異世界の神様からチート能力?を貰いました。 (名無しの兵六)
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第1話 プロローグ

取り敢えずお試しで投稿してさせていただきます。

楽しんでいただければ、幸いです。


 僕が6歳の頃、村が魔物の群れに襲われた。夜も遅い時間だったので寝ていたところを叩き起こされ僕と母さん、ばあちゃんの3人は、父さんとじいちゃんに床下の貯蔵庫に隠れているように言われ、父さんとじいちゃんは武器を手に持ち村のほかの男衆たちと一緒に魔物を倒すために村の門まで向かった。

 

 僕たちは3人で身を寄せ合って魔物が去るのを待った。最初のほうは魔物の咆哮と人の悲鳴が混じって聞こえてきたけど、しばらくすると誰かが「冒険者だ!!冒険者がやって来たぞ!!」と叫んだと同時に地面が揺れ魔物の咆哮の勢いが弱まった。

 

 そうしてしばらくして外が明るくなってきた頃には魔物の咆哮も聞こえなくなっていた。父さんとじいちゃんが帰ってきて「もう、安全だぞ。」と声をかけ僕たちは貯蔵庫から出た。村の広場では見たことのない人たちが村のみんなに囲まれお礼を言われていた。

 

 あとから知ったことだけど魔物の群れが来た時に近くの町に馬で人を遣り冒険者ギルドで緊急依頼を出したそうだ。しかし、最初は夜も遅い時間で誰も対応できる冒険者がいないと言われたそうだけど、丁度ギルドに併設されている食堂兼酒場にいた冒険者パーティが自ら依頼を受けると名乗り出てくれたそうだ。

 

 ただ、お酒が入っていたせいか加減がわからず魔法使いの人がかなり強い魔法を村についたと同時に魔物の群れに放ったそうだ。それが地面の揺れた原因らしい。そのあとは、ほとんど一方的に魔物の群れを殲滅していったそうだ。その冒険者パーティのおかげで村は守られた。

 

 これが初めて僕が冒険者になろうと思ったきっかけ。今日、誕生日を迎えて12歳になった僕は、明日は町に行って冒険者ギルドに行き冒険者として登録するんだ。家族のみんなは反対しなかったけど、心配そうな顔をしていた。

 

 そうそうこの6年のうちに双子の弟と妹が生まれたんだ。6歳になる弟のトマスと妹のヘレナは「ガイウス兄ちゃん行かないで」と泣きついてきたけど、「1年に必ず1回は帰ってくるから」となだめたらなんとか納得してくれた。そのあとはみんなでいつもよりちょっと豪華な晩御飯を食べて、明日に備えて眠りについた。

 

 そうして僕は今、真っ白な空間に見知らぬ男の人と一緒にいる。その人は開口一番、

 

「明日から冒険者になるお前にチート能力をくれてやろう。」

 

 と言った。この白い空間もそうだけどチート能力ってなんだ?

 

「あの~、質問にいいですか?」

 

「いいぞ、答えられるものは何でも答えてやろう。」

 

 男は胸をそらして言った。

 

「それじゃあ、あなたは誰ですか?ここは何処なんですか?そして、チート能力ってどういう意味なんですか?」

 

「1つずつ答えてやろう。俺は人間たちの云ういわゆる神だな。そしてここは神と神に認められた者しか入れない空間だ。ちなみに言っておくが夢や幻術の類ではないぞ。チート能力というのは、まぁ簡単に言えば、皆が鍛錬して得る力をズルして楽して得て強くなれるってとこか。」

 

「神様!?神様って女神フォルトゥナ様のことじゃ無かったんですか?」

 

「ん?あぁ、俺は別の世界から来た神だからな。この世界の神はフォルトゥナだよ。」

 

「別の世界ですか?世界ってそんなにたくさんあるんですか?」

 

「そうだとも、ガイウスお前が思っているよりたくさんの世界があるぞ。それほど星の数ほどな。ちなみに俺が神として管理している世界の名前は『地球』という。」

 

 なんだか壮大な話になってきたぞ。あれ?それよりも僕の名前・・・

 

「僕の名前がガイウスって教えました?」

 

「んなもん神だからわかるに決まってんだろう。ちなみにお前のステータスとかもわかるぞ。12歳にしては、なかなか悪くないな。」

 

「ちょ、ちょっと待ってください。名前の件は何となく納得できましたけど、ステータスって何ですか?」

 

 チート能力に続いて聞いたことのない単語が出てきたぞ。

 

「ステータスってのは、人間個人の能力や状態とかを表したものだな。ちなみにガイウスのステータスはこんな感じだな。」

 

名前:ガイウス

性別:男

年齢:12

 

体力:30

筋力:28

知力:26

敏捷:28

etc

 

能力

 ・識字 ・剣術Lv.1 ・弓術Lv.1 ・防御術Lv.1 ・回避術Lv.1

 

 

「へ~。そのステータスって僕にも見れるんですか?」

 

「おう。特別に自分と他人のステータスを見れるように能力に『鑑定(ステータス含む)』を追加してやろう。ちなみにこの世界の人間は、鑑定の能力を持っていてもステータスを見ることができないから人前でステータスを確認したいときは、ステータスと念じるだけで見れるようにしといてやろう。」

 

「ありがとうございます。」




見てくださりありがとうございました。


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第2話 チート能力の説明

「そういえば、ステータスの識字や剣術、弓術は神様のいうチート能力なんですか?」

 

「いや、それはガイウスが自分自身で身に着けたものだな。何か思い当たるものはないか?」

 

 思い当たるもの、思い当たるものかぁ・・・。

 

「そういえば、文字の読み書きは教会で教えてもらいました。剣は父さんに稽古をつけてもらいました。弓は村の狩人のおじさんに教えてもらいました。」

 

「なるほど、ならばそれらがきちんと身についていたということだろうな。Lvも1だしな。」

 

「そのLvってなんですか?」

 

「簡単に言うとその能力の習熟度だな。Lvをあげればあげるほど強くなれるぞ。まぁ、チート能力をやるから、他人みたいに努力しなくてもすぐあがるぞ。」

 

「チート能力って具体的にどんなものをくれるんですか?」

 

「おう、まだ言ってなかったな。3つ能力をやろう。1つは『召喚能力』だ。これは、この世界に存在するあらゆるモノと、俺の管理する『地球』のモノを制限なく召還できる。召還したモノの名前や能力は自然と頭の中に浮かぶから上手く使えよ。もう1つは『見取り稽古』だ。これは、そうだな例えば槍術の能力を持っている者とガイウスが対峙したとしよう。そこでガイウスが相手の攻撃を受ければ槍術の能力を取得することができる。しかもだ何回も攻撃を受ければその分だけLvもあがる。そうそう、攻撃を受けるわけだから防御術も上がるな。まぁ、本当の『見取り稽古』の意味とは違うんだがな。」

 

「見取り稽古というのに、攻撃を受けなければならないんですか?見ているだけではだめなんですか?」

 

「見ているだけでもよいが、Lvの上がりかたに倍近くの差があるし、防御術や回避術もLvがあがるから、自分の身で受けるか回避したほうが効率が良いぞ。」

 

「自分から攻撃した場合はどうなんですか?」

 

「それが、3つ目の能力『経験値10倍』だ。そのまんまで得られる攻撃、防御、回避などした場合に経験値が10倍になる。わかりやすくてよいだろう?」

 

「でも、経験値なんて目にも見えませんし、さっきのステータスにも表示されていませんでしたよ。」

 

「おっと、しまった。お前のLvと経験値が表示されてなかったか。ちょい待てよ。・・・・・ほいっとな。ほれ、ステータスを確認してみろ。」

 

「はい、ステータス」

 

 

名前:ガイウス

性別:男

年齢:12

LV:10

経験値:34/100

 

体力:30

筋力:28

知力:26

敏捷:28

etc

 

能力

 ・召喚能力 ・見取り稽古 ・経験値10倍 ・識字 ・剣術Lv.1 ・弓術Lv.1 

・防御術Lv.1 ・回避術Lv.1

 

 

「おぉ、ちゃんとLvと経験値、それに召喚能力、見取り稽古、経験値10倍が付与されています。ありがとうございます。」

 

「うむ。かんしゃするがよいぞ。ぐうわあぁぁぁぁあぁ・・・・・」

 

 ステータスの確認をして地球の神様にお礼を言っていると、神様に横から何かがものすごい勢いでぶつかり、神様が吹っ飛んでいった。神様にぶつかったソレは立ち上がり僕を見た。

 

「あ、あなたは・・・!!」

 




見てくださりありがとうございました。


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第3話 女神参上

「あなたは女神フォルトゥナ様!!」

 

 地球の神様を吹っ飛ばして僕の目の前で仁王立ちしている均整の取れたスタイルの絶世の美女は、僕たちの世界で信仰されている豊穣の女神フォルトゥナ様だった。フォルトゥナ様は僕を一瞥したあと、倒れている地球の神様の所に向かいその細腕からは考えられない力で殴打を始めた。

 

「この!!バカ!!人のところに来て好き勝手やってんじゃないわよ!!」

 

「ちょっ!?痛いって!?いやマジで痛い!?」

 

「痛くしなきゃ意味がないでしょうが!!」

 

 ドスッ!!とかボカッ!!とかマウントをとって殴る鈍い音が僕の所まで聞こえている。地球の神様の身体は1発殴られるごとにビクンビクンと跳ねていて、僕はただただその光景を見ていることしかできなかったけど、突然頭の中に声が聞こえた。

 

「【格闘術Lv.1を取得しました。】」

 

 最初は何のことかわからなかったけど、しばらくしてフォルトゥナ様の殴る姿を【見取り稽古】したんだと理解した。そしてその姿を見ているとまた声が聞こえた。

 

「【格闘術がLv.2になりました。】」「【格闘術がLv.3になりました。】」・・・・・・・・・・・・・・

 

「【格闘術がLv.20になりました。】」

 

 とうとうLv.20になった。ここまで急激にLvが上がったのは【経験値10倍】の恩恵かなぁ。ちなみにフォルトゥナ様はまだ殴り続けている。地球の神様は大丈夫かなと思って顔の見られる位置まで行くと素直に殴らているんじゃなくて微妙に殴られる位置をずらしながら同じ場所を殴られないように殴られていた。すごいなぁと呑気に眺めていたらまた声が聞こえた。

 

「【防御術がLv.2になりました。回避術がLv.2になりました。】」

 

 おぉ、今度は2つの能力が上がった。もうちょっと眺めていたら【格闘術】みたいにもっとLvがあがるかも。地球の神様頑張れ~~。

 

 結局、僕は【格闘術Lv.32】【防御術Lv.20】【回避術Lv.20】になった。地球の神様はフォルトゥナ様に膝と頭を地面につけるドゲザという謝り方で謝罪していた。僕の父さんも母さんに怒られるたびにあんな謝り方してたなぁとか考えているとフォルトゥナ様から声がかけられた。

 

「あなた、ガイウスといったわね。ごめんなさいね。こんなバカの悪ふざけに付き合わせて。」

 

 バカというところで思いっきり地球の神様の頭を踏みつけた。ドゴォッ!!て音がして地面が揺れたよ。すごいねフォルトゥナ様。あんなに足細いのに。そして【格闘術】がLv.33になったよ。やったね。

 

「しかし、3つも神からの能力を受け入れられるなんて魂の器が大きいのねぇ。もう1つ2つぐらい入るかしら?どう?私の加護を受け入れてみない?」

 

 フォルトゥナ様が地球の神様をグリグリと踏みつけながら聞いてきた。フォルトゥナ様からの加護を断る理由なんかない。

 

「お願いします。フォルトゥナ様。」

 

「それじゃあ、まずは能力以外のステータスを5倍にしてあげる。どっかのバカは経験値10倍なんてしていたみたいだけど、流石にそれはやりすぎだから半分ね。それで2つめは鑑定の能力をあげる。これは、あらゆるモノのステータスを見ることができるわ。」

 

「ありがとうございます。」

 

「いいのよ。気にしないで。それよりもそろそろこの空間から元いた所に戻らないとね。」

 

「僕、気づいたらここにいて戻り方とかわからないんですけど・・・。」

 

「もちろん私がもどしてあげるわよ。さぁ、私の手をとって。」

 

「はい。お願いします。あ、それと地球の神様、いろいろとありがとうございました。」

 

 僕はフォルトゥナ様の手をとり、未だに踏まれ続けている地球の神様にお礼を言った。地球の神様は気にするなというふうに手をヒラヒラさせていた。

 

「それでは、戻りますよ。戻ったらいつも通りですからね。それと、私たちから能力をいろいろ貰ったことは内緒にしておいてくださいな。」

 

 フォルトゥナ様が微笑みながら言った。僕はその言葉に頷いた。と同時に目の前が真っ白になった。




見てくださりありがとうございました。


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第4話 旅立ち

初日ですので連続で4話投稿させてもらいました。明日からは1話ずつ投稿できればと思います。


 気がつくと自分の部屋にいた。そしてなぜかフォルトゥナ様もいた。

 

「さっき能力を2つ授けましたが、あのバカは3つも授けたから私も3つ目を授けようと思ってね。」

 

「よろしいんですか?御姿をその、下界に・・・。」

 

「あまりよくはないけど能力を授けたらすぐに戻るから大丈夫でしょう。さて、ガイウスあなたに授ける3つ目の能力は異空間収納よ。ようは魔法袋ね。魔法袋はそれぞれ容量があるけど、あなたの場合は好き勝手に空間からモノを出し入れできるわ。収納するときはそのモノを空間にしまいこむことを意識して、出すときはそのモノを思い浮かべて見るのよ。試してみなさい。」

 

 そう言われて、じいちゃんから貰った両手剣をなおすのを意識して手に持った。するとあっという間に、どこかへと消えてしまった。そして、今度は取り出すのに意識を向け両手剣を思い浮かべた。すると何もない空間から両手剣が持ち手から出てきたので手に取った。すると残りの刀身の部分も出てきて、なおした時と変わらない姿で出てきた

 

「上手くできたじゃない。そうそう異空間に収納したものは時間が停止するから、食料を入れておいても腐ったりしないわよ。ただ、人前で使うのは気を付けないなさいね。適当な袋を使って魔法袋から出し入れしているようにみせるのがいいわね。」

 

「なぜですか?」

 

「もし、貴方が軍の補給担当者だとして、馬匹を100必要とする輸送をたった1人で補える人物がいたらどうします?」

 

「それは、もちろん軍に入れて他に行けないように・・・・。あっ!?」

 

「わかったようね。自由を奪われたくなければ気を付けなさい。いいわね。」

 

「はい。ご忠告ありがとうございます。」

 

「さて、もう夜も明けるわ。私はこれでサヨナラね。」

 

「ありがとうございました。フォルトゥナ様。」

 

 フォルトゥナ様は微笑みながらスゥーっと消えるように戻っていった。窓を開けると空が白み始めていた。もうひと眠りと思ったけどそんな時間はなさそうだ。朝食までの時間に装備に漏れがないからもう一回確認でもしとくかな。

 

 さて、そろそろ朝食の時間だ。1階に下りると父さんとじいちゃんがもう席についていた。母さんとばあちゃんはみんなの朝食の準備をしている。

 

「おはよう。」

 

「おはよう。ガイウス。もう少しでご飯ができるから待っておいてね。」

 

 僕が席についてしばらくしてから弟のトマスと妹のヘレナが目をこすりながら起きてきた。

 

「おはよう。2人とも」

 

「「おはよう。ガイウス兄ちゃん」」

 

 2人が席につき、母さんとばあちゃんが配膳を終え席についた。食事の前に女神フォルトゥナ様へ祈りをささげる。しばらくみんな無言で食べていたが不意に父さんが、

 

「辛くなったらいつでも帰ってこい。」

 

 と言ってきた。それを合図にしたかのようにみんな口々に「心配だ」とか「身体に気を付けて」とか言ってきた。それでも最後に、

 

「何やかんや言ったが、ガイウスの人生じゃ。悔いのないようにな。」

 

 というじいちゃんの一言でしめられた。朝食もそれとともに終わり、とうとう僕が出発する時間になった。装備はじいちゃんから貰った両手剣と狩人のイルガおじさんと一緒に作った弓と矢、それと食料とか生活雑貨の入った背嚢と財布だ。ちなみに背嚢の中身の一部と財布は途中で無くすといけないので【収納】した。

 

 家族みんなが家の前で姿が見えなくなるまで手を振ってくれた。ここから僕の冒険が始まるんだと思うと、心が躍った。

 




見てくださりありがとうございました。


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第5話 冒険者になる前に一仕事

小説家になろうさんやカクヨムさんには、3話に分けて投稿したモノなので、少し長くなってます。


 村が見えなくなるまでさほど時間はかからなかった。村から一番近い町『インシピット』は、歩きでは朝に村を出れば日が落ちるまでには着く。もちろん、道中で何にも出くわさなければだけど。道の両側は大人の膝丈ぐらいの草原が続き、右側は途中で森へと変わっていて、左側は見渡す限り草原が続いている。

 

 そろそろ、お昼にしようと思いほかの通行人の邪魔にならないよう少しだけ森側に道から外れ、背嚢から折り畳み式の椅子と母さんの作ってくれたご飯を出した。さて、食べようとしたとき森の中から鉄と鉄がぶつかる音と男と女の声が聞こえてきた。周囲の通行人には聞こえて無いようだ。おそらくチート能力の【ステータス5倍】で聴力が強化された僕だけに聞こえているんだろう。

 

 僕は急いで広げたものを片づけて森の中、音のする方へと走った。強化されてから初めて走ったせいか、最初はうまく走れず木の根に躓いたり藪を飛び越えようとして木の枝に頭をぶつけたりした。それでもすぐに慣れてスピード以外はいつも通りに走れるようになった。さぁ、あとは急ぐだけだ。僕はさらに加速した。

 

 2分と少ししてから音と声の発生場所にたどり着いた。近くの藪に身を隠し見てみると、5人ほどの男たちと、2人の女が対峙していた。どちらに加勢すべきかと思い、とりあえず鑑定を使った。すると男たち全員に【職業:盗賊】と表示されていた。女の方は1人が【職業:冒険者・剣士】、もう1人が【職業:冒険者・魔法使い】と表示された。これならどっちに加勢するかなんて答えは簡単だね。僕は藪から勢いよく飛び出し、冒険者の方に

 

「加勢します。」

 

と声をかけて手近な盗賊その1にパンチした。お腹にパンチが命中した盗賊その1は「うぐゎぁっ!?」と勢いよく吹き飛んでいき木にぶつかりそのまま倒れた。一瞬の静寂がその場を支配したけどすぐに冒険者の剣士さんが、

 

「助かる!!」

 

 と返事をして自分の目の前の盗賊に向かっていく。魔法使いさんも魔法陣を出現させ魔法の詠唱を始めていた。

 

「ふざけんな!!このガキが!!」

 

 盗賊側も立ち直りかけていた。僕に向かって剣を振りかざして盗賊その2がやって来た。今度は剣を持つその手にハイキックをお見舞いした。ボキッという鈍い音と共にその2の手から剣が零れ落ちた。すかさず僕はその2の顔を掴んで思いっきり後頭部を地面に叩きつけた。「んがっ!?」と白目を剝いて気絶した。たぶん。

 

 その1もそうだけどその2も死んでいないと信じたい。僕は動物を狩りで殺したことはあるけど、人に暴力を振るったことなんて今まで無い。だから、もちろん人を殺したことなんて無いんだ。そんな僕の思いをよそに頭の中に声が響く「【経験値が貯まったのでLv.12となりました。剣術がLv.2になりました。格闘術がLv.34になりました。防御術がLv.21となりました。】」経験値が入ったということは殺してしまったのかな・・・。

 

 それでもこの状況を切り抜けるにはやるしかない。剣士さんと魔法使いさんがそれぞれ1人ずつ倒して盗賊は残り1人となった。

 

「な、こんなはずじゃあ・・・。どうにか逃げてお頭に報告しねぇと。」

 

 後ずさりしながらブツブツ言っているけど、まだ他にも仲間がいるみたいだね。それならこの盗賊その3にはそこまで案内してもらって殲滅したほうがいいのかもしれない。倒す気満々の剣士さんと魔法使いさんの傍に行って僕の考えを提案する。2人ともすぐ傍に来た僕の速さに驚いていたみたいだけど、すぐに僕の提案を了承してくれた。

 

 僕は逃げようとしていたその3に接近してまずは膝の骨を折り、次に肘の骨を折った。これで魔法でも使わない限り逃げられなくなった。そのあとは首を折らないように喉を握り声が出せないようにした。僕は殺さないことを示すために安心させるように笑顔をつくりながら、

 

「僕たちをおじさんたちの残りの仲間の所まで案内してくれる?」

 

 と聞いた。その3は物凄い速さで首を縦に振った。さぁ、もう一仕事だ。

 

「大声出したら首を折らせてもらうからね。」

 

 そう言いながら盗賊その3の喉の拘束を緩める。その3はしばらく咳き込んでいた。落ち着いたころを見計らってもう一度だけ質問をする。

 

「今からおじさんは自身の命と引き換えに仲間のいる場所まで僕たちを案内する。それでいいよね?」

 

「あぁ、こうなっちまったからには仕方がねぇ。」

 

 その3は首肯した。後ろを振り向き冒険者のお姉さん2人にも確認をとる。

 

「お姉さんたちもくるでしょう?」

 

「えぇ、問題ないわ。」

 

「私も問題ない。魔法もまだ撃てる。」

 

「魔法使いのお姉さんには、この盗賊の膝を治してもらっていいですか?」

 

「わかった。それと私の名前はエミーリア。」

 

「わかりました。エミーリアさん。それではヒールのほうをお願いします。剣士のお姉さん「ローザよ。」ローザさんには倒した盗賊の生死の確認と遺体の片付けを一緒にしてもらっていいですか?」

 

「いいわよ。」

 

 ということで、エミーリアさんがヒールでその3の膝を治している間に僕とローザさんは倒した盗賊の生死確認と遺体の片付けを開始した。ローザさんとエミーリアさんが倒した盗賊は死んでいたので使えそうな装備やお金を回収してから死体を【収納】した。もちろん、能力がばれないよう魔法袋代わりに持ってきていた普通の麻袋に【収納】するようにみせた。

 

「あら、魔法袋を持っているのね。羨ましいわ。」

 

「祖父から譲ってもらったんです。入る容量も小さな平屋1軒分ぐらいしか入らないみたいですよ。」

 

「おじいさまは冒険者だったの?」

 

「いえ違います。普通の農業と畜産をしている農民ですよ。魔法袋は若いころ助けた冒険者からお礼として貰ったみたいです。」

 

 そんな会話をしながら僕の倒したその2の場所へとやって来た。気絶したと思っていたけど口からは血を流し、脈も触れなかったので死んでしまったみたいだ。その1も同じく死んでいた。どちらも殺すつもりなんて無かったんだけどな・・・・。

 

「人を殺したのは初めてかしら?少し顔色が悪いわよ。」

 

 どうやら、表情に出ていたらしい。僕は頷き、

 

「気絶させるだけですませようと思ったんです。殺すつもりなんて・・・。」

 

「私も初めて人を斬ったときはことが終わってから震えたわ。でもね、すぐ慣れたわ。いえ、慣れざるを得なかったというところかしら。魔物には人型のゴブリンやオーク、オーガなどがいるわ。それに護衛依頼で盗賊に襲われることもあったわ。そうすれば嫌でもね・・・。」

 

「そうですね・・・。慣れないといけないことですよね・・・。」

 

「すぐに慣れなくていいのよ。ゆっくりとね・・・。さて、湿っぽい話はここで終わり。エミーリアの治療も終わっている頃でしょうから戻りましょう。」

 

「はい。」

 

 エミーリアさんとその3が居る場所に戻ると治療はすでに終わっていた。

 

「それじゃあ、おじさん残りの仲間の所まで案内をお願いね。それと人数って何人くらいかな?」

 

「残りの人数はお頭も含めて18人だ。アジトの場所までは俺が先導して案内する。」

 

「もし、大声出したりしたら命の保障はしないからね。」

 

「わかってるよ。命あっての物種だ。」

 

「しかし、残り18人かぁ。3人で相手するには少し多いかな?どう思います。ローザさん、エミーリアさん。」

 

「確かに私たち3人だけでは厳しいかもね。町に行ってギルドか衛兵に伝えるのも1つの手よね。」

 

「ローザに同じ。」

 

「もし、さっきの盗賊5人分の強さを持つ人が助っ人としていたらどうですか?」

 

「それなら話は別ね。いけると思うわ。」

 

「でも、そんな人は何処にもいない。なにか考えがあるの?」

 

「じつは僕、【召喚】ができるんです。それでいけるかなって思って。とりあえず見ていてもらっていていいですか?」

 

 2人とも頷いたのを確認して僕は【召喚】をおこなう。なるべく強い人。それこそ誰も並び立つ人がいないほどの強い人。そういう人を【召喚】することを思い浮かべる。すると地面に魔法陣とともに光があふれた。光が収まるとそこには2m近くの大男が立っていた。

 

 男の格好は黒い鎧に腰に剣を佩き、矢を携え。右手には槍の穂先の根元に刃がついているモノ。左手には身の丈ほどの立派な大弓を握っていた。そして、その双眸は僕を見ていた。

 

「僕が召還者のガイウスだ。召喚されし者よ名を述べよ。」

 

 すると男は片膝をついて持っていた武器を置き、握りこぶしを胸の前で片方の手で包むと頭を垂れ、

 

「我が名は呂布。字を奉先と申す。召喚主よ何なりとご命じられよ!!」

 

 召喚した呂布に軽い自己紹介とこれからのすることを説明した。ちなみに呼び方は「呂布」でよいということだった。説明を聞いた呂布はニヤリと笑うと、

 

「その程度の賊ならば、拙者1人で十分でござる。ガイウス殿とローザ殿、エミーリア殿には拙者の戦働きを見ていただければと思いまする。」

 

 僕は呂布のステータスを確認していたので、この言葉はおそらく本当だと思った。なにしろ体力が945、筋力が1054、知力が783、敏捷が887あり、能力は【剣術Lv.987】【槍術Lv.1012】【弓術Lv.1000】【防御術Lv.975】【回避術Lv.956】というまさしく人外じみた数値となっていたからだ。僕は呂布の提案に頷き、

 

「それじゃあ、呂布に任せるよ。道案内はそこのおじさんがしてくれるから。」

 

「ガイウス殿の信頼に存分に応えてみせましょうぞ。さて、賊よ仲間の所まで案内せい。大声を出したり、逃げたす素振りを見せたらその首、斬り飛ばすぞ。」

 

 大男で迫力のある呂布に脅された盗賊その3は、顔を青くさせながら首を何度も縦に振った。そうしてその3を案内役として盗賊のアジトに向かって進み始めた。

 

「そういえば、呂布のその槍みたいな武器は何ていう名前なの?」

 

「これは戟と申します。突く、斬るの両方に対応しております武器です。」

 

「へぇ~。面白い武器だね。」

 

「そうね。まるでハルバードみたいね。」

 

「その、ハルバードとは?」

 

「簡単に言うと槍の穂先に斧とその反対に突起が着いたものよ。」

 

「ほぅ、それは興味深い武器ですな。一度使ってみたいものです。」

 

「今度、召喚するときに準備しておくよ。」

 

「おぉ、是非ともお願いいたします。それとわが愛馬「赤兎」もお願いいたします。」

 

 しばらく雑談をしながら進むと先導していたその3が立ち止まった。

 

「この先の森が途切れた広場と洞窟の中がアジトだ。」

 

 その言葉に僕たちは姿勢を低くしながらしばらく進み木が途切れる手前で止まった。確かに洞窟があり、その入り口に見張りだろうか2人ほど盗賊が立っていた。

 

「呂布いける?」

 

「無論。」

 

 呂布が弓に矢を2本つがえて構える。まさか2人同時に射止めるつもりなのかな。弓を引き絞る音が聞こえたと思った次の瞬間には、呂布は矢を放っていた。矢は狙いを違えることなく2人の盗賊の眉間に深々と刺さった。

 

「す、凄い・・・。」

 

 思わず声が漏れてしまった。冒険者の2人も驚きのあまり声が出ないみたいだ。そんな僕たちをよそに呂布は洞窟に向かって大声で、

 

「賊ども出てこい。征伐に来てやったぞ!!」

 

 しばらくすると、洞窟からワラワラと武装した男たちが出てきた。数は16人。先に倒した2人も含めて18人だからこれで全員だ。最後に出てきた周りの男たちよりも少し立派な装備を見つけた男が盗賊の頭だろう。

 

「どこに居やがる出てきやがれ!!」

 

「おう、今出てきてやる!!」

 

 言うが早いか呂布は森から飛び出し盗賊の頭めがけて走る。走りながら弓で4人仕留め、盗賊の頭を守るように立っていた2人を戟で薙ぎ払い、これで6人仕留めた。盗賊の頭が反応する前に一瞬で間合いを詰め、腰の剣を抜きざまに首を刎ねた。

 

 辺りが一瞬の静寂に包まれるがすぐに「か、頭がやられた・・・」「逃げろ!!」「コイツは化け物か!?」と残りの賊が慌てだす。その隙を逃す呂布ではない。逃げようと背を向けた賊には弓で、向かってくる賊には、戟と剣で斬り捨てていた。しかし、何事にも不測の事態が起こるようで、1人の賊が僕たちの隠れている方へ逃げてきた。僕はすぐに飛び出した。

 

「ガキがぁ!!邪魔だあぁぁぁ!!」

 

 賊が剣を振り下ろす、その剣の腹に手を当て軌道を逸らして呂布を真似て抜刀と同時に斬り上げた。その衝撃で賊が倒れたのでそのまま首を刎ねた。呂布のほうを見ると最後の賊の首を刎ねたところだった。

 

 その後は、死体を一カ所に集め、洞窟の中に捕らわれている人がいないか捜索した。結果として誰もいなかったけどそれなりの財貨があった。これはあとでみんなで山分けだね。こうして僕の初めての実戦は幕を閉じた。




見てくださりありがとうございました。

また、お気に入りしてくださった方、ありがとうございます。


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第6話 テスト

今回も他サイトで投稿している2話分を1話にまとめました。


 盗賊の死体を【収納】して、財貨は金貨が89枚、銀貨が171枚、銅貨が365枚あったのでそれを3等分した。僕は呂布の分もということで金貨30枚、銀貨71枚、銅貨165枚を貰った。かなりの大金だ。僕の村だと1年ぐらいは遊んで暮らせる。呂布は召喚した人だからいらないといったんだけど、召喚主の正当な取り分だと言われてありがたく貰った。他の装飾品とかは換金してからわけることにしてこれらも【収納】した。そうして、ある程度の整理と片付けが終わったところで森を出て町に行くことになった。

 

 町に向かう前にローザさんとエミーリアさんの2人にもともと依頼で森に居たんじゃないかと問いかけると、「ゴブリン退治でもう終わっている。」とのことだった。盗賊と鉢合わせしたのはその帰りだったらしい。結果としてかなりの臨時収入を得たのだけど僕が駆けつけなかったら危なかったと言われた。改めてお礼を言われたけど、盗賊のほとんどを倒したのは呂布だから何ともいえない気分になった。呂布については森を出るまでは送還せずに召喚したままで居てもらうことにした。なんたって強いからね。もし、オークやオーガとか出てきても彼なら瞬殺してくれるだろう。

 

 そうそう、呂布が盗賊を倒したからなのかその様子を見ていたからなのか僕のLvと【能力】のLvが上昇していたんだ。今のステータスはこんな感じ。

 

名前:ガイウス

性別:男

年齢:12

LV:18

経験値:87/100

 

体力:54(270)

筋力:52(260)

知力:50(250)

敏捷:52(260)

etc

 

能力

 ・召喚能力 ・異空間収納 ・見取り稽古 ・ステータス5倍 ・経験値10倍 

・識字 ・鑑定 ・格闘術Lv.34(170)・剣術Lv.18(90) 

・槍術Lv.10(50) ・弓術Lv.20(100) ・防御術Lv.23(115) 

・回避術Lv.22(110)

 

 

 ん~ステータス5倍のおかげで凄いことになってるなぁ。それでも呂布には及ばないけど。改めてチート無しであのステータスと能力の呂布って凄い。地球の人たちってあんな感じの人が多いんだろうか。だとしたら召喚能力をくれた地球の神様には感謝だね。

 

 雑談しながら森を進む。ちなみに盗賊その3は縄で縛られてローザさんに引かれてついてきている。ほどなくして森の外縁に着いた。呂布とはここで一旦お別れだ。

 

「呂布、今回はありがとうね。また召喚すると思うからその時はよろしく。」

 

「はっ。お力になれたようで何よりでござる。」

 

「それじゃ送還するね。」

 

 呂布の足元に魔法陣が現れ光と共に彼は地球へと還っていった。みんなでそれを見届けるとすでに外壁が見えている町へ向かう。小一時間ほど歩くと町の門に着いた。入り口では町に入ろうとする人が並んでいて衛兵が入る人の検査をしている。村ではそんなことしてなかったから少し緊張する。兵士の人だって初めて見るし。ローザさんとエミーリアさんが事前に教えてくれなかったら挙動不審な不審者になっていたかも。

 

 僕たちも列に並びすぐに順番が来た。

 

「身元の確認できるモノを提示しなさい。」

 

 ローザさんとエミーリアさんは冒険者証を、僕は村長が発行した木札を見せた。

 

「確かに確認した。後ろの縛られている男は?」

 

「盗賊です。実は・・・」

 

「待ちなさい。そういうことなら詳しい話は長くなりそうだから詰所の中で聞こう。着いてきなさい。」

 

 僕たちは衛兵さんの後ろをついて行って詰所の中に入った。僕とローザさんとエミーリアさんは席を勧められたので椅子に座った。盗賊その3は別の衛兵さんが別室で取り調べると連れていった。衛兵さんはドルスさんというらしい。僕たちはドルスさんに一連の出来事を話した。ただし事前に僕の【召還能力】と呂布については伏せることにしていた。厄介ごとに巻き込まれても嫌だからね。

 

 ドルスさんは僕たちの話の要所をメモしていく。最後まで話し終わると「よし」と言って顔をあげた。

 

「報告書はこれで書けるが、君たち3人で23人もの盗賊を退治したとは信じがたいなぁ。12歳の少年に7級の冒険者2人だけ・・・・。何か隠し事とかあるんじゃないかい?」

 

 やっぱり、怪しいと思われるよね。仕方がない事前に決めてた通りに答えよう。

 

「実は僕、お話ししたよりもっと剣とか弓、格闘術が使えるんです。どこかでお見せしますよ。」

 

 僕はなるべく自信があるように胸を張って言った。

 

「ふむ、それなら練兵場・・・いや、冒険者ギルドの練習場で君たちの実力を見せてもらおうかな。ガイウス君は冒険者登録も出来るしどうだろうか?」

 

「僕はそれでかまいません。」

 

「私も大丈夫よ」

 

「私も問題ない。」

 

「それじゃあ、今から行こうか。日があるうちに仕事は片づけたいからね。」

 

 ドルスさんが立ち上がり詰所から出ていく。その後を僕たち3人はついて行く。始めてきた町の様子にきょろきょろしながら進んでいると冒険者ギルドにはすぐ着いた。ドルスさんはそのまま扉を開け受付までいくと、

 

「ユリアさん。今、練習場は空いているかな?少し使わせてほしいんだ。」

 

「えぇ、空いてますけど何にご使用で?」

 

「ちょっとしたテストをね。」

 

 ユリアさんという受付のお姉さんに練習場の使用許可を得ると、僕たちを手招きし、

 

「さぁ、テストの時間だよ。」

 

 と言った。

 

 ドルスさんを先頭に僕たちはギルドに併設されている練習場に向かう。門で衛兵をしているドルスさんは出入りの多い冒険者とは知り合いが多いのかさっきから挨拶されている。3分ぐらい歩いて練習場の待合室に着いた。思いのほか広く幅は50m、奥行きは100m以上はありそうだった。

 

「さて、ガイウス君。君の剣と弓、格闘術の実力を今から見せてもらうことになる。弓は簡単だ。100m先に的を置くからそれを射てくれればよい。剣と格闘術は私が相手をしよう。」

 

「わかりました。よろしくお願いします。」

 

「それじゃあ、まずは弓からだね。的を置いてくるから準備でもして少し待っててくれ。」

 

 ドルスさんに言われ僕は弓を取り出し、矢を一本ずつ歪みがないか確認していく。確認が終わり弓を射る準備ができたところにドルスさんが戻ってきた。その頃には暇な冒険者や職員の人が観覧ブースに十数人ほど見学に来ていた。

 

「では、十本射てもらおうかな。」

 

「はい。・・・・では、いきます。」

 

 弓に矢をつがえ引き絞る。屋内だから風の影響は心配しないでよい。周囲の視線も無視だ。ただ的へと矢を届かせればよいのだ。僕は息を吐くと同時に矢を放った。`タァン!!`という的に当たる音が聞こえる前には、2射目の用意を終えすぐに放つ。それを8回繰り返した。

 

 10本全て射終わるとドルスさんに視線を向けた。ドルスさんも一緒に来ていたローザさんとエミーリアさんも口をあんぐりと開け瞠目していた。観覧ブースもざわざわしていた。

 

「は、半分くらいしか当たらないと思っていたが、全て的に当たるとは・・・」

 

「いやはや、ガイウスには驚かされてばかりね。」

 

「12歳とは思えない技量。凄い。」

 

 ドルスさんが持ってきた矢の刺さった的を見て、また3人とも驚いていた。

 

「全部、ど真ん中・・・だと!?」

 

「あはは・・・。最早規格外ね。」

 

「凄い・・・。」

 

 3人の様子を見て僕はやり過ぎたと思った。観覧ブースからも「ウソだろ!?」「弓の腕だけなら中堅並みかそれ以上だな」など聞こえてきた。でも、もう見せてしまっているからには後戻りできない。だから僕は3人と周囲の反応を無視して次に進もうとした。

 

「えーと、弓はこれでいいですよね?次は剣にしますか?それとも格闘術にしますか?」

 

「あ、あぁ。そうだな次は剣にしよう。確か両手剣だったね。この木剣をつかいなさい。私も同じ両手剣の木剣を使わせてもらおう。勝敗条件は急所に寸止めか、木剣を落とすか、降参したらかにしようか。勝敗条件は格闘術も同じようにしよう。」

 

「わかりました。お願いします。」

 

「それでは、練習場の中央へ。ユリアさん審判お願いできますか?」

 

 ドルスさんが観覧ブースに居たギルド職員のユリアさんに声をかける。

 

「いいですよ。」

 

 ユリアさんが笑顔で答えた。ユリアさんが練習場に入り僕たちの近くまで来た。ユリアさんが手を挙げ、

 

「それでは、始め!!」

 

 勢いよく振り下ろした。それと同時に僕は姿勢を低くしてドルスさん目掛けて走り出す。ドルスさんはその場で木剣を構えて僕を待ち構える。まずは、左下から右上への斬り上げだ。それをドルスさんは左半身を後ろに引き、木剣を構え腹でいなそうとする。僕はいなされながら上がっていく木剣がドルスさんの胸元あたりに来たところで強引に軌道を変え、右に大きく薙ぎながらその場で一回転する。

 

 ドルスさんを再び視線に捉えた時には、驚きの表情をしながらも、僕の攻撃を防御しようと、木剣を右半身の横に逆立てに構えた。さらに木剣の軌道を無理に変えて一旦引いて、ドルスさんの左胸目掛けて一気に突き出すと見せかけ、ドルスさんの意識が上半身の防御に向いているのを確認したら、そのまま、左下に薙いでドルスさんの右足に一撃を入れる。

 

「ぐぅ、やるな!!だが・・・。」

 

 ドルスさんが二の句を継ぐ前に、右足に一撃を入れた木剣を一気に上に斬り上げてあるところで止める。僕は笑顔を作りながら、

 

「ここも急所ですよね?」

 

 と、男の大事なところにピタリと木剣を当てて言う。

 

「あぁ、そうだ。私の負けだ・・・。」

 

「そこまで!!勝者、ガイウス!!」

 

 ユリアさんの声が響いた。観覧ブースからは「マジかよ・・・。」「ドルスさんが負けた!?」「ドルスを負かすなんてなかなかの腕だな。」などなど声が聞こえた。というか、さっきよりも人が増えてる。なんでさ。ただのテストの模擬戦なのに。しかも、まだ冒険者にもなっていない12歳の子供の。まぁ、いいか。さてと次は格闘術だ。

 

「ドルスさんこのまま格闘戦もやりませんか?」

 

「と、いうことですがドルスさんはいかがでしょうか?」

 

「大丈夫ですよ。」

 

 ということになったので休憩なしで格闘戦だ。木剣を元の場所になおして再び練習場の真ん中にドルスさんと距離を置いて立つ。ユリアさんがまた手を挙げ、

 

「それでは、始め!!」

 

 合図とともに勢いよく振り下ろした。今度はドルスさんの方から仕掛けてきた。ドルスさんの右のストレートのタイミングに合わせ、左手の裏拳を手首に当て軌道を逸らすと同時にそのまま掴み、おもいっきり引っ張った。ドルスさんが少しバランスを崩したのでそのまま右手でドルスさん上半身の鎧が覆っていない所を掴み、身体を反転させながら投げた。ガシャン、ガシャンと音を出しながらドルスさんが転がっていく。追撃を加えるために後を追おうとしたがユリアさんに止められた。よく見ると打ち所が悪かったのかドルスさんは気絶していた。

 

「そこまで、ドルスの戦闘不能により、勝者ガイウス!!」

 

 こうしてあっけなく格闘戦は終わった。観覧ブースに居る人たちは驚きすぎて逆に沈黙している。この後の冒険者登録とかはドルスさんが目を醒ますまで待つことになるのかなぁ。早くこの場から抜け出したい僕は気絶しているドルスさん引きずって待合室へと戻った。

 

「ガイウス流石ね。」

 

ローザさんが声をかけてくる。エミーリアさんはすぐにドルスさんの所に向かって行き、

 

「右手首が折れていて、肋骨とかもひびがありそう。すぐに治療しないと」

 

 と言って【ヒール】を使い始めた。もしかすると、僕またやっちゃった?そして、空気を読まずに頭に声が響く

 

「【ヒールLv.1】を取得しました。【格闘術】がLv.36【剣術】Lv.20【防御術】Lv.24になりました。」

 

 また、少しだけ強くなりました。

 




見てくださりありがとうございました。


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第7話 冒険者になりました

ようやくガイウス君が夢への第一歩を踏み出せます。


 ドルスさんはエミーリアさんによる治療が終わるとすぐに目覚めると開口一番、

 

「あぁ、12歳の子供に負けるなんて情けないねぇ・・・。」

 

 と、頭を掻きながら言った。

 

「でも、強かったですよ。ドルスさん!!」

 

「いやいや、剣はまだしも格闘戦で鎧を着こんでいる自分が投げられるとは思いもしなかった。格闘術に弓術もそこらの6級や5級の冒険者でも勝てないかもなぁ・・・。」

 

「そんなことは・・・。」

 

「謙遜しなくていいよ。君はそこに至るまで相当な努力をしたんだろう。これで、君たちが盗賊を3人で討伐したのも納得できるものさ。」

 

「そ、そうですか?ありがとうございます。(言えないよなぁ神様からチート能力を貰った結果ですなんて。)」

 

「ところで、君たちが討った盗賊の遺体とかはどうなっているのかな?もし、アジト周辺に放置してあるなら処分に行かないとアンデット化してしまうからね。」

 

「あ、すいません。最初に言っておけばよかったですね。この袋は魔法袋なので全員分の遺体が入っています。どこで出しましょう?」

 

 と、魔法袋と偽っている麻袋を持ち上げる。

 

「おぉ、その袋は魔法袋だったんだね。それならもう一度だけ門の詰所の方へ来てもらってそこで出してもらえるかな。報奨金の計算とか遺体の後始末をするからね。」

 

「わかりました。それは冒険者登録が終わったあとでも?」

 

「もちろん。ここに来た理由の一つだからね。というわけで、さっそく登録と行こうか。」

 

 練習場の待合室を出て、ドルスさんの後をついて行き受付の所まで戻ってきた。ドルスさんは受付の人にユリアさんを呼んでもらうようお願いした。しばらくしてユリアさんがやって来た。

 

「ドルスさん、もう大丈夫なんですか?」

 

「あぁ、大丈夫さ。エミーリアさんのヒールのおかげでどこも異常はないよ。ところで、ここにいる将来有望な少年の冒険者登録をしたいんだけど任せていいかな?」

 

「ガイウス君の冒険者登録ですね。任せてください。しかし、衛兵隊長が将来有望というならよっぽどですね。まぁ、私もテストを見ていたので実力は知っていますが。」

 

「えっ!!ドルスさんって隊長さんだったんですか!?」

 

「あぁ、そうだよ。といっても何人もいるうちの1人だし、よく隊長っぽくないとは言われるけどね。」

 

 笑いながらドルスさんは答える。でも衛兵隊長ならローザさんとエミーリアさんも知っていたはず。驚きながらも振り返って二人を見ると、

 

「ごめんね。言うのを忘れていたわ。」

 

「同じく。ごめん。」

 

 謝られた。いや、別に責める気は無いんだけど・・・。と、そこに「隊長!!」という声と共に1人の衛兵さんがギルドに入ってきた。

 

「どうした?」

 

「どうしたじゃないですよ。早く戻ってきてください。賊の取り調べも終わりましたので、確認をしていただかないといけないことが・・・。」

 

「わかった。すぐ戻る。というわけでガイウス君、私は仕事の方に戻らないといけなくなった。冒険者登録が終わったら詰所のほうに来てくれるね。」

 

「はい、問題ありません。」

 

「手間をかけて申し訳ないね。それじゃあ、詰所でまた。」

 

 そう言って呼びに来た部下の衛兵さんと共にドルスさんは門の詰所へと戻っていった。さて、僕はこれから冒険者登録だ。

 

「ユリアさん、冒険者登録お願いします。」

 

「はい。それでは、まずはこの用紙に名前と生年月日、年齢、出身地、特技を書いてください。文字は書けるかしら?」

 

「教会で習いましたから書けます。・・・・・・・・書けました。これでよろしいでしょうか?」

 

「確認しますね。・・・・はい、大丈夫です。では、こちらで登録しますがよろしいですね?」

 

「はい。お願いします。」

 

「それでは、冒険者証を発行しますのでしばらくお待ちください。」

 

 そう言うとユリアさんは傍にある水晶板に登録用紙を張り付け、その裏に木板を張り付けた。一瞬、水晶板が光った。すると水晶板の中を登録用紙に書いた文字が泳ぐように木板に移動し、木板に引っ付いた。驚いて見ていると、

 

「面白いでしょう?これ。・・・・はい、終わり。これがガイウス君、貴方の10級の冒険者証になります。これから頑張ってくださいね。」

 

 ユリアさんから笑顔で木板を渡された。こうして、僕は冒険者になった。

 

「ところで、今から冒険者の説明とかを行いたいのだけど、ドルスさんの方の用があるのよね?どうします?」

 

「あー、ドルスさんの方が時間掛かると思うので今のうちに説明をお願いします。」

 

「はい、承りました。では、まずは級から説明しますね。一番下が10級で9級、8級と上がり4級より上は準3級、3級といったように上がり一番上が特級の14段階となっています。でも、特級の冒険者は世界でも10人もいません。依頼(クエスト)を達成すればその内容に応じて点数が貯まります。点数が一定を超えると昇級できます。

ただし、5級からは昇級試験が行われます。また、依頼(クエスト)に失敗しても点数が引かれ、引かれすぎると級が落ちます。ですから自分の実力に見合った依頼(クエスト)を選ぶことをお勧めします。3級からが超一流冒険者と世間では見られているから、そこを目指して頑張ってくださいね。ここまでで質問はありますか?」

 

「いいえ、ありません。」

 

「それでは、次に冒険者ギルドの規則について説明します。簡単に言うと法にさえ違反しなければ大丈夫です。ただし、法に反したことをした場合は罪に問われ冒険者資格の剥奪をする場合があります。一部の例外として戦時や盗賊討伐などの依頼(クエスト)で人を傷つけたり殺したりしても殺人罪には問われませんし冒険者資格の剥奪もありません。

また、冒険者間の問題については基本的にはギルドは関与しません。本人同士で解決してもらいます。もし、解決手段が決闘などの相手を殺傷する恐れがある場合になったときは一応の報告義務があります。報告を受けても必ずしもギルドが仲裁するというわけではないので極力問題は起こさない、問題に巻き込まれないようにしてください。

ちなみに冒険者同士の決闘も両人が合意さえしていれば殺人罪は適用されませんし冒険者資格の剥奪もありません。一方的に殺害した場合は殺人罪に問われ冒険者資格の剥奪もありえますのでご注意ください。以上が簡単ではありますが規則の説明となります。ここまでで質問はありますか?」

 

「はい。この町に来る前に盗賊と遭遇して殺害してしまったんですが、それはどうなるんでしょうか?」

 

「もともと盗賊の類の殺傷については罪に問われませんから安心してください。しかし、冒険者登録前の出来事なので点数の加算は出来ません。ご了承ください。」

 

「わかりました。」

 

「では、次に依頼(クエスト)の受け方についての説明を・・・・」

 

「あ、そこらへんの説明は私とエミーリアでするわ。ドルスさんを待たせるのも悪いしね。ね、ガイウス君」

 

「そうですね。とりあえず今日はここまででお願いします。もし、わからないことがあればローザさんとエミーリアさんに聞くか、お手間をかけますが質問に来ると思います。」

 

「わかりました。それでは、一応これで冒険者の説明は終了します。」

 

「ありがとうございました。それではこれからドルスさんの所へ行きます。」

 

 僕はお礼を言って出ていこうとすると、

 

「お気をつけて。依頼(クエスト)を受けに来てくれることを待っていますからね」

 

 ユリアさんが満面の笑みで僕たちを見送ってくれたのだった。




見てくださりありがとうございました。

また、新たにお気に入りしてくださった方、ありがとうございます。


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第8話 長い1日の終わり

 冒険者ギルドを出て門の傍らにある衛兵詰所へさぁ向かうぞ!!というところで、僕のお腹が盛大に鳴った。そういえば盗賊退治で昼ごはん食べていなかったんだ。僕の傍を歩いていたローザさんとエミーリアさんにも聞こえたらしく詰所に行く前に軽く食事を摂ることになった。うぅ、恥ずかしい。

 

 門に向かう途中に2人の行きつけのカフェがあるらしい。村にはカフェというのが無かったからどんなお店なのかと少しワクワクしながら向かった。数分後「黄金の(こがねのお)」という看板を掲げたお店についた。石造りの外壁に大きな窓が配置されており通りからでも中の様子がよくわかる。ウッドデッキみたいになっている所はテラス席というらしい。今日は天気が良いのでテラス席は満席のようだったけど、中の方は何卓か空いているところがあった。

 

 ローザさんを先頭に入店するとドアに付けられた鈴が綺麗な音を奏でる。すぐに店員さんがやって来て空いている席に案内された。窓際の席だったので通りの様子がよくわかる。ボーっと通りを眺めているとエミーリアさんからメニューと書かれた冊子を渡された。メニューを開くと飲み物、軽食、デザートの順で載っていた。飲み物だけでも十数種類あり、デザートもそれくらいあった。僕は軽食のサンドイッチセットと揚げポテトを頼むことにした。せっかくだから、デザートも食べたいし、飲んだことのない飲み物も飲みたいしね。飲み物はカフェラテをデザートはチーズケーキを選んだ。ちなみに食べなかった昼ごはんは非常食として【収納】したよ。【収納】すれば腐らないからね。

 

 窓の外を眺めていると、村とはホントに違うなぁと思う。特に歩いている人たち。【鑑定】で種族を見てみるとエルフもいるしドワーフもいる。獣人も。村ではほとんど見ないような人たちだ。そうやって時間を潰しているとサンドイッチとカフェラテ、揚げポテトが運ばれてきた。デザートはメインの後に持ってきてくれるらしい。ローザさんとエミーリアさんはデザートと飲み物だけを頼んでいる。昼食はすでに済ませていたらしい。僕に付き合わせるみたいな形になってしまって申し訳ないと言うと2人とも気にするなと言ってくれた。

 

 しばらく3人で談笑しながら過ごしていると、

 

「あっ!?ローザとエミーリアじゃない。久しぶり。」

 

 と、女性の店員さんが声を掛けてきた。腰まで届く長い金髪に切れ長の眼、均整の取れたスタイル。そして、頭から生えている耳と腰のあたりから出ている大きな尾。簡単に言えば美人な獣人さんがいた。

 

「あら、ファンナじゃない。久しぶりって三日前にも来たじゃない。」

 

「まぁ、いいじゃないの。ところで、そこの可愛い坊やは紹介してくれないのかしら?」

 

「あぁ、この子は今日知り合った命の恩人のガイウス君よ。さっき冒険者登録してきたから立派な冒険者よ。坊やじゃないわ。ガイウス君、この人はこのカフェのオーナーのファンナよ。」

 

「よろしく。ガイウス君。」

 

「初めまして、10級冒険者のガイウスです。よろしくお願いします。ところでファンナさんは狐の獣人ですか?」

 

「そうよ。綺麗でしょ私の尾。お店の名前もここからきてるのよ。」

 

「たしかにキラキラしていて綺麗な尾ですね。でも、ファンナさんは尾だけでなく全体的に見ても綺麗な人ですね。」

 

「あら、嬉しいことを言ってくれるわね。貴方がもう少し大人になってから聞きたい言葉だわ。」

 

「はいはい、自己紹介は済んだでしょ。私たちはこれから門の衛兵詰所に行かないと行けないの。こんなところで駄弁っている時間はないの。」

 

「あら、本当?エミーリア」

 

「ホント」

 

「じゃあ、邪魔しちゃ悪いわね。それじゃあね。また、顔を出してよ。」

 

「わかってるわよ。じゃあまたね。」

 

 そう言って、ローザさんはお金を置いて席を立つ。僕とエミーリアさんもそれに倣ってお金を置いて席を立ちカフェを出る。

 

「ごめんなさいね。時間をとらせちゃって。」

 

「そんなに時間も経ってませんから大丈夫ですよ。でも、急いだ方がよさそうですね。もう日が傾きかけてます。」

 

「あら、ホントだわ。急ぎましょう。」

 

 僕たちは少しだけ歩く速度を上げて門へと急いだ。日が落ちれば門が閉まるので、門からはそれに間に合わせようと町に入ってきた人たちの波が押し寄せてきてなかなか前に進めなかった。これではドルスさんの所に門限までにたどり着けないかもしれない。あぁ、太陽が山の稜線に沈んでいく。空が飛べればこんな混雑なんて関係無いのに・・・。そうか!!上だ!!ローザさんとエミーリアさんを軽く【鑑定】し体重を調べると、

 

「2人ともごめんなさい。しっかりと掴まってください。」

 

 と言い、2人の腰に手をまわししっかりと掴んで【ステータス5倍】の筋力で思いっきり跳んだ。50mくらい上昇しただろうか。通りにいる人が粒のように見える。両脇に抱きかかえている2人は突然のことに言葉も無いようだった。しかしそれも一瞬のこと、翼のない自分はそのまま落下を始める。その事実に気付いた2人が

 

「「ッ~~~~~~!?」」

 

 声にならない悲鳴を上げる。

 

「大丈夫です。僕を信じてください。このまま詰所まで行きます。」

 

 2人ともコクコクと頷きギュッと強く僕に抱き着く。僕は、一番近い家の屋根にそっと衝撃を殺すようにしてトンッと猫のように着地をする。そして跳ぶ。2回目の跳躍ということもあって周りを見渡す余裕があった。下では跳んでいる僕たちに気付いて指をさしている人たちがいる。目立っちゃったけど仕方ないよね。この方法が通りで人混みをかき分けて歩くよりも速いんだもの。上昇し続けると夕日に照らされた風景が遠くまで見渡せて綺麗だ。

 

「綺麗ね。」

 

「うん、綺麗。」

 

 2人も僕と同じ景色を見ているようだった。しばらく景色を楽しむとまた急降下が始まる。今度は2人とも悲鳴は上げなかった。そのあと跳躍を数回繰り返しやっと門までたどり着いた。衛兵さんの前に着地したときは驚かせたみたいで槍を向けられてしまっている。抱えていたローザさんとエミーリアさんを離してから、

 

「ドルスさんに呼ばれてきました。ガイウスです。」

 

「あ、あぁ君がガイウス君か。まさか上から降ってくるとは思わなかった。槍を向けてすまない。」

 

「いえ、僕の屋根伝いに跳躍するという移動方法にも問題があったのは確かですから。」

 

「屋根伝いに!?それは凄い・・・。あっ、屋根は壊して・・・」

 

「ないです。しっかりと衝撃を吸収して着地してましたからヒビすらはいってませんでしたよ。」

 

「なら、いいのかな?まぁ、いいや。隊長は詰所の中に居るから行くといいよ。」

 

「わかりました。それでは。」

 

 槍をおさめた衛兵さんに会釈をして衛兵詰所の方へと向かう。向かうといっても30秒もしないで着く場所にあるんだけどね。詰所のドアをノックして、

 

「ドルスさん。来ましたよー」

 

 それなりに大きな声で言うとドアが開いてドルスさんが出てきた。

 

「よく来てれたね。どうぞ中へ入って。」

 

「ありがとうございます。ところで盗賊の遺体は何処に出しましょう?」

 

「早速だね。でも助かるよ。仕事が早く片付く。」

 

 笑みを浮かべながらドルスさんが言う。

 

「遺体は安置室があるからそこに出してくれるかな。今日は誰も亡くなっていないから空っぽなんだ。案内するからついておいで。」

 

 ドルスさんの案内で詰所内を歩いていく。

 

「さっきの。いつもは使っているような言い方ですね。」

 

「あぁ、時々ね。行き倒れとか犯罪者を取り押さえる際に周りに危害を加える前に討つこととかがあるからねぇ。あとは、今日の君たちみたいに賊を討った冒険者が持ってきた遺体の一部とかね。と、着いたよここが遺体安置室だ。といってもご覧の通り何もない部屋さ。ただ、遺体が腐らないように魔道具を使って外よりも温度を下げてあるよ。」

 

 確かに入った遺体安置室の中は少しひんやりとしていた。魔道具って便利だなぁ。村にはほとんど無かったなぁ。教会の定時でなる鐘とか麦の脱穀機とかぐらいだったかな僕が村で見たことがあるのは。それよりも、早く盗賊の遺体を出さないとね。

 

「それでは、今から出していきますね。」

 

 森の中で偶然あった4体の盗賊の遺体から始まり盗賊頭の遺体まで22体の全てを出し切った。

 

「これで全部です。」

 

「ありがとう。それでは、この中に指名手配がいないか確認してから報奨金を出すから少し時間を貰うよ。連絡は何処にすればいいかな?」

 

「あー・・・。宿とかまだ取ってないのでギルドに連絡してもらってもいいですか?」

 

「もちろん、いいとも。では、そのように処理するよ。そういえば、この賊どもから装備品とかの剥ぎ取り忘れはないかな?なければ遺体が今つけているモノも遺体もろとも処分するけど。」

 

「ありません。」

 

「ないわ。」

 

「ない。」

 

「ならよかった。さて、今日は色々と付き合わせてしまって悪かったね。」

 

「いえ、気にしないでください。それでは、僕たちはこれで失礼します。」

 

 そう言って、僕たち3人は衛兵詰所をあとにした。日も落ちて辺りは暗くなっていた。月の光と建物から漏れる光のみが唯一の明かりだ。

 

「ライト」

 

 ・・・唯一の明かりだった。エミーリアさんが「ライト」の魔法で光球を創り出したので一気に明るくなった。そして頭に声が響く、

 

「【ライトLv.1】を取得しました。」

 

 これで僕一人だけでも光源を確保できる。これからの冒険者生活には欠かせないモノになるだろう。そしてもう一つ欠かせないモノがある今日の宿だ。僕はこの町に始めてきたので全くわからない。だから冒険者の先輩にアドバイスをもらうことにした。

 

「ローザさんとエミーリアさん。オススメの宿を教えてください。」

 

「それなら私たちと同じ宿にしない?「鷹の止まり木亭」というところなのだけど、1週間銀貨1枚で朝食・夕食付の綺麗な宿なの。どうかしら?」

 

「いいですね。そこにします。」

 

「それじゃ着いて来てね。」

 

 十数分後、「鷹の止まり木亭」に着いた。宿の主人は宿の名前に違わず鷹の獣人夫妻だった。僕より小さいお子さんもいるようでもう寝ているとのことだった。僕は1週間分の料金を払い、ローザさんとエミーリアさんとともに少し遅めの夕食を摂った。

 

「今日は1日ありがとうございました。おかげさまで冒険者登録が無事出来ました。」

 

「それは、こっちの台詞よ。あなたが助けに来てくれたおかげで盗賊相手に勝てて臨時収入も得ることができたのだから。」

 

「そういえば、ゴブリン退治の依頼(クエスト)の達成報告はしていませんでしたよね。よかったんですか?」

 

「ゴブリン退治の依頼(クエスト)は期間なしの常時依頼(クエスト)だから明日でも大丈夫。問題ない。」

 

「それを聞いて安心しました。それでは、僕はそろそろ部屋の方に行きますね。」

 

「あっ、ちょっと待って。明日も一緒に行動してくれないかしら?貴方が居てくれたらもっと色んな依頼(クエスト)に挑戦できると思うの。」

 

「それって僕とパーティを組もうってことですか?直球ですね。今日はもう眠いので答えは明日の朝でもいいですか?」

 

「もちろんよ。これはあなたの都合を考えない私たちの我儘みたいなものなのだから。」

 

「そこまでは言いませんよ。ただ今日は色んなことが起き過ぎて一旦、自分の中で整理をしたいんです。それでは、おやすみなさい。」

 

「えぇ、おやすみなさい。」

 

「おやすみ。」

 

 こうして僕の長い1日が終わったのだった。




見てくださりありがとうございました。

また、新たにお気に入りをしてくださった方、ありがとうございます。


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第9話 初めての依頼

 窓から差し込む光と共に冒険者生活の2日目が始まった。この「鷹の止まり木亭」は窓の一部に高価な透明のガラスがはめられていて光を入れるのに窓を開けなくていい。僕が冒険者として稼げるようになったら実家にもガラス入りの窓を付けるようにしよう。寝起きの頭でそんなことを考えながら着替えて一階に下りる。併設されている食堂で給仕をしていた女将のアンゲラさんが僕に気がついて、

 

「おはよう、ガイウス君。朝食を持ってこようか?」

 

「おはようございます。朝食の前に顔を洗いたいのですが、井戸はどちらに?」

 

「井戸ならそこの扉から出た場所にあるわよ。桶は置いてあるのを使っていいから。」

 

 アンゲラさんが指さした扉から出て、井戸で水を汲み桶に溜め顔を洗う。冷たい水で目が覚め頭もしゃっきりとする。食堂に戻り朝食をお願いし席につく。どうやらローザさんとエミーリアさんはまだ起きてきてないみたいだ。朝食はパンとスープ、ベーコンエッグとサラダといったもので、昨夜の夕食までとはいかないが十分以上の内容だった。

 

 ローザさんとエミーリアさんが食堂に下りてきたのは、僕がちょうど食べ終わるころだった。

 

「あら、おはよう。ガイウス君は朝早いのねぇ。」

 

「おはよう。私はまだ眠い。」

 

「お二人ともおはようございます。実家にいたときは飼っている動物にエサをやったりするんでもうちょっと早かったんですけどね。」

 

 2人が席についてから少しすると朝食が運ばれてくる。2人と昨夜のパーティの件について話をする。

 

「パーティの件ですが、僕は受けます。よろしくお願いします。」

 

「本当?ありがとうね。」

 

「でも、お二人だけでも十分やっていけていたんじゃないですか?」

 

「そうだけど、やっぱり昨日の賊の件で2人だけでは上の級の依頼(クエスト)を受けるとき、苦戦するのは目に見えていると思ってねー。」

 

「私もローザと同じ思い。2人だけでは限界がある。それにガイウスの能力は頼もしい。」

 

「そうですかねぇ。僕そこまで強くないですよ。」

 

 声を少しひそめて言う。

 

「それこそ、昨日召喚した呂布の足元にも及びませんよ。」

 

「あの人が召喚された人だからじゃないの?」

 

「そんなもんですかね。」

 

「そんなもんじゃないの?召喚士である貴方がわからないことが私たちにわかるわけないじゃない。それに、昨日のテストでの模擬戦を見ても召喚士じゃなくても剣士でも射手でもやっていけるじゃない。羨ましいわよ。」

 

「たしかに、私から見てもガイウスの能力は凄いと思う。」

 

「なんか、人から褒められるとこうムズ痒い感じですねー。まぁ、でもこれからはパーティメンバーとして頑張らせてもらいます。」

 

 こうして、僕たち3人はパーティを組むことになった。朝食を終え、装備を整えた僕たちはギルドへと向かった。パーティ登録と依頼(クエスト)を受けるためだ。

 

 朝のギルドはとても人が多かった。みんな条件の良い依頼(クエスト)を受けようと依頼(クエスト)が張り出されているボードに群がっている。受付にも列ができている。あとは併設されている酒場で朝から酒を呑んでいる人たち。

 

 しかし、僕たちが入ると誰かが「あっ、ドルスさんを倒したヤツが来たぞ。」と言うと、ザッとギルド内のみんなが僕たち、いや僕を見た。「あいつが?」「まだ、子供じゃないか。」「あのドルスさんがやられたなんてウソだろ!?」などなど色んな言葉が聞こえる。おぉ、なんか凄い。こんなに注目されるなんて。

 

 すると、僕たちを見ていた冒険者の中から1人歩み出てきた。鎧を着込む立派な体に背中に大剣を背負い腰にも長剣を佩いている。左頬と左目に傷痕があるせいか凄みがある男らしい風貌だ。

 

「お前に1つ聞きたい。」

 

「ガイウスです。」

 

「ふむ、すまなかった。俺はアントンだ。改めてガイウスに聞きたい。衛兵隊長のドルスを倒したというのは本当か?」

 

「本当です。しかし、それはテストという名目の模擬戦の中でのことです。ですから、真剣勝負というわけではなかったと思いますので多少は手を抜いていてくれていたのかと。」

 

「ドルスは模擬戦だからと手を抜くようなヤツじゃない。ガイウス、俺と勝負してくれないか。お前の力をしっかりと見極めたい。」

 

「なぜですか?それに僕には何のメリットもありません。僕たち3人はこれからパーティ申請をして依頼(クエスト)を受けるんです。退いてもらえないですか。」

 

「ふむ。それならそれを依頼(クエスト)にしよう。」

 

「は!?どういう意味ですか?」

 

「そのままの意味だ。俺との勝負をガイウスへ指名の依頼(クエスト)として出すから、それを受けてくれ。」

 

「ちょっと待ってください。僕は構いませんけどパーティの仲間に聞いてみないと・・・。」

 

「受けなさいよ。実力を自分よりも上級の冒険者に見せるのも今後の依頼(クエスト)受注の際に有利になるわよ。」

 

「たしかにそうですね。アントンさん依頼(クエスト)受けます。ところで貴方は何級なんですか?」

 

「俺は、準3級だよ。」

 

「準3級!!僕は昨日登録したばかりで10級ですよ。勝負になんかなりませんよ?」

 

「俺はお前の実力が見たいんだ。級数なんて関係ない。」

 

「ですが・・・。」

 

「いいから受付に行くぞ。」

 

 アントンさんに腕を引かれ受付へと向かう。準3級の冒険者の肩書が凄いのかアントンさんが凄いのか、混雑していた人がサァッーと分かれ受付まで道ができた。受付に着くまでにアントンさんのステータスを鑑定した。

 

名前:アントン

性別:男

年齢:32

LV:45

経験値:47/100

 

体力:250

筋力:274

知力:281

敏捷:285

etc

能力

・識字 ・格闘術Lv.68 ・剣術Lv.78 ・防御術Lv.86・回避術Lv.85

 

 流石の準3級だ。でも呂布のステータスと比べると低い。どれだけ呂布が化け物じみた人物だったかがわかる。それに僕ともほぼ同等。能力については僕の方が優れている。チート能力のありがたみを感じる。これなら、なんとか一方的にやられるということはないはずだ。

 

 受付に着く。担当者はユリアさんだった。

 

「おはようございます。アントンさん、ガイウス君。それにローザさんとエミーリアさんも。ここまで聞こえていましたよ。書類の用意はできています。アントンさんにはこちらの依頼(クエスト)発注用紙を、ガイウス君とローザさんとエミーリアさんにはこちらのパーティ申請用紙でよろしかったでしょうか?」

 

 そう言いながら2枚の用紙をそれぞれに渡してきた。アントンさんは「おう」と言いすぐ受け取り内容の記入を始めた。僕たちもパーティ申請用紙を受け取り記入していく、少ししてパーティ名以外の記入が終わった。パーティ名考えて無かった・・・。

 

「ローザさんとエミーリアさん、パーティ名の案は有りますか?」

 

「無いわね。」

 

「無い。ガイウスに任せる。」

 

「・・・シュタールヴィレ(鋼の意志)とはどうでしょう?」

 

「良いと思うわ。」

 

「シンプルで良い。」

 

「では、シュタールヴィレで記載します。気に入らなければ途中で変更もできますしね。」

 

 申請書類に記載を終わるとユリアさんに渡す。一通り確認すると

 

「はい、たしかに。これで登録します。冒険者証にパーティ名を記載しますのでお預かりします。」

 

 僕たち3人分の冒険者証をユリアさんに預ける。隣を見るとアントンさんも記入をほとんど終えていたが一カ所だけ空白になっていた。依頼料のところだ。その空白を前に唸りながら悩んでいる。ふと彼と目が合うと、

 

「俺から振った話だ。いくらがいい?」

 

 などと聞いてきた。そんなことを聞かれても相場なんてわからない。とりあえず、

 

「金貨30枚で」

 

 と言ってみた。アントンさんは目を大きく見開くと大声で笑いだした。

 

「ハハハ、なんとも肝の据わった奴だ。よし!!お前への依頼料は金貨30枚だ。ただし、依頼(クエスト)に成功したらだがな。成功条件は俺に勝つか引き分けだ。」

 

 アントンさんはユリアさんに依頼申請書と手数料を渡し、僕がすぐその依頼(クエスト)を受けるということで処理をしてくれた。そして、僕たち3人の冒険者証もパーティ名が記載された状態で返ってきた。

 

「よし、練習場に行くぞ。だれかギルド職員に審判をお願いしたいのだが、手の空いているやつはいないか?」

 

「私が審判をしよう。準3級のベテランと10級のしかも昨日冒険者になりたての少年の勝負、興味を引かれない方がおかしい。」

 

 アントンさんの問いかけに受付の奥から了承の声が聞こえてきた。その声の主は、アントンさんなみの体躯をしていて、一目見てもただのギルド職員とは思えなかった。

 

「サブギルドマスター!?」

 

「アラムか。お前ならちょうどいい。頼む。」

 

 ユリアさんは驚き、アントンさんは言葉通り丁度良かったとアラムさんの肩を叩いている。僕たち3人はいきなりの偉い人登場にビックリして固まってしまった。アラムさんはそんな僕たちに気付いたようで、

 

「固くならないでいいよ。支部のサブギルドマスターなんてある意味で暇な役職だからね。それに、そんなに偉くないし。本部にいる方がよっぽど偉いよ。」

 

 と僕の肩を優しく叩く。がっちりとした手の平だった。

 

「さて、それじゃあ練習場へ行こうか。ギャラリーも移動したみたいだしね。」

 

 アラムさんがそう言ったので後ろ振り返るとギルド受付の前にあれだけ大勢いた冒険者がみんないなくなっていた。併設の酒場の方も呑み潰れている人以外はいなくなっていた。彼の言葉を信じるなら、みんなアントンさんと僕との勝負を見に練習場に行ったことになる。僕の初依頼(クエスト)は何だか凄いことになりそうだ。

 




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第10話 初依頼遂行

 練習場に着いた。相変わらず広い。そして、観覧ブースには人がみっちりといる。みんな僕とアントンさんの勝負を見に来た冒険者の人たちだ。どうやら、どっちが勝つか賭けをしているみたいだ。聞こえてくる声ではアントンさんに9割強、僕に1割弱の人が賭けているらしい。あ、ローザさんとエミーリアさんも賭けにいって僕に賭けたみたいだ。

 

 アントンさんと僕、それと審判のサブギルドマスターのアラムさんは待合室に入り準備を始める。アントンさんは両手で持つ身の丈ほどある木剣と普通の両手剣の木剣を、僕は両手剣の木剣といつも使っている弓に練習用の矢じりがなく丸められた布が巻かれた矢を矢筒に入れる。それと、今まで使ってこなかった短槍を手に取る。あとは革鎧に緩みがないかを確認する。アラムさんは僕たち2人が不正をしないか監視している。

 

「準備できました。」

 

「おれもできたぞ。」

 

「それでは、2人とも練習場の真ん中へ。」

 

 アラムさんを先頭に練習場に出る。すると凄い歓声が聞こえた。歓声のほとんどはアントンさんを応援する声だ。それに交じって僕を応援する声も聞こえる。特にローザさんとエミーリアさんの声はよく聞こえる。自然と笑みが出て変に緊張していた力が抜ける。

 

 アントンさんとはアラムさんを挟んで50m離れて対峙する。アントンさんは腰だめに大剣を構える。僕は短槍を地面刺し、弓に矢をつがえる。アラムさんが一歩前に出る歓声が鎮まる。

 

「これより準3級のアントンと10級のガイウスの勝負を始める!!命の危険があると判断したときのみ勝負を中断する!!双方とも準備はよいか!!・・・・・それでは、始め!!」

 

 アラムさん挙げられた手が振り下ろされると同時に、アントンさんが真っすぐに跳んだ。僕は、弓を構え撃つ。1射目は大剣の腹で逸らされる。2射目は2本同時に射る。下半身と上半身を狙ったが下半身を狙った矢は大剣に叩き折られ、上半身を狙った矢は、上半身を反らして回避された。もう距離が縮まっている。最後に3本を顔目掛けて連射する。少し速度が落ちたのを見計らって短槍を引き抜く。

 

 ここからは短槍を主に使って攻撃する。僕もアントンさん目掛けながら走り出し、戟を振るう呂布の姿を思い出しながら、真似て短槍を横薙ぎに振るう。大剣で簡単に防がれる。大剣に当たっている所を軸にして短槍を回し石突で左足を狙う。しかし、左足の裏で防がれそのまま勢いよく蹴られた。堪らず姿勢を崩してしまった。僕は崩れた姿勢で大剣を振り上げる彼の姿が見える。防御するべきか回避するべきか一瞬悩んだが、あの声が響いて聞こえたので防御することにした。

 

「【経験値が貯まったのでLv.23】となりました。【弓術がLv.25】となりました。【防御術がLv.32】となりました」

 

 わざとバランスを崩して前傾でこけたように見せながら木剣を抜きつつ体を反転させ、僕目掛けて振り下ろされる大剣を木剣で流すように受ける。それでも、手が痺れるほどの衝撃だ。大剣はそのまま地面に叩きつけられる。土埃が舞い視界が一時的に奪われる。

 

 その間に弓矢と短槍を回収しようとしたが、短槍を回収したところに目の前一杯に土埃を切り裂きながら横薙ぎされた大剣が現れる。視界の利かない中なのに気配だけでこちらの位置を見破られた。そう思いながら後ろへ大きく跳ぶが、大剣の切っ先が左足に当たったと同時に鈍い音と痛みがはしる。着地と共に両足で踏ん張れずバランスを崩す。

 

 すぐに左足に覚えたてのヒールを重ね掛けする。声が響く、

 

「【経験値が貯まったのでLv.24】となりました。【防御術がLv.33】となりました。【回避術がLv.24】となりました。【ヒールがLv.3】となりました。【気配察知Lv.1】を取得しました。」

 

 左足の痛みが完全に引いた。よし、まだやれる。木剣を腰になおし、短槍を構える。すると、まだ舞っている土埃の中で動く気配がわかる。これは、まさか!!右に大きく跳ぶ、すると先ほどまで自分がいたところに大剣が飛んできて地面に突き刺さっていた。【気配察知】で何かを投げる動作をするのがぼんやりと分かったから【回避術】を全力で使って避けられた。

 

 すぐに立ち上がり、短槍を構える。ゆっくりとアントンさんが歩いてくるのがわかる。油断できない。呼吸を整え、前方を睨む。ギャラリーも静まり返っている。彼が土埃の中から出てきた。体にまとった埃をはたきながら悠然と。僕は彼の目を睨む。彼も睨み返してきてフッと笑う。

 

「ここまでやるとはな。・・・だがお遊びは終わりだ。ここからは本気で行くぞ。」

 

「おいアントン!!最初に言ったよな命の危険がある場合は・・・「いや、本気でいかんと俺がやばい。」・・・は?」

 

「今、言ったとおりだ。この小僧。いやガイウスは強い。下手をすれば俺よりも。だからこそ本気でいく。」

 

 言い終わるかどうかのタイミングで木剣を片手に構えたアントンさんが跳ぶように駆けてくる。僕は短槍を突き出す。最初よりも自分自身のLvが上がったので繰り出す突きの速度も威力も上がっている。その証拠に突きをさばいている彼の顔から笑みが消えた。いけると思ったところで彼は大きく後ろに跳んだ。跳んだ方向には彼が投げた大剣がある。あれを取らせてはならないと思った僕は、

 

「うおおおおぉぉぉぉぉぉぉっっっっ!!」

 

 雄たけび上げながら短槍を力の限り投擲した。狙いは勿論、彼ではなく地面に刺さった大剣の(つか)だ。柄さえ破壊すれば大剣は握れない。しかし、狙いはそれ(はばき)に当たりそこから(つか)までをへし折った。そして短槍も折れてしまった。彼はそれを見て舌打ちをした。

 

「【槍術がLv.16】になりました。」

 

 短槍を失った今更上がっても意味ないなと思いながら今のうちに弓矢を回収するために駆ける。彼も気づいて追いかけてくるが僕の方が速い。何の妨害もなく弓矢を回収したら残りの矢をとにかく彼目掛けて連射する。狙いはランダムだ。顔であったり胴であったり足であったり、とにかく射続ける。彼はそれを木剣でさばいているが流石に疲れが見えてきていた。

 

 なにせ、勝負の最初に射た矢はだいたい半分くらいの力で射ていた。だが、今は全力で射ている。半身になったら体をすっぽり隠せる大剣ならともかく木剣だとさばくのに苦労するだろう。それにさばいても矢の衝撃は確実に腕に見えないダメージを蓄積させているはずだ。だから、疲れが見えてきているのだろう。

 

「【経験値が貯まったのでLv.27】となりました。【弓術がLv.27】になりました。」

 

 声が響く。最後の矢をつがえて弓を引き絞る。自分の今の持ちうるすべての能力をこの一矢に込めて放つ。この一撃にはアントンさんも反応できなかったようで左肩の辺りに命中した。矢は鎧に当たった瞬間に砕けた。彼は痛みに一瞬だけ顔を顰めるが、そんなのお構いなしにこちらに突き進んでくる。僕も木剣を抜き迎撃の構えをとる。彼の勢いを乗せた上段からの一撃がくる。それを力任せに横にはじき、そのまま突きを放つ。みぞおちの近くに当てることができたが鎧に当たった木剣は耐え切れずに折れてしまった。

 

「【剣術がLv.23】になりました。」

 

 折れて長さが半分になった木剣でアントンさんの一撃一撃をさばく。隙を見つけて反撃しようとするが、なかなか見つからない。折れた剣ではこれ以上は無理だ。こうなったら格闘戦に持ち込むしかない。彼の一撃を力の限りはじいて折れた木剣を捨て一歩さらに踏み込む。彼の眼が驚きで見開かれる。その隙を見逃しはしない。彼の右足を思いっきり踏みつけ後ろに退けないようにし、木剣を持っている右手の肘を両手で持って逆に曲げる。鈍い音と彼の呻き声が聞こえ、持っていた木剣を落とす。叫び声をあげなかったのはさすがというべきか。彼の右足の上から自分の足をどかし、胴目掛けて蹴りを入れる。いいところに入ったみたいで、体を少しくの字にして後退る。

 

「【格闘術がLv.37】になりました。」

 

 それは素晴らしい。アントンさんに対する追撃を始める。まずは左膝を破壊するため胴に蹴りをもう一発入れ、体勢が崩れたところに右足に全体重と力を籠め彼の左膝を踏みつけるように蹴りつける。また、鈍い音が響く。それでも、彼は悲鳴をあげもしないし、降参も口にしない。準3級の矜持というものだろうか。満足に動けなくなった彼の顔面目掛け拳を叩き込む。そろそろ降参してくれないと殺してしまうかもしれないと思ったところで、

 

「そこまでだ!!アントンの戦闘不能により勝者ガイウス!!」

 

 アラムさんの声が響く。アントンさんは僕が掴んでいた手を離すと倒れこんだ。どうやら既に気絶していたようだ。そして観覧ブースからは歓声が上がった。

 

 こうして僕の初依頼(クエスト)は終わった。

 




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第11話 報酬の受け取りと次の依頼

「どうぞ、これが依頼(クエスト)達成の報酬金貨30枚です。中の確認をどうぞ」

 

 ユリアさんがドサリと革袋がカウンターに置く。中身の確認をする。きちんと金貨30枚入っていた。

 

「すみません金貨5枚を銀貨に、1枚を銅貨にしてもらえますか?」

 

「いいですよ。でも嵩張りますよ?」

 

「これがあるので」

 

 と魔法袋と偽っている麻袋を見せた。それを見て納得したような表情になったユリアさんは革袋の中から金貨10枚を取って銀貨と銅貨に両替しに行った。ボーっと待っていると彼女が先ほどよりも大きい革袋を持って戻ってきた。だいぶ重そうだ。それを受け取り先ほどの革袋と一緒に麻袋に入れるふりをして【収納】する。

 

「ありがとうございます。」

 

「いえいえ。ところでまだお昼にもなってませんから他の依頼(クエスト)を受けられますか?」

 

「ローザさんとエミーリアさんに相談してから決めます。それでは。」

 

 受付カウンターをあとにし、併設の酒場に向かう。そこでは、すでに戦勝パーティと称して飲んでいる2人がいた。2人にはパーティなのだから報酬を山分けしようと提案したが、アントンさんと僕の勝負の賭けで大勝し、なおかつ僕指名の依頼(クエスト)だったので僕がすべて受け取るように言われた。

 

 ちなみにアントンさんは勝負が終わってすぐギルドの医務室に運ばれた。周りの様子を見るにまだ目が覚めていないようだ。僕も2人と同じ卓につき果実水を注文する。

 

「酒を飲んでも誰も見咎めないわよ。」

 

「いや、まだお昼にもなっていないじゃないですか。だから何か依頼(クエスト)を受けたいなと思いまして。」

 

「でも、私たち結構飲んじゃったのよね。エミーリアの【ヒール】で酔いを醒ますことができるけどそれだとなんか勿体無いと思っちゃうのよね。」

 

「そういえば、試合中【ヒール】を使っているように見えた。使えたの?」

 

「えぇと、それ今は秘密ということでお願いします。」

 

「わかった。でも仲間なんだからあまり秘密が多いのは感心しない。」

 

「わかっています。お二人とはもう仲間ですから信頼を裏切るようなことは絶対にしませんよ。」

 

「それならいい。それとさっきの依頼(クエスト)の件だけど私とローザは酔ってしまっているからついて行けないけど、ガイウスが受けたいなら受けるといい。今の実力ならよっぽどの強敵に合わない限りやられないでしょ?」

 

「いいんですか?」

 

「いいのよ。エミーリアの言うとおりね。パーティになったからといってソロで行動したらいけないなんて決まりはないもの。・・・あっ!!そういえば昨日のゴブリンの依頼(クエスト)終了報告まだだったわ。今からしてくる。エミーリア討伐証明部位の耳を入れた袋頂戴。」

 

 袋を受け取ったローザさんは受付に駆けていく。僕は依頼(クエスト)が貼られているボードに向かう。ボードには推奨級別に分けられた依頼(クエスト)が貼られているが、僕の属する10級は主に町の中の雑用が占めていた。討伐系の依頼(クエスト)は9級から護衛系は7級から貼ってあった。それにめぼしい依頼(クエスト)は既に他の冒険者が受注したようで報酬の少ない依頼(クエスト)や常設の依頼(クエスト)などしか残っていなかった。

 

 どうしたものかとボードを眺めていると、「ガイウス!!」と後ろか声をかけられたので振り向くとアントンさんが片手をあげて立っていた。彼はすぐ僕の側まで来ると、

 

依頼(クエスト)ボードの前で突っ立ってなんか悩みか?」

 

「はい。ボードに残ったどの依頼(クエスト)を受けようか悩んでいまして。それよりもアントンさんはお怪我はもう大丈夫なんですか?最低でも2カ所は折りましたから。」

 

「その2か所以外も鼻と目の下が折れていたよ。まぁ、ギルドの治癒師の腕は良いからあの程度ならすぐに治療は終わる。それで、どの依頼(クエスト)を受けるか悩んでいるんだったな。・・・ふむ。この依頼(クエスト)とかどうだ?」

 

「『飛竜(ワイバーン)討伐あるいは捕獲 報酬1匹につき金貨2枚』って、これ推奨級が準3級の依頼(クエスト)じゃないですか。僕はまだ10級ですよ。」

 

「あくまで『推奨』だ。ガイウス。お前さんは準3級の俺に勝った。十分その資格はあると思うがね。」

 

「だとしてもです。決めました。この常設依頼(クエスト)『ゴブリン討伐 報酬1匹につき銅貨1枚』にします。」

 

「お前さんの実力でゴブリン退治とかオーバーキルもいいとこだな。ゴブリンが可哀想になってくるよ。まぁ、お前さんがそれに決めたんなら俺からというか冒険者の先輩としてのアドバイスをやろう。ゴブリンどもは馬鹿で阿呆かもしれんが間抜けではない。油断してると殺られるぞ。1匹相手ならお前さんは余裕だろう。だが10匹は?100匹はどうだ?ゴブリンの集落に出くわしたら?いいか、この世に絶対なんて無い。準3級の俺が10級のお前さんに負けたようにな。それだけは忘れるな。若いモンが死ぬのは胸糞悪いからな。お前さんみたいな子供は特にな。」

 

「ご忠告ありがとうございます。昨日冒険者になったばかりですし今日はパーティも組んだばかりですから、死にません。故郷には僕の帰りを待っている家族もいるので死ぬわけにはいかないんです。」

 

「ならいい。気を付けていって来いよ。勝ち逃げは許さんからな。」

 

「ハハ、わかりました。それでは。」

 

「おう。」

 

 僕はゴブリン討伐の依頼用紙を受付に持っていき手続きを済ませ、討伐部位の一覧と素材一覧が載っている図鑑を買いギルドをあとにした。

 




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第12話 ゴブリン討伐

 僕は今、町の近くの森の入口にいる。昨日盗賊を討った森だ。ギルドを出た後は短槍とハルバード、籠手(こて)を買った。ちなみに3つとも穂先から柄に至るまで全てが鋼鉄製だ。短槍と籠手は自分用。ハルバードは召喚するかもしれない呂布用だ。全部で銀貨80枚だった。鋼鉄製は頑丈だけど値が貼るのがなぁ。まぁ長く使っていくつもりだしいいか。

 

 籠手を両手に装備し、弓と矢をいつでも撃てるように準備し森に入っていく。【気配察知】を使いながら獲物を探す。Lvが低いから精度と範囲は狭いけどそれでも、視界を緑に覆われた森の中では有用だ。なにしろ森に入ってから30分も経たずにロックウルフやフォレストスライムなどを数匹ずつ仕留めている。いずれも僕を待ち伏せようと茂みや木の葉に隠れていたのを【気配察知】で見つけて仕留めた。死体は【収納】した。ギルドで買った図鑑にはロックウルフの討伐部位は尻尾だが毛皮が素材になり、フォレストスライムの討伐部位は体の中心にある核でその全身が素材になるらしい。ロックウルフの毛皮を剥ごうとは思ったけど、その間は無防備になってしまうからそのまま【収納】してある。

 

 ロックウルフは弓で仕留めたが、その名の通り岩のように固い毛のせいで射た矢は矢じりが潰れ、当たった衝撃で折れてしまい再利用不可能となってしまった。フォレストスライムは籠手で核を掴み無理やり引き抜いて仕留めた。こちらは容易だった。僕を呑み込もうとバッと広がったことで薄くなった体から核を抜き取るだけでいいのだから。

 

 さらに森の奥へと進んでいく。日が沈む前には町に戻りたいので少し駆け足気味だ。とはいってもチートで強化されている僕の駆け足は普通の人の全速力と変わらない。襲い掛かってくる魔物はとりあえず倒し、【収納】していく。遠くからこちらを窺っているのはゴブリンでなければ無視だ。ここまでの戦闘で僕自身のLvと【格闘術】と【弓術】、【気配察知】のLvが上がった。しかし、未だに1匹のゴブリンにも遭遇していない。なんとなく嫌な予感がしながらも僕は前進を続ける。

 

 約1時間後、僕は足を止めて身をかがめた。嫌な予感が的中した。僕の目の前にはゴブリンの巣というには大きい、まさにアントンさんが言っていた大規模な集落が広がっていた。そまつながらも柵と物見櫓もある。これだけ大きいとゴブリンキングがいるかもしれない。【気配察知】で探ると無数のゴブリンの気配の中一際大きな気配がある。おそらくこれが親玉だ。これは、僕1人の手に負えるようなものじゃない。僕はそっとその場をあとにした。

 

 僕基準で数分ほど離れた森の中でも開けた場所に出た。あの集落を殲滅するには、援軍が必要だ。それも強力な。なので僕はまず呂布を召喚することにした。

 

「呂布よ。来たれ。」

 

 地面に魔法陣とともに光があふれた。光が収まると呂布が拝礼の姿勢で膝立ちしていた。彼は顔をあげると笑みを浮かべながら、

 

「お早い再開となりましたな。しかしながらガイウス殿はさらに力を付けたご様子。」

 

「うん、僕もこんなに早く召喚するとは思わなかったよ。実は依頼(クエスト)でゴブリンを討伐に来たはいいけど、大規模な集落があってね。僕1人の手に負えないと思ったから呼ばせてもらったよ。」

 

「なるほど。して、数は如何ほどで?」

 

「数百はいるかもしれない。柵もあるし物見櫓もあった。それと野営の装備は持ってきていないから日が落ちきるまでにこの森から出たいんだ。」

 

「ふむ。時間の制限もあるとなると拙者1人だけの助力では無理かもしれませんな。ガイウス殿、拙者の部下を召喚していただきたい。名を高順、張遼と申します。それと拙者の配下の騎馬隊と歩兵隊を500ほどお願いしたい。」

 

「わかった。それでは召喚しようか。」

 

 また地面に魔法陣とともに光があふれた。光が収まると呂布ほどではないが立派な体躯の武人が2人とその後ろに500の騎馬隊と歩兵隊の混成部隊が拝礼の姿勢で膝立ちしていた。

 

「僕が召喚主のガイウスだ。諸君にはこれから僕と共にゴブリンの集落を殲滅してもらう。隊の組み分けは此処にいる呂布に任せる。呂布頼む。」

 

「はっ!全員起立!!高順、張遼、2人には200ずつ兵を率いてもらう。残りの100は俺とガイウス殿が率いる。よいな!!」

 

「「はい、呂将軍」」

 

「特に高順。お主には先鋒を務めてもらう。敵には柵と物見櫓があるそうだ。陥陣営の名に恥じぬ戦いをしてみせよ。張遼は高順が開けた穴を拡大してもらう。敵を混乱の坩堝(るつぼ)に叩き込め。その後は俺とガイウス殿が率いる部隊で敵の中枢を討つ。よいな。」

 

「呂布の言葉に一つ付け加えるなら誰一人、敵を逃さず討ち取ってほしい。相手は魔物だ。それが子供であっても討ち取れ。」

 

「はっ!この高順、陥陣営の名に恥じぬ攻撃を呂将軍とガイウス殿にお見せしましょう。」

 

「拙者、張遼も呂将軍には及びませぬが己が武の限り暴れてみせましょう。」

 

「それでは、準備にかかれ。」

 

「「はっ!将軍」」

 

「呂布って将軍だったんだねぇ。不遜な態度取ってごめんね。あ、今のこれもダメか。」

 

「いえ、ガイウス殿は召喚主なのですからへりくだる必要はありませんぞ。拙者こそガイウス殿を差し置いて(めい)を発してしまい申し訳ござらん。」

 

「いいよいいよ。僕には人を指揮した経験なんて無いし。あっ、そういえば呂布の愛馬「赤兎」だっけ召喚してなかったね。自分の分の馬も召喚しないといけないね。今、召還するよ。」

 

 すると、魔法陣から赤い(たてがみ)の馬と漆黒の馬が出てきた。

 

「それと、これ呂布用にと思って用意したハルバードだよ。」

 

 【収納】からハルバードを出し呂布に渡す。

 

「ありがとうございます。ガイウス殿の期待に応えてみせましょう。ところで、ガイウス殿は騎乗のご経験は?」

 

「ないね。でも僕には【見とり稽古】という能力があるから呂布が少し指南してくれたら普通に騎乗できるようになると思うんだ。みんなの準備が終わるまでに指南をお願い。」

 

「承りました。それでは、拙者は赤兎に乗ってみせますので。」

 

 そう言うと呂布はひらりと赤い鬣の馬「赤兎」に跨り、一通りの騎乗をしながらの武術を披露してくれた。僕も漆黒の馬に跨り、呂布のようにしようと思ったがうまく制御できない。仕方がないので【見取り稽古】を使うために呂布に軽く手合わせをしてもらうことにした。

 

「では、行きます。」

 

 呂布が赤兎と共に向かってくる僕はそのハルバードによる攻撃を避けず短槍で受ける。すると思惑通り声が響いた。

 

「【騎乗Lv.2】を取得しました。【防御術がLv.35】になりました。」

 

 あれ?Lv.1をとばしてLv.2を取得しちゃった。防御術も同様だ。呂布の実力が高いからかな。まぁ、いいや今度は僕からだ。馬を操り呂布に向かって突撃する短槍を突き出すがハルバードで簡単にいなされてしまった。それでも呂布は見開いて驚いている。

 

「この少しの時間で馬上にて槍を構えるようになれるとは・・・。流石ですガイウス殿。これなら雑兵相手におくれは取らないでしょう。」

 

「ありがとう。「【騎乗がLv.4】になりました。【槍術がLv.17】になりました。」呂布のおかげだよ」

 

 お礼を言っている途中で声が響いてきた。なんかこの声の入るタイミングに遠慮が無くなってきた気がする。まぁ、今は気にしないでおこう。呂布からのお墨付きも貰ったし、みんな準備が整ったみたいだ。高順と張遼を先頭に200ずつの兵が整列している。残りの100も先頭に呂布と僕がいないだけでちゃんと整列している。呂布が列に加わり、僕はみんなの前に騎乗した状態で声をかける。

 

「それでは、これよりゴブリンの集落を殲滅しに行く。遠慮はいらない。すべてを蹂躙し破壊せよ!!」

 

「「「「「おう!!」」」」」

 

「高順の部隊から順に進軍開始!!」

 

 僕の号令に従いみんなが動き出す。僕と呂布は最後に進発する100名と行動する。高順の部隊は森の中とは思えないほどの速さで進軍していく。張遼の部隊も同様だ。兵といい流石に呂布が推薦するだけのことはある。

 

 だいたい15分くらいでゴブリンの集落に戻ってきた。戦端は既に開かれ門は破壊され物見櫓は崩され、柵も紐をかけ引っ張り倒している。至るとこに侵入するための穴ができていた。すかさず張遼の部隊が集落に入っていき殺戮を始める。ゴブリン達にとっては奇襲という形になったのだろう。集落外縁部にいるゴブリン達は武器も手に持たず逃げまどっているのが見えた。しかし、集落の中心部にいくにしたがい落ち着きを取り戻して反撃をしてくるゴブリン達が多くなる。

 

「あそこだね。このゴブリン達の頭目がいるのは。」

 

「ですな。取り巻きどもは我が戟と賜ったハルバードにて排除いたしますゆえ。心置きなく突撃を。」

 

「ありがとう。呂布。・・・・それでは、突撃!!!」

 

「「「「「おおぉぉぉぉ!!!」」」」」

 

 呂布とその配下100名と共に突撃を開始する。呂布はその言葉通り僕を阻もうとするゴブリンを一撃で屠っていく。その後ろに続く兵たちも似たようなものだ。僕は自然と笑みが浮かぶ。すべて上手くいっている。逃げだそうとするゴブリンは高順と張遼の部隊によって駆逐され、反抗するゴブリンは僕たちによって屠られる。順調だ。

 

 数百近いゴブリンを排除して進んでいるとやっと中心部に到達した。普通のゴブリンのほかにホブゴブリン、ゴブリンジェネラル、ゴブリンメイジと格があがったゴブリンが多くいる。その奥に一際大きな存在感を出しているゴブリンがいる。おそらくゴブリンキングあるいはゴブリンロードだろう。僕は自分のステータスを確認する。ここに来るまでにLvもあがっている。

 

【ステータス】

名前:ガイウス

性別:男

年齢:12

LV:30

経験値:35/100

 

体力:160(800)

筋力:164(820)

知力:163(815)

敏捷:162(810)

etc

・能力

 ・召喚能力 ・異空間収納(麻袋で偽装) ・見取り稽古 ・ステータス5倍 

・経験値10倍 ・識字 ・鑑定 ・格闘術Lv.39(195) 

・剣術Lv.23(115) ・槍術Lv.18(90) ・弓術Lv.29(145) 

・防御術Lv.35(175) ・回避術Lv.24(120) ・ヒールLv.3(15) 

・気配察知Lv.4(20) ・騎乗Lv.5(25)

 

 これならいける。僕はそう判断して首領へ向けて突撃を開始した。

 

「呂布、周囲の雑魚は任せる!!」

 

「御意。後ろは気にせず、存分に戦われよ。」

 

 右手に戟、左手にハルバードを持った呂布がゴブリンを討ちながら応えてくれる。僕は首領の前まで来ると下馬して短槍を構えた。

 

「人間ノ子供ガ調子ニノリオッテ。コノ“キング”タル儂ガ相手シテヤロウ。」

 

 どうやらここの集落の首領はゴブリンキングだったらしい。ま、相手が何であれやることに変わりはない。ただ狩るだけだ。ゴブリンキングは丸盾と長剣を構えた。と同時に僕は槍を突き出す。盾を構えて受けようとするが鋼鉄製の短槍は易々(やすやす)と貫いた。

 

「ナッ!?」

 

 驚きの声をあげるゴブリンキング。その隙を逃さず長剣を抜刀しながら横に薙ぐ、それをキングは両手で長剣を持ち受け止める。

 

「グゥッ!?コノ程度デヤラレルモノカ!!」

 

 そう言いながら長剣を押し返そうと力を入れる体勢になるがそれが狙いだ。左手で長剣を保持しながらキングの無防備になった左側から右手で顔面を殴る。鋼鉄製籠手の直撃を受けグシャッという音ともに顔が潰れたキングは崩れ落ちた。意外とあっけなかったな。

 

 それにしても僕の勝ちパターンは相手に一ヶ所を全力で防御させてその隙を突くっていうのが定石になりつつあるかも。

 

 それはそれとして僕は馬に跨りキングの死体を持ち高く掲げ、

 

「敵の大将を討ち取ったぞ!!残りは雑魚だけだ!!掃討戦だ!!」

 

 と叫んだ。ゴブリン達には動揺が広がり、味方はさらに勢いづいた。キングの死体を【収納】すると、近くにいたジェネラルから手にかけていく。数分後には僕は死体の山に囲まれていた。もうすでに動いているゴブリンは見当たらない。高順や張遼がやってきて取りこぼしがないことを報告してくれた。勝った。

 

「みんな僕たちの勝利だ!!」

 

「勝鬨をあげよ!!」

 

 呂布の号令でみんなが腕を振り上げ勝鬨をあげる。こうして僕のゴブリン討伐の戦闘は終了したのだった。




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第13話 戦いの後始末

 さて、これからは後始末の時間だ。普通のゴブリンの死体からは討伐部位の右耳を削ぎ取り、上位のゴブリンは死体まるごとを【収納】していった。もちろん、僕1人だけでは日が暮れてしまうのでみんなでだ。

 

 右耳がないゴブリンの死体の山がいくつもできる。ある程度、討伐部位の削ぎ取りが終わったら兵士の半分にゴブリンの集落で財貨を探索させている。あまり期待はできないが何かあるだろう。

 

 あとは、このゴブリンの死体と集落をどうやって処分するかだ。僕が火魔法を使えればすぐ済むのだろうけど、残念ながらまだ覚えていないから使えない。しかし、このまま放置すればアンデット化する可能性がある。集落は他の人型の魔物が居付く可能性があるから徹底的に破壊しなければならない。

 

 そうこう、悩んでいると集落の探索が終わったようだ。めぼしい財貨はあまりなかったそうだ。20kgは入る袋1つ分だったので【収納】した。

 

 捕らわれている人はいなかったが、おそらく数人分ではないかという遺体があったそうだ。食糧として置いてあったそうで原型を留めていなかったそうだ。その人たちの個人が特定できるものは袋に入れて持ってきてくれた。僕はそれを【収納】する。これはギルド経由で遺族に還せるなら還したい。とりあえず人数分の棺桶を【召喚】して、その棺桶に遺体を入れて持ってくるよう命じ、遺体の入った棺桶も【収納】した。

 

 ゴブリンの死体の山と集落の処分は呂布達を【送還】したあとにすることにした。全員、呂布を先頭に綺麗に整列している。呂布、高順、張遼、500人の騎馬隊と歩兵隊の混成部隊に欠員はいない。もちろん怪我人もいない。本当は負傷した兵は結構いた。【召喚】した存在だからそのままでもよかったのだが【ヒール】のLv上げのため全員の怪我を治した。おかげで【ヒール】はLv.7になった。ちなみに呂布からはハルバードを返してもらった。

 

 僕は急ごしらえのお立ち台に乗り皆の前に立った。

 

「みんな、よくやってくれた。みんなの働きで1人も欠けることなくゴブリンどもを殲滅できた。君たちは【召喚】された者だから僕から報奨を渡すことはできない。その代わりに感謝の言葉を送りたい。ありがとう。」

 

 そうすると呂布を筆頭に全員が膝立ちで顔を下げ拝礼した。

 

「ありがたきお言葉。我ら全員ガイウス殿の力になれたことを喜んでおります。また我らの力が必要になれば何時でもお呼び下され。」

 

「ありがとう。呂布。それでは、みんな、また逢う日までさらばだ。【送還】!!」

 

 呂布たちの下に光と共に大きな魔法陣が現れ、光が収まるとそこには誰もいなかった。残ったのは僕とゴブリンの死体の山と集落だけだ。よし、もう一仕事だ。

 

 この目の前のゴブリンの死体の山と集落を消滅させてくれる存在を召喚しよう。

 

「すべてを灰燼に帰すモノよ【召喚】」

 

 そうすると目の前の地面に光と共に魔法陣が現れ、光が収まると濃さの違う緑色を斑模様(まだらもよう)に配した奇妙な装備を付けた男が一人いた。そして、空からは、「ゴオオォォォォッ」という腹に響く音が聞こえた。見上げると4羽?の鳥?のようなものが飛んでいた。しかし、鳥と違い翼は真っすぐで羽ばたかず何かを吊り下げており、お尻の方には大きい樽のようなものが2つ付いていた。

 

 目の前の男に視線を戻すと姿勢を正し、開いた手を額の付近に上げ挨拶してきた。おそらくこれが彼の所属する組織の敬礼なのだろう。

 

「統合末端攻撃統制官のジョージ・マーティン空軍中尉であります。指揮官ご命令を。」

 

「召喚主のガイウスだ。えーと統合まったん・・・」

 

JTAC(ジェイタック)と略します。」

 

「えと、JTACのジョージ・マーティンでいいのかな?よろしく。中尉とは?」

 

「軍における階級であります。」

 

「なるほど。ところで空を飛んでいるあの鳥みたいなのは仲間なのかな?」

 

「はい、その通りです。鳥ではなく飛行機と言います。今回の攻撃の主役です。名称はA-10。我々はサンダーボルトⅡとも呼びます。私は彼らに攻撃目標を指示することが任務となります。攻撃目標はどちらに?」

 

「今、僕たちがいる此処の集落とそこに山積みなっている死体だ。一片の欠片なく更地にしてほしい。」

 

「了解しました。こちらを耳に装着してください。上空を飛んでいるA-10とのやり取りが聞こえます。」

 

 そう言いながら彼は装備を渡してきた。見よう見まねで付けてみる。ジョージが手伝ってくれる。

 

「これで、上空の味方と会話ができます。『ライトニング1応答せよ』」

 

『ライトニング1。感度良好。いつまで旋回飛行を続ければいい?早く仕事を終わらせたいんだが。』

 

「『ライトニング1。この通信は指揮官のガイウス氏も聞いている。言葉に気を付けるように』ガイウス指揮官、何かお言葉を。」

 

「『紹介にあったガイウスだ。君たちには眼下にある集落と死体の山を吹き飛ばして更地にしてもらいたい。』」

 

『ライトニング1。了解。楽な任務ですな。数分でかたがつきますよ。』

 

「『なら、頼む。以上だ。』中尉、あとは任せても大丈夫かな?」

 

「はい、もちろんです。とりあえずこの場を離れましょう。我々も吹き飛ばされてしまいます。」

 

 その言葉に従い森の中まで戻る。手近なところに大岩があったのでその陰に隠れるように座る。

 

「今から自分が上空のライトニング隊に攻撃を指示します。ライトニング1の言う通り、あの程度なら数分でかたがつきます。ただし、破片など飛んでくる可能性があるのでこの大岩を遮蔽物とします。迂闊に顔を出したりしないようお願いします。」

 

「わかった。それでは、よろしく頼むよ。」

 

「『ライトニング隊へ攻撃許可が出た。攻撃を開始せよ。Mk77を使用せよ。ライトニング1,2は方位045から進入し投弾後は方位135から離脱せよ。ライトニング3,4は方位000から進入し投弾後は方位090から離脱せよ。』」

 

『ライトニング1。了解。』

 

『ライトニング2。了解。』

 

『ライトニング3。了解。』

 

『ライトニング4。了解。』

 

 チラッと岩から顔をのぞかせると、4機のA-10が2機ずつに分かれそれぞれが指示されたところに向かう。その様子をもっと見ようと身を乗り出したところ「危ないですよ」とジョージに引っ張られ岩陰に入れられた。

 

 数秒後、『ライトニング1。投下。』『ライトニング2。投下』と声が聞こえた。何も起きないじゃないかと思っていると「ドオオォォォォォォォォォン!!!」と轟音ともに岩陰に隠れながらも確認できる程の火柱が上がった。それに少し遅れ『ライトニング3。投下』『ライトニング4。投下』と声がしたあと同じようなことが起こった。

 

「『これから目視にて被害評価を行う。ライトニング隊全機上空待機。』ガイウス指揮官。被害評価を行いましょう。一緒に確認していただいてよろしいですか?」

 

「うん、大丈夫だよ。しかし、凄い音と炎だねぇ。」

 

 攻撃の感想を言いながら、集落があった場所まで移動を開始する。

 

「あれよりも強力な兵器は沢山ありますよ。半径数10キロに損害を及ぼすものとか。」

 

「はぁ、凄いねぇ。・・・・わっ、凄いほとんど燃やし尽くされているね。あとは細々(こまごま)としたものが残っているぐらいだね。」

 

「残りの兵装を使用して破壊しましょうか?」

 

「そうだね。お願い。」

 

「了解しました。それでは先ほどの所まで戻りましょう。」

 

 さっき身を隠していた岩陰まで戻ってきた。

 

「『ライトニング隊全機へ。素晴らしい仕事だった。この仕事を完璧なものとするために全兵装の使用許可がガイウス氏より出た。進入と離脱は先程と一緒だ。』」

 

『ライトニング1。了解。』

 

『ライトニング2。了解。』

 

『ライトニング3。了解。』

 

『ライトニング4。了解。』

 

 そして、破壊が始まる。さっきよりも増えた轟音と火柱、そして地面を伝わる衝撃。ふと空を見上げると、A-10が機体の先端から煙を吹き出しながら何かを発射していた。その後「ヴォォォォォォォォ!!」という重い音が響く。

 

「アヴェンジャーまで使用するか。」

 

 ぽつりとジョージが呟く。

 

「アヴェンジャー?」

 

「あぁ、A-10の機首、機体の先端ですね。それについている固定武装です。30mmの鉛弾を発射する武器です。強力ですよ。戦車という鋼鉄よりも固い装甲に覆われた兵器を破壊することができます。人間に当たれば血煙になりますよ。」

 

「はー、凄いねぇ。」

 

 僕は驚くしかなかった。

 

「ところで、中尉の手に持っている棒状のモノも武器なの?」

 

「M4という武器です。これは5.56mmの鉛弾を撃ち出すことができます。目の前の木に撃ってみましょうか?」

 

 僕が頷くと同時にジョージがM4を構え撃つ。“パンッ!!”という乾いた音が響く。すると木の幹に穴が開いた。鉛弾が全く見えなかった。矢よりも速い。これは避けるのは無理だ。防御も難しいかもしれない。

 

「また、連続して発射することもできます。引き鉄、この私の人差し指がかかっている所ですね。これを引くと“パンッ!!”とこのように発射されます。弾は引き鉄の前の部分のここ弾倉、この部分ですね。ここに30発分入っています。30発撃ち尽くすと弾倉を交換する必要があります。有効射程はだいたい500m~600mぐらいですね。」

 

「なるほど。弓よりも速いし、遠くまで撃てて回避も防御も難しい武器なんだね。それに、矢筒みたいに予備の弾も嵩張らなくていいね。僕も使ってみたいな。M4は大まかになんていう武器に分類されるの?」

 

「銃とか鉄砲とかいわれますね。アヴェンジャーみたいなものは機関砲や機関銃、ガトリング砲といったものですね。」

 

「それじゃあ、僕にも使えそうな遠くを狙えて威力の高い銃を【召喚】」

 

 光と共に魔法陣が現れ、光が消えると一丁の銃があった。

 

「おぉ、M107、バレットM82ですね。狙撃銃という分類のモノです。ただ、12,7mmの弾丸を使用するので対物ライフルともいいますね。強力ですよ。」

 

「それなら、早速使い方を・・・」

 

『こちらライトニング1。全機全兵装残弾ゼロ。』

 

「すみません。ガイウス指揮官。ライトニング隊全機の搭載兵装の残弾がゼロになったそうです。彼らはもう攻撃手段はありません。帰還の必要を認めます。」

 

「わかった。中尉。彼らだけを先に【送還】しよう。その後で、これの使い方を教えてもらおうかな。」

 

「了解です。『ライトニング隊全機。ガイウス氏より帰還命令がでた。そのまま上空待機。』ではガイウス指揮官お願いします。」

 

「ライトニング隊【送還】」

 

 空中に4つの魔法陣が現れライトニング隊のA-10がそれに包まれて【送還】されていった。A-10の出す轟音も無くなり辺りは静寂に包まれる。残ったのは僕とジョージ、それと破壊し燃やし尽くされたゴブリンの死体だったものと集落だったものだけだ。

 

「それでは、これより銃の使い方をご説明します。」

 

「よろしくお願いするよ。中尉。」

 

 そうして、僕はジョージと共に銃の訓練を行った。バレットM82から始まり、ジョージのM4カービン、ハンドガンのベレッタM9、散弾銃のベネリM1014、機関銃のM240をそれぞれ試した。そうすると【射撃術】を覚えてLv.も3になった。

 

 ジョージ曰く、まだ沢山の銃器があるらしいが今日は時間も無かったのでこれだけとなった。また、新たな銃を使うときはジョージのように銃の取り扱いに優れている人を【召喚】しよう。




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第14話 依頼達成報告と昇級

 ジョージを【送還】しゴブリンの集落跡に立っていると、【気配察知】に引っかかるものが複数あった。すぐにその気配とは反対側の藪に飛び込み息を殺して何が来るのか待った。気配の大きさからウルフ系でもスライム系でもないし、ゴブリンでもない。なにが出てくるのか見ているとオークが数体森の中から出てきた。そのうち一体は他のオークよりも体躯が立派だった。

 

 倒せないことはないだろうけど、今日は引くことにしよう。オークたちはゴブリンの集落跡を見て何か騒いでいたので、それに紛れてそっとその場をあとにした。

 

 町に戻るまでは全力を出して走っていった。途中、魔物が出てきたりしたが勢いの乗った籠手による一撃で狩っていき、全て【収納】していった。

 

 森から出ると普通の人が走るくらいの速度に落として門まで走った。門に着いて列に並んで順番を待つ。そろそろ僕の番だというときに、

 

「ガイウス!!」

 

 と声をかけられた。ドルスさんが詰所の方から手招いている。検査をしている衛兵さんに視線を向けると頷いたので、僕は列をはずれドルスさんの方へと向かった。

 

「何かありましたか?ドルスさん。」

 

「丁度良かった。報奨金の計算が終わったから冒険者ギルドに人を遣ろうとしていたんだ。生憎と指名手配のヤツはいなかったから通常通りの報奨金しか出せなかったけどね。これが報奨金。1人当たり銀貨10枚だから金貨2枚に銀貨30枚だよ。」

 

「確認させてもらいますね。・・・・はい、確かに確認しました。ありがたく頂戴します。」

 

「ふう、これで一仕事終わったよ。ガイウス君は依頼(クエスト)の帰りだったのかな?」

 

「はい、依頼(クエスト)といっても常設のゴブリン討伐ですけどね。」

 

「ゴブリン討伐も立派な冒険者の仕事さ。襲われる人が少なくなる。」

 

「そうですね。それでは、依頼(クエスト)達成報告に行かないといけないので。」

 

「あぁ、気を付けて。あと、まだ日も高いから屋根を伝っていくのも無しだよ。」

 

 僕は「はぁい。」と言って詰所をあとにして、冒険者ギルドへと向かった。ギルドにつくといきなりローザさんとエミーリアさんに謝られた。なんでも、一緒に依頼(クエスト)を受けようと誘っておいて、朝から呑み潰れてしまっていたことと、依頼(クエスト)の受け方を説明すると言っていたのにそれもしなかったことを謝りたかったらしい。

気にしていないことを告げ、盗賊の報奨金を貰ったことを伝えると、

 

「その報奨金はパーティの共同資金としましょう。」

 

 とローザさんから提案があった。エミーリアさんも賛成のようだった。僕も異論は無かったので、報奨金の金貨2枚に銀貨30枚はパーティの共同資金としてギルドに預けることにした。

 

 さて、依頼(クエスト)達成報告とお金を預けるために受付の列に並ぼうとすると、僕の存在に気付いた人たちが一斉に分かれて受付の窓口までの道を開けた。みんな口々に「ガイウスさんだ。」「あのアントンさんを倒したガイウスさんだ。」「やべぇ、目付けられたりしてないよな。」などなど好き勝手に言ってくれちゃっている。

 

 まぁ、せっかく譲ってくれたんだからありがたく受付に依頼(クエスト)達成報告とお金を預けに向かう。今回も受付はユリアさんだった。この人いつ休んでいるんだろう?まぁ、美人でスタイルがいいお姉さんだから他の冒険者にも人気なんだろうなぁ。僕も付き合うなら、ローザさんやエミーリアさん、ユリアさんみたいな優しくて美人な女性(ひと)と付き合いたいなぁ。

 

 そんなことを考えていると、ユリアさんから声をかけてくれた。

 

「ガイウス君。依頼(クエスト)達成報告かしら?」

 

「はい、それとシュタールヴィレ名義でギルドにお金を預けたいのですが。」

 

「では、まずはお金のほうから手続きしましょうか。いくら預けますか?」

 

「金貨2枚と銀貨30枚です。」

 

「わかりました。今から預かり証を発行します。エレ、このお金をギルドで預かるから預かり証の発行をお願い。名義は冒険者パーティのシュタールヴィレで。枚数は3枚でよかったかしら。」

 

「はい。ローザさんとエミーリアさんの分も含めて3枚でお願いします。」

 

「ということで、お願いね。エレ。」

 

「はい、ユリアさん。」

 

 ユリアさんが受付の奥で事務作業をしていた猫獣人の女性に声をかけた。ちなみにエレさんも美人だ。ギルドの受付には美人さんしか居ないのかな。

 

「ではガイウス君は発行が終わるまでの間に依頼(クエスト)達成報告を受けましょう。」

 

「はい。ゴブリン討伐は無事終わりましたが、討伐証明部位などがかさばってしまっていて、どこか広い部屋はありませんか?」

 

「では、こちらへ。誰か受付を変わってもらってもいいかしら。」

 

「私がします。」

 

「メリナお願いね。私は依頼(クエスト)達成報告の確認をしてくるから。」

 

 今度は普通の人族の美人さんが出てきて、ユリアさんの後を引き継いで受付の席についた。

 

「ガイウス君、こっちよ。着いて来て。」

 

 「はい。」と返事をしてユリアさんの後をついて行き「処理・解体室」と書かれた部屋に着いた。ユリアさんがドアを開けて入室を促すので中に入った。ユリアさんも入ってきた。中にはギルド職員と思える男の人たちが、魔物の解体や討伐部位の確認などを行なっていた。広さ的には練習場より少し狭い程度だろうか。

 

「ユリアか。受付にいるお前さんがこんな所に来るなんてどうした?」

 

 背の低いがっしりとしたおそらくドワーフと思われる男の人が声をかけてきた。

 

「グレゴリーさん、こちらの冒険者ガイウス君が先ほど依頼(クエスト)を終えて帰還されたのですが、どうも数が多いようで査定カウンターで受付するよりもこちらに直接持ってきた方がよいかと思いまして。」

 

「なるほど。わかった。ガイウスとかいったな。お前さん魔法袋持ちか?」

 

「はい、そうです。」

 

「それなら、量があるのも納得できる。とりあえず、あそこの空いているスペースに出しておいてくれ。その間に手の空いているやつを連れてくる。」

 

 グレゴリーさんの指さしたところまでユリアさんと共に行き、麻袋から出すふりをして【収納】からロックウルフ、フォレストスライム、ゴブリン達の死体と討伐部位を出していく。ロックウルフは37匹、フォレストスライムは54体、普通のゴブリンは討伐部位の右耳が877個、上位ゴブリンの死体が・・・。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれる。」

 

「どうしました?ユリアさん。」

 

 上位ゴブリンの死体を取り出そうとしたらユリアさんからストップがかかる。

 

「ガイウス君。これって、今日の昼過ぎから狩った魔物たちよね?」

 

「そうですね。午前中はアントンさんとの試合がありましたから。あとは上位ゴブリンとゴブリンキングの死体だけです。」

 

「ゴブリンキングですって!?ゴブリンの耳の数を見てまさかとは思っていたけど、巣ができていたの?」

 

「あ、はい。柵で周りを覆って物見櫓のある集落ができていたので殲滅してきました。集落も徹底的に破壊しましたので、他の魔物が住み着く可能性は低いかと思います。」

 

 驚いているユリアさんに説明をする。ただ、呂布たちのことは伏せておく。まだ、僕の能力を明かす気にはなれない。実力を十分に付けるまでは。

 

「いやぁ、流石にアントンを倒しただけのことはあるね。聞こえていたよ。2級相当のゴブリンキングを倒すなんて将来有望だ。」

 

 不意に後ろから声をかけられて振り返るとサブギルドマスターのアラムさんと知らないお兄さんが立っていた。お兄さんのほうはグレゴリーさんが言っていた人だろう。

 

「いやぁ、ホントに今日はガイウス君に驚かされる日だ。まだ冒険者になって2日の10級冒険者がゴブリンキングを倒して1000体近いゴブリンを討伐し、しかも他の魔物まで狩る余裕まであるなんて。いやぁ、愉快、愉快。」

 

「サブギルドマスターもういいでしょう。どいてください。仕事ができません。」

 

 アラムさんを邪魔そうに横に押しのけてお兄さんが前に出てきた。

 

「やぁ、君がガイウス君だね。俺はデニス。査定や解体を主にしているんだ。よろしく。」

 

 手を出してきたので僕も手を出し握手をする。

 

「とりあえず、残りのモノを出してもらっていいかい。」

 

 デニスさんに促され、上位ゴブリンとゴブリンキングの死体を出した。

 

「ハハッ。本当にゴブリンキングだ。素晴らしい。これはギルドマスターにも報告しなくてはな。」

 

 そう言うとアラムさんは部屋から出ていった。残ったのは僕とユリアさん、デニスさんの3人。デニスさんは早速、査定の仕事を開始した。僕とユリアさんは少し離れてその様子を見ている。

 

 僕は今のうちにゴブリンの集落で見つけた遺体について話すことにした。

 

「ユリアさん。実はゴブリンの集落でおそらく人だったと思われる遺体を発見したので、回収してきたんですがどうしましょう?」

 

「おそらくとはどういうことですか?」

 

「どうもゴブリンの食糧とされていたみたいで遺体の損壊が酷いんです。遺体の周囲にあった装備品も遺品かと思い回収してきています。」

 

「それなら、確認しましょうか。デニス。私は他に確認しないといけないモノがあるそうなのでそちらの確認をしていますから、査定が終わったら声をかけてください。」

 

「わかりました。ユリアさん。」

 

 デニスさんは手を休めずに応える。ユリアさんに促され端の方へと移動する。そこで6名分の棺をだす。棺の脇には遺品が入った袋を置く。ユリアさんが棺を一つ一つ開けながら確認していく。そして、最後の二つを開けたところで、「あぁぁぁ・・・」と言って顔を手で覆った。

 

「どうかしましたか。まさか、お知り合いとか?」

 

「えぇ、あの最後の棺に入っている男女は6級冒険者のアルバートとドリーです。おそらくあの袋の中に冒険者証があるでしょう。」

 

 袋をひっくり返してそれらしいものを探すがなかなか見つからない。そこに目を赤くしたユリアさんが加わって2人で探す。しばらくして見つかった。背嚢とウエストポーチの中にそれぞれ入っていた。これで6名中2名の身元はわかったわけだ。良かった。

 

 残りの4名はどうしようと思っていると、ユリアさんが、

 

「残りの方々は冒険者ではないみたいですので、一旦ギルドで預かり衛兵隊に身元不明で引き渡します。よろしいですか?」

 

 と提案してくれたので、2つ返事で了承した。衛兵隊に渡す棺の蓋を閉じ終わると、

 

「ところで、ガイウス君はなんで棺なんてモノを持っていたんですか?」

 あぁ、一番答えられない質問が来たよ。どう答えよう。

 

「答えられないんですか?」

 

 深緑の瞳に真正面から見つめられる。美人なユリアさんにこんな状況でも見つめられると恥ずかしい。もう正直に答えて・・・

 

「ユリアさん。ガイウス君。査定が終わりましたよ。」

 

 デニスさんがいいタイミングで声をかけてくれた。これで誤魔化せる。

 

「すみません。デニスさん。実は昨日、盗賊を討伐したときの財貨の査定とゴブリンの集落で見つけたモノの査定もお願いするのを忘れていました。」

 

「ん、そんなことぐらいなら今すぐにでも出来るよ。さぁ出して。」

 

「あの、こういうのも図々しいんですが、盗賊から奪った分は別会計でお願いします。」

 

「了解。ところで、ロックウルフは解体していないみたいだけど解体して素材を持って帰るかい?」

 

「いえ、今回は全てギルドに売ります。」

 

「わかったよ。それじゃあ、待合室か酒場で待っていてもらっていていいかな。終わったら俺が査定カウンターに呼ぶから。」

 

「あ、はい。よろしくお願いします。それじゃあ、失礼しました。」

 

 ユリアさんが何か言おうとしていたけど、僕はさっさと「処理・解体室」を出てギルドの待合室に戻った。ふぅと一息ついていると、肩をトントン叩かれた。振り返るとアラムさんが笑顔で立っていた。

 

「おめでとう。ガイウス君。君は今日から3級だ。」

 

「お断りします。」

 

 即、断った。なんで一気に3級まで上がるのか。変な話題になるに決まっているし、何かに巻き込まれるような気がする。

 

「名誉なことだよ。ゴブリンキングが統治している集落でキングを討ち、その配下のゴブリンも全て討ち取るなんてまさに偉業だ。放置していれば近くの村やこの町が襲われていたかもしれないからね。」

 

「それでも3級は嫌です。9級なら昇級してもいいです。」

 

「それじゃあ、臨時報酬と9級への昇格ね。これ以上は譲れないね。ギルドマスターの顔を潰すことにもなる。」

 

「はぁ、それでいいです。」

 

「じゃあ、冒険者証を出してね。更新するから。」

 

 10級の証明である木板の冒険者証をアラムさんに渡す。アラムさんは受付カウンターの中へと消えていった。僕はすぐ近くの椅子に腰かける。疲れた。




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第15話 呼び出し・その1

他サイトでは4話に分けて投稿したものを1話にまとめました。


「いやー、大変だったみたいね。」

 

「ローザさん・・・。」

 

 いつの間にかローザさんとエミーリアさんが側まで来ていた。2人とも椅子に座った。

 

「冒険者になって、いや村を出てからまだ2日ですよ。なんでこんなことに・・・。」

 

「大丈夫、私たちがついている。」

 

 そう言いエミーリアさんがグッと僕の頭を掴み、その豊満な胸に顔を(うず)めさせ、頭をポンポンと優しく叩いてくれた。彼女なりの労りなのだろうがはっきり言って恥ずかしい。いや、凄くいい匂いがするし、胸は柔らかいしって僕は何を考えているんだ。

 

 ガバっと頭を胸から引き剥がし、

 

「ありがとうございます。少し落ち着きました。」

 

「その割には顔が赤いわよ。」

 

「そ、それは・・・」

 

「それは?」

 

「言えませんよ!?」

 

「フフ、照れてるのね。そうしていると歳相応で可愛いわね。」

 

 何も言えず黙っていると、今度はローザさんが僕を抱き寄せて頭を撫で始めた。僕にお姉ちゃんがいたらこんな感じだったのかな。少しだけ流れに身をゆだねてみる。剣ダコのある手だけど優しい手つきだ。

 

「ガイウスさん。査定カウンターへお越し下さい。」

 

 呼び出しがかかる。どうやら査定がすべて終わったようだ。僕たち3人は査定カウンターへと向かう。査定カウンターにはデニスさんがいた。カウンターには革袋が二つ置かれている。

 

「やぁ、ガイウス君。さっきぶり。こっちの革袋がゴブリン関係の査定金額で全部で白金貨1枚、金貨80枚、銀貨50枚だよ。いやぁ、久しぶりの大金だね。こっちの革袋かお願いされていた別査定のモノで金貨34枚、銀貨25枚だよ。」

 

「ありがとうございます。別査定のモノはそのままパーティ名でギルドに預けます。さっきもお願いしていて、確かエレさんだったかと思います。」

 

「エレだね。わかった。彼女に頼んで来よう。」

 

 デニスさんが革袋を一つ持ってエレさんのいる受付の奥の方へと向かって行った。その間に残った革袋の中身を確認する。白金貨1枚で金貨100枚分だから凄い大金だ。金貨も80枚ある。本当ならそれなりの大金の銀貨50枚が霞んでしまうほどの存在感だ。

 

「はぁ、1人でこれだけ稼ぐなんてすごいわね。ガイウス君。」

 

「やっぱり、ガイウスは規格外。今のうちに手を付けて他の女に取られないようにしないと。」

 

 2人して両側からくっついてくる。

 

「なんでお二人とも今日はこんなに近いんですか!?昨日はそんなことなかったのに。」

 

「それはパーティメンバーになったからよ。もっとスキンシップを取っていきましょう。お互いのことを知るために。」

 

「パーティメンバーとしてお互いの知ることは賛成です。でも過度なスキンシップは必要ないと思います。」

 

「あら、振られちゃったわね。残念。」

 

 笑いながら離れるローザさん。

 

「からかっていただけでしょう?」

 

「私はからかっていない。」

 

 そう言ってさらにギュッと抱き着いてくるエミーリアさん。それにより胸が押し付けられる。あぁ、僕はどうしたら・・・・。

 

「イチャイチャするのは宿の方でお願いします。」

 

 いつの間にか猫獣人の受付嬢エレさんが査定カウンターまで来ていた。そして、とても冷めた目で僕を見ている。エレさんの後ろにいるデニスさんはニヤニヤ笑っている。僕はエミーリアさんを引き剥がしながら、

 

「これは、その・・・、違うんです。そのイチャつくとかじゃなくて・・・。一方的にというか・・・。」

 

「ガイウスは私が抱き着いて嫌だった?」

 

 エミーリアさんが悲しそうな顔をしながら聞いてくる。

 

「あ、いえ・・・。嫌ってわけではなくて・・・。その・・・。あの・・・。」

 

 僕がしどろもどろしていると、

 

「フフ、エミーリアさんそこまでにされたらいかがですか?ガイウスさんが困っていますよ?見ているほうとしては初心(うぶ)な少年の反応が見れて面白いですけど。それにあなた方3人にお渡しするものがあります。」

 

 エレさんが助け船を出してくれた。

 

「預かり証ができたんですね。」

 

「ええ、正式名は『冒険者ギルド預金証明証』ですね。長いのでほとんどの冒険者の方が『預かり証』や『預金証』などと省略しています。それで、こちらが『シュタールヴィレ』の3名の『冒険者ギルド預金証明証』です。現在、表に表示されている金額が現在ギルドで預かっている金額です。3名のうち誰かがお金を引き出したりすれば証明証を更新した際に引き出した方の名前と金額、日付が裏に表示されます。」

 

「わかりました。ありがとうございます。デニスさんもありがとうございました。」

 

「俺は面白いものが見れましたから。ガイウス君モテモテですね。」

 

 デニスさんの皮肉に僕は苦笑いを作って応えた。デニスさんはそのまま「それじゃ。」といって、「処理・解体室」の方へと戻っていった。

 

「そういえば、アラムさんに冒険者証を預けたまま返して貰ってないんですけど。」

 

「あら、そうなんですか?サブギルドマスターならすぐに9級の冒険者証を作っていましたよ。」

 

「その通り。遊んでいたわけでないよ。」

 

 いきなりエレさんの後ろからヒョッコリとアラムさんが現れた。しかも、笑顔で。嫌な予感がまたする。「はい、これ新しい冒険者証。」とアラムさんからローザさんとエミーリアさんと同じ鉄製の冒険者証を渡された。これで初心者卒業ということかな。まだ2日目だけど。

 

「さて、ガイウス君。君には本ギルドのギルドマスターである『アンスガー・アルムガルト』からの指名呼び出しがあるよ。しかもパーティ『シュタールヴィレ』のメンバーも同じで呼び出しだ。一緒に来てくれるね。」

 

 笑顔で手を差し出される。はっきり言って握りたくない。だってギルドマスターが家名持ち。しかもこの町「インシピット」や僕の故郷の村などを治めている領主様と同じ家名。あっ、これ厄介なやつだ絶対。

 

「その呼び出しは絶対ですか?」

 

「まぁ、普通は任意なんだろうけど、今回はギルドマスターが是非ともと言いているから拒否権は無いに等しいね。」

 

「もし、拒否したらギルドを追放されるんですか?」

 

「そんなことはないよ。肩身が狭い思いをするぐらいかな。もちろん君だけでなくパーティメンバーのお嬢さん方もね。どの程度かはわからないけれど。」

 

 アラムさんが笑顔でそんなことを言ってくる。僕1人なら別にいいけど、ローザさんとエミーリアさんまで巻き込むことになるとこれでは脅しではないかと思っていると、1つだけ案が浮かんだ。と言っても今朝したばかりのこともう一度しようということなんだけどね。

 

「それなら、依頼(クエスト)として出してください。僕たちは冒険者です。無報酬の依頼は受けません。」

 

 アラムさんは一瞬ポカンとした表情をしていたけれど、すぐに笑い出しながら言った。

 

「今朝のアントンと同じことをしようというのかい。度胸があるし面白いね。ちなみに依頼内容としてはどんなものをお望みかな?」

 

「サブギルドマスターのアラムさんとギルドマスターのアンスガー・アルムガルトさん2人と僕たち『シュタールヴィレ』との対決です。成功条件は僕たちの勝利。報酬は白金貨3枚と呼び出しの拒否です。」

 

「んー、少し時間をくれるかな。ギルドマスターに相談してくるよ。」

 

 そう言ってアラムさんはカウンターの奥にある階段へ向かって行った。

 

「ちょっと、ガイウス君。サブギルドマスターは2級でギルドマスターは準1級なのよ。アントンさんよりも強いのよ。私たちで勝てるわけないじゃない。」

 

「大丈夫ですよ。ローザさん勝機はあります。」

 

 なにしろさっきアラムさんを【鑑定】したらチートの助力がある僕よりも能力値が低かった。ちなみに僕はゴブリンキングを倒したことでLv.が上がって33ある。

 

名前:アラム

性別:男

年齢:35

LV:55

称号:サブギルドマスター

経験値:24/100

 

体力:334

筋力:353

知力:350

敏捷:341

etc

能力

・識字 ・格闘術Lv.72 ・剣術Lv.84 ・火魔法Lv.70 ・防御術Lv.88

・回避術Lv.89 ・騎乗Lv.65 ・気配察知Lv.70

 

 以上がアラムさんのステータスだ。さすがサブギルドマスター全般的に高水準だ。特に【火魔法】を持っているのが僕的にはありがたい。上手くすればこの試合で【火魔法】を覚えられるかもしれない。使ってくれればだけど。

 

「私はガイウスを信じる。」

 

 エミーリアさんが僕の目を見てしっかりと答えてくれる。ローザさんはため息をつきながら、

 

「エミーリアがそういうなら、私もガイウス君を信じるわ。エミーリアの言葉に従って後悔したことなんてないからね。」

 

 3人でそんな風に雑談しているとアラムさんともう一人男性が上階から下りてきて僕たちの目の前までやって来た。

 

「私が冒険者ギルド「インシピット」支部ギルドマスターのアンスガー・アルムガルトだ。9級冒険者のガイウス君とは君のことでいいのかな。」

 

 ずいぶんと丁寧な対応をしてくれる人だなと思いながら「はい。」と返事をする。

 

「先ほどアラムが持ってきた件についてだが、2点変更してくれるなら依頼(クエスト)として指名発注しよう。1点は勝負に勝っても私の執務室に来て話をしてもらうこと。もう1点はその補填というわけではないが報酬金額を3倍の白金貨9枚にすること。どうだろうか?」

 

 僕はその呼び出しが嫌で今回の案を出したんだけどなぁ。それでもすぐにアンスガーさんを【鑑定】をして笑顔で返事をする。

 

「いいでしょう。受けます。さぁ、手続きをしましょう。」

 

 勝てそうな試合なら報酬もいいし戦うしかないね。呼び出しの拒否は諦めよう・・・。

 

 ギルドマスターと共に受付カウンターまで向かう。また、並んでいた冒険者の皆さんがサァーと両脇に避けて道を開けてくれた。

 

「おい、ガイウスさん今度はパーティでギルドマスターとサブギルドマスターと闘うらしいぞ。」「マジかよ!?今度こそは負けちまうだろ。」「いや、わかんねぇぞ。さっきチラッと小耳に挟んだんだが、アントンさんとの試合の後に1人で森へ行ってゴブリンキングを討ってきたらしいぞ。」「2級推奨の魔物を1人で!?ヤベェな。目ぇ付けられないようにしとこ。」

 

 また、好き勝手に言ってくれちゃって。まぁ、事実だから否定しようがないけど。受付につくとユリアさんがいた。

 

「ガイウス君は本当に周囲を飽きさせない人ですねぇ。ギルドマスターも大人げないですよ。」

 

「ユリアさん、ガイウス君と直接会って分かりましたよ。彼は強い。もしかすると私よりもはるかにね。だから、確かめたくなってしまいましてね。」

 

「まったく、まるで新人冒険者みたいじゃないですか。」

 

 ん?なんかユリアさんの方が立場が上というか、ギルドマスターが下手に出ている。

 

「あのー、お二人ともどういうご関係なんでしょう?今の話を聞いていると、まるでユリアさんの方が上司みたいな印象を抱いてしまったんですけど。」

 

 2人して顔を見合わせ、ユリアさんが「あっ」という表情をする。

 

「ガイウス君には言ってませんでしたね。私はエルフでこれでもギルドマスターの倍以上は生きているんですよ。それこそギルドマスターが子供のころから知っています。」

 

 彼女は耳を覆う髪をかき上げ、エルフ独特の耳を見せる。僕は慌てて【鑑定】をかける。今まで種族の表示をステータスにさせていなかったが、表示するようにすると確かに『エルフ』と出た。年齢も・・・。ちなみに他のステータスも軒並み高水準だった。びっくりだ。

 

「でも、驚かされっぱなしだったガイウス君を初めて驚かすことができたみたいですね。」

 

 笑顔で言われるとなんも言えない。見惚れる笑顔だ。顔が赤くなるのがわかる。

 

「おや、ガイウス君は年上のお姉さんが好きなのかな?パーティメンバーも年上のようだし。」

 

「あ、いや、そういうわけでは・・・。」

 

 ギルドマスターが依頼(クエスト)発注用紙に記入しながら声をかけてくる。僕はしどろもどろになりながら返事をする。ギルドマスターは一旦、手を止め僕の頭に右手を乗せて優しく撫でると、

 

「人生、経験だよ。様々なことを今から経験するといい。」

 

 そう言って、また記入にもどる。第一印象といい悪い人ではないのかもしれない。しかし、ギルドマスターを【鑑定】して出てきた称号に嫌な予感が当たったと思うのだった。

 

名前:アンスガー・アルムガルト

性別:男

年齢:38

LV:62

称号:ギルドマスター、アルムガルト辺境伯次男

経験値:56/100

 

体力:400

筋力:411

知力:432

敏捷:398

etc

能力

・識字 ・格闘術Lv.80 ・剣術Lv.90 ・槍術Lv.89 ・弓術Lv.75

・火魔法Lv.70 ・水魔法Lv.65 ・風魔法Lv.72 ・防御術Lv.92 

・回避術Lv.90 ・騎乗Lv.88 ・気配察知Lv.74

 

 

 アルムガルト辺境伯次男って、領主様のご子息ということじゃないか。怪我でも負わせたら処罰されるんだろうか。しかし、さすがギルドマスターだステータスに隙が無い。【水魔法】を【風魔法】を取得したいから試合では使ってほしいな。

 

「あの、ギルドマスター。試合は全力でいいんですよね?」

 

「ああ、全力でお願いするよ。」 記入しながらギルドマスターが答える。

 

「でも、領主様のご家族に怪我をさせたら・・・。」

 

「そんなことは気にしないでいいよ。試合中の怪我なんて普通だろう。ましてやギルドマスターといえども冒険者だ。そのくらいの覚悟ぐらいなければ此処にはいれないよ。」

 

 記入を終えた用紙をユリアさんに渡し、僕の目を見てそう言ってくれた。

 

「それでは、全力でいかせていただきます。」

 

「望むところさ。」お互いに握手をする。

 

「お二人とも、依頼(クエスト)の発注と受注の処理が終わりましたので、練習所の方へお願いします。」

 

 ユリアさんの言葉に従い、それぞれのパートナーとパーティと合流し、練習場へ向かう。




見てくださりありがとうございました。

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第16話 呼び出し・その2

他サイトでは4話に分けて投稿したものを1話にまとめました。区切りの関係上少しおかしな部分があるかと思いますが、ご了承ください。


 本日2回目、冒険者になって2日目にして3回目の練習場の待合室。ギルドマスターとサブギルドマスターは武器を選ぶとさっさと練習場に出ていった。一方の僕たちは武器を選び終えて作戦会議中だ。

 

「作戦は単純明快です。僕が突っ込むのでお二人は無理のない範囲で援護をお願いします。」

 

「剣士である私も?」ローザさんが尋ねる。

 

「ローザさんには、僕が相手2人の反感を集めますので、相手の背後からの攻撃をお願いします。エミーリアさんは僕に当たってもいいのでありったけの魔法を撃ちまくって下さい。」

 

「任された。ところで武器はまたそれだけ?」エミーリアさんが答えながら聞いてくる。

 

「はい、残りは【召喚】で出します。今から衆目の中での【召喚】解禁です。それではいきましょう。」

 

 待合室を出て練習場の中央に立つ。観覧ブースには沢山の冒険者がいる。また賭けをしているようで今回は5分5分といったようだ。さて、50m離れた反対側にはギルドマスターのアンスガーさんとサブギルドマスターのアラムさんが立っている。アラムさんは双剣。アンスガーさんは腰に佩いた長剣と槍。こちらはローザさんが長剣と丸盾。エミーリアさんは魔法杖のみ、僕はアンスガーさんと一緒でそれに弓矢が加わっただけだ。

 

 ユリアさんが練習場に入ってくる。ざわざわとしていた周囲が静かになる。

 

「それでは、これより当ギルドのギルドマスターのアンスガーとサブギルドマスターのアラム対冒険者パーティシュタールヴィレの試合を始めます。勝利条件は相手の殲滅です。命の危険がある場合は、その時点で試合を中断あるいは中止します。魔法攻撃は威力にくれぐれも気を付けるように。それでは、試合開始!!」

 

 ユリアさんが高く掲げた腕を振り下ろす。それと同時に僕が一気に走り出す。弓を構えている僕が一気に出てくるとは思わなかったようで、相手側が少し動揺するがすぐにアンスガーさんが僕目掛けて突っ込んでくる。アラムさんはローザさんに向かうようだ。

 

 そうはさせないと矢をアラムさん目掛けて3連続で射る。勿論といっていいのか放たれた矢は全て叩き落される。僕の目の前にはアンスガーさんが槍を突進の勢いをのせ突き出してくるが、僕はそれを半身になることでかわしながら、回転しながらハイキックを頭に叩き込む。勿論、これも腕で防がれるがそのまま防いだ腕を足場にしてアラムさん目掛けて跳ぶ。僕が跳ぶと同時にアンスガーさんへ【火魔法】と【風魔法】が着弾する。エミーリアさんが放ったものだ。アンスガーさんはそれを避けるために跳ぶように後退する。

 

 それを横目に僕は跳びながら弓に矢をつがえ、矢を射ながらアラムさんに接近する。アラムさんはローザさんを狙うのを諦めたようで、矢を叩き落としながら僕に向かってきた。作戦通りだ。あとは僕がどれだけ動きまわれるかにかかっている。

 

名前:ガイウス

性別:男

年齢:12

LV:33

称号:ゴブリンキラー

所属:シュタールヴィレ

経験値:35/100

 

体力:192(960)

筋力:194(970)

知力:193(960)

敏捷:192(960)

etc

・能力

・召喚能力 ・異空間収納(麻袋で偽装) ・見取り稽古 ・ステータス5倍 

・経験値10倍 ・識字 ・鑑定 ・格闘術Lv.39(195) 

・剣術Lv.23(115) ・槍術Lv.18(90) ・弓術Lv.29(145) 

・防御術Lv.35(175) ・回避術Lv.24(120) ・ヒールLv.7(35) 

・気配察知Lv.4(20) ・騎乗Lv.5(25) ・射撃術Lv.3(15)

 

 アラムさんは双剣で攻防一体の動きをしてくる。それに惑わされないように弓から槍に持ち替えて捌いていく。アンスガーさんが魔法を撃とうとしているのが見えたので、持っている槍を弓につがえてそのまま射る。ギョッとした表情をしたアンスガーさんが槍を叩き落とす。

 

 今、僕の目の前にアラムさん、背後にアンスガーさんと挟まれるようになっていて、ローザさんとエミーリアさんがアラムさんの背後を取っている形になっている。今のところ僕の考えた作戦通りにアンスガーさんとアラムさんの警戒を僕に向けることができている。

 

 ローザさんも隙をついては背後から斬りかかっているが全て避けられるか防がれている。エミーリアさんの魔法による攻撃も牽制として動きを鈍らせることができているが、決定打に欠けている。

 

 もっとだ。もっと相手に攻撃をして隙を作り出さないと。僕は残った矢を連射しながらアラムさんに向かう。すぐに矢が無くなるが気にせず弓を腰にかけ右手に長剣を握り突進する。背後ではアンスガーさんが動き出し、エミーリアさんに向かっている。エミーリアさんは魔法の集中砲火で足を止めようとしているが防がれて回避されている。

僕はアラムさんに突進しながらも左手に槍を【召喚】して、アンスガーさん目掛け投擲する。彼は槍で叩き落そうとしたが、僕の投擲の威力で彼の槍と僕の槍の両方が折れる結果となった。その結果に彼とアラムさんの動きが一瞬だけ止まる。この一瞬だけで十分だ。

 

 わざと大振りした長剣での一撃をアラムさんに打ち込む。彼は双剣を交差させて防ぐ。すぐに長剣の柄から手を離し、格闘戦を仕掛ける。左足で右足先を踏み逃げられないようにし、拳を鳩尾(みぞおち)に叩き込む。さらに動きの鈍った彼の両手首をそれぞれ握り、力一杯に関節を思いっきり握りながら無理に曲げる。鈍い音がして双剣が落ちる。追撃で頭突きを顎にくらわす。たたらを踏みながら後退(あとずさ)るが、そこにはローザさんがいる。彼女の長剣による横薙ぎを脇腹にモロに受ける。さらにそこにエミーリアさんの【火魔法】が追撃として数発命中し、吹き飛ばされる。ここまで十数秒もかかっていない。そして、いつも通り声が響く「【火魔法Lv.1】を取得しました。」

 

 アラムさんは立ち上がろうとしているが両手首が折れた今、継戦能力は無きに等しい。僕は「お二人とも後は任せました」と(とど)めをローザさんとエミーリアさんに任せ、アンスガーさんに向かって行く。彼はアラムさんがあんな風になるとは思っていなかったようで、目を見開いて驚いている。が、すぐに長剣を構え迎撃の態勢を整え、【火魔法】と【水魔法】、【風魔法】を撃ってくる。

 

 撃たれた魔法を何とかして撃ち落とそうとして、長剣を【召喚】してそれに全力で魔力を込めてみる。上手くいったようで魔法を斬り落とすことができる。

 

「ただの木剣に魔力を込めて魔法剣にしただと!?」

 

 さらにアンスガーさんは動揺する。そして「【魔力封入】を取得しました。【水魔法Lv.1】を取得しました。【風魔法Lv.1】を取得しました。」新しい能力を三つも取得した。【魔法】系は取得した理由は【見取り稽古】のおかげだからわかるけど、【魔力封入】は自分で行動した結果が上手くいったから取得できたのかな。

 

 そんな無駄なことを考えていると剣を構えたアンスガーさんはすでに目の前だ。僕は走ってきた勢いをそのまま長剣の切っ先に乗せ突きを鳩尾(みぞおち)目掛けて放つ。彼はそれを剣の腹で受け流すが勢いを殺しきれずに左脇腹に突きが命中した。

 

 痛みで顔を歪めるが、右手に持った長剣で反撃しようと振りかぶっている。流石だ。でも、振り下ろす前に僕の左の拳が彼の右肩に叩き込まれる。一瞬、そう一瞬だけ彼の動きが止まる。だがその一瞬で十分だ。僕よりも背の高い人を相手にする場合は急所の顔面が最も遠い。だから、アントンさんの時のように膝を破壊して僕と同じ目線まで下りてきてもらう。

 

 鈍い音が練習場に響く。上手く膝周りを破壊できたようだ。しかし、彼の闘志は折れなかったらしい。不自然な格好になりながらも長剣を振るってくる。あの体勢だと破壊された膝周りに無理が行くだろうに。だから僕はもう片方の膝も壊した。そして蹴りを顎にお見舞いする。彼はそのままドウッと倒れた。「Lv.が36に上がりました【格闘術がLv.41】になりました。」今更上がってもなぁ。そう思いながら彼の首に長剣を沿える。

 

「まだしますか?」

 

「いや、アラムも私ももう闘える体ではない。降参しよう。」

 

「ギルドマスターのアンスガーとサブギルドマスターのアラムの降参により、勝者シュタールヴィレ!!」

 

 ユリアさんの声が響く。一瞬後、観覧ブースから爆発したかのように声が上がった。「すげぇ、勝ちやがった。」「あの、ガイウスってやつがほとんど1人でやっていたけどすげえな。」「アントンさんに続いて、ギルドマスターとサブギルドマスターが負けるなんて・・・。」「かわいい顔して恐ろしい子ねぇ。」いろいろ聞こえるが試合が終わった今は後始末をしないとね。まずは【召喚】した武器を【送還】して、エミーリアさんにアラムさんの治療を僕がアンスガーさんの治療を行う。【ヒール】を取得しておいてよかった。2人の怪我を完治させた後はユリアさんを先導にして僕たち5人は待合室へと向かうのだった。

 

 練習場の待合室に戻り装備をなおすと、そのままギルドマスターであるアンスガーさんの執務室に行くことになった。報酬もそこで支払いをしてくれるようだ。アンスガーさんを先頭に執務室へと向かう。観覧ブースから出てきた冒険者たちはみんな僕たちに道を譲ってくれる。その中で「ガイウス!!」と声をかけてくる人がいた。アントンさんだ。

 

「相変わらずえげつない闘い方だったが、やっぱり勝ったな。お前さんに有り金を全部かけていたおかげでウハウハだよ。」

 

「それはよかったです。闘い方についてはあれが僕のスタイルですので。体格が自分よりも良い方には、ああやって膝を壊して同じ目線になってもらった方が、急所を狙って闘いやすいんですよ。」

 

「ハハハ、今後お前さんと闘う奴がかわいそうになるな。じゃあまたな。」

 

 そう言いながら片手をあげて去っていく。さっぱりとしている人だなぁ。今朝、負けたことを根にも持っていない。その背を見送り、執務室へ向かうため受付カウンターの中に入っていき、階段で2階へと上がる。

 

 2階に上がってしばらく歩くと、「さぁ、ここだよ。」とアンスガーさんが扉を開け、室内へ入るよう(うなが)す。一緒に着いて来ていたユリアさんにお茶を用意するようお願いして、アンスガーさんとアラムさんも入ってきた。長居するつもりはないからお茶とかいらないんだけどなぁ。

 

 応接机を挟んで向かい合わせで置かれているソファに座るよう手で(うなが)される。僕を中心にローザさんが右にエミーリアさんが左に座る。アラムさんも腰かけるが、アンスガーさんは扉を向くように置かれている執務机でなにやらごそごそしている。

 

 執務室の扉がノックされる。アンスガーさんは相変わらず執務机で何かを探しながら「どうぞ。」と返事をする。扉があき、ユリアさんとエレさんがお茶とお茶請けを持ってきてくれた。それぞれの前に置いていると、「あった。」とアンスガーさんが何かを持って応接机のほうに戻ってきた。

 

「無理を聞いてもらったお礼だよ。」

 

 と目の前に革袋が置かれる。中身を確認すると金貨が入っていた。報酬は白金貨9枚のはずだ。それにはだいぶ足りない。僕が怪訝な表情をしながら顔をあげると、

 

「そんな顔しなくても、これは報酬とは別だよ。報酬の白金貨9枚はしっかりと払うから安心してほしいな。」

 

「別といいますと?」

 

「さっきも言った通り無理を聞いてもらった個人的なお礼さ。臨時収入とでも思って受け取って。」

 

「わかりました。ありがたく頂戴します。ローザさんとエミーリアさん、これはパーティでギルドに預けようと思うんですがどうでしょう?」

 

「それでいいわ。」「私も。」

 

「では、処理の方を私がしておきましょう。」

 

 とエレさんが名乗り出てくれた。「お願いします。」と言い革袋と3人分の預かり証を彼女に渡す。彼女はそれらを受け取ると一礼して執務室を退出した。残ったのは僕たち3人とアンスガーさん、アラムさん、ユリアさんの6人だ。

 

「さて、今回の試合はとても有意義なものであった。シュタールヴィレの実力、特にガイウス君の能力の一端を知ることができた。私やアラムでは手も足も出ないほどの実力を持っており、どこからともなく武器を取り出すことができる能力を持っている。ガイウス君、君は【収納】の能力を持っているのではないかな?」

 

 真正面から目を見て話される。空気が張り詰める。確かに【収納】の能力は持っている。しかし、明かすつもりは今は無い。だからとぼけることにした。

 

「【収納】とは?一体何のことですか?」

 

「【収納】とは、その能力者によって容量は変わるが、ありとあらゆるモノを異空間に収納できる能力のことだよ。知らないかい?」

 

「知りませんね。というかそんな能力持ってませんし。」

 

「ふむ、なら何故、何もないところから武器が出てきたのかな?教えてくれないかい?」

 

 僕は両隣の2人に対して頷き、【召喚】の能力を話すことにした。

 

「【収納】は使えませんが、僕は【召喚】が使えるんです。試してみましょうか。」

 

 そう言って、張り詰めた空気の中で地球にもいるであろう「猫」を召喚する。応接机の中心に魔法陣と光が現れ、光が消えると一匹の黒猫が座っていた。

 

「ほう、確かに。【召喚】の能力のようだ。アラムはどう思う?」

 

「私も今まで見たことのある【召喚】と同じように思えるね。」

 

「それではもういいですね。【送還】」

 

 猫が魔法陣と共に消えていく。すると今まで張り詰めていた空気が弛緩する。

 

「いやぁ、すまないね。もし君が【収納】の能力を持っているなら、私個人として父であるアルムガルト辺境伯に報告しないと、と思ってね。」

 

「ギルドは冒険者の個人情報をそんな簡単に外に漏らすんですか?」

 

「いや、ギルドは個人情報の管理はきっちりとしているよ。ただ、さっきも言ったように私個人が知りえた情報、今回で言えば君たちとの試合で得た情報だね。これについては何の制限も無い。どうとでもできる。」

 

「屁理屈ですね。でも、そうですね人の口には戸が立てられないですから。」

 

「まさにその通り。今回の呼び出しの理由はこの文書のことなんだ。」

 

 アンスガーさんはそう言いながら封筒を机の上に置く。そこで僕はハッとする。さっきも言っていたではないか、個人で知りえた情報はどうとでもできると。

 

「まさか、その封筒の中身は・・・!?」

 

「フフフ、おそらくは君が思っているまさかさ。父に、冒険者としての私個人の目から見た君のことを紹介する文書が入っている。そして今回の試合の内容についても追記するつもりだよ。」

 

「ファッ!?やめてください!!辺境伯様に僕を紹介するなんて!!僕は一冒険者として平和にほのぼのと暮らしたいんです!!!!」

 

 すぐに拒否をする。アラムさんがボソッと「冒険者になっている時点で平和とほのぼのとはほど遠いけどね~」と言っているが気にしない。あぁ、なんでこんなことに。頭を抱えてしまう。

 

「あのね、ガイウス君。冒険者になる前に通りがかりで盗賊団を殲滅して、なおかつテストとはいえ衛兵隊長のドルスさんを一方的に倒し、さらに冒険者になって二日目には試合で準3級のアントンさんを倒し、その日の午後にはゴブリンキングのいる集落を殲滅して移動がてらロックウルフとかを討伐して無傷で帰って来る。さらに疲れているだろう状態でそのままギルドマスターとサブギルドマスターに試合で勝ってしまうなんて普通は無いのよ。そんなことができる人物は、ギルドマスターが辺境伯に教えなくても自然と耳に入って、呼び出しが絶対に来るわ。」

 

 ユリアさんにそう言われると、確かにこの2日間の僕の行動は冒険者なり立てとは言い難い結果を出している。諦めるしかないのかとうなだれていると、ユリアさんが続けて言う。

 

「辺境伯に呼び出しを受ける前に、ギルドマスターの紹介で会っていた方がいいわ。紹介状の中にガイウス君とパーティメンバー、知人と行くと付け加えてもらえれば、貴方1人で辺境伯に会わなくてもいいかもしれないわよ。」

 

 その言葉を受け、僕はアンスガーさんの方に目を向ける。彼は頷き、

 

「もちろん、辺境伯である父に君が1人で会うことにならないようにしよう。書状にもその(むね)をしたためよう。一緒に着いてくるのはシュタールヴィレの2人と誰にする?」

 

 あれ、いつの間にかなんか辺境伯様に会う流れになっている。しまった・・・。

 

 結局、辺境伯様からの返事がきたらその内容次第で会うことになった。一緒に行くのは辺境伯次男でギルドマスターのアンスガーさんはもちろん、ローザさんとエミーリアさん、そしてなぜかユリアさん。

 

 ユリアさん曰く「久しぶりにダヴィド様(辺境伯様のお名前らしい)にお会いしたい」とのことだった。なんか怖い笑みを浮かべていたけど僕はなんも見ていない。そして、面白半分怖さ半分でアンスガーさん達との試合前に彼女のステータスを鑑定しなければよかったと後悔していた。絶対何か起こるよ・・・。

 

 その後は、雑談をしながらお茶とお茶菓子をいただいているうちに、エレさんが戻ってきて預かり証を返してくれた。また、報酬の白金貨9枚も3等分して革袋に入れて持ってきてくれた。3枚のうち1枚は金貨100枚に両替してくれているようだった。町の買い物で白金貨なんてなかなか使う機会無いからね。この対応はありがたい。

 

 もうすでに窓から太陽は見えなくなっていた。そう、この執務室にも高価な透明ガラスがはめ込められた窓があるのだ。僕は(絶対に実家に透明ガラス入りの窓を付けるんだ)と気持ちをあらたにした。

 

 さて、日がもうほとんど落ちてきたということは今は5時過ぎくらいだろうか。すると“ボーン、ボーン、ボーン、ボーン、ボーン”と音が背後から聞こえた。「おや、もう5時か」とアンスガーさんが言う。「今のは?」と僕が尋ねると、僕の背後を指さし、

 

「時計だよ。初めて見たかな?」

 

「いえ、教会にもありましたから見たことはあります。しかし、今のみたいに音で時間を伝えることはしませんでした。代わりに教会の鐘が時間を教えてくれていました。もしかすると、村長さんとか裕福な家庭にはあったのでしょうけど、僕の家はしがない農家兼畜産家なので時計はありませんでした。」

 

「ふむ、ならこれは見たことあるかな?」

 

 そう言いながらアンスガーさんは懐から丸いものを取り出して、スイッチを押した。すると半分が開き、時計の文字盤が出てきた。

 

「懐中時計というものだよ。最近、といってもここ10年くらいかな。そのぐらいから出回り始めたものだね。」

 

「お高いんですか?」

 

「まぁね。モノにもよるけど高いよ。ただここのネジを巻きさえすれば、何処でも時間がわかるから便利ではあるね。」

 

 ほぉーっと感心したように見ていると、アンスガーさんが「私のお古で良ければ、あげようか?」などと聞いてきた。僕はそれを「冒険者ですので自分の報酬で手に入れたいと思います。」と返事をした。アンスガーさんは笑いながら頷くと懐中時計を懐にしまった。

 

「さて、もう夕食の時間になるわけだが、ガイウス君たちはどこかで食べるか決まっているのかな?決まっていないのなら、もう少し話をしたいからご一緒したいのだが。」

 

「すみません。今、みんなで泊まっている宿で夕食も出るのでそちらで食べようかと。お誘いに応えられず申し訳ありません。」

 

 もう、これ以上話をすると色々とボロを出しそうになるから早く『鷹の止まり木亭』に戻りたい。アンスガーさんは「そうか。残念だね。」と言って、諦めてくれた。

 

「それでは、僕たちはここらで失礼します。」

 

 と言って席を立ち出ていこうとすると、アラムさんから、

 

「そう言えば、泊まっている宿の名前を教えてくれるかな?辺境伯様から返事が来た時になるべく早く伝えたいから。」

 

「『鷹の止まり木亭』よ。」

 

 僕の代わりにローザさんが答えてくれる。アラムさんは「わかった。ありがとう。」と言って、扉を開けてくれた。僕たちはアンスガーさん達に頭を下げ退出した。

 

 そうして、僕たちは『鷹の止まり木亭』に戻ってきた。装備を部屋に置いて併設されている食堂に集まり、夕食を摂った。その後、ローザさんとエミーリアさんは果実酒とつまみを頼み、僕は果実水を頼んで今後のパーティの活動方針について話し合った。

 

 結果としては、辺境伯様の返事が来るまでは町から離れるような依頼(クエスト)は受けずに、森で適当に狩りをするということに決まった。まぁ、今まで通りということだね。そして、「おやすみなさい」と言って先に部屋に戻った。

 

 しかし、我ながら今日も濃い1日を過ごしたものだとシャワーを浴びながら思う。そう、『鷹の止まり木亭』には、ある一定程度以上のランクの個室にはシャワーとトイレが備わっているんだ。どっちも魔道具だから高価なんだろうなぁと思いながら体を洗う。ただ、残念なのはシャワーヘッドが壁に固定されているから、顔を洗ったりするのは1階に下りて井戸で済ませなければならないところかなぁ。でも、シャワーとかトイレとか付けたのも最近ということなので時が経てば、また使いやすく改築していくのかもしれない。

 

 さっぱりとした状態でベッドに寝そべる。そのまま瞼が重くなり僕は眠りについた。しかし、眠りについても僕には休む暇は無いようだ。

 

 なんでかって?だって、今、目の前で地球の神様が僕に向かって土下座して、その頭をフォルトゥナ様が踏みつけている光景を見ているからさ。

 




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第17話 神様からの謝罪

この空間ってそうホイホイと僕みたいな人が入っていいのかな。踏みつけられている地球の神様と踏みつけているフォルトゥナ様を見ながらそう思う。

 

「さて、ガイウス。1日ぶりね。貴方の活躍は見ていましたよ。私たちが授けた能力に(おご)ることなく、冒険者としての生活を送れているようね。」

 

「はい、フォルトゥナ様。地球の神様とフォルトゥナ様の授けてくださった能力のおかげで、初日は盗賊を討伐できましたし、2日目にはゴブリンの集落を殲滅することができました。」

 

 僕は(こうべ)を垂れながら、フォルトゥナ様に答える。途中、地球の神様が「やっぱり、俺のおかげ・・・。」と口を開いたら、フォルトゥナ様が力一杯に踏みつけなおして“ドゴォッ!!”と音ともに床?にめり込んだ。

 

「顔をあげなさいよ。しかしながら、私たちの授けた能力で厄介なことに巻き込まれもしてるわね。謝罪するわ。」

 

 フォルトゥナ様が頭を下げる。地球の神様は床から引っこ抜かれ無理やり頭を掴まれ下げさせられていた。なんか地球の神様のほうからミシミシという音が聞こえるけど、気にしない。無視しとこう。

 

「そんな、フォルトゥナ様に謝っていただくことなんて何も。この能力のおかげで、ローザさんとエミーリアさんにも出会えてパーティを組めましたし、俗なことを言うようですがお金もだいぶ貯まりました。感謝はすれど恨むことはありません。」

 

「本当に優しい子だこと。貴方を此処の空間に呼んだのは謝罪をするということもあったのだけど、なぜ、コイツが貴方に能力を授けたのかその理由を説明しようと思ってね。」

 

 フォルトゥナ様は“コイツ”のところで、また、地球の神様の頭を床にたたきつけていた。あまりの威力に床が震える。「【格闘術がLv.42】になりました。」あっLv上がった。フォルトゥナ様はまた地球の神様の頭を踏みつけ、

 

「コイツは自分の世界から異世界転生や転移する魂が多いから、意趣返しをしようと思って魂の器の大きくて若い貴方に目を付けて能力を与えたみたいね。」

 

「そうなんだ。俺の管理する地球、特に日本という国では物語の影響で、死んだりして魂が肉体から離れたら異世界転生や転移できると信じているものが多い。そのせいで、他の世界に優秀な魂が流れていくことがあるんだ。昔、他の世界から地球に魂を引っ張ってきたこともあったけど、地球から流れる魂ほど周囲に与える影響は大きくなかった。もちろん、かれらが悪いわけではないんだけどね。」

 

 ガバっと地球の神様が頭を上げて言った。フォルトゥナ様はバランスが崩され尻もちをついている。立ち上がりながら「このバカ!!急に起き上がるな!!」と怒鳴っていた。地球の神様は「ごめん、ごめん」と謝りながら、

 

「それで、話の続きだけどね。俺の世界から異世界転生・転移した者たちは、大なり小なりその世界の神々から特別な能力、いわゆるチートを授かっていてね。いや、俺も地球に転生・転移した者たちには能力をあげていたんだよ。でも、天才とか英雄と呼ばれる者たちは良かったけど、化け物として討たれる者が出てきた辺りで、あまり強力な能力を授けることはやめたんだ。なぜという顔をしているね。こっちの都合で転生・転移した魂が傷ついていくことを見るのがつらくてね。」

 

 はあ、そんなことがあったのかぁ。軽薄そうに見えるけど地球の神様もしっかりと神様をしていたんだね。

 

「だから、地球に近い世界でそれなりに若くて大きい魂の器に能力を授けて、その成長過程を見てみたいと思ってね。そうしたら、ちょうどフォルトゥナの管理する世界にその条件に当てはまる魂があったもんだから、能力を授けたわけ。そう、君のことだよ。ガイウス。君のこの2日間の行動を見て俺の目に間違いは無かったと思っている。」

 

「それは、期待に沿えたようで何よりです。えっと、失礼ですけど、謝罪とそのことを言いたくて、僕をこの空間に呼んだんですか?」

 

 すると、2人の神様は顔を見合わせ、フォルトゥナ様が口を開いた。

 

「非常に悔しいことだけど、私もあなたの今後の活躍が気になってね。このバカと話し合った結果、新たな能力を授けようと思うの。受け入れてくれるかしら。」

 

「えーっと、内容にもよりますが。」

 

「えぇ、そうよね。授ける能力は【不老不死】よ。」

 

「えっ!?」

 




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第18話 新しい能力です

「驚くのも無理はないわね。でもね、これから私の世界ではその能力を持った強い者が必要になるの。」

 

「それは伝承や物語に出てくる邪神を倒す勇者になれということですか?」

 

「勇者は、私が神託を出して他の者にさせるわ。そもそも邪神とは明確に定義できるモノではないの。あらゆる生物の怒り、憎しみ、後悔、悲しみなどの負の感情が集まってできるモノなのよ。だから私にもいつ生まれるかわからないモノなのよね。」

 

「それでは、僕は何をすればいいのですか?」僕は問う。

 

「簡単よ。冒険者を続けて魔物を狩り続けてほしいの。今、この世界では魔物の数が他の生き物よりも増える速度が加速しつつあるの。あなたが殲滅したゴブリンの集落もその余波で生まれたモノね。放置していたら数千体にまで増えてスタンピードが起きていたでしょうね。」

 

「フォルトゥナ様がどうにかはできないのですか?」

 

 フォルトゥナ様は苦笑いしながら、

 

「私みたいな力を持った神が降臨するとなると世界に大きな影響を与えてしまうの。簡単に言うと世界という受け皿が私の力を受け入れきれずに私の力が(こぼ)れてしまうの。それこそ天変地異が起きるでしょうね。最悪、世界が壊れるかもしれない。でも、どんな結果になるかは私にもわからない。だから、貴方に頼むのよ。ガイウス。」

 

 そう言ってフォルトゥナ様は静かに頭を下げる。確かに教会で読んだ聖書や勇者の伝記には、「フォルトゥナ様の神託があり、世界が救われた。」という記述はあってもフォルトゥナ様自身が降臨されたというのは無かった。

 

「つまり、僕がフォルトゥナ様の代わりとして世界の管理者のような役割をするということでしょうか?」

 

「話が早いわね。その通りよ。」

 

「もし、人間が増えれば人間を殺さなければならないのでしょうか?」

 

「そんなことしなくても、人間は食糧や資源、土地を巡って勝手に殺し合うじゃない。貴方が手出しをするときは、それがいき過ぎてしまった場合よ。」

 

 フォルトゥナ様は笑いながら答える。いや、人間の僕には笑えないんだけどなぁ。んー、どうしようか。【不老不死】の能力を受け入れるべきか。悩む。家族や知り合いが、みんな寿命で死んでいく中で自分だけが歳をとらず生き永らえていくのは、どんなものだろうか。虚しいに違いない。よし、断ろうと答えだした瞬間、肩をポンと叩かれた。その瞬間体が光った。振り返ると地球の神様が笑顔で居た。嫌な予感がする。とりあえず聞くだけは聞こう。

 

「どうかしました?」

 

「おめでとう。これで君も【不老不死】だ!!」

 

「なんてことしてくれるんですか!?断ろうと思ったのに!!」

 

 地球の神様は笑いながら言う。

 

「君のことだから「家族や知り合いが死んでいくのを見送るのはゴメンだ。」とでも考えていたんだろう?」

 

 図星をさされる。答えにつまっていると、

 

「我々、神がいるじゃないか。それでは、不満かな。それに不老不死って異世界転生・転移でも結構人気な能力なんだよ。あと、不老とは言っても身体能力のピークの10代後半から20代前半までは成長するからね。ちゃんと大人になれるよ。ハーレムも作り放題。」

 

 なんとも自分勝手な神様だ。フォルトゥナ様が、この神様に対して暴力を振るうのをいとわないことが、なんとなくわかった気がする。僕は肩を落としながらフォルトゥナ様に尋ねる。

 

「本当に【不老不死】の能力が付与されたんでしょうか。今からでも取り消しは・・・。」

 

「このバカがごめんなさいね。もうすでに【不老不死】は貴方の能力として付与されたわ。そして、このバカが取り消しを出来ないようにロックをかけているの。解除できるのはこのバカだけよ。本当にごめんなさい。」

 

「もう、いいですよ・・・。フォルトゥナ様・・・。ただ、1つだけいいでしょうか?」

 

「何かしら?私にできることなら言ってちょうだい。」

 

「あの地球の神様を殴ってもいいですか?」

 

「いいわよ。「よくないよ!!」黙りなさいこのバカ!!」

 

 異を唱える地球の神様にフォルトゥナ様の拳が叩き込まれる。そして、僕もいつも通りにまずは膝を破壊し、「痛ってー!!」(うずくま)った瞬間、顎に蹴りを入れる。「うがぁっ!!」そして全力を込めたパンチを顔面に叩き込む。「ごっ!?」と呻いて地球の神様は倒れた。少しだけスッキリした。フォルトゥナ様のほうへ向き直り、

 

「納得は出来ていないですけど、【不老不死】の能力をいただきます。」

 

「本当にごめんなさい。私の【祝福】と【加護】もあげるわ。普通は聖女とか勇者だけに与えるのだけれど、今回は特別。迷惑料として受け取ってくれるかしら?」

 

「はい、ありがたく。」

 

「なら、よかった。」

 

 笑顔でフォルトゥナ様が僕の頭に手を乗せる。すると一瞬だけ体が光った。

 

「はい、これで終わり。このバカは私がちゃんと折檻(せっかん)しておきます。それでは、今回はここまでね。またねガイウス。」

 

「はい、フォルトゥナ様」

 

 光に包まれ、それが収まると僕は「鷹の止まり木亭」の部屋にいた。窓から空が白み始めているのが見える。新しい僕の人生と新しい一日が始まる。

 




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第19話 辺境伯邸へ

 冒険者になって3日目にして、地球の神様から【不老不死】という迷惑極まりない能力を授かった。フォルトゥナ様からは【祝福】と【加護】という勇者や聖女などの限られた人にしか授けないありがたい能力を授かった。・・・地球の神様をもうちょっと殴っておけばよかったかも。

 

 朝からこんなんじゃだめだ。桶を【召喚】し、【水魔法】で水を溜め、顔を洗う。少しはスッキリしたかも。朝食をとるために1階の食堂へと向かう。朝早いので、まだ誰も食事に来てはいなかった。

 

 僕はアンゲラさんに挨拶と共に朝食をお願いした。アンゲラさんは「はいよ。」と言って厨房に入っていった。数分後には朝食を乗せた膳が運ばれてきた。朝食を食べ終わる頃には、宿泊客がだいぶ下りてきて食堂の席も埋まってきた。僕は膳を返却カウンターに置いて部屋に戻り、装備を整えるとギルドへと向かおうとした。

 

 扉を出る前に「ガイウス」と声をかけられた。振り向くと朝食をとっているローザさんが手で招いていた。同じテーブルにエミーリアさんもいた。2人と同じテーブルに着くと、「今からギルド?」と聞かれたので「はい。」と答えた。「もうすぐ食べ終わるから待っといてくれない?」と言われ頷く。アンゲラさんに果実水を頼んで2人と談笑する。

 

 30分後には、装備を整えた2人とともにギルドへ向かい歩いていた。すると、前からユリアさんが歩いてきた。彼女もこっちに気付いたみたいで少し早足で近づいてきた。「おはようございます。」と挨拶をすると、彼女も笑顔で「おはようございます。3人とも。」と返してくれた。ギルドの制服できているから、その関係なんだろうけど、どうしたんだろう?

 

「3人ともまだ町の中に居てくれてよかったです。実は辺境伯様からの返信をギルドマスターがさっき持ってきまして、それをお知らせするために『鷹の止まり木亭』に向かう途中でした。」

 

 もう返事が来たのかと3人して驚いていると、ユリアさんが笑顔で、

 

「さぁ、ギルドに行きましょう。ギルドマスターと馬車も待機させています。あっ、服装は冒険者ということで普段通りでいいそうですので、そのままで。」

 

 「さあさあ」とユリアさんに(うなが)され、ギルドへと急ぐ。本当にこのままの服装でいいのかと戸惑いながらも、ギルドに着いた。入り口には確かに馬車があり、そばにはギルドマスターのアンスガーさんが立っていた。「おはようございます。」と声をかけると、

 

「3人ともおはよう。すまないね。こんな急になってしまって、父がどうしても早く会いたいというから。見てくれこの返事を書いた紙を。」

 

 そう言って見せられた紙には、「ガイウスという冒険者に早く会ってみたい。この手紙とともに馬車をやるので、すぐ連れて来るように。服装はいつも通りでよろしい。」というような内容のことが書いてあった。なんとも味気無い内容だ。貴族様のお手紙だからもう少し、こう装飾された内容なのかと思っていた。

 

 「さぁ、早く馬車へ。」アンスガーさんに声をかけられ、僕たち3人とユリアさんが馬車に乗り込む。「道中、何が起きてもすぐ対処できるようにね。」と言いアンスガーさんは一頭の馬に跨った。

 

 アンスガーさんを先導に馬車が動き出す。門でも辺境伯家の馬車ということで特に止められことは無かった。そのまま、辺境伯様のお屋敷までの道中は何も起こらず、無事にお屋敷に着いた。

 

 しかし、お屋敷というよりももっと堅固なモノに見える。何しろ周りには堀が掘られていて、物見櫓があり、簡単には崩れなさそうな防壁に囲まれている。見たことは無いけどお城とか要塞といった感じが、しっくりくるんじゃないだろうか。

 

 そんなお屋敷の正門から入り正面玄関に馬車は着く。ただの冒険者の僕たちが正面玄関から入るとは、礼儀的に大丈夫なのだろうか。そんな自分の心配をよそに屋敷の使用人の人の手でドアが開かれる。ええいままよと、馬車から下りる。アンスガーさんは馬の手綱を使用人に慣れた動作で渡している。

 

 女性陣の降車には使用人が手をかしていた。全員揃うと、アンスガーさんを先頭に扉が開け放たれている、正面玄関へと歩き出す。玄関内には左右に使用人が分かれて並んでおり、僕たちが玄関内に足を踏み入れた瞬間みんな一斉に頭を下げた。あぁ、帰りたい。

 




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第20話 ダヴィド・アルムガルト辺境伯

 「父上を呼んでくるから、ここで待っていてくれ。」とアンスガーさんに応接間らしき部屋に案内された僕たち。ユリアさんは早速、席について出されたお茶とお菓子を楽しんでいる。僕たちもメイドさんに薦められるがまま席につく。

 

 しばらくお茶とお菓子を楽しんでいると扉がノックされた。ユリアさんが立ち上がったので真似て立ち上がる。すると執事らしき人が扉を開け、アンスガーさんともう2人男性が入ってきた。みんなして頭を垂れる。その前にすぐに鑑定をする。お年を召しているのは、ダヴィド・アルムガルト辺境伯様。もう1人のアンスガーさんと年が近い方は、アンスガーさんのお兄さんで次期辺境伯のヴィンフリート・アルムガルト様。

 

「みんな顔をあげてくれ。父上、兄上、紹介しましょう。彼が9級冒険者のガイウス殿です。ガイウス殿の右にいるのが7級冒険者のローザ殿、左にいるのが同じく7級冒険者のエミーリア殿です。それと・・・。」

 

「お久しぶりです。ダヴィド様。ヴィンフリート様。ユリアで御座います。」

 

 アンスガーさんの紹介を遮ってユリアさんが挨拶をする。その瞬間、ダヴィド様とヴィンフリート様の表情が苦いものに変わった。

 

「ユリアという名の女性ギルド職員がついてくるとは書いてあったが、まさかユリア殿だったとは、お久しぶりです。」

 

 ダヴィド様はそう言って頭を下げる。それに続きヴィンフリート様も。一体どうなっているんだ。

 

「お2人ともご健勝で何よりです。私の目の黒いうちはアルムガルト辺境伯家の男子は腑抜けと、言われないようにしていただきたいものです。」

 

「はい、それはもう。ヴィンフリートの息子であり私の孫のディルク、ベルントにも鍛錬を欠かさないよう強く言い含めております。」

 

「ならば、良いのです。さて、ギルドマスター、途中で遮ってしまい申し訳ありませんでした。」

 

 ユリアさんがアンスガーさんに頭を下げる。アンスガーさんは「ゴホン。」と咳払いし、

 

「まぁ、とにかく父上がお会いしたいと言っていたガイウス殿をお連れいたしました。」

 

「ふむ、アンスガーよ。お前から封書を貰った時にも信じられなかったが、孫とほとんど歳の差などない彼が、ゴブリンキングとその集落を殲滅し、お前に勝ったなど今でも信じられん。ゴブリンキングを討ったなどとは作り話か他の上級冒険者に手伝ってもらったのではないかね。お前との試合とて両隣のパーティメンバーと共に闘ったのであろう。彼1人の実力ではないのではないかね?」

 

「私が嘘を書いたと?では、どうします?会いたいとそう返事されたのは父上ではないですか。」

 

「ふむ、我が騎士たちと模擬戦をさせたい。そこで実力を見せてもらおう。どうかな?ガイウス殿。」

 

 えっ、また試合!?しかも、今度は領主様の騎士たちと!?嫌だなぁ。馬鹿にされているけど、はっきり言って面倒くさい。でも、それでさっさとこの場から逃れることができるなら、

 

「わかりました。模擬戦受けて立ちます。ただし、僕個人としてです。パーティメンバーの2人には外れてもらいます。」

 

「ふむ、お主がギルドにした報告ではゴブリンキングの件の時もお主1人だけだったわけだしな。良いだろう。」

 

「ありがとうございます。辺境伯様。」

 

「では、屋敷の外に練兵場がある。そちらで闘ってもらおうかの。あぁ、ちなみに木剣などは使わず、きちんとした装備で闘ってもらう。」

 

「殺してしまいますよ!?」思わず大きな声で言ってしまった。

 

「ふむ。殺せるものなら殺してみるが良い。あまり大人をからかうものではない。」

 

 そう言って、辺境伯様は出ていってしまった。ヴィンフリート様も僕のことを大したことないと思っているのか、使用人を模擬戦の準備をするよう騎士たちに伝えさせに行かせた。1人アンスガーさんだけが、顔を青くして冷や汗を流している。

 

「兄上、普通の実戦装備での模擬戦はマズイ。ガイウス君の言うように人死にが出るぞ。」

 

「アンスガー、お前こそアルムガルトの騎士たちを、なめているのではないか?ギルドマスターの椅子に長く座り過ぎたか?」

 

「ヴィンフリート様、私からも一言言わせていただきますが、ガイウス君は強いですよ。それも桁外れに。私よりも強いでしょう。」

 

「ユリア殿よりも?冗談でしょう。」

 

「冗談ではありません。彼の試合を2回、審判としてみましたが、彼の実力は確かに私よりも上回っているでしょう。騎士たちの訓練を見たことはありませんが、私がダヴィド様、ヴィンフリート様、そしてギルドマスターに課した修練よりも劣っているのであれば、結果は目に見えています。」

 

 ユリアさんがそこまで言うとヴィンフリート様も顔色をどんどん青くさせていく。「父上を止めなければ」とヴィンフリート様が部屋を出ようとしたときに、使用人が戻ってきて、準備ができたことを伝えた。これで血を見ることは決まったわけだ。

 

 さて、人を自分の都合で呼び出して、けなしてくれた辺境伯様には現実を見てもらうため、神様から授かった能力を余すことなく使って蹂躙(じゅうりん)させてもらおう。




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第21話 アルムガルト辺境伯騎士団

 アンスガーさんとヴィンフリート様の制止の声を振り切って、練兵場まで使用人の後を着いて行く。使用人には2人が僕を制止しようとするのが不思議だったみたいで、「お2人ともいかがしたのでしょう?」と聞いてきたので、僕はわざと「さぁ?何があったんでしょうね。」と、とぼけた。

 

 練兵場には正門ではなく裏の通用門から行った方が近いようで、そちらから案内された。ちなみに僕の後ろには黒い笑顔を浮かべたローザさんとエミーリアさん、呆れたというような表情をしているユリアさんが着いて来ている。アンスガーさんとヴィンフリート様は、さらにその後ろを青い顔をして歩いている。

 

 さて、練兵場に着いた。案内してくれた使用人にお礼を言い中に入る。目の前にギルドの練習場よりも広大な敷地が広がる。そして、その敷地には騎乗した騎士が30騎、歩兵が50人。フッと(かげ)ったので、上を見上げれば空には竜騎兵(ドラグーン)が10騎も遊弋(ゆうよく)していた。

 

 ざっと全員を鑑定したけど、僕よりも強い人はいない。1対1なら負けないだろう。しかし、今回は90人もの軍人を相手に戦う。まぁ、ゴブリンの集落を潰した時よりは(らく)だろう。ローザさん達も入ってきたが、離れた観覧席に案内されている。手を振ってきたので笑顔で振り返す。アンスガーさん達はダヴィド様の所に駆けて行った。おそらく、この模擬戦を止めようとしているのだろう。だが、ダヴィド様は聞き入れなかったようだ。

 

 僕は練兵場まで歩いていく。すでに短槍と長剣、弓矢の準備は万端だ。騎士たちと対峙するように立つ。距離は100mほどだろうか。騎士たちが話しているのが聞こえる。

 

「子供とは聞いていたが本当に子供ではないか。」「我らに子供を討てとおっしゃるのか。」「すぐに勝負を決めよう。歩兵や竜騎兵(ドラグーン)に出番を与える必要などない。」「早く終わらせて業務に戻りたいものだ。」「おい、口が過ぎるぞ。あんななりでもゴブリンキングを討ち、アンスガー様に勝ったのだ。油断してはならん。」などなど、最後の人以外は完全に僕を舐めきっている。ま、そのほうがやりやすい。

 

 ダヴィド様が観覧席から声を発する。

 

「これより、我が辺境伯軍の選抜隊と9級冒険者のガイウスの模擬戦を始める。装備は通常戦闘に使うものと同じものとする。勝敗は選抜隊の全滅か、ガイウスの降伏または死亡で決着とする。異存はないか。」

 

 僕は頷き、騎士たちも頭を垂れて答える。

 

「それでは、これより試合を開始する。」

 

 ダヴィド様の宣言と共に大太鼓が打ち鳴らされる。僕は(わら)う。さぁ、殺し合いの開始だ。

 

 相手の騎士たちが突撃槍の穂先をそろえ騎馬を駆けさせてくる。騎馬突撃だ。まともにくらったら僕は挽き(ミンチ)よりもひどい姿になるだろう。けど僕も走って距離を詰める。その間に左手にジョージから教えてもらった“Ⅿ18スモーク・グレネード”を召喚し、ピンを抜いて投げる。あっという間に緑の煙が広がり、僕と敵の騎士たちを包み込む。視界が効かない中【気配察知】を使い、敵の場所を把握する。

 

 いきなりの煙に騎士たちは混乱しているようで、馬の足を止めた。まずは騎馬突撃を防げた。さて、ここからは1人ずつ処理していこう。まずは、一番近くの騎士の手綱を斬り、短槍の石突で思いっきり鳩尾(みぞおち)付近を突き、落馬させる。馬は邪魔だからお尻を少し刺して、どこかに行ってもらう。これがさらに混乱に拍車をかける。

 

 その間にまずは1人目の戦闘力を奪おう。落馬してやっと起き上がった騎士と至近距離で対峙する。さすがに煙の中でもこの距離なら僕を視認できるようだ。「おのれ、煙とは卑怯な手を。」などと言っているが、模擬戦に卑怯もクソもないだろうに。

 

 僕は、彼が戦闘態勢を整える前に短槍で、両肩と両膝を突く。鋼鉄製の短槍は鉄製の鎧を易々(やすやす)と貫く。そして最後に下腹部を貫く。「がっ!?」と呻き地面に倒れ伏す。血が流れ広がる。急所は外してあるから死んではないはずだ。他の騎士たちにも同じような末路を辿(たど)っていただこう。さらに“M18スモーク・グレネード”を【召喚】し、四方に投げる。

 

 さあ、ただの子供と舐めたつけを、己の体で払ってもらおうじゃないか。

 




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第22話 蹂躙

 さて、16騎ほど無力化したところで、【気配察知】に歩兵隊の動きが引っかかった。僕は、歩兵隊のいる方向へ「ファイアランス」と唱え【火魔法】を数発放つ。少しの悲鳴と怒声が聞こえる。敵の歩兵隊には弓兵もいたけど、この煙なら誤射を恐れて()れないだろう。実際、一本も矢は飛んでこない。

 

 しかし、煙も薄くなってきた。そろそろ完全に視界が晴れることだろう。その前にあと2、3騎は倒しておきたい。というわけで手近な騎士から手にかけていく。

 

 さて、煙が完全に晴れてしまった。地面に倒れ伏し血を流している騎士の数は22。馬に騎乗した騎士は0。煙が晴れる前に全員を地面にたたき落とした。さて、残り8人の騎士が全員、槍は捨て剣を構えている。まぁ、馬上用の突撃槍は大きくて使いづらいからね。さて、この8人も先に仕留めた22人同様にさせてもらおうか。

 

 一番近くの騎士に対して一気に間合いを詰める。「速い!?」とか驚いているけど、驚く暇があるなら、何らかの行動をするべきだ。固まっていると、ほら両肩に穴が開く。そして両膝にも。そして膝から崩れ落ちるまでに下腹部にも穴が開く。10秒もかかってないよ。そして、現状をやっと把握した、まだ立っているだけの騎士のみなさん、遅いですよ。

 

 若干の抵抗はあったものの竜騎士(ドラグーン)以外の騎士を殲滅した。みんな自分が作った血溜(ちだまり)に倒れ伏している。歩兵部隊はその光景に恐怖したのか、進むのをやめている。足が止まった歩兵部隊なんてただの的にすぎないのに。

 

 僕はすぐに弓に持ち替え、連射を始める。狙うは騎士と一緒で両肩、両膝、下腹部だ。すると、どうだろう。面白いように命中していく。まぁ、棒立ちの人間なんてただの的と一緒だからね。15秒で5人は仕留めた。もがき苦しんでいるから騎士たち同様、死んではないようだ。

 

 この15秒の間に歩兵部隊は陣形を整え、盾を構えながら前進してくる。正しい対処法だと思うが、僕には好都合だ。“M84 スタングレネード”を数個【召喚】し、投擲(とうてき)する。僕は、耳を塞ぎ、相手に背を向ける。すると、すぐに爆発音が聞こえた。恐らくは凄まじい閃光もあったはずだ。観客席を見ると目を抑えてのたうち回っている人々の姿が見える。

 

 そして、振り返ると歩兵部隊の全員が目と耳を抑えてのたうち回っていた。僕はちゃっちゃっと近づき、1人1人仕留めていく。「卑怯だぞ!!」と叫び続けている人がいたからその人は浅く首を切った。そしたら、叫ぶのをやめた。やはり、人を黙らせるのには命の脅威にさらすのが一番効果がある。

 

 半数ほど倒したところで「【LV.が37】に上がりました。【槍術がLv.19】に上がりました」と声が響いた。そして、また、短槍で仕留めていくのを続ける。歩兵部隊の兵士の生き残りは、血溜に倒れこむ騎士と仲間の姿を見て、恐慌状態に陥っている。

 

 僕は(わら)った。それを見て、さらに恐怖が増したのだろう武器を捨て逃げようとする兵士がいたが、すぐに追いつき、短槍を使わず、籠手で肩の骨を砕き、蹴りで膝の骨を砕く。勢い余って骨が飛び出てきた。それを無視し長剣で下腹部を真一文字に斬る。血を吹き出しながら“ドウッ”と倒れ伏す。

 

 それを見て僕はさらに(わら)う。笑みを深くする。もう既に歩兵部隊の仕留めていない兵士たちは戦意を失くし立ち尽くすか、すすり泣くか、逃げようとしている。僕は逃げる兵士から短槍で仕留める。そうして、模擬戦が始まって10分もしないうちに、竜騎士(ドラグーン)10騎を残して、地上部隊は全滅した。

 

 次は対空戦だ。素早く飛んで動く竜騎士(ドラグーン)には、ジョージの言っていた「偏差射撃」を試してみよう。まだ、上空を円を描いて遊弋している竜のうち一匹に狙いをつけ弓を引き絞り、目標の少し前方に矢を放つ。放つと同時に【風魔法】を使い加速させる。すると、思った通り胴体に命中した。

 

 しかし、それでも()ちてくる気配はない。次の矢を射ろうとすると、槍を構え向こうからやって来た。急降下による槍撃だ。僕は嫌がらせのように【火魔法】でファイアランスを撃ちまくる。命中せずとも隊列が崩れていくのがわかる。

 

 そして、先頭の竜騎士(ドラグーン)の槍がとどくという瞬間に、僕は跳んだ。彼の槍を籠手で弾きながら接近する。そして短槍を5カ所に叩き込む。血を吹きながら竜から落ちる騎士。ふむ。あれは危ない。下手すると死んでしまう。落下した彼はどうやら、(うごめ)いているようなので、まだ生きているから良かったが。

 

 さて、どうするか。あと、9騎の竜騎士(ドラグーン)を倒すには。殺さないというのは、難しいものだなぁ。




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第23話 決着

 さて、残り9騎の竜騎士(ドラグーン)だが、取り敢えず地面に下りてきて貰わなければならない、だから、可哀想だが、現在、低空飛行をしている竜に()ちてもらうことにした。

 

 短槍から長剣に持ち替えて、【魔力封入】で魔力を込める。魔法剣となったそれに【火魔法】を添加する。炎が立ち上がる長剣を構え、竜騎士(ドラグーン)を迎え撃つ。低空飛行しながら槍突撃(チャージ)をしてくる。僕はそれを軽くかわし、竜の翼を切り裂く。上手くいったようで、そのまま竜騎士(ドラグーン)は墜落した。あとは、これを8回繰り返すだけだ。

 

 さて、8回も竜の翼を切り裂くのをしたわけだが、思いの外苦労した。なにしろ、一瞬、脳裏に銃を【召喚】しようと思ったぐらいだ。まぁ、5分少々で済んだからヨシとしよう。あとは、空から墜ちた騎士たちだ。もう竜には騎乗していなので、恐るべき竜騎士(ドラグーン)ではない。

 

 だが、彼らの戦意は落ちていない。逆に高まっている。なにせ「ここまで、やれる相手とは思わなかった。心が躍る。」「仲間の仇を取ってやろう。」「血湧き、肉躍るとはこのことか。楽しいな。」などなど、バトルジャンキー的なことを言っている。まぁ、戦いながら(わら)っている僕が言えたことではないが。ある意味、同類なのかもね。

 

 さて、残り9人か。しかも、戦意旺盛な。これは、魔法剣は使わず、普通に戦おう。その方がこの人たちも納得するだろう。【魔力封入】を解除し、長剣を元に戻すと、騎士たちは「ほう。」という顔をしたあと、笑った。「気に入った。」「あぁ、俺も気に入った。」「この人数相手に普通の長剣で向き合うその度胸。気に入らんはずがないな。」などなど好き勝手に言っている。正直、真正面から褒められと気恥ずかしい。

 

 しかし、そんなことも思っていられない。すでに戦闘を開始してから15分は経過している。早く終わらせて最初に傷を与えた騎士を治療しないと失血死してしまう。彼らには悪いが、手早く勝たせてもらう。

 

 まずは、一番遠い騎士に向かって跳ぶ。自分が最初に狙われるとは思ってなかったようで、目を見開いている。が、受け止められた。流石だ。だが、ここからはついてこれまい。一瞬で背後に周り両肩と両膝に穴を開ける。そして、剣の柄で鳩尾に一撃を入れる。「がはっ!?」と言って倒れる。

 

 仲間のその姿を見ていた残りの騎士たちは、戦意が落ちるどころか1人倒すたびに戦意が上がっていく。そして、最後の1人となった。彼は一旦、姿勢を正し「私はアルムガルト竜騎士団団長コンラート・バウマン。」と名乗った。僕もそれに倣い「9級冒険者、ガイウス。」と名乗った。

 

 名乗りが終わり、互いに剣を構える。そして、僕は跳躍し上段からの斬り下ろしを放つ。コンラート団長はそれを防ぎ、押し返す。体重の軽い僕は、そのまま後ろに下がる。下手に踏ん張ることはしない。今度はコンラート団長が突きを繰り出してきた。ふむ、折角だから避けることも防御することもせず、新しい能力の【不老不死】を試してみよう。そして、僕は、体の中心を剣に貫かれる。あっけなく僕が刺されたのを見てコンラート団長は呆気(あっけ)に取られている。

 

 刺されたところが熱く、痛い。喉の奥から何かがこみ上げてくる。(たま)らず「ゴボッ」と吐いた。血だった。うん、意識ははっきりしているし、四肢に力も入る。【不老不死】は上手く機能しているようだ。僕は剣に貫かれた状態で、左手で剣が抜かれないようにコンラート団長の右手を掴み。右手で彼の左肩を掴む。そして、両手に力を込めていく。

 

 コンラート団長は驚いたようで目を見開いて、剣を引き抜こうとしているが、僕が全力で阻止している。そして、右手で掴んでいた彼の左肩から“ミシミシ”と音が聞こえてきた。さらに右手に力を込めると、彼の鎧がひしゃげると同時に骨を折ることができた。彼は痛みに顔を(しか)めたが、まだ終わりじゃない。その後は、僕のお得意である“膝破壊”から始まり、右肩も鎧ごと破壊した。そして、鳩尾(みぞおち)(こぶし)を叩き込む。

 

 コンラート団長は「見事」と言って、剣から手を放し倒れた。僕は、刺さったままの剣をゆっくりと引き抜く。刺された時も痛かったけど、抜くときも相当痛い。口と傷口からは相変わらず血があふれ出てくる。剣を完全に抜き、【ヒール】を自分に掛ける。傷口を塞ぎ終わり、周りを見渡す。立っているのは僕だけだ。これで僕の勝ちだ。その意味を込めてダヴィド様に視線を向ける。しばらくボーっとしていたけどすぐに、

 

「しょ、勝者、ガイウス!!・・・・。」

 

 と宣言した。ふう、勝った。それじゃあ、失血死する前に負傷している騎士や兵士さんたちの治療をしないとね。僕は、【ヒール】を掛けて回った。途中で辺境伯軍の衛生兵の人たちが参加し、エミーリアさんも観覧席から下りてきて手伝ってくれた。

 

 【ヒール】を掛けて回っていると、「【ヒールがLv.10】になりました。【リペアLv.1】を取得しました。」おぉ、【ヒール】のLvが上がった。【火魔法】や【風魔法】は上がらなかったのに。それに【リペア】という新しい能力を覚えた。さて、使い道はあるかな?




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第24話 治療のお時間です

 さて、【リペア】というのを覚えたはいいが、どう使うのかな?どこかで試してみたいな、と思っていると、竜騎士(ドラグーン)のコンラート団長たちが、自分の愛竜のところで剣を抜いて何かをしようとしていた。

 

 何をするんだろうと思っていると、コンラート団長は竜の首目掛けて剣を振り下ろそうとしている。

 

「なにをしているんですか!!」

 

 と叫び急いでそれを止めに入る。振り下ろされた長剣を籠手で受け止める。ギリギリ間に合ったようだ。彼は驚いているが、驚いているのは僕もだよ。なんで、竜たちを(あや)めようとしていたんだろう。

 

「なんで、こんなことをするんですか。」

 

「彼らは君に翼を切り裂かれた。もう竜として飛ぶことはできない。だから、ここで楽にしてあげようと思ってね。」

 

 なんと、僕のせいだったとは。どうにかして、竜たちの命を助けたいが、どうすれば・・・。そういえば、さっき覚えたばかりの【リペア】。【ヒール】を使っているときに取得したんだから、治癒系の魔法に違いない。何もしないよりもせっかくだから試してみよう。

 

「すみません。僕、試させてほしい治癒系の魔法があるんです。それを竜に使っても構いませんか?」

 

「【ヒール】ではなくてかい。それは構わないが・・・。」

 

「それじゃあ、部下の方々にも竜を楽にさせるのは待たせてください。では、いきます。【リペア】。」

 

 すると、竜の切り裂かれた翼が、傷口から新たに生えてきて、数分もしないうちに元通りになった。コンラート団長は、驚き、その後は、笑顔になり僕の手をとりブンブンと振った。

 

「ありがとう。ガイウス殿。貴殿のおかげで相棒を死に追いやらずにすんだ。本当にありがとう。図々しいようだが、魔力に余力があるならば残りの竜たちも治してくれないだろうか。今の光景は全員が見ている。」

 

「もちろん、そのつもりですよ。ただ、コンラート団長も一緒に回ってください。そのほうが、騎士の方々も安心するでしょうから。」

 

 そうして、僕は竜たちの翼を治していった。治すたびに騎士からは感謝の言葉をもらった。元々は、僕がつけた傷だというのに。そのことをある騎士とコンラート団長に言うと、2人とも、

 

「真剣勝負だったのだから、当たり前だ。気にすることは無い。それに、君は命を懸けていた。我々もそれぐらいの気概を持って勝負に当たっていた。大きな声では言えないが、今回のこの状況を作り出した元凶は、君の実力を見誤った辺境伯様だ。繰り返すが、君が気にすることは無い。」

 

「団長の言う通りだ。それに君との戦いは久しぶりに心が躍った。今度、普通に木製武器を用いた真剣勝負をしたいものだよ。」

 

 と言ってくれた。でも、大きな声で無いとはいえ周囲に聞こえる環境で、辺境伯様のことをそんな風に言って、コンラート団長は大丈夫なのだろうか。僕のそんな考えが顔に出たのか、コンラート団長は笑いながら、

 

「これでもバウマン侯爵家の次男なんだ。辺境伯様とは、親しくさせていただいているから大丈夫だよ。よく、作戦の立案とかでも言い合いになるからね。」

 

「家名持ちの方でしたので、貴族様とは思っておりましたが、バウマン侯爵様のご次男様とは知らず、無礼な口をききまして申し訳ございません。」

 

「あぁ、そういう堅苦しいのは無しだよ。私は1人の戦士として君を気に入った。もし、冒険者稼業に嫌気がさしたら、私の元に来るといい。そのとき私がどこに居るかはわからないが、厚遇するよ。」

 

 そう肩を叩き言ってくれた。僕も笑顔で「そのときはお願いします。」と答えた。

 

 すべての竜を治し終えると、今度は馬の治癒を行なった。騎馬騎士たちも愛馬を【ヒール】で治すとお礼の言葉を述べ、最初に侮った発言をしたことを謝罪してくれた。歩兵部隊の兵士たちを【ヒール】で治そうと近づくと、みんな後退(あとずさ)る。どうも、変に恐怖を植え付けてしまったらしい。

 

 すると、コンラート団長がやってきて、「模擬戦は既に終わったのだから、ガイウス殿はもう敵ではない。我々、騎士や竜、馬の傷も彼が治してくれた。大人しく治療されたらどうだ。」と言ってくれたので、【ヒール】をかける作業が捗った。その間、コンラート団長は、僕の後ろで腕を組んで立っていたけど。彼の圧にみんなが屈したわけではないと信じたい。




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第25話 謝罪と準備

 人と竜、馬の全員分の治療が終わると、ダヴィド様に呼ばれた。お屋敷に戻る前に呼び出されるなんて何だろう?そう思いながら、観覧席へ向かった。すると、そこには僕に対して土下座しているダヴィド様と怖い笑顔で立っているユリアさんがいた。あれ、どこかで見た光景に似ている・・・。

 

「あの・・・。これは一体・・・?」

 

「ガイウス殿。申し訳なかった。お主がここまで強いとは心底思わなんだ。どうか、屋敷での儂の失言を許してほしい。」

 

「そこは、「許してください。」でしょう。ね、ダヴィド様。」

 

「は、はいユリア殿。ガイウス殿。どうか許していただきたい。」

 

「あー、とりあえず、お顔をお上げください。できるならお体も。僕は、別にそこまで怒っていませんよ。えぇ、本当です。ユリアさんもその、怒りを鎮めてください。」

 

 そう言うと、ユリアさんは「はぁっ」とため息をはき、いつも通りの優しい笑顔に戻った。ダヴィド様も体を起こした。そして、「本当に申し訳ない。」と再度、謝ってきた。そして、アンスガーさんとヴィンフリート様の方に向き直って、

 

「お主たちの忠告をしっかりと聞いておくべきだった。すまなかった。」

 

 と謝っておられた。話が長くなりそうだったから、僕はその間にその場を抜けて、ローザさんとエミーリアさんのところに行った。ローザさんからは「さすが、ガイウス。よくやったわね。」と()められたけど、エミーリアさんからは「【ヒール】を使い過ぎて、魔力もほぼ無い。前も言ったけど、ガイウスはやりすぎ。」と怒られてしまった。でも、その後、「でも模擬戦に勝ったのは()めてあげる。」と頭を撫でられた。

 

 しばらく、3人で談笑していると、アンスガーさんとユリアさんがやって来た。どうやら、向こうでのダヴィド様との話は終わったようだ。

 

「父上が、今回の模擬戦に参加した者たちで、この後に昼食を兼ねて立食式の交流会を開きたいと言ってきたんだけど、ガイウス君としてはどうかな?」

 

 困ったような顔でアンスガーさんが言う。僕としてはお断りしたいところだけど、辺境伯様の直々(じきじき)の提案だから断れないんだろうなぁ。

 

「うーん。本音を言えば、あまり気のりはしないですけど、いいですよ。参加します。でも、そんなに急に決められて準備とかは大丈夫なんですか?」

 

「おお、参加をしてくれるか。ありがとう。準備についてだが、もともと、慰労会という名目でする予定ではあったようだ。私は知らされていなかったけどね。さて、準備といえば君の方もだよ。ガイウス君。その血まみれの装備から、綺麗なモノに変えなければ。父上からも屋敷で服装を整えるようにと言付(ことづ)かっている。」

 

 確かに、僕の服装は悲惨なものだ。革鎧と上着は胸の中央と背中に長剣で貫かれた穴が開き、さらには相手の返り血と僕自身の血で、全体的に赤黒く汚れてしまっている。これは、もう処分しないとダメだ。代わりの服は持ってきていないけど、アンスガーさんが言うには、お屋敷の方で服をどうかしてもらえるらしい。

 

「確かに、この様相では食事の場にふさわしくはありませんね。お言葉に甘えさせていただきます。」

 

「それでは、早速、屋敷に戻ろう。ローザ君とエミーリア君はどうするかね?君たちの分のドレスもあるらしいが、今の服装のままで出るかい?」

 

 ローザさんとエミーリアさんの2人は顔を見合わせた後、すぐに「「ドレスでお願いします。」」と返事をした。そういうところを見ると、女性なんだなぁと思う。あっ、これは失礼な考えかな。バレないようにしないと。ユリアさんにも用意されていたらしく先にお屋敷に向かっているらしい。

 

 僕たちもアンスガーさんの先導でお屋敷に向かう。通用門から入り、アンスガーさんからすぐにメイドさんにバトンタッチされ、メイドさんに連れられて客間に向かう。客間の中には数人のメイドさんが待機していた。大量の服と共に。嫌な予感がしたから、部屋から出ようと後ろを振り向いたら、ここまで連れてきてくれたメイドさんに笑顔で部屋の鍵を閉められた。

 

 それから僕は、交流会の始まる十数分前までメイドさんたちの着せ替え人形となった。「可愛らしいお顔立ちをされているからこの服がいいわ。」「いえ、冒険者ということですから、もう少し勇ましさを出すような感じで、この服とかいかがでしょう?」「かわいい男の子、ハァハァ・・・。」などなど、あーでもない、こーでもないと言い合いながら、メイドさん達が服を選んでいる間、きっと僕の目は死んだ魚のような目になっていただろう。何人か怪しい発言をしていたメイドさんもいたが、最終的にこの1着というのに落ち着いたときはホッとした。

 

 メイドさんに案内されて玄関ホールに向かうと、ドレスに着替えたローザさんとエミーリアさん、ユリアさんがいた。3人ともさらに綺麗になっていた。思わず見惚(みと)れていると、「みんな準備は整ったようだね。」と、正装に着替えたアンスガーさんが現れた。「それでは、会場の方に向かおうか。」と、アンスガーさんに案内されながら会場に向かう。




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第26話 交流会

 会場についたのは、僕たちが最後だったようだ。談笑をしていた人たちの視線が集まる。何人かは僕を見て顔を引き()らせている。ありゃ、トラウマになっちゃったかな?まぁ、笑顔でも作っておけばいいだろうと思って、ニッコリと笑った。すると、顔を引き()らせるどころか、顔色まで悪くなる人が増えた。・・・あれ?

 

 アンスガーさんが「気にしないでくれ。」と言ったので気にしないことにした。さて、僕たちは何処に行けばいいのだろうか。アンスガーさんについて行くと、ダヴィド様とヴィンフリート様のいらっしゃるテーブルの近くまで来た。あ、コンラート団長もいる。アンスガーさん曰く「ガイウス君は今日の主賓だからね。」ということで、テーブルがダヴィド様たちの近くになったらしい。

 

 時間になったようで、ダヴィド様が壇上に上がる。みんなの視線がダヴィド様に集まる。

 

「本日は、(みな)ようやってくれた。慣れない状況下での模擬戦だったが、得られることも多かったと思う。特に、ガイウス殿は、我が騎士団を相手に一歩も引かず、果敢に攻めていた姿は素晴らしいものであった。また、竜騎士団のコンラート・バウマン団長も騎士としての礼節を欠かさず、良い勝負を見せてくれた。他の者の範になることだろう。さて、長々と口上を述べると、折角の料理が冷めてしまうのでな。ここで交流会の開始として乾杯をしたいと思う。各々、グラスの用意は良いかの。・・・では、(みな)と領の今以上の繁栄を願って、乾杯!!」

 

「「「「「乾杯!!!!」」」」」

 

 僕も、ブドウの果実水の入ったグラスで乾杯し、口に含んだ。そして、さすがは辺境伯と驚いた。これ、果実水ではなく、純粋なブドウの果汁だ。美味しかったので思わず近くの使用人にお代わりを頼む。うん、美味しい。

 

 ローザさんとエミーリアさんはワインを飲んでいるようで、こちらもその美味しさに驚いているみたい。ユリアさんは慣れたようにワインを飲んでいる。やはり、年齢のおかげで慣れているのかな。と考えたら、ユリアさんの方から殺気の様なものを感じる。まさか、考えを読まれた!?驚いていると、ユリアさんが近づいて来て、

 

「そんなことを考えていると、女性にはすぐわかるものなのよ。」

 

 と、笑顔をつくり小声で言ってきた。僕はただ首を上下に振ることしかできなかった。アンスガーさん達の憐れみの視線が身に刺さる。「さぁ、食事を楽しみましょう。」と言って、ユリアさんは料理の置かれているテーブルへと向かった。

 

 僕も料理を取って来ようとしたら、2人の偉丈夫が目の前に現れた。誰だろうと思っていると、

 

「ガイウス殿。料理を取ってきました。どうぞ、こちらのテーブルへ。」

 

 と案内された。「あの、お名前を(うかが)っても?」と聞くと、

 

「おぉ、申し訳ない。私はヴィンフリート・アルムガルトが長男ディルク・アルムガルト。こっちは次男で弟のベルント・アルムガルトです。」

 

「辺境伯様のお孫様でしたか!?申し訳ありません。お手を(わずら)わせてしまって。あれ、でもお2人と確か模擬戦で・・・。」

 

「そう、竜騎士(ドラグーン)として、ガイウス殿と戦った9人のうちの2人です。いやぁ、ガイウス殿はお強い。我々もですが、コンラート団長が、ああもあっさりと倒されるとは思いもしませんでした。」

 

「あの、その、お言葉遣いは()めていただけませんか。自分はただの平民で冒険者ですので。」

 

 すると、今まで黙っていたベルント様が身を乗り出し、

 

「だが、貴殿は、ゴブリンキングを単独で討伐し、模擬戦とはいえアルムガルト辺境伯騎士団にたった1人で勝ってみせた。実力を見せたのです。貴殿を敬いこそすれ軽蔑する者はこの会場にはいないでしょう。まぁ、貴殿の実力を垣間見て恐怖を覚える者はいたようですが。」

 

「えーっと、ご称讃まことにありがとうございます。しかし、辺境伯様は模擬戦が始まる前に御令孫(ごれいそん)は自分とそれほど年が離れていない、とおっしゃっていたのですが、お2人とも、既に成人を迎えご年齢を重ねているように見えるのですが・・・。」

 

 まさか、お2人ともダヴィド様のお孫様だったなんて、想像もつかなかったよ。

 

「あー・・・。それは、おそらく妹のことでしょうな。」

 

 とディルク様が答える。ふむ、確かにヴィンフリート様の近くに、僕と年齢の変わらないぐらいのご令嬢がいる。あっ、目が合った。取り敢えず頭を下げておこう。顔をあげると、先ほどまでヴィンフリート様の近くにいたご令嬢が、目の前に来ていた。

 

「9級冒険者のガイウスと申します。」

 

 当たり障りのない自己紹介をして頭を下げる。すると、

 

(わたくし)は、クリスティアーネ・アルムガルトです。ガイウス殿、どうか、お顔をお上げになって。」

 

 「ハッ」と言い、顔をあげると笑顔のクリスティアーネ様が目に入る。まるで花が咲いたような可憐な笑顔だ。僕は顔が熱くなるのを自覚した。




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第27話 クリスティアーネ・アルムガルト

「お兄様たちったら、おじい様の乾杯が終わると同時にガイウス殿のところに行かれるんですもの。(わたくし)も連れていってほしかったのに。」

 

 クリスティアーネ様は頬を膨らませながら、いじけたようにディルク様とベルント様に文句を言う。そのお姿さえ、可愛らしいと思える。これが、一目惚れというものだろうか。しかし、相手は辺境伯様の御令孫(ごれいそん)。一方、僕は平民出身の9級冒険者だ。いわゆる、叶わぬ恋というやつかな。

 

 僕はそんな兄妹の輪から外れ、ディルク様たちが持ってきてくれた食事を食べる。うん、おいしい。流石は貴族様のお料理だ。美味しい料理に舌鼓(したづつみ)を打ちつつ、アルムガルト兄妹のやり取りを眺める。ディルク様とベルント様は妹のクリスティアーネ様には甘いようで、タジタジになっている。

 

 ふと、肩を叩かれたので、振り返るとアンスガーさんがいた。「ちょっといいかな。」ということだったので、3人に挨拶をしてその場をあとにした。アンスガーさんに連れてこられたのはダヴィド様たちのところだった。改めて頭を下げ挨拶をする。顔をあげると、笑顔のヴィンフリート様から、

 

「息子たちや娘と、楽しく話せたかな?息子たちは武人気質でね。娘のクリスティアーネも気が強い子だから、何か粗相(そそう)が無かったらよいのだが。」

 

「いえ、ディルク様とベルント様とは、模擬戦について話をさせていただきましたし、クリスティアーネ様とは挨拶をさせていただきました。何も問題などありませんでした。自分のような低い身分の者にも、しっかりと挨拶していただいたので嬉しいかぎりでした。」

 

「ふむ、ならば良かった。ところでガイウス殿は、クリスティアーネについてどう思うかね?」

 

「クリスティアーネ様についてですか?良きご令嬢だと思います。婚約者の方が羨ましい限りです。」

 

 すると、小声で「いないのだ・・・。」と言われた。僕は、何のことかわからず「どなたがいらっしゃらないのですか?」と聞いてしまった。ヴィンフリート様は僕の両肩をがっしりと掴み、目線を合わせ、

 

「14歳にもなるのに、クリスティアーネには婚約者がいないのだ・・・!!」

 

絞り出すようにヴィンフリート様が言った。あぁ、迂闊だった。会話の内容からわかるではないか。僕のバカ。

 

「えっと、その、少ししかお話できていませんが、愛らしい方ですので、貴族の方の世界はわかりませんが、焦らなくともすぐにでも縁談などの話が来るのではないでしょうか。」

 

「もちろん、縁談は来る。我がアルムガルト辺境伯家には従属爵位がいくつかあるからね。私自身も対外的には伯爵を名乗っている。だから、男爵家や子爵家、伯爵家からも縁談は来る。だが、クリスティアーネが示す条件が難点なのだ。」

 

「条件?」

 

「そう、条件だ。叔父に当たるアンスガー、兄であるディルクとベルント、そして、クリスティアーネに試合で勝たなければ縁談を結ばんというのだ。」

 

 思わず、「うわっ、条件キツッ!!」と言いそうになったが、すんでのところで(こら)えた。さらにヴィンフリート様は続ける。

 

「そこでだ。ガイウス殿。私かアンスガーの養子になるつもりはないかね。そうすれば君も貴族だ。」

 

 これには、アンスガーさんも驚いたようで、2人して「「ファッ!?」」と言ってしまった。いやいや、話しが飛躍しすぎてついていけない。とりあえず、ヴィンフリート様を落ち着かせようと使用人からワインを貰い、ヴィンフリート様に渡した。彼は、それを一気に飲むと「フゥ」と息を吐いた。少しは落ち着いたかな。

 

「ヴィンフリート様、大変、魅力的なお話ですが、お断りさせていただきます。クリスティアーネ様のことがお嫌いということではありません。大変、魅力的で素晴らしい方だと思います。しかし、自分は冒険者なので、己の手で栄光は掴みたいと思っております。」

 

「ふむ、立派な心掛けだな。アンスガーはどうだ?」

 

「私は、独り身の方が気楽でよいので、兄上の頼みでしょうが断らせていただきます。それに、自分よりも強い息子なんて、親としての威厳が無いでしょう?」

 

「まぁ、お前がそういうなら無理強いはしないが、父上は心配しているぞ。」

 

「そうだぞ、アンスガー。孫の顔を見せろとは言わんから所帯を持ち、儂を安心させてくれ。」

 

「父上・・・。」

 

 おっと、親子同士のデリケートな内容になってきた。ここでは僕は退散した方がよさそうだ。アンスガーさんに、「僕はここで。」と言い、ローザさんとエミーリアさんのいる所に向かった。後ろから「クリスティアーネの件は諦めて無いからね。」とか聞こえたけど、気のせいだ。気にしない。

 

 ローザさんとエミーリアさんの所に行くと2人とも、騎士団の人たちと楽しそうに会話していた。うーん、あそこには入りにくいな。取り敢えず料理と飲み物を取って適当なテーブルに着こう。

 

 そうして、十数分、黙々と料理を味わっていると、「ガイウス殿。」と声を掛けられた。「あぁ、この声は」と思って、振り向くと、満面の笑みのクリスティアーネ様がいた。




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第28話 将来の目標が決まりました

「どうかしましたか?クリスティアーネ様。」

 

 笑顔を作りながら、クリスティアーネ様に尋ねる。彼女は小首をかしげながら、

 

「用がないとガイウス殿は、(わたくし)に会っては下さらないのかしら。」

 

 と聞いてきた。質問に質問で答えるのはズルい。僕は真正面から、彼女の綺麗な目を見ながら、

 

「クリスティアーネ様にはまだ、婚約者がいらっしゃらないとお聞きしました。そのような状況で、いくら未成年とはいえ、男である自分と2人でいるところを見られるのは、よろしくないのではないでしょうか?」

 

「フフフ、私に婚約者がいない理由など、この(うたげ)に出ている者たちは、(みな)が知っていることですわ。ですからお気遣い無用です。それに、父上から先ほどのお爺様たちとの会話の内容を聞かせていただきました。」

 

 ヴィンフリート様なにやっているんですか。と叫びたくなった。

 

(わたくし)のことを褒めていただき、ありがとうございます。また、ガイウス殿の「己の手で栄光は掴みたい」というお言葉、胸に響きました。」

 

「恐悦至極にございます。」

 

貴方(あなた)はアンスガー叔父上に勝ち、兄上たちにも勝ちました。あとは、(わたくし)に勝つだけです。どうですか。(わたくし)と勝負をし、(わたくし)(めと)りませんか?(わたくし)は貴族の地位など()らないのです。ただ、(わたくし)を愛し、お強い方と一緒になれればそれだけでいいのです。ガイウス殿・・・。」

 

 そんな潤んだ瞳で見つめないでください。恥ずかしいです。あぁ、僕はどうすればいいのか。なんで僕なんですか。誰か助けて。

 

「姫。ガイウス殿がお困りですぞ。」

 

「バウマン団長。(わたくし)は別に、ガイウス殿を困らせようとは・・・。」

 

「姫。妻帯者たる自分から言わせていただくと、恋と云うものは人を盲目にさせます。ここは、一度、ガイウス殿と距離を置き冷静に考えるべきかと。」

 

 あぁ、コンラート団長、ありがとうございます。助かりました。取り敢えず、この場で返答はせずにすみます。

 

「それに、ガイウス殿にも時間が必要かと。」

 

 ヘッ!?どういうこと!?

 

「ガイウス殿の功績は確かに素晴らしいものです。しかし、それは12歳の9級冒険者としての話です。盗賊やゴブリンキングの討伐、準3級冒険者にギルドマスターとサブギルドマスターとの試合の勝利、そして、今日の模擬戦の勝利。確かに凄まじいものではありますが、まだ、足りませぬ。」

 

「父上は、十分だと思っているようですけど。」

 

「確かに、自分の目から見ても十分だと思います。しかし、世の中それで良しとしない者もごまんと()ります。特に我々、貴族の中には多くおります。矜持(きょうじ)だけが肥大した者にとっては尚更です。ですので、ガイウス殿には成人されるまでに、誰もが称賛するほどの実績を積んでいただければいいのです。」

 

 あっ、僕の味方はこの会場にはいないんだ・・・。

 

「ガイウス殿!!」

 

 ズズイとクリスティアーネ様が近づきながら呼びかける。

 

「はい、なんでしょう?」

 

「ガイウス殿には成人するあと3年のうちに功績を打ち立て、(わたくし)夫婦(めおと)となっていただきたいと思います。そのとき、貴方は15歳、(わたくし)は17歳。どうでしょう?」

 

「その、辺境伯様やヴィンフリート様のお許しが出ないのでは・・・」

 

「「もちろん、許すとも可愛い娘(孫娘)の願いだ。」」

 

 後ろを振り向くと、ダヴィド様とヴィンフリート様が笑顔でおられた。もしかすると、全部、聞かれていた?

 

「「それで、ガイウス殿はどうなのかな?クリスティアーネでは不満かな?」」

 

 あぁ、お2人の背後に龍が立ち上るのが()える。僕としても、今日、知り合ったばかりのクリスティアーネ様のことを、可憐(かれん)だと思っている。交流のある他の貴族のご子息様たちは一層そう思っているに違いない。ここは男を見せる時だ。

 

「クリスティアーネ様は可憐で魅力的で素晴らしい女性だと思います。身分の差が無ければ夫婦(めおと)になりたいと思うぐらいで御座います!!」

 

 正直に思っていることを、大声で言ってしまった。一瞬で会場が静まり返り、すぐにダヴィド様とヴィンフリート様の笑い声が響く。

 

「聞いたか、ヴィンフリートよ。」

 

「はい、父上。」

 

「皆の者、この場にてガイウス殿を我が孫娘クリスティアーネの婚約者候補とすることをここに宣言する。ガイウス殿には夫となるにふさわしい功績を成人となる3年間の間に積んでもらうこととなる。儂はそれを心から願う。」

 

 静まった会場にダヴィド様の声が響き、それに遅れ一斉に拍手が沸き上がる。取り敢えず、村を出て3日目で婚約者ができました。これが能力の【フォルトゥナの祝福】おかげかなぁ。




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第29話 そういえば、褒美貰ってないや

「あらあら、ダヴィド様は(わたくし)共にご相談なく、このような場でクリスティアーネの婚約者候補を決めてしまいましたわ。」

 

「ええ、お義母(かあ)さま。ヴィンフリート様もですわ。」

 

 2人の女性の声が響くと同時に、先ほどまで鳴っていた拍手がやむ。そして、ダヴィド様とヴィンフリート様は顔を青くしている。なんとなくだけど、2人の女性が誰なのか【鑑定】を使わなくてもわかる。お2人の奥方様だろう。

 

「アライダ、お主に相談なく決めたのは悪かった。しかし、可愛い孫娘の頼みなのだ。悪い虫がつく前に早く手を打とうと思ってな。」

 

「そうだ、ドーリス。母上とお主に事前に相談しなかったのは悪かったと思っている。しかし、娘の頼みなのだ。叶えてやるのが親というものであろう。」

 

 おぉ、青い顔をしながらも言い返している流石だ。

 

(わたくし)もドーリス殿も、模擬戦を見ていましたし、ガイウス殿の功績はアンスガーから聞きました。ええ、可愛い孫娘の頼みです。相手が平民であろうとも、これから功績をあげ、騎士爵や準男爵を授爵していただければ異論はありませんとも。」

 

「ならば、なぜそこまで怒っている?」

 

「先ほども言ったでしょう。なぜこのような場で発表するのです。クリスティアーネの婚約者候補の発表をするならば配下の貴族家を集め、きちんとした婚約発表の場を設けてするべきでしょう!!」

 

 凄い迫力だ。ドーリス様も同じような思いらしく、お2人が発する圧は、ダヴィド様とヴィンフリート様を萎縮(いしゅく)させている。うぅむ、この場で発表という流れになったのには、僕にも原因がある。怖いけどここははっきりと言おう。

 

「アライダ様、ドーリス様、お目にかかれて光栄です。9級冒険者のガイウスと申します。この度は、自分の発言のせいでご迷惑をおかけして申し訳ありません。如何(いか)なる罰でもお受けいたします。」

 

 (こうべ)を垂れながら、一気に言う。するとアライダ様が、

 

「お顔をお上げになって、ガイウス殿。貴方が悪いわけではないのよ。一部始終を(わたくし)たちは見ていました。あのような状況では、ああ言うしか無かったでしょう。悪いのは、変に圧力をかけたダヴィド様とヴィンフリートです。それに(わたくし)とドーリス殿はガイウス殿、貴方のことを思いの外、気に入りました。ですから、必ず、クリスティアーネを迎えに来て、幸せにしてくださいね。」

 

「ハッ、自分の人生をかけ、幸せにしてみせます。フォルトゥナ様に誓います。」

 

「フォルトゥナ様に誓われたら、(わたくし)どもから言うことはありませんね。」

 

「はい、お義母(かあ)さま。ガイウス殿、お願いしますよ。」

 

「ハッ。」

 

 お2人とも、僕の返事を聞くと柔らかい表情に笑みを浮かべた。その笑顔を見ると、クリスティアーネ様と家族なんだなぁと思う。横目で、ダヴィド様とヴィンフリート様を見ると2人ともホッとしているようだった。これで一件落着かな。

 

「お爺様にお婆様、そしてお父様にお母様。(わたくし)のことでお忘れでしょうが、これは、模擬戦の交流会ですよ。そして、勝者であるガイウス殿に報奨を授ける場でもあるはずです。」

 

 そうクリスティアーネ様がいうと、ダヴィド様が「あっ」という顔をした。完全に忘れていたらしい。まぁ、可愛い孫娘の婚約者候補が決まっちゃったんだから、その衝撃が大きいのは仕方ないね。ダヴィド様はすぐに執事さんを呼んで、何かを取りに行かせた。恐らく報奨だろう。なんだろうなぁ。僕としては、クリスティアーネ様の婚約者候補という地位を得たのが最大の報奨だと思う。

 

 数分後、執事さんを先頭に使用人たちが何かを持って入ってきた。革袋が二つに大きな木箱が一つ、さらに長い木箱が一つ。「ふむ、勝者である僕以外にも、優秀な戦績を収めた騎士か兵士に渡すのかな。」などと考えていると、ダヴィド様が再び壇上に上がり、

 

「これより、模擬戦の報奨を授与する。ガイウスよ、壇上へ。」

 

 呼ばれたので壇上に上がり、(こうべ)を垂れる。しばらくして「顔をあげよ。」と言われたので、顔をあげると、さっき見た革袋に木箱が目の前に置かれていた。あれ?

 

「この度、勝者であるガイウスに授与する報奨は、金貨800枚、宝石一袋、そして、我が家に伝わる鎧一式と槍である。」

 

 僕は、鑑定して倒れそうになった。金貨と宝石の量もだけど、勇者や英雄の伝承とか伝記に出てくる希少金属、ヒヒイロカネ製の鎧と槍なんて・・・。恐る恐る木箱の蓋を開けると、書物の記述通り、太陽のように光り輝いていた。

 

「・・・ありがたく、いただきます。(いただ)いた装備を使いこなし、名を()せるような人物になれるよう、精進いたします。」

 

「うむ。お主なら大丈夫であろう。決して力に(おご)るでないぞ。」

 

「はっ!!」

 

 拍手の音が会場を包み込む。僕はその中を使用人の手を借りて報奨と共に壇上から下りる。しばらくしてダヴィド様が片手を挙げ、会場に静謐(せいひつ)が訪れる。

 

「それでは、これにて報奨の授与を終える。各々、時間と料理はまだあるので、存分に楽しんでほしい。」

 

 そう言って、壇上を下りる。すると、だんだんと喧騒(けんそう)が戻ってきた。僕は、貰った報奨を、偽装魔法袋に入れるふりをして【収納】する。さてと、料理を楽しもうっと。




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第30話 日常へ

 さて、「鷹の止まり木亭」で迎える3回目の朝だ。昨日はクリスティアーネ様が「泊まっていかれないのですか?」と潤んだ瞳で言って来たのを断腸の思いで断った。だって、何故(なぜ)か、ユリアさんにローザさんとエミーリアさんの機嫌が悪かったのだ。なので、その日のうちに“インシピット”に戻ってきた。因みに服はプレゼントということで、貰った。

 

 上等な服なので【収納】してある。女性陣もドレスを送られ喜んでいた。機嫌が良くなって良かったと思っていると、帰りの馬車の中で、クリスティアーネ様とのことについて色々と聞かれたけど、交流会でダヴィド様が言った通りだと説明すると、“ふーん”といった感じでジト目にて僕を見てきた。一体僕が何をしたっていうんだ!?

 

 まぁ、そんなことがあったのも既に昨日という過去だ。今は、今日の予定を考えないとね。取り敢えず朝食だ。食堂に下りると、ローザさんとエミーリアさんは、既に席につき朝食を食べているところだった。挨拶をして、僕も同じ席につく。すぐにアンゲラさんが朝食を持ってきてくれる。

 

「今日の予定はどうしようかしらね。討伐依頼(クエスト)で儲けて森に狩りに行く?それとも、護衛依頼みたいなちょっと日数のかかる依頼(クエスト)にする?」

 

 ローザさんが聞いてくる。僕は気になることがあったので、

 

討伐依頼(クエスト)にしましょう。実は、先日、ゴブリンの巣を殲滅したときに、気になることがあったので。」

 

「なにからしら?」

 

「オークです。それも数体いて、うち一体は他のオークよりも体躯が立派で、命令をしているように見えました。もしかすると、ゴブリン同様にオークの巣ができているのかもしれません。」

 

「なるほどね。確かに気になるわね。エミーリアはどう思う?」

 

「ガイウスの考えが当たっていた場合、早急に対処した方がいいと思う。一応、ギルドマスターにも報告すべきかも。」

 

 確かに、アンスガーさんの耳には、入れておくべきかもしれない。そうと決まれば、ギルドへ向かおう。各々が部屋に戻り装備を整える。とは云っても、僕の場合は昨日の模擬戦で、上半身の革鎧が使い物にならなくなっているから、動きやすい服装に着替えて、長剣を腰に佩き、弓と矢筒を装備し、手に短槍を持つだけだ。あとは、偽装魔法袋。これで、準備完了。

 

 「鷹の止まり木亭」の一階には既にローザさんとエミーリアさんが待っていた。その傍には、アンゲラさんと娘のフランキスカちゃんがいて談笑しているようだった。

 

「遅れてすみません。それと、おはよう。フランキスカちゃん。」

 

 と声を掛けると、「おはようございます。ガイウスさん。」と明るい声で挨拶を返してくれた。ちなみにフランキスカちゃんは年下で10歳だ。ローザさんとエミーリアさんは、「私たちも準備が終わったばかりでそんなに待ってないわ。」と言ってくれた。アンゲラさんとフランキスカちゃんに見送られながらギルドに向かう。

 

 そのギルドに向かう途中で、やっぱりというべきか、上半身の装備について2人から突っ込みを受けた。仕方ないじゃないか。昨日は戻ってきてから買いに行く暇は無かったし、今までも、お金に今ほど余裕が無かったから、防具を揃えられないでいた。でも、今ならそれなりの防具を買うこともできるし、辺境伯様から貰ったヒヒイロカネ製の鎧一式がある。2人にそう説明すると、確かにという表情をして頷いた。

 

 そんな雑談をしていると、すでにギルドに着いた。扉を開けて中に入ると、空気が変わるのがわかった。「おい、ギルドマスターとサブギルドマスターに勝ったシュタールヴィレの3人だぞ。」「ガイウスさんは辺境伯様の騎士団にも1人で勝ったらしい。」「竜騎士(ドラグーン)もいたそうだぞ。」「あの軽装でよく・・・。」などと、前にも一昨日の朝もこんなことがあったなぁと思っていると、アントンさんが近づいて来て、

 

「おはよう。ガイウス。お前さんはすげぇな。ハハハ。」

 

 と、笑いながら背中をバシバシと叩いてきた。僕はため息をつきながら、

 

「どこまでの内容が、町のどこまでに広がっているかわかります?」

 

 と聞いた。ガイウスさんは頷きながら、

 

「お前さんが辺境伯様の竜騎士(ドラグーン)含む騎士団相手に1人で勝ったという内容で、今はまだギルド内だけだ。ちなみに情報の流出源は・・・。」

 

 そう言って、アントンさんは、己の背中の向こうを親指で指し示す。すると受付カウンターに座っているユリアさんが、笑顔で手を振っていた。僕はアントンさんにお礼を言うとカウンターに向かって歩いていく。一昨日と同じように、冒険者たちが左右に分かれ道ができる。

 

「おはようございます。ガイウス君。」

 

「おはようございます。ユリアさん。早速ですが、どうして昨日のことを、もう広めたりしたんですか?」

 

「それについては、ギルドマスターから直接の説明がありますので、どうぞ執務室へ。もちろん、後ろの2人もですよ。」

 

 ユリアさんに案内され、アンスガーさんのもとに向かう。ふむ、何か厄介なことが昨日の模擬戦ないしは交流会であったのかな。「ユリアです。ガイウス君たちを連れてきました。入りますよ。」ノックと同時に、ユリアさんは返事を待たずに、扉を開け執務室に入る。僕たちも後に続く。アンスガーさんは、「呼び出して悪かったね。」と言いながら、椅子を勧めてきたので、腰掛ける。

 

「さて、昨日は本当にありがとう。昨日の模擬戦のことが、すでにギルド内で話題になっていて驚いただろうが、考えがあってのことなんだ。」

 

 僕は頷き、先を促す。扉はすでにユリアさんが閉めており、歩哨のように扉の前に立ち、第三者が入らないように警戒している。

 

「実は、昨日、君が竜に使用していた【リペア】という能力なんだが、調べてみたら、“邪神”征伐の際に選ばれた“聖女様”しか今まで使用した記録が無いんだよ。これは、驚くべきことだし、危ないことだ。あとは、クリスティアーネとの婚約について大事にならないように、そうするために、模擬戦の話題だけを早くわざと漏らした。申し訳ない。」

 

「いえ、アンスガーさんの考えはわかりました。【リペア】について、今後はあまり使用しないようにします。クリスティアーネ様とのことも、もともと言いふらす気はありませんでしたから。」

 

「そうかね。話が速くて助かる。」

 

「厄介ごとに巻き込まれるのは嫌ですからね。病院や診療所をやるなら【リペア】は良い能力なんでしょうけど。」

 

「まぁ、確かに欠損部位が治るというのは、素晴らしい能力だと思う。だから、国や他の貴族家、あるいは他国に他のパーティが君を囲い込むために、何かしないか心配なんだよ。」

 

「僕の身近な人に危害を加える(やから)がいたとき、その時は、徹底的に(あらが)ってみせますよ。後悔するほどね。」

 

 笑いながら答えてみせると、「ほどほどに頼むよ。」とアンスガーさんは少し顔を青くして、引いていた。




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第31話 調査依頼という建前

 さて、今日、ここに来た目的も折角だから話してしまおう。

 

「アンスガーさん、実は先日のゴブリン殲滅のあと、オーク達と出会ったんです。僕は身を隠し様子見ていたんですが、そのオーク達の中に一際立派なオークがいて命令していたので、僕はハイオークかオークジェネラルじゃないかと推測しています。そして、もしかすると森の深いところに、オークの巣が出来ているんではないかと・・・。」

 

「ほう、それは、“黒魔の森”でのことかい?」

 

「黒魔の森?」

 

 聞きなれない単語に思わず首をかしげる。

 

「君が賊を討ったり、ゴブリン討伐をした森の名前だよ。知らなかったのかい?」

 

「えぇ、ナトス村ではただ単に“森”としか呼んでませんでしたから。」

 

「まぁ、とにかく複数のオークを森で見たため、ゴブリンのように巣が出来ている可能性があるということか。ふむ、調査をするべきだな。しかし、今、現在うちで一番階位の高いのは準3級のアントンのみだ。ふむ、異例ではあるが、シュタールヴィレに頼んでもいいだろうか?」

 

「頼まれなくても、討伐依頼(クエスト)のついでに調べるつもりでしたから。」

 

「よし、それでは、アントンとシュタールヴィレに、それぞれ指名依頼(クエスト)として“黒魔の森”の調査をお願いしよう。他の冒険者には荷が重い。」

 

 僕は頷き、「僕たちが巣を見つけた場合は、殲滅しても構いませんか?」と聞いた。ローザさんとエミーリアさんは、さも当然という顔をしていた。アンスガーさんとユリアさんは目を見開いて驚いていたがアンスガーさんはすぐに、

 

「ハハハ、他の冒険者なら無謀だと思って止めるけど、君の実力は嫌というほど見せられているからね。よし、シュタールヴィレには、巣を見つけたら殲滅までお願いしよう。でも、建前として“指名の調査依頼(クエスト)”で出すからね。しかし、愉快だ。12歳の子供の言うことがこうも頼もしいとはね。ハハハ。」

 

 と、笑いながら承諾してくれた。ユリアさんは、まだ少し心配そうな表情をしている。

 

「ユリアさん、心配しなくて大丈夫です。装備は昨日(さくじつ)、辺境伯様から(いただ)いた鎧があります。それに、僕は【召還】が使えます。相手が物量で攻めてきても、(しの)ぐ自信があります。」

 

「確かに、ガイウスの【召喚】したモノは強かったわね。ね、エミーリア。」

 

「ほう、ローザ君とエミーリア君は、ガイウス君の武器以外の【召喚】を実戦で見たことがあると。しかも、かなりの力を持っているモノが【召喚】できると。ふむ、1人の冒険者として興味があるが、今回はついていけないからね。残念だ。」

 

「また、どこかで機会があれば、お見せしますよ。」

 

 タイミング良く、時計が鳴る。それを合図に僕たちは席を立ち、執務室を出て一階へと下りる。一階につくと、アンスガーさんは「アントン!!」とアントンさんを呼びに行ってしまった。

 

 僕たちは、ユリアさんについて行き、受付カウンターで指名依頼書を作ってもらい、すぐに受けた。ユリアさんから、

 

「3人とも気を付けて。オークはもちろんですけど、ハイオークとなると強敵です。しかも、それが群れでいるとなると、数にもよりますがスタンピードなみです。本当に気を付けて。」

 

 そう言われると、気が引き締まる。僕たちは「はい。」と返事をし、ギルドをあとにした。ギルドを出てすぐにローザさんが野営装備の支度をするか聞いてきたが、僕は【召喚】で(かた)を付けるつもりだったので、「必要ありませんよ。」と答えた。

 

 さて、黒魔の森の入口までやって来た。「もう少し中に入ってから、【召喚】をしたいです。」と2人に言うと、了承してくれたので、だいたい30分くらい歩いたところで、【召喚】をすることにした。

 

JTAC(ジェイタック)ジョージ・マーティン中尉、任務だ。来てくれ。」

 

 地面に魔法陣が光と共に現れ、光が収まるとジョージが直立不動で敬礼していた。僕も答礼をする。そこでジョージは姿勢を楽にした。まずは、ローザさんとエミーリアさんにジョージの説明をして、その逆のことと、今回の依頼(クエスト)の説明をジョージにもした。ジョージは笑いながら、

 

「それは簡単な任務ですな。偵察する場所は、以前、更地にした場所から見て北よりですね。RF-4C“ファントムⅡ”を使用しましょう。機数はそうですね。16機ほどでよいかと思います。」

 

「わかった。RF-4C【召喚】!!」

 

 すぐに空を見上げると、魔法陣が空に浮かび上がり光と共に轟音が響いた。ローザさんとエミーリアさんは耳を塞いでいる。16機のRF-4C“ファントムⅡ”が綺麗な編隊飛行で上空に円を描く。早速、ジョージが指示を出し、16機のRF-4C“ファントムⅡ”は散開して、指示された場所へ向かって行った。

 

 今回も、ジョージからヘッドセットを渡され装備する。ちなみに今の僕は、ヒヒイロカネ製の鎧を付けていて、変に輝いている。う~ん、軽くて頑丈なのはいいけど、町に戻ったら普通の鋼鉄製鎧を買おう。そうしよう。




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第32話 サムライ(薩摩武士)

 16機のRF-4C“ファントムⅡ”が飛び立って十数分、僕とジョージのヘッドセットに通信が入った。

 

『こちらロメオ06。大規模な集落とおぼしきモノを発見。周囲は外壁にて覆われている模様。また、見張り台の様な物も見える。人の様なモノの姿も確認できるが、化け物かどうかは判明不能。高度を下げて、確認をするか?』

 

 ジョージが僕を見たので、首を横に振る。

 

『ロメオ06。その必要はない。上空待機だ。』

 

『了解。』

 

「残りの機はどうします?帰還させますか?」

 

「そうだね。そうしよう。【送還】。これでよし。それじゃあ、ロメオ06が見つけた集落に向かおう。」

 

 そうして、ゴブリンの集落跡地を経由して、目的地には昼前に着いた。確かに外壁があり石壁でできていた。【気配察知】を使う。中の様子が騒がしいのは、恐らくRF-4C“ファントムⅡ”上空を旋回して待機しているからだろう。

 

 さて、見張り台にいるのはオークだし、門番もオークだ。この集落がオークの巣で間違いないだろう。どうやって、殲滅するかが問題だが、以前のようにA-10“サンダーボルトⅡ”を【召喚】してしまえば(らく)だろうけど、討伐証明部位とかが取れなくなってしまう。やはり、最初は人だな。

 

「ジョージ、これから目の前の集落を落とすが、何かよい案は有るかな?」

 

「戦車で蹂躙をと言いたいところですが、それだと、死体が滅茶苦茶になってしまいますからね。ふむ、レンジャー連隊を投入してもよいですが、個人的な趣味では“サムライ”を見てみたいですね。」

 

「それは、どういった人たちなんだい?」

 

「私の国とは違う。“日本”という国に存在した、戦闘職ですね。特に、“シマヅ”という“サムライ”は鬼と呼ばれていたとか。」

 

「わかった。それなら、君の推薦通りに【召喚】しよう。人数がいるだろうから、少し開けた場所は近くにないかな?」

 

「了解『ロメオ06。この集落の付近に開けた場所はないか?』」

 

『こちらロメオ06。少し待ってくれ。・・・・あったぞ。集落から方位175に2kmの地点だ。』

 

「『了解。ロメオ06は現状待機を続けてくれ。』ガイウス指揮官。ありました。南に2kmです。」

 

「うん。聞こえていたよ。すぐに移動しよう。みんな走れる?」

 

 3人とも頷く。「それじゃ、僕が先頭を行くから。出てくる魔物は基本無視で。行く手を遮るモノは、僕が対処します。」そう言って走り出す。途中で出てくる魔物は、以前と同じで、ロックウルフにフォレストスライム、それにゴブリンが加わった。どれも、一撃でしとめて、偽装魔法袋へと【収納】していく。

 

 目的地には20分かからないくらいで着いた。ちょうど、お昼頃ということもあり、腹ごしらえをしてから、【召喚】することにした。アンゲラさんにお願いして作ってもらった食事を、【収納】から出して3人に渡す。ジョージはもともと【召喚】する予定だったから、4人分作ってもらっていてよかった。ジョージは喜んで受け取った。

 

「暖かいレストランで出るような食事を、作戦従事中に食べることができるなんて、まさに、異世界。ファンタジーですねぇ。」

 

「まぁね。でも、元の世界に戻ると記憶とかはどうなのさ?」

 

「すっかり忘れていますよ。この世界で起きたことなんか。呼び出されるときに思い出す感じですね。」

 

「なるほど、そんな感じかぁ。」

 

 なんてジョージと2人で、会話しながら食事をしていると、

 

『こちらロメオ06。竜みたいな化け物が複数体接近中。これより回避運動に入る。援護が欲しい。』

 

「『了解した。指揮官に上申する。少し待て。』ガイウス指揮官。F-15C“イーグル”2機の【召喚】を要請します。」

 

「わかった。F-15C“イーグル”2機【召喚】」

 

 上空に魔法陣が現れ、轟音と共にF-15C“イーグル”が現れる。

 

『こちらイーグル1。目標の指示を。』

 

「『イーグル1、2。JTAC(ジェイタック)のジョージ・マーティン中尉だ。目標は、友軍のRF-4C“ファントムⅡ”の周囲にいる竜だ。撃墜しろ。なお、友軍機のコールサインはロメオ06。』ガイウス指揮官、他に指示はありますか?」

 

「できれば、胴体を撃ち抜いてほしい。それも傷は少なくで。飛竜(ワイバーン)は素材が欲しいから、墜とした場所も報告してほしい。」

 

「『聞こえていただろう。イーグル1、2。使用武装には気を付けるように。撃墜後は、ロメオ06のエスコートだ。以上だ。』」

 

『イーグル1、了解。』『イーグル2、了解。』

 

 さて、昼食も終わったし、これでロメオ06の安全も確保できた。これから、本命の“サムライのシマヅ”を【召喚】しよう。「できれば“シマヅ ヨシヒロ”がいいです。」とのジョージの希望通り、“シマヅ ヨシヒロ”を中心とした部隊を【召喚】しよう。

 

「“シマヅ ヨシヒロ”および率いる“シマヅ隊”【召喚】」

 

 地面に光と共に巨大な魔法陣が現れ、光が収まると、呂布と同じようにこっちの世界とは違う鎧を装備した部隊が現れた。

 

島津兵庫頭義弘(しまづ ひょうごのかみ よしひろ)、以下1500名。ご下命により参上いたしもうした。」




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第33話 鬼島津・その1

 方言が出てきます。()内の言葉が標準語となります。

 鹿児島県の色んな地域の方言が混じっていますので、正しい発音や意味でない場合があります。ご了承ください。


 結構な老齢な人が出てきた。鑑定すると60代だ。それでも、その眼光は鋭い。歴戦の武将という感じだ。称号に“鬼島津”とある。頼もしい。そんな感じで義弘のことを見ていると、彼の後ろから、若い“サムライ”が出てきて、

 

「叔父上、おいたち(俺たち)の紹介もしてくいやい(ください)。」

 

「おう、おまいたっ(お前たち)の紹介をせんといかんかったの。豊久、おはんからせぇ。(お前からしなさい)」

 

「おいは(わたしは)、島津中務大輔豊久(しまづ なかつかさたいふ とよひさ)。よろしくたのみあげもす(お願いします)。」「おいは、・・・」

 

 と、主要な部隊長の紹介が終わった。歩兵たちは兵科に分かれて整列している。その中で、銃のような筒を持っている集団がいた。聞いてみると火縄銃というらしい。ジョージに知っているか聞いてみると、

 

「火縄銃・・・。マッチロック式マスケット銃ですね。私の使用しているM4よりも500年以上前の銃です。彼らにはM14を【召喚】して渡した方が戦力向上につながると思います。使い方は、私とガイウス指揮官で教導すれば大丈夫だと思いますが、時間がかかりますね。」

 

「なら、今回は見送ろう。日付が変わるまでには町に戻りたいんだ。」

 

「まぁ、マスケット銃も鉛玉を撃ち出すので強力ではありますね。あとは、長弓兵もいますから、後方からの援護は期待できるかと。接近戦は言わずもがなですね。彼らの得意分野でしょう。」

 

「ありがとうジョージ。義弘に命ずる。これよりオークの集落を襲撃する。中に居るオークは全て殲滅すること。子供であろうとも容赦はするな。捕らえられている者がいた場合は救出すること。オーク以外の遺体があった場合は手を付けずに一ヶ所に集めること。財貨も同じように集めること。討ったオークは右耳が討伐証明部位なので、そこを削ぎ取ること。以上だ。全体の指揮は任せた。」

 

 いったん言葉をくぎり、義弘が了承したのを確認してから、

 

「それと、腕利きを何人か選んでほしい。僕と一緒にオークの首領へ吶喊(とっかん)してもらう。」

 

「そいなら(それなら)、豊久がよかかと(よいかと)。豊久!!こけけ(こっちに来い)!!」

 

「叔父上。」豊久がすぐやって来る。

 

「おはん(お前)が、ガイウスどん(殿)の直掩じゃ。何人か連れてけ。そいと(それと)、あとでガイウスどん(殿)の指示を伝える。盛淳(もりあつ)らと集合せい。」

 

「わかいもした。(わかりました)」

 

 豊久は腕利きと部隊長たちを集めに走っていった。十数分後には、僕の周りには腕利きと思われるサムライが集まり、義弘の周りには豊久を筆頭に部隊長が集まって、さっき、僕が義弘に言ったことを伝えていた。

 

 ジョージは「本物のサムライだ」とさっきからはしゃいでいる。説明を受け終わったのか豊久がやって来た。

 

「ガイウスどん(殿)。おいたちの配置は、おはん(貴方)の直掩じゃっで、いっどき(一緒に)戦うことになっが、武器は何をつことですか(使うんですか)?」

 

「僕は、この槍と、腰に佩いている長剣が主かな。豊久たちサムライは何を使うの?」

 

「おいたちもおんなし(同じ)槍に刀です。しかし、ジョージとやらもゆてもしたが(言ってましたが)、“侍”ではなく“武士”と呼んでほしかとです。おいたちは、武によって生きちょいもす。」

 

「わかったよ。それじゃあ、君たちの“武士”としての実力を見せてもらうよ。」

 

「はっ!!」

 

 さて、ローザさんとエミーリアさんにも確認して、みんな準備ができたみたいだ。

 

「これより、目標の集落へ進軍する。進軍開始!!」

 

 集落には50分ぐらいかかって到着した。上空には、RF-4C“ファントムⅡ”と F-15C“イーグル”が綺麗な編隊飛行をしている。飛竜(ワイバーン)の姿は無いので、全て撃ち落としたようだ。

 

 邪魔者もいなくなった。門では門番が雰囲気の変わった森に警戒感を(あら)わにしている。見張り台も同じだ。さて、その期待に応えてあげようじゃないか。さぁ攻撃開始だ。




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第34話 鬼島津・その2

 方言が出てきます。()内の言葉が標準語となります。

 鹿児島県の色んな地域の方言が混じっていますので、正しい発音や意味でない場合があります。ご了承ください。


「義弘、攻撃の合図は任せるよ。合図と同時に僕とエミーリアさんで門を攻撃して破壊する。その後は、義弘が本体を率いて戦闘を、僕とローザさんとエミーリアさん、ジョージ、豊久たちは敵の首領を討ちに行く。」

 

「承知した。では、・・・おはんら!!(お前ら!!)よう聞け!!今からゆっさじゃ!!(戦だ!!)薩摩隼人魂を見せっやれ!!(見せてやれ!!)行っぞ!!(行くぞ!!)鉄砲隊、弓隊、前進。撃ち方用意!!」

 

「「「「「おう!!」」」」

 

 義弘の大声が響き、それに続き武士たちの雄叫(おたけ)びが響く。ビリビリと、肌から体の中まで響いてくる声だ。鉄砲隊と弓隊が攻撃用意をしている間に、僕とエミーリアさんが森から出る。

 

 義弘と武士たちの大声に恐怖が沸いたのか、門番のオークはキョロキョロと辺りを見回している。そして、僕とエミーリアさんを見つけると、大声で門の中に何かを伝えている。どうせ「敵が来た!!」みたいなものだろう。僕とエミーリアさんは、そんなのお構いなしに門への攻撃準備を進め、魔法陣を展開する。

 

「ガイウスどん(殿)!!攻撃準備完了じゃっど!!」

 

「了解!!エミーリアさん、いきますよ。」

 

「任せて。」

 

 義弘の声を聞いて、2人して先ほどから展開していた魔法陣に、さらに魔力を送り込み【火魔法】で門を攻撃する。ファイアランス、ファイアボールが絶え間なく門に叩き込まれる。30秒後、魔法攻撃をやめる。「【火魔法がLv.2】に上がりました。」

 

 煙がはれた後には、黒こげの門の残骸と巻き込まれたオークの死体があった。そして、門の残骸の奥には、戦闘態勢を整えたオークの軍団がいた。

 

「ガイウスどん(殿)、エミーリアどん(殿)、伏せぇ!!」

 

 義弘の声に従い、地面に伏せると後方から“ドドドドドドオオオォォォォォン”と轟音が響き、矢が放たれていく。鉄砲から放たれた鉛玉は楯を砕き、矢も楯を貫いてオーク達に被害を与えている。

 

「あと、2斉射じゃ!!そんあと(そのあと)に突撃じゃ!!」

 

 僕とエミーリアさんは、鉄砲と弓の斉射の2回目が終わると同時に、ローザさんとジョージ、豊久たちと合流して吶喊(とっかん)する。豊久と率いる薩摩武士の雄叫びはすさまじい。すでに義弘の率いる騎馬隊と歩兵隊が先行して、戦闘を開始している。

 

 全員の能力値は詳しく見なかったけど、ただの兵士でさえ体力、筋力ともに500を超えていた。義弘や豊久は、呂布には及ばないけど800~900近い数値を持っていた。ちなみにジョージは、彼らよりも低い。知力は高いけど。未来人なのになんでだろうね。

 

 さてさて、頭ではそんなくだらない事を考えながら、体は流れるようにオークを討ち取っていく。ヒヒイロカネ製の槍は面白いように骨まで()つ。僕たちが進むだけ、オークの死体の山が後方に築かれていく。義弘の本隊も部隊長ごとにバラけながら戦域を拡大させていく。“鬼島津”の名に(たが)わない活躍だ。鉄砲の発砲音も聞こえる。鉄砲隊と弓隊の援護部隊も門内に入ったようだ。

 

 しかし、ゴブリンの集落よりも広いし、住処(すみか)もしっかりとした家の体裁(ていさい)を保っている。オークって結構、知能とかが高くて人間に近いのかもしれない。首領と会敵したら鑑定してみよう。

 

 チラッと、後ろを振り向くとローザさんとエミーリアさん、そしてジョージの3人が1チームになって、スムーズに戦闘を進めている。接近戦はローザさん、後方援護をエミーリアさんとジョージ。いい感じだ。ちなみに豊久率いる部隊は、僕と供に前進を阻害するオークを討ち取っている。

 

 特に、豊久はなんと()えばいいのかな。敵と刃を交えた瞬間には、敵の首が飛ぶか、体を貫いている。まるで、案山子(かかし)相手に稽古をしているように。鬼は此処(ここ)にもいた。

 

「はっはー、こんだけでは、おい(俺)は止められんぞ。やいやい()い(どんどん来い)。ガイウスどん(殿)も、わっぜかなぁ(凄いなぁ)。」

 

「ありがとう。豊久。さぁ、敵の首領までもう少しだ。どんどん、討ち取ろう!!」

 

「おうさ!!おはんら(お前たち)、行っど(行くぞ)。手柄は目ん前じゃ!!」

 

 おぉ、敵を討ち取るスピードが、更に上がった。いいね。気に入ったよ。薩摩武士。義弘は薩摩隼人って言ってたっけ。おっと、余計な事を考えていると、魔法が飛んできた。槍に魔力を通し、薙ぎ払う。ようやく、敵の中枢に近づいたのかな。

 

 鑑定してみると、ハイオーク、オークメイジ、オークジェネラルと上位種だけあって数値が高い。ほとんどが200台だ。低くても150はある。これは、確かに準3級のアントンさんでも厳しいね。

 

 でも、僕はチートのおかげで1000近い数値だし、今回【召喚】した薩摩武士たちは数値のほとんどが500台だ。豊久は900近い数値だし選抜した薩摩武士も700を超えている。負ける姿が想像できない。でも、気は抜かない。戦闘では何があるかわからない。

 

「豊久、ここが敵の中枢だ。油断せず行くよ。」

 

「まかしてくいやい!!(任せてください!!)」




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第35話 鬼島津・その3

 方言が出てきます。()内の言葉が標準語となります。

 鹿児島県の色んな地域の方言が混じっていますので、正しい発音や意味でない場合があります。ご了承ください。


 オークメイジとオークジェネラルを数体倒すと、「【LVが38】になりました。【槍術がLv.20】になりました。」と自分自身のLVが上がった。力が湧いてくる。さらに、数体を(ほふ)る。もう少し、もう少しで首領の所へ槍がとどく。

 

 と、この局面で“鬼”がキレた。

 

「わいら(貴様ら)、邪魔じゃ!!鬱陶しか!!大将ん首ば獲らんとしとるのに、次から次へと・・・!!死にさらせ!!ちぇぇぇぇぇぇい!!」

 

 豊久が雄叫びと共に、群がるオークの上位種を一掃する。それに続く、配下の薩摩武士たちも雄叫びを上げながら、さっきよりも勢いよく突っ込んでいく。まるで、防御など捨てているようだ。いや、実際に捨ててる。

 

 魔法の直撃を受けようが、体に一閃を受けようが血を流しながら、オークの上位種を討っていく。これではまずいと思った僕は、ローザさん達に指示を出す。

 

「エミーリアさん!!豊久たちの回復援護をお願いします。順番は任せます。取り敢えず死なせないようにしてください!!ローザさんとジョージは、エミーリアさんに対して邪魔が入らないように援護を!!」

 

「わかった。【ヒール】【ヒール】【ヒール】【ヒール】【ヒール】【ヒール】・・・。」

 

「わかったわ。エミーリアは必ず守る!!」

 

「了解です。ガイウス指揮官。」

 

 3人ともすぐに動いてくれた。彼らの動きを阻害するものは、僕と豊久たちが圧倒しているのも一つの要因ではあるだろう。しかし、上位種だから少ないと思っていたが、数が思いのほか多い。普通のオークも多いようで、義弘たちは広く散らばっている。それでも、苦戦している様子はない。流石の“鬼島津”に率いられた“薩摩武士”と云ったところか。

 

「ガイウスどん(殿)。援護射撃じゃ!!伏せっくいやい!!」

 

 鉄砲隊と弓隊を率いている盛淳(もりあつ)の声が響く。僕はすぐに「全員、伏せろ!!」と叫んだ。伏せると同時に、鉄砲の轟音が響き、矢が飛んでいくのが見えた。目の前にいたオークの上位種が撃ち倒されていく。

 

「もう一射じゃ!!撃てい!!()かけい!!」

 

 さらに、援護が続く。これでかなりの数の上位種の前衛を(ほふ)れた。「ありがとう。盛淳(もりあつ)。」と、礼を言い前進を再開する。つまり、首領を守るように展開されているオークの上位種の排除だ。

 

「おいたちは(私たちは)、右側面から攻撃しもす。」

 

 そう言いながら、盛淳(もりあつ)率いる鉄砲隊と弓隊は移動を開始する。左側は義弘が率いる本隊が進出しつつある。中央は僕と豊久率いる薩摩武士が圧迫している。首領までもう少し。

 

 そして、やっとその時が来た。首領を視線に捉えた。すぐに鑑定をする。どうやらオークロードのようで能力はアンスガーさんとアラムさんの中間。つまり、300台~400台だ。これなら勝てる。僕は、オークロードに対して槍を突き出し、挑発する。

 

「掛かってこい、部下に守られるだけの臆病者(おくびょうもの)め!!それとも、12歳の人間の子供にも(かな)わないのか!?」

 

 すると、オークロードは動かずに、何かの指示を周囲のオークガーディアンに出した。1分もしないで、8体のオークガーディアンが、木にくくりつけた何かを持ってきた。よく見ると、それは人だった。ボロボロの装備に衣服。そして首からぶら下がった冒険者証を確認した。そして、まだみんな息がある。

 

 人質をくくりつけた木を地面に刺し、オークロードはその奥で、(わら)っている。オークガーディアンは人質に剣の切っ先を向け、今にも止めをさしそうな状況だ。僕はすぐに豊久に耳打ちをした。

 

「相手が人質の盾を使ってきた。僕が突撃して救い出すから援護をお願い。」

 

「わかいもした(わかりました)。ちえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇいいぃぃぃ!!」

 

 豊久がさっきよりも大きな雄叫びをあげ、敵に斬りかかり敵の注目を集める。その一瞬の隙に人質の元へ跳ぶ。人質に剣を向けていたオークガーディアンは僕の速さに反応できずに、数秒もかからず、(むくろ)となった。オークロードも目を見開いている。

 

 僕はすぐに人質を囲うように鋼鉄の壁を三重に【召喚】した。これで、彼らの命を守れる。

 

「豊久!!ローザさん!!人質の救出は成功しました!!僕はこれから、オークロードを討ちます!!」

 

 そう叫んで伝えると僕は周囲のオークガーディアンをチート全開の本気で殲滅していく。100体近くいたオークガーディアンは3分もかからず全滅した。これで、オークロードは丸裸だ。オークロードは大剣を構えてはいるがじりじりと後退していた。

 

「逃がすはずないだろ。」

 

 僕はそう言って素早くオークロードの背後をとる。オークロードが恐怖に染まった顔で振り向いた瞬間、僕の槍はオークロードの心臓を貫いた。引き抜くとすぐに額にも槍を刺す。オークロードは恐怖の表情を張り付かせたまま死んだ。




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第36話 掃討戦

「オークロードは討ち取ったぞ!!あとは掃討戦だ。徹底的にやるんだ。子供だろうが見逃すな。後顧の憂いを断つ!!武器の所持の有無に関わらず討て!!」

 

 僕は【風魔法】を使い、声が集落中に聞こえるように拡散させた。残ったオーク達には動揺が走り、味方は勝利の雄叫びをあげ、掃討戦に入る。

 

 折角だから、各魔法のLv上げを兼ねて狩ろう。【火魔法】【風魔法】【水魔法】を使い、残りのオークや上位種たちを狩りとっていく。オークは肉体そのものも食糧となるから、なるべく綺麗な状態で殺す。

 

 殺して殺して殺しまくる。オーク達は逃げ惑うが、(おのれ)らが築いた石壁に阻まれ、必然、門があった場所に向かう。そこには、盛淳(もりあつ)が率いる鉄砲隊と弓隊がおり、確実に射殺していく。

 

 もちろん、中には仲間の仇を討とうと、僕たちに向かってくるオークもいたが、いかんせん実力差があり過ぎた。軽く返り討ちにする。それを見ても向かってくるオークは後を絶たない。敵ながら天晴(あっぱ)れだ。

 

 そうして、30分後には、大量のオークの死体が転がっている状態となり、掃討戦は終了した。まだ、戦い足りないという顔をしている薩摩武士もいたけど、今日はここまでだ。地面が震えるほどの勝鬨をあげる。取り敢えずは、死体と削ぎ取った討伐証明部位の右耳を集めてもらう。それと、他に人質がいないかの捜索と、財貨の捜索もだ。

 

 その間に、僕とエミーリアさんは、捕らわれ人質となっていた冒険者たちの治療を行う。くくりつけられた杭から、拘束を解いて地面に横たえる。意識は無いようだけど、ちゃんと呼吸をしている。(さいわ)い欠損部位は無かったので、【ヒール】のみで治療を行う。

 

 8人全員の治療を終えると、その場をローザさんとエミーリアさんに任せて、ジョージを伴い集落の外へと出る。F-15C“イーグル”のイーグル隊が墜とした飛竜(ワイバーン)を回収するためだ。

 

 ジョージが上空とやり取りをして、飛竜(ワイバーン)が墜ちた場所へ向かい、死体を【収納】していく。全ての飛竜(ワイバーン)の回収を終えると、RF-4C“ファントムⅡ”のロメオ06とF-15C“イーグル”のイーグル隊を【送還】する。

 

 そして、ジョージと共に集落に戻る。すでに作業は終わっていた。オークの右耳は革袋一杯になっていた。財貨もそれなりにあったようだ。死体の数は1000を超えているかもしれない。革袋と死体、財貨を偽装魔法袋に【収納】する。

 

 島津隊は義弘を先頭に整列をしている。彼らにはもう一仕事してもらわないといけない。この集落の破壊だ。今回はゴブリンの時のように死体の処理が無いから、建造物の破壊になる。

 

「さて、みんな戦働(いくさばたら)きご苦労だった。最後にもう一仕事お願いする。この集落を徹底的に破壊してもらいたい。燃やせるものは燃やし、石壁は完全に破壊するんだ。」

 

「「「「「おう!!」」」」」

 

 それに必要な道具を【召喚】する。みんな槍や刀、鉄砲に弓からその道具に持ち替えて、作業に入る。義弘や豊久たち各部隊長は指揮を行う。また、負傷した者は、見つけ次第【ヒール】をかけて治していった。

 

 ローザさんとエミーリアさん、ジョージに8人の冒険者の所に戻る。まだ、冒険者たちは目を覚まさないようだ。今のうちにジョージを【送還】しておこう。僕はジョージに敬礼しながら、

 

「ジョージ、今回もありがとう。君のおかげで助かった。」

 

「いえいえ、ガイウス指揮官。これが自分の任務ですので。ですが、指揮官の助けになったのなら(さいわ)いです。」

 

 ジョージも答礼しながら答える。僕が手を下ろすと、ジョージも下ろす。そして、別れの握手をした。「【送還】」笑顔で手を振りながらジョージは還っていった。

 

 さてさて、鋼鉄の壁から出て島津隊の作業を見るとだいぶというか、石壁以外はほとんど終わっていた。住居は勢い良く燃えて、すでに炭になっているモノもある。石壁もあと1時間もあれば終わりそうだった。やっぱり、地球人って人間離れしているね。




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第37話 帰還

 明日から新年度ですね。仕事がクッソ忙しくなると思いますので、定期的な更新ができなくなるかもしれません。ご了承ください。


 石壁も瓦礫の山となり、住居も全てが灰となった。それと、捕らえられていた冒険者たちが、目を覚ました。目を覚ました瞬間は軽くパニックを起こしかけていたので、取り敢えずは鋼鉄の壁の中で、ローザさんとエミーリアさんとともに、落ち着くまでゆっくりしてもらっている。

 

 そして、鋼鉄の壁から出た僕の目の前には、義弘を先頭に島津隊が整列していた。

 

「みんな、今回は僕の【召喚】に応じてくれて本当にありがとう。君たちのおかげで、オークロードをはじめとしたオーク達を殲滅することができた。また、この集落の破壊も手抜かり無くしてくれて、本当に感謝している。おかげで、日があるうちに町に戻れそうだ。さて、名残惜しいが、今回はここでお別れだ。また、次回の【召喚】にも応じてもらえると嬉しい。」

 

 すると、義弘が一歩前に出て、

 

「おいたち(私たち)の活躍ば、正当に評価してくださり、ほんのこつ(本当に)あいがとさげもす(ありがとうございます)。次回も今回同様に活躍したいと思っちょります(思っております)。」

 

「ありがとう。義弘。それでは、みんな、またね。【送還】。」

 

 義弘たち島津隊の足元に光と共に魔法陣が現れ、彼らは笑顔で還っていった。

 

 さてさて、今回のオーク戦では、僕自身と各能力のLvが結構上がった。今の僕のステータスはこんな感じ。

 

 

名前:ガイウス

種族:人族 (半神)

性別:男

年齢:12

LV:42

称号:ゴブリンキラー、オークキラー、(世界の管理者)

所属:シュタールヴィレ

経験値:45/100

 

体力:255(1275)

筋力:240(1200)

知力:252(1260)

敏捷:245(1225)

etc

・能力

・召喚能力 ・異空間収納 (麻袋で偽装) ・見取り稽古 ・ステータス5倍 

・経験値10倍 ・識字 ・鑑定 ・魔力封入 ・不老不死 

・フォルトゥナの祝福 ・フォルトゥナの加護 ・格闘術Lv.42(210)

・剣術Lv.23(115) ・槍術Lv.30(150) ・弓術Lv.29(145) 

・防御術Lv.37(185) ・回避術Lv.26(130) ・ヒールLv.20(100) 

・リペアLv.1(5) ・気配察知Lv.10(50) ・騎乗Lv.5(25) 

・射撃術Lv.3(15) ・火魔法Lv.6(30) ・水魔法Lv.5(25) 

・風魔法Lv.5(25) ・ライトLv.1(5)

 

 

 うん、チート能力のおかげで結構凄いことになっている。称号もオークキラーが付いたね。まぁ、あれだけ狩れば当然かな。これだけの能力があれば、帰りの道中も安心かな。【気配察知】は発動しておけば、半径3Kmのモノの動きがわかるからね。

 

 というわけで、鋼鉄の壁の中に戻る。8人の冒険者たちは落ち着いたようだ。でも、装備も衣服もボロボロだ。取り敢えずはフード付きの外套を人数分【召喚】して渡す。自己紹介をしようとしてくれたけど、長くなりそうなのでパーティ名だけ聞いた。8人とも一緒のパーティらしく「ドーンライト(夜明けの光)」というらしい。ちなみに全員が女性だ。

 

 鋼鉄の壁を【送還】し、辺りが見渡せるようになると、“ドーンライト”の面々は驚いていた。「あれほどの石壁が跡形も無く・・・。」「集落が完全に破壊されている・・・。」「いや、さっきの鋼鉄の壁を消したのは【召喚】能力?底が知れないわ。」などなど、呟いている。

 

 “パンパン”と手を叩き、みんなの注目を集める。

 

「これから、“黒魔の森”を抜けて“インシピット”まで戻ります。もちろん、“ドーンライト”のみなさんも一緒です。先頭は僕が進んで、障害となるモノが出てくれば切り開きます。“ドーンライト”とエミーリアさんは真ん中で、殿(しんがり)をローザさんにお願いします。異論はありますか?・・・・・・・。無いようですので出発します。」

 

 さて、町までの道中はこれといって障害は無かった。【気配察知】を最大限の範囲で使い、僕も殺気をダダ漏れにしていたからだ。魔物たちは、僕の殺気を感じ、【気配察知】に引っかかってもすぐに引き返していた。

 

 そんなわけで、“インシピット”の町に着いた。ちなみにヒヒイロカネ製の装備は森を出る前に【収納】してある。僕はみんなと一緒に列に並ぶ。しかし、門の検査所に衛兵隊長の1人であるドルスさんを見つけると、1人列から離れドルスさんの元へ走っていった。もちろん全力じゃないよ。小走り程度さ。

 

「ドルスさん。」

 

「あれ、ガイウス君じゃないか。依頼(クエスト)帰りかい?」

 

「はい、そうなんですけど、ちょっと急ぎでギルドに報告しないといけないんです。」

 

「ふむ、ちょっと離れたところで話を聞こうか。」

 

 僕は、列に声が聞こえないくらい離れたところで、ドルスさんに今日あったことを話した。ギルドの指名依頼(クエスト)で“黒魔の森”の調査に行ったこと。そこでオークロードが率いるオークの集落を見つけ殲滅したこと。そして、人質として8人の冒険者が捕らわれており救助したこと。これらのことを話した。

 

 すると、ドルスさんは、「確かにスタンピードに繋がりかねない緊急の案件だ。」と言い、列から外れて衛兵詰所を通って中に入れるよう取り計らってくれた。こうして、僕たちは列に並ばずにすんなりと町に入れた。もちろん、“ドーンライト”と共に冒険者証の確認はされたけどね。

 

 さぁ、ギルドに報告に行こう。




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第38話 調査報告と討伐終了報告

 戻ってきました冒険者ギルド。扉を開けて入った瞬間に、冒険者の皆さんの視線が刺さる。確かに、フード付き外套で、顔を隠した人を8人も引き連れているわけだから、視線も集まるか。だけど、ボソッと聞こえる「またガイウスさんだよ・・・。」ってどういう意味かな、かな?

 

 まぁ、いいや。受付カウンターにササっと移動だ。メリナさんがいたけど、すぐにユリアさんが出てきて、隣のカウンターに移動した。

 

「ユリアさん。調査報告ですけど、今ここで大丈夫ですか?」

 

「いいえ、ダメです。先程、アントンさんから調査報告を受けましたが、「オークの巣は発見できなかった。ただ、轟音と共に現れた変な形をした鳥が飛竜(ワイバーン)を狩っていたから、新種の魔物かと思って取り敢えず急いで戻ってきた。」と報告してくれました。絶っっっ対にガイウス君が関わっていますよね?ギルドマスターの執務室までお願いします。シュタールヴィレの3人と後ろの外套を羽織っている8人もです。いいですね。」

 

「ハイ。」

 

 背後に鬼が揺らめく笑顔に、僕は素直に頷くしかなかった。しずしずとユリアさんの後ろを着いて行き、階段を上がりギルドマスター執務室へ向かう。ユリアさんが執務室の扉をノックすると、「どうぞ。」とギルドマスターのアンスガーさんの声が聞こえた。

 

 「失礼します。」とユリアさんが扉を開け、

 

「シュタールヴィレが帰還しましたので、直接の報告をと思いまして、連れてきました。」と、アンスガーさんにつげた。すぐに、

 

「入ってもらってください。それと、お茶と茶菓子の準備を人数分。どうやら拾いモノをしてきたようですから。」

 

「わかりました。では、みなさん中へお入りください。」

 

 そう言って、ユリアさんは1階に戻っていった。さすがはアンスガーさん、僕たち“シュタールヴィレ”だけでないと【気配察知】で気付いた。僕たちは「失礼します。」と言って、執務室に入る。すぐにアンスガーさんに席を勧められたので席についた。ちなみに、“ドーンライト”の人たちは、ここまでの流れについてこれてないのか立ったままだ。

 

「後ろのお嬢さん方も座るといい。それとも外套を室内でも羽織っているということは、何かわけありかな?」

 

 さすが、アンスガーさん鋭い。僕は“ドーンライト”の面々がオークに捕まり、【ヒール】で治療はしたが、装備や服装がボロボロだということを伝えた。アンスガーさんは額に手を当てながら、

 

「ガイウス君、そういうのは早く伝えるべきだ。いや、今回はその暇が無かったか。ユリアさん彼女たちをお願いします。」

 

「わかりました。みなさんこちらへ。」

 

 いつの間にか、ユリアさんとエレさんが来ていて、4人分のお茶とお茶菓子を置いたら、“ドーンライト”を別室に連れていった。

 

「さて、それでは、報告をしてもらおうかな。調査報告をお願いするよ。」

 

 アンスガーさんがメモ用紙を広げながら聞いてきた。ローザさんとエミーリアさんが僕を見たので、僕の口から報告することになった。

 

「まず、調査報告ですが、オークの大規模集落がありました。周りは石壁によって囲まれ、門と見張り台があり、門兵もいました。率いていたのはオークロードでした。集落にいたオークの総数は子供と雌まで合わせると、3,784体(1000体程度と思っていたが【収納】した瞬間に計測され3,784体とわかった。)でした。また、先に戻られたアントンさんが報告した、飛竜(ワイバーン)を墜とした“轟音と共に現れた変な形をした鳥“は、僕が【召喚】したモノです。新種の魔物ではありませんのでご安心ください。」

 

「全て過去形ということは・・・。」

 

「はい、殲滅しました。一切合切を破壊しつくしました。“ドーンライト”が証言を保証してくれるでしょう。それに、市場に大量のオーク肉を提供できますよ。」

 

 僕は笑いながら答えた。一方のアンスガーさんは、メモ用紙に要点を記入しながら口の(はし)をヒクつかせている。

 

「それでは、討伐は終了したということだね。」

 

 僕は首肯する。アンスガーさんは深いため息をつきながら、

 

「では、討伐終了報告をお願いしようかな。討伐証明部位とかは魔法袋の中だろうから、あとで“処理・解体室”へお願いね。」

 

「わかりました。それでは、討伐終了報告をさせていただきます。まず、僕の【召喚】した索敵能力に()けた鉄の鳥たちにてオークの集落を捜索、大規模集落を発見しました。その後に集落の近くの開けた場所にて、1,500の援軍を【召喚】しました。また、この際に飛竜(ワイバーン)が現れたので、攻撃に()けた鉄の鳥を【召喚】し、飛竜(ワイバーン)を墜としました。」

 

 ここで一旦区切り、お茶を飲み、のどを潤す。

 

「その後、【召喚】した1,500の援軍と共に、オークの大規模集落に攻撃を開始しました。まずは、僕とエミーリアさんの魔法攻撃で門を破壊。そして、待ち構えているオーク達に対して攻撃を開始、突撃にて前衛を蹂躙しました。突撃後は部隊を分け、僕たちシュタールヴィレを中心とした部隊で、オークロードがいるであろう中枢区画へと向かいました。上位種たちによる防壁がありましたが、これを突破。直後、“ドーンライト”を用いた人質の盾を使用してきましたが、これも、“ドーンライト”メンバーを全員救出することで打ち破り、最後は、僕とオークロードの一騎打ちで、オークロードを討ち取りました。その後は、敗残兵狩りを行い、オークを一体も残らず討ち取りました。ちなみに戦死者は無しです。」

 

 話し終わると、アンスガーさんはメモを取りながら遠い目をしていた。ふむ、これは、また僕がやらかしちゃった感じかな。




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第39話 昇級

「アンスガーさん、アンスガーさん。」

 

 どこか遠い世界へ思考が飛んでいるアンスガーさんを、現実に引き戻すため呼びかける。呼びかけるだけでは無反応だったので、肩を強く揺さぶる。そうして、やっと現実世界に意識が戻ってきたようだ。

 

「あぁ、すまないね。私としたことが、少し思考の整理が追い付かなかったようだ。しかし、本当にガイウス君には驚かされる。1,500少々の戦力で、オークロードをはじめとした上位種含む3,000越えのオークを殲滅なんて、ギルドから父上に報告して、辺境伯軍を動員してもらい、ギルドと辺境伯軍が連携してするものだよ。そして、損害はゼロ。いやはや、やはり、君は規格外だ。」

 

 言い終えたアンスガーさんは、「フゥーッ」と長いため息をはいてお茶を飲む。そして、腕を組んで、何かを考えている。

 

「ガイウス君。君は今日から6級に上がってもらう。嫌だとは言わせない。前回のゴブリンキングのときでも十分だったのに、今回はオークロードだ。絶対に昇級してもらう。ローザ君とエミーリア君も昇級だ。5級と言いたいが、主な手柄はどうやらガイウス君のようだから、今回は一段階上の6級で我慢してほしい。」

 

「いえいえ、私なんて、ガイウス君みたいに活躍してません。エミーリアを守りながら、戦うので精一杯でした。」

 

「私も同じく。【ヒール】とかで援護するのが精一杯だった。」

 

「だが、君たちは生き残った。私も、現役時代はオークとその上位種と戦ったことがある。手強(てごわ)い相手だった。はっきり言って、その時は、死ぬかと思ったよ。所属していたパーティメンバーも大苦戦していたからね。だからこそ、今回の討伐は称賛に値する。父上に話せば、ガイウス君は授爵されるかもしれないね。」

 

 アンスガーさんが笑いながら言う。僕は首を横に振りながら、

 

「昇級のお話は了承しました。しかし、もし授爵の話しがあっても僕はまだ受ける気になれません。」

 

「ほう、なぜかな?」

 

「まだ、僕の功績は“盗賊団殲滅”“ゴブリンキング及び集落の殲滅”“オークロード及び集落の殲滅”の3つしかないからです。せめて五つは功績を挙げたいです。」

 

「ハハハ。今まで挙げた功績を“3つしか”と言うかね。普通の貴族や冒険者なら“3つも”と言うだろうに。改めてクリスティアーネの将来の旦那候補が頼もしくて嬉しいよ。」

 

 そう言いながら、アンスガーさんは(ほが)らかに笑う。そして、クリスティアーネ様の名前が出た瞬間に、両隣の2人、ローザさんとエミーリアさんの視線がキツイものになった。えっと、何か問題でもあったのかな。あとでそれとなく聞いてみよう。

 

 そう思っていると、執務室の扉がノックされた。アンスガーさんは「どうぞ。」と招き入れる。「失礼します。」とユリアさんとエレさんが入室し、続いて8人の女性が入室してきた。あぁ、“ドーンライト”の人たちか。服装も新しいものを貰ったようで良かった。

 

 すると、“ドーンライト”の8人のうち1人が前に進み出てきた。銀髪の美人さんだ。

 

(わたくし)は“ドーンライト”のリーダー、5級冒険者ベルタ・プライスラー。この度は、(わたくし)たちを救ってくださり、誠にありがとうございます。このお礼はプライスラー子爵家の名において必ずさせていただきます。」

 

 と言い、片膝を付き頭を下げた。他の7人もだ。僕はすぐに、

 

「顔をあげてください。僕は“シュタールヴィレ”のリーダー9級冒険者のガイウスです。貴方たちを救出できたのは、タイミングが良かったからです。僕たちは、貴方たちを救うためではなくオークを倒すために、あの場にいたんです。」

 

「それでも、救っていただいた事実に変わりはありません。(わたくし)は子爵家の次女ではありますが、謝礼金をお支払いするだけの(たくわ)えもあります。」

 

 どうしたものかと困惑していると、アンスガーさんが、

 

「“インシピット”冒険者ギルドのギルドマスター、アンスガー・アルムガルトだ。ベルタ嬢、貴方の実家プライスラー家の寄り親である、アルムガルト辺境伯家の次男だ。この件は私に預からせてもらいたいと思うのだがどうだろうか?」

 

「僕はそれで構いません。」

 

「ガイウス殿がそう言われるのであれば、(わたくし)もそれで構いません。」

 

「よし、それでは、この話は此処で終わりだ。ユリアさん、“シュタールヴィレ”を“処理・解体室”へ。それと、この用紙に書いてある級までの昇級手続きをお願いします。“ドーンライト”のお嬢様方には、私がこれから本部に出す報告書を作るので、その証言をお願いしよう。エレ、お茶を新しいのに替えてくれるかな。さぁ、座って。」

 

 僕たちが席を立つのと入れ替わるように、“ドーンライト”の面々が席につく。僕たちは「失礼しました。」と退室の挨拶をして、ユリアさんの後に着いて“処理・解体室”へと向かう。




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第40話 驚愕(ギルド職員が)

 さて2回目の“処理・解体室”への入室だ。入ったとたんにグレゴリーさんが、

 

「帰ってきたと聞いて、デニスに任せるように準備している。どうせ今回も大物だろう?奥へ行け。デニスがすぐ来る。」

 

 案内してきたユリアさんは受付に戻り、僕たちは指示に従って、奥へと行く。まずは、討伐部位の右耳が入った革袋が、“ドスン”という音とともに【収納】から出てくる。その後は、飛竜(ワイバーン)の死体を出す。計12体。これで、スペースがだいたい埋まってしまった。どうしようかと思っていると、

 

「おぉ、これまた、すごいね。」

 

 デニスさんが来てくれた。

 

「こんにちは。デニスさん。実は、オークの死体が、オークロードなどの上位種を合わせて、3,784体あるんですけど、どこに出しましょう?」

 

「へっ!?3,784体!?ちょ、ちょっと待ってもらえるかな。グレゴリーさんに確認してくる。」

 

 デニスさんは、グレゴリーさんのもとに走っていった。今の内容を話したのだろう、グレゴリーさんと周りにいるギルド職員が「はぁっ!?」と、驚いている声が聞こえた。すぐにデニスさんと共にグレゴリーさんが来て、

 

「本当に3,784体もあるのか?」

 

 と聞いてきたので、首肯した。

 

飛竜(ワイバーン)が12体いるだけでも驚愕に値するのに、オークロードを含む3,784体だと!?ふざけているのか!?」

 

「ふざけてませんよ。取り敢えず、オークの右耳はあの革袋の中に入ってます。数えてみてください。」

 

「わかった。待受けか酒場ででも待っとれ。」

 

 そう言って、作業に取り掛かるデニスさんとグレゴリーさん、それと2人のギルド職員。彼らに「それでは、よろしくお願いします。」と言ってから、“処理・解体室”を後にした。酒場で適当に時間を潰そうということになって、併設されている酒場に向かうと、アントンさんが「ガイウス」と手を挙げて、招いていた。

 

 アントンさんと同じテーブルにつくと、給仕の人が注文を取りに来た。とりあえず僕は果実水をローザさんとエミーリアさんはエールを、アントンさんもエールのお代わりを頼んだ。しばらく今日の依頼(クエスト)のことについて雑談をしていると、飲み物が運ばれてくる。アントンさんが「今日の無事に感謝を」と音頭を取り乾杯した。

 

 アントンさんが杯をグイッと傾け、エールを流し込むと、

 

「しかし、さっきの話を蒸し返すようだが、今日の指名依頼(クエスト)は、お前さん達のおかげで、無事終了というわけだ。」

 

「アントンさんとしては、もうちょっと続いた方が良かったんですか?」

 

「うーむ。オークロードがいたわけだからなぁ。早く片付いた方が、被害が減る。だから、今回は早期解決した方が、結果的には良かったと思っているよ。俺は。」

 

「僕たちもそう思ってます。3,784体のオークが。オークロードを中心に、大規模集落を形成していたわけですから、早めに叩けて良かったです。それに、人質も救出できましたし。」

 

 そう言いながら、果実水を飲む。人質が救出できたのはホントに良かったと思う。ゴブリンの時は間に合わなかったから、なおさらそう思う。

 

「“シュタールヴィレ”のみなさん。新しい冒険者証ができましたよ。」

 

 ユリアさんがわざわざ酒場まで冒険者証を持ってきてくれた。「おっ、級数が上がったのか。良かったな。」とアントンさんが言ってくれた。裏表のない祝福は嬉しいね。僕たちはお礼と共に新しい冒険者証を受け取り、首にかける。「何級になったんだ?」とアントンさん。「みなさん、お(そろ)いで6級ですよ。」とはユリアさんが代わりに答えてくれた。

 

「ふむ、6級か。一昨日の試合では、ガイウスはそれ以上の級数でも問題ないと、俺は思うんだがね。ローザとエミーリアは適正かな。決して、2人が弱いというわけではないから、勘違いはしないでほしい。」

 

「それは、私たちがよくわかっているわよ。アントンさん。ガイウスの力を目の当りにしたら、もう別次元だから言葉も出ないわ。そして、ほら見てそれを実感する人が増えたわよ。」

 

 ローザさんが指さす方を見ると、デニスさんが走ってこちらに来る姿だった。「なるほど。」と、アントンさんは笑いながらエールを飲む。ユリアさんは呆れたようにため息をつく。

 

「ガ、ガイウス君!!さっきは疑ってすまなかった。もう一度、“処理・解体室”へ来てもらえないだろうか?」

 

「ええ、もちろん大丈夫ですよ。それよりも、息が切れているようですから、僕の飲み欠けでもよければ、果実水をどうぞ。」

 

 デニスさんは、「ありがとう。」と言い、果実水を飲み干した。僕は、果実水の代金をテーブルに置き、ローザさんとエミーリアさん、アントンさんに、

 

「それじゃあ、ちょっと行ってきます。」

 

 と断りを入れ、デニスさん、ユリアさんと共に“処理・解体室”へと向かった。




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第41話 謝罪

 “処理・解体室”へ向かう道中、疑問に思ったことを聞いてみた。

 

「なんで、ユリアさんもついてきたんですか?」

 

「女のカンで面白いものが見れそうだと思ったからですよ。」

 

 ユリアさんは笑顔で答える。ふむ、面白そうなモノねぇ。さっき、“処理・解体室”にあったのは、魔物の死体と討伐証明部位だけだったけどなぁ。そう思っていると、“処理・解体室”についた。「ガイウス君が来ました!!」と、デニスさんが扉を開けながら言う。

 

 中に入ると、驚いた。グレゴリーさん以下“処理・解体室”で働いているギルド職員が、みんな土下座していた。その列にデニスさんもすぐ加わった。あまりのことに僕はポカーンと口を開け、ユリアさんはその様子がおかしいのか口を手で覆いながらクスクスと笑っている。

 

「え・・・。一体、何が?」

 

「疑ってすまなかった。ガイウスの報告通りだった。ギルド職員として申し訳ない。」

 

 グレゴリーさんが謝罪の言葉を口にする。恐らくは、「オークロードを含む3,784体だと!?ふざけているのか!?」とさっき言ったことだろう。別に僕は気にしてないし、怒ってもいないんだけどなぁ。ユリアさんをチラッと見ると、落ち着いたのか、“コホン”と咳をして、注目を集める。

 

「グレゴリーさん。ガイウス君が驚いていますよ。それに、彼は怒っていませんよ。」

 

 と、僕の代わりに言ってくれた。「本当か!?」と言うので、

 

「本当です。びっくりはしましたけど、怒ってはいません。3,784体なんて数字、そう簡単に信じられるものじゃないですもんね。グレゴリーさん、皆さんも立ってください。」

 

 「うむ。本当にすまなかった。」と言ってグレゴリーさんが立ち上がると、デニスさんをはじめとしたギルド職員の皆さんも立ち上がる。さて、ここからが本題だ。

 

「それじゃあ、改めて先ほどの飛竜(ワイバーン)12体とオークロードを含むオーク3,784体、それと、ついでに狩ったロックウルフを27体にオークのため込んだ財貨の解体と査定をお願いします。」

 

「おう、任せておけ。ただ、量が量だから解体と査定には時間がかかる。了承してくれるか?」

 

「もちろんですよ。ところで、どこに出せばいいですか?」

 

「うむ、ギルド所有の魔法袋に移し替えてほしい。ちゃんと個人識別ができるようにしているから、安心してくれ。おい、用意していたものを持ってきてくれ」

 

 するとデニスさんが結構な大きさの魔法袋を持ってきた。

 

「わかりました。それじゃあ、移しますね。」

 

 そう言って、偽装魔法袋から【収納】した、オーク達とロックウルフの死体を移した。移し終えると、ギルドの魔法袋に“ガイウス”と書いた布を貼り付けた。これで、あとは解体と査定が終わるのを待つだけだ。

 

「大体1日ぐらいで終わると思うから、また、明日、査定カウンターに来てくれ。」

 

「わかりました。それでは、お願いします。」

 

「さっ、ガイウス君、戻りましょう。」

 

 ユリアさんが手を引いてくるので、僕はそのまま“処理・解体室”を後にした。

 

「どうしたんですか?ユリアさん。まだ、何かお話でも?」

 

「えぇ、大事なお話が。もちろん、ローザさんとエミーリアさんも交えてね。」

 

 ローザさんとエミーリアさんも交えて?“シュタールヴィレ”に関することかな。そんなことを考えながら、ユリアさんに引っ張られていく。心なしか引っ張る力が強いように思う。

 

 併設酒場に戻ると、アントンさんは既にいなかった。ローザさんとエミーリアさんの2人で杯を重ねていたみたいだ。それでも、それほど量は飲んでいないようで、すぐに僕とユリアさんに気が付いた。

 

「あら、ガイウス。おかえりなさい。用件は済んだの?」

 

「おかえり。」

 

「ただいまです。はい、解体と査定の依頼をしてきましたよ。ただ、量が多いので明日まで時間がかかるそうです。」

 

「そう、なら宿にもどりましょうか。」

 

「あっ、それならローザさんとエミーリアさん、お話があるのでちょっとこちらへ。」

 

 ユリアさんがローザさんとエミーリアさんを連れていってしまった。何も頼まず席にいるのもどうかと思い、果実水を頼み、飲みながら待つことにした。ボーっとギルド内を見ていると、夕方だからか、帰還して受付カウンターで依頼(クエスト)終了報告や、査定カウンターで持って帰ってきた素材を渡したりしていた。

 

 うーむ。冒険者になって4日。僕は、上手く冒険者をやれているんだろうか。




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第42話 包囲網

 10分たったが3人が戻ってこない。というか、どこにいったんだろう?【気配察知】を使えばすぐわかるかなぁ。そんなことを考えていると、ユリアさんを先頭に2人が戻ってきた。

 

「宿には、ユリアさんも一緒に行くわ。大事な話があるから。」

 

 ローザさんが開口一番、そんなことを言ってきた。「えっ!?でも、ユリアさんは仕事が・・・。」と言うと、

 

「私の勤務時間はもう終わっていますから大丈夫ですよ。今から、制服から着替えてくるので待っていてくださいね。」

 

 そう言って、受付カウンターの奥に消えていった。とりあえずユリアさんが“鷹の止まり木亭”に来て、話しをするというのはわかった。どんな内容を話すのかわからないけど。ユリアさんが戻るまでに、その内容についてローザさんとエミーリアさんに聞いたけど、2人とも「宿で話すから。」というだけだった。

 

 ふむ、そう言うなら“鷹の止まり木亭”に戻るまでおあずけかぁ。そう思いながら、チビチビと果実水を飲む。ちなみに、ローザさんとエミーリアさんも果実水だ。「大事な話しだから酔っていられない。」とのことだ。

 

 ユリアさんが着替えに行って十数分、受付カウンターから私服姿のユリアさんが出てきた。さて、“鷹の止まり木亭”に戻ろう。

 

 さぁ、戻ってきました“鷹の止まり木亭”。まずは、夕食だよね。ということで、各々の部屋に装備を置きに行く。ユリアさんは併設食堂のテーブルにすでについているので、そこで少し待ってもらうことになるけど仕方ないよね。

 

 ユリアさんのついているテーブルに戻ると、すぐに人数分の食事が運ばれてきた。いつもは、今日の依頼のこととかで盛り上がるけど、今日はそんな空気ではなくて、ただ黙々と食事を進めた。

 

 食事が終わると、ローザさんとエミーリアさんが借りている2人部屋に連れていかれた。もちろん、ユリアさんも一緒だ。部屋に入ると、すぐに鍵を閉め、ユリアさんが魔法で何かをしていた。何をしたのか聞くと【風魔法】で風の障壁を作り、部屋の中の声が外に漏れないようにしたという。えっ、人に聞かれるとマズい話しなの。

 

 困惑している僕にユリアさんは微笑み、

 

「大丈夫ですよ。悪いようにはしませんから。それに、何かあってもガイウス君は自分で切り抜けるでしょう?」

 

 確かに能力的にはそうだけど、悪いようにはしませんって、一体何をするつもり?

 

 ローザさんが人数分の椅子を3:1になるように並べた。もちろん、1のほうには僕が座ることになる。目の前には右からユリアさん、ローザさん、エミーリアさんの順で椅子に座っている。

 

「ガイウス君、今から話すことは、昨日の辺境伯邸からのことです。率直に言いますと、私たち3人は、貴方のことを1人の男性として()いています。えぇ、もちろんクリスティアーネ様という婚約者がいるのは知っています。それでも、私たちの気持ちを知って欲しかったんです。」

 

 ユリアさんの言う事が、すぐには理解できなかった。そして、理解した瞬間、地球の神様が言った「ハーレムも作り放題」という言葉が頭をよぎった。やっぱり、もうちょっと殴っておくべきだったかもしれない。

 それか、昨日の辺境伯様の所からということは、【フォルトゥナの祝福】が作用しているのかもしれない。それなら魔族の夢魔(インキュバス)の人たちと変わらないじゃないか。念のため確認しておこう。

 

「えっと、要は昨日から急に好きになったと言う事ですか?」

 

「私とエミーリアは、盗賊との戦闘で助けてもらってから気になりだして、その思いを確認できたのが昨日ということね。」

 

「私は、気になりだしたのは、ゴブリン討伐の後からですかね。最初は可愛い男の子としか思ってなかったんですけど。それで、好きだと気付いたのは先程も言った通り昨日です。」

 

 僕は、開いた口が塞がらなかった。【フォルトゥナの祝福】は恐らく作用をしていたけど、彼女たちの思いを後押ししただけなんだろう。あぁ、僕はどうしたらって、みなさん、なんか近づいて来てません。というか、半円状になって僕を包囲してますよね。

 

「私たちの思いは伝えました。ガイウス君、貴方が好きと言う事を。貴方の答えを聞かせてください。」

 

 あぁ、3人の瞳が僕を見ている。僕はどう返事したらいいのであろう。

 

「えーっと、お気持ちは凄く嬉しいです。でも、すぐに決められないのでほ「保留は無しですよ」・・・ハイ・・・。」

 

 確かに、3人とも美人で魅力的な女性だ。ローザさんは、綺麗な金の短髪にしっかりと引き締まった肉体でスタイルが良いし、エミーリアさんは、引き込まれるような黒の長髪に、スタイルは抜群。胸の大きさは3人の中で一番かもしれない。ユリアさんはエルフだから美形なうえに、長い金髪が美しい。スタイルも良いし、何より深緑の瞳は吸い込まれるような魅力がある。

 

 男としてはなんとも光栄な状況だけど、どうしよう?この状況を、包囲網を、どう抜け出そうか考えていると、ノックの音が響いた。

 

「ローザさんかエミーリアさん、中にいるかしら。ガイウス君にお客様がお越しになっているのだけど、どこにいるか知らない?」

 

 “鷹の止まり木亭”女将のアンゲラさんの声だ。ユリアさんは【風魔法】を扉の所だけ解除して、ローザさんが「この部屋にいますよ。」と言った瞬間、扉が蹴破られた。驚いていると、突然の事に驚いているアンゲラさんを尻目(しりめ)に、部屋の中に人が入ってきた。すると一気に空気が変わる。

 

 そこには満面の笑みのクリスティアーネ様と、「あちゃー」という様子のアンスガーさんと御付きの騎士たちがいた。

 

「ごきげんよう。ガイウス殿。ところで、随分(ずいぶん)と魅力的な女性たちに囲まれています事。(わたくし)との約束は遊びだったのかしら?」

 

 あぁ、終わった。ダレカタスケテ・・・。




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第43話 包囲網強化

「さぁ、ガイウス殿。この【風魔法】の障壁で囲まれた密室で、美女3人と何をしていたのかを。このクリスティアーネに教えてくださいな。」

 

 長く美しい銀髪をなびかせながら、黒い笑顔のクリスティアーネ様が、腕組みをしながら迫って来る。助けを求めるために、アンスガーさんに視線を向ける。あっ!!逸らされた!?

 

 どうする。どうする。クリスティアーネ様の怒りが(しず)まらなければ、アルムガルト辺境伯家の人たちが敵にまわる。いや、敵にまわる分には問題ない。このままだと、クリスティアーネ様に嫌われてしまう。それは、嫌だ。あ、僕って案外、独占欲が強いのかも。

 

 そう考えていると、思わぬ助っ人が、

 

「クリスティアーネ様、まずは、お席にお座りください。庶民が使う椅子ですので、座り心地は保証できませんけど。そして、ゆっくりと話し合いましょう。ね。」

 

 ユリアさんが、僕とクリスティアーネ様の間に割って入って言った。クリスティアーネ様は、しばらくユリアさんを睨みつけていたが、「わかりました。」と言い、席についた。

 

「ギルドマスター。貴方も話し合いに参加しますか?」

 

 ユリアさんが尋ねると、

 

「いや、私がいるのは無粋というものだろうから、エールでも飲んで1階の食堂で待っていますよ。」

 

 アンスガーさんがそう言って部屋を出ようとするところで、僕を手招いた。彼は僕の肩に手をおいて、「頑張りたまえ。」と言って、1階に下りていった。結局、僕を助けてくれなかった。ちょっと恨みますよ。アンスガーさん。ちなみに、壊れた扉は、アンゲラさんと御付きの騎士たちが回収していた。あとで弁償しないとね。

 

 一連の片付けが終わり「護衛の方はどうします?」ユリアさんが尋ねると、「我々は部屋の前で待機させていただきます。」と言って、廊下に整列した。ユリアさんは首肯し、壊れた扉の代わりに【風魔法】で、先ほどと同じ音の漏れない障壁を作り出す。

 

 さて、室内では僕が座るのであろう椅子を3人が半円状に囲むようにして座って待っていた。ユリアさんも加わり4人になったけど。僕は深呼吸を一度して席に向かう。4人の視線が刺さる。そして、席につく。

 

 僕が席につくと同時に、クリスティアーネ様が、

 

「それで、この密室と化した空間で何をしていたのかを、教えていただけますか?」

 

 と笑みを浮かべながら聞いてきた。僕が話そうとするとユリアさんが目で制してきた。

 

「それは、私の方から簡単に説明させていただきます。クリスティアーネ様が入室されるまで、私たち3人はガイウス君に対して、愛の告白をしていました。」

 

「ユリア殿たちは、(わたくし)とガイウス殿が仮とはいえ婚約していることをお知りのはずです。なぜ、このタイミングだったのですか?」

 

「それは、アルムガルト邸にて、お2人の婚約発表を聞いた瞬間に嫉妬をしてしまい、そこで、私たちはガイウス君に対する自分の気持ちを自覚したのです。好きという気持ちを。特に私なんかは年甲斐も無く。」

 

「そのことを、ガイウス殿に告白していたということですね。」

 

「はい。その通りです。ですので、ガイウス君は責められる立場にありません。責められるべきは私たちです。」

 

 クリスティアーネ様とユリアさんのやり取りが終わり、静寂が場を支配する。誰一人として言葉を発しない。しかし、空気が少し柔らかくなったような気がする。そんな空気の中クリスティアーネ様が、口を開く。

 

(わたくし)は、ガイウス殿が授爵され、結婚となった場合には正室としてありたいと思っています。アルムガルト辺境伯家では、側室を持たない当主が多いのですが、ガイウス殿が新たに家を立ち上げるとしたら、新興の貴族となりますので側室も必要でしょう。(わたくし)は皆さまが、ガイウス殿の側室になることを止めはしません。とくに、ユリア殿は、当代限りではありますが騎士爵をお持ちですし。ローザさんとエミーリアさんについては、今後の活躍に期待。というところでしょうか。最後はガイウス殿の気持ち次第と思いますし。」

 

 最初の棘のある言い方よりも、だいぶ優し気な口調で、そう言いきったクリスティアーネ様は、僕の方を見た。

 

「クリスティアーネ様には、裏切られたと思われるかもしれませんが、僕は、彼女たちの気持ちを(ないがし)ろにすることはできません。ですので、3年後、僕が成人し授爵するまで、3人のお気持ちが変わらなければ、側室にしたいと思います。」

 

 僕は、クリスティアーネ様の真っすぐ見て言った。そうすると、クリスティアーネ様は優しい笑みを浮かべ、

 

「ガイウス殿はお優しい。自分に向けられた気持ちに、最大限、報いようとしている。ふふ、やはり、(わたくし)の目に間違いは無かったようで安心しました。」

 

「もし、僕が3人の告白を断っていたらどう思っていましたか?」

 

「ふむ、それは意地悪な質問ですね。(わたくし)は最初に歓喜し、その後、落ち込んだことでしょう。(わたくし)の思考の矮小(わいしょう)さに。」

 

「それでも、僕は、クリスティアーネ様、貴方を愛しますよ。」

 

 そう言って、軽くクリスティアーネ様を抱き寄せる。仮の婚約とはいえ、このくらいならいいだろう。廊下の騎士たちも騒いでいる様子はないようだし。何より、クリスティアーネ様が、(ほお)を赤く染めながらも今日一番の笑顔を見せてくれた。僕にはそれだけで十分だ。




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第44話 包囲網解散

「ところで、こんな時間になぜ、“インシピット”に?」

 

(わたくし)もガイウス殿の将来の妻として、冒険者登録をしようかと思いまして。」

 

「へっ!?」

 

 笑顔で普通に答えてくれたけど、これって大丈夫なの?ということで率直に聞いてみた。

 

「えっと、辺境伯様やヴィンフリート様は許してくださったんですか?」

 

「いえ、お爺様とお父様は簡単には許してくれず、条件を出されました。1つはアンスガー叔父様の許可を取ること、もう1つは“シュタールヴィレ”に入り、ガイウス殿と行動を共にすることです。」

 

「ファッ!?」

 

 アンスガーさんの許可を取ることはわかるけど、なぜ“シュタールヴィレ”に加入し、僕と行動を共にすることが条件なんだ。ちょっと理解が追い付かない。というか、行動を共にすることって結婚もしてないのに、いいのだろうか?

 

「あー、確かに冒険者をするならガイウスの側にいたほうが安全かもしれないわね。数分でオークガーディアン100体とオークロードを倒せる冒険者なんて、この町の近くにはいないでしょうからね。」

 

「えぇ、叔父様も似たようなことを仰っておりました。」

 

「でも、僕は冒険者になってまだ4日目ですよ!?御付きの騎士の方たちとパーティを組んだ方が良いのでは?」

 

「ガイウス殿に敗れた者たちにですか?」

 

 そう言われると、何も言い返せない。ローザさんは賛成のようだし、エミーリアさんはどうなのだろう。

 

「エミーリアさんはどう思われますか?」

 

「将来の正室となる方と一緒に過ごせるなら、私たちの結婚後の生活も安心できる。それに、ガイウスはクリスティアーネ様が、普通の貴族令嬢でないことは知っているはず。」

 

「確かに、クリスティアーネ様の体つきは、想像していた貴族令嬢の体つきとは違い、鍛えているように見受けられました。でも、それとこれとは・・・。」

 

「嬉しいですわ。(わたくし)のことを、そこまで見ていてくださったなんて。」

 

 そう言いながら、僕の言葉を遮り、クリスティアーネ様が飛びついてくる。それをしっかりと受け止める。うん、貴族らしい華美な服装で隠れているけど、受け止めた感じだと女性らしく柔らかな感触だけど鍛えている体だ。それに、【鑑定】で視たステータスもほとんどが50前後で、知力に至っては70前後と14歳の女性としては中々のモノだった。ちなみに、19歳のローザさんとエミーリアさんは大体80前後だ。

 

 でも、僕たち“シュタールヴィレ”が加入に同意しても、アンスガーさんが反対すればお(しま)いのはず、そこの確認を、

 

「そういえば、アンスガーさんは許可を出したんですか?」

 

「ええ、最初は厳しいお顔をなさっていましたけれども、“シュタールヴィレ”加入とガイウス殿の件を伝えましたら、了承してくださいましたわ。」

 

「何も言わずにですか?」

 

「えーっと、確か「クリスティアーネを危ない目に遭わせるのは、叔父として本意ではないが、ガイウス君が一緒なら大丈夫だろう。ガイウス君が受け入れてくれたら、冒険者登録に来るといい。」と(おっしゃ)いました。ですから、あとはガイウス殿のお返事だけです。」

 

 ズルい。アンスガーさんズルすぎる。最終判断が僕の返事で決まるなんて。今から、1階の食堂に下りていって、全身の関節の骨でも折ってあげようか。人間の骨は200本以上あるって、教会に置いてあった本に書いてあったし、アンスガーさん頑丈で痛みに強いから、ヘーキ、ヘーキ。

 

 「そういえば!!」とユリアさんが“パンッ”と手を叩き、

 

「今日、助けていた8人の女性冒険者の中にも、貴族家の女性がいましたね。」

 

 新たな火種を投入した。抱き着いているクリスティアーネ様の目が見開かれる。その状態で、

 

「どういうことですの?どういうことですの?(わたくし)以外の貴族家の女性と(ねんご)ろにされておりますの?」

 

 と聞いてきた。美人なだけあって、凄い迫力がある。僕はのけぞりながら、「違います。違います。助けただけです。」と、必死に否定した。ローザさんとエミーリアさん、火種を投入したユリアさんも説明に加わってくれて、数分後にはクリスティアーネ様は落ち着いた。

 

 頬に手を当て顔を赤らめながら、

 

(わたくし)としたことが、早とちりしてしまい、取り乱してしまい、申し訳ありませんでした。」

 

 と謝罪された。その様子も可愛いなぁと思いながら眺めていたら、ローザさんとエミーリアさん、ユリアさんにジト目で見られた。いいじゃないですか!!可愛いんだから!!

 

「それでは、(わたくし)たちは此処で失礼いたします。宿は別に取っておりますので。また、明日の朝、冒険者ギルドで。」

 

「はい、また冒険者ギルドでお会いしましょう。」

 

 そうして、馬車に乗ったクリスティアーネ様と御付きの騎士たちは、別の宿へと向かって行った。アンスガーさん?もちろん、僕を見捨てたそれ相応の(むく)いを受けてもらったよ。




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第45話 新メンバー加入

 冒険者生活5日目の朝は、なんというか気怠(けだる)い感じだ。まぁ、昨晩あんなことがあったわけだから、グースカと安眠することはできなかった。なにせ、今日からは“シュタールヴィレ”にクリスティアーネ様を迎えることになるからだ。億が一にでも、彼女に何かあったらことだ。

 

 今日も、黒魔の森に行くことになるだろうけど、その前に、クリスティアーネ様の実力を見たい気持ちもある。僕は、そのことを朝食の席で、ローザさんとエミーリアさんに提案した。2人とも賛同してくれた。数値は立派だったけど、実際に戦えるかどうかは別だもんね。

 

 というわけで、やってまいりました冒険者ギルド。扉を開けて入ると、視線が集まるが一瞬で()らされる。ふむ、なんか着実に恐怖の対象みたいになっているね。僕。ま、いいか。さてさて、クリスティアーネ様はどこに・・・。あ。

 

 うん、わかってた。護衛の騎士たちが、クリスティアーネ様を守ろうと、壁を作っているだろうことぐらい。でもさ、昨日と比べて、かなりの重装備なんだけど!?フルプレートアーマーに大盾、それに馬上突撃用の長大な槍。腰には長剣。場違いもいいところだよぉ。

 

 とりあえず、護衛隊長さんに話しをして、宿までは僕たち“シュタールヴィレ”が護衛することにして、この物々(ものもの)しい部隊に撤収してもらうことにした。そしたら、騎士の人たちは、みんなギルドに登録しているようで、訓練代わりと言って、依頼(クエスト)を受けて、出て行った。

 

 さて、ようやくクリスティアーネ様と僕たち3人となった。まずは挨拶を、

 

「おはようございます。クリスティアーネ様。お待たせしてしまったようで、申し訳ありませんでした。戦装束(いくさしょうぞく)もお似合いですね。」

 

「いえ、(わたくし)が待ちきれずに、早く来てしまっただけですわ。ガイウス殿と一緒に冒険できるなんて、素敵なことでしょう?楽しみで、楽しみで。あっ、冒険者登録は既に済ませました。ユリア殿から冒険者証もいただきましたわ。」

 

「そんなに期待されると困るのですが・・・。実は、クリスティアーネ様には、テストを受けていただきます。まぁ、どの程度、動くことができるのか確認をさせてもらうだけですので、30分もかからないと思いますよ。」

 

「それでは、練習場を使いますね。私の方で手続き処理と審判役をしましょうか?」

 

 おっと、ユリアさんに話の内容が聞こえてみたいだ。ここは、言葉に甘えようかな。

 

「ユリアさん、おはようございます。先程の件お願いします。」

 

「はい、おはようございます。任されました。それでは、練習場の方へ。」

 

 そういうわけで、やってきましたお馴染みの練習場。テストの試験官役をローザさんとエミーリアさんが買って出てくれたけど、今回はクリスティアーネ様と組んでもらう。それで、試験官役の僕は今回、一切の手加減をしない。もちろん、寸止めはするけど、本気でやる。チート全開でやらせてもらう。そうして、僕の本当の実力を体感してもらうんだ。

 

 クリスティアーネ様とエミーリアさんには、本気で魔法を撃つように言ってある。ローザさんには寸止め不要と伝えてある。3人とも最初は反対していたけど、「そうでもしないと僕には勝てない」と言ったら、目つきが変わった。

 

 さて、準備を終え練習場に出る。彼我の距離は100m。そして、観覧ブースはいつものごとく満員御礼だ。あ、少し顔色が悪いアンスガーさんとアラムさん、アントンさんもいる。アンスガーさんには、あとで昨晩の件を再度、後悔してもらおうかな。

 

 そんなことを考えていると、ユリアさんが練習場の真ん中に歩み出て、手を高く掲げる。そして、

 

「それでは、“シュタールヴィレ”の練習試合、始め!!」

 

 手を振り下ろす。同時に僕は本気で駆ける。さっきまで僕がいたところに【火魔法】と【風魔法】が撃ち込まれる。すでに彼我の距離は50mを切った。そこで、僕は【風魔法】による補助を受けながら跳ぶ。今度は、僕の着地地点を狙った【火魔法】が2つ撃ち込まれる。

 

 【魔力封入】で木剣に魔力を込め魔法剣にする。2つの【火魔法】が着弾する前に、魔法剣で切り裂く。3人の驚愕の表情が見える。でも、まだここからだ。まずは、前衛のローザさんと見せかけ、後衛のエミーリアさんに一気に接近する。恐怖に染まった顔が見える。あぁ、僕は今、嗤っているのか・・・。下衆(げす)だな。自分でも嫌になる。

 

 それでも、テスト試合は進んでいる。エミーリアさんの喉元に、木剣の切っ先を突きつける。「エミーリア退場!!」ユリアさんの声が響く。エミーリアさんは腰が抜けたのか、その場にへたり込んだ。

 

 さて、次はローザさんだ。さっきの衝撃から立ち直り、すでに剣を振りかぶって一撃をいれようとしている。普通の冒険者なら速い斬撃なんだろうけど、本気の僕には、遅く感じる。体もそれに反応してくれる。振り下ろされる前に、接近し柄頭(つかがしら)を掌底で打ち抜く。それによって、強く握られていたであろう木剣は、遠くへと飛んでいった。「えっ」という顔をする、ローザさんの頸動脈に木剣を添える。

 

 「ローザ退場!!」ユリアさんの声が再度響く。ローザさんは驚きのあまり、動けないようだった。振りかぶった姿勢のまま固まっている。ここまで20秒もかかっていない。さて、最後は(いと)しい(いと)しいクリスティアーネ様だ。僕は嗤いながら言う。

 

「行きますよ。クリスティアーネ様。貴女(あなた)の全力を僕に見せてください。」

 

 恐怖と期待、歓喜の混じった何とも言えない表情をしている。あぁ、本当に(いと)おしい、もっと、貴女(あなた)の表情を見ていたい。そんな欲求に駆られる。でもこれは、テストだ。僕は笑みを深めながら、クリスティアーネ様に本気の慈悲無き一撃をいれるために動くのだった。




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第46話 パーティ加入希望者

 結局、テスト試合は30秒で僕の勝ちとなった。観覧ブースからは割れんばかりの拍手と歓声が上がったけど、「化け物じゃねぇか・・・。」って言葉が聞こえたのは、ちょっとショックだ。まだ、化け物じゃないよ。ただ、チートを持っている12歳の一般人だよ。

 

 さて、練習場の待合室に戻ると、少し落ち込んでいる女性陣が3人と、その3人に声を掛けているユリアさんがいる。ふむ、なんて声を掛けようかな。

 

「みなさん、良い試合ができて良かったと思います。始める前は、僕の動きに反応できないのではと、思っていたのですが、上手く反応してくれて、リーダーとして安心しました。これなら、黒魔の森でも十分に活躍できるでしょう。これは、お世辞でも慰めでもありません。事実を言っているまでです。」

 

 そういうと、3人が顔を上げて僕を見る。少し涙目になっているのは、僕が試合中に怖がらせてしまったかな。

 

「ガイウスにそう言われると、まぁ、自信にはなるわね。前衛として、これからも努力するわ。」

 

「あんな簡単に魔法を無力化されるとは思っていなかったけど、いい経験になった。魔物相手には遅れは取らない。」

 

「あぁ、ガイウス殿。貴方(あなた)はどこまでも優しいのですね。我々が傷つかないように言葉を選んでくれる。嬉しいですわ。それと、貴方(あなた)が本気で戦う際の表情。素敵でしたわ。(わたくし)も“シュタールヴィレ”の一員として、今日から頑張らせていただきます。それと、みなさん今後は(わたくし)のことについて敬称も敬語も不要です。仲間なのですから。ただ、公式の場ではきちんとしていただくことには変わりはありませんが。」

 

「わかったよ。クリスティアーネ。さて、今日はこれから黒魔の森で、実戦を経験してもらおうと思うのだけど、大丈夫かな?」

 

「大丈夫ですわ。」

 

「よし、それでは、受付に・・・の前に、アンスガーさんにきちんと報告しないとね。クリスティアーネが“シュタールヴィレ”に加入したということを。ユリアさん、申し訳ありませんが、アンスガーさんに取り次いでもらえますか?」

 

「ええ、大丈夫ですよ。受付前の待合室で待っていてください。もしかすると、昨日のことが恐くて拒否するかもしれませんね。」

 

「その時は、「2回目はどこにしましょうか?リペアも使えますから、指先から輪切りにします?」とガイウスが言っていたと伝えてください。」

 

「フフ、わかりました。それでは、私は一旦ここで失礼しますね。」

 

 そう言って、ユリアさんが練習場待合室から出て行く。

 

「さて、みなさん、立てそうですか?腰が抜けて立てないとかなら、まだ待ちますけど。」

 

「「「大丈夫 (です)。」」」

 

「では、受付の方へ行きましょう。」

 

 そう言って、“シュタールヴィレ”のみんなで受付の待合室まで向かう。依頼(クエスト)掲示板には、まだ沢山の冒険者が群がって、依頼(クエスト)吟味(ぎんみ)をしている。それを、横目に見ながら、今日はどのくらいまで森の中に潜ろうかと考えていると、

 

「よぉ、ガイウス。今回は、また派手にやったじゃないか。」

 

 アントンさんが声をかけてきた。

 

「どうしたんです。アントンさん。また、勝負したいとか言わないで下さいよ。」

 

「言わないさ。実はな、今日はお願いがあって来たんだ。」

 

「ん?なんですか?できる範囲なら、大丈夫ですよ。」

 

「そうか。んじゃ、率直に言うな。俺を“シュタールヴィレ”に入れてほしい。頼む。」

 

 そうアントンさんが言って頭を下げた瞬間、その言葉が聞こえていた人たちが固まる。もちろん、僕も。

 

「えっと、アントンさんは準3級でしたよね。“シュタールヴィレ”のパーティメンバーは、6級が3人と今日登録したばかりの10級が1人ですよ。こんな、弱小パーティでなくともアントンさんなら引く手数多(あまた)だと思うんですけど。」

 

「いや、級というのは、結局はギルドの(もう)けた枠だ。今日のお前さん達の試合を見ていて思った。その枠に収まらない強者がいるということを。実際に、ガイウス。10級になりたてのお前さんは俺に勝った。ギルドマスターとサブギルドマスターにもだ。さらには、辺境伯騎士団の選抜隊にも勝ち、ゴブリンキングは単独で討伐。オークロードもパーティで討伐となっているが、討ったのはお前さんだろう?そんな、強者が引き連れたパーティに入りたいと思うのは、自然なことだと思うがね。」

 

「えーっと、加入してくれるというのは凄くありがたいんですが、今日は、加入したばかりのクリスティアーネ様がいるので、また、次回という事でもいいですか?」

 

「ん、ギルドマスターの姪っ子さん。次期辺境伯様のご令嬢ですか。これは、失礼しました。準3級冒険者のアントンといいます。今はソロで活動しております。」

 

「アントン殿、そう(かしこ)まらないでください。(わたくし)は、冒険者の1人として此処(ここ)にいますので。」

 

「わかりました。それじゃあな、ガイウス。返事はまた聞かせてくれ。」

 

 そう言ってアントンさんは依頼(クエスト)掲示板に向かって行き、さっさと依頼(クエスト)を決めて、受付をすまし出ていった。僕はそれをポカーンとした表情で見ていた。

 

 しばらくして、ユリアさんが来てアンスガーさんと会えることになった。このことを相談してみるのもいいかもね。




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第47話 黒魔の森

 ギルドマスター執務室に入ると同時に、頭を下げたアンスガーさんから「輪切りはやめてくれ。」と懇願(こんがん)された。「冗談ですよ。」と笑いながら言ったら、「その笑顔が恐い。」と言われた。解せぬ。

 

 「まぁ、座って。」とソファーを勧められる。全員で席につくと、

 

「用件は、クリスティアーネのことかな。さっきの試合を見せてもらったけど、ガイウス君のお眼鏡にかなったのかな?」

 

「えぇ、十分な実力があると僕は判断しました。“シュタールヴィレ”に正式に加入していただこうと思います。」

 

「そうかい。良かったね。クリスティアーネ。ユリアさん。クリスティアーネの冒険者証に処理をお願いします。」

 

 そう言って、クリスティアーネの冒険者証をユリアさんに渡し、ユリアさんが処理のため退室した。

 

「はい、叔父様。これからは、冒険者として領民のために頑張りたいと思いますわ。」

 

「はは、本音はガイウス君と一緒にいたいからだろうに。まぁ、命の危険が無い程度に頑張ってくれ。父上と兄上には、私から報告しておくからね。」

 

「お願いします。叔父様。」

 

「それでは、アンスガーさん、僕たちはこれから黒魔の森に潜ってきます。クリスティアーネ様に実戦を体験させたいので。」

 

「ああ、気を付けてね。ちゃんとユリアさんから冒険者証を受け取ってね。」

 

 そうして、僕たちは執務室を退室した。1階に下り、ユリアさんを探す。受付カウンターで依頼(クエスト)受注処理をしているようだ。あとで声を掛けよう。あっ、アントンさんのことについて相談するのを忘れていた。ま、いいか。急ぎじゃない用件だし。

 

 僕たちはそのまま依頼(クエスト)掲示板に行き、クリスティアーネの初仕事にふさわしい7級相当の依頼(クエスト)を探す。う~ん、なかなかいいのがないなぁ。常設依頼(クエスト)には、何かあるかなっと。あ、あった。

 

“ロックウルフの討伐:数は最低5体。銀貨1枚。1体追加ごとに銅貨20枚”

 

 これなら、大丈夫だろう。でも、クリスティアーネが初めて受ける依頼(クエスト)だから、彼女にも確認をとろう。

 

「クリスティアーネ。今回はこの依頼(クエスト)を受けようと思うんだけど、どうかな?」

 

「ロックウルフですか。実際に戦ったことはありませんが、受けたいです。」

 

「それじゃあ、依頼(クエスト)受注処理してもらわないとね。ユリアさんの窓口でしよう。クリスティアーネの冒険者証も受け取らないといけないしね。」

 

 ということで、受付カウンターはユリアさんの窓口に行く。ユリアさんは僕たちをみとめると、笑顔になりながら、

 

依頼(クエスト)受注処理ですね。・・・はい、処理は終わりました。それと、クリスティアーネさんの冒険者証です。どうぞ。」

 

「ありがとうございます。これから頑張らせていただきます。」

 

「それでは、僕たちは行きますね。今回も日帰りの予定なので。」

 

「はい、お気を付けて。」

 

 ユリアさんのいつも通りの笑顔で送り出される。さて、このまま“黒魔の森”といきたいけど、僕の防具を整えたい。ヒヒイロカネ製の鎧と槍では目立ちすぎるからね。というわけで、ギルドに近い防具屋で鎖帷子(くさりかたびら)、革鎧、籠手(こて)以外の鋼鉄製の上等な鎧、それに大盾だ。デュエリング・シールドの中でも上下に槍のような穂先の着いたソードシールドを買う。占めて銀貨40枚。装備品にはお金かけないとね。【不老不死】でも痛いモノは痛いし。

 

 お店の試着スペースで装備をする。(かぶと)はフルフェイスなので、町の外で付けよう。その後は、“黄金(こがね)()”で昼食を買い込み、偽魔法袋に【収納】する。これで、準備万端。

 

 門でドルスさん達に挨拶をして、森へと向かう。フルフェイスの(かぶと)を被ると、試着の時からわかっていたことだけど、視界が一気に狭まる。なので【気配察知】をフルに活用する。Lv.が15(75)あるので、半径6kmぐらいのモノの動きがわかる。ホントに便利だなコレ。

 

 さてさて、近い獲物に向かいますか。陣形とは言えないけど先頭は僕、中衛をクリスティアーネとエミーリアさん、後衛をローザさん。なるべくお互いが離れすぎないように進む。もうちょっとで、一番近い獲物が視界に入るはず。

 

 6分後、獲物を視界にとらえた。幸運なことにロックウルフが3体だった。しかし、何かと戦っている。何だろうと思って目を凝らしてみてみると、1匹のグレイウルフだった。グレイウルフは普通の獣で魔物ではない。さて、どうするかな。




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第48話 初陣

 魔物と獣の違いは、簡単に言えば魔物は人を積極的に襲って喰らう。獣は人を襲うことはあるが積極的では無い。むしろ、熊などの大型動物以外は、人間を目にしたら逃げるモノの方が多い。だから、この状況は、どう判断すべきだろうか。ん?【気配察知】に小さな反応がある。目を凝らしてよく見ると、戦っているグレイウルフの後ろには、成獣のグレイウルフ1匹とその子供と思われる小さなグレイウルフが3匹いた。

 

 はぁ、こんなのに気付いたらやるしかない。寝覚めが悪くなる。他の3人も気づいたようだ。

 

「ガイウス殿、(わたくし)に任せてもらえませんか?」

 

「わかったよ。クリスティアーネ。知っていると思うけど、ロックウルフの毛皮は天然の鎧だ。気を付けて。もちろん危ないと思ったら、すぐ助けに入るからね。」

 

「わかりました。では、参ります!!」

 

 その言葉と同時にクリスティアーネは駆けだす。僕とローザさんとエミーリアさんの3人は、少し早歩きで後をついて行く。クリスティアーネが(さや)から両刃剣を引き抜きさらに速度を上げる。

 

 クリスティアーネが、今にもグレイウルフに跳びかかろうとするロックウルフの前に飛び出る。大口を開けながら跳びかかるロックウルフの口内に両刃剣を突き入れる。剣が脳まで達したのか、突かれたロックウルフは力無く地面に横たわる。まずは1体。

 

 急な乱入者に、混乱したのか一瞬の隙ができる。その隙を逃さず、クリスティアーネはもう1体の目に剣を突き立てる。これで、2体目。最後の3体目は、2体目を仕留めた彼女の後ろから襲い掛かったが、振り向きざまの勢いの乗ったシールドバッシュを喰らって体勢を大きく崩す。何とか四肢で着地したが、その目には深々と剣が刺し込まれていた。これで、3体全て殲滅だ。時間にして1分未満。初の実戦にしては十分な実力だと思う。

 

「さすがだよ、クリスティアーネ。」

 

 拍手をしながら、クリスティアーネに近づく。彼女は深呼吸を1回して笑顔を作りながら、

 

「上手くできたようで、良かったですわ。ロックウルフの不意を突けたのも良かったですね。」

 

「うん、上手くできてたよ。さて、グレイウルフはどうするかな?怪我をしているなら、【ヒール】でもかけてあげようか。」

 

「それなら、私がする。」

 

 エミーリアさんが【ヒール】をかけようと近づくと、グレイウルフは(うな)りを上げる。そこでクリスティアーネが近づき、落ち着かせようとすると、彼女に命を救ってもらったのが理解できているのか、大人しくなった。その隙に【ヒール】をエミーリアさんがかける。グレイウルフは、痛みが無くなったのに驚いているのか、キョトンとしていたがすぐにエミーリアさんの手を舐め始めた。彼女が治療したことを理解しているらしい。

 

 本では、グレイウルフは家族愛が強く、知性も高いと書いてあったけど、ホントだったんだねぇ。隠れていた(つが)いのグレイウルフと()たちも出てきて、僕とローザさんは、なにもしていなかったけどクリスティアーネやエミーリアさんと同じ匂いがしていたのだろう。匂いを嗅いだ後は、モフモフさせてくれた。少しほっこりとした時間を過ごせた。

 

 30分ぐらいグレイウルフの家族に癒された後は、また、ロックウルフ探しに戻る。【気配察知】には、去っていくグレイウルフの家族とは別に、集団でこちらに急接近してくるモノを捉えている。ロックウルフの血の臭いに引き寄せられたかな。死体はすぐに偽装魔法袋に【収納】したんだけどなぁ。

 

 3人には、こちらに接近している集団がいて、移動速度的に5分以内には接敵する可能性が高いことを伝える。取り敢えず、僕とクリスティアーネが盾持ちだから、前に出て盾を構える。ローザさんはエミーリアさんの直掩(ちょくえん)だ。

 

 接敵までのカウントダウンを始める「60秒前。」木々の(こす)れる音が近づいてくる。「30秒前。」息遣いが聞こえてくるようだ。「20秒前」地面を蹴る音も聞こえてくる。「10秒前。」集団の先頭が見える。ロックウルフだ。背後でエミーリアさんが魔法の準備をしているのがわかる。

 

「5秒前、4、3、2、戦闘開始!!」言うと同時に、僕とクリスティアーネが、牙を()いて跳びかかってきたロックウルフにシールドバッシュを喰らわせ、後続を巻き込ませながら吹き飛ばす。そして、エミーリアさんの【風魔法】のウィンドランスが、ロックウルフ達に直撃しては吹き飛ばしていく。

 

「ここからは、僕とクリスティアーネたち3人に分かれて、狩っていきます。確認できるだけで、50はいます。背後に気を付けてください。それでは、散開!!」




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第49話 VSロックウルフ(おかわりもあるよ)

「これで、15体目。」

 

 ロックウルフの頭部をソードシールドで刺し潰す。すでに戦闘が始まって、30秒を過ぎている。クリスティアーネ達の所には苦戦しない程度に、ロックウルフを素通りさせている。それ以外は僕が動く壁となり、1体さえも通していない。彼女たちの周囲には、10体のロックウルフの死体が転がっている。良いペースだ。

 

 ここで【気配察知】に引っかかる集団が現れた。ロックウルフの群れがやってきた“黒魔の森”の深部の方からだ。今度は100体ほど。移動速度的に2足歩行の(たぐい)ではない。4足歩行だ。まさか、ロックウルフの増援か?森には他にも人間の気配があるが、その集団は真っ()ぐに、こちらに接近している。そんなことを考えながらも体は動き、ロックウルフを(ほふ)っていく。

 

 もしかすると、罠に()まったかな?最初倒した3体は獲物探し兼偵察で、今、戦っている群れが先遣隊。そして、今向かってきている100体前後の集団が本隊。可能性は無きにしも(あら)ずってところだよねぇ。さて、どうするかな?退()くのもアリだけど、追いつかれるしなぁ。やっぱり迎撃かな。

 

 僕は、36体目のロックウルフを槍で刺し殺し、【風魔法】で一度、目の前のロックウルフたちを遠くに吹き飛ばし、クリスティアーネ達の所まで跳ぶ。

 

「どうかされましたか?ガイウス殿。」

 

「うん。どうも100体前後の魔物が接近中でね。移動速度が結構早いから逃げても追いつかれる。だから、此処で迎撃しようと思うんだけど、どうかな?」

 

「結局、今やっていることと同じことするだけなんでしょう?私は大丈夫よ。」

 

「私もまだいける。魔力には余裕がある。」

 

(わたくし)も大丈夫ですわ。それに、ガイウス殿が私たちを守ってくださるでしょう?」

 

「もちろんだよ。クリスティアーネ。それじゃ、此処で今と同じように迎撃という事でお願いします。」

 

 僕はそう言って、前線に戻る。【風魔法】で吹き飛ばしたロックウルフ達が牙を剥き、爪を立て襲い掛かってくる。それを、チート全開で全部仕留める。これで、僕の方は終わりかな。全部で46体を倒した。クリスティアーネ達の方は、あと2体のようだ。結局、先遣隊?は58体だった。すぐに、偽装魔法袋に死体を【収納】する。その間に彼女達も残りの2体を仕留めた。それも【収納】する。

 

 さて、【気配察知】では接敵まであと3分ないくらい。移動速度が上がったように感じる。今のうちに、装備の確認と水分補給をするように指示を出す。僕は、ソードシールドと槍を地面に突き刺し、弓の準備をする。さあ、もう少しで僕が視認できる距離だ。・・・視えた!!ロックウルフだ。瞬間、【風魔法】を(まと)わせ矢を放つ。先頭の1体の右目を貫く。クリスティアーネ達が視認できるまで、まだ少し距離がある。それまでに極力数を減らす。

 

 結局、弓矢で仕留められたのは23体だった。残りの80体近くが突っ込んでくる。さて、殺しの時間だ。華麗に舞うようにとはいかない。ただ、槍を突き立て、ソードシールドで押し潰す。ちなみに、短槍とソードシールドの穂先には【魔力封入】をし、【火魔法】を(まと)わせて高温にしてある。そのため、ロックウルフ達は高熱の穂先によって溶断されるか、毛で(おお)われていない部分に穂先を突き入れられ、体内から焼き殺されていく。良い匂いだ。肉が食べたくなるね。

 

 【風魔法】を(まと)わせたシールドバッシュで僕を囲んでいたロックウルフを吹き飛ばし、クリスティアーネ達を見やる。彼女たちも善戦している。戦傷を負わないように丁寧に、だが確実にロックウルフを(ほふ)っていっている。3人での連携も、さっきよりもスムーズになってきている。僕がヘイトを集めているうちは大丈夫そうだ。

 

 さてさて、僕が対峙しているロックウルフの生き残りも20体を下回っていた。じりじりと後退している。逃がすつもりはないよ。ユリアさんの【風魔法】の障壁を見よう見まねで作る。急に現れた見えない壁に驚いたのか、ロックウルフ達は動揺している。いけないなぁ、戦いの最中に集中力を切らすのは。ほら、もう5体も仕留めた。残りは12体か。クリスティアーネ達のほうは4体。援護はいらないだろう。

 

 さあ、残りも仕留めるかと体に力を入れると、生き残りのロックウルフ達が吠え始めた。これは遠吠え!?嫌な予感がして、30秒とかからず12体を仕留める。しかし、遅かったようだ。【気配察知】がこちらへ一直線に迫って来る集団を捉えた。さっきの遠吠えで応援を呼んだんだろう。しかも、気配的に500~700体はいる。さらに一際(ひときわ)大きな気配がある。おそらくロックウルフリーダーだろう。ということは、今の108体も先遣隊で、これが本隊というわけだ。(まった)く、少しは休ませてほしいね。接敵まで5分程度かな。

 

 クリスティアーネ達も最後の1体を仕留めた。さて、まずは、死体の回収だ。40秒程度でちゃちゃっと【収納】する。そして、今こちらに接近している新しい集団について彼女たちに説明をする。息が少し乱れてきている彼女たちは、迫って来るロックウルフの数に顔を青くしながらも「まだ戦える。」と言ってくれた。けど、帰りのことも考えると、これ以上彼女たちに無理をさせられない。そう考えた僕は、彼女たちの10m四方に高さ30mの鋼鉄の壁を召喚した。これで、彼女たちは守れる。クリスティアーネが、

 

「ガイウス殿!!(わたくし)たちも、まだ戦えます!!戦わせてください!!」

 

 と言ってきたけど、僕はそれを「却下。傷つく姿は見たくない。」と言って、その場を離れロックウルフの集団へと向かって行く。嗚咽が聞こえるけど、ここは心を鬼にして無視する。さあ、ロックウルフたち、人間の本気、見せてやるよ!!




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第50話 狩られる側から狩る側へ

 周囲の木々が、地面が、振動で揺れる。僕の視線の先には無数と思えるほどのロックウルフが接近している。そんな中、ただ静かに弓を構え【風魔法】を(まと)わせ矢を放つ。矢が無くなると、【召喚】して補充する。矢によってピンポイントで、目や口の中を射られたロックウルフたちは走る勢いそのままに死体となり転がる。後続のロックウルフたちはそんな仲間など無視して突っ込んでくる。

 

 僕は、弓から短槍とソードシールドに持ち替えて腰を落とし構える。最初の獲物には短槍をお見舞いした。(かた)い体毛で(おお)われている腹部に、熱せられた穂先が深々と突き刺さる。驚いたような表情をしながら、死んでいく。残念だったね。今まで君たちは人間を狩る側だったんだろうけど、チート持ちの僕は狩られる側じゃなくて狩る側なんだ。

 

 【風魔法】を(まと)わせたシールドバッシュで、ロックウルフたちを吹き飛ばし、追撃に【水魔法】の数十発のウォーターバレットを、銃弾のように高速回転(銃弾が回転しているってのはジョージに習ったんだよー。)を追加し喰らわせる。ただの(つぶて)の状態よりも威力は上だろう。案の定、固い毛皮を上手く貫通できた。血を吹きながら倒れるロックウルフ。しかし、まだ、次が来る。短槍で薙ぎ払い、ソードシールドで刺し潰し、【水魔法】と【風魔法】のバレットで穴を穿(うが)つ。

 

「おかわりはいらないんだけどなぁ。しかし、ロックウルフリーダーは後方で指示を出しているだけか。一気に後方を叩くかな。でも、リーダーを失ったロックウルフたちの動きが読めない。下手をすると町まで行くかもしれない。なら、地道に数を減らすしかないよねえ!!」

 

 さらに【水魔法】と【風魔法】のバレットを乱射する。視界のいたるところで血の花が咲き誇る。しかし、その数よりも多くのロックウルフが向かってくる。すると、“ウオォォォォォォン!!”と遠吠えが聞こえた。さっき、グレイウルフの家族が去っていった方向からだ。まさかと思い【気配察知】で探ると、その方向から移動してくる集団がいる。あっという間に、強化された僕の視力で視認できる距離まで来た。

 

 グレイウルフの群だ!!彼らは、僕を無視してロックウルフたちに跳びかかっていく。ロックウルフ1体に対してグレイウルフ3匹で対峙している。彼らのチームプレイは見事だ。1匹がロックウルフの注意を引き、残りの2匹が両サイドからロックウルフの目を潰し、痛みにロックウルフがのけ反ったところに喉元に噛みつき、鼻先に噛みつき、頭部に噛みつき、振り回しロックウルフが動かなくなるまでそれを繰り返す。

 

 形勢逆転とまではいかないけど、ロックウルフたちの勢いが落ちた。僕も負けてられない。グレイウルフにばかり活躍はさせられないね。誤射があるといけないからバレットを乱射するのをやめて、完全な接近戦に切り替える。剣舞のように(短槍とソードシールドだけど)ロックウルフを(ほふ)っていく。大体、半分くらいは仕留めたかな。

 

 すると、背後から、

 

「随分と、面白い状況になっていますこと。ねぇ、ローザ殿、エミーリア殿。」

 

「ホント、野生動物が助けに来るなんて、まるで英雄物語ね。」

 

「私たちをあんなところに閉じ込めたガイウスは後で折檻(せっかん)。」

 

 体はロックウルフを(ほふ)りながら、視線だけ背後にやると、鋼鉄の壁からクリスティアーネ達が出てきていた。驚きながらも、ロックウルフを(ほふ)るのをやめず、声だけ掛ける。

 

「いったいどうやって出てきたのさ!!」

 

「鋼鉄と言っても結局は金属でしょう?(わたくし)とエミーリア殿の【火魔法】で根気強く熱し、人1人が通れる穴を溶かしてきたのですよ。おかげで、(わたくし)たち汗だくです。」

 

「この、10分かそこらの時間で!?もっと、壁を厚くすべきだったかな。でも、出てきたものは仕方ない。さっきと同じで3人1組で行動すること!!全く、そんなに戦いたかったのかい?」

 

「ガイウス殿の(そば)から離れたくなかっただけですわ。他の2人もです。」

 

 僕は、【風魔法】を何重にもかけたシールドバッシュでロックウルフたちを吹き飛ばし、クリスティアーネ達と向かい合った。フルフェイスの(かぶと)越しに、彼女たちと目が合う。

 

「申し訳なかった。クリスティアーネ達を少しでも安全な場所に、と思って取った行動だったけど、3人の気持ちを裏切る結果になってしまった。これからは、そんなことをしないと、今、誓う。お叱りの言葉はこの戦闘が終わってからだ。生き残るよ。そして、グレイウルフたちも含め、誰も死なせない!!」

 

 3人が笑顔で頷くのを確認すると、僕はロックウルフが1番密集している所、つまり、ロックウルフリーダーの目の前まで、ロックウルフを(ほふ)りながら全力で駆け抜けた。ロックウルフリーダーの所までは30秒とかからなかった。(彼女?)の周りには、他のロックウルフよりも体躯のよいロックウルフが150体ほどいた。が、到着した瞬間に狩り尽くした。1分はかからなかったかな。

 

 その様子を見ていたロックウルフリーダーが後退(あとずさ)りしながら、吠える。すると、さっきまで散らばって、グレイウルフ達やクリスティアーネ達と対峙していたロックウルフの生き残りが集まった。大体50体かそこらだったので、一瞬で狩った。その瞬間、ロックウルフリーダーの顔が絶望に染まったように見えた。

 

「さて、最後に神に祈るのを許してあげようか。もちろん、フォルトゥナ様以外のだけど。まぁ、この言葉も通じてはいないから意味ないか。スピード感のある戦いは楽しかったよ。それじゃあね。今度は魔物以外に生まれるといいね。」

 

 そう言って、一気に間合いを詰める。普通のロックウルフより2周りは大きいロックウルフリーダーは最期の抵抗とばかりに右前脚で薙ぎ払うように攻撃を仕掛けてきた。それをソードシールドで受ける。シールドの穂先が深々と右前脚に刺さる。そのまま地面に縫い付ける。そして、短槍を下顎(したあご)から突き入れ、一気に脳まで差し込む。しばらく、暴れていたロックウルフリーダーだったが、次第に目から光が無くなり、動かなくなった。

 

 こうして、戦闘は一段落した。あとは、後始末だねぇ。あ、あと3人からのお説教と折檻(せっかん)か・・・。




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第51話 モフモフタイム

 ロックウルフリーダーとロックウルフ達の死体を偽装魔法袋に【収納】したら、だいぶ森が綺麗になった。折れた木とか飛び散った血とかは残ってるけどね。仕方ないね。【収納】を終えて、じゃれついてくるグレイウルフの相手をしながら【ヒール】をかけてあげて、鋼鉄の壁を【召喚】した所まで戻ってきた。

 

 すると、そこには怪我をしているグレイウルフに【ヒール】をかけ治療しているエミーリアさんと、グレイウルフをモフモフしているクリスティアーネとローザさんがいた。グレイウルフたちはそれぞれがゆったりと休んでいる。そんなグレイウルフの中から、二回りほど大きいグレイウルフが出てきて“ガウガウ”言ってきた。ゴメンよ。君たちの言葉はわからないんだ。そういう能力があれば良か「【異種言語翻訳】を取得しました。」・・った。うん、わかるようになったみたい。

 

 曰く、彼は、このグレイウルフたちの群れのリーダーを務めているらしい。そして、森に入って助けた、グレイウルフの家族は彼の群れに所属しており、助けたその礼として群れの戦闘要員を率いて援護に来たという事らしい。ふむ、それならお返しをしないと。そこで、周りが静かになっていることに気づいた。クリスティアーネ達は目を丸くしており、グレイウルフ達はなんか嬉しそうだ。

 

「クリスティアーネ、どうかしたかな?僕は、また、なんかおかしなことをしたかな?」

 

「えぇ、現在進行形でされておりますわ。なんで、グレイウルフと意思疎通ができておりますの?ガイウス殿はテイマーでもないでしょうに。」

 

「えっと・・・。なんとなく?」

 

「ウソですね。ガイウス殿とリーダーが話し始めた途端、他のグレイウルフも聞き耳を立て始めましたから。もしや、ギフトですか?」

 

「あー、んー、それに近いのかも知れないね。内緒でお願い。ローザさんとエミーリアさんも。」

 

「あー、もうそんだけじゃ驚かないわね。ガイウスには最初から驚かされっぱなしだもの。」

 

「そんなことどうでもいいから、この子たちの治療を手伝って。」

 

 エミーリアさん、そんなことって、まぁ、確かに治療をしてあげないといけない子が多いのも確かだ。クリスティアーネ達とグレイウルフ達と話しながら、【ヒール】による治療を行う。足を失っていたり、耳が欠けている子もいたので【リペア】をかけてあげた。

 

 【リペア】をかけた子たちは、失った足が元に戻ると、目を丸くして、尻尾を高速でブンブンしながら顔を舐めてじゃれついてきた。「他にも治療する子がいるから」と言うと、「ありがとう。」と言って素直に離れてくれた。

 

 みんなの治療が終わる頃にはもうお昼になっていた。グレイウルフ達もお腹を空かしているようだから、ロックウルフの肉を食べるかと聞いたところ、リーダーが、

 

「そうしたいのはやまやまだが、奴らの毛皮は固く、我らの牙では歯が立たん。」

 

「それなら、毛皮を剥いでからあげるよ。クリスティアーネ達もそれでいいよね?」

 

 3人の了承を得て、ロックウルフの死体を【収納】から取り出す。ローザさんとエミーリアさんはフォレストウルフで毛皮の剥ぎ方の要領は大体掴んでいるという事だったので、クリスティアーネを(のぞ)く3人での作業となった。僕は、ウルフ系の解体はしたことないけど、狐やウサギ、豚とかは解体していたからね。それを応用してやっていこう。

 

 約30分後には、綺麗にとまではいかないけど、ちゃんと毛皮と肉に分かれたロックウルフの死体が35個できた。僕はグレイウルフリーダーに「これなら、食べられる?」と聞くと、彼は頷き、150匹はいるグレイウルフ達に食べるよう指示を出した。僕たちも、イスとテーブルを【召喚】して、【収納】した昼食をだし、食事を楽しんだ。時々、グレイウルフが撫でてくれと来るものだから、モフモフを存分に楽しみながらの昼食となった。

 

 昼食を終えると、グレイウルフリーダーが改めて、最初に助けたグレイウルフの家族たちの礼を言ってきた。

 

「我の息子とその嫁、孫たちを助けてくれて本当に感謝している。もし、今後もこの森で活動するのなら、我らもできるだけの手助けをしよう。」

 

「ありがとう。グレイウルフリーダー。んー、グレイウルフリーダーって長くて言いにくいね。名前は無いの?」

 

「群れの仲間からは“ルプス”と呼ばれている。」

 

「んじゃ、ルプスと今後は呼ばせてもらうよ。僕の名前は“ガイウス”。銀の長髪が“クリスティアーネ”。金の短髪が“ローザ”。黒の長髪が“エミーリア”だよ。」

 

「ふむ、匂いは覚えた。しかし、ガイウスよ。お主は強い(おす)だな。あれだけのロックウルフにロックウルフリーダーをほぼ1人で倒して、妻も3人もいるとはな。」

 

「う~ん。あの3人はまだ妻じゃないよ。候補ではあるけど。」

 

「フムン。人間とは面倒くさい生き物だな。」

 

「その分、色々と楽しい事があるから、いいのさ。」

 

 そんなやりとりをしながらルプスをモフモフしながら撫で続ける。毛艶がいいと気持ちがいいねぇ。




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第52話 進むか退くか

 さて、この後の活動方針だ。依頼(クエスト)分のロックウルフは倒したから、“インシピット”の町に帰還してもいいし、日がまだ高いから森の浅いところで狩りをしてもいい。どうしようか。まずは3人に相談だ。

 

 3人にその話しをすると、ルプスが加わってきた。

 

「ガイウスよ。今、この森はおかしい。魔物の数が異常に増えている。この前まではオークロードにゴブリンキングがいた。そして、今日まではロックウルフリーダーがいた。だが、まだいるぞ。我らの群れが確認しているのはオーガに、ガーゴイル、コボルト、飛竜(ワイバーン)だな。」

 

「なるほどね。ちなみにオークロードとゴブリンキングを倒したのは僕たちだったんだけど、まさか狙っていた?」

 

「とんでもない。我の群れにはこの春に生まれたばかりの()らがいるのだ。脅威が少なくなって感謝しておるよ。しかし、ガイウスは本当に人間か?あんな動きをする人間を我は見たことが無い。」

 

「一応人間さ。貴重な情報ありがとね。」

 

 そう言いながら、ルプスを()でる。

 

退()きましょうか。今回は。」

 

 そう言うと、3人とも頷き、

 

 「折檻(せっかん)が待ってる。」とエミーリアさんがボソッと呟いた。忘れて無かったのね。ガックリと肩を落としていると、ルプスが前脚を僕の肩に乗っけて、

 

「妻にはかなわんよ。そう落ち込むでない。」

 

 と(なぐ)めてくれた。「ルプス~。」と言いながら、モフモフの毛皮に顔を埋める。あぁ~癒される。しばらく、ルプスをモフモフしていると、【気配察知】に反応するものがあった。おそらくは、人、それに1人だ。でも、この状況はマズイ。グレイウルフに敵対するような人だと戦闘になってしまう。“ルプス”に説明をして、今回は、これでお別れすることにする。“ルプス”達が拠点にしている場所を聞いたので、会いに行きたいときはいつでも会いに行ける。

 

 “ルプス”達を見送り、散らばったロックウルフの骨をエミーリアさんの【土魔法】で穴を掘り、そこに骨を投げ入れ、また土を(かぶ)せる。鋼鉄の壁も【送還】して消す。何とか間に合った。ついでに【土魔法】も覚えた。

 

 もうすぐで視認できるはずだ。一応、戦闘態勢をとっておく。が、ガサガサと茂みから出てきた人物を確認し、すぐに戦闘態勢を解く。

 

「アントンさん、今朝ぶりです。なんでこんなところに?」

 

「おう、ガイウス達だったか。いや、なんかでっかい鉄の壁?みたいのが見えたからな。いきなり消えたけど、一応確認しておこうと思って来たというわけさ。」

 

「あー、すみません。その鉄の壁は僕たちが出したもので、撤去しました。迷惑をかけました。」

 

「いや、別に迷惑とかじゃなくて、好奇心で来たようなもんだから、気にしなさんな。」

 

 そう言いながらアントンさんは周りを見渡す。「どうしましたか?」と聞くと、

 

「お前さん、また、大立ち回りをしただろう。そこらへんの木々に血は飛び散っているわ、木がなぎ倒されているわで、一体何を相手にした?」

 

「ただのロックウルフの群れですよ。」

 

「ウソこけ。お前さんなら、ただのロックウルフの群れなんて、周辺に影響を与えず、綺麗に片づけるだろう。」

 

「ええ、嘘です。846体のロックウルフの群れと、率いていたロックウルフリーダーを相手に戦いました。御覧の通り、1体も残さずに。」

 

 アントンさんはそれを聞き、口笛を吹く。その後、ニヤリと笑い、

 

「ガイウスよ。やっぱりお前さんはスゲェよ。後ろの嬢ちゃんたちもな。ますます、パーティに加入したくなった。」

 

「なんで、そんなに加入したいんですか?」

 

 素直に疑問に思ったことを聞く。するとアントンさんは照れくさそうに、

 

「家族がいるからな。今まではソロでもいけたんだが、寄る年波には勝てん。冒険者としての限界が見えてきてな。しかし、俺は食い扶持を稼ぐ方法をこれしか知らん。だから、他人と力を合わせて依頼(クエスト)をこなしていきたいと思った。それが理由だ。」

 

「家族?まさか結婚していたんですか!?」

 

「まさかとはなんだ。まさかとは。あぁ、結婚しているとも、それに子供も5人いる息子が2人に娘が3人だ。・・・ハッ、娘は嫁にやらんぞ!!」

 

「いやいや、娘さんを貰うとか誰もそんなこと言ってないじゃないですか!?というかクリスティアーネ達も本気だと受け取らないで睨まないで!!怖いよ!!」

 

 いや、こう無言の圧力がですねクリスティアーネ達の方からビシビシと来るんですよ。はっきり言って、ゴブリンキング、オークロード、ロックウルフリーダーが小物に感じるほどの威圧感ですよ。

 

「とりあえず、僕たちは“インシピット”に戻りますけど。アントンさんはどうされます?」

 

「俺は、飛竜(ワイバーン)狩りだから、もうちっと時間がかかるな。」

 

「じゃあ、ここでお別れですね。また、ギルドで会いましょう。その時にはパーティ加入の件も答えを出せていると思いますので。」

 

「おう、それじゃあな。」

 

 そう言って、片手を挙げアントンさんは森へ入っていく。さて、後ろを振り向くと表情を消して、目からも光が消えた3人がいた。あっ、折檻の内容が重くなるんですね。わかりました。




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第53話 折檻の内容は

 顔から表情が、目からは光が消えたクリスティアーネ達を引き連れギルドに依頼(クエスト)達成報告をしにきた。受付カウンターにいるのはユリアさんだ。あっ、嫌な予感がする。とりあえずは報告だ。

 

「“ロックウルフの討伐:数は最低5体。銀貨1枚。1体追加ごとに銅貨20枚”について、依頼(クエスト)は終了しました。ただ、今回も数が多いので・・・。」

 

「わかりました。デニス君!!ガイウス君をお願い。さ、あちらの査定カウンターへ。」

 

「はい。じゃ、みんな査定カウンターに・・・。えっ、ユリアさんに話がある?えっとそれは、森でのこと?・・・そう。あの・・・お手柔らかにお願いします・・・。」

 

 ヤバい、今すぐ回れ右して逃げ出したい。でも、3人からの圧がギルドに入る時よりも強くなっている。他の冒険者も3人を避けているよ。僕はため息をつきながら査定カウンターへ向かった。

 

「やあ、ガイウス君。今日も無事なようで何よりだ。」

 

「ソウデスネ。」

 

「ん、何かあったのかい?」

 

「イエ、ナニモアリマセン。」

 

「そうかい?ならいいんだが。さて、今回の獲物はロックウルフか一体何体狩ったんだい?」

 

「846体と、ロックウルフリーダーです。」

 

「はっ!?」

 

「ですから、846体と、ロックウルフリーダーです。査定は時間がかかってもいいのでお願いします。それと、昨日、頼んでいたオークの査定は終わりました?」

 

「い、いやまだ時間がかかりそうなんだ。ゴメンね。夜までには終わると思うんだけど。」

 

「それじゃあ、ロックウルフと一緒でいいですので、明日までにお願いします。」

 

「わかったよ。それじゃあ、この魔法袋に中身を移してくれ。」

 

 そう言われて、偽装魔法袋から移すふりをして【収納】からギルドの魔法袋に中身を移す。移し終わると、ガイウスと名が書かれた布が貼られる。これで、今日しないといけない手続きは終わりだ。

 

 さあ、覚悟を決めろガイウス。折檻(せっかん)に耐えてみせるんだ。そう思いながら受付カウンターに向かう。そこでは、顔から表情が、目からは光が消えた人物が1人増えていた。

 

 クリスティアーネ達3人と“鷹の止まり木亭“に帰る。ユリアさんは後で合流するらしい。“鷹の止まり木亭“に入るとフランキスカちゃんが満面の笑みで、「おかえりなさい。」と言ってくれた。あぁ、癒しだ。後ろの3人も少しは圧が(やわ)らいだ。でも、それも一瞬のことでローザさんとエミーリアさんの部屋に連行されると、圧がまた元に戻った。ダレカタスケテ・・・。

 

 僕はロープで椅子に固定され、身動きが取れないようにされている。いや、このくらいのロープなら引き千切れるけど、後が恐いよね。クリスティアーネ達3人は部屋の奥で折檻の内容について話している。普通なら聞こえないんだろうけど、チートで強化された僕の聴力はその内容を聴きとれちゃうんだよなぁ。

 

「ガイウス殿には、肉体的な折檻はしたくありませんし、したとしても平気な顔をしているに違いありません。バウマン騎士団長に胸を貫かれても、普通に戦っていましたから。」

 

「それなら、精神的なものにする?ガイウスがギルドマスターにしたみたいに、各関節を折っていくとか?」

 

「確かにそれなら精神的に効くだろうけど、肉体的な折檻になってしまうから却下。精神的なもので何か案は?」

 

 すると、部屋の扉がノックされた。

 

「“シュタールヴィレ”のみなさん。ユリアです。早上がり出来たので来ちゃいました。」

 

 オウ・・・。1人追加されてしまった。これは、もう駄目みたいですね。諦めよう。うん、諦めるんだ・・・。

 

 ユリアさんが加わり、話し合いが再開したけど、すぐに結論が出た。

 

「なんだ、みなさんそんなのに悩んでいたんですか。いいですか。ガイウス君は12歳の男の子です。一般的にこれくらいの男の子は、だんだんと女性を意識し始めます。ですから、そこから攻めればいいのです。」

 

「具体的にはガイウス殿にどうするのですか?」

 

「簡単です。私たち全員が今日から1週間、裸か下着姿になってガイウス君と同衾(どうきん)するんです。そして、私たちからは手は出すけど、ガイウス君は身動き禁止にするんですよ。だから、私たちから抱き着こうがほっぺスリスリしようが、なすがままです。」

 

「それって、私たちにも結構ダメージがこない?」

 

「どうせ、結婚すればすべてをさらけ出すのですから、その時期が3年早まるだけですよ。」

 

「確かに、私はそれでいい。」

 

「なら、(わたくし)も。」

 

「私もよ。」

 

「それじゃあ、決定ですね。」

 

 こうして、僕に対する折檻の内容が決まった。世の男性にとってはご褒美なんだろうけど。授爵するまで手を出さないと誓っている僕にとっては地獄だ。心を無にしないと。




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第54話 折檻開始

 ロックウルフ討伐から帰還したその夜から、折檻が始まった。就寝前の僕をロープでグルグル巻きにして、僕を挟むように4人のうち2人が両隣に裸あるいは下着姿になって同衾する。最初はローザさんとエミーリアさんの組み合わせだ。2人とも下着姿だったから少しホッとした。

 

 がしかし、嫌でも2人の体型の良さがわかる。ローザさんは前衛にふさわしく引き締まった綺麗な肉体で胸も中の上くらいある。エミーリアさんは出るとこは出ていて引っ込むところは引っ込んでいる。胸の大きさは大の大だ。

 

「それじゃ、失礼するわね。」

 

「ガイウス。もうちょっと寄って。入れない。」

 

 そう言いながら2人がベッドに上がってくる。シャンプーのあとだからか、とてもいい匂いがする。

 

「まさか、ガイウスとこういう関係になるとはねぇ。5日前には思いもしなかったわ。」

 

「僕もですよ。ところでエミーリアさん胸を押し付けてくるのやめてくれませんか?」

 

「これは、折檻なんだから我慢して。」

 

 エミーリアさんがさらに胸を押し付けてくる。柔らかい感触に普通に理性が飛びそうなんですけど。耐えるのキツイよ。これは。「エミーリアには負けない。」とか言って、ローザさんも胸を押し付けてくるし。というか僕が身じろぎするたびに、艶っぽい声を出すのをやめて。僕は、朝まで無事でいられるんだろうか?

 

 はい、冒険者になって6日目の朝を迎えられました。僕は無事です。睡眠時間が犠牲になったけど。起きようとして、ロープを引き千切ろうとするとエミーリアさんが起きた。僕の下半身を見て、

 

「ガイウスの“ガイウス”大きい・・・。」

 

 と言って2度寝した。「あら、ホントね。」あ、ローザさんも起きてたのね。というかそんなに凝視(ぎょうし)しないでほしい。恥ずかしいです。そのことを伝えると、

 

「カワイイこと言っちゃって。」

 

 と頬にキスされた。ポカーンと僕がしていると、「私も。」とエミーリアさんがもう片方の頬にキスをしてきた。2度寝したんじゃなかったんですか。まぁ、どっちでもいいけど。取り敢えずロープを外してもらって、着替えなどの朝の準備をする。すると、2人して近づいて来て、同時に両頬にキスをしてきた。

 

「さっきのは“おはようのキス”で、今のは“今日もよろしく”のキスだからね。」

 

 ローザさんが笑みを浮かべながらそんなことを言う。なんというか、起きてから不意打ちを喰らってばかりだな。僕は。今日の夜は、クリスティアーネとユリアさんにされるのか・・・。多分、今の僕の顔は真っ赤なんだろうなぁと思いながら1階の食堂へ向かう。そこには、昨日のうちに宿を変更したクリスティアーネが待っていた。

 

 (ちな)みに部屋はローザさんとエミーリアさんと同じ部屋で3人部屋にしてもらった。だから、昨日はクリスティアーネは1人で寝たことになる。

 

 「おはよう。」と声を掛けると、「おはようございます。ガイウス殿。ローザ殿。エミーリア殿。」と貴族らしい丁寧な挨拶をしてくれた。1日の活力たる朝食を済ませて、各自部屋に戻り、装備を整えギルドへ向かう。オークロード達とロックウルフリーダー達の査定が終わっているはずだ。どのくらいになったかなー。

 

 ギルドへの道中はアントンさんを“シュタールヴィレ”に加入させるかどうかを話し合った。満場一致で、加入を許可することにした。いい人だしね、アントンさん。それに強い。断る理由が無い。アントンさんに会ったらすぐに話さないとね。

 

 さてさて、やってきました冒険者ギルド。6日目ともなるともう慣れたよね。うん。慣れたはずなんだ。・・・なんで、受付カウンターにアンスガーさんがいるのさ!?他の冒険者も依頼(クエスト)書片手に遠巻きに見ているよ。あっ、目が合った。笑顔で手招きしている。うぅ、行くしかないんだよね?

 

「おい、ガイウスさんと“シュタールヴィレ”だ。また、何か大物でも仕留めたか?」「ギルドマスター直々とかヤベェな。距離とっとこ。」「あの子供と、連れはそんなにヤバいのか?」「お前さん、“インシピット”の町は初めてか。あの子はだな、ガイウスと言って・・・。」

 

 またなんか他の冒険者に言われている。ため息をつきながら、笑顔のアンスガーさんの待つ受付カウンターに向かう。

 

「あの・・・。」

 

「オークロードとロックウルフリーダーの査定のことだよね。全部終わっているよ。素材はどうする?」

 

「あー、オークの肉は半分くらいもらいます。美味しいので。残りの半分はギルドの方で買い取ってください。ロックウルフは全てギルドに売却します。あ、肉は処分しますよね?使い道があるので肉だけもらいます。」

 

 一応、確認のためにクリスティアーネ達にも意見を聞くが、それでよいとのことだった。

 

「それじゃ、そのように処理しよう。査定額に肉と素材の代金は上乗せするから、少し待っていてほしいな。それで、その待っている間に、ガイウス君。昇級試験をしよう。」

 

「はい?」




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第55話 昇級試験

 僕は今、練習場にいます。そして、100m離れてアンスガーさんとアラムさんを中心とした沢山の青い顔をした冒険者約100名と対峙しています。どうしてこうなった!!

 

 アンスガーさんが悪い。いきなり、「昇級試験をしよう」と言いだして、

 

「試験官として参加すれば勝敗に関係なく銅貨50枚、ガイウス君に勝てたら銀貨1枚。何名でもオーケー。試験時間は5分。5分以内にガイウス君が試験官全員を倒せなければガイウス君の負けだ。」

 

 さらに、「私とアラムも参加する。」と言ったら、その話しを聞いた冒険者たちが一斉に受付カウンターに向かった。「人数があればさすがにいける。」とか「両手盾で最後まで耐えきる。」とか聞こえていたなぁ。

 

 そんなことを思い出していると、審判役のユリアさんが練習場の真ん中に立った。

 

「それでは、これより6級冒険者ガイウスの5級冒険者への昇級試験を開始します。勝敗条件は、試験開始5分以内に試験官を全員倒せば試験合格となります。5分以内に倒せなければ試験失敗です。よろしいですか?」

 

 練習場内にいる全員が頷く。ちなみにアントンさんとクリスティアーネ達3人は観覧ブースにいる。今回も賭けが行われているらしい。今回はさすがに僕が勝てないと思ったのか、僕に賭ける人は少ないようだ。声援でわかる。アントンさんとクリスティアーネ達3人は僕に賭けてくれたらしい。さて、勝つか。

 

「それでは、試験開始。」

 

 ユリアさんの手が振り下ろされると同時に、風魔法で何人かを一気に吹き飛ばす。隊列が少し乱れる。すぐにその乱れたところに飛び込む。100mなんて一瞬で跳べるからね。ますは手近な冒険者の肩と膝の骨を木剣で折る。そして、最後に鳩尾に一撃。これを何人も繰り返す。(わら)いながら、そうでもしてないとやってられないよ。冒険者たちは「ひぃ」「ヤベェ」とか言っているけど、参加した時点でアンスガーさんと同罪さ。関節の4つと鳩尾で勘弁してあげているんだから感謝してほしい。

 

 そんなこんなで1分経()つころには、冒険者の数は半数以下になっていた。アンスガーさんとアラムさんはまだ動かない。じっと僕を()て動きを捉えようとしているようだ。ふむ、もうちょっと速度をあげようか。

 

 試験開始から1分30秒が過ぎた。すでに立っているのは、僕とアンスガーさん、アラムさんの3人だけだ。100人以上いた冒険者は全員が地面に転がり、苦悶(くもん)の表情を浮かべている。さてと、まずはアラムさんだ。一気に近づいて肩に突きを入れる。それを間一髪で防ぐ。その間に、背後に回り込み4つの関節を破壊する。「また、やられた。」そんなことを言いながら、倒れるアラムさん。

 

 アンスガーさんには、恐怖と痛みを味わってもらおう。僕は(わら)いながら、わざとゆっくりと近づく。アンスガーさんの額に汗が噴き出て、流れ落ちるのが見える。僕は、木剣を逆手に持つと、高く掲げた。不思議なものを見るような表情にアンスガーさんはなっている。僕は木剣に【魔力封入】で魔力を込め、【風魔法】を(まと)わせる。

 

 そして、木剣を思いっきり投げつける。【魔力封入】と【風魔法】で強化された木剣がアンスガーさん目掛けて空気を切り裂き突き進む。アンスガーさんはそれを左手の盾を犠牲にして受け止めた。木剣は砕け、盾には深い傷がついた。

 

 そして、僕はアンスガーさんの懐に入った。(わら)うと、引き()った表情を浮かべた。ここからは格闘戦だ。まずは、武器である木剣を持っている右手から。親指から小指まで全ての関節を折る。次に手首、肘、肩の順で右手を無力化する。そして、右足。股関節を折り、膝、足首、指の順で折る。体を支えきれなくなったアンスガーさんは右側を下にして、倒れる。あとは盾を破壊して左側も同じようにするだけだ。

 

 観覧ブースからは「ヤベェ。」「参加しなくてよかった。」「あれが人のやることかよ。」とか聞こえたけど、僕が(わら)いながら、笑顔を向けるとみんな黙った。

 

 練習場に立っているのは、僕と審判役のユリアさんしかいない。勝った。

 

「2分14秒で試験官の全滅を確認しました。よってガイウスは試験合格です。」

 

 (まった)く、こんないきなりの試験はこれっきりにしてほしいよ。あー、でも、僕って結構、こんな感じで対人戦しているなぁ。




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第56話 後始末と昇級(ステータス確認もあるよ。)

 さて、試験は合格で終わったわけだけど、練習場のこの死屍累々 (死んじゃいないよー。骨を折っただけだよー。)の様相を呈している。この後始末をしないとね。エミーリアさんのように【ヒール】が使える冒険者たちが【ヒール】をかけるためにと練習場に入ろうとしていたが、少し待ってもらった。

 

「試してみたいことがあるんです。」と言うと、ユリアさんからは、「これ以上の痛みはギルド長も他の方も必要ないと思いますけど。」と言われてしまった。まるで、僕が、殺人鬼か破壊魔か殺戮者(さつりくしゃ)みたいな言い方で、ちょっとグサッと来ちゃったよ。

 

 僕が試したいのは【ヒール】を個人だけでなく、範囲を指定して、その範囲内の人たちを治癒することができるかどうかだ。とりあえずはやってみよう。う~ん範囲はこのくらいでいいかな。それでは、

 

「【エリアヒール】」

 

 すると、指定した範囲に透明な膜みたいなものが上から降ってきて、骨が折れた人たち1人1人を包み込んでいく。膜が消えたその後には、骨が治って、自分の足で立てているアンスガーさん達の姿があった。

 

 上手くいった。おかげでステータスが上がった。やったね。ちなみに今のステータスはこんな感じ、

 

 

名前:ガイウス (黒髪、黒目、160cm。)

種族:人族 (半神)

性別:男 (童貞www)(あんた、ガイウスのステータスに何表示してるのよ!!消しなさい。)(痛い痛い!!フォルトゥナ。腕はその方向に曲がらなあぁぁぁぁ・・・)

年齢:12 (成人まであと3年よ。頑張りなさい。)

LV:50

称号:6級冒険者、ゴブリンキラー、オークキラー、ロックウルフキラー、(世界の管理者)

所属:シュタールヴィレ

経験値:32/100

 

体力:300(1500)

筋力:296(1480)

知力:302(1510)

敏捷:298(1490)

etc

・能力

・召喚能力 ・異空間収納 (麻袋で偽装) ・見取り稽古 ・ステータス5倍 

・経験値10倍 ・識字 ・鑑定 ・魔力封入 ・不老不死 ・異種言語翻訳

・フォルトゥナの祝福 ・フォルトゥナの加護 ・格闘術Lv.42(210)

・剣術Lv.30(150) ・槍術Lv.30(150) ・弓術Lv.35(175) 

・防御術Lv.43(215) ・回避術Lv.30(150) ・ヒールLv.30(150) 

・リペアLv.6(30) ・気配察知Lv.23(115) ・騎乗Lv.5(25) 

・射撃術Lv.3(15) ・火魔法Lv.9(45) ・水魔法Lv.8(40) 

・風魔法Lv.8(40) ・土魔法Lv.1(5) ・ライトLv.1(5)

 

 

 んー、なんか途中で変な文章が入っていたけど、気にしない。気にしちゃいけない。【能力】もだいぶ増えたなー。まだ、増えるんだろうか?まぁ、今後の楽しみってやつだね。さてと、骨折が治ってポカーンとしていたアンスガーさん達も復活したし、昇級の手続きをしないとね。ユリアさんお願いします。あれ、ユリアさんも固まってるや。とりあえず、査定カウンターに行って、報酬を貰おう。

 

 クリスティアーネ達と合流して、査定カウンターに向かい、デニスさんを呼ぶ。

 

「あれ?昇級試験じゃなかったのかな?」

 

「ええ、もう終わったので。」

 

「はあー、流石(さすが)だね。ガイウス君。もちろん、合格だろ?」

 

「はい、合格でした。」

 

「おめでとう。それなら、受付カウンターで昇級手続きをした方がいいんじゃないかな?あれ?ユリアさんもギルドマスターも戻ってきてないね。」

 

「ありがとうございます。なんか、お2人とも練習場で固まっていましたから置いてきました。それで、査定の方は・・・。」

 

「うん、終わっているよ。オークの肉はこの魔法袋に入っているから、君の魔法袋に移させてね。」

 

 ギルド用の魔法袋から偽装魔法袋に【収納】する。

 

「それと、金額の方なんだけど、“ロックウルフの討伐:数は最低5体。銀貨1枚。1体追加ごとに銅貨20枚”については金貨16枚銀貨8枚銅貨20枚だったよ。この金額と他のオークとかロックウルフリーダーとか素材とか、解体料金とか合わせて出した金額なんだけどいいかな?」

 

「いいですよ。」

 

「それでは、白金貨10枚ね。」

 

「へっ!?」

 

「いや、そんなに驚かなくても、オークロードとオークの上位種を含めてもあの量で、そこにロックウルフリーダーだろ?このくらい出さないと、どっちも2級クラスの魔物だからね。」

 

「それでは、ありがたく。クリスティアーネ、ローザさんとエミーリアさん。白金貨は1人2枚ずつで、残りの2枚はギルドに預けましょうか?」

 

「それで、いいわよ。2人もいいわよね。」

 

「それじゃあ、白金貨2枚はギルドに預けます。それと、クリスティアーネの預かり証を作ってほしいんです。」

 

「わかったよ。エレ。お願いできるかな。」デニスさんの呼びかけにエレさんがすぐ応じる。

 

「はいはい、お任せよ。それと、ガイウス君。ユリアさんとギルドマスター戻ってきたわよ。」

 

「ありがとうございます。受付カウンターに行きます。あ、あとデニスさん。僕の分は1枚は銀貨にしてもらっていいですか?」

 

(うけたまわ)った。後ろのお嬢さん方は、白金貨がいいかな?それとも、金貨とかに替えるかい?」

 

 さて、そんなやり取りを始めたクリスティアーネ達を置いて、僕は受付カウンターに向かう。そこには、ユリアさんとアンスガーさんがいて、カウンターの上には()(さら)な5級冒険者を示す冒険者証が置いてあった。情報を移すので、6級の冒険者証をユリアさんに渡す。水晶にかざし、5級の冒険者証に6級の冒険者証から情報が文字として移っていく。

 

 そうして出来上がった新しい5級冒険者証を首からかける。「おめでとうございます。」とユリアさんが言ってくれたので、「ありがとうございます。」と返答する。アンスガーさんは、ユリアさんの後ろで腕を組みながら、何かを考えているようだ。そう思って見ていると、カッと目を見開き、

 

「ガイウス君。執務室まで来てもらおう。ユリアさん。」

 

「はい、ギルドマスター。ガイウス君。ギルドマスターの執務室へどうぞ。“シュタールヴィレ”の3人は私が連れてきますから。」

 

 そう言って、アンスガーさんは2階に、ユリアさんは査定カウンターへ向かう。あれ?僕、また何かやらかしちゃったかな?




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第57話 勇者?

 現在、ギルドマスター執務室にて応接机を挟んで、アンスガーさんとは対面のソファーに座っている。クリスティアーネ達3人もやってきて、ユリアさんはお茶とお茶菓子を持ってきてくれて、いつも通り扉の所に立ち、誰も入らないように【風魔法】で障壁を張っている。

 

 なんか、空気が重い。僕が昇級試験で何かをやらかしたのはわかるが、何がやらかしに該当するのか、皆目(かいもく)見当がつかない。そんな空気を破るようにため息を1つついたアンスガーさんが口を開いた。

 

「簡潔に問おう。ガイウス君。君は勇者なのかい?」

 

「いえ、違います。」

 

 即答だった。そんなわけないじゃないか。僕が勇者なんて。フォルトゥナ様も僕以外の人間で勇者を決めると言っていた。だから、僕じゃないとはっきり言える。アンスガーさんはなんだかホッとしたような表情をしている。部屋を覆っていた重苦しい空気も霧散したように感じる。

 

「そうか・・・。勇者では無かったか。よかった。」

 

 その代わりに“半神”で“不老不死”で“世界の管理者”ですけどねー。ん、ところで今「よかった」って言っていたよね。どういう意味なんだろう?素直に聞こう。

 

「どうして、僕が勇者で無くてよかったんですか?」

 

「それは、もちろん、“邪神”がこの世に現れていないという事だからさ。最近の“黒魔の森”では、ガイウス君たちが討伐してきたように、魔物の上位種や魔物の動きが以前よりも頻繁だったからね。“邪神”との関係が気になっていたんだよ。」

 

「なるほど。それで、僕を勇者だと思ったのはなぜですか?」

 

「まずは、君の活躍ぶりだね。冒険者になってすぐに最上位種のゴブリンキング、オークロード、ロックウルフリーダーを討ち、飛竜(ワイバーン)を仕留め、辺境伯騎士団にも勝った。まぁ、これは前から言っている事だから、耳に胼胝(たこ)ができたかもしれないがね。勇者かもと思ったのは、以前、使用した【リペア】そして今回唱えた【エリアヒール】これらを使用できたのは伝説上の人物のみ。そう、“勇者”に“聖女”のみなんだよ。」

 

「はあ、そうなんですか。【エリアヒール】は【ヒール】の対象を範囲指定できないか試したらできただけですよ。今回の要件はそれだけなら、もう行ってもいいですか?僕は勇者じゃないので。」

 

「行ってよろしい。と、言いたいが、前回の【リペア】も今回の【エリアヒール】も大勢の人間が見ている。【リペア】のほうは騎士団に箝口令(かんこうれい)を出したし、アルムガルト家の身内が多かったからどうにかなったが、今回はいかん。みんな冒険者だ。口止めは無理だ。」

 

「ですが、“勇者”に“聖女”は神託があるはずです。そうしたら、神託のあった国の大司祭なり大司教なりが大々的に発表するはずですよね。それに“邪神”も現れていませんし。アンスガーさんもさっきそう言ったじゃないですか。」

 

「そうだ。だが、もし【エリアヒール】を使える者の事が、国王陛下や大司祭様の耳に入れば、喜々(きき)として喧伝(けんでん)するだろう“アドロナ王国に勇者が現れた”と。」

 

「そして、僕は、血眼(ちまなこ)になって探し出され、勇者としてかつがれると・・・。」

 

「そういうことだ。」

 

 ふむ。それは困った。かといって、今回の試験に関わった全員の口封じ(物理)は現実的ではない。それに僕は、殺人鬼になるつもりはない。どうするかな。ああ、これはどうだろう。

 

「アンスガーさん、【エリアヒール】のできる人が複数いれば、勇者とは確定できませんよね?【ヒール】持ちの冒険者に僕が教えます。【エリアヒール】の仕方を。」

 

「なっ!?それは本当かい!?」

 

 アンスガーさんが前のめりになって聞いてくる。近い近い。ドウドウとアンスガーさんを落ち着かせる。アンスガーさんは、お茶をグイッと飲み。「それで」と聞いてきた。「それでとは?」と返答すると、

 

「それで、ギルドが君に支払う報酬はどうすればいい?」

 

「はっ?」

 

「“はっ?”ではないよ。ガイウス君。今回の件はギルドから指名依頼と出すべき案件だ。【エリアヒール】を使える冒険者が増えるだけで、ギルドの戦力は大幅に上がる。賢い君ならこの戦力の意味がわかるだろう?」

 

「まぁ、簡単に考えれば、冒険者の継戦能力が上がりますよね。特に上位冒険者が(まと)まって負傷するような状況では、力を発揮しますよね。例えば、スタンピードとか。あとは、国と関係が悪化して戦闘状態になっても効果的ですよね。こちらは【エリアヒール】をかけながら進軍して、相手の【ヒール】使いを倒せば勝ちが見えたも同然ですよ。」

 

「うん、国との争いについてはいらなかったかな。まぁ、そういうことだよ。ギルドとしては大助かりだから、君への指名依頼(クエスト)として発注する。で、その報酬はいくらがいいかな?」

 

 ふうむ。どうするかな。【鑑定】を使えば、その人に【エリアヒール】を覚える芽があるかどうかを判断できるから。そうだなぁ。

 

「それでは、1人【エリアヒール】が使えるようになるごとに金貨50枚で。」

 

 笑顔で伝えるとアンスガーさんが白目を()いて倒れた。あちゃー。




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第58話 講師就任

 白目を()いて気絶しているアンスガーさんをそのままに、ユリアさんへ質問する。

 

「金貨50枚って多かったですかね?」

 

「んー、何とも言えないわね。ある意味秘法を教えるようなものだから、妥当だとは思うけど、最近、ギルドの出費が多いのよ。」

 

「なんでですか?」

 

「貴方よ。ガイウス君。貴方が大物ばかりをこの短期間で狩ってくるから、今月分の予算が結構ピンチなのよ。貴方から買い取った素材とかの販売でもっているけどね。」

 

 あれま、僕が原因だったか。ふむ、どうしたものか。

 

「どっか別の町に異動しましょうか?そうすれば、ここの支部にも負担をかけずに済むのでは?」

 

「それは・・・。それで、問題ね。」

 

「なぜですか?」

 

「はたから見たら、有望な新人冒険者が支部を見限ったように見えるもの。」

 

「それは、困りましたね。」

 

「まあ、ガイウス君が悩むような問題じゃないわ。私たちギルド内の問題だから。気にしないで。」

 

 そう言ってニコリと笑みを浮かべるユリアさん。白目を()いて気絶しているアンスガーさんとは対極だねぇ。ツンツンとつついてみるものの起きる気配は一向にない。あ、そうだ。

 

「骨折ったら痛みで起きますかね?」

 

「あのねガイウス君。人間の骨はそう簡単にポキポキ折るモノじゃないのよ・・・。」

 

 即、却下された。いい案だと思ったのになぁ。折ってもすぐに【ヒール】で治すのに。

 

「まあ、ギルドマスターには起きてももらわないといけないからね。私が起こすわ。」

 

 ユリアさんはそう言いながら、(こぶし)をギルドマスターの鳩尾(みぞおち)に打ち込んだ。「ゲボッ!?」とアンスガーさんの口から音が漏れる。あ、でも起きたみたい。

 

「ゲホッゲホッ、ユリアさん、(こぶし)はやめてください。(こぶし)は。」

 

「でも、起きられましたね。ギルドマスター。」

 

「ええ、起きましたとも。さて、報酬の金貨50枚の件だが・・・。」

 

「あっ、先程、私の方から当ギルドの財政状況を簡単に説明させていただきました。」

 

「そうでしたか。ありがとうございます。ガイウス君、ユリアさんの話しにもあったと思うが、金貨50枚は流石(さすが)にキツイ。だから、金貨の代わりに点数を付与するのはどうだろうか?そうすれば、昇級もスムーズに進むだろう。もちろん、報酬は払う。1人につき金貨10枚でどうだろうか?」

 

 うーむ、悩むなぁ。5分の1となった報酬。さて、どうするか。

 

「では、最初の10人の受講者はそれでお願いします。その後に受講を希望される方がいたら、その都度という事で。また、ギルドに支払う受講料は銀貨1枚で。この要件を()んでいただければ、僕は構いません。それと、準備のため開講まで1週間ほど時間をください。まずは、エミーリアさんに取得してもらいます。」

 

「フムン。なぜかな?」

 

「なぜというと、どれがですか?」

 

「人数はいいとして、まずは。受講料が銀貨1枚という点。ここの金額を上げれば君にまわす報酬も上げられるようになるとは考えなかったのかい?そして、次になぜ最初がエミーリア君になったかを教えてもらいたい。」

 

「受講料の件ですが、これは幅広い人材に受けてもらいたいと思ったからです。先見の明のある冒険者の方なら、低級でも受けようとするでしょう。そのためにも、受講料は抑えるべきだと思ったからです。次にエミーリアさんの件ですが、僕が知っていて交流のある冒険者の中で、唯一【ヒール】が使えるからです。ただ、それだけですよ。」

 

「受講料の件は了承した。しかし、いくら【ヒール】が使えるからとはいえ、1週間で【エリアヒール】を取得できるものかね?」

 

「大丈夫だと思いますよ。(だって、エミーリアさん【ヒール】がLv.25もあるもん。)まあ、1週間後をお楽しみにと言う事で。」

 

「わかったよ。1週間後を楽しみにしておこう。」

 

「それでは、話しは終わりましたよね。失礼しま・・・「まだ終わってないよ」・・・す?」

 

「まだ、終わってないとは?」

 

「実は、君の【エリアヒール】を受けた者、全員が古傷まで治ったと騒いでいてね。何か心当たりは?」

 

「さあ?フォルトゥナ様の祝福でもあったのでは?」

 

 おっと、ここにきて新事実。僕の【ヒール】だと古傷まで治せるみたいだね。まあ、チート補正で【ヒールLv.30(150)】あるからなぁ。でもこれは、僕も素直に驚きだ。

 

「むう、なにか隠しているような気がするが、まあ、いいだろう。すまなかったね。話しにつき合わせてしまって。それでは、講師の件よろしく。」

 

「はい、それでは、失礼します。」

 

 頭を下げ、執務室を退室する。ユリアさんを先頭に1階に戻ると、受付カウンターに人だかりができていた。その対応にあたっていたエレさんとメリナさんが下りてきた僕たちに気づいて、

 

「ユリアさん大変です。ガイウス君への指名依頼(クエスト)の発注が集中して、手がまわりません。」

 

 悲鳴じみた声を上げてメリナさんがユリアさんに報告する。

 

「わかりました。皆さん!!まずは2列に並んでください!!そこ!!割り込もうとしない!!しっかりと並びなさい!!」

 

 ユリアさんが声を張り上げ、冒険者たちを綺麗に並ばせる。そして、笑顔を顔に張り付かせたまま数枚の依頼(クエスト)発注用紙を僕に見せる。それを見て、僕は顔を引き()らせた。

 

“ガイウスに古傷の治療をしてもらいたい。報酬は金貨1枚”

 

 他のも似たような内容だった。僕はため息をつき、後ろを振り返る。そこにはジト目になったクリスティアーネ達3人がいた。はい、すみません。また、面倒くさいことに巻き込まれました。




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第59話 ガイウス君の簡易治療所

「ユリアさん。とりあえず、治療を受けたい人たちからは、銀貨1枚のみを貰って、そうですねぇ・・・。練習場がまだ()いているのであればそちらに誘導をお願いします。」

 

「全員、銀貨1枚でいいの?銀貨10枚とか金貨1枚とかあったけど。」

 

「えぇ、級数や年齢、性別の関係なく銀貨1枚で結構です。ちゃっちゃっと終わらせましょう。」

 

「わかったわ。ただ、依頼(クエスト)受注件数とかの集計に必要だから、依頼(クエスト)発注用紙は出してもらうわよ。」

 

「はい、それで構いません。それでは、僕は練習場の方に行きます。」

 

「わかったわ。エレ、着いて行ってあげて。」

 

「はい、ユリアさん。ガイウス君、行きましょうか。」

 

「はい。クリスティアーネ達も行きますよ。」

 

 僕たちはエレさんと共に練習場に向かう。背後ではユリアさんが、

 

「ガイウス君へ治療をしてもらいたい方は、報酬欄は銀貨1枚と記入してください!!受注者のガイウス君からのお願いです。それ以外は受け付けません!!」

 

 と、声を張り上げて説明を始めていた。

 

 さて、着きました。練習場。依頼者たちが来るまでまだ少し時間があるだろう。僕は魔法系の練習をして時間を潰しながら、エミーリアさんに【エリアヒール】の練習をするよう伝えた。ちなみに、クリスティアーネとローザさんは木剣で軽く打ち合っている。

 

「いいですか。エミーリアさん。【ヒール】を使用するときには、その対象の負傷した箇所(かしょ)1部分のみに集中していたと思いますが、【エリアヒール】を使うには、その対象を自分の指定した範囲内の人物、生物に絞り込んで、それらを包み込むように【ヒール】をかける感じでやってみてください。」

 

「わかった。やってみる。」

 

 エミーリアさんが集中し始めると、周りの魔力が光輝き始めた。ってなんで魔力が見えるのさ。「【魔力認識】を取得しました。」さいですか・・・。なんでもありだな。チート。

 

 それよりも、今はエミーリアさんだ。輝く魔力の量が増え、エミーリアさんを中心に半径10m以内が一番濃くなった時に、「【エリアヒール】」と彼女が唱えた。すると、指定した範囲に透明な膜みたいなものが上から降ってきた。成功だ。1週間もいらなかったね。と、ここで「【教育者】を取得しました。」オウ・・・。まあ、いいや。とりあえず成功を喜ぼう、

 

「エミーリアさん。凄いです。一発で成功ですよ!!」

 

「ありがとう。ガイウス。でも、これは結構、集中力と魔力を使って疲れる。」

 

「慣れたら大丈夫だと思いますよ。練習あるのみです。一緒に頑張りましょう。」

 

 2人して“オー!!”と気勢(きせい)をあげていると、クリスティアーネとローザさんが近づいて来て、

 

「できたみたいですね。おめでとうございます。」

 

「う~ん、流石はエミーリアと言った方がいいのか、ガイウスと言った方がいいのか悩むわね。とにかく、おめでとう。」

 

「2人とも、ありがとう。これもガイウスのおかげ。」

 

 そう言って、エミーリアさんが頬にキスをしてくる。クリスティアーネとローザさんが「あー!!」と言っていたが、無視無視。だって、治療希望者さんたちが、ユリアさんに連れられやって来たんだもの。

 

 ユリアさんとエレさんの2人掛かりで治療希望者たちを整列させる。全員で127人だそうだ。治療希望者のみんなは期待の眼差(まなざ)しで、僕を見ている。それじゃあ、一丁やりますか。

 

 練習場にいる全員の全ての傷が全快するように思い描きながら、「【エリアヒール】」練習場全体を包み込むように、透明な膜が上から降ってきた。それが、練習場にいる各人を包み込む。膜が消え去ると、そこには、何の変化も無いように見える治療希望者たちがいた。失敗したかな?と思っていると、

 

「治った・・・。」「肘がしっかりと曲がる!?」「強張(こわば)りがなくなった!!」などなど、【エリアヒール】はしっかりと効いたみたいだね。よかったー。あら、感極まって泣いちゃっている人とかいるよ。

 

 落ち着いたころを見計(みはか)らってユリアさんとエレさんが治療の終わった人たちを練習場から退室させていく。これで、少しは落ち着くかな。

 

 さてと、次はどうするべきかな。これは。僕の目の前には、入れ替わるように練習場に入ってきて土下座している神官さんたちと苦笑いしている彼らを案内してきたアンスガーさんがいた。また、厄介事(やっかいごと)ですか。そうですか。アンスガーさん、骨折りますよ?

 

 まあ、折角、ご足労頂(そくろういただ)いたわけだし、お話だけでもしましょうか。神官さんたちを立たせて、アンスガーさんに笑顔でお願いしてギルドマスター執務室を借りる。なんで、そんなに(おび)えた表情をするんですかねぇ・・・。アンスガーさん。

 

 というわけで、やってきました。本日2回目のギルドマスター執務室。応接机を挟んで神官さん達と対面する。お茶とお茶菓子はエレさんが持ってきてくれた。さてさて、お話を聞きましょうか。




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第60話 教会へ

「初めまして。僕は5級冒険者のガイウスと言います。両隣にいるのはパーティメンバーのローザさんとエミーリアさんです。2人とも6級冒険者です。あと、1人、クリスティアーネ・アルムガルト嬢がいるのですが、今は昇級手続き中ですので席を外しています。」

 

 まずは、挨拶からだ。挨拶は大事だからね。右手を差し出し握手をする。

 

「私は、フォルトゥナ教教会アドロナ王国アルムガルト領“インシピット”支部にて神官長をしております“ベドジフ”と申します。両隣は神官をしております“ホンザ”と巫女の“サロリナ”です。本教会の神父と司祭は職務のため、本日は欠席させていただいております。申し訳ありません。」

 

 頭を下げられる。慌てて「頭を上げてください。」と言う。

 

「いえ、“フォルトゥナ様の御使(みつか)い様”に我々のみで対応をすることは不敬にあたります。本来なら、本部から大司祭が参らなければならないのですが・・・。」

 

「ちょっと、待ってください。“フォルトゥナ様の御使(みつか)い様”とは一体どういうことですか?というか、誰の事ですか?」

 

()なことを仰る。ガイウス様のことに決まっているでしょう?昨日(さくじつ)、我々が朝の(つと)めをしていると、サロリナにフォルトゥナ様からのお言葉があり、“ガイウスという少年を教会に連れてくるように”と。今まではこのようなことはありませんでした。」

 

「なっ!?」

 

 えー!!フォルトゥナ様、なにやっちゃってるんですか!?どうしよう?

 

「えっと、なにかの間違いでは?」

 

「いえ、ガイウス様は【エリアヒール】をお使いになられるとか。」

 

 その瞬間、殺気をアンスガーさんに向けた僕は悪くない。アンスガーさんは顔を青くして高速で首を横に振っている。となると、

 

「・・・冒険者の誰かですか?」

 

「はい、今朝方から冒険者の方たちが教会を訪れては、お布施にお祈りをされて行かれまして、これはおかしいと思いまして、複数の方に聞いたところ、“ガイウス様が使った【エリアヒール】のおかげで昇級試験試合で折れた骨どころか、古傷まで治ったので、フォルトゥナ様の加護があったのだと思い、お礼をフォルトゥナ様に申し上げるために来た”と申されまして、昨日(さくじつ)のフォルトゥナ様からのお言葉を思い出し、取り急ぎ参上した次第です。いやあ、この目で【エリアヒール】が見れるとは思いませんでした。」

 

「見たんですね。」

 

「はい、ギルドマスターのアンスガー・アルムガルト様のご厚意により、100名近い方々に【エリアヒール】をかけ、古傷を治すのを拝見させていただきました。」

 

 首をグルんと90度曲げアンスガーさんを凝視する。やっぱり貴方のせいじゃないですかー。アンスガーさん目を合わせましょうよ目を。顔を青くしてだけじゃわかりませんよ?ため息をつきながら、

 

「【エリアヒール】の件ですが、僕以外の人も使えますよ。ここにいるエミーリアさんもそうです。エミーリアさん、申し訳ありませんが、今【エリアヒール】をしてもらってもいいですか?」

 

「もちろん、【エリアヒール】」

 

執務室にいる人全員を包み込むように透明な膜が上から降ってきた。教会から来た3人は驚いている。

 

「まさか・・・。エミーリア様は“聖女”なのですか?」

 

「違う。私は冒険者で普通の魔法使い。【エリアヒール】は練習して使えるようになった。」

 

「そうなのですか。では、独力で?」

 

「ガイウスが指導してくれた。ガイウスは、これから【エリアヒール】が使える人を増やすために講習会を開く予定。」

 

「本当ですか?ガイウス様。」

 

「本当です。1週間後からですけど講習会を開く予定です。」頷きながら答える。

 

「なんと、今まで“聖女様”しか使えなかった【エリアヒール】が神託を受けていない者が使えるようになるとは・・・。」

 

「教会としては、マズイことですか?」

 

「いえ、我々の存在理由の1つに“人々の救済”があります。疫病などが流行(はや)った時には、【エリアヒール】は大いなる助けになるでしょう。」

 

「ふむ、ですが今のところは冒険者の方々のみです。試験的な試みですから。」

 

「それは、そうでしょう。実績が無ければ他の者は振り向かないものです。我々は先程見せていただいたので信じますが。」

 

「それで、今日の本題に戻りましょうか。」

 

 僕は話しを切り替える。教会の3人も改めて姿勢を正す。

 

「教会に伺いましょう。フォルトゥナ様から直々のお呼び出しとなれば断る理由はありません。」

 

「おお、ありがとうございます。それでは、一度教会に戻り馬車を用意してまいります。」

 

「いえ、歩きで結構です。一緒に行きましょう。それでは、アンスガーさん執務室の提供ありがとうございました。」

 

 ニッコリと笑いながら告げる。「いや、気にするほどではないよ。うん。」今度の昇級試験では、全身の骨以外に内臓をいくつか取り出してあげよう。そうしよう。そう思いながら、教会の3人の背を追い執務室を後にした。




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第61話 フォルトゥナ様と面会

 ギルドの1階で冒険者証の昇級更新が終わったクリスティアーネと合流し、道中では教会の3人と色々と話しながら教会へと向かった。まだ、冒険者になって6日目だと言うとだいぶ驚かれた。まあ、ギルドでも驚かれたからそこまで気にはならない。ただ、3人とも僕のことを“フォルトゥナ様の御使い様”と思いながら接してくるので、教会に着く頃には気疲れした。

 

 教会に着くと、神父様と司祭様が迎えてくれたが、2人とも忙しいから簡単な挨拶だけで職務に戻っていった。人の上に立つのって大変だねぇ。

 

 さて早速、他の信徒の人たちを無視してフォルトゥナ様の像の前に(ひざまず)き目を閉じ祈るように手を組む。すると、天から光が降り注ぎ、僕の周りを覆い隠す。

 

 目を開けるとやってきました神々の空間。目の前にはフォルトゥナ様がいて、いつも通り、地球の神様は踏みつけられている。

 

「こんにちはガイウス。4日ぶりね。元気にしていたみたいでよかったわ。」

 

「フォルトゥナ様もお変わりなく。」

 

「ええ、神である私は基本的には不変だからね。ただ、貴方たちの信仰心が弱まると私も力が衰えるわ。」

 

「気を付けます。」

 

「いいのよ。そういうのは、教会の仕事なんだから。それでね。貴方を呼んだのは他でもない、このバカが関わっているの。」

 

 “このバカ”と言ったところで、フォルトゥナ様に踏まれている地球の神様の頭蓋骨がミシミシ云い始めた。さすがにまずいと思い、

 

「フォルトゥナ様、地球の神様の頭が潰れてしまいます。何にお怒りかはわかりませんが、加減してあげてください。」

 

「そうね、動けないくらいの力加減にしておきましょう。それでね、ガイウス。貴方、【異種言語翻訳】と【魔力認識】、【教育者】の【能力】を手に入れたでしょう?」

 

「はい、いきなりだったのでビックリしましたが。」

 

「それね、コイツがやったのよ。私が勇者候補と聖女候補を探している隙に。」

 

「だって、もっと色んな【能力】がないとチートしてますって感じがしないじゃないか!!そうしないと、見ている俺が面白くないよ!!他の世界に転移・転生した地球出身者は、チートで無双(むそう)しまくって、“俺TUEEEEEEEE”して、一国の主になったり、領主になったりしているのにガイウスったらそんな兆候ほとんどないんだから。」

 

 くぐもった声がフォルトゥナ様の足元。地球の神様から聞こえた。えぇ・・・。そんな理由であの3つが与えられたのか。というか“俺TUEEEEEEEE”って何さ。あまり自分の力を過信しすぎないようにするのが、生き残る秘訣だと思うんだけどなぁ。

 

「あの、僕そういうことしたほうがいいんでしょうか?」

 

「別にしなくていいわよ。コイツが勝手にやっていることなんだから、迷惑でなければ受け取っておけばいいの。それに、クリスティアーネちゃんだったかしら。彼女と一緒になるために、3年以内の授爵を目指しているんでしょう?なら、それでいいじゃない。」

 

「いや、俺は、ガイウスが本気を出せば、王族に代わってこの国を差配で・・・ゲボッ!!」

 

 おお、フォルトゥナ様の見事な蹴りが、地球の神様の鳩尾(みぞおち)に入った。そのまま、ゴロゴロと転がり、動かなくなった。

 

「大丈夫なんですか?」

 

「大丈夫よ。神だから、死なないわ。」

 

「そういえば、地球の神様のお名前はなんというのですか?いつまでも、地球の神様とお呼びするのは失礼ではないのかと思いまして。」

 

「う~ん。あいつの管理している“地球”ってね、この世界と違って人々が信仰する宗教がたくさん有るのよ。だから、あいつの神名も色々つけられているのよねぇ。」

 

「そうなんですか?」

 

「そうよ。それで、宗教間の戦争とか起こっているから、私たち神からしてみれば、“人の名前勝手に決めて何やってんの”って感じよね。」

 

「不敬ですね。」

 

「まあね。だから、アイツも他の世界に遊びに行くのが楽しいみたいでね。特にうち“エシダラ”みたいな宗教が1つしかなくて、“地球”に近い世界にはよく来るのよ。」

 

「はあ、そうなんですか。苦労されているんですねぇ。」

 

「そうだよ!!わかってくれたかい?」

 

 うわっ!!ビックリした。いきなり、地球の神様が大声をあげるのだからビクッとしちゃったよ。しかし、復活するの早かったなぁ。

 

「そういうわけでね。ガイウス、君には、もう少し【能力】をあげようと思う。まず。【絶倫】とか・・・」

 

「いりません。」

 

「えー、でも奥さん4人娶(めと)るんだろう?それなら、あった方がいいと思うけどなぁ。」

 

「いえ、ホントにいりませんから。」

 

「う~む、じゃあ、俺の加護と祝福をやろう。いいだろう?フォルトゥナ。」

 

「まあ、加護と祝福程度ならいいわよ。ガイウスの魂は・・・。まだまだ余裕があるわね。これだけの魂の(うつわ)で不老不死だから、そのうち神になるかもね。その時は、私の伴侶になってもらいましょうか。」

 

「へっ!?」

 

 なんか、いきなり話が壮大になったんだけど、僕はどう返事すれいいのかな?




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第62話 戻ってきました

「“へっ!?”じゃないわよ。私はいたって真面目な話をしているのだから。」

 

「いいじゃないか、ガイウス。フォルトゥナの伴侶になってやれよ。お祝いするよ。」

 

「いや、話しが壮大になりすぎてついていけませんでした。」

 

「フムン。まぁ、いいわ。時間はたっぷりあるのだから。その時が来るまで考えておいてね。それと、あんた早くガイウスに加護と祝福をあげなさいな。」

 

「はいはい。ほんじゃいくよ。」

 

 そう言って地球の神様が僕の頭に触れる。一瞬体が光ると、「成功したよー」と笑顔の地球の神様がいた。

 

「ありがとうございます。教会に戻ったらステータスで確認してみます。」

 

「まぁ、さっきは色々と言ったけど、ガイウスのことを見るのは結構、楽しいんだ。あっ、夫婦の営みをするときは見ないようにするから安心してほしい。」

 

「あんたはまた、余計なことをいうのよ。まるで、覗き見しているみたいじゃない。」

 

 フォルトゥナ様のアイアンクローが地球の神様の頭部を捉える、地球の神様の頭が“ミチミチ”云っているけど、気にしない気にしない。

 

「それでは、フォルトゥナ様、僕は戻りたいと思います。」

 

「ええ、それではね。あ、そうそう、またこの場に来たいときは教会か私の像のあるところで祈れば来れるようにしとくから、それと、教会の関係者には“使徒になりました”とでも言っとけばいいのよ。そしたら、勇者云々も無くなるでしょう。」

 

「はい、お気遣いありがとうございます。」

 

「それじゃあね、ガイウス。」

 

 視界が白く染まり、目を開けると教会のフォルトゥナ様の像の前に(ひざまず)いた体勢に戻っていた。

 

「な、何かお告げがあったのですか!?」

 

 神官長のベジドフさんが聞いてくるので、笑顔で、

 

「フォルトゥナ様の使徒となりました。」

 

 と返した。そこからは、教会は上を下への大騒ぎとなり、その場にいた信徒たちは僕も拝み始めた。困っていると巫女のサロリナさんが、「こちらへ。」と言って、教会内の個室へ連れて行ってくれた。もちろん、クリスティアーネ達も一緒だ。

 

「いやはや、申し訳ありません。“フォルトゥナ様の使徒”になられた方など、それこそ、勇者様や聖女様を除いていなかったものでして。あ、どうぞ粗茶ですがお飲みください。」

 

 恐縮しながらベジドフさんが説明をしてくれる。有り難くお茶をいただきながら相槌(あいづち)を打つ。

 

「フォルトゥナ様は、僕の行動を見ておられたようで、下界の様子を知れてたいそう満足されておりました。それと、勇者候補と聖女候補は、今、お探しの最中だそうです。」

 

「となると、“邪神”の復活が近いと言う事でしょうか?」

 

「そこまでは、言っておられませんでした。」

 

「ふむ、しかし、警戒することに越したことはないでしょう。聖騎士団に書簡をしたためますが、ガイウス様が使徒であることを併記しても構いませんか?」

 

「ええ、どうぞ。別に隠すようなものではありませんから。それでは、僕たちはこれで。」

 

「あ、はい。本日はご足労頂き、誠にありがとうございました。サロリナ、お見送りを。」

 

 そうして、巫女のサロリナさんに見送られ、教会を出た。さて、時間はもうお昼だ。んー、なんか忘れているような・・・。あ!!アントンさんにシュタールヴィレへの加入許可の話しをしてないや。急いでギルドに戻ると、併設食堂兼酒場で1人飲みを楽しんでいるアントンさんがいた。今朝の昇級試験のときの賭けに勝ったんだろうなぁ。

 

「アントンさん。」

 

「おお、ガイウスにクリスティアーネ嬢たちじゃないか。ガイウス、お前さんのおかげでまた、稼がせてもらったよ。」

 

「それは、良かったです。アントンさん、前回お話していたシュタールヴィレへの加入の件ですが、許可をします。すみません。なんか上から目線で。」

 

「んにゃ、気にしなさんな。俺が頼んでいる立場だからな。そんじゃ、受付カウンターで加入手続きをしてくるか、パーティリーダーがいればいいから、ガイウスよ着いて来ておくれ。」

 

「はい、結構飲んでるようですけど大丈夫ですか?」

 

「度数の低いエールだからな。このくらいなら大丈夫だ。」

 

「わかりました。では、行きましょう。」

 

 そういうわけで、アントンさんが仲間に加わった。手続き処理をしてくれたのは猫獣人のエレさんだったけど、アントンさんに「良かったわね。貴方。」と言っていたので、2人の関係を聞いたら、夫婦だった。全然気づかなかったよ。

 

「秘密にしているつもりは無かったんだがね。大抵の奴らは知っているから。」

 

「いえいえ、ただ単に驚いただけですから。でも、お2人の子供さんとなると、猫獣人なんですか?それとも普通の人族?」

「息子は人族だが、獣人並みの能力を持っているな。娘のほうは完全にエレと同じ猫獣人だ。可愛いぞ。」

 

「はいはい、そう言う話しは、あっちの方でしてくださいね。貴方。ガイウス君もよ。クリスティアーネさんたちが手招いているわよ。」

 

「うっし、そんじゃあ、ガイウスの昇級祝いでもするか。いいか、ガイウス。」

 

「ええ、いいですよ。3人にも聞かないとですけど。それに、僕の昇級祝いよりもアントンさんの歓迎会という事にしたいですね。」

 

「そうか、お前さんがそう言うならそれでいいさ。しかし、お嬢さん方は、もうエールとワイン、果実水を飲んでいるみたいだぞ。」

 

 あれま、ホントだ。それじゃあ、今日は冒険なしかな。そんなことを考えながら、アントンさんと共に、クリスティアーネ達が待つテーブルに向かう。




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第63話 ちょいとそこまで

 豪華な昼食がテーブルに並ぶ、併設食堂の値段が一番高いものを人数分頼んでも、銀貨1枚にも届かない。それ以外の料理も並ぶ。ギルド直営だからギルドが買い取った新鮮な肉や薬草がふんだんに使われている。薬草は、ポーションとかの傷薬や毒消しになるだけでなく、香草としての評価もかなり高い。現に目の前の料理たちからは得も言われぬ香りが漂ってくる。

 

「それでは、料理もそろったようなのでアントンさんのシュタールヴィレへの歓迎会を開始したいと思います。それでは、改めて乾杯!!」

 

「「「「「乾杯!!」」」」」

 

 お金に糸目はつけなかったので大人組はワインを、僕とクリスティアーネはジュースを飲む。ちなみにジュースとは果実水ではなく果汁を絞ったものをそういうらしい。以前、辺境伯邸で飲んだのもジュースだったようだ。ナトス村には無かったなぁ。牛乳とか山羊乳はあったけどね。

 

 料理もそうだ。辺境伯邸でもここでも、薬草は非常に高価な調味料で塩とか砂糖なみな扱いだけど、逆に村では黒魔の森が近くて、群生地もあったからよく使われていた。改めて村と町の価値観の違いがわかる。

 

 海という大きい池みたいなところでは、池や湖とはまた違った魚が獲れるらしい。見に行きたい候補の1つだ。そんなことを考えながら、手と口は食べるのをやめない。朝っぱらから昇級試験で試合をして、教会に呼ばれ神様と面会して、午前だけでもだいぶ動いたからね。

 

 そういえば、明日は日曜だ。冒険者になって1週間経つことになる。そう思うと、時が経つのって早いと感じるね。それに、村を出てからは1日1日が充実していたし。決して、村での生活が暇だったとか退屈だったわけではないけど。

 

 でも、村での行動は常に大人の誰かと一緒でその補助が多かった。狩りでも農業でも酪農でもそうだった。僕の判断で行動するのは勉強する教会の中ぐらい。

 

 でも、冒険者は違う。10級では見習い扱いだけど、10級を抜ければ年齢関係なしに1人前扱いされる。それが嬉しくもあり、怖くもあった。何しろ、僕の意見が求められる場面があるのだ。そこで、発言したことは全て僕の責任となる。

 

 村では、大人の言う事に従っておくだけだったから、ミスをしようとも注意をされることはあっても怒られることもそれほどなく、命の危険にさらされることも無かった。

 

 しかし、冒険者では発言の1つ1つが命に繋がる。しかも、今はパーティを組んでリーダーだ。率いる立場だ。纏める立場だ。決断する立場だ。そう思うと、無性に怖くなる。仲間を死に追いやってしまうのではないか。こうして、みんなと一緒に楽しく食事を摂っている間にも、何かすることがあったのではないかとも思う。不安が積みあがる。僕はこの先・・・。

 

「ガイウス殿?」

 

 クリスティアーネに声をかけられ、暗い暗い思考の沼から現実に引き上げられる。

 

「何かな?クリスティアーネ。」

 

「いえ、何かお考えのようでしたので。お顔がこう難しい表情になっておりましたよ。」

 

「そうかい?実は、君を今後は“クリス”と呼んでいいかなと考えていてね。もちろん、公の場では“クリスティアーネ”と呼ぶよ。」

 

 笑顔で愛するクリスティアーネに嘘をついた。僕は上手く笑えているだろうか。彼女は一瞬、(いぶか)しむような表情をしたが、すぐに笑顔になり、

 

「ええ、ええ、構いませんとも。こうして、ガイウス殿と距離が近くなるのは嬉しい事です。断る理由がありませんわ。」

 

「ありがとう。クリス。」

 

 そう言って頬にキスをする。アントンさんは口笛を吹き、ローザさんとエミーリアさんはジト目で見てくる。どうせ、今夜あたり寝る前にキスでもしてくるのだろう。あぁ、しかし、僕の暗い思いは消え去らない。大きくなる。こういう時は体を思いっきり動かしたい。

 

「ガイウスよ。」

 

 赤ら顔を近づけてくる。思わず小声になる。

 

「なんでしょう?アントンさん。」

 

「今はまだ15時前だ。お前さんの能力なら門限の20時前には戻ってこれるだろう?」

 

「何のことです?」

 

「お前さん、今、あまり楽しんでないだろう?何を思っているかは知らんが、ちぃとばっかし体を動かして来ればスッキリするだろう。」

 

 アントンさんも小声で返す。僕は驚いてアントンさんの目を見る。アルコールがまわり顔は赤くなっているが、目は濁っていない。僕は頷き、

 

「では、中座(ちゅうざ)させてもらいます。」

 

「ああ、そうしろ。」

 

 アントンさんも頷く。僕は、クリス達3人に向かい、

 

「少し、体を動かしてくるよ。1人で行ってくる。」

 

「そんな、私たちも着いて行きます。」

 

「クリスティアーネ嬢、人間、誰しも1人になりたい時間がある。行かせてやってあげてくれや。」

 

「アントン殿・・・。わかりました。何時にお戻りの予定ですか?」

 

「んー、門限には間に合わせるよ。」

 

「では、遅くとも20時過ぎには宿に戻られると。」

 

「うん。」

 

「では、お気をつけて。」

 

「エミーリアと私からも言う言葉は1つよ。気をつけてね。」

 

「ほんじゃ、ちょいと行ってこい。」

 

「はい、行ってきます。あ、代金はこれを。」

 

 金貨を1枚取り出しテーブルの上に置く。

 

「ハハ、気前の良いリーダーだ。有り難く飲ませてもらおう。」




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第64話 先達者のアドバイス

 歓迎会を途中で抜けた僕は、依頼(クエスト)も受注せずにギルドを出て、街中を抜け、門でドルスさんに挨拶をして、黒魔の森に来た。そして、躊躇(ためら)いなく足を踏み入れ、僕が出せる最高速で森を駆け抜ける。途中で出会う魔物は全て狩り【収納】していく。

 

 目指しているのはグレイウルフの“ルプス”の元だ。僕のこの気持ちを理解してくれるのは、同じリーダーという立場にいる“彼”だけだろう。アンスガーさんでも良かったのかもしれないが、貴族としての教育を受けた彼より、自然の中でリーダーとしての資質を身に付けたルプスのほうが適任だろう。

 

 30分ほど全力疾走していると、【気配察知】で前方から近づいてくる何かを捉えた。移動速度的に4足歩行。グループで行動している。おそらく、来た方向からしてグレイウルフだろう。僕は一気に跳躍して距離を詰める。そこには、驚きに目を見開いたグレイウルフが3匹いた。

 

 僕が(かぶと)を外すと、

「おお、知っている匂いがすると思ったらガイウス殿ではありませんか。」

 

 先頭の1匹が声をかけてくる。3匹は尻尾を振っている。モフりたい。

 

「やあ、昨日ぶりだね。実はルプスに相談したいことがあってね。君たちの住処に向かっていたところだったんだよ。」

 

「そうなのですね。実は我々もルプスから高速で近づいてくるモノがいると告げられ、こうして物見に参った次第です。さあ、我らの住処はすぐそこです。先導しましょう。」

 

 そう言われては大人しくついて行くのが一番だ。彼らよりも速く走れるけど、今は彼らの速度に合わせよう。5分くらいで森から抜け岩場に着いた。小川が近くに流れている。水が確保されているのはいいね

 

「ここが今の我々の住処です。そして、ルプスはあちらに。」

 

「ありがとう。」

 

 そう言って頭をなでる。気持ちよさそうな顔をしてくれた。良かった。さて、ルプスの所に行くかな。

 

 ルプスは寝そべっていた。近づくと頭をあげ、こちらを見た。

 

「やあ。」

 

「やはり、ガイウスであったか。この森であれほどの速さで動けるものを我は知らん。飛竜(ワイバーン)どもなら可能であろうが、奴らは飛んでくるでな。」

 

「厄介?」

 

「フムン。状況にもよるな。このような開けた場所では不利だが、森の中では互角よ。」

 

「奇襲されたりしないの?」

 

「神が、我に生きとし生けるものの気配を察知できる【能力】を授けてくれた。それのおかげで、ガイウスよ、お主が来るのも察知できたというわけだ。」

 

「なるほどね。」

 

「それで、今日はどうしたのだ。昨日、会ったばかりではないか。」

 

 ルプスは寝そべった姿勢からいわゆる“お座り”の姿勢に変えた。2つの目がジッと僕を見つめる。僕もルプスの前に座り、

 

「実は相談したいことがあってね。」

 

「ほう。何かね。我に答えられるものであれば答えよう。」

 

「昨日見たかもしれないけど、僕も君たちふうにいえば群れのリーダーをしているんだ。今は、4人を率いている。」

 

「ほう、昨日より1人増えたか。それは良い事よ。お主が強き者という証明にもなる。」 笑いながら祝ってくれる。

 

「強さ云々(うんぬん)はいいんだけどね。まあ、それで、ちょっと悩んじゃって。今の僕はリーダーだ。率いる立場だ。纏める立場だ。決断する立場だ。そう思うと、無性に怖くなってしまって。」

 

「何を恐れる?」 意外そうな表情で尋ねてくる。

 

「仲間を死に追いやってしまうのではないか。という不安が積みあがっていくんだよ。そしてそれが離れない。」

 

「なるほど。その気持ちはわからんでもない。我もこの群れを率いる立場になった時には不安があったものだ。」

 

「どうやって、それに打ち勝ったの?」

 

「ハハ、打ち勝ってなどおらんよ。その事を極力考えないようにした。」

 

「“逃げた”と言うこと?」僕が問うと、

 

「ふうむ。確かに取りようによっては“逃げた”ということになるのだろうな。我は“仕舞った”と考えているが・・・。だが、ガイウスよ。ずっと、そのことについて考えすぎてしまい、他の思考が(にぶ)ってしまったり、自分自身が潰されてしまったりしては意味がないだろう?本末転倒というやつだな。妥協を知るべきだ。」

 

「妥協・・・。」

 

「まだ、子供であるお主には難しいであろう。世の中は白と黒のみで出来ているわけではない。2択のみではないのだ。・・・ふむ、人間はモノを仕舞うのに長けておる。儂と同様、その思いを一旦仕舞うのだ。さすれば、必要な時に取り出せる。」

 

「仕舞う・・・。」

 

 僕はその言葉を反芻し、自分の積みあがった不安を崩し、それぞれを頭に思い描く“袋”に1つずつ入れていく。ルプスは穏やかな目で僕のその様子を見守ってくれている。すると、不思議なことに、心が少しずつ楽になっていくような感じがした。

 

「上手く仕舞えたかの?」ルプスが穏やかに問うてくる。

 

「さあ、どうだろうか。でも、心が楽になったような気がするよ。」

 

「それは重畳(ちょうじょう)。さて、ガイウスよ。夜はどうする?我らと共にするかね?」

 

「いや、みんなが町で待っているから。」

 

「ああ、あの嫁たちだな。うむ、戻った方が良いだろう。」

 

「そうだ、相談に乗ってくれたお礼に、ロックウルフの肉を置いて行きたいんだけど、何体分必要かな?」

 

「15体分あれば足りる。すまぬ。気を遣わせた。」

 

「いいよ。お礼といったでしょう。」

 

 笑って言いながら、【収納】から15体分の毛皮を剥ぎ取ったロックウルフの肉を出す。

 

「それじゃ、今日はここで失礼するね。」

 

「ああ、ガイウスには必要ないだろうが、気を付けて戻るのだぞ。」




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第65話 帰り道で出会ったのは

 ルプスと話し気持ちが軽くなった僕は、ちょっとだけ遠回りをして町に帰ることにした。とはいっても20分ぐらいしか変わらないんだけどね。でも、それで出くわしてしまった。ドラゴンに。飛竜(ワイバーン)ではない、食物連鎖の頂点に立つドラゴンだ。

 

 んー、でも、出くわしたってのは語弊(ごへい)があるかもしれない。(彼女)?が僕を見つけると急降下して、目の前に座ったからだ。おそらく、というか確実に僕を探していたんだろう。何か用だろうかと思っていると。

 

「んー、このままの姿だとしゃべりづらいわね。ちょっと待ちなさい。」

 

 一瞬、ドラゴンの体が光ったと思うと、そこには、冒険者らしき格好をした真っ赤な長髪の美しい龍人(ドラゴニュート)の女性がいた。

 

「貴方がガイウス君よね。はじめまして、私はレッドドラゴンのレナータ。今は、ドアナグラ王国で冒険者をしているわ。これ冒険者証ね。」

 

 そう言って、3級の冒険者証を見せる。軽く【鑑定】をしてみる。年齢は・・・。凄いな1523歳とは。能力値も凄い。ほとんどの項目で3000台だ。流石はドラゴン。さて、彼女は僕に用があるようだ。警戒しつつ(かぶと)を外し、

 

「はい、はじめまして。僕がガイウスです。何か御用でしょうか?」

 

「やあね、そんなに警戒しないでよ。別に取って喰おうとかはしないわよ。フォルトゥナ様からお告げがあってね“アドロナ王国のアルムガルト領のインシピットに、面白い子がいるから会ってみて気に入ったら仲間になってあげて”と言われたのよ。そんで、ドアナグラから飛んで来たってわけ。すぐに見つかってよかったわ。貴方の能力の高さのおかげね。」

 

「はあ、なるほど。フォルトゥナ様の・・・。でも、僕は今日、フォルトゥナ様とお会いしましたけど、何も言われませんでしたよ。」

 

「んー、お告げではなんか驚かせたいみたいな趣旨のことを言っていたわよ。というか、貴方フォルトゥナ様と会えるのね。すごいわ。私はお告げのみでお言葉を賜るだけだから。」

 

 そう言うと、彼女は腰に()いた長剣を抜いた。次の瞬間には僕の喉に深々と突き刺さっていた。僕は、ソードシールドを構えようとするので精一杯だった。ゆっくりと剣を引き抜く、

 

「私の動きについてこようとすることができるなんて有能ね。それに【不老不死】も本当みたいね。」

 

「ゴボッ、ゲホッ、僕じゃ無ければ死んでいましたよ。それで、お眼鏡には(かな)いましたか?」

 

 血を吐き出しながら問う。

 

「う~ん、今度はガイウス君から攻撃してみてよ。もちろん、全力でよ。」

 

「わかりました。全力でいかせてもらいます。」

 

 (かぶと)をかぶり、短槍を構える。そして跳ぶ【風魔法】を使い自分を押し出し、さらに加速する。レナータさんは最初、目を見開いていたけど、ニィっと(わら)い長剣で突きを防御した。僕はすぐに短槍で薙ぎ払いをかける。それも防がれる。それを20合続けていると、

「剣の方も見たい」と言われたので、一回距離を取り、長剣を抜く。まずは上段からの斬り下ろし、簡単に防がれる。だが、ソードシールドの追撃が迫る。が、蹴りでソードシールドは軌道を逸らされてしまった。ふむ、(から)め手も無理かぁ。

 

「【能力】を全て使ってみてよ。もっと、実力が見たいわ。」

 

 なら、お言葉に甘えて【魔力封入】で長剣を魔法剣にして、【火魔法】【水魔法】【風魔法】を纏わせる。レナータさんは驚いたのか目を見開く。そして、【土魔法】では、地中の鉄をかき集めて騎士姿の鋼鉄製ゴーレムを6体作る。包囲網の完成だ。と思ったのも束の間、レナータさんは怯むことなくゴーレムに突っ込んでいき、紙のように細切れにしていく。僕も隙をついて魔法剣で攻撃をするけど、全て(さば)かれる。呆然(ぼうぜん)としていると、

 

「3種の【魔法】を纏わせた魔法剣に、ゴーレム。素晴らしいわ。でも、まだ物足りないわね。あなた今何歳?」

 

「12歳です。」

 

「あら、そうだったの!?まだ、成人していないじゃない。なら伸びしろはまだまだあるわね。今後に期待させてもらうわ。さて、最後は格闘戦よ。先手は譲るわ。」

 

 そう言って、長剣を鞘に納める。無論、僕も。そしてお言葉に甘えて、先にしかける。まずは、パンチと蹴りを数発ずつ打ち込む。それのどれもが簡単にいなされる。そして、レナータさんの番になると、僕は防戦一方になってしまう。なにせ、龍人(ドラゴニュート)特有の太い尻尾を打撃に使ってくるものだから、拳と蹴りに尻尾まで警戒しなくてはならず、(かわ)して、いなして、防御するので精一杯だった。おかげで、昨日買った鋼鉄製の鎧とシールドはボロボロになってしまった。高かったのに・・・。しょげていると、

 

「あー・・・。ごめんなさね。ついつい、本気を出しちゃって。ドアナグラでは私の動きについてこられる冒険者がいなくてねぇ、退屈だったのよ。そこに、フォルトゥナ様のお告げでしょ?私と互角とまではいかないまでも、楽しませてくれる相手だと思ったのよ。あ、装備品はちゃんと弁償するから許してね?」

 

「え、いや、別に怒ってはいませんよ?僕の実力が足り無かった結果ですし。あ、でも弁償してくれるなら有り難く思います。この後はドアナグラに帰られるんですか?それとも、フォルトゥナ様の(おっしゃ)る通りに僕のパーティに加入しますか?」

 

「んー、どうしようかしら。確かにフォルトゥナ様は仲間になりなさいと(おっしゃ)っていたけど、ガイウス君のこと気に入っちゃったのよね。ねぇ、成人したら伴侶にしてくれない?」

 

 はぇ!?




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第66話 増えちゃいました(ステータスも)

「あら、私じゃ嫌かしら?これでも、ドアナグラでは結構な男から求婚されたものよ。まぁ、みんな弱いから断ったけど。それとも、この尻尾や所々にある(うろこ)模様が苦手かしら?」

 

 いや、美人さんだし、尻尾や鱗模様は気にはならないよ。しかし、弱いから断ったって、それはそうでしょうとも。ドアナグラの冒険者がみんなレナータさんみたいに強ければ、今頃ドアナグラがアイサール大陸に覇を唱えているよ。そういえば、闘いの後半では結構、体が反応できてたなステータスを見てみよう。どれどれ、うわっ、凄く上がっている。自分よりかなり強い人と闘ったからかな?

 

 

名前:ガイウス(黒髪、黒目、160cm。)

種族:人族 (半神)

性別:男

年齢:12

LV:73

称号:ゴブリンキラー、オークキラー、ロックウルフキラー、(世界の管理者・フォルトゥナの使徒 (偽)・フォルトゥナの伴侶:予定)

所属:シュタールヴィレ

経験値:87/100

 

体力:513(2565)

筋力:500(2500)

知力:512(2560)

敏捷:510(2560)

etc

・能力

 

・召喚能力 ・異空間収納 (麻袋で偽装) ・見取り稽古 ・ステータス5倍 

・経験値10倍 ・識字 ・鑑定 ・魔力封入 ・不老不死 ・異種言語翻訳

・魔力認識 ・教育者 ・フォルトゥナの祝福 ・フォルトゥナの加護 ・地球の神の祝福

・地球の神の加護 ・格闘術Lv.67(335) ・剣術Lv.51(260) 

・槍術Lv.47(235) ・弓術Lv.35(175) ・防御術Lv.71(355) 

・回避術Lv.52(260) ・ヒールLv.34(170) ・リペアLv.6(30) 

・気配察知Lv.26(130) ・騎乗Lv.5(25) ・射撃術Lv.3(15) 

・火魔法Lv.15(75) ・水魔法Lv.14(70) ・風魔法Lv.14(70) 

・土魔法Lv.8(40) ・ライトLv.1(5)

 

 

 それでも、基本能力はレナータさんの6分の1かあ。流石はドラゴンだねぇ。いやいや、そんなことよりも、

 

「なんで、僕を伴侶にしようと?」

 

「さっきも言ったように気に入っちゃったのよねぇ。可愛い顔しているし、大人になればさらに見目麗(みめうるわ)しくなるに違いなと思ったのよね。それに、戦闘面だけど最初はどうかと思ったけど、後半はだいぶついてこられるようになっていたじゃない。それも理由かしら。闘いの最中であれだけ成長したのだもの。大人になれば容姿と能力を(あわ)せ持った人間になるに違いないわ。」

 

 うーむ、どうしよう。絶対、クリス達4人はいい顔しないよなぁ。どうするかなぁ。とりあえず、正直に告げるかな。

 

「あの、僕には将来を約束した人が4人すでにいるんですが・・・。」

 

「あら、それなら私が加わっても問題ないじゃない。」

 

「いや、その、えーっと・・・。」

 

「取り敢えず、町に行きましょ。」

 

 そういうと、僕の手を引っ張りインシピットの町へと向かう。門ではドルスさんから「また、連れてきちゃったのかい。」と言われてしまった。いや、どちらかと言えば連れてこさせられた。が正しいんですけどねー。

 

 そして、着いちゃいました冒険者ギルド。入った途端に、まずは扉の受付カウンターにいたユリアさんの目から光が消え、顔からは表情が消えた。ユリアさんが担当していた冒険者が「ひぃっ!!」と小さく悲鳴を上げた。

 

 さて、他の3人は宿に戻ったかな?と思っていると、「ガイウス!!」とアントンさんが手を挙げて招いている。とういかまだ飲んでいたんですね。ということは、うん、クリス達3人もいるよね。そうだよね。そして、レナータさんを見ると3人の目から光が消え、顔からは表情が消えた。アントンさんが「うぉっ!?」と驚いていた。そして、3人は無言で席を立ち、近づいてきた。ユリアさんも早上がりをしてこちらに来る。ああ、終わった。

 

「アントンさん、また、明日。」

 

「お、おう、じゃあな。それと、驕ってくれてありがとな。釣りは・・・明日返した方がよさそうだな。」

 

 そして、僕は4人に引きずられながら“鷹の止まり木亭”に戻ってきた。ちなみにレナータさんは普通に拘束もされず歩きだ。解せぬ。そして、部屋に入り、ユリアさんにより【風魔法】の牢獄ができた。僕は、森の中で起こったことを話した。

 

「ふむ、ということは、そちらの方はフォルトゥナ様が(つか)わした方ということになりますね。」

 

「クリスティアーネ様、信じられるのですか?」

 

「ええ、私たち3人は教会でフォルトゥナ様にガイウス殿が呼ばれたのを見ていますから。」

 

「でしたら・・・。」

 

「ええ・・・。」

 

「そうね・・・。」

 

「うん・・・。」

 

「「「「認めましょう。」」」」

 

 4人が同時に言った。その瞬間、レナータさんは笑顔になり、4人を抱き寄せ、

 

「おお、ありがとう。4人とも。改めてレッドドラゴンのレナータだ。よろしく。一応、龍人(ドラゴニュート)として生活しているから、ドラゴンということは内緒で。」

 

「ああ、よかった。みんな認めてくれてありがとうね。」

 

 そういうと、4人とも目から光が消え、顔からは表情が消えた状態で首だけグリンとまわし、僕に近寄ってきた。

 

「な、なにかな?」

 

「それと、これとは別ですよ。ガイウス君。」

 

 あ、終わった・・・。




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第67話 冒険者7日目の朝

 レナータさんをお嫁さん候補に加えたことにより、その夜に僕は、童貞を捨てる寸前になりました。危なかった。クリスとユリアさんと同衾する日だったわけだけど、何を吹き込まれたのか、クリスがロープで蓑虫(みのむし)状態の僕の童貞を奪おうと飛びかかってきた。チート全開で逃げたけど、あの目は獲物を狩る目だった。ちなみに、ユリアさんはその様子を微笑ましく見ていた。いや、助けて欲しかったんですけど・・・。

 

 大体、2時間くらいドッタンバッタンして、「まだ、精通していないんだ!!」と言ったら、クリスは諦めてくれたから、まあ良かった。代わりに僕の心はダメージを負ったけど。その後は、普通に下着姿の2人と同衾しましたよ。僕はもちろんいつも通り寝間着をしっかり着ていたけど。

 

 ということが昨晩あって、僕は少し寝不足の状態で冒険者生活7日目の朝を迎えた。もう1週間経()ったんだなぁという思いよりも、今日までの過ごしてきた内容が濃すぎて、まだ1週間しか()っていないんだという思いの方が強いよ。起きて着替えていると、ユリアさん、クリスの順で起きてきた。2人とも、“おはよう”のキスを頬にしてきた。僕も2人の頬にキスをした。クリスは昨日の夜の行動が嘘のように顔を真っ赤にしていた。恥ずかしかったなら、しなければよかったのに。

 

 さて、レナータさんを新たに加えた5人で朝食をとる。アンゲラさんが「ガイウス君は可愛い顔してなかなかやるわね。」って言っていたのが気になるけどね。フランキスカちゃんは、純粋な笑顔で「お姉さんがまた増えたね!!」と言ってくれたけど、なんというか、周囲の視線がですね、こう妬みをもって突き刺さって来るんですよ。まあ、男性冒険者が多いから仕方ないのかもね。

 

 さて、朝食が終わればギルドに向かう。ユリアさんは僕たちよりも一足早くギルドへ出勤した。僕はボコボコになった鎧は着ず、鎖帷子(くさりかたびら)と革鎧のみの軽装状態だ。早くフルアーマーになりたいね。ギルドではアントンさんが既に来ており奥さんで受付嬢のエレさんと雑談していた。僕たちに気づくと近づいて来て、

 

「おはよう。昨日はありがとな。ほい、これ釣りだ。」

 

「おはようございます。昨日のことはパーティリーダーとして当然のことですから。あ、御釣りありがとうございます。貰ってくれてもよかったんですよ?今後も祝勝会とかで、みんなで楽しく飲食できる機会が増えるといいですね。」

 

 すると、顔を近づけ小声で、

 

「いや、金のやり取りはしっかりせんといかんぞ。ガイウスよ。お前さんが来週に開講する予定の【エリアヒール】の講習会は銀貨1枚だったか、あれは今後、値を上げるべきだ。そうせんと、【エリアヒール】の希少性と重要性が薄れるからな。人間、むやみやたらにどんなモノでも金のかかっているモノの方が良いモノだと思う(ふし)があるからな。ただ、お前さんの多くの冒険者に【エリアヒール】を取得してほしいという思いは素晴らしいと思うぞ。」

 

 そう言った後は、顔を離し、

 

「そういえば、そこの龍人(ドラゴニュート)の確か・・・レナータ嬢だったか?お前さん、ガイウスのパーティに加入するんだろう?なら、今のうちに手続きをしたらどうだい。それと、3級冒険者の実力が気になるから、いっちょ手合わせを願いたいのだがいいかな?」

 

「ええ、私は構わないわよ。いいかしら、ガイウス君。」

 

「お2人がよいのであれば、どうぞ。ただ、レナータさん、本気出し過ぎないでくださいね。」

 

「保証は出来ないわね。まぁ、でも、やってみるわ。」

 

「おいおい、そんなに強いのかい?このレナータ嬢は?」

 

「確実に。僕よりも強いですよ。」

 

「なら、ますます実力を見たくなった。パーティ加入手続きが終われば、すぐに手合わせしよう。なに、死ななければリーダーとエミーリア嬢が治してくれるだろうさ。」

 

 そういうわけで、練習試合をすることが決まった。話しを聞いていたユリアさんがすぐに練習場をおさえてくれ、エレさんはレナータさんのパーティ加入処理を終わらせてくれた。ギルドの人たちって何気なく有能さを発揮するんだよねぇ。縁の下の力持ちとはちょっと意味が違うけど、おかげで僕たち冒険者も安心して活動できるわけだし。

 

 さて、3級のレナータさんと準3級のアントンさんが勝負するというのは、すぐにギルド内に広まり、観覧ブースは満席になった。ちなみに今回も賭けが行われているらしく、アントンさんが優勢だ。まあ、見た感じだと腰に長剣を佩いた綺麗なお姉さんとデッカイ大剣を背負った筋骨隆々の男性だからねぇ。

 

 でも、実力を知っている僕たちは全員レナータさんに賭けた。パーティメンバーの僕たちがレナータさんに賭けたのを見て“しまった”という顔をしている人が何人かいたが、しっかりと下調べをしない方が悪いんだよ。今回はね。

 

 さて、ユリアさんが2人の間に出てきて開始の合図をした。レナータさんは無手でやるらしく、アントンさんに先手を譲った。アントンさんは、「ありがたく。」と言い、木の大剣で斬りかかる。すると、レナータさんは左手の人差し指と中指の2本の指のみで大剣を挟み込み、そのまま右手で剣の腹に掌底を喰らわせ折った。そのまま、アントンさんの懐に潜り込み、顎にアッパーを華麗に決めて、アントンさんは宙を舞った。

 

 あ、落下する角度が悪い。頭から落下してしまう。アントンさんは気絶しているようだ。

 

「「「【エアークッション】!!」」」

 

 僕とユリアさん、レナータさんの3人同時の【風魔法】の【エアークッション】が発動し、アントンさんはそこに軟着陸した。ホッとすると同時に、ユリアさんがレナータさんの勝利を宣言する。観覧ブースは一斉に沸いた。




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第68話 サプライズ?

 今や練習場の観覧ブースではレナータさんの圧倒的な能力に対する称賛の声、また、そのような相手に勇敢に立ち向かったアントンさんの健闘を(たた)える声で満ちていた。それと、賭けで負けた絶望の声がちょっとだけ。賭け事は余ったお金でするのが一番だよね。うん。

 

 観覧ブースから練習場に足を踏み入れ、レナータさんのもとに向かう。すると彼女も僕に気づいて走って来て、両手を広げダイブしてきた。僕は彼女を受け止め、勢いを殺すためにその場で何回転かする。回り終わり、レナータさんが両足を地面に付けると、彼女は笑顔で「勝ったよ。」と言い、僕の頬にキスをしてきた。その様子を、目から光が消えたクリス達と笑顔だけど目が笑っていないユリアさん、そして、独身冒険者の男性たちが嫉妬(しっと)のこもった目で見ていた。

 

 これはまずいと思い、彼女をそっと離し、アントンさんの治療に向かう。【風魔法】の【エアークッション】が勢いを殺したとはいえ、アッパーを喰らった顎の骨がずれているようだった。すぐに【ヒール】をかける。顎が元に戻ると、全身にまんべんなく【ヒール】をかけていく。最後に、頭に【ヒール】をかけるとアントンさんは目を覚ました。起き上がった彼は、

 

「いやはや、本当に強かった。目が追い付かんかったよ。ハハハ。さすがガイウスが連れてきただけのことはある。ハハハ。」

 

 ハハハハと豪快に笑った。「他に痛むところはありませんか?」と聞くと、「肩こりも治って、試合する前よりも好調だよ。ありがとな。」と頭をクシャッとなでられた。アントンさんは良く通る声で「レナータ嬢!!」と名を呼び、クリス達と話していたレナータがこちらを向く。

 

「楽しかったよ!!ありがとう!!それと、これからよろしくな!!」

 

 笑顔でサムズアップをした。レナータさんは最初ポカンとしていたけど、すぐに笑顔になり、

 

「こちらこそ、よろしくね。」

 

 とサムズアップで返した。いやあ、遺恨(いこん)が残らなくてよかった。そう思っていると、「ガイウス殿!!」と凛とした声が聞こえた。声が聞こえた方を見ると冒険者パーティ“ドーンライト”のリーダー、ベルタ・プライスラーさんが観覧ブースから手を振っていた。どうしたんだろうと思い、立てるようになったアントンさんと一緒に彼女の元へ向かう。

 

「おはようございます。ベルタさん。」

 

「おはようございます。ガイウス殿。それと、アントン殿・・・でよろしかったでしょうか?」

 

「おう、おはよう。アントンであってるぞ。ベルタ嬢、俺は外そうか?」

 

「あ、いえ、聞かれたらマズイという話ではありませんので、大丈夫です。それに、ガイウス殿のパーティメンバーなのでしょう?パーティメンバーの方々にも多少関係があるので問題ありません。」

 

 彼女の言葉に僕とアントンさんは顔を見合わせる。ふむ、パーティメンバーにも関係するなら、クリス達に声をかけないといけないね。先にベルタさんとアントンさんに併設食堂の席取りをお願いし、レナータさんを(ねぎら)っているクリス達のもとへ行く。クリス達に事情を説明すると、ジト目で見られた。あれ?

 

「ガイウス殿はまた増やされるのですか?」

 

「増やすってパーティメンバーのこと?いやいや、ベルタさんは“ドーンライト”のリーダーだよ?」

 

「違いますよ。また、妻・候・補を増やすのですかという意味です。」

 

「いや、そんなことはないよ。うん。って、なんでローザさんもエミーリアさんもユリアさんもそんな目で見るんですか!?あ、レナータさん。関係ないって顔しないで下さいよ。少なくとも昨夜の騒動は貴方が原因なんですからね!?」

 

「まあ、私のことはどうでもいいじゃない。ね?ガイウス君。」

 

「どうでもいいって・・・。ハア・・・。兎に角!!“ドーンライト”のリーダーであるベルタ・プライスラーさんが、僕たち“シュタールヴィレ”に話しがあるそうなので、併設食堂に行きましょう。あ、そういえば、賞金・・・。」

 

「私が受け取っておいたわよ。ガッポリねガイウス。はい、どうぞ。」

 

「ありがとうございます。ローザさん。では、行きましょう。」

 

「・・・なんか話しがはぐらかされた気がする・・・。」

 

 また蒸し返すようなことを、ボソッと言わないで下さいよエミーリアさん。まあ、他の4人が聞こえていない振りをしてくれて助かったけど。

 

 さて、やってきました併設食堂。ユリアさんは途中で受付に戻っていったので、今いるのは僕含めて4人だ。アントンさんとベルタさんは・・・。あっ、いたいた。手招いている。アントンさんの体が大きいからすぐわかるね。ここの席は他のと比べると奥まったところで、他の席と程よく離れている。内緒話をするにはもってこいだね。

 

 さて、全員が席に着き、飲み物が運ばれてくるとベルタさんが改めて先日のお礼を言ってきた。その件を知らないアントンさんは首をかしげていたけど、僕が()(つま)んで説明すると、「よくやった。」と褒めてくれた。

 

「えーっと、お礼を言いたいだけで僕を呼んだのではないですよね?」

 

「はい、本日はお礼を差し上げようとしてお呼びしました。」

 

「その件は、ギルドマスターがお預かりしていたはずでは?」

 

「はい、アンスガー・アルムガルト様ともお話しして決めたことです。」

 

「わかりました。それでは、お聞きしましょう。」

 

「はい、我がプライスラー家より騎士爵をお与えしたいのです。」

 

 わーお、また、面倒くさいことに巻き込まれた気がするぞー。ねえ、なんでみんなこういう時は目を逸らすのさ!?




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第69話 王都へ

 とりあえず返答をしないと、

 

「えっと、それはプライスラー子爵家の下に着くということですか?僕は、こちらのクリスティアーネ・アルムガルト様と将来を約束しています。僕としては、アルムガルト辺境伯様から授爵してほしいと思っています。」

 

 ええい!!こういうのはストレートに聞いてしまえ。貴族相手に腹の探り合いなんてしてられるか。こちとら、一国を潰すことのできるメンバーが(そろ)っているんだ。恐れることなどあるものか!!

 

「いえ、我が家の下にはつかず、独立した騎士爵として扱われます。アルムガルト辺境伯様もそのように(おっしゃ)っています。ですので、王都ニルレブにてアドロナ王国の国王、エーベルハルト・アドロナ陛下に謁見し、刀礼(とうれい)、まあわかりやすく言いますと叙任を受けていただきます。」

 

「嫌です。」

 

 即答だった。やっぱり面倒くさい案件だったー。いや、王様と会うなんて壁が高すぎますよ!?僕、ナトス村から出てきてインシピットで冒険者登録してから7日目のペーペーの12歳の子供ですよ!?ちなみに、他のみんなも驚いている。

 

 あー、でも、盗賊団を潰して、ゴブリンキングと集落潰して、オークロードと集落潰したついでに飛竜(ワイバーン)12体を倒し、ロックウルフリーダーとその群れを殲滅し、アルムガルト辺境伯騎士団選抜隊に圧勝してるんだよなあ。僕って。

 

 断りの僕の言葉を聞いて、ベルタさんは困ったような顔をして、

 

「実は王都にも、もう話しは行っているのです。助けていただいたあの日にアンスガー・アルムガルト様からこの件の提案があり、私の父に話したところ、すぐにアルムガルト辺境伯様にお話がいきまして、竜騎士(ドラグーン)の使者をすぐに出されたそうです。」

 

 アルムガルト辺境伯親子ー!!というか、アンスガーさん!!やってくれたな!!逃げ道がどこにもないよ!!

 

「国王陛下からのお返事は?」

 

「もちろん、いただいております。“是非とも小さき勇敢なる者に会いたい”と仰せだったそうです。」

 

 たった3日で決まるなんて・・・。いや使者の行き帰りを考えればもっと短いかな。王宮の偉い人たちも何を考えているんだか・・・。あー、もうそこまで決まっているのなら仕方ないよね。

 

「わかりました。そのお話しをお受けします。」

 

「ありがとうございます。ガイウス殿。金銭でのお礼も後日させていただきます。」

 

「いや、そこまでしていただかなくとも・・・。」

 

「本当なら、当代限りの騎士爵ではなく、男爵を申請していたのです。それを準男爵でもなく騎士爵など・・・。(わたくし)の実家にもっと発言力があれば良かったのでしょうが。」

 

「でも、アルムガルト辺境伯家も口添えをしてくださったのでしょう?なら、仕方がないのでは?とにかく、ベルタさんが気になさることではないかと。」

 

 まあ、よく物語とかで出てくるドロドロとしたやり取りが王宮内であったんだろうね。辺境伯家からの推薦を潰せるくらいの。まあ、僕には関係ない。いや、騎士爵を授爵したら少しは関係してくるのかな。はあ、クリスとの約束が無ければ、とっとと何処(どこ)かに行っているよ。

 

「ところで、日時とかは決まっているのですか?」

 

「はい、急で申し訳ないのですが、明々後日(しあさって)、水曜日に予定しているそうです。ここ、インシピットからは馬車で2日の距離ですので、今日中に()っていただくことになるのですが・・・。それと、馬車は当家の方で準備をさせてもらいました。“シュタールヴィレ”の皆様が乗れるように2台です。」

 

「えっと、女性陣には乗ってもらいましょうか。僕とアントンさんは騎乗しましょう。」

 

「おう、任された。」

 

「それでは、そのように。みんな宿に戻り、出発の準備を。」

 

「「「「はい。」」」」

 

「王都では、アルムガルト辺境伯家の屋敷をご利用していただけるようです。アンスガー・アルムガルト様が、“迷惑料の先払い”と言っていました。」

 

 ほう、気をまわしてくれたようだ。中身を取り出すのは今回は許してあげよう。さて、忙しくなるぞ。

 

「ベルタさん準備があるので僕はこれで。馬車とはどこで落ち合えばよろしいですか?」

 

「王都側の門に待機させてありますので。こちらをお持ちください。当家の紋章を刻印した短剣です。こちらを見せれば、御者にも伝わりますし、王都でも不自由しないと思います。」

 

「ありがとうございます。では、お借りしますね。」

 

「いえ、この短剣もお礼の1つとして受け取って頂ければと思います。」

 

「えっ!?こんなに綺麗に装飾されているモノをですか。」

 

「だからこそです。どうぞお受け取り下さい。」

 

「重ね重ね、ありがとうございます。それでは、此処(ここ)で失礼させていただきます。今後のご健闘をフォルトゥナ様にお祈りします。」

 

「ありがとうございます。ガイウス殿。道中、お気を付けて。」

 

 さて、まずは鎧の新調からだなあ。それと、“鷹の止まり木亭”のアンゲラさんに数日、部屋を開けるからキープのための前金を払っておかないとね。戻ってきたら宿が無かったなんてなるのは嫌だもんねー。




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第70話 王都にて

 王都への道のりは平凡なものだった。何しろ王都までの道はアルムガルト辺境伯軍の衛兵隊と歩兵隊、騎兵隊、さらには竜騎士(ドラグーン)隊まで哨戒(しょうかい)をしているのだから。ナトス村からの道のりとの力の入れ具合の違いがここまで明確だと笑えてくるよ。まあ、領内の他の町への道も哨戒(しょうかい)しているのは衛兵隊のみだとアントンさんが教えてくれた。

 

 ついでにクリス曰く、軍事力を他の貴族に見せつけることによって、牽制(けんせい)し合っているんだということらしい。馬鹿らしいね。国内で争うなんて。特に北には国境線を巡って小競り合いしているアイソル帝国があるのに。まあ、そこは流石に王家の直轄領で国軍を配置しているみたいだけど。確か、ナーノモン領だったかな?教会で地図を見たのは、だいぶ前だからよく覚えてないや。

 

 まあ、そういうことで、王都には火曜日のお昼に無事着いた。門の所でも貴族家の馬車ということで、優先的に通して貰えたし、貴族街にあるアルムガルト辺境伯家の王都のお屋敷にもスムーズに行くことができた。しかし、王都の外壁と外堀に、貴族街の内壁と内堀、直線で馬車がすれ違えるほど大きい通りの数は限られており、その周りの建物は通りに対し少し斜めになっており、伏兵を置くに適している。防御を優先しているのがよくわかる都だ。明日、登城する予定の王城も壁と掘りで囲まれているのだろうね。

 

 さて、お屋敷に着いた僕たちは荷ほどきをそれぞれの部屋でする。結局、僕の鎧は買えなかった。サイズが無かったのだ。残念。まあ、叙任の際はヒヒイロカネ製の鎧で行こう。光り輝いているし華やかでいいだろう。騎士マントは適当なものを見繕った。真っ黒で、首回りが赤く(ふち)どられているモノだ。さてと、昼食でも摂りに庶民街へ行くかな。みんなはどうするかなぁ。

 

 結局みんなで庶民街に行くことにした。男性は僕とアントンさん。女性はクリスにローザさんとエミーリアさん、レナータさん、そして有給休暇を使ってついてきたユリアさんだ。う~む、華やかだねぇ。だからだろうか、貴族街の門を抜け、庶民街で食事場所を探してうろついていると、

 

「よう、おっさんに坊っちゃん。綺麗な姉さん方を連れているじゃねえか。俺らも混ぜくれよ。」

 

 8人の若い男たちに絡まれた。ふむ、どうするかな。アントンさんに視線を送ると頷いたので、僕が対処しよう。

 

「お断りします。急いでいるので、どいてください。通行の邪魔です。」

 

「んだとぉ!?このガキャア!?痛い目に遭わねぇとわからねぇか!!」

 

「できるものでしたら、どうぞ。ただ、それなりの覚悟が必要ですよ?」

 

 そして、相手がナイフを抜いた30秒後には8人全員の四肢の関節を全て折り、地面に転がってもらった。とりあえず通行の邪魔なので僕とアントンさんで道の(すみ)に放り投げる。痛みに(うめ)いていたが、そんなの無視無視。数分後には誰か通報したのか王都衛兵隊がやって来た。

 

「これは・・・。君たちがやったのかい?」

 

「いえ、僕1人でやりました。もし、事情聴取が必要なら、アルムガルト辺境伯の屋敷までお願いします。クリスティアーネ。」

 

「はい、こちらがアルムガルト辺境伯家の紋章の入った短剣です。それと、(わたくし)の貴族証です。」

 

「はっ!!確認させていただきます。・・・ありがとうございました。お返しします。」

 

「プライスラー子爵家の紋章の入った短剣と、王城への召喚状もあるのですが、出しましょうか?」

 

「お、王城への召喚状ですか!?いえ、先ほどのクリスティアーネ・アルムガルト様の貴族証のみで十分です。では、後程、事情の聴取に伺わせていただきますが、何時ごろがご都合がよろしいでしょうか?」

 

「16時くらいでお願いします。みんなもそれでいいかな?」

 

 アントンさんをはじめみんなが頷く。

 

「では、16時にお伺いします。」

 

「お願いします。あ、この人たち四肢の関節を全て折っているのですが、【ヒール】をかけた方がいいですか?」

 

「いえ、こいつら流れの冒険者らしく最近になって被害報告が上がっており、我々も目を付けていまして、なかなか現場を押さえられず、対策を検討していたところでした。丁度良い薬になるでしょう。」

 

「そうですか。それは、同じ冒険者として我々も反面教師としなければなりませんね。」

 

「ほう。皆さま冒険者でいらっしゃるので?」

 

 冒険者証を取り出し、

 

「はい、僕が5級でこちらの男性が準3級。女性陣は龍人(ドラゴニュート)の彼女が3級、金の短髪の彼女と黒の長髪の彼女が6級。クリスティアーネが9級です。そして、エルフの彼女は騎士爵を持っているギルド職員です。僕たちのパーティは“シュタールヴィレ”と云います。」

 

「“シュタールヴィレ”!!もしや、貴方はガイウス殿?」

 

「はい、そうです。」

 

「おぉ、ご活躍はお聞きしました。盗賊団を殲滅し、ゴブリンキングと集落を殲滅、さらにオークロードと集落を殲滅し、飛竜(ワイバーン)も仕留め、さらには、アルムガルト辺境伯騎士団選抜隊との模擬戦にも御一人で圧勝したと聞いております。そして、今回、とうとう国王陛下から叙任されるともお聞きしております。」

 

「詳しいですね。どなたから?」

 

「はい、先日、アルムガルト領から来ました竜騎士(ドラグーン)の使者が顔馴染みでして、その者から聞きました。ふむ、ガイウス殿なら、この男たちなど鎧袖一触でしたでしょう。」

 

「ええ、その通りですわ。衛兵隊長殿は人を見る目がおありのようで。ところで、(わたくし)たちお昼を摂ろうと思いまして、庶民街まで来ましたの。オススメのお店を教えてくださるかしら?」

 

「これは、クリスティアーネ・アルムガルト様。気がきかずに申し訳ありませんでした。今のお時間でしたら・・・。」

 

 クリスのおかげで長話から解放された。あとで、うんと甘やかそう。ちなみに、紹介されたお店は、庶民街でも少しお高いお店で、味も量も値段に見合うだけのモノだったので、みんな満足して昼食を終えた。さて、16時までは散策をしますか。




見てくださりありがとうございました。


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第71話 叙任?

 さて、水曜日の朝を迎えました。昨日はクリスを甘やかそうとしたら「一緒に寝て欲しい」とお願いされたので、クリスと一夜をともにしました。もちろん、何も無かったよ。せいぜいクリスにキスを何度もせがまれたくらいかなぁ。不良冒険者退治騒動も周囲にいた人の証言のおかげで、簡単な事情聴取で終わったからよかった。まあ、衛兵隊長さんとはいえ、辺境伯家とこれから叙任される人間にそう強くはでられないよねぇ。

 

 おっと、着替えているとクリスが起きたみたいだ。音がうるさかったかな。クリスは寝起きだからかボーッとしていたけど、僕の姿を認めると、両手を伸ばしキスをせがんできた。やれやれと思いながら、頬にキスをしようとしたら、昨晩のようにお互いの口をつけるキスをしてきた。そのまま、数秒の時間が流れると、流石に頭が覚醒したのか、顔を真っ赤にしてキスをやめ、小さな声で「おはようございます。」と言ってきた。僕も笑顔で「おはよう。」と返した。

 

 朝食を摂ると登城のための準備が始まった。メイドさん達が僕の髪形を整えていく。服装は叙任式だから鎧だ。しかし、鋼鉄製の鎧はレナータさんとのやりとりでボコボコになってしまったので、ヒヒイロカネ製の鎧を着用する。その上に黒地に首回りに赤線の入ったマントを羽織る。よし、準備万端。メイドさん達もいい仕事をしてくれた。

 

 さて、今日は騎士爵への叙任なのだから、登城は馬車ではなく騎乗を選んだ。馬は、以前、呂布の愛馬“赤兎”と共に召喚した漆黒の馬だ。通常なら平民が王城に登城する際は貴族家の誰かしら、要は貴族証を持っている者が付き添うそうなのだけど、なぜか今回の王家からの召喚状には“1人で登城するように”と記載されていた。

 

 だから、僕は1人でアルムガルト辺境伯家の屋敷からみんなに見送られ、王城を目指す。出発するとき、みんなが「問題を起こさないように」と言って来たけど、問題の方から来るから回避しようがないんだよねぇ。まあ、何か問題が起きたら力技で解決しますか。

 

 さて、王城の正門についた。予想通り、堀があり、高い防壁がある。下馬し、(かぶと)を外し、召喚状を門番を(つと)めている恐らくは近衛兵に見せる。彼は召喚状をしっかりと確認したあと、大声で告げる。

 

「5級冒険者、ガイウス殿、ご到着ー!!開門!!」

 

 召喚状を返してもらい、僕はそのまま、歩いて門をくぐる。馬はすぐに厩舎(きゅうしゃ)員が来てくれたので、彼に預けた。門から歩いて王城に向かうと、2人の近衛兵が先導のために来てくれた。彼らの後ろをついて行く。いわゆる謁見の間に行くようだ。ふむ、思いの外、自分は落ち着いているなぁ。【鑑定】で近衛兵たちやすれ違う人たちの能力を見たからかもしれない。みんなチート補正のかかった僕よりも低い数値だったので、変に安心してしまった。

 

 謁見の間に入る前に、(ひか)え室に通される。そこで、時間になるまで休むように言われた。また、鎧を一度全部外し、武器の有無などを調べられたので、偽装魔法袋からヒヒイロカネ製の槍を取り出し、偽装魔法袋ごと預けた。

 

 そして、時間となり、迎えの近衛兵が来た。その彼の後ろを歩いていく。すぐに謁見の間に着き、扉の前で近衛兵がまた大声で告げる

 

「5級冒険者、ガイウス殿のご到着ー!!」

 

 すると、大きな扉が内側に開かれる。赤い絨毯の道の先には、玉座に座る国王陛下と王妃様が、僕から見て右手側には武官の人たち、左側に文官と貴族たちが並ぶ。僕は扉の内側で待機していた2人の近衛兵に先導される形で国王陛下の(もと)へと歩を進める。僕の鎧の“ガシャン、ガシャン”という音と、絨毯を外れて歩く両側を歩く近衛兵の“カツン、カツン”という足音のみが響く。

 

 国王陛下の前まで来ると、先導役の近衛兵は僕と対峙するように国王陛下と王妃様の両側に立つ。僕は片膝立ちとなり(こうべ)を垂れ、国王陛下のお言葉を待つ。数十秒の静寂した時間が流れる。【気配察知】で誰も動いていないのがわかる。さて、何か問題があったかな。すると、

 

(おもて)を上げよ。ガイウスよ。お主は今、何歳だ?直答を許す。」

 

 国王陛下からお声をかけてきた。宰相っぽい人は驚いているのか固まっているよ。周りの人たちも少しざわつく。

 

「12歳で御座います。」

 

 すぐに返答する。すると、

 

「12歳か・・・。ふむ。成人しておらず若いが大丈夫だろう。」

 

 と国王陛下が呟くのが聞こえる。恐らくは、王妃様ぐらいにしか聞こえていなのではないかというくらいの小さいお声だ。そして、

 

「ガイウスよ。お主の騎士への叙任は取りやめとする。お主には子爵の爵位を授ける。」

 

 はい、問題が全速力で来ましたよー。宰相様は慌てて国王陛下に駆け寄るし、武官や文官、貴族たちからは、「あのような子供が?」「アルムガルト家が手を回したか?」「ほう、武勲のみで授爵とはな。」「どこの領を授けられるかが問題だ。国防戦力の見直しをせんといかん。」「新しい貴族家の誕生か。家名はなんとなるのだろうか。」などなど色々と聞こえてくる。貴族家は嫉妬、武官たちは国防戦略の練り直し、文官は新興貴族家に関する手続き。それぞれの話しの話題に特色が現れていて面白い。さてさて、僕はどうなるのかな?




見てくださりありがとうございました。


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第72話 御前試合

「陛下!!失礼ながらこのような子供。しかも、冒険者にいきなり子爵の爵位を授けるのはどうかと。」

 

「そうです!!貴族家に連なる者でもありません。ただの平民ですぞ!!」

 

 貴族の人たちの中から反発する人たちが口々に国王陛下に物申している。ちゃっと鑑定すると、一番上は侯爵様で一番下は準男爵様だ。まあ、騎士爵の人たちは武官側の方にいるからね。

 

「ふむ、生まれながらの貴族のお主たちの家の始祖も平民だったはずだ。我が王家も元を辿(たど)ればそうなのだからな。で、あればだ。功績をこの短期間で打ち立てたガイウスが子爵位を得ても何ら問題ないはずだ。それに元々、プライスラー子爵家にアルムガルト辺境伯家からは男爵家をと要請が来ておった。それだけの実力があるということであろう?」

 

 国王陛下のお言葉に反論できない貴族たち。いや、なんか言おうよ。ただの子供が駄々をこねるわけとは違うんだからさ。しかも、式を中断させているんだから。国王陛下は笑みを浮かべながら、

 

「ガイウスよ。お主は、どう考えている?」

 

 と、問うてきた。ふむ、なんて答えるのが正解かな。まあ、思った通りに言えばいいか。

 

「はい、僕としては子爵位を戴けるとは思っていなかったので、正直に言えば驚いています。何しろ、僕の功績は、アルムガルト領に居付いていた盗賊団を殲滅したこと、ゴブリンキングとその集落の殲滅、オークロードとその集落の殲滅、飛竜(ワイバーン)12体の討伐、ロックウルフリーダーとその群れの殲滅、あとはアルムガルト辺境伯騎士団選抜隊と模擬戦をして単独で勝利したのみです。今、この場にいる貴族様方の始祖が打ち立てた功績はそれ以上のモノだったのでしょう。でしたら、僕には子爵位はふさわしくないと思います。」

 

「ふむ、確かにアルムガルト家から来た使者が持って来た書簡にもそのように功績が書いてあったの。あ、いや、ロックウルフリーダーとその群れについては書いてなかったか。これは最近のことか?」

 

「はい、確か4日前のことだったかと。」

 

「なるほどのう。それと、教会からもお主のことについて書簡が()に届いておる。なんでも、女神フォルトゥナ様の使徒になったとか。事実かね。」

 

「はい、フォルトゥナ様に誓って事実です。」

 

「ふむ、優秀だの。だが、納得できとらん者がまだおる。どうかね。()の近衛と模擬戦をしてみせ、その後、文官登用のための筆記試験を受けなさい。そして、模擬戦に勝利し筆記試験を合格すれば子爵の爵位を授けるというのは。」

 

「負けて合格しなければどうなるのでしょうか?」

 

「ふむ、騎士爵へ叙任かの。」

 

 どっちに転んでも僕には損はないね。ならば、

 

「わかりました。国王陛下の御意に従います。」

 

「よろしい。では、準備をしようではないか。皆の者もよいな。」

 

「「「はっ!!」」」

 

「では、ガイウスは退室し、控え室にて待つが良い。下がってよいぞ。」

 

 笑顔で言う国王陛下。僕は「御意に。」と答え、謁見の間を後にした。その後は、最初に通された控え室に案内され、模擬戦の準備をするように言われた。といっても特に準備するモノも無いので座り心地の良いソファーに鎧姿のまま腰掛け、メイドさんの淹れてくれる紅茶を楽しむ。あ、もちろん、(かぶと)は脱いでいるよ。

 

 さて、控え室で待つこと15分と少々、「準備ができました。」と近衛兵が迎えに来てくれた。案内され、城内の練兵場に着いた。観覧席には国王陛下と王妃様をはじめとした、謁見の間にいたお偉い人たちがいる。そして、目の前には完全武装の近衛兵が150名。しかも、武器は木製の模造品ではなく鋼鉄製の本物だ。まあ、僕もだけどね。ヒュンヒュンとヒヒイロカネ製の槍を振り回してみる。そうすると、対峙する近衛兵たちの目の色が変わる。本気の目になった。

 

 う~む。どうするかなぁ。チート全開で圧倒するだけでは、さっき陛下に物申していた貴族様方にはインパクトがなぁ。少ないよねぇ。うん、槍は使わずに接近戦のみでいこう。僕が槍をしまうと、馬鹿にされたと思ったのか、近衛兵たちの表情に怒りの色が見える。いや、本気でいこうと思ったからしまったんですよ。信じてはもらえないだろうけど。

 

 国王陛下が立ち上がり、

 

「これより、5級冒険者のガイウスと我が近衛第1軍第1連隊第1歩兵小隊との模擬戦を始める。双方、力の限りを尽くすように。では、始め!!」

 

 合図とともに近衛兵たちは盾を前に出し、その隙間から槍を突き出す密集隊形“ファランクス”で前進してくる。僕はそんなことお構いなしに走り、一気に接近する。そして、まずは一番端の近衛兵から血祭りにあげる。鎧ごと手刀で手足の関節を肉ごとボロボロにする。その後は右の肺を手を突っ込み握り潰す。手を引き抜くと血飛沫(しぶき)と悲鳴を上げながら倒れる。

 

 残り、149人。最初に潰した人を命のあるうちに【ヒール】で回復するとしたら、出血量とか考えたら10分以内で勝負を決めないといけない。さて、蹂躙を始めようか。僕は(かぶと)の中で(わら)う。至近にいた近衛兵はすぐに対処しようと剣を抜こうとするけど、遅い。すぐに四肢を手刀で切り裂き、右肺を潰し、両目を潰す。これを30秒の間にあと50人に(おこな)った。52人の近衛兵から上がる悲鳴と苦痛の叫びは、練兵場を恐怖に陥れるには十分だ。

 

 しかし、流石は王都を守護する近衛兵だ。残りの100人は戦意を落とさずに果敢に攻めかかってくる。だが僕の前では無意味だ。約2分をかけ、100人を潰す。そして、血溜(ちだまり)の中には僕1人だけが立っている状況となった。(かぶと)越しに国王陛下を見ると、お互いに頷き、

 

「模擬戦は、ガイウスの勝利とする!!皆の者、よく戦った!!」

 

 流石は、国王陛下だ。顔色を変えずに普通に(おっしゃ)った。ちなみに、貴族様方は、「まさか近衛兵が。」と言ったり青い顔をしたりして吐いている人もいる。アルムガルト辺境伯家の寄子(よりこ)や親アルムガルト辺境伯家と思われる貴族たちは顔色を変えずに、頷いている。武官たちは「近衛がこうもあしらわれるか・・・。」と渋い顔をしている人と「辺境に配すれば防衛力の強化につながる」と先の展望を考えている人がいる。文官たちは「治療費が・・・。」とか「装備代が・・・。」と呟いていた。いやいや、お金も大事だけど、鍛え上げた近衛兵の命はもっと大事だよ?




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第73話 筆記試験と結果

 さて、模擬戦が終わったから治療をしないとね。【エリアヒール】を練兵場全体にかける。すると、傷の治った近衛兵たちからではなく、武官たちから声が上がった。「なっ!?伝説の【エリアヒール】だと!?」「古傷が消えた?」「ただの【エリアヒール】ではないな。素晴らしい。」などなど。因みに貴族様方は気分が落ち着いたのか顔色が良くなっている。それで、文官たちは「おお、これで治療費が浮く。」「全員が治癒したなら、新たに近衛兵を徴募せずに済むからよかった、よかった。」結局、お金ですか、そうですか・・・。

 

「ガイウスよ。お主の力のおかげで、()の近衛兵が1人も失われずにすんだ。流石は、フォルトゥナ様の使徒だ。礼を言わせてもらおう。」

 

「いえ、国王陛下。この状況にしたのは僕の責任ですから、当然のことをしたまでです。」

 

「うむ、殊勝な心掛けだ。さて、筆記試験は昼食を摂ってから始めるとするかの。試験内容は部屋付きのメイドに伝えておこう。誰ぞ、ガイウスを部屋まで案内せよ。」

 

 すると、練兵場の出入り口の所に立っていた近衛兵が2人歩いて来て、「こちらへ。先導いたします。」と言ってくれたので、大人しく後ろを着いて行く。案内された部屋は謁見の間に近い、さっきと同じ控え室だった。部屋に入ると部屋付きのメイドさんも同じ人だった。その人が1枚の紙を差し出してきた。試験内容と時間が書かれたモノだった。

 

 王国の歴史が60分。国語が60分。計算問題が90分の計3時間半ということだった。それぞれの間に10分ごとの休憩はあるみたいだ。ふむ、歴史は教会で嫌というほど学んだ。国語も問題ないだろう。計算問題だけが心配だけど、知力の高さでなんとかいけるはずだ。ちなみに、それぞれ7割正解で合格らしい。せっかくだから、満点目指したいね。

 

 鎧を脱いで、偽装魔法袋に【収納】していると、昼食をメイドさんがカートで持ってきてくれた。とても美味しかった。さすがは王宮の料理だ。マナーが合っているかは気になったけど、何も言われなかったから大丈夫だったと信じたい。

 

 昼食後のお茶をメイドさんとの会話とともに楽しんでいると、扉がノックされた。「お時間になりましたので、お迎えに上がりました。」メイドさんが扉を開けると、近衛兵ではなく、文官さんがいた。「ここからは私がご案内いたします。」と言われたので、「ありがとうございます。お願いします。」と言って、あとを着いて行った。

 

「こちらになります。席に着いてお待ちください。試験官が参ります。」

 

 案内された部屋は机と椅子が真ん中にポツンと置かれた部屋だった。ただ、周りの装飾とかからして特別な部屋なのだろう。アルムガルト辺境伯家で宴会をした部屋を大きくした感じだ。実際、そう言う部屋なのかもしれない。

 

 そう考えていると、背後の扉がノックとともに開かれ、数人の文官が入ってきた。その代表らしき人が、

 

「私が試験官だ。他の者は不正をしないかの監視だ。では、試験を始める。まずは歴史からだ。筆記用具はコレを使いたまえ。では、準備はよろしいかな?始め。」

 

 そう言って試験官は目の前の椅子に座る。僕は解答用紙にどんどん記入をしていく。というか、知力補正のおかげで問題を見るとすぐに答えが頭に浮かぶ、後はそれを書きだすだけだ。そうしていると、正面に掛けられている時計で、30分経たずに終わってしまった。

 

「終わりました。」

 

 そう言うと、すぐに試験官がやって来て、

 

「ふむ、確かに。では、採点を行うから部屋の外でゆっくりしていなさい。」

 

 そういわれ、僕は部屋の外に出た。そこには、部屋に入る前にはなかった椅子が一脚置かれ、メイドさんがカートに飲み物を用意して待っていてくれた。僕は、ジュースを貰い、一息ついた。

 

 5分ぐらいたったころだろうか、部屋の扉が開き、試験官が、

 

「全問正解だ。次の国語をもうするかね?」

 

 と、問うてきたので「はい。」と返事し、ジュースを飲み干し、部屋の中に入る。国語は歴史よりも、もっと早くすんだ。また、さっきと同じように、今度は紅茶を飲みながら待っていると、3分で扉が開き、

 

「また、全問正解だ。計算問題もすぐするだろう?入りたまえ。」

 

 ということで、計算問題を解いたけど、これも大幅に時間を短縮して30分で終わった。チートって凄いね。そして、また部屋の外で待つ。今度はコーヒーを飲んで。10分ちょっと経ってから、扉が勢いよく開き、試験官が、

 

「まただ。また、全問正解だ。君は・・・一体何者かね?」

 

「5級冒険者でフォルトゥナ様の使徒の平民、ガイウスです。」

 

「文官になる気は無いかね?」

 

「それは、なんとも返答に困りますね。取り敢えず、授爵が終わってからの話しでは?」

 

「ああ、そうだ、そのための試験だったからな。まあ、君は全て合格した。子爵の爵位を授けられるだろう。控え室で待っていなさい。謁見の間への迎えの者が来る。」

 

「わかりました。ありがとうございました。」

 

 そう言って、メイドさんと一緒に控え室に戻る。30分ぐらいで近衛兵が迎えに来たので、ヒヒイロカネ製の鎧を手伝ってもらいながら素早く着装し、マントを羽織(はお)る。(かぶと)は脇に抱える。そして、近衛兵の先導で謁見の間に入る。最初のように仰々しい感じではない。そのまま国王陛下の面前まで行き、片膝を着き、(こうべ)を垂れる。

 

(おもて)を上げよ。ガイウス。お主の能力は誠に素晴らしい。流石は短期間であれだけの功績を挙げ、フォルトゥナ様の使徒となった者であるな。模擬戦は文句なしの圧倒的蹂躙であったな。文官登用の筆記試験も全て正解とは、今の試験制度が始まって以来、初めてのことだ。さて、お主に授ける子爵の位だが、あれは無しだの。お主には伯爵の位を授ける。領地は統治が難しかろうが、王領であるナーノモン領を授ける。アイソル帝国との最前線であり、黒魔の森も迫っておるがお主なら大丈夫であろう。」

 

 わーお、展開が早すぎてついていけないんだけど、どうしよう。あ、周りの貴族様方や武官たちに文官たちも唖然としている。え、これって受けないといけないの?なんかすごく面倒くさそうなんですけど。



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第74話 授爵

「陛下。ガイウス殿の実力を考えれば、確かに騎士爵ではなく、それよりも上位の(くらい)相応(ふさわ)しいかと思いますが、伯爵位はどうかと・・・」

 

 おお、宰相様が、おそらくはこの場にいるみんなが思っているであろうことを言ってくれた。もっと言ってくださいよ。宰相様。すると、陛下は考えるように顎に手をやり、

 

「ふむ、確かにあの領地では伯爵位は駄目であろうな。辺境伯の地位を授けよう。家名はそうだのう・・・。“ゲーニウス”と名乗るがよい。」

 

 なんか上がっちゃったんですけどー。そして家名も貰いました。しかし、アドロナ王国だと、辺境伯って地位的には侯爵と同等かちょっと上ぐらいだよね。えー、どうなるのさ、僕。

 

 貴族様方は顔を赤くしたり、青くしたりして固まっているし、武官の人たちは「国境の国軍を引き揚げる事ができる。」「新興の辺境伯軍が形になれば国防戦力が上がるな。」と相談を始めているし、文官の人たちは「王領から辺境伯領になれば、税の見直しが必要だな。」「新興貴族家にあたるのだから、幾らかの助成金を出せねばなるまい。」「帝国との国境のナーノモン領だからな。軍備費は惜しむことはできん。」とお金の相談を始めている。

 

 というか、武官と文官のみなさんは僕が辺境伯の爵位を受け賜わることについては、決定事項と思っているようだ。

 

「ガイウスよ。お主には帝国と国境を接する、現在は王領であるナーノモン領を授け治めてもらう。今後ナーノモン領はゲーニウス領と改め、そのため辺境伯の地位を授ける。5月の終わりには執政がとれるようにしておくことを命じる。よいな?」

 

「御意に。」

 

 いや、もう「御意」って言うしかないじゃないか。期間は1カ月も無いんですけど!!そのまま、式は進められ、辺境伯としての地位を授かった。その後は、控え室に戻って、必要な書類と仮の貴族証を貰い、宰相様から「正式な叙任(じょにん)式をするので、また明日来るように」と言われ、僕は貴族街のアルムガルト辺境伯家のお屋敷に帰ってきた。

 

 帰った途端にみんが「おめでとう。」と口々に言うので、仮の貴族証を見せたら固まった。あの、アントンさんでさえ固まった。レナータさんはドラゴンだから人間の地位なんて関係ないのだろう。笑顔で、

 

「ふぅん、なかなかの地位を貰えたじゃない。よかったわね。」

 

 と言ってきた。いや、よくないんですけど。こちとら12歳の子供だよ。家臣とかどうするのさ。領地経営のできる人材を探さないといけないんですよ!?あー、もういいや。ちゃっと着替えて、お屋敷を出て、貴族街を抜け、王都の冒険者ギルドに行く。入った瞬間、ある冒険者が僕を指さし「あ、あいつですよ。アダーモさん」と言っている声が聞こえた。何の事だろう。まあ、どうでもいいや、依頼(クエスト)を受けよう。魔物たちでストレス解消だ。

 

 依頼(クエスト)掲示板の前に立って悩んでいると、「あの・・・。」とスキンヘッドの大柄な筋肉モリモリの男性冒険者から声がかけられた。

 

「昨日、流れの冒険者に絡まれ、成敗していた方ですよね?」

 

見た目のわりに丁寧な口調だね。僕は「はい。」と答えた。すると、彼は目を輝かせ、

 

「是非、自分と試合をしていただきたい。あ、自分は2級冒険者の“アダーモ”と云います。王都を中心に活動しています。」

 

「ご丁寧にどうも。僕は5級冒険者の“ガイウス”と云います。いつもはアルムガルト辺境伯領の“インシピット”を中心に活動しています。」

 

「となると、黒魔の森も?」

 

「はい、よく狩りに行きます。とは云っても、冒険者登録をしたのはつい先日の4月7日のことなんですけどね。」

 

「ほう!?1週間と少しで5級になられるとは。依頼(クエスト)功績をお聞きしても?」

 

「ええ、いいですよ。立ち話もなんですし、座って話しましょう。」

 

 そう言って、併設食堂の席に着く。果実水を2つ頼み、それを飲みながら話を進める。そして、僕の挙げた功績を説明していく。すると、彼は喜んだようで、

 

「素晴らしい。誠に素晴らしい。自分の依頼(クエスト)外のことも、周囲への脅威があるとみなせば対応する。その考えが素晴らしい。それに、冒険者になる前に女性冒険者2人と共に盗賊団を殲滅するなど、自分は感動いたしました。」

 

「それは、ありがとうございます。それで、僕との試合を望まれるとの事でしたが。」

 

「ええ、流れの冒険者とはいえ、大人の男8人を1人で倒した少年がいると聞きまして、どうしても実力が知りたくなったのですよ。ですが、今の話しを聞いて変わりました。是非ともガイウス殿のパーティに入れていただきたい。」

 

 そう言って頭を下げてくるアダーモさん。どうするかなあ。ま、取り敢えずこの話しをしないと、

 

「実は、今回、僕が王都に来たのには理由がありまして、その理由がこちらです。」

 

 そう言って、王家の紋章の入った召喚状を見せる。

 

「こ、これは・・・。中身を拝見しても?」

 

 手でどうぞと勧める。彼は、紋章に一礼してから召喚状の中身を見る。すると、目を見開き、すぐに落ち着いた。「ありがとうございました。」と召喚状を返してくれる。

 

「理由はわかりました。で、騎士爵に叙任されたので?」小声で聞いてくる。

 

「いえ、新たに家を興し、ナーノモン領を戴き、辺境伯に(じょ)されることが決まりました。家名も“ゲーニウス”を授かりました。」

 

 僕も小声で返す。すると、アダーモさんは腕を組んで考え出した。その時に、少しだけ彼のことを鑑定した。

 

名前:アダーモ・ウベルティ

性別:男

年齢:28

LV:52

称号:2級冒険者、ウベルティ伯爵家三男

経験値:74/100

 

体力:321

筋力:342

知力:367

敏捷:351

etc

 

 なんと、彼は伯爵家の三男だった。それに能力も高い。歳は28と思いのほか、若い。ううむ。人材として申し分ない。知力も高いから文官仕事もできる。これは、パーティに入ってもらうより臣下として雇ったほうが、よいかもしれない。そう考えて口に出そうとした瞬間、

 

「ガイウス殿。申し訳ないが、パーティに加入させていただきたいという話は、無しにしてもらいたい。」




見てくださりありがとうございました。


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第75話 アダーモ・ウベルティ

 アダーモさんは申し訳なさそうに頭を下げる。ふむ、あれだけ希望していたのになんで急に心変わりしたんだろう。こういう場合、直接、ストレートに聞くに限る。

 

「何か、理由があるのでしょう?その理由を聞かせていただけないですか?」

 

 アダーモさんは頷き、頭を下げながら言った。

 

「ガイウス殿、いや、ゲーニウス様の臣下として雇っていただきたいのです。家臣団に加えていただきたい。」

 

 おっと、僕が言おうとしたことアダーモさんから言ってくれた。これは、幸先がいいねぇ。僕は笑顔になりながら、

 

「僕からお願いしたいぐらいです。2級冒険者であるアダーモさんが家臣となってくだされば、地域の治安も守れるでしょう。ところで、アダーモさんのご家族は?大丈夫なのですか?」

 

 すでに知っている情報を、さも知らないように聞き出す。でも、結婚しているかどうかまではわからないからね。

 

「自分は独身です。そして、黙っていて悪いと思ったのですが、ウベルティ伯爵家の三男なのです。ですので、改めまして自分の名前は、アダーモ・ウベルティと云います。」

 

「なるほど、因みにお父様は何をされているのですか?普通に領地経営でしょうか?」

 

「いえ、我が家は代々の当主は近衛として(つと)めてきました。領地経営は基本的に兄や家臣団と親族が行っています。そして、私の父ですが、現在、近衛第1軍の軍団長を務めさせていただいております。」

 

 えっ、第1軍って僕と模擬戦をした軍団だよね。正確には第1連隊第1歩兵小隊だったけどね。一応伝えておこう。

 

「実は今日、アダーモさんのお父様の配下の方々と模擬戦を、国王陛下の前で御前試合を行いまして、蹂躙してしまいました。」

 

「ふむ、勝った負けたというのは、戦うモノの宿命でしょう。そこは、父は気にしていないと思います。」

 

「そうですか。それは良かった。しかし、なぜアダーモさんは冒険者に?」

 

「ああ、それはですね、当家では“国は民、民は国。民あっての貴族であり、民を守ってこその貴族である。”と幼少より教えられるのです。ですから、自分は国王陛下や王都を重点的に防衛する近衛兵ではなく、様々な状況の国民を助けることのできる冒険者となったのです。一番上の兄は領で次期領主として仕事をしております。次兄は、領軍に属しております。また・・・。」

 

「あ、もういいですよ。ありがとうございます。ウベルティ伯爵家が民の味方ということがわかりましたから。ふむ、そうですね、採用ですね。ただし、仮です。僕もまだ仮の貴族証しかもらっておりませんし、授爵はありましたが、叙任式は予定が狂ったので明日になるそうです。明日、もう1度お会いしましょう。僕の仲間にも紹介したいので、貴族街のアルムガルト辺境伯家のお屋敷にお越しください。時間は昼過ぎが良いでしょうから、14時ごろとかはいかがでしょうか?」

 

「わかりました。明日の依頼(クエスト)は、その時間までに終わらせるようにしましょう。ところで、アルムガルト辺境伯のご当主はお越しなのでしょうか?」

 

「いえ、アルムガルト辺境伯家では、御令孫(ごれいそん)のクリスティアーネ様がいらっしゃいます。」

 

「わかりました。ありがとうございます。貴族のやり取りは難しいものがありまして、お屋敷にお伺いする場合は、先触れを必ず出すのがマナーとなっておりますので。」

 

「はあ、そうなんですね。僕もそういうことを学ばないといけないですね。」

 

 アダーモさんは僕の言葉に頷き、

 

「親しい貴族家の次男以降の男子や女子は基本的に家を継ぐことはありません。ですから、そういう者の中から家臣をお選びし、家臣団を形成すればよろしいかと。アルムガルト辺境伯家と親しい付き合いをされているのであれば、紹介をしていただくことができますね。」

 

「なるほど、その手がありましたね。インシピットの町に戻ったら、アルムガルト辺境伯様にお願いしましょう。それで、ナーノモン領改めゲーニウス領には、受け入れの準備ができてからお越しいただきたいのですが、お知らせはどちらにお送りすればよろしいでしょうか?」

 

「王都のウベルティ伯爵家の屋敷までお願いいたします。自分も準備をしてお待ちしておりますので。」

 

「それでは、よろしくお願いします。」

 

 僕は右手を差し出す。彼はその手を両手で包み、

 

「どうそ、よろしくお願いいたします。」

 

 と、深々と頭を下げたのだった。そして、もちろん、ギルド内では2級冒険者のアダーモさんに頭を下げさせた子供として騒がれるのだった。いや、もう慣れたよ。うん。その後、アダーモさんと色々と話した。5月には領地経営を始めること。それに必要な人材、国境の守備など。

 

 すると、アダーモさんは、

 

「文官は、取り敢えず文字の読めるものと計算のできるものなら貴族はもちろん、平民でも試験をして取り立てるべきでしょう。ウベルティ伯爵領ではそのようにしております。また、領軍も農家や商家、寄子(よりこ)貴族家の次男以降の男子が志願してきます。平民、貴族の区別はありません。まあ、家を継げない彼らにとってはよい就職先でしょうな。」

 

「なるほど、参考になります。ただ、僕には奥の手がありますので、取り敢えず、現地に赴任して確認してから、どうするか決めてみます。あ、アダーモさんは有無を言わさず、領軍の指揮官になってもらいましょうかね。」

 

「ハハ、自分が指揮官ですか?大出世ですな。」

 

 2人してハハハハと笑い、今日はここでお開きとなった。

さて、明日の正式な叙任式の準備をしないと、辺境伯への叙任式だから、きちんとした服装をしないと、と云うことは、またメイドさんたちの着せ替え人形になるのかなぁ。




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第76話 叙任式

 木曜日となった。今日は正式な叙任式だ。時間は午前10時から。お迎えが王城より来るそうだ。昨日の夕方、王城からの使者の人がアルムガルト辺境伯家のお屋敷まで、伝えに来てくれた。服装の指定などは無かったので、貴族様方が王城に登城する際の服装より、少し重厚感のある服装をメイドさん達が選んでくれた。髪も整え、準備万端。

 

 9時20分ごろに近衛騎兵とそれに護衛されるように王家の紋章入りの迎えの馬車が到着した。すぐに乗り込み王城へと向かう。道中、特に問題なく王城に着いた。馬車を下りてからは近衛兵の先導で控えの間に案内される。

 

 昨日、使った控え室とは違い、長机が部屋の真ん中にドンとあり、個人用のソファーが並んで何脚もある。その一つに座ると、部屋付きのメイドさんが紅茶を出してくれた。礼を言い、香りを楽しみながらゆっくりと味わう。うーん、茶葉の銘柄とかわかんないけど、なんかリラックスできるね。

 

 9時50分になると、近衛兵が「ご準備を」と言ってきたので、メイドさんにお願いして、身だしなみの最終チェックを行う。特に不備はないようだ。控えの間を出て、謁見の間の扉の前に立つ。緊張しているが、ガチガチにはなっていない。まあ、フォルトゥナ様と地球の神様の2柱の神様と直接に会っているわけだから、人間の国王陛下、しかも昨日も会った人ならそこまで緊張しないよねぇ。

 

 10時になったのだろう。扉の両側に立っている近衛兵が声を張り上げる。

 

「5級冒険者、ガイウス殿のご入場!!」

 

 それと、同時に扉が開く。昨日と同じように僕は赤絨毯の上を歩いて、2名の近衛兵が赤絨毯をはずれ両側を歩き、“カツン、カツン”と軍靴の音が響く。国王陛下の前まで来ると、両側の近衛兵は僕と対峙するように国王陛下と王妃様の両側に立つ。僕は片膝立ちとなり(こうべ)を垂れ、国王陛下のお言葉を待つ。全くもって、昨日と同じやり取りだ。

 

 違うのは、今回は国王陛下から直接のお言葉が無い事かな。宰相様の言葉に(のっと)ってに叙任式が進んでいく。

 

「これより、5級冒険者ガイウスに対しての叙任式を始める。国王陛下より、爵位が叙される。ガイウスよ。陛下の(もと)まで進むが良い。」

 

 言葉に従い、数歩前進し、また片膝を着き(こうべ)を垂れる。

 

「5級冒険者ガイウスは、その年齢以上の功績を打ち立てた。よって、ここに王領であるナーノモン領を授け、辺境伯に叙する。また、家名をゲーニウスとし、ナーノモン領はゲーニウス領と改める。」

 

 宰相様がそう言うと、国王陛下が立ち上がり玉座の()る壇上から下りてくるのがわかった。そして、宰相様をはじめとした貴族様方や武官たち、文官たちが動揺しているのが気配でわかる。また、進行に無いことをやろうとしているな国王陛下は。

 

「ガイウスよ。(おもて)を上げよ。」

 

「はっ!!」

 

 片膝のまま顔を上げると、目の前には笑顔の国王陛下。壇上にいらっしゃる王妃様は扇子で口元を覆っているけど、多分、笑っているのだろう。

 

「これが、辺境伯の証だ。どれ付けてやろう。立つがよい。」

 

 言葉に従い、国王陛下の前に立つ。陛下は侍従から胸に辺境伯の証である貴族証を受け取り、それを勲章のように左胸に着けてくださる。町の出入りで使う貴族証とは別のモノだ。それに、首にズシリと重い貴族証を掛けてくださる。これは、基本的に家に置いておくものらしい。

 

「お主の活躍に期待しておるぞ。」

 

「ご期待に沿えるよう努力いたします。」

 

「うむ。」

 

 国王陛下は頷き、僕の肩を“ポンポン”と叩くと、玉座に戻った。陛下が玉座に着くのを確認してから、宰相様が、

 

「以上にて、叙任式を終了する。ガイウス・ゲーニウス辺境伯は退室を。」

 

 僕は国王陛下に一礼してから回れ右をして扉に向かって歩く。途中で武官たちの列から視線を感じたので、目だけを動かして確認していると、目が合った武官がいた。アダーモさんに顔つきが似ていたので【鑑定】してみると、“クレート・ウベルティ”と出た。どうやらアダーモさんのお父さんのようだ。目礼をすると、相手も返してきてくれた。そして、僕はそのまま、謁見の間を後にした。

 

 謁見の間の扉が閉まると、文官さん達がやって来て、控えの間で手続きを始めた。まずは家名の登録。王領からゲーニウス領への変更。国軍の引き揚げ時期などなど、一番困ったのは家紋だ。

 

 紋章官さんがどのような家紋がいいか聞いてきたので、左横を向いたフルプレートアーマーの上半身にソードシールドを被せ、さらにソードシールドの上に籠手の指側を上にする状態でクロスさせ、その左側に剣を、右側に槍を配置して貰うようにした。出来上がった紋章は紋章入りの指輪と共に渡される。この指輪は封蝋(ふうろう)する際に封蝋印としても使用する。

 

 受け渡し場所は、アルムガルト辺境伯家の本邸にした。これは、クリスからの提案だった。これで、諸々の事務手続きは終わった。時刻は12時を過ぎて、13時になろうとしていた。早く屋敷に戻らないとアダーモさんが来ちゃうよ。みんなには知らせていたし、先触れも来ているだろうけど、当事者の僕がいないと話しが進まない。僕は急いで王城からアルムガルト辺境伯家のお屋敷へと戻るのだった。




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第77話 初めての家臣

 アルムガルト辺境伯家のお屋敷に帰りつくと、使用人一同が礼をもって迎えてくれた。

 

「「「ガイウス・ゲーニウス辺境伯様。此度はおめでとうございます。」」」

 

「ありがとうございます。これもアルムガルト辺境伯家のお力添えのおかげだと思っています。今後もより良い関係でいられたらと思います。」

 

 彼らは了承の意を込め、お辞儀の角度を深くした。

 

「さあ、堅苦しいのはここまでにしましょう。ウベルティ伯爵家から先触れは来ましたか?」

 

 家令さんが、便箋(びんせん)とともに、

 

「はい、参りました。中はクリスティアーネ様が(あらた)めました。ご当主のクレート・ウベルティ様とご子息のアダーモ・ウベルティ様が14時ごろにお越しになられるそうです。準備のほうは既に済んでいます。」

 

「なら、僕の着替えだけですね。メイドさん方、着替えを手伝ってください。それと、昼を摂っていないので、軽くつまめるものをお願いします。」

 

「かしこまりました。」

 

 そして、僕は、メイドさん達に連れられて、着せ替え人形となるのだった。着せ替え人形が終わったら、用意されたサンドイッチを食べ、ウベルティ父子(おやこ)の到着を待つのみだ。その前にクリス達にも会っておかないと。

 

 アントンさんからは「これからは、辺境伯様だな。」と笑顔でいわれ、クリス達には、「一緒に住まう屋敷は豪華でなくてもよいので、みんなが満足するモノにしましょう。」と言われた。いやあ、理解の早い仲間は助かるね。っと、もう13時50分だ。応接室で待っておこう。

 

 14時ちょっと過ぎたくらいで、応接室の扉がノックされる。「どうぞ。」と声をかけると、家令さんが扉を開け、ウベルティ父子(おやこ)を案内してくれた。僕は立ち上がり迎える。

 

「ようこそ、御出(おい)で下さいました。ガイウス・ゲーニウスです。本日は、急な誘いを受けてくださり有難うございます。また、当家の屋敷はまだ王都にありませんので、アルムガルト辺境伯様のお屋敷をお借りしました。申し訳ない事です。」

 

「クレート・ウベルティで御座います。辺境伯閣下、本日はお招きいただきありがとうございます。閣下のご活躍は、まさに英雄的ものであります。武人として、こうしてお会いでき、誠に嬉しく思います。そして、息子のアダーモ・ウベルティです。」

 

「ウベルティ伯爵家三男、2級冒険者のアダーモ・ウベルティで御座います。閣下に先日に引き続きお会いできて光栄で御座います。」

 

「お2人ともありがとうございます。さて、堅苦しいのはここまでにしましょう。公の場ではありませんから。口調も普段通りでお願いします。さあ、おかけください。」

 

 僕は椅子を勧め、メイドさんに紅茶を出してもらうようにした。

 

「では、お言葉に甘えて。アダーモも。」

 

「はい、父上。」

 

 2人が座るのを確認してから、僕も座る。

 

「さて、僕は貴族的やり取りというのが、得意ではありません。いえ、貴族になったばかりなので、わからないと云った方がいいでしょう。無礼を働いたら申し訳ありません。」

 

「ガイウス様、そこは徐々に覚えていくモノです。先日国王陛下も(おっしゃ)ったではありませんか“生まれながらの貴族のお主たちの家の始祖も平民だったはずだ”と。ですので、新興のゲーニウス辺境伯家も歴史を積み重ねていけばよいのです。功績は・・・、当代では十分ですな。私も武官として近衛第1軍団長を拝命しておりますが、この地位に着くまでは、相当、苦労しました。若いときは前線を駆け抜け、歳を取り指揮官となってからは近衛なので王宮のまあ、ドロドロとした政争に巻き込まれかけたこともあります。あれは、きつかった。そういう意味では、ガイウス様は羨ましいですね。それで、本日は息子のアダーモの件でお話があるとか。」

 

「ええ、迂遠(うえん)な言い回しは嫌いなので、率直に言います。アダーモさんをゲーニウス辺境伯家の家臣として雇用したいのです。もちろん、現在の2級冒険者という実績も加味して、それなりの地位に、要は人を指揮する地位についてもらいたいと思っています。」

 

 このことは、アダーモさんから聞いてなかったのか、クレート・ウベルティ伯爵はとても驚いた表情した。アダーモさんはそんなクレート・ウベルティ伯爵に顔を向け、

 

「父上、自分はガイウス殿の(もと)で、ゲーニウス辺境伯家に仕官したいと思います。」

 

「アダーモ、殿ではなく様と・・・。」

 

「ああ、敬称は気にしないでください。僕は実力重視で臣下を増やしていきたいと思っていますから。」

 

「はあ、ガイウス様がそう(おっしゃ)るのであれば。それで、アダーモの雇用の件ですが、是非ともお願いします。まだ独身なので、定職につけば身を固める覚悟もできるでしょうし、父としては有り難いお話です。よろしくお願いいたします。」

 

「はい、お願いされました。それでは、アダーモさんよろしくお願いします。先日もお伝えしたように、受け入れの準備ができましたら、王都のウベルティ伯爵家のお屋敷へ連絡しますので、それまでは、無理をせずに冒険者稼業をなさってください。」

 

「はい、ありがとうございます。ガイウス殿。」

 

 これで、有能な家臣を1人確保できた。やったね。その後は、雑談をしながら紅茶を楽しんだ。クレート・ウベルティ伯爵は、先日の模擬戦で使った【エリアヒール】について聞いてきたから、来週から“インシピット”の冒険者ギルドで講習会を開くって言ったら、是非とも国軍でもして欲しいと言われちゃった。領地経営とかが安定してから、1年以内に実施すると約束しちゃった。




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第78話 講習会

 さあ、戻ってきました“インシピット”。もう、土曜日だ。明後日にはギルドで【エリアヒール】の講習会をしないといけない。というわけで、“鷹の止まり木亭”に荷物を置いたら、すぐにギルドへ向かった。

 

 ギルドの受付で、アンスガーさんに取り次いでもらう。すぐに執務室へ案内された。

 

「やあ、ガイウス君、久しぶりだね。いや、ゲーニウス辺境伯様とお呼びした方がいいかな?」

 

「いつも通りでお願いします。まだ、戴いた領地にも行っていませんからね。」

 

「わかった。それでは、いつも通りに接しさせてもらおう。まずは、おめでとう。まさか、辺境伯に(じょ)せられるとはね。これで、安心して兄上は、クリスティアーネを嫁がせることができるわけだ。」

 

「ありがとうございます。クリスティアーネとの婚約の発表は、しばらく期間を置いて、そうですね・・・、領が安定すればすぐにでもしたいと思っています。」

 

「まあ、あそこは王領だから、国から文官と防衛のための軍は派遣されているわけだから、そこを何とかしないといけないからね。」

 

「ええ、家臣は有望な方を1人、王都で見つけました。今後も精力的に人材の発掘をしたいと思っています。それで、人材の話しですけど、【エリアヒール】の講習会は、明後日の月曜日にしっかりと行いますよ。」

 

「ほう、それはギルドとしては助かるけど、いいのかな?」

 

「もともと、こっちの話しの方が早かったんですから、しっかりと行いますよ。」

 

「では、よろしくお願いする。受講者の受付は明日の夕方までにしているが、もうすでに48人だったかな?まあ、50人近くの申し込みがあるよ。」

 

「それは、また、思いの外、多いですね。まあ、やれるでしょう。それでは、今日は此処で失礼します。」

 

 そう言って、退室した。日曜日はのんべんだらりと過ごしつつ、ナトス村の家族にどう伝えたものかと悩んだり、鋼鉄製の鎧を修理に出しに行ったりした。

 

 そして、とうとう月曜日。9時開講予定なので、8時30分にはギルドに着いた。そのまま、ユリアさんに案内されながら、馴染みの練習場に着いた。特に準備するモノも無いので、僕は、受講者が集まるまで、各【魔法】の練習をしていた。そういえば、長距離を一瞬で移動する【魔法】って見たことないよなあ。ふむ、今度、色々と試してみよう。ちなみに“シュタールヴィレ”のみんなも一緒だよ。

 

 9時になり、受講者が集まった、全員で53人か。

 

「おはようございます。今回、講師を(つと)める5級冒険者の“ガイウス・ゲーニウス”です。よろしくお願いします。」

 

 挨拶をしながら、【鑑定】をして、全員の【ヒール】のLvを確認する。Lvによってグループ分けをするためだ。

 

「皆さんには、これより、複数のグループに分かれてもらいます。」

 

 “シュタールヴィレ”の各人に手を借りながら、グループを分ける。準3級のアントンさんと3級のレナータさんがいるから、スムーズに進んだ。そして、3つのグループに分かれてもらった。

 

 【ヒール】のLvが1~10のグループには、【ヒール】を自分で付けた傷に集中しながらかけるように指示した。Lvが11~20のグループには、体に複数の傷をつけ、それを全部一度に【ヒール】で治すように指示をした。Lvが21以上のグループには、自分の周囲2mほどの範囲に満遍なく【ヒール】をかけるイメージをしながら【エリアヒール】をかけるように指示した。

 

 これらの指示は全て【教育者】の能力で出てきた思考通りに行った。Lvが20以下のグループは、Lvの底上げをさせ、Lv.21以上のグループには、エミーリアさんに行ったような実践をして貰う。さらに【教育者】の能力はLvアップのブーストがかかるようなのだ。実際、Lvが1~10のグループは、すぐに全員がLv10以上になった。

 

 そして、講習を始めて30分後、Lvが21以上のグループから次々と「できた。」「これが【エリアヒール】・・・。」などなど、膜が下りるようにキラキラと【エリアヒール】をみんなが嬉しそうに連発していた。僕は、彼らの方に移動し、

 

「鍛錬を続ければ、ここまでできますから鍛錬を(おこた)らないようにしましょう。【エリアヒール】。」

 

 すると、練習場全体を覆うように黄金色の膜が下りてきて、練習場にいた全員を包むようになった。そして、それが消えると、“シュタールヴィレ”を除く全員が体の全快を驚いていた。

 

「ガイウス殿。我々はここまで、いけるんでしょうか?」

 

「必ずいけるとは言えません。ですが、近づくことは可能でしょう。」

 

 そう答えると、皆のやる気が目に見えて上がった。昼休憩までには、全員がLv20を越した。うん、いい流れだ。昼食休憩を挟んで、午後も【ヒール】と【エリアヒール】の鍛錬を続けさせる。

 

 すると、【ヒール】しか使えなかったLvの低い人たちから、範囲は狭いが【エリアヒール】が使える人がでてきた。終講時間の16時には、全員が範囲の大小はあるが【エリアヒール】を使えるようになった。途中から見に来たアンスガーさんとアラムさんは、口をあんぐりと開け、驚いていた。うん、僕も驚いているもん。さすがチートの【教育者】。これなら、新しい土地、ゲーニウス領でも色々とできそうだ。

 

「みなさん、お疲れさまでした。これで、【エリアヒール】の講習会を終わります。」

 

「「「ありがとうございました。」」」

 

 さて、宿に帰ろうかな。アンスガーさんに捕まって次回の講習を約束させられる前に。




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第79話 実家に帰らせていただきます

「僕は、今日、実家に帰ります。」

 

 7時の朝食時にそう言ったら、場の空気が凍った。特に、クリスなんか目を大きく見開いている。そして、レナータさん以外が怖い顔をしている。あれ?なんか変なこと言ったかな?

 

「そういうわけで、今日、僕は仕事をお休みします。一緒にナトス村まで行きたい人はいますか?」

 

 そう続けて言うと、場の空気が一気に弛緩した。ん~、何だったんだろう?まあ、いいや。みんなの表情も元に戻ったことだし。ところで、なんで普通にユリアさんがいるんだろう?ギルドに出勤しなくていいのかな。そのことを聞いたら、

 

「ガイウス君について行くために、ギルドは昨日付けでやめました。」

 

 と答えてくれた。正直、驚いた。でも、恋愛ってそういうモノなのかもしれない。一方のナニかを犠牲にして成り立つという、そういうモノ。さて、それで、誰が一緒に来るのかな?再度問いかけると、5人全員が名乗り出た。となると、日帰りは厳しいかもね。取り敢えず、ギルドに行って、アントンさんか奥さんのエレさんに今日と明日の“シュタールヴィレ”としての活動が無い事を伝えないといけないね。

 

 外出するために準備を各自行う。と言っても、1日しか滞在する予定はないからすぐに準備はすんで、8時30分にはギルドに着いた。すでにアントンさんは来ていて、エレさんとお話し中だった。

 

「おはようございます。アントンさん。エレさん。」

 

「おう、おはよう。」

 

「おはようございます。ガイウス君。」

 

 アントンさんに、今日と明日はナトス村の実家に帰るので、“シュタールヴィレ”で依頼(クエスト)は受けないと伝えたら。「俺もついて行く。」と言ってきた。エレさんも「ちゃんと、お土産を買っていって挨拶をするのよ。」と、アントンさんの外泊許可を出してました。

 

 結局、“シュタールヴィレ”のみんなで帰ることになった。どうして、こうなったんだろうと思わなくもないが、仲間のみんなを家族に紹介できる良い機会だと思うことにした。あ、あと辺境伯に叙せられたことも。これは、言っても信じないかもしれないけど。

 

 みんながそれぞれお土産を買うと言ったので、10時30分に東門で合流することとした。僕は、鎧の修理状況を聞きに行き、その足で大きな商店に行って、弟のトマスと妹のヘレナに甘い日持ちのするお菓子を沢山買い込んだ。貴族証を見せると、店の奥の商品まで見せてくれた。貴重なお酒とかを父さんとじいちゃん用に買って、綺麗な織物は、母さんとばあちゃん用だ。しかし、貴族証って凄いね。お店の人の態度が一変したもの。最初はおつかいに来ている子供に対する対応だったもの。まあ、年齢的に考えたらそれで正解なんだけどね。

 

 そんなこんなで、10時30分になり、東門からナトス村へ向け出発した。通行検査で僕とクリスの貴族証を見せたら、ちょっとした騒ぎになったのは反省しないとね。そんな感じで、東門を出て、のんびりと道を歩いていると、インシピットの方から衛兵の早馬がナトス村方面へ駆けて行った。なんかあったかな?

 

 道中は特に何もなかった。「2週間前はここらへんで盗賊に出会いましたねー。」とローザさんとエミーリアさんに話しかけ、そこからの今までを振り返りながら歩いた。途中で昼食休憩をするため、黒魔の森を背にするかたちで道の脇によけ、昼食を摂っていたら、背後の茂みがガサガサと動いてグレイウルフの子供が出てきた。【気配察知】でわかっていたから、僕はびっくりしなかった。アントンさんとレナータさん、ユリアさんも同様だ。クリスとローザさん、エミーリアさんは思わぬ訪問客に最初は驚いていたけど、すぐに笑顔になった。

 

 僕は、「知り合いが来ているようなので挨拶をしてきます。」と言い、グレイウルフの子供たちを()で、森の中に入って行く。すぐに目当ての人物?であるグレイウルフリーダーのルプスのもとに辿り着いた。

 

「やあ、先日ぶりだね。」

 

「うむ。お主の仲間には面白い方が増えたようだな。」

 

「レッドドラゴンのレナータさんの事かな?彼女とはルプスに相談した日に会ったんだよ。」

 

「そうかそうか。やはり、レッドドラゴンであったか。気配が飛竜(ワイバーン)のそれとは桁外れであったからな。」

 

「それで、今日はどうしてここまで?」

 

「うむ、孫たちを狩りのついでに、少し遠出に慣れさせておこうと思っていたところ、お主の匂いがしたのでな。」

 

「なるほど、ロックウルフの肉がまだあるけど、いる。」

 

「ふむ。今回は遠慮しておこう。狩りの腕が(なま)るといかんでな。」

 

「そう、それじゃあ、またね。」

 

「うむ。」

 

 そう言って、ルプスと別れてみんなのところへ戻った。みんなはルプスの孫たちと(たわむ)れていた。ルプスの息子と奥さんはアントンさんとレナータさんにモフられていた。僕が戻ってきたのに気づくと、ルプスの息子たちは森へ戻っていった。クリス達は名残惜しそうにしていた。その気持ちはよくわかるよ。可愛い上にモフモフだもんね。

 

 さて、昼食も終わったし、移動を再開しますか。夕方までには着きたいよね。みんなで雑談しながら歩いて行く。村が見える頃には日が傾いていた。みんなに「あれが、ナトス村です。」と伝え、すこしだけ歩く速度を(はや)める。ん?村の入口に人がいる。誰だろうと思って目を凝らしてみると、その人物は、僕たちを途中で追い抜いて行った衛兵さんだった。彼もこちらを認めたのか、あっという表情をして村の中に走っていった。なんなんだ?

 

 そして、僕は今、村長をはじめとした村のみんなが(ひざまず)いた状態で迎え入れられています。ホント、なんなのさ!?




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第80話 2週間ぶりの再会

「ガイウス・ゲーニウス辺境伯様、お帰りなさいませ。クリスティアーネ・アルムガルト様、ナトス村へのご来訪歓迎いたします。」

 

 お堅い空気の中で、村長さんがそう言って、頭を下げる。後ろの村の人たちに衛兵さんもだ。早馬が僕たちを追い抜いて行ったのは、このためだったのか。

 

「みんな、顔を上げて、立ってください。僕は、功績を挙げ、こうして貴族の仲間入りをしましたが、本質は変わっていないつもりです。今まで通り、ガイウスとして接してもらったほうが過ごしやすいです。それと、衛兵さんはお疲れ様です。」

 

 とりあえず、みんなを立たせる。いやあ、貴族ってなんかなあ。慣れないかも知れないなあ、僕は。クリスも、

 

(わたくし)は、ガイウス・ゲーニウス辺境伯様と共に冒険者をしておりますの。ですので、一冒険者として扱っていただけると助かりますわ。」

 

 そのように言ってくれたので、場の空気が少し緩んだ。そして、

 

「「ガイウス兄ちゃーん!!」」

 

 弟のトマスと妹のヘレナが、人をかき分け飛びついてきた。僕は2人を抱きしめ、頭を()でる。それで、場の空気はいつものような緩い、村の空気に戻った。これでいいんだよ。あの、お堅い空気は息が詰まる。

 

「はーい、みなさーん。お出迎えありがとうございました。解散でーす。」

 

 僕が大声で告げると、1人、また1人と村の中に戻っていった。村長さんは最後まで残っていたけど、僕が笑顔で頷くと、頭を下げて戻っていった。そして、残ったのは、僕の家族だけだ。

 

 あ、衛兵さんは馬でインシピットに戻っていったよ。手間賃に銀貨を3枚ほど握らせたけど、賄賂(わいろ)にはならないよね?

 

 さて、目の前には貴族になった僕に、戸惑って・・・いないね。普段通りのじいちゃん、ばあちゃん、父さん、母さんがいた。僕は、トマスとヘレナを引っ付けながら、みんなの所へ向かい、

 

「かなり早いけど帰って来ちゃった。ただいま。」

 

「お帰り、ガイウス。」

 

 そう言って、母さんが抱きしめてくれる。じいちゃん、ばあちゃん、父さんは「五体満足で何よりだ。」「少し、大きくなったかねぇ。」「よく帰ってきた。」とそれぞれ言ってくれた。そして、そんな僕の様子をニヤニヤしながら見ている“シュタールヴィレ”のみんな。仕方ないじゃない。僕、まだ12歳の子供だよ。

 

「みなさん、初めまして。私がガイウスの父のエトムントと言います。こちらが妻のヘルタ。私の父と母のフィンとマーヤ。ガイウスに抱き着いているのが次男のトマスと長女のヘレナで、見ての通り双子です。みなさんには、ガイウスがとてもお世話になっていると思いますが、今後もどうぞよろしくお願いします。」

 

 そう言いながら、父さんが頭を“シュタールヴィレ”のみんなに下げると、じいちゃん、ばあちゃん、母さんも続いて頭を下げる。トマスとヘレナも「お兄ちゃんをよろしくお願いします。」と言って頭を下げ、みんなの(ほお)(ゆる)ませていた。

 

 “シュタールヴィレ”のみんなも、とりあえずの挨拶が終わったので、家に向かう。僕の家は、トマスとヘレナが生まれた際に増築したので村の中では大きいほうだ。だから、リビングにはみんなが入れる。

 

 ただし、客間は1部屋しかないので、クリス以外の5人は、宿も兼ねている村長宅に泊まってもらう。そのことは、道中に説明をしていたから問題はないはず。

 

 リビングにてインシピットで買ったお土産をそれぞれに渡す。みんな喜んでくれたようでなによりだ。晩御飯もみんな一緒に食べる。僕が今までしてきたことを、“シュタールヴィレ”のみんなは面白おかしく、家族みんなに話してくれる。

 

 というか、僕が起点で何かが起こっているかのような言い方やめません?事実だから仕方ない?そうですか・・・。ま、兎に角、いろんな功績のおかげで、今の僕は貴族になって、領地も与えられましたってことで家族みんなには理解してもらった。

 

 クリス以外の5人が村長宅に向かった後、僕は家族みんなに切り出した。

 

「ナトス村からゲーニウス領に来ない?みんな、読み書き計算ができるから、領地経営の補佐をしてほしいんだよね。」

 

 すると、意外にも家族みんな乗り気だった。もっと、村に執着(しゅうちゃく)すると思ったのに、良い方向へ違った。理由を聞くと、ナトス村に住み始めたのは、じいちゃんの代からだから、土地も建物も愛着はあるが特に執着は無いということだった。家畜も売り払えばいいと、じいちゃんと父さんは言ってくれた。

 

 とりあえず、ゲーニウス領では雨風が(しの)げる場所さえあれば、文句はないとの事だった。いや、僕の屋敷に住んでもらうから大丈夫なんだけどね。仕事もあるし、心配することは何もないんだよ?そのことを伝えると、領主様だからそれもそうかと、みんな笑った。

 

 父さんとじいちゃんは僕の買って来たお酒で一杯やるというので、僕とクリスはそれぞれの部屋に行って、就寝した。

 

 そして、また来ちゃいました。この白い空間。神様たちの空間に。今日は地球の神様は踏まれてないみたいだ。顔が凄く()れているけど、気づかない振りしよ。ちなみにフォルトゥナ様は鈍く輝く籠手(こて)を両手にはめていた。あー、痛かっただろうなあ。




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第81話 使徒正式就任

「ガイウス、辺境伯への就任おめでとう。」

 

 フォルトゥナ様が笑顔で祝ってくれる。しかし、どうしても、横にいる顔がボコボコになっている地球の神様が、視界に入ってきてしまう。僕は笑いをこらえながら、

 

「ありがとうございます。これも、フォルトゥナ様と地球の神様のご加護と祝福のおかげです。」

 

「確かに、私たちのあげた【能力】によるところは否定ができないわね。でも、行動を起こしたのは、ガイウス、貴方の気持ちよ。いくら、力を持っていても、それを正しく使えなかったら意味がないでしょう?」

 

「僕は、正しく使えていたのでしょうか?」

 

「ええ、もちろん。ただ、人間はいやね。貴方をナーノモン領、今度からはゲーニウス領ね。そこに配置することは、国王の気まぐれじゃないわよ。貴方の冒険者としての腕と、アルムガルト辺境伯家とのつながりを知っていたからそうしたのよ。貴方には、まだ、奥の手がある。そう確信したから、あの人間の言う厄介な領地を与えられたの。」

 

「あー、なんとなくですけど、そんな気はしていました。平民上がりの辺境伯が、帝国との戦闘や黒魔の森で死んでも“替え”がありますもんね。」

 

「でも、貴方、結構な驚きようだったじゃない。」

 

「それはそうですよ。頭でわかっていても、感情というのはなかなか制御ができないもので。それで、今回は一体、何のために僕を呼ばれたのでしょうか?」

 

 一番の疑問を聞いてみる。

 

「あー、それはね。正式に私の使徒にならないかって話しよ。私の使徒になっておけば、何かと便利よ。まず、各国の教会の神官にガイウスが使徒になったことを告げるから、各国の教会が味方につくわね。それと、信者もね。そして、貴方がどんな【能力】を使おうとも、“使徒である”ということで、みんな納得するわ。」

 

「確かにそうでしょうけど、なんでまた?」

 

「コイツが貴方に、何かしようとしても、すぐに私が知ることができるわ。将来の伴侶を好き勝手にされてたまるもんですか!!」

 

 “コイツ”の所で、フォルトゥナ様のボディブロー (籠手あり)が、鋭く地球の神様の鳩尾に突き刺さった。あっ!!地球の神様は立っているんじゃない。吊るされているんだ。ボディブローの衝撃でブランブランしている地球の神様を見てわかった。これって、どこに吊るされているんだろう。

 

 思わず上を見てしまうと、フォルトゥナ様が笑顔で「ヒ・ミ・ツ」と(おっしゃ)られたので、僕は無言で頷いた。

 

「あとね、コイツからも貴方に、授けたい能力があるそうよ。ほら、そろそろ起きなさい。」

 

 そう言って、往復ビンタ (籠手あり)を喰らわせるフォルトゥナ様。あー、トドメを刺しているようにしか見えない。仕方がないので、【ヒール】を使ってみる。神様に効くかわからないけどねー。地球の神様に手をかざし、

 

「【ヒール】。」

 

 光の膜に地球の神様が包まれる。すると、綺麗な顔と意識が戻った地球の神様が、ビンタでまた顔を()らしていた。

 

「ちょっ、イタッ。痛い。フォルトゥナ、やめて。起きたから。ホント、ごめんなさい。籠手(こて)がめり込んで痛いんです。やめてください。ごめんなさい。」

 

 んー、【ヒール】かけないほうが良かったかもね。フォルトゥナ様は笑顔でフルスイングのビンタを最後に一発打つと、指を“パチンッ”と鳴らした。すると、吊られていた地球の神様が拘束から解かれたみたい。四つん這いになって、息を荒くしている。

 

「あんた、ガイウスに【能力】を授けるんでしょ。早くしなさい。」

 

「はいはい、ガイウス、君には【空間転移】の能力を授けよう。使用する魔力量に応じて、どこまでも、一瞬で行ける能力だよ。領主となって色んな所を見に行くときに便利だよー。ちなみに、ガイウスだけじゃなくても、指定すれば人でも物でも土地でも何でもいけるよ。便利でしょ?」

 

「確かに、便利そうですね。でも、いいんですか?戴いても。」

 

 素直に思ったことを聞く。すると、地球の神様は笑みを浮かべながら、

 

「ガイウス、君は素晴らしい。一国の主には、まだ、なれていないけど辺境伯というそれなりの地位についた。これからの立身出世が楽しみだ。しかも、君は関わった人を不幸にしていない。いいよ。とてもいい。他の転生者や転移者は、異世界の住人を、自分の立身出世の踏み台か道具にしか思っていない者もいるからね。そういうのは、俺はあんまり好きじゃないんだよね。見ていて胸糞悪くなってくる。君は一種の清涼剤だよ。」

 

 興奮したように言ってくる。フォルトゥナ様も引いている。助けてください。目でフォルトゥナ様に訴える。フォルトゥナ様は、嫌々ながら熱く語っている地球の神様に近づき、げんこつ (籠手つき)を喰らわせた。「うおぉぉぉ・・・」と呻いて(うずくま)る地球の神様。

 

 とりあえず、【ヒール】かけとこ。光の膜がまた地球の神様を包み込む。

 

「ありがとう。しかし、半神だからできることだよなあ。普通の人間の治癒関係の魔法って俺達には効かないからなあ。まあ、勝手に治るっていうこともあるんだけどね。」

 

「そりゃあねえ、私の伴侶になる予定なんだから、このくらいは当り前よ。それで、あんたは早くガイウスに【能力】を与えなさいな。」

 

「はいはい。ほんじゃ、いくよー。」

 

 地球の神様が僕の頭に手を置く。光が僕を包みすぐに消える。ステータスを確認すると【空間転移】が追加されていた。それと、【()べる者】というのも追加されていた。そのことを地球の神様に聞くと、フォルトゥナ様の高速ハイキック (足甲つき)が地球の神様の頭を捉え、彼を吹き飛ばした。

 

「あんた、また勝手に他の【能力】も与えたわね!!このバカ!!」

 

 フォルトゥナ様、同感ですけど、聞こえて無いと思います。




見てくださりありがとうございました。


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第82話 キスと教会と朝食と

「それで、僕は、フォルトゥナ様の使徒になるわけですが、何か行動に制限はあるんですか?」

 

「あら、そんなものは無いわよ。そうだ、1つ【能力】をあげましょう。【飛翔】はどうかしら?【能力】を発動すると、飛べるようになるわ。それにプラスして、鳥のような羽を背中から生えさせるのはどうかしら。地球の使徒の一種の天使というのがいるのだけど、それも羽があるのがいるみたいなのよねえ。」

 

「うーん、背中に羽ですか、邪魔そうですね。」

 

「ま、確かにね。とりあえず、空を飛ぶだけの【飛翔】の【能力】のみあげとくわ。羽については順次、更新するということで保留にしましょう。」

 

「はい、わかりました。」

 

 フォルトゥナ様が僕の頭に触れる。光が僕を包みすぐ消える。

 

「よし、これで終了。明日の、日付が変わっているから今日ね。今日の朝の礼拝の時に、貴方が、私の使徒になったことを、全ての教会に伝えるわ。」

 

「わかりました。」

 

「それじゃ、ガイウス元気でね。」

 

 フォルトゥナ様が近づいて、口へのキスをしてくる。

 

「将来の伴侶なんだから、このくらいはね。ちなみに、初めてのキスよ。」

 

 笑顔で(おっしゃ)られたその言葉とともに、僕は神様たちの空間から元の世界に戻されたのだった。

 

 家のベッドの上にいる状態に戻っていた。僕は起き上がり、窓を開ける。日が昇ってきている。二度寝をする気にもなれなかったので、1階のリビングに向かう。母さんとばあちゃんが朝食の準備をしている。

 

「母さん、ばあちゃん。おはよう」

 

「あら、早いわね。おはよう。ガイウス。」

 

「ガイウス。おはよう。まだ、ご飯は出来とらんよ。」

 

「お腹が空いて起きたんじゃないよ。フォルトゥナ様からお告げがあってね。」

 

 2人とも僕の言葉に手を止める。

 

「大したことじゃ無いよ。世界中の教会に、僕が“フォルトゥナ様の使徒”だと云うことを伝えるということだったよ。」

 

「母さんには大したことに聞こえるけど・・・。」

 

「ヘルタさん。私もさ。」

 

「まあ、気にしないで。ちょっと、教会の方が騒がしくなるくらいだから。」

 

 僕はそう言って、席に着く。しかし、今日の朝食は随分と手の込んだものになりそうだ。そのことを聞くと、

 

「クリスティアーネ様がいらっしゃるからね。腕によりをかけたわ。それに、ガイウスのお土産の中に、いいお肉とか香辛料もあったしね。」

 

 笑いながら手を休めずに母さんが答える。ばあちゃんも隣で頷いている。確かにクリスはアルムガルト辺境伯家の娘だけど、数日の冒険者生活で、庶民の暮らしに慣れるなど順応が高い子だと思っている。まあ、アルムガルト辺境伯家の家風もあるんだろうけどね。

 

 さて、朝食まではもう少し時間があるから教会に行こう。先にフォルトゥナ様から、“僕を使徒にした”とお告げがあると伝えておこう。せめて、村の中だけは平穏でいたいからね。母さんとばあちゃんに「少し教会に行ってくるよ。」と伝え、教会に向かう。

 

 教会は、村のほぼ中心に位置していて、宿兼村長宅の次に大きい。鍾塔(しょうとう)もあるから、パッと見は教会の方が大きく見えるんだけどね。一応、孤児院みたいなものはあるけど、お世話になっている子は、2週間前はいなかった。多分、今もいない。

 

 その代わり、そこでは、読み書き計算を教えてくれている。授業料はお布施だったり、農畜産物の現物だったり、様々で“食”という面では、村で一番贅沢な場所かも。そのおかげで、村民と神官さんとの関係は良好だ。

 

 「おはようございます。」礼拝堂の扉を開けて言うと、奥から神官さんが出てきた。

 

「おはようございます。ゲーニウス辺境伯様。」

 

 (かしこ)まって言うので、

 

「神官様、いつも通り“ガイウス”呼びでお願いします。」

 

 と頼む。神官さんは困った顔をしながらも、頷き、

 

「では、改めて。おはようございます。ガイウス君。2週間ぶりですね。」

 

「はい。」

 

「それで、今朝は何の用で?朝食の時間よりも早いではないですか。」

 

 あっ、しまった。神官さんの朝食の時間にお邪魔しちゃったかな?その考えが顔に出たのか、

 

「ああ、私はまだ、朝食を摂っていませんよ。妻が準備中です。」

 

「それなら、よかったです。実は今朝方、フォルトゥナ様とお会いしまして、各国の教会に今日の朝の礼拝の時にお告げをするそうです。驚くといけないので、先にお伝えしとこうと思って。」

 

「ガイウス君。十分に驚いていますよ。各国の教会、全てですか?いやはや、凄いですね。私には想像がつきません。」

 

「僕もですよ。それで一応、使徒の証として、空を飛べるようになりました。」

 

「ほう、見させてもらっても?」

 

「いいですよ。室内ですから、少し浮くだけですけど。」

 

 そう言って、礼拝堂の天井ギリギリまで飛び上がり、室内を高度を変えて3周した。終わって、着地すると、神官さんは驚いて口をあんぐりと開けていた。それでも、すぐに正気に戻り、

 

「素晴らしいモノを見せて頂けました。ありがとうございます。ガイウス君。」

 

「いえいえ、神官様にはお世話になりましたので。」

 

「ハハ、君ほど、要領よく教えたことを覚えてくれた子供はいませんでしたよ。フォルトゥナ様が君を選んだのも、理由があるのでしょう。」

 

「はい、確かに、選んだ理由を教えてくれました。それは・・・。」

 

「おっと、ガイウス君。それ以上は言わなくて結構ですよ。フォルトゥナ様との会話の内容は、胸の内にしまっておきなさい。教会内にも派閥がありますからね。そういう人たちに変に言質(げんち)を与えるといけませんから。ああ、ちなみに私は、そういうのが嫌で、中央から、こういう長閑(のどか)なところに赴任したんですけどね。」

 

 神官さんは笑いながら教えてくれた。うん、今後は気をつけよう。フォルトゥナ様の像に一礼してから「それでは、失礼しました。」と言い、僕は教会をあとにした。

 

 家に帰ると、リビングテーブルの上には、ご馳走と言ってもいいくらいの数々の料理がのっていた。トマスとヘレナは席に着き、目を輝かせて料理を見ている。「おかえり、ガイウス。」と母さんが言って、席に着くよう促した。

 

 クリスも席に着き、ばあちゃんと話しをしている。僕が席に着くと、父さんが「それでは、いただこう。」と言って、みんなでフォルトゥナ様にお祈りしてから朝食を摂った。昨日の夜も思ったけど、やっぱり実家の味って安心するよね。




見てくださりありがとうございました。


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第83話 娘さんも幸せにします

 朝食のあと、ローザさん達と合流して夕暮れ時にはインシピットに戻った。道中では特に何も無かったので割愛だよ。ただ、インシピットの町に入る時に、入門の列に並んで待っていると、衛兵隊長のドルスさんが走ってやって来て、詰所の方に案内される。

 

「ガイウス・ゲーニウス辺境伯様、クリスティアーネ・アルムガルト様。貴族証をお持ちであれば、優先してお通ししますので、次回からはそのようにお願いいたします。」

 

「本音はなんですか?あと、口調もいつも通りでいいですよ。」

 

「ガイウス君。君は今、もの凄く注目されている人物だ。そんな人が列に並んでいるのを気づかれると騒ぎになる。そして、私の仕事が増える。」

 

「あー、フォルトゥナ様の教会へのお告げとかのせいですよね?」

 

「まあ、それもあるけど・・・。君、自覚は無いのかい。12歳で武勲によって辺境伯、さらにはフォルトゥナ様の使徒など英雄物語の主人公ではあるまいし。今、この近辺で最も注目されている人物だよ。君は。ローザ君たちも年長者なのだから、そこのあたりを注意してほしいな。関係ないって顔していますけど、ユリアさんにアントン殿もですよ。・・・はあ、確認が終わりましたので、どうぞお通りください。」

 

 詰所の中を通り、インシピットの町に入る。そのまま、冒険者ギルドに行って、エレさんにアンスガーさんに取り次いでもらうようお願いする。すぐに案内できるということだったのだが、クリス以外のみんなは併設食堂で待っとくとの事だったので、僕とクリスの2人でアンスガーさんに会う。

 

 執務室の扉をノックし、

 

「アンスガーさん、ただいま戻りました。」

 

「ああ、ガイウス君、クリスティアーネ、無事に戻ってきてくれて何よりだ。さて、時間も時間だし、手早く用件を聞こう。」

 

 柱時計に目をやると、17時23分。確かに、手間をとらせるのはいけないね。クリスを見ると、頷いたので、

 

「明日、23日の月曜日の午前10時にダヴィド・アルムガルト辺境伯様とヴィンフリート・アルムガルト伯爵殿のお2人にお会いして、お話しをしたいので、先触れをお願いできないでしょうか?」

 

 そう言いながら、封蝋(ふうろう)した手紙を取り出す。アンスガーさんはそれを見て、

 

封蝋印(ふうろういん)はまだ、できていないのだな。家紋は・・・。ふむ、面白い家紋だ。君のことを端的に現している。いいじゃないか。で、先触れだったね。いいよ。受けよう。クリスティアーネの件だろう?」

 

「はい、そうです。」

 

「では、こちらからのお願いも聞いてもらえないだろうか?」

 

「なんです?」

 

 なんかの魔物の討伐かな?

 

「フォルトゥナ教教会“インシピット”支部の神官長ベドジフ殿が、23日から28日の間に教会に来てほしいということだ。まあ、もっと丁寧な言葉だったがね。」

 

「あー、わかりました。伺います。」

 

 んー、少し面倒くさいことかなあ。ま、教会に行けばわかることだし、今考えても仕方ない。

 

「おいおい、フォルトゥナ様の使徒がそんなに下出に出なくてもいいんだよ。“行ってやる。”ぐらいの気持ちの方が、相手もわかりやすくていいだろう。」

 

「生憎、そういう性分(しょうぶん)なものなので。」

 

 アンスガーさんは顎に手をやりながら、

 

「フムン。全く、君は歳相応以上の人格者だ。子供だから、わがままを言ってもいいのだよ。」

 

「結構、自分の好き勝手に生きているつもりですよ。僕は。」

 

「わかった。先触れの件は了承した。父上と兄上に伝えておこう。迎えは必要かね?」

 

「いえ、必要ありません。飛んでいきます。」

 

「いくら、君の力でもクリスを抱えてジャンプしても本邸まではつかんよ?」

 

 おっと、齟齬(そご)があるね。こういう時、発音が似ていると困るねえ。

 

「フォルトゥナ様の使徒になったので、鳥のように飛べます。ですので、空を飛んでいきます。」

 

「なっ!?本当かね!?凄いな。それは。・・・わかった。門番の衛兵にも伝えておこう。それと、竜騎士(ドラグーン)たちにもね。未確認の敵として、攻撃されるよりはいいだろう?」

 

「そうですね。お願いします。」

 

「うむ、任された。さ、夕食の時間だ。ユリアさんたちを待たせているのだろう?早く行った方がいいと思うよ。」

 

「わかりました。それでは、失礼しました。」

 

「失礼しました。叔父様。」

 

 クリスと共に礼をして、執務室を出る。そのあとは、奥さんでギルド受付嬢のエレさんの仕事上がりを待つというアントンさんと別れ、“鷹の止まり木亭”に戻り、夕食を摂った。明日の予定については既にみんなに話しているので、アントンさん、ローザさん、エミーリアさん、ユリアさんの4人で適当に依頼(クエスト)をこなしておくとの事で決まっている。

 

 ちなみにユリアさんは準1級の冒険者証を持っている。流石は、騎士爵持ち。ついでに云うとユリアさんの家名は、レマーだ。だから、正式な名前はユリア・レマーとなる。余談だね。

 

 夕食をすませて部屋に戻る。ちなみに、折檻はもう終わりだ。僕が辺境伯になったので、精通した時点でチョメチョメすることになった。ユリアさん曰く、跡取りは、早ければ早い方がいいとの事だった。そして、子沢山になったら、家臣団を形成すればよいとも言っていたね。まあ、明日次第さ。

 

 そして、23日の午前9時50分、僕は、両脇を迎えに来た竜騎士(ドラグーン)に護衛され、クリスをお姫様抱っこして、アルムガルト辺境伯家の本邸の上空を旋回していた。門番の衛兵さん達が、整列して着陸場所を示してくれる。

 

 そこに着地すると、本邸からダヴィド様とアライダ様、ヴィンフリート様とドーリス様が護衛とともに出迎えに来た。

 

「ガイウス・ゲーニウス辺境伯殿。此度(こたび)はご足労、感謝をし、歓迎する。」

 

「ガイウス・ゲーニウス辺境伯様。私も父と同様に、ご訪問を歓迎します。して、用件とは?」

 

 僕は衛兵さんと竜騎士(ドラグーン)の衆目の中、ごく普通に、

 

「クリスティアーネ様を伴侶とさせて戴きたい。そして、クリスティアーネ様も幸せにしましょう。」

 

「「「「はっ!?」」」」

 

 あれ、なんかやっちゃったかな僕。アライダ様が笑みを浮かべながら、

 

「このようなところで、クリスティアーネを伴侶にと願ったのは、百歩譲ってお許ししましょう。まだ、貴族の礼儀とかもお知りではないでしょうから。しかし、クリスティアーネ“も”ということの意味を聞いてもよろしいでしょうか?もちろん、屋敷の中で。」

 

 クリスは隣でため息をつき、ダヴィド様とヴィンフリート様は顔を青くしている。そして、その視線の先のアライダ様とドーリス様のこめかみには青筋が浮かんでいる。あ、これはダメなやつですね。




見てくださりありがとうございました。


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第84話 お説教

 アライダ様とドーリス様のお怒りを買ってしまった僕とクリスは応接室にて、机を挟み、お2人と対峙している。ダヴィド様とヴィンフリート様?あの方たちは、青い顔をしながら、部屋の隅で紅茶を飲んでいます。

 

「さて、ではガイウス・ゲーニウス辺境伯様にお訪ねします。先程、クリスティアーネ“も”と仰られましたが、他にも、将来を約束した女性がいるのですね?」

 

 アライダ様が尋ねてくる。僕は頷き、

 

「はい、4名おります。そのうちの3名は皆さまも面識がある者たちです。」

 

「4名も!?貴方は、ガイウス様は、クリスティアーネを想っているのではなかったのですか!!」

 

「お義母(かあ)様の言うとおり、ガイウス様、貴方は何を考えているのですか!!クリスティアーネと婚約の発表もしていないというのに。クリスティアーネもです。なぜ、黙っていたのですか!?」

 

「お母様、お祖母(ばあ)様。(わたくし)は、他の4名の方々としっかりとお話しをして、決めました。(わたくし)自身が決めたのです。いくら、お母様、お祖母(ばあ)様といえど、文句は言わせません!!(わたくし)と共にガイウス様の伴侶となる方々は・・・。」

 

 そこからは、クリスがローザさん達のことについて、彼女たちがどれだけ僕を想っているか、そして、僕がどれだけクリスの事を想っているかを語った。それは、もう熱く。時間にして3時間。

 

 最初は怒りで青筋が浮かんでいたアライダ様とドーリス様だったけど、クリスの語りが30分を過ぎたあたりで、段々としまったという顔になっていき、最後のほうでは、悟りを開いた神官様みたいな、なんとも形容しがたい表情になっていた。

 

 そんな表情で、アライダ様とドーリス様が、

 

「ガイウス様、クリスティアーネをお願いします。」

 

「ガイウス様、このように、想いの熱い子ですが、どうぞよろしくお願いします。」

 

 と、お2人とも頭を下げてきた。僕は慌てて、

 

「いえ、僕も配慮が足りませんでした。申し訳ありません。クリスティアーネもごめんね。それと、ありがとう。」

 

「いえ、(わたくし)のしたいようにしただけですわ。しかし、まったく、お祖父(じい)様とお父様は、“我、関せず”で昼食にいったみたいですね。あんな、青い顔をしていたのに。」

 

「クリスティアーネ・・・。あの方たちは、(いくさ)の事となると滅法(めっぽう)強いのですが、このような状況は苦手としますからねぇ。」

 

 困ったようにアライダ様が(ほお)に手をやって、ため息をつくように言った。うーむ、ダヴィド様とヴィンフリート様の気持ちはよくわかるから、何とも言えないなあ。

 

「さあ、お義母(かあ)様、クリスティアーネ、お食事にしましょう。ガイウス様もよろしければ、ご一緒しませんか。」

 

「それでは、お言葉に甘えて。」

 

 そうして、アライダ様とドーリス様と共に昼食を摂ることになった。貴族の食事マナーとかは、まだ全然わからないんだよなあ。そう思いながら、アライダ様とドーリス様、クリスティアーネの様子を見ながら、見よう見まねで昼食を摂っていると、【見取り稽古】のおかげか徐々に慣れてきた。最後のほうは随分うまく出来ていたのではないかな。自画自賛になっちゃうけど。

 

 昼食が終わると、改めて応接室でダヴィド様とヴィンフリート様、アライダ様とドーリス様に対して、クリスを伴侶とする許可を得ることにした。

 

「改めて、クリスティアーネ・アルムガルト様を、(わたくし)、ガイウス・ゲーニウスの伴侶とすることをお許しください。」

 

「うむ、ガイウス殿ならば、安心して孫娘の身を任せられるというものだ。のう、ヴィンフリートよ。」

 

「はい、父上。ガイウス様の勲功を考えましても、また、性格も昨今の貴族にはいない真っ直ぐな方であります。ガイウス様以上の方をとなると、王家の方々ぐらいでしょうか。しかも、ガイウス様はフォルトゥナ様の使徒でありますゆえ、ゲーニウス辺境伯家の安泰は確約されたモノでしょう。」

 

「有り難きお言葉、ありがとうございます。(わたくし)身命(しんめい)()して、クリスティアーネ様を幸せにしましょう。」

 

 4人とも満足そうに頷く。そして、ダヴィド様が笑いながら、

 

「堅苦しいのは此処までだ。茶と茶菓子でも食べながら、歓談しようではないか。」

 

 すぐに、メイドさんが、紅茶とお菓子を用意する。食後ということもあり、軽めのモノだ。

 

「ディルクとベルントもご一緒できればよろしかったのだが、領軍の任務で黒魔の森へ魔物狩りに行っていてな。申し訳ない。」

 

「いえ、ヴィンフリート様。僕も急に来ましたので、仕方がありません。それに領軍の任務であればなおさらです。」

 

「ふむ、義父(ちち)と呼んでくれてもよいのだよ?」

 

「それでは、今後はお義父(とう)様と。」

 

「うん、うん。いいね。ディルク達も昔は“父さま、父さま”と呼んでいてくれたが、今では、お固く“父上”だからねえ。ま、これで、アルムガルト辺境伯家とゲーニウス辺境伯家は縁戚(えんせき)関係となるわけだ。息子が増えたみたいで嬉しいねえ。それに娘も4人も増えるとはね。全く、ガイウス殿は私たちの予想を超えていく。ゲーニウス辺境伯領でどのようなことをするか楽しみだねえ。」

 

 そうヴィンフリート様が言うと、メイドさんを含めた部屋中の人間が“うんうん”と頷いた。んー、僕って人外認定でもされているのかなあ。ま、今日の目的は果たせたわけだし、良しとしますか。




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第85話 ローザさんとエミーリアさん

 24日の火曜日になりました。昨日はアルムガルト辺境伯邸において、僕の失言から、あわや大惨事になるところをクリスのおかげで乗り切り、クリスとの関係も認めてもらえたよ。今日は、ローザさんとエミーリアさんのご家族に挨拶に行きたいね。

 

 ちなみに、昨晩、ユリアさんに「ご家族に挨拶したい。」と言ったら、

 

「あの人たち、今どこに居るんでしょうねえ。エルフは長命種なので、20年ぐらいで住む所を変えていく者が多いんですよ。私の家族もそうなので、アイサール大陸のどこかにいるとは思いますよ。探します?」

 

 との事だったので、機会があれば挨拶をするということにした。使徒のお願いということで、教会の力を借りればすぐにでも、見つかるだろうけど、あまり、教会に借りは作りたくないよね。嫌ってわけじゃないけど、権力闘争に巻き込まれそうで。

 

 ユリアさんは、現在、“シュタールヴィレ”に在籍してもらっている。まあ、念のために。ユリアさん自身もパーティに入っていた方が、冒険者に復帰したと知られづらくていいって言っていたからね。

 

 それで、ローザさんとエミーリアさんのご家族ってことになったんだけど、これまた、僕の考え無しの発言を悔いることになってしまった。

 

「私とエミーリアは幼馴染で、旧ナーノモン領のヌローホ村の出身なんだけど、もう村そのものが無いのよねー。黒魔の森のスタンピードでやられちゃって、大人はみんな子供を逃がすために死んじゃったの。だから、私とエミーリアは孤児ってわけ。一応、ゲーニウス領のオツスローフの町の孤児院が実家みたいなものね。最近は戻ってないけど。」

 

 うーむ、しまった。あまり、そう簡単に聞いていいものじゃなかった。僕のその気持ちが表情に出ていたのか、ローザさんは笑って、

 

「でもね、助けてくれた方がとても良い方だったのよ。確かジギスムント・クンツ男爵様という貴族様だったわ。ね、エミーリア。」

 

「そう、その男爵様がスタンピードの鎮圧部隊を率いていて、私たち、ヌローホ村の生き残った子供を保護してくれた。孤児院に入ったあとも何かと世話を焼いてくれた。あれは、7年前だから、ガイウスと同じ12歳の時の事だった。15歳になって孤児院を出るまで、ずっと援助をしてくれていたから、もしかすると、まだ、ゲーニウス領にいるかもしれない。国軍の部隊長さんだったから。」

 

 ふむ、それなら、オツスローフの教会に行ってから、ジギスムント・クンツ男爵にも会った方がいいかもね。さて、ここから、ゲーニウス領まで行くとなると、馬でも往復1週間近くかかってしまう。なので、【空間転移】を使うことにしよう。フォルトゥナ様の使徒になったわけだから、騒がれても大丈夫なはず。

 

 ということで、今日の方針を朝食時にみんなに伝えて、了承を得る。【空間転移】の話しをしたら、「おとぎ話じゃないんだから。」と笑われてしまったけれど。朝食を終え、準備を整え、いつものごとくギルドにてアントンさんに話しをする。「もちろん、ついて行く。」という返答だったので、みんなで行きますよ。ちなみに、アントンさんも話を聞いていたエレさんも【空間転移】を信じてくれなかった。

 

 門を出て、しばらく歩いていると、みんなは本当に【空間転移】をするのではと思い始めたようで、ざわざわしだした。適当に町から離れたところで、黒魔の森に入り、“シュタールヴィレ”のみんなが固まれる空間を見つけた。

 

「それじゃあ、いきますよ。“オツスローフの町の近く”まで【空間転移】」

 

 一瞬で風景が変わり、僕たちは平原にポツンと立っていた。少し遠くに(2~3kmかな。)石造りの壁が見える。魔法陣が出てくるとか、光に包まれるとか一切無かった。ホントにいきなり、風景が変わった。

 

「成功しましたかね?どうですか、ローザさんとエミーリアさん。この風景に見覚えはありませんか?」

 

 しばらく、辺りを見回すと、2人とも顔を合わせて頷いて、ローザさんが言った。

 

「間違いなく、オツスローフの町の近くよ。街道からは外れているけど。あれがオツスローフの町の防護壁よ。本当に一瞬で来られるなんて嘘みたい・・・。」

 

 すると、他のメンバーからも驚きの声があがった。落ち着くまで数分かかったけど、【空間転移】を発動した僕自身が、かなり驚いているからね。仕方ないね。しかし、凄い能力だ。これなら、本当にどんなところでも行き放題だ。

 

 まだ、落ち着かないみんなの気持ちを【エリアヒール】で落ち着かせる。「【ヒール】で気持ちを落ち着かせるなんて・・・。」とかユリアさんやアントンさんが言っていたけど、気にしない。今は、オツスローフの町の孤児院に向かうのが優先事項だ。

 

「それでは、みなさん、行きますよ。ここからは、歩きです。」

 

 とは言っても、町の防護壁は見えているから、15分も歩けばつくだろう。みんなと雑談しながら歩いて行く。ローザさんとエミーリアさんは久しぶりの帰郷にワクワクしているようだ。足取りが軽い。オツスローフの町の孤児院は良いところだったのかもね。

 

 壁門の列に並ぶ。朝と昼の間の時間だからか、人も少なくすぐに自分たちの番になった。僕とクリス、ユリアさんは貴族証と冒険者証を、ローザさんとエミーリアさん、アントンさんは冒険者証をそれぞれ見せた。僕の貴族証を確認した衛兵さんは、

 

「みなさまは、本日は冒険者としてのご来訪でしょうか?」

 

 と尋ねてきたので、「仲間が出身の孤児院に用があってきた。」と伝えると、その衛兵さんは別の衛兵さんに耳打ちして、耳打ちされた衛兵さんはどこかへ走って行った。【気配察知】で後を追ってもよかったけど、悪いようにはならないだろう。ローザさん達も検査が終わり、みんなしてオツスローフの町に入った。うん、悪くはないね。道は清潔だし、人々の表情も明るい。良い町だ。




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第86話 ジギスムント・クンツ男爵

 ローザさんとエミーリアさんの先導で、オツスローフの町の教会を目指して歩く。2人にとっては里帰りみたいなものだからね。オツスローフはインシピットよりも北に位置するから、少しだけ気温が低い。獲れる農産物も違うんだろうなあ。そこも、しっかりと把握しないとね。

 

 町に入って約20分後、教会についた。正面から入る。ローザさんとエミーリアさんは奥に繋がる通路まで行き、

 

「アキーム先生、帰ってきたよー。ローザとエミーリアだよー。」

 

 と、ローザさんがアキーム先生という方を呼んでいる間、僕は、フォルトゥナ様の像に祈りを捧げる。すると、握っていた手の平に文字が浮かび上がった。

 

“飛ぶときは白い羽が背中に()えるようにしたわ。アイツがうるさくてね。ごめんなさいね。 フォルトゥナより”

 

 ありゃ、やっぱり()えるようになっちゃったか。まあいいや。それよりもアキーム先生だ。彼はドスドスと足音を響かせてやって来た。額から顎にかけて大きな傷跡があり、体躯もアントンさん並みだ。武僧かな?

 

「おお、ローザにエミーリア、久しぶりですね。どうですか、冒険者稼業は?危ない目には遭っているでしょうが、命にかかわる怪我などはしていないようですね。安心しました。それと、貴女方が定期的に送ってくださる、お金ですけど、この2週間は急に金額が増えましたね。まさか、体を売ったりしているのではないでしょうね?」

 

「やだなあ、先生。そんなことするはずないじゃない。今ね。私とエミーリアは“シュタールヴィレ”っていうパーティに在籍していて、大きな依頼(クエスト)や狩りをこなしたのよ。それで、あのフォルトゥナ様の像の前にいる男の子がリーダーのガイウス・ゲーニウス辺境伯様、女の子がクリスティアーネ・アルムガルト様、エルフの女性が準1級で騎士のユリア・レマー様、大剣背負った先生並みの大男が準3級のアントンさんよ。みんな、この強面の人がこの教会の神官長アキーム先生よ。」

 

 紹介をされた僕たちは、それぞれの礼をする。アキーム神官長も同様に礼をしてくる。そして、キラキラとした目で聞いてくる。

 

「失礼ですが、ガイウス・ゲーニウス辺境伯様とは、先日、フォルトゥナ様よりお告げのあった使徒のガイウス・ゲーニウス辺境伯様でしょうか。」

 

「はい、そうです。証拠をお見せしましょうか?」

 

「なにかあるのですか?」

 

「ええ、空を飛ぶことができます。皆さん少し離れてください。・・・ほら、こんなふうに翼を戴きました。」

 

「おお!?素晴らしい。ガイウス様が、このナーノモン領をゲーニウス領としてお治めになるとお聞きまして、いつかお会いできるだろうと思っていましたが、まさか、こんなに早くお会いできるとは・・・。フォルトゥナ様とガイウス様に感謝を。」

 

 (ひざまず)いて祈りを始める。その声を聞いて奥から他の神官さんや巫女さんが出てきて、同じく(ひさまず)いて祈りを始める。どうしたもんかと思っていると、馬の(いなな)きが(おもて)から聞こえた。それと同時に、

 

「神官長!!アキーム神官長はいらっしゃるか!!」

 

 と立派な体躯の男性が入ってきた。軍服を着ているので軍人さんかな?あ、左胸の勲章をつけるとこに貴族章の略章がついている。貴族様だ。

 

「おお、ジギスムント様。一体どうされました?」

 

「うむ、実は新しく領主になられる、ガイウス・ゲーニウス辺境伯様が、この町にお越しになられたようでな。その際に門の衛兵にここの孤児院が目的地だと(おっしゃ)られたそうなのだ。」

 

「運が良いですね、ジギスムント様。ええ、まさしく貴方の目の前で純白の翼を広げてらっしゃるのが、ガイウス・ゲーニウス辺境伯様です。」

 

「どうも、初めまして。ジギスムント・クンツ男爵。僕が、いえ、(わたくし)がガイウス・ゲーニウスです。先日、陛下より辺境伯の(くらい)とこの旧ナーノモン領を(たまわ)りました。また、(わたくし)の隣にいらっしゃるのは、ダヴィド・アルムガルト辺境伯殿の御令孫(ごれいそん)、クリスティアーネ・アルムガルト嬢です。」

 

 ジギスムントさんはすぐに片膝を着き、

 

「これは、失礼いたしました。(わたくし)はオツスローフ方面軍司令官を拝命しておりますジギスムント・クンツと申します。男爵位を(たま)わっております。」

 

「よろしくお願いします。お顔を上げ、お立ちください。」

 

「はっ、ありがとうございます。しかし、なぜこちらの孤児院に?代官屋敷などの役所関係は“ニルレブ”の町にありますが。」

 

 僕は翼をしまい、ジギスムントさんと向き合い、

 

「深い理由は無いのです。(わたくし)は冒険者もしておりまして、5級冒険者ですが、“シュタールヴィレ”というパーティのリーダーをしております。そして、あちら、アキーム神官長殿の側にいる、2人の女性の冒険者もパーティメンバーでして、彼女たちの育ったこの町の孤児院を訪れた次第です。また、彼女たちの住んでいたヌローホ村がスタンピードで全滅した際に避難していた子供たちを保護したのがジギスムント殿と伺いましたので、貴殿に会うのも今回の目的の1つですね。」

 

(わたくし)に会うのがですか?ところで、申し訳ありませんが、あの2人はローザとエミーリアでしょうか?」

 

「ええ、そうです。」

 

「なんとまあ、立派になったことやら。15歳になり冒険者となってからは全く会えませんでしたから。ああ、話しの腰を折ってしまい申し訳ありませんでした。なぜ、(わたくし)と会うのが目的だったのでしょうか?」

 

「ローザ殿とエミーリア殿から、スタンピードが起きたときの事を聞きました。子供たちを保護しただけでなく、孤児院にも支援をしていたと聞きました。当時はまだ部隊長でしかなかったジギスムント殿が、なぜそのようなことをしたのか気になりまして、お話をお聞かせ願えたらと思いまして。」

 

 ジギスムントさんは“なんだ、そんなことか”という表情になり、

 

「国は民によって成り立っております。(ゆえ)に、立場のある貴族である(わたくし)が、国の宝である子供たちを救うのは当然の責務であり、その後も面倒を見るのは貴族として当然でありましょう。民なくして我々、貴族は立ち行かないのですから。民を守護するは、貴族の定め、責務であります。」

 

「ああ、その言葉を聞きたかったのです。どうですか、(わたくし)がこちらに正式に着任してからも、ゲーニウス領で働きませんか。」




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第87話 勧誘

「それは国軍を()め、新たに創設される領軍に入らないかということですか。」

 

「はい、そういうことになりますね。」

 

 すると、ジギスムントさんは難しい顔になり、

 

「うーむ、本心としてはこのまま、新領となるゲーニウス領に残りたいです。家族もこの地に馴染(なじ)んでおりますので。しかし、今の(わたくし)は規模が小さいとはいえ、方面軍の司令官という役職にいます。今すぐのご返答は出来ません。申し訳ございません。」

 

「謝る必要はありませんよ。そうだ!!近衛第1軍団長のウベルティ伯爵に仲介して戴いて、国軍に働きかけてもらいましょう。」

 

「クレート・ウベルティ様ですか!?いえいえ、とんでもない。あの方の手を(わずら)わせるのは・・・。」

 

「でも、クレート殿の三男、アダーモ・ウベルティ殿は、勧誘して家臣になってくださることになりましたので、クレート殿には(えん)がありますよ。う~ん、それなら、国王陛下に直接お願いしてみますか。辺境伯の地位ならできますよね。」

 

「あっ、それはやめてください。(わたくし)の胃が破壊されます。」

 

 身体を壊してしまってはいけないね。まあ、確かに国王陛下は言い過ぎたかもしれない。軍務大臣様あたりにお願いしてみよう。アルムガルト家の力を借りてもいいかもね。なるべく、ジギスムントさんに負担のかからないように手回ししよう。国軍が退去する期限の5月末まであと、1カ月しかないからね。

 

「えーっと、とりあえず、伝手(つて)を使ってどうにかしてみますね。僕も穏便に済ませたいので。」

 

「はい。そのようにお願いします。」

 

 文官はどうしようかなあ、とりあえずユリアさんを筆頭にした組織作りをしようかな。問題は、その下につく人材だよなあ。父さんとじいちゃんはもちろんだけど、貴族・平民を問わずに募集することを周知しないとね。とりあえず、各ギルドにお願いしてみよう。そうだ、折角だから孤児院の子供たちからも勧誘してみよう。

 

「ジギスムント殿、勧誘の件は一旦、これで終わりにしましょう。お仕事にお戻りください。ご足労をかけました。」

 

「いえ、とんでもございません。それでは(わたくし)はこれにて、失礼いたします。」

 

 ジギスムントさんが礼をして教会を出て行く。その姿を見送ってから、神官長のアキームさんに向き直り、

 

「騒がしくして申し訳ありませんでした。それで、アキーム殿、できればでいいのですが、孤児院の様子を見てもよろしいでしょうか?」

 

「ええ、構いませんが、何かお気になる点でも?」

 

「いえいえ、将来有望な子を今のうちに勧誘しておこうと思いまして。ローザさんとエミーリアさんという前例もありますから。」

 

「なるほど、それは、良いですね。ヌローホ村出身で孤児院を最初に出たのがローザとエミーリアだったので、他の子も冒険者になりたいと言って、冒険者稼業に着く子が何名かいたのですが、肌に合わなかったらしく、戻って来まして、読み書き計算は出来ますので、現在は商会などに勤めております。我々が上手く道を示すことができればよかったのですが・・・。」

 

「でも、命は、落とされていないのでしょう?ならば、しっかりと、自分の限界を、把握できていたということではないですか。それに、しっかりと教育をしていたからこそ、次の職に()くことができたわけです。僕は、誇ってもいいと思いますよ。」

 

「ありがとうございます。ガイウス様。話しがそれてしまって申し訳ありません。それでは、孤児院のほうをご案内いたします。」

 

「お願いします。みんなは好きなように行動していいけど、どうします?」

 

 アントンさん以外は一緒に孤児院に行くとのことだった。アントンさんは、「冒険者ギルドを見てくる。」と言って教会を出て行った。12時ごろにまた此処(ここ)で落ち合うことにした。孤児院に向かいながら、

 

「アキーム殿、すみませんでした。教会を勝手に待ち合わせ場所にしてしまって。」

 

「いえいえ、教会は目印としてはわかりやすいですから。(わたくし)も若いころ神官になる前は、よく教会の前で待ち合わせをしていたものです。」

 

「ありがとうございます。それと、失礼を承知ながらお聞きしたいのですが、お顔の傷はどうされたのですか?」

 

「ああ、これですか?この傷は、ヌローホ村がスタンピードで襲われた際に、ジギスムント様が率いる鎮圧部隊に教会から後方支援役として随行(ずいこう)していた時に着いた傷です。乱戦になってしまい、ロックウルフの爪の一撃を貰ってしまいました。あの時は、必死だったので他人の傷を治すことしか頭にありませんでしたので、自分の傷の深さに気づいたのは戦いが終わってからでした。そのため、このように傷跡として残ってしまいました。ま、おかげで、お会いする方々にはすぐに顔を覚えてもらえますので、怪我の功名といったところでしょうか。ハハハ。」

 

 傷跡を撫でながら、照れたようにハハハハと笑うアキームさん。なるほど、この人も修羅場をくぐり抜けてきた人なんだ。

 

「さっ、孤児院に着きました。今は座学の時間ですので、みんな室内にいると思います。」

 

「ありがとうございます。それでは、見学させていただきます。」

 

 廊下を歩きながら孤児たちの教育の様子を見る。そして、しっかりと【鑑定】をしていく。おっと、これは、凄いね。13歳で知力が他の子よりもずば抜けて高い子がいる。アキームさんに、座学が終わり次第その子を呼んでもらうようにお願いして、見学を続ける。

 

 見学が終わり、教会の応接室でソファに座りながらアキームさんと談笑しながら待っていると、“チリーン、チリーン”と鈴の音が鳴った。「座学が終わったみたいですね。呼んできますので、少々お待ちを。」と言って、サッと部屋を出て行った。数分後、アキームさんに連れられ、犬獣人の男の子がやって来た。まあ、僕よりも年上なんだけどねー。さて、まずは挨拶だ。ソファから立ち上がり、

 

「こんにちは、(わたくし)は、ガイウス・ゲーニウス。この(たび)、辺境伯としてこの領を任されることになりました。よろしく。」

 

 そう言って、右手を差し出す。

 

「ク、クスタと申します。辺境伯様、よ、よろしくお願いします。」

 

 そう言って、(ひざまず)いた。う~む。僕のこのやり場のない右手はどうするべきなんだろう。




見てくださりありがとうございました。


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第88話 クスタ

「クスタさん、立ってください。そして、ソファに座ってください。お話しをしましょう。」

 

 そう言って、彼のペタンと寝た犬耳のついた頭を撫でた後、両手を取り、立たせる。僕よりも背が高い。165cmくらいはあるかな。そして、犬耳はモフモフだった。そのままソファに座らせる。すぐにアキームさんが隣に座る。

 

 するとクスタ君の犬耳がピンと立つ。アキームさんは良い保護者のようだ。僕もソファに座り、改めて、右手を差し出す。そうすると、おずおずと、その右手にクスタ君の手が伸びてきた。その手をガッチリと掴み、笑顔で握手する。クスタ君のモフモフの尻尾が振られている。

 

「さて、クスタさん。今回、貴方に来てもらったのは他でもありません。僕は来月の末から、この旧ナーノモン領を治めることになります。その際に貴方の力を是非とも手に入れたい。そう思いました。」

 

「僕の力がですか?僕、体力とか魔力とか人並みにしかないんですけど・・・。あっ、嗅覚と聴覚なら、この通り、獣人なので優れてはいますけど、辺境伯様の(おっしゃ)られた力とは違いますよね・・・?」

 

「ええ、僕は、貴方の頭脳に期待しています。」

 

「頭脳?」

 

「はい、まあ、まずはこれを解いてもらってもよろしいですか?【召喚】」

 

 僕が受けた文官登用試験の問題用紙を【召喚】し、渡す。【召喚】の【能力】に驚いているようだけど、無視無視。あ、でも、今から始めちゃうと、お昼を挟んじゃうね。仕方がない。午後からにしよう。

 

「今からだと、お昼を挟んでしまいますので、午後にまた来ますから、その時に解いてもらっても構いませんか。」

 

「えっと、僕は構いません。アキーム先生、いいですか。」

 

「ええ、いいですよ。クスタの好きなようにしなさい。君のこれからの人生を決めることになるかもしれないのだから。」

 

「えっ!?人生!?もしかすると、解答を間違えたりすると、罰があったり・・・。」

 

「そんな理不尽なことはしませんよ。アキーム殿が言われたのは、文官として働く未来が選択肢として増えるということですよ。」

 

「あっ、そうなんですね。良かった~。」

 

 ホッとしたような顔をするクスタ君。誤解が解けたようで、よかった。さて、柱時計の針は12時を()そうとしている。

 

「アキーム殿、お時間もいいので、僕たちは一旦、失礼させていただきます。13時30分から、先ほどの問題をクスタさんに解いていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」

 

「クスタが構わなければ、(わたくし)は問題ありません。」

 

「僕も問題ありません。」

 

「では、そのように。」

 

 そう言って、一旦問題用紙を回収し廊下に出ると、2人の人物が足早に向かってくるのが見えた。

 

「司祭様、神父様。お帰りなさいませ。」

 

 アキームさんがそう言ったので目の前の2人が、この教会の司祭様と神父様だということがわかった。2人とも肩で息をしている。落ち着くのを待っていたら、いきなり(ひざまず)いて、

 

「フォルトゥナ様の使徒様をお迎えできずに申し訳ありませんでした。当教会の司祭を務めております“ガイオ”と申します。こちらが神父の“ルーベン”です。」

 

「ルーベンと申します。」

 

 その後は、いつも通りの自己紹介をして、その場で別れた。なんでも、昼食後は、すぐに生まれたばかりの赤ちゃんの洗礼と祝福に行かないといけないらしい。ちなみに、午前中は、町の集会所でのお悩み相談会を開いていたそうだ。町の教会って、“人々の救済”のために結構いろんなことをしているんだよねえ。

 

 少し、バタバタとしながらも、教会の礼拝堂に向かう。すでにアントンさんが来ていて、フォルトゥナ様の像に祈りを捧げていた。祈り終わるのを見計(みはか)らって「アントンさん」と声をかけると、

 

「おう、すまんな。ギルドで会った、若手メンバーばかりのパーティの無事を祈りたくてな。」

 

 と笑顔で言う。人格者だよねえ。「お昼に行きましょう」と言うと、「ギルドで美味いところを聞いてきた。」と云うことだったので、アントンさんの先導のもと、目的地へ向かう。

 

 教会から歩いて10分かからないところにお店はあった。店名は“風と光の丘 オツスローフ支店”。見た感じ、老舗という雰囲気だ。扉を開け中に入ると、店内も木の柱が、長い年月で黒くなってきている。代わりにテーブルやイスは丁寧に磨いてあるのか、綺麗な飴色(あめいろ)になっている。客層も落ち着いた感じの人が多い。僕たちの冒険者スタイルはちょっと場違いかな。

 

 すぐに、ウェイターさんがやって来て、笑顔で、

 

「7名様ですね。ご予約ですか?」

 

 と聞いてきたので、銀貨を1枚握らせ、貴族証を見せてから聞いた。

 

「いえ、違います。この人数が入れる個室はありますか?」

 

「別料金となりますが、ございます。この銀貨からお引きしてよろしいでしょうか?」

 

「あっ、その銀貨はチップのつもりだったのですが・・・。」

 

「当店は、そのようなものを必要とする高級店ではございませんので、チップは必要ございません。」

 

 そして、小声になりながら、

 

「また、貴族様に対しても、特別扱いなどはしておりませんので、ご了承ください。」

 

「わかりました。」僕は頷く。

 

「それでは、こちらへどうぞ。」

 

 店の奥の扉で区切られている個室に(とお)された。各々が好きな席に着くと、金貨を1枚だし、

 

「このお金で人数分のオススメの料理をお願いします。あ、食後はデザートも。お酒は必要ありません。ジュースか、無ければ果実水をお願いします。」

 

「承りました。本日は旬のデコポンのジュースとなっております。果実水はイチゴで御座います。カラフェでお持ちしますか?それとも、お1人ずつグラスに注いでの方がよろしいでしょうか?」

 

「カラフェでお願いします。」

 

「承りました。それでは、少々お待ちください。」

 

 しばらくして、ジュースと果実水がカラフェに入り運ばれてくる。それぞれを注ぎ分ける。フォルトゥナ様へのお祈りをしてから、乾杯をする。うん、ジュースはやっぱり美味しいね。

 

 その後は、料理が運ばれてきて、みんな、お腹いっぱいに食べた。とても、美味しかった。王都でも通用するんじゃないかな。デザートが運ばれてきて、みんなで食後の紅茶を楽しんでいると、扉がノックされた。「どうぞ。」と声をかけると、最初に対応してくれたウェイターさんが入ってきた。

 

「当店のお料理は皆さまのお口に合いましたでしょうか?」

 

「ええ、とても美味しかったです。また、来たいですね。」

 

「それはようございました。申し遅れました。(わたくし)は、当店の店長をしております“ターヴィ”と申します。ガイウス・ゲーニウス辺境伯様、今後とも“風と光の丘”をよろしくお願いいたします。“ニルレブ”には本店もございます。また、1人の領民として、どうぞよろしくお願いいたします。」

 

 そう言って、(ひざまず)こうとしたので、慌てて止めた。「お忍びなので。」と言うと、神妙な顔で「わかりました」と頷き、お釣りを渡してきた。思ったよりもだいぶ多い。金貨1枚で銀貨10枚だから、今日、僕は銀貨11枚分支払ったわけだけど、銀貨が9枚も戻ってきた。「間違いじゃないですか?」と聞くと、

 

「当店は庶民の店ですので、お部屋代で高くなりましたが、このようなものですよ。」

 

 と言うと、店の外まで見送りに出てくれた。アントンさんが「美味かったろ?奢らせてしまって悪かったな。」と言ってきたので、「まあ、今回はいいじゃないですか。僕が来たいと言ったわけですし。」ということで納得してもらった。

 

 さて、教会に戻って、クスタ君の試験をしないとね。能力値だけの見せかけではないことを祈ろう。




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第89話 試験(僕のじゃないよ!!)

 教会に戻ると、礼拝堂にはすでにアキームさんが待っていた。

 

「お待たせして申し訳ありません。」

 

「いえいえ、ガイウス様も予定されていた時間よりも15分も早いではないですか。」

 

「人を待たせるのが苦手でして。」

 

(わたくし)もです。」

 

 2人してハハハハと笑い、

 

「クスタには13時25分までに試験用の部屋に来るように言ってあります。」

 

「そうですか。わかりました。ローザさん達はどうします?」

 

「俺は、冒険者ギルドにまた行こうかね。」

 

「私も冒険者ギルドに行こうかな。」

 

「私とエミーリアは孤児院にお土産を渡したいわ。」

 

(わたくし)とユリアさんはガイウス殿とご一緒させていただきます。」

 

 ということで、アントンさんとレナータさんが冒険者ギルドに。ローザさんとエミーリアさんは併設されている孤児院に。クリスとユリアさんは僕と共にクスタ君の試験をすることになった。

 

 試験をする部屋に行き、準備を整える。試験官は僕とクリス、ユリアさんだ。アキームさんもいるが、クスタ君の精神安定のためにいるようなものだ。4人で談笑していると、部屋の扉がノックされた。13時20分だ。10分早いね。

 

 最上位者の僕が「どうぞ。」と声をかけると、耳がペタンと寝て、尻尾が垂れ下がった状態でクスタ君が入室してきた。アキームさんの姿を認めると、すぐに耳と尻尾がピンとなった。う~む、獣人は耳とか尻尾で感情がわかりやすいね。クスタ君には試験に合格したら、感情を抑える練習をしてもらった方がいいかもね。

 

「さあ、クスタさん。席に着いてください。試験官は僕とこの2人の女性です。アキーム殿は、ただ居てくれるだけです。しかし、質問などはしてはいけませんよ。ですが、気分が悪くなったりしたら、アキーム殿に遠慮なく言ってください。内容は王国の歴史が60分。国語が60分。計算問題が90分の計3時間半です。試験の間に10分ごとの休憩があります。早く問題が解けた場合は繰り上げも可能ですから、遠慮せずに言ってください。質問はありますか?」

 

「いえ、ありません。」

 

「それでは、まずは歴史からです。時間前ですが、もう始めますか?」

 

「はい、始めます。」

 

「では、始めてください。」

 

 そう言うと問題に取り組み始めるクスタ君。僕は、王都で買った懐中時計を取り出し、時間を(はか)る。そして、椅子に座る。配置としては、クスタ君の目の前にアキームさん。その隣に僕。クスタ君の両側の離れたところに、彼を向いてクリスとユリアさんが座っている。僕の試験の時とアキームさんの席以外は同じだ。結構、圧があるんだよねぇ。これ。

 

 でも、クスタ君は集中すると良い意味で周りが気になら無くなるらしい。用意した、万年筆を動かす“カリカリ”という、音が響く。ふむ、最初は、書きなれない万年筆に苦戦していたみたいだけど、時間とともに慣れて、10分経った今では、スラスラと記述できているようだ。

 

「終わりました。」

 

「まだ、あと13分ありますが、大丈夫ですか?」

 

「はい、大丈夫です。」

 

「では、今から10分休憩です。飲み物はジュースと果実水を用意してあります。ユリアさん、お願いします。」

 

「はい。クスタ君は部屋の外で待ちましょうね。今から、この部屋で採点をしますので。」

 

 ユリアさんはそう言いながら、クスタ君を部屋の外で休憩させる。僕とクリスは部屋に残り採点だ。アキームさんも残っている。ふむ、中々に良い感じだ8割正解している。嬉しい結果だね。残りの国語と計算問題も試験時間に余裕を持って終わらせていた。国語は9割5分、計算問題は9割9分を正解していた。計算問題の採点が終わり、クスタ君を部屋に招き入れる。

 

「結果を発表します。合格です。これで、クスタさんには選択肢が与えられます。5月末より、僕の下で文官として働くか、このまま2年後の15歳の成人まで孤児院にいるかです。」

 

「今すぐに答えを出さないといけませんか?」

 

「いえ、そうですね・・・。1週間後の5月1日に答えを聞きに来ます。その時までに決めておいてください。アキーム殿に相談するのも良いと思いますよ。アキーム殿、ご協力ありがとうございました。(いく)らか教会と孤児院に寄進したいのですが。」

 

「わかりました。(わたくし)が手続きをしましょう。クスタは院のほうへ戻りなさい。お疲れ様でした。」

 

「はい、先生。」

 

 そう言ってクスタ君はぺこりと頭を下げ、部屋を出て行った。部屋に残った全員で改めて答案用紙を見る。

 

「いやあ、凄いですね。クスタさんは。是非とも文官として働いてほしいものです。この問題、王都で自分が受けた文官登用試験の問題なんですよ。」

 

「そうなんですか!?ガイウス様。」

 

「ええ、そうなんですよ。アキーム殿。」

 

「はあ、普段は大人しくて、よく図書室で本を読んだり、自学をしている子でしたが、ここまでとは、(わたくし)も思いませんでした。あ、寄進の件ですが・・・。」

 

「ええ、もちろんさせていただきます。教会と孤児院にそれぞれ金貨を10枚ずつ。」

 

「そ、そんなにですか・・・!?」

 

「ローザさん達が言っていたでしょう?結構、大きな依頼(クエスト)をこなしているんですよ。」

 

「それでは、ありがたく頂戴します。一応手続きのために礼拝堂の方へお願いします。」

 

「はい、わかりました。」

 

 そうして、アキームさんを先頭に礼拝堂に向かう。さてさて、クスタ君はどのような選択をしてくれるかな。楽しみだね。




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第90話 急患

 寄進のための手続きを終わらせ、孤児院にいたローザさんとエミーリアさんに「帰りますよ。」と声をかけ、礼拝堂でアキームさんに今日のお礼を言っていると、礼拝堂のドアが乱暴に開かれ、

 

「ガイウス!!【ヒール】だ。頼む!!」

 

 とアントンさんが血塗(ちまみ)れの人を抱えて飛び込んできた。あ、レナータさんも抱えている。その後ろには冒険者らしき若い男女が3人。3人とも顔が真っ青になっている。

 

「あー、アキーム殿。少々、礼拝堂の隅のスペースをお借りしますね。」

 

「ええ、どうぞ。救済のためなら教会は協力を惜しみません。治療室の寝台に空きがあるかを見てきましょう。」

 

 そう言うと、アキームさんは礼拝堂から駆け足で出て行った。

 

「というわけで、アントンさんにレナータさん。その抱えているぐったりとしているお2人を、そこの隅に横たえてください。()てみます。・・・うーむ。これは酷いですね。焼灼(しょうしゃく)止血法で血は止まっているみたいですが、骨までザックリいっていますね。相手はなんだったんですか?」

 

「ロックベアーだそうだ。町に戻る途中で遭遇しちまったらしい。クソッタレ!!俺たちが早めに行動しておけば。俺が昼に祈っていた連中だ。まだゴブリン討伐の常設依頼(クエスト)から帰ってきてなかったから、探しに行くために俺とレナータが黒魔の森に入ったところで、ちょうど交戦中で助けに入った。止血はレナータがした。【ヒール】はそこの嬢ちゃんが魔法使いだから、何回かかけたが新米だからか、効果があまりなかった。」

 

「なるほど、わかりました。毒が無いのならば【ヒール】でいいでしょう。でも、傷口が深いので、強めに【ヒール】をかけますね。それと、そこの3人のお仲間さんも怪我をしていますね。ならば、【エリアヒール】。」

 

 金色(こんじき)(まと)った膜が、礼拝堂にいるみんなを包み込む。その時に礼拝堂に入ってきたアキームさんが、「こ、これが【エリアヒール】。」と驚いていた。さて、みんなの様子はどうかな。うん、重傷の2人の傷はちゃんと治ったみたいだ良かった。他の3人も自分の傷が治ったことに驚いているみたい。

 

「治ったみたいです。しかし失った血は戻りません。念のため目が覚めるまで、教会の治療室の寝台を借りましょう。アキーム殿、よろしいでしょうか?」

 

「ええ、それは、もう。さっ、こちらです。」

 

 重傷だった2人を、アントンさんとレナータさんが抱えて着いてく。他の3人もお礼を言ってから、その後を追う。しばらくして、アキームさんとアントンさん、レナータさんが戻ってきた。

 

「先ほどは素晴らしいモノを見せて頂きました。ありがとうございます。あのように金色(こんじき)の【ヒール】、しかも【エリアヒール】を見ることができ、感激です。」

 

「いえいえ、そうだ。アキーム殿のその傷跡も治してみましょうか?」

 

「ふむ、この傷跡は自分が未熟だった(あか)しです。その心を忘れないために、このままにしておきたいと思います。」

 

「わかりました。それと、先ほどの彼らはどうなりますか?」

 

「まあ、一晩泊まって頂き、明日の朝、体に不調が無ければ日常生活に戻ってもらいます。フォルトゥナ様のご加護を祈りましょう。」

 

「ええ、僕も使徒として祈ります。そうだ、これで、寝ている2人にお肉を食べさせてください。血を補わないといけません。銀貨1枚分ならそれなりの量が買えるはずです。」

 

「わかりました。お釣りはどうしましょう?」

 

「少なくなるとは思いますが、寄進します。彼らをお願いします。それでは、本日はここで失礼します。1週間後にはまた来ます。」

 

「はい、クスタにも改めて伝えておきましょう。」

 

「それでは。」

 

 そう言って、教会をあとにした。「ありがとうな。ガイウス。」とアントンさんが言ってきたので、「困ったときはお互い様ですよ。」と笑顔で答える。そうして談笑しながら門の外に出て、オツスローフの町から2kmほど離れてからすぐに【空間転移】でインシピットの町の近くの黒魔の森に戻る。

 

「うーむ、やっぱり便利だなぁ。コレ。流石は使徒様だな。」

 

 アントンさんがしみじみと言う。いや、好きで使徒になったわけではないんですけどねー。まあ、そんでもってインシピットの町の門を通る。時刻は17時30分をすでに過ぎている。門の所で、自宅に帰るアントンさんと別れる。僕たちも“鷹の止まり木亭”に戻り、夕食を摂る。あと、1カ月もしないで、ここともお別れかあ、寂しくなるね。夜は、レナータさんと一緒に寝た。

 

 朝、起きるとレナータさんの尻尾が、僕をグルグル巻きにしていた。手は自由だったので、揺すって起きてもらった。「ごめん。ごめん。」と笑いながら謝るレナータさん。いや、まあ、いいですけど、僕じゃなかったら全身の骨が折れていますよ?

 

 そんなことがあった4月25日の朝だったけど、みんなで予定の確認をしながら朝食を摂り、いつものようにギルドに向かう。道中で朝食時に引き続き今日の予定を話し合う。

 

「僕は、教会の神官長ベドジフ殿が会いたいということだったので、会いに行きます。それで、皆さんは、アントンさんと一緒に依頼(クエスト)を受け黒魔の森ですね。」

 

「そうね。ユリアさんやレナータさんはそうでもないだろうけど、私とエミーリア、クリスティアーネは、もっと頑張って級数を上げたいしね。」

 

 そう笑顔で言うとエミーリアさんとクリスが頷く。その後も、談笑しながら歩いていると、ギルドに着いた。アントンさんはいつも通り、エレさんとお話し中だ。入ってきた僕たちに気付くと、

 

「おう、おはよう。今日はガイウスだけ別行動だな。」と声をかけてきた。僕たちは挨拶を返し、

 

「はい、ですので、臨時リーダーとしてアントンさんお願いします。」とお願いする。

 

「俺がか?ユリアさんではなく?」不思議そうに尋ねてきたので、ユリアさんが説明する。

 

「確かに、級数では私が一番上です。しかし、ブランクがあります。それに、アントンさん。貴方、ガイウス君に着いていって、ゲーニウス領で働こうと思っているでしょう?」

 

「なぜ、それをユリアさんが!?」

 

「エレから聞きましたよ。引っ越しするかもしれないってことで。」

 

「あー、なるほど。確かに、そう思ってはいますよ。」

 

「でしたら、率いる者としての経験を少しでも積んでおいた方がいいでしょう。ガイウス君はそういう人を求めていますから。」

 

「まあ、確かに。そうですね。わかりました。みんな、今日は、俺がリーダーを(つと)める。よろしくな。」

 

 というわけで、リーダー問題にも片が付いて、僕とみんなはギルドで別れた。僕は、アンスガーさんへの面会予約をし、教会へと向かった。神官長のベドジフさんが会いたいって何の事でだろうね。心当たりがあり過ぎてわからないなあ。




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第91話 神官長ベドジフ

 さて、やってきました。フォルトゥナ教教会インシピット支部、略して教会。礼拝堂に入ると、丁度、神官さんがいたので名前を告げ、神官長のベドジフさんを呼んでもらう。フォルトゥナ様の像に祈っていると、手の平にまた文字が浮かんできた。

 

“強者は近くにいるから、(のが)さないようにね  フォルトゥナより”

 

 ふむ、誰の事だろう。消え行く文字を見ながらそう思う。文字が全部消え去ったタイミングでベドジフさんがやって来た。彼はすぐに(ひざまず)いて、

 

「ガイウス・ゲーニウス様、辺境伯への授爵、誠におめでとうございます。また、フォルトゥナ様の使徒として各国にお告げがあったことを、お喜び申し上げます。」

 

「ありがとうございます。ベドジフ殿。さっ、お立ちください。僕に何か用があったのでしょう?」

 

「はい、(まこと)に個人的で図々(ずうずう)しい願いだとは思っておりますが、(わたくし)をガイウス様の(しん)としていただきたく。」

 

 そう言って、また跪こうとするので、それをとめて、どこか落ち着いて話せるところを用意してもらった。場所はベドジフさんの執務室だった。神官長だもんね。個人の執務室くらいは持っているものだよねえ。応接用のソファを勧められ、素直に座る。その対面にベドジフさんが座るのかと思いきや、

 

「少々、お待ちください。」

 

 と、部屋を出て行った。それじゃあ、待たせてもらいましょうかね。しかし、思ったよりも、ソファのクッションがへたっているね。年季を感じるよ。ナトス村やオツスローフの教会でも思ったけど、礼拝堂の椅子とか孤児院関係のものは、新品だったりするけど、中の人たちが使うものって結構な年季が入ったものが多いんだよねえ。寄進とかお仕事の報酬とかあるはずなんだけど、あまり、自分たちには使わないのかな。

 

 そんなことを考えていると、扉がノックされた。「ガイウス様、ベドジフです。」戻ってきたみたいだ。「どうぞ。」と声をかける。部屋の主に“どうぞ”って言うのはなんか不思議な感じだ。

 

 ベドジフさんは片手にお盆を持って入ってきた。お茶を持って来たみたいだね。

 

「お待たせして申し訳ありません。お茶汲み係などはいないものでして。」

 

「いらっしゃるところもあるんですか?」

 

「王都の教会では、見習い神官と見習い巫女がしていますね。他の町の教会はそれぞれではないでしょうか。少なくとも、ここでは、神父であれ司祭であれ、お茶などは自分で用意するようになっていますね。」お茶を置きながら答えてくれる。

 

「よいことだと思います。人は地位が上がると、自分自身の“格”まで上がったと勘違いする方がいますから。」

 

「ハハハ、12歳のガイウス様にそのような言葉を言わせるとは。さて、どんな大人だったのやら。」笑いながら僕の対面のソファに座る。

 

「とりあえず、12歳の子供が領地を得て辺境伯の地位を得ることに対して不満を言ったり、表情に出したりしていましたね。もう少し詳しく話します?」

 

「いえ、このお話はこれ以上は聞かない方がよろしいでしょう。中央のゴタゴタやネチネチとした感情は好きではありませんから。」

 

「ええ、そうですね。あ、お茶いただきますね。美味しいですねえ。先程のお言葉ですと王都にいたことが?」

 

「ええ、聖騎士団の医療団の団長としておりました。ガイウス様にお会いするまで、自分より優れた【ヒール】の使い手などそうそういないと、20年近く鼻高々となっておりました。ガイウス様の【エリアヒール】を見たら、すぐに折れましたけれど。」

 

 笑いながらベドジフさんは答えてくれたけど、聖騎士団の医療団の団長ってかなりすごいんじゃないかな。ちょっと鑑定しよう。

 

 

名前:ベドジフ

性別:男

年齢:42

LV:65

称号:治癒を極めし者、フォルトゥナ教教会インシピット支部神官長

経験値:32/100

 

体力:420

筋力:448

知力:450

敏捷:413

etc

能力

・識字 ・格闘術Lv.50 ・剣術Lv.63 ・槍術Lv.78 ・弓術Lv.75

・火魔法Lv.73 ・水魔法Lv.72 ・風魔法Lv.72 ・土魔法Lv.72

・防御術Lv.84 ・回避術Lv.82 ・騎乗Lv.54 ・気配察知Lv.64

・ヒールLv.92 ・リペアLv.0

 

 

 これは強い。いやいや、年齢による衰えはあるとはいえ、アンスガーさん越えって・・・。この人、本当に神官?武僧の間違いじゃない?ヒールLv.92って人やめているよ・・・。それに、治癒を極めし者って・・・。それにリペアLv.0ということは覚える可能性があるわけだ。凄いね。

 

 カップを持ったまま固まった僕を不思議そうに見ながら聞いてきた。

 

「ガイウス様、どうかされました?」

 

「いえ、フォルトゥナ様よりお告げがあったので。」

 

 咄嗟(とっさ)に嘘をついた。でも、お告げ自体はさっきあったからセーフ、セーフ。というか、お告げの強者ってベドジフさんのことだったのか。

 

「おお、それは素晴らしい。それで、フォルトゥナ様はなんと?」

 

「ええ、“ベドジフ殿を臣とするは良き選択だと”」

 

 捏造(ねつぞう)ですけどねー。でも、それに近いお告げは戴いているからいいよね。

 

「そうですか!?では、ガイウス様、(わたくし)を臣としてくださいますか!?」

 

 僕は笑顔を作りながら「ええ、もちろんです。」と答えた。ベドジフさんは「フォルトゥナ様に祈りを捧げなければ!!」と言って、部屋を出て行った。まだ、色々と話したいことがあったんだけどなあ。ご家族の有無とか、いるのなら引越しの許可は取ってあるのかとか、教会を()める段取りはしてあるのかとか。それと、なぜ、聖騎士団を()めて、王都から離れたこの場所で神官をやっているのかを。




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第92話 家臣取得のために

 ゆっくりとお茶を飲みながらベドジフさんが戻ってくるのを待つ。結局、戻ってきたのは、約10分後だった。熱心に祈っていたんだろうね。

 

「いやあ、ガイウス様、申し訳ありません。年甲斐にもなくはしゃいでしまいまして。」

 

「いえいえ、お気になさらず。フォルトゥナ様のお告げともなれば、皆がそうなると思いますよ。ところで、僕の家臣になっていただくのであれば、確認したいことがあります。と云っても、難しいものではありません。まず1つ目は、ご家族がいらっしゃるかどうかです。2つ目は、いらっしゃるのであれば、ご家族の許可をとってあるかどうかです。3つ目は教会を()する段取りがしてあるかどうかです。神官長というお立ち場ですから、ここはしっかりとしていただきたいですね。それと、4つ目、これで最後ですが、なぜ聖騎士団という教会でも地位の高い立場を捨て、王都から離れたインシピットで神官長をされているのでしょうか?」

 

「まずは、1つ目と2つ目のご質問からお答えします。結婚はしています家族もいます。子供たちはすでに成人していますので、妻と二人きりです。妻には“ガイウス様の臣になりたい。ゲーニウス領に、旧ナーノモン領に行くことになる。”と伝えたところ了承してくれました。3つ目ですが、後任は既に決めてあります。司祭様と神父様には了承を得ています。あとは、本人に話すだけです。それで、4つ目ですが、端的に言いますと、権力闘争に巻き込まれるのが嫌だったからです。以上でよろしかったでしょうか?」

 

「ありがとうございます。踏み入った質問になるのですが、聖騎士団に未練などは?」

 

 ベドジフさんは、考えるような表情になりながら、お茶を飲む。自分の中で整理をしているんだろう。そして、口を開く。

 

「無いと言えば、嘘になります。部下の教育をもっとしたかった、もっと討伐で活躍したかったと云う気持ちがあります。しかし、権力闘争に家族も巻き込まれそうになった時点で、(わたくし)は聖騎士団を()める決心がつきました。」

 

「答えにくい質問に、答えていただきありがとうございます。ゲーニウス領に来ていただく日取りは、任意で構いません。一応、5月末には国から派遣されている者たちが、王都に戻るそうです。」

 

「わかりました。その前後には着くように、ゲーニウス領に向かいましょう。」

 

「お願いします。それでは、僕はこれで失礼させていただきます。」

 

「ご足労、ありがとうございました。こちらの玄関からどうぞ。礼拝堂を抜けるよりは早いでしょう。」

 

 そう言って、教会・孤児院職員専用の出入り口まで案内してくれた。教会を、出るときに2,3言葉を交わし、僕は冒険者ギルドに向かった。ただ、真っ直ぐは行かずに、修理のため預けてある鎧を受け取ってからだけど。

 

 冒険者ギルドの受付にメリナさんがいたので、アンスガーさんの面会予約を入れていたことを話すと、すぐに調べて、

 

「もう、11時前ですが、今なら、来客も会議も無いので、すぐに会えますよ。どうします?」

 

「それでは、今からでお願いします。」

 

「わかりました。では、ご案内・・・は、必要でしょうか?」

 

「いえ、大丈夫です。」

 

「では、どうぞ、お入りください。」

 

 そう言って、受付カウンターの仕切り板を、開けてくれる。お礼を言い、2階のギルドマスター執務室に向かう。部屋の前に来て、ノックをする。「どうぞ。」とアンスガーさんの声が聞こえたので、「失礼します。」と言ってから扉を開ける。室内では、アンスガーさんが書類に目を通している所だった。

 

「お仕事中にすみません。」

 

「構わないよ。ちゃんと、正規の面会予約をしていたのだから。さ、立っていないで座って。」

 

「ありがとうございます。」

 

 そう言って、応接用のソファに座る。対面にはアンスガーさん。そして、扉がノックされる。「お茶をお持ちしました。」メリナさんの声だ。アンスガーさんが「どうぞ。」と声をかけると、お茶とお茶請けを載せたお盆を持って入室してきて、僕とアンスガーさんの間にある応接机へと置いて行く。お礼を言うと、「ごゆっくり。」と言って退室していった。

 

「さて、ガイウス君。何か問題でも起こしたかな?」

 

「僕がトラブルメーカーみたいに言わないでくださいよ。あちらからやってくるんですから、対応しないわけにはいかないでしょう?」

 

「だが、先日の私の実家への挨拶は、随分と愉快なものになったそうじゃないか。」

 

「いや、あれは・・・。確かに僕が悪かったですけど・・・。」

 

「まあ、いいさ。クリスティアーネが悲しまなければそれでな。では、本題に移ろうか。」

 

「はい、実は現在、旧ナーノモン領に展開している国軍から引き抜きたい人物がいまして、オツスローフ方面軍司令官のジギスムント・クンツ男爵という方です。」

 

「ほう、帝国と黒魔の森に接している辺境地とはいえ、男爵で方面軍司令官とは優秀な人物だ。で、彼を国軍から引き抜きたいと。」

 

「はい、できるだけジギスムント殿に迷惑がかからないようにしたいんです。」

 

「うーむ。なら、私の友人に軍の総務局で働いている者がいる。人事管理は総務局の人事部が行っているはずだから、どうにかできないか相談してみよう。そうだな、王領で男爵なのに方面軍司令官なわけだから、勤務成績が良好なはずだ。辺境伯に引き抜かれての名誉除隊という形がとれないかだな。辺境に再配置されるわけだから他の貴族には根回しはせんでもいいだろう。1つ席が空くわけだからな。それと、父上と兄上にも軍務大臣にかけあうように進言しておこう。ただし、私は進言するだけだ。ガイウス君の問題なのだから、キチンと先触れを出して、アルムガルト家に行くこと。いいね?」

 

「わかりました。アンスガーさん。しかし、先触れとなると・・・。それなりの地位の方がいいですね・・・。ベドジフ殿はいかがでしょう?」

 

「教会の神官長のベドジフ殿かい?」

 

「はい、僕の家臣になってくれるそうです。」

 

「それは、なんともまあ・・・。良い人材に恵まれたね。うん、ベドジフ殿で大丈夫だろう。そうそう、これを君の宿に届けようと思っていたんだ。家紋入りの封蝋印だよ。それと、家紋入りの旗に剣だ。」

 

「わあ、ありがとうございます。」

 

 受け取り、嬉しくて眺めていると、

 

「そうしていると、無邪気な子供にしか見えないんだがねえ。」

 

 と言われた。まるで、子供じゃないみたいじゃないですか。全くもう。子供の無邪気さで骨折りますよ?




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第93話 勧誘の手

 昨日は、封蝋印と旗、剣を貰い、急いで先触れを書いて封蝋印を押し、その日2度目の教会へ行きベドジフさんにお願いに行った。彼は(こころよ)く了承してくれ、すぐに馬に乗ってアルムガルト辺境伯家の本邸に向かってくれた。神官長の仕事は大丈夫だったのかな?15時ごろには返事を持ってきてくれたので、凄く助かったけど。返事の内容は“いつでもきていいよ”とのことだった。まあ、本当はもっと装飾された文面だったけどね。

 

 というわけで、翼を大きく広げ空を飛んでやってきました、アルムガルト辺境伯家の本邸。既に顔見知りとなった門番の衛兵さんに形式上だけど、名前を告げ貴族証を見せる。それを確認した衛兵さんは、すでに門の前で待機している執事さんに引き継ぐ。そのまま、応接室に通され、しばらくしてダヴィド様とヴィンフリート様がやってくる。立ち上がり、礼をする。

 

「堅苦しいのはなしだ。ガイウス殿。」ダヴィド様が手をヒラヒラさせながら言う。

 

「父上の言う通りだ。クリスティアーネの夫になるのが決まっているのだから、身内の様なものさ。」ヴィンフリート様も席に着きながら、そう言ってくれた。

 

「では、お言葉に甘えて。本日、僕がお伺いしたのは、ある人物を国軍から引き抜きたいからです。」

 

「ジギスムント・クンツ男爵のことかね?」

 

「はい、既にご存知(ぞんじ)で?」

 

「アンスガーが、昨夜こちらに帰ってきてな。そのことを話した。」

 

 ほう、アンスガーさんはちゃんと約束通りに進言をしてくれたみたいだ。感謝しないとね。

 

「そうだったんですね。それで、僕としては長年、北の辺境であるゲーニウス領で軍人として(つと)めてきた彼を、新しく編成する領軍の要職に迎え入れたいと思っています。しかし、僕は、僕の家はつい最近できたばかりです。王都には、クレート・ウベルティ伯爵しか知り合いがいません。人脈が無いのです。そこで、アルムガルト辺境伯家の人脈とお力をお借りできないかと思いまして、お願いに参じた次第です。」

 

「うむ、よくわかった。孫娘の婿殿の頼みだ。無碍(むげ)にはできん。それに、ゲーニウス領は黒魔の森と何より帝国と接しておるからな。国防上、重要な土地だ。軍務大臣のゲラルト・ギレスベルガー侯爵とは知己(ちき)だ。ダヴィド・アルムガルトの名において、力を尽くすことを誓おう。」

 

「私も、ヴィンフリート・アルムガルトとして、力を尽くそう。」

 

「ありがとうございます。それで、対価はどうしましょう?」

 

「これこれ、そのように聞くのはご法度(はっと)だぞ。相手を優勢にしてしまう。以後は気を付けた方が良かろう。しかし、対価か・・・。ふむ、北の珍しい酒でも貰えればよいかの。もちろん、貴族があまり口にせん、民の酒がいいのう。火酒でもよいぞ。」

 

「わかりました。ヴィンフリート様も?」

 

「うーむ。私は、特には無いかな。クリスティアーネを幸せにしてくれれば。それと、孫を早く抱きたいね。ディルクとベルントにも見合い話はくるんだが、中々に厳しくてね。」

 

 おっと、孫を抱きたいとは中々に難易度が高い。

 

「クリスティアーネを幸せにするのは僕の使命だと思っています。子供は・・・、その・・・、お時間をいただければと思います。」

 

「ハハハ、もちろんだとも。今日、明日という話ではないよ。いずれはということさ。」

 

「それであれば、必ず。」

 

「うむ、ならば、クンツ男爵の件について本日はこれで(しま)いだ。ガイウス殿、昼食をどうかね?」

 

「ご迷惑でなければ、喜んでご一緒させていただきます。ダヴィド様。」

 

「うむ、そうと決まればもう少し、閑談(かんだん)を楽しもうではないか。」

 

「父上、(わたくし)は執務がありますので、ここで。」

 

「わかった。ヴィンフリート、昼食には遅れるなよ。」

 

「承知していますよ、父上。それでは、ガイウス殿、また後で。」

 

 そう言って、部屋からヴィンフリート様は出て行かれた。

 

「そろそろ、あやつに、家督を譲ろうと思うてな。儂がしておった執務をさせておる。娘たち、あやつの姉や妹の嫁ぎ先がいらん口を挟む前に、家督を継がせる。子たちの中で男子があやつ1人だったのは、運が良かったのか、悪かったのか・・・。」

 

「どうなんでしょう。僕は、庶民が読む物語を教会でよく読んでいましたが、物語に出てくる貴族の家では必ず家督争いが起きていましたよ。それが無いと考えれば、結果的にはよかったのでは?」

 

「うむ、確かにな。家督争いで改易された家など長い歴史の中で数多(あまた)あるからのう。」

 

「責任ある立場の人間の、目に見えぬ苦労というわけですね。」

 

「ああ、そう言えるかもしれん。ガイウス殿のように、庶民から貴族になった者の方が案外、上手く統治ができるのかもしれん。下手に歴史がある家だと、それに縛られてしまう。」

 

 ふーっと長いため息をついて、メイドさんの淹れてくれた紅茶を飲むダヴィド様。本当に貴族と言うのは、厄介なんだなあと思いながら、その光景を眺める。その後も、昼食の時間まで、ダヴィド様と閑談(かんだん)を続けた。

 

 お昼の時間になると、執事さんが呼びに来てくれた。僕とダヴィド様は一緒に昼食に向かう。部屋に入ると、アライダ様とドーリス様が既に席に着いていた。僕はお2人に挨拶をして、勧められた席に着く。その後、すぐにヴィンフリート様も来て、昼食を摂った。貴族の作法で食べる昼食は、面倒だからやっぱり慣れないね。

 

 昼食後は、そのままインシピットの町へ飛んで戻った。門の直前まで飛んでいくと騒ぎになるので、近くの黒魔の森に着地して、翼を消してから門から町へと入る。その足で、アンスガーさんとベドジフさんにお礼を言いに行く。あとは、ギルドの練習場で、“シュタールヴィレ”のみんなが帰って来るまで、1人で訓練をした。今日はかなり久しぶりに平和な日だったかもしれない。




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第94話 討伐準備

 

 さて、クスタ君を迎えに行くまでに、今日を抜いてあと4日。今日は、グレイウルフリーダーのルプスから聞いていた情報を元に、コボルトを殲滅しに行く。そのため、今日は、僕の【召喚】をアントンさんとレナータさんに見せることになる。

 

 インシピットの町を出て、黒魔の森に入った時点で【気配察知】を最大限に広げる。ううむ、中々ひっかからないなあ。よし、困った時の【召喚】だ。今日は【召喚】を使いまくると宣言している。まずは、統合末端攻撃統制官のジョージ・マーティン中尉を【召喚】する。敬礼に続いて、お互いに再会の握手をする。続いて、RF-4C“ファントムⅡ”を16機【召喚】し、ヘッドセットを装着した僕の指揮の(もと)でジョージを経由して索敵を開始する。

 

 その様子を、ポカンとした様子で見ているクリスにアントンさん、レナータさん。まあ、3人には異世界の動くモノの【召喚】を見せるのが初めてだからね。仕方ないね。轟音とともに飛び去っていくファントムⅡを見送り、情報が来るのを待つ。その間に、僕の【召喚】について3人に説明をする。

 

「ということはだ、俺が以前見た鉄の鳥は、ガイウスが【召喚】した“飛行機”ってやつなんだな。」

 

「ええ、そうです。ギルドでそのことを聞いたときは、冷や汗をかきましたよ。」

 

「いやあ、面白いねえ。飛竜(ワイバーン)を落とすことができるようなヤツもいるんだねえ。それに(ドラゴン)よりも速いかもしれないね。音はうるさいけど。」

 

「ガイウス殿の能力は底が知れないですね。ん?ちょっと待ってください。先程、説明の時に“呂布”という方と“島津義弘”という方を配下とともに【召喚】したわけですよね。それならば、領軍が一時的にでも構成できるのでは・・・?」

 

「ああ、クリスは良いところに気が付いたね。僕もそう考えていたんだよ。国軍が引き揚げて、正規の領軍が編成できるまでの間にどうしようかと。そこで、その隙間の時間を埋めるために軍を【召喚】するつもりだよ。」

 

「ならば、我々、アメリカ軍を召喚されたらよろしいかと。」

 

 ジョージが話に入ってきた。

 

「今現在、【召喚】されている自分が属しているアメリカ軍を基準として、“呂布”の率いた軍勢は約1,800年前、“島津義弘”が率いた軍勢は約400年前の装備と部隊編成となっています。そして我々アメリカ軍は過去の戦訓を生かしながら成長してきました。是非とも、我が軍を。」

 

「ジョージの言うこともわかるけど、鉄砲は奥の手にとっておきたいんだよねえ。義弘たちの使っていた火縄銃くらいなら、火魔法と風魔法を使って鉛玉を撃ち放っているって言い訳ができるからね。」

 

「でしたら、軍事教練や施設の設置は任せてください。タフな兵隊に、難攻不落の要塞を作れますよ。」

 

「まあ、それくらいなら。とりあえず現地に行かないことには始まらないからね。また、今度、お願いするよ。」

 

「了解しました。あ、それと、貴族になられたのでしたね。遅くなりましたが、おめでとうございます。」

 

「ありがとう。ジョージ。さて、コボルトの集落なり集団なりは見つかったかなあ。」

 

「『オール・ロメオ。こちらコマンダー02。目標は発見できたか?』」

 

『こちら、ロメオリーダー。ダメだ。もう少し範囲を広げる。』

 

『こちら、ロメオ11。ロメオリーダー、コマンダー02。目標を発見した。集落のようだ。矢を撃ってきやがる。』

 

「ジョージ、ロメオ11を中心に索敵網を形成。取りこぼしは極力無くしたい。」

 

「了解です。ガイウス卿。『ロメオリーダー。ロメオ11を中心に索敵網を形成し、コボルトどもを1体残らず見つけ出せ。』」

 

『ロメオリーダー、了解した。』

 

 ようし、目標を発見できたみたいだ。飛行中のロメオ11の下あたりに【空間転移】をしよう。みんなを集め、【空間転移】をする。すると、黒魔の森だが先程とは違う場所に出た。【空間転移】成功だ。上空ではおそらくロメオ11らしき機影がある地点を中心に旋回飛行を続けている。その中心地がコボルトの集落だろう。【気配察知】でもゴブリンよりは大きく、オークよりは小さい多くの気配が動いているのがわかる。

 

 みんなで周囲を警戒しながら、前進する。【気配察知】では、こちらに向かってくる気配は皆無で、逆に集落に向かって行く気配が多い。結構、広範囲に散らばっていたようだ。その集落に向かうコボルトに見つからないようにさらに警戒しながら前身をする。

 

 しばらくして、木々の間から人工物が見えた。木でできた防壁と見張り台、それと門だ。ここまで確認できれば、ロメオ隊には帰還してもらってもいいだろう。ジョージも同意見だ。ロメオ隊に礼を言い【送還】する。すると、先程まで聞こえていた轟音が消える。

 

 森に静寂が戻る。聞こえるのは、自分たちの息遣いと、防壁の内側から聞こえる騒がしい声。【異種言語翻訳】のおかげで、コボルト達が何を言っているかわかる。聞こえてくる言葉を要約すると、“集落の外に出ていたコボルトは、全て戻って来た。先程の怪鳥は何者かの仕業(しわざ)かもしれない。門を閉じ、防備を固める”こんな感じだ。みんなにも説明する。

 

 そして、攻略会議だ。【召喚】するのは、僕たちの世界でも通用する武装を持つ呂布、高順、張遼と騎馬と歩兵の混合部隊。島津隊も考えてけど、その、狂気の度合いがね。初めてだとあれは衝撃だから後にとっておくべきかも。ジョージの言っていた日本人って、みんなあんな感じなのかな。まあ、いいや。

 

 それで、作戦だけど、僕とクリス、エミーリアさんにユリアさん、そしてレナータさんの【魔法】攻撃で門を破壊し、呂布隊と共に一気に流れ込む。そして、あとは狩り尽くすだけ。簡単だ。さあ、コボルトどもに悪夢を見せてあげよう。夢と違うのは本当に命を狩られるということだけかな。




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第95話 血の金曜日

 それでは、呂布たちの【召喚】をしますか。

 

「呂布、高順、張遼、配下の馬と歩兵、【召喚】。」

 

 そして、いつも通りに魔法陣と光が出て、赤兎馬を下馬した呂布を先頭に、高順と張遼が両翼を固め、背後に500の騎馬と歩兵の混合部隊が並ぶ。木々があるから綺麗にとはいかないけどしょうがない。

 

 全員が拝礼の姿勢をとり、呂布が代表して挨拶をする。

 

「ガイウス殿、お久しぶりでございます。こうして、また同じ戦場を駆け抜けることを嬉しく思います。さらに、お強くなられたようで何よりです。」

 

「うん、久しぶり。呂布。高順に張遼もね。強くなれたのは以前の【召喚】から色々とあったからかな。それで、今日はコボルトという魔物の拠点を襲撃する。木々の間から木製防壁が見えているでしょう?あれが、やつらの拠点だ。前回のゴブリン討伐と同じく、全てを討ち取ること。逃げるモノや女、子供関係なくね。容赦はいらないよ。」

 

「はっ!!わかり申した。」

 

「それでは、初顔合わせの人を紹介するね。」

 

 そう言って、ローザさんとエミーリアさん以外の、クリス、ユリアさん、レナータさん、アントンさん、ジョージを紹介する。まあ、ジョージは同じ【召喚】された者だから、呂布も見た瞬間にエシダラの者ではないとわかったみたい。

 

 さて、部隊編成をちゃちゃっと済ませる。高順と張遼に200ずつ率いてもらって、残りの歩兵100をアントンさんに率いてもらう。能力値は率いる兵の方が高いけど問題ないだろう。後方支援はエミーリアさんと護衛にジョージ。残った僕と呂布、クリス、ローザさん、ユリアさん、レナータさんは【召喚】した馬に騎乗しての先鋒だ。

 

 さて、まずは門を破壊しないとね。僕とクリス、エミーリアさんにユリアさん、そしてレナータさんが、森の中からそれぞれ最大級の火魔法を門に撃ち込む。爆炎が上がり、門と周辺の防壁が吹き飛ぶ。

 

 すぐに騎乗して、

 

「全員、突撃!!」

 

 雄たけびと共に500の軍勢が森を飛び出し、集落に襲い掛かる。警戒していたからか、コボルト達に慌てる様子はない。弓を撃って迎撃してくる。それを風魔法で防ぎながら、突撃する。一番槍は足の速い赤兎に騎乗する呂布だ。戟とハルバードを用いて一瞬で10体近くを討つ。僕たちもそれに続く。

 

 すぐに、戦闘は乱戦になった。だが、数は少ないが僕たちが優位に戦いを進められている。アントンさんも上手く指揮をしながら、効率的にコボルトを討っている。僕と呂布は2人で槍の穂先さながら、コボルトの軍勢を切り裂いていく。

 

 と、そこに装備の立派なコボルトの集団が現れた。【鑑定】すると“コボルトガーディアン”と表示された。いけるかな?取り敢えず、馬上から鋼鉄製の槍を一突き。すると、鎧を簡単に貫通し、コボルトガーディアンを仕留めた。

 

「ふむ、弱いね。」

 

「ええ、ですが、数が多い。背後にはお気をつけくだされ。それに、ローザ殿はだいぶ苦戦している様子。」

 

「あ、本当だ。気づいてくれてありがとう。レナータさん!!ローザさんの援護に!!」

 

「任せて、ガイウス君!!」

 

 そう言って、コボルトを蹴散らしながらローザさんの援護に向かってくれた。エミーリアさんはどうかな。そちらにチラリと視線をやると、上手くジョージがサポートしていた。優秀だよねえ。ジョージは、頭に1発、胴に2発と撃ち込みながらコボルトを撃退している。

 

 さあ、僕も頑張らなくちゃね。燃やすと討伐証明部位が無くなってしまうので、【火魔法】ではなく【水魔法】と【風魔法】のバレットを使おう。僕の周りに無数の水と風のバレットが現れ、「発射!!」の合図とともにパンッという音ともに音速を超えコボルト目掛けて、飛んでいく。僕と呂布を囲んでいたガーディアンを含む、多くのコボルトが血飛沫を上げながら倒れ伏す。「素晴らしい!!」と呂布が歓声をあげながら、コボルトを10数体まとめて(ほふ)る。

 

 そこへ、騎馬が一騎、コボルトを蹴散らし駆けてきた。

 

「ガイウス卿、呂将軍にご報告です。張隊長が捕らえられている者たちを発見。子供もいます。救助中ですが、四肢の欠損が激しく、事情を聞いたところ、「喰われた。」とのことです。新鮮なうちに(しょく)すためでしょうか、止血処理はされていましたが、体力の衰弱が激しく、動かせません。」

 

「わかりました。張遼には、部隊の一部をその人たちの護衛へまわすように指示を。それと、エミーリアさんとジョージをその人たちの治療のために連れて行ってください。」

 

「御意!!」

 

 そう言って。後方に駆けて行く。

 

「呂布、僕は自分を、この怒りを、抑えられそうにない。今から、全力を出すため下馬戦闘に切り替える。勇猛な呂布に頼むのは気が引けるが、取りこぼしの殲滅(せんめつ)をお願いしたい。」

 

「拙者はガイウス殿に【召喚】された身です。ガイウス殿のご命令、しかと承りました。思う存分、暴れてください。」

 

「ありがとう。呂布。では、始める。」

 

 下馬し、体内で魔力を練り上げ、それを指先、いや髪の先まで通すことを意識して、自分の身体全体に【魔力封入】を行う。そして、短槍とソードシールドにも同じように【魔力封入】を行う。貫通力と速度を上げるために、【風魔法】を纏う。

 

 そして、鏖殺(おうさつ)を始める。まずは、短槍の投擲(とうてき)で100m近くに伸びていたコボルトの隊列を皆殺す。その様子を呆然と見ているコボルトたちの目の前に一瞬で移動し、貫手で心臓部を貫く、ソードシールドで押し潰す。一陣の風となり駆けまわる。

 

 風魔法で巻き上げられた血が、雨となり降り注ぐ、鋼鉄製の鎧が赤黒く染まっていく。しかし、止まらない、止められない。僕が早く動いていれば、彼らはコボルトに捕まることなどなかったかもしれないのだ。そう思うと、悔しさがこみ上げる。

 

「ああああああぁぁぁぁあああああああぁぁぁああああああ!!」

 

 叫びながら、殺しまくる。僕には、捕まった彼らの四肢を治す能力がある。しかし、彼らの味わった恐怖を取り除くことはできない。だから、僕は、彼らの代わりに、恐怖に染まったコボルト達を殺す。鮮血に染まりながら、叫びながら、コボルト達を殺しまくる。今の僕にはそれしかできないから。




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第96話 救出

「うおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 

 雄叫びをあげながら、戦場を駆け巡る。僕の通ったあとにはコボルトの死体しかない。いや、呂布がいる。彼は僕の取りこぼしを片づけながらも着いてきている。上位のコボルトだろうが、子供だろうが関係なく殺す。1体でも逃せばそいつが群れをまた作る。しかも、学習してだ。そのためにも、今この集落にいるコボルトは鏖殺(おうさつ)する。

 

 集落の長であろう、コボルトキングは既に討ち取った。それにも気づかないコボルト達は、牙を剥き、爪を立て、武器を手に向かってくる。そんなのお構いなしに突っ込んでは、回収した短槍で刺し、ソードシールドで押し潰す。

 

 攻撃を開始してから30分ほど経って、ようやく最後の1体を倒した。その顔は、恐怖と絶望に染まっていたがしったこっちゃない。人間に手を出した時点でどちらにせよ討たれるんだ。それが、早いか遅いかの違いでしかない。

 

 呂布に配下を指揮させ、コボルト達の死体を一ヶ所に集める。その時に討伐証明部位の右耳を削ぎ取るようにお願いしておく。

 

 さて、僕は捕らえられていた人たちの治療に行きますかね。その人たちがいる大きめの小屋に向かって歩いて行く。周囲の光景を見ながら(この集落もまた焼き払わないとなあ。)と思いながら歩いていると、何やら怒鳴っている声が聞こえてきた。何だろうと思っている小屋の中に入ると、ユリアさんが、四肢のない男女に向かって説教していた。

 

「“コボルトだから大丈夫だと思った”ですって!?何を考えているんですか貴方たちは!!通常のコボルトは確かに1体の力はそこまで強くありません。しかし、群れになると、ロックウルフよりも手強(てごわ)い相手です。それを、先を急ぐためとはいえ、遭遇した際に殲滅しないなど、“また、襲ってください”と言っているようなものなんですよ!!特に黒魔の森に近い道を通るなら尚更です。6級の冒険者なんでしょう?それくらいは知っておきなさい!!今回は、私たちが間に合ったからよかったものを、もう一度、10級からやり直してほしいくらいです!!」

 

「「「「「すみませんでした!!今後は気を付けます!!」」」」

 

 涙を流しながら、冒険者であろう男女の5人組はユリアさんに頭を下げて謝っていた。

 

「あー、ユリアさんお説教はそのくらいで、うわっ、凄い人数ですね。30人くらいはいるのかな。」

 

「はい、ガイウス君。捕まっていたのはニルレブを本拠とする商人さんとその商品である奴隷たち、それと護衛の冒険者たちです。一応、全員、命はあります。捕まったのは昨日で他の食料品関係の荷物は先に食べられちゃったみたいですね。」

 

「それで、捕らえた人たちの四肢を喰っていたと。」

 

「はい、そのようですね。」

 

「ふむ。でもなんで胴体とかは残していたんでしょうね。」

 

 そう疑問を口にすると、「あの・・・。」という声が聞こえた。その方に目をやると、四肢のない犬?狼?獣人の男性がいた。

 

「貴方は?」

 

「私は、奴隷のダグと申します。見ての通り狼の獣人です。片言(かたこと)ですがコボルトどもの言っていた言葉を聞きとれました。その中でアイツらは、“飼育して数を増やして食べる”と云うようなことを言っていました。」

 

 その言葉を聞いたアントンさんが、“うげえ”という顔をしながら「人間牧場かよ・・・。胸糞わりぃ。」と呟いていた。阻止できたからいいじゃないですか。さて治療だ。切り落とされた四肢の部分は、焼灼止血法で処置してあるが、火傷の跡が酷い。それに、このまま、ヒールで火傷跡や傷跡を治しても四肢が無ければ働けない。あまり、使いたくないけど【リペア】を使おう。

 

 しかし、その前にしておくおことがある。

 

「この奴隷たちの今の持ち主さんは誰ですか?」

 

「私です。商人のゴームと申します。この度は命を救っていただきありがとうございます。」

 

 四肢が無い状態で頭を下げてくる。

 

「ご丁寧な挨拶をどうも。5級冒険者のガイウス・ゲーニウスと申します。」

 

「ゲーニウス辺境伯様でしたか!?お手を煩わせ申し訳ありません。」

 

 驚いて、倒れてしまった。起き上がるのを手伝いながら、伝える。

 

「いえ、自分は冒険者として此処にいますので、お気になさらず。しかし、なぜ、僕の事を?」

 

「商人は情報が命綱の1つですから。色んな伝手(つて)から情報が集まってくるのですよ。もちろん、辺境伯様がフォルトゥナ様の使徒であることも知っていますよ。」

 

「ふむ、優秀な商人なのですね。では、商いの話しをしましょう。僕は貴方の商品の奴隷を現状で全員買い取ります。おいくらですか?」

 

「全員ですか!?」

 

「はい、全員です。ゴームさんが普通の商人であれば、彼らは借金奴隷や身売りした方たちでしょう?」

 

「え、ええ。犯罪奴隷や戦争奴隷ではありません。あれは、国の管轄ですから。」

 

 よし、裏も取れた。あとは、値段だけどいくらかな?

 

「それで、おいくらですか?」

 

「ううむ。全員、若いですが四肢欠損しておりますので、26人全員で金貨1枚でいかがでしょう?」

 

「買います。後で値を上げるのは無しですよ?」

 

「もちろんですとも。彼らも、これから先の人生はお先真っ暗に近いですが、辺境伯様がご購入されるのであれば、そう酷い結果にはならないでしょう。」

 

「そうですね。そして、ゴームさん、貴方もこの先の人生を生きていかなければなりません。」

 

 そう言って、僕は、背中から純白の翼を生やし、フォルトゥナ様の使徒であることを強調しつつ、ゴームさんの失われた四肢が戻るのを思い浮かべながら、唱える。

 

「【リペア】。」




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第97話 崇められました

 僕が【リペア】の【能力】を使い、ゴームさんの失った手足を生やす。そして、【ヒール】をかけ火傷跡と傷跡を完全に消し去る。ゴームさんは信じられないモノを見るような目で僕と自分の手足を交互に見ている。

 

「ま、まさしく、フォルトゥナ様の使徒なのですね。このようなお力を、伝承にある“勇者様”や“聖女様”のみが使える回復魔法【リペア】。それに、その神々(こうごう)しい純白の翼。疑う余地などございません。そして、手足を元に戻していただいたのみならず、火傷跡なども治癒してくださり、誠にありがとうございます。」

 

 そう言うと平伏する。僕は困ったというような表情を作りながら、声をかける。

 

「立ってください。ゴームさん。僕は、この【ヒール】と【リペア】を此処にいる全員に使いたいと思います。ええ、全員です。奴隷の皆さんもです。そうすれば、5体満足の奴隷が戻ってくるわけですが、それでも、僕に金貨1枚で売ってくれますか?」

 

「ええ、ええ、もちろんですとも。ガイウス様に、このような素晴らしい能力があることを知らなかった自分の落ち度です。ガイウス様が気になさる必要はございません。もし、お譲りしないと言えば奴隷たちはこのままなのでしょうか?」

 

 いや、そんなことはしないよ。今、全員を治すって言ったばかりじゃない。

 

「いいえ、そんなことはしません。全員を治しますよ。そして、値上がりしようが買い取らせてもらいます。」

 

「お試しするようなことを言ってしまい申し訳ありません。ガイウス様はやはりフォルトゥナ様の使徒ですね。最初のお約束通り、26人全員を金貨1枚でお譲りします。」

 

 あー、試されていたのか。ま、なかなか難しいよね。力のある他人をすぐに信用するってのは。でも、僕って結構すぐに信用しちゃっているよなあ。今後は気を付けないといけないね。

 

「ありがとうございます。それでは、みなさん。まずは、皆さんの火傷跡に傷跡を【ヒール】で治します。その後は、お1人ずつ【リペア】で手足を元に戻します。それでは、まずは【エリアヒール】。」

 

 いつも通りの金色(こんじき)に輝く膜が下りてきて1人1人を包み込む。そのあとは、1人ずつに【リペア】をかけていく。まずは、御者さん、その後に奴隷たち。最後に、みんなをこんな状況に放り込んでしまった冒険者たち。順番に文句を言う人が1人もいなかったので、スムーズに【リペア】をかけることができたので良かった。

 

 最後の1人に【リペア】をかけ終わると、僕はみんなを見回して言った。

 

「今回の【リペア】の件は口外無用でお願いします。」

 

「なぜでしょう?ガイウス様が、フォルトゥナ様の使徒であることを知らしめる良い【能力】だと思うのですが。」ゴームさんが聞いてくる。

 

「【エリアヒール】みたいに他人も使えるようになれば、口外しても良いと思います。僕は、治癒師や医師、薬師になりたいわけではないのです。ただ、1人のガイウスという人間でありたいのです。」

 

「【エリアヒール】が使える人間が他にもいるのですか!?はっ!?確か、風の噂でアルムガルト辺境伯領のインシピットという町には【エリアヒール】使いが在籍していると聞きましたが、まさか・・・。」

 

「その、まさか、です。僕が講師として開いた講座を希望者に受講してもらいました。そして、受講者全員が【エリアヒール】を使えるようになりました。」

 

「歴史が動きますな。人々は回復薬などに頼らなくなるでしょう。」

 

「さあ、どうでしょう。案外、回復薬の需要は残ると思います。何しろ、今のところは【エリアヒール】を教えることができるのは、僕だけだからです。ま、この話しはここまでにしましょう。さて、みなさんを近くの町までお届けしなければなりませんね。近くで希望の町があれば言ってください。」

 

「それでは、恐縮ですがプライスラー子爵領のアルネバーの町へお願いします。」

 

 おっと、ここでその名前を聞くとはね。というかここって結構、北のほうだったんだ。ルプスの話しから、インシピットの近くだと勘違いしていたよ。だから、空からの捜索に時間が()かったんだね。まあ、プライスラー子爵領とアルムガルト辺境伯領は隣同士だからね。アルムガルト辺境伯領があるおかげで、黒魔の森の影響を受けて無いと言ってもいいかもしれない。要は、アルムガルト辺境伯領が壁となっているわけだ。そりゃ、寄子(よりこ)にもなるよね。

 

「わかりました。それでは、そちらまでみなさんをお送りしましょう。馬車などはこちらで準備します。それまでは、ここでお待ちください。」

 

 そう言って小屋から出た僕は、山積みになったコボルトの死体と討伐証明部位を【収納】した。1,274体いたみたいだ。うーん、倍の数相手にあんなに戦えるなんて、やっぱり地球人は人間離れしているね。ジョージもなんやかんやで活躍するし。

 

 さて、残った、小屋は【風魔法】で全て吹き飛ばして、壊した。そのあと、【土魔法】で穴を掘り、【風魔法】で瓦礫を全て集めて穴に落とし、【火魔法】で燃やし尽くした。ちなみに、財貨は結構あって、ゴームさんの物もあった。あとで渡しておかないとね。

 

 呂布たちには礼を言い、【送還】した。【送還】する前に、僕のゲーニウス領で領軍として働いてくれないか聞いたら、二つ返事で引き受けてくれた。やったね。ジョージも【送還】する際に力を貸してくれるか聞いたら、「もちろん。」と言ってくれた。いやあ、戦力が強化されていいね。

 

 さて、すっかり更地になった元コボルトの集落に、馬車を5台と馬はフリージアンを【召喚】した。フリージアンには【異種言語翻訳】で、1台以外は御者無しで馬車を曳いてもらうようにお願いした。そして、準備を整え、ゴームさん達を小屋の外に出す。

 

 そして、更地になった土地と、奪われた財に5台の馬車にそれを曳く立派なフリージアンを見て絶句していた。えー、そこは喜ぼうよ?え、無理?人外のレナータさんが言うならそうなんだろう。そんで、ゴームさん達、僕を(あが)めようとしないで!?




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第98話 奴隷たちの処遇

 5台の馬車に分乗して、一番先頭には御者さんの操る馬車にゴームさんとその荷、護衛にアントンさんとレナータさん。2台目から4台目までは、奴隷の人たちと警戒のために御者台にクリス、ローザさん一、エミーリアさんが座る。最後の5台目は冒険者たち5人とユリアさんだ。そんな編成で一路、プライスラー子爵領の北の町“アルネバー”を目指す。

目指すのいいが、街道に出るまではずっと黒魔の森の中だ。呂布たちを残しておくんだったと思い、馬車の屋根に乗り、大声で「今から【召喚】を行うので驚かないでください!!」と各馬車に通達したあと再度、呂布、高順、張遼、そして騎馬のみで600の兵を再度【召喚】した。

 

「お早い再会でしたな。」

 

 呂布が笑いながら言ってくる。僕は、以前召喚した黒馬を【召喚】し、その背に飛び乗り、呂布と並走する。

 

「全くだね。見ての通り、僕たちは馬車での移動だ。中にはさっきのコボルトの集落で捕らえられていた人たちが乗っている。近くの町まで護衛を頼みたい。」

 

「承知。しかし、今回、歩兵隊は無しですか?」

 

「うん、森の中では頼りになるけど、移動速度がね。できるだけ早く目的の町に到着したいんだ。先頭の馬車のみ御者さんがいるから、彼の操る馬車について行ってもらえばいい。他の馬車を曳く馬にもそう伝えてあるから。」

 

「ほう、ガイウス殿、いやガイウス卿は馬の言葉がわかるので?」

 

「神様から力を少しもらったからね。それでね。」

 

「なるほど。わかり申した。では、護衛は任せてくだされ。高順は中衛。張遼は後衛だ。それぞれ、200ずつ率いろ。前衛は俺がする。」

 

「「はっ。」」

 

「それじゃあ、3人ともよろしく。」

 

「「「御意。」」」

 

 そう言って、3人が部下と共に配置に就(つ)く。僕はそのまま、クリスの馬車にまで馬を近づける。

 

「クリス。ゴームさんと冒険者たちはアルネバーの町でいいだろうけど、奴隷たちは、そうはいかない。泊まる場所が無い可能性が高い。アルムガルト辺境伯軍の兵舎で空いているモノは無いかな。」

 

「あると思います。しかし、アルネバーから、本邸までは距離がありすぎます。北の町ツフェフレの方が近いかと。しかし、駐留部隊の分しか兵舎は無いでしょう。」

 

「ふむ、なら、僕たちはアルネバーからツフェフレを目指そう。そこで、宿舎を【召喚】してみるかな。」

 

「お出来になるので?」

 

「やってみるよ。さて、それじゃあ、ダヴィド様に許可を貰わないといけないね。少し、行ってくるよ。呂布たちがいるから大丈夫だとは思うけど、指揮はアントンさんに継(つ)いでもらうから、よろしく。」

 

 僕はそう言って、アントンさんの乗る先頭の馬車に近づき、荷台に飛び乗る。それと、同時に黒馬を「ありがとう。また、あとで呼ぶね。」と言って。【送還】する。

 

「おう、ガイウスどうした。」

 

「アントンさん、僕は今から、アルムガルト辺境伯家の本邸まで行ってきます。理由は、奴隷たちの宿泊場所の確保です。」

 

「飛ぶのか?」

 

「飛んで、一瞬ですよ。」

 

「ああ、わかった。気をつけてな。」

 

 アントンさんと同乗のレナータさんは、このやり取りで、僕の今からしようとしていることが分かったみたい。ゴームさんはただ心配そうな顔で「お気をつけて。」と言ってくれた。僕は頷き、荷台から飛び降り、翼を生やすと、一気に上昇する。

 

 ある程度、隊列から距離をとったら、アルムガルト辺境伯家本邸の近くまで【空間転移】する。そのまま、10分ほど飛行して、本邸の正門に降り立つ。衛兵さんが誰何(すいか)してくる。そう言えば、鎧一式をつけたままだった。兜を外すと、衛兵さんはすぐに跪(ひざまず)き、頭を垂れながら言う。

 

「ゲーニウス辺境伯様、ようこそお越しになりました。今、人を使いに出しますので少々お待ちください。」

 

「もちろんですとも。先触れも出さずに急に来たのですから。さ、職務に戻ってください。」

 

「ありがとうございます。ゲーニウス辺境伯様、狭いですが、詰所でお待ちください。」

 

「いえ、ありがとうございます。」

 

 詰所で待つこと2分、すぐに執事さんが来た。そして、そのまま応接室に通される。ダヴィド様とヴィンフリート様のお2人は席に着いていたが、立ち上がられたので挨拶を交わす。席に着き、メイドさんが紅茶を出して退室してからダヴィド様が口を開く。

 

「さて、ガイウス殿、早速だが話を聞こうかの。」

 

「はい、今日、黒魔の森にてコボルトキングとコボルトの集落を潰しました。1,274体いました。そこで、捕らえられていた人々を救出したのですが・・・。」

 

 そこから、ゴームさんのこと、奴隷を買ったことを説明して、

 

「ですので、その奴隷たちを住まわせる場所が必要なのです。防衛力のある、アルムガルト辺境伯領に、詳しく言えば北の町ツフェフレの近くに、奴隷たちのための宿舎を置くことを許可していただきたいのです。」

 

「ふむ、ずっとかね?」

 

「いえ、もちろん、ゲーニウス領が本格稼働すれば、そこに移動させます。1カ月ほどです。」

 

「ならば、許可を出そう。」

 

「父上!?」

 

「なんだ、ヴィンフリートは反対か?」

 

「ある意味、ゲーニウス辺境伯の民を預かることになるのです。もし、彼らに被害があれば・・・。」

 

「ツフェフレの町の防衛隊は、アヤツの指揮下にある。大丈夫であろう。」

 

「ああ、代官はユーソでしたか。確かに彼なら町の防壁外に宿舎を置いても、守り通すでしょう。」

 

「なら、決まりじゃ。ほれ、ヴィンフリート、早く書状を書いてこんか。ガイウス殿が動けんであろう。」

 

「はい、父上。では、一旦席を外します。」

 

 そう言って、部屋を出るヴィンフリート様。そのあとは、いつも通りダヴィド様と閑談で時間を潰す。話す内容は、今日のコボルト戦だ。クリスが活躍していたと話すと、嬉しいような、困っているような表情で聞いていた。10分後には、アルムガルト辺境伯家の封蝋印を押した書状を持って、ヴィンフリート様が戻って来た。

 

「さ、ガイウス殿、これを。」

 

「ありがとうございます。ヴィンフリート様。それでは、僕はここで失礼します。お手を煩わせ申し訳ありませんでした。」

 

「なに、アルムガルト辺境伯家とゲーニウス辺境伯家は領地を接する間柄となり、何より、クリスと結婚することにより、血縁となるのだ。気にするでない。さ、早くクリス達のもとへと戻りなさい。」

 

 そう言われて、僕は、アルムガルト辺境伯家本邸の門を出ると同時に翼を広げ、空へ飛び上がった。その後は、周囲に竜騎士(ドラグーン)などがいないことを確認して、【空間転移】し、馬車の隊列がギリギリ見える距離に戻って来た。

 

 クリスの側(そば)に降り立ち、「ただいま。」と言うと、

 

「お帰りなさい。首尾よくいきました?」

 

 そう聞かれたので、貰った書状を見せると、笑顔を見せてくれた。

 

 アルネバーまではまだ、時間が掛かる。




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第99話 アルネバーの町

「見えてきました。アルネバーの町です。」

 

 14時ごろにゴームさんが、クリスの乗る馬車と騎乗して並走していた僕に報告するように言ってきた。黒魔の森に近いこともあって、インシピットの町のように防壁は高くて頑丈そうだ。門の所では、衛兵さんが検査を行っている。まあまあの列ができている。よし、貴族特権を使わせてもらおう。

 

 クリスに「ちょっと行ってくる。」と言って、黒馬を駆けさせる。すると、こちらを視認した衛兵さんの中から、隊長さんらしき人が2人の衛兵を引き連れやってくる。駆け足から徐々に並足に戻し、衛兵さんと対面するときは完全に停止し、僕は下馬する。

 

「お急ぎのようだが、列に並んでもらえるかな?」

 

 隊長さん(仮)が穏やかな口調で言ってくる。しかし、後方の2人の衛兵さんは油断なく槍を構えている。よく訓練されているようだ。僕は貴族証を取り出し、

 

「私はガイウス・ゲーニウス辺境伯である。黒魔の森にてコボルトどもと戦い、人命救助を行った。その際にコボルトどもから保護した者たちが、送り先にアルネバーを希望したので護衛してきた。見えているであろう?あの隊列が。周りを囲む騎馬隊、あれは、私の私兵だ。(ごめんね。呂布。私兵なんて言って。)」

 

「貴族証、確かに確認いたしました。ご無礼、申し訳ありません。」

 

 貴族証を確認した彼らは、(ひざまず)(こうべ)を垂れた。

 

「よい、貴殿らは職務に忠実であったまで。咎める気など元より無い。兎に角、保護した者たちはコボルトどものせいで疲弊(ひへい)している。速やかなる許可を願いたい。」

 

「わかりました。(わたくし)どもで速やかに検査を行いましょう。あちらの門の近くまで、馬車を誘導します。」

 

「いや、それは私がしよう。貴殿らは準備を頼む。それと、貴殿の名は?ああ、罰のために聞いているのではないから安心してほしい。」

 

「はっ、名乗りが遅くなり申し訳ありません。(わたくし)は、衛兵隊長のホーコンと申します。準備の件、承知しました。辺境伯様。」

 

「では、ホーコン殿よろしく頼む。」

 

 そう言って、騎乗しクリス達の所に駆け足で戻る。ゴームさん達の乗っている馬車の御者さん、テディさんにホーコンさんから指示された場所に馬車を向かわせるように伝える。先頭で呂布と並走しながら、

 

「偉ぶる口調って疲れるねえ。」

 

「しかし、ガイウス卿はこれより、領地を治めるのです。領民が他の領地の領民に見下されたり、なめられたりしないためにも、武と智で地位を得たガイウス卿は対外的には偉ぶる必要があるでしょうな。」

 

「はあ、仕方ないよねえ。人生って思い通りにならない。」

 

「だからこそ、人は、その人生を悔いのないように生きるのだと拙者は考えます。」

 

「確かにそうだね。おっと、もう目的地だ。さあ、ここからは貴族を演じよう。呂布、部隊を後方に整列させよ。その後は検査が終わるまで小休止をとりたまえ。」

 

「御意。」

 

 呂布は部隊をまとめ、後方に整列し、ゴームさんと冒険者たちの馬車だけが検査を受けるようにする。ホーコンさんが駆け足でやって来て、

 

「辺境伯様、お連れの兵の方々と残り3台の馬車は、町に入らないので?」

 

「ああ、そうだ。我々は、アルムガルト辺境伯領のインシピットへ向かう。」

 

「そうでしたか、それと、申し上げにくいのですが、辺境伯様の来訪を上司に伝えたところ、アルネバーの代官が辺境伯様にお会いしたいと申しておりまして、今、こちらに向かっております。」

 

「承知した。では、壁外で待たせてもらおう。」

 

「重ね重ね、申し訳ありません。」

 

「ホーコン殿のせいではあるまいよ。気にするでない。」

 

「ありがとうございます。」

 

 そして、2台の馬車の検査が終わる頃に代官がやってきた。男性だと思っていたが、若い女性だった。

 

「馬上より、失礼する。ガイウス・ゲーニウスと申す。辺境伯の地位に叙されている。」

 

「ベティーナ・プライスラーと申します。辺境伯様には妹のベルタとその仲間の命をお救いくださり、誠にありがとうございます。」

 

 そう言って、彼女は(ひざまず)き、(こうべ)を垂れる。あー、ベルタさんのお姉さんかあ、確かに顔立ちとかが似ているね。

 

「気にされることではない。あれは、運よく我々が間に合っただけのことだ。フォルトゥナ様に感謝すべきであろう。」

 

「でしたら、フォルトゥナ様の使徒である。ガイウス様に感謝を。」

 

 そう言って、祈り始めた。うん、まあ、それで気がすむならいいかな。

 

「ベティーナ殿、どうやら、我々が保護してきた者たちの検査が済んだようだ。別れの挨拶を言いに行きたいのだが。」

 

「これは、気が付きませんで、申し訳ありません。出来れば、代官屋敷にてお茶でもと思ったのですが、ホーコンからの報告によれば、今日中にもインシピットに向かうとか。」

 

「ああ、そうなのだ。だからこそ、なるべく早く出立したい。」

 

「承知しました。また、お時間のある時にお寄りください。規模は王都や領都には負けますが、それでも民のために精一杯、(まつりごと)に励んでおりますので、栄えている自信はありますゆえ。」

 

「うむ、時間のある時に、冒険者として気楽に寄らせていただこう。それでは、ここで。」

 

「道中、お気をつけて。」

 

 ベティーナさんの礼と見送られ、ゴームさんたちのほうに向かう。すぐに僕に気が付き、

 

「ガイウス様、この度は誠にありがとうございました。馬車はこちらでお返しします。迎えの馬車が、壁内の店から来ますので荷物も大丈夫です。“ゴーム・ラーデン”というそのまんまの名前の店を各地に展開しています。ご用命の際は是非とも。」

 

「承知した。本店がニルレブにあるのであれば、顔を合わせることもあろう。それまで、達者でな。」

 

「はい、ガイウス様も。」

 

 そう言って、その場を御者がテディさんからアントンさんに変わった馬車と共に離れる。アントンさんそんなに笑いを噛み殺したような顔をしなくてもいいでしょう?僕だって、好きでこの口調で話しているわけではないんだから。冒険者たち?彼らはユリアさんから再度、説教をくらい、頭をペコペコと下げながら早々に壁内に入っていったよ。




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第100話 お城

 アルネバーの町から離れた林の中で、【空間転移】を行い、ツフェフレの町の近くの黒魔の森に出る。【空間転移】ができるから、アルムガルト辺境伯家本邸の近くまで転移してもよかったけど、時系列が合わなくなるからね。まあ、アルネバーからツフェフレまででも、十分に怪しまれる時間だけど。

 

 隊列を街道まで出すと、呂布とアントンさんに指示を出して、馬車の防衛をしてもらう。ツフェフレまでは3kmといったところかな。アルネバーよりも立派な防壁が目を引くね。僕は、翼を生やし、空を飛んでツフェフレへ向かう。途中で街道をいく人々が、僕の姿を見つけ騒いでいるが気にしない。

 

 すぐにツフェフレの町の南門に着く。門で検査を受ける人々の列の近くに着地すると同時に数名の重装の衛兵に囲まれる。槍は向けられていない。いやあ、即応性が素晴らしいね。感心していると、1人進み出てきた。隊長さんかな。

 

「どうも。ようこそ、ツフェフレの町へ。私は衛兵隊長のバルブロという。貴方の身分を確認させていただきたいのだが、よろしいか?」

 

 笑顔で言ってくるけど、目が笑ってない。一部の隙も無いね。僕は、「少々、待たれよ。」と言い、兜を外し、ヴィンフリート様が書いてくれた書状と僕自身の貴族証を取り出して、バルブロさんに渡す。

 

 封蝋印を確認した彼は両手で書状と貴族証を受け取り、確認をする。確認が終わるとすぐに、「お返しします。」と貴族証を返して、書状は部下の1人を呼んで、彼に持たせ壁内へ走らせていた。そして、残りの全員で(ひざまず)き、

 

「辺境伯様とは気づかず、申し訳ありませんでした。部下の行動は規則に(のっと)ったものであります(ゆえ)、責は私にあります。」

 

「いや、誰も、罰する気など毛頭ない。さあ、立たれるがよい。バルブロ殿たちは規則通りの事を行なったまで、誰がそれを罰せようか。」

 

「お心遣いいただきありがとうございます。」

 

「書状の返事が来るまで、少し聞きたいことがあるのだが、よろしいか?」

 

「何なりと、閣下。」

 

「バルブロ殿たちの装備について聞きたいのだ。私は未だにインシピットの町で冒険者業をしておるが、インシピットの衛兵隊はそこまで重装備ではなかった。黒魔の森がインシピットよりも近いという理由もあるのだろうが、それだけだろうか?」

 

「はい。いいえ、閣下。我が町の北からは旧ナーノモン領になります。万が一、帝国と争うことになった場合、浸透してきた帝国軍が後方攪乱(こうほうかくらん)をする可能性がありますので、代官のユーソ様がアルムガルト辺境伯様にかけあい、このように重装備となりました。また、詰所には馬が1分隊分いますので、黒魔の森から(あふ)れた魔物どもや野盗にも即応できるようになりました。」

 

「なるほど。確かに初動は大切だからな。」

 

 へー、そういう理由なんだ。ダヴィド様に直訴するとは、やりての代官さんだね。感心していると、門のほうから馬が3頭駆けてきた。2頭には、剣を()いてはいるが、明らかに文官らしい格好をした人が、先導の1頭には先程、書状を持って行った衛兵さんが騎乗していた。

 

 彼らが近づくと、バルブロさんと部下の人たちが頭を垂れ出迎える。僕は、兜を左脇に抱えたまま突っ立っている。騎乗した彼らは下馬すると、すぐに(ひざまず)き、

 

「ゲーニウス辺境伯様、(わたくし)がツフェフレの町にて代官を(つと)めるユーソ・マルトラ男爵と申します。隣の彼は秘書官で護衛のカールレであります。」

 

「うむ。ガイウス・ゲーニウス辺境伯である。ユーソ殿、此度(こたび)は急な訪問で申し訳ない。さあ、お立ちになられよ。」

 

「はっ、ありがたく。バルブロ隊長ご苦労。任務に戻りたまえ。君たちもだ。護衛はいらん。カールレがいるからな。」

 

 ユーソさんがそう下命(かめい)すると、バルブロさんたちは深く礼をして門へと戻っていった。それを見送り、声が届かない距離になったことを確認して、

 

「それで、ユーソ殿。書状は確認して戴けたかな?」

 

「はい、しかし、本当に壁外でよろしいので?壁内の宿屋を強制徴用できますが。」

 

「非常時でもない今、そのようなことをすれば無駄に民心(みんしん)を不安がらせる。提案には感謝するが、こちらには、奥の手があるのでな。それで、場所だが、なるべく黒魔の森の近くに宿舎を置かせてもらう。そこなら、街道の邪魔にもならんし、私の兵が魔物どもを蹴散らせる。良い訓練に、小銭稼ぎになる。」

 

「わかりました。宿営地の準備ができれば、また、バルブロに声をかけてください。この町の防衛隊長のラッセと共に安全かどうかを確認させていただきます。もし、安全が確保できないような状態であれば、閣下がどう言われようと壁内に入っていただきます。」

 

「安心したまえ。私は奴隷だからといって、粗末に扱う気は毛頭ない。彼らも庇護(ひご)すべき民だと思っている。」

 

「そのお言葉、信じさせていただきます。では、(わたくし)共は政務に戻らせていただきます。」

 

「うむ、ご苦労だった。それではな。」

 

 そう言って、兜をかぶり、翼を生やして広げ、飛び立つ。すぐに、馬車が待機しているところまで戻ってこられた。奴隷の人たちも思い思いにくつろいでいるようで何よりだ。さて、僕はもう一仕事だ。

 

「アントンさん、呂布、みんなを少し下がらせて。・・・。うん、そのくらいでいいよ。それでは、今日からしばらくみんなの寝床になるところを【召喚】。」

 

 地面には今までで一番大きな魔法陣が現れ、光があふれる。そして、光が消え去ると、お城があった。【鑑定】すると、マルボルク城というらしい。地球のドイツという国の騎士団が使っていた城で、今の状態は第2次世界大戦?とかいう戦争時の一番頑丈な時のものらしい。雨風を凌ぐには最適だね。やったね。

 

 だからさ、みんな喜ぼうよ。そんな、ありえないモノを見る目で僕を見るのはやめて?




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第101話 マルボルク城

「ガイウスよお、お前さん、これはちとやりすぎじゃねえかい?」

 

「拙者もアントン殿と同意見です。ガイウス卿。」

 

「えっ!?いや、だって、みんなが雨風を(しの)げて、黒魔の森から出てくる魔物どもや野盗に襲われない、安全な寝床って思って【召喚】したら、この“マルボルク城”が出てきたんですよ。」

 

 やりすぎじゃないよ。適正だよ。これだけのモノならそう簡単に陥落しないよ。

 

「ちなみに拙者を最初に【召喚】された時は何と思われたので?」

 

「呂布を【召喚】した時は、“誰も並び立つ人がいないほどの強い人”って思ったね。」

 

「それは、光栄ですな。しかし、これだけ、巨大な城というか、城塞ですな。これを防衛するには、今の500では兵が足りません。あと、1,500は欲しいものです。」

 

「それは、騎兵でかな?」

 

「御意。拙者の配下は下馬戦闘でも実力を十分に発揮できます(ゆえ)。」

 

「わかったよ。それじゃあ【召喚】。」

 

 騎馬隊を【召喚】し、呂布に預ける。彼は、すぐに高順と張遼を引き連れ部隊へ指示を出し、動き始めた。そして、未だにポカーンとしている奴隷さんたちには、今日からしばらくここが仮の住まいとなることを伝える。ダグが手を挙げ「質問があるのですが。」と言うので許可をする。

 

「ご主人様方も此処に住まわれるのでしょうか?お世話などはどのようにすればよろしいでしょうか?」

 

 ああ、そうか。僕は彼らを買ったから、主人になるわけだ。なら、少しでも、力を付けて欲しいね。

 

「僕たちの世話をする必要はないよ。そうだね、読み書き計算ができる人はいる?・・・。いるみたいだね。その人たちは他の人たちに読み書き計算を教えてあげて欲しい。そして、みんな、時間があれば呂布隊の訓練に混ざって力を付けて欲しい。食糧は倉庫に置いておくからそれを使うこと。他は城の外にさえ出なければ自由。いいね。」

 

「あの、そんなことでいいのでしょうか?」

 

「今は、それでいいよ。ゲーニウス領に着任したら、その学んだ力を存分に発揮してもらうからね。今はその準備期間だ。わかってくれたかな。」

 

「はい、わかりました。ご主人様。」

 

 わかってくれたようで何より。そして、僕は城内を文字通り飛んで回り、倉庫に食糧を【召喚】しては満杯にするを繰り返した。流石にナマモノは無理だけど、干し肉や乾燥果物、乾燥野菜を置いた。厩舎には飼料を大量に【召喚】する。これで、大体は終わったかな。水は井戸があるから大丈夫だよね。城壁には、呂布隊の兵が既に弓矢を持って警戒にあたっている。うん、いいね。呂布はよく働いてくれている。

 

 さて、ユーソさんに報告に行こうかな。僕は呂布とアントンさん、それとダグにその旨を伝え、翼を広げ空へ飛び立つ。ん?ツフェフレの町の方面から騎馬が100騎ほど駆けてくる。どれも、重兵装だ。その騎馬隊の先頭が僕に気付き、行軍速度を落とす。そして、僕に向かって手を振る。降りればいいのかな。

 

 着地すると、騎馬隊全員が跪き、先頭を走っていた人が名乗る。

 

「私は、ツフェフレの防衛隊長をしております“ラッセ”と申します。ガイウス・ゲーニウス辺境伯閣下とお見受けいたしますが、如何(いか)に?」

 

「ああ、私がガイウス・ゲーニウスである。諸君らはなぜ此処(ここ)へ?」

 

「はっ、町の南方に巨大な城塞が出現したとの(ほう)を受け、威力偵察に出た次第であります。しかし、閣下があちらの方から飛んでこられたということは・・・。」

 

「うむ、私が出した。実はな、丁度、ユーソ殿に報告に行くところだったのだ。いらぬ心配をかけたな。申し訳ない。」

 

「いえ、ですが、あのような城塞を一瞬で出されるとは、魔法でしょうか?」

 

「まあ、魔法の(たぐい)だ。あまり、手の内は見せていないものでな、詳しくは説明できん。」

 

「はっ、不躾(ぶしつけ)な質問、申し訳ありませんでした。」

 

「よい。職務に忠実で誠に結構。それでは、私は、このままユーソ殿の所へ向かうが、問題はあるかね。」

 

「いえ、御座いません。我々も帰投いたします。」

 

 ラッセさんに一歩近づき、小声でささやく。

 

「本当にすみませんでした。お騒がせして。」

 

「いえ、良い緊急出動の訓練となりました。」

 

「そう言って、いただくと助かります。それでは、僕はこれで。」

 

 そう言って、距離をとり、翼を広げて空に舞い上がる。そして、ざわつく人であふれる門まで飛び、上空から、大声で伝える。【風魔法】も使いみんなに聞こえるようにだ。

 

「ガイウス・ゲーニウス辺境伯である。衛兵隊長のバルブロ殿はおられるか。私が設置した城塞について、ユーソ殿に説明をしたい。」

 

 すると、バルブロさんが手を振りながら、

 

「閣下!!こちらに降りてきてください!!」

 

「承知した。」

 

 大きく旋回ながら着地する。バルブロさんが部下2人を連れて駆け足でやってくる。立礼をして、

 

「閣下。ありがとうございます。先程のお言葉のおかげで、皆を落ち着かせるができました。」

 

「いや、原因は私が出したあの城塞であろう?仕事を増やしてしまって申し訳なかった。」

 

「いえ、それでは、ユーソ様の執務室までご案内いたします。」

 

「よろしく頼む。」

 

 そして、ユーソさんの執務室のある行政庁舎まで、馬を借りてバルブロさんの先導で向かう。行政庁舎につき、受付の偉い人にバルブロさんが説明をすると、すぐに執務室に通された。ノックをすると、焦った声で「入ってくれ。」と返事があったので、「失礼する。」と兜を抱えた状態で室内に入る。中では、複数の武官と文官がてんやわんやしていた。僕に気付いたユーソさんが、

 

「これは、閣下。申し訳ありません。今現在立て込んでおりまして、街道と黒魔の森の間にいきなり城塞ができたのです。防衛隊長のラッセを中心とした威力偵察隊を出しましたが、報告はまだありません。帝国のモノだとしたら、援軍を頼まなければなりません。」

 

「あー、申し訳ない。ユーソ殿。あの城塞は私が出したのだ。」

 

 そう言ったら、部屋の中の全員が目を丸くして僕を見た。

 

「勇者殿?」誰かが言った。

 

「違う。フォルトゥナ様の使徒だ。」

 

 即答する。すると、誰からともなく長いため息をついた。いやあ、本当に申し訳ない。ユーソさんは、自分の椅子に深く腰掛け言った。

 

「失礼ながら閣下は人外じみたことをなさる。」

 

 真っ当な人間だよ。今の僕は。




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第102話 城塞の扱い

「1カ月だ。5月の末まで城塞を置いておきたい。それが過ぎたらすぐに撤去しよう。」

 

 そう僕が言うと、ユーソさんを含め部屋の中の人、全員が首を横に振った。あれ?邪魔じゃなかったの?ユーソさんが口を開く。

 

「閣下。とんでもございません。あの城塞は、こちらに譲っていただけないでしょうか?もちろん、対価はお支払いします。しかし、あまりにも大金ですと、分割しての支払いになりますが。」

 

「諸君らはあの城塞が欲しいと。」

 

「はい、あのような立派な城塞、建築するまで何年もかかるでしょう。魔法を使ってもです。それが、1カ月もすれば手に入る可能性がある。このようなうまい話しにのらないわけがありません。帝国に対する抑止力になりますから。それに配置場所をよろしいですね。黒魔の森と街道の間という、魔物から民を(まも)ることができる配置です。まあ、これは防衛隊の人員を増やさなければ、意味がありませんが。兎に角、閣下、ツフェフレの行政と防衛をアルムガルト辺境伯家から預かる身としては、あの城塞が欲しいのです。」

 

「ふむ、なるほど、わかった。しかし、あれはフォルトゥナ様にお手伝い戴いてできたものだ。フォルトゥナ様の意見を伺う必要がある。教会へ行く。案内は不要だ。確認ができたらすぐに戻る。」

 

「承知しました。閣下。」

 

 そう言って、僕は執務室をあとにした。いやいや、【召喚】したモノを置きっぱなしって駄目じゃないの?特に今回は地球のモノだから、向こうの世界に影響があるんじゃないだろうか。取りあえず、教会に行ってフォルトゥナ様とお話しをしなければ。

 

 庁舎から出た僕は、すぐに馬に乗り、教会を目指す。さっき通り過ぎたからすぐにわかる。馬を走らせ、5分で着いた。ツフェフレの町は、王都みたいに主要な街路が大きく作られているから馬を走らせてもそこまで危なくないのがいいね。

 

 教会に入るとすぐに、巫女さんが応対のために近づいてきた。

 

「本日はどのようなご用件でしょうか?」

 

 僕は貴族証を巫女さんに見せながら言う。

 

「私はフォルトゥナ様の使徒、ガイウス・ゲーニウス辺境伯である。フォルトゥナ様とお話しがしたく参った。」

 

「こ、これは、失礼いたしました。ガイウス様とは知らずに申し訳ありません。」

 

 僕は小声になり伝える。

 

「いいんですよ。そんなに(かしこ)まらなくて、あ、これが僕の素ですので、お気になさらず。ただ、人の目がある場所だと、辺境伯らしい話し方をしないといけないもので。」

 

「いえ、お気になさらず。さ、フォルトゥナ様の像の前へ。」

 

 巫女さんも小声で(こた)えてくれる。そして、彼女を先導として教会の礼拝堂に入り、真っ直ぐにフォルトゥナ様の像の前まで行く。先にお祈りしていた人たちは、さっきの僕の名乗りが聞こえていたのだろう。像の目の前を開けてくれた。そして、僕とフォルトゥナ様の両方に祈り始めた。

 

 僕は、演出のため、背中から純白の翼を生やし、それを大きく広げ、自分自身を包むように折りたたむ。その光景を息を飲んで見守る巫女さんやお祈りに来た人たち。僕は、目を閉じ、集中する。

 

“フォルトゥナ様。応えてください。”

 

 すると、僕に光が降り注ぐのを感じた。目を開けるとそこは、いつもの白い空間。神々の世界だった。そして、目的のフォルトゥナ様と地球の神様が、フォルトゥナ様の像の前で祈っている僕の姿を空中に描き出して見ていた。

 

「さて、ガイウス。今日はどうかしたのかしら?と、聞きたいけど貴方が辺境伯になってからは、ずっと貴方をこうして見ていたのよ。コイツのリクエストでね。だから、貴方が何を聞きに来たかは大体を察しているわ。」

 

 コイツというところで、地球の神様の顔面に拳がめり込む。

 

「ああ、もちろん、貴方だけじゃなくて他の者も見ていたわよ。こんな風に。」

 

 そういうと、空中に無数の人の現在の生活の状況が映し出された。鍛冶屋さんだったり、貴族だったり、スラムの子供だったり、無数にだ。僕がポカーンとして見ていると、

 

「気になる者がいれば、こうして画面に触れて、チェックをするの。するとしばらく、その者の行動を記録できるわ。便利よ。この機能は。見逃した瞬間まで(さかのぼ)れるもの。ガイウスも誰か見たい者を思い浮かべてみなさいな。そして、画面を触ってみなさい。」

 

 そう笑いながら話すフォルトゥナ様。僕はマルボルク城にいるクリス達のことを思い浮かべる。そうすると“シュタールヴィレ”の全員と、呂布、高順、張遼、奴隷のダグが、フォルトゥナ様の言う“画面”に映し出された。そして、画面を色々触ったりしていると、

 

「どう?なかなか面白いでしょう?貴方に【能力】としてあげようかしら。そうねえ、貴方が領地に赴任したタイミングであげましょう。そうしましょう。」

 

 と笑顔で言ってくれた。僕は「ありがとうございます。」とお礼を言って、本題を切り出す。

 

「フォルトゥナ様、ご存知のようですが、僕が此処(ここ)に来たのは、【召喚】のことについてです。【召喚】したモノを置いたままにするのは駄目なのでしょうか?特に今回は地球のモノだから、向こうの世界に影響があるんじゃないでしょう?」

 

「それは、俺が答えよう。何しろ、俺がやった能力だからな。」

 

 あ、地球の神様が復活した。さっきまで「何も見えねぇ。」と顔を()らしていたのにもう元通りになっている。やっぱり神様って凄いね。

 

「そいじゃあ、説明しようかね。」




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第103話 召還能力の実態

「さて、ガイウス。君が召喚するモノは無生物、生物を問わずにコピー、模造品なんだ。もちろん寸分たがわぬ本物と同じ物だけどね。模造品だから地球から本物が無くなることはない。無生物のモノはこの世界(エシダラ)に【召喚】したままでも大丈夫なのさ。もちろん、無尽蔵にね。だから、例えば、マルボルク城のみで国境を埋めることもできるよ。この世界(エシダラ)のモノについても同じだよ。ただし、地球の生物の場合は、魂を少し分けてコピーされるから同じ人物は何人も【召還】できないよ。そして、【送還】すると、魂が元の量に戻る。そうなると、少しだけ本物に影響がでるね。この世界(エシダラ)の生き物の場合は直接、本人が【召喚】されるよ。」

 

「以前、【召喚】したジョージ・マーティン中尉に確認したら、地球に戻ったら【召喚】された時のことは覚えていないと言われましたが。」

 

「そりゃあ、脳に記憶されるモノは残らないよ。ただし、この世界(エシダラ)でのことは魂に残る。刻まれる。だから、地球も少し面白いことになっている。例えば、君がよく【召喚】するあの呂布は今までの歴史では裏切り者として有名だったが、今は幼い皇帝を最期まで守り抜いた忠臣となっている。全くもって面白いものだ。ああ、歴史の大きな流れには影響は与えていないよ。まだね。いやあ、今後どうなるか楽しみだね。」

 

 アハハハと笑いながら地球の神様は言うが、異世界の、地球の歴史に少しでも影響が出てしまうんだ・・・。僕が考え込んでいると、地球の神様は、

 

「そんなに暗い顔をしなさんな。裏切り者から忠臣に変えて歴史に名を(のこ)したんだから、良い変化だったんだよ。確かに、ガイウスの影響が無いとは言えないがね。まあ、呂布も権力闘争に巻き込まれた1人だったわけだ。ある意味では、彼と部下たちの名誉が救われたんだ。だから、ホレ、元気出せ。笑いな。んで、今回のような無生物、マルボルク城を【召喚】して気づいたことはあるかな?」

 

 地球の神様にほっぺたをムニムニされながら答える。

 

「そういえば、召喚する前と地形が少し変わっていたような。」

 

「そう、自動的に建築物などのモノは【召喚】される際に地形をそのモノに最適化して【召喚】される。そして、建物の向きについても自由に変えられる。今回は無意識に正門が街道を向くように【召喚】したみたいだね。」

 

 へー、すっごい便利機能。ん、と云うことは、組みあわせていけば、地球の神様がさっき言った通り、本当にマルボルク城で国境を押さえることができるのかあ。一考の余地ありだね。

 

「それと、呂布隊を長期間【召喚】しておくようだけど、それについては問題ないよ。さっきも言った通り、魂を分けたコピーだからね。ガイウスが良い方向に影響を与えるのを期待しているよ。あ、そうだ。これも言っておかないとね。【召喚】した生物、これは地球もこの世界(エシダラ)も変わらないんだけど、万が一、戦死とかしても、問題ないよ。地球から【召喚】したモノは魂が元に戻るだけだし、こっちの世界のモノは死亡して【送還】された瞬間に甦るから。」

 

「不死の軍団ができそうですね。」

 

 地球の神様は笑顔で大きく(うなず)き、

 

「まさしく、その通り。ま、ガイウスが自分自身で決めることだから、俺は口は挟まないよ。」

 

「【能力】に頼り過ぎて、溺れないように気を付けます。」

 

「ああ、それがいい。ま、君の場合は、いつも言っているように“魂の(うつわ)”が大きいから大丈夫だろうけどね。」

 

「いつも、僕の“魂の器”のことをフォルトゥナ様も地球の神様も言われますけど、基準がわかりませんよ。」

 

「その質問には私が答えるべきね。そうね。 “勇者” 筆頭候補になるくらいの“魂の器”よ。」

 

 笑顔でフォルトゥナ様が答えてくれる。えっ、それって、

 

「それって、僕が“勇者”になる可能性があったということですか?」

 

「可能性ではなく。“勇者”として選ぼうとしていたわ。このバカがやらかしちゃったから白紙になったけどね。」

 

 “このバカ”というところで、かかと落としを頭部に喰らった地球の神様は「うごっ」と呻いて崩れ落ちた。そして、追い打ちの踏みつけ。地球の神様が地面?にめり込む。うん、いつもの光景だ。

 

「他に聞きたいことはないかしら?」

 

「いえ、今回は【召喚】のことについて聞きたかったので、大丈夫です。」

 

「それじゃあ、元の所に戻しましょうかね。貴方、凄い祈られているわよ。」

 

 そう言って、僕を映した画面を見せてくれた。うわ、凄い祈られている。っていうか僕、今どんな状態なんだろう。仮死状態?

 

「仮死状態じゃないわよ。あ、思考を読ませてもらったわ。ごめんなさいね。それで、今のガイウスは意識と魂がこっちに来てこっち用の体を作っているだけよ。【召喚】みたいなもんね。まあ、【召喚】と違うのは、ガイウスは記憶を持った状態で戻ることができるということかしら。」

 

「はあ、そうだったんですねえ。」

 

「ええ、そうだったのよ。さ、お戻りなさい。」

 

「はい、ありがとうございました。地球の神様もありがとうございました。」

 

 フォルトゥナ様は笑顔で手を振り、地球の神様はフォルトゥナ様に踏みつけられた状態で手を振ってくれた。

 

 そして、僕は、光の中で目を開ける。それと同時に天から下りてきていた光が消えた。そして、包み込んでいた翼も消す。すると、祈っていた信者の人と巫女さんが僕を見てきた。とりあえず、笑顔を作り、巫女さんに対して、小声で話しかける

 

「フォルトゥナ様とお話しをしてきました。良いお話しができました。」

 

「それはようございました。辺境伯様。」

 

 その後は、貴族の仮面を被り、

 

「これは、少ないが寄進として受け取ってほしい。」

 

 そう言って、金貨を10枚寄進してから、教会をあとにした。そして、すぐに騎乗し、行政庁舎に戻る。すぐに門番の衛兵さんが案内して代官執務室まできた。ノックして名を告げると、「どうぞ。」とユーソさんの声が聞こえたので、室内に入る。中には、ツフェフレの武官さんと文官さんが揃っていた。あっ、防衛隊長のラッセさんもいる。みんなの視線の中、僕は笑顔を作り言った。

 

「フォルトゥナ様から、お許しを得ることができた。あの城塞はあのままでよいそうだ。」

 

 すると、全員が一斉に(ひざまず)き、ユーソさんが代表して言う。

 

「閣下、まことにありがとうございます。」




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第104話 インシピットへ帰還

「ユーソ殿、譲渡の件であるが、先にも述べた通り、引き渡しまで1カ月はかかると思ってほしい。了承してもらえるか?」

 

「はい、閣下。大丈夫です。」

 

「うむ、それでは譲渡条件に移ろう。条件は白金貨40枚でどうだろうか。」

 

「分割してのお支払いが可能であれば。」

 

「許可する。」

 

「では、城塞が引き渡された際に、まずは白金貨10枚をお支払いします。残りの30枚ですが、15枚ずつ、2年に分けてお支払いしたいと思うのですが、いかがでしょうか?」

 

「ツフェフレの財政は持つのかね?」

 

「ダヴィド閣下に援助をお願いします。あれほどの規模の城塞を1から建造すれば、何年の月日や費用が掛かるかもわかりませんので許可してくださるかと思います。」

 

「ふむ、では誓約書を(しる)そう。手持ちが無いのだが、此処(ここ)にはあるかね。」

 

「はい、ございます。」

 

 そして、誓約書の本文を文官代表として秘書のカールレさんが記入する。そして、僕とユーソさんの名前をそれぞれ書いて、最後に蝋をたらし、お互いの家紋入りの印を押す。3枚作成し、一枚はツフェフレの代官であるユーソさんが保管し、もう一枚は僕用。最後の一枚は教会に預けるようだ。これで譲渡契約は終了となる。

 

「良い取引ができたようで、満足している。」

 

「こちらもです。今日は、あちらの城塞にお泊りに?」

 

「そこは深く追求しないでもらいたい。ただし、しばらく守備兵が2,000ほどと奴隷が26人常駐する。守備隊の指揮官は呂布という。地位は将軍で直属の部下が2人いて高順と張遼という。それぞれ隊長格だ。何か問題が起きれば頼るといい。彼らは強いぞ。」

 

「リョフ将軍ですね。それにコウジュン殿とチョウリョウ殿。わかりました。事前に情報があれば、こちらも接しやすいので。」

 

「そうだな。それでは、私はこれで失礼しよう。ああ、最後にこのような返り血に(まみ)れた姿で申し訳なかった。」

 

「いえ、黒魔の森で魔物討伐をされていたのだと、思っておりましたから。」

 

「そうか。では、また会おう。見送りは結構だ。」

 

 そう言って、足早に行政庁舎を出る。結構な時間が立っちゃったなあ。もう16時30分を過ぎているよ。早く、インシピットに戻らないと。

門を出た後は、すぐに翼を生やして飛び上がり、マルボルク城へ向かう。そこからは“シュタールヴィレ”のメンバーを集め、呂布と「あとは頼んだ。」「御意。」というやりとりをして、インシピットの近くの黒魔の森へ【空間転移】する。そして、さも、黒魔の森から還ってきましたという感じを出しながら、門で検査を受け町に入る。

冒険者ギルドについたのは、17時過ぎになってしまった。もう少し遅ければ、夜勤シフトに変わっていて、時間が掛かったかもしれない。兎に角、エレさんにお願いし、処理・解体室のデニスさんを呼んでもらう。

 

「やあ、ガイウス君。今回はどんな厄介なものかな?」

 

 最初から厄介なものと決めつけないでほしいなあ。

 

「コボルトキングをはじめとした、1,000体以上のコボルトです。」

 

「うん、わかった。またやってくれたねえ。カウンターの中に入って。処理・解体室に行こう。」

 

「わかりました。アントンさん達は、適当に(くつろ)いどいてください。」

 

「ああ、わかった。さ、お嬢さん方、ゆっくり待っとこうじゃないか。」

 

 そう言って、酒場へとシフトしつつある併設食堂に向かう。そして、僕はデニスさんと一緒に処理・解体室に向かう。正確な討伐数である1,274体を伝えると、デニスさんは笑顔を引き()らせながら、「君は化け物かい?」と言ってきたので、笑顔で「まだ、人間です。」と答えると、目を合わせずに「そうあってほしいものだよ」と言った。まあ、半神だから、まだ半分は人間だからね。間違ったことは言っていないよ。

 

 処理・解体室に事務室から入ると、デニスさんはグレゴリーさんの所に行き、話しを始めた。こそこそと小声で話しているがチートで強化された聴力は、距離が近いこともありその内容を拾ってしまう。目には目蓋(まぶた)があるけど、耳には(ふた)が無いからね。仕方ないね。

 

 曰く、僕が1,274体という化け物じみた数字のコボルトを狩ってきた。曰く、コボルトキングや上位種も含まれている。曰く、・・・。

 

 まあ、事実だから仕方ないんだけど、グレゴリーさんもそんな目で見ないでほしいな。全くもう、人を何だと思っているのやら。グレゴリーさんは頭を掻きながら近づいてきて、

 

「あー、ガイウスよ。数が数だ。今日、明日中には無理だ。死体は、全て持って来たのだろう?また、奥の方に出しておいてくれ。素材を剥ぎ取ったあとの肉はどうする?ギルドで破棄するか?」

 

「えーっと、肉は使い道があるので、すべて残しておいてください。」

 

「わかった。では、明後日までには仕事を終わらせておこう。」

 

「お願いします。それでは。」

 

 そう言って、僕は処理・解体室をあとにした。そして、今や酒場に様変わりしている併設食堂でアントンさん達と合流し、明日の予定は明日決めることにしてそれぞれの帰路についた。

 

 長い金曜日だったなあ。




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第105話 シントラー伯爵領

「海を見てみたいですねー。今日と明日で海のある町に行きたいですねー。辺境伯としてゲーニウス領に正式着任すれば自由に動けなくなりますからね。皆さんはどうです?」

 

 “鷹の止まり木亭”の朝食の場で提案してみた。

 

「私は見たことあるわよ。ガイウス君が見たことないのなら見ておくべきよ。アドロナ王国は西部が海に面しているから、太陽が水平線に沈む様子は天気が良ければ綺麗よ。」

 

 レナータさんがそう笑顔で言う。レッドドラゴンである彼女は、長い(せい)の中で色んな美しい景色を見てきたんだろうなあ。

 

「ガイウス殿。それならば当てがあります。(わたくし)の叔母が嫁いでおりますツァハリアス・シントラー伯爵の所はどうでしょう。彼の治める領地は領都“ネヅロン”が港町となっておりますので、栄えております。(わたくし)も一度だけですが行ったことがあります。(にぎ)やかで、綺麗な場所ですよ。」

 

 クリスも続けるように言う。ローザさんとエミーリアさん、ユリアさんも異存はないようだ。あとはアントンさんだけだね。さて、家を長く開けることになるけど、どうかな。まあ、とりあえずはギルドに行こう。

 

 ギルドについて、アントンさんに朝食時の話しをすると、二つ返事で了承してくれた。もちろん、エレさんには聞こえないように話したよ。行き方とか聞かれちゃうと【空間転移】のことを話さないといけないからね。まだ、内緒にしておきたいよ。

 

 というわけで、インシピットの町から出てすぐに黒魔の森に入り、ネヅロン近くの森に【空間転移】する。結構、森の深い所に出たみたいだ。人目を避けるには仕方ないね。足の速い馬を人数分【召喚】する。黒魔の森みたいに魔物が多くないから騎乗して一気に森を抜ける。

街道に出ると、道を行く人が多い。護衛の冒険者を付けている人もいるが、アルムガルト辺境伯領のそれよりも少ない。黒魔の森のような場所が近くにないのだろう。それに、衛兵隊の哨戒・警備が行き届いている証拠だろうね。

 

 それで、つきましたるはネヅロンの町の門。防壁は最低限って感じだね。そして、貴族特権を使い、貴族証を衛兵さんに見せ列に並ばずそのまま壁内へ。衛兵隊長さんの先導の(もと)、クリスの叔母さまが嫁いでいるツァハリアス・シントラー伯爵邸へ直行。先触れなしだけど、いいよね。冒険者として急に来ましたよ。旅の途中で立ち寄りましたという感じを出しつつ、伯爵邸の正門へ。

 

 そこで、衛兵隊長さんは門番の衛兵さんに僕たちが来たことを伝達して、衛兵さんは慌ててお屋敷のほうに走って行った。いやあ、申し訳ない。そして、数分後には衛兵さんと執事さんが出てきた。挨拶をしなきゃね。

 

「ガイウス・ゲーニウス辺境伯である。この度は、近くに来たので海を見ようと思い立ち寄らせてもらった。また、この町にはツァハリアス殿の本邸もあるということだったので、先触れもせずに失礼だとは思ったが、挨拶に参った。」

 

「閣下。ようこそお越しくださいました。その(よそお)いですと旅の途中だったのでしょう。先触れの件は主人も気にしてはおりません。それと、失礼ですが、貴女様はクリスティアーネ・アルムガルト様では?」

 

 おっ、クリスに気がついた。一度しか会ってないはずなのに記憶力がいいんだね。クリスが前に進み出て、

 

「ええ、クリスティアーネ・アルムガルトです。ドゥルシネア叔母さまはお元気かしら。それにいとこ殿たちも。」

 

「ええ、ドゥルシネア奥様はお元気で、衛兵隊の訓練指導などをしてくださいます。本日は、まだお屋敷内にいらっしゃいます。また、フィン様たちもお元気ですよ。」

 

「あら、叔母さまは、まだ“武”を捨てきれていないようですわね。父上やお祖父(じい)さまへの手紙には、そのようなことは書かれていないらしく。2人とも、“嫁にいってようやく落ち着いた。”と常々、喜んでおりましたのに。」

 

「旦那様もお許しの事ですので、私はなんとも・・・。それよりも、このまま立ち話をお客様方にいけませんので、どうぞ、中にお入りください。」

 

「そうですわね。さ、ガイウス殿、みなさん。お言葉に甘えていきましょう。」

 

 執事さんの案内で邸内に入る。入る際に武器を預けた。内装はアルムガルト辺境伯邸に似ていて質実剛健という感じだね。でも、少し華美な感じもあるね。そのまま応接間に通される。すすめられて各々が応接用のソファに座る。執事さんは「お飲み物をどうぞ。少々お待ちください。」と言って部屋を出て、入れ替わりにカートを押してメイドさんが入ってくる。紅茶とお茶請けをみんなの前に置いていく。

 

 それが終わってメイドさんが部屋の隅に待機したと同時に、ノックの音が響き、男性と女性が入ってくる。さっと鑑定して、ツァハリアス・シントラー伯爵とクリスの叔母さんで奥さんのドゥルシネア・シントラー伯爵夫人であると確認をする。2人とも席には着かずに僕に向かって頭を下げ、

 

「ガイウス・ゲーニウス閣下。ツァハリアス・シントラー伯爵であります。こちらは妻のドゥルシネアでございます。」

 

「うむ、私がガイウス・ゲーニウスだ。急な来訪を謝罪しよう。さて、お堅いのは此処(ここ)までとしようじゃないか。ですので、お2人ともお顔をお上げください。貴族証で町に入り辺境伯として名乗りましたが、今日は辺境伯として何かをしに来たわけではないので、公の場以外ではこのようにさせていただきます。あ、これが素の僕ですので改めてよろしくお願いします。」

 

 そう言って頭を下げる。そして、クリスも続いて挨拶をする。

 

「ツァハリアス閣下、ドゥルシネア叔母さま、クリスティアーネで御座います。お久しぶりございます。」

 

 すると、ドゥルシネアさんがクリスの手をとり、

 

「良い方を見つけましたね。クリスティアーネ。兄上も父上も安心していると手紙に書いてありました。これで、貴女も立派な淑女として世に出るのです。油断して鍛練を怠ってはいけませんよ。」

 

「はい、叔母さま。」

 

 んー、鍛練を怠るなって、ホント武門の家系って感じがするね。ツァハリアス殿は笑顔で僕に話しかけてくる。

 

「王城での叙任式以来ですな。ガイウス閣下は覚えてはいらっしゃらないでしょうが、私も武官の末席におりました。」

 

「そうだったんですか。でも、なぜ武官のほうに?」

 

「それは、私が海軍の一部指揮権を預かっているからです。領軍とも合わせると、結構な数になりますよ。」

 

「凄いですね。僕は海が初めてなので、見てみたいですね。」

 

「それでは、今から行きましょうか、閣下。」

 

「はぇ?」




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第106話 海軍

「お嫌でしたか?」

 

「いえ、びっくりしただけです。でも、いきなりで大丈夫なのですか?」

 

「ええ、大丈夫ですよ。王国海軍もシントラー領海軍も、最小限ではありますが、それぞれ巡洋艦を中心とした警戒艦隊が遊弋するようになっていますので、勤務中は気が緩んでいることは無いと私は思っています。いわゆる、常在戦場ですね。」

 

「それなら、お言葉に甘えて少しだけ見学させてもらいましょう。みんなもそれでいいかな?」

 

 クリスをはじめ全員が首肯したので、僕たちはツァハリアスさんの案内で海軍港を見学することになった。ツァハリアスさんは着替えなどの準備があるらしく、10分ほど待って欲しいと言われた。

 

 その間は、ドゥルシネアさんと歓談を楽しんだ。どうやら、僕とクリスの事をダヴィド様達からの手紙で知っていたようで、どんな人物かを早く知りたかったらしい。ツァハリアスさんが叙任式での僕の姿を語ったら、ますます会いたくなったらしい。それで、念願かなって本日、会えたわけだ。

 

「クリスティアーネの将来の夫に会えて、本当によかったわ。このシントラー領とゲーニウス領は、それぞれ王国の端ですからね。会いに行くのも時間が掛かるわ。本当に今日、来てくれてありがとう。感謝しています。ガイウス閣下。」

 

「あ、いえ、そこまで感謝されるほどのモノではありません。それと、閣下も必要ないのですが・・・。」

 

「いえ、そこはしっかりとしませんといけませんわ。(わたくし)たちはクリスティアーネやアントン殿たちのように冒険者としての仲間ではないのですから。」

 

「はあ、わかりました。貴族社会とは面倒ですね。」

 

「あまり、はっきりと言われない方がよろしいですわ。閣下の足元をすくおうとする貴族は多いですから。」

 

「あの辺境が欲しいという貴族がいるのですか?」

 

「というより、平民から武功で成り上がった閣下が気に食わないのでしょう。」

 

「なるほど。ご忠告ありがとうございます。気を付けておきましょう。」

 

 そこで、扉がノックされ軍装に身を包んだツァハリアスさんが入室してきた。

 

「それでは、海軍基地に行きましょう。移動はどうしましょうか。私は馬で移動しますが、閣下方には馬車を用意が必要でしょうか。」

 

「いえ、馬で来ましたので我々も馬で移動します。」

 

 そして、シントラー伯爵邸から護衛の衛兵隊の騎兵付きで馬で軍港へ移動する。街中を移動していると、今まで嗅いだことの無い匂いがしてきた。怪訝な顔をしていると、ツァハリアスさんが馬を寄せてきて言った。

 

「潮の香りがしてきましたね。これが海の匂いです。内陸では嗅いだことが無い匂いでありましょう?もうすぐで海が見えます。」

 

「うむ、初めて嗅いだ。何とも言えない香りだな。・・・。おお、これが海か。凄いな。雄大な景色だ。」

 

「お気に召されたようで何よりです。海軍の施設はこちらになります。」

 

 海の想像以上の雄大な景色を横目に見ながら案内されたのは、レンガ造りの2階建ての庁舎だった。“アドロナ王国海軍シントラー基地司令部庁舎・シントラー海軍司令部庁舎”と入口に書いてあった。

 

「入り口から見て右側が王国海軍の司令部に、左側が我が海軍の司令部になります。そして、丁度真ん中にあるあの部屋が、両海軍の司令官執務室、ようは私の仕事部屋となります。」

 

「なるほど。因みに軋轢(あつれき)とかは?」

 

「ありませんね。北が帝国の領海ですから、それぞれの海軍で連携することはあれど、争うことはありません。予算も別々に出ておりますので、艦船もそれぞれのモノを使います。どうぞ。執務室からの眺めもいいものですよ。」

 

 そう言われて、執務室に入り、みんなで窓辺に寄る。ガラスの窓なのでよく見える。昔、絵付きの本で見た軍艦らしきものが、何隻も港に係留されている。それぞれ、マストに掲げる旗が違うようだ。王国海軍の軍艦は国旗と王家の紋章旗、シントラー領海軍の軍艦は国旗とシントラー伯爵家の紋章旗を掲げている。

 

 従兵さんが人数分のお茶を応接机に置き、礼をして退室する。あー、やっと、普通の口調で話せる。

 

「ツァハリアス殿、凄いですね。海も軍艦も初めて見ました。因みにどんな風に海上では戦うのでしょう?」

 

「基本は弓矢と弩、【魔法】による遠距離戦です。それでも決着がつかなければ、全艦艦首に衝角というモノを装備しておりまして、それで敵艦の横っ腹に破孔をつくり浸水させ沈めます。特に小型艦は高速性を生かし敵に体当たり攻撃を仕掛けます。最後の手段は、接舷しての移乗攻撃ですな。ま、これは互いに被害が大きくなるので、哨戒での遭遇戦程度ではあまり行いません。通常は魔法と弓、弩の撃ちあいで終わりです。」

 

「ふむ、なるほど、ためになります。」

 

「おや、閣下は海戦にご興味がおありで?」

 

「不謹慎かもしれませんが、あのように巨大なモノがお互いに戦う姿を想像するとワクワクしますね。」

 

「ああ、そのお気持ちはよくわかります。私も閣下の年齢の際にはそう思ったものです。閣下がお望みなら艦を見ることのできるように手配をしますが、いかがいたしましょうか。」

 

「魅力的なお誘いですが、今回はやめておきます。みなさんのお仕事の邪魔になるといけませんし。それに、今回は、まあ、なんといいますか遊行(ゆうこう)で来たようなものですので、できれば海を楽しめるところや街のオススメのお店をご紹介いただきたいですね。」

 

「それなら、海水浴場があります。4月末なのでまだ海水は冷たいですが、海というモノに触れることができますよ。オススメの店についてですが、地図を書きましょう。少々お待ちください。」

 

「ありがとうございます。お願いします。」

 

 ツァハリアスさんに、海水浴場と街のオススメのお店などを簡単な地図に書いてもらって、僕たちは海軍基地をあとにした。生まれて初めてあんなに大きな艦を見たなあ。来ることができて良かった。

 

 今夜は、ツァハリアスさんが是非にというので、シントラー伯爵邸に泊まることになった。それまでは、自由に海と街を見てまわろうかな。




見てくださりありがとうございました。


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第107話 クラーケン

 お昼が近かったので、海水浴場に行く前にツァハリアスさんのオススメのお店を貰った地図に従って探す。そのお店は海沿いに立っていて、はっきりとは言えないけど、貴族の人が寄るようなお店には見えなかった。まあ、料理がおいしければそれでいいんだけどね。さあ、中に入ろう。

 

 中に入ると、思っていたよりも明るい店内だった。よく見れば窓には透明なガラスが使われている。テーブルやイスも飴色(あめいろ)に輝いていた。店員さんが7人座ることのできるようにテーブルをくっつけてくれた。注文は魚介類を中心にお任せにした。

 

 海鮮料理は川魚や干物しか食べたことが無かったけど、新鮮な海鮮料理がこんなにも美味しいものだとは思わなかった。生で食べることに最初は抵抗があったけど、食べてみるとこれが美味しい。薄味がつけてあり、他にも色んなソース類があってなかなかいい。

 

 中には独特の風味があるソースもあったけど、それはそれでいいものだった。クリスも「チーズと比べると敷居は低いですね。」と言って、食べ進めていた。大人組は「酒が欲しい。」と言って白ワインを頼んで飲み始めた。

 

 結局、お店には1時間くらい居た。まあ、その分お金を使ったからいいよね。その後は、海水浴場に向かった。砂浜があって、その先は、波が打ち寄せる海だ。本で読んだ通りの風景だ。馬留めがあったのでそこに馬を繋ぎ、波打ち際まで向かう。寄せては戻る波を見ていると、レナータさんが近くにやって来て言う。

 

「ガイウス君、海の水はね塩辛いのよ。しかも凄くね。」

 

 試しにすくって舐めてみたら本当に塩辛かった。すぐに【水魔法】で水を出し、口の中を洗い流して、普通の水を飲む。レナータさんたちは僕のその様子を笑いながら見ていた。

 

「ガイウス君、凄かったでしょう?でも、それのおかげで塩が作れるのよ。確か“天日塩”とかいったかしら?海水を塩田に取り込んで、太陽光で水分を蒸発させるやり方だったはずよ。」

 

「流石、レナータさん。博識ですね。」

 

「もっと、褒めてもいいのよ。」

 

 そう言って胸を張るレナータさん。どうやって褒めようか迷っていると、ユリアさんが近寄って来て耳元で「頭を撫でればいいのよ。」と言ったので、その言葉通り、レナータさんに(かが)んでもらって頭を撫でた。

 

 最初はポカンとした顔をしていたレナータさんだけど、次第に顔が赤くなっていき、耳まで赤くなった。あれ、恥ずかしかったかな。僕が撫でるのをやめると、屈んだ状態の上目遣いで「もう少し、撫でて。」と言ってきた。なんか妙に色っぽいけど、気にせず撫で続けることにした。尻尾がユラユラ揺れているから、嫌ではないんだよね?顔は赤いけど。

 

 そんなことをした後は、みんなして波打ち際で遊んでみた。打ち寄せる海水が冷たくて気持ちがいい。アントンさんは日当たりが良くて気持ちがいいということで、砂浜に外套をしいて昼寝を始めた。

 

 30分くらい波打ち際で遊んでいると、“カン!!カン!!カン!!”と鐘の音が響いた。アントンさんはすぐに飛び起き、いつでも動ける体勢に入っている。勿論、僕たちも。何の合図だろうと思っていると、近くの高塔から【風魔法】に乗せた声が響いた。

 

「沖にクラーケンが出た!!海岸から離れて海から距離を取れ!!クラーケンの餌食になるぞ!!」

 

 沖に目をやり強化された視力で探していると、すぐ見つかった。魔物図鑑で見たイカという魚介類をすっごく大きくした魔物が海面付近で、10本の触手のような手で海面をバシャバシャしていた。

 

 何をしているんだろうと、さらによく見てみると、魚をその大きな触手で捕まえては食べていた。あんな食べ方されたら、人間の分が無くなっちゃうよ。ていうか、海岸に徐々に近づいてきているような。高塔の人が言うようにやっぱり人間も食べるのか。

 

 これは、マズイと思い、馬留めまで向かい騎乗したところで、海軍基地のほうからアドロナ王国海軍・シントラー領海軍の連合艦隊がクラーケンに近づいていくのが見えた。一番大きな軍艦にシントラー伯爵家の紋章旗が掲げられている。もしかして、ツァハリアスさんが直接指揮を執っているのかな。

 

 艦隊からは弓矢に弩、各種【魔法】攻撃がクラーケンに浴びせられる。かなり強力な連続攻撃だ。クラーケンに反撃させる隙を与えない。クラーケンは前進をやめ、艦隊に対して攻撃を繰り出そうとするが、触手が持ち上がるたびにそこに集中攻撃されて、後退(あとずさ)る。

 

 もう少しで倒せるというところで、クラーケンがもう1体、艦隊の背後に現れた。

 

「あれ、まずいですよね。」

 

 僕がそう言うと、みんな首肯する。ならば、出し惜しみせずにクラーケンに対抗できる海のモノを【召喚】するべきだろう。僕は翼を生やし、飛び上がり、艦隊の上空へと向かう。ツァハリアスさんが乗艦しているであろう旗艦を見つけると、【風魔法】を使いながら、大声で言う。

 

「ガイウス・ゲーニウス辺境伯である。後方のクラーケンは私が対処しよう。諸君らは攻撃中のクラーケンに集中したまえ。」

 

 すると、ツァハリアスさんが指揮所らしきところから出てきて言った。

 

「お願いします!!閣下!!」

 

 僕は頷き、後から現れたクラーケンと対峙する。よし、それじゃあ、やりますか。想像するのは、今、海上にいる軍艦よりも大きくて頑丈な軍艦。そして、クラーケンを一撃で屠れる最大、最強の軍艦だ。

 

「【召喚】!!」

 

 言葉と同時に僕とクラーケンの間に巨大な魔法陣が現れ、光があふれる。光が消えると同時に、黒鉄(くろがね)の超巨大軍艦が現れた。ツァハリアスさんの乗艦が小舟に見えるようだ。

 

 大きい三本の筒を一纏めにしたモノが、艦の前部と後部に合わせて3つ。さらにはそれの小さいモノが前部に1つ、右舷と左舷に1つずつ、後部に1つの計4つ。そして、銃を多数装備している。と云うことは、あの筒も大きい銃だと考えればいい。えーっと、確かジョージは“大砲”とか言っていたかな。

 

 そして、艦首には、衝角が無くて、花の紋章?菊?かな。それが、ある。そして、艦中央のマストと思しき所には赤い丸からいくつもの赤い線が伸びている旗が掲げられている。まるで、太陽が昇っている様子を図にしたような旗だ。とりあえずこの軍艦の指揮所に下りてみよう。




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第108話 大和

 指揮所と思しき所に下りると、艦長らしき人が現れ敬礼をする。答礼をするとこの軍艦名と自己紹介をしてくれた。

 

「大日本帝国海軍大和型戦艦1番艦“大和”艦長の高柳儀八であります。司令官、ご命令を。」

 

「命令を伝える。あの艦隊を護りながら、目の前のイカの化け物クラーケンの1体を討ち取るんだ。艦隊が攻撃していない元気な方だ。あとは、すべて艦長に任せるよ。」

 

「了解しました。では、艦橋内へお入りください。外は危ないので。」

 

 そう言われて、艦橋の中に入る。さっき下り立ったところは防空指揮所というところだったらしい。艦橋内に入ると全員が敬礼してきたので答礼する。高柳艦長が指示を出していく。すると、前部の大砲が旋回し始めてその照準をクラーケンに定める。クラーケンはいきなり出てきた黒鉄(くろがね)の大和にどう対処しようか悩んでいるようだった。ま、いきなりこんなでっかいのが現れたらビックリするよね。

 

「砲術長!!主砲及び副砲発射用意。水平射だ。外すなよ。各員、主砲発射の衝撃に備えろ。」

 

 高柳艦長の声が響く、全員が耳を押さえている。その理由に気付くのには時間があまりにも無かった。

 

「撃ちーかた、始め!!」

 

 閃光と爆音が響く。今までで聞いた中で一番の轟音かもしれない。鼓膜が破けるかと思った。僕は轟音でフラフラになりながら標的となったクラーケンを見た。大和の主砲と副砲の一斉射を受けたクラーケンは体に18個の穴を開け、沈んでいこうとしていた。僕は未だにフラフラしながらも艦橋から飛び立ち、クラーケンの死体を【収納】して回収した。

クラーケンをこんなにも簡単に仕留めるなんて、改めて地球の技術ってすごいなあと思うよ。こっちの世界だとここまでの技術は出来上がってないからね。【魔法】に頼らないほうが技術の発展が進むのだろうか?そんなことを思いながら大和の艦橋に戻る。

 

 艦橋に入るとすぐに高柳艦長が、

 

「司令官。もう1体にも攻撃をしますか。」

 

 と聞いてきたので、

 

「いや、あれはアドロナ王国海軍・シントラー領海軍連合艦隊の獲物だ。獲物の横取りはしたくはないかな。それにあの様子だと手出しは無用だろうと思う。」

 

「ふむ、確かに。艦隊の攻撃で十分押せていますな。まあ、念のために主砲と副砲の旋回及び発射準備はさせておきます。」

 

「そこは、艦長に任せるよ。しかし、【召喚】しておいてなんだけど、凄い艦だね。大和は。」

 

「ええ、大日本帝国海軍の総力を挙げて建造した艦ですから。」

 

 大和を【鑑定】してみる。

 

「全長263m、全幅38.9m、153,553馬力、最大速力27.46ノット。主砲の45口径46cm3連装砲塔が3基、副砲の60口径15.5cm3連装砲塔が4基。その他にも高角砲に機銃までか・・・。本当に凄いや。この世界(エシダラ)に存在するどの軍艦よりも強んじゃないかな。帝国艦隊なんて一蹴できそうだ。」

 

「してみせましょうか?それと、武装面は軍機なのですが、ここでは関係ありませんね。」

 

「まあね。【送還】したら、この世界(エシダラ)のことは覚えていないみたいだから、地球での機密とか口に出しても問題ないと思うよ。」

 

「まあ、それでも軍機は軍機です。あまり、他言しないようにお願いします。」

 

 そんなやり取りをしながらアドロナ王国海軍・シントラー領海軍連合艦隊の戦いぶりを大和の艦橋から眺める。お互いに上手く連携をとりながら、クラーケンを翻弄(ほんろう)している。

 

「わかったよ。艦長。ところで、船首についている菊みたいな紋章と、マストに掲げられている白地に赤色の模様の旗は何かな?」

 

「船首のものは菊花紋章で、旗は旭日旗ですね。簡単に言えば菊花紋章は大日本帝国の皇室の家紋ですね。旭日旗は太陽と太陽光を表したものとなっています。我が海軍の軍艦旗です。」

 

「なるほど、なるほど。ん?でも、以前、召喚した島津義弘の率いる部隊は、違う家紋をつけていたよ。」

 

「島津ですと、丸に十の字ですな。まあ、なんといいますか、時代が違います。島津義弘公ですと、我々からすれば300年近く前の人物になります。その時代には日本のなかでいくつもの国に分かれて治世を敷いていたので、それぞれの家紋があります。皇室が中心となって日本を治めるようになったのは、70年ぐらい前からですね。」

 

「ああ、そうなんだ。わかった。ありがとう。」

 

「いえいえ。あ、あちらさんももう少しで決着ですね。」

 

 そう言われて、連合艦隊を見てみると、確かに最後の総仕上げにかかっている。半円状に軍艦を配置して、弱り切ったクラーケンを囲み、間断なく攻撃をしている。

 

 そして、遂にクラーケンは力尽き、海面に倒れ込んだ。艦隊から歓声が上がるのが聞こえてくる。そして、各艦から小舟が降ろされ、クラーケンの死体の曳航の準備をしている。その様子を大和の艦橋から見ていると、連合艦隊の旗艦の指揮所からツァハリアスさんが出てきてこっちに手を振っている。行った方がいいよね。

 

 高柳艦長たちにお礼を言い、僕は大和から飛び立つ。旗艦に下り立つと、「【送還】。」を唱え、大和を【送還】した。ツァハリアスさんを含めて周囲の人がみんな驚いている。僕は、努めて笑顔を作りながら、

 

「いやあ、クラーケンが無事、征伐出来てよかった。艦隊のほうにも被害はなさそうで、安心した。さて、私は海岸に戻るとしよう。諸君ご苦労だった。」

 

 そう言って、呆気(あっけ)に取られているみんなを無視して一気に海岸まで飛んでいく。クリス達の所に着くと、アントンさんが笑いながら、

 

「また、どえらいモンを【召喚】したなあ。あの攻撃の音は此処(ここ)まで響いたぞ。」

 

 と肩をバシバシ叩きながら言う。

 

「いや、別に“大和”を指定して【召喚】したわけじゃないんですよ。ただ、強い軍艦と思って【召喚】しただけなんです。って、なんですか、みなさんそんな胡散臭いモノを見るような目で僕を見ないでくださいよ。」

 

「いやあ、だってガイウス君ですもん。」

 

 そうユリアさんが言うと、みんなが頷く。地味にショックなんですけど・・・。




見てくださりありがとうございました。


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第109話 ショッピング

 ユリアさんの言葉に地味にショックを受けつつ、すぐにネヅロンの冒険者ギルドに向かう。用件は、さっき仕留めたクラーケンを買い取ってもらうためだ。海のないインシピットの冒険者ギルドだと怪しまれちゃうからね。

 

 冒険者ギルドに入ると、お昼過ぎだから少ないと思っていたら、思いの外、冒険者が多かった。なんでだろうと受付カウンターに向かいながら耳をすませてみると、

 

「クラーケンが現れたらしい。」「艦隊が出たから大丈夫だろう?」「2体出たらしいぞ。」「なら、防衛戦を海岸で行うのか?」「さあな、わからん。ギルドマスターから指示が無いからな。」「集まったはいいが、俺たち基本的に一匹狼だからなあ。」

 

 などなど聞こえてきた。これは、バレたらマズイやつだね。急いで、買い取ってもらおう。ユリアさんに視線を送ると頷いて、冒険者証を見せつつ受付カウンターの職員さんに声をかける。

 

「準1級のユリア・レマーです。私たちの所属するパーティで大物を仕留めたのですが、査定カウンターに乗りきるものではありません。どこか、広い場所はありますか?一番広い場所の方が、仕留めたヤツを出したときに施設への被害が最小限に抑えられますよ。」

 

 そう言うと、すぐに練習場に案内された。確かにここなら充分な広さがある。

 

「ガイウス君、出してください。」

 

「わかりました。ユリアさん。」

 

 そう言って、偽装魔法袋に【収納】してあるクラーケンを取り出す。“ドスンっ!!”と音を立て、大穴の開いた巨体が横たわる。ついてきたギルド職員はあまりの事に言葉も出ないようだ。

 

「精算に時間が掛かるはずですから、終わったらクリスティアーネ・アルムガルト嬢宛で、ツァハリアス・シントラー伯爵家へ使いをよこしてください。明日の朝までにはお願いしますね。それでは、みなさん、ショッピングにでも行きましょう。」

 

 ユリアさんのその言葉に従い、みんなでいそいそと冒険者ギルドをあとにする。僕らが出た後に、色々と有ったみたいだけど、しーらない。悪いことはしてないもんねー。

 

 そして、僕たちは、ユリアさんの言った通りに色んなお店に寄った。水着という服を置いているお店に行ったけど、これってほとんど下着と変わらないような気がするんだけど、気のせいかな。

 

 お店の人は、普通の下着は水を吸って重くなるだけど、水着は水を弾くから海や川を自由に泳ぐときにちょうどいいらしい。下着みたいなのはデザインだそうだ。そういうことで、僕はクリス達の水着選びに付き合わされることになった。

 

 女性用はトップスとボトムスが繋がっているワンピース水着とそれぞれが独立したツーピース水着ってのに分かれているみたい。ワンピース水着のスリングショットを見た瞬間、目を逸らした僕の行動は間違っていないと思いたい。いや、でも、着ている所を想像すると・・・。いやいや、いけない、いけない。ただでさえみんなスタイルがいいんだから、スリングショットはいけない。

 

 クリスはワンピースの中でも、Aラインという可愛らしい水着を選んで、柄や色とかに悩んでいるようだ。大人組はみんなツーピース水着のセパレーツとかビキニとかいうモノを選んでいる。今は、海水が冷たいから、また来た時のためだそうだけど、このお店で1時間近く時間を使ったよ。

 

 ちなみに、エミーリアさんのが1番時間が掛かった。胸のサイズがね、大きすぎて、なかなか無かったんだ。あ、お金は僕が支払ったよ。プレゼントってことで。

 

 そんで、アントンさんだけど、彼は早々に逃げて、同じ通りのカフェで甘味とお茶を楽しんでいた。ズルい。でも、その後、別のカフェで僕たちみんなに甘味とお茶を奢ってくれたから許しちゃう。

 

 その後は、海岸沿いの道に戻り、海産物を売っているお店を覗いてまわった。内陸のインシピットでは見られない様々な海産物は見ているだけでも楽しい。干物になる前の姿とか、魔物みたいなタコとか。棘が沢山ついているウニとかいうモノはどうやって食べるか知りたかったので人数分購入して、お店の人に食べ方を聞きながら、棘のついた殻を割り、中身を食べた。初めて食べた味だ。何というか味が濃くて深みがある。大人組は酒が飲みたくなったようだ。

 

 ということで、あの後、何軒かお店をまわって、お酒とそのおつまみの海産物を手に入れて、シントラー伯爵邸に戻ってきた。門番の衛兵さんは顔をもう覚えてくれたらしく、すぐに門を開けてくれた。馬は使用人さんに預け厩舎に。僕たちは、表玄関から執事さんの出迎えを受けた。

 

 お屋敷の中に入るとすぐにユリアさんが、

 

「街で買ってきた食べ物とお酒を楽しみたいのですが、どこか使ってよい部屋はありますか?」

 

 と聞くと、執事さんは困ったような笑みを浮かべながら答えてくれた。

 

「ええ、ございますが、すぐにご用意できるお部屋ですと、我々が使用しております厨房に近い賄い室のみとなります。」

 

「ええ、そこで、構いません。ガイウス卿とクリスティアーネ嬢にはジュースか果実水をお願いできますか。」

 

「承知しました。すぐにお持ちいたします。」

 

 そういうことで、意外といってはなんだけど、豪華な賄い室で僕たちは夕飯をご馳走になる前に、各々の舌で厳選した海産物を楽しむという少しの贅沢な時間を味わうのだった。




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第110話 戦力強化?

 (まかな)い室でのちょっとした食事会が終わると、夕食まで各々が用意された部屋でくつろぐことにした。ツァハリアスさんも海軍基地から帰ってきていないので、ちょっとしたゆっくりとした時間を過ごす。

 

 ツァハリアスさん帰ってきたら、“大和”のことと【召喚】のことは絶対に聞かれるよねえ。どうするかな。それに、あんなにたくさんの人に見られたわけだし、誤魔化せないよなあ。聞かれたら正直に話そうか。そうしよう。

 

 程なくしてツァハリアスさんが帰って来て夕食となった。夕食は豪華な海鮮料理だった。どれも美味しくて、ペロリと平らげてしまった。大人組は珍しいお酒を飲みながら楽しんでいるようだった。

 

 ちなみに、お昼にギルドにお願いしていた、クラーケンの査定が終わったと使いが来たので、アントンさん、レナータさん、ユリアさんの高ランク冒険者の3人がギルドに向かった。変な査定をしていたら、締め上げてやると言っていたよ。おお、怖い怖い。

 

 そして、僕は夕食後、ツァハリアスさんに呼ばれて、執務室に執事さんの先導で向かう。執事さんが扉をノックし、告げる。

 

「ゲーニウス辺境伯様をお連れしました。」

 

「お入りいただくように。」

 

「はい。では、辺境伯様どうぞ。」

 

 そう言って、執事さんが扉を開けてくれる。僕は「ありがとう。」とお礼を言い、室内に入る。

 

「人払いを頼む。この部屋の近くに人を近づけてはならん。ガイウス閣下と大事な話しがある。」

 

「かしこまりました。」

 

 執事さんが去っていく。

 

「さっ、ガイウス閣下、おかけになってください。人払いを致しましたので、紅茶ではなく果実水を用意させていただきました。どうぞ。」

 

「ありがとうございます。」

 

 果実水をそれぞれのグラスに注ぐと、ツァハリアスさんがグラスを掲げて、

 

「無事にクラーケンを討伐できたことに感謝し、乾杯。」

 

「乾杯。」

 

 お互いにグラスを空にして、笑い合う。

 

「本当なら夕食の席でしたかったのですが、閣下はあの【能力】をあまり(おおやけ)にしたくないように感じましたので、さけさせてもらいました。」

 

「ご配慮、ありがとうございます。」

 

「それで、閣下。あの巨大な艦はなんだったのですか?いえ、【召喚】されたモノだというのはわかるのです。しかし、この世界に、あのような攻撃方法を持つ軍艦は私が知る限り、存在しません。あの海戦のあと、私は仮説を立てました。お笑いになるかもしれません。」

 

「その仮説とは?」

 

「はい、率直に申し上げます。あの軍艦は“異世界”のモノではありませんか?」

 

 それを聞いた瞬間、僕は目を見開き直後に大笑いした。

 

「ハハハ。ツァハリアス殿は、柔軟な発想の持ち主なんですね。」

 

「いえ、本が好きなものでして、創作物から歴史書など幅広く読みました。その影響かもしれません。」

 

「しかし、あの軍艦を“異世界”のモノと思われるとは、何か根拠がおありなのでしょう?」

 

「根拠と呼べるようなものではありませんが、閣下がフォルトゥナ様の使徒であることそして空を飛べることを考えたら・・・。」

 

「なるほど、なるほど。よくわかりました。笑ってしまい申し訳ありません。」

 

「いえ、言った私でさえ信じることができていませんから。」

 

「ふむ、ではお答えしましょう。・・・正解です。あの軍艦は“異世界”のモノです。」

 

 そう答えると、ツァハリアスさんの顔が驚愕に染まった。

 

「ま、まことですか?」

 

「ふむ、ならば証拠をお見せしましょう。【召喚】。」

 

 フルプレートアーマーと10cm厚の鋼鉄板、M4アサルトライフルを【召喚】し、フルプレートアーマーを鋼鉄板の前に置き、少し離れてM4を構える。それぞれを説明して僕は続ける。

 

「よく見ていてくださいね。それと、結構な音がしますので驚かないようにお願いします。」

 

 ツァハリアスさんが頷いたのを確認して、僕はM4の引き金を絞る。単発モードにしているので、30回引き金を引いた。部屋の中には硝煙の臭いと“パンッパンッ”と乾いた発砲音、それと、“カラン、カラン”と薬莢(やっきょう)の落ちる音が響いた。30発撃ち終わり、M4を【送還】する。後に残ったのは、銃弾によってボロボロになったフルプレートアーマーとそれを受け止めへこんだ鋼鉄板だけだ。

 

「どうでしたか?これが“異世界”の武器です。」

 

「・・・。射程はどのくらいなのでしょう?」

 

「種類にもよりますが、僕が使ったのは300m~500mが有効射程です。」

 

「そ、そんなに!?騎馬突撃などできないではありませんか。いえ、騎馬だけではありません。フルプレートアーマーがこうも易々と貫通され、しかも後ろの鋼鉄板までへこんでいるではありませんか。もし、フルプレートアーマーがなければ、鋼鉄板の被害も相当なモノになっていたのではありませんか?」

 

「そうかもしれません。」僕は頷きながら答える。

 

「閣下は先程の“M4”でしたか、あれを大量に【召喚】できるのですか?」

 

「そうですね。僕の魔力が尽きるまでできます。そして、僕の魔力は今日【召喚】した軍艦を思い出していただければ、わかると思います。」

 

「・・・。閣下はこのお力をどのようにお使いになるおつもりで?」

 

「ふむ、簡単に言えば“民のため”ですかね。ゲーニウス領は帝国と黒魔の森に接しているので、帝国との小競り合いや黒魔の森からの魔物被害から民を護るために使います。」

 

「王国を護るためではなくてですか?」

 

「民あっての国だと僕は思っておりますので。」

 

 僕がそう言うと、ツァハリアスさんはいきなり(ひざまず)き、

 

「シントラー伯爵家は、国王陛下とは別に閣下に忠誠を誓います。どうぞ、そのお力の庇護下に我が領の民も加えてくださいますようお願い申し上げます。」

 

 わーお、凄いことになっちゃった。




見てくださりありがとうございました。


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第111話 条約締結

 困ったなあ。とりあえずこれは聞いておかないと。

 

「ツァハリアス殿、ソファにおかけください。そのような姿勢では話しがしにくいですから。やはり同じ目線でないとこういう話しは出来ませんから。」

 

 そう言うと、ツァハリアスさんはソファに座ってくれた。僕は彼の目を見て問う。

 

「貴方にとって民とは何ですか?」

 

「民ですか?それは、奴隷なども含めてということでしょうか?」

 

「そうです。貴方の施政下にいる人々のことです。」

 

「ならば、答えは簡単ですな。民とは我々、貴族が(まも)るべき存在であります。彼らがいなければ貴族は生きてはいけません。様々な仕事に従事している彼らがいるからこそ、今日のように夕食を楽しくとることができます。そして、我々も彼らに(まも)られております。」

 

「ほう。」

 

 今まで会ってきた貴族の人たちと同じような回答だ。これだけでも満足だけど、ツァハリアスさんは続ける。

 

「“我々、貴族が民を(まも)っているのだ。だから、民は貴族の言うことを聞く義務がある。”という(やから)がおりますが、逆です。我々は、民を(まも)ると同時に(まも)られているのです。簡単なことです。国軍や領軍に所属する者は、下級貴族の者もおりましょうが、その大部分が(まも)るべき民であります。彼らは(みずか)らの命をもって我々に力を貸してくれているのです。まあ、個人それぞれの思惑というのはあるでしょうが。」

 

「なるほど。では、貴族は税を取らずに民の守護をすればいいのでは無いですか?」

 

 ちょっと意地悪な問いかけをしてみる。

 

「それは、閣下、結論の飛躍というモノです。確かに我々、貴族に王家の方々は民よりの税を生活の(かて)としています。しかし、税はそれ以外にも使われます。例をあげるならば、街の整備、街道の整備、衛兵に対する給与の支払いなどなど、公共性の高い物に税は投入されます。もし、税をとらなければ、確かに民の(ふところ)(うるお)いましょう。しかし、街や街道の整備のため、使用料という名目で徴収をし、事件が起これば駆けつけた衛兵に対してその人数分の金を払わなければなりません。富める者はよいでしょう。しかし、下層階級と呼ばれる人々はどうなります?私は彼らを見捨てたくはありません。だからこそ税があることで、富める者や貧しい者が平等に公共物を使用できます。また、富める者から多くとり、貧しい者からは少なくとるこの累進課税の制度は素晴らしいと思います。“富める者から貧しい者へ”これのおかげで、我々は気兼ねなく公共事業を進めることができますし、貧民の救済ができます。それに・・・。」

 

「ああ、もう結構です。丁寧に答えていただきありがとうございます。先程のご提案をお受けいたしましょう。ただし、条件があります。」

 

「どのような条件でしょう。」

 

「そうですね。名付けるなら相互安全保障とでも言いましょうか。ようはシントラー領が僕の庇護下に入るのではなく、お互いに危機に(おちい)れば助け合いましょうというモノです。いかがでしょうか?」

 

「それはよいですね。しかし、我が領の軍は海軍が7、陸軍が3という割合ですからご期待に沿えるかどうか・・・。」

 

「そのための冒険者ギルドではありませんか。彼らに依頼として出せばいいのですよ。」

 

「しかし、それでは、ゴロツキが混じる可能性も・・・。」

 

「その時は、そのゴロツキの方々には不幸が訪れるだけですよ。」

 

 笑顔で答える。ツァハリアスさんが引き攣った笑みを浮かべる。うーむ、普通の事を言ったつもりだったんだけどなあ。ま、いいや。話しの腰を折ったわけでもないし。

 

「さて、相互安全保障の件について詳しく煮詰めていきましょう。これは、条約として締結し施行するべきです。しかし、時間がありません。明日には、僕たちは帰りますから、せめて形だけでも作り上げましょう。」

 

「わかりました。」

 

 その後、僕たちは夜遅くまで話しを詰めた。ちょっと(ゆる)いところもあるけど領同士の決め事なのだから、あまりキツくし過ぎてもね。それに余裕があった方が解釈の幅を広げて使いやすい。

 

 条約の草案をまとめ上げ、2人して長く息を吐く。締結は今、現在をもってと決まった。それぞれに署名し、家紋印を押す。公布と施行は、ゲーニウス領に僕が着任してからとなった。これから、この相互安全保障条約には様々な条文が追加されていくのだろう。

 

「いやはや、閣下。これほどまでに事務仕事に熱を入れたのは久しぶりかもしれません。」

 

「ハハハ、僕は初めてのことなので楽しかったですよ。色んな条件を考えていくというのは。」

 

「いやあ、艦隊司令として艦隊指揮や野戦をしていた方が楽でいいですな。将兵の命を守りながら敵に勝つことを考えればいいだけですから。早く、息子に家督を譲りたいものです。」

 

「フィン殿のことですか?実はぼくの祖父もフィンという名なのです。奇遇ですね。」

 

「おお、そうなのですね。これも縁でありましょう。それで、我が子の事についてお話しをする機会がありませんでしたね。娘は3人いて学園(アカデミー)を卒業後みな嫁いでおります。そして、息子は長男のフィンと次男のアンテロの2人いて成人しております。今頃、それぞれ戦隊を率いて外海を哨戒しているころでしょう。戻ってくるのは、明後日、いえ日付が変わっているので、明日、月曜日ですね。ちょうど、閣下とは入れ替わりになりますね。」

 

「なるほど、それは残念ですね。みなドゥルシネアさんとの間のお子さんですか?」

 

「ええ、彼女が頑張って5人も産んでくれましたよ。しかも、みんな大きな病気も無く元気に育ってくれました。それにドゥルシネアは美しいですから側室や妾を取る気にはなりませんでしたね。」

 

「そうなんですね。そのように一途なツァハリアス殿から見れば、僕は女好きの遊び人に見えるのでしょうけど。」

 

「いえいえ、愛や恋と云ったモノは人それぞれです。私はドゥルシネアと子供達にしか愛を(そそ)げなかった不器用な男ですよ。」

 

 ハハハと笑うツァハリアスさんは、しかし、その言葉とは裏腹にとても幸せそうに見えた。




見てくださりありがとうございました。


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第112話 ゲーニウス領

 4月28日の深夜から29日の早朝にかけてツァハリアスさんと“ゲーニウス・シントラー相互安全保障条約”をまとめ上げた後、29日の夕方にはインシピットに戻り、30日は黒魔の森で、グレイウルフリーダーの“ルプス”と会い、適当に魔物狩りを行なって時間を潰した。

 

 そして、本日、5月1日火曜日、天気は晴天。旧ナーノモン領現ゲーニウス領の領都“ニルレブ”に“シュタールヴィレ”のみんなと来ている。移動はお約束の【空間転移】で一瞬、町への入門検査も貴族証でラクラク。そして、目の前に広がるのはニルレブ行政庁舎に着いた僕たちの前に、跪(ひざまず)き頭(こうべ)を垂れ代官を中心とした文官さん達に衛兵を中心とした武官さん達。

 

 とりあえず、名乗りを行い、それぞれの仕事に戻ってもらう。残ったのは代官さんと衛兵隊長さん、駐留国軍の司令官さんの3人。そのまま、4人で話しができる代官執務室に案内される。クリス達は冒険者ギルドや街の様子を見てくると言って分かれた。気をまわしてもらっちゃった。

 

 執務室に着き、応接用のソファに座ると、秘書官さんが紅茶を出してくれた。礼を述べ、対面に座る3人を見る。緊張しているというよりも警戒しているような感じだ。まあ、もう一度、挨拶をしておこう。

 

「改めて、ガイウス・ゲーニウスです。爵位は辺境伯位を賜わっております。ああ、口調は公の場以外ではこれが素ですので、お気になさらず。皆さんもリラックスなさってください。」

 

「それでは、我々も改めて、私は、現在この領を治めさせていただいている“ヘニッヒ・ローエ”と申します。爵位は子爵位を賜わっております。また、秘書官のラウニです。平民ですが優秀な人物です。」

 

 そう言うと、ヘニッヒさんの後ろに立つ秘書官のラウニさんは頭を下げる。

 

「私は、駐留国軍の総司令を務めております“ベレンガー・フラーケ”と申します。爵位は伯爵位を賜わっております。」

 

「私は領都衛兵隊司令の“ウルリク”と申します。平民であります。」

 

 お互いに挨拶と共に握手をする。武官の2人は予想通りの武骨な手だったけど、文官であるヘニッヒさんの手に剣の握りダコがあるのには驚いた。そんな僕の反応を感じ取ったヘニッヒさんは笑いながら言う。

 

「実は、若いときに負傷しまして、その後遺症で左足の膝から下の感覚が鈍く、左腕も上がらないのです。ですから、今はこうして文官として国に仕えております。しかし、昔の習慣で剣を振るのが日課になっておりまして、このような手になっております。」

 

 確かにゆったりとした服を着ているからよく見ないとわからないけど、左肩よりも、右肩の方が盛り上がっている。服の袖から見える腕も右手のほうが太い。

 

「もし、その古傷が治るなら治したいですか?」

 

 僕が問うと、ヘニッヒさんは一瞬だけ怪訝な表情をしてすぐに真剣な表情になり、

 

「治したいです。」

 

 とハッキリと言ってくれた。僕はその言葉に頷き、背中から純白の翼を生やす。その様子に部屋にいる4人が驚く。僕は、ヘニッヒさんの左手を手に取り、彼の身体の全ての不調・怪我が治ることをイメージして唱える。

 

「【ヒール】。」

 

 唱え終えると同時に手を放し、ヘニッヒさんに問う。

 

「体の調子はいかがですか?」

 

 彼はソファから立ったり座ったりを繰り返し膝から下を撫で、その後は立ったまま左肩をグリングリンと回し始めた。すると、何ともいえない表情となり、僕の手を握りながら、

 

「あり・・がとう・・ございます・・・。」

 

 と震える声で言った。僕は笑顔で、

 

「どういたしまして。」

 

 と言いながら翼を消した。僕の【ヒール】見ていた3人はポカーンと口を開け、その後、僕とフォルトゥナ様に対して祈りを捧げ始めた。一拍遅れてヘニッヒさんも祈り始めた。話しを終わらせてから【ヒール】をすればよかったね。

 

 4人が落ち着いてから僕がニルレブに来た理由を話す。

 

「実は、国境を見に行きたいんです。どのような防衛体制になっているかを見てみたいんです。それが終わればニルレブを中心に各町を見に行きたいですね。なにせ5月末には僕が政務に軍事を執り行うのですから。」

 

「ガイウス卿、国軍の司令官としてはお止めしたいですが、私個人の意見としては賛成です。国境まで護衛をつけましょう。」

 

 そうベレンガーさんが言ってくれたが、僕は辞退する。

 

「案内をしてくださる方のみで結構です。僕にはパーティメンバーがいますので。準1級が1人、3級が1人、準3級が1人、6級が2人、9級が1人です。それに、帝国が何か仕掛けてきても少人数のほうが逃げやすいでしょう?」

 

「まあ、確かにそうなのですが、ガイウス卿に万が一があってはいけません。腕の立つ者を案内に付けます。それと、護衛に3人。これも腕の立つ者を付けます。これが条件です。」

 

「わかりました。でしたら、その方々には僕が何をしようが口外無用と伝えてください。」

 

「わかりました。先程の【ヒール】のような特別な能力が?いえ、これは聞いてはいけないことでしたね。申し訳ない。」

 

「いえ、お気になさらず。それと、今日はニルレブを見てまわるつもりです。衛兵隊の方々の手を煩(わずら)わせることは無いとは思いますが、厄介事が向こうからやってきたら、全力で抵抗し排除します。その時はウルリクさんよろしくお願いします。」

 

「了解しました。ここは、帝国との国境が近いということもあり、血気盛んな連中が集まります。まあ、大抵はすぐに騒ぎを起こして我々に捕まるんですがね。」

 

「それって、冒険者が多いですよね。」

 

「ええ、そうですね。」

 

「冒険者を代表して謝罪します。」

 

「いえ、閣下のせいではありませんので。」

 

 その後は、ニルレブのオススメのお店などを聞いて、行政庁舎を後にした。さて、クリス達はまだ冒険者ギルドにいるかな?




見てくださりありがとうございました。


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第113話 国境

 昨日は、行政庁舎で代官のヘニッヒさん、駐留国軍総司令官のベレンガーさん、領都衛兵隊司令のウルリクさんの3人と話しをした後は、冒険者ギルドに行った。そこでは、アントンさんとレナータさんが冒険者をボコボコにしていた。

 

 なんでも、依頼(クエスト)掲示板を眺めていたら、クリスたち女性陣に絡んできたそうだ。相手は酔っていて何を言っても理解できていないようだったから、ボコボコにしたそうだ。僕が、「骨を折ればよかったのに。」と言うと周りの冒険者がひいていた。変なことは言わなかったはずなのにおかしいね。

 

 その後はヘニッヒさん達に教えてもらったオススメのお店をはしごして、行政庁舎近くのちょっとお高い宿にて就寝した。あ、勿論、次の日の行動予定をヘニッヒさんに再度会って伝えてからだよ。

 

 そして、今日は国境まで行く日だ。午前6時30分、馬に乗って行政庁舎に行くとすぐにヘニッヒさんとベレンガーさんが出てきた。ベレンガーさんの後ろには4人のおそらくは騎士がいる。昨日話していた案内人と護衛の人だろうね。さて、僕は此処から辺境伯として振る舞わないといけない。

 

「ヘニッヒ卿、ベレンガー卿、朝早くからすまない。どうしても今日のうちに国境を見ておきたくてな。それで、ベレンガー卿、後ろの4人が昨日言っていた者たちか?」

 

「はい、閣下。いずれも騎士爵で、腕が立ちます。4人ともこの地の出身者です。」

 

 すると、ベレンガーさんの後ろに控えていた4人が前に進み出て(ひざまず)き、自己紹介を始めた。

 

「アルヴィ・ハータイネンでございます。案内役を(おお)せつかりました。」

 

「エサ・サッリネンでございます。護衛を(おお)せつかりました。」

 

「カッレ・ソンニネンでございます。同じく護衛を(おお)せつかりました。」

 

「パシ・スルクネンでございます。同じく護衛を(おお)せつかりました。」

 

「ガイウス・ゲーニウス辺境伯である。諸君らの働きに大いに期待するものである。また、今日、私が行うことは口外無用だ。それがわかれば立ちたまえ。嫌ならばそのまま去りたまえ。ああ、罰にはとわん。」

 

 そう僕が言うと、4人とも起立し直立不動の姿勢をとった。

 

「よろしい。それでは、アルヴィ卿、案内よろしく頼む。卿らも護衛頼むぞ。ああ、それと、私の後ろにいるのがパーティメンバーの冒険者だ。アルムガルト辺境伯の御令孫に騎士爵持ちもいる。まあ、道中、自己紹介をしたまえ。それでは、ベレンガー卿、騎士たちを借りる。」

 

「はっ、閣下。お気を付けて。」

 

「私からも。閣下、どうか大事な御身です。お気を付けて。」

 

 ヘニッヒさんとベレンガーさんに見送られ、門ではウルリクさんに見送られニルレブから出た。道中に2つほど町があるけど、素通りだ。馬を駆けさせれば昼過ぎには着く予定だ。道中は黒魔の森が近くにあるけど、魔物も出ずに順調に移動できた。

 

 【気配察知】で探ってみると、グレイウルフリーダーの“ルプス”率いるグレイウルフ達が街道に出ようとする魔物に襲いかかっているのがわかった。レナータさんもわかったみたいで、笑みを浮かべながら森の方を見ている。一昨日、こっち方面に行くって伝えたから着いてきちゃったのかな。

 

 12時になり、昼をとるために街道の脇によける。偽装魔法袋から【収納】したアツアツの料理をみんなの前に並べる。勿論、護衛の4人の分もある。そして、森の中から、ルプスの孫たちと息子夫婦が出てきた。アルヴィさん達はギョッとしていたが、

 

「私の知り合いだ。()でるとよい。ほれ、この肉をやれば落ち着くであろう。私はまだ森の中にいる知り合いに会いに行ってこよう。」

 

 そう言って、部位ごとに解体してあるコボルトの肉を出す。アルヴィさん達は恐る恐る。クリス達は喜々として肉をあげていた。僕は、森の中に入り、配下のグレイウルフに(まも)られるように鎮座しているルプスに会う。

 

「やあ、ルプス。わざわざ、ここまで来てくれたのかい?」

 

「うむ、ガイウスが行く場所がどのような所かと思うてな。ここはよいな。獲物が多い。」

 

「僕たちと並走しながら狩っていたね。」

 

「うむ、ガイウスがこちらに拠点を移すならば、我らもここを拠点としよう。幸い、同族はいないようだ。」

 

「うん、歓迎するよ。その時は“グレイウルフに危害を加えないこと”って領主の名で布告しておこうか?」

 

「うむ、我らも元から人は襲わなんだが、そうしてもらえると助かる。」

 

「それじゃ、僕はそろそろ仲間の所に戻るよ。」

 

「うむ。それではの。」

 

 みんなの所に戻ると、アルヴィさん達もクリス達みたいにグレイウルフをモフモフしている所だった。

 

「打ち解けたようで何よりだ。さて、諸君、名残惜しいが国境を目指そう。」

 

 クリス達はバイバイと手を振り、アルヴィさん達は名残り惜しそうに手の平を眺めていた。

 

「あのグレイウルフの群れの(かしら)は私の知り合いだ。フォルトゥナ様より【能力】を授かっている。使徒である私と同じだな。なので、グレイウルフに会っても危害を加えないようにしてほしい。」

 

「「「「はっ、閣下。」」」」

 

「よろしい。では、進もうではないか。」

 

 そして、国境の砦には13時過ぎに着いた。石とレンガ造りの砦では防衛隊長に最敬礼で迎えられた。そして屋上に出て遠くを眺める。しかし、帝国の砦は見えない。アルヴィさんに聞いてみよう。

 

「アルヴィ卿。帝国の最前線は此処からどのくらいだろうか?」

 

「はっ、大体15kmほどかと。我々と同じような砦を築いております。」

 

「なるほど、では【召喚】。」

 

 まばゆい光と共にジョージ・マーティン中尉が現れる。彼の敬礼に答礼をし、笑顔で握手をする。

 

「久しぶりだな。中尉。この口調のことだが慣れてくれ。辺境伯になってしまった。」

 

「それは、おめでとうございます。では、これからはガイウス卿とお呼びしましょう。」

 

「うむ。それでな、今日、貴官を呼んだのは他でもない、この先15km地点にある石とレンガでできた砦を攻略する場合はどうすればいいだろうか。味方に被害は出したくない。あと、航空機は無しだ。あれは最後の切り札だ。」

 

「あー、それですと、陸軍の管轄ですねえ。ま、最近採用したM777 155mm榴弾(りゅうだん)砲なら、20門ほど並べて一斉射撃を繰り返せば簡単に攻略できると思いますよ。」

 

「よし、モノは試しだ。やってみよう。【召喚】。」

 

 すると、砦の帝国側に魔法陣が現れ20門の榴弾砲が【召喚】され、指揮官らしき人物が敬礼して報告してきた。

 

「アメリカ陸軍第1軍団第7歩兵師団第17砲兵旅団旅団長バートン・リーチ大佐であります。砲撃目標を司令官。」

 

 うん、ゴツイのが出てきたね。20門もいらなかったんじゃないかな?




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第114話 鉄の暴力

「攻撃目標は此処から15km先にある敵の砦だ。徹底的に破壊してもらいたい。」

 

「了解しました。しかしながら、こちらからですと、標的が見えません。ですのであの山の中腹に観測班を置きたいと思います。」

 

「ネリー山脈のあれは、・・・。」

 

「オフヌラ山です。閣下。」

 

「ありがとう。アルヴィ卿。オフヌラ山に観測班を置くということだが、徒歩で行かせるのかね。」

 

「いえ、司令官。できればヘリで輸送をお願いします。」

 

「ふむ、ならば私が運ぼう。こう見えても飛べるからな。」

 

 というわけで、純白の翼を生やし観測機材と観測班をオフヌラ山の中腹まで運んだ。大体10分くらいかかったかな。結構、速く飛べるからね。観測班からの情報が届いて、砲口が上下する。

 

「司令官、砲撃準備完了しました。いつでもいけます。」

 

 さて、いきなり攻撃でもいいけど、ここは(すじ)を通すために、帝国側に挨拶をしに行こう。一方的に殺してしまうのも気が引けるからね。それに少し考えがある。僕はヘッドセットをつけ、いつでも命令が出せるようにして、帝国の砦に向かって飛び立つ。

 

 15kmなんて飛んでいけばあっという間だ。その距離でも王国と帝国を行き来する人達は多い。行商人や冒険者などだ。僕は帝国に向かう彼らには30分ほど帝国の砦300mに近づかないように警告した。

 

 フォルトゥナ様の教会に対するお告げにより、純白の翼を持つ僕はフォルトゥナ様の使徒の“ガイウス・ゲーニウス”とすぐに認識されたおかげで、みんな2つ返事で言うことを聞いてくれた。中には祈ってくる人もいた。長旅に出るときは教会で祈る人多いからね。

 

 そして、帝国の砦についた。警戒にあたっていた兵士が弓を構えて僕の出方を見ている。僕は、【風魔法】をつかい風に言葉を乗せて告げる。

 

「私は女神フォルトゥナ様の使徒にして、アドロナ王国、旧ナーノモン領、現ゲーニウス領の領主ガイウス・ゲーニウス辺境伯である。この砦の指揮官に警告したいことがある。指揮官はいるか!!」

 

 すると、要塞内から1人の男性が出てきた。

 

「ガイウス閣下、私がこの砦の指揮官アルセーニー・マハーリナー子爵です。今回はどのようなご用件で?」

 

「うむ、今からこの砦に鉄の雨を降らせ、廃墟とさせてもらう。そのため、砦内の人員の退避をお願いしたい。」

 

「そのようなお話しを信じるとお思いですか?仮にも国境線で争っている相手ですよ。まさか、フォルトゥナ様のお名前を使い、この砦を乗っ取るつもりではないのですか?」

 

「ふむ、アルセーニー卿の懸念も最もである。それでは、この砦の目の前、王国側に300m離れたところに同じものを出して、それを破壊してみせよう。【召喚】。」

 

 すると、光と共に王国側の街道に帝国の砦が現れた。あのあたりには人がいなかったからよかった。僕の【召喚】を見た帝国の兵士さん達はだいぶ驚いているようだ。アルセーニーさんも動揺している。

 

「アルセーニー卿、あれが本物かどうか調べてみるか?2人なら運べるぞ。」

 

 少し悩んで、頷いた

 

「それでは、私と参謀を連れて行ってください。」

 

「よろしい。それでは、手をとりたまえ。」

 

 そして、アルセーニーさんと参謀さんを【召喚】した砦に案内する。ざっと見ただけど、どうやら、寸分違(すんぶんたが)わず同じモノみたいで、2人とも驚いていた。

 

「ガイウス閣下。その、素晴らしいモノでした。砦に戻していただけますか。」

 

 そうして、青い顔をしたアルセーニーさんと参謀さんを砦に戻す。彼らを下ろすとすぐに上昇し、小声でヘッドセットに呟く。

 

「『観測班、王国側に出ている砦を砲撃目標にする。その後方300mにある砦に対する砲撃はまだだ。』」

 

『了解しました。司令官。』

 

「『バートン大佐、観測班より情報が届き次第、砲撃準備を。準備が終われば通信をしてくれ。私は返答できないが、合図として、火の玉を上げる。それが、砲撃開始の合図だ。』」

 

『了解。司令官。』

 

 通信を終え帝国砦の上に下り立つ。すぐに守備兵のみなさんの槍に囲まれる。すぐに、アルセーニーさんが、「やめんか!!」と一喝して包囲を解いてくれる。

 

「感謝する。アルセーニー卿。」『砲撃準備完了。』

 

「いえ、閣下。それでいつ鉄の雨が降ってくるので?」

 

「ふむ、では、降らせようではないか。」

 

 【火魔法】のファイヤーボールを打ち上げる。ヘッドセットからバートン大佐の『砲撃開始します。』との声が聞こえた。数秒後、僕の背後、アルセーニーさんと参謀さん達にとっては目の前の砦に砲弾が降り注ぐ轟音が聞こえる。

 

 砲撃開始から1分後『目標の破壊を確認。』『砲撃を終了しました。司令官。』観測班とバートン大佐の両方から通信が入る。振り返ると、さっきまでそこに有った【召喚】した帝国砦は瓦礫の山と()していた。

 

 アルセーニーさんを中心とした砦の守備兵たちは、全員が口をあんぐりと開け、目の前の光景を眺めていた。僕は笑顔になりながら告げる。

 

「アルセーニー卿、理解してくれたかな?貴重な将兵と己の命を無駄にしたくなかったら、今すぐ貴重品を持ってこの砦より退去したまえ。破片が飛んでくると危ないから、そうさな・・・。【召喚】。あの防壁の陰に隠れると良い。」

 

 アルセーニーさんを中心に守備兵のみんなが青い顔をしながら高速で首を縦に振る。

 

「急げ、ガイウス閣下の慈悲にすがるのだ!!我々も粉微塵(こなみじん)にされてしまう前に砦より退去するのだ。責任は私がとる!!急げ!!」

 

 アルセーニーさんの怒号にも近い命令が響き渡る。守備兵たちは皆が「砦より総員退去!!」と叫びながら散って行く。その間に僕は【召喚】して瓦礫の山と()した帝国砦を【送還】する。その後は、砦の出口にて皆が荷物を持って退去するのを確認する。アルセーニーさんが「私が最後です。」と言う言葉と共に防壁の方へ向かうと、【気配察知】で砦の中に人がいないかを確認し、飛び上がり、砲撃開始の指示を出す。

 

 そして、数分後、そこには先程よりも念入りに破壊された帝国砦の残骸があった。僕は通信で、観測班とバートン大佐を(ねぎら)った。【召喚】した防壁を【送還】すると、最初は何が起こったのか理解できていない守備兵もいたが、全員が現状を理解すると、青いを通り越して白い顔をしている。

 

 そして、宙に浮いている僕に許しを()う者や祈りを捧げる者が出てきて、波のようにそれが広がる。犠牲者ゼロで帝国砦を排除したかっただけなのに、どうしてこうなった。




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第115話 クスタ・その2

 さて、この場をどう(おさ)めるかだけど、とりあえずは落ち着いてもらおう。

 

「落ち着きたまえ、帝国の将兵たちよ。お主らの命は取らん。もとより命を取るつもりであったなら事前に警告などせぬ。アルセーニー卿、少しよろしいか。」

 

「はい、ガイウス閣下。」

 

「これより、この地を治める・・・、誰であったかな?」

 

「イオアン・ナボコフ辺境伯閣下であります。」

 

「うむ、ありがとう。今からイオアン閣下に書状をしたためよう。内容としては、要塞の失陥はアルセーニー卿を含め守備兵の皆の落ち度で無い事、そして、領土の問題だな。帝国は国境を(まも)る砦を失ってしまった。それに関する話しができればよいな。おお、砦を破壊してしまったからには代わりのモノがいるな。【召喚】。ここから帝国側に100m進んだ所に木製の関所と兵舎を設けた。そこを仮の防衛線とするがよろしかろう。」

 

 僕は、机と椅子、紙と万年筆を【召喚】し、文を書いていく。守備兵さんたちは後方に突然できた関所に驚いているようだけど、今は無視無視。書き終わると、封筒に入れ、家紋入りの封蝋印を押し、アルセーニーさんに渡す。

 

「アルセーニー卿。(けい)に任せる。イオアン閣下に渡してほしい。」

 

「はっ、確かに。」

 

「あとな、お主と家族が帝国に居づらくなればいつでも王国に来るといい。書状にも(けい)の責任ではないと(しる)したので大丈夫だと思うがな。」

 

「ご配慮ありがとうございます。」

 

「うむ、それではな。騒がせてすまなかった。」

 

 そう言って、僕は翼を広げ、空高く舞い上がりゲーニウス領のツルフナルフ砦に戻る。砦守備隊指揮官のパーヴァリ・マカライネン準男爵が、砦の屋上でクリス達やアルヴィさん達と共に待っていてくれた。

 

「パーヴァリ卿、帝国の砦は完全に破壊された。嘘だと思うなら、偵察をしてくるといい。瓦礫の山が見えるだろう。バートン大佐、ジョージ中尉、両名ともご苦労だった。また、力を貸してほしい。」

 

 パーヴァリさんはすぐに守備兵さんに偵察を出すよう命令をしている。僕はそれを横目にアメリカ軍の2人と相対し、お礼を述べる。2人とも敬礼してきたので答礼し、笑顔で別れの握手をする。20門のM777 155mm榴弾(りゅうだん)砲と砲兵たち、観測班とバートン大佐にジョージ中尉を【送還】する。

 

「ここですることは大体が済んだな。しかし、偵察に出た兵が戻って来るまで待たせてもらおう。よろしいかな、パーヴァリ卿?」

 

「はっ、閣下。どうぞ、応接室がありますので、そちらの方へ。」

 

「うむ、ありがとう。クリスティアーネ達とアルヴィ卿達はそちらで待たせてもらいたまえ。私はオツスローフに少し行ってくる。」

 

 ユリアさんが“あっ”という顔をして言う。

 

「クスタ殿の件ですね?」

 

「そうだユリア卿。まあ、飛んでいくので一瞬だがな。偵察に出た兵が戻ってくるよりは早いかもしれん。」

 

「わかりました。お気を付けて。」

 

「うむ。」

 

 僕はみんなの見送りを受けて一気に高度を稼いで、オツスローフ方面に向かって飛び立つ。みんなの視界から外れたと思ったあたりで、【空間転移】を行う。すぐに、オツスローフ付近の空に着いた。門に向かってゆっくりと降下していく。

 

 高度が下がるにつれ、僕の姿を視認した門に並んでいる人が騒ぎ始める。いつも通り【風魔法】でみんなを落ち着かせるために声を広く響かせ、

 

「私は女神フォルトゥナ様の使徒にして、アドロナ王国ゲーニウス領の領主ガイウス・ゲーニウス辺境伯である。みな、落ち着くのだ。」

 

 そう言うと、門に並んでいた人々がお祈りを始める。僕はそれを(なか)ば無視する形で、衛兵さんの近くに下り立ち、貴族証を見せて言う。

 

「入門を許可していただけるだろうか。」

 

「はっ、閣下。大丈夫であります。ご用件をお伺いしてもよろしいでしょうか。」

 

「教会に用事がある。オツスローフ方面軍司令官のジギスムント・クンツ男爵には知らせても良いが、会えぬかも知れぬぞ。」

 

「ありがとうございます。ジギスムント閣下には報告を今すぐさせていただきます。もしかすると、教会へ向かわれるかもしれません。」

 

「かまわんよ。それでは、入らせてもらおう。」

 

「はっ、ようこそオツスローフへ。」

 

 入門すると、いつもの黒馬を【召喚】して教会へ向かう。教会に着いて、馬止に馬を繋ぐと教会入口で受付をしている巫女さんに貴族証を見せながら言う

 

「神官長のアキーム殿を頼む。ガイウス・ゲーニウス辺境伯が“クスタ殿の件で来た。”と伝えればわかるはずだ。」

 

「はい、わかりました。使徒様。別室をご用意しましょうか?」

 

「いや、フォルトゥナ様にお願いしたいことがあるからな、礼拝堂で大丈夫だ。」

 

「わかりました。では、アキームをお呼びいたしますので少々お待ちください。」

 

 そう言って巫女さんは教会の奥へ向かう。入れ替わりに礼拝堂にいる別の巫女さんが、受付の場所に立つ。僕は、そのままフォルトゥナ様の像の前に行き、純白の翼を生やし、その翼で自分自身を包み込む。そして、手を組み目をつぶり念じる。

 

“フォルトゥナ様、僕に遠くの人の状況を見る【能力】を前倒しでください。帝国のアルセーニーさんが処罰されないように、命が奪われないように見守っていたいのです。”

 

 すると、すぐに祈るために組んでいた手の中がもぞもぞする。開いて見てみると、

 

“わかったわ。【能力】を授けましょう。名前はとりあえず【遠隔監視】にでもしときましょう。また、よい言い回しがあれば、それに変更しましょうね。”

 

 そう文字が浮かんでいた。僕がそれをステータスで確認していると、

 

「ガイウス閣下。」

 

 と、アキームさんの声が聞こえた。僕はすぐに翼を消して、彼を見る。彼の隣には、クスタ君がいた。僕は頭を下げ、

 

「1日遅れてしまって申し訳ない。クスタ殿の返答を聞きに来た。しかし、この場だと堅苦しいな。」

 

 僕の言いたいことを察してくれたアキームさんが、

 

「それでは、私の部屋で話しをしましょう。さ、閣下。どうぞ。クスタも行きますよ。」

 

「うむ、感謝する。」

 

 さて、どんな返答を貰えるかな。




見てくださりありがとうございました。


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第116話 クスタ君の選択

 アキームさんの執務室に入り、アキームさんとクスタ君と向かい合って座る。僕はまず再度の謝罪から始めた。

 

「アキーム殿、クスタさん、お訪ねするのが遅れてしまい、申し訳ありませんでした。」

 

 そう言って、頭を下げる。アキームさんは笑顔で言う。

 

「ガイウス様。1日など誤差の様なものです。お気になさらず。逆に1日遅れで良かったです。昨日、クスタは落ち着きが無かったものですから。」

 

「今日は、落ち着いているように見えますね。」

 

 僕はクスタ君を見ながら言う。クスタ君は僕を見て頷いてから言う。

 

「はい、昨日までは答えが出せずに迷っていましたけど、今はもう答えが出ました。」

 

「それは、嬉しい事です。その前に果実水でも飲んで一旦、気持ちを確認しなおしてみてください。後悔の残る選択をしてほしくないのです。」

 

 僕はそう言って、偽装魔法袋の【収納】からカラフェに入った果実水とグラスを3つ取り出し、果実水を注ぐ。3人で無言で果実水を飲み干すと、クスタ君が長く息を吐いた。やはり、少し緊張していたようだ。僕は改めて口を開く。

 

「では、クスタさんの答えをお聞かせください。」

 

「はい、是非とも、僕を、いいえ、私をガイウス様の(もと)で働かせてください。」

 

「クスタさんは、あと2年間、孤児院の庇護(ひご)(もと)にいることができます。それを投げうってでもですか?」

 

「はい、覚悟はできています。」

 

 真っすぐと僕の目を見て答えるクスタ君。これなら大丈夫かな。

 

「わかりました。アキーム殿、クスタさん。5月末に迎えに来ますので、身辺の荷物の整理をお願いします。働く場所は領都ニルレブとなります。オツスローフにはそう頻繁に帰ってくることはできないでしょうが、馬を使えば無理な距離ではありません。ああ、それと、僕の素の口調ですけど、公の場では使いませんので、ご了承ください。さっきのような偉ぶった言い方になりますのでムカつくこともあるでしょうけど、(こら)えてくださいね?」

 

 少しおどけたように言うと、2人とも笑ってくれた。その後は、とりとめのない話しをして、僕が2人の見送りで教会を出て騎乗しようとしたところで、ジギスムントさんと会った。

 

「ガイウス閣下、お久しぶりです。」

 

「うむ、ジギスムント卿も健勝そうで何よりだ。ところで、今日はどうされたのかな?」

 

「はっ、率直に申し上げますと、今後もゲーニウス領にて働かせていただければと思いまして、お願いに参った次第です。」

 

「おお、そうであったか。私は嬉しいぞ。」

 

 そして、僕は下馬してジギスムントさんに近づき、周りに聞こえないよう言う。

 

「ジギスムント殿、本当に大丈夫なのですか?」

 

「ええ、大丈夫です。駐留国軍総司令官のベレンガー閣下にも話しは通してあります。ベレンガー閣下から軍務大臣ゲラルト閣下に話しを通してくださるそうです。」

 

「あ、そうだったんですね。実は僕もダヴィド・アルムガルト辺境伯様にお願いをしていたんですよ。ダヴィド様と軍務大臣のゲラルト閣下とは知己(ちき)の仲だそうですので。」

 

「そうだったのですね。流石、ガイウス閣下は抜かりが無いですね。」

 

「周りの人達に恵まれただけですよ。しかし、辺境伯、いいえ貴族として振る舞うのは疲れますねえ。」

 

「ハハハ、それは仕方ありません。上に立つ者の責務だと思っていただければと思います。」

 

「あー、そうですね。仕方のない事ですよね。しかし、自分よりも年上の方々に偉ぶった口調で話すのは疲れますよ。」

 

「まあ、徐々になれますよ。私も兵を指揮することになったばかりの頃は、なかなか慣れなかったものです。」

 

 僕は頷き、少し離れて騎乗して言う。

 

「職務時間中に申し訳なかったな。ジギスムント卿。今回、話しができて良かった。それでは、私はこれで失礼する。」

 

「はっ、閣下。お気を付けて。」

 

「うむ、ありがとう。アキーム殿もクスタ殿も準備をよろしく頼む。」

 

「はい、ガイウス様。」

 

「わかりました。ガイウス様。」

 

「それではな。」

 

 そして、僕は門まで馬を駆けさせ、貴族証を見せて出門手続きを済ませる。そのまま、黒魔の森に入り、馬を【送還】、そこから【空間転移】し、ゲーニウス領のツルフナルフ砦の上空に戻る。すぐに翼を生やし、大きく広げ、滑空しながら砦の屋上へと下り立つ。すぐに守備兵さんが僕だと気付いて、応接室へ案内してくれる。彼は扉をノックし、

 

「パーヴァリ司令、ガイウス・ゲーニウス辺境伯閣下がお戻りになられましたので、お連れしました。」

 

「お通ししたまえ。」

 

 守備兵さんが扉を開けてくれる。僕は礼を言い中に入る。中には守備隊指揮官のパーヴァリさんとクリス達にアルヴィさん達が思い思いに(くつろ)いでいた。いや、思いっきり(くつろ)いでいるのは、クリス達“シュタールヴィレ”の面々で、パーヴァリさんとアルヴィさん達は少し緊張しているようだった。

 

「偵察に出た兵はまだ戻っていなかったかな?」

 

 僕がそう問うと、パーヴァリさんが直立不動の姿勢をとり、

 

「はっ、閣下。兵は戻って来ました。報告は閣下が(おっしゃ)られた通りの様子だったそうです。私には、あの轟音を発する筒が帝国の砦を破壊するなど信じることができておりませんでした。申し訳ありません。」

 

 そう言って頭を下げる。

 

「気にすることはない。誰しも初めて目にするモノには疑問を持つものだ。(けい)は指揮官として正しい行動をとればいい。」

 

「はっ、閣下。それでは、帝国の砦の残骸、手前1km地点まで部隊を1つ進出させ、帝国の出方をうかがいたいと思います。」

 

「うむ、(けい)の良いように。ただ、私は話し合いによる解決を帝国側の指揮官に提案した。その答えが返って来るまで、攻撃は控えて欲しい。」

 

「わかりました。帝国側とも調整しましょう。」

 

「頼む。無駄な血は流したくない。」

 

「閣下の思い、無碍(むげ)にはいたしません。」

 

 そう言って、パーヴァリさんは部屋を出て行った。さて、僕たちはもう少し、ゆっくりとするかな。慣れないことをして疲れたよ。




見てくださりありがとうございました。


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第117話 イオアン・ナボコフ辺境伯

 パーヴァリさんやアルヴィさんの勧めで国境近くの町“ニナレ”に宿をとった。国境が近いからもっとピリピリとした雰囲気かと思っていたけど、そうでもなかったよ。まあ、ずっと気を張り詰めていても仕方ないし、なにより国境には国軍が駐留するツルフナルフ砦があるからね、それも影響としてあるんだろう。

 

 明けて5月3日の朝、宿の食堂で朝食を摂り終わり、食後のお茶を楽しんでいると、砦の守備兵さんがやってきた。何だろうと思っていると、僕の目の前で(ひざまず)き報告した。

 

「ガイウス閣下に帝国のイオアン・ナボコフ辺境伯閣下より書状が今朝方、帝国の使者が持って参りました。どうぞお受け取り下さい。」

 

「うむ、ご苦労。これで、のどを潤してから戻るとよい。」

 

「はっ、ありがとうございます。」

 

 銅貨を50枚ほどまとめて渡す。駄賃としてはかなりいいはずだ。さて、返事の内容はどんな感じがかなあ。ふむふむ、

 

“アルセーニーさん達には特に罰は与えずに今まで通りの勤務体制を維持させる。賠償金を支払うので国境線を今のままで維持してほしい。ついては賠償金について話し合いたいので、こちらまで出向いて欲しい。”

 

 と、なるほどね。僕はそれをみんなに見せる。アルセーニーさんに処罰が無かったのは【遠隔監視】で知っていたけど、賠償金云々(うんぬん)までは確認していなかったよ。クリス達はフーンと言った感じで、アルヴィさん達は顔を(しか)めているね。

 

「アルヴィ卿たちは、内容に不満があるようだな。言ってみたまえ。」

 

「はっ、閣下。この内容は帝国にとって都合の良いものでしかありません。国境砦を破壊したのは閣下のお力のたまものです。それを、賠償金で元の形に収めるだけでなく、閣下を呼び出し話し合いをするなど、言語道断です。通常ならば、敗戦の将であるイオアン辺境伯閣下がこちらに参るべきです。」

 

 他の3人の護衛騎士も“うんうん”と頷いている。まあ、普通に考えればそうなんだろうけどね。

 

「アルヴィ卿の言うことは最もである。しかしながら、今回は、私の完全な宣戦布告なしの奇襲で砦を破壊したのだから、少しでも誠意を見せるべきであろう。卑怯者の(そし)りを受けたくないのでな。こちらから(おもむ)こうではないか。護衛はユリア卿に任せる。イオアン殿の屋敷まで飛んでいき、度肝を抜いてやろうではないか。」

 

 笑いながらそう言うと、アルヴィさんは肩をすくめて言う。

 

「お止めしても行くのでしょうね。わかりました。閣下がそう(おっしゃ)られるのであれば、我々はお止めしません。」

 

「悪いな。もし万が一があったとしてもクリスティアーネ嬢たちが証人だ。君たちが罰せられることは無いだろうさ。さ、ユリア卿、準備をしようか。」

 

「はい、ガイウス閣下。」

 

 そして、ちゃちゃっと準備をすませ、全員でツルフクナル砦へと向かう。僕とユリアさんが貴族としての軍服寄りの正装をしている以外はいつも通りだ。砦でもパーヴァリさんから難色を示されたけど、決めちゃったことだから見逃してね。

 

 屋上に出て、純白の翼を生やし大きく広げ、ユリアさんをお姫様抱っこする。見送りに来てくれたみんなに「夕方までには戻る。」と告げ、帝国側の関所まで飛んでいく。帝国の関所から1km王国側には、ツルフクナル砦守備隊から抽出した部隊が簡易陣地を造り上げていた。僕が、上空を通る時にはみんなが手を振ってくれた。僕はそれに答えるように3回旋回を繰り返し、帝国関所へと向かう。そして数分もかからずに着いた。

 

 帝国の守備兵さんが槍を向けてくるけど、すぐにアルセーニーさんがやって来て、槍を収めさせた。アルセーニーさんは(ひざまず)き、

 

「お早いご到着でございますね。閣下」

 

「厄介な話しは早く片を付けるに限る。そうであろう?」

 

「まことに。閣下の書状のおかげで我ら全員、処罰を受けずにこうして5体満足で職務につくことができております。お情けをかけてくださり、ありがとうございました。」

 

「ふむ、それはよかった。さて、早速だがイオアン殿の所へ行きたいのだが、関所を通してもらえるかね。」

 

 そう言うと、奥の方から、

 

「その必要はございませんぞ。ガイウス殿。」

 

 と言いながら、まさに武人というような風貌の男性が現れた。彼は【鑑定】するまでもない。

 

「お初にお目にかかる。私はガイウス・ゲーニウス辺境伯であります。イオアン殿。こちらは、護衛の騎士ユリア・レマーであります。」

 

「ご丁寧なご挨拶いたみいる。私はイオアン・ナボコフ辺境伯。昨日(さくじつ)は、部下の命を奪わずにしてくれたことを感謝いたす。」

 

「なに、着任の挨拶として少し私の力をお見せしておこうと思いまして。」

 

「ほう、あれほどの瓦礫の山を作り上げた攻撃が、お力の一端とは・・・。恐ろしいですな。」

 

「戦争にならなければ恐れる必要はありますまい。」

 

「まことに。さっ、立ち話もなんですので、私の天幕までお越しください。そこで、」

 

「書状の内容を煮詰めるのですね。わかりました。ユリア卿も一緒で構いませんか。」

 

「ええ、どうぞ。」

 

 そうして、僕とユリアさんはイオアンさんに案内される形で、彼の天幕へと入った。中は簡易執務室の様相を呈しており、応接用の家具などもあった。護衛は外に10人。中には2人。それと、秘書官らしき人とメイドさん。ここまで即応力があるとは思っていなかったから、正直、驚いた。勿論、顔には出さないけど。

 

「お2人ともおかけください。」

 

 イオアンさんがソファに座ることをすすめる。僕とユリアさんが着席してから、イオアンさんも着席する。メイドさんが紅茶を淹れ、応接机の上に置いていく。それが終わると、イオアンさんが口を開く。

 

「それでは、会談といきましょう。」




見てくださりありがとうございました。


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第118話 会談

「さて、私からの提案は至極単純です。ここから1km先にいる部隊を下げ、国境線を元通りにしていただきたい。対価として、今後10年間の白金貨100枚、つまり通算1,000枚の支払い及びガイウス殿の名声の保護、アドロナ王国の出入国者、輸出入されるモノへの関所での出入国税の2割の減税を約束いたします。今、決めていただければ、即、文書にしたためます。いかがでしょうか。」

 

 おっと、先手を取られてしまったね。しかも、内容も悪くない。

 

「なるほど、中々に良い条件を出してくださいますね。しかし、現時点で1つ質問があるのですが、よろしいでしょうか。」

 

「どうぞ。」

 

「国境線は元に戻すだけでよろしいので?相互不可侵の条約を求めないのでしょうか。はっきり言ってしまえば、帝国側の砦が再建されても、数分で瓦礫の山とすることができるのですよ。こちらは。」

 

「痛いところを突かれますな。相互不可侵条約を結ぶためには皇帝陛下のご裁断を(いただ)かなければなりません。そして、今はその時間さえ惜しい。ガイウス殿の子飼いの兵とアドロナ王国国軍の侵攻が始まれば私ごときでは防ぎようがありません。ですから、相互不可侵条約のかわりに・・・。」

 

「10年間で白金貨1,000枚の支払いをイオアン殿が行うということですね。確かに、支払元が消えてしまえば意味が無くなる話しではありますね。」

 

「それに、失礼ですが、ガイウス殿は宣戦布告無しで砦を攻撃しております。退避勧告を行っていただき、将兵の命は助かりましたが、帝国国民の血税を使い建築した砦は破壊されました。この事実が帝国内に広まれば・・・。」

 

「私に対する復讐戦をするべきだという世論になるでしょうね。なるほど、だからこその私の名声の保護というわけですね。」

 

「そういうわけです。」

 

 あれま、こりゃあ、完全に手の内だ。【遠隔監視】を使って、画面に映る隣に座るユリアさんの顔を見るけど、苦い顔をしていた。

 

「ハハハ、護衛のユリア卿には受け入れがたい内容だったようですね。ガイウス殿のいかがですか?」

 

 僕は紅茶を口に含む。誰も口にしていない紅茶だからユリアさんが“あっ”という表情をする。対面のイオアンさんも“ほう”というような顔をする。僕は、一気に紅茶を飲み切り、お代わりをお願いする。すぐにメイドさんが注いでくれる。

 

「申し訳ありません。美味しい紅茶だったものでつい。」

 

「いえいえ、ガイウス殿。お褒め戴きありがとうございます。良い茶葉を持参した甲斐がありました。しかし、ふむ。ガイウス殿は豪胆であるようだ。ある意味、敵地ともいえる場所で出されたモノに躊躇(ちゅうちょ)なく口をつけるとは、なかなかできるものではありませんな。」

 

「もともと、平民の私には、そのような貴族のやり取りは好きではないのです。特に、回りくどいモノは。ですから、出されたモノには手を付けますし、お土産にもらったモノも口にします。」

 

「なるほど。貴族を長年やっていますと、なかなか難しいですね。それで、ガイウス殿、私共の提案を受け入れていただけますか。」

 

「イオアン殿。そう焦らずに。まあ、今回の件の早々の幕引きは私も望んでいることです。中央の貴族が出てくる前に収めたい。」

 

「でしたら・・・。」

 

「白金貨は年間200枚。10年間で2,000枚。国境線は元通りに、私の名声の保護、関所での減税は9割5分減でお話しをつけようじゃありませんか。」

 

「それは・・・、あまりにも酷い条件です。ガイウス殿。」

 

「ふむ、では、どうしたら?先程も言った通り、貴族の回りくどいやり取りは好きではありません。」

 

「・・・。白金貨は出せても年間150枚が限度です。それ以上は領の維持ができなくなります。税も同じでせめて5割減でお願いします。」

 

「では、それで。文書を用意していただきたい。」

 

 そう言うと、みんながポカーンとした顔で僕を見る。

 

「ふむ、何かご不満がおありですか?イオアン殿。」

 

「いえ、こうもサッと条件を()んでいただけるとは思いませんでしたので・・・。」

 

「イオアン殿、再三言っておりますが、私は貴族の回りくどいやり取りは好きではないのです。自分が許容範囲だと思ったので、条件を()むと言ったのです。さあ、文書を早く作成してください。それとも、何ですか?先程の年間150枚、5割減に減らすのでは足りないというのですか?もっと、減らせと?よろしい。ならば、国境をめぐる戦争ですな。私は子飼いの兵のみでイオアン殿の兵を鉄の雨のもとに(むくろ)にしてさしあげましょう。紅茶、ご馳走様でした。ユリア卿、戻るぞ。」

 

 紅茶を飲み干しそう言って、ソファから立ち上がり背中に翼を生やし、天幕から出て行こうとすると、出入り口に控えていた護衛の騎士が槍を交差させ出入り口を塞ぎ「お戻りください。」と言ってきた。僕は2人の騎士それぞれの手をとり片手で投げ飛ばす。“ガシャン、ガシャン”と騎士の転がる音が響く。その音を聞きつけ、外に居た護衛の騎士が、「閣下!!」と言いながら入って来て僕に剣を向ける。

 

 僕はすぐに、向けられた剣を折って騎士の懐に入り、掌底を喰らわせる。1人、2人と昏倒させていき、5人目に手をかけようとした時、

 

「お()めください。ガイウス殿。」

 

 背後を振り返ると、イオアンさんを中心に秘書官さんやメイドさんが(ひざまず)いていた。

 

「申し訳ございませんでした。あれほど、ガイウス殿のご忠告があったのに無視をするような形をとってしまい。ガイウス殿相手に争おうなどと考えてはおりません。すぐに文書を作成いたします。どうぞ、お怒りを(しず)めていただきたい。」

 

「イオアン殿がそこまで言われるのであれば。それでは、私が傷つけた騎士のみなさんを治癒しましょう。【エリアヒール】。」

 

 いつも通り金の膜が下りてきて、対象となった6人の騎士を包み込む。すぐに効果が現れ、昏倒していた騎士たちが立ちあがる。未だに僕に剣を向けようとしていたので、イオアン殿が注意する。

 

「大丈夫だ。お主たちが意識を失っている間にガイウス殿と話しがついた。元の配置に戻るがよい。なお、怪我の治療はガイウス殿が(おこ)なってくださった。感謝するように。」

 

 騎士たちは1人1人、僕にお礼を言い持ち場に戻っていく。そして、僕たちも元の席に着く。その際に、ユリアさんが小声で、

 

「演技上手くいきましたね。」

 

 と()めてくれた。そう、最後のほうの怒って席を立ったのは演技だ。僕たちの望んだ条件は領軍を編成するために使う賠償金のみで、それが予想していたよりも金額が大きくなったので、良い条件のうちに早くこの会談に幕引きをしたかった。ユリアさんとは事前に相談してあったけど、まさか本当に人に怪我をさせるなんて。だから演技って苦手なんだよね。力の加減が難しい。まあ、これで、僕たちが望んだ以上の結果に落ち着きそうだ。

 

 文書を秘書官さんが3つ作成し、イオアンさん用、僕用、教会に預ける用のそれぞれに不備が無いかを確認し、署名と家紋印を押していく。全てが終わると、イオアンさんは長く息を吐き、

 

「ガイウス殿がこの先10年間は敵にならないことが決まっただけでも、大収穫です。」

 

 と、疲れた様子で言った。最初から回りくどい手を使わなければよかったのに。そうすれば、僕も演技をせずに済んだんだけどなあ。




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第119話 会談終了

「しかし、ガイウス殿は本当に“フォルトゥナ様の使徒”なのですなあ。先程の【エリアヒール】お見事でした。」

 

 正式に条約文書への署名捺印が終わると、張り詰めていた空気が一気に弛緩(しかん)し、談笑の時間へと入った。

 

「ん?【エリアヒール】ならアルムガルト辺境伯領のインシピットで活動している冒険者であれば50人くらい使える者がおりますよ?そこまでの情報は・・・。」

 

「・・・得ておりませんでした。しかし、50人もいるとは、彼らはフォルトゥナ様の祝福でも受けたのですかな?」

 

「いえ、私が講座を開き、受講してもらいましたよ。あ、私が冒険者だという情報は流石に持っていますよね?」

 

「え、ええ。ガイウス殿が“シュタールヴィレ”という冒険者パーティのリーダーであること、フォルトゥナ様の使徒であること、武功をもって辺境伯へ叙されたことは存じております。しかし、今、お話しされていることは存じませんでした。」

 

「まあ、一冒険者の情報なんてそんなに集まらないでしょう。1級とかならまだしも5級ですから。」

 

「しかし、ゴブリンキング、オークロード、ロックウルフリーダー、コボルトキングなどを討ち、城塞をアルムガルト辺境伯領のツフェフレにお造りになる力を持っていらっしゃる。」

 

「あ、その情報はあるんですね。」

 

「まあ、そのくらいの情報収集は可能でしたから。失礼ですが、とんでもない人物が来たと思いましたよ。まあ、その考えは我が方の砦の残骸が証明してくれておりますがね。」

 

 ハハハとイオアンさんは笑う。砦が潰されたんだから笑っていられるのはちょっとおかしいね。あっ、もしかすると、僕は声を潜めて言う。

 

「イオアン殿、砦の維持費に難儀しておりましたね?」

 

 すると、イオアンさんは驚いた表情をしながらも、同じく声を潜めて、

 

「鋭いですな。あれは国から押し付けられたものですから、私個人としては()らなかったのです。それこそ、今ある、簡易関所に空堀と水堀を掘ればいいだけだと思っておりますから。アドロナ王国に北への野心が無いのは既知(きち)のことですから。」

 

 そう言って、また笑う。確かにアドロナ王国には領土的野心は無いに等しい。国土は豊かだし、海にも面していて山脈もあり、食糧、資源共に自給ができている。ただ、魔物のスタンピードが起こりやすい“黒魔の森”があるせいでそちらへの対応を第一に考えている。イオアンさんはそこまで考えていたのか。

 

「ガイウス殿、1つご忠告を。我が国の中央の連中には気を付けなされ。貴殿が子供だと(あなど)っている者が多い。何かを仕掛けるとしたら、我が国軍でしょう。」

 

「良いのですか?そのような事を(おっしゃ)って。」

 

「別に機密でもなんでもありませんからな。帝都に行けば子供でも耳にするような噂です。ガイウス殿のお耳に入るのが早いか遅いかの違いでしょう。そして、情報が入るのが遅くとも貴殿は阻止できる。違いますかな?」

 

「ふむ、確かにできる、できないで言えばできますね。しかし、有益な情報をありがとうございます。」

 

「隣人とは仲良くやるのがコツですからな。」

 

 そう言って、イオアンさんはまた笑う。この人とはあまり争いたくないね。その後も歓談を30分くらい続けて、ツルフナルフ砦に戻ることにした。天幕を出て、背中に純白の翼を生やし大きく広げる。そうすると、近くにいた守備兵さん達が祈りを始める。

 

「うーむ、私は“使徒”であって、フォルトゥナ様自身では無いのですが・・・。」

 

「ガイウス殿、彼らは先日、貴殿のお力を見ております。仕方のないことと諦めていただければと思います。」

 

「・・・もう少し、抑えればよかったですね。ま、過ぎたことは仕方ありません。それでは、イオアン殿、お見送りありがとうございます。お互いに領の発展に努力しましょう。」

 

 そう言って、右手を差し出す。イオアンさんも握り返してくれる。剣ダコとペンダコのあるゴツゴツとした手だ。お互いに手を放すと、秘書官さんが教会に預ける用の条約文書を差し出す。僕はそれを受け取り、偽装魔法袋に【収納】する。

 

「イオアン殿、文書はすぐにゲーニウス領の信頼のおける神官長に直接お渡ししますのでご安心ください。」

 

「ええ、ガイウス殿、よろしくお願いします。」

 

「では、ユリア卿、行こうか。」

 

「はい、ガイウス閣下。」

 

 僕はユリアさんをお姫様抱っこし、翼を羽ばたき飛び上がる。帝国関所の上空を旋回しながら【風魔法】を使い告げる。

 

「皆にフォルトゥナ様の祝福があらんことを!!」

 

 そのまま、一気に高度と速度を上げる。チラッと視線を下に向けるとイオアンさんも膝を着いて祈っていた。僕は苦笑いしながら、ユリアさんに言う。

 

「それじゃあ、ツルフナルフ砦に帰りましょうか。」

 

「ええ、そうですね。“使徒”様。」

 

「からかわないでくださいよ。ただでさえ恥ずかしいのに。」

 

「ふふふ、ごめんさないね。ガイウス君。・・・。ああ、ほら見て。この王国と帝国との間の15kmの空白地帯。西にはネリー山脈のオフヌラ山があって、南東はツルフナルフ砦から少し離れたところまで黒魔の森が広がっている。それ以外は街道が通るのみの平野。東には黒魔の森とは別の森があるけど、そこまでは5kmも離れている。もし、会戦になるとしたらこの辺りになるでしょうね。」

 

「ふむ、何か、障害物を置きたいですね。それか、以前のように大砲をツルフナルフ砦に置いて、射程内に入れておくか・・・。まあ、何にせよ後手に回ってもどうにかなるでしょう。」

 

「そうね。ガイウス君なら、大丈夫ね。」

 

 そう言われて、ユリアさんと笑い合いながらツルフナルフ砦へ帰還するのであった。




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第120話 書状

 ツルフナルフ砦に戻ると、すぐにみんなが集まった。パーヴァリさんの先導で応接室に入る。僕は、条約文書を偽装魔法袋から取り出して言う。

 

「イオアン・ナボコフ辺境伯殿との話し合いはまとまった。国境線は以前の通りに、その代価としてイオアン殿から毎年、白金貨150枚の支払いを10年間。帝国関所の税を5割減とされることが決まった。条約の施行は6月1日、つまり来月よりとなる。我々もうかうかしてはいられないぞ。帝国関所の税が5割減ということは今まで以上に人の流れが増えるであろう。また、我々のほうでも税の軽減措置を取るべきだな。民衆の不満が溜まってしまう。税率は帝国と同程度にすべきだな。ま、これはここで話していても仕方がない。行政庁舎のあるニルレブで話すべきことだな。ともかくだ、国境線は早いうちに元に戻し、誠意を見せんといかん。パーヴァリ卿、前進させた部隊を砦に退()かせたまえ。」

 

「了解しました。閣下。」

 

「すまんな。」

 

「いえ、閣下。帝国との戦争が回避できただけでも儲けものです。将兵の命をいたずらに失わずにすみます。」

 

「そう言ってもらえると助かるな。ありがとう、パーヴァリ卿。そういうわけで、アルヴィ卿、ニルレブに戻るぞ。煮詰めんといかん用件ができたからな。」

 

「はっ、閣下。すぐに準備を致します。」

 

 そう言うと、アルヴィさんたち護衛の4人は部屋を出て行った。クリスたちもそれぞれの装備に異常が無いかを確認し、僕たちはパーヴァリさんと共に部屋を出る。

 

 砦の外には、アルヴィさんたちによって僕たちの馬が並べられていた。全員が騎乗したのを確認し、再度パーヴァリさんにお礼を言う。

 

「パーヴァリ卿、貴殿には迷惑をかけたな。何かそれに報いることができればいいのだが。」

 

「でしたら、領が閣下の統治下に移管してからも私をお使いいただければと思います。」

 

「ふむ、わかった。軍務大臣閣下にかけあってみるとしよう。」

 

「ありがとうございます。閣下。」

 

「それではな、パーヴァリ卿、(しば)しの別れだ。」

 

 そう言って、僕は騎乗しアルヴィさんの先導でツルフナフル砦をあとにした。領都ニルレブに着いたのは、途中で昼休憩をとったので16時を過ぎた時間だった。行政庁舎に着くと何やら慌ただしい。すると、文官の1人が戻ってきた僕たちに気が付いて、

 

「ガイウス閣下がお戻りになられました!!」

 

 と大声で叫んだ。何だろうと思っていると、2階から代官のヘニッヒさんと駐留国軍総司令官のベレンガーさんが慌てて下りてきた。

 

「ガイウス閣下、王都より使者が参っております。2階の応接室でございます。さっ、参りましょう。アルヴィ卿たちは護衛ご苦労だった。本日はもう業務終了だ。」

 

 ヘニッヒさんはそう言うと、ベレンガーさんと一緒に先導するような形で2階の応接室へと案内してくれた。ヘニッヒさんがノックをして扉を開けると、軍装を身に(まと)った男性が1人座っていた。

 

「ハンジ・エルプ男爵、お待たせした。ガイウス・ゲーニウス辺境伯閣下がお戻りになられた。」

 

 ヘニッヒさんが言うと、ハンジさん立ち上がり頭を下げた。

 

「ハンジ・エルプ男爵であります。国軍総務局に属しております。」

 

「うむ、ガイウス・ゲーニウス辺境伯である。頭を上げて欲しい。軍の総務局ということはアンスガー・アルムガルト殿とは・・・。」

 

「はっ、学園(アカデミー)での学友であります。」

 

「なるほど、苦労をかける。」

 

「いえ、閣下のご要請など、他の問題に比べれば大したことではありません。それで、閣下、本題に入ってよろしいでしょうか?」

 

「ああ、頼む。とっ、その前に立ち話もなんだ、腰掛けようじゃないか。」

 

「はっ、ありがとうございます。それで、今回のご用件なのですがこちらになります。」

 

 そう言って、ハンジさんが取り出したのは一通の封筒だった。受け取り、表と裏を確認する。表には僕宛であることが書かれており、裏には差出人は書かれていないが王家の封蝋印がしてあった。厄介事かなと思いつつも、ハンジさんに尋ねる。

 

「開封してもよろしいかな?」

 

「はい、問題ありません。」

 

 では、開封しようじゃないか。中身を取り出し確認する。は?

 

「ハンジ卿、この内容で確かに合っているのかね?いや、君は内容が何か知っていたかね?」

 

「いえ、存じ上げません。ただ上役から急いでお渡しするようにとのことでしたので、丸3日間、昼夜を問わず護衛と共に馬を駆けさせてきました。」

 

「内容を読むといい。」

 

「拝見いたします。・・・。これは・・・。しかし、こんなこと・・・。ありえません。このような事は・・・。」

 

「だが、実際に文面として存在している。王城への召喚。しかも、5月4日金曜日の朝、つまり明日の朝ときたものだ。そんなにこの平民上がりで子供の辺境伯が気に入らんのかな。」

 

「いいえ、閣下。他はどうかわかりませんが、軍では閣下の評価はかなりのものです。軍務大臣閣下も評価をされております。」

 

「では、それ以外の者が動いたということか。ま、確かに、軍総務局の人間が届けた文書が、召喚日時を過ぎて届けられたら軍の責任にできるからな。考えたやつは狡賢(ずるがしこ)い奴だ。私か軍かのどちらかが陛下からの信用を落としてしまうわけだからな。だが、そうはさせん。私も軍も陛下に忠誠を誓う仲間だ。こんな姑息な手に()まってしまってなるものかよ。よし、クリスティアーネ嬢。」

 

 僕の背後に立ち並ぶ仲間の中からクリスを呼ぶ。彼女は「はい、閣下。」と答え近くに来てくれた。僕は、万年筆と紙を【召喚】して頼む。

 

「アルムガルト辺境伯家の王都でのお屋敷を今日から明日までお借りしたい。一筆貰えるかね?」

 

「もちろんでございます。閣下。」

 

 そう言ってクリスはスラスラと文面をかき上げてくれた。

 

「ユリア卿、シュタールヴィレをよろしく頼む。それと、条約の件をヘニッヒ卿とベレンガー卿に説明をしておいてほしい。」

 

「かしこまりました。閣下。」

 

「うむ、では王都ヌレクに行ってくる。」

 

 さーて、この書状を出した連中の度肝を抜いてやろうかね。ニヤリと嗤う。あ、ヘニッヒさん達そんなに驚かないでくださいよ。僕、これでもフォルトゥナ様の使徒なんですから。



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第121話 王都ヌレク、到着

 ニルレブの行政庁舎の屋上階へと出る。服装は軍装のままだ。シュタールヴィレのみんなと、ヘニッヒさん、ベレンガーさん、ハンジさんが見送りのためついて来てくれた。僕はみんなの前で背中から純白の翼を生やし、大きく広げる。初めてこの姿を見るヘニッヒさんベレンガーさんは「美しい。」とか「使徒様」だとか言って祈り始めた。ハンジさんだけが申し訳なさそうな顔をしていた。

 

 僕は彼に近づき、肩には手が届かないから、腕をポンポンとし言う。

 

(けい)の責任では無い。気落ちする必要はないぞ。なに、空を飛べば一瞬で王都だ。飛竜(ワイバーン)が出ようが鎧袖一触だ。」

 

「どうか、お気を付けて。私には、このお言葉を送ることとフォルトゥナ様に祈ることしかできません。」

 

「それだけで、充分だ。3日間に渡る強行軍で護衛ともども疲れているであろうに。ヘニッヒ卿、ハンジ卿たちにはこの地でゆっくりと休養してもらうように。軍総務局には私から伝えておく。」

 

「はっ、閣下。」

 

 ハンジさんは何か言いたそうな顔をしていたけれど、すぐに「ご配慮ありがとうございます。閣下。」と納得してくれた。よし、これで(うれ)いなく王都に行ける。

 

「それではな。早ければ明日の夕方までには戻れるであろう。」

 

 そう言って僕は飛び立つ。グングンと高度と速度を上げ、人目の無いところで王都ヌレクまで飛行して30分のところに【空間転移】する。一気に風景が変わる。前方には王都の外壁が見える。あとは、全速力で飛行するだけだ。時刻は既に17時を過ぎて18時になろうとしている。西に沈む夕日が眩しい。

 

 王都の正門前まで飛んでいくのはよそう。絶対にパニックになる。人目のない王都に近いところを見つけて、そこに【空間転移】し、いつもの黒馬を【召喚】する。

 

「今回も頼むよ。」

 

 そう言って一撫でしてから騎乗する。すぐに街道に出て、王都へ向かう人の列に混じり、抜かしていく。10分もかからずに正門についた。僕は、列には並ばずにそのまま衛兵さんの所に行き、下馬して貴族証を見せる。すぐに中に入れてもらえた。貴族特権万歳といったところかな。

 

 そのまま、大通りを進み貴族街へと向かう。貴族街の門の所でまた貴族証を見せて通行させてもらう。そのまま、以前来たことのある王都のアルムガルト辺境伯邸へと向かう。時間的にはかなり失礼な時間だけど仕方がない。

 

 アルムガルト邸の門前で下馬すると門番さんがやって来た。

 

「何か御用でしょうか?・・・。あっ、ガイウス・ゲーニウス辺境伯閣下ではありませんか。これは失礼いたしました。」

 

 そう言って(ひざまず)く。僕の顔を覚えていたなんて優秀な門番さんだね。

 

「すぐに、家令をお呼びいたしますので、(しば)しお待ちください。」

 

 そう言って、詰所まで走って行く。詰所からは別の人が邸内へと走って行った。さっきの門番さんがやって来て、

 

「閣下。狭いですが詰所の中でお掛けになってお待ちください。」

 

「急な訪問であるのに、気遣いすまぬ。」

 

 「いえいえ」と言う門番さんの後を馬の手綱を()きついて行く。馬止に手綱を巻き付け、詰所の中に入る。意外といっては何だが、かなり整理されていて綺麗だ。家具類の(たぐい)(おもむき)があっていい。こういう所まで手がまわるとは、さすがはアルムガルト辺境伯家だ。

 

 5分ほど詰所の中で門番さんと談笑しながら待っていると、家令のジーモンさんがやって来た。

 

「閣下。お待たせして申し訳ありません。」

 

「いや、ジーモン殿、急に来た私が悪いのだ。申し訳ない。それで、こちらがクリスティアーネ嬢に書いてもらった書状となる。」

 

「拝見いたします。・・・。ほう、これは、中々面倒なことに巻き込まれましたな、閣下。」

 

「内容は私も見ていないのだが、私の現状が書いてあったかな。」

 

「ええ、お嬢様らしい書き方で。それでは、お屋敷の中へどうぞ。ご準備は出来ております。馬はそのままでお願いいたします。厩舎の者が後で参りますので。」

 

 そして、ジーモンさんの先導で屋敷の中に入る。玄関に入ると、両側に分かれた使用人さんたちが一斉に頭を下げ、

 

「「「いらっしゃいませ、ガイウス・ゲーニウス辺境伯閣下。」」」

 

 と出迎えてくれた。すると、料理長が進み出て、申し訳なさそうに言ってきた。

 

「ガイウス閣下、申し訳ありません。お食事は今から用意いたしますので、少々お時間を(いただ)きます。」

 

「ふむ、まだ、何もしていないのだね?」

 

「はい、使用人の賄いのみです。」

 

「ならば、今夜は結構。散策を兼ねて街のほうで食べてくる。ああ、それと、いちいちの出迎えは不要だ。当直の者のみが対応してくれればよい。・・・。はあ、この口調は疲れますね。ま、そういうことなので、明日までよろしくお願いします。」

 

「「「はい、閣下。」」」

 

「では、ちょっと行ってきます。ああ、馬車は()りません。歩いていきます。」

 

「「「行ってらっしゃいませ。」」」

 

 門番さんにも出かけてくる(むね)を伝え、貴族街の門を出る。衛兵さんからは怪しまれたが、貴族証と冒険者証を見せて、「普通の食事が摂りたくなった。」と言えば納得したような表情をして通してくれた。

 

 それで、門を出てからすぐに【気配察知】に引っかかる反応がある。最近になって【気配察知】の利便性が上がって、性別や種族がわかるようになったほか、表示の拡大縮小、僕に対して敵意や悪意などの感情を持っている害あるモノは赤く表示されるようになった。味方は緑、興味無しや中立は白といったように色分けされるようになって、便利になった。ただ、最初のほうはいきなり色がついたから少しパニックになったけどね。

 

 視界の隅に映る【気配察知】の表示図を見ると(あと)を着けてくるのは3人で全員、男性で赤。お腹も()いているしチャチャっと済ませたいねえ。人出が多いところでは襲ってこないだろうから、少し、人気が無い所までご同行を願おうかな。ああ、勿論、殺しはしないよ。殺しはね。




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第122話 襲撃者

 人目が無くなったのを確認し僕は走り出す。後ろから着いて来ている男たちも走り始める。靴音だけが響く。150mほど走って勢いが乗ったところで【風魔法】を自分の前に展開し、自身の体を後方へと跳ね飛ばす。跳びながら体勢を男たちと相対するように180度回転し、右手に【火魔法】の準備をする。男たちはすぐに反応できずに走る速度を緩めただけだ。

 

 まずは、真ん中の男からだ。その1としよう。男その1の顔を右手で掴み、頭蓋骨が割れないように力加減をし地面に叩きつける。それと同時に準備していた【火魔法】で顔を()く。男は痛みと熱さで叫び声を上げようとする。

 

 しかし、くぐもった音が(のど)から漏れるだけだ。男の顔は高温の炎によって、頭髪は燃え、皮膚はドロドロに溶け、瞼は塞がり、耳は溶け落ち、鼻も穴を残し無くなり、唇も溶けてくっついている。叫び声を上げようとすると、くっついた唇に力が入り痛みが増し、転げまわっても皮下組織が露出しているので、地面と接触し痛みが襲うという最悪の循環に入った。あまりの痛みに気絶をしては意識を取り戻しもんどりうつというのを繰り返している。あーあ、失禁もしているよ。

 

 僕の手?もちろん、僕の右手も手首から先がドロドロに溶けて全指(ぜんし)が一体化したけど、【ヒール】で治したよ。ちなみに他の2人の男は何が起きたのか理解した瞬間に(ひる)んでいた。ふむ、結構痛いけど、戦意を()ぐには有効だね。これは。

 

「さて、雇い主たちを教えるなら、この男のようにはならないが、どうする?」

 

 (わら)いながら尋ねる。男その2とその3の返答は懐からナイフを取り出すというモノだった。

 

「ふむ、どうやら、そこらのゴロツキとは違うようだ。貴族家の使用人かそれとも寄子の騎士か?」

 

 僕がそう言うと、少しの動揺が走ったのがわかる。チートで強化された五感だから感じ取れるものだね。心臓が早く脈打っているのが聞こえる。荒い息遣いも。視線をせわしなく相方に送り、襲い掛かるタイミングを伺っている。重心が軸足に乗るのがわかる。次の瞬間には、僕のいた場所に2本のナイフが突き出されていた。僕はそれをしゃがむことで回避した。ふむ、どうやら、子供を相手に襲撃するのは慣れていないようだ。僕ならそのままナイフを逆手に持ち替えて振り下ろすのに。

 

 男その2とその3の獲物を持った右手をそれぞれ掴み、握力にモノを言わせへし折り、潰す。呻き声と共に2本のナイフがそれぞれの右手からこぼれ落ちる。すかさず、それを掴み、下方からそれぞれの左肩、肩甲骨を目掛け突き刺す。筋肉と肉を切り裂き、骨を粉砕し、また筋肉と肉を切り裂き反対側から刃が飛び出る。2人ともくぐもった呻き声を上げながら後退(あとずさ)る。叫び声を上げなかったのは流石だね。しかし、その努力も無意味だ。

 

 そう思っていると、詠唱を始めた。ほう、【魔法】を使うんだね。でも、僕の方が早いし、威力もあるよ。すぐに【土魔法】で2人を分かつように、1人用の岩の牢獄を造り上げる。厚さ1m、高さ10m、内壁と外壁には鉄を貼り付けた岩の壁だ。そう簡単には破ることはできない。牢獄の中から一瞬だけ炎がチラつくのがてっぺんに見えた。【火魔法】をつかったようだ。

 

 さて、では1人ずつ処理していこう。まずは、その2のほうからだ。岩の牢獄に穴を開け、中に入る。熱気が凄い。その2は僕が入ってきた穴から出ようと僕に体当たりしてくるが、すぐに穴を塞ぎ、(かわ)す。彼はそのまま鉄の壁にぶつかり痛みに呻き声を上げる。いや、それだけじゃない。呼吸の速度が異常に早い。もしかするとと思い、刺さったままのナイフを引き抜く。その2の呻き声と共に血飛沫が上がるが気にしない。ナイフを【鑑定】すると、毒が塗ってあった。すぐに、その2に【ヒール】をかけ解毒のみをする。それに気づいたその2が荒い呼吸をしながらも口を開く。

 

「な・・ぜ・・だ・・・?」

 

「死体は話しができないからな。その3も解毒してやらんと死んでしまうな。このナイフは没収だ。自死されても困るからな。それと、舌を噛み切って死のうとしても無駄だと先に言っておこう。奥の手はまだあるのだよ。」

 

 (わら)いながらそう言って、その3のほうの牢獄へ入る。こちらは毒が大分回ってきているのか、青い顔をして意識が朦朧(もうろう)としていた。すぐにナイフを引き抜き、【ヒール】で解毒のみをする。しかし、既に意識が落ちてしまったようだ。仕方がない。尋問はその2に対して行おう。【鑑定】で名前と【遠隔監視】の過去再生機能で誰が命じたかはわかっちゃったから、すぐに口を割るとは思うけどね。

 

「やあ、元気かね。グイード・シャルエルテ卿。」

 

 そう言いながらその2ことグイード卿の牢獄に入る。自分の名前を知られていたとは思わなかったようで、かなり動揺している。

 

「はな・・し・・たのか?」

 

「その3ことアルト卿のことかね?彼は解毒したら意識を手放したよ。今は呻きながら気を失っている。話すことすらできなかった。」

 

「それで・・・は・・・」

 

「それでは、なぜ?と聞きたいのかね。忘れているようだが、私はフォルトゥナ様の使徒なのだよ。君たちが口を割らないから勝手に調べさせてもらった。指示を出したのはラウレンツ・コルターマン子爵と彼のお仲間だ。ま、家族を人質に捕られれば仕方があるまい。しかし、拉致ができなければ殺せとは、なんともまあ短絡的な指令だ。しかもラウレンツ卿はお仲間同士で血判状まで作っている!!わざわざ証拠を残してくれるとはな。全くお笑い草だ。」

 

 そこまで言うと、グイード卿は顔色をどんどん白くさせる。

 

「さて、グイード卿、君には2つの選択肢がある。1つは君の家族や仲間たちと共にゲーニウス領に移り住み、私の部下となること。もう1つは、このまま衛兵に突き出されて本当の牢獄に入ること。この2つだ。早く選びたまえ。ああ、それと、最初に私の【火魔法】を受けたロルフ卿だが、治療を早くしないと死ぬぞ。」

 

 僕が(わら)いながらも真面目な声で言うと、グイード卿は、

 

「わかった・・・。」

 

 と呟いた。僕はその言葉に頷き、

 

「それでは、治療をしなければな【ヒール】。どうだ?どこか不具合はあるか?」

 

「・・・いえ、ありません。ありがとうございます。閣下。」

 

「うむ、では、他の2人も助けようではないか。その後はラウレンツ卿を捕縛するための作戦会議だ。」

 

「なぜ、我らをすぐに信じられるのですか?」

 

「私を裏切ったとしても逃げ切れないし、家族も危ないとわかっているのだろう?ま、恐怖による呪縛だ。これがある限り、(けい)らは逃げない。それに、ラウレンツ卿の下にいるよりはマシな生活が送れるとは思うがね。特に、騎士である(けい)らに対して暗殺などは指示しないな。こういうのは専門の者に頼むべきだ。」

 

「ご自分が殺されそうだったのに、そのような考えを持てるとは閣下は何者ですか。」

 

「さっきも言ったと思うが、フォルトゥナ様の使徒にしてゲーニウス領領主、ガイウス・ゲーニウス辺境伯だ。」

 

 そう笑いながら言う僕をポカンとした顔でグイードさんは見ていた。




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第123話 救出

 アルトさんとロルフさんに【ヒール】をかけ、正気に戻って目覚めてもらう。その後は、グイードさんからの説得だ。僕はその様子をお腹を空かせながら見ていた。話しが纏まったのか3人がこちらに歩いてくる。いや、まあ、強化されている聴力で聞きとっているんですけどね。さも、今から話しを聞きますよという姿勢をとる。

 

 3人同時に跪き、僕に対して忠誠を誓ってくれた。よし、ならばまずは腹ごしらえだ。

 

「腹が減った。まずは食事からだ。その後卿らの、いやここは貴族街ではないから言葉遣いを変えんとな。お兄さんらの家族を助けに行くよ。いいかい?」

 

 3人とも少し驚いた顔をしたがすぐに頷く。【召喚】で普通の庶民の服を出す。血まみれになった服から着替えるためだ。4人して物陰でせっせと着替える。数分後には先程まで死闘をしていたとは思えない格好の僕たちがいた。そのまま、庶民街へと行き食堂に入った。

 

「さあ、お兄さんたち、今日は僕の奢りだから、沢山注文してよ。ねえ、店員さん、このお店持ち帰りもできる?あ、できるんだ。それなら、お兄さんたちの家族へもお土産ができるね。」

 

 僕の意図を汲んだグイードさん達は、捕らえられている家族の分の持ち帰りを注文した。僕が「それで足りるの?」と念を押すと、さらに注文数を増やした。うんうん、こういう時に遠慮はいけないよ。そんで、持ち帰り品は偽装魔法袋に【収納】した。

 

 自分たちの腹を満たし、グイードさん達の家族の腹を満たすための料理を手に入れた僕たちは、正門へと向かう。大門は門限でしまっているので、衛兵さんに僕の貴族証のみを見せて通用門から出る。お忍びということにしてもらって、門の出入者名簿には書いてもらわないようにする。もちろん、“心づけ”も忘れない。一夜限りは思う存分呑むことのできる額を渡す。まあ、辺境伯という地位を使ってごり押しでも良かったけど、ここは穏便に行きたかったからね。ラウレンツ卿に感づかれると厄介だ。

 

 門から離れ、30分ほど歩いたところで森に入る。そしてそこからさらに10分歩く。

 

「よし、ここでいいかな。【召喚】。」

 

 光と共に王都アルムガルト邸の模造品が出てきた。ちなみに立っていた木は折られることなく、隅に追いやられていて、密集率が凄いことになっている。まあ、気にしない。ポカーンとして大口を開けているグイードさん達を屋敷の中の応接室に入れる。

 

「さて、ここからが、私の力の見せどころだ。(けい)らの家族は、コルターマン領の領都ムルウにあるラウレンツ卿の屋敷に幽閉されているのだな。」

 

「はい、閣下。」

 

 グイードさんが代表して答える。他の2人も首肯する。

 

「よろしい。では、私は今から、フォルトゥナ様より授かった力により卿らの家族を助ける。その間、卿らはこの部屋で待っておくこと。良いな。着いて行きたいなど言うなよ。面倒だ。」

 

「「「はっ、閣下。」」」

 

「では、しばらく待っておれ。」

 

 僕はそう言って応接室から出てエントランスに向かう。誰も見ていないのを確認し、【空間転移】でグイードさん達の家族が幽閉されているラウレンツ卿の屋敷の地下牢へと転移した。まさか、地下牢とはね。僕はただ“幽閉されている家族のもとへ”と思っただけなのにまさかまさかだ。

 

 さて、見張りはいないようだ。地下牢への入口にいるようだけど。僕はそれぞれの牢を覗き、グイードさん達の家族のみを牢から出す。勿論、声を上げないように注意してからだ。その後は、全員を1ヶ所に集めて目をつぶってもらい、【空間転移】で模造アルムガルト邸のエントランスへと戻る。

 

「皆さん、目を開けなさい。声を出してもよろしい。」

 

 みんな、恐る恐るといった感じで目を開けて、キョロキョロし出す。そして、ラウレンツ邸でないことが理解できるとワッと歓声が沸いた。僕は、その声に負けないように、

 

「グイード卿、アルト卿、ロルフ卿、出てきてもよろしい!!」

 

 と声を張り上げ3人を呼ぶ。すぐに応接室の扉が開き、それぞれの家族を見つけ、抱き合っていた。よかった。でも、一応確認はしないとね。

 

「グイード卿、アルト卿、ロルフ卿、欠けている者はいないか?」

 

「はい、閣下。欠けている者はおりません。」グイードさんが代表して答える。

 

「よろしい。では、皆で食事を摂ってから次の作戦に移ろう。食堂に移動したまえ。こっちだ。」

 

 食堂に皆を案内する。席数が足りないので【召喚】して(おぎな)う。その後は【収納】してあった食事と飲み物を配膳する。辺境伯の僕にそのような事をさせて申し訳ないと言う人もいたけど、今は緊急時だからね。臨機応変にいこう。それにグイードさん達も手伝ってくれたからすぐに配膳は終わった。

 

 食事を摂ったら、満腹感と安心感からか皆、眠たそうにしていたので、空いている部屋を好きなように使うように伝える。“次の作戦”という言葉に気が付いた人たちは手伝うと言ってきたが、弱っている今の状態だと足手まといとなることを説明した。こういうのうはストレートに言っておかないとね。だから「みんなには眠っていてもらった方が助かる。」と最後に付け加え、それぞれの部屋に押し込んだ。

 

 さて、これから僕とグイードさん達はこれからラウレンツ邸に潜入して、血判状とかの証拠を押さえないといけないから、 屋敷を出た後は魔物や野盗が近づかないように、高さ20mの防壁で屋敷を囲む。

 

「これで卿らの家族は安全だ。」

 

 そう言って、振り向くとグイードさん達が跪いていた。

 

「改めて我ら3人、ガイウス・ゲーニウス辺境伯閣下に忠誠を誓います。」

 

「うむ、ありがとう。それでは、ラウレンツ卿の悪事を暴きに行こうではないか。そして、背後にいる輩も一気に釣り上げようぞ!!」

 

「「「おうっ!!」」」

 

 ふん、僕たちの力を甘く見た罰だよ。ラウレンツ卿、そして・・・。




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第124話 潜入

 王都に戻り、騎乗して4騎で貴族街へ向かう。そして、貴族街の門番をしている衛兵さんに王都衛兵隊司令部へ案内するよう命じる。内容は“国家への反逆及びゲーニウス辺境伯への誘拐・殺人未遂”だ。口外しないように言い含めて立ち番の衛兵さんたちへは心づけを渡す。案内してくれる衛兵さんには少し上乗せした額を渡す。

 

 王都衛兵隊司令部は王城の貴族街の中心。王城の正門前にある。そこに辺境伯1人と騎士爵3人が急ぎの案件があると言って飛び込んできたのだ。すぐに、当直であった副司令官のセム・ブルス子爵が担当になった。

 

「“国家への反逆及びゲーニウス辺境伯への誘拐・殺人未遂”ですか・・・。これは、また大きな事件でありますな。閣下。」

 

「うむ。私の誘拐・殺人未遂犯はすでに目星がついておる。今から、そ奴の屋敷に私を囮として潜入し、証拠を押さえる。証拠の確保が終われば諸君らに屋敷に突入してもらい、身柄の確保お願いしたい。」

 

「閣下が囮に?どのようにしてですか?」

 

「こうするのだ。グイード卿、やれ。」

 

「申し訳ありません。閣下。」

 

 グイードさんが僕の正面にまわり、謝ってから顔面を殴り始める。最初、その様子を呆然と見ていたセムさんだったが、すぐに正気を取り戻し、グイードさんを羽交い絞めにする。流石は王都衛兵隊の副司令官だ。すぐにグイードさんを僕から引き離した。

 

「やめるのだ、グイード卿!!気でも狂ったか!?」

 

「いや、セム卿よこれで良いのだ。実はな。此処にいる騎士の3人は犯人に命令され、私を誘拐、あるいは殺害しようとしてきた実行犯なのだ。だが、私が自身で鎮圧し屈服させ、服従してもらった。」

 

 そう言うと、セムさんは警戒しながらもグイードさんを離した。僕は話しを続ける。

 

「それで、話しは最初に戻るのだが、む、やはり、顔が()れると喋りにくいな。犯人自体は犯行が失敗したことにまだ気が付いていない。そこでだ。このボロボロになった私をグイード卿たちが犯人のもとへ運び、そこで、犯人を私たちが取り押さえる。その時に、【火魔法】でファイヤーボールを打ち上げるので、それを合図に突入してもらいたい。その後の身柄は、先程も言ったようにそちらに任せる。」

 

「・・・了承したくはありませんが、ご命令とあらばわかりました。失礼ですが、子供が傷ついていくのを見るのは、(こた)えます。それと、犯人名を教えてください。気づかれないように衛兵を周囲に配置いたします。」

 

「ラウレンツ・コルターマン子爵とそのお仲間12人だ。お仲間のほうは血判状を取り押さえたあとでよかろうよ。」 

 

「了解しました。とりあえず当直の中隊から2個小隊を動かします。血判状の原本確保後は残りの12名の捕縛のため第1待機の2個中隊を動かすように準備しましょう。」

 

「うむ、それでは、我々は先に動く。」

 

「はっ、お気をつけて。2個小隊も5分以内に出動可能です。私が直率(じきそつ)します。」

 

 僕たちは衛兵隊司令部を出ると、すぐに騎乗する。だけど、今回キチンと騎乗するのはグイードさん達のみだ。僕が縄で縛られ、猿轡(さるぐつわ)を噛まされ、麻の袋に入れられてグイードさんの馬の後ろに乗せられて固定される。これでさらに騙しやすくなったはず。

 

 ラウレンツ邸までは、馬を走らせればすぐに着くので、衛兵隊との連携を考えればなるべくゆっくりといかなければならない。それに、ラウレンツ邸の門番に変な疑問を抱かせないように、街門がわに一度まわる必要がある。呂布隊を【召喚】して一気に突入したい気持ちに駆られる。

 

 そして、ようやくラウレンツ邸へ着いた。誰何(すいか)する門番と対応するグイードさん達の声が聞こえる。

 

「何者だ。」

 

「グイード・シャルエルテ騎士だ。ラウレンツ閣下のご命令に従い、荷物を確保した。」

 

「少しお待ちください。確認を取ります。」

 

「なるべく早くな。荷の鮮度が落ちる。」

 

 【遠隔監視】でグイードさんを中心に映像を見る。他にも複数の画面を表示する。ラウレンツ・コルターマン子爵は自室で休んでいるようだ。門番は、家令のもとへ走って行き、グイードさんたちの事を報告している。家令はすぐに門番にたいして門を開け通すように指示を出し、ラウレンツを起こしに行く。執事がラウレンツの部屋に着いたところで、門番が戻ってきた。

 

「確認が取れました。どうぞ、お入りください。荷物もそのまま、屋敷内へ運び入れて欲しいとのことでした。」

 

「わかった。」

 

 ようやく門が開き馬が進むのを感じる。そして、降ろされる。僕は、グイードさんに肩で(かつ)がれて運ばれる。その間、映像で見るラウレンツはグイードさん達が仕事に成功したことに喜び、すぐに着替え、執務室へと入った。よし、このまま、執務室へ運ばれれば血判状も押さえられる。そんなことを映像を見ながら考えていると、執事が3人を出迎える。

 

「お三方、お仕事ご苦労様でした。グイード様、荷物の鮮度はいかがでしょうか?ご主人様はそれをお気になされておりまして。」

 

「それならば、問題ない。今は大人しいが、苦労した。」

 

「確かに、お洋服も替えられたのですね。」

 

「返り血を浴びた状態で門を通過できるかわからなかったからな。“荷を改めさせろ”と言われても困るからな。」

 

「確かにそうですな。お時間を取らせ申し訳ありません。ご主人様の執務室へご案内します。」

 

「ああ、早く頼む。クタクタなんだ。」

 

 うん、僕も早くしてほしいかな。麻袋の中でぐったり状態を維持しているのも楽じゃないんだよねえ。ようやく、ラウレンツの執務室に着いた。執事がノックすると、

 

「早く入れ」

 

 と声が聞こえ、グイードさん達3人が中に入る。執事は部屋の中には入ってこなかった。部屋の中にはラウレンツ、護衛の男が2人、グイードさん達3人と僕。そんなこんなで何とか無事に潜入出来たよ。さて、麻袋から出されたら行動開始だ。

 

「さあ、早く荷の姿を見せるんだ。」

 

「はい、閣下。」

 

 そう言って、グイードさんが僕を麻袋から放り出す。受け身が取れないから地味に痛い。光の眩しさには目がすぐ慣れた。映像で眺めていたからな。僕が放り出された瞬間、グイードさん達3人は自然とバラけて護衛の男のほうにアルトさんとロルフさんが、出入り口を塞ぐようにグイードさんが立つ。

 

「これは、これはガイウス・ゲーニウス辺境伯閣下ではありませんか。ようこそ、わがコルターマン家へ。お顔の形が以前、王城で見たときとは変わっており、最初は浮浪児(ふろうじ)かと思いましたぞ。」

 

 ラウレンツは下卑た笑みを浮かべながら近づいて来る。そうだ、どんどん近づいてこい。【遠隔監視】で衛兵隊が配置に()いたのを確認する。門番と執事の様子も見るが、衛兵隊の存在はバレて無いようだ。

 

 目の前にラウレンツが立つ。手に持ったステッキで僕の側頭部を打ち付ける。呻き声を上げながらも倒れずに、ラウレンツを睨みつける。

 

「おお、怖い怖い。そのような目で見られますと、もっと甚振(いたぶ)りたくなるなあ!!」

 

 そう言って、ステッキを振り上げた瞬間、僕は縛っていた縄を引き千切り、反撃に出る。




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第125話 黒幕

 僕を縛っていた縄を引き千切り猿轡(さるぐつわ)()(くだ)き、驚愕の表情に染まり固まっているラウレンツの鳩尾に拳を喰らわせる。それと同時にこの部屋を覆うように【風魔法】で風の障壁を作り出し、声などが外に漏れないようにする。

 

 ラウレンツは呻きながら後退(あとずさ)り膝を着く。護衛の男たちもアルトさんとロルフさんが無力化する。縄と猿轡(さるぐつわ)を【召喚】し、3人を拘束していく。その作業はグイードさん達にお願いし、僕は執務机の中から証拠となりうるモノを探し出す。目当てのモノを探し出すと、部屋の窓から【火魔法】でファイヤーボールを打ち上げる。【遠隔監視】で見ている衛兵隊が動き出した。

 

 僕は見つけ出した文書の中から、僕を今回、王都に呼び出した人物からのモノを見つけ出した。武官でも文官でも無いが、そこで働く人物たちに影響を与える存在、ピーテル・オリフィエル侯爵。姉のベアトリース・オリフィエルが国王陛下の側室となっている人物だ。

 

 見つけ出した文書は単純明快、僕が辺境伯に叙された翌日には、

 

“ガイウス・ゲーニウスは成り上がりだ。このまま栄光ある我ら貴族の中に居ることが許せない。同志を集めろ。”

 

 そして、軍総務局から書状がハンジさんの手によってゲーニウス領へ出発した日、

 

“成り上がりのガイウス・ゲーニウスを王都に呼び出した。同志たちと共に隙をついて、誘拐するか殺せ。”

 

 と、まあ何とも分かり(やす)い文書だ。それと、僕に危害を加えるための“同志たちの血判状”も見つけ出した。そうこうしているうちに、衛兵隊が屋敷に突入し、ここまで来るのも時間の問題だろう。僕は【風魔法】の結界を解除し、グイードさん達に扉から離れるよう指示する。

 

 すぐに扉が乱暴に開かれ、セムさんが先頭で衛兵隊が突入してきた。セムさんは拘束されたラウレンツら3人を見て部下に連行を指示したあとに僕たちを見ると、

 

「閣下、頭から血が・・・!!」

 

 おっと、側頭部をステッキで殴られたんだった。

 

「うむ、大丈夫だ。【ヒール】。」

 

 すぐに、傷口が塞がる。適当に手拭(てぬぐ)いを【召喚】し、血を()き取る。

 

「セム卿、これが血判状だ。すぐに残りの12名の捕縛を。」

 

「はっ、閣下。おい、誰か!!小隊長たちを呼ぶんだ。命令を伝える。」

 

「セム卿、残りは任せた。私たちは大元を潰す。」

 

「了解しました。閣下。お気を付けて。」

 

「ああ、任せておけ。夜が明けてからが勝負だ。セム卿には苦労をかけるが、ラウレンツら13名の捕縛したこと明かすのは、大元のもう1人を捕縛してからにしてもらいたい。」

 

「逃げられないようにですな。」

 

「そうだ。今、衛兵隊司令部には司令官は出てきているかな。」

 

「出てきているはずです。」

 

「では、そちらに向かおう。セム卿、無理するなよ。」

 

「ありがとうございます。閣下。」

 

「グイード卿、アルト卿、ロルフ卿、行くぞ。」

 

「「「はっ」」」

 

 3人を引き連れ執務室を出ると、二の腕に隊長を示す赤い2本線を付けた人物が走って来て、僕たちに礼をして執務室へ入っていった。僕たちは、ラウレンツの屋敷を出ると、そのまま衛兵隊司令部へ向かう。衛兵隊司令部の門番さんは僕たちの顔を覚えていてくれたみたいで、すぐに中に入れてもらえた。当直の人たちも、僕の顔を見ると、「司令官をお呼びします。」と言ってくれた。対応が早い組織は良いねぇ。

 

「どうも、ガイウス殿。こうやってご対面するのは初めてですな。王都衛兵隊の司令官に任じられております“アルフォンス・リシャルト”です。侯爵位を賜わっております。」

 

「これは、ご丁寧な挨拶感謝します。アルフォンス殿。ガイウス・ゲーニウスです。辺境伯位を賜わっております。後ろの3人はグイード・シャルエルテ騎士、アルト・ベンヤミン騎士、ロルフ・エフモント騎士です。ラウレンツに家族を人質に捕られ、私に害をなそうとしましたが、返り討ちにし、配下としました。ああ、家族のほうの救出は終わっているので、今、衛兵隊は動かずとも大丈夫です。」

 

「なんともまあ、情報量の多い話ですな。それで、ラウレンツの屋敷からこちらに来たということですが、何かありましたかな?副司令が仕事をしくじることは無いと思いますが。」

 

「ああ、事件の大元がわかった。その捕縛のために力を貸してほしい。」

 

「その人物とは?」

 

 人目があるがいいだろう。アルフォンスさんに近づくと(かが)んでくれた。

 

「ピーテル・オリフィエル侯爵と姉のベアトリース・オリフィエルだ。」

 

 小声で伝える。すると、彼は目を見開きニヤリと笑った。

 

「なるほど、あの男ですか。確かに、あの男ならばやりかねませんな。貴族閥(きぞくばつ)の急先鋒です。ふむ、となるとまずはピーテル・オリフィエルの屋敷へ捜索をした方がよろしいですかな。」

 

「いえ、姉の方にお願いします。ご丁寧に弟からの書状を内容問わずに保管しておりますのでピーテル・オリフィエルを捕縛する際に証拠となるでしょう。」

 

「王城、しかも後宮への捜査ですか、ならば、部隊は爵位持ちで固めましょう。・・・。当直員で爵位持ちは装備を着けすぐに集合せよ!!ま、十数名集まれば十分でしょう。ガイウス殿たちも着いて来てくれるので?」

 

「もちろんですとも、アルフォンス殿。どこに書状があるのかも把握しております。」

 

「フォルトゥナ様の使徒の名は伊達では無いということですかな。しかし、王城へ乗り込むのは、私の代になってからは初めてですな。年甲斐も無く、心が躍りますな。」

 

 おお、凄いやる気だ。他の職員さんがちょっと引いている。




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第126話 王城へ突入

 日付が変わる前には爵位持ちの完全武装の衛兵さん達30名が集まった。伯爵位の人も5人いたが、年齢が一番上の人は居残りの指揮官として外されていた。少しションボリしていた。アルフォンスさんも含めて30人、僕たちもいれて34人の騎兵が進む。

 

 王城は目の前だからすぐに着く。門番の近衛兵さんが槍を交差させ誰何(すいか)してくる。

 

「このような夜更けに何者か!!」

 

「王都衛兵隊司令官、アルフォンス・リシャルト侯爵である。火急の用件のため開門せよ。」

 

「火急の用件とは、何か。」

 

「高位貴族に対する、殺害未遂の件である。犯人を捕縛する。開門せねば、力づくでも押し通る!!」

 

 そう言って、衛兵隊の全員が馬上で槍を構える。門番の近衛兵さんは戸惑っているばかりだ。

 

「さあ、門を開けよ。責任はこのアルフォンス・リシャルトが取る!!」

 

「アルフォンス閣下。先程のことは本当ですか!?」

 

 通用門から近衛兵の隊長らしき人が出てきて問うてきた。

 

「くどいな。総員突撃用意!!」

 

「閣下!!お待ちを。反逆罪が適用される可能性がありますぞ!!」

 

「ふん、司法権については独立しておるのは知っておろう。たとえ王族であろうとも口出しは出来ん。反逆罪は適用されん。」

 

「わかりました。でしたら、同じく34名の近衛を同行させてもらいます。」

 

「おう、よいとも。しかし、捜査の妨害をした場合は捕縛されることを忘れずに行動するように言い含めるのだな。」

 

 アルフォンスさんがそう言うと、渋々といった感じで門を開けた。王城内に入り近衛兵が34名集まるまで待つ。その間【遠隔監視】でベアトリース・オリフィエルの寝室を確認する。国王陛下にはお呼ばれしなかったのか、ぐっすりと眠っている。これなら証拠隠滅の時間は無いだろう。

 

「人数が揃いました。」

 

 近衛隊長さんがアルフォンスさんに報告する。アルフォンスさんは頷き号令を出す。

 

「総員前進!!目標は、後宮、陛下の側室、ベアトリース・オリフィエルの寝室!!」

 

「「「おう!!」」」

 

 気勢を挙げる衛兵さん達、目標を聞いて顔を青くする近衛兵さん達。そして、張り切る僕とグイードさん達にアルフォンスさん。三者三様だ。しかし、今現在の指揮官はアルフォンスさんだ。近衛兵さん達は顔を青くしながらもついてくる。

 

 後宮までは一気に馬で駆け抜ける。アルフォンスさんは下馬すると同時に入口を護っている女性の近衛兵さんに入口を開くよう迫る。青と白で彩られた衛兵隊の鎧は月明かりの中、近衛兵の鎧よりもはっきりと目立ち、異様な威圧感がある。2,3分ほど問答してようやく入口が開いた。

 

「ここよりは、我らの、いえ彼女ら後宮近衛兵の先導に従っていただきます。」

 

 近衛隊長さんがアルフォンスさんにそう言うと、すぐに承諾した。

 

「時間との勝負である。よろしくお願いする。」

 

 後宮の中は、王城とは違う(きらび)びやかさで(いろど)られていた。目標の部屋へ駆けながら、僕は感心したように後宮の様子を見ていた。こんな時間でも働いている侍女さん達もいるようで、何人かとすれ違う。皆、一様に驚くが大声は出さない。ちゃんと教育が行き届いているんだね。それに、衛兵と近衛兵だからね。下手な王族、貴族よりも信用はあるだろうさ。

 

 さて、目標の部屋に着いた。映像で見る限りまだ寝ているようだ。そんなことを知らないアルフォンスさんは少し乱暴に扉をノックする。何度か試すがそれでも起きない。

 

「打ち破るか。」

 

 とアルフォンスさんが呟くと、近衛隊長さんが、

 

「閣下、それだけはお待ちを。今、鍵を取らせに部下をやっていますので、もう少々お待ちください。」

 

「カレル卿がそう言うのであれば、(しば)し待とう。」

 

 近衛隊長さんことカレルさんはその言葉を聞き安堵したようだ。5分ほど待ったところで、女性近衛兵さんが鍵の束を持ってやって来た。すぐにわかるのかなと思っていると、鍵のヘッドの部分に色んな家の家紋が入っている。その中からオリフィエル侯爵家の家紋の入った鍵を見つけるとすぐに鍵穴に差した。

 

 “ガチャリ”と音がし、扉が抵抗も無く開く。すぐにアルフォンスさんが室内に入り、

 

「これより、王都衛兵隊による強制捜査を行う!!ベアトリース・オリフィエルはおるか!!」

 

 と大声で告げる。すると、ベッドから跳び起きた人物が苛立(いらだ)ちを隠そうとせずに文句を言ってくる。

 

「ここは、後宮なのよ!!何故(なぜ)、衛兵隊などという者どもが立ち入るのよ!?」

 

「強制捜査と言ったはずだ。お主には高位貴族への殺害未遂容疑がある。部屋の中を検分する。・・・。ガイウス殿、書状は何処に?」

 

「ああ、あの化粧台の鍵のついた引き出しの中です。」

 

「つい、この間まで平民であった小僧が、何故(なぜ)此処にいる!!近衛兵!!早く追い出すのだ!!」

 

「少し黙ってもらおうか。」

 

 僕はそう言って、【風魔法】でベアトリースを囲むように障壁を作り、ぎゃあぎゃあ(わめ)く彼女を隔離した。

 

「さて、アルフォンス殿、あの引き出しを開けましょう。」

 

「鍵がありませぬぞ?」

 

「ああ、それなら【召喚】。ほら、ここに。」

 

 【召喚】した引き出しの鍵を見せながら笑う。そのまま、化粧台の引き出しに鍵を差し込み回す。引き出しを開けてみると、大量の書状があった。僕は、【遠隔監視】で過去の映像を見ながら、目星の書状を見つけてアルフォンスさんに渡す。

 

「これは、・・・なんとも、国家に対する反逆罪に等しい。よし、皆で書状の検分だ。一番重要なモノは確保した。他に怪しいモノが無いか調べろ。」

 

“汚い平民上がりの小僧ガイウス・ゲーニウスに、その功績を認めた軍部を陥れる。オリフィエル領から登用されている文官たちには話しを付けた。奴らが呼び出し文を作成する。言うことを聞かなければ家族の命が無いと思えと言えば従うはずだ。どちらにせよ、5月4日にはガイウスが首だけになるか、軍部との亀裂が生まれるかだ。姉さんが上手く陛下から封蝋印を借りることができれば大成する。”

 

 そんな感じのことが書いてあった。ふーん、そっかー、なるほどね。あ、アルフォンスさんの顔が真っ赤になっている。まあまあ、落ち着いて。




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第127話 意外な結末

 おはようございます。5月4日金曜日午前2時です。午前1時30分前にはベアトリース・オリフィエルの部屋の捜索が終わり、証拠も見つかったことで近衛兵さん達が彼女を拘束し、王城内の牢へと連行していった。念のために腕の立つ衛兵さんも5人ついて行った。

 

 そして、僕とアルフォンスさん、一旦司令部に寄り増強された衛兵隊はピーテル・オリフィエル侯爵邸へと向かっていた。全員第1種戦闘兵装だそうだ。王城に入る時よりも重装備だ。因みに王城に入る時には第2種戦闘兵装だったらしい。あれでも十分な重装備だったけどなあ。ちなみに今回は馬にも馬鎧が着せられている。勿論、馬鎧も青と白で彩(いろど)られている。あ、僕たち4人の馬には【風魔法】で風の障壁を展開しているから、馬鎧は着けていないよ。

 

 “ガッシャガッシャ”と馬鎧の音が夜の王都に響く。蹄(ひづめ)の音は馬鎧の音に掻き消される。王都衛兵隊司令部よりしばらく走ると、アルフォンスさんが兜のフェイスガードを下ろした。それに倣(なら)い後続の衛兵隊員達もフェイスガードを下ろす。僕たちもだ。

 

 そして、ようやく目的地が見えてきた。当直であろう門番が慌てるのが見える。【魔法】が使える者は全員詠唱し終わり、【魔法】を撃つ準備ができている。

 

「目標!!オリフィエル侯爵邸の正門!!全員、放て!!」

 

 色んな魔法弾がオリフィエル侯爵邸の正門に命中する。しかし、門自体には全く損傷が無いように見えた。

 

「魔法を無効にする魔道具ですな。どうします、ガイウス殿?」

 

「私が武功で成り上がった証拠をお見せしましょう。後続してください。行きます!!」

 

 突出した僕に門番達が矢を射かけてくる。それは、すべて風の障壁で弾かれる。ヒヒイロカネ製の槍を取り出し、さらに速度を上げる。そして、

 

「うおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 雄叫びと共に槍を門の中心へと突き刺す。チート全開の槍撃を受けた門はバラバラになって吹き飛んだ。その様子を呆然とした様子で見ている門番を無視し、衛兵隊がオリフィエル侯爵邸の敷地内になだれ込む。すぐに、正面と裏口を押さえる2部隊に分かれる。僕たちはアルフォンスさんと共に正面からだ、玄関の鍵を打ち壊し突入する。すると、待っていましたとばかりに矢が射られる。

 

「うーむ、奇襲は上手くいったと思ったのだがなあ。」

 

 大盾を構えて矢を防ぎながらアルフォンスさんが言う。僕は首を横に振りながら答える。

 

「いえ、よく見てください。敵さん武器しか持っていませんよ。着込んでいても革鎧ぐらいです。」

 

「ちいと待ってくだされ、この歳になると視力が中々・・・。ふむ、どうやらそのようですな。ならばいくのみ!!総員、突撃にぃぃぃぃ移れぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

「「「オオォォォォォォ!!」」」

 

 衛兵隊が大盾を前面に出して突撃を開始する。そこかしこで武器を持った使用人?が衛兵隊によって槍で打ち据えられている。ある程度玄関ホールでの戦闘が落ち着いたら執務室へ向かう。場所は使用人?に聞いた。

 

 執務室の扉の前にアルフォンスさんとグイードさん達、そして6人の衛兵さんと共に立つ。アルフォンスさんと目配せし、彼が扉をノックする。

 

「王都衛兵隊司令官のアルフォンス・リシャルト侯爵である。ピーテル・オリフィエル侯爵よ。扉を開けられよ。」

 

 既に中に居るのは【遠隔監視】で確認済みだ。映像を視界の隅に出していると、アルフォンスさんの声を合図にしたかのように本棚から分厚い本を取り出し、開いた中にはワインのようなモノが入っていた。念のため鑑定してみると、【赤ワイン(毒):まろやかな味の赤ワイン。毒物が混入してある。】とでた。これはいけない。

 

「アルフォンス殿!!打ち破る!!服毒自殺しようとしている!!」

 

 その言葉にアルフォンスさんはすぐに反応し、助走をつけ大盾で扉を殴りつけ、打ち破った。そこには今にも毒入りワインを口にしようとしているピーテルがいた。僕はすぐに跳び、手刀をワイングラスを持った右手にくらわせた。鈍い音がしたから折れたのだろうが気にしない。

 

「ふむ、流石は武功でその地位を得たガイウス殿。早業(はやわざ)ですな。アルフォンス殿もご健勝のようで。衛兵隊が此処まで来たということは、姉もラウレンツ・コルターマン子爵も捕まりましたか。良いことです。しかし、ゆっくりと死なせてほしかったものですな。ああ、それと、この執務机の引き出しの中に貴族閥の過激派からの書状などがありますので、それを証拠に捕縛に動けばよいでしょう。私が封蝋印と署名、捺印が無いと認めないと言ったので、充分な証拠となるでしょうな。」

 

 落ち着いた声でピーテルが話す。うん?なんか違和感があるなあ。

 

「ピーテル殿は私のことが嫌いで憎いのでは無かったのですか?」

 

「ふむ、確かに書状ではそのように書きましたな。ま、ガイウス殿という撒き餌のおかげでだいぶ釣れましたよ。王国をダメにする者どもを。これで私も心置きなく死ねるというところだったのですがね。」

 

 痛むであろう右手をブラブラさせながら残念そうに言う。

 

「貴方は、まさか、自分を犠牲にして・・・!?」

 

「おっと、それ以上は言ってはいけませんな。何処(どこ)に過激派連中の耳があるかわかりませんから。それと、この書状を受け取っていただきたい。開けるのは、そうですな。明日、いや日付が変わっておるので今日ですな。国王陛下に謁見する前にでも読んでください。」

 

 そう言って、執務机の中から一通の書状を取り出し、渡してくる。僕はそれを受け取り、偽装魔法袋に【収納】した。僕との話しが終わったと判断し、アルフォンスさんと衛兵さん達がピーテル卿の捕縛に動く。彼は抵抗を全くせずに捕縛された。

 

「ピーテル殿、衛兵隊司令部で聞きたいことが山ほどできました。ご協力してもらいますよ。」

 

「もちろんですとも、アルフォンス殿。自死できなかったのもフォルトゥナ様の導きでありましょう。それでは、ガイウス殿、裁きの場でまた会いましょう。」

 

 そして、大量の証拠の書状と共に彼は連行されていった。




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第128話 王城へ

 午前3時30分の少し前にアルムガルト邸にグイードさん達と戻ると、門番さんが屋敷にすぐ走り家令のジーモンさんが慌ててやって来た。そういえば知らせて無かったねえ。

 

「申し訳ありません。ジーモン殿。色々ありまして。」

 

「いえ、閣下がご無事ならばいいのです。街の様子を見に行かせた者が、衛兵隊がかなり動いていると報告してきたものですから。」

 

「あー・・・。すみません、おそらくその衛兵隊の動きは僕に関係することです。ま、今日の陛下への謁見でその問題も終わると思いますよ。」

 

「はあ、閣下がそう仰(おっしゃ)るなら。しかし、だいぶ汚れておりますな。湯浴みの準備をさせましょうか?」

 

「いえ、水で大丈夫ですから自分で用意します。それに、朝食の時間まで横になりたいですし。それと、後ろの彼らの面倒もお願いします。全員が騎士爵持ちです。右からグイード・シャルエルテ騎士、アルト・ベンヤミン騎士、ロルフ・エフモント騎士」

 

「承知しました。では、朝食の時間にお呼びに参ります。」

 

「お願いします。」

 

 そのまま客室に案内され、僕は水で体を拭き、清潔な下着と寝間着に着替え、就寝した。

 

「ガイウス閣下、ガイウス閣下。」

 

 ノックの音と僕を呼ぶ声が聞こえる。寝ぼけた頭を懸命に起こして返事をする。

 

「はい、どうぞ。」

 

「失礼します。ガイウス閣下。朝食のご用意ができました。」

 

 扉を開き、ジーモンさんがそう告げる。僕は頷き返事をする。

 

「わかりました。着替えたらすぐに向かいます。」

 

 ジーモンさんは頭を下げて退室する。今日着て行く服は軍装にしよう。偽の書状だったけど、国王陛下の署名と捺印があったわけだから無視できないよねえ。料理長が昨晩はキチンともてなしができなかったからと、朝食としては豪勢な料理を平らげた後、メイドさん達の助けを借りて軍装をしっかりと着込み、グイードさん達と共に王城へ向かう。

 

 王城へ向かう前にアルフォンスさんに礼を言おうと思って衛兵隊司令部に寄ろうとしたが、どうやら昨日の件のせいでかなり忙しそうだ。謁見後に来ようと思っていると声をかけられる。

 

「ガイウス殿!!」

 

 タイミングが良いといえばいいのか、声をかけてくれたのはアルフォンスさんだった。

 

「アルフォンス殿。昨日はありがとうございました。」

 

「いやいや、礼を言いたいのはこちらのほうです。王国に巣くう害虫どもを一網打尽にできます。ピーテル殿も協力的でありますからな。」

 

「ピーテル殿に私は嫌われていると思ったのですが。」

 

「そうですな。まあ、何と言いますか、彼の謀略に利用されたようなものですからなあ。まだ、取り調べ中ですが、ガイウス殿は丁度良い“虫寄せ”だったと言っておりましたよ。」

 

「うーむ、喜べばいいのか怒ればいいのかわかりませんな。」

 

「まったくですな。ところで、本日はどのようなご用件で?」

 

「いえ、ちゃんとした礼を述べていなかったと思いまして、王城に登城する前に寄らせてもらいました。」

 

「なるほど、そうでしたか。しかし、登城されるにしては護衛が少ないようですが、こちらからも数名出しましょう。副司令!!手練れを数人選び、ガイウス殿の護衛に数時間つけ!!」

 

「了解、司令官。ガイウス閣下、昨夜ぶりですな。」

 

「セム卿、苦労をかける。」

 

「なあに、このくらいは丁度良い息抜きです。数分お待ちをすぐに部下を集めます。」

 

 セムさんが部下を集めに走る。僕たち4人は邪魔にならないように壁際に移動する。

 

「いやあ、まさか、ここまでなるとはなあ。卿らの家族を匿(かくま)っている屋敷に食料を大量に置いておいてよかった。昼過ぎにまた様子を見に行こう。」

 

「ありがとうございます。閣下。我々も驚いております。」

 

「だろうさ。ま、卿(けい)らの罪は昨晩の私を襲撃したことだけのようだから、問題はあるまい。他の事には関わっていなかったようだしな。それに、被害者である私が許したわけだからな。誰にも文句は言わせんよ。」

 

「重(かさ)ね重(がさ)ね、ありがとうございます。」

 

「っと、セム卿たちの準備ができたようだな。」

 

 第2種戦闘兵装のセムさん達が近づいてくる。王城に行くだけなのに重装備だなあ。

 

「閣下。申し訳ありません。爵位持ちは捕縛や取り調べに出ておりまして、爵位無しの部下のみですがよろしいでしょうか?」

 

「私も元々は平民だ。気にしない。時間もあまりないから行こうではないか。」

 

「「「はっ。」」」

 

 というわけで、徒歩5分の王城の正門に着きました。すぐに例の書状を取り出し、門番の近衛兵さんに見せる。徒歩で来た僕たちを怪しい者を見る目で見ていた近衛兵さんはすぐに居住まいを正し、大声で、

 

「ガイウス・ゲーニウス辺境伯閣下と御一行のご到着!!開門!!」

 

 と告げる。門が開く。書状を返してもらいそのまま徒歩で入る。案内役の近衛兵さんがやって来た。セムさん達、衛兵分隊の重装備に驚いたようで少したじろいでいたが、すぐに姿勢を正し、

 

「こちらです。」

 

 と案内をしてくれる。背後では門が閉じる音がした。さて、国王陛下はどのような対応をしてくれるのかな。




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第129話 控えの間にて

更新が遅れてしまい申し訳ありません。


 3度目の王城だけどいつも通り控えの間に通された。人数が多いから控え“室”ではなく控えの“間”なんだろうね。従者と言っても騎士爵に衛兵隊。しかも副司令官が率いているのだから一緒の部屋なのは特別措置なのだろう。メイドさんも複数人配置してくれたし。

 

「皆、適当に寛(くつろ)いでおこうではないか。」

 

 僕がそう言って、適当に腰掛けると、各々が好きなところに腰掛け始める。メイドさんはそれを確認し、各自に飲み物を配膳していく。僕は紅茶をストレートでお願いした。さて、それじゃあ、ピーテルさんから貰った書状でも読みますか。

 

“これが開封されているということは、私は捕縛されたか死んだのであろう。まずは、ガイウス・ゲーニウス辺境伯に謝罪と感謝を。貴方のおかげで国を食い潰す“貴族閥”という名の害虫の駆除が上手くいった。ありがとう。

 

 そして、貴殿の身に危害を加えたことを申し訳なく思う。しかし、王宮での“貴族閥”の急先鋒である私の姉、ベアトリース・オリフィエルをその他の追従する側室、官僚の排除。そして、この私を御輿(みこし)として担(かつ)ぐ貴族の捕縛。どれも、貴殿という存在が居なければ、難しかったであろう。

 

 それこそ10年近い歳月をかけ潰していくしかなかったはずだ。それが、おそらくは、貴殿のことだから1週間も経たずに終わらせることができたであろうな。民に被害が出る前で本当に良かったと思っている。

 

 もし、息子が私の後を継げずに、所領が他の貴族のモノになる場合。ガイウス殿、貴殿に領地を治めてもらいたい。幸いと言って良いのか、我が領はシントラー伯爵領の南だ。海に面しているので、海産物の収益も期待できる。海軍の保持に多少の金がかかるが、クラーケンを打ち倒した貴殿ならば、驚く方法で整備ができるだろう。勿論、私は領の運営に手は抜いていない。しかしながら、貴殿から見れば足りぬところが多いであろうな。うむ、これは蛇足であった。

 

 ここから先は読まなくても結構だ。しかし、貴殿に私を哀(あわ)れだと思う心があれば読んでいただきたい。私のこの計画をしっているのは妻と唯一の子供である息子だけだ。2人は身を守るために領地と学園(アカデミー)の寮にいる。

 

 どうか、私の家族と領にいる臣下には連座制が適応されないように国王陛下を説得してもらいたい。厚かましいお願いだとはわかっている。しかし、フォルトゥナ様の使徒である貴殿にしか頼めないのだ。私の身はどうなってもいい。切り刻まれながら死のうが犯罪奴隷になろうが構うものか。

 

 ああ、妻と息子は“貴族閥”のような貴族中心主義の持ち主ではないので安心してほしい。2人には貴族としての矜持(きょうじ)と義務が備わっていると私は思っている。おかげで、世間からは思想の違う、家族仲の冷え切った家だと思われているがね。

 

 臣下についてもだ。私は臣下の諫言(かんげん)をこの数年間、無視し続け、貴族に阿(おもね)る愚か者共の言葉にのみ耳を傾けていた。ま、聞いていただけで実行はしていないのだがね。だが、奴らにとって私の耳に入るということは、それだけで実績になっていたようだ。侯爵という地位がそうさせたのであろう。

 

 なので、王都の屋敷にそのような輩(やから)は集めた。領に居るのは民の事を考えられるまともな者ばかりだ。王都の屋敷にいる輩(やから)は、“貴族閥”の次男・次女以降の者ばかりだ。料理人でさえ平民であったのに、雇ったら数カ月で他の王都の民を見下すようになった。“貴族閥”の思想は危険だ。あってはならないモノだ。

 

 長々と語ってしまったが、私の言いたいことはこれで全てだ。“貴族閥”はこれで勢いを失くすだろう。上手くいけば消滅するであろう。なに、領地を持たぬ法衣貴族が多い。領民への影響は最小限に内務大臣閣下が抑えてくれるであろう。

 

 さて、他に何か書くことが無いだろうか。これで筆を終えると思うと名残惜しい。できれば、貴殿とこの国の将来について語りたかったものだ。それでは、最後まで読んでくれて感謝している。貴殿のこれからに幸(さち)多からんことを。

 

           アドロナ王国 侯爵 ピーテル・オリフィエル”

 

 ふーむ、中々に重い内容だねえ。人に全てを押し付けて退場なんて、なんともまあ身勝手なものだ。まあ、僕のできる範囲で善処はするけどさ。

僕は此処に来ることになったもう1通の書状を取り出し、改めて読む。

 

“ガイウス・ゲーニウス辺境伯に告げる。貴殿に帝国との内通の疑いがあるとの報告があった。真偽を明らかにするために5月4日までに王城へ出頭せよ”

 

 他にも長々と書いてあるけど、要約するとこの短文に収まる。それで、5月1日の日付と国王陛下の署名と捺印。封筒には封蝋印。しかし、本文だけは陛下の署名と字体が違う。恐らく、ベアトリース・オリフィエルに組みする“貴族閥”の誰かが書いたのだろう。しかし、陛下は文書の内容がおかしいとは思わなかったのかな。ま、これから会うわけだから直接聞けばいい。

 

 紅茶を飲みながらそう思っていると、控えの間の扉がノックされた。「どうぞ。」と声をかけると近衛兵さんが「失礼します。」と入室してきた。

 

「ガイウス・ゲーニウス辺境伯閣下、準備ができましたので、謁見の間へどうぞ。護衛の方々はこちらで待機を願います。」

 

「うむ、わかった。グイード卿、セム卿、寛(くつろ)いでいるといい。何、問題を起こしたわけではないのだ。大丈夫だ。」

 

 そう言いながら、控えの間を出て謁見の間へ向かう。謁見の間の扉の前に立つと、案内してくれた近衛兵さんが大きな声で、

 

「ガイウス・ゲーニウス辺境伯閣下のご到着!!」

 

 と告げる。そして、装飾された重厚な扉が開かれる。目の前の壇上にはいつも通りの玉座に国王陛下と王妃様が座っておられる。そして、少し顔色が悪い宰相さんと軍務大臣さん、凄く顔色の悪い内務大臣さんが1段低いところに並んでいる。

 

 お偉い皆さんにはもう少し顔色を悪くしてもらおうかな。僕はそう思いながら一歩を踏み出した。




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第130話 謁見

「このような時期に何事かなガイウス卿?」

 

 宰相閣下ことアルノルト・アイヒホルン侯爵が尋ねてくる。やはり、あの書状は正規の手続きを踏んだものではなかったのか。

 

「こちらの書状を陛下より戴きましたので、ご説明のために参った次第です。」

 

 そう言って、(ひざまず)いて懐から書状を取り出す。アルノルトさんが近くまで来て書状を確認する。

 

「ふむ、確かに、王家の封蝋印に陛下の署名と捺印があるな。さて、内容は・・・。は?なんだ、この内容は。ガイウス卿、事実なのかね?」

 

「事実ならばゲーニウス領は既に帝国に占領されていますよ。宰相閣下。」

 

「しかし、この内容は・・・。陛下。陛下はこの書状を覚えておいでですか?」

 

「よく見せてみよ。・・・。いや、このような内容の書状は出した覚えはないぞ。」

 

「では・・・。」アルノルトさんが言葉を継げずにいる。

 

「うむ、偽造だの。ベアトリースが絡んでおるかもしれん。」

 

 陛下が何でもないように答える。ちょっとこの言い方はおかしいよね。陛下の署名と捺印があるんだから少なくとも陛下も関わっているわけだから。僕は、立ち上がり純白の翼を出し、大きく広げる。威圧するのにはいいよね。そして、目を丸くする陛下を中心とした皆さん。

 

「陛下、貴方はさも自分が関わっていないように(おっしゃ)っておられるが、この署名と捺印をしたのは陛下ご本人がなされた行為です。しかも、ベアトリース・オリフィエルから頼まれて本文が白紙であることを知っていたうえで。」

 

「そ、それは・・・。」

 

「何か反論がおありですか?お聞きしましょう。しかし、私はフォルトゥナ様の使徒であることをお忘れなきよう。」

 

「それは、脅しかね、ガイウス卿よ。」

 

「いいえ、陛下。事実です。私には過去の陛下の行動がわかっております。就寝前にワインを嗜んでおられる際に、ベアトリース・オリフィエルに頼まれ、ほろ酔い状態で署名と捺印をしたのを知っているのですよ。」

 

 僕がそう言うと、国王陛下の顔色が悪くなる。そして、隣に座る王妃様は呆れた目で陛下を見ている。そして、お偉いさん皆さんも顔色が一層悪くなる。

 

「ガイウス卿!!不敬ですぞ!!」

 

 青い顔をしながらアルノルトさんが声を荒げる。

 

「不敬!?どこが不敬か!!この書状で私は前線を離れなければならなかったのだぞ!!アイソル帝国辺境伯イオアン・ナボコフ殿とも10年間に及ぶ実質的な不可侵条約を結んだからよかったものを!!それを、アルノルト卿は不敬の一言で片づけるか!!」

 

「だが・・・。」

 

「よいのだ、アルノルト。ガイウス卿の言う通りである。全ては余の行動が原因となっておる。ガイウス卿、どうか怒りを(しず)めてはくれぬか?」

 

「ふむ、では交換条件を。」

 

「言うてみるがよい。」

 

「ピーテル・オリフィエル侯爵の処罰は私に一任させていただきたいのです。陛下。」

 

「うむ、衛兵隊からの報告ではあの者は今回の騒動の中心であり、王国に巣くう虫を集めだしてくれた功罪のある者であるとのことだが、ガイウス卿、お主が彼の者の功罪を背負うというのか?」

 

「はっ、陛下。少しは意趣返しをしようと思いまして。」

 

「ほう。聞いても良いか?」

 

「ピーテル卿のご家族と領地にいる臣下、領民、領地を任されました。しかし、ただ任さされるだけでは、利用された感じがしてしまい、腹の虫がおさまらぬのです。ピーテル卿にはしっかりと見届けていただこうと思いまして。」

 

「しかし、裁判には口は出せぬぞ。司法権には独立が保障されておる。余であっても口は挟めぬ。」

 

「そこは、私がフォルトゥナ様の使徒という立場を利用しますので大丈夫です。」

 

「うむ、わかった。全てが上手くいった(あかつき)には、オリフィエル侯爵領を其方(そなた)に授けよう。」

 

「文書にて残していただけるでしょうか。」

 

「わかった。そのようにしよう。ふう、疲れたの。この件はここらで終わりにしようではないか。余と妃は退出さてもらおう。」

 

 その言葉に僕たちは、一斉に跪き見送る。姿が見えなくなると、軍務大臣のゲラルトさんが声をかけてきた。

 

「ガイウス卿、ゲーニウス領駐留国軍の上級指揮官を何人か引き抜きたいとの事だったが、軍としては問題ない。」

 

「ありがたい。領軍を整えるには指揮官の力が必要であるからな。」

 

「しかし、先程、帝国のナボコフ辺境伯と不可侵条約を結んだということであったが、事実であろうか。」

 

「うむ、事実だ。5月2日に帝国側の砦を破壊した。その後の話し合いの場で、実質的な不可侵条約を結んだ。ま、10年間だけだがね。」

 

「素晴らしいな。その前にはシントラー伯爵領にてクラーケンを一撃で屠ったとも報告があった。卿のような人物が味方で良かった。そう心から思っておるよ。」

 

「卿にそのように言われるとはな。武人冥利に尽きる。話しはそれだけかな。」

 

「うむ、正式な命令書は後日、ゲーニウス領に届けよう。」

 

「頼む。ああ、それと、陛下の偽の書状を運んでくれたハンジ・エルプ男爵と護衛の諸君には、最大限の感謝を。彼らが急いで駆けてこなければ、私は間に合わなかった。」

 

「ハンジ・エルプ男爵だな。わかった。労っておこう。ふむ、報奨金でも出すか。」

 

「そこは軍部のいいように。それでは、私はこれで失礼しよう。」

 

 内務大臣のマテウス・バルト侯爵が何か言いたそうにしていたけど、声をかけてこないなら無視無視。面倒くさいことを押し付けられても困るからね。

 

 謁見の間を退出し、控えの間に戻ると、一気に気が抜けた。とりあえずゆっくりしてからアルムガルト邸に戻ろう。




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第131話 言い出しっぺの法則

「皆、戻るぞ。」

 

 控えの間に入るなり僕はそう声をかける。嫌~な予感がする。いや、面倒くさい予感かな。すぐにセムさん率いる衛兵分隊とグイードさん達が帰り支度を終える。控えの間を退室し、面倒を見てくれたメイドさんにお礼を言う。そのまま、正門まで脇目もふらずに進む。しかし、一歩遅かったようだ。

 

 正門に近衛兵分隊が3個展開していた。指揮官さんとその補佐達を含めて35人。そして実質的な戦闘員である30人全員が、槍の矛先こそ向けていないが盾を構えている。指揮官さんが一歩前に出て告げる。

 

「ガイウス・ゲーニウス辺境伯閣下。内務大臣閣下がお呼びです。お手数ですが、執務室までご同行願います。」

 

 嫌な予感が的中。セムさんが小声で話しかけてくる。

 

「閣下。突破しますか?」

 

「いや、よい。言葉に従おう。同士討ちなど御免(ごめん)だ。(けい)らは衛兵隊司令部に戻るがよい。他にも仕事があろう。私の護衛はグイード卿たちで十分だ。」

 

 目をしっかり見て話す。セムさんは少しの間、沈黙し頷いた。

 

「閣下。お気を付けて。」

 

「ありがとう。セム卿。アルフォンス殿にも改めて礼を伝えてくれ。」

 

「承りました。では。」

 

 礼をしてセムさんは分隊を整列させ、正門から出て行く。僕らはそれを見送り、近衛の指揮官さんに向き直り告げる。

 

「さて、衛兵隊にはお帰り戴いた。後ろの3人は私的な護衛なので、同行を許してもらおう。それが、認められなければ、貴官の言葉には従えない。」

 

「内務大臣閣下の執務室前までならば同行を許可します。室内までは申し訳ありませんがご遠慮ください。」

 

「よろしい。従おう。因みにどれほどの時間が掛かるか貴官はわかっているかね。」

 

「申し訳ありません。小官も閣下をお連れするようにとしか命令を受けていませんので。」

 

「“多少強引でも”だろう?まあ、ここで問答していても時間の無駄だな。案内を頼む。」

 

「はっ、こちらになります」

 

「行くぞ、グイード卿、アルト卿、ロルフ卿。」

 

「「「はっ、閣下。」」」

 

 周囲を近衛兵さん達に囲まれながら移動する。あーあ、面倒事から逃げられると思ったのになあ。内務大臣さんの執務室には10分もかからずに着いた。近衛の指揮官さんがノックをして、僕の来訪を告げる。いや、来たくて来たわけじゃないから。来訪というか連行と言った方が正しいのではないかな。

 

 そんなことを考えていると、内務大臣ことマテウスさんの許可の言葉が聞こえた。【気配察知】で部屋の中を探ると、もう1人、男性がいるみたいだ。ま、2人とも薄い緑だから今のところは味方なのだろう。白い女性の反応はメイドさんかな?僕は「失礼する。」と言って執務室へ入る。

 

「お待ちしておりましたガイウス殿。強引な手を使って申し訳ない。さあ、かけてくだされ。」

 

「荒事には慣れておりますよ。マテウス殿。しかし、アルノルト殿までいらっしゃるとは。私は文官ではありませんよ?」

 

「わかっております。私もアルノルト殿も貴殿にお願いがありまして。」

 

「ふむ、なんでしょう?」

 

 メイドさんの淹れてくれた紅茶を飲みながら(こた)える。

 

「貴殿は、今回の騒動、いや事件についてどう思っているのだろうか。」

 

「これまた、曖昧(あいまい)な問いですな。私個人としてはまんまと利用されたと思っております。貴族としての私は、同じ貴族で争うなど外敵に対する危機感が薄いと思っております。」

 

「外敵とは帝国の事かね。」

 

 アルノルトさんが口を開く。

 

「帝国と魔物ですな。この2つは我が国とっては長年の課題のはずです。それをまあ、何と言いますか、帝国と魔物の巣くう黒魔の森に接する領地と辺境伯の地位を得た私を嫌悪し、なおかつ、排除しようなどと思い、実行しようとするなど、利敵行為でありましょう?指揮系統の乱れた前線がどうなるかぐらいは考えて欲しかったですな。まあ、まだ私への移管が済んでいない場所でありますから、私無しでも十分に稼働しますがね。ああ、だからこそ、ピーテル殿は影響を最小限に抑えるためにこの時期に動いたのか、なるほど。」

 

「何か、1人で納得されているようだが、貴殿としては此度(こたび)の事件に関わった者には利敵行為、つまり外患罪に当たると考えているのかね?」

 

「う~む、そこの線引きですが、ピーテル殿を捕縛する際に彼と話しをしましたが、外敵による刺激は考えていなかったのでは無いでしょうか。どちらかと言えば計画的な殺人未遂罪や内乱罪に近いような気もしますが、お2人はどうお考えで?」

 

「私は、貴殿の考えに近い。高位貴族に対する計画的な集団殺人未遂罪だ。アルノルト殿も同意見だ。」

 

「しかし、軍務省や内務省司法部や治安部では外患罪を適用するべきだとの意見もある。軍務省はゲラルト殿が抑えておるが、内務省は・・・。」

 

「アルノルト殿、遠慮せずに言ってくだされ。内務省は大臣である私でさえ、抑えきれん。」

 

「あー、地位のある平民出身者ですかな。声が大きいのは。マテウス殿」

 

「よくお分かりで。」

 

「私もついこの間まで平民でしたので。ま、あれでしょうなあ。武功で成り上がり授爵した私を見て、平民の彼らは希望を見た。自分たちも実績を上げれば貴族に成れるかもしれないと。しかし、ここにきて私の排斥を画策した者たちが現れた。ならば、2度とそのような(やから)が出ないように刑の重い外患罪を適用するべきだと思ったんでしょうなあ。憶測ですがね。」

 

「なるほど、確かに。そうかもしれませんな。」

 

「しかし、ならば、内務大臣である私はどうすればよいのか・・・。」

 

「大小問わず各部署の責任者とその補佐を集めて、演説すればよいではありませんか。“今回の騒動は、国に巣くう害虫どもを一掃するためにピーテル・オリフィエル侯爵が命を懸けて行った義挙である。国の中枢からそれらを排除できた今、あまりにも重い刑罰を課してしまうと内乱になりかねない。ガイウス・ゲーニウス辺境伯もそのようなことは望んでいない。我が国が法によって統治されている国であることをしっかりと証明するのだ。”とか言えばよいではありませんか。ちょっかいをかけてくる国も減りましょうし、各国に対するアピールにもなりますよ。」

 

「それ、採用。いっそのこと、王都の国民にも向けてやりましょう。地方には吟遊詩人にでも語らせればよいでしょう。使徒で英雄の語る言葉は我々が語るよりも重みがありましょう。マテウス殿もよろしいか?」

 

「もちろんですとも、アルノルト殿。」

 

「では、ガイウス殿、よろしくお願いいたす。」

 

 そうして、2人して頭を下げる。あれ、なんで僕が演説するような流れになっているんだろう。というか、王都の人たちに聞かせるとか何処(どこ)でやるの?




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第132話 打ち合わせ

「まずは、いつ、どこでやるかが問題ですな。」

 

「アルノルト殿、この件は一刻も早い方が良い。既に内務省の役人は4月入省の新人まで知っている。昨夜から今朝方のことを、だ。」

 

「うむ、では、まずはピーテル殿の捕縛に至った経緯を詳細に説明する必要があろうな。そして、ピーテル殿の自己犠牲の精神を尊いモノとして述べなければならぬ。そうしなければオリフィエル侯爵家やそれに連なる者達にいらぬ心労や最悪の場合は実害が出てしまうやもしれぬ。取り敢えず、治安部より王都内の各衛兵隊詰所や集会所、あらゆる掲示板に今回の事件についての掲示を早急にしなければならないぞマテウス殿。」

 

「あっ、紅茶のおかわりを。」「はい、辺境伯閣下。お茶菓子もどうぞ。」「ありがとう。」

 

 あー、紅茶美味しい。

 

「承知しました。となれば、今日中に作業が終了したとして、王都に話しが広がるのは昼前には可能でしょう。国民は貴族の醜聞(しゅうぶん)を好みますからな。いや、これは、平民、貴族を問いませんな。告知は何時ごろがよろしいでしょうか?アルノルト殿。」

 

「明日の昼頃がよろしいでしょう。正確に言えば12時ですな。この時間ならば大抵の職業が昼休憩に入っておりますから周知には効果的でしょう。」

 

「ふむ、そうですな。それで行きましょう。戒厳令も敷かない方がよろしいでしょうな。変な噂が立ってしまっては意味が無い。内務省はお願いしましたぞ。」

 

「任せてください。既に王都衛兵隊司令のアルフォンス・リシャルト侯爵が“戒厳令を敷くな!!民が混乱する”と今朝方、ここに乗り込んできましたから。」

 

「ああ、アルフォンス殿ですか・・・。彼は何というか正義感の塊のような(おとこ)ですからなあ。」

 

「レモンティーにしたいからレモンを貰ってよいかな?」「はい、辺境伯閣下。」「・・・うん、さっぱりしていいな。ありがとう。」

 

 レモンティー美味しい。

 

「国王陛下にはなんと?」

 

「なに、ここは宰相である私にお任せを。陛下は今回の件にだいぶ心を痛めております。何しろ、ピーテル殿は肉親である姉ベアトリースをも国家に巣くう害虫だと言いきりましたからな。陛下も少なからずこの件に関わってしまいましたから。」

 

「ああ、あのガイウス殿を呼び出すための書状の件ですな。しかし、側室とはいえ自分の妻を疑うという行為はなかなか難しいものでありますな。私も妻から簡単な願い事をされたら、すぐに叶えるでしょうし。」

 

「うーむ、しかし、国王陛下が関わっていることも白日の下にさらすとなると、宰相としてはなるべく穏便に済ませて欲しいですなあ。」

 

「ああ、茶菓子も上手い。なかなかいいモノだな。」「ありがとうございます。王都でも人気店のモノなんです。」「それは、手に入れるのに苦労しただろうに。」「マテウス様がお好きですので買いだめしてあるのです。1週間分のストックがあります。」「それは、凄いな。」

 

 マテウスさんは甘党なのか。意外だ。

 

「でしたら、ベアトリースにはとことん悪役になってもらいましょう。そうですな。このような筋書きはいかがでしょう。“連日の公務によってお疲れの陛下に対して、緊張がほぐれる夕食後に、飲酒を促し、酔いが回り思考能力が低下したところで、ベアトリース・オリフィエルが偽の書状を用意するために、白紙に署名と捺印をさせ、祐筆(ゆうひつ)に圧力をかけ、領にて帝国と黒魔の森に対応していたガイウス・ゲーニウス辺境伯を呼び出した。”というのは。」

 

「うむ。よろしいですな。では、文書をまとめましょう。」

 

「あー、ジュースをもらえるかな。種類は何でもいいのだが。」「どうぞ。辺境伯閣下。マンゴーのジュースです。」「・・・うむ。美味い。そうだ、私の護衛はまだ廊下にいるのだろうか?もし、いるのならばジュースを差し入れしてほしい。」「ご安心を閣下。護衛の方々には応接室にて待機してもらっております。廊下には通常通りの近衛兵しかおりません。」「それは、気づかい感謝する。」

 

 仕事ができるメイドさんだね。マンゴージュースも美味しいし。

 

「「ガイウス殿!!」」

 

「お、おう!?どうなされたアルノルト殿、マテウス殿。」

 

 ビックリした。急に大声を出さないでほしいな。

 

「貴殿に演説の際に読んでいただく文書を作成しました。たたき台なので、修正があれば遠慮なく言っていただきたい。」

 

「うむ、わかった。マテウス殿。」

 

 さてさて、どんな内容かなあっと、

 

“フォルトゥナ様の使徒であるガイウス・ゲーニウス辺境伯が王都に住まう者達に告げる。既に耳にしている者も多いことではあろうが、今回、国王陛下のお名前を使用し私の殺害を企てた者たちがいた。だが、安心してほしい。その者らはすでに私と衛兵隊の手によって捕縛されている。

 

 また、国王陛下の側室であるベアトリース・オリフィエル他数名がその名を罪人の中に(つら)ねていることに驚いた者も多いであろう。ベアトリース達は偽の書状を用意するために、連日の公務によってお疲れの陛下に対して、緊張がほぐれる夕食後に、飲酒を促し、酔いが回り思考能力が低下したところで、白紙に署名と捺印をさせ、祐筆(ゆうひつ)に圧力をかけ、領にて帝国と黒魔の森に対応していた私を呼び出し、亡き者としようとした。

 

 今回の騒動は、国に巣くう害虫どもを一掃するためにピーテル・オリフィエル侯爵が命を懸けて行った義挙である。国の中枢からそれらを排除できた今、法に定められているモノよりも重い刑罰を課してしまうと司法権の暴走に繋がりかねない。私もそのようなことは望んでいない。我が国が法によって統治されている国であることをしっかりと証明するのだ。

このことにより、アドロナ王国はより栄えるであろう。”

 

 なんか僕の言ったことがそのまま使われているような気がするけど、まあいいか。

 

「よいのではないでしょうか。私がしないといけないという1点を除いて。」

 

 ねえ、いい歳したおじさん2人が12歳の子供から目を逸らさないでくださいよ。僕はため息をつきながら、

 

「わかりました。私がやりましょう。取り敢えずは国王陛下に許可を取り付けてください。偽造しないでくださいよ。すぐにわかりますから。それと、もしかすると王都の民が・・・。いや、予測で言うのはよしましょうか。」

 

「いや、宰相としては凄く気になるのですが?暴動でも起こると?」

 

「それは、内務大臣としての私も気になりますね。ガイウス殿、民がどのようなことをすると予測されているのですか?」

 

「ふむ、お2人ともわかりませんか?ある意味、ピーテル殿は自分を犠牲にして、獅子身中の虫から国を救った英雄になるのです。助命嘆願が山のように来る可能性があるでしょう。」

 

 そう言うと、おじさん2人は頭を抱えだした。ま、ここから先は辺境伯の僕の領分じゃないからね。ゆっくりさせてもらおう。とりあえず、

 

「ジュースと茶菓子のおかわりを。」




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第133話 みんなの様子

 結局、嘆願書が来た場合は司法部の文官さん達に書類地獄を見てもらうことになった。司法部のみなさん強く生きて!!そんで、僕はお昼だからとさっさと内務大臣執務室をあとにした。宰相のアルノルトさんから17時過ぎに国王陛下の執務室に来るようにお願いされたけどね。国に(つか)えるって疲れるねえ。

 

 グイードさん達と合流し、ちゃちゃっと王城を出て貴族街を抜けて庶民街に来たら食料の買い込みを手分けして行う。グイードさん達の家族の分も忘れずにだ。買ったはしから偽装魔法袋に【収納】していく。それが終われば、王都の正門を抜けて誰にも見られていないことを確認し森に入る。

 

 そして、壁で囲った模造アルムガルト王都邸の中に入り、買い込んだ食料を放出する。今日の昼食までは昨日渡しておいた食糧で足りたようだ。グイードさん達には16時ごろまで家族団欒(かぞくだんらん)を過ごすように告げ、森の中へと戻る。

 

 すぐにマルボルク城の上空に【空間転移】し、翼を広げ滑空しながら城壁に近づく。僕に気付いた守備兵が城内に走って行くのが確認できた。呂布か張遼、高順の誰かを呼んでくるのだろう。

 

 しばらく滞空していると呂布が城壁に現れた。僕はすぐに彼の近くに着陸し挨拶をする。

 

「やあ、1週間ぶりかな。どうだい城の使い心地は?」

 

「いやあ、中々に素晴らしい城ですな。森から魔物が出てきてもすぐに対処ができますし、森に入り魔物を狩り街道を通る商人とも物々交換や魔物の素材を引き取ってもらい収入としています。奴隷たちへの教育も上手くいっています。何よりも街の代官であるユーソ殿のおかげで兵たちも窮屈な思いをせずに暮らしています。この通り、拙者も通行証を戴きました。」

 

 そう言って、呂布が懐からツフェフレへの通行証を見せてくれた。裏書は代官のユーソさん、衛兵隊長のバルブロさん、防衛隊長のラッセさんの3人分あった。町の有力者が3人も裏書に名を連ねていたら大丈夫だね。

 

「それはよかった。しかし、この城でも窮屈な思いはしないとは思うけど。」

 

「あー、ガイウス卿。女性の経験はありますか?」

 

「いや、僕はまだ12歳だからね。あー、そっか。そうだよね。本にも書いてあったよ。人間の3大欲の1つ性欲だね。確かに、ここには僕の所有である奴隷しか女性はいないもんね。」

 

「ご明察の通りです。問題を起こさないように言い聞かせておりますので・・・。」

 

「うん、娼館に行くのを禁止にしたりはしないよ。でも、お金は足りる?」

 

「はっ、先ほどもご説明した通り商人との商いをしておりますので、大丈夫です。」

 

「うん、わかった。もし、お金に困ったらユーソ殿に相談してほしい。」

 

「かしこまりました。」

 

「それじゃ、僕はユーソ殿に会ってから別の場所へ行くよ。」

 

「奴隷たちには会われないので?」

 

「今、訓練中でしょ?声が聞こえるよ。」

 

「拙者には聞こえませんが、確かに今の時間は屋外での訓練時間です。では、ガイウス卿がお越しになられて気にしていたことをお伝えしておきます。」

 

「うん、よろしく。呂布。」

 

 僕は呂布に別れを告げ、ツフェフレの町で代官のユーソさんと会い、呂布たちに通行証を出してくれたことの感謝を述べた。僕が帝国の国境砦を破壊したのも多少誇張されて伝わっていた。「流石はガイウス閣下」と言われたけど、破壊したのは【召喚】したアメリカ陸軍の砲兵隊なんだよなあ。説明が面倒くさいから愛想笑いで済ませたけど。

 

 ツフェフレの町を出た僕はニルレブに【空間転移】する。すぐに“シュタールヴィレ”のみんなに会おうと思い行政庁舎に向かう。すぐにヘニッヒさんが出てきて執務室で応対してくれた。どうやらみんな黒魔の森に依頼(クエスト)をこなしに行っているらしい。それと、昨晩はヘニッヒさんのお屋敷にみんな宿泊したみたい。

 

「お早いお帰りでしたな。」

 

「いやあ、疲れました。後日、こちらにも何らかの形で報告が来るとは思いますが、“貴族閥”の貴族家に対する捕縛劇がありまして。」

 

「その中心にいたのが閣下でありましょう?あの書状も閣下を呼び出す口実だったのですね。上手くいったのでしょう?」

 

「もちろん、上手くいきましたよ。そうでないと5体満足で此処にはいられないでしょうね。」

 

「ほう、それはそれは。お話しを聞かせてもらえるでしょうか。」

 

「ええ、もちろん。」

 

 ということでヘニッヒさんに王都で昨晩から今朝方にかけて起こった出来事を話した。

 

「ピーテル閣下は不器用な御仁だったのでしょうか?」

 

「どうでしょう?彼の思惑通りに“貴族閥”の貴族を捕縛できました。どちらかと言えば、諦めに近い感情を抱いていたのではないかと思います。自分自身に対してではなく貴族社会にですが。」

 

「直接、お会いになられた閣下がそのように言われるのであれば、そうなのでしょう。」

 

「おっと、そろそろ時間です。本当は皆にも会いたかったのですが。あ、ヘニッヒ卿は皆が泊まっている宿をご存知ですか?」

 

「ああ、“シュタールヴィレ”のみなさんにはわが屋敷にて過ごして戴くつもりですので、ご心配なく。」

 

「ご迷惑ではないですか?」

 

「いえ、全く。屋敷にいるのは私と妻と使用人たちのみですから。子たちが学園(アカデミー)に入学してからは、屋敷の中が随分広く感じていたものですから丁度良いのですよ。」

 

「それでは、お願いします。」

 

「閣下はこれからまた王都ですか?」

 

「はい、そうです。」

 

「それでは、お気を付けて。」

 

「ありがとうございます。それでは。」




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第134話 話し合い

 王都近くの森にある模造アルムガルト王都邸に戻ってきた。玄関扉を開けると、子供たちが随分楽しそうに遊んでいた。いいことだね。グイードさん達は申し訳ないと謝ってきたけど気にはしないよ。それよりも、

 

「皆さんの服を買わないといけませんね。あ、ここでは素の僕でいきますので口調は気にしないでください。」

 

「確かに閣下の仰る通りです。替えの服がありませんので、今はよいですが季節的にあと2,3日経つと臭いが・・・。」

 

「それでは、グイードさん達は今から僕と一緒に王都に行きますから、その時に買いましょう。時間も無いから今から行きましょうか。」

 

「「「はっ、閣下。」」」

 

 というわけで、王都の庶民街の服屋にやってきました。衛兵さんに聞いたらここのお店が一番品数が多いらしい。本当なら中古の服なんだけど、折角なら新品の服をプレゼントしたい。そういうことで、グイードさん達が止めるのも聞かずに手当たり次第に服を選んでいく。勿論、下着も。女性陣の下着は紙に書いてもらってそれを店員さんに渡し見繕(みつくろ)ってもらった。結構な金額になったけど気にしない。買った物はすぐに偽装魔法袋に【収納】し、本日のメイン王城へと向かう。

 

 貴族街の門では衛兵さん達に最敬礼されてしまった。答礼として馬上の僕は頷いて片手を挙げることしかできなかったけどね。そのまま王城へと向かう。予定時刻よりも早く着くけど問題ないでしょ。呼び出したのは国王陛下なんだから。

 

 王城正門では誰何を受けるので、下馬して貴族証を見せる。グイードさん達も同様に。すぐに案内の近衛兵さんと馬を預かる厩舎員さんがやって来る。馬をそれぞれ預け、2人の近衛兵さんの先導で国王陛下の執務室へと向かう。執務室に近い場所で案内してきた近衛兵さんのうちの1人が告げる。

 

「ガイウス閣下のみが入室を許可されております。護衛の方々は別室で待っていただきます。」

 

「うむ、わかった。グイード卿、アルト卿、ロルフ卿は彼の案内について行くように。」

 

「「「はっ、閣下。」」」

 

「では、こちらへ。」

 

 別室に向かう4人の背を見送り、僕は執務室の前へと立つ。近衛兵さんが執務室の扉の両脇に立つ陛下直属の近衛兵さんに告げる。

 

「ガイウス・ゲーニウス辺境伯閣下が参られた。」

 

「了解した。陛下に確認を取る。」

 

 1人が扉をノックし、中に入ってすぐに出てくる。

 

「どうぞ、閣下。」

 

 近衛兵さんが促す。僕はため息小さくつき、

 

「失礼します。」

 

 そう言って、扉を大きく開く。中には国王陛下と宰相のアルノルトさんと内務大臣のマテウスさんがいた。みんな疲れたような顔をしているが気にしない。ピーテルさんが動くまで“貴族閥”の影響が大きくなるのを放っておいたのが悪い。ま、理由は色々あるんだろうけど。

 

「ガイウスよ。よく来てくれた。ああ、護衛の者は部屋から出てもらえるか。4人のみで話しをしたい。なに不届き者が侵入したとしてもガイウスが蹴散らしてくれようぞ。」

 

 部屋の中に居た2人の近衛兵さんは困惑しつつも頭を下げ退室する。そして、扉がしっかりと閉められる。僕はすぐに【風魔法】で防音・物理耐性の障壁を展開する。3人ともビックリしていたけど説明したら納得してくれた。

 

「誰が聞き耳を立てているかわかったのものでは無いからな。ガイウスよ、苦労をかけるな。」

 

「これぐらいは、苦労のうちに入りません。陛下。」

 

「お主であればそうであろうな。さて、3人とも改めて忙しい中、集まってもらい感謝する。特にガイウスは昨晩からだが、休息はとれたかの?」

 

「はい、陛下。大丈夫です。」

 

「うむ。ああ、立たせたままですまんな。適当に腰掛けなさい。」

 

 ならば、言葉に甘えて。扉の前に適当に椅子を【召喚】し、それに座る。ついでに小さめの卓も【召喚】してその上に自分用の果実水とコップを置く。その様子をポカンとした顔で眺める3人。

 

「さて、それでは、私が此処(ここ)に呼び出された理由をお伺いしましょう。」

 

 僕がそう言うと、アルノルトさんが顔を真っ赤にして立ち上がり、声を荒げる。

 

「ガイウス殿、いくら今回の件の功労者であろうとも、その態度は陛下に対して不敬であるぞ!!」

 

「不敬?ご自身の側室、つまりは妻が私に害をなそうとしていたことに対しての謝罪もしない方に対して不敬?しかも、私は呼び出し理由を聞かされてもおりません。いくら国王陛下でもわきまえるべき礼儀があるのでは?それとも、高位の方々が通われる学園(アカデミー)では自尊心のみを育てるのですかな?」

 

「アルノルト殿、ガイウス殿、落ち着いてくだされ。ガイウス殿、それ以上は不敬罪に抵触する可能性があります。お気をつけ下さい。」

 

「よいのだ、アルノルト、マテウス。此度の件は余の不徳の致すところであった。ガイウスよ謝罪を欠いたことをこれで許してはくれまいか。」

 

 そう言って、立ち上がり頭を下げる国王陛下。僕も立ち上がりそれを受け取る。

 

「陛下の御心、確かに受け取りました。先程の不敬、お許しください。」

 

「うむ、許そう。さて、では本題に入ろうかの。アルノルト頼む。」

 

「はっ、陛下。ガイウス殿、怒鳴りつけて申し訳なかった。」

 

「いえ、陛下への忠誠心の高さを再確認させていただきました。さ、本題を。」

 

「それでは、明日の12時にガイウス殿に行っていただく、今回の騒動の国民への演説について話し合いたいと思います。まずは、場所ですが、どこがよろしいでしょうか?」

 

「王城ではダメか?」

 

「それですと、ガイウス殿を拝見できる民の数が限られてしまいます。下手をすれば、その集団が暴徒になる可能性も。」

 

「ふうむ、駄目か・・・。」

 

「アルノルト殿、マテウス殿に確認したいことがあるのだがよろしいだろうか。」

 

「どうぞ。」

 

「ありがとう。マテウス殿、掲示板への告知の張り出しは既に済んでいるのだろうか?」

 

「ええ、内務省総出でしましたから済んでいますよ。」

 

「であれば、王都の民の大半は明日、演説が行われていることは知っているわけですな。それなら、楽な方法を取りましょう。」

 

「ほう、それ何かの?」

 

「はい、陛下。王城の上空で私の翼を最大限まで広げ、【風魔法】により広域演説を行うのです。これならば、聞き漏らすものもいないでしょうし、一ヶ所に人を集めずにすみます。どうでしょうか?」

 

「「「採用!!」」」




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第135話 演説

「それでは、ガイウス殿が明日の12時に王城上空で演説を行うということでよろしいでしょうか?」

 

「うむ、余は構わん。」

 

「内務省としても問題ありません。」

 

「それでは、今回の議題はこれにて終了ですな。」

 

「はっ!?どういうことですか、アルノルト殿。先程は、まずは場所から決めようと言っていたばかりではないか。他の議題は?」

 

「ああ、ガイウス殿。貴殿が残りの全てを解決してくれました。場所を決めた後は、どのようなに王都の民をそこに集めるか。どのように分けるか。来ることのできない動けない民にはどのように告知をするのかなどを話し合う予定でした。しかし、貴殿の提示してくれた案はそれらを全て満たしました。ですので、話し合いは終了です。」

 

「演説の内容はよろしいのか?」

 

「ええ、マテウス殿と修正を加え、陛下にも裁可を戴きました。こちらになります。」

 

 アルノルトさんから演説文を書いた用紙を受け取る。

 

「今日の昼の分と変わりませんな。」

 

「ええ、何処(どこ)か問題でも。」

 

「ありませんな。ああ、マテウス殿、衛兵は各所に班か分隊を配置しておいた方が良いかと。暴れる(やから)がいるやもしれません。また、貴族以外でもこの件に関わっていた者がいるでしょうから、私の演説の前後は門の検査を厳重にお願いします。」

 

「衛兵の各所への配置は承知した。検査は既に厳重にしてあるのでご安心を。」

 

「では、これにて、明日の演説についての話し合いは終わりとなります。陛下、マテウス殿、ガイウス殿、ありがとうございます。」

 

「3人とも、ご苦労であった。ガイウスよ。明日は頼むぞ。」

 

「はい、陛下。」

 

 そして、【召喚】したモノを片して、【風魔法】の障壁を解き、頭を下げ執務室を後にする。すぐに、グイードさん達と合流し、馬を受け取り王城を出る。そのまま、王都の正門まで行き、模造アルムガルト王都邸へと向かう。

 

 屋敷に着くと、囲っていた壁に【召喚】で頑丈な鉄門を付ける。壁をいちいち取っ払ってまた設置するのが面倒くさくなっちゃった。鍵は代表としてグイードさんに渡す。分厚い鉄の門を開け屋敷の中に入る。購入してきた服を広げると歓声が上がった。主に女性陣からだけど。

 

 そして、僕とグイードさん達は王都に戻り、アルムガルト王都邸へと向かう。用意された夕食を摂り、明日に備えて休む。

 

 日が明けて5月5日土曜日になった。なってしまった。僕は今日の12時に王城上空で演説をしなければならない。昨日はそこまで緊張しなかったけど、いざ本番が目の前に迫るとかなり緊張するね。取り敢えず、朝食を摂り、軍装よりの服に着替えさせてもらう。メイドさん達がきっちりと選んでくれた服装だから問題ないとは思うけどね。

 

 みんなの見送りを受け、グイードさん達と共に王城に向かう。正門での誰何(すいか)はいつもの事だけど、それ以降はスムーズに進んだ。そして、僕は今、国王陛下の執務室にいます。勿論、宰相のアルノルトさんと内務大臣のマテウスさんがいる。

 

「おはようございます。陛下、宰相閣下、内務大臣閣下。」

 

「堅苦しいのは無しだ。ガイウスよ。本日の事はお主の双肩(そうけん)にかかっておる。無駄にプレッシャーをかけたくはないが、お主にしかできぬことだ。頼んだぞ。」

 

「はい、陛下。上手くやらせていただきます。」

 

 12時の10分前には練兵場に向かう。練兵場には、近衛兵は勿論の事、武官さん達に文官さん達、他の貴族達もいた。僕は陛下と共に彼らの前に進み出て、翼を生やし大きく広げる。そして、飛び立つ。グングンと高度を上げ、王城の尖塔よりも高い位置に(とど)まる。ここからなら、王都中が見渡せる。こちらから、見ることができるということは相手からも見ることができるということだ。

 

 さて、時間になった。翼を最大限大きくし、【ライト】を使い、目立つように頭上に光点を出現させる。そして、【風魔法】を使い、王都の隅々まで僕の声が行き届くようにする。

 

「王都に暮らす者達、また偶然にもこの場に居合わせた者達に告げる。王城上空を見よ。私はフォルトゥナ様の使徒であるガイウス・ゲーニウス辺境伯である。これより、一昨日深夜から昨日早朝にかけて起こった出来事について説明していこうと思う。

 

 街中の掲示板や噂話で既にどのようなことが起こったのか知っている者も多いことではあろうが、改めて聞いてほしい。今回、国王陛下のお名前を使用し私の殺害を(くわだ)て、さらに軍との離間の計を(たくらんだ)んだ者たちがいた。だが、安心してほしい。その者らはすでに私と衛兵隊の手によって捕縛されている。

 

 また、国王陛下の側室であるベアトリース・オリフィエル他数名がその名を罪人の中に(つら)ねていることに驚いた者も多いであろう。ベアトリース達は偽の書状を用意するために、連日の公務によってお疲れの陛下に対して、緊張がほぐれる夕食後に飲酒を促し、酔いが回り思考能力が低下したところで、白紙に署名と捺印をさせ、祐筆(ゆうひつ)に圧力をかけ、ゲーニウス領にて帝国と黒魔の森に対応していた私を呼び出し、亡き者としようとした。

 

 だが、王族の縁者であろうとも法から逃れることはできない。

 

 そもそも今回の騒動は、王国に巣くう獅子身中の虫どもを一掃するためにピーテル・オリフィエル侯爵が命を懸けて行った義挙である。そう、彼は自分の姉であり国王陛下の側室であるベアトリース・オリフィエルでさえも王国に巣くう害だと判断した。私人では情があっただろうが彼は公人としての己を優先したのだ。

 

 国の中枢からそれらを排除できた今、法に定められているモノよりも重い刑罰を課してしまうと独立している司法権の暴走に繋がりかねない。今回の事件の被害者である私もそのようなことは望んでいない。この声が聞こえている者達もそうであると私は信じている。今回の事件をもって我らの王国が法によって統治されている国であることを内外へと証明するのだ。このことには貴族であるとか平民であるとか身分については関係ない。我ら1人1人の思いが大切なのだ。

 

 さすればアドロナ王国はより栄えるであろう。

 

 ご清聴ありがとう。」

 

僕がそう締めくくると、ワッと王都中が()いた。暴動かなと思っているとどうやら違うようだ。よく耳を澄ませてみると、

 

「「「「「王国万歳、国王陛下万歳、ガイウス閣下万歳、ピーテル閣下万歳!!」」」」」

 

 うーむ、どうしてこうなるかなあ。僕については万歳は必要ない気がするんだけど。




見てくださりありがとうございました。


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第136話 呼び出し

更新にかなり間があいてしまって申し訳ありません。もう一つの艦これ小説と一緒に投稿しようと思っていたのですが、そちらの方が筆が進まずにこちらもそのままとなっていました。

本日からはあちらの小説とは別で更新しますので、今回のように間があくことは無いと思います。今後も拙作をよろしくお願いします。


 演説を終えた翌日、5月6日日曜日の朝。僕はアルムガルト王都邸にまだお邪魔していた。本当はグイードさん達と家族を連れてゲーニウス領に戻ろうとしたんだけど、陛下と宰相のアルノルトさんと内務大臣のマテウスさんに引き留められた。それはもう必死で。

 

 というわけで、仕方なく僕はまだ王都にいます。グイードさん達には家族と過ごすように伝えて、王都郊外の森にある模造アルムガルト王都邸に滞在してもらっている。面倒に巻き込まれるのは僕だけで十分だよ。今回の件はね。

 

 それに何となくだけど、引き留められた理由も見当がつくしね。ああ、でも見当違いの事だったらどうしようか。ま、今は考えても仕方がない。その時はその時さ。朝食を摂りながらそう思っていると、王城から使者が来たようだ。ジーモンさんが対応してくれているらしい。急いで食事を進める。

 

 食後、すぐに応接室へと向かう。部屋に入るなり使者の人は「朝食のお時間に申し訳ありません。」と謝ってきた。僕は、「気にはしないので、用件を。」と伝えると、王家の封蝋印が押された書状を渡してきた。僕は嫌々ながらもそれを受け取り開封して中身を読む。そして、ため息をつく。

 

「ジーモン殿、王城へ行くので準備の手伝いをお願いする。」

 

「かしこまりました。閣下。」

 

 使者の人は僕の言葉を確認すると王城へ戻っていったよ。あー、面倒だなあ。メイドさん達に服を選んで着付けてもらいながら、ため息をつく。

 

「あら、閣下。王城からのお呼び出しがそれほどお嫌ですか?」

 

「えーっと、嫌ってわけではないんですけど、なんか面倒なことに巻き込まれそうで。」

 

「閣下なら大丈夫ですよ。昨日の演説も素晴らしかったですし今までも苦難を乗り越えてこられたのでしょう?」

 

「あれは、みんながいましたからね。でも、今の僕は1人ですよ。1人で出来ることなんてたかが知れていますよ。」

 

「そう仰らずに。・・・。はい、できましたよ。」

 

「ありがとうございます。」

 

 お礼を言って玄関ホールに向かう。すでにジーモンさんを筆頭に使用人さん達が整列していた。僕の着替えを手伝ってくれたメイドさん達もその列に加わる。

 

「「「「「ガイウス閣下、いってらっしゃいませ。」」」」」

 

「ええ、いってきます。」

 

 玄関を出たら、厩舎員さんから馬をもらい、騎乗して王城へと向かう。少しでも楽しいことを考えながらゆっくりと。途中で巡回中の顔見知りの衛兵さん達とも会って、世間話をしながら馬の歩みを進める。だから、普通なら15分はかからない道を30分以上かけて進んだ。

 

 王城の正門には門番の近衛兵さんが2人と、あの人は確かカレルさんだったかな。ベアトリースを捕縛するときの近衛の指揮官だった人だ。その人が、じっと立っている。あー、これはあれかな。もしかすると、僕の出迎えだったりして。外れていてほしいなあ。しかし、そんな願いも届かず、カレルさんが駆け寄って来て、

 

「ガイウス閣下、お待ちしおりました。陛下と宰相閣下、内務大臣閣下がお待ちです。」

 

「カレル卿だったか?すまん、顔見知りと途中で会ってな、少しばかり話し込んでしまった。陛下とお二方を待たせてしまっていたか。お怒りを買わねば良いのだが・・・。」

 

「いえ、陛下とお二方とも閣下がお越しになるのを今か今かとお待ちでしたので、お怒りになられることは無いかと。」

 

「ふむ、ならば安心した。さて、門を通してもらえるかね。」

 

「もちろんです。閣下。馬のほうは厩舎員に。では、私がご案内いたします。あっ、自己紹介が遅れました。近衛第1軍団所属のカレル・メールローと申します。男爵位を賜わっております。」

 

「これは、ご丁寧に。どうも、ありがとう。」

 

 その後は、国王陛下の執務室に会話をしながら向かった。

 

「いえ、本当は最初に名乗らなければならなかったのですが、一度お会いしたこともあり、すっかり頭から抜け落ちていました。」

 

「なにそのくらいリラックスしながら仕事をするのも大切だろう。近衛だからと云って四六時中、気を張っていても疲れるだけだろう?」

 

「閣下は変わられた方ですね。大抵の私より爵位が上の方々はお怒りになられます。」

 

「ふむ、それは、私が平民上がりだからだろうさ。しかも、見ての通り12歳の子供だ。はっきりと言って貴族のやり取りはつまらん、くだらん、ノロい。そう思っている。ただの挨拶でさえ華美な言葉を選び装飾し、相手が自分より上位なら持ち上げる言葉を選び、下位ならば脅すような言葉を選ぶ。そして、ゆったりと動くこと、時間を無為に潰すことが至高の贅沢だと思っている者もいる。ああ、しかし、今日の私は結構ゆったりだったな。反省しなければ。ん?どうしたカレル卿。そんな驚いた顔をして。」

 

「あっ、いえ、昨日の演説もですが、ハッキリとモノを仰られるなあと思いまして。」

 

「うん?そうかね?いや、そうかもしれない。以前はこんなことは無かったのだが・・・。」

 

「爵位と領地を賜り責任感が生じたのではないでしょうか?」

 

「責任感・・・。確かに冒険者のみをやっていた時は、自分と仲間の命を考えればよかった。しかし、辺境伯となり領地を下賜(かし)されてからは、民と国を(まも)るのだという考えが大きくなっている。卿の言う通りだな。ありがとう。自分でも気づけないことに気づけた。」

 

「いえ、閣下。閣下ならいつか気付けていたでしょう。っと、着きました。陛下の執務室です。少々お待ちを。」

 

 そう言って扉をノックするカレルさん。

 

「ガイウス・ゲーニウス辺境伯閣下をお連れしました。」

 

 扉が少しだけ開き、護衛の近衛兵さんが声をかけてくる。

 

「どうぞ。閣下。お入りください。陛下がお待ちです。カレル様、“案内ご苦労”と陛下のお言葉です。」

 

「では、私はこれで。」

 

「ああ、ありがとう。カレル卿。」

 

 カレルさんにお礼を言って、執務室に入る。するとそこにはぐったりとした様子の陛下とアルノルトさんとマテウスさんがいた。そして、大量の紙、いや書状?うーむ、声をかけづらい。いや、かけたくない。絶対に厄介事に引き込まれる。でも、“ガイウス、至急、私の執務室まで来てくれ”と書状で呼び出されたのだから仕方がない。声をかけよう。

 

「ガイウス・ゲーニウス、お呼び出しにより、ただいま参りました。」

 

 3人の顔がゆっくりと僕に向く。怖いよ!!というか眼の光が消えているし。

 

「おお、ガイウスよ、よくぞ参った。ああ、内々の話しなので護衛の者は廊下にて待機しておくれ。」

 

 護衛の近衛兵さん2人が頭を下げて退室する。僕はすぐに【風魔法】で防音の障壁を作る。それを確認した3人が一斉に口を開く。

 

「「「助けてくれ。我々ではどうにもならん!!」」」

 

 まずは何があったのか聞いてもいいですか?それと、その紙?書状?の山の説明も。




見てくださりありがとうございました。


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第137話 嘆願書?

「まずは何があったのかを説明してください。」

 

「うむ、そうだの。アルノルト、頼む。」

 

「はっ、陛下。ガイウス殿。昨日の演説は見事だった。いや、見事過ぎた。簡潔に説明するが、お主の演説が終わった約1時間後に最初の減刑を求める嘆願書と厳罰を求める嘆願書が内務省に届いた。その後は、時間を追うごとにそれが増えた。問題なのは、それの大半が貴族と文官、武官からということだ。」

 

「民からのではないのですか?」

 

「ハハッ!!それはもう今朝から届いておるよ。今頃、休日出勤の内務省はてんやわんやだろう。なあ、マテウス殿。」

 

「うむ。それでだガイウス殿。此処(ここ)に有るこれらはどうすればよいと思う?」

 

「えっ!?それを考えるのが宰相閣下と内務大臣閣下のお仕事でしょう?」

 

「そうは言わずに、余を助けると思って力を貸してはくれんか?」

 

「陛下がそのように仰られるならば・・・。」

 

 取り敢えず、手近な嘆願書を見てみる。なになに、

 

“ガイウス閣下の演説には大変共感致しました。罪を犯したとはいえ、救国の英雄であるピーテル閣下に重い刑罰を処すのは如何(いかが)なものでしょう。法治国家であるとはいえ、情状酌量の余地がある罪の場合は十分に検討するべきだと思われます。ピーテル閣下には降爵と領地の削減か召し上げが妥当かと思われます。その他の者については、通常よりも重い刑罰を望みます。”

 

 うん、普通だね。次は、

 

“フォルトゥナ様の使徒であるガイウス様のお手を煩わせるとは言語道断。しかし、ガイウス様も仰った通り、ピーテル殿は虫を炙り出し、捕縛するのに一役買っておりますので、減刑で良いかと。他の者共は地獄を見るべきでしょう。”

 

 うーむ、少し狂信的だねえ。お次は、

 

“ああ、ガイウス様があの美しい純白の翼で、あのお声で演説してくださったことに感謝を。そのような場を設ける機会を与えたピーテル・オリフィエル侯爵は罰を減じてもいいでしょう。他の虫どもは処刑でいいのでは。”

 

 あ、ちょっと危ない人だね。さて次は、

 

“ガイウス様ガイウス様ガイウス様ガイウス様ガイウス様のお声ガイウス様ガイウス様ガイウス様ガイウス様ガイウス様のお姿ガイウス様ガイウス様・・・。”

 

 僕はそっと書状を閉じた。そして目線を上げると3人から逸らされた。僕は呟いた。

 

「狂信者・・・。」

 

 その言葉に3人ともビクッと肩を跳ねあがらせた。

 

「あれですね。僕の狂信者がいるんですね。というか、僕の狂信者からのが大半を占めているのでは?」

 

「大半は言い過ぎだが、今のところ三分の一を占めている。」

 

 アルノルトさんの言葉に頭を抱える。

 

「やり方が間違っていたんですかね・・・。」

 

「いや、余はあのやり方で良かったと思っておるぞ。民にあまねく伝えることができたのだからな。」

 

「うむ、私も陛下と同意見だ。まあ、なんだ、ガイウス殿のあの姿はまさしく神が(つか)わした者、フォルトゥナ様の使徒の名に恥じぬものであったからな。フォルトゥナ教に熱を入れている者達にとっては発奮(はっぷん)する機会となったのであろう。ああ、信仰が悪いと言っているのではないぞ。まあ、マテウス殿は大変だったらしいが。」

 

「内容を聞いてもよろしいですか。マテウス殿。」

 

「いや、治安部が苦労してな。正確に言えば衛兵隊だが。ガイウス殿の演説のあと、教会に人が殺到したようでな。その対応に追われていたというだけだ。」

 

「なるほど。なら、そちらは引き続き衛兵隊に頑張ってもらうとして、取り敢えずは目の前の問題ですな。内容で分けてあるようなので、私個人の崇拝傾向が強いモノは排除していきましょう。嘆願書としての(てい)()しているのであれば、そのまま受け付けましょう。後は司法部に丸投げでいいでしょう。それと、私個人を崇拝するような書状は教会にでも渡しますか?ああ、いや燃やした方がいいですかね。」

 

 手の平に【火魔法】でファイヤーボールを出しながら言う。

 

「ガイウス、ガイウス、落ち着くのだ。お主の気持ちはわからんでもないが、折角の書状なのだ。燃やしてしまうのは当人たちの気持ちを無碍(むげ)にしてしまうものではないかの?」

 

「・・・。納得できませんが、承知しました。これらの書状は、私が責任をもって持ち帰りましょう。」

 

「うむ、そのようにしてくれると助かる。それでだ。残りの嘆願書について如何様(いかよう)にするべきかのう。」

 

「それこそ、アルノルト殿とマテウス殿の管轄では?ただの辺境伯であるあたしが口を挟む資格は無いかと思いますが。」

 

「無論、まともな嘆願書は私とマテウス殿で事務処理を行なう。問題は・・・。」

 

「ああ、私が言ったから従うといった内容の類のものですね。ふむ、これも普通の嘆願書と同じような事務処理で良いのではないでしょうか。私の言葉とは、陛下とアルノルト殿、マテウス殿と私が考えた演説の内容なのですから。」

 

「ふむ、確かに。アルノルト殿、それでは、狂信的なモノを(のぞ)いていこう。ガイウス殿にもお手伝い頼めるかな。」

 

「ええ、いいですよ。しかし、陛下に許可をとらなくてもよろしいのですか?ここは陛下の執務室でありましょう?」

 

「ガイウスよ、気にせんでよい。余も手伝おう。執務室から出ると謁見を申し込んでくる者が多いのでな。しばらくは、他の貴族とは会いたくないのだ。」

 

 陛下が遠い目をされて仰られる。何かあったんだろうなあ。でも、聞いたらきっと後悔する。だからそんな目で見られても聞きませんよ、国王陛下。




見てくださりありがとうございました。


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第138話 裁判

 昨日は結局、役所の定時の17時を過ぎてまで手伝いをした。アルムガルト王都邸に戻ったのが19時だった。夕食を食べて、風呂に入ってすぐに寝た。そして、今日、5月7日月曜日はピーテル・オリフィエル侯爵の裁判の日だ。減刑の嘆願書があまりにも多くて早く裁判をして判決を出さないと内務省司法部がパンクしてしまうとの判断だ。休日出勤ご苦労様です。

 

 そのため、休日であるはずの昨日のうちに起訴が行なわれている。そして、今日のうちに公判、判決というかなりのスピード裁判だ。他の捕まった者達には厳罰の嘆願書が届いているらしく、こちらは通常通りに行うそうだ。ま、人数も多いからね仕方がない。

 

 それで、僕は今、証人台にて被害者として立っているのだけども、言うことは一つだけ、

「ピーテル・オリフィエル侯爵の国への思いが、今回の騒動の原因の一つであるから、私はその思いを責めることはできない。また、私は被害者ではあるが、実質的な被害には遭っていない。であるから、私、ガイウス・ゲーニウスは彼の者に対する減刑を求めるものである。」

 

 はい、これで僕の裁判での出番は終了。後は判事さん達の出す判決を傍聴席で待つだけ。それで、判決だけど懲役15年執行猶予8年ということになった。大量の減刑嘆願書と被害者である僕の減刑を求める声を受けてらしい。あ、罪状は“高位貴族に対する殺人未遂罪”ね。因みに、他の貴族達とベアトリース達側室に“外患罪”も適用されるみたい。

 

 そして場所を移して王城の謁見の間。近衛兵さんにガッチリと囲まれたピーテルさんが国王の前に跪いている。僕はそれを貴族側の列に混じって見ている。これから、爵位と領地に関する沙汰が下される。

 

「ピーテル・オリフィエルに告げる。お主の犯した罪はたとえ国のためであったとしても見過ごすことは出来ぬものである。よって余はアドロナ王国国王としての沙汰を下す。(なんじ)、ピーテル・オリフィエルは侯爵位を剥奪。男爵位のみを残し他の爵位も剥奪とし、一月以内に当主を息子に譲り渡すこと。領地については、そのまま安堵とする。以上だ。何か言いたいことはあるか?」

 

「一つだけございます。」

 

「言うてみるがよい。」

 

「なぜ、そのように軽い罰で済んでいるのでしょうか?」

 

「国民とガイウス・ゲーニウスが願ったからだ。この答えでは不満か?」

 

「いえ、感謝申し上げます。」

 

 それで、やり取りは済んでピーテルさんは謁見の間から退室した。陛下も退席されると、武官さん、文官さん、貴族が三々五々に解散する。僕は、陛下と宰相のアルノルトさんに呼ばれているので陛下の執務室へと向かう。

 

 執務室の前で誰何(すいか)を受けて、陛下の了承を得て入室する。そこには、疲れ切った表情の陛下とアルノルトさんがいた。

 

「だいぶお疲れのようで。【ヒール】をかけましょうか?」

 

「いらんいらん。このようなことでいちいち【ヒール】に頼っていると依存症になってしまうわ。アルノルトはどうだ。」

 

「私も必要ありませんな。何とか一番厄介なことが終わりましたから。」

 

「そうですか。では、なぜ私はここに呼ばれたのでしょうか?」

 

「あー、ピーテルから男爵位以外を剥奪したであろう?オリフィエル家は侯爵、伯爵、子爵、男爵、騎士爵を持っておってな、今回の件で男爵位以外が宙に浮いた状態になっておる。なので、お主にやろうと思ってな。」

 

「えっ、いりませんよ。そんな厄介事の火種みたいなもの。」

 

「ガイウス殿、今回の一番の功労者は被害者でもある貴殿です。何かで補填(ほてん)しなければ王家の面子(めんつ)が潰れてしまいます。どうか頼みます。」

 

 そう言って、頭を下げるアルノルトさん。陛下も頷いている。これは断れないなあ。

 

「わかりました。それでは、侯爵位、伯爵位、子爵位、騎士爵位の4つを有り難く戴きます。」

 

「ん?4つではないぞ、ガイウス。アルノルト説明を。」

 

「ガイウス殿、確かに侯爵位、伯爵位は1つずつですが、子爵位は2つ、騎士爵位は14あります。オリフィエル家は王国でも古い家でありますから、その代の当主が功績を挙げ、爵位を下賜され続けてきている。しかも、珍しく分家を作っておらんのですよ。」

 

「ああ、それで、爵位が貯まりに貯まっているということですか?」

 

「まあ、簡単に言うとそうですね。」

 

「しかし、家臣に下賜することもできたでしょうに。」

 

「あのピーテル卿がそのようなことをするとお思いですか?彼は、功績を挙げた家臣には最大限の名誉を与えるために、陛下からの下賜を申請されているのですよ。」

 

「それは、何と言いますか、凄いですね。」

 

「うむ、だからこそピーテルが衛兵隊に捕縛されたと聞いた時は驚嘆したわ。まあ、すぐにピーテルの(はかりごと)ということがわかって安心したが。」

 

 陛下はそう言って、深くため息をつき椅子にもたれかかる。

 

「まあ、ガイウス。お主のような人物に爵位を渡せばピーテルも納得してくれるであろう。大事に使ってくれると嬉しい。」

 

「陛下とピーテル殿の思いを裏切らないように努力いたします。」

 

「うむ、ガイウスよ、頼んだぞ。アルノルト。」

 

「ガイウス殿、こちらの書類の束が貴殿に爵位を与える(むね)(したた)めた内容のモノになる。」

 

 アルノルトさんがそう言って渡してきた書類を受け取る。枚数を確認すると19枚ある。“伯爵位を授爵する”という書類が2部ある。

 

「アルノルト殿、伯爵位の書類が2部あるのだが。」

 

「ああ、それは余からの手間賃だと思うてくれ。あとで謝礼金も出すがまずは爵位を授ける。好きに使うがよい。」

 

「ありがとうございます。陛下。」

 

 うへえ、面倒くさいなあ。取り敢えずは貰っておくけどさ。その後は、30分ほど雑談して王城を出た。そのまま、アルムガルト王都邸に戻り、着替えもせずにベッドに倒れ込む。ここ数日は本当に疲れた。僕はそのまま意識を手放した。




見てくださりありがとうございました。


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第139話 帰還

 気が付くと朝日が窓から差し込んでいた。いつの間にかしっかり着替えさせられベッドにキチンと横になっていた。これはメイドさん達に手間をかけさせちゃったかな。そう思いながら着替えていると、ノックの音が響く。「どうぞ。」と声をかけるとメイドさんが「朝食のご用意ができました。」と知らせてくれた。「すぐに向かいます。」と返事をして、食堂へ向かう。

 

 朝食の後はゲーニウス領に戻る前の準備として軍務省に寄る。軍務大臣のゲラルトさんから人事に関する書類を貰うためだ。これでゲーニウス領に駐屯している国軍から必要な人員を引き抜くことができる。まあ、現地徴用やゲーニウス領に愛着でもない限りは無理に引き留めたりはしないけどね。

 

 軍務省に着くと入口の前で誰何(すいか)をされる。貴族証を取り出し名乗る。すぐに案内の人が来て、ゲラルトさんの執務室へと通される。

 

「おはよう。よくお越しになられた、ガイウス殿。」

 

「おはようございます。自分の領の事ですから。」

 

「うむ、そうですな。自領のことはご自分でなさるがよろしいでしょう。内政面、軍事面での介入も防げますし。」

 

「あー、やはり、ありますか。そういうことが。」

 

「ありますなあ。例えば、嫁の実家から兵を借りて損耗した分の補填で赤字に陥り領の運営を乗っ取られるなどの話しは他国の貴族でも聞きますな。ま、借りを作らないように気を付ければよいのですよ。」

 

「そうですね。気を付けます。」

 

 少し雑談をして執務室を出る。軍務省を出た後は、内務省と王城にそれぞれゲーニウス領に戻ることを伝えた。陛下とアルノルトさんマテウスさんは全ての裁判が終わるまで居て欲しかったみたいだけど、クリス達のこともあるからねえ。仕方ないね。みんな頑張って。アルムガルト王都邸の使用人のみんなにもお世話になったお礼と挨拶をして王都を出る。

 

 そして、模造アルムガルト王都邸に向かいグイードさん達と合流する。模造アルムガルト王都邸を【送還】し、馬車を数台【召喚】する。まとまったお金と食料を持たせてゲーニウス領まで来るように命じる。ああ、もちろん強行軍ではないよ。みんなの負担にならないペースで来てくれたらと伝えたからね。それに、護衛として騎士型ゴーレムを3個分隊【土魔法】で作成する。鉄分の多い土だからかなり頑丈なゴーレムができた。グイードさん達にそれぞれ1個分隊ずつ指揮権を譲渡する。

 

 そして、僕は【空間転移】で一足早くゲーニウス領に戻る。すぐに領都ニルレブまで飛んでいく。門の手前で滑空し着地する。僕の姿を確認した衛兵さん達が駆け寄って来て跪く。

 

「ガイウス閣下。ご無事のご帰還、何よりでございます。」

 

「うむ、色々とあったが取り敢えずは、ニルレブに入れてもらえるかな。」

 

「はっ、しかし、閣下といえども確認検査のみはさせていただきます。」

 

「無論だ。そうでないと、偽る者が出てくるからな。」

 

 そう言って、貴族証を見せる。すぐに確認して返してくれる。

 

「ありがとうございました。それでは、どうぞお入りください。」

 

 そして、ニルレブに入る。すぐに行政庁舎に向かう。通りを歩いていると、「ガイウス様だ。」「使徒様だ。」と言った声が聞こえてくる。しまった、衛兵詰所で馬を借りるべきだった。僕が歩みを進めると、サァーっと人波が左右に分かれ、拝んだり平伏したりしてくる。

 

 参ったなあと思っていると、前方から衛兵隊の騎馬が駆けてくる。よく見ると、先頭はヘニッヒさんの秘書のラウニさんだ。ラウニさん達は僕の前まで来ると下馬し、

 

「ガイウス閣下。お迎えにあがりました。遅くなってしまい申し訳ありません。馬をご用意したので、そちらにお乗りください。」

 

「うむ、ご苦労。・・・。ありがとうございます。」

 

 最後のお礼の言葉は耳元で小声にて伝えた。騎乗すると、ラウニさん達も騎乗し、僕を囲むように円陣を組む。

 

「では、行政庁舎に参りましょう。」

 

 ラウニさんの掛け声で行政庁舎に向かう。やっぱり馬だと早くていいね。10分も()たずに着いちゃったよ。

 

 行政庁舎の前ではわざわざヘニッヒさんが迎えてくれた。

 

「閣下、ご無事のご帰還なによりです。」

 

「うむ、色々とあったが何とか解決した。ユリア卿たちは黒魔の森かね。」

 

「はい、閣下の率いる“シュタールヴィレ”がお越しになられてからは、森の浅い所での被害がかなり減りました。また、森に住まわれる閣下のご友人が率いておられる群れも貢献してくれております。」

 

「そうか、それはよかった。しかし、ここでは堅苦しいな。何処か個室を用意してもらえないだろうか。」

 

「それでしたら、既にご準備しております。こちらへ。」

 

 ヘニッヒさんの執務室の隣にある応接室に案内された。そして、人払いもしてくれた。今、部屋にいるのは、僕、代官のヘニッヒさんと秘書のラウニさん、駐留国軍総司令官のベレンガーさんの4人だ。

 

 僕は深―く息を吐き、体の力を抜く。

 

「あー、疲れましたよ。王都は。あんなことに巻き込まれるとは。」

 

「あんなこととは?」

 

「こちらにはまだ伝わっていないんですね。説明します。」

 

 そして3人にこの2日間で王都で起きた事件の事について話しをした。

 

「何と言えばよろしいのか・・・。ピーテル閣下は長年をかけて準備を行った策が上手くいき満足なのでしょうが・・・。」

 

「軍に身を置く者としては、ガイウス閣下よくぞやってくださいました。と言うべきですな。」

 

「まあ、そんなこんなで、いきなり複数の爵位持ちになりました。ベレンガー卿、軍を抜けて此処で領軍を指揮しながら暮らします?侯爵位を差し上げましょうか?」

 

「恐れ多い。自分は今の地位で十分に満足しております。」

 

「そうですか。ヘニッヒ卿は如何ですか?」

 

「自分も今の地位に満足しておりますので、辞退させて戴きます。」

 

「ですよねぇ。僕もそう答えますもん。」

 

 そう言うと、3人が声を出して笑った。笑い事ではないんだけどなぁ。




見てくださりありがとうございました。


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第140話 新しい住処

 談笑していると扉がノックされる。すぐにラウニさんが扉へと向かう。そして、笑顔で僕に言う。

 

「“シュタールヴィレ”の皆さまがお戻りになられたそうです。」

 

「ラウニ、皆さまをこちらまでご案内しなさい。」

 

「はっ、ヘニッヒ様。」

 

 ラウニさんが出て行って、数分すると扉の外が騒がしくなってきた。1人1人の声も聞きとれる。1週間も経っていないけど、懐かしく感じる。扉が開かれると同時に、

 

「ガイウス殿―――!!!!」

 

 笑顔でクリスが僕に飛びついてきた。僕はすぐに立ち上がりクリスを受け止める。クリスは頬ずりをしながら、

 

「何度、王都に行こうと思ったことか。ご無事のご帰還、何よりですわ。」

 

「ありがとう、クリス。皆さんもお元気そうで何よりです。」

 

「まあな、準3級の俺に、3級のレナータ嬢、そして準1級のユリアさんがいたから、依頼(クエスト)とかで困るようなことはほとんどなかったぞ。それにルプス達も助けてくれたからな。」

 

「そうですか、それなら良かったです。しかし、アントンさん見ていないで助けてください。」

 

 右手にクリス、左手にエミーリアさん、正面がローザさんで背中にはレナータさん。ユリアさんは頭を撫でてくる。

 

「いいじゃないか。“両手に華”ならぬ“全身に華”だな。羨ましい限りだ。ヘニッヒ様たちもそう思うでしょう?」

 

「そうですな。私が若ければまったくもって同意していたでしょうな。家庭を持つ身となった現在では、若さを感じますなあ。ベレンガー閣下はどうです。」

 

「私もヘニッヒ卿と同感ですな。ま、幸いにも重婚は禁止されておりませんので、問題は無いのでは?それに、我々、武官としてはしっかりとした指揮能力とそれなりの実力があれば、上に立つ方がどれだけ女性に手を出そうが構いませんな。ああ、もちろん、合法で、ですよ。」

 

「お二方ともつれないことを仰いますな。平民出身のラウニ殿はどうかな?」

 

「私はただの秘書ですので、ノーコメントでお願いします。ちなみにアントン殿は?」

 

「自分は今の家庭環境に不満はありません。美人な嫁さんに可愛い子供達がいてくれればそれで。皆さんもそうでしょう?」

 

 そうアントンさんが言って、ハハハと笑う3人。いや、笑ってないで助けて。エミーリアさんなんか「ガイウス成分を補給。」と言って、顔を(うず)めてスーハースーハーと深呼吸しているし、クリスはずっと「ガイウス殿、ガイウス殿、ガイウス殿、・・・。」と呟いているし。

はあ、まあいいや。好きにさせとこ。あ、そうだ。ヘニッヒさんに聞かないといけないことがあるんだった。

 

「ヘニッヒ卿、どこか郊外に空き地はあるかな?私もこうして戻ってきたところだから住居を用意しようと思っているのですが。」

 

「ふむ、私の屋敷ではご不満でしょうか?」

 

「ああ、いえ、平民としての感覚が抜けていなだけですよ。厄介になるとご迷惑ではないかと思ってしまうんです。」

 

「なるほど、ふむ、閣下も上空からご覧になってお分かりでしょうが、帝国方面でしたら比較的空き地が広がっております。理由は言わずとも・・・。」

 

「ええ、わかります。ふむ、でしたらそちら方面にそれなりの屋敷を配置しましょう。防衛拠点にもなるようなものを。さあ、クリス達、離れて。屋敷を配置しに行くよ。」

 

 そう言うと、僕の拘束を大人しく解いてくれた。

 

「というわけで、ヘニッヒ卿。少し出てきます。終わったらまたこちらに来ますので。あ、出迎えは不要です。」

 

「わかりました。閣下。お気を付けて。」

 

 そして、騎乗してやってきました。ニルレブ北東部の平原地帯。東に黒魔の森、北は帝国。屋敷と言うよりも城がいいかもしれないね。というわけで、人が住めてそれなりに大きいお城を取り敢えず【召喚】。

 

 赤い城壁に周囲を囲まれた、お城?お屋敷?宮殿?が出てきた。【鑑定】すると“モスクワのクレムリン”と出た。ふむ、マルボルク城よりも手が加えられている感じかなあ。綺麗に感じる。へえ、城壁は2km以上あるのかあ。門もたくさんあるみたいだね。宮殿も複数あるみたいだし、大統領?官邸とかもある。聖堂もあるし、塔もたくさんあるねえ。うん、これでいいんじゃないかな。

 

 後ろを振り返ると、苦笑いをしているみんながいた。

 

「あれ、お気に召しませんでした?」

 

「ガイウスよ。お前さん、ついこの間、マルボルク城でもやらかしたばかりだろうに。早くヘニッヒ様に報告に行った方がいいと思うぞ。」

 

「そうですよ。ガイウス君。早く行った方がいいですよ。」

 

 アントンさんとユリアさんに言われ、他の4人を見るとみんな頷いていた。

 

「わかりました。それでは、ちょっと、報告をしに行ってきます。あっ、皆さんは中を見ていてくださいね。あっ、部屋割りとかで()めないでくださいね。」

 

 そう言って、僕は馬に乗りニルレブに戻る。門では衛兵隊が急に現れた“モスクワのクレムリン”に驚いて、対処のために出動準備をしていた。僕が出したモノだと説明をし、各所に伝えるように命令もした。

 

 行政庁舎に着くと、黒い笑顔をしたヘニッヒさんとベレンガーさんに執務室へ連れていかれた。

 

「ガイウス閣下。閣下が規格外の方だということは、理解していたつもりでしたが、覚悟が足りなかったようです。あれが、先ほど仰っていたモノですか!?」

 

「ええ、そうですよ。騒ぎになる前にお知らせに来ました。」

 

 僕も含めて4人しかいないからいつも通りの口調で答える。

 

「はぁ、もう少しで軍に出動待機命令を出すところでした。」

 

「それは、申し訳ありませんでした。でも、私もあれほどのモノができるとは思っていなかったので。」

 

「ま、いいでしょう。あの場所は丁度良い所ですよ。帝国からも魔物からもニルレブを守備できます。」

 

「それでは、認めてもらえますか?」

 

「認めるも何も、ここは閣下の領地です。そして、私はただの代官です。意見は言わせていただきますが、決定権は閣下にあります。それを努々(ゆめゆめ)忘れませぬよう。」




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第141話 マルボルク城・その2

 昨夜はテレムノイ宮殿で寝た。“モスクワのクレムリン”に数ある宮殿の中でもこれを選んだ理由は、この宮殿のほうがなんとなーく貴族の屋敷ぽいから選んだんだよね。照明とかは蝋燭(ろうそく)みたいに火を使うものでは無くて、電気?というモノ使う電灯?っていうものだった。もちろん蝋燭(ろうそく)台や蝋燭(ろうそく)はあったけど雰囲気を出すためにあるようなものだと思っちゃった。そして、モスクワのクレムリン、あーもうクレムリンだけでいいかな。モスクワって地名みたいだし。それでクレムリンをよくよく【鑑定】してみると地下のほうに原子炉?というモノがあった。それが電気を作り出しているらしい。

 

 それに他にも驚いたことがある。照明自体も魔道具みたいで驚いたけど、水が出る蛇口?というモノがあったり、食料とかを冷やす冷蔵庫?というモノがあったりした。まるで、魔道具の館に来たみたいで面白かった。電子レンジ?とかいうのも面白かった。ただ【鑑定】では“卵や水など一部の飲食物は危険なので温めないように”と表示された。まあ、温める方法は色々とあるから不自由はしないけどねー。

 

 それに各部屋の調度品や寝具もすごく良かった。特にベッドはフワフワとして弾力のある感じで、最初は落ち着かなかったけど、柔らかさになれるとすごく快適だった。おかげでぐっすり眠れたよ。しかし、どうもこのクレムリンというモノは色んな時代のモノが混じっているみたいだ。特に原子炉というモノはジョージが生きている時代よりも未来のモノらしい。マルボルク城ではそんなこと無かったんだけどねえ。ま、住みやすければいいや。

 

 さて、今日は奴隷のみんなを呂布隊と共にこちらに連れてくるようにしよう。陸路だから時間はかかるだろうけどね。【空間転移】を使ってもいいだろうけど、まあ、普通の旅を楽しんでほしいという気持ちもある。だから、奴隷のみんな26人分のお小遣いも用意したよ!!

 

 というわけで、朝食後は早速マルボルク城へと【空間転移】する。城壁に居た呂布隊の兵士に声をかけ門を開けてもらう。そのまま兵に案内してもらい呂布のもとへと向かう。ちなみに今回はクリスも一緒だ。というか、くっついてきちゃった。昨日の夜とか同衾したいと言って仕方がなかった。他の女性陣がなだめてくれたおかげで落ち着いたけど、あの目は獲物を狩る眼だった。貞操を強制的に奪われるところだった。精通していないって前も言ったはずなんだけどなあ。本には個人差もあるって書いてあったから気にしてはいないけど、これはどうかした方がいいのかなあ。

 

 そんなことを考えていると、呂布、高順、張遼の3人がいる部屋、執務室に着いた。ノックをして中に入ると、すぐに拝礼をしてきた。

 

「楽にしてよ3人とも。」

 

 そう声をかけると礼をやめ休めの姿勢で僕の言葉を待つ。

 

「さて、今回、僕が来たのは、呂布隊と奴隷たちを僕の領地に移動させるためだ。奴隷たちの仕上がり具合はどうかな?自分の身は自分で守れるくらいにはなったかな?」

 

「はい、ガイウス卿。幼い子供たちは流石に無理でしたが、ほとんどの者達が得意な得物の使い方を最低限習得しました。魔物相手にはわかりませんが、そこらの野盗程度には負けないでしょう。」

 

「それは、なによりだね。まあ、呂布たちに護衛してもらうから奴隷たちが戦うことは無いだろうけど。」

 

「ですな。我らで十分でありましょう。何しろ2,000の騎兵です。歩兵相手なら2万にも勝つ自信がありまする。」

 

「呂布隊だとできるだろうねえ。ま、そういうわけで早速だけど出立の用意をお願い。」

 

「御意に。高順は兵たちに、張遼は奴隷たちに準備をさせよ。奴隷たちは素人だ。時間が掛かるぞ。」

 

「「はっ、将軍。」」

 

 そう言って、駆けて退室する2人。

 

「呂布。僕はツフェフレの町の代官に挨拶に行くよ。この城塞を譲渡する約束をしていたからね。」

 

「御意に。戻られるまでに出立の用意を終わらせましょう。」

 

「うん、お願い。馬車も数台、馬と共に用意しておくから奴隷たちと食糧・飲料水の積み込みは忘れないようにね。」

 

「はっ。」

 

「それじゃあ、よろしくね。行こうかクリス。」

 

「はい、ガイウス殿。」

 

 執務室を出るとすぐに腕に抱き着いてくるクリスと共に門へと向かう。城門内で幌付き馬車十数台とそれを曳くフリージアンを【召喚】する。後の事はそこらへんにいた兵をつかまえて任せた。流石、呂布隊の兵と言ったところか次々とフリージアンを誘導し、馬車に繋げていく。

 

 僕はいつも通りの黒馬を【召喚】し、クリスと2人乗りしてツフェフレの町を目指す。速度は軽く駆けさせる程度だ。それでも、すぐにツフェフレの町の南門に着いた。列に並ばずに衛兵詰所へ向かう。すぐに数人の衛兵が出てきて、そのうちの1人が、

 

「ガイウス閣下ではありませんか。代官に御用事でしょうか?」

 

「バルブロ隊長か、久しいな。うむ、ユーソ殿に用事があってな。」

 

「わかりました。貴族証を拝見させていただきます。・・・。ありがとうございます。お返しいたします。では、どうぞ、お入りください。」

 

「ありがとう。」

 

 行政庁舎に着いて、門番の衛兵に貴族証を見せ用件を伝えるとすぐに秘書のカールレさんが出迎えに来てくれた。そのまま、代官執務室へと向かう。ノックと共に部屋へ入るとユーソさんと挨拶を交わし、早速本題に入った。

 

「例の城塞を本日、こちらに引き渡そうと思って来た次第だが、大丈夫だろうか。」

 

「お待ちいただけるでしょうか。カールレ、防衛隊長のラッセを至急、こちらへ呼んでくれ。例の城塞の件だと言えばすぐに来るだろう。さ、閣下。それまではお寛ぎください。」




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第142話 譲渡

 ツフェフレの町の防衛隊長のラッセさんがやって来たので、話しを進める。

 

「以前の誓約書の通り白金貨40枚で城塞を譲る。間違いはないかね。」

 

「はい、閣下。間違いはございません。それで、最初の10枚をお支払いいたします。」

 

 そう言ってユーソさんが革袋を応接机に置く。僕は、サッと中身を確認し言う。

 

「確かに。さて、それでは、城塞のほうに行こうか。」

 

「はっ、カールレ、ラッセ行くぞ。」

 

 そして、ユーソさん達を加えてマルボルク城へと戻る。城門前には呂布率いる黒鎧の2,000の騎馬隊が一糸乱れずに整列していた。僕の姿を認めると、呂布が下馬すると同時に全員が下馬し拝礼をする。

 

「我が麾下(きか)2,002名と奴隷26名の進発準備完了いたしました。」

 

「うむ、短時間でよくやってくれた。ユーソ殿、ラッセ殿、知っているとは思うが彼らが今まで守備兵としてこの城塞を(まも)っていた。彼らは兵卒にいたるまで一級の戦士だ。そのことを踏まえて守備隊を配置するがよろしかろう。」

 

「はっ、ご助言ありがとうございます。ラッセ、守備隊からはどの程度回せる?」

 

「残念ながら500がいいとこでしょう。流石に2,000を超えるとなると無理です。」

 

「辺境伯様にお願い申し上げてしばらくは領軍を回してもらうしかないか。」

 

「それがよいかと。」

 

「話に割り込んで済まんが、冒険者はどうだ?此処というかアルムガルト領で活動している者ならば実力は相当なモノであろうし、安定した収入というのは中々に魅力的ではないかな。特に家族持ちは。」

 

「そうですね。1から兵を(つの)るよりも良いですね。取り敢えずはこの町を拠点にしている冒険者に声をかけてみようと思います。良いアイデアありがとうございます。」

 

「なに感謝されるほどではないよ。思いついたことを言ってみただけだ。さて、ユーソ殿、我々はこれより、ゲーニウス領の領都ニルレブへ向けて進発するが他に問題や疑問はあるかね?」

 

「いえ、ございません。旅のご安全を願っております。まあ、あの黒鎧の騎馬隊に喧嘩を売るような(やから)はいないと思いますが、魔物だけはお気をつけください。ああ、それと城塞の名は何というのですか?」

 

「好きに付けるがいいだろう。よし、呂布!!北へ向けて進発だ!!馬車の護衛はくれぐれも気を付けるように。」

 

「御意。張遼!!高順!!進発だ!!」

 

「「はっ!!将軍!!」」

 

 ユーソさん達に見送られマルボルク城を離れる。約2,000の騎馬隊に十数台の馬車だ。当然、目立つ。街道を2列縦隊で進んでいると通行人が避けてくれる。中には頭を下げてくる人までいる。なんでだろうと思っていると、その答えはクリスが教えてくれた。

 

「ゲーニウス辺境伯家の家紋入りの旗を持ってきて正解でしたわね。あの旗のおかげでゲーニウス辺境伯軍と思ってくださるから。」

 

「そんなもんなのかな。」

 

「ええ、そうですよ。ガイウス殿、商人などの情報が命の方々は特にですわね。」

 

「なるほどねえ。」

 

 その後もクリスと他愛ない会話をしながら歩みを進める。そろそろお腹が空いてきたなと思い時計を取り出してみると12時を過ぎていた。適当な場所を見つけて休憩しようと呂布に提案する。

 

「では、斥候を出しましょう。高順、人選は任せた。」

 

「はい、将軍。」

 

 しばらくして、6騎の騎兵が隊列から抜けて、駆けだしていく。

 

「彼らが良い場所を見つけてくれるでしょう。」

 

 呂布の言葉に頷く。しばらくすると、6人の斥候のうち3人が戻ってきた。彼らは僕と並走しながら報告をする。

 

「馬上よりのご報告失礼いたします。この先、馬を駆けさせ約10分程度の場所に、黒魔の森に食い込む様な形で開けてい居る場所がありました。交代で休憩を取れば問題は無いかと。」

 

「このままの速度だとどれくらい?」

 

「30分はかからないかと。」

 

 それならいいかな。

 

「呂布。聞いていたね。この先30分ほどの場所で休憩をして昼食を摂ろう。黒魔の森が近いから先遣隊を派遣して周辺の制圧をお願い。」

 

「御意。張遼、500を率いて斥候の後に続け。そして、休憩場所となるところの制圧をしろ。一般人には手を出すな。魔物と襲って来た人間だけ殺せ。」

 

「はっ、将軍。」

 

 そう言って、張遼は先遣隊の500を率いて斥候に案内されながら駆けていった。

 

「呂布、僕とクリスは昼休憩をとったら先にニルレブに戻っておくよ。それと、行く先々の町で困らないように書簡を用意するからね。それと、これは金貨、こっちは銀貨ね。銅貨のほうも含めると量があるから休憩場所で渡そうか。」

 

「お気遣いいただきありがとうございます。資金まで用意してくださるとは。」

 

「騎兵はお金がかかるからねえ。必要経費だよ。気にしないで。それに、街の中では泊まれず野営になるだろうから、そのかわりに美味しいモノを食べて欲しいしね。」

 

「良き召喚主に【召喚】され拙者たちは幸せですな。」

 

 そう言って、呂布がニッと笑う。僕も笑い返し、

 

「少しでもみんなに良い環境で仕事に励んでほしいからね。持ちつ持たれつ、だよ。」

 

「ガイウス殿は配下の者にも気配りができる良い領主だと思いますわ。呂布殿もそう思われるでしょう?」

 

「そうですな。ガイウス卿のように武勇にも優れている人物の下で働けるというのは幸運でありましょうな。」

 

「ですって、ガイウス殿。」

 

「2人して、そういう話は本人がいないところでやってよ。恥ずかしいなあ。」

 

 そう言うと、呂布とクリスは2人して声に出して笑うのだった。




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第143話 帰領

 マルボルク城から離れて、日が落ちきる前に呂布隊が野営の準備を始める。奴隷たちは慣れていないから食事の支度をする。僕とクリスは【空間転移】でゲーニウス領に一足先に戻るつもりだ。

 

 昼食休憩の時に呂布と高順、張遼の幹部達には金貨、銀貨、銅貨を全員分革袋に入れて渡してある。銅貨は量が多かったので馬車に積むことになったけど。それと、呂布には町や関所でスムーズに通行できるよう僕の家紋入り書簡をいくつか渡した。これで面倒なことに巻き込まれずに済むはずだ。

 

「呂布、残りの行程を油断しないようにね。呂布たちの強さはよくわかっているけど奴隷たちはそうではないから。」

 

「心得ております。奴隷たちには基本的に100騎は必ずつけるようにしておきましょう。」

 

「うん、そうしてくれると助かるかな。さて、僕とクリスはここらで失礼するよ。ニルレブで待っているからね。」

 

「御意。お気をつけて。」

 

「ま、一瞬だよ。でも、ありがとう。さ、クリス行こうか。」

 

「はい、ガイウス殿。」

 

 クリスをお姫様抱っこして、背中から翼を生やし高く飛び上がる。見下ろせば呂布隊と奴隷のみんなが手を振っていたので、上空を3回旋回してニルレブへと向かう。そして、人目がどこにもないのを確認してから【空間転移】でニルレブの近郊上空へと移動する。

 

「このままクレムリンに向かってクリスを降ろそうか?それとも一緒に行政庁舎に向かう?」

 

「行政庁舎へは何をしに行かれるのですか?」

 

「呂布たちのことを知らせておこうと思って。流石に2,000の騎馬隊が領内を移動するとなると、書簡を呂布に渡してあるからといっても騒ぎになるだろうしね。」

 

「でしたら、(わたくし)も共に行きます。」

 

「うん、わかったよ。それじゃあ、高度を下げるね。着地の際は口を閉じていてね。衝撃で舌を噛むといけないから。」

 

 僕は緩降下しながらニルレブの南門に迫る。地面まで残り5mぐらいのところで制動をかけ着地する。門までまだ100mほどあるけど2人の衛兵さんが走ってくるのが見えた。僕とクリスは彼らの方へ向かって歩く。

 

「ガイウス閣下。ご無事のご帰還なによりであります。」

 

「規則により、お2人の貴族証を確認させていただきます。」

 

 衛兵さんの言葉通りに貴族証を見せる。すぐに確認が終わると、

 

「それでは、門まで護衛いたします。今回はどちらまで?」

 

「行政庁舎でヘニッヒ卿に会おうかと思う。17時を過ぎてしまったが、まだいるだろうか?」

 

「申し訳ございません。流石に我々もヘニッヒ様の動向までは・・・。行政庁舎までの護衛は必要でしょうか?」

 

「うむ、私の質問も悪かったな。それと、護衛も馬も必要ない。」

 

「かしこまりました。」

 

 ニルレブの町に入るとすぐに黒馬を【召喚】し、クリスと2人乗りで行政庁舎に向かう。庁舎の門番をしている衛兵さんにヘニッヒさんがいるか聞くと、まだ退庁していないようだ。案内を買って出てくれたがそれを断り、僕とクリスはヘニッヒさんの執務室へと向かう。

 

 執務室の扉をノックする。「どうぞ。」と返答があったので扉を開ける。

 

「これは、閣下。申し訳ありません。お出迎えなどせず。」

 

 ヘニッヒさんが立ち上がり挨拶をしてくる。サッと室内を見回す。秘書のラウニさんがいるくらいだ。扉を閉めて、

 

「いいですよ。気にしないで。ああ、他の人もいないようですので口調も体勢も楽にしてください。」

 

「お気遣いいただきありがとうございます。ラウニ、お2人にお茶を。」

 

「すみません。17時過ぎに来てしまって。」

 

「いいんですよ。閣下。代官業などこういうものですから。あー、そういえば閣下は学園(アカデミー)を出ていなかったんですなあ。」

 

「ええ、まあ。ついこの間まで農民の子で冒険者でしたから。」

 

「閣下の堂々とした言動や振る舞いはまさしく貴族の模範となるようなモノですからついつい忘れてしまいます。それで、学園(アカデミー)でしたら、行政についてもっと詳しく学べますので、惜しいと思ったのです。」

 

「ふむ、僕は入れないのですか?」

 

「年齢的には入れます。しかしながら立場的には入れません。というか貴族家の当主が入学したなど前例がありません。早くても学園(アカデミー)を卒業して爵位を継ぎますから。」

 

「クリスはどうだったのかな?」

 

(わたくし)は10歳の時に入学しました。これは学園(アカデミー)に入れる最低年齢ですね。そして、規定の3年間学び13歳で卒業しました。規定と言いましたが、どれだけの天才であっても3年は必ず在学しなければなりません。逆に3年を伸びても5年間つまり入学してから8年間は在学できます。」

 

「8年以内に卒業できなければどうなるのかな?」

 

「もちろん、退学ですわ。まあ、貴族の子女は入学前に最低限の教育は受けて育っていますから、脱落する者はほとんどいないと思います。(わたくし)が少し同情してしまったのは、ある裕福な商家の方でした。本人は学園(アカデミー)に入らず、そのまま働くつもりだったのが、親の人脈作りのために15歳で入学させられたという方です。」

 

「その人はどうなったのか知っている?」

 

「ええ、(わたくし)よりも2期先輩でしたが、無事に(わたくし)達と共に卒業することができていましたわ。もちろん、人脈をたくさん作って。」

 

「それは、良かったのかな?ああ、すみませんヘニッヒさん。こんな話をしてしまって。」

 

「いえいえ、お気になさらず。私も学園(アカデミー)での出来事を思い出しながら聞かせていただきました。まあ、私の場合はラウニがいたので楽をしましたが。」

 

「ああ、そうですそうです。従者も一緒に学ぶんですの。すっかり忘れてましたわ。(わたくし)は従者を連れずに入学したので。」

 

 へー、そういう世界もあるんだねえ。ああ、そうだ此処にはこの話しをするために来たんじゃないか。忘れるところだった。

 

「ヘニッヒ卿、数日後、アルムガルト領からこの領に僕の私兵の騎馬隊2,000と奴隷たちが入ってきますので、間違えて攻撃しないようにお願いします。」

 

「2,000の騎馬隊ですか!?承知しました。すぐに使いの者を出すように致しましょう。」

 

「お願いします。」

 

 これで、一仕事完了かな。




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第144話 お仕事

 ニルレブに戻って来てからは、基本的な移動はクレムリンと行政庁舎間のみで、ヘニッヒさんに領の状態を教えてもらいながら、今後の領地運営を考えていくということをしていた。他のみんなは黒魔の森に依頼(クエスト)をこなしに行っている。クリスも9級から8級に昇格し、さらにやる気を出している。

 

 僕のほうは書類仕事に追われている。王領から辺境伯領への移管のための沢山の書類に目を通して署名をしていく。急ぎではない領軍の編成とかの書類とかは脇に追いやる。北の帝国は領が接しているイオアン・ナボコフ辺境伯と相互不可侵に近い条約を結んだので、ナボコフ辺境伯軍がでてくることはまずない。あるとすれば、帝国軍本隊だけど、さて、どうかな?呂布隊もいるし、いざとなったら榴弾砲と航空機で一方的に蹂躙(じゅうりん)できるからねえ。

 

 あー、しかし、サポート役が欲しい。ラウニさんとかカールレさんみたいな秘書が欲しい。今のところの有力候補はクスタ君かなあ。年齢も1つ上だし、いいんじゃないかな。最初は文官として実践して、その後は僕の秘書となってもらう。うん、これがいい。その間はクリスに頼もうかな。学園(アカデミー)を出ているわけだし。

 

 学園(アカデミー)といえば、トマスとヘレナはどういう扱いになるんだろうか。辺境伯の弟と妹だから学園(アカデミー)に行かせた方がいいのかな。それに父さんたちもどんな扱いになるんだろうか。終業後にヘニッヒさんに聞いてみよう。

 

 他は、んーっと、そうだ、相互安全保障条約を結んだシントラー伯爵領との恒常的な連絡手段の確保が必要だね。速さと正確性を考えるなら竜騎士(ドラグーン)を使うのも一つの方法だ。しかし、育成にも時間が掛かる竜騎士(ドラグーン)をそのように使ってもいいものか・・・。

 

 そうだ、駐屯軍として竜騎士(ドラグーン)を含む小規模の部隊 (小隊~中隊規模かな)をシントラー伯爵領の領都ネヅロンに置けばいい。そうすれば何かあった時に、駐屯部隊が対処できるし、竜騎士(ドラグーン)による伝令ができる。これは、領軍編成の案としてまとめておこう。

 

 こんな感じで思考があっちに行ったりこっちに行ったりしながらも午前中の仕事を終えた。手伝ってくれていた文官さんに昼食休憩を取るように伝える。彼は一礼してから部屋を出て行った。僕もお昼を食べようと思って、【異空間収納】から朝市で買った肉串とスープ、果実水を出そうとしたところに、ノックの音が響く。

 

「どうぞ。鍵は開いている。」

 

「失礼します。」

 

 ヘニッヒさんがやって来た。どうしたんだろうと思っていると、

 

「昼食をご一緒にしないかと思いまして、お誘いに参じました。」

 

「ご一緒してもいいのですか?」

 

「ええ、いつもはラウニと共に摂っているのですが、折角でので閣下もいかがかと思いまして。」

 

「では、お言葉に甘えて。」

 

「それは、よかった。実は既に席を予約していたのですよ。」

 

 そういうわけで3人で昼食のためにお店に向かったのだけど、そのお店の名前が“風と光の丘 ニルレブ本店”だった。僕が店名をじっと見ているのに気づいたのか、ヘニッヒさんが声をかけてきた。

 

「閣下。なにか不都合でもございましたか?こちらの店は見ての通り平民でも入れる店ですので、それがご気分を害されたならば別の店に・・・。」

 

「ああ、いや、先日オツスローフに行った時にここの支店で昼食を摂ったのでな。奇妙な偶然だと思っていたところだ。平民云々とかでは無いよ。それに私も元々平民だ。」

 

「左様でしたか。同じ店だと新鮮味が無いでしょうからやはり別の店を探しましょうか?」

 

「いや、いいよ。以前、気になって食べられなかったメニューがあったからね。そう言うモノを楽しみたい。それに、オツスローフ支店は美味かった。ここも美味いだろう。だろう?ヘニッヒ卿。」

 

「ええ、味の保証は私の舌がします。それでは、中へ。」

 

 自然とラウニさんが扉を開けてくれる。僕は「ありがとう。」と礼を言い、店内に入る。ヘニッヒさん達も入ると店員さんがやって来た。

 

「これは、ローエ子爵様 (ヘニッヒさんの家名だよ)。いつもご利用ありがとうございます。また、本日はご予約ありがとうございます。お席にご案内いたします。ご予約の通りのいつものお席でよろしかったでしょうか?」

 

「ああ、それでお願いする。」

 

「では、こちらへ。」

 

 へー、ヘニッヒさん常連なんだ。店員さんも慣れている感じだね。案内された席は一番奥まった席だった。

 

「では、ご注文がお決まりになりましたら、呼び鈴をお鳴らしください。」

 

 店員さんはメニューを3つ置いて席を離れた。なんでこんな奥まった席にしたんだろう。窓際とかならこのお店はガラス戸を使っているから明るいのに。

 

「なぜこの席にしたのか疑問をお持ちのようですね。」

 

「うむ、いえ、はい。なんでですか?」

 

「閣下。良くご覧ください。この席は、店内の一番暗い隅にあります。そして、店内が見渡せます。私はよくここに食事に来てはこの席から客の様子を眺めているのです。幸いこの店は敷居が低く平民でも入店できますし、様々な者が来ます。その様子や聞こえてくる会話の内容で市井(しせい)で何が起きているのかを知ることができます。」

 

「なるほど。勉強になります。」

 

「まあ、ここの料理が美味いというのも大きな理由の一つですが。さあ、時間もありませんので、料理を頼みましょう。」

 

 そうだった。しっかりとたくさん食べて昼からの仕事に備えないと。僕はしばらくメニューと睨めっこするのだった。




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第145話 お仕事・その2

 昼食はヘニッヒさんに奢ってもらっちゃった。僕が払おうとしたら、「閣下と(いえど)も子供ですので。」と言われて引き下がったよ。ヘニッヒさんなりの矜持(きょうじ)もあったんだろうね。まあ、僕は美味しい昼食で嬉しかったけどね。

 

 昼食後も、お腹が満たされたことによる睡魔と戦いながら書類の処理をしていく。ヘニッヒさんの執務室を覗いたけど、僕の倍以上の書類があった。大変だねえ。ま、明日は日曜日で窓口以外は閉庁するから今日を乗り切れば自由な休日だ。頑張ろう。

 

 退庁時刻の17時になったけど、まだ少し書類が残っている。これを仕上げたら18時ぐらいには退庁ができるかなと思いながら手を進める。扉や開けた窓の外からは帰路に着く職員たちと彼らを対象にしているのであろう屋台の呼び声が聞こえてくる。(にぎ)やかでいいことなんだろうと思う。行政庁舎に向かうために街を歩いていても行政に関する不満や不安の声は無かった。これもヘニッヒさん達の日頃の行いのおかげだろう。

 

 ちなみに僕の評判はまあまあ良い。何といっても“フォルトゥナ様の使徒”であるし、農民出身であり、しかも冒険者でもあるので領の人々には身近に感じてもらえているのだろうと思う。だからこそ、その期待を裏切らないようにしたいね。

 

 そして、18時少し前に書類が終わった。伸びをして帰り支度をしていると、扉がノックされた。

 

「どうぞ。」

 

 と声をかけると、

 

「失礼いたしますわ。」

 

 そう言いながらクリスが入ってきた。扉が閉まるのを確認して、尋ねる。

 

「クリスだけ?他のみんなは?」

 

「すでにクレムリンへ帰宅しました。(わたくし)はガイウス殿のお迎えにと思いまして。」

 

「そうだったんだ。ごめんね。気を(つか)わせて。」

 

「いえ、妻として正室として当たり前のことですよ。」

 

「まだ、僕は成人していないよ。式も挙げて無いじゃない。」

 

「つれないことを言わないでください。こういう時は雰囲気を大事にして、“愛している”とか仰って下さいよ。」

 

「わかったよ。愛しているよ。大好きだ。」

 

 そう言って(ほお)に口づけをする。するとクリスは顔を真っ赤にして、

 

「不意打ちのキスは卑怯ですわー!?」

 

 と叫んだ。周りに聞こえるといけないので、落ち着くように言って、実際に落ち着くまで応接用のソファに座らせ、今日の事を語って聞かせた。

 

「ハア・・・。取り乱してしまい申し訳ありませんでした。でも、ガイウス殿も悪いんですよ。執務室でいきなりキスだなんて。(わたくし)は言葉だけで十分でしたのに。」

 

「んー、言葉だけだと、想いが届かないかなあと思ってね。ごめんね。」

 

「いえ、嬉しかったのは事実ですので、謝られる必要はありません。しかし、今後は時と場所をしっかりとわきまえてくださいませ。」

 

「わかったよ。さて、クリスも落ち着いたみたいだし、そろそろ帰ろうか?」

 

「そうですわね。今日の夕食はユリアさんがお作りになるということでした。」

 

「それは楽しみだね。」

 

 そう言って、廊下に出る。そのまま庁舎の外には出ず、ヘニッヒさんの執務室に寄る。扉をノックし、名前を告げるとラウニさんが開けてくれた。中に入ると他の職員もいたので口調は貴族調で、

 

「ヘニッヒ卿、先に帰らせてもらう。無理をしないように。」

 

 と伝えて退室する。そのまま、クリスと共に厩舎に向かい馬を連れて、門番の衛兵さんに敬礼されながら行政庁舎の敷地外に出る。すぐに跨り、2頭でゆっくりと北門を目指す。すれ違う町の人たちは、僕の姿を認めると、頭を下げる。一々そんなことをしないでいいと言おうとしたけど、周囲の人から止められた。必要な威厳だそうだ。流石に、平伏までいけば止めた方がいいとは言われた。

 

 逆に屋台や出店、市場を通る時は周りから声をかけられる。それで、1つでも物を買うとオマケだと余計に持たされてしまう。一回断ろうとしたんだけど、その人がとても悲しそうな顔をしたので今ではよっぽどのモノではない限り貰っている。アントンさんは、

 

「子供が遠慮するもんじゃあない。特に食べ物系はな。ただ、装飾品系だけは気を付けとけ。変に借りを与えると厄介なやつもいるからな。」

 

 と助言を与えてくれた。今の僕はそれをいかしているって感じかなあ。まだまだ世の中にはわからないこと、知らないことが多すぎる。ナトス村から出てきて1カ月と少ししか経っていないのだから仕方ないのだろうけど。

 

 北門が見えてきて、出門の手続きを取るために馬上で準備をしていたところ、声をかけられた。馬の足を止める。

 

「ガイウス・ゲーニウス辺境伯様であられますか?」

 

「そうだが、貴殿は?」

 

「イオアン・ナボコフ辺境伯様にお仕えする者です。エレメーイと申します。」

 

「ふむ、何か用かな。」

 

「こちらを。」

 

「馬上から失礼する。」

 

 そう言って差し出してきた封書を受け取る。

 

「此処で開封しても大丈夫なものかな?」

 

「イオアン様からはなるべく早く返事が戴きたいと言付かっております。」

 

「では、開封させてもらおう。」

 

 馬上で、ペーパーナイフを取り出し開封する。中の書状に書いてあるのは簡単に言えばこんな内容だった。

 

“ニルレブとツルフナルフ砦の間にできた巨大な城塞は何なのか。帝国への侵攻のために造成したのか。”

 

という内容だった。あー、まあ気になるよね。よし、返事はクレムリンに戻ってからにしよう。

 

「エレメーイ殿、返事は屋敷で書くので動向を願う。馬はあるかね?」

 

「はい、城門の衛兵詰所にて預かってもらっております。」

 

「よし、わかった。クリスはすぐに屋敷に戻り、夕食を1人分追加するように伝えてくれ。私はエレメーイ殿と一緒に向かう。」

 

「わかりました。では、お先に。」

 

 そう言って、クリスは少し速度を上げて北門に向かう。僕は徒歩のエレメーイさんに合わせて、ゆっくりと北門に向かう。クレムリンを【召喚】した時にイオアンさんを招待でもすればよかったかもなあ。




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第146話 お客様

「ところでエレメーイ殿は、どのような役職に()かれておるのかな?」

 

「はい、衛兵ですがイオアン様の屋敷の警備隊長の任に就いております。」

 

「ふむ、役職といい今回の件といい信任が厚いのだな。」

 

「そうであれば、嬉しいのですが。なにぶん就任して日が浅く平民出身なものですから、中々に難しい所もあります。」

 

「なるほど。まあ、私も一カ月前までは平民だったのだ。慣れるさ。ところで、何故街中であのように書簡を渡したのかね?」

 

「あっ、いえ、深い意味は無いのです。北門の衛兵にガイウス様にお届け物があることを説明したら、まだ、行政庁舎にいらっしゃるだろうということでそちらに向かっている途中でした。そして、偶然にも帰路につかれていたガイウス様を見つけ、イオアン様の書簡をお渡ししたということです。」

 

「ならば、屋敷でもよかったのでは?」

 

「イオアン様は“なるべく早く渡すように”との事でしたので。ご迷惑をおかけしたなら申し訳ありませんでした。」

 

「いや、私はよいのだが、街の者達がな。何かあったと思ってしまうだろう?そこの配慮をしてもらいたかったのだ。」

 

「ああ、確かに。」

 

「まあ、終わったことだ。気にすることはない。些細なミスなど誰にでもある。それを(かて)にして次に生かせばよいのだ。さて、門に着いたな。」

 

 北門の衛兵さんに貴族証を見せて通り抜ける。エレメーイさんは帝国の人間ということもあって、身分証を見せて僕が口添えしても、軽い身体検査をされた。

 

「申し訳ないな。エレメーイ殿。規則なので私の権限でどうこうできるものではなくてな。」

 

「いえ、お気になさらず。私も衛兵ですから彼らの職務態度は素晴らしいものだと思います。通常時に例外を作ってしまえば常態化する可能性がありますから。それに私は招かれた客人ではありませんので。」

 

「そう言ってもらえると助かる。」

 

 詰所でエレメーイさんが馬を預けていた受け取りながら答える。

 

「さて、それでは、我が家にお越しいただこうか。まだ、この国の貴族も訪れたことは無い。外国の客人となれば尚更だ。幸い帝国はこちらと食の事情は同じと聞いている。口に合うかどうかはわからんが、しっかりとした食事を出せると思う。」

 

「ありがとうございます。閣下。閣下のお屋敷とはニルレブに来る直前に見た赤い防壁で囲われた建造物でよろしかったでしょうか?」

 

「そうだ。」

 

「あれは、なんといいますか。まさに城塞ですな。立てこもられると落とすのに難儀しそうです。」

 

「ハハハ。確かに。しかし、イオアン殿とは例の条約があるから争うことにはならんだろう。帝国の国軍が出てくれば話しは別だが。」

 

「どうでしょうか。国軍はイオアン様が動かれないと動員もしないと思います。」

 

「そうであってほしいものだ。」

 

 お互いに駆け足の馬を操り、談笑しながらクレムリンを目指す。数分後には正門に着いた。門番には呂布隊からの先遣隊として派遣された兵が()いていた。その2人の兵が拝礼して僕とエレメーイさんを迎える。

 

「お帰りなさいませ。領主様。ようこそいらっしゃいましたお客人。」

 

「ああ、ただいま。呂布たちはまだ時間が掛かりそうか?」

 

「今日来た伝令の話しに寄れば明後日の夕刻までには到着するかと。」

 

「うむ、わかった。行こうエレメーイ殿。」

 

 近くでクレムリンを見て目を丸くしているエレメーイさんを促して、中に入る。そのまま厩舎に向かう。

 

「すまんな。エレメーイ殿。厩舎員がまだいないのだ。」

 

「いえ、お気になさらず。しかし、立派な馬が多いですな。100はいますかな?」

 

「ふむ、戦力を知りたいのかね?」

 

「あ、いえ、そのようなことは。ああ、しかし、この話題だとそうなりますか。申し訳ありません。」

 

「別に秘密にしていることではないので、お教えしよう。今現在、先ほどの門番も含めて騎兵が100弱。私の冒険者仲間“シュタールヴィレ”が8級が1人、6級が2人、準3級、3級、準1級が1人ずつ。そして、今現在、こちらに買った奴隷を移送している騎兵が1,900と少し。どうかね、覚えたかな?イオアン殿に報告しなければならないだろう?」

 

「あー、はい。お恥ずかしい限りですが、書き物を戴ければと思います。」

 

「ハハハ、準備しよう。ま、まずは、食事だ。こちらへ。」

 

 そう言ってテレムノイ宮殿に案内する。その際にもエレメーイさんはキョロキョロとクレムリンの中を見渡していた。まあ、しょうがないよね。僕も特には注意をせずに歩みを進める。テレムノイ宮殿の入口にも兵が2人、立哨(りっしょう)している。僕の姿を認めると、すぐに扉を開けてくれる。礼を言い中に入り、そのまま食堂を目指す。

 

 食堂にはレナータさんとアントンさん、クリスがいた。ユリアさんとローザさん、エミーリアさんは厨房のほうで配膳の準備をしているそうだ。それじゃあ、席に着いて待っていようかな。エレメーイさんはお客様だから僕の近く、クリスの対面に座ってもらった。今日は、何の料理かなあ。




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第147話 お客様・その2

 今日の夕食はお肉料理だ。それも牛肉といった豪華さ。お客さんであるエレメーイさんが来ているナイスタイミングでの料理だ。ステーキやスープは勿論、サンドイッチにもローストビーフが使われている。内臓は綺麗に処理して、煮込み料理として出ている。うん、いいね。

 

 さて、配膳をしてくれたユリアさんにローザさん、エミーリアさんが席に着いたのを確認して、食前のフォルトゥナ様への祈りを始める。ちなみにこの祈りには定型句は無くて、みんなそれぞれの言い方がある。

 

 それこそ、「フォルトゥナ様に感謝していただきます。」という短いモノから「この世に生まれし者を見守られているフォルトゥナ様。今回、私はその中のモノをいただきます。どうか罪深い私を許して云々。」と長いモノまで様々だ。朝食や昼食は時間が無いので、みんな基本的に短い。しかし、夕食は時間に余裕があることもあり長い人が多い。

 

 僕たち“シュタールヴィレ”の面々は貴族であるクリスやユリアさんがそれなりに長くて、孤児院出身のローザさんとエミーリアさんは長い、アントンとレナータさんは普通かな。僕は冒険者になってから短くなったかな。エレメーイさんは普通ぐらいだった。

 

 お祈りを済ませ、食事を始める。1人1人の前にそれぞれ料理は取り分けて置かれてはいるが、食卓の真ん中には料理が盛られた大皿があり、各人、足りない場合はそこから自分で取る。はっきり言って、貴族の食卓とは程遠い。どちらかというと庶民風だ。みんなそれをわかっているが口には出さない。もちろん、僕も。エレメーイさんも最初は戸惑っていたみたいだけど、料理に手を付けたらみんなを真似(まね)しておかわりもしていた。口に合ったみたいでよかった。ユリアさんも嬉しそうにしている。

 

「ガイウス様、美味しいお食事ありがとうございます。」

 

「気にすることはない。お客人への通常のもてなしだ。さて、私の執務室へ行こうか。先程の事と、イオアン殿への返書を用意せねばならん。」

 

「お気遣いいただきありがとうございます。」

 

 そして、エレメーイさんとともに執務室へ向かう。応接用のソファをエレメーイさんに(すす)め、紙と万年筆を貸す。礼を言い、すぐに先程の情報やクレムリンのことについて書き始める。僕はそれを確認し、執務机でイオアンさんへの返書を書く。

 

“ニルレブの北にできた城塞は私、ガイウス・ゲーニウスの住居です。帝国への侵攻の意図を持ってして造成したわけではありません。もし、仮に此処を軍事施設とするならば防衛拠点として機能することでしょう。”

 

 もっと、装飾した言葉を使って長く書いたけど、要点はこんな感じでいいかな。後は封筒に入れて。封蝋印を押して終了。エレメーイさんはもう少しかかりそうだ。僕は各【魔法】を手の平の上で発動させながら時間を潰す。うん、前よりも発動時間が短くなっている。ステータスを確認してもいい時期かなと思っていると、

 

「ありがとうございました。これで、イオアン様への土産話ができました。」

 

 エレメーイさんがそう言って、万年筆と残った紙を返してくれる。

 

「よく書けたかな?」

 

「はい、それはもう。」

 

「よろしい、ならば、客室に案内しよう。」

 

 エレメーイさんを客室に案内すると、あまりの豪華さにビックリしていた。うん、気持ちはわかるよ。僕もビックリしたもの。お風呂に入るかも聞いて男性用浴室へ案内した。丁度、アントンさんが使い終わった所だった。アントンさんにエレメーイさんへ浴室の使い方を教えてあげるようにお願いして、執務室へ戻った。

 

 執務机の上に紙を一枚広げ、現状の整理を始める。

 

「さて、拠点はできた。ここがあればみんなを呼んでも問題ないかな。アダーモさん、ジギスムントさん、クスタ君、ベドジフさんの4人には書状を出そう。グイードさん達は家族と共にこちらへ向かっている最中だからいいし、パーヴァリさんもツルフナルフ砦の守備隊司令としてそのまま置いておけば大丈夫。ジギスムントさんも書状は出すけどオツスローフ方面の司令官として留任してもらうっと。こんなところかな。呂布たちは【召喚】された者だから純粋な常備戦力として見るのは危ないかもね。ああ、学園(アカデミー)出身者とかで、職に就いてない人を探すのもいいかもしれない。常備軍は、基本的には志願兵のみで固めておきたい。しかし、すぐに志願をしてもらえるものか・・・。」

 

 ううむ。と唸っていると扉がノックされた。「どうぞ。」と声をかけるとアントンさんが入ってきた。手には2本のボトルと2つのグラスを持っている。

 

「よう、ガイウス。眉間にシワが寄っているぞ。よく冷えた果実水を持って来た。ちょいと休憩でもせんか?明日は日曜で休日だから、時間が無いとは言わせんぞ。」

 

「そうですね。少し休憩しましょう。」

 

 アントンさんはニッと笑って応接机の上にグラスを置き、僕の分には果実水を自分の分にはワインを注いだ。

 

「では、乾杯だ。」

 

「何にですか?」

 

「今日も生き残れたことにだよ。」

 

「ああ、そうですね。それでは、」

 

「「乾杯。」」

 

「ところで今日の獲物は何だったんですか?夕食時に聞きそびれてしまって。」

 

「ん?ああ、オーク、ハイオーク、オークリーダー、ハイオークリーダーだったよ。久しぶりに苦戦したが、レナータ嬢が大活躍だったな。」

 

「確かにレナータさんなら容易に想像がつきますね。」

 

「だろう?剣技や格闘術もそうだが、あの尻尾を使った一撃は中々のもんだ。直撃を受けたオークの首が180°回っていたからな。」

 

「でしょうねえ。」

 

「ま、おかげで楽をさせてもらったさ。あ、そうだ、そろそろエレと子供たちを呼ぼうと思っているんだが、いいか?」

 

「ええ、大丈夫ですよ。」

 

「なら、よかった。さて、今夜はもうちょい飲もうかね。」

 

「二日酔いは勘弁ですよ。」

 

 そう注意すると、笑いながら「わかっている」と言って、杯を重ねるのだった。




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第148話 休日

 今日は日曜日、休日だ。行政庁舎は休日対応窓口が開いているけど、僕は完全に休みだ。もちろん、何らかの緊急事態が起きたらその限りではないけどね。

 

 朝食後にイオアンさんの所に戻るエレメーイさんを見送り、ストレス発散のために黒魔の森に入る準備を整える。服の上に鎖帷子、その上に革鎧、さらにその上にフルプレートアーマーを着込む。得物(えもの)は一応、左腰に()いた鋼鉄製長剣と手に持った鋼鉄製短槍、背中にしょったソードシールドだ。

 

「久しぶりに見たような気になりますわね。ガイウス殿のそのお姿。」

 

 軽鎧に身を包んだクリスがそう言いながら近づいてくる。

 

「そうかな?」

 

「そうですわ。最近まではもっと軽装だったでしょうに。お忘れですか?」

 

「ああ、確かにそうだったね。フルプレートアーマーまでは着込まなかったかな。」

 

「それで、今日は皆さんとは別行動ということでしたけど、目的は何ですの?」

 

「いやあ、領軍に竜騎士(ドラグーン)が欲しくてね。獲りに行こうと思って。」

 

(わたくし)は8級ですわよ。それで、ガイウス殿は5級です。ギルドでそのようことを言ったら笑われますわよ。」

 

「もちろん、ギルドでは別の依頼を受けるよ。」

 

「領主様に受けさせてくれたらいいですけどね。」

 

「さあ、どうだろうね。ギルドマスターには挨拶をしに行ったけど不在だったしなあ。まあ、何とかなるさ。ところで、ローザさん達はすでに?」

 

「ええ、ガイウス殿がエレメーイ殿をお見送りなさっている間に進発なさいました。16時ごろには戻れるくらいの所まで潜る見たいですわ。」

 

「それはそれは。どのような結果になるか楽しみだね。さて、僕たちも行こうか。っと、その前に【ゴーレム生成】。」

 

 【土魔法】で数体の騎士型のゴーレムを作る。

 

「彼らは僕の魔力を辿(たど)れるから緊急時の伝令をしてもらおう。門番さんに伝えておかなきゃね。」

 

 そういうわけで、ニルレブの町に行く前に門番さんにゴーレムの使い方を説明する。そして、書き物を渡す。これで準備は大丈夫。クリスと2人、門番さんとゴーレム達に見送られながらニルレブの町も北門を騎乗して目指す。

 

 北門には馬を駆けさせたこともありすぐに着いた。貴族特権で入門検査の列に並ばずに町へと入る。そのまま冒険者ギルドに向かって、適当な依頼(クエスト)を受ける。受付カウンターで依頼(クエスト)受注手続きをしている際にギルドマスターがいるか聞いたら、今日は午後から出てくるそうだ。仕方がないから面会を希望する旨と名前を伝えてギルドをあとにした。

 

 現在時刻は午前9時30分過ぎ。今日中に飛竜(ワイバーン)を捕獲するには普通に移動していては間に合わない。ギルドの依頼(クエスト)もある。ニルレブを出て、すぐに黒魔の森に入り、誰も見ていないことを確認し【空間転移】をする。場所は飛竜(ワイバーン)の群生地だ。

 

 目の前の風景が鬱葱(うっそう)とした黒魔の森から、殺風景な岩場に変わった。結構な高さの場所のようだ。下に黒魔の森が見える。

 

「クリス、足元に気を付けて。滑落しないようにね。」

 

「はい、ガイウス殿。しかし、上にも気を付けた方が良いかと。」

 

「ああ、そうだね。」

 

 視線を足元から空に向けると、複数の飛竜(ワイバーン)がこちらを睨んでいた。すぐに手を出してこないのは、本能的に僕の方が強いとわかっているからだろう。僕は【異種言語翻訳】を使って伝える。

 

「お前たちの、この群れの(ぬし)はどこにいる!!話しがある!!」

 

 飛竜(ワイバーン)たちの動きに乱れが出る。僕が飛竜(ワイバーン)の言語を話せるとは思っていなかったのだろう。

 

「さあ、早く呼んできてもらおうか!!」

 

 言葉に少しの殺気を乗せて伝える。すると、さらに動揺が走る。あれ?逆効果だったかな。そんなことを考えていると、

 

「静まれ!!殺気を当てられたからと言って動揺するな!!この人間が我らを殺すつもりなら既に我らの命は無いわ!!すまんな。人の子よ。」

 

 他の飛竜(ワイバーン)より二回りは大きいな飛竜(ワイバーン)が出てきた。【鑑定】すると“飛竜王(ワイバーンロード)”と出た。

 

「いや、僕たちは気にしていないから、そちらも気にしないでほしい。あなたがこの群れの(ぬし)か。飛竜王(ワイバーンロード)よ。」

 

「いかにも。我がこの群れを統率しておる。それにしても“飛竜王(ワイバーンロード)”とはな。人間も面白い名づけをするものだ。」

 

「ふむ、普段は何と呼ばれているのか聞いても?」

 

「ただ、たんに(ぬし)様だな。」

 

「単純明快でいいね。名は無いの?」

 

「無いな。」

 

「ふーん、そっかー。ちなみに僕はガイウス。彼女はクリスティアーネ。あ、そうだ。僕と彼女が此処に来たのは君たち飛竜(ワイバーン)を使役したいと思ってね。」

 

「我らをお主の(もと)で働かせるというのか?」

 

「正確に言えば、僕の(もと)で働く人間を君たちの背に乗せて、戦闘行動や伝令として働いて欲しいかな。もちろん、寝床も用意するし、食事も用意するよ。どうかな?」

 

「断れば、どうなる?」

 

「他の群れに聞きに行くかなあ。」

 

「・・・ふむ。1つ質問をよいか?」

 

「どうぞ。」

 

「つい最近まで、ゴブリン、コボルト、オーク、ロックウルフ共の大規模な集団がいたが、全て消えた。これについてお主は何か知っているか?いや、関わっていたか?と聞いた方が良いな。」

 

「あー、うん。それのことかあ、一応、僕が中心となって全て殲滅したよ。」

 

「上位種も居たと思うが、それらもか?」

 

「そうだよ。」

 

「・・・わかった。従おう。しかし、約束は(たが)えるなよ。ガイウスよ。」

 

「「「(ぬし)様!?」」」

 

「それほど、驚くことでもあるまい。強者の(もと)に従うべきであろう。それがこの群れを救う手立てでもある。孵ったばかりの子も多い。なればこそ、安住の地を求めても良かろう。」

 

 さわぐ周りの飛竜(ワイバーン)を静める。飛竜王(ワイバーンロード)は僕の目を見て言った。

 

「お主の(もと)で働くのだ。名をくれ。ガイウスよ。」

 

「わかったよ飛竜王(ワイバーンロード)。・・・ヘラクレイトスとかはどうかな?」

 

「うむ、これより我が名はヘラクレイトスだ。さあ、ガイウスよ、(めい)(くだ)せ。」

 

「ここより、北西のほうに全員で移動する。ヘラクレイトスは僕とクリスを乗せること。飛べない者は?いない?孵ったばかりの子たちも大丈夫?ならば、よし。では、出発!!」

 

 数十匹の飛竜(ワイバーン)がヘラクレイトスを先頭に編隊をくんでニルレブに向かう。あー、また騒ぎになるかもなあ。あとで、【空間転移】を使って知らせておこう。




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第149話 休日・その2

 飛竜(ワイバーン)の群れがニルレブまでやってくるという話しをしないといけないので、ヘラクレイトスの背で【空間転移】を使いニルレブの北門近くの普通の森にでる。そして、そのまま北門へと向かう。勿論、いつもの黒馬を【召喚】してね。

 

 さて、飛竜(ワイバーン)の群れの報告を最初に行くのは領都衛兵隊司令部。今日は休日だけど衛兵隊司令のウルリクさんか会ったことのない副司令さんがいるだろう。衛兵隊の司令部庁舎に入ると、僕に気付いた衛兵さんが敬礼をする。すると、領都民の対応をしている衛兵さん以外全員が起立して敬礼してきた。僕は答礼し、職務に戻るように言う。近くの衛兵さんを捕まえ、尋ねる。

 

「司令か副司令はいるかね?」

 

「はっ、本日はウルリク司令がおります。執務室までご案内いたしましょうか?」

 

「迷惑でなければ頼むよ。」

 

「了解しました。では、こちらです。」

 

 案内され庁舎の2階に上がる。廊下をしばらく歩き“司令官執務室”と書かれたプレートのある部屋に着いた。案内してくれた衛兵さんがノックして僕のことを伝える。すぐに入室許可が出た。僕は衛兵さんに礼を言い、室内に入る。

 

「休日出勤ご苦労。ウルリク殿。この部屋は私と貴殿だけかな。」

 

「はい、閣下。私と閣下の2人だけです。」

 

「それでは、口調は素で話しをしますね。それではですね・・・。」

 

 僕は、黒魔の森に入り、飛竜王(ワイバーンロード)率いる飛竜(ワイバーン)の群れを捕獲し、その群れがニルレブ近郊に向かってきていることを伝えた。すると、ウルリクさんは顔を青くして、扉まで走り開くなり、

 

「誰か2,3人執務室まで上がってこい!!緊急案件だ!!」

 

 そう叫んだあと僕を見て、ため息をつきながら、

 

「失礼ながら閣下。そう言う行動を取る際は事前に連絡をして下さい。民に無用の混乱を招きます。」

 

「すみません。」

 

「謝ることはありません。ただ、次に同様のことをする際に()かして戴ければよろしいのです。それに、今回は群れが到着するまで時間がありますからな。対処ができましょう。」

 

 そんな会話をしていると、扉がノックされる。「入れ。」とウルリクさんが許可を出す。「「「失礼します。」」」と二の腕に赤線2本の小隊長格を示す模様をつけた3人の衛兵さんが入室してきた。彼らに対してウルリクさんが僕の言ったことを伝える。3人ともウルリクさんと同じく顔を青くしたが、すぐに対処のために執務室を出て行った。

 

「まあ、これで大丈夫でしょう。住民たちへの周知を徹底します。ところで、飛竜(ワイバーン)は何処に降りるのですか?」

 

「えっとですね。大体の場所は決めています。僕の屋敷と街道を挟んで反対側に設置しようかと思っています。」

 

「ふむ、ならば、第2種戦闘兵装の衛兵分隊を率いて私もその場所まで同行します。領主と衛兵隊が一緒に動いていれば、民も安心するでしょう。」

 

「わかりました。それでは、お願いします。」

 

「15分だけお時間を戴きます。その間はこちらでお待ちください。」

 

「わかりました。」

 

 ウルリクさんは装備を着けるために部屋を出て行く。その間に【遠隔監視】でヘラクレイトス達の様子を見る。黒魔の森上空を悠々と飛行している。クリスの表情も普段と変わらないから、問題は起きて無いようだ。そんな感じで、ニルレブに向かっているグイードさん達や呂布隊の様子も見て時間を潰す。両方とも大きな問題は起きて無いようだ。

 

 15分経たないうちに扉がノックされ、第2種戦闘兵装に身を包んだウルリクさんが入ってくる。司令官を示す赤い5本線が鎧の方の部分に入っている。

 

「閣下のご準備がよろしければ出発しましょう。」

 

「ええ、僕は大丈夫です。」

 

 そして、ウルリクさんと衛兵さん達の立会いの(もと)で、街道を挟んでクレムリンの対面に適当に大きな施設を【召喚】する。すると、砂で出来た広場かな?そんなものとその向こうに人工物が立っている。【鑑定】すると“エドワーズ飛行場(空軍基地)”と出た。ふむ、軍事施設か。なら、大丈夫だね。しかし、“空軍”の軍事施設ということは、【召喚】した飛行機を此処に駐留させることができるのかな。

 

 まあ、飛竜(ワイバーン)の群れが休まるには十分だろうね。そのまま竜騎士(ドラグーン)の駐屯地としても使えるからいいね。それにこれだけの敷地面積があれば、領軍の演習にも使えるかな?

 

「これが閣下のお力ですか・・・。凄まじいものがありますな。」

 

「ふむ、司令官には初めて見せたかね?」

 

「馬や武具関係は見せてもらいましたが、これほどのモノを【召喚】できるとは知りませんでした。もしかすると世界一の召喚士かもしれませぬな。」

 

「世界一などのそこのところはあまり興味が無いな。兎に角、領の発展のためにできることをするまでだ。ところで、貴官の部下たちが先程から微動だにしないのだが。」

 

「あー、これは、常識というストッパーが掛かってしまっていますな。まあ、もうしばらくすれば現実を直視できましょう。」

 

「ふむ、そうか。ならば、ここは任せても良いかな?クリスとヘラクレイトス、ああ、ヘラクレイトスとは飛竜王(ワイバーンロード)のことだ。私が名付けた。彼女たちを迎えに行きたいと思う。」

 

「わかりました。ここはお任せ下さい。」

 

「頼んだ。」

 

 そう言って、僕は背中から翼を生やし一気に飛び上がる。そのまま黒魔の森の上空へと向かい、他人の視界から外れたことを確認して、クリスとヘラクレイトスたちの所まで【空間転移】した。




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第150話 休日・その3 

 【空間転移】で飛行中のヘラクレイトスのすぐ(そば)に出た。ヘラクレイトスは僕が飛べることに驚いたようで、

 

「ガイウスよ。お主は飛ぶこともできたのか。」

 

「ああ、言って無かったね。うん、一応、飛べるよ。この通りね。」

 

 そう言いながら、横方向に一回転(ロール)する。

 

「ううむ、なんとも。信じられん。神の御業(みわざ)を見せられているようだ。」

 

「あー、中らずと(いえど)も遠からずってところかな。僕は“フォルトゥナ様の使徒”なんだ。」

 

「なんと!?フォルトゥナ神の使徒様だったとは!!ガイウスよ、いや、使徒様。貴殿について来て良かったと思っている。」

 

「口調は今まで通りでいいよ。でも、魔物もフォルトゥナ様を神として知っているんだね。」

 

「貴殿がそう言うなら今まで通りに話させてもらおう。それで、フォルトゥナ神のことだったかな。勿論、我らも信仰しておる。龍の方々よりこの世界をお作りになった(かた)だと話しを聞いたからな。それと、魔物というのはゴブリンどもも指すのかね?」

 

「うん、そうだよ。」

 

「ならば、我らは魔物ではない。魔力を持った生物といった点では魔物であろうが、それは人も同じであろう。」

 

「確かに。じゃあ、飛竜(ワイバーン)は何と呼べばいいのかな?」

 

「以前、我が(わらべ)の時に語ってくださった黒龍様は我らの事を“亜龍”と呼んでおった。龍に次ぐものとしてフォルトゥナ神が生み出されたのだと。」

 

「なるほど、“飛竜(ワイバーン)”じゃなくて“飛龍(ワイバーン)”ということかあ。人間の発する言葉では音が一緒でも文字表記が違うんだね。」

 

「そこのところは、我にはわからぬ。人間の文化のことだからな。」

 

「でも、ヘラクレイトス達は人間を襲うでしょう?少しは人間の文化を知ってはいないの?」

 

()(この)んで襲っているわけではない。縄張りに入ったり、攻撃をしたりしてくれば、反撃のために襲う。森に獲物となるモノが居なければ、人の住むところまで出て行き、あれは人の言葉で何と言ったか・・・。そうだ、家畜だ。家畜を襲う。だから、人を喰うなど余程の悪食か、空腹の者だけであろう。我も一度襲って来た人間の腕を噛み千切ったが、あれは、不味かった。身にゴテゴテと色んなモノを付けているのもだから、喰わずに後で吐き出した。であるから人間の肉にはあまり興味がないのだ。」

 

「なるほど、なるほど。研究している人に話しをしたら泣いて喜ぶかもね。っと、問題発生の予感がする。クリス、ヘラクレイトス、群れを一気に【空間転移】で目的地の近くまで、移動させる。ヘラクレイトスは混乱しないようにみんなに伝えて。」

 

「承知した。皆の者!!これよりガイウスの力によって目的地まで移動する!!動揺するでないぞ!!」

 

 ヘラクレイトスが()えて指示を出すのを横目に見ながら、僕は【遠隔監視】で表示された映像を見る。それにはエドワーズ空軍基地から1台の車が出てきて、衛兵分隊のほうに向かっているのが映し出されている。これは僕がいないと絶対にややこしくなる。ちなみに、車というのは馬が曳かない馬車みたいなものとジョージが言っていた。馬車より形が洗練されているけど、本当にそんな感じだ。

 

「ガイウスよ。準備はいいぞ。」

 

「よし、では【空間転移】するよ。」

 

 クレムリンから1km離れた黒魔の森の上空に【空間転移】した。ヘラクレイトスは「ほう・・・。」と感心したように呟いた。クリスは「帰ってきましたわー。」とのんびりとした感じだ。他の飛龍(ワイバーン)は景色が一変したのに驚いているようだった。

 

「動揺するなと言ったはずだ!!落ち着け!!新しい住処に着いたのだ。ガイウスよ。場所を示してくれぬか?皆にも聞こえるように。」

 

「うん、わかったよ。それでは、目の前に見える。下は黒魔の森で変わりはないけど、目の前、1kmぐらいさきかな?そこに見える赤い壁で囲まれた建造物群は僕やクリス達の家であるクレムリン。左に見えるのがニルレブという僕が治める領の領都。まあ、人が沢山住んでいる場所だね。そして、クレムリンのさきにある広い砂地と建造物があるけど、そこが今から向かう目的地。君たちの住処だよ。エドワーズ空軍基地という名前なんだ。これで、わかったかな?」

 

 【風魔法】を使って満遍(まんべん)なく聞こえるようにしたけど大丈夫かな?

 

「わかっておらねば、我が教えるのみだ。ところで、問題があるのでは無かったかな?」

 

「ああ、そうだった。とりあえずみんなを砂地に待機させといてねヘラクレイトス。クリスもヘラクレイトスに乗ったままでお願いね。」

 

「わかった。」

 

「わかりましたわ。」

 

 2人?の返事に頷き、僕は飛行速度を上げ、向かってくる車に対して警戒しているウルリクさん率いる衛兵分隊の(そば)に着地する。ウルリクさんが敬礼をして迎えてくれる。僕は答礼をしながら言う。

 

「今、戻った。飛龍(ワイバーン)の群れももうすぐ到着する。こちらに向かって走って来るモノには警戒しなくてもいい。馬が無い馬車だと思えばいい。」

 

「魔道具の類ということでしょうか?」

 

「ま、そうだな。“これ”を【召喚】した際についてきた人物が挨拶にでも来たのだろう。おそらくは施設の責任者だ。ああそうだ助っ人を【召喚】しておこう。ああ、今更だがなるべく私の【召喚】については口外しないように。」

 

 ウルリクさん達に軽い口止めをして【召喚】にかかる。アメリカ空軍の基地なんだから、同じアメリカ軍のジョージを【召喚】しよう。すぐに、召喚陣からジョージが現れる。

 

「ジョージ・マーティン中尉、急なことで悪いが命令だ。今からこちらに来る人物を一緒に迎えて欲しい。」

 

「了解しました。どなたでしょうか?」

 

「名前まではわからんが、エドワーズ空軍基地の責任者だろう。頼んだぞ。中尉。」

 

「へっ?」




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第151話 ドゥエイン・シンフィールド中将

 呆けた顔をしているジョージは無視して、車が到着するのを待つ。程なくして黒塗りの車が止まり、後部のドアが開いて長身で痩身だが鍛えられている肉体をしている軍装姿の男性が降りて敬礼してきた。僕たちも答礼をする。

 

「アメリカ合衆国エドワーズ空軍基地の司令官を務めています“ドゥエイン・シンフィールド”中将です。こちらの最高責任者はどなたでしょうか?」

 

「私が貴殿らを【召喚】したアドロナ王国ガイウス・ゲーニウス辺境伯だ。見た目通り、子供だが最高責任者だ。」

 

「今後はどのようにお呼びすればよろしいでしょうか?」

 

「ふむ、そこにいるJTACのジョージ・マーティン中尉は“卿”と呼んでいる。それで、構わんよ。」

 

「それでは、ガイウス卿、ご命令を。」

 

「うむ、あちらのクレムリンの上空を見たまえ。飛龍(ワイバーン)の群れがこちらに向かってきているのがわかるだろう?あの群れの住処としてエドワーズ空軍基地を使用したい。可能か?」

 

「可能か、不可能かで言えば、可能です。しかしながら、格納庫に住まわせるにはいささか数が多いようです。敷地内に別の飛龍(ワイバーン)専用の建築物を建てることを意見具申します。」

 

「その意見を受け入れよう。場所としてどこがいいかな?」

 

「ふむ、ヘリがあれば上空から見ることができるのですが・・・。」

 

「ならば、飛龍(ワイバーン)に乗せてもらえばよい。中尉も一緒に乗り給え。」

 

「はっ、了解しました。ご一緒させていただきます。」

 

 というわけで、ヘラクレイトスの背に乗せてもらって、クリスも含めて4人と1体で上空から基地を見ることにした。シンフィールド中将が説明をする。

 

「本基地には14本の滑走路があります。JTACのマーティン中尉がいるのなら航空機は見たことがありますね。それが離着陸するために使うものです。1番長いもので11,909mあります。幅は274mです。」

 

「大きいな。しかし、航空機はこれほどの滑走距離が無いと飛び立てないのか?」

 

「いえ、軍用機ならば1,000mほどもあれば離陸できます。着陸の際にはもう少し距離が延びますので2,000mあれば十分でしょう。本基地は様々な航空機の試験にも使われていますので、あのように長大な滑走路があるのです。」

 

「なるほど、ならば滑走路の近くはやめておいた方が良いか?」

 

「そうですね。ある程度の距離は取っておいた方が良いかと。今後、航空機を運用するとなった場合、離着陸の失敗などもあるでしょうから、それに巻き込まれないようにすべきかと。現在ある格納庫の近くが一番無難でしょう。」

 

「なるほど。しかし、格納庫の近くであると、航空機の騒音が凄そうだがどうだろうか?」

 

「ふむ、確かにそうですね。でしたら、あの辺りはいかがでしょうか?滑走路からも格納庫からもほどよく離れています。」

 

 中将が指さした先は確かに滑走路と格納庫からある程度離れていて良いように思えた。

 

「うむ、あそこにしよう。ヘラクレイトス、高度を下げてくれ。」

 

「承知した。」

 

 一吼(ひとほ)えして、緩降下を始める。目的地の上空に着くと滞空状態を保持してもらい、アルムガルト辺境伯家で見た竜舎を必要数【召喚】する。孵ったばかりの飛龍(ワイバーン)まで含めると87体。その分の竜舎を【召喚】するのだから結構な時間が掛かった。だが、立派な竜舎群が出来た。これなら大丈夫だろう。試しにヘラクレイトスに中を見てもらう。

 

「風雨をしのげる時点で岩山での生活と比べると段違いだ。大きさも問題ない。流石はガイウスだ。」

 

「ハハハ、私は【召喚】しただけだ。本当に凄いのは(もと)となった竜舎を作った者達だ。ああ、そうだ。ここでも文字表記は竜舎から龍舎に変えておくか。」

 

「気を遣わせて申し訳ないな。」

 

 「気にすることはない。」とヘラクレイトスに返答しながら、シンフィールド中将のほうに視線を向けて尋ねる。

 

「中将、このようなかんじとなったがどうかな?」

 

「よろしいかと。ここなら今後、固定翼機や回転翼機の部隊を【召喚】しても離着陸には支障はないでしょう。」

 

 よし、シンフィールド中将のお墨付きをもらった。これで、一安心かな?それでは、ウルリクさん達の所に戻ろう。

 

「さて、では戻るとしよう。衛兵隊を待たせすぎるのも気の毒だからな。ヘラクレイトスは我々を降ろした後は、群れの皆を龍舎に誘導すること。」

 

「承知した。」

 

 結局、エドワーズ空軍基地の施設は使用せずに龍舎を新しく【召喚】するという結果になったけど、今後を見据えれば、まあいいんじゃないかな。竜騎士(ドラグーン)いや龍騎士(ドラグーン)だけでは、空は広すぎるからね。航空機の出番はすぐにやって来るだろう。A-10は勿論、飛龍(ワイバーン)を簡単に仕留めるF-15も即戦力としては申し分ない。ああ、シントラー伯爵との条約を考えればRF-4Cも必要になるかもね。それと、帝国の事を考えれば地上を攻撃できるもっと大型の航空機も。

 

 そんなことを考えていると、ウルリクさん達の所に戻ってきた。僕たち4人が降りるとヘラクレイトスは群れのほうに向かい一吼(ひとほ)えすると、そのまま龍舎に飛んでいく。その後を飛龍(ワイバーン)達が追う。

 

 シンフィールド中将も乗ってきた車で基地施設まで戻るそうだ。ついでだからジョージの面倒をエドワーズ空軍基地で見てもらうようにした。何回も【召喚】するのが面倒くさいからね。うちでもよかったけど、同じ空軍の方が楽でいいだろうしね。それに、地球のご飯は基地じゃないと食べられないだろうし。

 

 シンフィールド中将とジョージを乗せた車が去ったのを確認して、ウルリクさん達に声をかける。

 

「さて、これで、暫定的にだが我が領の軍事力が向上した。飛龍王(ワイバーンロード)のヘラクレイトス率いる飛龍(ワイバーン)達は、龍騎士(ドラグーン)として運用しなくとも十分な脅威だ。また、新しく広大な基地も【召喚】できた。あとは、兵を(つの)り鍛えるだけだな。ああ、もちろん、衛兵隊もだ。領軍の兵よりも鍛え上げなければならない。そうしなければ、兵が不祥事を起こした時に取り押さえられないからな。だろう?ウルリク殿。」

 

「そうですな。」

 

 と笑顔のウルリクさんと違って、後ろの衛兵さん達は顔が青くなっていた。なんでだろうねー。不思議だねー。




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第152話 ピーテル・オリフィエル

 5月13日の日曜日はエドワーズ空軍基地の【召喚】と飛龍王(ワイバーンロード)ヘラクレイトス率いる飛龍(ワイバーン)の群れを手に入れることができたのが大きな成果だった。ちなみに、ギルドで受けた依頼(クエスト)も達成したよ。ハイオークリーダーに率いられた100体前後の群れの討伐だったけど、【召喚】無しで僕とクリスの2人だけで殲滅した。そのおかげでクリスは9級から8級へと昇級した。

 

 そうそう、ギルドマスターにも会えたんだよね。レンニ・マルッキさん。法衣貴族マルッキ子爵家の3男。35歳。妻子有り。僕に挨拶に行かなかったことを凄く謝られた。僕とクリスは書類の山に埋もれている彼に気にしないで仕事を続けてくださいと言って、簡単な挨拶だけをすませて帰宅した。いやあ、やっぱりどこでも管理職って大変なんだねぇ。

 

 翌日の5月14日月曜日は通常通りに行政庁舎は開庁していたけど、登庁してきたヘニッヒさんに早速呼び出されてエドワーズ空軍基地と飛龍(ワイバーン)のことについて聞かれたよ。龍騎士(ドラグーン)の編成とかを詳しく説明すると大きなため息をついて、

 

「閣下はこの領を独立させるおつもりですか?87体の飛龍王(ワイバーンロード)が率いる龍騎士(ドラグーン)など王国にはおろか帝国にもいませんよ!?」

 

 すみません。レナータさんはさらにその上の赤龍(レッドドラゴン)なんですとは言えないし、言わない。僕は笑顔を作りながら、

 

「でも、そういうことなら国軍が退去した後でも十分な防衛戦力になるということですよね?」

 

「確かに、ある程度の防衛力は必要でしょう。しかし、今回は過剰です。強大な防衛力は言い換えれば強大な攻撃能力を有していることにもなります。」

 

「では、どうすれば?」

 

「幸い、閣下は武勇伝に事欠きませんし、武功で今の地位を手に入れられた方です。そして、現役の冒険者です。そこを内外に強調していきましょう。それで、龍騎士(ドラグーン)となる人物の募集ですが、出自や出身地、性別、種族、身分を問わずに行いましょう。少しでも有能な人材を領内に集めます。そのために、閣下のお名前を使いますが、よろしいでしょうか?」

 

「ええ、存分に使ってください。」

 

 そんなこんなで月曜日は過ぎて行った。

 

 5月15日の火曜日、この日は意外な来客があった。ピーテル・オリフィエル侯爵いや男爵が僕に会いに来た。すぐに行政庁舎の領主用応接室に案内して話しを始める。

 

「裁判では、減刑に口添えをなさってくださり有り難うございます。また、陛下との事前協議で私への罰を減らしてくださったとか。家も残すことができました。妻や子にも侯爵時代のような生活はさせてやることはできませんが、それでも男爵として残りました。感謝いたします。」

 

「ふむ。お気持ち有り難く。しかし、なぜわざわざこちらへ?」

 

「閣下の(もと)で文官として登用していただけないかと思いまして。」

 

「なるほど、確かにピーテル殿は当主の座をご子息にお譲りするよう陛下がお命じになられておったな。」

 

「はい、それと、閣下に我が領を治めていただけないかと思いまして。聞けば、陛下は私から領地を召し上げ、閣下に下賜することを決められていたとか。しかし、裁判当日になり、閣下が陛下に対して領地は必要ないと仰られたとお聞きしました。」

 

「あー、あれか、うむ。確かに陛下にオリフィエル領を授けると言われ、私も承諾し文書まで作成して戴いた。しかし、裁判当日になり気づいたのだ。“ゲーニウス領さえまだ治めていない私に、2つの離れた領地を治めることができるのか”と。自問自答したが答えは否だった。だからこそ、陛下にお会いして、オリフィエル領を戴くことを撤回したのだ。」

 

「なるほど、そのようなことですか。簡単な解決策があります。私をお使いください。私がオリフィエル領を代官として治めます。」

 

「ご子息には()がせないのかね?」

 

「息子にはもちろん話しをしました。すぐに断られましたけどね。“領地など自分自身を縛るモノなどいらない。学園(アカデミー)を卒業したら法衣貴族として衛兵隊への入隊を目指す。男爵家の当主という肩書きさえ足枷(あしかせ)だ。”と言われてしまいまして。」

 

「ご子息の気持ちはよくわかる。この件について陛下はご存知なのだろうか?」

 

「宰相閣下にお伝えしているので、ご存知のことかと。」

 

「外堀を埋められて、籠城戦をする気分だ。オリフィエル領のことは私の一存では決められん。時間を(いただ)きたいのだが?」

 

「それはもちろんです。閣下。」

 

「では、その間はニルレブに滞在するといい。我が屋敷に来るかね?」

 

「いえ、宿の手配はしておりますので。ご配慮感謝いたします。」

 

「どこの宿かね?決まったら連絡しよう。しかし、私がすぐに断るとは思わなかったのかね?」

 

「思いませんでした。閣下は自覚なされていないようですが、人を()きつけ動かす何かを持っていらっしゃる。私はそれに賭けたのです。」

 

 恥ずかしいことを言ってくれるなあ。とりあえず今日は宿の名前を聞いてお引き取り戴いた。さて、どうするかな。新しい領。しかも、国の端から端。【空間転移】のある僕には難しくはないけど、防衛力の強化、領民の先代領主への思いなどもあるし、兎に角、今は龍騎士(ドラグーン)の選抜試験が重要事項だ。

 

 ジョージに聞いたところでは、アメリカ陸・空・海軍ではブートキャンプと呼ばれる新兵基礎訓練を行うそうだけど、この世界では海兵隊の訓練が一番いいかもと言っていた。シンフィールド中将は“フォート・ベニング”の施設とレンジャー連隊?の要員を【召喚】してレンジャー訓練を施せばよいとも言っていたね。

 

 とりあえず明日は、海兵隊の訓練要員を【召喚】して、選抜試験までにこの世界のことについて深く知ってもらおう。ジョージやシンフィールド中将みたいな陽気で優しい人たちだといいね。




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第153話 教官たち

 5月16日水曜日早朝、僕は龍騎士(ドラグーン)育成のための教官たちを【召喚】するためにエドワーズ空軍基地の格納庫に来ていた。他にはクリスをはじめとした“シュタールヴィレ”の面々と基地司令シンフィールド中将、そして飛龍王(ワイバーンロード)ヘラクレイトス。

 

 さて、それでは、【召喚】しましょうか。

 

「アメリカ合衆国海兵隊新兵訓練教官【召喚】。」

 

 魔法陣と光が消え去ると、ビシッと敬礼をした10名の教官がいた。女性もいて内心驚く。

 

「アメリカ合衆国海兵隊先任教官のボブ・コンラッド海兵隊最上級曹長以下10名、ただいま着任しました。」

 

 白髪の見えるボブ・コンラッド海兵隊最上級曹長が低くて太く、よく通る声で挨拶をしてくれた。白髪が混じっているが、それ以外の肉体面は他の教官たちと同等に鍛え上げられている。【ステータス】の数値も軒並み高い。

 

「よく私の【召喚】に応えてくれた。私はガイウス・ゲーニウス辺境伯。ゲーニウス領の領主だ。それでは、皆を紹介しよう。そのあと、諸君らの1人1人の自己紹介をお願いしたい。」

 

 お互いの紹介が終わると、本題に入る。この話しは僕とヘラクレイトス、教官たちがいればよい話しなので、クリス達やシンフィールド中将には戻ってもらう。

 

「さて、諸君にお願いするのは、私の後ろにいる飛龍王(ワイバーンロード)ヘラクレイトスが率いる飛龍(ドラグーン)(またが)り、大空を駆ける龍騎士(ドラグーン)を育成してもらいたい。何か質問はあるかね?」

 

「はい、閣下。よろしいでしょうか。」

 

「よろしい。ドニー・キーン上級曹長。」

 

「はっ、我々は、軍での生活と規律、人の殺し方などを教育してきました。しかし、龍に乗って戦う者の訓練は行ったことはありません。我々が適任だとは思えません。」

 

「うむ、君の言うことも最もだ。安心したまえ。諸君に飛龍(ワイバーン)の背に乗って、教育しろとは言わんよ。それは、別の方に頼んである。諸君らには先程、上級曹長が言ってくれた軍での生活と規律、精神を鍛えるつもりで叩き込んでほしい。ところで、どのように教育を施すのかな?試しに私相手に遠慮なくしてほしい。」

 

「閣下、よろしいでしょうか。」

 

「どうぞ、ボブ・コンラッド海兵隊最上級曹長。」

 

「ありがとうございます。はっきりといって、我々の施す教育・訓練は体力的にも精神的にもキツイものとなります。我々海兵隊は常に最前線に投入されてきました。そのために訓練内容はキツイものです。それに閣下は12歳です。大の大人でも音を上げる者がいます。それでも、お試しになりますか?」

 

「午前中は時間が()けているから、大丈夫だ。それにこれでも冒険者だ。荒事には慣れている。服装も動きやすいモノを持ってきているからすぐに着替えよう。」

 

「了解しました。それでは、これより半日を使用した新兵訓練を行ないます。ここからは、我々は敬語は無しです。しかし、閣下は訓練生なので敬語が必要になります。それでは、諸君、始めるとしよう。」

 

 新兵訓練を始めて30分がすぎた。姿勢の矯正だけなのに泣きそう。てっきり、できなかったら鉄拳制裁とかで拳が飛んでくると思っていたけど、ボブ達はそれをせず、代わりにあらん限りの罵倒をしてくる。そして、罰として腕立て伏せやランニング、腹筋をさせてくる。しかも、彼らも一緒になって腕立て伏せとかに付き合ってくれるから申し訳ない気持ちと情けない気持ちになる。

 

 チート持ちの僕だから腕立て伏せなどの罰についていけている。しかし、募集兵はどうだろうか。冒険者や衛兵、腕に覚えのある者などが多いだろうが、ここまでの罵倒と、すこしでもミスをするとすぐに罰が与えられるというのは耐えられないかも。この訓練は精鋭を鍛え上げられるだろうけどヤバいかもしれない。どうしよう。

 

「あー、海兵隊最上級曹長。一時訓練中断だ。」

 

「了解しました。閣下。全員休め。」

 

 ボブの号令で教官全員が休めの姿勢をとる。

 

「訓練の内容に質問がある。あの顔を近づけての罵倒には何の意味があるんだ?時には複数人でしていただろう?」

 

「あれは、恐怖感と圧力に対して耐性をつけるためです。大声で罵倒したり怒鳴るのはそのためです。」

 

「ふむ、なるほど。罰を与える際に一緒にやっていた意味は?」

 

「我々は新兵の手本とならなければなりません。ですから、どんな訓練でも先に立ち手本を見せなければなりません。そのためです。」

 

「つまり、“このぐらいの罰は俺でもできるんだからお前たちもできる”ということかね。」

 

(おおむ)ねそうであります。」

 

「ううむ、なるほど。教官に歯向かったりした場合は?」

 

「上官の命令を聞けないのであれば、新兵訓練をやめてもらったほうがお互いのためかと。」

 

「確かに。軍というのは様々な命令が出る場所だからな。」

 

「そうです。兵であれば、上官の命令が戦争犯罪で無い限り有効であり、実行しなくてはなりません。」

 

「理由がわかればスッキリとするな。さて、それでは続きをしようか。」

 

「お言葉ですが、本当に午前一杯やるおつもりですか?」

 

「最初にそう言ったはずだ。さ、ここからは、教官と訓練生の関係に戻ろう。」

 

 自分がやっていること、やられていることの理由がわかると気持ち的にだいぶ(らく)にはなった。訓練内容の事前説明はしっかりと行なっておいた方がよさそうだ。その方が、下手に暴走するような訓練生を生まなくて済むであろうし、お互いにとって幸せだろう。

 

 ちなみに、飛龍(ワイバーン)への騎乗訓練はアルムガルト家の龍騎士(ドラグーン)から人を何人かまわしてもらえるように書簡を送っている。勿論、タダでは無く訓練期間の給与などはこちらで持つという当たり前のことから、お酒や果物などの日持ちのする特産品を送った。了承してくれるといいけど。




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第154話 実力

 5月16日水曜日は、午前中に新兵訓練を体験し、午後からは教官たちにこの世界にさらに慣れてもらうために冒険者登録をしに冒険者ギルドへと向かった。ギルドに入ると、“地球”という異世界の軍装に身を包んでいるボブ達は好奇の視線にさらされる。それでも、特に気にした感じはない様子で僕の後ろを着いてくる。受付カウンターにて、

 

「彼ら10名の冒険者登録をお願いしたい。それと、練習場を借りたいのだが今の時間は空いているかな?」

 

「後ろの方々の冒険者登録ですね。わかりました。書類をご用意します。練習場は使用簿を確認しますので書類のほうの記入をしながらお待ちください。」

 

 そう言って、受付のお姉さんが席を外すと、ボブ達は書類への記入を始める。僕もテーブルを隅を借りてヘニッヒさん宛の書状を書く。内容は、龍騎士(ドラグーン)の募集についての注意事項で、“精神的にも肉体的にも(るい)を見ないほど厳しいモノとなるだろう”という文言を追加するようにというものだ。書き終えたら封筒に入れ封蝋印を押し、手近な衛兵詰所に持っていこう。そんなことをして時間を潰していると、受付のお姉さんが戻って来て、

 

「閣下、お待たせしました。今日は特に利用している方はいらっしゃらないようです。ご自由にお使い下さって結構ですよ。」

 

「ならば、念のため今から3時間ほど利用予約をさせてもらおう。皆、登録が済んだら練習場で待っておくこと。ウォーミングアップをしておくように。少し衛兵詰所へ行ってくる。」

 

「「「「「了解。」」」」」

 

 そして、衛兵詰所に行き書状をヘニッヒさんに持っていくようにお願いしてギルドに戻ってくると、練習場のほうが騒がしかった。というか、いつもは誰かしら居る併設食堂にも誰もいない。イヤ~な予感がしながらも練習場へ向かうと、歓声が聞こえた。

 

 観覧ブースに行くと、ボブ率いる教官たちが武器持ち冒険者達を相手に、無手で叩きのめしている。あれが軍隊格闘術(マーシャルアーツ)なんだ。ステータスの差もあるけど、それでも、無手で木製とはいえ数で勝る武器持ちの相手に対して一歩も引かずに戦うのは凄い。あ、最後の1人が肘を顎に喰らって昏倒した。っと、感心して見ている場合じゃなかった。

 

「海兵隊最上級曹長!!貴官らは一体何をしている!?」

 

「はっ、閣下。先達の方々にウォーミングアップに付き合ってもらっておりました。」

 

「それは、本当かね?」

 

 近くにいる冒険者に尋ねる。彼は深く一礼をし、

 

「はい、閣下。その通りです。ただ、誘い方が少々まずかったかもしれません。」

 

 詳しく話を聞くと、昏倒している冒険者たちは受付での僕たちの会話を聞いていたらしく、辺境伯である僕の知人なり部下に冒険者として親切にしておけば後々便宜を(はか)ってもらえるかもと思ってボブ達に近づいた。しかし、リーダー格 (実際には最上級者)であるボブの年齢を聞いた瞬間に、「その年齢で冒険者はやめといた方がいいぞ。爺さん。」と言った人がいるらしく、それにボブが「お前さんのようなヒヨッ子にできるのならば、俺達でも問題ないだろう。」と正に売り言葉に買い言葉。言われた冒険者は気が短いのか頭に血が上り、ボブ達に勝負を持ち込んだ。勿論、周囲は止めたが聞く耳を持たなかったそうだ。

 

 ちなみに、その発端となった20代の冒険者は開幕数秒でボブに首を()められて昏倒したそうだ。50歳のボブ強い。いや、ドニー達も強いけど20代~30代だからねえ。そんなには驚かないよ。感心はしたけど。ま、とにかく、

 

身体(からだ)が温まったのなら丁度良い。これから、剣、槍、弓、盾の順で基本的な使い方を教える。良いな。」

 

「「「「「はっ、閣下!!」」」」」

 

「よろしい。まずは、練習場を綺麗にせんといかん。昏倒している冒険者たちを医務室に連れていくこと。戻ってくるときに待合室で自分の体格に合う剣、槍、弓、盾を持ってくること。以上だ。行動開始!!」

 

「「「「「了解!!」」」」」

 

 流石は正規の軍人、すぐに動き出して昏倒している冒険者たちを担ぎ上げ、医務室へと運んでいく。僕はその間にボブ達の相手となる騎士型ゴーレムを【土魔法】で作成する。強度はそこそこ、なるべく軽くして素早く動けるようにゴーレムを構成する土の成分を変える。確か、鉄よりも軽いアルミ合金というのがあるとジョージが言っていたからそれにしよう。よし、完成。見た目は鉄製みたいな銀に輝いているけど、軽くジャンプをしてもらっても軽い音しか聞こえない。

 

 僕が完成したゴーレムに1人でウンウンと感動していると、ボブ達が剣、槍、弓矢、盾を持って戻ってきた。

 

「諸君らにはこの1人で1体のゴーレムを相手に模擬戦をしてもらう。ゴーレムの武器はこれだ。」

 

 ドスンッ!!と音を立てて球状の木製メイスが【召喚】される。

 

「見ての通りメイスだ。重さはあるが、強度はそれほどでもない。直撃しても死にはしない。ただ、死にはしないだけだから怪我はするぞ。やれるかね。」

 

「もちろんです。閣下。海兵隊員の実力をお見せします。」

 

 ボブが代表して(こた)える。

 

「よし、では、一通りの武器の扱い方を説明していこう。まずは剣からだ。」

 

 そう言って、僕は【教育者】の能力をフルに使用してボブ達に剣、槍、弓矢、盾の基本的な使い方と応用技を教えていく。大体1時間ほどで全員がそれらの武器を自由に扱えるようになったので、ゴーレムとの模擬戦を開始する。

 

「それでは、これよりゴーレムとの模擬戦をしてもらう。使う武器は自分が得意と思ったモノを使うといい。準備はいいかね?では、始め!!」

 

 カシャンカシャンとゴーレム達が動き始める。ボブ達は方陣を組んで前列が盾を並べ待ち構える。ゴーレム達が次々とメイスを振るうが、それを盾で上手く受け流している。盾を避けて横から攻撃しようとするゴーレムには槍と矢が襲う。てっきり個々人の戦闘力でゴーレムと1対1の戦いをすると思っていたから予想外だ。でも、チームでの戦闘は大事だからね。海兵隊の良い面を知れて良かった。

 

 5分ほどボブ達は方陣で固まっていたが、ボブの「今だ!!」の合図と共にサッと散る。そして、当初予定していた通りの1対1の構図ができたけど、驚いたことにゴーレムが内側になり、ボブ達が外側になっている。さっきとは立ち位置が逆転し、ボブ達がゴーレムを囲むようになっている。

 

 その後は、一方的な蹂躙(じゅうりん)劇だった。本気を出したボブ達海兵隊員の前では、ゴーレムと(いえど)も太刀打ちできず、1体、また1体と討ち取られていった。最後のゴーレムは10人全員の攻撃を受け地面に倒れ伏した。戦闘開始から終了までわずか10分弱の模擬戦だった。




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第155話 実戦に行こう

あけましておめでとうございます。今年も拙作をよろしくお願いします。


 ゴーレムとの模擬戦が終わると、野営の準備と装備を購入してボブ達と共に黒魔の森へと向かった。ヘニッヒさんとクリス達にはそれぞれ“黒魔の森でひと暴れしてきます。明日の昼頃には戻ります。”という内容の書状を用意して衛兵さん達に届けてもらうようにお願いした。

 

 ボブ達の装備は、僕みたいなフルプレートアーマーではなくて、胸甲と肘当、腰当、草摺、膝当のみの軽装だった。あとはそれぞれの得意な武器を選んだ。ジョージの格好もそうだったけど、致命傷を負うような戦場に行くときは無駄に重装にするよりも必要箇所だけを守る軽装の方が良いのかもしれないね。まあ、勉強すべきところではあるかな。

 

 そんでもって、黒魔の森に入ったらすぐにグレイウルフリーダーのルプスがやって来た。僕は戦闘態勢を取ったみんなに周辺警戒をするように命令し、ルプスから情報をもらう。

 

「ガイウスよ、久しいな。時間が惜しい、本題に入ろう。ホーンベアが勢いを増しつつ南下している。偵察に出た者の話しでは500はいるであろうとの事だ。」

 

「南下はどのあたり?結構深い所かな?」

 

「うむ。ここから、ゆうに20kmは離れておる。しかも相手は移動している。こうして話している間にも距離が離れる。」

 

「う~ん、20kmかあ。放置しておくには微妙なところだね。ルプス達は攻撃は?」

 

「できるものか。あまりにも数に差があり過ぎる。」

 

「斥候をお願いできるかな?」

 

「それならば容易い。我が連れてきた者たちで事足りる。」

 

「よし、それじゃあ、500を超えるホーンベアを殲滅しに行こうか。ボブ達もいいかい?」

 

「「「「「「了解。」」」」」

 

「それでは、ボブ達が使い慣れている武器を【召喚】。」

 

 すぐに魔法陣と光が現れ、消えた。【鑑定】するとM27IARという自動小銃とM1911というハンドガン、それにKa-Barナイフが人数分。M32グレネードランチャーとSMAWロケットランチャー、M249軽機関銃が複数。それと、色々と入っている背嚢。

 

 ボブ達はすぐにそれぞれの装備を確認し、M27とM249につけるオプション装備とその他小物の【召喚】を求めてきた。僕はすぐにそれに応じて戦力を整える。装備を装着し終えたボブ達の格好は異様だった。何とも言えない威圧感がある。だが、彼らは味方だ。頼もしさも感じる。

 

「よし、目標までは鋒矢(ほうし)の陣で向かう。ルプス達には前方で索敵・哨戒を。後方は・・・。誰がいいかなボブ?」

 

「小官が後方警戒に着きます。」

 

「わかった。人以外が見えたら撃て。逃げたら放っておくこと。向かって来たヤツだけ殺すんだ。いいかい?」

 

「了解です。閣下。新兵に戻った気分であります。」

 

「この世界では君たちはある意味で新兵だよ。海兵隊最上級曹長。では、行こう。ルプス頼む。」

「承った。」

 

 ルプスの一吼えで前進を開始する。【空間転移】で一気にホーンベアの近くまで行ってもよかったけど、ボブ達の実力を見たかったからね。3級冒険者1人と同等のランクの魔物であるホーンベア。僕含めて11人で倒せるかな?楽しみだね。

 

 ()が落ちてきて黒魔の森の木々の影と西に向かう僕たちの影が長く後ろに伸びる。行軍速度は全く落ちていない。ついさっき、夕食を()ったけど誰も息が上がっていなかった。慣れない鎧を身に付けているのに凄いね。MREレーション?よりも美味しいと【異空間収納】から出した料理を食べていたけど、そんなに美味しくないのかな。今度、【召喚】して食べてみようっと。

 

 んー、暗くなってきたねえ。【ライト】の魔法を使おうとしたら、ボブ達がヘルメットに四つ眼の何かを装着し出した。確か、GPNVG-18とかいうやつだったかな。暗視装置って【鑑定】では出ていたけど、まさか暗い所でも見ることができるのかな?

 

 聞いてみたら()えるらしい。だから明かりはなるべく少ない方がよいみたいだ。【ライト】の魔法はやめよう。その代わりに魔力を両眼に集めてもともとのチートと合わせて夜目が()くようにする。これで昼間のように戦える。後ろを振り返ると四つ眼の人間が10人。う~ん、不気味で威圧感あるね!!対人戦では効果がありそうだ。魔物も怯むかな?

 

 先頭を進んでいたルプスが立ち止まり、鼻を高く上げ何かを確認すると、僕たちに振り返り、

 

「気づかれたようだ。こちらに向かって来ている。」

 

 僕はすぐに【気配察知】で確認をする。確かに赤色の反応の塊がこちらに向かって来ている。【遠隔監視】で視界の隅に映像も出す。うわあ、目が血走って口からは(よだれ)を垂らしながらこっちに向かって来ているよ。

 

「総員迎撃用意。思ったよりも早く接敵する。ルプス達は後方に退避しておいて。無理して攻撃とかしなくていいから。」

 

「わかった。」「「「「「了解。」」」」」

 

 ルプス達はすぐに後方に下がり、銃を構えたボブ達が前進する。

 

「ボブ、敵の突進の勢いを削ぎたい。何か案は?」

 

「ならば、M32とSMAWを使用しましょう。これらは、広範囲の対象を殺傷しますので。その後はM27とM249で仕留めていきます。敵との交戦距離が50mを切ったら接近戦に移行します。」

 

「では、諸君ら海兵隊員はそれで。私は魔法と弓で遠距離戦を行う。」

 

「了解です。閣下。総員、遮蔽物に身を隠し迎撃用意。」

 

 それぞれが武器を構える音が暗闇の森に響く。「距離1,000。」「距離900。」「距離・・・」僕がホーンベアの群れとの距離を告げていく。そして、「距離500。」と言った瞬間。

 

「SMAW発射!!」

 

 ボブの声が響き、暗闇を赤い4本の矢が突き抜けていく。そして、約2秒後、爆音が森に響き渡り、炎が上がる。さあ、戦闘開始だ。




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第156話 火力は正義

前回の投稿から時間がかなり空いてしまい申し訳ありません。同時に投稿している別作品にも書きましたが、仕事が原因で心身に不調をきたし療養中でしてなかなか投稿できませんでした。これからゆっくりですが投稿していきたいと思います。


「次弾SMAW発射後、M32による面制圧を行い、逐次M27とM249で応戦開始。」

 

「「「「「了解。」」」」」

 

 銃火器の扱いはボブ達が一番慣れているからね。下手に口を出すよりも任せておいた方がいい。使用したのはサーモバリック弾?というやつらしい。威力が凄いね。たったの4発でホーンベアの大群の突進の勢いが落ちた。

 

 さて、僕もやりますか。ジョージと雑談していた時に思いついた【魔法】を試そう。【風魔法】で1mほどの空気の塊を複数作りだし、それに横方向の開店を加えていく。回転の勢いがある程度着いたら【魔力】を練り上げ、風の弾丸こと【ウィンド・バレット】を練り上げた魔力によって発射する。“ドンッ!!”と音の壁を突き破る轟音が響き、巨大な風の弾丸がホーンベアの群れに向かう。

 

 【遠隔監視】で映像を見ると、運よく初撃で生き残ったホーンベアの一体の胴体に着弾したと同時にホーンベアが爆ぜた。うわっ、グロテスク。【ウィンド・バレット】はそのまま100mほど何体ものホーンベアを巻き込みながら突き進み消えた。

 

「流石です。閣下。我々も負けておれんぞ。SMAW発射!!」

 

 ボブから称賛をもらい、それと同時にまた、赤い4本の矢が漆黒の黒魔の森をかけていく。そして、着弾、爆発、熱風に轟音。ホーンベアの先鋒が完全に足を止めた。ふむ、意外と早く決着がつくかなと思ったけど、そんなに上手くはいかない。

 

 群れの中心部から野太い咆哮(ほうこう)が響く。それに呼応するように先鋒のホーンベア達も咆哮(ほうこう)を上げて前進を始める。【遠隔監視】で最初の野太い咆哮(ほうこう)の主を探すと、群れのど真ん中に他のホーンベアよりも二回りは大きいホーンベアがいた。【鑑定】すると“ホーンベア・キング”と出た。この群れの頭領だ。間違いない。

 

 どうするかなあと思っていると、“ボンッ!!”という音ともに前進を再開したホーンベアが爆(は)ぜた。後ろを振り返ると、M32による攻撃を開始したようだ。小気味良いリズムでグレネード?が発射され着弾と同時に爆(は)ぜる。見ていて少し面白い。

 

 こちらも前進しながらの攻撃に切り替えるべきかもしれない。ボブにそう言うと、

 

「閣下、未だ相手の方が数で勝っています。慢心は危険です。と、これが通常の場合の意見具申でありますが、閣下のお力を考えれば、我々海兵10名もいますので可能でしょう。最初は様子見で10mずつ前進していきましょう。」

 

 ボブがそのことをみんなに指示すると歓声が上がった。呂布隊といい、島津隊といい、地球人は好戦的な人が多いのかな?この場面で攻撃しながら前進って普通だと、拒否の言葉の1つでも出るものだと思うんだけどなあ。まあ、いいや。

 

「それでは、海兵隊、前進!!敵を追い詰める。」

 

「「「「「了解。」」」」」

 

 海兵隊員全員の返答を聞いて、前進を始める。といってもホーンベアの戦力を削りながらの10mずつの前進なので、ゆっくりとしたペースだ。言葉で表現すると穏やかな感じだけど、実際はM27とM249の絶え間ない発射音と僕の【バレット】系の【魔法】が音速を突破する轟音が響き、ホーンベアの断末魔と共に死体が量産されていっている。遠距離攻撃方法を持たないホーンベアに対する一方的な殺戮劇だ。

 

 そして、ようやくホーンベアの死体の所にたどり着いた。つまり、僕たちは500m前進できたということだね。そして、さらに前進を続ける。僕は火以外の各種【魔法】を撃ち続けながらホーンベアの討伐証明部位の右手と死体を【異空間収納】に収めていく。まあ、ここらの死体は原型を留(とど)めていないモノが多かったけどねー。上手く焼けていた肉があったから少しだけ削(そ)いで食べてみたらまあまあだった。しっかりと調理すれば美味しいだろうね。戦闘後に海兵隊のみんなにも勧(すす)めてみたら恐る恐る食べていたけど2枚目、3枚目と食べ進めていたから口には合ったんだと思う。

 

 そんなこんなで、銃弾と【魔法】の雨にさらされたホーンベアの群れは徐々に削り取られていった。そして、日付が16日水曜日から17日木曜日に変わっても戦闘は続いている。しかし、陽(ひ)が落ちてから戦い続けたおかげでホーンベアの残りも200を下回った。そして、相対距離も縮まっている。今だと70mほどかな。

 

「ボブ、そろそろ、接近戦で決着をつけようと思う。」

 

「わかりました。総員、接近戦用意。」

 

 ボブの命令により、みんなが武器を銃から槍や剣に持ち替え、もう一方の手にM1911を持っている。

 

「準備完了、いつでもいけます。」

 

「よし、それでは、総員、斬り込めええぇぇぇぇ。」

 

「「「「「オオォォォォッ!!」」」」」

 

 M1911の発砲音と発砲炎がそこかしこで聞こえて見える。ホーンベアが銃弾に怯んでいる隙に槍や剣が弱点である眼や口内に刺し込まれ絶命していく。僕も【異空間収納】に収めながら、短槍と【魔法】でドンドン仕留めていく。

 

 そして、遂にこの時が来た。ホーンベア・キングとその取り巻き十数体のみが残った。

 

「逃げるとは思わなかったが、やはり逃げなかったな。」

 

「ええ、閣下。どうします?我々でやりましょうか?」

 

「いや、私がやろう。諸君らの火力と接近戦能力はよくわかったからな。」

 

「では、我々は逃げようとするヤツを仕留めましょう。」

 

「頼んだ。さて、では殺(や)るとしようか。」

 

 海兵隊員が散らばり包囲網を形成する。僕は1人でホーンベア・キングとその取り巻き十数体と対峙する。兜(かぶと)の中で僕は薄く笑う。【鑑定】で見たホーンベア・キングの能力値は300台、2級冒険者並みだ。取り巻き達は200台中盤、準3級・3級冒険者並み。充分に勝てる。さて、最期に地獄を見てもらおうかな。




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第157話 帰還

 半円状に包囲網を敷いた海兵隊の、この場合はなんて言ったかな?そうだ十字砲火だ。その十字砲火を浴びて取り巻きのホーンベアが倒れていく。

 

「閣下。今です!!」

 

「おう!!」

 

 ボブの言葉を合図にホーンベア・キングに向かって突撃をかける。ホーンベア・キングは僕を迎撃しようと前脚の鋭い爪で攻撃をしてくるが、それをソードシールドで受け流す。身長160cmの僕に3mを超える自分の攻撃を防がれるとは思っていなかったのか、ホーンベア・キングの動きが一瞬だけ止まる。そして、その一瞬が命取りになった。僕の突き出した短槍は狙い違わず、左目から入り脳まで達し厚い頭蓋骨を貫通した。

 

 短槍を抜くと、ホーンベア・キングは数秒の間、姿勢を保持していたがすぐにグラリと姿勢を崩し倒れ伏した。周囲を見回しても【気配察知】を使用してもこの群れの生き残りはいないようだ。【異空間収納】にホーンベアとホーンベア・キングの死体を収納して右手を挙げると遮蔽物に身を隠していたボブ達と巻き込まれないようにしていたルプス達が集まってきた。

 

「ルプス、これで終わりだよ。」

 

「うむ、そのようだ。ガイウスよ、感謝する。」

 

「いや、感謝するのは僕たち人間さ。森に入ってすぐに教えてくれて助かったよ。あのままだと人の住む場所に出ていたかもしれないからね。あの数だと防ぎきれなかっただろうしね。」

 

「ふむ、お互いに助かったわけだな。共助とでも言うべきか。」

 

「そうだね。僕としてはルプス達とはこれからも共生もできていければいいと思っているよ。」

 

「うむ、そうだな。さて、我々は群れに戻る。ガイウス達はどうする?」

 

「う~ん、ここら辺は血の臭いが濃いから移動して夜明けまで野営かな。ボブ、野営だけどどうだろうか?」

 

「はい、閣下。問題ありません。」

 

「問題ないみたいだ。それじゃあね。ルプス。」

 

「ああ、それではな。」

 

 そう言って、ルプス達は森の中へと消えていった。さて、僕たちも移動しよう。

 

「海兵隊最上級曹長。私たちも野営地を定めて一夜を明かすぞ。」

 

「了解しました。海兵、行軍用意。ライフルとハンドガンだけはすぐに撃てるようにしておけ。」

 

「「「「「了解。」」」」」

 

「では、我々も行くとするかな。血の臭いに誘われて魔物どもが来る前に。」

 

 僕の言葉を合図に僕を中心とした輪形陣を組んで行軍を開始する。大体5kmほど進んだところで野営ができそうな場所を見つけた。おそらく、他の冒険者も野営地として使ったのだろう。(たきぎ)の燃えカスやペグを打ち込んだ痕跡があった。

 

 【土魔法】で簡易的ながらも堅固な石壁を作成して、その中に焚火を複数おこし、簡易テントを男性用と女性用の2つを建てる。その後は、朝日が出るまで後退で見張りをすることにしたんだけど、子供はよく寝るべきだと(さと)され、僕だけ朝までぐっすりと眠らせてもらった。

 

 17日木曜日の目覚めはホーンベアと戦いの疲れも残らず、スムーズな起床だった。魔物による夜襲も無かったみたいだ。見張りの海兵たちに挨拶をして、朝食の準備をする。土魔法で石製の机と人数分の椅子を作り、【異空間収納】から食事を出して並べる。並べ終わったころには、ボブ達海兵がキッチリと整列していた。

 

「おはよう。みんな。」

 

「「「「「おはようございます。閣下。」」」」」

 

「今日はニルレブに帰り冒険者ギルドに寄り、その後は自由行動だ。資金は朝食後に説明しながら渡す。この世界を存分に楽しんでくれたまえ。さあ、朝食を摂ろうじゃないか。」

 

 みんなで朝食を摂ったあとはニルレブへと戻るだけだ。【土魔法】で石壁を元に戻し、テントを片づけ火の始末をして出発する。

 

 ニルレブの北門には10時前には到着できた。黒魔の森では来た道とは違う道を通ったけど、海兵達の行軍速度はかなり速いものだった。魔物に奇襲されないように常に全周囲警戒をしながらでもだ。本当に凄い人達だ。

 

 門は貴族証を見せて貴族特権を利用してさっさとニルレブに入った。あ、もちろんボブ達の銃火器は【送還】済みだよ。銃火器を使っている国がどこかにあればいいんだろうけど、そんな話は聞いたことが無いし、本にも載ってなかったからねえ。

 

 で、冒険者ギルドにやってきました。受付でホーンベアの群れを殲滅したと報告したら、すぐにギルドマスターのレンニさんがやって来た

 

「ここでは、話し(にく)いでしょうから“処理・解体室”へ行きましょう。」

 

「わかった。皆もついてくるといい。」

 

「「「「「はい、閣下。」」」」」

 

 みんなで処理・解体室へ移動をしてレンニさんに説明しながらホーンベア・キングとホーンベアの大量の死体を並べていく。

 

「まさか、本当にこれほどの群れがいたとは・・・。早期に対応していただき感謝します。閣下。」

 

「領主として、また1人の冒険者として当然のことをしたまでだ。それに、キッチリと報酬は貰うから感謝する必要はないさ。まあ、毛皮がズタボロなのが多いから期待は出来んがな。ああ、肉は全てもらう。」

 

胆嚢(たんのう)はどうします?処理をすれば薬になりますが。」

 

「うん、半分は貰うつもりだった。残りはギルドで買い取ってもらいたい。」

 

「わかりました。それでは、明日の13時までには査定を終わらせておきますので、13時過ぎにお越しください。」

 

「わかった。それでは、よろしく頼む。」

 

 依頼をして処理・解体室を出たころには11時40分前になっていた。

 

「海兵、今から、昼食だ。今回はギルドの併設食堂で済ませる。酒も許可する。まあ、酒に呑まれて午後の予定を不意にしないようにな。」

 

 酒の一言でテンションが上がった海兵隊員達と供に併設食堂に向かう。食堂に着くと11人が座れる適当なテーブルについて、お任せで料理と飲み物は海兵隊員のみんなはエール、僕はジュースを注文した。飲み物が全員分来たのを確認し、

 

「初の討伐成功に、乾杯!!」

 

「「「「「乾杯!!」」」」」

 

 と乾杯をすませる。料理もすぐに運ばれてくる。

 

「さて、食べながらで悪いが、この町で使用できる通貨の確認だ。上から順に白金貨、金貨、銀貨、銅貨、半銅貨とある。白金貨はほぼ使うことは無いだろう。というか、露店などだと使われたらお釣りに困る店が大半だ。金貨も同じく、露店では歓迎されん。銀貨以下が実用的な通貨となる。というわけで、金貨5枚分の銀貨と銅貨、半銅貨の入った袋だ。金貨1枚分ずつに小分けしたが、嵩張(かさば)る。スリに気を付けるんだぞ。」

 

 そう言って、全員に5袋ずつ渡していく。

 

「閣下、よろしいのですか?」ボブが聞いてくる。

 

「うん?金額のことかね。気にするな。これだけあれば、何かトラブルが起きても一時的な回避ができる。それに、足りないよりも多い方が困らずに済むからいいだろう?まあ、優秀な君達だから、すぐにどの程度の価値がその革袋1つにあるか気づけるだろうさ。さあ、それよりも食事だ。折角の温かい料理が冷めてしまう。温かい料理は温かいうちに食べるべきだ。」

 

 僕は、そう言いながらオークステーキを頬張(ほおば)る。豚肉よりも柔らかく、脂身が甘い。この後は、みんなと分かれて行政庁舎に行って、ピーテルさんの件の答えを出さないとなあ。




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第158話 相談事

 冒険者ギルドの併設食堂で海兵隊員達と分かれて行政庁舎のヘニッヒさんの執務室へと向かう。ノックをして「どうぞ。」と入室許可が出たので、扉を開け執務室内へ入る。相も変わらず文官さん達が書類の束を手に動きまわっている。

 

 ヘニッヒさんは部屋の奥でラウニさんの差し出す書類を次から次へと処理していた。そして、顔を上げて僕だと気付くと立ち上がり礼をする。ラウニさんに他の文官さん達もすぐに礼をする。気にせず仕事を続けるように言う。僕がヘニッヒさんの机に近づくと、

 

「閣下。お呼びしてくださればこちらから出向きましたのに。」

 

「いや、私の方がヘニッヒ卿に用事があったのでな。急ぎの仕事が無ければ少し話しをしたいのだが・・・。」

 

「ああ、ピーテル・オリフィエル殿の事でしょうか?」

 

「っ!?ああ、そうだが、何故知っているのかを聞いてもよいかな?」

 

「いえ、彼自身からこちらを訪ねてこられまして、それに応対した際に色々とお聞きしました。というわけで、ラウニ、小会議室を1つ押さえてくれ。私と閣下で少し厄介事の話をする。」

 

「かしこまりました。」

 

 そう言って、ラウニさんがすぐに執務室を出て行く。数分後には「ご準備ができました。」と呼びに来てくれた。

 

「それでは、閣下と私は席を外す。君達も適度に休憩をするといい。では、閣下、参りましょう。」

 

 ヘニッヒさんはそう言い、文官の人達に休憩するよう命じて僕と共に部屋を出た。

 

「上役がいると気を抜きにくいですからな。時々、こうするのですよ。」

 

 なんて笑って言っているけど、そういうさじ加減が僕にはまだわからないんだよなあ。人の上で仕事をするっていうのは難しいよ。やっぱり。そんなことを考えていると会議室にはすぐ着いた。大きいテーブルと座り心地の良さそうなイスがテーブルを挟んで対面する形で全部で10脚並んでいる。

 

「閣下、こちらへ。」

 

 そう言ってラウニさんが椅子を引いて座りやすいようにしてくれる。「ありがとうございます。」とお礼を言って腰掛ける。ヘニッヒさんは自分でさっさと着席していた。上位者の僕に気をつかってくれたんだろうな。

 

「お飲み物とお菓子をお持ちしますが、ご希望はございますか?」

 

「僕は、果実水で。」

 

「私も、果実水で。菓子はあそこの店の菓子があったはずだ。あれにしなさい。」

 

「かしこまりました。少々お待ちください。」

 

 そう言って、会議室からラウニさんが出て行く。

 

「どこのお菓子なのですか?」

 

「いえ、今、ニルレブで話題になっている店の菓子です。味は保証しますよ。」

 

「へー、お店の名前を伺っても?」

 

「ええ、“パティスリー・ガイウス”です。」

 

「僕と同じ名前ですね。驚きました。」

 

「そうでしょう。昨年できたばかりの店なのですが、元々の味の評判が良かったのですが、閣下がこちらの領主になられてからは、閣下と同じ名前の職人が営む店で縁起が良いとかなりの人気店になったのですよ。」

 

「はー、知らなかったです。もっと街の情報にも気を配らないといけないですね。」

 

「ゆっくりでいいのですよ。ゆっくりで。閣下が本格的に住み始めてからまだ2週間も経っていないのですから。」

 

「それで、良き領主に()れるでしょうか・・・?」

 

「我々がおります。支えてみせますとも。」

 

「えっ、それは、どういう・・・。」

 

 と、ここでノックの音が響く。「ラウニです。」と扉の向こうで声がしたので、上位者の僕が「どうぞ。」と許可を出す。ラウニさんが果実水をカラフェで、お菓子はパイかな?ホールでワゴンに載せて持ってきてくれた。果実水をそれぞれのグラスに注いで、「“旬のびわのパイ”でございます。」とパイを切り分けて皿に盛りつけてくれた。

 

「まあ、まずは味わって見てください。なかなかのモノですよ。」

 

 ヘニッヒさんが勧めてくれる。

 

「ありがとうございます。ラウニさんも自分の分を取り分けてください。」

 

「しかし・・・。」

 

「ラウニ、ここは閣下のお言葉に甘えるべきだよ。」

 

「はっ。閣下、ありがとうございます。」

 

 ラウニさんも席に着いたのを確認して、パイを食べる。うん、美味しい。びわ自体の甘さが上手く引き立っている。パイ生地にもびわを練り込んでいるみたいで、口の中一杯にびわの風味が広がる。

 

「おいしいですね。人気店になるだけのことはありますね。」

 

 素直に感想を伝える。

 

「喜んでいただけたようで何よりです。では、本題といきましょうか。」

 

「ええ、そうですね。で、どうしましょうかね。領地が飛び地で2つに増えるなんて今まであったんでしょうか?」

 

「ふむ、私が知る限りではありませんね。それこそ、王領ぐらいでしょうか。近年では領地が拡大した者もいなかったはずです。」

 

「うー、また、色んな人から目を付けられる・・・。」

 

「ハハハ、大丈夫ですよ。閣下は人望がありますから。それに先ほども言ったと思いますが、我々がいます。」

 

「それです。そこが引っかかった所なのですが、ヘニッヒ卿達は内務省からの派遣要員ではありませんか。どういう意味なのですか?」

 

「ふむ、率直に申し上げますと、内務省を辞し、閣下に雇っていただきたいと我々は思っております。長年、この地にいますと、家庭を持つ者も出てきますし、私の家族もここを気に入っております。まあ、愛着が湧いたというところですね。」

 

「なるほど。国軍のほうではそのような話しをしていたのですが、文官の皆さんもそうだとは思いませんでした。なにせ、北方の辺境の地ですから。」

 

「まあ、王都から見たらそうかもしれませんが、住めば都と言いますか冬などは雪が降るので寒さは厳しいですが、一通りの店は揃っておりますし、国軍と衛兵隊のおかげで治安面の心配も少ないですから。それに、王都での出世競争にも疲れたのです。あのストレス下での生活はなかなか(こた)えます。」

 

「へー、大変なんですねえ。僕には想像できませんよ。」

 

「ああいうモノは良い経験にはなりますが、人の(みにく)い部分も見えてくるので、(えん)が無いことにこしたことはありません。さて、では話しを閣下の本題に戻しましょう。領地が2つに増えてもゲーニウス領の運営は我々を信頼してくだされば、その期待にお応えします。そして、オリフィエル領ですが、ピーテル殿が言われ通りに彼に任せても良いかもしれません。」

 

「よかった。僕もそう思っていましたので、否定されたらどうしようと思っていました。王命による呼び出しがあるでしょうが、陛下に謁見した際に進言もしようと思います。ご子息に当主を譲られ爵位の無くなったピーテル殿ですが、準男爵ぐらいは(たま)わることができるのではないかなと思っています。」

 

意地悪(いじわる)な言い方になりますが、まあ、そこは閣下の交渉能力次第といったところでしょうか。良い結果を楽しみにしています。」

 

「うぅ、努力します。ピーテル殿にも引き受ける(むね)を伝えます。」

 

「ハハハ、閣下は英雄なのですから大丈夫ですよ。さあ、パイを食べて業務に戻りましょう。」




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第159話 決断

 小会議室から出るときにヘニッヒさんに手が空いている人を1人、ピーテルさんを呼びに行ってもらうようにお願いした。僕が直接言ってもよかったけど、立場上やめておいたほうがいいとヘニッヒさんに止められた。貴族って面倒なことが多いね。

 

 それで、今、僕の執務室の応接机を挟んでピーテルさんと対面しています。お茶と茶菓子はラウニさんが用意してくれた。

 

「ピーテル殿、先日のお話しなのだが、オリフィエル領を陛下から下賜して戴こうと思う。そして、代官は貴殿に頼みたい。また、立場上、爵位が必要であろう。貴殿に準男爵位か男爵位を下賜していただけないか、陛下に書簡で先の件と合わせて伺おう。ということで貴族としての報告はお終いです。貴方を相手に偉ぶって話すのは疲れます。」

 

「ご決断ありがとうございます。粉骨砕身務めさせていただきます。しかし、爵位のほうはご無理をなさらないでください。爵位が無くとも、閣下の任命した代官という肩書きがあれば十分でしょう。」

 

「貴族年金があれば奥方にも楽をさせてあげられるのでは?ドレスや装飾品などにもお金はかかるのではないですか?」

 

「ハハハ、妻はいわゆる宝石などの装飾品には興味がないのです。もちろん、贈られたモノは大事にしますが、自分から欲しいと言ったことは一度もありません。ドレスも基本は手直しすることが多いですな。新規に作ったのは何年前のことになるやら・・・。妻は“そのような余剰資金があるならば領の発展につなげるべきで、それでオリフィエル家も富むことができます”と言っておりまして、妻の助言を受け入れていたら実際にそうなりました。」

 

「立派は奥方ですね。」

 

「はい、自慢の妻です。」

 

 その後は、他愛ない話しを1時間ほどしてピーテルさんは宿に戻った。僕はすぐに執務机に向かい、陛下への書簡を準備した。書簡はすぐにヘニッヒさんの所に持っていき、その他の報告書の王都への来週の月曜の定期便と一緒に運ばれることとなった。これで、厄介事は1つおしまいかな?

 

 あー、でも領地の件は早く届けた方がいいよねぇ。ヘニッヒさんの所に行き、書簡を回収。どーしようかなぁ。仕方ない、休養中だけど彼らに頼もう。扉を開き、廊下に顔だけ出して大声で言う。

 

「誰か、私の屋敷まで行き、呂布将軍と高順と張遼を呼んできてくれないか?」

 

 すぐに若手の文官さんがやって来て、用件の内容を確認してクレムリンに向かってくれた。呂布たちはダグ達奴隷と共に月曜日の深夜にクレムリンについていた。火、水と休養させておいたから今から王都へ向けて書簡を運んでもらっても大丈夫でしょ。

 

 30分後には鎧の音と共に3人がやって来た。

 

「只今参りました。」

 

「休養中に悪いね。急ぎの仕事を頼みたくて。」

 

「はっ、何なりと。」

 

「この書簡を王都、いや国王陛下まで届けて欲しい。僕の使いだと証明するために家紋入りの短剣も渡しておくよ。」

 

「御意。立ち塞がるモノは全て討ちとってもよろしいので?」

 

「それが、平穏に生きている人々に害を与えるモノだったら遠慮はいらない。」

 

「では、2,000騎のうち200騎を引き連れ行って参ります。残りの1,800騎の指揮はガイウス殿にお任せします。高順、張遼、行くぞ。」

 

「「はっ、将軍。ガイウス様、失礼いたします。」」

 

 サッと、外套変わりのマントを翻して執務室から退室していく。ふう、これなら大丈夫だろう。呂布達が窮地に(おちい)ることなど滅多にないだろうしね。さて、あとは定時まで決裁書類を片づけていくかな。

 

 そんなこんなで、17日の木曜日は終わった。ちなみに、約束の時間にボブ達を冒険者ギルドに迎えに行ったら、他の冒険者から「マスター」とか「師匠」とか呼ばれていた。うん、大体何があったかは想像できるよ。

 

 5月18日金曜日。週末で給料日ということもあって行政庁舎の中は少し浮ついた感じで慌ただしい。今日はクリスとユリアさんは僕の手伝いのために一緒に登庁した。ローザさん達は今日も冒険者として依頼(クエスト)をこなす予定らしい。ボブ達は見聞を広げるため、国軍や衛兵隊の練兵場、街の様子などを見てもらう予定だ。シンフィールド中将は龍騎士(ドラグーン)用の設備を整えるのにしばらく時間を使うって言っていたなぁ。

 

 始業開始の鐘の音ともに業務を開始する。うーむ、今日も次々に書類の束が運び込まれてくる。まあ、これはみんなが真面目に働いてくれている証拠でもあるんだよね。昨日も定時を過ぎても残っている人は沢山いたから、その人たちが提出してくれたんだろうね。

 

 ふう、お役所仕事は事務と接客を同時にこなさいといけないから1人1人の負担が増えてしまうんだよねぇ。なんとかできないかな?ギルドみたいに受付と事務方を完全に切り離しちゃうかな。でも、知識が無いと対応できないし、どうしよう?

というわけで、クリスとユリアさんに相談してみたところ、ユリアさんからすぐに答えが返ってきた。

 

「退職されて働きたい方を窓口業務専門として雇えばどうでしょう?知識はあるでしょうし窓口業務のみなので賃金は低めに設定すれば出費を抑えられます。年金も貰っているでしょうから、多少、賃金が低くとも問題は無いかと思います。苦情などの処理案件はすぐに責任者が対処するようにしてみたらいかがです?でも、退職された方なら簡単に対処してしまうかもですね。」

 

「はい、それはいいかもしれません。ヘニッヒさんにも相談してみます。まずは、書面にまとめましょう。」




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第160話 悩み事

 退職者の再雇用案はヘニッヒさんからも賛同を得ることができた。後は幹部会議で承認を得るだけだ。自分の執務室に戻りクリスとユリアさんと共に仕事をしていると、ふと気になったことがあったので聞いてみた。

 

「そういえば、ユリアさんは当然としてクリスも書類仕事の手際がいいよね。なんでなの?」

 

学園(アカデミー)でそういうことも学びますのよ。法衣貴族の方々はそのまま省庁勤めになることが多いですから。」

 

「なるほどね。ねえ、トマスとヘレナも学園(アカデミー)に通わせた方がいいのかな?」

 

「そこは、ご家族の問題ですから何とも・・・。しかし、通って損は無いかと。辺境伯であるガイウス殿のご家族でありますから、嫌がらせを受けることも無いでしょうし。」

 

「やっぱりそういうのはあるんだね。」

 

「ええ、人の集まりですからどうしても(いさか)いの1つや2つは起こってしまいますわ。」

 

 むー、兄としてはトマスとヘレナにはのびのびと育ってほしい。しかし、色んな世界を知ってほしい。冒険者登録ができるようになったら旅に出してもいいだろうか?いや、農作業で幾分か筋肉はついているとしても、戦闘技術が無い。ならば、呂布かボブに頼んで修練するか?

 

 書類仕事の手を休めずにそのことをクリスとユリアさんに相談する。

 

「それでしたら、まずは私たちがトマス君とヘレナちゃんを鍛えて育て上げましょう。そして、一定の水準に達したら呂布将軍とボブ海兵隊最上級曹長の訓練を受けさせます。これを学園(アカデミー)に入学するまでに終わらせます。学園(アカデミー)入学と同時に冒険者登録を行い、学業と兼業してもらいます。そうすれば、卒業までには十分な実力を持つことができるでしょうし、所帯を持つまでの間に旅もできます。どうでしょう?」

 

「ああ、それはよいですね。お願いできますかユリアさん。」

 

「ええ、もちろん。ね、クリスティアーネ様。」

 

「はい、ガイウス殿のご家族は我々の家族同然です。」

 

「ありがとう。2人とも。」

 

「ところで、ご家族は何時(いつ)こちらに起こしになっていただくのですか?」

 

「う~ん、完全にゲーニウス領が僕の管理下に置かれる5月末を過ぎてからになるから、6月かな。雨季だから【空間転移】を使うつもりだよ。」

 

 そんな雑談を続けながら仕事を進めていく。お昼はユリアさん達がお弁当を作ってきたので、執務室内ですませた。パンに色んな具材を挟んだもので食べ応えがあって美味しかった。

 

 午後からも普通に仕事だと思っていたら、来客の知らせがあった。誰だろうと思って名前を聞くと、アキームさんだった。すぐに、応接室に案内し椅子を勧める。

 

「お久しぶりです。閣下。書状を戴きましたので参りました。」

 

「お久しぶりです。アキームさん。住居のほうは?」

 

「今、探している途中です。しばらく宿屋住まいです。」

 

「ふむ、ならば、屋敷に来ますか?部屋なら()いていますが。」

 

「いえ、そこまで甘えることはできません。」

 

「家財道具もあるのでは?」

 

「それは、この通り魔法袋があるので。」

 

 そう言って、背負っていた革袋を見せてくれる。魔法袋だったんですね、それ。まあ、これ以上引き留めても悪いし、早く新居が見つかるように何か手伝おうかな。あ、僕の家紋入り紹介状とかあれば融通してくれるかもしれないね。少しだけ時間を貰い用意する。

 

「良い所を融通してもらえるように記載したものが入っています。封筒には封蝋印はあえて押していませんので何回でも使えますよ。」

 

「ご挨拶のみのつもりがお手数おかけして申し訳ありません。それで、私はいつごろから働けばよろしいのでしょうか?」

 

 アキームさんには戦闘部隊での後衛指揮官として働いて欲しいんだけど、まだ、部隊も出来上がってないからなあ。

 

「とりあえずは、こちらで僕の書類仕事を手伝ってください。それと、“シュタールヴィレ”に同行して黒魔の森で実戦の感覚を取り戻してください。これを1日おきにしてもらえれば助かります。」

 

「承知しました。武具の手入れは(おこた)っておりませんので、実戦はいつでも参戦可能です。それでは、私は失礼いたします。お時間を取っていただきありがとうございました。」

 

「こちらこそ、ゲーニウス領に来ていただけて心強いです。あ、それと、他人の目がある場所では上から目線の言葉遣いになると思いますので、申し訳ありませんが・・・。」

 

「いえ、閣下。それが普通なのですよ。お気になさらず。」

 

 アキームさんが退室した後、僕は頭を抱えた。兵士の教官は【召喚】したけど、指揮官の教官を【召喚】していないことに気づいたからだ。終業後にエドワーズ空軍基地で【召喚】しないといけないよね。

 

 というわけで、終業時刻になると同時に、クリスとユリアさんと共にエドワーズ空軍基地のシンフィールド中将とジョージを訪ねた。

 

「ふむ、指揮官の育成ですか。となると、士官学校の教官が良いでしょう。ですがお(すす)めできません。普通にこちらの世界の退役軍人などを教官にしたほうがよろしいかと。兵のほうは海兵隊方式でも大丈夫でしょうが、指揮官の錬成にはこちらの世界の方法がよろしいでしょうね。」

 

「理由を聞いても?」

 

「単純なことです。アメリカ陸軍の戦略・戦術を教えても意味がないからです。剣や魔法を使った戦闘の指揮経験など誰もありませんから。随時マーティン中尉のように専門分野を持った個々人の士官を召喚して指揮官として組み込んでいった方が効率が良いかと。ただ、今後を見据(みす)えて士官学校のようなモノを設立するのはよろしいかと思います。」

 

「なるほど、参考になったよ中将。中尉もありがとう。」

 

 シンフィールド中将の言うようにした方が良いかもね。となるとオツスローフ方面軍司令官のジギスムントさんに、良い人材がいないか相談をしてみようかな。それと、

 

「話しは変わるのだが、龍騎士(ドラグーン)が運用できるようになるまでに、“空の目”が欲しい。やはりRF-4Cが良いかね?」

 

「閣下がどこまでの範囲を求めておられるかにもよります。哨戒飛行ならば極端ではありますが、どの航空機でもできます。」

 

「地上や海上を見張りたい。」

 

「それならば、P-8“ポセイドン”及び派生型のP-8AGSがよろしいでしょう。速力はRF-4Cに劣りますが大型なので哨戒能力に優れています。8,300kmの航続距離がありますし、空中給油機がいれば航続距離の延長も可能です。兵器倉と左右の翼に1カ所ずつ兵装を吊り下げるハードポイントがありますので、地上、海上、海中の敵に対しての攻撃も可能です。」

 

「わかった。明日、【召喚】することにしよう。」

 

「ありがとうございます。これで基地としての本領が発揮できます。」

 

「夕食前に時間を取らせてすまなかった。それでは、明日の朝にまた来る。」

 

「「はっ、閣下。」」

 

 2人に敬礼で見送られながら、応接室をあとにする。クリスとユリアさんは別室に案内されていたので、2人と合流してクレムリンへと帰る。やらないといけないことが山積みだ。っていうかさ、これって12歳のすること!?地球の神様、恨みますよ~。




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第161話 集結

 19日土曜日の朝はいつも通りにクレムリンの自室のベッドから起床して、食堂へ向かう。この時にクリス、ローザさん、エミーリアさん、ユリアさん、レナータさんの誰かが一緒になるのにはもう慣れてしまった。以前の裸で同衾とは違ってちゃんとパジャマを着てくれているから僕も拒否していない。

 

 ちなみに、アントンさんはニルレブの町の中に新居を買ってエレさんとお子さんを呼んでいる最中だ。エレさんの引き継ぎがなかなか終わらないらしい。ユリアさんも抜けて、エレさんも冒険者ギルドのニルレブ支部に異動になるわけだからインシピット支部は大変だろうね。

 

 まずは、エドワーズ空軍基地でP-8“ポセイドン”と派生型のP-8AGS、それとRF-4Cを12機ずつ【召喚】する。RF-4Cは足の速い機体が欲しかったから【召喚】したよ。それと、搭載できる兵装と搭乗員たちも。あとは、シンフィールド中将に任せてニルレブの行政庁舎に向かう。

 

 いつもより文官さん達が少ない行政庁舎に着いて仕事を始める。クリス達は依頼(クエスト)をこなしに行ったよ。それと、文官さん達の数が少ないのは週休2日制だからだ。土日休みの人は月~金が出勤日で日月が休みの人は火~土が出勤日なんだよ。部署によっては連休にならないところもあるけど、しっかり2日間の休日が与えられる。ちなみに、領主である僕や僕に次いで偉いヘニッヒさんとか他数名の管理職は基本日曜休みの不定休になっているよ。

 

 そんでもって、今、僕の執務室にはクスタ君とジギスムントさんが来てくれている。

 

「お2人ともご足労をかけました。」

 

「いえ、僕はジギスムント様と一緒に馬車で来たので・・・。」

 

「そうなんですか?」

 

「ええ、神官長のアキーム殿から私の都合がよいときに、一緒に連れていってほしいと頼まれましたので。それと、私はオツスローフ方面軍司令官としての挨拶を兼ねて参りました。先触れをお出しせずに申し訳ありません。部隊の再編中でごたついておりまして。」

 

「ああ、気にしないでください。前にも言ったかもしれませんが貴族的なやり取りはあまり好きではないのです。」

 

「閣下、それでも必要です。今回は一方面軍の司令官が上官にあたる閣下のもとへと参(さん)じているので、通常であれば私は咎められなければなりません。」

 

 軍隊だから、そういうところ厳しいんだね。クーデターとかは物語の中だけにして欲しいしね。

 

「ふうむ、そういうものですか・・・。これは、早急に連絡網の構築をした方が良いかもしれませんね。丁度、龍騎士(ドラグーン)の選抜試験があるので、龍騎士(ドラグーン)4騎一組で各方面軍に配置しましょう。騎馬よりも速いですから。さて、次にクスタさんですが、私の秘書官見習いとして働いてもらいます。そうですね。月曜日からでどうでしょうか?」

 

「だ、大丈夫です。でも、どのようなことをしたらよいのかがわかりません。」

 

「心配することはありません。他の職員も一緒に作業させますので、やりながら覚えていってもらえれば結構です。とりあえずは私の仕事を見ていてください。月曜に担当の職員を配属します。ところで、お2人とも今夜はどちらにお泊りですか?」

 

「私は国軍の官舎に客室がありますのでそちらに。」

 

「僕は、今から宿を探します。」

 

「ならば、私の屋敷に泊まりませんか?私の婚約者達と私兵、奴隷達がいますが部屋の空きはまだありますので、どうでしょうか?」

 

「えっ!?辺境伯様のお屋敷にですか!?そんな恐れ多いことは・・・。」

 

「今後、秘書官として私の仕事を手伝ってもらうのです。一緒の敷地内に暮らしていても問題ないでしょう。ああ、勿論ご結婚されたりした場合は新居を構えるのもアリですね。」

 

「クスタ君、ここは閣下のご提案を受けておけばよいだろう。閣下も“ずっとお屋敷にいなさい”と言っているわけではないのだから。」

 

「わ、わかりました。不束者(ふつつかもの)ですが、よろしくお願いします。」

 

 というわけで、クスタ君は一緒に住むことになり、ジギスムントさんは翌日にはオツスローフに戻ったよ。そして、月曜日からはクスタ君の教育係に職員の“アクセリ”さんを配属した。ヘニッヒさんをよく手伝っているベテランの1人でよく新人の教育係をするからとヘニッヒさんからのお墨付き。

 

 クスタ君も最初は緊張していたけど、日を経るごとに段々と慣れていく。順応力の高さが凄い。アクセリさんも「優秀な秘書官になるでしょう。」と褒めていた。ただ、調子に乗るといけないから本人には言っていないみたい。クスタ君なら褒めても別に調子に乗らないと思うんだけどなあ。

 

 クスタ君と一緒に事務仕事に頑張っている間にオリフィエル領の件で書簡を国王陛下に届けに行った呂布たちが帰ってきた。道中は野盗退治したり、魔物・魔獣退治したり、人助けしたりしていたらしくて「帰還が遅れて申し訳ござらん。」と呂布が頭を下げたけど、悪いことをしたわけじゃないから「気にしないように。」と言って任務の成功を祝った。

 

 それで、国王陛下からの書状は長ったらしい装飾文があったけど要約すると、「領地(オリフィエル領)の加増は問題なし。ピーテル殿を代官とする案も好きなように。ただし、1カ月以内に王城に来て勅令を受けるように。」とのことだった。よし、ニルレブに滞在中のピーテルさんに朗報が届けられる。というか、クスタ君に頼んで届けた。それが、3日前の5月26日の土曜日。27日の日曜日にオリフィエル領へ出立し業務を開始するとの返事を受け、呂布たちを護衛に付けて見送った。

 

 そして、本日5月29日の火曜日。アダーモさんがニルレブに到着しその挨拶に来てくれた。

 

「辺境伯閣下、お訪ねするのが月末になってしまい申し訳ありませんでした。」

 

 いきなりの謝罪でビックリしちゃった。すぐに執務室から人払いをして理由を聞くと「ギルドからのお願いで新人冒険者パーティの教育をしていた。」ということだった。それなら仕方ないね。ここで働くことが嫌になっちゃったのかと思ったよ。そのことを口に出すと、

 

「閣下の勇名は王都まで聞こえておりました。コボルトに捕らえられていた商人たちの救出。帝国の国境砦の破壊とナボコフ辺境伯との事実上の不可侵条約。小さいことまで枚挙すれば暇(いとま)がありませんな。」

 

「アダーモさん、人払いをしてあるので口調はいつも通りで大丈夫ですよ。しかし、情報の伝達が早いですね。」

 

「ああ、吟遊詩人たちですな。弱冠12歳の少年が貴族となり実力を示しているのですから良い題材になっているのでしょう。」

 

「まあ、確かに僕が昔読んだ物語でも15、6の少年勇者が邪神を倒したりしていましたからね。」

 

「それだけではありません。ガイウス殿は整った容姿をされておりますからな。長髪にドレスを着飾れば、どこかの令嬢と思われるでしょう。」

 

「婚約者たちからもよく言われます。男らしいと言ってほしいんですけどね。」

 

「ふむ、外見は成長すれば変わっていくでしょうが、ガイウス殿は厳つい益荒男(ますらお)というよりは美丈夫となるでしょうなあ。まあ、実力があるので侮る者などいないでしょうが。」

 

 う~む、僕としてはアダーモさんやジギスムントさん、アントンさん、呂布達のような漢(おとこ)らしい男になりたかったんだけどなあ。でも、ウベルティ伯爵家3男で貴族の世界を見て育ったアダーモさんがそう言うならそうなのかもしれない。ま、僕の感傷は置いといて。

 

「アダーモさん家は決めていますか?」

 

「しばらくは宿暮らしをしようかと思っています。」

 

「それならば、僕の屋敷はどうでしょう?」

 

「ふむ、魅力的な提案ですがお断りします。ガイウス殿の私兵ならまだしも私は税で運用されるゲーニウス領の領軍に配属されるのです。兵舎があればそちらに住みます。」

 

「わかりました。でしたら北門を出たところ、街道の左側に広大な更地があります。その奥には建物がいくつかありますが、その中に兵舎があります。しかし、アダーモさんには指揮官として働いて欲しいので兵用の所ではなく士官用の兵舎に住んでもらいます。」

 

「わかりました。」

 

「案内を付けましょう。」

 

 僕はそう言ってクスタ君を呼び、クレムリンから奴隷のダグを連れてくるように言う。ダグは家僕として働いてくれている狼獣人の奴隷だ。奴隷だからといって粗末な格好はさせてはいない。ちゃんとした服を着せているよ。

 

 アダーモさんと雑談をしながら待つこと40分。クスタ君とダグがやって来た。

 

「アダーモ殿、彼が先程話した案内人のダグという。奴隷ではあるが家僕として教育してあるし、兵としての教育もしてある。普通の人間として接してほしい。」

 

「はい、閣下。もとより奴隷だからといってどうこうするつもりはありません。彼らの大半がほんの少し運が悪かっただけなのですから。それ以外は同じ人です。」

 

「うむ、ありがとう。ではダグよ、案内を頼むぞ。それと、シンフィールド中将とマーティン中尉、コンラッド海兵隊最上級曹長にも紹介しておくように。」

 

「はい、ご主人様。アダーモ様、庁舎の前に馬車を用意しております。お荷物お持ちします。」

 

「ありがとう。それでは閣下、私は失礼させていただきます。」

 

 そう言って、2人が出て行く。後に残ったのは僕とクスタ君、アクセリさんの3人。

 

「さて、残りの業務をしようか。」

 

「「はい、閣下。」」

 

 これで、僕が声をかけた人達が揃った。国軍と居残り組以外の文官さん達が王都へ引き揚げるのは月が替わる明後日だ。さて、周囲がどう動くか楽しみだね。




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第162話 戦力強化

「では、軍の引き継ぎはこれで終わりとなります。軍の再編は大変でしょうがジギスムント卿を頼ればよろしいかと。ゲーニウス領に残った上級指揮官の中での最上位者で軍歴も長いですから。」

 

「ご助言ありがとう。ベレンガー殿。しかし、軍務に関する引き継ぎはほとんど貴殿に任せっきりだったなあ。」

 

「なあに気にしないでください。閣下のこれからは苦難の道ですよ。龍騎士(ドラグーン)を1から育成すると聞いた時は驚きました。」

 

「あまり深くは考えておりませんでしたからなあ。しかしアルムガルト辺境伯騎士団より龍騎士(ドラグーン)の教官を2名よこしてくださるそうです。」

 

「それは何よりです。さて、小官はこれで失礼いたします。」

 

「見送りは本当によろしいので?」

 

「ええ、ただの人事異動ですから。閣下に見送っていただけるだけでも十分すぎます。」

 

 そう答えてベレンガーさんは席を立った。南門まで見送る僕も一緒に行政庁舎を出る。見送りは必要ないとは言っていたけど、長年の司令官としての働きの賜物(たまもの)だろうか、沿道にはニルレブの住民が見送りのために出てきていた。

 

「ふむ、確かに私が告知をするまでもありませんでしたな。ベレンガー殿は民に慕われているようだ。」

 

「いやはやこれはまた、気恥ずかしいですな。」

 

 そう言いながらも民衆に応えるようにベレンガーさんは片手を挙げる。その姿にワッと歓声が沸き、花弁が頭上から舞い落ちてくる。どうやら行政庁舎の屋上で【風魔法】が使える職員達が美しく咲いた花を舞わせているようだ。その中を僕とベレンガーさんは進み南門へとついた。

 

「ゲーニウス領に窮地が迫れば真っ先に兵を引き連れ駆けつけましょう。」

 

「頼もしい言葉を嬉しく思う。私も卿(けい)の活躍を祈っていよう。」

 

 そうして握手をして別れる。ベレンガーさんは直衛の200騎を連れて王都へと向かう。途中で先発した本隊に合流する手筈(てはず)だ。先日、呂布たちが掃除をしたから危ないことは無いだろうけど無事を祈ろう。

 

「島津隊【召喚】。」

 

 ベレンガーさんを送り出した翌日、6月1日木曜日の早朝にエドワーズ空軍基地の敷地内でシンフィールド中将とジョージの立会いのもと、島津義弘率いる島津隊1,500名を【召喚】する。

 

「お久しぶりでございます。ガイウスどん(殿)。島津兵庫頭義弘(しまづひょうごのかみよしひろ)以下1,500名、罷(まか)り越しもした(罷り越しました)。」

 

「うむ、この一月のうちに私は爵位と家名を得て辺境伯となり、ガイウス・ゲーニウスとなった。改めてよろしく頼む。」

 

「はっ、祝着に存じます。して、我らをお呼びになったのは?」

 

「領地を守護する即戦力が欲しかったので【召喚】した。私の隣にいるのはこの基地の司令官であるドゥエイン・シンフィールド中将、そして以前も会ったことがあるジョージ・マーティン中尉だ」

 

「初めまして。このエドワーズ空軍基地の司令官、ようは責任者ですね。それをしております“ドゥエイン・シンフィールド”アメリカ合衆国空軍中将です。よろしくお願いします。」

 

「JTACの“ジョージ・マーティン”アメリカ合衆国空軍中尉であります。また共に戦うことができることを嬉しく思います。」

 

「こちらこそ、よろしく頼みもんそ。」

 

「さて、自己紹介が済んだようだね。ここからはいつも通りの口調で話させてもらうよ。貴族言葉は疲れるからね。では、本題に入ろう。さっきも言ったけど今回義弘たちを【召喚】したのは即戦力が欲しかったからだよ。それで、シンフィールド中将とジョージも居る理由だけど、鉄砲隊の使っている鉄砲を更新しようと思ったんだ。火縄銃からこのスプリングフィールドM14にね。」

 

 僕はそう言って右手にM14を【召喚】し、400m先に設置した標的のフルプレートアーマーに銃口を向けて引き金を絞る。“ドムッ!!ドムッ!!ドムッ!!”と重い銃撃音が20回響く。そして、弾倉を交換してさらに20発撃つ。

 

「こい(これは)は素晴らしか!!連続して撃てるし射程も長か。弾込めなんぞほんの一瞬じゃった。ガイウスどん、的を近くで見てもよかろうか?」

 

「ああ、見てきていいよ。ちなみに、標的は鉄製だからね。」

 

 許可を出すと島津隊の全員が駆けだしていった。ちょっとビックリ。

 

「ねえ、ジョージ。あんなに興奮するものなのかな?」

 

「マッチロック式マスケット銃を常用していた彼らからすれば、20発を連続発射できて尚且つリロードも一瞬で済むM14は革新だと思いますよ。」

 

「中尉の言葉に付け加えさせてもらいますが、射程と威力も関係しているでしょう。シマヅ隊をご覧ください閣下。」

 

 中将に促されるようにして標的のもとに行った島津隊のみんなを見る。大小の差は有れどフルプレートアーマーがボロボロになったのにみんな驚いているようだ。

 

 そして数分後、義弘は戻ってくるなり、

 

「こい(これ)を人数分、欲しかとです。」

 

「用意してあげてもいいけど、全員使えるの?」

 

「訓練をしもす。」

 

「あー、横から失礼。ガイウス卿、彼らには銃剣付きで渡せばどうでしょう?」

 

「あ、それいいね。助言ありがとうジョージ。それじゃあ、島津隊の副兵装みたいな感じで扱ってね。弓兵や槍兵は今でも十分に強力なんだから。あくまで火縄銃の代わりだよ。」

 

「わかいもした。こいで敵を殲滅すっことが簡単にないもす。」

 

 う~ん、戦闘狂に渡していけないモノを渡した気がする。ま、味方だからいいか。

 

「ところで、義弘達の使っている矢じりって面白い形しているよね。何か理由があるの?」

 

「ああ、こいはですね、釣り針のかえしと同じで一度刺さったら簡単には抜けんとですよ。強引に抜こうとすっと痛みと傷口が広がるようになっちょります。」

 

 笑顔でそう言われた。ちょっとだけ引いちゃった。




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第163話 龍騎士の教官

 ボブ達の教導のもとにスプリングフィールドM14の射撃技術習得を開始した島津隊を横目に飛龍王(ワイバーンロード)のヘラクレイトスに会いに行く。

 

「おはよう。ヘラクレイトス。ちょっと騒がしいけど我慢してほしい。君たちの相棒(パートナー)となる龍騎士(ドラグーン)の育成ももう少しで始まるからさらに騒がしくなるけどね。」

 

「ああ、おはようガイウス。このくらいはどうということは無いと言いたいが、あれは何なのだ?ボブたちが使っている武器に似ているが、音が重いな。」

 

「ああ、あれはね新しく【召喚】した島津義弘率いる島津達に渡したM14という武器の攻撃音だよ。」

 

「ボブの使っていたのは確かM27とかいうのだったか。人間は新しいモノに大きな数字を使うが、M14ということはM27よりも古いモノではないのか?それでよいのかね?」

 

「確かに、古いモノではあるけど、威力はあるし射程も長いからね。それにね島津隊の使っていた同じような武器で火縄銃というのがあるのだけど、それよりも優秀だから使わせているのさ。」

 

「ふむ、そうか。そういえばガイウスよ、気づいているかもしれんが先程、我の群れとは違う飛龍(ワイバーン)の気配があったぞ。」

 

「うん、【気配察知】に引っかかったからね。2頭だよね?多分僕が頼んでいた龍騎士(ドラグーン)の教官が来たんだと思うよ。朝早くからご苦労なことだよね。」

 

「それはお主もだと思うぞ。ガイウス。」

 

「ん~、否定できないねぇ。」

 

「“寝る子は育つ”というが、お主の成長が心配になるのぉ。」

 

「へー、飛龍(ワイバーン)にも同じような(ことわざ)があるんだね。うん、確かに“寝る子は育つ”と云われているから、キチンと睡眠はとっているよ。」

 

「ならば、何より。」

 

「さて、と。僕は龍騎士(ドラグーン)の出迎えに行くよ。それじゃあね、ヘラクレイトス。」

 

「ああ。」

 

 僕はエドワーズ空軍基地を後にして、黒馬に跨りニルレブの北門に向かう。門に着くとすぐに衛兵さんが走って来て報告をしてくれる。

 

「おはようございます。閣下。南門に龍騎士(ドラグーン)2騎がご到着されました。アルムガルト辺境伯の御令孫(ごれいそん)、ディルク・アルムガルト様とベルント・アルムガルト様です。ヘニッヒ様がご対応されまして行政庁舎の閣下の応接室にお通ししました。」

 

「うむ、報告ご苦労。すぐに向かうとしよう。」

 

 行政庁舎に着くと、すぐに職員さんの1人がやって来た。

 

「閣下、そのご様子ですと聞いておられるとは思いますが・・・。」

 

「うん。聞いている。ディルク殿とベルント殿がお越しになり今はヘニッヒ卿が対応中。ということであっているかな?」

 

「はい。こちらです。」

 

 そう言って、先導してくれる。僕の使用している応接室だから先導されなくても大丈夫なんだけど、貴族のあれやこれやがついてまわるから仕方がない。特に今みたいにお客さんを待たせている状況だと尚更だね。

 

 職員さんが応接室の扉をノックし、

 

「ガイウス閣下をお連れしました。」

 

 そう述べると扉が開き、ラウニさんが職員さんから僕の事を引き継ぐ。僕を丁寧に中に招き入れると、すぐに扉を閉め鍵をかける。

 

「お久しぶりです。ディルク様、ベルント様。」

 

 僕に対して礼の姿勢をとっている2人に声をかける。

 

「閣下。我々は爵位を持たぬ身です。どうぞ敬称など付けずに呼び捨てでお願いします。」

 

「えーっと、それでは、義兄上(あにうえ)とかはどうでしょう?義兄(にい)様とか。」

 

「閣下がそれでよろしいのであれば、私もベルントも異論はございません。」

 

「では、それで。口調もいつも通りでお願いします。僕もそうしますので。」

 

 僕が席に着くとヘニッヒさんとディルク義兄(にい)さんベルント義兄(にい)さんも着席する。3人の前の応接机には既に紅茶が出されており、すぐにラウニさんが僕の分も淹れてくれた。紅茶を一口飲んで話しを切り出す。

 

龍騎士(ドラグーン)を育成するための教官は義兄(にい)さん達になったんだね。」

 

「お爺様がな。やはりクリスティアーネのことが気になって仕方がないらしい。コンラート団長は他の者にする予定だったらしいけどね。まあ、俺とベルントの竜騎士(ドラグーン)としての実力はガイウスが一番よく知っているだろう?負けたけどなー。」

 

「勝ち負けは時の運とも言いますから・・・。それに、お2人とも良い技量をお持ちじゃないですか。」

 

「兄上、折角ガイウスが気をつかってくれているのです。ところで、ガイウスに聞きたいんだけど、書簡には発音は同じだが“竜”騎士ではなく“龍”騎士と書いてあった。ゲーニウス領では(ドラゴン)を使役するのかい?」

 

「いえ、飛龍王(ワイバーンロード)が“自分たちは魔物ではなく亜龍だ”と言いましたので、そのように表記しました。」

 

「ほう、詳しく話を聞きたいな。」

 

 ということで、ヘラクレイトスの群れをどやって連れてきたかを話したよ。それと、自分が異種族とも会話できることも。

 

「驚いたな。我らが義弟(おとうと)がそのような能力を持っているとは。これもまた“フォルトゥナ様の使徒”となったおかげなのかい?」

 

「はい、ディルク義兄(にい)さん。その通りです。全てはフォルトゥナ様のおかげです。」

 

 僕は笑って誤魔化した。他の世界の神様がくれた【能力】だなんて言ってもそう簡単には信じられないだろうからね。

 

「そうそう、義兄(にい)さん達と相棒の飛龍(ワイバーン)に滞在してもらうところは用意してあります。北門を出て西側に大きな平地がありますけど、そこを少し行ったところに飛龍王(ワイバーンロード)のヘラクレイトスと彼が率いる群れがいます。そのすぐ近くです。」

 

飛龍王(ワイバーンロード)ね・・・。俺たちの相棒が怯まなければよいが。」

 

「大丈夫ですよ。そこも言い聞かせていますから。」

 

「ふむ、ならばいいか。折角だから街中を散策してから行くよ。な、ベルント。」

 

「ええ、兄上。というわけでガイウス、終業時刻ごろにまた来るから案内をしてもらっても大丈夫かい?」

 

「もちろんですとも。」

 

 あとはどれだけの人たちが募集してくれているかだね。楽しみだなあ。




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第164話 志願者数は・・・

「877名です。」

 

 クスタ君を呼び出して、現時点での志願者数を報告してもらう。

 

「それは、ゲーニウス領全体での志願者数ですか?」

 

「いえ、ニルレブを中心としたルケイン、ルンテルホーフ、シェーネベルク、アウツラーベルクの5大都市のみです。オツスローフなどの地方都市や小都市、村の集計はまだ時間が掛かります。それと、他の領からも志願者がいまして冒険者を中心として現在400名ほどになります。」

 

「現時点で約1,280名ですか・・・。定数越えもいいところですね。ヘニッヒ卿はどう思われますか?」

 

「ざっと、志願書を確認いたしましたが冒険者が80%、領軍から転科を希望するものが5%、残りの15%は貧民街の者達でした。閣下が龍騎士(ドラグーン)の登用試験に落ちても領軍兵として雇用すると周知したのが効いているのでしょう。要は95%近い人間が定職と定住の地を求めているということになります。これは、税制面から見ても良いことでしょう。」

 

「人頭税が増えますね。それに、兵がお金を領内で使えば経済が周ります。」

 

「簡潔に言えばそうでしょう。ただし、もっと先を見据えれば今回の志願者達は一番上が36歳です。つまり、まだ子を成すことができる人間が多くいるのです。領内で婚姻し2人の子をもうけたとしたら・・・。」

 

「我が領の人口爆発、それに伴う景気の拡大が見込めますね。」

 

「その通りです。国軍の撤収した今ですから、貧民や他領の者、手に職のない者たちを兵として取り立てるのです。ここは国家の最前線なのですから。」

 

 ヘニッヒさんが熱く語ってくれる。反対ではないからよかった。そして、ディルク義兄(にい)さんとベルント義兄(にい)さんは、自分たちの仕事について話し合っている。

 

「なあ、ベルントよ。1,000名以上の教練とか経験あるか?」

 

「あるわけないですよ。ガイウス、私たちへの書簡にはそのようなことは書かれていなかったけど?」

 

「ええ、無論1,000名を超す候補者に対して教練はすることはありません。(ふるい)にかけて人数を絞り込みます。龍騎士(ドラグーン)候補は300名ぐらいまで絞り込みます。そこから更に義兄(にい)さん達に86名を選抜してもらいます。そして、その86名を龍騎士(ドラグーン)として仕上げてください。」

 

「ん?確か書簡には87体の飛龍(ワイバーン)がいるとあったけど?」

 

「はい、ベルント義兄(にい)さん。その通りです。飛龍王(ワイバーンロード)も含めての87体となっています。飛龍王(ワイバーンロード)のヘラクレイトスには僕か妻たちが騎乗することになりますので、実質的に仕上げていただきたいのは86人となります。」

 

「それなら、何とかなるか。ねえ、兄さん。」

 

「ああ、そうだな。それでは、俺たちはここらで一度退散しようかね。」

 

「街中は案内を付けましょうか?」僕が提案する。

 

「いや、大丈夫。こういうのはフラフラとあてもなく見て歩くのが楽しいもんさ。・・・さて、それではガイウス閣下、ヘニッヒ閣下、ディルク・アルムガルト並びにベルント・アルムガルト退室します。」

 

 そう言って、ビシッと敬礼をしてディルク義兄(にい)さんとベルント義兄(にい)さんは応接室を出て行った。2人が出て行ったあとはお仕事だ。立ちっぱなしのラウニさんとクスタ君を着席させる。2人にはグラスを【召喚】してカラフェから果実水を注ぐ。

 

「さて、ヘニッヒ卿、ラウニさん、クスタさん、みなさんは最終的にどれほど龍騎士(ドラグーン)志願者が集まるとお思いですか。」

 

「ふむ、私の憶測としましては3,000近く集まるかと。」ヘニッヒさんが即答する。

 

「私も閣下と同じです。」「僕もです。」

 

 ラウニさんとクスタ君も同じようだ。ゲーニウス領の人口は戸籍上は5万と少しだから適正かな?さて、今回の龍騎士(ドラグーン)への志願者は3,000近くだとして、領軍への志願者はどのくらいになるだろう。聞いてみた。

 

「倍の6,000は集まるのではないでしょうか。無論、これは戸籍に登録されている領民のみになります。貧民街の者達まで募兵(ぼへい)対象とすればさらに3,000は確実に見込めます。維持費はかかりますが閣下は領軍をただの(いくさ)ができる集団に仕上げるつもりはないのでしょう?」

 

「ええ、戦闘工兵と言えばよいのでしょうか。平時は訓練と街道の整備などを行ない、戦時は戦闘から野戦築城までできる軍にしたいと思っています。ああ、それと私兵を増強しました。呂布将軍の騎馬隊に加え、島津義弘がという将が率いる島津隊1,500の諸兵科連合部隊(コンバインドアームズ)と“鋼鉄の鳥”を複数です。」

 

諸兵科連合部隊(コンバインドアームズ)ということは、龍騎士(ドラグーン)や魔法兵も配備されているのでしょうか?」ヘニッヒさんが聞いてくる。

 

「いえ、島津隊のみでは基本的な二次元的な三兵戦術を取ります。槍兵、騎兵、弓兵ですね。しかし、彼らには秘密兵器を持たしてありますのでさらに戦術の幅は広がっています。また、必要に応じて“鋼鉄の鳥”が上空援護をしますので、三次元戦術をとれるので諸兵科連合部隊(コンバインドアームズ)という言葉を使いました。」

 

「私としては“鋼鉄の鳥”にとても興味が湧きますが今は脇に置いておきましょう。しかし、秘密兵器については教えていただけないでしょうか?」

 

「んー、簡単に説明すると400m以上先の鋼鉄製フルプレートアーマーを穴だらけにできるモノですかねぇ。」

 

「革ではなく、鋼鉄をですか・・・。」

 

 ラウニさんとクスタ君も言葉を失っているようだ。

 

「ま、兎に角は募兵です。兵科は問わないので最大定員1万ほどの常備軍を領軍として備えられるように行政のほうは動いてもらいます。編成についてはジギスムント卿を交えて会議を開きましょう。どうでしょうか?」

 

 特に3人とも異論は無いようだ。頷いて了承の意を示してくれる。

 

「しかし給金が良いとはいえ、よくもまあ“命の危険最前線”に飛び込んできますねえ。」

 

 そう言うと3人とも呆れたような表情をしながら、ヘニッヒさんが口を開く。

 

「代表して私が言わせていただきますが、閣下にそれを言われると志願者達の立つ瀬がないかと。」

 

 ラウニさんとクスタ君がウンウンと頷いている。解せぬ。




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第165話 加増

 6月1日の木曜日はディルク義兄(にい)さんとベルント義兄(にい)さん、そしてその相棒の飛龍(ワイバーン)をヘラクレイトスに紹介して、龍舎の(そば)の兵舎を案内した。教官である義兄(にい)さん達には個室を用意しておいたから満足してもらえた。夕食の時には、シンフィールド中将とジョージ、教官であるボブ達も紹介ができた。僕が召喚した人達だと説明したら驚いていたなあ。そんなこんなで6月最初の日は幕を閉じた。

 

 6月2日金曜日から5日月曜日までは大人しく執務をしていたよ。日曜日だけは、ヘラクレイトス達と模擬戦をして遊んだけどね。

 

 さて、6月6日火曜日は領軍を編成するにあたりジギスムントさんをオツスローフ方面隊司令官(国軍が居なくなって人員が減ったので各方面軍から各方面隊に縮小されたよ。)から解任し、ゲーニウス領軍司令官へと領主の権限で昇格させた。総司令官はもちろん僕だけど。やっぱり有事の際に最後に責任を取るのはその領の最高権力者じゃないといけないからねー。

 

 ついでにジギスムントさんを男爵から子爵に昇爵させたいので、オリフィエル領のこともあるし国王陛下に会いに行こうと思う。

 

 というわけで、6月7日水曜日アントンさんを除くシュタールヴィレの面々とグイード・シャルエルテ騎士、アルト・ベンヤミン騎士、ロルフ・エフモント騎士、島津豊久率いる50の騎兵に護衛についてもらって王都までの3日の強行軍をこなした。先触れを義兄(にい)さん達にお願いしていたから急な訪問ということにはならないはず。

 

 前回、呂布隊が往復していた道程だったので排除するような敵も出てこなくて豊久たちが暇そうにしていた。平和なのは良いことだよ。うん。

 

 6月9日金曜日の昼前には王都ヌレクに着いた。すぐにアルムガルト王都邸に行って身支度を整えさせてもらった。早く僕も王都邸を持たないといけないんだけどなかなか決まらないんだよねえ。ま、ダヴィド様からは好きに使ってよいとお墨付きを貰っているからしばらくはアルムガルト辺境伯家に厄介になるかもね。

 

 それじゃあ、身支度も済んだしグイードさん達3人に護衛してもらいながら王城へと向かいましょうか。馬車は使わずに馬での移動だけど道中は特に襲われることもなく王城の正門に着いた。正門の守備の任に就いている近衛兵さんに以前、国王陛下より戴いた書状を渡して僕の名前を告げる。近衛兵さんはすぐに確認を終えよく通る声で指示を出す。

 

「ガイウス・ゲーニウス辺境伯閣下、ご到着!!開門!!」

 

 すぐに門が開く。門を開くように言った近衛兵さんが近づき片膝を着きながら、

 

「閣下。ご存知かもしれませんが場内は許された者以外騎乗禁止となっております。あちらの厩舎員へと馬は預けていただくようお願い申し上げます。護衛の方々も。また、武具の類は控えの間にて預からせていただきますのでご了承ください。」と言ってきた。

 

「うむ、大丈夫だ。ところで案内の者はおらぬのかね?」

 

「あちらのメイドがご案内いたします。」

 

「わかった。」

 

 あー、偉そうに話すのは疲れるなあ。まあ、これも仕事だよね。グイードさん達と共に先導してくれるメイドさんの後をついて控えの間まで向かう。空気が固いなあ。

 

 そんな空気の中で控えの間に着いた。すぐに持っている剣とかを近衛兵さんに預ける。その後は部屋の中で国王陛下からの呼び出しが来るのをゆっくりとお茶を飲みながら待つだけだ。

 

 【気配察知】を使って謁見の間の様子を探ってみる。宰相さんはもう来ているようだ。陛下は向かって来ている途中。それと、護衛の近衛兵さんたちが10名。護衛の数が少ないような気がするけど僕が指摘するものでもないかー。

 

 十数分待って謁見の間へと僕は案内された。前回と同じように、陛下の玉座の(もと)まで進み、片膝を着き(こうべ)を垂れる。

 

(おもて)を上げよ。遠路はるばる大儀であった。ガイウス卿、お主の望むモノについては目を通した。オリフィエル領をお主に授ける。代官のピーテル・オリフィエルには準男爵位を用意した。ゲーニウス領軍司令官のジギスムント・クンツ男爵は子爵へと昇爵。また、男爵位をそのまま保有することを認めよう。」

 

「ご配慮有り難く。より王国の発展のために力を尽くす所存であります。それと、もう一つお願いがございます。」

 

「ほう、言うてみよ。」

 

「はい、私の越えとして着いて来ている3名の騎士たちを騎士爵から男爵へ昇爵して戴きたいのです。先の事件の功労者でもあります。」

 

「ふむ、問題なかろう。アルノルト頼んだ。」

 

「はい、陛下。」宰相さんが応える。

 

「ありがとうございます。陛下。」

 

「うむ、それではな。今後の活躍を期待する。」

 

「はっ。」

 

 たったの数分で何日も時間を喰った件は終了してしまった。陛下が退出した後は宰相さんと共に簡単な事務手続きを済ませ、控えの間のグイードさん達と合流し武具を返してもらって王城を後にした。一仕事終了。早くアルムガルト王都邸に戻ってゆっくりしよう。

 

 うん、ゆっくりできなかった。アルムガルト王都邸に着いてすぐにグイードさん達に男爵位への昇爵を伝えたら、それを見たメイドさんが「お祝いですね!!」と笑顔で走り去ったおかげで簡易的なパーティーを開くことになっちゃった。

 

 ホストは僕とクリスティアーネ。主賓?でいいのかな、これは今回男爵になったグイードさん達3人。ゲストはいないけど使用人さん達が参加してくれているから結構にぎやかだ。まあ、使用人さん達も貴族出身だったりするからね。ただ家が継げない次男以降の人達が多いね。クレムリンでも人を雇わないといけないよねえ。




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第166話 ジギスムント・クンツ男爵→ジギスムント・クンツ子爵

 昨夜のパーティーは簡易ながらも結構盛り上がった。グイードさん達3人も喜んでくれたようで良かった良かった。さて、明けて6月10日の土曜日、王都では済ませることはこれ以上ないから今日は少し観光してお土産でも買ってから帰ろう。

 

 王都には各地より人が集まるから色んな土地の工芸品が混ざって王都オリジナルとも呼ぶことのできる作品があったりする。そういうのは見ていても飽きない。とりあえずは気になったお店を片っ端から見てまわろう。豊久たちには14時ごろに王都の正門前に集合することのみを条件に自由行動を許可した。まあ、たぶん大丈夫だろう。うん。

 

 僕とクリス、護衛のグイードさん達3人と店を見てまわる。護衛がいるけど久しぶりにクリスと2人でデートみたいなことができて嬉しいなあ。クリスもそう思ってくれているといいんだけどね。

 

 っと、気になるモノを発見。細工のお店にある鋼を黒染めした髪飾りでブルーガーネット?という宝石が散りばめられているのがあった。僕とクリスの瞳の色が混じっているのはなかなかいいんじゃないかな。お値段も僕の所持金で十分に足りる良心的なものだ。クリスが他のお店を見ているうちにサッと細工のお店に入り購入をする。よし、クリスには気づかれていない。昼食の時に渡そう。

 

 そんで、昼食の時間になった。良さそうなお店を見つけて入店。グイードさん達3人は気を利かせてくれたのか別々の席にしてくれた。食後のお茶を楽しんでいるところにさっき購入した髪飾りをクリスにプレゼントする。

 

「まあ、ガイウス殿。これは鋼細工の黒染めですか?それに青い宝石、ブルーガーネットですね。これが散りばめられて夜空を(いろど)る星のようで綺麗ですね。それに黒と青は私たち2人の瞳の色と同じですね。ああ、それでこれをお選びになったのですか?」

 

「うん、そうだよ。折角だから婚約者らしいこともしないといけないなあと思ったからね。それに髪飾りなら成長しても指輪や腕輪みたいにサイズが合わないってことも無いし、戦闘中でも邪魔になりにくいかなと思ってね。あっ、ちなみにローザさん達にはまだ何も買ってないから黙っておいてね。」

 

「あら、ガイウス殿のことでしたから皆さんの分もご準備されているのもだと思っておりました。」

 

「いやあ、クリスを驚かせようと思ってね。急いで買ったからその髪飾りしか目に入らなかったんだよ。」

 

「でしたら今からでもローザ殿たちの分も探して買いましょう。一応、(わたくし)も女ですのでご助言できるかと思いますよ?」

 

「それじゃあ、お願いしようかな。」

 

「はい、喜んで。」

 

 というわけで、さっきの細工を売っているお店に戻った。じっくりと見てみると金細工や銀細工などもあり色とりどりの素敵な空間だ。さて、ローザさん達の分を選ぼう。と言っても時間が掛かるだけなので店員さんに色の組み合わせと細工の種類だけ伝えてカウンターの上に商品を並べてもらう。

 

 ローザさんとエミーリアさんはクリスと同じ髪留めに。ユリアさんとレナータさんは指輪にすることにした。それぞれの瞳の色と黒が配色されているモノがカウンターに並べられていく。お店の奥の方からもいくつも商品が出てきた。黒は地味だからあまり人気が無いので奥にしまってあるのが多いらしい。黒髪黒目の僕の容姿は地味ってことだよね。ちょっとだけ傷ついたかも。あっ、でも目立つよりかは全然マシかな。真っ赤な長髪のレナータさんとか街を歩いていると結構な視線を集めているもんね。

 

 そんなことを考えているとクリスが候補を絞ってくれたので、最後は僕の意思で決めて購入をする。うん。良い買い物ができた。僕につられてグイードさん達も奥さんにプレゼントを買ったみたいだ。

 

 さて、14時になったので王都の正門まで来ると衛兵さんと豊久達が一緒にいた。何か問題があったのかと思って聞いてみると、窃盗をした悪漢を捕まえたそうでそのままその人が所属していた窃盗グループまで狩ったらしい。その報奨金の計算が終わるのを衛兵さんと共に待っているそうだ。

 

「良い働きをしたね。昼食とかは摂れたかい?」

 

「はい、うんまかもんをずんばい食べもした。(美味しい物をたくさん食べました。)ただ、ちぃとばかり戴いた銭を使いすぎもした。申し訳なかこつです。(申し訳ないことです。)」

 

「お金のことは気にしなくていいよ。王都を楽しんでもらえたようでなによりさ。あ、報奨金は豊久達の働きで得たものだから僕に渡さなくてもいいよ。それと、今日余ったお金もそのまま持っておいてニルレブの街で使ってよ。」

 

「あいがとさげもす。(ありがとうございます。)」

 

 そんな雑談をしているうちに報奨金の計算が終わったらしく、豊久達の人数分の革袋を持って衛兵さんがやって来て1人1人に配っていく。途中で僕とクリスが貴族であることに気づいた衛兵さんが隊長さんを呼んで来ようとしたけど、急ぎの旅だからと丁重に断った。そして、すぐに正門を出て王都に別れを告げた。

 

 往路と同じで復路も野営をする強行軍を行い3日間でニルレブに着いた。今日は6月13日の火曜日だからクリス達と別れて僕はそのまま行政庁舎に向かう。

15時をちょっと過ぎた庁舎は窓口の人も少なくのんびりとした空気が漂っていた。まあ僕が入った瞬間に一気にピリッとなったけどね。申し訳ないことをしちゃった。通用口から入ればよかったかも。

 

 僕の執務室では特に変わりなくクスタ君が書類の仕分けと整理を行なってくれていた。

 

「閣下。お帰りなさいませ。」

 

「はい、ただいまです。どうぞ、クスタさん王都のお土産です。」

 

 そう言って、偽装魔法袋からお土産のお菓子を手渡す。

 

「わあ、ありがとうございます。大事に食べさせていただきますね。」

 

 尻尾がブンブンしている。

 

「喜んでもらえたようで何よりです。ヘニッヒさんにもお土産があるのでそちらを渡してから、残りの時間で執務をしましょう。それと、ジギスムントさんを呼んでください。もうこちらに引っ越されていましたよね?」

 

「はい、つい先日ですがこちらに仮の住まいに居を構えられました。お屋敷のほうは現在、建築中ではありますが。すぐにこちらにお越しいただくよう手配いたします。」

 

「では、お願いします。」

 

 僕はそう言って、執務室を出てヘニッヒさんの執務室に向かい、お土産を渡して少し雑談をしてから執務室に戻った。

 

 執務室には既にジギスムントさんが来ていた。クスタ君がお茶とお茶請けでもてなしていたみたいだ。

 

「お待たせしてしまいましたか?」

 

「いえ、閣下。大丈夫です。」

 

「そうですか、それはよかったです。クスタさんすみませんが少しの間だけお茶とお茶請けをさげてもらっていいですか?・・・。ありがとうございます。さて、ではジギスムント卿、(けい)の昇爵が決まった。(けい)のみを対象とした昇爵の式を望むかね?」

 

「はい。いいえ、閣下。そのようなことは必要ございません。しかし、そのような仰りようですと他にも爵位を下賜された方がいらっしゃるのでしょうか。」

 

「うむ、私の護衛騎士の3名が男爵へと昇爵した。この3名と同時に爵位授与式とパーティーを行わせてもらうが了承してもらえるかな?」

 

「はい、閣下。有り難く。」

 

「では、本日は子爵位の略綬のみを渡しておこう。ああ、護衛の3人も略綬のみを渡してある。どれ陛下の代わりに私が付けよう。・・・うぅむ。少し(かが)んでもらってもよいかな?ありがとう。・・・よし、これで(けい)も本日から堂々と子爵を名乗れる。それと、男爵位は召し上げられずにそのままとなった。直臣や嫡子以外の子に授けてもいいだろう。まあ、好きに使うがよい。」

 

「有難うございます。」

 

「ふう、堅苦しいのはこれでおしまいです。それと、ジギスムントさんには子爵位で終わってもらうつもりはないので悪しからず。」

 

「どういう意味ですか!?閣下!?」

 

 ジギスムントさんが聞いてくるけど右から左に流して、

 

「さて、なんのことやら?あ、式典とパーティーの日取りは追って連絡しますので。本日はご足労いただきありがとうございました。クスタさんお送りをお願いします。それではお気をつけて。」

 

 僕は笑顔でそう言いながら、執務室を出る2人を見送った。




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第167話 式典&パーティー開催に向けて

 クスタ君が戻ってくるとすぐに仕事を言い渡す。

 

「今、龍騎士(ドラグーン)志願書を出している人達をエドワーズ空軍基地に集合させてください。1週間以内です。まだ志願書を出していない人がいるでしょうが、まずは提出している彼らを第1陣として錬成を開始します。それと、儀仗兵の数を確認してください。」

 

「わかりました。両方ともヘニッヒ様に確認をとってきます。」

 

「お願いします。クスタさん。」

 

 ジギスムントさんを送って戻ってきたばかりのクスタ君に次の指示を出す。僕の周囲が目まぐるしく動きだすのが王都では4人の昇爵というもので実感できた。僕は貴族であり領主であるから、臣下にはそれ相応のモノを与えていかないといけないし、そのための場というモノも考えなければならない。

 

 まずは手始めに男爵に昇爵したグイードさん、アルトさん、ロルフさん。子爵に昇爵したジギスムントさん達の昇爵祝いの式典とパーティーを開催しないといけない。事前の準備のためにも時間が必要になる。でも期間を開けすぎるのもよくない。2週間後の日曜日に開くのがベターかもしれないね。

 

 しかし、僕にはダンスの経験なんて無くて、クリスとユリアさんに教えてもらった程度のものしかできない。んー、どうしたものか。呂布に剣舞とかは教わっているんだけどなあ。それで、何とか誤魔化(ごまか)そう。そうしよう。

 

 そう考えていると扉がノックされた。

 

「閣下。ヘニッヒです。クスタ殿の持って来た件でお話があります。」

 

「どうぞ、入りたまえ。」

 

「失礼いたします。」

 

 クスタ君が扉を開け、ヘニッヒさんが入ってくる。

 

「まずは土産物ありがたく頂戴いたしました。さて、早速ですが報告させていただきます。龍騎士(ドラグーン)志願者の第1陣は1,543名です。招集をかければ1週間以内には確実に揃います。他領の者もすでにゲーニウス領に入っておりますから問題はありません。儀仗兵についてですが、領軍では数が確保できません。国軍の撤収と共に大半が王都に戻りました。」

 

「人数は?」

 

「87名です。」

 

「ならば大丈夫でしょう。2週間後の日曜日に手配のほうをお願いします。」

 

「承知しました。領内の各貴族、代官への招待状もご準備いたします。」

 

「お願いします。それと、ツァハリアス・シントラー伯爵と帝国のイオアン・ナボコフ辺境伯にも出してください。またピーテル・オリフィエル殿は主役の1人ですので必ず出るように念を押してください。距離はありますが明日にでも龍騎士(ドラグーン)で届ければ大丈夫でしょう。内容は僕の直臣3人と領軍司令官のジギスムント卿の昇爵、ピーテル・オリフィエル殿の準男爵への叙任に関する式典とお祝いのパーティーです。」

 

「では、その内容で作成いたします。しかし、龍騎士(ドラグーン)志願者を招集するのはよいとして、何をなさるのでしょうか?いえ、勿論、錬成をするというのはわかるのですが何分(なにぶん)急にお聞きになられたので。」

 

「ああ、その件ですね。式典の日にクレムリンの外に儀仗兵のように形だけでも立哨させようと思いまして。1週間しか時間はありませんけどね。」

 

「呂布将軍の部隊があるではないですか。」

 

「彼らは義弘が率いる島津隊と同じく即応部隊とします。ゲーニウス領の主要人物が集まりますから外患(がいかん)に対処させます。」

 

「何か起こるとお考えで?」

 

「まあ、イオアン殿とは相互不可侵を結んでいますが帝国とは結んでいませんからね。それに黒魔の森の掃除を当日までにすすめるとしても取り逃がす魔物がいるかもしれませんから。」

 

「ふむ、わかりました。では、そのように致しましょう。領軍は儀仗兵以外の者は通常通りでよろしいでしょうか?」

 

「はい、それでお願いします。」

 

「それでは、失礼いたしました。」

 

 クスタ君が扉を開け、ヘニッヒさんが退出する。僕はクスタ君を手招きして笑顔で言う。

 

「式典とパーティーにはクスタさんも参加をするんですからね。僕の補佐官なんですから。」

 

「えっ!?そうなんですか!?ぼ、僕はダンスとかできないんですけど。」

 

「僕もできませんよ。まあ、僕主催なのでダンスは強要しませんから安心してください。」

 

 そう言うとホッとしたような表情になる。ふむ、驚かせすぎたかな?ちょっと反省。雑談をしながら業務を進めているとすぐに終業時刻になった。僕とクスタ君は帰り支度を過ぎに済ませ、ヘニッヒさんに退庁の挨拶をしてすれ違う職員さん達に早く帰るように言いながら行政庁舎を出た。グイードさん達に護衛してもらいクレムリンへと帰りついた。

 

 夕食後にお土産をローザさん達に渡したらみんなとても喜んでくれた。喜んでもらえてよかったあ。

 

 みんなが各自の部屋に戻ったところで【空間転移】を使いナトス村へと向かう。すぐに自分の家へと向かい、父さん達にそろそろニルレブに来ないか聞いてみた。畑も家畜も全て【空間転移】で運べるので、【空間転移】という言葉を使わずフォルトゥナ様のお力を借りて一瞬で家ごとニルレブに行けると説明をした。

 

 村長とかに挨拶があるから土曜日まで待ってほしいと言われた。まあ、急にこんなこと言われてもね。そのまま僕は【空間転移】を使ってクレムリンに戻った。そんなこんなで6月13日は終わった。

 

 翌日、6月14日水曜日は夜明けと同時に活動を開始して“シュタールヴィレ”の面々で様子見のために黒魔の森に潜った。クスタ君には午後から出てくると伝えているので書類仕事のほうは大丈夫だろう。

 

 結構久しぶりな気がするけど五感はよく働いてくれるし、【気配察知】も問題なし。お互いの連携も上手く出来ている。森に入ってから2時間でゴブリンの群れを3つ索敵&殲滅できた。今はロックウルフの群れを相手に戦闘中だ。アントンさんは力任せに大剣で押し潰して、クリス、ローザさん、レナータさん、ユリアさんは毛皮に覆われていない目、鼻、口内を的確に攻撃し、エミーリアさんは魔法でロックウルフを火達磨(ひだるま)にして倒している。

 

 僕も穂先を高熱状態にした槍で溶断しながらロックウルフを倒していく。っと、何体か逃げようとしたけどすぐに【土魔法】で壁を作り出し逃げ道を塞ぐ。

 

「君たちが楽になれるのは死体になった時だけだよ。」

 

 伝わっているかどうかわからないけど、僕はそう言って噛みつこうと跳びかかってきた1体を串刺しにし、返す刃でもう1体を殺す。高熱で溶断しているから血が飛び散ることは無い。逃げようとしていたロックウルフ達が怯んだように見えた。

 

「残念だけど、君たち魔物や盗賊の類には基本的な生存権は認めていないからね。皆殺しだよ。まあ、転生の輪に入って次は魔物以外に生まれ変わることをフォルトゥナ様に祈ってあげよう。だから死んでもらう。」

 

 黒魔の森の掃除は始まったばかりだ。




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第168話 忘れたモノは・・・

 現在時刻は・・・8時32分かー。明け方の5時少し前から約4時間近く掃除をしていることになるね。黒魔の森の浅い層はほとんど殲滅できたみたいで【気配察知】にも群れ並みの規模の魔物は引っかからない。小数の魔物はワザと取りこぼして冒険者達の(かて)になってもらおう。

 

「アントンさん、そろそろ一旦休憩しましょう。」

 

「ああ、そうだな。おーい、クリス嬢達休憩に入るぞ。」

 

 適当に木を切り倒し休めるスペースを作る。偽魔法袋から牛肉と野菜をパンで挟んだモノ(ジョージは“サンドウィッチだ”と言っていたね。)と果実水を取り出してお腹を満たす。

 

 それからさらに3時間ほど魔物を狩り続けて中間層から深層までの数を減らせた。まあ、しばらくしたら湧いて出てくるんだろうけどね。“邪神”が出てくるよりかはマシかな。ニルレブまでの帰還の時間を考えるとここらが潮時だね。

 

「みんなー、そろそろ森を出るよー。」

 

 【風魔法】に声を乗せてみんなへと声を届ける。すぐにみんなが集まる。すぐに【空間転移】をしてクレムリンの近くの森の浅い層へと移動する。そのままクレムリンに戻って昼食を摂って僕はエドワーズ空軍基地へと向かう。

 

「昼食後すぐに悪いねシンフィールド中将。」

 

「いえ、大丈夫ですよ。しかし、マーティン中尉とコンラッド海兵隊最上級曹長も同席させるということは、龍騎士(ドラグーン)と航空機の運用についてですか?」

 

「話しが早くて助かるよ。ボブ達の他にも教官役を【召喚】したいと思ってね。レンジャーだったかな?詳しい部隊名と基地名がわかれば【召喚】しやすいからね。それと、緊急出撃用にA-10を【召喚】しようと思うんだ。だから、搭乗員も凄腕がいいだろうと思ってね。オススメの人物はいないかな?」

 

「ふむ、レンジャーは第75レンジャー連隊です。連隊本部の駐屯地はフォート・ベニングという多くの部隊の本拠地となる所にあります。定数が580名の大隊を3個大隊保有しています。精鋭ですよ。それと、A-10でオススメの搭乗員となると1人しか思い浮かびませんな。」

 

「誰だい?」

 

「ハンス・ウルリッヒ・ルーデル大佐です。我々の世界で半世紀以上前に行われた世界大戦で名を馳せたエースパイロットです。“エース”とは撃墜王のことでこちらの言葉で云えば“英雄”などが当てはまるかと。」

 

「ならば、第75レンジャー連隊をフォート・ベニングと共に、ルーデル大佐を指揮していた部隊と共に【召喚】すれば大丈夫かな?」

 

「はい、大丈夫でしょう。彼らはガイウス卿の心強い味方となってくれるでしょう。」

 

「ありがとう、シンフィールド中将。ボブとジョージには別件で話しがあるからヘラクレイトス達の所で話そう。」

 

 シンフィールド中将に礼を言って基地司令官室をあとにする。龍舎まで“ハンヴィー”という自動車で移動する。運転はボブだ。

 

 すぐに龍舎に着いてハンヴィーから降りる。背伸びをしながらボブとジョージに伝える。

 

「来週の火曜日に龍騎士(ドラグーン)志願者の第1陣をこちらに送るからね。」

 

「了解。キーン上級曹長達へも伝達します。」

 

「了解。ですが、JTACの自分には関係のない話では?」

 

「あれだよ。志願者達に舐められない為だよ。」

 

「ふむ、了解。これでも一応特殊な訓練を受けた部隊の一員ですからね。ところで、人数は?」

 

「1,543人だよ。」

 

 人数を聞いて2人とも少し動揺したみたいだけどすぐに表情を戻す。まあ、ボブは片眉を上げたくらいだったけどね。

 

「レンジャー連隊の協力が得られれば精強な兵士が出来上がります。」

 

「うん、頼りにしているよ2人とも。さて、僕はこれからニルレブの行政庁舎で定時まで事務仕事だ。何か他に要望があったらそちらかクレムリンへお願い。ああ、それと【召喚】は明日の朝にするということを中将に伝えておいてね。」

 

 なーんか大事なことを忘れているような気がするけど、まあいいか。

 

 行政庁舎に着いて執務室で書類仕事をしているとノックの音が響いた。

 

「どうぞ。」

 

 僕の掛け声と同時にクスタ君が扉を開ける。そこには軍装したアダーモさんがいた。

 

「ガイウス閣下におかれましてはご機嫌麗しゅう・・・。」

 

「あー、ここでは、僕とアダーモさんとクスタさんしかいないので畏まらなくて結構ですよ。取り敢えずはおかけになってください。」

 

「それでは、お言葉に甘えて。実はボブ・コンラッド海兵隊最上級曹長からお話を聞きまして、来週の火曜日から龍騎士(ドラグーン)志願者達の錬成を始めるとか。」

 

「ええ、そのつもりですがどうかしましたか?」

 

「私もその錬成に参加したいのですが・・・。」

 

「ああ、それならジョージ・マーティン中尉の指導を受けてください。彼は士官で指揮官としての心得も実力もありますので。今、命令書を用意しましょう。それと、明日は新しく私兵を【召喚】するつもりです。彼らの指導も受けられるようにしておきましょう。」

 

「おお、それは有り難い。自主鍛練や黒魔の森での魔物討伐だけでは先が見えてしまって焦っていたのです。」

 

「今後も遠慮せずに言ってくださいね。アダーモさんには部隊を1つ率いてもらうつもりなんですから。」

 

「はい、誠心誠意頑張らせていただきます。そういえば、先程グイード卿とお会いした時にジギスムント卿とグイード卿、アルト卿、ロルフ卿の昇爵式典と祝いのパーティーを行うようですね。」

 

「ええ、そうですよ。もちろん、アダーモさんにも領軍関係者として出席してもらいますよ。」

 

「私の事はよいのですが、老婆心ながらアルムガルト辺境伯家には招待状はお出しになりましたか?」

 

「あっ・・・・。」

 

 あー!!クリスが(そば)にいるし、義兄(にい)さん達もいるからすっかり忘れていた。これは、マズイ。急いで招待状を準備しないと。アダーモさんに感謝だね。




見てくださりありがとうございます。


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第169話 魔王降臨(もしくはリアル・チート)

 無事にアルムガルト辺境伯家にも招待状を送付することができた。というか、僕が直接持って行った。ヘラクレイトスに乗って。流石は飛龍王(ワイバーンロード)、最高速度は飛行機には負けるけどそれでも一日で往復できた。あ、返信もすぐ貰えたよ。アライダ様とドーリス様が来られるみたいだ。んー、お義母(かあ)様とお義祖母(ばあ)さまと呼んだ方がいいのかな?

 

 明けて15日木曜日午前6時。シンフィールド中将とボブ達海兵隊員、ジョージを伴い僕はエドワーズ空軍基地の北端に来ている。フォート・ベニングと第75レンジャー連隊を【召喚】するためだ。

 

「フォート・ベニング及びアメリカ陸軍第75レンジャー連隊【召喚】」

 

 巨大な魔法陣と多量の光が(あふ)れる。光が収まるとそこには町とズラリと整列した兵士の姿があった。

 

「第75レンジャー連隊連隊長ハロルド・レドモンド大佐以下2,534名、着任しました。」

 

 レドモンド大佐が敬礼すると彼の後ろに整列した兵士達も一斉に敬礼した。僕はそれに答礼しながら出迎えの言葉を言う。

 

「地球からエシダラへようこそ。第75レンジャー連隊の諸君。私はこのゲーニウス領を治めるガイウス・ゲーニウス辺境伯と申す。私の隣にいるのは目の前に広がるエドワーズ空軍基地の司令官ドゥエイン・シンフィールド中将、教官として【召喚】したボブ・コンラッド海兵隊最上級曹長達、そして、JTACのジョージ・マーティン中尉だ。君たちと同じ時間軸とは限らないので齟齬(そご)が生じていても驚かないでほしい。さて、諸君は非常に優秀な人材達だと聞いている。まず諸君らに頼みたいのは出自がバラバラの1,543名の龍騎士(ドラグーン)志願者の訓練だ。ボブ達を手伝ってやってほしい。異論はあるかね?」

 

「はい、ガイウス卿。異論はありません。命令に従います。しかしながら、我々は戦闘のプロでありますからその力を活かせることも・・・。」

 

「みなまで言わなくても大丈夫だよ大佐。君たちのこの世界での初陣はしっかりと用意しよう。」

 

「ご配慮ありがとうございます。それと、もう1つお願い申し上げたいことがあるのですが・・・。」

 

「ん?なんだい?言ってみてくれたまえ。私にできることなら応えようじゃないか。」

 

「はっ、部隊の広域への即時展開のためにヘリコプター部隊を【召喚】していただければと思います。」

 

「RF-4CやP-8とは違うのかね?」

 

「あれらは航空機の中でも固定翼機という部類に入ります。ヘリコプターは回転翼機という部類です。」

 

「回転翼・・・。翼が回るというのかね?う~む、想像がつかんなあ。飛龍(ワイバーン)や鳥は翼を羽ばたかせるが、回転・・・。」

 

 大量の?で頭が埋まっているとシンフィールド中将が助け舟を出してくれた。

 

「ガイウス卿、今度お時間のある時に資料映像をお見せしましょう。それを見て有用だと感じましたら【召喚】してくだされば大佐も納得するかと。そうだな、大佐。」

 

「はい、閣下。」

 

「だそうですよ。ガイウス卿。」

 

「うむ、わかった。それでは、第75レンジャー連隊の諸君はそのまま楽な姿勢になってくれたまえ。今度はA-10とハンス・ウルリッヒ・ルーデルを【召喚】する。」

 

 すると、レンジャー連隊の隊員達が一瞬ざわめいた。何か変なこと言ったかな?「魔王」とか「シュトゥーカ大佐」とか聞こえたけど、まっいいいか。

 

「A-10及びハンス・ウルリッヒ・ルーデル【召喚】」

 

 2つの魔法陣と光が現れる。それらがなくなると巨大なA-10と1人の男が立っていた。彼は右手を掲げながら踵を鳴らして、

 

「ドイツ空軍第2地上攻撃航空団(SG2)司令官、ハンス・ウルリッヒ・ルーデル大佐であります。」

 

「ルーデル大佐。私はアメリカ空軍エドワーズ空軍基地司令官のドゥエイン・シンフィールド中将だ。この世界ではナチ式の敬礼ではなく通常の敬礼で大丈夫だ。そうしないとガイウス卿が混乱してしまう。」

 

「ふむ、了解した。ご指摘どうもありがとう中将閣下。」

 

「理解してくれたようで何よりだ。ガイウス卿、出過ぎた真似をして申し訳ありませんでした。」

 

 シンフィールド中将が謝罪してくる。あの最初の敬礼の何が悪かったかわからないけどシンフィールド中将が上手く指摘してくれたようだ。僕は頷きながら、

 

「私の為に行ったことであろう?ならば、謝罪することなどないさ中将。私のほうから礼を言いたいぐらいだ。さて、ハンス・ウルリッヒ・ルーデル大佐、私はガイウス・ゲーニウス辺境伯だ。君の上官にあたる。これからよろしく頼む。」

 

「はい、ガイウス卿。」

 

 お互いに敬礼でやり取りする。

 

「さて、皆揃ったことであるし、この口調も疲れてきたな。・・・ゴホン。改めてガイウス・ゲーニウスという。君達の最高司令官になる。これからよろしく。さて、レンジャー連隊のほうはボブ達海兵隊に任せたよ。シンフィールド中将とジョージはルーデル大佐にA-10のことを教えておいてね。確か彼と活躍する時代が違うんだよね?」

 

「はい、その通りです。ガイウス卿。まあ、基地の施設で話しをしておきます。」

 

 ジョージが答える。それを少し無視するような感じでルーデル大佐はA-10に近づき、

 

「ほう、この機体はA-10というのかね。愛称(ペットネーム)は?固定武装は機首のガトリングか。なかなか大きい口径だな。30mmはあるか?プロペラ推進ではないのか。ジェット機かね?」

 

 ルーデル大佐が矢継ぎ早に尋ねる。

 

愛称(ペットネーム)はサンダーボルトⅡです。P-47“サンダーボルト”に由来しています。他にはウォートホッグなどとも呼ばれていますね。お好きなようにお呼びください。性能は変わりませんから。固定武装はGAU-8“アヴェンジャー”30mmガトリング砲です。装弾数は1,100発程度で毎分3,900発撃てます。有効射程は1,200mほどです。そして、推進機関はご推察の通りジェット推進になります。主翼と尾翼の間に配されている2基のターボファンエンジンで飛行します。最大速度は750km/hです。ちなみにこれは最新型のA-10Cですね。詳しい搭載可能兵装や操縦法は基地施設のほうで説明しますよ、大佐。」

 

 ジョージがスラスラと答える様子を見てルーデル大佐は頷きながら、

 

「ありがとう。君は優秀な士官だな。西部前線が押し込まれるのも納得できる。」

 

「お褒めの言葉有り難く。さあ、大佐、ガイウス卿と中将閣下がお待ちですので。」

 

「ああ、上官を待たせてしまっていたな。申し訳ありません。ガイウス卿、閣下。」

 

 そのまま、僕と中将、大佐、ジョージはハンヴィーに乗り込み基地施設へと向かう。途中でA-10Cを牽引するための牽引車とすれ違う。A-10Cは格納庫の前で【召喚】すればよかったね。残りのA-10Cはそうしよう。

 

 A-10Cに関するある程度の知識と操縦法を会得(えとく)したルーデル大佐は早速出撃したいと言ってきた。どうしようかな。僕はジョージに頼んでRF-4CやP-8、P-8AGSによる偵察飛行により黒魔の森の深層に巣くう魔物たちの集落や群れをマッピングしたモノを持ってきてもらった。

 

「この中で最新の情報は何処の集落かな?」

 

「こことここですね。P-8が補足した後にRF-4Cで偵察し写真を撮りました。こちらになります。」

 

 ジョージが写真を見せてくる。最初はその精密さに驚いていたけどもう慣れちゃった。

 

「ふむ、ゴブリンとオークの集落か・・・。規模としては小規模だけど深層だから手が出しにくいね。大佐、距離があるけどいけるかい?」

 

「ええ、大丈夫でしょう。取り敢えず、増槽にMk77とハイドラロケット弾を搭載できるだけ搭載していただければ2つの集落を潰せます。赤のブリキどもに比べれば楽な目標ですな。しかし、戦果判定のために随伴機が欲しいですね。」

 

「P-8AGSはどうかな?中将はどう思う?」シンフィールド中将に尋ねる。

 

「よろしいかと。航続距離も十分です。速力もA-10Cに合わせられます。」

 

「それでは、それで出撃準備をお願い。」

 

「了解。」

 

「最終確認。大佐は義足だけど本当に操縦は大丈夫なんだよね。」

 

「無論です。」

 

「わかったよ。・・・ゴホン。それでは、ハンス・ウルリッヒ・ルーデル大佐。貴官はこれより2カ所の敵集落を単機で攻撃。これを殲滅すること。何か質問はあるかね?」

 

「逃げるモノはどうしますか?」

 

「魔物にかける慈悲は無い。徹底的にやりたまえ。」

 

「了解です。黄金柏葉剣付ダイヤモンド騎士鉄十字勲章が伊達では無いことをお見せしましょう。」

 

 ルーデル大佐はニヤリと笑い敬礼をして駐機場へと向かって行った。

 

「ねえ、ジョージ。ルーデル大佐って結構ヤバい人?」

 

「ええ、かなり。」

 

 ワーオ。




読んでくださりありがとうございます。


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第170話 ハンス・ウルリッヒ・ルーデル

『タワー、こちらライトニング1。ルーデル大佐だ。滑走路進入許可を。』

 

「『ライトニング1、こちらタワー。滑走路への進入を許可する。』」

 

 管制塔に上がってルーデル大佐が操縦するA-10Cの姿を双眼鏡で確認する。その間も管制官とやり取りを行なっている。そして、ついに“魔王(ジョージ曰く)”が空へと解き放たれる瞬間が来た。

 

「『ライトニング1、風は148より2ノットの微風。クリアード フォー テイクオフ。』」

 

『了解。ライトニング1、離陸滑走を開始する。・・・V1、・・・VR、・・・ランディングギア格納。3,000フィートまで上昇中。』

 

 ルーデル大佐のA-10Cがグングン蒼空へと上昇していく。旋回してクレムリンの上空に差し掛かった時に管制官が「『高度制限を解除する。』」と伝えたら、上昇の速度が増した。すぐに雲の中に入り肉眼では見えなくなる。

 

 滑走路にはすでにP-8AGSが離陸準備に入っていた。僕は離陸を見届けることなく基地の指令所へと向かう。指令所内にはシンフィールド中将がすでに居て隣の椅子を勧められて着席する。「紅茶を閣下と私に。」副官さんにそう命じた後、

 

「AWACSを早期導入する必要がありますな。」と提案してきた。

 

「えーわっくす?」

 

「はい、閣下。早期警戒管制機、あるいは空中警戒管制機という機種です。P-8並みの大型機となります。航空管制や指揮・統制を行うのですよ。」

 

「ふむ、なるほど。確かに今後も航空機を増やしていけば必要になるな。」

 

 持ってきてくれた紅茶を飲みながら【遠隔監視】でルーデル大佐のA-10Cの様子を見ながら会話を進める。楽しそうに歌を口ずさみながら操縦しているよ。

 

「極端なことを言えばGPS衛星を打ち上げたいものです。それがあれば航空機をはじめとして船舶、人間など全ての移動するモノはエシダラにおける自分の居場所を即座にわかることができます。」

 

「地球ではそれが一般の人にも使えるようになっているかね?」

 

「ええ。最初は軍事用でしたが今では子供でも使えるようになっていますよ。」

 

「それは、素晴らしい。ところでGPS衛星?だったかな。打ち上げるとは常に上空にあるということかい?」

 

「ええ。複数個を宇宙空間に打ち上げます。」

 

「宇宙!?はあ、それはまたとんでもないことだ。我々の文明は地球と比べると遅れているのがわかるだろうが、宇宙は星々の瞬く神聖な場所と信じられてきている。それこそ神の住まう場所と言う者いる。そうそう簡単には打ち上げることは難しいな。いらない反発を招く可能性がある。まあ、フォルトゥナ様は笑って許して下さるだろうがね。」

 

 そう言って肩をすくめる。シンフィールド中将もため息をつきながら、

 

「狂信的な信仰は何よりも脅威ですな。何処の世界でも。」

 

 と同意してくれた。

 

『こちらライトニング01。ベース(エドワーズ空軍基地のことだよ)応答を。』

 

「『こちらベース。』」

 

『目標上空に到達した。』

 

 ルーデル大佐の言葉通り、彼は最初の目標であるゴブリンの集落の上空を旋回していた。

 

「『エコー3(P-8AGSのことだよ)が130秒後に合流する。目標確認をエコー3が行なった後に攻撃開始だ。武器使用は自由。』」

 

『了解。』

 

 そして約2分後。エコー3による目標の確認が終わり、ルーデル大佐に攻撃許可が出た。

 

『さあ、戦争を始めよう。』

 

 【遠隔監視】ではルーデル大佐のA-10Cが攻撃を開始する様子が映し出されている。Mk77を投下し火の海になったところでハイドラロケット弾を撃ち込んでいく。森に逃げ込もうとするゴブリンには30mmガトリング砲“アヴェンジャー”が火を噴き、文字通り血煙となって死んでいく。アヴェンジャーによって砕かれた木の破片が弾丸のように周囲のゴブリンに襲いかかり死体を順調に生産している。

 

『・・・凄いな。的確にゴブリンを殺している。これが唯一、黄金柏葉剣付ダイヤモンド騎士鉄十字勲章を授与されたハンス・ウルリッヒ・ルーデル大佐の実力・・・。』

 

『いやいや、エコー3勘違いして貰っては困る。このA-10Cが素晴らしい。ああ、私の部隊にこの機体があれば東部戦線を押し戻せるのにな。これは赤のブリキどもを粘土に変えてしまう機体だ。素晴らしい!!』

 

 そう歓喜の声を上げながらゴブリンを蹂躙していく大佐。素人の僕が見ても無駄弾を撃ってないように見えるから相当な実力の持ち主なんだなあ。戦闘を楽しんでいるように見えるのは呂布や義弘たちに僕が影響されているからかな?

 

『フム、見える分は全て討ち尽くしたと思うが、エコー3どうかね?』

 

『はい、こちらでも大佐の戦果を確認しました。逃したゴブリンはゼロです。』

 

『幸先の良いスタートだな。次は・・・オーク?だったか。そちらに向かう。ベース、指令に変更は無いか?』

 

「『変更は無い。そのまま第2目標のオークの集落を攻撃せよ。』」

 

『了解。それではエコー3、向かうとしようか。』

 

 その通信から15分後、ルーデル大佐のA-10Cはオークの集落も簡単に潰してしまった。途中で『楽過ぎて欠伸(あくび)が出る。』と言っていたけど、欠伸(あくび)をしながら歌を口ずさみオークを殺せる人間はこの世界には少ないよねー。

 

 さて、戦果を挙げたルーデル大佐を(ねぎら)うために昼食を豪華にしようと思って、シンフィールド中将にお願いしようと思ったときに通信が入った。

 

『ガイウス卿、シンフィールド中将、残弾がまだあるのですが他に潰しても良い敵はいませんか?』

 

 というルーデル大佐の声が聞こえてきた。いやはや疲れを全く見せないとは凄いね。ちなみに許可を出したら3つも群れと集落を潰してくれたよ。

 

 何者なんだろうねルーデル大佐って。ただのパイロットじゃないよね。ジョージの言う通り普通のパイロットではないよね。僕にとっては良い意味で“ヤバい人”かもなあ。




読んでくださりありがとうございます。


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第171話 狩りの準備

 5つの魔物の群れと集落を文字通り殲滅し帰還したルーデル大佐を駐機場で出迎える。

 

「お疲れ様、大佐。昼食は豪勢にするから楽しみしておいてくれ。それまでは自室で休むといい。」

 

「ありがとうございます。ガイウス卿。しかし、できることならもう一度出撃を許可して戴きたいと思います。」

 

 僕が内心ビックリしているとシンフィールド中将が助け舟を出してくれた。

 

「大佐。ここは東部戦線ではない。勿論、魔物という敵が存在するがソ連の戦車部隊と比べれば赤子同然だ。A-10Cは君の乗っていたJu87G-2のように操縦に癖が無く身体的疲労も少ないだろう。しかし、大佐。ここはガイウス卿の提案を受け入れてくれないだろうか。」

 

「・・・了解しました。しかし、明日からは必ず1回は出撃させてください。お願いします。」

 

 中将が僕に視線を送る。僕は頷き、

 

「よいだろう。冒険者達の手が届かないところが中心となると思うがよろしく頼む。」

 

「ありがとうございます。それでは自室に戻ります。」

 

 敬礼をして大佐は去っていった。

 

「中将、しばらく【召喚】する航空機はAWACSを中心とした支援機とレンジャー連隊を輸送するヘリコプター部隊のみにしておいた方がよいかな?」

 

「ええ、取り敢えずはそちらの方向性でよろしいかと。地球での彼が敵地上戦力へ与えた損害は世界トップでした。ちなみに航空機も撃墜していますので空戦もできます。」

 

「もうルーデル大佐1人でいいんじゃないかと思ってしまった私は間違えているだろうか?」

 

「いえ、極めて正常な思考かと。」

 

「ありがとう、中将。さて、昼食はルーデル大佐の戦勝祝いだ。準備に取り掛かろう。」

 

 昼食はエドワーズ空軍基地の料理人さん達に任せたけど、ルーデル大佐は喜んでくれたみたい。特に僕の家の牛から搾った牛乳が「味が濃くて美味しい」と褒めてくれた。【異空間収納】に入れておいてよかった。なかなか牛乳って畜産をしている家の人かその近隣の人、魔道具持ちの貴族しか飲めないんだよね。チーズは貴族や都市に住む人達とかも食べるんだけどね。

 

 でも地球では技術が発達していてごく一般的な飲み物になっているみたい。う~ん、技術が羨ましい。これは徐々に解決していくしかないね。頭の良い人たちに任せよう。今は魔石を魔法陣で動かす魔道具が多いけど、次第に地球みたいに他の力を使って動くモノができてくるといいね。

 

 午後は行政庁舎で書類仕事。クスタ君も秘書官業務を期待以上にしっかりとこなしてくれている。

 

 終業時刻になると執務室の扉がノックされた。僕はクスタ君に頷き、「どうぞ。」と入室を許可する。クスタ君が扉を開けるとクリスとグレイウルフリーダーの“ルプス”がいた。扉を閉めて鍵をかけてもらう。

 

「クリスが来るのはわかるけどなんでルプスが?」

 

「ふむ、驚くのも無理はない。黒魔の森でガイウスの仲間達、いや奥方達と付き人の大男と言った方がいいか。まあ出会ってな。お主の所に行きたいと何とか伝えたのだよ。」

 

「それで、何か至急の用件だったかな?」

 

「お主は覚えておるかわからぬが、森の魔物の数がおかしなことになっていると伝えたでろう?お主達のおかげでかなり魔物の総数は大分減ったがオーガの数が減っておらん。奴らは森の深い所におるからな仕方のないことではある。だが、つい先程物見の者から報告があってな。オーガの2つの集落が合流しおった。確認できただけでも数は約5,000。今は新しい集落を造り始めておるらしい。暴れ出すのも時間の問題だと我は思っている。」

 

 ルプスの言葉がわかる犬獣人のクスタ君は顔を蒼くしている。クリスはクスタ君の淹れた紅茶を優雅に飲みながら僕とルプスの会話を聞いている。

 

「う~ん、約5,000のオーガか、なるほど。丁度いい。僕の新しい私兵の初陣の相手となってもらおう。大体の場所はわかるかな?正確な場所の把握と下見をしたいんだ。」

 

「うむ、ならば我が案内しようではないか。しかし、至近までは無理だということは承知してほしい。」

 

「もちろん。今からでも大丈夫かな?」

 

「闇夜は我らの味方ぞ。問題などない。」

 

「よし、わかった。しかし、今朝もゴブリンとオークの集落と群れを5つ潰したんだけどねー。まあ、できちゃったモノは仕方ない。それでは行こうか。クリスとクスタさんはクレムリンに先に戻っておいてください。それと“夕食はかなり遅くなるので作り置きを”と厨房に伝えておいてもらえますか?」

 

「はい、承知しました。ガイウス様、お気をつけて。」

 

「ルプス殿とお会いした時点で何かあると思っておりましたが、オーガですか。それの討伐を新たな私兵にやらせるということは、確かレンジャー連隊・・・でしたか。彼らにやらせるのですね。まあ呂将軍や島津殿の働きぶりを見ているので大丈夫だとは思いますがお気をつけて。」

 

「ありがとう。クリス。」

 

 クリスと抱擁して、クスタ君に後を任せてルプスと共に黒魔の森へと潜る準備をする。エドワーズ空軍基地に向かいP-8AGSを飛ばして僕を追跡してもらうようにする。ビーコン?を出す装置を僕が身に付けて森の中を動けば、上空のP-8AGSが位置情報を確認する。これで目標地点がわかる。

 

 そして、【召喚】を行う。今回はレドモンド大佐のリクエストに応える形でアメリカ陸軍第160特殊作戦航空連隊“ナイトストーカーズ”を【召喚】する。エドワーズ空軍基地の空いている場所に大量の航空機と人員が魔法陣と光と共に現れる。これがヘリコプターかあ。大きさは様々だね。卵みたいな形のもいる。回転翼機っていうから上と尻尾に付いている長い棒が回って飛ぶのかな?そんなことを考えて眺めていると1人の軍人さんが歩み出てきて敬礼をする。それに(なら)い他の人達も敬礼してくる。

 

「第160特殊作戦航空連隊司令官デール・コールドウェル大佐以下指揮下の大隊の全てが着任したことを報告します。」

 

「ようこそ、地球からエシダラへ。敬礼を解いて楽にしてくれ。さて、簡単に紹介をしよう。私が“召喚主”でこのゲーニウス領の領主ガイウス・ゲーニウス辺境伯だ。隣にいるのは順にエドワーズ空軍基地司令官ドゥエイン・シンフィールド中将、ハンス・ウルリッヒ・ルーデル大佐、第75レンジャー連隊連隊長ハロルド・レドモンド大佐だ。他の人員とはおいおい時間を見て自己紹介をするといい。ああ、あとグレイウルフリーダーのルプスだ。」

 

 “ウォンッ!!”とルプスが一吼えする。

 

「それではコールドウェル大佐、早速で悪いが狩りの準備をお願いする。細かい調整はシンフィールド中将とレドモンド大佐の両名としてほしい。」

 

 すでにレドモンド大佐は第75レンジャー連隊の即応部隊を集めている。今月は第1大隊が即応部隊になっているらしくすでに装備を整え待機している。また特殊作戦大隊(RSTB)も準備を完了していて待機中だ。いやあ素早いね。領軍に召集をかけても早くても2~3日はかかるだろうに。

 

 武装はM4、Mk16(SCAR-L)、Mk17(SCAR-H)というアサルトライフルにMk46、Mk48(M249)軽機関銃、M20(SSR)というマークスマン・ライフル、暗視装置を中心に夜間の森の中での戦闘を有利に進めるように選択しているみたいだね。

 

 相手が約5,000のオーガということもあり第2、第3大隊にも召集をかけているらしい。第160特殊作戦航空連隊のヘリコプターのパイロット達も準備を始めて、整備員が機体の最終チェックを行なっている。

 

 僕は3人の指揮官が話し合いを始めたのを見て、ルーデル大佐に声をかける。

 

「今夜は第75レンジャー連隊と第160特殊作戦航空連隊に初陣を譲ってあげてほしい。」

 

「もちろんですとも。同じ軍人です。両連隊の活躍の機会は奪いませんよ。指令室でP-8AGSが送ってくる映像でも眺めておきましょう。」

 

 そう言うとルーデル大佐は敬礼をして基地施設へとは向かう。僕は翼を出し、ルプスが入るくらい大きい鉄製の(かご)を【召喚】する。ルプスはすぐに僕の意図に気付いたみたいで(かご)に飛び乗り顎を外枠に乗せ顔をちょこんと出す。可愛い。ああ、もちろん中にはクッションがあるから快適だよ。

 

「ガイウス卿。エコー1は閣下が飛び立って10分後に離陸します。それと無線機です。ノイズが入る場合はエコー1が中継します。」

 

 シンフィールド中将が無線機を持って報告しに来てくれた。僕はヘッドセットを付けて(かご)の中に無線機を置きながら言う。

 

「わかった。ありがとう。もしかすると今まで探索していた場所よりも離れているのかもしれない。分かれていたとはいえ5,000近いオーガの集落が発見できていなかったのはその可能性が高いからね。」

 

「了解しました。でしたら、すぐにでもエコー1の離陸後に飛行可能状態にあるP-8、P-8AGSを飛ばしましょう。」

 

「夜間でも索敵能力が落ちないのであれば許可するよ。」

 

「大丈夫です。」

 

「ならば、効率的にお願い。搭乗員の人達には無理はさせないように。」

 

「了解しました。では、お気をつけて。」

 

「ありがとう。」

 

 僕はルプスの乗った(かご)の取っ手を持ち飛び上がる。50mほどまでに飛び上がり、

 

「ルプス、臭いとかは大丈夫?オーガの元まで辿(たど)れる?」

 

「ふむ、我の嗅覚を舐めるなよ?・・・うむ。充分に辿(たど)れる。」

 

「それじゃあ、方向指示をお願いね。」

 

「うむ。しかし、この時期は()が長いが雨季に入り始めている。雨が降ると臭いも辿(たど)りづらくなる。」

 

「大丈夫、大丈夫。僕も【気配察知】で探索をするから。」

 

 そう言いながら黒魔の森の上空へと進入する。ヘッドセットからはエコー1と管制塔のやり取りが聞こえる。さて、ビーコンを出しているから【空間転移】ができないので飛行速度を上げてルプスの示す方向へと向かおう。




読んでくださりありがとうございます。

みなさん、よいお年を。


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第172話 闇夜の狩人

1週間投稿が遅れてしまい申し訳ありませんでした。

今年も拙作をよろしくお願いします。


『エコー1(P-8AGSだよ)よりガイウス卿へ。聞こえますか?』

 

「『こちらガイウス。大丈夫だ。よく聞こえる。』」

 

『先鋒を搭乗させたMH-60L“ブラックホーク”と“MH-47チヌーク”、露払いのMH―60L“DAP”とAH-6“キラーエッグ”が離陸をしました。各コードをお知らせします。MH-60は“ゴルフ”、MH-47は“ホテル”、MH-60Lは“インディア”、AH-6は“ジュリエット”です。現在、本機が誘導をしています。』

 

「『わかった。少し待ってほしい。』ルプス、オーガの集落まではまだかかる?」

 

「もう少しだ。このまま飛べば10分くらいで着くだろう。」

 

「ありがとう。気づかれないように手前で下りてその後は走ろう。」

 

「承知した。」

 

「『エコー1へ。10分後に敵に気付かれないために森へと降下し、そこからは走って目標近くまで移動する。』」

 

『エコー1了解しました。我々も気づかれないように高度を上げます。』

 

 さて、黒魔の森のかなり深い所までやって来た。道中では遠距離攻撃のできるゴブリン系やオーク系の魔物が出てきたけど、【風魔法】のウィンド・バレットで見つけた瞬間に排除していった。でもオーガ系の魔物とは一度も会わなかったなあ。集落ができつつあるのと関係があるのかもね。

 

 森の中に下り立ち、ルプスの乗っていた籠を【送還】する。再度、装備を確認して無線機とMk17の入った背嚢(はいのう)を背負いルプスの先導で森の中を駆け抜ける。ボア系やウルフ系の魔物も出てきたけど短槍で薙ぎ払いながら進んだ。

 

 しばらくしてルプスが足を止めた。【気配察知】には沢山の魔物気配が引っかかる。これがオーガの気配なのかな。僕のその考えが顔に出ていたのか、ルプスがこちらを振り返り言う。

 

「気づいておるだろう?そろそろ、奴らの造っておる集落が見えてくる。」

 

「うん、気配が今まで出会った魔物と段違いだ。」

 

「うむ。ゴブリンやオークなどオーガにとっては食料と同じだからの。だが、奴らは嗅覚も聴覚も視覚もどれも優れているわけではない。」

 

「ということはまだ近づけるということ?」

 

「うむ。」

 

 短槍を構え直して歩みを進める。気配まであと500mほどのところでルプスが立ち止まる。

 

「あと少しで森が開ける。オーガ共が伐採しておるのでな。」

 

 僕は眼に魔力を集中させて視力を強化する。それで先を見ると確かに図鑑で見た絵姿に似ている生き物“オーガ”がいた。木を石斧で切り倒し、杭状にして地面に差し込み並べている。防壁を造っているようだ。

 

 さらにその周囲には物見櫓があり、集落の中心部らしき所には住居ができつつある。早いね。魔法を使って身体を強化しないと切り倒した木を運搬できない人間と違って、1体で2~4本担いで作業を進めているから当たり前か。

 

「どうだ、ガイウスよ。見えたか?」

 

「うん、見えた。『エコー1、こちらガイウス。攻撃目標地点より西側に約500mの地点にいる。確認できるか。』」

 

『こちらエコー1。ビーコンの確認ができました。また集落であろう空き地も確認しました。攻撃部隊にもその情報を送ります。』

 

「『頼む。到着時刻は?』」

 

『部隊の展開時刻は1920を予定しています。“インディア”と“ジュリエット”の編隊が上空からの攻撃を行い牽制している間に、“ゴルフ”と“ホテル”から隊員が降下し、安全地帯を確保します。』

 

「『了解した。降下地点は私の近くにして欲しい。援護ができる。』」

 

『了解しました。しかし、シンフィールド中将、コールドウェル大佐、レドモンド大佐3名の決定によりますと攻撃対象から200m離れた場所を降下地点としています。』

 

「『ならば、あと300m前進する。』」

 

『了解。お気をつけて。』

 

 通信を終えて音を出さないように静かに前進を開始する。目標地点まで進むと短槍を【異空間収納】し、背嚢からはMk17を取り出して装備品を付けていく。ルプスも伏せた状態で待機している。

 

 時計を取り出し時間を確認する。19時5分。あと少しだ。

 

 そして、その時がやって来た。

 

『こちらインディア1。ガイウス卿、応答を。』

 

「『ガイウスだ。』」

 

『目標地点を捉えました。これよりインディアとジュリエットの全機で空襲を開始します。伏せておいてください。』

 

「『了解した。』」

 

『インディア1よりオール・インディア、オール・ジュリエット。ハイドラロケット弾による攻撃の後は集落を囲むように展開し、機関砲、ガトリング、ドアガンで制圧射撃をかける。・・・攻撃開始!!』

 

 頭上を発射されたロケット弾が光の尾を引きながら束になってオーガの集落へと吸い込まれていく。ロケット弾の航跡を追うようにバタバタと羽音を立ててインディアとジュリエットのヘリコプターが通過していく。ロケット弾の着弾したオーガの集落ではあちこちで火の手が上がっている。

 

 Mk17を構えてオーガの動きを警戒していると、上空にゴルフのブラックホークが到着した。他の機体も一定の間隔を開けて、集落を半円状に囲むように空中に(とど)まりながら両側の扉を開きロープを垂らす。

 

 上空のブラックホークからすぐに1人目のレンジャー隊員がロープで降りてきて素早く配置につく。すぐに1班分のレンジャー隊員が揃った。みんな暗視ゴーグルを付けていて口元も覆っているので表情がよくわからない。軽く敬礼をした彼らは集落へ向けて前進を開始する。

 

 ゴルフのブラックホークが飛び去ったと思ったら重い羽音と共にホテルのチヌークが現れた。後部ハッチと胴体下部からロープが落とされ次々とレンジャー隊員が降下してくる。最後に降下した隊員が暗視ゴーグルをはね上げて敬礼をする。銃声が響き渡る中で大声で話しかけてくる。

 

「特殊作戦大隊大隊長のバイロン・ノーランド中佐です。ご挨拶が遅れて申し合わけありません、ガイウス卿。今回の作戦での現場指揮官を拝命しています。」

 

「よろしく、中佐。では、現在の展開状況を教えてくれるかな。」

 

 僕も銃声に負けないように大声で返答する。

 

「はい、地図をご用意しました。手書きなので少々、(いびつ)ですがご了承ください。現在、森の淵に沿ってこのように半円状に我々特殊作戦大隊と第1大隊が展開し攻撃を開始しています。フレンドリーファイアを避けるために反対側には展開はしません。代わりに上空のヘリ部隊で包囲網を敷きます。1体たりとも逃がしません。」

 

 一度、そこで説明を区切る。僕は了承の意を込めて頷く。

 

「また、インディアとジュリエットの弾薬がそろそろ底をつくはずです。その前に第2大隊と第3大隊をゴルフとホテルの残りの機体が運んできます。全大隊が展開完了後に森より集落へと前進し本格的な制圧行動に移ります。なお、ゴルフとホテルは弾薬の補給のために一時帰投するインディアとジュリエットに代わり上空からの支援及び包囲網の封鎖を行ないます。」

 

「インディアとジュリエットが抜けてしまったら火力の低下が著しいのではないかな?」

 

「ガイウス卿のご懸念もわかりますが航空攻撃の初撃が上手く決まりましたので、我々レンジャー連隊とゴルフとホテルで十分な火力が確保できます。」

 

「わかった。銃撃戦では君達がプロフェッショナルだ。それで問題がなければよろしい。」

 

「ありがとうございます。それでは、我々指揮本部も前進を開始します。」

 

 中佐はそう言うと暗視ゴーグルを下ろして前線へと前進を開始する。僕とルプスも一緒に移動をする。中腰でMk17を構え周囲を警戒しながら森の切れ目で射撃をしているレンジャー隊員達の元へと着いた。

 

「軍曹。状況は?」

 

「はい、中佐。目標は初撃から立ち直りつつありますが、こちらの攻撃を防ぐ手立てがありませんのでその場に釘付けという状態です。ただし、相当にタフです。5.56mmですと頭部以外はそれなりに撃ち込まないと死にません。7.62mmも射殺時間が少し短くなるという程度です。軽装甲車を相手にしている気分です。」

 

「カール・グスタフをもっと持ってくるべきだったな。」

 

 ノーランド中佐が歯ぎしりをしながら言う。

 

「中佐、この世界での初実戦だ。しかも相手は人間ではないからな。仕方ないだろう。」

 

「それはそうですが、我々のモットーはRangers lead the way(レンジャーが道を(ひら)く)ですからこの状況は何とも言い難いですね。」

 

「私は“命を大事に”を常々考えている。部下の死で切り(ひら)かれた道は必要ない。そのことを覚えておいてほしい。」

 

「ハッ!!胸に刻んでおきます。しかし、オーガと云うモノがここまでタフだとは・・・。っと失礼。通信がありました。第2、第3大隊到着しました。現在降下中です。」

 

「それでは、本格的に狩りを始めようじゃないか。万が一、捕らえられている者が居た場合は生死を問わず救出するように。」

 

「了解しました。『指揮本部よりレンジャー各班に通達。森から出て狩りを始めろ。情けは無用だ。捕まっている者が居た場合には生死は問わずに救出を優先しろ。』ガイウス卿、我々も動きます。」

 

「わかった。私とルプスは好きなようにさせてもらおう。私には気にせず射撃をするように伝えておいてくれたまえ。」

 

 そう言いながら銃剣を付ける。今付けている弾倉を全て撃ち切り新しい弾倉に交換して初弾を装填する。

 

「ルプス。それでは行こうか。僕が前衛、君が後衛ね。」

 

「うむ、背後は任せるがよい。」

 

 そして、僕とルプスは勢いよく森から飛び出し、燃え盛るオーガの集落へと突撃を開始した。




読んでくださりありがとうございます。


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第173話 闇夜の狩人・その2

 銃弾の雨の中をルプスと共に駆け抜ける。

 

「『中佐、先程も言ったが私とルプスは【風魔法】で障壁を(まと)っているからフレンドリーファイアの心配はない。存分にやってくれ。』」

 

『了解しました。』

 

「さて、どこまでオーガに僕の実力が通用するのか楽しみではあるかな。」

 

 物陰に隠れていたオーガを見つけ、ジョージに習った通り頭部に1発、心臓に2発命中させる。それでもオーガは即死せずに手近にあった木材を手に襲って来た。さらに頭部に2発、心臓に4発撃ちこむ。そうすると目から生気を失い倒れる。

 

「ジョージの教えてくれたことは基本的に対人戦のことだから魔物に対しては臨機応変にだね。」

 

「うむ。油断してはならんぞガイウス。オーガ共はなかなかにしぶとい。我の爪や牙を急所に当てても即死しない厄介な相手よ。」

 

「へー、ルプスの牙に耐えるんだ。凄いね。」

 

 そう言いながら別のオーガの頭部に5発撃ちこむ。今度はすぐに倒れ伏す。よし、オーガにはこの射撃方法でいこう。集落の中心部ではカール・グスタフによる攻撃により爆発が断続的に起きている。中佐は「もっと持ってくるべきだった。」と言っていたけど、オーガ1体にカール・グスタフ1発だと流石にオーバーキルのような気がしちゃうよ。

 

 それで、あそこに近づくのはもう少ししてカール・グスタフの射撃が()んでからだなあ。早くこの集落を統率しているオーガを倒さないと。でもリーダー級のオーガを未だに発見できていないから最初の空襲か今の攻撃で仕留めている可能性があるね。上位種は結構いるんだけどねえ。

 

 おっと、そんなことを考えていると少し離れた場所にいたオーガアーチャーが投石してくる。「弓じゃないのか」と突っ込みを心の中で入れてそのまま【風魔法】の障壁で受け流す。仕留めようとMk17を構えると、そのオーガアーチャーは側頭部に銃弾を浴びて死んだ。銃弾が飛んできた方向を見ると1人のM20を構えたレンジャー隊員が親指をグッと立ててサムズアップをしてくる。僕も答礼をして応える。

 

 後ろを振り返ると他のレンジャー隊員達も班ごとに森から出てきて攻撃をしている。反対側である東側には隊員を降ろしたヘリコプター部隊が搭載されているミニガン?とか云うので援護射撃と逃げようとしているオーガを仕留めている。

 

 僕とルプスは積極的に動いて遮蔽物に隠れているオーガを仕留めていく。銃剣で足の腱を切り姿勢を崩したところに頭部に5、6発撃ちこみ仕留める。銃剣がすぐに歪んでしまうから交換を頻繁にしないといけないのが難点だね。ルプスも似たような感じでバランスを崩したオーガの喉に何度も噛みつき引き千切って仕留めている。

 

 それでも【気配察知】には多数のオーガの反応がある。やっと半分削り取れたくらいじゃないかな。インディアとジュリエットの空中攻撃部隊が早く戻ってきてくれると助かるんだけどね。通信を中継してくれているエコー1からの情報によればあと10分ほどということだからなあ。レンジャー隊員達の弾が切れちゃう方が早いかも?

 

「『中佐、聞こえるか?』」

 

『聞こえます、ガイウス卿。どうかなされましたか?支援が必要でしたら2、3班を派遣できますが。』

 

「『いや、各班の残弾状況を知りたい。エコー1との通信を聞いているからわかるだろうが、インディアとジュリエットが到着するまであと10分だ。その間に残弾状況が危うい班に補給をしておこうと思ったのだが。』」

 

『了解しました。確認を進めます。ちなみにカール・グスタフを追加で配備していただくことは可能でしょうか?』

 

「『可能だが装備が重くなりすぎないかね?』」

 

『ですが、現状では決定打に欠けます。いたずらに弾薬を消費するだけです。』

 

「『ならば、バレットM82A1はどうかね?』」

 

 カール・グスタフは本体と弾薬共に嵩張(かさば)るから対物ライフルのM82を代案として提示してみる。

 

『・・・いけるかもしれません。5.56mmでも射殺はできていますので12.7mmならば十分なほどです。連射もできるので制圧射撃には十分かと。』

 

「『では、それでいこう。各班には私が直接配る。フレンドリーファイアだけに気を付けるように通達を頼む。』」

 

『了解しました。』

 

 通信を終えてルプスを手招きする。

 

「さてと、ルプス。今から補給物資を配るために戦場を駆け回るよ。」

 

「うむ、わかった。」

 

 というわけで、インディアとジュリエットが到着するまでの間にバレットM82A1を配りまわったよ。半数の班に配り終えたあたりから【気配察知】に引っかかるオーガの気配が消える速度が上がってビックリしちゃった。

 

 徐々に頭部の無くなったオーガの死体が増えていく。最初から配備しておけばよかったね。ゴブリン、オーク、コボルトが脆かったから少しオーガの防御力を()めていたかも。慢心はダメだね。

 

『こちらインディア1。待たせたな。これより西から進入し攻撃を開始する。各班ビーコンのチェックをしてくれ。フレンドリーファイアはごめんだからな。』

 

『こちらエコー1。展開中のレンジャー各班より“ビーコンチェック完了”の通信を受けた。』

 

『こちらインディア1。エコー1の通信中継に感謝を。オール・インディア、オール・ジュリエット攻撃開始。』

 

 “シャッシャッシャッ”というロケット弾の推進音と“ヴァァァァァッ”というバルカンポッドの音が頭上から響いてくる。遅れてインディアとジュリエットの編隊が羽音を立て通過していく。

 

 結局、今夜の戦闘の決定打はカール・グスタフにバレットM82A1とヘリコプター部隊による上空支援だった。一気にオーガたちの抵抗心を折ってくれた。そこからは、逃げ惑うオーガを駆逐していくだけの単純作業のようになってしまったよ。しかし、ヘリコプター部隊も凄かったけど人間よりも強いオーガに対して冷静に善戦していたレンジャー隊員達も素晴らしかった。

 

 生き残りのオーガいないかを【気配察知】とレンジャー隊員達の目視確認で行う。ルプスは硝煙と炎の臭いでむせている。嗅覚が良いというのも考えモノだね。ちなみにこの集落の長はオーガロードだったようだ。集落の中心部で半分炭化している状態で発見できた。もちろん、討伐証明部位を切り取るのを忘れずにね。

 

 5,000近いオーガの死体の焼却処理も24時前には終了し、レンジャー隊員達の負傷者の有無を確認する。まあ、当たり前のようだけど誰一人として怪我はしていなかった。

 

 エドワーズ空軍基地に帰還するために集落跡地に着陸した“ブラックホーク”と“チヌーク”に搭乗していくレンジャー隊員達を見ながら、もし帝国の大規模侵攻や黒魔の森でスタンピードが起きたとしても彼らなら上手く防いでくれるだろうと思う。あー、でも呂布隊と島津隊とルーデル大佐だけでも片が付きそうなんだよなあ。レンジャー連隊とナイトストーカーズまで投入すると過剰戦力かな?

 

 ちなみに僕はヘリコプターには乗らずに【空間転移】を使ってルプスを群れの所に送ったあと一足先にエドワーズ空軍基地に戻ったよ。基地に戻ったらすぐにシンフィールド中将、レドモンド大佐、コールドウェル大佐の3人と共に今回の戦闘の詳細を分析して次回に活かせるように案を出していく。やっぱり重火器の配備ないしは近接航空支援の拡充、戦闘支援部隊の早期配備が挙がる。

 

 時間も午前2時前だったので僕は先にクレムリンへと戻って遅い夕食を摂ってベッドに潜りこむ。レドモンド大佐とコールドウェル大佐は帰艦した部下たちと共にさらにミーティングをするそうだ。無理をしないように伝えておいたけど大丈夫かな?

 

 16日の金曜日の朝、朝食を摂ったあと行政庁舎にクスタ君と共に向かう。途中でエドワーズ空軍基地のほうを眺めながら馬に揺られていたら、兵舎の近くの運動場で走り込みをしているレンジャー隊員達が見える。

 

「僕よりも後に帰ってきたのにタフだねえ。」

 

「ああ、あの方たちがガイウス様の新しい私兵の方々ですか?」

 

 馬を並べて進めるクスタ君が尋ねてくる。

 

「ええ、そうです。」

 

「朝食の席で伺ったお話しですとガイウス様の指揮で5,000を超すオーガを討ち取ったのですよね?流石はガイウス様です。」

 

「まあ、頭を吹き飛ばしたりしたので討伐証明部位の右耳は半数ぐらいしか取れませんでしたけどね。」

 

「ですが、オーガロードを討ったのです。それが十分な証拠になるかと。」

 

「そうですね。取り敢えず昼休憩の時間にでもギルドに行きましょう。」

 

「はい、お供します。」

 

 ニルレブ北門の衛兵さんの顔がわかる距離になると、すぐに1人の衛兵さんが軽い駆け足でやってくる。就任当初は全速力で駆けてくるものだから僕の時はゆっくりでいいと伝えたらこんな感じになったんだよねぇ。

 

「おはようございます。ガイウス閣下。クスタ秘書官。」

 

「おはよう。今日もよろしく頼む。」

 

「おはようございます。」

 

 さて、お仕事を頑張って明日はナトス村に父さんたちを迎えに行かないとね。




読んでくださりありがとうございます。


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第174話 引っ越し

 昨夜のオーガとの戦闘で駄弁(だべ)りながらクスタ君と仕事をこなしていく。昼休みになるとオーガの素材と討伐証明部位、死体の提出を兼ねて冒険者ギルドに行き併設食堂でクスタ君と一緒に昼食を摂る。

 

「さて、僕は今からギルドの受付に行ってきます。クスタさんはこちらで待っていてください。」

 

「わかりました。お手伝いしましょうか?」

 

「大丈夫ですよ。」

 

 僕が席を立ち受付へ向かうとすれ違う冒険者達が軽く頭を下げてくる。僕はそれに手を挙げ応える。受付カウンターに着くと用件を伝える。

 

「昼食時間に申し訳ないが、ギルドマスターのレンニ殿をお願いしたい。恐らく彼でなければ処理ができないであろう案件だ。」

 

「かしこまりました、ガイウス閣下。少々お待ちください。」

 

 すぐにレンニさんはやってきた。

 

「閣下、お待たせして申し訳ありません。何でも私でなければ処理できない案件ということでしたが。」

 

「うむ、まずはこれを見てほしい。」

 

「これは・・・。オーガの討伐証明部位の角ですね。オーガを狩られたのですか?」

 

「集落を殲滅した。約5,000はいた。しかし、まあ私の私兵は強力なのでな、頭ごと吹き飛ばしたりしたせいで死体はあるのだが角が無い。どう処理してくれるか尋ねたくてな。」

 

「死体があるのでしたら“処理・解体室”のほうで対応しましょう。オーガの場合は骨も素材になりますから。どうぞこちらへ。」

 

「ありがとう。」

 

 というわけで、【異空間収納】していたオーガの死体を偽魔法袋から出しているように見えるようにドサドサと出していく。処理・解体室が天井までオーガの死体で埋まり、レンニさんをはじめとしたギルド職員さんの顔が引き()っているけど気にしない。最後の1体を出して振り向いて言う。

 

「炭化していたり欠損していたりするので時間が掛かると思う。急いでいないので正確に処理してほしい。可能かね?」

 

「あ・・・ハイ。お時間を戴けるのであれば可能です。」

 

 レンニさんがポカーンとしながら答えてくれた。

 

「それでは、私は仕事があるので庁舎に戻る。何かあれば日中は庁舎のほうへ。それ以外はクレムリンへお願いする。」

 

 そう言って処理・解体室を出る。その後は食後のお茶をクスタ君と楽しみ庁舎へと戻って午後の業務を開始した。甘い物を食べている時のクスタ君って尻尾をブンブン振って耳がピンと立って可愛いんだよねえ。

 

 それはさておき、領軍の階級制度の改変案についてジギスムントさんと領軍の上級幹部数名と会議を行なっている。国軍もだけど領軍は大まかな階級しか存在しない。分隊長、小隊長、中隊長、・・・、師団長、軍団長、総司令官と云った感じで役職において分けているわけだ。後は方面軍()司令官とかが随時追加される感じかな。そこに地球の軍隊と同じような階級を取り入れようと思っている。

 

「新たな階級制度は爵位と連動するものなのでしょうか?」

 

 簡単な説明をすると早速ジギスムントさんが質問をしてくれる。あ、もちろん地球の事は(はぶ)いているよ。

 

「いや、今のところは爵位と分けて考えてほしい。軍の中では爵位よりも階級が優先する。」

 

「承知しました。」

 

 現在、領軍に所属している兵の扱いや上級指揮官に与える階級とかを話し合って今日の会議は終わった。領軍の中でさらに検討をしてみるということだから任せておこう。そうしよう。実際に運用するのはジギスムントさん達だしね。今回の案は受け入れなくても大丈夫と伝えていたから圧力にはなっていないはず。

 

 その後は前年度の税金の徴収率の会議に出席した。本当は5月にやるはずなんだけど王領からゲーニウス領へと変わったから遅れての開催になっちゃった。担当の人の話だと滞納者もいたけど特に問題も無く徴収できたみたい。

 

 ただし、税の延納が多い貧民街の家庭をどうにかして下流層の家庭並みの収入に持っていけないかと云うことでほとんどの時間を使っちゃった。解決案として特に深く考えずに僕が、

 

「黒魔の森を開拓して農地を増やそうか?」

 

 と言ったら、“何言ってんだコイツ”みたいな空気になっちゃって、

 

「全ての領民が閣下のようなお力を持っていないのです。ましてや貧民街の者達となると無理でしょう。魔物からの農地の防衛問題が増えるだけです。」

 

 ヘニッヒさんがみんなの気持ちを代弁してくれた。“領軍の訓練として魔物を定期的に間引けばいい。”とかは簡単なものではないかぁ・・・。

 

「しかし、農地を増やすというのは良い案かと。比較的、各町に近く安全な箇所を探してみましょう。王領のころは土地に手を付けるのも中央の許可が必要でしたが今ならばスムーズに進むでしょう。まあ、今回は徴税に関する会議ですので、また改めて担当部署の者と会議を開くべきかと。」

 

「ああ、そうだな。皆も話しを()らせてしまってすまなかった。」

 

 というわけで、僕の今日の主な仕事はおしまい。執務室でクスタ君と駄弁りながら仕事をこなして家路に着く。明日はみんなを迎えにナトス村に行くからゆっくりと休もう。

 

 6月17日土曜日は朝から曇りだ。雨季に入っているから仕方ないね。朝食を済ませてすぐに【空間転移】でナトス村近くの黒魔の森に移動する。そこからは翼を出して空を飛んで村の入口まで向かう。

 

 村の入口には猟師のイルガおじさんがいた。今日の当番みたいだ。空中で静止して挨拶をする。

 

「おはようございます。イルガおじさん。」

 

「ん?おお、ガイウスか。お前さんが来たということはエトムント達の迎えだな。」

 

「はい。村に入ってもいいですか?」

 

「いいも悪いもあるかね。さあ、入りな。」

 

「ありがとうございます。」

 

 そのまま5mほどの高さを飛びながら家に向かった。すぐに着いて着地をして翼を消す。そして、ノックする。

 

「父さん、母さん、みんな、迎えに来たよー。」

 

 すぐに玄関が開いて父さんが中に招き入れてくれる。

 

「早かったな。まあ、準備はできているからいいがね。で、移動手段は馬車か?」

 

「違うよ、父さん。フォルトゥナ様から授かった力でこの家と家畜達ごと移動するって言ったでしょう。」

 

「あれは本当のことだったのか。てっきり冗談だと思っていたよ。」

 

「もう。まあ、いいや。今から移動するね。」

 

「ああ、頼んだ。」

 

「それじゃあ、フォルトゥナ様のお力をお借りして【空間転移】。」

 

 こうしてクレムリンの横に僕の実家と畑に家畜小屋が移動した。家族のみんなは外の景色を見てポカンとしている。いや、弟のトマスと妹のヘレナは家の隣にそびえ立つクレムリンを見て「すごーい!!」とはしゃいでいる。取り敢えず固まっている大人組を現実に戻すために揺する。

 

「父さん、母さん。じいちゃんもばあちゃんもしっかりしてよ。この前説明していたでしょ?」

 

「あ、ああ。わかってはいたがこれほどとは・・・。」

 

「もう。父さんはこれからは辺境伯の父として暮らすんだからね。堂々としていてよ。」

 

「いや、農民の父さんにはなかなか難しいよ・・・。」

 

 とにかく、父さん達には辺境伯の家族ということを意識して生活してもらわないといけない。農民の時の方が気楽で自由だったろうけどね。そんなこんなでクレムリンの正門に家族みんなで向かいながら改めて僕の地位と役割を説明する。

 

 門に着くと呂布と義弘がいてすぐに拝礼をしてくる。

 

「ガイウス殿のご家族の皆様方。お初にお目にかかる呂布奉先と申しまする。」

 

「同じくお初にお目にかかります。島津兵庫頭義弘(しまづひょうごのかみよしひろ)と申しまする。呂布将軍とは別の隊を率いておりもす。」

 

 すぐにトマスとヘレナが反応した。

 

「すごーい。呂布?さんって大きいね。強そう!!」

 

「島津?さんの鎧?いろんな色が使われていてキレイ・・・。」

 

 僕たちをそっちのけではしゃいでいる。呂布も義弘も嫌がる様子も無くちゃんと相手をしてくれている。

 

「今日からみんなが外出する時は、呂布か義弘の部下が必ず2人護衛として付くからね。それと、部屋はこの屋敷の中に用意してあるから・・・。」

 

「のう、ガイウスよ。」

 

「ん?どうかした?じいちゃん。」

 

「じいちゃんとばあちゃんは元の家で暮らしたいんだがの。」

 

「う~ん、少しだけ待っていて。」

 

 僕は呂布と義弘のもとに行き尋ねる。

 

「今の僕とじいちゃんのやり取りは聞こえていたと思うけど、警備の方はどうかならないかな?」

 

「歩哨が移動できる防壁で防衛範囲を囲って戴ければ高順か張遼に専任の者を選出させます。」

 

「おい(私)のほうでも、必要な人数を出すようにしもす。」

 

「ん、ありがとう。トマス、ヘレナの相手をもう少ししていてね。」

 

「「御意。」」

 

 じいちゃんの元に戻り、

 

「大丈夫みたい。ただ、今ある木の柵じゃなくてもっと頑丈な防壁で囲むからね。」

 

「ああ、そこはガイウスに任せようかの。」

 

「父さんと母さんは屋敷の方で大丈夫?」

 

「トマスとヘレナが喜ぶのはそっちの方だろうからな。問題ないぞ。それに歩いてすぐじゃないか。」

 

「そうね。父さんの言う通りだわ。母さんも大丈夫よ。」

 

「ん、わかった。あとで屋敷の人達を紹介するからね。」

 

 これで、引っ越し完了っと。



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第175話 引っ越し・その2

「みんな、こちらがクレムリンの執事を束ねる家令のレーヴィさん。そしてメイドを束ねるメイド長のマイユさん。そして、奴隷を束ねているダグだよ。」

 

「お初にお目にかかります。ご紹介にあずかりましたレーヴィと申します。屋敷の事でしたら何なりとお申し付けください。」

 

「同じくお初にお目にかかります。メイド長のマイユでございます。皆さまの身の回りのお世話をさせていただきます。」

 

「お初にお目にかかります。奴隷たちの代表をしておりますダグと申します。雑用などはお申し付けください。」

 

 とりあえずこの3人を紹介しておけば屋敷での生活は困らないはず。

 

「あら~、みなさんご丁寧にどうも。ガイウスの母のヘルタと申します。息子がお世話になっています。でも、ガイウス。なんでダグさんだけ呼び捨てなのかしら?私は常々、他人(ひと)には敬意を払いなさいと教えていたはずよ?」

 

「お待ちください、ヘルタ様。それは我々、奴隷達でガイウス様に敬称を略していただくようお願い申し上げたのです。お叱りは私が受けますので。それと、ご家族の皆様も我々奴隷に対しては敬称は不要でございます。」

 

 そう言って、ダグが母さんの前に跪く。母さんはどうすればいいのかわかっていないようでオロオロしている。

 

「お義母(かあ)様、そのような時は一言“許す。励め。”と仰ればよろしいのですよ。」

 

 その言葉と共にクリス達がやって来た。応接間で改めて紹介するつもりで待っていてもらっていたんだけどなぁ。そんな僕の気持ちも感じ取ったのかクリスは、

 

「ガイウス殿が遅いので様子を見に来たのです。それに(わたくし)1人だけよりも婚約者全員とアントン殿もご一緒のほうが色々と手間が省けてよろしいでしょう?貴族的にはあまり褒められた行動ではありませんが。」

 

 そう言いながらドレス姿の女性陣は一斉にカーテシーを行い、軍装に身を包んだアントンさんは敬礼をする。父さん達はそれにお辞儀で返礼する。

 

「皆さまはこれからガイウス殿のお身内としてお過ごしになります。まずは貴族の礼儀作法に慣れることから始めた方がよろしいでしょう。レーヴィ、マイユ、頼みましたよ。まずは25日の式典までには最低限のことをお教えしておいてくださいな。」

 

「「はい、クリスティアーネ様。」」

 

 アントンさんが進み出てダグに指示を出す。

 

「ダグ。爺様と親父さんはそこそこの実力があるがここは北の最前線の地だ。奴隷の中から腕利きをトマスとヘレナには3人ずつ。大人には2人ずつ護衛に付けられるか?」

 

「はい、可能ですが呂布将軍や義弘殿の部下の方々の方がよろしいのでは?」

 

「お前さんの意見も実力だけで考えればもっともだ。ただ、やっこさんらは力があり過ぎる。やり過ぎてしまう場合があるからな。お前さん達ぐらいの力加減が市街地での護衛には丁度いいんだよ。」

 

「それならば承知しました。すぐに用意いたします。それでは失礼いたします。」

 

 そう言って、ダグは奴隷達を集めに行った。

 

「みんな、僕はこれから仕事に行くよ。後の事はクリス達が案内してくれるから。それじゃあね。」

 

 僕もすぐにクレムリンから行政庁舎に向かう。父さん達はポカンとしていたけどクリス達がうまくしてくれるはず。トマスとヘレナは我関せずといった感じだったし大丈夫だろう。

 

「ガイウス様、大変です!!」

 

 執務室に入るとクスタ君が駆け寄ってきた。

 

「まあ、落ち着いてください。何が大変なんですか?」

 

「商業ギルドより緊急の連絡がありまして、龍騎士(ドラグーン)志願者が集中してニルレブの宿では収まりきらないそうです。」

 

「ふむ、ならば溢れた志願者はエドワーズ空軍基地の兵舎に泊めましょう。勿論、錬成開始前なので宿泊費は取ります。そうですね。一番安い宿と同じにしましょう。貧民街出身の志願者もいるので。それではシンフィールド中将へ書簡を用意しますので誰かをエドワーズ空軍基地まで行かせてください。」

 

「わかりました。溢れた志願者の誘導には衛兵隊を使用してもよろしいですか?」

 

「それが最善でしょうね。暴れた場合にはすぐに取り押さえられますし。」

 

「衛兵隊司令のウルリク殿にはすぐに使いを出します。」

 

 そう言ってクスタ君は執務室を出て行った。招集の期限、20日火曜まであと3日あるのにみんな行動が早いね。まぁどこの軍でも精強と云われる龍騎士(ドラグーン)になるチャンスが出身、身分、性別を問わずにあるのだから、こうなるのも仕方ないか。ただ、志願者同士で(いさか)いや争いが起きないように注意しておかないとね。ウルリクさんには苦労をかけるだろうけど。

 

 誰もいなくなった執務室で【異空間収納】から無線機を取り出してシンフィールド中将を呼び出す。書簡を出す前に事前に知らせておこう。

 

『ガイウス卿、どうかなされましたか?』

 

「『実は・・・。』」

 

 志願者達を兵舎に宿泊させることについて伝える。

 

『ふむ、問題は無いかと。出す料理もこちらの世界風にして出しましょう。』

 

「『よろしくお願いする。』」

 

『了解しました。』

 

 通信を終えて業務をしていると扉がノックされて、

 

「閣下、ウルリク衛兵隊司令をお連れしました。」

 

 クスタ君の声だ。「どうぞ。」と(こた)えるとクスタ君が扉を開きウルリクさんが入ってきて敬礼をする。座るように促し、自分も着席する。すぐにクスタ君がお茶を出してくれる。

 

「秘書官殿からお話しを聞きました。ニルレブ衛兵隊は海兵隊により鍛えられておりますので充分に対処可能です。」

 

「それなら、よいのです。よろしくお願いします。」

 

「はい閣下、お任せください。」

 

 その後はお茶を楽しみながら少し雑談をしてウルリクさんは衛兵隊司令部へと戻っていった。その後はシンフィールド中将への書簡を用意して職員さんにエドワーズ空軍基地まで持って行ってもらう。

 

 終業時刻までは特に何も起こらずに今日も無事に終わった。あ、いや1つだけ問題というか何とも解決しがたいことがあったかな。エドワーズ空軍基地に行ってもらった職員さんがシンフィールド中将の返書を預かってきてくれたんだけど、2通あったんだよね。

 

 それで1通は通信機で連絡した通りのことが書いてあって、もう1通にはルーデル大佐がいつの間にか単独出撃して6個の魔物の群れを殲滅ないしは壊滅状態にしたみたい。まあ無傷で帰還したみたいだからそんなに気にしなくてもいいような気がするんだけどね。

 

 さて、早くクレムリンに帰ってクスタ君を父さん達に紹介しないと。




読んでくださりありがとうございます。


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第176話 戦力増強?

 6月17日の土曜日はクスタ君の家族への紹介も問題なく終わり、明けて18日の日曜日の朝、僕はエドワーズ空軍基地に来ていた。20日火曜日から始まる龍騎士(ドラグーン)志願者選抜訓練の最終準備をするためだ。と云っても既に必要な施設はあらかた【召喚】している。兵舎に学舎、食堂に屋内運動場も兼ねた講堂などなど充実した内容となっている。ボブ達海兵隊員とレンジャー連隊長レドモンド大佐の助言のおかげだけどね。

 

 今日は志願書で事前申告してもらった体型に合わせた訓練着を人数分【召喚】するために来たんだよね。それが終わるとルーデル大佐から話しがあるということだったので基地のカフェで待ち合わせている。

 

 カフェに着くとルーデル大佐は既に来ていてミルクと軽食を摂っていた。僕に気付くと起立して敬礼してくる。答礼をして座るように促す。ジュースを頼んで僕も座る。

 

「待たせてごめんね。今日は休日だからこの口調でいくよ。大佐も硬くならないで。」

 

「はい、ガイウス卿。」

 

「早速だけど今日呼び出した理由を聞いても大丈夫かな?」

 

「実は、私が指揮していたSG2(ドイツ空軍第2地上攻撃航空団)の搭乗員たちとA-10CとF-15E“ストライク・イーグル”の【召喚】をお願いしたいのです。」

 

 僕はジュースを飲みながら考える。A-10CはわかるけどF-15って戦闘機って系統だったよね。地上の目標を攻撃するには向いてないんじゃないかな。そのことをルーデル大佐に伝えると、大佐は笑みを浮かべながら、

 

「F-15Eは対地攻撃能力が付与されています。それも強力なモノが。勿論、制空戦闘機のF-15Cを(もと)にしているので対地支援時間についてはA-10Cよりも劣ります。が、速力は上ですし空戦能力も高いので即応性に優れています。私はこの2機種を使い分けて部隊の運用をしていきたいと思っています。」

 

「う~ん、どうしようか・・・。AWACSも配備しないといけないからね。シンフィールド中将には話したの?」

 

「ええ、ガイウス卿には失礼かと思いましたが先に中将閣下に了承を得ました。」

 

「それなら問題ないね。ただ、20日からは龍騎士(ドラグーン)志願者の錬成が始まるし、25日には式典があるからそれらが終わってからね。」

 

「了解しました。それと、もう一つお願いが。」

 

「ん、言ってみて。」

 

「日曜日を除き平日は必ず1回の出撃を許可して戴きたいのです。」

 

 そう言って僕をじっと見る。僕はため息をついて言う。

 

「自分の命をおろそかにしないと約束できるのであれば許可するよ。」

 

「ルフトバッフェ(ドイツ空軍)士官として誓いましょう。」

 

 互いに敬礼をして別れる。

 

 その後はシンフィールド中将の執務室でボブとレンジャー連隊のレドモンド大佐、ナイトストーカーズのコールドウェル大佐と共に龍騎士(ドラグーン)選抜錬成について話し合いをする。その中でルーデル大佐のことについても軽く触れたら、

 

「ふむ、ガイウス卿なら了承されると思いましたが“魔王の定期便(ていきびん)”が行われるのですね。」

 

「“魔王の定期便”?説明を願えるかな、中将。」

 

「最近、兵たちの間でルーデル大佐が出撃することを“魔王便(まおうびん)”と呼ばれておりまして、今回、大佐がガイウス卿へと定期出撃を上申するということを耳にした者達が新しい名称として考え付いたものです。」

 

「うむ、納得したよ。」

 

 ボブ達3人も頷いている。ルーデル大佐へのみんなの評価がよくわかるね。

 

 ルーデル大佐の話題を終えて、錬成に関する細かいことも終わるとコールドウェル大佐が1つの提案をしてきた。

 

「我が連隊にMi-24“スーパーハインド”を配備して戴きたいのです。完全武装の兵員8名を輸送できる攻撃ヘリコプターとなります。歩兵部隊の展開後に即時上空支援も今以上に可能です。ただ、合衆国のものではなくロシアという国のモノになりますので少々の訓練時間を戴きます。」

 

「何機欲しいの?」

 

「まずは30機ほど。」

 

「わかったよ。【召喚】することを約束しよう。ただし、25日の式典が終わってからね。ルーデル大佐も同じ条件だよ。」

 

「了解しました。ありがとうございます。」

 

 大佐たちの敬礼に答礼をして馬に跨りニルレブの町へと向かう。途中、兵舎の近くを通ったけど志願者達はキチンと規則通りに過ごしているようだった。僕に気付いた何人かは膝を着いて挨拶をしてくる。服装的に領軍か衛兵隊からの志願者かな。頑張るように伝えて進む。

 

 町へと入るとそのまま冒険者ギルドに向かう。名前と目的を告げるとすぐにギルドマスター執務室に案内される。ノックの後にレンニさんの「どうぞ」という声が届く。

 

「失礼するよ、レンニ殿。」

 

「これはガイウス閣下。どうぞおかけください。すぐに飲み物の用意を。」

 

「ああ、すぐ終わるから必要ないよ。ただ、2人だけで話しがしたいのだが?」

 

「わかりました。」

 

 案内してくれた職員さんは頭を下げてすぐに退室し、それを確認したレンニさんが鍵をかける。そして、僕は風魔法で防音壁を室内にまとわせる。

 

「それではお話の内容をお伺いしましょう。」

 

「ええ、お願いします。私の私兵が連日のように黒魔の森へと出向いていることはご存知であるとは思いますが、いかがでしょう?」

 

「ええ、狩った魔物を売却して戴いているので把握しております。勿論、兵としての練度も。」

 

「実はですね、その者達が狩っているのは比較的浅い場所であって、もっと深い所では別の兵達が集落や群れを潰してまわっています。スタンピードを防ぐためにです。残念ながら死体の回収ができないほどに損壊をしているので証拠を持ってくることはできないんですけどね。」

 

「・・・なるほど。因みに討った集落と群れの数の合計をお聞きしてもよろしいでしょうか?」

 

「はい、47ほどになります。」

 

 僕の言った言葉をレンニさんは反芻(はんすう)しながら室内をグルグルと周り始める。

 

「この短期間で黒魔の森の深層の魔物の集落や群れを47も討ち取る?無理だ。いや、しかし、閣下の私兵の力量ならば・・・。」

 

 思考の海に潜っちゃった。落ち着くまではしばらくこのままにしておいてあげよう。僕はそう思いながら、応接用ソファーに座り果実水とボブから借りた戦技教本を取り出して時間を潰すことにした。

 

 それから30分ぐらいして思考がまとまったのかレンニさんが口を開く。

 

「閣下。手の内を明かしてもらうことは可能でしょうか?」

 

「それは、皆と相談してからになると思います。それでもよろしければ。」

 

「それはもちろんそうでしょう。いきなりのことですから。」

 

「もし可能だとしても、この1週間は25日の式典への準備がありますので、その後ということになります。」

 

「わかりました。要望を聞き入れてくださり感謝します。」

 

 レンニさんはそう言って深く礼をする。

 

 冒険者ギルドを出た後は【空間転移】で黒魔の森の深部へと向かう。ヘラクレイトス達と出会った場所よりもは浅いけど。

 

 目的は追加の飛龍(ワイバーン)の確保だよ。ヘラクレイトス曰く、

 

「我々の住処の付近には他にも群れがおった。我よりも上位の者がおらんので我に従順であった。運が良ければまだおるかもしれぬぞ。」

 

 との事だったのでヘラクレイトスに教えてもらった場所を周り、飛龍(ワイバーン)達を勧誘と説得をして(少~し僕の力を見せただけだよ。)エドワーズ空軍基地に連れて帰る。これで500体近くの飛龍(ワイバーン)を確保できたよ。やったね。

 

 あとは上手く龍騎士(ドラグーン)として戦力化ができればいいね。新しく連れてきた飛龍(ワイバーン)達は僕とヘラクレイトスに従順だから問題は無いだろうけど。

 

 ちなみに衛兵隊にはこのことついてニルレブを出る前に伝えておいたから騒ぎにはならなかったみたい。でも、当直日だったヘニッヒさんに行政庁舎に呼び出されて怒られてしまったよ。

 

「閣下の行動は性急過ぎますし、他領や中央への配慮を考えてください。600近い龍騎士(ドラグーン)など王国内で運用している所はありませんよ!?」

 

 とのこと。

 

「辺境と国境の防衛力が上がるから大丈夫じゃないかな?」

 

 と言ったら深いため息をついて、

 

「閣下。先程も言ったことと重なりますが、仮想敵国である帝国に隣接する辺境領で急激な軍備の増大がどう思われるかまではお考えにならなかったのですか?閣下でなければ“反乱の兆し有り”と中央が受け取りかねません。」

 

「なるほど、そこまで深くは考えていませんでした。今からでも軍務大臣のゲラルト卿に報告をしておきましょう。それならば、どうでしょう?」

 

「それがよろしいかと。また、領軍の再編が終了した際には軍務省より査察官を派遣してもらったほうが中央の方々は安心するでしょう。」

 

「ふむ、ではそのように(ふみ)にしましょう。」

 

 その後は言葉通りに書簡を作成し早馬で王都に届けてもらうようにヘニッヒさんに頼んだ。

 

 ベルント義兄(にい)さんとディルク義兄(にい)さんには、

 

「600越えの龍騎士(ワイバーン)の育成は無理だ!!」

 

 と泣きつかれたけど一緒にいたクリスティアーネが2人の耳元で何かを言ったら、2人とも青い顔をして承諾してくれた。いや、まあ、強化された聴覚で内容はわかっちゃったんだけど、2人の名誉のために秘密にしておこう。うん。




読んでくださりありがとうございます。


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第177話 龍騎士選抜及び錬成開始

 19日の月曜日は通常通りに行政庁舎で仕事をこなして明日に備えるために早く寝たよ。

 

 明けて20日火曜日。雨季だけれども晴れ渡った空に安堵しながらエドワーズ空軍基地に向かう。既に講堂の前には龍騎士(ドラグーン)志願者が事前に配布した軍装に身を包み整列している。

 

 その反対側には教官となる海兵隊員とレンジャー隊員、義兄さん達が整列している。なぜかヘラクレイトスもいた。飛龍(ワイバーン)代表ってところかな?ま、いいか。さて、近づいてくる僕に気付いたボブに合図を送ると、

 

「総員、傾注!!ガイウス・ゲーニウス辺境伯閣下がお着きになった。これよりお言葉を戴く。姿勢を正せ!!気を付け!!」

 

 よく通る声で指示を出す。1,600人近い志願者の視線が僕に集まる。僕は演説台に向かって歩きながら、

 

「おはよう、諸君。志願者の皆には初めましてかな?私がガイウス・ゲーニウス辺境伯だ。5級冒険者でもある。しかし、“フォルトゥナ様の使徒”の肩書きの方が有名だろう。因みに12歳だ。さて、自己紹介はここまでにしよう。この中には私の父母と変わらぬ者もいるだろうが、年齢などそんなことは関係ない。後程、主任教官のボブ・コンラッド海兵隊最上級曹長よりもあるだろうが、性別、種族、出身、地位の全てが無意味となることを心得たまえ。それが嫌なら今すぐここから立ち去るがよい。誰も責めはせぬ。」

 

 風魔法に乗せた言葉を区切り、教官たちへ答礼しながら演説台へと上がる。そこで改めて志願者の人達の顔を見る。うん、良い顔をしている。覚悟できているみたいだね。

 

「ふむ、1人もいないのかね?まだ、今なら間に合うぞ。・・・。やはり、いないようだ。狂っているな。名誉は有れど常に命の危険のある龍騎士(ドラグーン)になりたいとは。ああ、勿論、(とぼ)しているわけではない。嬉しいのだよ。私と同類の者がこんなにもいるとは。さて、私の挨拶の言葉はここらへんにしておこうか。それでは、諸君の健闘を祈る。」

 

「敬礼!!」

 

 ボブの声に合わせて志願者の人達がそれぞれの敬礼をしてくる。このバラバラの敬礼もボブ達よって矯正(きょうせい)されるんだろうなあと思いながら答礼をして演説台より降りて、教官達の列に加わる。ボブが僕の前に来て敬礼をしながら小声で言う。

 

「では、閣下。これより志願者達を預かります。」

 

「うん、お願いするよ。」

 

 答礼しながら僕も小声で返す。ボブが演説台に登壇する。

 

「志願者の諸君。俺が主任教官を(つと)めるボブ・コンラッド海兵隊最上級曹長だ。教官達の中には俺より上位の方もいるが、役職では俺が諸君らの錬成に関する全権を与えられている。しかし、俺は龍騎士(ドラグーン)ではないので基礎と地上での戦い方を叩き込む。晴れて龍騎士(ドラグーン)としての資格を手に入れた者にはアルムガルト辺境伯家のディルク・アルムガルト殿とベルント・アルムガルト殿が指導してくださる。龍騎士(ドラグーン)の資格を得ることができずとも領軍に配属されることになる。ここまでは、事前に募集要項にも記載があったので大丈夫だとは思うが、質問は有るか?有る者は挙手をせよ。・・・ああ、ちなみに海兵隊とレンジャー連隊などといった聞いたことの無い部隊名が出てくると思うがガイウス閣下の私兵であることを先に述べておく。」

 

 一旦、言葉を区切り志願者を見回して質問者がいないのを確認するとボブは続ける。

 

「ガイウス閣下はおっしゃった。この場では“性別、種族、出身、地位の全てが無意味となる”と。まさしくこれより貴官らは、いや、貴様らはただの訓練兵だ。先程言ったことを無視するような行動をしてみろ、すぐに修正してやる。それが嫌ならすぐに立ち去れ。」

 

 少しざわめきが起きて1人が挙手した。体格からして領軍兵か衛兵、前衛冒険者といったところかな。

 

「よし、そこの若いのどうした?名乗らんでいい。質問か?」

 

「はい、主任教官殿。我々の出自や地位がここでは何の価値も無いのはわかりましたが、今回、募兵された我々には戦闘未経験者もおります。そこはどのようにお考えでしょうか。」

 

「全員に一から叩き込んでやるから安心しろ。体つきが貧弱な奴には専用の食事も摂らせる。お前さんは実戦を経験しているだろうからこの質問をしたのだろうがな。これでいいか?」

 

「ありがとうございます。」

 

「さて、本当ならもう少し言ってやりたいこともあるが時間が無い。25日の日曜日にガイウス閣下のお屋敷にて領内外の貴族、領内の全ての代官を集めた式典が開かれる。そこが貴様らの初お披露目の場となる。儀仗兵は別に用意してあるからお前たちにはさせんし、練度が足りん。だが、お屋敷周囲の警備についてもらう。それまでに集団行動ができるように仕上げる。まずは行進からだ。領軍、衛兵隊に所属していた者達はわかるだろうが、全員が一定の歩幅で前進するのは簡単そうに見えて難しい。まして、この人数だからな。だが、今日中には行進を完成させる。ああ、安心しろ。小隊単位での行進だ。どうだ、難易度が下がっただろう?さあ、始めるぞ。教官達の指示に従え。返事は“了解”だ。返事をしろ!!」

 

「「「「「了解!!」」」」」

 

「よし。・・・では開始。」

 

 教官達が動き出して指示を出しながら訓練兵を小隊単位で並べる。並び終わったら基地からレンジャー隊員達が装備を持ってくる。訓練兵の手には短槍と盾、腰には剣を佩かせ、背には弓と矢筒を背負わせる。さらには兜に胸甲等の防具類も付けさせていく。初心者もいるので時間が掛かったけど立派な完全装備の歩兵連隊が出来上がった。

 

 まあ、最終的には大隊規模まで龍騎士(ドラグーン)候補を絞り込むことになるんだけどね。でも、余った人員は通常の領軍に組みこむ予定だったけど、海兵隊とレンジャー仕込みの増強大隊を領主麾下の即応部隊として一つ持っておいてもいいのかも。そんなことを思いながら行進の様子を眺める。

 

 やはりというべきか教官達の叱咤の声に怒声などが聞こえてくる。そして、すでに罰で腕立てをしている小隊もいる。

 

「貴様ら此処に何をしに来た!!子供のお遊戯じゃないんだぞ!!貴様ら1人1人が領民の命を背負っていることを忘れずに気合いを入れなおせ!!」

 

 演説台からボブが(げき)を飛ばす。僕が受けた模擬訓練よりもかなりマイルドな内容になっているから反発や脱落者の心配はないかな。

 

 その後、23日金曜日まで厳しい錬成が続いたみたい。式典前日の土曜日の朝に錬成の結果を見せてくれるということだったので父さん達も連れて見に行くことにした。

 

 結果として非常に満足のいく出来だったよ。連隊単位での行進から始まり最後は小隊単位へと綺麗に分散していきボブの号令で停止。そして僕たちに向かって一糸乱れぬ敬礼をしてくるので答礼をする。

 

「総員、直れ。ガイウス閣下よりお言葉がある。傾注!!」

 

 おっと、急に振られたね。僕はゆっくりと演説台に上がり訓練兵の人達を見回してから口を開く。

 

「みな、訓練ご苦労。先程は素晴らしい行進を見せてもらった。正直なところ、この短期間で完成するのか疑問もあったが素晴らしい教官達に諸君らの努力には驚かされた。今後は戦闘訓練も追加されるのでより一層の努力を期待する。また、明日はよろしく頼む。以上だ。」

 

 僕の言い終わる敬礼をするので答礼をして演説台から下りる。父さん達の所に戻り、

 

「それじゃ、僕は行政庁舎に行くから。」

 

 と告げて、騎乗しニルレブの街へと向かう。さて、明日に備えてしっかりと仕事を終わらせよう。




読んでくださりありがとうございます。


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第178話 式典

 6月25日日曜日、クレムリン大宮殿で陞爵と授爵の式典とパーティが始まる。儀仗兵が配置され各地から来た貴族と代官が並ぶ。そして、僕は一段高い所に座り、家族の皆は僕の後ろに座っている。勿論、正装だよ。ちなみにクリス達は貴族と代官の列の端に並んでいる。

 

 ゲオルギーの間の扉の両脇に立つ儀仗兵が陞爵と授爵する人達の名を1人ずつ告げて先導して僕の目の前まで軍靴の音を響かせ歩いてくる。まずは僕の護衛騎士であるグイード・シャルエルテ騎士、アルト・ベンヤミン騎士、ロルフ・エフモント騎士の3人に対して騎士爵から男爵位への陞爵を告げる。その後にジギスムント・クンツ男爵を子爵へと陞爵し、最後にピーテル・オリフィエル元侯爵へ準男爵位を授ける。それらが無事に終わると一旦参加者全員をウラジミールの間へと移動させ、ゲオルギーの間では立食形式のパーティの準備をする。使用人のみんなと僕の【異空間収納】を使用して15分ほどで完了した。

 

 そして、また招いた人の全員をゲオルギーの間へと案内する。短時間で綺麗に様変わりしたのを見て驚いているようだね。

 

「どのようにして短時間でこのような量のテーブルと料理を準備されたのだ・・・。魔法袋など誰も持っていなかったぞ。」

 

 帝国のイオアン・ナボコフ辺境伯がポツリと呟いた。

 

「我が家の使用人達は優秀であろう?イオアン殿。」

 

「まことに。新興の貴族家とは思えないほど優秀な人材がそろっていらっしゃるようですな。」

 

 本当は例の事件でとり潰された貴族家の中で良識を持っている使用人さんをかき集めていたらこうなったんだけどね。

 

「さて、今回は我が配下の目出度い場にお越しいただき感謝申し上げる。礼と言っては何だがささやかな(うたげ)の席を用意した思い思いに寛いでくれたまえ。それでは、乾杯。」

 

「「「「「乾杯!!」」」」」

 

 乾杯が終わるとすぐにイオアンさんが僕の所にやって来た。隣にいるのは奥さんだろうか?こういう挨拶的なのは位階が高い順だったかな?

 

「先程はとんだ失礼を。思わず口に出てしまいました。ご壮健のようでなによりです。ご家族の皆様にはお初にお目にかかります。アイソル帝国に属しておりますイオアン・ナボコフと申します。また、ガイウス殿にもお初にお目にかかると思いますが妻のキーラです。」

 

「キーラ・ナボコフと申します。」

 

 2人とも僕の家族にもしっかりと挨拶をしてくれる。

 

「お2人とも今回はご参加感謝します。」

 

「質問をよろしいでしょうか?」

 

「答えられるものでしたら。何かありましたかイオアン殿?」

 

「この屋敷の壁外を守備していたのは噂の私兵でしょうか?」

 

「ああ、私兵も混じっていますが錬成中の龍騎士(ドラグーン)候補もおりますよ。」

 

「どうりで。すこし、動きがぎこちない分隊が目についたものでして。そうですか、龍騎士(ドラグーン)候補ですか。規模などは教えていただけますか?」

 

「ええ、どうせすぐにお耳に入ることでしょうし。候補だけで連隊規模。正式に龍騎士(ドラグーン)となれば約600騎です。」

 

「・・・それは、何とも。600騎を超す龍騎士(ドラグーン)ですか。攻め寄せられでもしたら我が領では対応できませんな。」

 

 そう言って笑うイオアンさん。話しの内容が聞こえる範囲内にいた人達は眼を剥いている。そんなに驚くことなんだね・・・。またやってしまった・・・。

 

「イオアン殿とは例の約定がありますからそこまでご心配なさらずとも。」

 

「ですな、それとガイウス殿。」

 

 そう言って僕のさらに近くに寄ってくる。儀仗兵が止めようとしたが手で制す。イオアンさんは小声で、

 

「中央の動きが怪しいです。陸軍はまだしも海軍が。物資の動きからみて侵攻作戦を考えている可能性があります。」

 

「わかりました。警戒しましょう。情報ありがとうございます。」

 

「いえ、此処で恩を売っておけばガイウス殿は何らかの形で返してくださるでしょう?」

 

 そう言って元の場所まで戻り、

 

「ではガイウス殿、ご家族の皆さま、失礼いたします。」

 

 一礼して下がっていった。あ、父さん達の紹介ができなかった・・・。ま、いいか。

 

 その後はツァハリアス・シントラー伯爵夫妻がやって来た。

 

「お久しぶりです。ガイウス殿。」

 

「こちらこそ。遠方よりお越しくださりありがとうございます。ツァハリアス殿。ドゥルシネア殿。私の後ろにいるのが祖父母に両親、弟と妹となります。」

 

「そうでしたか。ご家族の皆さま、私はツァハリアス・シントラーと申します。伯爵位を賜わっております。我が領は海に面していますので是非ともいらしてください。」

 

 そうツァハリアスさんが挨拶をすると父さんが一歩前に出て、

 

「エトムント・ゲーニウスと申します。ガイウスの父です。爵位を持っていない私から挨拶に(おもむ)かなければならないところを・・・。」

 

「ああ、エトムント殿。ご子息であるガイウス殿が辺境伯という侯爵に匹敵する地位を持ちながら慢心しないその御心は真に素晴らしいものではありますが、辺境伯のお父上となれば爵位を賜わってなくとも辺境伯と同等と扱われるという不文法があるのです。」

 

「そうなのですか?」

 

 ツァハリアスさんの言葉に思わず口に出てしまった。

 

「ええ、そうです。ただし、同等に扱われるだけであって権力等は一切ありませんがね。」

 

 へー、そうなんだ。知らなかった。

 

「ツァハリアス殿、父の事について感謝申し上げます。辺境伯となってから日が浅いので、不文法などはまだまだなのです。」

 

「いえいえ、ガイウス殿。お気になさらず。それでは、我々はこれで失礼いたします。また、領地にいらしてください。」

 

「ありがとうございます。ツァハリアス殿。食事を楽しんでいってください。」

 

 シントラー伯爵夫妻が下がるとヘニッヒさんが奥さんと共にやって来た。ここからは僕の部下となる貴族の人達からの挨拶となるみたいだね。顔合わせならしている人たちが順繰りに挨拶に来るので楽でいいね。

 

 最後に準男爵となったピーテル・オリフィエル元侯爵がやって来た。騎士爵の人達よりも位は高いのにだ。

 

「貴方が最後に来たというのは何かがあってのことだろう。挨拶なんて省いてしまって構わない。」

 

「それでは、お言葉に甘えまして。オリフィエル領がシントラー領の南に位置しているのはすでにご存知の事と思います。私が提案したいのは来る帝国の侵・・・。」

 

「ピーテル卿!!・・・その件は後で別室に関わる人間のみで話そう。」

 

「はっ。」

 

「それでは、食事を楽しんでくれたまえ。」

 

「はい、失礼いたします。」

 

 ピーテルさんが一礼してから下がる。

 

 しばらくは参加者それぞれが雑談に興じていた。そして、僕としてはあまり歓迎したくないダンスの時間がやって来た。軍楽隊が音楽を奏で始めると自然と広間の中央に空白地帯ができる。そこにホストである僕と婚約者として周知されているクリスが手を繋ぎ踊り始める。徐々に踊る人が増えてくると僕とクリスは元の場所へと戻る。

 

「あ~、疲れた。合わせてくれてありがとうクリス。」

 

「フフフ、いいえ。大丈夫ですわ。」

 

 そう言いながら微笑んでくれるクリスに改めてお礼を言う。ちなみに父さん達は今日は見学だけだ。ダンスの練習もしていたけど流石にこの短期間では無理があったみたい。

 

 最後の曲が終わると自然と参加者みんなの視線が僕に集まる。立ち上がり、

 

「みな、最後までありがとう。ささやかながら手土産を用意した。どうか受け取ってほしい。帰路は気を付けてくれ。」

 

 こうして、なんとか式典とパーティが終わった。疲れたー。ちなみに用意したお土産は【召喚】した地球のフランスという国で作られた“ロマネ・コンティ”というワインだよ。シンフィールド中将に聞いたらこれがオススメって言われたからね。

 

 さて、それじゃ辺境伯としてイオアンさんとピーテルさんが言っていた件についてのお仕事に取り掛かろう。




読んでくださりありがとうございます。


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第179話 動き出すアイソル帝国

 帰り際に声をかけて私室の応接間にイオアンさん、ツァハリアスさん、ピーテルさんに集まってもらった。メイドさんや執事さんには軽食と飲み物の用意だけしてもらって退出してもらったよ。

 

「ガイウス殿、改まってお話しとは?イオアン殿やピーテル卿にも関係しているのでしょうか?」

 

「察しが早くて助かります。ツァハリアス殿。ピーテル卿、(けい)が先程の広間で私に言おうとしたことを此処で話してください。」

 

「はい、閣下。私の手の者がアイソル帝国海軍の動きを察知しました。近日中にシントラー領へ向けて侵攻作戦を行うようです。」

 

「なっ!?ガイウス殿、本当ですか?」

 

 ツァハリアスさんが驚いた顔で僕を見る。僕は頷き、

 

「イオアン殿からも情報提供がありました。そうですね、イオアン殿?」

 

「はい、ツァハリアス殿。私の方でも中央の動きが怪しいのを察知しまして探りを入れたところ海軍の動きに怪しい点をいくつか見つけまして。しかし、陸軍閥に属している私は警戒されておりましてピーテル卿のように詳しくは探れませんでしたが。」

 

 そういってイオアンさんはバツの悪そうな顔をして頭を下げた。

 

「イオアン閣下、頭をお上げください。本来ならばこのような役目は私の領分でありますのに、イオアン閣下とピーテル卿に情報を提供して貰えただけでも十分です。まぁ、私の力不足も感じましたがね。ガイウス殿が我らを集めたのはこのことだったのですね。」

 

「そうですツァハリアス殿。今こそ先に締結した“相互安全保障条約”の出番です。シントラー領にオリフィエル領から海軍戦力をまわします。それと・・・。」

 

「横槍を入れて申し訳ないがこの話しは私が聞いても大丈夫なのでしょうか。ガイウス殿。」

 

「大丈夫ですよ。イオアン殿。もし、貴殿がこの場での話の内容を帝国海軍に持っていったとしても我々に不利になることはありません。」

 

「ふむ、ならばよいのですが。」

 

「しかし、我々が帝国海軍の侵攻を見越して防衛戦を行えば貴殿は疑われるのでは?」

 

「ああ、心配無用ですよガイウス殿。海軍連中はいつだって陸軍閥に良い感情を持っていないので。逆もまた然りです。ま、今回はピーテル卿の手の者が掴んだ情報の方が精度が高いですからな。海軍が何か言ってきても“ガイウス・ゲーニウス辺境伯が開催される式典に参加したが、王国貴族から今回の海軍侵攻の話を聞いた。間者に侵入された海軍が悪い。”と言えますから。」

 

「そんなものですか?」

 

「そんなものなのですよ。それにこちらは何と言っても有数の実力を持つ辺境伯家ですから。難癖をつけて皇帝陛下の御耳でも入りでもしたら海軍首脳部の首が飛びますよ。話しの腰を折ってしまい申し訳ありませんでした。先程の続きを、ガイウス殿。」

 

 さすが国境防衛の要の辺境伯家だね。皇帝からの信任は厚いようだ。さて、話しの内容を元に戻そう。

 

「シントラー領にはオリフィエル領から海軍戦力をまわし、我が領からは飛龍王(ワイバーンロード)が率いる飛龍(ワイバーン)を600出しましょう。それと、クラーケンを殲滅した時に使用した能力、あれを使用します。この私の能力はツァハリアス殿しか見ていないものですね。」

 

「ああ、あの能力ですね。確かにあれなら守りは万全になるでしょう。」

 

 ツァハリアスさんが首肯する。

 

「我々には話して戴けないのでしょうか?」

 

 ピーテルさんが問いかけてくるけど、う~んどうしようか。

 

「イオアン殿は能力の一端を知っています。例の国境砦の件での能力です。ピーテル卿にはお話しするよりも実際に見て戴いた方がよろしいでしょう。オリフィエル領に帰領するのが遅れますがよろしいですか?」

 

「それは大丈夫です。妻に任せてありますので。」

 

「わかりました。ただし口外厳禁です。」

 

「勿論です。」

 

 ピーテルさんにはルーデル大佐とコールドウェル大佐が希望しているモノを【召喚】するところを見てもらえば大丈夫だろう。

 

 イオアンさんは、

 

「あの力と同等のモノであれば問題ありませんな。」

 

 と言ってくれたので説明の手間が省けて良かった。

 

「それにしてもこの酒は美味いですな。王国貴族はこのような酒をお飲みになるのですか?」

 

「いや、私も初めてこれほどのモノを戴きました。ピーテル卿は?」

 

「ふむ、侯爵位に在ったときにも戴いたことはありませんな。」

 

「なるほど。ガイウス殿、この酒は一体何という酒ですかな?」

 

 イオアンさんに尋ねられる。【召喚】したとはまだ言えないからふんわりと説明しよう。

 

「ブドウから造った果実酒になります。名は“ロマネ・コンティ”と。今回、参加した皆に手土産として3本ずつご用意して渡しております。」

 

「なんと!?これを3本も!?王国のどこで手に入れることができるのかお聞きしてもよろしいでしょうか?」

 

「申し訳ありません、イオアン殿。この果実酒は私からしか手に入れることができません。」

 

「入手経路は・・・無理でしょうな。」

 

「ええ、欲しいときは私を訪ねてください。」

 

 イオアンさんは深くため息をつくと、

 

「ならば、もう少しだけここでこのロマネ・コンティを味わってもよろしいでしょうか?」

 

「ええ、どうぞ。ツァハリアス殿もピーテル卿も遠慮せずに、さあ。ああ、追加の(さかな)とロマネ・コンティも用意しましょう。(いくさ)の準備の話しも終わりましたしご婦人方もお呼びしましょうか?」

 

 そう提案すると3人とも笑顔で首肯した。お酒の力って凄い。

 

 十数分後、キーラさんとドゥルシネアさんに父さんと母さん、シュタールヴィレの面々が加わりちょっとした宴状態になってしまった。成人組はロマネ・コンティをかなり気に入ったようで、優雅に飲みつつどんどん空のガラス瓶を量産している。年に6,000本ぐらいしか生産できないお酒みたいだから地球の人が見たら卒倒しそうだね。




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第180話 航空戦力増強

 式典の翌日26日月曜日の早朝、僕とピーテルさんは騎乗しながらエドワーズ空軍基地に向かっていた。ルーデル大佐とコールドウェル大佐に頼まれていたモノを【召喚】するためだ。昨日の夕方にクスタ君に知らせに行ってもらっているから準備は出来ているはず。

 

 基地の格納庫前に着くとシンフィールド中将とルーデル大佐、コールドウェル大佐、整備員やパイロット達が敬礼で出迎えてくれた。馬上から答礼し下馬する。

 

「おはようございます。ガイウス卿。今回はルーデル大佐とコールドウェル大佐の要望を叶えてくださるということで基地を代表して感謝します。ところで、後ろの御仁はどなたでしょうか?」

 

「おはよう。中将。彼はピーテル・オリフィエル準男爵だ。飛び地となる属領オリフィエル領を治める代官だ。」

 

 そう答えると中将は頷き、ピーテルさんへ向かって右手を差し出した。

 

「このエドワーズ空軍基地の総司令官をしておりますドゥエイン・シンフィールドと申します。爵位はございません。ピーテル卿と同じ旗の(もと)で働けること嬉しく思います。今後ともよろしくお願いします。」

 

「こちらこそ、ドゥエイン殿。」

 

 そう言ってピーテルさんは握手をする。特に問題ないみたいだね。

 

「さて、では始めるとしようか。ピーテル卿、昨日も言った通りこの能力のことは口外厳禁だ。見たら後戻りできなくなるぞ。」

 

「かまいません。閣下。」

 

「よし、では【召喚】」

 

 すぐに巨大な魔法陣と光が現れ終息する。後にはルーデル大佐の要望であるSG2(ドイツ空軍第2地上攻撃航空団)の搭乗員たちとA-10CにF-15E“ストライク・イーグル”。そして、コールドウェル大佐の要望である“ハインド”が在った。ブラックホークやリトルバードに比べるとなんか凄くゴツイヘリコプターだね。

 

「こ、これはモックアップのみで終わったはずのスーパーハインドMk.V!?」

 

「何か問題があったかな?コールドウェル大佐。」

 

「いえ、これは予想以上のモノを戴きました。早速、慣熟飛行訓練を行い次回の出撃に間に合わせます。」

 

 そう言って、コールドウェル大佐は部下たちに指示を出し始める。ルーデル大佐の方を見るとSG2の隊員達を整列させて訓示していた。

 

「貴官らがこの世界においても私の指揮下に入ってくれることを嬉しく思う。ここではアカ共はいないが魔物と呼ばれる生物が脅威となっている。勿論、国同士の争いもある。我々はガイウス・ゲーニウス辺境伯閣下の(もと)にそれらと戦っていく。諸君らには新しい翼が与えられる。その翼を自分の身体の一部にしてみたまえ。また・・・。」

 

 両大佐の様子を見てピーテルさんの所へと向かう。僕は笑顔を作りながら問いかける。

 

「どうだったかな。私の能力【召喚】は?」

 

「・・・申し訳ありません。言葉が見つかりません。ただ、凄まじいとしか。これらは噂の“魔物狩りの鉄の鳥”なのですよね?」

 

「ああ、そうだ。」

 

「それをこれほどとは・・・。」

 

「まだ、上手く頭の中が整理できないだろう。一旦、行政庁舎に行こうじゃないか。」

 

「・・・はい、閣下。」

 

 ポカンとして“心此処に有らず”の状態のピーテルさんとニルレブの街へと向かおうとするとシンフィールド中将が声をかけてきた。

 

「ガイウス卿。申し訳ありませんが、先日、お話ししたAWACSもお願いできないでしょうか?それと、航空機の航続距離を延ばすために空中給油機という種類のモノも。」

 

「ああ、そうだった。何か決まった機種名はあるのかね?」

 

「E-3G“セントリー”16機とKC-46“ペガサス”30機をお願いいたします。」

 

「承知した。【召喚】」

 

 駐機場にP-8並みの大きさの飛行機が一気に46機も現れた。すぐにシンフィールド中将が、

 

「乗員たちに現状の説明を行いに行きます。お止めして申し訳ありませんでした。」

 

 と敬礼をしながら言って、僕の答礼を待って大型機の群れに歩いていく。さてと、それでは行政庁舎に向かおうかな。

 

 行政庁舎までの道中もピーテルさんは上の空だった。ヘニッヒさん達に挨拶をして自分の執務室に入るとピーテルさんも現実に戻ってきたようだ。

 

「取り乱して申し訳ありません。」

 

「別に騒いだわけではないですしかまいませんよ。あ、クスタさん。お茶を僕とピーテル卿の分をお願いします。」

 

 クスタ君にお願いするとすぐに「わかりました。」と一礼して部屋を出て行った。

 

「あの能力はヘニッヒ殿やクスタ秘書官もお知りなのですか?」

 

「いえ、シュタールヴィレと護衛騎士の3名、イオアン殿、ツァハリアス殿、そしてピーテル殿、貴方だけです。」

 

「わかりました。では能力についてはこれ以上お聞きするのはやめにしましょう。強力な戦力、しかも龍騎士(ドラグーン)以上に貴重な航空戦力が手に入った。そう考えてよろしいでしょうか?」

 

「ええ、それで結構です。おかけになられたらいかがです?」

 

「ありがとうございます。しかし、お言葉遣いは変わらないのですね。」

 

 ふぅとため息をついて聞いてくる。

 

「まあ平民上がりですからね。以前も言ったかもしれませんが公の場でなければ素のままでさせてもらいます。」

 

 ドアがノックされ「お茶をお持ちしました。」とクスタ君の声がしたので「どうぞ。」と答える。慣れた手つきでお茶を僕とピーテルさんの分を用意してくれる。

 

「クスタ秘書官はおいくつですかな?」

 

 クスタ君がピーテルさんの質問に手を止めて答える。

 

「私は現在13歳です。」

 

「それは・・・。ご出身はどちらか聞いてもよろしいかな?」

 

「はい。ゲーニウス領オツスローフの孤児院です。住んでいた村は魔物に襲われて無くなりました。両親もその時に。」

 

「これは、辛いこと聞いてしまった。配慮が足りず申し訳ない。」

 

「いえ、お気になさらないでください。孤児院での生活は辛くは無かったですし、今はこうして働いてお給金を貰えていますし、ガイウス様をはじめ周りの方々が優しいので幸せですから。」

 

 そう言って照れたようにはにかむクスタ君をピーテルさんは眩しいものを見るように目を細め、

 

「そうですか・・・。私も代官として領民たちを幸せにしなければならないですね。」

 

「ピーテル閣下なら出来ると思います。なにせガイウス様が代官として任命された方なのですから。」

 

 クスタ君はそう笑顔で答えるとお茶を淹れる作業に戻る。お茶を淹れおわりカップを僕とピーテルさんの前に置いてくれる。それとお茶菓子も。

 

「ガイウス様。お話しの邪魔になるようでしたら退室しますが、いかがしましょう?」

 

「ああ、通常通りに業務をしていてください。ただ、此処で聞いたことは口外厳禁です。」

 

「わかりました。通常の守秘義務と同じように扱えばよろしいでしょうか?」

 

「ええ、それで大丈夫です。」

 

 納得した表情をしたクスタ君は「それでは業務に戻ります。」と言って秘書机で作業を再開した。

 

「では、帝国海軍の侵攻についての対処を話し合いましょう。ツァハリアス殿には援軍を送ることは伝えてありますので問題ないでしょう。」

 

「はい、閣下。では、オリフィエル領海軍から領海警備を差し引いて出せるのは・・・。」




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第181話 ソロモンの戦鬼たち

家内の者が急逝したため先週は更新できませんでした。申し訳ありません。


 26日月曜日にピーテルさんと話し合った内容、

 

“オリフィエル領からは海上戦力、ゲーニウス領からは航空戦力を増援として派遣準備にはいる。また、ガイウス本人の【能力】による援軍も派遣する。”

 

 これはすぐに書簡としてツァハリアスさんの元へと早馬で届けることにした。

 

 そして、29日木曜日にツァハリアスさんからの返信が届いた。

 

“支援に感謝する。帝国側への警戒を強めているが、大規模な海上戦力の移動がみられた。侵攻の日は近し。”

 

 というような内容のものだった。ふ~む、これが届くまでに時間差があるからすぐに動いた方がいいかも。

 

 すぐにクスタ君と共にヘニッヒさんの執務室に向かう。ノックをして返事が返ってきたので扉を開けると、ヘニッヒさんは僕の顔を見るなり、

 

「閣下がお急ぎと云うことは厄介事ですね。領内ですか?領外ですか?それとも黒魔の森ですか?期間は?」

 

「領外だ。シントラー伯爵領。今日中に出発し相手の出方次第では1カ月ほど政務が取れなくなる。ただ、領の行き来はあるだろうが。」

 

「承知しました。皆、聞いていたな。ガイウス閣下が出征なさる。その間は私が辺境伯代理として動く。これでよろしいですかな閣下。」

 

 さすがヘニッヒさん。よくわかってらっしゃる。全部を言わなくても理解して行動に移してくれる。ありがたいね。あ、シュタールヴィレの面々は連れて行くけどクスタ君は留守番だからそれも伝えておかないと。

 

「うむ、頼んだ。ああ、クスタ秘書官は残留だ。」

 

「承知しました。クスタ秘書官。君は閣下が不在の間はこちらの執務室で仕事をしたまえ。」

 

 クスタ君はすぐに頭を下げ、「承知しました。準備をします。」と答えてヘニッヒさんの執務室を出て行く。「手伝いを。」とヘニッヒさんがラウニさんと他の文官さん達に声をかけ、ラウニさん達は一礼してからクスタ君の後を追う。残ったのは僕とヘニッヒさんのみだ。

 

 ヘニッヒさんが風魔法で防音壁を作り出す。

 

「さて、閣下。何が起きているのか詳しく説明して戴いてよろしいでしょうか?」

 

「ええ、ヘニッヒ殿。実は・・・。」

 

 ヘニッヒさんの質問に僕は話せるところのみを話す。全てを話し終わるとヘニッヒさんが聞いてくる。

 

「イオアン・ナボコフ辺境伯のお言葉の通りならば帝国陸軍は大丈夫なのですね?」

 

「はい、大丈夫なはずです。それに私の私兵の2部隊も置いていきますので。」

 

「島津隊と呂布隊ですね。彼らは“黒魔の森”の深い層で随分と結果を出しているようですから確かに戦力としては問題ないですね。では、無事のご帰還をお待ちしております」

 

「ありがとうございます。っと、2人が戻ってきたみたいです。」

 

「流石の気配察知能力ですね。壁を消しましょう。」

 

 ヘニッヒさんが展開していた防音壁が消えてしばらくしてからクスタ君とラウニさん達が書類などを台車に乗せて戻って来た。それを確認した僕は、

 

「それでは、行ってくる。後は頼んだ。」

 

 そう言って行政庁舎を後にしてクレムリンに戻る。途中エドワーズ空軍基地でジョージを捕まえてくるのも忘れない。クレムリンに着くとすぐにシュタールヴィレの面々を招集する。クリス達には事前に説明していたのですぐに出発できる準備ができていた。勿論、ジョージも。

 

 【空間転移】でオリフィエル領内の森に出た。領都“ナドレン”が近いこともあってか野生生物の気配はあるけど魔物の気配は無い。それじゃあピーテルさんの所に行こうか。

 

 森から出て街道を騎乗して進めばすぐにナドレンの門に着いた。貴族証を見せて衛兵さんにピーテルさんの所にまで案内してもらう。ピーテルさんはナドレンの行政庁舎にいるらしい。

 

 衛兵さんの先導で行政庁舎内を進んでいく。誰何(すいか)されないのは衛兵さんが小隊長さんだからかも。鎧の二の腕部分に赤い2本線が入っているからね。すぐに代官執務室と書かれたプレートが掲げられている場所へとつく。衛兵さんが扉をノックすると「誰かな?」とピーテルさんの声が聞こえた。

 

「ピーテル閣下。領都衛兵隊第3中隊第2小隊長のダミアンです。ガイウス・ゲーニウス辺境伯閣下御一行をお連れしました。」

 

 そう言うとおそらく秘書官さんであろう男性が扉を開けてピーテルさんが起立していた。

 

「ダミアン小隊長ご苦労だった。ガイウス様御一行を心より歓迎します。どうぞ、お入りください。」

 

 ダミアンさんにお礼を言い室内に入る。

 

「ガイウス様、彼は私の秘書官兼護衛でルカと申します。ルカ挨拶を。」

 

「はい、ピーテル様。ガイウス・ゲーニウス辺境伯閣下、私はピーテル・オリフィエル準男爵閣下の秘書官兼護衛を務めておりますルカと申します。」

 

「うむ。ピーテル卿、彼は信がおけるかね?」

 

「はい、閣下。閣下に関する秘密は絶対に漏らしません。それと、妻の紹介をしたいのですがよろしいでしょうか?彼女も大丈夫です。」

 

「うむ、(けい)の奥方ならば一度、挨拶をしておきたいと思っていたところだ。構わんよ。」

 

「ありがとうございます。ルカ、マヤを呼んできてくれないか?」

 

「承知しました。」

 

 それほど時間もかからずにルカさんが女性を伴って戻って来た。

 

「ピーテル様、マヤ様をお連れしました。」

 

「ご苦労。閣下、私の妻のマヤ・オリフィエルです。行政庁舎にて私の補佐役兼代理をしております。」

 

 ピーテルさんがそう紹介すると綺麗なカーテシーをしながらマヤさんが挨拶してくれる。

 

「ご紹介にあずかりました。マヤ・オリフィエルです。先日は主人の件でご迷惑をおかけしました。」

 

「いや、大丈夫だ。問題は無かった。ピーテル卿の愛国心ゆえの行動であったと理解している。」

 

「お許しくださり、まことにありがとうございます。今後は主人ともども閣下の(もと)でこのオリフィエル領を盛り立て、お力になります。」

 

「うむ。頼んだ。」

 

 形式ばった挨拶が終わったところでピーテルさんに目配せする。ピーテルさんが頷き、部屋の鍵をかける。そして、防諜のために風魔法で防音壁を室内に作り出す。僕はパンッと手を叩き言う。

 

「では、場も整ったのでいつも通りの口調でいきましょう。あ、これが素の僕です。公の場以外ではこんな感じです。改めてよろしくお願いします。マヤさん、ルカさん。」

 

「は?はあ、よろしくお願いいたします。ガイウス様。」

 

 ちょっと戸惑っているみたいだね。

 

「ルカ、飲み物の用意を。閣下お座りになってください。皆さんも。お飲み物はお茶と果実水どちらにしましょう。」

 

「果実水でお願いします。みんなもそれでいいよね?」

 

 シュタールヴィレの面々とジョージが首肯する。それを確認したルカさんが一旦部屋から出て行く。

 

 果実水がみんなにいきわたったのを確認してから口を開く。

 

「帝国海軍に大規模な動きがみられたとツァハリアス殿から連絡がありまして、こちらにおもむきました。先日お見せしたあれの海軍版をここでするつもりです。」

 

「シントラー領でなくてよろしかったのですか?」

 

「帝国海軍を一気に叩くなら引き込んで殲滅するしかないでしょう?そのために目立たないようにオリフィエル領で海上戦力を整え、帝国海軍が侵攻したらシントラー海軍と共同して迎撃します。ツァハリアス殿には伝えてありますので。」

 

「それでは早速軍港に案内しましょう。ルカ、君も着いて来てくれ。マヤは、他の職員にはガイウス様と共に軍港にいると伝えておいてくれ。」

 

「承知しました。」

 

「わかりました。業務の方も代行しておきましょう。」

 

 準備ができたみたい。

 

「では、行きましょう。」

 

「お願いします。ピーテル卿。」

 

 ピーテルさんとルカさんの案内で軍港に着く。ここにも王国海軍の司令部と軍船があったけどシントラー領に比べると規模が小さかった。まあ、国軍としては領海が接していないからこんなものなのかもね。オリフィエル領海軍はシントラー領と同等と言えるものだったけど。さて、領軍の岸壁に不自然に開けられた空間があるからそこに【召喚】すればいいのかな?貴族モードに切り替えて聞いてみよう。

 

「ピーテル卿。あの場所へ配置すればよいのかな?」

 

「はい、閣下。お願いいたします。既に国軍、領軍の指揮官や兵には閣下のお力を使用することについて詳細を省いて通達済みです。騒がれることは無いかと。」

 

「承知した。では始めよう。【召喚】」

 

 想像するのは不撓不屈の精神を持つ乗員に操られる軍艦。以前【召喚】した戦艦“大和”よりも素早く動けて大軍を相手に出来る者たち。そう想いながら【召喚】を進める。光と魔法陣が収まると4隻の船が岸壁に係留状態で現れた。4人の乗員が降りてくる。“大和”の艦長と同じ服だから大日本帝国海軍所属なんだろうね。彼らは僕の目の前で敬礼をしながら、自己紹介をしてくれた。

 

「大日本帝国海軍金剛型戦艦4番艦“霧島”艦長、岩淵三次大佐であります。」

 

「同じく大日本帝国海軍青葉型一等巡洋艦1番艦“青葉”艦長、久宗米次郎大佐であります。」

 

「同じく大日本帝国海軍綾波型駆逐艦1番艦“綾波”駆逐艦長、作間英邇中佐であります。」

 

「同じく大日本帝国海軍白露型駆逐艦4番艦“夕立”駆逐艦長、吉川潔中佐であります。」

 

 4人に答礼をしながら自己紹介と命令を下す。

 

「貴官達を此処に【召喚】したガイウス・ゲーニウス辺境伯だ。これより私の指揮下に入り、作戦行動をとってもらいたい。」

 

「「「「了解しました。」」」」

 

「では、貴官らの部下にも今の命令を伝えたまえ。一旦解散だ。」

 

 そう言うと敬礼をしてそれぞれの乗艦に戻っていく。ところで【鑑定】で軍艦を見てみたら霧島には“羅刹”、青葉には“ソロモンの狼”、綾波には“ソロモンの鬼神”、夕立には“ソロモンの悪夢”が異名として表示されているんだけど、これは何だろう?日本通のジョージに聞いてみよう。凄くはしゃいでいるから声をかけづらいけど。

 

「ああ、その異名ですけど霧島以外は地球のソロモン諸島という所で起きた海戦からきている異名ですね。まぁ、それだけ活躍した艦ということです。霧島の“羅刹”について自分は聞いたことが無いですね。勉強不足で申し訳ないです。」

 

「いや、大丈夫だよ。ありがとう。と云うことは戦力としては十分と云うことかな?」

 

「ん~、こちらの本を読みましたけどこの世界の海戦って一部鋼板の木造船の帆船や櫂船(かいせん)での魔法と弓矢の撃ち合い、接舷しての斬り込みに機動力のある船でのラムアタックでしょう?十分どころじゃないですよ。過剰戦力です。戦艦は主砲射程が3万メートル越え、一番小さい駆逐艦の主砲でも射程が1万8千メートルはありますから、魔法や弓矢の射程外から撃ち放題ですよ。それに基本的に船体全て鋼鉄製なので、帆船や櫂船(かいせん)のラムアタックでは破孔は開きません。もし接近して魔法で攻撃しようとしても副砲や機銃ですぐに穴だらけになりますよ。まあ、船速が違い過ぎて接近もできないでしょうけど。ワンサイドゲームですよ。」

 

「ほう、凄いね。」

 

「ええ、全く。ああ、でも、船速の方は【水魔法】や【風魔法】を使って艦隊運動をしてきたらわかりませんけどね。あ、後で艦内の見学をしたいんですがよろしいですか?」

 

「ああ、各艦長の許可をとれば大丈夫だよ。というか、僕たちも中を見たいしね。早速、許可を取りに行こう。」

 

「ヤッター!!ありがとうございます!!」

 

 そんなやり取りをジョージとしていると、案内してくれたピーテルさんにルカさん、クリス達シュタールヴィレの面々は口をポカンと開けていた。あー、もしかすると情報量が多すぎちゃった?




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第182話 血と矜持

 コロナワクチン3回目の副作用で40℃熱が出て、数日続いていたせいで、投稿が遅れました。

 副反応は1日で治まるとかドヤ顔で言ってた上司の顔をぶん殴りたい。


 ジョージの希望もありピーテルさんとルカさん、クリス達を連れて霧島、青葉、綾波、夕立の艦内を見ていく。案内は各艦の副長さんがしてくれる。霧島は大和よりも古くて小さい戦艦だけど戦争の時はかなり働きまわった戦艦の1つらしい。戦没してしまったけど。ジョージが言っていた。まあ、乗組員の人達は【召喚】された存在だから戦争で自分たちが最後まで生き残っていたかどうかなんて知らないからね。

 

 それで、各艦の基本的な性能を知ったんだけど、この4隻とルーデル大佐達がいれば勝てるんじゃないかな。帝国海軍に。そのことをポツリと言うと。ジョージが、

 

「確かに現状ではそうでしょう。しかし、ガイウス卿がいつもいるわけではありません。こちらの海軍にも戦闘に参加してもらうべきです。」

 

「でも、味方の血が流れないならそれにこしたことはないんじゃないかな?」

 

「いいえ、ガイウス卿。血が流れてこその戦争です。同胞の血が流れるから人は戦争を忌み嫌うのです。中央にいる政治家や政治屋にはわからない感覚かもしれませんが、冒険者としても働いているガイウス卿なら味方の血の尊さはわかるでしょう?」

 

「うん、そうだね。魔物の血を見ても何とも思わないけど、クリス達が傷つくのは嫌だね。できるなら、みんなの血が流れないように最速で討伐は終わらせたいよね。・・・ああ、なるほど。ジョージが気にしているのは、味方の血が流れないことで勢いづいたこちら側からの侵攻が行なわれないかってことか。」

 

「ま、簡単に言うとそうです。誰だって死にたくないですから。それに兵站も整っていない状態での侵攻は敵地での略奪行為へと繋がります。そうなれば、いくら帝国から攻めてきてあちらに非があるとしても、帝国の民衆は王国に臣従しないでしょう。」

 

 ジョージの意見にうんうんと頷いていると、ピーテルさんが、

 

「ジョージ殿の言う通りです。我らも参加してこその防衛戦となります。閣下のお力、別の世界の戦力のみを頼りにはしたくはございません。武人としての血が許しません。これは我らの“矜持”であります。おそらく、ツァハリアス伯にご意見を伺っても同じように反応されるかと。」

 

 と意見を言ってくれたので、それを確認したうえで案を提示してみた。

 

「はい、わかりました。それでは、敵を二つに分けてして戦闘を行いましょう。先程見学した4隻とエドワーズ空軍基地の全航空戦力のゲーニウス辺境伯軍の単独軍とシントラー海軍、オリフィエル海軍、王国海軍の連合艦隊でそれぞれ相手を殲滅しましょう。ああ、飛龍王(ワイバーンロード)のヘラクレイトス率いる飛龍(ワイバーン)達600体は連合艦隊の方へまわしましょうか。」

 

飛龍(ワイバーン)をまわしていただけるのはとても有り難いことです。」

 

「では、そのようにしましょう。ただし、飛龍(ワイバーン)のみで龍騎士(ドラグーン)は騎乗していないので間違えて攻撃をしないように気を付けてください。」

 

「はい、周知しておきましょう。」

 

 どうやらこの案で大丈夫みたいだね。ツァハリアスさんにも伝えておかないと。書簡を机と椅子を【召喚】してスラスラと書く。書き終わったら僕とピーテルさんの署名と家紋印を押して、最後に僕の封蝋印で封印する。ピーテルさんが早馬を準備してくれると言ったけれど、僕が飛んだ方が速いのでそうすることにした。

 

 机と椅子を【送還】し、久しぶりに翼を背中に生やす。クリス達のことを任せて僕はシントラー領へと向かう。転移は使用せずに【風魔法】で追い風を吹かせて加速しながらだ。勿論、向かい風と空気の抵抗で苦しくならないように風の障壁を全身に纏っているよ。

 

 亜音速ぐらいの速度で飛行していると陽が沈む前にシントラー領の領都ネヅロンに着いた。門の近くで着地して貴族証を見せると、すぐに衛兵隊の小隊長さんが馬を用意してツァハリアスさんの所まで案内してくれる。あ、翼は勿論、消したよ。ただの翼なら鳥獣人や魔族の人と思われるだろうけど、純白の翼だとフォルトゥナ様の使徒の証として騒ぎになるからね。

 

 ツァハリアスさんは行政庁舎にいた。案内してくれた小隊長さんにお礼を言い、ツァハリアスさんに書簡を手渡す。

 

「これは・・・、ふむ、我が領を囮とし、帝国海軍を引きずり込むのですね?」

 

「はい、領海内に侵入される可能性があるので北部海域での活動は控えるように各ギルドへ通達をお願いします。」

 

「わかりました。緒戦はせいぜい上手く負けてみせましょう。腕が鳴りますな。」

 

「難しい役目ではありますが、よろしくお願いします。」

 

「お任せください。」

 

 よし、伝令の役目終了っと。あとは少し雑談をしてオリフィエル領都ナドレンの軍港へ向かってネヅロンを飛び立った。

 

 ナドレンの軍港に着いたのは水平線に太陽の3分の2が沈んでいる19時前だった。着地するとすぐに霧島から副長さんが降りてきた。

 

「閣下。ご無事のお戻り何よりです。夕食の時間となりましたのでお連れの皆さまを招待いたしました。どうぞ、閣下も霧島の料理をご堪能下さい。」

 

 僕は、その言葉に頷いて副長さんの後をついて行く。案内された部屋は、限られたスペースの中で出来るだけ空間を広く見せて威厳を持たせているように思えた。僕が部屋に入ると着席していた全員が起立して迎えてくれた。

 

「戦艦“霧島”の誇る士官食堂へようこそ。今宵は存分にお楽しみください。」

 

「ありがとう、岩淵大佐。皆も待たせてすまなかったね。折角の料理が冷めてしまう前に戴くとしよう。」

 

 僕がそう言って着席すると一拍遅れてみんなも着席する。う~む、このお堅い感じは好きじゃないけど仕方がないかな。ま、クリス達も喜んでいるしいいか。ジョージなんか色々と質問している。マナー違反じゃないかな。日本軍の軍人さん達は笑顔で対応しているけど。

 

 そんなこんなで楽しい夕食も終わり、日本帝国海軍の4隻のことをピーテルさんに任せて帰路につくことになった。ピーテルさんからは屋敷に泊まっていかないかと丁寧に誘われたけど、ゲーニウス領にもどって、ヘラクレイトス達やシンフィールド中将達にも話しを早めにしておきたいから丁重に断ったよ。

 

 ナドレンからクレムリンへと戻り今日の仕事はこれで終了。エドワーズ空軍基地には明日、説明に行くつもりだ。クリスとローザさん、エミーリアさん、ユリアさん、レナータさんとは「お休みなさい」の意を込めてハグをして就寝する。あっ、お風呂に入るのは忘れていた。ま、いいか。明日の朝、行水しようっと。おやすみ~。

 

 おはよう。6月30日金曜日が始まる。行水をすませて体をサッパリとさせ、脳を起こす。朝食を終えたらすぐにエドワーズ空軍基地に向かう。滑走路では偵察機RF-4Cと戦闘爆撃機F-15Eがそれぞれ増槽を付けて1機ずつ離陸準備を行なっている。その後ろには空中給油機KC-46が待機している。

 

 F-15Eのヘルメットバイザーを上げているパイロットと目が合う。顔の半分がマスクに覆われて分かり難いけど、あの目はルーデル大佐だ。彼は、すぐに敬礼をしてきたので僕も答礼する。その後は親指をグッと立てサムズアップをすると離陸準備を再開する。

 

 僕は急いで戦闘指揮室にいるシンフィールド中将の所へと向かう。

 

「おはよう、中将。ルーデル大佐はRF-4CとKC-46を引き連れて何をしようとしているのかね。」

 

「おはようございます。ガイウス卿。いえ、慣熟飛行を行いたいとの事でしたので黒魔の森の未探索の部分への飛行許可と魔物と遭遇した際の最低限の攻撃を許可したまでです。」

 

「ああ、だから、爆装を減らし増槽を付けていたのか。ところで、今から飛行計画を変えられないだろうか?」

 

「ふむ、どちらへ?」

 

「オリフィエル領の北。ネリー山脈を越えてアイソル帝国の最南西の領地“ウブヌビ”まで戦略偵察を行なってほしい。敵の艦隊の集結状況を知りたい。」

 

「了解しました。オペレーター、フライトプラン変更。演習では無く実戦だ。目標は・・・。」

 

「では、お願いする。」

 

 シンフィールド中将はオペレーターに指示を出しながら敬礼をしてくれたので答礼をして部屋を出る。そのまま、基地施設をでてヘラクレイトス達の所へ向かう。途中で甲高い音が響き始めたと思ったら、雷が落ちたときのような轟音を立て、アフターバーナーを焚いたRF-4CとF-15Eが飛び立っていく。さて、有益な情報が得られるといいね。




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第183話 雑談

 オリフィエル領都ナドレンの近くの森にクリス達シュタールヴィレの面々と【空間転移】をする。人数分の馬を【召喚】し、騎乗しナドレンの門へと向かう。みんなは普通の格好だけど、僕とジョージが通信機を背負ってヘッドセットを付けているのでちょっとだけ異様な集団になっているね。

 

 シンフィールド中将が四方に飛ばしているAWACSのE-3Gが通信を中継してくれるから安心安心。そう思っていたら早速の通信だ。

 

『こちらライトニング1。ルーデルだ。中将閣下は?』

 

『シンフィールドだ。どうしたライトニング1?』

 

『いやなに、離陸直前にフライトプランが変わったでしょう?閣下は“敵性艦隊の集結状況の偵察。”と言われましたが、攻撃をされた場合は反撃してもよろしいので?ナパームなら敵性艦隊も【火魔法】による攻撃と考えるのではないですかな。』

 

 おっと、これはどうもよくない。帝国艦隊に警戒をされると困る。今回の作戦は帝国艦隊を王国領海に引きずり込んでそこで殲滅する予定なのだから。警戒して領海ギリギリの示威行動なんてされちゃったら手が出せないからね。僕は通信に横入りする。そのため、一時的に通信が混戦し雑音が入る。

 

『ん?誰だ?ガーデルマン、お前か?』

 

『私じゃないですよ。このランターンとかいう装備を試しているんですから話しかけんでください。』

 

「私だ。ガイウスだ。通信の内容を聞かせてもらっていたが、ルーデル大佐、攻撃をされても反撃は無しだ。」

 

 その後、帝国艦隊殲滅作戦について話しをした。そしたら普通に納得してくれた。よかったぁ。理由を聞いたら、

 

『殲滅戦に小官も参加できるのであれば文句などありません。木造船はさぞよく燃えるでしょうな。』

 

 と少し弾んだ声で言われて返事に戸惑っちゃった。まぁ、なんとかこれで不慮の事態を回避というところかな。一安心していると、クリスが馬を寄せてきた。

 

「ガイウス殿、ガイウス殿。今、お話しされていた作戦については(わたくし)達も参加できるということで理解しているのですが、その、旗艦はあの“霧島”という鋼鉄艦になさるのですか?」

 

「いや、違うよ。オリフィエル海軍の旗艦“ヴァルター”を連合艦隊の旗艦にするつもりだよ。その話しも今日、関係するみんなと話そうと思ってね。あ、ジョージは航空支援の管制をするから“霧島”に乗艦してもらうからね。」

 

 ジョージは嬉しそうにガッツポーズをして敬礼してくれる。僕は笑いながら答礼し、クリスの次の言葉を待つ。

 

「“ヴァルター”はオーラフ級帆船でしたわね。シントラー海軍はより大型のレナート級帆船の“ヘンリク”が旗艦ですからそちらの方がよろしいのでは?」

 

「う~ん、そうなんだけど、艦歴がね。“ヘンリク”は14年。対して“ヴァルター”は5年。【風魔法】や【水魔法】で無理やりに船を機動させるから新しい方が耐えられると思ったんだ。それに“ヴァルター”は快速中型帆船に分類されるからね。二つの艦隊を指揮するには船速があって無理のきくこっちのほうがいいかなぁとね。」

 

「なるほど。わかりましたわ。それならば、装備を厳選しないといけませんわね。」

 

「う~ん、クリス達が戦うことはほとんどないとは思うけど。」

 

「貴族としての義務ですわ。連合艦隊の大多数の将兵は平民でしょう?平民より先に立って戦ってこその貴族ですから。」

 

「確かにそうだけど、クリスやみんなをあまり矢面に立たせたくはないなぁ。」

 

 そう言うと、エミーリアさんがボソッと、しかしはっきりと聞きとれる声量で、

 

「自分は先頭に立って戦うくせに・・・。」

 

 と言われてしまい困っているとレナータさんが、

 

「んじゃ、私が龍にもどって戦うのはどうだい?」

 

 と、とんでもないことを言い出したので、僕は驚きつつも制止する。

 

「他の龍の方々を刺激しかねないのでダメです!!」

 

「黒龍のじいさんと白龍のばあさんは笑って許しくれそうだがねぇ。緑龍は基本的に我関せずだしね。あー、青龍らへんは海が住処だから怒るかもしれんなぁ。リヴァイアサン共も暴れるかもしれないねぇ。」

 

「尚更、駄目ですよ・・・。」

 

「そうかい?じいさんとばあさんが許してくれたら他の龍も納得するよ?」

 

「え?龍って序列があるんですか?」

 

「ん~、明確な序列ってもんじゃないけど、とりあえず黒龍のじいさんと白龍のばあさんの意思決定にはみんな従う感じだね。あっ、そうだ。あんたに近いんだよ。」

 

「僕にですか?・・・あぁ、フォルトゥナ様のお言葉が聞こえるとか?」

 

「そんな感じだね。2人ともフォルトゥナ様に生み出されたからフォルトゥナ様の子供みたいなもんなんだよ。」

 

「へぇー。それって、本とかには書いてないですよね?」

 

「ああ、龍の常識みたいなもんだからね。」

 

 これは、書き留めておこう。龍の研究に手助けできるかも。そう思いながら、馬上でメモをしていると、アントンさんが声をかけてきた。

 

「なあ、ガイウスよ。俺達が旗艦に乗り込んで戦闘に参加するのはわかるが、俺とローザの嬢ちゃんはどうするよ?前衛だから、クリスティアーネ様やエミーリアの嬢ちゃん、レナータ嬢のように遠距離攻撃はあまり役に立たんかもしれんぞ?それとも、旗艦で接舷攻撃でもするかね?」

 

「まぁ、状況次第ではそうなるかもしれませんけど、当日にならないとわからないですよ。」

 

「そうだろうな。すまんな、つまらんことを聞いた。」

 

「いえ、質問があればいつでもどうぞ。ローザさんはどうですか?」

 

 ローザさんの方を見ながら話しをふる。ローザさんは少し考え、

 

「特にないわね。ああ、でもいつもより魔法の練習時間を増やしてくれると嬉しいかも。当日に遠距離攻撃ができるまで上達するかもしれないし。アントンさんもどうかしら?」

 

「僕はかまいませんよ。」

 

「ああ、俺もそうしてくれると嬉しいな。頼むな。」

 

「はい、任されました。」

 

「しかし、人の相手は久しぶりだな。うまく()れるかねぇ・・・。」

 

 そんな感じで雑談をしながら進んでいれば、もう門に着いた。僕の姿に気付いた衛兵さんが走って来る。鎧の形と赤い二本線から領都衛兵隊第3中隊第2小隊長のダミアンさんだね。

 

「ガイウス閣下。シュタールヴィレの皆さま、ご無事で何よりです。昨晩は野営すると仰られていたので心配しておりました。いくら我々、衛兵隊や領軍が巡回しているとはいえ夜の森の支配者は魔物に獣ですから。」

 

「問題は無かったが、貴官にいらぬ迷惑をかけたようだ。今夜からはピーテル卿の所にやっかいになるとしよう。」

 

「ええ、ピーテル様もご安心なさるでしょう。本日もピーテル様は行政庁舎にいらっしゃいますので、ご案内いたします。」

 

「いや、場所は昨日、覚えたので大丈夫だ。貴官は職務に戻るといい。」

 

「はっ、了解いたしました。では、皆様の身分証を確認いたします。・・・ありがとうございます。それでは、どうぞお入りください。」

 

「ありがとう。」

 

 どうやら、昨夜の行動はピーテルさん達を心配させてしまったみたいだね。ん~、【空間転移】の能力をピーテルさんに伝えるべきかなぁ。悩むところだね。




読んでくださりありがとうございます。


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第184話 海戦への準備

 ピーテルさんの屋敷にお邪魔してゆっくりと眠って起きたら壁に掛けられている暦が7月になっていた。そう思うだけで暑さを感じるね。ベッドの横には水差しとコップが準備されていたので、ありがたくそれを飲む。使用人さんが暦を張り替えて、寝起き用の水を置いてくれていたのは【気配察知】でわかっていたからね。でも起こしに来てくれたらお礼を言わないとね。

 

 さて、7月上旬には雨季が明けるからそこから本格的にアイソル帝国海軍西部方面艦隊が動くだろうね。なんで敵の艦隊名がわかったのかというと、昨日の夜、【空間転移】で戻ったエドワーズ空軍基地でRF-4Cが撮影した写真を見せてもらって、それを屋敷に戻ってからピーテルさんにも見てもらったからだよ。

 

 集結している艦隊の中にアイソル帝国西部方面艦隊旗艦であるレオニード級超大型帆船“ピョートル”がいたのがわかったからね。ピーテルさんの(はな)っていた間者の人達からはまだ情報が来ていなかったらしくてかなり驚いていたね。ま、これで敵の指揮系統がだいたいわかるというものだね。

 

 部屋にある机に紙を【召喚】して、優先目標となる船名と大体の船型(せんけい)、大きさ、船名を“年刊世界海軍図鑑”を参考にして描き出していく。それと、旗艦や大小指揮船、帝国西部各領海軍の指揮船の旗も描きだしていく。数が多くて大変だ。日が昇りきる前には描ききったけどね。

 

 起こしに来てくれた使用人さんに挨拶をして、水と暦のお礼を伝える。

 

 では着替えて朝食に行くとしようかな。【異空間収納】に描いたものをしまい食堂へと向かう。朝食を和やかに済ませると、ピーテルさんの書斎へと向かう。丁度、食後のコーヒーを楽しんでいたみたいで、出直そうとしたけど執事さんが僕の分もすぐに用意してくれて、おかわり用のコーヒーを置いて書斎に僕とピーテルさんだけにしてくれた。感謝だね。

 

「ピーテル卿、これを見てください。」

 

 【異空間収納】から先程、描いたものを取り出す。ピーテルさんはアッと云う顔をしていたけどすぐに表情を戻し、風魔法で防音壁を書斎内に作り出す。

 

「昨夜の事といい、これ以上の驚くモノは無いと思っていましたが、また驚かされました。これも口外しないように墓まで持っていきましょう。それで、これは・・・。ほう、敵の指揮官が乗船していそうな船を取り上げたのですね。わかりやすくてよろしいかと。例の写真・・・、でしたか。それを(もと)に描かれたので?」

 

「ええ、ただ素人なので上手くはないですけど。でも、写真を見せるよりもいいかなと思いまして。」

 

「そうですね、ここまで船型(せんけい)や旗などを描ければ十分かと。ただ、こちらの艦隊に行き渡らせるには量が量なだけ苦労しそうではありますが。」

 

「ああ、それなら大丈夫です。ご心配なく。また、今夜、エドワーズ空軍基地に行って用意してきますから大丈夫ですよ。」

 

「わかりました。私の胃のためにも詳しい方法は聞かないでおきましょう。」

 

 そう言いながらピーテルさんはコーヒーを飲む。僕も同じようにコーヒーでのどを潤す。

 

「それでですね。具体的な作戦を立てていきたいなと思いまして。」

 

「閣下。それは難しいでしょう。閣下の【召喚】した4隻の鋼鉄艦と我々の木造船では性能が違いすぎます。もっと大雑把(おおざっぱ)なものでよいかと。取り敢えずは帝国艦隊を2(にぶ)し、殲滅するのは決まっておりますので、そこから作戦を形作りましょう。」

 

「私が考えたのは、帝国艦隊をこちらの領海に引き込む際にシントラー海軍を使用しますので、領海深くに引き込んだ時点で王国海軍、オリフィエル海軍が合流できるはずです。その際に突出した敵を半包囲してもらいたいのです。できれば南側に展開してほしいですね。そして、私の鋼鉄艦が西から敵艦隊の南北分断を(はか)ります。」

 

「では、南側に残った帝国艦隊のみを我々、連合艦隊と飛龍(ワイバーン)達で殲滅すると?」

 

「その通りです。北側の帝国艦隊のさらに北部海域には私の配下の“鋼鉄の鳥”により文字通りの火の海を作り上げます。帝国艦隊の退路をこれで断ちます。後は、まぁ蹂躙となるでしょう。」

 

「ふむ、簡単でわかりやすいですな。これでいきましょう。ところで閣下。」

 

「なんでしょう?」

 

「船が沈めば敵の将兵は海に投げ出されます。その敵兵はどうしましょう。救助しますか?それとも放っておいて溺死させますか?今回は帝国艦隊を文字通りに殲滅しますので、帝国側が救助できる可能性は限りなくゼロに近いでしょう。」

 

 う~む、重い内容だね。誰も好き好んで大量殺戮者にはなりたくないから、助かる人は敵でも助けたいけど、どうするかなぁ。

 

「帆船、櫂船(かいせん)大小問わず艦歴が古くても構いません。なんなら廃船間近のモノでも構いません。それらの武装を外し出来るだけの短艇を搭載あるいは牽引させて救助用の船隊を組ませましょう。そして、運用を教会に任せましょう。勿論、白旗を掲げて。」

 

 んー、僕が考えられるのはこんな所かな。白旗とフォルトゥナ教の旗を掲げた非武装船なら帝国も攻撃しないだろうし。

 

「それならば、準備に時間がかかりますな。オリフィエル領内の教会には私が話をつけましょう。フォルトゥナ様の使徒である閣下の御一筆があると助かるのですが。」

 

「それは、すぐにでも。書くものを貰えますか。」

 

 万年筆とオリフィエル家の紋章の入った紙と封筒を貰い教会にあてた文章を書いていく。・・・うん、これでいいかな。

 

「できましたよ。封蝋印を押すので蝋を貰えますか。」

 

「はい、こちらに。」

 

 書いた文書を封筒に入れ、ゲーニウス家の紋章の入った封蝋印を押す。これで大丈夫だね。

 

「それでは、私はこちらを教会に持っていきま・・・せん。閣下を残しておくと何かをやらかしそうですから。いえ、屋敷の心配では無くて、使用人たちの心労の方を心配しているので勘違いをなされないでください。」

 

「ん~、充分にヒドイ言葉だと思いますが。まあ、私がやらかしてきたのも事実ですので否定はしません。それでは一緒に行きますか、教会。ナドレンの神父様や司祭様にはご挨拶をしていなかったですから。」

 

「では、馬車と先触れの用意をしましょう。いきなり行くと迷惑なので。」

 

「そこのあたりは任せます。まだ、覚えている途中なので。」

 

「わかりました。そして、申し訳ありません。わざわざお書きになってくださったのに。」

 

「ああ、気にしないでください。教会の方々も文書があった方が動きやすいでしょうから無駄にはならないと思いますよ。」

 

「確かに、そうですな。先日まで国の(うみ)を出すために、権謀術数に明け暮れていたので、物的証拠は極力残さないという思考が抜けきっていないようです。さて、それでは、準備を致しましょう。」

 

 そこからは、使用人さん達が先触れを教会に向かわせたり、家紋付きの馬車を用意したり、僕の正装への着替えを手伝ってくれたりと、せっせと働いてくれる。おかげで先触れの人が戻ってきた頃には教会に出発できるようになった。

 

 屋敷の警備をしていた衛兵分隊から2人と、その人達を指揮するために軽鎧に身を包んだルカさんが馬車を囲むようにして護衛してくれる。ちなみにクリス達シュタールヴィレの皆は近くの森に遠距離攻撃の練習に行っているよ。馬車の中には僕とピーテルさん、奥さんのマヤさんのみだ。

 

 同じ領都内にある教会だから馬車だとすぐに着く。教会で馬車から降りるときには、司祭様と神父様を始めとして、神官さんに巫女さんが最敬礼していたので、すぐに楽な姿勢をとってもらうように言う。司祭様はアウレールさん、神父様はウードさんと自己紹介してもらえた。

 

 笑顔のアウレールさんとウードさんに案内されて応接間に入る。着席と同時に僕の書いた文書の入った封筒を応接机の上に置く。アウレールさんが(うやうや)しく受け取り開封して中の文書を確認する。読み終わるとウードさんに無言で渡す。彼も無言で読む。なんか緊張するね。

 

 ウードさんが読み終わった文書を封筒に入れ机の上に丁寧に置く。口を開いたのはアウレールさんからだ。

 

「ガイウス様、この度の海戦の救助隊の件、お受けいたします。文面に在った通り、敵味方の関係なくの救助でよろしかったでしょうか。」

 

「うむ、そのようにお願いしたい。敵とはいえ我々と同じくフォルトゥナ様を神としているのだからな。神の救済に差別があってはならん。そうだと思わんかね?アウレール殿。」

 

「仰る通りです。流石は“フォルトゥナ様の使徒様”であられますな。お若いのにしっかりとした考えと信仰心をお持ちのようだ。」

 

 アウレールさんのような人から改めてそう言われると何だかむず痒い感じだね。いや、まあ、フォルトゥナ様とは直接会ってるし、なんなら別の世界、別の星の神様にも会っちゃっているんだよねぇ。凄いことになりそうだから言わないけど。

 

「司祭であるアウレール殿にそう言われると光栄だ。」取り敢えずお礼を言う。

 

「いえいえ、とんでもないことです。ピーテル卿、申し訳ない。つい、ガイウス様に心を惹かれてしまった。(けい)も毎年、多額の寄付金をしてくれているというのに。」

 

「気になされるな。教会に、いやフォルトゥナ様に仕えているお主達の気持ちはわからんでもない。それに、私は領主から代官となったのだ。寄付金は少なくなるだろう。」

 

「寄付金の多い少ないは関係ないのですよ。その心が有り難いのです。」

 

 そこからは、お茶も運ばれてきたのでみんなで世間話をして盛り上がった。でもどこで切ったらいいかわからない。ダレカタスケテ。そう思っているとピーテルさんが、

 

「閣下、お時間がそろそろ。」

 

 と切り出してくれた。ありがとう、ピーテルさん。心の中で感謝しつつ、

 

「うむ、そうだな。アウレール殿、ウード殿、お時間を()いてくれたことと救助隊の件を改めて感謝する。それでは。」

 

 そう言って、席を立つとすぐにアウレールさんとウードさんが先導して教会の馬車止めまで案内してくれる。お礼を言い、ピーテルさん、マヤさんと共に馬車に乗り込む。すぐに馬車が出る。

 

 馬車の中で一気に脱力する。

 

「疲れた~。」

 

 そう言いながらスライムのようにグデ~としていると、

 

「あら、可愛らしいお姿ですこと。」

 

 と、微笑んでいるマヤさんに言われてしまった。“しまった”と思って、居住まいを正す。顔を真っ赤にして俯く、その僕の頬にマヤさんの手が触れ、

 

「閣下、別に馬鹿にしたわけではありませんのよ。私たちの息子も閣下のような時代があったと懐かしんでいたのです。ですが、息子はもう1人立ちをしようとしています。嬉しくもあり、悲しくもありますが。」

 

「それなら、お2人ともお若いのですからもう1人か2人、お子様をもうけたらいかがです?」

 

 あっ、失言かも。そう思っているとマヤさんがピーテルさんに顔を見て、

 

「あなた、閣下の仰る通り、子供が欲しいわ。」

 

 と凄く直接的な言葉を放った。車内が微妙な空気になるなか、ピーテルさんはマヤに向かって微笑みながら、

 

「取り敢えず、屋敷でゆっくりと話そうか。閣下、申し訳ありませんでした。」

 

 と言い、僕に向き直り頭を下げてきた。

 

「気にしないでください。私が変なことを言ってしまったので・・・。」

 

 ちょっとだけ甘い空気に包まれた馬車はピーテルさんの屋敷に無事に着いた。僕は、サッサと降りて、借りている部屋に駆け込んだ。あ~、まだ午前中なのになんか疲れちゃった。




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第185話 海戦への準備・その2

「そういえば、今日から7月になりましたでしょう。学園(アカデミー)が9月まで夏休みになりますので息子が帰ってきますの。是非とも閣下にお目通りいたしたいのですけれど、大丈夫でしょうか?」

 

 お昼を食べていたらマヤさんからそう言われたので、僕は首肯し、

 

(いくさ)と時期が被らなければいつでも大丈夫ですよ。予定を()けておきます。ところで、ご子息のお名前などを今までお聞きする機会が無かったので、教えていただけますか?」

 

「まぁ、あなた、お話ししていなかったの?」

 

「あー、うむ。学園(アカデミー)に息子がいるということのみでしたな。申し訳ありません。閣下。」

 

 ピーテルさんがマヤさんに責められて頭を下げる。

 

「我が息子の名は“タンクレート”と申します。学園(アカデミー)の官吏科を修了したのち騎士科にて学んでおりますが今年で修了する予定です。歳は今年で19になります。」

 

「そうなんですね。19歳となるとお2人が17歳と15歳の時のお子さんになりますね。」

 

「はい、その通りです。しかし、閣下に私共の年齢をお教えしましたでしょうか?」

 

 あ、【鑑定】で知っていたからついポロっと言ってしまった。ここは上手く嘘をつかないと。

 

「えーっと、先日の事件の時に資料を読みましたので。」

 

「ああ、なるほど。愚姉(ぐし)の件ですな。」

 

 どうやら納得してくれたらしい。

 

 その後は、普通に昼食を歓談しながら楽しんだよ。やっぱり干物よりも新鮮な魚介類は美味しいね。流石は港町。

 

 午後からは一度、【空間転移】でニルレブに戻って飛龍王(ワイバーンロード)のヘラクレイトスと共にシントラー領々都ネヅロンへと向かう。あ、勿論、ヘラクレイトスに騎乗してだよ。飛龍王(ワイバーンロード)だけあって、力強い羽ばたきは通常の飛龍(ワイバーン)の2倍近い速度を出している。

 

 アドロナ王国の端から端への移動になるから時間は随分とかかってしまう。仕方ないね。迷惑にならない時間のうちにネヅロンの門に着いた。今回は飛龍(ワイバーン)用の発着場へと下りる。衛兵さんはすぐに僕だと気付いたようで貴族証を確認されたらパパッとネヅロンへと入れた。ついでに馬も借りたよ。

 

 行政庁舎と海軍司令部のどちらに行こうか迷ったけど、取り敢えず行政庁舎に向かう。でも、いなかったよ。今日は、お休みをとって自宅にいるらしい。だから、すぐにシントラー邸に向かう。守衛さんに貴族証を見せて用件を伝えるとすぐに通してくれた。そして、当然のように案内の使用人さんがすぐに来てくれる。

 

 玄関に向かう途中で馬車止めにシントラー家以外の馬車があるのが目に入る。お客さんかな?使用人さんの案内で応接間に通されたけど誰もいない?お客さんじゃ無かったのかな。マナー違反かもと思いながら【気配察知】を鋭敏に展開する。すると、2階の一室、おそらく執務室にツァハリアスさんの気配を感じる。そして家令さんともう1人。この気配は!?

 

 すぐに僕は「急用を思い出した。」と使用人さんに言って、屋敷から出ようとしたけど一歩遅かった。

 

「おお、その姿はガイウス殿ではないか。久しいな。息災であったかな?」

 

「・・・えぇ、ゲラルト殿もご健勝のようで。」

 

「なに、寄る年波には勝てんよ。ところで、(けい)もツァハリアス殿に用事だったのでは?何故、帰ろうとしているのだ?」

 

 満面の笑みの軍務大臣のゲラルトさんがそこにはいた。これは絶対に厄介事だと無意識下の思考が告げている。

 

「いえ、なに、急用を思い出しまして。ツァハリアス殿とお話しすることは至急の事ではないので、次回の訪問時でもよろしいかと思い・・・。」

 

「ほう、帝国艦隊の集結。そして、それに伴い予測される南下侵攻を“至急の事ではない”と言われるのか。」

 

「・・・優れた間諜をお持ちのようで。」

 

「軍務大臣たるもの情報収集をおざなりにできるものかね。して、(けい)はツァハリアス殿に今後、起こりえるであろう海戦について相談、もしくは何らかの情報、決定事項を持って来たのではないのかね?」

 

 僕が驚いていると、

 

「ふむ、もうちっと表情を隠すようにするべきだ。よいかね、ガイウス殿。(けい)は、いや、(けい)の保有する領地の戦力は日増しに拡大している。特に私兵部隊と、現在、育成中の600を超す龍騎士(ドラグーン)。その気になれば王国の北東部を根こそぎ奪うことができる戦力を中央でただ傍観しているかと思ったのかね。」

 

 僕は気を持ち直し、ゲラルトさんの目をしっかりと見て、言う。

 

「私は、いえ、僕は、この国に住む人達を(まも)りたいだけなんです。そこに貴賤の差はありません。だからこそ、僕は(まも)るためには強引な手段であろうが、疑われようが、それが最善と考えればその手段をとります。」

 

 ゲラルトさんはジッと僕を、僕の眼を見て、その後、笑顔を浮かべ、僕の両肩に手を置き、

 

「ハハハ。(けい)が私人の顔を見せるとはな。王都から出張った甲斐があったというものだ。(けい)の領地での戦力増強については国王陛下も気にしてはおられんよ。むしろ、好きにさせるべきと言っておられる。」

 

 そう言われて、僕がポカンとしていると、

 

「私がツァハリアス殿を訪ねたのは、国軍海軍の指揮権を一時的に譲渡するためだ。指揮系統が2系統あれば混乱する可能性が高いからな。国軍艦隊司令は次席指揮官に任じた。シントラー領の海軍は全てがツァハリアス殿の指揮下に入ることになる予定だったが、ツァハリアス殿から詳しく話しを聞いたらオリフィエル領の両海軍も参戦予定ということで全体の指揮は(けい)が執ると云うではないか。であるから、今ここで(けい)にシントラー領、オリフィエル領に展開する国軍海軍の指揮権を譲渡する。上手く使ってくれ。それでよかったかなツァハリアス殿?」

 

「はい、ゲラルト殿。先程、部屋で申し上げた通り、作戦の立案者であるガイウス殿に全ての指揮権を(ゆだ)ねたいと思っています。」

 

「うむ、これでオリフィエル領まで行く手間が省けたというものだ。ガイウス殿。こちらが指揮権移譲の書類になる。」

 

 ゲラルトさんがそう言って書類の束を渡してくる。僕は両手で受けとり、中身を軽くだけど確認をする。ホントにシントラー領とオリフィエル領に展開する国軍艦隊の指揮権を一時的に僕に渡すというモノだった。

 

「帝国に痛い目を見せてやってくれ。それではな。」

 

 ゲラルトさんはそう言って、僕とツァハリアスさんを残して玄関ホールを後にした。外から馬車の動く音が聞こえてくる。その音で、僕は一気に現実に引き戻される。

 

「え・・・、国軍を指揮・・・?」

 

「大丈夫ですよ、ガイウス殿。私とピーテル殿も補佐しますので。それにシントラー領に駐留している国軍艦隊司令官のホベルト殿、オリフィエル領の国軍艦隊司令官のマヌエル殿は平民出身ですが、優秀な人材です。頼りに出来ますよ。」

 

「そうじゃないと、私の神経が持ちませんよ。」

 

「ところで、私に何かご用があったのでは?」

 

「ああ、実はですね。・・・。」

 

 救助隊の件について話しをすると、ツァハリアスさんも賛成してくれて、明日にでも教会に要請してくれると約束してくれたよ。船の準備も間に合わせてくれるとのことで今日の話しはそこでおしまい。時間がね。オリフィエル領に一度、帰らないと。

 

 ヘラクレイトスの所へ戻り、そのままオリフィエル領に向かって飛ぶように指示を出す。

 

「ガイウスよ、いくら我が普通の飛龍(ワイバーン)よりも速いといっても日没前に着くのは難しいが。」

 

「ああ、大丈夫だよ。この場所、高度ならそう人目にはつかないね。【空間転移】」

 

 【空間転移】を使ってナドレンの近くの空に瞬時に移動する。

 

「おお、これが神より授かった力か。一挙に移動するなど素晴らしい。しかし、この能力があるのであれば、今回の移動で我は必要無かったのではないか?」

 

「いや、あまり他人には話してないからね。秘密にしているんだよ。そんで、まぁ、移動時間の辻褄(つじつま)を合わすためにヘラクレイトスに飛んでもらったというわけ。」

 

「なるほどな。ほれ、もう着くぞ。」

 

「うん、発着場はあっちだね。」

 

「うむ。」

 

 ヘラクレイトスは旋回しながら降下を始める。ヘラクレイトスに気づいた衛兵さんが着陸誘導をしてくれる。ふわりと音もたてずに優雅に着地したヘラクレイトスから降りる。衛兵さんはすぐに僕と気づいたようで、貴族証を確認したらすぐに馬を貸してくれた。そのまま、オリフィエル邸へと向かう。1日で色々しすぎたね。疲れたー。




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第186話 海戦への準備・その3

 動きまわった昨日は本当に疲れた。今日は日曜日だから公的機関は基本的に休みだ。行政庁舎の日曜窓口や軍、衛兵隊とかは別だけどね。軍は別といっても中の人は違う。基本的に司令部の人員は最低限とは言わないまでもほとんど休むし、司令官も隔週で休んだりする。ま、国軍か領軍かによっても違うんだけどね。

 

 そんなわけで、各艦隊の司令官さんに会うのは明日にして今日は戦艦“霧島”に乗って、【召喚】した4隻の実力を見せてもらおうかな。【召喚】した時は接岸していたけど、今は少し沖の方で錨を下ろして停泊している。一度離れた岸壁に接岸するにはタグボートっていう曳船が必要みたい。岸壁には各艦の内火艇という小さな船が係留されている。これを使って、乗員の人達は陸と艦を行き来している。

 

 僕たちもそれに乗って、“霧島”に向かう。内火艇から舷側タラップを上がり乗艦すると、艦長の岩淵大佐が敬礼しながら出迎えてくれた。僕は答礼をして気楽に言う。

 

「今日はよろしく頼むよ。」

 

「はい、閣下。では、艦橋へどうぞ。」

 

「ありがとう、その前に、ヘラクレイトス下りてきて!!」

 

 【風魔法】で言葉を“霧島”の上空を旋回しているヘラクレイトスへと届ける。すぐにヘラクレイトスは緩降下しながら僕の隣で羽ばたきながら滞空する。岩淵大佐達は風圧で帽子が飛ばされないように押さえている。ゆっくりと着艦する。

 

「彼も、飛龍王(ワイバーンロード)のヘラクレイトスも一緒に乗せたいんだけど、どこか場所はあるかな?」

 

「ふむ、それならば、4番主砲塔の後方ならば大丈夫かと。速水少尉、案内したまえ。」

 

「はっ。どうぞ、ヘラクレイトス殿、こちらです。」

 

 速水少尉の言葉にヘラクレイトスは大きく頷き、彼の後をゆっくりと着いて行く。すれ違う水兵さん達が驚いているようだ。

 

「では、閣下、改めて艦橋へどうぞ。」

 

 “大和”の時も思ったけど、艦橋からの眺めは圧巻だね。港内の軍船を一望できる。こんな高さの建物なんてそれこそ、王国内だと王城の見張り塔ぐらいじゃないかな。

 

「出港準備、揚錨機用意。艦内警戒閉鎖。」

 

 岩淵大佐の命令が復唱や伝令によって伝えられていく。僕たちは門外漢なので艦橋の隅っこでじっとしているけど、みんな、興味深そうに見ている。ちなみに今日はピーテルさんとマヤさんも一緒に来ているよ。

 

「しかし、閣下もこのような時間のかかる作業が見たいと言われるとは。」

 

「迷惑だったかな?」

 

「いえいえ、とんでもない。ただ、今している作業は本来ならば閣下が乗艦される前に終わらせるものでしたので。」

 

「ああ、なるほど。」

 

 僕が頷いて、同意を示すとピーテルさんが、前のめり気味に言う。

 

「横から入って申し訳ないが、この艦は魔法を一切使用せずに30ノット出せるとは本当なのかね?」

 

「ええ、本当です。港内を出たら全開航行をしましょう。」

 

「ありがたい。」

 

 その後を、色々と雑談(主に主砲の威力とか防御力、機関について)をしていると、航海長さんが岩淵大佐に報告する。

 

「艦長、出港準備整いました。僚艦の青葉、夕立、綾波からも“出港準備ヨシ”の発光信号を確認しました。」

 

「ご苦労。閣下、今回は貴方が艦隊司令官です。ご命令を。」

 

「うむ。全艦、港外に向け前進。進路を西にとり、魔物などに接敵した場合は各艦で対応するように。」

 

「通信士、今の命令を各艦に発光信号。機関長、前進微速。航海長、面舵10、港外に出る。」

 

「「「了解。」」」

 

 ゆっくりと“霧島”の巨体が動き出す。

 

「両舷半速。」

 

「両舷半速。」

 

 岩淵大佐の命令を伝声管に向かって航海長さんが復唱する。速度が少し上がる。僕はみんなに向かって、「ヘラクレイトスで上空から随伴する。」と言ってヘラクレイトスの所に向かう。

 

 港外を示す、ブイを過ぎたら“霧島”がさらに加速するのを感じる。ヘッドセットを付けてジョージと通信がしっかりと出来るのを確認する。

 

「やあ、ヘラクレイトス。待たせたね。」

 

「なに、これぐらい、待たせられたとも思わんよ。さて、上から見るのであろう?」

 

「うん、君にとっては退屈だろうけど。」

 

「こうしてジッとしているよりは、ずっと良いさ。」

 

 そうして、僕が騎乗したヘラクレイトスは空へと舞い上がる。高度計を取り出し、大体150mくらいを維持してもらう。それと、飛行帽とゴーグルをかける。通常、龍騎士(ドラグーン)は鎧を身に付けるからこんな装備は要らないんだけど、飛龍(ワイバーン)便とかを運用するようになれば必要になるかもね。っとジョージから通信が。

 

『ガイウス卿。岩淵大佐と青葉の久宗大佐から水上偵察機と弾着用の観測機を発艦させたいとのことですが、許可を出しますか?』

 

『うん、許可するよ。そう伝えて。』

 

『了解。』

 

「ヘラクレイトス。航空機が上がってくるみたい。あ、あれかな?航空機を乗せているみたいだし。射出機(カタパルト)って言っていたけど、あれでどうするんだろう?」

 

 興味深く見ていると、“ボンッ”と音がしてプロペラ機が射出機(カタパルト)の上を滑り発艦した。青葉からも発艦して、霧島からは3機、青葉からは1機の計4機の偵察機と弾着観測機が発艦した。北東から北西をカバーするように飛び去っていく。

 

 眼下に見える艦隊も面舵で進路を北北西へととる。4つの航跡と黒煙の軌跡が綺麗だね。さてさて、何が見つかるかな。

 

 偵察機たちの発艦から40分が過ぎたぐらいかな、ジョージから通信が入る。

 

『船を発見したようです。ガイウス卿から戴いた敵艦隊の図表の帆船に似ているようです。どうされますか。』

 

『1隻だけ?』

 

『いえ、少し待ってください。・・・3隻だそうです。北からシントラー領を避け回り込むようにオリフィエル領を目指しているように見えるとの事です。』

 

『危険だけど、低空飛行で相手の旗を確認してもらって、帝国の所属艦と判明したら、迎え撃つ。そう伝えて。』

 

『了解です。』

 

「魔物じゃなかったかぁ。」

 

 そして数分後、

 

『帝国の旗を確認したそうです。敵船隊は南下を中断し、北へと逃走を開始したようです。』

 

『岩淵大佐へ、最大船速で追撃。絶対に逃がさないように伝えて。間に合いそうにないようなら、すぐに連絡を僕とヘラクレイトスで()る。』

 

『了解。』

 

 眼下の艦隊の速力が上がったのが吐き出す黒煙と船首が切り裂く波でわかる。各艦の各砲塔が旋回したり、砲を上下に動かしたり、各銃座に配置して戦闘準備を整えている。僕も鎧を取り出し、着込む。右手には短槍を持ち。背中には長弓と矢筒を背負う。

 

 数十分後、僕の強化された眼は、こちらに背を向けて全速で北上している帆船を捉えた。あれは、ダーニャ級中型帆船、偵察型巡洋艦に分類される船だ。1,000m上空には霧島と青葉の偵察機が張り付いている。

 

 さらに十数分が過ぎて、ジョージから通信が入る。

 

『“霧島”の主砲射程内に入りました。砲撃を許可しますか?』

 

『勿論、外してもいいから相手の船速を鈍らせれば御の字だね。』

 

『了解。』

 

 “霧島”の1番、2番主砲塔が旋回し、砲が上下し照準を合わせる。

 

「ヘラクレイトス、轟音がするよ。」

 

「うむ、覚悟しておこう。」

 

 そのやりとりをしてすぐに全身を震わせるような轟音が響き渡る。開戦の合図だ。




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第187話 遭遇戦

『だんちゃーく、今!!』

 

 大きな青色の水柱が帝国艦隊の周囲に立つ。

 

『観測機1号機より、遠、遠、挟叉!!』

 

『砲術長、1番を2番の測距に合わせる。』

 

『了解。1番照準合わせ。・・・1番、2番、てぇー!!』

 

 無線機の向こうから“霧島”艦橋内の会話と鳴り響く轟音が聞こえてくる。ヘラクレイトスには500mまで上昇してもらい、僕は戦域を地図と照らし合わせる。帝国艦隊が風に流されて少し西寄りになりすぎているかも。西にはイルブレナック魔王国がある。アドロナ王国とは友好国だけど、アイソル帝国とはどうだったかな?

 

 もしかしたら、わざと風に流されているように見せかけているのかな。イルブレナック魔王国の領海に入られたら手が出せないからね。う~ん、冷静な指揮官みたいだね。おっ、“青葉”も主砲を撃ち始めた。“霧島”ほどではないけど迫力が凄いね。

 

 ん?敵艦隊が散開したみたいだ。1隻は西に、1隻はそのまま北に、そして最後の1隻は反転して突っ込んでくる。ダーニャ級中型帆船は(オール)も使えるからそれを使用しての反転、増速をしてきた。逃げる時間を稼ごうというのかな。

 

「『ジョージ、岩淵大佐には反転してきた船を、青葉は西に向かった船を、夕立と綾波は北に向かった船をそれぞれ沈めるか拿捕をするように命令を伝えて。ああ、それと、沈めた場合は必ず乗員の救助をするようにもね。』」

 

『了解しました。ガイウス卿。』

 

「『それじゃ、また、通信回線は開いたままでお願いね。』ヘラクレイトス、あの反転してこちらの艦隊に向かって来ている船の側を最高速度で通過して。マストに掲げられている家紋をしっかりと確認したいんだ。」

 

「承知した。一気に高度を下げて加速する。振り落とされんようにな。」

 

 ヘラクレイトスは言うやいなや45度に近い角度で降下を始める。【風魔法】で障壁を張っていなかったら吹き飛ばされていたかも。眼下では、“青葉”が砲撃しながら西に進路をとり、“夕立”と“綾波”が増速して、僕の命令を実行に移すところが確認できた。

 

「ガイウス、一気に引き起こすぞ!!」

 

「大丈夫!!」

 

 海面ギリギリでヘラクレイトスは羽ばたき、体を海と平行になるように引き起こす。その時にGがかかるけど、RF-4Cに乗せてもらった時よりかはGが小さく少し視界が暗くなる程度で済んだ。

 

「大丈夫か?」

 

「大丈夫、大丈夫。そのまま、あの船のマストの高さで通過して。」

 

「承知。」

 

『マーティン中尉、少し借りるぞ。ガイウス閣下、岩淵です。敵に近すぎます。砲撃が当たる可能性が。』

 

「『大丈夫だ。私の事は気にせずに砲撃を続けたまえ。身を護る(すべ)はある。これは命令だ。』」

 

『・・・了解しました。ありがとう、マーティン中尉。』

 

 さて、気を引き締めていかないとね。ヘラクレイトスの周囲に僕の保持する魔力を最大限に使用して風の障壁を作り出す。そして、障壁を突破して砲弾とかの破片が飛んできた場合にそれを迎撃するための【火魔法】ファイアーバレットを360度に配置する。これで万全かな。

 

「ガイウス、あと十数秒で交差する。」

 

「わかった。」

 

 魔力を眼に集めて視力を強化する。近づいてくるダーニャ級。船名は後部に書かれていることが多いからわからないなぁ。でも、“霧島”の砲撃で結構ボロボロだ。船の舷側の構造物が(えぐ)り取られているし、甲板上には赤黒いシミがいくつもある。それを確認している間にも“霧島”からは容赦なく砲弾が飛んでくる。“霧島”は取り舵をして右舷をさらしながら1~4番主砲塔の全砲門、8門で砲撃している。

 

 そんな中でも、僕とヘラクレイトスに対して、【魔法】と弓矢、弩砲による攻撃を仕掛けてくる士気の高さがある。僕の【風魔法】の障壁で防ぎ、【火魔法】ファイアーバレットで撃ち落とす。厄介だね。

 

 “霧島”が誤射を防ぐために零式通常弾や三式弾といった榴弾、榴散弾を使用せずに九一式徹甲弾のみの砲撃だから、木造船は簡単に抉られ貫通してしまい、信管が作動しても海中深くになってしまう。まぁ、本格的な海戦になったら零式通常弾も三式弾も解禁だけどね。

 

 そんなことを考えていると、もう少しでマストに掲げられた旗が見えるところまで来た。強化された視力で掲げられている旗を確認する。1つはアイソル帝国国旗、もう1つは・・・海軍旗じゃない!?家紋旗だ!!眼にその家紋を焼き付ける。その時に艦橋にいた艦隊指揮官らしき人物と目が合った。そして艦尾の船名を見る。“ファイーナ”と書いてあった。

 

「っ!?ヘラクレイトス!!上昇して!!1,000mまで!!」

 

「承知!!」

 

 ヘラクレイトスの力強い羽ばたきでグングンと高度が上がる。1,000mを少し超えたところで水平飛行にうつる。眼下ではさらにボロボロになった“ファイーナ”が所々に火災を起こし、浸水して左舷に傾斜しながらも依然として“霧島”に向かっている。

 

「あの指揮官らしい人、僕に向かって敬礼していた・・・。」

 

「ふむ、死力を尽くして戦っている相手には敬意を示すものであろう?我々、飛龍(ワイバーン)はそうだ。」

 

「僕たちも同じだよ。でも、あの人笑ってたんだよなぁ。」

 

「気になるのか?」

 

「うん、まぁね。」

 

 【異空間収納】から“アイソル帝国貴族大全”を取り出し、家紋旗と同じ家紋を探す。5分ぐらいしてようやく見つけた。“レオンチェフ”男爵家。この家だ。あの指揮官とは話しがしてみたい。攻撃の手を緩めるように“霧島”に通信しようとした時、“霧島”の放った砲弾が“ファイーナ”の船体中央部に吸い込まれていき、そのまま“ファイーナ”は真っ二つに折れた。

 

竜骨(キール)が折れたんだ・・・。『ジョージ、すぐに救助活動に移るように伝えて。救命具とかあれば、僕がヘラクレイトスで運ぶから、それの準備もお願い。』」

 

『了解です。ガイウス卿。岩淵大佐!!ガイウス卿が救助活動に移行するようにと下命されました。また、救命具などを第4砲塔後方に集めてください。ガイウス卿がヘラクレイトスでそれらを運ぶそうです。』

 

『ありがとう、マーティン中尉。航海長、これより本艦は救助活動に移行する。総員に下命。』

 

 これでいいかな。“ファイーナ”は折れた状態でゆっくりと沈み始めている。搭載している短艇で無事な物はなんとか上手く着水させられたようで、確認できるだけで2艘の短艇が救助活動を始めている。でも確か、ダーニャ級は100人~150人の乗員がいるはずだから全然足りない。

 

「ヘラクレイトス、急いで“霧島”に向かおう。命をかけて戦った相手だ。見捨てられない。」

 

「うむ、よく言った。では、少しばかりいつもより速く飛ぼう。」

 

 言うやいなや一気に加速する。これは、少しばかりをだいぶ超えているような気がする。風の障壁を張りながらそう思った。すぐに“霧島”後甲板、第4砲塔後方に着いた。沢山の救命具が用意されているけどどれがどれだかよくわからないな。どうしよう?すると下から声をかけられた。確か速水少尉だったかな。

 

「ガイウス閣下!!恐らくこれらの救命具の使用方法がわからないと思いますので、短艇(カッター)に乗員と救命具を乗せて運べないでしょうか!!」

 

 風音に負けない大きな声で助言してくれる。【風魔法】が使えない人はこういう時に不便だね。

 

短艇(カッター)は?」

 

「あちらにあります!!ついてきてください!!」

 

 短艇(カッター)の場所までついた。後はこれをヘラクレイトスが持てるかだけど、

 

「ヘラクレイトス。これに数人乗せて、さらにさっきの救命具も載るだけ載せても飛行できる?」

 

「うむ、少し持ってみよう。・・・ふむ、これなら大丈夫だ。」

 

「速水少尉、大丈夫なようだ。乗員は僕の仲間とそちらから数名にしよう。不慮の事態が起きてはまずい。」

 

「了解しました!!先程の場所へ集合させます!!」

 

「『ジョージ、シュタールヴィレの皆に第4砲塔後方に来るように伝えておいて。』ヘラクレイトス、短艇(カッター)をさっきの場所まで持っていこう。」

 

「うむ。」

 

 ヘラクレイトスの大きい手が短艇(カッター)の右舷と左舷のヘリを掴み、そのまま持ち上げて第4砲塔後方へと向かう。さっきの場所についたらヘラクレイトスに短艇(カッター)が横倒しにならないように支えてもらって、“霧島”の乗組員達と一緒に救命具の使い方を教わりながら載せていく。

 

「ガイウス閣下、短艇(カッター)の乗員を連れてまいりました。」

 

 速水少尉が敬礼をしながら紹介してくれる。

 

「ありがとう、少尉。それでは、行こうか。ヘラクレイトス、頼む。」

 

 一吼えしてヘラクレイトスが短艇(カッター)を抱えて飛び立つ。エドワーズ空軍基地で読んだ本には“保温無しでは3時間”と書いてあったから、急がないと溺死者が出ちゃう。“霧島”は艦体が大きいから停船までの制動距離が長いから速度を出して接近できないらしいけど、僕が【水魔法】で強制的に止めると言ったら、最大船速で向かってくれるそうだ。

 

 “ファイーナ”の沈没地点に到着して短艇(カッター)を降ろす。木片に掴まって生き残っている魔法使いが攻撃をしようと詠唱を始めたので、僕は【風魔法】を使い大声で、

 

「アドロナ王国ゲーニウス領領主ガイウス・ゲーニウス辺境伯である!!貴殿らの救助に参った!!先程の私の艦との戦いは見事であった。不撓不屈(ふとうふくつ)の精神を見せてもらった!!指揮官はおられるか!?」

 

 そう言うと、“ファイーナ”搭載の短艇から声が上がる。

 

「全員、攻撃禁止だ!!ガイウス閣下、私が艦隊指揮官のイリダル・レオンチェフ男爵であります。救助の申し出を有り難く受けさせていただきます。」

 

 全身血だらけの男の人が足場の悪い短艇上で、名乗りながらしっかりと敬礼をしてくれるので、僕もヘラクレイトスの上から答礼を返す。ヘラクレイトスでローパスした時に目が合った人だ。

 

「イリダル卿、血が凄いことになっているが怪我をしているのかね?」

 

「いえ、この短艇に乗っている私の部下の血です。皆、怪我が酷く血が止まらんのです。」

 

「ふむ、わかった。クリスティアーネ達は救助を続行してくれ」

 

 クリス達は僕の言葉に反応して、すぐに救命具の使い方を説明しながら浮いている人たちに向かって投げる。負傷している人は短艇(カッター)に引き上げる。

 

 僕とヘラクレイトスはイリダルさんの乗る短艇に近づく。短艇の中は血の海だった。すぐに僕はヘラクレイトスから飛び降り、短艇の中で【ヒール】を使用して傷の深い人から治療をしていく。【エリアヒール】は隠し玉だから使わないよ。【ヒール】をかけながらイリダルさんに聞く。

 

「すまんな。イリダル卿。勝手にやらせてもらう。ところで、君の船に【ヒール】が使える者はいなかったのかね?」

 

「いえ、ガイウス閣下。部下の命を救っていただきありがとうございます。【ヒール】を使える者はいるのですが、もう1艘の短艇の方で治療をしております。」

 

「なるほどな。ところで、卿らは捕虜になるかね?それとも戦いの継続を望むかね?」

 

「降伏し、指揮下に入ります。他の2隻も逃げきれていないでしょうしね。彼らにも逃げ切れなければ白旗を掲げるように指示を出しています。国軍の面子(めんつ)を保つために無駄死にはしたくないですし、させたくもありませんから。」

 

「賢明な判断だ。」

 

 そう言って、お互い血まみれの手で握手をする。




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第188話 遭遇戦・その2

「イリダル卿、あれが先程まで君たちを攻撃していた艦だ。そして、今から君たちを救助する艦でもある。」

 

「あれが・・・。何と、巨大な・・・。まるで城が浮いているようですな。しかも、我らの射程外からの攻撃、あれは何を使用したらできるのでしょうか?」

 

「ふむ、まあ情報はいつでも漏れるものだ。教えてしんぜよう。艦の前面に巨大な筒が4本ある。そこから高速で鉛玉を撃ち出すのだ。」

 

「炎と煙も見えておりましたが、【火魔法】と【風魔法】の併用でしょうか?」

 

「それに近いモノだと思ってくれていい。」

 

 息を吐くように嘘をついたけど仕方ないよね。火薬なんて開発されてないし、蒸気タービンはいわずもがな。多分、説明しても理解ができないよ。

 

「では、イリダル卿、私は艦に戻って指示を出さねばならないのでな。もう少し待っていてくれ。」

 

「はい、閣下。」

 

「ヘラクレイトス、頼む。」

 

 ヘラクレイトスの背に飛び乗り、“霧島”へと向かう。

 

 “霧島”の戦闘艦橋に降ろしてもらう。そうすると岩淵大佐達が上がってきた。

 

「ガイウス閣下、完勝です。“青葉”、“夕立”、“綾波”は敵艦の拿捕に成功しました。抵抗も無く、現海域に向かい曳航中とのことです。」

 

「それはなによりだ。被害は?」

 

「敵艦にそれぞれ命中弾がありましたので、負傷者が出ていますが【ヒール】とやらを使える者がいるそうなので、問題は無いとのことです。」

 

「そうか、そうか。さて、そろそろ救助の態勢に入らないといけないが、航走波を打ち消さないと救助に支障が出るな。【水魔法】で打ち消そう。」

 

 “霧島”が発生させる航走波を“霧島”の周囲の海水で押さえつけることによって打ち消す。そして、岩淵大佐が「両舷停止。」の命令を出すと同時に艦の進行方向とは逆向きの海流を“霧島”の艦体を覆うように【水魔法】で作り出す。“霧島”はゆっくりと、だが、完璧に救助海域で停船した。

 

 すぐに内火艇が海面に降ろされ、舷側タラップも降ろされて、100人ちょっとの“ファイーナ”の乗組員の救助が始まる。1,000名以上の“霧島”乗員が救助をするから早い早い。事前の救助があったとはいえ、30分ほどで終わってしまった。勿論、遺体も収容したよ。ちなみに最後に“霧島”に乗艦したのは、イリダルさんだ。指揮官としてのしっかりとした心構えを持っていることを再確認できた。

 

「イリダル卿、早い再会だったな。」

 

「全くです。閣下。」

 

「しかし、卿の血まみれの姿はいかんな。岩淵大佐、風呂の用意は?」

 

「できております。」

 

「ということだ。まずは風呂に入りたまえ。ああ、心配しなくても卿の部下たちも風呂に入れる。安心してほしい。」

 

「お心遣い感謝します。」

 

「ああ、それと、これを持っていきたまえ。また血まみれの服ではだめだろう?」

 

 そう言って、【召喚】で出して準備していたイリダルさんの服を案内役の水兵さんに渡す。そのまま、イリダルさんは案内の水兵さんと共にお風呂へと向かう。その姿を見届けてから岩淵大佐に向き直る。

 

「大佐、“青葉”、“夕立”、“綾波”との合流はいつ頃になりそうか?」

 

「はい、閣下。もう間もなくかと。双眼鏡ではそれぞれのマストを確認できています。合流までに観測機の収容作業に移りたいと思います。」

 

「許可する。・・・いや、待て。何かが近づいてくる?これは・・・。海中だ、大きいぞ!!左舷から来る。戦闘用意だ、大佐。」

 

【気配察知】に海中を高速で接近する気配を感知したので、すぐに岩淵大佐に命令する。

 

「了解しました。全艦戦闘用意!!両舷原速!!主砲は左舷に指向!!三式弾、装填!!」

 

 岩淵大佐が艦橋へ上がりながら命令を下していく。ヘラクレイトスやレナータさんも感じ取ったようで、

 

「我と同等の存在やもしれん。」

 

「いや、ヘラクレイトス、亜龍のあんたよりも弱いさ。リヴァイアサンだね。この気配は。ただの魔物だ。血の臭いに惹きつけられたんだね、心配いらないよ。」

 

 と、レナータさんが接近してきているモノについて断定してくれた。赤龍の彼女がいうのならそうなんだろうね。

 

「ヘラクレイトスは上空で待機。援護が必要な時は呼ぶから。みんなは一緒に艦橋に上がろう。」

 

 ヘラクレイトスが羽ばたいて空へと舞い上がる。そして、僕達は艦橋へと上がる。

 艦橋に着くとジョージが聞いてくる。

 

「ガイウス卿、何かあったのですか?」

 

「リヴァイアサンだ。こっちにやって来ている。」

 

「リヴァイアサン!?なんてこった・・・。旧約聖書に出てくる怪物じゃないか・・・。」

 

「地球では怪物だが、こちらではただの大きい水棲魔物だ。大佐は?」

 

「岩淵大佐なら戦闘艦橋へ上がりましたよ。」

 

「それでは、僕も上がる。みんなはここにいるように。」

 

 水兵さんの案内で戦闘艦橋へと上がる。その前に水兵さんが、伝声管で報告をする。

 

「ガイウス閣下、戦闘艦橋で指揮をとられます。」

 

 戦闘艦橋ではいくつもの双眼鏡が左舷側の海面を睨んでいる。岩淵大佐も指示を出しながら確認している。

 

「ガイウス閣下、戦闘艦橋に上がられました。」

 

 案内してくれた水兵さんが、岩淵大佐に報告する。戦闘艦橋にいた双眼鏡をのぞいている人以外が敬礼してくるので答礼する。

 

「大佐。敵はリヴァイアサンだ。血の臭いにおびき寄せられたようだ。“ファイーナ”の沈没地点に浮上する可能性が高い。」

 

「了解しました。沈没地点を中心に円運動をします。『取り舵。』『両舷第1戦速。』」

 

『とーりかーじ。』

 

『第1戦速、よーそろー。』

 

 ググっと“霧島”が増速しながら艦首を左に向けるのがわかる。“霧島”の動きかヘラクレイトスやレナータさん、僕の気配に刺激されたのか、海中のリヴァイアサンの速度が上がるのが察知できる。

 

「大佐!!来るぞ!!」

 

「了解!!」

 

「“ファイーナ”の沈没地点、水中に巨大な影を確認!!」

 

 その時、見張り員さんの報告と共に“ファイーナ”のいた海面が持ち上がり、大口を開けてリヴァイアサンが浮上してきた。

 

「1番から4番、撃ち方始め!!次弾も三式弾!!各副砲、銃座は自由に攻撃!!」

 

『撃ちー方、始め!!』

 

 8門の主砲の一斉射撃の轟音で空気が震える。左舷に備わっている副砲からも発砲炎が上がり、銃座からは絶え間なく、25mmの銃弾が放たれ、空中で炸裂(さくれつ)した三式弾が弾子をばら撒き、リヴァイアサンの巨体にダメージを与える。痛みにもがく咆哮(ほうこう)が聞こえる。

 

「大佐、アイツは人間の血の味を知ってしまったから、絶対にここで殺す。」

 

「了解。」

 

 また、主砲が火を噴き、三式弾の弾子がリヴァイアサンを傷つける。それでも、なお倒れずに、逆に“霧島”に向かって突っ込んできた。

 

「『取り舵一杯!!』『最大戦速!!』このまま砲撃しながら押し潰します。」

 

『とーりかーじ、いっぱーい。』

 

『最大戦速、よーそろー。』

 

「任せたよ。大佐。」

 

「はい、閣下。『舵、もどせ。』」

 

『戻ーせー。』

 

 1番砲塔、2番砲塔が火を噴きながら三式弾を放つ。正面を向ける副砲、銃座も攻撃を継続する。リヴァイアサンは血だらけになりながらも大口を開けて突っ込んでくる。

 

 そして、“霧島”とリヴァイアサンがぶつかる。約37,000tの巨体を、136,000馬力の力が約30ノット(約55,5km/h)の速力を発揮しながら、リヴァイアサンに乗り上げ、押し潰し、海面に大きな波飛沫(なみしぶき)を上げる。

 

()ったか!?」

 

 思わずといった様子で岩淵大佐が声を上げる。【気配察知】でリヴァイアサンの気配を探る。弱まっているけど、死んでない。“霧島”の後方に回りこもうとしている。

 

「大佐、奴は水中を移動して後方に回りこもうしている。3番、4番をすぐ撃てるように。」

 

「了解。3番、4番は6時方向へ指向。目標が浮上次第、砲撃開始。」

 

 はたして、リヴァイアサンは思惑通りに“霧島”の後方、6時方向ピッタリに浮上し、雄叫(おたけ)びを上げる。すぐに岩淵大佐が命令を下す。

 

「『3番、4番、撃て!!』」

 

『3番、4番、ってぇー!!』

 

 煙突に遮られてはいるけどハッキリと三式弾がリヴァイアサンの周囲に炎の花を咲かせるのが見えた。

 

 リヴァイアサンは雄叫(おたけ)びを断末魔に変え、その力を失った巨体を海面に打ち付け、大きな水柱を上げる。

 

「大佐、遺骸の回収に向かう。」

 

「お気をつけて。」

 

「ありがとう。ヘラクレイトス!!」

 

 空に向かって【風魔法】にのせて声を放つ。すぐにヘラクレイトスが下りてくる。

「どうした?ガイウスよ。」

 

 ヘラクレイトスの背に飛び乗り、伝える。

 

「リヴァイアサンの遺骸を回収しよう。ボロボロだけど多分、良い素材が取れるよ。」

 

「うむ、わかった。」

 

 サッとリヴァイアサンの遺骸を回収して“霧島”に戻る。艦隊司令長官室を借りてピーテルさんとマヤさんに今回の戦いの感想を聞いてみる。

 

「どうでしたか?今回の戦いは?」

 

「いやはや、何と言えばいいのか・・・。圧倒的でしたな。しかし、緒戦から徹甲弾というものではなく、リヴァイアサンに使用した三式弾というのを使用していれば、もっと早く決着がついたのでは?」

 

「流石ですね。ピーテル卿。まあ、今回は極力、死者を出さないように戦いたかったので、あのような戦闘の仕方となりました。捕虜という情報源は必要でしょう?」

 

「確かに。閣下の仰る通りです。今回のように指揮官級の捕虜なら尚更ですな。」

 

 ウンウンと頷いてピーテルさんは納得したようだ。マヤさんは興奮気味に、

 

「閣下!!素晴らしい海戦を見せて頂き、感謝します。これなら、帝国艦隊も一網打尽でしょう!!」

 

 と、言ってくれた。

 

「ありがとうございます。マヤ殿。」

 

 美人な女性(ひと)に褒められるのは悪い気がしないね。おっと、クリス達から無言の圧を感じる。褒められているだけだからいいじゃない。それとも、こういうのも普通はダメなのかな?恋愛って難しいね。




読んでくださりありがとうございます。


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第189話 お客さん

前回より投稿期間があいてしまい申し訳ありません。


「“青葉”より緊急電です!!」

 

 艦橋にみんなで戻ると通信兵さんが電文をもって入ってきた。

 

「読み上げろ。」岩淵大佐が言う。

 

「はっ。“ワレ、魔族ト名ノル者ト接触セリ。ガイウス閣下ヘノ謁見ヲ希望ス。”とのことです。」

 

「ふむ、閣下、どういたしましょう?」

 

「会おうじゃないか。わざわざ、出向いてくれたんだ。」

 

「了解しました。“青葉”に返電。“謁見ヲ許可スル。客人トシテ扱ウコト。”」

 

 魔族の人と会うのは初めてかな。アドロナ王国のあるアイサール大陸には、魔族の人が中心となって(おこ)した国が無いからかもね。恐らく、青葉に乗艦した魔族の人はカチレマ大陸のイルブレナック魔王国の人だろうね。んで、謁見したいというからにはそれ相応の地位のある人かな。

 

 とりあえず、“青葉”、“夕立”、“綾波”の3隻が戻ってくる間に“霧島”は搭載機の回収を行う。【水魔法】で海面を穏やかにして、【風魔法】で横風を防ぐ。後から、パイロットさんに魔法での補助はどうだったかを聞いたら、とても楽に着水できたと感謝された。

 

 “青葉”が近づいてくるにつれ、【気配察知】に膨大な魔力量が引っかかってくる。さらに他にも魔力を感じたので詳しく探ると、お客さんは5人いるみたいだ。【遠隔監視】で覗いてみよう。“青葉”のどこにいるかを【気配察知】を鋭くして、あたりをつける。士官室の中だね。そして、【遠隔監視】を発動する。士官室を映した画面が現れる。ふむ、上座にいるのが魔族の人かな。額からは角が、背中からは翼が生えている。そして、左右に2人ずつ龍人(ドラゴニュート)がいる。護衛かな?ま、わかったからいいか。

 

 “青葉”がダーニャ級を曳航しながら“霧島”の右舷につく。“青葉”からタラップが降ろされ内火艇が用意される。魔族の人達はそれに乗って来るようだ。艦隊司令室で待っとこう。

 

 程なくして扉がノックされる。

 

「閣下、お客様をお連れしました。」

 

 速水少尉の声だ。彼って何でもこなすね。すごいや。

 

「はい、どうぞ。」

 

「失礼いたします。」

 

 そう言って、速水少尉が扉を開けると、魔族の人を先頭に入ってくる。部屋に全員が入ると頭を垂れて、挨拶をしてくる。

 

「お初にお目にかかります。(わたくし)はイルブレナック魔王国レイランド領領主ハリソン・レイランドであります。後ろに控えているのは護衛の者共でございます。ご存知かもしれませぬが、我が国において爵位はございません。ですので、名乗る爵位はございませんが、伯爵位ほどの権限を持っております。」

 

「うむ、そちらの国の事は知識では知っている。私はアドロナ王国ゲーニウス領領主ガイウス・ゲーニウス辺境伯である。爵位の説明は不要であろう?」

 

「はい、アドロナ王国では辺境伯位は侯爵位と同等であると学んでおります。」

 

「左様か。して、此度は何用かね?ああ、そのままだと話し(にく)い。席に着いてくれたまえ。」

 

「ありがとうございます。閣下。」

 

 ハリソンさん達が椅子に座り、給仕の兵卒さん達が紅茶を淹れて置いてくれる。

 

「さて、先程と同じ質問だが、此度は何用か?」

 

「はい、閣下。領海線のギリギリを哨戒飛行していた龍人(ドラゴニュート)部隊が西進中の戦闘中の艦船を見かけ、しかも、その内の1隻は見たことも無い船で帆も(オール)も無く航行していると云うことで、(わたくし)が直接確認を致しました。その時には、戦闘も終わり、ダーニャ級が曳航されるところでしたので、これは是非とも未知の船の指揮官とお会いしたいと思い、“アオバ”なる船に同乗させていただいた次第でございます。」

 

 なるほどね。好奇心に負けちゃったかー。領主がそれだと配下の人達も大変だね。ん?クリス達がなんか言いたげな目で僕を見ている・・・。いや、僕は、そんなに迷惑は・・・。うん、かけているね。しかも、インパクトが強いのをいくつも。取り敢えず、紅茶でのどを潤し、

 

「では、ハリソン領主の願いは私に会うことで叶ったわけだ。」

 

「まぁ、そうではありますが、領海侵犯をしていないとはいえ、我が国に向けて2隻の船が戦闘をしながら接近したことについても説明をして戴けると(さいわ)いです。」

 

「ふむ、確かに。もっともだ。貴方の護衛の4名は口が堅いかね?」

 

「信のおける部下たちであります。」

 

 それじゃあ、アドロナ王国とアイソル帝国との海戦が近日中に起こることを話してみようかな。ピーテルさんとマヤさんに視線で確認したら頷いてくれたし。

 

「さて、ことの起こりは我が領とアイソル帝国ナボコフ辺境伯領の境に在った砦からの話しとなる。まず・・・。」

 

 そこから10分ほど状況の説明を行ったけど、理解してくれたようだ。

 

「なるほど。・・・閣下、それがこちらに飛び火することはございませんな?」

 

「無い。とは言い切れんな。帝国の船が逃げ先にするやもしれん。」

 

「王国の船は来ないと?」

 

「王国領海で行うのだ。逃げる先は自領だろうさ。」

 

「確かに。そうですね。」

 

「他に何か聞きたいことはあるか?この艦隊以外についてだ。」

 

「あー、そうですなぁ・・・。その、閣下が“フォルトゥナ様の使徒”というのは本当のことなのでしょうか?」

 

「ああ、本当だ。証明はこの翼ではどうかな?」

 

 そう言って、純白の翼を背中から生やす。

 

「おお、まことに。我ら魔族のモノとも龍人(ドラゴニュート)や鳥獣人とも違う翼ですな。」

 

「納得してくれたようならよかった。他は?」

 

「いえ、特にございません。(わたくし)共はここで失礼させていただきます。」

 

「帰りの船は必要かね?」

 

「いえ、充分に飛行可能な距離ですので。ご厚意は有り難く。」

 

 そうして、彼らは魔王国に帰っていった。予想できなかったけど繋がりを作れて良かった。ハリソンさんも伯爵位に相当する家柄の人らしいし、魔力の量が具現化していると云われている立派な角に翼を持っていたしね。

 

 さてさて、まだやらないといけないことがある。

 

「速水少尉、イリダル卿を連れてきてくれないかね。ああ、彼は既にこちらに(くだ)っているのだから、先程の客人と同じように扱うよう注意してくれ。」

 

「はい、閣下。少々お待ちを。」

 

 そう言って、給仕の兵卒さん達と共に出ていく。

 

「あー、疲れた。魔族の人ってあんな感じなんだねぇ。」

 

「ええ、(わたくし)も初めてお会いしました。」

 

「クリスも?学園(アカデミー)には留学とかでいなかったの?」

 

「ええ、(わたくし)の在籍中はいらっしゃいませんでした。龍人(ドラゴニュート)(かた)はいらっしゃいましたが。」

 

 クリスに聞いたらそう言われる。

 

「私も魔族の方々は、アイサール大陸ではあまり見かけたことがありませんね。」

 

 とユリアさん。

 

「魔族は基本的に干渉するのもされるのも嫌っているからな。」

 

 流石はレナータさん、(なが)い年月を生きた赤龍だけのことはあるね。そんな感じで、みんなで魔族の人達について話していると、扉がノックされる。

 

「速水少尉であります。イリダル卿をお連れしました。」

 

「はい、どうぞ。」返事をする。

 

「失礼します。」

 

 速水少尉が扉を開け、特に拘束されていない様子のイリダルさんが入ってくる。まぁ、僕も特に指示は出さなかったからね。

 

「キレイになったようだな、イリダル卿。」

 

「はい、閣下。ところで、ご用意されていたこの着替えですが、私の持っているモノとうり二つなのですが・・・。」

 

「そこは、機密事項だよ。さあ、席に着きたまえ。情報を貰おうじゃないか。」

 

「はい、閣下。では、失礼して。」

 

 そう言って、イリダルさんが椅子に座る。すぐに給仕の兵卒さんが紅茶を出してくれる。各自、のどを潤してから話しを始める。

 

「では、わがレオンチェフ艦隊の役目ですが、強行偵察でした。」

 

「だろうな。偵察巡洋艦のダーニャ級を使用していたんだ、そのあたりのことは私でも推測できる。」

 

「そうでしょうな。ちなみに、今回、出撃したのは我が艦隊のみです。」

 

「本当に3隻だけだったとは・・・。帝国の司令官は何を考えているのかね?」

 

「何も考えてはいないのでしょう。話しは少し変わりますが、私のレオンチェフ領は港町を領都とし、小さな村が数個ほど点在する地でありますが、まぁまぁの大きさの川が流れておりまして、そのおかげか漁獲量は領の規模に比べるとかなりのモノになります。そうなると、近隣の貴族からは・・・。」

 

「妬まれると?」

 

「まあ、はい。その通りです。それで、話しを今回の強行偵察に戻しますと、その貴族の中には海軍閥でも発言力を持っている(かた)がおりまして、司令官であるオーシプ・レスコフ侯爵とも仲の良い(かた)ですので、私をこの際、消してしまおうと思われたのだと思います。」

 

 その言葉を聞いて、僕たちはため息をついてしまった。今から、海戦で殴り合いをしようとしているのに、貴重なダーニャ級3隻を私欲のために使い潰すなんて考えられない。それだけ、こっちをなめているのかな?

 

「ふむ、卿の境遇には同情する。まあ、こうして命があるのだ。帝国艦隊が全滅すれば、オーシプ司令官とその取り巻きが責を問われるのだ。卿の領地が奪われることもあるまい。」

 

「全滅させることを前提に話しをされるのですね。まぁ、そうでしょうな。何処の国にも無い鋼鉄艦を持ち、魔法や弓、弩の射程外から攻撃ができ、あまつさえ飛龍王(ワイバーンロード)ですから。あの時は、思わず笑ってしまいました。」

 

「あの時とは、私がヘラクレイトスに乗り“ファイーナ”に接近した時のことかね?」

 

「ええ、そうですとも。船長と2人で大笑いしましたよ。迎撃しようにもここまで歯が立たない相手がいるのかと。」

 

 へえ、あの時の笑みはそう云うことだったのかぁ。なるほどね。あっ、そうだ、一番聞きたいことを早く聞こう。

 

「ところで、卿は帝国艦隊の進発日時はご存知か?」

 

「ええ、男爵といえども指揮官の1人でしたから。7月10日月曜日、陽が沈んでからの進発となります。規模も一応、お教えしておきましょう。大小合わせて1,327隻となります。帝国の西部方面の海軍力の9割と北部方面から4割を引き抜いての数です。」

 

 ピーテルさんとマヤさんが息を呑むのが聞こえた。僕はそれを無視してなるべく不敵に笑って、言う。

 

「つまり、私が武勲を上げるためのそれだけの獲物がいるということだ。素晴らしいな。実に素晴らしい。」




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第190話 海戦の準備・その4

“夕立”と“綾波”の2隻と合流してナドレンに帰投したのは16時過ぎになっていた。軍港では1隻撃沈、2隻を拿捕ということで捕虜のリストの作成に受け入れ準備にと、てんやわんやとなっちゃった。

 

 426人の捕虜を収容する場所をどこにするかで、議論になったけど、休日でまったりと自宅で過ごしていた国軍艦隊司令官のマヌエルさんをゲーニウス辺境伯の名のもとに軍港まで召喚し、ピーテルさんとの了承を得て、軍港内に僕が用意することにした。3階建ての兵舎を【召喚】して、その周りに鉄柵を【召喚】し、四隅には見張り台も【召喚】する。パパッとできたので夕食前にはイリダルさん以外の捕虜を収容出来たよ。

 

 ちなみに、夕食は国軍と領軍の主計科の皆さんが頑張ってくれて人数分用意できた。主計科には臨時報酬を出すようにするみたいだね。

 

 イリダルさんは貴族だから、空いている上級士官室を割り当てることになった。士官と云ってもエシダラの各国の軍はアメリカ軍みたいにしっかりと分けられていることは無くて、総司令官、司令官、将軍、上級士官、下級士官、上級兵、下級兵みたいな大雑把な感じでしか分けられていないんだよね。そこに、領主や貴族、専門職の騎士とか龍騎士とかが入って細分化されるんだけどね。まぁ、アメリカ軍のような明確な階級制度は龍騎士(ドラグーン)の錬成が終わると同時に徐々にしていくつもりだよ。

 

 “霧島”、“青葉”、“夕立”、“綾波”の4隻にはそれぞれ僕名義の感状と報奨金を送った。今の僕に出来るのはこれぐらいだからね。報奨金を使って街で羽を伸ばしてくれれば嬉しいね。

 

 そして、僕は今、お泊りさせてもらっているピーテルさんのお屋敷の一室でクリス達に囲まれている。罪状は人妻のマヤさんに色目を使ったこと。いやいや、使ってないよ!?褒められて嬉しかっただけだよ!?確かにマヤさんは綺麗だけど、ピーテルさんの奥さんで、僕より年上の息子さんもいるんだよ!?ちなみに、すぐにアントンさんは僕を置いて逃げた。うぅ、薄情者~。あ、ジョージは戦闘後の“霧島”ら4隻をもっと見たいと言ってそっちに行っちゃった。仕方ないね。

 

 そんなこんなで、夕飯抜きでコッテリ絞られたよ。もう20時を過ぎちゃっている。クリス達は夕食を確保してからの行動だったみたいで食べられなかったのは僕だけみたい。そんな感じでお腹を空かせて部屋にいると、ノックの音が響く。

 

「ガイウス卿、ジョージです。」

 

「どうぞ、入っていいよ。」

 

「夕食を摂られていないとの事で、MRE(戦闘糧食)でよければお渡ししようかと思いまして。【召喚】すれば、光でバレてしまうでしょう?」

 

「あぁ、そうなんだよ。【召喚】できないから、【空間転移】でどこかに行こうかとも考えていたけど、僕の気配が消えるとユリアさんやレナータさんが気づいちゃうからね。戦闘糧食、ありがたく戴くよ。」

 

「お食べになったことがあると思いますが、味には期待しないでくださいね。」

 

「実は、まだ食べたことないんだよね~。ボブ達、海兵隊と一緒に黒魔の森で野営をした時は、食事は【召喚】していたからね、MRE(戦闘糧食)の味は楽しみだよ。」

 

 そう言いながら、テーブルの上で次々と開封していく。水を入れたら加熱するのもあってその仕組みにもビックリしながら、食べ始める。食器はジョージの携行品を貸してもらったよ。

 

 うん、結構、美味しいかも。ちょっと味が濃い目かな?でも、疲れた体には染み入るね。飲み物は粉を水に溶かして飲むらしい。あ、ジュース?かな。これは。でも、濃さ的には果実水に近いかも。綺麗に食べきり、【水魔法】で食器を綺麗にし【風魔法】で乾かしてからジョージに返す。

 

「ありがとう、ジョージ。美味しかったよ。MRE(戦闘糧食)はいつ返せばいいかな?」

 

「いつでも、大丈夫ですよ。クリスティアーネ嬢たちが居ないときが良いでしょうから、今回の海戦が終わって、エドワーズ空軍基地に帰還してからでも大丈夫です。まだありますし。それでは、自分はこれで、おやすみなさい。」

 

「うん、ありがとう、ジョージ。お休み。」

 

 7月3日月曜日の朝、少し屋敷がざわついている。どうしたんだろう?着替えて、借りている部屋を出ると、使用人さんとバッタリ会う。

 

「ガイウス閣下、おはようございます。騒がしくて申し訳ございません。」

 

「うん、気にしないでよろしい。で、何かあったのかね?」

 

「はい、坊ちゃま、いえ、タンクレート様の馬車がナドレンの近くまで来ていると先触れがありまして、お出迎えの用意を。」

 

「なるほど。ああ、我々のことは気にしないで自分たちの仕事をしなさい。」

 

「はい、閣下。失礼いたします。」

 

 そう言うと、使用人さんは足早に去っていく。朝食の時間までまだ1時間近くあるね。少し散歩でもして時間を潰そう。庭師さんに許可を貰って、オリフィエル家の庭園をゆっくりと散策する。流石は元侯爵家、立派な庭だと改めてそう思う。

 

 食事の時間の15分前になったので食堂へと向かう。ノックをして部屋に入ると、ピーテルさんとマヤさん、それと知らない男の人が居た。【鑑定】すると、どうやらこの人がご子息のタンクレートさんみたいだ。マヤさんゆずりの綺麗な顔つきをしているけど、目つきはピーテルさんのように鋭い感じだね。

 

「おはようございます。ガイウス閣下。」

 

 とピーテルさん。

 

「おはようございます。閣下。昨日はありがとうございました。貴重な体験ができましたわ。」

 

 とマヤさん。

 

「閣下、これが私の息子のタンクレートであります。」

 

 ピーテルさんがそう紹介するとタンクレートさんは頭を下げて挨拶をしてくれる。

 

「父よりご紹介にあずかりました、タンクレート・オリフィエルであります。19歳で学園(アカデミー)にて学んでいる身であります。」

 

「うん、ピーテル卿より聞いている。官吏科を修了し現在は騎士科で学んでいるとか?」

 

「はい、閣下。騎士科も今年度で修了予定であります。」

 

「優秀なご子息だ。ああ、3人とも楽にしてくれ。私も楽にする。」

 

 そう言って、僕は席に着く。

 

「ありがとうございます。閣下。」

 

 そう言って、ピーテルさんが席に着くと、マヤさんとタンクレートさんも席に着く。

 

「閣下、申し訳ありませんでした。朝食の前にこのようなことになってしまって、愚息がどこからか、帝国の動きを聞いて、帰領を急いだようでして。」

 

「ああ、別にいいですよ。そんなに気にしてないですし。」

 

 僕が貴族調の口調から普通の平民よりの口調に戻すとタンクレートさんは驚いた様子だ。

 

「ふむ、タンクレート殿は驚かれていますが、私は2カ月前まで平民の冒険者だったんですよ。この口調が普段通りなんですよ。」

 

「そうですわ。ガイウス殿は、そこの切り替えをしっかりとなさる方ですの。」

 

 そう言って、クリス達が入ってきた。

 

「これは、クリスティアーネ殿、お久しぶりでございます。」

 

「ええ、まことに。しかし、タンクレート殿、以前もお伝えしたと思いますが、(わたくし)は辺境伯の孫なのですから、そこまで(かしこ)まらなくてもよろしいのですよ。」

 

「いえ、自分の性分ですので。」

 

「仕方ありませんね。堂々巡りになりそうです。あら、ご挨拶が遅れましたね。おはようございます。ピーテル様、マヤ様。」

 

 そうして、朝食が運ばれてきて食事が始まる。タンクレートさんは帝国のことについて聞きたそうだったけど、ピーテルさんが「後で話す。」と言ったら納得してくれたみたい。さてさて、どうなるやら。

 

「なんですか!?これは!?」

 

 軍港に来て早速、ビックリした様子のタンクレートさん。それに対してピーテルさんは努めて冷静に返答する。

 

「捕虜収容所と鹵獲したダーニャ級、そして、あの錨を下ろしている4隻はガイウス閣下の私兵艦隊だ。」

 

「海戦がもうあったということですか?父上。」

 

「いや、捕虜とした男爵からの情報では本格的な海戦は来週になるだろう。今回のこれは遭遇戦での戦果だ。」

 

「被害は?」

 

「無い。ガイウス閣下の私兵艦隊のみで叩いた。」

 

 驚いた顔で僕を見るタンクレートさん。それに僕は頷いて肯定する。

 

「タンクレート、お前には今回の海戦の総旗艦となる“ヴァルター”にガイウス閣下と同乗してもらうことになる。男爵になる前に本当の戦場の空気を感じろ。」

 

「はい、父上。ガイウス閣下、よろしくお願いいたします。」

 

 ピーテルさんから発破をかけられたタンクレートさんが、僕に一礼してくる。

 

「はい、お願いされました。大丈夫ですよ。私が“ヴァルター”に乗艦している限り、死なせませんから。さて、私は国軍艦隊司令官のマヌエル殿と話しがあるのでここで失礼します。私の艦隊が見学したいのであれば・・・、クリス、お願いしてもいいかな?」

 

「承知しましたわ。(わたくし)達にお任せ下さい。ガイウス殿は戦の支度を。」

 

「ありがとう、クリス。ジョージも補佐をお願いね。」

 

「了解。」

 

 僕はみんなに見送られながら国軍艦隊司令部へと入っていく。門番の水兵さんにマヌエルさんに会いたいことを伝えると、すぐに案内の水兵さんを呼んできてくれた。“艦隊司令官”と書かれたプレートが掲げられている部屋の扉を水兵さんがノックする。

 

「司令官閣下、ガイウス・ゲーニウス辺境伯閣下がお越しになられました。」

 

「うむ、開いている。」

 

「失礼します。」

 

 返事を聞き、そう言って水兵さんが扉を開き、僕を室内へと招き入れる。

 

「ガイウス閣下、昨日ぶりですな。どうぞおかけください。キミ、案内ありがとう。業務に戻りたまえ。」

 

「はっ。失礼します。」

 

 水兵さんが扉を閉めると、

 

「ガイウス閣下、緑茶、紅茶、コーヒーのどれがよろしいですか?」

 

「?私は紅茶が好きですね。」

 

「では、少々お待ちください。」

 

 そう言うとマヌエルさんは隣の部屋へと消えていった。数分してからお盆にティーカップとカラフェ、お菓子を乗っけて戻ってきた。

 

「いや~、お待たせして申し訳ありません。夏場は【水魔法】が使えるので氷を入れて水出し紅茶を飲むのが常でして。あっ、もしかして温かい方がよろしかったでしょうか?」

 

「あっ、いえいえ、そのマヌエル殿が自らご用意されていたので、少し驚きまして。従卒は?」

 

「海戦の場合は、艦橋から離れられないので、従卒をその時その時に任命しますが、平時で特にこの司令室にいるときは基本的に私自身がしています。まぁ、平民上がりですから。」

 

「あぁ、お気持ちはよくわかります。それでは、マヌエル殿のアイスティーをいただきながら、お話しをしましょう。」

 

 そう言って、軍務大臣のゲラルトさんから貰った“今回の海戦において、シントラー領とオリフィエル領の国軍艦隊の指揮権をガイウスに移譲する”という書類を見せる。一通り見終わると、書類を整えて返してくれる。

 

「承知しました。ただいまより、オリフィエル領に展開する国軍艦隊は閣下の指揮下に入ります。よろしくお願いいたします。」

 

「こちらこそ、補佐をよろしく頼みます。」

 

 これで、オリフィエル領の戦支度は、ほぼ終わったようなものだね。後は、シントラー領の国軍艦隊司令官のホベルトさんに会いに行かないとね。それと、ツァハリアスさんに救助隊の事がどうなったかを聞かないとね。“青葉”を見学していたクリス達にことわりを入れて、ヘラクレイトスの所へと向かう。

 

「ヘラクレイトス、急いでシントラー領に向かうよ。」

 

「うむ。それでは行くとしよう。」

 

 ヘラクレイトスが羽ばたき、大空へと舞い、一路、シントラー領を目指す。




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第191話 海戦の準備・その5

 投稿が遅れて申し訳ありません。上司と仕事によってメンタルをやられてました。


ヘラクレイトスの飛龍王(ワイバーンロード)としての能力と、【空間転移】を使用して11時過ぎにはシントラー領領都ネヅロンに着いた。まずは、ツァハリアスさんに挨拶をしておかないとね。

 

 ツァハリアスさんのお屋敷を訪ねると、丁度、行政庁舎から昼食のために戻ってきたツァハリアスさんとバッタリ会いそのままお昼に誘われた。断る理由も無いので、ありがたく同席させてもらうことにしたよ。案内された食堂には、ツァハリアスさんと奥さんのドゥルシネアさんがいて、他に2人の男の人がいた。多分、以前に名前だけを聞いていた長男のフィンさんと次男のアンテロさんだろう。【鑑定】をかける前に自己紹介をしてくれる。

 

「お初にお目にかかります。フィン・シントラーと申します。」

 

「同じく、お初にお目にかかります。アンテロ・シントラーと申します。」

 

「うむ、ゲーニウス領領主ガイウス・ゲーニウス辺境伯である。以後、よしなに。」

 

 そう言って、お互いの挨拶をすませる。

 

「いつも通りで構わないだろうか?」

 

 とツァハリアスさんに視線を向けると頷いてくれたので、貴族調の口調はおしまい。いつも通りの口調で話し始めると、フィンさんとアンテロさんはビックリしていた。まぁ、そうなるよね。昼食が終わると、僕はツァハリアスさんと一緒に行政庁舎に向かう。フィンさん達はシントラー領海軍司令部に戻っていった。

 

 行政庁舎に着くと、すぐに応接室に通してくれた。

 

「人払いは必要でしょうか?」

 

「いや、必要はない。ツァハリアス卿には例の救助隊の件について、どうなったかを聞きたいのだ。」

 

「そうでしたか。教会の方からは承諾を貰えました。救助船も艦歴の古い船の武装を外し、外装を白く塗り、フォルトゥナ教の紋を描くように手配しています。」

 

「それはよかった。それでは、私はこれから国軍艦隊司令部に行くので失礼する。」

 

「お送りしましょう。」

 

「いや、大丈夫だ。ありがとう。」

 

 そうお礼を言って、行政庁舎をあとにする。

 

 軍港について、国軍の水兵さんをつかまえて、シントラー領国軍艦隊司令のホベルトさんの所へと案内してもらう。ちなみに、ホベルトさんはドワーフだよ。司令官室にもすぐに通してもらえた。マヌエルさんと一緒で、従卒の水兵さんはいないみたいだね。

 

「ガイウス閣下、どうぞおかけになってください。お久しぶりです。クラーケンの件以来ですかな?」

 

「ええ、そうなりますね。」

 

「今日はどのようなご用件で?っと、お飲み物を用意しておりませんでしたな。パッションフルーツの良いジュースが手に入ったのですが、そちらでよろしいでしょうか?」

 

「はい、ありがとうございます。」

 

「では、少々お待ちを。」

 

 そう言って隣の部屋にジュースを取りに行く。

 

「お待たせしました。」

 

 そう言って、氷で冷やされたジュースが目の前に置かれる。朝のオリフィエル領国軍艦隊司令マヌエルさんとのやりとりを思い出して笑みがこぼれる。

 

「何かおかしなところがありましたか?」

 

 ホベルトさんが聞いてくるので午前中にあったマヌエルさんとのことについて語る。すると、ホベルトさんは笑い声を上げて、愉快そうに言う。

 

「そうでしょうとも。マヌエルとは同期でして、ドワーフと人族で人種は違えども、互いに平民出身でしかも得意な【魔法】は同じ【水魔法】。やつとは気が合いまして、腐れ縁と言えばよろしいのか、最初に配属された船は同じ。その後の参謀教育に入った期日も同じ。その後、配属された司令部も同じ。勿論、昇進の早さも同じでした。そして、今はこうして隣り合う領でお互い艦隊司令を(つと)めているのですから。」

 

「なるほど、そうだったのですね。」

 

「ええ。おっと、無駄話をしてしまいましたな。本日のご用件をお伺いしましょう。」

 

「はい、こちらの書類をご覧いただきたいのです。」

 

「お借りします。ふむ・・・。」

 

 ホベルトさんが書類に目を通している間に、パッションフルーツのジュースを飲む。控えめの酸味にそれに打ち勝つほどの甘味がとても美味しいね。カラフェからおかわり貰おうっと。

 

 2杯目のジュースを楽しんでいると、書類に目を通し終わったホベルトさんが長く息を吐いた。

 

「閣下に指揮権を移譲するのは承知しました。確認ですが総旗艦はオリフィエル領海軍の“ヴァルター”ですな。」

 

「はい。」

 

「あと、一つ。この走り書きの書類。昨日、帝国の強行偵察艦隊と遭遇し、戦闘を行い、ダーニャ級1隻を撃沈。2隻を拿捕し、艦隊を殲滅したのは本当でしょうか?」

 

「本当の事ですよ。ですから、その続きの捕虜の人数や捕縛した指揮官のイリダル・レオンチェフ男爵が教えてくれた敵の総司令の名に敵艦隊の総数も進発日時も本当の事です。」

 

「なんともまぁ・・・。流石は閣下ですな。」

 

 そう言って、ホベルトさんは自分の分のジュースを一気に飲み干す。

 

「しかし、人生で1度あるか無いかの大海戦となりそうですなぁ。武人としては大変に心が躍りますが。」

 

「ええ、まさしく。600の寡兵で1,000を超す大軍を破るのです。王国の歴史に名を刻む海戦となるでしょう。」

 

「しかし、大胆な作戦ですな。ネリー山脈の端、エルカン岬に閣下の私兵艦隊以外の全艦隊を配置し、押し負けるように演技をしながらシントラー領のラルン岬沖で反転、寡兵にて帝国艦隊を薄く逆包囲。それとほぼ同時に岬に待機させていた飛龍王(ワイバーンロード)率いる飛龍(ワイバーン)600体を上空に展開。閣下の私兵艦隊が西より突撃し、帝国艦隊を南北に分断。すぐに西側を閉じ、帝国艦隊の北には閣下の秘蔵の“鋼鉄の鳥”達により炎の壁を造り上げ、逃走を防ぎながら攻撃を加える。帝国艦隊の退路は東のみですがそこは陸地、救助隊に編成された船から降ろされた弩砲などを設置し、上陸も防ぐ。・・・本当に12歳ですか?」

 

「12歳ですよ。ホベルト殿。ただ、助けてくれる仲間がいるのです。」

 

 苦笑しながら答える。今回の作戦を実行できるのだって、シンフィールド中将やルーデル大佐、レドモンド大佐、コールドウェル大佐にジョージやボブ達とかの他のみんなのおかげだよね。僕1人なら無理だもん。

 

 ホベルトさんとはしばらく雑談をして国軍艦隊司令部をあとにした。ラルン岬にはすでにシントラー領軍が防衛陣地の構築と救助船から降ろした弩砲とかを設置中で帝国艦隊の襲来までには間に合うそうだ。

 

 さて、次は、救助隊を運用してくれる教会に挨拶に行こう。ネヅロンの教会には初めて訪れた時に一度行っているから場所は覚えている。司祭様はカルラ・エシュさんと云って珍しい貴族出身の女性司祭様だ。神父様はツェーザルさん。聖騎士団の医療団に所属していたらしいけど、年齢で一線を退(しりぞ)いたらしい。僕の知っている教会関係者って武闘派多くない?

 

 ま、その2人に今から挨拶に行くわけ。

 

 そして、着きました。フォルトゥナ教教会ネヅロン支部。早速中に入ると僕の事を覚えてくれていたらしい巫女さんが挨拶するなり、

 

「すぐに、司祭様と神父様をお呼びいたします。」

 

 と言って、教会の奥へと駆けていった。別に急いでいるんじゃないけどなぁ。あ、そうだ。最近、お祈りできていなかったから、フォルトゥナ様の像にお祈りしよう。そして、視界が白い光に包まれる。

 

「久しぶりね。ガイウス。貴方のことをよく見ていたわ。」

 

 目を開けると、フォルトゥナ様が椅子に座っていた。

 

「貴方のも、今、用意するわ。それと、飲み物もね。こちらにいらっしゃい。」

 

 そう言うと、何もない所から椅子と紅茶とお茶菓子が乗ったテーブルが出てきた。フォルトゥナ様の言う通りに椅子に座る。

 

「まずは、ガイウス、貴方に感謝を。貴方たちが黒魔の森の魔物を討伐してくれたおかげで邪気が弱まりつつあるわ。邪神が出現するのが遅くなるでしょうね。でも、今度、大きな(いくさ)をするでしょう?そこで、負の感情が大量に生み出されるでしょうから気を付けておいてね。別に(いくさ)をするなと言っているわけではないのよ。あれは、人間の数の調整に役立つから。ま、今回は救助隊というのを創設したみたいだから、そこまで負の感情は出てこないかもしれないわね。」

 

 フォルトゥナ様が笑顔で言う。僕はその言葉に戸惑いながらも紅茶を口にする。

 

「ところで、今日は“地球の神様”はいらっしゃらないんですか?」

 

「あら、アイツが居た方がよかったのかしら?」

 

「あ、いえ、そういうわけではなく・・・。」

 

「フフ、わかっているわよ。意地悪してごめんなさいね。ちょっと、地球のほうでほとんど同時に30万人近く死んじゃったみたいでね。しかも、その地域が(がく)の有る場所だったらしくて、ほとんどの魂が輪廻転生を(こば)んじゃっているみたいなのよ。それで、(こば)んでいる魂達は別の世界への転生とか過去の自分に戻りたいとかを要求しているそうなの。その処理に追われているからしばらくアイツは此処に来ることはできないわ。」

 

「はぁ、大変なんですね。でも、同時に30万人も亡くなるなんて何が起きたんですか?戦争ではないですよね。」

 

「それは、秘密よ。アイツが此処に来たら聞くといいわ。話してくれるかどうかはべつだけどね。」

 

「わかりました。ところで、今回、僕を此処に呼んだ理由を聞いてもいいですか?僕はただ祈りを捧げていただけなので。」

 

「貴方に会いたかったからに決まっているじゃない。1,000年後か5,000年後か10,000年後になるかわからないけど、私の夫となるのだから、定期的に会いたいのよ。ただ、それだけ。さて、今回はここまでにしましょうか。教会で貴方を待っている人達がいるからね。」

 

 その言葉と共に視界が真っ白になり、僕は教会に戻ってきた・・・はずなんだけど、まだ視界が白い。よく見ると僕の背から生えた純白の翼らしい。その翼が僕を包み込むような形になっていたみたい。

 

 翼を消して立ち上がると、僕とフォルトゥナ様の像に向かって祈りを捧げている教会の皆さんがいる。すぐに僕が言葉をかけるとみんな「良いものを拝見しました。」と口々にお礼を言ってくる。別にそんなに大したことじゃないんだけどね。

 

 さて、此処に来た本来の目的を()たそう。




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第192話 前哨戦

投稿期間があいてしまって申し訳ありません。


 フォルトゥナ教教会ネヅロン支部の応接室で司祭様のカルラさんと神父様のツェーザルさんに対して今回の救助隊への参加のお礼を言う。

 

「なにを仰いますか、ガイウス様。同じフォルトゥナ教の信徒を助けるために救助隊を事前に編成し、その栄誉ある役目を我々、教会に任せてくださるのは、まことに感謝しています。先程の礼拝堂での光景もフォルトゥナ様が、今回の事をお褒めくださったに違いありません。」

 

 カルラさんが言う。

 

「まぁ、救助隊のことはお知りのようで、似たようなことは言われました。」

 

「やはり!!あぁ、ガイウス様にお会いできて奇跡を目の当たりにできて、私は幸せです。」

 

 熱く語るカルラさんに、ツェーザルさんが苦笑いしながら、

 

「司祭様、そのあたりで。ガイウス様もお忙しい御身でしょうから、これ以上、我々が拘束するのもよろしくないのでは?」

 

「あら、そうね。ツェーザル殿、ありがとう。ガイウス様、お時間をとらせてしまい申し訳ありませんでした。」

 

「いえいえ、それでは、また。」

 

 僕はそう言って、教会を後にする。行政庁舎にいるツァハリアスさんにも挨拶をして、ヘラクレイトスと共にナドレンへと戻る。

 

 そして、海戦への準備が整い、帝国軍の進発を今か今かと待ち構えていると、7月10日月曜日。夕食を終え、みんなで閑談(かんだん)していると、ジョージの通信機に呼び出しが入る。

 

「ガイウス卿、偵察に出ていたRF-4Cが帝国艦隊の進発を確認したそうです。現在、進行方向の確認のため、張り付いているそうです。」

 と、ジョージが報告してくれる。

「南下を確認したら再度の報告をするようにお願いして。それと、エドワーズ空軍基地にも爆装したF-15Eと給油機をいつでも飛ばせるようにと連絡しておいて。寝ていても起こしていいから。」

 

「了解しました。」

 

「ピーテル卿、海軍のほうへはお願いできますか?」

 

「国軍と領軍の両方へいつでも早馬を出せるようにしています。」

 

「わかりました。」

 

 さぁ、帝国艦隊は南下するのかしないのか。緊張するね。

 

 午前2時を過ぎたぐらいかな?部屋の扉がノックされ、

 

「ジョージ・マーティン中尉です。」

 

 と声をかけられたので、寝起きの声で、

 

「・・・入っていいよ。」

 

 と許可を出す。

 

「失礼します。ガイウス卿、帝国艦隊が進路を西進から南下を始めました。」

 

「・・・うん?・・・うん!!わかった。ピーテル卿に伝えに行くよ。ジョージはクリス達を起こして!!」

 

「了解。」

 

 寝ぼけた頭で最初は理解が追い付かなかったけど、すぐに目が覚めて脳が動き出す。ピーテルさんにも早く伝えないと。ピーテルさんの寝室をノックする。

 

「ガイウスです。ピーテル卿、起きていますか!?」

 

 すぐに扉が開かれて寝間着姿のピーテルさんが現れる。けれども、ハッキリとした口調で尋ねてくる。

 

「帝国が動きましたか?」

 

「はい。南下を始めたそうです。」

 

「わかりました。すぐに着替えます。国軍艦隊司令部、領軍艦隊司令部に早馬を出します。閣下もお着替えをなされたほうがよろしいでしょう。10分後にエントランスに集まりましょう。」

 

「わかりました。」

 

 部屋に戻ると使用人さん達が待っていた。手伝ってもらいながら寝間着から艦隊総司令官用の軍服に袖を通す。軍帽を左脇に抱え、左腰には軍刀を佩(は)く。鏡の前で乱れが無いかを確認して、使用人さん達にお礼を言ってエントランスに向かう。

 

 エントランスには海軍服姿のピーテルさんと騎士服姿のタンクレートさん、それと、完全装備のジョージとアントンさんがいた。クリス達はまだみたい。

 

「遅くなって申し訳ない。」

 

「いえ、閣下。我々も今来たところです。今、馬車の準備をしておりますので、クリスティアーネ様達が参られた時には出発の準備は整うかと。それと、今しがた、戻ってきた早馬が預かりました国軍艦隊司令のマヌエル殿からの書簡です。」

 

「確認させてもらおう。」

 

 封筒を受け取り、中身に目を通す。そこにはただ一言、「いつでも出撃可能。」と書かれてあった。簡潔でいいね。中身を戻し、封筒を内ポケットにしまう。そうしているうちにガチャガチャと金属同士がぶつかり合う音が聞こえてきたので振り返ると、完全装備のクリス達がマヤさんの先導で階段を下りてきているところだった。

 

「これで、全員揃ったかな?」

 

「はい、閣下。馬車の準備もできております。」

 

「よし、では行こうか。マヤ殿、ピーテル卿とタンクレート殿をお借りする。」

 

 僕がそう言うと、マヤさんは深く頭を下げて、

 

「はい、閣下。タンクレート、しっかりとなさいね。皆さま、どうかご無事で。」

 

 そう言って送り出してくれた。

 

 馬車が車列を作り、深夜のナドレンの街を軍港へ向かって走って行く。それぞれの馬車が四隅にランタンをぶら下げてあるので、もし、通行人がいたとしても音と明かりで気付ける。そして、勿論、無事故で軍港に着いた。

 

 軍港では、国軍艦隊司令のマヌエルさん、金剛型高速戦艦4番艦“霧島”艦長の岩淵大佐、そして、今回の総旗艦を務めるオーラフ級“ヴァルター”艦長のマウリッツさん(あ、マウリッツさんは平民出身だよ。)の3人が出迎えてくれた。彼らの後ろでは出港準備のために各船、各艦に明かりがともり、舫(もや)い綱を収納し、離岸作業に入っている船もいた。

 

 僕たちは馬車を降り、敬礼してくれている3人に僕が代表して答礼し、短く言う。

 

「おはよう諸君。待ちに待った時が来た。今こそ帝国艦隊を完膚なきまで叩き潰し、海の藻屑としてくれよう。それでは、出港する。」

 

「「「了解。」」」

 

 3人が返事をし、敬礼を解くと各々の船、艦に戻っていく。

 

「マーティン中尉、ついてきたまえ。」

 

「了解です。大佐。」

 

 岩淵大佐とジョージは“霧島”の内火艇に乗って“霧島”へ。マヌエルさんは国軍艦隊旗艦カトリーン級大型帆船“ユディト”へ。そして、僕たちはマウリッツさんの案内で“ヴァルター”へと向かう。【風魔法】を使いヘラクレイトスへ言葉をかけるのも忘れない。最近は、細かい操作もできるようになってきて真っ直ぐだけではなく、地形に沿わせたり障害物をさけたり等して声を届けることもできるようになったよ。

 

「『ヘラクレイトス。今から出港するから、エドワーズ空軍基地に戻って、子供以外の飛龍(ワイバーン)を連れて、以前教えた場所で待機しておいて。』」

 

 よし、これで大丈夫。【遠隔監視】でヘラクレイトスの様子を見ると、声が届いたのか、すぐにゲーニウス領に向かって飛び立った。その後に声が届く。

 

『承知した。』

 

 流石は空の覇王、飛龍王(ワイバーンロード)。【風魔法】はお手の物ってね。“ヴァルター”の艦橋に着くと、マウリッツさんが僕を見てきたので頷き、【風魔法】で全艦隊に行き渡るようにして言う。

 

「『出港!!シントラー領の海軍戦力と合流し、帝国艦隊を迎撃する!!』」

 

「「「「「「オオ!!」」」」」

 

 雄叫びが聞こえて、戦隊ごとに出港を始める。“ヴァルター”は先頭を行く。貴族の指揮官が先頭で戦うのは当たり前のことだからね。

 

 オリフィエル領からシントラー領へ入ると、“霧島”、“青葉”、“夕立”、“綾波”は作戦通りに一旦分かれる。通信はジョージが担当して、AWACSが中継して僕へと届くようになっている。

 

 出港してから約半日が過ぎた頃に全船がシントラー領領都ネヅロンの沖に着いた。僕の【水魔法】で海流を作って速力を上げていたからね。さて、シントラー領海軍、国軍艦隊共に出港の用意は出来ているようで、軽い打ち合わせを各指揮官として北進を開始する。また、エドワーズ空軍基地に通信して、ルーデル大佐の部隊と給油機を動かす用意をさせる。

 

 出港から1日半が過ぎて、7月12日のお昼過ぎ。ネリー山脈の西端、エルカン岬沖に布陣する。敵を包み込むような“三日月陣”で待ち構える。敵と最初にぶつかる両翼の端は国軍艦隊が引き受けてくれた。さらに中段の両端には戦闘艦隊から距離を置いて教会が運用する救助艦隊が待機する。勿論、此処までの移動にも僕の【水魔法】を使ったよ。

 

 そして、上空で哨戒飛行をしているP-8から通信が入る。

 

『帝国艦隊は現在、エルカン岬から50km地点を通過。速力約11ノット。隊形は横陣。西部方面艦隊旗艦であるレオニード級超大型帆船“ピョートル”は後方中央。隊列は・・・。バラバラです。』

 

「『了解。高度に気を付けながら接敵を続けるように。』」

 

『了解。』

 

 【水魔法】や【風魔法】による補助はしていないみたいだね。見張り台から目視できるまで、あと2時間ぐらいはかかるかな。しかし、相手の指揮官は臆病だね。数では勝(まさ)っているのに。でも、報告された陣形と隊列だと、とにかく数で押し潰す気らしいね。

 

 そして、2時間と少し経(た)ったときに、

 

「左翼の“アエミリア”から手旗にて報告。“帝国艦隊見ユ”以上です。」

 

 その報告に艦橋に緊張が走り、僕は全艦隊に聞こえるように【風魔法】を使う。

 

「『左翼が帝国艦隊を発見。全船、合戦用意!!』」

 

 さらに、ジョージにも通信を入れて、“霧島”ら4隻を動かす。

 

 艦隊が移動し、帝国艦隊と正対する。“ヴァルター”の艦橋からも敵の船のマストが見える。5kmを切ったかな?

 

「敵艦隊、速力を落とさずそのまま突っ込んできます!!」

 

 マストに上がった見張り員さんが報告してくれる。両翼の国軍艦隊には無理をせずに作戦通りに後退するように再度伝える。マヌエルさんとホベルトさん、無茶をしなければいいけど。

 

「敵艦隊より、両翼へ攻撃が開始されました。」

 

 見張り員さんの言葉に艦橋に緊張が走る。そして、僕は命令を下す。

 

「艦長、“ヴァルター”前進。他艦にも追従するように下命。敵に一撃を食らわせたら、後退だ。作戦通りに殿は我々とする。」

 

「了解。帆を張れ!!全速で敵艦隊へ突っ込む。僚艦への指示を忘れるな!!」

 

 マウリッツさんの声が響き渡る。“ヴァルター”を含めたシントラー・オリフィエル両艦隊は僕の【水魔法】でグングン速力を上げ、敵艦隊へ接近する。

 

「衝角攻撃(ラムアタック)隊の速力を上げる。また、【風魔法】で障壁を作ろう。」

 

 そう言って、すでに障壁を展開していた国軍海軍以外の全艦分の障壁を作り、“ヴァルター”を含めた衝角攻撃(ラムアタック)隊の速力を【水魔法】で上げる。20ノットくらいは出ているんじゃないかな。“ヴァルター”を先頭に衝角攻撃(ラムアタック)隊が、こちらの急接近に慌てている敵艦隊に肉薄し、弩砲や【魔法】を撃ちながら衝角攻撃(ラムアタック)を仕掛ける。

 

 ドンッと大きな衝撃が“ヴァルター”の船体を揺らす。敵のアーラ級大型帆船の横っ腹に衝突できた。すぐに【水魔法】を使い、“ヴァルター”を後退させる。アーラ級の左舷下方には大きな破孔が開いており、そこから海水が船内へ流れ込んでいた。数分もしないで、アーラ級は侵入してきた海水と自重とで横転し、沈み始める。さて、前哨戦の始まりとしては幸先がいいんじゃないかな。




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第193話 後退戦へ

 ネリー山脈の西端、エルカン岬沖ではアイソル帝国艦隊の迎撃のために【魔法】に矢、火矢、弩が飛び交っている状態だ。帝国艦隊は僕達の衝角攻撃(ラムアタック)が上手く決まり、中央の分艦隊から混乱が広がりつつある。

そんな中でも一際目立った活躍をしているのが、教会が運用する救助艦隊だ。乱戦模様になりつつある海上を短艇と小型船を使用して、負傷者や落水者を救助して回っている。

 

 ちなみに、衝角攻撃(ラムアタック)の時に沈めたアーラ級の乗員たちは上級指揮官と貴族だけをこちらで救助、捕縛して残りはすぐ近くにいた救助艦隊に任せたよ。僕達の前進に合わせて着いて来ていたみたいだね。

 

 でも、救助方法は結構荒っぽくて、暴れる溺者がいると殴って気絶させて動かなくしてから救助したり、【魔法】が使える人間は口を塞ぎ、手を拘束してからしたりしていたよ。まぁ、どちらも理由はわかるけどね。暴れる溺者は救助側を道連れにする可能性があるし、【魔法】を使える人間は救助艦隊の船を乗っ取る可能性があるからね。

 

 さて、戦闘の方に意識を戻そう。敵の先鋒はこちらの衝角攻撃(ラムアタック)の混乱から立ち直りつつあるけど、1,300隻以上の船の全てが立ち直るにはまだ時間が必要そうだ。ふむ、後退するなら今のうちかな?【風魔法】を上手く操り、伝達する。

 

「『総旗艦“ヴァルター”より全船に下命する。各分艦隊は秩序を保ちつつ、ラルン岬沖まで後退。殿は我々、“ヴァルター”を含めた司令部艦隊が務める。』」

 

 すぐに各分艦隊の旗艦から了解の返答が来る。まずは、両端の国軍艦隊から順に退いていく。退く際には慌てて退却しているように見せるために、がむしゃらに攻撃をしながら後退するように事前の打ち合わせで指示を出している。

 

 【遠隔監視】で様子を見てみると、退却を始めた国軍艦隊を攻撃しようとして、手ひどい反撃を受け沈む敵船もいるようだ。国軍艦隊を構成している戦船はほとんどが艦齢10年未満のものが多く、性能もいい。この1、2年で就役した船には喫水線下の内側に薄い鋼板を張って、衝角攻撃(ラムアタック)の被害を小さくしようと試行錯誤しているモノもあるみたいだね。

 

 国軍艦隊が十分に敵艦隊との距離をとると、段々と陣形が“三日月陣”から“弓形陣”へと変化し、必然的に弓形の頂点に位置する“ヴァルター”含む司令部艦隊が敵の圧をかなり受けることになる。それでなくとも、“ヴァルター”にはこの海戦に参加している3家の家紋旗と国軍旗が掲げられているから目立つんだよね。“司令部此処に有り!!”って感じで。まぁ、でも、“ヴァルター”に攻撃が集中するのは願ってもないこと。僕の有り余る魔力で風の障壁を作り出し弩や火矢を防いで、海流を操作して敵の衝角攻撃(ラムアタック)を防いだりできるからね。

 

 勿論、防御面だけが優れているのではなく、攻撃力もある。アントンさん、レナータさん、ユリアさんの3人の高位冒険者の移乗攻撃による活躍で、敵先鋒の上級指揮官と貴族をドンドン捕縛していっている。捕虜は“ヴァルター”だけには乗りきらないので、僚艦にも収容しているぐらいだからね。

 

 ちなみに、指揮官の居なくなった船の乗員達は攻撃を段々とやめて、白旗を上げるばかりか、しまいには下級指揮官の命令を無視、短艇を降ろし、船を放棄して救助艦隊に保護を求めたりしているよ。まぁ、誰だって死にたくないもんね。それに救助艦隊という目に見える救いの形があるのも理由だろうね。

 

 ちなみに白旗を上げた船は鹵獲して、こちらの指揮官さんや水兵さんを派遣して戦域から離脱させているよ。攻撃に巻き込まれて沈んでしまったら可哀想だからね。シントラー領軍が展開しているラルン岬まで行って、そこで正式に捕虜となってもらう。船は海戦後に国軍とオリフィエル領軍とシントラー領軍で話し合って分け合う予定だったけど、思いの外、数が多くなりそうだね。

 

 さて、戦闘の方に思考を戻そう。国軍艦隊は敵を振り切り後退を完了している。オリフィエル領海軍、シントラー領海軍も8割が後退を完了。残るは“ヴァルター”を中心とする司令部艦隊とそれに随伴していた2割の領海軍。うん、まずは数の少ないオリフィエル、シントラーの領海軍を逃がそう。敵艦隊が後退した艦隊を諦めて、僕達のほうへと狙いを変えて包囲網を閉じつつあるからね。

 

 そうと決まれば指示を出さないとね。風魔法を上手く操作して、敵艦隊に聞こえないようにしながら指示を出す。

 

「『総司令官のガイウスより命令する。オリフィエル、シントラーの領海軍は、後退し友軍と合流せよ。』マウリッツ船長、我々司令部艦隊は最後まで残るぞ。ただし、一隻たりとも沈めはせん。」

 

「了解です。閣下。敵を怯ませる!!火矢での攻撃を増やせ!!出し惜しみするな!!」

 

 “ヴァルター”を中心に攻撃の勢いが増す。それでも、少し心許(こころもと)ない。アントンさん達はよく戦ってくれているけど、敵の心を折る手が足りない。どうしようかな。

 

「『ジョージ、今、大丈夫かな。』」

 

『はい、ガイウス卿。大丈夫ですよ。』

 

「『こう、船に対する攻撃が強い人って知らないかな?』」

 

『ふむ、船ですよね・・・。あ、1人、思い当たります。義弘達と同じ侍、武士ですが時代が結構さかのぼりますね。源為朝(みなもとのためとも)、鎮西八郎とも言いまして、弓の使い手で軍船を沈めたという嘘か真か逸話があります。ただ、気性が荒いのが難点ですね。』

 

「『ありがとう、早速、【召喚】してみるよ。』」

 

『ご健闘を。』

 

 さて、【召喚】しているところをあまり見られたくないから少しだけ船室に戻ろう。

 

「マウリッツ船長、私は少し船室に戻る。すぐに戻るが何かあったら知らせて欲しい。」

 

「了解しました。」

 

 船室に戻ったらすぐに【召喚】をする。魔法陣と光が部屋を埋め尽くす。魔力が思いのほか持っていかれる感じがする。光が収まると1人の完全武装の侍が立っていた。2mを超すであろう身長に、弓も刀も大きく、矢なんて槍に矢軸を付けたような太い矢になっている。

 

「小童、お主が俺を呼んだのか?」

 

「そうだよ。僕はガイウス・ゲーニウス。12歳で辺境伯の地位を賜わっている。君の名を教えてくれるかな?」

 

「ふむ、ならば、俺のこの弓を引いてみろ。引けたら教えてやる。」

 

 そう言って、弓を差し出してくる。僕は両手でそれを受け取り、普通の弓のように引こうとするとビクともしない。なので、少し力を加える。そうすると徐々に引けたので、さらに力を加えたら、キチンと()れるところまで(つる)を引く。

 

「これで、どうかな?」

 

 と聞くと、両膝を突いて頭を垂れた。

 

「先程は申し訳なく。ガイウス殿の実力見せて頂きました。その御歳で素晴らしい闘気にお力を備えていらっしゃる。懸命に仕えさせていただきたい。」

 

「ありがとう。で、名を教えてよ。」

 

「はい、源為朝と申します。鎮西八郎とも自称しております。」

 

「それじゃあ、為朝、これからよろしく。さて、【召喚】したばかりだけど、今は海戦の最中でね。君の剛弓の力を是非とも披露してほしいんだ。」

 

 そう言うと、為朝は立ち上がり、胸にドンと手を当て、

 

「お任せください。敵船などこの弓で沈めてみせましょう。さあ、行きましょうぞ。」

 

 と頼もしい言葉を言ってくれた。

 

 艦橋に戻ると、すでにこの海域に残るのは僕ら司令部艦隊のみとなっていた。

 

「領軍艦隊は後退に成功しました。」

 

 マウリッツ船長が報告してくれる。

 

「待たせて悪かった。助っ人だ。源為朝という。弓の使い手だ。為朝、早速だがあの船を攻撃してほしい。」

 

「承知。」

 

 そう言うと矢をつがえて、弓を引き絞る。そして、矢を放つ。ビュン!!という音と共に矢が真っ直ぐに左前に位置していたダーニャ級の船首喫水線付近に向かい、ドンッ!!という轟音と共に大穴が開く。喫水線近くに大穴が開いたので、そこから海水がなだれ込む。ダーニャ級はゆっくりと、だが確実に船の船首部分から沈み始める。

 

「次はあの船かな。」

 

 そう言って、右前にいるマクシマ級中型帆船を指差す。今度は3本の矢が放たれた。2本は喫水線付近に大穴を開け、1本はマストをへし折った。へし折れたマストでバランスが崩れ、穴から流入する海水でマクシマ級は5分も持たずに横転した。その間にも矢と為朝の体力が続く限り、包囲しようとする敵艦隊を攻撃し続けた。その甲斐あってか包囲しようとしていた敵艦隊からの攻撃が弱まった。僕はすぐに、命令を出す。

 

「『司令部艦隊、全船、後退!!【風魔法】と【水魔法】を使う。注意しろ!!』」

 

 そして、司令部艦隊は敵に船首を向けたまま、攻撃をしながら高速で後退する。2kmほど離れたら反転してさらに増速する。追撃は無かった。帝国艦隊は追撃よりも立て直しを優先しているみたいだね。これで前哨戦はおしまいかな。

 

「『ジョージ、艦隊の突入準備は大丈夫かな?』」

 

『はい、問題ありません。両艦隊よりマストの見えない6km地点で待機していますので、すぐに突入できます。』

 

「『うん。エドワーズ空軍基地にはルーデル大佐達を出撃させるように連絡しといてね。ルーデル大佐が交戦空域に入ったら僕と直接、通信するということも厳命しておいて。』」

 

『了解しました。』

 

 さてさて、今度はラルン岬沖で帝国艦隊には悪夢を見てもらおうかな。




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第194話 反撃開始

 ラルン岬沖で先に後退していた艦隊と合流する。すぐに司令部艦隊を先頭に右下に斜め線を引くように梯形(ていけい)陣を組む。前哨戦では被害が少なかったけど、それでも、国軍艦隊が失った船の数は35隻。艦体すべてで52隻。623隻のうち1割近くも失ってしまった。

 

 もっとも、沈んだのは衝角攻撃(ラムアタック)隊の中核をなす、小型の快速櫂(かい)船が45隻。残りの7隻は船齢20年を超す老朽船で、撃ちたいだけ撃って、最後は敵の大型船に2度目の衝角攻撃(ラムアタック)を仕掛けて、敵船もろとも沈んでいった功労船だ。戦死者は57名。沈んだ船の数の割には、まぁ、マシだけども、それでも僕達の立てた作戦で亡くなった人達だ。僕はひっそりと黙祷(もくとう)を捧げる。そして、彼らを動かす。

 

「『マーティン中尉、“霧島”ら私兵艦隊はどうかね。』」

 

『はい、ガイウス卿率いる司令部艦隊より5kmの地点であります。』

 

「『よろしい。別名あるまで待機だ。』」

 

『了解しました。』

 

 艦橋でこれらのやり取りをしていると、通信機とヘッドセットのことを知らないマウリッツ船長たちは不思議そうな目で見てくる。僕は彼らに視線を向け、笑顔を作ると、

 

「心強い味方に応援を頼んだ。私兵艦隊だが期待してくれ。」

 

 と言う。そうするとみんなの眼に力が灯る。よし、まだまだこれからだ。

 

「『ヘラクレイトス、飛龍(ワイバーン)の皆は艦隊上空で待機。』」

 

『承知した。』

 

 ヘラクレイトス達が上空を遊弋し、艦隊が梯形(ていけい)陣で待ち構えている所に、1時間後、帝国艦隊のマストがポツポツと見え始めた。僕は、ヘラクレイトスの背に乗り、敵の陣形を確認する。魚鱗の陣形だ。総旗艦のレオニード級超大型帆船“ピョートル”は三角形の底辺の真ん中に確認できる。つまり最後方ということだね。セオリー通りだ。

 

 ヘラクレイトスの背から降り“ヴァルター”の艦橋に着地する。ふと微かにプロペラ機の飛行音がしたので空を見上げてみると零式水上観測機が飛行していた。多分、“霧島”の搭載機だろう。高度は・・・6,000mほどかな。

 

『ルーデルよりガイウス卿へ。F-15E全機、交戦空域上空11,000mに到達しました。これより我々は事前の計画通りライトニング隊として行動します。』

 

「『了解した。合図を待つように。』」

 

『ライトニング1、了解。』

 

 準備は整った。帝国艦隊の船の形までわかるようになってきた。3kmほどってところだね。強化されている視力だから見えるけど、高位冒険者のユリアさん、アントンさん、レナータさん、高ステータスの源為朝以外の普通の人だとまだよく見えないかもね。

 

「それでは、行こうか。『全艦隊、全速前進!!帝国艦隊に逆撃を喰らわせる!!』」

 

 【風魔法】で命令をいき届かせる。各船からは雄叫びが聞こえてくる。闘志は衰えていないね。つられて上空の飛龍(ワイバーン)達も雄叫びを上げる。“ヴァルター”を先頭に司令部艦隊が動き出すと、各分艦隊も陣形を保ちながら追従する。

 

「『マーティン中尉、岩淵大佐へ“私兵艦隊、突入開始”以上だ。』」

 

『了解。岩淵大佐、ガイウス卿より突入許可です。』

 

『ありがとう、マーティン中尉。僚艦に発光信号!!“突入ス。我ニ続ケ。”機関、最大船速!!3番、4番は左舷に指向!!全砲門、三式弾及び榴弾を装填!!』

 

 よし、これで“霧島”率いる艦隊は大丈夫。次はルーデル大佐が率いるドイツ空軍第2地上攻撃航空団(SG2)が駆るF-15Eに突入のタイミングを伝える。

 

『オールライトニング、こちらガイウス。我が艦隊の最後尾を構成する分艦隊が帝国艦隊と接触したら、ナパームによる炎の壁を帝国艦隊の後方に造りだせ。その後は、攻撃自由だ。』

 

『ライトニング1より、了解。』

 

 通信が終わり、ヘッドセットの上から兜を被る。フェイスガードは上げたままだ。そのまま腕を組んで艦橋に立つ。徐々に帝国艦隊が近づいてくる。2km・・・、1.5km・・・、1km・・・、そして、500mを切る。

 

「『全艦隊、攻撃開始!!』」

 

 【風魔法】に乗せて攻撃命令を出す。交戦範囲に入った船から弩砲や各【魔法】による攻撃が始まる。為朝も弓を射る。それは帝国側も同じだけど、帝国側の攻撃を全て僕の【風魔法】による障壁で防ぎ、被害を限りなくゼロに近くしている。また、【水魔法】で海流を操り、帝国艦隊の衝角攻撃(ラムアタック)を防ぐ。逆にこちらの衝角攻撃(ラムアタック)は海流のおかげで次々と成功する。

 

 帝国艦隊も防御のために、【風魔法】や【水魔法】を展開しているけど、各船単位で行っているから、強弱の差が激しい。艦隊を集結させていた時にそういう段取りはしていなかったのかな?イリダルさんの話しでは派閥や領地での対立がかなりあるってことだったけど、この様子を見るに本当の事みたいだね。

 

 そして、遂にその時が来る。左舷側の水平線で光ったと思った次の瞬間、帝国艦隊の中段の上空で爆発が起きる。“霧島”の三式弾による攻撃だ。弾子が着弾した船は帆から燃え上がり、それが全体へと広がっていく。帝国はこの不意打ちにかなり驚いたようで、攻撃の勢いが弱まったぐらいだ。

 

 でも、それだけでは終わらない。爆音と共に雲を切り裂きF-15Eが舞い降りてくる。そして、帝国艦隊の後段のさらに後衛の船を目標として、ナパーム弾を一発ずつ投下していく。直撃を受けた船はすぐに火達磨となり、人の形をした炎が海へと飛び込んでいく。そして、敵の後方には1,000℃を超す炎の壁が造られた。

 

 ちなみに教会率いる救助艦隊には「帝国艦隊の後方は激しい攻撃に見舞われるから近づかないように。」と警告を出していたから無傷だよ。ただ、炎の海への救助活動に難儀しているようだね。【水魔法】で障壁を作りながら、熱傷者を救助している。

 

 そして、こちらでは、攻撃の様子に呆気に取らている敵指揮官をアントンさん達が前哨戦と同じように捕縛していく。そして、白旗を上げた敵船はすぐに戦場から離脱させる。うん、此処までは上手くいっている。

 

 でも、今回は前哨戦と違って僕達には後が無い。ここで帝国艦隊を全滅させないといけない。

 

 全体の指揮をしながらそんなことを考えていると、強い衝撃が“ヴァルター”を襲う。敵のマクシマ級中型帆船2隻が“ヴァルター”に強制接舷してきたからだ。すぐに渡り板が架けられ敵の水兵が“ヴァルター”に乗り込んでくる。僕が対応しようとすると、為朝(ためとも)が、1mを超える太刀を抜きながら、

 

「ここは俺に任せていただきたい。」

 

 と許可を求めてきた。

 

「わかった。頼んだ。」

 

「承知。」

 

 言うやいなや、左手に槍のような矢を持ち、乗船してきた敵兵に投げる。見事に軽鎧を貫き、その後ろにいた敵兵にまで傷を負わせる。

 

「さぁ、命の惜しくない奴はこの源為朝が相手をしてやろう!!」

 

 雷のような大声で威嚇をしてから斬りかかりに入る。一振りするごとに、軽鎧ごと帝国兵の身体が真っ二つになる。それでも帝国兵の数が多く、為朝だけでは止められそうにない。

 

「マウリッツ船長、私も出るぞ。」

 

「お待ちください、閣下。フランク副長!!兵を率いて為朝殿と共に敵を抑えろ!!」

 

 マウリッツさんが僕の提案を却下し、甲板で指揮を執っている副長のフランクさんに命令を下す。

 

「了解!!総員、俺に続け!!為朝殿の援護に入る!!」

 

「「「オオ!!」」」

 

 船上での戦闘は激しさを増す。ふむ、とりあえずは僕の出番は無さそうかな。その間に【遠隔監視】でルーデル大佐の様子を見る。

 

『ガーデルマン、ミサイル・・・じゃなくてマーヴェリックの残弾は?』

 

『今、発射したので最後です。誘導中・・・命中しました。他の機もマーヴェリックを撃ち尽くしたようですよ。あとは、燃料気化爆弾と通常爆弾のみですので、大佐の腕に任せます。』

 

 そうガーデルマン少佐に言われると、ルーデル大佐はF-15Eを上昇させながら、ため息交じりに言う。

 

『Ja、Ja(はい、はい)。しかし、こいつはあまり好かん。』

 

『燃料気化爆弾ですか?』

 

『ピンポイントで狙わんでも、敵兵を殺せるからな。』

 

『楽でいいじゃないですか?』

 

『だったら全部、機械に任せりゃいい。シンフィールド中将は無人攻撃機というのがあると言っていたからな。ま、愚痴は此処までだ。全機、着いてきているな。これより、燃料気化爆弾の投下を開始する。敵船の集中している所を狙え。』

 

 そう言うと、ルーデル大佐は急降下し燃料気化爆弾を投下する。主翼のパイロンから燃料気化爆弾が投下され帝国艦隊の頭上で爆発する。木造船だからマストはへし折られ、甲板にいた乗員は死に絶えた。そして、船は炎に包まれる。

 

『後は、Mk.82(通常爆弾)を投下して帰投しましょう。』

 

『ハハハ、残念だが、ガーデルマン。バルカンがまだ残っている。20mmだ。木造船程度なら粉微塵だな!!』

 

『ああ、もうわかりました。お好きにどうぞ、機長。』

 

 一旦、【遠隔監視】を閉じる。うん、ルーデル大佐の好きなようにしているけど、ガーデルマン少佐が上手く手綱を握っているね。

 

 “ヴァルター”船上での戦闘はこちらが押し始めている。為朝は左舷に着いたマクシマ級に乗り移って暴れている。そちらから移乗してきた帝国兵が慌てて戻っている。フランクさん達もあと少しで逆撃できそうだね。

 

 さて、今度は“霧島”を見てみよう。

 

『青葉も発砲を始めたな。“夕立”、“綾波”に魚雷の発射の用意をさせろ。距離10,000で撃たせる。』

 

『了解。』

 

 青葉が砲撃を開始したと言うことは、3kmを切ったということだね。【遠隔監視】の画面から目を離して西を見ると、“霧島”の巨体がハッキリと見える。西側に展開している帝国艦隊にも動揺が広がっているのかな?届かないのに弩砲を撃っているよ。

 

 そして、ヘラクレイトス達は得意の【風魔法】を使い、帝国艦隊を上空から攻撃している。ヘラクレイトスを中心としたある年齢以上(人間でいえば20歳以上)飛龍(ワイバーン)達なんかは巨体を活かして、マストをへし折ったりしている。飛龍(ワイバーン)には生半可な攻撃は効かないからね。

 

 さて、反撃は今のところは特に問題なく進んでいる。だけど、何が起こるかわからないのが戦場だって本に書いてあったからね。気を引き締めていこう。




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第195話 戦場の現実

 【遠隔監視】を使っていた僕の意識を“ヴァルター”船上で行われている戦闘に戻したのは、1人の水兵さんの声だった。

 

「副長!!弓兵です!!」

 

 そして、敵の放った矢が刺さると同時にフランクさんが倒れる。左太腿(ふともも)の付け根に刺さったように見えた。僕はクリスとローザさん、エミーリアさんを引き連れ、艦橋から飛び出しフランクさんの代わりに指揮を執る。浮足立つ前に味方の水兵さんをまとめ上げたら、すぐにフランクさんのもとに駆け付け、水兵さん達にはローザさんとエミーリアさんの指示に従い、戦闘するように命令する。

 

 フランクさんは意識があるが、軽鎧下のズボンが血でドンドン染まっていく、これはマズイと思いクリスと2人ですぐに船内に引きずり込む。矢は途中で折れて(やじり)が体内に残ってしまっている。これでは【ヒール】で治せない。

 

「衛生兵!!」

 

 医務室のほうに向かって叫ぶ。すぐに1人の白の腕章を腕に付けた水兵さんがやってくる。

 

「ガイウス閣下、どうしました。って、副長!!・・・この傷!?(やじり)ごと矢を抜けましたか?」

 

「いや、刺さると同時に折れた。(やじり)と矢の一部はまだ体内だ。そのせいで【ヒール】を使えない。」

 

「わかりました。それでは、これより、摘出をしますので、申し訳ありませんが閣下にも手伝っていただきます。自己紹介が遅れました。ドミニク上級衛生兵と申します。」

 

「ああ、よろしく。さて、指示をくれ。」

 

「まずは、舌を噛まないように布を口に噛ませてください。・・・はい、大丈夫です。それと、クリスティアーネ様、申し訳ありませんが副長の上半身を押さえてください。暴れられると困るので。閣下は両足を押さえてください。・・・では、いきます。」

 

 そう言うとドミニクさんはフランクさんの血が(にじ)んで、すっかり色の変わっているズボンの左足の付け根部分を切り開く。すると、ズボンという抑えの無くなった血が傷口から勢いよく吹き出て、僕とドミニクさんは血だらけになってしまった。フランクさんにもその様子が見えたようで、

 

「俺の足は一体どうなっているんだ!?」

 

 と軽くパニック状態になってしまった。それをクリスが、

 

「今から、治療をしますから大丈夫ですわ。」

 

 とフランクさんの頭を撫でながら、落ち着かせている。

 

「クソッ!!大動脈を引き裂いてやがる。鏃はどこだ!?血で見えん。副長、少し痛いですよ!!」

 

 そう言ってドミニクさんは血溜になっている足の付け根に手を突っ込む。

 

「あああああああああああああああああああああああああああっ!!!!」

 

 フランクさんがあまりの痛みに叫び声を上げる。

 

「あった!!あった!!骨盤に刺さってやがる、これだ!!」

 

 ドミニクさんが手を引き抜くと、その手には鏃が握られていた。

 

「【ヒール】をかけても大丈夫か!?」

 

「はい、閣下。お願いします!!」

 

「よし、【ヒール】!!」

 

 すぐに傷口が塞がり、青白い顔をしているフランクさんの呼吸も浅く短いものから長く深いものに変わってくる。しかし、あたり一面が血の海だ。人ってこんなに血を流しても大丈夫だっけ?

 

「閣下、指示をしてしまい申し訳ないのですが、フランク副長は血を失い過ぎました。軽く見ただけでも3ℓは失っています。呼吸が落ち着いたように見えますが、失血でショック状態です。今すぐに血液を補充しないとマズイです。」

 

「輸液は無いのかね?」

 

 そう聞くと、ドミニクさんはフランクさんの靴の裏と、上着の裏、首から下げているタグで血液型を確認したらしく、こう言った。

 

「現在、A型の輸液は“ヴァルター”に積んであるものでは恐らく足りません。教会の救助艦隊にならあるかもしれません。ですが、時間もありませんのでとりあえず積んである分で輸血します。医務室まで運ぶのを手伝って頂けないですか?」

 

「大丈夫だ。」

 

 そう返答すると、ドミニクさんは背負っていた折り畳み式の担架を広げてフランク副長を3人でそっと乗せる。そのまま医務室まで運ぶ。だけど、医務室もまた戦場だった。

 

「心停止だ!!気道を確保して胸骨圧迫(心臓マッサージ)して蘇生しろ!!ボサッとするな!!新人でも出来るだろう!!」

 

「矢を抜いてから、【ヒール】してやる。おい、メスはどこだ?切開して鏃を取り出すぞ!!」

 

「暴れるな!!暴れるな!!ここは医務室だ!!甲板じゃない!!ああ、畜生!!眼をやられてパニックになってやがる。」

 

「ああー!!腕がぁぁ!!」「ジッとしていろ!!止血ができん!!吹き飛んだ腕は諦めろ!!」

 

「・・・俺はここで死ぬんだ・・・。」「死なんよ。今から輸血をするから気をしっかり持て!!」

 

 何人もの乗員が運び込まれてきている。僕たちは担架を邪魔にならないところに置くと、医務室の責任者、上級医務士官のハンノさんの下へと向かう。

 

「ハンノ殿、忙しいところすまないが、A型の輸液はあるかね?フランク副長が負傷した。」

 

「これは、ガイウス閣下。申し訳ありませんが、あと3瓶のみです。」

 

「お話し中、申し訳ありません。ドミニク上級衛生兵です。ガイウス閣下と共に副長の治療を行いました。現在は【ヒール】により傷は塞がり、出血は止まりました。しかし、それまでに血を流し過ぎました。大腿部に矢が刺さり、骨盤で止まっていました。その際に、大動脈が切断され、矢を撤去するまでに大量に出血しました。3ℓほどです。現在、ショック状態です。一刻を争います。」

 

 ドミニクさんの言葉にハンノさんも状況をすぐに理解して、クリスが介抱しているフランクさんのもとへと行く。脈を取り、瞳孔と呼吸数を確認して言う。そして、僕たちに向き直り言う。

 

「“ヴァルター”では、数瓶では、無理だ。救助艦隊に運ぶにせよ時間がかかるし、A型の輸液があるかもわからん。陸に送ることができればよいのだが、こちらも時間的に厳しい。」

 

 なるほど、A型の輸液さえあれば助かるんだね。

 

「ハンノ殿、どの程度の輸液が必要になるのかね?」

 

「そうですね。4ℓ~6ℓほどあれば命を繋ぐことができます。それだけの血を失っていますから。」

 

「わかった。私の船室に無いか見てこよう。他の血液型の輸液も足りない分を書きだしてくれ。」

 

「有るのですか!?それとも何かをなさるのですか?・・・いえ、忘れてください。今、紙を用意します。」

 

 ハンノさんはそう言って、足りない分の輸液を書きだし、その紙を両手で(うやうや)しく差し出してきた。

 

「お願いいたします。命がかかっています。」

 

「承知した。」

 

 僕はすぐに船室に戻り、各血液型の輸液入り瓶の【召喚】を繰り返す。2分もしないで用意できたので、運び始める。すぐにドミニクさんを始めとした医務科の人達が気づいてくれて、運ぶのを手伝ってくれた。ハンノさんは、すぐにフランクさんへの輸血を開始して、他の負傷者にも輸血が開始ないしは再開された。一仕事を終え、冷静になると“霧島”らの砲撃音やF-15Eの飛行音、マウリッツさんの指揮する声が聞こえる。戦闘はまだ続いている。

 

 僕は兜を被りなおし、

 

「では、私は指揮に戻る。」

 

 そう言って、僕とクリスは医務室を後にした。ハンノさんとドミニクさんの最敬礼に見送られながら。

 

 甲板に戻るとすでに帝国兵達は一掃されており、逆に接舷してきたマクシマ級2隻を乗っ取っていた。ローザとエミーリアさんはすでに“ヴァルター”に帰艦していて、

 

「どうよ!!久しぶりに2人で戦ったけど、良い戦果が残せたでしょ?」

 

「ガイウス成分を補充したい・・・。」

 

 と言ってきて抱き着いてきた。僕は小声で、

 

「あの、僕、負傷者の手当てをしていたので血まみれなんですけど・・・。」

 

 そう言うと、2人とももっと力を入れて、

 

「私達だってそうよ。」

 

「そうそう。気にしない。」

 

 と言われ2分ほど身動きが取れなかった。クリスが、

 

「はいはい、そこまでですわ。まだ、戦闘中でしてよ。」

 

 と2人に言ってくれて解放された。解放されてすぐにルーデル大佐から通信が入る。

 

『ライトニング1よりガイウス卿へ。ライトニング隊はこれより全機、補給のために帰投します。』

 

「『了解。』」

 

 上空でF-15Eが編隊を組んで飛び去る。アフターバーナーに点火したのか轟音が戦場に鳴り響く。160機のF-15Eのアフターバーナーの音は凄まじいね。あ、そういえば、為朝はどうしたんだろう。為朝が指揮して移乗攻撃していたマクシマ級に乗っていた水兵さんに聞いてみる。

 

「為朝殿でしたら、「このままの勢いで敵を討ち取る。」と言って、次の船へ飛び移りました。あ、あそこで戦っておられますよ。」

 

 そう言って指差した先は、アデライーダ級大型帆船をたった1人で制圧寸前まで敵を圧倒している為朝の姿があった。どうやってあそこまで行ったのかと思い、海面が見える位置まで移動すると、帝国の小型櫂船を殲滅しながら足場にしていったみたい。死体だらけの櫂船が海流に翻弄されている。島津隊の人達や岩淵大佐達もそうだけど、日本人って血の気の多い人達なのかな?

 

 暴れまわる為朝と主砲と副砲、各銃座を撃ちながら突入してくる“霧島”らを見てそう思った。




読んでくださりありがとうございます。


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第196話 一騎打ち

「我こそは、源為義(みなもとのためよし)が八男、源為朝(みなもとのためとも)!!ガイウス卿の家臣である!!腕に覚えがある者はかかってまいれ!!」

 

 帝国のアデライーダ級大型帆船で為朝が敵を挑発する声が聞こえてくる。すると、艦橋から1人の人物が姿を(あらわ)した。剣を抜きながら言う。

 

「私は、マチュニン分艦隊司令官パーヴェル・マチュニン。マチュニン領領主であり子爵の位を皇帝陛下より賜わっている。為朝殿、私がお相手しよう。」

 

 なかなかに立派な体躯をしている人物だ。【鑑定】では各数値が為朝を下回っているけど、この世界では平均よりかなり上といえる数値だ。3級冒険者のアントンさんを少し下回るくらいかな。【剣術】のLvは32とこれも中々に高い。

 

 っと、見入っている場合じゃなかった。僕は為朝だけに聞こえるように【風魔法】を使い、命令をする。

 

「『為朝、その人は殺さずに捕獲してほしい。』」

 

 その言葉を届けると、為朝は太刀を鞘に納刀し、無手で構えた。

 

「為朝殿、それは私を馬鹿にしているのか!?」

 

「フンッ!!馬鹿になどしておらぬ。お主相手なら全力を出せそうだと思うてな。」

 

「その言葉、後悔なさるな!!」

 

 そう言うと、パーヴェルさんが為朝に斬りかかる。それ為朝は籠手で受け流す。一騎打ちの始まりだ。ただ、為朝の大鎧は徒歩戦には向かないんじゃなかったかな?まぁ、さっきから大太刀で接近戦をしていたから大丈夫なんだろうけど。

 

 為朝は基本的に(こぶし)のみで勝負をしている。組み合うと頭突きをしたり、足払いをしたりして転倒させようとしているけど、軽鎧をしっかりと着込んだパーヴェルさんは上手く対処している。

 

 マチュニン分艦隊旗艦アデライーダ級大型帆船“エンマ”の船上で始まった一騎打ちが始まり、3分ほど経過したところで状況が動いた。“霧島”率いる私兵艦隊が突入に成功した。そのおかげで帝国艦隊に動揺が走る。パーヴェルさんは冷静だったけど、彼の部下が一騎打ちに割って入った。

 

「パーヴェル閣下!!新たな敵艦隊です!!指揮に戻られて・・・」

 

 最後まで言いきることはできなかった。為朝が頭を掴み握りつぶしたからだ。

 

「フン、邪魔が入ったな。(きょう)ざめだな。一気にケリをつけさせてもらう。」

 

「何を言っている!?まだまだこれからだ!!」

 

 そう言って、剣を振り上げたパーヴェルさんの腕を掴み、折る。そのまま首に手をまわし、頸動脈を締めて意識を落とす。1分以内で終わってしまった。一騎打ちの最中とは違い何ともあっけなく終わってしまった。

 

「貴様らの司令官であるパーヴェル・マチュニン殿は敗れた!!命が()しければ降れ。降らなくば、この男のようになるぞ!!」

 

 片手で頭が無くなった帝国兵を高く掲げ大声でパーヴェル分艦隊に告げる。少しして、マチュニン分艦隊旗艦アデライーダ級大型帆船“エンマ”が白旗を上げると、次々と麾下(きか)の船も白旗を上げて投降し始めた。“エンマ”を含めて7隻が投降した。すぐにこちらの艦隊から指揮官さんと水兵さんが乗り移って、鹵獲しラルン岬へと向かう。

 

 パーヴェルさんは人質として捕縛しておくことにした。意識が戻っても暴れることなく、骨折の治療を受け、敗北を受け入れていた。生粋の武人だったみたいだね。

為朝は、「ふむ、それでは、拙者は移乗攻撃の続きを行いまする。」と言って、次の帝国船目掛けて敵の小舟を足場にしながらついでに乗員を殲滅し、移動していった。う~ん、人外だね。

 

 あ、そうそう人外で思い出したけど、僕のステータスも凄いことになっているんだよね。

 

名前:ガイウス・ゲーニウス(5級冒険者、ゲーニウス辺境伯)種族:人族(半神)

性別:男

年齢:12

LV:327

称号:フォルトゥナの使徒・ゴブリンキラー、オークキラー、ロックウルフキラー、コボルトキラー、ホーンベアキラー(世界の管理者・フォルトゥナの伴侶:予定)

所属:シュタールヴィレ・アドロナ王国

経験値:53/100

体力:3,750(18,750)

筋力:3,725(18,625)

知力:3,797(18,985)

敏捷:3,724(18,620)

魔力:3,580(17,900)

etc           *()内は能力の【ステータス5倍】による補正後の数値

 

 こんな感じ。【魔法】とかの【能力】については割愛だよ。我ながら凄いね。赤龍であるレナータさんと同等、補正後の数値なら凌駕(りょうが)しているからね。

 

 さてさて、“霧島”らが突入したおかげで。帝国艦隊は南北に分断されつつある。さらに、突入前に“夕立”と“綾波”が放った魚雷による攻撃が混乱に拍車をかけた。なにしろ、水中からの攻撃だからね。魚雷の命中した船は爆音と水柱と共に船体が海面から持ち上がり、竜骨(キール)が折れて沈んでいったよ。そして、周囲の船はパニックになり、味方同士で衝突し、最悪の場合は衝角(ラム)が当たってしまい、沈んでしまう船もあったみたい。【遠隔監視】のおかげでその様子をよく見ることができたよ。

 

 さて、“霧島”率いる艦隊が突入できたというのは、戦闘が始まってから1時間が軽く過ぎたということだね。時計を取り出して確認すると17時47分だった。北半球の7月なので陽が長いからまだ全然明るい。太陽も水平線に沈むまでは時間がありそうだ。それにラルン岬に配備した弩砲隊も元気よく射撃をしている。

 

『ライトニング1よりガイウス卿へ。補給が済んだ機から戻って来ました。』

 

「『よろしい。外縁部の敵船を集中して攻撃せよ。』」

 

『了解。ガーデルマン、いくぞ。』

 

『大佐のお好きなように。』

 

 ガーデルマン少佐の諦めたような言葉で通信が切れる。この短時間でのゲーニウス領のエドワーズ空軍基地との補給を含めた往復、アフターバーナーを使って、機体への負荷と燃料消費は無視して、空中給油機を使って、最大速度のマッハ2.5近い速度で移動したんだろうなぁ。ゲーニウス領に戻ったら、エドワーズ空軍基地の燃料タンクにジェット燃料を【召喚】する作業が始まるんだろうなぁ。

 

 今度は【遠隔監視】で“霧島”を見てみる。艦橋内映像と“霧島”、“青葉”、“夕立”、“綾波”の4隻が見える映像の2つを出す。艦橋内映像では岩淵大佐が冷静にかつ冷徹に指揮を執っている。

 

『全主砲は敵総旗艦の周囲の船を減らせ。副砲は見える範囲の中型以上の船を攻撃。機銃は小型櫂船を集中的に狙え。25mmは効くだろうさ。右舷側は誤射には注意しろ。』

 

 いいね。敵の総旗艦“ピョートル”の周りの護衛船を排除できれば、僕が“ピョートル”に乗り込むことができる。映像を“ピョートル”の周囲に切り替えると、数多の砲弾が空中で炸裂し弾子をばら撒き、護衛船を沈めていく。駆逐艦は三式弾が撃てないから通常弾での攻撃だけどねー。それでも、木造船には脅威には違いなく、命中弾を受けた船はドンドン沈んでいく。

 

 18時20分、僕は息を吐いて、【風魔法】に乗せた声でヘラクレイトスを呼ぶ。すぐに“ヴァルター”まで来てくれる。

 

「どうした、ガイウスよ。」

 

「僕とクリス、ローザさんとエミーリアさんを敵の総旗艦“ピョートル”まで運んでほしいんだ。」

 

「承知した。」

 

 すぐにクリス達と一緒にヘラクレイトスの背に乗る。そして、艦橋にいるピーテルさんに向けて言う。

 

「ピーテル卿!!艦隊指揮は一時的に貴方に預ける。私はこれより、敵総司令官を討ちに行く!!」

 

「承知しました。ご武運を。」

 

「ありがとう。」

 

 ヘラクレイトスが羽ばたき、一気に100mほど上昇する。そのままアイソル帝国西部方面艦隊旗艦であるレオニード級超大型帆船“ピョートル”に一直線に向かう。“ピョートル”の上空を通過するときにヘラクレイトスが横転(ロール)を行う。その一瞬にクリス達と共に飛び降りる。【風魔法】で落下の勢いを殺して“ピョートル”に着船する。

 

「アドロナ王国ゲーニウス領領主ガイウス・ゲーニウス辺境伯である!!西部方面艦隊総司令官のオーシプ・レスコフ侯爵と一騎打ちに参った!!」

 

 僕がそう告げると、艦橋にいた誰かが、

 

「敵の指揮官だ!!討ち取れ!!」

 

 と号令をかけて帝国兵を仕掛けさせてくる。それを、クリスとローザさん、エミーリアさんが防いでくれる。冒険者の級は上がってないけど、訓練や黒魔の森に潜ったおかげで3人ともかなりの実力を身に付けている。それでも、数の暴力には(かな)わないので、僕が帝国兵の中心に跳躍して短槍を一振りして十数人を討ち取る。

 

 帝国兵の勢いが弱まったのを確認して、また、跳躍をする。次は艦橋の目の前だ。着地地点にいた帝国兵を薙ぎ払い、艦橋に槍の切っ先を向けて再度告げる。

 

「一騎打ちを所望する!!それとも、オーシプ卿は子供が恐ろしいのか!!」

 

 そう挑発すると騒がしかった艦橋が静かになる。そして、遂に現れた。軽鎧ではなくフルプレートアーマーに身を包んだオーシプ司令官が。周囲の参謀とかは止めているようだけど、あの様子だと無理だろうね。

 

「準備に手間取ったが、今から一騎打ちにて貴様の首を刎ねてやろう。」

 

 言うやいなや、艦橋から飛び降り大剣を振るってきた。僕はそれを普通に避ける。最初で最後の一撃は甲板の木版を破壊しただけに終わった。大剣を構え直そうとする次の瞬間には僕の短槍が右手を吹き飛ばし、胴体に風穴を開けたからだ。オーシプ司令官はそのまま自分の血の池に倒れ込んだ。

 

「『アイソル帝国西部方面艦隊司令官オーシプ・レスコフ侯爵を、アドロナ王国がゲーニウス領領主ガイウス・ゲーニウスが討ち取った。我々の勝ちだ!!アイソル帝国の残兵は(くだ)れ。(くだ)らねば討つ!!』」

 

 風魔法に乗せて戦域全体に行き渡るように宣言する。少しの間を置いてアドロナ王国側からは歓声が、上空からはヘラクレイトス達の雄叫びが響き渡る。

 

「さぁ、(くだ)れ。降らねばこの船の乗員を1人残らず討ち果たすぞ!!」

 

 そう脅しながら“ピョートル”の艦橋に槍の切っ先を向ける。チラリと視線をやると背後では次々と白旗を上げる船が出てきている。【遠隔監視】で見なくてもわかるぐらいだ。しばらくして、艦橋から白旗を持った帝国兵が出てきて中央のマストに白旗を掲げた。僕はすぐにルーデル大佐と岩淵大佐に攻撃中止、負傷者・溺者の救助を命令した。

 

 後日、この海戦はラルン岬沖海戦として名を残すことになった。




読んでくださりありがとうございます。


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