで卒業生送別パーティーが開かれていた。終了すると寂しげな空気が校内に漂っていたが、今年も俺はその空気に乗れずにいた。まだ卒業ではないのもあるが、何より千代田先輩に連行されているのが主な理由だった。連行された場所は、かつて彼女が委員長として使っていた風紀委員会本部だ。

 

何故ここに呼ばれたのか分からなかったが、俺は文句を言わずついて行っていた。部屋は幹比古が委員長に就任してからさらに整理整頓され、生徒会室にも劣らない綺麗さだった。渡辺先輩や千代田先輩が使うと散らかっていたせいなのか。幹比古の整理整頓能力には驚かされる。性格もあるだろうし、古式魔法師としての心意気もあるのだろう。

 

「司波君、言いたいことがあるんだけどいいかな?」

「構いませんよ。でも先に何故ここに連れて来たかを教えて下さい」

 

委員長席に座りながら聞いてくる千代田先輩に、俺はこの部屋に連れて来た理由を聞いた。

 

「ここに来たのは、誰にも邪魔されないと思ったからよ。私が高校最後の日にここを訪れても、文句を言う人はいないから」

「確かに3年間の思い出に浸っても、文句を言う生徒はいないでしょう。では本題に入りましょうか。ご用件は何ですか?」

「大したことじゃ無いけど、会うことはそうそうないだろうからここで言っておくね。私はあんたのことが好きだったのよ」

 

千代田先輩の告白に俺は少々驚いていた。少しで済んだのは、俺に水波がいたことが大きかった。

 

「初耳です。自分は千代田先輩が五十里先輩のことを好きだと思っていましたから」

「啓は幼馴染って感じだからそんな感情はなかったの。私の気持ちを知っていて欲しかっただけだから、何も答えなくてもいいよ。答えに関しては分かりきってるから。それじゃあ、最後の1年も一高をよろしくね」

 

俺が答えるよりも早く、千代田先輩は風紀委員会本部から出て行った。たとえ千代田先輩に告白されていたとしても、俺は受け入れなかっただろう。嫌いではなくむしろ人間性は好きなのだが、女性として見ることはない。考えるとしても、仲の良い友人という存在になるだろう。

 

俺は風紀委員会本部でしばらく立ち尽くしていた。

 

 

 

元生徒会の卒業生やそれなりに関わりのあった沢木先輩・桐原先輩・壬生先輩には、卒業のお祝いの言葉を何度も言っているため、もう一度会いに行く必要は無かった。俺は正門前に咲く桜を見ながら、高校に入学してから2年経ったことを実感していた。

 

あと1年。今年は何も起こらないことを祈っているが、俺達が望んだところで敵がそれに合わせてくれる保障は絶対にない。世界トップレベルの影響力を持っていた【ノーブル】はほぼ壊滅状態に近いが、それでもまだ大きな権力をUSNAで振るっている。同じく崩壊気味の【ブランシュ】と合体しなければいいが。

 

顧傑(グ・ジー)によって設立され、彼によって崩壊しかけている【ノーブル】は、自身の逃走のために利用されて有力幹部や大多数のメンバーを失った。だがまだ勢いは相変わらずで、彼らの主張が徐々に浸透しているのは日本でも確認済みだ。

 

先月、一高前で襲撃してきた【エガリテ】の残党のように手荒な活動はしていないが、ニュースで名前を取り上げられると良い気持ちはしない。最近は【ブランシュ】も大人しくしているらしく、顧傑(グ・ジー)の死亡が大きな要因であることは疑いようもないことだった。

 

 

 

 

 

今日は春休みだが克也達は学校に来ていた。3日前まで達也と深雪が沖縄に行っていたため、入学式の準備が少しばかり遅れているのだ。

 

克也とほのかが中心となって準備を進めていたが、2人がいないとそれなりに不都合が生じる。入学式の準備を生徒会で経験しているのは克也とほのかだけだ。中には2人だけでは回せない仕事も含まれてくるため、生徒会の想定している以上に進まなかった。そのせいか2人には多大な疲労が蓄積している。克也は普段のように生活できず、暇さえあれば眠っている有様。ほのかはいつも明るく振る舞っているのに、ここ1週間はからげんきだ。

 

生徒会室で軽く打ち合わせをしていると、面会予定の新入生が指定時間少し前にやってきた。

 

「はじめまして三矢さん。第一高校生徒会長 司波深雪です」

「はじめまして司波先輩。三矢詩奈ですよろしくお願いします」

 

深雪の優しい挨拶に、緊張で強張っていた詩奈の表情が年相応の柔らかい表情に変わった。

 

「四葉先輩はもう少し怖い方だと思っていました」

「名前だけ聞けば怖がっても仕方ないさ。正確に言えば今は司波だけどね」

 

詩奈の質問に克也は優しく答えてあげた。水波から少し睨まれてしまったが。

 

「答辞の長さはこれくらいで良いと思います。もし覚えられなければ、原稿を持って呼んでもらっても構いませんよ?」

「大丈夫…だと思います」

 

詩奈との打ち合わせは昼前に終わった。時間があったので克也は山岳部に向かい、久々の参加と気分転換に汗を流すことにした。

 

 

 

更衣室で運動着に着替えて第三演習場に向かうと、既に1年生がへたり込んでいるのが見えた。それを見てレオがため息をついている。

 

「レオ、どうした?浮かない顔して」

「お?克也じゃねぇか。メニューを考えてやらせたらよ、この有様でがっかりしてたんだ」

「どんなメニューなんだ?」

「林間走15km、魔法を使わず端から端まで枝を伝って飛び移るのを1往復だ」

 

レオのメニューにため息を隠そうともせずにつく。

 

「レオ、それはお前の考えだろ?後輩の気持ちを考えてやれよ。あいつらだって死にかけてるぞ」

 

俺の視線の先には、地面にあぐらをかいたり木の幹に背を預けて空をぼんやり眺めている者・その他諸々。同級生でさえ疲労で動けていなかった。上級生でこの有様なのだから、下級生からすれば地獄だろう。

 

「県前部長の推薦は間違ってると思うのは気のせいか?」

「俺はちゃんと断ったんだぜ?それでもやれって言われたんだから仕方ないだろ」

「俺はこのくらい問題ないがもう少しだけ軽くしてやってくれ。せめて走りは10kmにするとかだな。俺も同じメニューしてくるから、それまでに全員起き上がっておくこと。いいな?」

 

部長のレオに軽く説教しながら、他の部員にも副部長として命じておく。15kmなら魔法を使わなくてもすぐに終わる。俺は走り出して森の中へと向かった。

 

 

 

2時間後にメニューを終わらせ先程の所に戻る。今度は岩場を両手だけで登る練習と、加重系魔法や硬化魔法で崖を歩くメニューをやっているところだった。

 

本来山岳部は、魔法を使った練習は行わない。肉体を鍛えることを目的にしているからだ。だがこうした練習の中にも、魔法を使うこともある。その理由として、肉体を使った方法と魔法を使うことで、魔法のありがたさを知る機会を得るためらしい。

 

崖の高さは25m幅は10m。ごつごつした岩場と凹凸のない平らな場所に別れているため、隙間を5mほど分けられている。この崖は地面に収納できる折りたたみ式となっているらしい。マットレスに近い素材であるため、怪我をする可能性は低い。落ちた場合にも下にクッションを敷いているので安全面は問題ないのだ。

 

そういうこともあって、意外と部内からそこそこの人気を誇るメニューとなっていたりする。

 

「レオ、今度は何をやらせてるんだ?」

「俺の気まぐれと偶然でこんな物があったからやってみただけだ。案外みんな楽しそうにやってるからいいと思うんだが。克也はどう思う?」

 

レオの言葉に応える前に、壁を上っている下級生と同級生を見る。皆が珍しそうにしながらも楽しそうに登っていた。俺もやってみたかったので否定的な意見は言わなかった。

 

「なかなか面白いと思う。俺もやってみたいしな。ただ…」

「ダンケ克也。で、どうした?」

「何故こんな物がここにあるのかが知りたい」

「言われてみると確かに」

 

そもそもここにある必要性を感じなくもなかったが、経験したことのない鍛え方ができるなら、やることにこしたことはないだろう。俺とレオは部員に混じって登ることにした。ごつごつした岩場は簡単に上れたので、後から上ったにも関わらず一番に登りきると全員から睨まれた。凹凸のない壁は《壁走り(ウォール・ラン)》で楽々登って、またしても睨まれてしまう。

 

「克也、普通はその魔法なんて誰も使わねぇぜ?」

「そんなことを言われてもな。俺からしたら当たり前に使える魔法だからどうしようもない」

「この2年間ずっと見てきたが今だに驚かされるぜ。克也と達也はほんとうにびっくり箱だ」

「褒められたととっておくよレオ」

「素直にありがとうって言えよ克也」

 

レオに笑顔でバシバシと背中を叩かれ、痛みを堪えながら笑みを浮かべた。どこかで聞いた言葉だったが、思い出すこともなく久々の部活はあっという間に終了した。



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第68話 落胆

入学式前日の夕食後、達也は予想外の人物から連絡を受けていた。

 

『久しぶりだな特尉』

「その呼び方は秘匿回線ですか?よくもまあ毎回毎回、一般家庭用回線に割り込めるものです」

『簡単ではなかったがな。それにしても特尉の家は、一般家庭にしてはセキュリティが厳しくないか?』

「最近のハッカーは見境ないですから。それに家には色々と見られたくないものが多いので」

『そのようだな。今も危うくクラッキングを喰らいそうになった』

「それは自業自得というものです。余程深く侵入しない限り、カウンタープログラムは作動しません」

『新米オペレーターにもいい薬になっただろう』

 

むしろ毒になり辞めていきそうだったが、達也の管轄外なのでどうでもいいことだった。

 

「ところで今回のご用件は?」

『先月、駿河湾沖で顧傑(グ・ジー)を捕縛する際に使った【戦略級魔法】のことなんだが』

「克也を呼んだ方がよろしいですか?」

『そうしてもらえると助かる』

 

達也は風間に少し待ってもらうよう頼んで、地下室でCADの調整をしている克也の元に向かった。

 

 

 

自動ドアを抜けて、キーボードをすさまじいスピードでタイピングしている兄に近づき用件を伝えた。

 

「風間さんが?」

「ああ、すぐに来て欲しいらしい」

「分かった」

 

克也はすぐに立ち上がり、達也の後を追い掛けてリビングに向かった。

 

 

 

「お待たせしました」

『2分もかかっていない。そんなことで機嫌は損ねん。達也なら俺の我慢強さを知っているだろう?』

「重々承知しております」

 

時間を計っていたのだろうか経過時間を伝えてくる。何故そんなことをしていたのか気になったが、今は用件を聞くことが先だ。

 

「ご用件はなんでしょうか風間さん」

『言いにくいなら中佐と呼んでいいんだぞ?』

「自分は達也と違って軍人ではなく一介の魔法師です。軍関係者でない自分がそう呼ぶと、周りに誤解を与えますので」

『達也と違って生真面目だな克也は』

「達也も十分真面目だと思いますが」

「中佐、そろそろご用件を」

『すまん達也』

 

話が脱線し目的が変わってきたので達也が軌道修正すると、風間は自分のミスを自覚して謝罪した。

 

『今回来てもらったのは、克也が使用した《レーヴァテイン》のことで耳に入れて欲しいことがあったからだ。〈統合幕僚会議〉にて、克也の魔法を【戦略級魔法】と認め、国内3人目の〈戦略級魔法師〉として認定すると決まった。発表は克也が第一高校を卒業し、司波深雪嬢が四葉家当主を継承したときだ。質問はあるか?』

「発表の名前は実名ですか?実名だと卒業した後に行動しづらくなりますが」

『それは分かっている。だが今の段階では決定していない。君が卒業するまでには決めておこう。あの魔法の使用者を見つけようと、大亜連合や新ソビエトが動き出しているからな。気をつけろよ克也、君はこれから狙われるかもしれん。当主に護衛を増やしてもらった方がいいと思うが』

「いくら四葉家でも、俺を護衛できる魔法師を早々に準備はできませんよ」

『そうだろうな。失礼した』

 

風間は克也の傲慢ともとれる発言を否定しなかった。克也が日本ではトップの。世界でも指折りと言われるほどの魔法力を持っていることを知っている。だからこそ大口をたたいても誰も責めることはできない。克也も傲慢だと自覚しているが、誰より自分の実力を理解しているからこそそんな発言をしたのだ。

 

『おっと長話をしすぎたようだ。新米が焦っているから切るぞ』

 

どうやらネットワーク警察に、回線割り込みのしっぽを掴まれたらしい。この場合、ネットワーク警察の腕前を褒めるべきか。風間の部下の腕にため息をつくべきか。判断に迷うところだ。

 

『ではまた会うときがあればな』

 

その言葉を最後に風間との連絡は切れた。

 

「達也、今のはどう判断すればいいと思う?」

「どっちもどっちだな。お相子でいいと思うが、もう少し腕を上げて欲しい」

「叔母上にも伝えた方がいいか」

「隠す必要も無いし言わなければ後々怒られそうだ。言っておくべきだろうな」

 

達也と意見を交換し、四葉家へ直通電話で連絡する。

 

『これはこれは克也様に達也様。本日はどうなされました?』

「夜分遅くに申し訳ありません。叔母上はどちらに?」

『ただいま真夜様はご都合が悪いのです』

 

葉山が電話に出た時点で予想はしていた。

 

「ではお伝えしていただきたいことがあるのですが。今お時間はよろしいですか?」

『なんなりと』

「先程、風間中佐より自分を【戦略級魔法師】として発表することになったとご連絡を頂きました」

『ほう、四葉家から2人も【戦略級魔法師】が出るとは嬉しい限りです。克也様の場合は実名でということでしょうか?』

「それはまだ決定していないようです。自分が一高を卒業して、深雪が当主を継承した後に名前を公表するだろうとのことでした。そこで最終決定がされるようなので」

『分かりました奥様にお伝えしておきます。ご連絡ありがとうございました』

 

葉山が一礼して電話は切れた。翌日の入学式のために克也たちは少し早めに就寝することにした。

 

 

 

 

 

2097年4月7日、今日は全国の魔法科高校で入学式が行われる。去年に引き続いて克也と達也は新入生の引率を行っていた。といっても例年迷う生徒は少ない。迷子の総数は毎年5人もいないため、この時間は気晴らしのようなものとなっている。

 

迷う生徒が少ない理由は、「前の生徒について行けば目的地に着けるだろう」という安易な考えがあるが故である。もし先頭が間違っていれば、後続をも巻き込み迷惑がかかる。大抵は間違いなど起こらないので気にする必要は無いのだが。

 

式開始時間5分前になり、克也は急ぎ足で講堂に向かう。舞台の袖で待機していると達也が帰ってきた。

 

「達也、引率した人数は?」

「収穫なしだ。克也は?」

「こっちもゼロだ。今年の新入生はしっかりと校内地図を頭にたたき込んでくれたみたいだ」

「俺達でも全体の8割しかまだ把握できていないがな」

「地図と実物は細かいところが違っていることがあるからね」

「去年から大幅に変更されたから2年生は最初から覚え直しだ。俺達は今年で終わりだからあまり気にしなくていいが」

 

そうこうしているうちに式は始まった。緊張気味な詩奈の答辞によって緊張感に包まれていた講堂も和み、つつがなく終了した。和んだといっても浮ついていたわけではない。生徒会役員のトップ3人がいることで、ちょうどいい空気のバランスが保たれたと表現した方が正しい。

 

四葉家の次期当主候補とその婚約者。

 

世界でも数少ない《地獄の業火(ヘル・ヘイム)》を使う現当主の実子(・・)

 

そんな3人がいるところで、呑気になれる人物はいないだろう。彼らの友人の少女でも、「しない」ときっぱり断るほどなのだから。そのおかげもあってか、詩奈や深雪が長時間来賓の方々に拘束されることもなかった。思いのほか話をする時間が思っていたより早くとることができていた。

 

「三矢さん、お話は七草副会長からお聞きしていると思います。生徒会役員になってもらえますか?」

「謹んでお受けいたします。未熟者ですがよろしくお願いします」

「それでは生徒会書記として活動していただきます。詳細は桜井さんに聞いて下さいね」

 

生徒会勧誘が去年のように断られることがなく、3年生は安堵していた。特に去年、それに関わっていたほのかは胸に手を当てて息をゆっくり吐き出すように肩の荷を降ろすほどだ。

 

 

 

入学式翌日からは正規のカリキュラムに沿って授業が始まる。1年生も午後から授業が始まるが、1限目は履修登録に割り当てられ、午前中は上級生の授業風景を見学することができる。

 

今のように…。

 

「かなり見られていますね克也お兄様」

 

公開授業という名目ではないが、入学2日目の午前中はほぼ自由行動に近い。1時間目に履修登録が終われば、昼休みまでは自由時間だからだ。初めて見る実践的な魔法授業・普段見ることのない上級生の実戦練習。しかも九校の中でもトップレベルが集まる一高で、歴代最強と噂される3-Aの授業ならば、新入生が集まっても仕方がない。

 

注目されることに慣れている2人とはいえ、幼さの残る新入生からの純粋で好意的な視線は未だ不慣れである。だから深雪が少しばかり引き気味な笑顔で、克也に不安を問いかけたのも頷ける。

 

「見られているのは、俺ではなく深雪なんじゃないか?深雪は容姿が良いし魔法力あり人望あり。生徒会長でさらには四葉家次期当主だ。深雪を無視なんてできないだろう?」

「克也さんは気付いていないの?」

「雫、克也さんは分かって言っていると思うよ?」

 

何やら右後ろから、克也の精神に針を突き刺す言葉が聞こえてくる。

 

「性格が悪いと思うのは私だけかなほのか?」

「それは同感だよ雫」

「2人ともその言われ用は不本意だぞ」

「「冗談だよ(です)」」

 

克也の抗議にほのかと雫は人の悪い可憐な笑顔で返事をした。克也はどうやら2人に、扱い方をマスターされてしまったようだ。そのせいでここ最近弄ばれることが多くなっている。かといって不愉快ではない。自分達の正体を知っても昔と変わらずにいてくれることが嬉しいので、別段嫌ではなかった。それでもそう言われるのは不服である。

 

「今日の授業はなかなかのテーマだな」

「一度もやったことがない実習ですね」

 

今回の実習は、空中に壁から生えたアームにセットされた重さ10kgの金属球を、「ランダムな時間差で落下させ、地面にぶつかる前に魔法式を構築し、指定された場所に移動させる」というものだ。

 

必要とされるのは「落下した金属球にどれだけ早く反応できるか」・「どれだけ早く魔法式を構築させることが出来るか」の2つだ。落下した物体を認識する反応速度、魔法を選択する冷静さ、魔法を作用させる発動速度が必要となる。これらの3つを瞬時に且つ同時に行うことが目的となっている。

 

克也や深雪は余裕とでも言いたげな表情をしている。雫とほのかはわくわくしているが、その他はげんなりとした表情だった。克也の番が来たため大型CADの前に立ち、準備が整ったことを監督の講師に、大型CADの横に置かれたボタンを押すことで知らせる。確認した講師が、自分の前に置かれた赤いボタンを押す。

 

すると教室の大型ディスプレイに、3秒間のカウントダウンが映し出された。カウントが0になっても金属球は落ちてこず、1年生とA組の面々は今か今かと待つ。そして何の予兆もなく、金属球が落下してきた。克也は慌てずに魔法式を大型CADに流し込んで起動式を展開させた。

 

若干ノイズ混じりの魔法式に顔をしかめながら、移動魔法と加重系魔法による複合術式を金属球に作用させる。加重系魔法で引力を中和し、移動魔法で指定された場所に移動させ、ゆっくりと着地させる。魔法を発動し終わると、1年生からもクラスメイトからも拍手喝采を浴びた。

 

「さすが克也お兄様です。魔法の全てが完璧でした」

「ありがとう深雪。でも本来の8割も発揮できていないよ」

 

大型CADのコンソールから戻ってきた克也を、深雪はいつものように盛大に労った。深雪の性格と心情を察すれば、別段大袈裟というわけでもない。実際、2人の友人はおかしなことはないという表情だ。

 

「全力じゃないの?あれだけの速さで発動できたのに」

 

どうやらその表情には、克也の発した言葉への疑問が大部分を占めていたようだ。

 

「あの大型CADは旧式でね。メンテナンスできる人が限られてるから使いづらいんだ。余剰想子光や光波ノイズが多かったのがほのかも見えただろ?」

「確かにいつもより多かった気がします」

 

ほのかは〈エレメンツ〉の末裔であるため、ノイズなどには敏感なため克也は聞いてみた。

 

「そろそろ機械を更新して欲しいが予算の問題上でできないだろうな。母上(・・)に願っても対価を要求されるのがおちか。次はほのかの番だぞ」

「そうでした。克也さん、何かアドバイスはありますか?」

「アドバイスか…。敢えて多工程の魔法を使ってみたらどうかな?今回は一応反射速度と発動速度を調べることみたいだが、評価基準はその2つじゃなくて着地させたときの衝撃の大きさだからね。『どれだけ衝撃を与えずに地面に下ろせるか』が求められているから、ほのかにはいい訓練になると思うよ」

「ありがとうございます!」

 

ほのかの後に雫や深雪もやってみたが、ほのかの点数には勝てず克也を睨んできたため居心地が悪くなった。睨む2人からほのかが守ってくれたのだが、なんとも言えない空気になったのは仕方が無いことだと自分の中で思い込むことにした。

 

 

 

その日の昼食でも新入生の見学の話が話題にあがった。

 

「こっちはかなり人多かったけど、そっちはどうだった?」

「こっちもかなり多かったな。聞いた話だが、一高志望者が過去最高を記録したそうだ」

 

達也の話は初耳だったので、克也は前のめりになってしまったが他のメンバーも同様らしい。

 

「それだけじゃなくて、筆記試験の平均点が去年より10点近く高いらしい。魔工科志望の生徒も増えたようだ」

「達也の影響だろうね」

「達也以外に犯人はいないんじゃねぇか?」

「達也君だね」

「達也さんですね」

 

幹比古・レオ・エリカ・美月は、達也以外に犯人はいないと確信しているらしく決めつけている。一科生も達也だと分かっていたので、敢えて追求することはなかった。

 

「良い方向に曲がってくれたと思えばいいんじゃないか?」

「そうだな。やはり恒星炉実験が大きかったんだろう。ここまで影響が出ているとは正直予想外だった」

 

達也は嬉しそうに呟き、その笑みは穏やかで本当に嬉しそうだった。



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第69話 同情

入学式が終了した週の日曜日、克也は真夜からの文をリビングで1人読んでいた。達也はFLTへ。深雪と水波はお嬢様のための習い事に行っているからである。

 

『【ブランシュ】と【ノーブル】が合体して新しい団体を結成。名前は【レプグナンティア】』

 

安易なネーミングだが、名前はそれ自身を表す情報でしかないからどうでもいいのかもな。

 

『USNAで過激な活動を繰り返し、魔法科高校や魔法に関係のある会社・そして道ばたを歩いている魔法師などが標的。怪我人も出ている。取り締まっているが人数が多く対処しきれていない』

 

「これはこれで問題ありだが。それより気になるのは団体の人数だな」

 

【ノーブル】は顧傑(グ・ジー)によって大半が駒に使われて死んだはずだし、【ブランシュ】もそこまでいなかったはずだ。どこか名前も知らない組織を、幾つかまとめて吸収した可能性があるかもしれない。

 

克也は誰もいないリビングで独り言を呟き、重い腰を持ち上げた。そろそろFLTから迎えに行っていた達也が、2人を連れて帰ってくる頃だ。まだ15分ほどあったので風呂に入ることにした。よもやこのミスが変な事態に発展するとは、さすがの克也も思わなかった。

 

 

 

湯船に浸かる間も水滴をタオルで拭いている間も。克也は【レプグナンティア】について考えていた。いつもなら気付くはずの人の気配や物音をスルーしてしまうほどに。

 

人数を集めるのはそれほど難しくはないだろう。魔法に対する反感を持った一般人は想像以上に多い。魔法によって家族を失った者・魔法使用中に事故に遭い魔法技能を失った者・魔法そのものを嫌う者。

 

挙げれば切りが無いな。

 

それだけ魔法に対する忌避感が大きいということだろうが、それより気になることがある。顧傑(グ・ジー)が作った【ノーブル】だが、一度手合わせした【ブランシュ】とは根本的には違う気がする。【ブランシュ】より過激な活動をしすぎている。それも魔法師という枠組みではなく、【調整体】や第一世代に対する批判が異常に強い。

 

まるで誰かがそう指示を出しているようだ…。

 

そんなことを考えていたせいなのかもしれない。

 

突然、脱衣所の扉が開いた。どれだけ考え事に没頭していても、さすがにその音には気付く。髪を拭いていた克也がタオルの隙間から眼を向けると、開け放たれた扉の向こう側でいつの間にか帰ってきていた水波が、眼を見開いて立ち竦んでいた。

 

克也も驚かなかったわけではないが一瞬で立ち直った。風呂上がりとはいえ、マナーとしてたたき込まれた無意識の行動で、タオルを巻いて下半身の大事な部分は隠しており、裸なのは上半身だけだ。

 

「水波」

 

克也は水波の顔を見ないように声をかけたが返事はなく、もう一度タオルの隙間から見ると、まだ衝撃から立ち直れていなかった。聞こえてはいないはずだが、眼から入ってくる光景の刺激に脳が一時的に思考停止に陥ったようだ。

 

「水波、ドアを閉めてくれ」

「失礼しました!」

 

少し強めに言うと、水波が大きな音を立てて脱衣所のドアを閉めた。その後派手に床が鳴ったのは水波がこけたからだろうか。克也がこけた瞬間の水波を想像して、苦笑しながら衣服を身につけて脱衣所を出た。

 

その後、水波は就寝するまでの3時間。顔も合わせず話もしてくれなかった。

 

 

 

自室に全員が引っ込んだ後、水波は自分のベッドで枕に真っ赤にした顔を押しつけながら暴れていた。

 

『見てしまった!見てしまった!初めて男性の身体を見てしまった!大事な部分は見えなかったけど見てしまった!それも婚約者のを!』

 

水波は脳裏に焼き付いた克也の引き締まった上半身を、頭から追い出そうとかぶりを振る。だが余計に鮮明に映し出されるような錯覚を覚えていた。〈婚約者〉という単語を思い浮かべる度に左胸の奥がズキンと痛む。しかしそれは不快な痛みではなく、嬉しい痛みだと水波は感じていた。

 

足をばたつかせながら悶々としていると、ドアがノックされ想い人の声が聞こえてきて余計に胸が高鳴る。

 

「水波、少しいいか?」

「少々お待ち下さい!」

 

水波の部屋のドアをノックし声をかけると、焦った声が聞こえてきた。

 

「どうぞ!」

 

少ししてドアが開き水波を見ると、頬が赤くまだ脱衣所でのことを引きずっているようだ。

 

「脱衣所のことは気にするな。油断していた俺も悪い。だから明日からはいつも通りで頼むよ水波」

「はい!よろしくお願いします!」

 

水波の返事を聞き、頭を撫でてから自室に引っ込んだ。

 

水波は頭を撫でてもらった余韻に浸りながら、ベッドに潜り込み幸せそうに頬を緩めながら眠りにつき、克也も自室に引き返してベッドに潜り込んでいた。掛け布団を首元まで持ち上げながら、先程の水波ともやりとりを思い出す。

 

『頭を撫でたときのあの嬉しそうな顔が可愛いすぎるな』

 

克也は心の中で呟き、これは仕方が無いことだと割り切ることにした。克也は目を閉じ眠りにつくが、崩れた顔なのは水波と変わらなかった。

 

 

 

 

 

今学期はお陰様で事件らしいことは何一つ起こらず、克也達は楽しく高校生活を謳歌していた。といっても新入生勧誘週間に幾度となく事件が勃発していたが。克也と深雪の恐怖の笑みで穏便?に終わらせ、2人が動けない場合は、達也が介入して争いごとを抑えていた。

 

定期試験も無事に終わり、恒例行事になりかけている結果を叩き出して九校戦準備に入っていた。

 

総合順位 主席克也 僅差で次席深雪 三席ほのか 僅差で四席雫 五席幹比古

 

実技試験 1位深雪 僅差で2位克也 3席雫 僅差で4位ほのか 10位幹比古

 

筆記試験 1位達也 僅差で2位克也 3位幹比古 4位深雪 5位ほのか 僅差で6位雫 7位美月 8位エリカ

 

魔工科筆記試験 1位達也 2位美月

 

1年生の間は二科生だった幹比古が、総合順位でトップ10に入った。成績の伸び具合に克也たちは褒め称えていたが、少なからず教職陣が頭を抱えるのだった。

 

 

 

 

 

九校戦準備は順調に進み、あとは競技要項が送られてくるのを待つだけだ。その日の昼前、大会委員から競技内容が各高校に送られた。放課後の生徒会室で、役員全員が内容を読んでいた。

 

「競技が元に戻ってよかった。あのままじゃ今年も何かあるんじゃないかと思ってしまったが、心配する必要は無かったみたいだ」

「あれは対大亜連合強硬派の横暴だからな。それを変更せずにいられるほど、大会委員も器が大きいわけじゃない。逆に戻さなかったら批判が集中していただろう」

 

達也の言う通り去年の競技変更は、酒井大佐率いる国防軍の一派による圧力に耐えきれず、やむを得ない形で大会委員が要望を受け入れていたもの。今年になって変更するのは当然だろう。

 

「競技が戻ったのは良いが問題は選手だな。今年は技術方面に少し偏っているから、選手には掛け持ちして貰うことになる。疲労が溜まりやすくなるだろう」

「それは自分自身で整えないとな。むしろ一昨年よりはマシだと思いなよ達也。エンジニアが増えるということは、達也の仕事が減って、少ない担当選手に多くの時間が割けるんだから」

「そうだな。何事も前向きに考えよう」

 

達也はこの2年間、一高で誰より多くの担当選手のCADを調整していたため、首脳陣は心配だったのだ。

 

「ここにいるメンバーは、ほぼ出場種目は決まっているから今言うべきだな。深雪は〈アイス・ピラーズ・ブレイク〉と〈ミラージュ・バット〉。克也は〈アイス・ピラーズ・ブレイク〉と〈バトル・ボード〉。ほのかは〈バトル・ボード〉と〈ミラージュ・バット〉。水波は〈クラウド・ボール〉、泉美は〈アイス・ピラーズ・ブレイク〉だ」

「幹比古・雫・香澄は生徒会役員じゃないけど決まってる。幹比古は〈モノリス・コード〉、雫は〈アイス・ピラーズ・ブレイク〉と〈スピード・シューティング〉、香澄は〈クラウド・ボール〉だ」

「残りはこれから決めないといけませんね。もちろん克也お兄様と達也お兄様には、エンジニアとしても活躍して貰いますのでよろしくお願いします」

「「任せておけ」」

 

2人は同時に深雪のお願いに頷く。

 

「残りは試験の結果と得意魔法で決めるべきですね。克也さん、意見を貰いたいのですがいいですか?」

「いいよ。その子は…」

 

克也たちは自分たちの学年の三連覇、そして一高の六連覇を目指して動き始めた。

 

 

 

 

 

九校戦開幕までの期間が残り1ヶ月を切った。練習には熱が入り始め、一昨年より生徒がやる気になっていたことに、克也たち3年生徒会役員は嬉しく思いながらも、「一昨年からやってくれよ」と呟かずにはいられなかった。

 

〈アイス・ピラーズ・ブレイク〉は深雪の魔法のおかげで練習には困らず、〈バトル・ボード〉も簡易コースで行っている。〈クラウド・ボール〉はテニス部のコートを使い、〈ミラージ・バット〉は体育館で映像投影しながら練習していた。

 

〈モノリス・コード〉は第三演習場で行われ、〈森林ステージ〉に見立てていた。幹比古・十三束・森崎vs克也・達也・レオによる戦いは白熱し、いつの間にか九校戦関係者にとどまらず、教職陣まで見学する有様だ。

 

森に身を隠した幹比古による精霊魔法を、同じく森に身を隠した克也が破り、その隙を突いて達也が突進する。その達也を迎え撃つのは十三束だ。拳を突き出す際の衝撃波で達也を追い払うが、達也はそれを躱しながら《共鳴》を発動する。だが十三束も《接触型術式解体》で無効化する。

 

その間に森崎が克也陣地に侵入するが、レオによって阻まれる。そのような攻防が10分ほど続き、レオによって森崎が倒され、十三束が達也に降伏した。残りは幹比古だけなのだが、さすがにここまで隠れられると見つけるのに一苦労だった。

 

「味方だと頼もしいが敵になると厄介だな」

「敵対しない方が身のためかも」

「今は敵同士だけどな」

 

2人を倒した後、モノリスに見立てた縦長の長方形型コンクリートの前に集まりながら、達也と克也の愚痴にレオが茶々を入れる。そのせいなのか。森の中から気配が一瞬だけ漏れ出たことに3人は気付いた。克也と達也ならともかく、レオまでが気付いたのは意外だ。

 

まあこの2人の近くで2年間共に勉強と実戦慣れをしていれば、それなりには気配の察知など身についてしまうだろう。もちろんレオの潜在能力であったことも否めないが。気配を流させた結果は意図したものではないが、この機を逃せばもう見つからないだろう。

 

「克也・レオ、俺は気配がしたところに向かうから援護を頼む。克也、場所は分かるか?」

「達也の2時方向の前方50mかな。予想外に近いところまで来てたみたいだ」

「危なかったな。達也、任せたぜ」

 

達也はレオに眼で答えて森の中に向かって走り出した。

 

数十秒後、森の中で雷鳴が轟いて光が溢れたと思いきや、達也が転がり出てきて、珍しく地味に必死な形相でこちらに向かって走ってきた。

 

「…レオ、何があったと思う?」

「…克也より頭のできが悪い俺に理解できるわけがないだろ?」

 

レオと互いに意見交換している間にも、達也の後方で《雷童児》が暴れ回っている。どうやらそれのせいで達也は捜索を中止せざる終えなくなり、撤退してきているようだ。

 

「達也、どうした?」

「分からんが何故か幹比古が少々切れている」

 

叫びながら聞くと、大声で返事が返ってきた。

 

「レオ、幹比古がキレた理由は分かるか?」

「見当もつかねぇよ」

「穏便に済ますなら、こっちが降参した方が良いかな?」

「だろうな…おわ!幹比古の野郎、俺達も狙い出しやがった!」

「逃げようか」

 

雷から逃げるため3人は森の中を走り回った。

 

「克也、降参の合図の花火があったぜ」

「そういや忘れてた。サンキューレオ」

 

腰から降参用花火を取り出し打ち上げようとしたが、手元が滑って地面に落ちてしまい、後ろを走っていた達也が誤って踏んでしまった。

 

「「達也!」」

「…すまん」

 

達也が心底すまなそうに謝るが、危機は増していく一方だった。このままでは全員が雷にうたれ、無様な結果になるだけだったので第三演習場から逃げ出すことに決めた。《跳躍》を使って壁を飛び越え、第三演習場から抜け出すと攻撃は収まった。

 

「やれやれ。何だったんだ今のは?」

「本人に聞くのが一番だと思うぞ」

「出てきたみたいだから聞きに行くか」

 

第三演習場に隣接する出入り口から出てきた幹比古に問いただすことにした。

 

「幹比古、あれはねぇぜ」

「ひどいよ幹比古」

「何故俺たちは攻撃された?」

 

三者三様の怒り方で聞くと、気まずそうに幹比古は答えた。

 

「ごめん。隠れてたら嫌なこと思い出しちゃってさ。2人がやられた瞬間に爆発した」

「何に怒ってたんだ?」

「言いたくない」

 

幹比古が頑固に断りながら克也たちの脇を睨んでいた。その方向を見ると、エリカが声を殺し腰を折って笑っていたので大体の予想がついた。3人は幹比古に同情して肩を叩いてから、気絶している2人の救助に向かった。

 

 

 

九校戦前々日まで練習は行われ、出場選手は手応えを感じながら次の日のために眠りについた。



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第70話 開幕

今年も何事もなく九校戦会場に到着し、出場選手も軽く身体を動かして本番の競技会場で各々練習を始めている。やはり簡易コースと本番コースでは雰囲気が違うようだ。大会初日から克也の出番のため、同じ出場選手と少し長く身体を慣らしていた。

 

予選突破は確実だが、身体を慣れさせることに越したことはない。

 

 

 

懇親会では相変わらず深雪が男勢に囲まれていたが、達也が婚約者だと知らされる前に比べて激減している。深雪からすればありがたいことだろう。俺も三高の女子生徒に深雪より少ないとはいえ、囲まれていたので深雪を気にする余裕があまりなかった。偶然将輝が近くにいたので助けてもらうことができ、九校戦前の事件は一件落着した。

 

「将輝、助けてもらったのはこれで3回目だな」

「九校戦は毎回助けている気がする」

「ごもっとも。今年はどうなるかな九校戦」

「一応〈数字付き(ナンバーズ)〉の配下の魔法師を警備員として派遣しているから、一昨年のようにはならないだろう」

「俺もそう信じたいけど気になることがある」

 

将輝の安堵は配下の魔法師を信頼しているから出ているものだが、俺は完全には信頼できていなかった。

 

「気になること?」

「最近、USNAで【ブランシュ】と【ノーブル】が新しい組織を作った。その影響がここにも来ないか心配なんだ」

「それは初耳だな。他に誰か知っているのか?」

「達也・深雪・水波だけだ。まだ日本で事故を起こしていないから、〈十師族〉には知らせなくていいというのが()の考えだ。それに余計な心配をかけさせたくない」

「テロを起こされれば、俺達の立場は急落だぞ?」

「同感だ。専守防衛と言えば聞こえは良いが、反対勢力を圧倒的な力で取り締まるわけにはいかない」

「分かった。俺個人でも注意して見ておく」

 

将輝との会話は小声で親しげに話していたので、周りからは何も言われずにすんだ。

 

 

 

 

 

翌日8月4日、各校3年生が全てをかけて優勝を狙いに来る九校戦が始まった。1日目は〈スピード・シューティング〉男女予選&決勝トーナメントと〈バトル・ボード〉予選が行われる。この試合には克也・ほのか・雫の3人が出場する。どの試合でも2位以上は確実視されており、3人もそのつもりだった。

 

克也は達也と2人で、〈バトル・ボード〉の競技用CADの調整を一高テントで行っていた。

 

「克也は1試合目でよかった。休憩が長く取れるからありがたいが3日間連続なのは痛いな」

「むしろ俺は嬉しいけど。そもそもこれくらいで魔法力がなくなったり、調子を崩すような柔な鍛え方はしていないさ」

「そうではなくてだな。俺の感情的な問題なんだが」

「それこそ達也は気にしなくていい」

 

克也と達也が雰囲気だけは楽しげに話し合っているのを、深雪と水波は嬉しげに見ていた。2人が互いに心の底から信頼し合っていることを知っているため、2人の話をニコニコして聞くことができていた。2人以外が真顔で話している2人を見たなら、真剣に作戦を考えているように見えたことだろう。

 

「これで問題ないはずだ。何か不都合がないか確認してくれ」

「達也に頼んで不満なことなんて無いに決まってるだろ?何年お前の側で見てきているんだと思ってるんだ?」

「17年間だが記憶にあるのは6歳頃だから11年間か。それでも腕はあの頃とは別次元にまで上っていると思うぞ?」

「自分で言うか?」

 

克也の言葉は本気で思ったわけではなく、茶々を入れたものだった。達也も機嫌を損ねるどころか、嬉しそうに口角を上げている。

 

「そろそろ準備した方がいいんじゃないか?もう20分前だ」

「そうだな。着替えるのには数分しかかからないとしても、コース上で気持ちの整理をしておきたい」

「克也でも気持ちの整理をしないと駄目なのか。今回は波乱があるかもしれんな」

「あのな達也、俺でも初めてのことは緊張するんだけど」

「これはこれは失礼なことを言ったようだ。予選通過することを願ってるよ」

「言ってろ。優勝してやる」

 

両者ともに人の悪い笑みを浮かべながら言葉を交すことに、さすがの深雪と水波でも苦笑いするしかなかった。といっても達也は、多少口を酸っぱくしても緊張をほぐしていることを、克也が理解してくれることを分かっていたし、克也は達也が緊張を和らげてくれていることを理解していた。

 

互いが本当に信頼し合っているからこそ、なしえる秘技であった。

 

 

 

〈バトル・ボード〉の第一レースの予告がされ、観客と選手の熱気は否応なく高まり、出場選手の気持ちも高揚していることだろう。克也の名前がアナウンスされると歓声or悲鳴?(特に女子生徒から)が上がり、克也の精神HPを少し削った。

 

「何か一昨年と去年の〈アイス・ピラーズ・ブレイク〉以上に凄いんだけど」

「1年生は生で見れるから嬉しいんじゃないか?」

「克也だから仕方ないよ」

 

エリカ・レオ・幹比古が感想を述べている間に、開始時間になり観客席が静かになる。

 

空砲が鳴らされ、2097年度九校戦最初の競技が始まる。合図と共に飛び出したのは克也だった。魔法発動速度が四葉史上最速の克也が、合図の後に魔法を発動させて最初に動き出すのは当たり前だった。

 

「克也さんの魔法速度がまた上がってる…」

「達也さん、克也さんには限界がないの?」

 

驚いているほのかと雫からの質問に達也は真顔で答えた。

 

「克也自身も限界を感じているらしい。これ以上は流石に無理だろうね。それでも競技用CADでこれほどの速度で発動されると、他校にとっては驚異だろうな」

「僕達でもげんなりするんだから、競ってる選手の気持ちは想像もつかないよ」

「さすが〈神速〉ね」

 

エリカ達が討論している間に、克也は最初のコーナーを曲がっていた。水面を滑らかに走る姿は、天使の舞とでも言えるようで観客を魅了している。

 

「渡辺先輩とは少し違う戦術だな」

「達也、それって硬化魔法を使っていないってことか?」

「そうだ。克也は自分の身体とボードを、一つのパーツとして移動魔法をかける渡辺先輩とは真逆で、自分の身体とボードそれぞれ別に移動魔法をかけている」

「達也、そっちの方が難しいよね?」

「ああ。ボードと自分の身体に別々の移動魔法をかけるから、バランスをとるのが普通にするよりも難しい。だが克也は工程が多い方が使いやすいらしくて、敢えて難易度の高い戦法を用いている。ほのかに近い魔法師だな」

 

達也に褒められて、ほのかは嬉しそうに笑みを浮かべていた。

 

「達也が調整したんだから知っていたんだろ?」

「いや、インストールされた魔法式は見ていない。どんな戦いをするかは分からなかった」

「じゃあ達也君は何をしていたの?」

「ゴミ取りだ」

「それは克也さんでもできるのでは?」

「克也より俺の方が除去できるらしくて克也に頼まれたんだよ」

 

克也が水路に設けられている上り坂を、水流に逆らって昇っていく瞬間を大型ディスプレイが映し出していた。

 

「加速魔法に振動魔法か。いや、もう一つ使っているようだが凄いな。一度にこれだけの魔法を使えるとは。渡辺先輩と同じように臨機応変・多種多彩な使い方をしている。まだあいつのことを知り尽くせていなかったようだ」

「よく知る人の新しい場面を知れることは、素晴らしいことじゃありませんか達也お兄様」

「ああ、そうだな」

「1位は確実ですね」

 

美月の言葉に全員が頷き、克也のレースを最後まで見守っていた。

 

 

 

ほのかのレースも予定通りに行き、一高選手は全員が準決勝に進んだ。

 

 

 

そして雫の出場する〈スピード・シューティング〉の第一試合が行われている間、達也は一高テントで雫のCADの最終調整を行っていた。

 

「違和感はないか?」

「問題ないよ」

 

雫のことを知らない人が見れば「愛想のない子」だと思っただろう。だが2年間も一緒にいる達也からすれば、嬉しそうにしているのがわかる。

 

「一昨年と同じものだ。感覚さえ取り戻せば予選は突破できる」

「うん、ありがとう」

 

お礼を言って試合会場の選手控え室に向かう雫の背中を、達也は優しく見送っていた。

 

 

 

ランプが全て灯った瞬間、クレーが空中に飛び出す。得点有効エリア内に飛び込んだ瞬間に全て粉々に粉砕された。

 

「これって雫さんが1年生の頃に使った魔法ですよね?」

「ええ、魔法名《能動空中機雷(アクティブ・エアー・マイン)》です。〈スピード・シューティング〉の得点有効エリアは、空中に設定された一辺15mの立方体。達也さんの起動式は、この内部に一辺10mの立方体を設定して、その各頂点と中心の9つのポイントが震源になるよう設定されています。各ポイントは番号で管理されていて、展開された起動式に変数としてその番号を入力すると、震源ポイントから球状に仮想波動が広がります。一度魔法を発動させると、震源を中心とする半径6mの球状破砕空間を作りだしてくれます」

「精度より威力が雫の持ち味だから、この魔法を使えるのよ」

 

ほのかと深雪の説明に美月は納得し雫の試合を見ていた。雫は一昨年と同じようにパーフェクトで決勝トーナメント出場を決めた。

 

そして雫は決勝トーナメントでも全てパーフェクトで終え、一高選手で最初の優勝者になった。

 

 

 

1日目の競技結果はこうだ。

 

〈スピード・シューティング女子〉 優勝 

〈スピード・シューティング男子〉 3位

 

1位 一高 70ポイント

 

2位 三高 40ポイント

 

幸先の良いスタートになった。

 

「雫のおかげで三高に差をつけれたのが大きい。うちは70ポイントで三高が女子2位 男子2位で40ポイント。新人戦が始まるまでに可能な限り点数差を開けたいところだな。克也・深雪・水波・香澄、頼むぞ」

 

首脳陣として集まっていた4人に活を入れると、全員が力強く頷いた。

 

 

 

 

 

大会2日目、達也は〈クラウド・ボール〉男子の担当。克也は水波と香澄を担当した。克也が今日の試合で、エンジニアとして参加することを達也と深雪が反対したのだが、本人が「自分の準備は出来ているから」と言って折れなかったので、仕方なく任せることになっていた。

 

「水波、CADはどうだ?」

「問題ありません。むしろ今の方がいい感じがします」

 

〈クラウド・ボール〉選手控え室には、第1試合目に出場する水波とそのエンジニアの克也だけがいた。その所為なのか水波の距離がかなり近かったが、克也は嬉しかったので水波をもてあましていた。

 

「水波は物理障壁が使えるからそんなに起動式はいらないんじゃないか?」

「念には念をです」

 

試合開始時間になり、水波はコート内に歩を進める。

 

水波は自分が少し浮かれていることを自覚していた。

 

『克也様が自分だけを見てくれている。頑張らなきゃ』

 

水波は昨日1日、2人で話す時間が無く甘えることができなかったのでストレスが溜まっていた。最近克也に甘えたくなることが増えたことに気付いておらず、「触れて欲しい」・「何処にもいって欲しくない」という自分の気持ちを隠していた。

 

それは一種の独占欲と言える。

 

合図と共にボールが敵コートに放たれ、相手選手が移動魔法で水波のコートに打ち出したが、コート中央のネット上を通過した瞬間、何かにぶつかったかのように押し戻された。銃身の短い拳銃型CADを使っている水波は一歩も動かず、拳銃の銃口に当たる部分を敵に向けて立っているだけだった。

 

動くのはボールが跳ね返る瞬間にトリガーを引く時だけ。相手は普段の何十倍の運動量をさせられ、3セットマッチの1セット目の途中で棄権したことで水波が勝った。

 

「予定通りだな。決勝でもこれくらいで終わるだろう」

 

克也がコートから出てきた水波に、笑顔を向けながらタオルを渡しつつ話しかけた。

 

「拍子抜けですが、一高が勝てるなら気にしません」

「そうだな。香澄の調整もしないとダメだからそろそろ移動しようか」

 

荷物を持ちながら選手出入り口に向かうと、水波は頬を膨らませながらもあとを追い掛け、克也に続いて会場を後にした。観客から見えなくなった場所で左腕に抱きついてきたが、幸せそうにしているために克也は振り払わず好きなようにさせていた。

 

水波が克也の腕から離れたのは、一高テントに着く直前。未だ人前では恥ずかしく、中々大胆になれない健気な水波なのであった。

 

 

 

香澄も試合を余裕で勝ち上がり、決勝戦で水波とぶつかり惜しくも負けた。それでも〈クラウド・ボール〉女子で1位・2位を勝ち取り、少しだけお祭り騒ぎになったのだった。香澄に「上位に入ったら高級スイーツを一つおごる」という約束をされてしまい、断り切れなかったのが克也の唯一の失敗だろう。

 

 

 

「克也、予選で見せた魔法なんだが。加速魔法と振動魔法以外に何を使っていたんだ?」

 

達也が克也のCADを調整している間、克也は持ち込んだ揺り椅子に深く座っている。達也が今にも眠りにつきそうな克也に聞くと眠そうに答えた。

 

「振動減速魔法だよ。ボードと水面に働く摩擦熱を軽減させて、摩擦係数を極限にまで下げたんだ。普通に加速魔法と振動魔法を使うだけでも、十分なスピードが出る。それに加えて摩擦を下げた方が滑りがさらに良くなるからね」

 

そう伝えて克也は睡魔に負けたのか寝息を立てて落ち、その様子に達也は苦笑しながらも調整を続けた。

 

 

 

克也と深雪はその後、達也が調整したCADで相手を全く寄せ付けない強さで予選を勝ち上がった。

 

 

 

3日目の成績。

 

〈クラウド・ボール女子〉優勝・準優勝 

〈クラウド・ボール男子〉 予選敗退

〈アイス・ピラーズ・ブレイク女子〉 予選突破 

〈アイス・ピラーズ・ブレイク男子〉 予選突破

 

三高。

 

〈クラウド・ボール女子〉3位 4位

〈クラウド・ボール男子〉2位 4位

〈アイス・ピラーズ・ブレイク女子〉予選突破

〈アイス・ピラーズ・ブレイク男子〉予選突破

 

1位 一高 150ポイント

 

2位 三高 110ポイント

 

3位以下混戦状態

 

「克也、明日は〈バトル・ボード〉と〈アイス・ピラーズ・ブレイク〉の決勝だ。疲れはないか?」

「余裕過ぎて暇なくらいだ」

 

ややずれた答えが返ってきたが、普段と何も変わらないので気にした首脳陣はいなかった。

 

「深雪も頼むぞ」

「分かりました」

 

達也の言葉に力強く深雪は頷いた。

 

 

 

 

 

大会3日目。克也は普段よりすっきり起きれたことに首を傾げていたが、何か良いことが起きそうだったので気にせず一高テントに向かった。

 

克也は予選リーグを危なげなく突破し、決勝リーグでも圧倒的な力の差を見せつけて決勝まで駒を進めた。もう一人は準決勝で将輝とぶつかり負けてしまったが、先程行われた3位決定戦で勝利し3位入賞を果たした。

 

克也も負けるわけにはいかず気合いを入れ試合に臨んだ。克也がせり上がりで登場すると、この3日間で一番大きな歓声が上がった。何故なら克也の服が真っ白なスーツ所謂タキシード姿だからだ。克也は拒否したのだが、水波とそれを勧めてきた女性の圧力に耐えきれず仕方なしに着たのだった。

 

「達也君、あれは何?」

「タキシードだが?」

「そうじゃなくてさ。なんであの服装なの?」

「本人は嫌がっていたが、母上(・・)に強要されたらしい」

「似合ってるからいいんじゃないかな?」

「あまり言ってやるなよ?落ち込まれたら〈バトル・ボード〉に支障が出かねない」

 

そんな話し合いがされているとは露程も知らずに、克也は特化型CADを構えた。合図と共に《流星群》に似た魔法を発動させる。《夜》が将輝の氷柱を包み込み光の矢が貫いて、瞬殺と形容できる速度で決勝戦を終わらせた。瞬殺された将輝は悔しがらず、これが現実だと受け入れていた。

 

着替えて一高テントに向かうと、香澄と泉美に詰め寄られた。

 

「「克也兄(お兄様)、さっきのはなんですか!?」」

「さっきのは《夜》のアレンジバージョンだよ」

「アレンジ…ですか?」

 

泉美は理解できないとでもいうように聞き返してきた。

 

「俺の《夜》は母上(・・)のとはちょっと違うらしくてね。四葉家の技術者に、ややこしいから別の魔法として使って欲しいって言われたんだ」

 

克也の説明に泉美と香澄は納得してくれたので深雪の応援に向かった。

 

克也の魔法は《流星群》ではないことが最近の研究で分かり、名称を変更して使うことになった。《奈落の底(ダークナイト・フォール)》と真夜によって名付けられ、秘匿するつもりだったが真夜に命令され今回の大会で使用していた。魔法名の《奈落の底》とは所謂地獄に落ちることを示しており、魔法が直撃した場所がえぐられる特徴から名付けられていた。

 

 

 

深雪も圧倒的な魔法力で〈アイス・ピラーズ・ブレイク女子〉で優勝し、〈バトル・ボード〉決勝ではほのかと克也が優勝し、九校戦前半を最高の結果で終えることが出来た。

 

一高

 

〈アイス・ピラーズ・ブレイク女子〉優勝・準優勝

〈アイス・ピラーズ・ブレイク男子〉優勝・4位

〈バトル・ボード女子〉優勝と予選敗退

〈バトル・ボード男子〉優勝と予選敗退

 

三高

 

〈アイス・ピラーズ・ブレイク女子〉3位と4位

〈アイス・ピラーズ・ブレイク男子〉2位と3位

〈バトル・ボード女子〉2位・3位

〈バトル・ボード男子〉2位・4位

 

1位 一高 390ポイント

 

2位 三高 270ポイント

 

3位以下混戦状態

 

圧倒的な差を付けることかできたが新人戦が危ぶまれていた。

 

「100ポイント差を付けられたのはいいが、新人戦で点数を稼ぐことは難しいだろうな」

「そうだな。今年の1年生は技術方面に偏っているから選手の実力が低い。せめて新人戦は3位以上を確保したいけど、三高がどれだけ伸ばしてくるかによって順位変動はあり得る」

 

達也と克也は前向きに話し合っていたが、ネガティブ思考になってしまうのはどうしようもなかった。一高に技術者が不足していたので、今年志望者が増えたことに喜びを感じていた。だが今になって魔工師志望者が多いことの裏目が出てしまうとは、誰も思ってもいなかった。

 

「最悪1つは優勝を取りたいから詩奈に頑張ってもらわないと」

「ああ、〈スピード・シューティング〉は勝ち取りたいな」

 

達也は克也の言葉に頷きながら順位表を確認していた。



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第71話 容認

大会4日目から8日目にかけては新人戦が行われる。1日目は〈スピード・シューティング〉の予選と決勝・〈バトル・ボード〉の予選があり、これはまだ安心して見ることが出来た。

 

午前中は〈スピード・シューティング〉と〈バトル・ボード〉の予選が行われた。

 

一高

 

〈スピード・シューティング〉決勝トーナメント進出

〈バトル・ボード〉予選突破

 

三高

 

〈スピード・シューティング〉決勝トーナメント進出

〈バトル・ボード〉予選突破

 

結果は予定通りだった。昼休憩を挟んで後からは〈スピード・シューティング〉の決勝トーナメントが行われ、首脳陣の期待通りに詩奈が優勝してくれた。

 

「使用した魔法は《ドライアイスの亜音速弾》か。まだまだ荒削りだが、2年後にはもしかしたら七草先輩にも匹敵するかもしれない」

 

克也は達也・深雪・泉美・香澄の5人で、詩奈の決勝を見に来ていた。

 

「まさか七草先輩と同じ魔法を使ってくるとはな」

「詩奈ちゃんはお姉様を尊敬されているようで、昔からよく教わっていたみたいですよ」

「七草先輩より泉美と香澄とよく遊んでいたと思っていたけど」

「歳が近かったので遊んではいました。けど魔法を使うことはお姉ちゃんに教えてもらってたみたいです」

 

2人から情報を聞いて、同じ魔法を使っていた理由がよく分かりもやもや感が薄れた。

 

〈スピード・シューティング〉の結果。

 

優勝 一高

 

準優勝 三高

 

 

予定通りだったので1日目は安堵できる結果だった。

 

 

 

 

 

大会7日目、新人戦2日目は〈クラウド・ボール〉予選・決勝トーナメント、〈アイス・ピラーズ・ブレイク〉の予選があった。

 

一高

 

〈クラウド・ボール女子〉3位

〈クラウド・ボール男子〉3位

〈アイス・ピラーズ・ブレイク女子〉予選敗退

〈アイス・ピラーズ・ブレイク男子〉予選敗退

 

一方三高

 

〈クラウド・ボール女子〉優勝

〈クラウド・ボール男子〉優勝

〈アイス・ピラーズ・ブレイク女子〉予選突破

〈アイス・ピラーズ・ブレイク男子〉予選突破

 

総合順位

 

1位 一高 435ポイント

 

2位 三高 335ポイント

 

3位以下混戦状態

 

まだ点数には余裕があるが、翌日からが今年の九校戦一番の山場だと言われ、苦戦は免れないと誰もが予想していた。

 

 

大会8日目、新人戦3日目と大会9日目、新人戦4日目は予想通りの結果になった。

 

3日目

 

一高

 

〈バトル・ボード女子〉予選敗退

〈バトル・ボード男子〉予選敗退

〈アイス・ピラーズ・ブレイク女子〉4位

〈アイス・ピラーズ・ブレイク男子〉4位

 

三高

 

〈バトル・ボード女子〉優勝

〈バトル・ボード男子〉優勝

〈アイス・ピラーズ・ブレイク女子〉優勝

〈アイス・ピラーズ・ブレイク男子〉優勝

 

4日目

 

一高

 

〈ミラージ・バット〉3位

〈モノリス・コード〉予選4位で突破

 

三高

 

〈ミラージ・バット〉優勝

〈モノリス・コード〉予選1位で突破

 

総合順位

 

1位 一高 465ポイント

 

2位 三高 455ポイント

 

本戦での貯金を使い切ってしまうことになり、首脳陣は頭を抱えていた。

 

「本戦の〈ミラージ・バット〉と〈モノリス・コード〉は優勝を狙えて、総合優勝もこのままなら狙えるだろう。だが今年は良くても来年以降はマズいな」

「2年生はいいとして1年生はテコ入れが必要かもしれない。いくらエンジニアの腕が良くても、選手の魔法力が低くては意味が無い。それなりには鍛えないとな」

 

夕食の前、一高首脳陣つまり3年生徒会役員は、九校戦会場のホテルの会議室で反省会を行っていた。優勝した克也・深雪・雫・ほのかまでが沈んだ表情をしているのは、それだけ結果が芳しくなかったからだろう。

 

「明日の〈モノリス・コード〉は大丈夫でしょうか?」

「分からない。三高もなかなかの腕前だったから優勝は間違いないだろう。せめて準優勝はしてほしいが」

「けど、彼らが決勝トーナメントに進出できた時点で驚きなんだ。それは難しいだろうさ」

 

克也の言葉は厳しいが、事実なために誰も反論することができなかった。〈モノリス・コード〉は得点が高いこともあり、もっとも魔法力のある生徒3人が選ばれるのだが、今年の1年生は実力がほぼ横ばいだった。

 

よく言えば実力差がなく安定しているが、悪く言えば実力が低く人選が難しいのだ。それに加え2種目しか掛け持ちが出来ないので、仕方なく総合トップ3からではなくトップ10から選ぶことになり、予想通り苦戦していた。

 

「三高に離されないためには、可能な限りは上位に入ってもらいたいな」

 

克也の言葉は気休めにしかならなかったため、暗い雰囲気を吹き飛ばすことはできなかった。

 

 

 

夕食時、1年生はもとより2年生・3年生にまで暗い影が落ちているのは、本戦前半の結果と新人戦の結果に差があり、魔法力の格の違いがはっきりしたからだろうか。

 

「克也、さっきテコ入れが必要だって言っていたが具体的にはどうする?」

「まずは体力作りからだろうね。身体がついてこなければ魔法力があっても使い物にはならないから、簡単で基礎的な走り込みから始めようか。1週間に2回ほど放課後に第三演習場を走らせる感じで」

「2年生は大丈夫だろうが、1年生がついてこれるかどうかだな」

 

真面目に話し合えたのはここまでだった。

 

突然女子生徒の悲鳴が上がり、振り向くと森崎が苦しげに両膝をつき首元を抑えていた。

 

「森崎!」

 

駆け寄るとさらに苦しそうにのたうち回ったため、どうすることもできない。

 

「達也・レオ、森崎を立たせて抑えてくれ!」

「わかった」

「おう!」

 

達也とレオが森崎の両腕をしっかりとつかみ、暴れないように押さえつけている間に克也はやるべきことを決めた。

 

「森崎、痛むだろうがすぐ終わらせる。少しの間だけ我慢してくれ。っ!」

「がは!」

 

森崎の引き締まった腹部に拳を叩き込み、胃の内容物を強制的に吐き出させる。1発入れると森崎は痛みのあまり気絶した。

 

「これで大丈夫だと思うけど、念のために先生を呼ぼう」

「そうだな」

 

森崎を医務室へ運ぼうとすると、もう一人が倒れ込み首元を抑えていた。

 

「十三束もか!」

 

森崎を床に寝かせた後、十三束にも同じようにして吐き出させ、2人を担いで医務室に向かった。

 

 

 

安宿に検査を頼んでいる間、廊下で3人で話し合っていた。

 

「2人とも同じように首を抑えていたな。同じ病気か?」

「俺達はそれの専門じゃないから安宿先生に任せるしかないさ」

「レオは何か気付いたことはあるか?」

 

達也の質問に、レオは何かに気付いたかのようにまくし立てた。

 

「2人とも〈モノリス・コード〉の出場者だぜ。狙われた可能性はあるんじゃねぇか?」

「…なら幹比古もか?だけどそんな表情は見られなかった。レオ、悪いけど幹比古の体調を見てきてくれないか?2人のことは俺達に任せて欲しい」

「O.K.克也、今から聞いてくるから少し待っててくれ」

 

レオは宿舎に向かって走り出し、あっという間に消えていった。レオがいなくなってから数分後、安宿が出てきたので結果を聞いてみた。

 

「食中毒ね。正確には意図的なだけど」

「意図的?」

「あの2人だけが症状を見せるなんて可笑しいでしょう?もしかしたら夕食時にいた全員に感染するかもしれないから、これを全員に飲ませてあげてね」

 

そう言って渡してきたのはカプセル型の薬だった。

 

「ありがとうございます。感染経路は後ほどお伝えしますので、これで失礼させていただきます」

 

 

 

安宿との会話を終え、克也は会議室に生徒会役員とレオを含む首脳陣を集め先程の話を聞かせた。

 

「…ということでほのか・水波・泉美・詩奈、男子生徒にも手伝ってもらって夕食に参加していた生徒全員にこれを配って欲しい。レオと幹比古はここに残ってくれ。話し合いたいことがある」

 

指示を出して4人が出て行った後、感染経路について話し合っていた。

 

「2人が食べていたサラダを調べたけど特に問題は無かったよ。同じものを食べた生徒にもウイルスは見つからなかったから、あれ自体が原因というわけじゃないみたいだ。なら2人はどこからもらったのかが問題だね」

「幹比古、2人は〈モノリス・コード〉に出場予定だった。何か2人が病気になるようなことはあったか?」

 

達也の言葉に幹比古は記憶を読み返し、何があったか思い出そうとしていた。

 

「夕食前、2人に誘われてソフトクリームを食べに行くことになったんだけど実家からの電話があって、僕は2人と別れたんだ。もしかしたらそれが原因なのかもしれない」

「そのソフトクリームはどこのだ?」

 

レオの質問はそれが特定できれば、原因が見つかりやすくなると踏んでの問いだった。

 

「かなり有名な店舗の移動車らしくて、他の高校も来ていたからみんな口にしているはずだよ」

「知り合いにも似た症状がないか聞いておくよ」

 

克也・達也・深雪・幹比古・レオによる会議は、暗い影を残して終了した。

 

 

 

 

 

翌日の朝、克也達は臨時の会議を開いていた。メンバーは昨日のままだ。

 

「結果を言うと、他校の生徒は誰も体調を崩していないみたいだ。三高・四高・二高が多く食べていたみたいだが問題ないらしい」

「ということは、意図的に一高の選手が狙われたということですね?」

「理由が分かんねぇぜ?何故俺達一高なんだ?魔法を否定したいなら、全員に同じようにすればいいはずだぜ達也」

 

レオも頭が悪いわけではなく、時々今のように鋭い意見を出してくる。

 

「つまり僕達一高、あるいは特定の誰かを狙っているってことなのかな?」

「幹比古の意見が今のところ濃厚だろうな」

「達也、それより代役はどうするの?」

「あとで俺と克也が大会委員と折衝してくる。何とかして出場させてもらわないと、三高に優勝を持って行かれることになる」

 

情報は昨日の夜にメールで聞いており、将輝・文弥・亜夜子・光宣から貰っていた。真夜にも移動車を追跡して貰っているが、今のところ手掛かりがないらしく連絡は来ていない。

 

朝の緊急会議は10分ほどで終了した。

 

 

 

ある場所で男達は密談をしていた。そこは暗く電気は付けておらず、5人がけの丸いテーブルの中央に置かれた蝋燭が不気味に揺れていた。

 

『首尾はどうだ?』

『完璧だ。一高は本戦の〈モノリス・コード〉を棄権せざる終えない』

 

ぽそりと呟かれた言葉に、同じような声音で答えながらにやりと笑った。

 

『実行者は始末したんだろうな?』

『もちろん証拠隠滅もしっかりとしてある。万が一見つかったとしても、自殺と判断されるように命令しておいたからな』

『ならいい。我らの復讐はこの程度では終わらん。明日の昼頃に作戦を実行させる。我が同胞とボスのために自らの命を差し出そう』

 

男達の密会は誰にも見つかることもなく終わった。

 

 

 

 

今日は新人戦の〈モノリス・コード〉決勝トーナメントが行われるが、見ている暇はない。大会委員に今回の事情を説明し、本戦の〈モノリス・コード〉出場を認めて貰わなければならないため、克也と達也は大会委員本部に赴き大会委員長と話をしていた。

 

「つまり本戦の〈モノリス・コード〉の出場選手変更を認めて欲しいということですか?」

「そうです。四葉家としてのお願いではなく一高としてのお願いです」

「しかしそれは彼らが元々病気を持っていたのではありませんか?」

「2人が同時に同じような症状を見せることがあると思いますか?それともホテルの食事に、何かが混ぜられていたと仰りたいのであればご心配無用です。既に2人が食したサラダには基準値以下の病原菌しかありませんでした。他に食べた生徒にも症状は見られていませんよ」

「しかし…」

「しかしもどうもこうもありません。彼らと同じソフトクリームを食べた他校の生徒には症状が見られていない。彼らが意図的に狙われたと考えて間違いないと思いますが」

 

大会委員長は一昨年同様に異例を認めたくないらしい。正確には自分達の失態を知られたくないために行動しないのかもしれない。さすがの克也でも腹が立つが、その怒りは電話の着信により急速に消え去った。

 

「失礼します」

 

一言断ってから電話に出ると真夜からだった。

 

母上(・・)、どうしました?」

 

克也がそう口にしたことで、大会委員長の背筋が伸びる。

 

『克也が頼んでいたことが詳しく分かったから連絡したんだけど。必要なかったかしら?』

「一高の優勝がかかっていますから必要です。それでどうしましたか?」

『貴方達の同級生2人を狙っていた人物が判明したわ。自殺に見せかけて死んでいたけど、上からの命令だということはすぐにわかったの。その人物は【ノーブル】と【ブランシュ】の合体組織【レプグナンティア】の構成員で、去年から今回のためだけに潜入していたみたい』

「ありがとうございます。大会委員長にもお伝えしておきます」

『それと気を付けなさい克也。何をしてくるか分からないけど、反魔法師団体の強硬部隊が九校戦会場に向かっているから』

「肝に銘じます母上(・・)。それでは」

 

電話を切り大会委員長に向き合って話す。

 

「どうやらまた工作員が潜り込んでいたようです。そちらの失態ですが責めるつもりはありません。選手変更を認めてもらうだけでいいんです」

「…分かりました認めましょう」

「ありがとうございます」

 

話し合いが終わって試合会場に向かう途中、達也に先程のことを知らせた。

 

「狙われるのか?」

「来るだろうな。魔法師を大勢殺せるタイミングだから」

「いつ来るだろうな」

「明日の昼頃じゃないかな。明日は本戦の〈モノリス・コード〉があるし、終わり次第表彰が始まるから観客も減る。一番多く殺すなら決勝が行われる14時ぐらいだろう」

「〈モノリス・コード〉の作戦はどうする?」

「去年と同じように幹比古に頑張ってもらおうと思ってる。幹比古なくして一高の優勝はないよ。今なら同時に3つぐらい《感覚同調》を使えるだろうから」

 

そんな会話をしながら新人戦〈モノリス・コード〉が行われている会場に向かった。



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第72話 惨事

達也が〈モノリス・コード〉3位決定戦の試合会場に到着したのは、始まる30分前だった。準決勝で一高は九高に負けたため、3位決定戦に回ることになっており、本戦次第では逆転される可能性は十分にあるため安心はできなかった。

 

「達也君、克也君は?」

「1年生のCAD調整に行ったよ。といっても最終調整するだけだから仕事は皆無に等しいけど」

 

達也が苦笑しながら答えたが、幹比古から質問されたので真顔に戻す。 

 

「ところで達也、話し合いはどうなったんだい?」

「許可してもらったよ」

「出場選手は?」

「克也が決める予定だから決勝が終わり次第伝えてくれると思う。今は応援をしよう」

 

 

 

達也達から見て観客席真正面の大型ディスプレイには、八高と遠方で睨み合う後輩3人が映し出されていた。一昨年同様、一高と八高の試合は〈森林ステージ〉で行われるようだ。

 

「魔法力では劣っているが気持ちは負けていないな。そこは評価してもいい」

「達也お兄様、勝てると思いますか?」

「万に一つも無いとは言わないけど。かなり厳しいだろうね…。克也が完璧に調整していても、使用者が使いこなせなければ意味が無い」

 

厳しい評価だが、達也の言葉に勝ってほしいという思いが含まれていたため言葉ほどきつくはなかった。

 

戦闘開始から数分後。両陣営のちょうど真ん中辺りで、双方のオフェンス担当選手から同じ魔法が放たれる。少しの間拮抗したが、互いに効力を失い魔法式は破綻した。それを見た観客は歓声で迎えたが、達也達の表情は厳しいままだった。

 

「...押されてるね」

精密に(・・・)分析できる眼がないと、今のは気付けなかっただろうな」

「達也お兄様、どういうことですか?」

 

幹比古と達也の呟きに、状況が理解できず深雪は質問してみた。

 

「今の魔法は《陸津波》だが、一高選手はかなり本気で発動させていた。一方、八高選手は実力の半分ほどしか出していないように見える。今のでオフェンス担当選手も実力の差に気付いたはずが、ここで諦めるわけにはいかないだろう」

「達也君、どうなると思う?」

「一方的な展開にならないよう祈るしかないだろうな」

 

達也は望みをかけていたが、望みが叶うことはなく一方的な展開になってしまった。開始から10分で3位決定戦が終了してしまい、一高は意気消沈していた。

 

1位 三高

 

4位 一高

 

総合順位

 

1位 三高 505ポイント

 

2位 一高 465ポイント

 

3位以下混戦状態

 

結果、最終日前日にはついに一高が首位から陥落してしまった。

 

 

 

その日の夜、克也は達也の部屋に集まったいつものメンバーに参加選手を発表した。

 

「〈モノリス・コード〉の配置だがオフェンスは達也・遊撃は幹比古・ディフェンスはレオに頼みたい」

「問題ない」

「任せて」

「いいぜ。でもディフェンスって何すりゃ良いんだ?」

 

レオは今まで参加していなかったのでルールを知らない。それは予想済みだったので説明することにした。

 

「ディフェンスは自陣のモノリスを敵の攻撃から守る役目だ。勝利条件は知っているだろ?」

「相手チーム全員を戦闘続行不能にするか、モノリスに隠されたコードを打ち込むか。…だったよな?」

「その通り。それで隠されたコードを読み取るには、無系統の専用魔法式をモノリスに打ち込まなきゃならない。専用の魔法式が鍵になっていて、発動するとモノリスが2つに割れる。一旦分割されたモノリスを魔法でくっつけることは禁止されている。だがモノリスの分割を阻止することは禁止されていない。専用魔法式の最大射程は10mに設定されているから、それ以上の距離では機能しない」

「ってことは、俺の役目としては敵チームをモノリスから10m以内に近づけない・鍵が発動されてもモノリスが割れないように防ぐ・モノリスを割られてもコードを読み取られないように邪魔をする。この3つか」

「満点だレオ」

 

レオの理解の早さに、克也は満面の笑みで頷きを返した。

 

「モノリスの鍵を打ち込まれても、硬化魔法ならくっついたままの状態を保つことができる。割れてしまったモノリスを再びくっつけることにならないから、ルール違反にはならない」

「克也、それって立派な悪知恵だぜ?」

「頭が回るとか作戦を練るのが上手いと言って欲しかったんだけどな」

「克也は達也と同じで人が悪いぜ」

「そりゃどうも。双子だから許してくれ」

 

軽い冗談を交えながら説明したので、レオの不安もある程度は消えたようだ。だが心残りなのは撃退方法なのだが、レオ自身も分かっているらしく聞いてきた。

 

「鍵は理解できたけどよ撃退の方はどうすんだ?自慢じゃねぇが遠隔攻撃は苦手だぜ?」

「今回はたまたま運が良くてな。九校戦最終日にお披露目しようと思っていたものがあるんだ」

 

克也が部屋に入るときに持っていた箱の中身をレオに渡す。

 

「これは?」

「遊びのために作った武装一体型CADだ。一昨年の九校戦で渡辺先輩が使った硬化魔法を応用したものだよ。人を殺す目的では作っていないけど、刀身部分を作り替えればそういったことにも使うこともできる」

「物理攻撃は禁止だろ?」

「質量体を魔法で飛ばす攻撃は禁止されていないから問題ない。そもそも硬化魔法の定義は〈相対位置の固定〉だ。固定概念として〈接触していなければならない〉というのがあるから、それを取っ払えば〈接触〉している必要は無い。感覚としては〈飛ばす〉というより〈伸ばす〉に近いと思う。レオにとっては面白い武器になると思うぞ?」

 

ニヤリとしながら聞くと、レオも同じようにしてニヤリと見返してきた。

 

「任せろ克也」

「次に幹比古だ。《感覚同調》は同時にいくつ使える?」

「今なら3つまでかな。〈視覚〉・〈聴覚〉・〈嗅覚〉だよ」

「常時使える状態にしていて欲しい。決勝トーナメントは何が起こるか分からないから」

「了解」

「幹比古のCADは俺と達也が調整する。レオはエリカと腕慣らしをしてきて欲しい。その〈小通連(しょうつうれん)〉には、レオの個人設定がしてあるからいつでも使用可能だ」

「さすが克也。気が利くぜ」

 

レオがそう呟きエリカと2人で練習場に向かったのを確認する。それから克也と達也は、深雪・ほのか・雫・美月・幹比古が見ている前で、猛烈なスピードでキーボードを叩きマニュアル調整を始めた。そのスピードに深雪を除く4人は、「相変わらず異常なスピード」とでも言いたげな表情で克也と達也を見ていた。

 

調整が終わったのは約1時間後だった。

 

 

 

 

 

今日からは本戦に戻り〈モノリス・コード〉の予選、〈ミラージ・バット〉の予選と決勝が行われる。午前中は〈モノリス・コード〉の予選を行い、午後からは〈ミラージ・バット〉の予選がある。

 

夜からは決勝が予定されているが、克也は明日の〈モノリス・コード〉決勝の最中は試合を観戦できないと確信していた。【レプグナンティア】の日本支部を中心としたデモ隊がやって来ると真夜から情報を貰っていたため、その対応をしなければならないためだ。

 

数字付き(ナンバーズ)〉の配下の警備員にも頼んでいるが、完全に防げるとは考えていない。将輝に伝えたいところだが、決勝の前に動揺はさせたくないため話さずにおくことにした。

 

 

 

本戦〈モノリス・コード〉予選を一高は余裕で勝ち進み、決勝トーナメントに進出した。将輝とジョージを含む三高も同じく危なげなく進出している。準決勝は八高となり一昨年の雪辱を果たすつもりで意気込んできた3人だったが、あれからさらに魔法力を伸ばした達也達に勝てるはずもなく。一昨年以上の力の差を見せつけられ、決勝に進んだのは一高だった。

 

「これで〈モノリス・コード〉の優勝はほぼ確定だな」

 

決勝ステージが一昨年同様〈草原ステージ〉に決まり、独り言を呟きながらも大会委員を問いただしたい気持ちになる。まあ、今聞いても仕方が無い。俺が立ち上がり観客席から離れようとするとエリカに止められる。

 

「達也君の試合は見ないの?」

「ちょっと野暮用がね」

「お家関係?」

「そんなところ」

 

軽くあしらい九校戦会場のある富士南東エリアに、唯一繋がっている一本道を向かってくるデモ隊を視ながら歩き出す。ホテルに向かうふりをして入退場ゲートに向かう途中、影に隠れるように潜んでいた水波に出会って驚く。

 

「水波、どうした?」

「達也兄様に克也様と同行しろと命じられましたので来ました」

「荒っぽいことにはならないはずなんだけどまあいいか。おいで水波」

 

水波が婚約者として来たのではなく、四葉に関わる魔法師として来たのだと俺には分かっていた。だから追い返すようなことはしなかった。

 

 

 

水波を連れて道路に向かうと、予想以上のデモ隊の人数に頭痛がした。これだけの人数が来ているのに何故警察は無視しているのか不思議に思ったが、警察の人数では抑えきれなかった分が流れてきているのだろうと考えて余計な詮索をやめた。

 

「水波、物理障壁の準備をしておいてくれ」

「何故でしょうか?」

 

水波は首を傾げながら不思議そうに聞いていた。

 

「あいつらが投擲してくるかもしれないから念のためにね。俺達なら避けられるだろうけど、死角から狙われたらマズいから」

「わかりました」

 

水波がCADを取り出して魔法を発動する準備が整う頃には、デモ隊が目前にまでやってきていた。立て札やスローガンを書き込んだ布を大勢で持ち歩いている者もおり、今回のためにやってきたことが分かる。このタイミングで来られたら迷惑にもほどがある。こちらの人数では対処できないだろう。

 

克也は後ろに控える〈数字付き(ナンバーズ)〉配下の警備員を視ながら待っていると、1名の暴漢が石を投げつけてきた。一歩横に移動するだけで避けれるが、明確な敵意を込めて投げ付けられた側とすれば、嫌悪感を抱いても仕方ない。

 

「投げつけた理由を聞いても良いか?」

 

冷ややかに見つめながら聞くと、リーダー格と思しき人物が数歩前に歩き出して答えた。

 

「この先のエリアで、魔法を用いた大会が行われていると聞いた。今すぐに中止して貰いたい」

 

少しは話の通じる相手のようなので、質問に答えながら情報を聞き出すことにした。

 

「それは事実だ。中止しなければならない理由を聞きたい」

「魔法は人間の命を容易く奪う物だ。それを見境無く使われては困る」

「確かに魔法は人間の命を簡単に奪えるが、人間の命を救うこともできる。見境無く使うことは法で固く禁じられていることを、貴方達は十分理解しているはずだ」

「しかし、我々の中には魔法による被害を受けた者が大勢いる。責任を取ってもらわなければ、こちらもこれ以上抑えることはできない」

「そちらが怪我をされているのは存じているが、こちらも暴力によって大怪我を受けている。ならどちらにも非があるのではないか?」

「こちらは魔法など使っていない。そちらは魔法で自衛できるだろう?それに魔法師は一般人より強いはずだ」

 

どうやら俺の予想は間違っていたらしい。「魔法を勝手に使ってはならない」や「魔法で自衛すればいい」など、自分勝手な意見を口走ってくるため内心辟易しだしていた。

 

「貴方は言っていることが支離滅裂だと気付いていないのか?魔法を勝手に使ってはならないと言いながら、魔法で自衛すればいいと言う。自衛した場合、勝手に魔法を使ったなどと文句を言うのだろう?馬鹿馬鹿しくなってくる。それに魔法師でも一般人より能力の劣る者はいくらでもいる。魔法師だったらなんでもできると思っているは大間違いだ」

「黙れ!」

 

先程まで冷静に話していた男が大声で怒鳴り始めた。

 

「お前らのせいで俺達は迷惑しているんだ!他国から攻撃されるのはお前達の存在があるからだろうが!」

「その狙われる貴方達を守っているのはその魔法師ですよ?俺達は元々作られた存在だ。望んで生まれたわけじゃない」

 

俺は怒り狂っている男の感情に流されず、彼を落ち着かせようと無表情に語っていたが、それが油に火を注ぐことになるとは思ってもしなかった。

 

「黙れ!お前らやってしまえ!」

「「「「うおおおぉぉぉぉぉぉ!!」」」」

 

男の命令に従い、多くのデモ参加者が武器を振り回しながら走ってきたので、彼らの目の前5mに《奈落の底(ダークナイト・フォ-ル)》を着弾させる。男達はえぐられた地面を見て急停止し、目線を上げて俺を見てきた。

 

「俺は貴方達に怪我をさせたくないんです。我々には言葉という人間にしかないものがあるじゃないですか。話し合いましょうよ。怪我をして喜ぶ者など誰もいません」

「魔法を使う者など人間と呼べるわけがないだろうが!お前ら殺せ!ここにいる魔法を使う者を全員殺してしまえ!」

 

男がもう一度叫ぶと、先程とは比べものにならない数が突撃してきた。

 

「交渉決裂か。全員総攻撃用意。だが決して殺すな。捕まえられるだけ捕まえろ!」

「「「「「「了解!」」」」」」

 

俺の声に集まっていた警備員全員が、デモ隊を迎え撃つために同じように突撃した。

 

「水波、怪我をしないように自分に物理障壁を展開しながら戦ってくれ。お前なら魔法を発動しながらでも気絶させるなど容易いだろ?」

「大丈夫です。克也様もお気を付けて」

 

互いに別の方向に走り出し、暴漢を可能な限り止めに行く。多方面からほぼ同時に跳びかかってくる男達の距離・体勢・呼吸・速度・クセを瞬時に把握し、最低限の動きと攻撃で無力化する。無力化した暴漢を警備員に拘束させて他の男達を狙う。

 

右方面から《キャスト・ジャミング》が放たれる。黒板を爪で引っ掻いたような不快な音が聞こえてくるが、想子を一定量で身体全体に放出して、カーテンのように自分の身体を覆う。するとほとんどその音が聞こえてこなくなり、真鍮色の指輪を付けた左腕を突き出している男に近付きながら呟く。

 

「アンティナイト…古代文明の栄えた都市にだけ産出する軍事物資。雇い主(パトロン)》はウクライナ・ベラルーシ再分離独立派。スポンサーは大亜連合か?どうやって手に入れたか気になるが今はどうでも良いな」

 

言葉に驚愕を露わにしたので、俺の予想は正しかったようだ。体術で男の背後に回り、首筋に手刀を叩き込み気絶させる。他の暴漢を捉えるために、俺は縦横無尽に駆け抜け始めた。

 

 

 

数時間ほど経った頃、数百名を捕縛したところでデモ隊が我先にと退散を始めた。眼に見える範囲からいなくなるのを確認して、腕時計を見ると時刻は16時を少し過ぎたところだった。

 

達也達が優勝したかどうかは分からなかったが、予定通りに行けば総合優勝しているだろう。安堵しようと長いため息を吐こうとした瞬間、遠くからやって来る何かの音が聞こえた。

 

「水波、何か聞こえなかったか?」

「何も聞こえませんでしたが」

「貴方も聞こえませんでしたか?」

「いえ、いつも通り歓声が聞こえるだけですが」

 

俺の聞き間違いか?

 

そう思っていたが俺の聞き間違いではなかった。ヒュルルルルルルと音が聞こえ始め、どんどん大きくなり近付いていることが分かった。

 

「何だ?」

 

北西の空を見上げると何か物体らしき物が飛んでくる。それが何か俺には分からなかったが、放置すれば最悪の事態になると直感する。《燃焼》をそれに向かって放ち原子まで燃やされた「それ」は、跡形もなく消え去る。

 

「今のは何だったのですか?」

「分からない。でも良くないことが怒っているのは確かだ」

 

そう答えた瞬間、ここにいる魔法師だけでは防げないほどの数の「何か」が向かってくることに気付いた俺は舌打ちを漏らした。

 

「なんて数だ!これじゃあ、防ぎようがない!水波、会場の上空300mに幅100mの物理障壁を展開できるか!?」

「可能ですが強度が足りません!」

 

水波の報告に再度舌打ちを漏らすが悩んでいる暇はない。上空をとてつもないスピードで飛んでくる「何か」を撃ち落とすなど、ナンバーズ配下の警備員といえ簡単なことではない。それならば自分が可能な限り撃ち落とせば良い。

 

遠くに聞こえた音が全員にはっきり聞こえる頃になると、ようやくそれが何だったのかが分かった。

 

「ミサイルだと!?それも国防陸軍特殊長距離ミサイルじゃないか!」

 

叫ぶよりも早くに《燃焼》を連続発動させ、ミサイルを燃滅させるが、如何せん数が多すぎる上に範囲が広い。全てを撃ち落とせず会場の観客席に向かって落ちていく。

 

まずい!

 

しかし俺の動揺はすぐに収まった。何故なら会場の観客席上空に局所的に展開された物理障壁によって爆風が防がれたからだ。それでも俺の安心は長くは続かない。何故なら第二波として、先程と同じかそれ以上の数のミサイルが撃ち込まれたからである。

 

なおも燃やし続けるが、防ぎきれないミサイルの数が増え、水波の物理障壁に向かって飛んでいく。さすがの水波でも一瞬の気の緩みも許されないこの状況で、魔法を連続発動させるのは厳しいらしく、少しずつ物理障壁が歪み始める。

 

このままじゃ観客が!

 

その時これまで以上の数のミサイルが撃ち込まれ、為す術もなく水波の物理障壁が破られ、3発が観客席の天井に直撃した。

 

ミサイルが直撃した観客席の天井は、簡単に崩れ落ち真下に落下する。悲鳴や怒声が聞こえてくるが、どうしようもなく俺たちは現場を見上げることしかできなかった。



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第73話 挽回

今、克也達は九校戦会場からバスで引き上げているところだが車内は重くて暗い。どうしようもない雰囲気が漂っている。生きる屍と化した生徒は、俯いたまま一言もしゃべらない。

 

九戦校は本戦〈モノリス・コード〉で優勝。〈ミラージ・バット〉で優勝と準優勝し、三高が〈ミラージ・バット〉でこけてくれたお陰で一高が総合優勝し六連覇。そして克也達の三連覇で幕を下ろした。

 

だが互いに抱き合ったり喜びを爆発させる生徒は、誰一人としていなかった。

 

それもそうだろう。〈モノリス・コード〉の決勝が終わり、〈モノリス・コード〉優勝と総合優勝したことで、はしゃいでいる時に上空で爆発音が轟き、見上げていると突然観客席の天井が落下してきたのだから。

 

死者と怪我人は数えられないほどとなり、最悪の事件となってしまった。

 

世論から否定的な言葉を投げかけられることを分かっていたが、克也からすれば真夜の忠告を生かせなかったことと比べると、それはひっかき傷のようなものだった。

 

隣に座る水波の左手を握りながら、克也は歯を食いしばって俯いている。雫・ほのか・幹比古はともかく。達也・深雪もかける言葉が見つけられず、同じように悲しげな表情を浮かべていた。

 

 

 

 

 

翌日、克也は水波を連れて四葉家本家に来ていた。今回の事件の報告をしに来たのだがその足取りは重く、真夜に叱られると思いながら書斎に向かっていた。

 

「叔母上、ただいま到着しました」

 

書斎のドアをノックしてから名乗ると、葉山が開けてくれたので中に入り真夜の向かいに座る。水波は克也の横に緊張した面持ちで座る。葉山が出してくれたコーヒーを一口飲んだあと、克也は謝罪を始めた。

 

「叔母上、この度情報を頂いていたにも関わらず、事件を防げなかったことをお詫び申し上げます」

「克也が謝ることは何も無いでしょう。むしろ褒められることだと思いますよ?」

 

克也の謝罪に真夜は優しく答えるが、克也にとってはそれがむしろ心に刺さった。

 

「自分の認識の甘さが裏目に出た結果がこれです。俺は補佐としてやっていく自信を失いました」

 

克也のカミングアウトに、水波だけでなく真夜も葉山も驚きを隠せない。

 

「デモ隊さえ抑えれば、何も起こらないという勘違いを起こしていました。こんな簡単なことを予測できずにして、補佐が務まりましょうか?」

「いつにもましてネガティブね克也。達也さんだったら予測できたとでも言いたいのかしら?」

「達也は自分よりはるかに頭の回転が速いですし切れますから、予測はできたかもしれません」

 

克也も達也が万能だとは思っていないが、自分より頭の切れる弟なら可能だったのではないかと思い始めていた。

 

「克也の気持ちは分かりましたが、補佐から立場を変更するつもりはありません。それは深雪さんにも達也さんにも貴方にも水波ちゃんにも、そして四葉にとっても大きな利益になりますから」

「…分かりました」

 

克也は渋々頷き受け入れた。

 

「ところで叔母上、被害はどの程度なのでしょうか」

「今のところは死者100名・重傷者70名の大惨事ね」

「予想以上の規模ですね。首謀者は分かっていますか?」

「国防陸軍大亜連合強硬派 酒井大佐の部下による反乱よ」

「ミサイルが発射された場所はどこですか?」

「国防陸軍 伊豆基地みたい」

 

克也は質問に淡々と答える真夜に感心しながらも、頭の片隅では別のことを考えていた。今回の事件は、去年の復讐というところだろうか。九校戦の大幅な競技変更を求めたのが大亜連合強硬派の首班酒井大佐だ。彼の暗躍を四葉が発見し失敗させたのだから、その部下が上司の敵を討ちに来ても可笑しくはない。

 

「世論は大丈夫でしょうか」

「五分五分でしょうね。落下してきた天井から一般人を守ろうとした魔法師を、擁護する一般人もいるようですから」

「その人達が狙われることがないことを祈るばかりですね」

 

自分達の意見に賛成しない者を標的とした嫌がらせは、何時の時代も起こりうるため懸念してしまう。

 

「克也も達也さんも深雪さんもこの3年で素晴らしい成績を残してくれました。四葉家として嬉しい限りです」

「ありがとうございます」

 

突然の真夜の賛辞にも動じず、克也は素直に真夜の賛辞を受け入れた。今年の九校戦で克也と深雪は出場競技で全て優勝。達也は担当選手で相打ちを除いて無敗という快挙を成し遂げていたため、真夜に褒められても照れたりはしない。克也が真剣に考えていた最中に、このタイミングで聞く必要があるのかという話を振ってきた。

 

「ところで貴方達はもうすでに()を終えたのですか?」

「っ!?」

「…叔母上、真剣な話の最中にそれを放り込みますか?」

 

水波は顔を真っ赤にしながら俯き、克也は少し白けた表情で問い返す。

 

「重い話ばかりだと肩の荷が下ろせませんから。少しぐらい構わないはずよ」

「TPOを考えて下さい。それにまだそんなことはしていませんよ」

「あら、2人ならしていると思いましたけど。そんな気がないのですか?」

「無いわけがないでしょう。むしろ俺の中にはしたいという気持ちがあります。それに達也も深雪もしていないと思いますよ」

「なら何故行動に移さないのかしら?」

「学生の間にできてしまったら問題になりますし、負担が大きすぎます」

 

真夜と克也のやり取りに水波はさらに顔を真っ赤にさせ、今にも泣き出しそうだったが2人は気付いていなかった。

 

「私は早く孫を見たいのだけど」

「急かさないで下さい。俺達にも速度というものがあるんです。自分達の速度で歩ませて下さい」

「考えておくわ」

 

真夜の返答にがっかりしながらため息をつく。

 

「ところで酒井大佐の部下の反乱だとおっしゃいましたが。どなたなのですか?」

「首謀者は矢口中尉だそうですよ」

 

克也のいきなりの話題転換にも、真夜は顔色一つ変えず簡潔に答えた。

 

「矢口中尉はどうされるのですか?」

「捕縛するつもりですが、彼の行動によっては国家反逆罪で処断することになるでしょう」

「その役目、自分に任せてもらえませんか?」

「何故か聞いてもいいかしら?」

「今回自分は役目を果たせませんでした。汚名返上する機会を頂きたいのです。お願いできませんか?」

 

真夜は克也の眼を見て、黒羽家より克也に任せた方がいいのではないかと思い始めていた。日本の魔法界の頂点である〈十師族〉の一員でもある四葉家の血を受け継いで、自分の不甲斐なさを呪い、誰よりも責任を感じている克也以外には任せられたくなる。

 

そう思わせるだけの強い光が克也の眼に映っていた。

 

「いいでしょう貴方に任せます。人員はどうしますか?」

「実力行使は前提にしていませんが、可能であれば文弥と数人のメンバーでお願いします」

「分かったわ。準備が整い次第連絡するからそれまでゆっくりしていなさい」

「ありがとうございますそれでは失礼します」

 

真夜と先程まで一度として会話に入ってこず、真夜の後ろに立っていた葉山に克也は一礼し、顔を真っ赤にしたままの水波を連れて書斎を出た。

 

 

 

葉山は珍しく動揺している。真夜にハーブティーを出しながら労うように質問した。

 

「奥様、よろしいのですか?克也様に任務を任せても」

「葉山さんは克也が失敗するとでも思っているのですか?」

 

真夜は少し機嫌悪そうに葉山に聞いたが、葉山が言いたいことを理解していたので、本気で聞いたわけではなかった。

 

「ここ最近の克也様の精神状態は芳しくありません。むしろ以前より悪化しているように思われます。本人は自覚していないようですが」

「それは同感だわ。克也はここのところ精神を切り崩すような形で学生生活を送っているから心配です。水波ちゃんに頑張ってもらわないと困るのだけれど」

 

真夜は呟きながら入ったカップを彼女らしくない作法で音を立てて、中身のハーブティーを回転させていた。それだけ真夜も克也のことが心配なのだろう。

 

「水波ちゃんには、やっぱり行為に及んでもらわないと解決しなさそうね」

「しかし奥様、本人に強要させては余計に傷つけることになると思いますが」

「そこが一番の問題ね。2人は互いにそれを望んではいないでしょうし、さっきまでの会話を聞いていると、まだまだその段階まではいかないでしょうね。それよりここまで克也を思い詰めさせた矢口中尉には、それなりの罰を与えなければ私の気が済まないわ」

 

真夜はハーブティーの入ったカップとソーサーを、空中に放り投げて《夜》で貫いた。葉山は使用人を呼んで、粉々に砕け散ったカップとソーサーを片付けさせ、使用人と共に書斎を出て行った。

 

 

 

 

 

数日後、黒羽家の魔法師3人と文弥を含めた5人で、克也は伊豆基地に向かっていた。少数で向かったのは、大人数を動かすと面倒なことになるかもしれないと考えたからだ。

 

「克也兄さん、矢口中尉をどうされるつもりなんですか?」

「返答次第かな。俺が行ってまだ自分が正しいと言い続けるなら捕縛するし、自分の行いを償う気があるなら監視に留めるよ」

「何か情報が得られるといいですね」

 

髪をかき上げる(・・・・・・・)文弥の言葉は気休めでしかなかったが、簡単に情報が得られるとは思っていない。セダンが伊豆基地に着くまで克也は眼をつぶり、瞑想に近い感覚で精神統一をしていた。

 

 

 

伊豆基地には昨日のうちにアポを取っているので、名前を告げるだけですんなり基地内に入ることができた。案内されたのは、取調室と呼ぶことのできる机と椅子が4つ置いてあるだけのこじんまりとした部屋だった。念のため盗撮と盗聴が仕掛けられていないか確認し終えた文弥が、嬉々として報告に来た。

 

「克也兄さん、不審なものは何もありませんでした」

「ご苦労様」

 

|肩に掛かるほどの髪を無意識のうちに耳にかける仕草《・・・・・・・・・・・・》をしながら、顔を真っ赤にさせている文弥を見ると、男だと分かっていても可愛いと思ってしまう。もちろん克也自身にはそんな性癖はないが、町中を歩けば10人中10人が美少女だという容姿をしている文弥のせいである。克也は無理矢理その思考を脳から追い出した。

 

黒羽家の魔法師3人は車で待たせているが、宇治第二補給基地の時のようなことが起こった場合は、人命より目標を優先せねばならないため実力行使もやむを得ないとしている。

 

10分後、矢口中尉が訓練を途中で中断し取調室にやってきた。

 

「お待たせしました四葉殿。今回は小官にどのようなご用でしょうか?」

「今回お伺いしたのは九校戦でのことについてです」

 

矢口中尉が話し始めたところで遮音フィールドを展開し、話が外に漏れないようにする。克也が魔法を使ったことに矢口中尉は表情を変えず、当たり前とでも言うように見返してきた。

 

「九校戦ですか。それは観客が多く亡くなったことと、そこのお嬢さん(・・・・)と関係があるのですか?」

彼女(・・)のことは後ほどお話しします」

 

文弥の変装(女装?)については、それほど言及がなかったので話を進めることにした。

 

「自分が聞かれることに何か感じませんか?」

「何か…とは?」

「貴方自身が今回の事件の首謀者だということです」

「…仰っている意味が分かりませんが」

 

矢口は克也の質問に詰まったが、疑問を覚えるようなほどの間は空かなかった。

 

「貴方は去年の九校戦にて、競技変更を打診した酒井元大佐の補佐として、深く関わられていましたよね?酒井元大佐が逮捕されてからというもの、貴方が強硬派を率いて先の九校戦で一高が負けるよう【レプグナンティア】をそそのかした。あまつさえ観客を巻き込んだ。違いますか?」

「はっはっはっは、何を根拠に言っておられるのですか?私が元大佐の復讐のためにしたとでも言いたいのですかな?四葉の後継者補佐ともあろう方がその程度の推理力とは、いやはや四葉家も落ちたものです」

 

矢口の言い方に文弥は怒りを覚えたらしく立ち上がりかけるが、克也の無感情に座り続ける様子を見て正気を取り戻した。先程と同じように自分の椅子に座り直したのを確認した後、克也は一つ切り札を出すことにした。

 

「では一つ説明しましょう。彼女はあの事件の犠牲者の娘さんです(・・・・・・・・・・・・)。何か言うべきことがあるのではないですか?」

「誠に運が悪かったとしか申せません」

「それだけですか?ではもう一つ証拠をお見せしましょう」

 

持ってきたデータカードをパソコンに読み込ませ、スクリーンに接続し音声を再生させた。

 

『首尾はどうだ?』

『完璧だ。一高は本戦の〈モノリス・コード〉を棄権せざるを得ない』

『実行者は始末したんだろうな?』

『もちろん証拠隠滅もしっかりとしてある。万が一見つかったとしても、自殺と判断されるように命令しておいたからな』

『ならいい。我らの復讐はこの程度では終わらん。明日の昼頃に作戦を実行させる。我が同胞とボスのために自らの命を差し出そう』

 

その音声を聞いた矢口は狼狽し、スクリーンとデータカードの入ったパソコンを破壊した。もちろん今回のデータカードはコピーしたものなので壊されても痛くない。

 

「如何でしょうか。これが証拠なので上官に提出してもいいですが」

「捏造だ!俺を陥れるための道具だろう!」

「捏造ではありませんよ。貴方達が使っていた部屋の監視カメラの映像を元に、口の動きに音声を加えたものです。その部屋に残っていた残留想子を調べた結果、貴方の想子情報と一致したというわけです。これでも言い訳を続けますか?」

「黙れ!誰かに命令されてしているのだろう。そいつを教えろ!」

 

まだ惨めな言い訳を続けてくるので、少し想子を活性化させ威圧するとすぐに押し黙った。

 

「いい加減にしろ裏はとれてるんだよ。さっさとお前の目的を言え」

「…俺の目的は第一世代と調整体の撲滅だ。【レプグナンティア】はそれを利用させたに過ぎない」

「ミサイルを発射したのは何故だ?」

「一高の邪魔をできないと分かった途端、自分のやったことがばれるのが怖くなって知っている者を消そうとした。観客を巻き込むつもりはなかったんだ」

 

矢口に礼儀をかなぐり捨てて脅すと素直に話し始めたので、矢口から見えないように録音しながら、最も重要なことを聞くことにした。

 

「命令したのは誰だ?」

「それは言えない」

「言え!」

「明日まで、明日まで待ってくれ。明日には必ず話す。だから待ってくれ」

「明日になったら本当に話すんだな?約束するならこの書類にサインをしろ」

 

克也の差し出した四葉家の名前と印が押された誓約書に自分の名前・階級・所属部隊を書き込んだのを確認する。矢口をその場に残し、克也は文弥を連れてセダンに向かって基地を後にした。

 

 

 

セダンに乗りながら帰宅していると、元の姿に戻った(・・・・・・・)文弥が話しかけてきた。

 

「犯人が矢口中尉だという証拠が本人の口から出たのは、捜査の大きな一歩ですね」

「そうだな。でも黒幕のしっぽは掴めなかったのは痛い。明日になったらわかることだから気にしなくていいか」

「それより克也兄さん、変装させる(・・・・・)意味が分からないんですが」

 

俺が負のループに陥る前に話題を変えたつもりだったのだろうが、それは文弥自身を追い詰める結果になるとは重いもしなかっただろう。

 

「あれは変装なのか?俺には女装にしか見えなかったが」

「女装じゃありません変装です!」

 

もちろんわかっていたが少し文弥をからかってみたかった。今回文弥を変装させたのは、変装が上手いことも理由の一つだったが、主な理由は四葉の関係者だと知られないためである。文弥もわかっていたが、そろそろこの格好を卒業したいのもあったので抗議しているようだ。

 

「まあいいじゃないか。文弥のおかげで情報を引き出せたんだから」

「一割も活躍していませんけどね」

 

不満を漏らしながらも嬉しそうにしている文弥を見て、俺も自然と笑みが浮かんできた。その間にもセダンは順調に東京に向かって走っていた。

 

 

 

 

 

翌日、伊豆基地より信じられない悲報が四葉家と克也宛に届いた。

 

『本日未明、矢口中尉 首つり自殺にて死亡』

 

それを聞いて克也は、またしても黒幕への道を阻まれ任務失敗に終わった。



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第74話 謝罪

名誉挽回のための任務も失敗した克也は、精神的に病んでしまい、一時的に本家へ強制送還させられた。四葉お抱えの医師に診察してもらったところ、「過剰なストレスによる精神的な疾患」と診断された。

 

「1週間ほどは安静にしていなさい」と真夜に言われ、仕方なく本家で大人しく休んでいた。

 

3日ほど経つとほぼ回復し暇だったので、真夜の事務処理を手伝っている。真夜は昔からこういう手作業の仕事が苦手らしく、葉山や紅林に手伝って貰っていたらしい。当主でもあろう人が事務処理ができなくてどうするのだと思いながらも、素早く事務処理を進めていく。

 

「やっぱり克也は事務処理のスピードが早いのね。母親(・・)として誇り高いわ」

「叔母上、無駄口叩かずに手を動かして下さい。口よりも手をお願いします」

 

きっぱりと口で釘を刺しておく。

 

「…まさか息子(・・)に事務処理で怒られる日が来るとはね。時が経つのは早いわ」

「叔母上、二度も言わせないで下さい。無駄口叩かずに手を動かして下さい」

「…分かりました」

 

克也の言葉に項垂れ、何故か敬語を使いながら事務処理を再開する真夜の動きはノロい。同じ分量を与えられているにもかかわらず、克也はこの1時間でほぼ終わらせていたが、真夜は未だに半分も終わっていなかった。

 

そんな微笑ましい光景を葉山はニコニコしながら見ている。克也に自分が事務処理をせずに済んだことを感謝しているのか、はたまた2人のやりとりを見ていて楽しいのか。分からないがなんとも温和な人物である。

 

「葉山さん、この支出は何ですか?他の物と比べるとやけに額が大きいのですが」

「それは奥様の個人的な支出でございます」

 

葉山がためらうことなく暴露すると、真夜がジロリと睨んだが葉山はそれを無視して克也との会話を続けた。

 

「1ヶ月でこの出費は酷すぎませんか?」

「何に使ったかまではこの老いぼれには分かりかねます」

「叔母上、一体何に使ったらこんな金額になるのですか?」

 

質問すると叔母上は「記憶にこざいません」とでも言うように、事務処理に没頭しているふりをし始めた。そんな叔母上に俺はため息をつきながら、「何故この人が当主なのか」と何度目かも知れないことを思っていると、叔母上が顔を上げて聞いてきた。

 

「克也、今失礼なことを考えなかった?」

「お察しの通りです」

 

俺が無表情に見返すとしばらく睨んできたが、叔母は勝ち目がないことに気付いて事務処理に戻った。

 

「それより叔母上、こんなものを自分に見せて良いのですか?」

「次期当主の補佐なのだから、今から知っていても問題ないと思うのだけれど」

「程度という物があります。何故〈青波入道閣下、東道青波〉の極秘用件まで見せられるのですか?まだ俺に早すぎると思いますが?」

「貴方が他言しなければ問題ないわ」

 

「処置なし」と思ったのは葉山さんもだろう。いくら次期当主補佐とはいえ、執事序列1位の葉山さんにしか知られていない四葉のスポンサーの要請資料を、次期当主候補の補佐に見せて良い物ではない。もちろん他言はする気は無いのだがタイミングを考えて欲しい。

 

「それと今回のこととは関係ないのですが、添い寝はやめてもらえませんか?」

「嫌なの?」

「俺は高校3年ですよ?いくら叔母上に溺愛されているとはいえ、知られたくありませんし恥ずかしいんです。水波・達也・深雪に知られれば、非難の眼を向けられるのは容易に想像できます」

「親離れしたいと?」

「叔母上もいい歳なのですから、そろそろ子離れして下さい」

 

これは俺の切実な願いだ。既に17歳、成人ではないがほぼ大人の仲間入りする直前である。本当に辞めて欲しい。

 

「今日で最後にするわ」

「…それ何回目ですか?それに今日もするつもりだったのですか…」

「数えてないから覚えてないわ」

「…」

 

返答に頭を抱えたくなった。さすがの葉山さんも微妙な表情をしているのだから、叔母上の性格がどれほど捻れているかが分かるだろう。それからは叔母上の事務処理が終わるまで付き合い、自宅に帰宅する前日まで添い寝をした(させられた?)。

 

 

 

 

 

夏休み明けの1週目を休んでしまったことで2週目の久々の登校は何か新鮮に感じられ、心なしか歩調が少し軽い気がした。教室に入るとほのかと雫に心配される。

 

「克也さん、大丈夫ですか?」

「問題ないよ。この1週間で完治したから」

「確かに前より顔色は良い」

 

元気なことをアピールすると安心してくれたようで、2人は肩の荷が降りたようにスッキリした顔をしていた。

 

「実習と座学は大丈夫ですか?」

「座学は生徒会に行ってる間に可能な限り終わらせるよ。実習は補充授業してくれるらしいから週末に居残りかな」

「今週の座学はかなり難しかったけど?」

「時間がかかろうが解いて提出すれば問題ないよ」

 

俺からすれば高校の座学の内容など朝飯前である。すんなり終わると思っていたが、放課後に生徒会室で課題をしていると、雫の言う通りなかなか歯ごたえのある問題だった。猛スピードでキーボードを叩き、この1時間で1日のうちの半日分の座学を終わらせていた。

 

「相変わらずとてつもないスピードですね克也お兄様」

「さっさと終わらせて部活に行きたいからね」

 

といっても5分ほどでその問題をクリアし、深雪以外に引かれてしまったが。内容的に高校生分野では手に負えない問題だったため、担当教員に文句を言いたくなる。他の生徒もよく解けたなと思うほどの難易度で、どうやって解いたのか聞きたくなった。

 

4日かけて1週間分の座学課題を終わらせ、担当教員に提出すると「手伝って貰ったのでは?」と疑われた。俺のこれまでの行いを知っている他の教員が、その疑った教員を力尽く(文字通り魔法力)で黙らせて受け取ってくれた。

 

実習も説明を一通り読んだだけでテストを行ったため、日曜の1日で1週間分の実習を終わらせ、監督教員に呆れられたのは言わなくても分かるだろう。ちなみに〈干渉強度〉以外の項目でトップの成績を叩き出し、職員一同を悩ませてしまったのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

9月も終盤、論文コンペの学内選考が終わって後は準備を終えるだけの状態でいた生徒会。ある日の放課後、いつも通り業務を全うしていると、予想外の報告を受けることとなった。

 

「克也お兄様、大変です!」

「泉美、どうした?」

 

職員室から呼び出されて帰ってきた泉美の右手には紙が握られており、驚きを隠せない様子で走ってきた。渡された紙を見ると泉美が驚いていた理由が分かった。

 

「今年の論文コンペは中止か。まあ仕方ない」

「学内選考1位の幹比古には悪いな」

「克也さん・達也さん、何と書かれているんですか?」

 

ほのかが不思議そうに聞いてきたので、なるべく驚かさないように説明した。

 

「今回の論文コンペは中止らしい。理由は九校戦のような惨事を起こしてはならないという論文コンペ開催地、魔法協会関東支部の判断だよ」

「残念です」

「吉田君には申し訳ないですけど、準備を中止させなければなりませんね。今すぐ報告しに行きますか?」

「いや、後でいいだろう。時間的にも余裕がない。幸い今日はみんなで帰る予定だから、〈アイネブリーゼ〉に寄ってそこで話そう」

 

達也の説明に深雪は納得して実務に戻る。1時間後、全員が帰宅準備を始めた。

 

 

 

校門前でいつものメンバーと待ち合わせ、最寄り駅への一本道を歩いてる途中、克也からの申し出で〈アイネブリーゼ〉に寄り道してお茶をすることにした。ちなみに水波は、克也の横に座りながら上級生の話を真剣に聞いている。

 

「幹比古、いきなりだけど謝らせて欲しい。本当にごめん」

「いきなりどうしたの克也?」

「今回の論文コンペが中止になったんだ。学内選考で幹比古が選ばれたことを喜んで応援するなんて言ったけど、できなくなってごめん。変に期待させてしまった」

 

俺の謝罪に幹比古は穏やかに微笑みながら優しくかぶりを振った。

 

「確かに論文コンペが中止になっちゃったのは残念だけど、克也が謝る必要は無いんじゃないかな」

「違うよ。今回の論文コンペが中止になったのは俺のせいなんだ」

「克也君、それはどういうこと?」

 

エリカが話しに割って入ってきたが、機嫌を損ねることもなく質問に答える。

 

「先の九校戦で天井が落下して多数の死傷者が出たのは知ってるだろ?」

「もちろん私達の近くで起こったことだから」

「その時に俺は会場の外で警戒していたんだ。だけど失敗して迷惑をかけ、その上に被害を出してしまった」

 

俺の報告に、今まで楽しそうにおしゃべりしていたみんなが押し黙る。

 

「克也はまだそれを思い詰めているのか?」

「俺が死ぬまで背負うべき罪だよ。俺は母上(・・)から情報を貰いながらも、未然に事故を防げなかった」

「克也君があの時いなくなったのはそういうことだったんだね」

「でも、それは克也が思い詰める理由にはなんねぇだろ?」

「そうだね。形はどうあれ守ろうと行動したんだから、非難される理由が見つからない」

 

レオや幹比古が慰めてくれるが、失った命の数があまりに多すぎたため雀の涙ほどしか安らぎはなかった。

 

「情報を貰っていたにもかかわらず、死傷者を出したんだ責められて当然だよ」

「そんなの関係ないじゃないですか!克也さんが守らなかったらより多くの人が死んでいたんですよ!?その事を私たちが知っているならそれでいいじゃないですか!」

「ほのか…」

「私も同じ意見だよ克也さん。克也さんは自分のできる限りのことをしたんでしょ?いくら〈十師族〉の四葉家、ましてや〈神速〉の二つ名を持つ克也さんでも不可能なことはあるよ。化け物でも兵器なんかじゃないだって、克也さんは1人の人間だもん。だから私達は克也さんが失敗したことを責めることなんてしないよ。誰よりも克也さんは、みんなを大切に守ってくれる優しい人だって知ってるから」

「雫…」

 

2人の熱熱いに俺も涙が溢れてくるのを抑えきれなかった。年甲斐もなく涙を流しても誰も笑わず、優しく見守ってくれていた。

 

「ありがとうすっきりしたよ」

「克也が沈んでたら、みんなが明るく振る舞おうが空気は悪いまんまだかんな」

「克也が明るくてこそこのメンバーなんだからね」

「でも、克也君が泣いてる場面を目撃できて嬉しいな~。これからこれで弄ろうっと」

 

最後に変な言葉が約1名から聞こえたが、それをスルーするのも友人としての優しさだろう。明るい笑い声が〈アイネブリーゼ〉から、少し寒くなり始めた初秋の夕暮れに響き渡った。



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第75話 卒業

それからというもの論文コンペが中止になった後も変わらず、一高はのどかな生活を送っていた。といっても大なり小なりの事件は起こったが、それなりに楽しく過ごし瞬く間に卒業の日を迎えた。

 

桜が舞い散る講堂の前で、俺は1人澄んだ青空をぼーっと立ちながら見上げていた。式自体は既に終了し、卒業生は各自で友人や部活に最後の挨拶をしに向かっている。

 

深雪は生徒会長としての立場があり、次の生徒会発足のための助言をしている。そのためここにはおらず達也もその付き添いである。婚約者兼ボディーガードなのだから離れるはずもないので、別段おかしなことは何もない。

 

俺も山岳部とバレーボール部に顔を出さなければならないのだが、人前は苦手なので軽く激励をしたただけで終わっているが人前で何かを話すなど俺の性分ではあまりないので、長居する必要はないと思っていたのもある。

 

 

 

しばらくすると、いつものメンバーが出てきたので合流することにした。

 

「待たせてすまないな」

「我慢強さには定評があるから、15分程度気にしたりはしないさ」

 

達也の言葉に軽く答える。

 

「それはいいけどよ。克也も山岳部にもうちょっとは顔を出せよ。今ならギリギリ間に合うぜ?」

「よしてよレオ、俺は人前に立つのは苦手なんだ。それより〈アイネブリーゼ〉行こう。行きたくてうずうずしてる」

「ごまかした」

 

雫の容赦ないツッコみで笑いが起こったが、これも今日で最後だと思うと寂しくなる。といっても一生離れ離れになるわけでもないので、これはこれでよしとすることにした。

 

 

 

克也達は〈アイネブリーゼ〉を高校最後の日に貸し切りにして、「卒業パーティー」を開催することにした。もちろん話題は高校3年間の話で盛り上がっていた。

 

「まさか入学初日からいざこざが起こるなんて思ってもいなかった」

「あれは不可抗力だと言ってほしいよな深雪?」

「そうですねあれは不可抗力としか言えません。でもそのおかげでほのかや雫とも仲良くなることができましたから、結果的に良かったと思います」

 

深雪の言葉に全員が納得するかのように頷いた。

 

「その後は【エガリテ】だったよな?」

「ああ、壬生先輩や桐原先輩と関わることになったな」

「僕は詳しく知らないから何とも言えないけど、戦闘自体はそんなに苦戦しなかったよ」

「あら、ミキも戦ってたんだ」

「僕の名前は幹比古だ。あれだけ派手に動かれたら戦わざるを得ないよ」

「私は講堂で震えてましたけど」

「柴田さんが落ち込む必要はありませんよ。私と雫も震えてましたから」

 

ほのかが美月をフォローするが、自分を追い込むことになるとはほのかは思いもしなかっただろう。

 

「私はそんなに震えてない。震えていたのは主にほのか」

「それ言っちゃダメだって言ったのに!」

 

ほのかの抗議の声に笑い声が店内に響く。

 

「九校戦は克也さん・達也さん・深雪の独壇場でしたね」

「そうだなぁ。克也と司波さんの魔法力は最初から知っていたけど、改めて間近で見ると全然違った。達也のCAD調整能力にも驚かされたぜ」

「俺達だけじゃなくてほのかや雫も褒めてやれよ。レオも幹比古も頑張ったんだからさ」

「もちろん4人とも頑張ってたよ」

 

エリカが手放しで褒めるので、さすがの4人も照れた笑みを浮かべながらもまんざらでもなさそうだった。

 

「その後は〈横浜事変〉かな?よく考えたらあれが一番大きな事件だった気がする」

「それよりほのか及びピクシー事件じゃない?」

「雫!」

 

克也の意見に対抗するようにピクシーのことを聞いていた雫も出来事を暴露する。またしてもほのかが真っ赤になりながら、今度は雫を追いかけ始めた。それを微笑ましそうに残りのメンバーは見ていた。

 

「ピクシーといえばリーナもなかなかでしたね」

「確かにあのキャラは俺達の中にはいないからな」

「個人的には克也が吹っ飛んできたのが印象的だな」

「レオ、やめてくれ。俺だって飛んできたくて来たわけじゃないんだ」

 

レオの言葉は、第三演習場で克也が《仮装行列(パレード)》で変装していたリーナに魔法で吹き飛ばされた時のことを言っているのだ。あれは全くの予想外で、克也でも即座には対応できずレオに向かって吹き飛ばされていた。克也が不満そうに頬を膨らませるので、レオはこれまでの仕返しかのように楽しそうな笑みを浮かべた。

 

「それ以降は概ね平和でしたね」

「…そうだね」

 

追いかけっこから復帰したほのかの言葉に、克也・達也・深雪・エリカ・レオ・幹比古は微妙な表情をした。それは一瞬だったため、ほのか・雫・美月は気付かなかった。

 

「あるとすれば、香澄と七宝の喧嘩ぐらいかな。すぐに解決したけど」

「でもそれって克也君が上手く丸め込んだからでしょ?」

「正確には俺が七宝を模擬戦で軽く捻っただけだよ」

 

その試合を観戦していたほのかや幹比古は、「あれが軽くなの(か)?」と思っていた。

 

 

 

午後3時頃からパーティーを開いていたにもかかわらず、いつの間にか3時間近くが経過しており、集中とは恐ろしいと思い始めていた。

 

「そういやレオは卒業後はどうするんだ?」

「俺は爺さんの故郷を見に行こうと思ってるぜ。その後は機動隊に志望届を出して試験を受けるぐらいだな」

「ドイツってそんな簡単に行けるのか?」

「ローゼンの日本支社長が便宜を図ってくれるらしいぞ」

 

いつの間にコネを作っていたのか気になる克也と達也だった。

 

「エリカは?」

「私は日本全国を回って道場破りしてやるんだ」

「資金援助ならするぞ?」

「いいよ実家に出させるから」

 

大人しく何処かの企業に就職するとは克也達は思っていたので、日本中を駆け巡る予定の言葉には驚きもしなかった。エリカらしいと思ったりはするが。

 

「幹比古は?」

「僕は実家を継ぐつもりだよ」

 

3人は既に目標が決まっているらしく、ためらうことなく教えてくれた。

 

「それは美月を迎え入れてか?」

 

克也がニヤリとしながら聞くと、2人が顔を真っ赤にさせて言い返してきた。

 

「気が早いよ克也!」

「そうですよ。まだそんなに進んでないんですから!」

「ほのかと雫は?」

 

熱々な2人の抗議を無視して問いかけると、後ろの方からギャーギャー聞こえたがそれも無視する。

 

「私達は魔法大学に進学します。まだやりたいことは決まってないですけど、必ず4年間の間に見つけるつもりです」

「2人なら素晴らしい発見ができるよな深雪?」

「はい、達也お兄様の言う通りです」

「そういや2人はいつ式を挙げるの?」

「まだ決まっていないからなんとも言えないな。たぶん挙式より当主の座の継承が先だと思う」

「克也君は?」

「俺の場合は水波が卒業してからだからまだ先だよ」

 

正直今すぐにでも挙げたいのだが、水波の立場を考えるとそういうわけにもいかない。気長に待つことにすると決めている。水波の気持ちも考慮しなければならないが、時期尚早なのでしばらくの我慢だ。

 

克也は今週末に大々的に発表されるであろう情報を全員に伝えることにした。

 

「実はみんなに伝えることがあるんだ」

「どうしたんだ克也。大事なことなのか?」

「かなり。そのうちニュースで流れるだろうけど、みんなには早めに伝えておくよ。自分司波克也は本日を以て、四葉家次期当主補佐及び戦略魔法師であることを報告いたします」

「「「「「「…は?」」」」」」

 

克也の爆弾に達也と深雪以外が眼を丸くさせ、呆気に取られていた。そりゃ今まで友人であった人物が、国家公認戦略級魔法師であると言われては信じるのは難しいだろう。

 

「…克也、それって本当?」

「こんなことを冗談で言えると思うか?」

 

恐る恐る聞いてきた幹比古に、少し強い口調で言うと押し黙ってしまった。

 

「…まさか高校最後の日になってまで驚かされるとは思わなかったぜ」

「…同感ね」

「それだけじゃないぞ。達也も戦略級魔法師だ。公式には発表されていないけど」

「「「「「「はい?」」」」」」

 

さらなる爆弾で追い打ちをかける。

 

「…兄弟そろって戦略級魔法師だなんて。世も末ですね」

「…ほのかに一票」

「俺も」

「僕も」

「私も」

「あたしも」

 

全員が驚くことにも疲れたらしく感情をあまり表さずに答えた。

 

「達也お兄様の場合は、国家機密だから他言無用でお願いね?」

「何で達也君は隠さないといけないの?」

叔母様(・・・)のご意向だから詳細はわからないわ」

「達也のCAD調整能力がかなり注目されているのに、さらに戦略級魔法師だと知られたら暗殺されるのが落ちだろ?だから内密で頼むよ」

 

克也のお願いに全員が頷いたので、安心して残り時間を過ごすことができた。

 

 

 

解散時刻前になり最後の高校生活の締めとして、集合写真を撮ろうということになった。最後までレオとエリカは喧嘩する態勢で。達也の左に深雪の右にほのか。克也の右に雫。そして幹比古と美月が隣同士という立ち位置で。

 

 

 

レオ エリカ 深雪 達也 ほのか 克也 雫 幹比古 美月

 

マスターに集合写真を撮ってもらった。

 

達也の笑顔は入学した頃のぎこちない笑みとは違い、優しく穏やかでとても嬉しそうな笑顔だった。



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第76話 継承

友人との高校生活最後の団欒を終えて帰宅し、水波を含めて順番に入浴しリラックスしていると電話が鳴った。

 

『こんばんわ4人とも』

「「「「こんばんわ叔母上(様)(ご当主様)」」」」

『卒業おめでとう克也・達也さん・深雪さん』

「ありがとうございます叔母上。本日はどうされたのですか?」

『先ほど風間大佐(・・)から連絡があったのよ。【司波克也としてではなく、〈神代要(かみしろかなめ)〉を国家戦略級魔法師として明日発表する】と』

 

克也と達也は2つの意味で驚いていた。1つは風間の階級がまた上がったこと、明日という予想以上に早い段階で公表するとは思っていなかったこと。

 

「そうですか。顔は公表されるのでしょうか?」

『まだ未成年であるため顔は公表しないそうです。恐らくは貴方が成人しても顔が漏れることはないでしょうから、安心していいと思いますよ。それから深雪さんにお話があります』

 

深雪を大画面の中央に立たせる。左右から克也と達也が立つと真夜が話し始めた。

 

『3月31日に私の退冠式と深雪さんの継承式を同時に執り行います。そのため3日前には本家に来ていて欲しいのだけれど構わないかしら?』

「問題ありません叔母様」

『よかったわ。達也さんはもちろんのこと。克也も水波ちゃんもいらっしゃいな。華やかに明るく執り行いましょう』

「「「かしこまりました叔母上(様)(ご当主様)」」」

『それじゃあ会える日を楽しみにしているわ。お休みなさい』

 

克也達4人のお辞儀を見てから真夜は電話を切った。

 

 

 

電話の後に自室へ引っ込もうとすると、視線を感じたので振り返る。そこには恥ずかしそうに俯く水波が立っていた。

 

「水波、どうした?」

「卒業プレゼントをお渡ししたいのですが、何にすればいいのか思いつきませんでした。今この場で聞こうと思いまして」

「別に無理して渡さなくてもいいんだよ?」

「そうはいきません。これは婚約者としてのお願いです」

「そう言われてもな」

 

正直今欲しいものは特には無いのだが。水波をからかってやろうと思い、少しだけ意地悪をすることにした。

 

「そうだな。じゃあ水波で」

「…はい?」

「水波が欲しい」

「私…ですか?…はっ!?」

 

何かしら答えに辿り着いたらしく、顔を真っ赤にさせて俯いてしまった。初心で純粋な水波には刺激が強すぎたらしいので、落ち着かせることにした。

 

「冗談だ。今は満足してるから特にはいらないよ。水波がいてくれるだけでいいから」

 

頭を優しくなでながら言うと、笑顔を向けてきたのでなんとか元に戻せたようだ。

 

「じゃあ、また明日ねお休み」

「お休みなさいませ」

 

互いに別れて自室に引っ込んだ。

 

 

 

水波はベットに寝転がりながら顔を真っ赤にさせていた。

 

『わ、私が欲しいとはそ、そういうことですよね!?はわわわわわわわ。まだ、は、恥ずかしいというのに克也 様はなんということを!』

 

水波もそれ相応のそっちの知識はそれなりにあるが、同年代からすれば知らないことの方が多いだろう。婚約者同士とはいえ、互いに学生(克也は卒業したが)であることが、そういう知識の吸収を阻害しているのかもしれない。

 

水波にだってそういうことを、大好きな人としたいという感情がないわけではない。むしろしたいという気持ちが強い。羞恥心が好奇心を上回っているため、行動に移そうにも途中で停止してしまう。

 

でも、いつかは結ばれたい。それが5年後でも10年後でも。

 

水波は幸せそうな顔で眠りについた。

 

 

 

 

 

翌日からは克也・達也は新作CAD発売のため、FLTに出社したり八雲との体術の稽古で忙しく、深雪は継承式の準備で忙しかった。それ故に1ヶ月などあっという間に過ぎ去ってしまった。

 

水波は一高生徒会副会長としての入学式などの仕事があり、家を空けることが多かった。〈克也不足病〉とでも言うのか。克也と過ごす時間が限りなく減ったためか。一緒にいれる短時間でも克也に甘えるようになっていた。

 

それを見た深雪も達也にすり寄り、達也は「仕方ないな」とでも言いたげな表情で受け入れていた。双子で互いに視線を合わせて苦笑したり、和やかな空気が司波宅のリビングにほぼ毎日流れていた。

 

 

 

 

 

3月28日を迎え、深雪の継承式準備のために本家に赴く日がやってきた。今回も運転をしてくれるのは辰巳だ。会うのは慶春会以来である。おそらく1年振りぐらいだろうか。

 

今年の年末年始は真夜に「無理して帰省しなくて構わないから仲良く過ごしなさい」という、意味深なお言葉を頂戴していたため本家には戻っていない。

 

「仲良くしなさい」という謎の命令を聞いた克也と達也は、「五十路のお方が言うべきことだろうか」という共通の疑問を無意識の間に共有していた。何故か帰省した直後に事務処理を手伝わされ、理不尽な疲労を覚えさせられる克也なのだが。

 

継承式準備といっても式の流れを簡単に説明され、どのように振る舞えば良いのかを教えて貰うだけの簡単なものだった。メインは深雪と達也なので、克也と水波は指示を飛ばしたり雑用をしたりしていた。

 

 

 

そして3月31日、ついに深雪が当主の座を継ぐ日がやって来た。克也と水波は出席者の参列する最前列に座り、深雪の登場を待っていた。真夜の退冠式が終了し、そしてその時がやってきた。

 

『四葉家次期当主 司波深雪様のご入場です。皆様拍手でお迎え下さい』

 

アナウンスと共に達也に連れられて、深雪が登場すると式場は感嘆に包まれる。薄い翡翠色のドレスを着た深雪は神々しく、これまで以上に美しく見えた。

 

「綺麗ですね」

「ああ、普段も十分綺麗なのに今はさらにその上をいっている」

「…そうですね」

 

何故か水波が拗ね始めたので、不思議に思い聞くことにした。

 

「水波、お前から聞いてきたのに何故拗ねる?」

「別に拗ねてなんかいません」

「明らかに拗ねてるだろそれ。深雪を俺が手放しで褒めるからさては嫉妬したな?安心しろ。水波も十分美少女だよ」

「っ!そんなことを言って欲しいんじゃありません!」

 

小声で怒りながらプイッと顔を背ける水波だが、頬が緩むのを隠し切れていたい。褒められて嬉しいのだと克也は思った。

 

「姉さん、克也兄さんが女性の扱いに慣れ始めちゃったよ」

「困ったものね」

「2人とも聞こえてるぞ」

「聞こえるように仰いましたので、聞こえていても驚きはしませんわ」

 

後ろに座る2人に抗議するがまともに取り合ってくれない。なんとなく最近2人に弄ばれることが増えた気がするのだが、気にしたら負けだろう。

 

『本日を以て司波深雪を四葉家当主に任ずる』

「慎んでお受けいたします」

 

今この瞬間、深雪は司波深雪から四葉深雪に名称を変更し四葉家を率いていくことになった。これからのルール変更は深雪主導で行われ、克也・達也が確認した後に葉山によって発行される。

 

 

 

深雪が当主の座を継承を受け入れ継承式が終了すると、深雪は楽な服装に着替えて、達也と2人きりの時間を部屋で過ごしていた。

 

「深雪、お疲れ様。疲れただろう?おいで」

「はい!」

 

達也に呼ばれ、深雪は達也の左隣に座りながら達也の左腕を抱きかかえた。そんな甘えてくる深雪に、達也は苦笑しながらも優しく受け入れていた。

 

継承式は深雪にとって大切なものだったので、神経を張り詰めながら参加していたため疲れ切っていた。克也や達也なら、こんなことでは疲弊などしないだろうが、深雪とってはかなりの重労働だ。

 

「深雪は最初に何をしたいんだ?」

「このような山奥にひっそりと暮らすのではなく、もっとオープンに暮らしたいのです。〈秘密主義の四葉〉ではなく〈頼れる四葉〉に変えていきます。そうすればこの先生まれてくる次世代を担う四葉家の子供達が、私達のように苦労せずに生きていける。そんな社会を作りたいと思っています」

 

深雪の覚悟を達也は美しいと思った。これまでの四葉は〈秘密主義〉を貫く闇の存在として、〈十師族〉の一角を担ってきた。だが深雪の考えは、それを根本的に覆していくことを示している。その在り方は魔法社会の発展を願うことに繋がる。それを応援したいと達也は思う。当主であり妹(従妹)であり、そして婚約者である深雪を全力で支え続けると誓った。

 

「克也にはいつ伝える?」

「今日は遅いですからまた後日で」

「そうだな。そろそろ入浴するか。また後で話そう」

「分かりました」

 

互いに着替えとタオルを持って脱衣所に向かった。

 

 

 

その頃、克也は水波の機嫌を絶賛なだめ中だった。

 

「水波、そろそろ機嫌を直してくれ。俺も仲良くしたいんだけど」

 

つーんと顔を背けいくら声をかけても無視されるので、どうすれば機嫌を直してくれるのか思い詰めていた。このままでは帰宅するまでに仲直りができず、険悪なムードはいつまでたっても解決しないだろう。

 

切り札其の一、【耳元で名前を呼び掛け機嫌を取ろう】を発動させることにした。方法は簡単である。今水波は克也に背を向けて部屋に向かう廊下を歩いている。つまりは背中から抱き締めることが可能だ。早速行動に移すことにした。

 

「水波」

 

優しく背中側から抱き締め、耳元で名前を呟く。

 

「っ!」

 

顔を真っ赤にさせて反応を見せたが、まだこの程度では効果は発揮されないらしい。そこで切り札其の二を発動させることにした。方法は【水波の好きなもので機嫌を取る】という単純なものだが、単純が故に期待できるので試す価値がある。

 

「せっかく帰ったら新しくできたネコカフェに行こうと思ってたのに。先着5組限定。しかもその5組の中でも最初に入れるのに、行けないのは困った困った」

 

わざとらしく残念がる。声と表情を会心の演技をすると、水波の肩が震えていたためかなり我慢しているらしい。とどめを刺すことにした。

 

「それと全世界1万冊限定、かの有名なチャーリー・クリントン待望の最新作『ようこそ、夢の城へ』も運良く先行予約できたのに。キャンセルするしかないみたいだな」

 

すると水波は涙目になりながら必死にお願いしてきた。

 

「仲直りするので連れて行って下さい!買ってください!お願いします!」

「…涙目は反則」

 

ポツリと呟くが必死な水波には聞こえていないようで、脇腹の皮を掴みながらお願いしてきた。しかもそれがかなり痛いのでこちらも折れることになった。

 

「分かった分かったから。無意識につねるのやめて。痛いから!」

 

そう言うと正気を取り戻して、いつもの水波になったと思いきや今まで以上に甘え始めた。その様子に悶え死にという、世にも奇妙な死因が書類に記されることになりそうだったが、なんとかセーフだった。

 

「約束だから連れて行くし買うよ。そろそろ入浴しよう。地味に疲れも溜まってるしね」

「はい!」

 

水波はホクホク顔で克也は微笑みながら着替えとタオルを持って、脱衣所へ仲良く向かった。

 

 

 

浴場には予想外なことに達也が来ていた。互いにたわいない会話で笑い合い、タイミングを合わせて水波と部屋に帰った。

 

「深雪様はこれからどうされるのでしょうか」

「深雪のことだから何か考えて…いる…ハズ…」

「どうされまし…」

 

部屋に入り和室を覗き込みながら放していた俺の発言が、尻すぼみになったことに疑問を感じたようだ。同じように水波が覗き込むと、同じように言葉が消えていった。

 

部屋の和室には慶春会前のように、敷布団が一枚と枕が二つ。慶春会以来二回目の出来事だ。頭痛が襲ってきたが毎回毎回やられては性に合わない。

 

これは一度文句を言わなきゃ気が済まない。

 

真夜への怒りを覚えた克也は、水波に少し待っているようお願いし、書斎への廊下を歩いていく。すると十字路の右から達也が同じような浴衣を着てやって来た。

 

「達也?もしかして叔母上に用事か?」

「その言い方だと克也も用件があるんだな。大体の予想はつくが」

「こっちこそお前が来た瞬間に直感したよ」

 

お互いに深い深いため息をつき、書斎にいる真夜に説明を求める。許可なしに、音がしないようにドアを開け中に入る。画面に見入っている叔母の後ろ姿が見えた。その画面は克也達の部屋が映し出されており、どうやら盗撮した映像を見て楽しんでいるようだ。

 

「「叔母上、少しよろしいですか?」」

「かっ、たっさん!?なっ、そっ!」

 

「克也・達也さん、何故そこに!?」と聞きたかったのだろう。突然声をかけられ、上ずった声を出して聞き取れない謎の真夜語を発してきた。

 

「叔母上、それは監視カメラの映像ですよね?何故そのようなことをされているのか、最初にお聞きしてもよろしいですか?」

 

克也がすごみのある笑顔で聞くと、慌てて画面の前に立ち塞がり隠そうとする。だが真夜の細い身体では大画面を隠すのは役不足だった。抜群のプロポーションがより際立つだけだ。

 

傍から見れば目に毒である。とはいえ、2人は意識を外せば取るに足らないものだ。女性的には心外だろうが。

 

「趣味が悪いですよ叔母上」

「…どんな様子なのか見たかったのだから少しぐらいいいでしょ?」

「…」

 

抗議しながら元の位置へ戻る真夜に、冷ややかな眼を向けながら無言を貫く。さすがにこの空気に耐えられなくなったのか、真夜は怒られて萎縮する少女のように見えた。

 

「はぁ。達也、消して」

「了解した」

 

達也が克也の命令通りに2つの部屋へ《分解》を行使し、天井に隠れるよう設置されていた監視カメラを分解した。その後、録画して落としていたメモリーディスクも目の前で粉々に砕く。

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

可愛い悲鳴が書斎に響き渡り、魂を奪われたかのように床に倒れ込んだ真夜に近寄る。視ると気を失っているようだったので抱き上げてベットに運ぶ。移動魔法で掛け布団を移動させ真夜を寝かした後、もう一度移動魔法で掛け布団を優しくかけてやる。

 

電気を消し書斎を出て、自分達の部屋に向かいながら2人で愚痴をこぼしていた。

 

「あれが前四葉家当主なのか?幼児退行している気がしてならないんだけど」

「寄る歳波には適わないということだろう。若く見えても中身は50代だ。何かあっても可笑しくはない」

「本人に聞かれたら終わるぞ達也?」

「そうなったのは克也が叔母上に溺愛されているのが元凶だ。俺は何も悪くない」

「俺だって溺愛されたくてそうなったんじゃないんだから俺のせいじゃない。むしろ叔母上の問題だ」

 

訳の分からない子供じみた言い合いをしながらも顔は笑っていた。

 

「じゃあ明日な。気を付けろよ」

 

達也はそう言って自分の部屋に向かって行った。

 

気を付けるも何も部屋は目の前なんだけど。盗聴も警戒しろってことか?

 

克也はドアを開けて水波に帰ったことを連絡し、仕掛けられていないか視て盗聴器を2つほど発見する。達也に感謝しながら燃やして消しておく。

 

《念話》で発見したことを達也に伝えると、水波に布団に一緒に入るよう催促された。言うとおり潜り込むと嬉しそうに抱きついてきた。

 

しばらくして睡魔が訪れたので、互いに抱き合いながら夢へと落ちていった。

 

 

 

 

 

翌日、真夜が罰の悪そうな眼で克也達を睨んでいたが、2人して無視して何もなかったかのように振る舞っていた。

 

 

 

 

 

そして4月1日、日本魔法協会本部を通じて司波深雪が四葉家当主に就任し、四葉深雪になったことを〈師補十八家〉及び〈百家〉と〈数字付き(ナンバーズ)〉などに報告された。



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第77話 出席

深雪が四葉家当主を継承したことで、新しい時代が始まったと言えるだろう。各家から祝言が日本魔法協会本部を通じて四葉家に送られ、深雪はあまりの量にこめかみを引きつらせていた。

 

「深雪、あんまり無理せずゆっくりでいいんだぞ?」

「いえ、早く読み終えなければ準備に支障が出ますから」

 

財務処理を克也が、四葉家本家の移築のための交渉を達也が担当しながら、深雪に心配そうに話す。「当主になったばかりの緊張感」と「当主ならば可能な限りの事務処理をしなければならない責任感」の板挟みで、ストレスが溜まっているであろう深雪は強情に言い張っている。

 

まだ継承して1週間でこの状態では、この先が心配だが真夜よりは事務処理ができる。ストレスさえ溜めなければ、迷惑をかけることにはならないだろうと克也は深雪を評価している。

 

達也は浦四葉家本家移築先の浦賀の工事現場にいるため、ここにはいない。真夜は深雪が事務処理を自分よりそつなくこなす現場を目撃し、精神的なダメージを受けて自室に引きこもってしまっている。

 

深雪は「自分のせい」だと言っていたが、真面目にやっていただけなので何も悪くないことを伝えておいた。どうやらそれで吹っ切れたらしく、気にせず仕事をしてくれている。

 

だが問題なのは睡眠中の時だ。克也は1人で寝ているのだが、夜中に時折こっそり真夜が部屋に忍び込み、布団に潜り込んでくる。鍵をかけるが、マスターキーで開けられるのでほぼ鍵の役割を果たしていない。

 

一度追い出すとドアの前で寝られてしまう。わざわざ運ぶことになり、必要ない仕事を引き受けることになったので、それ以来追い返すことは出来なくなった。

 

 

 

昼前から事務処理をしていたので、時計を見ると既に午後3時を過ぎている。そろそろ本家を出なければ、夕方までに自宅に到着できないので帰宅することにした。

 

「あとは頼むよ深雪。水波に心配かけたくないから早めに帰る」

「すみません克也お兄様。毎度こんな面倒をかけてしまって」

「気にするなって言っているだろう?あと2ヶ月もしたらいちいちこっちに戻らなくて済むんだ。それに大切な妹と一緒に仕事できるんだから文句はないよ。出来上がるまで少しの辛抱だ。葉山さん、深雪をお願いします」

「ありがとうございます!」

「かしこまりました」

 

ご機嫌になった深雪を葉山に託し仕事場を後にする。克也が3日に一度本家と自宅を往復しているのは、水波がまだ学生なので、1人で家にいさせるのは危険だという3人の意見が一致した結果だ。加えて婚約者である克也に任せるべき。これが達也と深雪の意見にである。

 

水波なら多少の手練れでも怪我をすることはないが、克也の婚約者だと顔バレをしているため狙われることが多々あった。何度か克也も遭遇しているため、いつも周囲を警戒している。

 

毎日克也は水波を一高の校門前まで送っているので、後輩たちによく声をかけられる。水波はコミューターに乗っている間は、普段以上に甘えてくるので克也は非常に嬉しい。ここまで自分のことを好きになってくる女性ができるとは、微塵も思っていなかったから余計に胸は高鳴っている。

 

克也は水波を送るという仕事を毎日しているが、朝は毎回水波に起こしてもらっている。八雲に体術の稽古をつけてもらう日も普通に起きる日も、水波に助けてもらっているので少し罪悪感がある。

 

でも水波がそれを楽しそうにしているので、このままでもいいかというある意味救われない状況になっていた。

 

これまでは「深雪特製お目覚めジュース」を飲み頭を回転させていたが、最近は「水波特製愛のお目覚めジュース」にグレードアップしていた。味や効果は変わらないが、水波が作ってくれたというだけで心が満たされる気がする。

 

それほどまでに克也は水波にぞっこんなのであった。

 

 

 

「水波、もう今年の九校戦の選手選考は終わったのか?」

「はい、問題なく終わりました。2年生の実力不足は、克也様と達也兄様のおかげで解決済みです」

「努力が無駄にならなくて何よりだよ」

 

7月の半ばのある土曜日の朝。食後の一時に水波に聞くと、しっかりと頷きながら答えてくれた。来月半ばから2098年度の九校戦が始まるが、去年の新人戦を見る限り苦戦するだろうという克也の予想は、良い方向に外れたらしい。

 

克也と達也は去年の九校戦が終わった直後から、1年生の魔法力底上げのための訓練を開始していた。魔法大学や防衛大学校などに進学する生徒とは違い、四葉家に戻るだけの克也たちはかなり余裕があった。なので週に3回放課後に野外演習を行っていたのだ。

 

ほぼ強制参加だが、用事や体調不良であれば参加しなくても構わないという条件で行っていた。魔法訓練を克也・深雪・たまに雫やほのかが。体力などの肉体的な面は、克也・達也・レオ・幹比古が担当だ。そういうこともあってか、「第一高校 地獄の訓練大会」という名前が不名誉ながら付けられた。

 

「自信を失っても、生徒会及び作戦考案者は一切責任を負いません」という自己責任を重んじる書類と「目指せ九校戦7連覇!」というスローガンの元開催したにもかかわらず、全校生徒の内4割近くの生徒が参加してしまい、対応に追われる日々を送ったという何とも言えない時間を過ごした。

 

だがそのお陰なのか2ヶ月経った頃から、参加者の実習での成績が大幅に上がり、職員一同から感謝されたことがあった。それによって参加する生徒が急増したのは言うまでもない。

 

「ということは、今回は安心して大会を見れるということだな?」

「はい。大会に克也兄様が来られるのですか?」

「深雪はスポンサーや配下の企業との商談や交渉が詰まってる。今回は忙しくて来れないだろうね。達也は深雪のボディーガードだから来ないのは確定だ。代役として俺が行くことになるかな」

 

頭の中で深雪のスケジュールを広げながら、水波の質問に答えた。ちなみに克也は、財務管理だけでなく深雪の秘書も兼用している。

 

自分が説明している間、水波が小さくガッツポーズをしたことに克也は気付いただろうか。泊まる部屋を副会長である水波が決めることになっているので、もしかしたら克也を同じ部屋にするかもしれない。いや必ずそうするだろう。何故なら毎日一緒にいられるのだから。

 

今話している場所は司波宅だ。本家を浦賀に移築してから、それほど時間は経っていないが、やはり自宅の方が落ち着くのでこちらに来ている。正直言えば、水波と長く一緒にいれるからというのも無いわけではない。むしろそちらの方が高いのだった。

 

 

 

 

 

8月半ば、九校戦開幕直後に会場へと足を運ぶ。VIP席に座りながら試合を眺める。〈スピード・シューティング〉では詩奈が去年と同じように、《ドライアイスの亜音速弾》で無双している様子をディスプレイが映し出している。自分の眼と《全想の眼(メモリアル・サイト)》を同時行使で周辺を警戒していると、いつの間にか九島烈が隣にやってきていた。

 

「閣下、お久しぶりです」

「しばらくだ克也君。一昨年の論文コンペ前依頼だな。息災か?」

「ご覧の通りです閣下。ところで今年もイタズラをされたのですか?」

「3年に一度あの魔法を使うことにしていてね。その度に何人が気付くか試しているのだよ。魔法師の卵がしっかり成長し、受け継がれているのかを確認するためだ」

 

イタズラがばれて居心地の悪そうな笑みを浮かべる子供のように、無邪気な笑顔を見ると、3年前と何も変わらないなと思えてくる。未だに〈パラサイドール〉のことを許してはいないが、ここで過去を掘り返すような無粋な真似はしなかった。

 

「今回はどんな立場で来られたのか聞いてもいいかな?」

「何も企んではいませんよ。今回は四葉家当主の代理として来たまでです」

 

苦笑しながら裏はありませんと伝える。

 

「君は〈戦略級魔法師〉として公表されても、私に対する態度は変わらないのだな」

 

克也が3人目の〈戦略級魔法師 神代要〉だということを知ってることに驚いたが、克也の雰囲気のぶれに気付いたのだろう。種明かしをしてくれた。

 

「真夜から話を聞いていてね。まさか君がそこまで成長するとは思わなかったよ

()が話したのですか?内緒だと言っていたのにあの人は…」

「師に伝えていても可笑しくはなかろう?」

 

人の悪い笑みを浮かべてくるのは、教え子の息子(・・)が強力な魔法師ということを喜んでいるからだろうか。

 

「君に伝えておきたいことが幾つかあるのだが構わないかな?」

「自分にできることであればなんなりと」

「では、お言葉に甘えて話しておこう。良いニュースからいいかな?それとも悪いニュースからかな?」

「では悪いニュースからで」

「…普通、ここなら良いニュースからではないかね?」

「では良いニュースからで」

「…」

 

あっさりと掌をひっくり返す克也の態度に、烈も論文コンペ前の響子同様黙り込んでしまう。克也は意図的に話したつもりはないらしく、その様子に首を傾げていた。3年前の藤林が戸惑った光景とまったく同じである。

 

「…まあいい。良いニュースは光宣のことだ」

「光宣ですか?」

「ああ、今まで君が治療していたがようやく特効薬を開発することができてね。今回の九校戦にも参加しているよ」

「おめでとうございます。光宣が出るとすれば〈モノリス・コード〉ですね?これは勝つ見込みがありません。困ったものです」

 

賛辞も悩みもどちらも克也の本音だ。光宣が実戦で活躍することができることに喜びもあるが、〈モノリス・コード〉に出場するとなると素直に喜べなくなる。一高OBとして後輩には負けて欲しくないし、総合優勝して欲しいのだからそう思っても仕方がない。

 

光宣にとって初めての九校戦であり、最後の出場になる〈モノリス・コード〉に全力で挑んでくるのは、克也の想像に難くない。今の最上級生もなかなかの魔法力を持っているが、光宣の《仮装行列(パレード)》には勝てないと確信している。

 

光宣には活躍して欲しいし、後輩には負けて欲しくないという感情に板挟みにされているが、この程度でどうこうなるような内臓の鍛え方はしていない。

 

鍛えたといっても毒物を飲み込むなど危険な方法ではなく、比喩表現に近いものだ。

 

「孫にとって最初で最後の九校戦だから、大いに活躍して欲しいのがこの老いぼれの願いだ。そして悪いニュースだが。どうやら面倒なことになってきているようだ」

「何か起こるのですか?」

「【レプグナンティア】の活動が活発になってきていてな。世界各地で彼らによる魔法師を狙ったテロが頻繁に起こっている」

「魔法師を狙ったと言いましたが。正確には【第一世代】や【調整体】を主にしたテロなのではありませんか?」

 

克也の質問に閣下は顔を曇らせた。【第一世代】や【調整体】が狙われたとなれば、孫である光宣にも被害が来るかもしれないという心配が大きくなったのだろう。光宣が【調整体】だと知っているのは、烈・克也・達也・深雪・水波だけだが、閣下自身は自分と僅かな関係者だけだと思っているはずだ。

 

克也は知っていると知らせないために、話をずらす必要があったので少し解釈を曲げていた。

 

「閣下は魔法師全体ではなく、一部が狙われていることを危惧されているのですね?問題ありませんよ。我々は【第一世代】だろうと【調整体】であろうと分け隔てなく助けます。それが〈十師族〉の存在理由の一つです」

「…ありがとう克也君。少しだけ気が軽くなったよ。私は既に当主から降りた身だ。一々現〈十師族〉の話に首を突っ込むわけにはいかない。頼んだよ」

「お任せください」

 

克也の意図的な理解の仕方に烈は助かったと思ったのだろう。かなり肩の荷が降りていた。だが克也に魔法師の存在を守って欲しいという願いは本物であると、克也は感じていたため素直に頷いた。

 

烈との会話の後、黒羽家に【レプグナンティア】の活動について調べるよう命じ、昼食を食べに屋台へ向かった。

 

 

 

昼食を終え午後から始まる〈スピード・シューティング〉の決勝リーグを見に行こうとすると、緊急事態を知らせる警報が携帯端末から聞こえたので取り出して開く。さすがの克也でも驚愕せざるを得ない事態が書かれていた。克也は急ぎ足で来た道を引き返して、指定された部屋に向かい始めた。

 

『何者かによる第七研究所への襲撃あり 午後2時より緊急の師族会議を開催 司波克也殿は至急、富士南東野外演習場の謁見室を利用されたし』

 

とメールには書かれていた。



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第77話 要請

謁見室に到着すると意外な人物が来ていた。相変わらず赤の好きな男だなと思いながらも、友人なりの挨拶をしておく。

 

「久しぶり将輝。来てたのか?」

「克也か久しぶりだな。後輩たちの活躍する姿を見ておきたくて来ていたんだが、横槍が入ったから落ち着いてられん」

「仕方ないさ。魔法師を一般人が完全に受け入れてくれるまでの辛抱だ」

「回線の接続が完了しました」

「「ありがとうございます」」

 

回線が接続されたことで、大画面に〈十師族〉各当主が映り始めた。一条家は剛毅と将輝の2人で、四葉家は代理の克也だが驚く当主は誰もいなかった。深雪は大事な商談中なのだから克也がでるのは当然である。

 

『全員の準備が整いましたので、今回の議題についてお話ししましょう。七草殿よろしくお願いします』

『かしこまりました』

 

最年長の九島真言が口火を切り、弘一に説明を促した。

 

『皆様ご存じの通り、午後2時前に我が研究所である第七研が、テロリストによって襲撃を受けました。目的は不明ですが、恐らく研究資料を狙っていたと思われます』

「ご報告ありがとうございます。襲撃者は捕縛したのですか?」

『いいえ。襲撃され被害を拡大させないために、当家の実行部隊を即座に向かわせましたが、捉えようとした瞬間に自爆され身元を確認できませんでした』

 

弘一の説明を聞いていた当主達は一斉に眉をしかめた。弘一の説明を疑ったわけではなく、自爆と言う単語を聞き、昨年の師族会議でのことを思い出したからである。

 

「目的は研究資料だと弘一殿は仰いましたが、それ以外の目的ではなかったと断言できるのは何故でしょうか」

『パスワードブレイカーやハッキングツールを所持していたからですよ四葉殿。テロリストなどという低俗な輩の道具で盗まれるような柔な設計はしておりません。流出はありませんのでご安心を』

 

『七草殿、映像など持っておられませんか?』

『ありますので少々お待ちを一条殿』

 

弘一が流した映像には、顔をサングラスとマスクで隠した10人組の内の3人が、残りの7人に手伝ってもらい塀を乗り越えている様子を映し出していた。塀を乗り越えた3人組が一目散に研究所へ向かう様子は、このような犯罪行為に慣れているというより、敷地内を知り尽くしているように感じた。

 

「襲撃者の技量はどれほどでしたか?」

『映像からもわかるように、裏仕事にかなり慣れている様子でした。その道の特殊訓練を受けた者かスペシャリストだと思われます。逃走した7名は十文字家に協力を要請しており、共同で追跡中です。数日で捕縛できるでしょう』

 

閣下の警戒とタイミングが良すぎるが、偶然事件が起こったと考えるべきだろう。何より今は閣下と弘一を疑っている暇はない。奴らを捕縛しそいつらの背後関係を洗い出すことが最優先だ。

 

『これにて緊急会議を終了します。皆様多忙の中ありがとうございました』

 

九島真言がそう締めくくると、各当主が挨拶を済ませそれぞれ映像電話を切る。克也も映像を切り、ホテルの支配人にお礼を言い謁見室を出た。

 

 

 

会場に向かっている間、将輝が心配そうに聞いてきた。

 

「さっきの話のことだが。何か引っかかるのは俺の気のせいか?」

「どういう意味だ?」

「第七研に侵入して研究資料を盗み出そうとしたと予想するのは納得できるが、気になるのは侵入者の方だ。何故バレやすいパスワードブレイカーやハッキングツールを、大量に持ち歩いていたんだ?身元を偽造するか必要最低限の物で動くのが基本だ。そう思わないか?」

「思うさ。なんとなくだが『我々を見つけてみろ』とでも言われているような気がする」

「挑発のつもりなのか?」

「それもあるだろうけど、もう一つ気になることがある」

「何?」

 

俺は立ち止まり、将輝の眼を見据えながら口を開いた。

 

「目的だよ。研究資料なら第七研でもなくていいはずだ」

「だから何だ?」

「つまり黒幕が意図的にそこを狙わせたんじゃないかということだ。第七研の研究テーマは《群体制御》。あらかじめ弾となるものを用意して、個々に独立した物体・現象を1つの生き物の如く操る。第七研が開発した《群体制御》は、少なくとも100以上の物体を同時に動かす魔法だ。ここまできたら何か気付かないか?」

 

将輝は少し吟味していたが、答えに辿り着いたようで眼を見開いて、嘘だろとでも言いたげな表情を向けてきた。

 

「分かったか?」

「他者に作用させる顧傑(グ・ジー)の魔法と似ている。今回の黒幕はあいつの関係者なのか?」

「確信できる証拠は一つも無い。だが俺の予想通りなら顧傑の協力者・弟子・同胞。あるいは…」

 

俺は言葉を一度切り言葉を続けた。

 

「そいつの背後にいる人物だ」

「…嘘だろ?まだあいつの後ろに何者かがいるとお前は言いたいのか?」

「さっきから言っているだろ?証拠は何一つ無いから予想でしかないって。だがあいつに近い何者かが手を出してきているのは間違いないと思う」

「今年も穏やかには過ごせなさそうだな」

 

同感である意味を含めてため息をつき、〈スピード・シューティング〉が行われている会場に向かった。

 

 

 

この時克也は思い違いをしていた。顧傑(グ・ジー)の背後にいる何者かは国外にいると考えていたのだが、実際は近いところに潜んでいることに気付いていなかった。そしてその魔の手は、着実に日本の魔法社会に影を落とし始めていた。

 

その日の夜は水波に同じ部屋で同じベッドで寝るよう強要され、翌日に水波を腕枕した際の痺れが左腕に残っていた克也だった。

 

 

 

 

 

〈クラウド・ボール〉では水波が、〈アイス・ピラーズ・ブレイク〉では泉美が優勝し、新人戦は少々ヒヤッとする場面もあったが新人戦優勝を果たした。今年の1年生の魔法力は気にかける必要はないようだ。

 

本戦〈ミラージ・バット〉では香澄が亜夜子と熱戦を繰り広げたが、惜しくも敗れて準優勝に輝いた。最終日の〈モノリス・コード〉決勝では、琢磨を含む一高と文弥を含む四高の因縁の対決が行われた。

 

一昨年のように瞬殺されることはなく、琢磨達は上手く戦略を立てていた。しかし〈師補十八家〉が〈十師族〉の一角、四葉家の分家である黒羽家次期当主の文弥に敵うはずもなく。戦闘開始から15分で琢磨達は戦闘不能にされ、〈モノリス・コード〉の優勝は四高に決まった。

 

一高は準優勝に終わったが、三高が3位に終わったため総合優勝し悲願の七連覇を果たした。

 

 

 

今年は九校戦自体では事件は起こらず、警備の強化を行っていたのが功を奏したようだ。自分たちが在籍していた頃は毎年何かしらの邪魔が入ってきたので、毎回毎回対応しなければならなくなり余計な仕事をする羽目になった。

 

そこで克也が深雪に九校戦の警備の強化を打診すると、深雪も同じ気持ちでいてくれたらしく、二つ返事で了承してくれた。

 

自分たちのように自ら解決できる魔法師は、まだ育っていないだろうと克也たちは思っており行動に移したまでだ。自惚れているように見えるが、決してそのようなことはなくむしろ控えめな行動だ。

 

克也と達也なら【無頭竜】でさえ、情報だけ渡せば自分達で事態を収拾することができるほどだ。それだけの実力を持っているのであれば天狗ではないだろう。

 

 

 

 

 

九校戦終了後、会場から四葉家新本家に帰宅し仕事部屋に入ると、スポンサーや企業との商談を終えていた深雪が事務処理をしていた。その隣には達也が優しく微笑みながら深雪を見ていた。そんないつもと変わらない様子に俺まで頬が緩んできたが、それを隠そうとせずに2人に声をかける。

 

「ただいま2人とも」

「お帰り克也」

「え?あ、お帰りなさいませ克也お兄様」

 

達也と違い仕事に集中していた深雪は、達也の視線を感じなくなり顔を上げる。俺が立っていたことに、ようやく気付いたのでワンテンポ返事が遅れた。

 

「九校戦はどうだった?」

「なかなか良かったよ。母校が優勝する場面を目撃できて嬉しかったな」

「ほう、一高が七連覇したと?」

「ああ、文弥と亜夜子も活躍していたからあとで褒めてあげないとな」

 

この10日間商談尽くしだった2人は、九校戦の結果を目にする暇がなかったらしい。俺が話すまで頭の中から抜けていたようだ。達也に限って言えば思い出せないことはなく、ただ忙しくて思い出す暇がなかったのだろう。

 

「エリカから連絡が来てたぞ。どうやら関東の剣術で有名な学校や流派を全て倒したらしい」

「相変わらずやることが分かりやすいなエリカは。関東を制圧したとなれば次は東北か?それとも中部か?」

「さあな。そこまでは書かれてなかったから、エリカの行きたいところに行くだろ。ただ全国制覇なんぞされたら、俺たちでも太刀打ちできそうにない気がする」

 

達也の言葉に試合で負けた瞬間を思い浮かべると、あの人をイラつかせるのが得意な笑みを浮かべながら俺を見ているエリカの顔が浮かぶ。その流れでつい舌打ちを漏らしてしまう。もちろん本気でイラついているわけではない。

 

レオの気持ちが理解できるので、よく3年間も耐え抜いたなと称賛したくなる。レオの名前を思い出し今頃何をしているのか気になった。

 

「そういえばレオはどうしてるんだろう」

「ドイツに渡ってから連絡が来ないからなんとも言えん。レオのことだから、肉弾戦の戦い方を伝授させられているのかもしれんな」

「西城君ですからありえますね」

「あいつってドイツ語喋れたっけ?」

「「あ…」」

 

俺の素朴な疑問に2人は硬直してしまった。俺は自分が爆弾を投げ込んだことを後悔し、シャワーを浴びてくるという名目で仕事部屋から逃げ出した。

 

数日後、レオからの手紙で『ドイツ語を覚えさせられているため、まだ一度も目標の【も】という字も見えていない』と書かれていた。俺の悪い予感が的中し3人で引きつった笑みを浮かべることしかできず、それを見ていた水波は首を傾げていた。

 

 

 

 

「ううううう…」

 

リーナは頭を抱えながら、その歳相応の可憐な顔を歪めていた。決して恋という名の乙女な可愛い悩みではない。ここ最近USNA国内で頻発している魔法師排斥運動に頭を悩ませていた。

 

魔法師排斥運動が起こるのはいつものことなので、心中は「またか」という具合である。だが最近の運動はより過激で死者が出るありさまだった。死者が出ても運動を続ける彼らに、USNA政府は毎日国会で激しい討論を繰り返している。魔法は抑止力にもなるが危険なものであるとも分かっているため、どうすればいいのか板挟みになり、膨大な時間を浪費していた。

 

リーナが訓練に向かおうとしている最中、突如警報が基地内に響き渡っる。

 

『これは火災警報?いえ違うわこれは非常警報!でも何でこんなことが。何者かが侵入したとでも言うの?ありえない。ここは国内でも有数のセキュリティの強い場所よ。簡単には侵入できない。カツヤだってそう評価していたわ』

 

リーナは指令室に何があったか聞きに行く途中で、最悪の事態に出くわした。基地内の軍人が大勢の男たちに囲まれ、ナイフで刺されている場面を目撃し、思考停止に陥ってしまう。

 

こちらを見てきた男の眼の光を見て、瞬時にリーナの意識は回復する。優秀な魔法師としての危険意識と、軍人として培った訓練の賜物である。

 

その男の眼の光は尋常ではない。魔法師に対する憎悪を含んでおり、リーナは戦わず遠回りしてから指令室に逃げ込んだ。指令室の壁は重機関銃の攻撃に耐えられるように特殊加工されているので、基地内で一番安全な場所だ。

 

「大佐、何が起こっているのですか!?」

「落ち着いて聞いてくれ総隊長。今から言うことは全て事実だ。つい先ほどこの基地に【レプグナンティア】のデモ隊が不法侵入した。警備隊が制圧に向かったが、あまりの数にデモ隊によって警備隊が制圧された。その流れで基地内に侵入し悪態の限りを尽くしている」

「そんな…」

「大佐!」

 

2人が話している最中に、よく知った軍人が指令室に見たことのない必死な表情をしながら入ってきた。

 

「罰は後程お受けします。しかし今すぐにお伝えしたいことがあります!」

「カノープス少佐、この非常事態に罰など与えません。それでどうしたのですか?」

「デモ隊の一部が兵器保管庫に乗り込もうとしています。今は水際でなんとか凌いでいますが、防衛線が破られるのは時間の問題です」

「なっ!では私が行きます!」

「総隊長はおやめください」

「ベン、何故ですか!?」

「彼らは危険ですが、総隊長の手を借りる程ではありません。総隊長にはここから逃げていただきたいのです」

「カノープス少佐の言う通り。総隊長には逃げていただく」

 

信頼する2人に諭されてはリーナでも受け入れるしかない。心配されるのはあまり好きではないが、自分の身を本気で気にかけている2人の思いを無礙にはできないと感じ、素直に受け入れることにした。

 

「…分かりました。どちらに逃げればよいのですか?」

「日本だ」

「日本…ですか?」

「このような事態を想定して、一昨年から逃走経路を確保していた。既に亡命先は、貴女を受け入れると快く引き受けてくれた方々がいる。安全を求めるなら今すぐに避難するのがいい。総隊長はUSNAの希望の光。貴女を失うわけにはいかないのだから」

「分かりました。要望を受け入れてくれた方々はどなたのですか?」

「それは着いてから自分の眼でご確認してくれ。カノープス少佐、総隊長をヘリポートへ」

「イエスマム」

 

 

 

カノープスに連れられて、リーナは基地内のヘリポートに来ていた。幸いここまではデモ隊が進行していないようだが、到着するのも時間の問題だろう。基地内とはいえ、端から端まで車で移動すれば10分程度だ。徒歩であろうと、時間が多少あれば辿り着ける。

 

デモ隊が不法侵入してから15分しか経っていないのだから、基地のほぼ中央にあるこの場所まで来ていないのは当然なのだが。

 

ヘリに乗り込んで離陸準備に入っていると、カノープスがリーナに厳重にロックされた何かが入った箱を渡した。リーナは頭の上に?を浮かべながら箱を受け取り開ける。そこには本来ここにはないはずの〈ブリオネイク〉が収納されていた。

 

「ベン、これは?」

「何かが起きた時のための護身用です。上から許可は降りていませんが、本来ならば総隊長の所有物です。この際、無断で持ち出してもとやかく言われることはありません。このような事態ですから、政府もこのことを気にする余裕もないでしょう。総隊長、お気をつけて。安全が確認でき次第、我々もそちらに向かいます」

「ベン、約束ですよ?日本で必ず会いましょう。バランス大佐と一緒に必ず来てください」

「約束しましょう。USNA世界最強の魔法部隊の魔法師として、必ずお迎えに上がります」

 

リーナとカノープスは戦友として握手を交わし、互いにハグをして離れた。

 

カノープスはヘリで遠ざかるリーナを見送りながら、約束が果たせないだろうと感じ始めていた。ここにいる軍人の数では、侵入してきたデモ隊に押し切られるのが眼に見えるほどの戦力差がある。善戦しても数日持ちこたえるのが関の山だと。

 

救援要請を各基地に送っているが、援軍の到着とこの基地が占領されるタイミングが際どく、彼らに捕まれば斬首されるだろうとも予測している。デモ隊を殺すことは許可されており、《分子ディバイダー》の使用も認められている。

 

人間を幾人も殺してきたカノープスだが、罪悪感がないわけではなかった。殺す度に手が心が自分自身が汚れていくのが分かった。

 

最初の内は嘔吐など精神的なダメージがあり、軍人を辞めたいと思ったこともあった。しかしいつからか何人殺しても嘔吐などをしなくなった。だがそれは人を殺すことに心が慣れてしまっただけだ。

 

それからというもの、自分にとって耐え難い苦痛を味わうようになった。上からは命令通りに動き、要望通りに任務をこなしてくれる軍人。部下からは魔法力があり人徳のある頼れる上司。人が求める人間になっていたにもかかわらず、カノープスの心は満たされなかった。

 

しかしそんな時、1人の金髪碧眼の少女と出会った。そこでカノープスの生き方は変わった。自国を守るために人を殺すのではなく、普段は頼りない普通の年端も行かない少女のために人を殺すのだと。彼女が任務を遂行できるよう補助するために、人を殺すことが自分の存在理由なのだと。

 

自分の娘と2歳しか変わらない少女に教えられた。気付かせてくれた少女のために自分は死ぬのだと誓い、今日まで生きてきた。

 

カノープスは《分子ディバイダー》を発動するための武装デバイスを自室に取りに行き、水際で防ぎ続けている部下の増援に向かった。

 

 

 

リーナがバランスに知らされる数分前。克也はもう関わることがないだろうと思っていた人物からの緊急要請に驚いていた。

 

「こちら四葉家執事の葉山です」

『お久しぶりです葉山殿。私はUSNA統合参謀本部情報部内部監察局第一副局長 ヴァージニア・バランスです。緊急の要請をお願いしたくご連絡いたしました。克也殿をお願いできますか?』

『少々お待ちください』

 

葉山は突然のバランスからの連絡にも驚かず、恭しく答えて克也に声をかけた。

 

「克也様、お電話です」

「俺に?誰からですか?」

「USNA統合参謀本部情報部内部監察局第一副局長 ヴァージニア・バランス殿からです」

 

名前を聞いて俺は嫌な予感しかしなかった。だが出ないわけにはいかず、葉山さんから受話器を受け取った。

 

『お電話変わりました司波克也です』

『お久しぶりです克也殿。今回は緊急の要請をお願いしたくご連絡させていただきました。どうか我々の要請をお受けしてもらいたいのです』

『要請とは?』

『【スターズ】総隊長 アンジー・シールズことアンジェリーナ・クドウ・シールズを保護していただきたいのです』

『…理由をお聞きしてもよろしいですか?』

 

リーナの保護を求めるなど普通では考えられないことなので、事情を聴きだすことにした。

 

『先ほど【レプグナンティア】のデモ隊が基地指令室に不法侵入しました。今はどうにか持ちこたえていますが、制圧されるのは時間の問題です。そこで総隊長を危険から遠ざけるために国外へ避難させることにしました。総隊長と親交のある貴方に保護してもらえないかと思い、四葉家へ連絡させていただきました』

『分かりました。要請を受け入れましょう』

『…よろしいのですか?』

 

要請を受け入れた克也にバランスは驚いていた。

 

『自分は四葉家当主補佐です。当主の決定と自分の決定は優先権が違うだけでほぼ同じ効力があります。それに事情を知れば当主も同じように承諾するでしょう』

『ありがとうございます克也殿。この御恩は一生忘れません。総隊長の到着ですが、翌日の夕方頃だと思われますよろしくお願いします』

 

その言葉を最後に電話は切れた。そしてこの会話が最後で二度と話をすることができなくなるとは、克也も知らなかった。



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第79話 亡命

バランス大佐との電話を終え、同じ仕事部屋にいる2人に事の次第を伝える。

 

「【レプグナンティア】の活動が活発化で過激化か。こっちにも飛び火しないことを願うが無理だろうな」

「リーナが来るのなら師族会議をまた開かなければなりませんね」

「USNAの戦略級魔法師を保護していることを黙認してバレたら、四葉家だけでなくリーナにも迷惑がかかるからな。特に七草が五月蝿いよ」

 

弘一の名前を聞いて2人は眉を顰める。大体の厄介事を引き起こすのは弘一だと叔母から聞かされ、自分たちの眼で確認したことで関わらない方がいいという結論に至っていたからだ。

 

「葉山さん、白川夫人に深雪の部屋の隣を掃除しておくようにお願いできますか?できるだけUSNA風にリニューアルしてもらえたら嬉しいです」

「かしこまりましたすぐに取り掛からせます」

 

電話が終わってからずっと黙っていた葉山さんに指示を出す。俺たちは明日1日を空けるため、可能な限り事務処理を終わらせるために、全力で書類に眼を通し始めた。

 

 

 

 

 

リーナは2年ぶりの日本に来ても、感慨めいたものは何も浮かばなかった。〈ブリオネイク〉の入った箱から、彼の温もりを感じるように胸に抱きしめる。

 

自分にもう少し力があれば、2人と一緒に自国で戦うことができたのにと自分を責める。だが未成年を争いごとに命を懸けて、戦いに参加させることなど、どの国でも容易に許可されることではない。

 

暗い気持ちでいたリーナは3時間ほどしか眠れず、頭の芯の重さを感じながら、房総半島と大島のほぼ中間点の海原を眺めていた。

 

この辺りが大亜連合の艦隊を消滅させ、そして吸血鬼事件の発端になった《グレート・ボム》の爆発点。私は結局使用者を見つけられず帰国した。あまつさえ同胞の処断もできず、むやみに部下に怪我をさせた。

 

カツヤ、貴方は何を以て魔法が正義だと言いたいの?

 

リーナはそんな1人で考えても答えが出ない疑問を抱えながら、浅い眠りの淵に落ちていった。

 

 

 

「…ちょう。総隊長、あと10分ほどで到着します。ご準備を」

「…わかったわ。到着場所はどこなの?」

「浦賀と聞いております。着陸地点から15kmに入れば、自動操縦に切り替えろとバランス大佐から命令されております。私には詳しい場所はわかりません」

 

安全な場所に着けるならどこでもいいと思いながら、街並みを見ているとひときわ大きな建物が見えてきた。軍に入る前に興味本位で読んだことがある。日本古来からの建物で、確か日本家屋と呼ばれるものだ。

 

そこら一帯からは強力な魔法師にしかわからない「何か」を感じるので、並みならぬ魔法師がいるのだと直感した。自分の亡命を快く引き受けてくれた人物がいるのだから、危険はないと不安をねじ伏せる。

 

ヘリポートに到着しヘリから降りると、一目で高位の執事だとわかる人物がお出迎えをしていた。

 

「お初にお目にかかりますアンジェリーナ・クドウ・シールズ様。私は執事序列第1位の葉山と申します」

「こちらこそよろしくお願いします。リーナと呼んでください」

「ご主人様が直々にお会いしたいとのことです。リーナ様、こちらに」

 

「リーナ様」という呼び方に違和感を覚えたが、歓迎されているのが分かったので、自分の不安をいったん棚上げし操縦士を振り返る。

 

ヘリには整備士らしき人物たちが手際よく動いており、操縦士も笑顔で会話している。大丈夫だと安心し、葉山という名の執事のあとを追って大きな日本家屋に入った。

 

案内されたのは、和風と洋風が適度に混ぜ込まれた不思議な一室だった。未熟者が和洋折衷にすると違和感があるものだが、この部屋は見苦しくなく心の傷が癒される。そんな気分にさせてくれる部屋だったので、土木担当者の腕が良いのか。はたまた設計者の腕が良いのか気になった。

 

部屋を眺めていると奥のドアが開かれ、驚きの人物が後ろに可愛らしい少女を連れて入ってきた。

 

「…カツヤ?」

「久しぶりリーナ。元気だったか?」

 

友人を傷つけても態度を変えず、日本に来た自分を避けずに1人の魔法師として接してくれた。自分より強い魔法師のカツヤが、魅力のある笑顔で心配してくれた。

 

その笑みを見ると胸が締め付けられ、今までの不安が溢れて涙を流しそうになる。けど総隊長として鍛え上げた強固な精神力で抑えてお礼を言った。

 

「この度はワタシを保護していただきありがとうございます」

「どういたしまして。話しにくいからそんなにかしこまらないで欲しい」

「そういうことなら遠慮なく。カツヤが挨拶に来るということは、ここは四葉の家ね?」

「そうだよここは四葉家本家だ。つい最近移築したばかりでまだ敷地内を完璧に把握できてないんだ。無駄に広すぎて嫌になるよ」

 

そうやって愚痴るカツヤに、私はあれから中身は変わらない優しい男性だと思いながら笑ってしまう。楽しく会話している間、カツヤの後ろに立つ少女から、きつい視線を向けられるのが痛かったのだけれど…。

 

 

 

克也兄様が金髪碧眼の美少女と楽しそうに話しているのを見て、私は嫉妬してしまった。

 

優しくどこまでも広がる冬の青空を思わせる碧色の瞳に、柔らかく下品に見えず丁寧にケアをしているであろう金色の髪を持つ少女を見て、対抗心を燃やしてしまった。

 

そして何故かこの人が自分のライバルになると直感する。敵対視してしまう自分に驚いていたのですけど、克也様の真剣な声に我を取り戻し、話を聞き始めました。

 

 

 

「バランス大佐の報告と違わないんだな?」

「ええ、この眼で見たわ。顔見知りではないけれど、基地内の軍人が殺されるのを目の前で」

「そうか…。今から話すことは辛いかもしれないけど心を強く持って聞いて欲しい。3時間ほど前に、バランス大佐とカノープス少佐が死亡したと連絡があった」

「…う、噓でしょ?」

「事実だ。USNA政府から暗号メールで詳細が届いた」

 

渡されたタブレットには2人のことが事細かに記されていた。

 

『USNA統合参謀本部情報部内部監察局第一副局長 ヴァージニア・バランス 腹部刺傷による出血性ショック死

【スターズ】第一部隊隊長 ベンジャミン・カノープス 魔法過剰使用による魔法演算領域のオーバーヒートにより死亡』

 

「嘘よ…こんなの嘘よ!ベンとは別れるときに約束したわ。必ずバランス大佐とここに来るって!」

「現実を受け入れるんだリーナ。政府がわざわざ君に嘘の情報を送り付ける理由があると思うか?」

「ワタシの動揺を誘って、復讐させようと暗に意味しているのよ!」

「リーナ、お前の信じたくない気持ちはわかる。だが現実を受け入れることも1人の魔法師としての役目だ。君は【スターズ】総隊長 アンジー・シリウスだ。君が下手な動きをすれば、何が起こるか分からないから耐えてくれ」

 

俺が必死になだめてもリーナは落ち着いてくれない。それどころか逆にヒートアップしていた。

 

「じゃあワタシは何もせずここでただ見ていろとでも言うの!?そんなのできない!今すぐにでも戻って復讐してやるわ!」

「バランス大佐とカノープス少佐の気持ちを踏みにじるのか?あの2人はリーナ、君自身にUSNAの軍人として死ぬのではなく、1人の人間としてこの世界を見てほしくて逃がしたんじゃないのか?」

「っ!でも、でもじゃあワタシはどうしたらいいのよ!?こんなのじゃ【スターズの総隊長】なんてただの肩書になるわ!それならいっそこのまま「眠れリーナ」…」

 

俺はリーナの言葉を最後まで聞かず、リーナの額に左手を当てる。《癒し》を発動させて眠気を浮かび上がらせる。不安による寝不足なのだろうか。リーナはすぐに眠りに落ちた。倒れるリーナを両手で支え、お姫様抱っこの態勢で持ち上げる。

 

「水波、達也と深雪のところに行っててくれないか?」

「構いませんが何故ですか?」

「恥ずかしくて見られたくないから。そんな眼をしないでくれ。別にいかがわしいことをするつもりなんてない」

「…分かりました」

 

水波にひと睨みされるがなんとかなだめる。

 

 

 

水波とは反対方向に向かい深雪の部屋の隣に行き、移動魔法でドアを開けベッドにリーナを寝かせる。布団を首元まで被せ、ベッドに腰かけリーナの癖がなく艶のある髪を優しくなでながら、無意識のうちに言葉を発する。

 

「リーナ、お前の苦しみは俺にも理解できる。親しい人物が死んだことを簡単に受け入られないことも分かる。でもそこで立ち止まっていたら、できることも二度とないチャンスも逃すことになる。復讐する機会は必ず準備する。あの2人を殺した奴らじゃないが似た奴らをね。その時までゆっくり休めリーナ」

 

そう言い残し俺は部屋を後にした。

 

 

 

 

 

3日後、俺はリーナを連れて臨時の師族会議を行うために魔法協会関東支部に来ていた。深雪が当主に就いてからというもの、一度も師族会議に顔を出しておらず、自分が全て出ていることに悩み始めている。

 

2回とも公式の会議ではないとはいえ、補佐ばかりが出ていいのかと思っている。前回は深雪の都合が悪かったし、今回は顧傑(グ・ジー)の捕獲にあたりUSNAとの協力を得た際にできたパスでの要請を受けたため、俺が行くべきだと達也と深雪に言われたので来ていた。

 

水波は一緒に行けずリーナと2人で行く俺に怒っていたが、「重要な仕事だから」と言うと引き下がってくれた。帰ってきたら買い物に付き合うと約束すると、すぐに機嫌を回復させ、ご機嫌になりながら俺達を送り出(追い出)した。

 

あの日から2日間眠り続けたリーナと2人で魔法協会関東支部に向かう間、リーナは2年前はゆっくりと見る暇がなかった街並みを楽しそうに見ていた。

 

 

 

開始時間5分前になり、大画面に各当主が映りはじめる。リーナには見えない位置で待機してもらっている。

 

『四葉家からの要請とは想定外です』

『会議の間隔が短くなっているような気がしますな』

『それだけ日本の情勢が悪化しているのでしょう』

『二木殿・六塚殿・八代殿、お静かに。四葉殿、少し早いですが全員が出席いたしましたので開始いたしましょう』

 

真言が3人をなだめて克也に発言を求める。

 

「今回ご当主方を招集しましたのは、我々にも野放しにできない状況に陥っているからです」

『どういうことでしょうか?』

「3日前、USNAの一部基地がデモ隊に襲撃され制圧されました」

 

俺の報告にさすがの〈十師族〉現当主でも動揺を隠せておらず、驚きを普段露わにしない弘一でさえ驚いていた。その驚きが素なのか演技なのか。俺には見分けられなかったが信用することにした。

 

「そして顧傑(グ・ジー)捕獲にあたり、USNAとの協力を得た際のパスで要請がありました。そして我々はこの要請を受け入れることにしました」

『四葉殿、その要請とは一体何だったのですか?』

 

俺は三矢家当主の言葉に行動で応じた。画面に現れた金髪碧眼の少女に全当主が見とれているのを無視して、画面外から説明する。

 

「彼女はUSNA公認戦略級魔法師《ヘヴィ・メタル・バースト》の使用者であり、【スターズ】総隊長アンジー・シリウスことアンジェリーナ・クドウ・シールズです。戦略級魔法師を取り込み、四葉家の地位を押し上げる為ではないことを改めてご報告いたします」

『これまでの四葉家、そして克也殿の行動を見る限り疑うつもりなどありませんのでご安心を。ところでUSNAの基地を制圧したデモ隊はどこなのですか?それほど強大な組織があるとは思えませんが』

「【レプグナンティア】による犯行です。彼らより犯行声明があり、それによると『同志よ今こそ立ち上がる時だ。魔法という人間に許されざるものを使う奴らに死を』だそうです。これは世界各地にある支部に向かって伝令を送ったものと考えられます。そこで日本の支部に思い留まることを願う文を送りましたが無視されました。彼らは今後もテロを起こすようなので、警戒しなければなりません。もし具体的な行動に移すようであれば、我々が処理しますので手出しをしないように願います」

 

各当主は悩みながらもこちらが望む展開に運んでくれた。

 

『一条家は異議なし』

『二木家も異議なし』

『三矢家も異議なし』

『五輪家も異議なし』

『六塚家も異議なし』

『七草家も異議なし』

『八代家も異議なし』

『九島家も異議なし』

「何かあった場合には報告しますのでよろしくお願いします。ご足労をおかけしました」

 

回線を切ってからは、早々に魔法協会関東支部から離れる。本家に戻るために自分で新しく購入した車に乗り込み、リーナが盛り込んだのを確認してから発車させた。

 

「よかったわね邪魔する家がなくて」

「ああ、けど七草家は要注意だな。七草家全体ではなく当主の弘一個人を危険視するべきだリーナ」

「カツヤがそう言うなら肝に銘じとくわ」

 

リーナが素直に聞き入れてくれたのを嬉しく思いながら、車を本家に向かって走らせた。

 

 

その日の夕方。頼んでおいた情報を文弥と亜夜子が持ってきてくれたので、リーナを同席させていた。リーナを保護していることを2人は知っていたので、改めて聞くようなことはしなかった。だが亜夜子からリーナに向けられる笑顔の視線が、異様に冷たかったのは気のせいだろうか。

 

いや、文弥も顔を引きつらせていたから俺の勘違いではない。

 

たぶん…。

 

「克也兄さんに頼まれていた件をお持ちしました」

「さすがだな。これだけの短時間で見つけるなんて。続きを聞かせてくれ」

「【レプグナンティア】の日本支部は倒産した某会社のビルの地下にあり、ホームページに掲載されている住所とは違うようです」

「ホームページの写真と住所は本体を隠すためのダミーか。それで他に何か情報はあるのか?」

「明後日の午後に七草家の表の職業であるベンチャーキャピタルの本社を爆発させるようです」

「また七草家か。狙われる理由はあるのか?」

「七草家は他の〈十師族〉より表社会に進出していますから。その功績が妬ましいと思われているのでしょう」

 

確かに七草家は、他家より一歩も二歩も表社会に進出している。狙うのであれば恰好の獲物だ。成功すれば多大な影響を両方の社会にもたらすことができる。これ以上美味い話はないだろう。表社会にも被害を出すのは、本末転送な気もするが。

 

「情報ありがとう。念のためもう一度抗議文を送っておくよ。それでも止めないなら存在ごと消すさ」

 

俺の不敵な宣言に文弥と亜夜子は苦笑いでごまかし、リーナは無表情で聞いていた。

 

 

 

2人を送り出してから深雪の仕事部屋に向かう。

 

「つまり抗議文を送り、前回と同じように無視されれば実力行使もやむ負えない。そういうことでしょうか克也お兄様?」

「仕方ないだろう?そうでもしなきゃ日本もUSNA同様飲み込まれる」

「飲み込まれる!?どういうことよ!」

 

知らず知らずの内に話が進んでいくので、リーナが割り込んできたが俺は説明したくなかった。俺の心境を察してか達也が代わりに話してくれた。

 

「USNAはもはや〈世界一の魔法部隊〉ではない」

「…どういうこと?」

「USNAの半分の州が反魔法師運動の参加者に占領されている。もうUSNAという魔法大国は存在しないんだ」

「そんな…」

「リーナ、辛いだろうがもうUSNAには戻れない。だから正式に四葉家に戸籍移動しようと思う。九島閣下に頼んで許可をもらう予定だ」

「…ありがとう」

 

 

 

結局四葉家当主が直々に送った手紙の意味はなく、返事はホームページに掲載された。

 

『我々の計画を邪魔する者には天罰を 我々は当初の目的を実行する 一般市民のために我々は命を捨てよう』

 

 

 

そして翌日水波の買い物に付き合い、魂を奪われたのは別の話だ。入学前にも似たようなことがあった気がするが、思い出すことができない克也だった。



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第80話 救出

戦決行の日の正午前。俺とリーナは【レプグナンティア】の本部がある廃ビルが、よく見える四葉家の所有するビルの屋上に来ていた。本部は一見普通の廃ビルのようだが、視界を広げると犯罪組織だとまるわかりな構造をしていた。

 

銃火器やサイバーアタックするための高性能なパソコン。爆発物や毒薬の開発等。立ち入り調査をすれば速攻お縄な景色だ。だが、警官など呼ぶつもりもない。関わらせず終わらせるのが今回の任務であり、リーナの心を軽くさせるのが何よりの目的なのだから。

 

「リーナ、準備は大丈夫か?」

「ワタシを誰だと思っているの?〈USNA公認戦略級魔法師〉アンジー・シリウスよ。不安なんてあるわけないじゃない」

 

俺の問いかけに得意げに答えるリーナに、俺は安心より不安を覚えた。無理をして話しているのではないかと気になったが、本人はそんなことを心配されたくなさそうな空気をまとっていたので、わざわざ口には出さなかった。

 

「《ヘヴィ・メタル・バースト》の使用許可は深雪から出ている。リーナのタイミングでぶっ放してくれて構わない。ただ発動させるタイミングだけ教えてくれ。いきなり発動されたら困る」

「そ、そんなことしないわよ!」

「噛んだぞ」

 

ツッコまれたくない場所を突かれて、リーナは顔を真っ赤にしてそっぽを向いてしまった。2年前と変わらない行動に懐かしさが溢れてくるが、今はそれどころではないことを思い出し気を引き締める。

 

地下につながる階段を、ひっきりなしに同じようなネックレスを首にかけた男たちが出入りしている。そろそろテロを起こすために行動を起こすようだ。被害が出る前に抑えなければリーナの復讐もできなければ、〈十師族〉に顔も見せられない。

 

こちらも早々に行動を起こすべきだろう。

 

「リーナ、作戦を決行しよう」

「了解。じゃあ準備するわ」

 

リーナは呟いた後、《仮装行列(パレード)》を発動させて容姿を変化させた。背丈が伸び黄金に輝く髪がルビー色とでも言える深紅に変わり、蒼穹の瞳が金色の瞳に変わった。その変化に俺はつい見とれてしまい、リーナが問いかけてくるまで硬直していた。

 

「びっくりした?」

「…驚いたよ。想像以上だ。変身後しか見たことなかったら過程を見れるとは思わなかった」

「ふふ、これ以上の驚きを見せてあげるわ」

 

リーナの雰囲気をまといながらリーナとは違う人間性に違和感を感じながら、作戦を決行する準備を始める。

 

「じゃあ始めようか」

「ええ」

 

リーナが〈ブリオネイク〉を構え、魔法式を構築しようとした瞬間。重要電話音が鳴ったので予定を中止せざる負えなくなる。

 

「もしもし」

『克也さん?よかった。まだ作戦決行していなかったんですね?』

「亜夜子か?今決行しようと思っていたところだ。それで用は何だ?」

『《ヘヴィ・メタル・バースト》の使用はお控えください』

「何?」

 

まさかの中止命令に驚く。

 

「どういうことだ?」

『先ほど七草家。いえ、七草真由美さん個人から要請がありました。要人が囚われているらしいので、救出してほしいということです』

「特徴は?」

『電話での説明は難しいです。文弥がそちらに向かっていますので合流次第突入してください』

「分かった」

 

電話を切ってリーナに作戦の一時中止を伝えてから、文弥が来るまで感じを続けることにした。

 

 

 

5分後。文弥が黒羽家の魔法師と共にやってきたので、別の作戦を瞬時に考えて伝えた。

 

「俺と文弥は廃ビルの正面から突入します、みなさんはリーナの護衛を。リーナなら問題ないと思いますが、万が一のためにこれをお持ちください」

 

黒羽家の魔法師の1人にCADを渡すと、首を傾げたので説明をする。

 

「これには達也が偶然発見した《キャスト・ジャミング》を無効化する魔法式専用CADです。使い捨てですが、今回しか使いませんから気にしないでください」

「克也兄さん、よくそんなものを持っていましたね」

「【ブランシュ】のようにアンティナイトを持ってると予想していてな。もし突入する必要性が出てきたらリーナに持たせるつもりだったんだ。意外なところで役に立ってくれたよ」

「僕には必要ないんですか?」

「文弥はリーナと違って、勝手に行動しないから渡さなくても大丈夫だよ」

「それどういう意味よ!」

 

リーナの小さな声での抗議を無視して廃ビルを視る。

 

後ろの方で「無視するな~!」「克也兄さんだから怒っても無駄ですよ」というリーナと文弥のやり取りをBGMに、意識を情報の世界に向ける。

 

注意深く視界を広げると、廃ビルの地下から伸びる廊下の先に内部の視れない部分があった。

 

「見つけたが中が視えない。認識阻害の結界なのか俺の知らない魔法なのか。ここに要人がいるとみて間違いないだろうな。文弥、行くぞ」

「はい」

 

屋上から飛び降り、慣性中和の魔法と減速魔法で落下速度と身体にかかるGを軽減する。着地した瞬間から自己加速術式で、廃ビルの近くのビルまで肉薄して様子をうかがう。

 

人の出入りがなくなったな。最後の会議でもしているのか?だがそれなら好都合。《逃水(とうすい)》を使わなくても楽に侵入できそうだな。

 

頭の中で考えていると、ようやく文弥が到着したので廃ビル内に突入する。階段を駆け下りるためには、セキュリティシステムを突破しなければならない。下手なことをすれば警戒させてしまい、二度と殲滅させることはできないだろう。

 

なら今この場所から新しく道を作るのが最適解だ。足下に《燃焼》で廊下までの仮設のトンネルを作る。

 

《跳躍》の魔法式で壁を左右に飛び交いながら降りていく。眼で視た深さより深くまで降りていくので時間がかかってしまうが、廊下を全速力で駆け抜けて予定時間の誤差を修正する。

 

「警備が全くありませんが?」

「日本の魔法社会で最高の諜報能力を持つ黒羽家でも、発見するのにかなり時間がかかったんだ。侵入者は想定していないのだろう」

 

文弥の質問に答えながら監視カメラを《燃焼》で消しながら、廃ビルの最深部まで進むと頑丈な扉が見えた。

 

「この先にいるんですね?」

「ここを何かしらで守っている。ここまでするということは【レプグナンティア】のメンバー、おそらく幹部クラスの人間にしか知らされていない極秘プロジェクトを行っているんだろう」

「そこの2人、何をしている!そのCADは貴様ら魔法師か!それにその顔、四葉克也と黒羽文弥。そうか貴様らが俺たちのボスを殺したんだな!」

 

背後から聞こえた声に振り向くと大声で指摘してきた。俺たちの顔を知っている且つ、魔法を使わない人間となれば、雑魚もしくは協力者だろう。

 

「何を勘違いしているかは知らんが、俺たちは自らの手で殺していない。それにボスとは一体誰だ?」

「しらばっくれるな!俺たちのボスは矢口中尉だ。お前が会いに行った日の夜に死んだ。お前が魔法で殺したんだ!遅延発動術式のような何かでな!」

「なかなかの推理力だがすべて間違っている。俺は矢口中尉を殺していないし、遅延発動魔法など面倒な魔法は使わない。一瞬で人間を殺すか気絶させて拘束する。それが俺の戦闘方針だ」

「黙れ!お前ら《キャスト・ジャミング》だ。俺がその間にこれで殺す!」

 

後ろに引き連れてきていた部下に命令し、日本刀の刀身を鞘から抜き出して構えた。ある程度様になっているのでそれなりの訓練をこなしてきたようだが、エリカの完成したものと比べればぎこちない。そんな気がした。

 

男たちが真鍮色に輝く指輪をはめた拳を突き出すと、黒板を爪でひっかいたような不快な音が鳴り始めた。文弥が顔をしかめるが、俺は想子を操作して騒音を無害化させ、指輪に向かって《燃焼》を放った。

 

「何故《キャスト・ジャミング》の中で魔法が使える!?」

「確かに《キャスト・ジャミング》は魔法師に対して有効だ。だが耐性や対抗策があれば無効化できる」

「この化け物め!」

 

おなじみの有難い御言葉をいただき、後ろの男たちもまとめて存在を消し去る。落とした日本刀は業物らしく、見事に使い込まれ手入れも丁寧に施されている。ここに置いておくのは勿体無いと思い持ち帰ることにした。

 

「さてと予定外の仕事があったけど本来の目的に戻ろうか。文弥、俺がこの扉を消した瞬間に《ダイレクト・ペイン》で重要人物以外を始末してくれ。文弥なら見ただけで誰が指令を出しているのかわかるだろう?」

「了解です克也兄さん」

 

文弥がしっかりと頷いたのを確認した後、《闇色の辺獄烈火(ベルフェゴール)》で結界らしきものを解除する。強固な扉を《燃焼》で消し去ると同時に、文弥が《ダイレクト・ペイン》で1人を除き無力化する。残った男に俺はCADを向けながら問いかけた。

 

「これでお前らの企みは潰えた。一応投降の勧告だけはしておいてやる。今すぐ武器を捨てて両手を後ろに組め」

「そんなつもりはないよ四葉家当主補佐 司波克也殿。それに分家の黒羽文弥さん」

「ほう、黒羽家が分家だとよく気づいたな」

「少し情報網を探ればわかるものです」

「普通は無理なはずだがなまあいい。看破した褒美として機会をやろう」

「機会?」

 

男は顔は驚きながらも内心はほくそ笑んでいた。

 

「お前の後ろにある刀で俺と勝負しろ。勝てたら見逃してやる。その代わり負ければ情報をもらう。どうだ?」

「免許皆伝のこの私に勝てるとお思いですか?」

「お前より強い剣士をこの眼で見てきたから強さを比べたくてな。文弥、そいつらを縛っといてくれ。今から少々荒っぽくなる」

 

先程拾った日本刀を鞘から抜き出し、身体の水柱線上に構え少し腕を引くと、男も機械の椅子に立てかけていた刀をつかみ剣道のような構えをする。互いの呼吸が合致した瞬間、互いに動き克也が左上へ右下から切り上げると、男は右上から刀を振り下ろす。

 

刀同士がぶつかると大量の火花が飛び散り、双方の顔が明るく照らし出される。2人の顔は真逆だ。男は刀を持った構えと踏み込みを見て、克也が只者ではないと直感する。強者と戦えることへの喜びがにじみ出た笑みを浮かべ、克也は冷笑を浮かべていた。

 

克也自身、何故笑みを浮かべているのかわからなかった。強者に出会えたことへの喜びだろうか。それとも魔法以外で、自分の身体能力だけで戦えることへの歓喜だろうか。

 

そんなことを考えている間に何十もの回数刀を振り、互いの頬にかすり傷がみるみるうちに増えていく。刀を振りかぶり振り落とすと、互いの間合いのほぼ中間で相殺して鍔迫り合いに持ち込む。

 

「貴方の名前は?」

「私に勝てたら教えてやろう」

「では本気で行こうか」

 

力を込めて押し込むと、負けるつもりなどないのだろう押し返してきたので、その流れに乗るよう後退する。すると押し込んできた男の態勢が崩れた。その瞬間をつき自己加速術式を発動させる。

 

そして刀の切る面ではなく、反対の刃がついていない部分で男の胴を薙ぐ。確かな手ごたえを感じ振り向いた右手を下ろし、腹部を抑え片膝立ちになっている男へ、刀を鞘にしまい込みながら問いかける。

 

「まさか魔法を使うとは…」

「俺は一言も魔法は使わないなんて言っていないからな。さて名前と目的を教えてもらおうか」

「…名前は川倉基樹(かわくらもとき)、【レプグナンティア】本部の地下で魔法実験を行う責任者だ」

「研究目的は…」

「克也兄さん!」

 

質問しようとすると文弥に声を掛けられ、振り向くと拘束した研究員たちが燃えだしていた。

 

「あれは何だ!?」

「ボスが我々の存在を消そうとしているのだ。私も直に消え失せるだろう。司波克也、お前ならこの国の闇を暴けるはずだ。頼んだぞ」

「闇だと?どういうことだ?」

 

克也の問いに答える暇もなく、《川倉基樹(かわくらもとき)

という名の男は、炎に包まれ存在が消え去った。

 

「克也兄さん、一体どういうことでしょう」

「《人体発火》を使ったんだろう。遅延発動式か遠隔操作なのかはわからないが。考察は後にしよう、。今は救助が最優先事項だ。この奥の部屋にいるんだろう?行くぞ」

 

文弥を連れて奥の部屋の扉を開け中に入ると、至る所に張り巡らされた数多の機械のコードが部屋を覆っていた。部屋の中央には、とてつもなくでかい機械が鎮座している。

 

「克也兄さん、ここがこの研究所の心臓部なんでしょうか」

「だろうな。これだけの機械とコードがあればそれで間違いないだろう。それで要人とは誰だ?」

「髪の長い10代半ばの少女(・・・・・・・・)です」

「…少女?」

「はい」

「何故こんなところに…。まあいい取り合えず探そう。ここにいるはずだ」

 

2人で手分けしてかなりの広さの部屋で捜索していると、コードに繋がったままの少女を見つけた。

 

「文弥、いたぞ。この子か?」

「はい、その子で間違いありません」

 

抱き上げ文弥に聞くと、本人らしいので一安心する。

 

「息はしているが浅くて速い…。危険な状態だな」

 

独り言を呟き《回復(ヒール)》で目を覚まさせると、暴れ始めたので《癒し》で不安を取り払う。

 

「落ち着け。俺たちは七草真由美の依頼を受けて救出に来た。怯えることはない」

「…真由美さんのお友達なの、です?」

「友達というより先輩・後輩の関係だよ。名前は?」

「【わたつみシリーズ製造ナンバー二十二】個体名・九亜、です」

「シリーズ…【調整体】か。今から君を連れて地上に戻る」

 

お姫様抱っこをしながら部屋を出て行こうとすると、九亜に引き止められた。

 

「待ってほしい、です」

「どうした?」

「助けてほしい、です」

「今から助けるつもりなんだが」

 

克也は九亜の言うことが理解できなかったが、それは観察ミスに近い失態だった。

 

「私だけではなく、私たち(・・・)を、助けてほしい、です」

私たち(・・・)とは、ほかにも【わたつみシリーズ】がいるのか?」

 

俺の質問に九亜は小さく頷いた。

 

「分かった。この奥にいるようだから連れてくる。文弥、少し待っていてくれ」

 

2人にここで待っておくように命じてから九亜を地面に下ろし、部屋の行き止まりまで進んで視界を広げると、奥にも道が続いているのが視える。12個の個室がありそのうちの4つが空っぽだ。1つは九亜の部屋だろうか。残りの個室はどうなったのかわからないが。

 

「12人の【調整体】にこの大規模CAD。…まさかな」

 

壁塗料を塗り込んで入り口を隠していたのだろう。上手く細工されており、言われなければ気付かないほどの巧妙さだ。壁を《燃焼》で灰に変え、中に踏み込むと消毒液の匂いが鼻を突いた。

 

「この扱いは人間に対して行うことではない。もはやモルモットでもない。家畜以下しじゃないか」

 

8個の個室のドアを消し飛ばし、寝込んでいる8人の九亜と同じ顔の少女を担ぎ、先ほどの部屋に運ぶ。全員に《回復(ヒール)》を施すと全員が目を覚まし、1人が明確な敵意を向けて聞いてきた。

 

「…お兄さんは誰?何をする気?」

「俺は四葉家当主補佐 司波克也。七草真由美の要請により九亜を保護しに来た。九亜が君たちを助けてほしいと願ったから助けた。それだけだ。文弥、9人を連れて先に行ってくれ。俺にはやることがある」

「分かりました」

 

8人を文弥が誘導していると、先ほど質問してきた少女が泣きそうな顔で再び質問してきた。

 

「お兄さん、私たちを見捨てる気?」 

「研究所のデータを残しておいては、君たちを助けたことにはならない。別の君たちが利用されるだけだ」

「お兄さん。ううん。克也さん、お願いすべてを消して」

「言われなくてもそのつもりだ」

 

笑顔で返事をすると、九亜とは違う雰囲気をまとった少女は少し顔を赤くさせて、可愛らしい笑みを浮かべてから8人を追いかけた。

 

それを見送りCAD調整機のデータを開こうとすると、いつの間にかハッキングされており全データが消滅していた。

 

「藤林さん?いや、このハッキングの粗さはあの女性じゃない。素人に近いがすべて持ち出すとなると、川倉という男に命じる権限を持つ幹部あるいは別の人間か…。今ここで考えている暇はないな。それよりこの大型CADを処理するのが先だ」

 

10人が十分離れたのを確認し、自分も少し距離を置いて研究室の内部だけを消し去るため、《地獄の業火(ヘル・ヘイム)》を限定条件で発動させて消し去った。発動と同時に爆風が背後から届く前に10人のところまで自己加速術式と体術で走り、強めの〈領域干渉〉を展開して全員を守る。

 

全員が無事なのを確認後、侵入してきた仮設のトンネルを飛行術式を使って、全員を地上に上げる。リーナが待つビルの屋上に向かった。

 

こうして克也たちは【レプグナンティア】の最終会議を邪魔せず、30分で目標の第一段階を終了させた。



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第81話 許可

リーナの元に九亜を含む【わたつみシリーズ】9人を連れて戻ると、リーナから盛大に首を傾げられた。

 

「要人は1人じゃなかったの?」

「俺もそう思っていたけど、七草先輩は一言も1人だとは言ってなかった。俺たちの思い込みだな。それよりもうすぐ会議が終わる。それまでに消滅させないと。リーナ、作戦決行だ」

「分かったわ。すぐ終わるから瞬きせずに見てなさい」

 

仮装行列(パレード)》を解いていたリーナは、もう一度発動させ、〈ブリオネイク〉を構えて《ヘヴィ・メタル・バースト〉を発動させるために想子を活性化させた。克也は被害が周囲に漏れないよう最大出力で半径100mの円を作る。そしてそこへ〈領域干渉〉を展開させた。

 

「《ヘヴィ・メタル・バースト》発動!」

 

廃ビルのむき出しになった鉄筋に魔法式を照準し、リーナは旧USNA戦略級魔法《ヘヴィ・メタル・バースト》を発動させた。

 

 

 

「…以上だ。これで魔法師はこの国からいなくなる。USNAのように世界で2番目に、アジアで最初の魔法がない国を作り上げるのだ!」

「「「「「「「「おおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」」」」」」」」

 

幹部の男の声に参加者たちは、雄叫びを上げ片腕を突き上げた。

 

「隊長、これでこの国は我々のものです。ついにここまでこれました!」

「ああ、そうだな長かった。これでボスの無念が晴れることだろう」

 

部下の嬉しそうな声に、隊長と呼ばれた男は静かにだが嬉しそうに答えた。

 

「これより作戦を開始する!後につ…」

 

男の命令は最後まで発せられず、また作戦が決行されることはなかった。リーナが発動した《ヘヴィー・メタル・バースト》によって、数百人の【レプグナンティア】に参加していたデモ隊、廃ビル及び地下30mの地盤までが融解し、一瞬のうちに全て消え去った。

 

 

 

爆発の威力は凄まじく、克也の〈領域干渉〉が大きく揺らぎ今すぐにも定義破綻しそうだったが、なんとか持ちこたえてくれた。爆心地から3km離れた四葉家傘下の企業の所有するビルの屋上からそれを見ていた文弥たちは、旧USNA戦略級魔法の威力を目の当たりにして恐怖を覚えていた。

 

克也でさえ心と身体が震えた。それは驚異的な威力を持つ《ヘヴィ・メタル・バースト》に対する恐怖の故か。それともリーナの戦略級魔法を使う決断をした際の気持ちを知ったが故か。

 

克也がリーナに声を掛けようと近寄ると、ふいに〈コバルト・スーツ〉を着たリーナの身体が揺れ、倒れ始めたので慌てて支える。見ると穏やかな寝息を立てていたのでほっと息を吐き出す。

 

「克也兄さん、リーナさんは大丈夫ですか?」

「大丈夫だ。目的を達したことで今まで抱え込んでいた緊張の糸が緩んだのだろう。気を失っているだけだから心配しなくていい。取り合えずヘリを呼ぼうか。この人数の移動はその方が楽だ」

「僕が連絡しますので克也兄さんはゆっくりしてて下さい」

「よろしく」

 

文弥に本家への連絡を頼み、リーナを九亜に任せて転落防止柵に身体を寄りかからせながら、首だけを更地と化した爆心地へ向ける。

 

《ヘヴィ・メタル・バースト》、重金属を高エネルギープラズマに変化させ、気体化を経てプラズマ化する際の圧力上昇を更に増幅して、広範囲にプラズマを散撒く魔法。

 

上下に圧縮する形でプラズマ化し、電子を水平方向へ円形に拡散させることで、原子核を原子核同士の電気的斥力と電子との間に働く電気的引力で高速拡散させ、その運動エネルギーで広範囲を焼き尽くす。

 

〈ブリオネイク〉を使用することで、収束ビームとして発射することができる。その際のビームの発射速度は音速の100倍にもなる。〈ブリオネイク〉がなくとも発動できるが、さすがのリーナでも不安定な魔法式になり、最悪俺のように魔法式が逆流し魔法技能を失う可能性もある。

 

「〈ブリオネイク〉なしだとダモクレスの剣だな。まったく危険な魔法を作ってくれたものだ。扱いが難しいじゃないか」

 

皮肉を呟きながらも、克也の口元には笑みが浮かんでいた。魔法師としての敬意、天才魔工技師〈トーラス・シルバー〉の〈ミスター・シルバー〉の片割れとしての興味。これら2つが合わさったが故の笑みだった。

 

「〈ブリオネイク〉を使わなくても普段のCADと大して変わらないサイズで、同等の威力を発動させることができるCADを開発しないとな。毎回毎回これを持ち運ぶのは結構面倒くさい」

「克也兄さん、ヘリが来ました」

「ああ、わかった。すぐに行く」

 

「開発までにどれだけかかるかわからないが、当分の間の研究テーマは決まったな」

 

ヘリに向かいながら克也は、1人でそんなことを呟いていた。

 

 

 

本家に到着し文弥たちと別れリーナを家政婦たちに頼んだ後、9人を連れて応接室に入る。そこには水波・達也・深雪が驚いた顔で待っていた。ヘリの中から要人を連れて帰ると連絡していたが、これだけの大人数だと思っていなかったのだろう。

 

「克也、聞いていないんだが?」

「俺は要人を連れて帰ると言ったはずだけど」

複数(・・)とは聞いていない」

1人(・・)とは言っていない」

 

低レベルな争いをしている2人を、水波は生ぬるい眼で見つめながら深雪は困った笑顔を向けていた。九亜たちは何が何だかわからないようで、克也の後ろで首を傾げていたが。

 

「説明してくれるんだろうな?」

「しないわけにはいかないだろう?どうせ七草先輩にも事情説明しないとダメなんだから。取り合えず水波・深雪、この子たちを風呂に。今まで消毒槽にしか入ったことがないようだから」

「分かりました。白川夫人と使用人にお願いします」

 

九亜が不安そうに見上げてきたが頭を優しくなでてあげると、悪いことが起きないと理解してくれたらしい。素直に使用人についていき応接室から出て行った。

 

「で、どういうことだ?」

「想像でしかないけど危険な魔法の研究を行っていたみたいだ。超大型CADを用いて9人もの【調整体】を使い捨てにするようなやり方をしていたとなると、それしかないと思う」

「12人のうち9人しかいない。残りの3人は…」

「ああ、間違いない」

 

達也が最後の言葉を口ごもった言葉を、克也も想像していたのでわざわざ口にはしなかった。

 

「取り合えず七草先輩にメールして事情を説明するよ。それまではゆっくりしてもらおう。9人も受け入れるとなると数日はかかるだろうから」

「そうだな後のことは任せる。リーナは大丈夫か?」

「緊張の糸が切れただけだよ。気にしなくてもしばらくすれば目を覚ますさ」

「克也がそう言うなら問題ないだろう」

 

達也は克也の方が医療に対する知識が多いことを理解しているので、克也の診断を間違いだと言わなかった。

 

 

 

風呂から上がり眼をキラキラさせた九亜を、応接室まで水波に連れてきてもらい話を聞くことにした。九亜は何故か達也を怖がり、克也の腕にしがみつく。その様子を見て、水波がこめかみを引くつかせていた。自重してくれているようで、具体的な行動に移したりはしなかった。

 

「九亜、聞きたいことが山ほどあるんだが少しだけにするよ。まず何歳だ?」

「14歳、です」

「幼いな。九亜はあの部屋で何をしていたんだ?」

「大きな機械の中に入っていた、です」

「大きな機械とはこれのことかな?」

 

九亜たちが出てくるまでに、記憶から紙に書き写した絵を九亜に見せた。細部までは覚えておらず描けなかったが、何度も見ているのであれば問題なく分かるだろう。

 

「そう、です。この大きな機械、です」

「ここで何をしていたんだ?」

「分からない、です。椅子みたいなものに座らせられた後は、何があったのか分からない、です」

 

情報が少なすぎてこれでは何をしていたのか分からない。

 

「その機械から出た後はどんな気持ちだった?」

「気持ち?…ふわふわ溶けていくみたいだった、です」

「何が溶けていくんだ?」

 

九亜は一度自分の足元に視線を落とし、両手を胸の真ん中に置く。いや、自分の中から出て行く何かを掴もうとするような仕草。そんな風に克也たち4人には見えた。

 

そして九亜は呟いた。

 

「私が、私たちの中に」

 

一瞬にして克也達は九亜だけではなく、残りの8人にも同じような症状が現れていると直感した。

 

「達也、これは…」

「…ああ、自我消失の自覚症状だ。かなり危険な状態だな。このまま同じように魔法演算領域を強制リンクさせられていたら、命を落としていただろう」

「達也、それは違うぞ」

 

達也のセリフを否定した克也の言葉に、3人が訳が分からないように首を傾げた。

 

「さっき話しただろ?3人がいないってことはつまり、もう3人死んでいるんだよ」

「そんな…」

「嘘…」

 

水波と深雪が一番感情的なダメージを受けていたのは、同じ【調整体】だからだろう。九亜はいなくなった3人の理由を知らされていないらしく首を傾げていたが。

 

「だから俺たちは残りの九亜を含む9人を命がけで守らなきゃならない。これは四葉家の新しい家訓じゃない。強力な魔法師として為すべき事柄だ」

 

優しく九亜を抱きしめると九亜も身体を預けてきた。望んで【調整体】として生まれたわけでもなく、生まれた時から生き方を決められていることの辛さは、四葉家直系として生まれた自分になら痛いほど理解できる。14歳という幼さで魔法実験を強制的にさせられ、自分と同じ存在が消えていく理由を説明されず生きていく気持ちは、共感できても実感することはできない。

 

「…パパ」

「「「「はぁ!?」」」」

 

突然の九亜の発言に、さすがの克也たちでも声を上げずにはいられない。

 

「ここ、九亜ちゃん!なな、何を!?」

「自分を抱きしめてくれる男の人はパパではないの、です?」

 

深雪の慌てた質問にも、爆弾発言をする九亜に克也たちは思考停止に陥った。そして九亜を寝かしつけた後、克也が水波と深雪に夜遅くまで質問攻めにされたのはお約束だ。

 

 

 

 

 

3日後。真由美は兄の智一を連れてやってきた。何故2人なのか克也たちも首を傾げていたが、何らかの理由があって来たのだと分かったので口には出さなかった。応接室には克也・真由美、智・一、そして【わたつみシリーズ】を代表して九亜が座っていた。

 

「今回、私個人の要請を受け入れていただき感謝いたします」

「当初の目的に毛が生えた程度の要請です。気にしないでください。それより聞きたいことが幾つかあるのですがよろしいですか?」

「ええ、答えられる限りでよければ」

 

答えられる限りとは話せないことがあるのだろうか。それともあまり知らされていないことで情報が少ないのだろうか。どちらにせよ判断材料が少ないので確信はできない。

 

「ではお言葉に甘えまして。何故あの地下に要人がいると知っていたのでしょうか」

「それは私からお伝えします。克也殿は《川倉基樹(かわくらもとき)》という男性にお会いになりましたか?」

「はい、お会いしましたがそれがどうしたのですか?」

「その男性は私の恩師なのです。正確には魔法大学で私が配属されていた研究室の主任でした」

 

智一の暴露に多少なりとも驚いたが、これで川倉基樹が最後に残した言葉の意味が理解できた。

 

「なるほどそういうことでしたか。何故それで四葉家に要請したのですか?」

「父に四葉家が【レプグナンティア】を殲滅すると説明を受けた数時間後に、川倉先生から『彼女たちを助けてほしい』というご連絡をいただきました」

「いくらなんでもタイミングが良すぎませんか?」

「私もそう思ったのですが、正確には先月辺りから相談されていたのです。『不当な扱いを受けている彼女たちをどうにかしたい。これ以上苦しむ姿を見たくない』と。しかし勝手に逃がすわけにもいきませんから、仕方なく幹部の命令通りに研究を続けていたようです。元々川倉先生は温厚で才能があるなしにかかわらず、誰にでも全力で手を差し伸べてくれる優しい方でした」

 

なるほど。だから刀を交わらせたときに気分が高揚していたのだと今気付いた。ぶつかってくる相手に全力で立ち向かう。それがその男性の生き様だったのだ。だが話を聞いている途中から後悔していたのだが、聞かれたくないことを聞かれてしまう。

 

「ところで川倉先生はどちらに?」

「…私が殺しました」

「え?」

「刀を交えた後《人体発火》で存在を何者かに消されたのです」

「でもそれは克也君の責任じゃないはずよ?」

 

真由美の慰めに克也はかぶりを振る。

 

「《人体発火》が仕掛けられていることに気付いてさえいれば、助けられたかも知れないのです」

「克也殿はその前に刀を交えられたのですよね?先生の腕はどうでしたか?」

「素晴らしい方でしたよ。自分が出会った剣術家の中でも5本の指に入る猛者でした」

「そう…ですか。それなら先生は不満などありません。満足していかれたのですね?よかったです本当に…」

 

智一は成人しているにもかかわらず涙を流していたが、3人とも咎めず智一の気が済むまで優しく見守っていた。

 

 

 

九亜たちを見送りに本家の入り口に行くと、9人がそろって1人ずつ挨拶をしてくれたのだが、九亜とは少し違う勝気な少女がまた近寄ってきた。

 

「どうした?」

「あたしの名前は四亜(しあ)。覚えといてね」

「忘れるもんか。七草先輩は良い方だから要望はある程度聞いてくれるよ。それからいつでも遊びにおいで九亜も誘って。また会おう四亜」

「またね」

 

別れ際に克也の頬にキスをしてから七草先輩の車に乗り込み、清々しいしかし少し照れた笑みを浮かべてくる。発車するまで隣の九亜と何やら喧嘩らしきものをしていた。

 

「先にするのはズルい、です」「早い者勝ちだもん」「次は私が先にします、です」「こっちだって負けないんだから」

 

という会話が聞こえたので頭を抱えたくなった。後ろから突き刺さる3つの視線のせいもあったが。

 

車が走り去って見えなくなり家に入ろうとすると、3人分の手に襟首を捕まれ急停止せざる負えなくなる。

 

「何でしょうかお三方」

「少しお話ししましょう克也お兄様」

「詳しいお話をお願いします克也様」

「説明してしてもらうわよカツヤ」

 

この世で最も逆らってはいけない3人に捕獲され、完全にチェックメイトだが形ばかりの抵抗を試みた。

 

「深雪と水波の行動は分かる。だがリーナ、お前は何故だ?」

「なんだろう。ノリかな?」

「関西人かお前は!」

「一応九島家の血を引いてるから、あながち関西人と呼べなくもないわ」

「達也ヘルプ」

「…すまん用事を思い出した」

 

助けを無視され、克也は肉食獣に包囲された生まれたばかりの草食獣のようになるしかなかった。

 

「無視しないでくれないかな!?」

 

克也の悲鳴と怒声が混じった悲痛な叫びが、四葉家本家の入り口から初夏の風を運ぶ空に木霊した。

 

 

 

 

 

数日後、俺は九島家に連絡していた。リーナを四葉家に迎え入れる許可をもらうためだが普通なら必要ない。だが建前的にしておいたほうがいい。どこから横槍が来ても血縁関係のある九島家の許可が下りたと言えば、大抵は引き下がるだろうと考えたからだ。

 

古語で例えれば「虎の威を借る狐」と言う。四葉家なら狐というより虎をも超えているが、どちらにせよ建前がほしい。電話をすると、前回電話した頃より美貌に磨きがかかった光宣が映った。

 

『克也兄さん、お久しぶりです!』

「…やあ光宣、久しぶり。一つ聞きたいんだけど、何故九島家に連絡すると映像電話になるんだ?」

『僕が出る時だけですよ』

「相手が女性だったらどうするのさ」

『それはそれですよ克也兄さん』

 

何だか最近、光宣の性格が藤林さんに似てきたなぁ。

 

「まあいいや。閣下はいるかな?お話ししたいんだけど」

『今隣にいますから代わりますよ。お祖父様、克也兄さんからです』

『おお、彼からかありがとう光宣。克也君、今回はどうしたのかな?』

「お願いしたいことがありましてお電話しました。実は閣下の弟さんの孫であるアンジェリーナ・クドウ・シールズを、我が四葉家に戸籍移動させる許可をもらいたいのです」

『保護してくれたのだ拒否はしない。その程度ならばこの老いぼれの許可は必要なかろう?』

「建前です。閣下の許可を得られたとなれば、横槍が来ても反撃できますから」

『ふぉっふぉっふぉっふぉ。克也君はまた面白いことを考えおるわ』

 

言葉通り本当に楽しそうな閣下に俺は苦笑するしかなかった。

 

『先ほど言ったように戸籍移動の件は許可する。もちろん横槍が入った場合、私だけでなく九島家が後ろ盾になろう。これは〈十師族〉間における共闘や協調ではない。立場における意見の相違だ』

「日本語の使い方次第だと思いますが」

『弘一なら使ってくるであろう?その仕返しに近いものだ』

「悪知恵が働きますね閣下」

 

ニヤリと笑うと同じような笑みで返事をしてきた。

 

『年を取ると体力勝負ではなく、頭を使って作戦勝ちを狙うものだ。私はまだ体力勝負でも未熟な魔法師に勝つ自信はあるがね』

「それは否定しません閣下。それでは失礼させていただきます。光宣にもよろしくお願いします」

『分かった孫にも伝えておこう。後日正式な書面を送る。待っていてくれたまえ』

 

予定通り許可がもらえたのでガッツポーズをしたいところだが、そこは我慢して戸籍移動を優先しなければならない。俺は許可をもらったことを3人に伝えるために自室を出た。

 

 

 

 

 

 

3日後。戸籍移動が完了したので、リーナにサプライズするために夕食の席で発表することにした。楽しくいつも通りに食事をしたあと深雪から報告があった。

 

「リーナ、話しておきたいことがあるの。いいかしら?」

「ミユキ、どうしたの?」

「すぐ終わるわ。入ってきてもらえますか?」

 

リーナを焦らすような真似はせず、待機していてもらった人物を呼び出す。食堂の奥のドアが開かれ、使用人の服を着た若い女性が入ってきたのを見たリーナは硬直した。

 

シルヴィア・マーキュリー(・・・・・・・・・・)さんです。リーナ専属の使用人として働いてもらうことになりました」

「久しぶりリーナ。元気でしたか?」

「シルヴィー…」

 

笑顔で話しかける年上の友人にに再会し、リーナは涙を流し始めていた。

 

「生きていたんですね!?」

「ええ、ハワイのホノルル基地に飛ばされていたのが幸いしました。3日前に日本政府から入国が認められ、達也さんが事情説明をしてくれました。その関係で四葉家が身元を保護してくれることになったんです。今の四葉家は《触れてはいけない者たち(アンタッチャブル)》と呼ばれていた四葉ではありません。日本だけでなく世界を守ろうとする〈大義を重んじる者〉の家系です。リーナ、生きていてくれてありがとう」

「ワタシもよシルヴィー」

 

2人が互いに抱きしめ合っているのを優しく見守りながら、克也はもう一つサプライズ(本来はこっちがメインなのだが)をすることにした。

 

「リーナ、九島閣下から四葉に戸籍移動する許可を、この前電話でいただいた。さっき正式に許可する書類が届いたよ。さらには政府からも許可が下りた。今日からリーナは四葉莉奈(りな)だ。呼び方は、今まで通りリーナだから気にしないでくれ。では改めてようこそ四葉へ」

 

リーナは涙を拭き、素晴らしい笑顔を克也たちに見せてくれた。

 

「よろしくお願いします!」

 

リーナの四葉家への加入は四葉家の地位を押し上げるだけでなく、日本の安定を目指す一歩になった。だが闇は確実に侵食している。そのことを克也たちは知らず、それが自分達の運命を変えることになるとは、まだ気づいていなかった。

 

 

 

 

 

ある部屋で男はかけていた眼鏡を握りつぶし、レンズが手の平に食い込むのを気にせずさらに強く握りしめた。

 

「くそっ、あれ(・・)を救出されるとは!実験結果を際どいタイミングで入手できたのは大きいが、これでは情報が少ない。…あの小娘を捕獲するしかないな。だが簡単にあの家が手放すとは思えん。強行作戦に出るしかないか。しさしさすがは四葉の分家黒羽家だ。諜報だけなら日本、いや世界でもトップクラスの能力を持っている。これからの作戦はより慎重に動かなければならんな」

 

その男の後ろには若い青年が何も言わず立っていた。

 

「お前にも仕事をしてもらう日が来る。その時は失敗するなよ?」

「承知しました。この若輩者の命、貴方の野望のために捨てて見せましょう」

 

その青年の言葉に男は嬉しそうに頷き、家族との食事に向かうために仕事用の椅子から立ち上がり、部屋を出て行った。顔に邪悪な笑みを浮かべながらその男の後を追いかけるように部屋を出たその青年は、国立魔法大学付属第一高校の制服を着ていた。



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番外編③
誕生


4月24日の午後4時。私は今、分娩室の前で使用人以上に不安と闘いながら待っていた。姉さんが破水し陣痛が始まったのが24時間前でつまり昨日。もうそろそろ生まれていてもおかしくないのに、未だに生まれてこないのでこちらが先に倒れそうだった。

 

初産でありながら双子の出産となると大変なことだけど、姉なら耐え抜き元気な赤ん坊を生んでくれるだろう。私はそう思っている。

 

「おぎゃぁ!」

 

扉の奥から産声が聞こえたことで私の鼓動は高まった。そして数十秒後。

 

「おぎゃ~」

 

先ほどより声は小さいけど元気な産声が聞こえてきた。ドアが開き助産師が手招きするので、部屋に入ると血の匂いが鼻を衝く。そんなことが気にならないほど私の心は震えていた。

 

「姉さん、大丈夫?」

「真夜、大丈夫よ。それより見てよこの2人。もう互いの手を握り合ってる」

 

姉の言う通り2人を見ると、互いの手を握り合っていた。本能的に兄弟だと認識してるのかもしれない。そう思うと心が凄く温かくなる。

 

「ええ、本当に可愛いわ。今すぐにでも食べちゃいたいぐらいに」

 

疲労を滲ませた笑顔を浮かべるも幸せそうな姉に少し安堵する。本心を伝えると、我が子を私から遠ざけるように自分に抱き寄せた。

 

「ダメよ。そんなことを言うような怖い妹には抱っこさせてあげない」

「ご、ごめんなさい許して。だからどっちかを抱っこさせてください」

 

必死に謝るとにこやかに微笑み、双子の1人を抱っこさせてくれた。腕に体重がかかるけど重くはなく、心地いい重さだった。今すぐにでも散ってしまいそうな儚い命を、この腕に抱くと自分の本当の子供を産みたいという気持ちが溢れくる。

 

でも自分の身体では不可能だと思い少し気分が落ち込む。しかし自分を見つめる純粋な眼に癒される。

 

「真夜が抱いているのが克也、私が抱っこしているのが達也。どう良い名前でしょ?」

「名前の由来とかはあるの?」

「克也は誰にも負けない魔法師に。達也はあらゆることに打ち勝つ魔法師に。そんな意味を込めたの」

「活躍する魔法師で克也、たくましく育つ魔法師で達也ね。姉さんの割にはしっかりと考えたわね」

 

茶々を入れると嬉しそうに言い返してきた。

 

「あらその言い方は不本意ね。私はいつもよく物事を考えて行動しているつもりだけど」

「ふふ、そういうことにしておきましょうか姉さん。白川さん、英作叔父様を呼んできてくださらない?」

「かしこまりました」

 

白川夫人が四葉英作を呼びに行った背中を見送りながら、深夜は真夜に聞いた。

 

「叔父様に魔法を視てもらうのね?」

「ええ、四葉の魔法師ならどんな魔法を使えるのか知りたいもの」

 

そう言う2人の顔は少なからず不安そうであった。

 

 

叔父が息を切らしてやってきたのは15分後でした。2人はその間に母乳をたくさん飲み、幸せそうな顔で互いの手を握りながらベビーベッドで眠っていた。

 

その2人に叔父は優しい笑みを浮かべていますが、すぐに真顔に戻して両手を克也と達也にかざしながら眼を閉じた。魔法が発動したと気付いたころには、既に叔父は2人の魔法を調べ上げており驚愕していた。

 

「叔父様?」

「深夜、お前は素晴らしい子供を産んでくれた。一族を代表して礼を言おう」

「叔父様、2人は一体どのような魔法を持っているのですか?」

「達也は全てを破壊する魔法と全てを再構築する魔法を有している。この2つの魔法のせいで達也は他の魔法を自由に使えない。だが想子は一族で一、二を争うほどの保有量だ。克也は達也に及ばないが、傷を治す魔法と魔法を焼失させる魔法を持っている。そして…真夜、お前と同じ《流星群》を使える。想子量も達也と同等だ」

 

叔父の報告に私はしばらく反応できなかった。自分の子供でもないのに、自分と同じ魔法を使う甥っ子が生まれたことに感極まっていた。叔父が部屋を出て行った音で私は我に返り、姉さんにお願いをすることにした。

 

「姉さん、克也を私に預けてくれない?」

「構わないけど。何故?」

「同じ魔法を使えるなら家族としての愛情ではなく、実子として愛を注げば《流星群》の使い方をより理解してくれると思うの」

「いいわ。その代わりたまには私のところにも連れて来てよ?独り占めは許さないんだから」

「も、もちろんそんなことはしないわよ」

「今嚙んだわよね!?全く信用できないんだけど!」

「じゃあね姉さん。また連れて来るから!」

 

そう言い残して、私は逃げるように部屋を出る。

 

「待ちなさい真夜!話すことはまだいっぱいあるわよ。戻ってきなさい!」

 

個人差はあるが産後1時間ではまともには動けない。それをよしとして真夜は、プライベートスペースに克也を連れ込んだ。自分と同じ魔法を使えるのであれば自分の手で育て、姉には懐かないように教育しようと、少々大人げない野望を胸に秘める真夜であった。

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

当主としての仕事である事務処理をする傍ら、克也の世話をするという多忙な毎日を送っているけど、克也の世話をすると疲れが吹き飛ぶような気がする。

 

書類に眼を通していると克也がぐずり始めたので、仕事を中断し克也のもとに向かう。

 

「はいはい、泣かなくても大丈夫よ」

 

ベビーベッドでぐずっている克也に、人肌の温度に温めた粉ミルクを入れた哺乳瓶を近づける。自分の手で口まで運び、見ているこっちが驚くほどのスピードで飲み始める。

 

「育て方は間違ってない…わよね?」

 

初めての子育てのため不安なことが多い。自分がこうなのだから姉もそうだろうと思い始めていた。

 

「姉さんに聞いたほうがいいかしら」

 

不安になったので姉に聞きに行くことにした。仕事は少しの間葉山さんに任せても許してくれるだろう。葉山さんに何も言わずにプライベートスペースから出て、姉のいる部屋に向かう。

 

数分後、姉の部屋に入るとちょうど達也に母乳をあげているところだった。

 

「姉さん、少し聞きたいことがあるのだけどいい?」

「どうしたの真夜?」

「克也のミルクを飲むスピードが異常で、間違っていないか不安になったの」

「スピードは赤ん坊によって変わるから、気にしなくても大丈夫だと思うのだけれど」

「それならいいのだけれど」

 

心配そうに呟く妹に私は応援を送った。

 

「この1ヶ月そのスピードで育ったんでしょ?克也に何も起こっていないなら大丈夫よ」

「そうね、ありがとう姉さんおかげで気が楽になったわ」

「ならいいけど。それより仕事はどうしたの真夜?」

 

言葉に詰まる双子の妹にため息をつく。

 

何故お父様は真夜に当主を任せたのかしら。別に自分が当主になりたいわけではないのだけれど、そこだけが疑問ね。

 

私の心中を察したのか、仕事に戻って行く真夜の背中を見て何故か悲しくなった。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

克也と達也が生まれて半年経った頃、「達也を殺すべきだ」という意見が分家の間に上がり始めた。分家の当主たちが世界を破壊することのできる魔法を持つ赤ん坊を望んだのは、あの事件が起こった後であるならば仕方なかった。真夜が人体実験の被検体にさえされなければこんなことは望まなかっただろう。

 

だが生まれてしまった今では考え直しても仕方がない。それならばいっそ、すべてがなかったことにすればいいという結論に至る。〈達也暗殺計画〉が練られたが英作の一言ですべては決まった。

 

「感情が暴走しないよう感情に蓋をすればいい」

 

この一言だけで分家の当主たちは受け入れ、達也の成長を見届けることに決めた。しかし達也に向けられる眼は「四葉の血を引いているくせに、大した魔法も使えない欠陥品」という意味合いを込められたものだった。深夜や真夜がいる前では本心から喜んでいるふりをしていたが、2人がいないときは存在さえしていないかのように見ていた。

 

そのことを深夜も真夜も知っていたが咎めることはしなかった。達也が欠陥品なのは事実なため、反論すれば達也だけでなく克也にまで火の粉が振りかかるのを恐れた。当主命令でやめさせることができるが、この程度を話題に挙げることもせず、愛情を注げば2人は健やかに成長してくれると信じていた。

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

そして克也と達也の1歳の誕生日。深夜と真夜は英作から、分家の意識を逸らすために「達也の感情を暴走させないための子供を作る」、「感情に蓋をすること」を命じた。2人には到底受け入れられるものではなかったが、2人のためならばやむを得ないと心を決め、英作の案を受け入れた。

 

そして四葉の科学力と魔法の粋を結集させた【調整体】司波深雪を作り出し、感情への蓋はある程度の年齢に達した頃に実行することを決めた。

 

 

 

 

 

ある日深夜は自室で、深雪をベビーベッドに寝かせながら達也をあやしていた。

 

「魔法がたとえ満足に使えなくても、私の子供に変わりはないのよ達也。だから気にせずすくすくと育ってね」

「克也、よく頑張ったわね偉いわ!」

 

腕の中で眠る達也の髪を優しくなでながら独り言を呟いていると、少し開いたドアの外から妹の興奮した声が聞こえてきた。頭痛を感じ、偶然通りかかった葉山さんに声をかけた。

 

「葉山さん、真夜はいつもああなの?」

「…左様でございます。克也様が歩かれるようになってからというもの、毎日何時間もあのように遊んでおられます。そのせいで書類が山積みになっておりまして、私と紅林殿で手分けして処理していますが間に合っておりません。むしろ増えていく一方でございます」

 

疲労の残る顔で話す葉山さんの言葉に別の頭痛が襲ってきた。

 

「…葉山さん、今日の夕方に真夜を私の部屋に来るよう伝えてください。克也も一緒に。一時的に克也を取り上げて、事務処理が終わるまで会わせないよう命じます」

「名案でございます」

「克也が真夜のように溺愛しなければいいのだけれど…」

「御心配には及ばないと思われます。たまにですが克也様は真夜様の声を無視することがあるので。もしかしたら嫌になっているのかもしれませんな」

「余計な心配だったかしら」

 

互いに苦笑しながら葉山さんは真夜に私の伝言を伝えにいき、私は深雪の様子を見に自室に引っ込んだ。

 

 

 

数時間後、深夜は真夜に『事務処理が終わるまで克也の接触を禁ずる』と命令し、真夜が抱いていた克也を取り上げ、笑顔で自室から追い出した。命令された真夜の顔は、生きることに絶望した人間そのものだった。

 

 

 

 

 

再起動を果たした真夜は睡眠と食事・入浴以外の時間を、全て事務処理に費やし、溜まっていた書類を3日間で終わらせ克也に会いに行った。その仕事ぶりに葉山と紅林が嬉しそうに見つめ、内心「ざまあみろ」と思っていたのは本人たち以外内緒だ。



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成長

克也と達也が生まれてから6年が経った。達也は今日の今から1時間後に人造魔法実験を受けることになっているのだが、克也はとても不安だった。

 

母の深夜の腕は実子であるから疑ってはいないが、もしかしたら失敗するんじゃないかと心配だったのだ。

 

「達也、怖くないの?」

「実験が?」

「うん、僕は怖いよ。達也にもし何かあったらどうしようって不安で溢れてる」

 

実験に対してまったく恐れを抱いていない弟に、僕はより不安を覚えていた。

 

「心配しなくても大丈夫だよ。母さんの腕は信用してるし、たとえ失敗しても克也と深雪がいる。俺たちの仲は変わらないだろ?」

「当たり前だよ。俺たちはいつも一緒だ」

「分かってるじゃないか。そろそろ僕も準備しないとね。深雪を頼む。今あいつは【克也に絶賛甘えたい症候群】に感染している」

「深い話の後にそんなこと言う?」

「気分が軽くなるだろ?」

 

実験を受けるより他人を心配する弟の優しさに、何とも言えない気持ちになるが安心できるから不思議だ。それから少し話をした後、達也と別れ深雪がいる母の部屋に向かった。

 

 

 

ドアをノックし部屋に入ると深雪に抱きつかれた。

 

「克也兄様~!」

「ただいま深雪」

 

笑顔で頭をなでてやると嬉しそうに笑みを浮かべる。母は実験準備のため、既に実験室にいて最終調整に入っている。実験の間は、自分が深雪の世話をすることが母と叔母から命じられた仕事だ。

 

苦ではないので引き受けたが、実験に対する不安はぬぐいきれない。そんな空気が漏れ出していたらしく深雪に聞かれてしまう。

 

「克也兄様?」

「なんでもないよ。これからどうする?」

「葉山さんのところに行きたいです!」

「じゃあ、行こうか」

 

部屋を出ようとすると、自分の左腕に深雪が嬉しそうに抱きついてくる。笑みを浮かべながらそのまま葉山さんのいる場所に向かった。

 

 

 

 

 

2時間後、母さんが疲弊しきった表情で実験室から出てきたので、駆け寄って声をかけようとすると叔母に止められた。

 

「叔母上?」

「今はゆっくりさせてあげて。かなり疲れ切ってるから」

「実験は成功したんですか?」

「もちろん貴方の母ですよ?失敗するわけないじゃない」

 

叔母の返答に一安心する。

 

「達也に会うことはできますか?」

「大丈夫よ。まだ麻酔の影響下で眠っているけど直に目を覚ますわ。最初に会いたいのは貴方でしょうから側にいてあげなさい」

 

叔母が去り紅林さんが実験室から出て、達也以外がいなくなった実験室に入ると、簡易ベッドの上に、病院で診察を受けるような服を着た達也が横たわっていた。顔色を見る限り不審な点は見当たらず、実験に成功したのは事実だと自分の目で確かめた。

 

本当に感情を失ったかは話さなければ分からない。眼が覚めるまで僕はしばらく待つことにした。

 

 

 

眼を開けると、そこは横たわる前に見ていた天井だった。頭の中に靄がかかったような感覚に襲われるが、これが感情を失ったという結果なのだろうか。

 

寝息が聞こえてきたので左に顔を向けると、兄である克也がベッドに寄りかかりながら眠っていた。しばらく見ていると視線を感じたのだろう。克也が目を覚ました。

 

「達也!気分はどう?」

「悪くないけど不思議な感覚だ」

「不安はある?」

「不安?何に?」

「これからのこととか感情を失くしたことに」

「そんなものはない。いや違うな。不安という感覚がどんなものなのか分からない」

 

その言葉を聞いて、克也は達也が本当に感情を失ったのだと確信した。すると涙が溢れてきた。

 

「克也、何故泣く?」

「悲しいんだ。達也の中から自分と深雪がいなくなるんじゃないかって思うと」

「悲しいという感情がどんなものなのかは分からないが、心配することはないよ克也」

「達也?」

 

達也は穏やかに微笑みながら話してくれた。

 

「自分の中に残った唯一の感情、〈兄妹愛〉がそんなことをさせることはない。何があっても離れることはないさ。俺たちは兄弟で兄妹なんだから」

「うん、そうだね。これから3人で力を合わせていこう」

 

弟に慰められ、僕は微笑みを浮かべた。

 

「それはいいんだけど達也、深雪が達也に慣れてくれるかな?」

「…問題はそこだよ。まともに話したことないし、話させてもらえてないからどう接したらいいか分からない」

「時間が解決することもあるって叔母上が言ってたから、いつかは大丈夫だよ。明日から一生懸命魔法と体術の練習しなきゃ」

「うん、そうだね。明日からは忙しくなるよ」

 

僕たちは日が暮れるまで楽しそうに会話を続けた。

 

 

 

 

 

それから6年が経った夏休みのある日。日課の体術の練習を終えシャワーを浴びた後、2人が廊下を歩いていると、落ち込みながら歩いてくる亜夜子に出会ったので話しかけた。

 

「おはよう亜夜子。どうした?」

「…克也さん・達也さん、おはようございます。特に理由は無いので大丈夫です。それでは」

「ストップ」

 

克也が立ち去ろうとした亜夜子を引き留め、達也が理由を聞き出す。

 

「つまり自分の魔法をどう使ったらいいのかわからないと」

「はい。四葉家分家の一つ黒羽家の魔法師ともあろう者が、突出した魔法が使えないなんて笑えますよね」

 

あまりにもネガティブ思考なので克也は対応に困っていた。何度も顔を合わせて会話をしている仲だが、これほど落ち込んでいる亜夜子を見たのは初めてだった。

 

「誰にだって得意不得意はあるから、落ち込む必要は無いんじゃないかな」

「達也、その言い方は親父臭いよ?」

「うっ、この歳で言われるのは辛いな…」

「大人びているって意味なんだけど伝わらなかった?」

「12歳に使う言葉じゃない」

「四葉だから成長が早いってことで」

「…克也も親父臭い」

「ギャフン!…酷いよ達也」

「お相子だ」

 

克也と達也の仲の良いやり取りに、亜夜子の顔にも笑顔が浮かんでいた。意図した結果ではなかったが、2人は亜夜子が明るくなってくれたので良しとした。

 

「まずは亜夜子の魔法特性を知ることから始めた方が良いかもね」

「そうだな。亜矢子、調整室に来てくれ」

 

数十分後、四葉家のCAD調整室で亜夜子の魔法特性を測定した達也は、自分と似た魔法を亜夜子が使うと知り、分かりやすく実演してみせた。亜夜子がそれを見よう見まねで魔法を発動したところ、あっさりと会得してしまった。

 

「…達也、これはとんでもない才能だよ」

「…俺も同感だよ克也」

 

亜夜子が魔法の練習をしている間、2人は呆気にとられながら見ていた。

 

「でも、まだまだ魔法式が荒い。魔法式を調整しないとダメだね。俺が魔法式を造り替えるから達也はCADをよろしく」

「任せろ」

 

これが《極致拡散》を使う黒羽亜夜子の誕生秘話であり、達也を単なる欠陥品だと認識できなくなる事件の発生起源である。

 

 

 

 

 

それから時はまた流れ、克也と達也は本格的な実戦を経験するようになっていた。陸軍出身の体術の講師に2人掛かりで挑むと、白旗を上げさせることができるようになるほどまで、2人の技が極められていた。

 

1人では太刀打ちできない相手と戦っている克也を、深雪は遠巻きに見るのが好きだった。絶対に勝てない相手にも必死で食らい付き、何度背中に土をつけられようと10m以上も吹っ飛ばされようと、先ほどより速い動きで立ち向かう。そんな姿を見るのが深雪の楽しみだった。

 

不満があるとすれば、内心を伺えないような表情で中学校と家を登下校する間、ずっと後ろを歩く兄がいることだろうか。

 

何故こんな人が私のガーディアンなのでしょう。叔母様の考えを教えていただきたい。

 

達也兄さんが私のガーディアンに任命されたのは、中学入学と同時だった。ボディーガードとガーディアンの違いは理解しているけど、感情を普段表に現さないこの人が自分のガーディアンだとは思いたくもないです。

 

何故克也兄様でないのか。何故まともな会話を一度もしていない兄さんがガーディアンなのか。不服に思ったのは幾度となくあります。

 

そもそもボディーガードとガーディアンの違いは、明確に分かれている。ボディーガードは食べるために護衛対象を守り、金銭を得る。一方ガーディアンは護衛対象を守るために食べる。金銭など必要なものは、その都度上からその度に与えられる。

 

つまり命をどのように捨てるのかが、この2つの違いなのだと私は思っている。

 

ガーディアンは護衛対象が解任した時に初めて自由の身となる。兄の解任は私の自由だけど、高校に入るまでは解任してはならないと叔母様に命じられているため、私はあの男性から逃れることはできない。

 

ここ最近、克也兄様から愚痴を聞くことが多くなりました。「叔母上に溺愛されすぎて困ってる。どうにかしてほしい」と言われても私にはどうすることもできません。子供を授かる能力を失った叔母様の心中は計り知れないけど、同じ【固有魔法】を使える血の繋がった家族がいるのであれば、溺愛してもおかしくはないでしょう。

 

中学1年生で150cmもある身長ですから、叔母様と隣り合わせに立つと、10cmほどしか身長差がありません。そんな克也兄様に叔母様が抱きついて、心底嬉しそうにしているのを見ると幸せそうだと思うのだけれど、抱きつかれてげんなりしている克也兄様を見ると、どう反応したらいいのか迷ってしまう。

 

来週から2週間の沖縄旅行がある。達也兄さんが来るのは残念だけど克也兄様がいれば、補って余りあるほどの楽しい旅行になりそう。

 

 

 

 

 

しかし出発の1週間前、「半年前に起こった魔法事故による後遺症で、思うように魔法が使えなくなった克也を沖縄に連れていけない」という叔母様の過保護によって、克也兄様との楽しい沖縄旅行が、真夏の空の彼方へと消え去ってしまった。

 

「連れて行く」というお母様と「リハビリ優先」と言い張る叔母様が激しく喧嘩を繰り広げ、睡眠・食事・入浴以外の時間を割いて3日3晩続いたそうです。

 

克也兄様が「ほぼ回復したから行きたい」というお母様を援護する言葉を発されたのですけど、〈当主命令〉という最強の権限を持ち出されては、2人共引き下がるしかありません。

 

未だに喧嘩真っ最中である双子の姉妹と落ち込んでいる克也兄様を見て、薄い笑いを堪えている達也兄さんと複雑な笑みを浮かべているお母様のボディーガードである穂波さんという、なんともシュールな絵面を傍観している私は嫌な子なのでしょうか。

 

 

 

 

 

沖縄旅行が始まって1日目の夜、私は克也兄様に映像電話で愚痴をこぼしていた。

 

「やっばり私は達也兄さんが嫌いです。何を考えているのかさっぱり分からないんです。何故克也兄様は分かるのですか?」

「何故と言われても双子だからじゃない?」

「…答えになっておりませんが?」

 

中学生になって間もない克也兄様ですが、既に同級生あるいは上級生、さらには別の学校の生徒がわざわざ告白しに来るほどの人気者です。喜ばしいことなのですが、敬愛する私からすれば少々複雑です。そんなモテ男である克也兄様の声と顔を見れるだけで、今日1日の疲れが吹き飛ぶような気がします。

 

「仕方ないじゃん。それぐらいしか思いつかないんだから許してよ」

「…克也兄様の優しさに免じて今回は許しておきます」

「さすがは我が愛しの可愛いリトルシスター」

「か、からかわないでください!」

 

顔を真っ赤にさせて怒鳴られても、画面越しであるとそれほど怖くない。まあ、目の前で言われても「可愛い」としか俺は思わなかっただろう。

 

「冗談はさておき。深雪は達也が何を考えているのか分からないと言ったけど、正直俺にも分からない」

「克也兄様でも分からないのですか?」

「双子といっても達也と俺は性格が真反対だからね。それに達也にはあるもの(・・・・)が不足しているから、分からなくて当然だよ」

あるもの(・・・・)…ですか?」

 

意味が分からないというふうに聞き返してくるが、達也の事情を知らなければ分かるはずもない。深雪は達也が人造魔法実験を受けたことを知らず、感情の起伏がない不気味な人としか認識していない。幼い頃から面と向かって会話もしたこともなく。ましてや会わせてもらえなかったのだから知る機会もなかった。

 

深雪を達也に会わせなかったのは、淑女としての教育をするためだったらしいが俺には方便に聞こえる。

 

「今回の旅行は深雪に達也のことを知って貰うために、母さんが計画した家族旅行の予定だったんだ。俺がいないのが唯一の計算外だけど」

「お母様がそんなことを…」

「だから達也のことを知ってほしいって…イタッ!水波、つねらないで。分かった行くからあと1分で行くから。そんなに腕を引っ張らないでって千切れる!」

 

電話越しに叫び始める克也兄様に疑問符を浮かべていると、画面外に消えていた克也兄様が疲れた顔をしながら戻ってきました。

 

「ということで俺は訓練とリハビリに戻るよ。じゃあねマイハニー」

「んなっ!」

 

ドストレートな家族愛を爆発させられ、噴火1歩直前で硬直していると、こちらの気持ちを知ってか知らずかは分からないけれど、克也兄様は一方的に電話を切った。

 

「いくら血を分けた兄でも、その顔と声と台詞は反則です克也兄様!」

 

兄に対する不満をぶちまけながらも深雪の顔はにやけており、就寝のためにベッドに入った後も嬉しそうで、なかなか寝付けなかったと記しておこう。

 

一方克也といえば、何故か水波に物理障壁の訓練を強制的に教えさせられていた。

 

 

 

 

 

2週間後。母さん・達也・深雪は、本家に帰ってきたが表情は重く暗かった。詳しい事情を知らなければ、大亜連合の侵攻によって被害を受けたことによるストレスだと思っただろうが、実際はそうではなかった。

 

達也が後に戦略級魔法として認定される質量爆散(マテリアル・バースト)を使った際に、大量の大亜連合艦隊からの艦砲射撃から達也を守るため、穂波さんが命を落としたと出迎えた時に聞かされた。俺は調整したばかりのCADを落下させ、水波は泣き崩れてしまった。

 

俺にとっては一回り以上歳の離れた姉的存在であり、水波にとっては遺伝上叔母にあたる人物が亡くなったのだ。涙を流しても誰も文句は言わないはずだ。

 

遺灰は穂波さんの遺言通り海に流されたが、母さんの要望で四葉家でもう一度正式な葬式を行った。分家を参加させなかったのは、穂波さん個人とそれほど関わりがなく達也に気安く声をかけていることに対して、分家から批判の声が上がっていたためである。

 

穂波さん自身「何を言われようと達也君は達也君です。欠陥品だろうとそうでなかろうと私の接し方は変わりません」と言ってくれたことを嬉しく思い、また申し訳ないと思った。だが本人が望んでいるのだから、自分たちが何かを言うのはお門違いだ。

 

穂波さんの葬式を行った日、俺は水波と同じベッドで寝ていた。水波がなかなか泣き止んでくれず、そのままこの時間まで来てしまったという次第だ。未だにぐずっている水波の頭をなでているとポツリと話してくれた。

 

「穂波様がいなくなっても、私たちは何も変わらないのですよね?」

「もちろんだ。俺たちは絶対に穂波さんを忘れない。記憶に留まらず、魂にまで穂波さんの優しさは染み込んでる。だから俺たちが死のうと穂波さんが死のうと消えることはないよ」

「はい。それより気になるのは深雪様と達也様の関係です」

「あの変化には驚いたな」

 

水波が言いたいのは、深雪が達也に向ける感情が180度変わったことだ。今では達也のことを「達也お兄様」。挙げ句の果てには俺のことを「克也お兄様」と呼ぶようになっていた。何があればそこまで変わるのかと思っていると、深雪が「自分が死にかけたときに助けてくれた」と話してくれた。死の淵から戻った深雪は、自然と達也のことを「お兄様」と呼ぶようになっていたらしい。

 

一緒にいれば段々と深雪が達也に心を開いていくと俺は予想していたのだが、まさかそんな形で関係修復に至るとは思っていなかった。〈死にかけていたときに助けてくれた男子に恋する少女〉のようなフィクションでしか起こらない事態が現実で発生したとなると、この先2人がどのようになっていくのか想像もつかない。

 

達也も嬉しそうにしているので、俺は口出しできないし母さんだって微妙な顔をしているのだ。まあ、そのせいで叔母上が深雪に負けないとでも言うかのように、これまで以上の「愛」を注がれるようになったことが唯一の問題点だ。

 

「お休み水波」

「お休みなさいませ克也様」

 

今頃深雪も達也と同じベッドで寝ているのだろうと予測しながら、俺は深い眠りの淵に落ちていった。



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死別

3人が沖縄から帰ってきた後、克也は魔法の練習に打ち込むようになった。4ヶ月経った今では、これまで以上に魔法を使えるようになっている。

 

世界でも10人しか使えない《地獄の業火(ヘル・へイム)》を筆頭に、《回復(ヒール)》や《流星群》など強力な魔法を自在に操り、振動系加速魔法を得意とするようになっていた。《ムスペルスヘイム》も容易く発動させ、研究者や深夜・真夜にも驚かれていた。

 

 

 

クリスマスイブの日に俺は母から呼び出しを喰らっていた。自分の中では何もしていないと思っているのだが、無意識のうちに何かをしでかしていたのだろうか。何とも言えない不安が胸の中で渦巻く。

 

母の自室のドアをノックし中に入ると、研究資料に眼を通していた母が振り向いた。

 

「忙しい中悪いわね」

「分かってるなら早くして欲しいんだけど」

「ならその椅子に座りなさい」

 

そう命じる母の声は穏やかで優しい。怒られるのではないと少し安心した。

 

「話って何?母さん」

「それよ」

「は?」

 

俺は惚けていない。本当に意味がわからないのだ。

 

「どういうこと?」

「母さんの呼び方よ。何で真夜は敬語で母さんには標準語なの?」

「何でって言われても。叔母上は当主だから自然と敬語になっちゃう。母さんはよく分かんない」

「深雪は敬語を使ってくれるのに…」

「それは淑女としての教育を母さんがしたからでしょ。比べるのは間違ってるよ」

 

達也と深雪は中学校が今日ようやく終わったばかりなので本家にはいない。俺は四葉家当主の息子として世間に発表されているため、2人とは同じ中学には通えていない。正直に言えば一緒に通いたいのだけれど、関係性を疑われるようなことになってはならないため我慢している。

 

「私の勘違いだったのね。もう戻っていいわ」

「え、これだけ?」

「そうだけど何か文句でもある?」

 

そんな風におどける母に俺は叫んで文句を言った。

 

「ありまくるわ!俺さっきまで四音(しおん)先生の授業受けてたんだよ!?これだけのために懇願してまで来たのに、戻ったらどんなことされるか分かんないんだけど!」

「母さんの気のせいだったってことにしといて」

「雑!え、何?俺を困らせたかったの?性格悪すぎるんですけど!」

 

俺の怒りに眼も向けず研究資料に没頭する母さんが、右手で出て行くように指示した。行き場のない怒りを溜め込みながらトボトボと部屋を出て、足取り重く四音先生の授業に戻った。

 

授業に戻ると予想通り面倒なことになり、余計にストレスが溜まったので体術の先生をフルボッコにした。ついでに《流星群》を裏山でぶっ放し、山体崩壊を起こさせ叔母上に怒られるという負のループに陥ってしまった。

 

 

 

 

 

母さんはその日から実験を繰り返し続け、翌年の夏前の実験途中に突然倒れた。

 

「「母(姉)さん!」」

 

実験に参加していた俺と叔母上は、突然気を失った深夜に駆け寄り話しかけたが返事はなかった。

 

「顔色は悪いし呼吸も荒い。まずいよ叔母上、急いで医者を。誰か担架を早く!」

 

魔法ではなく担架を持って来させたのは、魔法によって悪影響を与えないためだ。研究者たちが持って来た担架に母さんを乗せ、集中治療室に搬送し医者が来るまでの間、可能な限りの処置を施す。

 

そのおかげもあってか医者が到着するまでに、母さんの容態はそこそこ落ち着いたが、危険な状態にあるのには変わらなかった。医者でも原因が分からなかったので、俺はもう一つの《異能》を使うことにした。

 

焦点の定まらない眼で母の想子体を視るが、特に目立った障害はない。何に原因があるのか分からないので、さらに深くまで潜ることにした。

 

「克也!」

 

叔母上の声に俺の意識は現実世界に戻り、額には大粒の汗が浮かび、呼吸は荒く疲労感が感じ取れた。

 

「克也、何か分かったの?」

「…母さんはもう駄目かもしれません。今生きているのが不思議なくらいに弱っています」

「…どういうこと?」

「俺の《全想の眼(メモリアル・サイト)》は想子を視ることができる能力なので、想子と繋がっている精神を視ることができます。今の母さんの精神構造体は虫食い状態に近いんです。俺の《回復(ヒール)》でも達也の《再生》でも治せないところまで進行しています」

 

俺の報告に叔母上は受け入れられないとでも言いたそうな表情をしていた。

 

「母さんはこの半年の間に精神を過剰に行使しすぎたようです。故・四葉元造と同じ状態に近いと思われます」

「魔法演算領域のオーバーヒート…」

「はい」

 

叔母上の呟きに俺も同じように答えると母さんが目を覚ました。

 

「真夜、私は…もうダメ。…後のことは…頼むわ…」

「何を言っているの姉さん!これからじゃない!」

「いいえ、もう十分生きた…わ。心残りなのは…孫の…姿を…見れないことかしら」

「姉さん…」

 

苦しげに話す母さんを見て俺は覚悟を決めた。今すぐにも母の命の灯火が消えようとしており、別れが訪れかけているのだと。

 

「克也、顔を…見せて、もうあまり…見えないから、近くに…来て」

「母さん…」

 

俺は母さんの右手を両手で握りながらしっかりと眼を見つめた。

 

「この先…苦しいこと悲…しいことたくさん…あるだろうけど、3人で…乗り越えなさい。長男と…して達也と…深雪を守っ…て。それ…からあまり…愛して…あげられ…なくて…ごめんね?真夜にとら…れてたのも…あるけど…長男だから…我慢しなさい…って言って…構って…あげられなかった。ごめんね?」

「そんなことないよ母さん。俺は母さんの愛を感じてただから気にしないでよ…」

 

息も絶え絶えに最後の力を振り絞って話す母さんに、俺はただ安心させるような簡単な言葉しかかけれなかった。

 

「ま…や、3人を…よろしく…。必ずりっ…ぱな魔法師に…してね?最後の約束よ?」

「ええ、約束するわ。3人とも偉大な魔法師に、日本を世界を代表する最強の魔法師に育ててみせるわ」

 

叔母上はしっかりと頷いて母の左手を握った。

 

「克也…顔をもっと…見せて?」

 

母さんの要望に応えるように顔を近づけると、母さんが俺の額にキスをした。

 

「今のは?」

「それ…は秘密。これが使…われない…のを願って…いるけど、もしか …したらある…かも。克也・真夜、さよなら…」

 

母さんはその言葉を最後に眼を閉じ、繋いでいた手から力が失せやがて呼吸が止まった。心肺停止を知らせる警報が鳴り響くが、俺からすれば遥か遠くで鳴っているような気がした。

 

叔母上は母さんの亡骸にしがみつきながら大泣きし、しばらくの間離れることはなかった。葉山さんが叔母上を自室に連れて行き、俺も強制的に自室へと向かわせられた。達也と深雪への連絡は自ら送るとお願いし、俺に一任された。

 

 

 

達也と深雪はその頃、本家に帰省する準備を終えてリビングで一息付いているところだった。突然四葉からの秘匿回線の呼び出し音が鳴り、出ると悲しみに満ち溢れた表情をする克也が映し出された。

 

「克也、どうしたんだ?」

『悲報だ達也・深雪』

 

表情通りかそれ以上の悲しみの声が聞こえてきた。

 

「悲報?」

『ああ、俺たちにとっても四葉家にとっても』

「一体何があった?」

『…母さんが死んだ』

 

一拍遅れて答えた克也の言葉に2人は驚愕の表情を浮かべた。

 

「なんだ…と?」

「嘘…」

『信じたくない気持ちはわかるだけど事実だ』

「いつ亡くなったんだ?」

『1時間前だ。どうすることもできなかった』

「…分かった。可能な限り早く戻る」

 

達也は悲しげに俯く深雪の肩を抱きながらそう伝えた。

 

『いや、もうそっちに迎えが行ってるから到着次第こっちに戻ってきてくれ。葬儀は明日執り行うからその準備が必要だ』

「分かった」

 

互いに悲しげな表情で電話を切った。

 

 

 

 

 

翌日、深夜の葬儀が盛大に執り行われ、分家も使用人も全員が参列し、深夜の死は四葉内だけに留められることになった。出棺の時になると深雪が泣き始める。

 

「深雪、好きなだけ泣くんだ。誰も怒らないから気が済むまでいつまでも」

 

克也が深雪を抱き寄せると、深雪が声を押し殺しながら胸にすがりつき嗚咽を漏らし始めた。克也も泣く一歩手前まで来ていたが、長男として泣くわけにはいかないと気合いで涙を抑えていた。

 

「克也は泣かないのか?」

「泣きたいさ。でも母さんは笑って見送ってほしいって言うだろうから泣かないでいるんだ。達也はどうなんだ?」

「家族を失うという悲しい気持ちがこういうものなのだと知ったのは2回目(・・・)だ。心が締め付けられるそんな気がする」

「ああ、それが悲しみという感情だよ達也」

 

深夜が亡くなった日の空の色は、名前の通り夜が深くどこまでも広がっていた。

 

 

 

葬儀が終わった日の夜、克也は真夜に呼び出されていた。真夜の自室に向かい部屋に入ると、項垂れた真夜の姿があった。

 

「克也、来たのね」

「ええ、無視なんてできませんから」

「泣かないの?」

「泣きたいですよそりゃ。でも俺は母さんの子供であり長男です。強くいなければなりません」

「時には弱いところも見せるべきよ。来なさい克也」

 

言われた通り叔母上が座るベッドの前まで来ると、突然叔母上は俺の顔を自分の胸に抱え込み泣き始めた。

 

「叔母上?」

「泣きなさい克也。泣きたい時には泣く。そう深雪さんに言ったのでしょう?なら貴方もここで泣きなさい。抱え込むのは許しません」

 

その言葉を聞いた瞬間、今まで溜め込んでいた気持ちがどっと溢れ出し、生まれて初めて大声を出して嗚咽を漏らして泣いた。何度も何度も母を呼び、叔母上にしがみついた。叔母上も同じように涙を流しながら俺を抱き締めた。

 

それから2人はほぼ同時に泣き止み、そのまま布団に倒れ込み眠ってしまった。克也の寝顔はスッキリとしており、不安や躊躇いが全て消え去ったかのような表情だった。



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12章 襲来編
第82話 祝言からのデート1


【レプグナンティア】の本部を崩壊させたことで、反魔法師運動は一時的ではあったが急速に衰退していた。魔法の力に恐れたというよりは、【レプグナンティア】を後ろ盾にして活動していたり、追随する形で活動していた小規模・中規模な団体が、強力な盾がなくなったことで、表立って活動できなくなったのだと解釈するべきである。

 

【レプグナンティア】も本部を失ったことで解散に追い込まれた。本部に出入りしていなかった所属者は、行き場を失ったかのように思われていた。しかし自分たちの思想を他の団体に持ち込み、【レプグナンティア】のような団体をもう一度復活させようとしているらしい。

 

といっても早々に造りあげるのは不可能だという見解を〈十師族〉はまとめ、当面の間は監視に留めると決定した。

 

 

 

 

 

紆余曲折があったが年が明け、水波が卒業し深雪が18歳になると同時に、婚姻の義が行われることになった。そして今克也と達也は控え室にいたが、特に達也が落ち着きなくそわそわしていた。

 

「達也、落ち着きなよ。今からそんな緊張してたら最後まで保たないぞ」

「とは言っても不安だ。こんな経験は初めてだからな」

「そこまで達也が緊張するなんてな。じゃあエリカでも連れてこようか?」

「…それは一番マズい。一生笑い話にされるからそれだけはやめてくれ」

 

心底やめてほしそうだ。克也も本気で連れてこようとは思ってない。元々連れてくる気も無かったし、この先からかわれることになるかもしれないと思っていた。3人とも婚姻式には高校時代の友人を含んで行いたかったのだが、真夜に身内だけで行いたいという要望で、仕方なく3人が折れたという経緯だ。

 

友人たちを呼ぶとなると四葉の分家の存在がバレて、文弥や亜夜子も生活しにくくなるのが予想できたので反対はしなかった。友人たちがそんなことを他人に口走ることはないと分かっていたが、念には念をということだろう。記念写真さえ送ればいいということになり今に至る。

 

「深雪のウエディングドレス姿を早く見たいだろ?」

「眼にしたら全員が卒倒して式自体が中止になるかもな。水波の姿も見たいだろ?」

「待ち遠しい。今すぐにも卒倒しそうだ」

 

身悶えし始める兄に微妙な笑みを浮かべながらも、達也は嬉しそうに見ていた。互いが最も愛する女性と正式な夫婦になれるのだから、少しぐらい羽目を外しても何も言われないだろう。

 

「克也様・達也様、式の準備が整いました。お二方もご準備をお願いします」

「「分かりました」」

 

知らせに来てくれた葉山にお礼を言いながら立ち上がる。

 

「達也、生涯最高の思い出にするぞ」

「当たり前だ。この日のために全てを注いできたんだからな。最初からそのつもりだ」

「じゃあ、行こうか」

「ああ」

 

互いに拳を軽くぶつけ合い気合いを入れ直す。

 

 

 

達也と深雪の式は、深雪の美しさに神父が見とれてしまったことでぎこちなく始まったが、何事もなく終わり次はいよいよ克也の番だ。達也には茶化すように笑って言ったが、いざ自分の番となると異常なほど緊張してきた。緊張を紛らわせようと深呼吸して落ち着かせる。

 

オルガンの音色が鳴り響き、ウエディングドレスで着飾った水波が、葉山と一緒にゆっくりヴァージンロードを歩いてくる。数分をかけて歩き終わり克也の隣に並ぶ。

 

『これより司波殿、桜井殿の結婚式を執り行います』

 

神父が克也に誓いの言葉を問いかける。

 

『汝司波克也は、この女桜井水波を妻とし、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み、他の者に依らず、死が二人を分かつまで、愛を誓い、妻を想い、妻のみに添うことを、神聖なる婚姻の契約のもとに、誓いますか?』

 

「はい、誓います」

 

次に水波に問いかける。

 

『汝桜井水波は、この男司波克也を夫とし、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み、他の者に依らず、死が二人を分かつまで、愛を誓い、夫を想い、夫のみに添うことを、神聖なる婚姻の契約のもとに、誓いますか?』

 

「はい、誓います」

『指輪の交換を行います』

 

水波の細く優しい左の薬指に、克也がシンプルなシルバー色の指輪を滑り込ませる。今度は水波が克也の左の薬指に同じ色の指輪をはめる。その後、神父に向き直る。

 

『誓いのキスを』

 

互いに向き直り、水波が少し腰を下ろしベールを捲りやすくしてくれた。ベールを捲ると横から見ては分からないが、正面から見ると顔を真っ赤にしているのがわかった。

 

その表情を見ると2つの意味で克也も少し頬を紅潮させてしまう。恥ずかしがっている水波と同じように恥ずかしさで紅潮し、美しい姿に見とれて紅潮させる。

 

顔を近づけると、恥ずかしながらも待ち望んでいるかのような光を眼に浮かべる水波に萌えるが、我慢して桜色の唇に自分の唇を軽く押し当て離す。

 

『これにて2人を夫婦と認めます』

 

神父がそう宣言すると、参列者から惜しみなく拍手が送られ式は滞りなく終了した。

 

 

 

式終了後、克也たち4人は別室に移動していた。克也と達也は慣れぬ雰囲気に疲弊しきっていたのとは対照的に、深雪と水波は幸せ満開だった。少しばかりの休憩をしていると、いつも着ている色とは対照的な白いドレスを着た真夜が、ホクホク顔の葉山を連れて入ってきた。

 

2人がいなければ真夜が主役とでも言える雰囲気を纏っているので、何故か2人は対抗心を燃やしていた。

 

「4人ともお疲れ様」

「「「「ありがとうございます」」」」

 

真夜の労いに4人が同時にお礼を述べる。

 

「式が終わったのだから次は子供ね。4人とも頑張って!」

「…叔母上、ついさっき式が終わったばかりなのにもうそれを言うのですか?いささか早すぎますし、はしたなくありませんか?」

「同感です叔母上」

「あらそうかしら?2人は嬉しそうに顔を赤くしていますけど」

 

2人を互いが見ると顔を真っ赤にして俯いていた。

 

「「喜んでいるんじゃなくて恥ずかしがっているんです」」

 

克也と達也がハモって抗議するが、真夜は楽しそうに笑うだけでまともに取り合わない。その様子に2人はため息をついた。

 

「冗談はさておき。本当に子供を楽しみにしているのは事実ですよ?」

「分かっていますよ叔母上。俺たちだって待ち望んでいますから。でもまだ早いです。もう少し自分たちだけの時間を過ごさせて下さい」

「もちろん2人きりの時間を思いっきり楽しみなさい。子供が生まれれば、そんな時間を割くことは出来ませんから」

 

真夜はそれだけ伝えて出て行く。葉山は記念写真を撮るために首から提げていた高級そうなカメラを、満面の笑みで見せてきた。

 

葉山曰く「このカメラ写真に収めたく自腹で年明け頃に買った」らしい。嬉しそうなので克也たちは「気が早い」とはツッコめなかった。

 

 

 

その日の夜、克也は水波と達也は深雪と同じ部屋の同じ布団で眠ることにした。それぞれが望んでいたことで、誰にも邪魔されない式の日の夜なのだから、くっついていたかったのだ。

 

「水波、ようやく俺たちは夫婦だ。もう遠慮や心配は何一つする必要は無い」

「はい、克也様と理想の生活を送ることが出来ます」

 

互いに見つめ合いながら愛の言葉を交し合っていると、水波が恥ずかしそうに聞いてきた。

 

「そ、それで子供はどうされますか?」

「そんなに焦らなくてもいいよ。今は俺たち2人だけの時間をゆっくりと過ごそう」

「はい!」

 

克也が優しく微笑むと、水波は嬉しそうに克也に抱きつき胸に顔をうずめた。

 

 

 

 

 

翌日、四葉家から日本魔法協会本部を通して魔法社会全体に通告がなされた。

 

『当主 四葉深雪が司波達也と婚姻の義を挙式』

『また同じくして司波克也が桜井水波と婚姻の義を挙式』

 

祝言が多方面から送られ、吉田家・千葉家・北山家からは特に祝われた。偶然帰国していたレオや魔法大学に通うほのか・雫・幹比古と交際中の美月・壬生や桐原など。交友関係のあった友人から祝いの品として、あらゆる物品が送られ整理に1週間を要した。

 

 

 

 

 

晴れて夫婦になってから時が過ぎて5月半ば。大型のショッピングモールに、水波が新しくエプロンと少し早いがワンピースを買いたいと言いだしたので、克也は快く引き受けて来ていた。

 

使用人に頼めば買ってきてくれるというのに、何故わざわざここまで来たのか。水波による自分の眼で確かめたいという欲と、デートをしたいという克也に甘えたい欲による合体技だった。

 

一度水波は克也を困らせたくて、〈ミラージ・バット〉のコスチュームを深雪から借りて、目の前に現れたことがあった。克也がそれを眼にした瞬間に鼻血を噴水のように噴き出させ、「水波の可愛さによる出血多量死」という謎の死因が発表されることになりかけるという事件が発生したため、それ以来あまり困らせないようにしていた。

 

 

閑話休題

 

 

水波は普段から、それほど高級なエプロンやワンピースなどを着ない。近くの服屋などで売られているものを着ている。浦賀から渋谷は少しばかり遠いが、コミューターなら1時間弱で行ける。だが今回は少し足を伸ばして渋谷まで来ていた。

 

大型ショッピングモールにある服屋で、水波が手に持ったエプロンとワンピースを少し恥ずかしそうに克也に見せていた。

 

「克也様、これは如何でしょうか?」

「似合うと思うけど、着てみないと分からないかな。試しに着てみたら?」

「分かりました。少々お待ち下さい」

 

克也の言う通りに、水波がエプロンとワンピースを何着か持って、試着室に入っていく後ろ姿を克也は優しく見送る。周囲を見渡して近くの椅子に座り、着替えが終わるのを待つことにする。

 

そんな連れがいるなど露知らず、座っている克也を買い物をしている通りがかりの女性たちがこっそりと見ていた。カップルだろうと1人だろうと自然体で待つ克也に、女性は年齢層に関わりなく見とれる。何故かそこだけ別の空間になっていた。

 

克也は自分に向けられるものならともかく、信頼できる人間に向けられる視線でさえ感じ取る。一つ一つ誰から誰に注がれているのか正確に見分けられるのだから、否応なく視線を向けられれば嫌でも気付く。

 

その視線が邪だろうと憂いだろうと何であろうとだ。

 

女性店員が水波の着替えが完了したことを伝えに来たので、女性客の視線を無視して試着室に向かう。ドアが開かれ、優しいオレンジ色に、極薄い緑のフリルがあしらわれたエプロンを着た水波が立っていたのを見て、克也は一瞬息が止まったがすぐに立ち直った。

 

「どうでしょう?」

「よく似合ってて可愛いけど、もう少し色が濃くてもいいかな。これとかいいんじゃないか?」

 

克也は試着室の外に置いてあったピンク寄りの赤色のエプロンを渡すと、水波はそれを受け取ってドアを閉めた。

 

水波は自分で着飾るのをそこまで好まない。女子としてのプライドはあるので、それなりにはオシャレもするが、水波が着飾るのは克也のためであり、克也にふさわしい女性でいたいという感情によるものだ。

 

克也は水波が自分に褒めてもらいたくて、オシャレに着飾っているのだと知らない。克也は水波が喜んでいるのが好きなのだ。2人の感情はあまり噛み合ってはいないが、何故か互いの想いが上手く交差しているという現象が起こっており、謎は深まるばかりだ。

 

水波が引っ込んだのを確認後、先程の女性店員が小声で話しかけてきた。

 

「お客様にご相談があるのですが少しよろしいでしょうか?」

「場所を変えますか?」

「ではこちらにお願いします」

 

試着室から5m程離れた場所に移動してから聞いた。

 

「それでご要望とは?」

「もしよろしければお連れ様がお買い上げになったワンピースを、そのままお召しになってもらえないかと思いまして」

「まだ買うと決めたわけではありませんが。ここに売られているワンピースを着て、このショッピングモールを歩き回って欲しいということですか?」

「はい。その分値段はお安くさせて頂きます」

「撮影や広告に使うのは駄目ですよ?」

「もちろんでございます!お客様のプライバシーを損なうようなことは一切いたしません!」

「では喜んで」

 

営業目的であっても、こうやって客の心をくすぐる店員の腕に克也は感心した。克也や水波が四葉関係者だと知らないと確信した理由は、客対応がマニュアル通りだったからだ。普通なら怯えて口ごもったりするはずだがそれが一切無かった。

 

克也の懐は、〈トーラス・シルバー〉の功績や四葉からの支給でかなり温かい。水波の服を10や20(高級な宝石などを除く)買ったところでさしたる影響はない。

 

だが割引サービスしてくれるのであれば、節約にもなるし何より普通に嬉しい。

 

「どうでしょうか?」

 

着替え終わった水波が声をかけてきたので振り返ると、今すぐ抱きしめたくなるほどの可愛さで溢れていた。

 

「…それは反則だよ水波。それは買っておこう。それと水波、ワンピースもいくつか買っていいよ」

「宜しいので?」

「水波も俺のお財布事情は知ってるだろ?だから気にせず買いなさい」

「ではお言葉に甘えて」

 

それから15分間、水波は何度か着替えて2枚のワンピースを克也に渡した。克也がエプロン3枚とワンピース2枚をレジに持って行き、合計金額が10万円を超えたが克也は表情一つ変えなかった。財布から取り出したカードでの一括払いを頼んだ。

 

さすがの店員も頬をひくつかせたが、思いがけない上客に巡り会えたことで気分を良くしたらしい。何も言わずカードを受け取り、買い上げたワンピースを着た水波を連れて店を出て行く克也を、満面の笑みで送り出した。

 

 

 

余談だが克也が掲示したカードはブラックカードだ。法的に考えれば20歳にもなっていない克也が持てるはずがない代物だ。〈十師族〉や国家に小なり大なりの影響を及ぼす資産家などは、特別に未成年でもクレジットカードを発行してもらえる。そういう事情で、克也と達也は所持しているのだった。



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第83話 祝言からのデート2

店を出て歩いていると、幾つもの視線を向けられるが不快な視線ではないので、2人ともそこまで気にしていなかった。水波は白色に、明るい赤色の花が幾つも刺繍されたワンピースを着ている。不思議なことにまったく下品に見えない。

 

むしろ年頃の少女の雰囲気を纏わせているので、1人で歩き回っている男性客を振り向かせていた。もちろん克也の一睨みで何事もなかったように前を向くが…。

 

17歳には見えない幼さなので、大人びている克也が横にいると友人たちからすれば犯罪者のように見えてしまうだろう。だが克也が上手くエスコートしているので、お似合いのカップルだと周辺の買い物客は思っていた。

 

 

 

しばらく克也と水波は大型ショッピングモールを歩き回って、久々のデートを満喫していた。ある宝石店で克也が水波を連れて中に入る。そこは高級品を取り揃えつつ、低価格でありながら顧客を満足させる店なのである。

 

「先日ご連絡させて頂いた司波克也です。お願いしていたものを準備願えますか?」

「司波克也様ですね。少々お待ち下さい」

 

克也が田上(たなかみ)と書かれた名札を付けている店員に話しかけると、その店員は恭しく一礼して店の奥に入って行った。

 

「克也様、何があるのですか?」

「秘密」

 

克也は水波の疑問に答えずウインクをして焦らす。しばらく経ってから店員が、何かをお盆に乗せながら戻ってきて、克也に恭しく差し出した。少し大きくシンプルな白色の和紙で作られた長方形の箱を克也に渡し、克也はそれを受け取って水波に渡した。

 

「これは?」

「開けてみて」

 

水波は素直に箱を開けると、中に入っていたものを見て眼を見開き克也を見上げた。

 

「卒業祝いとこれからよろしくって意味の俺からの気持ち。嫌だった?」

「滅相もありません!」

 

克也が恥ずかしそうに聞くと、水波は周りのことを気にせず(忘れて?)叫んだ。克也はサファイヤが埋め込まれて上品に装飾されたネックレスを取り出し、水波の首にかけてから頷き一言呟いた。

 

「分かってたけどやっぱり似合ってる。綺麗だよ水波」

 

その言葉を聞いた水波は、恥ずかしさと嬉しさの感情で爆発し俯いてしまう。克也は店員にお礼を言って、その店から水波を連れて出て行った。

 

 

 

いつの間にか午後3時になっていたので、喫茶店の入り口にほど近い窓際の席に座った。克也はパフェとブラックコーを。水波はチーズケーキとピーチティーを頼み、リラックスを兼ねて休憩していた。

 

「たくさん買って頂きありがとうございます。あのネックレスは高かったのでは?」

「自分の気持ちを形ある物で表したかったからね」

 

克也はそのネックレスを買うために、アルバイトをこの2ヶ月続けた。普通ならしなくてもいいはずなのだが、貯金でも〈トーラス・シルバー〉で得たお金でもなく、自ら働いたお金で買いたかったのだ。

 

バイトを辞める際、店長から時給の2倍の金額を掲示されたがそれも断り辞めた。お礼として自分が四葉家直系だと暴露し、そのアルバイト先を四葉家の傘下に加えたのだった。どうやら魔法師と少なからず関わりがあるらしく、打診すると驚きながらもすぐに手を引いてくれた。

 

「克也様は何故甘い物に苦い飲み物をあわせているのですか?」

「俺は甘党じゃないけどデザートが好きだ。それに苦い物も好きだからコーヒーを頼んだんだよ」

「すいません。少しいいですか?」

 

水波と会話していると話しかけられたので顔を向ける。そこには10人中10人が美人と呼ぶ容姿の整った女性が、ボディガードを2人連れて立っていた。

 

「何でしょうか?」

 

水波との会話を遮られて不機嫌な克也は、言葉にいらつきをのせて聞く。その女性は気にせず(気付かず?)、昔ながらの紙の名刺を渡してきた。

 

そこには某有名芸能人事務所の名前が記されていた。多くの有名人を輩出し、多くの若者がこぞってオーディションを受けに来るようなところだが、生憎克也は全く興味が無いので水波に名刺を渡す。

 

「それで芸能事務所の方が自分に何の用でしょうか?」

「貴方の歩き方や仕草が、芸能人に向いていると思ったから声をかけたの。私の事務所に来ない?」

「オーディションを受けに来ている方々を、優先するべきだと思いますが?」

 

グラマラスな体型で誘惑してくる女性に、克也は無表情に見返して遠回しな拒否をした。水波はその女性を睨んでいたが、克也に気をとられているためか女性はまったく気付いていなかった。

 

「あんな未熟者より自然に動いている君の方がいいのよ。それでどう?」

「折角ですが遠慮させて頂きます」

 

克也が明確に拒否を示すと、ボディガード2人が威圧しようと動こうとした。しかし克也が眼で威圧すると、恐怖で足が動けなくなったらしく硬直していた。本能が逆らってはいけないと恐怖したのだ。

 

「…理由を聞いてもいいかしら?」

「聞かなくても今までの会話で分かるでしょう。俺は芸能界に興味ありません。ましてや芸能界に入りたくてオーディションを受けに来る参加者を、蔑ろにするような事務所に入りたくありません。行こう水波」

 

テーブルで勘定を済ませ、悔しげに歯を食いしばっている女性とボディガード2人の横を抜ける。喫茶店を出て先程水波の服を買った店に向かうことにした。

 

 

 

少し面倒なことがあったが、少しいろいろなところを見て周り、もう少しで目的の店に着くというところで眉を顰めてしまった。その店の近くで、先程の3人組が4人の男を追加して立っていた。どうみても男たちは手荒な仕事に慣れている様子で、芸能界の闇を見た気がした。

 

「さっきはよくも恥をかかせてくれたわね」

「自業自得で自爆だろう。今すぐ俺たちの前から消え失せろ。そうすれば抗議文を送ることはしない」

「土下座をして謝るなら今のうちだけど?」

「こんなところで騒動を起こすつもりか?」

 

俺は女性の言動に徐々にいらつき始めた。

 

「どっかで見たことがあると思ったら、九校戦の中継で見た記憶があったわ。磨き込まれた宝石だと思ったのだけど、綺麗にまとめられたゴミくずだったってわけね」

「お前の言っていることは嘘だな。俺を見たのはさっきのが初めてなはずだ。どうせその取り巻きにでも教えてもらったんだろう?」

 

少し想子を活性化させると、取り巻きは数歩後退りした。

 

「あんたら何をやってるんだい!?魔法師は街中では魔法は使えない!そういう風に出来ているのよ!」

 

どうやらこの女性は、魔法師にまつわる都市伝説を鵜呑みにしているらしい。取り巻きの4人がスタンガンやナイフを取り出し俺に飛び掛かってきた。近くを通りがかった女性の悲鳴が響くが、俺は気にせず最初に向かってきた右手でスタンガンを持つ男の関節を外し、スタンガンを自身に浴びせる。

 

「がっ!」

 

よほど強力だったのだろう。男が一瞬で気を失ったのを確認後、ナイフで斬りかかってくる2人を、魔法を使わず背後に回り込み、うなじに手刀を一発ずつ打ち込んで気絶させた。

 

「もう分かったんじゃないかな勝てないって」

「魔法を使って一般人を攻撃するなんて!」

「魔法は使ってないし正当防衛だ」

 

後退った女性は、両腕を背後に立っていた警官に捕まれ、署にボディガード2人と共に連行された。俺は監視カメラの映像と目撃証言による証拠十分で、5分もかからず解放された。

 

 

 

いろいろ起こったが目的地の店に入ると、数時間前に案内をしてくれた店員が笑顔で迎えてくれた。

 

「お客様のおかげで本日の売り上げが昨日の2倍になっております。本当にありがとうございます!」

「いえ、こちらこそです。少しお願いがあってきたのですが、この店の店主とお話できますか?」

「あ、それ私です」

「貴方でしたか。そこでお話をしたいのですがお時間いただけますか?」

「構いませんよ。では店の奥にどうぞ」

 

案内された店の奥には10人が楽に集えるほどの広さの部屋があり、椅子に座って俺は用件を伝えた。

 

「実は自分、四葉家当主補佐なのですが。このお店を妻が気に入りまして、契約を結んでいただけないかと思っております。どうでしょうか?」

「あの有名な家柄の方でしたか喜んでお受けいたしましょう。この店はまだ一店舗しか展開しておりませんで、なにとぞよしなに」

「ありがとうございます。正式な契約はまた後ほど伺いますのでよろしくお願いします」

 

二つ返事で頷いてくれた店主にお礼を言って俺たちは店を出た。

 

 

 

これを機に深雪やエリカ・ほのか・雫・美月など。高校時代の友人たちがこぞって買いにくるのはまだ先のことである。

 

 

 

 

 

帰宅後、その事務所に四葉家当主のサイン入りの抗議文を送ると、監視カメラなどの証拠もあり、その女性はその日付けで解雇された。



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第84話 合意

4人は新婚旅行もそれぞれ行い、新婚時だけに可能な2人きりだけの時間を5年間過ごしていた。深雪も当主としての仕事をしながら、克也も補佐として国内各地を飛び回りながらも、それぞれの新婚生活を謳歌している。

 

そして克也は吉田家に来ていた。遊びではなく仕事の上での関係でだ。

 

「これでよしっと。じゃあこれを当主様によろしく」

「固いな幹比古は。昔通りでいいんだぞ?」

 

吉田家の家紋が押された書類を受け取りながら、克也は高校時代と変わらない態度で語りかける。しかし幹比古は緊張感が拭えないのか緊張していた。

 

「無理だよ。克也ならともかく、〈十師族〉の当主なんだから対等の立場ではないよ」

「そんなこと言ってるけど、幹比古も吉田家当主なんだから対等と言えるはずだぞ」

 

克也の言葉通り、幹比古はこの5年の間に吉田家の当主を父から継承していた。長男が当主の座を継ぐのが代々の習わしだが、一つだけ例外がある。

 

それは次男・三男、または血縁関係のある男児が本家の長男を超える能力を見せた時にだけ、当主の座は本家の長男ではなくその者が引き継ぐ。

 

「よしてよ僕は当主の器じゃない。精神的な弱さがまだまだ見られるからね」

「それを言うなら俺もだよ。人をまとめる力は俺より深雪の方が上だ」

「僕はそう思わないけど。そういえば深雪さんの調子はどう?」

 

本来吉田家と同盟を結ぶ役割は深雪が対応するべきなのだが、今日来たのが深雪ではなく、克也が自宅に現れたことに幹比古は驚いていた。

 

克也が「理由は後で話す」と言って、結局言った本人と聞いた本人の双方は今の今まで忘れていた。そのため幹比古は思い出したかのように聞いたのだった。同盟を結んだことを証明する誓約書へのサインを終えた2人は、使用人が煎れた緑茶を飲みながら話をしている。

 

 

 

余談だが吉田家は古式魔法の家系であるため、コーヒーや紅茶といった洋風より、緑茶のような和風を好む血筋らしい。克也は緑茶も好きなので、文句もなくありがたくごちそうになっていた。

 

 

閑話休題

 

 

「深雪は臨月だから神経質になってるんだ。こんなことでイライラはしないだろうけど、精神的な体調を鑑みて補佐である俺が代理として来てるんだよ」

「初産だったら不安だろうね」

「深雪だから心配ないさ」

「でも克也じゃなくてもよかったんじゃない?」

 

幹比古の疑問は俺を嫌っているのではなく、夫である達也が来てもよかったのではないかと言っているだけだ。

 

「当主命令で近くにいるよう命令されてるよ」

「…そこで当主権限を持ち出さなくても、普通にお願いしたら達也は素直に聞いてくれると思うんだけど」

「幹比古の言う通り、そんなことしなくても達也は聞き入れてくれるさ。けど権力を使ってでも、深雪は達也に自分の側にいて欲しいんだろうな」

 

当主雑務から解放された深雪は、達也とよく一緒に四葉家本家の庭や山を歩いて、体調を崩さないよう気を張っている。達也も可能な限り深雪といるよう心懸けているが、やはり立場上どうしても離れなければならないときがある。

 

〈トーラス・シルバー〉としての仕事、独立魔装大隊の訓練への参加など。どうしても深雪の側を離れる際は、叔母や葉山さんに頼んで支えて貰っている。

 

だが仕事中も訓練中も深雪のことが気になって集中できず、牛山さんに心配されたり、風間大佐や柳大尉に指摘されたりしているらしい。

 

俺も可能な限り深雪を支えてはいるが、水波のこともあるためどうしても第二優先になってしまう。そんな俺の不安を察したのか幹比古が水波について聞いてきた。

 

「桜井さんはどう?」

「安定期に入ったからよく買い物に行ってるよ。俺は代理としての仕事があるから、あんまり一緒に行けてないんだ」

 

克也が水波との間に子供を授かったことに気付いたのはつい最近だ。一度だけ夜を共にし、身体を重ねただけだったのだが、まさかこうなるとは思わなかった。

 

克也がなかなか子供を作ろうとしないので、しびれを切らした水波が積極的に行ったことで、ようやく夜を共にしてくれたのは数ヶ月前のことだ。といっても克也には作る気持ちはまだなかったようだが、水波の作戦勝ちで今に至る。

 

誰より喜んだのは真夜であり、《流星群》を使えることを望んでいるようだが、正直どうなるかは分からない。そもそも何故自分に真夜と同じ魔法が遺伝したのか分からないのだから、調べるまではどうしようもない。

 

克也の【固有魔法】《奈落の底(ダークナイト・フォール)》と真夜の《流星群》は、別の魔法であることが克也と達也の共同分析で、つい最近になって分かった。

 

光を局所的に一カ所に集めて穿つ《流星群》とは違い、範囲設定をすることで、あらゆる場所に穿つことが出来る魔法の《奈落の底(ダークナイト・フォール)》は、《流星群》の派生というより、上位種や進化形と言えるのではないだろうか。

 

威力は年齢の差もあるが、克也の方が数段上であり、《癒し》を同時に発動させれば、肉体的にも精神的にも多大なダメージを与えられる。

 

「安定期かぁ。克也も仕事を執事に任せて、達也のように一緒にいてあげるべきなんじゃない?」

「俺だって一緒にいたいけど、仕事が軌道に乗るまではいられないさ」

「変わらないね克也は」

 

そんな風に決意している克也を幹比古は見て、怒りというより安心という感情が溢れてきた。

 

「克也は今のことで満足せず未来についても考えてる。それは自分や家族・友人だけじゃない。関わりがない人や敵対する人の未来もね。だから克也が人殺しだと知っても、誰も離れず付いて来てくれるんじゃないかな。そんな君に出会えた僕は幸せ者だよ」

「俺もお前に会えて幸せだよ幹比古。幹比古から別の生き方を学んだ。それは今も生きているしこれから先も生き続ける。そして俺が死んでも俺の子供・孫・曾孫、さらにはその先にまで、いつまでも教訓としてこの世界に残り続ける」

 

緑茶を飲み干して本家に戻ろうと玄関を出ると、幹比古からサプライズが飛び出した。

 

「言い忘れてたけど僕、柴田さんと結婚することになったんだ。もう両親には挨拶に行って許可ももらってるよ」

「おめでとう。式には出席したいけど、予定がかなり先まで埋まってるからどうなるか分からないな」

 

行きたいのだが、仕事があればそちらを優先せねばならない。友人の結婚式に参加できないことに申し訳なさを感じていると、幹比古が慰めてくれた。

 

「気にしないで。克也の立場も分かってるから、来れなくても仕方ないさ。気持ちだけありがたく受け取っとくよ」

「ああ、ビデオレターでも送るよ。またな」

 

幹比古と別れ意気揚々と家路についた。

 

 

 

 

 

克也が。いや、四葉家が穏やかに暮らせたのはこの日までだった。悲報が四葉家に届くまでは…。



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第85話 拉致

水波は四葉家お抱えのボディーガード3人と、近くのショッピングモールに、衣服などの生活用品の買い出しではなく、食料の調達に来ていた。使用人に頼めば済むはずだが、健康のためとの理由でだ。

 

「水波様、あまり歩き回られてはお身体に障ります」

「歩かなければお腹の子供に悪影響です。もう少しだけ歩かせて下さい」

 

水波はボディーガードが自分の子供ではなく、自分の身体を心配することに憤りを感じていた。何故子供優先ではなく自分なのか。それが水波にとっての唯一の不満だった。

 

【調整体】として生まれ、幼いときに両親を失った自分を引き取られた。あまつさえ当主の甥っ子と婚約して、子供をもうけるという幸せを掴んでいるにもかかわらず、水波の心は一部曇っていた。

 

自分の心配より子供のことを考えて欲しいという水波の思いとは裏腹に、魔の手が水波に近付いてきている。そのことを水波もボディーガードも気付かずにいる。人影がなくなり人払いの結界が張られていることに気付いたのは、ほぼ人がいなくなってからだ。

 

「水波様、お気を付け下さい」

「...結界ですか?」

「おそらくは。人払いと認識阻害の両方が展開されているかと」

 

水波の前に立つ四谷辰巳は、自分の判断が正しかったことを敵の襲撃により認識した。店と店の隙間からナイフを持った全身を、黒の服で揃えた何者かが跳びかかってきた瞬間、辰巳は動いて襲撃者の顎を右掌底で打ち抜き、少しばかり浮いた無防備な背中に、強烈な右回し蹴りを喰らわせた。

 

声も出さず地面に倒れた襲撃者を冷ややかに見下ろし、水波の元に戻った。

 

「今のは何ですか?」

「目的は不明ですが明らかに我々を狙っていたようです。目的が水波様自身なのか、我々ボディーガードなのかわかりません」

 

辰巳は襲撃者が単独だとは思っておらず、周囲を警戒していた。だが警戒範囲外から狙われてはどうしようもなかった。

 

「がっ!」

「ぐっ!」

 

突然ボディーガードの2人が、胸部を弾丸に貫かれて絶命した。その瞬間に水波が〈物理障壁〉を展開する。しかし身重なためか強度は十分ではなく、続いて発砲された弾丸によって障壁が揺らいでいた。

 

「水波様、危険です!今すぐ店の中に!」

 

辰巳に言われても身重な水波は素早く動けない。かといって辰巳が抱えて、振動を水波と子供に与えながら逃げるわけにもいかなかった。辰巳が逃げる方法を考えている間に、先程の襲撃者と同じような服装をした人物に囲まれていた。

 

その人物からは生気を感じられない。何かに取り付かれ、命令をただ遂行しているように水波と辰巳は感じた。

 

「水波様、どの程度までであれば魔法を行使できますか?」

「6割ほどであれば可能です」

「では御身だけに障壁を発動させて下さい。私はこれから敵を殲滅します。それまでご無事で」

 

辰巳はそれだけ伝え、生気を感じられない人物の1人に突撃し体術で戦闘を開始する。辰巳は魔法師ではないので魔法はまったく使えないが、体術であれば四葉家屈指の実力を持つ猛者だ。生半可な鍛え方をした者であれば秒殺される。

 

こいつら人間でも魔法師でもない。機械仕掛けという感じじゃないところを見ると強化人間か?それもケミカル強化を受けているようだが…。

 

「きゃあ!」

「水波様!?」

 

悲鳴が聞こえて振り返ると、どこからともなく現れた4人の襲撃者が、水波の〈物理障壁〉を壊そうと躍起になっていた。

 

「水波様!ちっ、貴様らそこをどけ!」

 

救助にいきたいのだが強化人間の壁がその道を塞ぐ。1人1人が手強いので、全力勝負をせざる終えなくなり挑むが、人数差もあり急速に体力を奪われる。そのうちに攻撃が裁ききれなくなり、1人が放った左回し蹴りが水月にクリティカルヒットする。

 

「がっ!」

 

呼吸が一瞬止まり、有り得ないほどの距離を吹き飛ばされて壁に激突する。

 

「がはっ!」

 

吐血しその血の量に驚く。四葉家に仕えている間もその前も、これほどの血を流したことはなかった。実戦経験も何度もしているが、これほどの怪我をしたことは一度もない。いとも簡単にやられた自分を恥じるが、それ以上に水波を守れないことに苛立ち、無理矢理に立ち上がろうとする。だが足腰に力が入らず、その場に崩れ落ちてしまう。

 

その間にも水波の〈物理障壁〉は揺らぎ、今すぐにも定義破綻しそうだ。だが満身創痍の辰巳では残りの10人を倒すなど不可能である。それを理解しているが故に悔しさが倍増し、自分の無力さを恨む。そして恐れていた事態が目の前で起こる。

 

「離しなさい!今すぐここか…ムグッ!」

 

10人から攻撃を受けた〈物理障壁〉がついに破られ、腕と足に縄を巻き付けられ、最後に猿轡を口に巻き付けられた水波は、あっという間に拉致されてしまった。

 

「水波様ぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

辰巳の怒号も虚しく、襲撃者たちは水波を担いで走り去っていった。辰巳は自分の両腕を怪我することもいとわず、地面に思いっきりたたき付けた。

 

俺はなんて無力なんだ。当主様の要望にも応えられず、護衛の任務さえまともにできないとは。警戒を怠っていたわけではない。むしろしっかりと周囲は警戒していた。だがその結果がこの様だ。信頼を失うのには十分すぎる理由だ。

 

「お困りのようですね」

 

不意に話しかけられ顔を上げると、目の前にいたのは幼さの残る第一高校の制服を着た少年だった。

 

「貴様、何者だ!」

「おお怖い。満身創痍にもかかわらずそれほどの声を出せるとは。予想以上です」

「減らず口を!」

 

このタイミングで現れたということは、先程の襲撃者の仲間だと予測する。辰巳は血反吐を吐きながら食ってかかる。

 

「貴様はあいつらの仲間だな!?水波様を何処に連れて行った!」

「誤解されているようですね」

「誤解だと?」

「はい、自分は彼らとは仲間ではありません。自分は依頼主代理であり、彼らを命令する立場です」

「ならば余計に許すわけにはいかん!」

 

辰巳は全力を振り絞り、その少年に蹴りを放つがあっさりと避けられてしまう。カウンターでボディーブローを喰らわされ、またしても俯せに倒れ込んだ。

 

「弱いな。これが四葉家に仕える魔法師なんですか?」

「仕方ないだろう。彼らとやり合い重傷だったのだから。それにその者は魔法師ではない」

「あ、当主様お疲れ様です。どうやら作戦は成功のようですね」

「そのようだ。お前の指示もなかなかだったぞ七宝(・・)君」

「ありがとうございます」

 

七宝だと?〈師補十八家〉ともあろう一家の子息が何故このようなところに!

 

辰巳は自分の上で会話をしている2人の素性を見ようと、目線だけを移動させ、そして驚愕した。

 

 

何故、貴方(・・)がここに…。

 

「何故ここに私がここにいるのか聞きたいようだね。私がここにいる理由は、夢の実現のためだ。いや、この言い方は適切ではないかな。私と彼の野望とも言える。さて七宝君、そろそろ行こうか?目標は捕獲できた。ここに長居する必要は無い」

「わかりました」

 

琢磨は笑顔で頷き、去って行く男についていく。辰巳は動かせない足の代わりに腕を使ってその場を去ろうとするが、怪我をした腕ではそれほどスピードは出ない。体力も大量に消費しているのですぐに息を切らしてしまう。

 

それでも辰巳はやるべき事を成そうとし、動かす腕を止めようとはしない。血が腕の傷口から滲もうが、口に血が上ってこようが、気合いでねじ伏せ進み続ける。

 

このことを当主様に。克也様にお伝えしなくては…。

 

「がはっ!」

 

突如背中に激痛が走り、振り抜くと身体の前に分厚い本を落とした状態で、右手を自分に向けながら歓喜に震えている琢磨がいた。

 

これが《ミリオン・エッジ》、七宝家の切り札の一つか…。

 

辰巳の意識はそこで闇に飲み込まれた。

 

「この眼で直接見れるとは思わなかった。良い物を見せてもらったよ」

「これからたくさん見る機会がありますよ」

「ではそれを楽しみにしておこうか」

 

琢磨と当主と呼ばれた男は死んだ辰巳をその場に残し、人を殺したとは思えない清々しい笑みを浮かべ去って行った。

 

 

 

克也が辰巳の死と水波の拉致を知ったのは、吉田家から本家に帰宅してからだった。



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13章 捜索編
第86話 行動


俺は幹比古と久しぶりに話せたこと、同盟を結べたことに喜びを感じながら帰宅していた。本家に入ろうとすると、慌ただしい雰囲気を感じ、何があったのか気になりながら敷居をまたいだ。

 

使用人や執事が、必死な形相を浮かべながら廊下を走り回っている。俺の帰宅に気付かないほどに。

 

「リーナ、何があったんだ?」

 

偶然通りかかった金髪碧眼の少女に話しかける。信じたくない、そして伝えることに悩んでいる表情で振り返った。俺はその表情と慌ただしい雰囲気から、良くないことが起こったのだと察知した。

 

「リーナ、教えてくれ。一体、何があった?」

「…」

「リーナ!」

 

尚も回答を拒否するリーナの肩を掴み、無理矢理こちらに顔を向けさせようとが、それでも顔を合わせようとしない。昔のようなツインテールではなく、左肩の後ろ辺りに髪を流しポニーテールにしたリーナの顔は、前髪で隠れて俺の角度からでは見えなかった。

 

しばらく返答を待つが、答える様子がないので他に当たろうと背を向けて歩き出そうとすると、背広の裾を掴まれた。

 

「リーナ、一体何だ?」

「…のよ」

「何?」

「水波が拉致されたのよ!」

「なっ!」

 

俺は雷に打たれたかのような衝撃を受けた。取り乱すことなくむしろ頭が冷えた硬質な声が、自分の口から発されるのが耳に入る。

 

「何故拉致されたと分かった?」

「っ!辰巳さんの遺体が、渋谷の大型ショッピングモールの一角で発見されたの。15分前に身元の確認ができたって連絡があったわ」

「水波の居場所は?」

「わからない。目撃証言もゼロ。相手はかなりの腕前みたい。それと関係があるのか分からないけど、奇妙な人を見たって人がいるの」

「奇妙?」

 

魔法師や一般人、ましてや人間に使うような言葉ではないことに違和感を俺は抱いた。

 

「ええ、見た目は普通だけどなんだか生きているように見えない。そんな風だったって」

「確かに奇妙と言えるな。それでこのことを達也と深雪は知っているのか?」

「まだ知らないけど雰囲気で薄々感づいてるかもしれないわ。真夜様と葉山さんが伝えるべきか会議中よ」

 

当主に伝えるべきだが、不安を与えたくないので伝えるべきではないと俺は結論付け、リーナに伝言を託す。

 

「リーナ、今からその場所に行って俺の伝言を伝えてきてほしい『深雪と達也には伝えない。水波が見つかるまで隠してほしい』と」

 

リーナは目を見開く。その蒼い眼で見つめ返してきたが、俺はそれを無表情に見つめ返す。

 

「カツヤ、貴方はもしかして単独で動く気?」

「水波は俺の妻だ。誰にも触れさせない。四葉家に援軍を頼むと大人数を動かすことになる。そうなれば相手に警戒させることになりかねない。単独で動いた方が相手に警戒されずに済む」

「なら、せめて黒羽家を連れて行きなさい!貴方が捜索に向かうのは止めないわ。でも単独じゃ非効率的よ。少しは分家の血を信じなさい」

「…分かったよ。でも人数は最小限に抑えてくれ。これは命令だ」

「わかった。真夜様にはそう伝えておく」

 

俺はリーナの返事に頷きを返し、吉田家の誓約書をリーナに渡してからそのまま玄関を出る。

 

「今から行くの?」

「この行動を見たらそれしかないだろう?早く見つけないと俺の気が収まらない」

 

言うべきことだけ言う。それ以外は時間の無駄とでもいうかのように玄関のドアを閉めて出て行く。リーナは克也の背中を、ただ心配そうに見つめることしか出来なかった。

 

捜索に加わりたいが自分は派手すぎる。分かっていてもままならないのが人間の心だ。そんな物があるから自分は大切なときに動けず、誰かにすがることしかできない。

 

カツヤ、貴方は自分の身が壊れてでも救うの?自分が死んでもいいとでも思っているの?

 

リーナがそう思ってしまうほど、克也の背中は覚悟を決めているかのように見えた。

 

 

 

克也は連絡をくれた警察と、第一発見者に直接何を見たのか聞きに行くため、コミューターではなく自家用車で渋谷に向かっていた。コミューターより普通に運転する方がよっぽど速く着く。時間を無駄にしないためには、最短時間で目的を成さなければならない。

 

克也は不安と怒りを強靱的な精神力でねじ伏せる。なんとか抑え込んでいたが、水波の無事な姿を見ない限り、そして水波を拉致した何者かを消し去らない限り、この感情は消えない。克也の頭にあるのは「水波の安全」と「何者かの消去」の2つだけだ。それ以外は無意味な物だと切り捨てている。

 

1時間もかからず渋谷に到着し、辰巳の発見場所からほど近い交番に向かう。自分と同い年ぐらいの警官が、交番前で立っていたので声をかけてみた。

 

「仕事中にすみません。この近くであった殺人事件の被害者の関係者なのですが、連絡をしてくださった方はおられますか?」

「あの方のお知り合いなのですね?上司に確認いたしますので、少々お待ち下さい」

 

若い警官は人を優しく包むような笑顔で返事をし、交番の中に入っていた。落ち込んでいるだろうと思い、元気づけようとしたのだろう。親しい人物がつい先程殺されたばかりなのに、笑顔を向けられるのは気持ちの良いものではない。

 

気遣いは必要といっても余計な気遣いは人の心に影をつくり、人間関係を悪化させる原因にもなる。空回りすれば自分も気まずくなり、相手との会話もギクシャクしてしまう。

 

「上司の許可が下りました。こちらにどうぞ」

「ありがとうございます」

 

先程の思考をなかったかのように振る舞いながら、交番内に入り奥の部屋に通される。そこには50代と思しき、ドラマで見るような正義感に溢れた人物が待っていた。

 

「ようこそ渋谷第一交番へ。貴方が伺いたいのは殺害された人物のことのようですが。関係とはどのようなものなのか教えていただけませんか?」

「構いませんよ。彼は自分の師匠であり、5年前までボディーガードでした。今年から妻のボディーガードとして護衛させていましたが」

 

こちらの情報を盗む気なのか信頼するために聞き出しているのか分からないが、この程度知られたところで大した問題ではない。辰巳が殺されたことや、水波が拉致されたことに比べれば…。

 

「そうでしたか。では何をお聞きしたいのですか?」

「彼の死因と発見当時の現場について」

「故四谷辰巳さんの死因は、内臓破裂と背後からの多数の刺し傷による出血多量死です」

「背後からですか?」

 

克也は内臓破裂という単語より、背中の傷について聞き直していた。辰巳が背後を取られるなど克也は思っていなかったのもあったが、それより多数の傷という単語を気にしていた。

 

「はい。奇妙なことに全ての刺し傷の幅の形状が、まったく同じだったのです」

「一寸の狂いもなくですか?」

 

その警官は重々しく、信じられないとでも言うように頷きながら話を続けた。

 

「普通なら同じ人物が同じ包丁で刺しても、角度や力加減によって傷口の深さや角度は変わります。それは機械でも同じです。ありえないのですよ。全ての傷がまったく同じような形状なのは」

「武器も分からず使用者も予測がつかないとは困ったものです。現場を見ることは出来ますか?」

「出来ますがどうなされるのですか?」

「現場を見れば何かわかるかもしれませんから」

 

その言葉に納得したかのようにその警官は頷きながら立ち上がり、部下に待機するよう命じて克也を連れて現場に向かった。

 

 

 

現場には規制線が張られ、複数の警官が警備にあたっているのでまだ鑑識が仕事をしているようだ。規制線を越えることは許されたが、鑑識が終わるまでは自由に動くことは出来なかった。しかし運良く10分ほどで鑑識は撤収した。

 

「ここに辰巳が血を流して倒れていたと」

「その通りです。この場に俯せになって倒れていました」

 

克也は辰巳が倒れていた場所に膝をつき右手を地面につける。警官は克也が何をしているのか理解できずにいたが、冥福を祈っているように見えたことだろう。

 

だが克也がしていたのはそんな優しいことではない。辰巳に致命傷を与え、死に至らしめた魔法の痕跡を探しているのだ。残存想子は感知できたが、生憎微量でノイズが酷い。克也でも解析できるような代物ではなかった。

 

残念に思いながら顔を上げると、謎のへこみが店の看板横にあることに気付く。そこにはかなり激しい勢いでぶつかったようなへこみがあり、深さが5cmにもなっていた。

 

「これは…」

「そこにも彼の血や衣服の繊維が付着していました」

「魔法ならもっとへこむはずだ。体術じゃなきゃこんなことにはならない」

 

克也は警官の説明も耳に入らず独り言を呟いていた。ポケットから取り出した携帯端末で、様々な角度から撮影し、証拠を消されないように残しておく。

 

「第一発見者の方とお話は出来ますか?」

「申し訳ないがその女性は回答を拒否されている。思い出したくないと」

 

どうやら発見当時のことは知ることが出来ないようだが、肝心なことを忘れていた。

 

「監視カメラの映像と想子測定器の録画はどうでした?」

「どちらも不審な点は見当たりませんでした」

「見当たらない?カメラに映っていないのに女性が見つけているんですよ?」

「ええ、ですがカメラにはデータの改ざんが見られなかったのです。想子測定器にも」

「ありえません。必ず何者かの介入があったはずです」

「しかし…」

 

再度調査をしようとしない警官に愛想を尽かして、俺は家路についた。




リーナの髪型を上手く表現できませんでした。NARUTOをご存知の方は疾風伝 山中いのを思い浮かべてください。前髪をいの自身から見て右頬側に流し、後ろ髪は左肩に向かうような感じです。


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第87話 覚悟

夜遅く本家に戻った俺を出迎えたのは、厳しい表情をして腕を組みながら佇む達也だった。俺は何も言わず横を通り向けようとすると、有無を言わせない力で腕を掴まれた。

 

「何処に行っていた?」

「何処でもいいだろ」

「教えろ」

「教えなければならない理由を教えてもらおうか?」

 

突き刺すような視線で自分を貫かれたように達也は感じた。自分が今まで感じたことのない何かを察する。克也は達也の手を振りほどいて自室に向かった。

 

俺は恐怖していたのか?冷や汗が何度も溢れたことはあったが今回のは違う。身に感じる危険じゃない。精神に直接ダメージを与えるそんな視線だった。克也、お前に何があった?

 

達也にはまだ何があったか知らされてはおらず、それが余計に達也の精神を追い詰めていた。

 

使用人や叔母上・葉山さんは俺に何か隠している。俺だけじゃない深雪にも。それが何か分からない。水波がここにいないことと関係があるのか?

 

達也にとって今の最大の不安要素は克也の精神の不安定さだ。今というより5年前から達也は、自分の眼の〈リソース〉を全てを深雪に注いでいる。それによって今は、克也の気配や位置を知ることが出来なくなった。

 

ただでさえ自分とは真反対と言っても過言ではないほどに、人間性が違うのだ。知り得ないこともあるが、それでもお互いに誰よりも信頼できる双子なのだから役に立ちたいと思ってしまう。

 

深雪を不安にさせないためにも、自分の不安は一度棚上げしなければならんか。もし四葉家にとって重大な問題であるなら、早期解決をするべきだ。明日にでも問いただすか。

 

達也は克也が去って行った廊下を一度見てから、深雪が寝ている寝室に向かった。

 

 

 

 

 

達也が翌日の朝、克也を問いただそうと克也の部屋に向かったが、既に克也の姿はなかった。日課のランニングにしても帰ってくるのが遅すぎる。何より不自然なのは、克也の新しい特化型CAD〈血薔薇の銃(ブラッディ・ローズ)〉が、作業台の上に置いていなかったことだ。

 

普段克也は寝るときも自室にいないときも、〈血薔薇の銃(ブラッディ・ローズ)〉だけでなく〈ブラッド・リターン〉を、必ず作業台の上に置くという癖があった。

 

克也が無防備に置いている理由は、克也自身が使用する想子にしか反応しないという、ある意味セキュリティとも言える鍵がかかっているからだ。

 

克也はCADを使用せずにある程度の魔法を使うことができる。克也がCADを持つ理由は2つある。

 

1つめはCADを使わずにCADと同等の速度で行使できる(・・・・・・・・・・・・・)という、四葉にとっても秘密にしなければならない能力があるが故である。

 

2つめは、敵を殺すと決めたとき(・・・・・・・・・・)である。殺意に結びつき行動に移すことなど、克也にはほぼありえないことだ。

 

だが達也は今ここに〈血薔薇の銃(ブラッディ・ローズ)〉がないのは、後者だと直感で察していた。さらに克也の焦りを、達也は何かの前触れだとも思い、嫌な予感しかしなかった。

 

やはり聞き出すしかないか。

 

達也は一番事情を知っているであろう人物に聞きに行くため、ある部屋に向かった。

 

 

 

「叔母上、四葉に何があったのか聞いてもよろしいですか?」

「どうしたの達也さん?」

 

達也は真夜の自室に葉山の許可を得て入室し、開口一番そんなことを口にした。

 

「とぼけないでください。克也を見れば分かることです。四葉に何かあったのですか?」

「何もありません」

「叔母上!」

 

達也が大声を上げても真夜は無表情に達也を見上げていた。苛立ちを覚えたが、ここで爆発させるわけにもいかずどうにか抑える。だが抑えるのもいつまで保つか分からない。達也自身がよく分かっている。

 

達也は何も言わずに真夜を睨み付け、部屋を荒々しく出て行った。

 

真夜はその恐ろしい睨みにも恐れず気丈に見返し続けていたが、達也が部屋を出て行くと息を吐き出した。

 

あの睨みに耐えられるのはそうそういないでしょうね。葉山さん、黙っていられるのも時間の問題のようです。

 

 

 

克也はその日、日が昇る前から水波を探していた。犯行現場を中心に半径5kmの範囲をしらみつぶしに捜索していたが、夕方になっても手掛かりは何一つ見つからなかった。

 

《眼》を使って水波の想子の痕跡を探したが、現場以外には見つけることも出来ず、捜査に早くも行き止まりを感じていた。

 

相手の用意周到さに脱帽だが、それが余計に自分を苛立たせていた。そこまでして水波を狙う意味がわからない。何故水波でなければならないのか想像もできない。

 

コンビニで買ったアイスコーヒーを片手にベンチに腰掛けていると、知った人から電話がかかってきた。

 

「...もしもし」

『克也君、何があったのか聞いてもいいかしら?』

「何がですか?」

『達也君から連絡をもらったのよ【克也が可笑しいから話を聞いてやってほしい】って』

 

弟の気遣いに感謝するべきところだが、今回ばかりは苛立ちしかなかった。

 

「ありますが今はお話しできません。ところでお願いがあるのですがよろしいですか?」

『面倒なことでなければね』

「渋谷の大型ショッピングモールの想子測定器がハッキングされていなかったか調べてもらえませんか?」

 

予想外の仕事に?を浮かべているのが電話越しでも分かった。

 

『…時間帯は?』

「一昨日の朝から夕方にかけてでお願いします」

『わかったわ少し時間をちょうだい』

「もちろんです。それでは」

 

電子機器を調べることのできる人物が協力してくれるのであれば、捜索がかなり楽になる。だがそれでも他の〈数字付き(ナンバーズ)〉のように、大量の魔法師を抱えているわけではない四葉にとっては、ストックを使い捨てる勢いで投入しなければ発見は困難だろう。

 

だが襲撃者の警戒を強めるような大人数を投入するわけにはいかず、少数となるのでどのみち捜索は難航する。他の分家を凌駕するほどの諜報能力を持つ黒羽家といえども、片手の数しか投入できないとなるとかなり時間はかかるだろう。

 

後手に回るしかないが尻尾を掴み、こちらの動きを知られないためには仕方のないことだ。克也はベンチから立ち上がり、捜索に再び戻り路地裏に消えていった。

 

 

 

達也は真夜の部屋から退出した後、四葉本家にいる使用人や執事に何があったのか聞き出すため脅して回っていたが、誰一人として答える者はいなかった。何かを隠しているのは事実であり、水波と克也関係であるのは疑いようがないことである。

 

達也様(・・・)、いかがされたのですか?」

「ちょっと考え事をね。新しい研究テーマについて考えていただけだよ。深雪は気にしなくていい」

「それならよいのです。何やら本家が慌ただしく感じるのですが、気のせいですか?」

 

自室から一歩も出ることのない深雪は、この部屋にいるだけで少なからず本家の空気を嗅ぎ取っていたらしい。普段であれば状況を理解してくれることに喜ぶところだが、事情や体調のことを考えると今回ばかりは気付いてほしくなかった。

 

「…大丈夫だよ、深雪の出産が近いからみんな緊張しているだけだろう。深雪は気にせずリラックスしていなさい」

「克也お兄様はどちらに?ここ2日間、一度もお会いしていないのですが」

 

今度こそ達也は黙り込んだ。上手い言い訳が簡単に浮かばず、どうしたらいいのか迷ってしまった。

 

「…克也は〈数字付き(ナンバーズ)〉のパーティーに呼ばれているよ。ここ3日の間に立て続けに招待したいという招待状が何枚かきてね」

「納得いたしました」

 

揺り椅子に腰掛け穏やかに微笑む深雪に、達也は罪悪感が込み上げてくるのを感じ、気力で押さえ付けた。だが同時に兄に怒りを抱いていた。1人で抱え込もうとするのは、昔から変わらず正義感故の行動だが、長い付き合いだからこそ許せない事がある。

 

今日こそ吐いてもらわないと俺の気が済まんな。多少手荒になっても仕方が無い。

 

達也はいつのまにか寝息を立てている深雪に微笑みながら、心の中では覚悟を決めていた。




今頃ですが克也の容姿は、吸血鬼騎士に登場する玖蘭枢(くらんかなめ)を参考下さい。


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第88話 死闘

夕方、本家の敷居をまたぐとまたしても達也が立っていた。

 

「何かようか?」

「話がある。俺に付き合え」

 

有無を言わせず振り向いて歩き出す弟の背中を、不思議に思いながら追いかけた。達也の背中からは、覚悟がにじみ出ているように感じられる。無視することもできたが、何故か引き寄せられるように、無意識のうちに足が達也を追いかけていた。

 

連れて行かれたのは、綺麗に磨かれた木造建ての修練場だった。普段からあまリ使われない場所だ。だが俺と達也、そして辰巳も浦賀に本家を移築してから、何度も拳を向けあって、互いに競い合い互いを高めあった場所だ。懐かしさと悲しみを同時に抱きながら、修練場の真ん中へと向かう。

 

修練場の真ん中には長さ20cmの赤と白のテープが、互いの隙間1mになるよう床に貼られている。達也は奥の赤いテープを踏み越え、こちらに振り向いた。その眼は怒りと悲しみの光を放ち、悲しみの意味が俺には分からなかった。

 

「何をするつもりだ?」

「克也、俺と戦え」

「何の意味がある?」

「やれば分かる。だから構えろ」

 

俺が仕方なく白のテープの後ろに立ち、左拳を顎の近くまで上げて右拳は甲を下にして腰に握る。すると達也は何の合図もなく突っ込んできた。

 

左肩から右脇腹に向かって振り下ろす右手刀を、俺は間一髪の所で避ける。達也の手刀にはゼロ距離で《分解》が発動されている。触れていれば俺の胸は切り裂かれ、大量の血が吹き出していたことだろう。

 

右手刀を振り下ろした勢いを利用して、右後ろ回し蹴りを放ってきたが、その瞬間に俺は達也の軸足である左足を右足で払う。足を払われた達也は状態を浮かせ、僅かな隙を見せた。だが俺はそれ以上追撃せず、バックステップで3mほど距離を取る。

 

「何故攻撃してこなかった?」

「あのまま俺が攻撃していたら、《術式解体(グラム・デモリッション)》を最大出力で放ってきていただろう?いくら俺でもお前のを喰らえば、数秒間はスタンしてしまう。それは致命的な時間だ。今のお前の状態で、それを喰らうわけにはいかない」

 

達也の圧縮度は尋常ではない。24年間も隣で見てきたのだ。脅威がどれほどなのか自分が一番理解している。

 

達也はバネ仕掛けのように立ち上がり、大きく距離を取って【固有魔法】《分解》による《部分分解》を、両肩と両足の付け根に計4発放ってきた。《想子鎧(サイオンがい)》でも防げるが、俺は【固有対抗魔法】《地獄の辺獄烈火(ベルフェゴール)》で消し去った。

 

続けざまに《雲散霧消(ミスト・ディスパージョン)》を放ってきたため、体術を使ってその場から離れると、俺の立っていた場所が綺麗に消滅していた。どうやら俺を本気で殺すつもりらしい。向こうがその気ならば、こちらもそれ相応の全力を出さねばなるまい。

 

仕返しとばかりに《奈落の底(ダークナイト・フォール)》を達也に向かって威力ではなく、速度重視で放つと達也は必死の形相で左に動いた。だがこれは想定内なので焦らず次の魔法を発動させる。

 

「がはっ!」

 

《偏位解放》による圧縮空気弾が直撃した達也は、苦痛の声を上げ空中に舞い上げられる。だが地面に戻るまでに、そのダメージはなかった(・・・・)ことになっていた。

 

「相変わらず便利な魔法だな《再生》は」

「克也も《回復(ヒール)》があるだろう。羨む気持ちは分からん」

「お前ほどの速度では治せない」

 

自己加速術式で互いに肉薄し拳を振るう。互いの拳が互いの頬を捉えて相手の顔を吹き飛ばすが、瞬時に顔を引き戻し、これまで以上の速度と力で互いに殴り合う。どちらも笑みは浮かべておらず、眼には相手を叩き潰す以外の感情の炎は見えず、相手以外見えていなかった。

 

「はあァァァァ!」

「せあァァァァ!」

 

互いの右拳を大きく振りかぶり、互いの中間点でぶつけ合う。

 

ゴガッ!

 

拳が砕ける音が聞こえた。だが2人はお互い一歩も引かず、ごく一部に全ての力を込めながら力勝負をしていた。先程のぶつかった衝撃で、克也の手は筋繊維までダメージが入り、達也の手は骨までダメージが入る。《再生》と《回復(ヒール)》を行使し、痛みを取り除く。だがぶつけ合ったままの状態でいるため、「破壊」と「再生」、「破壊」と「回復」をありえない速度で繰り返す。

 

そのため自分たちの右手にとてつもない痛みが走るが、声でねじ伏せ押し合う。

 

「はあァァァァ!」

「せあァァァァ!」

「「ふっ!」」

 

押し合いをやめ互いに大きく距離を取り、時計回りに高速移動を始める。一瞬の隙を逃さまいと《精霊の眼(エレメンタル・サイト)》と《全想の眼(メモリアル・サイト)》をフル活用し、相手の想子の動きを観察する。

 

すると達也が右手を伸ばして《術式解体(グラム・デモリッション)》を無秩序に放ってきた。克也はそれを避けるために一瞬足を止めたが、この一瞬の隙を突かれ追撃を喰らってしまう。

 

「ぐっ!がはっ!」

 

達也の右ストレートが左頬に炸裂し、右回し蹴りが左の脇腹を直撃する。

 

ズガン!ボキッ!

 

修練場の壁にたたきつけられた衝撃で、蹴られてひびの入っていた左肋骨の3本が折れたようだ。とてつもない痛みに耐えながら、床に着地する瞬間に《回復(ヒール)》を使用し、完治する前に床を蹴って達也の懐に入り込む。

 

ここまでの所要時間はわずかゼロコンマ5秒。

 

「何!?」

 

達也が驚愕している僅かな隙を、克也は全力攻撃で無力化させることを決めた。

 

「っ!」

 

無言の気合いを吐き出し、右ボディブローを叩き込んで、左手で達也の頭を抑えながら、右膝蹴りをボディーに叩き込む。

 

「ぐっ!がはっ!がっ!」

 

達也が血を吐くがそれを無視して、左後ろ回し蹴りで蹴り飛ばす。

 

「ぐあぁぁぁぁ!」

 

吹き飛ばされた達也はよろよろと立ち上がり、《再生》でダメージをなかった(・・・・)ことにした。互いにもう体力の限界なので、次で最後にしようと右拳に全想子を纏わせて精一杯引く。すると達也もその意味を理解したらしく、想子を最大にまで圧縮させながら構える。

 

克也の対魔法障壁攻撃最大の矛《貫通弾(ブレイク・バースト)》と達也が使える魔法障壁最強の盾《想子滝(サイオン・ゲイザー)》。どちらが強いのか決めようと動き出そうとした瞬間、張り詰めた声が聞こえた。

 

「2人ともいい加減にしなさい!」

 

入り口を見ると、怯えながらも必死に自分たちを止めようとしているリーナの姿があった。

 

「何故ここにいる」

「あれだけ派手な魔法の衝突を感じたら来たくなるわよ。それと打撲音とか衝突音なんかも、異常なほどこっちにまで届いていたわ」

「どうでもいいが邪魔をしないでもらえないか?これで最後なんだ」

「させると思う!?」

 

正直この会話でやる気は失せていたが、これまでの戦闘はなんだったのか意味のない時間の無駄になる。

 

「それでもやると言ったら?」

「私も全力で相殺するわ!」

 

想子を活性化させながらこちらを睨むリーナ。口だけでなく本気で止めようとしている。右拳に凝縮していた想子を解除し、普段通りに戻すと、達也も圧縮させていた想子を和らげた。

 

「興醒めかお互いに」

 

克也と達也が戦意喪失したことで、張り詰めていた空気は元に戻った。それに気付いたリーナは、緊張から解放されたからなのか倒れてしまい、床に倒れるまでに克也がリーナの身体を抱きとめていた。

 

「…達也、事情は後で話す。俺の部屋で待っててくれないか?リーナを運んでくる」

「ああ」

 

達也は素直に頷いて克也を送り出した。

 

 

 

正直なところ、リーナが来なければ俺はやられていたな。あの右手に集まった想子は尋常じゃない。俺の《想子滝(サイオン・ゲイザー)》でも無理だっただろう。

 

達也の精神は《再生》の過剰使用によって、かなり疲弊していたが、何より達也を追い込んだのは克也の殺気だった。明確に感じるのではなく、具現化して直接自分の身に突き刺さってくる。そんな錯覚を起こすほど強烈なものだった。

 

さっきの会話には一毛たりとも殺気は含まれていなかった。戦闘とのギャップに驚くが、それどころではないと自分に言い聞かせ、克也の部屋へ向かった。

 

 

 

俺はリーナを部屋に運び寝かせた後に自室へ向かった。ドアを開けると、椅子に腰掛けてこちらを見る達也がいた。

 

「大体の予想はついているんだろ?」

「まあな。最初は四葉家のことだと思ったが、お前の必死さから見て違うなとはっきりした」

「四葉家の問題でも間違ってはいないけどな」

「水波を探しているのだろう?」

 

達也の率直な質問に俺は呼吸を一瞬止めてしまった。

 

「…ああ、一昨日から行方不明だ」

「連絡がないのも可笑しい。さらには辰巳さんを含む3人のボディーガードが見当たらない。捜索中か?」

「捜索中なのは事実だけど3人はもういない。つい前日に亡くなった」

「…何?嘘だろう?」

 

さすがの達也もあれほどの手練れが殺られるとは、まったく思っていなかったようだ。達也も腕を見込んで任せていたのだから、驚くのも無理はない。

 

「事実だよ。2人は心臓を銃弾が貫通して即死、辰巳は出血多量死。それ以外にも奇妙な点がいくつも見つかった」

「奇妙?」

「1つは犯行時刻に、生きているようには見えない不気味な人間を見たという目撃証言。1つは辰巳の背中の傷。1つは監視カメラの映像と想子測定器にまったく異常も見られないこと」

「確かに奇妙だな」

 

達也は深く考え込んでしまう。こうなれば話を聞ける状態ではないと、俺は長年の付き合いから分かっていたので、思考を邪魔するようなことはせず、好きなようにさせることにした。時計の秒針が3周したところで、ようやく達也は物思いから現実世界に帰還した。

 

「情報が少なすぎてどう作戦を立てるべきかも思いつかん。何か掴んでいないのか?」

「何もない。水波の想子を追跡してみたけど、現場以外からは見つからなかった。黒羽家も何一つ手掛かりは見つかっていないみたいだ」

 

俺がかぶりを振るのを見て達也はため息をついた。気持ちは分からなくもないが、2日間捜索した俺がため息をついていないのだから、この場面では我慢してほしかった。

 

「そう言えば、辰巳さんの怪我が奇妙だって言っていたが?」

「傷は腹部より背中側が酷くて、背中全体に無数の刺し傷があったらしい。それも傷が全て同じ形状で同じ深さで」

「ありえないな。ナイフのような物で刺しても、その度に僅かに刃の軌道はズレるから、同じような形状と深さになるはずがない」

 

話を聞いただけではっきりと言い切ってくれることに、心からありがたく思えてくる。

 

「その通り。警察もその意見だった。武器でないなら魔法しかないだろう。だがそんな魔法があるのか?」

「俺たちが知っていることが全てじゃない。世界にはまだまだ知られていない魔法だってあるんだろう。それが使われていたとしても可笑しくはない」

「そうだな達也。どうやら俺は少し天狗になっていたみたいだ」

 

少しばかり調子に乗っていたらしく、そんな子供じみた行為に恥ずかしくなる。だが羞恥心に捕らわれているわけにはいかない。

 

「現に目撃者がいるなら、監視カメラの録画映像と想子測定器に異常が見つからないのは可笑しい。誰かが細工したに決まっている」

「誰か…か」

「【レプグナンティア】の本部を壊滅させたときに見つけた研究所のデータを、簡単に盗んだ奴が関わっていると言いたいんだろ?」

「ご名答。それも含めて藤林さんに頼んでる。あとは待つだけだ」

 

それを最後に達也は、あの戦闘が嘘のような穏やかな微笑み部屋を出て行った。

 

 

 

その日の夜、俺は不思議な夢を見た。

 

『ごめんな⚪⚪、自分勝手な兄ちゃんで、⚪⚪、お前の代わりとして生きれなかったよ。⚪⚪、守れなくてゴメンな』

 

その言葉を皮切りに、自分を中心とした世界がホワイトアウトし、何もかもが消え去って自分さえも消えた。




貫通弾(ブレイク・バースト)・・・克也の使う魔法障壁を貫くための最大の魔法。

想子滝(サイオン・ゲイザー)》・・・達也が使える最強の魔法障壁。


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第89話 発見

達也との会談の次の日、藤林さんから予想通りの結果が帰ってきた。

 

「やはりハッキングされていましたか」

『それもかなり高度にね』

「犯人は分かりましたか?」

『数多のルートから同時にハッキングされているから、見つけるのは事実上不可能ね』

 

藤林さんは本気でがっかりしているようで、いつもの笑顔ではなく声もいくらか低くなっている。〈電子の魔女(エレクトロン・ソーサリス)〉の肩書きを持つ、彼女の魔法を以てしても尻尾を掴ませない人物とは、一体何者なのか想像もつかない。

 

「情報の上からではなく、自分たちで見つけるべきなのでしょうか」

『情報の上でも現実でも必ず足跡は残るわ。それを1つずつ洗えば出てくるだろうけど』

「効率が悪すぎますね」

『〈十師族〉に報告はしないの?』

「これは四葉家の問題です。他の家を巻き込むわけにはいきません。それに報告すれば、大人数を動かすことになるかもしれませんから。そうなれば、そいつらに警戒させることになります」

 

このことは最低限の人にしか知らせたくないので、四葉家以外に知っている人物は藤林さんだけだ。師匠には知らせてはいないが、あの人のことだから何か掴んでいるかもしれない。そろそろ聞きに行ってもいいかもと思い始める。

 

『そこまで言うなら祖父にも言わないでおきます。まだ全部の解析が終わったわけじゃないから、何か分かればまた連絡するわ』

「ありがとうございます」

 

映像電話を切り、リビングのソファーに座って背もたれに身体を預ける。ここ5日間の疲労のせいか眼の奥が鈍く痛み、瞼を強く閉じてしまう。達也は昨夜から始まった深雪の陣痛を心配し、四葉家お抱えの産婦人科に泊まり込んで深雪の側にいる。だから今ここにはいない。

 

産まれれば喜ぶことができるが、心の底から喜べるか微妙なところだ。次の世代を担う新しい命の誕生に喜びたいが、水波の安全を確認しない限り、本当の意味での祝福を送ることはできない。

 

達也だって自分の子供が産まれれば、少しの間は水波のことから意識がそれてしまう。それは仕方がない。だが分かっていても忘れないでいてほしいと願ってしまう。

 

「克也様、緊急のお客様です」

「誰からですか?」

 

重く深い思考に陥っていると、リーナ専属の使用人であるシルヴィーさんから声がかかった。

 

「北山潮と申されております」

 

予想だにしない人物からの面会を求める要求に、驚きを隠せない。

 

「今すぐ応接室に通して下さい」

「畏まりました」

 

長く仕えている使用人と、それほど変わらない動作で部屋を出て行く女性を見送り、遅れないように自分も応接室に入る。数分後2回しか会ったことがないが、どう見ても普通ではないことが起こったのだと分かるほど、必死な顔をした北山さんが入ってきた。

 

「克也君、助けてくれ!」

「北山さん、落ち着いて下さい。話してもらわないと判断できません」

「…すまない」

 

北山さんはシルヴィーさんが出した冷えた麦茶を、一気に飲み干し、落ち着きを取り戻してからゆっくり話し始めた。

 

「雫がさらわれた」

「雫がですか!?」

「雫だけではない。ほのかちゃんも一緒にだ」

「…場所は何処でですか?」

 

硬質化した俺の声音に腰を砕かせながらも答える。

 

「…渋谷の大型ショッピングモールだ」

「時間帯は?」

「1時間前だ。警察から少女2人がさらわれ映像解析した結果、その少女が雫とほのかちゃんだと連絡が来た」

 

渋谷と聞けば、もう手段を選んでいる場合ではない。身内だけでなく友人まで手を出したのだ。容赦などできるはずがない。

 

「お引き受けします」

「いいのか?」

「無論です。友人をさらわれたとなれば、黙って見過ごすことなどできません」

「克也君、ありがとう!」

「克也様、緊急の連絡です!」

 

北山さんと固く手を握り合っていると、シルヴィーさんが情報端末から耳を離して叫んできた。

 

「どうしました?」

「先程お話ししていたお二人を偶然にも発見したそうです」

「「何!?」」

 

まさかのタイミングに驚くが、この上ない情報だ。

 

「誰が何処でですか?」

「亜夜子様と文弥様からです。確証はありませんが情報によると、お二人と思われる想子波動を発するワゴンが、空き家に入っていくのを発見したそうです」

「今から俺も向かうと2人に伝えて下さい。北山さん、必ず2人を連れて帰ります。しばらくここで待っていてください」

 

俺は2人の返事を聞かずに応接室を飛び出し、自室に置いている〈血薔薇の銃(ブラッディ・ローズ)〉を取りに行き、自分の車で文弥と亜夜子の元へと向かった。

 

 

 

 

 

文弥たちの居場所は、車に搭載しているカーナビに表示可能なため、シルヴィーさんに聞く必要はなかった。

 

2人が雫とほのかを発見できた理由は、シルヴィーさんの魔法を応用して、俺と達也の技量では見抜けない残留想子を感知できる機械を、FLTと共同開発したからだ。

 

念のために知り合い全員のデータをインプットしていたおかげで、今回は発見することができたというわけだ。交通法ギリギリの速度で向かい、15分もかからず2人のいる場所に到着した。

 

「2人とも準備はいいか?」

「克也兄さん、お二方があの場所にいるのは間違いありません」

「そのようだな2人の存在を感じる。それに水波もいるかもしれない。だが水波の存在も強く感じるが何処にいるかが分からない。水波がいると思われる付近にだけ、認識阻害の結界が張られているようだ」

「克也さん、どうしますか?」

 

亜夜子の質問は、自分が入れば足手まといにしかならないのを自覚しているが故の質問である。それに対して俺は連れて行くべきではないと思っていた。亜夜子の魔法は諜報向きであり、実戦に適した魔法ではない。こういう場所では本来の実力を発揮できないのだ。

 

「亜夜子、お前は黒羽家の魔法師とここら一帯を警戒していてくれ。誰かがあの空き家に侵入しないように」

「わかりました」

「文弥、行くぞ」

 

亜夜子と護衛が、その場を離れて警戒に当たったのを確認後、文弥に声をかけると無言で頷いて俺の後ろを歩いてくる。空き家の前に立つが特に何もおかしな点は見られない。ワゴンが荒れた庭に置いてある以外は。

 

「克也兄さん、あれがお二人が乗っていたと思われるワゴンです」

 

俺は振り返らず文弥の言葉を聞いてから、壁に左耳を押し当てながら《壁耳》を発動させる。これは古式魔法の一つで、新婚旅行の前に幹比古から精霊の扱い方を教えてもらったことで、唯一習得できた精霊魔法だ。

 

1年生の頃の九校戦で《逃水(とうすい)》を使ったことを知った幹比古が、「もしかしたら精霊魔法を軽く使えるかもしれない」という突拍子のない自論を掲げ、半ば強制的に訓練させられた。

 

風の精霊に力を借りて、微弱な空気の振動を可聴域にまで音量を上げて音声を聞き分ける。それがこの魔法の能力だ。実戦的な魔法ではなく、諜報などの情報収集に有効な魔法と言える。

 

 

『まさかこの2人を拉致させるなんてな。ボスは一体何を考えているんだ?』

『知るかよ。だが幹部によるとボスの言葉は口と頭が同じか分からない(・・・・・・・・・・・・)らしいから、俺たちみたいな入って間もない人間が、簡単に理解できるわけねぇだろ』

『それより見ろよこの2人。なかなか上玉だぜ。久々にいいかな?』

『てめぇずりぃぞ。なら俺はこっちのかわいこちゃんをいただこうかな』

 

 

男2人の卑猥なやり取りを聞き、怒りが上昇するがなんとか抑える。

 

「2人はここで間違いないな。文弥、俺の肩に触れて《ダイレクト・ペイン》で中にいる奴らを無力化しろ」

 

振り返らず命令すると、文弥は不満そうな雰囲気を出さず俺の左肩に左手を置き、流れ込む情報を読み取りながら魔法の照準を合わせ、【固有魔法】《ダイレクト・ペイン》を発動させた。

 

中から2人分の倒れる音が聞こえると同時に、入り口のドアを《燃焼》で燃滅させて中に入る。

 

簡素なベッドに寝かされていた雫とほのかを見ると、上半身の衣服を剥がされあられもない姿に成り果てていた。文弥に眼を閉じるように言い、2人の衣服を移動魔法で元通りに戻す。

 

「達也兄さん、認識阻害の結界は何処に張られていますか?」

「この床下の地下5mから形成された立方体だ」

「立方体ですか?」

「俺の《地獄の辺獄烈火(ベルフェゴール)》でも消去できないらしい」

 

文弥はその言葉に驚き、どう動こうか迷っているようだが俺の説明は続く。

 

「俺の《地獄の辺獄烈火(ベルフェゴール)》が効かないとなると、これは噂に聞いた《完全なる立方体(パーフェクト・キューブ)》か?」

「《完全なる立方体(パーフェクト・キューブ)》…ですか?」

 

聞いたことない魔法名に文弥が首を傾げるので、簡単に説明することにした。

 

「《完全なる立方体(パーフェクト・キューブ)》、あらゆる魔法や物理攻撃を防ぐ強固な防御魔法だ。強力な硬化魔法で示した範囲を空間に留めるから、使える人間はほぼいない」

「ではジェネレーターが張っているということですか?」

「ジェネレーターのような出来損ないでは何十体いようと使用はおろか、魔法式の構築さえ無理だろう」

「では一体何がこのような魔法を…」

 

文弥は俺の発言の意味を理解していないようだ。

 

「俺はさっきジェネレーターのような(・・・・・・・・・)と言った。逆に言えば、機械もしくは大人数の魔法師なら発動可能ということだ」

「そんな魔法を使える魔法師がいるのですか?」

「使えるのはこの魔法の二次開発者イーゴリ・アンドレイビッチ・ベゾブラゾフ只一人」

「…何故新ソ連の〈戦略級魔法師〉の術式がここで使われているんでしょう」

「どこかで繋がりがあったのだろう」

 

克也は素っ気なく答え、ただ1つ解除できる魔法を足下に向かって発動させた。すると足下から身体をなでるように吹き上げる何か(・・)を文弥は感じた。だがそれよりも驚愕したのは、《完全なる立方体(パーフェクト・キューブ)》を破った克也の魔法だった。

 

「克也兄さん、一体何をしたんですか?」

「魔法を解除した。ただそれだけだ」

「どうやって解除したんですか?」

 

克也は早く先に進みたかったが、文弥の不安を取り除くことを優先した。

 

「俺は《完全なる立方体(パーフェクト・キューブ)》を定義破綻するように仕向けた。魔法名《強制解除(アブソリュート・キャンセル)》は、《完全なる立方体(パーフェクト・キューブ)》を無効化できる現在で唯一の対抗魔法だ」

「そんなものを何処で…」

「これは魔法大学の中に保存されている文献の中でも、更に規制のかかった有害文献の中に書かれていたものだ。50年前に考案された未完成の魔法らしい。3年前に文献の整理をしている際に許可を貰って、本家で達也と2人で完成させたんだ」

「何故そんなものが書かれていたのでしょうか」

「当時、新ソ連が強力無比な魔法を開発中だと知った日本の魔法師の1人が、生涯をかけて最強の防御魔法を無効化できる対抗魔法を設計した。50年前はそれほど魔法も今ほど発展していたわけじゃないから、寿命を迎えるまでに完成させられなかったんだろう」

 

克也と達也は3年をかけて設計途中だった魔法式を製作し、今年の正月に完成させていた。

 

「どのような効果があるのですか?」

「《完全なる立方体(パーフェクト・キューブ)》は、硬化魔法によって想子を分子のように連結させて強固な壁を作っている。対となる《強制解除(アブソリュート・キャンセル)》は、移動魔法で想子の繋がりを切るまたは外して別の場所に繋ぐ魔法だ。もちろん《完全なる立方体(パーフェクト・キューブ)》より強い〈干渉強度〉が必要になってくるし、消費想子量も尋常じゃない。力尽くで定義を変更させるから、普通の魔法師では使用できないよ。長話をし過ぎたかな。文弥は2人を頼んだ。俺は下に行ってくる」

 

血薔薇の銃(ブラッディ・ローズ)〉を床下に向け、《地獄の辺獄烈火(ベルフェゴール)》と《燃焼》を発動させ、認識阻害の結界と床のコンクリート・土を消し飛ばす。すると水波の存在を認識して、安心したのと同時に憎悪が沸き上がる。そのまま先程開けた穴に飛び込んで地下室まで落下する。

 

空間を完全に掌握した克也は、着地の際に音も立てず衝撃など自分の身体に何一つ影響はない。呆然としながらこちらを見ている研究者らしき異物(・・)を容赦なく《ヘル・ヘイム》で存在を消し去り、機械につながれている水波の元へ向かう。

 

顔は真っ青で頭には、数多のコードが繋がれたヘットギアらしき物をつけられている。優しくしかし最短スピードで外して破壊する。警告を表す警報が鳴るが、克也の耳には入らず、《全想の眼(メモリアル・サイト)》で水波を見て、その場に崩れ落ちてしまった。

 

「…水波、お前も…なのか?」

 

ぼそっと自分の声ではないような声で呟き、よろよろと立ち上がってコードが繋がっている機械に駆け寄り、キーボードを猛烈なスピードでタイピングし、実験データを見つけようとする。だがまたしてもハッキングされデータを盗まれてしまう。そのハッキングにはウイルスが仕込まれていたらしく、その画面一杯にエラーコードが現れる。

 

克也がうなだれたのは僅かな時間で、水波を抱え開けた穴を上り文弥と合流する。

 

「克也兄さん、戻って…克也兄さん?」

 

文弥は克也の腕に抱かれている水波を見て安堵したが、克也の表情を見て異変に気付いた。克也の表情が普通ではないのだ。能面でもポーカーフェイスでもない。本当に感情が消えた表情で立つ克也は何も言わず、移動魔法を雫とほのかにかけて空き家を出て行く。

 

文弥は根になったように床に張り付いて動かない足を、懸命に動かし克也の後を追った。




次話からシリアスになっていきます。


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第90話 感慨

本家に戻って敷居をまたぐが誰も迎えない。それをいいことに克也は水波を抱えて集中治療室に入り、延命治療装置を慣れた手つきで装着する。

 

といっても雀の涙程度にしか役割を果たさないが、2人と真夜・葉山が戻ってくるまで、なんとしてでも命を繋げなければならない。助からないことは既に分かっているが、可能な限りは手を尽くす。それが伴侶としての役割だ。

 

水波の呼吸が安定したのを見届け、雫とほのかの容態も確認しに来客用の寝室に向かう。2人は発見した当時のままの服装で寝かされている。

 

全想の眼(メモリアル・サイト)》で2人を視ると、精神的なダメージはあるが心配するほどではない。シルヴィーに任せてリビングに向かう。リビングではリーナと潮が、心配そうにこちらを見つめていた。

 

「北山さん、本日の所はお帰り下さい。精密検査を受けさせますので2人を預からせていただきます」

「克也君、ありがとう。本当にありがとう。2人とも大丈夫なんだろう?」

「精密検査をしなければはっきりとは言えませんが、今のところは問題ありません」

 

しっかりと頷くと安堵したように長い長い息を吐き出し、白河夫人に連れられ応接室を出て行った。リーナはそれを見送り、ドアを閉めてゆっくりと振り返る。

 

「カツヤ、ミナミはどう?」

 

克也が無言で首を振ると、リーナは悔しそうに唇を噛み締めて俯く。かけるべき言葉が見つからないのだ。ここまで暗く重い表情をして、感情の消え去った人形のような克也を見たくなかった。

 

「カツヤ、ミナミはあとどのくらい保つの?」

「…良くて3日だ。どうすることもできない」

「ミナミは何をされたの?」

「確証はないが水波の衰弱の仕方を見ると、魔法の実験台にされていたんだと思う。水波の周りにだけ強力な認識阻害の結界と《完全なる立方体(パーフェクト・キューブ)》が張られていた」

「…なんですって?」

 

リーナはその名称を聞いて驚きを隠さなかった。いや、隠せなかったと言うべきだろう。感情が表情に現れやすいリーナだが、ここまで驚愕することはそうそうない。

 

「何でそんな魔法が…」

「知っていたのか?」

「ええ、USNAにいたとき何回か耳にしたわ。新ソ連にはあらゆる魔法を防ぐ強力な防御魔法が存在するって」

「それが《完全なる立方体(パーフェクト・キューブ)》だ」

「でもなんでそんな魔法が使われていたの?」

「俺にも分からんがイーゴル・アンドレイビッチ・ベゾブラゾフが魔法式を提供したのだろう。何処かの国または人物を仲介役としてな」

 

そうでもしなければ、日本にその魔法を使える魔法師または使う機械があるわけがない。克也は最後まで言わなかったが、リーナは言わんとすることを理解していた。

 

「リーナ、俺は水波の傍にいるから何かあれば呼んでくれ」

「分かったわ」

 

リーナは克也の背中を悲しそうに見送った。

 

カツヤ、一番悲しいのが貴方だってことは痛いほどわかるわ。でも悲しんでいるのは貴方だけじゃない。ワタシもミユキもタツヤも。そしてマヤ様もハヤマさんもみんながそう。だから1人で抱え込まないで。

 

リーナは自分の左胸を抑える。その行動が意図した結果ではないとは知らずに。

 

 

 

翌日の夕方。達也と深雪が新しい命を腕に抱え、後ろに真夜と葉山を連れて本家に戻ってきた。だが家を出た頃より暗いことに気付く。迎えた克也の表情に、3人は最悪の事態になったのではと思った。

 

「詳しいことは今から話す。準備ができたら会議室へ」

「…ああ」

「…はい」

 

達也と深雪は素直に頷くことしかできなかった。

 

母上(・・)・葉山さん、行きましょう」

 

達也は2人を誘って本家の敷居をまたぎ、中に入って3人も後に続いた。深雪は樹里(じゅり)をシルヴィーに預け、会議室へ向かう。部屋に入るとリーナが克也の後ろに立っていた。まるで克也専属のボディーガードとでも言うかのように。全員が着席すると克也は話し始めた。

 

「昨日の夕方に水波をとある廃屋で発見し、同時に雫とほのかを救出しました」

「何故水波に加えて雫とほのかが同じ場所にいたんだ?」

「水波と同じ場所で拉致されたらしい。そして奴らの会話を聞いて、2人が意図的に拉致されたことも分かった。賊の背後関係は、黒羽家に任しているから気にしなくていい」

 

克也は話し終えると顔を伏せてしまい、リーナを除く3人は水波のことを話さないことに危機感を抱いていた。

 

「克也お兄様、水波ちゃんは?」

 

克也が無言で首を振ると深雪は口を両手で覆い、達也は顔を顰めて真夜と葉山も悲しげに俯いた。

 

深雪は克也の落ち込む理由を全く知らない。だが、克也の様子と他の3人を見て尋常ではないことが起こっていると理解していた。

 

「…克也、水波は治らないのか?俺の《再生》でも」

「無理だ。魔法演算領域が修復不可能なまでに崩れ去っている。生きていられるのが不思議なくらいに」

「そんな…」

 

深雪の悲痛な叫びにリーナも涙を流しそうにしていたが、今泣くべき時ではないと自分に言い聞かせ、無理矢理に涙を押し留める。真夜は違う意味で涙が溢れだしそうになっていた。姉であり克也たちの実母と同じ状態であることに、過去の悲しい出来事を思い出してしまったのだ。その真夜を葉山は背中をさすって落ち着かせていた。

 

「克也様!」

「会議中ですぞシルヴィー殿」

「お叱りは後程お受けいたします。克也様、至急集中治療室に。水波様が眼を覚まされました!」

「っ!」

 

克也は報告と同時に会議室を飛び出し、全速力で治療室に向かった。

 

水波!水波!

 

克也はただただ水波の名前を、治療室に着くまで心の中で叫び続けた。

 

「水波!」

「か、克也…様」

 

克也が治療室に飛び込むと、水波は弱く苦しそうに。しかし確かに嬉しそうに笑顔を浮かべて、最愛の克也の名前を呼んだ。

 

「水波、大丈夫なのか?」

「身体の自由が…利きません。でも、克也様の…声が聞こえて、克也…様の顔を見れる…だけでもう…十分です」

「まだお前にはあげたいものがある。だから元気になってくれ!」

「もう…たくさんいた…だきました。【調整体】として産まれた…私を…四葉家の方が…保護して…下さい、ました。そして…克也様と婚約、させていた…だき、…愛を…いただきました。…十二分に幸せでした」

「水波…」

 

後ろには先ほどの会議室のメンバーが集まっており、深雪は達也に肩を抱かれ、リーナは自分の腕で身体を押さえつけ、真夜と葉山は毅然とした表情で立っていた。

 

「…しばらく2人にしてくれ」

 

克也は延命装置を外し、水波を抱き上げて治療室の裏口へと向かいう。裏口から出た克也は裏山に登っていく。そんな克也をリーナが追いかけようとしたが、達也に肩を捕まれその手を払いのけることができなかった。そしてそのまま坂を上っていく克也を、蒼穹を思わせる瞳で見つめる。

 

 

 

俺は腕に抱えた水波の体温に触れ、命の灯が消えかけているのを感じていた。そして裏山の中腹にある少し開けた場所に腰を下ろし、遠くに見える街明かりを見下ろす。

 

「綺麗ですね克也様」

「…ああ、そうだな」

 

水波の口調が少し滑らかになったのは、俺が《回復(ヒール)》を使って一時的に補助しているからである。だがいつまでも使うわけにもいかない。使用している間にも水波の精神は、魔法の影響を受け、命を確実に削っているのだから。

 

「今だからこそこんな風に美しく見えるんだと思うよ」

「克也様はこれで良かったのですか?」

「どういう意味だい?」

「【調整体】は寿命が短いと知りながら、私と契りを交わして夫婦になったことにです。この子(・・・)を授かったことも」

「俺は愛した人が犯罪者でも善人でも悪人でも愛し続ける。その人が他人からひどい仕打ちを受けても。その人以外が敵になっても俺は守り続ける。命が枯れるその時まで。...俺は護れなかった。水波もその子(・・・)も。魔法が強くても護りたい命を守れなければ意味がない」

 

俺にとっては水波がすべてだった。少し悩みがあっても疲れていても水波を視界に入れ、この腕に抱いて体温を感じるだけで幸せだった。何があっても水波がいれば乗り越えられると思えた。たとえ達也や深雪と敵対することになっても、味方でいつづけると決意し行動できるほどに。

 

この世界に生まれるはずだった我が子と、顔を合わすことも言葉を交わすこともできない。父親として何もしてやれなかった。

 

「…克也様、お別れですね」

「ああ、だけど永遠の別れにはならないよ。俺の心に魂に、そして水波と関わった全ての人の心に生き続けるからね」

 

俺は左胸を右拳で抑えながら空を見上げる。それにつられて水波もゆっくりと視線を上空に向けて眼を見開いた。

 

「これは…」

流星群(・・・)だ。綺麗だろう?」

「とても…綺麗です。今まで見た中で」

 

俺は《()》を大気圏付近で発動させ、流星群もどきを作り出して水波に見せたのだ。

 

 

 

『いつか2人で本物の流星群を見たいです』

『そうだな。2人だけで見に行こう』

『絶対ですよ?』

『絶対だ』

 

 

 

いつだったか。そんなやりとりを思い出して、俺の頬には夜空に瞬く星々のような光る二筋の道ができていた。

 

「いつまでもお慕いしております…」

 

命の灯が消える瞬間、俺と水波は最後のキスを交わした。唇を離した水波が笑顔を浮かべる。そして瞼をゆっくり閉じ、二度と目覚めることはなかった。俺はしばらく最愛の妻の亡骸を抱きしめた。

 

「水波、本当にありがとう。安らかに眠ってくれ…」

 

水波の身体を腕に抱きながら立ち上がる。

 

「克也お兄…」

 

裏山から下りてきた俺を見て、深雪が問いかけようとする。だが腕に抱かれ、力なく揺れる水波を見て、言葉を綴るのをやめた。そのまま横を通り過ぎていく俺を、誰もが何も言えずに眼で追いかけることしかしなかった。

 

 

 

 

 

翌日、水波の葬式が厳かに行われた。四葉関係者の多くが参列し、水波の最後を記憶に記した。その時の克也の表情は、言葉で表せないほど深い悲しみにあふれたものだった。

 

 

 

『克也様。克也兄様。克也様。克也兄様』

 

脳裏に自分の名前を呼ぶ水波の声と顔が浮かぶ。

 

「何で、何でだよ。何で嬉しそうな顔しか浮かばないんだよ…」

 

自室で椅子に力なくもたれながら、ぼそりと呟かれた言葉を聞く者などいない。なのに克也の口からはずっと水波の名前が溢れる。

 

「水波、何で先に逝くんだよ。逝くときは一緒だって決めたのに…」

 

立ち上がろうとし机に手をかけたが、掴めずに視界が不自然に揺れる。自分が倒れたことに気付いたのは、誰かが遠くで誰かが何かを叫んでいる声だった。

 

「み…なみ…」

 

克也の意識は、大切な女性の名前を呟いた次の瞬間に途切れた。




克也と水波が2人きりの場面では、九十年代を代表する某有名アーティストの楽曲LOVE FOREVERをBGMとして流しています。


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第91話 集い

達也が倒れていた克也を発見したのは偶然だった。克也の部屋の前を歩いていると、何かがが倒れる音が聞こえた。ドアを開けて中を見ると、俯せに倒れている克也を発見した。

 

「克也!」

 

駆け寄って声をかけるが返事はない。顔色は悪く呼吸が浅いので危険な状態であるのは一目瞭然だ。《再生》を施すが目覚める様子はなく焦ってしまうが、深呼吸をして焦りを追い出す。

 

克也を肩に担ぎ治療室に向かう途中、リーナと出会ったので声をかけた。

 

「リーナ、克也が倒れた。医師を呼んでほしい」

「分かったわ!みんなに知らせてくる!」

 

リーナが走り去った方角とは逆を向く。もっとも信頼を寄せる兄を背負って歩き出し治療室に向かう。

 

「克也、死ぬなよ…」

 

 

 

 

数十分後、達也は医師を含めた四葉家の重鎮を集め、緊急の会議を開いた。だが全員の表情は暗く、特に真夜は克也同様に倒れそうだった。

 

達也は全員を見渡してから重い口を開く。

 

「…四々屋(ししや)先生、現状報告をお願いします」

「畏まりました。克也様の容態は一言で言うと、芳しくありません。最悪の事態の一歩手前で踏み止まっているという状態です」

 

医師の診断には異議を唱えたくないが口に出したかった。「嘘」であると。だが医師がこの場で嘘をつく理由もなくメリットもない。 

 

「…いつ目を覚ますのですか?」

「不明です。精神に欠落が診られますので、当分は目を覚まさないかと。最悪の場合、目を覚まさずこのままの可能性も」

 

全員が眼を見開いて驚愕してしまった。現在の四葉で〈最強〉の魔法師である克也を失うのは痛手だ。四葉の地位を下げることになり、〈十師族〉の一角から脱落してしまう可能性も高まる。

 

四葉家の〈切り札(ジョーカー)〉であり、〈戦略級魔法師〉である克也を失うのは損害が大きすぎる。どうにかして目を覚ましてもらわなければならない。だが手の施しようもなく、手探り状態で治療して悪化させては本末転倒だ。

 

「克也の件は一旦棚上げだ。問題は水波を死に至らしめ、克也を意識不明状態に陥れた奴らの捜索と殲滅について話し合いたい。リーナはどう思う?」

「他国の介入ではなく、国内の何者かによる襲撃の可能性が高いと思うわ」

 

躊躇いもなくバッサリと切り捨てる言動だ。だが咎める人物はいない。ましてやその表現が妥当とでも言える空気が漂っている。

 

「根拠はあるか?」

「女の勘ってやつかしら?正しいとは思っていないけど」

「リーナの言い分はもっともだと思います。そうですよね叔母様?」

 

深雪は自分の言い分を言いながらも、相手の言い分も聞いていた。

 

「あながち間違いとは言えないわ。女の勘は意外と鋭くて正しいときが多いから」

 

まるで経験有りとでも言いた気な態度と声音だが、詳しく聞いたり話を拗らせる真似を誰もしない。する必要もする意味もないのだから。

 

「文弥はどう思う?」

「克也兄さんの《眼》から逃れられるような認識阻害の結界、日本にあるはずのない《完全なる立方体(パーフェクト・キューブ)》の術式に拉致方法など。我々が知り得る非合法組織では不可能だと思われます」

 

高校時代とは売って変わって男前に成長した文弥は、毅然としながら達也の問いに答えた。その隣では俯いて会議に参加できていない亜夜子がいたが、誰も声をかけずそっとしてあげていた。

 

「敵はなんだと思う?」

「可能性があるのは大亜連合です。しかし条約締結もありますし現状では介入できないかと思います」

「達也兄さんは国内であれば何処だとお考えなのですか?」

「七草家の息がかかった第三課。もしくは七草家そのもの」

 

達也の予測に予想外だったのか。全員の息を飲む音が聞こえた。

 

「達也さん、正気ですか?」

「可能性の問題です叔母上。【調整体】を否定する当主の弘一殿であれば、婚約に反対していましたからね。水波を拉致しても可笑しくはありません」

「確かに達也様の言い分は分かります。しかしさすがに七草家といえど、国家を含む魔法社会と敵対するなどあり得ないと思いますが」

「考えすぎだと自分も思いたいですよ」

 

葉山が言い過ぎとでも言うように、諭す形で達也の意見に釘を刺す。達也自身も考えすぎだと自分でも思っているし、そうであってほしいと願っていた。だからこそ強い言葉で言い返そうとはしない。納得はしていないようだが。

 

「しばらくは様子見で頼む。余計な警戒をされるわけにはいかない」

「分かりました」

「それで捕獲した奴らから情報は得られたか?」

「記憶にロックがかかっているようで、自白剤を用いても不可能でした」

 

敵はかなり用心深いと最初の頃から分かっていた。人体発火魔法と記憶の蓋という二重の保険をかけていたようで、用意周到さに脱帽させられる。捜査に行き詰まりを感じるのはそれだけではない。一番の原因は、四葉の二大戦力の片割れの不在と水波の死による悲しみが原因だろう。

 

僅か2日で復帰できるほど四葉も感情が薄いわけでもない。深雪が当主を継いでからは、家族・親類・部下との関係を深く尊重するようになった。どうやらこれが裏目が出ているらしい。

 

それは悪いことではないが、その関係を利用されているとなれば、弱点を突かれているということになる。魔法社会から四葉の信頼が失われる理由にもなりかねない。

 

「亜夜子と文弥は、捕獲者より敵の捜査を優先してくれ。少数で多く動く方が効率は良いからな」

「「了解しました」」

 

2人は返事をした後に会議室を出て行った。その後は四葉や分家内の内情を話し合い、別々に会議室を後にした。

 

 

 

 

 

1週間経っても克也は目を覚まさなかった。敵の情報も発見できず、時間だけが無情に過ぎていく。今日は高校時代の友人たちが克也の見舞いに来てくれていたが、全く目を覚ます気配もせず眠り続けていた。

 

「克也さん、ちゃんと面と向かってお礼を言いたいのに。眠ってたら言えないよ」

 

ほのかは涙を浮かべながらベッドで眠る克也に声をかける。

 

全員が治療室にいるわけではなく1人1人が治療室に入り、一言だけ伝えていた。拉致されて傷ついた心の傷が治ったほのかが応接室で漏らした言葉と普段から優しさに溢れた声音が、今では悲しみに塗りつぶされている。普段のほのかの明るさを知っているメンバーの気分を、さらに沈ませていた。

 

「克也さん、私の好きな気持ちいつどうやったら気付いてくれるの?こんなに好きなのに。眼で見れて触れることができるのに、笑顔も見れなくて声も聞けないなんて生き地獄だよ。助けてもらったから好きになったんじゃない。桜井さんと婚約する前から。入学して最初の九校戦の時からずっと好きだったのに。本当に克也さんは朴念仁だね」

 

泣きついた後、悲しい笑みを浮かべながら治療室を出る雫の気持ちは本物だ。

 

吸血鬼事件の際、ブラックホール生成・消滅実験のことを伝えた時にネグリジュを着たのは、少し克也をからかってみたかったからである。残念なことに友人宅のホームパーティーからの帰りだったので、疲れており下着を着けずに映像電話をしてしまったのだが。

 

 

ちなみに雫は酔っていたこと・お酒を飲んでいたことに気付いていない。

 

 

閑話休題

 

 

そのせいで深雪には怒られるわ。克也には上を着るよう言われるわ。重たい話になるわ。雫のいろいろな計画が水の泡になってしまった。

 

その後も色々あって気持ちを告げられず、克也が婚約してしまい、克也自身がそれを喜んでいたため文句を言えなかった。誰も居らず声を聴いていないことをいいことに、雫は自分の本音を打ち明けた。

 

東北からアポを取っているとはいえ、道場破り的なことをしていながら急遽駆け付けたエリカ、克也が倒れたことを聞いてドイツから緊急帰国したレオ、新婚生活を謳歌して新しい命をお腹に宿した美月とその旦那である幹比古が、一言述べた後に応接室でお茶をしていた。

 

「ほのかと雫はもう大丈夫なのか?」

「はい、もう大丈夫です。ご迷惑をおかけしました」

「うん、大丈夫」

 

達也の心配に2人はかぶりを振って明るく、しかしいつもより少し陰った笑みを浮かべた。

 

「2人は今何をしているんだ?」

「私は研究室で柴田さんの〈眼〉について研究しています」

「私はほのかの助手」

「状態は?」

「一定の目途は立っているんです。でもこれといった良い結果は得られていないんです」

 

ほのかは美月の〈眼〉について研究しているようだ。保護のために眼鏡をせずに普通にいられる薬を開発中なのだが、思いのほか難航しているらしい。吉田家にある呪符や呪法具で事足りるのだが、毎回呪符を使って結界を張ったり持ち運ぶのは、面倒であるし荷物も増えることになる。

 

幹比古ならその程度何も言わず、むしろ率先して自分からするだろう。だが手間暇を考えると、薬で症状を抑える方が効率がいい。そのため、ほのかや雫に頼んで開発してもらっているのだ。

 

美月に関しては、樹里の世話をしている深雪の育児を学ぶため、深雪の部屋(仕事部屋とは別)で絶賛勉強中だ。

 

深雪も四葉家当主の肩書を背負っているのだから、乳母や使用人に任せた方がいい。だが本人曰く「自分で育てて愛情を注ぎたい」ということなので、達也も真夜も何も言わず見守っている。

 

「レオはドイツ語を覚えたか?」

「あれから6年経つんだぜ達也?それなりには使えるっての。日常会話程度なら、日本語と遜色ないくらいには話せるようになったぜ」

「エリカは?」

「山形と福島・岩手・青森は終わったから、あとは秋田と新潟だけかな。その前に北海道行って全滅させるよ」

「「「「…」」」」

 

本人を除く全員が、あっけらかんとして話すエリカに何も言えずに眼を泳がすことしかできなかった。

 

「…レオ、高校時代に殺られなくてよかったね」

「…喰ってかかってた自分を褒めてやりてぇぜ」

 

2人が苦い笑みを交わしているのを、微笑ましそうに見ている達也の表情はとても穏やかだ。

 

「エリカ、資金は大丈夫なのか?」

「それがねぇ。かなり厳しいの」

あれ(・・)のせいか?」

「そうよ!未だに犯人捕まってないし、捕まえたら気が済むまで竹刀でぎったぎたにしてやる」

 

言いたいことはわかるが、年頃の女性が使う言葉ではない。とは言うものの、エリカなので誰も何も言わなかった。

 

「あれって何ですか?」

「ほのかは知らなかったのか。先月、千葉家の本邸が何者かに放火されたんだ。全体の半分が使い物にならなくなったらしい」

「誰がそんな酷いことを…」

 

ほのかは感情移入しやすい性格だから、深刻に事を捉えているようだ。実際、自宅が放火されることは深刻なのだが、エリカであれば報復を受けるかもしれないと友人たちは思っている。

 

「分かんないんだよねぇ。お怒りを買った覚えはないけど」

「今回の道場破りの件じゃねぇのか?」

「可能性はあるけど、負けた腹いせに放火なんかするかな?」

「そこまで根性のある奴らじゃないと思うよ。千葉家に喧嘩を売る輩なんてそうそういないと思うんだけど」

「資金なら四葉が支援するから気にするな」

「さすが達也君」

 

最後に話が逸れたが、結局その話し合いは結論が見えず、話し合いは途中で終わってしまった。

 

 

 

その頃克也の治療室には、2人の女性が涙を流しながら克也を見ていた。



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第92話 訪問

克也のベッド脇からすすり泣く声が聞こえてくる。それは悲しみと愛のハーモニーを奏でているかのようだ。シーツには涙でできた大きなシミが広がっており、相当量の涙を流していたのが想像できる。

 

「克也さん、早く目を覚ましてよ。じゃないと私…」

「アヤコの言う通りよカツヤ。貴方がいないと四葉は立ち直れないわ。それだけ重要な人だって貴方は気付いてる?」

 

亜夜子とリーナは毎日のように克也の治療室を訪れては、目を覚ますように願っていた。来る度に涙を流し辛い思いをすると同時に、何か安心させられるという矛盾を感じていた。

 

「何でカツヤがこんな目に遭わないとといけないの?ひどいひどすぎる」

 

リーナが何度目かもわからない嗚咽を漏らして泣いているのを、亜夜子は顔は心配そうに。しかし内心は乗り越えなければならない最強の敵になり得る人物だと思いながら見つめていた。

 

リーナ自身は克也に異性の好意を抱いているわけではなく、友人以上恋人未満の好意だと認識している。

 

だが亜夜子は異性として1人の男性として純粋な好意を、リーナが克也に抱いているのを敏感に感じ取っている。それを伝えない・気付いていないことに憤りを感じていた。

 

亜夜子は克也がリーナと自分に対する態度と話し方が違うことに、少しの寂しさに近い感情を感じていた。

 

克也は意識しての行動ではないが、リーナに対する態度や話し方は同年代という親近感からである。亜夜子との距離感は家族としての繋がりからだ。友人と家族との距離感の違いを、敏感に感じ取ってしまう亜夜子の観察力は異常だ。

 

女性としても美人な亜夜子は、克也の左手を握りながら泣いているリーナを改めて見る。

 

背中の中程まで伸ばされ、癖がなく溜息が漏れるような美しい黄金の髪。冬を思わせる蒼穹の碧眼は、世の男を虜にするほどの美貌である。

 

控えめだが柔らかな膨らみのある胸部。筋肉質で程よい柔らかさを感じさせる引き締まったくびれのあるボディ。そして安産型と思われる下品ではなく、上品に見えるヒップ。

 

女性が求める全てを合わせたような存在。

 

深雪と競わせても同等の票が2人に入るだろう。

 

克也は闇を思わせる黒髪に同じような黒い瞳。だが瞳は闇のような色合いの黒ではなく、夜空を思わせる人の心を包み込むようなそんな優しい黒。闇に溶け込みながらも、温かさと強さで仲間を導くようだ。

 

そしてシャープであり少し幼さが含まれる顔立ちは、女性が理想とする男性を体現させたような存在。

 

達也は反対に甘さを全て取り去ったシャープな顔立ちなので、2人が二卵性の双子だと言われても信じられないだろう。だが纏う空気が酷似しているため何故か納得できる。

 

そんな風に他人を評価する亜夜子だが、亜夜子自身もかなりの美女である。

 

化粧をしなくても女優として活動できる美しさ。おっとりとしているが時にはハキハキとした雰囲気の彼女も、男性が理想とする女性を体現させたような容姿である。

 

リーナや深雪と比べるとワンランク劣ってしまうだろうが、十分に美人の範疇に入る。リーナや深雪が規格外なのである。

 

人は自分を批判的に捉える傾向があり、他人を褒める傾向がある。決して相手の機嫌取りをしているわけではなく、本心で思っていることなのだが、自分の容姿などを上に見ることも必要である。

 

あまりにも自分は高みにいると考えていると、周囲から批判を受けることがあるので、程度は弁えなければならない。

 

リーナが出ていくのを見送り、亜夜子はこっそりと瞬間的に自分の唇を意識のない克也の唇に触れさせる。きっと目を覚ますと。克也はすぐにでも捜索を開始するが、自分の気持ちには気付かないと踏んでの行為だった。

 

「ファーストキスがこんな冷たいものだなんて。辛いですわ克也さん」

 

涙をこぼしながら悲しげな笑みを浮かべる亜夜子は、小さく呟き治療室を出て行った。

 

亜夜子がもう少し落ち着いていれば、克也の身体が少しだけ震えて、僅かに体温が上昇したことに気付いていたかもしれない。克也の体温と心拍を表すグラフが微かに。しかし確実に上昇したことに気付いた者は、亜夜子を含めて誰1人いなかった。

 

 

 

 

 

克也が倒れてから早1ヶ月。捜索は依然として進展しておらず、黒羽家だけでなく四葉家も焦りを感じていた。

 

ちょっとした尻尾を見つけたとしても、すぐにそれも取り除かれてしまう。完璧に奴らの手の平の上で弄ばれている。そんな状況が丸わかりな状態だった。

 

長期に渡る捜索の疲労感故か。それとも手掛かりを見つけられない苛立ち故か。四葉家屈指の諜報部隊である黒羽家配下の魔法師が、バタバタと倒れていった。

 

亜夜子も文弥も貢もその例外ではなかった。

 

「少しぐらい自分の身体を考えなさい」

「リーナさんに言われなくても自分でよく分かっています」

「分かっているならしばらく任務を休みなさいよ。貴方の能力がなければ絶対に見つからないわ」

「いいんです。情報が見つからないより、自分の身体が壊れてる方がマシです」

 

リーナは本家にある亜夜子の部屋で看病しながら怒っていた。リーナは心の底から亜夜子の心配をしているのだが、亜夜子は聞き入れるつもりはなかった。弱った自分に向けられる恋敵の言葉ほど、腹立たしいことはない。

 

前向きに物事を考えてくれるのは良いのだが、腹黒い考え方であれば心情を知っていても納得はできない。それを知らないリーナは、亜夜子が克也の敵討ちを手伝っていると勘違いしていた。

 

あながち間違いとは言えないが、その裏に個人的な心情が紛れ込んでいるとは思いもしないだろう。

 

「それでも万全な状態で任務に当たらなければ、できることもできなくなるわ」

「…分かりました」

 

亜夜子が素直に言うことを聞いたことに安堵したリーナは、一応の看病を終えたので部屋から出て行った。

 

結果的にという意味合いが強いが、亜夜子がリーナの言葉に従ったのは、旧USNA〈スターズ〉総隊長 アンジー・シリウスであったリーナが、過酷な任務を遂行し続けたことを知っていたためだ。

 

任務遂行中に自分の無理がたたり、部下を何人も失ったと話してくれたことを思い出す。背負っている重荷は違えど、個人の感情で動けば迷惑でしかない行為だと教えてもらった。

 

それを看病しながら何も言わずに、もう一度教えてくれたことに感謝して言う通りにする。

 

「本当に適わないなぁ」

 

ポツリと呟かれた言葉には1人の魔法師である黒羽家の魔法師としての感情ではなく、1人の片想いする女性の本音が込められていた。

 

 

 

 

 

達也と深雪はその日、樹里と仕事部屋でゆっくりとした時間を過ごしていた。克也が倒れて意識が戻らないという気落ちしても仕方ない状況であるが、2人にとって唯一不安を忘れさせてくれるのが樹里の存在だった。

 

深雪が事務処理をしている傍ら、達也は樹里の相手をしていた。初対面の人間なら達也を本能的に恐れてしまうものだが、樹里は怯えることなく穏やかに寝息を立てている。

 

達也の血を受け継いでいるのも理由の1つだろう。父親であり傷つけられることはなく、安心して寝ていられる。生後1ヶ月の子供でも理解しているのかもしれない。

 

樹里を抱っこしている達也の表情は、新しく儚い今すぐに命を失ってしまう存在を守る。そんな決意が込められている優しいものだった。

 

笑みではないが、心が安らいでいるのが一目見れば分かるだろう。感情を失った達也は、本当の意味での喜怒哀楽を感じられないが、僅かずつ取り戻しているように克也と深雪は感じていた。

 

克也の自分勝手な行動に対する怒りや、水波を失ったことへの悲しみ、樹里を愛するという愛情。それらは無くなったと思えない感情を表すようになっている。

 

深雪はこれを嬉しく思い、すべてが戻ることを願っている。完全に感情を取り戻すことはないと分かっているが、そう願ってしまうのだ。

 

失ったのではなく、忘れたわけでもなく、消されたのだから二度と元には戻らない。だが願ってしまうのはエゴなのか。深雪にとって最後で最大の望みなのか。それは深雪以外には分からない。

 

もしかしたら深雪自身も分かっていないのかもしれない。

 

「深雪様、面会の方が来られております」

「面会ですか?明後日まで予定はないはずですが」

 

ドアをノックして入ってきたシルヴィーの言葉に、深雪と達也は首を傾げた。達也の気配の揺れを察知したのか。樹里がぐずり始めたので、達也は慌てながらあやし始める。

 

「どなたからですか?」

「七草香澄様と泉美様と申されております」

 

さらに2人は首を傾げて樹里がまたぐずり始め、達也は慌ててまたあやし始める。

 

「取り敢えず話だけでも聞いてきたらどうだ深雪。何かしら理由があるのだろう」

「分かりました。シルヴィーさん、お願いします」

「畏まりました」

 

シルヴィーのあとに続いて深雪は仕事部屋から出て行く。2人を見送り樹里をあやしている達也は、2人がやってきたことに疑問を抱いていた。

 

2人が尋ねてくるなど思いもしなかったな。克也の見舞いに来たのか?いや、あのことは四葉家の関係者と友人たちにしか知らせていないはずだ。一体何のようだ?

 

達也が2人が尋ねてきた理由を知るのはもう少し先の話だ。そしてその要件が捜索の鍵になるとは、2人も深雪もそして達也でさえ思いもしなかった。



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第93話 兆し

時刻は午後6時半。深雪は後輩2人に会うために謁見室に向かった。応接室と謁見室の使用の差は、来客の重要性が高いかどうかにある。

 

深雪も友人たちをこちらに呼びたいのだが、四葉家の営業面としての風習であるため、こういったものはすぐに変えることはできなかった。

 

謁見室のドアを抜けると、後輩である香澄と泉美がこちらを振り返り挨拶をしてきた。2人の前に座ると泉美が深雪に問いかける。

 

「お久しぶりです深雪先輩」

「久しぶりね。元気にしてたかしら?」

「魔法大学も卒業しましたので今はそれほど忙しくありません」

 

近況報告を聞いただけだが、泉美の表情や声音は言葉ほど明るくなく、深く落ち込んでいるように感じられた。それにしても泉美は、未だに深雪のことを先輩とつけてしまうようだ。四葉家当主であるとわかっているが、泉美にとって深雪はいつまでたっても先輩なのだろう。

 

「それで用とは何か聞いてもいいかしら?」

「私たち2人は七草家当主 七草弘一直々に親子関係の絶縁を言い渡されました」

「…何故?」

「父の考えに賛同できないと言っただけで言い渡されましたので、私たちには詳しく分かりません。これがその証拠です」

 

香澄が手提げかばんの中から、丁寧に折りたたまれた高価だと思われる白い紙をテーブルの反対側。つまり深雪の前に差し出してきた。深雪は折りたたまれた紙を広げて、書かれた文字を声に出して読む。

 

「『次女と三女である香澄並びに泉美との親子関係を断絶することを決定した。決定事項に伴い、他家からのご意見にはお答えできかねます。〈十師族〉 七草家当主 七草弘一』。…かなり自分勝手ね2人の御父上は」

 

深雪が吐き捨てるように言う。それに加えて丁寧な言葉が余計に深雪の怒りを表していた。元から丁寧な口調の深雪だが、わざわざ知り合いの親に対してこのような言葉を使うことはない。それほどまでに深雪は不快感を感じていた。

 

2人は驚いたように全身をびくつかせたが、深雪は気付いていないようだった。自身の血縁者である娘から、考えに納得できないと言われた程度で、親子関係を解消する自分勝手な行動にイラついていたのだ。

 

自分自身も親となり、子供への愛情が膨れるのを感じているのも、イラつきの原因でもあった。生後1ヶ月の愛娘を見ると癒されるのだ。言うことを聞かない程度で、愛想をつかすつもりなどさらさらない。

 

香澄(・・)泉美(・・)が言いたいのは、保護してほしいということかしら?」

「…その通りです」

「何故四葉なの?」

 

敢えて2人を呼び捨てにする。学生時代の先輩・後輩の立場ではなく、《十師族》四葉家当主としての立場で問いかける。深雪の問いは拒絶を含んだものではない。ただ単に七宝家など〈七〉の数字を持つ家に、保護してもらえばいいのではと思ったのである。

 

「七草家の配下や七草家と関わりのある各家には、既に周りましたがことごとく断られました。父が手を回したのだと思います」

「用意周到ね。それで?」

「友人宅を訪れようと思いましたが、長居するわけにもいきません。しばらくの間は都内のホテルで過ごしていました。所持金が底をつきかけたので、ホテルを出たのが先ほどのことです」

 

2人がここに来た理由を、最初のうちにある程度は予想していた。友人宅に行けないのは、家庭の事情があるとはいえ長居はできないから。七草家配下の魔法師や関わりがある魔法師に先に手を回しておくのは、敵の行動範囲を狭める策と同じで戦術の初歩中の初歩だ。

 

絶縁したとはいえ、そこまでする必要があるのか。過剰に反応しすぎではないかというのが、偽らざる深雪の本音だ。

 

「いいでしょう四葉で保護します。場合によっては四葉に姓を改めてもらうことになるかもしれないけど。その時はお願いね」

「「ありがとうございます!」」

「白川さん、2人の部屋の準備をお願いします。シルヴィーさんは他の使用人の方々と入浴の準備をお願いします」

「「畏まりました」」

 

白川夫人とシルヴィーが出て行ったのを確認後、深雪は自ら勧んでお茶を煎れ、香澄と泉美の前に差し出した。2人は深雪の楽にしなさいという気持ちを、ありがたく受け入れることにした。

 

「深雪先輩、母親となった気持ちはどのような感じなのですか?」

「自分より旦那より。何より大切なものが増えたって感じかしら」

「素晴らしいものなのですか?」

「ええ、自分が生きてきた人生の中でもね」

 

2人は幸せそうに頬に手をあてて微笑む深雪を、高校時代以上に美しいと思いながら見つめてしまった。

 

自分たちもいつかはこんな幸せな家庭を築けるのか。疑問に思うが親子関係を断絶された自分たちに、そんなことを求める権利があるわけがないと思っていた。

 

「克也兄はお元気ですか?」

「っ!」

 

香澄の何気ない質問に深雪は息を詰まらせた。普段なら克也がこの部屋に現れてもおかしくない。そんなふうに思って聞いただけだった。深雪の予想外の反応に、聞いてはならないことを聞いてしまったと香澄は後悔する。

 

「…貴女たちなら受け入れられると思います。着いてきなさい」

 

深雪は立ち上がると、何も言わずにドアを開けて部屋を出て行く。香澄と泉美はどいうことなのか理解できず、その後姿を見つめて深雪が視界から消えたことで我に返り、その後姿を追いかけた。

 

 

 

地下に向かう階段を降りる深雪の後ろに続いて行く2人は、何処に行くのかと不安に駆られていた。何か良くないことが克也の身に起こっているのではないか。もしかしたら最悪である「死」なのではと。

 

「ここよ」

 

深雪は〈集中治療室〉と書かれた一室に入っていく。

 

「克也お兄様、2人が来ましたよ」

 

深雪が優しく声をかけるが返事のないことに2人は不安になる。深雪の後ろから覗くと目を見張った。

 

「…深雪先輩、克也兄様に何があったのですか?」

「精神に著しい欠陥が見られたの。水波ちゃんを失って守れなかった自分への怒りが、克也お兄様の精神を直接攻撃して、生命活動を一時的に止めてしまったのよ」

「そんな!」

「…戻ってきますよね?」

「ええ、必ず帰ってくるわ」

 

深雪が力強く頷いたのを見て、2人は少しだけ安堵したが、「いつ」帰ってくるかを言及しなかったことに違和感を覚えた。

 

「気が済むまでここにいていいから。終わったらさっきの部屋に来てね」

 

深雪が〈集中治療室〉から出て行くと、その後ろに香澄がついて行きく。部屋に残ったのは泉美だけだった。 泉美は近くの椅子を克也のベッドの横に移動させて座る。

 

呼吸器を付けられた克也の頰は痩せこけ、首や腕にはつまめるような脂肪しかついていない。明らかに今の自分より体重は軽いだろう。身長差が30cm近くあるというのに、自分より体重が軽いなどよほどのことがない限りありえない。

 

「克也兄様がこのような状態になったのは、桜井さんが亡くなったことが大きいのですね?」

 

目覚めることのない深い眠りについている克也以外、その声を聞く者がいない部屋で、泉美は涙を流しながらポツリと呟いた。四葉関係者と親しい友人以外には、水波の他界は知らされていないため、深雪が話すまで知らなくても仕方のないことである。

 

克也の左手を握ると、普段から優しく包み込んでくれる温かみはない。ただ今を生きることにすべてをかけている。そんな体温しか感じなかった。

 

香澄は泉美と違い、恋愛には疎く婚約も結婚もしようとは思っていない。克也のことを1人の男性として見てはいるが、泉美のように〈愛〉という感情を抱いていない。

 

泉美は誰より克也のことを想っていると思い込んでいるが、泉美と同様の想いを抱いているのは、リーナや亜夜子も同じである。

 

リーナの場合は、自覚症状がないので具体的な行動には出ていないが。

 

克也が水波以上に自分を想ってくれるとは考えていない。正室ではなく側室でも愛人でも。克也の傍にいれるのであれば、それ以上には何も求めない。

 

その想いを込めて克也の左手の甲に口付けすると、一瞬だけ克也の身体が震えたように感じた。

 

今震えた?もしかしたら私の気のせいかもしれませんけど。

 

自分でもよくわからない状況に困惑しながら克也の手を離し、名残惜しそうに眠る克也を見つめて、謁見室に戻る道に足を進めた。モニターに示された克也の体温を見れば、克也が震えた事実を確認できただろう。克也の体温はあと一息で目覚めるほどまで戻っている。

 

だがあと一歩を踏み出すための何かが足りなかった。

 

何かが…。



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第94話 世界

俺は何も見えない場所にいる。

 

いや、見えないと言えば語弊があるか。何も見えないのではなく、暗すぎるが故の勘違いだろう。視線を下げれば自分の身体があるのが分かる。

 

自分の身体が光を発しているように見えなくもないが、おそらくはこの何も無い〈空間〉と呼べる場所より、自分が明るいのだろう。暑くも寒くもなく、湿潤しても乾燥しているようにも感じない。重力のような自分を抑え込むものも感じない。不思議な〈空間〉で、何故か不安ではなく安心できるそんな場所だった。

 

「此処は何処だ?」

 

不気味に自分の声が木霊するが答える声はない。この場所がどんな所なのか分からなければ、脱出するための方法も見つからないのだ。何も考えずがむしゃらに動いたとしても、落胆するのは目に見えている。

 

『ここは貴方の世界。貴方自身が望むすべてを叶えてくれる空間』

 

突如涙が滲むような懐かしい声が聞こえた。10年以上聞くことのなかったこの声の音源を見ると、今度こそ涙が溢れた。

 

「母、さん…?」

『たくましくなったわね克也』

 

年甲斐もなく、自分より細く華奢で昔と変わらない年齢不詳の容姿の母を抱き締める。ふわっと胸を締め付けられるような香りが、鼻腔をくすぐる。

 

「何故母さんがここにいるの?」

『どうしてか思い出してみなさい。貴方は覚えているはずよ。私が貴方に何をしたのかを』

 

母さんを抱擁から解放して思い返す。少しばかり考えたところで思い出した。

 

「もしかしてあの時(・・・)の口吻?」

『その通り。あれは私の魔法を貴方の中に残すための行動だったの。万が一のためにと思って準備していたんだけど、本当に発動させてしまうことになるなんてね』

「そんな魔法があっただなんて知らなかった」

『この魔法を作るためにすべてを賭けていたもの。不発に終わっていたら、私の苦労はなんだったのかしら』

 

母さんは明るく笑っているが俺は申し訳なくなった。つまり母さんが倒れたのは、俺のためにこの魔法を開発したからだ。そして過労によって亡くなった。俺のためだけに…。

 

「でも何故そんなものを?」

『貴方は達也と違って深雪ではなく別の女性を愛すると、〈独占欲〉に近い感情が溢れる事が危惧されていたの。その女性を失ったときに、その感情を爆発させる危険性があった。記憶にない?』

 

感情の爆発に近いことは1回だけあった。それは水波が人間主義者に襲われたときのことだ。怒りにより俺は感情に飲まれ、達也や深雪まで巻き込もうとした。

 

「あれもその〈独占欲〉からきたものだと?」

『ええ、私もそれを貴方の中から見ていたわ』

「そんなことが…」

『貴方の精神部分に私の精神をコピーしたのだから、見えてもなんら不思議はないわ』

 

素晴らしい魔法だが、同時に俺は母親に監視されていたことになる。あらゆる行動をしていた間も。

 

「…俺の行動をすべて見ていたと?」

『覚醒しているときにはよく観察させてもらったわ。大半は眠りの中にいたのだけれど』

「…そ、そうですか」

 

すべてを見られていなかったことだけは救われた。水波とのあれ(・・・・・・)も見られていたとなると、公開処刑にも近い恥ずかしいものだ。

 

「ところで此処は何処なのですか?」

『今の話の流れから分からない?聡明な克也なら分かると思ったんだけど。まあいいわ教えてあげる。ここは現実と死後の世界との境界線にある世界。貴方の【精神世界】とも言える場所かしら』

「俺の精神に書き込まれた母さんのコピーがあるから、今こうして母さんと話すことができるというわけですか」

『その通りよ。この魔法は遅延・条件発動型の複合術式で、私しか使えないある意味【固有魔法】ね』

 

母が亡くなってしまい、その術式は継承されていないので、この【世界】にいる俺以外に知ることはないだろう。

 

「この魔法はいつまでも俺の中に残り続けるのですか?」

『この魔法は一度発動すると消える仕掛けになっているわ。克也との繋がりが切れる頃には、私もそしてこの魔法も消える』

「理解しました。俺が現実世界に戻るためにはどうすればいいですか?」

『それはまた後で。それより克也は疑問に思うことはなかった?達也の眼が【理】に対して攻撃はできるけど見えないことに。克也には視えても攻撃できないことに』

 

確かに何度も思ったことはあるが毎回答えは同じだった。「人には出来ることとできないことがあり、それが自分たちの眼なのだ」と。だが同時に不安でもあった。何故俺にだけ視えて、達也にだけ攻撃できるのか。そして2人が魔法演算領域を重ねた時にだけ視えて攻撃できるのか。

 

『それは貴方たち2人の《眼》が、もともとは《1つの魔法》だったから。《全知の眼(ゼウス)》、それがもともとの名称。そうよ克也、貴方たち2人が名付けた名前は、偶然にも元々1つの《眼》と同じ名前だったの』

 

母は俺の驚きを正確に読み取り、その疑問にも答えた。

 

『貴方たち2人は、元々1人の人間として産まれるはずだった。どういうわけか双子として産まれ、《全知の眼(ゼウス)》は2つに分割され、貴方たち2人の【異能】として備わることになった。自分を責めてはダメよ克也。貴方のおかげで何人の魔法師が救われたことか。そのことを知らないわけではないでしょう?』

 

俺の内心まで見透かせるのは、俺の精神に母さんのコピーがまだ居座っているからだろうか。多くを救ったとはいえ、それ以上に近い数の魔法師を殺している。

 

しかし母の言葉は不快ではなく、心地良く罪を洗い流してくれているようだった。それが影響したのか俺の身体が淡く。しかし確実に輝き始めていた。

 

「これは?」

『どうやら克也自身の罪が消えて、精神の根源が治ろうとしているようね』

「治ろうとしている?」

『現実世界に戻ろうとしているということよ』

 

つまり俺の身体はまだ生きており、目覚めようとしているということらしい。生きることに絶望した俺に生きる理由があるのだろうか。

 

『現実世界に戻る価値が、今の自分にあるのだろうかって顔をしているわね。自分の価値は自分で付けるものではないわ。他人によってつけられるものよ。貴方にはまだすることがあるはず』

 

俺のやるべき事…。それは深雪・達也・そして水波が愛したあの世界を守ること。それが俺の成すべき事だ。

 

『腹は決まったみたいね。敢えて今聞くわ。克也は何をしに戻るの?』

「俺が成すべき事を成しに」

 

俺が答えると光は一層輝きを増し、俺の視界を奪った。

 

『⚪⚪』

 

意識が途切れる瞬間、母が何かを言った気がしたが、脳が理解するのを拒否したかのように認識できず消えた。

 

 

 

現実世界に戻ったかと思い眼を開けると、今度はすべてが真っ白な世界に佇んでいた。母のイタズラだったのかと俺は思ったが、こんな手間をかける必要性があるとは思えないので、その考えを却下した。

 

『ようやく話さなければならないことを話せるときが来た』

「君は?」

『俺は四葉(ぜろ)もう1人のお前(・・・・・・)だ』

「四葉…零、もう1人の俺?」

 

漂白されたような世界から現れたシルバーグレイの髪と浅紫色の瞳。俺と同年代らしき青年の言葉が理解できず、困惑しているとしっかりと答えてくれた。

 

『この世界には自分とは違う自分が生きる世界が数多渦巻いている。それは【パラレルワールド】と呼ばれているが、存在することを誰も知らない』

「別次元の俺だと言いたいのか?」

『理解が早くて助かるよ克也』

「君の存在が何なのかは理解した。何故俺の精神世界に入ってこられる?」

『何故か。俺も長いこと此処に眠っていたから忘れていたよ』

 

浅紫色の瞳を真っ直ぐに俺に向けて驚くべき言葉を発した。

 

お前は俺の生まれ変わり(・・・・・・・・・・)だ』

「生まれ変わり?…なるほど。それでもう1人の俺だと言ったのか」

『俺がここに現れることができたのは、お前の心を閉ざしていた殻が割れたからだ』

「殻だと?」

『その殻の名前は【絶望】。お前は水波を失ったことの悲しみと守れなかった自分の弱さへの怒りによって、精神に直接ダメージを与え深い眠りに落ちた』

 

儚く微笑む(ぜろ)という名のもう1人の俺は、半透明だった身体の下半身が消え始めていた。

 

『克也、人が絶望するのは大切なものを失ったときじゃない。自分自身を見失ったときだ。俺はそれに気付かず、取り返しの付かない過ちを犯してしまった』

 

俺は(ぜろ)の過ちを如実に予測した。

 

『俺は自分の世界、この世界とは違う別次元の世界を終わらせてしまった。…これは俺の償いだ。克也、頼む。この世界を守ってくれ。俺にはできなかった大切なものを失っても、生きる喜びを与えてくれる世界を守ってくれ』

「言われなくてもやってやるさ。水波が愛した世界を壊させやしない。相手が人間だろうと魔法師であろうと国家であろうとだ」

 

俺の決意の固さに気付いたのか。ぎこちない中にも嬉しそうな笑みを浮かべて微笑んだ。その身体は残り胸から上だけとなり、猶予は残り僅かだと否応なく教えられる。

 

『達也と深雪を頼む。俺は深雪を失い、達也の許可を得て世界を終わらせた。この世界の達也は俺の世界の達也の生まれ変わりだから、もうあんな思いはさせたくない』

「必ず守ってみせるさ2人を。この世界を」

 

(ぜろ)は消える間際、俺の左頬に右手を添えて一言だけ告げながら消えていった。

 

『頼んだよ《全知の眼(ゼウス)》』

 

(ぜろ)が消えた場所に、次元のひずみなのか蜃気楼のように揺らめくものが発生した。俺はそれが現実世界に戻る道だと直感した。

 

だが、決意したにもかかわらずそのひずみに飛び込むことができない。また救えず世界を壊してしまうのではないかという恐怖に襲われるが、背中を優しく押されることに気付いた。

 

1歩ずつ確実に近づき、あと1歩のところまで来て、俺は背後を振り返るが何もない。意を決して飛び込む瞬間、女性と男性の手を感じて声が聞こえる。

 

1人は深雪そっくりであり、1人は感情が多く含まれている達也そっくり。1人は先程の(ぜろ)の声であり、もう1つは優しく包み込むようで、鍛え上げられた肉体から発せられる精霊を介して話される声だった。

 

『『『『世界を救え。克也!!!!』』』』

 

その言葉が俺の中に入り込んできた。



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14章 報復編
第95話 覚醒


重い瞼をゆっくり持ち上げる。長い間光を忘れていたことで、僅かな灯りでも眩しく感じて再び目を閉じてしまう。何度か瞬きを繰り返すと、徐々に眼が光に慣れて視界が鮮明に映るようになった。

 

左側から寝息が聞こえる。ぎこちない動きで顔を向けると、そこには頭を俺が寝かされているベッドに置いて、もたれるようにして眠っているリーナがいた。

 

起き上がろうと身体を動かすが、途中でそれ以上動かせなくなり元の体勢に戻ってしまう。元に戻したときの振動でリーナが目を覚ました。

 

「カツヤ!」

 

骨が折れるような強さで抱き締めてくるリーナの背中を、軽く叩くと自分の腕の細さに驚く。枯れ枝のようにみすぼらしい。〈戦略級魔法師〉とは思えない弱々しさだ。

 

「どれだけ心配させたら気が済むのよ!」

「ごめん。俺、どのくらい眠ってた?」

「グス、2ヶ月よ馬鹿!無茶して!」

 

またしても泣きつかれるので苦笑するしかなかった。

 

「あんまり抱き締めると俺の骨が折れるぞ」

 

どうにか茶化すと涙を浮かべながら笑ってくれた。だが俺の顔を見て、驚きの表情を浮かべたので不思議に思った。

 

「俺の顔に何かついてるか?」

「カツヤ、あんたその姿…」

 

意味が分からずきょろきょろと辺りを見回していると、リーナが枕元の台に置かれた鏡を俺に渡してくれた。覗き込むとリーナが驚いた理由が分かった。

 

蒼い眼(・・・)

 

それが今の俺の瞳の色だ。リーナのように冬の蒼穹を思わせるような透き通った碧眼ではない。何もかもを見通す神の如く鋭い。されど優しさのある蒼色。

 

金色の髪(・・・)

 

リーナより濃い。されど不思議と光に照らされると透けて見えるような黄金の髪。明らかに今までの俺ではない。別人と言っても過言ではない変化だ。リーナは俺の別人ぶりに思考停止に陥っていたが、俺はすぐに状況を受け入れていた。

 

おそらく【精神世界】と呼ばれるあの場所から現実世界に帰還する際、四葉(ぜろ)という名の別次元の自分が俺に触れたこと、次元の歪みと思しきひずみに跳び込むのを、後押ししてくれた3人が触れたことによる事象の変化なのだと。

 

魔法ではなく人間そのものを造り替える。そんな魔法という範疇を超えた能力だと思える。それを知らないリーナが驚くのは別段可笑しくなく、正常な反応である。

 

「ようやく目覚めた(・・・・)ってわけか」

 

克也は2つの意味で呟いたのだが、リーナは1つの意味でしか捉えられていなかった。そのことに2人は気付かず話は進む。

 

「これで報復ができるわけだ」

「威勢だけはいいけど。その様子だと全然覇気が伝わって来ないわ」

「…まあ、そうだろうな」

 

確かに痩せ細りきった今の俺は迫力が皆無に等しい。口だけしか強い言葉は使えない。

 

「取り敢えずタツヤとミユキを連れてくるから、貴方はそのままでいなさい」

 

命令に近い言葉を残し、リーナは〈集中治療室〉から出て行った。

 

 

 

リーナが出て行くのを見送ってから思案を始める。

 

俺のこの状況は2人に説明しづらいな。上手く誤魔化さないとどうにもならん。しかし何故俺の容姿が変わったんだ?(ぜろ)が俺を呼んだときの言葉に何か意味があるのか?

 

〈言霊〉。

 

そんな一語が頭に浮かんだ。それは古来より日本で言葉に霊的な力が宿り、その言葉通りに結果を表すと信じられてきた。それが古式魔法にあるとすれば、

という言葉により、俺の髪と眼が変わっても不思議ではない。

 

【精神世界】で精霊を介して聞こえた声の人物が、俺に変化をもたらしたのであれば、古式魔法には外見を変える魔法が存在するということになる。《全知の眼(ゼウス)》古式魔法を侮っていたわけではないが抜け目がない。

 

古式魔法から学ぶことはまだまだ尽きないだろうな。自分の身体的なことより魔法のことを気にする辺り、以前の俺と何も変わらないようだ。

 

ふと思い、《眼》を自分の内側に向ける。自分の魔法演算領域に、別の魔法演算領域が付随していることに気が付いた。中身を見ようといくら《眼》を向けても、中を覗くことができない。偶然覗けたとしても、もやがかかったように詳細を見ることができない。いつかは見ることができると信じ、余計な詮索を止めた。

 

 

 

深雪の仕事部屋へ向かう間、リーナは顔を真っ赤にさせ両手で顔を覆っていた。

 

何でカツヤの声を聞くだけで嬉しくなるんだろう。もしかしてワタシったらカツヤのことが好きなの!?ない。それはないわ。だってカツヤはライバル。そうライバルよ。それ以外の対象にはならないわ。

 

そう意識する辺り、恋をしているのは間違いないのだが。受け入れたくないのか受け入れられない理由があるのか。どちらでも有り得そうだが、一番の理由は恋に気付いていないことだろう。

 

「タツヤ・ミユキ!カツヤが目を覚ましたわ。早く!」

 

深雪の仕事部屋にノックをせずに入り、リーナは高揚した声で2人に伝える。すると2人は慌てて立ち上がり、血相を変えて仕事部屋を飛び出した。達也は樹里を腕に抱きながらも、振動が可能な限り伝わらないよう気を配りながら走って行く。

 

そのおかげか気にする様子もなく、樹里はすやすやと眠っている。2人の後ろを追いかけながら、リーナは少し羨ましそうに見ていた。

 

 

 

「「克也(お兄様)!」」

 

突進してきそうな勢いで2人が克也に駆け寄ってきた。

 

「おはよう。というか久しぶり?」

 

克也が茶化してくることに、本当に戻ってきたのだと嬉しく思う反面、達也は克也の変化に驚いていた。深雪はその変化には気が付かない。気が付かないほどに克也が目を覚ましたことが嬉しいのだ。

 

旦那である達也と最愛の娘である樹里より優先順位は低く、血縁関係が【調整体】で離れているとはいえ、敬愛する兄であることには変わりがない。目を覚ました克也に真っ先に抱き着いても達也は文句を言わない。言えないというのもあるが、達也自身も抱きしめたいのだから言えるはずもなかった。

 

「達也が抱いているのが2人の子供か?」

「ああ、樹里だ」

 

達也が眠っている樹里を差し出して克也が受け取ろうとする。2ヶ月間動かしていない筋肉では、生後2ヶ月の赤ん坊でも支えることができない。抱っこできないことに克也は悲しそうな顔をしたが、何故か嬉しそうに微笑んでいた。

 

「克也、何故笑っているんだ?」

「目標ができたからさ。樹里を抱っこするっていう目標が」

「それだけなのですか?」

 

深雪は名残惜しそうに克也の腕から離れ、横に立ちながら少し不満そうに聞いた。その不満は愛娘の樹里に克也を奪われたからではなく、リハビリする生きる理由がそれだけなのかという意味合いが込められた不満だった。

 

「それだけじゃないよ。水波の敵を討つことが第一目標だ。必ずこの報いを受けさせる」

 

瘦せ細った腕に力を込める克也・達也・深雪。そして2人の後ろに立つリーナは、同じ気持ちであることを示すかのように何度も頷いた。

 

 

 

 

克也が目覚めたことを友人たちに知らせたが、克也が回復するまで面会を禁止したことに残念がる友人たちだった。だが文句を言う無粋な者はいない。

 

克也は目覚めてからリハビリを献身的に開始した。ある日のリハビリ帰り、自室に向かう途中に双子と出会った。

 

「香澄に泉美か。久しぶりだな」

「久しぶり克也兄」

「克也兄様、お久しぶりです」

 

克也の予想通り大人の魅力を醸し出す女性に成長した2人を見ても、動揺せず普段通りの対応をした。

 

「僕たちがここにいることに疑問を感じないの?」

「何かしらの理由があるからここにいるんだろ?だったら聞くのは野暮ってもんだ」

 

松葉杖を廊下の壁に立てかけ、自分ももたれかかりながら答える。別に普通のことを言っただけなのだが、2人はいたく感心しているようだ。誰にとっても聞かれたくないことや、話したくないことが1つや2つあるのだから、聞き出すのは失礼千万だ。

 

その後軽い世間話をしてから、克也は2人と別れて自室へと戻った。

 

 

 

 

 

リハビリ開始から2ヶ月で、克也は依然と同じように歩けるようになった。身体にも脂肪と筋肉が戻り、樹里をようやく抱っこすることもできた。克也が抱っこしても樹里は泣かない。むしろ達也より落ち着くように穏やかに眠るので、達也は少し不満そうだった。

 

魔法が依然と何ら遜色ないほどに回復したのは、樹里が生まれてから6ヶ月後のことである。深雪・達也・リーナは、克也の魔法の〈発動速度〉と〈事象干渉力〉が強くなったのを、直接目の当たりにはしていないが、うすうす感じていた。それは強力な魔法師にしか感じられない微かな変化である。3人の洞察力があってこその離れ技であった。

 

故に香澄や泉美が気付かないわけである。達也は克也の容姿の変化と魔法力の強化が密接に関わっていると、持ち前の洞察力と《精霊の眼(エレメンタル・サイト)》で確信していた。

 

 

 

 

 

克也が目覚め、リハビリに一区切りをつけたある日。真夜は自ら克也を誘って買い物に出かけた。俗に言うデートだ。五十路を越えても三十路にしか見えない。下手をすれば20代に間違われる容姿をしている真夜と克也が街をうろつけば、パニックに陥るのは必然である。

 

克也の腕にしがみつきおねだりする真夜を見れば、恋人に甘える女性なのだが、意味ありげにわざと視線を亜夜子・リーナ・泉美に向けるので台無しだった。3人は眉間に青筋を浮かべながらも優しい笑みを浮かべていたが、真夜と深雪には嫉妬しているのが丸分かりだった。

 

約1名はまだ自分の気持ちに気付いていないので、嫉妬していることに気付いていないが。自分では五十路を過ぎても、容姿が何一つ変わらない真夜に対するものであると思っているが、克也を取られている状況への、女性としての嫉妬が渦巻いていることに気付いていない。

 

3人が嫉妬をしているのは事実だが、振り解こうとせず困った笑みを浮かべている克也にも不満を抱いていた。だが克也にも言い分はある。自分を溺愛してやまない真夜を、心配させてしまったことへの謝罪である。

 

だがここで自分に好意を向ける3人の前で、このような行動をされるのは困るのである。克也の内心の葛藤を知ってか知らずしてか不明だが、自分の感情を最優先にした真夜は、強制的に克也を連行して買い物に出かけた。

 

その様子を深雪は微笑ましそうに。達也は樹里を抱っこしながら片手で自分の額を抑える。何ヶ月かぶりのある種の頭痛に苛まれていたのだ。溺愛は生まれた頃からのことなので、今さら文句を言ったところで無駄であると理解している。

 

ちなみに達也の腕の中の樹里は、その雰囲気を利用してスヤスヤと気持ちよさそうに眠っていた。

 

達也は久しぶりに大きなため息をつき、頭痛を同時に追い出してから深雪を連れて仕事部屋に戻る。その後も亜夜子・リーナ・泉美の3人は、克也と真夜が出掛けた方面をずっと羨ましそうに見つめていたのだった。




タグ・転生という意味を使い、作者が別に書いている〈魔法科高校の劣等生〜影は夕闇に沈む〜〉という作品と繋ぐことができました。こちらはまだ完結しておりませんがよろしければ読んで見てください。では次話の〈縁談〉にてお会いしましょう。


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第96話 縁談

克也が目覚めたことを知った北山潮は、克也を自宅に招待したいと克也宛に直筆の招待状を届けた。そのことに克也・達也・深雪の3人は、深雪の仕事部屋で疑問に思いながら話し合っていた。

 

「なんだと思う?」

「お礼じゃないか?」

「お礼ではないでしょうか」

 

樹里を腕に抱いた達也とペンを片手に握る深雪が、まったく同じことを言っている。克也には口車を合わせているように見えた。それは克也の思い込みであり、2人は思ったことを口にしただけだった。

 

「論より証拠か。どうせあと5分で出なきゃダメだし行ってくる」

「使用人をお連れしますか?」

「いや、いいよ。俺1人で問題ない」

 

克也が仕事部屋を出て行くのを見送り、2人は要件がどんなものなのか知りたそうにウズウズしていた。

 

「契約を結びたいと仰るのでしょうか?」

「それなら克也を呼び出す理由が分からない。とりあえず帰ってくるのを待つ以外知り得ることはないと思うよ」

 

達也の言葉には期待と不安が感じられた。

 

 

 

克也は所有している車で北山家に向かい、インターホンを押すと潮から入室許可を貰ったので中に入った。案内された場所は、魔法師ネガティブキャンペーンのことについて話し合った部屋だった。

 

「やあ克也君、もう身体は大丈夫なのかい?」

「北山さん、お久しぶりです。お陰様で以前のように魔法も使えるようになりました」

 

互いに握手をしてからソファーに座り、家政婦が淹れた紅茶を一口飲むと潮が口を開いた。

 

「今日来てもらったのは雫についてだ。ご足労をかけて申し訳ない」

「構いませんが雫がどうかしたのですか?」

 

潮は少しためらってから口を開いた。

 

「…雫を娶ってもらえないか?」

 

予想外の相談。いや、縁談に驚き目を見開いてしまった。

 

「雫をですか?」

「ああ、雫は君と結ばれることを望んでいる。奥さんを亡くしてすぐに縁談を持ち込むのはが失礼千万・非常識だと分かっている。だが私は本心で雫と君が婚約してほしいと願っている」

 

潮の眼は言葉通り本気だった。「眼は口ほどに物を言う」ということわざがあり、それは言葉通り間違いなく正しいのだが…。

 

「確かに非常識です。俺が水波を守れず悔いていることを知っていて頼んでいるのでしょう?」

「…その通りだ」

 

親しみをかなぐり捨て、〈触れてはならない者たち(アンタッチャブル)〉たる所以の威厳と恐怖が発されるのを感じながらも、潮は眼に力を込めながら答えた。それは潮の言葉が本心からのものだということを示している。

 

克也自身腹立たしく感じていたが、ここで怒りを行動に移すことはしない。

 

「本人は何処ですか?」

「雫は習い事だ。君の妻になれるよう一層努力をしている」

「…呆れた話です」

 

克也は突き放しにかかった。雫は嫌いではなくむしろ好きだ。だが水波以上に愛せる気はしないし、本人にとっては辛いことになると分かっていたからだ。

 

「君は雫が嫌いかね?」

「好きですよ。ただそれは女性としてではなく、友人としての範疇に収まる好意です。そんな相手と結ばれて、真の幸せと言えるのでしょうか?」

「雫はそれでもいいと。君の隣にいれるのであれば、それ以外に何も望まないと言っている」

 

ここで「はい」と言えば丸く収まるだろう。だが懸念事項がある。それを解決するまではどうしようもない。

 

「この話は一度保留にし、当主と相談してからお返事いたします」

「ありがとう。考慮してくれるだけでも感謝する」

 

話を終えて部屋を出ようとする克也を潮は呼び止めた。

 

「克也君、何かあった(・・・・・)のかい?」

 

この質問は容姿に対してではない。克也という人間そのものに対しての問いだった。

 

「…何も」

 

克也は振り返ることなく応えて部屋を出て行った。

 

 

 

克也が出て行き車で走り去るのを窓から見送った後、潮は詰めていた息を全て吐き出しながらソファーに沈み込んだ。何処までも沈み込んでいく錯覚に陥るが、それは気分が下がっていることの勘違いだった。

 

目を覚ましたと聞いて今日初めて会ったが、以前の克也君ではない。殺気が殺意がにじみ出ている。そんな感覚だ。

 

潮は魔法師ではないが、妻と娘が魔法師であり、ここ最近の10年間で魔法社会に企業進出しているため、それなりに魔法師と関わりを持つことが多い。

 

それ故に克也の纏う空気の違いに気付いたのだ。近くにいることで感覚が麻痺してしまい、普通なら気付くことができる強力な魔法師であっても気付けない。それとは違って数えるほどしか会っていないからこそ、気付くことのできた事例だ。

 

「…お父さん」

 

振り返ると、克也が出たドアとは反対のドアから入ってくる雫がいた。

 

「雫、もう帰ってきたのか?」

「うん、ついさっき」

 

潮の言っていたことは半分本当であったが、半分嘘が混じっていた。克也が礼儀をかなぐり捨てた頃に雫は帰宅していたのだ。

 

「聞いていたのか?」

「…コクン」

「…そうか」

 

雫は悲しそうに俯きながら頷き、そんな娘を励ますかのように潮は優しい声をかけた。

 

「克也君と深雪君ならきっといい返事をしてくれる」

「…うん」

 

顔を真っ赤にして頷く娘に優しく頷き、頭を撫でてから潮は部屋を出て行った。しかしその顔は幸せとはほど遠く、悲しげな表情が垣間見えた。

 

 

 

「お帰りなさいませ克也お兄様」

「お帰り克也」

「ただいま2人とも」

 

自宅に戻り深雪の仕事部屋に入ると、2人に声をかけられたので普通に返事を返す。

 

「北山さんは何のようだったんだ?」

 

達也の質問は興味本位からであり、決して悪意があったわけではないが俺は不快に感じた。

 

「雫との縁談を申し込まれた」

「本当ですか克也お兄様?」

「北山さんが嘘をつく理由もないからね。それでこの封筒は?」

 

何故か俺の立つ方向に置かれた封筒に注意が向いてしまったので、不思議になって聞いてみる。何となく似たようなことだろうと半ば予想していた。

 

「九島家からの手紙だ。今の話の流れからして、おそらく藤林さんと克也をくっつけたいのだろう」

「藤林さんは寿和警部とかなり親しかったはずだ。顧傑(グ・ジー)との交戦で命を落としてから、一度も恋愛をしていないようだ。そろそろ身を落ち着かせようと、閣下が思ったのかも知れないな」

 

手紙を開くと、明日の午後3時に生駒の九島本邸に来て欲しいと書かれている。明日の昼頃にここを出れば十分間に合う。ならば今日の精神的疲労を回復させ、明日の疲労に備えるべきだろう。

 

雫との縁談も九島家との対話の後に返事をしなければならない。さっさと水波の敵をとらなければならないのに、ここで足踏みする羽目になるとは思わなかった。

 

両方とも断ることはできるが、四葉の立ち位置を揺るがすわけにはいかない。後手になるが敵討ちは後回しだ。

 

 

 

 

 

翌日の昼前。家を出ようとすると樹里がぐずったので、抱っこしてやると泣き止み、眠りについたのでほっとしてから向かう。

 

「もはや父親ね」と言われたが無視して生駒に向かう。誰が言ったのかは言わないでおこう。何故なら達也の機嫌が急激に悪化していたので、これ以上刺激してはいけないと思ったからである。

 

生駒の九島家本邸に到着したのは、約束の時間の5分前で謁見室に案内してくれたのは光宣だった。高校時代より少年らしさが抜け、青年らしく成長した彼には既に婚約者がいるらしい。

 

どうやらそういうこともあり、藤林の縁談が持ち上がったのだと克也は思った。

 

「お待たせしました」

「約束の時間前なのだからかしこまる必要はない。それにしても君は、必ず約束の時間の少し前に来るようにするのかな?」

「遅刻するのは失礼ですし、早めに来すぎても問題ありです。5分前に来て1分ほど前に顔を合わせれば、簡単な挨拶をしている間に時間になりますから」

「そうか。ではそろそろ本題に入ろう。といっても、もう気付いているのだろう?」

「藤林さんと婚約して欲しいということですね?」

「その通り」

 

100歳にさしかかろうとしているにもかかわらず、まったく衰えが見えない烈の様子に、克也は驚きと尊敬のまなざしを向ける。それとは反対に、内心でやはりと思っていた。

 

「響子も三十路になる。私も孫に身を固めてほしいのだ」

「お気持ちはお察しします。しかし何故自分なのですか?他にも藤林さんを慕う方や釣り合う人はいると思いますが」

「響子自身が婚約するならば、君とがいいと言い出してな。私も君なら文句はない。響子に近寄ってくる男は、大抵下心をむき出しにしてくる。時には隠してくるが響子や私の眼はごまかせん。だが君はまったくそんな感情を抱かず、自然に響子と関わってくれている」

「自分もそんな気持ちがないわけではありませんよ。藤林さんは女性からも男性からも、羨望のまなざしを送られるほどですから」

 

本心だがこの程度で2人を引き下がるわけがないと分かっていた。案の定、烈の隣に座る藤林が答える。

 

「それでも具体的な行動には出ないでしょう?」

「当たり前です。相手の許可無しにそんなことはしません。そんなことをするような男は、人でもなければ唯のケダモノです」

「ますます婚約して欲しくなった」

 

どうやら克也の意見は火に油を。いや、ガソリンを注いでしまったようだ。まさかの事態に頭を抱えたくなるが、軽い興奮状態になっている2人の前で、そんなことをするわけにはいかない。したところで気にする2人ではないだろうが。

 

「自分は昨日、同じように縁談を申し込まれました。返事をすぐにはできません」

「モテ期ね克也君」

「俺はそんなのいりません。水波以上に愛する女性は二度と現れませんから。それでもいいのですか?一番に愛してもらえなくて辛くはないのですか?」

「一番ではないのは悔しいけど無視されるよりマシよ」

 

このままではらちがあかないようだ。ここは一旦家に持ち帰るのが手っ取り早い。

 

「一旦この話は保留にさせて下さい。返事はまた日を改めて」

「ありがとう考慮してくれるだけでありがたい。光宣、克也君をお送りしなさい」

「はい、お祖父様」

 

光宣に連れられて部屋を出て行く克也の背中を見ながら、烈は克也に聞こえないボリュームで藤林に聞いた。

 

「可能性はあると思うかな?」

「限りなく低いです。おそらく克也君は断ると思います」

「やはりか。響子はいいのか?」

「大丈夫と言えば嘘になりますが。心の整理はつきました」

「そうか…」

 

悲しげな笑みを浮かべる藤林を、烈はまっすぐ見ることができなかった。



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第97話 決定

雫と藤林の縁談はあまり気乗りしないものであり、破談したいのだが2人を蔑ろにできないのもまた事実。敵討ちといい縁談といい後手に回りすぎている。

 

結局縁談の話は先延ばしになった。なぜなら真夜から有意義な情報がもたらされたからである。そこで前当主の真夜・現当主の深雪・克也・達也・リーナ・文弥の四葉家の重鎮が勢揃いし、重くも軽くもない空気が会議室には溢れていた。

 

四葉を完全に敵に回した馬鹿を殲滅できる可能性が出てきた。ようやく水波の復讐ができる。だが真夜が得た情報が真実だとは限らない。真夜を疑っているわけではなく、情報が数多溢れるこの世界で、嘘の情報は規格外なほど蔓延している。入手経路によっては、的外れと言っても過言ではない。

 

「七草家は秘密裏に大亜連合との契約を結んでいたわ。内容は『日本の魔法師を選別し、純粋な魔法師だけを残す』というもの。仲介役は新ソ連。おそらくここから《完全なる立方体(パーフェクト・キューブ)》の起動式をもらったのでしょうね」

「何故一個人が大国と同盟を結べたのでしょう」

「完全な同盟ではなく利害の一致だろう。国家と個人の立場は対等ではない」

 

深雪は何故七草家が同盟を結べたのか気になっていたようだが、それより克也が気になったのは真夜の入手経路だ。何故そこまで詳しく知ることができたのか気になる。

 

「叔母上、一体どうやってその情報を得たのですか?黒羽家でさえ掴めていなかったというのに」

「文弥さん以外は知っているはずよ。〈フリズスキャルヴ〉を」

 

まさかの言葉に文弥を除く克也たちは驚きを隠せない。〈フリズスキャルヴ〉とは〈エシュロンⅢ〉に組み込まれているハッキングシステムであり、〈七賢人〉と呼ばれる人物だけが使用可能な機械である。

 

〈七賢人〉と名乗っているのはレイモンド・S・クラークただ1人であり、他のオペレーターは使わない。そもそも〈七賢人〉は、レイモンドが使うハンドルネームのようなものである。

 

まさか真夜がそのうちの1人だとは。こんなに近くにいたのに知らなかった。だが同時に深く納得できる。協力を要請して僅か数日で要望を達成するあの行動力。そして普通なら知り得ることのない情報提供。それらすべては〈フリズスキャルヴ〉によるものだったのだ。

 

「これで敵は七草家だと決まったわけですが。どうやって攻め込みますか?」

「克也、実力行使前提なのか?」

「それ以外に何がある。水波と辰巳が殺されてるんだぞ。それなりの報復は必須だ」

 

克也の言葉に怒りが含まれているのを、全員が嫌でも気付かされた。

 

「気持ちはわかる。俺たちだってそうしたい。だがまずは弘一がこの情報を見て、どんな対応するかによると思うが?」

「甘いな」

「何?」

 

まさかの突き放しに達也は苛ついて臨戦態勢になる。深雪とリーナが慌てて達也を抑えにかかるが、それに構わず克也は尚も煽る。

 

「実力行使しかないんだよ。話し合いなんて時間の無駄だ」

「命を失ってもいいのか?」

「構わない。それだけの覚悟だ。じゃあ1つ聞くが、達也は深雪が水波と同じ立場になったらどうしてた?自分が言うように話し合いで解決できたか?」

「っ、それは…」

 

さすがの達也も否定はできなかった。小学生の頃に人造魔法実験を受け、唯一残った感情が〈家族愛〉。克也と深雪にしか愛情を抱くことができない人間にされた自分が、どちらかを失った瞬間に世界を破壊してしまうと理解している。

 

だから克也に問われたときに即答できなかったのだ。「話し合いで解決する」と。

 

「達也様、私も克也お兄様の考えに賛成します」

「深雪?」

「ワタシもよタツヤ」

「リーナもか…」

 

達也も深雪はともかく、リーナまで賛成するとは思っていなかった。むしろ克也を止めにくると思っていたのだ。リーナの行動は自分を保護し、家族同然のように扱ってくれる四葉家に対する感謝。亡命時に、自分と仲良くしてくれた水波の敵を取りたいという気持ちが重なった結果だ。

 

「達也さん、貴方の言い分は分かるけど今回ばかりは私も我慢できないわ。七草家に日本に四葉家の怖さを今一度示すときです」

「…分かりました」

 

真夜の元当主としての威厳に圧倒され、達也は受け入れるしかなかった。水波の敵を取りたいという気持ちは達也自身にもある。自分を信頼し、恐れを抱くこともなく慕い、兄が愛した女性をこの世界から奪った奴らを許せるわけがない。

 

言葉では表せないほどの怒りと悲しみが溢れる。だが達也自身それがどんなものなのかわからない。こういうときに〈感情〉というものが理解できないのが悔しい。だがこれだけは分かる。誰よりもっとも辛い思いをしたのは克也だと。

 

自分の力で守れなかった。敵はいないと油断していた自分への怒り・憤り・恨み。負の感情に押し潰されたが故に、克也は生と死の狭間を彷徨った。しかし、克也は生きる道を選んだ。死んで水波と同じ世界に行くことを望まず、水波が生きたこの世界を守るために現実世界に戻ってきた。

 

その克也が覚悟を決めたのであれば、自分が反対せず後ろから支えるべきだ。

 

「克也、俺が間違っていた。対話など甘すぎる。命は命を以て償わせる。それが命を預かる俺たちの役目だ」

 

こうして会議室で行われた話し合いは、七草家当主 七草弘一を暗殺ではなく正面からつぶすことを決定した。

 

 

 

「ねえシルヴィー、本当に七草家が間接的にミナミを殺したと思う?」

 

その日の夜、自室で下着だけになってベッドに寝転がりながらリーナは、窓を拭いているシルヴィーに何気なく聞いた。シルヴィーは雑巾をバケツにかけてから振り返った。

 

「リーナは疑っているのですか?」

「疑っているわけじゃないけど信じられないだけ。あの有名な七草家当主がこんな強攻策を立てていたなんて思う?」

 

シルヴィーはため息をつきリーナに説明を始めた。

 

「そもそも七草弘一殿は、純粋な魔法師だけの国を作りたがっていたようです。といってもそれは高校生までの話です。当主の座を継いでからは、日本の魔法師に分け隔てなく接することを望んでいたようです」

「何がきっかけで学生の頃の野望を思い出したの?」

「憶測ですがおそらく2095年度の九校戦での深雪様・達也様・克也様の活躍から、燻っていた火種に火が付いたのでしょう」

 

九校戦のことは克也たちから聞いていたので、どんなものなのかは知っている。だがそれだけではないとリーナは直感していた。シルヴィーの次の言葉でそれが正しかったのだとわかった。

 

「九校戦程度で済めば、今頃このようなことにはならなかったでしょう。しかしお三方の婚約発表で吹っ切れたのでしょうね。自分の娘2人を陽動に使い、魔法師の意識をそちらに向けている間に、その火種は大きくなり自分では抑えきれなくなった。そこで日本の敵である大亜連合と新ソ連に協力を要請したのでしょう」

「リスクを考えなかったのでしょうか」

「考える必要は無かったのです。何故なら成功すれば自分の野望が叶い、失敗すれば情報が片方または双方から漏れるか漏らされるかのどちらかですから」

「リスクを補うリターンがほぼ皆無よ…」

 

確かにリーナの言葉は正しい。だがそれでも弘一は野望を叶えたかった。目がくらんでいたのだ。欲に取り付かれた人間がどのような道をたどってきたのか一番知っているはずの自分が、実は一番欲に取り付かれていた。

 

「自分を見失っていたのでしょうね。それも大きく魔法師として人としての道を」

 

シルヴィーはそう締めくくるとリーナの部屋から出て行った。まるで「あとは自分で考えろ」と言うように。その後もリーナはシルヴィーの言葉を自分なりに解釈していた。結局自分では答えが出せないと気付いたのは、考え始めてから1時間後だった。

 

 

 

四葉家は七草家当主 七草弘一に対して自ら起こした行いを〈師族会議〉で話すよう命じる文を、克也たちと少なからず関わりのある真由美から届けてもらった。

 

翌日の返事はもちろん否であり、四葉家は宣戦布告を正式に魔法協会本部を通じて七草浩一個人(・・・・・・)に送った。

 

そのことを〈数字付き(ナンバーズ)〉や〈師補十八家〉は、四葉家に思い留まるように促した。だが四葉家は受け入れず、〈十師族〉でさえ止めることはできなかった。

 

こうして四葉家と七草弘一の全面戦争が始まろうとしていた。

 

 

 

『復讐は蜜の味』

 

この言葉の意味を知る者は今の四葉家にはいない。いや、知りたくないと言った方がいいだろう。



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第98話 疑念

七草弘一との戦争が決定したわけだが、今すぐに開戦するわけではない。何故なら七草弘一に味方する者など、1人としていないのだから。弘一の悪行が明るみに出された。それを批判する者がいて賛同する家があるはずがない。

 

実際に九島家・一条家以外は、四葉家に援軍を出すとありがたい申し出をくれたが克也たちは全て断った。理由としては七草弘一と四葉家の個人的なしがらみであり、他家に介入されたくないからだ。

 

断り方はもっとオブラートに伝えている。要するに「他家の魔法師の命を奪いたくない」という方便だ。

 

九島家と一条家は七草弘一に味方しているのではない。内戦を起こしてしまえば、大亜連合や新ソ連が攻めてきてしまうのではないかと危惧しているのだ。それで今も克也は自室で言い争いを3人でしていた。

 

『本当にもう止められないのか?』

「何度も言わせるな将輝。四葉は止まらない」

『内戦を起こせば、他国が攻め込んでくる可能性がありますよ?』

 

一条家次期当主 将輝・九島家次期当主 光宣との映像会議で、克也は苛立ちを隠せなかった。気持ちを理解してもらえるとは鼻から思っていない。失わなければ実体験しなければ分かるはずがない。それが克也の本音だった。

 

「ならお前らは、妻が殺されて黙っていられるのか?」

『…無理だな』

『…僕も自制できるとは言い切れません』

「なら止まれるわけがないだろう」

『攻められたらどうするんですか?』

 

確かに攻められないという保証はない。弘一が大亜連合や新ソ連と繋がっていたのだから、四葉家が攻め込んでいる間に出撃を指示する可能性もある。

 

「そこまで心配するなら、お前たちが日本海側を警戒すればいいだろう?」

『なんだと!?』

『…なるほど』

「別に驚く必要はないはずだ。言い出しっぺはそっちだからな」

 

将輝の反応が怒りを含んでいたことに、光宣も克也も気付いたが掘り返したりはしない。

 

『一条さん、ここは克也兄さんの言う通りにしたほうが良いのではありませんか?』

『…光宣君がそう言うならそうしよう。だが克也、艦隊が出てくれば、一条家と九島家だけでは対抗できんぞ?』

「念のために達也から独立魔装大隊に、部隊を日本海側へ派遣する要請を出している。明日の昼頃には到着する予定だ。あと海軍も陸軍も全国に国内の半分が動員されている」

『仕事が早いなおい』

 

先程までとは打って変わって苦笑する将輝に、光宣も克也も少しだけ表情が軽くなった。

 

「ということだから深刻に考える必要はない」

『他国が攻め込んでくるかもしれないというだけで、十分深刻なんだがな』

「こいつは失礼」

 

最初の重苦しい雰囲気は何処かへ飛び去ってしまった。話題は国の運命を左右しかねないものだというのに3人は呑気だ。強力な魔法師だからということもあるかもしれないが。

 

『だが日本海側とはいえ、警戒するには範囲が広すぎる。何処に絞り込めばいい?』

「自分で考えろ」

『んな!』

「冗談だ。大亜連合はおそらく釜山(プサン)から出船するだろう。だから北九州か下関辺りに軍を配置しておけ。新ソ連はウラジオストク周辺だから稚内だな。といっても釜山であれば、対馬要塞から連絡が入る。それほど心配しなくてもいい」

『しかし太平洋側と東シナ海側から来られた場合はどうしますか?』

「戦力は一段落ちるが、それでもかなりの数が動員されているから気にしなくてもいい」

『用意周到だな』

「警戒するに越したことはないだろ?」

『抜け目がありませんね』

 

重い話だというのに3人の顔は同じだ。人の悪いという意味で。将輝は久々に暴れられる嬉しさ。光宣は体調が完全完治してから初めての実戦ということで、少なからず胸が高鳴っているらしい。

 

第三者に知られれば、「悪魔」と言われ恐れられそうな会議だ。

 

国の戦力を7割方使用することになるが、軍が四葉の要請を受諾したのは、大亜連合におかしな動きが見られるという情報を掴んでいたからだ。それが弘一の要請によるものなのか大亜連合の行動なのか。正確な判断はつかない。新ソ連は普段より少し活発化しているぐらいらしいが、油断はできないだろう。

 

2人とのやりとりを終えた克也は、少し休憩するためにベッドに寝転んだ。

 

 

 

 

 

数日後、克也たちは会議室で作戦会議をしていた。作戦会議といっても配置などを決めるのではなく、四葉家の重鎮の誰を参加させるのかを話し合っている。

 

克也・達也・深雪・リーナの出陣は決定事項である。真夜も参加したがっているが、長期間実戦から遠く離れていることがネックだ。万が一にも倒れられては困る。

 

文弥は貴重な戦力であるため参加が決定していた。問題は亜夜子だ。亜夜子はお世辞にも実戦向きだとは言えず、どちらかと言えば後方支援の方が適している。今回の戦いには参加させたくないというのが、克也・達也・深雪・文弥の思いなのだが…。

 

「本当に行くのか?」

 

克也は亜夜子に実戦に出て欲しくない。亜夜子は九校戦で確かに素晴らしい成績を残している。だがそれは高校生の行事の中の話であって、本当の意味での実戦ではない。

 

〈死〉が常について回る戦場は、魔法をただ撃ち合い競い合うだけの遊びではない。〈命〉と〈命〉の駆け引きが行われる場所だ。

 

「ここで黙って弘一の暴動を見ているわけにはいかないんです」

 

亜夜子の眼は死の覚悟ができた魔法師の眼だ。だがそれが克也は気に入らなかった。

 

〈死〉の覚悟など必要ない。必要なのは「必ず生きて帰ってくる」という気持ちだ。

 

「亜夜子、お前はどんな気持ちで行くつもりだ?」

「死ぬつもりで行きます」

「じゃあ来るな。死ぬつもりなら来る価値はない」

「え?」

 

亜夜子は同行を拒否されるとは思っていなかったらしく、その言葉に反応できなかった。

 

「俺は死にに行くやつなど連れて行く気は無い。それならここで俺たちが弘一を撃つのを指をかじって見ていろ」

「おい克也!」

「克也お兄様!」

 

それだけ言って克也が部屋を出て行くのを、達也と深雪がその背中に声をかけるが無視される。亜夜子は何故断られたのか理解できず立ち尽くしていた。だが残りの4人は克也の言いたいことを理解していた。

 

「アヤコ、カツヤは貴女に死んで欲しくないから突き放しただけよ」

「え?」

 

リーナの言葉に亜夜子は、これまた意味が分からないと言葉を紡げなかった。そんな亜夜子にリーナは優しく微笑みながら話す。

 

「カツヤは全員が生きて戻ってくることを望んでいるの。復讐であっても血の繋がりがある人が死ぬのはとても辛いわ。たとえ再従妹という距離であってもね」

「その通りだ亜夜子。克也は言葉足らずだが、伝えたいことを亜夜子に気付いて欲しかったんだ」

「だからこそ貴女に敢えてきつい言葉を使うことを選択したのよ」

 

達也と深雪も優しく話すので、気付けなかった自分への嫌悪感が薄くなっていくのを感じた。

 

「もう一度聞くぞ亜夜子。お前は何の目的で弘一と一線交えるつもりだ?」

「復讐を果たし、参加者全員で戻れるように援護することです」

「完璧だ」

 

亜夜子が敢えて自分たちが言わなかったもう一つの意味もしっかりと理解した返事に、達也は満足したように頷いた。

 

「理解してくれたみたいだな」

「克也お兄様、いつの間に?」

 

突然現れた克也に深雪が驚いて声をかける。

 

「亜夜子が理解してくれるのを待ってた。去ったと見せかけてそこにいる。ありふれた手口だよ」

「性格が悪いぞ克也」

「お前に言われるのは不本意だが事実だから言い返せないな。それに性格の悪さは、今に始まったことじゃないだろ?」

「そうだな俺が間違ってたよ」

 

結局、亜夜子の参戦を認めることになり、そこで会議は終了した。決定打になったのはリーナの言葉だろう。リーナが怒らず逆に諭すような言葉を、心のこもった言葉で伝えたことが大きかった。



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第99話 進軍

七草弘一に襲撃時間の書いた文を送る前、克也は救出すべき人物に連絡していた。もちろんプライベートナンバーでだ。自宅にかけたところで、七草家の使用人に切られるのが予想できる。

 

『もしもし克也君?』

「お久しぶりです七草先輩。今どちらにおられますか?」

『吉祥寺の別荘にいる九亜ちゃんたちの様子を見に来ているの』

 

電話をかけたタイミングは偶然だが、いてほしいところにいてくれたので今回はラッキーだ。

 

「明朝、七草邸を襲撃します。その際に九亜たちが弘一の手下に狙われる可能性がありますので、できる限り早急の避難をお願いします」

『急に言われても準備なんてできてないわよ?』

「分かっています。ですがそこにいれば、間違いなく殺されるでしょう。先輩も狙われる可能性があります」

『何故お父様がそんなことを!?』

 

確かに実の父親が自分を殺すなど思いたくないだろう。だがやりかねないのが弘一であり、自分の悪行が明るみに出たことで余計に危険度が増している。自分のことをよく知っている人間は、監視するか殺すかのどちらかだ。

 

「もはや一刻の猶予もありません。今すぐにそちらへ使者を向かわせますので先輩も避難して下さい。我々四葉家が責任を持って保護します」

『…わかったわ。みんなと待ってるから』

 

真由美が少し悩んだのは、克也の言葉を信じるかどうか迷った結果だろう。信頼度で言えば克也の方が遙かに上である。父が何をするのかわからない。頭で考えていることと口で言っていることが、一緒だと自分には思えない。そして父の悪行を知ったことで、父親としての存在ではなくなった。

 

いや、妹の香澄と泉美と親子関係を断絶したときからだろうか。それでも父親として信じたかった。1人の魔法師として信じたかった。でも克也の最愛の妻を殺したという事実があるならば、自分も自分の道を歩まなければならない。

 

それが克也の提案を受け入れた理由だった。

 

 

 

克也は電話を切った後、花菱兵庫と青木に大型のリムジン2台で今すぐ吉祥寺に向かうよう命じた。位置はさきほどの電話回線を辿れば探知は可能だ。ちなみにこれは非常に難しいので、藤林に逆探知してもらっている。

 

その地点をナビに入力した2人は、法に引っかからないギリギリの速度で向かった。念の為に黒羽家の魔法師を5人ほど護衛に回しているが、恐らく大丈夫だろう。

 

克也は深雪に七草弘一に対して、翌日の襲撃時間を記載した文を黒羽家の配下の魔法師に届けるよう命じ、自分たちも翌日のために準備を始めた。

 

 

 

文を読んだ弘一は僅か15分後に、九亜たちのいた吉祥寺の自分の別荘を襲撃した。もちろん九亜たちを世話していた家政婦や使用人も、既に避難していたため死傷者はいない。

 

しかしそのやり方があまりにもひどすぎたためか。現場検証を行った警察は怒り狂っていた。別荘は半分が灰と化し、半分は今尚燃え続けていたそうだ。どうやら《燃焼》の魔法を得意とする魔法師が関係していたようだが、周囲の想子レーダーは悉く破壊されており、実行者を捕まえることはできなかった。

 

 

 

 

 

2103年2月8日午前10時 

 

四葉家及び分家、そして四葉家が抱える傭兵部隊の大半が動員された七草弘一との全面戦争。

 

「魔法」が御伽話の産物ではなく、現実の技術となってから僅か100年。それだけの間に世界は、魔法師という新しい〈種族〉を造り出すことに成功した。

 

そして今それを打ち砕こうとする勢力と、それを止めるのではなくその勢力を潰そうとする勢力の最終決戦が行われる。おそらく国内で最初で最後の魔法師同士の全面戦争だろう。

 

弘一側は七草家の配下の魔法師ではないが、動員できるほとんど全てを。四葉家側も出せる限りの魔法師を動員させているのだから、全面戦争と言っても過言ではあるまい。

 

 

 

克也・達也・深雪・リーナ・文弥が最前線に立ち、その後ろに亜夜子率いる黒羽家の魔法師・四葉家お抱えの傭兵部隊が並んでいる。それに対し、弘一側はまったく表情のない人形を勢揃いさせている。軽く見積もって500体は下らない。一体何処から集めたのだろうか。

 

だがよくよく考えれば可笑しなことはない。何故なら〈ジェネレーター〉と同じまたは似た存在である彼らは、七草家の裏家業である〈強化人間〉などの危険分子を排除する仕事で、容易に手駒にできるからである。

 

四葉にも似たような依頼は来るが、それは要求の大抵が国家に対する反逆を行ったあるいは企てた魔法師の抹殺のため、配下にできる人数は限られてくる。それにこのような感情を奪うようなことはしない。

 

何故なら四葉家は、感情が魔法に多大な影響を及ぼすことを知っているから敢えて生かしたまま放つ。だが放つ前には四葉家の恐怖・畏怖を本能的に覚え込ませるため、四葉家の依頼を素直に聞くようになる。

 

このようにかつての(・・・・)四葉家は、外から戦闘用の魔法師を確保していた。四葉家は数の劣勢を覆すほどの魔法力を持つ一家だが、時には数が物を言うときがある。それが今回の戦争だ。そのため真夜と深雪は、四葉家の傭兵のストックを使い果たす勢いで投入し、今こうしてなんとか五分五分の戦力になっている。

 

克也が《碧眼の眼》を七草邸に向けると、魔法によって保護されているのが視えた。

 

「《完全なる立方体(パーフェクト・キューブ)》、やはりここでも使うか七草弘一」

「克也の目的は弘一只一人だ。俺たちが道を切り開く。その間に克也は深雪と共に七草邸へ突っ込め」

「頼むぞ達也」

 

克也と深雪は自己加速術式を発動直前で保持してその時を待つ。達也が〈シルバー・ホーン〉を、リーナが〈月の女神(アルテミス)〉を、文弥がナックルブラスター型CADを構え各々が得意な魔法を同時に放った。

 

それが後に〈神々の黄昏(ラグナロク)〉と呼ばれる戦争の始まりである。 

 

《小規模質量爆散(マテリアル・バースト)》が、自己加速術式を展開しようとした複数のジェネレーターの存在を消し飛ばし、《局所ヘビィー・メタル・バースト》が、ジェネレーターが身に纏っていた金属片を中心に爆発して複数を巻き込んで吹き飛ばし、《ダイレクト・ペイン》が精神に直接ダメージを与え、複数のジェネレーターが倒れ込む。

 

倒れたジェネレーターの隙間をぬって、克也と深雪は一瞬にして駆け抜ける。駆け抜けたときには、さらなる3つの魔法がジェネレーターを襲っている。克也が七草邸に向けて《強制解除(アブソリュート・キャンセル)》を発動させ、構築されていた《完全なる立方体(パーフェクト・キューブ)》を消し去る。

 

だが次の瞬間に《完全なる立方体(パーフェクト・キューブ)》が完成し始めるのを視た克也は、深雪の手を引いて七草邸に侵入した。

 

「…なんとか入り込めたか」

「あそこまで再構築が速いものなのでしょうか?」

「魔法式が安定してきているし洗練されている。使うことに慣れ始めたんだろうね」

 

そう言いながら《眼》で家の中全体を視渡す。しかし目的以外には何も見つからない。弘一が追い出したのか自ら出て行ったのか。真実を知らなければ分かるわけがない。

 

存在を認識した場所に向かって克也は足を踏み出した。だがその足取りは少しだけ重く、その様子に深雪はすぐに気付いた。兄が何かを視て動揺したのだと深雪は直感した。

 

 

 

その頃弘一は書斎で青年を1人自分の後ろに立たせ、指を絡めてその上に顎を置いて書斎の入り口を眺めていた。

 

「どう思う七宝君」

「まあ、確実に殺されるでしょうね僕たち2人は」

 

まったく恐れを抱いていない。それどころか笑みを浮かべているのを見ると気持ち悪い。

 

「まさかこんな簡単に我々の前に姿を現してくれるとはな」

「感情に流された魔法師ほど、簡単に誘導できることはありませんから」

「1つ間違っているぞ七宝君。彼らは魔法師ではない。只の紛い物だ」

「失礼しました弘一殿」

 

このような姿を琢磨の父や友人が見たら何と言うだろうか。恐らくこう言うだろう。

 

「狂っている」

 

2人は自分が狂っているとは思っていない。むしろ正しいと思っている辺り、やはり人の道を外れている。2人の含み笑いは克也が到着するまで続いた。




アルテミス・・・全体が銀色で所々に紫の花が装飾された拳銃型のCAD。克也と達也が、移動制限と重量過多の〈ブリオネイク〉に代わるCADとして作成した。


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第100話 処断

七草邸。家と言っても〈十師族〉の一角を担うまた優秀な魔法師を抱える名家となれば、住宅の敷地面積は尋常ではない。サッカーコートありテニスコートあり巨大プールあり。極楽施設か?と突っ込みたくなるような土地の使い方だ。

 

これが弘一の趣味なのかそれとも先代・先々代から受け継いだのか。どちらでも構わないが自宅に金をかけるのであれば、もっと魔法社会に貢献しろと言いたくなる。

 

だが既に七草家は魔法社会にも一般社会にも広いパイプを持つことで、双方にも多大な影響力を持っている。それなりに貢献しているから、誰からも文句を言われなかったのだろう。

 

まあ、弘一は自らその歴史に幕を下ろしたわけだが…。

 

廊下を歩きながら飾られている花瓶や絵画などを見る限り、画家には興味の無い克也でも誰の絵なのかは分かる。関係者が持ち去らなかったのは、弘一の所有物だからだろうか。

 

通路を歩いていると、ところどころから時限爆弾とおぼしきタイマー音が聞こえる。

 

「深雪、《凍火(フリーズ・フレイム)》でここら一帯の爆弾を凍らせてくれ」

「かしこまりました」

 

深雪は命じられると淀みなく携帯型CADを操作し、《凍火(フリーズ・フレイム)》を七草邸全体に発動させた。これで火薬を使った火器は使用不可能になり、魔法か近接戦闘でしか敵は戦えなくなる。

 

自分たちの安全と味方の援護を兼ねた《凍火(フリーズ・フレイム)》は汎用性が高い。それを買って克也は深雪を連れてきた上に、達也も克也と共に行くよう促したのだ。

 

自分にはもったいない妹だと思うが、それは今に始まった事ではない。

 

「さあ行こうか深雪」

「はい、克也お兄様」

 

2人は横に並びながら家の奥へと向かった。

 

 

 

深雪が《凍火(フリーズ・フレイム)》を発動した頃、達也たちは少し苦戦していた。やはり数では相手の方が一枚も二枚も上手だ。

 

質量爆散(マテリアル・バースト)》と《ヘビィ・メタル・バースト》を使う達也とリーナだが、得意魔法と言えど発動速度の遅延や反動は、文弥の使う《ダイレクト・ペイン》に比べて大きい。

 

確かに得意魔法なだけあって、2人はありえないほどの速度で強力な魔法を使用できるが、それだけ処理には負担がかかり隙ができる。そこを集中的に〈ジェネレーター〉もしくは〈強化人間〉たちは執拗に狙ってくるため、その分だけ防御に徹しなければならない。

 

傭兵部隊や黒羽家お抱えの魔法師がいても、自分の戦闘に精一杯なためなかなか3人を守ることができない。

 

「リーナ、遠距離は狙うな。自分の前方30m程度に意識を向けろ」

「仕方ないでしょ!?金属部品をつけてる奴らが遠くにいるんだから!」

 

リーナの得意魔法兼戦略級魔法《ヘヴィー・メタル・バースト》は、金属を中心にして爆発させる魔法だ。〈ブリオネイク〉はそれ自体で爆発を起こさせることができるが、今は手元にないうえに効果範囲が狭すぎるので今回の戦争では不向きだ。

 

〈ブリオネイク〉は直線上にしか発動できない。さらに直接的なダメージを与える範囲は極端に狭い。だからこそ克也は、リーナのために新兵器(月の女神)《アルテミス》を造り上げた。携行に優れた上に魔法も問題なく発動できるCAD。欠点を補って余りある武器だ。

 

それでも魔法の性質上、金属がないと発動が難しい。リーナにとっては厳しい戦況なのが現実だった。

 

「もしかしたらこれはリーナさん対策なのかもしれませんね」

 

文弥が七草邸に対して9時の方向を向きながら向かってくる敵へ、的確に《ダイレクト・ペイン》を発動させる。その間にも達也は文弥の言葉の意味を考えながら、《質量爆散(マテリアル・バースト)》で敵を消し去っている。

 

達也の使っているCADは〈サード・アイ〉ではなく、《質量爆散(マテリアル・バースト)》を発動させるための自作特化型CADだ。〈サード・アイ〉ほどの威力や距離は出せないが、この敷地面積であれば問題なく対応できる。

 

そもそも《質量爆散(マテリアル・バースト)》を発動させるための〈サード・アイ〉は、軍の所有物のため持ち出しはできないので今はこれに頼るしかない。まあ、リーナや文弥がいるのでそれほど遅れをとることはないのだが。

 

「先頭開始から15分でこの戦況はどうなのだろうか」

「良くも悪くもないから五分五分でしょうね。いくら〈触れてはならない者たち(アンタッチャブル)〉の傭兵部隊といっても、元はそれほど魔法力のない魔法師の集まり。、ケミカル強化されているあいつらに戦闘力が劣るのは否めないわ」

 

リーナの言う通りこの3人がいなければ、あっという間に四葉家は撤退していただろう。それだけこの3人の存在が四葉家にとって大きいかがわかる。

 

つまりはこの3人がいなければ、四葉家は〈十師族〉はもちろん〈師補十八家〉にも席を置くことはできない。分家がいるにしても総合力では他の〈十師族〉には勝てない。

 

それを3人は理解している。それでもこうして先陣を切って危険を顧みず敵を屠っているのだ。力を見せつけるために。何より自分たちの復讐のために。

 

「亜夜子は大丈夫か?」

「…大丈夫みたいです。姉さんが接触している奴らは、実力的に九校戦でギリギリ戦える程度らしいので問題ないようです」

 

文弥の返事が遅れたのは、無線で亜夜子とやり取りをしていたタイムラグによるものだ。だが達也はなんとも言い知れぬ違和感を抱いていた。

 

「何故その程度の魔法師をここに引き入れた?弘一の部下になっても足手まといにしかならないはずだ」

「少しでも戦力が欲しかったんじゃない?」

 

リーナの説明も理に適っていないわけではない。確かに弘一に味方する魔法師は限りなく少なかった。

 

いないことを望んだが、やはりどの世界にも危険な思想が正しいと思い込む輩は少なからずいるようで、少なくない数の魔法師が弘一の元に集まっていた。

 

「それならいいんだが…」

 

達也も自分の勘違いであってほしいと心から願った。

 

 

 

克也は深雪を連れて慎重に進みながら、弘一の書斎に向かっていた。廊下は幾重にも分岐して何度も合流しているが、克也は道を間違えることなく歩いて行く。

 

その存在を一度視ている。移動する気配がないのであるなら、焦る必要もなく確実に仕留めることだけを考えればいい。

 

知ることもなかった廊下を歩きながら着実に近づく。しばらく歩くと杉でできた大きな二枚扉が現れた。その先には2人の人間がいるのを克也の眼は視ており、深雪も魔法師の存在を長年の経験で感じていた。

 

「ようこそ我が書斎へ」

 

扉を開ける。弘一は立ち上がって両手を広げながら、満面の笑みで2人を迎えた。

 

「減らず口を!」

「落ち着け深雪。感情を露わにするだけ無駄だ」

 

深雪が怒気をさらすが、克也は落ち着いて深雪の肩に手を置く。深雪はその手の暖かさで我を取り戻したのか。母親としてではなく、〈十師族〉 四葉家当主としての立ち位置で書斎にいる3人を見据える。

 

「よくここまでのことを1人でやってこれたな」

「私は手助けをしたまでです。何も私1人で成し遂げたわけではありません」

「謙遜だけはするか」

 

克也は自分1人で成し遂げたことを誇ると思っていたが、反対に謙遜するとは思っていなかった。謙遜したところで処断することに変わりはないのだが。

 

血薔薇の銃(ブラッディ・ローズ)〉を弘一に向ける。

 

「ここで死ぬか獄中で死ぬか今すぐ決めろ。俺は我慢できるが深雪を抑えることはできない」

「一番怒っているのは貴方だと思っていましたよ」

「最初は怒ったさ。だが時間が経つ程怒りとは虚しい感情だと気付いた。怒りは人を変質させる。それは空想ではなく現実に有り得る」

 

克也は自分の経験を元に話している。一高前で水波が〈人間主義者〉に襲われているのを目にしたとき、抑えられない感情が噴き出した。そこで自分の記憶はそこで途切れている。

 

「怒りや悲しみなどの負の感情は、人に与えてはならないものだと思った。そうは思わないか七宝?」

 

克也は弘一の後ろで、内面を全く伺わせない笑みを浮かべながら立っている青年に声をかけた。

 

「そんなことはどうでもいいんですよ四葉先輩。いえ、司波先輩。俺は自分の望みが叶えばそれでいいんです」

 

琢磨は何かに取り付かれたように話す。いや取り付かれたのではなく、のっとられたまたは洗脳されたように深雪には感じられた。

 

それでも克也は落ち着いた声音で尋ねる。

 

「望みか。お前の望みや野望は弘一と同じだというのか?」

「僕は魅せられました。真の魔法師だけの世界を。なんて素晴らしいんでしょうか!」

「…狂っています」

 

深雪の気持ちは理解できるが、弘一と組んでいる時点で既にいかれているのだ。

 

「そういうことで消えてください司波先輩」

 

琢磨は右腕を一閃した。すると克也の左腕が、音もなく肘の下から切り落とされる。深雪は驚いて何も行動できず、声ですら発発せなかった。

 

「如何ですか?貴方を倒すためだけに僕が考えた近接戦闘魔法《(ゼロ)》は」

 

克也は興味深そうに、琢磨の右手に握られている刀と自分の傷口に何度も視線を向ける。

 

「面白い。振動魔法で作り出した刃を高速回転させて切り落とすか。原理はチェーンソーから取ったのか?」

「…痛みを感じないのですか?」

 

普通なら痛みでもだえ苦しんでいるはずが、何事もなかったかのように話す克也を見て、琢磨は驚くより恐怖していた。

 

痛みに慣れることは可能だ。だがそれには限度がある。

 

傷口から血を絶え間なく流しているというのに、先程までと何も変わらず話す様子は悪夢を見ているようだ。

 

「感じるさ痛みを。痛みを和らげることができる俺の魔法で抑えているが。だがこの痛みはあの時に比べれば、かすり傷のようなものだ」

 

そう、あの時の心の痛みに比べれば…。

 

「そんな魔法が?」

「俺の【固有魔法】だ」

 

《癒し》で痛みを和らげていたが、全員にバレないように使っていたので少し効果は薄かった。それでも気にならない程度には回復させることはできている。

 

血薔薇の銃(ブラッディ・ローズ)〉を握ったまま、床に落ちた左腕を右手で拾う。傷口をくっつけると《回復(ヒール)》を発動させる。

 

僅か数秒で左腕は元に戻った。

 

その様子を弘一と琢磨は眼を見開き、深雪は得意気な顔をしていた。

 

「完治ではないがこの程度なら問題ないか。ところで深雪、何故お前が得意気な顔をしているんだ?」

「え?得意気な顔などしてなどおりませんよ?」

「そして何故に疑問系?」

 

2人の態度に琢磨の苛立ちは沸点に達し、自己加速術式で克也に肉薄する。しかし克也の突き出した右掌底で琢磨は吹き飛ばされた。壁に激突した琢磨は、崩れ落ちてきた研究資料に埋もれたがしばらくして立ち上がる。だがダメージは大きく足下がおぼつかない。

 

「お前が一高の後輩だろうと、水波を殺したことに間接的に関わっている。見逃すつもりはない」

「…〈師補十八家〉七宝家の長男を殺すというのですか?他に後継ぎはいませんよ?」

 

「生き延びたい」それが今琢磨の中に渦巻いている感情だ。魔法では体術では勝てないならば奇襲しかなかった。だが無理だった。

次元が違う。

 

そう思わされた。

 

「ご当主には俺から伝えておこう。『関わってはいけない人物と接触し、その上で共謀して四葉家の逆鱗に触れた』とな。それと最初の一撃で俺の首を飛ばさなかったのがお前の失態だ。消えろ」

 

克也はCADの引き金を引いて《燃焼》を発動させる。燃え尽きたことで、七宝琢磨という存在はこの世から消え去った。その様子を深雪は見ていたが、消える瞬間に眼を背けてしまった。

 

たとえ家族同然だった水波を殺した人間と関わりがあり、間接的に手助けした憎む相手でも、目の前で人が燃えて消え去るのを見るのは耐え難かった。

 

克也は無表情に琢磨のいた場所を睨みつけた後、〈血薔薇の銃(ブラッディ・ローズ)〉を弘一に向けて発した。

 

「次はお前だ七草弘一」

 

それは死神による死の宣告のように書斎に響いた。



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第101話 天燐

戦争と言えば、銃弾が辺り構わず風を切って飛び回り、銃声が鳴り響き、指示の声や痛みを堪える呻き声などを想像するだろう。だがここは魔法が飛び交う戦場であり、銃は深雪の魔法によって無効化されているため、使用したくても使用できない状態だ。

 

達也・リーナ・文弥が使う魔法が血を流さず、敵を無力化する魔法であるが故に、血なまぐさい戦場になっていないのも要因の1つである。

 

対象物を原子レベルまで分解する達也の【固有魔法】兼戦略級魔法《質量爆散(マテリアル・バースト)》。

 

重金属を高エネルギープラズマに変化させ、気体化を経てプラズマ化する際の圧力上昇を更に増幅して、広範囲にプラズマを散撒くリーナの戦略級魔法《ヘヴィ・メタル・バースト》。

 

2人には威力も規模も格段に劣るが、それでも対人戦闘では強力な魔法であり、相手の精神に直接痛みを与える文弥の《ダイレクト・ペイン》。

 

戦闘級魔法・戦術級魔法・戦略級魔法。

 

これは1回の発動威力を基準にしている。文弥の精神干渉魔法は、そもそも大規模な範囲に作用させる魔法ではないため、この基準には当てはまらない。精神干渉魔法で戦略級魔法になり得る魔法はまだ見つかっておらず、四葉家も模索中だ。

 

最も精神干渉魔法で戦略級魔法になり得るのは、深雪の系統外魔法《コキュートス》もしくは克也の《癒し》だろう。だが深雪は戦略級魔法師になるのは望んでいない。克也も2つの戦略級魔法を所持することなど拒否するだろう。

 

深雪の場合は、当主であるからして戦略級魔法師を担うことはできない。万が一に深雪が戦略級魔法師になるとしたら、誰かが当主の座を引き継がなければならない。

 

克也は魔法力も統率力も申し分なく、深雪と比較しても同等か上回る可能性がある。だが戦略級魔法師である上に、国防陸軍第101旅団独立魔装大隊の特尉である。脱退することなどできるはずがない。

 

達也は【固有魔法】は突出したものであるし、魔法知識も四葉家の中でトップクラスだ。だが一般魔法を自由に使えないという点が、当主には相応しくないという判断になってしまう。

 

新発田勝成はそれなりに魔法力も統率力も高い。だが深雪や克也と比較すれば、魔法力も統率力もワンランク下がるのは否めない。

 

津久葉夕歌は戦闘より研究向きの魔法師だ。〈十師族〉の当主ならば、それなりの戦闘力が要求される。魔法力の高さは戦闘魔法を使えるかや強力さではない。だが当主は戦闘魔法が不得意、あるいは強力ではないというのは少し外聞が悪い。

 

文弥は魔法力も統率力も申し分なくあるのだが、何しろ覇気がまったく足りていない。それに人間性の良さが高い面が当主にはあまり向いていないと言える。

 

亜夜子は一般魔法師と比較すれば、魔法力も統率力も申し分ない。だが文弥同様に人間性の良さが邪魔をしている。【固有魔法】《極致拡散》は非常に強力な魔法であるが、戦闘魔法としては適していない。単独戦闘力では次期当主候補の中でも、夕歌と同等の低さに落ち着いてしまう。それに亜夜子は次期当主候補には入っていない。

 

次期当主候補の中で評価すれば、誰より深雪が当主として相応しいということになる。だからもし深雪が戦略級魔法を所有したとしても、戦略級魔法師にはなれないのだ。

 

 

 

 

 

北東からの風が吹く戦場は、言いしれぬ空気の中での戦闘だった。そもそも北東は《鬼門》。災いを運ぶ方角であるため、古来より古式魔法師には嫌われてきた。

 

古式魔法の伝承者であり〈忍術使い〉の九重八雲の教えを受けた達也、古式魔法を題材に作り上げた《仮装行列(パレード)》を使う九島家の血を引くリーナ、仏教を重んじる(結婚式は何故か洋風…)四葉の分家の文弥は、悲劇の前触れだと感じていた。

 

「達也兄さん、嫌な予感がします」

「ワタシもよタツヤ。何か胸の内をくすぐるみたいな不快な何かを」

 

達也も何かが起こるそんな疑惑に囚われていた。自分・リーナ・文弥を含む半径50m以内の魔法師の想子の流れを読み取るが、誰も想子の流れに異常は見られない。精神干渉魔法を受けていれば想子の流れが乱れるため、達也の《眼》であれば知覚可能だ。

 

精神干渉魔法と言えば四葉家というイメージだが、強力な精神干渉魔法を使うのが四葉家であり、大小問わず精神干渉魔法を使える魔法師はいる。大陸にも日本国内にも使用者は、少なからず存在しているのだ。

 

 

 

克也は左手に握る〈血薔薇の銃(ブラッディ・ローズ)〉を、弘一に向けながら語りかける。

 

「純粋な魔法師だけを残してどうするつもりだ?」

「後から造られただけの紛い物に、この世界を任せておけるわけがない」

「では俺が水波と婚約した際、婚約解消を求めたのは何故だ?」

「貴方のような優秀な遺伝子を、【調整体】などという呪われし汚物に渡すわけにはいかない」

 

弘一の言いように深雪は冷気を身体中から吐き出すが、克也が身じろぎせず佇んでいるのを見て数秒で自制した。だが深雪は克也に怒りを感じた。何故ここまで言われて、文句を言わずに無表情にいられるのか。何故水波のことを馬鹿にされて感情を露わにしないのか。

 

深雪は少しだけ克也の横顔をのぞき込み、右眼を見て身を震わせ後退りした。克也の眼は碧眼ではなく紅い紅蓮の色に変わっていた。それが何故の変化なのか深雪には分からなかった。

 

その頃、亜夜子を含む魔法師に危険が迫っていた。だが弘一を除いて誰もそれには気付いていない。

 

「早く終わらせよう七草弘一」

 

克也は冷酷に告げる。それは遙か高みから見下ろす超越者のような声音だ。弘一はゆっくりと立ち上がり、デスクの前に出て克也の前に立つ。

 

次の瞬間、克也は予備動作なしで弘一に肉薄し右掌底を喰らわした。不意打ちに近い攻撃だが、克也を非難することは誰にもできない。克也には弘一を殺すだけの理由があるのだから。

 

「がは!」

 

弘一は為す術もなく書斎の壁に叩き付けられる。立ち上がる弘一は足下が覚束ないらしくフラフラとしていた。克也の体術は達人の域を越えているので、魔法師として鍛え上げた肉体でも大ダメージは免れない。

 

「…これほどとは身を以て知りましたよ」

「この程度で音を上げるとは。七草家当主の名は肩書きだけか?」

 

克也は傲慢とも取れる台詞を吐く。だがその表情や態度は傲っておらず、冷ややかに弘一を見下ろしている。その眼は怒りではなく哀れみを表し冷たく輝いている。

 

左眼は前世の【願い】の如く輝る碧眼、右眼は己の【憤怒】を表す紅く燃える紅眼。

 

弘一は恐怖を押し殺し、CADを流れるように操作し火球を2つ作り出した。

 

「ここでは殺りづらいですから移動しましょう」

 

弘一が左手でリモコンを操作すると壁が上に伸びる。いや、自分たちが下がっているのだ。振動を感じさせない緩やかな降下は、冥界へ誘う死神の手のようだ。

 

「…広いなここは」

 

床が停止した空間を眼球を動かすだけで把握して呟く。周囲はとてつもなく広い空間で、普通の眼だけでは測ることができない。

 

「克也お兄様…」

「心配するな深雪。絶対にお前には触れさせない。念の為に〈領域干渉〉を自分の周りに纏っていてほしい」

「分かりました」

 

深雪は1歩後ろに下がって想子を発生させる。想子は上空と床に流れ、克也にはまったく干渉せず深雪を優しく無駄なく覆う。

 

「さすが深雪。まるで聖杯だ」

 

克也は深雪の〈領域干渉〉を見上げながら褒め称える。自分には到底真似できない技であり、力技を得意とする自分には全体を同量の想子で覆う方法は不可能だ。

 

「そろそろ始めましょうか我々の戦いを」

 

弘一は2つの火球を同時に放ってきた。避けることは造作もない速度であり、首を傾けるだけで後方へ抜けていく。普通の魔法師ならば、驚愕する速度だ。反応できても間一髪で避けられる速度。次となれば躱すことは難しい。

 

現に深雪はその速度に眼を見開いていた。自分では数回避けるのが限界だと思うほどに。火球は深雪の〈領域干渉〉に阻まれる前にUターンし、克也を背後から襲う。

 

それを見ずに克也は躱し続ける。動きには余裕があり、どこから攻撃が来るか分かっているようだ。それができるのは長年鍛え続けた鋼の肉体と、持って生まれた天性の才があっての凄技だ。

 

深雪は謎の魔法に驚きながらも、克也が余裕の表情で避け続けているのを見て安堵していた。自分なら最初の数発を避けたところで集中力を使い果たし、あっという間にご臨終していると分かっている。

 

だが克也が汗1つかかず避け続けている様子を見ると、自分との差が歴然としており悔しくなる。だが、それは仕方が無いことだ。まず男性と女性では体力差があるのだし、幼い頃から陸軍の兵士や、高校時代から教えを受けていた〈忍術使い〉九重八雲と体術を互角に渡り合えるのだ。

 

一般の女性魔法師より鍛えている深雪とはいえ、克也について行けないのは当然である。だから深雪は諦めるのではなく、応援し続けるのだ。

 

 

 

弘一はこの日のためだけに作り上げた魔法が、まったく通用しないことに焦りを感じ始めていた。一度も見たことがないはずなのに、まるで攻撃軌道を先読みされている気がしていた。

 

これが四葉家直系の力。〈神速〉の二つ名を持つ司波克也だというのか。

 

克也は弘一が焦り始めているのを視界の端に捉えていた。攻撃を避けながらも弘一の隙を逃さぬように眼を向け、神経を張り詰めていた。そして攻撃が鈍った瞬間に《偏位解放》を発動させる。

 

「ぐふ!」

 

圧縮空気弾が胸の中心胸骨部に直撃し、弘一は前のめりに屈服する。火球は使用者の意思を無視して克也に進撃する。克也は2つの火球を、想子を纏った右手で握りつぶした。

 

その爆発は凄まじく、深雪は振動系減速魔法《氷反射(アイス・リフレクション)》を発動させて爆風を防いだ。克也は《想子鎧(サイオンがい)》で爆風と熱を防いだが、爆風が直撃した弘一の皮膚は焼けただれていた。間一髪の所で顔面は守ったようだが、重症なのは一目瞭然だ。

 

克也は一切の感情を含ませない無機物を視るような眼を向ける。視線を感じたのだろう。弘一は顔を上げてきたがその表情は恐怖に満ちていた。

 

「これが雫の分」

「あが!」

「これがほのかの分」

「うぐ!」

「これが亡くなった観客の分」

「がは!」

 

克也は部分的に《燃焼》を発動させ、弘一の四肢を消し去る。その度に弘一の手足は姿を消す。タンパク質を焦がしたときの特有な匂いはしない。音もなく手足が消える様子は、それ以上に吐き気を催す光景だ。

 

深雪は怯えることもなく。ましてや目を背けることもせずに毅然として弘一を見ている。

 

克也が香澄と泉美を戦場に連れてこなかったのは、これを見て欲しくなかったからだ。対して2人は友人を殺し、自分たちと親子関係を断絶した父と相見えたくなかっため、ここに来ることに立候補しなかった。

 

克也と2人の想いが上手く交差した結果だが、それで良かったのかもしれない。このような無様極まりない様子を克也は見せたくなかったし、2人も見たくなかっただろうから。

 

「言い残したいことはあるか?」

 

仰向けに転がる弘一に克也が聞いた瞬間、弘一の身体が発光した。だがそれは一瞬の出来事であり、弘一は何が起こったのか理解できていなかった。

 

「《地獄の辺獄烈火(ベルフェゴール)》、俺の【固有魔法】にしてあらゆる魔法式を燃滅させる対抗魔法だ。お前の身体に仕込まれていた自爆術式は解除させてもらった。今までは心臓を消し飛ばすことができなかったのに、何故今はできたのか不思議に思っているのだろう?」

 

弘一が驚愕しているのを見ながら克也は説明を続ける。

 

この眼(・・・)のおかげで以前は視えなかったものが視えるようになった。そこは感謝しているよ」

 

それは左眼の蒼い眼なのかそれとも右眼の紅い眼なのか。今の言葉では判断が付かない。前世の自分の力が克也の中に居るのであれば左眼だろうが、克也自身の能力であるなら右眼だ。

 

「…これは四葉家に宣戦布告した罰だ」 

「うが!」

 

克也は最後に残っていた弘一の右脚を燃滅させた。何もできなくなった弘一は、恐怖を越え絶望の表情を浮かべている。

 

「俺の気持ちが分かるか?大切な女性(ひと)を殺された気持ちがぁ!」

 

克也は今まで忘れていた【怒り】。否、【憤怒』】を動けぬ弘一に向けた。部屋へ入った時に深雪を諭した言葉が嘘のように。

 

「大切な女性(ひと)を救えなかった自分の身熟さを!護衛がいるから大丈夫だという自分の愚かさを!何度後悔してももう二度と戻ってこないんだよ死んだ人は!それでもお前は人が魔法師が苦しむ姿を見ても平然としていられるのか!?答えろ弘一!」

 

克也は弘一の胸ぐらを掴み上げてまくしたてる。その様子に深雪は涙を流して顔を背ける。克也がここまで感情を露わにするなど一度たりともなかった。見たくなかった。こんなに感情を【怒り】を周りに吐き出す克也を。

 

この【怒り】は一高前で〈人間主義者〉に襲撃されたときの比ではない。あれよりも深く深く、悲しみを含んだ【憤怒】である。

 

「お前は救いようのない大馬鹿野郎だ!お前だって1人の妻を亡くしているだろうが!例えそれが他人の手によるものではなくても。救えなかった気持ちが分かるだろうが!」

 

克也は答えを聞くこともなく弘一を空中に放り投げる。〈血薔薇の銃(ブラッディ・ローズ)〉から小規模な《レーヴァテイン》を発動させて、弘一の存在を消し去った。その瞬間に弘一の顔には死ねることへの安堵と、何も知らない克也への嘲笑いが混ざった表情があった。

 

「…これで、いいかい水波?」

 

克也はそう呟くと前のめりに倒れた。

 

「克也お兄様!」

 

深雪の呼びかけが遠くに聞こえる。焦点の合わない眼を天井に向けると、水波が穏やかに微笑んだように見えた。その笑顔に安心した克也は、水波の顔を撫でるように右手を伸ばして眼を閉じた。

 

 

 

「克也お兄様!」

 

私は克也お兄様が倒れ始めた瞬間には既に走り出し、地面に倒れるギリギリの所で抱き留めました。すると克也お兄様は右手を天井に伸ばし、何かを掴むような仕草をして手を下ろしました。

 

眼を閉じている克也お兄様の脈拍や呼吸を計ると安定していました。目的を達成したことで緊張の糸が切れたようです。ほんの少しだけそのままにしておくことにし、私は膝の上に克也お兄様の頭を置く。艶やかなそれでも夜に輝る星を包み込む漆黒の髪を、私はいつまでも撫で続けました。

 

 

 

 

 

克也が弘一の存在を消した頃、達也たちは苦戦を強いられていた。

 

「くそ!なんでこんな奴らがここに!」

「文弥、気をつけろ。こいつらは只者じゃない。気を引き締めてかかれ」

「こんなことが有り得るの!?人間の法則に反しているわ!」

 

3人は耳に届く不快な音に顔を顰めながらも、魔法を放ち応戦していた。このような事態になったのは15分ほど前に遡る。

 

 

 

〈ジェネレーター〉のなり損ないを8割方殲滅した頃。達也は不可解な想子を発する集団が、亜夜子の指揮する部隊に接近しているのを視た。その数約200。

 

「文弥、亜夜子のところに行け。亜夜子が危険だ。部下を全員率いて迎え」

「分かりました!」

 

文弥は部下を引き連れて、亜夜子が応戦している七草邸の裏へ向かった。達也は〈シルバー・ホーン〉で《分解》を放ちながらリーナと背中合わせに立つ。

 

「何があったの?」

 

リーナが《アルテミス》から《ヘヴィ・メタル・バースト》を放ちながら聞いてきた。

 

「亜夜子が戦闘中の場所に、謎の波動を発する敵が接近していた」

「波動?」

「心地良くない。むしろ胸の奥を掴んでくるような気持ちの悪い波動だ」

 

リーナにはそれが何か分からなかったが、良くないことが起きかけているのは否応なく理解できた。

 

「それじゃあ、急いでここを終わらせないとダメってことね?」

「ああ、一気に攻め込んで助けに行きたい」

「あら奇遇ねワタシもよ」

 

2人は腹黒い笑みを浮かべ前を向く。

 

「1人も残すなよリーナ?」

「それはこっちのセリフよ。残したらUSNA公認戦略級魔法師である〈アンジー・シリウス〉が成敗してあげる」

「ふん、リーナが残したら日本非公認戦略級魔法師である〈大黒竜也〉が片づけてやる」

 

2人は同時に強力無慈悲な魔法を発動させ、1ヶ所に固まっていた各々50人の〈疑似ジェネレーター〉を一瞬にして消し去った。

 

そして次の瞬間には、自己加速術式で亜夜子の戦闘場所に向かう。しかし到着する前に悲痛な叫びが耳に入る。

 

「姉さん!目を開けてよ姉さん!」

 

それは紛れもなく文弥の叫びだった。全速力で駆け付けた2人は文弥の様子を見て、怒りを露わに魔法を敵に向けた。だが、不快な音に顔を顰める。

 

「これは《キャストジャミング》!何故〈アンティナイト〉がないのに発動できる!?まさか!」

「そうそのまさかだよ」

 

何処からか声が聞こえ、〈疑似ジェネレーター〉の間から1人の男が現れた。

 

「何故貴方がここに!?」

 

男は1歩前に出てお辞儀をした。

 

「お手合わせ願おう司波達也」

「…なるほどそういうことか。何故水波が簡単にさらわれたのかようやく理解できた」

 

達也は硬質な声を出しながら〈シルバー・ホーン〉を構える。

 

「ならここで全てを終わらせてやる。七宝拓巳(たくみ)!」

 

達也は声を荒げ叫ぶ。それは虎の咆哮に似た達也が失ったはずの【怒り】を現していた。

 

 

その間も克也は眠り続けていた。リーナは文弥は克也がここに来ることを今か今かと待ち望んでいる。達也は想子をこれまで以上に活性化させ、眼前の200の敵と対峙していた。




氷反射(アイス・リフレクション)》・・・克也と達也が開発した深雪の振動減速魔法。魔法障壁と似たものであるが、《凍火(フリーズ・フレイム)》と同様の効果を持ち合わせ、触れた魔法式や武器を凍らせることができる。



前作より大幅に改定しております。ご容赦ください。


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第102話 殲滅

耳障りな硝子を引っ掻くような音が耳を貫く。後ろでは亜夜子を抱き名前を呼び続ける文弥の声と、文弥を諦めさせようとするリーナの声が響く。

 

そのどれもが達也の耳に入ってくる。何より精神を蝕むのは、眼前から放たれる敵意ではない。〈アンティナイト〉特有の現象であり、魔法師にとっては危険そのものである、《キャスト・ジャミング》を発する元人間(・・・)

 

だが達也の魔法発動には何ら影響はない。何故なら彼自身の【固有魔法】《分解》は、《キャスト・ジャミング》の影響を無視して発動できるのだから。

 

「どうやって人間に〈アンティナイト〉を埋め込んだ(・・・・・・・・・・・・・・・)?」

「君が知る必要は無い。何故なら君は今ここで死ぬのだから」

 

拓巳はおよそ5体の《キャスト・ジャミング》を放っている自身の人形を、達也を攻撃対象として認識させた。すると5体が一斉に駆け出し、達也に掴み掛かろうとする。

 

達也が最初に近付いてきた人形を、《雲散霧消(ミスト・ディスパージョン)》で消し去ると拓巳は驚愕を顕にした。

 

「貴様、何故《キャスト・ジャミング》の中で魔法を使える!?」

「つまらん奴だな。それと二人称は『君』じゃなかったのか?被っていた化けの皮が剥がれているぞ。俺が《キャスト・ジャミング》を無視できることがそんなに不思議か?」

 

そもそも達也の【固有魔法】は、魔法式を作り出すものさえ消してしまうので、《キャスト・ジャミング》を無効化できる。克也の場合は、《キャスト・ジャミング》のノイズが干渉しても、揺るがないほどの〈領域干渉〉を持っているため、普段通りに使用できる。

 

「…君を消せないのであれば他の者を消せばいい。やれ!」

 

拓巳の突撃合図に、残りの人形が全方向に一斉に散ってしまったため、達也は36人しか消し去ることができなかった。

 

「リーナ!今すぐあいつらを追ってくれ。お前がいなければ全員が即死だ!」

「わかったわ!」

 

リーナはすぐに駆け出して人形を追い掛けた。だが文弥は泣き止まない。

 

「文弥、お前も仕事を全うしろ。お前は黒羽家次期当主なんだぞ。お前がここで腐っていたら誰が守るんだ!」

「姉さん!姉さん!姉さん!」

「文弥、今はそれどころじゃないんだ!」

「…克也兄さんは言いましたよね?生きて帰ると約束しろと」

「っ!」

 

文弥の声と眼は憎悪にまみれており、達也でも言葉に詰まってしまった。だが達也もここで引き下がるわけにはいかない。

 

「戦場では人が死ぬ。たとえそれが友人や家族であっても例外はない。ここで亜夜子と共に死ぬか、生き延びて四葉家のため黒羽家のために命を捨てるか今すぐ決めろ。俺はここでお前が決めるまで待ちはしない。生きるなら行動で示せ」  

 

達也はそれだけ言うとリーナとは反対に駆け出した。文弥はしばらくの間迷った。双子の姉をここに残して戦いに戻っていいのか。許されるのであれば、姉と共々ここで死んでもいいのか。

 

だがそれを克也は許しはしないだろう。何があっても全員で戻ると四葉の名にかけて誓ったのだから。姉がいてもいなくとも自分の道を進む。それが克也から教わった生き様だ。

 

大切な人が死んでも前を向いて生きることを。自分の力の弱さを痛感させられても誰かのために生きることを。

 

文弥は亜夜子の亡骸をもう一度抱き締め地面に優しく下ろす。焼け焦げたリボンを形見に戦場へ戻る。その眼は先程とは違い、生きることへの執着する。そして敵をただ屠る。それだけを為す。そんな眼をしている。

 

文弥はナックルブラスター型のCADを強く握りしめ、リーナと達也の間の方向へ走り出した。亜夜子の《想い》を胸に秘めて。

 

 

 

リーナと達也は苦戦を強いられていた。もともとリーナは、単体あるいは少数の敵を相手にするのが得意だ。達也はある程度の人数でも問題ないが、激しく動き回る敵を相手にするのは苦手だ。

 

自己加速術式を長時間使い続ける相手と戦ったことのない2人は、徐々に追い詰められていく。達也の場合は人形を相手にしながらも、左手のCADで負傷した黒羽家配下の魔法師を《再生》で治癒しながらの戦いだ。

 

リーナ以上の過酷さの中で、何十体もの人形を倒さなければならない。さらには《再生》を使ったときの副作用で、痛みも同時に受けるのだ。精神的ダメージはリーナの比ではない。だがそれでも戦わなければならない。克也のため四葉のために。

 

「ぐっ!」

 

ついに人形の攻撃が達也を捉えた。一撃喰らったことでさらなる魔法が達也を襲う。《再生》のおかげでダメージはなかった(・・・・)ことになるが、疲労するのは否めない。

 

そして何十回目、何百回目の《再生》を使ったときに達也は違和感を感じた。

 

今のはなんだ?何かが消えていくそんな感じだ。だがそれより重要なのはこいつらを消し去ることだ。

 

達也は違和感を勘違いだと思い込み、記憶の片隅にしまい込む。そして《分解》で、縦横無尽に動き回る敵を的確に消していく。

 

 

 

リーナはその頃、壁際に追い詰められていた。体術もそれなりには鍛えているが、敵の体格が良すぎるので華奢なリーナの攻撃では相手に隙を与えるだけだ。体術が使えなければ魔法もあるが、《キャスト・ジャミング》を使われては思うような効果は得られない。

 

完全に手詰まりでありチェックメイトだ。

 

1回くらいカツヤとデートしたかったなぁ。

 

敵の振りかぶる拳を見てリーナはそんなことを思った。振り下ろされる拳を見ずに眼をつぶり、その時が来るのを待った。だが次の瞬間に身体がふわっと浮き、抱きかかえられたと思った頃には地面に着地していた。

 

「間に合った!」

 

上から心で呼んだ男の声がした。恐る恐る眼を開けて見上げると、安堵の表情をする克也の顔があった。

 

「カツヤ、どうしてここに…」

「リーナ、少し待ってろ。すぐに終わらせる」

 

克也はリーナの質問には答えず、群がってくる人形30体を一度に相手するように立つ。

 

「カツヤ、そいつらは!」

 

リーナが何かを伝える前に克也は既に突っ込んでいた。右拳でボディーブローを喰らわせ、左の裏拳と右後ろ回し蹴りを放ち、前方へ転がってからの右ストレート。

 

流れるような動きで一瞬の間に28体を屈伏させる。そして1体には、右前蹴りで顎を天に向かって蹴り上げる。残り1人を空中で、前方回転の威力を使って右かかと落としを頭頂部へ振り落とす。

 

全員が屈伏した瞬間、バック転を5回ほどして定位置へ戻り大型のCADを構える。リーナが両手で顔を庇うほどの活性化した想子が克也から溢れ、1つの強力な魔法が放たれた。

 

煉獄の剣と化した魔法は、上空10mから落下し地面に屈伏していた人形30体のうちの1体を貫き、存在の痕跡を残さず全てを焼き尽くした。

 

リーナは非常に強力な魔法であるはずが、まったく爆風を感じず死体の痕跡を何一つ残さなかった魔法に驚いていた。活性化した想子より、こちらの方が穏やかに感じるほどに。

 

「リーナ、怪我はないか?」

「え?あ、うん。ありがとう」

 

急に話しかけられ、先程の怒りが含まれていた声音との差に驚いてしまう。

 

「今の魔法は《グレート・ボム》…なの?」

「違うよ。今の魔法は《レーヴァテイン》。《グレート・ボム》とは無関係さ」

 

《グレート・ボム》とは、達也の戦略級魔法《質量爆散(マテリアル・バースト)》の別称であり、他国がよくこの言葉を使う。リーナはまだ《グレート・ボム》の使用者が達也だとは知らないので、克也の魔法を勘違いしてしまったのだ。

 

「というより何であんたがここにいるのよ。目的は?」

「任務完了だ。あとはこいつらを消して亜夜子を連れ帰る(・・・・・・・・)。それだけだ」

 

リーナは気付いてしまった。亜夜子がもう助からないことを、克也がここに来るまでに知ったと。そして約束を守れなかったことを悔いていると。

 

「ミユキは?」

「達也のところに向かわせた。だが文弥が心配だ。俺は文弥の援護に行ってくるから、リーナは達也たちと合流してくれ。そこに向かうまでに敵はいないから安心しろ」

「待って」

 

リーナは走り出そうとした克也の左手を掴み、克也の身体を自分に引き寄せた。自分より20cmも高い克也の唇を自分の唇で塞ぐ。克也の驚いた顔を見て、恥ずかしがりながらも華のような笑みを浮かべる。

 

「…リーナ?」

「フミヤを連れて必ず帰ってきなさい。ワタシのファーストキスを無駄にしたら許さないからね」

 

克也が硬直している間にリーナは長い髪を風にたなびかせて、自己加速術式で達也と深雪の元へ向かった。

 

まさかの不意打ちに克也も戸惑いを隠せない。よもやこんな戦場で接吻されるとは思ってもいなかった。取り敢えず自分の戸惑いを心の中にしまい込み、文弥の元へ向かった。

 

 

 

文弥と合流して残りの20体を《レーヴァテイン》で殲滅し、達也たちの元へ行くと、こちらも戦闘を終えていた。達也の《小規模質量爆散(マテリアル・バースト)》とリーナの《小規模ヘヴィ・メタル・バースト》によって敵は消え去っていた。

 

座り込んで涙を流す深雪に近付き隣に両膝をつく。見開いている亜夜子の瞼をそっと閉じ、《回復(ヒール)》で焼けただれた皮膚と服を治すと、まるで眠っているかのように安らかになった。

 

「克也、終わったか?」

「ああ、これで何もかも全てが」

 

目的を果たしたというのに気分が晴れないのは何故か。亜夜子を失ってしまったことがあまりにも辛いからだろうか。落ち込んだ気分で空を見上げていると、ヘリが三機こちらに飛んできていた。

 

「あれは何?」

「…驚いたな。軍のヘリだ」

「何故三機もここに…」

 

数分後、今までの戦いが嘘のように静まりかえった七草邸の庭に、ヘリが降り立ち中から現れた人物に克也と達也は驚いた。

 

「大黒特尉・神代特尉、至急対馬要塞と稚内にお越し下さい。新ソ連と大亜連合の艦隊がこちらに向かっています」

 

真田の言葉に再度驚く。想定していたとはいえ、本当に来るなど思ってはいなかった。

 

「それとリーナ殿、貴女にも足摺岬へ来ていただきたい」

「藤林中佐、それは一体どういうことですか?」

「【レプグナンティア】USNA支部の艦隊が来ています。ここに3人(・・)の戦略級魔法師がいますので、今すぐに向かうことができます」

 

確かにリーナは黒羽家の車に念の為に持ってきた《ブリオネイク》を乗せてある。《サード・アイ》は風間が持ってきているだろうから、すぐに向かえば殲滅することは可能だ。

 

だが奇妙なのは、もう1人の日本政府公認戦略級魔法師が出てこないことだ。

 

「五輪家は今回出撃されないのですか?」

「体調を崩されたらしく不可能です」

 

ならば自分たちが行くしかあるまい。

 

「達也・リーナ、行くしかない。日本を守るぞ」

「当たり前だ」

「決まってるでしょ」

 

本当に頼りになる家族だ。

 

「リーナ、お前は少し疲れている。少しこっちに来い」

 

克也はリーナの額に右手を押し当て、《癒し》を発動させる。疲労を抜き取り、満足に魔法を発動できるようにした。

 

「達也・リーナ、生きて帰ってこい。そしてまた家で会おう。深雪、リーナと一緒に足摺岬へ。リーナの側にいてやってほしい」

「亜夜子ちゃんはどうするのですか?」

「文弥に任せる。いいか?」

「もちろんです」

 

文弥がしっかりと頷いてくれたので亜夜子を預け、4人がそれぞれのヘリに乗り込む。達也は西の対馬要塞へ、リーナと深雪は南の足摺岬へ、そして克也は北の稚内へ向けて飛び立った。

 

 

 

ヘリの中には柳が〈ムーバル・スーツ〉を着て座っていた。それも深刻な表情をして。

 

「お前もこれを着るんだ」

「了解しました」

 

達也が真田と共に製作した特殊スーツをその場で着替える。

 

「新ソ連の艦隊はどの程度なのですか?」

「ほぼ全艦と言っても過言ではないらしい」

「…本気で戦争をするつもりなのですか?」

 

なんとも言えない大胆さにため息しか出ない。

 

「大亜連合と【レプグナンティア】も、総力を以て我々を攻撃するようだな」

「返り討ちにしてやりますよ」

 

克也の物騒な言葉に悲しげな笑みを柳は浮かべた。着替え終わった克也の両腕には、大型CAD〈レーヴァテイン〉が握られている。非公式な命令だが従わないわけにはいかない。

 

二大国家+過激反魔法師団体が全兵力で向かってくるのだ。第四次世界大戦でも引き起こす気なのかと聞きたくなるが、そもそも大亜連合とは休戦協定を結んだだけであって、完全なる終戦はしていないのだ。

 

新ソ連は相互不干渉条約を締結していたはずだが、一方的に破られた。1945年の日ソ不可侵条約を破棄されたのと同じだ。それなりに報いを与えなければならない。日本に四葉家に牙をむいたことを後悔させなければならない。

 

3人の戦略級魔法師はそれぞれの想いを胸に秘め、目的地へと向かった。



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第103話 完了

冬の寒さを纏った風が、何処までも広がる雪原を吹き抜けていく。眼下を覗けば、人が住んでいない風化した家屋が点在している。ヘリから見えた土地はそんな悲しい風景で、初めて見る北海道の地には哀愁が漂っているようだった。

 

過疎化が過剰に進み、人口減少が著しい稚内市は、30代以下の若者が幼い幼児などを除いて全体の40%程度しかいない。赤ん坊が生まれた世帯には多額の生活保護が与えられ、本人や両親が拒否しない限り、20歳になるまであらゆる割引などを受けることができる。

 

国は北海道の過疎化、正確には県庁所在地や主要都市以外からの人口流出を防ぐために必死になっている。寒冷化が進んだこともあり、北海道の人口は最盛期の7割程度まで減少している。土地面積があまり、1人辺りの分配面積が広くなっていく一方である。

 

稚内市で最北端は宗谷岬北西にある弁天島だが、そこは無人島で非常に狭く、手入れされているわけではないので上陸は不可能である。別段必ずそこに行かなければならないわけではないので、稚内市に急遽設置された臨時本部から狙えればいい。

 

克也が乗ったヘリはヘリポートに着陸したが、すぐに魔法発動の準備を整えるよう言われた。駆け足で本部の近くにそびえるビルの屋上に向かう。この部隊での命令権は柳に与えられているらしく、克也と共にビルの屋上に来ていた。

 

「まさか柳少佐に命令してもらう日が来るとは思いませんでした」

 

特化型CAD《レーヴァテイン》の最終確認をしながら、部隊長ではなく司令長として命令を下す柳の緊張をほぐすように、克也は穏やかに問いかける。

 

「俺も思っていなかった。だが良い経験にはなると思っている」

「俺は既に似たような経験をしてますけどね」

「四葉家当主補佐の奴が何を言う」

 

克也が笑顔を見せると、柳は少しだが緊張がほぐれたらしく口も滑らかだ。最終確認が終わり、《レーヴァテイン》を日本海に向けて構えてから視界を広げる。既に新ソ連の艦隊は領海まで残り10km程にまで接近しており、敵艦の試し撃ちも完了済みのようだ。

 

「発動しますか?」

「少し待て。まだ上からの許可が下りていない」

「領海内に入られては、稚内市が一面火の海になり兼ねません。一刻も早い攻撃許可を望みます」

 

上は何を渋っているのだろうか。命令を無視して決行してもいいと思ってしまう。稚内が壊滅しても四葉家には影響などないが、魔法師に対する批判は膨らむだろう。それは四葉家も他人事として傍観などしていられない。

 

「どうやら国防軍情報防諜第三課からの反対が強いらしい。強行採決はできないようだ」

「それならば問題ありません。そこは七草家の息がかかった部署ですから、強行採決しても構わないかと。四葉家がそう言っていると連絡して下さい」

 

もしそれでも文句を言いに来るようであれば制裁を加えればいい。武力をちらつかせたくはないが、そもそも弘一があのような行動をしなければ、こちらも穏便に済ませるつもりだった。だが今は話し合いなどはするつもりはない。力で潰す。それが今の四葉の考えだ。

 

「…許可が下りた。発動してくれても構わない」

「分かりました」

 

俺は大型CADを構えて視界を再び広げる。今はもう《全能の眼(ゼウス)》は使えず、本来の俺の《全想の眼(メモリアル・サイト)》で敵を見据える。使えなくなったのは、目的を達したからだろうか。使えなくても元々の《眼》を使えば問題はない。そもそも《全能の眼(ゼウス)》は、《全想の眼(メモリアル・サイト)》の強化版あるいは進化版だ。使い勝手が良くなるだけなので別に気にしていない。

 

艦隊の中心には、他の誰よりも想子濃度が高い魔法師が乗っているのが視えた。おそらくこれが〈十三使徒(大亜連合が認めていないが正確には十二使徒)〉の1人、新ソ連公認戦略級魔法師イーゴル・アンドレイビッチ・ベゾラゾフなのだろう。彼まで参戦させているとなると、本気で戦争をするつもりだったようだ。

 

見つけた瞬間、強力な魔法発動の兆候を感じ、急遽《レーヴァテイン》の発動をやめ、達也が新しく開発した新魔法《ゲートキーパー》を発動させる。そのおかげか魔法は発動せず我ながら安堵してしまう。

 

 

 

今のは〈領域干渉〉?いいえ、魔法が完成していたにもかかわらず効果を発揮しませんでした。今のは精神干渉魔法の1つでしょうか?

 

戦艦の特別室にいたベゾラゾフはたった一度で、克也が何をしたかの真髄に迫っていた。

 

 

 

今回は何とか発動を間に合わせることができたが次はないだろうな。ならば何も考えず消し去る。跡形もなくこの世界に存在したという意味そのものを。

 

「《レーヴァテイン》発動します」

 

克也は今度こそ《レーヴァテイン》を発動させた。煉獄の炎を纏った剣は、イーゴリ・アンドレイビッチ・ベゾラゾフが乗船している戦艦の上空から引力に従って落下する。ベゾラゾフも何もせず攻撃を受けたわけではない。瞬時に自分が完成させた《完全なる立方体(パーフェクト・キューブ)》を展開したが、《レーヴァテイン》の熱量と運動量によって無効化された。

 

《レーヴァテイン》が作り出した爆風は、瞬時に艦隊の中心から広がり、円形に半径7kmを航行していた戦艦を全て巻き込んで燃滅(・・)させた。

 

紅い巨大な剣が、遙か遠くの沖合で落下して爆発したかと思えば、何もなかったかのように静まりかえる夜の海原が見える。それを二度現場で眼にした柳は震え上がった。

 

克也の戦略級魔法《レーヴァテイン》が、局所的な爆発でありながら絶大な威力を発揮するのは、克也が指定した範囲内において、上昇気流が高密度で発生するからである。一度の発動で小さく強力で数多の渦が発生し、周囲のものを引き寄せた渦の中で炎が燃やし尽くす。

 

燃滅(・・)完了です」

「…仕事が早くて助かる」

 

柳は微妙な顔で克也を労い、本部に向かってビルの非常階段を下りる。その様子は作戦に成功して喜ぶ士官ではなく、命を奪ってしまったことへ許しを請う1人の人間の様だった。

 

 

 

 

 

克也が稚内で《レーヴァテイン》を発動させたのとほぼ同時に、達也が対馬要塞で《質量爆散(マテリアル・バースト)》を、リーナが足摺岬で《ヘヴィー・メタル・バースト》を発動させ、敵からの反撃を受けることなく消滅させた。

 

北で紅・南で黄・西で白の光が輝き、漆黒の闇の中の日本を照らす。

 

この3つの戦略級魔法による新ソ連・大亜連合艦隊・【レプグナンティア】艦隊が消滅した事件を、人々は安易な名前で呼んだ。

 

 

 

【天変地異】

 

 

 

それは人の命を簡単に奪う物でありながら、同時にそれは人の命を救うことを如実に示した。だからこそ魔法は抑止力にもなり兵器にもなりうる。そのため魔法に対する反感は、これからも存在し続ける。克也・達也・深雪がどれほど魔法の使用を制限しても、世間の冷たい視線は注がれ続ける。それでも3人は、日本と世界のこれからを担う魔法師のために、反魔法運動と全力を以て戦い続ける。

 

 

 

 

 

弘一との全面戦争終了後、克也たちは真っ先に今回の戦争で失った命を弔った。

 

黒羽亜夜子。

 

亜夜子の遺体に克也・達也・深雪・文弥・リーナが順に、最後の挨拶をする。真夜は元当主としての立場があるのか涙を見せなかったが、葉山は崩れ落ちていた。四葉の関係者そして年長者である葉山は、亜夜子を含む克也・達也・深雪・文弥・夕歌・勝成は孫同然の存在であり、達也を除いて(・・・・・・)可愛がっていた。

 

達也を可愛がらなかったのは、分家による再度(・・)の〈達也暗殺計画〉を企てさせないための布石だった。本心では皆と同じように可愛がりたかっただろう。

 

亜夜子以外にも四葉の傭兵部隊から15名の死者が出たが、顔を合わせたこともない相手である。それに亜夜子を失った悲しみがある以上、無念だとしか思えなかった。

 

貢は亜夜子を失った悲しみから病気を患い、今は病床についている。もっとも悲しみにうちひしがれているのは文弥だろう。自分が亜夜子の交戦地に着いた瞬間に、目の前で殺されたのだから。

 

リーナも悲しみに暮れ、克也の胸にすがりついて涙を流している。お互いに気を許し、分からないことは互いに教え合い、時には魔法力の競争もした。そして恋のライバルであったのだ。リーナは戦争終了間近に自覚したが、何故亜夜子が自分が四葉に保護された際に見せた笑みの中に、鋭い視線を含ませていたのか知らなかった。

 

だが今になって気付いた。あれは「自分の気持ちに気付け」と「自覚しろ」と言っていたのだと。お礼を言いたい。そして謝りたい。でも亜夜子はもうここにはいない。声を聞くことも話すこともできない。そう思う度に涙が溢れてくる。止め処なく流れ、身体中の水分が涙に変わるのではないかと思うほどに。

 

泣いている間、克也はリーナを優しく抱きしめていた。その優しさが胸に刺さる。亜夜子にこんなことをしなかったのに自分にしてくれる。

 

期待してもいいのかな?

 

リーナは克也の腕の中で泣きながら、心の片隅でそんなことを考えていた。



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第104話 惜別

亜夜子を弔った後、克也は九島家と北山家に対して婚約破棄を申し出た。今の状態で婚約しても心は晴れない。むしろ病んでしまいそうだった。どちらも引き下がってくれたが、渋々という感じなのが心残りである。

 

だが気にしている暇はない。今やるべきことは七草家と七宝家の処分をどうするかが先決だからだ。数日後、四葉家は七草家を擁護する方針で一致した。

 

 

 

戦争から1週間後。七草家を除く緊急師族会議が魔法協会関東支部で開かれ、深雪と克也が会議室に到着して会議が始まった。

 

「今回の事件について申し上げます。七草家の処罰及び〈十師族〉からの除籍及び取りつぶし。以上3つを行わないことを提案致します」

 

深雪が処罰の内容について発表すると、各当主は驚きの表情を浮かべ何人かが叫ぶ。

 

「四葉殿、本気ですか!?」

「克也殿、本当によろしいのですか!?貴方の妻が殺されたというのに何もしなくてもいいのですか!?」

 

二木家と八代家の両当主が質問を重ねる。

 

「無論です。真由美嬢は関係ありませんし、今回の暴走は弘一個人ですので潰す理由はありません。長男と次男の智一殿と考次朗殿は既に拘束済みです。弘一の考えに賛成するばかりか、推進しようとしましたので今は刑務所にいます」

「なるほど四葉殿のお考えは分かりました。我が一条家は四葉家に賛同する」

 

まずは一条家が四葉側についた。

 

「十文字家も異議なし」

「九島家も異議なし」

「五輪家も異議なし」

 

これで四葉家を除き賛成と反対は4:4。こちらにはまだ手札があるがまだ出すときではない。

 

 

「何故取りつぶしになさらないのですか?今復讐せずしていつするのですか?」

「先程から申しているとおり弘一個人の暴走です。それだけで七草家を、魔法社会から破門する理由にはならないのですよ六塚殿」

 

深雪の威圧に六塚家当主は黙り込んでしまう。四葉家は七草家の滅亡は望んでいない。むしろ繁栄を望んでいる。真由美は信頼できる魔法師であり、何より人の信頼もあり人を動かす力がある。それを無駄にすれば、日本の利益ではなく不利益を被ることになる。

 

「取りつぶすべき家は七宝家です。七宝家は弘一と共謀し、自分の妻を拉致し監禁し拷問した。七宝家は一家総出で荷担していますから、七草家ではなく七宝家を取りつぶしにしましょう」

 

当主の七宝拓巳は、達也の《質量爆散(マテリアル・バースト)》によって、既にこの世から消え去っている。妻や配下の魔法師は自分たちは関わっていないと言い張っているが、辰巳の第一発見者が拓巳の妻であり、捜査協力しなかった罪は重い。思い出したくないと発言したのは、関わりを避けるための言い訳だ。

 

「二木家は異議なし」

「三矢家も異議なし」

「六塚家も異議なし」

「八代家も異議なし」

 

こうして七宝家は〈師補十八家〉から除籍され、名義も剥奪されて解体された。七宝家の中心だった人物や配下の魔法師・関係者は個別に取り調べが行われ、危険な人物は拘置所に送られた。要注意人物ではあるが直接・間接的な行動に出ないと判断された人物においては、監視に留めるとして釈放されている。

 

 

 

 

 

 

四葉家の復讐が終わり、亜夜子を亡くした悲しみからようやく立ち上がりかけていた矢先。またしても行き先は闇に包まれた。

 

「起きても大丈夫なのか?」

 

ドアを開けて中に入り、窓枠から庭をヨチヨチと歩く娘を見ている達也に声をかけた。

 

「今は調子が良い。今のうちに眼に焼き付けておきたくてな」

 

悲しい笑みを浮かべるので、そんな達也を見て俺は心が痛む。窓の外から深雪の楽しげな声が聞こえ、それが余計に心に突き刺さる。

 

達也は母と水波と同じように魔法演算領域のオーバーヒートによって、寿命が極端に短くなっている。今までの《再生》の使用が達也の精神を蝕み始めたのだ。今回の戦争で達也は100回以上行使していたらしい。それが症状悪化を一層加速させてしまった。

 

「あんまり無理するなよ?余計に寿命を縮めるからな」

 

達也は両手を広げて肩をすくめる。そう達也はもう寿命がないのだ。医師に下された命の灯火は僅か2ヶ月。あまりに短すぎる時間の宣告に、深雪と俺は身体が震え出すのを止められなかった。

 

今は3月24日。樹里の誕生日が5月27日であり、医師の診断を受けたのは2月17日。祝える可能性は限りなく低い。

 

余命宣告を受けてもそれ以上に長く生きる事例もあれば、それよりも前に亡くなる事例もある。余命宣告はあくまでの目安にしかならない。

 

今達也の身体は《再生》が自分の意思とは関係なく、常に発動している状態だ。だから常に魔法演算領域には、多大な負荷がかかっている。それでも達也が平常でいられるのは、達也の保有する想子量が桁違いであり、鍛え上げた身体の強靭さによるものである。

 

だがこの均衡がいつまで続くかはわからない。明日なのかそれともまだ先なのか。もしかしたら今この瞬間、目の前で《再生》が途切れるかもしれない。

 

「取り敢えず飯を食え。少しでも樹里と一緒にいたいなら」

 

俺はテーブルに今日の昼食を置くと、達也は済まなそうな表情をしながら椅子に座って食べ始める。達也の身体は味の濃い料理や脂の多い料理が食べれなくなっている。今は野菜や果物・おかゆといった胃に優しい料理しか口にできなくなっていた。

 

そのせいで今の達也の体重は、明らかに俺より軽く腕は痩せこけている。それでも眼は光を失っておらず未だ強く輝いている。

 

おかゆを食べ終わった達也は、眠気が訪れたのか眼をこすり布団に潜り込むと寝息を立て始めた。俺はおかゆの入っていた皿を持って部屋を出る。

 

 

 

皿を使用人に任せて裏庭へ向かうと、深雪が樹里の歩行を手伝っていた。その様子をリーナが羨ましそうに、裏庭の芝生の上に置かれた机の上の紅茶を飲みながら眺めていたので、リーナの座っている椅子の横に腰を下ろした。

 

「樹里は歩けるようになったのか?」

「あと少しってとこかしら。補助があれば10mぐらいは歩けるみたい。ところでタツヤの容態は?」

「食べてはくれたが明らかに量が減っている。本人は自覚していないようだが」

 

今日の量は先週の3分の2程度でしかない。このままいけば、樹里の誕生日まで生き続けることなど到底できない。四葉家は可能な限り手を尽くす予定だが、現代科学でも治せないものは治せない。

 

魔法は精神に著しい負荷を与えるため、弱っている達也に対して魔法を使う気にはなれない。

 

一番辛いのは深雪であるが、深雪は今とても幸せそうだ。だがそれは樹里を相手している今だけであり、仕事に戻れば達也のことばかり考えてしまって手につかなくなる。そんな生活を1ヶ月続けている。

 

嬉しそうに樹里の手を引き歩行練習をする深雪を、俺とリーナは優しく見守っていた。

 

 

 

それから半月後。達也はついに起き上がることも腕を動かすこともできなくなった。口を動かすことはできるが、その姿は今までの健康な達也と比べてあまりにも弱々しかった。

 

「…克也、いるのか?」

 

達也が眠るベッドの横で、読んでいた本を閉じて達也に問いかける。

 

「眼を覚ましたか達也。気分はどうだ?」

「清々しいさ。克也、覚えてるか?俺たちが初めて顔を合わせた日のことを」

 

達也の言葉を聞いて、俺は脳裏に達也と初めて出会った時のことを思い浮かべる。遥か遠く22年前の記憶だ。細部までは思い出せない。多少の記憶を視ることができる俺の《眼》は、相手のものを視るのであって、自分の記憶を読み返すことはできない。

 

たとえ自分の魔法演算領域を視ることができたとしても。

 

「ああ、覚えてるよ。確か叔母上のプライベートスペースだったな」

「あの時の母さんと叔母上の嬉しそうな顔は忘れられない。それにお前を視界に入れた時、何故か安心できた」

「それは俺もだ。2人で遊ぶときも何故か叔母上と遊ぶより楽しかった」

 

お互いに微笑みながら眼を見て話し合う。

 

「人造魔法実験を受けて目が覚めた時にも思ったよ。『こいつがいたら背中を預けられる。目の前の敵にだけ集中できる』ってな」

「双子だからって理由じゃダメか?」

 

冗談めかして言うと達也は笑った。それは俺が見た達也の最後の笑顔だった…。

 

 

 

 

 

3日後、達也は眠るように俺たちの前で息を引き取った。一切の苦しみを感じさせない安らかな眠るような息の引き取り方だった。樹里は深雪が嗚咽をこらえて泣いているのを、不思議そうに見上げていた。

 

達也を父として知りえる日は二度と訪れない。写真や映像を見ても「これが父なのか?」と思うのが関の山だ。だが父親が存在したこと。そして達也が未来に、あらゆるものを託したことを知ってくれればそれでいい。

 

達也を代々四葉家直系の者のみの墓に納骨した日。俺は深雪に夜を共にするよう求められた。達也に申し訳ない気持ちがあったが、何より深雪をこれ以上悲しませたくなかった俺は了承した。

 

そして俺と深雪は初めて身体を重ねた。決して俺は達也から深雪を奪いたかったわけではなく、深雪は達也を忘れたくないために重ねたのではない。

 

ただ、お互いの悲しみを癒したかった。

 

ただそれだけだった。



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15章 エピローグ
第105話 結晶


「樹里姉様待って〜」

「ここまでおいで〜」

「樹里姉様、魔法を使って登るのはズルいです。降りてきてください!」

「やだ。捕まえたかったらここまで登っておいで」

 

楽しそうな声が裏庭から聞こえてくる。その様子を縁側からリーナは微笑ましそうに。だが少し不満そうに見つめていた。

 

「リーナ、どうしたの?ため息なんかついて」

「あらミユキ、仕事はいいの?」

「今日は少なかったから少し休憩をね」

 

声をかけてきたのは四葉家現当主の深雪だった。5年前とまったく容姿が変わらないので、リーナは少しばかり嫉妬してしまう。だが同時に自分は大人びたと言われるようになった。それは前が幼すぎたということだろうか。褒め言葉であっても素直に喜んでいいのか微妙なところだ。

 

「不満そうね」

「分かるの?」

「なんとなくだけど」

 

これが「女の勘」というものだろうか。それは男性にも女性にも通用する科学的に証明できないものだが、侮れないのは事実である。

 

「そんなに会いたいの?」

「そりゃ会いたいわよ。もう半年も会ってないのよ?我慢の限界よ」

 

最後に「いろいろ」という言葉が聞こえてきた。それを深雪は敏感に聞き取っていたが、どう声をかければいいのか悩んでしまった。

 

それってそういうことも含まれるのかしら。

 

深雪自身も達也を亡くして5年あまりでご無沙汰だがそう思ったことはない。それはやるべきことが多いからだろうか。それとも樹里がいるから心が満たされているのだろうか。

 

その辺りは深雪に聞くべきだが、聞いた瞬間に氷付けにされのがオチだ。もしくは深雪自身もその答えは出ていないのかもしれない。そんなことを考えていたからだろうか。深雪は笑みを浮かべてしまいリーナに睨まれる。

 

「何よ」

「ううん、リーナがそれだけ想ってくれて嬉しいの」

「お、想う!?」

 

何故か顔を真っ赤にさせて悶える様子は、深雪の嗜虐心をくすぐるほどの威力を秘めている。だからリーナはみんなから弄られやすいのだろう。

 

「事実でしょう?」

「否定したら問題ありよね」

「そうでしょうね」

 

リーナは紅潮させているのとは対照的に、深雪は笑顔を浮かべとても楽しいそうだ。悪女の適性があると見た者がいれば、そう表現したことだろう。

 

手をあごの下に置きながら「オホホホホ」と言えば尚近づく。まあ、深雪はそんな捻くれた性格はしてないし、単純にリーナの初々しい反応が可愛くて、もっと見たいという感情に苛まれているだけだ。

 

「恋愛経験が少ないのも考えものね」

「絶対にしなければならないという強制はないから仕方ないと思うわ。それに貴女の場合は、生まれ育ったのが国外だもの。ここに来なければ経験はできなかったでしょう?」

「うん。ある意味【レプグナンティア】には感謝してる」

 

リーナは視線を深雪の娘と戯れている愛娘へと移す。髪は自分とは違い漆黒である。しかし眼は蒼色であるため、親の遺伝子を双方から受け継いでいるのが分かる。

 

魔法を使って逃げ続ける樹里を、魔法を使わ(え)ずに追いかける娘は元気に満ち溢れている。そんな様子を見ると素晴らしい旦那と巡り会えたと思う。

 

だがそれでも恨みはある。祖国を追われた元凶の【レプグナンティア】は、生涯の伴侶を見つける手助けをしてくれたが、バランス大佐やカノープス少佐など信頼していた人物と永遠の別れを強制的にさせられたのだ。負の感情を抱かないはずがない。

 

それを発散させてくれたのは今の夫だ。祖国から追い出した連中ではなかったが、【レプグナンティア】の日本支部を壊滅させる手助けをしてくれた。

 

完璧には払拭できてはいないが、今では気にならない程度には減少した。だが忘れはしない。2人を殺した奴らの犯した罪の重さを。

 

「いつ帰ってくるの?」

「あと1週間くらいだと思うわ。今は大亜連合が存在した土地を開発する仕事をしているから、案外すぐに帰ってくるかもね」

 

その言葉を聞き、リーナは恋する少女のように顔を紅潮させた。時折独り言で「また襲ってあげる。夜は寝かせないわ」という娘が聞いていないとはいえ、口にすべきでない言葉を発しているので、深雪は引きつった笑みを浮かべている。

 

リーナは好きな人とそういうことをしたいという気持ちが強い人間性らしく、夫が帰ってくる度にそんなことをしている。相手も嫌がってはいないので深雪も口を挟まずにいるが。

 

挟んでしまえば、リーナから何を言われるか分からないし言われたくもない。自分の身体を自分の腕で抱きしめながら悶えているリーナをその場に残し、外で遊んでいる2人を呼ぶ。

 

「そろそろお昼にしましょう。お家に入りなさい」

「はい、お母様!優姫(ゆうき)、行きましょう」

「はい、樹里姉様!」

 

木から魔法を使って降りた樹里は、リーナの娘である優姫と手を繋いでこちらに走ってくる。2つしか歳が変わらないからか同じ女の子だからか。2人はいつも仲良く遊んでいる。冬には文弥にも子供が生まれる予定なので、四葉家だけではなく黒羽家も、これから穏やかな時を過ごすことができるだろう。

 

「達也お兄様(・・・)、見ておられますか?お兄様(・・・)が残した命は輝きを放ち続けるばかりです」

 

深雪は空に向かって、何処からか見ているであろう達也に向かって声を届けた。

 

 

 

魔法がお伽話の産物ではなく、現実のものとして体系化された今でも、〈死者の国〉はあると信じられている。仏教を重んじる四葉家だが、これといった宗派には属してはいない。何故なら仏教の宗派によっては考え方が根本的に違うこともあり、それぞれが信仰する宗派を選ぶというしきたりになっているからである。

 

吉田家は精霊魔法及び神祗魔法なので神道である。だからといって相容れない関係ではないので仲違いはない。現代においても日本人は文化に無頓着である。10月31日はハロウィンで渋谷のスクランブル交差点は、昔から変わらず仮装した若者で溢れかえる。

 

12月25日はクリスマスでケーキやプレゼントを、恋人や友人たちと食べたり交換したりして楽しむ。それは克也や深雪も例外ではない。仏教の行事も行いながらも、そういった学生の頃に楽しんだ異国の風習を気にせず開催しているため、毎年学生時代の友人たちが楽しみにしている。

 

 

 

 

 

1週間後、車の音が聞こえる度にリーナは窓から外を覗く。待ち遠しくて昨日はあまり寝ていられなかったが眠気は全くない。むしろ冴えているそんな状態だ。深雪たちは落ち着きがなく、そわそわしているリーナを微笑ましげに見ている。

 

三十路になっても、付き合いはじめのような初々しい行動をとっていれば和んでしまうのだ。何度目かもしれない残念感を抱いていたリーナだが、玄関の引き戸が開けられる音を聞いて駆け出した。

 

そして引き戸を開け入ってきた想い人に抱きつく。半年前に会って以来、顔も見れず声も聞けなかった寂しさを取り戻すかのようにすがりつく。

 

「お帰りなさいませ」

 

深雪の淑やかな礼に微笑み、自分に抱きついている妻の背中を軽く叩きながら返事をする。

 

「ただいまリーナ・深雪」

 

優しい笑みを浮かべる克也に、深雪も華のような笑みを浮かべた。



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最終話 祈り

『そして達也は3ヶ月生きた。余命を告げられながらも必死に生きた理由は、娘と少しでも一緒にこの世界で行きたいと願ったからだ』

 

克也は第一高校の講堂の演壇に立ち、集まった生徒と教師に話しかける。達也が亡くなってから5年。四葉家は達也が天才魔工師〈トーラス・シルバー〉の1人(・・・・・・・・・・・)であることを、正式に発表することを決定した。

 

最初は四葉家内でも反発はあった。だがそれでも深雪と克也は、達也が生きた証を形ある物として残したかったのだ。命という形ある概念として樹里がいるが、称号というもので魔法社会に残し続けることを望んだ。

 

そういうこともあり、克也は毎年臨時講師として各魔法科高校を訪れ、最高学年に対して演説を行っている。達也のおかげで今の自分たちが生まれ、魔法を自由に学ぶことができ、イメージ通りの魔法を発動できるCADを手にすることができているということを教えている。

 

『だから決して忘れないで欲しい。君たちが魔法を学び、将来自分たちが目指したい職業に就ける社会にしたのは、私の弟である達也の活躍があったということを』

 

克也がそう締めくくると、講堂は割れんばかりの拍手に見舞われた。毎年同じ内容を各魔法科高校で公演しているが、やはり母校で話すときほど力が入ることはない。それは「愛校心」故からなのか。それとも「達也と過ごした高校生活」が忘れられない故か。

 

克也はどちらも正しいと思っている。どちらも自分の心に焼き付いている。死ぬまで。いや、死んでも忘れない。それだけ大切な記憶だ。

 

 

 

「お父様」

 

校門前で春の風が頬を撫で、髪を揺らすのを感じながら桜を眺めていると、校舎の方から少女の声が聞こえた。振り返ると、高校1年生にして既に世の男たちを悩殺するほどの美少女に成長した優姫が、可憐な笑みを浮かべて立っていた。

 

比較していいのかどうかはわからないが、今の優姫は学生時代の深雪にも劣らぬ美貌を持っている。世の中の美人という評価は、時代によって大きく変わっていく。美人が評価される時代もあれば、童顔が評価される時代も巡ってくるだろう。今は清楚や清純が評価される時代だそうだ。

 

…つまり優姫の美貌は、評価される時代に合致してしまったというわけだ。群青色に近い夜空色の艶やかなロング。全てを見通しながら、包み込む蒼穹のような碧眼。美少女と言えないわけがなかった。

 

「生徒会の仕事はいいのか?」

「今日はお父様が来ているということなので。特別に免除してもらうことができました」

 

納得感とともに疑問が浮かぶ。

 

「それは良しとして。まさか押し付けたりはしてないよな?」

「ギクッ!」

「今ギクッって言ったか!?」

「冗談です。本当に免除されたんです。というよりも今日ぐらいは、一緒に帰れということでしょうね」

 

嬉しそうに微笑みを浮かべる優姫に、克也は苦笑いしか浮かばなかった。まあ確かに一緒に帰ることなどそうそうできないし、職員や生徒会役員たちのご厚意に甘えることにしよう。

 

「じゃあ、帰るか?」

「はい!」

 

笑顔を向けると頬を紅潮させながら克也の右腕に抱きついた。実際は親子なのだが、克也があまりにも若作りなせいなのか。傍から見れば、10歳ほど年上の恋人に甘える新入生きっての美少女の図である。

 

第三者が見ていればそう思っただろうが、幸いにも今回は誰もいなかったので突っ込まれることはなかった。まあ、誰がいようと何人もの視線を向けられようと、優姫は気にしなかっただろうが。

 

何故なら優姫は深雪の重度のブラコン(・・・・・・・)と同じ、重度のファザコン(・・・・・・・)なのだから。

 

 

 

克也の所有物である車の中で克也は優姫の髪を解いていた。一切の乱れのない群青色が混ざった夜空色の髪を、克也に解いてもらうのが、優姫にとって一番のご褒美だ。

 

 

もちろん母のリーナに解いてもらうのも好きだが、大雑把な性格が災いしたのか。どちらかと言えば、優姫は克也にしてもらうことを好む。

 

 

閑話休題

 

 

「相変わらず癖が何1つないな優姫の髪は」

「お父様のために毎日ケアしていますから」

「褒め言葉を言ってくれるのは嬉しいが。そろそろ父離れしてくれ。高校生だろう?」

「歳は関係ありません」

 

どこかで聞いたことあるセリフだが今は気にしないでおこう。今の優姫の髪の長さは腰ほどであり、中学生になった頃から伸ばした成果なのだが、3年でここまで伸びるのかと思うほどの速度である。

 

中学入学当時は襟足に髪がかかる程度だったのだが、3年で40cmも伸びた計算だ。髪は1日に0.3mm〜0.4mm。つまり1ヶ月では、1cm前後伸びる計算で1年間に12cmである。

 

もちろんこれは目安なので、個人差が出るため正確な数字ではない。その数値を平均として考えると、優姫はかなり速い体質なのかもしれない。

 

優姫の髪を解くといってもくくることはしない。それに優姫はストレートを好むので櫛を通すだけだ。それ自体をする意味などないほどさらさらなので、優姫の機嫌取りというのが名目に近い。

 

ある程度櫛を通しているとメールが届く。車に取り付けられた通信機を開いて、克也は大きなため息をついた。

 

「どうなされたのですか?」

(はるか)がまたやらかしたらしい。何故あいつは問題を起こしたがるんだ?」

「思春期だからだと思いますよ?」

 

克也に髪を解いてもらい。さらに機嫌が良くなった優姫は、華のような笑みを浮かべたので克也も毒気を抜かれた。

 

「母さんが迎えに行っているからこのまま真っ直ぐ帰ろうか」

「はい!」

 

帰宅(優姫の中ではデート)するために、克也は自動運転から手動に切り替えてアクセルを強く踏んだ。

 

 

 

 

 

翌年、優姫の従姉である樹里が第一高校を卒業し、かねてからの婚約者であった、同い年の幹比古と美月の長男である柊真(とうま)との婚姻の義が行われた。こうして正式に四葉家と吉田家は親戚同士になった。

 

そして克也・深雪・幹比古・美月の4人でテーブルを囲み、和やかな空気を醸し出していた。ちなみにリーナは使用人たちと一緒に、婚姻の義の後片付けに参加中である。

 

「これでようやく俺たちは親戚同士になれたわけだが。えらく時間がかかったものだ」

「そう言わないでよ克也。2人ともシャイなんだからさ」

 

意地悪く言うと、幹比古は焦ったように首を振りながら言い返す。いつまで経っても高校時代と何も変わらないので、あの頃が懐かしく思えてくる。

 

「吉田君と美月の性格が化学変化を起こして、社交性に富んでくれたらよかったのに」

「それを言うなら樹里の変わりようも相当だぞ。幼いときの樹里のお転婆さを何処かにやったのはどなたでしたっけ?」

 

痛いところを突かれたらしく、深雪はふんっと顔を背けてしまう。笑い声が謁見室に響き、いつも通り昔と変わらない楽しい時間は過ぎていく。

 

「エリカは結婚しないのかな?」

「エリカと釣り合う男はいないだろ?」

「釣り合うなら克也さんか達也さんだけですね。立場的にもう必要ないかと」

「美~月?少しこちらに来てもらえないかしら?」

「ひゃい!?」

 

地雷を踏んだらしく美月は深雪に連行され、克也と幹比古は微妙な笑顔を浮かべながら見送ることしかできなかった。

 

「でも美月の言いたいことは間違ってないよな?」

「うん。エリカが克也のことを異性として見てたのは事実だからね。深雪さんも怒らず、美月さん(・・・・)にああやって笑顔で話してるんだろうね」

「女神の微笑みではなく氷雪の女王の笑みだけどな」

「克也お兄様、何かおっしゃって?」

「いえいえ何も。お続け下さい」

 

ひそひそ声で話していたのにも関わらず、聞こえていたのは地獄耳だからだろうか。それとも予想していたからなのかは分からないが、余計なことを言わない方が身のためである。「口は災いの元」という諺は的を射ている言葉である。

 

 

 

余談だが、優姫が生まれて数年後にエリカが克也の愛人となっている。もちろん四葉家内でゴタゴタがなかったわけではない。

 

リーナとか深雪とかリーナとかリーナとか。

 

克也は四葉家の勧めもあり、エリカの性格を知っていた上で要望という名の告白(・・・・・・・・・)を受け入れた。あのエリカが乙女らしく好意を伝えるわけがなかったのだ。それに好きでもない相手に身体を許すわけがない。

 

とある魔法の使用で、子を望めない身体なのもあったのだろう。それに気付いたことで踏ん切りがついたのかもしれない。エリカが決してそのことを言うことはないが。受け入れた時のエリカを克也は忘れない、少しだけ乙女のエリカを見たのだ。好きな人に受けいれて貰えたことの喜びと安堵の笑顔を。

 

閑話休題。

 

 

 

「それより幹比古は、未だに美月のことを名前だけで呼べないのか?」

「違和感がありすぎて言いにくいんだ。一度呼んでみたら空気が割れた感じがしてね。少しの間だけ口をきいてもらえなくなったから。それ以来口にしにくくて」

 

気持ちは分かるが、一緒になってから20年近く経つのだ。息子も父が母をさん付けで呼んでいるのは、なんとなく居心地悪いだろう。

 

「無理にとは言わないが努力はしなよ。お前はそういうの得意だろ?」

「それなりには頑張るよ。でも別れを切り出されたら…」

「考えすぎだ。美月はそんなことで別れを切り出しはしない。心からお前を愛しているからな」

 

笑顔を向けると幹比古も優しい笑みを浮かべた。

 

「ありがとう克也。やっぱり相談相手は必要だ」

「もう親戚同士だしそれ以前に俺たちは友人だ。友人の悩みを聞いてやるのも、友人としての存在意義でもあるんだからな」

「相変わらず名言を残すね克也は」

「当たり前のことしか言っていないつもりなんだがな」

 

肩をすくめながら答える。実際、人としての立場を考えた上での発言なのだが、幹比古からしたら神のお言葉に聞こえたようだ。自分の言葉でもそうでなくとも、それで生きる意味や努力するきっかけになればいいと思える。

 

「問題なら俺にもある。優姫にそろそろ父離れしてほしいんだが」

「克也が魅力的過ぎるんじゃないかな」

「俺が望んだことじゃないんだが…」

 

何とも言えない表情をしていると、幹比古は人の悪い笑みを浮かべた。高校時代の克也と達也の人間の悪さが伝染したようだ。

 

優姫は小さい頃から「お父様のお嫁さんになる」と周囲に漏らしていたので、克也はある意味嬉しかったのだが、婚約者を見つけることができないので頭を抱えていた。追撃でリーナが優姫の前で、「パパはママの物」と対抗したりしたのだ。その度に両側に引っ張られることもざらにあった。

 

思い出したらまた頭が痛くなってきたな。

 

「まあ、可能な限り見つけられるようにしておくよ。あと悠の婚約者も」

「じゃあ、レオの子供はどう?」

「いいと言うかわからんし、どっちも会ったことないからなんとも言えないなぁ」

 

レオは祖父の故郷ドイツで結婚し家庭を築いている。悠の1歳年下なので婚約は可能だ。悪くはないがドイツが許可するか分からない。そこが一番の問題だ。ローゼンを通せば可能性はなくもないが。

 

裏庭にいる中睦まじい様子の樹里と柊真を縁側から見つめる。樹里が次期当主なので柊真は婿入りだ。四葉家でこれからを生活することになる。

 

達也が残した命はここに残り、達也の意思を受け継ぎ、次の世代に着実に繋がっている。それは友人たちも胸に抱き、いつまでも四葉家が存続する限り、友人たちの心が引き継がれる限り消えることはない。

 

 

 

 

 

西暦2168年、克也はその波乱な生涯の幕を閉じた。

 

享年九十歳 死因 老衰。

 

四葉家の双子の兄として生まれ、最愛の女性を失った悲しみから立ち上がり、その女性が愛した世界で生きることを選んだ。多くの人を愛し、多くの人に愛された克也の心もまた、次世代に受け継がれている。

 

優姫・悠・樹里・(かなめ)李土(りど)典孝(のりたか)に、「人を愛し自分も愛せ」という家訓を渡し遺言とした。

 

そして遺骨は四葉家直系が入る墓ではなく、水波とリーナが眠る墓に納骨された。

 

 

 

 

 

『...ここは?』

 

俺が目を覚ますとそこは暗い闇の中だった。死んだのは自分でも分かっている。これが死者の国と言われる場所なのだろうか。

 

『遅いわよ』

『お待ちしておりました』

 

かつて愛した女性2人が俺の前に現れ、その容姿は学生時代の頃のものだった。自分の手を見ると若返っており、しわもなく若々しい皮膚がある。

 

『迎えに来てくれたのか?』

『あんたが死ぬの遅いから、強制的に連れてこようとしたくらいよ』

『ここで待っていれば会えると思っていましたから』

 

2人はそれぞれの個性ある言葉で俺を迎えてくれた。

 

『ありがとう水波。それじゃあ行こうか』

『ちょっとワタシは!?』

『話したいことが沢山あるんだ』

『無視すんなぁぁぁぁ!』

 

後ろから怒りの声が聞こえるので、弄るのもここまでしにておこうかな。

 

『冗談だ。さあリーナ』

 

右手を差し出すと、頬を紅潮させながらも嬉しそうに右手ではなく右腕に抱きついてきた。すると水波も負けんとばかりに左腕に抱きついてきた。

 

そんな2人に苦笑してしまうが、ここまで自分を愛してもらえるのは悪くない。俺は幸せ者だ。

 

『あの光に向かって歩こうか。まだまだ先は長いけどね』

『克也様がいれば、どれほど長い道のりであろうと困難が待ち受けようとも微塵も気になりません』

『その気持ちはワタシも負けないからね!』

『今回も楽しくなりそうだな。さあ2人とも新たな旅の始まりだ』

 

俺は水波とリーナを連れて、暗闇の中を照らす一点の光に向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

これは旅の終わりではなく途中経過に過ぎない。終わるときなど来ないかもしれないし、終わりがすぐに来るかもしれない。

 

だが3人からすれば、そんなもの「だから?」の一言で終わらせるだろう。3人の楽しげな幸せそうな声は、暗闇の中でも明るく響いている。まるで幼きときに戻ったような。純粋に自分たちのしたいことをやりたいようにやる。そんな様子だ。

 

もしかしたら3人が本当に望んだのは、〈世の摂理〉に従わず、何も考えず暮らす。そんな当たり前の生活だったのかもしれない。日本を護り、弱き者を助け、他国の脅威を未然に防ぐ。などといった一瞬の気の緩みが許されない状況。そんな支配から解き放たれた今を謳歌する。

 

それが今の3人の心を満たす幸福感なのかもしれない。




これにて本編は終了となります。克也たちの子供世代のストーリーは、後ほど投稿させていただきます。


四葉優姫(ゆうき)・・・克也とリーナの娘。克也の髪とリーナの眼を受け継いだ美少女で重度のファザコン。

四葉(はるか)・・・克也とリーナの息子。ちょいワル顔であり、学校で頻繁に問題を起こして克也とリーナを悩ませている。

四葉樹里(じゅり)・・・達也と深雪の娘。四葉家の次期当主で柊真の妻。

四葉柊真(とうま)・・・旧姓吉田柊真。幹比古と美月の息子。美少年でありながらかなりのシャイ。樹里の夫。

四葉(かなめ)・・・樹里と柊真の息子。李土(りど)の双子の兄。

四葉李土(りど)・・・樹里と柊真の息子。(かなめ)の双子の弟。

黒羽典孝(のりたか)・・・文弥の息子。


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MEMORIES編
罪と罰


達也が亡くなってからの5年間を書いていきます。


達也がこの世を去ってからまだ半年。当主の夫であり四葉家のジョーカーまたは国の抑止力でもあった達也の損失は、四葉家だけでなく国家としても非常に大きかった。

 

この機を狙って四葉家を陥れるような輩は現れなかったが、《質量爆散(マテリアル・バースト)》の使用者が、これまでの戦闘に参加していないことを知った大亜連合や新ソ連は、性懲りも無く侵攻を開始した。

 

達也が《質量爆散(マテリアル・バースト)》の使用者だと看破されてはいなかったが、ある程度の予測はついているようだった。

 

 

 

 

大きな水柱が上がり、多くの艦隊が海原から消え去った。水柱を発生させた自分は、対馬要塞からその場所を見つめている。

 

「これで5つ目か。一体いつまでこんなことを続ければならないのか」

 

自分の口から溜息が漏れる。表情も暗く無残に命を奪うことを忌避しているかのようだが、これは命令であるため従わないわけにはいかない。従わなければ国が焼け野原になり、自分の大切なものまで失くすことになる。

 

それだけは阻止しなければならない。それが自分がここにいる理由だった。

 

「そう悲嘆に暮れる必要はないと思うけどね」

 

声をかけてきたのは真田少佐だった。彼は今作戦主任を任されているため、実質的に俺へ《レーヴァテイン》の発動を命じる司令官でもある。

 

「自ら人を殺しているんです。心を病んでも仕方ありません」

 

自分の手で殺しているのが敵とはいえ、命令に従って進軍してくる魔法師または軍人なのだ。半年前の復讐とは違い完全な敵(条約を破られている時点で敵だが…)とは言えない相手を、跡形もなく消滅させるのは心にくるものがある。

 

「それは致し方がないこと。君が望んで人を葬っているわけではなく、上からの命令でしかない。君が悔やむ必要はないよ」

「どちらにせよ命を奪っていることには変わりありません」

 

俺が今受けている命令は、『感知可能範囲に敵艦が接近次第消滅させよ』という無慈悲極まるものだ。国家公認戦略級魔法師である俺は、国に従わなければならない義務がある。

 

国を守って敵を払拭する。それが俺の存在意義なのだ。

 

『実名と写真を公表しない代わりに、国の要請には必ず従う』。

 

これが四葉家が国と交わした密約。俺の意思は無視され、何があっても国から命令が下れば従わなければならない。

 

たとえ新しい命を宿した妻を不安にさせることになっても。

 

もちろん四葉家当主は反対したが国は折れなかった。四葉家が日本にいられるのは、政府が認めているからであり、〈十師族〉の一角を担う四葉家でも逆らうことはできない。逆らえば国家反逆罪の罪に問われるため、渋々要求を受け入れたのだった。

 

だがそれは達也、つまり大黒竜也の欠損が大きかったことを如実に示している。自分以外の公認戦略級魔法師である五輪澪は身体が弱いため、多くの場合は自分が出征させられるのは予測していた。たが自分が公認戦略級魔法師として報道されてから、彼女は一度たりとも出征していない。

 

それはついに魔法行使の反動に、身体が耐えられなくなったということである。だから3人いたはずの戦略級魔法師は、実質1人となるため、多くの場合に俺が赴くことになる。

 

《レーヴァテイン》がまた1つ、大亜連合の艦隊を燃滅(・・)させた。これで6発もの《レーヴァテイン》を発動させているが、疲労はまったくない。どちらかというと、敵戦力を潰す方が精神的なダメージを与えている。

 

「敵艦隊、撤退を開始しました!」

 

部下の命令を聞いた真田少佐は、的確に指示を出して俺に声をかける。

 

「神代特尉、任務完了です」

「了解しました」

 

返事を返して、〈ムーバル・スーツ〉のバイザーを前面だけ解除する。海風が頬を撫でる。それは消え去った命を、海原が自分に吹きかけているように感じられた。

 

艦隊を半分ほど壊滅されて撤退した大亜連合の今後は、〈統合幕僚会議〉での決議によって決定される。それによって俺は一時的な帰宅を許可された。

 

〈統合幕僚会議〉は2日後に開始され、3日間の日程で行われる。大亜連合本土への攻撃は、作戦立案や準備があることを踏まえると、2週間後までの間に報告され赴くことになるだろう。

 

新ソ連の攻撃は佐渡島で、九島家と一条家の両当主を含む義勇軍が海軍と共に応戦している。俺が大亜連合を直接叩くかは分からないが、終了次第援軍と共に派遣されるのは決定事項だ。

 

仮装行列(パレード)》と《爆裂》は、広範囲の魔法ではないため殲滅は不可能であり、戦いが長期化することだろう。軍の特殊長距離ミサイルも効果はないことはないが、やはり決定打に欠ける。だから俺が赴かなければならない。

 

 

 

 

本家に帰るのは3ヶ月ぶりであるからか安堵感が溢れてくる。だが、この気持ちは嫌いではない。むしろ好きな感情だ。自分の家だと思える大切な居場所があることは当たり前ではない。現に俺の友人である将輝の参謀の吉祥寺には、自分の家と呼べる場所はないのだから。

 

それも新ソ連佐渡島侵攻(新ソ連は今でも否定しているが…)によるものなので、このことを含めても成敗しなければならない。

 

入り口の引き戸を開けると、懐かしい四葉家特有の芳香の香りがした。今は昼食の時間帯であるため迎えは来ておらず静かだ。廊下を歩きながら、まず会わなければならない女性に会いに行く。

 

「ただいまリーナ(・・・)

 

プライベートスペースのドアを開けて、愛しの名前を呼ぶと想定外の速度で抱きつかれた。

 

「カツヤ!」

 

あまりの勢いに数歩後退ってしまうが、可能な限り衝撃和らげながら受け止める。女性特有の柔らかい身体と落ち着く香りを胸いっぱいに吸い込む。

 

「あまり走るなよ。お腹の子に悪影響だ」

「安定期だから少しぐらいは大丈夫よ」

 

3ヶ月前と変わらない気の強い性格は、今でも健在なようだ。健康であるならば文句は言えない。

 

肩を抱きながらソファーに誘導して腰を下ろすと、リーナはゆっくりと身体を横たえて俺の膝に頭を乗せる。3ヶ月前も帰ってから、このような膝枕をしているのでもはや恒例行事だ。

 

愛しい相手とのボディータッチは、心が一番安まる時であるから拒否はしないし喜んで受け入れる。絹のような肌触りの良い黄金の髪を1本ずつ見て回り、枝毛や極端に短いものを探す。

 

魔法を使えばこの程度ならすぐ終わるが、お腹の子に悪影響になるかもしれない。何よりこうやって近くで細かい作業をするのが、俺の最近の趣味だ。

 

「枝毛が多いぞ。シルヴィーさんにしてもらわなかったのか?」

「カツヤにして欲しかったから残してたの。悪い?」

 

字面では怒っているようだが、人の悪い笑みを浮かべながら聞いてくる様子は怒る気になれない。

 

「ありがとうと言っておくよ」

 

苦笑しながら答えると、リーナは嬉しそうに頬を染める。リーナは感情が表に出やすいが、それはリーナの心が自制できていないのではない。自制できる以上の感情が溢れているだけだ。

 

それに最愛の人に喜んでもらえること以上に嬉しいことはない。今ぐらい爆発させてもいいだろう。

 

リーナは両手を俺の頬に添えて無理矢理引っ張った。すると互いの唇自体が、互いを求めるかのように接近して長い口添えが終わる。唇を話した俺たちの顔は少し赤い。それは羞恥からなのか。それともまた別の感情からなのだろうか。

 

 

 

思いのほか長いリーナとの団らんを終えた克也は、次に会うべき女性の部屋へと向かった。途中で使用人と遭遇し、会釈を交わしてから目的地へと歩を進める。

 

ノックをして許可が下りて中へと入る。そこには娘を横に寝かせながら、事務処理をしている妹の姿があった。

 

「お帰りなさいませ克也お兄様」

「ただいま深雪・たつ…」

 

昔からの癖で深雪の名前の後に、今は亡き弟の名前を呼んでしまいそうになる。長年の癖はなかなか抜けてくれず、こうして微妙な空気になってしまう。

 

「久々に帰ると落ち着くな」

「もちろん私たちの〈帰る場所〉ですから」

 

何事もなかったかのように振る舞う克也に、深雪は何も言わずに合わせて答える。空気の変化を感じ取ったのか。樹里がぐずり始めたので深雪は抱き上げるが、一向に泣き止まない。仕方なく克也に預けると、先程までの泣きが嘘のように止まって克也に笑顔を向ける。

 

「ぱ~ぁぱ」

 

まさかの言葉に克也は驚いて深雪を見る。

 

「話せるようになったのか?」

「ええ、先月くらいに。克也お兄様のことを父と思っているようですね」

「困ったな。血縁的には叔父なんだけど」

 

この歳で叔父という立場は、ほんの少し違和感があるのだ。といっても魔法師の間では珍しいことではない。四葉家が特殊だったのもあるので、克也たちが戸惑うのは普通のことだ。

 

頭を優しく撫でてやると、安心したのかあくびをして再度寝てしまった。すぐ眠りに落ちてしまった愛娘を見て、深雪は苦笑するしかなかった。

 

深雪自身も克也に頭を撫でてもらって、眠りやすくなったことがあるので気持ちが分かるのだ。だがそれは小学生の頃の話であり、ここまで幼くはなかった。克也は何かしらの異能を持ち合わせているのではないかと、時々疑問に思ってしまう。

 

自分も久しぶりに撫でてもらおうかという気持ちに駆られる。だがそこは母として当主としての立場を考えて、どうにか抑え込みバレないように平然を装う。克也なら気にせず撫でてくれるのだが。

 

「いつ戻られるのですか?」

「未定だが2週間の間に連絡は来るだろうね。だからこの間にリーナとイチャイチャしとくよ」

 

大事な話だというのに惚気る克也を見て、深雪はげんなりするより喜びを感じていた。達也を失った哀しみは深雪も感じた。だが克也も深雪と同等かそれ以上に悔しさを感じていたのだ。

 

達也が亡くなってからしばらくは落ち込んでいた克也だったが、その克也を立ち直らせたのは他でもないリーナだった。深雪は達也が残した命、樹里がいたから長期間の喪失感は少なかった。

 

リーナの底なしの明るさに助けられたことで、克也にもリーナを愛する感情が湧いたのだ。克也は気付いていないかもしれないが、リーナに向ける愛は水波に向けていたものと比重は変わらない。

 

もしかしたら克也は、愛した女性への気持ちを他の女性と比較することができないのかもしれない。



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終焉

「予想通りと言うべきか予想外と言うべきか。これに関しては微妙なところだな」

 

自室の椅子に座りながら独り言を呟く克也の表情は暗い。克也とリーナの2人だけの部屋とは違い、ここは完全プライベートスペースだ。妻のリーナでさえ許可なしでの入室は認められない。

 

その理由は特にはないのだが、仕事柄どうしても1人にならなければならないときがある。リーナがいることで安らぐときもあるが、気分的な問題でこうして1人きりの時間を過ごしたくなる時もある。

 

克也の目の前の机には、大亜連合本土への攻撃決定と自分の出征を命令する文が置いてある。届けられたのは昨日の夕方で、渡されたときになんとなく予想は付いていた。

 

本家に戻ってから2週間での参加は不愉快極まりないが、友人の生存が大事だし本国を火の海にはできない。だから気が乗らなくても赴かなければならないのだ。

 

 

 

「深雪、俺はどうすればいい?」

「いきなりどうなされたのですか克也お兄様」

 

克也はモヤモヤとした気分を消し去れず、リーナではなく深雪に助けを求めた。深雪の仕事部屋で腕の中にてじゃれる樹里をあやしながら問いかけると、深雪は複雑そうな表情を浮かべながら聞き返す。

 

「俺はこのまま人を殺め続けなければならないのか。人を殺めずに解決することはできないのか。そればかりをこの2週間悩み続けた。だが答えは一度も。答えの霞さえ見つけることはできなかった。教えてくれ俺はどうすればいい?」

 

深雪は兄の狼狽ぶりに驚きを隠せない。この2週間で立場上、克也と会う機会は少なかった。だがそのようなことで悩んでいるとは想定していなかった。

 

リーナではなく自分に相談してきたのは、そのような話を聞かせて不安にさせたくなかったのと、妹と当主としての意見を聞きたかったのだと理解した。

 

「克也お兄様が苦しんでいるのは重々承知しております。しかしその答えにお答えすることはできません」

「何?」

「そのようなことは私ではなくリーナにご相談下さい。リーナを不安にさせたくないと分かっています。しかし自分に知らせずお兄様が苦しんでいる姿を見る方が、リーナは遙かに不安になります」

 

深雪の眼には涙が溢れ、気持ちが本物であることを示していた。樹里も緊迫した空気を感じたのか。声を静かにして手に持った玩具で遊んでいる。

 

「リーナに相談しろだと?こんな不安を話して子供にまで影響が出たらどうする。俺は耐えられない」

 

一度自分の子供を失っている克也からすると、到底受け入れられる話ではない。もう二度とあのような気持ちを味わいたくない。そして誰にも味合わせたくない。そう誓ったのだ。

 

「そのようなことで悩んでいるお兄様を見る方が、リーナには悪影響です。自分の気持ちを真っ直ぐに向き合って下さい。そしてリーナに話すべきなのか話さず余計な不安を与えるのか。自分でお考え下さい。これは〈当主命令(・・・・)〉です」

「…ご意向のままに」

 

当主権限まで使われては逆らうわけにはいかない。それこそリーナに悪影響である。樹里をベビーベッドに寝かせたあと、克也は深雪の仕事部屋を出た。

 

 

 

「克也お兄様、本当にリーナを心の底から愛しておられるのであれば話すべきです。未来を誓い合った者は、相手に隠し事をされるのが嫌いなのです。それは性別に関係なくお互いにです」

 

克也が出て行ったドアを見ながら深雪は呟く。そうでもしなければ、自分の胸がはち切れそうな痛みを隠せなかった。

 

 

 

リーナのいる部屋に向かうと、ちょうどリーナの健康管理を行っているシルヴィーがいた。

 

「リーナの体調はいかがですか?」

「問題ありません。普段通りに健康ですよ」

 

柔らかに微笑む様子は、自分たちとそれほど歳の差を感じさせない柔らかさがある。

 

「シルヴィーさんは身を固めないのですか?」

「使用人の仕事が性に合っています。何よりリーナの幸せを一番近くで見れるだけでいいんです。少し抜けているリーナを放って行くことなどできませんから」

「シルヴィー!」

 

人の悪い笑みと共に元々の美しい容姿が相まって、何とも言えない色香をまといながら話す自分直属のシルヴィーに言われて、リーナは憤慨する。

 

「そうですね。俺がいない間に何をするのか分かりませんから。その気持ちはありがたいです」

「カツヤまで…どうせワタシは何もできないドジなリーナですよ」

 

年甲斐もなく落ち込み始めたリーナに、シルヴィーは笑顔で手を振りながら部屋を出て行った。つまり克也に「後は任せた」と言いたいのだろう。嫌でもないしむしろ嬉しいので文句は言わないのが。

 

何気なくリーナの頭を撫でてやると、ふて腐れていた顔は何があったのかと気になるほどご機嫌になっていく。この変化にさすがの克也も苦笑いするしかなかった。

 

「リーナ、話したいことがあるんだがいいか?あ、体勢はそのままでいい」

 

揺り椅子に腰掛けていた体勢から、立とうとするリーナを押し留める。

 

「何よ改まって」

「俺はこれまで何千何万。いや、もしかしたら何十万を越える人を殺してきたかもしれない。俺の薄汚れたこの手で抱き締められ触れられても、君は笑顔を絶やさずいられるか?」

 

突然の言葉にリーナの笑みは凍り付く。

 

「…何を言ってるの?冗談にしても質が悪いわよ」

「ああ、そうだ。お前はその質の悪い魔法師と契りを交わしたんだ。それでもお前は幸せだと胸を張って言えるのか?」

 

リーナは克也の顔を見ながらため息を吐き出す。

 

「あんたもいつまでたってもバカなのね。あんたの手が汚れていようと人殺しの手だろうと気にしたことはなかったわ。今まで一度も。言わせてもらうけど、ワタシの手も汚れているわよ。部下を処断し、【レプグナンティア】のアジトごと消し去ったこともある。だからワタシの手もあんたと同じよ」

「…この先も変わらず俺と生きていけるのか?」

「愚問ね。そうでもなきゃ一緒になんてならないわよ」

 

強い。

 

それがリーナの言葉を聞いて思った言葉だ。誰にも屈さない心。克也が惹かれたのは、リーナのそういう心の在り方だった。水波に抱いた感情とまったく似た感情が、克也の胸の中で渦巻いている。

 

克也は自分とは違った「強さ」を持っている人に、惹かれる性分なのかもしれない。初めての交際相手の鈴音も「母校に対する想い」「魔法師の地位向上」という曲げない「強さ」を持っていた。だからこそ心を動かされ胸が打ち震えるのだ。

 

「ありがとうスッキリしたよ。じゃあ、そろそろ寝ようか」

「ふふふふ」

 

リーナは不適な笑みを浮かべながらこっちを見てくる。

 

「どうした?」

「今夜は寝かせないわよ?」

「…何をするつもりだ?」

「さあね。その時までのお楽しみ」

 

苦笑しながら寝巻きに着替える。

 

「子供に悪影響にならないようにな」

「あら、何を想像したのでしょう」

「最近叔母上に似てきたぞお前」

「良い影響かしら」

「悪い方向だ」

 

他愛ないやり取りをしながらも寝る準備は整っている。布団に潜り込み、リーナも克也の隣にゆっくりと身体を横たえる。

 

「無理するなよ?お休みリーナ」

「万事O.K.カツヤ。お休み」

 

互いに手を握りながら眠りの淵へと落ちていく。2人の幸せな一時はゆっくりと進んでいった。

 

 

 

 

 

翌日、俺は本家から直接対馬要塞へ飛んだ。飛行術式ではなくヘリを使うのは、魔法使用の許可が下りていないのと魔法力の温存のためだ。浦賀から対馬要塞までは軽く1000kmを超えるため、いくら俺でも少なからず疲労はする。

 

「大亜連合本土への攻撃命令が何故簡単に下りたのですか?」

「このまま放っておけば、日本が被害を被る可能性が高まる。それを踏まえて総合的に判断した」

 

対馬要塞へ向かうヘリの中で克也は風間に質問していた。一見攻撃する理由が分からないと言っているように聞こえるが、実際は「一般人が多く住む地に攻撃を加えるのを何故許可したのか」というのが主な質問だ。

 

それを風間も分かっているが敢えて回りくどく説明している。対馬要塞に着くまで時間があるからなのか克也への配慮なのかは分からない。だがその気配りを克也は無駄にしなかった。

 

「狙う地点は何処になるのですか?規模はいかほどなのでしょうか」

「予定爆破地点は西安(シー・アン)だ。ここに大亜連合は拠点を置いている。中心地に本部を設置すれば、陸地や海からの攻撃に耐えやすくなる。さらに空からの攻撃に対しては、無人戦闘機が絶えず飛び回っている。規模は西安全体だ」

「つまり攻撃するには遠距離からしか不可能だと。だから自分が赴かなければならないのですね」

 

風間との間に流れる沈黙は、真田から聞いた人を殺すことに対する克也の葛藤によるものだ。風間は表立って戦う機会がないのだから、人を直接殺すことも必然的にない。だが代わりに部下に殺させているのだから、人を殺していないとは言いきれない。

 

「ご安心を。自分は腹をくくっています。もう悩んで躊躇などしません」

「頼む」

 

風間は克也の眼の光の強さを理解した。それは覚悟を表す光。もう二度と悩まない。二度と巻き込まない。その想いが輝いていた。

 

 

 

克也は対馬要塞から本土を狙う。〈ムーバル・スーツ〉を着た克也は、特化型CAD《レーヴァテイン》を手に第一観測室の全天スクリーンの真ん中に立っていた。

 

このスクリーンは衛星の映像を三次元処理して、任意の角度から敵陣の様子を観察することができるようにしたものだ。今は克也の要望で、水平距離500m地上100mの位置から見下ろした映像を映し出している。

 

『克也君、準備はいいかい?』

「準備完了。衛星とのリンクも良好です」

 

スピーカーから真田の声が聞こえ、克也はいつも通りに返事をする。

 

『《レーヴァテイン》発動準備』

「《レーヴァテイン》発動準備、開始します」

 

スピーカーから聞こえる風間の声で克也は動き出す。

 

8年前まで目視できない(魔法や機械を使えば見える)距離にあった海軍基地 鎮海軍港はなく、その先にある大亜連合の本土そして国の中心部にある本部を視る。

 

意識は鮮明に。そして感覚は研ぎ澄まされ、向こうの様子がダイレクトに感じられる。これまでの魔法使用とは違い、明らかに魔法の構築速度が速まっている。

 

迷い(・・)がなくなったことで、余計なことを考えずにすみ、無駄なく展開できるからだろう。

 

「発動準備完了」

 

静かにだが冷酷に死を宣告する言葉に全員が息をのむ。

 

『戦略級魔法《レーヴァテイン》発動』

「《レーヴァテイン》、発動します」

 

風間の命令を復唱し、克也は引き金を引いた。

 

対馬要塞の中から海峡を越える。かつてあった鎮海軍港跡地 を越えて本土へ。

 

西安の本部の上空300mに、突如として煉獄の炎を纏った剣が出現した。運動法則に従って落下した剣は、自身の質量と加速度で瞬時に速度はマッハを越える。

 

剣が近づくごとに周囲の建物・木々・戦車などの兵器が蒸発する。それは人間も例外ではない。本部天井を直撃した剣は爆発し、爆風と熱波が瞬時に広がる。周囲にあるすべてのものを破壊し薙ぎ払い消し去る。

 

約9983k㎡の中心都市は、瞬く間に廃墟と化す。建物が存在したのか疑うほど綺麗に。警報が鳴り響く間もなく、西安は地図上から消え去った。

 

 

 

その光景を見て、戦略級魔法という意味合いをここにいる全員が1人も例外なく理解した。複数の若い兵士がトイレにかけこみ胃の内容物を戻したが、無様だと切り捨てることはできないだろう。

 

克也は無表情に、自分が放った魔法の痕跡があるであろう方角を見つめていた。



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団欒

西安を消滅させてから僅か2日後、俺は佐渡に来ていた。戦闘が予想より激しいことは情報で得ていたが、目の当たりにするまでその惨劇を知りえなかった。

 

空爆と艦隊からの艦砲射撃によって、佐渡島の沿岸は原形を留めていない。砂浜も凹凸が見渡す限り続いている。血を吸い込んだ砂がないだけ幸運だと言えよう。

 

敢えて砂浜に足を向けて歩くのは、自分の目でどのようなことになっているのかを知りたかったからだ。

 

たとえ砂浜に血を吸った砂がなかったとしても、魔法で証拠隠滅していればなくても仕方ない。被害の大きさが尋常ではないのが、簡易療養所の数でよく分かる。

 

その診療所には数多の怪我人が、点滴を受けながら簡素なベッドに寝かされている。これでもかなりの人数が戦線復帰にしたのだから、どれだけの被害があったのかが客観的に分かる図だ。

 

テントの端から中を覗いていると、偶然通りかかった上司と目が合い視線だけで意図を伝える。すると察してくれたのか、俺を引き連れて奥のテントへと向かう。

 

「どうぞ」

 

開けられたドアを抜ける。そこには人工呼吸器を付けられた2人の男性が横たわっている。外傷はなく人工呼吸器さえなければ眠っているように見えるが、それは正しい表現ではない。

 

「植物人間」という医学用語で使われている状態が今の2人だ。

 

「目を覚ますのですか?」

「五分五分といったところだろうな。何故まだ魔法演算領域の過剰使用による病気や副作用は、未解決な部部分が多い」

 

振り返らずに声を出す。ワンテンポ遅れることなく紡がれた言葉は、俺の希望を砕け散らせるには十分な威力だった。

 

「…敵の艦砲射撃を防いだと聞きましたが?」

「あまりの数に我々の兵器と魔法師の防衛力では不可能でした。お二方は迎撃を試みましたが、魔法の過剰使用によって昏睡状態になっている次第であります」

 

敬語に変わったのは克也の纏う雰囲気が、四葉家当主補佐としての立場に変化したのを敏感に感じ取った結果である。

 

「この状態では自分も手を出せません。そこで知り合いに頼みたいのですが構いませんか?」

「…どうされるのですか?」

「知り合いに【魔法演算領域のオーバーヒート】という研究を行った方がいますのでその方にお願いしたいのです。ただその研究法を用いても、上手く治癒できるかは不透明ですが」

 

魔法師としては手の施しようがないので、藁にもすがる思いでお願いしたい。だが医者としては実用化していない治療法を用いることに反対している。対局な感情によって板挟みに遭っている山中は、複雑な思いで思案に暮れていた。

 

「…それは完治するのですか?」

「未だに実用化されていないのでなんとも申せません。運が悪ければ魔法技能を失い運が良ければ完治します。ですがそれを決めるのは自分でも山中軍医でもありません。ましてや昏睡状態である本人の医師を聞けない以上、決めるのは一条家と九島家です」

「…分かりました。ご連絡は四葉家からお願いします」

「了解しました」

 

敬礼で返事を伝えその部屋を出た。

 

 

 

深雪・一条家・九島家は克也から緊急連絡をもらい、師族会議専用回線で会議を行っていた。

 

『つまり光宣様が今のままでは危険だということですね?』

『将輝が…』

「はい。それ故即刻治療しなければ、最悪魔法技能だけではなく人間としての人生を終えることになるでしょう」

 

深雪の報告に光宣の婚約者一色愛梨(いっしきあいり)・将輝の参謀である吉祥寺は、神妙な面持ちで耳を傾けていた。

 

「それを踏まえ、専門家を派遣しようと思っているのですがよろしいですか?」

『【魔法演算領域のオーバーヒート】について研究している方ですか?』

「その通りです。ただ実用化されていないので、どのような影響が出るのかはっきりとは申せません。最悪の場合は、魔法技能を失う可能性があります」

『そんなのはあんまりです!』

 

残酷な未来を突きつけられ愛梨は悲鳴を上げた。それは当たり前のことであり、むしろそのような反応をしない方が異常に思える。しかし吉祥寺は反対に、1人で右手をあごの下に置きながら考え込んでいた。

 

司波さん(・・・・)、それ以外に手はないんですね?』

「お兄様が言う限りそれ以外に手はないと思われます」

 

吉祥寺は昔の名残で深雪のことを司波(・・)と呼んでいるが、そのことを一々訂正するようなことは愛梨と深雪はしなかった。その理由はそれ以上に重大な危険が差し迫っていることを理解していたからだ。一条家・九島家の次期当主と現当主を失うことは、日本の防衛力を著しく減少させることになりかねない。

 

『一条家はその提案に賛成します。次期当主の参謀としてそれ以外に手がないのであれば、僅かな希望に全てを賭ける以外にできることはありません。愛梨さん、僕は2人が笑顔で帰ってくるところをこの眼で見たいんです。たとえ魔法技能を失ったとしても、将輝と光宣君は将輝であり光宣君に代わりありません』

『…分かりました。九島家現当主の婚約者としてその提案に賛成します。深雪さん、必ず無事に2人を帰還させることを約束して下さい』

「分かりました。四葉家当主として約束いたします」

 

緊急師族会議を終えた深雪は、窓を開け北東の方角を見つめた。

 

「お兄様…」

 

深雪の兄を想う声は夕立の中に消える。不安を吐き出した深雪は津久葉家に夕歌を佐渡に送る命令をしたためた手紙を渡した後、樹里をあやしているリーナのいる部屋へと向かった。

 

 

 

部屋に入ると樹里を抱きながら優しく微笑んでいるリーナを見て、深雪の心も浄化されるかのように透き通っていった。

 

「はい、リーナ。樹里をありがとう」

「あらミユキ、話は終わったの?」

「吉祥寺君がすぐに納得してくれて愛梨さんを説得してくれたの」

「キチジョウジ…あの〈カーディナル・ジョージ〉のことだから上手く丸め込んだんでしょうね」

 

表現の悪さに深雪は苦笑を漏らし、樹里を受け取ってリーナの座る揺り椅子の正面に座った。リーナは悪戯好きな少女と同じような笑顔を浮かべているので、本心で思っていないことが分かったので深雪も咎めなかった。

 

「魔法演算領域の過剰使用ってそんな簡単になるものかしら」

 

ぽつりと呟かれたリーナの言葉に深雪は驚いていた。

 

「リーナはそんな経験ないの?」

「ワタシは魔法使用に対する副作用が小さいらしいからそんなことにはならなかったわ。ミユキはあるの?」

「ううんないわ。ただ身内には4人いるから他人事とは思えないの。お母様・お母様のガーディアンの穂波さん・お兄様の大切な水波ちゃん・そして達也お兄様。これだけ身近な人が同じような最後を迎えていたら無視はできないでしょ?」

 

深雪の笑顔は悲しさに包まれておらず、全てを克服したそれの笑みだった。リーナにとってもそれは他人事で済まないのは事実であり、USNAに居た頃にも似たような事例があったのを記憶していた。だがそれでも自分はあんな風にはならないと思っていたし、この先もなりたくないと思っている。

 

だがそれはその人物を自分より下に見ていた。見下していたという事実であり、自分の愚かさを突きつけられた気がした。しかしそれを教えてくれたのは四葉家であり、今の夫である克也だったのだ。自分は助けられてばかりだと思っては居るが、それは四葉家にも当てはまる。

 

リーナの底なしの明るさと行動力。誰かの役に立ちたいという思いによって、水波と達也の死で打ちひしがれていた克也・深雪・そして四葉家は立ち直ったのだから。支えて支えられるという人間にとって、切っても切り離せない関係がここに作り出されている。

 

それを見て聞いて感じているから誰も口にしない。ただ唯一気付いていないリーナは例外だが…。

 

「それにしても深雪は誰かと付き合わないの?」

 

唐突な話題転換にも深雪は動じず凄むような笑みを浮かべた。

 

「まだ達也お兄様が亡くなってから少ししか経っていないのによくそんなこと言えるわねリーナ。もしかして私がお兄様を狙うとでも?」

「う…。狙ったら唯じゃおかないからね!」

「そんなリーナから奪うのも面白いかもしれないわね」

 

ちろっと舌を出す様子は小悪魔そのもだ。その様子にリーナは呆気にとられていたが、頭を勢いよく振って我に返る。

 

「ワタシの方が想ってるからね!」

「あら、想いは深さじゃなくて時間よ。それなら生まれた頃から一緒の私の方が長いから私の勝ちよ」

「違ぁぁぁぁう!ワタシのカツヤなのぉぉぉぉ!あんなことやこんなことしているんだからワタシの方が上よ!奥出なミユキにはできないようなこともできるからね!」

 

その言葉にカチンときたのか。深雪は樹里を苦笑しているシルヴィーに渡して喰ってかかる。

 

「私だってお兄様の身体を見たことあるわ!筋肉で覆われた肉体に鍛えられた肩幅。そして女性を包む腕の優しさ。ああお兄様、いますぐ抱きしめて下さい」

「ちょっとミユキ、何言ってるの!?ワタシより先に見るなんて!」

「仕方ないでしょ兄妹なんだから!そういえば一緒にお風呂に入ってもらったこともあるわね。優しく身体を洗ってくれて、髪を労るようにドライヤーをあててくれて、髪をくくってくれたり。完成度が高くて負けないように頑張ったわ」

「ワタシはまだ一緒に入ったことないのに…先に入るだなんて…。でも負けないわよ。カツヤはワタシのものよ!」

「お兄様はものではないわよ。それにリーナ、貴女だけの人じゃないんだから!」

「…ここは退散した方が良いですね。止めたら私まで巻き込まれそう」

 

2人が普通の女性として喧嘩している様子を、脱力気味な笑顔で見ていたシルヴィーは戦略的撤退を決めた。

 

「さすがにあの場所で口を挟んだら私の立場は消えてましたね」

 

樹里を抱えながら薄く笑うシルヴィーは嬉しそうにしていた。深雪が当主としてでも淑女として育てられた話し方ではなく、一介の女性の立場で話し方で言い合っている様子が眩しかった。それもリーナのおかげなのかもしれない。

 

それに何度か克也を誘惑しただなんて(・・・・・・・・・・・・・)口が裂けても言えない。過去の話を知る人物は、これから生まれる克也とリーナの子供・深雪の愛娘の樹里以外にはいなかった。

 

そして2人の口論は夜中まで続いた。

 

その喧嘩に真夜が乱入したとかしてないとか。それを知っているのは当事者だけだだった。

 

 

 

 

 

翌朝、朝食の席で何故か勝ち誇っている真夜・少し紅潮している深雪・リーナの様子に、よそった炊き立ての白米を3人の前に置きながら首を捻っているシルヴィーがいたそうだ。



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~if編~
市原鈴音が婚約者


「そういえば克也君、市原先輩とはどうなの?」

 

昼食中に突然エリカがそんなことを聞いてきた。口に入っていたものを飲み込んでいたから良かった。残っていれば吹き出して、エリカから叱咤されていたことだろう。

 

それだけの破壊力をもった言葉だった。

 

「いきなりだなエリカ。そこまで気になるか?」

「そりゃね。克也君の初恋の相手だもん。気にならない方がおかしいよ」

「みんなもそう思うのか?」

「もちろんだ」

「そうだね」

「もちろんです!」

「もちろん」

「もちろんです」

 

レオ・幹比古・ほのか・雫・美月の順の反応だ。

 

確かに鈴音と付き合っているという噂は、付き合い始めてからすぐに広まった。クラスメイトはいざ知らず。何故か上級生から敵意のある視線を向けられた記憶がある。

 

その時に鈴音が上級生の間でも人気な女子生徒だと初めて知った。それを本人に伝えると「その程度で噂をするような男性は嫌いです」とはっきりと申されていた。美人な鈴音が噂の的になるのは仕方ない。噂とは渡り歩く間に、尾ひれが一人歩きすることだってざらにある。

 

そういうのが鈴音にとって腹立たしいのだろう。

 

「そういえばここ4ヶ月の間は何もないな。久しぶりに電話でもしてみるよ」

「どうなったか教えてね」

「誰が教えるかよ」

 

互いに茶化し合って昼食に戻った。

 

 

 

 

その日の夜、克也は自室の映像電話から鈴音へ連絡を取っていた。

 

『…お久しぶりですね』

「もしかして怒ってる?」

『若干ですが』

「ごめん」

『それは仕方ないことです。私は受験生で貴方は四葉家次期当主候補であり、【吸血鬼事件】の対策をしています。これだけ忙しければ会えなくても連絡が取れなくても…』

 

悲しげに眼を伏せる鈴音に申し訳なくなってしまう。それだけ我慢していたのだろう。克也もエリカに気付かされてから会いたくてたまらなくなっていた。

 

「久しぶりに会わないか?」

『デートですか?』

「そうだな。俺と鈴音がお互いに初めてのデートだ。嫌だったか?」

『滅相もない!』

「おお…」

 

画面越しにも感じてしまった鈴音の行きたい欲が凄かった。画面に迫る様子は驚くほどだ。画面の解像度の高いことが災いしたのか。綺麗な顔立ちの鈴音が画面いっぱいに映し出される。

 

「いつがいい?」

『学校はほぼ自由登校なのでいつでも大丈夫です』

「じゃあ、明後日の土曜日の午後からでいいか?俺は学校帰りだから制服だけど」

『構いません。久しぶりに貴方の制服姿を見たいので』

「じゃあ俺も鈴音にお願いするよ。制服でよろしく」

『…本気ですか?』

「ん?ダメだったか?鈴音の可愛い制服姿が見たかったんだが残念だ」

『あう…///』

 

今回の判定は克也の勝利。というわけではなく唯単に鈴音は嬉しかっただけだろう。克也は本心を打ち明けただけだったが、そこまで鈴音の心を考えていなかった。

 

「じゃあ明後日は、コミューター乗り場の一高前でよろしく」

『はい!』

 

鈴音の心から嬉しそうな笑顔を見て、克也は自分の疲れた体が癒やされる気がした。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

翌日の吸血鬼の捜索も、いつも通り空振りに終わった克也たちだった。克也はそれほど気にせず次の日の学校は、少しばかり気分が高揚していた。

 

午前の授業が終わると、克也は速攻で教室を出てコミューター乗り場の一高前へと駆けていった。学校が終わってから10分後。克也は乗り場で大切な人の捜索をしていた。

 

数分後、柱に寄りかかって周囲に視線を向けて誰かを探している一高の制服を着た女子生徒を発見した。少しばかり脅かそうと思い、背後から忍び寄り左手で口元を押さえて、耳元で普段出さないような低い声音で呟く。

 

「動くな。動けば殺す」

 

そう行った瞬間、鈴音の身体が強ばり首を激しく振り始める。そして左手に何か生暖かい液体が触れるのを感じたので、少しばかり覗き込んで掌を見てみると濡れていた。

 

本気で怖いのだろう。二筋の涙が頬を伝っている。

 

「というのは冗談だ。久しぶりだな鈴音」

「克也さんはひどすぎます!本当に怖かったんですよ!?」

「いや、そこまで怖がられるとは思ってなかった。俺だと認識して貰えると思ったんだけど」

「克也さんは他人を演じるのが病的に上手いんですから。いくら私でも気付けません!」

「病的って…ひどいな」

 

どちらかというと本気で泣かした克也の方が酷いのだが、病的と言われてうなだれる様子を見ると、克也が一方的に悪いとは言えなくなってしまう。

 

「じゃあ、前置きはこれぐらいにしてデートを始めようか」

「…今のが前置きですか?今ので心底疲弊したのですが」

「じゃあ今日は無しにする?」

「行きます!」

 

克也の悪戯少年のような微笑みに、鈴音は顔を真っ赤にして叫んだ。その様子を見て克也は嬉しそうな笑みを浮かべて鈴音の左手を優しく握る。そのまま目的地へと向かうためにコミューターに乗り込んだ。

 

そのときの鈴音は、恥ずかしそうにしながらもどこか嬉しそうだった。

 

 

 

その日、帰宅した達也と深雪の家に真夜がどこかに失踪したと慌てた葉山から連絡が届いていた。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

鈴音が卒業してからほぼ1年が経とうという頃。克也は叔母の真夜から衝撃な言葉を言い渡された。

 

『来年の慶春会に市原鈴音さんを連れてきなさい』

「…は?」

 

想定外の命令に、克也は開いた口が塞がらなかった。

 

『言葉通りよ。拒否はありませんから。それとこちらに来るときは達也さんと深雪さんとは別に来て貰います。2人が直系だと知らせるのはそのときです』

「…わかりました」

 

項垂れながら克也は頷いた。

 

 

 

「…ということなんだが問題ないか?」

『……四葉家本家からの要請ですか?』

「というより強制だな叔母上の口調からすると。嫌だったか?」

『嫌ではなく怖いんです』

 

そりゃ怖いだろう。「四(死)の研究所」と呼ばれる場所に赴くのだから。俺が四葉家の直系であると知って付き合っていたとしても、悪としか言い様がない噂が流れている場所に行くのだ。

 

頭で行かなければならないと分かっていても心が危険だと、行ってはならないと。危険を知らせているのだと映像越しでも困惑している表情でわかる。

 

「すまないな。迷惑をかけて」

『謝らないでください。わかりました両親には友人と旅行に行ってくると伝えますので気にしないでください』

「ありがとう。19日に迎えに行くよ」

 

笑顔で電話を切った。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

本家に赴く日に達也と深雪を先に送り出した後、花菱兵庫さんが運転を務めるセダンで本家に向かった。緊張で顔が強張っている鈴音の右手を左手で優しく包み込むと、涙をうっすらと浮かべている顔を俺にむけてきた。

 

不安を取り除くように優しい笑みを浮かべると、鈴音は少し気が休まったのか周囲の景色に視線を向けている。小淵沢駅から山に向かって走る。山を抜けるための唯一の道にあるトンネル内の分岐点で、俺が無系統の特定波形の想子波をある地点で放つ。

 

するとどこからともなくゲートが開き別の道が現れた。

 

「今のは想子波を放ったのですか?」

「大正解。特定の無系統波形をある一定の範囲内で正確に撃ち込まない限り、四葉家の本家に行くことはできないよ。それに四葉家本家は住所が存在しないからある意味陸の孤島だ」

 

花菱さんが運転するセダンは、トンネルの途中に開いたゲートを通り抜ける。しばらくは普通のトンネルと同じような色と形でトンネルを抜けた先には村があった。

 

だがこれは「創られた村」であり、四葉家本家を隠すための一角である。それぞれの家の地下には今も稼働している研究所があり、四葉家関係者のみしか知らない。

 

研究者たちは四葉家に恐怖を覚えさせられているので、ここでの研究内容を外部へ流出させるようなことはしない。

 

握っている鈴音の右手が僅かに強張った。

 

「感じたのか?」

「なんとなくですが…」

 

克也は「何を」とは聞かなかったが、鈴音はそれをしっかりと理解していた。それは聡明な鈴音だからこそ気付けたのであって、他の人物では何も感じなかっただろう。

 

「怖がらせてごめん。今でも残っているからあまり見せたい物ではないんだ」

「覚悟してきました。これぐらい大丈夫です」

 

言葉はしっかりとしているが顔は怯えている。今すぐこれに慣れるような精神力を持った魔法師は、国内外でもそうそういないだろう。

 

 

 

車庫に止めた後も鈴音の顔色はさえなかった。克也・達也・深雪は幼い頃からここで生まれ育っているため、感じることがあっても精神的に病むことはない。

 

克也と鈴音は達也と深雪とは違う部屋に通され、しばしの間心を落ち着かせていた。水波は達也と深雪とともに本家に入っているためここにはおらず、おそらく使用人として今頃走り回っていることだろう。

 

温かいお茶を飲んだことで落ち着いた鈴音の顔には血の気が戻り、いつものような笑みを浮かべていた。

 

「克也様・市原様、お食事の準備が整いました。奥の食堂にご案内いたします」

 

しばらくしてから水波が克也たちを、真夜が客人と食事をする部屋に案内してくれた。

 

「四葉家当主様とご対面ですか?」

「そうだけどそこまで萎縮しなくていいよ。叔母上は雰囲気が恐れ多いけど、人としては優しい方だから」

 

再びの緊張で足取りが重い鈴音の肩を優しく叩いてやる。おそらく一番緊張しているのは鈴音だろう。他の次期当主候補たちはいざ知らず。達也はそんな感情とは疎遠だし、深雪も困惑はすれど何度も対面しているから慣れている。

 

〈極東の魔王〉や〈夜の女王〉と称される四葉真夜と本家で対面するのだ。いくら同世代の魔法師より肝が据わっている鈴音といえど、本能的な恐怖を覚える。

 

少しばかり歩くと、大きな扉が目の前に現れその中に水波の指示通り入っていく。

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

「深雪さん、貴女を次期当主に指名します。期待を裏切らないよう頑張りなさい」

「…はい。期待を裏切らないよう誠心誠意精進して参りますのでよろしくお願いします」

 

深雪・達也・克也・鈴音に残るよう指示し、それ以外の次期当主候補たちは退席していった。それを確認後、真夜は真面目な顔を深雪に向ける。

 

「深雪さん、次期当主ともなれば婚約者を決めなくてはなりません。〈十師族〉の一角を担う四葉家としては、自由な恋愛をさせてあげることはできません。結婚相手を伝える前に大切なことを伝えます。これは深雪さんも達也さんも克也も鈴音さんも例外ではありませんよ」

 

その言葉に4人が背筋を正す。

 

「克也と達也さんは、深雪さんとは本当の兄妹(・・・・)ではありません」

 

衝撃の告白に全員が驚愕する。今の今まで血の繋がった兄妹だと信じていたのにそう言われると疑ってしまう。

 

「叔母上、それは事実なのですか?」

「ええ、だって貴方たちは私の実の息子(・・・・・・)なのだから」

「…後ほど詳しくお聞かせ願えますか?」

「ええ、親子水入らずで話し合いましょう。深雪さん、貴女の結婚相手は達也さんです。克也は補佐として仕えてあげて下さい」

「わかりました」

 

喜びに満ちあふれ涙を流している深雪は、白川夫人に連れられて退室し、達也も一時期的に退室を命じられたので、今食堂にいるのは鈴音を含む3人だけとなった。

 

「市原鈴音さん。いえ、一花(・・)鈴音さん、貴女は何故ここに呼ばれたかおわかりですね?」

「…克也さんの結婚相手としてですか?」

 

疑問系ではあるが答えを出した鈴音に真夜は満足そうに頷いた。克也もそれは予想していたのでそれほど驚くことはなかった。

 

「私がエクストラ・ナンバーズ(数字落ち)だと何故ご存知なのですか?」

「四葉家の情報網を駆使すれば容易いわ。ご両親には結婚の許可を頂いています。克也の婚約者を受け入れて貰えるということでいいですか?」

「はい、これからよろしくお願いします」

 

真夜が失踪したと葉山が慌てていたのは、鈴音の婚約を許可して貰うため、真夜自らが市原家に赴いていたことだった。鈴音の両親からすれば恐怖以外のなにものでもなかっただろう。どんなに真夜が丁寧な言葉を紡いでも、脅しや脅迫と感じてしまう。

 

〈十師族〉であり四葉家の現当主直々の来訪なのだから。

 

「受け入れてから聞くのは筋違いだと思いますが。本当に私でいいのでしょうか?」

「今更ですね。貴女も克也も離れるつもりはないのでしょう?」

 

真夜の言葉に鈴音と克也は同時に頷く。

 

「無理矢理引き離す必要はありませんから」

「叔母上は先程、自由な恋愛は認められないと仰いませんでしたか?」

「それは深雪さんが次期当主だからです」

「それだけとは思えません。強力な魔法師は多くの子孫を残すことが求められています。それならば深雪の婚約者が達也ではなくても良かったのでは?達也が深雪を手放すという本来有り得ない条件でですが」

 

別に鈴音と婚約したくないわけではなく、深雪と達也が婚約することが妬ましいわけでもない。魔法師は世間体を気にする。

 

それは強力な魔法師を抱える家系に多い。それも〈十師族〉にこの傾向が強いのだ。もちろん〈師補十八家〉や数字付き(ナンバーズ)も例外ではない。

 

「叔母上に不幸があったのも原因であるかもしれませんが、今の四葉家は血筋が少ないです。深雪はとても強力な魔法師でありますから、達也との婚約に異議を唱える輩がでてくるかと思います」

「出てくるでしょうね間違いなく。でも心を鬼にしてまで2人の関係を破棄しようとは思っていませんよ。私が経験できなかったことを2人には経験してもらいたい。幸せとはなんなのか知ってほしい。私のような不幸を味わってほしくないから」

「お気持ち理解しました。節度を弁えぬ言動の数々お許し下さい」

「気にしていないわ。克也の疑問は当たり前のことだもの。さて鈴音さん、慶春会で貴女と克也の婚約を発表します。今日から自分自身を磨きなさい。普段から美人ですけど、それ以上に輝きをもって参加者の度肝を抜いてやりましょう」

 

話の後の変わりように鈴音は一瞬眼を見開いたが、すぐに我に返り水波に連れられて鈴音は食堂をあとにした。

 

その後、克也は外で待機していた達也と共に真実を聞きに真夜のプライベートスペースへと向かった。

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

真夜の言葉が虚実だったことが達也の能力でわかったことで、克也は少しばかり安堵して部屋へと戻っていた。

 

何故安堵したのかは自分でもわからない。遺伝子に手を加えられているとはいえ、どちらとも同じ遺伝子から生まれた血の繋がった兄妹であるということだけでいい。

 

それだけの理由があれば深雪の兄として生きられるのなら、遺伝子レベルで離れていようと心は繋がっている。

 

本家に来たときに通された部屋に入り、寝室を覗き込むと固まった。

 

『達也、これは一体なんだ?』

『そっちもか克也。これはなんだろうな』

『仲良くしろってことだろう』

『…そういうこと(・・・・・・)をしろと?』

『アホか。慶春会前にそんなことをしてみろ笑われるぞ。おそらく叔母上は、俺たちが困惑するのが見たいんだろうさ』

『…なかなか良い性格をされているよ。深雪が来たから切るぞ』

『了解。鈴音が帰って来たから俺も切る』

 

〈念話〉を切ると鈴音がドアを開けて入って来た。

 

「遅くなってすいません…っこれは!」

「言っとくけどこれは…っ!」

 

鈴音は寝室に布団が1枚と枕が2つあるのを見て、克也は風呂上がりの鈴音の姿を見て互いに固まった。

 

布団が1枚と枕が2つということは、同じ布団で近くで寝るということである。いくら交際して婚約許可をもらった鈴音と言えど、その日にこれがくるとは思っていなかった。

 

何人もの使用人に磨かれたであろう鈴音は、普段から美人であったが今は5割増しだ。湯が暑かったのか。うなじや頬が少し赤く、真冬の部屋であっても単衣で寒くなさそうだ。

 

「…言っておくがこれは俺が敷いたんじゃないからな。来たらこうなっていたんだ」

「…いえ、疑ってはいません」

「「…」」

 

その後どちらも無言となり何を話せば良いのかわからず沈黙してしまう。気まずい沈黙は数分間続き、互いにどうにかして話しかけようとするが、どう声をかければ良いのかわからず言う直前で止まってしまう。

 

「テ、テレビでも見るか?」

「え、ええ」

 

へたれか!と突っ込まれそうな言葉をどうにかして紡ぎ出した克也は、返事を聞いてすぐにテレビのリモコンを押した。

 

「なっ!」

「っ!?」

 

付けた瞬間の映像がまさかのドラマのベッドシーンとは思わず、寝室にある敷き布団1枚と枕2つを思い出してしまう。鈴音を見ると顔を真っ赤にして俯いてしまっている。

 

刺激が強すぎたのか。もう声をかけるのも茨の道に思えてきた。

 

「…俺はソファーで寝るから布団は鈴音が使ってくれ」

「一緒に寝ませんか?」

「…ん?」

 

聞き間違えだろうか?「一緒に寝よう」と聞こえたのは。克也の耳が可笑しくなったのだろうか。そこまで耳を酷使したつもりはないのだが。まさか1年の頃の将輝の《偏倚解放》の後遺症が、今頃出てきたとでも言うのか。

 

「俺の耳が可笑しくなったかな。一緒に寝ようって聞こえたんだけど?」

「聞き間違えではありません。そう言いましたから。…思い出させないでくれませんか?とても恥ずかしいのですけど」

「ごめんなさい」

 

深々と謝ると、鈴音は悪戯が成功して喜んでいる無邪気な子供の笑みを浮かべていた。

 

「ふふ、そんな姿を見れるとは思いませんでしたね」

「…狙ったのか?」

「偶然と言ってほしいですね」

「誘導尋問の間違いだろう?」

「どちらでしょうね」

 

克也が1歩近づくと同じように鈴音が1歩退る。もう一度。もう一度。

 

何度繰り返しても結果は一緒。そうこうしているうちに鈴音の背後は寝室の入り口に到達していた。寝室は和室なので襖を開け閉めするのだが、今は誰も寝ていないので絶賛開放中である。

 

襖があるのでもちろんレールがある。そこは僅かに段差があるのだが、今の鈴音と克也は目の前のことに精一杯(二重の意味)でその事を忘れている。

 

「観念してもらおうか鈴音さん」

「しないと言えばどうしますか?」

「力尽くでも謝罪させる」

「そう上手くいくでしょうか」

「どうだろうな。相手は九校戦の作戦部長だから容易ではないと考えている」

 

克也がもう1歩踏み出すと鈴音は1歩後ろに退り、件の段差に足を乗せる。すると鈴音が体勢を崩した。

 

「きゃっ!」

「鈴音!」

 

倒れそうになった鈴音を助けようと、克也は腰に手を回して抱きとめようとしたが、鈴音が克也の首に両手を回してきた。

 

「なっ!」

 

予想外の行動に体勢を崩した克也は、鈴音を下にした状態で寝室の布団に倒れ込んでしまう。もちろん鈴音が怪我をしないように、最大限の努力をしながらだ。倒れた瞬間に顔が柔らかい物に当たった気がしたので、視線を向けてそれに触れた克也は硬直した。

 

克也は視線をその上に向けたのだが、またしても身体を硬直させた。

 

「…何故笑っている?」

「計画通りだったので」

「全部こうなることを予測していたのか?」

「そうでなければあの言い方はしませんよ?」

 

上手く誘導されたものだと克也は脱帽する。それよりも疑問に思うのは今の体勢だ。倒れたことで単衣がはだけて、鈴音があられもない姿になっている。

 

普段は制服越しで見えない鈴音の肌に克也は若干赤面する。克也は意外と純情であった。年齢的にもそういったことにはもちろん興味がある。好きな人のものなら尚更だ。

 

克也の硬直を見ながら、自分の積極的すぎる行動に鈴音は顔を紅くしている。

 

「…続きをしますか?」

「…本気で言っているのか?」

「貴方にしかこんなことは言いません。いえ、この言い方は本音とは違いますね。貴方だからこそこんなことを言えるんです」

 

鈴音の眼は本気だ。顔が赤くとも眼はいつもの鈴音の光を放っている。期待と不安が入り交じっていても変わらない。

 

「その気持ちは無きにしも非ずだが今は抑えておこう。学生の鈴音になにかあれば困る」

「優しいんですね」

「鈴音を大切にしたいからな」

 

そう伝えると、二筋の川を作りながら克也をそっと抱き寄せた。その涙が喜びからくるものであると克也は察していたので、何故涙を流しているのを聞かなかった。

 

頬を流れていく涙を左の人差し指でぬぐい、右頬をその手で触れる。

 

暖かい。

 

それは体温からくるものではなく、心の強さからくるものであると直感した。鈴音の心の強さが誰よりも強固なものであることを知っているから、克也が気付けたのかもしれない。

 

「私は貴方とこれからを歩めるのが嬉しくてしょうがないです」

「それは俺も同じだ。愛してる鈴音」

「私もです克也(・・)

 

どちらからともなく互いの唇が近付き、触れるだけの口付けをする。僅かに触れる密着面から互いの体温を感じ、お互いがどれほど想っているのかを認識する。

 

「おやすみなさい克也」

「おやすみ鈴音」

 

1つの布団の中に入り2つの枕を寄せて、互いの顔を見合いながら言葉を交わす。

 

互いが互いを認識することで満たされる。それは一種の独占欲であり依存欲であるが、適度な割合であれば生きる糧となる。2人はそれを無意識のうちに理解し必要な言葉だけを伝えている。

 

本当に想いのこもった言葉とは短いものである。長々と気持ちを伝えるより、単体で率直に伝える方が相手にはその気持ちの強さが伝わる。

 

短い言葉はそれに想いが集中しているからこそ伝わる。長々と語られてはどこに本音があるのか理解し難い。全てにこもっていたしとしても伝わらなければ意味はない。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

「この度、司波深雪さんを次期当主に決定いたしました。それにともない、私の息子(・・・・)である達也を婚約者とします。また私の息子(・・・・)の克也が市原鈴音さんと婚約しました。暖かく未来を見守っていきましょう」

「当主様、私の息子(・・・・)とはどう意味でしょうか?」

「そうでしたね。いい機会ですからみなさんにお伝えしましょう」

 

真夜は分家の一家からの質問に、テヘッと言いそうな表情で応える。

 

あの事件(・・・・)が起こる前に私から採取していた卵子とあの者の遺伝子を元に、姉の深夜を代理母として生まれたのが克也と達也です。遺伝子上は深雪さんとは従兄妹同士となりますね」

 

真夜の説明に納得したのか質問者は頷き席に座った。だが真夜の説明は嘘が混じっている。

 

1つは克也と達也が真夜の実子ではないこと。1つは深雪と2人が従兄妹同士ではないということ。

 

この2つが分家にも明かしていない秘密である。それを分家や四葉関係者が知ることは決して訪れないだろう。何故ならば5人がそのことを最重要機密として心の奥底に封印したからだ。

 

 

 

慶春会後、四葉家から魔法協会に対して新年の挨拶とともに「次期当主の決定と婚約」、「次期当主補佐の決定と婚約」を正式に〈師補十八家〉だけではなく〈百家〉及び数字付き(ナンバーズ)にも伝えられた。

 

 

 

「まさか2人が四葉家の直系だとは思いもしませんでした」

 

自宅に帰る前日にそう嘆息するのは、晴れて克也の婚約者となった鈴音だ。知ったのは婚約の許可をもらった日のことだったが、今それを克也に話しているのは機会がなかったからだ。

 

次の日からは慶春会のために作法や服装選びなどで、そのことを考える暇がなかった。

 

「なんとなくは予想してたんじゃないのか?」

「司波君はともかく司波さんは可能性があると思っていました。あれだけの魔法力ですから」

「だろうな。誰にも引けを取らない圧倒的な魔法力。あれを目の当たりにすれば否応なくそう思うよ。むしろそれに疑問を持たない方が不思議だ」

 

2人はソファーに並んで座っている。鈴音は克也の左手に抱き寄せられた状態であるため、普段と比べて少しばかり顔が赤い。

 

「学校が始まれば大変だろうが頑張ってくれ。可能な限りは迎えに行くから」

「無理しないでくださいね?どうせ帰宅すれば会えるんですから」

 

克也と鈴音は明日から2人だけの家で暮らすことになっている。克也が今まで住んでいた家からは、それほど離れてはいない場所にある。何かあれば互いに連絡を取り、すぐに応援に駆けつけることができる。

 

双方ともに自宅を行き交うことを許可し合っているから、どちらかの家に泊まっても問題はない。

 

水波は克也のガーディアンの任を解任されているのでフリーである。だが本人は克也から離れる予定はないらしく、今後もこれまでと同様についてくるらしい。

 

そこで克也は水波を鈴音のガーディアンにすることを決めた。

 

戦闘能力で言えば水波の方が優れている。といっても鈴音は科学者志望のこともあるし、水波は防御担当ということもあるので、戦闘能力を比べるのは少しばかり無理がある。

 

2人の関係は今のところ良好だ。鈴音は水波を妹だと思って可愛がっているし、水波は鈴音を姉と思って慕っている。

 

「水波はお前のことを姉と思っている。たまには2人で出かけてあげろよ?」

「もちろんです」

 

鈴音は嬉しそうに微笑んだ。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

「おめでとうリンちゃん!」

「その呼び方はやめないんですね真由美は。でもありがとう」

 

大学の授業が始まった初日の昼食時。鈴音は真由美からお祝いの言葉をもらっていた。照れながらもどこか嬉しそうな表情でお礼を言っている。

 

「十文字君もお祝い言いたがってたけど、家の事情があるからって午前中の授業終わったら帰っちゃった」

「仕方ないですよ。十文字家の次期当主ですから忙しいのは重々承知しています」

「それもそうよね。高校の頃からの付き合いだもん。事情は知ってるからね。それでこれからはどうするの?」

「どうするとは?」

「この先よ。克也君はまだ高校生だしリンちゃんは大学生だし。学生結婚って大変よ?」

 

魔法師は多くの子孫を残すことを強く求められる。さらにそれは強力な魔法師に強い傾向があり、日本社会に影響を及ぼす家系はそれに苦しんでいる。

 

それに比べれば克也と鈴音は幸運だと言えよう。互いの望む相手と添い遂げる道を得ることができたのだから。

 

「そうですね。でもどんなことがあってもやっていけますよ」

「まったくラブラブなんだから。羨ましいなそんな恋愛ができて」

 

真由美は〈十師族〉の一角七草家の長女であるため、自由な恋愛などさせてもらうことはできなかった。したい気持ちはあるが相手がいないということで特に何も経験は無かった。だから親友が婚約したとなって話を聞きたくなったのだ。

 

「じゃあ、帰ろうか」

「ええ」

 

2人して校内のカフェテリアを出て校門を出る。明日からは通常通りのカリキュラムに入るため、新年最初の登校日だけがのんびりと話せる時間というわけだ。

 

「また明日ね」

「ええ、また明日」

 

鈴音の自宅と真由美の自宅は真逆にあるため、正門を出ればそこでお別れとなる。魔法大学の厚壁沿いに歩いて行くと、思わぬ人物に出会う。真顔から隠しきれない喜びが顔に浮かぶ。

 

「来てくれたんですか?」

「今日は学校がないからな。それに新年最初の学校となると、マスコミが殺到したり、興味本位で聞きに来る奴らもいると思ったから見に来た。その表情と周囲を見ると心配は無用だったわけだが」

「注意することに越したことはないですから」

 

鈴音が笑いかけると克也は同じように笑みを浮かべ、鈴音の右手を優しく左手で包み込む。その手を握り返して鈴音は克也の左肩に頭を預ける。

 

そのままの体勢で2人はコミューター乗り場へと歩いて行った。



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16章 次世代編
第1話 始まり


私は父 司波克也、母 四葉莉奈(りな)との間に生を受けた四葉優姫(ゆうき)。お母様は特殊な事情があって姓を四葉に変えられた方なのです。

 

詳しくは今後話していきますが、かいつまんでお話しさせていただきます。

 

お母様の祖国のかつてUSNAと呼ばれた国から、亡命されたお母様を受け入れたのが、お父様の家系である〈十師族〉の一角を担う四葉家でした。かつて〈最功〉と謳われ、引退しても尚〈閣下〉と呼称された九島烈様に、受け入れの許可を頂き姓を変えられました。

 

話を戻します。私は一応(・・)四葉家次期当主候補でありますが、特にこれといった思い入れはありません。あるとすれば当主になって、少しぐらい我が儘な生活を謳歌したいといったところでしょうか。(お父様とあんなことやこんなことまで。ああ、ここには書き切れません!なんと悲しきことでしょう!)

 

そして私は自他共に認める父親大好き通称ファザコンなのです!仕方ないと言っては呆れられるかもしれませんが、本当に仕方ないのです!漆黒のように黒い髪に星々を散りばめた黒水晶のように澄んだ瞳。そして何より素晴らしいのが鍛え上げられたその肉体!

 

40代を迎えているというのに一向に衰える様子を見せません。完成されたその肉体は、もはや作品としか形容できませんね。容姿もお若いので年齢を知らない方が一目見ると、20代後半としか思われません。

 

一度お父様と2人で買い物(デート)に言った際、私のファンであるという女性から「カップルですか?」と言われたときは、内心ガッポーズで空を飛べるかと思えるほど嬉しかったです!

 

実際、お父様はかつて誰も実現できないとされてきた常駐型飛行術式を完成させた天才なので、違う意味では空を飛ぶことができます。しかしあの時は本当に、術式を使わずとも浮かぶことができるのではないかと思わせられました。

 

家に帰ってそのことをお母様にすると嫉妬されました。優姫は悲しい…。そのあとお母様がお父様に噛みついていました(文字通りに)が、お父様は微笑を浮かべて抱きしめられました。そうすると顔を真っ赤にさせて俯くお母様が私の眼に映りました。

 

私はそれに嫉妬しました。お父様に撫でられて抱きしめられたいというのに、それを先にしてもらえるとは悔しいです!

 

…コホン。とまあ簡単な私のお家事情は理解されたでしょうか?簡単に言えば我が家は他者から見ると、若干可笑しいものなのです。

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

ある日の朝。自宅前にコミューターを回してもらって乗り込んでいると、心配そうな顔で私を覗き込むお母様の姿がありました。

 

「CADは持った?ハンカチとティッシュは?忘れ物ない?」

「大丈夫ですお母様。もう中学生ではないのでそこまで気にしなくて大丈夫ですよ」

「でも何かあったらどうしようって思うの」

 

お母様は極度の心配性なのです。四葉家当主である叔母様によれば、自分にとって最初の子供だから仕方ないとのことですが、私からすれば少々。いえ、かなり重いです。あ、お父様ならいくらでもウェルカムですよ?

 

「叔母様、優姫も高校生なのですから心配のしすぎは疎遠扱いされますよ?」

「優姫なんだもん。女の子だし暴漢に襲われないとも限らないから」

「優姫と私なら余程のことが無い限りあり得ません」

 

お姉様の言う通りです。今の私たちであれば想定外の事態が起こらない限り、魔法でも体術でも勝てる者はいません。同年代という注釈付きではありますが。

 

だって師に勝てるわけ無いじゃないですか!全国各地で道場破りを行い、その行動が伊達ではなかったということを示した赤髪の女性に!

 

「リーナ、少しぐらいは大目に見なさい。優姫だっていつまでも子供じゃないのだから」

 

リーナというのがお母様の本名です。

 

「ミユキは慣れたものでしょうけど。私にとってはこれが初めてなんですかね」

「そこまで言うのであれば切り札が必要ね。次にお兄様が帰ってきたときは私優先にするから」

「なっ!そこは譲らないわよミユキ!」

「その通りです当主様!私優先です!」

「優姫まで!カツヤは私のなの!」

「「私たち(・・)(←ここが重要)よ(です)!」」

 

お父様のことで喧嘩しているのをお姉様が見て、脱力気味にため息を吐くというのがいつもの情景です。四葉家関係者からすれば、今日も平和だと思える光景らしいので、これはこれでよしとしましょうか。

 

「優姫、そろそろ行かないとリハーサルの時間がなくなるわ」

「そうでしたねお姉様。それではお母様・当主様、、行って参ります」

「「頑張って」」

 

お二人に腰を折って優雅に一礼をしてからコミューターに乗り込みます。見送ってくれるお二人に手を振って、私はお姉様と一緒に第一高校へと向かいました。

 

 

 

愛娘を見送った私は、少しだけ安堵の息を吐く。

 

実践的な魔法技術を学ぶのは高校からであって、中学生の頃は魔法素質がある子供に簡単な魔法を教えるだけ。家によっては、幼い頃から魔法を親や研究者などに指導してもらうことができる。現実的なことを言えば、あまり教えない方が世間の眼は柔らかい。

 

魔法師家系であれば、指導力や機械などに困らないから指導の質が高くなる。でもそうでない家庭は、金銭を払って専門の魔法師に教えを請うしかない。教えを受けられたとしても短時間でしかなく、金銭もそれほど安く済むわけでもない。

 

こういうことから強力な魔法師を抱える家系以外は、自然と魔法の指導はあまり行わない。故に【第一世代】や魔法を使える家系に生まれたとしても、魔法科高校に入学できるかどうかはわからない。できたとしても実力差は歴然としており、卒業後も満足できる魔法的な仕事には就けない。

 

それが私がこの国に来て、娘を育てる上で身に染みて感じた現状。日本だけなのか世界共通なのかはわからないけど。

 

「あまり心配しすぎないように。そんなことで倒れられたらお兄様に会わせる顔がないわ」

「わかってはいるんだけどね。優姫を見ていると不安になるの。昔の私を見ているようで」

 

昔の私は自分のやるべき事を唯為すためだけに動いていた。それをしなければ、自分の存在価値は何なのかと疑い正気でいられなかった。

 

でもカツヤと出会って私は変われた。あの頃の自分はUSNAの戦略級魔法師〈アンジー・シリウス〉としてではなく、唯の魔法師であるアンジェリーナ・クドウ・シールズとして見てほしかったのだと今だと思える。

 

無茶なことをして周囲に迷惑をかける性格だった自分のようになってほしくないから、優姫に対して過保護になってしまう。

 

あの頃の自分と今の優姫を重ねて比較してしまう。それが今の私がしている行動。たとえ優姫の枷になっているとわかっていても。

 

優姫につけられた〈妖精の姫〉という二つ名さえ今の優姫にとっては何物でも無い。唯の二つ名であって、自分の精神などに影響するものではない。

 

「優姫なら大丈夫よ。敬愛するお兄様と私の親友であるリーナの間に生まれた子供だから」

「クスッ、ミユキが言うと説得力があるわ」

「もちろんよ。〈十師族〉の一角を担う四葉家の現当主の言葉に説得力が無くてどうするの。さてと私たちも仕事に入りましょうか。今日は七花(・・)家との対面日なのだから」

「忘れてたわ。改名してから初めての訪問だった」

 

深雪とリーナは顔を綻ばせながら、広大で贅沢ではあるが不思議と質素に感じられる日本家屋へと入っていく。2人の表情はとても明るく、過去に辛いことがあったのかと疑問に思うほど純粋な笑顔だった。

 

自宅へと入る。艶があり何色にも染まらない黒髪と派手すぎずしかし嘆息するほど可憐な金色の髪を、一吹きの朝の風が揺らす。4月にしては温かくそして柔らかく優しい風は、まるで遠くにいて顔を合わせられなかったことを謝罪するようだった。

 

それを感じたのか2人は入る直前に北東へと顔を向ける。今そこにいるはずの。2人にとって切っても切り離せない人物が、こちらを見ているのではないかと思い淡い笑みを浮かべた。



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第2話 悶え

自家用車でお姉様と2人だけのちょっとした遠出。そうは言っても現実は厳しく、向かう場所はショッピングモールでもなければ高級料理店でもないのですが。

 

学生と名のつく者が抱く感情。半分は友人と会うことのできる場所であるため楽しくなる。半分は勉強という嫌でもしなければならない。

 

それ故に正と負の感情が入り混じり、なんと表現すればいいのかわからなくなる。それでも新学期であり高校生活という中学生とはまた違った学年と考えれば、頭でわかっていても舞い上がってしまいます。

 

「緊張してるの?」

 

そう優しく問いかけてくれるお姉様のおかげで、私の緊張は少しばかり和らぎました。やはりお姉様は素晴らしい方ですね。抑えていたつもりでいたのですが、自覚しないうちに不安が漏れ出していたようです。

 

「それなりにはしています。人前に立つことがそれほど得意ではありませんから」

「四葉家の娘でしょうに。どうしてこうも性格が違うのかしら」

「人それぞれですお姉様。それに親がああであればこうなっても仕方ないかと」

 

そう私の母である四葉莉菜(りな)通称リーナは、重度の過保護なのです。何故そこまで過保護になれるのかと疑うほど過保護で、高校生ともなれば時に煩わしくなることもあります。ですけどそれは私の安全を思ってのことであって、決して嫌いだからということではありません。

 

別の言い方をすれば、湾曲した愛情表現といったところですね。嬉しいのですけどもう高校生なのですから、少しぐらいは大目に見てほしいと思うのは可笑しいでしょうか。お母様のことは嫌いではなく、むしろ好きですけどあれがあると素直に口にできなくなります。

 

「叔母様の過保護さには困ったものね。お母様のように少しは遠くから見守るだけにしてくれれば良いのに」

「ですよねお姉様!これでは周囲からかわれるのが目に見えています」

 

すると電話を知らせるメロディーが車内に響き渡りました。

 

「あら?こんな朝早くから電話なんて誰からかしら。お母様と叔母様は準備で忙しいはずだけれど」

「ものは試しではありませんが。取り敢えず開けば良いのでは?」

 

四葉家が所有する自家用車の電話番号を知っているのは、一家のご友人と関係者のみ。しかも今乗車している車はお姉様のものですから、番号を知っている人物はさらに一握り。まさかですけどあの人でしょうか?いえそんなはずはないです。忙しいですから連絡する暇も無いはず。

 

「もしもし」

『おはよう2人とも。今時間あるか?』

「「叔父(お父)様!?」」

 

車内のスクリーンに現れたのは、画面越しでもわかる鍛え上げられた肉体、40代には見えない若々しい容姿をした初対面であれば青年とも思える人物。

 

四葉家が誇る最大最強の魔法師であり、日本が世界に誇る戦略級魔法師。お姉様のお父様である司波達也の兄であり、私の実父である司波克也その方でした!

 

『ビックリしたか?サプライズになったのであれば大成功なんだが』

「ビックリも何も…」

「お父様ぁぁぁぁぁ!」

『優姫はいつも通りのようだな。樹里も元気そうで何よりだ』

「ロサンゼルスにいるのでは?時間帯を考えるとお昼の15時頃でしょうけど。今はお昼休憩ですか?」

『巳焼島から緊急のSOSが届いてな。昨日の夜に着いてた。本家に帰ろうと思ったけど、予想以上に深刻な問題だったから報告が遅れてしまったのさ』

 

お父様はわかってしていらっしゃるのでしょうか。柔らかに微笑んでいれば、世の女性を虜にしてしまうものであるというのに。

 

無意識とでも無自覚とも言いますが罪な人ですお父様!それは私だけに向けるべき表情です!お母様でも叔母様でもありません。私だけにです!

 

『…優姫に睨まれているんだが。俺は何かしたか?』

「叔父様はわかっていらっしゃらないのですか?」

『何を?』

「…いえ、何でもありません」

 

お父様ぁぁぁ!小首を傾げないでくださいぃぃい!私を殺すおつもりですか!?悶え死にさせるおつもりですか!?ああ駄目ですお父様。そんな風に迫られては私どうにかなりそうですぅぅぅ!

 

『本当は優姫に入学おめでとうを言いたかったんだがエキサイトしてるから後回しだな。樹里、進級おめでとう。ついに最終学年というわけだが、気を抜いたら許さないぞ?最終学年こそもっとも大切な時間だからな』

「心得ております叔父様」

『主席入学して主席卒業することを期待しているぞ。ああ、それとあまり柊真(とうま)を尻に引かないように。いくらあいつがのほほーんとしているからといってそういうのは駄目だぞ』

「そ、そんなはしたない真似は致しません!」

『ははははははは。言葉に詰まったところを見ると図星か?柊真もとんだお転婆な彼女をもったもんだ。いや、婚約者と言うべきか?』

「…帰ってきたら魔法練習の刑です叔父様」

『どんと来い』

 

まったく伯父様という方は、どうしてこうも人をからかうのがお好きなのでしょうか。嫌ではなくむしろ嬉しいのですが、TPOを考えてほしいと思うのは私だけでしょうか。仕事柄家に帰ることもままならず、家族と会話をする機会もない。こうしてストレス発散させていただくのも、次期当主としての責務で。

 

不満など口にはせず、真摯に向き合って会話をしておくべきでしょうね。隣では自分の体を抱きしめて悶えている優姫がいますが、それは放っておいてもいいでしょう。むしろ放っておかないと私の精神がもちません。

 

「次はいつお戻りになるのですか?」

『ここの問題が片付いたらまたロスだからなぁ。早くて2週間で遅かったら1ヶ月とかそんな感じだな。うぉい文弥、いきなり引っ張るな。せっかくの会話中だぞ。え?俺じゃないと対応できない?そんなの平河にさせておけ。あいつならどうにかしてくれる』

「叔父様?」

『すまん。どうやら俺でないと無理らしいから切るぞ。その前に優姫を呼んでくれないか?言ってきたいことがある。わかったわかったから文弥。そんなに腕を引っ張るな。脱臼するって』

 

どうやら画面の向こう側では、文弥様が叔父様を催促しているようです。文弥様もイケメンなのですが、叔父様が絡むとどうしようもなくだらしなくなってしまうので、どう接するべきか迷ってしまいます。

 

取り敢えず叔父様の身体のことを考えると、手っ取り早く優姫に代わっておくべきですね。叔父様の【固有魔法】を使えば、脱臼程度の怪我は怪我と呼べるほどでもありませんが。

 

「お父様、何用でしょうか!?」

『まあそのなんだ。あまり深雪・樹里・母さんに迷惑をかけないように良い娘でいること。いいな?』

「お父様まで子供扱いですか?これでも15歳の学生ですよプンプン」

『「自分で言わないのでは?」』

「気にしたら負けですよお二人とも!」

 

えっへんと胸を張ってはいますけど、ボリュームが足りませんので何故か虚しく感じてしまうのは、私だけなのかしら?ボリュームと言えば私の方が余裕で上です。2つ年上だということも理由の1つですが、2年後のことを考えると勝つ気しかしません。

 

「お姉様、今自分の方が大きいと思いましたね?私はまだ発展途上ですから成長の余地はあります。しかしお姉様はもう成長しないのでは?去年から大きくなっていないと叔母様から聞きましたよ?」

「どうでもいい情報を入手してるんじゃないわよ!それとも大きさで負けてるから、そういうことを言ってるだけでしょう?負け惜しみとも言うわ」

「成長してない人に言われたくありません!」

「小さい子に言われたくないわ!」

 

こうなったら異性に聞いてもらうのが一番。

 

「「叔父(お父)様、胸は大き(小さ)い方が良いですよね!?」」

『……………どっちでも構わないんじゃないか?』

「「その間は何ですか!?間は!?」」

『いや、だって男の俺に聞いたところでじゃん?俺だけが言っても意見にはならんだろ」

「「文弥様はどう思われますか!?」」

『文弥、って逃げたぞあいつ。関わりたくなかったみたいだな』

「「文弥様ぁぁぁぁぁ!」」

 

こういうときに限って逃げ出すなんて本当に男性なのでしょうか。〈男たるもの背を見せて逃げぬべし〉という家訓でもしたためてもらいましょう。

 

「「叔父(お父)様の本音はどっちですか!?」」

『正直、大きかろうが小さかろうがそこは問題じゃない。好きな人がどっちであろうと好きなことには変わらんからな。それに胸の大きさが全てではないし、大きくしたり小さくしたり自由自在なわけでもないんだから、それで決めつけるのはどうかと思うぞ』

「「…」」

 

ぐうの音がでないとはまさにこのことです。というよりそのような話題で盛り上がってしまうとは、淑女としてあるまじき行為です!

 

『まあ、でも思春期なら悩んでもいいんじゃないか?深雪だって悩んでいたみたいだしな。リーナがどうかは知らんが』

「お母様もあったのですか?」

「叔母様が」

『そりゃ深雪にだって悩みはあったさ。相談されたぐらいだからな』

 

あの淑女の鏡であるお母様が、同じような悩みを抱えていただなんて想像もしていませんでした。お淑やかで清楚なお母様が叔父様に相談していただなんて。

 

「ではお父様、私にご教授ください」

『なんで父親の俺が手解きするって話になるんだ。リーナか深雪に聞けば良いだろうに』

「お父様だからこそお願いしているのです。今なら私の身体はお父様のものですよ」

『おい樹里、これは危険信号だと思ってもいいよな?』

「相違ありません。私がしつけておきますので仕事に戻られた方が良いかと」

『そうだな。文弥も怒っているだろうしそろそろ戻ることにしておくよ。優姫、入学おめでとう。高校生活を謳歌するんだぞ』

「いやぁぁぁぁぁ!お父様もっとお話をぉぉぉぉ!」

 

優姫の懇願も虚しく映像は切れました。優姫は魂が抜けたかのようにうなだれています。さてここまで消衰した優姫を再起動させるにはどうしたらよいでしょうか。入学式のリハーサルまでに通常運転に戻ってもらわなければ、本番も残念な結果になってしまうでしょう。

 

そうなれば四葉家の家名に泥を塗ることになります。優姫だけではないということを知ってもらわなければ。

 

「優姫、元気を出しなさい。貴女が答辞を失敗すれば、四葉優姫という名前に変な肩書きがつくわよ」

「…いいです。私の名前についても問題ありません」

「あのねぇ、優姫の名前に傷がつくって事は四葉に泥を塗ることになるのよ?責任がとれるのかしら」

 

その程度で四葉家が蔑まれることはないでしょうが、優姫がそういう風な眼で見られるのは耐えられませんからね。従妹であるということも理由の1つですが、精神の未熟な優姫を支えたいのです。私だって完璧とは到底言えませんから。

 

「そうなれば叔父様まで影響が出るかもしれない。貴女はそれを望んでいないでしょう?成功すれば叔父様はきっと褒めてくださると思うわ」

「本当ですかお姉様?」

「嘘だとでも?貴女のお父上ですよ?きっと褒めてくださるわ」

「そうですよね。お父様だったらきっと褒めてくださいます。やる気が出ましたよお姉様!さあ第一高校へ急ぎましょう!」

「はいはい」

 

本当に単純な()。だからこそ可愛くて護りたくなるのだけれど、今ぐらいは大目に見ても良いでしょうね。そして私たちを乗せた車は第一高校へ向かうのでした。



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