ドラゴンボール レッドリボン軍創設秘話 (ヒアデス)
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第一話 上客の来訪

短期連載で5話もしないうちに終わる予定です。ドラゴンボールなのに戦闘、格闘シーンはありません。ご了承ください、そしてごめんなさい。


 『メカトロニクス・コーポレーション』の社長室兼開発室で中年過ぎの科学者が人間並みの大きさのロボット制作の仕上げにかかっていた。

 

 

 

「プログラム上でバグは見当たらないな。……あとは稼働させてから調整していくか」

 

 そうひとりごちたとたん壁面に取り付けたスピーカーからコール音が鳴った。

 

『ヴァーミリオン様がお越しになられました。お通しいたしますか?』

「大丈夫だ。マルテにここまで案内させてくれ」

 

 科学者は来客を知らせたAIに案内用のロボットへの指示を命じる。

 

『かしこまりました。到着は10分後の予定です』

 

 AIの返答を聞いて科学者は仮完成したばかりのロボットから離れ机の手前にある椅子に腰かけた。

 休息用のひじ掛けはついてるがそれ以外は一般の椅子と変わらない。国王軍士官御用達の企業トップの椅子にしては貧相だが科学者としてはキャスター付きで座りながら移動できるというのがありがたかった。

 それからちょうど10分後ノックの代わりにインターホンが鳴った。科学者は専用の受話器を取る。

 

『ヴァーミリオン様をお連れしました。お通ししてよろしいでしょうか?』

「ああ今開ける」

 

 案内用ロボット『マルテ』の報告を聞いてすぐ科学者は端末のスイッチを入れた。

 その直後部屋のロックは解除され自動的に扉が真横にスライドする。

 

「よお1週間ぶりだなゲロ。相変わらず社長室っぽくない部屋だな」

「あんたこそ相変わらず元気そうだなヴァーミリオン。ヤッホイ紛争に駆り出されたと聞いて大切な顧客を失いはしないかと心配したが杞憂だったようだ」

 

 マルテの誘導も受けず部屋に入ってきた筋肉質の軍人を見て科学者は意地悪気な笑みを浮かべた。

 上述の通り、ここは科学者にして『メカトロニクス・コーポレーション』社長ドクター・ゲロの社長室であり開発室だった。

 スペースは広いが十体近くのロボットが直立あるいは寝かされて保管されておりあとはゲロの机とそこまでの通路で5人通れればいい方だろう。

 

 メカトロニクス・コーポレーション

 大学院で博士号をたやすく取得して研究機関に所属しロボット工学面において多大な成果を上げたドクター・ゲロが起業したロボット販売会社である。

 ドクター・ゲロの会社とあって入社を希望する社員が殺到したが誰一人ゲロの眼鏡にかなう者はおらず今現在も社長のゲロをロボットやAIが補佐しながら運営をしている。

 

 そのメカトロニクス・コーポレーションの個人として最大の顧客が、今社長室を訪れているゲロより10近く年下の王立防衛軍大尉、ヴァーミリオン。ゲロにとって上客であり今では悪友と呼べる青年だ。

 

「そろそろ会社を拡大したらどうだ。ロボットはここに置いておくとして別の部屋に机を置けばそれらしくなるぞ。スタッフは……お前さんについていける博士がいないなら仕方ないとしても、受付くらい美人さんを雇ってくれ。ロボットより女の子に案内されたい」

「知らん。毎日クラブに通い詰めても有り余るほどの高い手当もらってるんだろう、ボンボンめ。女目当てならそっちをあたれ。それに開発室と社長室を分けても社長室を開けたままにするのがオチだ。あんたのような客にとっても注文したブツがすぐ手に取れるという利点があるだろうに」

 

 ゲロの反論にヴァーミリオンは笑みを浮かべながら肩をすくめる。

 

「ブツね……軍はともかく俺個人はロボットを注文した覚えがないんだが、そのブツは?」

「ちょっと待っててくれ……」

 

 ヴァーミリオンの催促を受けてゲロは椅子から立ち上がりロボットたちの横を通って壁面に吊り下げてる銃を手に取る。

 

「軍で使ってるものと変わらないようにしか見えないな。貸してもらっても?」

 

 ヴァーミリオンの頼みをゲロは軽くうなづいて応じ銃を彼に貸した。

 途端ヴァーミリオンはゲロに銃口を向けた。

 

「それなりに値が張りそうなブツだがこいつであんたを撃ち殺しちまえばタダだな。さっきのように何度か忠告したのに社員を雇わないからだ。……悪く思うなよ」

 

 勝ち誇りいやらしく笑うヴァーミリオンに対しゲロは無表情に銃を見つめたままだ。

 そんなゲロに向けてヴァーミリオンは容赦なく引き金を引く。

 だが引き金を引く音だけがむなしく鳴り、発砲音さえしなかった。空砲だったとしても弾丸のかわりに火薬が発射されゲロは横転するだろう。

 ヴァーミリオンは立ったままのゲロと無反応の銃を見比べ唖然とした。

 

「……すげえ、ホントに登録してない奴は撃てないのかよ」

「フフ、今手掛けてるロボットやAIに比べればこれくらいの細工、小休止の手遊びといったところだ」

 

 ヴァーミリオンが驚いたのは銃が撃てなかったことに対してではない。自分の注文通り持ち主以外はほぼ撃てないという銃を所有するものなら誰でも垂涎の仕様を秘めたID銃に対してだった。

 

「ある紛争で銃を取り落としちまって、その銃で撃たれて以来自分以外には撃てないなんて魔法の銃があればいいのにってあんたに愚痴ったことがあるが、酒に酔った勢いで言ったジョークのつもりだった。まさか実現しちまうとは…」

「魔法などとそこまで持ち上げてくれるなうぬぼれてしまう。私にとっては片手間だ。このロボットどもに比べればな」

 

 そういってゲロはロボットたちの方を見る。ID登録がされていない銃はいまだヴァーミリオンには撃てない。

 

「こいつらが軍に売られれば俺のような軍人はお払い箱だな。……それとも国王に対立するテロリストに売る気かい?」

「幸か不幸かそんな注文は来ていないな。今のところはロボットの需要が来た時に備えるためだ」

「幸か不幸かそんな需要はまだまだ先だな。俺のような筋肉モリモリマッチョマンが戦争に駆り出されたり『天下一武闘会』なんて大会で闘ってる限りはな、今まで通り金持ちが何体か買っていくぐらいだろう」

 

 ゲロの語頭を真似ながらヴァーミリオンはそんな皮肉を言う。

 

 ドクター・ゲロ、そして分野は違えど違う大学院に首席で入学し博士号を取得しゲロと同様に起業したブリーフという科学者の登場によって世界の科学技術は著しく進歩した。

 その反面人間たちは科学に頼った生活を送り基礎体力が低下している若者も少なくない。

 いずれは人間は力仕事を満足にこなせなくなる。

 その時ロボットが人間の手足になる時代が来るはずだ。

 そう考えたゲロは以前所属していた機関で得た報酬や退職金、そして今も入ってくる特許料でメカトロニクス・コーポレーションという会社を立ち上げ、注文も来ていないにもかかわらずロボットやそれらを動かすAIを作り続けた。

 だがゲロの見通しとは違って人間たちの身体能力の衰えは底を見せることなく、一部の武闘家に至っては手から光線を出したりトリックを使ってるに違いないと確信しているほどの技を見せながら超高速で戦いを繰り広げ大衆を夢中にさせ彼らに続かんと体を鍛える若者も多い。

 いままで武闘に全く関心を向けなかったゲロの大きな失敗だった。

 

 経費を回収するために高く見積もらざるを得ない値段設定のせいもあってロボットは鍛錬を嫌う金持ちが護衛用、作業用に買っていくのみで中流以下からの注文は全くない。

 起業したばかりのころは軍が試しに購入し、内戦地に投入したがこれまた武闘家上がりの軍人1人に赤子の手をひねるように破壊されたため、それからロボットの注文は全く来なくなった。

 幸運にも兵器類も作れるため軍からくる注文は主にそれらだ。

 その注文を伝えるための小間使いとしてメカトロニクス・コーポレーションを訪れたのが当時士官学校を卒業したばかりで見習士官に置かれていたヴァーミリオンだった。

 ヴァーミリオンはゲロの作る兵器やロボットに強い関心を寄せそれ以来個人的な装備を注文しに来るようになった。階級が低いころはツケも多かったがゲロにとって兵器作りはロボット作成や経営難の気晴らしだったので踏み倒されるのを覚悟で引き受けた。

 

 お互いその縁がここまで、そしてどちらかが死ぬまで続くとは思ってもいなかっただろう。



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第二話 ヘッドハンティング

 ヴァーミリオンが大尉だったころから少し時は流れ……

 

「ブリーフ博士、『カプセルコーポレーション』の上場そしてCEO就任おめでとうございます! 博士が発明した『ホイポイカプセル』は世界、いや歴史的商品だと好評ですよ」

「ははは、褒めすぎですよ。楽に物を動かしたいと横着しようとした結果できた産物です」

 

 モニターにはカプセルコーポレーションを訪れてブリーフ博士に賛辞を贈るアナウンサーと、謙遜のようで本音を隠さず手を振るブリーフが映っていた。

 『ホイポイカプセル』。物体にある細工を施してカプセル状に変えることで持ち運びを容易にするという代物だった。タンスや本をぎゅうぎゅうに詰めた棚どころか家そのものまでカプセルに変えることで持ち歩くことができる。世界の産業そのものが大きく変わることは間違いない世紀の発明品だ。

 このホイポイカプセルは値段も安いこともあり発売後間を置かず世界中で爆売れした。ホイポイカプセルの性質上世界各地にすみやかに輸送され人里離れた秘境でない限りどこにでも売られている。

 

「物をカプセルにか……そういう解決法もあったか」

 

 メカトロニクス・コーポレーションの社長用開発室の壁面と一体化したモニターを見てゲロはうなった。

 ゲロが設立したメカトロニクス・コーポレーションも人間を重労働から解放するためのロボットを作り世に送り出すゲロなりの目的で作った企業だ。

 だが作るだけでも巨額の費用が掛かるロボットでは庶民の手が届く値段にできずたまに金持ちが何体か買っていくだけだ。中流くらいが無理をして購入してもロボットに作業を任せて無理な作業で体を壊すことなく数年後には元が取れるというのがゲロの考えだったのだが。

 だがホイポイカプセルなら費用はたいして掛からず、それゆえに販売価格も安くできて城まで容易に移動が可能というロボットよりはるかに効率的な製品だ。

 

「…………」

 

 ゲロは今パソコンから打ち込んでいるAIのプログラム作成も忘れうなだれた。

 ホイポイカプセルの登場でロボットの需要はますます遠のくだろう。今の金持ちたちもゲロからロボットを買うのをやめる者が出てくるに違いない。

 

(これで客は軍やヴァーミリオンくらいになるな。しかも彼らが買っていくのは銃や弾丸をはじめとした兵器ばかり。軍需企業に転換せざるを得なくなるのも時間の問題か…)

 

 頼まれてもいない仕事の続きをする気も起きずしばらく呆けているとスピーカーから会社運営用のAIの声がした。

 

『ブリーフ様がお越しになられました。お通ししますか?』

「なに!? ブリーフが?」

 

 ゲロにとってついさっきテレビに映っていた時の人物の名前を告げられゲロは困惑する。

 しばらくたっても主からの返事が返ってこないのでAIはプログラム通り報告を繰り返した。

 

『ブリーフ様がお越しになられました。お通ししますか?』

「あ…ああ。マルテに案内させてくれ」

『かしこまりました。到着は20分後の予定です』

 

 ブリーフの歩幅、会社内の観察にかかりそうな時間を計測してAIはそう告げる。

 

(ブリーフが時代から取り残されたうちに一体何の用だ?)

 

 ゲロは戸惑いから復帰できずその間20分はあっという間に流れた。

 インターホンが来客を告げる。

 いつの間にか開発室の扉の手前にマルテとブリーフがたどり着いたらしい。ゲロは受話器を取る。

 

『ブリーフ様をお連れしました。お通ししてもよろしいでしょうか?』

「……あ、ああ待ってくれ」

 

 ゲロが端末のスイッチを入れるとロック解除の後扉は真横にスライドした。

 扉の向こうにはゲロと同年代の初老の男と案内用ロボットマルテが立っていた。

 マルテは先に開発室に入り来客を促す。

 

『ようこそ社長室へ、中へお入りください』

「どうも、案内ありがとう」

 

 マルテに促され男は社長用開発室に入ってくる。テレビに映っていた時同様白衣を着たままで富豪の仲間入りをしたというのに身なりを飾ったりはしない。

 

「はじめましてゲロです。ブリーフ博士のご活躍はテレビで拝見しております」

 

 ゲロは立ち上がりブリーフのもとへ歩み寄った。

 そんなゲロにブリーフは破顔した笑みを浮かべる。

 

「お恥ずかしい。テレビ慣れしてないものでみっともないところを世間様に見せてしまいました。ブリーフです。ゲロ博士のお噂は大学時代によく耳にしていましたよ。いままでお会いする機会がなかったのが残念でした。今日は忘れられない日になりそうですな」

「そんな…恐れ多い。世界的企業のCEOと潰れかけの事業主とでは釣り合いが取れませんよ」

 

 謙遜ではなく本心からゲロはそう言った。内心では負け組となった自分をあざ笑いに来たのかと憤慨してもいた。

 

「販売が伸び悩んでいるのは残念ですな。僕を案内してくれたロボットといい皆うちとは比べ物にならないくらい優秀なのに…」

 

 ブリーフは笑みを消し、心から残念そうに言った。

 

「優秀?……本当にそう思っていただけるのですか? お金に余裕のある方しか買ってもらえないのに」

 

 ブリーフからの思わぬ賛辞にゲロは戸惑う。

 

「ええ、あんなに人間と変わらない動きをするロボットは見たことがない。僕の家にいるメイド型ロボットなんて来客を告げてあとは棒立ちしたままですよ。骨組みがむき出しでメイド型というのも名ばかりです」

 

 ブリーフの言う通り彼が購入したロボットはゲロの作ったものではなく別のロボット販売会社から買ったものだ。動きもAIも姿もゲロが作ったものとは比べ物にならない。

 

「本当にそう思っていただけるなら嬉しいです。ブリーフ博士のような方にそう言われるだけで科学者冥利に尽きます。最後にいい思い出ができましたな」

 

 感慨のあまりついこぼしてしまったゲロの言葉にブリーフは眉をあげる。

 

「最後? まさかゲロさん、ロボット作りをやめてしまわれるのですか? そんなもったいない」

「ブリーフ博士に引き留めていただけるとは光栄です。しかし私には妻も子もいる。息子は軍学校に入ったばかり、逃げ出して軍人とは別の道に進もうとするかもしれません。私はまだ家族を養ってやらなくてはならない。そろそろ売れる商品づくりに精を出さなくてはならないと思い始めていたところです」

「売れる商品? もしやあそこの銃のような物のことですか? 軍人相手の商売もしているとは聞いていましたが…」

 

 ブリーフはロボットの隣に釣り下がっている銃を見て思い出す。ゲロが経営するメカトロニクス・コーポレーションは軍や一部の将兵にむけた兵器も販売しているのだ。

 

「ロボットに未練がないわけではない、いずれロボットが時代の主役になる。そんな思いはまだあります。ですが来るかわからない未来より私は家族のことを考えねば」

 

 ゲロの苦い吐露にブリーフはうつむき考え込み、そして言った。

 

「……ゲロ博士、うちに…カプセルコーポレーションに来ませんか?」

「…えっ!?」

 

 ブリーフの突然の招聘にゲロは目を見開いた。

 

「失礼ながら貴社の不景気の話はすでに耳にしておりました。ゲロさんが売りたかったロボットの注文は来ず銃ばかりが売れていると……」

「お恥ずかしながら……」

 

 ブリーフの指摘にゲロは恥じ入りうつむく。そんなゲロの肩に手を置きブリーフはゲロを促す。

 

「長くなります。お互い腰をかけて話せる場所に移しませんか。決して悪い話ではありません」

 

 

 

 それからゲロとブリーフは応接室に身を移した。常連となったヴァーミリオンが座れる場所が欲しいと言うので設けた部屋でヴァーミリオン以外の客を案内したのは初めてだ。ほこりが少し積もっていたので小型の掃除用ロボットが二人が到着してもまだほこりを吸い取っていた。

 この掃除用ロボットはマルテや開発中のロボットと違って人型ではなく小さい円の形をしてほこりを吸い取っていた。ほどなく掃除が終わりロボットは指定の場所に戻る。

 こんなロボットならゲロでなくても作れる。というより大昔から販売されていた。だが一つだけそれらのロボットとは違う機能があることにブリーフは気づいた。

 

「あのロボットが待機している場所は充電器ではありませんな。まさか今まで充電していないのに動いていたんですか?」

「ええ。エネルギー保存の法則は言うまでもありませんな。私は消費されるエネルギーをロボット内に閉じ込め元のエネルギーそのままに利用し続ける仕掛けを思いついたのです」

 

 ゲロの説明にブリーフは感心する。エネルギー変換を抑え利用し続けるなどカプセルコーポレーションでも実現できていないテクノロジーだった。

 

「……やはりゲロ博士がロボット作りをやめてしまうのは惜しい。いずれゲロ博士の考えた技術が必要になる時代が来るはずです」

「そうだとよいのですが……」

 

 ブリーフの賛辞をゲロは素直に喜べない。

 エネルギーが無限なのでロボットは壊れない限りは働き続け高値で買ってもいずれ元は取れる。しかしロボット自体に表面上できてしまう傷や破損はそうはいかない。何より客にはエネルギーの形は見えず補充なしで動くといわれても信じてもらえないのだ。

 これだけではロボットの売り上げを出すことができない。

 ゲロが生きている間はロボットの時代が来ることはないだろう。

 ブリーフはこのエネルギー反復の技術を自社の製品に応用させるためゲロを引き込もうとしているのだろうか?

 

「実は僕は最初からゲロ博士をカプセルコーポレーションにお招きするためにここを訪れました。我が社はカプセル変換の開発に力を注いでいたのでロボットの技術は他の会社より弱い。新たに作る部門の責任者としてゲロ博士に来ていただきたいと思っていたのです」

「私がカプセルコーポレーションに新設される部門の責任者にですか?」

 

 困惑するゲロに向かってブリーフはうなずく。

 

「あなた以上の適任者はいないでしょう。ゲロ博士のロボット技術とうちのカプセル技術を組み合わせれば世界はもっと大きく変わる。本当ならメカトロニクス・コーポレーションと合併して共同経営者として手を組みたいのですが、会社というものは僕一人のわがままが通らないこともありまして」

「いえわかります。私一人が好き勝手している個人事業と違って、数億人の社員が在籍していると社長一人で決められない事もあるのでしょう」

 

 ゲロをよくて一幹部という形でしか入れられないと頭を下げるブリーフをゲロがなだめる。

 

「ではゲロさん、うちに来ていただけるのですか?」

 

 目を輝かせてゲロの見上げるブリーフに今度はゲロが詫びる。

 

「いい話だと思います。……ただ考える時間をいただけませんか。私もプライドというものがありますし兵器関連なら顧客もいます。戦いを嫌う博士のお考えはわかりますが私の顧客も世界の治安を守っている自負を持って職務に励んでいるのです。私の息子も将来は軍人になりたいと訓練に精を出しています」

 

 ブリーフは表情を暗くして務めて笑顔を見せてみせた。

 

「そうですか。いえゲロさんのお話も分かるのです。……ですが私たちとあなたが手を取り合えば人間同士が戦わずにすむ世を築けると思うのです。例えばロボットが警官になって町の平和を守るとか……博士、なにとぞカプセルコーポレーション参与のお話、前向きにお考え下さい」

 

 そういって今までで一番深く頭を下げるブリーフをゲロはまぶしく見つめる。

 

(テレビで見たときは庶民派を装いながら世界有数の富豪に手が届いてさぞ傲慢な奴だと思っていたが、私はブリーフという男を見誤っていたようだ)

 

 ブリーフを見送りゲロは開発室に戻る。

 ああは言ったがゲロにとって過ぎた金より夢が大切だ。カプセルコーポレーションに入ればロボット開発をしながら家族を養う給料も入ってくるだろう。ヴァーミリオンともそろそろお別れだな。

 椅子に座ってPCを立ち上げ起動まで待っているとスマホに着信が入った。

 画面には息子の名が表示されている。

 ゲロはすぐ電話に出た。

「どうした? 今の時間だとまだ訓練は終わってない頃だが…」

『父さん、やっと繋がった。まだメールを見てないのか?』

「メール? ああ届いているな。来客が訪れていて見る暇がなかった」

『今すぐに見ろ! 俺は現地に向かうところだ!』

 

 ただならぬ息子の威勢に気圧されゲロはメールを立ち上げ数時間前に届いたメールを見てみる。

 そこには……

 

『ジンジャータウンでテロ発生! 被害者500人以上。遺族と思われる方々にメールを送付しますので至急確認をお願いします 王国政府民政局 ×××』

 

 ジンジャータウンで起こったテロと被害者の名前の一覧が乗ったメールだった。

 そして被害者一覧の一番上に表示されていた名前は、ゲロの妻の名だった。



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第三話 報復

 ゲロが到着したころ、ジンジャータウンはテロの犠牲者、安否の確認に来た家族、救急隊員や西の都の地区軍とその応援と情報収集のため中の都から駆け付けた王立防衛軍によってごった返していた。

 ゲロは軍人の一人を捕まえ尋ねる。

 

「ゲロという者だが、テロ被害にあった家族の安否確認を要請するメールを見てきた――妻はどこにいる?」

「えっ?……少々お待ちください!」

 

 突然尋ねられた兵士は困惑し待てと言ってから端末を開きタッチパネルを押していく。ゲロの名前を検索しているのだろう。

 

「出ました! C地区の病院に移送されています……ですが…」

「っ……」

 

 兵士はその先の言葉を言いよどむ。ゲロもその意味はメールを見た時から知っていた。

 ゲロは兵士に礼を言うのも忘れC地区へと駆けた。

 

「大丈夫か!」

 

 病室に駆け込むなりゲロはベッドに横たわる妻に声をかける。無駄だとは知らされていたがもしかしたらという可能性を捨てたくなかった。

 

「……」

「父さん」

 

 ベットに寝かされゲロの呼びかけもむなしく反応を示さない妻の遺体とその傍らの椅子でうなだれる息子ゲボがそこにいた。

 

「……バカな!……なぜだ…なぜ……」

 

 ゲロは涙を流しその場に崩れ落ちた。

 ゲロの妻は学会に出席していたところ会場に潜り込んでいたテロ組織『西部地区独立実現同盟』の構成員が乱射した凶弾によって胸部を数か所撃たれその時点で重傷だったという。

 

(妻が何をしたというのだ……彼女はただの科学者ではないか……西部の政治とは何の関係もない)

 

 ゲロの妻は夫同様科学者でバイオテクノロジーを専門としていた。そのため夫の会社とは無縁の研究をしており、よく会社に泊まり込んでロボット開発をしていたゲロとは冷え切っていて息子の軍学校入学と同時にジンジャータウンに移り住み西部を拠点としていた。

 とはいえ実際に二度と妻が帰ってこないとわかるとゲロに大きなショックと悲しみが襲ってきた。

 

「ゲロ! やっと来たか!」

「ヴァーミリオン……」

「ヴァーミリオン中佐!」

 

 ヴァーミリオンの登場にゲロとゲボは思わず立ち上がる。

 

「ゲボも来ていたんだな。…こんな時だ敬礼はいい」

 

 敬礼をしようと右手を上げようとするゲボをヴァーミリオンは止める。

 父の友人のヴァーミリオンはゲボと何回か会ったことがある。ゲボはヴァーミリオンに尊敬を向け、ヴァーミリオンもゲボを年の離れた兄弟のように可愛がっていた。ゲボが軍人への道を選んだのもヴァーミリオンの影響が大きいだろう。

 

「お気遣いありがとうございます中佐」

「いい、俺にだってカミさんと息子がいるんだ。気持ちはわかるさ……ショックを受けているところすまないがゲロ、ちょっと顔貸してくれないか? 俺もあまり時間は取れないんだ」

 

 ゲボへの気遣いもそこそこにゲロに水を向けるヴァーミリオンにゲロはうなずき応じる。中の都の士官であるヴァーミリオンの多忙も管轄外のはずの西部に来た理由もゲロには察しがついている。

 

 

 

 

 

「奥さんの件は残念だな。インスタントや菓子ばかりだったが奥さんからごちそうになった時は感謝している」

「食欲旺盛なのに家事はからきりだったからなあいつは……」

 

 屋上に場所を移しヴァーミリオンとゲロはそう苦笑しあう。

 

「奥さんの自宅には被害が及んでいないそうだ。ほとぼりが冷めたら行ってみるといい。遺品があるかもしれん。あんたの研究の役に立つ代物なんかもな」

「すまないな……もっとも研究といっても私のメカトロニクスと妻のバイオテクノロジーではかみ合わずこうして別居する羽目になったんだが……バイオテクノロジー自体は私もかじったことがあるんだがな、夢と合わなかった……ところで学会には政府も注目していたそうだが奴らの狙いはやはり…」

 

 本題に入ったゲロにヴァーミリオンはうなずく。

 

「政治家が学会に参加していたようだ。それも中の都から派遣された大物がな。そいつらを抹殺するつもりだったらしい。あんたや奥さんが狙いだったらこんな事は起こさん。無傷で誘拐して協力してもらうさ」

「西部の独立だと?……地球すべてが統一されているから戦争は起こらないはずなんだ……それなのに、そんな勝手な理屈のためになぜ善良な市民が犠牲になる?」

「……政府が弱いからだろうな」

 

 憤るゲロに対してヴァーミリオンは冷ややかに告げる。

 

「なんだと?」

「地方への影響が弱いくらい政府が弱いからそんな存在してもしなくても変わらない連中から独立しようとする奴らが出てくるんだ……数百年前突然国王になった初代王はすべての国民が自然と従う威光を放ってたんだが、二代目以降にはそれがなかったらしい。今の国王にいたってはただの傀儡だ。地区の勝手を許し、中央の政府の中にさえ王を無視してよからぬ企てをたくらむ奴らがいる」

「まさか……ヴァーミリオン! お前も国王に反感を持っているというのではあるまいな」

 

 ヴァーミリオンの政府への中傷にゲロはもしやと思う。

 

「強い政権を作るべきだ……そういう考えを持ってる点では俺は政府や国王に不満を持っている……それになゲロよ。政府に力を貸して奴らに報復しようと考えても無駄だぞ。先を越される」

「先を? どういうことだ」

「俺たち中央軍が来たのはテロ組織への情報収集のためじゃない。そんなものはとっくに済んでいる。奴らのアジト、そこに伏せてる数、協力している企業、団体すべて政府はつかんでいる……ないのは独立しようと市民への扇動しかしていなかった奴らを攻撃する口実だ。そして今日政府の力を削ごうと奴らは暴挙を起こした。政府がそれを待ってたことも知らずにな!」

 

 ヴァーミリオンが告げた事実にゲロは当惑する。では政府は今日のテロを予測していたということではないか。

 

「まさか政府が……国王は、このことを知っているのか?」

 

 ゲロの問いにヴァーミリオンは首を振る。

 

「いいや、知らされていないだろう。今頃事件のことを聞いて、明日あたりに今回のテロと軍が突き止めたテロ組織のアジトの話を聞いて奴らへの攻撃を命じる書類にサインをするだけだろうな」

「バカな……それでは国王は何のために存在するというんだ?」

 

うなだれるゲロにヴァーミリオンは憐みの視線を注ぐ。

 

「ゲロ。俺は一軍を率いて奥さんの仇を晴らす。あんな奴らに殺されるつもりはない。だがこれが終われば俺は軍を抜けもっと大きな敵と戦う準備をするつもりだ」

「大きな敵…だと?」

 

 ゲロははっとしてヴァーミリオンの方を見る。

 

「政府だ! 存在価値のない国王だ! 俺は軍に命令するだけの政治家に頭をたれながら腹を立てていた。奴らが弱くて腹黒いからこんなテロが起きた! 俺は強い軍を作り地方が無視することができずどいつも逆らう気も起こせない政府を作ってやる!……そこでゲロ、お前も協力してくれないか?」

「協力? 私に何ができるというんだ?」

「ロボットだ! 兵器だ! あんたの作るあれらは国王軍の持ってるそれよりはるかに高性能で強力だ! あんたが力を貸してくれれば俺たちは政治家や国王にとって代わりこの地球を隙の無い軍事国家にすることができる! 奴らこそ奥さんの本当の仇なんだ!」

 

 ヴァーミリオンに共感しそうになりながらゲロは思いとどまる。

 

「しかし地方に影響が及ぼせないくらい弱体化しているとはいえ、一応地球すべてを統治している国家の政府だぞ。お前さんとロボットだけで倒せるとは思えんな」

 

 ゲロの指摘にヴァーミリオンは首を振る。

 

「もちろん俺だけじゃない。志を同じくする同志が軍に多数いるんだ。時間をかけて裏付けも取ってある。密告の心配はない。……だから今回の事が起こるまでは間に合わなかったが」

 

 謝るヴァーミリオンを横目にゲロは考え込む。

 

「兵器類を買いたいなら言ってくれ……ただし企業と客としてだ。私やゲボまで巻き込まんでくれ」

 

 ゲロとしてはそう言うのが精一杯だった。



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第四話 大盛

『ジンジャータウンで起こったテロ事件から早3年、国王様はかの街を訪問し二度とこの悲劇を起こさぬよう西部地区との連携や政策の見直しを慰霊碑に誓い……』

 

 スマホのTVアプリを消した。ゲロはすでにこのテロの裏側で起こった茶番を知っている。

 テロ組織『西部地区独立実現同盟』は西部27地区軍と中の都から派遣されたヴァーミリオン中佐が率いる大隊にアジトを急襲され壊滅した。

 西部の内戦を未然に防いだこの功績でヴァーミリオンは勲章を授与され大佐に昇格したが彼はほどなく軍を除隊、にも関わらず今までよりはるかに大量の装備を秘密裏にゲロや他の武器商人から注文している。

 彼が3年前にしていた話が本当なら国王軍にクーデターを起こすための軍を水面下で組織しているのだろう。

 注文量から予想より政府に反感を持ってヴァーミリオンに賛同した者は多いらしい。明らかにスポンサーもついている。

 そしてゲロの息子ゲボは軍学校を卒業間近で退学、その姿を消した。どこへ行ったのか予想はつくがヴァーミリオンに問い詰めようとはしなかった。

 一方ゲロは事件以来ロボット開発をやめカプセルコーポレーションへのヘッドハンティングの話も断り武器を作りヴァーミリオンに横流ししている日々を送った。

 

 

 

 そしてその受注もある程度落ち着いたころを見計らって、気晴らしにある島を訪れていた。

 東の都から少し海を渡ってところにある島だ。自然豊かで人間から離れた生活を送りたいと思っていたゲロにはぴったりの島だった。……あちらこちらに廃墟がなく何より現代も使われている家や畑がなければ、

 船から降りて島を探索していると小さな家を経て大きな廃墟を見つけた。崩れ落ちた壁から見える中はガラクタが散乱していた。

 

「ここは……まさか何かの研究施設だったのか」

 

 しばらく機械類は見たくないと思ってやってきた離島でまたわずらしいものを見つけたものだ。

 

「お前さんここに何の用だ?」

「――!?」

 

 突然声を掛けられ後ろを振り返ってみれば左の目元に浅い傷のある老け込んだ男が立っていた。……いや本当は自分とほぼ同じ年かもしれない。何しろ自分もあの事件以来一気に老け込んだと言われるからだ。

 

「同業者のようだな。研究所を観察している時の目を見ればわかる。まさかあの研究を再開しようと政府から送られてきたのではあるまいな」

「研究? 何のことを言ってるのかわからんが政府からの依頼など受けたくもないな」

 

 ゲロの答えに老人はゲロをしばらく見つめそれから探るように言い始めた。

 

「……中性子星」

「……?」

「ブラックホール」

「?」

「光速、タキオン、ワームホール、エキゾチック物質、宇宙ひも、量子重力、セシウムレーザー、素粒子リンク・レーザー、ディラック反粒子」

「待て待て何を言っている?!」

 

 老人の唱え始めた単語の意味が分からずゲロは思わず尋ね返す。

 

「時間の壁を超えるための理論だよ。どれも仮説で証明されたことはない。それどころかこの11の理論の中でさえある理論を別の理論が否定しているといった有様だ。宇宙ひもなど宇宙のどこかに存在している物質を利用すれば可能とする理論もあるが、ロケットさえまともに作れん政府には見つけ出すことはできんよ」

 

 老人の説明にゲロはようやく老人や廃墟の正体に気づく。

 

「まさかここは時間に関する研究所? 政府はこの島でタイムマシンを作ろうとしていたのか?」

 

 老人は驚くゲロを見つめかぶりを振った。

 

「どうやら本当に知らなかったようだな」

「じゃああんたはまさか……?」

「私は大盛徳之進。タイムマシンを作るため政府の支援を受けてこの島で研究を主導していた」

 

 ゲロは仰天した。大盛といえば時空工学の権威だ。

 

「あんたが大盛博士だったのか。何度か耳にしたことはあるよ……しかし研究所の有様を見るとやはり……」

 

 大盛はうなずく。

 

「助手が高圧ガスの調整を間違えてな……大事故が起き私は軽い傷で済んだが研究所は大破、妻を含め大勢が犠牲になった。そして政府はこの島を見捨て私だけがこの島に残った。それ以来ここには私だけが住んでいるよ」

「そうだったのか……」

 

 政府の都合で妻を亡くした。自分と同じだ。ゲロは大盛に親近感を覚えた。だがそれと同時に疑念も浮かんだ。

 

「しかし政府はなぜタイムマシンを作ろうとしたんだ? 政府ぐるみで改変したい過去の出来事など全く思い浮かばんぞ」

「表向きにはな……だがあんたぐらいになると政府の連中の愚かさくらいわかるだろう。国王は善良だがその分その下にいる議会の思惑には全く気づいておらん。過去を変えられればどんなくだらないことをしでかそうとするか、想像するだけで反吐が出るわい……それにもっと早く気づいて研究理論を公開しなければこんな研究所は作られず事故は起きなかったんだ……」

「……」

 

 そう吐き捨ててうつむく老人を見たその瞬間ゲロの中で何かがはじけた。

 あんなくだらない連中のために自分の妻や大盛の妻や部下たち、その他大勢やその家族が苦しんでいるのだ。

 ゲロは船を停めてある島の簡易港に足を向ける。

 

「どこへ行く?」

「都へ戻る。今後のことについて考えたい」

 

 そう言ってさらに足を進めようとするゲロだがそれを大森が止めた。

 

「何をする気か知らんがもう日が沈み始めている。オバケ鮫が活動を始めるころだ。よほどでかくて武装を積んだ船でなければ丸呑みされてしまうぞ」

 

 思わぬ言葉にゲロは大盛の方を見た。

 

「オバケ……鮫? どのくらいの大きさだ?」

「島の半分近くだな。さすがに人が鮫に食われるところを見るのは気分が悪い。今日は島に泊まっていくしかないな」

「この島に休憩所は?」

 

 ダメ元でそう問いかけるゲロに大盛は無常に言った。

 

「ない! 私の家だけだ。今日一日だけ泊めてやる。朝になったら都に帰るといい」

 

 ゲロはげんなりした。自分と同じ境遇の大盛には親近感を覚えたがさっきの話で空気はますます悪くなった。もしかしなくても面白い滞在にはならないだろう。



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第五話 最強の人造人間

「…………っ! むっ、ここは!!」

 

 そこは広い研究室だった。廃業したメカトロニクス・コーポレーションの社長室兼開発室に比べればはるかに……。あそこには散乱していたロボットなど一体もいない。

 

「いつのまにか寝ておったか」

 

 懐かしく、長いようで短い夢だった。

 

「あれからもう数十年になるか」

 

 

 

 

 

 東の都近くの島で大盛と会って翌日都経由で会社に戻った後ゲロはヴァーミリオンと連絡を取り社を畳み彼の軍に加わった。

 そして銃やバズーカのような小火器だけでなく戦車、武装ヘリ、戦闘機、警報機、基地や敵を罠で陥れるための塔の設計、搭乗して操縦するロボット『バトルジャケット』……

 そして人間を改造して強大な力を持たせた『人造人間』を生み出した。人間を改造したのだからロボットと同じ意味の人造人間ではなく『サイボーグ(改造人間)』と呼ぶべきなのだろうが今まで作っていたロボットと区別するためあえて人造人間と名付け番号で呼び特別な名前は付けなかった。

 人造人間を生み出して以来政府への恨みとは別に『もっと強いものを造りたい』。そんな欲求に流されて研究を続けている。

 自分が外道に堕ちていることは自覚している。そしてそれはヴァーミリオンも同様だ。

 

 

 ヴァーミリオンが起こした軍は政府に不満を持つ『西部独立実現同盟』のような各地のテロ組織を飲み込み地下で拡大しやがて表舞台に現れ『レッドリボン軍』として国王や政府に戦いを挑んだ。

 当然地球を統べる国王や政府の軍との戦いは一筋縄でいかず、失った兵力を補充、拡大するため人質を用いての脅迫や誘拐、武器のマフィアへの横流し、麻薬売買による資金獲得、戦いのためなら手段を選ばないようになった。

 軍という性質上兵の士気を上げるため彼らの狼藉も黙認していた。

 ゲボはゲロやヴァーミリオンと比べて純粋だったかもしれない。ヴァーミリオンをかばって戦死しなければゲロやヴァーミリオンを諭し軍を正していたかもしれないがそれは望めない。ゲボは最後の良心だったのだ。

 内外どちらから見てもレッドリボン軍にはもはや正義はない。「世界最悪の軍隊」『悪の限りを尽くし正義が大嫌いという最低の軍団』とは言いえて妙だ。

 だが悪意が力になる軍隊ではそれが功を奏してレッドリボン軍は国王軍や政府軍と戦っても勝てるほどの軍事力を備えた最強の軍隊となった。

 問題は……

 

 

 

 

 

 

「総帥、研究室にはコンピューターがあります。葉巻をお消しください」

「……チッ、私は総帥だぞ。あのジジイが親父の盟友でなければこんな気は使わずに済むものを」

 

 黒人の男の指示を受けて総帥と呼ばれた小男は舌打ちしながら葉巻を男が差し出す携帯灰皿で押し潰す。

 

「さっさと開けさせろ。ワシは早く葉巻も吸えないこの区画から出たいんだ」

「はっはい、少しお待ちを」

 

 小男に急かされ男はインターホンを押す。

 

『レッド様、ブラック様がお越しになりました。お通ししてよろしいですか?』

「……開けろ」

 

 来客を知らせるAIにゲロが不機嫌にそう命じた途端、ロックは解除され扉が真横にスライドして開く。

 扉が開いた途端小男は無遠慮に、黒人の男は一礼してから入ってきた。

 

「……ようこそレッド総帥。私などのためにわざわざご足労いただき恐縮の極み……」

「そんなことはいい! ドラゴンボールはどこだ! なくしたとでもいうつもりじゃないだろうな!」

 

 ゲロの挨拶を遮り小男――レッドは一気にそうまくしたてる。

 

「こちらに……」

 

 今のレッドには機嫌を取るよりドラゴンボールと呼ばれる球を見せた方がいいらしい。そう判断して言葉少なめにゲロの机から少し離れた棚の上に置かれてあるドラゴンボールを手で示す。

 そうした途端、レッドは慌てて球をひったくった。

 ゲロが球を盗む気じゃないかよほど気が気じゃなかったらしい。ゲロを呼び出さず葉巻が吸えない研究棟まで自ら足を運ぶくらいに……1個だけ手中に入れても願いが叶うわけではないという話なのだが。

 

「ドクター・ゲロ、お疲れ様です。それでレーダーが完成したとお聞きしましたが?」

 

 黒人の男、ブラック補佐が慇懃にゲロにそう尋ねる。

 その問いに応じて、ゲロはPC上に表示されてる地図を見せた。

 

「ええ、ドラゴンボールとやらから照射されてる電波を人工衛星から捉えることで世界中に点在しているこれと同じボールの位置を掴むことができます……大まかにですがな」

 

 ゲロの言う通り地図には7つの球状のポイントが表示されている。そこにドラゴンボールがあるのだ。

 

「そうか。すぐに各隊を派遣しよう……っで、このレーダーは指令室などにも表示できるようにできるかね?」

 

 よほど研究棟に来たくないらしい。ニコチン依存症め、世界を征服できても運動不足や肺がんで早死にしては元も子もないだろうに。

 

「そう言われると思ってすでに指令室と繋げてあります。総帥の足をわずわせる必要はございません」

 

 内心は表情だけにとどめゲロは淡々とそう告げる。

 現レッドリボン軍のトップ「総帥」レッド。ヴァーミリオンの息子で戦死した父の跡を継いで軍を統べる総帥を名乗ったが父から受け継いだのは財力と権力だけで惰弱な政府を打倒する志は彼にとって他者を攻撃するただの口実らしい。ヴァーミリオンとの関係から自分ならため口をきいても黙認されるだろうがこの小男を友人とする気はない。

 

「ありがとうございますドクター。昨年の怪現象や初代王の伝記などからドラゴンボールの存在を突き止めた私の行いなど博士のお働きに比べればほんの些事です。これでレッドリボン軍は政府を倒し、世界を正すことができるでしょう」

 

 ブラックはそうゲロをねぎらうが言葉の端々から自分がドラゴンボールのことを知らせなければレッドリボン軍は世界制圧に王手をかけることができなかったと強調している。

 レッドリボン軍の創設者ヴァーミリオン名誉総帥に賛同して軍に入り侮蔑心を隠してレッドに仕え今の大佐や将軍を退けて総帥付きの補佐に上り詰めたその心意気は評価するが。

 

「では私は新たな人造人間の製造に着手いたし……」

「そのことなんだがなゲロ、君は軍によく尽くしてくれた。ここでしばらく休暇を取ってはどうかね」

 

 さっきから一転してゲロをねぎらうレッドの態度にゲロは首をかしげる。これはまさか……

 

「人造人間に見切りをつけたのですか?」

 

 ゲロは思わずレッドに詰め寄る。

 

「……見直しが必要だとは思わんか? 8号の力は素晴らしい。最初は私も奴がレッドリボン最強の兵士になってくれると期待していた。だが実際はどうだ? 銃は撃ちたくない、人を殴るのも嫌だ、ましてや殺したくない。そんなわがままを繰り返すうち牢に入れざるをえなくなったではないか。処分しないだけ我ながら慈悲深いというものだ」

「申し訳ありません。素体となった人間の記憶や感情面での不安定のせいでしょう。AI開発はしておりますが感情の再現は昔からうまくいかなくて」

「だから間を置けと言っておるのだ。今はドラゴンボールの入手が最優先だ。その後で予算を出してやる」

 

 レッドがそう言い捨ててからゲロはブラックの方を見る。だがブラックは黙ったまま首を横に振る。人造人間の開発の凍結は彼も同感のようだ。

 

「……わかりました。ではお言葉に甘えてしばし暇をいただきます。私の知恵が必要になったらいつでもお声がけを」

「うむうむその時を待ってくれたまえ。ガハハ!」

 

 そう言ってレッドは大股で研究室を出ていく。ブラックもゲロに一礼してからレッドに続いた。

 

「……俗物め」

 

 レッドがいなくなってからそう罵ったが考えてみれば人造人間開発にどうしても軍からの予算が必要というわけではない。すでに今までの報酬で莫大な資金を蓄えているし軍の各地への攻撃による株価の乱高下でその資金を増やす術もある。そして資金源は軍のほかにも作ってある。

「人造人間を作っていけばいずれ無から作る本物の「人造人間」を作れるようになる。その時は……」

 そこでゲロは机に飾ってる写真を見た。ヴァーミリオンをかばって死んだ息子ゲボの写真だ。

「ゲボが蘇るわけではない。私が作るのはゲボと瓜二つの人形だ。……それはわかっているが、息子と同じ姿をした者を側に置きたいと考えるのはおかしいか?」

 それだけではない。「なにより強いものを造る」その欲求はゲロの中ですでに抗いがたいものになっていた。

 その目的のために作ろうとし匙を投げたがコンピューターに後を任せ今も作られているものが2体いる。

 

 

 

 『セル』……武道家の細胞を集めて作った人造人間とは名ばかりの完全有機生物だが完成するのに何十年かかるうえ現代の武道家で最も強いのは武天老師、そのライバル、そしてその弟桃白白だ。

 彼らにも劣る武道家の細胞を集めて人造人間を作ってもその力量は、8号にもはるかに劣るだろう。

 武天老師たちをはるかに上回る戦士の細胞を集めていけばもしかすればとんでもない怪物が出来上がるかもしれないが……

 

 『??号』こいつもセル同様武道家の細胞を集めて完成される有機生物だ。だがそのベースは亡き妻から抜き取った細胞が使われている。妻の面影を求めて作ろうとしたのは否めない。だがこの人造人間はめったな偶然がなければ完成しないよう言葉通り凍結させてある。

 その大きな要因はある細胞を使ってしまったことにある。

 妻の自宅の地下にあった冷凍装置で凍結してあった桃色の粘土にしか見えない物体、だが妻が残した記録によれば凍結が弱まった瞬間その物体からとんでもないエネルギーが発生し、即座に凍結しなおしたとのことだ。そしてその晩妻はある夢を見たそうだ。

 

『物体Xからエネルギーが観測され急遽それの凍結を強めたその夜私は悪夢を見た。

 あの物体Xが怪物となり人々をお菓子に変えたり、都市を爆破したりしてやがて地球を破壊してしまうのだ。

 あの怪物はそれでも飽き足らず他の星々をも滅ぼすだろう。

 さすがの私もしばらくお菓子が食べられなくなったほどだ。これを読んだ方は馬鹿馬鹿しい、ただの夢だと笑うだろうが私はすでに物体Xがただの粘土もどきじゃないと確信している。あれはとても恐ろしい悪魔の細胞……

 物体Xの凍結を解いてはならない。利用しようとしてはならない』

 

 妻は記録にそう強く残し戒めていたがゲロは好奇心にあらがえずつい未知の人造人間に物体Xを移植してしまった。そしてその瞬間妻の記録通りかつてないエネルギーが未完成の人造人間から観測し間もなくその人造人間を凍結し、何十ものロックをかけてレッドリボン軍も知らないとある研究施設の地下に封印した。

 もし何かの間違いであれが完成し目覚めてしまったらゲロが予想しうる戦士の細胞を集めたセルをもはるかに上回る悪魔となってしまうだろう。本当に世界や宇宙は無に帰してしまうかもしれない。

 

「……今に見ていろ。ドラゴンボールが揃おうが揃うまいが私は必ず最強の人造人間を造りレッドたちに代わって軍を統べ世界を支配してやる」

 歪んでいる。自覚はしていてももう引き返せなかったし引き返す気はなかった。

 

 

 

レッドリボン軍創設秘話 完



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