スキルのせいで厨二病患者に認定されました (厄介な猫さん)
しおりを挟む

遠距離武器でプレイします

アニメや他の方の二次小説に触発されて書いてしまいました。
てな訳でどうぞ


「やっと買えた~。発売初日に買えなかったのは痛かったなぁ」

 

黒髪黒目の制服姿の少年、新垣浩(あらがきひろし)はニシシと笑みを浮かべながら、とあるゲームソフトが入ったビニール袋を片手に駆け足で家に帰っていた。

そのゲームソフトの名は『New Wolrd Online』―――通称『NWO』。

 

今話題の新作VRMMOゲームだ。

普通なら事前に予約しとけばいいだけの話だが、浩はそれを面倒くさいという理由だけで怠った結果、発売初日の購入を逃すという結果を招くこととなった。

 

ハード自体はあるので、すぐにでもプレイできる。

……実際のプレイは宿題を終わらせてからだけど。もっとも、明日は学校は休みだから多少夜更かししても大丈夫である。

 

「ただいまー!」

「お帰りー」

 

帰宅すると、リビング辺りから母さんの返事が返ってくる。

浩の両親はちゃんと成績を取っていれば、特にあれこれと苦言は言ってこない親である。

 

「今日は随分と声が嬉しそうね。ひょっとしてお望みのものが買えたの?」

「うん。今日からようやくプレイできるよ」

「そう、良かったわね。だけど、熱中するのはいいけど程々にね。勉強に支障が出たら、親としてはゲーム禁止にしないといけないからね。それが嫌ならちゃんと両立するように」

「分かってるよ。ゲームは宿題をちゃんと終わらせてからやるよ」

「分かってるならよろしい」

 

そうして、浩は夕食、風呂、宿題をさっさと終わらせる。

 

「宿題も全部終わりっと。これでようやくゲームができる!」

 

逸る気持ちを抑えながら、浩は待ちに待ったゲームのハードを取り出す。

 

「~~♪」

 

ハードの電源を入れ、鼻歌混じりにNew World Onlineの初期設定を手早く済ませていく。

 

「初期設定はこれで終わり……次はキャラ作成だ!」

 

浩は高ぶった気分のまま、電脳世界にダイブする。久しぶりの感覚を妙に懐かしく感じながら目を開けると、そこは久々のゲームの世界だった。もちろん、町の中ではなく、キャラクター作成の場所だ。

 

「キャラネームは……リアルバレは嫌だから……コーヒーでいいか」

 

浩は特に迷うことなく、空中に浮かぶパネルにコーヒーと名前を入れて決定ボタンを押す。ふざけたキャラネームだが、自身の名前には微塵も掠りはしないからバレないだろう。

そもそも、学校にも特に親しい友人はいないし。

……ボッチでもいいんだもんね!!

 

「武器は……射撃系統がいいんだけどな……」

 

少し自分のメンタルダメージが入った浩―――コーヒーは気を取り直して初期装備の選択に進む。

コーヒー個人としては銃とかがいいのだが……流石に無いみたいだ。そういった武器が苦手とか、動き回るのが苦手とか、そんな理由からではなく、単に某映画のやアニメのワンシーンの如く、遠距離武器で近接戦闘!というロマンも実現したいからである。もちろん、普段は遠くからネチネチ撃ちまくるつもりだ。

 

「あるのは……弓と弩―――クロスボウだけか。いや、どっちも武器カテゴリーとしては弓だけど」

 

説明文では、弓は端的に言えば威力は低いが連射性が高い。クロスボウは威力は高いけど連射性が低い……と。

ちなみに、弓やクロスボウは矢筒とセットで両手扱いの武器である。

 

「……よし、クロスボウにしよう」

 

クロスボウは銃の親戚みたいなものだ。妥協点としては十分だろう。上手くいけば遠距離では狙撃、近距離では殴るが実現できる。

杖で殴打?魔法で狙撃?論外ですが何か?

 

次はステ振りだが、初期ステータスポイントは100。これをHP(体力)MP(魔力)STR(攻撃)VIT(耐久)AGI(敏捷)DEX(器用)INT(知力)の各種ステータスに割り振るのだが……

 

「ステ振りは……ある程度は適当でいいか」

 

コーヒーはそんなことを呟きながらステータスを振っていく。

 

「次は見た目だな。身長は……変更不可か。髪と眼の色は……変更可能っと」

 

なら、リアルバレ防止目的で髪は白、眼は翠へと設定する。

厨二?この程度は厨二病の内に入らないだろ。うん。

ちなみに、浩の身長は158センチである。もし変更できていたら、7センチ延長していたところだ。

 

そうして、設定が全部終わったので、ようやくゲームスタートとなる。

コーヒーの体が光に包まれ、次に目を開けた先には、活気溢れる城下町の広場であった。

 

「さて、改めてステータスを確認するか……ステータス」

 

コーヒーはそう言うと、ヴォンという音と共に自身の前に半透明のパネルが浮かび上がる。

目の前に現れた自身のステータス画面で、コーヒーは改めて自身のステータスを確認していく。

 

 

===============

コーヒー

Lv1

HP 35/35

MP 13/13(+10)

 

STR 10(+15)

VIT 5

AGI 45(+5)

DEX 30

INT 10

 

頭装備 (空欄)

体装備 (空欄)

右手装備 初心者の弩 【STR+15】

左手装備 (装備不可)

足装備 (空欄)

靴装備 初心者の魔法靴 【MP+10 AGI+5】

装飾品 (空欄)

    (空欄)

    (空欄)

 

スキル 

なし

===============

 

 

STRは装備込みで25、AGIは50か。まずまずだな。所持金は……初期値の3000G(ゴールド)っと。

確認が終わったら、まずはフィールドでモンスター狩りである。初心者装備でも十分に倒せることはネット情報で確認済みだ。

 

「しかし、本当に人で溢れてるなぁ……出遅れたのが本当に悔やまれる」

 

コーヒーは軽く肩を落としながら町の外へと出る。まあ、その分ネットに情報が出回っているから悪いことばかりではないが。

 

「狩り場は……森の中でいいか。平地じゃ目立つし、最初は射撃武器らしく、遠くから狙い撃ちしたいし」

 

そんな訳で、コーヒーは十分足らずで森に到着。手頃な木に登り、そこからモンスターを探していく。

 

「ウサギ型のモンスター……なんかベタだな」

 

最初に見つけたモンスターは、林檎とウサギが混じったようなモンスターだった。林檎のウサギカットが元ネタなのが容易に想像できる。

コーヒーは微妙な気分になりながらも、クロスボウをそのリンゴウサギに向けて構える。

 

距離は……およそ30メートル。

リンゴウサギはこちらに気づいていない。コーヒーはレバーを引いて弦を引っ張り、固定する。

そして、腰の矢筒から取り出した矢をセットし、左目を閉じてリンゴウサギの頭部に狙いを定め……引き金を引いた。

 

ヒュン!

 

小気味いい風切り音を奏で、矢が発射される。

放たれた矢はそのまま真っ直ぐ進み、リンゴウサギの頭部に突き刺さり、その衝撃でリンゴウサギは仰け反って倒れる。

だが、一撃で倒れなかったリンゴウサギはすぐさま起き上がり、辺りをキョロキョロと見渡し始める。

 

そんなリンゴウサギにコーヒーは無慈悲に二射目を放つ。

二射目もリンゴウサギの頭部にヒット。二射目も喰らったリンゴウサギはこちらに気づかず、警戒心を露に身構えて周囲を探っている。三回目のヘッドショットでもリンゴウサギはこちらに気づかない。

 

コーヒーは楽だと感じながら、四射、五射とボウガンから矢を無慈悲に放ち続ける。

放たれた矢は当然の如く全部頭部に当たっており、リンゴウサギは十回目のヘッドショットでポリゴンとなって消えた。

 

ピロリン♪

『レベルが2に上がりました』

 

リンゴウサギを倒したことで、レベルが上昇した。

 

「レベルが上がってポイントも入ったな。ステ振りは……しばらくはしなくていいか。リセットできない以上、もうちょいレベル上げてから振った方がいいだろうし」

 

与えられたステータスポイントは5。事前情報でステータスポイントは偶数のレベルおきに追加されるので、今はとっておいた方がいいだろう。十の倍数の時は二倍である。

 

「さあ、この調子でレベルを上げていくぞ」

 

コーヒーはそう言ってモンスター狩りを再開した。

 

 

―――二時間後。

 

 

ピロリン♪

『レベルが14に上がりました』

『スキル【気配察知I】を取得しました』

『スキル【気配遮断I】を取得しました』

 

あれからリンゴウサギ以外にも、蜜蜂と啄木鳥辺りを融合させたモンスターやムカデ、芋虫、狼等を遠方からの狙撃オンリーで仕留め続けた結果、そこそこレベルが上がり、スキルも獲得した。

途中、大盾使いであろうプレイヤーがコーヒーが狩っていたモンスターに近づいてきていたが、矢を二発、そいつの足下と頬すれすれに撃って追い払ったので問題はない。アイテムドロップも勿論入手済みだ。

ちなみに、この二時間で得たスキルは上記の二つ以外は以下の通りである。

 

 

===============

【狙撃の心得II】

静止状態が五秒以上かつ対象との距離が10メートル以上の時、与えるダメージが10%加算される。

取得条件

【狙撃の心得I】を取得した状態で、半径10メートル以上の距離にいる敵を20体撃破すること。

===============

 

===============

【弩の心得I】

弩装備時、与えるダメージが5%加算される。

取得条件

弩を装備した状態で、敵を50体撃破すること。

===============

 

===============

【一撃必殺】

頭部に攻撃を当てた際、10%の確率で【即死】となる。

ボスモンスターには無効。

取得条件

頭部に止めを刺した攻撃を連続で50回行うこと。

===============

 

 

現時点で一番強力なスキルはこの【一撃必殺】だろう。頭を撃てば十回に一回の確率で、敵の体力や防御力関係なしで殺せるのだから。

ボスモンスターに効かないのは、まぁ、お約束だろう。ボスモンスターまでそうなってしまったら、ゲームバランスが崩壊してしまうし。

 

「時間も遅いし、そろそろログアウトするか……明日は戦利品を幾つか売った後は、装備やアイテムを少し買って、適当なダンジョンとかで資金集めをするか」

 

明日の段取りを考えながら、コーヒーは画面を操作してログアウトするのであった。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

【NWO】ヤバいスキル持ちのヤツを見つけた

 

1名前:名無しの大盾使い

狩られるところだった

 

2名前:名無しの大剣使い

kwsk

 

3名前:名無しの魔法使い

PK?

 

4名前:名無しの大盾使い

西の森で単独で探索していた時大ムカデがヘッドショットを喰らっている現場に遭遇したんだ

近くには誰もいないし訝しんでそいつに近づいたら

 

5名前:名無しの槍使い

そのヘッドショットをしていたヤツに撃たれたと

 

6名前:名無しの大盾使い

ああ

最初は足下だったのが次は邪魔するなと言わんばかりに頬すれすれを撃ってきたんだ

それで大人しくその場を去ったんだが

 

7名前:名無しの大剣使い

だが?

 

8名前:名無しの大盾使い

最後に振り返って見た光景はヘッドショットでムカデが倒されて消えるところだったんだ

それも大ムカデのHPが半分以上あった筈なのにだ

 

9名前:名無しの槍使い

へ?

 

10名前:名無しの弓使い

まさかの即死系スキル!?

 

11名前:名無しの大盾使い

状況からしてそうだと思う

もしそいつが最初から排除に動いていたらヤバかったと思う

相手が何処にいるか分からないままだったし

 

12名前:名無しの槍使い

よくキルされずに済んだな

 

13名前:名無しの大盾使い

俺もそう思う

向こうも追い払う感じで矢を撃っていたから良心的な方だと思う

 

14名前:名無しの弓使い

俺と同じ弓使いか

地味にショックです

 

15名前:名無しの魔法使い

元気だしなよ

その内取れるさ

 

16名前:名無しの大剣使い

だけど即死系スキルはどのゲームでも基本強いよな

代わりに低確率だったりボスには効かないというのがお約束だけど

 

17名前:名無しの槍使い

だよな

それがないとゲームバランス崩壊するし

 

18名前:名無しの大盾使い

そうだな

しかし一体誰だったんだろうな

 

19名前:名無しの槍使い

野郎ではなく美少女だったらいいな

 

20名前:名無しの魔法使い

お巡りさんこの人です

 

21名前:名無しの大剣使い

どっちにしろ情報を集めるしかないな

トッププレイヤーになれば、自然と名前も上がるだろうし

 

22名前:名無しの大盾使い

何か分かったら書き込むわ

 

23名前:名無しの弓使い

よろしくお願いします!(敬礼)

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 




他の二次創作(作者の知る限り)では弓は片手武器扱いですが、ここでは両手武器扱いにしました。
実際、弓やアニメの武器が散乱していたシーンにあったクロスボウはどう扱われているんでしょうかね?作者の知る限り、ゲームでは大概両手武器扱いなんですよね。
後、タイトルにあるスキルの取得は少し先となります。
感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

一人でダンジョンへ

てな訳でどうぞ


ゲーム開始から早一週間。

ダンジョンでアイテムを採掘したり、レベルを上げたりと、浩ことコーヒーはゲームを満喫していた。

そんなコーヒーの現在のステータスは以下の通りである。

 

 

===============

コーヒー

Lv.20

HP 235/235(+45)

MP 53/53(+15)

 

STR 25(+18)

VIT 5(+18)

AGI 72(+8)

DEX 50(+13)

INT 16(+3)

 

装備

頭装備 革のハチマキ 【HP+5 MP+5 DEX+2】

体装備 革のコート 【VIT+5 AGI+3】

右手装備 スチールボウガン 【STR+18 DEX+3】

左手装備 (装備不可)

足装備 革のズボン 【HP+10 VIT+5】

靴装備 革のブーツ 【AGI+5 DEX+5】

装飾品 フォレストクインビーの指輪 【VIT+6】

    革の手袋 【VIT+2 DEX+3 INT+3】

    (空欄)

 

スキル

【狙撃の心得IV】【弩の心得III】【一撃必殺】【気配遮断II】【気配察知III】

【ソニックシューター】【砕衝】【アンカーアロー】【跳躍I】【壁走りI】

【体術I】【連射I】【遠見】【射的距離強化小】【釣り】

【採掘I】【HP強化小】【MP強化小】【麻痺耐性小】【毒耐性小】

===============

 

 

スキル【連射I】は自身のDEXの10%分、矢を立て続けに放てるスキルだ。一度使うと、再使用可能になるまで二十分はかかるが、【一撃必殺】持ちのコーヒーには十分に嬉しいスキルだ。

【壁走りI】は五秒の間だけ壁を走れるスキルだ。【跳躍I】と合わせれば、アクロバットな動きが可能である。

 

【射的距離強化小】は遠距離攻撃の有効射程が【DEX】×1.5倍の数値でメートル単位で上昇するスキルである。

ちなみに装備品は基本、NPCショップで買い揃えたものである。

 

生産職プレイヤーによるオーダーメイド品は、生産職プレイヤーのスキル次第ではかなり高性能となるが、製作には最低100万Gかかるので、現時点では諦めている。

 

「そろそろ、ダンジョンのボスと戦いたいところだな……このステータスならソロでも十分に行けるだろ」

 

パーティーを組める相手がいないコーヒーは今日、本格的にダンジョンを攻略するつもりである。場所は既に攻略情報のある町から東側の方にあるダンジョンだ。

……別にフレンドがいないからではない!

 

「さて、ダンジョンに行く前に武器のメンテをしてもらっておくか」

 

回復アイテムの類は既に購入し終えていたコーヒーは、肩に担いだ《スチールボウガン》を担ぎ直し、町にある一軒の店へと向かって行く。

 

「イズさーん。武器のメンテお願いしまーす!」

 

目的の店に入ったコーヒーを出迎えたのは、カウンター越しに作業をしている薄い水色の髪の女性だった。

 

「あら、いらっしゃいコーヒー。昨日メンテしたばかりなのに……まさかとは思うけど……」

「違います!今日、東にあるダンジョンの一つを一人で攻略するので、念のためにです!」

「あら、そうだったの」

 

イズと呼ばれた女性は慌てて弁明したコーヒーの言葉に納得し、カウンターに置かれた《スチールボウガン》の耐久値を確認していく。

 

「昨日の今日だから流石にそこまで減っていないけど……コーヒーの武器の扱いは本当に酷いから念入りにメンテしておくわね」

「ありがとうございます」

「お礼を言うくらいなら、もっと武器を大事に扱ってほしいわ。クロスボウで殴ったり攻撃を防いだり……本当に雑に扱うんだからね、コーヒーは」

「……善処します」

 

イズの迫力を感じる笑顔の前に、コーヒーは目を若干逸らしながら答える。

最初に噂を聞き、武器のメンテを頼もうと店に訪れて耐久値がギリギリのクロスボウをイズに見せた結果、コーヒーはカウンター前で正座をし、クロスボウをどう扱っていたのかを話す羽目となった。

 

ちなみにクロスボウの耐久値がギリギリだったのは、クロスボウでモンスターと近接戦闘をやらかしたからである。理由は狙撃にそろそろ飽きてきたからというだけ。

 

コーヒーは武器のメンテが終わるまでの間、改めて所持品やスキルを確認していると、店の扉が開く。

誰が来たのかと、コーヒーはチラリとそちらに視線を向けると、そこにはいつぞやの大盾使いの男だった。

 

「いらっしゃいクロム。今日は盾のメンテかしら?」

「ああ。今日は初挑戦のダンジョンに向かうからな。イズ、悪いが入念にメンテしておいてくれ」

「わかったわ。だけど、先客がいるからその後でいいかしら?」

「先客って……そいつか?」

 

クロムと呼ばれた大盾使いの男がこちらに気づいたので、コーヒーは作業を中断して顔を向け、軽く挨拶することにする。

 

「初めまして。イズさんに武器のメンテを先に頼んだコーヒーです」

「俺はクロムだ。……コーヒーって、結構変わった名前だな」

 

クロムは苦笑して呟く。イズの時も、コーヒーの名前を聞いて似たような反応をしていたから、コーヒーは特に気にした様子もなく装備とアイテムの確認を再開していく。

 

「武器のメンテってことは、コーヒーもどこかのダンジョンに潜るのか?」

「はい。東にあるダンジョンを一人で」

「一人でダンジョンに潜るつもりなのかよ……装備も見た限り後衛のようだし、厳しいんじゃないのか?」

 

画面から顔を逸らさずに質問に答えるコーヒーに、クロムは呆れたように溜め息を吐きながら心配する。

 

「ご心配どうも。一応、ザコモンスターなら確率で即死できるから、そこそこは大丈夫なので」

「確率で即死ねぇ……って!?コーヒー!お前、即死系スキルを持っているのかよ!?」

 

クロムが物凄い勢いでコーヒーに食いついてきた。コーヒーは面倒だと思いつつも、クロムの疑問に答えることにした。

 

「……頭を攻撃した時に低確率で。当然、ボスモンスターには効かないし、取得条件を教える気もありません。欲しかったら頑張って自力で見つけてください。後、周りに言いふらすようなら……次からはその頭を撃ち抜くことにします」

「次からはって……お前があの即死攻撃をしていたヤツなのかよ!?」

 

クロムがあの時の下手人がコーヒーである可能性に気づいて声を上げる。

そんなクロムに、コーヒーは正解だったこともあり、攻撃してきた理由を明かすことにする。

 

「モンスターを横取りされたくなかったので。その場でPKされなかっただけ感謝して下さい」

「ったく……そんでコーヒーはあの時何処にいたんだ?近くにはいなかったぞ?」

「30メートル先の木に隠れて狙撃していました」

「……ああ。だから近くにいなかったのか……せっかくだしフレンド登録しておくか?」

「じゃあ、お言葉に甘えて」

 

再び呆れたように溜め息を吐きながらフレンドになるか聞いてきたクロムに、コーヒーはあっさりと了承して登録する。ちなみにイズとは、カウンター前で正座することとなった日にフレンド登録している。

 

「はい、コーヒー。武器のメンテ終わったわよ」

「ありがとうございます」

 

コーヒーはイズにお礼を告げながら《スチールボウガン》を受け取り、店を後にするのであった。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

341名前:名無しの大盾使い

例の即死スキル持ちに遭遇したというかフレンド登録したw

 

342名前:名無しの魔法使い

え?

 

343名前:名無しの槍使い

どうやって?

 

344名前:名無しの大盾使い

知り合いの生産職の店に盾のメンテを頼みに行ったら遭遇した

そして話の流れでそいつだとわかった

 

345名前:名無しの弓使い

それで肝心のそのスキルは?

 

346名前:名無しの大盾使い

まあ待て

その即死スキルは頭を攻撃した時に低確率で発生するようだ

同時にボスモンスターには効かないとも

 

347名前:名無しの大剣使い

ふむふむ

取得条件は?

 

348名前:名無しの大盾使い

それは教えてもらえなかったな

後周りに言いふらしたら次からは問答無用でPKだと釘を刺された

なのでこの話はここだけに留めておいてくれ

ちなみに男だった

 

349名前:名無しの弓使い

男なのか

残念

後了解です

 

350名前:名無しの魔法使い

上に同じく

 

351名前:名無しの槍使い

俺も

 

352名前:名無しの大剣使い

俺も

 

353名前:大盾使いのフレンド

名無しの大盾使い

今度パーティー組んだ時に囮をやれ

それでPKは勘弁してやる

 

354名前:名無しの弓使い

噂の本人が見てた

 

355名前:名無しの大剣使い

 

356名前:名無しの魔法使い

御愁傷様です

 

357名前:名無しの槍使い

囮頑張れ

 

358名前:名無しの大盾使い

泣きたい

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

「クロムのやつ……速攻で掲示板にカキコしやがって」

 

コーヒーはブツブツと文句を言いながら、道中のモンスターの頭に矢を撃ち込みながら目的のダンジョンに向かって進んでいく。

 

フレンド同士の会話くらいなら容認するつもりではあったが、掲示板という不特定多数が見られるもので話題にされたら堪ったものではない。

 

一応、最低限の情報しか書いていなかったので、その辺りを考慮してパーティーを組んだ時の囮役を突き付けることにしたのである。

 

「ん?」

 

そんなこんなで森を歩いていると、視界の隅で何かが光ったような気がしたコーヒーはその場で足を止め、周囲を見渡していく。だが、視界に見える範囲では仰々しく生い茂っている樹木しかない。

 

「念のために【遠見】でも確認してみるか」

 

コーヒーはスキル【遠見】で改めて周囲を見渡していく。

すると、ちょうど左の方向に、何かを模した金の彫像を祀った小さな祠が佇んでいた。

 

「何だあれは?何かイベントか?」

 

コーヒーは疑問を露にその祠に近づこうと歩を進めていく。

すると、その祠はスゥー……っと幽霊のごとくその場から消え去っていった。

 

「消えた?何かしらのギミックということか?」

 

コーヒーは先ほどまで祠があった場所に注視しながら下がると、祠はさっきとは逆の動作で再びその場へと現れた。

 

「完全に何かのギミックだな。こういうやつの定番はこの場所から攻撃を当てることだが……距離は大体300か……」

 

祠の扉は観音開きで中の彫像が露になっているので、普通に考えればその彫像に当てるのが定石だろう。

だが、ここから祠までの距離は目測でおよそ300メートル。

 

祠に周りを守られているから、正面からでしか当てられない。

かなりの鬼門だが、今のステータスとスキルならいける筈。コーヒーはそう考えて《スチールボウガン》に矢をセットする。

 

「【ソニックシューター】」

 

青いエフェクトに包まれた矢が、祠の中の彫像より少し上の方向に向けて発射される。

射程距離が長い射撃スキルと射程距離が延長されるスキル。加えて発射角度。

それらが合わさったことで、コーヒーが放った矢は祠の中の彫像に綺麗に当たった。

途端、その祠に向かって雷が落ちた。

 

「うおわっ!?」

 

距離があるとはいえ、突然の雷にコーヒーが驚いていると、ゴゴゴゴ……という音が聞こえてきそうな程に祠が小刻みに揺れ、徐々に祠の下の地面が盛り上がっていく。

やがて祠の揺れが収まると、中へと潜れる洞窟が出来上がった。

 

「完全にダンジョンの入口だよな……もしかして、未開のダンジョンか?」

 

コーヒーは訝しみながらその洞窟へと近づくも、洞窟と祠は消えずにその場に存在し続けている。

 

「よし!予定を変更してこのダンジョンを攻略するか!」

 

コーヒーは気合いを入れるようにパァンッ!と拳で掌を叩き、洞窟の中へと入っていくのであった。

……すぐ近くに落ちていた、祠に祀られていた金の彫像に気づくことなく。

 

 

 




こういったダンジョンがあってもいいよね?中には死亡回数で入れるダンジョンもあったし……ね?
感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【麒麟の隠れ家】の攻略

てな訳でどうぞ


「電気が迸っているなぁ……どう見ても電撃系統のダンジョンだよな、ここ」

 

洞窟内に入って30分。パチ、パチッと電気が壁や天井、床のあちこちで弾けている光景にコーヒーは呆れ気味に呟く。

 

道中では、電気を帯びた椋鳥や狼、エレキスライム等の完全に雷一色のモンスターを駆逐しつつ、奥へ奥へと進んでいた。

道中のモンスターを倒したことで、コーヒーの今のレベルは23である。

 

「おおぅ。足場が結構悪いな」

 

少し拓けた場所に辿り着くと、そこは高低が激しく、極太の杭のような岩の足場があちこちに点在し、底が暗くて全く見えない場所であった。

試しにそこら辺の石を落としてみるも、音は聞こえてこない。おそらく落ちたら一発でアウトだ。

 

「向こうには大きな扉があるし……たぶん、あれが最深部の扉なんだろうな」

 

コーヒーはそう結論づけて、クロスボウを天井に向けて構える。

 

「【アンカーアロー】」

 

水色のエフェクトに包まれた矢を発射すると、矢尻には一本の水色に光るロープがクロスボウにくっついたまま、天井へと突き刺さる。

 

【アンカーアロー】はMPを消費することで遠くのアイテムも取ったり、ロープを伝って移動したりできるスキルだ。効果時間は最大30秒で、敵に当ててもダメージは一切与えられないが、連続で使用可能な使い勝手の良いスキルである。

 

コーヒーは時間も短いことから、ロープをグッ、グッと引っ張り、助走をつけて一気に跳んだ。

どこぞの映画の如く、勢いよくロープで移動するコーヒー。ちょうど振り切れたタイミングでロープが消失し、その勢いのまま、件の扉の前へと辿り着いた。

 

「よっと。タイミングぴったしだな」

 

ロープが消えるタイミングも利用して扉の前に辿り着いたコーヒーは、改めてその扉を見やる。

大きさは、コーヒーの身長の3倍だ。

コーヒーはステータスポイントを【STR】に1、【AGI】と【DEX】に2ずつと割り振る。

 

「さて、行きますか」

 

準備を終えたコーヒーは扉に力を込め、ギギギという音と共に両開きの扉を開ける。

部屋の中は、幾つもの大きな岩が電気を帯びて宙に浮いている。部屋の中央にはボスモンスターらしき存在が静かに佇んでいた。

 

「……どう見ても麒麟だよなぁ」

 

扉越しに確認したコーヒーはボスモンスターを見てそんなことを呟く。

背丈はおよそ三メートル。

形は鹿、顔は龍、牛の尾と馬の蹄、背中に鱗と額の一本角。

どう見ても麒麟である。

 

クロスボウを構えたコーヒーは少し呆れたように部屋の中へと入る。

部屋の中へと入った瞬間、後ろの扉が勢いよく閉まる。

同時に、部屋の中央にいた麒麟の全身が蒼い雷に覆われた。

 

「いきなり戦闘開始か!」

 

コーヒーは不敵に笑いながら先手必勝と言わんばかりに矢を放つ。

放たれた矢は麒麟の頭部に直撃。

しかし、矢は弾かれ、麒麟のHPバーは一切変化しなかった。

 

「ダメージ0!?」

 

まさかのダメージ0という事実にコーヒーは驚愕する。てっきり10くらいは与えられると思っていたのだが……

そんなコーヒーの驚愕を他所に、麒麟は自身の頭上に雷の槍を形成。それをお返しとばかりにコーヒーに向けて飛ばしてくる。

 

「おっとぉ!」

 

コーヒーは横に飛んで雷の槍をかわし、【連射】を使って六連射の矢を麒麟に向けて放つ。

だが、それを麒麟は軽快な動作で地面を蹴って飛び上がり、宙に浮く岩を足場代わりして飛び続け、簡単にかわしてしまう。

 

「小柄で機動力が高いとか……本当に厄介だろ」

 

宙に浮かぶ岩に降り立った麒麟にコーヒーは乾いた笑みを浮かべて見やる。

そんなコーヒーを卑下するように見つめていた麒麟は、自身が纏う蒼い雷を一際強める。

直後、麒麟は残像が見えるではないかという迅さで足場を蹴り、突撃してきた。

 

「危なっ!?」

 

コーヒーは咄嗟に横に飛んで、麒麟の突進を回避する。

かわされた麒麟は地面を削りながら制止して振り返ると、今度は幾条もの電撃を飛ばしてきた。

 

「うおおおおおッ!?」

 

コーヒーは地面を転がりながらも、自身に向かって襲いかかってくる雷撃をギリギリで回避していく。

コーヒーはカウンターの要領で矢を放って麒麟に当てるも、HPバーには一切の変動はない。

 

「【砕衝】!」

 

コーヒーはノックバック効果のある、爆発系の射撃スキルで麒麟の足下へと撃つ。

着弾。爆発。

爆発の衝撃でもうもうと煙が立ち込めるも、その煙を切り裂くように一本の雷の刃が突きだし、そのまま垂直に振り下ろされた。

 

「【跳躍】!」

 

コーヒーは横に飛んで雷の刃をかわし、スキル【跳躍I】で飛び上がり、近くの宙に浮く岩に着地する。

一本角から雷の刃を形成していた麒麟は、雷の刃を消すと同時に今度は雷の球を形成。最初の雷の槍と同じようにコーヒーに飛ばしてくる。

 

「【アンカーアロー】!」

 

迫りくる雷球に嫌な予感感じたコーヒーは【アンカーアロー】を別の宙に浮く岩に当て、一切確認せずに足場を蹴ってそこから離脱する。

その直後、岩に当たった雷球はその大きさを5倍近くに膨張させ、コーヒーが先程までいた足場を崩壊させながら放電した。

 

「あの麒麟、手数多すぎだろ!?」

 

多彩かつ、一撃でも食らえば致命傷となりかねない麒麟の攻撃にコーヒーは悪態をつく。だが、言葉とは裏腹に、コーヒーは攻略の為に思考を巡らせていた。

 

(俺自身の攻撃ではあの麒麟にダメージを与えられない……しかも一撃食らってもアウトになりかねない攻撃ばかり……本当にムリゲー過ぎるだろ)

 

コーヒーは知るよしもないが、本来は祠に祀られていた金の彫像を手に入れておくことで、目の前の麒麟は弱体化され、今のコーヒーのステータスでも十分に倒せる可能性があるステータスになる。

 

だが、それをしなかった為に麒麟は弱体化されなかった。

そして、弱体化前の麒麟の強さは―――【毒竜の迷宮】のボスモンスターに匹敵する。

そんな麒麟を前に―――

 

「だけど―――こいつを倒したら、きっと爽快だろうな」

 

コーヒーは戦意喪失となるどころか、逆にゲーマーの血を滾らせ、闘志を燃え上がらせていた。

コーヒーは麒麟にダメージを与えられる手段を探すため、まずは定番の方法を試すことにする。

クロスボウの通常攻撃を当てて牽制しつつ、襲いかかる雷撃をかわしながら、麒麟を宙に浮く岩の下へと誘導する。

 

「【砕衝】!!」

 

麒麟が宙に浮く岩の下に来た瞬間、コーヒーは赤いエフェクトに包まれた矢をその岩に向けて放つ。

着弾。爆発。

爆発によって砕かれた岩は瓦礫となり、真下の麒麟に目掛けて落下。そのまま麒麟の体に直撃する。

麒麟のHPバーは……微塵も変化しなかった。

 

「駄目かー……なら、次の手段だ」

 

コーヒーはその後も矢で麒麟を牽制しつつ攻撃をかわし、思いつく限りの手段を片っ端から試していく。

壁への突進、足場を破壊しての落下、宙に浮く岩を利用しての長距離からの狙撃……

そのどれもが、麒麟に僅かなダメージを与えることなく、すべて失敗に終わった。

 

「ああ、クソ!本当に強すぎだろ!?」

 

コーヒーはもうヤケクソ気味に麒麟に向かって矢を放つ。当然、麒麟にはダメージが通らない。

 

ピロリン♪

『スキル【無防の撃】を取得しました』

 

その瞬間、スキル獲得の知らせが届いた。

 

「【無防の撃】……?どんなスキルなんだ?」

 

コーヒーは疑問を露に、麒麟から隠れて急いでステータス画面を確認すると……

 

 

===============

【無防の撃】

このスキル所有者のSTR・INTが0.5倍となり、相手のVITと軽減効果を無視してダメージを与えられるようになる。

取得条件

一度の戦闘でモンスターにダメージ0の攻撃を百回当てること。

===============

 

 

「……おおう」

 

頑張った結果、便利なスキルを取得できました。

というか、モンスターにノーダメージを百回って……普通じゃ手に入らないな。うん。普通は諦めてリタイアするのが先だ。

 

「だが……今はとても有難いスキルだ」

 

コーヒーはクロスボウを握る手に力を込める。このスキルなら、あの麒麟に確実にダメージを与えられる。

それを確信したコーヒーはすぐさま【ソニックシューター】で麒麟に攻撃を仕掛ける。

散々ノーダメージだったせいか、麒麟は回避行動も取らずに悠然と佇んでいる。

結果、矢は弾かれることなく麒麟の体に突き刺さった。HPバーも僅かに減少している。

 

「よし!」

 

初めて攻撃が通ったことに、コーヒーはその場でガッツポーズを取る。初めてダメージを受けた麒麟は、体をブルブルと震わせると、眼を一層鋭くしてコーヒーを睨み付けた。

 

「さあ、第2ラウンドといこうぜ?」

 

コーヒーは不敵な笑みを浮かべ、再び麒麟と戦っていく。

先程までと違うのは、麒麟にダメージが通っていること。

コーヒーはようやく掴んだ勝機を逃さぬため、今まで以上に意識を集中していく。

そして、麒麟との戦いが始まって7時間後。

 

パリン

 

「やっと倒せたぁ~~。本当に疲れた……」

 

麒麟が光の粒子となって消え、勝ったと確信したコーヒーはその場で大の字となって倒れこんだ。普段なら連戦を警戒するところではあるが、流石に7時間ものノーダメージ戦闘は相当疲れたのである。

 

ピロリン♪

『レベルが28に上がりました』

『スキル【雷帝麒麟】を取得しました』

『スキル【麻痺耐性小】が【雷帝麒麟の覇気】に進化しました』

『スキル【大物喰らい(ジャイアントキリング)】を取得しました』

 

レベルが上がり、新しいスキルも手に入った。

コーヒーは地面に倒れたまま、新しいスキルの確認をすることにした。

 

 

===============

【雷帝麒麟】

MPを消費することで麒麟(雷帝状態)の魔法が使える。ただし、このスキル以外での魔法の消費MPは3倍となる。

すべての攻撃に麻痺とスタンが付与される。

取得条件

麒麟(雷帝状態)を初回戦闘かつ単独で撃破すること。

===============

 

===============

【雷帝麒麟の覇気】

麻痺とスタンが無効となる。

VITが10%低下する。

一分ごとにMPが最大値の3%回復する。

取得条件

麻痺耐性を取得した上で麒麟(雷帝状態)を単独で撃破すること。

===============

 

===============

大物喰らい(ジャイアントキリング)

HP、MP以外のステータスのうち、4つ以上が戦闘相手よりも低い値の時にHP、MP以外のステータスが二倍になる。

取得条件

HP、MP以外のステータスのうち、4つ以上が戦闘相手であるモンスターの半分以下のプレイヤーが、単独で対象のモンスターを討伐すること。

===============

 

 

「……あの麒麟、倍のステータスを持っていたのかよ」

 

大物喰らい(ジャイアントキリング)】のスキルを見て、コーヒーは呆れたように呟く。

このスキルは【廃棄】するしかないだろう。相手によってステータスが変動していては、逆に枷になりかねない。【廃棄】したスキルを取り直す場合、専用の施設に50万G支払わなければならないので、捨てる時は本当にいらない時だけである。

 

このスキルを活かせるのは、一つのステータスのみを上げる―――『極振り』だけだろう。

極振りになるとプレイがかなり厳しくなるため、実行するプレイヤーは出ないだろうが。

それよりも、この【雷帝麒麟】と【雷帝麒麟の覇気】というスキルが強力過ぎる。デメリットもあるが、それを加味してもかなり強力なスキルである。

 

【雷帝麒麟】のスキルを詳しく見てみれば、幾つもの魔法が内包されている。早い話、あの麒麟が使っていた攻撃が使えるということだ。

スキルの検証は明日にして、今日はもうログアウトしようとコーヒーは上半身を起こす。

そこで始めて、宝箱の存在に気づいた。

 

「宝箱……結構大きいな。もしかして、ボスの討伐報酬か?」

 

横3メートル、縦1メートル、高さ2メートルほどの長方形の宝箱に、コーヒーは立ち上がって宝箱を開く。

その中身は……

 

「……ぉおおっ」

 

コーヒーは感嘆の声を洩らす。

黒を基調として蒼と銀の装飾が施されたクロスボウ。

膝まで長く、蒼と黒のツートンカラーで、袖と背中に迅るようにネオンイエローのラインが施されたコート。

 

同じく蒼と黒のツートンカラーでネオンイエローのラインが施されたカーゴパンツ。

そして、黒を基調としたブーツが宝箱の中に入っていた。

 

「見た目だけでも凄そうな装備だ……」

 

コーヒーは胸の高まりと興奮を覚えながら、一つずつ装備を確認していく。

 

 

===============

【ユニークシリーズ】

単独かつボスを初回戦闘で撃破しダンジョンを攻略した者に贈られる攻略者だけの為の唯一無二の装備。

1ダンジョンにつき1つきり。

取得した者はこの装備を譲渡できない。

===============

 

===============

《雷霆のクロスボウ》【STR+20 DEX+15 INT+5】

【閃雷】

【破壊成長】

スキルスロット空欄:1

===============

 

===============

《震霆のコート》【VIT+5 AGI+10 INT+5】

【破壊成長】

スキルスロット空欄:1

===============

 

===============

《黒雷のカーゴパンツ》【HP+5 MP+5 DEX+10】

【破壊成長】

スキルスロット空欄:1

===============

 

===============

《迅雷のブーツ》【AGI+20 INT+10】

【破壊成長】

スキルスロット空欄:1

===============

 

===============

【閃雷】

一発だけ射程距離と矢の速度が【AGI】+【DEX】分、メートル単位で上昇する。

使用後、再使用可能まで30分。

===============

 

===============

【破壊成長】

この装備は壊れれば壊れるだけより強力となって元の形状に戻る。修復は瞬時に行われるため破損時の数値上の影響は無い。

===============

 

===============

スキルスロット

自分の持っているスキルを捨てて武器に付与することが出来る。こうして付与したスキルは二度と取り戻すことが出来ない。

付与したスキルは1日に5回だけMP消費0で発動できる。

それ以降は通常通りMPを必要とする。

スロットは15レベル毎に1つ解放される。

===============

 

 

「な、なんつう装備だ……」

 

装備を確認し終えたコーヒーは顔を引き顰らせる。バレたら、周りのプレイヤーから凄まじい嫉妬を買いかねない。

しかし、この装備を使いたいという思いもある。

 

「……イズさんに隠蔽の協力をしてもらうか。真っ先にバレそうな人物だし。後、クロムにも掲示板の件を引き合いにして口止めの協力をさせるか」

 

コーヒーはそう考えて、手に入れた装備をインベントリにしまい、現れた魔方陣で町へと帰還。そのままログアウトして今日はお開きにするのであった。

 

 

一方……

 

「大変だ!麒麟が倒された!!」

「え~?そんなに慌てることかぁ?ダンジョンはギミックを解かないと入れないけど、あれはそこまで強くないだろ?」

「弱体化されていたらな!!今回は弱体化されずに倒されたんだ!!それも単独で!!!」

「はぁっ!?嘘だろ!?」

「あれの弱体化前の強さは俺達の悪意の上位クラスなんだぞ!?それを一人とか……」

「そのプレイヤーの名前は!?」

「コーヒーだ!!」

「飲みたいものは聞いてない!麒麟を倒したプレイヤーの名前を聞いているんだ!!」

「だから、コーヒーという名前なんだよ!そいつは!!」

「なんで飲み物の名前なんだよ!?」

「知るわけないだろ!!」

 

 

 




感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【蒼き雷霆】、または厨二病患者の始まり

ついに今回、タイトルの原因となったスキルが出てきます
てな訳でどうぞ


ユニーク装備を手に入れた翌日。

コーヒーは早速イズの店に行き、昨日の出来事と手に入れた装備について相談していた。

 

「そう。未発見だったダンジョンに、ソロかつ初戦限定でのボス撃破による整備不要のレア装備の入手……特に後者は生産職プレイヤーを泣かせるわね」

「同感です。強力なスキルまで手に入りましたし」

 

難易度が高い以上、そんなにポンポンとユニーク装備持ちが出てくることはないだろうが、あの洞窟―――【麒麟の隠れ家】のような特殊なギミックや特定の条件を充たすことで挑戦できるダンジョンが他にも存在しないとは限らないからだ。

 

それに、ユニーク装備を奪う目的で他のプレイヤーがPKしてこないとも限らない。装備の説明欄を見る限り、死亡しても装備を奪われる危険性は皆無だが、それでも試そうとする輩は出てくる筈だ。

なので、コーヒーはこの情報を第三者に明かす気は欠片もなかった。

 

「でも、信頼してくれるのは嬉しいけど、簡単に私に相談してよかったのかしら?」

「イズさんに話したのは真っ先に装備に関して気付かれると思ったからです。メンテに来なくなったらその可能性を疑うかと……だから、先に明かして隠蔽に協力してもらうと思っただけです。ゲーマーの嫉妬は本当に面倒なので」

 

これはコーヒーの嘘偽りのない本音だ。イズに武器のメンテをしてもらった以上、麒麟との死闘で手に入れた武器を使い続けていれば、そう遠くないうちに薄々感づかれるだろう。

 

それに、イズは生産職プレイヤー。相手との“信用”が何より大事なプレイヤーなら、ちゃんと交渉すれば協力してくれると考えたのもあった。

 

「なるほどね。それなら、定期的に採掘の護衛を受けてくれるなら協力して上げるわ」

「分かりました。それくらいなら御安い御用です」

 

なので、イズの協力する見返りにもコーヒーは素直に応じるのであった。

 

「ちなみにクロムには何て言うの?」

「先日の掲示板のカキコの件を代価に協力させようかと。可能であればイズさんも協力して下さい。具体的には料金の微妙な値上げだったり、優先的に後回しにしたりとかの」

「ふふっ、クロムの慌てる姿が思い浮かぶわね」

 

そんな会話を交わしていると店の扉が開き、コーヒーに呼び出されたクロムが入ってきた。

 

「来たぜ、コーヒー。囮の代わりの提案ってのはなんだ?それもイズの店で話すとか」

「それは今から……というか、他言無用を守るなら話す」

「おう、いいぜ。それで囮役が免除されるなら安いもんだ」

 

クロムがあっさりと了承したので、コーヒーは先程イズに話した事をもう一度説明していく。

 

「……マジかよ。ダンジョンを初回かつ一人で攻略するとそんな特別報酬があったのか」

「ちなみに約束を破ったら、容赦なくPKしまくるのでそのつもりで。防御を無視するスキルもあるから、逃げ切れると思うなよ?」

「もしそうなったら、私もクロムに要求する金額を一割増やすから気をつけてね?」

「待て待て待て!それはマジで困る!」

 

コーヒーとイズの脅しにクロムは本気で焦った声を上げる。この様子なら、この件に関しては周りに話したりはしないだろう。

 

「それが嫌なら本当に他言無用で。いずれ広まるにしても、積極的に広められると本当に面倒なので」

「分かったよ。それに、コーヒーの言い分も分かるしな。ゲーマーの嫉妬ってやつは本当に面倒だからな」

「せっかくだから、ここでそのユニーク装備を装着してみれば?鏡もあるしね」

 

イズの言葉にコーヒーは素直に頷き、昨日手に入れた装備をすべて装着する。

 

「……おおおっ」

「あらあら。随分とカッコいいわね」

「それがユニーク装備か……本当に羨ましくなってくるな。俺もその内、未開のダンジョンを探して一人で攻略してみるかな?」

 

ユニーク装備を装着したコーヒーは自身の今の姿に歓喜の声を洩らす。

イズも素直に褒めあげ、クロムは羨ましげに呟きながら、わりかし本気でユニーク装備の入手を検討するのだった。

 

「それで、コーヒー。今日はどうするの?」

「そうですね……今日は手頃な場所で装備の性能と昨日手に入れたスキルを確認しようかと」

「それなら、さっそく採掘の護衛をしてくれないかしら?今、ちょうど素材を切らしていてモンスターの多い洞窟に向かわないといけないから」

「分かりました」

「それなら、俺も付き合うぜ。コーヒーの手に入れたスキルに興味もあるしな」

 

そんな訳で。

コーヒーはイズとクロムとパーティーを組んで、とあるダンジョンの洞窟へ向かうこととなった。

 

「この装備だと、サングラスやゴーグルが似合いそうですよね」

「素材とお金を用意してくれれば、私が作ってあげるわよ」

「サングラスやゴーグルかぁ……その格好なら、マフラーも似合いそうだよな?」

「ああ、確かに。マフラーも捨て難いなぁ」

 

そんな他愛ない談笑を続けていると、三人は件のダンジョンへと辿り着いた。

 

「それじゃあ、道中の護衛はよろしくね?」

「おう。任せとけ!」

「了解です」

 

イズの言葉にクロムとコーヒーは快く頷き、クロム、コーヒー、イズの順で洞窟の中へと入っていく。

洞窟を歩いて少し、一行はモンスターの群れに遭遇した。

 

「蝙蝠型のモンスターか……ちょっと数が多いな」

「なら、昨日手に入れたスキルを試してみます」

「あの数を何とか出来るのか?」

「うーん、たぶん、ですけど」

「そうか。なら、頼む」

 

クロムから了承を貰ったコーヒーは、スキル【雷帝麒麟】の中にある魔法の一つを発動させる。

 

「【スパークスフィア】」

 

コーヒーが右手を翳してスキル名を唱えると、右手に一つの雷球が形成される。

それを、コーヒーは野球選手のピッチャーの如く投げ飛ばした。

放たれた雷球は蝙蝠型のモンスターの一体に着弾。直後、雷球が先程の5倍近くの大きさになり、その場にいた蝙蝠型モンスターをすべて雷球の中に閉じ込めた。

 

「蒼い雷かぁ。キレイな光景ね」

「見た目はな。たぶん、中身はえげつないと思うぞ」

 

イズとクロムの対話を他所に雷球が消え去ると、蝙蝠の何体かは光の粒子となって消失し、生き残った蝙蝠はその体躯に電気を走らせて痙攣していた。

 

「蝙蝠達はスタンと麻痺の状態異常を受けているな……コーヒーが言った通り、相当強力なスキルだぞ」

「同感です。ただ、消費MPがちょっと激しいので……今はポンポンと放つのは無理ですね」

 

コーヒーはそう言いながら、クロスボウで動けない蝙蝠達の頭を撃ち抜いて止めを刺していく。

 

「そうなると、今後はMP関係のスキルの取得や、MPそのものを上げるのが今後の方針になるのか」

「うーん、どうなんでしょうかね?戦略の幅は広まりましたけど、下手に変えると中途半端に成りかねませんし」

「確かに。失敗したら今までの苦労が水の泡になりかねないからな」

「そこは追々考えていきますよ」

「はいはい二人とも。会話するのは良いけど、ちゃんと護衛してよね?」

「分かってるさ、イズ」

「すいません。少し会話に夢中になっていました」

 

パンパンと手を叩いて意識をこちらへと戻すイズに、クロムは肩を竦め、コーヒーは素直に謝ってイズの護衛を再開していく。

 

道中のモンスターはクロムが大盾で引き付けて受け止め、コーヒーが狙撃、たまに魔法を使って仕留めていく。

それだけで、一行はすらすらと奥へと進めていた。

そんな中……

 

「雷槍よ 万里の彼方まで刺し貫け 【サンダージャベリン】」

 

コーヒーはちょっと悪乗りして、思いついた詠唱を付けて雷の槍―――【サンダージャベリン】を放って蜥蜴型のモンスターを仕留めた。

 

「おいおい、少し痛いぞコーヒー。少し様にはなっていたけどよ」

「そうねぇ……男の子はこういうのが好きなのかしらね?」

「ちょっとしたノリですよ。後、忘れて―――」

 

ピロリン♪

『スキル【口上強化】を取得しました』

 

「……は?」

 

突然のスキル取得の知らせに、コーヒーは一瞬間抜けな顔となるもすぐに我に返って、そのスキルの効果を確認する。

 

 

===============

【口上強化】

それぞれの魔法と、一部を除いたスキルに用意された文章を口にすることで、威力と効果が上昇する。

文章は各スキルの欄に記載。

※このスキルは【廃棄】できません。スキルスロットへの付与も同様。

取得条件

痛い台詞を放った後、二秒以内にモンスターを魔法、もしくはスキルを使って撃破すること。

===============

 

 

「……なんじゃこりゃ」

 

コーヒーはスキルの取得条件から、猛烈に嫌な予感を覚えつつ、【雷帝麒麟】のスキル欄を確認する。

 

―――ピシィ!!

 

途端、コーヒーの体が石化したかのように硬直した。

 

「………………………………ゴフッ」

 

長い沈黙の後、コーヒーは膝を折ってその場で四つん這いとなった。

 

「コーヒー、どうしたの?」

「どうしたんだコーヒー?いきなり四つん這いになって」

 

心配して声を掛けてくるイズとクロムに、コーヒーはギギギ、と錆び付いたブリキ人形のように首を動かして、二人に顔を向ける。

そして、震える声で、四つん這いとなった理由を明かした。

 

「……痛い」

「「?」」

「新しく手に入れたスキルの……【口上強化】で用意されている口上が……厨二感があって、本当に痛い……」

「「…………」」

 

どうやら、新しいスキルを確認し、あまりにも厨二感が満載だった為に、メンタルに多大なダメージを受けたようである。

 

「き、気にしすぎじゃないのか?ゲームなんだから、口上があっても問題ないだろ?」

「そうねぇ。さっきのもそこまで酷くなかったし、一度試してみたら?」

「…………そうですね。ひとまず一度、試してみます」

 

クロムとイズの言葉に、コーヒーは一旦納得しつつフラフラとした動作で立ち上がり、先ほど確認した魔法の口上を口にする。

 

「穿つは閃槍 迸るは闇夜に煌めく雷光 雷槍と成りて敵を射し貫け―――【サンダージャベリン】」

 

コーヒーが詠唱と呼べる口上の後にスキル名を告げた瞬間、先程放ったものより幾ばくか大きくなっている蒼き雷槍が形成される。

コーヒーはそのまま【サンダージャベリン】を放つと、雷槍は先程よりも速い速度で放たれるのであった。

 

「「…………」」

「……忘れてください」

「……どっちを?」

「口上の方を、です。後、このスキルは【廃棄】します」

 

イズの質問にコーヒーはそう答え、画面を操作して【口上強化】を【廃棄】にしようとする。

 

「いやいやいや。流石に【廃棄】はもったいないぞ?実際、同じ魔法なのにしっかりと違いがあったし」

「それも少しじゃないですか!!こんなメンタルをダイレクトに傷つけるヤツをこれからも持ち続けろと!?」

「さっきも言ったが、ゲームなんだからそこまで深刻に考えなくても大丈夫だ!口上というか、詠唱はファンタジー感が増すしな!」

「そう思うなら、クロムも同じスキルを取得しろよ!?」

「俺は……ほら。大盾でのタンクだし、そんなスキルは必要ないからな。というか、取っても無駄に終わる可能性が高いし」

「嘘だ!!自分のメンタルを守るために取りたくないだけなんだ!!」

「違う!断じて違うぞコーヒーくん!!」

「その言動が、ますます怪しい!!現に今も目を逸らしているし!!」

 

ワーワー、ギャーギャーと激しく口論を続けるコーヒーとクロム。そんな二人を、イズは呆れたように見守っている。

 

「とにかく、このスキルは【廃棄】する!!」

 

コーヒーはクロムの説得を振り切り、【口上強化】を【廃棄】にしようと決定ボタンを押す。

 

 

===============

このスキルは【廃棄】できません。

===============

 

 

だが、コーヒーの望みは無情にもへし折られた。

 

「…………………………………………へ?」

 

画面に突き付けられた無慈悲な現実に、コーヒーは思考が停止。

やがて、徐々に理解が追い付くと、一気に絶望した表情でその場で再び四つん這いとなった。

これが後に【蒼き雷霆】や【ライトニング・アーチャー】、【厨二病患者1号】と呼ばれる羽目となる始まりであることを、この時のコーヒーは知るよしもなかった。

 

 

 




廃棄できないスキル……あってもいいよね?
感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ラスボス少女との邂逅

タイトルの通り、あの歩く非常識と出会います
てな訳でどうぞ


あれから一ヶ月が経過した。

コーヒーもあれから順調にレベルを上げ、今やトッププレイヤーの一人に数えられる程となった。

だが、コーヒー自身は手放しで喜べないでいる。

 

その理由は単純。例の【口上強化】のせいである。

【口上強化】が【廃棄】できない以上、なるべく使わないようにしているのだが、威力と効果上昇という誘惑に負けてちょいちょい使ってしまっているのだ。

 

それでも、周りに誰もいない一人の時のみの使用に留めていたのだが、運悪く、他のプレイヤーにその現場を目撃されてしまったのだ。

 

その結果、コーヒー自身が有名になりかけていたのも相まって、情報掲示板に痛い口上を告げるプレイヤーとして話題となり、完全に周りから厨二病患者扱いされる羽目となってしまったのだ。

 

厨二病患者扱いされたコーヒーは苦肉の策として【口上強化】の取得方法の情報を拡散し、仲間(犠牲者)を増やそうと画策したが、その前にクロムがやらかしていた。

 

クロムが先に掲示板で話題に上げてくれたおかげで、【口上強化】が【呪いのスキル】という認識が定着してしまっていたのだ。実際、【廃棄】が出来ないスキルだからある意味間違いではない。

 

そのため、【廃棄】できない上に痛々しい台詞を告げるよう誘惑する効果に屈しない為、他のプレイヤー達は間違って取得しないように気をつけるようになってしまったのだ。

 

それならキャラを作り直せばいいのではないか?という疑問が出てくるのだが、運が悪い(?)ことに、ユニーク装備とレアスキルがあるのでそれも選べない。

 

結果、コーヒーはこのキャラを使い続けるしかなかったのであった。

そんなコーヒーは現在……

 

「イズさん、この量だとどれくらいの性能になりますか?」

「そうねぇ。この素材の量だと、HPは100、AGIは20、DEXは8くらいかしらね?費用の方は大体400万Gね」

「そうですか……もっと素材を集めてみます」

「お金の方は大丈夫なの?」

「ダンジョンで手に入れた、自分には意味のないアイテムを売っているのでそこそこは」

「そうなの。さすが【蒼き雷霆】と言ったところかしら?」

「止めてくださいお願いしますその名で呼ぶのは」

 

イズの店で装備作成の相談をして、土下座して懇願していた。

 

「別にいいじゃないかしら?トッププレイヤーはそれぞれ二つ名が付いているんだし」

「その二つ名に、【厨二病患者】も含まれているから嫌なんですよ。おかげで俺のメンタルが毎回傷ついてるんです。特に【CF(シーエフ)】という、どこぞのゲームキャラのコードネームを真似た略称の威力が強烈なんですよ!!」

 

むしろ、コーヒーというキャラネームより、CFという略称の方が多くのプレイヤーに浸透しているのだ。

その破壊力は……パラシュート無しのスカイダイビングレベルである。

 

「それは……御愁傷様としか言えないわね。コーヒーだと実際の飲み物と混同しそうだし」

「……うぁあああぁぁぁ……」

 

イズのだめ押しに近い慰めに、コーヒーはカウンター前で崩れ落ちて泣き言を洩らす。

そんなコーヒーの現在のステータスはこうなっている。

 

 

===============

コーヒー

Lv.42

HP 435/435(+48)

MP 153/153(+33)

 

STR 36(+30)

VIT 5(+14)

AGI 89(+59)

DEX 62(+38)

INT 21(+34)

 

頭装備 疾風のゴーグル 【HP+10 AGI+15 DEX+5】

体装備 震霆のコート・雷帝麒麟 【VIT+8 AGI+16 INT+8】

右手装備 雷霆のクロスボウ・閃雷 【STR+30 DEX+20 INT+10】

左手装備 (装備不可)

足装備 黒雷のカーゴパンツ 【HP+8 MP+8 DEX+13】

靴装備 迅雷のブーツ 【AGI+28 INT+14】

装飾品 フォレストビークイーンの指輪 【VIT+6】

    マジックグローブ 【MP+5 INT+2】

    マジックリング 【MP+10】

 

スキル

【狙撃の心得VIII】【弩の心得VII】【一撃必殺】【気配遮断IX】【気配察知IX】

【しのび足V】【雷帝麒麟の覇気】【無防の撃】【ソニックシューター】【砕衝】

【アンカーアロー】【流れ星】【跳躍V】【壁走りV】【体術IV】

【連射III】【魔法の心得III】【遠見】【暗視】【射程距離強化中】

【釣り】【水泳IV】【潜水IV】【採掘IV】【HP強化小】

【MP強化小】【毒耐性中】【口上強化】【MPカット小】【MP回復速度小】

===============

 

 

【雷帝麒麟】のスキルは《震霆のコート》のスキルスロットに付与することで1日5回はMP消費0で麒麟の魔法が放てるようになった。【破壊成長】があるから防具を変える必要もない。

 

《疾風のゴーグル》はイズお手製のオーダーメイド装備だ。特殊能力はないがステータス補正は中々のもの。流石、生産職のトッププレイヤーと言ったところである。

 

ゴーグルの作成時は素材も金額も本気で注ぎ込んでいなかったので、今はユニーク装備に負けず劣らずの性能を持つサングラスやグローブ、アクセサリーの類を作って貰おうと素材集めに没頭しているのである。

 

イズもコーヒーのユニーク装備に匹敵する装備を作って欲しいという依頼に、生産職プレイヤーとしての血が騒いだので、二つ返事で了承したのである。

 

今は素材とのにらめっこが続いているが、妥協は一切したくないので、ほぼ毎日イズの店で相談しているのである。

そんな中で店の扉が開く。イズとコーヒーがそちらに目を向けると、店に入ってきたのはクロムだった。

 

「いらっしゃい……あら?どうしたのクロム?まだ盾のメンテには早いはずだけど?」

「ちょっと大盾の新入りを見つけてな。衝動的に連れてきた」

 

確かにクロムの後ろには、黒髪黒目の初心者装備の明るそうな女の子がいた。

……どこかで見たような気がするのは気のせいだろうか?

 

「まあ、可愛い子ね……通報した方がいいかしら?」

「通報しましょう今すぐ。二人同時に同じ内容の通報をすれば、速攻でBANされるでしょうから」

「待て待て待て二人とも!今のは言葉の綾だって!!」

 

二人揃って青いパネルを空中に浮かべ、コールボタンに指を向けるコーヒーとイズに、クロムは焦ったように制止の声を上げる。

 

「分かってるわよ。冗談が通じないわね」

「先に冗談を言ったのはそっちだろ。それに通報してるならとっくにしてる」

「全くもう心臓に悪い……って、通報する気満々だったのかよ!?」

「僕ぁ恨みを忘れない!」

「それは逆恨みだろ!?」

「はいはい、二人とも喧嘩しない。その子もどうしていいのか困っているしね」

 

もうお馴染みになりつつあるコーヒーとクロムのやり取りを、イズがいつものように仲裁する。

実際、黒髪の女の子はアワアワとどうしたものかと困惑しているので、コーヒーとクロムは内心で反省する。

小動物のようで可愛い反応だと思ったのは、コーヒーだけの秘密である。

 

「おっとそうだった。実は、この子が格好いい大盾が欲しいって言うから顔見せだけでもって連れてきたんだよ」

「なるほどね。私の名前はイズ。見ての通り生産職で、その中でも鍛冶を専門にしてるわ。調合とかも出来るけどね」

「俺はコーヒーだ。後、その大盾使いには気をつけておけよ?口が軽いからあっという間に情報が拡散されるぞ?」

「ひでぇなおい!?俺はそこまで口は軽くねーぞっ!?」

「そうね。クロムは確かに口が軽いほうね」

「イズまで!?」

 

イズに真っ正面からぶった切られたクロムは分かりやすく肩を落とす。

クロムは確かに本当に隠してもらいたいことに関しては口が固いが、それ以外では簡単に口が軽い。

おかげで【呪いのスキル】という印象が真っ先に定着し、【口上強化】を広めることが出来なくなってしまったのだから。

 

「え、えーとぉ……」

「おっと悪い。また置いてきぼりにしてしまったな」

「あ、いえ!大丈夫です!私はメイプルって言います!」

 

どうやら黒髪の女の子はメイプルという名前らしい。二度も置いてきぼりにしたのに……本当に良い子である。

 

「メイプルちゃんね。大盾を選んだのは何でかしら?」

「えっと……痛いのは嫌だったので、防御力を上げようと思って……」

「それならVIT特化装備が良さそうね……でも……予算、ないでしょう?」

「……さ、3000Gで足りますか?」

「最低でも100万はいるぞ。高性能を求めるなら、素材と金も倍いるようになるしな」

「ひゃっ……ばっ……!」

 

メイプル絶句。まあ、今のメイプルには目が眩むような金額だから当然の反応だろう。

 

「うう~……しばらくオシャレはお預けだなぁ」

 

分かりやすく肩を落とすメイプルに、コーヒー達は慰めの言葉を送る。

 

「まあ、そんなに落ち込まなくても大丈夫よ。お金も素材も気付いた時に貯まっているものよ」

「急ぐならパーティーを組んでダンジョンに潜る手もあるぞ」

「そうだな。ダンジョンにはお宝もあるし、お金を貯めるのにも盛ってこいだよな?強力な装備も稀にあるしな?」

 

クロムがこちらにチラリと視線を向けたので、コーヒーは無言で腹パンをクロムに叩き込む。【無防の撃】があるので、クロムの防御力が幾ら高かろうが関係なしで痛みを与えられる。

 

「おぐふぅッ!?」

「黙れクロム。余計なことを本当に喋るな」

 

STRはスキルの影響で半分だが、確実にダメージが入る攻撃を受けたクロムは腹を押さえて蹲る。

 

「コーヒーくん!その格好いい装備はダンジョンで手に入れたんですか!?」

 

しっかりとクロムの言葉を拾っていたメイプルが、目を輝かせてコーヒーを見つめてくる。

その純粋無垢な瞳と、微妙に勘違いしているメイプルを前に、コーヒーは良心に負ける形で自身の装備について話し始めた。

 

「あー……これはユニーク装備って言ってな。普通にダンジョンを攻略しても手に入らないんだよ」

「そうなんですか!?」

「ああ。単独でかつボスを初回戦闘で撃破しダンジョンを攻略した人にだけ送られる唯一無二の装備なんだ。しかも一ダンジョンにつき一つだけ。譲渡も破壊も不可能だから、まさにプレイヤー専用装備なんだよ」

「唯一無二……!!」

 

メイプルが更に目をキラキラと光らせている。ああ、ここまで純粋だと、コーヒーの傷ついた心が癒されそうである。

 

「つまり、ダンジョンを初挑戦で一人で攻略すると格好いい大盾が確実に手に入るんですね!!」

「そう、だろうな……だけど、本当に止めておいた方がいいぞ?一人だと難易度が格段と跳ね上がるし、それで死亡して装備品をドロップして失ったら元も子もないし」

「そうね。コーヒーが言った通り、最初は初心者同士でパーティーを組んだ方がリスクが少ないわよ」

「だな。俺も死亡して何度泣いたことか……」

 

コーヒーがもたらした情報以来、クロムもたまに一人でダンジョンに挑む回数が増えているのだが、中々勝ち星を上げられないでいる。

何度か練習がてらに、コーヒーにダンジョンのギミックを解いてもらってから【麒麟の隠れ家】に挑戦しているのだが、これが中々に上手くいかない。

 

【麒麟の隠れ家】内のモンスターは全て麻痺、スタン攻撃持ち。ボス手前の部屋は落ちたら即死。

それらを乗り越えても、ボスモンスターの麒麟は弱体化した状態でも例の魔法を普通に使ってくる。なので、麻痺とスタンを食らって動けなくなり、死亡という結末が何回も続いたほどだ。

 

おかげで【麻痺耐性大】【スタン耐性大】というスキルが手に入ったそうだが、その分、装備を何回も失う羽目となったようだ。

ちなみに弱体化の事実を知ったコーヒーは、強力なスキルが手に入ったから問題なし!と開き直った。

 

「せっかく知り合ったんだからフレンド登録しておきましょうか?そうすれば、いつでも連絡が取れるから」

「ありがとうございます!クロムさんとコーヒーくんもいいですか?」

「おう。ついでに俺のポーションを分けてやるよ。同じ大盾使いの好だ」

「別にいいぞ。初心者への応援ってことでHPを上げる装備品をプレゼントしてやる。後―――」

「コーヒー?」

「……なんでもないです。はい」

 

イズの迫力のある笑顔を前に、コーヒーはメイプルへの【口上強化】の布教を諦め、素直にフレンド登録と《タフネスリング》をプレゼントするだけに留める。

 

「ハハハ……」

「?」

 

その光景にクロムは苦笑い。メイプルは意味が分からずに首を傾げていた。

そして、イズとクロムともフレンド登録を済ませたメイプルを見送った後……

 

「まさか、一人でダンジョンに行ったりしないわよね?あの子」

「いや、まさかだろ。幾ら装備が欲しいからと言って、さすがに一人では……」

「でも、メイプルは格好いい装備を欲しがってたし……クロムが教えた【毒竜の迷宮】はソロ攻略されたという情報は今のところないし……」

「「「…………」」」

 

『うわぁ~んっ!』

 

毒竜に襲われて泣きながら逃げているメイプルの姿。その光景が容易に想像できる。

 

「……どうしましょ?」

「……メイプルちゃんが負けて帰ったら、大盾使いの先輩の好でNPCショップにある大盾を買ってやるか……」

「……そうなった場合は、俺が暫くの間パーティーを組んで手助けをすることにするよ」

 

三人はメイプルへのアフターケアを真剣に検討するのであった。

だが、その心配は杞憂になるどころか予想の斜め上になることを、彼らはこの時知るよしもなかった。

そして、【厨二病患者2号】になることも知るよしがなかった。

 

 

 




せっかくなので蒼き雷霆ガンヴォルト色を強めてみました(名称だけ)。いかがでしたか?
感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

イベントに向けて

てな訳でどうぞ


運営から通知で届いた第一回イベント。

他のプレイヤーを倒した数と死亡回数、与ダメージや被ダメージでポイントを競い合うバトルロワイヤル式のイベントだ。

 

このイベントの上位十名には限定の記念品が贈られるそうで、参加するプレイヤーは数多くいるだろう。

コーヒーも、そんなプレイヤー達の一人であった。

 

「やっぱりイズさんは参加しないんですね」

「ええ。前にも言ったけど、私は動き回って戦うのは得意じゃないからね。このゲームをプレイしているのも、好きなものが作れるからだし……メイプルちゃんは参加するかしら?」

「するんじゃないですか?【毒竜の迷宮】のユニーク装備を手に入れた可能性が高そうですし」

 

イズの疑問に、コーヒーは何とも言えない表情で溜め息を吐き、憶測で答えを返す。

メイプルとフレンド登録した翌日、コーヒーはメイプルを心配して昨日はどうだったのかとメッセを送ったのだ。

それで返ってきた返信は―――

 

『クロムさんに教えてもらったダンジョンを無事に攻略して、コーヒーくんと同じ格好いい装備を手に入れました!!』

 

で、ある。

一人だけでダンジョンを攻略しに行き、一体どうやって初心者装備でボスモンスターを倒したのか、本当に問い質したい心境に陥ったのは言うまでもない。

 

高確率でスキル【大物喰らい(ジャイアントキリング)】を持っているだろうがそれでも二倍。仮に極振りだとしても、それでもボスモンスターの攻撃に耐え切れるとは流石に思えなかった。

 

もちろん、スキルについて聞くのはマナー違反なので問い質すことはしないが。

ちなみにこの事実をコーヒー経由で知ったイズは苦笑い。クロムの方は軽くショックを受けて四つん這いとなる始末であったのも言うまでもない。

 

「クロムもイベントに向けて頑張っているようだし、コーヒーもそうするのかしら?」

「はい。今回はレベルを上げるより、スキルを探したり上げたりして強化しようかと」

 

現在のコーヒーのレベルは43。現在最高レベルは最強プレイヤーと名高いペインの48。

そのペインはスキルはもちろんのこと、自身のプレイヤースキルも相当高いという噂だ。コーヒーは会ったことはないが、これ程噂が流れているから、噂に違わぬのは容易に想像できる。

 

「そう。ここも少し寂しくなるわね」

「そうでもないと思いますよ?他のプレイヤーがイベントに向けてオーダーメイドを頼んだり、無茶をしたクロムが装備のメンテに訪れるんじゃないかと」

「それもそうね」

 

そんな風に他愛ない会話を交わした後コーヒーは店を後にし、イベントに向けての強化に向かうのであった。

 

「とは言ったものの、どうするか……取り敢えず、プレイヤースキルを磨くか」

 

町から北の方向にある森の中で、コーヒーは自身の射撃の腕を上げる目的で手頃な木に矢を放ち続けていく。

ただ当てるだけではなく、同じ箇所に当てるように。

途中でモンスターが近づきもしたが―――

 

「舞うは雷輪 散るは(いかづち)の花弁 蒼き雷華よ害意から我を守れ―――【雷旋華】」

 

【口上強化】で強化しつつ、自身の周囲に雷のドームを形成する攻防一体の魔法―――【雷旋華】でモンスターを撃退しつつ、コーヒーは矢を同じ箇所に当て続けていく。もちろん、周りに人がいないのを確認した状態で。

 

ピロリン♪

『スキル【チェイントリガー】を取得しました』

 

「おっ、新スキルだ」

 

新しいスキルが手に入ったので、コーヒーは画面を操作して新しいスキルの内容を確認していく。

 

 

===============

【チェイントリガー】

三分間、同じ箇所を攻撃する度に与ダメージが15%増加する。上限は300%

最初に当てた箇所から5センチ以上離れた箇所を攻撃すると、その時点で効果はリセットされる。

使用可能回数は一日5回。使用してから30分後に再使用可能。

取得条件

一定時間同じ箇所に矢を寸分違わずに一定回数当て続けること。

口上

連なるは魔弓の演舞 その繋がりを以て射抜き続けん

===============

 

 

この【チェイントリガー】は条件が厳しい分、ダメージ増加効果の補正が大きいようだ。

一番下の口上は全力で無視!……という訳にもいかないので、どれくらい強化されるのか検証することにした。

 

「【チェイントリガー】」

 

スキル名を口にし、近くにいたゴブリンの肩に矢を当てる。スキルによって麻痺とスタンを喰らったゴブリンはその場で倒れる。

コーヒーは動けなくなったゴブリンに近づいて矢を放ち、三射目でゴブリンは消失した。

30分後……

 

「連なるは魔弓の演舞 その繋がりを以て射抜き続けん―――【チェイントリガー】」

 

今度は口上付きでスキルを発動。同じようにゴブリンを射殺すと、今度は二射目でゴブリンは消失した。

 

「うーん……確かに威力が上がってるな。上がり幅がスキル欄にあれば検証せずに済むのに……」

 

コーヒーは分かりやすく肩を落とす。【口上強化】の質の悪いところは上がり幅が明確に記載されていないこと。

なので、こうして一度は口上を唱えて確認しないと詳細が分からないのである。

 

「本当に呪いのスキルだよ、これは……」

 

そんなことを呟きながら、コーヒーは何となく周囲を睨睥する。

コーヒーはこの時、気配察知のスキルを使っていなかった。

 

なので、後ろの茂みの影で目を輝かせていた黒を基調とした紅い装飾が施された装備に身を包んだプレイヤーに見られていたことに、その瞬間まで気づけていなかった。

 

「…………へ?」

 

そのプレイヤー―――メイプルを見つけたことで、コーヒーの体はピタリと止まり、次いでピクピクと体を震わせていく。

 

「い、何時から見ていた……?」

「えっと……格好良いセリフを口にしていた時からです」

「……ゴフッ」

 

一番見られたくなかった場面をバッチリ見られていたことで、コーヒーは膝を折ってその場に崩れ落ちた。

 

「こ、コーヒーくん!?」

「……見られた……スキルによる痛々しいセリフでの強化場面を見られた……ぶつぶつ……」

「だ、大丈夫ですよ!口上はゲームらしくて格好良いですし!そのスキルってどうやったら手に入るんですか!?」

 

メイプルのその言葉に、コーヒーは信じられないといった表情で顔を上げ、穴が空くんじゃないかとばかりにメイプルを凝視していく。

 

「……本当に欲しいのか?こんな、呪い同然のスキルを?」

「あ、はい。良かったら……ですけど」

「別に構わないよ。取得方法自体は既に広まっているし」

 

コーヒーはそう言って、メイプルに【口上強化】の取得方法を伝授していく。

そして―――

 

「我が堅牢と経験の糧となれ!【シールドアタック】!!」

 

スキルによる大盾の押し潰し攻撃でゴブリンを倒していた。痛々しいセリフ込みで。

 

「あ、本当に取得できました!口上は……おおおおおおっ!すごく格好良い!!」

 

無事に【口上強化】を取得したメイプルは、自身のスキル欄に追加された口上を確認し、嬉しそうにはしゃいでいる。

メイプルは早速、スキルを試すように、紅い装飾が施された黒い短刀を掲げた。

 

「滲む混沌 出でるは猛毒の化身 三首の顎ですべてを穢さん―――【毒竜(ヒドラ)】!!」

 

短剣から伸びるように出てきたのは、如何にも凶悪そうな竜の形状をした猛毒の塊。それも三つ。

その三首の毒竜は近くにいたモンスターを容赦なく呑み込み、瞬く間に絶命させた。

 

「おおう……」

 

メイプルの凶悪極まりない毒魔法に、コーヒーは死んだ魚のような眼になる。たぶん、毒竜を一発で倒したことで得られたスキルなんだろう。

コーヒーも大概だという自覚はあるが、メイプルはそれを越えているような気がする。

ちなみにメイプルは……

 

「やっぱり格好良い!!【毒竜(ヒドラ)】も強化されてるし、すごく良いよ!これ!」

 

大変ご満悦であった。この鋼の如きメンタルを少しは見習うべきかもしれない。

 

「こういったスキルはボスモンスターを初回かつ一人で倒した時に手に入るものなのかなぁ……?」

「あれ?もしかしてコーヒーくんも私と似たようなスキルを持っているの?」

「ん?……ああ。まぁ、メイプルのスキルを見てしまったし……俺も見せるか……」

 

コーヒーはこのまま誤魔化すのもフェアじゃないと思い、実際にスキルを使ってメイプルに見せることにする。実際は情報が既に出回っているから、調べようと思えば調べられるのだが。

 

「猛るは雷光 煌めくは蒼雷の一閃 その雷刃を以て敵を切り裂け―――【ボルテックスラッシュ】!」

 

コーヒーが口上込みでスキル名を告げると、クロスボウの先端に長さ1.8メートルの雷の刃が形成される。それをコーヒーは袈裟で振り下ろした。

 

「おおおおおおおっ!!すごく格好良いよコーヒーくん!!」

「これがボスモンスターを倒して手に入れたスキルだよ。メイプルのようなボスモンスターが顕現して攻撃するのはないけど、魔法の数は結構あると―――」

 

ピロリン♪

『スキル【名乗り】を取得しました』

 

「……………………え゛?」

 

メイプルへの説明途中で届いた新しいスキル取得の知らせ。

だが、スキル名とその取得前の行動から猛烈に嫌な予感を覚えたコーヒーは、急いでスキルを確認していく。

 

 

===============

【名乗り】

スキル欄に記載された台詞を周りに聞こえる程度の大きさで告げることで、十分間HP・MP以外のステータスが1.3倍となり、消費MPが30%減少する。

台詞はプレイヤー毎によってランダムで決まる。

※このスキルは【廃棄】できません。スキルスロットへの付与も同様。

取得条件

【口上強化】を一定回数使用すること。

台詞

迸れ、蒼き雷霆(アームドブルー)

===============

 

 

「ゴブフォッ!?」

 

コーヒーのメンタルに多大なるダメージ!!その場で胸を押さえて蹲った!!

 

「こ、コーヒーくん!?急に蹲ってどうしたの!?」

 

突然コーヒーが崩れ落ちたことに、メイプルは心配して声を掛けるも、今のコーヒーにはその余裕がない。

この【名乗り】は、【口上強化】以上に質が悪い。

用意された台詞を言うだけで、ステータスの強化と消費MPの減少。それも回数制限無し。

 

だが、そのハードルが精神的な意味で高すぎる。

スキルの恩恵を得る為に、十分おきに痛い台詞を周りに聞こえる声の大きさで告げなければならないとか……精神が死にかねない。

と言うか、昔にあったゲームの台詞を丸パクリして大丈夫なのか運営。

 

コーヒーは心配するメイプルに大丈夫だと告げ、よろよろとした動作でメイプルと別れるのであった。

ちなみに、メイプルは今度のイベントに参加するとのことだった。

 

一方……

 

「なあ、【名乗り】はAIが勝手に設定する仕様で大丈夫だったかな?もし、別のゲームに出ていた台詞が出てきたら……」

「大丈夫じゃないか?【名乗り】の台詞設定はAI任せなんだし」

「だよな。仮に訴えられても、事情を説明すれば理解して貰えるさ」

「それもそうだな。それよりも……」

「「「「あのメイプルという新規プレイヤーがヤバい!!」」」」

 

 

 




口上があるなら名乗りもあるよねー。厨二のお約束として、ねw
感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第一回イベント・バトルロワイヤル

てな訳でどうぞ


そんなこんなでイベント当日。

 

『ガオ~!それでは、第一回イベント!バトルロワイヤルを開始するドラ!』

 

集まったプレイヤー達の頭上に現れた、マスコットキャラのようなヘンテコドラゴンがイベント開始の合図を告げる。

 

「「「「うおおおおおおおおおっ!!!!!!」」」」

 

それに伴い、あちらこちらから怒号が響き渡る。皆さん、大変ノリノリである。

 

「うおおおおおおおおっ!!」

 

せっかくなのでコーヒーもこのノリに乗っておく。逆に乗らないと場に水を差して白けさせてしまうからだ。

 

『それでは、もう一度ルールを説明するドラ!制限時間は三時間。ステージは新たに作られたイベント専用マップドラ!ポイントは倒したプレイヤーの数と倒された回数、被ダメージと与ダメージで算出されるドラ!ポイントが高い上位十名には記念品が贈られるから、皆頑張るドラよ?』

 

ヘンテコドラゴンの説明を捕捉するなら、参加者はランダムで今回のイベント専用マップに飛ばされる。相手プレイヤーを探したり、逃げたりするのも戦略の一つとなってくる。

ちなみに、現在のコーヒーのステータスはこうなっている。

 

 

===============

コーヒー

Lv.44

HP 435/435(+48)

MP 153/153(+23)

 

STR 34(+30)

VIT 5(+16)

AGI 92(+63)

DEX 63(+38)

INT 22(+36)

 

頭装備 疾風のゴーグル 【HP+10 AGI+15 DEX+5】

体装備 震霆のコート・雷帝麒麟 【VIT+10 AGI+20 INT+10】

右手装備 雷霆のクロスボウ・閃雷 【STR+30 DEX+20 INT+10】

左手装備 (装備不可)

足装備 黒雷のカーゴパンツ 【HP+8 MP+8 DEX+13】

靴装備 迅雷のブーツ 【AGI+28 INT+14】

装飾品 フォレストビークイーンの指輪 【VIT+6】

    マジックグローブ 【MP+5 INT+2】

    マジックリング 【MP+10】

 

スキル

【狙撃の心得VIII】【弩の心得VII】【一撃必殺】【気配遮断IX】【気配察知IX】

【しのび足V】【雷帝麒麟の覇気】【無防の撃】【ソニックシューター】【砕衝】

【アンカーアロー】【流れ星】【扇雛】【チェイントリガー】【跳躍V】

【壁走りV】【体術V】【連射IV】【魔法の心得III】【遠見】

【暗視】【狩人】【射程距離強化中】【釣り】【水泳IV】

【潜水IV】【採掘IV】【HP強化小】【MP強化小】【毒耐性中】

【口上強化】【名乗り】【MPカット小】【MP回復速度小】

===============

 

 

メイプルと別れた後で新しく手に入れた【狩人】のスキルは、モンスターへの与ダメージが10%増加とドロップ数が一つ追加なので、今回のイベントには役に立ちそうにない。

 

【扇雛】はスキルショップで購入した弓専用の攻撃スキルだ。放つと矢が8つに分身し、扇状に真っ直ぐ進むのだが、射程が通常の半分となるので近接時の迎撃用だ。

ちなみに値段は120万Gとかなりお高い。

 

そしてメンタルを容赦なくぶった斬った【名乗り】は……今回は【口上強化】も含めてバリバリ使うことにした。

もし上位入賞入りを果たし、これらのスキルは便利だという印象を広めれば……仲間(犠牲者)を増やせられるかもしれないからだ。

 

『三ッ!二ィッ!一ッ!―――ゲーム、スタートドラッ!!』

 

ヘンテコドラゴンのカウントが終わり、同時にスクリーンに表示されていた数字も0となる。

その瞬間、コーヒーは光に包まれ、イベント専用マップへと転移された。

 

「ここは……どこかの森の中か」

 

コーヒーが転移させられた場所は樹木が生い茂り、所々に見上げるほど高い岩山が聳え立っている。

コーヒーにとっては、かなり良い場所に飛ばされたようだ。

 

「迸れ!蒼き雷霆(アームドブルー)!!」

 

スキル【名乗り】を使い、自身のステータスを底上げする。幸い、周りに人がいないのでメンタルダメージは軽微だ。

コーヒーは強化されたステータスで、近くにあった岩山を【跳躍】と【アンカーアロー】を使って軽々と駆け上がり、少しの時間で天辺へと到達する。

 

「据えるは彼方 我が眼は万里の先を見通さん―――【遠見】!」

 

そして、【口上強化】で強化された【遠見】を使い、眼下を汲まなく探っていく。

そこで、何名かのプレイヤーを捕捉することが出来た。

 

「最初は……アイツにするか」

 

コーヒーは最初の相手を緑色の装備に身を包んだレンジャーっぽいプレイヤー―――ドレッドを最初の獲物として狙いを定める。

ドレッドは有名なトッププレイヤーの一人なので、ここで仕留めて出鼻を挫いてやるのが狙いだ。

 

「天翔る星よ 彗星となりて突き進まん―――【流れ星】」

 

スキル【流れ星】。初速が遅く、近距離だと避けられやすい攻撃スキルだが、徐々に加速していき、最高速度は10メートル地点以降で二倍となる。

もちろん、これだけでドレッドに当てられるとは思っていないので、コーヒーは手早く二射目を放つ用意をする。

 

「閃け雷光 天地を翔て彼方を撃ち抜け―――【閃雷】」

 

コーヒーが次に選んだのはクロスボウに元々付いていたスキル。この状態で矢を放てば、自身のAGIとDEX分、メートル単位で加算される。それも秒速で。

加えて【名乗り】でステータス強化されている上に【口上強化】も行っているから……二射目は弾丸並みの速度で襲いかかってくるのである。

 

そんな事実を知らないドレッドは、死角からの攻撃だったにも関わらずに身を捻って【流れ星】をかわすも、かわしたタイミングで放たれた【閃雷】を避けることはできなかった。

ちなみに頭に矢が突き刺さったドレッドはと言うと。

 

「弾速とか、ズリィだろ……」

 

そんな言葉を垂れて、光の粒子となってその場から消え去っていた。

一発で消えたということは【一撃必殺】が決まった証である。最も麻痺とスタンが効いていたので、その間に終わっていただろうが。

 

「さあ、容赦なく狩らせてもらうぞ?」

 

コーヒーはクロスボウを構え、手当たり次第に【遠見】で捉えた射程内にいるプレイヤーを岩山の天辺から撃ち続けていく。

当然、コーヒーの存在に気づいたプレイヤーが攻めに行くも、その前に撃ち落とされる、もしくは麒麟の魔法で無情に吹き飛ばされていく。

 

「放つは轟雷 形作るは天の宝玉 仇なす者に雷球を落とさん―――【スパークスフィア】!!」

「「「「うぎゃあああああああああ―――ッ!?」」」」

「ちくしょう!!厨二病患者のくせに手強い!!」

「何としてでもCFを彼処から引き摺り落とすんだ!!そうすれば、俺達にも勝機がある!!」

「厨二病患者じゃない!!それと、俺の名前はコーヒーだ!!迸れ!蒼き雷霆(アームドブルー)!!」

 

襲い掛かるプレイヤーの無視出来ない言葉に反論しながら、時間切れとなった【名乗り】を再使用。

そのまま地面へと急降下しながら、【雷旋華】とクロスボウのヘッドショットでプレイヤーをキルしつつ、地面へと降り立つ。

 

「厨二病患者が自ら降りて来たぞ!!」

「このチャンスを逃すな!!一気に仕留めろ!!」

「だから厨二病患者じゃないと言ってるだろうが!!これは全部スキルだっつーの!!」

 

メンタルをいちいち傷つけてくるプレイヤーに、コーヒーは必死に反論しながらも、一気に殲滅する為に大技を使うことにする。

 

「輝くは不屈の雷光 残響する雷吼は反逆の証 雷呀の鎖と為りて一切合切を打ち砕け―――【リベリオンチェーン】!!」

 

MPを一気に消費して、コーヒーの足下に蒼色の魔法陣が展開される。

魔法陣から大量の雷の鎖が発生し、それが辺りを縦横無尽に駆け、相手プレイヤー達の攻撃を弾きながら縛り上げていく。

 

「サンダー!!」

 

コーヒーが叫ぶと、相手プレイヤー達を縛っていた雷の鎖が一気に放電。その場にいた二百人近いプレイヤーは黒焦げとなった。

 

―――観客席では。

 

「なんだよ、あれ」

「すんごい無双してるよね」

「ペインは当然として……痛い台詞を吐きまくっているCFと大盾のメイプルちゃんがヤバすぎる」

「そのメイプルちゃんもたまに痛い台詞を吐いてるよね……」

「ペインが一位だと思うんだけど……見た目の派手さではCFとメイプルちゃんがぶっちぎりだよな……」

「ちなみにCFって?」

「コーヒーというプレイヤーの略称だよ。ほら、名前が少しややこしいし」

「二人とも凄いわね~」

 

コーヒーとメイプルの二人が、他のトッププレイヤーとは別の意味で話題になっているのであった。

そんな観客達を他所に、イベント開始から二時間が経過する。

後一時間で全ての順位が決まる中、ヘンテコドラゴンのアナウンスが大音量で鳴り響いた。

 

『ガオ~!現在の一位はペインさん、二位はコーヒーさん、三位はメイプルさんドラ!これから一時間、上位三名を倒した際、得点の三割が譲渡されるドラ!三人の位置はマップに表示されるドラから、一発逆転が狙えるドラよ!それじゃあ、最後まで頑張るドラ!』

 

「二位か……ペインが一位なのはともかく、メイプルが三位かよ……」

 

ヘンテコドラゴンからもたらされた情報に、コーヒーは乾いた笑みを浮かべる。

 

「どうにも簡単には終わらせてくれないようだ」

「やった!私三位だ!」

 

ちなみにペインは危機感を感じない様子で呟き、メイプルは喜んでいた。

ついでにドレッドは、運悪くメイプルの毒竜(ヒドラ)の巻き添えを喰らってしまい、現在四位である。

 

「しかし、マップに表示されるとなると……おっ、ここからだとメイプルが一番近いのか」

 

はてさて、どうすべきか。

無視すべきか、それとも欲を出して狙うべきか。

 

「いたぞ!」

 

そうこう考えている内に大勢のプレイヤーがわらわらと集ってくる。

 

「うげぇ……流石に囲まれると面倒だから……適当に撒きながらやるか。迸れ!蒼き雷霆(アームドブルー)!!」

 

【名乗り】でステータスを上げ、【壁走り】でさっさと岩山へと登り、そこからヘッドショットで次々と撃ち抜いていく。

 

「チクショウ!何であんなに命中率がいいんだよ!?」

「厨二病患者のくせに!!」

「本当にしつこいぞ!!」

 

本当に一々メンタルを傷つけてくるプレイヤー達に、コーヒーは苛立ちを発散するように矢を放ち続けていく。

そんな中、一人のプレイヤーが軽快な動作で岩山を駆け、矢の雨をかわしてコーヒーに迫って来ていた。【扇雛】でさえも両手に持つ短剣で弾き飛ばしてだ。

 

「チィッ!」

 

コーヒーは舌打ちして手に持っていたクロスボウで、接近と同時に振り下ろされた二振りの短剣を受け止める。

 

「リベンジマッチかよ?」

「俺のガラじゃねえけどな。でも、やられっぱなしは癪だろ?CF」

 

コーヒーの言葉にそのプレイヤー―――ドレッドは口調こそ気怠げだが、その眼は普段より一層鋭くなっている。

 

「確かに、な!」

 

コーヒーは同意しながらドレッドに足蹴を喰らわせ、その勢いを利用してそのまま地面へと落下していく。

本当は略称に関して文句を言いたいところではあったが。

 

「逃がすか!」

 

ドレッドはそう言って、滑り落ちるように岩山を下って追いかけていく。同じように飛び下りないのは、魔法攻撃も視野に入れた結果だろう。

 

「【閃雷】!!」

 

コーヒーは出だし重視で、【口上強化】なしで【閃雷】を放つ。狙いはブレーキを掛けている左足だ。

 

「チッ!」

 

ドレッドは舌打ちをし、降るのを中断して矢の一撃から逃れる。

 

「本当に一番適した対応ばかりしてくるな。ヤになるよ、本当に」

 

コーヒーは愚痴にながらも地面に着地。その瞬間を狙って他のプレイヤーが一斉に襲いかかってくるも。

 

「纏うは迅雷 刻むは万里を描く軌跡 金色の雷獣となりて駆け抜けん―――【ライトニングアクセル】!!」

 

【口上強化】込みで魔法名を告げた途端、コーヒーの体が蒼い雷に包まれ、同時に凄まじい速度で駆け出し始めていった。

直線上に走り続ける限り、AGIを大幅に上げる魔法【ライトニングアクセル】。

 

その魔法で先程までいた岩山を【壁走り】を使って再び駆け上がっていく。

魔法使いより魔法使いやっているというツッコミはなしだ。スキルを有効活用して何が悪い。

 

「何!?」

 

雷を纏って岩山を文字通り走ってくるコーヒーに、再び滑り落ちてきていたドレッドは驚きの声を上げる。

そんなドレッドに、コーヒーは手心を加えることなくクロスボウを突きだし、ドレッドの腹にめり込ませる。

そして、そのまま止まることなく天辺へと走り続けていく。

 

「連なるは魔弓の演舞 その繋がりを以て射抜き続けん!【チェイントリガー】!!―――【連射】!!」

 

その状態でコーヒーは二つのスキルを発動。

二つのスキルの合わせ技でドレッドの腹に、同じ箇所に当たる度に威力が上がる攻撃を13連射で叩き込む。

【無防の撃】と合わさったこの一撃は―――並大抵では耐えきれはしない。

 

「あーあ、二連敗かよ……」

 

HPを削り切られたドレッドは諦めたように呟くと、光の粒子となってその場から再び消えていった。

コーヒーは止まることなくそのまま駆け抜け、再び岩山の天辺へと辿り着いた。

 

「本当にトッププレイヤーとの戦闘は疲れる……」

 

それからの残り時間は、相手プレイヤーを岩山の天辺から、ヘッドショットを片っ端から決めていくだけとなった。

 

『ガオ~!終了~!結果は一位から三位の順位変動はなかったドラ!それでは、これから表彰式に移るドラ!』

 

ヘンテコドラゴンがイベント終了の合図を告げた途端、コーヒーの視界が白く染まる。

最初の広場に戻ってくると、マイクを持ったヘンテコドラゴンが上位三名を壇上に登るよう促されたので壇上に登る。

此処まで来たのだから、最後まで開き直ってやる!!といった心境でコーヒーは前を見て立ち続ける。

 

「次は、コーヒーさん!一言どうぞドラ!」

 

ヘンテコドラゴンからマイクが渡されたので、コーヒーはマイクを受け取って一言。

 

「今回自分が二位になれたのは、【口上強化】と【名乗り】のスキルのお陰もあります。なので、次のイベントまでに取得することを皆さんにお薦めします」

 

この時、コーヒーとフレンド登録している観客席にいるイズと、イベント十位のクロムは同じことを思った。

今までで一番いい顔をしている、と。

 

「ガオ~!貴重な一言、ありがとうございましたドラ!最後に、メイプルさん!どうぞドラ!」

 

マイクを返されたヘンテコドラゴンが感謝を伝え、三位のメイプルにマイクを渡す。

マイクを受け取ったメイプルは深呼吸して一言。

 

「えっと、一杯防御できてよかったでしゅ」

 

噛んだ。

盛大に噛んだ。

メイプルは噛んだ恥ずかしさのあまり、後ろを向いて顔を覆ってしまった。

コーヒーもそんなメイプルに同情の視線を送るのであった。

 

 

ちなみに、四位入賞を果たした赤い髪の女性プレイヤー、ミィは……

 

「ミィ様!ミィ様もあのような詠唱はされないのですか!?」

「……私には必要ない。我が【炎帝】は詠唱なぞせずとも十分に燃やせる」

「そうでしたか!差し出がましいことを申し上げてしまい、申し訳ありませんでした!ミィ様!!」

「気にするな。その程度、特に気にすることでもない」

 

同性でも惚れ惚れするような口調での内心では……

 

(無理無理無理無理無理ぃッ!!唯でさえ演技してるのが恥ずかしいのに、その上で()()痛々しい詠唱まで加わったら、私のメンタルが耐えられないよぉおおおおおおおおおッ!!!……ううっ、あの時、本当に調子に乗らなきゃ良かったよぉ~~……)

 

カリスマ性が溢れる悠然とした佇まいとは裏腹に、滅茶苦茶泣いていた。

 

 

 




感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

アップデート前。後、世間は狭い

てな訳でどうぞ


第一回イベントの翌日。

コーヒーは何時ものようにイズの店へ訪れていた。

 

「黒水晶300、ウィンドイーグルの羽400、麒麟の鱗50、メタルスライムの欠片30で装飾品としてのガントレットを作って欲しい……と」

「はい。イベントには間に合わないので見送ったんですけど、明日は大型アップデートがあるのでそれに合わせて」

 

明日のNew World Online発売三ヶ月目に行われる大型アップデート。幾つかの新スキルとアイテムの追加はネットを賑わせたが、本命はそこではない。

今回最大の目玉は、新階層の追加だ。

 

現在の一層目となるマップの最北端にあるダンジョンにいるボスをパーティー、ソロ問わずに倒せば、二層目となるマップに進めるようになる。

 

新しい素材アイテムの追加で、イズは作れる物が増えると喜び、クロムはどんなスキルが手に入れようかと思案していた。コーヒーももちろん、素材やスキルの追加に俄然やる気が出たものだ。

 

「うーん……出来ないことはないけど……個人的には蒼水晶と金カブトの甲殻も欲しいわね」

「それがあったら、もっと良いのが出来るんですか?」

「そうよぉ。そのユニーク装備にピッタリなガントレットが作れるのよー。もちろん性能もね」

「どちらも普段イズさんが採掘している洞窟に出てきますね。わかりました、明日までに持ってきます」

 

コーヒーはDEXが比較的高く、【採掘】スキルもあるので入手自体は然程難しくはない。場所も【ライトニングアクセル】を使えばあっという間だ。

 

「頑張ってねー」

 

そうしてコーヒーはイズの店を後にする―――前に、新たな来訪者が現れた。

 

「イズさん!お久しぶりです!」

「あら!いらっしゃいメイプルちゃん。随分と有名人になったわね」

「ありがとうございます!あっ、コーヒーくんもこんにちは!今日は、イズさんに話があってきたんです……無理ならいいんですけど……」

 

メイプルはそう前置きして、ここに来た目的―――性能より、見た目に拘った純白の装備一式の製作費用は幾ら掛かるのかと聞いてきた。

 

「そうね……ある程度素材を持ち込めば、装備一式でも100万Gに抑えこめると思うわ。素材によってはある程度性能は上がるかもしれないけどね」

「白い素材でメイプル向きとなると……洞窟の白水晶と、地底湖にいる白い魚の鱗かな?」

「地底湖の魚はメイプルちゃんでも釣れると思うけど……採掘する白水晶の方は厳しいかしらね?メイプルちゃん、DEX、結構低いでしょ?」

「はい……」

 

素材情報を聞いて分かりやすく肩を落とすメイプル。まあ、素材の入手が難しいと知らされたら当然だろう。

 

「あっ、そうだ!ちょうどコーヒーが素材集めに洞窟に行くから、護衛という形で一緒に行ったらどうかしら?コーヒーなら採掘できるし、ね」

 

妙案とばかりに、自身の両手を叩くイズ。

 

「うーん……俺は別に構わないんだが……メイプルはどうなんだ?」

「あ、はい!よろしければ同行させて下さい!!」

 

どうやら問題ないようである。

白水晶が出たら、それは全部メイプルが貰うという形で護衛の依頼料と決め、コーヒーとメイプルは洞窟へ向かうことにした。

 

「ま、待ってよ~、コーヒーく~ん……」

「……本当に遅いんだな」

 

コーヒーは立ち止まって亀の如き速度で追いかけてくるメイプルを待つ。

このペースだと、洞窟に到着して奥の採掘場まで辿り着くのに時間がかかる。それだと、採掘の時間が減ってしまう。

 

準備はログイン前に済ませているとはいえ、明日は学校があるのだ。夜更かしして寝坊でもしたら洒落にならない。その為、移動にそこまで時間をかけるわけにもいかないのだ。

なので、少し強硬手段で行くことにした。

 

「メイプル、先に謝っておく。すまん」

「え?コーヒーくん?どうして急に謝って、私の手を握って」

「迸れ!蒼き雷霆(アームドブルー)!纏うは迅雷 刻むは万里を描く軌跡 金色の雷獣となりて駆け抜けん―――【ライトニングアクセル】!!」

「へ?―――うわぁああああああああああああっ!?」

 

町を出て早々、メイプルの手を握ってからの強化補正された【ライトニングアクセル】による全力疾走。メイプルの叫びが道中で木霊する。

無論、道中のモンスターは完全無視である。

結果、十分足らずで目的の洞窟の入口前に辿り着いた。

 

「うにゅ~~……」

「……本当にノーダメージだな。どんだけVITに振っているんだよ」

 

目を回して何とも抜けた声を上げるメイプル。コーヒーの言う通り、メイプルのHPバーは微塵も減っていなかった。

その後、何とか復活したメイプルと共に洞窟の中へと潜っていく。

 

「さすがに酷いよコーヒーく~ん。せめて、説明してからにして欲しかったよぉ」

「悪かったよ。リアルの都合もあるし、出来る限り採掘の時間を確保したかったんだよ」

「あー、わかるよ。私もそっちを疎かにするわけにはいかないし」

「ま、この埋め合わせは護衛の報酬でちゃんと補填するさ」

「約束だよ!!」

 

そんな会話をしながら、コーヒーとメイプルは奥へと目指していく。

道中、蜥蜴やゴーレム、お目当ての金カブトが襲いかかってくるも……

 

「えい!」

 

メイプルの黒い大盾一つで、苦もなく撃退されるのだった。

 

「本当にその盾、強力すぎるだろ」

「あはは……強いからスキルの取得に向いていないんだよね。触れた瞬間に自動で発動して全部飲み込んじゃうから」

「ああ。だからスキル取得用も兼ねて、純白の装備一式が欲しいと」

 

確かにメイプルのあの大盾はスキル取得にはあまりにも不向きである。対象を問わずに全部飲み込むのだから。

コーヒーは微妙な気分になりつつも、金カブトだけは先に仕留めて素材の甲殻を回収していく。メイプルの盾だと素材まで全部飲み込んでしまうからだ。

 

「コーヒーくんの攻撃、全然弾かれないんだね」

「まあ、防御力を無視出来るスキルを持っているからな」

「防御無視!?つまり、コーヒーくんの攻撃は痛いってこと!?」

「そうなるな。クロムが痛そうに腹を押さえていたのは知ってるだろ?」

 

勿論、他言無用だということも付け加えておく。メイプルも素直に頷いて了承してくれる。

 

「さてと、ようやく目的の場所についたな。入口の見張りは任せたぞ」

「任されました!」

 

画面を操作して、クロスボウからピッケルに持ち変えたコーヒーは採掘を始めていく。

メイプルは大盾を構えて見張りに務める。

ただ無言で採掘するのも暇なので、せっかくだから会話しながら採掘することにする。

 

「そういえば、二層へ行く為のボス退治はどうするんだ?」

「うーん……出来れば私の友達と一緒に行きたいなぁーって思ってます」

「友達?もしかしてリアルの方のか?」

 

コーヒーの疑問に、メイプルはあっさりと頷いて答えていく。

 

「はい。実は、その友達に勧められて始めたんですよ」

「そうなのか。で、肝心のその友達は?」

「都合でまだプレイ出来てない状態です」

「おおう……」

 

友達に進めておいて自分はプレイ出来ないとは……かなり苦行な気がする。

そんな他愛ない会話を交わしながら、採掘を続けていく。

 

「……っと、そろそろ引き上げの時間だな。白水晶は今回は此れだけ取れたぞ」

 

コーヒーはそう言って、メイプルに白水晶を63個渡す。目的の蒼水晶は34個しか採掘できなかったが、他の鉱物系素材アイテムも手に入っているので結果は上々だろう。

 

「後、今回採掘した蒼水晶以外の鉱物は山分けな。これらを売れば少しは財布が潤うぞ」

「ありがとうございます!!」

「例の詫びだからお礼はいらないよ。それじゃ、またな」

「はい!今日はありがとうございました!」

 

メイプルの感謝の言葉を最後に、コーヒーはログアウトした。

 

―――現実。

 

「さてと……もう寝るか」

 

浩はハードの電源を落とし、さっさとベッドに潜って就寝についた。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

「それじゃ、行ってきます」

「いってらっしゃーい」

 

制服を着て、母に見送られて学校に向かう。

ここ数日で日差しも強くなり、春らしく、ぽかぽかとした陽気が心地よくなってきている。

 

浩の席は窓際ではないので、その辺りはあまり関係ないかもしれないが。

それでも、浩は春を感じることが出来る。

その理由は―――

 

「ずずっ……今日は鼻の調子が悪いなぁ……マスクしてるのに……」

 

花粉症を患っているからだった。

なので、通学中はマスクを着用しているのだが、本日は調子が悪いので一日コースだろう。

ちなみに家から学校までは歩いて15分。結構近いのである。

 

あんまり酷いなら、鼻にティッシュを詰めて、耳栓ならぬ鼻栓で強引に鼻水を止めることも考えながら、校門をくぐる。

そのまま教室に辿り着くと、既に二人の女子生徒が登校して席について何かを話し合っていた。

 

「おはよう。本条さんに白峯さん。相変わらず早いな」

「あ、おはよう!新垣くん!」

「おはよう新垣。そういうアンタも早いでしょ」

 

浩の挨拶に、二人の少女はいつものように返す。

最初に挨拶を返した黒髪の少女は本条楓。細身で、可愛らしい容姿と体躯から学校内で好かれている人が多いクラスメイトだ。

 

もう一人の黒に近い茶髪で活発そうな少女は白峯理沙。本条とは友達らしくよく一緒にいる。

浩は登校が比較的早い方だから、二人とはこうしてよく挨拶している。たまに白峯さんから振られる話に相槌を返す程度の仲だが。

 

浩は自分の席に座ると、持ってきていた本を読み始めていく。もっとも、内容は8割スルーで、ほとんどがゲームについて考えているが。

今日のゲームは昨日と同じ素材集めか、それともイズさんに製作を頼み込むか考える中、本条と白峯は会話を再開していく。

 

「どうしようか、理沙。新垣くんが来ちゃったし、続きは帰りながらの方がいいかな?」

「続けて大丈夫じゃない?新垣はゲームなんてやってなさそうだからスルーしそうだし」

 

無視するのは事実だが、妙な偏見を持たれていることに浩は少しムッとして、白峯に反論の言葉を返した。

 

「それは偏見だろ。俺だってゲームくらいはやっている」

「へー、意外。成績いいから、てっきり家では勉強に時間を費やしているのかと」

「授業を真面目に受けて入れば十分にとれるぞ。基本的には宿題しかやっていないしな」

「……なんか、ズルい」

 

白峯がジト目で文句を言ってきているが、それなら授業中に居眠りしなければいいとだけ返しておく。

 

「それじゃあ新垣くんはどんなゲームをやっているの?」

「……New Wolrd Online。今話題のVRMMOゲームだ」

「え?マジで?新垣もやっているの?地味にショック」

 

本条の質問に今やっているゲームタイトルで返すと、白峯は若干肩を落として落ち込んだ。

 

「……二人もそのゲームをやっているのか?」

「うん!そうだよ!理沙に勧められてね!」

「私の方は今日からだけどね。ようやく親からゲームの許可が下りたから……あー、無性に新垣が羨ましー」

 

どうやら白峯は話の流れからして、勉強関係ですぐにゲームができなかったようだ。

 

「ま、運が良かったら向こうで会えるかもな。ゲーム内のイベントで上位入賞も果たしたからそれなりに有名だし。後、昨日はバグ盾持ちのフレンドと素材集めをしたしな」

「上位入賞……?バグ盾持ちのフレンドと素材集め……?」

 

浩の言葉に本条は何かを考えるように頭を捻っている。そして、何かに気づいたように口を開いた。

 

「……もしかして、コーヒーくん?」

「ブフゥッ!?」

 

本条にキャラネームを当てられた浩は、驚いて思わず吹き出してしまう。

というか、今のワードでキャラネームを当ててくるという事は!

 

「もしかしてお前、メイプルか!?」

「あ、はい。昨日、コーヒーくんから白水晶と幾つかの素材を護衛の報酬で貰ったメイプルです」

 

コーヒーの詰問に、本条が昨日の出来事込みで肯定する。

 

「マジかー……道理で最初に会った時、見たことがあった気がした筈だ。クラスメイトとか……どんな確率なんだよ」

「あはは……私も同じかな。向こうじゃ、髪は白かったよね?」

「リアルバレ防止の一環だ。現実に髪が白いやつは早々いないだろ」

 

むしろ、本条があれを地毛だと思っていたことにも驚きなんだが。

 

「世間は狭いわね……」

 

白峯の言葉に、浩と本条は同意するように頷くのであった。

 

 

 




感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

新プレイヤーは回避盾となるそうです

てな訳でどうぞ


「な、なんつうプレイしてるんだよ……」

 

互いの素性が分かり、話の流れもあって本条のプレイ内容を白峯と聞いた浩は疲れたような表情で呟いた。

ウサギと一時間戯れた結果、極振りした防御力は上昇。

ダンジョンでは毒竜の攻撃に耐え切って毒を無効化。

 

毒竜は武器が駄目になったので食べて撃破。結果、ユニーク装備ゲット。

そして、爆発スキル狙いでフィールドのモンスターを食べたら、盾に付与したあの凶悪スキルをゲット。

うん。絶対に普通じゃない。

 

「というかモンスターを食うって……」

「毒竜の味はピーマンのように苦かったけど、ブレスのおかげで辛味が追加されて食べやすかったよ。爆発テントウは弾けるお菓子みたいだったよ」

「味の感想は聞いてない!予想以上にぶっ飛び過ぎだろ!!」

 

本条の感想に浩はツッコミを入れる。狙ってではなく、脱線した先で得た力が強力過ぎる。

きっと運営も本条のプレイは予想の範囲外だったに違いない。

 

「新垣も楓ほどじゃないけど十分ぶっ飛んでるわよ……ダメージを与えられないヤツとの戦闘続行なんて、普通はしないでしょ……」

 

白峯の呆れたようなツッコミに浩はスッと目を逸らす。多少は自覚がある故である。

その運営は、一部の飲み物に若干苦手意識を抱きつつあるのだが、その元凶は当然知るよしもない。

浩がプレイ内容を明かしたのは、本条だけ明かすのはフェアじゃないと考えたからだ。

 

「はあー……これは追いつくのが大変そうだなぁ……」

「で、でも私や新垣くんと同じようにすれば……」

 

本条が白峯を気遣ってそう口にしかけるも、当の本人は手を胸の前で交差させてバツ印を作って首を振った。

 

「楓は楓。新垣は新垣。楓や新垣の見つけたスキルを掠め取る気はないの。スキルを手に入れる糸口は貰っちゃったけど……それは仕方なかったということで」

「それについては白峯さんと同意見だな。というか、真似したいとも思えないし」

 

いくらスキルが欲しいからと言ってモンスターを食べるとか……普通にやりたくない。

 

「まあ、【口上強化】は既に取得方法が拡散されているし、【名乗り】も他のプレイヤーが取るのも時間の問題の気もするし、その二つは―――」

「いや取らないから。いくらゲームでも、人前で痛い台詞を吐きたくないから」

 

浩の言葉を白峯は真顔で真っ向から拒絶する。理由は……記憶の片隅に封印しているものがひょこっと顔を覗かせているからである。

ついでに、部屋に厳重封印している黒歴史のノートも。

 

「それで、理沙はどうするの?」

「楓とパーティー組むなら魔法使いかな?でも、後衛だと新垣と被りそうだし……」

 

むーっと唸りつつ考えごとをする白峯。少しして何かを思いついたようにニヤリと笑った。

 

「決めた!私は『回避盾』になる!!」

「回避、盾?」

「相手の攻撃を全て避ける上級者向けの前衛スタイルか。確かに相性としては悪くないな」

 

浩も『回避盾』は不可能ではないが、特段目指しいるわけでもなく、むしろ戦闘の緊迫感と破壊による装備強化の為にわざと掠る程度に食らっている始末である。

例の麒麟との戦闘は本当に地獄だった。HPが減る度に攻撃がどんどん苛烈になっていったのだから……

 

「おおおお!格好いい!……でも、盾なら私がやるよ?」

 

本条が疑問に思ったことを口に出す。対して白峯はチッチッと指を本条の前で振って理由を答えた。

 

「楓と私のパーティーはどんな戦いに出てもノーダメージ!いつだって無傷!どう?格好良くない?」

 

不敵に笑う白峯の言葉に、本条が同意するようにぶんぶんと首を縦に振る。興奮し過ぎて腕まで振っている始末だ。

 

「あー、水を差すようで悪いが、たぶん難しいぞ?」

「え?」

「どういうことよ?新垣」

「今後のアップデート次第だが、高確率で防御貫通系スキルが増えると思うぞ。レベルがそこまで大きくなかったキャラが防御極振りでイベント三位に入賞したんだ。今後のゲームバランスを考えたら、間違いなく出てくるぞ」

「そ、そんな~……」

「……あー、確かに。下手したら必勝スタイルでゲームがつまらなくなるから、当然と言えば当然よね」

 

浩の言葉に本条はガックリと肩を落とし、白峯は理解してか納得の言葉を零した。

 

「けど、こう考えたらどうだ?一人は幾ら攻撃しても全然削り切れる気がしない鉄壁プレイヤー。もう一人は同じく幾ら攻撃しても当てられる気がしない回避プレイヤー。その二人がパーティーを組んでいる光景を」

 

浩のフォローを聞いてその光景を想像してか、落ち込んでいた本条は復活。白峯は怪しいくらいに口元に笑みを浮かべていく。

 

「良い!それも凄く良いよ!!」

「そのコンセプトもありか……むしろそっちの方が無敵感が増して……燃える!!」

 

フォロー成功。本当にお気に召したようである。

そして、今夜は一緒にプレイすることとなり、話を終えた浩は席に戻って読書(無意味)を再開するのであった。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

「おー!町はこんな感じなんだー!」

 

本日初ログインの白峯が周りを見渡して、嬉しそうに声を上げる。

 

「楓……っと……危ない。メイプルとコーヒーの装備との見た目格差があり過ぎてちょっと辛い」

 

メイプルを本名で読んでしまった白峯はプレイヤーネームに言い直して話す。

 

「あはは、まだ初期装備だもんね」

「プレイ歴が違うから仕方ないだろ。後、お前のこっちでの名前は?」

「サリーよ。本名をひっくり返してサリー」

「サリーか……安直だな」

「そっちは適当でしょ。それでプレイヤーネームより略称が広まっているCFよりマシというものよ」

「うぐっ!?」

 

白峯―――サリーの返しに、コーヒーは胸を押さえる。メンタルに60ダメージ!!

 

「と、言うわけで私はコーヒーのことはこれからCFって呼ぶことにするからね。コーヒーだと本当に飲み物と混同しそうだし」

「グハァッ!?」

 

コーヒーのメンタルに120のダメージ!!コーヒーは後ろへとよろめいた!

 

「あはは……」

「ま、それよりさっさとフレンド登録を済ませようか」

 

コーヒーのメンタルを傷つけたサリーは平然と話を進める。

 

メイプルは苦笑いしながらサリーとフレンド登録し、コーヒーも一応復活してサリーとフレンド登録を済ませた。

 

「色んなステータスに振ってるんだね」

「これが普通だから!」

「VITとMP、HPにはステ振りしてないのか……回避盾を目指すならVITとHPは必要ないか」

 

サリーのステータスを見たメイプルとコーヒーはそれぞれ感想を洩らす。メイプルの言葉にサリーは速攻でツッコミを入れたが。

 

「まあ、MPとINTの方は魔法を使うかどうか今は分からないからね。STRの方は武器である程度補えるしね」

「コーヒーくんのステータスもそうだけど、サリーも色々考えているんだねー」

 

メイプルはポイント全部VITへ振るから、確かにこういった事で考えることはしないだろう。

 

「ふふふ……受けきってノーダメのメイプルさんとは考える量が違うのだよ。そういえば……上位入賞の品は装備品じゃなかったの?」

 

どちらも聞いた話のままの装備のメイプルとコーヒーに、サリーが疑問の言葉をぶつける。

 

「あれは記念メダルだったよ。装備品かもと期待してたんだけどなぁ」

「メダルは持っておくと良いことがあると言っていたから、何かしらのイベントアイテムだとは思うんだが……」

「え?そうだったの?」

 

コーヒーの言葉にメイプルが今知ったというような反応をする。

 

「あー、そう言えばメイプルはインタビューで噛んでしまって、その後は恥ずかしさで俯いていたんだったなぁ」

「わああああああっ!?それはいいから!!」

 

恥ずかしい記憶を掘り起こされたメイプルは両手を振り、声を上げてその話を打ち切ろうとする。

サリーはそんなメイプルに少し同情する視線を送っている。

 

「それで、今日はどうするの?」

「俺はイズさん……知り合いの生産職の人に素材を持ち込んで装備品の作製を頼みに行くよ。その後は今のところ、特にないかな」

「私は地底湖!そこで獲れる白い魚の鱗が欲しいから!」

「じゃあ、CFの用事が済んだ後に地底湖に行きましょうか」

「じゃあ、それで!!」

 

予定が決まり、先ずはコーヒーの用事を済ませる為にイズの店に行く。

 

「いらっしゃいコーヒー。メイプルちゃんも昨日は白水晶は手に入ったかしら?」

「はい!おかげ様で!!」

「良かったわねー。……それで、そっちの女の子は?もしかして通報した方がいいかしら?」

 

イズはそう言って画面を操作し、コールボタンに指をかける。

イズのお馴染みに近いブラックジョークに、コーヒーは冷静に対処する。

 

「彼女はメイプルのリアルフレンド。今日は一緒に行動することになったんです。なので、その物騒なボタンを押さずに画面を閉まってください」

「と、言っているけど?」

「実は、CFに脅されて……」

「おいこら、サリー」

 

イズの冗談に乗って、両手で自身の体を抱きしめてわざとらしく身震いするサリーに、コーヒーはジト目で睨む。

 

「あらあら。随分とノリが良い娘ね。サリーちゃんって言うのね?」

「あ、はい。サリーって言います。メイプルとはリアルの友達で。CFは……偶然知り合いました」

「そうなのー。私の名前はイズ。二人から聞いていると思うけど、見ての通り生産職で、その中で鍛冶を専門にしているわ」

 

互いに挨拶し合うイズとサリー。ブラックジョークで早々に打ち解けられたようである。

 

「それで、コーヒー。今日来たのは制作の依頼かしら?」

「はい。素材も無事に集まったので」

 

コーヒーは画面を操作して、作製に必要な素材をカウンター前に置いていく。

 

「この素材で費用は……」

「300万Gよー」

「了解です」

 

イズが提示した金額を、コーヒーは前金でしっかりと払う。

 

「うわぁ……格の違いを見せつけられた気分よ」

 

サリーが若干引いていたがスルーだ。

その後、イズの店を後にしたコーヒー達は、鈍足メイプルをサリーが背負って地底湖へと向かう。

道中のモンスターはメイプルとコーヒーで瞬殺である。

そして、目的の地底湖に到着してから一時間。

 

「や、やっと三匹目!」

「お、またかかった!」

 

メイプルは3匹、サリーは12匹釣り上げていた。

 

「こうしてのんびり釣りするのも悪くないな」

 

ちなみにコーヒーは40匹釣り上げていた。

 

「……レベル差を痛感するわね」

「あはは……」

 

サリーはジト目で、メイプルは曖昧に笑ってコーヒーに視線を送っていたが。

 

「そろそろ釣りに少し飽きてきたし……潜って狩るか」

 

コーヒーはそう言って釣竿をインベントリにしまうと、軽く背伸びしてクロスボウを構える。

 

「え?そんなことできるの?」

「ああ。こいつもあるし、AGIも高いしな。ぶっちゃけ、素潜りで狩った方が早い」

 

コーヒーはそう言って湖の中へ飛び込む。コーヒーは慣れた動作で泳ぎ、近い魚に矢を撃ち込んで次々と狩っていく。

水中では矢の射程距離が10分の1にまで激減しているので遠くの魚は狙えないが。

 

ふと流れを感じたのでそちらに目を向けると、サリーも短剣片手に潜って魚を狩っていた。

その目はありありと文句が浮かんでいたが。

コーヒーはそんなサリーに肩を竦めて返し、別行動で魚を狩り続けていく。

 

ピロリン♪

『スキル【水中射ちI】を取得しました』

 

新しいスキル獲得の知らせ。

コーヒーは新しいスキルを確認するために狩を切り上げ、一気に浮上する。

 

「あ、おかえりコーヒーくん。どうだった?」

「そこそこ大量。後、新しいスキルも手に入った」

 

コーヒーは巣潜りで取った白い鱗120枚を出しつつ、新しいスキルを確認していく。

 

 

===============

【水中射ちI】

水中での弓、もしくは弩の射程減衰が10分の1から9分の1に軽減される。

取得条件

弓、もしくは弩装備時に、水中内でモンスターを一定回数撃破すること。

===============

 

 

どうやらこの【水中射ち】は自動で発動するスキルのようだ。理由は口上がないから。

自動発動するスキルはコーヒーの癒しだ。痛い口上を見ずに済むから!

少ししたらサリーも戻ってきた。スキル【水泳I】と【潜水I】を取得し、鱗の方も80枚と上々である。

 

「ねえ……確か、今見つかっているダンジョンは3つだったよね?」

「一応、明確に判明しているやつはな」

 

【麒麟の隠れ家】はコーヒーとクロム以外のプレイヤーが見つけたことで、既にギミックを解くことで挑めるダンジョンとして知れ渡っている。

 

そこで知ったことなのだが、ダンジョンに入る方法はコーヒーがやった方法と、専用のクエストをクリアしてイベントアイテムを入手して入るという2つの方法があったそうだ。

 

ちなみに、情報掲示板には『ボスモンスターは弱体化しとかないと無理』と書かれていた。

だが、今肝心なのはそこではない。

 

「そんなことを聞くという事は……ダンジョンを見つけたのか?」

「!ほ、本当なの、サリー!?」

「たぶん。地底湖の底に、小さな横穴があった。でも……」

「一人で行きたいのか?」

 

コーヒーの疑問に、サリーは頷いて返した。

 

「うん。もしかしたら、二人と同じユニークシリーズが手に入るかもしれないし」

「ダンジョンが未開なら……初回ソロ攻略すれば手に入るだろうな。……ハードルは高いぞ?」

「上等よ。これくらいはやってのけなきゃ、二人には追い付けないしね」

 

そう言うサリーの目には、炎が宿っているかの如くやる気に満ちている。

 

「そうか」

「じゃあ、私が地底湖まで来るのを手伝うよ!!」

「ありがとうメイプル!さっすが頼りになる!」

「えへへー、それ程でもー!」

 

メイプルの協力を得られたサリーは、スキルレベルを上げるために再び湖に潜るのであった。

 

 

 




『CFがメイプルちゃんと一緒にいる』
『厨二病患者なのに』
『今日は新規プレイヤーらしき女の子も一緒だった』
『判決。有罪。死刑』
『『『意義なし!!!!』』』
『お前ら落ち着け』

~~一部スレ抜擢

感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二回イベントに向けて

てな訳でどうぞ


運営から通知された第二回イベントは、およそ一ヶ月後に開催される。

第二回イベントはどうやらゲーム内の時間を加速させるようで、加速させている間、現実での二時間は途中参加と退場はその影響で出来ないそうだ。

そんなコーヒーは現在、イズの店で製作の依頼をした装備を受け取っていた。

 

「これが依頼の品よー。クロムの装備より一回りも二回りも良い出来栄えになったわ」

 

イズはご機嫌そうに件のガントレットをカウンター前に置く。

 

 

===============

《ブルーガントレット》【HP+30 MP+15 STR+20 VIT+15 INT+5】

===============

 

 

装飾品であるネオンイエローのラインが刻まれた蒼が混ざった黒いガントレットは、スキルこそないがステータス補正が十分過ぎる出来栄えだ。

流石は生産職トッププレイヤーのイズである。

 

「出来れば二層へのボス討伐までに完成させたかったんだけどねー」

 

実は昨日、コーヒーはクロムに誘われて、イズと共にクロムの臨時パーティーメンバーと共にボスモンスターであるドでかい鹿に変わった大樹を倒して二層行きを果たしたのである。

鹿は角に実らせた林檎で防壁を張ったり、魔法でご太い蔓を操って攻撃してきたり、回復したりしたがコーヒー達の敵ではなかった。

 

『さすがイベント二位のCF!』

『厨二病患者の異名は伊達じゃないな!』

 

……クロムの臨時パーティーのメンタルアタックは堪えるものだったが。

一応、メイプルとサリーにも先に二層に行く有無を伝えたが、二人とも気にせずに先に行っていいと返したので特に問題もなかった。

 

「私はこの後、他の人の装備品を作るけどコーヒーはどうするの?」

「スキル【超加速】を手に入れてこようかと。クエスト条件もクリアしてますし、スキルは多いに越したことはありませんから」

 

現在ゲーム内で常に発生しているNPCイベントの一つであり、【超加速】は二層の森の奥にある小さな家にいる老人とのイベントをクリアすれば手に入るスキルだ。

ただし、【AGI70】以上でなければその老人は家に居らずイベントは発生しない。手に入れたければ最低でもAGIは70まで上げなければならないと、情報掲示板に記載されていた。

 

「スキルといえば、スキルショップで【詠唱I】というスキルが新しく売られているわね。コーヒーはどうするの?」

「買いませんよ。これ以上、重症な厨二病患者扱いされたくないので」

 

イズが笑いながらの質問に、コーヒーは心底嫌そうに答える。

スキル【詠唱I】はスキルショップで購入できるスキルだ。

その効果は―――各魔法に用意された台詞を唱えることで、MP消費量を5%減少するというもの。

 

【詠唱I】で用意されている台詞は短いそうだが、それでもメンタルにダメージを与えるようであり、ちゃっかり【廃棄】不可能のスキルでもある。

その為、『スキルショップに呪いのスキルが出た!!』と掲示板に一時話題となったそうだ。

 

というか、絶対に面白がって実装しているだろ。運営。

ちなみにこれを最初に取得したのはイベント四位様である。理由は四位様に心酔する者に献上された巻物を、半ば諦めの境地で使ったから。四位様は慕う者の期待を完全に裏切れないのだ!!

 

その結果、彼らの前で披露してますます慕う者が増え、四位様は基本的に詠唱込みで魔法を放つ羽目になったのだが……今はいいだろう。

スキルショップに新規のスキルが幾つか追加されており、コーヒーもクロスボウの攻撃スキルを素材を売った金で購入している。

 

「でも、基本は後衛のコーヒーにはあまり役に立たないんじゃないかしら?」

「逃亡と遊撃に使えると考えています。後、格好良い気がするので」

「そうなのー」

 

そんな訳で。

《ブルーガントレット》を装備したコーヒーはイズの店を後にし、スキル取得の為に森の奥の小さなログハウスへと辿り着いた。

真横には澄み渡る小川でゆっくりと回る水車。

 

正面には小さな畑と割られていない薪。

そして、小鳥のさえずりが心地よく響いている。

用事でなければゆっくり眺めていたい光景にコーヒーは心穏やかになりながら、コンコンと扉をロックする。

少しして待つと、扉が内側から開かれ、杖をついて白い髭を長く伸ばした老人が現れた。

 

「こんな所に人が来るとは珍しい……取り敢えず上がっていきなさい。この辺りは厄介なモンスターも多い」

 

そう言って老人コーヒーを家の中に通す。コーヒーも素直に家に入っていく。

最低限の家具と、確かな存在感を放つ古びた短剣がある家の中で、コーヒーは言われるままにテーブルの近くの椅子に座る。

 

「飲むといい。少しは体も休まるはずだ」

 

老人はそう言って、お茶の入った湯飲みをコーヒーの前に置く。

このお茶には、HPとMPが完全回復する効果があるようである。

 

「ありがとうございます。では、いただきます」

 

コーヒーは律儀にお礼を言って、お茶を飲む。

HPは減っていないので意味はなかったが、MPは確かに全回復した。

 

「ふむ……しばらく休んでいくといい。わしは【魔力水】を汲みに行ってくる」

 

老人はそう言って立ち上がるも、足取りが悪そうに杖を頼りに歩き始める。

 

「ああ、それなら俺が代わりに汲んでくるよ」

「ん、そうか?……ここは甘えておこうか……見ての通り、最近は足の調子も悪くなってきたしの」

 

老人がそう言うとコーヒーにガラス瓶を渡す。

同時に、コーヒーの前にYes、Noという表示が記載された青色のモニターが現れる。

これがクエスト【走駆のお使い】の承認画面だ。コーヒーは迷わずにYesを押す。

 

クエスト内容は至って単純。ここから30分の距離にある、【魔力水】という魔力が回復する水が湧き出る泉から汲んだ水を、老人へと届けるというもの。

 

しかし、その水は老人が渡したガラス瓶以外では汲むことは出来ず、それも汲んでから一時間後にインベントリから消えてしまう。

まさに、このクエスト専用のスポットといって過言ではない。

 

「じゃあ、行ってくる」

「すまんな……頼んじゃぞ」

 

そして、コーヒーはログハウスを飛び出して泉へと向かう。

この辺りに生息するモンスターは主に三種類。

体長1メートルの蜘蛛糸で対象を拘束するビッグスパイダー。

 

通常のカブトムシと大きさは然程変わらず、眠りの状態異常攻撃を持つスリープビートル。

木に擬態して奇襲を仕掛ける、赤い木の実を付けているトレント。

そして、この三種類以外にも滅多に遭遇しないが、風魔法を使う巨大な蜻蛉の風蜻蛉という厄介なモンスターも生息している。

 

クエスト中は、行きではモンスターに一体も遭遇しないが、帰りでは上記のモンスターで溢れかえるのだ。

そのモンスターが蔓延る道を、水を汲んでから一時間以内に帰らなければならない。

 

「さてと……到着だな」

 

()()に森の中を駆けて30分程でコーヒーは目的の泉へと辿り着く。

泉の水を飲んでMPを全快にし、ガラス瓶に水を汲み、インベントリに入れる。

ここからが、本番だ。

 

「迸れ、蒼き雷霆(アームドブルー)。【ヴォルテックチャージ】―――【ライトニングアクセル】!」

 

振り返って早々、【名乗り】でステータスを上げ、【口上強化】なしで2つの魔法名を口にした途端―――コーヒーの姿がその場から消えた。

否、蒼い雷を纏ったコーヒーが凄まじい速度で森の中を直進していたのだ。

 

【ヴォルテックチャージ】は次に放つ同系統の魔法の威力と効力を二倍にする魔法だ。併用すれば消費MPが幾ばくか激しくなるが、それに見合うメリットがあるとコーヒー自身は感じている。

 

【名乗り】でステータスも上げている為、そのスピードはまさに迅雷。

残像さえも置き去りにするのではないかという速度で、コーヒーは森の中を一気に駆けていく。

 

「【アンカーアロー】―――【跳躍】!!」

 

【アンカーアロー】を別の木に当ててくっ付け、走りながら【跳躍IX】で飛び上がり、遠心力を利用して正面で木に擬態していたトレントを回避しつつ、若干遠回りとなって移動する。

 

「唸るは雷鳴 昂るは信念の灯火 雷鐘響かせ威厳を示さん―――【ヴォルテックチャージ】!!―――【ライトニングアクセル】!」

 

その移動中に【口上強化】で強化した【ヴォルテックチャージ】を使用。着地した瞬間に【ライトニングアクセル】を使用し、最初より速く、猛烈な勢いで再び森を駆け抜けていく。

 

【気配察知VIII】でモンスターを事前に察知し、進行の邪魔になるビッグスパイダーは矢を撃ち込んで麻痺らせ、スリープビートルとトレントは基本的に回避してスルー。

 

何しろ移動速度が速いのだ。後ろのモンスター達はAGI寄りにも関わらず、コーヒーに全く追いつけていない。

【名乗り】でステータスを強化し直しつつ、MPポーションでMPを回復しながら魔法をガンガン使って強硬突破していく。

 

乱立している樹木も【アンカーアロー】や【跳躍IX】、ステータスを利用したパルクールで大した障害にもならない。

結果、コーヒーは【魔力水】を汲んでからログハウスに戻るまで、25分しかかからなかった。

余裕のクリアだ。

 

「持ってきたぞー」

「おお!待っていたぞ、無事そうで何より何より……」

 

インベントリから【魔力水】が入ったガラス瓶を取り出したコーヒーに、老人は嬉しそうに立ち上がる。

これで、【超加速】が得られ……

 

「……ん?そういえばお主は【魔力水】を汲んで戻ってくるのに30分しか経っておらんのう……それ程速いなら【超加速】は不要かもしれん」

「……え?」

 

老人の言葉にコーヒーは目を見開いてその場で固まってしまう。

せっかくクリアしたのにスキルを貰えないとか……最悪の無駄骨になってしまう。

ちなみに30分以内の帰還を目指したのは……余裕でクリア出来るから、ちょっとした自己満足の為である。

 

「イヤイヤイヤイヤ!!それは困りますって!!せっかく頑張ったのに!!」

 

幾ら自己満足の為とはいえ、クリアして報酬無しはさすがに困る。

老人はそんなコーヒーに気にもくれずに話を進めていく。

 

「……もしかしたら、お主ならあれを覚えられるやもしれん」

 

老人はそう言うと、自身の懐から一つの巻物を取り出した。

 

「スキル【疾風迅雷】。わしには覚えられんかったスキルじゃが、お主なら覚えられる筈じゃ」

 

【超加速】ではない、全く違ったスキルの巻物を渡されたコーヒーはどうすべきかと困惑する。

 

「どうしたんじゃ?開かないと覚えられるか分からんぞ?」

 

老人が取得を促してくる。どうやら、取得までがクエストの流れのようだ。

コーヒーは意を決し、巻物を開いてスキルを取得した。

 

ピロリン♪

『スキル【疾風迅雷】を取得しました』

 

「おお。わしが見込んだ通りじゃ。【疾風迅雷】は間違いなくお主の力となるじゃろう」

 

そう言うと老人の姿が霞んで消える。

 

「じゃが、それに驕ることなく精進するのじゃぞ?」

 

背後から聞こえてきた声に、コーヒーはビクッ!としつつ振り返る。

そこには悪戯が成功した少年の様な嬉しそうな笑みを浮かべる老人がいた。

 

「わしもまだまだ現役……近い将来、【疾風迅雷】を取得してやるわい」

「は、はは……」

 

老人の行動と言葉にコーヒーは苦笑いしながらも、今回手に入れたスキルを確認することにした。

 

 

===============

【疾風迅雷】

一分間、AGIを二倍にする。

使用後、30分後に再使用可能。

常にAGIが15%上昇。リキャスト中は無効となる。

取得条件

クエスト【走駆のお使い】でイベントアイテムを入手してから30分以内にクリアすること。

口上

柔軟なる疾き風 剛健なる迅き雷 迅雷風烈の息吹となりて走破せよ

===============

 

 

掲示板にあった【超加速】は一分間AGIを50%上昇させるスキルなので、【疾風迅雷】は完全に上位互換のスキルである。

 

取得条件を見る限り、クリアタイムが30分を切ることで、【超加速】ではなくこの【疾風迅雷】が手に入るようだ。一度クリアしたら再挑戦は出来ないようなので、欲しければ一発でクリアしなければならないだろう。

 

無駄骨にならずに済んだコーヒーは安堵の息を吐きつつ、ログハウスから出ていく。

家の外に出ると、正面にイベント六位のドレッドがいた。

 

「ドレッドか……お前も【超加速】を取りに来たのか?」

「ああ。都合がついてスキルを手に入れに来たんだが……挑戦はまた今度にした方が良さそうだな」

 

ドレッドのその言葉に、コーヒーは深く溜め息を吐く。ここに来て挑戦を延期する理由等、一つしかないからだ。

 

「盗み聞きは感心しないぞ」

「悪ぃな。挑戦しようと扉に手を掛けたら、偶々会話が聞こえてきたんだよ。まさか【超加速】より上位のスキルが存在するなんて思いもしなかったぜ。こりゃ、ペインが肩を落とすだろうな」

 

ドレッドは苦笑した様子で肩を竦める。

 

「取り敢えず情報ありがとさん。このお礼は機会があれば返すぜ……その前にリベンジさせてもらうがな」

「リベンジする気満々だな。俺が知る限り、そういうタイプじゃないと思っていたんだが」

「あの時も言ったが、確かに俺のガラじゃねぇけどよ……やっぱ負けっぱなしってのは癪なんだよ。早い話が俺の意地というやつだ、CF」

「……コーヒーだって」

 

ジト目でコーヒーは名称について抗議するも、ドレッドは無視して話を続けていく。

 

「ま、しばらくはここから泉までのタイムを短縮する練習だな。行きを10分でいけりゃ、帰りは30分でいける筈だからよ」

「【口上強化】や【名乗り】を使えば、いけるかもなー?」

「…………考えておくぜ」

 

ドレッドはそう言ってその場を後にしていく。

コーヒーはドレッドに完全にロックオンされた事に肩を竦めた後、その場を後にするのであった。

 

 

 




「爆ぜよ―――【炎帝】!!」

チュドォオオオオオオオオオオオンッ!!!!

「「「「おおおおおおおおおおお―――ッ!!!!」」」」
「流石ミィ様!!格好良いです!!」
「これでミィ様の魔法の燃費が良くなりますね!!」
「……そうだな。貴君には感謝する必要があるな」
「いえいえ!ミィ様のお役に立ててよかったです!!」
(うぇえええん……【詠唱】は短いけどやっぱり恥ずかしいよぉ~~……【口上強化】よりマシだけど……かといって彼らの好意を無下に出来ないし……うぅ、いつか絶対に元凶のCFを燃やしてやるぅ~~……)

コーヒーはドレッド以外にもロックオンされた模様。

感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

スキル修正と第二回イベント

てな訳でどうぞ


【疾風迅雷】を取得してからおよそ二週間。

その間にサリーが無事に地底湖のダンジョンをソロ攻略してユニーク装備を入手し、メイプルと共に二層入りを果たしていた。

 

サリーの手に入れた装備は全体的に海を連想させる青色で、ショップで購入した黒いブーツとも色の相性は抜群。武器も短剣二本とサリーの戦闘スタイルに合うものであった。

 

最も、ユニークシリーズ自体が攻略者に合わせた装備となるから、基本外れとなることはないだろうが。

まあ、そんな事よりも今日のメンテナンスの内容が重要だ。

 

「……来たな」

「……来ちゃったよ」

「……来たわね」

 

メンテナンス内容にコーヒー、メイプル、サリーは若干遠い目で呟く。

メンテナンスの内容は一部スキルの弱体化とフィールドモンスターのAI強化。そして、防御貫通スキルの増加とそれに伴った痛みの軽減である。

 

一部のスキル弱体化についてはゲームの仕様上所持している本人にしか分からないが、コーヒーとメイプルのスキルは弱体化の対象になってしまっていた。

 

対象となったコーヒーのスキルは【チェイントリガー】。これは相手との距離が近いほど被ダメージが増加するというデメリットが追加された。

 

「間違いなくあのコンボが問題になっただろうな」

「【チェイントリガー】からの零距離での【連射】ね。あれは確かに凶悪なコンボよ。コンボが出来ないようにする修正まではしてこなかったけど、零距離で被ダメが凡そ3倍は辛いわね」

 

そして【名乗り】の消費MP30%軽減効果が20%へと減少。同時に取得条件の追加。

消費MP軽減の減少は【詠唱】を実装したことによるバランス調整だろう。取得条件追加の方は、【口上強化】だけでなく【詠唱】を使い続けても取得できるようになるというものだ。

 

「運営の悪意が滲み出る」

「……うん。絶対、悪ふざけよね」

 

コーヒーの呟きに、()()()()()()サリーが頷いて同意する。

メイプルの方は、大盾に付与したスキル【悪食】に一日10回の回数制限が追加。代わりに吸収できるMPが二倍となったが、常時発動のため乱用が出来ない制限がついた。

 

「10回全部使ったら唯の大盾ね」

「唯の大盾……うぅ……」

 

次の修正であるAI強化はモンスターが周り込んで攻撃したり、場合によっては逃走するようになるというもの。

完全に第二、第三のメイプル発生防止の措置だ。

 

「メイプルの【絶対防御】を白兎で取れなくするためでしょうね。メイプルは白兎と戯れていた結果だけど、タンク型の他のプレイヤーがそれを真似して手に入れたら、ゲームバランスが一気に崩壊してしまうもの」

「AIが強化された以上、あのリンゴウサギが一時間も攻撃が効かない相手に突進してこないだろうし……まさか運営も予想外だっただろうな。ザコモンスターと一時間も戦闘?を続けるなんてな。普通は経験値欲しさに速攻で倒すはずだからな」

「うさぎさぁ~ん……」

 

メイプルはログイン初日を思い出してか、泣き言を洩らす。本人曰く、可愛いから倒す気はなかったそうだ。

 

「まあ、流石にスキルそのものを消すという修正はないだろうな。【絶対防御】は本来、厳しい条件での取得だった筈だからな」

「そうね。そんなことをしたらゲーマーのブーイングの嵐よ。CFのスキルは二つも弱体化されてるし、他の上位プレイヤーも少なからずスキルの弱体化は受けている筈だから。呪いのスキルは……本当に悪意しか感じないわ」

 

サリーがジト目で睨むは自身のスキル画面。その中に【詠唱I】がばっちりと入っている。

【詠唱I】は一層のスキルショップでも購入できる。そこで初めて知ったのだが、スキルの詳細は取得してからでないと分からないというものだったのだ。

 

加えて、値段も500Gと安いため、結果、新スキルを取得して呪いのスキルと判明して崩れ落ちる魔法使いのプレイヤーを中心とした犠牲者が大量発生する事態となった。

 

幸いと言っていいのか、詠唱自体は一言で済ませられる程短いため、ほとんどのプレイヤーは直ぐにあっさりと割り切ったそうだが。

 

だが、魔法の消費MP5%軽減スキルがショップで安く売られているという情報に釣られ、まんまと取得したサリーはその場で崩れ落ちることとなった。理由は封印した過去の黒歴史がひょこっと顔を出したから。

 

「防御貫通スキルの増加は……本当にCFの予想通りだったね」

「うん……今後はHPを上げるスキルや装備、後は回復系も必須だね……」

「普通に手に入る大盾向きのスキルもな。メイプル、パーティー向けの防御スキル、全く取ってないだろ?」

「あう~……」

 

コーヒーの指摘にメイプルはガックリと肩を落とす。

コーヒーの指摘通り、メイプルはそういったスキルを身につけていない。殆どがパーティーを組まずに一人でやっていたのが原因だ。

だが、今後はサリーとパーティーを組む以上、パーティー向けの大盾スキルは必須である。

 

「まあ、その辺りは追々考えるとして……CF」

「なんだよ、サリー?」

「スキルを買うお金を奢って上げるから、一緒にスキルショップに行きましょ?」

「お断りします」

 

悪どい笑みを浮かべるサリーのお誘いをコーヒーは間髪入れずに断った。

 

「えー?釣れないなー?せーっかく女の子がデートのお誘いをしているのにー?」

「そうだな。その奢るスキルが【詠唱I】でなければ、ドキッとはしたかもな」

「厨二病患者のCFじゃ今さらじゃない?もう諦めて素直に取得しちゃいなよー?」

 

サリーは悪どい笑みを浮かべたまま、コーヒーの腕を肘で小突く。ちなみにメイプルは普通に購入済みである。

 

「嫌に決まっているだろ。これ以上、重症患者扱いされてたまるか!」

「じゃあ、このまま一緒に居ようかな~?可愛い女の子とこんな風に一緒に居続けたら、掲示板は一体どうなるのかしらね~?」

「おまっ……!」

 

ある意味死刑宣告であるサリーの言葉に、コーヒーは相当苦い顔になる。

地味に外堀を埋めてきている事実に、コーヒーは強引に脱出しようかと思案するも……

 

「それとも、CFに関する掲示板に可愛い女の子からデートに誘われていたって書いちゃおうかな~?」

「卑怯すぎんだろ!?」

 

その後もあの手この手で脅して追い詰めてくるサリーの前に、コーヒーは脅しに屈する形で【詠唱I】を取得することになるのであった。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

イベント当日。

第二層の町の広場にて。

 

『ガオ~!今回のイベントは探索ドラ!目玉は転移先のフィールドに散らばる300枚の銀のメダルドラ!これを10枚集めると金のメダルに、金のメダルはイベント終了後にスキルや装備品に交換できるドラ!!』

 

ヘンテコドラゴンのアナウンスが流れ、勝手にステータス画面が開き、金と銀のメダルが表示される。

その金のメダルは、前回のイベントで送られたあの記念メダルだった。

 

「持っていたら良いことがあるって言ったのはこの事だったのか……」

 

少なくとも上位入賞者はこのままだとメダルの景品が一つ手に入る。代わりに、他のプレイヤーから狙われる頻度が高くなったが。

 

『前回イベント10位以内の方は既に金のメダルを一枚持っているドラよ。さらに~、前回のイベント11位から20位の方には特別に銀のメダルが転移した後で五枚渡されるドラ!!倒して奪い取るもよし、我関せずと探索に励むもよしドラ!』

 

どうやらフィールドには幾つかの豪華な指輪や腕輪などの装備品やスキルの巻物、大剣や弓などの武器が眠っているようだ。

 

『死亡して落とすのはメダルだけドラ!装備品は幾ら死んでも落ちないから安心するドラよ。メダルもプレイヤーに倒された時だけドラだから、安心して探索に励んで欲しいドラ!死んだら、それぞれの転移時初期地点にリスボーンされるドラ!』

 

落とすのがメダルだけなら、プレイヤー達は安心して探索に励めるのだろう。むしろ、レア装備を手に入れる為に積極的に動く筈だ。

 

『今回の期間はゲーム内期間で一週間、時間を加速させているドラから、ゲーム外での時間経過は二時間ドラよ!フィールド内にはモンスターの来ないポイントが幾つもあるからそれを活用するドラ!』

 

つまり、今回のイベントは休息も重要となってくる。モンスターを凌いでも、他のプレイヤーと鉢合わせする可能性が十分にあるからだ。

こうなると、パーティーで活動するプレイヤーが比較的有利となるが、コーヒーはメイプルとサリーとは別行動となる可能性が高い。理由は二位と三位が一緒にいると狙われやすくなるのと……

 

「…………」

 

サリーがムスーっと超絶不機嫌になっているからである。

サリーが超絶不機嫌になっている理由。それは【走駆のお使い】で手に入るスキルでコーヒーがちょっとした仕返しに【疾風迅雷】のことをサリーが【超加速】を手に入れた後で教えたからである。

ちなみにその時のやり取りがこちら。

 

『サリーは【走駆のお使い】はクリアしたか?』

『したわよ。ばっちり【超加速】を手に入れてやったわ。CFも【超加速】を手に入れたの?』

『俺は【超加速】の上位、【疾風迅雷】を取得したぞ。条件は【魔力水】を汲んでから30分以内で帰ることだ』

『……は?』

『なあ、今どんな気持ちだ?自分が取ったスキルより上位互換のスキルがあって、もう手に入らないと知った、厨二病に片足を突っ込んだサリーさんの気持ちは、今、どんな気持ちですか?』

『…………』

『悔しい?腹立つ?それとも泣きそう?もしくは―――』

『うざい!!』

『ごはぁっ!?』

 

―――である。

早い話、コーヒーがちょっとした仕返しでおちょくって煽ったのがサリーの不機嫌の理由である。

ちなみにコーヒーは【疾風迅雷】を《迅雷のブーツ》のスキルスロットに付与してある。理由は名称の語呂が良かったから。

 

「サリー。そろそろ機嫌を直してもいいんじゃないかな?」

「…………」

 

メイプルの言葉にサリーはそっぽを向くだけ。相当ご立腹のようである。

まあ、時間が経てば元に戻るだろうが。

 

『それでは、イベントスタートドラッ!!』

 

ヘンテコドラゴンの合図で、コーヒーを含めたその場に居たプレイヤーは、第二層の町から消えていった。

 

「……ここが俺のスタート地点か」

 

コーヒーがいたのはゴツゴツとした岩場に包まれた山岳地帯らしき場所だ。

空には重力の影響を受けることなく浮遊する島々。

下に視界を向ければ、広々とした草原や森林。

 

再び上空に視界を向けると、竜が優雅に飛んでいる。

今回のフィールドは、自然豊かなモンスター達の理想郷である幻想的な世界観のようだ。

 

「この距離だと……撃ち落とすことは出来ないな。【閃雷】無しだと届かないし」

 

空を飛ぶ竜を仕留められないか本気で考えていたコーヒーは、距離的な問題から即諦める。

 

「さてと……メダルを探しに行くとするか」

 

コーヒーはクロスボウを肩に担ぎ、足場の悪い岩場を歩いていくのであった。

 

 

 




今回の11位から20位の銀メダル五枚追加は帳尻合わせです。原作では10位の人の順位が下がったので、メダルを増やして矛盾が出ないようにしました。
……ダメ、ですかね?
感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

採掘場の飛蝗様

てな訳でどうぞ


「うーん……メダルが見つからないなぁ。そりゃあ、簡単に見つかる場所に配置はしないだろうけど」

 

コーヒーはそう呟きながら、上空から襲いかかろうとしていた翼が水晶となっている鴉をヘッドショット数発で仕留める。

あれから一時間ほど歩いたが、メダルは見つかっておらず、時折襲撃してくるモンスターの迎撃しかやっていない。

 

他のプレイヤーとの接触は今のところはない。おそらく、かなり広く設定されたフィールドなのだろう。探索用のフィールドなので当然かもしれないが。

もう少しで頂上に辿り着くが、何もなければ下山するつもりである。

 

道中の体のあちこちに水晶や鉱物がくっついたモンスターをキルしつつ頂上へ辿り着くと、入口を七色の光を放つ巨大な水晶で塞がれている洞穴を発見した。

試しにクロスボウでその水晶を撃ってみるも、何の変化も起きない。

 

「うーん……やっぱりピッケルじゃないと無理か?」

 

コーヒー画面を操作して、クロスボウからピッケルに持ち代える。

そのままピッケルで水晶を叩くと、少しだけ砕くことが出来た。

 

「やっぱりピッケルじゃないとこの水晶は破壊できないのか。こんな面倒な場所なら、メダルが一枚くらいはあるかもな」

 

コーヒーはそのまま水晶にピッケルを振り下ろし続け、水晶を少しずつ砕いていく。

そして一時間後。

 

「やっと中に入れる……これで何もなかったら最悪だな」

 

ようやく入口を塞いでいた巨大な水晶を取り除き、コーヒーは下へと続く洞穴へと入っていく。

洞窟内は通路のあちこちに様々な色の水晶や金属の結晶が顔を覗かせており、生産職プレイヤーが見たら口元が緩みそうな場所である。

 

「採掘できる鉱物系の素材も見たことないものばかりだし……まさか、これがメダルの代わりじゃないだろうな?」

 

コーヒーは疑惑の目をしながら、ピッケルを紅い水晶に向けて振るう。入ってから30分、コーヒーはモンスターに会うことなく採掘を続けられている。

まさかのボーナスエリアかと抱き始めていたが、そうは問屋が卸さなかった。

 

「ギチチチチチッ!!」

 

そんな不快な鳴き声が突然響いたかと思うと、天井に生えていた茶色の水晶が突然落下し、グルンと回転して着地する。

その正体は、背中に水晶を背負った体長1メートルの蟋蟀(コオロギ)だった。

 

「擬態系のモンスターかよ……迸れ!蒼き雷霆(アームドブルー)!」

 

コーヒーは呆れたように呟きながらも、【名乗り】で強化しつつ素早くピッケルからクロスボウに装備し直し、その蟋蟀の頭部を直ぐ様射抜く。

 

「ギチィ……」

 

水晶を背負った蟋蟀が力なく鳴くと、蟋蟀は光の粒子となって消失した。【一撃必殺】が炸裂した証である。

 

「採掘は終わりだな。感知スキルに全然引っ掛からないし、此処からは慎重に進んでいくか」

 

コーヒーはクロスボウを構え直し、感知スキルを使いながら慎重に進んでいく。

しかしやはりと言うべきか、襲撃してくるモンスターは感知に一切引っ掛からず、辺りの鉱物に擬態して不意討ちで襲ってくるのだ。

 

コーヒーはその不意討ちをかわしながら撃退するも、このエリアのモンスターのHPが高く設定されているのか、ヘッドショット抜きでは20回以上攻撃しないと倒せないものだった。

水晶や金属が付属しているから、もしかしたらVITも高いのかもしれない。

 

「というかさ……出てくるモンスター、全部昆虫ってどうなってんだよ」

 

コーヒーは一人呟きながら、黒い鉱石に覆われたGをヘッドショット三発で仕留める。

これまで出てきたモンスターは蟋蟀、甲虫、鍬形(クワガタ)虫、雀蜂、G、芋虫、蝶、蟷螂(カマキリ)、亀虫、蜘蛛……

 

とにかく、身体に鉱物が付属、または鉱物そのもので構成されている昆虫型モンスターしか出てこないのだ。

中でも一番遭遇率が高いのは。

 

「また銀飛蝗か……」

 

2、3メートル先で水晶にかじっているように引っ付いている体長1メートル前後の身体が銀一色の、紅い眼をした飛蝗である。

この銀飛蝗という名称のモンスターは他のモンスターと違ってHPがそこまで高くないのか、矢を二、三回当てただけで簡単に倒せる。だが、この銀飛蝗はヘッドショットを食らわせても、その全てが一撃では倒れなかった。

 

しかも銀飛蝗は単体ではなく、最低でも10匹は一緒にいるのだ。

現に、水晶に群がっていたり、他の鉱石にくっついていた銀飛蝗がコーヒーに気づき、銀色の羽を羽ばたかせて此方に迫ってきているのだから。

 

「今回の数は……18匹か」

 

此方に向かって来る銀飛蝗の群れに、コーヒーは溜め息を吐きながらクロスボウを構え、距離が近い銀飛蝗から撃ち落としていく。

 

ヘッドショットを食らった銀飛蝗は衝撃でその場に倒れこむが、スタンと麻痺が一切効いていないのか、すぐに起き上がって普通に飛んでくる。正直、この洞窟内で一番キツいモンスターだ。

即死しない上に状態異常にならないのだ。その上、数も多い。

 

「孔雀よ その優雅な翼を以て撃ち払え―――【扇雛】!」

 

【口上強化】で放たれる矢が10本となった【扇雛】で迫ってくる銀飛蝗を4、5匹撃ち抜く。

 

「大地の牙よ 咆哮と共に刺し砕け―――【地顎槍】!」

 

コーヒーは口上込みでスキル名を告げ、矢を放って地面に撃ち込む。直後、その矢を中心に地面が隆起して残りの銀飛蝗を刺し貫く。

 

「弾けろ!【スパークスフィア】!!」

 

止めに発動速度重視で【詠唱I】での【スパークスフィア】を叩き込み、18匹の銀飛蝗を光の粒子へと変えた。

 

ピロリン♪

『スキル【詠唱I】が【詠唱II】に進化しました』

 

スキル進化の知らせに、コーヒーは嫌そうな顔で確認していく。

【詠唱II】では消費MPが7%減少……と。

 

「……プラス効果なだけに腹立つ」

 

コーヒーは運営の悪意にうんざりしながら、銀飛蝗が消えた場所に近づく。

 

「……やっぱりまた落としたのか」

 

地面に落ちていた銀色の虫の羽を拾い、コーヒーは慣れた動作でインベントリにしまう。

銀飛蝗を倒すと、毎回と言っていいほどこの銀羽が落ちている。

 

画面の説明欄には《銀飛蝗の羽》というアイテム名で銀飛蝗が落とす羽以外の情報がなく、何の意味があるのかさっぱりなままなのだ。あのモンスターが銀飛蝗という名称だと知ったのも、このドロップアイテムがあったからである。

だが、こうしてドロップしている以上、何かしらの意味があると踏んで、こうして律儀に回収しているのである。

 

「これで128枚……本当に何の意味があるのやら……」

 

《銀飛蝗の羽》を全部回収したコーヒーは本当に疑問に感じながらも、奥を目指して進んでいく。

奥に進めば進む程、銀飛蝗との遭遇率が上昇し、一度に35匹同時に戦う羽目にもなった。

その銀飛蝗をクロスボウや馴染みとなった麒麟の魔法で撃退しつつ、《銀飛蝗の羽》を回収していく。

そうして、ついに《銀飛蝗の羽》は400枚に達した。

 

「これ以上は回収できない……つまり、これが上限ということか?」

 

《銀飛蝗の羽》の取得上限表示に、コーヒーは疑問に感じながら再び奥を目指して進んでいく。

やがて、突き当たりらしき部屋に到達する。

 

「なんか……如何にもって場所だよな……」

 

部屋は決して広くはないが、部屋の中央には祭壇が存在感を放っている。その祭壇を囲うように火が薄く着いている4つの灯籠が鎮座しており、祭壇の中心には奇妙な魔法陣が描かれている。

 

「これの定番は祭壇を調べることだよな……」

 

コーヒーはそう呟いて、祭壇へと近づく。

 

「ビンゴ。祭壇の台座に何か書いてあるな。何々……『灯籠に銀の虫の羽を捧げよ。さすれば道は拓かれん』……これって《銀飛蝗の羽》のことだよな?」

 

コーヒーは結論を導くと、祭壇から離れて灯籠の一つに向かう。

そのまま灯籠に触れると、コーヒーの前に青い画面が現れた。

 

『《銀飛蝗の羽》を100枚捧げますか?《Yes》/《No》』

 

どうやらコーヒーの推測は当たりのようである。

コーヒーは画面のYesのボタンを押し、《銀飛蝗の羽》100枚を灯籠に使用する。途端、弱々しかった灯籠の火が強い光を放ち始めた。

 

「ファンタジー感満載だな。何かこう……すっごいドキドキするな、うん」

 

如何にもゲームらしい展開にコーヒーは胸を踊らせ、口元を緩ませながら、残りの3つの灯籠にも《銀飛蝗の羽》を捧げていく。

 

「これで最後……っと!」

 

最後の灯籠に《銀飛蝗の羽》を捧げると、祭壇の魔法陣が銀色に輝き始め、無事に起動したことを知らせてくる。

 

「どう見ても転送陣だよな……向こうには何があるのか……念のために万全の体勢で突入するか」

 

コーヒーはMPポーションを使ってMPを全快にし、どのスキルも使用可能状態であることも確認していく。

 

「さて、行こうか……迸れ、蒼き雷霆(アームドブルー)

 

【名乗り】でステータスを強化しつつ、コーヒーは魔法陣に足を踏み入れ、その場から姿を消した。

 

「ここは……」

 

転送された場所はとにかく広い空間だった。

壁や地面のあちこちには水晶が顔を覗かせて、上を見上げれば壁と壁を繋ぐ足場が幾つもある。

 

「どう見てもボス部屋だ……」

 

部屋の作りからして、飛行系のモンスターではないか。そんな考えが頭を過った直後。

 

「ピリュオオオオオオオオオオッ!!」

 

そんな鳴き声が聞こえたかと思うと、上空から何かが飛び降りてくる。

飛び降りた衝撃で土煙が舞い、コーヒーは咄嗟に顔を覆う。

やがて、土煙が晴れるとそこにいたのは……

 

「……銀飛蝗、だな」

 

そう、道中散々見てきたあの銀飛蝗だった。

見た目はあの銀飛蝗だが問題はそこではない。

 

「……どこからどう見てもデカイ……よな」

 

そう、とにかくデカイのだ。

具体的には体長20メートルはあるんじゃないかという位、コーヒーを丸呑みに出来るのではないかという位、デカイのだ。

 

「もしかしてしなくても、銀飛蝗の親玉?」

「ピリュオオオオオオオオオオオオッ!!!」

 

冷や汗を流しながら顔が引き攣るコーヒーの言葉に、デカイ銀飛蝗は肯定するように雄叫びを上げるのだった。

 

 

 




銀飛蝗のモデルは分かる人には分かります
感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

銀飛蝗の親玉は移動要塞

てな訳でどうぞ


デカイ銀飛蝗が雄叫びを上げる。

それに応えるように、地面から銀飛蝗が這い出てくる。

それも10や20じゃない。数えるのが億劫になる数だ。

 

「ちょっ、流石にこれは洒落にならないだろ!?」

 

コーヒーは植物の如く地面から出てくる銀飛蝗の大群に猛烈に嫌な予感を覚え、【跳躍IX】で頭上の壁と壁を繋ぐ足場の一つに向かって飛び上がる。

足場に辿り着いた途端、地面から出てきた体長50センチの銀飛蝗の大群が一斉に銀羽を羽ばたかせて、コーヒーに一直線に向かってきた。

 

「こ、此方に来んな!!舞え!【雷旋華】!!」

 

視界を埋め尽くすんじゃないかという位の銀飛蝗の大群に、コーヒーは詠唱込みで【雷旋華】を放つ。

雷のドームに突撃した銀飛蝗達は、触れた途端に身体を光の粒子に変えていく。どうやらこの銀飛蝗は一撃で倒すことが出来るようだ。

 

だが、その数は尋常ではなく、【雷旋華】が終われば間違いなく銀飛蝗の津波に呑み込まれてしまう。

そのコーヒーの考えを裏付けるように、【雷旋華】が時間切れで消えた途端、突撃し続けていた銀飛蝗の大群がそのままコーヒーに迫り―――呑み込んだ。

 

「クソッ!!」

 

まるで喰われるかの如く、HPバーがガリガリと削られていくのを確認したコーヒーは、直ぐ様足場から飛び降りて銀飛蝗の津波から逃れる。

数秒呑まれただけでHPが半分、装備は装飾品以外はボロボロだ。

 

《疾風のゴーグル》以外は直ぐに【破壊成長】によって修復されていくが、銀飛蝗の大群はお構い無しとばかりにコーヒーに迫ってくる。

 

「【アンカーアロー】!弾けろ!【スパークスフィア】!弾けろ!【スパークスフィア】!弾けろ!【スパークスフィア】ァアッ!!」

 

コーヒーは修復されたクロスボウから【アンカーアロー】を放ち、足場の一つに着弾。続いて【スパークスフィア】の連発。

流石に【口上強化】を施す暇がない為、MP消費を抑える為の【詠唱II】だけで放ち、3つの雷球で銀飛蝗の津波を吹き飛ばした。

 

その結果を確認することなく、コーヒーはさっきとは別の足場に着地。ポーションを使ってすぐにHPを回復。

回復が済んだコーヒーは直ぐ様クロスボウを眼下のデカイ銀飛蝗に向けた。

 

「【閃雷】!!」

 

コーヒーは【閃雷】を使用。デカイ銀飛蝗の背中に向かって弾速に迫る矢を放つ。

その場から動かなかったデカイ銀飛蝗は避ける動作もしなかった為、背中に矢が突き刺さった。HPバーの減少は全体の10分の1だ。

 

「よし!このまま―――」

 

HPは少ないと分かったコーヒーは、直ぐ様次の矢を放とうとした瞬間、デカイ銀飛蝗が行動を起こした。

 

「ピリュオオオオオオオオオオオオッ!!!」

 

デカイ銀飛蝗が雄叫びを上げたかと思うと、その銀色の身体が光を放ち始め、より一層銀色に輝き出す。同時に例の銀飛蝗達が地面から先程よりも倍近い数が這い出てくる。

 

「迸れ!蒼き雷霆(アームドブルー)!!放つは猛虎 その剛健で吹き飛ばせ―――【パワーブラスト】!!」

 

これ以上不利となる前に、【名乗り】でステータスを強化し直し、【口上強化】で強化した高威力の一撃【パワーブラスト】を放つ。

黄色いエフェクトに包まれた矢は寸分違わずデカイ銀飛蝗に迫り―――

 

カン!

 

「…………え?」

 

弾かれた。

見間違えることなく、弾かれた。HPバーもそれを裏付けるように1ミリも減少していない。

 

「まさか……防御貫通無効能力持ちか?」

 

コーヒーの攻撃は【無防の撃】で本来は防御を無視してダメージを与えられる。

その攻撃が通らないという事は……防御貫通攻撃を無効にする能力を持っているとしか考えられない。

しかもダメージ0。これはあの時の麒麟以上に厄介である。

 

そんなコーヒーの眼下で、デカイ銀飛蝗の周りから這い出てきていた銀飛蝗の何体かが光の粒子となって、デカイ銀飛蝗の口に吸い込まれていく。

デカイ銀飛蝗が光の粒子を吸い込み終え、咀嚼するように顎を動かすと、HPが回復し始めた。

 

「…………へ?」

 

目が点となるコーヒーを他所に、デカイ銀飛蝗のHPバーが回復し―――満タンになった。

 

「……フッ」

 

コーヒーは口元に笑みを浮かべて一言。

 

「―――メイプルゥウウウウウウウウウウウウウッ!!!」

 

コーヒーはここにいない、天然移動要塞に向かって絶叫する。

このデカイ銀飛蝗、どう見てもメイプルを参考にして作っている。

低いHP、防御無視が無効になった時の頑丈さ、配下のモンスターを食べることによるHP回復。

 

まんまメイプルである。

違いがあるとしたら、攻撃手段が毒ではなく配下である小さめの銀飛蝗。それも数えるのが億劫な程の大群。

しかも、HPより装備品にダメージを与える攻撃だ。

 

普通のプレイヤーであれば、装備品を失って敗北である。

そんな頭を抱えたいコーヒーに群がるように、再び地面から出てきた銀飛蝗達は光を放ちながら銀羽を羽ばたかせて迫ってくる。

 

「舞え!【雷旋華】!放つは轟雷 形作るは天の宝玉 仇なす者に雷球を落とさん―――弾けろ!【スパークスフィア】!!」

 

【雷旋華】よる防御からの【口上強化】と【詠唱】による【スパークスフィア】で群がる銀飛蝗の津波を何とか凌ごうとする。

だが、今度の銀飛蝗の群れは雷撃を突き破って迫ってきていた。

 

「嘘だろオイ!?」

 

防御と攻撃を突き破ってきた銀飛蝗の群れに、コーヒーは本気で焦りの声を上げる。

直ぐ様【雷旋華】を解除し、【壁走り】、【跳躍】、【アンカーアロー】を駆使して銀飛蝗の群れから逃れようとする。

 

壁を走り、壁を蹴り、アンカーでターザン―――

あの手この手で銀飛蝗の群れの追跡を逃れようとするも、銀飛蝗の群れは執拗にコーヒーの後を追いかけてくる。

 

「チクショウ!!本当にキツすぎる!!迸れ!蒼き雷霆(アームドブルー)!!」

 

コーヒーは吐き捨てながらも、ステータスを強化し直しつつ必死に銀飛蝗の群れから逃れようと壁と足場を駆使して走り続ける。

幸い、銀飛蝗の群れは賢くないのか、周りこんだり進路を塞ぐように動かないから何とか逃げ切れている。

 

だが、銀光に輝く銀飛蝗達にはこちらの攻撃がまったく効かないのだ。打開策も浮かんでこない。

もういっそのこと、負けてリスボーンすべきか……

そんな思考が過った直後、銀飛蝗の群れから光が消えていった。

 

「!?まさか……弾けろ!【スパークスフィア】!!」

 

銀飛蝗の群れから銀光が消えたことで、コーヒーはもしやと思い、【スパークスフィア】を放つ。

着弾。放電。

炸裂した【スパークスフィア】は銀飛蝗の群れを瞬く間に光の粒子へと変えていく。

 

「どうやら貫通無効は身体が光っている時だけのようだな……舞え!【雷旋華】!!」

 

今なら攻撃が通じると判断したコーヒーは【雷旋華】で銀飛蝗の群れの進行を防いでいく。

 

「放つは轟雷 形作るは天の宝玉 仇なす者に雷球を落とさん―――弾けろ!【スパークスフィア】!!」

 

【口上強化】で強化し、【詠唱】でMPを抑えた【スパークスフィア】で銀飛蝗の群れを一気に吹き飛ばす。

 

そこでコーヒーは見てしまった。

あのデカイ銀飛蝗が、光こそ失っているが、コーヒーが倒した銀飛蝗の光の粒子を口に吸い込んでいる光景を。

そして、新たな銀飛蝗達が地中から顔を覗かせている光景を。

 

「長期戦は圧倒的に不利……なら、ここで勝負を仕掛けるしかない!!」

 

コーヒーはここで切り札を切って勝負すべきと判断し、飛び降りながらMPポーションを使ってMPを回復していく。

 

「連なるは魔弓の演舞 その繋がりを以て射抜き続けん―――【チェイントリガー】!!」

 

零距離だと被ダメージが三倍、同じ箇所に当て続けると与ダメージが最大300%増加するスキル【チェイントリガー】を発動する。

 

「我が技量で矢を放ち続けん―――【連射】!!」

 

デカイ銀飛蝗の背中に飛びついたコーヒーはクロスボウの先端を突き付け、【連射VI】でデカイ銀飛蝗に矢を次々と撃ち込んでいく。

 

「ピリュオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」

 

当然、デカイ銀飛蝗は雄叫びを上げ、自身の身体から銀色の光を放ち、3分の1となったHPバーの減少はそこで止まる。

 

「唸るは雷鳴 昂るは信念の灯火 雷鐘響かせ威厳を示さん―――瞬け!【ヴォルテックチャージ】!!」

 

コーヒーはお構い無しとばかりに、【ヴォルテックチャージ】を使う。

これで、次の同系統の魔法は凡そ3倍。【チェイントリガー】で与ダメージは300%増加。

コーヒーはさらに、高価なポーションを使ってMPを完全回復。

次の一撃で、全てを賭ける。

 

「掲げるは森羅万象を貫く威信―――」

 

コーヒーは口上を告げる。地中から出てきた銀飛蝗は身体を光らせ、羽を羽ばたかせてコーヒーに迫っていく。

 

「我が得物に宿るは天に座す鳴神の宝剣―――」

 

コーヒーの持つクロスボウが蒼い輝きを放ち始める。同時にクロスボウにヒビが走っていく。

 

「神雷極致の栄光を現世へ―――!」

 

コーヒーの身体が銀飛蝗の群れに呑まれる。HPが削られ、装備品がボロボロになっていくが、コーヒーは構わずに最後の言葉を声高に発する。

 

「集え!【グロリアスセイバー】!!!」

 

コーヒーがスキル名を告げた途端、デカイ銀飛蝗の身体が見るものを魅了せるほど美しい形状をした雷の剣に貫かれる。

 

「ピリュオオオオオオオオオオオオオオ―――ッ!?」

 

咆哮。絶叫。

そして―――爆発。

 

その爆発でコーヒーはデカイ銀飛蝗の背中から吹き飛ばされる。

同時に、コーヒーに群がっていた銀飛蝗達もその衝撃によって吹き飛ばされる。

コーヒーはその衝撃でろくに受け身も取れず、そのまま地面を滑っていく。

 

壁に打ち付けられる直前で止まったコーヒーの状態は、HPは一桁、装備品は装飾品以外はボロボロだ。

特に《疾風のゴーグル》は耐久値が0になったのか、光の粒子となって消えていく。

コーヒーは身体をふらつかせながらも立ち上がり、デカイ銀飛蝗がいる筈の土煙が上がっている場所を見つめる。

 

これで無事なら……素直に負けを認めるしかない。

そして、土煙が晴れた結果は―――光の粒子となって消えていっているデカイ銀飛蝗だった。

それに呼応するように、周りの銀飛蝗も光の粒子となって消えていっている。

 

「……勝った、のか?」

 

目の前の光景にコーヒー呟き、やがて勝利したと確信すると崩れ落ちるようにその場に座り込んだ。

 

「勝てたかぁ~………切り札が通用して、本当に良かった~……」

 

コーヒーは安堵の息を吐いて、修復されていくクロスボウを見つめる。

【グロリアスセイバー】。

【雷帝麒麟】が内包している魔法の中で、自身の武器を犠牲として発動する最強と呼べる魔法だ。

 

その威力、効果、攻撃範囲は消費したMPの量、装備している武器に依存する。

犠牲となった武器は破壊されてしまうのだが、【破壊成長】のお陰でそのリスクは0で使うことが出来る。だが、使えるのは一日1回。そう安易には使えない魔法だ。

 

だが、今回のデカイ銀飛蝗はまともな方法ではダメージを与えられない為、最大威力が発揮できる状態でコーヒーはこの魔法を使ったのである。

普通ならオーバーキルだろうが、あのデカイ銀飛蝗のVITがどれだけ高いか分からない為、加減などする訳にはいかなかった。

 

そんなコーヒーの目の前で、地面の一部がスライドし、そこから地下へ続く階段が顔を覗かせていく。

地下への階段が完全に顔を覗かせると、コーヒーはフラフラとした足取りで地下へ続く階段を降りていく。

階段を歩いて五分後、コーヒーは宝箱が鎮座している比較的小さな部屋へと辿り着いた。

 

「これでメダルがなかったら……泣く」

 

コーヒーはそう呟いて宝箱を開けると、中には銀のメダル4枚と巻物1つが入っていた。

 

「メダルはともかく……巻物はスキル……だよな?」

 

メダル4枚と巻物を回収したコーヒーは、宝箱の後ろに展開されている魔法陣に目を向ける。

この魔法陣はほぼ間違いなく、外へと繋がっているだろうが……

 

「……できれば、戦闘は勘弁してほしいなぁ……」

 

コーヒーはそう呟きながら、魔法陣の中に入り、その場から消えるのであった。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

―――運営の管理部屋では。

 

「銀群飛蝗が倒されたぁああああああああああああああ―――ッ!!」

「え!?あの銀群飛蝗が!?」

「嘘だろ!?VITがくそ高く、初期装備でさえボロボロにしちゃうほど、装備破壊能力を重視した配下の小銀飛蝗のポップ数を異常なまでに高く設定した、あの銀群飛蝗が!?」

「銀翼と海皇に続く、俺達の悪意の結晶のアイツが!?」

「ぶっちゃけ、メイプルを参考にして作ったアイツが!?」

「そもそも、ゲーム内時間はまだ一日目の筈だろ!?」

「一体誰が銀群飛蝗を倒したんだ!?」

「CFだ!!」

「CF……コーヒーの事かよ!?前回イベント二位の!」

「確かにCFの持つスキルなら、銀群飛蝗を倒すことは不可能ではないが……!?」

「俺……このところ、コーヒーを見ると胃が痛くなるんだ」

「俺なんて、毎朝飲んでいたコーヒーが飲めなくなってきたんだ……」

「はっ!やべぇぞ!?例のレアスキルの巻物をCFに持っていかれたんじゃないのか!?」

「あのスキルは使い方が難しいが、使いこなせれば相当強力なんだぞ!?」

「待て!こう考えるんだ!あのレアスキルがメイプルに渡らずに済んだと!」

「そうだな!メイプルがあのスキルを手に入れていたら、本当に最悪だったな!!」

「そうだ!そう考えよう!!」

 

 

 




感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幽霊の森

てな訳でどうぞ


魔法陣からコーヒーの姿が現れる。

コーヒーは疲れきった頭を働かせて周囲を確認していく。

 

「ここは……森の中なのか……」

 

周りは光を通さない程に鬱蒼とした森で、辺りはとても薄暗く藪も多い。

どう見ても、モンスターの奇襲に向いた地形である。

 

「よりによって面倒な場所に転移かよ……今日はもう休みたい……」

 

デカイ銀飛蝗の戦闘で精神的にもかなり疲弊しているコーヒーは、少しでも安全地帯を確保して休みたい一心だった。

コーヒーは重い足取りで森の中を進み始めていく。

 

道中はオカルト系のモンスターが襲撃してきたが、【スパークスフィア】でブッパした。

そして30分後、コーヒーはボロボロの廃屋を見つけた。

 

「ボロボロの建物か……今日はここで休むか……」

 

コーヒーは一応は警戒しながら、ボロボロの廃屋の中に入っていく。

ボロボロのテーブルと、同じくボロボロの椅子。

 

テーブルの下に敷かれた薄汚れた絨毯に、古びた箪笥。

古びた箪笥の中は空っぽ。殆ど何もない部屋だ。

 

「ここなら、潜伏場所としては丁度いいな……」

 

さっさと休みたいコーヒーは箪笥をちょっと動かし、箪笥の陰に隠れられるようにする。

 

「一応、手に入れた巻物を確認しておくか……」

 

コーヒーはインベントリから例の巻物を取り出し、確認する為に巻物を開く。

 

ピロリン♪

『スキル【クラスタービット】を取得しました』

 

「……あ」

 

間違って取得してしまい、巻物は役目を終えたように光の粒子となって消えていく。

本当に頭が働いていないとコーヒーは痛感しつつも、誤って取得したスキルの詳細を改めて確認することにする。

 

 

===============

【クラスタービット】

MPを500消費して、宙に浮く光の結晶を形成する。光の結晶の形状は自在に変更可能。

ステータスは【HP100 MP0 STR50 VIT1200 AGI0 DEX0 INT0】。

内包スキルは【メタルコート】【ブレイクウェイブ】【オートカバー】【孤軍奮闘】【スピードシェア】。

上記のスキルそのものは、このスキルの所有者に反映されない。

形成された光の結晶は所有者を中心とした半径25メートル内で任意に動かせる。

HPが0になると光の結晶は全て消失する。

使用回数は一日2回。

口上:群れなすは光の結晶 暁を照らす光は我が従者 此処に顕現し我が守手となれ

===============

 

 

「これは……《黒雷のカーゴパンツ》のスキルスロットに付与だな」

 

流石にMP500消費はキツすぎる。第一、圧倒的に不足している。

それなら、スキルスロットの効果を利用して使うしか道がない。

そう結論付けたコーヒーは、続いて【クラスタービット】に内包されているスキルを確認していく。

 

 

===============

【メタルコート】

即死・防御貫通・状態異常攻撃を無効にする。

===============

 

===============

【ブレイクウェイブ】

STRが90%減少する代わりに装備品への与ダメージが10倍となる。

===============

 

===============

【オートカバー】

常に【カバー】が発動する。

===============

 

===============

【孤軍奮闘】

被ダメージが40%減少。

パーティーメンバーの支援を受けられず、パーティーメンバーにも攻撃が通るようになる。

===============

 

===============

【スピードシェア】

互いのAGIを共有し、高い方のAGIを互いのステータスに反映させる。

===============

 

 

「……おおう。なんつう凶悪なスキルだ」

 

【クラスタービット】は装備品ではなく、どちらかと言うとモンスター扱いなのだろう。ステータスを見る限り、VITが滅茶苦茶高い。

そして、【メタルコート】で即死、貫通、状態異常が一切効かないときた。盾としては凶悪過ぎる機能だ。

 

その分、HPが低めだが、それを補って余りある性能だ。

しかも【オートカバー】により、防御は基本自動で行ってくれる。

攻撃は主に装備破壊を主軸に置いているようだ。

 

【孤軍奮闘】は、はっきり言ってデメリットが大きいスキルだ。こちらに反映されないだけマシかもしれないが、このスキルでの攻撃は、味方を巻き込んでしまう危険性がある。早い話、フレンドリーファイヤを起こしてしまいかねない。

 

【スピードシェア】は、所有者の速度に着いていけるようにするためのものだろう。所有者に置いていかれるようでは意味がないと判断したのかもしれない。

 

「先ずはスキルスロットに付与して……【クラスタービット】」

 

《黒雷のカーゴパンツ》のスキルスロットに付与して早々に、コーヒーは【クラスタービット】を発動する。

途端、コーヒーの目の前に大盾4つ分のサイズはある蒼銀に輝く光の結晶が現れた。

 

「これが【クラスタービット】の基本状態か……?形が自由自在に変えられると記載さてはいたが……取り敢えずイメージすればいいのか?」

 

コーヒーは一先ず、蒼銀の光の結晶に両刃の片手剣のイメージを向ける。すると、蒼銀の結晶は一度光の粒子になると、コーヒーがイメージした通りの形状の剣に形を変えた。

 

「おお!結構面白いな、これ!」

 

コーヒーは疲れが吹き飛んだように、光の結晶を斧、槍、机や椅子等、様々な形に次から次へと変えていく。

 

「基本的に形状はイメージしたもので固定されるのか……それなら」

 

コーヒーは妙案を思い付いたのか、寝袋を出して箪笥の陰に隠れる。

そこから【クラスタービット】を棺桶のイメージを投射して、自身の周りへと形成させる。

 

「思った通りだ。これを使えば安心して休むことが出来る。通気口もあるから窒息する心配もない……じゃ、お休み」

 

周囲の警戒をする必要がなくなったコーヒーは、そのままぐっすりと眠っていくのであった。

 

…………

……………………

 

……カン、カン、カン

 

「……んむぅ……煩い……」

 

硬質な音が前触れなく響き、眠りを妨げられる。

 

「モンスターか……?なら、追い払う……」

 

例の銀飛蝗の津波をイメージしてモンスターに攻撃。再び棺桶をイメージして元通り。

これでモンスターは逃げただろうな……zzz……

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

「これ、何だろうね?サリー」

「うーん……HPバーがあるから破壊可能だとは思うんだけど……防御貫通スキルを使ってもまったく減ってないわね」

 

廃屋に訪れたメイプルとサリーは、箪笥の陰にあった蒼銀の光を放つ硬質な棺桶に揃って首を傾げていた。

 

「【悪食】で破壊できるかな?」

「……そうね。正直もったいない気もするけど、それ以外にこの異質な棺桶を破壊する手段がないものね」

 

メイプルの提案に、サリーは仕方ないといった感じで頷き、メイプルが黒い大盾を装備した直後。

 

「―――ッ!?メイプル!」

「へ?うわわ!?」

 

突如、その棺桶からまるで突き破るように蒼銀の飛蝗が大量に飛び出てきた。

サリーは咄嗟に飛び下がって難を逃れたが、メイプルは見事に蒼銀の飛蝗の津波に呑み込まれる。

それでも、メイプルの防御力と【悪食】なら大丈夫……サリーはそう思っていたがその予想は裏切られることになる。

 

「……え?」

 

蒼銀の飛蝗が棺桶に戻り、津波が消えた先にいたメイプルは装備がボロボロ。HPバーも半分以上減少していたのだ。

その事実にサリーは一瞬呆けるも、すぐに我に返ってメイプルに急いで駆け寄っていく。

 

「メイプル!?メイプル!?」

「うきゅ~~……はっ!?」

 

メイプルはスタンを受けて目を回していたが、すぐに意識を取り戻した。

 

「メイプル、大丈夫?」

「サリー……うん、何とか大丈夫だよ。けど、今ので【悪食】が全部無くなっちゃった」

 

心配そうにするサリーに、メイプルは申し訳なさそうに謝る。

メイプルの装備は【破壊成長】ですぐに元通りとなるが、【悪食】はさっきので発動してしまい、蒼銀の飛蝗は一匹ずつしか食えなかった為、今日の分が一気に無くなってしまったのだ。

 

「そう……そうなるとまずいわね。あの棺桶のHPバーは【悪食】で幾ばくか減ったけど、私達の攻撃は基本通らないし、もし今みたいに襲い掛かってきたら……」

「うーん……どうなんだろ?さっきのはまるで追い払う感じだったし、手を出さなかったら大丈夫じゃないかな?」

 

メイプルの考えに、サリーは極めて冷静に思案する。

さっきの攻撃は凶悪だったが追撃はしてこなかった。この狭い場所で、さっきの蒼銀の飛蝗が囲うように襲い掛かってきたら、自分達は間違いなく殺られていた。

 

だが、あの棺桶はそれをやらずに津波一回で済ませたのだ。メイプルの言う通り、こちらから攻撃しなければ仕掛けてこない可能性は十分にある。

 

「でも、サリーの言い分にも一理あるし、ここから―――」

「わかったわメイプル。あれには一切手出ししない方向で此処にいましょ」

 

サリーは有無を言わさない雰囲気でメイプルの考えを採用した。

外は骸骨、人魂、ゾンビ……オカルト系のモンスターがうじゃうじゃいるのだ。

 

サリーにとってはまさに地獄。そんな地獄に足を踏み入れるくらいなら、あの奇妙な棺桶がある部屋で大人しくしていた方が遥かにマシである。

こうして、サリーは断腸の思いでこの廃屋に居座ることを決めた。

 

「そういえば、棺桶から何か聞こえた気が―――」

「言わなくていいから!!」

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

…………

……………………

 

「わあああああああああああああああっ!!!」

 

ガタンッ!

 

「……んあ?」

 

突然襲ってきた揺れと大声に、コーヒーの意識が目覚めていく。

 

「で、ででで出た!!テーブルに!テーブルにぃ!!」

 

ガタガタと棺桶が揺れて、聞き慣れた人物の大声が耳に届いてくる。

 

「白峯……いや、サリーの声か……?念のために解除して確認するか……」

 

ゲーム内であることをぼんやりと思い出しつつ、棺桶の外の様子を確認するためにコーヒーは【クラスタービット】を解除する。

 

「ひぎゃああああああああああッ!?」

 

解除して早々、耳を吹き飛ばすんじゃないかと言うくらいの絶叫がコーヒーの耳に叩き込まれた。

 

「棺桶が!棺桶が急に消え!?」

「ギャーギャーうるさい!!耳にキンキン響くだろ!?」

 

サリーの叫び声に、意識が強制的に覚醒させられたコーヒーは、メイプルにしがみついているサリーの声に負けないように抗議の声を上げる。

そこでサリーは気づいたのか、目をパチクリとさせ、呆けた表情でコーヒーを見つめた。

 

「……CF?何であんたがここに……?」

「ここで寝てたに決まってるだろ。そっちも休憩目的でここで寝泊まりしてたんだろ?」

「う、うん……」

 

コーヒーの自身の事情を説明しながらの質問に、サリーはブルブルと体を震わせたままコクリと頷く。

 

「……うにゃ……あれ?コーヒーくん?どうしてここに?」

「お前は図太いな、メイプル」

 

メイプルの図太さにコーヒーは呆れつつも、ここで寝ていたことを改めて説明した。

 

「ところで、あの棺桶はなんだったのよ?」

「新しく獲得したスキルだ。それを利用して、安全に寝られるようにしてた」

「……そのスキルは自動で反撃してくるの?」

「?いや、そんな機能はないぞ。どうしてそんなことを聞くんだ?」

「えーと……実はコーヒーくんが寝ている棺桶を攻撃して、それで飛蝗さん達が出てきて襲いかかったから……」

「あ、あれモンスターじゃなかったのか」

「せめて確認しなさいよ!?」

 

コーヒーの呟きにサリーがツッコミを入れる。

 

「そういえば、さっきからテーブルの下で呻き声のような低い声が聞こえてくるな?」

「ひぃっ!」

 

コーヒーの言葉に、サリーが思い出したように体を寝袋にくるんで縮こまらせる。

 

「なあ、メイプル。サリーはひょっとして……」

「ご想像の通りです」

 

どうやらサリーはお化けの類が駄目のようだ。

コーヒーが低い声の発生源らしき床のテーブルと絨毯を除けると、そこには切れ込みが入った、取っ手付きの床があった。

コーヒーが取っ手に手を掛けて引っ張ると、床は簡単に開き、地下へ続く階段があった。

 

「地下への通路……かな?」

「階段もあるしそうだろ。じゃあ、三人でいくか」

「え?私も行くの?」

 

サリーが信じられないといった感じでコーヒーの顔を見る。コーヒーは少し溜め息を吐いて告げる。

 

「ここで一人残りたいなら別にいいが、一人の時に何か現れたら」

「行きます。メイプルとCFと一緒に付いていきます」

 

サリーはピッタリとメイプルに引っ付いて着いていくことを決める。

本当に、お化け関連は駄目なようである。

 

ある意味、戦力外となったサリーを連れて、コーヒーとメイプルは階段を下りていく。

階段を下りるごとに声は大きくなっており、下り終えた先には古びた扉があった。

 

「……鍵はかかっていないな。開けるぞ」

「う、うん」

「おっけー。どーんと来い!」

 

コーヒーが扉を開け、メイプルが先陣で部屋に入っていく。

サリー?今はコーヒーの背中にしがみついてますが?

古びた扉の向こうの部屋は、蝋燭が大量に地面に置かれている。

 

「痛い……痛い……」

 

その中央には、血塗れのままで椅子に括りつけられた男性がいた。

 

「見た限りNPCだな。どうする?」

「んー……痛いって言ってるし……治してあげたいなぁ……」

「私【ヒール】あるけど?やってみる?」

「うん、お願い!」

 

方針が決まり、サリーが【ヒール】を男性にかけていく。

男性の傷は深いようで、全快させるのにMPポーション二本使うことになった。

 

「あり……がとう……」

 

傷が治った男性はお礼を告げて、成仏した。椅子の上には指輪がある。

指輪はHP+100でメイプル向けの装備だった為、メイプルが持つことになった。

 

「この森のイベントってこれだけかなぁ……?」

「んー、どうなんだろう?時間帯が影響しそうだし……数日はかけないと正確にはわからないわね」

「じゃあ、俺は二日目はここを探索するわ。正直、ボスモンスターは暫く遠慮したい」

「ん?CFは一人でボスと戦ったの?」

 

サリーの質問に、コーヒーは初日で戦ったデカイ銀飛蝗との戦いを語っていく。

 

「それ、今の私とメイプルじゃ勝てないわね。【悪食】も下手したら攻撃用の銀飛蝗に使い切らされそうだし」

「あはは……」

 

話を聞いたメイプルとサリーの感想がこれである。

その後の就寝は、コーヒーを含めた三人の交代制で取ることとなった。

 

「寝ている間に変なことをするんじゃないわよ?」

「するか!」

 

二日目。

コーヒーはメイプルとサリーと別れて、このお化けの森の探索を開始するのであった。

 

 

 




感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

森の探索

てな訳でどうぞ


「さてと……この森を調べるとするか」

 

メイプルとサリーと別れたコーヒーは、背筋を伸ばして周囲を見渡していく。

この時間帯にはオカルト系モンスターが出ないのか、不気味な程にひっそりとしていた。

朝もいたらサリーにとっては地獄であったが。

 

「ついでに……群れなすは光の結晶 暁を照らす光は我が従者 此処に顕現し我が守手となれ―――【クラスタービット】」

 

コーヒーは昨日手に入れたスキル【クラスタービット】を【口上強化】を使って発動する。

コーヒーの目の前に現れたのは……棺桶だった。

 

「……形状は最後に自分のイメージしたもので固定されるんだな」

 

コーヒーは思わず苦笑いしながら、【クラスタービット】の基本形状をどうしようかと考える。

 

「……そうだ」

 

コーヒーは思いついたように【クラスタービット】の形状をイメージする。

棺桶だった光の結晶は一瞬で光の粒子となり、次いで形を整え始めていく。

数秒で出来上がったのは、コーヒーの背中に翼のように展開された6本の両刃の剣と、尾のように配置された片刃の剣であった。

 

「おお、まさにイメージ通りだな。しかも、此方の方が格好良いな。うん」

 

コーヒーは自画自賛してウンウンと頷く。これが厨二病患者呼ばれる原因の一端であることにも気付きもせずに。

 

「さて、改めて探索を始めるとするか」

 

7本の剣を背中の後ろに携えたコーヒーはこの森の探索を始めていく。

最初に足を踏み入れた時とは違い、出現するモンスターは狼や猿、鴉等の至って普通のモンスターが出てくる。

 

「うーん……この森は夜の探索がメインなのか?だとしたら……お?」

 

コーヒーは木の上にいた猿型モンスターが手に持つものを【遠見】を使って確認する。

猿型のモンスターが持っていたそれは、銀のメダルだった。

 

「モンスターが直接銀のメダルを持っているのか。こりゃラッキーだ」

 

コーヒーは不敵に笑いながら、その猿型のモンスターにクロスボウを構える。

猿型のモンスターはコーヒーが狙っていることに気づいたのか、俊敏な動作で木からへ飛び移って逃げ始めていく。

 

「迸れ、蒼き雷霆(アームドブルー)。閃け雷光 天地を翔て彼方を撃ち抜け―――【閃雷】」

 

お馴染みとなった【名乗り】でステータスを強化して、【口上強化】した【閃雷】を放つ。

《疾風のゴーグル》を喪った為、AGIが下がってはいるが、それでも十分に弾速に達している矢は猿の後頭部に突き刺さった。

 

【閃雷】を食らった猿は体を痺れさせて木の上から落ちていく。コーヒーは落ちていく猿に狙いを定めて引き金を引く。

落下地点と交差するように放たれた矢は、今度は猿の腹に突き刺さり、猿は光の粒子となって消えていった。

 

「よし!メダル……む?」

 

ガッツポーズを仕掛けたコーヒーだが、すぐにその目が鋭くなる。

理由は簡単。コーヒーと同じくこの森を探索していたらしい三人のプレイヤーの一人が、そのメダルを拾ったからだ。

 

「人の戦利品を横取りとは、いい度胸だな……」

 

コーヒーはギラギラと眼を光らせ、そのプレイヤー達を確認していく。

プレイヤーは三人とも男。武器は弓、剣、槍という比較的バランスの良いパーティーだ。

 

「纏うは迅雷 刻むは万里を描く軌跡 金色の雷獣となりて駆け抜けん―――迅れ、【ライトニングアクセル】!」

 

【口上強化】と【詠唱】を使った【ライトニングアクセル】で、コーヒーは一直線にそのパーティーに向かって走っていく。

同時に、【クラスタービット】を攻撃体勢にし飛蝗の津波を先に放っていく。

 

「な、なんだあれは!?」

「うわぁああああああっ!?」

 

突然の蒼銀の飛蝗の津波に、三人はなすすべなく呑み込まれる。津波が通り過ぎると、三人の装備は決して無視できない程、ボロボロとなっていた。HPも少ないながらも減少している。

 

「猛るは雷光 煌めく蒼雷の一閃 その雷刃を以て敵を切り裂け―――断ち切れ!【ボルテックスラッシュ】!!」

 

そんな三人にコーヒーは容赦なく【ボルテックスラッシュ】を辻切りのように一閃させる。

一刀両断。

そんな言葉が思い浮かぶ程、雷の刃は三人のプレイヤーを切り裂いた。

 

「弾けろ!【スパークスフィア】ッ!!」

 

止めと言わんばかりに【スパークスフィア】が叩き込まれ、三人のプレイヤーはろくな抵抗も出来ずにその場から消えていくのであった。

 

「不意討ちとはいえ、あんまり手応えがなかったな……というか、あの三人。本当にパーティーだったのか?」

 

猿が持ってたメダルを如何にも女好きそうな金髪プレイヤーが拾った際、弓使いのプレイヤーが抗議するように詰め寄っていたり、一匹狼の感じの剣士は我関せずそうであったりと、その場で居合わせた感が満載だった。

 

「ま、これでメダルも五枚だし……探索を再開するか」

 

その辺りの思考をあっさりと放棄し、コーヒーは森の中を再び探索していく。

―――四時間後。

 

「……何もない」

 

あれからモンスターを討伐しつつ森の中を探索し続けていたが、メダルもダンジョンも見つからない。

 

「もしかして、夜限定でイベントフラグが立つのか?」

 

オカルト系モンスターが出てきていた辺り、このエリアの本命は夜でなければ出てこない可能性が高い。

 

「はあ……どうしようか?」

 

探索を続けるか、見切りをつけて別の場所に向かうべきか。

真剣に検討していると、コーヒーから見て右側の森が急に濃霧に包まれ始めた。

 

「……言ってる側から変化が現れたな。このタイミングで濃霧が立ち込めるという事は……間違いなくこの濃霧の向こうに何かがあるな」

 

コーヒーは不敵な笑みを浮かべながら、その濃霧に迷わず足を踏み入れていく。

濃霧の中は本当に濃く、先が全く見えない。

感知系スキルをフルに使い、モンスターの不意討ちに警戒しながら進んでいく。

 

やがて、濃霧の向こうで薄っらとした陰が見え始める。

コーヒーはその陰に注視しながら、慎重にその陰に向かって進んでいく。

ようやく視認出来るまでに近づくと、それは見上げる程の大樹だった。しかも、幹には地下へと続く空洞がある。

 

「さて……今回も鬼が出るか蛇が出るか……」

 

明らかなダンジョンの入口に、コーヒーは警戒しながら中へと入っていった。

 

「……本当に変な場所だな」

 

ダンジョンに入って30分。コーヒーはぐるりと通路を見渡す。

最初は人一人分しか通れなかった通路は、奥に進むほどに大きくなっていき、今ではあのデカイ銀飛蝗が余裕で通れるほど広々としている。

 

それだけではない。通路の途中から、壁や天井、地面にまで鏡がそこらかしこに埋まっているのだ。まるでホラー映画のような不気味さを放っており、正直気味が悪い。

 

もしサリーがいたら、絶対ビクビクしていただろう。だって、オカルト系のモンスターが突然出てきても全く違和感がないのだから。

だが、このダンジョンは分岐もなく一直線。モンスターの一匹も出てこない。あまりにも不自然する状況だ。

 

「モンスターも全然出てこないし……物凄く嫌な予感がするんだが」

 

コーヒーはじわじわと沸き上がってくる予感を感じながら、奥へと向かって歩き続けていく。

 

「にしても……本当に鏡が多いな。この鏡に一体何の意味が……」

 

コーヒーが訝しげに壁に埋まっている鏡の一枚を覗き込む。そこに写るのは髪と目の色を変えた自分の顔。

その顔が、自身が笑っていないにも関わらず―――ニヤリと笑った。

 

「うおおおおっ!?」

 

突然の不意討ちに、コーヒーはすっ頓狂な声を上げて後ろへと下がる。

心臓をバクバクさせながら再び鏡を覗き込むも、そこには冷や汗を流した自分の顔しか写っていない。

 

「本当に質が悪いぞ……サリーなら完全に腰を抜かしていたな」

 

何とか気持ちを持ち直したコーヒーは、再び鏡が散乱する通路を進んでいく。

やがて、その永遠と続くんじゃないかと思える通路も不気味な存在感を放つ扉が現れたことで終わりを告げる。

 

「またボスモンスターか……昨日の今日だから、本当に勘弁して欲しいよ……」

 

流れからしてボスモンスターとの戦いを予感したコーヒーは、うんざり気味に溜め息を吐きながら、両開きの扉を開く。

ギギギ……と固い音を響かせて開いた扉の先には、闘技場のような広い空間が広がっていた。中央には不気味な装飾が施された、全身を写す紫紺の色をした鏡が鎮座している。

 

「……これ、鏡からボスモンスターが出てくるやつだ」

 

何とも分かりやすい光景に、コーヒーは呆れたように呟く。

鏡から出てくるモンスターの定番は、悪魔やドッペルゲンガー等のオカルト系モンスターだ。

それなら、この場所にダンジョンがある理由も、通路に鏡がそこかしこにあった理由も説明がつく。

コーヒーは何とも言えない気分になりながら、不気味な紫紺の鏡に近づいていく。

 

アメジストを鏡に、縁を悪魔的な装飾にした、本当に気味が悪い鏡の正面でコーヒーは足を止める。

鏡に写っていたコーヒーは最初こそ同じ表情をしていたが、次第にニタァ……と口元を歪めていく。コーヒー本人は表情を変えていないにも関わらずだ。

 

「……ボスはドッペルゲンガーだったか」

 

コーヒーがそう呟くと同時に、不気味な鏡が一人でに粉々に砕け散る。鏡が砕け散った場所には、暗黒魔導師のような格好をした自分と同じ顔をした存在が宙に浮いて佇んでいた。

 

「……格好と装備が違う辺り、劣化コピーなのか?」

 

暗黒魔導師のような服装と、武器を持たず素手であるもう一人の自分に、コーヒーは呆れ気味にクロスボウを構える。

だが、その予想は直ぐ様裏切られる。

 

「【ミラーデバイス】―――弾けろ、【スパークスフィア】」

 

偽コーヒーがスキル名を告げた途端、偽コーヒーの左右に紫紺の鏡が突然現れる。

その鏡から、紫の雷球が幾つも飛び出て、コーヒーに向かって迫って来た。

 

「ッ!迸れ!蒼き雷霆(アームドブルー)!!」

 

明らかに自分とは違う攻撃方法に、コーヒーはステータスを強化し、偽コーヒーに向かって走りながら、紫の雷球をかわしていく。

 

「穿て!【サンダージャベリン】!!」

 

紫の雷球を全てかわし切ったタイミングで、コーヒーは【サンダージャベリン】を放つ。

放たれた雷槍は偽コーヒーに迫るも―――

 

「【クラスタービット】」

 

紫銀を放つ光の結晶で難なく防がれた。

 

「幻想せよ、【ミラージュロイド】」

 

偽コーヒーがそう告げると左右の鏡が回転し、鏡が偽コーヒーに姿を変える。

 

「「「潜れ、【地雷】」」」

 

三人の偽コーヒーがそう告げた直後、二人の偽コーヒーはパリンという音と共に砕け散る。コーヒーが何もしていないにも関わらずだ。

それより厄介なのは【地雷】だ。

 

【地雷】はコーヒーが持つ魔法の一つであり、半径10メートル以内の場所に強力なノックバック効果を持つ踏み込み式のマジックトラップを地面にセットする魔法だ。

それが偽コーヒーの周りに3つ。迂闊には踏み込めない。

そんなコーヒーの考えを他所に、紫銀の津波がコーヒー目掛けて迫って来る。

 

「防御!」

 

コーヒーは自身の【クラスタービット】を盾にして、偽コーヒーの【クラスタービット】の攻撃を防ぐ。

 

「解除ッ!【ソニックシューター】ッ!!」

 

偽コーヒーの攻撃が止んだ瞬間に、まだ使いなれないために言葉を発しながら【クラスタービット】を操作し、【ソニックシューター】で偽コーヒーの頭部を貫こうとする。

 

「【夢幻鏡】」

 

偽コーヒーがそう告げた直後、コーヒーの攻撃が偽コーヒーの頭部を貫く。

だが、頭を撃ち抜かれた偽コーヒーはそこから亀裂を迅らせ―――粉々に砕け散った。

 

「変わり身系のスキルか!?」

 

あれで倒せたとは全く思っていないコーヒーは、急いで偽コーヒーを探し始める。

そんなコーヒーの耳に、偽コーヒーの声が届いた。

 

「輝くは不屈の雷光 残響する雷吼は反逆の証 雷呀の鎖と為りて一切合切を打ち砕け―――迸れ、【リベリオンチェーン】」

 

その言葉に、コーヒーが急いで頭上を見上げる。

そこで目に写ったのは、足下の魔法陣から無数の紫の鎖を飛ばしてくる偽コーヒーの姿だった。

 

 

 

 




偽物の能力はヤツを参考にしました
お化けエリア+鏡=偽物はありだよネ!
感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

鏡との戦い

てな訳でどうぞ


上空から紫電の鎖が迫る。

同時に、数十個の紫銀の杭も鎖と共に迫ってくる。どちらもまともに喰らえば唯ではすまない。

 

「柔軟なる疾き風 剛健なる迅き雷 迅雷風烈の息吹となりて走破せよ―――【疾風迅雷】!!」

 

コーヒーは【クラスタービット】での全方位防御は視界を遮って逆に危険と判断し、【疾風迅雷】で加速して迫り来る【リベリオンチェーン】と【クラスタービット】から逃れていく。同時に自身の【クラスタービット】を地面のそこかしこを叩きまくり、偽コーヒーが仕掛けた【地雷】を誤爆させようとする。

 

【疾風迅雷】使用後のAGI低下は少々キツいが、デカイ銀飛蝗の時とは状況が違う為、ここで使用すべきと判断した。

だが、それが悪手となる。

 

「柔軟なる疾き風 剛健なる迅雷 迅雷風烈の息吹となりて走破せよ―――【疾風迅雷】」

 

偽コーヒーは仕掛けた【地雷】が誤爆させられた時点で【リベリオンチェーン】を解除。そのまま【疾風迅雷】を発動させてコーヒーと同じスピードで迫っていく。両手には、紫銀の片刃の剣が握られている。

 

「マジかよ!?」

 

【クラスタービット】の予想外の使い方に驚愕するコーヒーに構わず、偽コーヒーは両手の紫銀の剣を二本とも振り下ろす。

コーヒーは咄嗟にクロスボウを構えて受け止めるも、紫銀の双剣は容赦なくクロスボウを削り飛ばし、コーヒーを後ろへと吹き飛ばす。

 

「鏡は(とばり)の境界を取り払う―――【転鏡】」

 

偽コーヒーの姿が紫の鏡となってその場で一回転する。

するとその場から偽コーヒーだった紫の鏡は消え、偽コーヒーは先程吹き飛ばしたコーヒーの背後へと現れる。

 

「【ミラーデバイス】―――穿て、【サンダージャベリン】」

 

偽コーヒーは再び例の鏡を展開。今度は【サンダージャベリン】を放ってくる。

 

「防御!!」

 

コーヒーは回避は困難と判断し、迫り来る無数の雷槍を【クラスタービット】で個別に防いでいく。

 

「迸れ!蒼き雷霆(アームドブルー)!!閃け雷光 天地を翔て彼方を撃ち抜け―――【閃雷】!!」

 

【疾風迅雷】の効果が切れる前に、コーヒーはステータスを強化しな修復されたクロスボウで【閃雷】を放つ。

AGIが強化された状態で放った【閃雷】は目で全く追えない程の速さとなるが―――

 

「我が鏡は汝の写し身 放たれし光は汝へと強く反射する―――【万華鏡】」

 

偽コーヒーが左手を正面に掲げると、細かい小さな鏡が集合したような、宝石の原石とも取れる形状の紫の鏡を正面に出現させる。

その鏡に【閃雷】が当たった瞬間、コーヒーの左肩に矢が突き刺さった。

 

「グアッ!?」

 

スピード故の衝撃から、攻撃を受けたコーヒーは後ろへと仰け反りながら地面を転がっていく。

 

「迅れ、【ライトニグアクセル】―――断ち切れ、【ボルテックスラッシュ】」

 

そんなコーヒーに追撃を喰らわせようと、偽コーヒーは【ライトニグアクセル】を使って急接近。右手に持つ紫銀の剣に紫電の刃を宿して斬りかかっていく。

 

「【扇雛】!防御!」

 

コーヒーは地面に転がったまま【扇雛】を放ち、【クラスタービット】で振り下ろそうとしていた紫電の刃を防ごうとする。

 

偽コーヒーは自身の【クラスタービット】で扇状で放たれた矢を防ぎ、紫電の刃を宿した紫銀の剣をそのまま振り下ろす。

当然、その刃はコーヒーの【クラスタービット】に防がれて失敗に終わる。

 

「【ソニックシューター】!」

「【夢幻鏡】」

 

コーヒーは矢を素早くセットして放つも、偽コーヒーはあの変わり身スキルを使って難なく回避。【夢幻鏡】で簡単に避けた偽コーヒーは、今度はコーヒーの右側に現れる。

 

「鏡は分身 写し出し我が身を再現せん―――幻想せよ、【ミラージュロイド】」

 

またしても偽コーヒーは分身。今度は三体である。

 

「「「集え、【グロリアスセイバー】」」」

 

本体以外の偽コーヒーが最強魔法を発動する。素手と強化無しのため、威力はデカイ銀飛蝗に叩き込んだ時ほどではないが、決して楽観視できない威力を有している筈。

しかもそれが三本。普通に考えて耐え切れはしない。

 

「【砕衝】!【跳躍】!!」

 

コーヒーは地面に向かって【砕衝】を放ち、同時に【跳躍】で飛び上がる。

スキルを放った衝撃も相まってコーヒーは天高く飛び上がり、放たれた分身偽コーヒーの三本の紫電に光る宝剣を難なく回避する。

 

三体の分身偽コーヒーは役目を終えたように粉々に砕け散り、本体の偽コーヒーは空中にいるコーヒーに向かって紫銀の津波を飛ばしていく。

 

「固定!」

 

コーヒーは【クラスタービット】を自身の足下にボードのように展開。それを足場代わりにしてさらに飛び上がり、迫って来ていた紫銀の津波を回避する。

そして、再び蒼銀の足場を出現させ、その場に足を下ろして滞空する。

 

「正直、あのスキルが厄介だな……」

 

偽コーヒーのスキルは自身と同じ。だが、一つだけ自分には持っていないスキルがある。

そのスキルは【雷帝麒麟】や【クラスタービット】のような複数のスキルを内包しているのだろう。

その何れもが鏡を使っているから間違いない。

 

だが、偽コーヒーは基本スキルに任せた攻撃ばかりしてくる。

そして、【夢幻鏡】という変わり身のスキルは再び使用してくるまで少々間があった。

つまり、連続で使えるスキルではない。

 

「我は鏡に願う 相対するもの得物を我が腕に―――【鏡面武装】」

 

そんなコーヒーの考えを遮るように、偽コーヒーが頭上に左手を掲げる。

左手に菱形の鏡が回転しながら現れたかと思うと、それが派手に砕け散り、コーヒーの持つクロスボウが偽コーヒーの手に握られた。

 

「武器をコピーすることが出来るのかよ!?あの鏡も何でもありか!?」

 

何で自分一人で戦う羽目になるモンスターはこうも異常なのかという心境で叫ぶコーヒー。

偽コーヒーはそんなコーヒーに構わず、スキルを発動させる。

 

「虚構の鏡は無限の射手となる―――【ミラーバレット】」

 

口上と共にスキル名を告げた途端、偽コーヒーの持つクロスボウの台座に一枚の小さな六角形の鏡がセットされる。

偽コーヒーは鏡が装着されたクロスボウをコーヒーに向け、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「おいおいおい!?クロスボウを銃のように使うんじゃねぇよ!?」

 

コーヒーは思わず偽コーヒーにツッコミを入れたが、クロスボウでは考えられない連射攻撃にコーヒーは【クラスタービット】を併用しながら矢の弾幕を防ぎ、かわしていく。

 

スキルの【連射】と比べれば連射速度こそ劣っているが、【連射】は一度使うと最後まで放たれる。

だが、今偽コーヒーの連射は自由に連射できる上に本数制限無し。【連射】よりも遥かに厄介である。

 

「迸れ!蒼き雷霆(アームドブルー)!!我が矢は疾風 その速き風で彼方の敵を撃ち抜かん―――【ソニックシューター】!」

 

コーヒーは再びステータス強化。【口上強化】した【ソニックシューター】を放つ。

 

「我が鏡は汝の写し身 放たれし光は汝へと強く反射する―――【万華鏡】」

 

再び偽コーヒーの正面に展開される多面の鏡。【ソニックシューター】がその鏡にぶつかった途端、倍の速さでコーヒーに返ってきた。

 

「攻撃反射スキルか!!」

 

【万華鏡】が相手の攻撃を倍にして返すスキルだと分かったコーヒーは二度目とあって自身に返ってきた矢を【クラスタービット】で防ぐ。

先ほどのダメージも【閃雷】を返された結果だったのだろう。倍の速度で返ってきたのだから、目で追えなくて当然である。

 

コーヒーは考える。偽コーヒーを倒す為の手段を。

敵のスキル、行動パターン、自身のスキル……

それらを統合させ、勝利への道筋を組み立てていたコーヒーは一つの結論を導く。

 

「……【夢幻鏡】を使わせた直後の至近距離で【グロリアスセイバー】を叩き込む。それで一撃で決まる筈だ」

 

【夢幻鏡】は本当に厄介なスキルだが連続使用はできない筈。

自身のHPの減り具合から、ステータス自体は自身と同じ筈。

なら、【夢幻鏡】が使えない状態で最強の魔法を叩き込む。

 

それが、コーヒーの導き出した結論だ。

だが、偽コーヒーは連射可能なクロスボウで攻撃を仕掛け、魔法も鏡のスキルを使って連続で放ってきている。

なら、どうやって近づく?

 

「装着ッ!」

 

コーヒーは【クラスタービット】を自身に鎧を着せるように展開していく。

可能な限り、全身を包むように。

コーヒーの身体は瞬く間に蒼銀の光の粒子が纏わり付き、ゲームに出てくるような全身装甲の騎士へと姿を変えた。

 

「……名付けてメタルアーマーだ」

 

コーヒーはそう呟いて、偽コーヒーに向かって歩き始めていく。流石にぶっつけ本番だった為、かなり動きづらいからである。

 

「【ミラーデバイス】―――弾けろ、【スパークスフィア】」

 

偽コーヒーは矢の弾幕を続けながら、鏡を展開。鏡から紫の雷球を幾つも放っていく。

偽コーヒーの放った矢は【クラスタービット】の装甲に悉く弾かれる。雷球も、全身を完全に覆うことで無意味。

雷球が止み終わると、コーヒーは再び歩き始めていく。クロスボウを悠然と構えながら。

 

「【パワーブラスト】」

 

コーヒーはスキル名を告げて矢を放つ。

 

「【夢幻鏡】」

 

偽コーヒーはそれを【夢幻鏡】で回避。三度目はコーヒーの背後に現れる。

偽コーヒーはそのまま、紫銀の津波を放とうとするが―――背後に振り返ったコーヒーに手を鷲掴みにされた。

 

「俺の予想通り、そのスキルで回避したな。お前はスキルで防御はしても自身で回避はしなかった。今みたいに攻撃すれば、ほぼ間違いなくスキルで回避すると読んでいた」

 

ギリギリ、とコーヒーは偽コーヒーの掴む手に力を入れる。偽コーヒーは逃れようと暴れるが、STRが同じな為か全く振りほどけていない。

 

「唸るは雷鳴 昂るは信念の灯火 雷鐘響かせ威厳を示さん―――瞬け、【ヴォルテックチャージ】!」

 

【ヴォルテックチャージ】を使い、次の同系統の魔法の威力と効果を倍にする。

続いて、MPポーションを使い、MPを回復する。

そして、逃げようと【クラスタービット】も使って暴れている偽コーヒーの無防備な腹に、クロスボウの先端を突き付ける。これで、フィニッシュだ。

 

「掲げるは森羅万象を貫く威信 我が得物に宿るは天に座す鳴神の宝剣 神雷極致の栄光を現世へ―――集え!【グロリアスセイバー】ァアッ!!」

 

クロスボウを犠牲に放たれる蒼雷の宝剣。

コーヒーの最強の魔法は偽コーヒーに炸裂し―――容赦なく吹き飛ばした。

吹き飛ばされた偽コーヒーは壁に激突し、蜘蛛の巣の如く亀裂を迅らせていく。

 

そのまま偽コーヒーは光の粒子となり―――その場から完全に消え去っていった。

コーヒーは残心したまま、修復されていくクロスボウをゆったりと下ろしていく。

やがて、完全に倒したと確信したコーヒーは【クラスタービット】を解除した。

 

「うっかり解除しちゃったなぁ……早く使い慣れないと無駄にしそうだ」

 

コーヒーは自身に呆れながら、偽コーヒーが消えた場所に近づいていく。

偽コーヒーが消えた地面には、銀のメダル二枚と巻物一つ、紫の鏡の欠片二枚だった。

 

「これでメダルは7枚か……巻物の方は……【職人のレシピ】?…………」

 

辺りに沈黙が訪れる。

そして。

 

「俺じゃ覚えられないスキルじゃないか!チクショウッ!!」

 

巻物をおもいっきり地面に叩きつけた。

スキル名からしてどう見ても生産職プレイヤー向けのスキル。完全にコーヒーにとってはハズレである。

 

「……これはイズさんに渡すとして……こっちの欠片はなんだろうな?」

 

巻物を拾ってインベントリに閉まったコーヒーは、気を取り直して地面に落ちていた二枚の鏡の欠片を確認していく。

 

 

===============

【幻想鏡の欠片】×2

装備品の素材アイテム。装備品一個につき一つしか使用できない。

===============

 

 

「情報少なッ!?しかも装備一個につき一つだけかよ?」

 

コーヒー、本日二度目のアイテムに対しての咆哮。

生産職プレイヤーのオーダーメイドは素材と金を注ぎ込めば、高性能な武器になる可能性があるが、これは一つしか使用できない。

 

こんな縛りがある以上、レア素材だとは思うが本当に情報が少な過ぎる。

気付けば、中央に転移の魔法陣が出現して輝いている。

 

「……今度はどこに繋がってるんだろうな」

 

コーヒーは疲れたように溜め息を吐きながら、転移の魔法陣に足を踏み入れる。

光に包まれたコーヒーの次の転移先は……

 

「……砂漠、だな」

 

辺り一面、何もない黄土色一色の砂漠であった。

 

 

 




感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

イベント終盤

てな訳でどうぞ


砂漠に飛ばされてから4日経った6日目の夕方。

 

「このメダル……どうすっかな」

 

山岳地帯にある森の中を歩いていたコーヒーは二枚の銀のメダルを弄んで悩んでいた。

あれ以降、流石にダンジョン探索にうんざりしてしまい、【クラスタービット】の練習も兼ねてプレイヤーキルによるメダル回収に方針を変えてフィールドを移動していた。

 

プレイヤーに遭遇したら、【クラスタービット】で装備を破壊してキル。そんな事をこの4日間で三桁台になる程繰り返していた。

しかし、ほとんどのプレイヤーはメダルを所持しておらず、回収出来たメダルは最初に銀のメダルを五枚渡されたプレイヤーの内の一人だけ。

 

この時点で銀のメダルは十枚集まったが、余分が二枚出てしまったのだ。

その後も銀のメダルを求めてプレイヤーを狩りまくっていたが、その誰もがメダルを持っておらず完全に余分をどうすべきか悩む羽目になったのである。

 

ちなみに今のコーヒーの姿はメタルアーマー状態なので、端から見れば怪しさ満点の不審者である。

それでコーヒーだと気付かずに襲うプレイヤーが多数出現し、全員が返り討ちにあったのは言うまでもない。

 

「基本的にメタルアーマー状態で戦っているが……やっぱり動きづらいな」

 

本来は体にくっ付けて使うものではないので、どうしても動きが鈍ってしまう。具体的には水の中で動くような感じだ。

これで近接戦闘は流石に無理だろう。

 

「本当にどうするか……」

 

コーヒーは呟きながら掌の二枚のメダルを弄んでいると、気配察知スキルに何かが引っ掛かる。

コーヒーは襲撃に備えて辺りを警戒していると、左側の藪から気配を捉えた相手が飛び出てくる。

出てきたのは……サリーだった。

 

「あ、な―――」

 

何だサリーか、とコーヒーは警戒を緩めようとしたが、そのサリーはコーヒーに容赦なくダガーを振り下ろした。

 

ガキン!

 

「……は?」

 

止まることなく攻撃してきたサリーにコーヒーは呆けた声を出すも、次のサリーの言葉でその理由を察する。

 

「うわぁ……まさかメイプル並みに硬いプレイヤーが他にもいるとか……でも、悪いけどそのメダルは奪わせてもらいますよ」

(あ。これ、サリーが俺に気づいていないパターンか)

 

第一、今のコーヒーはメタルアーマーで顔まで隠れている。それでコーヒーだと気づくには無理がありすぎる。

 

(メタルアーマーを解除したら戦わずに済むんだろうが……正直、少しサリーと戦ってみたいな)

 

サリーがどれ程強いのかに興味があったコーヒーは正体を明かさず、無言で格闘の構えを取る。クロスボウを出したら、一発でバレるからだ。魔法も同様だ。

 

「やる気ですね……まあ、当然でしょうけど」

 

サリーも戦闘の意思を感じ取り、両手のダガーを油断なく構える。

静寂。

どちらも動かずに様子を窺う状態。冷たい風が二人の間を突き抜ける。

 

「「…………」」

 

まるで無限のように感じる数秒間。先に仕掛けたのはコーヒーだった。

 

「ッ!」

 

正面からの右ストレート。

サリーは顔に迫っていた拳を体を捻ってすれすれで回避し、同時に右手のダガーを振り抜こうとする。

 

自身の腹部に迫る刃を、コーヒーもサリー同様に体を捻ってかわし、その勢いを利用して回し蹴りを放つ。

その蹴りをサリーは上体反らしでかわし、そのままバク転して蹴りを放とうとする。

 

コーヒーは顎に迫っていた蹴りを顔をずらしてかわし、()()()()()()()()()()()()()裏拳を放つ。

当然、裏拳は虚しく宙を切るも、目の前にいたサリーは少しして溶けるように消えていく。

そして、裏拳を放った方向から正面のサリーが消えた時の逆再生のように姿を現していく。

 

「……まさかこれが失敗するなんてね。結構皆、最初は引っ掛かるのに」

 

サリーが不敵に笑いながら呟く。

コーヒーが気づけたのは、単に気配察知スキルを切っていなかったからだ。

それで目の前にいたサリーから気配がなく、後ろからサリーの気配がしたので裏拳を放っただけである。

 

コーヒーとしてはサリーの実力がある程度分かって満足したので、余分であった二枚のメダルをサリーに向かって投げ渡した。

突然投げ渡された二枚のメダルを、サリーは少し慌てた様子でキャッチする。最初は理解できないような表情をしていたが、すぐに訝しげな表情となる。

 

「……一体、どういうつもりですか?」

「余分なメダルを渡しただけだ」

「……へ?」

 

聞き覚えのある……というか、よく知っている人物の声にサリーは間抜けな顔となる。

それが可笑しくて、コーヒーは笑いを堪えながら【クラスタービット】のメタルアーマーを解き、標準モードと命名した剣の翼状態にした。

 

「CF!?なんであんたがここに!?」

「プレイヤー狩り。ダンジョン攻略はもう勘弁だったから、プレイヤーを狩ってメダルを集めてた」

「……さっきの姿は?」

「例のスキルの応用だ。全身を覆っているから流石に動きづらかったけどな。お前が俺に気付かずに攻撃してきたから、せっかくだから少し戦ってみようと思った」

「あんな姿でCFと分かるわけないでしょ!!……メイプルもだけど、CFも大概おかしな奴に分類されるわね」

「……流石にメイプルほどぶっ飛んでいないと思うんだが」

 

モンスターを食べるプレイヤーと同列に分類されかけた事実に、コーヒーは若干目を逸らしながら反論する。

 

「でも、本当にいいの?せっかく手に入れたメダルなんでしょ?」

「さっきも言ったがそれは余分なんだ。ぶっちゃけ、今から十枚集めるのは無理だし、どうしようか本気で悩んでたからな」

「そう……これでちょうど二十枚だからありがたく受け取っておくわ」

 

コーヒーの言い分にサリーは納得し、お礼を言いながらメダルを自身のインベントリにしまう。

 

「それじゃ、一緒にメイプルのところへ行こうか。もう時間まで大人しく待つだけだし、二位と三位が一緒なら、大抵のプレイヤーは簡単にあしらえるしね」

「メイプルは……ああ、有名だから逃げる奴が多数だったからお留守番か」

「正解。後、ますます厨二病患者に磨きがかかっているわね」

「ぐふっ!?」

 

コーヒーのメンタルに70ダメージ!

コーヒーは胸を押さえる。

メンタルにダメージを受けたコーヒーはサリーの案内の下で、一緒にメイプルが隠れている場所へと向かっていく。

 

道中に遭遇したプレイヤーは、抵抗する間もなく光になっていったがそれは気にすることではない。

そして、メイプルが隠れている洞窟に到着したのだが……

 

「……完全にメイプルの仕業だな」

「……そうね」

 

洞窟内は毒まみれとなっており、メイプルがいるらしい通路は毒の壁で塞がれていた。間違いなく、メイプルがメダルを守る為にやったことだ。

普通のプレイヤーならまともに進めないだろうが、今のコーヒーなら問題なく進める。

 

コーヒーは背中に展開したままだった【クラスタービット】を操作し、蒼銀の津波で毒の壁を意図も簡単に破壊する。

さらに、毒まみれとなった通路を【クラスタービット】で人一人分通れるだけコーティングして安全地帯を確保した。

 

「……そのスキル、本当に便利過ぎるでしょ」

「同感。本来は大量のMPを消費しないと使えないけど、裏技で実質タダだからな。運営は今頃大泣きだな」

「裏技……メイプルと同じスキルスロットね」

「正解。にしても、ここで一人で待ってたら相当暇だっただろうな。メイプル」

「それなら大丈夫よ。今はシロップと朧の育成に力を注いでくれてると思うから」

「……シロップ?朧?」

「ああ、そっか。CFは知らなくて当然か。実はね……」

 

首を傾げるコーヒーにサリーは別れてからの事を簡潔に説明していく。

ついでにコーヒーもプレイヤー狩りに移行した経緯を説明していく。

 

「つまり、滅茶苦茶強力なボスモンスターを倒したら、メダルだけでなくテイムモンスターの卵もゲットしたという事か……テイムモンスターは実装予定のやつの先行配信みたいなもんかな?」

「そっちは妙なスキルが追加された自身の偽物と戦ったのね……まあ、連続で高難易度のダンジョンを一人でやればそう考えるのも仕方ないけど」

「あの偽物はデカイ銀飛蝗並みに厄介だった。素材アイテムはイベントが終わったらイズさんのところに持って行くけどな」

 

そんな会話をしていると、不意に足音が聞こえてくる。

 

「どうやらお客さんが来たようだな……」

「そうね……」

 

コーヒーとサリーは示し合わせたように、互いの得物を構える。【クラスタービット】も標準モードに戻して臨戦態勢である。

 

「ん?」

 

姿を現した侵入者は一人。桜色の着物と紫の袴を身に纏い、刀を一本装備した女性プレイヤーだ。

何故か、サリーと顔を見合わせていたが。

 

「確か……前回イベント七位のカスミさんか」

「そっちは二位のCFだな。ああ、私に戦闘の意思は……って、何故急に四つん這いになっているのだ?」

 

プレイヤーネームではなく、不本意な略称で呼ばれたコーヒーはショックからその場で四つん這いになる。

そんなコーヒーに構わず、サリーがカスミに話しかける。

 

「気にしなくていいわよ。それで……どうしてここに来たのかしら?」

「私も金のメダル持ちだからな。それに、【蒼銀の悪魔】に遭遇したくないから身を隠そうと思ってな」

「……【蒼銀の悪魔】?」

 

聞き慣れない名称に首を傾げるサリーに、カスミは【蒼銀の悪魔】について説明していく。

 

「ああ。私も他のプレイヤーから聞いたのだがな……そいつは人型で全身を蒼銀で覆っているそうだ。遭遇したら最後、装備品をボロボロにされた挙げ句に倒されるのだそうだ。加えてダメージも与えられないとも言っていた」

「…………」

 

カスミの説明に、物凄く心当たりがあるサリーはジト目でコーヒーを見つめる。ほぼ間違いなく、メタルアーマー状態のコーヒーだと分かったからである。

 

「ともかく、私に戦闘の意思はない。勝てるとも、逃げられるとも思えないからな」

「まあ、襲ってこないなら別にいいわよ。CFもそれでいいよね?」

「……どうぞご自由に」

 

サリーの確認に、コーヒーは四つん這いのまま投げやり気味に任せると伝える。

その後、何とか復活したコーヒーは【クラスタービット】で安全地帯を作りながらサリーとカスミと共に奥へと向かって行った。

 

「まるでシンの【崩剣】のようなスキルだな」

「前回八位のアイツか……言われてみれば確かに」

「けど、能力は此方の方が凶悪よ」

「確かに。これは完全に対プレイヤー向けのスキルだな。装備を破壊されれば、相手は為す術がほとんど無くなってしまうからな」

 

【蒼銀の悪魔】の正体を知ったカスミは何とも言えない表情で呟く。

そうこう話している内に、メイプルが居るであろう奥の小部屋に辿り着く。

 

「頑張れー!シロップ!朧!」

 

そこでメイプルは、蟻のモンスターと戦っている小さな亀と同じく小さな狐を応援していた。

サリーから聞いた話では、亀がメイプルがテイムしたシロップ、狐がサリーがテイムした朧である。

 

「メイプル、ただいま」

「おかえり、サリー!って、あれ?コーヒーくんとカスミさんも一緒だったの?」

「たまたま会ってな。せっかくだから合流することにしたんだ。毒の壁は……例のスキルで突破させてもらった」

 

コーヒーのその言葉に、メイプルは思い出したように気づいた。

 

「あっ、そういえば結構毒まみれにしてたんだけど……」

「CFが例の……【クラスタービット】で安全地帯の通路を作っちゃったのよ」

「そっかぁ……じゃあ、また毒を張り直さないとね」

「その必要はないぞ。俺が【クラスタービット】を使って道を塞ぐから」

 

コーヒーは言うが早いか、【クラスタービット】を操作して小部屋の入口を綺麗に塞いでしまう。ついでに本日未使用の【クラスタービット】も全部使って三重にして通路を完璧に塞ぐ。

 

「「「…………」」」

「これで安心して過ごせるだろ。並みのプレイヤーじゃ入るどころか武器を失ってしまうからな」

「おおおおおっ!凄い!凄いよコーヒーくん!これなら安心して眠れるよ!」

「……まあ、安全が確保出来るなら良しとしようかな」

「……そうだな。これでプレイヤーの襲撃は心配しなくて済むと考えよう」

 

コーヒーの行動にメイプルは大絶賛。サリーとカスミは何とも言えない表情で苦笑いしながらも楽出来るならいいかと自身を納得させた。

 

コーヒー達はこうして、お互いの出来事を語ったり、娯楽アイテムでゲームに興じる等して、何事もなく平穏に過ごせることとなった。

ちなみに蒼銀の壁は、ダンジョンに入ったプレイヤーの武器を幾つも破壊して泣かせていた。

 

 

 




次回、運営が泣く(イベントはまだ続く)
感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最終日は浮遊島へ。提案はラスボス

てな訳でどうぞ


七日目。

第二回イベントの最終日、コーヒー達はこれからどうするかを相談していた。

 

「やはり、ここでイベントが終わるまで待つべきだな」

「そうね。最終日だからメダルを狙ってくるプレイヤーが多いだろうしね」

「そうだね……せっかく集めたメダルを失いたくないしね」

「じゃあ、もうここで時間を潰す方向でいいか。今からメダルを集めても十枚揃うか怪しいし」

 

やはり時間まで此処に居ようという考えが大半を占めていた。今から外に出てダンジョンを探そうにも、周りのプレイヤー達がコーヒー、メイプル、カスミの持つ金のメダルを狙って襲いかかる可能性が高く、メダルやアイテム探しどころでは無くなる可能性が十分にあるからだ。

 

「じゃあ、メイプルの持っている娯楽アイテムで遊びましょうか」

「じゃあ、【クラスタービット】でテーブルと椅子を用意するか。地べたというのも少しどうかと思うしな」

 

コーヒーはそう言って、今日の分の【クラスタービット】を使用し、テーブルと四人分の椅子を用意する。

 

「……本当に便利ね、それ」

「それに関しては同感だな。空中での足場としても利用できたし、かなり便利なスキルだよ」

「形は不格好だがな」

「……そこはスルーして下さい」

 

カスミのダメ出しにコーヒーが溜め息を吐く中、何故かメイプルが何かを考えるかのように難しい顔をして俯いていた。

 

「?メイプル?どうしたの?」

「…………」

 

そんなメイプルにサリーが疑問を露に声を掛けるも、メイプルはサリーの問いに答えない。

やがて、何かを思い付いたようにメイプルは顔を上げ、真剣な表情をコーヒーに向けた。

 

「コーヒーくん。その【クラスタービット】で―――」

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

―――運営の管理部屋。

 

「イベントもついに終盤だな」

「そうだな。メイプルとサリーに銀翼と海皇を倒されたけどな」

「持っていかれた卵は……亀と狐だったからまだマシな部類だよ」

「鳥と狼だったら、本当に最悪だったけどな」

「例のダンジョンも無事に攻略しちゃったし……」

「初日二日で銀群飛蝗と幻想鏡はCFに倒されたしな……」

 

メダルスキルをチェックしていた男が死んだ魚のような目で呟く。

 

「ああ……銀群飛蝗だけでなく、幻想鏡も倒されたのはショックだったな……」

「おかげでレアスキルが付与できる素材を二つも取られちまったし……」

「このイベント限定アイテムだから、自動的に【破壊不可】が付いちゃうしな。装備したら自動的にユニークシリーズ扱いとなるし」

 

イベントの不具合がないか確認している男が疲れたように溜め息を吐く。

将来実装するシステム絡みのアイテムがこうも立て続けに取られたら、溜め息の一つも出てくるものだ。

 

「その後はプレイヤーキルに動いていたから、それ以上の被害は無くなったのは不幸中の幸いだよ」

「まったくだよ……そういえば、【天空殿】は今はどうなってるのかな?」

「そっちは誰も入っていないな。まあ、そこへ行く為の転移陣は超高難度ダンジョンの最深部に設置してあるから当然だけどな」

「【天空殿】にも一つだけ卵を置いてたよな。後、レアアイテムと大量の換金アイテムも」

「あの卵か……中身は持っていかれても一番マシなやつだったよな?」

「ああ。一応、高難度ダンジョンの攻略報酬として配置したんだけど……流石に到達できないだろ」

「だよな。今はペインを中心としたパーティーが攻略中だけど、このダンジョンは最低でも丸三日はかけないと無理な筈だし、ゲーム内時間で昨日挑戦したペイン達でも攻略は少し難しいだろうな……驚異的な攻略スピードだけど」

「これで攻略されても素直に祝福できるさ。真っ当な手段で、仲間と共に苦難を乗り越えた先に得た結果なら……いいんじゃないか?」

「だな。それよりメダルスキルのチェックを―――」

 

メダルスキルをチェックしていた男の一人が作業を再開しようとしたが、ある映像を見つけて急に無言となった。

 

「?どうした?急に黙ったりして」

「皆……これを見てくれ」

 

その男は理由を答えぬまま震える手で機械を操作していく。

そうしてモニターに映し出されたのは……リアルタイムで空に浮いて移動している蒼銀の小舟だった。

その小舟には……メイプル、サリー、コーヒー、カスミの四人が乗っている。

 

「「「「……………………」」」」

 

その光景に理解が追い付けないのか、誰もが揃って無言となる。

やがて、徐々に現実を、その映像の意味を理解してき―――

 

「「「「…………なぁにぃいいいいいいいいいいいいい―――ッ!?」」」」

 

画面を見た全員が、信じられない思いで絶叫した。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

「……実行した俺が言うのもなんだが、運営が頭を抱えている姿が想像できる」

「……そうね。こんな使い方をするなんて、運営は絶対に予想外だったでしょうね」

「……そうだな」

 

コーヒー、サリー、カスミの三人は空を飛ぶ蒼銀の小舟の上で遠くを見つめながら呟く。

メイプルがコーヒーに提案したこと。それは【クラスタービット】で空を飛べないかというものであった。

結論から言えば、メイプルの目論見は大成功。四人は空を飛んである意味安全に移動中である。

 

だが、【クラスタービット】は一つにつき一人しか空を飛んで移動出来なかった為、五つ分の【クラスタービット】を一つに纏めることで全員乗せての移動が可能となった。五つ分を一つにして同時に操るのは流石に厳しいもので、スピードはそんなに速く出せないが。

 

形状が小舟なのは誤って空から落ちないための安全措置だ。内側に取っ手もあるので早々に落ちはしない。

そしてメイプル主導の下、メイプルとサリーが出会ったカナデという赤髪の少年が手に入れたようなレアアイテムを求めて、浮遊島の探索に乗り出したのである。

 

「さあ、目指すはあの浮遊島!出発進行ー!!」

「「「おおー……」」」

 

どこぞの海賊船の船長のような決めポーズで浮遊島の一つを指差すメイプルに、コーヒー達は力なく腕を掲げて言葉を返すのであった。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

―――運営の部屋では。

 

「「……あかん」」

「「「「……これは、あかん!」」」」

 

件の映像を見た全員が絶叫した後、揃って頭を抱えていた。

本来は転移の魔法陣でしか行けない場所を、こんな方法で直接行く等本当に予想外だったからである。

 

「なんでここまでぶっ飛んだ調整をしちゃったんだよ!?」

「だって、銀群飛蝗を倒すなんて不可能だって思っていたから……それに、普通は戦闘以外には……」

「その結果がこれだろうが!!」

「メイプルと関わったら、【異常】が【普通】になるんだよ!?」

 

この移動方法を提案したのはそのメイプルなので、男の言い分はまったく間違っていない。

 

「メダルスキルは入念にチェックしろよ!?少しでもおかしな使い方が出来そうなやつは絶対に修正しろ!!いいな!?」

「了か―――げっ!?メイプル達が【天空殿】がある浮遊島に向かっているぞ!?」

「「「何だとぉッ!?」」」

「彼処は本来、俺達の悪意の塊のダンジョンの最深部からしか行けない場所なのに!!」

「やべぇぞ!彼処にある【幻獣の卵】がメイプル達に持っていかれちまう!!」

「大量の換金アイテムもだぞ!?あれらを全部売れば、四人で山分けしても一月は余裕で豪遊できるぞ!?」

「卵と換金アイテムの他には何がある!?」

「ヤバいやつで言えば、レア素材【神の鋼】にスキル【流水短剣術】が覚えられる巻物、後は自身のデメリット効果時間を減少するスキルを有したユニーク装備《月夜の髪飾り》があった筈だ!」

「最悪だ!?本当に、最悪だッ!!」

「ペイン達の攻略はどうなってる!?」

「まだ六割しか進んでいません!!どう考えてもメイプル達の方が先に到着します!!」

 

どう足掻いてもメイプル達の到着が先と知った者達は一斉に崩れ落ちる。

 

「こうなったらメダルスキルだけでも何とかするぞ!!絶対に、絶対に手を抜くなよ!?」

「「「「了解です!!」」」」

 

これ以上自分達の予想外な方向にゲームを進ませないよう、彼らは立ち上がって入念にメダルスキルをチェックしていく。

その努力は……実ることはないと知らずに。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

「綺麗な場所だね、サリー」

「……そうだねメイプル。本当に綺麗な場所ね」

「まさかこんな方法で浮遊島に来れるとはな……」

「何か、凄い罪悪感を感じてしまう……」

 

飛行して四時間。コーヒー達は空にある浮遊島の中で、純白と言って言いほどの綺麗な神殿が佇んでいた場所に降り立っていた。

綺麗に整備された水路に、手入れされたように綺麗な庭。心地よく囀ずる小鳥達。

 

そして圧倒的な存在感を放つ純白の神殿。

本来は転移の魔法陣を通って来る場所をこんな方法で直接赴いた事に、コーヒーは少なからず罪悪感を感じずにはいられなかった。

 

「私も同意見だけど……その辺りを考えるのは止めましょ」

「……そうだな。まともに考えると、無性に胃が痛くなりそうだ」

「よーし!それじゃああの神殿を探索しようかー!」

 

元気なくコーヒーに同意するサリーとカスミとは反対に、メイプルは元気一杯に探索を勧めてくる。

まあ、アイテムは欲しいので、コーヒー達は良心を押し殺してこの場所を探索することにした。

そうして入った神殿の中には……

 

「……宝箱がいっぱい、だな」

「……そうね。宝箱がいっぱいあるわね」

「……ああ。宝箱がいっぱいあるな」

「わー!宝箱がいっぱいだー!!」

 

大はしゃぎするメイプルとは違い、コーヒー達は若干虚ろとなった瞳で宝箱の山を見つめる。

転移の魔法陣もあったことから、これがダンジョンを攻略した報酬の品の可能性が濃厚になったからだ。

これでコーヒー達が全部回収した後で、正規の攻略者が此処に訪れた際に何もなかったら……あまりにも不憫過ぎる。

 

「メイプル……宝箱は一人一つにしましょ」

「え?どうして?」

「もし此処に正規の攻略者が来た時、空の宝箱だけ、もしくは何も無かったら……俺なら泣いて崩れ落ちる」

「そうだな。流石に、良心の呵責に耐えきれない」

「あー、確かに……流石にちょっとズル過ぎたかなぁ?」

 

コーヒー達の言い分にすんなり納得したメイプルは、素直にサリーの提案を呑む。

 

「じゃあ、あの色違いの宝箱だけ持っていこうよ!数も丁度4つだし!!」

 

そう言ってメイプルが指差すのは、他の宝箱とは色合いが違う宝箱だ。メイプルの言う通り、数も丁度4つだから四人で分けるには丁度いいだろう。

そのメイプルの提案にコーヒー達は素直に頷き、比較的距離が近い方の宝箱にそれぞれ赴く。

 

「さて、この宝箱には何が入っているかな?」

 

コーヒーはそう呟きながら宝箱を開く。

宝箱の中には、巻物が一つ入っていた。巻物を宝箱から取り出すと、宝箱は光の粒子となって消滅していく。

 

「スキルの巻物か。スキル名は……【流水短剣術】?」

 

どう見ても、コーヒーには不要なスキルである。

それに、短剣術ならサリーに渡した方が良いだろう。

コーヒーは宝箱の中身の交換、もしくは巻物を貸しとしてサリーに渡そうとサリーの方に顔を向けると、そのサリーは困ったように宝箱の中身を見つめていた。

 

「?サリー?どうしたんだ?そんな困ったような顔して」

「……あー、CF。実はね……」

 

サリーが困った表情のまま、宝箱の中身を取り出す。

サリーの両手に納められていたそれは……ギザギザ模様が入った、縦30センチ程の金の卵だった。

 

「それって……」

「間違いなくシロップや朧と同じモンスターの卵でしょうね……良かったら交換しない?」

「本当に奇遇だな。俺の方も【流水短剣術】というスキルの巻物だったから、交換を申し込もうとしてたんだよ」

「本当に奇遇ね。じゃあ、交換で」

 

お互いがお互いに不要だった為、コーヒーとサリーは互いの宝箱の中身を交換する。

 

「頼むメイプル!その髪飾りとこの黒いインゴットを交換してくれ!この通りだ!」

「え、あ、いや、別に良いですよ!?良いですから、顔を上げて下さい!!」

 

メイプルとカスミの方も、互いの宝箱の中身を交換していた。厳密には、黒いインゴットを献上するようにメイプルに突きだし、おもいっきり頭を下げているカスミに、三日月を模した髪飾りを持ったメイプルが慌てて同意している感じだが。

こうして神殿の宝箱を一人一つだけ手に入れたコーヒー達は、蒼銀の小舟で再び空の旅へと向かうのであった。

 

余談だが、イベント終了間近でダンジョンを攻略したペイン達は、大量の換金アイテムで互いに喜びを分かち合っていたとの事。

後にその事実を知ったコーヒー達は、内心で彼らに謝罪したのは言うまでもない。

 

 

 




感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

卵と演奏会

てな訳でどうぞ
※スキル名を変更しました


「次はどの浮遊島に行こうかな?」

「出来れば、挑戦系の場所がいいなぁ……」

「そうね。アイテムがタダで手に入る場合は、アイテムに一切手を付けずに立ち去った方がいいわね」

「ああ。本当に良心が痛むからな」

 

例のお宝神殿を立ち去って空の旅を再開したコーヒー達は、ゆったりと進む蒼銀の小舟の上で今後の方針を話し合っている。

いくら早い者勝ちとはいえ、直接乗り込んで何の苦もなくレアアイテムを手に入れる行為には流石に強い抵抗がある。

というか、カスミの言う通り良心が凄く痛む。

 

「俺は今ほどメイプルの恐ろしさを実感したことはない」

「うん。メイプルは天然だからね。狙ってやっている訳じゃないから余計に……ね」

「まったくだ。次は何をやらかすのだろうな」

「?」

 

三人が背中を向け、顔を寄せ合って小声で会話する光景に、元凶たるメイプルはよく分かっていないような顔で眺める。

メイプル―――リアルでの本条は至って普通なのに、何でこんな予想外なことをやらかすのか……

 

「……ハァ」

 

そんな疲れたように溜め息を吐くコーヒーの両手には、サリーとの交換で頂いた金の卵が納められている。

理由は勿論、孵化させるためである。

 

「しかし、それがモンスターの卵か。一体どんなモンスターが孵化するのだろうな?」

「うーん、モンスターだから何が出てきても不思議じゃないけど……シロップと朧が孵化するのに何れくらいかかったんだ?」

「んー、大体3時間かな?」

「やっぱそれなりに時間がかかるのか……ちなみに他のアイテムはどうだった?」

 

コーヒーは卵を抱えたまま肩を竦め、今回手に入れた他のアイテムについて聞いていく。

 

「うーん、この【流水短剣術】は複数の攻撃スキルの集合体みたいね。たぶん、カスミのあのスキルと似たようなものだと思う」

「【神の鋼】は素材アイテムみたいだね。一つしか使えないって書かれてるから、コーヒーくんが手に入れたアイテムと同じだと思うよ」

「メイプルから譲ってもらった《月夜の髪飾り》は……自身のスキルによるデメリットの効果時間を減少してくれるスキルが付与されているな」

 

どうやら、色違いの宝箱は相当レアなアイテムが納められていたようである。

 

「……他の宝箱には何が入っていたんだろうな」

「箱の数からして、ランクを落としたレアアイテムか財宝の類だとは思うんだけど……」

「「「…………」」」

「……これ以上、この件で考えるのはよそう。本当に胃に穴が開きそうだ」

「「……そうね(だな)」」

 

この件に関しては本当に考えたくない。この年で、胃痛に悩まされたくないから。

そんな罪悪感を背に、空の旅を再開して30分。

コーヒー達は自然が豊かそうな、島の中央に白い石で作られた広場がある小さな浮遊島に着陸した。

 

コーヒー達は手分けしてこの浮遊島を探索するが、狼や椋鳥、栗鼠や狐等のモンスター以外には何もなかった。

そして、着陸してから30分後。コーヒー達は島の中央に集まっていた。

 

「ここはモンスターの住処のようだ。島の中央らしき場所にある転移の魔法陣以外には何もないところを見る限り、此処は既に攻略された後のようだ」

「そっかぁ……じゃあ、次の場所に向かう?それとも此処で過ごす?」

「そうね……モンスターもそこまで強くないし、普通のプレイヤーじゃもう此処には来れないから、ある意味一番安全だし……それに、見つけた小屋で面白いものもあったしね」

 

サリーはそう言って手に持っていた物をコーヒー達に見せる。

 

「これは……リコーダー?」

「ええ。見つけた小屋の中にはバイオリンやフルート、トランペットにピアノまで、色々な楽器が置かれてたわ。インベントリにしまえないからこのエリア限定のアイテムだろうけど……気分転換や暇潰しには丁度いいでしょ?」

 

確かにサリーの言う通り、暇潰しに演奏は丁度いいのかもしれない。

 

「確かにな。どうせなら、ちゃんと演奏したいところだが……その小屋に楽譜の類は無かったか?」

「あったわよ。ついでにカスミの外見に似合いそうな三味線も」

「よし行こう。今すぐ行こう!」

 

三味線という単語が出た時点で、カスミがもの凄い勢いでサリーに迫っている。

髪飾りの時といい、もしかしたらカスミは和風のアイテムが好きなのかもしれない。

そんな感想を抱きながらサリーの案内でログハウス風の少し大きめの小屋へと辿り着く。

 

小屋の中には確かに、バイオリンやフルート、トランペットにピアノ、ハープに三味線、オカリナやハーモニカまで、多種多様な楽器が楽譜と共に大量に置かれてあった。

 

「本当に楽器だらけだな……」

「ええ。私も最初に入った時は少し驚いたわ。もしかしたら、ここは演奏で攻略する場所だったかもね」

「だとしたら、ここを攻略した人は相当演奏が上手だったんだろうな」

 

これだけ楽器が大量にあるのだ。イベントに音楽が関わっていると考えるのは至極当然のことである。

 

「むう……やはり上手く弾けないか……」

「うぅ~……変な音しか出ないよ~」

 

一方でカスミは三味線を、メイプルはバイオリンを弾いて変な音しか出ないことに肩を落としていたが。

 

「さっそく楽器を弾いているな……何でメイプルはバイオリンなんだ?」

「いやー、普通じゃ弾くことは出来ない楽器だから、せっかくの機会だし頑張って弾いてみようかと」

「あー、何となく分かるわ。そういうオーケストラの楽器って、触る機会自体少ないからね」

「そうだな。楽器は個人で買うとそれなりに高いしな」

「それで、サリーはどれにするの?」

「そうね……私はこのオカリナにしようかな。CFはどれにする?」

「俺は……卵を早く孵化させたいからパスかな」

 

皆と演奏するのも面白そうだが、今はこの卵を少しでも早く孵化させたい。

 

「そうか。それなら仕方ないな」

「とか言ってー、実は音痴であることがバレたくないんじゃないの?」

「そんなわけないだろ」

「あはは……」

 

サリーのからかいにコーヒーはジト目で返し、メイプルは若干困ったように笑う。

そんな訳で、コーヒーは卵を温める為に、メイプル達は楽器を弾く為にこの浮遊島に留まることを決め、思い思いのままに過ごしていく。

小屋の中ではさすがに狭かったので、中ではなく外で過ごしていたが。

 

「外にいるのにモンスターが襲ってこないな。この小屋周辺が安全地帯に設定されているのかもしれん」

「これだけ音を出してもモンスターが近寄ってこないからそうかもね」

「んん~~、全然上手く弾けない!」

「一時間経過したか……一回インベントリにしまうか」

 

サリーとカスミは時間が経つにつれて、徐々に綺麗な音を奏で始めているが、メイプルは未だに変な音しか出てこない。

コーヒーは出来のいい陶器のような手触りを感じながら撫で、胡座をかいて卵を温め続ける。

そうして過ごすこと凡そ三時間。ついにコーヒーが持つ金の卵に変化が現れた。

 

ピシッ!

 

「おっ!生まれるぞ!」

「早く卵を地面に!」

 

卵にヒビが入ったことで、コーヒーは安定した地面に卵を置く。

そしてついに金の卵が割れ、中から生まれてきたのは背が金の棘で被われた針鼠だった。

針鼠は体をブルブルと震わせると、パチパチと金色の電気を自身の周囲に放電し始めていく。

 

「おおー……無事に生まれたな」

「うん!無事に生まれたねー!この子もかわいいよ!」

「電気系のモンスターか……CFにぴったりね」

「確かに。きっといいコンビになるな」

 

そんな会話をしていると、針鼠はコーヒーに近づいていく。

コーヒーは少し緊張気味に撫でると、針鼠は嬉しそうに目を細める。

それと同時に卵の殻が薄く輝き始める。

 

その輝きは次第に強くなり、卵の殻は金の指輪へと変わった。

コーヒーはその指輪を拾って詳細を確認していく。

 

 

===============

《絆の架け橋》

装備している間、一部モンスターとの共闘が可能。

共闘可能モンスターは指輪一つにつき一体。

モンスターは死亡時に指輪内での睡眠状態となり、一日間は呼び出すことは出来ない。

===============

 

 

「サリーが言っていた通りだな……装飾品は《フォレストクインビーの指輪》を外すか」

 

コーヒーは《フォレストクインビーの指輪》を外し、《絆の架け橋》を装備すると針鼠は嬉しそうに体を擦り寄せる。

コーヒーは針鼠を抱えて頬擦りしながら、新たに追加されたステータス画面を確認していく。

 

 

===============

ノーネーム

LV.1

HP 120/120

MP 60/60

 

STR 25

VIT 20

AGI 60

DEX 55

INT 40

スキル

【電撃】

===============

 

 

「最初に名前がないのもサリーが言った通りだな。名前はどうするかな」

「ちゃんと考えなさいよ?どこかの誰かさんみたいに苦労させないようにね」

「うっさい」

 

サリーの指摘にコーヒーは眉を顰めながらも真剣に名前を考えていく。

その間、針鼠はシロップと朧と顔合わせ。その後は三匹仲良くじゃれあっていた。

仲が良いようでなりよりだ。

少しして名前が思いついたコーヒーはシロップ達に近づき、針鼠を抱き上げ、互いに目を合わせる。

 

「ブリッツ。それがお前の名前だ。嫌か?」

 

コーヒーの言葉に、針鼠は嬉しそうに目を細める。どうやらお気に召してくれたようだ。

 

「さて……俺はブリッツのレベル上げに行くかな。ここには丁度モンスターもいるし」

「じゃあ私がそのモンスターを捕まえてくるよ!捕まえてきたモンスターは全部ブリッツが倒したらいいよ!」

「いいのか?」

 

確かにメイプルならモンスターを無傷で捕まえることは出来る。

しかし、メイプルやサリーだってシロップと朧のレベルを上げたい筈だ。

にも関わらず、自分の都合に協力を申し出てくれたことにコーヒーは疑問を露に問いかける。

 

「うん!メダルをくれたお礼をしたいしね!サリーもいいよね?」

「うん。良いわよ。借りは返せる時に返した方がいいからね」

「そっか……じゃあ、頼む」

「任せて!」

 

メイプルはそう言って、意気揚々と森の中へと入っていく。

それから一分。

メイプルは合計十匹の椋鳥と栗鼠を抱えるように持って帰ってきた。

 

「早かったな」

「うん。蝙蝠を捕まえに行った時よりもずっと早いし多いわね」

「いや~、森に入ったらモンスターが結構いたんだよね」

「しかし、そんなに多いなら此処に来る途中で遭遇しそうなものだが……」

「もしかして……楽器の音色に引き寄せられたとか?」

「うーん、そうかも」

「まあ、まずはブリッツのレベル上げだな」

「そうだった!はい!」

 

麻痺によって身動きが出来ない椋鳥と栗鼠達をメイプルは地面に置く。

 

「ブリッツ!【電撃】!!」

 

ブリッツが椋鳥にくっついて金色の電気を放電する。

ブリッツの電気を食らった椋鳥は光となって消えていく。

 

「レベルが上がってないな……この辺りもサリー達と同じか」

 

そんな感じでコーヒーはブリッツにメイプルが捕まえてきたモンスターを倒させていく。

それを繰り返した結果、ブリッツはレベルが上がり、丸まって攻撃するスキル【針玉】とシロップと朧も覚えている【休眠】と【覚醒】、そして背中の針を飛ばす攻撃スキル【針千本】を取得した。

そして―――

 

『ガオ~!終りょ~う!今から五分後に元のフィールドに転移するドラ!戻って30分後にスキルとメダルの交換を行うドラから、メダルの受け渡しはその間に行うと良いドラ!!』

 

ヘンテコドラゴンのアナウンスが流れ、長かったイベントもついに終わり。

これでまた皆とはお別れだ。

 

「じゃあ、また戻ったら」

「ああ、また会おう」

 

カスミとの再会を約束、コーヒーはカスミとフレンド登録し、第二回イベントはついに幕を閉じるのであった。

 

 

 




コーヒーくんのテイムモンスターは鼠にしちゃいました
妖精だと個人的な主観だと最上位になっちゃうから……ね?
感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メダルスキルと金欠

てな訳でどうぞ


もといた場所に帰還し、さらに30分経った現在。

コーヒーは出口の無い部屋の中央にある一つのパネルとにらめっこしていた。

 

「本当にどれにするかな……」

 

顎に手を当てて凝視しているパネルには百個ものスキル名が記載されている。

戦闘系、生産系、ステータスアップ系、どれにも属さないスキルが順に並べられている。

 

「時間制限がないから急いで選ぶ必要はないが……本当にどれがいいんだろうな」

 

ちなみにこの部屋にいるのはコーヒー一人だ。メダルスキル選択は専用の部屋に個別で転送される為、自分一人でスキルを決めなければならない。

 

「【聖剣術】……【龍槍】……【追刃】……【追刃】は近接武器限定か……チッ」

 

【追刃】は武器での攻撃が成功した時にその攻撃の三分の一の威力の追撃が発動するスキルだが、それは近接武器のみに設定されている。それが無ければ、迷わず取っていたのにとコーヒーは舌打ちする。

 

この調整は運営のメダルスキルチェックによる修正であることをコーヒーは知るよしもなく、他のスキルを確認していく。

 

「【攻防一体】……【鷹の目】……【鷹の目】は対象との距離が数値でわかるようになるスキルか……」

 

対象との距離が分かれば、ギリギリの射程距離から相手を狙うことが可能となる。【遠見】と合わせれば益々狙撃手としての行動もしやすくなる。

 

「一つ目はこの【鷹の目】にするか。あと一つは何にすべきか……」

 

メダルスキルを一つ選択したコーヒーは再びパネルとにらめっこを続けていく。

 

「……ん?【避雷針】?なんだこのスキルは?」

 

コーヒーは疑問に思ってスキル【避雷針】の詳細を確認していく。

 

===============

【避雷針】

一度だけ雷攻撃を誘導、吸収する手持ちサイズの小さな杭を形成する。

吸収した雷攻撃はMPに変換され、自身のインベントリにストックすることができる。最大ストック数は3。

吸収された雷攻撃によってMPの変換量は変化する。

口上

誘うは雷針 漲る雷を集約せよ

===============

 

 

「……これ、使える」

コーヒーはそう呟いて、【避雷針】を選択し、取得する。

こうしてスキルを選択し終えたコーヒーは、ここに転送された時と同じように、光に包まれて消えていった。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

メダルスキルを選び終えた後、コーヒーはイズの店の中で……正座していた。

 

「へー。あのゴーグル、壊しちゃったんだー?」

「は、はい。相対したボスモンスターの装備破壊能力が凄まじくて……」

 

仁王立ちで腕を組み、片手にはハンマーを持って笑顔を崩さないイズを前に、コーヒーは冷や汗を流しながら事情をちゃんと説明する。しかし、説明を聞き終えたイズの背後から覗かせている般若は消えないままだ。

 

「もちろん装備はいつか壊れるものだけど……いつも言っていたよね?装備はちゃんと大事にしなさいって」

「は、はい……」

 

イズの言葉にコーヒーは怖じ気ついたように素直に頷く。

コーヒーはもといた場所に再び帰還してすぐ、新しい装備品を作ってもらおうとイズのお店に赴いた。

そこでイズがゴーグルはどうしたのかと聞いた際、コーヒーは正直に答えた結果、こうなったのである。

 

「まあいいわ。それで、今回はどんなデザインにするの?素材は十分にあるんでしょ?」

「あ、はい。後、その前にこれを」

 

コーヒーはそう言ってインベントリから【職人のレシピ】の巻物を取り出して献上するようにイズへと差し出す。

 

「これはスキルの巻物よね?」

「はい。スキル名からして生産職向けのスキルなので、俺じゃまったく意味がないのでイズさんに有効活用してもらおうかと。後、スキルの詳細は確認してません」

「そうなの。じゃあ、遠慮なく使わせてもらうわ」

 

コーヒーの言葉に納得したイズは素直に受け取って巻物を広げ、スキル【職人のレシピ】を取得する。

 

「どんなスキルだったんですか?」

「そうね……簡単に言えば補助装備が作れるようになったわね」

「補助装備?」

 

聞き慣れない言葉に首を傾げるコーヒーに、イズは丁寧に説明し始めていく。

 

「ええ。補助装備というのはね、大剣やハンマー、クロスボウや斧といった、一つしか装備出来ない武器のスロットに装備できる装備品なの。具体的には腕にくくりつける本当に小さな盾とか矢筒、臨時のアイテムポーチが作れるようになるスキルね。性能は説明欄を見る限り、本当にちょっとしたものになりそうね。後、【強化】の成功確率も幾ばくか上がったわ」

 

どうやら生産職プレイヤーにとってはかなり当たりなスキルのようである。

 

「それじゃあ、早速依頼を受けましょうか。素材は持ってきてるんでしょ?」

「あ、はい。もちろんです」

 

コーヒーは言うが早いか、今回のイベントで手に入れたものも含めた素材を次々と取り出していく。

もちろん、あの【幻想鏡の欠片】もだ。

 

「【幻想鏡の欠片】……随分と変わった素材アイテムね」

「はい。かなり特殊な素材だとは思うんですが……」

「これを使って新装備を作るのね?」

「はい。思いきってサングラスをお願いします」

「オーケーよ。補助装備も一緒に作る?」

「じゃあ、矢筒をお願いします」

 

作ってもらうものとそのデザインが決まっていき、製作費の相談になったことで……最大の問題が発生した。

 

「作る装備の種類とデザインもこれで決まりね。後はお金だけど―――」

 

画面を操作して色々と確認していたイズが急にピタリと止まった。

イズは目を瞬きした後、何かを確認するように画面を操作した後、神妙な面持ちでコーヒーに向き直った。

 

「コーヒー。【幻想鏡の欠片】を使って装備を作るとなると……相当お金がかかるわよ」

「え?」

 

イズの真剣な言葉に、コーヒーは思わず間抜けな声を出してしまう。

オーダーメイドは素材を幾らか持ち込めば、装備一式でも100万に抑えられる。

コーヒーは今まで貯めた素材を殆ど消費する形でイズに渡したのだが、そのイズが相当お金がかかると言ったのだ。

ようやくそれを理解したコーヒーは恐る恐るといった感じで尋ねた。

 

「……何れくらいかかるんですか?」

「最低でも一つ1000万」

 

その瞬間、コーヒーの顎がカクンと下がった。

1000万。普通のオーダーメイドの十倍の値段である。

 

「二つ作るとなると合計で最低2000万になるけど……どうする?お金、足りる?」

 

イズの言葉が店内に虚しく響く。

コーヒーは悩みに悩んだ末、今まで貯めてきたお金を全部吐き出すことにするのであった。

 

この後、サリーからのメッセージ―――メイプルがシロップで空を飛び回って毒の雨を降らせたというメッセージにコーヒーは「うわぁ……」と、実際に見たサリーと同じ言葉を溢した。

そして―――

 

「あれだけ念押ししたのに何やってんだよぉおおおおおおおおっ!?」

「すいましぇえええええええええええええんっ!!」

「は!?CFが取ったスキルはどうなっている!?」

「確認します!【鷹の目】と……【避雷針】……です」

「【鷹の目】はともかく……【避雷針】?」

「なんで【避雷針】なんだ?いや、まさか……」

「そういえば、あれに制限は設けてなかった……」

「それに【天空殿】の【幻獣の卵】の中身は……」

「「「「…………」」」」

「最悪だぁあああああああああっ!?」

「これじゃあCFは魔法を連発し放題じゃないか!?」

「うわあああああ!うわあああああ!!」

 

運営は滅茶苦茶泣いていた。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

翌朝。学校にて。

 

「おはよー、本条さんに白峯さん」

 

浩は何時ものように教室に入って、いつも通り早く登校している本条と白峯に挨拶すると。

 

「はっ!?敵!?」

 

本条が振り返りながら右手を腰に持っていき、左手を突き出していた。

 

「「…………」」

「……あ」

 

本条のその行動に浩と白峯は無言。本条がやってしまったという表情となり、ちじこまっていく。

 

「……完全にゲームの癖が出てるぞ本条さん。今日は本当に気をつけた方がいいぞ」

「う、うん……」

「言ってる傍から何やってるのよ……」

 

まあ、ゲーム内時間で七日も連続でやっていたのだ。向こうでの習慣が思わず出ても不思議ではない。自身が体感するゲームではわりと最初にやらかす失敗である。

 

「新垣の方も気をつけた方が良いわよ。現実でも厨二病患者呼ばわりされたくなかったらね」

「分かってるさ。というか白峯さん。俺を厨二病患者と呼ぶな。本当に不本意なんだからな」

 

白峯の揶揄するような注意に、浩は仏頂面で言葉を返す。

流石にゲーム内時間とのズレで眠気があるが、まだ堪えられるレベルであるし、昔一度反射的にゲームの動きをして以来、そういった事には気をつけているのだ。

 

そうしている内にチラホラと他の生徒が教室に入ってきたので、浩はさっさと自分の席に向かっていく。

そして、今日は特に気をつけて過ごそうと考えながら一限目の授業を受けていると……

 

「ん……ん?……ふぁ……もう見張り交代?……あれ?」

 

本条が伸びをしつつ中々に大きな声でそう言っていた。

 

「…………」

 

当然、本条の発言に教室がざわめき、浩は可哀想な目を本条に向ける。

 

「……授業に集中するように」

「は、はい……ごめんなさい」

 

その本条は先生に注意されて小さくなっていた。

 

その日のログインでは―――

 

「しばらくゲームを休むことにしたんだな、メイプルは」

「うん。今日は四回も失敗しちゃったからね。このままだと本当に支障をきたしそうだったし」

「あれから二回も失敗したのかよ……いや、一つ心当たりがあるけど」

 

サリーの言葉にコーヒーは何とも言えない表情で呟く。

コーヒーの心当たりとは、三限目の休憩時間で二人が一度教室から出て、帰ってきた時に件の人物が俯いていた時だ。

 

「三回目はCFの時と同じ失敗よ。それで、今日はCFはどうするの?」

「……資金稼ぎに素材集めに没頭しようかと。新しい装備の出費でカツカツなので」

 

また同じ失敗をしたメイプルに内心で同情しつつ、コーヒーは今日の予定を伝える。

例の装備品の出費で財布の中身は三桁。流石に寂しすぎる。

 

「……一体いくら使ったのよ?」

「例の素材を加えると最低1000万。二つだから2000万だ」

「……うわぁ」

 

サリーが分かりやすくドン引きしている。

そりゃそうだ。オーダーメイドでも装備一式で100万なのに、装備一つだけでその十倍の値段がかかっているのだから。

 

「メイプルも似たようなアイテムを持っていたから、今後の参考に伝えておいた方がいいぞ」

「そうね。メイプルが戻ってきた時に話しておくわ」

「そんなことしなくても現実で連絡……あ、無理か。下手にゲームの情報伝えたら、またやらかしかねないか」

「理解が早くて助かるわ」

 

その後、幾ばくか話し合った後、コーヒーはサリーと一緒に資金稼ぎをするのであった。

 

 

 




感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最高傑作の装備とギルド設立

てな訳でどうぞ


メイプルがログインしなかった三日間、ゲームに新しい要素が追加された。

一つ目は防御貫通攻撃に対抗できるスキルの追加。これは【クラスタービット】にもあるが、今回追加されたスキルは常時発動するものではない。

まあ、常時発動なんかにしたらメイプルが止められなくなるからそんなスキルは出てこないだろうが。

 

二つ目は……【ギルドホーム】の追加、否、解放である。

この階層の建物は、NPC関連を除けば全部中へ入ることが出来ないものだったが、その理由が今回の為のものであったのなら説明がつく。

 

【ギルドホーム】は、新しくフィールドに現れた【光虫】という金色の虫のモンスターを倒すことで、確定でドロップする【光虫の証】を使うことで購入する権利を手に入れることが出来る。

【ギルドホーム】があるとステータスアップの恩恵があるので、実装されてすぐに多くのプレイヤー達はギルド設立の為に動いていた。

 

しかし、【光虫の証】には限りがあり、加えてランクもあるようで、ランクは虫の種類によって変わっていく。それだけではなく【ギルドホーム】の購入には500万もかかるのだ。

 

その為、ギルドのメンバーは仲の良い者達や派閥のような集団で構成されたものが多く、真っ先に設立して有名となったのが、第一回イベントから存在していた大きな集団がそのままギルドへ移行した【炎帝ノ国】と、ペインを筆頭とした上位プレイヤー達が集った【集う聖剣】の二つである。

そんな新要素にプレイヤー達が賑わう中、コーヒーはイズの店に来ていた。

 

「イズさんはまだギルドに入っていないんですね。てっきりあちこちから来る誘いの一つに乗っているとばかり思ってましたが」

「そうなのよ。確かにあちこちから誘いはあるけど、正直悩んでいるところなのよね。そういうコーヒーは?トッププレイヤーの一人だから色々な人達から勧誘を受けているんじゃないの?」

「確かに俺もあちこちから誘いは受けてますが、今のところは断ってますね。ぶっちゃけメイプル次第といった感じです」

 

運営からのギルド要素が追加されたという通達が来た後、コーヒーはサリーと共に光虫を狩り、【ギルドホーム】購入の資金集めをしていたのだ。

最も、【ギルドホーム】の購入費を出すのはサリーで、コーヒーはサリーの方にドロップアイテムを多めに譲っていたが。

 

そのかいあって、コーヒーのゲーム内の財布は七桁代にまで戻り、サリーは【ギルドホーム】を買っても十分なお釣が返ってくるまでに稼げた。

サリー曰く、メイプルはこういう面白そうなものには絶対に食いつくとのこと。もしメイプルがギルドを作るなら、コーヒーはそこに入るということでサリーと話し合っていた。

 

「まあ、それより……完成したんですよね?新装備」

「ええ。つい他の依頼をそっちのけにしちゃったから早く完成したわ」

 

イズはそう言って、カウンター前にレンズが薄い紫のサングラスと紫のラインが入った黒い矢筒を置く。

コーヒーは早速サングラスと矢筒を装備する。矢筒は肩でなく腰にではあるが。

 

ピロリン♪

『オーナー登録されました。以降は他者への譲渡は不可能となります』

 

「……へ?オーナー登録?」

 

装備した矢先の通知にコーヒーが困惑していると、イズが苦笑しながら説明を始めていく。

 

「それらの装備は一度装備すると装備したプレイヤーにしか使えなくなるのよ。それに、驚くのはまだ早いわ。今装備したものの能力を確認してみて。さっきよりも驚くから」

 

イズのその言葉に疑問を感じながらも、コーヒーは言われるがままに装備の能力を確認する。

 

 

===============

《幻想鏡のサングラス》【HP+50 MP+20 AGI+40 DEX+30 INT+15】

【破壊不可】

【夢幻鏡】

===============

 

===============

《カレイドエビラー》【DEX+5】

【破壊不可】

【ミラートリガー】

===============

 

 

「……スキルが付いてますね。それも二つずつ」

 

本来ならオーダーメイドの装備品には付かない筈のスキルに、コーヒーは目を丸くして画面を凝視してしまっている。

そんなコーヒーに、イズは笑いを堪えながら説明を続けていく。

 

「そうなのよ。製作する時に分かったことだけど、素材の【幻想鏡の欠片】はスキルが付与されるレアアイテムだったのよ」

「スキルが付与される素材……相当レアな素材だったんですね」

「ええ。たぶん、今後のアップデートでスキルを付与できる素材自体は出てくるでしょうけど……コーヒーが手に入れたようなアイテムは早々出ないでしょうね。その二つは【強化】が出来ないから、はっきり言ってオーダーメイドによるユニーク装備ね。おかげで経験値も本当にすごかったし、その二つだけでレベルが三つも上がったわ」

「本当にご満悦ですね……」

「当たり前よー。間違いなくこの装備品は私の中の最高傑作に入るものだし、そんな凄い装備を作れて大満足だったしね。ついでにスキルの方だけど、【夢幻鏡】はスキル発動の五秒以内に攻撃を受けると、それを無効化して半径10メートル以内の場所に任意でAGIを無視して瞬時に移動できるのよ」

 

イズの説明を聞きながらコーヒーはスキルを確認していく。

あの偽物が使っていた【夢幻鏡】はリキャスト時間5分、使用回数は3回と少ないが相当強力なスキルであることには違いない。

 

「次に補助装備のスキル【ミラートリガー】だけど、これはコーヒーにとって相当強力なスキルね。クロスボウ装備時にしか効果を発揮しないけれど、矢を発射してから0.5秒後に自動で次の矢が発射できる状態になるスキルね」

「【夢幻鏡】以上にヤバいスキルですね……完全に弾切れ無しの銃じゃないですか」

「本当にそうよね。最後の【破壊不可】は文字通りのスキルね。おかげで整備しがいがないわ」

「あはは……」

 

イズのその言葉にコーヒーはが苦笑いしていると、サリーからの通知が来る。

内容は予想通り、ギルドに関することでメイプルもギルドを設立したとのこと。メンバーにカスミとカナデを誘ったから、コーヒーも噴水がある広場に来るようにとのことだった。

 

「メイプルちゃんもギルドを作ったのね。メイプルちゃんのギルドかぁ……すごく面白そうね」

「……もし良かったらメイプルのギルドに入ります?」

「いいのかしら?」

「まあ、まずは本人達に確認ですね」

 

コーヒーはそう言って、『イズさんは現在フリー。メイプル達さえ良ければギルド加入を希望』というメッセージをサリーに送信する。

そしたら一分もしない内にメイプルから大歓迎のメッセージが届いた。

 

「どうやら大丈夫のようです」

「そっかー。じゃあ、一緒に行きましょうか」

 

こうしてイズもメイプルが設立するギルドに加入することが決まり、一緒に集合場所である広場へと向かっていく。

数分で広場に着くと、既に噂の人物達が集まっていた。

 

「コーヒーくん!イズさん!」

「久しぶりねメイプルちゃん。歓迎してくれてありがとね」

「少し遅かったか?そっちの赤いのが……」

「カナデだよ。話はメイプル達から聞いてるよ。よろしくね、CF」

 

初対面から略称で呼ばれたコーヒーは思わず体を硬直させてしまう。

 

「あれ?違っていたのかな?カスミが君のことをCFって呼んでいたし、なんか響きがカッコいいからそっちで呼んだんだけど」

「ああ、いや……間違ってはないんだ。間違っては……」

 

コーヒーは不本意な略称呼びが本当に定着しつつあることに肩を落としながら、カナデと握手を交わす。

 

「というかクロム。お前も一緒だったんだな」

「ああ。と言っても、誘われたのはついさっきだからな」

 

どうやらクロムもメイプルのギルドに誘われたようである。

一通りの挨拶を終えた一同は、サリーが待っている【ギルドホーム】へと向かっていく。

メイプルが選んだ【ギルドホーム】は大樹を加工して作った、天然の隠れ家のような建物だった。

 

「ただいまー!」

「おかえり、あれ?イズさんはともかくクロムさんも一緒だったんだ」

「偶然会って、入ってくれるって!」

「じゃあ全員登録しちゃおう」

 

サリーの言葉で、コーヒー達はそれぞれ奥の部屋にある青いパネルに入力し、ギルドへの加入を済ませていく。

 

「そういえば……ギルドの名前を決めないとね」

「ギルドマスターはメイプルだから、メイプルが決めたらどうだ?」

「そうだね、僕も賛成だよ」

「ああ。私もそれがいいと思うぞ」

「そうね、皆メイプルちゃんが理由で集まったものだし」

「そうだな、俺も同じ意見だ」

 

全員からそう言われ、メイプルは顎に手を当ててギルド名を考えていく。

しばらくして思いついたのか、メイプルは青いパネルを操作し、振り返って宣言した。

 

「【楓の木】!私達のギルドの名前は【楓の木】にしました!」

「【楓の木】か……良い名前だね」

「ええ。【ギルドホーム】の外見にもぴったりね」

 

ギルド名にイズとカナデは称賛の言葉を送り、コーヒー達も頷いて賛成の意を示す。

 

「それじゃ早速……シロップ!【覚醒】!」

 

メイプルが《絆の架け橋》が着いている手を掲げ、その場にシロップを呼び出す。

メイプルのその行動に、サリーとコーヒーは理由をすぐに察してそれぞれの手を掲げた。

 

「朧!【覚醒】!」

「ブリッツ!【覚醒】!」

 

サリーとコーヒーも互いの相棒を呼び出し、朧とブリッツもシロップがいる机の上に降り立つ。

 

「あら、可愛い子たちね」

「そうだね、すごく可愛いよ」

「おいおいちょっと待て!メイプルちゃんはともかく、サリーちゃんとコーヒーもかよ!?」

 

クロムだけが泡を食ったような表情となる中、コーヒー達はテイムしたモンスターの紹介をしていく。

その流れで、例の空の旅も話した際―――

 

「空の旅かー。僕も一緒に堪能してみたかったよ」

「メイプルちゃんもそうだけど、コーヒーもやっぱり普通じゃなかったな……」

「味方だから別にいいんじゃないかしら」

 

三者三様の反応をするのであった。

こうして、メイプルが設立したギルドは少人数のギルドとして活動していく。

そして後に【人外魔境】や【魔界】、【厨二の源泉】などとと呼ばれたりするようになるが、それはまだまだ先のことであることも、コーヒー達は知るよしもなかった。

 

 

 




感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ギルドで素材集め

てな訳でどうぞ


ギルド【楓の木】を設立した翌日。

コーヒーはメイプルとカナデ、イズと一緒に鉱山に向かっていた。

 

「これが噂の空飛ぶ亀くんかー」

「これは噂になって当然よね」

「本当にメイプルは素でやらかすなぁ……」

 

巨大なシロップに乗ってフィールドを飛んでいるカナデとイズ、コーヒーはそれぞれの感想を洩らす。

メイプルはメダルでスキル【念力(サイコキネシス)】を取得。シロップのスキル【巨大化】と合わせてシロップと一緒に空を飛ぶという考えを実行したとのこと。

 

その理由が【クラスタービット】のようにシロップと一緒に空を飛びたいからという理由だけでだ。

念力(サイコキネシス)】は本来はモンスターの抵抗によって消費MPが変動するのだが、シロップはメイプルのテイムモンスターなので、全く抵抗しないからMP消費は0。つまり、無制限である。

 

この飛行方法、【クラスタービット】よりかなり便利すぎる。【クラスタービット】には一人一つという人数制限があるのに対し、こちらはシロップに乗せられるだけいけるのだから。

 

「今日はカナデとイズさんが採掘、メイプルが護衛で俺は両方。ピッケルもレアドロップ率に補正がつくのを拝借してくれたから頑張っていこー」

「「「おおー!」」」

 

コーヒーの宣言に、メイプルとカナデ、イズは腕を掲げて同意する。

今日の目的は【ギルドホーム】内の工房に素材を溜め込むために、ギルドメンバーは二手に別れて行動している。

 

カナデは第二回イベントの中で手に入れたルービックキューブ型の杖のスキル【神界書庫(アカシックレコード)】でスキルレベルが中またはVで固定された生産、戦闘、その他の各スキルからランダムで三つ、合計九個のスキルが一日限定で使える。

そのスキルで【採掘V】が出たから鉱山班に配属されたのである。

 

「あー、また下のプレイヤー達が魔法と矢で攻撃してきてるね」

「全部コーヒーの【クラスタービット】で防がれてるけどね」

 

下の方から飛んでくる魔法と矢を、シロップの周囲に展開していた【クラスタービット】で悉く防がれている光景を収めながらカナデとイズは呟く。

フィールドをふわふわと飛んでいる亀という姿に、シロップをレアモンスターと間違えて攻撃を仕掛けるプレイヤーが後を絶たない。

 

攻撃が来る度にメイプルが急降下してプレイヤー達に注意しているのだが、その度に足が止まってしまっているのが現状だ。

なので、コーヒーはイラッとして実力行使に出てしまった。

 

「迸れ、蒼き雷霆(アームドブルー)。昇るは助力を願う晃雷 降り注ぐは裁きの雷雨 咎ある者達に神罰を―――降り注げ、【ディバインレイン】!」

 

空に向かって掲げたコーヒーの手から一筋の蒼い雷が空へと昇る。

その蒼い雷は一定の高さに到達すると、無数の落雷となってフィールドに降り注いだ。

【名乗り】と【口上強化】で強化された無数の落雷はモンスターはおろか、シロップを攻撃しようとしていたプレイヤー達も容赦なく吹き飛ばしていく。

 

「「「…………」」」

「これでしばらくは下も大人しくなるだろうな。今の内に目的の場所へゴー」

 

この日、『空飛ぶ亀が怒って雷を降らせた』と話題となるのだが、当の本人達は知るよしもなく鉱山へと向かっていく。

辿り着いた洞窟内ではイズとカナデが採掘、メイプルは弱い毒攻撃で護衛、コーヒーも二人を護衛しつつ安全が確保されれば採掘に参加と鉱石を求めて奥へ奥へと進んでいく。

 

「鉄鉱石、灰結晶、石ころ……」

「まあ……ここは種類が多い分、レアな鉱石が出にくいからな。多少は仕方ないだろ」

「そうそう!質より量だよ量!」

「メイプルちゃん……それは流石に……」

 

メイプルの発言にイズは苦笑い。コーヒーとカナデも似た反応である。

鉱石ならば量より質だ。

 

コーヒーは苦笑いしつつ、背後から近づいてきていたゴーレムの頭部に、《カレイドエピラー》に付与されているスキルによって六角形の紫の鏡が追加されたクロスボウを構え、連続で引き金を引く。

文字通り、銃弾の如く連続で放たれた矢は多少はズレつつもゴーレムの頭部に全部突き刺さり、光の粒子となって消えた。

 

「弦を引っ張る必要が無くなったから、完全にガンマンだな。連続で撃つと反動もあるし練習しないとな」

「これでガンマンポーズを取ったら様になるね」

「それカッコいい!カッコいいよ!!」

「せっかくだしやってみたら?」

「勘弁して下さいマジで」

 

三人からのガンマンポーズコールに、コーヒーは土下座してはね除ける。

本当に情けない光景だが、自身のメンタルが守れるなら安いものである。

 

「あ、そういえば私も【名乗り】を取得したんだよ!口上は『蹂躙せよ、終焉城塞(ラストキャメロット)』なんだ!すごくカッコいいよね!!」

 

どうやらメイプルも【名乗り】を取得したようである。

終焉城塞(ラストキャメロット)……あまりにもメイプルに似合い過ぎている。

 

「そ、そうだな……凄く似合ってるよ」

「そうね。メイプルちゃんにピッタリね」

「そうだね。僕の場合は何になるのかな?」

 

コーヒー達の感想に、メイプルはどや顔で受け取る。

その後、最奥まで採掘したコーヒー達は、しれっと来た道を全部覚えていたカナデの案内で一度も道を間違うことなく外に出るのであった。

ちなみに採掘はイズもいたことで上々の結果だった。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

一方、森の中で木材と布のドロップアイテムを集めていたサリー、クロム、カスミはモンスター達と戦っていた。

 

「【二式・水月】!」

 

サリーが一回転しながら両手のダガーを振るうと、斬撃がまるで波紋のように広がって周囲のモンスターを斬り飛ばしていく。

無論それだけではなく、攻撃をヒラリヒラリとかわすサリーの体からは青白いオーラが溢れ出ているのだ。

 

「サリーちゃんも普通じゃなかったか……」

「その青白いオーラは……?」

「スキル【剣ノ舞】って言います。攻撃をかわす度にSTRが1%上昇するんですよ」

 

クロムとカスミにスキルを説明するサリーに、周囲のモンスターが攻撃を仕掛けていくが、サリーはスレスレで回避していく。

その内の一体が、サリーに向かって魔法攻撃である風の刃を放つも―――

 

「【一式・流水】」

 

サリーは右手のダガーで風の刃を弾いて明後日の方向へ飛ばした。

 

「お、おいっ!?今、魔法を弾かなかったか!?」

「今のスキルは一体……」

 

あまりにもあり得ない光景にクロムとカスミが驚く中、サリーは律儀に今の芸当の手品を明かす。

 

「【一式・流水】。【流水短剣術】の中にあるスキルの一つですよ。発動してから三分の間、炎や水等の実体のない攻撃が弾けるようになるんですよ。交換してくれたCFには感謝しないとね」

 

無論、弱点はある。

【一式・流水】中は武器の耐久値の減少が三倍に膨れ上がる為、本来は多様することが出来ないスキルだ。

しかし、サリーのダガーはユニーク装備。破壊不可であるため耐久値を気にせずに使うことが出来る。

まさに『回避盾』を目指すサリーにぴったりなスキルだった。

 

「まあ、STRは高い方じゃないからメイプルの【毒竜(ヒドラ)】やCFの【リベリオンチェーン】のような強力なやつは弾き切れませんし、【剣ノ舞】の上昇値が最大でもメイプルを貫くにはちょっと無理があるんだけどね」

「……メイプルのVITは一体どのくらいなんだ?」

「メイプルに聞いてみたら?たぶん教えてくれると思うよ?」

「ちなみにメイプルちゃんとコーヒー。戦うとしたらどっちが良いんだ?」

 

クロムの質問に、サリーは少し考えながらも答えた。

 

「んー……正直どっちもどっちですかね。メイプルはVITが凄い上にスキルも凶悪だし、CFは手数が多く武器の相性があるので。特にあのスキルはプレイヤー向けだし」

「ああ。第二回イベントでCFが手に入れた【クラスタービット】か。あれは本当に凶悪だからな。下手をすれば丸裸だ」

「丸裸!?」

 

カスミの言葉の一つにクロムが大袈裟に反応する。

いや、実際に丸裸になることはないから例えだとは分かってはいるが。

 

「……一体何を想像したのだ?」

「そういえば、メイプルに最初に会った時クロムさんは衝動的に連れて来たと言ってたそうですね……通報した方がいいんでしょうか?」

「待て待て待て!あれは言葉の綾だって!それに、丸裸なんて聞いたら誰だって驚くだろ!?それとその話、誰から聞いたんだ!?」

「CFから」

「コーヒーィッ!!」

 

サリーの言葉に、二人から冷たい視線を向けられたクロムは思わず頭を抱えそうになる。

二人の中でクロムの株が下がっていく中でも、クロムはちゃんとモンスターと戦闘をしている。

クロムの戦闘は堅実。メイプルのような派手さはないがプレイヤースキルは確実にメイプルを上回っている。

メイプルは素のVITが高く、【悪食】持ちの大盾ゆえに上達しづらいのが原因だが。

 

「我が堅牢な盾は打ち砕く鎚となる!【シールドアタック】!!」

「……クロムも()()を取得したのか」

「……CFの影響もしっかり出てるわね」

 

クロムの【口上強化】による攻撃に、カスミとサリーは何とも言えない表情となる。

メイプル、サリー、コーヒー、カナデは異常枠。

イズは生産の面なら異常枠に片足を突っ込んでいる。

普通枠はクロムとカスミの二人だけである。

 

ちなみに厨二病患者という視点で見ればサリーとカスミ、イズが普通枠だ。

クロムは片足を突っ込み、【詠唱I】を取得しているカナデは面白そうとノリノリ。後は言わずもがなである。

……厳密に言えば、スキルで髪と瞳の色が変わるカスミにも厨二病の要素があるのだが。

 

「私も……このギルドにいる内に色々な意味で【普通】でなくなるのか?」

「なるんじゃないか?口上もゲームだと割り切れば、結構お得だし」

「メイプルやCF色に染まっていくかもね」

 

これを素直に喜んでいいのか微妙なところである。

ドロップアイテムを十分に回収し終えたサリー達は、町へと戻っていく。

無事に合流した七人は【ギルドホーム】に向かうのだが……周りから物凄く注目を集めていたのは言うまでもない。

 

 

 

 




主要原作キャラは強化された(テッテレー♪
リスクがリスクとして機能しないのは……【普通】じゃないから、ね?
感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

クエスト【罪架の刻印】

てな訳でどうぞ


素材集めからおよそ十日後。

コーヒーは第二層の町を歩き、否、捜索していた。

 

「うーん……ここにも誰もいないか……」

 

コーヒーは中央から外れた場所にある家を片っ端から捜索し、中が空き家で誰もいない状態が続いている。

コーヒーがこんな行動をしている理由はただ一つ。何かしらのクエストのフラグがないかである。

実は先日、メイプルがイズのオーダーメイド装備のお披露目と共に新スキルまで披露したのだ。

 

そのスキルの名は【身捧ぐ慈愛】。

このスキルはメイプルの【毒竜(ヒドラ)】やサリーの【流水短剣術】、コーヒーの【雷帝麒麟】と同じようにいくつものスキルが内包されたスキルだが、その中身が強力だった。

 

そのスキルは基本HPを代償に発動するスキルなのだが、その内の一つがメイプルを中心に形成された光のエリア内のパーティーメンバー全員に常に【カバー】が働くスキルなのだ。

早い話、このスキルのエリア内にいる限りはメイプルを倒さないと他のメンバーが倒せなくなるのだ。

 

それも、誰かに当てなければならないという鬼畜仕様で。

サリーは普通に避け、クロムは大盾で防御、カスミもサリー程ではないが避ける。

戦闘員として当たるのはカナデくらいで、コーヒーに至っては避ける以外にも【クラスタービット】がある。

 

というか、コーヒーの【クラスタービット】と併用したら益々鬼畜仕様である。

装備無しでもVITが1000を超えるメイプルにダメージを与えるには貫通攻撃しかなく、その貫通攻撃を【クラスタービット】で防がれでもしたら……相手は涙目となるだろう。

 

実際、その事実に真っ先に気づいたサリーは盛大にドン引きし、メイプルはコーヒーと一緒ならもっと皆を守れると大はしゃぎ。コーヒーは遠い目となり、他のメンバーは顔が引き攣っていた。

 

ちなみにスキル発動中のメイプルは背中に一対の白い翼と頭の上に天使の輪、髪は金で瞳は深い青色とまんま天使の姿となる。

 

そんな圧倒的な力を見せつけたメイプルを前に、コーヒーもまた新しいスキルを手に入れようと町の捜索に乗り出したのである。

 

「ここも……空き家か」

 

コーヒーは扉を開けるも部屋は一つ。ボロボロのベッドと小さなテーブルがあるだけで人はいない。

 

「……ん?なんだこれ?」

 

コーヒーはテーブルの上に置かれてあった四方10センチ程の小さな(はこ)を手に持つ。

 

「アイテム名……【聖刻の道標】?アイテム名しか分からない何て……普通のアイテムじゃないだろ」

 

一応インベントリにしまえるので、何かしらの特殊なアイテムだとは思うが使い道が分からない。

この分だと今日の成果はこのアイテムだけだと思いつつ外へと出ると、家に入った時にはいなかった老人が他の家の壁に背中を預けて地面に座っていた。

 

「おや、こんな辺鄙な場所に人とは珍しい。少しばかり年寄りの話に付き合ってくれんかの?」

コーヒーの目の前に青色のプレートが浮き出てくる。

 

 

==================

クエスト【罪架の刻印】を受注しますか?

《Yes》/《No》

==================

 

 

どうやらあのアイテムはイベントフラグを立たせる為の鍵だったようだ。

コーヒーは迷わずに《Yes》のボタンを押すと老人は再び話し始めた。

 

「遠い昔、とある強大な力を有した聖なる武具があったそうじゃ。その武具は持ち主に刻印を刻んで大きな恩恵をもたらし、町に平和をもたらしておったそうじゃ。じゃが、その聖なる武具は突然現れた邪悪なる者によって、触れた者を異形の怪物に変える邪悪なる武具へと堕ちてしまったのじゃ。その邪悪に堕ちた武具は此処より北東にある遥か遠くの地に封印され、今もそこで眠り続けていると言われておる。この話はすべて儂の祖父から聞いた話じゃ。お伽噺として聞かされたから真実は定かではない……これで話は終わりじゃ。話に付き合ってくれてありがとうの」

 

そこで青いモニターが現れクエストの詳しい説明が表示される。

クリア条件は【血濡れの聖堂】にいるボスモンスターの撃破だそうだ。

 

「うへぇ……またボスモンスターとのソロ戦闘か……NPCの話の内容からして報酬は装備品なのかな?」

 

せっかく受けたクエストを破棄するのもどうかと思い、コーヒーは町から北東にあると思われる【血濡れの聖堂】へと向かうのであった。

ちなみに移動方法はメタルボードと命名した、スノーボード状にした【クラスタービット】で空を飛んで。

 

「此処が【血濡れの聖堂】か……サリーが見たらビビりそうだな」

 

空を飛んで15分。

コーヒーは上空からそれらしき建物を発見して地面に降り立っていた。

 

外見はどこにでもある聖堂なのだが、壁のあちこちが血で汚れており、周りの木々も枯れていて不気味さが強調されている。

これでアンデッド系モンスターが出もしたら、サリーは涙目で逃げ返っているのが想像出来る。

 

「にしても……こんな方法で此処に来て大丈夫だったのか?」

 

無論、大丈夫ではない。

本来、このクエストは道中のアンデッド系モンスターを撃退しつつ、青白い幽霊を追いかける形でここへ辿り着くのだが、空を飛ぶという異常手段でその過程をショートカットしてしまっていたのだ。

 

「ん?幽霊が聖堂の中に入っていったな。しかし、なんで確認するように後ろを向いたんだ?」

 

なので、NPCである幽霊の不自然な行動にコーヒーは首を傾げてしまうことになる。

そんなメイプル並みにやらかしてしまっている事実に気づくことなく、コーヒーは聖堂へと近づき、その扉を開ける。

聖堂の中はひどくボロボロであり、聖画やステンドグラスは見るも無惨な状態。

 

壁に等間隔で設けられた燭台も錆び付いて蝋燭の火も不気味に輝いている。

赤絨毯や長椅子も引き裂かれたようにズタボロだ。

しかも、黒く乾いた血の跡が壁や天井、地面に長椅子の至る所にこびりついているのだ。

 

「おおう……本当にホラー感満載だな……」

 

あまりにも生々しい光景に、ゲームとは理解しつつもコーヒーも流石にビビってしまう。

そんな凄惨と言える場所の祭壇には―――如何にも不気味な雰囲気を醸し出し、赤黒い線が無数に走っている黒い短槍が刺さっている。

 

しかも、その祭壇を中心に四本の短槍がバツ字を描くように配置され、その四本の短槍の中間を繋ぐような円陣が加わった奇妙な紋様が刻まれている。

 

「手に入るのは槍関係のやつかよ……」

 

自身の役に立ちそうにないものが報酬になりそうだと、コーヒーはガックリと肩を落とす。

とりあえずイベントを進めようと祭壇に近づこうとして―――天井からガラスが割れる音が聖堂内に響いた。

 

「!?」

 

突然のけたたましい音に、コーヒーは驚きながらも咄嗟にその場から飛び下がる。上を見れば天井のステンドグラスが粉々に砕け散って割れている。

そして視界を祭壇の方へと戻すと、頭に角を生やし、赤黒く染まっている身体は筋骨隆々。一見すると鬼のようにも見えるが、その顔は馬に近かった。

 

『グゥオオオオオオオオオオオオッ!!!』

 

その怪物が吼えると、怪物の後ろに祭壇を中心に描かれていた奇妙な紋様が紅い輝きと共に顕れる。

同時にその右手から赤黒い短槍が空間を裂いて顕れ、その手に握られる。

 

「あれがボスモンスターか?だけど……」

 

コーヒーは突然現れた怪物だけでなく、祭壇に刺さっている短槍にもHPバーが表示されていることに内心で首を傾げる。

もしかしたら、あっちの黒い短槍が本体なのかもしれない。

 

「迸れ!蒼き雷霆(アームドブルー)!穿つは閃槍 迸るは闇夜に煌めく雷光 雷槍と成りて敵を刺し貫け―――穿て!【サンダージャベリン】!」

 

コーヒーは【サンダージャベリン】を祭壇の黒い短槍に目掛けて放つ。

蒼い雷槍を受けた黒い短槍はHPバーを僅かに減少させた。

 

「本体だからHPが高めなのか?いや、武器という扱いだから減りが悪いのか?なら……」

 

コーヒーはそう呟くや否や、展開中だった【クラスタービット】を津波にして祭壇の黒い短槍に向かわせる。

蒼銀の津波に呑まれた黒い短槍はHPバーを【サンダージャベリン】を受けた時よりもダメージを受けたように減少し続けていく。

 

「ビンゴ!どうやらこっちの方が効くみたいだな!」

 

コーヒーはクロスボウで怪物を牽制しながら【クラスタービット】で黒い短槍を攻撃し続けていく。

 

『ウォオオオオオオオオッ!!』

 

怪物は天に向かって咆哮を上げると、上空に怪物が背負っている紋様が顕れる。

怪物は自身が持つ黒い短槍をその紋様に目掛けて投擲する。

投擲した黒い短槍が紅く光る紋様に直撃した瞬間、その紋様から無数の黒い短槍が現れて一斉に降り注いできた。

 

「マジかよ!?」

 

槍らしからぬ攻撃にコーヒーは驚きつつも、【クラスタービット】も使ってその槍の雨をかわし、防いでいく。

しばらくして槍の雨が止むと、怪物のHPは何もしていないのに半分以上減っていた。

 

「【クラスタービット】のHPが四分の一も削られるとか……どれだけ威力高いんだよ、あれ」

 

かわし切れない攻撃を【クラスタービット】で防いでいたコーヒーはあの攻撃の威力に内心で引き攣る。

しかし、まだ戦闘は終わってないので【クラスタービット】で再び例の黒い短槍を攻撃していく。

再び蒼銀の津波に呑まれた黒い短槍はHPバーを削られていき―――

 

パリン

 

『ウゥオオオオオオオオオオオオオオッ!?』

 

黒い短槍のHPバーが尽きて砕け散り、同時に怪物から絶叫と共に身体から光が放たれる。

 

オノレェッ!!コノママタダデハ終ワランッ!!キサマニ呪イヲ刻ミツケテヤル!!

 

叫ぶしか出来ないと思っていた怪物はそんな恨み言を残し、光となって消滅した。

 

ピロリン♪

『スキル【魔槍の呪い】を取得しました』

『スキル【魔槍シン】を取得しました』

 

新しいスキル取得の知らせ。

コーヒーはどんなスキルが手に入ったのかと画面を操作して確認していく。

 

 

===============

【魔槍の呪い】

HP・MP以外のステータスが常に50%低下する。

MPが自然回復しなくなる。

HP回復量が70%減少する。

※このスキルは【廃棄】出来ません。スキルスロット付与も同様。

===============

 

===============

【魔槍シン】

自身のHPを犠牲にして、上空から槍の雨を広範囲に降らす。消費するHPの量が多い程範囲は上昇する。

使用してから2時間の間、HP回復を一切受け付けなくなる。

口上

刻むは絶望 無明の闇へ誘うは千の槍 我が血潮で祈る間もなく消えるがいい

===============

 

 

「…………は?」

 

【魔槍の呪い】の内容にコーヒーは思わず目が点となる。

その後、画面を閉じたり、目を擦ったりしてスキルの内容を何度も確認するも、内容は変わらない。

やがて徐々に現実を理解していき……

 

「本物の呪いのスキルじゃねぇか!!」

 

コーヒーはその場に頭を抱えて蹲った。

【魔槍の呪い】はまったく良いとこ無しのバッドスキル。しかも【廃棄】は不可能。

呪い(笑)のスキルと呼ばれた【口上強化】、【名乗り】、【詠唱】等比ではない、本物の呪いのスキルである。

 

【魔槍シン】はHP代償の強力な攻撃スキルみたいだが、【魔槍の呪い】のせいでそれも台無し。

予想だにしなかった弱体化にコーヒーはショックを受けていると、青い画面がコーヒーの前に表示される。

 

 

===============

ボスモンスター【魔槍の傀儡】を倒さずに【堕ちし聖槍】を破壊したため。

エクストラクエスト【聖刻の継承者】が発生しました。

クエストを受注しますか?

《Yes》/《No》

===============

 

 

「……ん?」

 

新しいクエストが発生したことにコーヒーは疑問に感じつつも、投げ遣りな気分でクエストを受注する。

すると、自身のインベントリにしまっていた【聖刻の道標】が勝手にコーヒーの前に出てきたのだ。

目を白黒させるコーヒーの前で【聖刻の道標】は青い光を放つと、文字を形作っていく。

 

「二日後……再びこの地に……」

 

コーヒーが反芻するように呟くと、【聖刻の道標】から光が消え、自身のインベントリへと戻っていった。

 

「特別なクエストのフラグを建てたのか……これをクリアしたら【魔槍の呪い】が消えるのかな?というか、消えてほしい」

 

とにかく、二日後に発生するクエストを何としてもクリアすると決め、その日はログアウトするのであった。

 

 

 




元ネタは緑の神父。あれはカッコいいよネ!!
感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

エクストラクエスト【聖刻の継承者】

アニメでミィ様が詠唱していましたね(ゲス顔
彼女はどんな心境で唱えていたんでしょうかね?(ニヤニヤ
てな訳でどうぞ


あれから二日後。

コーヒーは再び【血濡れの聖堂】に訪れた。

昨日は弱体化した状態でどのくらい動けるのかと、ブリッツのレベル上げに力を注いだ。

 

MPが自然回復しないことから、回復手段はポーションとブリッツの【電撃】を【避雷針】でMPに変換した即席タンクのみ。

ブリッツはレベルが上がったことで新しいスキル【砂金外装】と【散雷弾】を取得した。

 

【砂金外装】は砂金を纏うことで自身の【AGI】が半分になる代わりに、体長が二倍となり【STR】【VIT】【INT】が二倍となる強化スキルだ。

【散雷弾】は名称から分かる通り、無数の小さな雷球を散弾のように飛ばす攻撃スキルである。

 

「さて……行くか」

 

ブリッツを肩に乗せたコーヒーは意を決して扉を開け、建物の中へと入る。

中は相変わらずの凄惨な光景。違いがあるとしたら黒い短槍がないことだけだ。

 

「何も起きないな……もしかしてあのアイテムを取り出さないといけないのか?」

 

コーヒーは試しに【聖刻の道標】をインベントリから取り出す。

取り出した【聖刻の道標】は淡く光り輝いており、宙に浮いてゆっくりと回転している。

その【聖刻の道標】は徐々に光を強め、回転も早くなっていき―――

 

「うおわっ!?」

 

【聖刻の道標】が室内全体を真っ白に染める程強く輝き、コーヒーの視界が白一色に染まる。

あまりの眩しさに目を瞑ったコーヒーがゆっくり目を開けると、そこはあの凄惨な場所ではなかった。

 

空は水色で、円上の広場はクリアブルーで構成されている不思議な空間だ。その中央には陽炎のように揺らめく人型が背中を向けて佇んでいる。

コーヒーはゆっくりとその存在に近づいていく。

 

『よくぞ来た人の子よ。私は《赦罪の槍》の光の側面、聖槍■■■■■■の化身……やはり名は喪われたままか……』

 

陽炎のように揺らめく存在―――純白の騎士甲冑で全身を被った、声からして男性らしき人物がコーヒーへと身体を向ける。顔はフルフェイス型の兜に隠れているので顔は分からないが。

 

『まずは感謝を述べよう。闇の側面、魔槍の化身を眠らせてくれて感謝する』

 

騎士が頭を下げて礼を告げるが、話が見えないコーヒーは首を傾げるしかない。

そんなコーヒーに、騎士は頭を上げて律儀に説明を始めていく。

 

『元々《赦罪の槍》は二つの側面を持っていた。一つは罪を穿つ魔槍の側面……もう一つが赦しを与える聖槍の側面だ。だが、邪悪なる者が槍に取り憑いたことで闇の側面が歪み、混ざり合い、一体化したことで《赦罪の槍》は魔槍としての力を強めてしまい、怪物に作り変える槍となってしまった。当時も間接的に触れるだけでも蝕み、怪物に作り変える魔槍の力に、人々は封印する以外に手がなかった。当然私も抵抗を試みたが、逆に取り込まれる結果となった……』

 

騎士は悔しそうに拳を握り締める。しかし、コーヒーはここであることに気づいた。

 

「まさか……【クラスタービット】無しだと相当キツいやつだった?」

 

コーヒーのその推測は間違っていない。

あの槍は剣や槍等の近接武器で攻撃すると、【侵食】というスキルの発動と動きを大きく制限する特殊な状態異常に陥る。

安全に破壊するには弓やクロスボウ、魔法で攻撃するしかないが魔槍の耐久値が高い上にボスモンスターも襲いかかってくる。

 

その為普通はボスモンスターを倒して通常ルートに進むのだが、コーヒーは装備破壊と防御に特化した【クラスタービット】を持っていた故に、比較的簡単に真ルートに突入してしまったのだ。

そんなコーヒーの呟きに、NPCの騎士は決められた台詞を続けていく。

 

『だが、私は取り込まれる直前で【聖刻の道標】に力の殆どを移した。代償として名を喪い、不確かな存在となってしまったがな……《赦罪の槍》が砕かれた以上、私はこのまま消え行く存在でもある。だが―――』

 

騎士はそう言葉を区切ると右手を頭上に掲げ、右手から一瞬だけ光を放つ。

光が消えるとその手には白い短槍が握られていた。

 

『一つ賭けをしよう。そなたが私を上回れば、その身に刻まれた呪いを解く手助けをしよう。刻まれた魔槍の力も駆使して全力で掛かってくるがよい』

 

騎士がそう宣言した途端、騎士にHPバーが表示される。完全に戦闘態勢である。

 

「この状態で戦闘かよ!本当にキツい戦いになるな!クソッ!」

 

コーヒーは吐き捨てながらもクロスボウを構えて距離を取る。

相手の武器が槍である以上、距離を詰まさせなければ勝機ある。そう考えていた。

しかし、その考えはすぐに砕かれることとなる。

 

『貫け【光雷槍】!』

 

騎士はそう叫ぶと同時に槍を突き出すと、槍から雷撃を纏った光線が放たれた。

距離を詰めるのではなく遠距離攻撃を繰り出したことにコーヒーは驚きつつも、すんなりとかわして矢を三発その腹に目掛けて放つ。

騎士は槍を巧みに振るって迫り来ていた矢を叩き落とした。

 

『槍だから距離を取れば勝てると思ったか?我が槍の真髄は遠距離攻撃……そなたの矢と同じである。距離を空けても意味はないのだ』

 

ご丁寧に説明した騎士にコーヒーはげんなりした顔を向ける。

何で自分が単体で戦う相手はこう……ハードモードなやつらばっかりなのかと。

しかし、勝たないと弱体化は解けそうにないので、コーヒーは深く息を吐いて気合いを入れ直す。

 

「ブリッツ、【針千本】!!」

 

コーヒーはブリッツに指示を出して背中の針を騎士に向けて飛ばさせていく。同時に【クラスタービット】も津波として飛ばしていく。

 

『天の雷よ 旋風となりて吹き荒れろ―――【雷陣旋風】』

 

騎士の周りから雷の嵐が吹き荒れる。その雷嵐はブリッツの針と【クラスタービット】の津波をいとも容易く吹き飛ばしていく。

この程度は想定内。なので、スキルが切れた瞬間を狙う。

 

「【ライトニングアクセル】!」

 

コーヒーは雷嵐が弱まったタイミングで【ライトニングアクセル】を使用。スキルスロットの効果で最初の五回はMP0で使える為、気にする必要がない。

 

「猛るは雷光 煌めくは蒼雷の一閃 その雷刃を以て敵を切り裂け―――【ボルティックスラッシュ】!」

走りながら口上を告げ、強化された【ボルティックスラッシュ】で切り裂く。

 

『ぐぅううっ!?』

 

脇腹を斬られた騎士は苦しげに呻く。HPバーの減少は僅かである。

 

「やっぱり弱体化の影響がキツいか!」

 

コーヒーのSTRとINTはスキルによって半分の半分。つまり20代くらいの火力しかない。

倒すには手数で攻め、【クラスタービット】を駆使し、ブリッツと協力しなければならない。

 

『【破邪洸昇陣】』

 

騎士が足下に槍を突き刺すと、コーヒーの足下から光が漏れ始める。

コーヒーは咄嗟に飛んでその場を離れた直後、光の柱が天に向かって昇っていく。

それも一発では終わらず、追いかけるようにコーヒーの足下が光っていく。

 

「本当にキツいな!!ブリッツ、【散雷弾】!」

 

コーヒーは足下から襲いかかる光の柱を走ってかわしながら隙を見てブリッツに指示を出しつつ、自身も矢を連続で叩き込んでいく。

槍を手放している為、騎士は叩き落とせずに顔を庇って攻撃を受け止めていく。相変わらずHPの減少は小さいままだ。

 

『むっ……!?』

 

ブリッツの雷球とコーヒーの矢を連続でその身に浴びた騎士は体を痺れさせる。麻痺の状態異常が入ったようだ。

コーヒーはチャンスとばかりに新スキルを発動させる。

 

「刻むは絶望 無明の闇へ(いざな)うは千の槍 我が血潮で祈る間もなく消えるがいい!」

 

コーヒーは頭上にクロスボウを掲げる。その頭上の先には、四つの槍がバツ字で配置され、中間を円陣で繋いだあの奇妙な紋様が紅く輝いている。

 

「【魔槍シン】!!」

 

コーヒーがスキル名を告げて上空に矢を放つ。矢がその紋様に当たった途端、無数の黒き短槍が次々と騎士に向って降り注いでいく。

無尽蔵の如く放たれる槍は騎士のHPをどんどん削っていく。

 

「本当に強力なスキルだが、使いどころは本当に選ばないとな……」

 

自身のHPを一割になるまで消費したコーヒーは苦い顔で呟く。使用後は二時間も回復できないのでその間に攻撃を受けたら致命傷になりかねない。

勝負に出たコーヒーの攻撃を受けた騎士は……HPを三割残して存在していた。

それだけではない。背に水色に輝くあの奇妙な紋様を顕現させている。

 

『見事だ。だが、私を倒しきるには少々威力が足りなかったな』

「…………」

 

騎士の言葉にコーヒーは無言を貫く。

騎士は槍の切っ先を頭上に掲げ、背の紋様と同じものを空に展開する。

 

『照すは希望 煌めくは聖なる刻印 天に昇りて光の柱と化せ―――【聖槍■■■■■■】』

 

騎士がそう告げて槍を紋様に向かって投擲すると、先ほどのコーヒーと同じように無数の白い槍が次々と降り注いでいく。

コーヒーはその槍の雨を【クラスタービット】で防御を試みるも……

 

「嘘だろ!?」

 

【クラスタービット】はその槍を何発か受けると光となって消えてしまった。

コーヒーは再度【クラスタービット】を展開しようとするも発動しない。

コーヒーは迫り来る槍をかわしながらスキルを確認すると、【クラスタービット】が【封印】状態となっていた。

 

「あの槍は確率でスキルを使用不可能にするのかよ!?」

 

【魔槍シン】より凶悪な効果を持った槍の雨を、コーヒーは必死に避け続けていく。

しかし、槍の雨に逃げ場はなく、コーヒーは容赦なく呑み込まれた―――筈だった。

 

「虚ろな鏡は(うつつ)の狭間を漂う―――【夢幻鏡】!」

 

槍が直撃する寸前でコーヒーはスキル名を告げる。

直後にコーヒーの体に幾つも槍が突き刺さるも、紫の鏡となって砕け散る。

次にコーヒーが現れた場所は―――騎士を見下ろせる空の上であった。

 

「ブリッツ!【砂金外装】!同時に【針玉】!」

 

指示を受けたブリッツはコーヒーの肩から飛び出ると、砂金を纏って倍の身体となる。そのまま身体を丸めて刃と形容すべき針を以て騎士を切り裂いた。

 

『うぐぅあぁっ!?』

「【リベリオンチェーン】!!唸るは雷鳴 昂るは信念の灯火 雷鐘響かせ威厳を示さん―――【ヴォルテックチャージ】!!」

 

苦しげに声を上げる騎士に構うことなく、コーヒーは【リベリオンチェーン】で騎士を縛り上げ、強化した【ヴォルテックチャージ】で次の魔法の威力を倍にする。

本当は【チェイントリガー】も使いたいところだが、騎士を縛る鎖が今にも千切れそうな為に諦め、最強魔法を発動させる。

 

「掲げるは森羅万象を貫く威信 我が得物に宿るは天に座す鳴神の宝剣 神雷極致の栄光を現世へ―――集え!【グロリアスセイバー】ッ!!」

 

至近距離から放たれる、何度もコーヒーを助けた最強魔法。

その魔法の一撃は―――騎士の残りのHPをすべて吹き飛ばした。

 

『―――見事だ』

 

騎士は消えることも、悲鳴を上げることもなくコーヒーに称賛の言葉を送る。

 

『私を上回るだけでなく、喪われし私の名を取り戻すとはな』

 

騎士がそう呟くと、今までぼんやりだった身体の輪郭が鮮明になっていく。

輪郭がはっきりすると、見る者を魅了する洗練された意匠の甲冑に身を包んだ人物であった。

 

『私は聖槍ファギネウスの化身。赦しを与える白き槍の化身なり』

 

騎士―――ファギネウスが名乗った途端、その身体が次第に光出し、粒子となって消え始めていく。

 

『ふふ、気にすることない。元よりこうなる宿命(さだめ)。―――去り行く前に、賭けに勝ったそなたとの約束を果たそう』

 

ファギネウスはそう告げると、手から水色に光輝くあの奇妙な紋様を顕現させる。

それをコーヒーに譲るかのように飛ばすと、紋様はコーヒーの胸に吸い込まれていった。

 

ピロリン♪

『スキル【魔槍の呪い】は【聖刻の継承者】に進化しました』

 

『これであやつの呪いは解け、同時に私の力はそなたに受け継がれた。人の子、否、聖刻の継承者よ。どうかそなたの進む道に幸多からんことを』

 

ファギネウスのその言葉を最後に視界が白一色に染まっていく。

視界が戻ると、あの聖堂内に戻っていた。【聖刻の道標】も無くなっている。

 

「これでクエストクリア、かな?スキルの確認は……明日にするか」

 

コーヒーはそう呟いて、ログアウトするのであった。

 

―――その頃運営では。

 

「……またCFが強力なスキルを手に入れたな」

「……ああ。今度は【俺達の極悪クエスト】を真ルートでクリアしちまったな」

「通常ルートだと本物の呪いスキルを解くだけで終わるんだけどな……」

「真ルートをクリアすると呪いスキルは【クラスタービット】にも劣らない強力なスキルに進化するんだよな……」

「……修正するか?」

「……いや。メイプルと比べたら微妙にマシだし、CFも看板キャラになりつつあるからな……」

「ああ……悪ふざけで作ったあのスキルも何名かの上位プレイヤーは取得してるし……」

「【口上詠唱】はどうする?下手したらメイプルとCFがまた強化されるぞ」

「実装して大丈夫だろ。あれは上位魔法限定だし、取得条件を満たしているプレイヤーは他にもいるし。何より……」

 

男はそこで口元をニヤリと吊り上げる。

 

「面白い光景が見れそうだしな!!」

「「「「確かに!!」」」」

 

メイプル同様、放置が決まりつつあった。同時にメンタルを傷つけそうなスキルの実装も。

 

 

 




コーヒーの呪いは新スキルに進化しました(テッテレー
スキルの詳細は次回
感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

近況と第三回イベント

てな訳でどうぞ


【聖刻の継承者】もコーヒーが今まで取得したスキルと負けず劣らずのスキルだった。

発動中は一分ごとにHPが3%減少し、回復効果も受け付けなくなるリスクがあるが、それを差し引いても強力なスキルだった。

 

まず一つ目がHPとMP以外の全ステータスの強化。上昇値は1.5倍である。

二つ目は自身が取得しているスキルの強化。

これはスキルのリキャストと硬直時間が半分となり、魔法に至っては消費MPが5%減少して威力と効果が凡そ二倍となる。威力に関しては攻撃スキルも同様だ。

 

三つ目はスキル発動中の状態異常に対する耐性の一段階引き上げ。持っていない耐性は付与され、既に持っている耐性は一段階上に強化されるのだ。

四つ目はMPの自動回復。これは1秒ごとに1ずつ回復する。明らかに魔法使い向けのスキルである。

 

五つ目は一部スキルの限定進化。【聖刻の継承者】発動中、コーヒーの場合は【魔槍シン】が【聖槍ファギネウス】に進化する。

 

【聖槍ファギネウス】はMPを200消費して発動する攻撃スキルだ。攻撃方法は【魔槍シン】と同じだが、範囲と威力は限界までHPを犠牲にした【魔槍シン】よりも上。しかも、スキルによる攻撃や防御、もしくはプレイヤーに直接当たると一定確率で相手の所有スキルを一時間【封印】状態にするのだ。加えて、アンデット系モンスターに対しては威力も効果も二倍となる。再使用可能となるのに20分要するが、回数制限は無いから相当強力である。

 

後、これは【魔槍シン】も同じなのだが、攻撃方法は空からの掃射以外にもガトリングガンのように地上から放つこともできる。こちらは槍を自身の周囲に召喚するため少なからず隙が生じるが、狭い場所やダンジョン内であっても問題なく使えるのである。

 

さすがにMPの消費量が【クラスタービット】程でないにしろ多い為、進化前の【魔槍シン】を《雷霆のクロスボウ》のスキルスロットに付与した。スキルスロットに付与してもちゃんと進化することに安堵したのは内緒である。

 

ついでにスキル発動中は瞳は金、髪は水色に変化し、背後には例の紋様―――槍十字の聖刻が顕れる。益々厨二臭くなったことにコーヒーのメンタルが傷ついたのは言うまでもない。

後、このスキルは何回でも使えるがリキャスト時間は使用を止めてからの三時間なので気楽には使えない。

 

もう一つ、これは【避雷針】と【グロリアスセイバー】に関することだが、インベントリを確認した際に【聖刻の道標】だけでなく【避雷針】による臨時のMP回復アイテムまで無くなっていたのだ。

 

これは推測だが、【避雷針】は魔力タンクに近い回復アイテムとなる為に、MPをすべて消費する【グロリアスセイバー】の糧となってしまったのだろう。意図せず最強魔法の更なる威力上昇にコーヒーは思わず苦笑いしてしまったのも言うまでもない。

 

ちなみに運営はその事実に気づいて少々慌てたが、今さらだと気づいて修正することはなかった。

そんなメイプルに負けず劣らずのパワーアップを果たしたコーヒーは現在、ギルドホームの広場で寛いでいた。

 

「……クロムも【普通】から足を踏み外したんだな。後、レア装備入手おめでとう」

「おう、ありがとうよコーヒー。俺もメイプルちゃんのお陰でユニークシリーズ持ちになったぜ」

 

今までの装備から一転して、血に染まったように赤黒い装備一式に身を包んだクロムは素直にコーヒーの称賛を受け取る。

クロムはコーヒーが例のクエストを受けていた頃、自身の存在意義に悩んでいたそうだ。

 

まあ、端から見ればクロムはメイプルの劣化版にしか見えないから当然かもしれないが。

というか、大盾で火力がある方が異常なのだが。

 

そんなクロムにメイプルが手助けになればと、シロップを貸したのだ。流石に警戒心が薄いメイプルの行動にコーヒーが頭を押さえたのは言うまでもない。

その事もクロムはもちろん、サリーも注意したことで今後は控えるだろうが。

 

「本当に呪われそうな外見だな」

「言うなよ、俺も同じことを思っているんだからよ……それでもメイプルちゃんやお前と比べたらマトモに見えちまうけどな」

 

クロムの全く間違っていない言葉にコーヒーは無言で目を逸らす。

先日なんて、短いメンテナンスで実装されたスキル【毛刈り】と一部のエリアに羊が現れた当日に、メイプルが羊毛を作り出すスキルを取得したのだ。

ほぼ間違いなく、羊を食べて得たスキルであることにコーヒーは頭痛を覚えたのは言うまでもない。

 

「それよりも第三回イベントだな。今回は期間限定のモンスターが落とすアイテム集めだからな」

「【楓の木】は小規模だから必要個数が少なくて済むけど……メイプルにはキツイイベントだな」

 

なんせメイプルは防御の極振り。シロップで移動しても他のプレイヤーより足が遅いから狩りの効率が悪い。

 

「コーヒーは遠距離武器だからこのイベントに結構向いてるよな」

「まあ、いざとなったら【クラスタービット】に乗って駆け回れば十分に狩れるからな。…………」

「ん?どうした?急に黙ったりして?」

「いや……そのイベントでメイプルがまた何かやらかしそうな気がして……」

「いやいや、流石にそれはないだろ」

「だよなー」

「「はははははは」」

 

そうしてクロムとコーヒーは互いに笑い合う。

……後日、その予感が的中することを知らずに。

 

「そういえば最近は魚が空を飛んでいるなんて噂が広がっているが、それも何かの見間違いだろ」

「何言ってんだよクロム。魚が空を飛ぶなんて……亀のシロップだけで十分だろ」

「はは、確かにな」

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

―――イベント初日。

コーヒーは【クラスタービット】に乗ってフィールドを駆け巡り、赤色の牛を見つけては片っ端から倒しまくっていた。

 

「……完全に作業ゲーだな。流石につまらなくなってきた」

 

蒼銀の板の上で胡座をかいて空を飛んでいるコーヒーはつまらなそうに呟く。

第三回イベントの期間は一週間もある。

 

コーヒーは今回のイベントで手に入るスキル、遠距離攻撃の射程を1.5倍にするスキル【スナイパー】と属性攻撃の威力を1.2倍にするスキル【属性強化】を取得する為にも赤牛を狩り続けなければならない。

 

「流石に纏まった数がいないから、新スキルの出番は無さそうだけどな」

 

赤牛はクロスボウの矢を二、三発当てるだけで倒せる程弱い。そんな相手に【魔槍シン】は流石にオーバーキル、否、スキルの無駄使いとなってしまう。

特に【ミラートリガー】で引き金を引くだけで矢を放てるのだから、大群でもない限り使う必要がない。

 

今回は必要な分だけ稼いだら、後はボチボチやってブリッツの育成に力を注ごうと考えた。【狩人】のスキルでドロップ数も一つ追加されるからポイントとなるアイテムも比較的稼ぎやすい。

 

「ん?サリーからのメッセージか?」

 

『CFは遠回しに言う必要がないからはっきり言うけど、脱線してぶっ飛んだ行動を起こさないでよ?』

 

「余計なお世話だ……っと」

 

本当に失礼なメッセージを送ってきたサリーにコーヒーは顰めっ面で返信する。

実際、コーヒーが手に入れたスキルはどれも凶悪なものばかりだ。

流石にお披露目こそしなかったが、スキルの内容を聞いたサリー達は一部を除いて遠い目となっていた。

 

『雷、盾の次は槍の弾幕かー……』

『表現としちゃあ間違っちゃいないな……うん』

『メイプルもそうだが、CFも大概おかしいな……』

『次はどうなるんだろうねー?』

『味方ならいいじゃない……味方なら』

『空から振り注ぐ槍……カッコいいよ!』

 

これが一同の感想である。

そんなことを思い出しながら、コーヒーは赤牛を探しに行くのであった。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

「はぁああっ!」

 

全身を白と青で構成された甲冑に身を包んだプレイヤー―――ギルド【集う聖剣】のギルドマスター【聖剣】ペインが赤牛の群れを両断する。

赤牛達はその一振りだけで光となって消え、イベントアイテムをドロップする。

 

「……ふぅ、この辺りのイベントモンスターはだいぶ倒したな。そろそろ場所を変えるべきかな?」

 

ペインは後ろを向き、笛のような短杖で綺麗な音色を響かせている少女に問いかける。

その少女の見た目は紫の髪に灰色の目、巫女服を連想させる服装に身を包んでいる。

その少女は横笛のように構えていた短杖を下ろし、音色を止めて頷く。

 

「イエス。イベントモンスターもだいぶ数が少なくなってきたようです。【呼集の旋律】で近づくイベントモンスターが減ってきているので」

「そのスキルで他のモンスターも集まってしまったけど……いい鍛練になるよ」

「役に立って何よりです。私は他のギルドメンバーと比べてレベルが低いですので」

「おいおい。そのレベルが低い相手に負けた俺は何だっていうんだよ?」

 

そんな言葉と共に藪を掻き分けるように現れたのはゴツい体をした大斧使いの男性プレイヤーだ。その隣には魔法使いらしい装備に身を包んだ金髪の女性プレイヤーもいる。

 

「そうだよー、サクヤちゃん。周りを納得させる為の入団テストで第一回イベント五位のドラグに勝ったんだから、もっと自信を持ちなってー」

「ノウ。あれは私の作戦が綺麗に嵌まっただけです。マトモに戦えば、負けるのは私です」

「そのマトモに戦わせなかったお前が言うことかよ……あの時は本当に焦ったぜ。なんたって、STRとVITが0になっちまったんだからな」

「私もサクヤちゃんと戦うのは遠慮したいなー。だって、決まったら私のINTが0になって手も足も出なくなっちゃうからねー。そのスキルも含めて、サクヤちゃんのスキルは本当に凄すぎるよ」

 

金髪の女性プレイヤーの言葉に、サクヤと呼ばれた少女は頭を振って否定する。

 

「ノウ。このスキルも当然ながらリスクがありますし、容易く何度も使えません。二回も使うのはかなり危ない橋です」

「それでもサクヤちゃんがいれば、メイプルちゃんは何とかなるよー。なんたって、サクヤちゃんのそのスキルは極振りプレイヤーにはまさに天敵だからねー?」

「……そうやって貴女が調子に乗ると、必ず失敗するので安心出来ません。先日、モンスタートレインにまんまと巻き込んでくれたバカデリカさん」

「ちょっ!?酷いよサクヤちゃん!確かにあれは私が悪かったけど!」

「バカデリカか……語呂がいいな」

「……確かに」

「ペインとドラグまで!?私はフレデリカだから、間違っても使わないでよね!?」

 

サクヤの罵倒にペインとドラグと呼ばれたゴツい体をしたプレイヤーは頷き、フレデリカと名乗った金髪の女性プレイヤーは本気で抗議する。

 

「ノウ、プロブレム。語呂のいい呼び方は他にもあるので大丈夫です」

「……素敵な語録の呼び方もあるよね?」

「ノウ。今のところは評価を下げるものだけです、まな板デリカさん」

「……?誰がまな板だって?サクヤちゃんだって大してないくせに」

「ソーリィ。この服は着痩せするのでそこそこあります」

「……ムキィーッ!!」

 

女の喧嘩ほど面倒かつ恐いものはない。

ペインとドラグは、少しして合流したドレッドと共に我関せずを貫くのであった。

 

 

 




【集う聖剣】側にオリキャラ登場です
テコ入れしとかないと、一方的になるから……ね?
感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

それは釣りではない

オリキャラ登場です
てな訳でどうぞ


イベント五日目。

コーヒーは五日経った今でも変わらずに赤牛を狩り続けていた。

 

「これで目標までは稼げたか……途中から止めはブリッツに任せたからブリッツのレベルもそこそこ上がって新スキルも手に入ったな」

 

コーヒーはステータス画面を確認しながら呟く。

ブリッツの新スキル【電磁砲】は【砂金外装】発動時に使用可能なスキルで、雷の砲撃を放つ攻撃スキルである。

 

【スナイパー】と【属性強化】を取得出来る分は稼げた上、ギルド報酬の為のポイント分も十分に集まったから後は適度にやる程度でいいだろう。

 

ちなみにコーヒーが今目指している場所は傾斜が目立つ山岳地帯。【壁走り】を使っても普通は厳しい場所だ。

此処にも赤牛が湧かないことはないが、スペースが限られているのと、そもそも移動に苦労する場所な為に誰もいなかった。

 

最も、【クラスタービット】と遠距離攻撃持ちのコーヒーにはある意味穴場ではあったが。

というか、二日前に此処に足を運んだ際、火山のような形状の山で中心がぽっかり空いた場所に、大量の赤牛が呑気に過ごしていたのだ。大穴場である。

 

ただ、そこの赤牛をすべて狩った後で再び湧くことはなく、次の日になって再び訪れると大量の赤牛がまたしても呑気に過ごしていた。

そこで、コーヒーはここが一日限定の穴場だと分かり、一回は必ず此処へ訪れることを決めたのである。

また、その場所で奇妙なアイテムも見つけていた。

 

「【自由への翼】……【聖刻の道標】と同じアイテムなんだろうが、何処で使うんだろうな?」

 

インベントリから取り出したアイテム―――翼の形状をした錆び付いた鍵を手で弄びながらコーヒーは呟く。

このアイテムは例の穴場に他にも何か無いのかと調べた際、その場所の中心に落ちていたアイテムなのだ。しかも、アイテム名以外は何も分からないというおまけ付きで。

 

そんな怪しさ満点のアイテムを、コーヒーは捨てもせずに自身のインベントリへと再びしまう。あんな目にあったのにも関わらず、懲りていないようである。

 

「そろそろ目的の場所だな」

 

道中で見かけた赤牛を狩りながら目指していたコーヒーは、意識を切り換えて前を向く。

その穴場の山のすぐ傍で、デカイ魚が宙にふわふわと浮いて漂っていた。

 

「ブフゥッ!?」

 

あまりの衝撃にコーヒーは思わず吹き出してしまう。

一瞬メイプルかと思ったが、メイプルにはシロップがいるし何より何か新しいスキルが手に入ったら基本的には報告するはず。

運営からそんなモンスターが実装されたという報告もないので、一番あり得る可能性は……

 

「……メイプル以外にもおかしなプレイヤーがいたのか……」

 

実際、そのデカイ魚の背には一人のプレイヤーが座っているし、よくよく見れば釣竿を垂らしている。

何で釣竿をぶら垂らしているんだと思っていると、そのプレイヤーの垂らしている釣竿の釣糸の先には……赤牛が食いついていた。

 

「…………は?」

 

コーヒーはそのあまりにも非常識な光景に間抜けな声を洩らす。思考が半ば停止した状態の中、釣られた?赤牛はデカイ魚に食べられて消えていった。

 

「…………」

 

そのあまりにも現実離れした光景に我に返ったコーヒーは頭痛を覚えながらも【クラスタービット】のメタルボードに乗ったままデカイ魚に座っている人物に近づいていく。

 

デカイ魚に座っていたのは麦わら帽子を被った藍色の髪の女性プレイヤー。

身長はメイプルやサリーと同じくらい。服装は釣り人らしき格好で、髪は長くうなじ辺りで纏めている。

後、一部の発育が良いのも特徴の一つだ。

 

「んー?わー、驚いたよー。空を飛べる人が噂の亀さん以外にいるなんてねー」

「……ここで何やってんの?後、名前は?」

 

驚いたと言う割にはあまりにも呑気な声に、コーヒーは頭が益々痛くなるのを感じながらも話しかける。

 

「ボクはミキ。ただの釣り好きのプレイヤーさー」

「……釣り?」

 

あれの何処が釣りなんだと言う疑問でコーヒーが聞くと、ミキと名乗った少女は相変わらず間延びした呑気な口調で答えていく。

 

「うん、そうだよー。ボクはこのゲームを始めてからずーっと釣りばっかりしてるんだー。おかげで釣ることでしかレベルが上がらなくなったけどー、ボク的には満足さー」

 

この時点でコーヒーは確信した。ミキは間違いなくメイプル並みにおかしなプレイヤーだと。

 

「ところで君はー?名前は何て言うのー?」

「……コーヒーだ」

 

ミキに名前を聞かれたので、コーヒーは少し間を開けながらも答える。

 

「コーヒーかー……無性に缶コーヒーが飲みたくなる名前だねー」

「ちなみにミキ……さんが乗っているその魚は?」

 

姿形からしてジンベエザメに近く、体が空色のデカイ魚にジト目の視線を送るコーヒーに、ミキは呑気な口調で答えていく。

 

「この子はジベェ。この前のイベント中に釣れた卵から生まれたんだー。道中の戦闘も近頃はジベェに任せてるんだよー。後ー、呼び捨てでいいよー。年も近そうだしねー?」

「じゃあミキと呼ばせてもらうが……釣った?卵を?前回のイベントで?」

 

まさかシロップや朧、ブリッツ以外にも卵が存在していたことにコーヒーは内心で驚きながら問いかける。

 

「そうだよー。ジベェはイベント最後の日に釣れたんだよー。それにー、この釣竿と麦わら帽子と服もー、第一層でヌシのようなデカイ魚を釣った後に出てきた宝箱から手に入れたんだよー。いやー、これを使い出してからポーションや爆弾、長靴や宝箱がたまに釣れるんだよねー。ゲームあるあるだよねー」

「いやいやいや!いくらゲームでも普通は釣れないからな!!」

 

ミキの言葉にコーヒーは即座にツッコミを入れる。

コーヒーの言う通り、いくらNWOでもポーションや爆弾、長靴と宝箱は普通は釣れない。ミキが宝箱を釣れる?ようになったのは装備のお陰である。

 

まずはリールが付いた釣竿。これはあらゆる場所で釣りが可能となる釣竿だ。

次に麦わら帽子。これは20%の確率でポーションや爆弾、素材や換金アイテム等の一部のアイテムが釣れるようになる麦わら帽子だ。

最後に服。これは一部を除いて相手の所持品を釣ることが可能となる服だ。

 

これらの入手条件は100時間以上かつ、2000匹以上の魚を釣り上げた者だけが挑めるダンジョンの初回単独クリア。つまり、ユニークシリーズである。

そんなことを知らないミキは相変わらず呑気に釣りを続け、コーヒーはミキの異常さに頭を抱えてしまう。

 

「おー、また釣れたよー。ここの赤い牛さんは食いつきがいいねー。ジベェ、お願いねー」

 

ミキがそう言うと、ジベェは口を大きく開いて釣り上げられていた赤牛を丸呑みする。少ししてジベェの背中からイベントアイテムが現れてふわふわと漂う。

もう、はっきり言ってめちゃくちゃだ。

 

「いやー、ジベェが【空中浮遊】と【巨大化】を覚えた時は嬉しかったよー。お陰でこうしてジベェと一緒に釣りを楽しめるからねー」

「……そうですかい」

「せっかくだからフレンド登録しとくー?ちなみにボクはー、何処のギルドにも入ってないよー」

「……何で入ってないんだ?これだけぶっ飛んでいると、勧誘の一つや二つくらいありそうなんだが」

「んー、釣りしか出来ないって言ったらー、門前払いされたんだよねー」

「……ああ」

 

ミキのその言葉で、コーヒーはすごく納得した。

戦闘も支援も出来ない釣りプレイヤー。端から見れば役に立つとは思えないプレイヤーだ。

だが、彼女の釣りは【普通】の釣りではない。

 

【釣り】でアイテムそのものは釣れないし、何より現在進行形で釣り上げられている赤牛も本来は釣り上げることも出来はしない。

とりあえず、コーヒーはミキとフレンド登録した後、疲れた表情でその場を後にするのであった。

 

「また赤い牛さんが釣れたよー。ジベェ、【水鉄砲】ー」

 

最後にジベェが口から放ったレーザーの如き水砲を流し見て……

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

―――その頃運営では。

 

「……CFがあのプレイヤーに接触したな」

「【俺達の悪ふざけダンジョン】をクリアしたあのプレイヤーか……」

「ああ。前回のイベントの超低確率かつ釣りでしか手に入らない、中身が魚の【幻獣の卵】を最終日で釣り上げちまったアイツだよ……」

 

男は死んだ魚のような瞳で画面を見ながら呟く。

この事実に気づいたのは、メダルスキルのダメージから立ち直ってから数日後である。

その時はコーヒー達の空の旅と、無駄に終わったメダルスキルチェックのダブルコンボですぐに気づくことが出来なかったのである。

 

「なんで、釣り限定で手に入る設定にしたんだよ……」

「だって……普通は七日間も連続で、同じ場所で釣りなんかしないじゃないですか……」

「つまり……ミキも【普通】じゃなかったんだな……」

「もしあのプレイヤー……ミキが【楓の木】に加わったら……」

「「「「…………」」」」

「……静観しよう。まだ、加わると決まったわけじゃないしな」

「それに……加わっても今さらの気もするしな」

 

男のその言葉に全員が頷く。だって、【楓の木】の殆どが【普通】から離れてしまっているのだから。

 

「……なんでこう、おかしなプレイヤーは一ヵ所に集まるんだろうな?」

「俺に聞くなよ。後、変わったプレイヤーは他にもいるだろ」

「ああ……【集う聖剣】のサクヤと【炎帝ノ国】のカミュラか……」

「サクヤは【俺達の悪ふざけクエスト】をクリアして《演奏の杖》を手に入れて……カミュラは攻撃系統スキルを半分の確率でコピーする大盾を手に入れたからな……」

「サクヤの《演奏の杖》はちゃんと奏でないと効果を発揮しないけど……発揮したら強力なんだよな。後、《演奏の杖》とは別のスキルも強力だし」

「けど、あれはHPを犠牲にするからなー。乱用はできないだろ」

「……メイプルやCFにワンチャンあると思う?」

「CFは厳しいけど、メイプルならワンチャン―――」

「うぉおおおおおおおおおおおいっ!?」

 

突然の大声に、一同はギョッとした表情で叫んだ人物に顔を向ける。叫んだ男は頭を抱えて振りかぶっていた。

 

「どうした!?いきなり叫んだりして!?」

「またメイプルだよ!今度は悪魔を食べやがった!!」

「はあっ!?何で悪魔を食べてんだよ!?今回は期間内に特定のモンスターからイベントアイテムを集めるだけの筈だろ!?」

「例の空飛ぶ亀で、イベントフラグを大分ショートカットして悪魔ボスとの戦闘に突入したんだよ!!」

「マジかよ!?」

「本当に何なんだよ!この前なんて、今度実装する第三層のクエストキーアイテム【かつての夢】を手に入れちゃうし!」

「それを言ったらCFもだろ!?同じくキーアイテム【自由への翼】を拾っちまったんだからな!」

「そっちはまだマシだろ!?メイプルは【機械神】が手に入るのに対し、CFは属性とエフェクトが追加されるだけなんだからな!」

「そう言われれば……いや、それで追加される属性は……」

「……あ」

「どっちにしろダメじゃないか!?」

「なんでこう、ピッタリなスキルばかり手に入れちゃうのかなぁ!?」

「知るわけないだろ!!」

 

頭痛の種が増え、胃痛に悩まされるのが日常であった。

 

 

 




こんなキャラも居てもいいよね?
感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

釣り人参戦と大きな着ぐるみ(本人談)

てな訳でどうぞ


第三回イベントも無事に終わった後、【楓の木】のメンバー全員が集合していた。

 

「はぁー……疲れた」

「ああ……私もだ」

 

サリーは椅子の背もたれに預け、カスミは机に突っ伏して疲れを露にしている。一部を除いてほとんどのメンバーは大小なりとも疲れ切っていた。

 

「というかCF……ギルド内で一番牛を多く倒したのに、どうしてあんまり疲れてないのよ?」

「移動は基本【クラスタービット】だったからな。上空からクロスボウで撃てば、比較的楽だったし……イベントとは別で精神的に疲れたけどな」

 

ジト目を向けてくるサリーに、求めたスキルはしっかり手に入れたコーヒーはミキのことを頭に浮かべながら溜め息を吐く。

 

「イベントとは別だと?今度は一体何をやらかしたんだ?」

「勘違いすんなクロム。俺が何かしたんじゃない。メイプル並みにおかしなプレイヤーに会ったからだ」

 

クロムの言葉に反論しながら、コーヒーはミキというプレイヤーのことを話していく。

 

「……それは釣りじゃないだろ」

「【釣り】の定義が明らかにおかしいわよ……」

「ああ。釣りでポーションや爆弾はもちろん、地上のモンスターも釣れはしない」

「面白いからいいじゃない……面白いから」

「うん。その人も面白そうだね」

「空を飛ぶお魚さん……会ってみたい!」

 

これがコーヒーの話を聞いた一同の反応である。

 

「一応フレンド登録してるから、呼ぼうと思えば呼べると思うんだが……どうする?」

「お願いコーヒーくん!」

 

メイプルの一言でミキの招待が決定し、コーヒーはミキにメッセージを送る。

二分後、ミキからまだ町にいるから今から行くというメッセージが返ってきた。それから十分後、ギルドホームの扉が開き、釣竿片手にミキが入ってきた。

 

「お招きありがとねー。コーヒーから聞いてると思うけどー、ボクの名前はミキ。ただの釣り好きのプレイヤーさー」

 

相変わらずの呑気な口調で自己紹介するミキに、コーヒーは苦笑いの表情を浮かべる。

メイプル達も互いに自己紹介し、あっという間に打ち解けていく。

 

「この子も紹介するねー。ジベェ、【覚醒】ー」

 

ミキが空色の指輪が嵌められている手を掲げると、シロップ達と変わらない大きさのジンベエザメ―――ジベェが現れる。

呼び出されたジベェはそのまま地面に落ちることもなく、ふわふわと宙を浮いて漂っている。

 

「こいつが噂の空飛ぶ魚か……」

「まあ、魚だからな。浮けなかったら地面でピチピチするだけになるからな」

 

クロムとカスミが泳ぐように顔を横切るジベェに呆れを含んだような視線を向ける。

 

「せっかくだから……シロップ!【覚醒】!」

「朧!【覚醒】!」

「ブリッツ!【覚醒】!」

 

メイプルを皮切りに、それぞれのテイムモンスターを呼び出すと、ジベェはシロップ達と仲良くじゃれあっていく。モンスター仲も良好そうだ。

 

「君達も連れていたんだねー。ジベェが嬉しそうにみんなとじゃれあってるからー、時々此処に遊びに来てもいいかなー?」

「うん、いいよ!いいけど……良かったら私達のギルドに入らない?」

「いいのー?ボクは釣りしかできないよー?」

「いいよ!私のギルドは楽しければいいから!」

「じゃあー、お言葉に甘えてー」

 

メイプルの勧誘を素直に受けたミキは、奥のパネルを操作して正式に【楓の木】へと加入した。

……運営にとっての頭痛の種が増える結果となったが。

 

「改めて自己紹介するねー。ボクはミキ。今日から【楓の木】に入った道楽プレイヤーさー。釣りしかできないけどー、イベントではみんなの役に立てるよう頑張るからさー、これからよろしくねー」

「改めてよろしくね、ミキちゃん!私がギルドマスターのメイプルです!」

「呼び捨てでもいいよー?見た目だけだけどー、年も近そうだしー」

「年が近い……」

 

メイプルはそう呟くと、ミキの体のとある部位に視線を向ける。サリーに至っては顔を俯けて無言である。

 

「んー?どうしたのー?」

「……羨ましいよ」

「?何がー?」

 

メイプルの消えかけの蝋燭のような小さい呟きに、ミキが不思議そうに首を傾げる。

カスミとイズはその意味を察して苦笑い。カナデは素で首を傾げている。

コーヒーとクロムは何を言っても地雷となるので、この件に関してはノーコメントを貫く姿勢だ。

 

「これで八人だな。普段のパーティーで組める人数の上限だな」

「そうだな。また明後日の方向に飛びそうだけどな」

「それも今さらだろ。というか、その明後日の方向に飛ばす片棒を担いでいるお前が言える台詞じゃないだろ」

「クロムも人のことは言えないだろ」

 

その後、今回のギルド報酬の話となった際、メイプルがまた何かやらかした事を察し、近々追加される第三層へ行く為のダンジョン攻略でお披露目という事になるのであった。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

第三層が追加された日から少しして【楓の木】のフルメンバーは三層に続くダンジョンにやってきていた。

道中はコーヒーとサリー、クロムとカスミの四人をカナデが支援する形で十分に進めている。

メイプルは一切戦闘に参加することなく、イズとミキを守ることのみに集中している。

 

「わー、この洞窟も色々釣れるねー。今度は大きな樽だよー」

 

そのミキは地面に釣糸を垂らしてアイテムを釣り上げるという謎行動を起こしていたが。

 

「その大樽は何て言うの?」

「【樽爆弾】だってー。投げても自動で爆発しないかわりにー、威力が絶大だって書いてあるよー」

「なるほどね……要するに火薬庫みたいなものね」

 

……かなり物騒なものを釣っている?気がする。

 

「ミキちゃん。よかったらそれ、譲ってくれない?いざと言う時の護身用に使えるかもしれないから」

「いいよー。他にも色々あるよー。【毒煙玉】、【パラライスボム】、【爆撃砲】、【捕縛網】……選り取りみどりだよー」

「……名前だけでも物騒さが分かるアイテムだな」

「たまにモンスターも釣れるけどな」

 

ミキの口から告げられるアイテム名に、コーヒーとクロムは遠い目で呟く。

地面からゴーレムが釣れた時なんか、コーヒーとサリーは勿論、クロムとカスミ、カナデとイズまで口をあんぐりと開けて呆然としてしまったのだから相当である。

そのゴーレムはメイプルの【悪食】で瞬殺されたが。

 

「次は何が釣れるんだろうね?」

「んー。モグラやトカゲが釣れるのも面白いけどー、コウモリさんが出ても面白いよねー」

「宝箱はでてくるかな?」

「ミミックだったら出てくるかもねー、っとー、また釣れたよー」

 

メイプルと呑気に話しながら、ミキはまた何かを地面から釣り上げる。

釣り上げたのは……宝箱だ。

 

「おおおおっ!言ったそばから!」

「中身は何かなー?……わー、金銀一杯の財宝だー」

「やったー!ギルドの運営資金の足しになるよ!」

 

換金アイテムを釣り上げたことに、万歳して喜び合うメイプルとミキ。

対象的にコーヒー達は何とも言えない表情となっている。

 

「……やっぱりミキの釣りはおかしい。釣りでそんなものは釣れない」

「そうね……明らかにおかしいわ」

「ああ。むしろ、こんな場所で釣りをすること自体が異常だ」

「いくらゲームでも世界観壊し過ぎだろ……」

「おいしい思いが出来てるからいいんじゃないかしら?」

「次は何を釣り上げるんだろうね?」

 

ボス部屋に到着する前から精神的に疲れてくるコーヒー達だが、それでもまだ受け入れようと努力していた。

だが、ボス部屋に到着し、現れたボスをメイプル一人で対応した際、メイプルが見事にやらかしてくれた。

 

「影より出でるは混沌の遣い その昏き顎で近づく物を噛み千切れ―――【捕食者】!」

 

メイプルが口上告げてスキルを発動した途端、メイプルの周りから凶悪そうな三匹の化け物が姿を現す。

 

「溢れる混沌よ 我が意に従い 我に仇なす者を喰らい尽くせ―――【滲み出る混沌】!」

 

それが合図のように三匹の化け物が一斉にボスモンスターに噛みついていく。

樹木の姿をし、幹部分が顔となっているボスモンスターはどんどんHPを削られていく。ボスモンスターは抵抗しようにも攻撃が激しくて抵抗出来ていない。

 

「……どう見ても、モンスター……だよな?」

「そうかー……そんな感じかぁ……」

「天使の次は化け物かー……」

「CFも大概だが、メイプルも見る度に付属品が増えているのは何でだろうな……」

「平常運転で安心したよ」

「食欲旺盛なウツボさんだねー」

「もう味方ならいいわ……味方なら」

 

約一名は平常運転だが、コーヒー達は何かを悟ったようにメイプルの進化を受け入れようとしていた。

だが、それもすぐに吹き飛ばされた。

 

「止めは……我が身に宿るは悪魔の化身 我が呼び掛けに応え この身を依り代にして具現せよ―――【暴虐】!」

 

そう告げた途端、メイプルの体が黒い光に包み込まれる。

そして、真っ黒な太い光の柱が天に向かって伸びると、手足を生やした、メイプルが呼び出した化け物そっくりの巨大な化け物が黒い光の柱の中から現れた。

 

「「「「「「……………………」」」」」」

「おー、メイプルがサンショウウオみたいな姿になったよー」

 

約一名だけ、本当に約一名だけが平常運転の中、絶句するコーヒー達の目の前でメイプルらしき化け物がボスモンスターを蹂躙していく。

噛みつき、口から火を吐いて、爪で切り裂き、蹴り砕き、喰らっていく。

やがて、ボスモンスターは化け物によって倒されるのであった。

 

「「「「「「……………………」」」」」」

『いやー……これ操作が難しいよー!』

「へー、そうなんだー。どんな感じー?」

『大きい着ぐるみの中で動いてるみたいな感じかなー?』

 

メイプルらしき化け物はそう言うと、化け物の腹部が裂けてそこからメイプル本人が落ちてくる。

メイプルが化け物から出てくると、化け物は崩れて消えていった。

 

「えっと……出来る範囲で説明してくれると嬉しいんだけど……」

 

流石のサリーも今回の化け物は許容範囲を超えてしまったらしい。

というか、あれは余裕で許容範囲をオーバーする。どこぞの衝撃映像にでも出したら間違いなく上位にランクインすると確信できるほどだ。

 

「えっとね……あれは装備の効果が全部無くなる代わりにSTRとAGIが基本は50増えて、HPも基本は1000になって、HPが無くなっても元の状態に戻るだけっていう……後、一日1回しか使えないかな」

「……【口上強化】した場合は?」

「全体的に1.3倍くらいかな?」

「その姿で泳げるかなー?」

「んー……沈むと思うよー」

「そっかー。見た目がサンショウウオだったからー、水の中もスイスイ行けると思ったんだけどねー」

 

あれをサンショウウオと表現して平常運転を続けるミキに、コーヒー達は疲れたように溜め息を吐く。

 

「……遂に人間を辞めたのか、メイプルちゃん」

「ああ、辞めたな……この上なくな」

「メイプルもだが、平然としているミキの方がある意味おかしい」

「そうね……あれをサンショウウオって表現するミキは絶対に普通じゃないわ」

「私でもこれが普通じゃないことくらいわかるわ……」

「うん……僕でもそう思うよ」

 

取得してしまったものは仕方ないといった心境で諦め、コーヒー達は三層に向かって歩いていく。

三層の町は曇り空に覆われた、機械と道具の町だった。

 

しかも、空ではプレイヤー達が多様な機械よって空を飛んでいる。

この階層もまた癖が強そうだと感じながら、コーヒー達は第三層にあるギルドホームに向かうのであった。

 

 

 




感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

凶悪な組み合わせとジョークアイテム

てな訳でどうぞ


八人は三層のギルドホームに入り部屋や内装を確認する。

しばらくして構造を把握した全員がオープンペースに集まってきた。

 

「おっ、メイプル!ちょっと話したいことがあったんだ」

「何ですかクロムさん」

「今届いた運営からのメッセージだ。第四回イベントの通知なんだが、今度はギルド対抗の戦闘イベントがあるから準備しておくようにとのことだ。それでなんだが……」

「ギルドメンバーを増やそうってか?」

 

クロムが何を言いたいのかを察したコーヒーが、引き継ぐような感じで質問する。

コーヒーのその言葉にクロムは頷きながら、理由を説明していく。

 

「ああ。第四回は第二回同様に時間加速があるらしいんだ。当日の欠員の可能性を考えるとギルドメンバーを増やすのもアリだと……俺は思う」

 

クロムの言うことは最もだ。

現在の【楓の木】のメンバーは非戦闘員のイズと新しく加入したミキを含めて八人。

欠員が出ればそれだけでイベントが厳しくなり、もう少しメンバーがいたらと思うのも間違いではない。

 

「うーん……そう、ですね。私もそれがいいと思います」

 

ゲーム経験の浅いメイプルでも人数が少ないことによる弊害は理解出来るようで、素直にクロムの意見に同意する。

 

「俺の知り合いを呼ぶことも出来るが……その辺りはギルドマスターに任せるべきだからな」

 

クロムの言う知り合いとは、『メイプル見守り隊』のスレのプレイヤー達だろう。

スレで話題に上げる事を本人達も公認している。だって、基本は知られても無意味だから。

サリーの回避能力は変わらないし、メイプルのVITもこれからも上げ続ける。

 

肝心のスキルは取得方法が不明だから書けない。

つまり、困らないのである。

コーヒーは自身に関するスレは……一切見ていない。だって、メンタルが傷つきたくないから。

 

「そうなると、勧誘するプレイヤーは今の【楓の木】に不足している部分を補ってくれるプレイヤーがいいかもしれないな」

「確かに。私達のギルドは後方支援……回復役があまりいないな」

「それだと、物理攻撃主体のプレイヤーも必要になるかもしれないな。火力の面ではコーヒーがいるが、広範囲攻撃だったり、魔法だったりと、少し使い所を選ぶ必要があるからな」

「僕もカスミやクロムの意見と同じかな?後方専門が増えると僕も楽になるし」

「でもー、あまり拘ると厳しいしー、そこそこが丁度いいと思うよー」

「そうね。その辺りはメイプルちゃんの主観で任せるわ」

「どっちにしろ探さないと駄目だから、明日は私と一緒にスカウトしに行こうか」

 

こうして、メイプルはサリーと共に明日誰か新しいメンバーを探しに行くこととなるのであった。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

翌日。三層のギルドホームにて。

 

「うわあ……」

 

ギルドホームに来て早々、山のように積まれたアイテムの数々にコーヒーはげんなりした表情で見つめる。

そのアイテムの山をイズがニコニコ顔で物色しており、そのアイテムの山のすぐ隣には……釣竿を垂らして地べたに座っているミキがいた。

 

「ギルドホームって色々なものが釣れるねー。歯車、ネジ、爆弾、珊瑚、お札……アイテムがよく釣れるよー」

「……釣れないからな、普通は」

 

ミキの言葉にコーヒーは力なくツッコミを入れる。

 

「というかイズさん。何でミキが釣ったアイテムを笑顔で物色してるんですか?」

「だってー、ミキちゃんが釣るアイテムは面白いものばかり何だもの~。あっ、この懐中時計はスキルのリキャスト時間を一つだけ半分にしてくれるのね。すごく便利♪」

「……この二人、混ぜたら危険の気がしてきた」

 

便利アイテムを釣り上げるミキと生産職トッププレイヤーのイズ。

もしイズが、ミキが釣り上げたアイテムを作れるようになったりしたら……敵となったプレイヤー達は泣くだろう。

 

「そういえばミキちゃんってレベルはいくつなの?」

「んー、40くらいだったと思うよー。ジベェは20くらいだったかなー」

 

……あっという間に二人は仲良くなったようだ。

 

「メイプルちゃん達の方は大丈夫かしら?」

「難航してると思いますよ。主にメイプル自身が原因で」

 

コーヒーも軽く調べてはみたのだが、パーティーを募集しているプレイヤーは【攻撃特化必須】【毒耐性必須】等、明らかにメイプル対策のプレイヤーを求めているのだ。

 

「それに、古参は大体は既にギルドに入ってますしね」

「そっかー。そうなるとー、一層で見つけてくるのかなー?」

「その可能性は高いな。それでも目ぼしい人材がいるか怪しいけど」

 

新規に参戦したプレイヤーは、メイプルの影響から最初は極振りでプレイしているそうだが、その多くが極振りデータを諦めて大抵はキャラを作り直している。

極振りは嵌まれば強力だが、そうでないと何も出来ないのだ。実際、極振りプレイヤーはギルドやパーティーへの参加を拒まれる傾向が強い。

 

それだとゲームが楽しめなくなるから、仕方なく諦めるというのが極振りプレイヤーの現状であった。

……ついでに言えば、コーヒーの影響も多少はある。【口上強化】取得の新規プレイヤーも一時増えたが、恥ずかしさから使用を躊躇っていくパターンと、意外に嵌まってノリノリで使いまくるプレイヤーの二種類が存在するようになっている。

 

しかも、最近は【名乗り】【口上強化】を一定回数使用し、【詠唱V】以上で手に入るスキル【口上詠唱】などと言う、新たにメンタルを傷つけるスキルが実装されてしまっている。

【口上詠唱】は上級魔法にしか適用しないスキルだが、そのスキルで追加された詠唱と、詠唱専用の名乗りも加えて魔法を発動すると、威力と効果が三倍になるというスキルだそうだ。

 

当然、詠唱が長くなるから隙が大きくなり、使い所を考える必要が出てくるが。

ちなみにこのスキルを最初に取得したのは【炎帝ノ国】のギルドマスターであるというのがもっぱらな噂だ。

……そのギルドマスターは、用意された台詞の恥ずかしさから現実で枕に顔を埋めて泣いていたが。

 

ちなみにスキルが実装された際に【クラスタービット】が修正されていた。

修正内容はHPが倍に増加されたのと、破壊だけでなく日を跨いでも消えるようになったことだ。

これは第二回イベントのあれが問題になったのかもしれない。それに【クラスタービット】は強力過ぎたからバランスを考えて修正されても仕方なかったとも思える。

 

「おーいイズ……って、何だ!?このアイテムの数は!?」

「全部ミキが釣り上げたアイテムだ」

 

ギルドホームに来て早々に驚くクロムに、コーヒーが真顔で説明する。

 

「そ、そうか……ちなみにイズが物色しているのは?」

「面白いアイテムがあるから、とのことです」

「……そうか。しかし、本当に色々あるな。これとか何だろうな?」

 

クロムはそう言って、押しボタンがある謎装置を手に取ってボタンを押す。

爆発。

ボタンを押した瞬間にクロムが爆発し、一瞬で黒焦げになっていた。

 

「……大丈夫か?」

「……ああ。HPは全く減ってないから、唯のジョークアイテムなんだろうな」

 

頭を振って元に戻ったクロムは半目でそう答える。実際、装置はクロムの手に握られたままなので娯楽系統のアイテムの可能性は十分にある。

 

「おおー、今度は鉱石の塊だー」

「本当に色々釣れるわねー」

「……こんなものばっかり釣れて楽しいのか?」

「んー、楽しいよー。だってー、色々なものが釣れるからねー」

「……そうか」

 

相変わらずのミキにコーヒーとクロムは色々と諦める。

 

「【粘着爆弾】……対象を三分間拘束するアイテムなのね。……えい!」

 

イズがいきなり手に持っていた白色の爆弾を投げ飛ばしてきた。

コーヒーとクロムは驚いて咄嗟にかわすも、ちょうどタイミング悪く入ってきたカスミに当たってしまった。

 

「うわあっ!?」

 

突然の投擲物にカスミが驚きの声を上げ、入ってきて早々だった為に回避も間に合わずにもろに当たってしまう。

爆発。

爆弾が爆発し、煙が上がる。

煙が晴れた先には……白い粘着物まみれで床に尻餅をついているカスミの姿だった。

 

「な、なんだこれは!?ベタベタする上に動けないぞ!?」

「ごめんねーカスミちゃん。コーヒーとクロムが避けちゃったからカスミちゃんに被害が出ちゃった。テヘ」

「いやいやいや!何で俺達が悪いみたいに言ってるんだ!?」

「そもそも何で投げてきたんだよ!?」

「だって、一度は試してみたいじゃない?」

「それより早く助けてくれ!」

「んー、三分経ったら消えるみたいだからー、我慢すればいいと思うよー?」

 

それから三分経過し、無事に解放されたカスミとその間に来たカナデと共にミキが釣り上げたアイテムを物色していく。

 

「本当に色々あるね。MPポーションも一杯だよ」

「何でこんなアイテムばかり釣れるんだ……」

「町の中だからじゃない?町にはモンスターはいないし」

「【落とし穴】【音爆弾】【白水晶】【火薬草】【クールチャージ】【石ころ】【金の歯車】【バインドボール】……」

「まるでアイテムの見本市だな……ブーブークッションまであるし」

「【タイキックカード】……これもジョークアイテムだねー」

「使うなよ?絶対に使うなよ?」

 

戦闘に役立ちそうなアイテムからまったく意味の無さそうなアイテムまで、本当に色々ある。

というか【タイキックカード】って……どこの笑ってはいけないだ。後、【お仕置きスイッチ】という謎アイテムまである。

 

「どっちもジョークアイテムだねー。試しに使ってみようかー」

「おい!?」

 

コーヒーの言葉を無視してミキは赤いカードを掲げ、端末のような装置のボタンを押す。

 

『メイプル、タイキック』

『サリー、ビンタ』

「「「「「…………は?」」」」」

 

何処からともなく聞こえてきた機械音声に、その場にいた一同は間抜けな声を洩らす。

その直後。

 

「痛ぁいっ!?」

「ブフゥッ!?」

 

外から聞き慣れた二人の声が聞こえてくる。

コーヒー達は慌てて外へ出ると、そこにはお尻を押さえて蹲っているメイプルと、同じく蹲って頬を押さえているサリーがいた。メイプルとサリーの近くには二人の少女がおろおろしていた。

 

「「「「「…………」」」」」

「あー、これはギルドー、パーティーメンバー限定でー、使用者が思い浮かべた相手に対して発動するみたいだねー」

「……とりあえず、大丈夫か?」

 

カスミが心配してメイプルとサリーに言葉をかける。

 

「うう……お尻が痛いよぉ~……」

「…………」

 

メイプルは泣き言を洩らし、サリーは無言で立ち上がる。

そして、そのままミキに歩み寄り―――【お仕置きスイッチ】を乱暴に奪い取った。

 

「んー?」

 

【お仕置きスイッチ】を奪われたミキが首を傾げる中、サリーは無言のままスイッチを押した。

 

『ミキ、電気ショック』

「あばばばばばばばばばっ」

 

機械的な音声が響いた直後、ミキが奇怪な声を上げて倒れ込む。

 

「さ、サリーちゃん……?」

 

明らかに不穏な空気を発するサリーにクロムが不安を覚えて声を掛けるも……サリーは無言でスイッチを連続で押した。

 

『コーヒー、○ちゃん蹴り』

『クロム、カンチョー』

『カスミ、くすぐり』

『カナデ、スリッパ』

『イズ、回転』

 

その後、【お仕置きスイッチ】と【タイキックカード】はNPCに売って処分する事がギルド会議で決まるのであった。

もちろん、メイプルがスカウトしたSTR極振りの双子プレイヤー、マイとユイの加入も正式に決まった。

 

 

 




オリキャラどうしようかな……もう一人追加しても大丈夫かな?
悩ましい……
感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

レベル上げに行ったのでは?

悩んだ結果、思いきってまた追加!
てな訳でどうぞ


メイプルと新しく加入したマイとユイが揃ってログインした日。

サリーはマイとユイに顔全体を覆い見えなくする頭装備を渡していた。

 

「念のために予備も渡しておくけど、メイプルの指示に従って使ってね」

「「は、はい!」」

 

サリーの言葉にマイとユイは素直に頷いて答える。

ちなみに黒髪のマイが姉で白髪のユイが妹だ。妹の方がしっかりしていそうで逆のように見えないこともないが。

 

「それじゃあ、行こうか」

「「はい!」」

 

メイプルに引き連れられて、マイとユイはギルドホームから出ていく。

それを見送ったコーヒーとクロムも揃ってギルドホームから出ていこうとする。

 

「二人も行くんですね?」

「まあな。カスミとミキはもう行ってるしな」

「ミキの方は変なのを持ってきそうだけどな」

 

コーヒーの言葉にサリーとクロムは確かにといった感じで肩を竦める。

現在の季節は夏。夏の期間中は全モンスターがギルドのサポート性能を上げるアイテム【スイカ】を低確率でドロップするのだ。

つまり、ステータスアップが今回の目的である。

 

「メイプルが二人のレベル上げに行っている間に、私達はギルドの強化ですね」

「レベル上げは……ひょっとして【毒竜の迷宮】か?」

「正解。彼処なら人目も少なく短期間のレベル上げに向いてますからね」

 

サリーが言う人目の少ないとは、高確率で【暴虐】に関することだろう。あれは間違いなくド肝を抜かれる手札であり、温存しておくに越したことはない。

 

「そうなると……二人はどんなスキルを手に入れて帰ってくるんだろうな?」

「まあ……メイプルがいるからね。普通じゃないスキルが手に入っても……ね」

「ウチのギルドマスターは【異常】の最先端だからなぁ……」

 

苦笑いするクロムのその言葉に、コーヒーとサリーも確かにと苦笑いする。

そして、コーヒーとクロムはギルドホームを後にし【スイカ】を集めて帰ったのだが……

 

「流石メイプル。また予想を上回ったな……」

「以下同文。何でレベル上げに行って勧誘してるんだよ……」

「んー?新しい人ー?」

 

もう一人連れて帰ってきたことに、ミキ以外は苦笑いするのであった。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

―――時は遡る。

メイプルとマイとユイが【毒竜の迷宮】にもうすぐ到着しそうというところで、それは起きた。

 

「あれ?メイプルさん、ダンジョンの前に人がいますよ」

「あ、本当だ。どうしよう」

 

ユイが指差す先には、杖を持った初心者装備のプレイヤーがダンジョンの前に佇んでいる。

此処に来たのは人目につかないようにマイとユイのレベルを上げる為だ。既に人がいる状態ではレベル上げはともかく、【暴虐】を使うのは少々まずいかもしれない。

 

「んー、取り敢えずここであれを装備しておこうかー。マイちゃん、予備の頭装備を私にも渡して」

「あ、はい。分かりました」

 

メイプルの指示に従い、マイとユイはサリーに渡された装備を装備し、人相を隠す。

マイは予備として渡されていた頭装備をメイプルに渡し、メイプルもすぐに装備して人相を隠す。

一先ず、これで人相が分からなくなったメイプル達は、再びダンジョンに向かって歩いていく。

 

ダンジョンの目と鼻の先の距離になると、ダンジョン前にいたプレイヤーの姿がはっきりとしてくる。

後ろ姿だが、薄い緑の髪に特徴的な二本の長いアホ毛がある少女のようだ。身長はマイとユイと同じくらいである。

 

「解毒剤はOK。ポーションもHP、MP両方ある……よし、行こう!」

 

アホ毛の少女は両手で持った杖を握りしめて、ダンジョンの中へ入ろうとする。

 

「ねえ、一人でどうしてこんなところにいるのー?」

「わきゃあっ!?」

 

そのタイミングでメイプルが声をかけたため、アホ毛の少女は悲鳴を上げて若干飛び上がる。

アホ毛の少女は恐る恐るといった感じで振り向くと、ビビったように後退っていく。

 

「あはは、怪しくないから大丈夫だよ」

「あの……流石に怪しいと思いますよ……」

「うん……私もそう思うよ……」

 

メイプルのその言葉に、マイとユイが少々辛辣とも取れるツッコミを入れる。

突然背後から現れた人相を隠したプレイヤー三人。普通に怪しい集団である。

 

「だ、誰なんですか……?」

 

普通にビビっているアホ毛と赤目の少女に、流石にメイプル達は一端装備を外してから再び話しかけることにする。

 

「そんなに恐がらなくても大丈夫だよー。私達は此処にレベル上げしに来ただけだから。それで……ええと……名前は何て言うのかな?」

「……シアン……です……」

 

メイプルの質問に、アホ毛の少女はびくびくしながらも自身のプレイヤーネームを明かす。

 

「シアンちゃんかー。私はメイプル。こっちの二人はマイちゃんとユイちゃん。シアンちゃんはどうして此処に一人で来たの?」

「……えっと、その……毒耐性スキルを何とか手に入れようと思って……」

 

自己紹介したメイプルの疑問に、シアンは迷いながらも此処に来た理由を明かし始めていく。

 

「私は……INTにポイントを全部振っていて……それでどこにも入れなくて……【毒耐性】を手に入れたら……パーティーに入れるんじゃないかと思って……」

「あー……ちなみにINTに極振りしたのはどうしてかな?言いたくないなら言わなくてもいいよ?」

「いえ、そんな大した理由でもないので……INTの極振りなら、派手な魔法が使えるかと思っただけですし……」

 

どうやらシアンもメイプル達と良く似た理由だったようだ。

 

「あの……メイプルさん。出来れば、シアンちゃんも一緒に出来ないでしょうか?」

「うん……私もユイと同じ、シアンちゃんを……」

「いいよ!シアンちゃんさえ良ければ、私達のパーティーに入らない?さらに良ければ、私達のギルドに入らない?」

「……いいんですか?」

 

まさかの勧誘にシアンは信じられないといった表情で聞き返す。

 

「うん!私はギルドマスターだし、それに私はVITの極振りだからね!」

「私とお姉ちゃんもSTRの極振りだから、シアンちゃんと一緒だよ!」

「うん!同じ極振りだから、ね?」

 

三人の言葉に、シアンは驚きつつも深々とお辞儀した。

 

「ふつつかものですが……よろしくお願いします!」

「よろしくねシアンちゃん!さっそくだけどこれを装備して!」

 

メイプルはそう言って、例の人相を隠す頭装備をシアン渡す。

 

「えっと、どうしてこれを?」

「秘密兵器を隠す為だよ!慈しむ聖光 献身と親愛と共に この身より放つ慈愛の光を捧げん―――【身捧ぐ慈愛】!」

 

メイプルは【口上強化】を施した【身捧ぐ慈愛】を発動し、シアン達の目の前で天使の姿となる。

 

「え?え?」

「やっぱり驚くよねー」

「うん。私とユイも驚いたもん」

 

いきなりメイプルが天使の姿となったことにシアンは困惑の声を上げ、マイとユイは懐かしそうに呟く。

 

「我が身体に宿るは悪魔の化身 我が呼び掛けに応え この身を依り代にして具現せよ―――【暴虐】!」

 

続けてメイプルは【暴虐】を発動。天使から一転、今度は化け物の姿となる。天使の羽と輪っかは消えたが、スキルの効果までは消えていない。

 

「…………」

「シアンちゃん、大丈夫?」

「気持ちは分かるよー。お願いだから現実に帰ってきてー」

 

あまりの情報の多さと衝撃に、シアンは目が点となってフリーズしてしまっている。

マイとユイは二回目プラスシアンの反応で冷静なまま、シアンを現実に戻そうと肩を揺すっている。

こうして、マイとユイのレベル上げにシアンも加わることになるのであった。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

「そんな訳で、シアンちゃんも【楓の木】に誘っちゃいました!」

「本当に凄いタイミングね……ちなみに成果はどうだった?」

 

ドヤ顔で事の顛末を告げたメイプルに、サリーは苦笑しながらレベル上げの成果を聞く。シアンの加入には誰も反対の声を上げず、むしろ歓迎する姿勢である。

 

「うん!ばっちりだったよ!おかげで三人とも新しいスキルも手に入れたしね!」

 

メイプルが嬉々として告げたタイミングで、後ろに控えていた三人はそれぞれ手に入れたスキルを説明していく。

 

「私とユイは【侵略者】と【破壊王】を手に入れました。【侵略者】はボスを一定時間以内に規定数倒すと手に入るスキルで、STRが二倍になります」

「【破壊王】はダンジョンのクリアタイムが規定値になると出てくるスキルです。こちらは本来一つしか出来ない装備が二つ装備出来るようになります。どちらもSTRがかなり必要です」

 

STR二倍と両手武器の二刀流スキル。これは確かに強力だ。間違いなく【大物喰らい(ジャイアントキリング)】も取得しているだろうから、実質四倍である。

 

「私は……【大賢者】と【叡智の結晶】、【漏れ出る魔力】が取得出来ました。【大賢者】は【侵略者】と良く似てますが、魔法のみを使うことが追加されています。効果もINTが二倍で、要求されるINTも高めです」

 

シアンも似たようなスキルを取得したようだ。極振りプレイヤーは倍加スキルの取得率が以外と高いかもしれない。

 

「次に【叡智の結晶】は取得条件が【侵略者】と似ていて、効果は物理攻撃が0になる代わりに、魔法の威力と効果、範囲が二倍となります。最後に【漏れ出る魔力】はMPポーションによる回復が一定時間内に規定回数に達すると覚えられます。MPポーションで回復した際、余剰分が最大1000まで反映されます。こちらも高いINTが要求されます」

 

シアンがこの三つのスキルを取得できたのは、ある意味メイプルのお陰である。

メイプルが魔法使いなら、攻撃は魔法が良いよね!という考えの元、ミキから大量に貰っていたMPポーションも放出して行わせた結果、これらのスキルをシアンが取得したのだ。

 

実際、INT極振りな為、シアンのMPは低く、魔法を一回使う度にポーションの回復を行っていた。道中もメイプルを援護するためにも魔法を使っていたのでその回数は明らかに多かったのだ。

 

「……本当にメイプルが関わると凄いことになるわね」

「というか、この三人とメイプルのパーティーは本当にヤバい気がしてきた」

 

遠くにいても高火力の魔法が放たれ、近づいても二人の高威力の物理攻撃が飛び、よしんば突破して攻撃しても貫通攻撃か超高火力でもない限りダメージ0。

 

「……完全に戦車だな」

 

何とも言えない表情のカスミの呟きに、全員がうんうんと頷く。

装甲(メイプル)で防ぎ、車体(マイとユイ)で近づく者を潰し、主砲(シアン)で彼方の敵を吹き飛ばす。

まんま、戦車である。

 

「後、シアンちゃんは光魔法と闇魔法を取得してるよ!!」

「訂正。ただの戦車じゃなくて自動修理機能を搭載した戦車だったな」

 

メイプルの報告を聞いたコーヒーの言葉に、約一名以外は遠い目でうんうんと頷く。

苦労してダメージを与えても直ぐ様回復されたら……もう本当に最悪である。殆ど打つ手が無くなってしまうのだから。

 

「……メイプルが味方で良かったな。うん」

 

コーヒーのその言葉に、全員が同意するように頷くのであった。

 

―――運営では。

 

「……まーたメイプルだよ」

「今度はSTRとINT極振りの新人プレイヤーかよ……」

「メイプルが関与すると、何でこう、おかしな方向に進むのかな……」

「知るわけないだろ」

「ミキも【俺達の悪ふざけアイテム】をどんどん釣り上げていくし……」

「……ジョークアイテムを増やしてみるか?」

「……考えておこうか」

 

またしても頭痛と胃痛に悩まされるのであった。

 

 

 




シアンの容姿は名前の通り。髪の色だけ変えました
書いててやり過ぎ感を感じましたが……後悔はない!
感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

町探索

四字熟語が本当に難しい……
てな訳でどうぞ


毒竜をボコボコにし、シアンがいたことで鹿と大樹をさくっと倒してギルドホームに帰ってきた翌日。

マイとユイ、シアンは来て早々にサリーにギルドホーム内にある【特訓場】へと連れられていった。

これは、三人に貫通攻撃に対する回避とそれぞれのスタイルによる戦い方を身につけさせるのが狙いである。

 

サリー曰く、自分が知る限りのほとんどの【貫通攻撃スキル】には発動までにはほんの僅かな【タメ】の時間があるとのこと。他のスキルは名前を言い切ったら即発動に対し、貫通攻撃には注意しないと気づかないくらいの遅れがあるとのこと。

 

コーヒーの【無防の撃】はすべての攻撃が貫通攻撃になるため、そういった【タメ】は存在しないどころか全部が貫通攻撃だから、回避のハードルがゲキ高。

実際、【訓練場】でコーヒーとメイプルが戦ったらメイプルが完敗となったのだから。緊急回避の【暴虐】も【魔槍シン】であっという間に撃沈。つまる所、コーヒーはメイプルにとって天敵と言える存在である。

 

それにマイ達三人は毒竜の周回でレベルが大分上がったとは言え、技術的なものは未熟なままなのだ。

そこでサリーは掲示板やネットで判明している貫通攻撃スキルの資料と、素の技術で再現したスキルの動きによる実践練習で三人に回避能力を上げようというのがサリーの狙いであった。

そんな中、コーヒーはギルドホームに顔を出していた。

 

「そうか。サリーの方はもう始まったのか」

「ああ。CFは今日はどうするのだ?」

「今日は、数日前に町の中で見つけたちょっと気になる場所に行ってみようかと」

「……ああ、またおかしなスキルを手に入れに行くのか」

 

クロムの諦めたような呟きとカスミの呆れたような眼差しに、コーヒーは多少の自覚もあって無言を貫く。

ちなみにイズはマイ達三人の装備の作製。カナデは二層の図書館に入り浸り。ミキは三層の外で釣りである。

 

「まあ、俺に出来ることは今の所無いし、行くだけ行ってみるってことで」

 

コーヒーはそう言って三層の町へと出ていく。

コーヒーが出ていった後、クロムとカスミは二人で話し始めていく。

 

「絶対、また強力なスキルを手に入れてくるだろうな」

「……まったく否定できないな。うちのメンバーは知らないところで強くなるからな」

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

ギルドホームを後にしたコーヒーは、数日前に見つけた町の中にある謎の昇降機へと向かっていく。

その昇降機は沈黙しており、加えて昇降機を操作する端末に一つだけ鍵穴がついていたのだ。

 

コーヒーは試しに【自由への翼】をその鍵穴に差し込んでみると、端末が音を立てて稼働したのだ。すぐに引き抜いた為そのまま沈黙したが、【自由への翼】が此処で使うアイテムだと分かったこと、昇降機は地下へと降りることから向こうに何があるか分からない為、その時は探索に乗り出さなかった。

 

「向こうには何があるんだろうな。機械の町だから機械関係のものがあるのかな?」

 

そんな事を呟きながら歩いていると、一人のプレイヤーがコーヒーの進路を塞ぐように現れる。

 

「お前がコーヒー……CFだな?」

 

進路を塞ぎコーヒーに話しかけてきたのは、白髪赤目の白い鎧に身を包んだ少年だ。

まったく見覚えのない少年にコーヒーは内心で首を傾げていると、少年はそんなコーヒーに構わずに話を進めていく。

 

「俺はカミュラ……厨二病患者のお前を倒す男の名だ」

 

カミュラと名乗った少年は目で射殺さんと言わんばかりにコーヒーを睨みつける。

いきなりの宣戦布告と失礼極まりない言葉、とうか今にも襲いかからんばかりの雰囲気を纏うカミュラに、コーヒーは苛立ちを覚えながらも益々困惑していく。

 

「CF……お前とクロム、赤毛のプレイヤー……【楓の木】の男性プレイヤーは俺が倒す―――」

 

自分だけでなくクロムとカナデもターゲットに入っていることに、コーヒーが本当に困惑していると、カミュラは堂々と宣戦布告する。

 

「―――“非リア充”である、この俺がな」

「……は?」

 

カミュラのその言葉にコーヒーは思わず間抜けな声を出すも、カミュラは用事が終わったと言わんばかりにその場を立ち去るのであった。

 

「……本当に何だったんだ?アイツ……」

 

何故リア充扱いされたのか分からぬまま、コーヒーは目的の場所に向かって再び歩き始めるのであった。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

一方、コーヒーに宣戦布告したカミュラは、町の広場にいる数人のプレイヤーと合流していた。

 

「待たせたか?」

「いえ、そんなに時間は経っていませんよ。シンとミィはまだ来てませんが」

 

カミュラの言葉に、神官を思わせる服装をしている金髪の女性プレイヤーは大丈夫と伝えると同時にまだ来ていない人物の名前を告げる。

 

「はあー……このメンバーで大丈夫かなぁ……?僕が足を引っ張らないかなぁ……?」

「安心決定。もう少し自身と皆の実力を信じたらどうだ?マルクス」

 

魔導師らしく灰色ローブを着ている、マルクスと呼ばれた男性プレイヤーの自身無さげな呟きに、全身を白と水色を基調としたスーツのような服装に身を包み、腰に二振りの長剣を携えた水色の髪の長身の男が不安を和らげるように話しかける。

そんな水色の髪の男に、カミュラは仇を見るような眼差しを向ける。

 

「テンジア……新入りの癖に随分と大きな顔をしているな?」

「私は温良恭倹を心得ているつもりだが……そう見えないのなら謝罪しよう」

「いえいえ。テンジアは十分に謙虚ですよ。むしろ、カミュラの方がテンジアの謙虚さを見習うべきです」

「……ふん。俺達のギルドマスターの兄と宣う男を見習えと?冗談は休み休み言え、ミザリー」

 

ミザリーと呼ばれた女性の諌めに、カミュラは鼻を鳴らして真っ向から拒絶する。

 

「あくまで従兄妹で血の繋がりはないのだがな……」

 

テンジアと呼ばれた水色の髪の男は困ったように溜め息を吐く。

従妹である彼女とはある程度連絡を取り合う仲で、テンジアがゲームを始めたのも、従妹が楽しそうにゲームの話をしていたので興味を持ったのが理由である。

……ゲームでの従妹の演技には内心で苦笑していたが。

 

「気にしなくていいよー。カミュラは単にリア充が嫌いなだけだから」

「理解不能。それなら、何故彼処まで私に敵意を向ける?」

「ミィと従兄妹だからですよ。カミュラはそれが憎くて仕方ないそうです」

「唖然失笑。従兄というだけで憎いなら、全員が憎悪の対象となると思うんだが?」

「従兄が憎いんじゃない。ギルドマスターの従兄だから憎いんだ」

 

テンジアの呆れを含んだ言葉に、カミュラは憎々しげに吐き捨てる。

そんな彼らの下に、赤と黒の服とマントに身を包んだ、赤髪赤目の女性プレイヤーが威風堂々とした歩みで近づいていく。

 

「待たせたな、ミザリー、マルクス、カミュラ、兄上」

 

待ち人の一人―――【炎帝ノ国】のギルドマスターであり、【炎帝】の二つ名を持つミィがカリスマ性の高さを伺わせる凛とした声で話しかける。

 

「ミィ。ここではテンジアで構わないと何度も言っているのだが……」

 

テンジアは困ったように言葉を口にするも、対するミィはどこまでも堂々とした雰囲気で告げる。

 

「兄上は兄上だ。兄上を名前で、しかも呼び捨てで呼ぶ等、私には出来ない」

「頑固一徹……本当に頑なだな」

 

あくまで兄と呼ぶことを止めないミィに、テンジアは口では呆れつつも表情は然程嫌そうでもない。

 

「それはテンジアも同じですよ。ミィがギルドに誘ったのに、貴方はそれを断って、加入条件を満たしてから入ったのですから」

「至極当然。周りがしっかりと納得しなければ凝りとなる。それで不協和音が起きるのは本意ではないからな」

「それでミィがテンジアのレベル上げに一緒に行くから、不満は結局起こっていたんだけどね」

 

マルクスがその光景を思い出してか、疲れたように息を吐く。

 

「確かに。あれでは本末転倒だから流石に頭痛を覚えたものだ」

「……兄上なら間違いなく戦力になると判断したからだ」

 

ミィのその言葉に、マルクスとミザリーはもちろん、カミュラでさえも素直に頷いて同意する。

 

「ふん……実力に関してだけは認めてやる。お前は【崩剣】に勝ったのだからな」

「同感。テンジアと戦えって言われたら……一目散に逃げるよ」

「ええ。テンジアの剣捌きは見事なものです」

「……閑話休題。シンはまだ来ないようだな」

 

テンジアの少々強引な話題の逸らしに、ミィは表情を変えず、カミュラは仏頂面のままだが、マルクスとミザリーは思わず苦笑してしまう。

 

「いよう!待たせちまったか?」

 

そのタイミングで片手剣と盾が標準装備の男性プレイヤー、【崩剣】のシンが到着する。

ちなみにマルクスは【トラッパー】、ミザリーは十位以内にランクインしなかったが、その見た目から【聖女】と呼ばれている。

 

ちなみにテンジアはミィから【氷刃】という二つ名を命名されている。カミュラは【スナッチャー】を命名してもらっている。

こうして、【炎帝ノ国】の上位戦力メンバーが揃った一同はフィールドの外へと向かうのであった。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

―――同時刻。

三層にあるとある湖畔にて。

 

「ここは不思議なお魚さん達や蟹さんが一杯だねー。ジベェ、【水鉄砲】ー」

 

釣糸に掴まっているガチガチに固そうな黒蟹に、ミキはジベェの【水鉄砲】を当て、あっという間に素材アイテムの甲殻を手に入れる。

ミキは再び竿を振るって釣糸を湖に垂らすと、十秒もしない内に次の獲物がかかる。

 

「今度は何かなー?」

 

ミキは慣れた動作でリールを巻いて引き上げる。次に釣れたのは……クーラーボックスだった。

 

「おおー。釣り好きに必須のクーラーボックスだー。これは嬉しいなー」

 

ミキはニッコリと笑顔を浮かべながらクーラーボックスを手に取り、詳細を確認していく。

 

 

===============

《釣人の冷却箱》【DEX+10】

【釣りの宝物庫】

===============

 

===============

【釣りの宝物庫】

釣りで得たアイテムを専用のインベントリにしまうことができる。

===============

 

 

「おおー、これは釣ったアイテムをー、通常のインベントリとは別でしまえるようになるのかー。所持制限もないみたいだしー、これからは釣れたアイテムがたっぷりしまえるぞー」

 

ミキは上機嫌でクーラーボックスを肩にぶら下げ、巨大化したジベェに乗って町へと帰っていくのであった。

 

―――運営では。

 

「サリーがおかしい。普通はスキルの動きと速さは再現できない」

「【炎帝ノ国】のテンジアも少しおかしいよな。あの二人と同じく【破壊王】を手に入れてるし」

「ステータスはSTR・AGI型の一般的な構成だな。VITとHPが低いことを除けば」

「それよりヤバいのがミキとカナデだ。ミキは《釣人の冷却箱》を、カナデは【魔導書庫】を手に入れやがった」

「あー……あれかー……」

「《釣人の冷却箱》は単体では大したことないんだけど……釣りの【ユニークシリーズ】持ちのミキだと一気に凶悪になるんだよな」

「ポーション、爆弾が実質無制限で持てるようになるからな」

「カナデの【魔導書庫】も……引き次第では相当化けるんだよなぁ……」

「……本当に【楓の木】には俺達の悪ふざけを突破した奴が集まるんだよ……」

「第四回イベント……大丈夫だよな?」

 

その心配そうな呟きに、誰も答えることはなかった。

 

 

 




ミィ様の内心では……

(お兄ちゃんを呼び捨てなんて出来ないよ!本当は“兄様”にしたかったけど、流石にまずいから“兄上”で妥協してるのに……お兄ちゃんのバカ)

……兄に甘える妹であった。

感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

機械の天使

てな訳でどうぞ


カミュラの宣戦布告から少しして、コーヒーは目的地である昇降機の前に到着していた。

 

「……本当に誰もいないな」

 

コーヒーは前に来た時にも感じたことだが、この辺りにはプレイヤーはもちろんのこと、NPCも一人もいない。

周りは寂れた建物しかない為、プレイヤーがいないのは当然なのだが。

 

「さてと……行くか」

 

コーヒーは【自由への翼】を取り出し、昇降機の端末にある鍵穴に差し込む。途端、端末が音を立てて稼働し始めていく。

 

「ん?これ、回せるのか。なら、回せばいいのか?」

 

コーヒーが差し込んだ【自由への翼】を回すと、昇降機はガコン!という音と共に下がり始めていく。

 

「完全にエレベーターだな。地下には何があるのやら」

 

コーヒーは腕を組んで昇降機の進むままに静かに待つ。

昇降機が下に向かってからおよそ十分。コーヒーを乗せたは薄暗い通路の入口に到着した。

 

「うわぁ……これまた不気味な空間だな。取り敢えず、慎重に進むか」

 

クロスボウを構えたコーヒーは周囲を警戒しながらゆっくりと進んでいく。

少しして、コーヒーはモンスターらしき存在を見つけた。

 

「宙に浮く青い光を放つ球体……どう見ても見つかったら駄目なやつだ」

 

赤色灯ならぬ青色灯を天辺に光らせ、球体の中心にはカメラアイらしき部分がサーチライトを照らしている。

見つかったら、強力なモンスターを呼ぶか通路が閉鎖されるかのどちらかだろう。

 

「本当に気をつけて進まないとな……しかもあれは一体だけじゃないようだしな」

 

コーヒーが視線を向ける先には、通路の中心をふわふわと浮いて移動している監視装置の光が三つある。

幸い、この通路は入り組んでおり、隠れたりやり過ごすのは可能である。

 

「下手に破壊するわけにもいかないし……上手くやり過ごしながら進むしかないな」

 

コーヒーはそう呟いて、【遠見】と【暗視】で監視装置を遠くから見つけ、通路の陰や監視装置の死角を突きながら通路を進んでいく。

監視装置は決まった通路内しか移動せず、パターンも決まっている為、掻い潜るのはそれほど難しくはない。

 

だが、入り組んだ通路と薄暗い場所である為、方向感覚も狂い、進んでいるのかかなり怪しく感じられる。

そうして進むこと二時間。コーヒーは如何にもな扉の前へと辿り着いた。

 

「……出来ればボス戦は勘弁したいなぁ」

 

間違いなくこの扉の向こうにボスがいると感じながら、コーヒーは鋼鉄の扉を開く。

扉を開いた先には……機械の天使と形容すべき存在がいた。

錆び付いた屑鉄のような翼。

 

あちこちに歯車やネジ、バネを覗かせる銅と鉛の身体。胸の中央は青白い光を明滅させている。

そして、その機械の天使は天井から伸びる鎖で雁字搦めに十字架のように拘束されている。

そんな拘束されている機械の天使にコーヒーは警戒しながら近づいていくと、機械の天使が言葉を発し始める。

 

『グ……ガ……クル、シイ……タス、ケ……』

「…………」

『オネ、ガ……ガァアアアアアアアアアアッ!!』

 

コーヒーが動向を見守る最中、機械の天使は苦しそうに声を上げ、青白い光が町の機械と同じ青い光へと変わっていく。

同時に、機械の天使を拘束していた鎖が弾け飛び、機械の天使は屑鉄の翼を羽ばたかせて滞空する。

 

『オ前ハ大人シク……我ニ使ワレテイレバヨイ……ガラクタノ王ト同ジク……ナ』

 

明らかに先ほどの声とは違うことに、コーヒーは警戒心を露にクロスボウを構える。

そんなコーヒーの目の前で、機械の天使は青い光を放つ胸の中央から雷の剣を自身の周囲に複数形成していく。

 

『オ前モ……ガラクタニシテ使ッテヤロウ』

 

機械の天使がそう告げた瞬間、雷の剣が弾丸の如く一斉に放たれる。

 

「!【クラスタービット】!!」

 

コーヒーは雷の剣の発射速度に驚きつつ、【クラスタービット】を強化無しで展開する。

【クラスタービット】を幾枚のシールドとして展開するも、【クラスタービット】は雷の剣が炸裂した瞬間に容赦なく吹き飛ばされていく。

 

「強力なノックバック効果付きか!?」

 

コーヒーは【クラスタービット】が吹き飛ばされたことに驚きつつも、迫り来る雷の剣の雨霰をギリギリのタイミングでかわしていく。

 

「誘うは雷針 漲る雷を集約せよ―――【避雷針】!!」

 

コーヒーは左手に【避雷針】の杭を形成し、それを上空に向かって投げ飛ばす。途端、雨霰の如く放たれていた雷の剣は全て【避雷針】へと吸い込まれていく。どうやら単体の連続発動ではなく、一つのスキルとしての攻撃だったようだ。

 

「放つは猛虎 その剛健で吹き飛ばせ!【パワーブラスト】!」

 

その隙をついて、コーヒーは【パワーブラスト】を機械の天使の頭部に向けて放つ。

放たれた高威力の一撃は機械の天使の頭部に見事に当たり、後ろへとよろめかせる。

そこで再び、機械の天使が言葉を放ち始める。

 

『グ……ゥ……胸ヲ……攻撃……シテ……ソレデ……私ハ……倒セ……ル……』

 

そう告げる機械の天使の胸の中央の光には鳥のようなぼんやりとした影が浮かんでいる。あれが弱点であるのは間違いないのだろう。

 

『オネ……ガイ……誰カヲ……傷ツケル前ニ……コロ……シテ……』

 

確かに彼処を攻撃すれば、機械の天使は簡単に倒せるだろう。だが、幾らゲームでもすんなりと、はいそうですかとできる程、コーヒーは非情にはなれなかった。

 

「深淵に潜む光 輝きは次代に継がれ 此処に顕現す―――【聖刻の継承者】」

 

なので、コーヒーはあの時手に入れた切り札を使い、弱点部位以外を攻撃して倒すことを決める。

【聖刻の継承者】を発動したことで、コーヒーの髪の色が変わり、背後には蒼い輝きを放つ槍十字の紋様が顕れる。

 

「照すは希望 煌めくは受け継ぎし刻印 天に昇りて絶望を祓う光の柱と化せ」

 

コーヒーはクロスボウを掲げ、自身の周囲に白き槍を無数に展開していく。放つのは上空からではなく、地上からの弾幕攻撃だ。

 

「【聖槍ファギネウス】!!」

 

コーヒーは掲げていたクロスボウを機械の天使にへと向け、引き金を引く。

それが合図となったように、無数の白き槍は機械の天使へと殺到していく。

 

『ァアアアアアアアアアアアッ!!!』

 

白き槍は容赦なく悲鳴を上げる機械の天使を穿ち―――胸以外を塵にするかの如く吹き飛ばした。

掃射が終わると、機械の天使は胸の球体パーツだけを残して消えている。

コーヒーが終わったと判断してクロスボウを下げると、胸の球体パーツにヒビが入る。

やがてヒビが大きくなって粉々に砕け散ると、中から青白い光を放つ小さな鳥が空に向かって羽ばたいていた。

 

『……アリガトウ』

 

その言葉と共に小鳥がコーヒーの周囲を飛び、空へ向かって飛んでいった。

 

ピロリン♪

『スキル【フェザー】を取得しました』

『スキル【雷翼の剣】を取得しました』

 

新しいスキル取得の知らせ。コーヒーはどんなスキルなのかと画面を開いて確認する。

 

 

===============

【フェザー】

すべての攻撃に雷属性と羽根が舞うエフェクトが追加される。

===============

 

===============

【雷翼の剣】

MPを30消費して強力なノックバック効果のある雷の剣を生み出す。

耐久値は自身のHPが反映され、0になると消失する。

攻撃力は自身のSTRが反映される。

===============

 

 

またしても自分向けのスキルであることにコーヒーは苦笑しながら、その場を後にするのであった。

 

―――運営では。

 

「マジかー……」

「またCFが俺達の予想を上回ったな」

「ああ。【フェザー】はともかく、【機械に囚われし天使】の弱点部位を一切攻撃しないで倒すことで手に入るスキル【雷翼の剣】まで手に入るなんてな」

「いや、あの演出じゃ弱点部位を攻撃なんて出来ないだろ。……それ以外を攻撃しても、本来なら通らずに苦渋の選択という展開を描いていたのに」

「弱点部位以外じゃ、ろくにダメージを与えられない筈なんだけどなぁ……」

「CFは【無防の撃】があるからな。全ての攻撃が貫通攻撃だから高威力のスキルを使えばこうなるのは必然だろ」

「……【無防の撃】を修正するか?」

「別にいいんじゃね?コーヒーの基本火力は、そのスキルで低いんだし」

「確かに。それを他のスキルで埋めてるだけだしな」

「今回得たスキルでまたそれが埋まったけどな……」

 

またコーヒーが予想以上の強化を果たしたことに、運営は疲れたように溜め池を深く吐くのであった。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

―――その頃、【集う聖剣】のギルドホームの一室にて。

 

「さて、ギルド対抗イベントだが……気掛かりなギルドは二つだ。第一回イベントで四位、八位、九位がメンバーの巨大ギルド【炎帝ノ国】と、少数だが二位、三位、七位、十位が所属する【楓の木】だ」

 

ペインは戦局を大きく変えられるようなメンバーがいるギルドは、この二つだと考えている。実際、それは間違っていない。

 

「【楓の木】には第二回イベントで話題になった青服の子もいるんじゃなかったけー?」

「イエス。同時に生産職のトッププレイヤーも所属している筈です」

 

フレデリカの言葉に、サクヤが自身の知っている情報も付け加えながら同意する。

【楓の木】に関しては圧倒的に情報が少なく、そのヤバさが明確に分からないのだ。

特に新メンバーのマイとユイ、シアンに関しては存在自体が知らない為絶無である。

 

「イベント内容にも寄るが……俺らのギルドは全体的に強いやつが集まっている。幾ら個人が強くても物量攻撃ならボロが出てくるし、全員に毒耐性を付けさせ、可能な限り麻痺耐性も付けさせれば大丈夫だろ。むしろ、警戒するのは【炎帝ノ国】の方だろ?」

 

ドラグがそう言ってペインに言って聞かせるも、その意見にサクヤが反対の声を上げた。

 

「ノウ。【炎帝ノ国】はある程度予想できますが、【楓の木】はまったく予想出来ません。事実、彼女に関するスレを見ればその異常さが分かります」

「あー……私もサクヤちゃんに言われて見たんだけど……空飛ぶ亀や天使や羊毛まみれとか方向性がまったく定まっていないんだよねー。防御方向に向いているのは分かるけどさ」

「イエス。こんな彼女ですから、どんな手札を持っていても不思議ではありません」

「それにCFもいるしな。空飛ぶ亀が雷を降らせたというのは、ほぼ間違いなくCFの攻撃によるものだろうな」

「……そう言われると、確かに【楓の木】も要警戒しなければならねえか」

 

サクヤ、フレデリカ、ドレッドの意見に、ドラグは確かにと納得する。

 

「ああ。それにサクヤ達のような無名の強者がいないとも限らないからな」

「一応、ギルドの生産職さん達には三層で見つけたダンジョンにある、スキルが付与できる素材を周回で大量に手に入れてもらって、状態異常耐性の高い装備を作ってるけどねー」

「ともあれ、今は情報が欲しい。フレデリカ、頼めるか?」

「オッケー。【炎帝ノ国】と【楓の木】の二つだねー。【楓の木】はちょっと手間取りそうだからー、まずは【炎帝ノ国】の方が先になるけどねー」

 

ペインの要望にフレデリカは快く引き受ける。ペインもそれに反対することなく素直に頷く。

【炎帝ノ国】が先なのは【集う聖剣】同様に大きなギルドな為、情報統制にはどうしても穴が出てくるから。

 

逆に【楓の木】は少人数ギルドな為、情報収集という点に置いては時間がかかるのは明白であり、情報が比較的に集めやすい【炎帝ノ国】が先になるのは当然のことであった。

 

「サクヤは例のスキルの練習をしてくれ。【英雄の協奏曲】は強力だが演奏が難しいんだろう?」

「イエス。【英雄の協奏曲】はパーティーにおいて相当強力ですが、ミスを行えば盛大なデメリットとして返って来ます。特にフレデリカさんのあれと合わせればそのデメリットは大きく跳ね上がります」

「あー、あれね。確かにあれは強力過ぎるよ。だって、上手くいけばペインのステータスが物凄い勢いで上昇し続けるからねー」

 

フレデリカの言葉にペインはもちろん、ドレッドとドラグも深く頷く。

サクヤの【笛】のスキルは、一部を除き、演奏が続く限りはずっと効果を発揮するのだから。

その後、フレデリカとサクヤが部屋を出て行った後、ペインはドレッドとドラグにもある要請をする。

 

「ドレッドとドラグは、彼女が来たらレベル上げに同行してくれ」

「あの仮面剣士の嬢ちゃんか」

「レイドか……アイツもCFやメイプルと同じくゾッとした。あの戦いぶりは仮面と合わせるとまさに【鬼神】だからな」

 

その直後、部屋の扉が開いて新たな人物が入ってくる。

薄く長い金髪と蒼い瞳、顔の上半分を鬼を連想させる白い仮面で隠し、黒いマントと黒いライダースーツのような服、銀のガントレットとレガース、幅広の刀のような武器を腰に携えたプレイヤーだ。

顔を仮面で隠してはいるが、体つきからして女性のようである。

 

「済まない。リアルの都合で予定より少し遅れてしまった」

「いや、大丈夫さ。レイド、来て早々で悪いけど……」

「私のレベル上げだろう?」

「ああ。ドレッドとドラグと一緒にレベルを上げてくれ。次のイベントまでの時間も限られているから、出来る限りレベルを上げてほしいんだ」

「承知した。二人も済まないが……」

「構わねぇよ。俺のレベルも上げられるしな」

「同感。レイドがガンガン暴れるだけだから、同行する俺らは楽だけどな」

 

そうして、ドレッドとドラグはレイドを連れて部屋を後にした。

 

「打てる手は可能な限り打ってはいるが……未知は何よりも恐ろしい。フレデリカが【楓の木】について何かを掴めればいいのだが……」

 

一人呟くペインの直感は間違っていない。

クロムのユニーク装備。

カナデが得た、魔法を記録、保存し使い捨てで使えるようになる魔導書。

 

ミキの異常と呼べる釣り。

サリーの回避能力。

マイとユイ、シアンの破壊力。

コーヒーの攻防一体の盾と銃の如きクロスボウに槍の雨、雷の剣。

 

そして、メイプルの化け物と亀の光線、新たに手に入れた機械の力。

それらを知らずとも、ペインは【楓の木】は一番警戒すべきだと直感で感じていたのだった。

後に、イズがユニーク装備を手に入れたことで【戦う生産職】となり、更にヤバさが増加した。

 

 

 




レイドのモチーフは鋼鉄のあのキャラです
感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

戦いは既に始まっている

てな訳でどうぞ


機械の天使と戦い終えたコーヒーは、ギルドホームに帰ってきていた。

 

「誰もいないのか……少し休憩したら【スイカ】を集めにでも行くか?」

 

コーヒーは次の行動を考えながら、椅子に背中を預けて寛いでいく。

しばらく休んでいると、ミキが帰ってきた。

 

「ただいまー。今はコーヒーだけー?」

「そうだが……そのクーラーボックスはなんだ?」

 

ミキの肩に吊り下げられている白いクーラーボックスにジト目を向けるコーヒーに、ミキは少し得意げそうに説明していく。

 

「これはー、三層の湖畔で釣り上げたんだー。これがあるとねー、釣り上げたアイテムは此方に無制限にしまえるんだよー」

「うわぁ……完全に人間倉庫だな」

 

ある意味凶悪なアイテムを手に入れたミキに、コーヒーは軽く引き攣らせる。

他のプレイヤーでは素材しかしまうことが出来ないが、ミキは素材以外のアイテムを釣り上げることが出来る。つまり、ポーションや爆弾等のアイテムが大量に持ち込めるのである。

 

「後ー、ジベェが【津波】を覚えたんだー。【津波】はー、範囲が広くて威力も高そうだけどー、無差別攻撃なんだよねー」

「……俺も人の事は言えないが、どんどん凄いことになっているな」

 

無差別だから使い所を選ぶ必要があるだろうが、それを差し引いても【津波】が強力そうなスキルであることは想像に難くない。

 

その後、カナデ、服が変わったイズ、クロム、カスミが順番にギルドホームに帰還し、メイプル、サリー、マイとユイ、シアンは一緒で帰ってきた。

全員が揃ったタイミングで、サリーがフレデリカと決闘し、嘘の情報を持ち帰らせた事を明かした。

 

「存在しないスキルを、あたかも実在するように思わせるとは……」

「彼女が驕っていたお陰でね。【攻撃誘導】と偽【流水】というスキルをまんまと信じてくれたわ」

「【攻撃誘導】は実体の無い魔法を誘導して回避するスキル……偽【流水】は実体のある攻撃を弾くスキルとして、か……」

「しかし、なんで【流水】を偽装したんだ?それは実在するスキルなんだろ?」

 

クロムの疑問に、サリーは少々悪どい笑みを浮かべながらその理由を明かしていく。

 

「厳密には【一式・流水】。【流水】単体ではスキルとしては発動しない。どちらも実在しないスキルと判断したところで本物を見せれば……相手は間違いなく混乱する。間違った情報は何も知らないより恐いからね」

 

サリーのその言葉に、一同は確かにと納得する。

【一式・流水】は実体の無い攻撃を弾けるようになる、非常に効果が分かりやすいスキルだ。それをフェイクと判断した時点で出せば、相手は疑心暗鬼に陥るだろう。

何が正解で何が間違っているのか、そこにも思考を巡らせらければならなくなるのだから。

 

「お陰で私達は【炎帝ノ国】の情報も手に入ったしね」

「ああ。ギルドマスター以外で、【炎帝ノ国】の警戒すべきプレイヤーは【崩剣】のシンと【トラッパー】のマルクス、上位入賞こそしていないが【聖女】ミザリーに【スナッチャー】のカミュラ、最後は【氷刃】のテンジアか……」

 

サリーがフレデリカから得た情報を反芻するように呟くカスミに、全員が顔を引き締める。

 

「【崩剣】と【トラッパー】は第一回イベントの上位入賞者だから当然として……【聖女】は惜しくも上位入賞を逃したものの回復魔法が凄いみたいだな」

 

クロムの言葉に、コーヒーはカミュラの謎の宣戦布告を思い出して半目となる。

 

「そういえば、今日そのカミュラと会ったんだが……何故か俺とクロムとカナデに宣戦布告してたんだよな」

「へえ、そうなんだ」

「……なんで俺まで対象なんだ?」

「何か……最後に非リア充云々と言ってそのまま立ち去ったんだ」

 

コーヒーのその言葉にカナデは首を傾げ、クロムは何となくだが理解した。

【楓の木】は女性プレイヤーの割合が大きい。つまり……唯の嫉妬であると。

 

「しかし、カミュラとテンジアはイベントで話題にすら上がらなかったぞ?」

「考えられるとしたらー、マイちゃん達のような期待の新人かもねー」

「その可能性は十分にあるわね。私達もシアンちゃん達を隠しているしね」

 

イズのその言葉に全員が頷く。この分だと、【集う聖剣】側にもそういったプレイヤーが居ても何らおかしくはない。

 

「フレデリカの情報だと、カミュラはメイプルとクロムさんと同じ大盾使い。テンジアは長剣を二振り装備しているプレイヤーだそうね。テンジアって人はマイとユイと同じく、【破壊王】を持っている可能性がある」

「まあ、本来は両手持ちの長剣を二つも装備していたらその可能性を疑うよな」

「二人の装備と戦闘スタイルは不明だが……存在を掴めただけ十分だな」

「出来れば【集う聖剣】の情報も欲しいところだけど……」

 

サリーがそう呟いたタイミングで、運営からイベント内容の詳細なメッセージが届く。

コーヒー達は会議を一旦中断し、イベントの詳細を確認することにする。

 

「今回のイベントは第二回と同じように、時間加速が働くのか」

「期間は四日かー。約半分くらいだねー」

 

これはプレイヤー達が知るよしもないことだが、運営は元々、イベント期間は五日設けることを予定していた。

しかし、【楓の木】が大暴れする可能性を考慮し、それを警戒して四日に削ったのである。

 

「で、第四回イベントの内容はギルドごとに配備されるオーブの防衛と争奪か……」

「自軍のオーブが自軍にある時は六時間ごとに1ポイント。小規模の場合は2ポイント加算されると」

「他のオーブを奪って自軍に持ち帰って三時間防衛することで2ポイント加算。逆に奪われたギルドはマイナス1ポイントか……」

「それもギルドの規模によって変わるみたいですね」

 

シアンが通知の画面とにらめっこしながら発した言葉に、マイとユイが補足していく。

 

「うん。小規模ギルドの場合はマイナス3ポイント」

「中規模ギルドの場合はマイナス2ポイントですね。防衛が成功したら、奪ったオーブは元の位置に戻るそうです」

「三時間以内に取り返したら増加も減少も無し。ギルドメンバーと自軍オーブの位置はマップで把握できるみたいだね」

「奪ったオーブはアイテム欄に入るようね。それに、地形は小規模のギルドが防衛しやすいところに、逆に規模が大きくなると不利な地形に配置されるとあるわ」

 

【楓の木】は小規模ギルドなので、地形は防衛しやすく、得られるポイントは2ポイントだ。

 

「後、ギルドに所属してないプレイヤーは参加申請すれば複数作成される臨時ギルドのどれかに参加できるそうだ」

「死亡は回数は一回で5%減って、二回で15%、三回で30%、四回で50%、五回目でリタイア……と」

「プレイヤーが全滅したギルドはオーブも消失。同じギルドから奪えるオーブは一日に一つだけ、と」

 

大体のルールが把握できた一同はイベントにおける立ち回りについて話し始めていく。

 

「まずデスペナは極力避けた方がいいな。ウチは人数が少ないから、捨て駒戦法は首を締めるだけでしかないからな」

 

クロムの意見は最もだ。【楓の木】は現在11人。数の暴力で攻めるには全く向いていない。

 

「防衛と攻撃の人数も考えないとね。最大の問題点は疲労が溜まりやすいことね」

「確かに。夜襲もあるから人数が少ないとそうそうに休めないだろうな」

「そっか……前と違ってずっと戦闘になるんだね」

 

戦闘が続けば休む暇もなくなって次第に判断力が鈍っていく。特にメイプルが離脱している間は防衛戦力が大きく下がってしまう。

 

「それに、メイプルの【悪食】には回数制限がある。まず間違いなく弱体化していることがバレる。ほとんどのスキルに回数制限があると気づかれたらやばい。そうなると、一日の終わりが最も危険になる」

 

「確かに……」

 

サリーの言いたいことを理解し、メイプルも難しい顔で頷く。

 

「CFの場合は機動力があるから、防衛より奪取に動いてもらった方が良い。だから、今回の肝はメイプルの温存に掛かっている……と思うわ」

「確かに。メイプルのスキルは初見殺しが多いからな」

 

クロムの言葉に全員が頷く。

 

「そうなると、防衛はメイプル、マイ、ユイ、シアン、サポートにイズさんかな。人間戦車パーティーなら、大概の敵は返り討ちにできるだろうし」

「私もCFと同意見ね。イズさんには少々キツいと思いますが……」

「大丈夫よー。この新装備でどこでも作れるようになったから」

「「……え?」」

 

イズからの予想外の報告にコーヒーとサリーが目が点となる中、イズは新しい装備のスキルについて明かしていく。

 

「ゴールドを一部アイテムに変換、どこでも工房を展開できて、さらに新アイテムを自分で作れる……」

「ええ。私にぴったりのスキルでしょ?」

 

イズの言葉に全員が頷く。何故なら、イズはお金さえあれば、爆弾をその場で作ることも可能となったのだから。

 

「そういえばミキも釣ったアイテムは無尽蔵にしまえるようになったんだったな……」

「そうだよー。釣り上げたアイテムならー、いくらでもしまえるよー」

「……一度、全員が今出来ることを確認しようか」

 

サリーのその言葉に、全員が現在取得しているスキルを改めて説明していく。

結果、メイプル、マイ、ユイ、シアン、イズが防衛班。

コーヒー、サリー、クロム、カスミが攻撃班。

カナデとミキが両方を兼任することとなった。

 

「当日は全員参加出来るから、それぞれが出来ることをやっていきましょ」

「俺とカスミ、コーヒーは資金集めとレベルアップの為にモンスターと戦ってドロップアイテム集め」

「私達は特訓してレベルアップです!」

「ボクはー、ギルドホームで釣りをしてアイテムの調達かなー?」

「私は色々とアイテムを作っておくわ」

「僕は最上級MPポーションの素材集めだね」

「サリーは自主訓練、メイプルは……自由でいいだろう」

 

そうして、それぞれがそれぞれに出来る最善を当日まで続けていく。

マイとユイ、シアンの装備も完成し、マイとユイは髪の色に合わせた可愛らしい服装と大槌。

シアンは白を基調とした浴衣みたいな服に蝶をイメージしたような杖と髪止めである。

 

さらに、ミキが資金を出してメイプルのあの素材アイテムで、メイプルのユニーク装備に合わせた漆黒の王冠も作り上げた。

 

詳細は不明だがイズ曰く、「コーヒーの装備よりヤバい」とのこと。その時点でほとんどのメンバーが遠い目となったのは言うまでもない。

コーヒーも連日ログインしてギルドの性能を上げつつ、自身とブリッツのレベルも上げていく。

 

「【電磁結界】……スキル発動から一分の間、《絆の架け橋》装備者はHPの代わりにMPを代償にすることでダメージを無効化するスキルか……使用回数は一日5回だが……かなり便利だな」

 

無論、MPが0になったら肩代わり出来なくなるが、新たな回避手段であることには違いない。

 

「【詠唱V】になったから、【口上詠唱】が出てしまったな……口上が追加できるのは、【リベリオンチェーン】、【ディバインレイン】、【グロリアスセイバー】辺りか……」

 

……新たにメンタルが傷つきそうなスキルも手に入ったが。

 

そして、イベント当日。

 

「目指すは上位で!」

「「「「「「「「「「異議なし!」」」」」」」」」」

 

全員が円陣を組んで手を重ね合わせたところで、【楓の木】のフルメンバーは揃って光に包まれてバトルフィールドへと転移されるのであった。

 

 

===============

コーヒー

Lv.65

HP 475/475(+124)

MP 203/203(+69)

 

STR 42(+90)

VIT 5(+31)

AGI 105(+112)

DEX 82(+94)

INT 36(+86)

 

頭装備 幻想鏡のサングラス・夢幻鏡 【HP+50 MP+20 AGI+40 DEX+30 INT+15】

体装備 震霆のコート・雷帝麒麟 【VIT+16 AGI+32 INT+16】

右手装備 雷霆のクロスボウ・閃雷・魔槍シン 【STR+70 DEX+40 INT+30】

左手装備 カレイドエピラー・ミラートリガー 【DEX+5】

足装備 黒雷のカーゴパンツ・クラスタービット 【HP+14 MP+14 DEX+19】

靴装備 迅雷のブーツ・疾風迅雷 【AGI+40 INT+20】

装飾品 絆の架け橋

    ブルーガントレット 【HP+30 MP+15 STR+20 VIT+15 INT+5】

    マジックリング 【MP+10】

 

スキル

【狙撃の心得X】【弩の心得X】【一撃必殺】【気配遮断X】【気配察知X】

【しのび足X】【雷帝麒麟の覇気】【無防の撃】【弩の極意III】【避雷針】

【聖刻の継承者】【フェザー】【ソニックシューター】【フレアショット】【フリーズアロー】

【砕衝】【地顎槍】【アンカーアロー】【流れ星】【扇雛】

【パワーブラスト】【チェイントリガー】【雷翼の剣】【跳躍X】【壁走りX】

【体術VIII】【連射X】【魔法の心得III】【遠見】【暗視】

【鷹の目】【スナイパー】【狩人】【毛刈り】【射程距離強化大】

【釣り】【水泳IX】【潜水IX】【水中射ちV】【採掘X】

【HP強化小】【MP強化小】【毒耐性中】【属性強化】【口上強化】

【名乗り】【詠唱V】【口上詠唱】【MPカット中】【MP回復速度中】

===============

 

 

 




感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四回イベント開始

日間ランキング六位に驚愕&感激
評価してくれた読者の皆様には感謝感激です!
てな訳でどうぞ


光が薄れると、目の前には緑色に輝くオーブとそれが乗った台座が見える。ここが自軍であることはすぐに理解できた。

広い部屋から伸びる通路は三本。内二本は台座の後ろ側だ。

 

「こっちの通路は行き止まりで水場があるくらいだったわ」

「こっちは特に何もなかった。横になることは出来るだろうな」

 

手早く通路を確認しに行ったサリーとカスミが戻ってきて報告する。

 

「となると、正面の通路が外に繋がるルートか。確かに防衛しやすいな」

「正面からしか来れないなら、背後からの奇襲の心配がないからな」

「それじゃ、予定通りに。CFは最初は魔法抜きでよろしく」

 

サリーのその言葉にコーヒーは頷く。今回の作戦を考えれば、素性が割れない方が都合が良いからである。

メンバー全員が外見を隠すためだけのローブを着る。理由はもちろん、素性を隠すためである。

 

「それじゃー、【身代わり人形】は防衛班とー、クロムとカナデに渡すねー」

 

ミキがクーラーボックスから一体ずつ藁人形を取り出し、メイプルを筆頭とした防衛班全員とクロムとカナデに渡していく。

【身代わり人形】はミキが釣り上げたアイテムの一つであり、その効果は所有者が死亡する時、そのダメージを肩代わりして消滅するという便利アイテムだ。

 

ただ、ミキがクーラーボックスにしまっている【身代わり人形】の数には限りがあり、加えて持てる数は一人につき一つ。なので、【身代わり人形】は先のメンバーが優先して持たせることが決まっていた。

ちなみにサリーは保険として進められた際、悩んだ末に断った。理由は藁人形……オカルト系アイテムだからである。

 

イズも【身代わり人形】が量産できないか試行錯誤したが、必要なアイテムを割り出せなかった為、量産は現時点では不可能だった。

クロムが【身代わり人形】を自身のインベントリにしまったのを確認してから、攻撃班のコーヒー達は自軍から飛び出していく。

 

「敵を見つけた場合は、問答無用のキルでいいよな?」

「はい。それで大丈夫です」

「まずは近場の探索だな。周囲の安全を確保出来れば、多少は楽になるからな」

 

森の中を進みながら、現在の方針を確認しあっているとサリーが足を止める。

耳を澄ませば、他のプレイヤーの話し声が聞こえてくる。

 

「私が適度に潰しつつ誘導します。CFは援護をよろしくね」

「オーケー」

「了解」

「私とクロムはここの茂みに隠れておくぞ」

 

カスミとクロムは近くの茂みに隠れ、サリーとコーヒーは木の枝を器用に渡って声が聞こえた方に向かう。

向かった先にいたプレイヤーは五人。周囲の警戒は少し散漫のようである。

 

「私が最後尾を殺ったら、CFは間髪入れずに追撃して。その後は誘導で」

 

サリーの指示にコーヒーは頷き、クロスボウを構える。

そして、サリーが最後尾の男を背後から両手のダガーで首元を切り裂いた。

 

「うわあああああああっっ!?」

 

突然の奇襲に男は叫び声を上げ、そんな男にサリーは容赦なく追撃して始末する。

その叫び声に、他の四人がそちらへと向いたタイミングでコーヒーはクロスボウの引き金を引く。

 

「ぐあっ!?」

 

肩に矢が刺さった男は悲鳴を上げて反射的に矢が刺さった箇所を押さえる。

突然の襲撃者達に四人が動揺する前で、コーヒーとサリーはダッシュでその場を後にする。

 

「お、おい!待て!」

 

四人は混乱したまま、コーヒーとサリーの後を追いかけていく。

コーヒーとサリーは、四人が見失わない程度の速さでクロム達の下へと誘導し―――容赦なく罠に引っかけた。

 

「やっ……ばっ!」

 

先頭の男が刀と鉈の餌食となったことで罠だと気づくも時すでに遅く、三人目はコーヒーの振り返りざまのヘッドショットで儚く散っていく。

 

「撤退……」

 

女性プレイヤーは逃げようとすつも、サリーの炎の玉が直撃してバランスを崩し、クロムの鉈で止めを刺される。

 

「ひ、ひぃいいいいっ!!」

 

残り一人となったプレイヤーは一目散に逃げ出し、コーヒー達は追撃せずにそれを見守る。

無論、一人だけ逃がしたのはわざとである。

一人では他のギルドを倒すことは普通は無理な為、すぐさま自軍へと引き返すからだ。

 

そんな鬼を自宅に招き入れる手助けをしてしまったプレイヤーはそれに気づくことなく、逃げ続けていく。

その追跡はサリー一人で行っている。人数が多いと尾行に気づかれるだろうし、サリーの位置を確認すれば簡単に後を追える。

そうしてマップを確認しながら進み、サリーの位置がいる場所まで到着した。

 

「あ、きたきた」

 

サリーが木の上から呼び掛ける。

 

「あの洞窟がそうか?」

 

目の前にある、木々に隠れて見つけづらい洞窟を見据えながらカスミが聞くと、サリーは頷いて肯定する。

 

「うん。私達と同じ小規模だと思う。何人いるかは分からないけど」

 

【楓の木】も入れようと思えば50人まで入れられる。だから、最小のギルドでもそれだけいる可能性は十分にある。

むしろ、【楓の木】の人数が少なすぎるだけなのだ。

 

「予定通りクロムが先頭で、俺が最後尾で行くぞ」

 

コーヒーの宣言通り、クロムを先頭にコーヒーを最後尾にして穴の中へと入っていく。

少し進んだ先にはオーブが台座に乗っているのが見え、近くには逃げ帰ったプレイヤーの話を聞いている30人程のプレイヤーがいる。

当然入口の方を向いているプレイヤーもいるため、侵入者であるコーヒー達に気づく。

 

「皆、構え―――」

「【地顎槍】」

 

ギルドマスターらしき男の号令を遮るように、コーヒーが先制攻撃を放つ。

放たれた矢はプレイヤーが密集している地面へと刺さり、地面が隆起して岩の槍としてプレイヤー達を貫いていく。

 

「よし、今の内に叩くぞ!」

 

クロムを先頭にして、コーヒー達はその後ろから付いていく。

出だしを挫かれた敵は何とか持ち直し、前衛が集団でクロムに斬りかかるもダメージを受けた瞬間からHPがぐんぐん回復していく。

 

コーヒーは安全な後方から矢を連続で放って敵の前衛に次々とヘッドショットを決め、【一撃必殺】が決まった相手は光となって消えていく。

そんな状況に前衛が逃げ腰になった瞬間、サリーとカスミも攻撃に加わり、瞬く間に蹂躙していく。

 

後方の魔法組も魔法を放って援護しようとするも、コーヒーが片っ端から撃って妨害している為それもままならなず、よしんば放っても、サリーとコーヒーは回避、カスミはクロムがカバーして凌ぐ。

結果、三分足らずで敵ギルドは全滅した。

 

「今回は上手くいったな。後ろからの援護があると本当に楽だな」

「ああ。サリーもだが、CFも味方で良かったと改めて思ったな」

 

クロムとカスミがコーヒーを誉める中、サリーが無防備となったオーブを回収する。

 

「カスミ、取り敢えずこれをクロムと一緒に持って帰ってくれる?私は周りの偵察をしてくる。この感じなら思ったより近くにギルドがあると思うし。CFは予定通り、少し遠目のところからオーブを集めてきて」

「ああ。奪ったオーブの場所はちゃんとマッピングしとけば良いんだよな?」

 

コーヒーの確認にサリーは首を縦に振る。

 

「ええ。オーブの場所の把握は私達が上位に食い込むためには必須だし、オーブがないギルドでもちゃんと場所はマッピングしておいて」

「了解」

 

方針を固めた攻撃班は、コーヒーとサリーは単独行動で戦場に残り、クロムとカスミは戦利品のオーブを持ち帰ることにした。

一方、【楓の木】には侵入者(ぎせいしゃ)がやってきていた。

 

「七人か……少し厳しいが、行けるな」

 

八人パーティーの先頭の男がオーブを守っている人数に少し思案顔となるも、微かに数で勝り、自分達の方が実力が上だと勘違いした彼らは自ら地獄へと進んでしまう。

 

「よし、行くぞ―――うわっ!?」

 

先頭の男が意気揚々と一歩踏み出した瞬間、地面が陥没して半数が穴の中へと落ちていく。

これは、ミキが設置したトラップアイテム【落とし穴】による罠である。

 

「輝け、【フォトン】!」

 

そのタイミングでシアンが杖を突き出し、白く輝く光の玉を飛ばす。放たれた光の玉は落とし穴へと向かい、落ちた連中を容赦なく吹き飛ばした。

 

「なっ……」

 

一瞬で半分の人数がやられた事に残りのメンバーが言葉を失っていると、更なる追撃が襲いかかってくる。

 

「「投擲投擲っ!!」」

 

マイとユイの可愛らしい声と共に迫り来る高速の鉄球の数々。その鉄球は容赦なくプレイヤーに直撃し―――無慈悲に葬っていった。

 

「【バリケード】の完成よー。次はこれで入口を塞いで【樽爆弾グレート】も設置しときましょうか」

 

イズがニコニコ顔でミキの釣り上げたアイテムを再現したアイテム―――【バリケード】と五つの【樽爆弾グレート】をマイとユイに渡す。

 

【バリケード】は簡単に言えば設置型の使い捨ての盾であり、【樽爆弾グレート】は【樽爆弾】を強化したアイテムだ。

 

どちらも重量が重く、設置したらマトモに動かせないのだが、STR極振りのマイとユイは軽々と持ち上げる。そのままイズが用意したアイテムを入口へと設置していく。

 

攻撃班が帰ってきたら、マイとユイがずらして道を開ければ問題もない。

爆発の余波もメイプルがいれば全く問題とならない。

そして、設置してから二分後……

 

「なんだ?このバリケードは?」

「とにかく破壊するぞ!」

 

新たな侵入者(ぎせいしゃ)が訪れた。今度は12人である。

 

「さっそく来たわね……えい♪」

 

イズはそう言って、素材が少なくて済むが、威力が低い爆弾を設置した【樽爆弾グレート】に向けて投げ飛ばす。

イズが投げ飛ばした爆弾単体では大した効果は望めないが―――【樽爆弾グレート】を爆発させるには十分である。

 

「【身捧ぐ慈愛】!」

 

メイプルが範囲防御を展開した直後、盛大な爆発が起こる。設置したバリケードはもちろん、12人のプレイヤー達も跡形もなく吹き飛ばし、二度目の防衛を成功させた。

防衛班はメイプルのおかげで無傷である。

 

「次はどうしますか?」

「んー、粘着トラップにしてみようかな?動けなくなったところをマイちゃんとユイちゃん、シアンちゃんで吹き飛ばそう!!」

「それじゃ……クロムから入口前に戻ってきたと連絡が来たわ」

 

これは事前に決めていたことだ。トラップアイテムは基本的には無差別な為、撤去のためにも入る前には必ずメッセを飛ばすように取り決めていた。

 

「今は罠がないから大丈夫……と」

 

イズはすぐに返信のメッセージを返し、すぐにクロムとカスミが拠点に戻ってくるのであった。

 

「おかえりー。オーブを持って帰ってきたの?」

「ああ。わりと近くに他のギルドの拠点があった」

「それでサリーが周辺の偵察に、CFが予定通りに動いている。ミキとカナデは?」

「二人は奥の部屋にいるよ。ミキはアイテム補給、カナデは魔法の備蓄中だよ」

 

この場にいない二人の所在を聞くカスミに、メイプルが答える。

 

「そうか。ミキなら何か役に立つアイテムを釣り上げるだろうな。このフィールドにはモンスターは出てこないしな」

 

クロムがうんうん頷いていると、シアンが続けて報告する。

 

「カナデさんは、今日のスキルでコーヒーさんと同じスキルを引いたと言っていました。それで、その魔法を魔導書として保存しているところです」

「……本当にカナデの引きは凄いな」

 

クロムのその言葉に、全員が頷くのであった。

 

 

 




オリ主達によって敵さんは涙目ですネ!
【楓の木】はどこまで暴れるかな?
感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

オーブ集めと防衛

てな訳でどうぞ


サリー達と別れたコーヒーは木の上や茂みの中、岩陰等に身を隠しながら素早く移動していた。

コーヒーは素性を隠すため、【雷帝麒麟】と人前での【名乗り】の使用は禁止となっている。使えば、間違いなくコーヒーだとバレるからだ。

 

【クラスタービット】も同様であり、【聖刻の継承者】も【雷翼の剣】も奥の手として温存しなければならない。

かなりのハードプレイだが、それでもやらなければならない。

 

「道中で見つけたギルドは12……小規模は五つ、中規模が四つ、大規模が三つか……」

 

マッピングを施したマップとギルドの規模を思い浮かべながらコーヒーは一人呟く。

【楓の木】が上位十位以内に食い込むには、どこよりもオーブを多く稼ぐ必要がある。

しかし、最初の戦闘は不意討ちと先制攻撃で余裕を持って勝利を掴めたが次も上手くいくとは限らない。

 

加えて、フィールドにあるアイテムは装備の耐久値を回復させるもののみ。

ポーション等の回復アイテムは素材アイテムを含めて事前に持ち込んだ分だけである。

イズとミキがいるので【楓の木】はポーション不足を心配する必要はないが、他はそうもいかないだろう。

 

「最終日は魔法の支援が弱まるだろうが……同時にオーブを奪える量も減っているだろうからな」

 

コーヒーは現在使用許可が降りているスキルを思い浮かべながら、作戦を練り上げる。

練り上げた作戦は……擦り付けだ。

 

「まずは……大規模ギルドのオーブだ」

 

コーヒーは茂みに隠れ、道中で見つけた大規模ギルドのオーブに視界を向ける。大規模ギルドのオーブらしく、外に配置され、障害物もない。ただし、防衛プレイヤーはおよそ60人程。かなりの数である。

普通なら、近づくことすら困難だが、コーヒーには関係ない。

 

「【鷹の目】」

 

コーヒーは【鷹の目】で自身とオーブとの距離を正確に把握していく。距離は……十分に射程圏内だ。

 

「矢羽根に繋がるは魔力の糸 その糸で手繰り引き寄せん―――【アンカーアロー】」

 

コーヒーは【アンカーアロー】を使い、遠くからオーブに当て、すぐさま引っ張ってオーブを掠め取った。

 

「な!?オーブが!?」

「彼処だ!追え!」

 

目の前でオーブを奪われたことで、防衛プレイヤー達は群がるようにコーヒーがいる場所に向かって走っていく。

当然、コーヒーは逃げる。大規模ギルドの方へと。

 

十八番スキルが禁止されている以上、こうして互いに潰し合わせるという方法でオーブを回収しようというのだ。

そして、そのまま大規模ギルド同士で潰し合わせていく。

 

「よくも俺達のオーブを奪ってくれたな!!」

「何を言っているんだ!?先に攻めてきたのはそっちだろうが!!」

「ふざけるな!!お前達が先に仕掛けたんだろうが!!」

 

互いに食い違う主張。だが、彼らは戦い争っていく。

大規模故の混戦状態となる中、コーヒーはまたしても【アンカーアロー】で大規模ギルドのオーブを回収。混乱に乗じてそのまま離脱しようとする。

 

「柔軟なる疾き風 剛健なる迅き雷 迅雷風烈の息吹となりて走破せよ―――【疾風迅雷】」

 

しかも、【口上強化】した【疾風迅雷】でAGIを約三倍にして。

当然、それに気づいたプレイヤー数人が進路を塞ぐようにコーヒーの前へと立ちはだかる。

 

「ブリッツ、【電磁結界】」

 

コーヒーはブリッツのスキルを使用。一分間は実質無敵となったコーヒーは正面から強硬突破する。

コーヒーに気づいたプレイヤーは剣や斧、矢や魔法をコーヒーに向けて振るうも、剣や斧は避けられ、矢や魔法はコーヒーの身体が蒼い羽根が舞うと同時にぶれて通らない。

 

コーヒーは駆け抜けながら、襲いかかってきたプレイヤー全員にヘッドショット五発をプレゼントして駆け抜けていく。

ヘッドショット五発を喰らったプレイヤーは例外なくその身体を光に変えて消えていく。

 

後はこのまま拠点に帰るだけ。道中で見つけた戦闘中のギルドは、オーブがあれば掠め取る。

結果、コーヒーは四つのオーブの奪取に成功した。

 

帰還中、サリーからオーブ奪取成功のメッセージが届いたので自身もオーブ奪取に成功したと送信して拠点を目指していく。

そして、自軍の入口に待機していたクロムに奪取したオーブ四つを手渡した。

 

「すごいな……この短時間で……」

「感心するのは早いぞ。内二つは大規模ギルドのオーブだから、防衛のハードルは自然と高くなる。メイプル達にも注意するよう伝えておいてくれ」

「了解だ。コーヒーはまたオーブの回収に行くんだろ?」

「当然。少しでも多く稼がないといけないからな」

 

コーヒーはそう言って、現時点でのオーブの位置がわかるマップを渡して再びオーブ奪取に戻っていく。

【避雷針】の即席MP回復アイテムでMPを回復しつつ、オーブのあるギルドを探していく。

 

「ここは十人か……行けるな」

 

次にコーヒーが見つけたギルドは背後が断崖絶壁に阻まれ、オーブの周りも岩壁が正面以外を覆っている、比較的防衛に向いている場所だ。

オーブを守っているプレイヤー達もそこに固まっており、少人数なら無傷で奪い取るには厳しいだろう。

―――本来なら。

 

「【扇雛】―――【連射】」

 

コーヒーは【扇雛】で先制攻撃をしかけ、続く【連射】で間髪入れずに撃ち抜いていく。

襲撃を受けたプレイヤーは何とか武器を構えようとするも、クロスボウではあり得ない連射に殆どなすすべなく葬られるのであった。

 

「オーブ回収……次はあっちへ行ってみるか。この程度の連中なら、追われても大丈夫だし」

 

オーブを持つと常に危険になるため、コーヒーはすぐに方針を決めて未開の方向へと進むのだった。

―――防衛組では。

 

チュドォオオオオオオンッ!!

 

「よーし!また防衛成功!」

「「「はい!」」」

 

大爆発した入口を背に、右腕を突き上げてはしゃぐメイプルにマイとユイ、シアンの三人は笑顔で同意する。

今のところ、襲撃に来たギルドは全員罠で出鼻を挫かれ、立て直す間もなく威力がおかしい初級魔法と鉄球、たまに爆弾の餌食となっていた。

 

「外にいるクロムからのメッセージだよ……次は大規模ギルドの襲撃だって」

「じゃあー、急いで【底無し沼】を設置するねー」

 

釣り人故にAGIが高いミキが急いで入口に向かい、あるトラップアイテムをセットする。同時に【樽爆弾】も入口付近に幾つも設置していく。

そうして設置し終えたミキがメイプル達の下に戻った時点で、鬼の形相の大規模ギルドの面々が次々と姿を現した。

 

「よくも私達の―――」

 

先頭の女性プレイヤーが一歩踏み出した瞬間、周囲の地面が泥濘となり瞬く間に身体が地面へと沈んでいく。

 

「ちょっ!?何よこれ!?」

「どんどん身体が沈んでいくぞ!?」

「こうなったら、前の連中には申し訳ないが彼らを踏み台にして―――」

「弾けろ、【スパークスフィア】!!」

 

指揮官らしきプレイヤーが苦渋の決断を下そうとしたところで、カナデが今日限定で使えるスキル―――コーヒーの使う魔法の一つである【スパークスフィア】を使用。

カナデの手から放たれた雷球は浮き足立つ大規模ギルドの面々に迫り―――【樽爆弾】を爆発させながら吹き飛ばした。

 

「輝け、【フォトン】!」

「「ええーいっ!」」

 

マイとユイはミキが取り出す【樽爆弾】を投げ続け、シアンは【フォトン】を放ち続けて襲撃者を次々と爆散させていく。

爆弾の余波はメイプルが【身捧ぐ慈愛】を発動しているので、全く心配がない。

結果、一分足らずで襲撃者達は全滅するのであった。

 

「いやあ、こうも上手くいくと逆に怖いね」

「ミキさんはアイテムの方は大丈夫ですか?」

「大丈夫だよー。今日までずっと釣りをしていたからー、在庫はたっぷりだよー」

 

シアンの心配そうな言葉に、ミキは親指を突き立てて問題ないと告げる。

ミキは様々なアイテムを釣り上げたが、中にはジョークアイテムや換金アイテム、全く役に立たないアイテムも釣り上げており、それはすべて売り捌いてゴールドへと変換させた。

 

おかげでイズの懐はホクホク。稼いだ六割はミキが釣ったアイテムの売却金という結果となった。

こうして、【楓の木】は自軍の防衛と他軍の戦力低下、他者の潰し合わせの誘導を早々に達成させるのであった。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

一方その頃。

【楓の木】から遥か遠くにあるギルド【集う聖剣】ではフレデリカとドラグ、サクヤが防衛担当になっていた。

 

「あー!私も攻めたーいー!!」

「仕方ねーだろ。俺とお前は足がおせぇし」

 

不満を露に叫ぶフレデリカを隣にいるドラグが諌める。

ドラグの言うように、ドラグとフレデリカはAGIはあまり高い方ではない。故に偵察兼攻撃部隊には割り当てられなかった。

 

「イエス。私の場合はAGIが理由ではなく、スキルが防衛向けの能力なのでここにいますが。なので、夜はドレッドさんと共に行動する予定です」

 

フレデリカの正面にいるサクヤの言葉に、フレデリカは頬を悔しそうに膨らませていく。

【集う聖剣】のオーブは防衛には向いていない、平地に囲まれた岩場の上に侵入経路が多い場所だ。

オーブのある周りには天井もなく、奇襲も十分に可能である。

 

幸い、洞窟が幾つもある為、休息には問題はなかった。

そんな暇を持て余していた三人にギルドメンバーの一人が慌てて駆け寄って来る。

 

「報告します!こちらに敵ギルドの攻撃部隊が近づいて来ています!!」

 

その瞬間、三人の雰囲気が変わり、ビリビリとした威圧感が出始めていく。

特にサクヤは既に笛を構えていた。

 

「聞こえるは子守唄 安らかな音色で夢の世界に誘わん―――お休み、【就寝の鎮魂曲】」

 

【口上強化】と【詠唱】を告げ、サクヤが笛を吹いていく。

笛からは透き通るような音色が奏でられ、周囲に響いていく。

突然サクヤが演奏を始めたことに伝令が困惑する中、フレデリカが詳細を確認していく。

 

「数はー?」

「あ、はい……およそ40で、正面から30、後方より10です」

「わかった。それじゃ、俺とフレデリカで正面の連中を蹴散らしてくる」

「し、しかし……」

「大丈夫だよー。そっちは後方からの奇襲に注意しといてねー。まあ、サクヤちゃんが演奏中なら不意討ちなんて出来ないけどー」

 

伝令の不安げな言葉にフレデリカはさも当たり前のように告げ、ドラグと共に最前線へと向かっていく。

二人が最前線に辿り着くと、報告の通り30人ほどが平地を真っ直ぐ向かって来ているところだった。

 

「うちの監視部隊は優秀だねー」

「だな」

 

ドラグは大斧を担ぎつつ迫り来るプレイヤー達を見据える。

 

「叩き割れ!大地の震略者(ガイアクエイカー)!!」

 

ドラグは【名乗り】で自身のステータスを底上げする。【口上強化】を含め、最初は抵抗があったが慣れれば大したことはなく、むしろ便利なスキルである。

 

「大地を割砕し蹂躙せん―――【地割り】!!」

 

ドラグが大斧を地面に振り下ろすと、前方およそ25メートル、深さ65センチほどの裂け目が無数に生まれ、迫って来ていたプレイヤー達の動きを止めていく。

 

「同時に燃えよ、【多重炎弾】!!」

 

フレデリカは【詠唱】で消費を抑えた【多重詠唱】で無数の炎弾を次々と放っていく。

 

「重列な進行で吹き飛ばさん―――【重突進】!」

 

フレデリカが魔法を放つ中をドラグが突進する。

振り抜かれる凶悪な斧が裂け目から脱出したところのプレイヤーを地面に叩きつけるようにして切り裂いていく。

 

「燃え盛る斧で薙ぎ払わん―――【バーンアックス】!」

「連なり守れ、【多重障壁】!数多に噴き出せ、【多重水壁】!」

 

ドラグが炎と共に斧を振るってプレイヤーを炎に包む。ドラグの猛攻を耐えて攻撃スキルを放ってもフレデリカの次々繰り出される障壁で威力を削られ、大したダメージを与えれない。

 

「大地の槍で穿ち砕かん―――【グランドランス】!」

「同時照射せよ、【多重光砲】!」

 

ドラグが地面を叩きつけて自身を中心に八本の岩の槍を地面から突き出させ、フレデリカの周りに展開された四つの魔方陣から光のレーザーが放たれる。

たった二人で30人を相手しているのにも関わらず、ドラグとフレデリカは簡単に彼らを圧倒していた。

少し時間を遡り、【集う聖剣】のオーブ周辺では。

 

「……よし、今ならオーブを掠め取れる。陽動組が注意を惹いている間に奪い取るぞ」

 

ドラグとフレデリカが相手している連中と同じギルドに所属している十人ほどのメンバーが岩陰に隠れてオーブ奪取の機会を窺っている。

二人が相手している連中は陽動。本命はこちらの奇襲部隊である。

だが、それも失敗に終わる。

 

「……あれ?……なんか……眠……た……」

 

一人が声を途切らせながら地面に倒れ込む。それを皮切りにまた一人、また一人と地面に倒れていく。

倒れた連中は全員寝息を立てており、眠ってしまっているのが容易に想像できる。

 

「くそ……なん、で……」

 

隊長格の男性プレイヤーは何とか襲いかかる眠気に耐えるも、それも無意味となる。

何故なら、メンバーが地面に倒れた音で【集う聖剣】のギルドメンバーがこちらに気付き、武器を抜いて近寄って来たからだ。

 

「……く……ぅ……」

 

男は何とか武器を構えて抵抗しようとするも、刻一刻と強くなる眠気に足下が覚束ず、視界も定まらない。

本命の部隊はそのまま、なすすべなく彼らに葬られるのであった。

 

「たっだいまー!」

「こっちは上手く全滅させたぜ。そっちはどうだった?」

 

防衛を成功させてオーブの近くに帰還したフレデリカとドラグに、サクヤは演奏を止めて質問に答えていく。

 

「イエス。こちらにも10人ほどのプレイヤーが来ましたが、夢の世界と共に帰って頂きました」

「あー、やっぱり私達の方が陽動だったかー」

「中々知恵が回る連中だな。普通ならそれで上手くいくが、今回は相手が悪かったな」

「イエス。【就寝の鎮魂曲】は直ぐに効果を発揮しませんが、範囲内に入れば目視できずとも通用しますので」

「いやいや、サクヤちゃんの演奏は目視しなくていいでしょ」

「ノウ。【決闘の交響曲】は目視しなければ無意味ですので」

 

そんな三人を、ギルドメンバー達は尊敬と少しの嫉妬が混じった眼差しで見つめるのであった。

 

 

 




敵さんも強化されました(てってれー
感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【炎帝ノ国】の者達

てな訳でどうぞ


コーヒーが小規模ギルドからオーブを奪って幾らか時間が経った頃、コーヒーは五つのオーブを回収していた。

 

「よし……そろそろ帰るか」

 

コーヒーが集めたオーブには小規模以外にも中規模ギルドのものも含まれている。

流石に連続で大規模ギルドのオーブを奪うには、メイプル達防衛班の負担が大きくなる為、今回は自粛したのである。

 

「オーブとギルド情報のマップをある程度埋まったし……帰ったら少し休むか」

 

夜になれば、コーヒーは【雷帝麒麟】と【クラスタービット】が解禁される。そうなれば今以上にオーブを奪えやすくなる。

そう考えて、コーヒーは【楓の木】の拠点に向かって帰るのであった。

……もちろん、道中でオーブを見つけたら掠め取るつもりで。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

有名な大規模ギルドの一つ【炎帝ノ国】のオーブは木がそこそこ生えた草原地帯に設置されていた。

 

「大丈夫かなぁ……罠を突破されたりしないかなぁ?」

 

マルクスが地面に座って不安げに呟く。

 

「ふん。此処まで上手くいっているのに随分と弱気だな」

 

両先端部分が尖っており、中心には赤いバツマークが刻まれている白き大盾を構えているカミュラは不機嫌そうに言葉を洩らす。

 

「大丈夫ですよマルクス。それにほら、突破されても頼もしいメンバーの皆さんもいますし」

 

ミザリーのその言葉に、【炎帝ノ国】のギルドメンバーはお前達の方が頼もしいという視線を送る。

 

「ふん。例えお前の罠を突破してこようとも、俺が奴らを叩きのめせば問題はない。特にリア充にはトラウマを植え付けてやる」

 

相変わらずのリア充憎しのカミュラに、【炎帝ノ国】のギルドメンバーは思わず苦笑いしてしまう。

ちなみにミィとシン、テンジアはそれぞれ別となってオーブの奪取に向かっていてこの場にはいない。

 

「心配だなぁ……オーブを取られたら怒られるよなぁ……」

 

それでも不安げに呟くマルクスだが、彼の心配をよそに設置された魔法は襲撃者に対して猛威を振るうのであった。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

一方その頃。

【炎帝ノ国】に所属するテンジアはギルドメンバーを十人連れて他ギルドを襲撃していた。

 

「凍てつく冷刃―――【砕氷刃】」

 

青いオーラを纏ったテンジアが冷気を宿した右手に持つ長剣を十字に振るう。十字に切り裂かれた槍を持ったプレイヤーは光となって消えていく。

 

「そこだ!【パワースラッシュ】!」

 

テンジアの背後から剣が振るわれるも、テンジアは軽く身を捻ってかわし、カウンターで左の長剣を振るって返り討ちにする。

 

「獄冷の凍気に呑まれよ―――【凍牙絶衝】」

 

テンジアが両手に持つ二振りの長剣を地面に叩きつけると、前方15メートルに渡って氷塊が立ち上り前方にいたプレイヤー達を氷の中に閉じ込めてしまう。

それでも防衛プレイヤー達はテンジアを倒そうと群がろうとするも、他のメンバーに阻まれそれもままならない。

結果、襲撃を受けたギルドは五分ほどで壊滅した。

 

「流石テンジアさん!ミィ様のお兄様なだけあって見事な腕前です!」

「不要不急。この程度ならミィ達にも出来る。それより、オーブを回収しよう」

「はっ!」

 

長剣を鞘に納めたテンジアの言葉に、話しかけた男は素直に頷きオーブを回収する。

 

「それで、次はどうしますか?」

「……オーブの数は今回収したのを含めて七つ。一度拠点に戻るべきだろう」

「初志貫徹を忘れるべからずですね!」

「その通りだ。下手をすれば本末転倒になるからな」

 

テンジアはそう言って、チラリと近くの茂みに視線を向けながら手持ちのオーブを渡していく。

 

「テンジアさん?」

「お前達は先に帰ってくれ。私はそこで虎視眈々であろう人物に挨拶をしてくる」

「りょ、了解です!」

 

オーブを受け取った男は素直に頷き、他のギルドメンバーと共に拠点に向かって帰っていく。

 

「駆けるは豹 その敏捷で走り抜かん―――【超加速】!」

 

それと同時にテンジアは【口上強化】で強化した【超加速】で視線を向けた方向へと近づいていく。

 

「【超加速】!」

 

その先にいた人物―――サリーは先にぶつかったドレッドとの戦いで掴んだ恐怖センサーで、テンジアのオーブの受け渡しで感じ取った恐怖から気付かれていることに気付き、すでに【超加速】での離脱を試みていた。

だが、強化されたテンジアの【超加速】からは逃げ切るにはこれだけでは足りない。

 

「朧!【狐火】!」

 

サリーは朧に指示を出してテンジアの足を鈍らせようとする。だが、テンジアは速度を落とさぬまま【狐火】を避け、サリーとの距離を詰めていく。

 

「彼方の敵を攻撃せん―――【飛撃】!」

 

テンジアは長剣を抜き様に武器の攻撃を飛ばすスキル―――【飛撃】を放ち、飛ぶ斬撃をサリーに向かって飛ばす。

サリーは後ろを向かないまでも、スキルの名前と感から遠距離攻撃と判断して横へと大きく飛び上がる。

 

「【蜃気楼】!【瞬影】!」

 

サリーはスキルを二つ同時に使い、一秒だけ姿を消し、偽の自分を作ってサリーとは別方向へ走らせる。

テンジアはそのサリーを追おうとするも、一瞬足を止めたかと思うとすぐに方向を変えてサリーがいる方向へと再び走り出した。

 

「嘘!?」

 

流石にこれにはサリーも驚かざぬを得なかった。まさか初見で騙されずに見抜かれるとは夢にも思わなかったのである。

 

「このままだとまずい……!」

 

サリーはここで温存は危険と判断し、ミキが釣り上げたアイテムである【肥やし玉】と【煙玉】を地面に向かって投げ飛ばす。

 

「むっ……!?」

 

サリーが投げた二つの球から発せられた茶色と灰色の煙に、テンジアは警戒して踏みとどまり、間髪入れずに後ろへと下がる。同時に【飛撃】を二つ同時にサリーがいるであろう方向に放つも手応えはない。

結果、サリーはテンジアの追跡から無事に逃れることが出来た。

 

「これ以上の深追いは危険……玩物喪志になりかねないな」

 

サリーを見失ったテンジアはあっさりと追跡を切り上げ、自軍に向かって戻っていく。

 

「危なかったー……まさかあれを見抜かれるだなんて……ミキのアイテムがなかったら振り切れずに戦う羽目になってた……【氷刃】のテンジア……かなり危険なプレイヤーね」

 

戻る途中で見つけたギルドで運が良ければ掠め取るつもりであったが、下手したらオーブを奪われていた可能性もあったサリーは安堵の息を零しながら走り続けていく。

 

「【八式・静水】を使っちゃったけど、幸い煙が視界を遮ってくれたおかげで見られてないし……今はこれ以上の回収は流石に危険だから……早く戻らないとね」

 

九死に一生を得た気分のサリーはそのまま寄り道することなく帰っていくのであった。

 

「でも……この調子だと作戦を前倒ししないと厳しいかも……」

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

サリーがテンジアの追跡から逃れていた頃。

 

「爆ぜよ、【炎帝】」

 

【炎帝ノ国】のギルドマスター、ミィが20人の仲間を連れてギルドを襲撃していた。

 

「滾れ、【噴火】」

 

防衛プレイヤー達の足下の地面が爆発して火柱が噴き上がり、彼等を呑み込む。

 

「飛ばせ、【爆炎】」

 

ミィの攻撃を何とか乗り越えて近づくも、低ダメージ高ノックバックの爆風に吹き飛ばされ、距離を強制的に取らされる。

 

「退け。そうすれば無用な犠牲が出ずに済むぞ」

 

ミィの透き通った声が響く。オーブを守る者達は当然、その提案を受け入れられず、最後まで抵抗を試みようとする。

 

「愚かな……爆ぜよ、【炎帝】」

 

ミィはそんな彼らに無慈悲に炎球を放つ。

ミィは魔法の燃費は決して少なくはないが、【詠唱X】によってかなりのMP消費が抑えられ【名乗り】も使えば更に抑え込める。

結果、ミィは最小限の消費で魔法を放つことが出来ていた。

 

「……この程度か。これなら私一人でも十分だったな」

 

最後の一人を焼き尽くしたミィの言葉。一見傲慢のようにも聞こえるが、事実一人だけでギルドを壊滅させてしまっている。

その言動に似合う実力を備えているのは確かだった。

 

「MPポーションです」

「ああ。オーブを回収しておけ」

「はい」

 

MPポーションを受け取ったミィは指示を出しつつ、MPを回復して達成感からすっと目を閉じる。

オーブを回収を命じられた男は、そのままオーブを回収しようとオーブに触れようとした―――その瞬間。

 

「ぐあっ!?」

 

突然顔に衝撃が走り、地面に投げ出される。

その襲撃者―――ローブで人相が隠れた人物はオーブに触れつつ、蹴り飛ばした男にクロスボウを向けて矢を放ち、ヘッドショットで一気に仕留める。

ミィが異変に気づいて目を開けてそちらに向けるも時既に遅し。その人物はそのまま走り出してしまっていた。

 

「あいつ……」

「待てっ!奴はお前達が追っても返り討ちに合うだけだ。奴は……CFは私が追う。お前達はオーブを持って先に戻れ」

 

襲撃者の正体にギルドメンバーは驚きつつも、それを一発で見抜いたミィに尊敬の眼差しと共に頷きオーブを持って帰っていく。

ミィは襲撃者―――コーヒーの後を追いかけ始める。

 

「燃え上がれ!真紅の炎帝(バーストエンペラー)!」

 

ミィは【名乗り】を使ってステータスを底上げし、MPの消費をさらに抑える。

 

「炸裂しろ、【フレアアクセル】―――【連続起動】!!」

 

ミィは爆発力で高速移動する魔法【フレアアクセル】を十秒の間、ノータイムで同様の状態の魔法が連続で使えるようになる【連続起動】と合わせて使用する。

 

【連続起動】している間は他の魔法が使えなくなるが、コーヒーを追いかけるにはこの上ないカードである。

連続で放たれる爆炎でミィは自身のAGIに関係なく十分に速い速度で追いかけ―――コーヒーを視界に捉えることに成功した。

 

「爆ぜよ、【炎帝】!【連続起動】!!」

 

【フレアアクセル】の【連続起動】が切れたタイミングで、ミィは【炎帝】を【連続起動】して連続で炎球を機関銃の如く放っていく。

 

「【電磁結界】―――【疾風迅雷】」

 

対するコーヒーは殺意があるのではないかというミィの気迫に驚きつつも、【電磁結界】と【疾風迅雷】を駆使して一気にその場から離脱していく。

前方が燃え盛る炎に包まれる中、ミィはぺたんとその場に座り込んでしまった。

 

「ああ……逃げられたぁ……皆ごめんなさいぃ……」

 

カリスマ溢れる凛々しい態度から一転、まるで小動物のように弱々しい姿で自分のミスを反省するミィだった。

 

「本当に調子に乗って、キャラなんて作らなきゃよかった……」

 

そう、あのカリスマ溢れる姿は演技だったのである。

先の達成感も素の自分がバレなかった事に対するものである。

 

「あのクロスボウは絶対CFの武器だったのにぃ……【名乗り】や【口上強化】の怨みを晴らせる、絶好の機会だったのにぃ~……」

 

ミィが弱々しく呟く。

ミィがあれがコーヒーだと気づけたのは、クロスボウがコーヒーが使っているものと同じだったからである。

コーヒーがあの呪いのスキル(笑)を広めてくれたおかげで、自身も人前で使う羽目となり、さらに恥ずかしさが増した。

簡単に言えば―――八つ当たりである。

 

「本当はリーダーも向いてないし……出来ることならお兄ちゃんに譲りたいよぉ……」

 

自分と違い、威風堂々とした佇まいの従兄ならギルドリーダーとしても十分にやっていけるだろう。だが、【炎帝ノ国】はあくまで自分を慕って集まった集団。そんな無責任なことはさすがにミィも出来ない。

 

「次会ったら、今度こそ絶対に焼いてやるぅ……」

 

八つ当たりに近いものを再び誓ったミィは、帰る途中で見つけた中規模ギルドを強襲。オーブを奪って帰還する。

 

【炎帝ノ国】には、主力メンバーが集まっていた。

 

「おかえり、ミィ」

「帰ったか。横取りされたオーブは取り返せたか?」

「すまない。奪われたオーブは取り返せなかった。だが、代わりに新たなオーブを一つ奪った」

 

ミィの報告に、ギルドメンバーはどよめく。無論、一人でギルド一つを潰したことに対する、だ。

 

「そうか。相手は第一回イベント二位の人物だったのだろう?なら、取り返せなかったのも至極当然だ。むしろ、ミィが無事に戻ってきた方が嬉しく思う」

 

テンジアの言葉にギルドメンバーは一瞬殺気立つも、ミィを気遣っていると分かり微笑ましく見守っていく。

 

「兄上……気遣い感謝する」

「それこそ至極当然。私は従兄とはいえお前の兄だからな」

 

テンジアが微笑ましくミィを見つめる。本当に仲が良さそうである。

 

「……やはりお前を認めるわけにはいかない。機会があればお前も俺が倒す」

「カミュラ。せっかくの空気に水を差さないで下さい」

 

憎々しげに呟くカミュラに、ミザリーは呆れたように諌めるのであった。

 

 

 




感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

フルメンバーで防衛。そして解禁

てな訳でどうぞ


【炎帝ノ国】が手に入れる筈だったオーブを横取……奪取したコーヒーは真っ直ぐに【楓の木】へと帰ってきた。

 

「帰ったぞー」

 

コーヒーが戻って来た時にはカスミとイズ以外が集まっていた。

 

「お、帰ったかコーヒー」

「首尾はどうだ?」

「ばっちしだ。オーブは六つ取れた」

「「「「おおー!!」」」」

 

コーヒーの報告に極振り四人衆から歓声が上がる。

 

「私もオーブを三つ持って帰ったけど……やっぱCFの方が多く集められるか」

 

サリーが若干悔しそうに呟く。

 

「まあ、六個目は【炎帝ノ国】が手に入れる筈のオーブを横からかっ攫っただけだけどな」

「そっか。そういえば【炎帝ノ国】と言えば、帰る途中で【氷刃】のテンジアに会ったわ」

 

サリーの報告に、一同は真剣な表情となる。

 

「ただいまー!」

「皆集まっていたか。どうやらタイミングが良かったみたいだな」

 

本当に丁度良いタイミングでカスミとイズが帰還し、全員でサリーの報告に耳を傾けていく。

 

「まさかサリーの【蜃気楼】を初見で看破するとは……」

「正直、あのまま戦闘に突入していたらまずかったと思います。勝てないとは言いませんが、こちらの手の内を大分明かされると思いました」

 

サリーの言葉に全員が頷く。

長剣の二刀流と、マイとユイが防衛中に取得したスキル【飛撃】、青いオーラはほぼ間違いなくサリーと同じスキル【剣ノ舞】。

 

テンジアは火力とスピードを備えたアタッカーだ。

破壊力そのものはマイとユイに劣るだろうが、二人とは違い機動力がある。厄介なプレイヤーであることは想像に難くなかった。

 

「そっちは追々考えるとして……まずは今集めたオーブの防衛だな」

 

クロムの意見に全員が頷く。

 

「そうですね。実際、オーブだけ盗んできたようなものだから奪い返しにくると思います」

「同意見だな。一人でマトモに大群と戦えないし、俺の方も似たような感じだからな。中規模のやつも含まれているから、大人数で取り返しに来るぞ」

「本当、どっちも信じ難いことをしてるよね……」

 

カナデが呆れたように呟く。

奪ったオーブは計18個。

その内の七個は防衛に成功して元の位置に戻っている。

 

最初に攻撃班が手に入れたオーブとサリーが奪った二個のオーブ、四個はコーヒーが奪ったオーブである。

カスミとイズが洞窟への三分間異臭を残す煙を発する【肥やし玉】と【樽爆弾】の大量投下戦法で持ち帰ったオーブ二つとサリーが持ち帰ったオーブ三つ、コーヒーが持ち帰ったオーブ六つ。

 

現在11個のオーブを防衛しなければならない為、気が抜けない状況には変わりはない。

ただ、守るのはゲーム内最強の盾。

それも、高火力な攻撃担当がいるというオマケ付きでだ。

これを突破できるプレイヤーは……いても片手の指の人数くらいだろう。

 

「おっと、噂をすればってやつだ」

 

クロムが武器を引き抜いて入り口を見据える。そこから次々と突入してくるプレイヤーの人数は明らかに小規模ギルドの人数ではなかった。

 

「どうやらー、一時的に協力してるみたいだねー」

「そうだな。小規模ギルドは他のギルドから相当やられているだろうからな。勝つ為には一時的に協力し合うべきだと判断したのだろう」

「数は……60人ほどでしょうか?」

「下手したらそれ以上かもね。入り口が一つだけだからね」

 

圧倒的な人数差にも関わらず、のんびりしている【楓の木】のギルドメンバー達。それもその筈、こちらには最大戦力が二人もいるからだ。

 

「CF。此処からは例の魔法を使っていいわよ。解禁には丁度いいタイミングだしね」

「了解、参謀殿。もっとも、使う必要が無さそうけどな」

 

サリーから【雷帝麒麟】の使用許可が降りた事にコーヒーは少し肩を竦めて受け止める。

そんな彼等に、連合軍は一斉に攻撃を仕掛けていく。

前衛は雄叫びを上げて突撃し、後方は魔法を次々と放っていく。

目を血走らせる彼等とは対象的に、11人は相変わらずのんびりとしていた。

 

「皆で戦うのって初めてだっけ?」

「全員が戦闘に関わるのは初めてだな。イズさんは本来、生産職だし」

「メイプル、いつもの頼む」

 

クロムがそう言うだけで、全員がアレだと理解する。

 

「慈しむ聖光 献身と親愛と共に この身より放つ慈愛の光を捧げん―――【身捧ぐ慈愛】!」

「癒しの光は彼の者を癒す―――癒せ、【ヒール】」

 

スキルによって減ったメイプルのHPはシアンがすぐさま全快させる。隙はない。

メイプルの前進に合わせて十人が歩を進める。

正面衝突した両軍がぶつかり合うが、【楓の木】のメンバーは倒れることはない。

 

「「我が一撃は二撃として放たれる―――【ダブルスタンプ】!!」」

 

マイとユイの高威力の大槌が猛威を振るう。二人の攻撃をもろに受けたプレイヤー達は轟音と共に弾け飛ぶ。

 

「な……っ!?」

「あれと正面から戦うな!回り込め!!」

 

マイとユイがヤバいと認識したプレイヤーが二人から距離を取って回り込もうとするも、今度は鉈と刀が襲いかかる。

 

「おらぁっ!」

「ふっ!」

 

クロムとカスミの攻撃に耐え、かわしてオーブを先に狙おうとするも、今度は爆弾の雨が降り注ぐ。

 

「あら、悪い子ね?オーブだけを狙うだなんて」

 

イズが爆弾片手に作っては投げ、作っては投げを繰り返していく。

爆弾の雨を強引に潜り抜けた者もいるが、それらはもれなく図書館へご招待である。

 

「【パラライズレーザー】!」

 

カナデが魔導書から放つ低威力、高確率麻痺のレーザーが炸裂し、喰らった者の動きが緩慢になる。

 

「残念でした」

「はーいさよなら」

 

そんな彼らにはオーブを奪った張本人二人が止めを刺す。

コーヒーに矢で頭を撃ち抜かれ、サリーによって短剣で首をかっ切られていき、動きが鈍くなったプレイヤーは次々とギルドへ送還されていく。

 

「に、逃げろ!」

「う、うわぁああああああっ!!」

 

その光景に、同盟軍は戦意喪失。我先にと逃げていく。

 

「照射せよ、【レイ】―――【連続起動】!」

 

だめ押しとばかりにシアンが光のレーザーを防衛中に取得したスキル―――一定時間内で一つの魔法しか使わずに敵を一定数撃破したら取得出来るスキル【連続起動】で次々と連射していく。

撃てば撃つほどMPが消費していくが、余剰限界分までMPを回復していたシアンには問題はない。

 

「この白薔薇の騎士が一矢報いてくれる!断じて『生やせ、ネギモヤ紳士』ではない!!」

 

そんな中、如何にもキザったらしい長髪の男性プレイヤーが変な言い訳をしながら剣を構え、メイプルに斬りかかろうとする。

 

「我が剣閃は鎧をも切り裂く―――【ディフェンスブレイク】!」

「我が守りは破砕を防ぐ堅牢―――【ピアースガード】」

 

渾身の一撃はあっさり防がれた。

キザな男が最後に見たのは……目深に被っていたプレイヤーの顔だった。

 

「メイプルかよ……」

 

その言葉を最後に、キザプレイヤーはマイとユイの大槌に潰されるのであった。

こうして同盟軍は完全敗北を喫したのだが……それだけでは終わらなかった。

 

「いやー、彼らからポーションが沢山釣れたよー。これでー、魔法がもっと使えるねー」

 

唯一戦闘に参加していなかったミキが、釣竿を振るって同盟軍のプレイヤー達からアイテムを片っ端から釣り上げていたのである。

 

今頃自身のインベントリを見て、ポーションが減る、もしくは無くなっているプレイヤーは四つん這いで泣いているであろう。

そうして日が沈み、遂に夜襲と暗殺の蔓延る初めての夜となる。

 

「そんじゃ、行ってくる」

 

日が進んで一時間。

あの防衛から一足先に休んでいたコーヒーは本格的にオーブ奪取に動こうとしていた。

 

「群れなすは光の結晶 暁を照らす光は我が従者 此処に顕現し我が守手となれ―――【クラスタービット】」

 

拠点の外に出たコーヒーは【口上強化】込みで【クラスタービット】を発動。直ぐ様メタルボードにして上に乗って落ちないように足を固定する。

 

「さて、行きますか……迸れ、蒼き雷霆(アームドブルー)

 

【名乗り】を使ってステータスを底上げしたコーヒーは一気に空へと飛んでいく。

サリーが駆け回って集めたオーブの場所とそのギルドの規模を下にして動いていく。

狙うは奇襲がしやすい、野外にあるギルドのオーブだ。

 

「放つは轟雷 形作るは天の宝玉 仇なす者に雷球を落とさん―――弾けろ!【スパークスフィア】!!」

 

見つけて早々にコーヒーは強化した【スパークスフィア】を放つ。

放たれた雷球は、容赦なくオーブを守っていたプレイヤー達を吹き飛ばした。

 

「うわぁあああああっ!?」

「敵襲っ!!襲撃者は―――え?」

 

突然の襲撃に防衛プレイヤーは慌てふためくも、指揮官らしきプレイヤーの言葉で一度は落ち着きを取り戻す。

しかし、空を飛んでいるという事実に彼らは思考が指揮官も含めて停止したが。

そんな彼らに構わず、コーヒーは【アンカーアロー】を使ってオーブを奪取。踵を返して一気に離脱していく。

 

「は!?逃がすな!追え!」

 

我に返ったプレイヤーが急いで追跡を指示するも、空の上を最高速度で真っ直ぐ移動するコーヒーに追い付くのは困難である。

空を飛べるコーヒーなら、偵察部隊との鉢合わせや待ち伏せに合う心配もない。

なので、コーヒーは片っ端からギルドを強襲、離脱を繰り返してオーブを一気に集めていく。

 

「何だあれは!?」

「分からんが撃ち落とせ!!」

 

中には魔法や矢を放ってコーヒーを迎撃しようとするギルドもいたが、コーヒーは魔法と矢の弾幕をかわす、またはメタルボードで防ぎながら近づいていく。

 

「ブリッツ、【針千本】」

 

コーヒーはブリッツから放たれる無数の針で防衛プレイヤーを怯ませ、同じ手段でオーブを奪取。またしても離脱していく。

 

「この調子でオーブを集めれば……いけるな」

 

コーヒーはどんどん手に入るオーブに思わず不敵な笑みを浮かべる。

そうして野外にあるギルドに襲撃をかけること数時間。コーヒーのインベントリには30近いオーブが入っていた。

 

「これだけ稼げば、十分だろ。とっとと拠点に帰るか―――【疾風迅雷】」

 

コーヒーは日付が変わる前にスキルを使って戻っていく。日を跨げば、【クラスタービット】が消えてしまうからだ。

そうしてコーヒーは日付が変わる寸前で拠点へと戻ってきた。

 

「お帰り、コーヒーくん!どうだった!?」

「おう、ばっちしだ。オーブも大量に手に入れたぞ」

 

コーヒーはそう言って、30近いオーブを自軍のオーブに放り込む。

 

「おおおおっ!凄い!凄いよコーヒーくん!」

「マジで凄いな。解禁されてたった数時間でこれだけオーブを集めてくるなんてな」

 

目を輝かせて絶賛するメイプルに、呆れたように称賛するクロム。マイとユイとシアンも目を輝かせてコーヒーを見つめている。

 

「まあ、こっちは空を飛べるからな。そういえばカナデとミキはどうして出かけたんだ?」

 

コーヒーは苦笑しながら称賛の声を受け止め、マップ情報から二人が外にいることに疑問を感じて問い質す。

 

「カナデは偵察に、ミキは一つだけオーブを取ってくると言って外へ出ていったんだよ」

 

メイプルの言葉にコーヒーはなるほどと納得する。

今二人が動いているのはサリーの為だろう。サリーはギルドの為にかなり無理な動きをしている。そんなサリーの負担を少しでも軽くするために、カナデとミキが動いたのだろう。

 

「あっ、ミキからメッセージが来たよ。今入り口にいるって!」

 

話している内にミキが帰ってきたようだ。

設置した爆弾をマイとユイがずらして安全を確保すると、少ししてミキが入って来る。

 

「ただいまー。オーブが大漁に釣れたよー」

 

ミキがそう言って自身のインベントリから取り出したのは12個のオーブ。明らかに一つではない。

 

「……複数のギルドを攻めたのか?」

「違うよー。大規模ギルドのオーブを釣ったんだよー。最初に【捕縛網】、次に【樽爆弾】を大量に投下してー、爆発させた後にジベェの【津波】で流したんだよー。それでー、そこで釣り上げたらオーブがこれだけ手に入ったんだー」

 

ミキのその説明に、コーヒーとクロムは遠い目となる。

夜中に上空から網が放たれ、動きを封じられたところで爆弾が大量に投下され、止めに津波によって流される。

 

ジベェの【巨大化】時に使える、広範囲、高威力、高ノックバック効果がある無差別攻撃スキル【津波】。

防衛に不向きな場所にオーブがある大規模ギルドにとってはまさに悪夢であっただろう。

 

「やってることが完全に空中戦艦の爆撃だな……」

 

クロムの力なき呟きにコーヒーが無表情に頷く。対する極振り四人衆は目を輝かせてミキを見つめている。

何にせよ、これで手に入れたオーブはおよそ40個。大快挙である。

 

「流石に多いから防衛には俺も参加するわ」

「だねー。大規模ギルドが取り返しに来る可能性がー、十分にあるからねー」

 

今いるメンバーで防衛のローテーションを決め、最初にマイとユイとコーヒー、次にオーブを一つ手に入れて帰ってきたカナデとクロムとミキ、最後にメイプルとシアンの順で休むことを決める。

マイとユイとコーヒーの休憩が終わり、カナデとクロムとミキが休憩しているところで、予想外の事態が起こった。

 

「あれ?サリーからだ」

 

メイプルが疑問を露に確認すると、メッセージには一行だけ、こう書かれていた。

 

『多分死ぬ。ごめん』と。

 

 

 

 




感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

サリーの危機

てな訳でどうぞ


サリーは現在窮地に陥っていた。

七時間もの間、一度も拠点に帰還せずにオーブの奪取に専念した結果、計十個のオーブの奪取に成功した。

同時に次の作戦に必要なことも終わったので、ようやく帰ろうという時にそれが起こっていた。

 

そう、百人以上のプレイヤーにいつの間にか包囲されてしまっていたのだ。

サリーはメイプルにメッセージを送った後、イズの作成したアイテム【ドーピングシード】を使って自身のステータスを底上げし臨戦体勢となった。

 

そして、聞こえてくる声から彼らを指揮するプレイヤーがフレデリカとわかり、生き残る術を紡ぎ出した。

そう、あのハッタリによる撹乱である。

 

「【攻撃誘導】!」

 

サリーが一度目の魔法攻撃を紙一重でかわす。

すると前衛のプレイヤーの動きが変わり一気に全身してくる。

偽の情報は無事に【集う聖剣】のメンバー全員に行き届いているようだ。

 

「ありがとうフレデリカ」

 

見事に騙されてくれた彼女に小さく礼を言うと、サリーは前進してきたプレイヤーの攻撃を先程と同じように紙一重でかわす。

 

「【攻撃誘導】!」

 

その言葉を聞いてプレイヤー達の動きに鋭さがなくなる。

予想外は迷いと焦りを生み、動きを鈍らせる。

だが、この予想外は長くは続かなかった。

 

「【攻撃誘導】!」

 

三回目の魔法攻撃をかわす。そこで事態が動いた。

 

「同時に燃えよ、【多重炎弾】!!」

 

彼らを指揮していたフレデリカが突如攻撃に参加し、無数の炎弾を放って来る。サリーは驚きつつもそれを紙一重で避ける。

 

「全軍、【攻撃誘導】と【流水】は存在しないものとして行動せよ!守護の壁よ 重なり連ねて我等を守りたまえ―――連なり守れ、【多重障壁】!!」

 

フレデリカのその言葉と援護で浮き足立っていたプレイヤー達は動きが戻り始め、サリーは内心で再び驚く。

いずれハッタリだと気付かれるのは分かっていたが、バレるのもその対応も早すぎる。

そんなサリーの疑問に、フレデリカは間抜けにも明かしていく。

 

「その反応、やっぱり実在しないスキルだったんだね?ドレッドの報告からサクヤちゃんがその可能性を指摘した時は半信半疑だったけど、ホントに当たるなんてね。はぁ……後でサクヤちゃんからディスられるなぁ……」

 

フレデリカが若干暗い顔で溜め息を吐くも、サリーはドレッドに偽【流水】を見せたのは失敗だったと思うと同時にチャンスだとも思った。

 

何故ならフレデリカが自力で導いた結論ではなく、そのサクヤというプレイヤーの入れ知恵。なら、混乱させられる余地は十分にある。

サリーはここで本物を使うことを決める。

 

「【一式・流水】!」

「そんなハッタリはもう通用しないよ!魔法攻撃!」

 

フレデリカはサリーが性懲りもなくハッタリをかましたと判断し、後衛の魔法部隊に指示を出して魔法を次々と放たせる。

サリーは襲いかかる一点狙いの魔法を紙一重でかわし、面攻撃の魔法は両手のダガーで後ろへと弾き飛ばした。

 

「魔法を弾いた!?」

 

フレデリカが目を見開いて驚愕の声を上げる。他のプレイヤーも明らかなスキルによる現象に困惑して再び動きを鈍らせる。

 

「どういうこと?【流水】は本当に実在するスキルだったの?でも、サリーちゃんは【一式・流水】って言ってた。まさか、【攻撃誘導】も効果が違うだけで本当に実在するスキル?それとも名称が違うだけ?」

 

フレデリカが難しい顔をして必死に思案している間にも、サリーは包囲している者達に攻撃し続ける。

 

「【二式・水月】!」

 

囲むように襲いかかってきたプレイヤー達をサリーは自身を中心に波紋のように広がる斬撃で一閃する。

 

「【七式・爆水】!」

 

背後から襲いかかってきたプレイヤーの斧をサリーは紙一重で避け、強力なノックバック効果がある斬撃をがら空きとなった胴体に叩きつけて吹き飛ばす。

吹き飛ばされたプレイヤーは迫ってきていた味方を巻き込んで地面を転がっていく。

 

「凄い……全然違って見えるよ」

 

サリーは自身の感覚の変化に驚く。

今までの集中した自分の見ていた世界が高速に感じられる程に剣は遅く感じられ、恐怖センサーも明確に、はっきりと使えている。

 

近い未来の危険が全て過去に起こったことのように把握できる。

だからこそ―――新たな襲撃者にも気づけた。

 

「!!」

 

背中に走る悪寒。感じた直感のままにサリーはその場から飛び上がる。

それとほぼ同時に、紫電を迸らせた刀がサリーが先程までいた地面に突き刺さった。

 

「新手……!?」

 

サリーが振り返り様に白い仮面と黒い服を着たプレイヤーを視界に収めた瞬間、恐怖センサーがもの凄い警鐘を発したことに、サリーは一気に冷や汗を流す。

 

「レイドー!ナイスタイミングだよ!」

 

対照的にフレデリカは嬉しそうな声を上げている。あの様子からしてこのプレイヤーも【集う聖剣】のギルドメンバーなのであろう。

 

「……サクヤの予想通り、まんまと一杯喰わされていたようだな、フレデリカ」

「うぐっ!?」

 

レイドと呼ばれたプレイヤーの指摘に、フレデリカはバツが悪そうな表情で胸を押さえる。

 

「帰ったら、サクヤから辛辣な言葉が降り注ぐだろうが……今はこちらが先決だ」

 

レイドはそう言って地面から引き抜いた、紫電が迸っているカッターナイフのような筋が入っている刀を構え直し、サリーと正面から対峙する。

 

「サリーだったな。二番煎じで悪いが……そのオーブは私達が奪わせてもらうぞ」

 

低く透き通ったレイドの言葉。鬼のような仮面と相まって、思わず萎縮しそうになる。

だが、サリーとてここで負けるわけにはいかない。何としてでも生き残り、包囲を突破する。

 

その決意の下にサリーは両手のダガーを構え直して正面から対峙する。

まるで時間が止まったかのような静寂。それが辺り一面を支配する。

それを最初に破ったのは、レイドだった。

 

「高鳴れ!不滅の聖雷剣(コレダーデュランダル)!!」

「速めよ、【加速】!」

 

レイドが【名乗り】を使い、自身のステータスを底上げする。同時にフレデリカも魔法でサポートする。

 

「切り裂け!【紫電一閃】!!」

 

レイドが一瞬でサリーとの距離を詰め、横薙ぎに刀を振るう。

胴体を深く切り裂かれたサリーは空気に溶け込むように消えていく。

同時にレイドは振り払うように回し蹴りを放つ。

 

その回し蹴りを本物のサリーは避け、カウンターに繋げようとする。

レイドは回し蹴りの勢いを殺さぬまま刀を逆袈裟で振るい、サリーのカウンターを妨害する。

サリーは飛び下がってその一撃を避け、背後から攻撃してきた別のプレイヤーの攻撃を紙一重でかわしてカウンターで背中を切り裂く。

 

切り裂かれたプレイヤーは背中から赤いエフェクトが散るも、フレデリカの魔法で防御力が上がっていた為一撃では倒れなかった。

 

「前衛は包囲を突破されないように待機!後衛は隙を見て魔法攻撃でレイドを援護!彼女に付け入る隙を与えるな!同時に燃えよ、【多重炎弾】!!」

 

レイドの到着ですっかり落ち着いたフレデリカは他のプレイヤー達に指示を出しつつ、レイドを援護する為に魔法を放つ。

 

「【三式・水鏡】!」

 

サリーは自身に迫る複数の炎弾を正面に展開した水で構成された円状の盾で防ぐ。

その盾にぶつかった炎弾は吸い込まれるように消える、もしくはまるで鏡で反射されたようにフレデリカへと迫っていく。

 

「嘘!?」

 

フレデリカは咄嗟に横へと飛んで自身に迫っていた炎弾をかわす。

【三式・水鏡】。展開した水盾で攻撃魔法を無力化、または一定確率で相手に返すスキルである。

 

「焼き焦がせ!【雷鞭刃】!!」

 

そんな防御姿勢のサリーにレイドが垂直の大振りで刀を振り下ろす。

本来なら距離があって届かないはずの刀身は伸びるように分断され、紫電を轟かせながらサリーの頭上から迫っていく。

 

「蛇腹剣!?」

 

ゲームにしか出てこない創作武器の登場にサリーは驚きつつも紙一重でかわし、素早くインベントリから取り出した【粘着爆弾】を蛇腹となった刀に投げ飛ばす。

 

「む……!?」

 

レイドはその行動に違和感を覚えてすぐに引き戻そうとするも時既に遅く。蛇腹となった刀は白い粘着物によって地面に縫い止められていた。

 

「奇妙なアイテムだな。だが……」

 

レイドがそう呟くと、【粘着爆弾】で絡め取られた蛇腹となった刀を根元からへし折る。柄だけとなった刀をすぐさま鞘にしまい、次いで抜刀すると先程と同様の形状の新たな刀身がくっついていた。

 

「そんな……!?」

 

せっかくのアイテムが無駄に終わったことにサリーが悔しげに呟くも、レイドも内心では舌打ちしたい気分であった。

レイドが使う刀は蛇腹の形状となるだけでなく、耐久値が無くなっても事前に用意した専用の刀身があればすぐに再使用できる特殊な武器だ。

 

だが、生産職プレイヤーに事前に用意してもらった刀身にも数の限りがあり、武器の特性上修理も受け付けない。

つまり、レイドは貴重な一本をサリーによって無駄に使わされてしまったのだ。

 

「【超加速】!【影分身】!!」

 

それでもサリーは諦めず、生き残る為に戦い続ける。

 

「【疾風迅雷】!!」

 

分身してスピードが上がったサリーに対し、レイドは【超加速】の上位互換スキル【疾風迅雷】を使用。二倍となったAGIで何人ものサリーを次々と斬り捨てていく。

 

「輝き唸れ!【雷楼牙】!!」

 

サリーが残り一人となったところで、レイドは地面に刀を突き刺し、突き刺した刀を中心に地面から顔を出すように現れた六つの雷をそれぞれが違う挙動を取らせながらサリーへと向かわせる。

 

「くっ……」

 

サリーは自身に迫る雷を何とか避けながら、援護射撃の魔法を【一式・流水】で弾いていく。

ギリギリで避け、避け切れないタイミングで放たれた魔法を弾くサリーは防戦一方。完全に主導権を握られてしまっている。

 

「負けない。絶対に負け……?」

 

そして、ついに限界が訪れる。

足の動きが止まり、膝からガクンと崩れ落ちた。

そんなサリーに炎弾と石弾、蛇腹となった刀の切っ先が迫って来る。

 

「【八式・静水】!!」

 

サリーは咄嗟にスキルを発動し横へと転がる。襲いかかる魔法はサリーの体をすり抜け、ダメージが通らない。

【八式・静水】。体の装備品の耐久値を代償に最大十秒間、敵の攻撃をすり抜けられるスキルだ。先のテンジアの【飛撃】もこれでやり過ごしたのだが、連発が出来ないスキルでもある。

限界を迎え、立つことすらも満足に出来なくなったサリーにレイドが無情に近づいていく。

 

「中々のプレイヤーだな。フレデリカが念のために応援要請をしなければ、少なくない被害が出ていただろう」

 

レイドのその言葉にフレデリカは得意げな表情で胸を張るが、まんまと騙されていたのだから微妙である。

 

「だが、それもここまで。無茶をした代償がここで現れたな。極限状態であれほど動いたのだ。遠からず限界を迎えるのは目に見えている。ここまで抵抗したお前に敬意を表し、一撃で葬ってやろう」

 

レイドはそう告げると、刀を頭上に掲げ、紫電を刀身に漲せる。

それをサリーは目付きを鋭くさせ、睨み付けながら言葉を口にした。

 

「次は……負けないから」

 

それは負け惜しみであり、宣戦布告だった。

同時にここで一デスすることに、サリーはギルドメンバーの皆に内心で謝る。

そんなサリーに、ついに止めが差される。

 

「吹き飛ばせ、【破雷】」

 

振り下ろした蛇腹となった刀と共に、極太の雷がサリーに真っ直ぐ迫る。

サリーは殺られると確信して目を閉じ―――

 

轟音。爆発。

 

明らかな高威力の一撃は轟音と爆発を起こし、盛大な土煙を舞い上がらせた。

 

「……何?」

 

だが、レイドの口から洩れたのは疑問の声だった。

何故なら、伝わってきた感触が明らかに硬いものを叩いたそれであったからだ。

そして土煙が晴れると……蒼銀に輝く壁がレイドの一撃を遮っていた。

 

「……え?」

 

轟音が響くも衝撃が全くこないことにサリーが疑問に感じて目を開けると、サリーを守るように背中を向けている蒼く輝く槍十字の紋様を顕現させた人物がいた。

 

「本当にギリギリだったな。だが、間に合って本当に良かったぜ」

 

その人物―――コーヒーは背中を向けたまま安堵の息を洩らすのであった。

 

 

 




ありきたりな展開だけど別にいいよネ?
感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

予想外は続く

てな訳でどうぞ


「CF……?」

「それ以外の誰に見えるんだよ?」

 

サリーがフラフラと立ち上がりながらの半信半疑な言葉に、コーヒーは呆れ半分で返す。

サリーはマップ情報からコーヒーが拠点に戻っていることは分かっていた。時間を稼げば救援に駆けつけてくれると予測はしていたが、レイドという強敵によってそれも間に合わないと思っていた。

 

だが、コーヒーはサリーの下に駆けつける為に【名乗り】だけでなく【聖刻の継承者】と【疾風迅雷】、サリーと同じ【ドーピングシード】を全て使い、メタルボードに乗って凄まじい速度で向かったのである。

 

防衛は極振り四人衆がいるので隙を突かれる心配もない。最初はメイプルが飛んで行きそうだったが、コーヒーが自分の方が早いと説得し居残ってもらったのである。

少しくらいは文句を言いたいところだが、今はこの場を切り抜けるのが先決だ。

 

「唸るは雷鳴 昂るは信念の灯火 雷鐘響かせ威厳を示さん―――瞬け、【ヴォルテックチャージ】!」

 

コーヒーは【クラスタービット】で周りに壁を作ると同時に【口上強化】した【ヴォルテックチャージ】を使う。

そのまま、必殺の詠唱を唱え始める。

 

「昇るは助力を願う晃雷 降り注ぐは裁きの雷雨 積乱雲に潜む雷鳥は(さえず)り 金色の雷獣は天に舞う 轟く落雷は地を焦がし 浴びし者は無慈悲に灰燼と帰す 鳴動の(そら)より招来(きた)りし(いかずち)よ 咎ある者達に神罰を!」

 

【口上詠唱】を加えた【口上強化】により、長々しい詠唱を唱え終えたコーヒーは必殺級となった上級魔法を発動させる。

 

「限界を超えし蒼き雷霆よ降り注げ!【ディバインレイン】!!」

 

掲げた掌から放たれる蒼い雷。太い雷は空へと昇っていき、大量の蒼雷として一気に降り注いだ。

威力が最大まで引き上げられた落雷は広範囲に渡り、更なる援軍として来た【集う聖剣】のプレイヤーやサリーを追いかけて来た第三勢力のプレイヤー達を次々と吹き飛ばしていく。

 

「それじゃ今の内に……っと、悪いが少し我慢しろよ」

 

コーヒーはそう言ってサリーを正面に抱きかかえ―――俗に言う“お姫様抱っこ”で担ぎ上げた。

 

「えっ?ちょっ!?」

 

お姫様抱っこされたサリーは目を白黒させて困惑の声を上げるが、コーヒーは構わずに二つの【クラスタービット】でメタルボードを形成。それに飛び乗って一気に上空へと離脱していく。

 

お姫様抱っこで抱きかかえた理由は至極単純。明らかにフラフラで限界なサリーでは途中でメタルボードから落ちる危険性があったからである。

十分に空に上がったところで、コーヒーは【聖刻の継承者】を解除し、更なる切り札を使う。

 

「刻むは絶望 無明の闇へ誘うは千の槍 我が血潮で祈る間もなく消えるがいい―――【魔槍シン】!!」

 

自身のHPを半分以上消費して、コーヒーは【魔槍シン】をだめ押しと言わんばかりに放つ。【聖槍】の方を使わなかったのは、まだ温存しておきたいからである。

 

夥しい落雷が降り注ぐ中で、上空に顕れた紅い槍十字の紋様から無数に放たれる黒い槍。それが容赦なく炸裂しプレイヤー達をどんどん葬っていく。

最初は数人程度の犠牲だった人数が、コーヒーによって一気に三桁へと繰り上がった。

 

「これだけやればもう追ってこないだろ。それじゃ、さっさと帰るぞ」

 

コーヒーはサリーを抱きかかえたままメタルボードを操作し、【楓の木】の拠点へと帰っていくのであった。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

「ううっ……何あれー……威力が凄くおかしいよー……」

 

レイドの肩に担がれたフレデリカが力なく呟く。

最初は突然現れた蒼銀の壁に訝しんだフレデリカだが、聞こえてきた声からコーヒーがいると分かり、全力でこの場から離脱することを大急ぎで全軍へと指示した。

 

理由は単純。コーヒーには広範囲攻撃魔法があり、偵察隊や事前調査から【蒼銀の悪魔】がコーヒーであると判明していた為、大技が来ると確信したからだ。

だが、それはフレデリカの予想を大きく上回る結果となった。

 

「あれは仕方がない。むしろ、あれだけの威力と未知のスキルが見れただけ良しとするべきだろう」

 

森の中を移動するレイドが仕方ないといった感じでフレデリカを慰める。

フレデリカが離脱を指示した直後、レイドはフレデリカを肩に担いで全力でその場から走り去ったのだ。

 

もちろん、フレデリカも【多重加速】と【多重障壁】を使ってギルドメンバー全員の離脱を援護したが、空からの面攻撃には極一部を除いて無意味と化したのである。

その極一部のレイドは落雷の嵐と槍の弾幕をかわして何とか離脱に成功したが。

 

「ううー……大惨事だよー……サクヤちゃんにめちゃくちゃ責められるぅ……」

 

頭を抱えるフレデリカの脳裏には、真顔で淡々とバカデリカやら天狗デリカやらと罵倒しながら説教するサクヤの姿が浮かんでいる。それを自身は皆の前で正座させられているというオマケ付きで。

 

「偽情報の件はともかく、此度の被害は流石に責めないと思うぞ。あれは完全な想定外だったからな」

 

フレデリカの言う通り確かに大惨事だが、流石に今回は相手が悪すぎたとしか言い様がない。

むしろ、被害を最小限にしようと即座に撤退を指示したことを称賛しても良いくらいだ。

 

実際、レイドが増援として来たことでサリーの動きは防戦一方となり、コーヒーが駆けつけなければ十分な戦果を得られていたのだ。

本当に、運がなかったとしか言い様がない。

 

「一応、ドレッドに此方の状況と、CFと疲労困憊のサリーちゃんが拠点に戻ってるってメッセージを送ったけど……どうなるかなー……?」

 

【楓の木】は既に場所を特定していたが、最も危険なメイプルが常にいるので手が出せずにいる。

それも、大規模ギルドの襲撃さえも返り討ちにしたのだから相当だ。

救援に来たのがコーヒーだから、【楓の木】の防衛は万全。拠点への手出しは不可能だ。

 

「サクヤもいるから、せめて一矢は報いれればいいのだが……」

 

帳消しにはならないだろうが、多少の痛手は与えてほしい。

そんなことを祈りながら、フレデリカとレイドは【集う聖剣】へと帰っていくのであった。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

「幾ら作戦の為とはいえ、流石に無茶しすぎだ。メイプルも本当に心配したんだからな」

「……うん」

 

空を移動しながらコーヒーはサリーに今回の無茶を咎める。対するサリーも言葉少なめだが、反省しているように見える。

 

「あ、あのさ……CF……」

「ん?なんだ?」

「出来れば、そろそろ下ろしてほしいんだけど……」

 

未だにお姫様抱っこされているサリーは恥ずかしそうに呟く。まあ、普通に考えれば恥ずかしくて当然である。実際、サリーは顔を恥ずかしそうに背け、頬も若干赤く染まってるし。

 

「却下。そんな疲れきった体じゃ満足に動けないだろ。地上に降りたらちゃんと下ろすからそれまでは我慢しろ」

「うう……」

 

面倒半分、気遣い半分で否決したコーヒーに、サリーは恥ずかしそうに唸る。

コーヒーとて、現実なら絶対にしないがここはゲームの中に加え、誰にも見られていない。だからこそここまで思い切った行動が出来た。

……近い将来、ネタにされるとも知らず。

 

「とりあえず、マップ情報は全部埋まったんだよな?」

「うん……これでプランBが実行に移せる。正直、この分だと他のプランも前倒ししないとキツそう……」

 

プランB。またの名をメイプル解放策。

本来は前衛部隊が崩壊した際にする予定の行動だったが、戦闘が激しく、強敵も何名かいることから早々に発動しないと上位に食い込めないとサリーは感じ取っていた。

 

だからこそ、ここまでの無茶をしたのだが……迷惑をかけたのだからメイプルにもちゃんと謝らなければならない。

 

「となると……メイプルのスキルも」

「うん……一日ずつ解禁する予定だけど、使わざるを得ない状況になるかも……」

 

一応、解禁の順番としては【捕食者】【機械神】【暴虐】の順番だが、トッププレイヤーとぶつかったらどうなるか分からない。

メイプルには新装備《女神の冠》があるが、内包しているスキルの詳細は不明。イズ曰く、瀕死でないと発動しないスキルだそうで戦力としては数えていない。だって、メイプルが瀕死になる可能性は結構低いし。

 

「っと、そろそろ拠点に着くからこの辺りで降りるぞ」

「う、うん」

 

もうすぐで自分たちの拠点に到着しそうなので、コーヒーは比較的安全な場所で着陸し、サリーを地面へと下ろす。

 

「ここからなら歩い―――」

 

その瞬間、茂みから凄まじい速度で何者かが飛び出て、サリーを攻撃しようとした。

 

「!?ちぃっ!」

 

コーヒーが咄嗟にサリーを庇うように前に躍り出て、襲撃者の攻撃をクロスボウで受け止める。

 

「久しぶりだな、CF」

 

そんな言葉を口にしながら飛び下がった襲撃者の正体は……ドレッドだった。

 

「ドレッド……まさか待ち伏せしていたのかよ?」

「まあな。フレデリカの連絡を受けて一矢報いにな」

「だとしたら失敗だな。オーブ狙いでサリーを攻撃したのが防がれたんだからな」

「そうでもないぜ?」

 

ドレッドはそう言って左腕を掲げる。その左腕には鎖が巻き付いており、その鎖は……コーヒーの右腕に絡まっていた。

コーヒーはこの鎖に嫌な予感を覚え、すぐに外そうとするも、まるで幽霊のようにすり抜けて触れない。はっきりと絡まっているにも関わらずだ。

 

「……これはお前の新しいスキルか?」

「いんや。これはサクヤの嬢ちゃんのスキルだ。【決闘の交響曲】……付与した対象とその対象が最初に攻撃した相手を不可接触の鎖で繋げ、どちらかが死ぬか演奏が止むまで解けないスキルさ」

 

どうやらこの鎖はドレッドのスキルではないようだ。

 

「しかも、こいつの主導権は俺。俺が引っ張ればお前は引っ張れる……つまり、お前は自分から仲間のところへ行けないのさ」

「……本当に嫌なスキルだな」

 

本当に厄介なスキルにコーヒーは苦い顔で呟く。

今の状態でトッププレイヤーの一人であるドレッドと戦うのは厳しい。となれば、数の差で不利を悟らせて撤退させるのが定石だが、この鎖のせいでそれも使えない。

加えて、鎖の長さは約八メートル。ロングレンジにも持ち込めない。

 

「まっ、俺には有難いスキルだけどな。おかげで……お前とサシでやり合える」

 

ドレッドは不敵に笑いながら両手のダガーを構える。

どうやら個人的な事情も交えているようである。

 

「しかも、HPが半分以下だな?どうやらフレデリカの連絡にあった槍の方はHPを代償にして使うスキルだな?それも、回復を阻害するというオマケ付きで」

 

【魔槍シン】の効果を見事に当ててきたドレッドに、コーヒーは思わず舌打ちしてしまう。

しかし、順当に考えれば当然の結果だとも思う。

 

「そっちの嬢ちゃんが応援を呼んでも構わねぇが……場所を変えようぜ」

 

ドレッドはそう言って【楓の木】の拠点から離れるように走り始める。

コーヒーも、鎖が巻き付いている腕が引っ張られた時点でドレッドの後を追って走り始める。

そして、サリーはその場に残される。

 

「まずい……!」

 

この状況をまずいと思ったサリーは急いで救援のメッセージを飛ばそうとするも、ドレッドの言葉を思い出してすぐに指を止める。

ドレッドは応援を呼んでも構わないと言った。つまり、近くに伏兵がいる可能性が高い。

 

「今、守りを手薄にさせるわけにはいかない……!」

 

サリーはメイプル達にメッセージで手短に状況を伝え、同時に守りに専念するように伝える。

サリーはそのまま疲れた体に鞭を打って、周辺の探索を開始していく。

 

推測の域でしかないが、状況からしてサクヤというプレイヤーが近くにいる筈。

この状況を打開するために、サリーは再び無茶を覚悟して動いていく。

一方、ドレッドとコーヒーの方も本格的に突入しようとしていた。

 

「三回目のリベンジマッチを始めようか、CF―――瞬け!神速烈火(クイックドロウ)!!」

「上等だ!今回も返り討ちにしてやるよ!迸れ!蒼き雷霆(アームドブルー)!!」

 

互いに【名乗り】を使い、それぞれの得物を構えて激突する。

日を跨いだ深夜、【神速】と【蒼き雷霆】の激闘の火蓋がここに切って下ろされるのであった。

 

 

 




感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三度目の戦い

てな訳でどうぞ


最初にドレッドが右の短剣を振るって仕掛ける。

横薙ぎに振るわれた刃をコーヒーはブリッジするようにかわし、クロスボウの引き金を引く。

放たれた矢をドレッドは体を捻ってかわし、左の短剣を振り下ろそうとする。

 

しかし、ゾッとした感覚が襲ったためにドレッドは追撃を止めて飛び退き、同時に二射目が放たれる。

その隙に体勢を整えたコーヒーは間髪入れずに矢を銃弾の如く次々と放っていく。

 

「おい!それはクロスボウだろ!?なんで銃同然に使えるんだよ!」

「教えるわけないだろ!【閃雷】!」

 

かつての自分と同じツッコミを入れたドレッドに、コーヒーはバッサリと返しながら【閃雷】を放つ。

それに対しドレッドは横に大きく飛び上がり、弾速の矢を地面を転がってかわす。

 

「柔軟なる疾き風 剛健なる迅き雷 迅雷風烈の息吹となりて走破せよ―――【疾風迅雷】!」

 

どうやら無事に取得出来たらしい【疾風迅雷】をドレッドは立ち上がり様に使い、およそ三倍となったAGIでコーヒーに猛攻を仕掛けていく。

対するコーヒーは【クラスタービット】をメタルアーマーモードにして、ドレッドの猛攻を凌ごうとする。

【疾風迅雷】の効果時間はおよそ一分。それを凌いだら、今度は此方が攻める。

 

「【蒼銀の悪魔】か!悪いが既に対策済みだ!」

 

ドレッドはそう言って、凄まじい速度で動き周りながらヒットアンドアウェイを繰り返していく。

関節部分が浅く斬られるも、それ以上に装甲に何度も当たっている。だが、ドレッドの短剣は折れる気配を見せなかった。

それだけではない。効果時間の一分が過ぎている筈なのに、ドレッドの速度が全く落ちていないのだ。

 

「……まさか、効果時間が延長されてるのか?」

「気づいたか!お前の予想通り、今の俺のスキルの効果時間はおよそ五倍となってるのさ!ついでに武器の耐久値の減少も大きく抑えられている!時間稼ぎは無意味だぜ!」

 

ドレッドの種明かしにコーヒーは苦い顔となる。

【疾風迅雷】のAGI上昇時間が五分に伸びたとなれば、対応仕切れずにやられるのは自分の方になってしまう。

これはコーヒーが知るよしもないが、この延長効果はリキャスト時間が十倍になるという、メリット以上にデメリットが大きいスキルだ。

 

だが、ドレッドはそれを迷うことなく自身に付与させた。すべては、コーヒーに全力で勝つために。

そんなドレッドの覚悟を知ることもなく、コーヒーは勝利のために必死に思考を巡らす。

 

AGIは向こうがずっと上。加えて、ドレッドには十秒間姿を消せる移動系スキル【神速】もある。それを使われると、約一分もの間、不可視のドレッドと戦わざぬを得なくなる。それだけは避けなければならない。

これ以上戦闘が長引くと圧倒的に不利になると悟ったコーヒーは、新しいスキルを使うことにした。

 

「【雷翼の剣】!【雷翼の剣】!!」

 

スキル名を告げ、コーヒーは左手とクロスボウに雷の剣を形成し二刀流の構えを取る。

 

「新しいスキルか!だが―――」

 

その瞬間、再びゾッとしたドレッドは雷の剣に対して警戒を強めていく。

 

「ブリッツ、【覚醒】!同時に【電磁結界】!」

 

コーヒーはここぞとばかりに指輪からブリッツを呼び出し、スキルを発動させる。

一時的に無敵となったコーヒーはそのまま自身のインベントリを操作し、一つの古ぼけた懐中時計を取り出そうとする。

 

「させっかよ!」

 

ドレッドは目の前でインベントリを操作するという行動に嫌な予感を覚えて攻撃を仕掛けるも、隙間を攻撃しても蒼い羽根が飛び散って身体がぶれるだけでダメージが与えられずに無駄に終わる。

その間に目的のアイテムを取り出したコーヒーはその懐中時計を握りしめる。

 

この懐中時計型のアイテムは、スキルのリキャスト時間を一つだけリセットする効果がある。

コーヒーは竜頭を押し込み、効果を発動。【疾風迅雷】のリキャスト時間をリセットし、再使用可能な状態へと持ち込む。

 

「柔軟なる疾き風 剛健なる迅き雷 迅雷風烈の息吹となりて走破せよ―――【疾風迅雷】!」

 

コーヒーはスキル【疾風迅雷】を発動し自身のAGIをおよそ三倍にする。

 

「【ライトニングアクセル】!」

 

間髪入れずに【ライトニングアクセル】を発動してさらにAGIを高め、文字通り迅雷となってドレッドに肉薄する。

 

「チィ―――ッ!!」

 

接近と同時に交差するように振るわれた双雷剣にドレッドは咄嗟に短剣で防御するも、強力なノックバック効果を受けて大きく吹き飛ばされる。

 

「うお―――っ!?」

 

派手に吹き飛ばされ、大きくバランスを崩したドレッドに、全方位から蒼銀の津波が高速で殺到する。

 

「このままやられるかよ……!」

 

その光景を前にしたドレッドは諦めようとせず、ダメージを覚悟して正面からの強行突破を試みる。

当然、コーヒーもこれだけでは終わらせなかった。

 

「【魔槍シン】!!」

 

HPを限界まで消費し、黒き槍を正面からガトリングガンの如くドレッドに向けて放っていく。

 

「マジかよ!?それは直接放てるのかよ!?」

 

ドレッドの驚愕の声が響く。そんなドレッドに蒼銀の津波と無数の黒き槍が容赦なく襲いかかっていく。

 

「あー、また負けちまったか……」

 

ドレッドがそう呟く間にも、ドレッド自身のHPバーはどんどん削られ、そのまま全損する。

 

「だが、また来るぜ。今度はギルドとしてお前達を倒しにな……!」

 

ドレッドの新たな宣戦布告。それは【集う聖剣】として【楓の木】に戦いを挑みに行くというものだ。

それに対し、コーヒーは返り討ちにしてやると言葉を返そうとしたが、次に続いたドレッドの言葉でそれは吹き飛んだ。

 

「後、お前さん達には一つ嘘を付いた。【決闘の交響曲】は演奏がなくても効果は持続するんだぜ?」

 

当然告げられたドレッドの言葉。それがどういう意味かを理解したコーヒーは一気に焦りの表情を浮かべていく。

コーヒーのその表情に、ドレッドはしてやったりとした笑みを浮かべ、光となってその場から消えていった。

 

「まずい……本当にまずいぞ!」

 

見事にフェイク情報の意趣返しをされていた事に気づいたコーヒーは、急いで【楓の木】のメンバー全員にメッセージを送る。

 

『サクヤと思わしきプレイヤーは倒すな!罠だ!』

 

このメッセージを送って少しして、サリーからメッセージが入った。

『ごめん。やられた』と。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

ドレッドが種明かしをする少し前。

状況を打破しようとしていたサリーは一人のプレイヤーを見つけていた。

 

「やっぱり、笛の音が聞こえる方向にいたわね……!」

 

サリーが後ろを向いて笛を吹いている巫女服のような服装をした女性プレイヤーを視界に収める。

サリーはドレッドが明かした情報から、サクヤというプレイヤーは音を発していると予想し、耳を澄ませて音を拾おうとした。

 

結果、見事に笛の音色を拾ったサリーは必死に神経を研ぎ澄ませて音がする方向へと向かい、見事にサクヤを見つけることに成功したのだ。

サリーは逸る気持ちを抑え、茂みや木の陰に隠れながら、慎重に距離を詰めていく。

 

サクヤは演奏に集中しているのか、サリーの接近に気がついた様子は微塵もない。

まさに千載一遇の好機である。

サリーはそのまま慎重に距離を詰め―――ダガーをその背中に突き刺した。

 

もし、サリーが万全な状態だったなら違和感に気づき、攻撃を躊躇っただろう。

だが、無理に無理を重ねていたサリーはその違和感に気づけなかった。

背中を刺されたサクヤらしきプレイヤーが陽炎のように揺らめいたかと思うと、不気味なオーラを発するドクロとなって振り返り、サリーに迫ってくる。

 

「ヒィッ!?」

 

そのドクロに、サリーはビビって腰を抜かしてしまう。

そんな地面に尻餅をついたサリーに、ドクロはまるで取り憑くように重なり、空気に溶け込むように消えていった。

 

「な、何、今の……」

 

完全にビビり腰となったサリーは震えながら自身の状態を確認しようとする。

 

「釣れたのは貴女ですか。少し残念です」

 

その直後、淡々としながらも少し残念そうに呟く女の子の声が耳に届いてくる。

サリーは何とか立ち上がってそちらに体を向けると、先程いた筈の少女が笛を片手に持って近づいて来ていた。

 

「間抜けデリカさんが、貴女が疲労困憊と連絡したのでてっきり応援を呼んで対処すると思ったのですが……アテが外れましたね」

「……貴女がサクヤ?」

「イエス。私がサクヤです。以後お見知りおきをお願いします。見事に罠にかかってくれたサリーさん」

 

サリーの確認に、サクヤはあっさりと頷いて答える。

 

「罠って……まさか!?」

「イエス。【決闘の交響曲】は演奏がなくても効果が持続します。貴女のハッタリと比べたら些細なものですが、上手く引っ掛かってくれましたね」

 

サリーはまんまとしてやられたことに表情を悔しげに歪める。対してサクヤは淡々と、自身が仕掛けた罠を明かしていく。

 

「スキル【呪い人形】。私そっくりの偽物を作り、その偽物を倒した対象の最も高いステータスの数値を0にする、文字通りの呪いのスキルです。これで、貴女の最大の強みを封じさせてもらいました」

 

サクヤのその説明に、サリーはますます顔を歪めていく。今のサリーのAGIはサクヤの呪いによって0。つまり、自身の最大の武器である回避能力に大きな制限がかかってしまったのだ。

無論、サリーの回避は集中力なので回避自体は問題はないが、それを最大限に活かすステータスが封じられたのはあまりにも痛すぎる。

 

『回避盾』としては致命的なダメージ。今のサリーはステータス上は火力が低いザコプレイヤーに成り下がってしまった。

 

「このまま戦っても良いのですが、マップを見る限りドレッドさんも負けたようですし、面倒なプレイヤーが来る前に離脱しますね」

 

サクヤはそう言ってサリーに背中を向け、駆け足でその場から立ち去っていく。

 

「ま、待ちなさい……!」

 

対するサリーはそんなサクヤを追いかけようとするも、AGIが本当に0になっているのかメイプル並みに足が遅くなっており、あっさりと距離を取られて見失ってしまう。

そのタイミングでコーヒーからメッセージが届く。

 

『サクヤと思わしきプレイヤーは倒すな!罠だ!』

 

「……遅すぎだよ」

 

コーヒーがドレッドに勝利したことよりも、連絡の遅さに悪態を思わず吐いてしまったサリーは近くの木にもたれながらコーヒーにやられたとメッセージを返す。

メッセージを送って暫くして、息を切らしたコーヒーが駆けつけて来た。

 

「サリー!」

「CF……連絡が遅いよ」

「無茶言うな。罠だと分かったのは、ドレッドが消える直前で明かしたタイミングだったんだからな」

 

サリーの文句にコーヒーは流石に理不尽だと伝える。

 

「うん……分かってる」

 

それに対して、サリーは短くそう答える。

今回はドレッドの言葉を鵜呑みにしてしまった自分の落ち度。それも、普段なら違和感を感じて止まるのにだ。

だが、疲労困憊の状態から無理に動いた結果、まんまとしてやられてしまった。

本当に、泣きたい気分である。

 

「……悪いけど、担いでくれない?見事にやられて、今の私のAGIが0だから」

「……わかった」

 

今までになく弱々しくなっているサリーに、コーヒーは追及することなくサリーを背中におぶり、【楓の木】へと戻っていくのであった。

【集う聖剣】と【楓の木】の戦い。

勝利こそしたが、決して無視できない痛手を貰う結果となった。

 

 

 




サリーが散々な目に合ってますが、別に嫌いだからではありません
話の都合上、どうしてもこうなってしまっただけなんですよ(必死の言い訳
感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

プランBと【夢の鏡】

てな訳でどうぞ


ドレッドを倒し、サクヤに痛手を貰ったコーヒーとサリーは拠点へと帰還した。

 

「無事だったか、二人とも」

「何とか、な。だけど、サリーが痛手を貰ってしまった」

 

丁度見張りを交代していたらしいクロムの言葉に、コーヒーは返しながら現在のサリーの状態を説明していく。

 

「一番優れたステータスが0……事実上の前衛からの戦線離脱ということか」

「……うん。魔法が使えるからまだマシだけど、あんまり上げていないから援護くらいにしかならないと思う……」

「厄介なスキルだね。メイプルやシアン達が受けたら、本当にザコキャラにされちゃうよ」

 

カナデの言葉に今その場にいる全員が頷く。何せ極振りプレイヤーがそれにやられたら、すべてのステータスが0。メイプルは毒魔法と【機械神】等の攻撃できるスキルがあるから完全な戦力外にはならないだろうが、マイとユイ、シアンが受けたら完全に出来ることがなくなってしまう。

 

「それでどうするー?わざと死んでリセットするー?」

「大概のスキルは死んだらリセットされるが……このスキルもそうだと言う保証はないし、解けなかったら他のステータスが下がるだけでもっと痛い結果になるだけだ」

「ああ。不確定要素がある以上、その手は使うべきじゃないな」

 

ミキの提案をコーヒーは頭を振って却下し、クロムもそれに同意する。

 

「現状はそのサクヤに会ってもメイプル達には逃げの一手に徹してもらうしかないな」

「……うん。それがいいと思う。後、カナデにはこれを」

 

サリーはそう言って自身の画面を操作して自身のマップ情報を見せる。同時に回収してきたオーブも地面に落としていく。

 

「これは……」

「全てのギルドのオーブの位置と規模が書いてあるから、それを覚えて皆のマップに書き写して。それと、メイプルには起きたらプランBを実行に移すように伝えて。後、心配かけてゴメンとも」

「ん、了解。マップは覚えたよ」

 

サリーの要望にカナデは頷き、その超人的記憶力で余裕でサリーのマップ情報を全て完璧に記憶する。

 

「ありがとう……それと、もう限界だから……落ちる、ね……」

 

サリーはカナデに礼を言うと、そのまま意識を落として眠りについた。

ずっとコーヒーが背負いっぱなしだったから、崩れ落ちる心配もなく、コーヒーの背中で寝息を立てている。

 

「取り敢えず、サリーは奥の部屋でイズさんが用意したベッドの上に放り込んで来る」

「分かった。コーヒーはどうする?」

「俺は【魔槍】のデメリットで数時間はHPが回復できない上に一桁しか残っていないんだ。それまでは後ろからの援護に徹するさ。マイ、ユイ、悪いが防衛の要は任せたぞ」

「「はい!任されました!」」

 

コーヒーの言葉にマイとユイは快く頷いて返す。

そして、コーヒーは奥の部屋に行き、イズが用意したそれぞれのベッドで寝ているメイプルとシアンを尻目に、サリーをベッドの上に寝かす。

 

「さて、今出来ることをやるとするか」

 

コーヒーはそう呟いて部屋を後にし、奪ったオーブの防衛に加担するのであった。

……誰も襲ってこなかったが。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

―――その頃。【集う聖剣】の拠点では。

 

「それでアホデリカさん。偽情報を掴まされた件に関して言い訳はありますか?」

「……ありません」

 

オーブの前で正座して物凄く気まずそうな表情をしているフレデリカと、そんな彼女の正面で少々責める目付きで見つめるサクヤ。

この状況はお察しの通り、フレデリカが恐れていた説教タイムである。

 

「前に言いましたよね?貴女が調子に乗るとロクなことにならないと」

「……はい。言っていました」

「尾行に気付かれて決闘したのはまだしも、自分の情報を晒した挙げ句、ただの反射神経をスキルによるものと植え付けられ、それを皆さんに共有したのは頂けません。それは分かってますね?」

「……はい」

「ドレッドさんが違和感を感じて報告しなければ、彼女だけでも決して小さくない被害を与えられても不思議ではありませんでした。それだけではなく、レイドさんを呼ばなかったら状況はもっと悪化していたでしょう。反省して下さい」

「……はい。申し訳ありませんでした」

「以上、【楓の木】への偵察が失敗した件についてはこれで終わりです。私は疲れたので先に休憩させて頂きます」

 

サクヤはそう言ってその場から離れようとする。対するフレデリカは意外そうな表情でサクヤを見つめていた。

 

「……それだけなの?」

「イエス。それだけですが何か?」

「いや……サクヤちゃんのことだから……てっきり今回の大惨事についても責めるものかと……」

 

フレデリカのその言葉に、サクヤは溜め息を吐きながら告げる。

 

「それに関しては仕方ありません。レイドさんの話を聞く限り、CFさんは強力な範囲攻撃を持っていたそうですから。それに、早々に撤退を指示していたとも言っていましたから今回は大目に見ます。あくまで私はですが」

 

暗にペイン達が何を言っても擁護しないという言葉に、フレデリカは気まずそうに視線をペインに向ける。対するペインは苦笑の表情だ。

 

「俺も今回の大惨事に関しては仕方ないと思っているさ。流石に予想外が過ぎたからな」

「俺なんかCFにまた負けちまったからな。オーブは横取りできなかったし、フレデリカにあれこれ言う資格は俺にはないさ。今回の件は俺達の負けだな」

 

ペインの言葉に頷きながら、ドレッドもこの件は自分達の負けだと告げる。

実際、100人以上の犠牲が出た上にドレッドも一デスしたのだ。それでオーブも横取り出来なかったのだから負けという表現は間違っていない。

 

「だが、サクヤの呪いで一矢は報いたのだろう?」

 

自身のインベントリで刀身の残数を確認していたレイドの言葉に、サクヤはこくりと頷く。

 

「イエス。ですが、呪いを施せたのはサリーさんです。プレイスタイルからしてAGIが0になったでしょうが痛手を与えたと判断するには微妙です。それに、次からは警戒してメイプルさんには絶対に私を攻撃させないかと」

「そう考えるとメイプルを無力化できなかったのは残念だったな。状況からして応援を呼びそうだってのに」

 

サクヤの報告にドレッドが残念そうに肩を竦める。

サクヤの【呪い人形】は確かに強力だが、使用する度に最大HPが半分となる。

 

サクヤはHPにはステータスポイントを振っていないためにHPが低く、下手したら一撃で倒される危険性がある。

そして呪いは自身か対象、どちらかが死ぬまでは解けないスキルであるため、決して使い勝手の良いスキルとは言えなかった。

 

「それでペインさん。【楓の木】の拠点を責めるのは今夜の深夜で間違いないですね?」

「ああ。三日目や最終日に責めて万が一にも負けたら、挽回できないダメージを負う可能性もある。二日目なら、残りの日数で挽回できる芽は十分にあるからな。……本当は互いにベストな状態で挑みたかったがな」

「それは仕方ないかと。個人としてではなくギルドとして戦う以上、【楓の木】への襲撃は実質無意味ですからね。他のメンバーも乗り気ではないですし、日が変わる一時間前に挑みに行けるだけマシかと」

 

サクヤのその指摘に、ペインは少し落胆しつつも納得の意を示す。

サクヤの言った言葉は全て事実。【楓の木】への襲撃は【集う聖剣】のギルドとしては全くと言っていいほど意味がない。

それでも戦いに挑むのは一重にゲーマーとしてのエゴである。

 

「それに偵察隊の報告では、【楓の木】の拠点には複数の罠が仕掛けられているそうだ。一本道だから避けて移動するのは困難だろう」

「ノウ。罠は入口とオーブ周辺だけと見ていいと思います。偵察隊の報告ではメッセージを送ってから中に入っていたと言っていましたので、おそらく無差別でしょう」

 

レイドの指摘に対し、サクヤが偵察隊の報告から罠の性質の予測を告げる。

 

「それなら何とか対処できるかもねー。最悪はドレッドの勘で見つけてもらえればいいしねー」

「……どうしてでしょう。板デリカさんがそう言うと不安になってきました」

「酷いよサクヤちゃん!それと、後で洞窟の奥で待ってろ!」

「ノウ。闇討ちされると分かっているのに待つわけないでしょう」

 

ギャーギャー騒ぐフレデリカと淡々と言葉を発するサクヤ。

正反対ながらも、喧嘩するほど仲が良い二人にペイン達は苦笑するのであった。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

「そうか。サリーのステータスが……」

「装備の強化も含めて0にするなんて……かなり厄介なスキルね」

 

あれから暫くして帰還したカスミとイズも、あまり優れない表情で報告を受け止めていた。

当然だ。何せ最も優れたステータスが0にされるというのは、その者の強みを奪うも同然だからだ。

 

「ああ。あまりにも強力だから相応のリスクがあるとは思うんだが、連発できないとは限らないからな」

「俺もコーヒーと同意見だ。現時点ではサクヤが本人だと確信できない限りは手を出さない方がいいだろう」

 

クロムの意見にその場にいる全員が頷く。そのタイミングで、奥からメイプルとシアンが部屋に入って来る。

 

「メイプル、シアン。十分に休憩は取れた?」

「はい。正直、コーヒーさんとサリーさんのことが気がかりですぐに寝付けませんでしたが」

「サリーが寝ていたから無事に戻って来たようで安心したんだけど……何かあったの?」

「実は……」

 

メイプルの疑問に、コーヒーが代表してサリーの現在の状態とサクヤの危険性を話していく。

 

「うわぁ……私がそれにやられたら防御力が0になっちゃうんだ……」

「現時点では、極振りのメイプル達にサクヤとの戦闘はまずい。だから、サクヤと相対したら絶対に相手にせずに逃げてくれ」

「わかったよ」

 

コーヒーの忠告にメイプルは素直に頷く。同時にマイとユイ、シアンも頷く。

 

「サリーから伝言を預かってるよ。作戦はプランBに移行。後、心配かけてゴメンって」

「うん、わかった。朝になったら攻めに行くよ」

「なら、今の内に大まかなルートを決めておくか」

「了解!」

 

カナデがメイプルのマップにサリーが調べあげた情報を書き写し、それを元にメイプルとコーヒーは互いの進攻ルートを決めていく。

そして、早朝。

 

最大戦力のメイプルが出陣し、コーヒーはメタルボードに乗って再び動き出していく。

その間の【楓の木】は……暇を持て余していた。

サリーは未だに眠り続け、修理アイテムは奥の部屋に引っ込んだイズがいるため不要。

 

ミキは拠点で釣りを行い、アイテムを次々と釣り上げている。

カナデは今日引き当てたスキルを確認していた。

 

「今日はどんなスキルを引き当てたんだ?」

「【夢の鏡】というスキルだよ。クセが結構強いけど、魔法使い向けのスキルだね。今日限定だから今の内にたっぷり保管しておかないとね」

 

カナデはクロムの質問に答えつつ、新たな魔導書の作成を始めていく。

 

「神々の叡智の集大成 その大いなる智慧を以て 魔導の理を記録せん―――【魔導書庫】。鏡は万里を繋ぐ道標 世界を隔てる境界を越え その(みち)への空間を結ばん―――繋げ、【鏡の通路】」

 

カナデが【口上強化】しつつ、スキル名を【詠唱】込みで発動すると、二つのタイマーが同時に現れる。

 

「なるほどね。【鏡の通路】は二回使って真価を発揮する魔法……最初に設置した鏡の場所に戻って来れる魔法なんだね。本来は緊急の脱出向けだけど、今回のイベントにも使えるね」

「確かに。オーブを奪ったらすぐに拠点に帰られるからな」

 

確かにカスミの言う通り、一番遠くの地点にあるオーブを奪ってすぐに帰還出来るのはかなりの強みだ。

当然襲撃されるリスクがあるがメイプルがいるから問題がない。

 

「このスキルは……上手くいけば魔導書が一度に大量生産できるかもね」

 

次の魔法を選択していたカナデがあるスキルを見つけ、少々悪どい笑みを浮かべながらスキルを発動する。

 

「紫紺の鏡は合わせ鏡 写し出すは我が能力(ちから) 出でし虚の鏡で模倣せよ―――写せ、【ミラーデバイス】」

 

カナデがそう告げると、カナデの周辺に紫紺の鏡が三つ現れる。

MPを回復した後、その状態で【魔導書庫】を発動させると青いパネルが一つだけ現れ、カナデはその中で【ミラージュロイド】を選択する。

そうすると、【魔導書】の作成タイマーが大量に表示された。

 

「これは凄いや。一度に同じ魔法の魔導書が大量に作成出来て消費するMPも一冊分だけ。流石に作成中は【ミラーデバイス】も使えないけど……今日は一番ついてるよ」

 

そんな事を笑みを浮かべながら呟くカナデに、カスミとクロムは何とも言えない表情で互いの顔を見合うのであった。

ちなみに……

 

「……あれ、やばすぎないか?」

「まさか、あの幻想鏡のスキルを引き当てるだなんて……」

「だけど、今日限定のスキルだから次引き当てる可能性は……」

「そう言ってはいるが、MP消費のスキルをどんどん保管していってるぞ」

「だけど、幾ら消費を抑えてもMPが圧倒的に足りなくなる筈……」

「バカか。隣でミキがMPポーションを渡しているじゃないか。あのインベントリの中身を確認したら、低ランクのMPポーションだけで四桁はあるんだぞ。それも折り返しの桁で」

「あ、魔導書に保管した【ミラーデバイス】を使って【ミラーデバイス】を保管した魔導書の大量生産に入ったぞ」

「なんで【楓の木】のメンバーはどいつもこいつも【普通】の枠に収まらないんだ?」

「今更だろ、そんなの」

 

イベントを管理していた運営は、またしても頭を抱えていた。

 

 

 




感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

プラン修正

てな訳でどうぞ


二日目のイベントも昼過ぎ。

【楓の木】の奥でサリーがベッドの上からゆっくりと起き上がる。

そして、自身のステータスを確認するもAGIは現在の数値分マイナスされて0のまま。サクヤのスキルは未だに効果を発揮していた。

 

「……はぁ、完全にミスったなぁ」

 

サリーは深い溜め息を吐く。本調子とはいえないが、ベッドの上で寝ていたから感覚としては大分疲れが取れたように感じる。

だが、AGIが0だから昨日のような行動が出来ないため、一人でオーブを奪うことは出来ないだろう。

大半のプレイヤーならこの失敗をまだ引き摺るところだが、サリーは違った。

 

「このお礼は絶対に返して上げる……覚悟しときなさいよ、サクヤ」

 

サリーは瞳に闘志を宿し、見事に痛手を与えてくれたサクヤにリベンジを誓う。

 

「あ、メイプルとCFは上手く……」

 

サリーは思い出したようにマップを開こうとするも、途中で何かを思い出したようにピタリと止まる。

数秒の沈黙。そして―――

 

「……~~~~ッ!!!」

 

声にならない悲鳴を上げながら顔を真っ赤に染め、そのままベッドにあった枕に顔を埋めた。

 

(そういえばCFにお姫様抱っこされた挙げ句に、おぶってもらったまま寝てしまってた!!)

 

お姫様抱っこだけでなく、色々と精神的に疲れた状態だったとはいえ、男の子におぶってもらった上に寝てしまう等……端から見れば無防備としか言い様がない。

その羞恥心からばったんばったんとベッドの上で暴れているが、幸い部屋にはサリーしかいないので誰も気づくことはない。

 

いや、気づかれたら気づかれたらでそれも面倒だが。

ちなみにコーヒー本人もそう言えばと思いはしたが、ゲームの中だし別にいいかと割り切ることにした。割り切らないと、対応に困るという理由からだが。

 

(しかもおもいっきり体重も預けていたけど、大丈夫よね?重いって思われてないよね!?)

 

ここはゲームの中だから体重はそこまで反映されていないのだが、動揺しているサリーは気づかない。

そもそも、装備品込みの重さとなるのだからサリー自身の純粋な重さ等分かるわけがない。

 

本当ならオーブのある部屋に向かうべきなのだが、処理能力がオーバーフロー寸前となっているサリーは少しの間、ベッドの上でのたうち回るのであった。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

サリーが羞恥からベッドの上で暴れている頃、コーヒーは拠点へと帰還していた。

 

「帰ったぞ。オーブは15個手に入れてきた」

「前よりは少ないな。やっぱりキツくなってきたのか?」

 

多くはあるが前回よりも少ない数にクロムは疑問をぶつけると、コーヒーは少し頭を振ってから答える。

 

「それもあるが……どちらかと言うとオーブがないギルドが多かったんだ」

「成る程な。二日目だからオーブの奪い合いが激しくなってきているのか」

「全部小、中規模ギルドのもんだが……此処からは大規模ギルドのオーブも本格的に狙っていかないと上位は厳しいかもしれない」

「今の【楓の木】のランキングは13位だから……確かに大規模ギルドのオーブを積極的に狙うべきかもしれないな。他のギルドのオーブもある筈だし」

「……それで、カスミさんは一体どうしたんだ?」

 

コーヒーがチラリと視線を向けた先には、表情がかつてない程に緩み、刀を鞘から出し、しまい、出しを繰り返して眺めているカスミの姿がある。

 

「はぁああ……いい……」

 

完全に自分の世界に入っており、しばらくは現実に戻ってきなさそうである。

 

「お前がオーブを奪っている間に、カスミが競争相手を減らすために外に出てな。そこで【崩剣】と遭遇して倒しはしたが……代償に使っていた刀が壊れてしまったんだ」

 

クロムの言う通り、カスミは外に出ていた際に【崩剣】のシンと遭遇し、第一回イベントで戦っていたこともありそのまま戦闘へと突入した。

スキル【崩剣】は一つの剣を複数の小さな剣へと変えて自由自在に操る攻撃スキルであり、かなりロマン溢れるスキルである。

 

前回の戦いからシンの剣の操作技術が上がり、一度に操れる剣の数も倍になって明らかに強くなってはいたが、カスミには届かなかった。

理由はカスミも同様に成長していたのと、ミキが釣り上げたスキルの硬直時間を十分間短縮するアイテム【クールチャージ】を使っていたからだ。

 

それでカスミは20の小剣の面攻撃を【三ノ太刀・孤月】のモーションを利用して緊急回避。着地して直ぐ様【一ノ太刀・陽炎】で瞬間移動して斬りつけ、【七ノ太刀・破砕】で追撃。

シンはそれらの攻撃を盾で防ぐも二度目の武器破壊攻撃で盾は耐えきれずに破壊。

 

盾を失ったシンに【終ワリノ太刀・朧月】で高威力かつ高速の連撃を叩き込んで勝利をもぎ取った。

代わりに刀の耐久値が限界を迎えて壊れてしまったが。

 

その壊れた刀の代わりとしてイズが新しい刀を作ってくれた為、こうして上機嫌で眺めているのである。

とりあえず奪ったオーブを自軍のオーブにセットしていると、奥の部屋で寝ていたサリーが顔を出してきた。

 

「おっ、起きたかサリー。調子はどうだ?」

「まだ本調子ではありませんが、ベッドの上で寝たから大分楽に感じられます。後、AGIは依然0のままです」

 

クロムの問いにサリーは現状を伝える。

 

「そうか。やっぱり前線に出るのは難しそうか?」

「……うん。この状態じゃオーブに近づけないし、包囲されて終わると思う」

 

コーヒーの確認にサリーは少し視線をずらしながら答える。

確実に昨日の件絡みの反応だとコーヒーは察しつつも、極力意識しないように話を続けていく。

 

「となると、拠点防衛で待機するしかないのか?」

「それについてなんだけど……」

 

サリーが新しい提案をしようとしたところで、我らがギルドマスター、最終兵器メイプルが帰還してくる。

 

「ただいまー!オーブ九個手に入れてきたよ!」

 

サリーが持ち帰ってきたオーブとほぼ同じ量を手に入れ、ピンピンしているメイプルに一同はメイプルのデタラメ振りに何とも言えない表情となる。

 

コーヒーはその倍近い数を集めてはいるが、それは空からの奇襲と離脱を繰り返した結果であり、メイプルのように真っ正面から叩き潰した結果ではない。

 

「あっ、サリー!目が覚めたんだね!」

「うん。改めてゴメンね、メイプル。心配かけて」

「本当だよ!次からは無茶は控えてよね?」

「うん、努力はする」

 

そうしてメイプルが取ってきたオーブもセットして防衛に専念する中、一同は今後の予定を話し合っていく。

 

「やっぱり色々なところで戦いが起こってるね」

「ああ。一応、俺達の狙い通りにはなっているが……予想以上に戦闘が激しくなってきているからな」

「大規模ギルドは人数が多いから、一度に奪えるオーブも多いしね」

「だから……プランBを少しだけ修正すべきと思います」

「具体的にはどうするのだ?」

 

サリーの言葉に具体的な内容を問うカスミに、サリーは冷静さを取り戻すために考えていた修正内容を話し始める。

 

「今回の防衛が終わったら、メイプルはマイとユイ、シアンの三人と一緒に攻撃に出て。ミキもCFと私で大規模ギルドのオーブを奪いに行く」

「なるほど。攻撃役と支援役がいれば、メイプルの負担が大きく減る」

「ええ。それに、ミキのジベェのスキルなら大規模ギルドに対して有利に立ち回れる。それでCF……」

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

とある大規模ギルドにて。

 

「もう少しで防衛が成功だな」

「ああ。このオーブを守りきれば、上位十位以内に食い込める可能性が高まるからな」

「ダルいなあ、ホント。防衛はじっとしてるだけだから楽だけどさ。人数多くてメンドーだけど」

「まあ、誰が来ても余裕で防衛できますけどwww」

「後数十分、気を―――」

 

会話をしながらも周囲を警戒していた防衛プレイヤーの言葉を遮るように巨大な影が射し込んで、辺り一面を薄暗くすうる。それも、どんどん範囲を広げて。

 

「な、なんだ、急に!?」

「上を見ろ!何かいるぞ!」

 

一人のプレイヤーが上空を見上げながら指を指す姿につられ、他のプレイヤー達も上空を見上げていく。

上空を見上げた彼らの視界に写ったのは……巨大な魚の腹であった。

 

「な、なんなんだよ!?あの巨大な魚は!?」

「うわぁ……まさかあれと戦わなきゃならない流れ?」

「分からんが、すぐに迎撃―――」

 

空飛ぶ魚に困惑しながらも迎撃しようとした彼らだが、その巨大魚からまるで潮吹きのように蒼い雷が大量に降り注いで来る。

 

「うわああああああっ!?」

「あ、あり得ないんですけど……このテセオさんが一方的に、しかも一撃でやられるとか……」

「メンドーだけど、魔法と弓で―――」

 

指揮官らしきプレイヤーが指示を出そうとするも、今度は大量のボールが降り注いでくる。

ボールは地面に落ちると爆炎を上げたり、白い粘着物となって貼りついたり、煙を立ち上らせたり、閃光を放ったり、甲高い音を出したり、異臭を放ったりと地上の面々に対して猛威を振るっていく。

 

「本当になんなんだよ!?」

「あー、もう!こうなったらオーブを持って―――」

 

この場から逃げる。そう指示を出そうとするも、迫り来る巨大な津波を前に言葉を失った。

 

「……ハハッ」

 

指揮官が乾いた笑みを浮かべて、一言。

 

「何で津波が襲ってくるんだよぉおおおおおおおおっ!?」

 

その言葉を最後に、叫んだ指揮官も含めた防衛プレイヤー達は津波に呑まれ、光に消える、もしくは流されていくのであった。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

「やったー。オーブが一気に15個手に入ったよー」

「やっぱり大規模ギルドはオーブを溜め込んでいるな」

「そうね。この調子で他の大規模ギルドを襲撃しようか」

 

ジベェの背中の上で今回の戦利品を確認しているコーヒー、サリー、ミキの三人はマップを確認して次の標的を決め始めていく。

 

先の襲撃はコーヒーが威力を最大限まで引き上げた【ディバインレイン】で先制攻撃し、ミキとサリーがミキが釣り上げたアイテムを大量に投下し、止めにジベェの【津波】で流したのだ。

昨晩は深夜の上に一回だけとあってジベェの脅威が広まっていなかったのも、この襲撃が成功した要因でもある。

 

「それじゃ次に攻めるギルドは……お?」

 

双眼鏡片手に眼下の戦場を確認していたコーヒーは、その最中である人物を見つける。

 

「……サリー、メイプル達は今、どのギルドに向かってるんだ?」

「確認するね。…………次は【炎帝ノ国】だそうだけどどうして?」

「そのギルドマスターを見つけたからだ」

 

コーヒーのその言葉に、サリーはすぐに狙いを察して笑みを浮かべる。

 

「なるほどね。ここで足止めさせてメイプル達を援護しようってことね」

「正解。戦力を釘つけに出来るチャンスを逃すのはもったいないだろ?」

 

コーヒーの言葉にサリーとミキも頷き、予定変更でミィがいる戦場へと向かうのであった。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

その頃、ミィはミザリーから連絡を受けていた。

 

「何……?メイプルが私達の拠点に向かっているだと?」

 

ミザリーからのメッセージを確認したミィは同行していたギルドメンバーにこの事を手早く伝えていく。

 

「私は急いで拠点へと戻る。諸君、すまないが後を頼む」

 

ミィの言葉にギルドメンバー全員が頷き、ここは自分達に任せて下さい、早く向かって下さいとミィを送り出す言葉を紡いでいく。

その言葉を受け、ミィはミザリーに急いで向かうと返信しようとしたところで、蒼雷の槍がミィに襲いかかってきた。

 

「!?くっ―――」

 

突然の攻撃にミィは驚きつつも、咄嗟に飛び退いたことで何とか蒼雷の槍をかわす。

そのまま蒼雷の槍が飛んできた方向に顔を向けると、ミィの視界に写ったのは、板に乗って猛烈な勢いで近づいてくるコーヒーの姿であった。しかも、その遥か後ろには空を飛ぶ巨大な魚が近づいて来ている。

 

「このタイミングで襲撃とは……!」

 

間違いなく自身の足止めに来たのだと察したミィは、ミザリーにすぐに向かえなくなったと返信し、短杖を構えて臨戦態勢を取る。

一方、返信を受けたミザリーはと言うと……

 

「…………」

「ミザリー……ミィは……?」

「……最悪の状況です。ミィは今、【楓の木】の足止めを受けています」

「……うわぁ……本当に最悪だぁ……僕達だけでやらないと駄目なのかぁ……とても、つらい」

 

ミザリーの報告を聞いたマルクスはどんよりとした雰囲気を纏って肩を落とす。

何せ、マルクスとミザリーはメイプルとは相性が悪い。時間稼ぎならまだしも、ミィがすぐに向かえなくなったことで時間稼ぎでは駄目になってしまったからだ。

 

「問題ない。ミィがいなくとも俺がいる。この盾でコピーしたスキルを使えばな」

「カミュラ……」

「そして、俺がメイプルを倒せば……俺の強さに惚れる女性プレイヤーが出てくるだろう。故に、“リア充”の仲間入りを果たす為に、俺はメイプルを倒す!!」

「その言葉で、台無しです……」

 

カミュラの願望だだ漏れな言葉に、ミザリーは呆れながらも杖を構える。

マルクスも諦めたように頬を叩いて気合いを入れていく。

 

「……はぁ、本当に僕達だけでやるしかないのか……」

「シンには急いで戻るように、テンジアには現在の位置からこちらに戻るよりミィの方に向かうよう連絡します」

 

そうしている間にも、空を飛ぶ亀は此方へと近づいて来る。

そして、魔法と弓の射程圏内というところで亀はその姿を消し、四つの人影が地面へと降り立つ。

 

「……何?あの蛇のような三つの化け物は……?」

「大槌の二本持ち……テンジアと同じ【破壊王】持ちですね……それが二人も……」

「後ろの魔法使いは回復役だな。そして、全員鈍足ということは……」

「極振り、ですね」

「……最悪の組み合わせじゃない?」

 

そう呟くマルクスの表情はかなり引き攣っている。

圧倒的な防御力を持つメイプルに、攻撃役と回復役が付いているのだ。それも、互いの弱点を補う形で。

鈍足という点を除けば、本当に最悪のパーティーである。

 

「……とにかく、頑張りましょう。これを凌げれば、希望がある筈です」

 

自分にも言い聞かせるようなミザリーの励ましに、マルクスは深い溜め息を吐き、カミュラは大盾と白き短刀を構える。

こうして、それぞれの場所で【炎帝ノ国】と【楓の木】は激突するのであった。

 

 

 




感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

激突する二つのギルド

てな訳でどうぞ
※少し修正しました


「燃え上がれ、真紅の炎帝(バーストエンペラー)!爆ぜろ【炎帝】!【連続起動】!!」

 

此方に急接近してくるコーヒーに、【名乗り】でステータスを強化したミィは【炎帝】を【連続起動】させ、自身の普段から使える最高火力の一撃をどんどん放っていく。

他のギルドメンバーもいる中で【名乗り】を使うのは本当は嫌だったが、今は出し惜しみしている場合ではない。

 

真紅の炎帝(バーストエンペラー)……」

「本当に、ミィ様にぴったりな名乗りだ……」

「流石ミィ様。不謹慎ではありますが、とても素敵です……!」

 

……後ろから聞こえてくる声に、ミィは内心で泣きべそを掻きながら【炎帝】を次々と放っていく。

対するコーヒーは自身に迫り来る【炎帝】をかわす、または【クラスタービット】で防御しながらどんどんミィに近づいていき、【連射】を放つ。

 

「炸裂しろ【フレアアクセル】!」

 

次々と放たれる矢に、ミィは攻撃を放つのを中断し、ちょうど時間切れとなったところで【フレアアクセル】を使って回避する。

 

「穿て【炎槍】!!爆ぜろ【炎帝】!!」

 

さらにその手に持った炎の槍を放ち、ついでとばかりに【炎帝】も放っていく。

 

「援護しますミィ様!!」

 

さらに、同行していた【炎帝ノ国】のギルドメンバーもミィを援護するために近接プレイヤーは武器を構え、魔法や弓が主体のプレイヤーは次々と攻撃を放っていく。

 

「舞うは雷輪 散るは雷の花弁 蒼き雷華よ害意から我を守れ―――舞え、【雷旋華】!!」

 

それに対してコーヒーは【雷旋華】で防御。そのままメタルボードを操作してミィ達へと突っ込んでいく。

 

「炸裂しろ【フレアアクセル】!」

 

ミィは爆発による加速で上空へと上がってコーヒーの突撃をかわすも、それ以外の者は【雷旋華】に激突してしまう。

 

「うわぁっ!?」

「がぁっ!?」

 

ダメージを受けて倒れるギルドメンバー。その光景にミィはギリッと歯を噛み締める。

ミィなら【フレアアクセル】を【連続起動】して拠点に戻ることは可能だ。だが、それをすればコーヒーが追いかけて来るのは明白であり、何よりコーヒーは空を無制限に飛べる。

 

唯でさえメイプルの襲撃を受けている中で、コーヒーまで連れて来れば【炎帝ノ国】は大打撃を受ける可能性がある。

それを避けるためにも、ミィが救援に向かうためにはコーヒーをここで倒すことは必要なことであった。

 

……断じて、個人的な恨みのために倒すわけではないと自身に言い訳しながらだが。

そう考えている間にも、コーヒーは【雷旋華】を維持したままミィに突っ込んで来る。

 

「!飛ばせ、【爆炎】!!」

 

強ノックバック効果のある魔法が放たれ、ミィがその衝撃で吹き飛ぶと同時にコーヒーもノックバック効果で吹き飛ばされる。

 

「流石第一回イベント四位……一筋縄じゃいかないか」

 

【雷旋華】が解けたコーヒーはそう呟きながらも【スパークスフィア】を放ち、ミィも負けじと【炎帝】を放っていく。

互いに膠着状態。だが、コーヒーは足止めだけで十分に対し、ミィは防衛が崩壊する前に帰還しなければならない。

焦りを覚え始めたミィだが、彼女に増援が到着する。

 

「はぁっ!!」

「っ!?」

 

掛け声と共に振り下ろされる二つの長剣。コーヒーは咄嗟に振り返り様にクロスボウで受け止める。

増援―――テンジアは攻撃が受け止められると鍔迫り合いに持ち込むことはせずにコーヒーとの距離を取り、ミィの隣へと降り立った。

 

「兄上!」

「済まないミィ。一日千秋の思いをさせてしまったか?」

「いや、丁度良いタイミングだった。私と兄上、我が部下達と共にCFを倒し、早急に救援に向かうぞ!」

「委細承知。皆の者、ミィの為に誠心誠意、全力を尽くすのだ!」

 

ミィとテンジアの掛け声で、【炎帝ノ国】のギルドメンバーは雄叫びを上げて闘志を漲らせていく。

 

「私が疾風怒濤で攻める。ミィは援護を頼む」

「承知した。兄上の背中は私が守ろう」

 

テンジアは両手の長剣を構え、俊敏な動作でコーヒーに迫っていく。

 

「【雷翼の剣】!」

 

対してコーヒーは雷の剣を持って近接戦の構えを取る。理由はここで矢を放っても無意味であり、【剣ノ舞】持ちのテンジアの攻撃力をいたずらに上げてしまうだけだからだ。

 

「近接の心得もあるのか!面白い!」

 

テンジアはそう言って右の長剣を振るう。対してコーヒーは雷の剣を振るい、互いの剣を打ち合わせる。

 

「むっ……!?」

 

当然、強力なノックバック効果がある雷の剣にテンジアの長剣は弾かれ、テンジアは大きくバランスを崩す。

コーヒーはその隙を狙ってクロスボウをテンジアに向けるも……

 

「甘いな」

 

テンジアはその勢いを利用してバク転しながらクロスボウを蹴り上げ、逆にコーヒーの体勢を崩してしまう。

テンジアは右の長剣を地面に突き刺し、それを軸として回転し左の長剣でコーヒーに斬りかかる。

コーヒーはその一閃を剣で受け止めて凌ぐも、追撃が迫る。

 

「燃える紅炎 その號烈なる焔を以て 我に仇なす者を焼き尽くす―――爆ぜろ!【炎帝】!【連続起動】!!」

 

ミィが【口上強化】と【詠唱】を使って【炎帝】を放ち、それを【連続起動】で次々と放っていく。

コーヒーはそれを二つの【クラスタービット】で防ごうとするも、テンジアが操作に思考を与えないと言わんばかりに猛攻を仕掛け、【クラスタービット】の防御が疎かとなっていく。

 

「天罰覿面。一人で仕掛けたのが仇となったな。このまま押し切らせてもらう!」

 

テンジアはそう言って、両手の長剣を十字に構える。

 

「凍てつく冷刃―――」

 

テンジアが口上を唱えてスキルを発動しようとした瞬間、無数の雷弾がテンジアに向かって襲いかかってくる。

同時にレーザーの如き水砲がミィに向かっており、ミィは【炎帝】を連続でぶつけて相殺する。

テンジアはその場から飛び下がり、その雷弾をかわしていく。

 

「……油断大敵。甘く見ていたのはこちらの方だったか」

 

そう呟くテンジアの視線の先には、その巨体がはっきりとわかる程に近づいていたジベェと、【砂金外装】状態のブリッツの背中に乗って右手に短剣を構え、コーヒーの隣に降り立つサリーがいるのであった。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

一方、【炎帝ノ国】の拠点ではメイプル達が猛威を振るっていた。

 

「やっぱり……効かないのかぁ……」

 

マルクスがそう呟く視線の先には、真っ直ぐに此方へと歩いて来ているメイプル達の姿がある。

メイプルが前進する度にマルクスが仕掛けた罠が発動するのだが、圧倒的な防御力で無効となっている。

 

「かかった……!」

 

しかし、マルクスも間抜けではない。メイプルのスキルに制限があると予想して、進行を阻害する為の罠もしっかりと設置していた。

地面から植物が伸び、あっという間にメイプルを拘束していく。

 

「「えい!えい!」」

 

だが、メイプルを拘束した植物はマイとユイが一撃で粉砕してしまった。

 

「あっ……やっぱり駄目だった……」

 

マルクスはその光景にガックリと肩を落とす中、ミザリーがすぐに魔法部隊に指示を出し、次々と貫通能力を持った魔法をメイプル達に撃ち込ませていく。

 

遠距離から次々と撃ち込まれる貫通魔法。メイプルは勿論、マイとユイも避ける素振りもなく前進していく。

当然、【身捧ぐ慈愛】を発動しているメイプルにダメージが入っていくがそれも無意味となる。

 

「癒せ、【ヒール】」

 

最後尾に陣取るシアンが折を見てメイプルのHPを回復するのだ。それも一回の魔法で半分以下となったHPを上限いっぱいまで。

 

「……本当に最悪だよ……罠はどんどん突破されてるし……ダメージを与えてもすぐに回復されるし……」

「これは……かなりまずいですね」

 

マルクスの言葉にミザリーも苦い顔で同意する。何せ、メイプル達の進行を遅らせることが出来ていないのだ。メイプルが拘束されたら動きは一旦止まるがそれだけ。貫通攻撃も回復役がいるせいで無意味である。

 

「皆を下がらせたいけど……ミィがいつ帰ってくるか分からないからそれも出来ないし……」

「俺が前に出る」

「カミュラ……本気?」

「本気だ。この状況で前に出るべき人物は俺以外にいないだろう?」

 

マルクスの問いにカミュラはそう答え、一人で凶悪なパーティーへと向かっていく。

 

「あ、メイプルさん。敵が一人近づいてきています」

「ホントだ。マイちゃん、ユイちゃん、お願い!」

「「任されました!彼方の敵を攻撃せん―――【飛撃】!!」」

 

マイとユイが二振りの槌から遠距離攻撃を繰り出す。

カミュラは大盾を地面に突き刺し、自身のスキルを発動させる。

 

「【リフレクター】!!」

 

カミュラは物理攻撃を大幅に減少させ、代わりに魔法攻撃のダメージが二倍となる防御スキルを発動させる。そのスキルによってカミュラは二人の攻撃を何とか耐えきった。

 

「癒せ【ヒール】!」

 

そのカミュラをミザリーが直ぐ様回復させていく。

 

「シアンちゃんお願い!」

「分かりました!輝け、【フォトン】!【連続起動】!」

 

今度はシアンがミザリーに向けて光の球を連続で放つ。一発でもまともに喰らえば爆死は確実だ。

 

「【カバームーブ】!【魔力吸魂(マジックドレイン)】!!」

 

その光の球をスキルによってミザリーの下へ移動したカミュラが大盾で防御。光の球は爆発せずに大盾に吸い込まれるように次々と消えていく。

 

「魔法を吸いとった!?」

「まさか、メイプルさんと同じ……」

 

マイとユイが目の前で起きたことをメイプルと同じスキルと思ったようだがもちろん違う。

大盾にコピーされたスキル【魔力吸魂(マジックドレイン)】は本来は対象のMPを吸収するスキル。

 

MPを使って放たれた攻撃をそのスキルで防御したら、見事に吸収されたのは偶然発見したものなのだ。

そして、このスキルはメイプルの【悪食】と同じく魔力タンクの役割もあり、回数も一日30回と多いのである。

 

「こうなったら……滲む混沌 出でるは猛毒の化身 三首の顎ですべてを穢さん―――喰らえ、【毒竜(ヒドラ)】!!」

 

メイプルが必殺の毒竜をカミュラに向かって撃ち出し、毒による面攻撃で倒そうとする。

 

「【スキルスナッチャー】!!【魔力吸魂(マジックドレイン)】!!」

 

対するカミュラは二つのスキルを発動。大盾のバツ模様が光り、毒竜が放った毒が先程と同じように吸収されていく。

カミュラの持つ大盾に付与されているスキル【スキルスナッチャー】。

 

このスキルは相手が放った攻撃系統のスキルを50%の確率で大盾にコピーできる、まさに凶悪なスキルである。

だが、使用回数は一日4回。コピーできるスキルの総数も十個、複数持ちのスキルは別々でしかコピーできないと少なくない欠点もある。

 

「カミュラ!コピーは!?」

「……成功だ。【毒竜(ヒドラ)】!!」

 

ミザリーの質問に不敵な笑みと共に答えたカミュラは間髪入れずにコピーしたスキルを発動。大盾からメイプルと同じ毒竜が現れ、容赦なくメイプル達へと襲いかかっていく。

 

「嘘ぉ!?」

 

自分と同じスキルを使ってきたカミュラにメイプルは驚くも、VITが高く、毒も効かないメイプルには通用しない。【身捧ぐ慈愛】の効果でシアン達もノーダメージだ。

 

「やはり効きませんか……」

「だが、これで向こうは攻撃を躊躇う筈だ。【炸撃】!!」

 

カミュラは大盾にコピーされているスキルの一つ、高ノックバック効果のある物理遠距離攻撃スキル【炸撃】を放つ。

その一撃はマイとユイに命中するも、効果が入るのはメイプルでありメイプルは後ろへと飛ばされる。

 

「!!全員でノックバック効果のある攻撃で仕掛けるぞ!メイプルが下がれば連中も引かざるを得ない!」

 

カミュラのその言葉に、魔法部隊は次々とノックバック効果のある魔法を放ち続けていく。

 

「皆、こっちに!」

 

流石にこの状況はまずいと感じたメイプルはシロップを呼び出し、三人を巨大化させたシロップの背に乗せて遥か上空へと逃がしていく。

 

「攻撃役と回復役を逃がしたか……」

「これで多少は楽になりましたが……それでも厳しいですね」

「……盾にコピーされているアレを使う。MPポーションの準備をしておいてくれ」

「……仕方ない、か……」

「ええ、出し惜しみ出来る相手ではありませんからね……」

 

カミュラの言葉にマルクスとミザリーは仕方ないと頷き、カミュラはミィにコピーさせてもらった奥の手をメイプルに向かって発動させた。

 

「【火炎牢】!!」

 

スキルの発動と同時に、メイプルを中心として天に向かって炎が伸び、メイプルはそのまま炎の檻の中に閉じ込められてしまう。

 

「え?何!?うわっ!?ダメージ入ってる!?」

 

防御力に関係なく、一定時間毎にダメージが入っていることにメイプルは驚く。

この切り札がどう転ぶのか。それは……

 

「あっ、シアンちゃんに回復してもらえば大丈夫かも」

 

シロップがギリギリまで降下し、【悪食】温存の為に大盾を外したメイプルがメッセージで回復のタイミングを指示することで事なきを得そうであった。

 

 

 




感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

切り札を切る

てな訳でどうぞ
※少し修正しました


ブリッツの背に乗ってコーヒーの隣に降り立ったサリーは、早速文句を言っていた。

 

「何で一人で先に行ってるのよ。【クラスタービット】を使えば一緒に行けるでしょ」

「いや、今のサリーは機動力が落ちてるから安全策で行ったつもりなんだが」

「それじゃブリッツを預けてもらった意味がないでしょ!」

 

コーヒーの言い分にツッコミを入れるサリーの指には、朧の指輪だけでなくブリッツの指輪も嵌まっている。

サリーが出撃前にコーヒーにした提案。それはブリッツを貸してほしいと言うものであった。

 

ブリッツなら【砂金外装】で体を大きく出来るし、被弾を無効にする【電磁結界】もある。

当然、移動はブリッツ頼みとなり回避能力も落ちはするが幾ばくかはマシとなる。

 

「とりあえず、俺とミキが援護するからサリーが攻めてくれ」

「わかった。現状はそれが妥当だしね」

 

コーヒーとサリーが方針を決めている間、ミィ達も方針を決めていた。

 

「空飛ぶ魚……まさかメイプルとCF以外に空を移動する手段を持つ者がいたとは……」

「噂は聞いていたが……まさか【楓の木】絡みとは……」

「……兄上、皆、アレを使う」

 

ミィのその言葉に、テンジアを含めたギルドメンバーは一斉にミィに視線を向ける。

 

「アレとは……“太陽”の方か?」

「いや、“牢獄”の方だ。太陽の方は性質上、大多数向きだからここで切るのは得策ではない」

「牢獄ならCFを閉じ込められる……という事だな?」

「ああ。見た限り回復役はいそうにない。最大限で発動すればCFを倒せる筈だ」

「その一刀両断の決断、承知した。我々が時間を稼ごう」

 

テンジアは頷き、長剣を構えてコーヒー達に再度突撃する。他のギルドメンバー達もミィの前に立ち、自身を盾にする覚悟で戦闘に臨んでいく。

そんな彼らの後ろで、ミィは静かに詠唱を始めていく。

 

「万物の根源 象徴たる炎 その朱き力を以て全てを捕らえし枷となれ―――」

 

テンジア達が動いた事で、コーヒー達も動き出す。

 

「朧!【影分身】!!」

 

サリーが朧のスキルを使い、ブリッツごと分身して先陣を切っていく。

 

「分身のスキルか。だが―――」

 

テンジアは分身して突撃してくるサリー全員を流し見て、誰もいない筈の方向へと向かい剣を振るう。

振り下ろされた長剣は空振りせずに硬い音を響かせて逸らされる。直後、本物のサリーが姿を現した。

 

「……昨日もですが何で分かったんです?」

「視界だけでなく音と気配、自身の勘を用いれば無理難題ではない。最も、一朝一夕でものに出来はしないがな」

 

テンジアはそう言ってもう片方の長剣を振るおうとするも、飛来する矢に追撃は止めて後退を選択する。

 

「地を焼き天焦がす業火よ 闇に揺蕩(たゆた)う眩き(ほむら)よ―――」

「ジベェ、【水鉄砲】ー」

 

完全に動きを止めているミィに、ミキがジベェに指示を出して攻撃を行うも、彼女の前に立つギルドメンバー達が魔法を一斉に放って攻撃を相殺していく。

 

「森羅万象を灰燼と化す灼熱よ 汝に求めるは堅牢 汝に求めるは深い檻―――」

 

ミィの詠唱が続く間も、サリーはテンジアを、コーヒーはサリーを援護しつつ何かをしようとしているミィに攻撃を仕掛けていく。

 

「【瞬影】!」

 

サリーは【蜃気楼】と合わせて【瞬影】を発動させる。

 

「夏炉冬扇!昨日と同じ手が通じると―――」

 

テンジアはそこまで告げるも、本物のサリーが偽物サリーのすぐ後ろであることから嫌な予感を覚えて後ろへ飛び引くもそれは失敗だったとすぐに悟る。

 

「ブリッツ!【電磁砲】!!」

 

ブリッツの口から放たれるシロップの【精霊砲】にも劣らない砲撃。その砲撃はテンジアの体を呑み込んだ。

 

「よし―――!?」

 

サリーはテンジアを倒したと思ったが、恐怖センサーが警鐘をならしたので警戒した直後、ノーダメージのテンジアが先程よりも速い速度で迫ってきていた。

 

「【針千本】!【狐火】!」

 

サリーは直ぐ様ブリッツと朧に指示を出して迎撃しようとするも、テンジアは飛来する無数の針を悉く叩き落とし、炎は体捌きで難なくかわしてしまう。

 

「【飛撃】!!」

「【八式・静水】!!」

 

テンジアから放たれる飛ぶ斬撃。それをサリーは【八式・静水】ですり抜けて回避する。

 

「迸れ!【リベリオンチェーン】!!」

 

コーヒーが雷の鎖と蒼銀の津波を放ち、ミキはジベェの背中から爆弾を放り投げて援護していく。

テンジアはそれを悉くかわし、爆弾はギルドメンバーの弾幕攻撃で爆破されて防がれていく。

 

「燃え盛り燐火と爆ぜ 我が仇敵を繋ぎ止めし絶対無敵の(くびき)となれ!」

 

そして、ミィの本気の詠唱が完成し、万感の思いを込めて放たれる。

 

「真紅の炎帝の名の下に閉じ込めろ!【火炎牢】!!」

 

その瞬間、コーヒーを中心に炎が伸び、半径三メートル、高さ六メートル炎の檻となってコーヒーをその中へと閉じ込めた。

 

「なっ!?」

 

コーヒーの驚愕を他所に、HPバーはどんどん減少していく。コーヒーはHPポーションを使って回復するも、ダメージは常に入り続けている。

 

「継続ダメージ……!しかもHPの減りが早い!」

 

コーヒーはHPポーションを次々と開けるも、回復した傍からダメージが入り完全に無駄使いとなっている。

 

「【夢幻鏡】!!」

 

コーヒーは炎の檻から脱出する為にカードを切るも、スキルは発動しない。どうやら継続ダメージは対象外のようである。

 

「……仕方ないか」

 

コーヒーは諦めたようにクロスボウの銃床部分を三回叩く。

コーヒーが閉じ込められたことに苦い顔をしていたサリーもそれを見てコーヒーの意図を察して直ぐに頷く。

 

「ブリッツ【電撃】!流せ【ウォーターボール】!癒せ【ヒール】!」

 

サリーはミィ達に警戒しながらコーヒーを閉じ込める炎の檻を攻撃し、回復魔法も飛ばしてコーヒーを表面上は助けようとする。

ミキも爆弾と【水鉄砲】を使って術者たるミィを攻撃しようとする。

その頃、ギルドメンバーに守られているミィは【火炎牢】の維持の為にMPポーションを次から次へと開けていた。

 

「まさか兄上の【空蝉】が使わせれるとは……」

「それがなければ私はやられていた。まさに九死一生。【火炎牢】はどれほど持つ?」

「15分だ。与えられる継続ダメージも通常より多く、消費量も幾ばくか抑えられているから上限まで発動できる。炎に触れれば大ダメージ。耐久力も高い。脱出はほぼ不可能だ」

 

何せ【口上強化】と【口上詠唱】、ついでに【詠唱】を使って発動したのだ。大幅に強化された一日限定の切り札は相当な効果をもたらした。

 

「本当はメイプルを倒す為に温存して起きたかったが……背に腹は変えられないからな」

「ああ。出し惜しみして倒されれば、それこそ本末転倒だからな」

 

ミィの言葉にテンジアは頷き、その動向を見守っていく。

だが、これが仇となった。

 

「掲げるは森羅万象を貫く威信 我が得物に宿るは天に座す鳴神の宝剣―――」

 

コーヒーはポーションで回復して直ぐに口上を唱えていた。通常なら最後の台詞で終わるのだが、コーヒーは言葉を続けていく。

 

「夜天に響く雷音は空を切り裂き 無明の闇に煌めく雷光は揺蕩う宝玉 招来(きた)る迅雷は万里を穿ち 滾る雷火は揺るがぬ信念の導となる―――」

 

コーヒーのあの行動。あれは相手に悟られないように決めていた、【グロリアスセイバー】を使うという合図だ。サリーもこの状況なら仕方ないと納得し、誤魔化す為に檻の破壊を試みているのだ。

 

「顕現せし鳴神の宝剣が纏うは我が蒼雷 神雷極致の栄光を現世へ!」

 

コーヒーの詠唱が完成し、蒼い輝きが炎の檻の中で満ち溢れる。

ここでミィ達がようやくコーヒー達の狙いに気づくも既に遅い。

 

「限界を超えし蒼き雷霆よ集え!【グロリアスセイバー】!!」

 

コーヒーの咆哮と共に放たれる最強魔法。

放たれた雷の宝剣は炎の檻を容易く突き破り―――その先にいたミィ達へと猛烈な勢いで迫っていく。

 

「ミィ!!」

 

テンジアが身を挺して盾となるも無意味。ミキの攻撃で一ヵ所に集まっていた【炎帝ノ国】の者達は、ミィを含めて貫かれ、または吹き飛ばされて光となって消えていった。

残ったのは抉り取られた地面の跡。それだけで威力が窺えるというものだ。

 

「……明らかに威力がおかしいわよ」

「悪いけど最大じゃないぞ。奥の手と強化魔法を使ってないからな」

 

【口上強化】と【口上詠唱】、【詠唱】に【避雷針】のストック全てを使ってこの威力なのだ。

【聖刻の継承者】と【ヴォルテックチャージ】を使ったら……メイプルでさえ唯では済まないだろう。

コーヒーがそれらを伝えると、サリーはますます呆れたような顔をしていく。

 

「……まあ、CFもおかしいのは今更か」

 

サリーのその言葉にコーヒーはしかめっ面となるが、事実なため反論のしようがない。

そうして、ミィ達を撃破したコーヒー達は次の大規模ギルドへと向かうのであった。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

一方、【炎帝ノ国】の本拠地でもミィの敗北がマップを通して伝わっていた。

 

「……最悪です。ミィが倒されました」

「うぇぇ……マジで……?」

「くっ……あのリア充が……ッ!」

 

ミザリーの報告にマルクスは頭を抱え、カミュラは憎々しげに吐き捨てる。

ちなみに周りには三人を含めて十数人しかいない。理由は簡単、シアン達によって大打撃を受けたからである。

 

シロップが降下して【火炎牢】に捕らえたメイプルのHPを回復し始めたことで、カミュラ達は狙いをシロップ達に定めたのだが、シロップの【精霊砲】、イズに渡されていた【樽爆弾グレート】の投擲、シアンの攻撃魔法でギルドメンバーが吹き飛ばされてしまったのだ。

 

カミュラも全員を守るのは不可能なため、本当に取り返しがつかなくなる前に下がらせたかったのだが、ミィが敗北したことで全員が浮き足立ってしまっている。

そして、【火炎牢】も時間切れとなって消え始めていく。

 

「蹂躙せよ、終焉城塞(ラストキャメロット)

 

いつもの大盾を装備し直したメイプルの【名乗り】。それはまるで死刑宣告のように聞こえてくる。

それと同時に巨大化したシロップ並みに大きな樽がカミュラ達の目の前に投下される。

 

「「「……え?」」」

 

てっきりメイプルが仕掛けて来ると思っていた三人が予想外であったように揃って声を洩らした直後、その巨大な樽は爆発し、盛大な爆炎を上げるのであった。

 

「あー、【樽爆弾ビッグバン】を使っちゃったかー」

 

爆心地にいたにも関わらず、大したダメージを受けていないメイプルはやっちゃったといった感じで呟く。

【樽爆弾ビッグバン】はイズ印のアイテムであり、その威力は本当に洒落にならないものだ。現に地面が見事なまでに陥没し、メイプルと【不屈の守護者】が発動したカミュラ以外は見事に消えてしまっているのだから。

 

でも、【機械神】を使わずに済んだからいいか!と思い直し、メイプルはシロップを降ろしてシアン達と合流しよとする。

 

「ぐ、ぅ……まだ、だ……」

 

カミュラはHP1の状態で立ち上がり、不退転の覚悟で大盾を構える。

 

「負けるわけにはいかない……非リア充の俺が……こんなところで―――」

 

そのカミュラの決意は、顔面に迫った鉄球によって遮られるのであった。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

「負けたぁ~~。せっかく恥ずかしいの我慢して【名乗り】に【口上強化】、【口上詠唱】に【詠唱】まで使ったのにぃ~~」

 

死に戻りして早々、周りに誰もいないことを確認したミィは素でポロポロと涙を流して悔しがっていた。

 

「そもそも何なのよあれはぁ~~!最大の【火炎牢】を破壊した上に跡形もなく吹き飛ばすとか……威力がおかし過ぎるわよぉ~~!」

 

その直後、茂みががさがさと揺れ、ミィは焦った表情でそちらに顔を向ける。そこから出て来たのは……従兄のテンジアだった。

ミィはテンジアであった事に安心すると同時に、泣きついた。

 

「お兄ちゃぁ~ん!!」

「泣くな、ミィ。君は良く頑張った」

 

ぐすぐす泣くミィにテンジアが優しげな表情を浮かべながら、慰めるようにミィの頭を撫でる。

 

「……他の者達がこちらに近づいてきている。慰めはここまでだな」

「う、うん」

 

テンジアの言葉にミィは頷いてテンジアから離れ、すぐにカリスマの仮面を張り付ける。

そして、数秒もしない内に防衛に残っていたメンバーが姿を現した。

 

「……ごめん、ミィ……見事にやられたよ……」

「そうか……オーブはどうなった?」

 

マルクスの謝罪を受けながら、ミィが自軍のオーブの所在を聞く。万が一、防衛が崩壊しそうになった際はオーブを持って離脱するように指示していたからだ。

 

「オーブはシンが回収しようとしましたが……」

「が?」

「……対応が遅れたせいでシンを含めた者達は魔法と鉄球で吹き飛ばされ、回収は失敗。オーブは【楓の木】に持っていかれた」

「……え?」

 

その瞬間、ミィが固まった。

 

「すみません。私達の力が足りなかったばっかりに……」

「…………」

「ミィの敗北に全員が浮き足立っちゃって……戻ってきたシンが皆を纏めて行動しようとしたみたいだけど……それも間に合わなくて……」

「…………」

「おかげで被害が甚大だ。ギルドマスターの敗北で心乱すとは……やはりリア充は脆弱だな」

「…………」

「カミュラ……これはリア充云々は関係ないですよ」

 

カミュラの言葉にミザリーは呆れたようにツッコミを入れるも、ミィの耳には届いていない。

何せ、【楓の木】に完全敗北を喰らったのだ。ショックを受けるのは当然である。

 

「……うぇえええええええんッ!!」

 

そして、ミィは演技をするのも忘れ、泣きながらその場を立ち去るのであった。

 

「次会ったらぜぇ~ったいに、焼いてやるんだからぁ~~!!」

 

この日、【炎帝ノ国】はあることを学んだ。【楓の木】は色々な意味でヤバいという事を。

それが吉なのか凶なのかは……誰にもわからなかった。

 

 

 




感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

まさかの襲撃

てな訳でどうぞ
※少し修正しました


二日目も日が落ち始める頃、【楓の木】のメンバーは全員拠点に集まっていた。

 

「やったー!オーブが大量に手に入ったよ!」

「今回集めたオーブは横取りした分を含めて全部で68個……確かに大量だな」

「ほとんどが大規模ギルドから横取りしたオーブだからな……防衛が成功したらポイントが一気に加速するな」

 

【炎帝ノ国】と激突した二組はその後、メイプル組は【炎帝ノ国】の周りにあるギルドを、コーヒー組は他の大規模ギルドを幾つも襲撃し、オーブをちっきりと奪っていた。

 

「でも、【炎帝ノ国】のオーブを手に入れてから他のギルドを攻撃したんだけど……二つしか手に入らなかったよ」

「こっちは大規模ギルドの防衛中を狙ったから大量に手に入ったが……やっぱ予想以上に戦闘が激化してるんだな」

「そうね。小規模ギルドだけじゃなく、中規模ギルドも大分やられちゃってるからね」

 

【炎帝ノ国】のオーブを奪ったことで、【炎帝ノ国】はこちらの狙い通りに動かざるを得ないだろうがそれでも想定よりも戦闘が激化していることは予想外であった。

 

「やっぱりー、人数が多い大規模ギルドが有利だねー。向こうは同時に動けるからねー」

「確かにそうだね。僕達は少人数だからどうしても防衛中は専念しないといけないからね」

 

ミキの言葉にカナデが頷く。

大規模ギルドの最大の強みは人数の多さだ。攻撃と防衛、それらを同時に行えるということはポイントも稼ぎやすい。

対して【楓の木】はどうしても防衛中はそちらに専念しなければならず、ポイントの加算にどうしてもブレーキがかかってしまうのだ。

 

「【楓の木】の順位は現在四位……このペースで上位十位以内に入れるかどうかは微妙なところだな」

「イベントは残り二日だから……大規模ギルドの攻勢が益々盛んになるでしょうね」

「この防衛が成功したらまた攻めに行くとして……組分けはどうするんだ?」

 

クロムのその質問に、参謀を務めているサリーが提案していく。

 

「メイプルはカスミとクロムさんで、コーヒーは私とマイで、ミキはユイとシアンという編成で行くべきだと思います」

「なるほど、編成としては妥当だな」

「今のサリーは弱体化させられているからな。今はブリッツと朧に頼っている以上はそれが定石だな」

「うん。当初の考えは私とマイとユイ、CFとミキとシアンの編成だったけど今の私じゃ撹乱しきれそうにないからね」

「サリー……」

 

まるで空元気のように話すサリーにメイプルは心配そうな声を洩らすも、サリーは大丈夫と言わんばかりの顔をメイプルに向ける。

 

「大丈夫だよメイプル。確かに痛い目にはあったけど、このまま泣き寝入りする気はないわ。絶対にサクヤに仕返しするから、その時は宜しくね」

「うん!分かったよサリー!!」

 

サリーのその言葉にメイプルが元気よく頷く。

 

「どちらにせよ、今は集めたオーブをしっかり守らないとな」

「じゃあー、出入口に罠を設置しておくねー」

 

ミキはそう言って、部屋の外に繋がる入口に【底無し毒沼】と【バリケード】、十個の【樽爆弾】を設置する。

 

「……本当に質が悪いトラップだよな。無差別だからある意味マシかもしれないが」

「対象を選べたら、それこそ悪夢だな……」

 

クロムとカスミが何とも言えない表情で呟く。

それから一時間。他のギルドの襲撃もなく平和に過ごせていた。

 

「やっぱり、初日の大暴れが効いているみたいだな」

「そりゃ、大規模ギルドの襲撃さえも返り討ちにしたんだ。【炎帝ノ国】は立て直しに必死で奪還に動く余裕はないだろうし、他の大規模ギルドだって攻めに行くのは躊ら―――」

 

クロムの言葉にコーヒーが相づちを打とうとするも、僅かに笛の音が聞こえてくる。

 

「……笛の音?」

「まさか……」

 

誰もが次第に大きくなる笛の音に首を傾げる中、コーヒーとサリーは襲撃者の正体を察して警戒して入口を見やる。

直後、【バリケード】で塞がれた入口が爆発し、同時に【樽爆弾】も巻き込まれるように爆発してしまった。

爆発によって煙が立ち込める中、それを掻き分けるように現れたのは……

 

「マジかよ……」

 

ペイン、ドレッド、ドラグ、フレデリカ、サクヤ、レイドを筆頭とした【集う聖剣】の魔法の上位プレイヤー達からなる15人の者達であった。

 

「このタイミングで【集う聖剣】が攻めに来るのかよ……!」

「そんなに驚くことかい?そこに大量のオーブがあれば狙いに行くのは当然ではないのかな?」

 

クロムの悪態に、ペインが涼しげに言葉を返し、言葉を続けていく。

 

「偵察隊が君達【楓の木】が大規模ギルドを襲撃してオーブを集めていると報告があったからね。横取りするなら今がチャンスだと判断したまでさ」

 

ペインはそう言うが、実際はエゴを通すための大義名分に近いものである。

互いにベストとは言えないが、それでもある程度は対等な条件で挑めることが出来る。今回の【楓の木】の行動はペイン達上位の実力者に早期襲撃する口実を与えてしまったのだ。

 

【炎帝ノ国】のオーブも含めた大量のオーブ。それは他のギルドメンバーを納得させられるだけの魅力をもたらした。

 

「どうやら暴れ過ぎたみたいだな……」

 

コーヒーが苦い顔で呟く。ドレッドの台詞からいずれ【集う聖剣】が攻めに来るとは分かっていたが、これほど早いタイミングで襲撃に来るとは流石に予想外だったのである。

 

「やっほー、サリーちゃん。足の調子はどうかなー?昨日はまんまとやられたから、きっちりお返しさせてもらうよー?」

 

フレデリカの揶揄する言葉にサクヤは呆れたように溜め息を吐き、サリーはブリッツを呼び出し、【砂金外装】を使わせてからその背中に乗る。

 

「やっぱりー、足の調子は最悪みたいだねー?」

「……自分がしてやったみたいな言い方は不快なので止めていただきませんか?ザコデリカさん」

「ザコじゃないよ!それに、これくらいはいいでしょ!?」

 

サクヤの毒にフレデリカが文句を言う中、レイドが刀に手を当ててコーヒーに視線を向ける。

 

「予定通り、CFは私が相手をする。異存はないな?ドレッド」

「ああ。デスペナ受けてる状態で勝てるとは思えねぇし、今回はギルドで攻めに来てるんだ。それくらいは受け入れるさ。俺は今回はあちらの相手をするさ」

 

ドレッドはそう答え、視線をカスミとサリーへと向ける。

 

「……見事に罠を突破されちゃったねー」

「ドレッドとフレデリカ、サクヤのおかげだ。ドレッドが感で見つけ、サクヤのサポートを受けたフレデリカが魔法で壁と爆弾を吹き飛ばし、障壁で地面の罠もやり過ごしたからな」

 

ミキの呟きにドラグが罠を突破した種明かしをする。その言葉に【楓の木】の面々は確かにこのメンバーなら看破と突破は容易だと納得する。

 

「それでは始めようか……」

 

ペインが剣を抜いたことで、他の者達も次々と自身の武器を抜き、構えていく。

同時にメイプル達も武器を抜いて構えていく。

数秒の沈黙。それを破ったのは【集う聖剣】側であった。

 

「集え、聖光なる勝利の剣(エクスカリバー)!」

「瞬け、神速烈火(クイックドロウ)!」

「高鳴れ、不滅の聖雷剣(コレダーデュランダンル)!」

「叩き割れ、大地の震略者(ガイアクエイカー)!」

 

ペインを筆頭に前衛組が【名乗り】を使い、前へと出る。

 

「同時に速めよ、【多重加速】!」

「唸れ、【痛感の旋律】!」

 

フレデリカの魔法が移動速度を上げ、サクヤの笛が与ダメージを増加させる。

 

「―――【身捧ぐ慈愛】!!」

 

その間にメイプルが【口上強化】を施した【身捧ぐ慈愛】を発動させ、【楓の木】も臨戦態勢となる。

 

「迸れ、蒼き雷霆(アームドブルー)!弾けろ、【スパークスフィア】!!」

 

コーヒーも【名乗り】を使い、スピード重視で【詠唱】込みの【スパークスフィア】を放つも、ペイン達は容易く避けてしまう。

そして、レイドはコーヒーへと斬りかかった。

 

「チィ―――ッ!」

 

コーヒーはクロスボウでガードしつつ、展開したままの【クラスタービット】を槍のようにしてレイドに放とうとするも、レイドはそんな暇は与えないと言わんばかりに猛攻を仕掛けていく。

 

「そのスキルは確かに厄介だが、操作には意識を割く必要があるのだろう?なら、操作させる隙を与えなければいいだけだ」

 

レイドは武器を激しく打ち合わせながらそんな事を呟くが言うほど簡単ではない。だが、レイドのプレイヤースキルがそれを可能としてしまっていた。

 

「【雷翼の剣】!」

 

コーヒーは近距離で対応するしかないと判断し、クロスボウに雷の剣を出現させ、同時に【クラスタービット】をクロスボウの銃床に集約。剣の形状にしてクロスボウをダブルセイバーのような形にさせる。

 

「……随分とおかしな武器に変えたな」

「ほっとけ!」

 

レイドは蛇腹剣に変えて振るっていき、コーヒーはダブルセイバーとなったクロスボウを両手で振るって迫る刀身を弾いていく。

片方は強力なノックバック効果。もう片方は強力な武器破壊効果。威力を抜きにすれば凶悪な刃である。

コーヒーがレイドと戦う間にも、ペインはメイプルに猛攻を仕掛け、ドレッド達も攻撃を仕掛けていく。

 

「【土波】!!」

 

ドラグが地面に斧を叩きつけて地面を波打たせ、マイとユイにぶつけてメイプルを吹き飛ばす。

【身捧ぐ慈愛】の効果範囲から外れたマイとユイにドラグが追撃しようとするも、クロムが【カバームーブ】で間に入って防いでいく。

 

「メイプル!解除した方がいい!」

「う、うん!分かった!」

 

対策を取られていると分かったサリーの指示に、メイプルは頷いて【身捧ぐ慈愛】を解除する。

実際、後方の【集う聖剣】の魔法部隊からは防御貫通能力のある魔法が放たれており、カスミがドレッドの相手をしている間にサリーが【一式・流水】で優先的に弾いているのだから。

 

「ハァッ!!」

 

メイプルに接近したペインが剣を振るう。

対してメイプルは【悪食】でペインを倒そうと黒き大盾を構える。

だが、そのタイミングでペインは剣をピタリと止めた。

 

「【光砲】!!」

 

同時にフレデリカがその大盾に向かって一条の光線を放ち、【悪食】を無理矢理発動させて一条の光線を吸い込ませた。

 

「フッ!!」

 

さらにカスミの相手をしていたドレッドが投擲用のダガーを大盾に向けて投げ、またしても【悪食】を強制的に発動させる。

ペイン達のこの行動。【炎帝ノ国】の偵察をしていた部隊の者から戦闘の詳細を詳しく聞き、メイプルのあの大盾のスキルは自動発動の上に回数制限が設けられていると気付いたからだ。

 

「【ディフィンスブレイク】!!」

 

ペインが防御貫通スキルを発動してメイプルに向かって振り下ろす。

メイプルはチャンスと思って大盾を構えるも、ペインの一撃は大盾に触れずにそのまま振り下ろされた。

 

「【多重石弾】!!【多重炎弾】!!」

 

フレデリカが二つの魔法を発動して複数の石弾と炎弾を発動させ、メイプルの大盾にぶつける。

 

「うわわっ!?」

 

スキルを利用したフェイントに見事に引っ掛かったメイプルはまたしても、フレデリカの多重魔法によって【悪食】を強制的に発動させられてしまう。

同時にノックバック効果のある魔法を受けたことで後ろへと吹き飛ばされる。

 

そして、ドレッドの投擲用のダガーが体勢を立て直そうとしたメイプルの大盾に再び当たり―――音を立てて弾かれ、そのまま吸い込まれずに地面へと落ちた。

 

「彼等は英雄 響き渡る音色で力を漲らせ 勝利の旋律を奏でん―――響け!【英雄の協奏曲】!!」

 

【悪食】が打ち止めになったと【集う聖剣】のメンバー全員が確信した瞬間、サクヤが【口上強化】と共にスキル名を告げて演奏を始めた。途端、【集う聖剣】の全ての者に不思議なオーラが纏わりつく。

それが、必殺の合図だった。

 

「我が足に宿るは神狼 その速さで(はや)く (はや)(はや)く駆け抜けん―――【神速】!!」

 

ドレッドの姿が消える。

 

「我は凶戦士 血湧き肉踊る咆哮で 荒ぶる戦場を突き進まん―――【バーサーク】!!」

 

ドラグの体から、不思議なオーラとはまた違ったオーラが溢れ出る。

 

「戦場を蹂躙する蛮勇の戦士よ その猛き怒りを以て 総てを打ち砕かん―――【ベルセルク】!!」

 

レイドの眼が蒼く輝き、発光する。

 

「すべての力を彼の者へ!【多重全転移】!!」

 

フレデリカが魔法を発動すると、全ての効果がペインへと移される。

眼を蒼く輝かせたペインの姿が消え、一気にメイプルの前へと再び躍り出た。

 

「我が一撃は汝の罪を裁かん―――【断罪ノ聖剣】!!」

 

振り抜かれる光輝く剣。レイドの【ベルセルク】によって威力が三倍となった一閃は【捕食者】とコーヒーが咄嗟に飛ばした二つ目の【クラスタービット】を容易く両断し―――メイプルを大盾と鎧ごと深々と斬り裂いた。

 

「うっ……ぁ……」

 

体に走る激痛にメイプルの思考は一瞬停止し、そのまま壁際まで弾き飛ばされる。

そして、メイプルのHPは残り1となり、漆黒の冠は妖しく輝くのであった。

 

 

 




感想お待ちしてます

5/15
読み返してみて「あ、【悪食】に関する描写をすっかり忘れていた」と気付き、その辺りの修正を行いました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

影と水面

連続投稿
そして、メイプルの新たなスキルが発動する!!
てな訳でどうぞ


メイプルが致命的なダメージを負った。

その事実に【楓の木】のメンバーのほとんどに隙が生まれてしまった。特にマイとユイ、シアンが明らかに動揺している。

 

「はっ!?い、癒せ【ヒ」

「遅い」

 

シアンが我に返ってすぐにメイプルを回復させようとした瞬間、ドラグのスキルで硬直が無くなっているペインがあっという間にシアンとの距離を詰め、逆袈裟で斬り裂いた。

 

「きゃああああああっ!?」

 

シアンが吹き飛ばされながら悲鳴を上げる。シアンから藁人形が現れ、両断されて燃えるように消えていく。

【身代わり人形】のおかげでシアンは生き残ったが、すぐに行動を起こせなくなった。

 

「やっぱりこのコンボは凶悪だねー。もうペインには誰も勝てないよ」

 

フレデリカが笑みを浮かべて自分達の勝利を確信する。

一体どういう意味だと誰もが思っていると、ドラグが説明を始めた。

 

「サクヤの【英雄の協奏曲】は演奏中はステータスが上限無しでどんどん上昇するんだよ。その上昇効果は全部ペインに移されているから、その上昇率も上がっているんだよ」

 

何とも凶悪なコンボに【楓の木】のメンバー全員が苦い顔となる。

【英雄の協奏曲】は一秒ごとにHP・MP以外の全ステータスが6%上昇し続けるスキルだ。音色が響く限り上昇し続け、上限はない。ただし、音色が止むと奏でられていた時間の間、上昇した分だけステータスが減少するというハイリスクなスキルでもある。

 

そして、【口上強化】により上昇率が7%に変わり、全員のバフはフレデリカによってペイン一人に注がれた。

つまり、今のペインには真っ当な方法では勝てないのである。

そんな中、イズが声を上げる。

 

「皆!メイプルちゃんの為に時間を稼いで!!」

 

イズはそう言って【粘着弾】をペインに向かって投げ飛ばす。対するペインは先程と同じようにイズとの距離を詰め、横薙ぎに剣を振るう。

 

「きゃあっ!?」

 

斬られたイズは本来ならそれでHPが0となるが【身代わり人形】によって生き残り、シアンと同じように飛ばされ、壁際に叩きつけられる。

 

「わかったよー」

 

ミキはそう言ってペインに向かって【捕縛網】を投げつけるも、ペインは残像さえも残す速度でミキに急接近して切り裂く。

 

「あうっ!?」

 

ミキも【身代わり人形】で事なきを得るが、イズ同様に壁際まで飛ばされ、叩きつけられてしまう。

 

「【ミラーデバイス】!【ヒール】!」

 

カナデがその間に【ミラーデバイス】で【ヒール】を連続で放ってメイプルのHPを回復させる。

だが、それが隙となって今度はカナデが斬り伏せられる。

 

「うわぁっ!?」

 

カナデもシアンとイズ、ミキと同じく【身代わり人形】で生き残るも、衝撃から地面を転がっていく。

 

「くそ……!このままだと全滅だ……ッ!」

 

コーヒーはレイドと鍔迫り合いをしながら苦い表情をする。何とかメイプルの方に向かいたいが、レイドがそうさせてくれないのだ。

【夢幻鏡】を使えばすぐに向かえるだろうが、それを使えばコーヒーは緊急の回避手段を失ってしまう為安易に使えない。

 

サリーも演奏を止めるためにサクヤへ攻撃を仕掛けようとしてはいるが、フレデリカを始めとした魔法部隊の攻撃によって近づけずにいる。

完全な劣勢の中、カナデによってHPが満タンとなったメイプルは動く。

 

「初代より受け継ぎし機械の力 我が武具を対価とし 三代目として此処に顕れん―――【機械神】!!【全武装展開】!!【攻撃開始】!!」

 

【機械神】を発動したメイプルが黒く輝く兵器を全身に纏い、レーザーや銃弾、ミサイルを次々とペインに向かって放っていく。

 

「未知のスキルか!だが―――」

 

ペインは自身の上昇し続けるステータスとプレイヤースキルを用いて迫り来る攻撃をかわし、もしくは切り捨ててメイプルとの距離を詰めていく。

 

「【カウンター】!!」

 

メイプルが先のペインの攻撃の威力を次の自身の攻撃に乗せるスキル【カウンター】を使って攻撃を仕掛けるも、ペインは前進しながらあっさりと避けてしまう。

そして、再度接近したペインはそのまま流れるように剣を振るい、メイプルをどんどん攻撃していく。

 

「く……うっ……!」

 

武装がどんどん破壊され、攻撃が自身に当たる度にHPが僅かに減少する。それも一度に減る量も徐々に大きくなってきており、このままでは削り切られるのは明白だ。

 

「【破砕ノ聖剣】!!」

「ああっ!?」

 

ペインの防御貫通攻撃がメイプルに決まる。本来ならここでメイプルのHPは0となるのだが、【身代わり人形】のおかげで事なきを得る。

 

「癒せ!【ヒール】!!」

 

そして、何とか復活したシアンがメイプルに向かって【ヒール】を放ち、減少したHPを回復させる。

 

「やはりまずは……」

 

ペインはそう呟くとメイプルから一旦離れ、シアンとカナデに顔を向けた。

 

「【黒煙】!!」

「【退魔ノ聖剣】」

 

カナデが辺り一面に黒い煙を放つもペインはあっさりと消し飛ばし、そのままシアンとカナデを一瞬で斬り裂いた。

 

「シアンちゃん!カナデ!」

「これで回復役はいなくなった。例の奇妙な藁人形もどうやら一回限り。もう君達に勝ち目はない」

 

光となって消えるシアンとカナデ。それを背にペインは勝利を確信してメイプルへと再び向き直る。

回復役を潰すのはセオリーであり間違った行動ではないが、これがミスであったことにペインは後に気づくこととなる。

 

「二分たったわ!これでメイプルちゃんのスキルがようやく発動する!」

 

イズがそう告げた瞬間、メイプルの冠が黒い光を放ち、メイプルの足下に大きな影を作り出していく。

そしてメイプルの足下の影が植物のように伸び―――メイプルを一気に包み込んだ。

 

「メイプル!?」

「今度は何に変身するんだ……!?」

 

クロムがあながち間違っていない言葉を吐いた直後、メイプルを包み込んでいた影が四方に飛ぶように解き放たれる。

 

「…………」

 

漆黒のウェディングドレスのような服装。交差するように巻かれた黒い目隠し。手には影が形作ったかのように揺らめく黒い剣。

そんな格好をしたメイプルが自身を中心に広がった円上の影の上で佇んでいた。

 

「「「「…………」」」」

「キャー!!凄く似合ってるわよメイプルちゃん!!」

「おー、漆黒の花嫁さんだー」

「「メイプルさん素敵ですー!!」」

 

衣装チェンジしたメイプルにコーヒー、サリー、クロム、カスミが言葉を失う中、イズは何故かおおはしゃぎ、ミキは平常運転、マイとユイは目を輝かせていた。

【集う聖剣】もメイプルの今の姿に困惑し、サクヤは困惑しつつも演奏を止めずに見守っている。

 

当のメイプルは無言のまま「いや~、照れるなぁ~」と言わんばかりに空いている手を頭の後ろに当て、首を傾けている。

だが、すぐにやるべき事を思い出してかペインに顔を向け―――一気にペインに向かって走り出した。

 

「!!【残光ノ聖剣】!!」

 

そこでペインも我に返ってスキルを発動させ、極太レーザーのような光の斬撃をメイプルに飛ばすも―――

 

「なっ!?」

 

メイプルはその斬撃をものともせずに突き進んでいた。

それだけではない。今のメイプルにHPバーが存在しないのだ。

明らかな異常にペインは嫌な予感を覚えた瞬間、肉薄したメイプルが右手に持っていた黒い剣を振るう。

ペインは咄嗟に剣を盾にするも、黒い剣はペインの剣をすり抜け―――ペインだけを斬り裂いた。

 

「ぐあっ!?」

 

黒い剣に斬られたペインのHPが一気に1となる。【不屈の守護者】が発動したがそれは幸運でもなんでもない。

完全な無敵状態に加え、防御不可の超攻撃。幾ら強化されたペインでも勝てる見込みはない。

だが、ペインはこれには時間制限があると睨んで一度距離を取ろうとするも―――動きが遅い。

 

本来は上昇し続けているはずのAGIがまるで0になったような感覚にペインが足下を見ると、地面から伸びた影の手が自身の足を鷲掴みにしている。

そんなペインに、例の黒い剣が頭上から迫って来る。

 

「やられたよ……」

 

ペインはさっぱりとした表情でそう呟き、そのまま両断されて光となって消えた。

 

「ちょ!?嘘でしょ!?」

「あの状態のペインが負けるとか……本当にどうなってんだよ!?」

 

その光景にフレデリカとドラグは怯み、サクヤも驚いて演奏を止めてしまっている。ドレッドとレイドも口にこそ出てはいないが驚愕の表情を浮かべていた。

 

ペインの敗北に【集う聖剣】が困惑し混乱する中、メイプルは今度はドラグに肉薄し切り裂く。

 

「あがっ!?」

 

当然、斬られたドラグは光となって消え、今度はドレッドへと襲いかかっていく。

 

「いっそ清々しい気分だ……」

 

ドレッドは抵抗もせずに目を閉じ、諦感と共に切り裂かれた。

 

「なっ……」

 

その光景にレイドが完全に絶句する。

それが隙となり、コーヒーはレイドの刀を弾き飛ばし、【クラスタービット】の刃で切りつけようとする。

 

「くっ!」

 

レイドは咄嗟に後ろへ飛ぶも、【クラスタービット】の刃は仮面に当たり、破壊される。

露となった顔は美女と呼べる程の整った顔立ちだが、仮面を破壊されたレイドの態度に変化が訪れる。

 

「……あっ……あっ……あっ……」

 

顔を真っ赤に染め、わなわなと震え始めたかと思ったら、レイドはコーヒーに背を向けて屈みこんで、慌てふためいたように自身の画面を操作し始めた。

 

「か、仮面!早く予備の仮面を装備しないと……!!」

「…………」

 

その先程までと全く違う姿にコーヒーは思わず動きを止める中、覚束ない動作で仮面を装備し直したレイドは咳払いして一言。

 

「……待たせたな。このまま―――」

 

その言葉はメイプルに両断されて阻まれるのであった。

 

「…………」

 

あまりにもあんまりな結果にコーヒーは再び言葉を失い、下手人のメイプルも、「……何か、ゴメンね?」と気まずそうな雰囲気を発している。

【集う聖剣】の前衛が全員やられたことで、後衛は大急ぎで逃げようとする。

 

「私も逃げますけどー!?サクヤちゃん!!」

「イエス!【痺れる調律】!!」

 

フレデリカの言葉にサクヤが頷き、スキル名を告げて演奏を始めようとする。

そこでサクヤの視界にサリーの姿が写った。髪と目の色がマリンブルーとなっているサリーの姿を。

サクヤは嫌な予感を覚えるも既に遅い。

 

「【零式・水面(みなも)返し】!!」

 

笛が吹かれるとほぼ同時に発動するサリーのスキル。その瞬間、サクヤの体が麻痺を受けたように硬直した。

同時にサリーがブリッツの背中から降り、明らかにAGIが0ではないスピードでサクヤへと肉薄していく。

 

「な、何故呪いが―――」

「教えるわけないでしょ」

 

サクヤの言葉にサリーはバッサリと返し、両手に持つダガーでサクヤを切り刻む。

結果、サクヤも光となってその場から消えるのであった。

 

「例の痛手のお礼、しっかりと返したからね」

「【多重加速】!!」

 

すっきりした表情でサリーが呟く中、フレデリカは大慌てで移動速度を上げながら入口へと向かう。

ここでフレデリカはミスを犯した。地面のトラップは障壁を張ってやり過ごしていた事実を失念するというミスを。

その結果。

 

「うぎゃー!?沈むー!?」

 

【底無し毒沼】に他のメンバーもろとも引っ掛かり、体の半分以上を紫に変色した地面へと沈めてしまった。

毒はメイプル対策で耐性のあるスキルや装備で問題はないが、移動は一気に遅くなり、他のメンバーの足も止まる。

 

「「彼方の敵を攻撃せん―――【飛撃】!」」

「っ!【多重障壁】!」

 

背後から聞こえてきたスキル名に、フレデリカは咄嗟に障壁を幾つも展開するも、攻撃を放ったのはSTR極振りのマイとユイだった。

 

「あ」

 

フレデリカは罠にかかった時点で詰んでいたと悟り、全ての障壁と他のメンバーもろとも吹き飛ばされ、涙を浮かべて光となって消えるのであった。

 

「……勝った、のか?」

「みたいだな。ふぅ……本当に危なかったな」

 

カスミの呟きに、クロムが同意しながら疲れたようにその場に座り込む。

 

「同感。今回勝てたのは間違いなくメイプルのおかげだな……それで、一体どういうスキルなんだよ?」

 

コーヒーもその場に座り込み、漆黒の花嫁姿のメイプルに説明を求める視線を向ける。

当のメイプルは、ジェスチャーで少し待っててほしいと伝えてくる。どうやら、あの姿では会話は出来ないようだ。

少ししてメイプルは元の姿となり、カナデとシアンが復活したところで先程の姿について説明を始めた。

 

「あれは【影ノ女神】というスキルと言ってね。HPが一割以下になって二分後に自動で発動するんだよ。変身中は喋れないけど、その間は攻撃が全く効かなくなってAGIも100で固定されて、あの剣で攻撃したら防御不可の即死攻撃になるんだよ。しかも、一定範囲内の敵のAGIを0にするから、逃がす心配もないよ。一日1回の上に変身中は他のスキルは使えなくなるし、変身時間も三分と短いけどね」

「……凶悪過ぎるでしょ」

 

髪と瞳の色が元に戻っているサリーの言葉に、イズとミキ、極振り三人衆以外はコクコクと頷く。

何せ、メイプルを倒すのに制限時間まで設けられたのだ。HPが一割を切ったところで二分以内に倒さなければ、無敵のラスボスとなって襲いかかってくるのだから。

しかも、そのスキルが付いている《女神の冠》はVIT特化に加え【破壊成長】付きなのだ。本当にコーヒーの装備よりヤバい装備である。

 

「というかイズさん。何であんなにはしゃいでいたんですか?」

「だってー、目隠しと剣、服の色は固定だったけど、全体の服のデザインは私が決めたんだものー!」

 

……どうやらあの衣装は運営が用意したものではなく、イズが一から作ったデザインのようであった。

 

「天使、化け物、メカに続いて、今度は女神か……」

「いや、あれは邪神、というか死神だろ」

「本当にメイプルの進化は予想がつかないな」

「うん。僕はやられたから見てないけど……とりあえず凄いことだけは分かるよ」

 

コーヒー達は揃って遠い目となるが、コーヒーはサリーの方も確認することにする。

 

「そういえばサリーはあの時何をしたんだ?AGIも戻っていたし」

「【零式・水面返し】。相手のスキル効果を受けた瞬間に発動すると、自身が受けていたデメリット効果をその相手に全部移した挙げ句、三分間はデメリット効果を受け付けなくなるスキルよ。少しでもタイミングを外したら失敗するし、失敗したら一分間は一切動けなくなっちゃうけどね」

 

何ともシビアなスキルだとコーヒーが思っていると、クロムが疑問の声を上げる。

 

「そんなスキルがあるなら、何でまともに受けてしまったんだ?それを使っていれば、呪いを受けずに済んだんじゃないのか?」

 

最もなクロムの疑問に、サリーはバツが悪そうに顔を逸らしていく。

 

「あ、あの時は……結構限界だったし……予想外で対処に遅れたと言うか……」

 

何処と無く歯切れの悪いサリーの物言い。誰もが首を傾げていると、コーヒーは気づいたように声を上げた。

 

「もしかして、例のあれは幽霊系のスキルだったのか?」

「!!」

「あー、そっかー。それじゃあ防げなくて当然だよね」

 

コーヒーの言葉にサリーがビクン!と反応し、メイプルも納得の言葉を洩らす。

サリーはホラーが大の苦手。あの時も弱々しかったのは疲れだけでなく、お化けの精神ダメージもあったからだとコーヒーは理解した。

そして、見事に理由を当てられたサリーはと言うと……

 

「CF!余計な事を言うんじゃないわよ!!」

「ちょっ、蹴るな蹴るな!」

 

誤魔化すようにコーヒーをゲシゲシ蹴っていくのであった。

 

 

 




メイプルは死の女神へと進化した(テッテレー
こんなぶっ壊れスキルでもメイプルなら大丈夫と思えるのは……毒されている証ですかね?
感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

蹂躙開始

てな訳でどうぞ


【集う聖剣】を退けた【楓の木】は改めて今後の行動の話し合いをしていた。

 

「今回はメイプルのおかげで勝てたが、結構危うかったな」

「ああ。あれがなければ私達は全滅していた」

 

クロムの言葉にカスミが頷く。

今回は何とか勝利したが、あのコンボはあまりにも強烈だった。何せ時間が過ぎる度にステータスが上昇し続けるのだ。普通ならあれで詰みである。

 

「そうね。こちらの明かしていない奥の手は【暴虐】と【聖刻の継承者】のみ……残り二日もあるからこのままだと厳しいでしょうね」

「そうだねー。メイプルの【影ノ女神】もー、発動まで時間がかかるからー、次はごり押しされるかもねー」

「流石に【集う聖剣】は来ないと言いたいが……絶対とは言えないからな」

「それじゃあ、もう次の段階に行くのかな?」

 

カナデのその言葉にサリーは頷く。

 

「ええ。この防衛を成功させたら、一気に仕掛けるべきだと思う」

「【楓の木】が上位に食い込む為のプラン……大規模ギルドを徹底的に荒らして完全壊滅を早めるプランだな」

「最終日前に全壊滅エンドへ導けば、【楓の木】は上位に食い込める。サリーちゃんも弱体化が無事に解けたしね」

「ええ。ここは予定通りに二手。メイプルは私とCF、クロムさんにカスミ、カナデとシアンで攻めて、ミキはマイとユイ、イズさんの四人で強襲をかける」

 

サリーの組分けに全員が頷いて賛成の意を示す。

 

「メイプルはインパクトから抜けきらない内に倒し、ミキは上空から爆弾と津波で蹂躙していく」

「俺達はメイプルのインパクトで動揺した連中を一人でも多く倒してオーブを回収する」

「私達の方は私が爆弾を次々と作ってマイちゃんとユイちゃんに投げ飛ばしてもらって、ジベェの【津波】で止めを刺してからオーブを回収する」

「化け物の襲撃と空中からの爆撃……どちらも堪ったものではないからな」

 

満場一致で方針が決まり、奪ったオーブがすべて元の場所へと戻ったところでサリーが自軍のオーブを回収し、全員が外へと出る。

 

「我が身に宿るは悪魔の化身 我が呼び掛けに応え この身を依り代ろにして顕現せよ!【暴虐】!!」

 

そしてメイプルが【暴虐】を発動。例の化け物の姿となる。

 

「ジベェ、【巨大化】ー」

 

ミキの指示を受けたジベェはその身体を瞬く間に大きくしていく。

そして、コーヒー達は化け物メイプルの背中に、ミキ達はジベェの背中に乗っていく。

 

『よーし!行こう!!』

 

メイプルの掛け声と共に二組は正反対の方向へと進み、一気に他のギルドを殲滅しに動き始めるのであった。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

とある夜の森の中、大規模ギルドが灯りを点けて防衛に励んでいた。

 

「かなりハイペースでギルドが潰れているな……」

「ああ、そろそろ大規模ギルド同士の……」

 

見張りの二人が話していると暗闇の中でがさりと音がする。

 

「……いくぞ」

「ああ、確認しよう」

 

二人は武器を構えて音のした茂みに近づき、灯りを向けると……

 

「「……は?」」

 

口を大きく開いた化け物の頭だった。

二人が驚いて硬直した瞬間、その化け物に食われた。

化け物―――メイプルはそのまま中心へと向かって突き進んでいく。

 

「な、何なんだよあの化け物は!?」

「イベントのラスボスか!?」

 

化け物メイプルの襲撃に大規模ギルドは激しく動揺し、まともな連携も取れずに轢き殺されていく。

さらに、メイプルの背中からコーヒー達が飛び降り、次々とプレイヤー達を倒していく。

 

「【ミラーデバイス】!【アイシクルレーザー】!!」

 

カナデが紫紺の鏡に写った魔導書から幾重もの冷凍光線を放ってプレイヤーを凍らせ―――

 

「輝け、【フォトン】!【連続起動】!!」

「弾けろ、【スパークスフィア】!!」

 

シアンとコーヒーが光球と雷球で吹き飛ばし―――

 

「ふっ!」

「おらぁっ!」

「はぁっ!」

 

サリーとクロム、カスミが討ち洩らしをきっちりと仕留めていく。

結果、僅か数十分で大規模ギルドは半壊し、オーブを奪われることとなった。

 

「オッケー!次!」

『うん!』

 

サリーの指示にメイプルは頷き、コーヒー達を再び乗せたメイプルは通り道にいたプレイヤーを倒しつつ、次のギルドへと向かっていく。

一方反対方向にある大規模ギルドでは……

 

「うわぁあああああああああっ!?」

「急いで洞窟に避難するんだ!!早くしないと吹き飛ばされるぞ!?」

 

上空の影から次々と落ちてくる爆発する大きな樽を前に、ひたすら逃げの一途を辿っていた。

 

「【樽爆弾ビックバン】が出来たわよー。取り付けた【時限爆弾】は30秒にセットしたから急いでねー」

「じゃあー、それはあっちに投げようかー。二人ともー、よろしくねー」

「「はい!」」

 

ジベェの背中の上で双眼鏡片手に方向を指示するミキに、マイとユイは阿吽の呼吸で【樽爆弾ビックバン】を二人で持ち上げて指示した方向へと投げ飛ばす。

そして30秒後。地上では凄まじい爆炎が噴き上がった。

 

「今ので何人吹き飛んだかしらねー?」

「さあー?上空からじゃわからないよー。でもー、止めを差す頃合いかもねー?ジベェ、【津波】ー」

 

途端、ジベェの腹から魔方陣が現れ、そこから大量の水が流れて津波となって地上へと落ちていった。

 

「じゃあー、釣り上げるねー?」

 

ミキはそう言って釣糸を真下へ向かって飛ばす。少しして釣竿を引っ張ると、釣り針にはその真下にあった大規模ギルドのオーブが掛かっていた。

 

「オーブが釣れたよー。次はどこー?」

「ここからだと此方のギルドが近いですね」

「じゃあー、そこに行こうかー。ジベェ、お願いねー」

 

ミキのお願いにジベェが若干身体を反って答えると、ユイが提示した方向に向かって進んでいく。

こうして夜中の三時まで【楓の木】は暴れ続け、半分以上の大規模ギルドに大打撃を与えたのであった。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

その頃、【集う聖剣】の拠点では。

 

「悔しーいー!!あんな小さいギルドに何度も何度もー!!」

 

死に戻りして早々、フレデリカは悔しげに叫んでいた。

 

「というか、メイプルのアレは何!?あんなの幾ら何でも反則過ぎるよ!!と言うかもう存在自体が反則になってるよ!!」

 

フレデリカの言うアレとは【影ノ女神】のことである。攻撃が効かない上に即死させられるのだから……確かに反則と叫びたくもなる。

 

「イエス。幾ら何でもあれは異常過ぎます」

「そんな事はないさ。何処かでイベントをちゃんとこなして手に入れたスキルだろう。それを言ったら、俺達のあれも十分に反則レベルだよ」

 

サクヤが真顔でフレデリカに同意するが、ペインがそんな二人を自分達を引き合いに出した正論で宥める。

 

「確かにそうだけどさー……」

「ノウ。一体どんなイベントをこなせばあんなスキルが手に入るというのですか。詳細を求めます」

 

フレデリカは渋々ながら納得するが、サクヤは納得せず真っ当な疑問で逆に質問してくる。

 

「流石に見苦しいぞサクヤ。いくらしてやった相手にやられたのが悔しいといってもな」

「……恥ずかしがり屋で仮面を被っているレイドさんには言われたくないです」

「…………」

 

サクヤのムッスリとした言葉に、レイドは無言で顔を背ける。

 

「にしてもペイン。あんまり悔しがっていないな?」

「いいや、正直悔しいさ。回復役を無視してメイプルに集中していればと考えるくらいにはね」

 

ドラグの言葉にペインは空を見上げながらそう返し、言葉を続けていく。

 

「状況からして、あれは瀕死になってから二分経たないと発動しないスキルなのだろう。だから、メイプルに攻撃を続けていれば“もしかしたら”と思ってしまったんだ」

「じゃあ、状況が整ったらもう一度挑みに行くのか?」

 

ドレッドの質問に、ペインは頭を振って否定する。

 

「いいや。流石に今回のイベント中に借りを返すのは無理だろう。だから、借りを返すのは次の機会に取っておくさ」

「そうだな。俺もCFに勝ちたいし、勝負はまた今度ってことで。オーブを奪われたわけでもないし、俺達が一位で終わるだろ」

 

ペインの決意にドレッドも頷き、勝負は次の機会までに取っておくことを決める。

 

「そ、そうだよね。完全に負けたわけじゃないからね。負けたわけじゃ」

「ただの負け惜しみ、ですけどね」

 

フレデリカが自分に言い聞かせるように頷くも、サクヤが水を差す。

 

「ペインさん!」

 

そんな彼らに、ギルドメンバーの一人が大慌てで駆け寄って来る。

 

「どうした?そんな慌てて」

「偵察部隊からの報告です!現在、この近くを空飛ぶ巨大な魚が飛んでいるとのことです!しかもその魚からは、大量の爆弾が投下されているとも!!実際、他の偵察部隊はその爆撃に巻き込まれて死に戻りしています!!」

 

その瞬間ペインは苦笑い。ドレッド達は一気に目が死んでいく。

 

「おいおい、空飛ぶ魚って確か……」

「間違いなく【楓の木】だな。まさかとは思うが……あれがそうなのか?」

 

そう言ったレイドが指差す遥か先で大爆発が起こる。明らかに無事ではすまない威力であることが容易に想像できる。

 

「はい!まさにあれです!!」

「……あれが来たら迎撃できる?」

 

肯定されたことで、フレデリカが引き攣った表情でペイン達に問い掛ける。

 

「空からじゃ……厳しいよな」

「確か津波も襲ってくるんだろ?空襲と津波相手に……対処しきれるのか?」

「ノウ。あの爆発の規模からして、対処する前に吹き飛ばされます」

「そもそも、大規模ギルドを偵察していたメンバーは津波に巻き込まれてそのまま死に戻りしたのだ。近づいたら……逃げるしかないだろう」

「ああ。オーブを持って離脱するしかないだろうが……今は様子を見るしかないな」

 

満場一致で抵抗不可能。逃亡可決。【集う聖剣】は来ないことを祈って見守るしかない。

そして、空飛ぶ巨大な魚が近づかずに離れていった時は、ペインも含めて全員が安堵の息を吐くのであった。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

夜の三時に破壊の行進を終えた【楓の木】は自分達の拠点へと戻っていた。

 

「今回奪えたオーブは27個。あんまり多く奪えなかったな」

「ほとんど大規模ギルドのオーブだけどな」

「タイミング的に自軍のオーブしかないところがほとんどだったからね」

 

男三人衆は今回の作戦で奪えたオーブがセットされた自軍オーブの前で呟く。

 

『じゃあ、私は疲れちゃったから先に休むね。このボディだから地べたで寝るしかないけどね』

「大丈夫よー。こんな事もあろうかと……」

 

イズはそう言って画面を操作して本当に大きなフカフカそうな敷毛布を取り出して【暴虐】モードのメイプルへと渡す。

 

『ありがとー!イズさん』

 

敷毛布を受け取ったメイプルはイズにお礼を告げ、奥の部屋へと消えていく。

 

「さて……大規模ギルドの連中はやっぱり取り返しに来るよな?」

「流石に来ると思いますよ。ウチは小規模ギルドですから、大きい減点は避けたい筈ですし」

「こちらとしては潰し合いが起きてくれればいいんだけどな」

 

そうして全員が入口を警戒しつつ、溜まった疲れを抜くことに努めていく。

……三時間後。

 

「……来なかったな」

「ええ。誰も来なかったわね」

 

防衛が完了するまで、誰も来なかったことにコーヒーとサリーは勿論、全員が拍子抜けしたような気分となる。

 

「お陰でポイントが一気に加算されて二位になったんだが……どうして誰も来なかったんだろうな?」

「おそらくだけど、私達に奪われたオーブを取り返すより他のギルドのオーブを奪った方が最善だと判断したのかもね」

 

クロムの疑問にイズが憶測で答える。

イズの憶測は大当たり。この二日だけで【楓の木】の異常さを痛感したギルドはオーブを取り返すより、他のギルドのオーブを奪いに行った方が被害が少なくて済むと判断したからである。

 

「そうだね。実際ランキングを見ると、中規模ギルドも大分潰されているからね」

「このまま引き籠っても、十分に上位十位以内に入れるだろうが……どうする?サリー」

 

コーヒーの質問にサリーは笑みを浮かべて答える。

 

「無論、このまま最後の仕上げに入るわ。幸い例の作戦も大幅に強化できたしね」

「うん。昨日の【夢の鏡】の魔導書にできるスキルは大量に魔導書にしたからね」

「だからCF、【炎帝ノ国】の様子を見に行って来て。予想が正しければ、【炎帝ノ国】は大分荒れてる筈だから」

「ハイハイ。人使いが荒いことで」

 

コーヒーは肩を竦めて外へ出て、メタルボードで空から【炎帝ノ国】へと向かう。

少しして【炎帝ノ国】が遠目から確認できるところまで到達すると、【炎帝ノ国】は戦場となっていた。

 

「本当にサリーの予想通りだったな……」

 

コーヒーはサリーの予想が当たったことに苦笑しつつサリーへとメッセージを送り、最後の仕上げの為に全員で集まるのであった。

 

 

 




感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メイプル大進撃

てな訳でどうぞ


コーヒーが合流して早々、サリーは早速最後の作戦を開始の合図を告げた。

 

「それじゃカナデ、お願いね」

「了解」

 

カナデは頷くと【魔導書庫】から一冊の魔導書を取り出し、スキル名を告げる。

 

「【ミラージュロイド】!!」

 

カナデの周りに三つの紫紺の鏡が現れ、その場で回転すると鏡はカナデへと姿を変える。

【ミラージュロイド】は自身の分身を二人生み出すスキルだ。攻撃を受ける、もしくは魔法を一回使えば分身は消えるのだが、分身が魔法を使っても本体には何の影響もなく、回数制限も消費しない便利な魔法である。

 

そして【口上強化】によって分身も三体に増えており、本人の魔導書も消費しない。つまり……同じ魔導書を実質何度も使えるのである。

 

「「「【幻影世界(ファントムワールド)】!!」」」

 

そして分身カナデが魔導書に保管してあった、三分間対象の分身を三つ作り出す魔法を使い、メイプルを合計十体に増やす。これだけでも凶悪だが、カナデは更に追い討ちをかける。

 

「【ミラージュロイド】!!」

「「「【幻影世界(ファントムワールド)】!!」」」

「【ミラージュロイド】!!」

「「「【幻影世界(ファントムワールド)】!!」」」

「【ミラージュロイド】!!」

「「「【幻影世界(ファントムワールド)】!!」」」

 

【ミラージュロイド】と【幻影世界(ファントムワールド)】を繰り返し、メイプルの数をどんどん増やしていく。

そして、数えるのが面倒となる程に増えたメイプルはそのまま大規模ギルドを壊滅させる為に進軍していく。

カナデはその後も同じ方法で大規模殲滅が可能な者を増やすのであった。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

一方その頃【炎帝ノ国】では。

 

「流石ミィ達ですね。あの状況からここまでオーブを集めて挽回するなんて」

「その分、襲いかかるギルドも増えちゃったけどね……味方も半分以上やられちゃったし……」

「問題ない。俺が奴らを倒せば済む話だ」

 

ミザリーとマルクス、カミュラは襲ってくる敵を前にそんなことを呟く。勿論、戦いの手を緩めずに。

【楓の木】によって甚大な被害を被った【炎帝ノ国】だが、ミィとテンジア、シンが休む間も惜しんでオーブ奪取に動いたお陰で、何とか順位を立て直していた。

 

だが、メイプルによってマルクスの罠は大量に吹き飛んでしまっていたので防衛はガタガタ。カミュラもコピーした【毒竜(ヒドラ)】で奮闘したが、それでも多くのギルドメンバーが死亡してしまったのだ。

 

「爆ぜよ!【炎帝】!!」

 

ミィが【炎帝】で群がってきたプレイヤー達を吹き飛ばす。

 

「ふっ!!」

 

テンジアが駆け抜けながら次々と襲いかかるプレイヤーを切り捨てていく。

 

「はぁあっ!!」

 

シンが【崩剣】を縦横無尽に操り、多くのプレイヤーを切り刻んでいく。

そんな中、ミィの下に二つのメッセージが届く。

 

『おそらくメイプルと思われる化け物が大量に接近中、危険』

『空飛ぶ魚が大量に上空に出現、危険』

 

「嘘……もういいでしょ……ないないない……」

「どうした?ミィ」

 

顔色が悪くなり、素が出ているミィにテンジアが問いかける。

 

「実は―――」

 

ミィが先程届いたメッセージの内容を伝えようとした直後、()()()がミィ達が戦う戦場へと現れた。

 

「うわぁあああああっ!?」

「ぎゃあああっ!?」

 

そんな叫び声と共に消える【炎帝ノ国】を攻めに来た者達。

そんな彼等がいた場所には……十体の化け物が佇んでいた。

 

「「「「「…………」」」」」

 

目の前の化け物の集団にテンジア達が言葉を失っていると、化け物達は構わずに【炎帝ノ国】を攻めに来た者達を蹂躙し始めていく。

 

「……何なの、あれ……?」

「……偵察隊の報告によると、あれはメイプルだそうだ」

「……まじで?」

 

ミィの言葉にマルクスが死んだ魚のような目となる。

そんな中、右の方角ではとてつもなく大きな津波が、左の方角では大量の蒼い雷と幾つもの蒼い奇妙な紋様から何かが次々と地上に向かって放たれていく。

 

「「「「「…………」」」」」

「……私達を助けに来た……のでしょうか?」

「……いや、そんな甘い連中なわけがない。何かしらの思惑がある筈だ」

 

ミザリーの呟きをカミュラが否定する。

確かに【楓の木】は自分達に群がって来たギルドを攻撃しているが、善意で動いているとはミザリーも含めて誰も思っていなかった。

 

「……おそらく、私達に群がるギルドを潰しに来たのだろう。ここで私達を潰すより、私達に群がるギルドを一網打尽で多く潰した方が益となるからな」

「……成程な。俺達を潰すよりそっちの方が自分達の順位を維持しやすいからな」

 

テンジアの推察にシンが納得して頷く。

【楓の木】は小規模の上に少人数。最後まで戦い抜けるかは怪しいところであり、戦闘を激化させてギルドを一つでも多く壊滅させることで一気に勝負を決めようというのだろう。

 

「……じゃあ、向こうは僕達を攻撃してこないのかな……?」

「あくまで可能な限りだろう。此方が攻撃したら、連中は火の粉を払わざぬを得ないからな」

「なら、この状況を利用して一気に反撃に出る。全員に【楓の木】の者達には手を加えず、安全圏から襲いかかる連中を倒すように伝えろ。特にメイプルと空飛ぶ魚、CFがいる戦場には近づかないように徹底しろ」

 

事実上の共闘宣言をしたミィにテンジア達は頷き、【炎帝ノ国】のメンバーすべてにミィの宣言を伝え、戦場へと向かうのであった。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

「……どうなってんだ、ありゃ?」

「見る度にどんどんおかしくなってるぞ」

「天使、機械、花嫁に続いて、今度は化け物の大群か……」

 

大量の化け物が戦場を蹂躙している光景にドレッド、ドラグ、レイドは遠い目となって呟く。

【集う聖剣】もこの騒ぎを聞きつけ大打撃を与えられそうならと赴いたのだが、目の前で繰り広げられている地獄絵図に全員が止まってしまっていた。

 

「……だから言ったじゃない。存在自体が反則だって」

「イエス。メイプルだけではなく、あちらもですが」

 

フレデリカの疲れたような呟きに、サクヤがひっきりなしに起こる津波と蒼き雷雨も視界に収めながら同意する。

そして、分身達が時間切れで消えるも、少ししたらまた増えて再び地獄に変えていく。

 

上空からの槍の雨はなくなったが、雷の方はあまり変わらずに猛威を振るっている。

そして、【暴虐】メイプルは流石に防御貫通スキルを何度も喰らったことで【暴虐】状態が解除される。

 

「【暴虐】が解けちゃった。もう一度……」

「メイプル。例の冠が妖しく光ってるよ?」

 

一緒に行動していたカナデの指摘通り、《女神の冠》は妖しい光を放っている。

 

「あ、ホントだ。もしかしたら……」

「うん。【影ノ女神】が発動するか確認しないとね」

 

そう話している間に、例の冠から黒い光が放たれメイプルを一気に包み込んでいく。どうやら【暴虐】状態でもHPが一割を切ったら条件は満たされるようだ。

 

それを確認したカナデは魔導書を展開。例のコンボで今度は死神メイプルを増産していく。

増産された【影ノ女神】メイプル達は一気に四方八方へと飛び出し、手当たり次第にプレイヤー達を即死させていく。

 

「またあれが出やがったぞ!?」

「うん、逃げよう。あれには勝てない!」

「イエス。あれは逃げの一手しかありません!」

「マジで逃げないと俺らまで巻き添えを食らうからな!」

「同感だ。目を付けられる前に離脱するぞ!」

 

当然、あれに痛い目を見た【集う聖剣】は満場一致で逃亡を選択。脇目も振らずにその場から一目散に離脱する。

 

「……鍛え直すか。俺も、新しいスキルを探してみるかな」

 

そんな中、ペインは逃げながらも打倒メイプルに闘志を燃やすのであった。

そしてその後、事実上の共闘関係となった三つのギルドによって、生き残っていたギルドは一気に壊滅の一途を辿るのであった。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

ゲーム外の運営陣はその結果を遠い目で見つめていた。

 

「これは……もう終わっただろ」

「だな……」

 

残ったギルドは五つ。それらは全て上位十位以内。報酬も同じものが与えられる。

三日目の夕方で今回のイベントは実質の終了を迎えてしまっていた。

 

「四日に削って正解だったな。五日だと丸二日半余っていたからな」

「次のイベントの日数も考えないとな」

「イベントの種類にもよるけど……似たイベントは考えないとマズイからな」

「いっその事、上位には更なる報酬の追加でいいんじゃないのか?」

「それをやったらゲームバランスが……」

「いやいや。そんな効果があるものじゃなく、唯の飾りみたいなものを追加するんだ。例えばトロフィーとか」

「成程。それはいい考えかもな」

「唯の記念品ならステータス上の有利はないし、やる気もある程度読み易くなるからな」

「まっ、今はイベントの見所を編集して動画にすることが優先だけどな。もうこれ以上は何も起こらないだろうしな」

 

そう言って膨大な量の録画データから見所だと感じたシーンを選び出していく。

 

「メイプルとCFが大分映っているんだが……」

「無茶言うなよ。これでも結構削ったんだぞ?」

「というか、見所シーンのほとんどに【楓の木】が関わっているよな……」

「この初日の救援シーンは確定だな」

「そうだな。これは確定だな」

「おもしろシーン含めてで【炎帝ノ国】の大敗北も加えよう」

「【集う聖剣】と【楓の木】の大勝負は……逆転シーンでいいだろ」

「しっかし、メイプルがまた強化されちゃったな……」

 

男は深い溜め息を吐いて机に突っ伏す。

 

「今更だろ。【影ノ女神】のAGI0領域は半径四メートル以内だし、固定だから自身のAGIも上昇できないし逃げに徹すればいいだけだからな」

「それに、ヤバいと言ったらカナデもだろ。今後は強力な魔導書を一度に大量生産できるようになったんだからな」

「イズもヤバいよな。ミキの釣り上げたアイテムを参考に、更に強力なアイテムを作っちまったし」

「サリーの方もヤバいよな。【流水短剣術】を見事に使いこなしてるし」

 

こうして改めて口にすると、【楓の木】のメンバーのヤバさが改めて実感される。

 

「メイプル達の行動が読めるようになればなあ……」

「無理言うなよ。そんなの、俺達全員が宝くじで一等当てる並みかそれ以上に難しいだろ」

「……だよなぁ」

 

全員が揃って疲れたように溜め息を吐く。

そうして運営の予想通り、それ以降は戦闘が一切起こらずに平和な時間が過ぎていくのであった。

 

 

 




感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

打ち上げで公開処刑

てな訳でどうぞ


イベントも終わり、コーヒー達は専用フィールドから通常フィールドへと転移した。

転移してから数秒後、各プレイヤーに今回の最終結果が表示された青色のパネルが浮かび上がる。

 

「やった!!今回は二位だ!!」

「二位と言えば、CFの最初のイベントの順位だったわね」

「確かに。狙ってはいなかったが同じ成績になったな」

 

十位までなら報酬が変わらない為、十位以内に入れば十分と考えていたから今回の成績は大快挙である。

今回の最高ランクの報酬はギルドメンバー全員に銀のメダル五枚と自身のプレイヤーネームが刻まれた木製の札【通行許可証・伍】。ギルドマスターのメイプルには全ステータスを5%上昇させるギルド設置アイテムも送られた。

 

「どうやらこのアイテムは次の階層に役立つアイテムみたいだな」

「ええ。出番はまだだけどね」

「何はともあれ……皆、お疲れ様!!」

 

メイプルの労いの言葉に【楓の木】のメンバー全員が笑顔で頷き、全員でギルドホームへと向かうのであった。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

あれから数日後。

メイプルの提案で【楓の木】はギルドホームで今回のイベントの打ち上げをすることとなり、メイプル以外は既に全員集まっていた。

 

「遅いですね、メイプルさん……」

「私も何か買ってくるって飛び出したっきり……これなら私も一緒に付いていった方が良かったか……」

「メイプルが一人で行動か……また予想外なことが起こりそうだな」

「止めろコーヒー。本当にあり得そうだから言わないでくれ」

「……その時はメイプルだからで諦めよう」

 

そうこう話している内に、ギルドの扉が開いてメイプルが帰ってきた。

 

「……本当に予想外なことが起こったな」

「そうだな……」

 

コーヒーとクロムが揃って苦笑いする中、お約束を果たしたメイプルはいい笑顔でサリーに歩み寄っていく。

 

「ただいまー!」

「うん、お帰りメイプル。で、後ろの皆は?」

 

サリーの視線の先には【集う聖剣】の六人と【炎帝ノ国】の六人。

何故一緒なのかと問うとドラグとフレデリカが呆れたように答えた。

 

「そんなのこっちが聞きてぇよ」

「いつものメンツで狩りに行こうと思ってたら……いきなりメイプルちゃんに声掛けられて連れて来られたの」

「それで流れでフレンドにもなったからね!強い人同士の繋がりを持つみたいな感じで!」

 

そう言ってメイプルが見せるフレンド欄にはこの場にいる全員の名前が並んでいる。

このメンバーでは魔王も真っ青となって逃げ出すだろう。

 

「せっかくのご招待だ。断るのも失礼じゃないか」

「イエス。狩りも何となくでしたし、断る理由もありませんでしたから」

 

ペインとサクヤは断るのは逆に失礼と感じて素直に招待を受けたようである。

 

「ああ。急ぎの用でもなかったからな。好意の招待を断るのも無礼千万というものだろう」

「テンジアの言う通りですね。それに【楓の木】がどんなところなのかも興味がありましたし」

 

テンジアの言葉に同意しながらミザリーが興味深そうに室内を見やる。

 

「他所のギルドって来たことないから……ちょっと緊張するけど……」

「戦いが終わればノーサイドだ。カミュラもわかっているな?」

「……言われなくても分かっているさ。リア充の殲滅はまたの機会にするさ」

 

ミィの釘指しにカミュラは憮然として言葉を返す。相変わらずのリア充憎しに何名かは思わず苦笑いしてしまう。

 

「……やはり、仮面を装備し直したいのだが……正直、恥ずかしい……」

「ノウ。今回は打ち上げですから我慢して下さい。あんな迫力のある仮面では寛げません」

「うぅ……」

 

サクヤのその言葉に、素顔を晒しているレイドは顔を真っ赤にして俯いていく。

そんなやり取りにペインは苦笑しながら【楓の木】にある提案をする。

 

「しかし、誘われてご馳走を頂くだけというの少し悪いからな。今回の出費は多少は出させてもらうよ」

「いえいえ!いいですよそんな!!」

「大丈夫だよ。第二回イベント最終日で手に入れた財宝でゴールドは大分余裕があるからね」

「うんうん。山分けしても相当なお金だったよねー!」

 

その瞬間、コーヒー、メイプル、サリー、カスミの四人は気まずそうに【集う聖剣】から視線を逸らした。

 

「?どうしたんだい?急に視線を逸らして」

「えーと、実は……」

 

ペインの疑問にメイプルが代表として第二回イベント最終日のことを話した。

 

「まさか、最終日で浮遊島に直接乗り込んでいたとは……」

「ですから、ええと……その……」

「気にすることはないさ。むしろ、逆に気を遣わせてしまったね」

「ま、お宝は基本早い者勝ちだからな。財宝を残してくれただけマシってもんさ」

 

言い淀むメイプルにペインは気にしなくて良いと告げ、ドレッドも早い者勝ちとして特に気にしていない。

 

「私とサクヤはギルド結成時からの関わりだからその件とは無縁だな」

「イエス。無縁ですから私達にはどうでもいいことですね」

 

レイドとサクヤはこの件に関しては部外者な為、こちらも気にしていない。

 

「まあ、最高のお宝は取られちまったが……もらったお宝はギルドの運営資金として大いに役立ったからいいか」

「横から取られた感はあるけどねー」

 

ドラグとフレデリカも少々複雑ながらも特に恨めしく思っていないようだ。

その後、【炎帝ノ国】もそれなら自分達もという感じで今回の出費を少し負担し、メイプルの音頭で打ち上げが開始された。

 

「そういえば、このケーキだけは買ったんですよね?」

「そうなのよ。私の生産職フレンド、というよりパティシエさんにお願いしたのよ。何たって彼、料理と調合なら私より上だからね」

「あー、アイツかー。『ギルドに入ると俺の料理を口にするプレイヤーが減るから何処にも入らない』と言っていた」

 

どうやらその人物はイズとクロムの知り合いのようである。

 

「このケーキ、すごく美味しいよー!!」

「というかこのケーキ、『カフェピグマリオン』の限定ケーキじゃない!!」

「イズさんの料理も美味しいですー!!」

「ふふっ、ありがとう」

 

ケーキとイズの絶品と言える料理を楽しむ中、運営からの通知が届く。

 

『ガオー!この通知は今回のイベントの見所を総編集した動画ドラ!再生時間は長いドラから、腰を下ろしてゆっくり見たら良いドラよ!!個人で見るも良し!ギルドにあるモニターで皆と一緒に見るのも良しドラ!!それじゃあ楽しんでね、ガオー!!』

 

あのヘンテコドラゴンの口調で書かれたメッセージには確かに一つの動画が付属している。

 

「せっかくだしモニターに映して皆で見ようよ!」

 

メイプルのその提案に全員が頷き、ギルドに備え付けられたモニターで送られた動画が再生される。

最初はペインが映り、次にミィが映っていく。

 

「こうして客観的に自分を見ると、思わず自画自賛しそうになってしまうな」

「ああ。だが、ここはこうすべきだったと思うシーンもあるがな」

「確かに」

 

話し合っている間も映像は流れていく。しかも、ナレーション付きで。

 

「あー……これはあの夜の……」

「あの時の夜か……あの時は決まったと思ったのだがな」

 

フレデリカが死んだ魚のような目となり、レイドも苦笑して映像を見る。

しかし次の瞬間、それらは一気に吹き飛んだ。

 

「「ぶふぅっ!?」」

 

コーヒーとサリーは揃って吹いてしまう。何せ映ったのはあのシーン―――コーヒーがサリーをお姫様抱っこしたシーンだったからだ。

 

「あら、コーヒーも結構やるわね♪」

「チッ……やはりCFは俺達非リア充の敵だ……!」

 

イズが茶化すように、カミュラは憎々しげに言葉を口にする。

 

「あー、これは確かに見所として選ばれるな」

「同感。動画としては本当においしいシーンだからな」

「これは……確かに見所として入って当然だな」

「しかもサリーちゃんの顔も若干赤いし……むふふ~」

『まさにヒロインの絶体絶命のピンチに駆けつけるヒーローのようなシーンドラ!!』

 

周りが生暖かい空気に包まれる中、件の二人は……

 

「……ぉぉぉぉぉ……」

「……公開処刑された……こんな恥ずかしいところを大勢の人に見られるなんて……」

 

コーヒーは恥ずかしさから頭を抱え、サリーも同じく恥ずかしさから顔を両手で覆っていた。

 

「メイプルちゃん。このシーン、スロー再生できる?」

「うーん……スロー再生は出来なさそうだけど、再生箇所を操作すれば何度も見れるかな?」

「じゃあ、それでお願い。こんなおいしいシーン、繰り返した方がおもし―――もったいないからね」

「止めろぉっ!?」

 

ある意味恐ろしい事を実行しようとするメイプルとフレデリカにコーヒーは本気で止めるように懇願する。

 

「お願いメイプル。リピート再生は止めて。お願いだから本当に止めてください」

 

サリーもメイプルの両肩に手を置いて、必死に懇願する。

二人の懇願を受け、リピート再生は何とか回避され、見所映像は続いていく。

 

「あの時のタイマン勝負か」

「あの時は勝負に勝って試合に負けた感じだったよな」

「そうね。見事にしてやられちゃったし」

「仕返しした貴女が言うと嫌味に聞こえますね。次戦う時までに幽霊関係のスキルを手に入れますので、首を洗って待っててください」

「!?」

 

サクヤの宣戦布告にサリーがビクリと反応する。どうやら、サリーの弱点はバレてしまっているようである。

 

「?何で幽霊関係のスキルなのー?」

「教えません。なので自分で考えてください、チビデリカさん」

「チビ言うな!それにサクヤちゃんだって大して身長ないでしょ!!」

 

口喧嘩に突入する二人を尻目に、コーヒーが【グロリアスセイバー】を発動したシーンでミィは苦笑して呟く。

 

「あの時は、最大まで強化した【火炎牢】が破られるとは思わなかったな」

「これでもCF曰く、最大じゃないそうですよ?」

「……まだ上がるのか」

 

サリーの言葉にミィは何処か諦めたような表情となる。

そして次のシーンへと移る。

 

「あ、ミィが泣いて立ち去っている場面だな」

「!?」

「完全敗北を喫したあの時か。ミィも流石にショックだったからな」

「あ、ああ。あまりのショックで気が動転してしまったんだ」

 

テンジアのフォローにミィは何故か慌てたように頷いて同意する。

運営もロールプレイに影響を及ぼすシーンは流石に選ばなかったようである。

そして、例のメイプル対ペインのシーンへと突入する。

 

「これにやられたんだよな」

「しかも、大量に増殖するんだよな」

 

死神メイプルを見たドレッドとドラグが虚ろな目で呟く。

 

「思い出すだけでつらい」

「俺なんか、遠くからの魔法で吹き飛ばされたんだよな」

「私は相対していないが……あの阿鼻叫喚の光景には思わず絶句したからな」

 

男性陣でやられていないのはコーヒーとクロム、テンジアくらいだろう。カナデは違和感なく女性陣に混じっている。

 

「……チッ」

 

カミュラはそんなカナデにも舌打ちと共に敵意を向けていたが。

そのままミキの爆撃シーンが映し出される。

 

「……空中戦艦だな」

「ああ、空中戦艦だ」

「ほとんど絨毯爆撃だろ、これ」

「逆なら……いや、津波に流されてどっちにしろ結果は同じか……」

 

この分だと、ミキには【空中戦艦】という二つ名が送られそうである。

 

「……オーブを釣り上げてますね」

「ああ、釣り上げているな」

 

ミキのオーブの回収シーンで、ミザリーとミィは諦めたような目で呟く。

次にカナデがメイプル達を増産するシーンでは……

 

「……こういうカラクリだったのか」

「あの鏡、凶悪すぎるだろ」

『まさに合わせ鏡ドラ!!』

 

メイプルが死神になり、元に戻ったと思ったらまた化け物になり、トドメに機械化して大暴れしたシーンでは……

 

「……何でもありなんだな」

「……本当にどうなってんだろうな」

「……本当に存在自体が反則だよ」

「イエス。本当に異常極まりないです」

『まさに変幻自在!びっくり箱なメイプルさんドラ!!』

 

クロムの【カバームーブ】による変則移動による防御と異常な回復力のシーンでは……

 

「……クロムも異常だったか」

「体力盾のリア充が……」

『まさに不屈!不死身と呼べるプレイヤードラ!!』

 

そして、最後にメイプルが毛玉となって兵器を生やし、マイとユイに担がれて歩き回ってるシーンが流される。

 

「俺もメイプルに追いつかないとな。負けたままでいるのは嫌いなんだ。今回のイベントでメイプルのスキルも大分把握できたことだし、次は勝ってみせるさ」

 

ペインは打倒メイプルに意気込み、瞳に闘志を宿す。

 

「でも、メイプルだからね。またおかしなスキルを手に入れて進化しますよ?」

「だよなぁ。毒、天使、羊毛まみれ、化け物、メカ、死神になるメイプルだからなぁ」

「ああ。全部少し目を離しただけでそうなってるからな……そんなメイプルに追いつくのは簡単じゃないぞ」

 

そんな事実に対してメイプルは若干不満そうに言葉を告げる。

 

「私は普通にプレイしているだけなんだけどなぁ……」

『何処が!』

「ええっ!?」

 

間髪入れずにその場にいた数名を除く全員のツッコミに、メイプルは心底驚くのであった。

 

 

 




感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

四層と危機一髪ゲーム

てな訳でどうぞ


イベントが終わって一ヶ月と少し、十月に入ったある日。

この日は第四層が追加される日だ。

コーヒーがいつものようにログインすると、メイプルとサリーは既にログインしていた。

 

「やっぱりCFも来たわね」

「そりゃそうだろ」

 

サリーの言葉にコーヒーは若干呆れ気味に返す。

 

「それでどうする?早速行く?」

「パーティーは最大八人だから……俺達が先行した方がいいだろ」

「そうね。それに……あ」

 

サリーが誰かに気づいたように顔をそちらへと向け、コーヒーとメイプルもそちらに顔を向けるとミキがいた。

 

「あ!ミキー!!」

 

メイプルが笑顔で手を振ると、ミキも気づいて手を振り返しながらこちらへと近づいてくる。

 

「おー、三人はもう来てたんだねー。今日はどうするー?」

「一足先に四層に行こうって話してたのよ。ミキも行くでしょ?」

「行くー」

 

満場一致で一足先に上層へ上がることを決めたコーヒー達はそのまま上層へ上がる為のボスがいるダンジョンへと向かって行く。

 

「最近はフィールドに出るとプレイヤーの闇討ちが多くてツラいんだよな」

「……まあ、あの動画が間違いなく原因でしょうね。私も時折生暖かい眼差しを向けられて少しツラい」

『あはは……』

 

例の動画で晒し者にされた二人は揃って肩を落とし、メイプルが曖昧な言葉を洩らす。

ちなみに移動は【暴虐】モードのメイプルに背中に乗ってである。だから闇討ちされる心配もない。

取り敢えず、コーヒーは気を取り直して今回のボスについて話していく。

 

「一応、ログイン前にボス情報を確認したんだが……どうやら二体いるみたいだな」

『そうなの?』

「一応、HPが共有のようだから、片方を集中して攻撃してもいいみたいだが……」

「どんなボスモンスターなのかなー?」

「早くログインしたかったからそこまで詳しく調べてはいないから分からないが……何とかなるだろ。メイプルがいるし」

「ついでにCFもね」

 

そんな談笑をしながらフィールドを駆け、目的のダンジョンへと到達する。

ダンジョン内もメイプルが轢く、もしくはコーヒーが頭を撃ち抜いて倒しながら進み、ボス部屋へとあっという間に到着する。

 

『着いたよー!!』

「オッケー!さっさと終わらせよう」

 

扉を開けて中に入ると、部屋の奥にいたのは四人の三倍近い背丈の鋼のゴーレム二体。

もし意識があったなら、【暴虐】メイプルが入った瞬間に頭が真っ白になっていただろう。

だが……

 

「……人型と鳥型、だよな?」

「そうだねー。人と鳥だねー」

 

完全にタイプの違うゴーレムにコーヒーは何とな~く嫌な予感を覚える中、サリーが動く。

 

「朧!【幻影世界(ファントムワールド)】!!」

 

サリーが朧に指示を出してメイプルを四体に増やす。

鳥型のゴーレムは早々に空へと飛んだので、四体のメイプルは人型ゴーレムに攻撃を仕掛けていく。

当然、人型ゴーレムの攻撃はメイプルに通用しない。だが、メイプルの攻撃も人型ゴーレムには通用していなかった。

 

『どうしよう!?ダメージが全然入らないんだけど!?』

「えっ!?」

「……あー、成程。そういうことかー……」

「んー?どういうことー?」

 

ミキが聞いてきたので、コーヒーは曖昧な笑みを浮かべながら気づいたことを話していく。

 

「あのボスモンスターはメイプル対策なんだよ。メイプルを封じるなら同じ個性の相手をぶつけて決着をつけさせないという、な」

「あー……盲点だったわね。メイプルには貫通攻撃スキルがないからダメージを与えられないし、メイプルもHPが減らないから【影ノ女神】も発動しない……CF、よろしくね」

 

サリーも納得しつつ、コーヒーなら倒せると討伐を放り投げる。

 

「はいはい……っと。迸れ、蒼き雷霆(アームドブルー)

 

コーヒーはおざなりに返しながらもクロスボウを構え、【名乗り】と同時に人型ゴーレムに向けて矢を放つ。

すると、空にいた鳥型ゴーレムがその鋼鉄の翼を強く羽ばたかせ、突風を起こして矢を明後日の方向へと流した。

 

「「『…………』」」

「……【サンダージャベリン】!!」

 

コーヒーは気を取り直すように雷の槍を放つも、今度は鳥型ゴーレムが口から風球を放って相殺してしまう。

 

「「『…………』」」

「【クラスタービット】!!」

 

今度は蒼銀の津波を放つも、先程と同じ突風で進行を阻まれ、逆に押し返されてしまう。

 

『あの鳥さんは……』

「完全にCF対策ね。完全に二人を封じに来たわね」

 

どうやら運営は遠距離攻撃に強いボスでコーヒーを封じにかかったようである。

 

「ちくしょうがぁああああああああっ!?」

 

コーヒーはやけくそ気味に【聖刻の継承者】からの【聖槍ファギネウス】で仕掛けるも、鳥型ゴーレムは人型ゴーレムの後ろに隠れ、人型ゴーレムが輝いて白き槍の弾幕に耐えていく。

 

「貫通攻撃無効スキル持ちかよ!?集え!【グロリアスセイバー】!!」

 

ピンポイント対策にすっかり冷静さを失ったコーヒーは速攻で【グロリアスセイバー】を放つも、今度は鳥型ゴーレムが人型ゴーレムを掴み上げて空を飛んだ為に回避される。

 

「落ち着きなさい!馬鹿CF!!」

「ごぶふぅっ!?」

 

サリーから鋭いチョップが入り、頭に叩き込まれたコーヒーは頭を押さえてその場に踞る。

 

「まったく、冷静さを欠いてスキルを無駄使いしてどうするのよ!!」

「……すいません」

 

サリーのチョップで頭が冷えたコーヒーは確かにムキになりすぎたと反省する。

 

「でもー、どうしようかー?ボクじゃあー、アイテム投げても吹き飛ばされるだけだしー」

「まあ、あの鳥にも攻撃能力はさほど無さそうだし、遠距離攻撃にしか反応してないから……何とかなるわね」

 

サリーはそう言うとダガーを抜き、髪と瞳がマリンブルーへと染まっていく。

 

「【終式・睡蓮】―――【超加速】」

 

サリーはそう呟くと、一気に加速して人型ゴーレムへと斬りかかっていく。

人型ゴーレムは当然サリーに攻撃を仕掛けるが、サリーはそれを紙一重で避け、逆に切り裂いていく。

そして、連続で20回切り裂くと人型ゴーレムが半透明な青い華に包まれ、華が弾けると同時に光となって消えた。同時に鳥型ゴーレムも光となって消えていく。

 

「『…………』」

「おー、すごいねー。華が散ると同時にボスも倒れたねー」

 

今回は完全に役立たずだったコーヒーとメイプルは遠い目で無言。ミキは手を叩いて素直にサリーを称賛する。

 

「サリー、今のスキルは?」

 

【暴虐】を解いて気を取り直したメイプルの質問に、髪と瞳の色が元に戻ったサリーが振り返って説明する。

 

「【終式・睡蓮】。簡単に説明すれば時間内に短剣による物理攻撃を20回連続で当てると、相手を問答無用で即死させるスキルよ。スキルによる攻撃はカウントされないし、使用後のデメリットは大きいけどね」

「そうなんだー。それと、凄くカッコよかったよ!!」

「ふふ、ありがとメイプル」

 

目を輝かせて称賛するメイプルにサリーは笑みを浮かべて受け取る。

 

「……サリーならメイプルを倒せそうだな」

「そうでもないわよ。この場合、メイプルなら【ヴェノムカプセル】に潜れば大丈夫になっちゃうからね」

「そうかー。直接攻撃を当てないとダメだって言ってたからー、猛毒には近づけないんだねー」

「そっ。だから、ちょっとCFが羨ましいかな。メイプルに黒星を付けたCFがね」

「あれはノーカンだろ。互いに本気だとは言えなかったし。それに、今のメイプルに勝てるか凄く怪しいしな」

 

何せ無敵モードが追加されたのだ。あれになったら時間切れとなるまで逃げ続けるしかない。もしくはノックバック効果のある攻撃をひたすら当て続けて近づけさせないくらいだ。

 

ちなみに【暴虐】中に変身すると、【暴虐】は強制的に解除されるようであり、【影ノ女神】への変身は基本、普通の状態で変身した方が良さそうとのことである。

取り敢えず無事にボスを倒した四人は第四層へと足を踏み入れる。

 

「へぇ……」

 

洞窟を抜けて早々に目に写ったのは夜の世界。

煌めく星に赤と青の二つの満月。

建物は木製で和を意識した造り。

 

町中には水路が走り、灯りは静かに道を照らしている。

そんな町の中心には、一際高い建物がある。

 

「探索する?しちゃう?」

「あの水路では何が釣れるかなー?」

「その前にギルドホームだろ」

「そうね。まずはギルドホームが先ね」

 

探索より先にギルドホームを確認することにし、コーヒー達はギルドホームへと足を運び、内装を一通り見て回ったところで残りのメンバーがログインしたことに気付く。

 

「パーティーは最大八人だから……二つに分けるべきか?」

「でもそれだと二度手間だから、私だけが加わって皆を連れてくるよ」

「それだと……あ、いや、大丈夫か」

 

サリーは苦戦しそうだと思ったが、よくよく考えたら余裕で終わることに気づいた。

 

「……あー、確かに。マイとユイ、シアンがいればすんごい簡単に終わるな。うん」

 

コーヒーも戦車パーティーになることに気づき、ボス戦は簡単に終わると頷く。

 

「じゃあ、行ってくるね」

 

そう言ってメイプルは一人三層へと戻って行く。

 

「……俺達はどうする?先に探索するか?」

「それも良いけど……やはり皆を待つべきね。この階層の町は広いから、ちゃんと手分けして探索しないと」

「それもそうだな」

「じゃあー、ボクはそれまでここで釣りをするよー」

 

皆が第四層に来るまで待機と決まって早々、ミキはさっそく釣りを始めていく。

 

「おー。さっそくかかったよー」

 

ミキがそう言って釣竿を引き上げると、釣り針には黒ひげ危機一髪!という名の玩具のような小さな樽が引っ掛かっていた。

 

「これはー、ジョークアイテム【ビリビリ危機一髪】だねー」

「……アイテム名からして不穏だな」

 

コーヒーが嫌な予感を覚える中、ミキが黒ひげ船長を樽の中へと押し込む。

途端、辺り一面に煙が舞い、晴れた先には……首から下を幾つもの縦穴が空いた樽に閉じ込められたサリーがいた。近くにはカラフルな剣が幾つも散らばっている。

 

「…………」

「……ミキ。これはどんなアイテムなのかしら?」

 

ひどく平淡なサリーの声。まるで火山が爆発寸前の前の静けさのような雰囲気である。

 

「んーとねー、やり方自体は黒ひげ危機一髪と同じだけどー、当たり以外だと静電気を受けたような痛みが走るんだってー」

「地味に痛いやつだな……」

 

わりと有名な玩具がジョークアイテムとして出てきたことにコーヒーは苦笑いするが、サリーは瞬く間にこめかみに青筋を浮かべていく。

 

「ミキ!早くこれを解除しなさい!!」

「んー、当たりに突き刺すかー、一時間経過しないと解けないみたいだよー。ちなみにー、選ばれるのは起動者の近くにいる人の誰かだってー」

「……さすがに一時間もこの状態はまずいからな。サリー、悪いが我慢してくれ!」

 

コーヒーはそう言って剣を拾い、樽の縦穴に突き刺す。

 

「ひゃうっ!?」

「外れか……次はこれだ!」

「わきゃあっ!?CF!後で覚えておきなさいよ!!あうっ!?」

 

サリーを早く解放するべく、コーヒーは片っ端から剣を樽の縦穴に次々と刺していく。

十回目でようやく当たりに突き刺さり、サリーは煙と共に解放された。

 

「…………」

「サリー……俺が言うのもなんだが大丈夫か?」

 

コーヒーの言葉に答えず、サリーは無言で近くに落ちていた【ビリビリ危機一髪】を拾い、黒ひげ船長を押し込む。

当然、またしても煙が舞い上がり、今度はコーヒーが樽に閉じ込められる。

 

「ラッキー。CFに仕返しが出来るわねー」

「サ、サリーさん……?」

 

その妖しい笑みからコーヒーは思わずサリーをさん付けで呼ぶが、サリーは構わずに剣を拾い上げる。

 

「出来る限り、遅~く解放してあげるから安心してね?」

 

サリーはそう言ってニッコリと嗤い、剣を樽の縦穴に向けて構える。

 

「普通は早くだろ!?」

 

コーヒーは思わずツッコミを入れるが、サリーは構わずに剣を樽の縦穴にゆっくりと突き刺すのであった。

そして、コーヒーが解放されたのは……剣が残り一本の時であり、その時のサリーの表情はとても爽やかだった。

ちなみに三層のボスは戦車パーティーの前にあっさりと倒された。

 

 

 




感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

連続クエスト

てな訳でどうぞ


【楓の木】が全員揃ったところで、一同はそれぞれがバラバラに広い町の探索を開始した。

やはりこれだけ広いと町の全容を把握するのが難しく、後で情報共有して全容を把握するしかないだろう。

コーヒーも一人、道を歩いて町の中を探索していた。

 

「へぇ……小舟や人力車で移動できるのか……メイプル達には嬉しい仕様だな」

 

もちろんNPCに代金を払わないといけないし、決められた場所にしか運んでもらえないが。

 

「取り敢えず、建物の中も確認しておくか」

 

コーヒーは片っ端から建物の中に入り、調べていく。

建物の中は基本NPCショップでこれと言ったものはない。

 

「ここは……魚屋か?」

 

次に入ったお店は水槽が幾つも地面に置かれた店だった。水槽を泳ぐのは金魚や錦鯉……観賞魚である。

見た限り、ギルドホームに設置できるインテリア系のアイテムを売っているお店のようだ。ちなみに値段は五桁と結構高い。

 

奥には店主のNPCが一人正座で座り、隣には小さな水槽がある。

コーヒーはその水槽に近づいて覗き込むと、水槽の中には元気のない鯰が一匹いた。

 

「それは売り物じゃないよ……儂が飼っている大事な魚さ……今は元気がないがの」

 

老人の店主が悲しそうに告げた途端、コーヒーの前に青いパネルが表示される。

 

===============

クエスト【鯰の戯れ】を受注しますか?

《Yes》/《No》

===============

 

「クエストか……受けて損はないよな」

 

コーヒーはあっさりと受ける事を決め、ボタンを押す。

そうして、店主は溜め息と共に話し始めていく。

 

「この鯰は少々特殊での……雷神様が降らす雷を食事としておるのじゃ……じゃが、もう二年以上は雷神様が雷を起こしてくれておらんでの。おかげで鯰は衰弱の一途を辿っておるのじゃ……」

「どうすれば元気にさせられるんだ?」

「……雷の恵みを与えること……それも並大抵の術者が使う雷ではほとんど足しにはならん……膨大な雷の恵みが必要じゃ」

 

店主がそう言った途端、鯰にゲージが表示される。これを満タンにすればいいのだろう。

クエスト内容も雷属性の攻撃を規定値になるまで行うようにと書かれている。

 

「放つは轟雷 形作るは天の宝玉 仇なす者に雷球を落とさん―――弾けろ、【スパークスフィア】!!」

 

なので早速、コーヒーは鯰に向かって【スパークスフィア】を放つ。

すると、雷球は鯰に吸い込まれるように消えていき、表示されているゲージも三分の一が黄色に染まる。

これを三回繰り返すと、ゲージは満タンとなり、鯰も体に帯電させながら元気に跳び跳ねた。

 

「おお!鯰が元気になった!!若者よ、ありがとうのう」

 

店主は嬉しそうに声を上げ、深々と頭を下げてお礼を言う。

鯰は水面から顔を出すと、口から光を吐き出す。

吐き出された光は次第に弱まっていき、一枚の木製の札となった。

 

「これは……どうやら鯰はお礼にそれをお前さんに渡したいそうじゃ。良かったら貰ってやってくれんかの?」

 

店主はそう言って札を拾い、コーヒーに差し出す。

札には【雷神の証・壱】と書かれている。取り敢えずはこれがクエストの報酬のようなので、コーヒーは頷いて受け取る。

 

「実は、他にも似たような状態の子がおっての。出来れば助けてやってくれんかの?」

「場所は?」

「壱の鳥居と弍の鳥居の間にある町の何処かじゃ。鳥居は通行証がないと通れんから、無ければ町の者のお願いを聞ければ貰えるからの」

 

どうやら例の通行証は町の探索の為に必要不可欠なアイテムのようだ。

通行証のランクは伍。つまり、半分くらいは普通に進められそうである。

 

何かしらのキーアイテムである【雷神の証・壱】を自身のインベントリにしまったコーヒーは、次のクエストの為に探索を再開するのであった。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

数日後。

コーヒー達は情報交換の為に全員ギルドへと集まっていた。

 

「それじゃあ、各自の成果を話し合いましょうか」

「私は即死効果を手に入れて着物を買ったよ!」

「……うん、それは後で話してね」

 

……またしてもメイプルは進化したようだ。

取り敢えず、サリーが話したのは通行証のこと。

通行証が無ければ町の探索が十分に行えず、ランクを上げるには面倒なクエストをこなさなければならないとのことだ。

 

「後、通行証とは別のクエストでこんなアイテムを手に入れたわ」

 

サリーがそう言って自身のインベントリから取り出したの木製の札。札には【水神の証・壱】と書かれており、コーヒーの持つアイテムと良く似ていた。

 

「俺達の通行証に似たアイテムだな。効果は?」

「効果は無し。これは何かのキーアイテムだと思う。あれからクエストをこなして似たアイテムを集めたしね」

 

さらにサリーはインベントリを操作し、札を四つ取り出す。札には全部【水神の証】と書かれており、数字は弍、参、肆、伍とある。

 

「もしかして、水魔法を対象にぶつけるという感じのクエストか?」

「そうだけど……もしかしてCFも?」

「此方は雷だ」

 

コーヒーはそう言って、自身が集めた【雷神の証】をインベントリから取り出す。数も五つでそれぞれに数字が刻まれている。

弍は蜂、参は雷鳥、肆は雷魚、伍は白蛇と種類がバラバラだったが、こなす度に要求される属性攻撃の総数量が増えていっているのだ。

 

「サリーの方はどんな生き物だったんだ?」

「ヤドカリ、蟹、蛙、アメンボ、鯉の順番ね。属性攻撃の総数量が多くなってるのも同じね」

「それなら次のクエストも……」

「陸の鳥居と漆の鳥居の間の町中。先に進めるには通行証のランクも上げないと駄目ってことね」

「この分だと、風神とか炎神もあるかもな」

「確かに有り得るなぁ……」

 

その後もそれぞれがこういったクエストがあったと話し合っていく。

ちなみにメイプルの即死効果は毒系統スキル限定。確率は20%とのこと。

しかも、【毒無効】があっても喰らえば運が悪ければ即死。ボスモンスターにも有効ときた。

 

クエスト内容は壺の中に閉じ込められての戦闘。それも毒をもった蠍、蜘蛛、百足、蜂や蛾等の昆虫モンスター。

スキル名も【蠱毒の呪法】と、確か中国にあった呪術を元にしたクエストとスキルであることが容易に想像がつく。

 

「……まあ、メイプル以外じゃやられて終わりだな」

「そうね。後、毒系統スキルがないと満足に使えないし」

 

その言葉に全員がウンウンと頷く。コーヒーも含めて、誰もメイプルが受けたクエストを挑戦しようとは思わないようだ。

 

「じゃあまた何かあれば!」

 

メイプルがそう言ったことで話は終わり、各自やりたいことに移っていく。

 

「俺は通行証のランク上げだな。サリーは?」

「私も同じかな」

 

コーヒーとサリーはクエストを進める為に通行証のランクを上げる為にギルドから出ていくのであった。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

あれからおよそ三週間。

コーヒーはサリーとメイプルと一緒にギルドにいた。

 

「……通行証のランクが上がらないよー……」

 

ギルドの机に突っ伏したメイプルが泣き言を洩らす。

 

「まあ、メイプルは時間かかるもんね」

「ランク上げはお使いイベント……町の中と外をとにかく走り回るからな。しかも内容も採取から討伐まで多岐だから、どうしても時間がかかるよな」

 

メイプルだけでなく、マイとユイ、シアンの三人も相当苦戦している。極振りはこういうイベントでは本当に不利である。

ちなみにコーヒーとサリーの通行証の文字は漆、メイプルは変わっていない。

 

「例のクエストはそこまで難しくはないけど……MPの消費がなぁ……」

「うん。私の方はもうポーション無しだと無理ね」

 

通行証のランクが上がったことで、コーヒーとサリーは陸と漆の例の証を手に入れたのだが、要求される属性攻撃の総数量がどんどん多くなってきているのだ。特にサリーは魔法頼りなため、MPポーションに頼らないといけなくなっている。

 

ちなみにコーヒーの方は蜘蛛と子牛、サリーはナメクジと亀だった。

そんな中、確かに感じられる地鳴りが四層全体に発生した。

 

「うおっ!?」

「な、なに?」

「分からない……っと?」

 

突然の地鳴りにコーヒー達が驚く中、全員に運営からの通知が届く。

三人がメッセージを開いて確認すると、以下のことが書かれていた。

 

『プレイヤーが初めて玖の鳥居を突破したため、町が本来の姿を取り戻しました。また、これによりアイテム、クエストが追加されました』

 

「サリー!コーヒーくん!ちょっと出てみようよ!」

「うん、見てみようか」

「そうだな。確認しに行くか」

 

三人がギルドから出ると明らかに変わっている点があった。

 

「おお……あれは……」

「んー……見た感じ……鬼だね」

「四層は妖怪と呪術の町だったのか……」

 

町の中を歩くNPCは怪物や妖怪、鬼の姿に変わっており、店の店員も妖怪に変わっている。

というか、人魂まで飛んでいる。

 

「サリー?こういうのは大丈夫?」

「向かってこないし、驚かせてこないなら……いける!」

 

メイプルの質問にサリーはそう答えるが、表情は優れずついでに足も若干震えている。

 

「ひぃっ!?」

 

人魂がサリーの顔を横切ると、サリーは悲鳴を上げてメイプルにしがみつく。

 

「……取り敢えず、俺一人で探索してくるから」

「あはは……うん、分かったよ」

 

人魂にすっかりビビり腰となったサリーをメイプルに任せ、コーヒーは一人で町中を探索し始めていく。

猫又、首なが、のっぺらぼう、ひとつ目小僧……

完全に妖怪のオンパレードである。

 

「誰が到達したのかな……カスミさんがすんごい張り切っていたから、カスミさんが到達したのか?」

 

後日確認しようと考えていると、見覚えのある人物が細い路地へと入っている光景が目にとまった。

 

「テンジア……?あっちには何かあったか?」

 

コーヒーは疑問半分、興味本位半分でテンジアが入った細い路地に足を踏み入れていく。

だが、曲がり角が多い道の上に、それなりに距離もあったことからコーヒーはテンジアを見失っていた。最も、追いかけていた訳でもないので特に問題はないが。

 

「うーん……特に何もないな……ん?」

 

そんな中でコーヒーは一件のお店を見つける。

 

【ふわふわふれあいルーム】

 

「…………」

 

コーヒーは無言で扉を開けてお店へと入り、受付のNPCに代金を支払って奥へと進む。

そうして入った部屋の中には……ふわふわと浮かぶもふもふの猫が何匹もいた。

 

「…………」

 

コーヒーは無言のまま猫を抱き寄せた。

 

「……天国だ」

 

コーヒーはだらけ切った表情で呟き、もふもふを堪能していく。ブリッツはお腹がプニプニで触り心地が良いが、これも良い。

 

「……はぁぁ……癒されるぅ……」

 

こんな場所があるなら、もっと早くに見つけたかったと思いながら周りを見渡していると、座って猫を撫でていたテンジアと目があった。

 

「「…………」」

「……いつからいました?」

「最初からだ。お前もここを贔屓にしていたのか?」

「……いえ。このお店には始めて来ました」

「そうか」

 

何となく微妙な空気となる中、更なる来訪者が部屋へと入って来る。

 

「やっぱりここは癒されるなぁ~……あ」

 

声がした方にコーヒーが顔を向けると、そこにいたのは白いロングヘアーに青と白を基調とした服に身を包んだ女性―――変装したミィがいた。

暫しの沈黙からミィは咳払いして一言。

 

「兄上とCFも来ていたのか。奇遇だな」

「……あー、えっと……その……」

 

確かに知っている人が見ればすぐに気付くが、気の抜けた声からいつものカリスマ口調だと変装と合わさって逆に墓穴を掘ってしまっている。

 

むしろ、人違いのごり押しの方が良かったくらいだ。

何て言葉を返すべきか、非常にコーヒーが困っていると、またしても来訪者が訪れる。

 

「あ」

 

今度はメイプルであった。

 

「「…………」」

「えーと……その……」

 

コーヒーとミィが揃って無言となる中、メイプルが先程のコーヒーと同じような反応をする。

そんな状況で、何となく察したテンジアが助け船を出した。

 

「ミィ。こうなった以上は一切合切で話すべきだろう。二人もどう対応すればいいか困ってるからな」

「……分かったよ、お兄ちゃん」

 

ミィはそのまま今までの自分の態度が演技であったこと、素の自分を知られるのが恥ずかしくなり引っ込みがつかなくなった事を明かしていく。

 

「後、CFが【口上強化】と【名乗り】を広めたおかげで私も使わざるを得なくなって、もっと恥ずかしくなったし……」

「まさかあの気迫は……」

「……うん。恨みを晴らす絶好の機会だったから。お兄ちゃんの言葉を借りるなら千載一遇の好機だったから、絶対に燃やしてやろうと思ってました」

「ええー……」

 

まさかの八つ当たりにコーヒーは力なく言葉を洩らす。

 

「そもそも、何で広めたのよ?」

「……厨二病患者扱いされるのが嫌だったので。普通は使わないのが最善だと分かっていても、効果の魅力にも勝てなかった。なので、犠牲者を増やそうという考えで広めました」

「……苦労してるんだね」

 

心無しかコーヒーとミィは心の距離が縮まった気がした。

 

「そういえばテンジアさんって、四字熟語をよく使ってますよね?」

「四字熟語が好きだからな」

「ちなみに一番好きな四字熟語はなんですか?」

「響きで言えば百花繚乱だな。一心不乱、捲土重来も好きな四字熟語だ」

「そうなんですね!!」

 

その近くでは、メイプルとテンジアも仲良く話し合っていた。

その後、十分にもふもふを堪能した四人はせっかくだからという感じで一緒にモンスター狩りへと向かうのであった。

 

 

 




感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

星の雨を撃ち落とす

てな訳でどうぞ


コーヒーはメイプルと何時もの服に着替えてカリスマモードに入り直したミィ、テンジアと共に町を出た。

パーティーは町を出る前に組んである。

 

コーヒーはフィールドに出て早々に【クラスタービット】を二つ出現させ、一つの小舟状にしてそこにメイプルとミィを乗せる。

 

「……本当に便利だな。このスキルは」

「移動なら【暴虐】があるんだけどなぁ」

「毎回化け物での移動もどうかと思うし、テンジアはAGIが高そうだしこれで大丈夫だろ」

「ま、まああれに乗るよりは……精神的にはマシ……かもしれないな……」

 

どうやら【暴虐】メイプルの背中に乗るのは抵抗があるようである。

それに抵抗が無くなっている辺り……大分メイプルに染まっているとコーヒーは実感する。

 

「それじゃ、ナビゲートよろしく」

 

こうして四人はミィの目的の場所に向かって進んでいく。

暫くして目的の場所に辿り着いたのだが……

 

「……何やってるんだ?」

「羊毛で癒されてました」

「あー……気持ちいいー……」

「心満意足。幸せそうで何よりだ」

 

小舟の上で毛玉モードとなっていたメイプルとその中に潜って気が抜けた表情で気持ち良さげにしているミィにコーヒーはジト目を向け、テンジアは微笑ましげに見やる。

少しして現実に戻ってきたミィは羊毛から抜け出て小舟から降り、カリスマモードに再び入り直した。

 

「燃え上がれ、真紅の炎帝(バーストエンペラー)!爆ぜろ、【炎帝】!!」

 

【名乗り】と二つ名の由来となったスキルを発動するミィ。それを合図とするようにモンスターが次々と現れていく。

 

「蹂躙せよ、終焉城塞(ラストキャメロット)。慈しむ聖光 献身と親愛と共に この身より放つ慈愛の光を捧げん―――【身捧ぐ慈愛】」

 

メイプルも【名乗り】と【身捧ぐ慈愛】を発動してコーヒー達を完全に守っていく。

メイプルがいれば回避と防御に頭を回す必要がない。ただ攻撃すればいいだけだ。

 

「ふっ!」

 

テンジアも二振りの長剣を抜き、後ろから襲撃しようとしてくるモンスターを一太刀で次々と切り捨てていく。

 

「迸れ、蒼き雷霆(アームドブルー)!」

 

コーヒーも【名乗り】でステータスを強化して左右から迫るモンスターを撃ち抜いてHPを削っていく。

コーヒーが多少削り、ミィとテンジアが止めを刺す。メイプルは皆を守る。

それだけで狩りは拍子抜けするほど簡単に進んでいく。

 

「……これは、勝てないわけだ」

「大器晩成という言葉がある。今は勝てずともこの先も勝てないというわけではない」

「……そうだな、兄上。不撓不屈の精神で行くべきだな」

「その意気だ、ミィ」

 

グッと拳を握るミィにテンジアが優しく肩に手をかける。本当に仲が良い二人である。

 

「本当に仲良しさんですね。もしかしてお二人はご兄妹ですか?」

「否。私とミィは従兄妹の関係だ。血は繋がっていないが、大切な妹であることに変わりはないがな」

 

そんな会話をしながらも、彼らはモンスターを狩り続ける。

そうしてあらかた狩り尽くし、到着した湖でミィは脱力した。

 

「今日はありがとう二人とも。それとごめんね、お兄ちゃんもだけどかなり付き合わせちゃって……」

「別に構わないさ」

「そうだよ。でも、流石に眠くなってきちゃったかな……最後にこの柔らかさを堪能して終わろうかな。ミィもどう?」

「……じゃあ、お言葉に甘えて」

 

未だに毛玉モードのメイプルの提案に、ミィは素直に頷き再び毛玉の中に潜っていく。

 

「コーヒーくんとテンジアさんもどう?」

「……もう少し恥じらいを自覚すべきじゃないのか?」

 

流石に中に入るという意味ではないだろうが、女の子二人が潜っている毛玉を触るのには抵抗がある。

テンジアも同意するように若干呆れたような表情で頷いている。

コーヒーとテンジアは湖があるという事で、二人が毛玉で癒されている間は釣りでもしてみようと釣糸を垂らしたのだが……

 

「……釣れないな」

「ああ。釣れないな」

 

十数分経っても何も釣れないことにコーヒーとテンジアは揃って疑問を浮かべていた。

 

「DEXは結構上げてるのになぁ……」

 

そんな事を呟いた直後、コーヒーとテンジアはぐっと身体が引っ張られる感覚に襲われる。

 

「これは……」

「湖に引き寄せられている……のか?」

 

浮遊感に襲われ、なすすべなく宙を浮いて湖へと引き寄せられるコーヒーとテンジア、そして毛玉。

 

「お兄ちゃん!これは一体何なの!?」

「分からないが、何かしらのイベントの可能性が高い」

 

毛玉から顔を出して慌てたように質問するミィに、テンジアは比較的冷静に言葉を返していく。

そのまま四人が湖の真上につくと、今度は空へ向かって上昇していく。

 

「一体何が始まるんだろうな?」

「そうだね。もし落ちても私が守れるから……」

「いや、そうなったらメイプルは沈んで溺れるだろ」

「そうだった!」

 

取り敢えずは安全策で【クラスタービット】を自分達のすぐ下に配置して何があっても対応できるようにしておく。

そして5メートル程上昇した所で湖の水が柱のように伸びて四人を包み込む。

しかし、それも一瞬。光に包まれた瞬間、コーヒー達は別の場所に転移させられていた。

 

「ここは雲の上……なのか?」

「空には沢山の星が輝いている。エリアとしては空中のようだな」

 

ふんわりと柔らかい雲に足をつけ、空で眩しいくらいに輝く星々を視界に収めながらコーヒーとテンジアは呟く。

ミィも毛玉から出て、メイプルもこのままでは身動きできないから毛玉を焼いてもらって同じように雲の上へと降り立つ。

 

「綺麗だね……」

「うん。星が降る夜ってこういう夜と思えるくらい綺麗だよ」

 

メイプルとミィが夜空に夢中となる中、コーヒーは【遠見】を使って周囲を確認していく。

 

「うーん……この辺りにモンスターはいないな」

「そうか……そうなると、一度此処を探索すべきだろう。一望無限のここへもう一度来れるか分からないからな」

 

テンジアの提案にコーヒー達は特に反対することなく頷き、四人は雲の壁を乗り越えながら先へ先へと進んでいく。

メイプルとミィは【クラスタービット】に乗せてではあるが。

そうして進んでいくと真っ直ぐに伸びる雲の道に辿り着いた。道幅は二人がギリギリ横に並べるくらいの狭さだ。

 

「……絶対何かあるよな」

「ああ。この先に何かあるのが古今東西からのお約束だ」

「このまま何事もなく……は都合が良すぎるよね」

「メイプル。悪いが頼む」

「うん!任せて!!」

 

メイプルは素直に頷いて【身捧ぐ慈愛】を発動させる。

メイプルとミィは【クラスタービット】から降り、雲の道に足を踏み入れると……星が雨のように降り注いできた。

 

「ミィの言う通り、星降る夜だった……」

「いや、物理的な意味じゃないだろ」

「うん。物理的に降るなんて思わないよ……」

「狭い通路と星の雨……本来なら無理難題の難易度だな」

 

取り敢えずメイプルが普通に耐えられているので、四人は雲の道を進んでく。

降り注いだ星がコーヒー達に次々と当たっていくが、メイプルのおかげでノーダメージである。

 

「……流石に鬱陶しく感じるな」

「痛くはないが……煩わしさを感じるのは確かだな」

「うん。鬱陶しく感じるよ」

 

だが、星が絶え間なく降り注いでいるからどうしても鬱陶しさを感じずにはいなれない。

そこでコーヒーは物は試しとクロスボウを構えた。

 

「深淵に潜む光 輝きは次代に継がれ 此処に顕現す―――【聖刻の継承者】」

 

コーヒーは【聖刻の継承者】を発動。そのまま限定進化したスキルを発動する。

 

「照すは希望 煌めくは受け継ぎし刻印 天に昇りて絶望を祓う光の柱と化せ―――【聖槍ファギネウス】!!」

 

雲の上から空に向かって放たれる白き槍の弾幕。その槍の弾幕は降り注ぐ星を次々と撃ち落としていく。

 

「「…………」」

「これで少しは止むといいんだけどな。心無しか降る星の数も減った気がするし、今のうちに先に進むか」

 

そんな感じでコーヒーが襲いかかる星を破壊しながら進んでいると、横穴がある雲の壁へと到達する。

四人は横穴に入り慎重に進み、終着点へと辿り着く。

 

そこは煌めく光が注がれていた。

静かに、糸のように伸びる光。

それが天から雲で出来た器へと続いている。

 

「おお……」

「へぇ……」

「これ……」

「綺麗だな……」

 

四人は器に近づいて、溜まった光に触れる。

何かを触った感覚はなかったが、四人はそれぞれ一つのアイテム―――【天の雫】を手に入れた。

 

ピロリン♪

『スキル【彗星の加護】を取得しました』

 

「ん?」

 

新しいスキル獲得の知らせにコーヒーは首を傾げながらもスキルの詳細を確認していく。

 

===============

【彗星の加護】

野外フィールドで攻撃を当てた際、50%の確率で空から星が降って追撃する。

取得条件

一度の挑戦で降り注ぐ星を300回以上破壊した上で【天の雫】を入手すること

===============

 

こんな形で新しいスキルが手に入ったことにコーヒーは思わず苦笑いしてしまう。

 

「ん?どうしたのコーヒーくん?急に苦笑いして」

「いや、さっきの行動で新しいスキルを取得したから、な」

「え!?どんなスキル!?」

「簡単に言えば、外なら星が降って追撃するスキルだな」

「おおおお!」

 

その光景を、ミィとテンジアは何とも言えない表情で見つめる。

 

「……こうやって非常識なスキルを手に入れてるんだね」

「ああ。奇想天外の発想がこうして強くしているのだろうな」

 

こうして思わぬ冒険も終わり、それぞれログアウトするのであった。

―――翌日。

 

「んー……何かのキーアイテムだとは思うけど……CFもまたおかしなスキルを手に入れたわね」

「……ほっとけ」

 

呆れた眼差しを向けてくるサリーに、コーヒーは顔を明後日の方向に向けて答える。メイプルは曖昧な笑顔で見守っている。

 

「ま、どっちにしろ通行証をマックスにしないとね」

「そうだな。このアイテムの使い道を知る為にも進めないとな」

 

【雷神の証】と先日手に入れた【天の雫】の使い道を知るために、今日は通行証のランク上げに精を出すのであった。

その後、予想通り最初に玖の鳥居に到達したカスミからの情報で、最後の鳥居の隣に立て札があったとのこと。

その内容は以下の通りであった。

 

【次代の主は赤鬼の角、龍の逆鱗、天の雫、草薙の酒を持つ者に託す】

【炎神、雷神、水神、風神何れかの資格を持ちし者には今代の主が最後の試練を与える】

 

この情報からコーヒーのやる気が上がり、通行証のランク上げに全力を注いだのは言うまでもない。

ちなみに、メイプルは【炎帝ノ国】の【天の雫】を手に入れる手伝いをミィに頼まれた際、【機械神】で降り注ぐ星を撃ち落としたことで【彗星の加護】の取得に成功したとのこと。

 

これを機に、カミュラが範囲防御スキルの入手を真剣に検討し、新たなスキル取得の事実に【楓の木】の一部をのぞく一同はどこか悟ったような顔となったのは言うまでもない。

 

 

 




感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ガールズトーク

てな訳でどうぞ


【天の雫】の入手から時間が経ち、残り三つのキーアイテムもプレイヤー達の探索により入手場所が明らかとなった。

情報も出回り、調べれば四つのキーアイテムや敵のことを知ることは容易である。

 

ソロ攻略も不可能ではないが難易度が高いため、現状はソロで攻略できるプレイヤーは少数だ。

そして、例の証についてはあまり情報が出回っていないのも現状であった。

 

「んー……今はいいかな。此方の証のこともあるし、通行証のレベルも上げないといけないしね」

 

サリーは集めた情報から一人では苦労すると判断し、周りにも頼れる仲間もいることからキーアイテムの入手は後回しにすることを決める。

ちなみに【天の雫】はソロで既に入手済みだ。

……その難易度は格段に跳ね上がっていたが。

 

「踏み込んで早々に流星群は予想外よ……」

 

サリーは疲れたように一人呟く。

サリーがコーヒー達の情報を元に件のフィールドに訪れた際、一歩踏み出した時点で星が一気に降り注いできたのだ。

 

当然サリーは情報と違う展開にびっくり仰天。咄嗟に【八式・静水】を使わなければ死に戻りしていた程だ。

その後は流星群となったフィールドを駆け抜け、何とか【天の雫】を手に入れたのだが、同時にもう一つアイテムを手に入れたのだ。

 

「【水の宝玉】か……多分、【水神の証】を持っていたことが原因でしょうね」

 

サリーは自身のインベントリにあるアイテム名を呟きながら、今まで集めた【水神の証】を見やる。

今までの情報を合わせれば、コーヒーがいると【龍の逆鱗】入手の難易度が格段と上がりそうである。

そんな事を考えつつ、そろそろギルドから出ようとした所でちょうどギルドの扉が開く。

そこにいたのはサリーにとっては最近よく見る人物。

 

「やっほー、サリーちゃん。ちょうど出かける所だったー?」

 

フレデリカである。

フレデリカはちょくちょくやって来てはサリーに決闘を挑み、負けて帰るのがワンセットである。

ちなみに決闘はサリーの全勝だが、フレデリカも次第に攻撃を当てることが……まだできていない。

 

「まあね、通行証のレベル上げの為に雑魚狩りにね」

「そっかー……待っててもあれだし私も手伝うねー。ささっと終わらせて、一勝負!!」

「いいよ、ならささっと狩りに行こう」

 

フレデリカの提案を断る理由もなかったので、サリーはあっさりと承諾した。

 

「ふっふふー、今日こそは当てるよー。色々戦術を考えて来ているからねー」

「それいつも言ってない?」

「新戦術がいつも一回で破られるからでしょー。魔法を弾いたり、返したり、すり抜けたりするのは反則だよー」

 

何度も決闘しているから、フレデリカはサリーが一撃で沈む耐久値であること、厄介なスキルには制限時間があることは流石に知っている。知らなければ本当に間抜けではあるが。

サリーは今回どうやって勝とうかと思考を巡らせながらフレデリカと共にフィールドへと赴く。

 

「【六式・圧水】!」

 

サリーは両手のダガーに1.2メートル程の水の刃を纏わせ、モンスターを切り裂いていく。

【六式・圧水】。五分間の間、防御貫通能力と水属性のある水の刃を短剣に纏わせるスキルだ。

使用中は【ダブルスラッシュ】等の攻撃系統スキルが使えず、リキャストも一時間と長いが使い勝手が良いスキルである。

 

実際、例のクエストも【六式・圧水】で最初にある程度ゲージを溜めてから水魔法を放っているのだから。

【流水短剣術】はその殆どがプレイヤースキルが反映されやすいスキルであり、それが高いサリーとの相性は抜群であった。

 

「こっちも良いけど……やっぱり魔法もいいなぁ」

 

そう呟くサリーの視線の先には、得意の魔法で弾幕を張ってモンスターにダメージを与えているフレデリカだ。

コーヒーの魔法を見て思うことでもあるが、あまり魔法に手を伸ばしていないのが勿体無いようにも思える。

 

今のサリーは基本、壁を作って攻撃をずらすことにしか魔法を使っていない。

MPもそこそこにAGIとSTRメインへ舵を切っているから当然ではあるが。

 

「CFの場合は本来は後衛だからね……近接まで出来るようになったのは呆れたけど」

 

その近接もあくまで迎撃程度だからまともに打ち合えば勝つのはサリーだ。だが、コーヒーの近接には強力なノックバック効果がある。

 

強制的に距離を取らせ、本来の距離に持ち込めるのは地味に厄介である。

そんな事を考えながら戦い続け、サリーのレベルは35となる。

 

「ん……なるほどねー。あの時のカラクリはこれだったのね」

「ん?どうしたのー?新しいスキルでも手に入ったのー?」

「まあ、ね?用事も終わったし一戦やる?」

 

サリーが話題が変えるとフレデリカはすぐに乗ってくる。

そのまま二人は決闘専用のフィールドへと転移する。

そして……

 

「また負けたー!!あれは絶対当たったのになんでー!?まさか、新しいスキルの効果なのー!?」

 

フレデリカはまたしてもサリーに負けていた。

今回は偶然フレデリカの張った障壁がサリーの爪先に当たり、サリーはバランスを崩してしまった。

 

そのチャンスを逃すまいとフレデリカは【多重炎弾】を放ち、本物のサリーに命中した。

フレデリカはようやく勝てたと思ってはしゃいでいたらノーダメージのサリーに攻撃され、見事連敗記録を更新してしまったのだ。

 

「さあ、どうでしょうねー?」

 

対するサリーは答えずにはぐらかす。

今回手に入れたスキルは【空蝉】。一日に一度致死ダメージを無効にし、一分間自身のAGIを50%上昇させるスキルである。

 

取得条件はレベル35までノーダメージであること。第四回イベントでテンジアが【電磁砲】を受けて無傷だった理由がこのスキルがあったからだとサリーは気づいたのだ。

このスキルを手に入れたことで今回集中力が低下していたので、サリーは内心で反省しているが。

 

「やっぱり教えないよねー……サリーちゃん、この後時間あるー?」

 

フレデリカの質問にサリーは首を傾げていると、フレデリカは得意げな表情で明かしていく。

 

「実はねー、第四層に移転した【カフェピグマリオン】のテーブル席を予約しているのだよー!サクヤちゃんとレイドを誘ったけど、テーブル席だから後一人余裕があるんだよねー?どう?」

「え?ホントに?何か見返りを求めたりしません?」

「強いて上げるなら情報かなー?例の立て札の内容の心当たりがないかだけどー」

 

フレデリカのその言葉にサリーは思案顔となるも、競争相手が強くなるのもそれはそれで遣り甲斐がありそうだと思い、あっさりと了承することにした。

 

「いいわよ。当然奢ってくれるわよね?」

「予約したのは私だしー、懐はまだまだ暖かいから大丈夫だよー!」

 

そのままサリーとフレデリカは一緒に町へと戻り、フレデリカの案内でサリーは【カフェピグマリオン】へと足を運んでいく。

 

「店は通行証がなくても大丈夫なエリアにあったんですよね?」

「そうだよー。誰もが簡単に足を運べるし、お菓子も美味しいからプレイヤー達に人気なんだよねー」

 

そんな会話を続けながら歩いていると、目的の店まで目と鼻の先の距離となる。

店の前には既に先客が来ていた。

 

「サクヤちゃーん、レイドー、待ったー?」

「いや、そんなに待ってはいない」

「イエス。私とレイドさんが来たのはつい先程です」

 

フレデリカの言葉にレイドとサクヤは大丈夫だと告げる。

 

「しかし、サリーを誘ったとはな。今回の決闘はどうだった?」

「今回も負けデリカだったのではないでしょうか?勝っていたら、分かりやすい程上機嫌の筈ですから」

「ううー……絶対にサクヤちゃんに勝ちデリカと言わせてやるぅ……」

 

サクヤの辛辣な言葉にフレデリカは唸る。まあ、事実だからしょうがない。

そうして四人で店に入ると、カウンターのケース内には抹茶のロールケーキ、羊羮、カステラ、杏仁豆腐、きんつば、饅頭、三色団子、たい焼き、どら焼、モナカ、落雁等の和をメインとしたお菓子が並べられていた。

 

「よく来たな。いや、そちらの客が予約していたから当然か」

 

そんなカウンターの向かいには如何にも無愛想な茶髪の男性が和菓子職人の格好で佇んでいる。

 

「俺の名はアロック。【カフェピグマリオン】の店主だ。予約席は奥の個室だ。ゆっくりしていくがいい」

 

アロックはそう言って奥の襖で仕切られた個室に手を向ける。指差しでない辺り、最低限の客への礼儀はあるようである。

 

「……無愛想な店主ね」

「そうだねー。だけど、それがクールに見えて意外と人気があるそうだよー?今日のおすすめは?」

「本日のおすすめは芋羊羮とカステラだ」

「じゃあ、芋羊羮とカステラをお願いしまーす!みんなはどれにするー?」

 

フレデリカの言葉にサリー達はケースとにらめっこしてお菓子を選んでいく。

サリーは抹茶のロールケーキときんつば、サクヤは羊羮と三色団子、レイドはどら焼と饅頭を選び、奥の部屋でお菓子を堪能していく。

 

「うーん、やっぱり美味しいー!」

「イエス。ここのお菓子は本当に美味しいですね」

「ああ。NPCの店より人気なのも納得だな。惜しむらくは週に一回か二回しか開いていないことくらいか」

「そうね。もう少し開店していてほしいと思ってしまうわ」

 

絶品と呼べるお菓子を食べつつ、サリーは自身が今進行しているクエストの話をしていく。

 

「へー、そんなクエストがあったんだー」

「何とも変わったクエストですが……立て札の内容からして最後は戦闘になるでしょうね」

「そういえばドレッドが風魔法に精を出していたな。プレイスタイルから疑問に感じていたが……」

「もしかしたらそれ関連かもねー」

 

どうやらドレッドもサリーやコーヒーに似たクエストをこなしている最中のようだ。

 

「ところで、CFさんとはどうなっていますか?」

「ブフゥッ!?」

 

脈絡のないサクヤの質問に、緑茶を飲んでいたサリーは思わず吹いてしまう。

 

「?そんなに驚くことでしょうか?お姫様抱っこをされていましたからそれなりに親しいのでは?」

「そ、そ、そ、そんな訳ないでしょう!?アイツとはただのフレンド!!同じギルドのメンバーよ!!」

 

サクヤの言葉をサリーは慌てたように全力で否定する。そんなサリーをフレデリカはニヤニヤとした笑顔で見つめている。

 

「にゅふふ~、サリーちゃん、顔が真っ赤だよー?そんなに否定すると逆に何かあると思われるよー?」

「まあまあ、あんまり検索するとサリーが可哀想だぞ。だが、見た目では二人は年が近そうだし意外と気が合ってるのではないか?」

 

レイドはサクヤとフレデリカを宥めつつも、しっかりと関係性について質問してくる。

 

「いやいやいや!!確かにCFとはリアルでも知り合いですけど、そんな邪推しているような関係ではありませんよ!!」

「へー、リアルでも知り合いなんだー」

「これは美味しい情報ですね。恋愛の有りがちな展開で草ではありますが」

「!!うぅー……」

 

墓穴を掘ってしまったことに気づいたサリーはフレデリカとサクヤのニヤニヤとした視線を受けながら縮こまっていく。

 

「まあ、話を振った私が言うのもなんだが、実際CFの事はどう思っているんだ?」

「……一応、ギルドではメイプルの次に頼れるプレイヤーですね。後、勝ってみたい相手でもあります」

「そして、勝った暁に告白するのですね。ナイスなシチュエーションと言えます」

「違うわよ!?」

 

サクヤの言葉に机を両手で叩きながらツッコミを入れるサリー。しばらくはこのネタでからかわれそうである。

ちなみに今いる部屋は防音がしっかりしてあるので周りに迷惑をかける心配はない。防音でなければ、サリーはもっと恥ずかしい思いをしていたのであろうが。

 

「ちなみにこの階層のオススメスポットは人魂と共に月夜の満月が拝める場所ですね。誰かと一緒に行ってみてはいかがですか?」

「行かないわよ!?」

「でしたら私の新スキル【怨霊の焔】で慣れましょう。ドクロが見える焔に見慣れれば、実害のない人魂くらいはスルーできるようになる筈です」

「嫌に決まっているでしょ!?」

 

サクヤの提案をサリーは全力で却下する。

先日、サクヤが試しにサリーに自動追尾する攻撃スキルである【怨霊の焔】を飛ばした際、サリーは全力で逃げ去ったのだから当然である。

 

「あー……なるほどねー……私も幽霊系のスキルを手に入れようかなー?でも、それで勝っても何か複雑だし……」

 

サリーの反応から、フレデリカもサリーの弱点を理解したようである。しかし、プライドが邪魔してか悩んでいるようである。

 

「そ、それより!前から思っていましたけど、レイドさんの武器は結構変わってますよね!?」

 

サリーの強引な話の方向転換にレイドは苦笑しつつも、特に隠すことでもないので素直に応じていく。

 

「ああ。一応は長剣、刀のカテゴリーに当たる武器だな」

「このゲームの武器は他にもありますからね。円月輪や鞭、薙刀や曲刀と多種多様に渡ります」

「だからこそ、このゲームは人気だけどね」

 

その後は何気ない会話に花を咲かせ、サリーはお土産で幾つか購入してフレデリカ達と分かれるのであった。

 

 

 




感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

龍は九頭となる

てな訳でどうぞ


サリーが【カフェピグマリオン】のお土産を買ってから数日。

コーヒー達はギルドメンバー全員で山頂へと向かっていた。

 

「11人だから、今回も二組に分けないと無理だな」

「そうね。さっきの赤鬼と同じくメイプルとマイとユイ、シアンを固定にして私とクロムさんとイズさん、コーヒーはカナデとミキとカスミの組分けでメイプルのパーティーに混じるのが妥当ね」

 

コーヒーの言葉にサリーは頷く。

全員でモンスタードロップのキーアイテムを手に入れようという話となった時、サリーは例の流星群の話をし、難易度が跳ね上がりそうな【龍の逆鱗】は後回しにして先に【赤鬼の角】を手に入れようと提案したのである。

 

もちろん、サリーの提案に全員が頷き鬼退治を先に行ったのだが、戦車パーティーの前に瞬殺され、予定より大幅に時間が短縮されたのである。

その余った時間で龍退治に行こうとクロムが提案し、全員が満場一致で賛成したのでこうして向かっているのである。

 

「情報では……空中から電気の玉を吐き出す。高度を下げたタイミングで魔法や弓で攻撃。魔法攻撃は軽減されるため弓推奨。一定値までHPを減らせば地面すれすれまで降りてきての突進や爪攻撃、ブレス……貫通攻撃は爪だけ。しばらくすると空に戻っていく……ですね」

「それだけならほぼ勝ちだが……コーヒーがいると難易度が跳ね上がる可能性が高いんだろ?」

「【水神の証】を持っていたサリーが一歩踏み込んだ瞬間に星が降り注いできたそうだからな。CFがいたらその龍も強化されると考えるのが自然だな」

「ええ。例の立て札の順番からして……赤鬼が炎神、龍が雷神、雲が水神、峡谷が風神と関わりがあるでしょうね」

 

カスミの呟きにサリーが憶測を交えながら頷く。

キーアイテムの一つ【草薙の酒】は【天の雫】と同じ展開で手に入れるアイテムで、違いは絶景だが足場の悪い峡谷と、一番足場が悪い一本道の通路で鎌鼬が襲いかかってくるくらいだ。

 

鎌鼬を避けて辿り着いた洞窟の奥には湧水ならぬ湧酒があり、それを手で掬うことで【草薙の酒】が手に入るのだ。

そちらのアイテムもメイプルとパーティーを組んだことで既に入手済みである。

 

そうこう話し合いながら、メイプルの防御を受けながら襲いかかってくるモンスターを蹴散らして進み、一行は目的の魔法陣へと到着する。

 

「それじゃあ、先に行ってくるね」

 

戦車パーティーに加わったサリー達が魔法陣に乗り、光に包まれて戦闘フィールドへと転移される。

残されたコーヒー達は少しの間待つこととなった。

 

「どれくらい強化されるのかな?」

「サリーの話を聞いた限りだと、相当理不尽になりそうだね」

「一応【竜殺し】のスキルを持っているが……初見ではどうなるか分からないな」

「いざとなったらー、ジベェに乗って近づけばいいよー。メイプルが入ればー、簡単に近づけそうだしねー」

 

そうして話すこと数分。メイプル達は山頂へと戻ってきた。

 

「おかえり。どうだった?」

「情報通りだったからすんなりいけたな」

「そうね。空を飛んだメイプルちゃんと同行したシアンちゃんが一定値までHPを削って、地上に降りて来たところをマイちゃんとユイちゃんが攻撃したらあっさりと倒されたわ」

 

そうしてパーティーを編成し直し、戦車パーティーに今度はコーヒー達が加わる。

そして、戦車パーティーにとっては二度目となる龍退治へと赴く。

転移先のフィールドは荒野。

空は……暗雲が立ち込めている。

 

「あれ?あんなに雲が空一面を覆っていたかな?」

「いえ。暗い空でしたがあんなに雲はなかった筈です」

「うん。それに雰囲気もさっきとは違うし……」

 

どうやらさっきとは違う光景らしく、メイプル達が首を傾げていると、暗雲から雷がゴロゴロと音を鳴らして立ち込めていく。

そして、その暗雲からゆっくりと、九頭の金色の雷の龍が顔を覗かせた。

 

「……サリーの予想通り、難易度が跳ね上がったな」

「うん。真っ白な龍が金色の雷龍に変わったよ」

「首が九つー……九頭龍かなー?」

「これは……骨が折れそうだな」

 

そう呟いている間にも、九頭の龍は金色に輝く玉とブレスをコーヒー達に向かって放っていく。

五つの首から放たれたブレスはメイプルに当たるもノーダメージだ。

 

「ふっふっふ、効かないよ!!」

 

自慢気に胸を張るメイプルであったが、雷の玉が直撃した瞬間にその余裕は崩れ落ちる。

 

「ぎゃー!?雷の玉が貫通攻撃に変わってるー!?」

「癒せ、【ヒール】!」

 

雷の玉にぶつかった瞬間に赤いエフェクトが弾け、ダメージが入ったことにメイプルは焦りの声を上げる。

シアンがすぐに回復魔法を飛ばして事なきを得たが、コーヒー達は厳しい表情となっている。

 

「完全にパターンが変わってるね。この分だと他にも貫通攻撃がありそうだね」

「これじゃー、ジベェに乗って近づくのは危険だねー。どうするー?」

 

ミキが方針を聞く間にも今度は落雷が襲いかかってくる。ダメージは入らないが……ノックバックによりメイプルが吹き飛ばされる。

 

「うわわわ!?」

 

メイプルが吹き飛ばされたことで、コーヒー達は急いでメイプルの下へと駆け寄る。

その間も九頭の龍はブレスと雷の玉を放ち続けていく。

 

「迸れ、蒼き雷霆(アームドブルー)!!【避雷針】!!舞え、【雷旋華】!!」

 

コーヒーは【避雷針】で九頭龍の一番強力そうな雷の玉を誘導させ、残りを【雷旋華】を使って防いでいく。だが、落雷もブレスも威力が高いのですぐに破られてしまうだろう。

 

「【イージス】!!」

「癒せ、【ヒール】!」

 

その前にメイプルが装備を変更して完全防御スキルを発動し、シアンが直ぐ様回復させる。

 

「取り敢えずどうしようか?」

「まずはCFがあの龍のHPを削ってからだね」

「こちらから近づくのは流石に危険だからな。高度を下げたタイミングでメイプルとCF、シアンとカナデが攻撃を仕掛けるのが妥当だな」

 

ひとまず方針が決まり、遠距離からちまちまとHPを削っていく。

10分かけて龍のHPを削り、一定値まで減った九頭龍の内八頭は霧散するように消え、残った一体が暗雲から出て地上に向かって降りて来たのだが……

 

「……地上に降りて来なかったな」

「はい。地上にすれすれまで降りて来ませんでしたね」

 

爪に白く輝く玉をもった龍は暗雲と地上との中間の地点までにしか降りてこなかった。

 

「【飛撃】はギリギリ届きそうですけど……簡単に避けられそうです」

「……完全に私はお荷物だな」

「完全に近接プレイヤーじゃ勝てない仕様だよ。何か……ん?」

「カナデ?何か気づいたのか?」

「うん。よく目を凝らしたら、透明な足場が幾つも宙に浮いているんだよ。あれで近づくこと自体は出来るだろうね」

 

カナデの指摘に全員が目を凝らしてよく見ると、確かに一人佇める程度の広さの透明な足場があちこちに散らばって浮いている。

 

「本当だ。攻撃が派手で強力だから気付けなかったよ」

 

メイプルがそう呟く間にも、龍は爪に握った玉から光線を放ち、口からは先程よりさらに強力なブレスを吐き出し、暗雲からも雷を落としていく。

 

「うわわ!?あの光線も貫通攻撃なの!?」

「【避雷針】!!」

「癒せ、【ヒール】!」

 

またしてもダメージを負ったメイプルをシアンが直ぐに回復し、コーヒーが【避雷針】で攻撃を誘導して追撃を防いでいく。

 

「うーん……近づくのも一苦労だねー」

「あれを避けながら近づくのは……困難だよな」

「飛んで行こうにも……あれじゃ叩き落とされそうだし……」

 

何とか打開策を思いつこうと一同が話し合う中、カナデが思いついたように口を開く。

 

「そういえばミキ。この前釣り上げたアイテム【人間大砲】は必ずプレイヤーでなくてもいいんだよね?」

「そうだよー。ある程度の大きさの爆弾でも飛ばせるよー」

「いい案が思いついたのですか?」

 

シアンの質問にカナデはコクりと頷く。

 

「うん。上手くいけばCFとカスミを送り届けられるよ」

 

そのままカナデの作戦を聞いたコーヒー達は満場一致で賛成。ミキは発射アイテム【人間大砲】を取り出す。

 

「【鏡の通路】」

 

カナデは以前魔導書として保管していた【鏡の通路】―――通り道の出口の鏡を出現させ、【人間大砲】の中へセットする。

 

「それじゃー、発射ー」

 

ミキがそう言って砲身を叩くと、出口用の鏡が空に向かって打ち出される。

打ち出された鏡はそのまま龍の頭上にまで打ち上げられた。

 

「【鏡の通路】!」

 

カナデがそのタイミングで入口用の鏡をその場に出現させる。

 

「さあ、今だよ!!」

「ああ!」

「もちろんだ!」

 

カナデの掛け声に、【聖刻の継承者】を発動させたコーヒーと、新装備《身喰らいの妖刀・(ゆかり)》の効果で服装が濃い紫の袴と胸と両腕にさらしを巻いた、少々刺激が強い格好となったカスミがその鏡に飛び込む。

ミキのアイテムとカナデの魔法により、コーヒーとカスミは龍の頭上へと一気に到達した。

 

「照すは希望 煌めくは受け継ぎし刻印 天に昇りて絶望を祓う光の柱と化せ―――【聖槍ファギネウス】!!」

 

コーヒーは既に展開していた【クラスタービット】に乗って【聖槍ファギネウス】を発動。白い槍の弾幕と、追加で襲いかかる星々が龍のHPを削っていく。

 

「【終ワリノ太刀・朧月】!【紫幻刀】!」

 

カスミも龍の頭に降り立つと高威力の連撃スキルを二つ同時に使い、尻尾の方向へ走りながら攻撃を刻んでいく。

コーヒーは通常攻撃で矢を撃ち込みながら尻尾へと向かい、尻尾から転ぶように飛び込んできたカスミを受け止める。

カスミは【紫幻刀】の代償で某名探偵のように体が縮んでしまっているので受け止めること自体は容易だった。

 

スキルの代償は事前に見ていたので驚くことはないが……変身したカスミの姿にコーヒーとクロムは目を逸らしたのは言うまでもない。

そして、約二名から地味に痛い視線を受けたのも言うまでもない。

 

「あれだけ叩きこんでまだ四割も残っているのかよ……」

「あれだけ攻撃を叩き込んだのだが……やはり相当強化されているようだな」

 

コーヒーとカスミがそう呟いていると、龍は自身の身体から雷の龍を生み出しまたしても九頭となる。

そしてそのまま、地上に向かって降下していく。

 

「あ、これは勝ったな」

「ああ、勝てたな」

 

凶悪な姿に変化した龍が地上に向かって降りているにも関わらず、コーヒーとカスミは勝利を確信した。

何故なら、地上には凶悪な戦車パーティーが待機しているからだ。

九頭龍となった龍は、その九頭の顎を開いてメイプル達に迫るも―――

 

「「彼方の敵を攻撃せん―――【飛撃】!!」」

「照射せよ、【レイ】!【連続起動】!!」

 

【ドーピングシード】に支援魔法、ついでにパーティーメンバーのSTR上昇スキル【鼓舞】によって強化されたマイとユイ、シアンの攻撃により、九頭龍となった龍は残りのHPを全損させるのであった。

 

「……やっぱりあのパーティーは凶悪だな」

「そうだな……」

 

絶対に敵に回したくないパーティーだとコーヒーとカスミは沁々と思っていると、龍が爪で掴んでいた玉がゆっくりと浮かび上がり、そのままコーヒーの下へと向かいその手へと収まる。

 

「【雷の宝玉】……サリーの予想通りだな」

「ああ。やはり、例のアイテムがないとドロップはないみたいだな。私は【龍の逆鱗】しかドロップしていない」

 

【クラスタービット】の上で服装を整えながらカスミは自身の画面を確認して同意する。

カスミが落とした刀も回収し、魔法陣で元の山頂へと戻るとサリー達が出迎えてくれた。

 

「おかえり」

「戻ったか。結構時間が掛かったようだけど、やっぱり強化されていたのか?」

「ああ。見事なまでにな」

 

クロムの言葉に同意しながら、コーヒー達は今回の戦闘について語っていく。

 

「九頭龍かぁ……しかも貫通攻撃も増えてたのね……」

「普通なら理不尽なレベルよね。私の時もそうだったけど、あれは本当にキツかった」

「あれがフィールド全体に降り注ぐなら……確かに理不尽だな。障害物もあったし」

「普通に移動する分には問題ないけど……星が降り注ぐ状態じゃ本当にキツい」

 

その後は全員で座れる面積が大きいジベェの背に乗って山を降りるのであった。

ちなみに……

 

「うぇええ~~ん……集めた情報と全然違うわよぉ~~!」

 

紅蓮の炎を纏った二振りの金棒を振り回す赤鬼に返り討ちにあったとある女性プレイヤーは裏路地で一人泣き……

 

「おいおい……鎌鼬は奥の通路からのはずだろ!?」

 

フィールドに来て早々に鎌鼬に襲われた男性プレイヤーは驚きの声を上げていたそうだ。

 

 

 




感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

準備は念入りに

てな訳でどうぞ


九頭龍と化した龍との戦闘から四日後。

 

「くあー……流石に少し夜更かしだったか……」

 

大きな欠伸をかきながら浩は通学路を歩いていた。

昨日は通行証のランクが最大になる直前だった為、一気に通行証を最大ランクの【拾】に上げたのだ。だが、ログアウトした時点では既に日を跨いでおり慌てて眠りについたのだが、少々寝不足となってしまったのである。

そんな感じで学校に着くと、お馴染みの二人は既に教室にいた。

 

「おはよー、本条さんに白峰さん」

「おはよう、新垣くん!」

「おはよう新垣。今日は随分と眠たそうね」

「例のランクがマックス間近だったから一気に最大まで上げた結果です」

 

別段隠すことでもなかったので、浩は寝不足の理由を明かす。途端、白峰はからかうような眼差しを向ける。

 

「おやおやー?真面目に授業受けてる新垣さんは、今日は夢の世界行きですかなー?」

「その夢の世界にしょっちゅう行っているお前が言うことか?まあ、流石にこのままだと本当に授業中に寝そうだから、授業が始まるまでは机に突っ伏しておくことにするよ」

 

浩はそう言って会話を切り上げ、自身の机に突っ伏して仮眠を取り始めた。

今日の浩の休み時間のほとんどが仮眠となったのは言うまでもない。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

―――放課後。

 

「……なあ、みんな。最近、新垣が本条さんや白峰さんと仲が良い気がするんだが」

「それは俺も思った。今日の休み時間なんか、二人が新垣をよく見てたし……」

「確かに普段は休み時間中は読書か次の授業の準備をしているアイツが寝ていたのは珍しかったけど……」

「それに、たまに三人で会話しているところも見たし……」

「その事で山田大佐。少し心当たりがあります。発言よろしいでしょうか?」

「許可する。佐藤少尉」

「たまたま聞こえた会話に“ゲーム”という単語があり、ゲーム関連で仲良くなったのではないかと推察されます」

「ゲームか……どんなゲームか見当はつかないか?」

「それでしたら自分が。発言の許可を」

「田中大尉。許可する」

「New Wolrd Online。通称『NWO』の可能性が高いと思われます。こちらのタブレットの映像をどうぞ」

「……このメイプルってプレイヤー、顔が本条さんに似ているな」

「サリーは白峰さん似だね。新垣は……どれだ?」

「このコーヒーというプレイヤーじゃないか?髪の色は違うけど、顔全体は新垣に似ているし」

「じゃあ、新垣はゲームを通して二人と親しくなったのか?」

「その可能性は濃厚です。後、こちらの映像を」

「「「「…………」」」」

「……俺、ゲームのソフトを急いで買うわ」

「奇遇だね。僕もだよ」

「その前にハードも用意しないとな」

「ああ……そして……」

「「「「「白峰さんをお姫様抱っこした新垣をこの手でボコボコにしてやる!!」」」」」

 

非リア充の叫び声が上がるのであった。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

「さて……【雷神の証・拾】を手に入れにいくか」

 

今日もログインしたコーヒーは玖と拾の鳥居の間にある町中を探索していく。

【雷神の証】の捌と玖は入手しており、捌は白兎、玖は鰐だった。

建物に入っては中にいるNPCに話しかけて確認を何度も繰り返し、コーヒーは装飾品を売っている店で虫籠にいる蝉を見つける。

 

「その子は売り物じゃないよ……この子は家の大事な看板蝉だよ」

 

 

===============

クエスト【蝉の戯れ】を受注しますか?

《Yes》/《No》

===============

 

 

いつものように現れたクエスト受注画面。

コーヒーは迷わずに受注し、店主の内容も他の者達と同じだったので聞き流し、蝉に例のゲージが表示された時点でコーヒーは速攻で【ヴォルテックチャージ】で強化した【スパークスフィア】を蝉に叩き込んでいく。

 

それを三十回程繰り返し、蝉のゲージを満タンにする。

蝉は元気よく鳴くと、体から光を放って光の玉をコーヒーに向けて飛ばす。

光の玉は【雷神の証・拾】と刻まれた例の札へと変わってコーヒーの手元に収まる。

 

「これで全部かな……!?」

 

コーヒーがそう呟いた直後、今まで集めた【雷神の証】が勝手に自身のインベントリから出てきて、【雷神の証・拾】へとどんどん吸い込まれていく。

【雷神の証・玖】が吸い込まれると、札の文字が光を放ちながら形を変えていく。

 

光が収まると、札に刻まれた文字は【雷神社の案内板】に変わっていた。

まったく違うアイテムに変わったことにコーヒーが首を傾げていると、店主がその札を見て話し始めていく。

 

「その札は……そうか、お主は雷神様の従者を皆助けてくれたのじゃな。なら、その札を持ってこの町から北の方角にある社を探すがよい。場所は、その札が導いてくれる筈じゃ」

 

どうやら次は外のフィールドに出る必要があるようだ。

コーヒーはなんとなく店主にお礼を告げてから店を後にし、町の外へと出る。

【雷神社の案内板】は光を放っており、その光は北の方角に向いている。

 

「確かに札が導いているな……」

 

コーヒーは【クラスタービット】を出現させ、メタルボードにしてからその上に乗る。

 

「CF」

「ん?ミィに……テンジア達か。【炎帝ノ国】の上位メンバー全員と一緒とは……例のキーアイテム集めか?」

 

後ろから声をかけられ、振り返ったコーヒーはミィ達を視界に収めながら問いかける。

 

「ええ。今日はこのメンバーで鬼退治ですね」

「俺達は既に手に入れてるんだが……ミィがまだ手に入れれてないんだよ」

「予定があわなかったのか?」

「違うよ……ミィも都合のついたメンバーと一緒に挑みに行ったんだけど……返り討ちにあったんだよ……」

 

返り討ち。

その単語にまさかと思ったコーヒーを他所にミィ達は話を続けていく。

 

「実は……そこにいた赤鬼が出回っている情報と違っていたんだ」

「その赤鬼は紅蓮に燃える金棒を二つ持ち、高威力、高ノックバック効果がある攻撃を放ったそうだ。それも一網打尽にするレベルで」

「故に、ミィは最高戦力でその赤鬼を倒しに行くと決めた。奴の攻撃は非リア充の俺が防ぐ。だから、お前を倒すのはまたの機会だ」

 

相変わらずのカミュラは無視し、コーヒーはミィにある事を聞くことにする。

 

「もしかして……ミィは数字が刻まれた【炎神の証】を持っているんじゃないのか?」

「!?何故それを……まさかCFも……」

「こっちは雷神。龍が九頭龍にパワーアップした」

 

コーヒーは自身の【雷神社の案内板】を見せながら、自身のクエスト状況、【雷の宝玉】と九頭龍との戦闘、ついでにサリーの水神クエストについて話していく。

 

「そうか……前回挑んだあれは私がいたから強化されたのか」

「もう確定だろ。例の証持ちが挑んだら、難易度が上がっていたんだからな」

「例のフィールドが踏み込んだ途端にあの通路と同じ状態……確かに難易度が上がっているな」

「そうなると……普通は敬遠しそうだな。その【宝玉】が証持ちしか手に入らないなら、同じ証持ちじゃないと損なだけだからな」

「言われてみれば確かに」

 

イベント上の都合か、それとも単なる運営の悪意なのか。

考えられる可能性は……前者だ。

理由は簡単。コーヒーとサリーの情報を元にカスミはそのクエストが受けられる場所へ赴き、受注可能であることを確認した。

 

次にコーヒーとサリーはそれぞれが進行しているクエストのスタート地点へ赴いたのだが……イベントフラグが立たなかったのだ。

この事から例のクエストは一種類しか受けられず、何れかのクエストを受けないと【宝玉】は手に入らないように設定されているのだと気づいた。

 

「まあ、どっちにしろ例のクエストを進める上で必須のアイテムであることには違いないけどな」

「ああ。最後の方が相当な修羅場となるだろうが……進めておいて損はない筈だからな」

「確かに」

 

コーヒーはキリのいいところで会話を切り上げ、【雷神社の案内板】が示す方角へと向かって飛び立っていく。

空を飛んで悠々と進んでいき、コーヒーは薄暗い森の中へと辿り着く。

 

「おおう……如何にもな場所だな……」

 

第二回イベントの幽霊の森のような雰囲気に少し怯みながら、コーヒーは案内板が示す方角を頼りに進んでいく。

モンスターと遭遇することもなく暫く歩き続けていると、少々風化してはいるが圧倒的な存在感を放つ小さな社の前へと辿り着いた。

 

「入り口は……閉まっているな。ここでの定番はキーアイテムを掲げることだな」

 

コーヒーはそう呟いて、【雷神社の案内板】を入り口である引き戸へと翳す。

途端、案内板と引き戸は輝き、引き戸はゆっくりと動いて開き始めていく。

 

入り口が完全に開き切ったところでコーヒーは中へと入る。

社の中は左右の壁には幾つもの仏像が鎮座されており、部屋の奥には僧服姿の金色の鬼が静かに正座していた。

 

「人間か……儂に何の用だ?儂は体調がよろしく……ん?それは……」

 

生気がない金色の鬼はコーヒーが持つ【雷神社の案内板】に気付くと、どこか得心がいったような表情をする。

 

「そうか……お主が我が従者達を助けてくれたのか……儂は雷神。数年前に病を患い力が弱まってしまった、この社の主だ」

 

僧服の鬼―――雷神は自身のことを話し始めていく。

 

「儂は代々の町の主に力を与え、守護の為に儂の加護を受けた従者達を町に住まわせていた。じゃが、数年前に病を患い、療養に専念したのだが……力の供給が途絶えたことで従者達には辛い思いをさせてしまった」

 

雷神は本当に申し訳なさそうに語っている。よほど悔いているのだろう。

 

「そして……病こそ治ったが力は弱まったまま……このままでは我が従者達は再び弱ってしまう。人間よ、儂の願いを聞いてくれんか?」

 

 

===============

クエスト【雷神の復活】を受注しますか?

《Yes》/《No》

===============

 

 

クエスト受注画面が出たのでコーヒーは迷わずに受注し、同時に雷神が再び話し始めていく。

 

「実は、膨大な雷の力があれば儂は力を取り戻せる。じゃが、その雷の力は膨大……お主が従者達に与えた雷の比にはならないくらい、膨大な雷を一度に注ぎ込まねばならぬのだ」

 

それを聞いたコーヒーは、最大強化した【グロリアスセイバー】なら足りるかな?と考えたが、まずは雷神の話を最後まで聞くことにする。

 

「無論、手がないわけではない。儂が永年の年月をかけて力を溜め込んだ玉……【雷の宝玉】を使えば儂は力を取り戻せる。しかし、その宝玉は儂と宝玉が認めし者以外には牙を向くのじゃ。具体的には試練の場に力を与えて……の」

 

どうやら例の難易度上昇は宝玉の試練という設定だったようだ。もしかしたら、例のクエストを受ければメイプル達はもう戦わずに【雷の宝玉】を手に入れられるかもしれない。

 

「本来なら儂が直接赴ければ良いのじゃが……此処を長時間離れられる程力が戻っておらんのじゃ。厳しい試練となるじゃろうが……【雷の宝玉】を持ってきてくれんかの?無論、相応の礼はしよう」

 

雷神の会話はそこで途切れる。

ここから【雷の宝玉】を手に入れに行くのだろうが、既に入手しているのでコーヒーは自身のインベントリを操作して【雷の宝玉】を取り出す。

 

「それは、確かに【雷の宝玉】……!宝玉の試練を無事に乗り越えられたのじゃな」

 

イベントが進行したのでコーヒーは【雷の宝玉】を雷神に手渡す。途端、宝玉が光輝いて弾け飛び、同時に雷神の顔に活気が満ちていく。

光が収まると、雷神は僧服の上からでも分かる程に筋骨隆々となり、威厳と活気に満ち溢れていた。

 

「感謝するぞ、人の子よ。これで儂も本来の役目を果たせられる。無論、此度の礼はしよう。少し待っておれ」

 

雷神はそう言って、机の上に紙を置き、筆ですらすらと何かを書いていく。やがて書き終えると折り畳んで封をしてコーヒーに手渡す。

 

「本来は町の主に力を授けるのじゃが……これを持って町の主に会うと良い。そこで町の主が力を継ぐに相応しいか試すじゃろう」

 

コーヒーは雷神が書いた手紙を受け取ると、【雷神の資格】という名のアイテムとして表示される。

例の立て札に書かれていた資格とはこれのことかと納得し、コーヒーは社を後にしていく。

 

「さて……このまま挑戦すべきか、それとも準備をすべきか……」

 

挑戦権を得られた以上、このまま挑んでも良いのだろうが、九頭龍のことを考えると返り討ちに合う可能性がある。

 

「まずは準備と情報収集だな。情報は……次代の主イベントを基準にすればいいか」

 

コーヒーはすぐに挑戦せず、まずは準備と情報収集に専念することを決める。

三日後……

 

「……絶対に鬼畜仕様だな」

「ええ。間違いなく鬼畜仕様でしょうね」

 

ギルドホームで机に突っ伏したカスミを尻目に、コーヒーとサリーは最後の試練の予想で深い溜め息を吐く。

拾の鳥居の先にある建物に住んでいる鬼はプレイヤーの選択した職によって戦闘スタイルが変わるようであり、サリーなら小太刀、コーヒーなら両剣ならぬ両刀のような弓となる。

 

挑戦したプレイヤーはカスミを含めて何度も返り討ちに合っており、どこかに弱体化のフラグがあるのではないかと言われる程だ。ちなみにソロ限定である。

 

「弱体化は……まずないだろうな」

「そうね。“最後の”試練である以上、弱体化はないでしょうね」

「しかも、その主は間違いなく強化されるだろうから……」

 

コーヒーは若干遠い目となって天井を見上げる。正直、勝てるかどうか怪しい。一応、次代の主イベントに関してはキーアイテムの消失はないようだが、こちらもそうだとは限らない為、慎重になっていた。

 

「うん……挑戦はレベルを上げるかスキルを増やして挑むしかないわね」

 

サリーも自身のインベントリから取り出した【水神の資格】を眺めながら呟く。サリーも無事にクエストをこなし、最後の試練への必要なアイテムを手に入れられたのである。

 

「フィールドは荒野のようだから【彗星の加護】は機能するだろうが……」

「私も【終式・睡蓮】が決まれば可能性はあるんだけど……」

「初見だと、相当厳しいよなぁ……」

「そうね。絶対攻撃パターンは変わってるわよね……」

 

互いに【宝玉】での出来事を思い出し、コーヒーとサリーは揃って深い溜め息を再び吐く。

 

「あれ?サリー、コーヒーくん。カスミはどうして机に突っ伏しているの?」

 

そのタイミングで、部屋に入ってきたメイプルが元気ないカスミの姿に首を傾げてコーヒーとサリーに質問してくる。

コーヒーとサリーは気分を切り替える意味でも、カスミが突っ伏している理由である、例の鬼について話していく。

 

「サリーはまだそこまで行けてないんだっけ?」

「うん、例のクエストを進めていたからまだ入れないね」

「コーヒーくんはどうするの?」

「正直、今挑んで勝てるか凄く怪しい。例のクエストからそのボスは強化されるのが目に見えているしな」

「サリーは?」

「私も同じかな。今出回っている情報だけでも厳しいと感じているからね」

「だからカスミはあんな感じになっているんだね」

 

今のカスミは、何とか攻略しようとしては倒され続けたプレイヤーの成れの果てである。

 

「それよりも次のイベントだな。第五回は第三回の時みたいなイベントだな」

「うぐ……大人しく通行証のランク上げに専念するね」

 

この階層ではやることが多いメイプルは今回のイベントはある程度スルーするつもりのようだ。

まあ、メイプルにとってはあまり得意なイベントではないから当然である。

 

「それがいいよ。この町はやることが多いし」

 

サリーも無理にメイプルにイベント参加を強制せず、素直に同意する。

メイプルは町を探索するため、羊の角と着物を装備して町へと出ていった。

 

「さて、俺はレベル上げとスキルの熟練度を上げに行くかな。サリーは?」

「私は通行証のランク上げかな。最大にしとかないとあの建物に入れないからね」

「確かに」

 

コーヒーは肩を竦めて同意し、最後の試練を攻略する為に今できる準備を続けるのであった。

 

 

 




感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五回イベントと挑戦

てな訳どうぞ


十二月の第一週。

第五回イベントはフィールド探索型として開催され、フィールドは白い雪に覆われ空からは静かに雪が降り始める。

 

「十二月の終わりまではこのままらしいよー」

 

第四層のギルドホーム、その窓から外を眺めるサリーは部屋にいるメイプルとコーヒーに言う。

 

「綺麗でいいよねー……歩きにくくなったりしないし」

「確かに。リアルじゃ場合によっては雪かきする必要が出てくるしな」

「だね」

 

メイプルの感想にコーヒーとサリーは同意して頷く。

 

「それじゃ、そろそろ行きますか。CFも行くんでしょ?」

「もちろん。今回のイベントでレアアイテムを手に入れたいしな」

「そうね。最奥のボスキャラを倒すためにも、レアアイテムは手に入れておきたいところね」

 

そうしてコーヒーとサリーはギルドホームから出ていき、それぞれ別行動でフィールドへと出ていく。

 

「今回の高ポイントモンスターは何としても見つけて倒さないとな。いや、あんまり欲をかくと物欲センサーが働くか?」

 

コーヒーはぶつぶつと呟きながらメタルボードでフィールドを移動していく。

討伐対象のモンスターは四種類。

コーヒーが狙っているレアアイテムをドロップするモンスターは大きな雪だるま型のモンスターである。

 

コーヒーは雪だるま型のモンスターを探しながら、十八番の【スパークスフィア】とクロスボウの射撃、半分の確率で発動する星の追撃でモンスターを倒してポイントを稼ぎつつ、雪だるまを探していく。

 

「雪だるまは炎属性の攻撃なら簡単に倒せるけど、取ってないからなぁ……でも【一撃必殺】があるから大丈夫か」

 

雪だるまはボスモンスターではないので【一撃必殺】が通用するのは有り難い。それがなければ苦戦は必須だからだ。

そんな上空からイベントモンスターを倒して回ること一時間、ようやく目的の雪だるまを見つけた。

 

「一発で落としてくれよ?」

 

コーヒーはそう呟いてクロスボウを構え、頭上から矢を連続で放っていく。

矢を六回ほど頭に受けた雪だるまは【一撃必殺】が決まって光となって消えていく。

 

「ドロップは無しかー……やっぱり一回じゃ出ないよな」

 

コーヒーは肩を落としつつも、次の雪だるまを求めて再びフィールドを飛んでいく。

 

「……本当にどっちも強いよな」

 

コーヒーが呟いて思い浮かべるのはメイプルとサリーの姿。

まさかクラスメイトが同じゲームをやっているとは思わなかったし、こうして関わりを持つことも当時は予想していなかった。

 

片方はとんでもない鉄壁プレイヤー。相性自体は悪くはないが、化け物になったり、兵器を生やしたり、無敵の死神にもなる。

しかも、最近は毒に即死効果が付き、自身と同じく星の追撃がくるようになった。

 

もう片方は素が異常なプレイヤー。回避能力が高く、自分の土俵に持ち込まないとやられかねない。

時折、サリーと一緒だと周りから生暖かい視線を向けられるのが少し辛い。

 

「……ゲームに恋愛はないだろ、うん」

 

ある意味逃げの考えでコーヒーは結論づけて、雪だるま探しに集中するのであった。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

一方、サリーは少し休憩していた。

 

「ふー……追いつけないなぁ」

 

そう呟くサリーが思い浮かべているのは、自分が誘った友人とクラスメイトの男子。

コーヒーとはゲームという共通の話題が上がるまではたまに会話で同意を求めるくらいにしか話を振らない関係だった。

それが今やゲーム仲間であり、勝ちたいプレイヤーの一人となっている。

 

「メイプルもだけど、CFも強いからなぁ……」

 

イメージの中で何度もメイプルとコーヒーと戦っているが、今のところ全敗。勝ち筋を見出だせていない。

そんな二人に勝ちたいとスキルを探したり、情報を集めてはいるがどうにもこれだ!というものは見つかっていない。

 

「魔法は雷属性で範囲も広い。武器は遠距離。プレイヤーキル向けのスキル持ち。しかもスキルで近接もできる。しかも外だと星が降ってくる……本当に強すぎでしょ」

 

サリーは自身のスキル欄を改めて確認する。

 

「【名乗り】……いつか本当に使う羽目になるかも」

 

【詠唱】を使っていたことで取得した【名乗り】をサリーは現在使っていない。理由は……黒歴史が顔を覗かせているからだ。

使っても大差はない……と考えてはいるが、使わざるを得ない日が来るかもしれない。

 

「まあ、厨二病扱いされるスキルを使うCFに助けられた場面もあった、し……」

 

そこでサリーが思い出したのはお姫様抱っこされた記憶とおぶってもらったまま寝てしまった記憶。

その恥ずかしさを思い出し、サリーの顔がたちまち赤く染まっていく。

 

「~~ッ!!休憩終わり!!二人に勝つためにも、今回のイベントでドロップするアイテムを手にいれないとね!!」

 

サリーは羞恥心を振り払うように、再びフィールドを走り出してモンスター狩りを再開するのであった。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

時は流れてクリスマス。

 

「メリークリスマス!!来年もよろしくお願いします!!」

 

【楓の木】のギルドホームでは、全員が集まってクリスマスパーティーをしていた。

クリスマスパーティーをしている理由は今年全員で集まれる機会が今日だけであり、メイプルの提案に全員が賛成した結果である。

 

「今年は色々ありましたけど、来年も皆で楽しく出来ると良いね!!」

「そうだね。来年も楽しく出来たらいいね」

 

メイプルの言葉にカナデが同意し、コーヒー達も頷いて同意する。

 

「来年はどうなるだろうな?」

「少なくとも退屈はしないだろうな。来年もメイプルがまたおかしな方向に進化しないといいが……」

 

クロムはそう呟くも、自身も含めてメイプルはまたド肝を抜く進化をするだろうと確信していた。

 

「【カフェピグマリオン】のクリスマスケーキ、本当に美味しいねお姉ちゃん!」

「そうだねユイ!デコレーションも綺麗で素敵だし、食べるのがもったいないくらいだね!」

「うん!サンタさんがすごく可愛いよね!」

「「うんうん!!」」

 

マイとユイ、シアンは【カフェピグマリオン】の予約限定のクリスマスケーキに夢中となっている。

 

「アロックには感謝しないとな。真っ先にクリスマスケーキの購入を聞いてきてくれたんだからな」

「そうね。出来ればお礼にパーティーに招待したかったけど、リアルの都合があるから断られちゃったのよね」

「仕方ないだろ。無理に誘うわけにもいかないし、代わりに次の階層へのボス戦に同行することにしたしな」

 

イズが少々残念そうに告げ、クロムは仕方ないと肩を竦める。ちなみに予約したケーキはその日になったらギルドホームに届けられるように手配していたようで問題はない。

ついでに【集う聖剣】と【炎帝ノ国】もクリスマスパーティーの真っ最中である。

 

「このまま和気藹々と話しててもいいが……少し盛り上がりに欠けるな」

「じゃあー、これを使って盛り上げるー?」

 

カスミの呟きに応えるように、ミキがまたしてもおかしなアイテムを取り出す。

 

「……それは何?」

「【キングのオーダーは絶対】というアイテムだよー。参加者には数字がランダムに掲示されてー、アイテムが指示した行動を取らないとー、大変なことになるアイテムだよー」

「また不吉なアイテムを……」

 

完全に王様ゲームが元となったアイテムにコーヒーは頭痛を覚える。

 

「すごく面白そう!せっかくだからやろうよ!!」

 

ギルドマスターのメイプルがノリノリな為、なし崩し的に王様ゲームが開催される。

そして……

 

『三番は十番にしっぺ』

『六番は一番の肩を揉む』

『七番は三番に愛の告白をする』

『八番はこの中で一番世話となった人に土下座をする』

『五番は四番と抱きしめ合う』

『九番は二番と恋人繋ぎをする』

『一番は四番に膝枕される』

 

……このような命令が下されるのであった。誰が実行したかは……ご想像にお任せする。

ちなみに大変なこととは、ゲーム内での半年以内の恥ずかしい出来事がBGM付きで映像として公開されることであった。被害者は痛いBGMで公開処刑シーンを流された回避盾である。

そんなクリスマスパーティーから少し過ぎたある日、コーヒーはギルドホームに顔を出していた。

 

「お、サリーとメイプルも来てたのか」

「そう言うCFもね。プレゼントは手に入った?」

 

そう言うサリーの手には黄色の箱が収まっている。メイプルも赤い箱を両手で持っているので雪だるまから無事にドロップしたようだ。

クリスマスパーティーでドロップの話をしなかったのは、場の空気を悪くしかねないから敢えて話題に出さなかったのである。

 

「何とか。数え切れない程倒してようやくといった感じだな」

 

コーヒーはそう言って自身のインベントリから水色の箱を取り出す。イベント終了直前にようやくドロップしたので、それまでに倒した雪だるまの数はもう覚えていないのだ。少なくとも30を過ぎた辺りで数えるのを止めてしまったから、その倍は倒した感覚がある。

 

「そっか。私も何体倒したか覚えてないんだよね」

「そっちもか。まあ、低確率だから仕方ないか。メイプルはどうだったんだ?」

 

コーヒーは互いの苦労を分かち合おうとメイプルに話を振ったのだが、それは失敗だったとすぐに思い知らされた。

 

「う、うん!私も結構苦労したよ!うん!もう何体倒したか覚えてないよ!!」

「……サリーさんや、メイプルさんのこの反応はどうでしょうか?」

「間違いなく嘘を付いている反応です」

「……物欲センサーって、実在するんだな」

「そうね……無欲が一番得をするのは本当みたいね」

 

あの反応からして、数える程度しか雪だるまを倒していないと気づいたコーヒーとサリーはハイライトが消えた目で呟く。

もし一回でプレゼントを手に入れたと知ったら……二人は揃って部屋の隅でいじけていただろう。

 

「そ、それより早く開けちゃおうよ!!さーて、何が出るのかなーっ!?」

 

メイプルが本当に誤魔化すように箱を開けようと言ってきたので、コーヒーとサリーは特に反対することなく、リボンを解いてプレゼントの蓋を開ける。

中には……巻物が一つだけ入っていた。

 

「全員、スキルの巻物だな」

「そうだね。どんなスキルなのかな?」

「イベントからして氷系統のスキルかもね」

 

そんな事を話し合いながら、コーヒーは自分の巻物のスキルの情報を確認した。

 

 

===============

【羅雪七星】

自身のHPが一割以下となった時に使用できる。

発動から一分の間に対象に武器によるダメージを七回与えることで、対象を氷の中に閉じ込める。氷の中に閉じ込められた対象は行動不能となってVITが0となり、次の被ダメージが五倍となる。

一分以内にダメージを七回与えられなければ失敗となり、使用者は問答無用で死亡する。

使用回数は一日1回。

口上

この命を賭けて吹雪く絶対零度の粉雪 七つの星が刻まれし時 極寒の檻に閉じ込め砕き散らさん

===============

 

 

「おいこら運営。別ゲーの技をパクってんじゃねぇよ」

 

完全にどこぞのゲームキャラのイベント専用技にコーヒーは思わず声に出してツッコミを入れる。

 

「別ゲーの技って……どんなスキルなのよ?」

「【羅雪七星】。簡潔に説明するとHPが一割以下の時に使用できて、一分以内に七回ダメージを与えると対象を行動不能にして次のダメージを五倍にするスキルだ」

「……うん。完全に別ゲーの技のパクりね。一応は差分化されてはいるけどね」

「あっちは冷凍光線で氷漬けにしてからの連続攻撃だからな……ちなみにサリーのスキルは?」

「【氷柱】というスキルね。MPを消費して破壊不能の氷の柱を生み出すスキルね」

「うわぁ……すんごい便利じゃないか」

 

破壊不能の氷の柱を作れるとか……足場にしたり攻撃を完全に防ぐ壁にしたりとかなり使い勝手が良すぎる。

 

「ちなみに回数制限は?」

「ないわね。代わりに本数制限があるけど」

「マジで羨ましい。メイプルは?」

「私は【凍てつく大地】というスキルだね。自分を中心とした半径五メートル以内の地面に接触しているプレイヤーやモンスターを発動から三秒間移動不能にするスキルだよ」

「こっちも凶悪だった」

 

タイミングにもよるが、移動出来ない状況で毒や弾丸を叩き込まれ、追加で星が落ちてきたら……うん、悪夢に違いない。

 

「CFだって十分に凶悪でしょ。【羅雪七星】が決まった状態で【グロリアスセイバー】を放ったら、大概の敵はそれでやられるわよ」

「言われてみれば確かに……けど、一日1回しか使えないし、失敗したら死亡だからなぁ……」

「うわぁ……デメリットも結構大きいわね。けど効果を考えれば釣り合っているんじゃない?」

「とりあえず、私のスキルは強そうなモンスターは凍らせちゃえばいいってことだね!」

「それでいいと思うよ」

 

メイプルの言葉にサリーが同意し、コーヒーも頷いて同意する。

おかしな使い方は効果からして出来ないだろう。……出来ないよな?

そんな不安を抱く中、メイプルは課題の為に今日はここでログアウトすると伝える。

 

「サリーとコーヒーくんは?」

「私はもう終わらせたから遊ぶよ?」

「俺は……まだ課題は残っているかな。計画的にやっているからもう少しで終わるけど」

 

そうしてメイプルがログアウトした後、コーヒーとサリーは二人きりとなる。

 

「今日はどうする?」

「今日は……最後の鳥居の向こういるアイツに挑戦しに行こうかと。強力な新スキルも手に入ったしな」

「そっか、ついに挑むのかー。後で情報よろしく」

「見返りは?」

「ゲーム内での食事の奢り一回」

「了解」

 

ちゃっかり見返りを約束してもらったコーヒーはギルドホームを出て、最後の鳥居の向こうにある建物へと向かっていく。

最後の準備を終えて最上階の襖を開けると、畳が敷かれた部屋の一番奥には真っ白い袴と着物を着た白髭を生やした二本角の鬼が一人座っていた。

 

「おぉ……まさか人間が来るとはな」

 

鬼はそう言うと立ち上がりコーヒーの方へと歩いてくる。

 

「ん?そうか……お前が雷神が念話で言っていた人間か。ならついて来い」

 

鬼はコーヒーに背を向けてもといた場所へと戻っていき、地面に魔法陣を描くとその場から消えていった。

 

「迸れ、蒼き雷霆(アームドブルー)

 

コーヒーは【名乗り】を使って気を引き締め、魔法陣に乗る。

転移先は荒野。ここは同じようである。

 

「では、お前が雷神の力を受けるに相応しいか、俺が直々に試そう」

 

鬼はそう言うと、左手から白い光が弾け、情報通りの弓が握られる。

そして、右手を掲げると……鬼の体から金の光が飛び出て来た。

金の光は鬼の周囲を飛び回り、金色の陣羽織となると鬼の体に張り付いた。

 

「俺を倒せ。出来れば雷神の力を授けてやろう」

 

鬼はそう言って矢をつがえて戦闘体勢に入る。

コーヒーも戦闘モードとなってクロスボウを構える。

四層の【最強】との戦いの火蓋が、ここに切って落とされる。

 

 

 




正直悩みましたが、【羅雪七星】はオリ主が使うことにしました
元となった技の仕様上、どうしても【氷刃】さんでは使う機会がなさそうなのと、使えるようにすると、使用後死亡というデメリットにしなければならないという一種のこだわりからこうなりました
感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

主との戦い

てな訳でどうぞ


最初に攻撃を仕掛けたのは鬼だった。

鬼は神業と呼ぶべき技量で雷の矢を矢継ぎ早に次々とコーヒーに向かって放っていく。

 

「【ヴォルテックチャージ】!舞え、【雷旋華】!!」

 

コーヒーは威力を増幅させた【雷旋華】でその矢の雨霰を防いでいく。

 

「深淵に潜む光 輝きは次代に継がれ 此処に顕現す―――【聖刻の継承者】!!」

 

続けてコーヒーは【聖刻の継承者】を発動させる。狙うは短期決戦。長期戦になると次第に自身が不利になると判断したからである。

 

「群れなすは光の結晶 暁を照らす光は我が従者 此処に顕現し我が守手となれ―――【クラスタービット】!!」

 

さらに【クラスタービット】を発動し、剣翼モードで自身の周囲に待機させる。

 

「【聖槍ファギネウス】!!」

 

【雷旋華】が切れたタイミングで、コーヒーは大技をすぐさま放ち無尽蔵のような槍の掃射を鬼に向かって放っていく。

鬼は刃の付いた弓で槍を次々と弾き飛ばしていくが、その度に空から星が降ってきてさらに攻撃の密度を増やしていく。【彗星の加護】もしっかり働いてくれているようだ。

 

「ブリッツ、【散雷弾】!!」

 

さらにブリッツにも攻撃を指示して雷の散弾を放たせる。ブリッツの雷属性の攻撃を鬼がどう対処するかによって【雷帝麒麟】の魔法が通用するか判断するのが狙いだ。

鬼はブリッツの【散雷弾】を体捌きで避ける。どうやら大幅な軽減効果は無さそうである。

 

「迸れ!【リベリオンチェーン】!!」

 

そこでコーヒーは【リベリオンチェーン】を発動させる。槍の弾幕を捌いている鬼を雷の鎖で縛り、攻撃をダイレクトに叩き込ませるのが狙いだ。

 

「【雷神結界】!!」

 

だが、鬼は【リベリオンチェーン】が目と鼻の先の距離となった時点でそう告げる。すると、鬼の周囲に雷の壁が地面から湧き出て、鬼を覆い隠してしまう。

そして、雷の鎖は弾かれ、槍と星もその雷壁によってすべて防がれてしまった。

 

「メイプルの【イージス】のような完全防御なのか!?」

 

明らかに情報のない仕様にコーヒーは驚きの声を上げる。当然、行動が止んでしまい鬼の急接近を許してしまう。

 

「やべっ!?」

 

コーヒーは慌てて【クラスタービット】を操作して横薙ぎに振るわれた刃を防ぐ。それによって【クラスタービット】のHPが減ってしまったが、これくらいは元々想定していたことである。

 

「【チェイントリガー】!【連射】!!」

 

コーヒーはすぐさま嘗てのコンボ技を使って攻撃を仕掛けるも、鬼は超反応で避けてしまいその上避けながら雷の矢をこれまた矢継ぎ早に放っていく始末だ。

 

「降り注げ!【ディバインレイン】!!迸れ!【リベリオンチェーン】!!」

 

コーヒーは鬼が放つ矢を避けながら連続で上位魔法を発動し、雷の雨と鎖を同時に放って鬼に攻撃を仕掛けていく。

更におまけと言わんばかりに矢も銃撃の如く放っていく。

 

「【雷神結界】!!」

 

対する鬼は再び例の完全防御スキルを発動。またしてもコーヒーの攻撃を完全に防いでいく。【封印】状態に出来なかったことにコーヒーは苦い表情となる。

それだけでなく、鬼は完全防御したまま上空に向かって矢を一本放ち、放たれた矢が無尽蔵に分散して一気に降り注がせてきた。

 

「こっちと似た攻撃まであるのかよ!?」

 

コーヒーは回避は不可能と判断して【クラスタービット】を屋根のように展開して矢の雨を凌いでいく。

その間に、雷の壁を消した鬼が再び急接近して今度は袈裟で斬りかかって来る。

 

「【夢幻鏡】!!」

 

コーヒーはここで【夢幻鏡】を使い、鬼の袈裟斬りを無効にして鬼から幾ばくか距離を取った背後へと瞬間移動する。

そこで【クラスタービット】を直ぐ様操作して鬼を蒼銀の(はこ)の中へと閉じ込めた。

 

「この状態から削ってやる!!」

 

コーヒーは筐の内側に蒼銀の津波を溢れさせ、鬼のHPをじわじわと削り取っていく。そして、星が降ってきたタイミングで筐の上部分を消して星が鬼に落ちるようにする。

本来なら何のダメージも与えられないが、【無防の撃】おかげで確実にダメージを与えられるので有効な攻撃手段となっている。

 

正直かなりエグい攻撃方法だが、【最強】相手に手段を選んでなどいられない。

そんな事を考えながらコーヒーは【クラスタービット】と追加の星で攻撃し続けていると変化が訪れる。

 

「【雷神月華】!!」

 

そんな声が蒼銀の筐から聞こえたかと思うと、筐から轟音が響き渡り【クラスタービット】のHPが0となり光なって消え始めていく。

 

「!?群れなすは光の結晶 暁を照らす光は我が従者 此処に顕現し我が守手となれ!!【クラスタービット】!!」

 

コーヒーは【クラスタービット】が破壊されたことに驚きつつも再度強化状態の【クラスタービット】を展開させる。

筐から出てきた鬼は……雷を身体に纏って地面から少し離れて浮いていた。

 

「やるな人間!さすがは雷神に認められただけはあるな!」

 

髪と髭を逆立たせた鬼は上機嫌で言う。鬼のHPは七割残っており、まだまだ倒すには程遠い。

 

「やっぱり【聖槍ファギネウス】を防がれたのが痛かったな」

 

あれが決まればまだ余裕があっただろうが、強化された鬼に完全防御スキルが追加された事が地味に痛かった。この分だと即死攻撃もあるかもしれない。

 

「では……次はこちらから行くぞ!!」

 

鬼がそう告げた途端、極太の雷閃を連続で放っていく。当たれば一撃死は確実な威力だと想像に難くない。

 

「ブリッツ、【電磁結界】!!」

 

コーヒーはブリッツに指示を出し、一種の無敵状態となってから上級ランクのMPポーションを取り出す。

同時に【クラスタービット】をメタルボードにして空を飛んで極太雷閃を避けていくも、少しかすっただけで半分程残っていたMPは一気に0。すぐにポーションを使って回復する。

 

「やっぱり威力が高い!一撃でも喰らったら完全にアウトだ……!」

 

コーヒーは鬼のヤバさを改めて実感しながら自身のHPを確認する。現在のHP残量はおよそ六割。【聖刻の継承者】を発動してからおよそ十分が経過している。

 

「迸れ!蒼き雷霆(アームドブルー)!!【流れ星】!!」

 

コーヒーはステータスを強化し直し、【流れ星】を牽制として放つ。

当然、初速が遅い【流れ星】は簡単に避けられてしまうが鬼の攻撃は一瞬だけ止まる。

 

「弾けろ、【スパークスフィア】!!」

 

コーヒーは続けて【スパークスフィア】を放つも鬼は空へと飛び上がって避け、そのままコーヒーに向かって接近していく。

 

「空まで飛べるのかよ!?【雷翼の剣】!!【ボルテックスラッシュ】!」

 

コーヒーは左手に強ノックバク効果のある雷の剣を形成しつつ、クロスボウに雷刃を形成する。

そして、雷撃を纏った弓刃の一閃を【雷翼の剣】で受け止めて弾き飛ばし、鬼の体勢が崩れたタイミングで【ボルテックスラッシュ】で切り裂く。

 

鬼も流石にバランスを崩されたところでの攻撃は避け切れなかったようで、腹を深々と切り裂かれ、HPも一割削られる。更に星も降って命中し、鬼のHPを追加で削る。

 

「【パワーブラスト】!」

 

コーヒーは追撃を放つも鬼は弓で弾き飛ばし、そのまま十字に振るって十字描く飛ぶ斬撃を放ってくる。

 

「【砕衝】!舞え、【雷旋華】!!」

 

コーヒーは【砕衝】でその斬撃を相殺しつつ、追撃に備えて【雷旋華】を発動させる。本当は少しでも威力を上げる為に【口上強化】を使いたいところだが、鬼の猛攻から長々と口上を口にしていては避けられる、もしくは反撃を喰らってしまいかねない。

 

使えているのは、発音数が少ない【詠唱】くらいである。

そうしている間にも、鬼は今度は細い雷閃を次々と放っていく。コーヒーは横に飛んで避けようとするも、細い雷閃はカクンと曲がってコーヒーに向かって迫っていく。

 

「本当に鬼畜過ぎるだろ……!」

 

自動追尾の攻撃に悪態を付きながらも、コーヒーはメタルボードを操作して必死に振り払おうとするも細い雷閃は執拗にコーヒーの後を追いかけてくる。

 

「瞬け、【ヴォルテックチャージ】!!舞え、【雷旋華】!!」

 

逃げ切るのは不可能だと悟ったコーヒーは、【ヴォルテックチャージ】からの【雷旋華】で自動追尾の雷閃を防ぎ、同時にメタルボードを操って突撃していく。

 

「【雷神結界】!!」

 

鬼は再び完全防御。本当に完全防御は厄介である。

 

「【雷神月華】!!」

「ッ!?【電磁結界】!!」

 

鬼がそう叫んだ瞬間、悪寒に襲われたコーヒーは直感のままにスキルを発動。途端、鬼を中心に凄まじい雷撃が炸裂し【雷旋華】を吹き飛ばす。同然、コーヒーもメタルボードごと吹き飛ばされる。

 

「くっ……今の一撃でMPが全部持っていかれた挙げ句に【クラスタービット】のHPも八割持っていかれた……!」

 

【雷神月華】の威力に冷や汗を掻きながらもコーヒーはMPポーションを使ってMPを回復させる。

 

「こうなったら……!」

 

コーヒーはインベントリを操作してあるアイテムを取り出す。

それは……【樽爆弾ビックバン】だ。

コーヒーはもしもの時の為にイズから譲り受けていた、ある意味奥の手のアイテムである。

 

「これでぶっ飛べ!【サンダージャベリン】!!」

 

コーヒーは【樽爆弾ビックバン】を落として早々に【サンダージャベリン】を放って爆発させる。

途端、凄まじい轟音が炸裂し【電磁結界】によってコーヒーのMPは0となる。同時に【クラスタービット】もHPが0となって光となって消えていく。

当然、空に放り出されたコーヒーはすぐにMPを回復していく。

 

「本当にヤバすぎる威力だろ。これでアイツも……」

 

コーヒーはこれで終わってほしいと願いを込めて呟くも、鬼は……HPを二割残して未だに健在だった。

それだけではない。鬼の姿は大きく、雷で構成されているのではないかというくらいに金色に輝いているのだ。

 

「まだだ、人間……!」

 

素手となった鬼はそう呟くと右拳を引き絞って構えを取る。途端、鬼の周りに壱、弐、参、肆、伍、陸、漆、捌と数字が浮かび上がり、引き絞った拳には玖の数字が浮かび上がっている。

 

「【九頭龍雷閃】!!」

 

鬼がそう告げて鷲掴むかのように構えた左手を突き出すと、鬼の周りあった数字と共に雷の龍の頭部が顎を覗かせながらコーヒーに向かって迫ってくる。

 

「【夢幻鏡】!!」

 

コーヒーは嫌な予感を覚え、【夢幻鏡】を発動して壱の龍を凌いで地面に降り立つも、続く弐の龍、参の龍達がコーヒーに向かって迫ってくる。

 

「【疾風迅雷】!!【避雷針】!!」

 

コーヒーは【疾風迅雷】を発動してAGIを二倍にし、自身を追ってくる龍【避雷針】も使って振り払おうと走っていく。

幸い、この龍もホーミング機能はあるが先の雷閃ほどではなく、振り切るのはそれほど難しいことではない。だが、【避雷針】に誘導されたのは一体のみ。どうやら個別扱いのようだ。

そして、捌の龍も振り切ったところで鬼は最後の玖の龍をコーヒーに直接向けて放った。

 

「ちょっ!?速すぎだろ!?【電磁結界】!!」

 

逃げるのも不可能と言えるスピードで迫る最後の龍に、コーヒー避けることも叶わずに呑み込まれる。幸い咄嗟に【電磁結界】を発動したことでMPを0にされたがノーダメージだ。

だが、雷の龍は消えていない。

 

「まさか―――」

 

コーヒーがそう呟いた瞬間に龍は爆発。

本来であればコーヒーはここで死亡していた。

 

「【身代わり人形】のおかげで命拾いした……」

 

【樽爆弾ビックバン】と同じく、ミキから貰っていた【身代わり人形】のおかげでコーヒーは生き残れたが、もう次はない。

これなら【避雷針】を使うべきだったと後悔するがもう遅い。

 

HPは半分以下。【電磁結界】は残り一回。【クラスタービット】は使い切り、爆弾はさっきの【樽爆弾ビックバン】のみ。

鬼のHPは……四割に変化していた。

 

「まさか……さっきの攻撃はHP回復効果があったのか?」

 

もしそうだとしたら凶悪過ぎる。これ以上戦闘が長引くと負けるのは確実にこちらの方である。

 

「こうなったら……一気に勝負を決めるしかない」

 

コーヒーは覚悟を決め、ポーションでMPを回復しつつ【ドーピングシード】でAGIを上昇させる。

 

「迸れ!蒼き雷霆(アームドブルー)!!【魔槍シン】!!」

 

【名乗り】でステータスを強化し直しつつ【聖刻の継承者】を解除したコーヒーはHPを一割になるまで消費し、魔槍を一気に放っていく。鬼は攻撃を受けようが構わずに前進しているが、槍と星の弾幕によってその移動速度は遅い。しかし、その多くは拳と雷撃によって破壊されてダメージを与えられていない。

 

「この命を賭けて吹雪く絶対零度の粉雪 七つの星が刻まれし時 極寒の檻に閉じ込め砕き散らさん―――【羅雪七星】!!」

 

新たなスキル【羅雪七星】を発動させると、コーヒーの体から冷気が溢れ出てくる。

この一分間が勝負。コーヒーは意識を集中をより一層強めて一気に駆け出し、鬼に攻撃を仕掛けていく。

 

「甘いぞ人間!!」

 

鬼は右拳をコーヒーに振り下ろすも、極限状態のコーヒーは拳をギリギリで避けて同時に矢を撃ち込む。

放った矢は鬼の右腕に突き刺さり、そこに雪の結晶体の模様が浮かび上がる。

 

「【雷翼の剣】!!」

 

コーヒーはクロスボウに雷の剣を形成して、そのまま鬼の左足を切り裂く。

 

「ぬぅっ!?」

 

二つ目の模様を刻まれ、ノックバックによりバランスを崩した鬼にコーヒーは転がりながら連続で矢を放っていく。

鬼は左手を地面に付き、超人的な体術で倒れずにそのまま体勢を整えてしまう。だが、新たに二つの模様が刻まれ、一つの星が鬼に迫ってきている。

 

「【ライトニングアクセル】!」

 

さらにコーヒーは立ち上がってすぐさま【ライトニングアクセル】で自身のAGIを一時的に上昇させて急接近。今度は右足を切り裂く。

 

「【閃雷】!!」

 

コーヒーはここで弾速の矢を放ち、鬼の左目を撃ち抜く。そして、追撃の星も当たり、七回のダメージを与えることに成功する。

 

「ぬぅあ―――ッ!?」

 

七回の攻撃が成功したことで刻まれた模様が白く光輝き、鬼を瞬く間に氷の中に閉じ込めていく。

コーヒーはポーションでMPを全快させると、必殺の魔法を放つ。

 

「掲げるは森羅万象を貫く威信 我が得物に宿るは天に座す鳴神の宝剣 夜天に響く雷音は空を切り裂き 無明の闇に煌めく雷光は揺蕩う天の宝玉 招来る迅雷万里を穿ち 滾る雷火は揺るがぬ信念の導となる 顕現せし鳴神の宝剣が纏うは我が蒼雷 神雷極致の栄光を現世へ!!」

 

【口上詠唱】で大幅に強化された上級魔法を、コーヒーは氷の中に閉じ込めた鬼に向けて解き放つ。

 

「限界を超えし蒼き雷霆よ集え!【グロリアスセイバー】ァッ!!」

 

咆哮と共に放たれたのは嘗て【炎帝】の【火炎牢】さえも貫き、その先にいた彼女達を葬った必殺の魔法。当然、ダメージが増加された鬼は……耐えられる筈もない。

雷の宝剣が穿つと同時に氷が砕け散り、鬼はHPが0となって吹き飛ばされ、そのまま地面に放り出されるのであった。

 

「か、勝てた……」

 

コーヒーはそれだけ言うと自身も地面に仰向けで倒れこむ。

第四層【最強】との戦いは、コーヒーの勝利で終わるのであった。

 

 

 




感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

大晦日にお食事

てな訳でどうぞ


大晦日の昼を過ぎた頃。

コーヒーはギルドホームの机に突っ伏していた。

 

「あー……やばい……モンスターと戦う気力が起こらないー……」

 

完全にやる気が無くなっているコーヒーは非常にだらけきった声で呟く。

戦いに勝利こそしたが、その反動で気力をごっそりと持っていかれたコーヒーは少しの間ゲームから離れてしまい、今日はログインこそしたが、フィールドに出ようという気力が全く沸いてこなかったのだ。

 

「しばらくはエンジョイしよう……幸いお金はあるし……」

 

もう冬休みの間は戦闘せずにのんびり過ごそうかと考えていたコーヒーの耳に、扉が開く音が聞こえてくる。

そちらに顔を向けると……サリーが呆れたような表情で部屋へと入って来ていた。

 

「ずいぶんとやる気がなくなってるわねCF。数日はログインしてなかったし、もしかして返り討ちにあったの?」

「いや、勝ちはしたんだが……しばらく戦闘は本当に遠慮したい」

「……そっか、勝ったんだ」

 

サリーがどこか複雑そうに呟くが、コーヒーはそれに気づくことなく例の鬼との戦いをサリーに話していく。

 

「何、その鬼畜仕様……それに勝ったCFも大概だけど……」

「【樽爆弾ビックバン】と【身代わり人形】がなかったら途中でやられていたんだぞ?正直、あれにもう一回挑むのは本気でしたくない。というかもういい」

「まあ、完全防御に強力な攻撃が二つも追加されてるからね……ちなみに何が手に入ったの?」

「スキル。それも二つ」

 

コーヒーはそう言って画面を操作し、二つのスキルをサリーに見せる。

 

「【雷神陣羽織】と【百鬼夜行I】……これがCFが手に入れたスキル?」

「そ。【百鬼夜行I】は次代の主での勝利報酬。効果は一分間の赤鬼、青鬼の召喚。強さはスキルレベルに依存で使用中は装備のスキル以外は【封印】状態になるスキルなんだよ。後、【雷神陣羽織】が発動した状態で発動すると少し変化するみたいだ」

「一が付いてるってことは、このスキルはレベルが上がるのよね?つまり上げ方は……」

「鬼との戦闘、だろうな。確か……【俺が死ぬその時まで、いつだって戦ってやる】と言っていた気がするし……」

「うわぁ……これは弱体化フラグは無さそうね。あっても戦闘無しで【百鬼夜行I】が取得できるだけね」

 

サリーはどっちにしろ鬼に弱体化フラグが存在しない可能性に行き着き、深い溜め息を吐く。

ちなみにこの時の鬼の台詞は「お前なら俺の後を継ぐに相応しい。幸い証も持っているしな」であり、最初の部屋で酒を飲み交わすことで取得できた。

 

「【雷神陣羽織】は三分間の強化スキル。リキャストは30分。使用回数は一日3回。効果はAGIとINTが30%上昇。風属性による被ダメージは三倍。他の雷系統スキルの効果と威力は二倍で効果時間も1.3倍。雷属性の魔法の消費MPが35%軽減されて、さらに三つのスキルが使えるというものだな」

「何、そのぶっ壊れスキル……いや、雷系統のスキルがないと一部のステータスが強化されるだけね。その三つのスキルは?」

「【雷神結界】【雷神月華】【九頭龍雷閃】。【雷神結界】は風属性の攻撃以外を十秒間完全防御する防御スキル。【雷神月華】は自身の放った雷属性の攻撃分だけ威力が上昇して自身の周囲に爆発させる攻撃スキル。【九頭龍雷閃】は装備によって効果が変わる攻撃スキルだな。俺の場合はバフと発動中のスキルの強制解除だな」

 

本当に頭が働いていないのか、おもいっきりスキルの情報を明かしているコーヒーにサリーは呆れた目を向けるも、例の鬼と戦う際の参考になったので良しとしてスルーする。

 

「この分だと私の場合は星が降ってきそうね……」

「たぶん、【宝玉】の試練に由来しているんだろうな……」

 

何せコーヒーが戦った九頭龍に関係深そうなスキルが内包されているのだ。そう考えるのが普通である。

 

「それじゃ、見返りの奢りよろしく」

「いきなりそっちに持っていったわね……まあ、いいけど」

 

サリーは呆れながらも頷いて立ち上がり、コーヒーも気怠げに立ち上がる。

 

「店は?」

「NPCのお店。お金は結構張るけど美味しいわよ?」

 

そうしてサリーの案内でそのお店へと向かっていくコーヒー。

場所は漆と捌の鳥居の間にある町。

店の外見は高級料亭そのもの。確かに値段も高く、味も期待出来そうである。

 

「それじゃ、早速入りましょ?」

 

サリーの言葉に頷いて、コーヒーは一緒に入り口の暖簾を分けて中へと入る。

店主と従業員は猫の耳と尻尾、板長らしき人物は人型の猫だ。

 

「……うわ」

「……あー」

 

だが、個人で楽しむカウンター席でお寿司を食べていた人物にサリーは心底嫌そうな声を上げ、コーヒーは何とも言えない表情で間延びした声を洩らす。

 

「……随分と失礼な挨拶ですねサリーさん。後日覚悟しておいて下さい。後、CFさんはお久しぶりです」

 

マグロの握り寿司を食べていた女性―――サクヤはこちらに顔を向けてじっとりとした視線でサリーを見つめた後、コーヒーに挨拶をする。

 

「確かに久しぶりだが……一体何があった?」

「シークレット。女性同士の会話の詮索は不粋ですよ。ちなみにお二人はデートですか?」

「違うに決まってるでしょ!?単に情報の見返りに奢るだけよ!!」

 

涼しげな表情のサクヤの質問に、サリーは何故か必死となって否定する。

 

「スモール。ここで大声はマナー違反です。このお店ではマナーを何度も犯すと追い出されて出禁となり、二度と入れなくなります。なので、あまり騒がないで下さい」

「む、ぐぅ……」

 

サクヤの注意にサリーは不機嫌ながらも押し黙る。流石に出禁は勘弁したいようだ。

 

「もう少しからかいたいですが……あまり騒がしくすると私も出禁となるのでここまでとします。後、コース料理も絶品ですよ。大将、ウニとイクラ、二貫ずつお願いします」

 

サクヤはそう言って話を締めくくり、猫の板長に追加の注文をしていく。

サリーは深い溜め息を吐いた後、個室を指定する。

そのまま従業員に案内され、コーヒーとサリーは座布団の上に座る。

 

「それじゃあ、何を頼む?」

「コース料理も良いけど……海鮮盛りでいいんじゃないか?お酒は……どうする?」

 

メニュー表を確認しながら、コーヒーはサリーに質問する。

 

「せっかくだから注文しましょ。VRだから味だけ再現されていて、実際には酔わないみたいだし」

「そういえばクロムがゲームの酒は味気ないって言っていた気がするが……酔いがないからかもな」

 

せっかくなのでお酒も注文し、料理が来るまで少しの間待つこととなる。

 

「……男女が部屋で二人きり。サクヤの言う通り、デートに見えても不思議じゃないな」

「……そうね」

「「…………」」

 

無言。圧倒的な沈黙。

 

((……気まずい!))

 

互いに無言だから何を話せばいいか、本当に困ってしまう。

 

「そ、そうだ!次の階層はどんなところだろうな!?」

「そうね!本当に次はどんな階層なのかな!?もしかしたら、海がメインの階層かもね!!」

「それだとサリーやミキに役立つスキルが豊富そうだな!!」

「もしそうだったら嬉しいわね!!CFは―――」

 

ダンッ!!

 

「お客様。どうかお静かにお願いします。騒がれると他のお客様に迷惑ですので」

「「す、すいません……」」

 

襖を開けて顔を覗かせた猫又の従業員の注意にコーヒーとサリーは一気に縮こまって謝る。

 

「では、ごゆっくり」

 

ピシャッ

 

「……お互い、緊張しすぎたな」

「そうね……向こうじゃこんなにガチガチじゃないのにね」

「メイプルがいるからだろ」

「確かにそうね」

 

従業員の注意のおかげで、すっかり緊張が取れた二人は何気ないゲームの話題で会話を続けていく。

そして、豪華な海鮮盛りが運ばれ、お猪口と徳利もテーブルの上に並べられる。

 

「それじゃ、今年もお疲れさん」

「そっちもね」

 

コーヒーとサリーはお猪口で乾杯し、中の酒を一口飲む。

 

「「……辛い」」

 

初めてのお酒の味に、二人は揃って同じ感想を洩らした。

 

「お酒って、こんなに辛いのね。あんまり飲みたくないかな」

「あっちのお酒は飲みやすかった……気がするんだけどな」

「そういえばCFは二回目か……でも、あんまり覚えてなさそうだからこれが実質の最初のお酒ね」

「だな。説明欄を見る限り、VRのお酒は微弱の睡眠効果と頬が赤くなるエフェクトが追加される仕様みたいだな」

「俗に言う、二日酔いにはならないのね」

 

サリーが肩を竦めながら赤身の刺身をつまみながら言う。

実際、VRで二日酔いになったらそれはそれで問題だし、なることはないだろう。

 

「まあ、VRの食事は味を感じるだけで実際にお腹は膨れないからな。むしろ、ログアウトした後に無性に何か食べたくなってくるんだよな」

「あー……何となく分かるわ。虚無感から何か一口という感じよねー」

「VRなら太らないから食べ放題……というのは案外危ないかもな」

「そうねー……調子乗ると、反動で食べずにはいられなくなりそうだし」

「何事も程々が一番、か」

 

コーヒーはそう呟きながら白身の刺身を口にする。

食感と味を堪能しながら、うん、確かに旨いと内心で頷く。

 

「ふと思ったんだが、混乱という状態異常はどう再現されるんだろうな?」

「モザイクがかかるんじゃない?もしくは操作が上手くいかないとか」

「VRで手足を動かす操作が上手くいかないのは技術的に無理なんじゃないのか?それよりは平衡感覚が取れない方が現実的だろ」

 

実際、【ヴェノムカプセル】で転がったメイプルは目を回していたから、この辺りの再現はそんなに難しくないだろう。

 

「あー、確かにそっちの方があり得るわねー。ちなみに情報閲覧スキルがあったらどんな感じと思う?」

「ステータス表示くらいじゃないか?所持スキルとか所属ギルドとかは……流石に個人情報だしな」

「確かにそれが妥当ね。それも基礎ステータスだけなら、そこまで問題にはならないわね」

「そうだな。この話題を出した理由は?」

「ミキが釣り上げたアイテムから。効果はモンスター一体のステータスを表示してくれるというゲームらしいアイテムからよ」

 

またミキが釣り上げたアイテムにコーヒーは苦笑いし、サリーも苦笑する。

 

「でも、そういうアイテムは便利だよな」

「そうね。敵のステータスが分かるだけでも、戦略が立てやすくなるからね」

「同感。新しい階層が実装されるまではどうするんだ?」

「んー……三層を再探索してみようかと思ってる。最後の鳥居の奥のあいつは今のまま挑んでも返り討ちに合うだけだしね。CFは?」

「俺は……適当に四層を探索してみるか。今のところは【クイックチェンジ】を手に入れることくらいだが」

「とあるお店で装備品を五点買うと手に入るスキルね。今のCFじゃ使い道がなさそうだけど」

 

そんな話をしていると、襖が開いて猫又の従業員が入ってくる。

 

「本日はこちらをご利用頂き誠にありがとうございます。仲の良いお二人様での会食につき、此方を進呈致します」

 

従業員はそう言って二つの巻物をテーブルの上に置くと、深々と頭を下げて退室する。

 

「……まさかこんな形で新しいスキルが手に入るなんてな」

「そうね。スキル名は……【連携】?」

「効果は……フレンド欄にいるプレイヤーを事前に登録することで、そのプレイヤーがパーティーにいるとステータスが2%上昇。さらに登録した相手が同じスキルを持っていたら、その相手の行動が予測で分かるようになる……か」

「これはパーティー向けのスキルね。ソロじゃ効果を発揮しないけど、悪くないスキルね」

 

せっかく貰えたので、コーヒーとサリーは巻物を使用して【連携】を取得する。

 

「とりあえず相手は……」

 

コーヒーは少し考えるも、登録変更は可能なのでサリーを登録する。

 

「とりあえず私も……」

 

サリーは少し悩みながらも、画面を操作してコーヒーを登録する。

 

「まあ、同じスキルを持っていた者同士がいいだろ」

「あー、考えることは同じかぁ。まあ、それが無難だしね」

 

二人は食事を楽しんだ後、家族と過ごす為にログアウトしようとする。

 

「それじゃ、また来年」

「ええ。また来年」

 

互いに笑みを浮かべ、同時にログアウトして別れるのであった。

そして、年を越した一月の半ばを過ぎた頃。

第五層が実装された当日、コーヒー達はギルドホームに集まっていた。

 

「おお、全員揃った!」

「ん?いや、メイプルがいないぞ?」

 

サリーの言葉にクロムが疑問を口にするも、メイプルがいない理由を知っているコーヒーは何とも言えない表情となる。

 

「ああ……メイプルは……インフルエンザです」

 

そう。メイプルはインフルエンザにかかってしまったのである。ちなみに去年もやられていた。

サリー曰く、毎年のことだそうだ。

 

「そ、そうなのか。どうする?また別の日にするか?」

 

クロムはメイプルを気遣って提案も上げるも、サリーは悩ましげな表情となる。

 

「そうしたら……メイプルは少し気にやむかもしれないですね」

「あー……自分のせいで皆を足止めさせたと思うかもなー……」

「気にしなくていいと思うけどー、こういうのは意外とくるんだよねー」

 

自分のせいで周りに迷惑をかけたとなったら……幾ら大丈夫と言っても本人は気にしてしまうだろう。

 

「確かに一理あるわね。それに、アロックとの約束もあるし」

「そうだよな……それに、どっちにしろ二つに分けなきゃいけないんだ。なら、今いるメンバーで先に行った方がいいか」

「そうだね。メイプルなら、最悪一人でも倒せるだろうしね」

「流石に二度もピンポイントでメイプル対策のボスモンスターを配備してないだろうし、ね」

 

そして、パーティー分けではクロム、イズ、マイ、ユイ、シアン、カスミの六人パーティーと、コーヒー、サリー、カナデ、ミキ、連絡を受けて来たアロックとの五人パーティーで五層へ続くダンジョンに向かうのであった。

 

 

 




感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

人形と鬼の行進

てな訳でどうぞ


目的のダンジョンへは、ジベェに乗って向かっていた。

 

「これが空飛ぶ魚か……まるでキャラメルに座っているような座り心地だな」

「メイプルのシロップもー、すべすべで気持ちいいよー?」

 

ジベェに始めて乗った僧服姿のアロックの感想に、ミキはシロップの座り心地も良いと告げる。

 

「シロップとはあの亀のことか?【楓の木】のギルドマスターは中々いいセンスを持っているようだ。今度、パンケーキをご馳走しよう。シロップという亀も食べられるパンケーキをな」

「相変わらずスイーツへの情熱が凄いわねー」

「当然だイズ。俺はパティシエ。厨房は戦場であり、調理は何時だって真剣勝負だ」

「そういえば、お前はリアルでもそっちの仕事をしているんだったな」

 

どうやらアロックはリアルでも菓子職人のようだ。アロックもクロムの言葉を否定せずに頷く。

 

「ああ。リアルでは客のオーダーやオーナーの要請で作れるスイーツには限りがあるからな。こちらでは俺の望むままにスイーツを作れる」

「その割には、お客さんの要望も聞いてるみたいだけど?」

「ただ単に作りたいスイーツを作るのは二流だ。一流のパティシエは、場所と客のニーズに合わせ、最高のスイーツを提供する者だ」

「相変わらずのプロ精神だな……」

 

クロムが苦笑して肩を竦めていると、目的のダンジョンが見えてくる。

 

「お、そろそろ到着だな」

「それじゃ、ボス戦でのアロックの護衛はよろしくね?」

「了解。ま、生産職に戦闘は無理だからな」

 

イズのお願いにコーヒーは頷くも、アロックは何故か不敵な笑みを浮かべている。

 

「その心配は不要だ。先日、三層のクエストでとあるスキルを手に入れたからな。【機械の演舞】」

 

アロックはそう告げた途端、アロックの隣に装備一式が纏まったような一体の機械人形が現れる。

 

「【機械の演舞】。事前に登録した装備品を機械の人形として遠隔操作する生産職専用のスキルだ。装備の強化も含めて全ステータスは共有、人形が倒されれば俺も倒される」

「こっちも戦う生産職かよ……」

 

二人目の戦う生産職という事実に、コーヒーを含め、サリー、クロム、カスミは何とも言えない表情で溜め息を吐く。

ちなみにイズとカナデは興味深げにその人形を眺め、極振り三人衆は目を輝かせ、ミキはいつも通りであった。

 

「今回は両腕を杖にした魔術型……スキル【魔力弾】が付与されているから道中の戦闘も援護くらいなら問題はない」

 

【魔力弾】は文字通り、MPを対価に魔法攻撃の球を放てるスキルだが、その威力は固定の上に本当に小さいのだ。

消費MP15に対し与ダメージが1と本当に割に合わず、消費MP減少も受け付けない。なので、誰も取ろうとしない不人気スキルである。

 

「ちなみに俺の現在の装備はMP強化型。トータルで2000近くある。装備に付与したスキルによって自動回復速度も早い」

「うわぁ……また【普通】じゃないプレイヤーね」

 

サリーの呟きにコーヒーとカスミはうんうんと頷く。

 

「ギルドの勧誘もあるだろうな。まあ、お前のことだ。勧誘は全部断っているんだろ?」

「当然だ。ギルド所属になれば情報を取られるのではないかという疑心暗鬼が生まれてしまう。結果、客足が遠のき俺のスイーツを口にするプレイヤーが減ってしまう」

「確かに一理あるな。イズも今や【楓の木】専属の生産職だし、どうしてもそういったものが生まれるからな」

 

そうこう話している内にダンジョンの入口に到着し、一同はジベェの背中から降りる。

 

「それじゃ、さくっと倒すか」

「そうだね、行こう」

 

クロスボウを肩で担いだコーヒーの言葉にサリーが頷き、二組のパーティーはダンジョンの中へと入っていく。

ダンジョン内には物理無効モンスターや物理大幅軽減モンスターが溢れかえっていたが……

 

「「えい!えい!」」

「輝け、【フォトン】!」

 

軽減モンスターはマイとユイが一撃で葬り、無効はシアンが魔法で二人と同じく一撃で葬っていく。

当然、数が多いためシアン一人では全てを対処しきれないので……

 

「弾けろ、【スパークスフィア】!」

「穿て、【サンダージャベリン】!」

「【魔力弾】!」

 

アロックが機械人形から放つ【魔力弾】で牽制しつつ、コーヒーと魔導書を展開したカナデが魔法で吹き飛ばしていく。

クロムはマイとユイを優先して守り、イズとミキが回復アイテムを使ってクロムのHPを回復させる。

 

「これでは私の出番がないな……いや、一応はあるか」

 

カスミがそう呟いて視線を向ける先には……服の裾を掴んで震えているサリーだった。

 

「大丈夫か?サリー」

「大丈夫大丈夫。ボスは九尾でお化けじゃないから大じょーぶ!」

 

人魂モンスターにすっかりビビり腰となっているサリーの声は上ずっている。どう見ても大丈夫ではない。

まあ、ボス戦の頃には復活するだろうと考え特に指摘せずに進んでいく。

 

メイプル不在ではあるが、主砲(シアン)車体(マイとユイ)は健在の上、メイプルほどではないがクロムも十分に装甲の役割を果たしている。その為、ダンジョン内に溢れる雑魚モンスターでは全く勝負にならなかった。

 

「そのお人形さんを動かす時はどんな感じですか?」

「人形劇の操り人形を動かしている感じだな。糸で上から操るタイプのな」

「だから手を動かしているのですね」

「ああ。こうした方が感覚としては操り易いからな」

 

シアン達がアロックと談笑できるくらいには。

そして一行は苦もなくボス部屋の前へと辿り着く。

 

「まずは俺達だな」

 

クロムを先頭に装甲が幾ばくか落ちた戦車パーティーがボス部屋へと入っていく。

戦車パーティーの作戦はアイテムの効果で一定時間装備に麻痺効果を付与させた状態で攻撃を仕掛け、イズも【麻痺爆弾】という威力は低いが麻痺効果のある爆弾と【粘着爆弾】を投擲し、麻痺が入り、動けなくなったところで極振り三人衆が一気に仕留めるというものだ。

 

「何分かかると思う?私は五分」

「僕は三分かな?」

「んー、七分じゃないかなー?」

「俺は十五分かな?」

「戦力的には十分ではないか?」

 

待つ間は暇なので、コーヒー達は戦車パーティーの攻略時間を予想しつつ、作戦を確認しながら待っていく。

五分後、クロムから無事にボスを倒したというメッセージが届いた。

 

「予想はサリーが正解だったな」

「そうね。それじゃ、私達も行きましょうか」

 

サリーの言葉に全員が頷き、扉を開けて中へと入る。

ボスモンスターは情報通り、艶のある黄色い毛並みを持つ九尾だ。

 

「作戦通りに行くわよ!」

 

サリーの号令が響く。

サリーは左斜め前、カナデはアロックが操る両腕が剣となった人形と共に右斜め前、残りはコーヒーが正面に立って待機している。

 

サリーは走りながらイズから渡されたアイテムを使用し、武器に麻痺効果を付与させる。

そして、サリーの視界には九尾の右上半分がコーヒーから伸びる赤いサーチライトのようなものに覆われる。

 

「確かにこれは連携がしやすいわね」

 

サリーはそう呟きながら狐の前足を切り裂く。

狐はサリーに注意を向けるも、そのタイミングでコーヒーが放った矢が九尾の顔に突き刺さる。

 

九尾は噛みつきや爪、尻尾でサリーに攻撃を仕掛けるも、サリーは【氷柱】を駆使してかわし、威力が高そうな物理攻撃が迫った時には―――

 

「【九式・水牢】!!」

 

タイミングよく回転することで相手の物理攻撃を無効にしつつ、その威力を上乗せした一撃を放つカウンタースキルで逆に九尾にダメージを与えていく。

そうしてサリーが注意を引いていることで、カナデ達は自由に動ける。

 

「【パラライズボム】!!」

「切り裂け!!」

 

カナデがアイテム【パラライスボム】と名称が良く似た麻痺効果を持った魔法を放ち、STRとAGI重視のレンジャー装備となったアロックが操る人形の微弱の麻痺効果を持った剣が振るわれる。

 

ミキはアイテムである大きな爆弾を取り出すと、それを釣り針に引っ掻けて待機する。

少しして、九尾に麻痺が入って一時的に動きが止まった。

そこで、ミキが釣竿を振りかぶった。

 

「それじゃー、行くよー。【一本釣り】ー」

 

ミキが新たなスキル、本来は釣り針を遠くに飛ばして大物が釣れやすくなる釣りスキル【一本釣り】で釣り針に引っ掻けた【粘着樽爆弾】を九尾に向かって放り投げた。

 

この【一本釣り】はDEX依存で最大距離が決まるスキルであり、アイテムを引っ掻けて飛ばすのは【釣り餌】として扱われて重さに左右されないのである。

そんな迫る爆弾は九尾の身体にぶつかった瞬間に爆発。白い粘着物に被われて完全に動きを封じられてしまう。

 

「CF!!」

「ああ!照すは希望 輝きは次代に継がれ 此処に顕現す―――【聖刻の継承者】!!」

 

サリーの呼び掛けに、コーヒーはスキルを発動しいつもの槍十字の紋様が背後に顕れる。

 

「羽織る衣は雷の化身 我は雷神に認められし者なり―――【雷神陣羽織】!!」

 

更にコーヒーは新しいスキルをはさせる。コーヒーの身体から、あの鬼が羽織っていた陣羽織が金の粒子を靡かせながら周囲を飛び回る。

そして、そのままコーヒーへと被さり、聖刻モードに加え金の陣羽織も追加された。

 

「それがCFの新スキルかー。中々格好良いね」

 

コーヒーの新しいスキルを見たカナデは称賛の声を上げる。

 

「驚くのはここからだ。雷の宝玉を守りし九頭の龍よ 我が威光と成りて汝に示せ―――【九頭龍雷閃】!!」

 

コーヒーがクロスボウを九尾に向けて構えると、クロスボウの周りに数字が浮かび上がっていく。

最後に玖の数字がクロスボウの先端に浮かび上がると、コーヒーはクロスボウの引き金を引く。

 

数字が九尾に向かうと同時に顕れる龍の頭。その龍達は口を大きく開け、九尾に次々と噛みついていく。

九尾は抵抗して暴れようとするも、粘着物のせいでろくな抵抗も出来ずただやられていくだけだ。

 

「残りし漂う雷火よ 夜天の月の下で再び返り咲け―――【雷神月華】!!」

 

【九頭龍雷閃】が決まったコーヒーは九尾に急接近し、【雷神月華】を発動させる。

途端、コーヒーを中心に雷撃が炸裂し、九尾のHPを更に削り取る。

 

「これが【蒼き雷霆】の実力か……」

「そうだよー。あの陣羽織は初めて見るけどねー」

「CFもまたパワーアップしたね」

「こういうスキルかー……やっぱり強力なスキルね」

 

それぞれがコーヒーの新スキルへの感想を呟く中、コーヒーはもう一つの新スキルを発動する。

 

「我は(あやかし)と鬼の頭領 我が呼び掛けに応え此処に集え―――【百鬼夜行】!」

 

その瞬間、コーヒーから槍十字の紋様が消え、髪と瞳の色も元に戻る。

それと入れ替わるようにコーヒーの背後から金色の雷が轟く。

 

その向こう側に溢れるは雷神の従者と妖、コーヒーの両隣には金と銀の二人の大鬼。

その手に持つ金棒は……雷を纏っている。

 

「「「…………」」」

「おー、妖怪さん達の大行列だー」

 

そのインパクトにアロック、カナデ、サリーは絶句。ミキは相変わらずの平常運転だ。

 

「行け」

 

コーヒーの指示を受け、二人の大鬼が九尾に攻撃を仕掛けていく。

二人の大鬼のステータスは低いため、一撃では決まらずただひたすらに連打していく。

 

「……まるでアーモンドを粉々に砕くような光景だな」

「……メイプルも鬼を召喚できるようになるのかな?」

「メイプルなら……あり得るわね」

 

九尾が二人の大鬼にリンチされる光景に、サリー達はどこか悟ったような眼差しで見守っていく。

そして、残り三割だった九尾のHPは0となり光となって消えた。それと同時に五層へと繋がる道が現れる。

 

「……一応、行こうか」

「行くー」

 

やらかした本人でさえも複雑な気分のまま、五層へと足を踏み入れていく。

少し弾力があるふわっとした地面。否、正確には白い雲の上。

五層は雲の国。天上の楽園だった。

 

「今回は空かー。CFにぴったりなスキルが有りそうね」

「あー、確かに。雷雲があっても不思議じゃないからな」

「雲か……この階層ではマシュマロやバニラ、生クリーム、白を意識したスイーツがベストだな」

 

新たな階層に期待を馳せつつ、アロックと別れたコーヒー達はこの階層のギルドホームに向かってクロム達と合流し、その日はそのままお開きとなるのであった。

ちなみに後日。

 

「ああ……そっち行っちゃってたかー」

「【最強】で間違えてしまったんだな……」

「そうだよー。それに気づかずに三回も戦っちゃって……本当に疲れたよ……」

「……三回?」

「うん。三回。三回勝っても次の階層に行けなかったから、そこでおかしいことに気づいたんだよ……」

「まさかスキル【百鬼夜行】のレベルは……」

「三に上がったよ」

「流石メイプル……また予想を上回ったな」

 

五層入りの前に、インフルエンザから復活したメイプルは間違えて鬼と三回戦い、【百鬼夜行III】を取得してしまっていた。

 

「どうやって三回も勝てたの?」

「一回目はイズさんから貰った五個の【樽爆弾ビックバン】を全部使って。二回目は装備を変更して【身捧ぐ慈愛】関連のスキルでHPを一割にして条件を満たした後はいつもの装備で耐えて無敵モードで。三回目は……スキルを総動員してすっごく疲れたよ……」

「「うわぁ……」」

 

メイプルにしか出来ない攻略方法に、コーヒーとサリーは遠い目となるのであった。

同時にメイプルなら最後の試練もクリア出来そうだとも思うのであった。

 

さらに後日、【影ノ女神】の発動条件が、HPが一割以下のまま一分を過ぎると発動。回復したりHPの最大値が変動すると時間がリセットされるという修正がされるのであった。

 

 

 




メイプルの鬼は強化されました(テッテレー
原作よりパワーアップしたラスボス様なら、このくらいは大丈夫でしょう。うん
感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

デカイ孔雀(明王)

てな訳でどうぞ


鬼と間違って三回も戦い、【百鬼夜行III】を取得したメイプルと別れたコーヒーは【クラスタービット】のメタルボードに乗って一人探索していた。

 

「こういう時、空を飛べるって便利だな」

 

コーヒーは誰に言う訳でもなく呟く。

何せ、真っ白な雲の地面は所々出っ張っていたり凹んでいたりと走るには全く向いておらず、全力で走るとバランスを崩して転んでしまうのは確実だ。

 

サリーと一緒に探索しても良かったが、サリーは一人で探索すると言ったのでコーヒーはあっさりと受け入れて今探索に出ているクロムとカスミとも違う方向へ探索を開始したのである。

道中で見つけたモンスターは上空からクロスボウで射抜きつつも、基本は真っ直ぐに進んでいく。

 

「ブリッツ、【針千本】」

 

もちろん、相棒のレベル上げも同時に行ってである。

そのまま進んでいると、何ともおかしな雲に遭遇した。

 

「白い……雷雲?」

 

コーヒーはおかしな雲に疑問を露に首を傾げる。

前方の空を覆う雲は白く分厚いのだが、青白い電気が常に迸っているのだ。

その電気は雷として地面に落ちもせず、ただゴロゴロと音を鳴らしているだけだ。

 

「何というか、奇妙な場所だな。行ってみるか」

 

コーヒーは興味を抱いて、その場所へと近づいていく。

そのまま雷雲の下を飛んで通り抜けようとした所で、前触れもなく変化が訪れる。

 

「へ?―――ぶへっ!?」

 

そのエリアに入った瞬間、コーヒーが乗っていた【クラスタービット】が突然光となって消えたのだ。

 

いきなり宙に放り出されたコーヒーはそのまま雲の地面に顔面からダイブする。

幸い、雲であることからそこまで痛くはなかったが顔面からダイブしたから地味に首が痛かった。

 

「いつつ……何で【クラスタービット】が急に……?」

 

まるで【封印】された時のような消え方だと感じつつ、鼻を押さえて立ち上がるコーヒー。

念のために【クラスタービット】を再発動しようとするも、発動しない。

 

「まさか……このエリアに入るとスキルが【封印】されるのか?」

 

その可能性に行き着いたコーヒーは回数制限のない、他のスキルの状態を実際に使うことで確認していく。

その結果。

 

「雷系統のスキル以外が【封印】状態……HPやMPの増加値は変わっていないから、ステータス増加系統のスキルは対象外ということか……」

 

自身の代名詞とも言えるスキルが健在なのは助かったが、それでも強力なスキルが封じられたことに変わりはない。

【名乗り】や【口上強化】等の発音スキルは、その特性からか問題なく機能していたが。

 

「本当にどうするべきか……」

 

一度引くべきか。それともこのまま進んで確認するべきか。

コーヒーが出した結論は。

 

「……このまま進むか。この先に何かあるのは確実だからな」

 

探索の続行であった。

コーヒーは意を決してそのエリアを進んでいく。

足場は悪いので走りにくいが、歩く分には問題はない。

 

「本当におかしなエリアだな。モンスターらしき存在はいるんだが……全く襲いかかってこないし」

 

青白い雷そのもので構成された鳥型のモンスターが奥に進むに連れてその数が多くなってきているのだが、コーヒーが呟いた通りその鳥達はただ飛ぶだけで一切何もしてこないのだ。

 

「そういえば、この青白い鳥……三層でのあの小鳥とよく似てるな」

 

【自由への翼】関連の出来事を思い出しながら進んでいくと、やがて前方にある物が見え始めてくる。

 

「あれは……巣、なのか?」

 

白い雲の地面の上に、上空雷雲と同じ雲がまるで鳥の巣のようにそこに鎮座していた。

遠目からでもさの大きさが分かるくらいには大きく、明らかに普通ではないことを証明している。

 

コーヒーは警戒しながらもその巣へと近づいて行く。近づくにつれ、高さだけでも二階建ての一軒家くらいはあり、幅も相当広い。

 

「どんだけデカイ鳥が此処に棲んでいるだよ……?」

 

その尋常ではないサイズの巣に、コーヒーは呆れた気分で近づいていき、後10メートルで目と鼻の先となった時点で上空の雷雲から何かが飛び出てきた。

 

「……デッカ」

 

それを視界に収めたコーヒーはそれだけを呟く。

飛び出てきたそれは鳥。種類としては孔雀が当てはまるだろう。孔雀の特徴である上尾筒は折り畳まれているが金に輝いており、その鮮やかさが窺える。羽はインドクジャクと同じ青藍色。その大きさは……15メートルはあるんじゃないかという位にデカイ。

 

そのデカイ孔雀は雷雲の巣に降り立つと、その大きく長い上尾筒を広げて金に輝く美しい羽色を見せつける。

そして、その上尾筒から魔法陣が次々と展開され、魔法陣から蒼い雷で出来た剣がコーヒーに向かって撃ち出された。

 

「迸れ!蒼き雷霆(アームドブルー)!!舞え、【雷旋華】!!」

 

【クラスタービット】が使えないコーヒーは【雷旋華】を発動してデカイ孔雀が展開した魔法陣から放たれた雷の剣を防いでいく。

 

「ブリッツ、【電磁結界】!!」

 

コーヒーは【雷旋華】が解ける数秒前に【電磁結界】を発動。一種の無敵状態となってデカイ孔雀との距離を詰めていく。

その間も雷の剣は撃ち出されており、凸凹した地形とあって回避も上手くいかずに何回か被弾してしまう。

 

「あー、くそ。これは地味にヤバい!ブリッツ、【砂金外装】!!」

 

MPポーションでMPを回復したコーヒーはブリッツに指示を出し、雷系統スキルであった【砂金外装】で自らの体躯を大きくしたブリッツの背中に乗る。かつてサリーがやった移動方法をコーヒーは実行することにしたのだ。

 

「ブリッツ、あの剣を避けながらヤツの周りを走ってくれ」

 

コーヒーの指示にブリッツは頷き、巣の周りを周回するように走り始めていく。

デカイ孔雀はそんなコーヒー達を旋回するように体を動かしながら、雷の剣を放ち続ける。

 

凸凹した地形故にブリッツも最高速度で走ることは出来ないが、四足とあってバランスも取れており、移動速度も今のコーヒーより速いためデカイ孔雀の攻撃をかわせている。

 

コーヒーは両足でブリッツの背中の針を掴んで落ちないようにしつつ、クロスボウの矢を久々の手動装填で次々と放っていく。

 

「【ミラートリガー】の有り難さが身に染みる……」

 

そんなことを呟きながらもコーヒーは矢を放ち続けていく。

デカイ孔雀のVITはそこまで高くないのか攻撃が決まる度にHPは減っているが、ミリ単位の減少のためあまり削り切れていない。

 

「このままじゃ、スタミナ切れでやられてしまうな……」

 

幾らVRでも、走り続けたら精神的な疲労は溜まる。

そこからコーヒーは攻撃を一度中断し、作戦に思考を割いていく。

デカイ孔雀からの攻撃を【避雷針】を利用して回避しつつ、勝利への算段を立てていく。

 

「陣羽織と鎖、【ヴォルテックチャージ】で強化した宝剣で決める。それで決まらなかったら、その時はその時だ」

 

作戦を決めたコーヒーは早速行動に移してく。

 

「羽織る衣は雷の化身 我は雷神に認められし者なり―――【雷神陣羽織】!!」

 

雷系統の強化スキルを【口上強化】で強化したコーヒーに金の陣羽織が覆い被さる。

そして、コーヒーはそのまま詠唱を始めていく。

 

「輝くは不屈の雷光 残響する雷吼は反逆の証 汝を縛る雷鎖は因果を砕く理 迅る雷撃は(くびき)となりて駆け巡る 絡み捕らえる雷電は暗雲をも吹き飛ばす 閃き煌めく天雷よ 雷呀の鎖と為りて一切合切を打ち砕け!!」

 

【口上詠唱】で大幅に強化し、【雷神陣羽織】で効果と威力が倍となった雷の鎖が最後の言葉で放たれる。

 

「限界を超えし蒼き雷霆よ迸れ!【リベリオンチェーン】!!」

 

コーヒーがスキル名を告げた途端、コーヒーを中心に魔法陣が展開される。

その魔法陣から太く、強靭な雷の鎖が幾条も飛び出し、デカイ孔雀の身体に瞬く間に絡みついていく。

 

「唸るは雷鳴 昂るは信念の灯火 雷鐘響かせ威厳を示さん―――瞬け、【ヴォルテックチャージ】!!」

 

その間にコーヒーは【口上強化】したヴォルテックチャージを使用。次の雷魔法の威力は、【雷神陣羽織】の効果もあり、単純に考えればおよそ六倍だ。

雷の鎖に全身を縛られたデカイ孔雀は鎖を振りほどこうと暴れつつ、雷の剣をコーヒーに向けて放ち続けていく。

 

「【避雷針】!!」

 

コーヒーはストックしていた【避雷針】でMPを回復しつつ、新たに【避雷針】を発動して幾つかの雷の剣を吸収。即席のMPタンクに変えてしまう。

後は、ブリッツに回避を任せて最強魔法を放つだけだ。

 

「掲げるは森羅万象を貫く威信 我が得物に宿るは天に座す鳴神の宝剣 夜天に響く雷音は空を切り裂き 無明の闇に煌めく雷光は揺蕩う宝玉 招来る迅雷は万里を穿ち 滾る雷火は揺るがぬ信念の導となる 顕現せし鳴神の宝剣が纏うは我が蒼雷 神雷極致の栄光を現世へ!!」

 

【聖刻の継承者】は使えず、【羅雪七星】も同じく使えないため最大威力ではないが、かつてミィに放った時よりも大幅に強化された魔法を此処に解き放つ。

 

「限界を超えし蒼き雷霆よ集え!【グロリアスセイバー】ァッ!!」

 

そして、クロスボウから蒼雷の宝剣が放たれる。

 

「サンダー!!」

 

さらにだめ押しとばかりに、【リベリオンチェーン】の追加攻撃も発動させる。

鎖から迸った雷を受け、蒼雷の宝剣に貫かれたデカイ孔雀は九割近くあったHPを一気に全損させた。

 

「……マジか」

 

光となって消えていくデカイ孔雀を視界に収めながら、あの超絶な威力を放った張本人たるコーヒーは遠い目となる。

確かにこれで決めたいとは思っていたが、実際に決まるとは思っておらず、二、三割くらいは残ってしまうと思っていた。

だが、実際に倒してしまったことにコーヒーはそのトンでも威力に内心で引き攣ってしまう。

 

「……あれは、スキルの効果が噛み合った結果だな、うん」

 

自己弁護のように呟いて一人納得しようとするコーヒーに、スキル獲得の知らせが届く。

 

ピロリン♪

『スキル【孔雀明王】を取得しました』

 

新しいスキルが手に入ったことで、コーヒーはすぐにスキルの内容を確認していく。

 

 

===============

【孔雀明王】

このスキルの発動中、自身を基点とした半径三メートル内は敵味方問わず【系統:雷】以外のスキルが一部を除き、十秒おきに一分間使用不可となる。

発動中は【浮遊状態】となり、あらゆる状態異常が無効となる。

口上

煌めき輝くは金の上尾筒 羽ばたくは青藍色の翼 加護と共に雷雲の空を飛び回らん

===============

 

 

「また凶悪な……いや、【クラスタービット】等が使えなくなるから、五分五分か?取り敢えず試してみるか……【孔雀明王】」

 

コーヒーは唸りながらも新スキルを発動させる。

すると、コーヒーの背中からあのデカイ孔雀の翼と上尾筒が生える。大きさはコーヒーに合わせてか三メートルくらいだ。

 

「また派手なスキルだな……【浮遊状態】は一体何なんだろうな?」

 

試しに【クラスタービット】を操るような感覚で動かしてみると、そのまま自身の体が浮き上がり、自由自在に宙を移動出来た。

 

「あー……これは空を飛べるという意味合いだったのか。飛ぶだけなら【クラスタービット】より便利だな」

 

コーヒーは今後の移動手段はこれがメインになりそうだと思いつつ、空を飛んで町へと戻っていくのであった。

一方、運営では……

 

「……どうする?」

「あの威力はマジでヤバい。九割も残っていたHPを全部刈り取るとか……洒落にならない」

「ああ。おかげでHPが半分になってから顕れる明王が出番無しだった」

「けど、あれは複数のスキルが上手く噛み合った結果だからな……本当にどうしたらいいと思う?」

「というか、【俺達の絶対勝たせない極悪ボス】を倒した時点から詰んだだろ」

「【俺達の絶対勝たせない悪意ボス】の強化版を倒されたからな……メイプルはその悪意ボスに三回も勝ったけどな」

「……極悪ボスは今後倒されると思うか?」

 

男の質問に、別のモニターを操作していた男が答えていく。

 

「可能性としては……【水神】クエストを進めたサリーと【炎神】クエストを進めたミィだな」

「マジかー……【陣羽織】系統スキルの修正、やっとくか?」

「正直微妙なんだよなー。【陣羽織】は系統スキルを所持してないと、ステータスアップと専用スキルが使用できるだけのスキルに成り下がるからな」

「じゃあ、修正は無しか?」

「いや、【グロリアスセイバー】は少し修正しよう。硬直時間を二倍にして、発動後の隙を大きくしよう」

 

こうして、【グロリアスセイバー】は硬直時間が二倍となる修正がなされ、決まらなかった時の危険性が上昇するのであった。

 

 

 




感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

イベント予告と水神

てな訳でどうぞ


クロムとカスミが探索を切り上げ、町へ戻っている頃。

 

「しっかし、どれも今のところ探索は無理だな」

「ああ。片方は雷雨。もう片方は雨の砲弾。最後に見つけた雲も今日見つけたエリアの雲と同じ雰囲気を発していたからな」

「メイプルとコーヒーがいれば、わりと簡単に行けそうだよな」

「そうだな。最後の雲はミキも加わるがな」

「ま、パーティーで動くなら圧倒的にメイプルだな。コーヒーは基本的には個人移動でしか進めないからな」

「そうだな―――」

 

カスミがクロムの言葉に頷きかけるも、町に向かう何かを見つけて目を細めていく。

 

「?どうしたんだカスミ?」

「いや……空を飛ぶ何かが町に向かっているのを見つけたんだが……」

 

カスミはインベントリから望遠鏡を取り出し、【遠見】も使ってその飛行物を確認する。

 

「……は?」

 

カスミは間抜けな声を出し、一度目を擦ってから再度望遠鏡を覗いて確認する。そして、見間違いでないと悟ると平穏が目の前で崩された時のような表情となった。

 

「……一体何が写ったんだ?」

 

クロムはそんなカスミの様子にどこか嫌な予感を覚えながらも確認する。カスミは死んだような表情のままクロムに向き直った。

 

「……CFが空を飛んでいた」

「コーヒーが?コーヒーなら空を飛んでも」

「孔雀のような羽と尾を背中から生やして。それも【クラスタービット】無しでだ」

「…………」

 

その瞬間、クロムの表情も死んだ。

 

「……今度は鳥になったのか?」

「かもしれない。取り敢えず、町に戻ろう」

 

一時の平穏ががらがらと崩れていく音を感じながら、クロムとカスミは再び町に向かって歩くのであった。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

「戻ったぞー」

「お帰りー。どうだった?」

「新しいスキルで別の手段で飛べるようになった」

 

ギルドホームに帰ってきたコーヒーは、寛いでいたメイプルに今回の探索結果を端的に伝える。

 

「へえ、そうなんだ。どんな感じ?」

「こんな感じだ―――【孔雀明王】」

 

コーヒーは一度解除していた【孔雀明王】を再度発動させる。

 

「おおおお!凄く綺麗だよ!!」

 

メイプルが目を輝かせてコーヒーの背中から生えた翼と上尾筒を見回し、触っていく。

 

「触り心地も良いよ!!何処で手に入れたの!?」

「ボスモンスターを倒したら。けど、そのボスモンスターがいるエリアは雷系統のスキル以外を封じてくるから、メイプルには厳しいと思うぞ」

「あー……確かに。攻撃出来ないから倒せないね」

「ちなみに【身捧ぐ慈愛】は発動するか?このスキルの使用中は敵味方問わずであのエリアと同じように封じるからな」

「そうなんだ……【身捧ぐ慈愛】!!」

 

メイプルは試しにスキルを発動しようとするも、発動しない。しっかり使用不可となっていた。

 

「……発動しなかったな」

「うん……そのスキルは諦めることにするよ」

 

どうやら孔雀の翼と上尾筒がお気に召したメイプルは取得を考えたようだが、ほとんどのスキルが封じられる為に諦めたようである。

 

「これは実質、一人の時しか使えないな。パーティーメンバーのスキルまで封じてしまうからな」

「綺麗だけど、凄く不便なんだね……」

 

新しいスキル【孔雀明王】のデメリットの大きさにメイプルも同意しながら頷く。

何せ、雷系統以外のスキルを使用不可能にするのだ。ぶっちゃけ、周りの切り札さえも封じてしまうこのスキルは、ソロ戦闘でしか効果を発揮しそうにない。

 

「……また、おかしなスキルを手に入れたんだな」

「出来れば見間違いであって欲しかった……」

 

そのタイミングで帰ってきたクロムとカスミは、孔雀の翼と上尾筒を背中から生やしたコーヒーを見た瞬間に悟った表情となった。

取り敢えず、互いに今回の探索の情報交換をしていく。

 

「雷雨か……その先には何があるんだろうな?」

「それよりもコーヒーが見つけたエリアと新スキルがまた凶悪だな。どっちもソロだとすんごいキツイぞ」

「ああ。装備のスキルも含めて使用不可能にするからな。ソロだと勝ち目がなくなるな。それ以上に強化した【グロリアスセイバー】の威力が凄まじ過ぎるが」

 

遠い目となっているカスミの言葉に、クロムが同意するように言葉を紡いでいく。

 

「ああ……九割近く残っていたボスモンスターのHPを全損させるとか……プレイヤー相手ならオーバーキル確定だぞ」

「……一応、大幅に強化した【リベリオンチェーン】込みだから、純粋な威力は不明だぞ」

「それ抜きにして、だ。マイとユイ、シアンでも連打しないと削れないんだからな」

「…………」

 

クロムの指摘にコーヒーは無言で顔を背ける。威力のヤバさは本人も自覚しているからだ。

 

「それでどうする?探索は次の機会にするか?」

「次の機会でいいだろ。メイプルもあの鬼との戦いで気力をごっそりと持っていかれたしな」

「「……は?」」

 

コーヒーの言葉に目が点となったクロムとカスミに、コーヒーはメイプルが間違えて鬼と三回も戦って全勝した事を伝える。

 

「メイプルも鬼を召喚出来るようになったのか……」

「あれに三回も勝ったのか……それも連続で」

 

本当に予想の斜め上を行くメイプルにクロムとカスミはまた遠い目となる。特にカスミは鬼に勝てず戦意をへし折られていたので、地味にダメージが多かった。

そんな彼らの下に運営からメッセージが届く。

 

『ガオー!来月の二月に第六回イベントが開始されるドラ!今度のイベントは専用フィールドのジャングルを探索するドラから、楽しみに待っているドラ!』

 

ヘンテコドラゴン口調の文章と探検帽を被ったヘンテコドラゴンの絵付きのメッセージにコーヒーは思わず苦笑してしまう。

前回のイベントではヘンテコドラゴンはサンタ帽を被っていたから、今回もアタッチメントを追加したようである。

 

「二月にまたイベントか。それも第二回と同じ探索型か」

「ジャングルかぁ……歩きやすいといいな」

「まだ詳細は分からないが……ジャングルなら植物や遺跡があるかもな」

「そうなると……モンスターもジャングルに合わせた種類となるかもしれないな」

「確かに」

 

ジャングルと言えば、植物、ゴリラ、虫、遺跡があるなら骸骨……

今回も中々濃そうである。

 

「じゃあイベントまでゆっくりするのもいいかな。しばらく戦闘は遠慮したいし」

「そうだな。イベントの為に英気を養っておくのもいいかもな」

 

そんなメイプルとコーヒーの言葉に、クロムとカスミはしばらくは平穏になりそうだと内心で安堵の息を吐くのであった。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

イベント通知から四日後。

 

「……サリー、大丈夫か?」

「三日もログインしてこなかったから……本当に大丈夫?」

 

イベント通知の次の日にサリーは第四層へと戻り、それから今日まで一度もログインしなかった、ギルドホームの机に突っ伏しているサリーにメイプルとコーヒーは大丈夫かと声を掛ける。

 

「……うん、大丈夫。向こうでも言ったけど、単に燃え尽き症候群みたいな状態になっただけだから……今なら二人の気持ちが分かる気がするよ……」

「もしかして……勝ったのか?」

 

コーヒーの言葉にサリーは顔を上げて頷く。サリーが四層に行ったのは、例のクエストの最後の試練に挑戦しに行ったからである。

 

「うん。あれは本当に地獄だった。凄く速いし、【大海】や【古代ノ海】に似たスキルも使ってきた上に、予想通り水の壁の完全防御もあった」

 

サリーは遠くを見つめる瞳で呟く。

何せ、二刀の小太刀からは水の刃が飛んで迫り、此方の攻撃も巧みな剣捌きで悉く弾くのだ。

 

サリーは【氷柱】を小太刀の剣筋を遮るように出現させ、それにぶつかって動きが鈍った瞬間に【超加速】で接近し【七式・爆水】を右足に叩き込んでバランスを崩させ、そのまま追撃を放とうとした。

 

だが、水色の陣羽織を羽織った鬼は【雷神結界】の水バージョン―――【水神結界】でサリーの追撃を防ぎ、あっという間に体勢を立て直して再び攻撃に転じたのだ。

 

サリーは【氷柱】を再現した鬼が放ってきた水柱を、新スキル【氷結領域】で凍らせて即席の壁に作り変えつつ、耐えずヒット&アウェイを繰り返していた。

 

「しかもHPが七割以下になると、地点指定の水蒸気爆発を放ってきたのよ。それも範囲が広いタイプで。【八式・静水】を咄嗟に使わなかったら、間違いなく爆発を受けてたわね」

 

さすがに地点指定の広範囲爆発はまずいと悟ったサリーは、挑戦前にイズから譲り受けた【樽爆弾ビックバン】を直ぐ様設置。風魔法を放って爆発させ、宙に浮いて接近していた鬼に大ダメージを与えた。自身は【空蝉】が発動してダメージが無効となって無傷で凌いだが。

 

「終盤なんて空に展開された水球からフィールド全体に雫が降ってきて、全ステータスがダウンしていった時は本当に焦ったわよ」

「「うわぁ……」」

 

本当に鬼畜仕様の鬼に、コーヒーとメイプルは何とも言えない表情で声を洩らす。

 

「まあ、最後の全ステータスダウンは雫に濡れる度に下がっていたから、【零式・水面返し】でデバフを全部鬼に移して、【大海】と【古代ノ海】でさらに動きを鈍らせたところで【終式・睡蓮】を叩き込んで決めたけどね」

「……終盤は鬼は自ら首を締めたんだな」

 

鬼の敗因はデバフ系統スキルをサリーに使ってしまったことだろう。【ドーピングシード】のデバフまで移された鬼は【大海】と【古代ノ海】でさらにAGIが低下し、動きが鈍らされたところで【空蝉】でAGIが上昇していたサリーの必殺スキル【終式・睡蓮】を決められたのだ。

 

それでも鬼の攻撃はとてつもないものであったが。

ちなみに、終盤で確実に決める為にサリーは意を決して【名乗り】を使っていた。

 

そのメンタルダメージもあってログインしなかったのだが……自ら言うことはないだろう。

ちなみにサリーの【名乗り】は『踊れ、流水の舞踏(マリンダンサー)』である。

 

「ええ。おかげで新しいスキルが手に入ったけどね」

「どんなスキル?」

「【百鬼夜行I】と【水神陣羽織】。【百鬼夜行】の方はもう知っているから省くけど、【水神陣羽織】はCFの【雷神陣羽織】の水バージョンね。多少の差違はあるけど」

「どんな差違だ?」

「一つ目は上昇するステータスの種類。こっちはSTRとINTが30%上昇するわ。二つ目は内包スキルの効果。【水神蒸発】は水系統スキルを使えば使う程威力が上がって、半径10メートル以内の場所を任意で爆発させる性能になっているわ。【天ノ恵ミシ雫】は攻撃ではなく補助系統スキル。私の場合は自身のAGIの30%増加と敵の被ダメージ20%増加ね」

「此方も強力だなぁ……ちなみに【水神結界】は?」

「雷属性の攻撃以外の完全防御」

 

どうやら【陣羽織】スキルはそれぞれの属性の上下関係が成り立っているようである。

コーヒーの雷神の場合は水に強くて風に弱い。

サリーの水神の場合はおそらく炎に強く、雷に弱い。

 

「でも、サリーの所持しているスキルと合わせたらぴったりだよな」

「うん。まあ、このクエストはその系統のスキルがないと進められないからね。正直疲れたから、来月のイベントまではゆっくり過ごすつもり」

 

どうやらサリーも次のイベントまでは休むようである。

 

「だよな。あれとの戦闘はすっごい疲れるからな」

「うん……正直、私ももう戦いたくないよ……」

 

コーヒーとメイプルも、鬼との戦いを思い出して一気に疲れた気分になる。

 

「それで、今日はどうする?」

「今日は【カフェピグマリオン】が開店している日だから、そこでケーキを食べましょ。CFの奢りで」

 

勝手に奢らされることを決められたコーヒーは呆れたように肩を竦めるも、特に反対の声を上げない。どうやら奢ってはもらえるようだ。

 

「というか、メイプルの場合はパンケーキをご馳走するって店主が言っていたぞ」

「え?ホントに!?」

 

そうして三人は、【カフェピグマリオン】へと足を運ぶのであった。

 

 

 




感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

カフェでバイト

てな訳どうぞ


ギルドホームを出たコーヒー、メイプル、サリーの三人は【カフェピグマリオン】に来ていた。

 

「良く来たな。それと実際に会うのは初めてだな、【楓の木】のギルドマスター。俺はアロック。【カフェピグマリオン】の店主だ」

「あ、はい。メイプルと言います」

 

初めて顔を合わせたパティシエ姿のアロックとメイプルは互いに挨拶をかわす。

 

「それで今日はどうする?店内で召し上がるか、持ち帰りにするか。好きな方を選ぶがいい」

「うーん……出来れば店内で食べたいですね」

「そうか。だが、生憎席はカウンターしか空いていないが構わないか?」

 

アロックの言う通り、店内のテーブル席は既に満席になっており、今空いているのはカウンター席くらいだ。

 

「どうする?一応、人数分の席は空いているようだが」

「んー……メイプルはどうする?」

「んー、どうしようかー……」

 

店内で食べるか、幾つか買ってギルドホームで食べるか悩んでいると、丁度テーブル席にいた団体客が立ち上がるのが見えた。

 

「む?どうやら丁度席が空きそうだな。少し待つがいい」

 

そうして団体客がお金を払って店を後にしたので、正式にテーブル席が一つ空く。そこにコーヒー達は座ってメニュー表を確認していく。

 

「メニューに書いてある料理名を押すと実物が表示されるのはいいアイディアよね」

「VRならではの表示方法だな」

「どれも美味しそう!本当に悩んじゃうよ!!」

「もういっそのこと全部頼んじゃえば?お金はCFが出すんだし」

「……出来れば加減してくれ」

 

サリーの容赦ない言葉に、コーヒーは懇願の声を洩らす。

 

「冗談よ。それに、プレイヤーが開いている店である上にこの店は凄い人気だから、どうしても数に限りもあるし購入制限もあるしね」

「そっかぁ……あの時のように大量に頼めないんだね」

 

メイプルの言うあの時とは、掲示板にも書かれたスイーツバトルの時である。

あれはメイプルが有名だったこともあり相当周りに目立ち、注目の的になっていたのは言うまでもない。

 

「じゃあ、このふわふわシフォンケーキを頼もうかな」

「私はこのチョコレートパフェかな?CFは?」

「このモンブランにでも……」

 

コーヒーも注文するケーキを決めたところで、画面を開いて難しい顔をしたアロックが視界に入った。

 

「?どうしたのCF?」

「いや、アロックが難しい顔をしていたからどうしたのかと……」

「ホントだ。ちょっと聞いてみるね」

 

メイプルはそう言って席を立ち、アロックの方へと歩み寄っていく。

 

「アロックさん。何かあったのですか?」

「ん?メイプルか。何、日雇いで雇ったプレイヤーが急なリアルの用事で来れなくなったと連絡が来ただけだ」

「え!?大丈夫なんですか!?」

「問題ない。元々、こういう事は何度かあった。むしろしっかり連絡してくれるだけありがたいと言うものだ。ドタキャンがあってもちゃんと店が回るようにはしているからな」

 

アロックはそうは言っているが、今日は客が多く、ケーキ等のスイーツは全部アロックが作っているので補充の為にどうしても厨房に籠らなければならない。

しかも、今回急に来れなくなったプレイヤーは会計と接客が両方できる人物なのだ。

相変わらず難しい表情を続けるアロックの姿に、メイプルはある提案を持ちかけるのであった。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

「はあ……今日も疲れたよ……」

「だよなあ。足場が悪いから走りづらいしな」

「ふん……足場が悪いくらい、どうと言う事はない」

 

探索から帰ってきたマルクス、シン、カミュラの三人は自分達のギルドホームに向かって歩いている。

 

「それはカミュラの移動速度が遅いから言えることだよ……」

「ま、俺らもカミュラの移動速度に合わせていたから、移動自体はそんなに苦じゃなかったしな」

「なら、文句を宣うな」

 

カミュラはそう言って、道中にあった【カフェピグマリオン】で足を止める。

 

「また買うのかよ?」

「ああ。スイーツを買って帰れば、女性のギルドメンバーの俺の印象が上がるからな」

「そんな事を堂々と言うから……モテないんだよ……」

 

カミュラはマルクスのツッコミを無視して店の扉を開けて中へ入ると……

 

「いらっしゃいませー」

 

会計カウンターの向かい側に【カフェピグマリオン】のギャルソンスタイルの制服に身を包んだコーヒーがいた。

 

「……CF。何故リア充のお前が此処にいる?」

「臨時のバイト」

 

カミュラの憎々しげな質問に、コーヒーはリア充扱いは無視して隠すことなく端的に答える。

 

「ちなみに臨時のバイトは俺だけじゃないぞ」

 

コーヒーがそう言って顔を向ける先には……

 

「お待たせしましたー!ご注文の苺のショートケーキとブルーベリータルトでございます!」

「ご注文をご確認しますね。アップルパイが二つとストレートティーが一つ、ホットのカフェオレが一つ。以上でお間違いがないでしょうか?」

 

コーヒーと同じように【カフェピグマリオン】の制服に身を包んだメイプルとサリーもいた。

三人がこうして働いている理由。それはメイプルが手伝うとアロックに言ったからだ。

 

アロックも少し考える素振りを見せるもすぐに了承し、コーヒーとサリーもメイプルが働くならと言った感じで参加した。

メイプルが手伝う中でのんびりするのも何となく悪いと感じ、加えてリフレッシュにもなると考えたのもある。

 

「あれ……なんでCFがこの店の制服を着てるの……?」

「よお、CF。臨時のバイトか?」

 

マルクスとシンも続いて入店し、シンの質問にコーヒーは頷いて返す。

 

「そうなんだ……制服姿、よく似合ってるよ……」

「どうも」

「ん?メイプルとサリーもいるのか。メイプルがウェイトレスなのは分かるが……何でサリーはギャルソンスタイルなんだ?」

 

シンの言う通り、メイプルは可愛らしいウェイトレス姿なのに対し、サリーはコーヒーと同じ制服を来ているのだ。

 

「ウェイトレス姿が恥ずかしいからだと」

 

対してコーヒーは簡潔に理由を答える。

サリーも最初、アロックから渡されたウェイトレス姿となる装備を装着したのだが、恥ずかしいからかすぐに装備を元に戻してしまったのだ。

 

そんなサリーにメイプルはせっかく可愛かったのにもったいないと言うも、サリーは無理無理、あんなの私のキャラじゃないと顔を赤く染めて首を振って拒否してしまった。

 

それでアロックは溜め息を吐いてギャルソンスタイルの制服を渡し、サリーもこれならと装備してウェイターの仕事に参加したのである。

ちなみに制服のデザインを担当したのはイズである。

 

「それでどうなさいますか?店内でのお食事でしょうか?それともお持ち帰りでしょうか?」

「……持ち帰りだ。苺のホールケーキとピーチパイが二つと、シュークリームとザッハトルテ、チーズタルトが五つだ」

「かしこまりましたー」

 

カミュラのオーダーを受け取ったコーヒーはガラスケースの中に置かれていた商品を取り出し、専用の箱に閉まっていく。

 

「合計で15500Gとなります」

 

カミュラは代金を払うと、購入したスイーツを自身のインベントリにしまってマルクスとシンと共に店を後にしていく。

しばらくすると、また見知った人物達が訪れる。

 

「やあCF。ここでバイトかな?」

「臨時だけどな」

 

【集う聖剣】のギルドマスターにしてNWO屈指のトッププレイヤー、ペインの来店にコーヒーはカミュラの時と同じように端的に答える。

 

「にしても珍しいよな。一人でこういう店に来るなんてな」

「そうでもないさ。俺だってたまには甘い物を食べたくなる時だってあるさ」

「そうか。それにしても……」

 

コーヒーは改めてペインの格好を見る。装備はいつもの白を基調とした鎧ではなく、少し伊達が掛かった冒険者風だ。

そんなコーヒーの反応にペインは肩を竦めながら苦笑した。

 

「流石にいつもの鎧で店内で食べるには目立つからな。堅苦しい雰囲気を作りたくもなかったしな」

「確かに。席は彼方のカウンター席でよろしいでしょうか?」

「ああ」

 

コーヒーの確認にペインは頷いてカウンター席に移動。オーダーを取りに来たウェイトレスにコーヒーとチョコレートケーキを注文する。

 

「苺タルトを20個ですね!承りました!!」

「お待たせしました!生クリームたっぷりの苺のホールケーキです!!」

 

メイプルとサリーの方もミスなく接客をこなしていた。

そうして、ピークを過ぎて客の足並みも落ち着いた事でコーヒー達の臨時のバイトは終わるのであった。

 

「あー……意外と疲れたな」

「そうね。けど、こういうのも悪くないわね」

「そうだね!新鮮で楽しかったね!」

 

店の空き部屋でコーヒー達が椅子に背中を預けて寛いでいると、アロックが部屋へと入ってくる。

 

「今回は手伝ってくれて助かった。これが今回のバイト代だ」

 

アロックはそう言って画面を操作して自身の所持ゴールドをコーヒー達に幾らか渡す。

 

「それと、バイト代とは別に今回の礼に俺のスイーツをご馳走しよう。少し待っているがいい」

 

アロックが部屋を出てからしばらく待つと、ふわふわシフォンケーキとチョコレートパフェ、モンブランにパンケーキ、色とりどりのマカロンを乗せたトレイを持ってアロックが部屋へと戻ってきた。

 

「本来お前達が食べる筈だったスイーツと先日の約束のパンケーキ、お前達のテイムモンスターも食べられるマカロンを用意したが良かったか?」

「いえ、お気遣いありがとうございます」

「うんうん!わざわざ用意して下さってありがとうございます!」

「バイト代だけでなく、スイーツもタダでご馳走されて……こちらこそありがとうございます」

 

コーヒー達はアロックにお礼を告げ、ブリッツ達も呼び出してスイーツを堪能していく。

 

「うーん!どっちも美味しいよー!!」

「ああ、本当に幸せ……」

「甘さが染み渡る……」

 

コーヒー達がスイーツを美味しそうに食べる中、ブリッツ達もマカロンを美味しそうに食べていく。どうやらお気に召したようである。

 

「やっぱりこれだけ旨いと人気が出るのも納得だよな……」

「うん。毎日通いたいくらいだよ……」

「はあ、幸せ……」

 

コーヒー達もスイーツの味に骨抜きにされつつもゆっくりと堪能していくのであった。

ちなみに【炎帝ノ国】のとある一室では……

 

「うぅ~~……何なのあの鬼の強さはぁ~~ッ!!幾ら何でも理不尽過ぎるわよぉ~~ッ!!」

「あはは……」

 

泣きながらカミュラが買ってきたピーチパイをやけ食いする彼女に、つい最近素の彼女を知った聖女様は困ったように笑みを浮かべるのであった。

ちなみに連敗記録は20。どこまで連敗記録を更新するかは……本人を含めて誰にも分からなかった。

 

 

 




『メイプルちゃんとサリーちゃんがカフェでバイトしてた』
『kwsk』
『【カフェピグマリオン】でメイプルちゃんはウェイトレス、サリーちゃんはギャルソンスタイルで接客してた』
『スクショは?』
『ない。誠に残念ながら』
『チクショウめぇえええええっ!!!』
『しかし何でサリーちゃんはギャルソンスタイルだったんだ?』
『今聞いてきた。どうやら恥ずかしかったからだそうだ』
『何その可愛い理由』
『サリーちゃんのウェイトレス姿も見たかった……』
『そういえばレジカウンターにCFがいた気が』
『次のイベントでCFは見つけ次第、処刑しよう』
『『『異議なし!!!』』』

見守り隊の一部スレ抜擢。

感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ジャングル探索

てな訳でどうぞ


【カフェピグマリオン】の臨時バイトから時間は流れて、イベントが始まる二月となった。

 

『ガオー!それでは、今回のイベントの詳しい説明をするドラ!今回のイベントはすべてのフィールドにいるモンスターからドロップするチケットアイテムを使うことでイベント専用フィールドに行けるドラ!チケットは一枚につき一回ドラから、何枚か持っていたら良いドラよ!』

 

どうやら今回のイベントはそのチケットを手に入れないと本格的なイベント参加は不可能なようだ。そして、移動先のフィールドのどこに着くかはランダムになっているとのこと。

 

『ジャングルには貴重な素材がいっぱいあるドラ!中には極希少なレア素材も隠れているドラから、頑張って探してみるドラ!もちろんここでしか手に入らないスキルや装備も手に入るドラ!だけど、注意するドラよ?専用フィールドではHPの回復が一切出来ないドラから、自分のHPには常に注意を払うドラよ?』

 

これはコーヒーやクロム、メイプルにとっては少々キツい仕様だ。

何せ、HPが回復しないと言うことは、コーヒーは【魔槍シン】と【聖刻の継承者】、メイプルは【身捧ぐ慈愛】は実質使えないからだ。HPを対価に発動するスキルはそれだけで自身の首を絞めてしまうからである。

クロムも生存能力を支える自動回復等の回復スキルが封じられるから、いつも以上に注意しなければならない。

 

『そして死亡するか、自身の画面に表示される帰還ボタンを押すと町の広場に戻るドラ!それじゃ、みんな頑張るドラよ!ガオー!!』

 

取り敢えずは今回のイベント内容を確認したコーヒーは画面を閉じる。

 

「今回のイベントは総合力が試されそうだな」

「ああ。回復無しは簡単に長時間探索出来ないようにする措置だろうが……」

「ジャングルを探索する時はいつも以上に気をつけないとな。うっかり癖で回復するから大丈夫と思いかねないからな」

 

技術は高いが、メイプルほど硬くはないクロムは自身に言い聞かせるように呟く。何せ、ユニークシリーズが手に入ってからは【体力盾】になっていたから、それを支えるスキルの使用不可は結構痛いからだ。

 

「ま、どっちにしろまずは入場券を手に入れないとな」

「だな。チケットを手に入れないとイベントに本格的に参加できないからな」

「そうね。十分にリフレッシュ出来たし、気合いは十分よ」

 

鬼畜仕様の鬼との戦闘からしばらくゆっくりしていたサリーもすっかりやる気を取り戻しており、本人の言う通り気合いは十分である。

そのままいざ出発!というタイミングでメイプルが扉を開けて入ってきた。

 

「お、メイプルも来たのか」

「今日から探索?」

「うん、久しぶりに頑張ってみる!」

 

メイプルもモチベーションを取り戻して気合いは十分のようである。

サリーは今回のイベントをメイプルに説明する為に少し残り、コーヒー、クロム、カスミの三人は一足先にフィールドへと赴く。

 

「【孔雀明王】」

 

コーヒーは新スキルで空を飛んでフィールドを移動していたが。

 

「今日は専用アイテム集めに専念するか。何枚かあれば連続で挑めるしな」

 

コーヒーは孔雀の翼で空を飛びながら、雲型のモンスターを狩っていくのであった。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

翌日。

チケットを三枚手に入れたコーヒーはさっそく一枚目のチケットを取り出した。

 

「それじゃ……使用」

 

コーヒーがチケットを使用するとその体を光の渦が包んでいく。

そのまま光は空へと伸びてうっすらと消える。

 

コーヒーを包んだ光が消えると、そこは町の中ではなくイベント専用フィールドのジャングルだった。

高い木が何本も並び、聞こえる音は木の葉が風で揺れる音くらいしかない、とても静かなフィールドであった。

 

「周りには誰もいないか……まあ、当然だよな」

 

何せ、今回の探索はスタート地点が本当にランダムなのだ。

ギルドメンバーと合流して探索……というのもあまり現実的ではない。

 

「取り敢えず進むか。迸れ、蒼き雷霆(アームドブルー)

 

何にせよ、探索しないと何も得られないのでコーヒーはステータスを強化しつつジャングルの中を歩き始める。

探索を始めて数分、コーヒーは比較的大きな赤い花を見つける。

 

「あれはモンスターか?それとも素材アイテムか?一体どっち……あ」

 

遠目からでは判別出来なかったコーヒーは、先日ミキから貰ったアイテム――指定したモンスターの情報を閲覧できるアイテムを取り出した。

 

「これではっきりする……と」

 

コーヒーは虫眼鏡の形をしたそのアイテムを使用すると、赤い花のステータスが表示される。どうやらモンスターのようだ。

 

「取り敢えず、ドロップ目的で倒すか……放つは轟雷 形作るは天の宝玉 仇なす者に雷球を落とさん―――弾けろ、【スパークスフィア】!」

 

【口上強化】した【スパークスフィア】で赤い花のモンスターを吹き飛ばすと、甘い香りがふわりと広がっていく。

それと同時に茂みが揺れる音、木の葉のざわめく音、何か重いものが移動しているような音などが静かだったジャングルに響き始める。

しかも、それらの音はどんどん大きくなってきている。

 

「おいおい、まさか……」

 

それらの音にコーヒーの顔が引き攣っていく中、鳥や狼、蜘蛛や蟷螂、動く植物、さらに苔むした岩で構成された巨人等、様々なモンスターがコーヒーを取り囲むように姿を現した。

 

「……最悪だ」

 

およそ十メートル先にいるモンスターの群れに、コーヒーは本当に嫌な顔となる。

モンスターが集まった原因が、あの赤い花が放ったであろう甘い香りだと容易に想像できたからだ。

 

「こうなったら……【クラスタービット】!!―――舞え、【雷旋華】!!」

 

コーヒーは【クラスタービット】をメタルボードにし、【雷旋華】を発動しての強硬突破を選択する。【孔雀明王】での飛行は翼が邪魔となって細かな飛行が出来ないからだ。

 

【雷旋華】で強引に包囲網を突破するも、甘い香りに誘われて集まったモンスター達は逃がさないと言わんばかりにコーヒーの後を追いかけ始める。

 

「やっぱり追いかけてくるよなぁ!?」

 

コーヒーはそう叫びつつ、クロスボウを連射し、【スパークスフィア】や【サンダージャベリン】を放って追いかけてくるモンスターを吹き飛ばしていく。

数分後、甘い香りに誘われたモンスターを無事に殲滅したコーヒーは息を深く吐いた。

 

「……赤い花は今後一切無視しよう。何度もモンスターに囲まれるのは本当にキツい」

 

HPが回復できない状況で大量のモンスターに何度も囲まれるのはキツい。赤い花からも、その赤い花から放たれた甘い香りに誘われたモンスター達からも大したアイテムをドロップしなかったことから、無駄な消耗戦になりかねない。

 

「……上空からダンジョンらしき場所を探すか?」

 

メタルボードなら小回りが利くし、空からある程度の辺りを付ければ探索も容易になる筈。

そんな考えでコーヒーはメタルボードを操作してジャングルから飛び出す。

 

「あー……ほとんどが木で覆われて隠れてるな。ん?」

 

そう呟いていたコーヒーの視界にジャングルを突き破るように建っている石作りの塔が映る。

高さはたぶん、ビル七階程。屋上にあたる場所には何もなさそうだ。

 

「……取り敢えず調べるか」

 

何かしらのダンジョンの雰囲気を感じ取ったコーヒーは上空からその塔へと近づいていく。

塔屋上には何もなく、中へと続く階段さえもない。

そのまま木々が生い茂っているジャングルへと降りて塔の周りを確認すると、扉のない入り口が一つだけあった。

 

「ん?入り口の近くに何か刻まれているな」

 

コーヒーは入り口のすぐ横に刻まれた文字を確認していく。

 

【塔に足をつけぬ者は元の場所へ返される】

 

「これは……何かの制限か?」

 

取り敢えずコーヒーはメタルボードから降り、塔の中へと入る。

中は塔の外見と同じく石作りで何もない。ただただ広い部屋で向かい側には上へと続く階段がある。

 

「取り敢えずこのまま―――」

 

コーヒーはそう言って一歩踏み出した瞬間、地面が爆発した。

 

「うおわっ!?」

 

もろに爆発を受けたコーヒーはHPを削られ、地面を転がっていく。

すると今度は天井から氷柱がいきなり降ってくる。

 

「嘘だろおい!?」

 

コーヒーは咄嗟に【クラスタービット】を自身の頭上に屋根となるように操作して氷柱の雨を防ぐ。

 

「ここはトラップ地獄かよ……」

 

このダンジョンのコンセプトを理解したコーヒーはむくりと身体を起こす。こんなトラップがあるのなら、少なくともこの塔には何もないということはないだろう。

 

「……試しに宙を飛んで行くか。例の文字の意味を確認するためにもな」

 

コーヒーは【クラスタービット】をメタルボードしてその上に乗る。

 

「それじゃあ、ここまま―――」

 

コーヒーの独り言を遮るように、部屋いっぱいに魔法陣が展開され、コーヒーはその光に呑まれる。

光が消えると……町の広場に戻されていた。

 

「……ルールを破ったら強制送還されるのか」

 

コーヒーは次からは飛行移動はしないと決め、HPを回復してから二枚目のチケットを使うのであった。

そして、例の塔に再び挑戦し……釣天井によって死に戻りする羽目になるのであった。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

一方その頃。

 

「なーにかないかなっと」

 

コーヒーと同じくジャングルに来ていたサリーは身軽な様子で走り回っていた。

倒木を飛び越えてひょいひょいと進んでいく中、視界の端に何か見慣れないものがあったような気がして立ち止まる。

 

「んー?あれは……」

 

サリーは目を細めて遠くを見つめる。

鮮やかな緑の先に僅かに白い何かが見える。だが、流石に距離があり過ぎてそれが何なのかは分からない。

 

「こういう時【遠見】があったら簡単に分かったのになー……取り敢えず、行ってみようか」

 

サリーはダガーを抜くと茂みをガサガサと揺らして道なき道を進んでいく。

そうして近づくと見えたものの正体がはっきりした。

 

「うげ……蜘蛛の巣。糸を使うタイプの蜘蛛と戦うのは苦手なのよねぇ」

 

サリーは顔を顰めて歩みを止める。過去に蜘蛛の巣に捕まって、そのまま死に戻りした過去があるからだ。

 

「……一先ず確認だけはしようかな?ヤバそうなら逃げ―――」

 

その瞬間、サリーの背筋に悪寒が走る。

そのゾッとした本能のままにサリーはその場から飛び上がって距離を取ると、直前までサリーがいた場所に大きな蜘蛛がズシンと地面を響かせて降り立った。

しかも、その大きな蜘蛛はただの大きな蜘蛛ではなかった。

 

「アラクネって……本当に最悪なんだけど」

 

その蜘蛛の頭部に当たる部分には不気味な顔の女性の上半身が一体化しているのだ。サリーの言う通り、その姿はまさにアラクネだ。

どう見てもヤバそうな相手である。

 

「その上、逃がしてくれそうにないわね……」

 

サリーは苦虫を噛み潰したような表情で周りを見る。

いつの間にか、お手玉くらいの大きさがある蜘蛛達が周りの木々を繋ぐように白い糸を壁のように、現在進行形で張り巡らせているのだ。

それも絶対に引っ掛かるように。

 

「これだから、糸を使う蜘蛛のモンスターは嫌いなんだよね……」

 

サリーは苦い表情のまま、ダガーを構える。

幸い糸に捕まったわけではなく、逃亡出来なくなっただけ。

 

なら、戦って勝つだけだ。

サリーは意を決して、アラクネとの戦闘に望むのであった。

 

 

 




サリーはアラクネと戦う羽目になりました
何故原作通りの大きな蜘蛛にしなかったのかだって?そんなの決まっているだろう?
原作より強化したサリーでは簡単に倒せてしまうからだ!!
感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

VSアラクネ

てな訳でどうぞ


最初に攻撃を仕掛けたのはアラクネだ。

アラクネは細い指の両手をサリーに向けると、指の数だけ白く細い糸を放出する。

 

「【氷柱】!!」

 

サリーは迫ってきた十本の糸を三本の氷の柱で受け止めて防ぐ。

こういうモンスターの場合、紙一重で避けても糸を操って次の瞬間に拘束するのがお約束だからである。

 

「【水神陣羽織】!!」

 

サリーは新しいスキルである【水神陣羽織】を発動する。

サリーの体から水色の陣羽織が飛び出し、水色の粒子を放出しながらサリーの周りを飛ぶ。そしてそのまま、サリーに覆い被さるようにくっついた。

 

「【大海】!!【古代ノ海】!!【天ノ恵ミシ雫】!!」

 

サリーは続けて二つのスキルを発動。サリーを中心に薄い水の膜が地面に円上に広がり、それとほぼ同時に周りから青い光を纏う魚達が現れる。

 

そして、サリーの頭上から水色に輝く玉が現れ、そのまま上空へと昇っていく。玉は一定まで上昇するとその光を一層強め、辺り一面に雨をサァァァ……と降らせ始めていく。

アラクネはそれを認識すると八本の脚に力を入れ、地面の水に触れる前に飛び上がる。

 

飛び上がったアラクネは両手を広げて糸を放出。それぞれを木の幹に繋げて宙ぶらりんの状態となり、そのまま足場を作り始めていく。

 

「【四式・交水】!!」

 

サリーはダガーを十字に振るい、十字に飛ぶ斬撃をアラクネに向かって放つ。

十字に飛ぶ斬撃は足場を作って逆さとなっているアラクネの身体に命中し、そのHPを削る。

 

「今ので二割……HPやVITはそんなに高くなさそうね。なら、いけるかな?」

 

残り八割ほどとなったアラクネのHPバーに、サリーは勝利を見出だして不敵に笑う。

対するアラクネは紅い目でサリーを睨み付けたかと思うと、右手に緑の球を出現させる。

その緑の球を、サリーに向かって投げ飛ばした。

 

「どう見ても毒よね……【一式・流水】!」

 

サリーはそう呟いて【一式・流水】を発動。自身に迫ってきていた紫の球をダガーで弾き飛ばし、明後日の方向へ向かわせる。

弾かれた緑の球は木の幹にぶつかった瞬間に破裂。緑の液体となって滴り落ちていく。

やっぱり毒だったかとサリーは流し見つつ、アラクネに向かって魔法を放つ。

 

「流せ、【ウォーターボール】!!」

 

水属性の魔法を放ち、アラクネに更にダメージを与える。

 

「残り六割半……これなら何とかなるかな?」

 

【水神陣羽織】で威力が上昇している水魔法の威力にサリーは内心で微笑む。【天ノ恵ミシ雫】でアラクネは被ダメージも増加している。

だが、アラクネはそうはいかないと言わんばかりに奇声を上げる。

その奇声に答えるように糸の壁を作っていた蜘蛛達が一斉にサリーに襲い掛かって来た。

 

「やっぱりそう簡単には行かないか……【大海】!!【二式・水月】!!」

 

サリーは時間切れとなっていた【大海】を再び使用しつつ、【二式・水月】で襲い掛かって来た蜘蛛達を同時に切り裂く。

 

「【十式・回水】!!」

 

続けてサリーは高速で放つ六連撃スキルを使用。蜘蛛を六体切り裂いて光の粒子へと変える。

 

「噴き出せ、【ウォーターウォール】!!【氷柱】!!【跳躍】!!」

 

サリーは水の壁で牽制しつつそのまま氷の柱を作り出すと、それを足場にしてアラクネに向かって飛び上がる。

アラクネはサリーに向かって両手を突き出すも、サリーは止めと言わんばかりにスキルを発動させる。

 

「【水神蒸発】」

 

途端、アラクネを中心に水蒸気爆発が炸裂し、白い煙が上空を包み込む。

サリーが跳躍したのは、【水神蒸発】の射程範囲内にアラクネを捉える為だったのだ。

 

「【流水短剣術】は水系統のスキル……魔法も含めて十回使った上に被ダメージも増加してるから流石に耐えられないでしょ?」

 

綺麗に着地したサリーはそう言って上空を見上げる。

その上空を漂う白い煙から、白い何かが突き破った。

 

「!?」

 

サリーは咄嗟に飛び退こうとするも、いつの間にか足に蜘蛛の糸が絡まっていて思うように足を動かせない。

そのため仕方なくダガーを交差させて受け止めようとするも、それは失敗だったとすぐに悟る。

何故なら、その白い何かはサリーの両手にぶつかるとその勢いのままサリーを後ろへと押し倒したのだ。

 

「うあっ!」

 

その勢いからサリーは息を吐き出す。

押し倒されたサリーはすぐに起き上がろうとするも、腕を押さえつけられているかのような感覚のせいで起き上がれない。

 

その感覚にサリーはまさかと思ってそちらに顔を向けると、サリーの両腕は頭上で交差する形で、白い塊によって地面に縫い止められてしまっていたのだ。

 

「まさかこれ蜘蛛の糸の塊!?」

 

サリーは慌てて両腕に力を入れて拘束から抜け出そうとするも、両腕を拘束している白い塊ははびくともしない。

そして、白い煙からボロボロとなっているアラクネが飛び出て、そのまま地面に着地した。

そのアラクネのHPバーは……本当に僅かに残っていた。

 

「まさか……確定耐えスキルを持ってたの?」

 

そんなサリーにアラクネは紫に変わった目を光らせながらゆっくりと近づいていく。

そこでサリーは現実に返り、何とか生き残ろうとスキルを発動させる。

 

「【氷柱】!【蜃気楼】!」

 

氷の柱でアラクネの進行を妨害し、別方向に自分の姿を作り出す。

氷の柱をよじ登ったアラクネはそのサリーに目を向けるも、すぐに興味を無くしたように視線を外し、本物のサリーに向かってほの暗い緑の塊を口から吐き出した。

 

「【水神結界】!!」

 

サリーは【蜃気楼】にアラクネが引っ掛からなかった事を苦く思いながら完全防御スキルを発動。雷属性の攻撃以外を完全防御する水の障壁で緑の塊を受け止めていく。

 

「朧、【覚醒】!【狐火】!!」

 

サリーを朧を呼び出して指示を出し、【狐火】で自身を拘束する糸の塊を焼こうと試みる。

【狐火】を受けた糸は少しだけ燃えたが、すぐに消えてしまう。

 

「朧!【狐火】を連続で放って!」

 

だが、少しだけ燃えた事実にサリーは回数を重ねれば拘束を解くことが出来ると踏んで朧に指示を出す。

しかし、水の障壁が時間切れで消えてしまい、同時に紫の塊が朧とサリーに襲いかかった。

 

「朧!」

 

紫の塊を受けた朧は全身を拘束され、サリーは腹部に受けてさらに拘束を強められてしまう。

途端、サリーの陣羽織が粒子となって消え、雨も止み、魚の群れも消えていく。氷の柱も同じように消えていっている。

 

「この紫の糸の塊……全部のスキルを封じてるの?」

 

これにはサリーもますます焦りを覚えていく。

試しに装備のスキルである【蜃気楼】を発動するも、幻影は出てこない。

 

「やばい……これは本当にやばい……!」

 

装備のスキルまで封じられたサリーは急いで打開策を考えようとするも、アラクネは口から白い糸の塊を吐き出し、今度はサリーの両足を完全に拘束してしまう。

これでサリーは完全に動けなくなってしまった。

 

紫の糸の塊のせいで朧も炎を吐き出せなくなり、今のサリーには打つ手がほとんど無くなってしまう。

そんなサリーにアラクネはゆっくりと近づいていく。

 

「く……ん……ッ!」

 

サリーは何とか腕の拘束だけでも解こうと必死によじらせるが、拘束は本当に頑丈でまったく解ける気配を見せない。

朧も唸り声を上げて拘束を振りほどこうとするも、全身を拘束されているせいで身動ぎ一つ出来ない。

そうしている間にもアラクネはサリーに覆い被さり、自身の顔をサリーに近づけていく。

 

「……!」

 

アラクネはサリーの顔と肩に手を当て、草木を掻き分けるように首周りを広げていく。

その光景は、吸血鬼だったならまさに吸血行為に見えただろう。

アラクネはその鋭い牙を覗かせながら、ゆっくりとサリーの首もとに自身の口を近づけていく。

 

そのままサリーに噛みつこうとした瞬間、サリーは顔を動かしてアラクネの手を振り払い、逆にアラクネの頬へと噛みつき―――食い千切った。

 

「ふふ……ざーんねん……恨むなら、メイプルを恨んでね」

 

アラクネの頬を食べたことにより、アラクネのHPは0となる。

アラクネは悲鳴を上げながら頬を押さえ、そのまま光の粒子となって消えていく。それに続くように周りの蜘蛛達も同じように光の粒子となって消え始めていく。

 

「うえ……やっぱりまずい……ぶよぶよした食感で凄く苦いから、余計にまずく感じるよ……」

 

アラクネが倒れたことで、自身を拘束していた糸の塊も消えて自由となったサリーは口を両手で押さえて吐き気を抑える。

 

「……一応、スキル取得の知らせがあったから、スキルは得られただろうけど……出来れば違う方法で追い付きたかったなぁ……」

 

サリーは上半身を起こしながら画面を操作し、スキルの欄を確認していく。

 

「【糸使いI】……両手足から蜘蛛の糸を射出するスキルかぁ……イーターじゃないけど、条件は一緒か」

 

サリーは【糸使いI】の説明文をしっかりと読んで確認し、スキルの能力を確認するために画面を閉じる。

そこで、サリーはあるものに気がついた。

 

「スキルの巻物……?ひょっとして、あのアラクネが落としたのかな?」

 

サリーはアラクネが消えた場所に落ちていた巻物を拾い上げ、内容を確認していく。

 

 

===============

【魔力感知I】

視覚情報からMPを検知することが出来る。

使用中は視界が専用のものに変わり、片目だけの展開も可能。

レベルが上がるごとに精度が上昇する。

===============

 

 

「……ひょっとして」

 

スキル名と効果からある可能性に気づいたサリーは【魔力感知I】を取得し、すぐに試していく。

 

「【蜃気楼】【魔力感知:左目】」

 

サリーは目の前に自身の幻影を作り出し、左目を魔力感知モードにしてその幻影を視界に収める。

すると、右目ではしっかりと自身の幻影が写っているのに対し、モロクロとなった光景を写している左目には幻影は無色に写っていたのだ。

念のために自身の両手や朧に目を向けると、自身の両手や朧はぼんやりとした赤い靄が纏わりついていた。

 

「やっぱりね。アラクネが幻影に引っ掛からなかったのはこのスキルを持っていたからなのね。左目の視界はサーモグラフィみたいで目が疲れそうだけど……これも化けそうね」

 

サリーは【魔力感知】を続行したまま【糸使い】の方も確認していく。

 

「【糸使い】……【右手:糸】」

 

右の手のひらから、アラクネや配下の蜘蛛達が使っていた蜘蛛糸が伸び、少し先の木にぶつかるとぴったりと張り付く。

サリーは力を入れてぐっと引っ張ってみるも、木から糸が離れる様子はなかった。

 

サリーは伸ばしていた糸を消し、朧も指輪の中に戻すと、スキルレベルを上げるためにジャングルのさらに奥へと進んでいく。

 

「うわ……この【魔力感知】、少しチート過ぎるわよ……」

 

左目の視界に幾つか存在する、動く赤い靄にサリーは複雑な気分で呟く。

モンスターやプレイヤーは大なり小なり、MPを持っている。つまり、このスキルの前では壁に隠れても透明になってもしっかりと存在を伝えてくるのだ。

 

しかも、魔法も赤い靄として表示されるため魔法による罠はこのスキルの前では無力となってしまう。

特にマルクスのようなプレイヤーには天敵と言えるスキルであった。

 

「【糸使い】の方は、伸縮糸を使えるようになるまでレベルを上げないと何とも言えないけど……探索を続けながらスキルレベルを上げようかな?幸い、危機管理能力も上がったしね」

 

そうしてサリーは左目に写る赤い靄を避けつつ、糸を伸ばして消してを繰り返しながら探索を続けていく。

しばらくそうしてジャングルを探索していたが、周囲の安全を確認してから【魔力感知】を解除して目をほぐした。

 

「ふぅ……この状態だと目が凄く疲れるわね……両目だと赤い靄が全体を覆うから誰か分からなくなるし……両目はスキルレベルを上げないと無理かな」

 

これ以上の探索は危険と判断したサリーは画面を操作して五層の町の広場へと戻ってくる。

 

「次の探索は……今度の休みの時にしようかな?その間はチケットを手に入れつつ、スキルレベルを上げていこうか」

 

サリーは今後の方針を決め、目が疲れていたこともあってその日はログアウトするのであった。

そして数日が経過し、長時間のログイン時間が確保できた日。

 

「…………」

「……珍しいわねCF。向こうでも難しい顔をしていたけど、あんたが頭を抱えて机に突っ伏しているなんてね」

 

ギルドホームに顔を出した際、まるで壁にぶち当たって挫折寸前となっているコーヒーの姿にサリーは何とも言えない気分で話しかけるのであった。

 

 

 




感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

塔の攻略へ

てな訳でどうぞ


「サリーか……ちょっと今、ジャングルにある塔の攻略に行き詰まってしまって……な」

 

サリーに気づいたコーヒーは顔を上げて答える。その目は虚ろとなっており、表情が死んでしまっている。

 

「そうなんだ……ちなみにその塔ってどんな感じなの?」

 

サリーのもっともな質問に、コーヒーは散々やられた記憶を思い出しながら答え始める。

 

「塔の中はトラップだらけ。少し歩けば床から毒霧や鎖、爆風が炸裂し、天井からは氷柱や鉄球、釣天井まであったんだ。特に吊り天井は死亡確定のトラップだ」

 

実際、落ちてくる天井を【クラスタービット】で受け止めると【クラスタービット】のHPはじわじわと減って最後には光となって消えたのだ。

その間にコーヒーは強硬突破を試みたが、トラップによって動きが封じられ、そのまま死に戻りする羽目となった。

 

「ふーん、そんなにトラップだらけなら、飛んで無視したらいいんじゃない?ほら、CFには【クラスタービット】があるし」

「それも無理。塔のルールで空を飛べば強制送還される。通り道も同様にアウト。【孔雀明王】でも浮遊状態になったら数秒後に例の魔法陣が起動して町の広場に戻されたんだぞ」

「……あ、そうなんだ」

 

飛行や通り道を確保しても強制的にジャングルから追い出されるダンジョンギミックに、サリーは何とも言えない表情となる。

 

多分、メイプルやコーヒーのようなぶっ飛んだ行動への対策の為に用意したギミックだと想像がついたからだ。

ちなみにサリーも【孔雀明王】の存在は知っている。その時の感想は「今度は鳥かー……」である。

 

「ちなみにブリッツでの移動は?」

「そっちは対象外。けど、魔法トラップはテイムモンスターにも機能するから結果は同じだった」

「【電磁結界】は?」

「トラップの中にはスキルを封じるものまであった。それで次のトラップに引っ掛かって死に戻り」

 

これはコーヒーも知らないことだが、魔法トラップには防御貫通攻撃や固定ダメージを与えるものもある。だから、強硬突破は自身の首を絞めるだけでしかない。

コーヒーはVITが低いので、その事実に気づくことはないだろうが。

 

「しかも、塔の内部は挑む度に変わっているんだ。見た目が同じでもトラップの位置が変わっているから、苦労して作ったマップも全く役に立たない。毎回罠に掛かってダメージを負って、回復も出来ないから最深部に到達する前に罠で何度も死に戻りする羽目になったんだ」

 

即死の釣天井はもちろん、蓄積したダメージで力尽きたり、部屋全体を覆う毒霧にやられたり、火炎地獄にやられたりと散々な目に合わされ続けたのだ。

 

何より一番質が悪いのが、どこにどの罠があるのか分からないことだ。中には形状そのものが変わって迷宮のような部屋になっていた場合もあり、その場合は丸ノコや壁から槍、ギロチンモドキ等の物理トラップが豊富だった。

 

「それらに加えて、モンスターが徘徊している場合もあるんだ。モンスター自体はそこまで強くないが、ノックバック攻撃の上に範囲も広いんだ。どこにトラップがあるか分からないから回避もままならないし、ノックバックで飛ばされたら、もれなくダンジョンの罠の餌食。本当に難易度が高過ぎるんだよ……」

「うわぁ……本当にかなり難易度が高いダンジョンね」

 

そんな鬼畜仕様のダンジョンにサリーは今度は同情する目でコーヒーを見やる。

 

「正直、これ以上の挑戦は時間の無駄になりかねない。もうこの辺りで塔への挑戦を止めるしかないかと考えている。悔しいけどな」

 

コーヒーはそう言って再び机に突っ伏す。こうも連敗記録を更新し続け、チケットも無駄に消費している為そう考えるのも仕方ないだろう。

 

このまま塔に挑戦し続けるより、他の場所を探索した方が効率的。何より今回のイベントではMP増加スキルが手に入るのだ。魔法を使うプレイヤーとしては喉から手が出るほど欲しいスキルである。

 

「そのトラップだらけのダンジョン……私も挑戦してみようかな?」

「……勝算があるのか?」

 

サリーの呟きにコーヒーは確認するように問いかける。

 

「うん。多分、魔法トラップはジャングルで手に入れたスキルでやり過ごせると思うわ」

「マジか……」

 

何度も返り討ちにあったダンジョンをサリーが攻略出来る可能性を突き付けられたコーヒーはショックを受けて再び机に突っ伏す。

 

仮にサリーが攻略して情報を持ち帰っても、ダンジョンの性質から道中の情報は無意味。攻略したければサリーが手に入れたスキルを手に入れるしかないだろう。

 

「ちなみにそのスキルは?」

「【魔力感知】。ボス級のモンスターがドロップするスキルよ」

「そのモンスターは?」

「アラクネ。多分、エリアボス」

 

サリーのその情報に一度は希望を見出だしたコーヒーは再び心にダメージを負う。エリアボスなら再ポップする可能性が低く、仮に再ポップしてもジャングルは本当に広いのでそのアラクネを探し出すのは骨が折れるからだ。

そんなコーヒーに、サリーはある提案を持ちかけた。

 

「CF。その塔の攻略……一緒にやってみる?」

「……どうやって?今回のイベントはパーティーは組めないし、転移先もバラバラ。合流地点も決められないから実施不可能だぞ?」

「大丈夫よ。その辺りも考えてるから。それで、どうする?」

「……お願いします、サリーさん。一緒に例の塔の攻略を手伝って下さい」

 

敬語でお願いする辺り、本当にプライドをかなぐり捨てて攻略したいコーヒーにサリーは思わず苦笑してしまう。

 

「てっきり少しは悩むと思ったわ」

「一人で彼処を攻略するのは無理だと嫌と言うほど理解させられたので」

 

どうやらへし折れる寸前だったようだ。

どれだけ悪辣なダンジョンなのかとサリーは思いつつも、向こうでの合流手段をコーヒーに話していくのであった。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

場所は変わってジャングル。

 

「……本当に合流できたな」

「ミキのアイテムのおかげでね」

 

無事に合流できたコーヒーとサリーは少し苦笑気味に呟く。

サリーが提示した方法。それはジャングルの木々の天辺まで登り、サリーが発煙筒のようなアイテム【誘惑の筒】で赤い狼煙を上げて存在をアピールするというものだ。

 

今のサリーには【糸使い】があるので、蜘蛛の糸を巧みに使って簡単に木の天辺に登れる。

それをスキルで空を飛んだコーヒーが見つけ、一直線に駆けつけたのである。

 

「【誘惑の筒】は周囲のモンスターを誘き寄せるから、使いどころは限られているけどね」

「それはそうだが……一つ聞いていいか?サリー」

「何?」

「恥ずかしくないのか?」

 

【孔雀明王】で空を飛んでいるコーヒーは、お姫様抱っこされているサリーに至極真っ当な疑問をぶつける。

 

「運営から公開処刑されたから今更よ。それに、【クラスタービット】は温存しておいた方がいいしね」

 

対してサリーは何てことのないように答える。

サリーも本音を言えば結構恥ずかしいが、コーヒーにも言った通り運営に公開処刑されて今更感があるし、【クラスタービット】も極力温存しておきたい。

 

幸い【孔雀明王】には回数制限がないので、移動手段としては一番最適である。

そうこう話している内に例の塔が見え始めてくる。

 

「あれが例の塔?」

「ああ」

 

サリーの質問にコーヒーは頷き、塔の壁に手が触れられる距離で【孔雀明王】を解除する。

 

「【糸使い】【右手:糸】」

「【アンカーアロー】」

 

コーヒーとサリーはそれぞれの糸を塔の壁に張り付け、何回かそれを繰り返して安全に地面へと降り立つ。

その直後。

 

「やっと現れたなシーエフゥウウウウウウウウウッ!!」

「ここで会ったが百年目だぁああああああああああっ!!」

「その首置いていけぇ!!【ファイアボール】ゥッ!!【ウィンドカッター】ァアアアアアッ!!」

「今日がお前の命日ダァアアアッ!!【パワースラッシュ】ゥウウウッ!!」

 

茂みから槍使い、ハンマー使い、魔法使い、剣士が飛び出て、憎悪を張り付けた血眼の表情でコーヒーに襲い掛かってきた。

 

「誰だよお前ら!?【スパークスフィア】!!」

 

いきなりの襲撃にコーヒーは驚きつつも、速攻で放った【スパークスフィア】で一網打尽にする。

 

「「「「ぎゃああああああああああっ!!!」」」」

 

四人のプレイヤーはあっさりと吹き飛ばされ、HPバーを全損させる。

 

「覚えてろぉおおおおおおっ!!」

「例えこの俺が倒れても第二、第三の俺が―――」

「リア充は絶対にぶっ殺して―――」

「し―――サリーさんとイチャイチャしやがってぇえええええええっ!!!」

 

そんな言葉を最後に、彼らはジャングルから消えていくのであった。

 

「……何、今の?」

「俺が聞きたい」

 

サリーの疑問にコーヒー自身も本気でそう答える。

 

「というか、サリーとイチャイチャなんてしてないんだが……」

「それは同感ね。確かに一緒に行動することが増えてるけど、単にゲームをしているだけなのにね」

 

当人達に自覚がなかった。

お姫様抱っこ、一緒に食事……端から見れば舌打ち案件である。

 

その上、クラスメイトなのに本当に気づかれなかった彼等は……凄く哀れであった。

一先ず、謎(?)の襲撃者達を退けたコーヒーは気分を切り替えるように息を吐き出す。

 

「それでは、頼りにさせてもらいます」

「ふっふっふ、任せたまえ」

 

ビシッと敬礼して頼み込むコーヒーに、サリーも少し乗って言葉を返す。

そして塔の入口を潜って中へと入り、広々とした部屋の入口へと立つ。

 

「そういえば、二人きりでダンジョンに挑むのは初めてね」

「言われてみれば確かに」

 

サリーの言葉にコーヒーは確かにと頷く。

 

「それじゃ……【魔力感知:左目】」

 

サリーは早速スキルレベルが上がった【魔力感知III】を発動して部屋を見渡す。すると、床や壁のあちこちに赤い靄が見える。

 

「うわ……魔法のトラップがあちこちにあるわね……これで物理ギミックのトラップもあるんだから、本当に鬼畜ね」

「ああ。にしても……そのスキルの発動中は瞳が紫に変わるんだな」

 

サリーの呟きに同意しつつ、オッドアイとなっている事を指摘するコーヒー。

 

「……それは無視しなさいよ。厨二病患者一号」

「ゴハァッ!?」

 

久々の厨二病患者扱いに、コーヒーは胸を押さえて蹲る。メンタルに120のダメージ!!

ついでにサリーのメンタルにも40のダメージが入っている。理由は……黒歴史が壁の向こう側から囁いているからだ。

 

『呼んだ?呼んだ?』

「呼んでないわよ!!」

 

思わず幻聴にツッコミを入れてしまうサリーだが、誤魔化すように咳払いしてからまだ蹲っているコーヒーに顔を向ける。

 

「それじゃあ、予定通り私が先頭を行くわ。物理トラップの方は任せたわよ」

「……分かった」

 

何とか復活したコーヒーは素直に頷き、サリーを先頭にして一階の広場に足を踏み入れる。

サリーは五歩歩くとその場で立ち止まる。

 

「赤い靄の大きさからして飛び越えるのは無理か……左側は見た限り赤い靄の突き当たりが多そうだから、右側を迂回するのが妥当ね」

 

【魔力感知】で魔法トラップがしっかりと見えているサリーは通れそうなルートを選定し、そのまま先導で進んでいく。

 

「そういえば【クラスタービット】で罠を誤爆できなかったの?」

「物理トラップは確かに誤爆させられたけど、魔法トラップの方は誤爆しなかった。【クラスタービット】で床をガンガン叩いて進んでいたら、【クラスタービット】で叩いて無反応だった床が爆発したからな。そこから連鎖的に他の罠に掛かって死に戻りという結果だった」

「……本当に徹底してるわね」

 

そうしてサリーの先導で罠に一度も引っ掛かることなく、二階への階段に辿り着いたコーヒーとサリーは階段を上がって二階へと進むのであった。

 

 

 




感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

迷路、毒霧、時間制限、モンスターハウス

てな訳でどうぞ


今回の二階は迷路だった。

 

「この迷路の特徴は?」

「物理トラップ多め。壁の押し潰しがあるから誤爆はまずい」

 

迷路の特徴自体は覚えているコーヒーは、その特徴を質問してきたサリーに伝える。

 

「了解。取り敢えず迷路攻略の定番の壁伝いで進んでいきましょ」

 

サリーはそう言って、壁に手を当てて進もうとする。

 

「待つんだサリー。壁にも―――」

 

カチリ

 

コーヒーが警告を発しようとするも、その前にサリーが手を当てていた壁の一部が音を立てて凹んだ。

 

「へ?」

「【アンカーアロー】!!」

 

サリーが間抜けな声を洩らすが、コーヒーは構わずに【アンカーアロー】をサリーの背中に当て、間髪入れずに力任せに引っ張る。

 

「うわっ!?」

 

サリーを強引に引っ張ってその場から離脱させた直後、天井から通路を埋め尽くす程の四角い柱がプレス機のようにせり出て、サリーの足スレスレを通過して床を叩き付けた。

力任せに引っ張ったことでコーヒーは後ろへと倒れ、さらに引っ張られたサリーがコーヒーの腹の上に尻餅をつく。

 

「ぐふっ!?」

 

思いの他押し潰された衝撃が強かった為、コーヒーは苦悶の声を洩らす。

対するサリーは最初こそコーヒーに文句を言おうとしたが、四角い柱が天井へとゆっくり戻っていく光景を見てその気も失せる。

 

「うわ……壁にもトラップのスイッチがあったのね……確かにトラップの定番だけど、いきなりそれをぶちこむとか本当に質が悪いわね……」

 

危うく死に戻りする羽目となっていたサリーはコーヒーを敷布団にしたまま顔を向ける。

 

「ありがとねCF。おかげで助かったわ」

「どういたしまして……それより早くどいてくれないか?」

 

女の子の体温を感じているコーヒーとしては少しキツい。もし、誤魔化す為に重いと言えば……足蹴の餌食となるだろう。

 

「あ、そっか。ゴメンゴメン」

 

サリーはそう言ってあっさりと立ち上がってコーヒーから離れる。

 

「それじゃ、ここもトラップに気をつけながら進むわよ」

「当然」

 

気を取り直した二人はトラップが蔓延る迷宮に足を踏み入れていく。

 

「あ、そこから少し先の右側に魔法トラップがあるわ。左の方に寄せて進むわよ」

「了解」

 

【魔力感知】で魔法トラップを見つけられるサリーの指示の下でコーヒーは進んでいく。

……摺り足で。

 

「何で摺り足で進んでいるのよ?」

「床のトラップを警戒して。床のトラップは少し凹んだ程度じゃ作動しないのは確認済みだからな」

「なるほどね。踏み抜かない限りは床のトラップは作動しない。そして、少し凹めばそこにトラップがあるというわけね」

「そういうこと」

 

サリーの言葉にコーヒーは頷き、一緒に次の階に上がる階段を目指して進んでいく。

 

「あ、彼処に宝箱があるわよ」

「それもトラップだ。開けたら壁から大量の槍が突き出てきたり、ミミックだったり、壁がスライドして閉じ込めてからの毒責めだったり散々だった」

「……本当に徹底しているわね」

 

そうして15分かけて、最初のトラップ以外は引っ掛かる事なく二階の迷路を突破した。

 

「俺一人だとこの時点でHPは半分を切っていたんだけどな……」

「それだけ魔法トラップが悪辣だったのね……実際、魔法トラップのすぐ近くに物理トラップが配置されていたし」

 

実際、コーヒーもこの手には何度も引っ掛かっていた。

物理トラップに気づいてそれを避けても、魔法トラップに引っ掛かり、そのまま別のトラップに引っ掛かるのがお約束になっていたからだ。

 

「トラップって見てる分には面白いけど、掛かった当人には堪ったものじゃないわよね」

「ああ。傍観者なら楽しめるけど、やられる身としては本当に堪ったものじゃないからな」

 

そうして二人は三階の部屋へと足を踏み入れる。

 

「床から吹き出す毒の煙が時間差で壁を作ってるわね……この部屋の特徴は?」

「残念ながら初見です。ちなみに俺の最高到達階数は三階です」

「三階なのに初見って……ああ、中身が丸々変わっていたのね?」

「正解。トラップ地獄と迷宮はもちろん、吊り天井や水攻め、ゴーレム系統のモンスターの徘徊や火炎地獄、果てはモンスターハウスと本当に様々だったからな」

 

本当にトラップのオンパレードを思い出して、コーヒーは再び遠い目となる。

どれだけ散々な目にあったのかと思いながらも、サリーは少し気になったことを聞く。

 

「そのモンスターハウスはどんな感じ?」

「部屋の隅にある四つの魔法陣から様々なモンスターがポップ。ゴースト関連は無し。脱出は不可能で100体倒したら終了。部屋の真ん中にどデカイ宝箱が出現した」

「……その宝箱は?」

 

何となく結末が見えたサリーは半目となってコーヒーに聞く。

 

「お察しの通り罠です。それもHPバーのないデカイスライム十体の包囲という」

 

そのモンスターハウスが三階だったこと、大きな宝箱からてっきり攻略報酬と勘違いした為、コーヒーは迷わず宝箱を開けてしまい、デカイスライムに呑まれて死に戻りした。

 

「普通は階段で気づくんじゃない?」

「その部屋は登り階段無し。その宝箱とともに魔法陣も展開されたからすっかり騙された」

「……うん。それは私も騙される。というか、高確率で皆騙されるわよ」

 

トラップの悪辣さと階段、戦闘の後での宝箱と転移の魔法陣。初見で罠だと見抜くのは非常に困難である。

 

「それよりも今は目の前の階層ね。毒の壁も今のところは十秒おきだけど……極力避けた方がいいわね」

「賛成。途中で吹き出すタイミングが変わる可能性が高いし、越える時はどうしてもという時で」

 

方針も決め、ここもサリーの先導で進んでいく。

この毒部屋も魔法トラップが豊富だったがサリーの【魔力感知】で難なく突破。今度は十分足らずで三階を突破した。

 

「此処からは未開のエリアね」

「ああ。ここから先も頼りにさせて頂きます」

 

階段を歩きながらそう話しかけるコーヒーに、サリーは不敵な笑みを浮かべて返す。

そして、ここからは初挑戦の四階へと足を踏み入れる。

 

「ここは……二階と同じ迷路?」

「三階までしか到達しなかったが、被りはなかった。見た目が同じでも中身が違うというパターンだったからな」

「そっか」

 

コーヒーの情報にサリーが頷きながら足を踏み入れると、二人の視界の右側に【25:00】という時間が表示され、一秒ずつカウントが刻まれていく。

 

「あ。しまった。このトラップエリアのことすっかり忘れてた」

「……このタイマーは何?後、何がしまったなの?」

「それは町への強制送還のダンジョンギミックが発動するまでの残り時間。それ以上にサリーにとってヤバい要素がこの迷宮にはある」

「私にとってヤバい要素?それは―――」

 

どこか嫌な予感を覚えて聞こうとしたサリーの言葉を遮るように、壁から○レサモドキが出てきて顔を覗かせた。

 

「ヒィイイッ!?」

 

お化けが大の苦手なサリーは○レサモドキの登場にビビり、思わずコーヒーにしがみつく。

 

「な、何でお化けが出てくるのよ!?」

 

サリーはそう叫ぶも、内心ではある程度目星はついている。

その目星が間違いでないこともコーヒーが証明した。

 

「このエリアは時間のプレッシャーとお化けの不意討ちでトラップに引っ掛かかりやすくするのが狙いなんだ。一応、お化けにHPバーがなくて驚かすだけで無害なんだが……先導は無理か」

「うん……無理」

 

お化けの登場ですっかりビビり腰となったサリー。このままじっとしているとタイムアップで強制送還だ。

 

「……仕方ないか」

 

コーヒーはこんな形でリタイアしたくないこともあって―――サリーを背中におぶった。

 

「え?え!?」

「悪いが我慢しろ。こうしないと、お前がビビった拍子にトラップを踏み抜く可能性が高いからな」

 

実際、以前挑戦した際、思わずビクッとして足を広げて身構えた瞬間に光の衝撃が炸裂したのだ。

その為、このエリアはお化けがトラップの目印となってはいるが……お化けが出なくても普通に魔法トラップはある。

 

「それだったら【クラスタービット】で―――」

「この塔のギミックを忘れたのか?」

 

飛んだら強制送還されるダンジョンギミックを思い出し、サリーは何も言えなくなってしまう。

 

「取り敢えず、そろそろ進まないとまずいから行くぞ?悪いが魔法トラップの発見は頼んだからな?」

「……努力する。【魔力感知:両目】」

 

サリーは頷きながら【魔力感知】を両目で発動させる。両目がサーモグラフィ状態なら、お化けの輪郭が明確に分からなくなるからだ。

 

それでも、お化けと理解出来るからサリーにとっては地獄のままだが。

そして、サリーをおぶったコーヒーはお化けの迷路を進んでいく。

 

「……CF。その先の真ん中にトラップがあるわ。右か左、どっちかに体を寄せて進めば避けられるよ」

「了解。それじゃ、目を瞑っておけよ」

 

コーヒーがそう言うと、サリーは目をぎゅっと瞑って前に回している腕に力を込める。

当然、密着度が強くなるのだが……背中が痛い。

 

「……何か失礼なこと考えなかった?」

「単に背中が痛いと思っただけだ」

「……それは私の胸がないってこと?」

 

どす黒いオーラを纏い始めたサリーに、コーヒーは勘違いを指摘する。

 

「は?胸のあるなし以前にプレートアーマーがあるだろ。それが当たって痛いという意味だ」

「あ。そ、そうなんだ……」

 

コーヒーの指摘にサリーはそういえばそうだったと気付き、勘違いした恥ずかしさから頬を赤く染めて顔を背ける。

確かにサリーはスレンダーな体型だが……同じ学生だし、そこまで気にする必要がないとコーヒー個人は思っている。

 

後、普通に可愛いし。

そんな事を考えながらコーヒーは右側に体を寄せて進んでいると、青白い半透明の幽霊が壁から出てきた。

 

『ァァァァ……』

「ヒィイイイイッ!?」

 

幽霊の呻き声に、サリーは悲鳴を上げてコーヒーに力一杯抱きつく。

 

「グベッ!?ザ、ザリー!ぐるじい!!」

 

対するコーヒーは首を絞められたことでサリーの腕を叩いて抗議する。意地でその場に留まったが。

 

「ご、ごめん」

 

首を絞めていたサリーもすぐに謝って首に回した腕を緩める。

首絞めから解放されたコーヒーは何回か呼吸を繰り返して一言。

 

「今この瞬間だけ、トラップよりサリーが危ないと思った……」

 

実際、窒息しそうになったから強ち間違いではないだろう。

その後、何とか時間ギリギリで上へ続く階段へと辿り着きはしたが……

 

「まさか、十回以上首を絞められるとは……」

「……ゴメンCF。少し迷惑をかけた」

 

お化けの呻き声や突然の不意討ちにビビってコーヒーの首を十回以上も絞めたサリーは申し訳なさそうに謝る。

 

「あー、大丈夫だ。実際、サリーのおかげで攻略は順調だし、むしろ逆に助けられてるくらいだ」

 

対してコーヒーは大丈夫と言って逆に感謝の意を伝える。

そして、五階は……見た目は一階に良く似た空間だった。

違いがあるとしたら、次の階への階段がないことくらいだ。

 

「……モンスターハウスだな」

「そうね。赤い靄が部屋の隅の四つだけみたいだし、間違いなくモンスターハウスね」

 

上への階段がないことと、サリーが見つけた四つの魔力の存在に二人はここがモンスターハウスと確信した。

 

「魔法陣から湧いてくるモンスターは?」

「狼、猿、蟻、ゴーレムと様々だがゴースト系は無し。強さ自体は俺一人でも勝てるほどだ」

「じゃあ、モンスター自体は楽勝ね」

 

お化けが出ない可能性が高いと判断したサリーは言うが早いかダガーを両手に持って既に臨戦体勢だ。

コーヒーもクロスボウを構えてサリーと共に部屋に入ると、入口の壁がスライドしてその入口を塞いだ。

同時に部屋の隅から四つの魔法陣が展開され、そこから多種多様なモンスターが次々と湧いて出てくる。

 

「それじゃ、背中は任せたわよ」

「そっちもな」

 

互いに不敵な笑みを浮かべ、そのままモンスターの群れへと突撃するコーヒーとサリー。

その結果は……五分足らずだったとだけ言っておこう。

ちなみに……

 

「【俺達の絶対にクリアさせない極悪ダンジョン2】が攻略されてくな……」

「最初はCFが何度も返り討ちに合って大喜びしたんだが……」

「まさかサリーと一緒に攻略するとはな……」

「まあ、あのダンジョンの攻略は【魔力感知】がないと実質攻略不可能だから、それを手に入れたサリーと一緒なら不思議じゃないけどな」

「最終階層の六階はボスモンスターとの戦闘だけど……大丈夫だよな?主に著作権的に」

「丸々コピーではないし、事前に許可は取ってるから大丈夫だ」

「それなら安心だな」

「このダンジョンの報酬はMP増加スキルとボスモンスターが使う武具なんだよな」

「また、強くなるな……」

「その装備はスキルが凶悪だけど……ステータス補正が最悪だからバランスは取れてるだろ、うん」

 

運営はある意味悟りの境地に至っていた。

 

 

 




感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

塔の番人

てな訳でどうぞ


「んー、暴れた暴れた。丁度いい気分転換になったわ」

 

背伸びして体を解すサリーの近くには、光の粒子となって消えていくモンスター達がいる。

100体とのモンスターとの戦いは……コーヒーとサリーの二人には通用しなかった。

 

「まあ、確かに今回は気分転換になったな。前回はトラップを警戒してたから凄くやりづらかったし」

「あー……確かに普通は警戒するわね。ああもトラップ続きなんだもの。ここにもトラップがあると考えるのが普通よね」

 

そうして話し合っていると、部屋の中央から大きな宝箱が光と共に現れる。同時にすぐそばに転移の魔法陣が展開される。

 

「これが例の宝箱か……演出からして何も知らなければ確かに思わず開けてしまうわね」

「ちなみに【魔力感知】の目ではどう写っているんだ?」

「赤い靄がばっちりあるわ」

 

どうやら宝箱のトラップは魔法の類だったようだ。

 

「予定通り宝箱は無視して……周りの壁を調べるか」

「そうね。この魔法陣も罠の可能性がなきにしもあらずだからね」

 

すっかり疑心暗鬼であるコーヒーとサリー。今までのトラップが悪辣だった為、罠がこれだけとは到底思えなかったのだ。

 

「壁には……赤い靄は一つもないわ」

「となると……あるとしたらスイッチか」

「まずは入口の階段の向かい側から調べましょ。そこからCFが時計回りに、私が反対方向から壁を調べる。いいわね?」

 

サリーの提案にコーヒーは頷き、まずは階段の向かいの壁を調べる。

すると、丁度真ん中辺りに近くで見ないと気づかない程の四角い切れ目を見つけた。

 

「これは押し込み式だよな……どうする?」

「私の勘では大丈夫と言ってるけど……念のために少し離れてから【クラスタービット】で押しましょ」

「だな。これもトラップの可能性があるしな」

 

本当に疑心暗鬼となっているコーヒーとサリーはある程度距離を取ってから、コーヒーが発動した【クラスタービット】でそのスイッチを押す。

すると、ガコンという音と共に壁の一部が床へと収納されていき、上へと続く階段が顔を覗かせた。

 

「……本当に質が悪いな。宝箱だけじゃなく、転移の魔法陣も罠だとか」

「あの魔法陣は強制送還か、もっと凶悪なモンスターハウスへの転移だったのかもね」

 

警戒して正解だったとコーヒーとサリーは半目で階段を見つめながらそう思う。

モンスター100体との戦闘で判断を鈍らせたところで、宝箱と転移の魔法陣を見せつける。

 

最初は宝箱にかかり、次は魔法陣にかかる。本当に悪辣過ぎるトラップである。

ともかく、宝箱と魔法陣は無視して六階への階段を歩いていく。

 

「次はどんなトラップが待ち構えているんだろうな?」

「流れからして……吊り天井かもね」

 

次のトラップエリアを予想しながら六階へ到達すると、そこは祭儀室のような部屋だった。

そして部屋の真ん中には、転移の魔法陣が光を放っている。

 

「トラップは?」

「魔法の類は無いわね。赤い靄はあの転移の魔法陣だけよ」

「……近くまで行くか」

「そうね。上への階段も今のところないし、近くまで行こうか」

 

コーヒーとサリーは物理トラップを警戒しながら中央の魔法陣に近づこうとする。

 

『そんな警戒しなくてもこのエリアに罠はねぇよ』

 

突然の声にコーヒーとサリーは身構えて周囲を見渡す。しかし、周囲には誰もいない。

 

『ははっ、随分と驚いてるな?そりゃあ、いきなり声が聞こえたら当然か』

 

声色からして男性であろう、どこか軽そうな口調にコーヒーとサリーはどこか文句を言いたげな瞳となる。

 

『にしても、俺様自慢のトラップタワーを突破するなんてな。お兄さん、ちょっと予想外だったぜ?』

「何が予想外だ。此方は散々死に戻りして挑んだんだぞ?」

「CF。NPCに文句言ってどうすんのよ。気持ちは分かるけど」

 

少しいらっとしているコーヒーに、サリーは呆れながら宥める。

 

『ま、俺様は今見えている転移の魔法陣の先にいるぜ?覚悟が決まったら此方に来な』

 

そこから男性の声は途絶える。

 

「このパターン、絶対戦闘だろ」

「そうね。間違いなく戦闘ね」

「準備は……不要だな。迸れ、蒼き雷霆(アームドブルー)

「ええ。準備は不要。【剣ノ舞】も下のモンスターハウスで最大まで高まっているからいつでも行けるわ」

 

互いに戦闘準備は万全だと確認して、コーヒーとサリーは魔法陣の上に乗る。

魔法陣の光に包まれ、転移した場所は……森林であった。

 

「……ジャングルというより森の中だな」

「そうね。敵は―――」

 

サリーが敵を探そうと周囲を見渡した瞬間、コーヒーは射手としての直感が働き、本能のままに【クラスタービット】を操作する。

 

カンッ!

 

サリーの後ろを守るように展開した【クラスタービット】の板から固い音が響く。

 

「へえ?今のを防ぐか。姿は見えてない筈だけどな」

 

戦闘モードとなったコーヒーは男性の言葉に反応せず、声がした方向へと次々と矢を放っていく。

 

「CF!」

「へ―――うおっ!?」

 

突如サリーが飛び付いて自分ごとコーヒーをその場から引き剥がす。

その直後、先ほどまでコーヒーとサリーがいた場所から透明の何かが蒸気のような猛烈な勢いで噴き出した。

 

「まさか、トラップか!?」

「違う!赤い靄は足下にはなかったから、敵の遠隔攻撃だと思う!それと、魔法トラップがあちこちに仕掛けられてる!!」

 

どうやらこの森にも魔法トラップが大量に設置されているようだ。

実際、サリーが飛び付いたのも恐怖センサーからの咄嗟の判断だ。その判断は正解ではあったが。

 

「サリー!敵の居場所は!?」

 

【魔力感知】を持っているサリーなら見つけられる。そう思っていたコーヒーだったが、サリーから返ってきた言葉はまさかのものだった。

 

「それが……【魔力感知】の目にも何も写らなかったの」

「……マジか?」

「マジよ。声がした方向を凝視したけど、動く赤い靄は見えなかった。多分、敵は強力な隠蔽スキルを持っている」

「だとしたら厄介……だな!」

 

コーヒーは直感のままに【クラスタービット】を操作し、不可視の攻撃を再び防ぐ。

 

「攻撃まで見えないなんて……本当に厄介ね!」

「全くだ!箱型の全方位防御は使えないしな!」

 

使えば間違いなく地面からの攻撃の餌食。飛ぼうにも例のギミックのせいでそれも取れない。

ここまで条件の厳しい戦いは久々だ。

 

「【雷旋華】は!?」

「あれの使用中は俺は動けない!下手したら地面からの攻撃の餌食だ!!」

 

サリーに言葉を返しながら、コーヒーは旋回させるように【クラスタービット】を操作して不可視の攻撃を防いでいく。

 

「!CF!あっちに動く赤い靄がある!あれがおそらく―――」

「穿て!【サンダージャベリン】!!」

 

言うが早いか、サリーの言葉が終わる前に指差した方向に向かって【サンダージャベリン】を放つ。

放たれた雷槍は……そのまま通過した。

 

「外したか!敵は!?」

「右の方向!それも地面じゃなくて木から木へと飛んで移動してる!」

「了解!穿て!【サンダージャベリン】!!」

 

サリーの指示に従ってコーヒーは再び【サンダージャベリン】を放つ。

 

「どうだ!?」

「ダメ!また避けられた!!」

「反応良すぎだろ!?」

 

【サンダージャベリン】は速度と貫通能力に秀でた魔法だ。それを簡単に避けるとは……あの敵は反応速度が高く設定されていそうだ。

 

「サリー!次の方向は!?」

 

生い茂る木々のせいもあって敵の姿を捉えなれないコーヒーはサリーに指示を仰ぐも、そのサリーは訝しげな表情で目を細めていた。

 

「……距離を取ってる?でも、どうして……?」

 

どうやらサリーの紫に光る目には例の敵は距離を取っているようだ。

そのサリーの呟きにコーヒーも疑問に思う。向こうが有利の筈なのに……

 

「「!!」」

 

しかし、すぐにある可能性に行き着いた二人は目を見開き、コーヒーはサリーに顔を向け、サリーは思わずコーヒーに顔を向けそうなのを堪えて、次第に小さくなっている赤い靄を凝視し続ける。

 

「サリー!!」

「分かってる!」

 

コーヒーの呼び掛けにサリーは間髪入れずに走り出し、コーヒーはサリーの後ろをぴったりと付いていく。

おそらく、あの強力な隠蔽スキルは自身の存在を捉えさせないこと。つまり、【魔力感知】でも目視出来ない距離であの強力な隠蔽スキルを使うつもりだと察したからだ。

だが、それも地面から突き破るように出てきた岩壁によって遮られた。

 

「魔法トラップ!?確かに進行方向の地面に赤い靄があったけど、まだ踏み抜いていないのに……!?」

「まさか、任意の起動も出来るのか!?」

 

これではギリギリの距離で避けるのは危険だ。近くにいるだけで敵は起動するだけで強引に罠に掛けられるのだから。

 

「―――しまった!?」

 

魔法トラップの岩壁の赤い靄で敵の赤い靄を見失ってしまったサリーは急いで岩壁の天辺に登って確認する。

動く赤い靄は……消えていた。

 

「やられた!気をつけてCF!また不可視の攻撃が来るわよ!!」

「本当に厄介過ぎるだろ……!」

 

コーヒーは苦い気分となりながらも、岩壁から降りてきたサリーと背中合わせとなって周囲を警戒していく。

互いに耳を研ぎ澄ませ、少しの異音を逃さないようにするために。

 

『やれやれ……せっかく俺のテリトリーに誘い込んだのに、こうも粘られるとはな』

 

すると、森全体に響き渡るように例の男の声が聞こえてきた。

 

「うわ……森全体に響くとか、これじゃ声で場所を予測出来ないじゃないか」

「まったく同感ね。本当に厄介極まりないわね」

 

どこまでも存在を掴ませない相手にコーヒーとサリーは嫌そうな顔をする。

 

『ま、現実主義者(リアリスト)らしく確実に狩らせてもらうぜ。仕込みは最低限だが終わったからな』

 

男の言葉にコーヒーとサリーは警戒をより一層強める。

 

『森の恵みは圧政者の毒 我が墓標はこの矢の先 その道は栄光も名誉もなき荊為り―――』

 

明らかな魔法の詠唱にコーヒーとサリーは顔を青ざめさせ、より一層警戒を強める。

 

『猛毒と弱体は爆心 麻痺と石化は必中 火傷と凍傷は癒えぬ傷 呪縛と封印は抹殺―――』

 

その詠唱から嫌な予感を覚えたコーヒーとサリーは互いのステータスを急いで確認する。すると、自分たちのステータスがいつの間にか幾ばくか下がっていた。

 

『制限と暗闇は不浄の毒 毒傑は深緑の森より湧き出流り 弔いの樹はその牙を研ぎ澄ます―――貌無き狩人の命に従い解き放て、【大樹の祈り】』

 

男の詠唱が完成し、遠くからメキメキという音が響くと同時に深緑の煙が辺りに充満していく。

次の瞬間、爆発がコーヒーとサリーを襲った。

 

「やれやれ。ようやく終わったか。だが、オタクらも随分と間抜けだったな。AGI以外のステータスが減少していることに気づかないなんてな」

 

爆発が収まり、二人がいた場所に深緑のフードマントで顔を隠した男がそんな事を呟きながらその場に降り立つ。

 

「まっ、これも苦い経験ということで―――」

「迸れ!【リベリオンチェーン】!!」

 

男の呟きを遮るように、雷の鎖が瞬く間に男に迫ってその身体を縛っていく。

 

「な!?」

 

男は驚いて後ろに振り返ると、それぞれの陣羽織を羽織ったコーヒーとサリーがいた。

コーヒーとサリーが死んでいない理由は単純。コーヒーは【夢幻鏡】、サリーは【空蝉】でダメージを無効化したからだ。

 

そしてすぐに木の陰に隠れると、阿呆にもその場に姿を現したのでそれぞれの陣羽織を発動し、一気に勝負に出たのである。

そんな千載一遇の好機にサリーは両手のダガーを構えて男へと猛烈な勢いで接近していく。

 

「やべ……!【茂みの煙】!!」

 

男は地面に左手に持っていたクロスボウから矢を放ち、地面へと突き刺す。

途端、地面から黄色い煙がサリーの足下から噴き出していく。

 

「【零式・水面返し】!!」

 

対するサリーは煙に呑まれる瞬間に【流水短剣術】の強力なスキルを発動。男のスキルの効果を受けたサリーはすべてのデメリット効果を男へと全部移す。

―――【水神陣羽織】のデメリット効果も。

 

「CF!」

「サンダー!!」

 

サリーの合図にコーヒーは【リベリオンチェーン】の追撃で応える。

 

「ぐぁああああああああ―――ッ!?」

 

電撃を受けた男は絶叫を上げる。

何せ、雷属性のダメージが三倍となっているのだ。威力は【口上強化】してないので威力は決して高い方ではないが男のHPバーは残り四割となるまで減少する。

 

「【十式・回水】!!」

 

そこにサリーが高速の六連撃を叩き込む。

弱体化が解かれ、【剣ノ舞】と【水神陣羽織】でSTRが上昇して威力が上がっている六連撃―――【追刃】も合わさった12連撃―――を男は耐え切れる筈もなく、HPバーを全損させる。

そのタイミングで男のフードが取れ―――隠れていた骸骨の顔を露にした。

 

「―――。~~~~~~~~ッ!!」

 

サリー絶句。そして声にならない絶叫を上げてコーヒーに全速力で突撃。迷わずしがみついた。

 

「ぶべっ!?」

 

全速力でしがみついてきたサリーに押し倒されるようにコーヒーは地面に背中を打ち付けられ、声を洩らす。

 

「な、何でスケルトンなのよ!?」

「知るか!後、プレートアーマーが顔に当たって地味に痛い!!」

 

ヘッドロックではないかというくらいに抱きついてくる涙目のサリーにコーヒーは抗議の声を上げる。

プレートアーマーが無ければ役得だったかもしれないが……それはそれで後で地獄となってしまうだろう。

 

「あー、負けた負けた。勝負はお前さん達の勝ちだ」

 

スケルトンはNPC故に二人の状況を無視して設定された台詞を放ち、言葉を続けていく。

 

「俺が消えたら転移の魔法陣が現れる。それに乗ったら塔の屋上へと転移される。屋上には報酬の宝物があるからお前さん達が持っていってくれ。心配しなくても罠じゃねぇから安心しな」

 

スケルトンはそう言い終えると、光の粒子となって消えた。同時に転移の魔法陣が展開される。

 

ピロリン♪

『スキル【皐月の加護】を取得しました』

 

同時に伝えられるスキル取得の通知。

新たな力を得ると同時に、塔の攻略が成された事が証明された瞬間でもあった。

 

 

 




感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

塔の報酬とワイバーン?

てな訳でどうぞ


スケルトンを倒してから十数分、コーヒーとサリーは未だ森の中にいた。

 

「……整理できたか?」

「……うん。CFは?」

「なんとか。ログアウトしたら再燃しそうだが」

 

互いに少し離れて背中を向いてお互いの状態を確認しあう。

コーヒーとサリーがまだ森の中にいる理由。それは、ある意味スケルトンのせいである。

 

気が動転して思わずコーヒーに抱きついてしまったサリーは、頭が少し冷えて気持ちも少し落ち着くと今度は羞恥心がマッハで襲いかかり、顔を真っ赤にしてマフラーで顔を隠してその場に蹲ってしまった。

 

対するコーヒーもプレートアーマーを押し付けられたとはいえ、女の子に抱きつかれたのには変わらないので、少々思考が熱暴走しそうになっていた。

それを事故、仕方ない、まだマシと考えてどうにか落ち着かせたが。

 

「それで、どうする?今日はもう探索を止めるか?それとも別行動で探索するか?」

「……流石に今切り上げるのは勿体ないし、別々だとそれはそれで余計なことを考えそうだから、まだ一緒に探索するわ」

 

サリーはそう言って顔を隠していたマフラーを解く。頬はまだ若干赤いが、最初の顔全体がリンゴのように真っ赤となった時と比べたら幾分かマシである。

 

「そうか……一応、新しいスキルを確認しておくか」

 

コーヒーはそう言って自身の画面を操作して新しいスキルを確認していく。

 

 

===============

【皐月の加護】

HPが10%低下し、MPが1.5倍増加する。

===============

 

 

「MP増加スキルだな。代わりにHPが低下するが……」

「プラス補正での増加じゃなくて倍補正で増加するスキルなのね。これはプラスで追加された分も含めたMPじゃないとちょっと厳しいかな?」

「けど、1.5倍増加は結構デカイぞ。魔法を使うプレイヤーなら取得しておきたいスキルだよな」

「確かにそうね。私はHPが低下しても一撃死するのに変わりはないから大した影響はないし、【廃棄】せずに持っておくわ」

 

今回の【皐月の加護】は【電磁結界】や【グロリアスセイバー】等のMPが多いと有利なコーヒーと、HPが減っても一撃でも受けたら倒されることに変わりのないサリーにとってはプラス方面が強いため、このまま所持することを決める。

 

「逆にメイプルには枷だよな」

「確かにね。貴重なHPを削っても、MPがあまり高くならないから利点がないわね」

 

何せメイプルはVIT極振り。サリーの言う通り、貫通攻撃に対する貴重なHPを削ってもMPの最大値が小さいメイプルではこのスキルは生かせない。逆に弱体化しかねない。

 

「それ以前に、この塔を攻略できるかが怪しいけどな」

「うん。幾らメイプルでも間違いなく返り討ちに合うわね」

 

何せ、拘束トラップや即死トラップ、強制送還のギミックがあるのだ。メイプルでも一人でこれを突破するのは不可能だろう。

 

仮に攻略出来そうな人物がいるとしたら、勘の鋭いドレッドと罠使いのマルクスくらいだろう。

例のスケルトンに勝てるかは別問題だが。

 

「このスキルのことを皆に教えたら……カナデやシアンが手に入れたいと思うだろうな」

「【集う聖剣】ならフレデリカとサクヤかな?【炎帝ノ国】はミィとミザリーさん、マルクスの三人は確実ね」

「けど、最終的には諦めそうだよな。悪辣なトラップの前に」

 

この手のダンジョンは運の要素も含まれる。

モンスターハウスは事前情報があればトッププレイヤーなら突破できるし、時間制限もお化けを目印にすれば可能性はある。毒部屋は耐性持ちなら強硬突破も不可能ではない。

そんな強運持ちなんて……

 

「……何故かメイプルが突破する姿が浮かび上がったんだが」

「奇遇ね。私も同じ光景が思い浮かんだわ」

 

此処にはいない天然なギルドマスターのほのぼのとした表情を脳裏に描いた二人は何とも言えない表情となる。

 

「ひとまず、ここから出るか」

「そうね。宝箱をさっさと回収しましょ」

 

コーヒーとサリーはスケルトンの話題を意図的に避けて転移の魔法陣に乗る。

例の塔の屋上に転移されると、そこには一つの少し大きめの宝箱が鎮座していた。

 

「宝箱はあれを倒すと現れるんだな。いや、クリアしないと出てこないのか?」

「多分、あの時の対策じゃないかしら?」

 

サリーの言うあの時とは、第二回イベントの最終日のあれのことだろう。

 

「まあ、あれの言葉もあるから本当の報酬だから……ご開帳っと」

 

コーヒーはそう言って宝箱の蓋を開ける。

中には、深緑のクロスボウと同じく深緑のフードマントの二つが入っていた。

 

「これ、あれの装備の一部だよな?」

「そうね。間違いなくあれの装備の一部ね」

 

頑なにスケルトンと口に出さず、コーヒーはクロスボウを、サリーはフードマントを手に持って詳細を確認していく。

 

 

===============

《イチイの弓》

【STR-50 DEX-25 INT-35】

【シャーウッドの森】

【休眠修復】

===============

 

===============

《無貌のローブ》

【STR-30 VIT-30 DEX-50】

【貌なき王】

【休眠修復】

===============

 

 

「……装備したらステータスがダウンするけど、付属スキルが凶悪すぎる」

「……ええ。こっちも凶悪よ」

 

互いに装備品を確認したコーヒーとサリーは揃って遠い目となる。

 

「《イチイの弓》の専用スキル【シャーウッドの森】は複数のスキルの集合体だな。どれも状態異常付与持ちで……耐性や無効を無視して状態異常やデバフを付与できるスキルだな。後、【大樹の祈り】は状態異常かデバフを与えないとMPを喰うだけの魔法になる」

「うわぁ……耐性と無効を無視して状態異常に出来るとか……それも凶悪ね。ちなみにダウンするステータスは?」

「STRとDEX、INTの三つ」

「……うん。完全に嬲り殺しになるわね」

 

むしろSTRが下がっても毒等の状態異常でダメージを与えられるから、本当に質が悪い装備だ。

 

「サリーの方は?」

「こっちの【貌なき王】は……五回の回数制限や視界に写っていないことが条件だけど、一度発動すつと十分間は町以外で透明になれる上にあらゆる感知スキルに引っ掛からないというぶっ壊れスキルよ。使用中は自分の画面以外のフォーカスが合わなくなるみたいだけどね」

「その辺りは悪用対策だな。町の中まで透明にでもなられて、相手の画面を確認できたら大問題だからな」

 

この辺りの対策を怠らないからこのゲームは人気があるのだろう。

 

「こっちはSTRとVIT、DEXが下がるからあんまり使いそうにないけどね」

「でも、組み合わせ次第では恐ろしく化けるよな」

 

何せ、ドレッドの【神速】のように姿が消せるのだ。それも、【神速】よりも長い時間で。

普通に凶悪なスキルである。

 

「【休眠修復】は……朧やブリッツの【休眠】の装備版か」

「耐久値が尽きると自動的に自身のインベントリに戻って、24時間は装備不可能になるのね。一応、壊れて喪失する心配はないけどメンテはちゃんとしないとね」

 

取り敢えず互いに今回の装備を自身のインベントリにしまってから次はどうするかを相談する。

 

「次はどうする?」

「転移の魔法陣で下へと降りて探索しましょ。空は……流石に、ね」

 

サリーの提案にコーヒーは素直に頷く。

空からの探索は……今は精神的にキツい。

そんな訳で転移の魔法陣で塔の入口に戻り、取り敢えずジャングルの中心であろう方向に二人一緒に進んでいくのだが……

 

「CF、左側から赤い靄が近づいて来てる」

「了解」

 

【魔力感知】で簡単にモンスターを見つけられるサリーの指示に従うことで、コーヒーはクロスボウの連射で射抜いて次々とキルしていた。

 

「いずれ修正されそうなスキルだよな、それ」

「どうかしら?これ、凄く目が疲れるのよね。だから、一回解除するね」

 

サリーはそう言うと、紫に光っていた左目を元に戻す。

 

「確か、ジャングルの中央にもMP増加スキルがあったんだよな?」

「ええ。どこかの誰かさんは塔の攻略に夢中だったけどね」

 

そんな事を話し合っていると、近くの茂みががさがさと揺れる。

コーヒーとサリーは警戒して互いの得物を構えて注視していると、その茂みからフレデリカとミィが飛び出てきた。

 

「な、何とか逃げ切れたぁー……」

「同感だ。まさか、あんなモンスターに出くわすとは……」

 

肩で息をしながらその場に座り込むフレデリカとミィは、そこでコーヒーとサリーの存在に気づいた。

 

「CFにサリー。まさかここでお前達に会うとはな……」

「本当だねー……二人でデートでもしてたー?」

「……随分と余裕みたいねフレデリカ。後、デートじゃないから」

 

フレデリカの軽口に、サリーはジト目と共に言葉を返す。

 

「それはともかく、二人は一体何から逃げていたんだ?」

 

もっともなコーヒーの質問に、ミィは苦虫を噛み潰したかのような苦い表情で答えた。

 

「……黒い妙なワイバーン型のモンスターからだ」

「「え?」」

「うん。ワイバーンって言っても翼と前足が一体化している上に黒い毛を生やしているんだよー。四層の狐より素早いから攻撃が全然当たらないし……」

「ならばと私が面攻撃で仕掛けたんだが……それさえもヤツは意図も簡単に避けてしまったのだ」

「加えて、防御障壁も一撃で全部割られちゃったし……勝ち目が無さそうだから必死に逃げて来たんだよー」

 

どうやらフレデリカとミィは奇妙なワイバーンから逃げていたようである。

 

「どう見る?サリー」

「間違いなくボスクラスのモンスターね。ダンジョン以外にも、こういった特殊なモンスターが幾つもいるかもね」

 

サリーが戦ったアラクネも撤退不可能、確定耐えスキル有りと割りと特殊なモンスターだった。加えて【魔力感知】があるから普通は隠れきれずに蜘蛛糸で捕らえられる。

 

「となると、そのワイバーンも何か良いものを落とす可能性があるのかもな」

「そうね。でも、準備無しでボス級モンスターに遭遇するのは結構キツいわよ……それで、ちゃんと振り切れたんですよね?間違っても連れてきてませんよね?」

「大丈夫の筈だよー。モンスターから逃げるためのアイテムも使ったから、何とか撒けたはず―――」

 

その瞬間、遠くからバキバキという音が四人の耳に届いてきた。

 

「「「「…………」」」」

「……振り切れた筈って言わなかったけ?」

「……うん。その筈だよ」

 

サリーの冷たい眼差しでの質問に、フレデリカは視線を逸らして答える。

 

「……どんどん音が大きくなってくるな。完全に此方に向かって来てるぞ」

 

どうやら完全にフレデリカとミィはそのワイバーンにロックオンされてしまっているようだ。

コーヒーとサリーもこのまま此処に居続けたら、巻き込まれるのは確実だ。

 

「CF、サリー。お前達は今すぐこの場から離れろ。私達のせいで迷惑をかけるわけにはいかない」

「そうだねー……モンスターの擦り付けはタブーだし、自分の不始末は自分でつけないとねー」

 

ミィとフレデリカはそう言って音が聞こえてくる方向に進もうとする。

それに対しコーヒーとサリーは……

 

「……新装備を試すに丁度いいかもな?」

「そうね。せっかくだから試そうか」

 

自身のインベントリを操作して、一部の装備を変更していた。

コーヒーは右手装備である《イチイの弓》、サリーは頭装備である《無貌のローブ》へと装備を変更して。

 

「……もしかして、一緒に戦ってくれるの?」

「そのつもりだけど?」

「フレンド登録してるし、この状況で見捨てるのは流石に気が引けるしな」

「……ご―――済まない、感謝する」

 

思わず素で謝罪と感謝を伝えかけたが、ミィはすぐにカリスマモードで謝罪と感謝の意を伝える。

カリスマモードは伊達ではない。あまり嬉しくないことではあるが。

 

「【貌なき王】」

 

最後尾かつ誰にも見られていないサリーはさっそく新しい装備のスキルを発動する。

途端、サリーの姿が溶け込むように消えていった。

 

同時に件のワイバーンもコーヒー達の頭上を飛び越えて姿を現す。

黒い体毛、強靭な太い前足、刃のような二本角に翼、長い尻尾……

 

「「ナルガク○ガかよ(じゃない)!!」」

 

別ゲーのボスモンスターそっくりなモンスターにコーヒーとサリーは思わず叫ぶのであった。

 

 

 




迅竜カッコいいよね
感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

漆黒の飛竜

てな訳でどうぞ


ワイバーンはコーヒー達を視界に収めて早々に尻尾をしならせ、遠心力を利用して刃のような棘を同時に幾つも飛ばしてきた。

 

「連なり守れ、【多重障壁】!!」

 

フレデリカが何枚もの障壁を展開するも、障壁はその棘によってすべて破壊される。

だが、フレデリカの障壁によって勢いは減少して簡単にかわせられる。

 

「爆ぜろ!【炎帝】!!」

 

ミィが得意の炎球をワイバーンに向けて飛ばすも、ワイバーンは俊敏な動作で意図も簡単に避けてしまう。

 

「迸れ、蒼き雷霆(アームドブルー)!!我が矢は不浄の楔―――【鏃の毒】!!」

 

コーヒーは【名乗り】でステータスを底上げし、【シャーウッドの森】に内包されているスキルの一つ【鏃の毒】を発動させる。

 

この【鏃の毒】はランダムではあるが、一分間自身の放つ矢に状態異常やデバフが付与されるスキルである。

だが、ワイバーンは木々を足場に縦横無尽に駆けてコーヒーの矢の雨さえも避けてしまう。

 

「本当に素早いな!」

「ああ!加えてジャングルすべてがヤツの足場で非常に戦いづらいんだ!!」

 

コーヒーの愚痴にミィが同意している間もワイバーンは木々を駆け、弾丸の如くコーヒー達に飛び掛かる。

 

「舞え!【雷旋華】!!」

 

コーヒーは攻防一体の雷属性魔法【雷旋華】を発動してカウンターを狙うも、ワイバーンは翼がついている前足をはためかせて強引に制動をかける。

 

「同時に燃えよ、【多重炎弾】!!」

「爆ぜろ!【炎帝】!!【連続起動】!!」

 

一瞬の停滞にフレデリカとミィが魔法の弾幕を放つも、ワイバーンは口から螺旋渦巻く風のブレスを放って相殺してしまう。

 

「【七式・爆水】!!」

 

そのタイミングで【糸使い】で木を登ってワイバーンの頭上を取ったサリーが、落下しながら高ノックバック効果のある斬撃を右の前足に叩き込む。

 

【貌なき王】で完全に姿を消していたサリーの一撃を弾幕の防御に意識を向けていたワイバーンが避けられる筈もなく、滞空のバランスを崩したことでそのまま地面へと落下していく。

 

「姿が見えないけどナイスだよサリーちゃん!!同時に弾けよ、【多重雷弾】!!」

「ああ!滾れ!【噴火】!!【連続起動】!!」

「矢は煙となって足元から迫る―――【茂みの煙】!!」

 

サリーが作ったチャンスを逃すまいと、フレデリカは杖から幾つも展開した魔法陣から金色の雷球を、ミィはワイバーンの落下地点から火柱を次々と立ち昇らせ、コーヒーはランダム付与の煙を放って容赦なくワイバーンに攻撃を仕掛ける。

 

雷球は落下中のワイバーンに次々と当たり、連続で起こる火柱も容赦なく呑み込み、青い煙が地面から噴出し、ついでとばかりに星も落ちてきて、ワイバーンに手心を加えずに攻撃を続けていく。

 

「うわ……まるで集団リンチね」

【糸使い】で空中にぶら下がっているサリーは眼下の光景に対して軽く引き攣っている。

 

即席パーティーではあるが、互いの能力をある程度把握しているトッププレイヤーなら合わせることも不可能ではない。

そんな猛攻にHPバーが七割を切ったワイバーンに変化が訪れる。

 

「ビィアアアアアアアッ!!!」

 

ワイバーンが甲高い咆哮を上げると、火柱と煙が吹き飛ばされる。

火柱と煙を吹き飛ばしたワイバーンは魔法陣を自身の足元に展開して風の刃を無差別に連続で放ち始めた。

 

「【左手:糸】!【三式・水鏡】!!」

 

当てずっぽうな攻撃を放ち始めたことを認識したサリーは蜘蛛糸を消しつつ、水の盾を展開して落下しながら防いでいく。

コーヒー達の方も【クラスタービット】を壁にして難なく防いでいた。

 

「魔法も使えるのかよ、あのワイバーン」

「だが、足が止まっているのならチャンスだ」

 

MPポーションでMPを回復していたミィは不敵に笑い、奥の手の一つを切る。

 

「万物の根源 象徴たる炎 我が仇敵を繋ぎ止めし絶対無敵の軛となれ―――閉じ込めろ!【火炎牢】!!」

 

【口上強化】と【詠唱】のみでミィは一日1回しか使えない魔法【火炎牢】を発動させる。

ワイバーンを中心に噴き出した炎はそのまま檻の形を形成。ワイバーンをその中へと閉じ込めた。

 

「輝くは不屈の雷光 残響する雷吼は反逆の証 雷呀の鎖と為りて一切合切を打ち砕け―――迸れ!【リベリオンチェーン】!!」

 

コーヒーも続くように【リベリオンチェーン】を発動。雷の鎖で瞬く間にワイバーンを縛り上げていく。

 

「一斉に吹け!【多重風弾】!!」

 

フレデリカも大量の魔法陣を展開して風の弾丸を次々とワイバーンに喰らわせていく。

 

「朧、【影分身】!!【四式・交水】!!」

 

サリーは朧に指示を出して自身の分身を作り出し、十字の飛ぶ斬撃をワイバーンに放つ。

 

「サン―――」

 

十字の斬撃も受け、残りHPが半分を切ったワイバーンにコーヒーが追撃を放とうとした瞬間、ワイバーンは再び甲高い咆哮を上げ、炎の檻と雷の鎖を吹き飛ばしてしまった。

 

「どうやらあの咆哮は、魔法を強制的に解除する能力を持っているみたいだな」

「ああ。どうやらそのようだ」

 

【火炎牢】と【リベリオンチェーン】を強引に解除されたことにコーヒーとミィがそう呟く中、ワイバーンの身体に変化が訪れる。

黒い体毛から鋭い両刃の刃のような鱗が次々と顔を覗かせていき、尻尾からも例の棘が大量に顔を覗かせる。加えて両目も赤く発行している。

 

「うわー……分かりやすいくらい、凶悪な見た目に変わったねー……」

「あれじゃ下手に近づけないわね。下手したら触れただけでもダメージが入りそう」

 

【貌なき王】が解けて姿が露となったサリーがそう呟いて刃まみれとなったワイバーンに視線を向けると、ワイバーンは先ほどよりも俊敏な動作で突撃してきた。

 

「【氷柱】!!」

 

サリーがワイバーンの進行を遮るように氷の柱を出現させるも、ワイバーンは跳躍して回避。木々を足場にして再度突撃してくる。

 

「飛ばせ、【爆炎】!!」

 

ミィが【爆炎】を放ってワイバーンを吹き飛ばそうとするも、ワイバーンは左の前足を振るって爆風を切り裂いて無効にしてしまう。

そのまま、右の前足の刃をミィに叩き込もうとする。

 

「【フレアアクセル】!!」

 

ミィは【フレアアクセル】で緊急離脱。コーヒーとサリー、フレデリカは自分達が狙いではなかったこともあってワイバーンの突撃自体は簡単に回避する。

 

「くっ―――」

 

狙われたミィは直撃こそ避けられたが、ワイバーンの刃が右足に僅かに当たってダメージエフェクトが弾けてしまった。

 

「掠っただけで二割も持っていかれるとは……だが―――!?」

 

自身のHPを確認したミィは苦い顔となるもまだ許容範囲と言い聞かせて地面に着地しようとするも、右足に上手く力が入らずにその場に崩れ落ちてしまう。

そんなミィに、ワイバーンが猛烈な勢いで迫っていく。

 

「【多重水壁】!!」

 

フレデリカが幾重もの水の壁をワイバーンの進路に形成して進行を妨害しようとする。

だが、ワイバーンはその水の壁を強引に突き破ってミィとの距離を詰めていく。

そのまま飛び上がり―――棘だらけの尻尾をミィに叩きつけようとした。

 

「防御!!」

 

その前にコーヒーが【クラスタービット】をミィの正面に展開。棘だらけの尻尾の叩きつけを防ごうとする。

本当なら【アンカーアロー】で引っ張りたいところではあったが、《イチイの弓》によってSTRが大きく下がっているので引っ張り切れない可能性が高い。確実に守るには【クラスタービット】の防御しかない。

だが、【クラスタービット】の浮遊盾は高ノックバックの攻撃ゆえか弾き飛ばされてしまった。

 

「【超加速】!!」

「速めよ【加速】!!」

 

その間に装備を元に戻したサリーが【超加速】を使ってミィの元へ駆け寄る。フレデリカもバフをサリーにかけて更にAGIを上昇させる。

そのお陰で、ワイバーンが尻尾をもう一度叩きつける直前でサリーはミィを担いでその場からの離脱を成功させた。

 

「済まない、助かった」

「どういたしまして。それより動ける?」

 

ミィのお礼をサリーは受け取りつつ、状態を聞く。

 

「同時に燃えよ、【多重炎弾】!!」

「穿て、【サンダージャベリン】!!」

 

その間、コーヒーとフレデリカがワイバーンの注意を引き、サリーとミィに意識を向けさせないように仕掛けていく。

 

「……やはりダメージを受けた足に思うように力が入らん。HPは減っていないが……ダメージエフェクトが消えていない。ステータスの欄を確認したら【出血】という状態異常だそうだ」

「初めて聞く状態異常ね。状態からして、行動を制限するタイプのようね」

「ああ。おそらく腕に受けたら武器を持てなくなると見ていいだろう。加えて、付与率は100%だそうだ」

 

これはある意味麻痺よりも厄介な状態異常だ。麻痺の場合は何回か攻撃を当てる必要がある場合があるが、こちらは一回だけで確実に入る。

その間も、ワイバーンは周りの木々を切り裂きながら容赦なくコーヒーとフレデリカに攻撃を仕掛けていく。

 

「幾つも輝け、【多重光弾】!!」

「潜れ、【地雷】!!」

 

フレデリカは光球を同時に幾つも放ち、コーヒーはワイバーンのすぐ足下の地面に罠を設置する。

ワイバーンはその光球をひらりひらりとかわすも、【地雷】へと誘導され、踏み抜いてしまう。

地面から蒼雷が弾け飛び、まともに受けたワイバーンは麻痺して動けなくなってしまう。

 

「よし!我が矢は不浄の楔―――【鏃の毒】!!」

「ナイスだよ!同時に燃えよ、【多重炎弾】!!」

 

コーヒーは【鏃の毒】で、フレデリカは【多重炎弾】を放って追撃を仕掛けていく。

 

「【氷柱】!!」

「縛れ、【炎縄】!!」

 

サリーは【氷柱】をワイバーンの身体を遮るように作り出し、ミィはダメージこそ入らないが状態異常を確率で付与できる拘束系の炎魔法【炎縄】でワイバーンの身体を縛って動きを封じていく。

 

「サリー!!」

 

MPポーションでMPを回復していたコーヒーの掛け声に、サリーはすぐに意図に気づいて頷く。それを見たコーヒーは《イチイの弓》を構えて詠唱を始めていく。

 

「森の恵みは圧政者の毒 我が墓標はこの矢の先 その道は栄光も名誉もなき荊為り―――」

 

コーヒーが詠唱する間、麻痺が解けたワイバーンは自身を戒める拘束を解こうと必死に暴れていく。

 

「そうはいかないよ!【多重障壁】!!」

 

フレデリカはそうはさせまいと【多重障壁】をワイバーンに向けて発動。上から胴体を抑え込むように展開して動きを制限する。

 

「猛毒と弱体は爆心 麻痺と石化は必中 火傷と凍傷は癒えぬ傷 呪縛と封印は抹殺 制限と暗闇は不浄の毒―――」

「【大海】!【古代ノ海】!!」

 

コーヒーが詠唱を続ける中、サリーは【大海】と【古代ノ海】を使ってワイバーンにデバフを更にかけていく。

 

「毒傑は深緑の森より湧き出流り 弔いの樹はその牙を研ぎ澄ます!―――限界を超えし蒼き雷霆よ解き放て!【大樹の祈り】!!」

 

詠唱が完成し、新たな魔法が解き放たれる。

コーヒーが矢をワイバーンの足下に放つと、地面に突き刺さった矢を中心にメキメキと木の枝が幾つも伸び、瞬く間にワイバーンを枝の中へと呑み込んでいく。

 

「「…………」」

 

ミィとフレデリカが言葉を失う中、ワイバーンが完全に形成された大樹の中へと呑み込まれた。そして、深緑の煙が溢れ出て―――爆発した。

 

「……やっぱり【雷帝麒麟】の三倍増加は痛いか。この分だと新しい体装備を用意した方が良いかもな」

「これ見ても【普通】に感じちゃうなんて……やっぱり毒されてるなぁ」

 

【皐月の加護】で増加してなかったら確実に足りなかった【大樹の祈り】の消費量に対して呟くコーヒーと、複雑な表情で立ち込める土煙を紫の左目で見やるサリー。

 

そのサリーの左目には……赤い靄は写っていない。

そして完全に土煙が晴れると……ワイバーンの鱗や刃の翼がそこかしこに散乱していた。

 

「……倒せたの?」

「そのようだな……」

 

ワイバーンに勝てたと確信したフレデリカとミィは脱力してその場に座り込んだ。

 

「ありがとねー。今回は本当に助かったよー。またおかしな方向に進化していたようだけど」

「ああ。あれは私達だけでは勝てなかっただろう。私からも礼を言わせてくれ」

「どういたしまして」

「それじゃ、アイテムを回収しようか」

 

フレデリカとミィの感謝の言葉を受け取りつつ、コーヒーとサリーは地面に落ちているアイテムを回収していく。

 

「【刃竜の鱗】……結構落ちてるからレア度はあまり高くないかもな」

「こっちは……うわ」

 

一枚の鱗を拾ったサリーは説明欄を見て軽く引いた表情となる。

 

「どうしたサリー?何かまずいものがあったのか?」

「いや……今拾った【刃竜の逆鱗】という素材アイテムが一つしか使えないって記載されていたから……」

 

ミィの質問に歯切れ悪くもサリーは答える。

何せ、【刃竜の逆鱗】は一つしか使えない素材アイテム。これが意味することは一つだけである。

 

「あー、高性能の装備が作れる素材アイテムかー」

 

オーダーメイドのユニーク装備だとは明言せずに、強力な装備が作れるとだけ口にしたコーヒーの言葉にサリーは頷く。

 

「あー、そうなんだー。じゃあ、それはサリーちゃんが持ってっていいよー」

「ああ。先に見つけたのはサリーだからな」

 

フレデリカとミィはそれを聞いてもたかることはせずにあっさりと所有権を譲り、アイテムの回収に努めていく。

 

「ま、二人もああ言ったし、それはサリーのもんでいいだろ。というか、金、足りるか?」

「……少しキツいかな?それに、少しでも性能を良くしたいから他の素材も集めておきたいしね」

 

サリーはそう言って【刃竜の逆鱗】を自身のインベントリにしまう。

 

「お、おおー!スキルの巻物が落ちてたよー!!」

 

そのタイミングで、フレデリカははしゃいだ声で地面に落ちていた巻物を拾う。

 

「巻物は……一つだけか。どんなスキルなのだ?」

「えっと……うわ。これ、AGI上昇系統のスキルだ。私じゃ意味ないし……ドレッドに譲ろうかなー?」

「まあ、先に見つけたのはフレデリカだし、どうするかは本人の自由だからな」

「そうね。くれくれはマナー違反だしね」

「ありがとねー!皆はこの後どうするー?」

 

フレデリカはそう言って自身のインベントリにしまい、次の行動を問いかける。

 

「私は一度ジャングルから出るしかないな。この状態異常はHPを回復しないと解けないようだからな」

「俺は……まだ探索を続けるつもりだ」

「私もCFと同意見かな?ジャングルの中央にあるMP増加スキルは出来れば手に入れておきたいしね」

「そっかー。私はもう手に入れているから行かないけどねー」

 

どうやらフレデリカは既にジャングルの中央で手に入るスキルを入手済みのようだ。さすが、トッププレイヤーの一人である。

 

「フレデリカは?」

「私は先日見つけた塔の探索かなー?」

 

その言葉にコーヒーとサリーはぴくりと反応する。

 

「……どんな塔なんだ?」

「入口に塔に足をつけない者は元の場所に返されるって壁に書かれていた塔だよー?」

 

その瞬間、コーヒーとサリーの目が死んだ。

 

「……えっと、二人とも?どうしてそんな顔をするの?」

「フレデリカ……悪いことは言わない。一人で彼処を探索するのは止めとけ」

「そうね。彼処は一人じゃ無理よ」

「もしや……二人はその塔に挑んだのか?」

 

ミィの質問にコーヒーとサリーはこっくりと頷き、塔の中はトラップだらけだと説明していく。同時に強制送還のギミックも。

 

「……何、そのムリゲー」

「中は完全なランダム……それも悪辣なトラップが多数……と」

「攻略に行くのは自由だが……よほど幸運じゃないと厳しいぞ」

「ええ。挑むならパーティーじゃないと厳しいわよ」

 

一先ず、フレデリカは下見の為に塔へ向かい、ミィは一時帰投、コーヒーとサリーはジャングルの中央へ向かう為に別れるのであった。

 

ちなみに、フレデリカは初挑戦で大量の宝箱に目が眩み、手短な宝箱を開けた瞬間、大量のミミックによって死に戻りする羽目になるのであった。

 

 

 




感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

防御特化と奏者、劇場へ行く

てな訳でどうぞ


コーヒーとサリーがジャングルの中央へ向かっていた頃。

 

「うぅー……失敗したなぁ……」

 

町の広場でメイプルが深い溜め息を吐いていた。

その理由は単純、HPが回復出来ないジャングルで間違って【身捧ぐ慈愛】を発動してしまい、一時帰投を余儀なくされてしまったからである。

 

加えて【暴虐】も使ってしまっているので今日はもう使えない。【影ノ女神】は対峙したボスモンスターの効果によって装備を強制的に変更されたお陰でまだ未使用ではあるが。

 

「うーん……チケットはまだあるし……もう一回行こうかな?」

 

メイプルは少し悩んだ末、十分に休んでからチケットをもう一枚使ってジャングルに再挑戦することを決めた。

帰還から一時間後。

 

「それじゃ……使用!!」

 

HPと気力を十分に回復し、装備も元に戻したメイプルは、チケットを使って再びジャングルへと赴く。

 

くどいようだが、出現場所はランダム。ダンジョンにこそ飛ばされないが、どこに転移させられるかは運次第。

つまり、何が言いたいのかと言うと。

 

「あれ?目の前に魔法陣があるよ」

 

転移して早々にこうなることがあると言うことである。

メイプルの目の前で展開されている魔法陣は形こそ転移のものだが、発光色は金色だ。

 

「どこに繋がっているのかな?」

 

メイプルがその魔法陣の近くでしゃがんで眺めていると、近くの茂みががさがさと揺れる。

メイプルがそちらに顔を向けると、その茂みから姿を現したのはサクヤだった。

 

「あ、サクヤちゃん!」

「メイプルさんですか。貴女もこの転移の魔法陣を探していたのですか?」

 

サクヤのその言葉にメイプルが分からずに首を傾げていると、サクヤが律儀に説明していく。

 

「掲示板の情報では、ジャングルの何処かにある金色に輝く転移の魔法陣の向こう側はパイプオルガンが付設された劇場だそうです。そこではゴーレムの大群と戦う羽目になるとも」

「……つまり、サクヤちゃんはパイプオルガン狙いで?」

「イエス。そういうメイプルさんは?その様子からして偶然見つけたのですか?」

 

サクヤは頷きながらメイプルが此処にいる理由を問いかける。

 

「えーと……転移して早々にこの場にいたと言いますか……」

「……アンフェア。リアルラックが高すぎます。出来ることなら私に分けて下さい」

 

サクヤはそう言って、ガシッとメイプルの両肩を鷲掴みにしてジト目を向ける。

サクヤは掲示板の情報から新しい音楽系統のスキルが手に入るかもしれないと考え、度重なる探索でようやくその魔法陣がある場所を割り出したのに対し、メイプルはスタート地点として此処に来れたのだから当然ではあるが。

 

「あはは……」

 

対するメイプルは困ったように笑みを浮かべるだけであった。

 

「……まあ、二割ほどのジョークはさておき、良ければ一緒に行きませんか?」

 

逆に言えば八割は本気だったサクヤはメイプルに一緒に挑戦しないかと提案する。

正直、サクヤ一人では厳しいと考えていたので今日は下見で済ますつもりだったが、色々な意味で規格外なメイプルが一緒なら一発クリア出来る可能性があるからだ。

 

「うん、いいよ!それじゃあ、一緒に行こう!!」

 

そんなサクヤの提案をメイプルはあっさりと受け入れ、二人は転移の魔法陣に乗って金の光に包まれる。

 

「おおー!金ぴかの劇場だー!!」

「イエス。形としてはローマ劇場ですね」

 

光が消え、転移した先は黄金と赤い装飾が施された半円形の形状をした劇場。観客席には誰も居らず、上を見上げれば青い空が広がっている。

 

一見すれば趣味が悪いように見えるが、実際は誰もが魅了させられる洗練された造りとなっている。

そしてその劇場の舞台上には……豪勢なパイプオルガンが鎮座していた。

 

「あれが目的のオルガン?」

「イエス。早速―――」

 

サクヤがそう言ってパイプオルガンに向かって一歩踏み出した瞬間、惚れ惚れするような音色がこの辺り一帯に響き始めた。

同時に観客席から剣や槍、弓や斧、様々な武器を持った金ぴかのゴーレム達が大量に現れていく。

 

「うわっ!?金ぴかのゴーレム達が此方に近づいてきてるよ!?」

「なら、素早く倒してしまいましょう。正直、早く弾きたいです!!【痺れる調律】!!」

 

何時になくやる気満々のサクヤは広範囲の敵に麻痺を与え、強めていくスキル【痺れる調律】の演奏を始めていく。

 

以前はサリーによって失敗に終わったが、今回は無事に発動してゴーレム達の動きを徐々に鈍らせていく。

 

「初代より受け継ぎし機械の力 我が武具を対価とし 三代目として此処に顕れん―――【機械神】!!【全武装展開】!!」

 

メイプルも【口上強化】込みで【機械神】を発動し、黒い刃と銃器、砲身とミサイルコンテナを展開する。

 

「【攻撃開始】!!」

 

メイプルが銃弾や砲弾、レーザーやミサイルを観客席のゴーレム達に向かって次々と放っていく。

ちなみに《女神の冠》を対価としたミサイルコンテナから繰り出されるミサイルは誘導ミサイルだ。

 

麻痺によって動きが鈍っているゴーレム達はメイプルの銃撃によって吹き飛ばされ、ついでに空から星が次々と降り注いで更にゴーレム達を吹き飛ばしていく。

 

【機械神】による銃撃も【彗星の加護】の星も攻撃力は固定されているが、【彗星の加護】は野外フィールドという縛りがあるからか、その攻撃力は【機械神】の銃撃よりも高い。

 

(……オウ。ある意味地獄絵図ですね。敵だと恐ろしいですが、味方だとこんなに頼もしいんですね)

 

サクヤは目の前で展開される蹂躙劇に対してそう思いながら演奏を続けていく。

だが、演奏を中断せざぬを得ない事態が襲いかかった。

 

「!?メイプルさん!!」

「え?―――うわっ!?」

 

演奏を中断したサクヤの呼び掛けにメイプルが振り返った瞬間、空から降ってきた光線がメイプルのすぐそばに突き刺さり、その衝撃でメイプルは軽く吹き飛ばされる。

 

ダメージ?もちろん0である。

見ればパイプオルガンから無数の光線が次々と上空に向かって放たれている。ついでに耳に聞こえてくるメロディも変わっている。

 

「あれもモンスターだったの!?」

「ノウ。パイプオルガンにHPバーはありません。つまり、フィールドギミックです」

「あ!ホントだ!!でも、ダメージは受けてないから大丈夫かな?」

「ノウ。音楽が変わったことでゴーレム達の出現が緩やかになったことを鑑みるに、あれも奏でる音色で効果が変わると見て間違いありません。つまり、貫通攻撃も存在する可能性が十分にあります」

「うええっ!?」

 

サクヤの推察にメイプルは変な声を洩らす。

確かに最初はゆったりとした音色がいつの間にか荒々しい音色に変わっているから、サクヤの推察はあながち間違っていないだろう。

 

「なので、私がパイプオルガンを演奏してこの音を打ち消します。楽譜も鍵盤の前にありますから可能な筈です」

「じゃあ、お願い!―――【挑発】!!」

 

サクヤの提案にメイプルは素直に頷き、【挑発】を使ってゴーレム達の注意を自身に向けてサクヤへ向かわせないようにする。

 

サクヤはメイプルが注意を引いている間にサクヤはパイプオルガンの元へ駆け寄り、鍵盤の前に置かれていた椅子に座る。

 

「まずは音を確認して……楽譜も……」

 

サクヤはパイプオルガンの鍵盤の音を確認しながら、同時に楽譜の旋律も確認していく。

その間はメイプルが攻撃を続けてゴーレム達を吹き飛ばし、注意を引き付け続けていく。

 

「……楽譜を見る限り、途中からはループですね。旋律からして難易度はかなり高めですが」

 

鍵盤の音を確認し終えたサクヤは、楽譜とにらめっこしながらゆっくりとパイプオルガンを弾き始める。

 

サクヤはもちろん、パイプオルガンなんて弾いた経験はない。だが、趣味や部活動等でピアノやギター、フルート等、多くの楽器を弾いたことがあるサクヤは徐々に慣れていき、淀みのない音色を奏で始めていく。

 

「およ?何となく威力が上がった気がするよ!」

 

光線が止み、心なしか銃撃と星の威力が上がった気がしたメイプルは変わらずに銃撃を続けていく。

サクヤがパイプオルガンを掌握して十分後。金ぴかゴーレムの軍団はメイプルによってすべて倒されるのであった。

 

ピロリン♪

『スキル【黄金劇場】を取得しました』

 

「おお!新しいスキルだ!!」

 

本日二つ目の新スキルを手に入れたメイプルはニコニコ顔で新しいスキルを確認していく。

 

 

===============

【黄金劇場】

MPを400消費することで自身を含めた半径十メートル以内にいる者達をスキル専用フィールドへ強制転移させる。発動までには十秒かかる。

スキル発動中、敵は【STR】【VIT】【AGI】【INT】の内、ランダムで選ばれた二つのステータスが半分にさせられ、HPの回復が一切出来なくなる。

【黄金劇場】の発動中はスキル【皇帝権限】が使用可能となる。

―――――――――――――――

※【皇帝権限】

自身が使用できるスキルが無対価、条件無視、制限無視で使用することが出来る。ただし、そうして使ったスキルは50時間使用不可能となる。

―――――――――――――――

転移してから五分後、もしくは【終演】と告げることで元のフィールドへと帰還する。

使用回数は一日1回。

口上

我が才と情熱を見よ 我を讃える万雷の喝采を聞け 咲き誇る華と共に此処に開演せよ

===============

 

 

「MPの消費量が凄いなぁ……」

 

説明欄を見る限り、かなり強力なスキルだが消費MPが多すぎる。

当然、VIT極振りのメイプルのMPでは全く足りない為、このスキルはスキルスロットに付与するしかないだろう。

 

「グッド。パイプオルガンを召喚、演奏できるスキルをゲットできました」

 

サクヤの方もお望みのスキルを手に入れることが出来たようだ。

 

「良かったねサクヤちゃん!」

「イエス。メイプルさんはどうでしたか?」

「私も新スキルを手に入れたよ!パイプオルガンじゃなくてフィールドへの強制転移だけど」

「オウ。私の方はパイプオルガンだけなので、行動で取得出来るスキルが違うようですね」

 

サクヤはそう呟きながらMPポーションを取り出して自身のMPを回復していく。

 

「では早速……【天上の鍵盤楽器】」

 

サクヤが新たなスキルを発動した瞬間、彼女の背後から鍵盤のないパイプオルガンが光と共に現れる。同時に鍵盤のみがサクヤの正面に展開される。

 

「おおおおおっ!!」

「楽譜の種類は……ステータス上昇、魔法攻撃と様々ですね。要練習ですね」

 

目を輝かせてはしゃぐメイプルをサクヤはスルーしつつ、楽譜の効果を確認したサクヤはパイプオルガンをその場から消し去る。

 

「それじゃあ私も……」

 

メイプルも披露しようと、【黄金劇場】を鎧のスキルスロットに付与する。

幸い、サクヤは画面で楽譜を確認し続けていたので気付くことはなかったが。

 

「【黄金劇場】!!」

 

スキルを付与し終えたメイプルは早速新スキルを発動。メイプルを中心に金色に輝く巨大な魔法陣が展開され、メイプルとサクヤは魔法陣の光に包まれる。

 

光が収まると……赤い薔薇の花弁が辺り一面に舞っている、黄金輝く美しい意匠の劇場の中心に佇んでいた。

 

「…………」

「おおおおおっ!!良いよ!凄く良いよ、これ!!」

 

その光景にサクヤは放心したように絶句。メイプルは目を輝かせて先程よりもはしゃいでいた。

 

「ついでに……【皇帝権限】!【影ノ女神】!!」

 

美しい劇場にテンションが上がっていたメイプルは、そのテンションに任せて【皇帝権限】を発動。それで【影ノ女神】を発動条件を無視して発動。【影ノ女神】モードになってしまう。

 

「――――」

 

そのでたらめさにサクヤは口を顎が外れそうなくらいに開けて絶句。漆黒の花嫁衣装となったメイプルはその場でぴょんぴょん跳び跳ねて、テンションが更に上がっていく。

 

メイプルはそのまま調子に乗って、【皇帝権限】で【身捧ぐ慈愛】や【暴虐】、【毒竜(ヒドラ)】に【捕食者】、【機械神】まで発動させてしまう。

 

それら全部、代償も回数制限、MPの消費等をすべて無視して。

そのあまりにもぶっ飛んだスキルの前にサクヤは完全に思考停止。茫然自失となるのであった。

ちなみに【黄金劇場】が終了した後……

 

「しまったぁあああああっ!!つい調子に乗っちゃったぁあああああああ―――ッ!!」

 

【皇帝権限】の代償でほとんどのスキルが50時間使用不可能となった事に、メイプルが頭を抱えて叫んだのはお約束であった。

 

 

 




メイプルはまたしてもラスボス化が進んだ(テッテレー
というか、勝てるの?これ?
感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

捻れた大樹とナマケモノ。互いの成果

てな訳でどうぞ


メイプルが盛大に失敗していた頃。

コーヒーとサリーは協力して襲いかかるモンスター達を撃退しながら進んでいた。

 

「んー……今のところ、目ぼしいアイテムは落ちないわね」

「普通はこんなもんだろ。ああいうのばかりだと、ゲームバランスが崩壊しかねないだろ」

「それもそうね」

 

コーヒーの言い分にサリーは確かにと納得し、回収したアイテムを自身のインベントリにしまう。

 

「一応、例の素材アイテムでどんな装備を作るんだ?」

「んー……装飾品かな?今のところ《絆の架け橋》しか装備してないからね」

 

サリーの装備はブーツ以外はユニーク装備だ。オーダーメイド製のユニーク装備なら、ブーツにして全身をユニーク装備にするのも面白そうだが、それよりはスキル付きの装飾品の方が現実的とサリーは考えていた。

 

(ステータス補正はAGIよりSTRかな?最近は火力不足を感じていたし……形状は黒の指ぬきグローブが良さそうね。それに見合う素材は……)

 

サリーが装備についてあれこれ考えていると、まるで途中から溶けてしまったかのように、不自然にぐにゃりと曲がった木々が見え始める。

 

「ようやく目的の場所に到着したな」

「そうね。ちゃちゃっと攻略して手に入れちゃいましょ」

 

掲示板の情報で場所の特徴は把握していたコーヒーとサリーは歪んだ木々の森の中へ入ろうとする。

だが、その前に新たな人物達が姿を現した。

 

「あ!コーヒーさんにサリーさん!!」

「CFにサリーか。お前達とも邂逅遭遇するとはな」

 

笑顔で手を振って存在をアピールするシアンと涼しげながら微笑を浮かべるテンジアにコーヒーとサリーも笑みを浮かべて返す。

 

「シアンもMP増加スキルを手に入れに来たの?」

「はい!その道中でテンジアさんと会って、せっかくなので一緒に来ました!!」

 

シアンはINT極振りの魔法使いなので、MP関係のスキル取得は必須事項。【漏れ出る魔力】で前もってMPをポーションで貯蓄出来るが、勿論ポーションはタダではないのであまり多用は出来ない。

その為、シアンはINT強化だけでなく、MP関連のスキル取得も必須事項となっていた。

 

「テンジアの方は?」

「私の方は素材集めだ。強力な長剣を手に入れるという大願成就の為にな」

 

テンジアの方はスキル集めよりも素材集めに精を出しているようだ。

確かにこのジャングルにはナル○モドキのワイバーンもいたから、そういったボスクラスのモンスターを狩れば強力な装備を作れる素材は手に入る可能性はあるだろう。

 

「それなら、一緒に行動するか?人数が多ければある程度は楽になるし、探索もしやすいだろ?サリーもいいか?」

「私も良いわよ。このフィールドじゃHPは回復できないし、協力しあえるならした方がいいしね」

 

コーヒーの提案にサリーは反対することなく頷く。

シアンとテンジアもコーヒーの提案にあっさりと頷き、四人は歪んだ木々の森の中へと進んでいく。

しばらく進むと、何本もの太く大きな木が絡み合ってできた大木を見つける。

 

「あ、木の根元に入口と上へと繋がる木の階段がありますね」

「んー……天辺に何かあるみたいだから、取り敢えず登ろうか」

 

【魔力感知】でその大木を調べたサリーの言葉に頷き、四人は慎重に木の階段を登っていく。

何事もなく階段を登り終え頂上に辿り着くと、大きな木の枝の先に緑色の魔法陣が輝いていた。

 

「ダンジョンの入口だな、あれは」

「そうね。間違いなくダンジョンの入口ね」

「私もそう思います」

「異口同音だな。いきなり戦闘となる可能性もあるがな」

 

四人はそう言いながらコツコツと音を鳴らして枝の上を歩いていく。

そうして接近した、キラキラと輝く魔法陣に触れて別の場所へと転移される。

転移した先は不気味な程に静かな森の中だった。

 

立ち並ぶ木、青々とした葉といういきいきとした森にも関わらず、小鳥の囀りも木の葉のざわめきも、自分達の足音さえ鳴らない程、無音に支配された場所であった。

 

「不気味なくらいに静かだな……」

「まるで幽霊が出てきそうなくらい静かですね……」

 

森の様子を窺っていたシアンの呟きに、サリーはビクッと反応する。

 

「……流石にゴースト系統のモンスターは出ないだろ。出ても擬態系のモンスターだろ」

「そ、そうよ!決められたルートを進めば、モンスターには一度も遭遇しないしね!!」

 

若干遠い目となったコーヒーの言葉に、サリーは自身に言い聞かせるように頷く。

ちなみにサリーはいつもの情報収集で幽霊が出ないことは知っている。なのに何故反応したのかは……罠だらけの塔の出来事を思い浮かべてしまったからだ。

ついでにコーヒーもヘッドロックで感じた腕の温もりを思い出してしまい、ひたすら無心になろうと必死だったが。

 

「正直、この場所は一知半解……正しいルートを通ればモンスターに一度も遭遇せずに済むのは知っているのだが、そのルートを正確に把握していない。サリーは?」

「私も似た感じかな?ボスモンスターがいる場所の特徴は覚えているけど」

「……ごめんなさい。私もそこまで詳しく調べてないんです」

「俺も同じく。ある場所の攻略に躍起になっていたからな」

「「「「…………」」」」

 

全員がここエリアを正確に把握していなかった事が分かり、微妙な空気が漂っていく。

 

「……取り敢えず、ボスモンスターについて確認するか」

「……そうね」

 

ある意味現実逃避とも言えるコーヒーの提案に、サリーを含めて全員が頷いてこのエリアのボス情報を確認、共有していく。

 

ボスモンスターは木で構成された160センチほどの人間。ツタと木の葉でできた帽子を被り、同じく木で構成され花のツタ巻きついた杖を持っているとのこと。

 

そのボスの一番の特徴は、現在の装備をインベントリの中の装備とランダムに入れ替え、戦闘終了まで固定するという魔法を使ってくることだ。

 

「装備の強制変更か……俺やサリー、テンジアは避けられるだろうが、シアンがキツいな」

 

AGI0のシアンでは回避行動すらままならない。その為、シアンの所持している装備次第では弱体化しかねない。

 

「そうね。シアンはどんな装備を持ってるの?」

「え~と、実は初心者装備とイズさんに作って貰った装備しかないんです……おしゃれしてみたいですけど、お金はポーション代に消えて……」

「「「…………」」」

 

微妙な空気再び。

やはりシアンにMP関連のスキル取得は必須であった。

その後はテンジアとサリーが恐怖センサーや勘をフルに発揮して正規ルートを辿り、ボスモンスターもサリーに背負われたことで戦闘機となったシアンによって苦もなく倒されるのであった。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

罠だらけの塔とナル○モドキ、無音の森の攻略から数日が経過した頃。

カスミは今日もジャングルを探索していた。

 

「確か、この辺りが特殊なモンスターの遭遇場所だった筈だ」

 

カスミはそう呟きながら、周囲を忙しなく見渡していく。

カスミが口にした特殊なモンスターとは、掲示板で話題に上がっているモンスター達のことである。

そのモンスター達の強さはボスクラス。それもダンジョンで挑戦者を待つのではなく、ジャングルを徘徊してプレイヤーに襲いかかるという、少し変わったモンスター達だ。

 

その姿形は様々。大蛇だったり、城のようなゴーレムだったり、紅い虎だったりと本当に様々なのだ。

中には刃を生やした黒いワイバーンもいたそうだが、そのワイバーンはここ数日は誰も見かけておらず、誰かに倒されたというのがもっぱらな噂だ。

 

カスミはそのワイバーンがコーヒー達によって倒されたという事は情報を共有した際に知ったが。

そして、罠だらけの塔のMP増加スキル狙いでカナデとシアンも挑戦に向かったが、悪辣なトラップの前に全敗中である。

 

ついでにフレデリカも全敗中だ。最新の死に戻りは転移の魔法陣に触れた瞬間の水攻めだ。

さらにミィも挑戦しているのだが……こちらも言わずもがなである。

 

その為、カスミはその内の一体―――脇差しが背中に刺さっているナマケモノを誰かに倒される前に倒そうとこうして赴いたのである。

 

このナマケモノは特定の場所から動かず、見つける事自体は容易なのだが強さが鬼畜だと話題になっている。

さすがにあの鬼ほどではないだろうとカスミは考えていると、木の枝にぶら下がっているナマケモノを見つける。

 

「灰の体毛に背中に刺さった脇差し……間違いないな」

 

カスミは刀に手を掛けてそのナマケモノに近づこうとしたその時、ナマケモノに刺さっている脇差しが銀色の光を放ち始めた。

 

「!?」

 

カスミが警戒して居合いの構えを取った瞬間、カスミの周りに数えるのが億劫になる程の脇差しが宙に浮いた状態で現れ、その切っ先をカスミに向けていた。

 

「―――は?」

 

その光景にカスミの目が点になり、大量の脇差しはそんなカスミに構うことなく容赦なく襲いかかった。

 

「く―――ッ!!」

 

すぐに我に返ったカスミは自身に襲いかかる脇差しを必死に弾き飛ばしていく。

まるでシンの【崩剣】に似たスキルだが、数は遥かにこちらが上だ。

 

だが、脇差しの群れは十本で隊列を組んで順番に襲って来ているので、すべてを同時に操ることは不可能なのだろう。

なら、勝機はまだある。カスミはそう思ったがそれもすぐに吹き飛ばされた。

何故なら、脇差しがぶれたかと思った瞬間、カスミは十本の脇差しに身体を切り裂かれたからだ。

 

「!?」

 

そのモーションが【一ノ太刀・陽炎】と同じことにカスミが驚いていると、別の脇差しの隊列が今度は【四ノ太刀・旋風】と同じモーションで切り裂きにかかった。

 

「【始マリノ太刀・虚】!!」

 

HPが残り一割となっているカスミは避けきれないと判断し、自身の装備の耐久値を代償にして発動するスキル【始マリノ太刀・虚】でその場から消え、ナマケモノがぶら下がっている枝の上に現れる。

 

「【七の太刀―――」

 

カスミはナマケモノを枝から叩き落とそうと刀を上段の構えを取って振り下ろそうとするも、カスミに切っ先が向いていた脇差し達の刀身が文字通り伸びてカスミに迫る。

 

スキルのモーションに入ってしまっていたカスミは避けることも出来ず、伸びてきた刀身に体を貫かれたカスミは光の粒子となってジャングルから姿を消すのであった。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

ナマケモノの遭遇からさらに数日。

カスミは今日もナマケモノの下に向かっていた。

あれからチケットを手に入れてジャングルに転移してはナマケモノに挑戦していたが、最後はあの伸びる刀身にやられてしまっている。

 

一度だけ地面に叩き落とすことに成功したが、刀身の長さが変わった脇差しの連続攻撃―――【終ワリノ太刀・朧月】を連想させる攻撃を捌き切れずに何度も受けてしまい、またしても返り討ちにあった。

幸い、ナマケモノはまだ誰にも倒されておらず例の場所にぶら下がり続けている。

 

「メイプルがいれば簡単に倒せるだろうが……」

 

VIT極振りのメイプルなら脇差しの攻撃をものともせずに【機械神】で倒せるだろうとカスミは考えている。

だが、転移場所はランダムの上に目印となるものも無いので特定の人物との合流はかなり絶望的だ。

 

「……まあ、無い物ねだりしても仕方がないな」

 

カスミはそんな考えを振り払うように頭を振り、ナマケモノを倒す為にジャングルの中を歩くのであった。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

そうこうしている内にイベントは終了した。

 

「今回の成果はスキルと装備だったな。サリーは……かなりの成果だろ?」

「ええ。スキル四つと装備一つ、後は例の素材ね」

 

今回のイベントでサリーが一番収穫があったとコーヒーが思っていると、ギルドホームの入り口からメイプルが入ってきた。

 

「あ、もう来てたんだ」

「ああ。メイプルはジャングルでの成果はどうだった?」

「うーん……それなりにかな?」

「お、どんなの?」

「劇場!」

 

サリーの質問にメイプルが笑顔で答えた瞬間、サリーとコーヒーは一瞬だけ思考が止まった。

 

「……悪いメイプル。もう一回言ってくれないか?」

「……?劇場!」

「……そうか」

 

聞き間違いではないと分かり、メイプルがまたおかしなスキルを手に入れたと察した二人はどこか悟ったような表情となる。

そして、メイプルの口から【黄金劇場】の詳細が語られた。

 

「何、そのチートスキル……」

「絶対修正されるな……」

 

【黄金劇場】―――厳密には【皇帝権限】の凶悪すぎるスキルの効果にコーヒーとサリーは揃って遠い目となる。

何せ、自身が使えるスキルが文字通り自由に使えるのだ。【黄金劇場】と【影ノ女神】が組み合わさると……本当に逃げるしか打つ手がない。

 

「後、この階層で玉座も手に入れたよ!!」

「そっかあ……メイプルは王様……いや、女王様になっちゃったかあ……」

 

しかも、メイプルはこの階層でも新しいスキルを手に入れたようだ。

そのスキルは【天王の玉座】。

 

効果は召喚した玉座に座っている間、スキルを解除するか戦闘不能になるまでダメージを20%軽減し、HPも毎秒2%回復する上に、半径三メートル以内にいる自身を含めた存在の悪系統のスキルを使用不可能にするというものだ。

そのスキルが手に入った場所は雷が降り注ぐエリアの先。そこにいた光の王様を倒して手に入れたとのこと。

 

「あの時は【毒竜(ヒドラ)】や【悪食】が発動しなくて焦ったよー。それで【黄金劇場】を使って【皇帝権限】で無理矢理発動した【影ノ女神】で倒せたけどね!!」

「……絶対修正されるな」

「そうね……【皇帝権限】は確実に弱体化されるわね」

 

あまりにも呆気なく倒されたモンスターに同情しつつ、確実に弱体化となるスキルにコーヒーとサリーは天井を見上げて呟くのであった。

一方……

 

「やばい。次の階層の実装に合わせて【皇帝権限】を弱体化しないとやばい!!」

「本来は使いづらい、出番が少ないスキルを救済するためのものだったのに……」

「とりあえず、二回……いや、一回だけの回数制限を設けるぞ!」

 

悪ふざけ+不遇スキルの救済であったスキルを、運営は急いで修正するために動くのであった。

 

 

 




カスミがナマケモノに勝てたかは次回。
感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

解体と傘購入

てな訳でどうぞ


互いの成果を話し終えたコーヒー達は、次の階層について話し合っていた。

 

「イベントも終わったし、また少ししたら階層が増えるかもしれないね」

「そうだねー、次はどんなところかな?」

「自然、機械、妖怪、雲だから……次は火山かもな」

 

コーヒーが思い浮かべるのは、噴火が常に起きている火山と鍛治が盛んな町が広がっている光景だ。

そういう場所は……ロマンが刺激されそうだ。

 

「だから、ここでやり残したことはやって……それで次に行こう?」

「やり残したことって……何だっけ?」

「クロムとカスミさんが見つけた雨がゆっくり降っているエリアか?確か……【雨水晶】というスキルの巻物が手に入るんだったか?」

「ええ。ついでに攻略情報も上がってるわ。ちなみに例の孔雀は鳥の形をしたホーミング性能を持った雷弾を放つスキルが手に入ると上がってたわ」

「……【孔雀明王】よりそっちを手に入れたかったな」

 

サリーの情報にコーヒーは溜め息を吐いて呟く。

自分だけ得られたスキルが違うのは、間違いなく三層の機械天使が関わっていると見ていいだろう。

あんな使いづらいスキルより、サリーが伝えたような使い易いスキルの方が良かった。

 

「そうかしら?確かに使いづらいけど、凶悪なスキルなのは変わらないでしょ」

「それもそうか……」

「雷のエリアは?」

「んー……そっちはいいかな?私じゃあまり役に立ちそうにないし」

「同感。どう見てもタンク向けのスキルだからな」

 

メイプルの【天空の玉座】は座らないと効果を発揮しない。つまり、回避が出来ないのでモンスターとプレイヤーの格好の的となるのだ。

つまり、コーヒーやサリーのようなプレイスタイルのプレイヤーには向いていないスキルである。

 

「そっか。じゃあ……」

 

メイプルが雨の降るエリアに今から行くか確認しようとしたところで、ガチャリとギルドの扉が開く。

部屋に入って来たのは……どんよりとした雰囲気を纏ったカスミだった。

 

「えっと、カスミさん……?」

 

明らかに元気がないカスミの様子に、コーヒーが何があったのかと声を掛ける。

俯いていたカスミがコーヒーの声に反応してゆっくりと顔を上げると……目が死んだ魚のようになっていた。

 

「CFにサリー、メイプルか……済まないが、今は一人にさせてくれないか?」

 

本当に一体何があったのか、本当にいつもと様子が違うカスミにコーヒー達はますます心配していく。

 

「えっと……カスミ?本当に何があったの?良かったら相談に乗るよ?」

「……そうだな。溜め込んでいては解決策も思い浮かばないからな」

 

メイプルのその言葉にカスミは頷くと、自身の画面を操作して何かを取り出す。

取り出したのは……半ばで折れた脇差しだった。

 

「この脇差しが原因なのか?」

 

コーヒーはカスミが取り出した脇差しを手に持ち、メイプルとサリーと一緒に詳細を確認していく。

 

 

===============

《折れた脇差し》

【ナマクラ】

【装備不可】

===============

 

===============

【ナマクラ】

自身が所有するすべての装備品の耐久値の減少が五倍となる。

このスキルは装備していなくても効果を発揮し、売却、譲渡、廃棄では手放すことは出来ない。

===============

 

 

「「「うわぁ……」」」

 

折れた脇差しが完全なお荷物であった事にコーヒー達は何とも言えない気分となる。

そして、カスミが落ち込んでいた原因が何なのかを察した。

 

「完全に呪いの装備だね……」

「ああ……《月夜の髪飾り》で幾ばくは軽減しているだろうが、それでも倍であることには変わらないんだ……」

「……どうやってこれを手に入れたんです?」

 

取り敢えず、解決方法を見出だす為にコーヒーはこれを手に入れた経緯を問い質す。

 

「この脇差しが背中に刺さったナマケモノからだ。何度も挑戦し、最後の挑戦となった戦いで苦し紛れに【跳躍】から【七ノ太刀・破砕】でこの脇差しを叩き割ったら……」

「それが手に入ったと」

 

サリーの言葉にカスミはこくりと頷く。

 

「ああ。その直後に体を大量の脇差しに刺し貫かれて死に戻りしたら……その脇差しがすぐ傍に転がっていたんだ。最初は嬉しかったのだが、中身を知った時はまさに絶望の淵へと叩き落とされた気分だ」

「うーん……CFはこの装備をどう見る?」

「あの時のマジもんの呪いのスキルを得た時も、その後のクエストで強力なスキルに変わったから……何かしらの方法で解決すると思うんだが……」

 

運営だって本当にただの嫌がらせでそんな物を実装したりはしないだろう。

武器の種類からして四層にヒントがあるかもしれないが、あれだけ広い町並みから探すのは困難を極めるだろう。

 

「取り敢えず、破壊してみるか?一応、破壊自体は可能のようだし」

「……正直、悩んでいるんだ。完全な枷だが、苦労して手に入れた戦利品には変わりはないからな……」

 

どうやらカスミもこの脇差しの破壊を検討していたようだ。

本当にどうするべきか悩んでいると、メイプルが思いついたように提案した。

 

「それなら、イズさんに見せたらどうなか?生産職のイズさんなら、何か分かるかもしれないし」

「「「……あ」」」

 

メイプルのその提案に、コーヒーとサリー、カスミは目から鱗が落ちた気分となる。

 

「確かにこの手の話は、まずはイズさんに相談するのが一番だったな……」

「そうね……この脇差しをどうにかする事に頭を回していたから盲点だったわ」

「ああ……イズが来たらすぐに相談しよう」

 

そうしてイズへ相談することは満場一致で可決し、少ししたらイズもログインしてきたのでメッセージを送信。

メッセージを受けてギルドに顔を出したイズに件の脇差しを見せた。

 

「これがメッセージにあった脇差しね……確かに利点が全くないわね。良かったら【解体】してみる?」

 

脇差しを眺めてから告げたイズの【解体】という単語にコーヒー達が首を傾げていると、イズは苦笑しながら説明を始めた。

 

「【解体】は【職人のレシピ】を取得した状態で【鍛治神の加護】を最大にした時に得たスキルよ。その効果は装備品やアクセサリーの解体。お金は結構かかる上に失敗すれば何も得られないし、成功しても全部戻ってくるわけじゃないけど……その装備に使用した素材に還元することが出来るのよ」

 

どうやらイズは新しいスキルを手に入れていたようで、そのスキルを使えば《折れた脇差し》を【解体】して素材を回収できるようだ。

 

「それで、どうする?費用は500万掛かるけど」

「すぐに頼む」

 

カスミは間髪入れずにイズに《折れた脇差し》の【解体】を依頼した。

カスミの依頼を受けたイズは早速工房に入り、《折れた脇差し》の【解体】を始めていく。

 

「これで失敗したら、大損害だよな」

「そうね。お金を払った挙げ句、何もなかったら……本当にキツいわね」

 

そんな会話を続けていると、作業が終わったのか、イズは石ころのようなアイテムを手にして立ち上がった。

 

「解体は無事に成功したわ。取り出せた素材は一つだけだけどね」

 

イズはそう言って手に持っていた石ころのようなアイテムをカスミに渡す。

それを受け取ったカスミはそのアイテムの詳細を確認していく。

 

「【暁の玉鋼】……この素材アイテムは一つしか使えない、と」

「どうやら【幻想鏡の欠片】や【神の鋼】と同じ素材……つまりはユニーク素材ね」

「ユニーク素材か……確かにその名称がしっくりくるな」

 

明確にそう記載されていたわけではないが、その素材で作ったアイテムが強力な装備として出来上がっているから強ち間違いではないだろう。

 

「それでどうする?補助装備としてなら脇差しが作れるけど?」

「補助装備に武器まであるんですか?」

「ええ。試しに一回作ってみたけど、特徴としてはステータス強化は無し。攻撃力は装備者のSTRの半分程度。普通なら飾りでしかないけど……ユニーク素材なら強力なスキルが付いてくるから大いに役に立つと思うわ」

 

イズの説明からして、武器としての補助装備はメリットはあまりなさそうだ。

ちなみに盾は本当に小さく耐久値も通常の盾より低いから、どちらかと言うとステータス強化の役割が強い。

 

「済まないが……さっきの解体の費用もあってお金がまったく足りないんだ……」

 

そんなイズとコーヒーに、カスミはどこか気まずそうな感じで現状を伝える。

ユニーク素材による作成費用は最低1000万ゴールド。解体費用と合わせたら合計1500万ゴールドと大出費である。

四層でかなり散財してしまったカスミとしては、さっきの解体費用もかなりの出費であったのだ。

 

「となると……しばらくは資金稼ぎか」

「ああ。後、作製に必要な素材集めもな」

「それじゃあ、カスミも一緒に雨がゆっくり降っているエリアに行く?」

「あそこか……そうだな。一緒に行こうか」

 

メイプルの誘いにカスミも丁度いい機会というのもあり、断ることなく素直に応じる。

 

「じゃあ、あそこへは四人で行こうか。と、その前に……」

 

サリーはそう言って自身の画面を操作して、インベントリから【刃竜の逆鱗】と幾つかの素材アイテムを取り出してイズに手渡した。

 

「イズさん。この材料で装飾品の指ぬきグローブを作って下さい。ステータスはSTR重視で」

「了解よー。……あら?この【刃竜の逆鱗】はさっきのと同じユニーク素材ね?お金は大丈夫?」

「はい」

 

サリーは作製費用もしっかりと払った後、コーヒー達と共にギルドの外へと出ていく。

 

「そういえば、カスミは持ってる?」

「いや、まだだ。イベントに集中していたからな」

「じゃあ、まずはそっちからか」

 

例の雨のエリアはゆっくり降っている雨に濡れると動きが鈍くなり、それが合図となって雨の砲弾が襲い掛かるギミックが存在している。

その鈍りは雨の砲弾を受けると解除されるが、そのダメージは強行突破を敢行するには無視できないほどだ。

その為、この町で買える傘の購入は必須事項である。

 

「……?」

 

メイプルは何を話しているのか分からないために首を傾げている。

そんなメイプルにサリーが問題として教え始めた。

 

「ほら、メイプル。雨が降っている時に使うものいえば?」

「えっと……か、傘?」

「正解!あのエリアを進むためには傘が必要なんだよ」

「だから私達は今から傘を買いに行くんだ」

「店の位置は知ってるし、値段もそんなに高くないからすぐに買えるぞ」

 

コーヒー、サリー、カスミが先頭を歩いてメイプルを案内してしばらく、四人は傘が売られている店へとやってくる。

店内には傘がところ狭しに並んでおり、種類や色、大きさまで様々である。

 

「どれにしようかな?」

「どれでも効果は同じだからねー」

 

そんなメイプルとサリーを他所に、コーヒーはわりとすぐ近くにあった少し大きめの黒い傘を手に取る。

 

「これでいいか。効果は同じだからな」

 

そんな感じでコーヒーはあっさりと傘を購入し、カスミとサリーも傘を購入……しようとしたところでメイプルが戻ってきた。

 

「……メイプル、何それ?」

 

戻ってきたメイプルの持っていた傘は全てのパーツがふわふわとした雲でできている、本当に傘なのか怪しい傘だった。

 

「ここ限定だって!」

「限定品に弱すぎだろ……」

「うっ……まあ、そうだけど……」

「それにしてもメイプル。ずいぶんと雲が大きい気がするんだけど?」

 

サリーの指摘通り、メイプル手にしている雲の傘は余裕で二人並んで入れるほどの大きさである。

 

「せっかくだからカスミと相合傘をしようかなって!!」

 

メイプルのその言葉に、どこか遠い目だったカスミも少し意地の悪い笑みを浮かべ始めていく。

その理由は……メイプルの意図を察したからである。

 

「……そうだな。例のエリアはボスしかいないからその間は相合傘でも問題はないな。出費も抑えられるしな」

 

何故かあっさりとメイプルの提案に乗ったカスミに、コーヒーはどこか嫌な予感を覚える。

その予感は、的中した。

 

「だから、コーヒーくんとサリーも相合傘で行こうよ!」

「メイプル!?」

 

まさかのメイプルの提案に、サリーは面食らった表情となる。

もし、メイプルが純白装備と【身捧ぐ慈愛】を発動して弓でも持てば……(悪魔な)恋のキューピッドを連想できたであろう。

 

「いやいや!普通に個別に傘を買えば―――」

「戦闘になればどちらにせよ傘はしまうしかない。なら、その間は個別でも相合でも問題はないだろう?」

「あるだろ!?」

 

主に精神的に!!

そんなコーヒーの思いを知らずか……否、知っていながらあえて無視しているメイプルとカスミは遠慮の欠片もなく相合傘を推奨していく。

 

「大丈夫だよ!ぴったりくっつけば濡れずに済むから!」

「問題はそっちじゃないでしょ!?」

「まあまあ。これ以上は時間を無駄に出来ないし、メイプルが傘を買ったらすぐに出発しよう」

「その間に傘が買えるだろ!?」

 

その後、周りの注目を集めてしまったことでメイプルが雲の傘を買ってすぐに退散する羽目となり、元凶たるメイプルとカスミによってコーヒーとサリー強引に例のエリアへ連れて行かれるのであった。

 

 

 




傘、男女がいればこのイベントは外せないよね!
感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

雨エリアにて

てな訳でどうぞ


傘騒動は一先ず収束し、雨エリアへと真っ直ぐ向かう道中で何度かモンスターに遭遇しつつも、コーヒー達は苦もなく撃退しながら向かっていた。

 

「足が重い……」

「うん……行きたくないなあ……」

 

約二名の足取りは著しく重かったが。

いっそのことログアウトして離脱したいのは山々だが、それはそれで後日ネタにされる為、約二名は半ば諦めたように歩いていた。

そして、四人は目的の場所へと辿り着いた。

 

「相変わらず降っているな……」

「じゃあ、傘を出すね」

 

メイプルはそう言って雲でできた傘を自身のインベントリから取り出し、カスミがすぐにメイプルの傘の中へと入ってしまう。

 

「ねえ、メイプル。私がおぶるからカスミと三人で一緒に進も?ほら、メイプルはAGIが0だから進むのに……」

「それだとメイプルが濡れる可能性がある。わざわざリスクを引き上げる必要もないだろう」

 

サリーが諦め悪く提案するも、カスミの正論で真っ二つに切られてしまう。

 

「なら、【クラスタービット】で―――」

「それだと砲弾が鬱陶しそうだなぁ……」

「ああ。ごり押し出来るか不明な手段に頼るのもどうかと思うぞ」

 

コーヒーの提案も事実を突き付けられて否決。二人の味方はどこにもいなかった。

 

「むぐぅ……マジで相合傘しないといけないのか……」

「うう……なんでこんな事に……」

 

コーヒーは諦めたように黒の傘を取り出し、サリーも同様に諦めたようにコーヒーがさした黒の傘の中へと入っていく。

少し大きいとはいえ、本来は一人用。

つまり……肩を寄せないと傘の内側に収まらないのである。

 

「傘のお陰で上からの雨は大丈夫だが、近くの地面に落ちて弾けた雨粒は避けるようにな」

「分かった!」

 

メイプルとカスミ、コーヒーとサリーで相合傘となった状態で、四人はゆっくりと雨が降るエリアに足を踏み入れた。

 

「良かった。弾いてくれてるね」

「このような見た目だが、あの店にある限り効果は保障されているのだろうな」

 

メイプルとカスミは傘らしくない傘がきっちり役目を果たしてくれていることに少し安心しつつ、前方を進む二人に視線を向ける。

 

「他に人がいなくて良かった。もしいたら……耐えられそうにない」

「そうね……」

 

互いに肩を寄せざるを得なかったコーヒーとサリーはどこか暗い気分でゆっくりと歩いている。

二人としてはメイプルとカスミの後ろを歩きたかったが、AGI0のメイプルではどうしても基礎スピードが違う為、必然的にコーヒーとサリーが前を進む羽目となっていたのだ。

 

「早くこの雨から抜け出したい……」

 

コーヒーの消え入りそうな呟きにサリーは無言でこくこくと頷いて同意する。

 

「何か良い仕返しがないものか……」

 

この状況を生み出したメイプルに軽い仕返しが出来ないものかとコーヒーは悩んでいると、サリーが思いついたように話し始めた。

 

「CF。メイプルがVITに極振りした理由は知ってたよね?」

「確か……痛いのが嫌だから、だろ?」

「ええ。小学生六年生の頃、予防接種で大泣きしたくらいにね」

「サササ、サリー!?何で急にその事を!?」

 

まさかのサリーの暴露にメイプルが慌てたように声を上げる。その意図を察したコーヒーは意地の悪い笑みを浮かべ始めた。

 

「他に大泣きしたエピソードは?」

「あるわよ。例えば―――」

「わー!わー!!」

 

コーヒーの質問にサリーが更に暴露しようとしたところでメイプルが大声を上げて必死に遮る。

そんなメイプルにカスミが少し同情していると、カスミにも矛先が向いた。

 

「ちなみに今後のイベントで第四回と同じ動画が出る可能性は?」

「あるんじゃない?そしたらカスミは公開処刑されるわね。戦闘中はあんな格好になるから」

「ぐはっ!?」

 

妖刀の羞恥心を煽る姿を指摘されたカスミは自身の胸元を押さえた。

そんな小さな仕返しを果たしつつ進んでいると、雨が降っていないボスエリア手前の場所へと到着した。

 

「それじゃ、ボス戦について最終確認するか」

「そうね」

 

傘をたたんだコーヒーの言葉に、少し距離を取ったサリーも頷き、メイプルとカスミと共にそれぞれのやるべきことを確認していく。

そして最終確認が済み、四人はボスが潜むエリアへと踏み込んだ。

 

「来たぞ、ボスだ!」

 

四人の前方、雲の地面から滲み出るようにして湧き出した水の塊が徐々に人型となっていく。

ゆらゆらと揺れるその体の中には、ボスの核であり弱点である周りの水よりもより一層青い塊が漂っている。

ボスの体が完全に形作られると、曇り空に変化が現れる。

 

「また雨が来るよ!!」

「それじゃ、予定通りにだな!!」

「うん!」

「頼んだぞ三人共!!」

 

四人がそれぞれの役割を果たす為に動き出す。

それに反応するように、ボスは液体の体を変形させて腕を剣の形にする。

 

そして、びしゃびしゃと水を散らしながら三人の方へと向かってきた。同時に空からもゆっくりと直径一メートルはあろうかという大きな水の塊も落ちてくる。

 

「さて、まずは【大海】!で、【氷結領域】!!」

 

サリーはその場でスキルを二つ使い、自身が生み出した水を凍らせて白く輝く冷気を地面に這わせていく。

 

「よし……【糸使い】【氷柱】」

 

サリーはさらに二つのスキルを使う。

氷の柱を立ち上らせ、手のひらから蜘蛛糸を射出してその柱を高速で上がっていく。

 

「おー……すごい……」

「それじゃ、此方もやるか。護衛よろしく」

「了解!慈しむ聖光 献身と親愛と共に ここ身より放つ慈愛の光を捧げん―――【身捧ぐ慈愛】!!」

 

コーヒーの言葉に頷きつつ、メイプルは【身捧ぐ慈愛】を発動させる。

 

「さらにー、邪悪を退ける威光 形成すは光の玉座 光王の加護は威厳と共に―――【天王の玉座】!!」

 

さらにメイプルが新しいスキルを発動。自身の背後に白い玉座を召喚してすぐに玉座へともたれて座る。

 

「……本当に玉座だな」

「んふふー、綺麗でしょー?」

 

若干どや顔で玉座を自慢するメイプルにコーヒーは何とも言えない気分となりつつも、最初の色々と試したい作戦通りにコーヒーはサリーが凍らせている水の塊を次々と撃ち抜いて破壊していく。

 

この水の塊は先程の雨エリア同様に速度低下のデバフ効果が付いている。それを収縮可能となった【糸使い】の実戦運用も兼ねて封殺しにかかったのである。

 

当然、ボスは凍らされた水の塊を破壊しているコーヒーに狙いを定めて襲いかかるも、【身捧ぐ慈愛】を発動しているメイプルが攻撃を全て引き受けているのでノーダメージ。安心して凍った水の塊の破壊に集中できるのである。

 

「そろそろボスが変化するころだな。カスミの妖刀のスキルで攻撃した後で()()よろしく」

「任せて!」

 

メイプルが玉座に座ったまま頷くと、水の剣で攻撃し続けていたボスの中にある核が移動し、雲の地面へとするりと入っていく。

そして、雲の地面から同じような核を持ったボスの写しが何体も現れた。

 

この写しは雨粒を地面に落とせば落とすだけ数が増えていき、核に攻撃し辛くなってしまう。サリーが雨粒を凍らせ、コーヒーが破壊したことで数は最小限に抑えられていた。

 

「【血刀】!!」

 

今度は自分の番とばかりにカスミは妖刀のスキルの一つ、HPを代償とした範囲攻撃のスキルを発動する。

妖刀は赤い液体となって溶けて刃を形作り、無茶苦茶に伸びる、あるいは地面を走って全ての核を攻撃していく。

 

「【血刀】は【紫幻刀】よりは幾分か使い勝手が良さそうだな。少し威力が低いが……」

 

攻撃が終わって元の形となった妖刀を見ながらカスミはそう呟く。

ボスの攻撃手段と段階ごとの変更点がきっちり入っているが、次のメイプルの行動でそれらも無意味となる。

 

「我が才と情熱を見よ 我を讃える万雷の喝采を聞け 咲き誇る華と共に此処に開演せよ―――【黄金劇場】!!」

 

【口上強化】と共に発動した、第六回イベントで手に入れたスキル【黄金劇場】。

メイプルを中心に金色に輝く魔法陣が展開され、その魔法陣の中にサリーとカスミはもちろん、ボスもいる。

そのまま十秒経過し、コーヒー達はボスと共に専用フィールドへと強制転移させられた。

 

「「「…………」」」

 

初めて見る薔薇の花弁が舞う黄金の劇場にコーヒーとサリー、カスミが言葉を失う中、ボスは変わらずに攻撃を続けていく。

当然、【身捧ぐ慈愛】を発動しているメイプルがいるので攻撃は通らず、加えてフィールドが変わったことで雨粒が無くなっている。

つまり……大幅に弱体化された上に一方的に攻撃が出来るのである。

 

「……取り敢えず、五分以内にボスを倒すか」

「そうね……凄く哀れに感じるけどね」

「やはりメイプルは見ていて飽きないな……」

 

コーヒー達は複雑な気分で武器を構え、大幅に弱体化したボスをサリーも加わってリンチしていく。

 

「あー、またボスの写しが現れたね」

「んー、流石にボスの特性までは封じれなかったか」

「あのボスが一番色が濃いわね。カスミ、あれを攻撃して」

「分かった。【一ノ太刀・陽炎】」

 

流石にボスの写しは登場したが、色合いでMPの量も測れるようになったサリーの【魔力感知】であっさり核の本体を特定。サリーの指示を受けたカスミがそのボスを【一ノ太刀・陽炎】で急接近して切り裂く。

 

「お、ボスのHPバーが減ったな」

「やっぱりあれが本体だったわね」

「じゃあ―――【皇帝権限】!【百鬼夜行】!!」

 

メイプルが【皇帝権限】で【百鬼夜行】を発動させ、スキルの【封印】を無効にして赤鬼と青鬼を召喚する。

玉座に座る天使姿のメイプルに、そんなメイプルの両脇に立つ二体の鬼……本当に滅茶苦茶である。

 

「あれを攻撃して」

 

メイプルの指示を受けた赤鬼と青鬼はカスミの攻撃を受けたボスに向かって飛び出し、その手に持つ金棒でひたすらボスを殴打していく。

今回の【黄金劇場】で半分にされたステータスはSTRとAGI。つまり……鬼から逃げられないのである。

まるでトマトを潰すような光景が目の前で繰り広げられる中、コーヒー、サリー、カスミは遠い目でその光景を見守っていく。

 

「……やっぱりこれはチート過ぎるだろ」

「そうね……間違いなく修正が入るわね」

「メイプルはまたおかしな方向に進化したのか……」

 

三人がどこか諦めたように呟く中、鬼に殴打され続けていたボスがドロドロとなって床の染みのように消えていく。

メイプルによって圧倒的な不利なフィールドにされてなす術なく倒されたボス……本当に哀れである。

 

「ふっふっふー!この女王様の威光の前には、みな無力なのだよー!」

 

対してメイプルは少々威張った口調でどや顔をしていたが。

 

「というかメイプル。【皇帝権限】は強制発動したスキルを50時間使用不可能にする筈だよな?」

「?そうだよ?だから、あんまり使わないスキルを【皇帝権限】で使ったんだよ」

「さいですか……」

 

確かに【百鬼夜行】や【影ノ女神】といったスキルはあまり出番がない。

きっと【皇帝権限】は本来MPが多かったり、硬直時間が長い等の使用しづらいスキルを使用しやすくする為のスキルなんだろうが……手に入れた相手が本当に悪かった。

 

「……なあ、メイプル。いつまでスキルを発動させたままにしてるんだ?」

「せっかくだから眺めようかと!綺麗だけどあんまり見れないしね!」

「……そうか」

 

こうして黄金の劇場を時間いっぱいまで見続けた後、スキル【雨水晶】が記載された巻物を手に入れたコーヒー達はその場を後にするのであった。

 

「それじゃあ、帰りも相合―――って、ええ!?」

「ログアウトして逃げたな……」

 

コーヒーとサリーはログアウトしてから町に再ログインするという少々ずるい方法で戻ったが。

 

 

 




感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

とある掲示板にて

てな訳でどうぞ


【NWO】リア充CFを打倒せよ

 

 

1名前:非リア充の大盾使い

新たなスレを立てた

 

2名前:非リア充の剣士

感謝する

 

3名前:非リア充のハンマー使い

ではさっそく憎きCFの情報をまとめよう

クロスボウを武器としながら雷系統の魔法とスキルを多数所持しているリア充だ

 

4名前:非リア充の魔法使い

その情報は不要だ

肝心なのは奴のリア充振りに関する情報だ

 

5名前:非リア充の槍使い

その通りだ

 

6名前:非リア充の弓使い

CFの所属ギルドは【楓の木】と呼ばれる人外魔境であり、半分以上が女性で構成されているギルド

人数は11人で男は三人だ

 

7名前:非リア充の斧使い

半分以上が女性

羨ましい(ギリッ

 

8名前:非リア充の大盾使い

その中でサリーと呼ばれる女性プレイヤーと【楓の木】のギルドマスターのメイプルとよく行動を共にしている

もしかしたらリアルでも知り合いの可能性があるかもしれない

 

9名前:非リア充の弓使い

ちっ

このリア充野郎が

 

10名前:非リア充の短剣使い

リアル検索はマナー違反だから止めよう

第四回イベントのお姫様抱っこは殺意が湧いたけどな

 

11名前:非リア充の魔法使い

同感だ

俺だって可愛い女の子をお姫様抱っこしたい!!

 

12名前:非リア充の剣士

俺もだ!!

 

13名前:非リア充のハンマー使い

俺だって!!

 

14名前:非リア充の槍使い

むしろ恋人繋ぎして町を歩きたい!!

 

15名前:非リア充の斧使い

一度落ち着こう

CFのリア充をここで纏めるべきだ

 

16名前:非リア充の大盾使い

そうだな

俺が知る限りのCFのリア充振りは

第四回イベントでのお姫様抱っこ

去年の大晦日で二人での食事

【カフェピグマリオン】でメイプルも加わってのバイト

第六回イベントで行動を共にしていた

以上の四点だ

 

17名前:非リア充の剣士

第六回イベントは知っている

情報を元に一度待ち伏せして襲ったが返り討ちにあった

 

18名前:非リア充のハンマー使い

同じく

 

19名前:非リア充の槍使い

同じく

 

20名前:非リア充の魔法使い

同じく

一撃だった

 

21名前:非リア充の大盾使い

それは俺も参加すべきだったな

待ち伏せは例の罠だらけの塔か?

 

22名前:非リア充の剣士

イエス

 

23名前:非リア充の弓使い

あの塔か

彼処の罠は本当に悪辣だったな

お化けまで出たし

 

24名前:非リア充のハンマー使い

お化けだと?

お化けは女の子が苦手とするものの定番だ

つまり

 

25名前:非リア充の槍使い

サリーさんに抱きつかれたと言うことか!?

ちくしょうめーーーーーー!!!

 

26名前:非リア充の剣士

あの時何としても道連れにすべきだった!!

 

27名前:非リア充の短剣使い

それよりも二人での食事での詳細をkwsk

 

28名前:非リア充の大盾使い

これは人伝の情報で正確性に欠ける

大晦日で二人で四層にある高級料亭のような店に入ったそうだ

 

29名前:非リア充の斧使い

そういえばどこかの料理店でフレンド数人で食事すると【連携】というスキルの巻物が手に入るという情報があった

つまり

 

30名前:非リア充の魔法使い

CFとサリーさんは協力プレイが出来るということか!?

本当に憎い!!

 

31名前:非リア充の剣士

早く五層に到達してCFを始末しなければ!!

 

32名前:非リア充の大盾使い

待つんだ

タイマンでは勝ち目がない上にフィールドで集団リンチすれば通報案件だ

 

33名前:非リア充のハンマー使い

それでも構わない!!

 

34名前:非リア充の槍使い

同じく!!

我ら非リア充の怨みをCFにぶつけることが何よりも重要だ!!

 

35名前:非リア充の魔法使い

まだレベルが低く三層にしか行けていないが今なら五層まで行けそうだ!!

 

36名前:非リア充の弓使い

それで行けたら苦労しない

それに一度だけしか晴らせないぞ

 

37名前:非リア充の大盾使い

その通りだ

BANされれば非リア充の怨みを真の意味で晴らせなくなる

今は雌伏の時

非リア充の牙を研ぎイベントで怨みをぶつけるのが最善だ

 

38名前:非リア充の短剣使い

そしてトッププレイヤーでもあるCFを倒せば俺達はモテてリア充の仲間入りを果たせるという寸法だな?

 

39名前:非リア充の大盾使い

ああ

だからこそ今は怨みの牙を研ぐことに専念すべきだ

 

40名前:非リア充の剣士

確かにそうだ

2月14日のリア充イベントもあって冷静じゃなかった

 

41名前:非リア充の弓使い

あの一日限定のイベントか

フレンドから貰ったチョコを食べると経験値ボーナスが得られるやつだったな

 

42名前:非リア充の魔法使い

そのイベントは野郎同士で渡しあった

本当にツラいイベントだった

 

43名前:非リア充の大盾使い

そのイベントで俺もギルドメンバーの女性からチョコが貰えると期待したが

結果は野郎から同情と共に渡された

そいつ自身は女性プレイヤーからチョコを貰っていた

 

44名前:非リア充のハンマー使い

ソイツも闇討ちしよう

 

45名前:非リア充の槍使い

それより肝心のCFは?

 

46名前:非リア充の大盾使い

不明だ

だがチョコをかじっていたという目撃情報は上がっていた

加えてチョコとは別件だが五層の雨エリアで相合傘をしていたのではないかという噂まであった

 

47名前:非リア充の魔法使い

よし倒そう

 

48名前:非リア充の剣士

いや厨二病患者の悪名を大々的に広げて精神的に倒そう

 

49名前:非リア充のハンマー使い

お前天才か!?

 

50名前:非リア充の槍使い

リア充は殲滅すべし慈悲はない

 

51名前:非リア充の弓使い

同じく

 

52名前:非リア充の短剣使い

生産職から爆弾を購入して特攻しよう

 

53名前:非リア充の斧使い

次のイベントがCFの命日だ

 

54名前:非リア充の剣士

いや六層をCFの墓場にすべきだ

 

55名前:非リア充の槍使い

人生の墓場だな

もちろん物騒な方の

 

56名前:非リア充の魔法使い

一度話を戻そう

バイトの件については?

 

57名前:非リア充の大盾使い

これは別スレの情報にもあるがCFはメイプルとサリーのウェイトレス姿をその目に見た可能性が高い

メイプルは確実だ

 

58名前:非リア充の弓使い

【カフェピグマリオン】の制服は可愛いからな

ちなみにメイプルちゃんはすごく可愛かった

 

59名前:非リア充のハンマー使い

これは裏切りか?

 

60名前:非リア充の槍使い

いや目撃者は多数だからセーフだ

CFは火炙り確定だが

 

61名前:非リア充の大盾使い

いやギロチン刑が妥当だろう

 

62名前:非リア充の魔法使い

なら晒し首にするべきだ

 

63名前:非リア充の短剣使い

それはゲームの仕様上不可能だ

だから水攻めで処刑すべきだ

 

64名前:非リア充の剣士

確かスキルで数十分は息継ぎ無しで潜れたよな?

だから絞首刑が確実だと提案する

 

65名前:非リア充の斧使い

それも現実的ではない

公衆の前でCFを完封なきまでに叩き潰すのが一番の処刑方法ではないか?

 

66名前:非リア充のハンマー使い

確かに

だがどうやって?

 

67名前:非リア充の大盾使い

イベントによっては公式動画として公開されるのもある

第四回イベントがいい例だ

 

68名前:非リア充の剣士

そういえば第六回イベント内容も含まれた最新PVが出ていた筈

少し確認しよう

 

69名前:非リア充の大盾使い

CFは非リア充の最大の敵だ

 

70名前:非リア充の斧使い

同じく

CFは許されない罪を犯した

 

71名前:非リア充の弓使い

多数に同時表示された映像の中にあったな

 

72名前:非リア充の槍使い

おもいっきりサリーさんに抱きつかれたCFは下痢に襲われろ

 

73名前:非リア充の魔法使い

まじで羨まけしからん

 

74名前:非リア充の短剣使い

しかも位置的に胸の部位が顔に当たっているよな?

殺意が湧く

 

75名前:非リア充のハンマー使い

いやあの部位はプレートアーマーで防護されていた筈

それでもサリーさんに抱きつかれたことは万死に値するが

 

76名前:非リア充の剣士

CFは倒す

CFは倒す

CFは倒す

 

77名前:非リア充の弓使い

剣士が壊れた!!

 

78名前:非リア充の斧使い

CFの人でなし!!

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

一方その頃。

 

「ぁぁぁぁ……」

「また公開処刑された……注視して見ないと気づかないとはいえ……」

 

運営の公式動画を見た件の二人は、羞恥心からパソコンの前で頭を抱えていた。

 

 

 




たまには掲示板もいいよね?
感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

六層へ

てな訳でどうぞ


あれから時が過ぎた三月の初め。

 

「また修正が入ったよー……」

「流石に仕方ないだろ」

「ええ。修正前の【悪食】なみに凶悪なスキルだったからね」

 

新たな階層が追加された日、同時にメイプルのスキル【黄金劇場】が修正されていた。

具体的な修正内容は【黄金劇場】の発動時間は五分から十分に延長されたが、【皇帝権限】は一つのスキルに対して一日1回。単発タイプは一分は使い放題、持続タイプは一分経過すると自動的に解除されるという制限が設けられたのだ。

 

「でも、十分に伸びたのは嬉しいかな。薔薇の花弁がそれだけ満喫できるからね」

 

メイプルは相変わらず弱体化を気にしていなかった。むしろ、時間が増えて満足している程だ。

これが、メイプルクオリティである。

 

「こっちの装備の方のスキルは特に修正は入っていないな」

「まあ、こっちは装備したらステータスが大幅に下がるし使いづらいから当然ね」

 

【シャーウッドの森】も【貌なき王】のスキル付いている装備は装備者のステータスを大きく下げてしまう。その為メイン装備には出来ないので出番が少ないのである。

故に運営もこちらの修正はしなかったのであろう。

 

「……取り敢えず今回のボスについて話し合うか」

 

メイプルの【黄金劇場】の内容だけは知っているクロムは話を戻すように、次の階層に向かう為のダンジョンにいるボスについて話し合っていく。

 

今回のボスは雲で出来たクラゲ。状態異常攻撃を何種類か使うらしく、物理攻撃は普通に効くとのこと。

他にも水と雷、氷属性の攻撃は無効、吸収してHPを回復してしまうとのこと。

そして、防御貫通攻撃は確認されていないそうだ。

 

「勝ったな」

「ああ。これは勝ちだろ」

「ですね」

「そうだな」

 

一つ大きく息を吐いてからにこやかに告げたクロムの言葉に、コーヒー、サリー、カスミの三人はあっさりと同意する。

今日は今のところ全員ギルドホームにいる。

つまり、装甲、車体、主砲が完璧に揃った凶悪な戦車パーティーが健在ということである。

 

「今回の編成は?」

「最初は私とCF、カスミで。メイプル達には負担を掛けるけど……」

「大丈夫だよ!!皆にもあの劇場を見せたいしね!!」

 

サリーは負担を掛けることを申し訳なさそうにメイプルへと謝るも、メイプルは全く気にした様子はなく、むしろ【黄金劇場】をまだ見せていないメンバーに見せれる絶好の機会だと考えているようだった。

 

「何気にピンポイントな気もするな……バランスを考えた結果だとも思うが、それなら最初からそうした方がいい気がするんだが」

「うーん……そうとも言えないんだよなあ。【グロリアスセイバー】も発動後の硬直時間が二倍になっていたし」

「それもそうか。やりごたえが無くなったらユーザーも離れていくし、誰でもゲームを楽しめるようにするなら仕方ないか」

 

何気に試行錯誤しての結果や、想定外の結果からやむ無くそうしていると考えれば仕方がないのかもしれない。

メイプルは防御こそ異常だが、攻撃の方は燃費が悪かったり、対処がしやすかったりと必ずしも無敵ではない。

コーヒーもスキルの関係で全ての攻撃に雷属性が付与されているので、今回のクラゲに対しては完全に打つ手がない。

 

「軽減ならスキルで無視できるが……無効、吸収は無視できないからな」

「もし属性攻撃無効スキルが実装されたら……CFは完全に無力ね」

 

サリーの言う通り、将来属性攻撃無効スキルが実装されれば、コーヒーは完全に無力となってしまう。

属性縛りのプレイヤーは少なくないので、実装されれば時間制限が設けられるだろうが。

 

「とりあえず、先行した後で戦車パーティーが戻って来るってことで」

 

そんな訳でメイプル、マイ、ユイ、シアン、コーヒー、サリー、カスミが先に六層へ行くためのダンジョンへシロップに乗って赴き、到着したダンジョンを攻略していくのだが……

 

「【クラスタービット】の津波と矢の攻撃だけでどんどんモンスターが消えていくわね……」

 

サリーが呆れたように呟く。

道中はボス戦では全く役に立たないコーヒーがダンジョン内のモンスターを片っ端から倒しているので、【身捧ぐ慈愛】を発動しているメイプル以外は完全に暇をもて余しているのである。

 

最も、今のメイプルなら一人でも簡単にボスを倒せてしまうが。

そうして簡単にボス部屋へと到達し、全てが雲でできた部屋の天井からボスの雲クラゲが現れるも―――

 

「潰せ、黒き破壊者(ブラックデストラクター)!!」

「潰せ、白き破壊者(ホワイトデストラクター)!!」

「唄え、魔法の歌姫(ディーヴァマジシャン)!!」

「「彼方の敵を攻撃せん―――【飛撃】!!」」

「照射せよ!【レイ】!!【連続起動】!!」

 

STR上昇の【ドーピングシード】に【鼓舞】、【名乗り】と【口上強化】で攻撃力が上がった車体(マイとユイ)主砲(シアン)の攻撃によってボスの雲クラゲは車体の超威力に吹き飛ばされ、主砲の連続砲撃によって速攻で雲の塊にされるのであった。

 

「本当に凶悪なパーティーだな」

「ええ。味方で良かったと本当に思うわ」

「ああ」

 

開幕して一分も経たない内にボス戦が終わったことで、改めて戦車パーティーの凶悪さを実感した三人は戦車パーティーと共にまだ見ぬ六層へと向かっていく。

 

「どんなところだろうねサリー」

「さあ?まあどんなところでも大丈夫だけど」

「ある意味死亡フラグだぞ、それ」

 

そんな他愛ない会話に華を咲かせながら歩いていると、新たな階層へ続く出口が見えてくる。

出口を出た景色は、一面の荒野とそこに残る古びた墓標だった。

 

「…………」

 

その光景―――よくあるホラーゾーンにコーヒーは無言でサリーの方へと視線を向ける。

 

「だ、だいじょうぶじゃなかった……」

 

そのサリーは顔を青くしてメイプルの右手を握っていた。見事にフラグを回収してしまったのである。

その後、戦車パーティーはクロム達を連れて来る為に五層へと戻っていく。

 

「では、私も一度五層へと戻る。彼処でしか手に入らないアイテムを買うのを忘れていたからな」

 

何故かカスミまで……というか、絶対に二人きりにさせる目的でメイプル達と一緒に戻っていってしまった。

当然、残されたコーヒーとサリーは仕方なく二人でギルドホームへ向かうのだが……

 

「…………」

「…………」

 

サリーは《無貌のローブ》を装備してフードを深く被り、コーヒーの後ろでコートを両手で握って……というか背中にくっついて隠れるようにして視界を遮断して進んでいた。

コーヒーは後ろから伝わる震えとこの状況から何て声を掛ければいいか分からず、本当に微妙な空気が流れていた。

 

「ひぃっ!?」

「!?」

 

時折、サリーが悲鳴を上げてビクッと身体を強張らせるから、コーヒーも思わずビクッとして動きを止めてしまう。

 

「……本当に大丈夫か?」

「だいじょうぶじゃないから、絶対に離れないで……」

 

そんな端から見れば不信感全開の二人は外見は廃屋であるギルドホームへと到着し中へと入っていく。

幸い、中は今まで通りであり過ごしやすい快適な空間が広がっていた。

 

「サリー、ギルドホームの中は今まで通りだから大丈夫だぞ」

「…………」

 

コーヒーの言葉にサリーは無言のまま、コーヒーの背中から覗き込むようにギルドの中を確認する。

今までと同じ部屋の作りだと確認したサリーはコーヒーの背中から離れて大きく息を吐いた。

 

「はぁ……やっと落ち着ける。じゃあ……七層が実装されたら帰ってくるってメイプルに伝えておいてね……」

 

サリーは力なく微笑みながらそう言って画面を操作し―――ログアウトして消えた。

 

「完全に逃げたな……」

 

せめて返事を聞いてからログアウトしてほしいと思ったが、流石に仕方ないかとコーヒーは諦める。

サリーのお化け嫌いはこの短い付き合いでも仕方がないと思えるくらいには理解出来ているからだ。

 

とりあえずメイプル達が来るまでギルドホームで待機することにする。自身の部屋?家具も何も置かれてない、割り振られた当初のままですが?

少しして、残りのメンバー全員がギルドホームへと入ってきた。

 

「あれ?サリーは?」

「ログアウトした。七層が実装されたら帰ってくるそうだ」

 

メイプルの質問にコーヒーがサリーが言っていたことをそのまま伝えると、メイプルは納得したような表情となった。

 

「そっかー……今回ばかりは仕方ないかなあ」

 

サリーとの付き合いが一番長いメイプルもこればっかりは仕方ないと思ったようで、少し残念そうではあったがあっさりと割り切った。

 

「それじゃ、俺は情報収集に行くとするか」

 

サリーの伝言も伝えたコーヒーはそう言って、ギルドの外へと出て行くのであった。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

「あー……まさかあんな階層が実装されるだなんて……」

 

現実世界に戻ってきた理沙はベッドの上に寝転がって呟いていた。

 

「あんな場所は無理無理。とにかくあの階層は絶対に行かない。ま、他の階層でレベリングしたり調べ直したりすればいいから別にいいよね」

 

理沙は未練などないというようにごろごろするが、しばらくは楓と新垣、ギルドメンバー全員とは別行動となることを考えれば少し複雑である。

 

「あー……新垣もお化けが苦手だったら良かったのに……」

 

それなら二人で別の階層でレベリングしたり探索したりとそれはそれで面白そうだったのに。

 

「……は?」

 

理沙は自身のその考えに暫し呆然とした後、顔を真っ赤にして枕に顔を埋めた。

 

(なんでこんな考えを抱いたのよ私!?これじゃあ、私があいつに気があるみたいじゃない!!そりゃ、最近は色々と恥ずかしい思いをさせられたけど!!全部お化けのせいなのよ!!)

 

断じてお化けのせいだけではなく、親友と周りの外堀を埋めようとする者達にも一因があるのだが、その事に今の理沙が気づくことはない。

とりあえず気分転換も兼ねて六層の情報を携帯端末からネットで調べ始めていく。

 

「MP増加スキルか……CFやカナデ、シアンが取りそうね。私も欲しいけど……レイス?スケルトン?無理無理」

 

出現する敵を見て、理沙はこのスキルの取得をすぐに諦めた。

 

「スケルトンは最近間近で見ちゃったし……あんな不意討ちは二度とごめんよ」

 

理沙がいう最近は第六回イベントのトラップタワーのボスのことだ。普通に話していただけに、最後のスケルトン顔は完全な想定外であった。そのせいで新垣に思わずしがみついてしまったのだから。

 

「…………」

 

心無しか、顔から湯気が出ているように見える理沙はその後も情報を確認していく。僅かではあるが、分かりやすい場所で手に入るものや一部のクエストは調べることができた。

 

低確率で一部のアイテム効果を二倍にするスキル。状態異常を与えられそうなスキル。AGI強化に、加速スキル。

空中に透明な足場を一つ作ることが出来る靴。

 

死亡回数50回以上が条件の高難度クエスト。

これらが、現時点で判明している六層の情報である。

 

「ああー、うぅー……くぅ、んー!ああー……っ」

 

呻き声を上げながら、理沙は何度も携帯端末の画面を指で操作して確認するも、当然そこに書かれている文字が変わることはない。

 

その後理沙は再度ゲームを始める準備をしてはそれを止め、始めようとしては止めを何度も繰り返し、最終的にはぐったりとベッドに倒れこむのであった。

 

 

 




『サリーさんらしき人物が憎きCFの背中にくっついていた』
『『『『『よし!処刑しよう!!』』』』』

一部スレ抜擢

感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幽霊屋敷へ

てな訳でどうぞ


六層へやってきてから少し。

コーヒーは今日もログインしていた。

 

「今日はどっちから先に行くべきか……」

 

町を出てすぐの場所でコーヒーは少し悩んでいた。

町から西にある洋館か。それとも東にある墓地か。

西の洋館は一部のアイテムの効果が二倍になるスキルが、東にある墓地は消費MP軽減スキルが手に入る場所である。

 

「ん?」

 

そうこう悩んでいると視界の隅によく知った二人の姿が入る。片方はフードを被って顔は分からないが、そのフードがついたローブには見覚えがあり、本来はこの場にいないはずの人物が手に入れたはずのローブだ。

 

「あ!コーヒーくん!!」

 

コーヒーが疑問に感じて目を細めている内に、もう片方―――メイプルがコーヒーに気づき、ローブのフードを深く被った人物の手を握ったままこちらに近づいて来た。

 

「コーヒーくんは今から探索?」

「ああ。東か西かで悩んでいたんだが……どうしてサリーが此処にいるんだ?」

 

コーヒーの最もな質問に、フードの人物もといサリーは消え入りそうな声で答えた。

 

「……どうしても手に入れたいスキルと装備があって……それで……」

「ああ、うん。察した」

 

つまり、スキルや装備の効果に目が眩んで自身にとっての地獄に赴いたということだろう。だが、フィールドにいる幽霊達に即負けて、メイプルに助けを求めたといったところか。

 

「それで目的地は?」

「町から西に向かった所にある洋館だって!!」

「西の洋館か……彼処は一部のアイテムの効果が二倍になるスキルが手に入る場所だな。俺もそっちへ行くか悩んでいたところだし、良かったら一緒に行くか?」

「賛成!サリーは?」

「お願いします……手伝って下さい……」

 

コーヒーの提案をメイプルは両手を上げて承諾。サリーも顔を隠したまま丁寧語でお願いしてくる。

 

「それじゃ……シロップ!【覚醒】!アーンド【巨大化】!!」

 

メイプルは腕を掲げてシロップを呼び出すと、直ぐ様シロップに指示を出して巨大化させる。

 

「シロップよろしくね。【身捧ぐ慈愛】!【天王の玉座】!!」

 

メイプルは速度重視でそのまま天使モードとなって、シロップの甲羅の上に玉座を出現させてそこに座る。サリーとコーヒーもその前の甲羅の上に座るのだが……

 

「CF……洋館の位置は分かる?」

「?一応把握してるが?」

「じゃあ……ナビゲートは任せた……」

 

サリーはそう言って丸まり、《無貌のローブ》にすっぽりと隠れてしまった。ご丁寧に落ちないように【糸使い】の糸で両足と甲羅を繋げて。

そんなサリーにコーヒーは内心で溜め息を吐きつつ、メイプルに目的地の具体的な場所を教えていく。

 

「それじゃあ、出ぱーつ!!」

 

メイプルの号令と共に空飛ぶシロップはそのまま西に向かって進み始める。

 

「はぁ……ここからだ……嫌だ」

 

すっかりみのむし状態となっているサリーは弱々しく呟く間も、シロップに乗ったコーヒー達はふわふわと順調に進んでいく。

 

「漂うは雷玉 揺蕩うは天の雷 我が周囲を回って攻め守れ―――揺らめけ、【遊雷星】」

 

コーヒーはレベルアップによってINTの基礎値を50にしたことで使えるようになった、【雷帝麒麟】に内包されている魔法【遊雷星】を発動させる。

 

シロップ―――厳密にはコーヒーを中心に四つの大きな蒼い雷球が現れ、まるで惑星のように周囲をゆったりと旋回してシロップと共に進んでいく。

 

「おお!新しい魔法だ!」

「厳密には元々あった魔法だが、基礎INTの要求値制限で使えなかった魔法だけどな」

「そうなんだ。それじゃあ、まだ使えない魔法があるの?」

「いや。もう制限は全部解除されたから、【雷帝麒麟】の魔法はこれで全部使えるぞ」

 

メイプルとそう話している間にも、シロップの周りを飛ぶ雷球は青白い顔をした女性や苦しそうな呻き声を上げる男性の幽霊を消し去っていく。

 

この第六層の大半以上のモンスターが純粋な物理攻撃が効かない為、メイプルの【機械神】では追い払えても撃破は出来ず、STR極振りのマイとユイもダメージを与えられずに苦戦している。

 

一応、物理でも属性攻撃であればダメージを多少は与えられる。【フェザー】によって全攻撃に雷属性が付与されているコーヒーには道中の幽霊は敵ではなかった。

 

そして、メイプルの【身捧ぐ慈愛】と【天王の玉座】で道中の幽霊モンスターの攻撃は実質無効となっている為、幽霊達はコーヒーと【機械神】で追い払うメイプルの経験値の糧となっていた。

 

「そういえば東には何があるの?」

「レイスやスケルトン、リッチーが出てくる墓地。手に入るスキルは消費MP軽減。魔法だけじゃなくMP消費スキルも対象で結構良いスキルだそうだ」

「おおー、そっちも良さそう。サリーは……無理だね」

「うん……無理」

 

メイプルの言葉にひたすらに丸まって震えているサリーは力なく同意する。

その間もコーヒーとメイプルは物理的に幽霊達を除霊していく。

 

しばらくして、眼下にボロボロとなった大きな洋館らしきものが見え始める。

その周りは他の場所に比べて霧が濃く、全体をはっきりと確認することはできそうにないが、あれが今回の目的地で間違いはない。

 

「彼処が例の目的地?」

「ああ。彼処で間違いない」

「それじゃあ降りるね!」

 

メイプルがゆっくりとシロップを降ろしていく。

そのままコーヒーはシロップの甲羅の上から降り、続いてメイプルもサリーの手を引いて地面に降り立つ。

 

もし、イズやカスミがいたらサリーのエスコートをコーヒーにやらせていただろう。メイプルはサリーはお化けや幽霊が本当に駄目だと分かっているので、それを利用しようという気は流石になかった。

 

そして、洋館の探索の為にメイプルは玉座を消してシロップを指輪に戻し、サリーも顔が覗ける程度にフードを被り直す。

 

「一回駄目だと思ったら無理……心を無にする、無にする……」

「……一応、サリーの心の準備が済むまで待つか?」

「一時間かかっても終わらず、すぐに逃げたのを私は知っています」

 

メイプルのその言葉に、天使モードで武装を展開したままだった事に少し疑問に感じていたコーヒーはそれで察した。

 

「なので、私は心を鬼にします!!」

「……仕方ないか。それじゃ頼んだ」

 

メイプルの宣言にコーヒーは仕方なしと諦め、展開されている武装にしがみつく。

サリーはメイプルが自爆飛行を敢行すると気付き、顔を青くして強引にメイプルの手を振りほどこうとするも、それよりもメイプルの方が早かった。

 

「それでは豪快におじゃましまーーす!!」

「あああああああああっ!!」

 

自爆飛行による轟音とサリーの悲鳴がBGMとなり、コーヒー達はそのまま半開きであった洋館の扉へと突っ込んでいく。

そして無事に(?)洋館の中へと入り、同時に扉がバタンと音を立てて閉じた。

 

「よっ……と!」

 

床をバウンドしたことでしがみついていた武装から投げ出されたコーヒーは空中で一回転してそのまま無事に着地する。

こんな芸当、現実では出来ないしやろうとしたら着地に失敗して首ゴキとなるのは確実だ。

 

コーヒーは立ち上がって周りを見渡すと、エントランスらしき場所からは入口の扉とは別に正面と左右、階段を登った先の二階にも扉がある。

 

天井にはボロボロのシャンデリア。壁に取り付けられている燭台の上の蝋燭は短く、火も小さく不気味さを強調していた。

 

「広いねー。で、どこへ行ったらいいの?サリー」

「えっと……あれ?……ちゃんと調べられてない」

「コーヒーくんは?」

「基本はダンジョンの場所とモンスター、手に入るものしか調べないので、中は不明です」

 

コーヒーは割と探索も含めて楽しむ方なので、目的のものの最短距離を調べることはほとんどしない。

それをする時は、絶対に手に入れたいスキルや装備の時だけだ。

 

「そっかー。じゃあ、全部見て回るしかないか」

 

メイプルのその言葉に、メイプルの手を握っているサリーが首をぶんぶんと横に振った。

 

「ちゃんと調べてもう一回来ようよ。そうしよう?今このまま探索しても効率が悪いし、モンスターも弱くないよ。戦闘回数も増えるし最短距離を確認してから……」

「それやったら時間が掛かるだろ。主に、腹を括るのに」

「…………」

 

コーヒーのもっともな指摘にサリーは反論出来ず、無言となる。

 

「大丈夫だよサリー。私とコーヒーくんがいるから、ね?だから、ささっと探索して終わりにしよ?」

「うん……」

 

メイプルのその言葉にサリーは頷く。

メイプルが入れば基本的に全ての攻撃から守ってもらえ、属性攻撃や雷系統の魔法を使えるコーヒーなら道中のモンスターもそこまで苦戦はしないだろう。

生まれたての小鹿のように足を震わせているサリーが一緒でも、十分に攻略は可能なのだ。

 

「それじゃ、どこから調べる?」

「右の扉からで!」

「配置は?」

「私が先頭でコーヒーくんが最後尾で!」

「了解、ギルドマスター」

 

メイプルが右の扉を開け、扉の向こうにあった長い廊下をサリーの手を握ったまま進んでいく。そんな二人のすぐ後ろをいつものクロスボウを肩に担いだコーヒーが歩いていく。

 

長い廊下には左に曲がることができるところが幾つかあり、その先には部屋に繋がっているであろう扉もあることから、調べる場所は多そうであった。

 

「どこから行こうかな……うわっ!?」

「どうし……うおっ!?」

 

どこから調べようか悩んでいたメイプルが突然驚いたように声を上げ、コーヒーもどうしたのかと聞こうとした矢先に足に違和感を感じ、声を上げて下を見る。

 

すると、メイプルとコーヒー、サリーの足を、地面から伸びる無数の透けた白い手が掴んでいたのだ。それも少しずつ伸びてくるというおまけ付きでだ。

 

「しっ、ししし、しっCF!」

「舞え、【雷旋華】!!」

 

サリーの上擦った呼び声に応えるように、コーヒーは【雷旋華】をすぐさま発動させて足元の手達に雷撃を浴びせていく。

雷撃を浴びた手達は苦しそうに暴れると、光となってその場から消えていく。

 

さらに壁からするりと出てきた女性の霊も、コーヒーを中心に展開された雷のドームに近づけず、クロスボウから放たれた矢を頭に何発ももらい、床の白い手と同様に光となって消えていく。

 

「これでひとまずは大丈夫だな」

「うん……メイプルもだけど、CFも一緒で本当によかった」

「うん!私だけじゃ守れても追い払うだけしか出来ないからね!」

 

メイプルはいつも通りだが、サリーは本当に弱々しいままである。

実際、サリーは既に心が半分折れており、半ば諦めかけているのである。

 

それでもまだログアウトしないのは、せっかく付き合ってくれた二人に申し訳ないという気持ちがあるからだ。……それもすぐに消え去りそうではあるが。

 

「急いで探索して帰ろう!」

 

サリーの様子からあまり長居は出来ないと判断したメイプルがそう言って歩き出した所で、足元から鈍い青色の光が放たれる。

 

いつものサリーなら、【魔力感知】を使って事前に気づけていたであろう。だが、ホラーゾーンであったことから【魔力感知】を使うことをすっかり失念していたのだ。

コーヒーはその光から逃れる為、咄嗟に直ぐ様後ろへ飛び下がるもすぐに自身のミスに気づいた。

 

「……あ」

 

今回はコーヒー一人の探索ではなくメイプルとサリーが一緒。つまり……二人は未だに件の光の中である。

 

「【アンカーアロー】!!」

 

光から抜け出たコーヒーは直ぐ様【アンカーアロー】をサリーに向かって放つ。最悪、メイプル一人だけでも何とかなるがサリーは今回そうではないからだ。

 

コーヒーは手応えを感じてすぐに光のロープを引っ張るも、すぐに軽くなり―――光が消えた先にメイプルとサリーはいなかった。ロープの先にも、もちろん何もない。

 

「急いで合流しないとまずいよな……【孔雀明王】!!」

 

コーヒーは孔雀の翼と上尾筒を展開すると、急いで合流すべく廊下を駆けるのであった。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

光が薄れ、サリーは恐る恐る目を開けた先に広がっていたのは知らない廊下であった。

 

「め、メイプル?CF?ど、どこ……?」

 

光に包まれる中、掴んでいたメイプルの手がすうっと消えていく感覚と、不意に後ろへ引っ張られていた感覚からサリーは一縷の希望をかけて、震える声で二人の名前を呼ぶ。

そこで、ポンと背後から左肩を叩かれた。

 

「ひっ……!」

 

サリーはビクッと背筋を伸ばして硬直し、本能的に左肩を確認してしまう。

そしてすぐに後悔した。

 

「あ……あ、あ……」

 

左肩に置かれた手は白く細い手。それも異様に冷たいというおまけ付き。

しかも、その細い手はそのままサリーを抱きしめようとしてくる。

 

「やああああああああああああっ!!」

 

それを認識したサリーは叫び声を上げながら脱兎の如くその場から走り出す。

その腕はするりと通り抜けた為そのまま逃げ走り、一つの部屋へと飛び込んだ。

 

「は、はっ、はっ。ろ、ログアウト……」

 

今ので心が折れたサリーは一秒でも早くこの場から逃げようとパネルを出した瞬間、パネルに血のような赤い手形がドンドンと音を立てて現れた。

 

「ひぅっ……」

 

一周回って生まれた冷静な部分がこの洋館の情報を思い出させる。

それは一部エリアでのログアウト制限と、そこにいる徘徊モンスターの性質。

 

そのモンスターは触れる度にAGIを減少させ、AGIが0となった時に即死攻撃が飛んでくるというものだ。

つまり、サリーは運悪くそのエリアに飛ばされてしまったのである。

 

「お、追いかけてくる……」

 

猶予は長く、止まることなく注意して屋敷を歩き回れば捕まることもそうそうなく、エリアからの脱出も容易である。

……幽霊が大の苦手なサリーにとっては容易ではないことは明白ではあるが。

 

「ど、何処かに隠れないと……」

 

ログアウト制限によって逃げられなくなったサリーは飛び込んだ部屋を忙しなく見渡し、見つけた机のその下に急いで隠れるのであった。

 

 

 




一方その頃……

「急いで追いかけるぞ!!」
「ああ!絶対にヤツは血祭りに上げてやる!!」
「リア充滅ぶべし。慈悲はない」
「幽霊風情が……俺達の邪魔をするなぁああああああっ!!」

とある四人が血涙と共に空飛ぶ亀を追いかける図。

感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

トラウマ直前の危機一髪

てな訳でどうぞ


メイプルとサリーと分断されたコーヒーは現在、廊下を飛んで駆けてながら道中のモンスターを追い払っていた。

 

「マジで何処に飛ばされたんだ!?」

 

コーヒーは部屋の扉を片っ端から開けて呼び掛け、二人の代わりに出てきた幽霊を速攻で沈めていると、サリーからメッセージが届いた。

 

『今赤い手がパネルを塗り潰してログアウト制限を掛けるエリアにいる。早く助けて』

 

どうやらサリーは現在ログアウト出来ないエリアにいるようだ。おそらく、ログアウトで逃げようとした所でログアウト不可能となり、こうして助けを求めるメッセージを送ったのだろう。

 

「取り敢えず、探す為の目印が出来たな。早いとこそのエリアに向かうか」

 

コーヒーはそう呟くと、自身のパネルを確認しながらそのエリアに向かって廊下を駆けるのであった。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

一方、メッセージをコーヒーとメイプルの二人に送ったサリーは変わらずに机の下でぶるぶると震えていた。

 

「しばらくはここにいよう……」

 

ローブに丸まっているサリーの言うしばらくとはメイプルかコーヒー、どちらかが来るまでを示していた。

ようはずっとと同義である。

 

だが、そんなサリーを見逃してくれるようにこのエリアはできていない。

ぎいっ、と音を立てて部屋の扉が開き、ギシギシと足音を鳴らして部屋へと何かが入ってくる。

 

「……!!…………」

 

サリーは両手で口を塞ぎつつ、《無貌のローブ》のスキル【貌なき王】を発動してその姿を消し、息も止めて自身の存在を殺す。

 

その存在はギシギシと音を立たせながらゆっくりと近づいているようで、机の下にいるサリーの目の前に青白い足が見えた。

 

「……っ!!」

 

サリーは顔面蒼白となりながら、必死にこのまま気付かず部屋から出ていって欲しいと願い続ける。

そんなサリーの願いが届いたのか、人のものとは思えない足は、そのままサリーの前を通り過ぎていく。

 

「…………」

 

このままいけばやり過ごせる……そう安心しかけていたサリーだったが、メッセージを受信した音が鳴ったことでそれは打ち破られた。

 

「っ!!」

 

その音に気付いた足は急速に此方へと迫ってくる。

今は【貌なき王】を発動しているため、仮に机の下を覗かれてもその存在はサリーを見つけることはできないのだが、いつもの冷静さがないサリーは恐怖から机の下から転がり出て、バタバタと部屋から抜け出した。

 

「た、助けてぇええええっ!!」

 

思わず上げたその声に反応してくれたのは、壁や地面から伸びる白い手と、血にまみれて体の抉れた子供の霊だった。

白い手も子供の霊も声の主を探すように辺りをキョロキョロと彷徨っているが、当然、ホラー感満載な光景にサリーは益々追い詰められていく。

 

「【超加速】!超加速、超加速ぅ!!」

 

サリーはスキル名を何度も告げ、幽霊から逃げる為に無茶苦茶に走ってまた別の部屋へと入る。

 

「……ぅぁぁ……」

「ひぎゃぁああああああああっ!!」

 

その部屋にいた片目が空洞になっている男の霊に、サリーは絶叫。すぐさま部屋を飛び出して再び無茶苦茶に走っていく。

当然、廊下にも幽霊が溢れかえっているので何処もかしこもサリーにとっては地獄なのである。

 

幸い【貌なき王】のおかげで幽霊達はサリーを捉えきれておらず、逃亡自体は比較的容易ではあったが、無茶苦茶に逃げているサリーはエリアの奥へ奥へと進んでしまっている。

そして……

 

「ひぐっ……すん……っ」

 

サリーは現在、ベッドの下に隠れて泣いていた。

逃亡の最中で運悪く、あの冷たい腕に何回か捕まってしまい、AGIが大分減少していた。

 

もし幽霊がオークやゴブリンの見た目をしていたなら、触れてくる腕を容易にかわし続けていたであろう。

だが、明らかな人の姿をした幽霊の前にはその回避能力も発揮しないのである。

 

「お願い……来ないで……」

 

サリーは泣きそうな声で幽霊が来ないことを祈る。

【貌なき王】は単身で挑もうとしたフィールドで一回、この洋館で既に一回使ってしまっている。残り回数は後三回。

今は効果が切れており、連続発動は出来ず次に使用可能となるには30分も掛かる。

 

「後十分……それが過ぎればまた使える……それまでは……」

 

祈るように手を組む、そんなサリーの願いを破るように足音と扉が開く音がサリーの耳に聞こえてくる。

そして、ベッドの下にいるサリーの目に入るのは……あの青白い足である。

 

「……っ!!」

 

また例の幽霊が現れたことでサリーは息を殺し、気配を殺す。

だが、それもメッセージの着信音でまたしても打ち砕かれた。

急速に迫る足音。サリーは急いでベッドの下から這い出て再び部屋から飛び出して逃亡を再開する。

 

「何でまたこうなるのよぉおおおおおっ!?」

 

サリーは涙を浮かべながら再び廊下を駆けていく。

ちなみにそのメッセージを送られた相手はコーヒーで、内容はログアウト制限エリアに到着したという本来なら嬉しい知らせである。

そうとは知らないサリーはメッセージが届いたことを恨みつつ、そのまま次の部屋へと飛び込んだ。

 

「はぁ……はぁ……もう、嫌だ……」

 

サリーは泣きそうな声で呟きながらその場に座り込む。そこでようやく部屋の中を認識した。

 

床や地面にべったりと付着した血。

同じく血塗れとなっている棘だらけの椅子や木馬、鉄の処女という中世の拷問器具。

部屋の中央の台にちゃり、ちゃり……と音を鳴らして向き合っている二メートル近い巨体の何かがいた。

 

「……っ!!」

 

完全にヤバい部屋に入ってしまったとサリーは気づくも、その巨体もサリーの存在に気付いたのか、ゆったりとした動作で体をサリーの方へと向ける。

 

血に塗れたボロボロの衣服に、右手には服と同じく血に塗れた肉切り包丁。

そして、その顔は血の飛沫がかかった不気味なホッケーマスクによって隠され……膝から下は途中で消えていた。

 

「あ……ああ……」

 

そのホラー映画に出てくるジェイソンのような姿をした幽霊を認識したサリーは、あの幽霊とは別の、このログアウト制限エリアの部屋の一つにいるモンスターの存在を思い出した。

 

そのモンスターに捕まると部屋の中央にある台の上に拘束され、確定ダメージの攻撃をまるで解体するかの如くゆっくりと刻んでいくというホラー感満載の特性を持っているのである。

 

「いやぁああああああああああああっ!!」

 

サリーは大声を上げて立ち上がり、扉を開けて部屋から脱出しようとする。だが、この部屋はジェイソンモドキを倒さないと開かない仕組みの為、ガチャガチャと音を鳴らすだけで開く気配はない。

その間にもジェイソンモドキは肉切り包丁の血をたらしながらゆっくりとサリーに近づいてくる。

 

「か、【貌なき王】!!貌なき王、貌なき王!!」

 

普通ならここで戦闘をするだろうが、すでに心が折れているサリーは戦うという二文字は頭の中からすっかり消えてしまっており、ひたすらに逃げるためにスキル名を叫んでいる。

 

しかし、【貌なき王】は再使用可能とはなっておらず、そもそも発動条件を満たしていないので発動することはない。

そして、必死に逃げようと扉と格闘していたサリーの左腕が、ジェイソンモドキの血が滴る大きな左手に掴まれた。

 

「は、はははっ、離してぇっ!!」

 

サリーは涙を浮かべて振りほどこうとするも、ジェイソンモドキのSTRは高く設定されており振りほどくことは出来ない。

そのままサリーは部屋の中央へと強引に連れていかれる。

 

「いや、いやぁっ!!」

 

サリーは泣いて叫ぶもジェイソンモドキは止まらず、サリーをそのまま台の上へと乗せる。

同時に台の四つの角に刻まれた魔法陣から鎖付きの枷が飛び出し、瞬く間にサリーの手足に嵌まって台の上へと拘束してしまった。

 

「や、やだ!やだぁっ!!」

 

サリーは拘束された台の上で暴れるも、手足に嵌められた枷の鎖がガチャガチャと音を鳴らすだけで拘束から逃れることは出来ない。

 

そんなサリーを、ジェイソンモドキはホッケーマスクの目の穴から覗き込む。その穴から見える目は……暗い空洞であった。

 

「あ……」

 

それを認識してしまったサリーから一切の力が抜けてしまい、台の上で静かになってしまう。

ジェイソンモドキは肉切り包丁を床に捨てると、滴る血からコの形をした大きな杭を作り出す。

その杭を、サリーの腹部を挟み込むように台へと深く差し込み、完全に台の上に固定してしまった。

 

「やめて……やめて……」

 

サリーは涙を溢して弱々しく首を振って懇願するも、モンスターであるジェイソンモドキが止まることは勿論ない。

ジェイソンモドキは滴る血で今度はノコギリを作り出し、その血が付いたノコギリをサリーの腹部へと添える。

そのままサリーにトラウマが刻まれる……直前でばん!と扉が乱暴に開けられた。

 

「っ!【聖刻の継承者】!【聖槍ファギネウス】!!」

 

その扉を開けた人物―――コーヒーが状況を認識して、二つのスキルを間髪入れずに発動させる。

途端、大量の白い槍が一気に放たれてジェイソンモドキに容赦なく襲いかかり、ジェイソンモドキに大ダメージを与えていく。

 

「集え!【グロリアスセイバー】!!」

 

さらにだめ押しとばかりに最強魔法も叩き込む。

白い槍に何度も穿たれ、最強魔法である雷の宝剣をマトモに喰らったジェイソンモドキは、そのまま光となって消えるのであった。

 

ピロリン♪

『スキル【アイアンメイデン】を取得しました』

 

新しいスキル取得の知らせが届くが、コーヒーは今回はそれに構うことなく、硬直が解けてすぐにサリーへと駆け寄っていく。

 

「サリー、無事か!?」

「うっ、ううぅ……CFぅ……」

 

ジェイソンモドキが消えたことで、枷と杭が消えて自由となったサリーはそのままコーヒーにしがみついた。

 

「お、おい?サリー?」

「うわああぁん……CF……シィエフゥ~……ひっく、ぐす……」

 

サリーは困惑するコーヒーにしがみついたまま、ぐずぐずと泣き続ける。

幽霊にずっと追いかけられ、最後にはジェイソンモドキにトラウマを刻まれかけたのだ。

というか、サリーの幽霊嫌いが悪化したような気もしなくはないが。

 

取り敢えず、サリーが落ち着くまで待つしかないとコーヒーは考え、メイプルにサリーと合流、保護したというメッセージを送る。

少ししてメイプルからメッセージが返ってきた。

 

『良かったよー。私も二人がいるエリアに到着したから急いで探しに行くね!』

 

どうやらメイプルもこのログアウト制限エリアに到着したようだ。

それを確認したコーヒーはサリーが落ち着くまでは流れに身を任せることにする。

しばらくはサリーにしがみつかれた状態が続き、泣き声が収まったのを見計らってコーヒーはサリーに話しかけた。

 

「落ち着いたか?」

「うん……滅茶苦茶恥ずかしいから顔は見ないで……」

 

サリーはそう言ってコーヒーから離れずに外れていたフードを被り直す。

コーヒーもサリーの泣き顔をばっちりと見ていたので、相当顔が赤くなっているであろうことは想像できた。

 

「それは構わないが……そうまでしてこの洋館で手に入るスキルが欲しかったのか?」

「止めておけばよかったと後悔しているところです……本当に」

「そういえばアイツを倒した時に新しいスキルが手に入ったんだが……」

 

コーヒーはそう言って画面を操作し、スキルの内容を確認していく。

 

 

===============

【アイアンメイデン】

HPを消費することでノコギリ、マチェット、杭、肉切り包丁の何れかを作り出すことが出来る。

与えられるダメージは消費したHPに依存し一分経つと消滅する。

使用してから三分間、HPは一切回復出来ない。

口上

血潮に濡れし刃物 我が鮮血を対価に作り出さん

===============

 

 

「……絶対心臓に悪いよな」

 

【アイアンメイデン】の口上から、どういった見た目になるのかを察したコーヒーは複雑な気分で呟く。

 

「サリーは?」

「……強力だけどいらない。【廃棄】する」

 

サリーも【アイアンメイデン】を取得できたようだが、サリーのHPは低い上にトラウマを刻まれかけた存在を明確に思い浮かべらされるスキルは持ちたくないようである。

 

「そろそろメイプルと合流するか。サリー、歩けるか?」

「うん……」

 

一応、歩けるまでには落ち着いたらしく、コーヒーはサリーの手を握ったまま部屋の外へと出る。

ひとまず、道中の幽霊はコーヒーがさくっと始末しながらもと来た道を辿っていると……

 

「ひぃっ!?」

「メイプル……いや、この場合は仕方ないのか……?」

「あはは……ゴメンね?しばらくじっとしてたんだけど、全然離れてくれないんだよね」

 

徘徊幽霊に見事にくっつかれ、玉座に座って見事に身動きが取れなくなったメイプルと鉢合わせしてしまうのであった。

 

 

 




一方……

「ちくしょう!どこだよここは!?」
「こうなったら俺一人で……ぎゃあああああああっ!?」
「こっち来んなぁあああああああっ!?」
「悪霊退散!悪霊退さぁああああああんっ!!!」

バラバラとなって幽霊に襲われる報われない四人の図。

「……あいつらどうする?」
「放置でいいだろ。全部から回ってるし、何より見ている分には面白いし」
「実害がない限りはBANしない方向だな」

感想、お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

今回は仕方なし

てな訳でどうぞ


サリーを保護し、メイプルとも合流できたコーヒーではあったが、メイプルにまとわりついた例の幽霊に対して少し頭を抱えていた。

 

「本当にどうしよう……出会って早々に嫌な予感がしたから【天王の玉座】を使っちゃったんだけど……」

「その判断自体は間違ってないな。触られるとAGIが減って、AGI0になると即死攻撃が飛んでくるからな」

 

AGI0のメイプルでは見つかってすぐに即死攻撃が飛んでしまうので、【天王の玉座】で幽霊のスキルを無効にしたのは間違いではない。

 

同時に、自力で脱出することは不可能となってしまったのである。

しかし、それもコーヒーが来たことで解決したが。

 

「とりあえず、追い払うか」

 

コーヒーはクロスボウをメイプルにくっついている幽霊に向けて構え、躊躇いなく引き金を引く。

矢が肩に刺さった幽霊は呻き声を上げるとメイプルから少し離れていく。

 

メイプルにくっついていた幽霊にはHPバーが存在しないので、倒すことは不可能。しかも、こちら側からは触ることは出来ない。

 

なのでこの幽霊を追い払うには純粋な物理攻撃ではなく、属性攻撃や魔法しかないのだ。

コーヒーはそれを何度も繰り返し、幽霊との距離をどんどん開かせていく。

 

「【クラスタービット】」

 

コーヒーは攻撃を続けながら【クラスタービット】を展開する。展開理由は攻撃ではなく移動の為である。

 

「砕くは雷槌 怒るは巨人の王 その戦槌で憎き仇敵を叩き潰せ―――砕け、【崩雷】!!」

 

コーヒーはVIT10%減少と麻痺とスタンが高確率で付与される【雷帝麒麟】の魔法【崩雷】を発動させ、幽霊の頭上から極太の杭の形状をした雷を叩き込んで押し潰した。

 

「……ぅぅぅ……」

 

【崩雷】をマトモに喰らった幽霊はダメージを受けずとも、麻痺とスタンの状態異常がしっかりと入り、その場から動けなくなった。

 

「よし、今の内に離脱するぞ。メイプルはすぐに【クラスタービット】に乗ってくれ」

「うん!でも、その前に……【天王の玉座】!!」

 

メイプルは一度玉座を消すと、【クラスタービット】の上に玉座を再び出現させる。そのまま玉座の上へと座った。

 

「こうすれば追い付かれても大丈夫だよね!」

「……そうだな」

 

コーヒーはAGI0のメイプルを運ぶ為に展開したのだが、メイプルはそれを利用して移動玉座にしてしまった。

実際、【系統:悪】のスキルや効果は【天王の玉座】で封じられるので、【身捧ぐ慈愛】も発動しているメイプルがその状態で動けば幽霊達は触れるだけの存在に成り下がってしまう。

そんなある意味無敵状態となったコーヒー達は、来た道を戻ってこのエリアから抜け出そうと進んでいく。

 

「なあ、サリー。お前が目が眩む程欲しいと感じたのはここで手に入るスキル以外でどんなものがあるんだ?」

「……状態異常付与スキルやAGI強化や加速スキル。後は空中透明な足場を一つ作れる靴です……」

 

コーヒーに手を引かれているサリーは消え入りそうな声でそれらが手に入る場所を伝えていく。靴に関してはドロップアイテムで確率は低いそうだ。

 

「でも、珍しいね。サリーが見誤るなんて」

「苦手なものを前に、冷静に吟味出来なかったんだろ。行くか行かないかで頭をずっと悩ませてただろうからな」

「うん……CFの言う通りです。ちょっと見て欲しいと思ったことを、本当にすごく後悔してます」

 

何せ、ジェイソンモドキにトラウマを刻まれかけたのだ。というか、あれは誰であっても恐怖を感じる。幽霊が特に苦手なサリーなら尚更である。

 

「まあ、あれは苦手じゃなくても怖いだろ。というか、誰だってビビる」

 

コーヒーは状況が状況だけにスキルを速攻で放ったが、もし一人であの部屋に入ってジェイソンモドキに会えば確実にビビっていたと考えている。

 

まあ、その扉は血だらけであらかさまにヤバい雰囲気を発していたので普通は入ることを躊躇うが。

サリーも追いかけられていなければ絶対に入らなかっただろう。だが、追い詰められていた故に確認を怠ってしまい、自ら地獄に足を踏み込んでしまったが。

 

「えっと……そんなに怖い幽霊がいたの?」

 

そのジェイソンモドキに出会っていないメイプルの質問に、コーヒーはジェイソンモドキの特徴を伝えていく。

 

「確定ダメージが入るんだね……絶対に会いたくないなあ」

「まあ、そいつは部屋から出ないからその部屋に行かない限りは大丈夫だ」

 

一応、そこで新しいスキルのことも教えたが、ジェイソンモドキに有効な攻撃手段を持っておらず、確定ダメージを与えてくることから、メイプルは会わないことを決めた。

そんな中、背後から誰かの叫び声が聞こえてきた。

 

「……たぶん、例の幽霊と遭遇して悲鳴を上げたんだろうな」

「うん。私もそう思うよ」

 

コーヒーとメイプルは冷静に話す中、サリーは自分もああだったのだろうと少し顔を赤くしながらフードを深く被り直した。

そうして、三人はログアウト可能な場所まで戻ることができた。

 

「ありがとう、CF。それに、メイプルもね」

「別に構わないさ」

「えへへ……どういたしましてー!」

 

無事に戻れたことにお礼を言うサリーにコーヒーとメイプルが応えた直後、背後から冷たい腕が伸びて三人をまとめて抱きしめた。

 

「ひっ……!」

「おおっ!?」

「んっ!」

 

ピロリン♪

『スキル【冥界の縁】を取得しました』

 

三人が驚いて一瞬固まり、その後でスキル獲得の通知が届いた。

一応、これが一部のアイテム効果が二倍となるスキルだが、フレーバーとしては時折背後からそっと手を貸してくれる誰かとの奇妙な縁というものだ。

 

「う……そんな縁いらないよ」

 

コーヒーの手を握ったまま、その場にへにゃっと座り込んだサリーは画面を見てそう呟く。メイプルも画面を見ていることから無事にスキルは取得できたようである。

 

「どうするサリー?次の探索まだ私は付き合えるよ」

「ログアウトする。帰る」

 

メイプルの質問にサリーは即決で答える。流石にあんな怖い目にあって探索できるほど、サリーは強くはない。

 

「だよね、ずっとコーヒーくんの手を握ってるし」

「…………」

 

メイプルのその指摘に対し、サリーは無言のままログアウトして逃げるのであった。

 

「あ、逃げちゃった」

「まあ、今回は本当に仕方ないだろ。部屋に入った時は台の上に拘束されてノコギリで解体寸前の光景だったし」

「うわあ……それは確かに怖いね」

 

コーヒーが当時の状況を話すと、メイプルはそれは怖いと同意する。

 

「流石に戻ってこないかな?」

「少なくとも数日は戻ってこないだろ。というか、あれが少しトラウマとなって絶対に立ち入らない気がしなくもない」

 

サリーが落ち着くまでの間、コーヒーは部屋の中も確認していたので彼処は本当に心臓に悪いと感じている。むしろ、下手したら本当にトラウマになりかねない程だ。

そんなコーヒーの言葉に、メイプルは少し悩んでからあるお願いをした。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

現実世界へと戻ってきた理沙はベッドから起き上がり、ゲームを終えて片付けた。

 

「お風呂は……ま、まだいいかな?ご飯を食べてからでも」

 

理沙はそう言って、いつもよりそっと扉を開け、左右を確認してから部屋を出て一階へと降りていく。

 

「…………」

 

若干周りを見渡しながらリビングの方まで行くと、丁度晩ご飯の支度をしている母親がいた。

 

「理沙?晩ご飯はまだよ?」

「うん、ちょっとテレビ見にきたの」

 

理沙はそう言ってテレビをつけてソファへと座る。

ただ、テレビにはあまり興味がないように、流し見ているだけというような調子だが。

 

理沙がそうしてリビングで晩ご飯を待っていると電話の着信音が鳴り響く。

理沙は若干ビクッとしながらも音の鳴った方へ顔を向ける。

 

「あら……はい、白峯です。はい」

「…………」

 

母親はしばらく誰かと会話していたが、やがて電話を切って理沙に話しかけた。

 

「理沙?お母さんちょっと急用が入っちゃって、行かないといけないの。お父さんも今日は遅いみたいだし……ご飯冷めちゃうから食べておいて」

「え……う、うん……」

 

理沙が歯切れ悪く返事をしたことで、母親は支度をするために急いで部屋を出て行った。

 

「なるべく早く帰れるようにするから」

「……分かった」

 

そうとだけ言って母親は出かけていった。

外はもう暗く、静かな家にはテレビの音だけが流れてくる。

 

「ご、ご飯食べよう」

 

理沙母親を見送った後、玄関の鍵を閉めてリビングへと戻りご飯を食べ始める。

 

「…………」

 

理沙はテレビのリモコンを手に取って音量を上げ、灯りも付けられる場所は全部付けていく。

その状態で食事を再開するも、足は落ち着きなくふらふらと揺れ、目は辺りを気にするように若干細められている。

箸の進みも、当然遅かった。

 

「ごちそうさまでした」

 

理沙は食器を片付けて、テレビのチャンネルを適当に変えていく。

天気予報では今夜は雨になるらしい。

 

「…………」

 

理沙はカーテンや扉を隙間なく閉め、ストレッチしたり、新聞を読んでみたりと普段より落ち着きなく時間を過ごしていく。

その原因など、本人も分かっていた。

 

「じっとしてると……怖い……」

 

言葉にすると余計に怖く感じ、理沙は新聞を片付けるとソファに置いてあったクッションを抱きしめて体を縮こまらせる。

 

「お風呂入らないと……でも……」

 

あの出来事のせいで余計に恐怖を感じている理沙の体は若干震えている。

 

「……そうだ!」

 

理沙は思いついたのか、ソファから立ち上がって灯りを付けたままの自分の部屋へと戻り、携帯電話を手に取った。

理沙が思いついた解決策。それは楓に電話して話し相手になってもらおうというものだ。

 

幸い、携帯電話は防水なのでお風呂に持っていっても問題はない。

理沙はお風呂に入って早々、楓に電話をかけた。

 

『もしもし?』

「あ、楓?今大丈夫?」

 

電話をかけてすぐに出てくれた楓に理沙は内心で感謝しつつ、話しても大丈夫かを確認する。

 

『んー……大丈夫だよ、何?』

「いや、急にログアウトしちゃったし、迷惑かけちゃったからねー。それで」

 

理沙は最もらしい理由を上げて、電話してきた本当の理由を上手く誤魔化した。

 

『あはは、そっかー』

「うん。それでゴメンね?お礼もそこそこにログアウトしちゃって」

『大丈夫だよー。今まで理沙にはいっぱい手伝ってもらってたし!むしろ、ようやく一つ返して上げられたし!』

「ありがとう楓。後、新垣にも明日謝らないと」

 

むしろ、今日一番迷惑をかけてしまったのは新垣だから、今日の埋め合わせはしないといけないと考えていた。

 

『それなら、明日じゃなくて今日言えばいいよ。電話番号を教えてもらったから』

「……へ?」

 

楓のその言葉に理沙は間抜けな声を出す。

少しして楓の言葉の意味を理解してか、理沙は慌てたように問い質した。

 

「な、なんで楓が新垣の電話番号を知ってるのよ!?というか、何時教えてもらったのよ!?」

『実は、理沙がログアウトしてすぐにお願いしたんだよ。きっと私に電話してくると思ってたし……あっ』

 

楓が思わず余計なことまで言ってしまったといったように声を上げるが、理沙は意を決して電話をかけた本当の理由を話すことにした。

 

「……楓、今私以外に家に誰もいなくて」

『うん』

「それで心細くて……」

『うん』

「しょ、正直……怖いからっ……電話続けていい?」

『いいよ』

 

そのまま理沙は楓との会話を続け、ベッドに入る頃にはもう随分と理沙の気分は明るくなっていた。

 

『おやすみ理沙』

「うん、ありがとう。おやすみ楓」

 

理沙はそう言って電話を切り、部屋の電気も消して就寝につく。

外からは降り始めた雨の音が聞こえてくる。

 

いつもより早くベッドに入った理沙だが、それだけ早く眠れるわけでもない。

そして、時間が過ぎるごとにせっかく薄れた感覚も戻ってくる。

 

「んっ……んー……」

 

何とか寝ようと目を瞑ってもぞもぞと動く。だが、暗い部屋……雨の音……それらがあの恐怖を思い出させる。

 

「ひぃっ!?」

 

瞼の裏にあのジェイソンモドキの姿が浮かび上がったことで、理沙は悲鳴を上げてベッドから起き上がる。

 

「…………」

 

理沙は部屋の電気を付けると、メモを片手に、携帯電話にメモに書かれた電話番号を入力していく。

コールして数秒。電話をかけた相手はすぐに出てくれた。

 

『はい、もしもし。新垣ですがどちら様でしょうか?』

 

電話をかけた相手―――新垣の声に理沙は間違いがなかったことに少し安堵した。

 

「えっと……白峯理沙です。夜分遅くすいません」

『白峯さんか……どうせ本条さんから聞いたんだろ?』

「うん……」

 

新垣の言葉に理沙は素直に頷く。

 

「悪いけど、話し相手になってくれない?正直、瞼の裏にあれが浮かび上がって怖いから……」

『……別にかまわないさ。本条さんが白峯さんは絶対電話をかけてくるから、一人じゃ大変だから協力してと言ってきたし……口実の気がしなくもないが』

 

新垣のその言葉に、理沙は確かにあり得ると苦笑いする。

最近の楓もそうだが、ギルドメンバーのみんなも妙に外堀を埋めようと動いている気がするのだ。

 

「とにかくありがと。後、今日はお礼もそこそこにログアウトして悪かったわ」

『そっちもかまわないさ。お前にはトラップタワーで世話になったしな』

「そっか……」

『で、明日のゲームはどうするんだ?』

「……少し休もうかなと思ってる」

『よっぽどあれが堪えたのか』

「うん……もう六層には絶対行かない」

 

あんな恐怖体験を経験してもう一回行こうと思えるほど理沙はそこまで馬鹿ではない。時間が過ぎればどうなるかは不明だが。

 

『まあ、しばらくはリフレッシュしたらいいだろ』

「うん。しばらくは下層で釣りしたり、モンスターを狩ってお金を稼いだり、スキルの熟練度を上げたり、レベルを上げたりして過ごすよ」

『後、相棒のレベル上げするのもいいだろ。俺もブリッツのレベルも上げないとと思っているしな』

「そうね。朧と戯れるのもいいわね」

 

そうして他愛ない会話を続け、真夜中となる時間帯になる頃には理沙の気分は再び明るくなっていた。

 

「ありがと、新垣。おやすみ」

『ああ、おやすみ。また明日学校で』

 

それを最後に理沙は電話を切り、電話帳に新垣を登録してから電気を消してベッドに潜る。

 

「……新垣も電話番号登録したかな?」

 

そんなことを呟きながら、理沙はそのまま夢の世界に旅立つのであった。

……次の日。

 

「おはよう、二人とも……って、白峯さん?」

「…………」

「理沙ー?顔が赤いよー?」

 

夢でもジェイソンモドキが登場し、あの時と同じように助けられる夢を見た理沙は机に突っ伏すのであった。

 

 

 




『ジェイソンモドキがマジで怖い』
「あれは俺もビビった」
『ソイツを倒したらHP消費型のスキルが手に入った』
『kwsk』
『あのジェイソンモドキ武器を作っただろ?そのスキルが手に入った。ちなみに血がべったりついてます』
『心臓に悪そう』
『部屋はパーティーメンバーなら入れる。つまり』
『女性プレイヤーの危機に颯爽と現れるということが可能ということだな!!』
『『『『『採用!!』』』』』

一部スレ抜擢

感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

鐘と骸骨

今回は兄貴強化回
てな訳でどうぞ


サリーがジェイソンモドキに精神的ダメージを刻まれた翌日。

クロムはギルドホームに顔を出していた。

 

「……また、ミキがおかしなものを釣っているのか」

 

部屋を埋め尽くす程に積み重なっている骨、ドクロ、札、墓石、棺桶、地蔵を前にクロムは遠い目となる。

この光景、サリーが見れば卒倒するだろうとクロムは思いつつ、一番山となっている箇所の隣に地べたに座って釣竿を垂らしているミキに話しかけた。

 

「今度はどんなアイテムを釣り上げたんだ?」

「んー、ゾンビや幽霊のみにダメージを与える札にー、破壊した人物に大ダメージを与える地蔵ー、素材の骨にー、後は換金アイテムかなー?」

 

この階層に本当にマッチしているアイテムに、クロムは苦笑いするしかない。

 

「ちなみにイズは?」

「新しいアイテムを作ってるよー。確かー、幽霊にもダメージを与えられる爆弾だったかなー?昨日釣れた【聖水】を材料にするんだってー」

 

どうやらイズは新しい爆弾を作っているようである。

 

「ちなみにー、昨日は幽霊を吸い込む掃除機を作ってたよー。効果は三分でー、自分よりレベルが低くかつ小型でないといけない上にー、経験値も一切入らないようだけどー」

「……完全に【異常】枠に踏み込んだな、イズは……」

 

どこぞのホラーゲームに登場する対幽霊武器を作っていたイズに、クロムは何とも言えない表情で呟く。ブーメランであることは自覚しつつ。

 

もはや、【普通】のカテゴリーに(ギリギリ)入るのはカスミだけである。

ボスモンスターをほぼ一撃で葬れるマイとユイ、シアンの三人。

 

【夢の鏡】のスキルを大量に魔導書として保存し、強力な魔法やスキルを大量生産できるようになったカナデ。

プレイヤースキルが人外レベルのサリー。

 

メイプルとコーヒーは言わずもがな。

まさに【異常】のフルコースである。

 

「さて、そろそろ行くかな」

「どこいくのー?」

「町の中にあるとある廃墟。そこで受けられるクエストに挑戦しにな」

 

そのクエストは死亡回数が50回以上でないと受けられず、情報も既に出回っている。

だが、未だにクリアしたものがおらず、何が得られるかは不明のままだ。

クロムはそのままギルドホームを後にし、目的の場所へと向かっていく。

 

「お、クロムか」

「こうして顔を合わせるのは久しぶりですね、クロムさん」

「ドラグとサクヤか。今から二人で狩りに行くのか?」

 

その道中であったドラグとサクヤにクロムは予定を軽く聞く。

 

「イエス。本当はビビデリカさんも一緒でしたが、向かう場所が西の洋館だと知ったら逃げてしまいましたので」

「?何で逃げたんだ?フレデリカも幽霊が苦手だったのか?」

 

クロムのその疑問にドラグが首を振って否定する。そして、フレデリカが逃げた理由を明かした。

 

「いや、実はフレデリカ一人でその洋館に行ったそうだが……そこで怖い目に合って死に戻りしたんだよ」

「死に戻りって……ログアウト制限がかかるエリアで徘徊する幽霊にやられたのか?」

「いや、そっちじゃなくてあっちの方だ。確定ダメージを与えられるスキルが手に入る方の」

「あいつか……掲示板でもわりと話題になっていたな」

 

主に怖い、心臓に悪い、もう会いたくない、行きたくない、趣味が本当に悪い、夢に出てきそう、トラウマになりそう等という心を折られたコメントでだが。

 

しかも、ホッケーマスクのその下は血塗れのゾンビ顔だともある。その為、ジェイソンモドキへの挑戦はある意味高難度のクエスト扱いとなっていた。

 

「彼女も魔法を滅茶苦茶に放って応戦したようですが……最終的には捕まってデッドエンドだったそうです。まあ、数日経てば懲りずに挑むでしょう。そこがあの人の美点かつ残念なところです」

 

サクヤの事実だが辛辣なフレデリカへの評価に、クロムとドラグは苦笑いするしかない。

そのフレデリカはやられて以降、ジェイソンモドキにリベンジしに行くことはなかったが。

 

「なので、サリーさんへのこけ脅し目的でこのスキルを手に入れようと思います。話を聞いて彼女のビビる姿が今から楽しみです」

「マジで止めてやれ。場合によっては冗談じゃすまないからな」

 

あまりにツッコミどころが満載であったが、サリーを心配してクロムがサクヤに対して苦言を呈する。

後日、意気揚々と挑戦したが鉄の処女でドラグが即死し、一人となったことでフレデリカと同じ末路を辿ったサクヤがフレデリカに頭を下げて謝罪し、更に気分転換で五層へ行きサリーとも痛みを分かち合うことになるのだが……今はいいだろう。

 

「で、お前は今日は何しに行くんだ?」

「この町で受けられるクエストに挑戦しにな」

「そうですか。では頑張って下さい」

 

そうしてドラグとサクヤと別れたクロムはそのまま目的の場所へと向かっていく。

しばらくして、目的の廃墟に到着したクロムは扉を開けて中へと入る。

 

その小さな廃墟の部屋は一つ。その中央で不気味な輝きを放つ魔法陣が展開していた。

この魔法陣は50回以上死亡しないと現れない転移の魔法陣であり、これが現れないとクエストが受けられない仕組みである。

 

「よし、行くか」

 

クロムは覚悟を決めて魔法陣に足を踏み込み、別の場所へと転移する。

光が収まった先には、空中に浮く少しボロボロの階段があった。

まるであの世への階段だと思いつつ、クロムはその階段を登って行く。コツ、コツと階段を登る音だけが響いていく。

 

少ししてクロムは階段を登りきる。階段の先は決闘フィールド並みの広さを持つ広場であり、その中央には薄汚れた鐘が鎮座していた。

 

さらに、その鐘の前に何者かが佇んでいる。

その何者かは、無骨な大剣を広場の地面に突き刺し、全身を漆黒の鎧に身を包み、頭に角を生やしたドクロであった。

 

『人間か……どうやら死を繰り返したことで此処へこれたようだな』

 

ドクロの騎士はそう言って顔を上げ、その顔をクロムへと向ける。背丈は自身と変わらないにも関わらず、圧倒的な威圧感を放っている事にクロムは生唾を思わず飲み込んでしまう。

同時にクエスト受注画面も表示され、クロムは少し躊躇いながらも承諾のボタンを押した。

 

『汝の望みは我の後ろにある鐘の力であろう?欲しければ、鐘が鳴り止むまで我の攻撃を凌ぎ切ってみせよ。さすれば、汝は力を得るだろう』

 

ドクロの騎士はそう言って大剣を片手で構える。HPバーは……表示されていない。

 

「情報通りだな。こりゃ、何としても耐えないとな」

 

クロムはそう呟いて大盾を構える。

このクエストのクリア条件は鐘の音が鳴り止むまで生き延びること。それだけ聞けば簡単かもしれないが、実際はかなりのハードモードなのだ。

 

それを証明するように、ドクロの騎士は背後の鐘が鳴り始めると同時に、クロムとの距離を瞬時に詰めて大剣を片手で振りかぶった。

 

「うおっ!?」

 

クロムは何とか大盾で無骨な大剣の一撃を捌いたが、後ろへと大きく吹き飛ばされてしまう。

吹き飛ばされたクロムは何とか体勢を立て直そうとするも、それより早くドクロの騎士が接近。クロムを切り裂いた。

 

「ぐあっ!?」

 

ドクロの騎士の一撃をマトモに受けたクロムのHPバーが一気に減少する。HPが0になる瞬間、背後から不気味なオーラを放つ骸骨―――HPが0になる際、50%の確率でHP1で生き残るスキル【デッド・オア・アライブ】が発動してクロムは何とか生き残る。

 

「まるで死神メイプルだな……盾で受け止められるだけマシだが」

 

運良く生き残ったクロムは立ち上がりながら一人呟く。その間も鐘は大きく揺れてゴーン、ゴーンと音を響かせていく。

 

一撃でHPを全損させる攻撃。異常に高いAGI。広場は不可視の壁に阻まれて逃げ出すことは不可能。つまり、ドクロの騎士の攻撃を防ぐか避けるしか出来ないのである。

 

(【不屈の守護者】とミキの【身代わり人形】があるから確実に二回は生き残れるが……それでも何度も喰らう訳にはいかないな……)

 

クロムが算段を立てている間に、ドクロの騎士は再び距離を詰めて大剣を振るう。クロムは再び大盾で受け止めるもまたしても吹き飛ばされる。

ドクロの騎士は再度急接近……せずに目にあたる空洞から蒼い熱線をクロムの胸に向かって放った。

 

「ごはっ!?」

 

胸を熱線で撃ち抜かれたクロムはそのまま地面を転がっていく。【デッド・オア・アライブ】は発動せず、【不屈の守護者】が発動して、クロムは死なずに済んだ。

 

『ぬん!』

 

ドクロの騎士は大剣を振るって土煙を巻き起こす程の斬撃を飛ばす。クロムは地面に転がったまま大盾を構えて直撃こそ防ぐも、その衝撃だけでダメージが入り、【デッド・オア・アライブ】が発動してまた生き残る。

 

「こいつはマジでキツいな……スキルがなかったらとっくに死に戻りしてるぞ」

 

ドクロの騎士の理不尽さに嫌気が差しながらも、クロムは大盾を支えに再び立ち上がる。

 

『【シャドウエッジ】!』

 

ドクロの騎士はそう言って大剣を地面に突き刺すと、クロムの足下の影が幾重もの刃となってクロムを貫いた。

 

「がはっ!?」

 

腕や足、腹を影の刃で刺し貫かれたクロムは息を吐き出す。今回も【デッド・オア・アライブ】が発動して生き残るも今度はその場から動けなくなってしまう。

 

『さあ、首を置いていくが良い―――【告死番人】』

 

瞬間、辺り一面が真っ暗になり、鐘の音だけが響き渡る。

クロムは警戒するも―――首に二度も激痛が走った。

 

「―――がっ」

 

首を斬られる激痛はこんな感じなのかとクロムは思いつつ、痛みから力が抜けてしまいその場に倒れてしまう。

今度は【身代わり人形】も発動して生き残ったが、次からは本当に運任せ。

痛みからすぐに動けないクロムの耳には、何も聞こえてこない。

 

「……え?」

 

クロムはまさかと思って耳を研ぎ澄ませる。

幾ら耳を研ぎ澄ませても鐘の音は聞こえてこず、聞こえてきたのはあのドクロの騎士の声であった。

 

『よくぞ鐘の音が鳴り止むまで我の攻撃を凌ぎ切った。汝は鐘の力を得るに相応しい』

 

その言葉にクロムは本当に終わったのだと分かり、その場に倒れたまま転がって仰向けとなる。

 

『この鐘は輪廻転生の鐘。響けば汝は死を超越する。だが、遠くの地では汝を完全に捉えることは出来ず、慢心すれば死が訪れるであろう。故に、傲らずに精進するが良い』

 

ドクロの騎士がそう忠告した直後、広場が白い光に包まれていく。

その光はどんどん強まっていき、クロムの視界を白一色に染め上げた。

 

ピロリン♪

『スキル【輪廻の晩鐘】を取得しました』

 

同時に伝えられるスキル取得の知らせ。

白い光が収まると、クロムは町の外のフィールドに放り出されていた。

 

「……流石に町の外に放り出すのはどうかと思うんだが」

 

クロムは愚痴を溢しつつも、新しいスキルの詳細を確認していく。

 

 

===============

【輪廻の晩鐘】

HPが0になる際、15%の確率でHPが満タンとなって生き残る。

===============

 

 

「……はは」

 

ある意味凶悪なスキルにクロムは思わず苦笑いしてしまう。

確率こそ低いが、HPが0になった際、生き残るだけでなくHPが全快してしまうのだ。

 

苦労して減らしたHPが決まったと思った瞬間に全快すれば、並大抵のプレイヤーは精神的にへし折られるのは間違いない。

このスキルによってクロムの不死性が更に強化されたのはもはや言うまでもない。

 

「久しぶりにおかしなスキルを手に入れちまったな」

 

自身のユニーク装備以来のおかしなスキルにクロムはそう呟くと、気持ち的に軽くなった足取りで町へ向かうのであった。

 

 

 




「止めて!本当に止めて!!」
「ちょっ、ここから出しやぐわぁあああああああああっ!?」
「待って下さい。一度止まって仕切り直しましょう。お願いですから止まって下さい!!」
「いやぁああああああっ!!助けてお兄ちゃぁあああああああああんッ!!」
「こんなのは……俺が望んだ結末ではな―――」

ジェイソンモドキの被害者の叫びの一部抜擢。

感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三人の魔法使い

てな訳でどうぞ


クロムが新スキルを手に入れて数日。

コーヒーは現在、カナデとシアンと共に東の墓地に向かっていた。

 

「確か、目的のスキルはリッチーの姿をしたボスがドロップするんだよね?」

「ああ。墓地にはスケルトンやレイスが大量に徘徊している上にすぐに群がるから避けて通るのは困難だけどな」

「後、そこで出現するモンスターが低確率でMPとINTを上げるネックレスをドロップするみたいです。なので、すいませんが……」

「別に構わないさ。少し使いたい魔法もあったしな」

「うん。レベル上げにも丁度いいしね」

 

シアンの言葉にコーヒーは何てことのないように答え、カナデも紫の魔導書を手元でくるくる回しながら頷く。

コーヒーはジェイソン事件の後、新スキル【アイアンメイデン】の使い勝手と効果をメイプルの協力のもと確認していた。

 

【アイアンメイデン】は説明欄に記載されていた通り、HPを50消費して発動すれば、与ダメージが50になるという対プレイヤー向けのスキルだった。

 

何せVITや軽減、無効を無視してダメージを与えれれるから【不屈の守護者】や【空蝉】といったスキル以外では攻撃を耐えられないのだ。

 

ただ、作り出せる武器はどれも真っ赤な血に塗れており、メイプルも怖いと感想を洩らしていた。同時にあれのダメージが抜けていないサリーの前では使わない方がいいとも。

 

「カナデは今日はどんなスキルを引き当てたんだ?」

「んー、今日役に立ちそうなのは【鎮魂の聖歌】かな?幽霊やゾンビといったオカルトモンスターにしか効果は発揮しないけど、大幅に弱体化できる魔法だよ」

「……本当に引きが強いな」

「うん。【ミラーデバイス】でその魔導書も数十冊は作ったからね」

「でも、大丈夫なんです?【ミラーデバイス】は魔導書に保管した分しか……」

 

シアンが心配そうに呟くも、当のカナデは特に気にした様子もなく答える。

 

「大丈夫だよ。【ミラーデバイス】の魔導書はまだまだ数え切れない程残ってるし、戦闘で使う【ミラージュロイド】の方もたっぷり保管しているからね」

「本当に【魔導書庫】と相性が良いよな」

 

第四回イベントの最中で引き当てたスキル【夢の鏡】が内包していたMP消費スキルと【魔導書庫】と本当に相性が良いことにコーヒーは何とも言えない気分となる。

 

「そういえば、この階層で手に入るスキルで少し凶悪なのがあったね。CFにとってだけど」

「……【矢避けの加護】のことか?」

 

コーヒーのその言葉にカエデは頷く。

【矢避けの加護】とはスキル発動から二分間、飛び道具による物理的な遠距離攻撃が一切当たらなくなる、弓やクロスボウを武器とするプレイヤーにとっては凶悪なスキルである。

 

一応、一メートル以上でないと効果は発揮しないという条件があるが、遠くから攻撃を当てる弓使いにとっては凶悪であることには変わりはない。

現在、このスキルを手に入れようと多くのプレイヤーが躍起になっている。その理由は言わずもがなである。

 

その中に【炎帝ノ国】と【集う聖剣】のプレイヤーも含まれていることは言うまでもない。

 

「その場合は魔法や【クラスタービット】等で応戦するつもりだが?」

 

……もっとも、手札が多いコーヒー相手には微妙なところではあるが。

そんな新しいスキル等で会話に花を咲かせながらコーヒー達は歩いていく。

当然、フィールドで彷徨っている幽霊がコーヒー達に気付いて接近するも―――

 

「響け、【鎮魂の聖歌】」

「弾けろ、【スパークスフィア】」

「輝け、【フォトン】!」

 

カナデの【鎮魂の聖歌】によって響いた音色で幽霊達は大幅に弱体化され、それをコーヒーとシアンが吹き飛ばしてあっさりと消し飛ばした。

そんな風にサクッと幽霊達を倒しながら進んでいると、目的の墓地へと到着する。

 

「ついたね。情報通り、レイスやスケルトンがいっぱいだね」

「それじゃ、道中の幽霊を殲滅しながら奥を目指すか。迸れ、蒼き雷霆(アームドブルー)―――迸れ、【リベリオンチェーン】」

 

コーヒーはそう言うや否や、すぐに【リベリオンチェーン】を発動して周辺にいたレイスとスケルトンを雷撃と共に光へと還元していく。

 

コーヒーが【リベリオンチェーン】を使ったのは、今回試したい魔法の使用条件が【リベリオンチェーン】を五回以上使用しておかなければならないからだ。

 

「【鏡の檻】」

 

カナデは紫の魔導書を開き、高さ10メートル、半径6メートルはあるであろう鳥籠のような形をした紫の檻【鏡の檻】でスケルトンとレイスの群れをその中へと閉じ込める。

 

「それじゃシアン、よろしくね」

「はい!溢れよ、【フラッシュティア】!!」

 

カナデの言葉に頷きながら、シアンは地面から光の衝撃を放つ光魔法【フラッシュティア】を【鏡の檻】の内部で発動させる。

 

敵を閉じ込めつつ、光魔法の効果と威力を上昇させる檻の中で放たれた光の衝撃波は檻の中を全て呑み込み、中に閉じ込めていたスケルトンとレイス達を全て吹き飛ばした。

 

「【鏡の檻】は耐久値はあまり高くないし、増幅の役目を終えたら壊れちゃうけど……シアンが放てば確実に葬れるね」

「はい!【フラッシュティア】は本来は攻撃範囲が狭いですけど、カナデさんのおかげで一度に多くのモンスターを吹き飛ばせます!!」

「うわぁ……これはこれで凶悪な組み合わせだな。いや、メイプルの時と比べたらマシか?」

 

ブーメランであることに気付かず、コーヒーは何とも言えない表情で呟く。

第四回イベントの無限増殖コンボは本当に凶悪であった。大量のメイプルの前に多くのプレイヤーは最終的には逃亡一択となったのだから。

……先にも言ったが、スキルの組み合わせで一人でおかしい一撃を放てるコーヒーも十分凶悪だが。

 

「アイテムは……全部素材だね」

「やっぱり一発で出てこないですね」

「低確率だから仕方ないだろ。片っ端からモンスターを根気よく倒していくしかないだろ……迸れ、【リベリオンチェーン】」

 

コーヒーはそう言いつつ、【リベリオンチェーン】を再び放って同じくスケルトンとレイス達を倒していく。

 

「【ミラージュロイド】」

「「「【鏡の檻】」」」

 

カナデは【ミラージュロイド】で自身の分身を作り出し、その分身に【鏡の檻】を発動させて先程と同じように檻の中へと閉じ込める。

 

「溢れよ、【フラッシュティア】!【連続起動】!!」

 

シアンも先程と同じ魔法を【連続起動】でノータイムで発動して次々とスケルトンとレイス達を吹き飛ばしていく。

それを繰り返しながら奥を目指して進み続け、ボスが出現するエリアの手前でコーヒーが倒したモンスターが黒い宝石が填められた首飾りを落とした。

 

「お?これが例の装備か?」

 

コーヒーはその首飾りを拾って装備の詳細を確認していく。

 

 

===============

《隠者の首飾り》

【MP+250 STR-30 VIT-30 DEX-30 AGI-30 INT+50】

===============

 

 

「……これはシアンしか装備出来ないな」

「うん。僕やCFじゃちょっと厳しいね」

 

装飾品の詳細を確認したコーヒーとカナデは微妙な表情で呟く。

確かにこの装飾品はMPとINTを上げるがそれ以外の、HP以外のステータスを大きく下げてしまう。STRは百歩譲ってスルーできても、それ以外のステータスも下がるので最悪の場合極振りと同じステータスになってしまう。

普通の魔法使いでも、装備するのを躊躇う程バランスが悪い装備品だ。

 

「という訳で、これはシアンに上げるよ」

「え、でも……」

「正直これを使う機会は俺にはないし、INT極振りのシアンの方がこれを活かせるしな」

 

コーヒーはそう言って《隠者の首飾り》をシアンに譲る。

 

「すいません、ありがとうございます。このお礼は何時かしますね」

 

シアンも素直に受け取り、頭を下げてお礼を告げる。

 

「それじゃ、この先にいるボスをサクッと倒して帰ろうか」

「はい!」

「ああ。それで今回試したい魔法を最初に放つが構わないか?」

 

コーヒーのその言葉にカナデとシアンは頷いて了承する。

そのまま墓地の最奥へと到着し、少々物々しい墓標からボスモンスターである黒のローブを纏ったリッチーが幽霊の如く姿を現す。

 

「それじゃ……墜ちろ!【リベリオンチェーンメテオ】!!」

 

コーヒーはある程度の基礎威力を測る為に【詠唱】のみで魔法を発動する。

リッチーの頭上に雷の鎖の欠片が次から次へと集まっていき、巨大な雷鎖の塊になっていく。

そのまま巨大な雷鎖の塊はリッチーへと真っ直ぐ落下し、容赦なく押し潰した。

 

【リベリオンチェーンメテオ】は使用可能条件と一度使用すると【リベリオンチェーン】の使用回数がリセットされる故にその威力が高く設定されている。

実際、リッチーのHPバーは一気に半分まで減っているからその威力は【グロリアスセイバー】の次に高そうである。

 

本来、運営は【リベリオンチェーンメテオ】が【雷帝麒麟】の最強魔法として設定していた。【グロリアスセイバー】は武器を犠牲にする特性から使用自体が困難になる筈だったが、【破壊成長】付きのユニーク装備のせいでそのデメリットは全く機能しなくなってしまった為、【グロリアスセイバー】が最強魔法に成り上がってしまったのである。

 

「【ミラージュロイド】」

「「「【鎮魂の聖歌】」」」

「輝け、【フォトン】!【連続起動】!!」

 

そんな裏事情に構うことなく、カナデはリッチーを大幅に弱体化させ、シアンが光球をどんどん放ってリッチーのHPを消し飛ばしていく。

結果、リッチーはほとんど何も出来ずに倒されてしまうのであった。

 

「今回の向こうの敗因は?」

「幽霊と魔法耐性がなかったのがいけなかったと僕は思うよ」

 

コーヒーの質問にカナデは事実だけを告げる。

確かにシアンの魔法は威力がおかしいが、カナデが魔導書として保管している魔法攻撃を無効にする防御魔法【ディスペルマジック】といった対魔法スキルもあるから必ずしも無敵ではない。

 

STR極振りのマイとユイも遠くから攻撃されれば自慢の攻撃力を発揮できないし、メイプルもタネさえ分かればしっかりと対策が取れる。

コーヒーも高威力の攻撃は色々と制限があるので、基礎威力は低いのが現状である。

 

「コーヒーさん!カナデさん!スキルの巻物が落ちてましたよー!」

 

シアンがスキル巻物を三つ持って二人に駆け寄り、全員でその効果を確認する。

 

 

===============

【死霊の助力】

魔法とスキルによるMPの消費量が10%軽減される。

===============

 

 

「名称を除けば普通に良いスキルだな」

 

情報通りのスキル効果にコーヒーは満足げに頷く。

ただ、サリーがこの名称を知ったら幽霊の手助けなんていらない、と言いそうだとも思った。

もちろん、三人は迷わずに巻物を使用してスキル【死霊の助力】を取得した。

 

「じゃ、帰るか」

「だね」

「はい!」

そうして、三人は道中のモンスターを倒しつつ、町へと戻っていくのであった。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

一方その頃。

「ああ……このモフモフ感、本当に癒される」

 

サリーは五層のギルドホームの自室で、朧をモフモフして寛いでいた。モフモフされている朧も嬉しそうにサリーにされるがままに委ねている。

 

「レベル上げは……もう二、三日経ってからにしようかな?まだ、そんな気分じゃないし……」

 

幽霊屋敷のジェイソンモドキに与えられた精神ダメージがまだ癒えていないサリーはそう呟く。こうして朧を呼び出して戯れているのがその証拠である。

そんな中、ギルドの扉を叩く音がサリーの耳に届いた。

 

「ん?一体誰なんだろ?」

 

サリーは疑問に感じながら部屋を出て、ギルドの入口の扉を開ける。

そこに立っていたのは、フレデリカとサクヤの二人だった。

 

「フレデリカにサクヤ?どうして二人が此方に?」

 

今頃六層でレベル上げや新しいスキルや装備を探していると思っていたサリーは、二人の来訪に思わず疑問の声を上げる。

 

「いやー、ちょっと気分転換にお話でもねー」

「イエス。先日、六層の幽霊屋敷で怖い目にあったので……って、サリーさん?顔が真っ青ですよ?」

 

サクヤの幽霊屋敷の単語にサリーはあの出来事を思い出し、顔を真っ青に染めていく。

 

「あー……サリーちゃん、ひょっとして六層に行ってた?」

 

フレデリカの質問にサリーはコクリと頷く。それでサクヤもサリーが顔を青くした理由を察した。

 

「オウ……サリーさんも()()にやられましたか」

「……うん。CFのおかげで死に戻りはしなかったけど……ね」

「サリーちゃんは死なずに済んだんだねー。私は一人で幽霊屋敷に挑んだから……」

「私なんて、ドラグさんがやられたせいで……」

 

フレデリカとサクヤはジェイソンモドキにダメージを与えられた時を思い出し、一気に死人のような表情となる。

 

「正直、まだ夢に出てくるんだよね……」

「イエス。あれは下手したらトラウマになりますよ。彼処へはもう二度と行きません……」

 

フレデリカとサクヤのその言葉に、サリーはトラウマを刻まれずに済んで良かったと、本気で助けてくれたコーヒーに感謝した。

 

「本当は、この出来事を話してサリーさんをビビらせようと考えてましたが……ジョークになりそうにないので今回は自重します」

「……本当に性格が悪いわね」

「センキュー。誉め言葉です」

 

その後、三人はギルドホームで大富豪やババ抜き、ポーカーといったトランプゲームで遊ぶのであった。

 

 

 




「なあ、ジェイソンモドキが怖すぎるという意見が大量に届いてるんだが?(ニヤニヤ)」
「怖がってくれて何よりだな(ニヤニヤ)」
「本当に苦労した甲斐があったな(ニヤニヤ)」
「お、またジェイソンモドキの被害者が出たぞ(ニヤニヤ)」
「ちなみに一番は?せーの」
「素で大泣きして自爆したミィ!」
「弱々しく懇願したサリー!」
「大泣きして暴れたフレデリカ!」
「意気揚々と挑んで返り討ちにあったサクヤ!」
「バラバラじゃないか!」

満場一致しなかった運営の図。

感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ジェイソンモドキの被害者

ジェイソンモドキが本当に人気そうなので、二人の被害者の話を書いてみました
てな訳でどうぞ


―――フレデリカの場合

 

「ううー……一人で挑まなきゃ良かったよー……」

 

幽霊屋敷のログアウト制限エリアでフレデリカは周囲を警戒しながら呟く。

一部のアイテムの効果倍増スキルでポーション等の回復アイテムが二倍となるのであれば、上手くいけばポーションの消費を抑えられるかもしれないと考えたからだ。

 

それで今日は予定が空いていたメンバーがおらず、加えて強制ランダム転移のトラップがあることから一人で挑んだのだが、それが失敗だったとフレデリカは痛感した。

 

道中の幽霊は得意の【多重詠唱】による魔法で吹き飛ばしていたのだが、ログアウト制限エリアの徘徊幽霊ビビったフレデリカは脇目も振らずに逃亡したため、見事に迷子になってしまったのである。

 

「ログアウトしようにもできないし……早くこのエリアから出ないと……」

 

そんなフレデリカの耳にギシギシと自身とは別の誰かの足音が届いてくる。

フレデリカは警戒して杖をそちらに構えると……血涙を流す女の霊が暗闇の廊下から現れた。

 

「で、出たぁあああああああっ!?【多重炎弾】!!」

 

徘徊幽霊の登場にすっ頓狂な悲鳴を上げたフレデリカは炎弾を無数に放ってその幽霊を吹き飛ばす。

 

「速めよ、【加速】ぅ!!」

 

もちろん撃破不能モンスターであることは理解しているため、フレデリカは幽霊が怯んだ隙に魔法で自身のAGIを上げて全力でその場から離脱する。

そして、そのまま手頃な部屋に飛び込んでその場に座り込んだ。

 

「はぁ……はぁ……本当に心臓に悪いよー。早くこのエリアから脱出……」

 

そこでフレデリカは気付いた。

血塗れとなった部屋に同じく血で汚れた拷問器具の数々に。

 

「…………」

 

フレデリカがその光景に無言となり、猛烈な嫌な予感に駆られる。

その予感は、的中した。

 

「あ、ああ……」

 

フレデリカは部屋の中央―――この部屋の主であるジェイソンモドキを視界に収めたことで、この部屋は絶対に避けようと決めていた部屋に飛び込んでしまったのだとフレデリカは気付いた。

 

ただ、後に入って怖い目にあったサリーと違うのは極度の幽霊嫌いではない点と、事前に得た情報の量である。

フレデリカは情報収集でこの部屋はジェイソンモドキを倒さないと出られないこと、弱点属性は光と炎、水であることを把握していることだ。

 

「同時に燃えよ、【多重炎弾】!!同時に輝け、【多重光弾】!!幾重に流れよ、【多重水弾】!!」

 

なので、フレデリカは精神を削られながらもジェイソンモドキに有効な攻撃を叩き込む。

 

「ふっふっふ、この私にかかったら―――」

 

フレデリカは若干虚勢を張って笑みを浮かべるも、攻撃によってできた煙から出てきたジェイソンモドキは……ホッケーマスクが取れていた。

爛れた皮膚に剥き出しとなった筋繊維。

 

片方の目は空洞で血を流しており、反対の方は眼球がだらりとぶら下がって取れかけている。

歯も不揃いでボロボロ。鼻に至っては見事に潰れてしまっている。

その顔ははっきり言って……滅茶苦茶怖い。

 

「ひぎゃああああああああああああああああっ!?」

 

当然、その顔を見たフレデリカは絶叫。集めた情報が一気に頭から吹き飛んだフレデリカは逃げ出そうと扉をガチャガチャし始めた。

まあ、当然扉は開かない上にダメージを受けたジェイソンモドキが近づいているわけで。

 

「いやぁああああああっ!?」

 

逃亡しようとしたフレデリカはジェイソンモドキに捕まり、連行されて中央の台に拘束されてしまった。

 

「止めて!本当に止めて!!」

 

すっかりビビり腰となったフレデリカは身を捩って懇願するも、当然ジェイソンモドキは止まらない。

ジェイソンモドキは肉切り包丁を振り上げると、フレデリカの右腕に向かって振り下ろした。

 

「あうっ!?」

 

腕を切断された痛みがフレデリカを襲う。ジェイソンモドキはそのまま何度も肉切り包丁をミンチを作るかの如く連続で振り下ろしていく。

 

「や、あっ、がっ、いっ、やめ……」

 

ダメージエフェクトがまるで鮮血の如く弾ける度にフレデリカに色々な意味でダメージが刻まれていく。

そのままフレデリカはHPをすべて削り取られ、光となってその場から消えるのであった。

 

「…………」

 

死に戻りして六層の町へと帰還したフレデリカは、死んだ表情のまま画面を操作してログアウトするのであった。

二週間後、フレデリカはペインとドレッドと共に幽霊屋敷に再挑戦し、スキル【冥界の縁】を手に入れる事には成功した。

 

「それじゃ、もう一度赴いてあのモンスターに挑戦しに行くかな」

「マジでぇ?流石にめんどくさいんだが……」

「あー!!そういえばリアルでの用事を思い出したから、私はログアウトするね!!」

 

ペインはジェイソンモドキに挑戦しに行く呟き、ドレッドはめんどくさそうに呟き、フレデリカはバレバレの嘘でログアウトして逃げるのであった。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

―――ミィの場合。

 

(ふぇぇ……まさか一人で幽霊屋敷に行くことになるなんて……)

 

六層が実装された翌日。

ミィは一人寂しくフィールドを歩いて西の幽霊屋敷に向かっていた。

 

(今日はお兄ちゃん達は都合で行けなかったし……みんなが「ミィ様なら一人でも突破できますよ!!」って持ち上げたから、そうだとしか頷けなくて日を改められなかったし……)

 

外面こそカリスマモードの凛々しい姿だが、内心はメソメソ泣いているミィは心の内で嘆く。

西の幽霊屋敷で手に入るスキルはMPとポーションの消費が激しいミィとしては何とかして取っておきたいスキルな為、周りの押しに負けてしまった一因にもなっていた。

 

(後、そこに出てくる例の幽霊の部屋には絶対に行かないようにしよ……)

 

当然、ミィもジェイソンモドキの情報を得ており、絶対に血塗れの扉には入らないと頑なに誓う。

そんな内心で泣きつつも、得意の炎魔法で群がる幽霊を吹き呼ばしつつ進んでいき、ミィは目的の場所へと辿り着く。

 

(うぅぅ……不気味すぎて本当に怖いよぉ~……)

 

ミィは幽霊屋敷の雰囲気に内心でビビりつつも、演技で堂々とした態度で半開きの扉を開けて中へと入る。

エントランスホールを少し歩くと、背後の扉が独りでに閉まる。

 

「ッ!?」

 

ミィは思わずビクッと反応してしまい、慌てて周囲を見渡していく。

 

「……ホッ」

 

ミィはこの場に自分しかいなかったことに、別の意味で安堵した。

ミィは調べた情報を下に、幽霊屋敷の中を歩いていく。当然、廊下に白い手の幽霊や女の霊が現れるも―――

 

「爆ぜよ!【炎帝】!!」

 

お馴染みの魔法で躊躇いなく吹き飛ばし、殲滅していた。

 

「ふん、お前達程度が幾ら群がっても何の脅威でもない」

 

ミィは周りに誰もいないが、カリスマモードでそんな事を呟く。もちろん、どこで誰が見てるか分からないからと言う理由もあるが、それ以上に演技しないと逆に平静を保てそうにないからである。

 

まあ、一人で幽霊屋敷を探索するのは精神的に少しキツいので仕方ないと言えば仕方ないかもしれないが。

そんな外面こそ平常だが、内心ではびくびくしているミィは幽霊の不意討ちに警戒しながら進み、道中の部屋の扉を開けて中を確認しながら進んでいく。

 

「扉に……血はついてないな」

 

ミィは扉を開ける前にその扉の状態を確認してから扉を開ける。

例のジェイソンモドキはログアウト制限エリアにいるのだが、まだ実装から日が経っていないせいで正確な情報が出回っていないためにミィは無駄な警戒をしていたのである。

そして、情報が出回っていないということはこの幽霊屋敷の罠も把握仕切れていないということでもある。

 

「え……?」

 

扉を開けた瞬間、ミィの足元から鈍い青色の光が放たれる。その光の範囲は自身のAGIでは逃げ出せないほどだ。

 

「【フレアア―――」

 

ミィは咄嗟に魔法による離脱を試みるも、ミィはその光に包まれてしまい、その場から別の場所へと強制転移させられる。

 

この強制転移の罠は飛ばされる先はランダム。本当に運任せ。場合によっては最悪の場所に飛ばされる可能もある。

何故この話をしているのかと言うと。

 

「―――ッ」

 

飛ばされたミィの視界に入ってきた光景が血塗れの部屋と同じく血塗れとなった拷問器具が鎮座している部屋だったからである。

そう、ここはミィが絶対に行かないと決めたジェイソンモドキの部屋である。

 

「嘘……本当に嘘でしょ……?何かの間違いだよね……?」

 

演技をするのも忘れ、素で顔を青ざめさせるミィに、無慈悲な現実が襲ってくる。

部屋の中央で作業していたジェイソンモドキが、ミィに気づいてゆっくりと近づいてきたのである。

 

「ッ!!ええ、【炎帝】!!【噴火】!!【爆炎】!!【炎帝】!!【爆炎】!!【蒼炎】!!【炎帝】!!」

 

ミィはジェイソンモドキにビビりながらも得意の魔法を放っていく。

炎球が、火柱が、爆炎が、蒼い炎が容赦なくジェイソンモドキを焼いていく。

 

「ハァ……ハァ……」

 

ミィは壁に背中を預けつつ、燃え盛る炎を見つめる。今の乱発で残り少なかったMPが切れてしまったが、すぐに回復しようと画面を操作しようとする。

そこで、血のような真っ赤な手形がドン!ドン!と音を上げて画面を染めた。

 

「ヒィッ!?」

 

突然の不意討ちにミィはビビってしまう。そんなミィに追い討ちをかけるように、炎の中からダメージを負ったジェイソンモドキが姿を現す。ホッケーマスクは……勿論外れてその顔は露となっている。

 

「―――」

 

ジェイソンモドキのその顔を見たミィは絶句。そして。

 

「いやぁああああああっ!!助けてお兄ちゃぁあああああああああんッ!!」

 

完全に演技を忘れて素で叫んだミィは大慌てで扉へと走り、部屋から脱出しようとする。

当然、扉はガチャガチャと音を鳴らすだけで開く気配はない。

 

「ろろろ、ログアウト!ログアウトォッ!!」

 

部屋から出られないと分かると、涙目となったミィは今度は画面を操作してログアウトによる離脱を試みる。

ここも当然、ログアウト制限エリアなのでログアウト不可能。こちらも失敗に終わる。

 

「え!?なんで!?なんで!?」

 

パニックとなったことですっかり情報が抜けてしまったミィは、無意味にも関わらず画面をタッチし続ける。

そんな無駄な行動をしている間に、ジェイソンモドキに右腕を掴まれた。

 

「ウヒィッ!?」

 

ミィは反射的に後ろへと振り返ってしまう。そこで、至近距離でジェイソンモドキの怖い顔を見てしまった。

 

「ぁああああああああああああああああああああああ―――ッ!!!!!」

 

ミィは屋敷全体に響くのではないかと言わんばかりの大絶叫を上げる。精神的に追い詰められたところであの顔を間近で見てしまったのだ。誰だって恐怖で叫ぶ。

もしサリーがジェイソンモドキの素顔を間近で見たら……間違いなく気絶していただろう。

 

「じじじ、【自壊】!!」

 

涙を大量に溢し、完全に大泣きとなったミィは一秒でも早くこの場から逃げる為に、自爆を選んだ。

部屋から出ることも、ログアウトによる脱出も封じられたミィに残された最後の脱出手段。

 

当然デスペナルティが発生するが、そんなペナルティを考える暇もなく、ただただ、この恐怖から逃げ出す為に使ったのである。

 

直後、部屋から凄まじい爆発音が響くのであった。

……翌日。

 

「うぇぇぇん……怖かったよお兄ちゃぁ~~ん……ぐすっ」

 

四層の裏路地の店で、変装したミィは猫に癒されながらグスグス泣いて従兄に甘えるのであった。

ちなみに最後の自爆でジェイソンモドキは撃破されており、ジェイソンモドキを炎属性で相討ちした場合で手に入るスキル【ファラリスの雄牛】を取得していた。

 

【ファラリスの雄牛】はHPを20%払うことで炎属性全ての攻撃に三分間の継続ダメージとHPに与えたダメージの10%分、MPにもダメージを与えるというミィ向きのスキルなのだが……ミィは素直に喜べなかった。

 

その後、とあるバグから臨時メンテナンスが実行された際、ランダム転移にジェイソンモドキの部屋が外された際、ミィは安心して洋館に再挑戦するのであった。

 

 

 




『本当に怖いよなジェイソンモドキ』
『もはや別ゲーレベル』
『メイプルちゃんなら勝てるかも』
『いや確定ダメージがあるから厳しいんじゃないのか?』
『サリーちゃんはたぶん無理だろ』
『情報持ってきたぞ。メイプルは挑戦無し。サリーは怖い目にあったそうだ』
『まさかのサリーちゃん死亡!?』
『ジェイソンモドキ許すまじ』
『いや攻撃される直前でコーヒーが倒したそうだ』
『標的をCFに変更。火力支援を要請する』
『受理した。今すぐCFへ奇襲をかける』
『こちらも受理した。マジで羨まけしからん』
『マジで止めとけ』

一部スレ抜擢。

感想、お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

有名な怪人

てな訳でどうぞ


コーヒー、カナデ、シアンが東の墓地へ挑戦して数日。

コーヒーは今日もスキル入手に動こうかと思い悩んでいた。

 

「今日はスキル【幽体離脱】を手に入れにいくか?けど、正直使い所がなぁ……」

 

掲示板でも上がっていたスキル【幽体離脱】は三分間、自身のAGIを75%上昇させるという【超加速】の上位とも言える加速スキルだ。だが、使用中は与ダメージが50%減少するというデメリットも存在するのだ。

正直、このスキルは逃亡向けである。

 

「正直戦闘向けじゃないし……今日は素材集めとレベル上げにするか?」

 

メイプルは現在、サリーの為に空中に透明な足場を作るスキルを有した靴を手に入れようと狩りを続けている。

たまには何も考えずにモンスターを狩るのもいいかとコーヒーは考え、今日はフィールドを適当に動いて経験値を稼ぎつつ素材を集めることを決めた。

そんな訳でコーヒーはフィールドへと出るのだが、そこで知り合いのプレイヤーと顔を合わせた。

 

「久しぶり。今から狩りに行くのか?」

 

コーヒーの言葉に、知り合いである鬼のような仮面を着けた女性ー―――レイドは振り返ってコーヒーに顔を向けた。

 

「ああ、久しぶりだなCF。確かに今から狩りに行くが……お前もか?」

 

久しぶりにあったレイドの言葉にコーヒーは無言で頷く。

 

「そうか。なら、一緒に行くのはどうだ?予定があるなら無理にとは言わないが」

「いや。今日の狩りは何となくだし、予定もないから別にいいぞ」

 

レイドの提案を断る理由もないのでコーヒーはあっさりと了承し、二人でフィールドのモンスター狩りへと赴く。

 

「【雷翼の剣】!断ち切れ、【ボルテックスラッシュ】!!ブリッツ、【散雷弾】!!」

 

コーヒーはスキルによる変則的な二刀流で近づいてきていた女の幽霊を切り裂きつつ、ブリッツに指示を出して周囲の幽霊に攻撃を仕掛けさせる。

 

「切り裂け、【紫電一閃】!!」

 

レイドも紫電を纏わせた蛇腹となった刀で数体の幽霊を同時に切り裂く。

幽霊のようなモンスターには純粋な物理攻撃は通用しないが、スキルによる属性攻撃ならダメージを与えられる。

 

「追え、【雷鳥撃】!!」

 

レイドは青い雷を漲らせた左手を払うように振るい、そこから雷を迸らせた青い鳥を放つ。青い鳥はまるで意思があるかのように動き、避けようと動いた幽霊を追って体当たりした。

瞬間、雷撃が炸裂してその幽霊は光となって消える。

 

「例の雷弾の攻撃スキルか……やっぱり使いやすそうだな」

 

コーヒーは五層で手に入るスキルを見て小さくそう呟き、クロスボウの引き金を連続で引いて次々と幽霊を射抜いていく。

そんな雷コンビは幽霊を倒しながら適当に進んでいると、枯れた木々が生えている場所が見え始めた。

 

「お?彼処は……」

「確か情報ではMPが一切回復しないエリアだったな。道中は純粋な物理攻撃が効かない幽霊が蔓延っているとも」

「奥にはボロボロの廃墟があって、そこには一体の強力なモンスターがいると言う情報だったな」

 

どうやら狩りをしながら進んでいる間に特殊なエリアに近づいてしまっていたようである。

 

「で、どうする?二人でも挑めないことはないが」

「ふむ……属性攻撃スキルが使える私と全ての攻撃が属性攻撃のCFが一緒なら、このエリアを突破するのは容易だからな。せっかくだから挑んでみよう」

 

そんな軽い感じで挑戦を決めた二人は、コーヒーは【避雷針】のストックを作ってから枯れた木々のエリアへと足を踏み入れる。

道中の幽霊はレイドのスキルによる属性攻撃とコーヒーの矢によって悉く撃退されていく。

 

「スキル無しで幽霊にダメージを与えられるとは……武器も普段とは変わらないから、常時発動しているスキルによるのものか?」

「ああ。属性が付与されているから純粋な物理攻撃じゃないからな。それでダメージが与えられているんだよ」

「そうか」

 

レイドの質問にコーヒーは隠す意味もないと考えてあっさりと明かし、レイドもゲームのマナーからそれ以上の詮索はせずに頷いてその話を終わらせる。

 

道中は枯れた木の枝に止まっている鴉が行き先の目印となっている情報は既に出回っているので、特に迷うこともなく奥へと目指して進んでいく。

そうして道中の幽霊を退けつつ進むこと数十分。コーヒーとレイドの視界に不気味な廃墟が見え始めた。

 

「そろそろ目的地だな」

「確か彼処にいるモンスターはフランケンシュタインだったよな?」

「ああ。情報ではSTRとHPが高いそうだ。二振りの金色のハンマーを武器に、挑戦してきたプレイヤーを数撃で葬ったそうだ」

「まるでマイとユイのモンスター版だな……」

 

何となく象を思い浮かべたコーヒーは苦笑いでそう呟く。これでVITも高く魔法が使えて高火力だったら、一人戦車となっていただろう。

 

「しかし、フランケンシュタインか……幽霊屋敷のジェイソンと言い、この分だと吸血鬼や狼人間が出てきそうだな」

「確かに。後、レイドはジェイソンに挑んだのか?」

 

コーヒーの質問にレイドは頭を振る。どうやら挑戦してはいないようだ。

 

「私は挑戦していないが……フレデリカとサクヤ、ドラグを含めたギルドの何人かはジェイソンに見事にやられたな」

「……その後は?」

「フレデリカとサクヤを含めた女性メンバーが精神にダメージを負った。後、掲示板に書かれていたことだが、サリーも被害に合う直前だったそうだな。それを助けたのがお前だとも」

「……余計な事を」

 

本当に余計な事を書いていた大盾使いに、今度会ったらジョークアイテム【火だるまの種】をぶちこんでやるとコーヒーは頑なに誓う。

 

それを察知した大盾使いは背筋に悪寒を感じて身震いして、ギリギリ普通の刀使いは首を傾げていたが。

そんなコーヒーにレイドは苦笑しながら話を続けていく。

 

「しかし、第四回イベントといい、お前は本当に良いタイミングで現れるな。タイミングを図っているのではないかというくらいにな」

「全部偶然なんだが……確かに本当にタイミングが良いと自分でも思うな」

 

レイドの指摘に、コーヒーは何とも言えない気分となって遠い目となる。

そのまま廃墟へと足を踏み入れると、中では黄緑色に輝く魔法陣が鎮座していた。

 

「あの魔法陣の転移先にフランケンシュタインが待ち構えているんだったな」

「ああ。転移先もMPは回復しないから魔法やMPを消費するスキルは慎重に使わないとな」

 

互いにモンスターの情報を確認しながら、二人は魔法陣に踏み込んでその場から転移する。

光が収まるとそこは薄暗い、広い空間の部屋であった。窓も扉もなく、あるのは部屋の中央にある診察台だけだ。

 

その診察台には二メートルは優に越える大男が座っていた。その大男は継ぎ接ぎだらけで、耳に当たる部分には金の円錐形のヘッドホンのようなものが取り付けられており、すぐ隣には二振りの金色のハンマーが立て掛けられている。

 

その大男―――フランケンシュタインはコーヒー達を認識すると立ち上がり、二つのハンマーをその手に握ってぶら下げる。

そのまま、その大柄な体躯からは想像できない素早さでコーヒー達に肉薄した。

 

「ゴァアアアアアアアアアッ!!」

 

雄叫びと共に振り下ろされるハンマー。喰らえばタダではすまないその一撃をコーヒーとレイドは互いに弾けるように左右に飛んで避ける。

 

「迸れ!蒼き雷霆(アームドブルー)!!放つは猛虎 その剛健で吹き飛ばせ―――【パワーブラスト】!!」

「高鳴れ!不滅の聖雷剣(コレダーデュランダル)!!吹き飛ばせ―――【破雷】!!」

 

コーヒーは【パワーブラスト】を、レイドは【破雷】を放ってフランケンシュタインを挟み込むように攻撃する。

フランケンシュタインはそれらの一撃をマトモに喰らったが、HPバーは僅かしか減らなかった。

 

「本当にHPがクソ高いな!?」

「これは骨が折れそうだな」

 

フランケンシュタインの高すぎるHPにコーヒーは毒づき、レイドは不敵な笑みを浮かべながら蛇腹から元に戻った刀を構え直す。

 

フランケンシュタインはハンマーを構え直すと、レイドに向かって突撃していく。どうやらレイドの攻撃がダメージが大きかったので先に仕留めようという判断なのだろう。

コーヒーはこれをチャンスと見て不敵に笑った。

 

「【アイアンメイデン】!!」

 

コーヒーはHPを一割となるまで消費し、血塗れのマチェットを作り出す。それを見たレイドは何とも言えない表情となったがコーヒーは無視して次のスキルを発動させる。

 

「深淵に潜む光 輝きは次代に継がれ 此処に顕現す―――【聖刻の継承者】!!」

 

続いてスキル【聖刻の継承者】を発動し、コーヒーは聖刻モードとなる。これで全スキルの効果は上昇。MPの自動回復はフィールドの仕様から機能していないが問題ない。

 

「この命を賭けて吹雪く絶対零度の粉雪 七つの星が刻まれし時 極寒の檻に閉じ込め砕き散らさん―――【羅雪七星】!!」

 

さっきの【アイアンメイデン】で一割となったことで発動条件を満たした【羅雪七星】を発動して、コーヒーは全身から冷気を溢れさせる。

 

「柔軟なる疾き風 剛健なる迅き雷 迅雷風烈の息吹となりて走破せよ―――【疾風迅雷】!!」

 

更に【疾風迅雷】を発動して自身のAGIを上昇させ、左手にクロスボウ、右手にマチェットを持ってコーヒーはフランケンシュタインへと突撃していく。

 

「レイド!スキルが決まってこいつを氷の中に閉じ込めたら、攻撃はしないでくれ!」

「承知した!!」

 

コーヒーの言葉にレイドは素直に頷く。

レイドに攻撃を仕掛けていたフランケンシュタインは、コーヒーのその状態から狙いを変えるも、レイドが蛇腹剣で攻撃を仕掛けてその注意を引き付ける。

 

そのままコーヒーはフランケンシュタインにクロスボウとマチェットによる攻撃を七回叩き込み、フランケンシュタインを氷の中へと閉じ込める。

 

「羽織る衣は雷の化身 我は雷神に認められし者なり―――【雷神陣羽織】!!」

 

【羅雪七星】が決まった瞬間にコーヒーは【口上強化】で強化した【雷神陣羽織】を発動させ、金の陣羽織を羽織る。

 

「唸るは雷鳴 昂るは信念の灯火 雷鐘響かせ威厳を示さん―――【ヴォルッテックチャージ】!!」

 

さらにコーヒーは【ヴォルッテックチャージ】を発動し、次の雷魔法の威力を底上げする。

これで、すべての準備が整い、コーヒーは詠唱を始めていく。

 

「掲げるは森羅万象を貫く威信 我が得物に宿るは天に座す鳴神の宝剣 夜天に響く雷音は空を切り裂き 無明の闇に煌めく雷光は揺蕩う宝玉 招来る迅雷は万里を穿ち 滾る雷火は揺るがぬ信念の導となる 顕現せし鳴神の宝剣が纏うは我が蒼雷 神雷極致の栄光を現世へ!!」

 

【口上詠唱】で更に強化し、持ちうるスキルを全て使って強化した最強の一撃を氷の中に閉じ込めたフランケンシュタインに向かって解き放つ。

 

「限界を超えし蒼き雷霆よ集え!!【グロリアスセイバー】ァッ!!」

 

過去最大の強化を施した【グロリアスセイバー】をフランケンシュタインに放ち、氷を粉砕しながら容赦なく吹き飛ばした。

九割以上も残っていたフランケンシュタインのHPは一気に数センチとなる。

 

「あれだけ強化したのに耐えきるのかよ……!?」

 

フランケンシュタインの異常なまでのHPの高さにコーヒーは驚愕の声を洩らす。当然、コーヒーはスキルを放った硬直でその場から動けなくなるが、今回は一人ではない。

 

「【ベルセルク】!!【獄雷煉牙】!!」

 

スキルによって目を蒼く光らせたレイドが超威力の一撃をフランケンシュタインに叩き込む。

当然、コーヒーの【グロリアスセイバー】と比べるまでもないが、それでも本来の威力より高くなった紫電の一撃はフランケンシュタインの残りのHPを吹き飛ばすには十分だった。

 

コーヒーによって大幅に削られ、レイドに止めを刺されたフランケンシュタインはハンマーとスキルの巻物、腕輪を二つずつ残して光となって消えるのであった。

 

「以外とあっさりと終わったな。それにしても、本当におかしな威力だな。それは」

「どうも。スキルを総動員した結果だし、プレイヤー同士の戦闘じゃまず出来ないけどな」

 

コーヒーはレイドにそう答えつつ、地面に落ちていたスキルの巻物を拾ってその効果を確認していく。

 

 

===============

【ジェネレータ】

三分間、魔法やスキルによる消費MPが0となり、自身の【STR】【AGI】【INT】が三倍となる。

常に消費する場合は消費量が半分となり、消費量によって変化する場合は効果が二倍となる。

効果が切れてから一時間、MPが0となって一切回復出来ず、【STR】【AGI】【INT】が0となる。

使用回数は一日1回。

口上

無限の魔力を作る機関 その魔力で限界を超えて動かん

===============

 

 

「これは奥の手となるスキルだな」

「ああ。使い所は選ぶ必要があるが、有益なスキルであることには違いないな」

 

コーヒーとレイドはそう言って、【ジェネレータ】を取得する。

そのままコーヒーはハンマーを、レイドは腕輪の効果を確認していく。

 

 

===============

《轟雷槌》

STR+85

【属性攻撃・雷】

===============

 

 

「おおう……属性付きのハンマーか。腕輪の方は?」

「腕輪はSTRとHPの補正効果だな。それでどうする?」

「俺はこのハンマーを貰っていいか?腕輪の方はレイドで」

「?てっきりハンマーと腕輪一つずつに分け……いや、そうか」

 

レイドはコーヒーの考えを察して渇いた笑みを浮かべる。

そして、町へと戻ったコーヒーは今回の戦利品を双子の姉妹に渡すのであった。

 

一方、運営では。

 

「フランケンシュタインがやられたぁあああああああああああっ!!」

「マジかよ!?誰に倒された!?」

 

頭を抱えて叫んだ男は画面を操作して、その場面をモニターに表示する。

 

「【集う聖剣】所属のレイドと……CFかよ!?」

「【聖刻の継承者】と【羅雪七星】、【雷神陣羽織】に【ヴォルッテックチャージ】で超絶強化した【グロリアスセイバー】で吹き飛ばしたのか!?」

「しかも、最初に発動した【アイアンメイデン】でHPの残量を調整してか!!」

「うわぁ―……実装した俺らが言うのも何だが、本当に威力がおかし過ぎるだろ」

「STR以上にHPを第二回イベントの【銀翼】や【海皇】、地中にいる六層の隠しボス【骸龍】よりも高く設定していたのに……」

「それでもギリ耐えてくれたのに……レイドに止めを刺されたのか」

「裏ボスの【骸龍】は大丈夫だよな?【光の王】のように倒されないよな?」

「大丈夫だ。あれはイベントフラグを立てないと地面から姿を現さないからな」

「【骸龍】か……あれも事前に許可を貰ってから実装したんだよな。名称は“龍”なのにスライムだけど」

「烏賊から変更することが許可が降りる条件だったからな。そこは仕方ないだろ」

「けど、スキル【ジェネレータ】と腕輪以外は二人にとっては役に立たな……」

「おい待て。フランケンシュタインが持っていた二つのハンマーは属性スキルが付いていた筈だ」

「「「「……あ」」」」

 

その瞬間、運営は再び頭を抱えた。

 

「このままだとあの双子が大暴れしちゃうじゃないか!?」

「せっかく双子対策に幽霊階層を実装したのに!!」

「うわぁああああっ!!うわぁあああああああああっ!!!」

 

その運営の嫌な予感は後日、最悪な形で現実となるのであった。

 

 

 




五層のギルドホームのリカバリー会にて。

「コーヒーさんから首飾りを貰いました!」
「私達も!」
「このハンマーを貰いました!」
「…………」
「サリー?そんなにむすっとしてどうしたの?」
「……別に」

ニヤニヤ顔のメイプルからそっぽを向くサリーの図。

感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

裏ボスを釣り上げる

てな訳でどうぞ


フランケンシュタインを撃破してから数日が経過した六層のギルドホームにて。

 

「それじゃ、今日はどうするか―――」

 

コーヒーは今日の予定を考えていると、ギルドホームの扉が音を立てて開かれる。

そこから入ってきたのは……

 

「……またおかしな方向に進化したのか」

 

宙に浮く【白雪】と【紫晶塊】という名の大盾を携えたメイプルだった。

 

「あっ、コーヒーくん!クロムさんは?」

「クロムなら数分前にイズさんとマイとユイ、ミキの四人と一緒に出ていったぞ」

 

それを聞いたメイプルは分かりやすいほど肩を落とす。入れ違いのタイミングとなってしまったのだから当然かもしれないが。

 

「そっかー。クロムさんに盾の上手い使い方を教えてもらおうと思ったのに……」

「……取り敢えずその宙に浮く盾は何のスキルだ?いや、装備の効果か?」

 

最初はまたおかしなスキルを手に入れたのかと思ったが、よくよく考えたらスキルだったら町の中でそのままにはならない。見た目も大して変わってないことから装飾品辺りの効果だとコーヒーは当たりを付けた。

 

「うん!《救いの手》という装飾品でね。装備すると右手、もしくは左手の装備枠を合わせて二つ増えるんだよ」

「……手?」

 

メイプルの説明に何となく察したコーヒーは椅子から立ち上がり、宙に浮く盾の横を覗き込むと白い手首が確かに盾を持っていた。

 

「……オカルト感満載の装備だな。サリーが見たらビビるぞ、これ」

「あはは……実はサリーに一度プレゼントして、返されたんだよね……」

「確認してなかったのかよ」

 

メイプルの言葉にコーヒーは呆れたように溜め息を吐く。

手首から先しかない手が二つ、自身の両サイドに浮く等普通にホラーである。そんな装備をサリーが許容できる筈もない。

 

「何にせよ、盾が三枚に増えて防御しやすくはなったんだな」

「うん!だけど上手く操作できなくて……」

「まあ、普通はそうだよな。こればっかりは地道にやっていくしかないだろ」

 

一先ずはメイプルと一緒に【訓練場】へ行き、模擬戦をやってみる。

メイプルは【天王の玉座】に座ってコーヒーの攻撃を防いでいくのだが……盾が増えたことは地味に凶悪だった。

 

何せ防御の面積が増えたのだから遠くから当てる矢は本当に対処しやすく、魔法も増えた盾で防ぐから通りが本当に悪い。

 

大抵のプレイヤーなら泣き寝入り案件である。

……もっとも、コーヒーは途中から【孔雀明王】でメイプルのスキルを全部封じて、【ライトニングアクセル】による高速機動で蜂の巣戦法でメイプルを蜂の巣にしてやったが。

 

「我が才と情熱を見よ 我を讃える万雷の喝采を聞け 我が摩天は至上の美 舞い散る華は愛の薔薇 降り注ぐは遥か彼方で煌めくステラ 公演は舞台の幕が降りるまで終わらず 観客は退席も許されぬ 燃え上がる情熱と唯一無二の才に撚り 咲き誇る華と共に此処に開演せよ!!すべてを蹂躙する終焉城塞の命で開け!【黄金劇場】!!」

 

対するメイプルも黙ってはおらず、いつの間にか取得していた【口上詠唱】で【黄金劇場】を発動して強制的に専用フィールドへと転移させた。

 

ちなみに、【口上詠唱】で発動した【黄金劇場】は即強制転移、妨害を受けずに即発動という鬼畜仕様だった。代わりに効果時間の延長はなかったが。

 

「【皇帝権限】!【百鬼夜行】!!でもって、【皇帝権限】!【念力(サイコキネシス)】!!」

 

その劇場内でメイプルは【皇帝権限】によるデメリット無しの【百鬼夜行】を強制発動。おまけとばかりに【念力(サイコキネシス)】で青鬼を浮かせるという最悪のコンボを展開した。

 

地上にも鬼。空にも鬼。本当に悪夢である。

その後、コーヒーがどうなったのかと言うと……鳥のように叩き落とされたとだけ言っておこう。

 

「【黄金劇場】……本当に凶悪過ぎるだろ……」

 

これが【黄金劇場】が終了した後のコーヒーの第一声である。

盾が増えたことで攻撃の通りが悪くなり、ダメージを与えても玉座で回復。その状態で開演して使い勝手が悪いスキルを強制発動によってノーリスクで使用。

 

今回はスキルを封じられていたが、封じられていなかったら銃弾やミサイルも飛び、星も落ちていただろう。

ちなみにメイプルに関するスレを見た、打倒メイプルを掲げる聖剣様は遠い目となったのは言うまでもない。

本当にラスボス感がどんどん増しているメイプルであった。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

フィールドのとある場所にて。

 

「今日は何が釣れるかなー?」

 

ミキはそう言って、釣糸を地面に垂らす。

 

「ドキドキ……」

「わくわく……」

 

マイとユイは何が釣れるのかと期待の目をして釣糸を見つめる。

 

「取り敢えず心臓に悪いやつは勘弁だな」

「別にいいじゃない。面白いものが釣れるから♪」

 

クロムは疲れたように呟き、イズは楽しげに呟く。

マイとユイは先日コーヒーから貰った属性付きのハンマーによって六層の探索が可能となったので、今日はミキとイズの素材集めの為にクロムと一緒となって護衛に参加したのである。

 

町の中でもアイテムは釣れるが、やはりフィールドで釣ったアイテムの方が質が高い。しかし、フィールドでは強力なモンスターも釣れる為、戦闘能力が低いミキは外での釣りは誰かとパーティーを組むのが必然となっていた。

 

「おー、さっそく掛かったよー。とりゃー」

 

ミキは相変わらずの抜けた声で地面から今回の獲物を釣り上げる。

釣れたのは……半透明なデュラハンだった。

 

「「えい!!」」

 

そのデュラハンをマイとユイが金色のハンマーで即叩き潰した。

当然デュラハンは光となって消え、素材アイテムをその場へと落とす。

……少し憐れなデュラハンであった。

 

「……俺、此処にいる意味あるのか?」

「何言ってるのよクロム。道中の盾がないと流石に此処まで来れないんだからね」

 

クロムの呟きにイズは呆れつつも、【塩爆弾】を投げて背後から迫っていた幽霊を吹き飛ばした。

【塩爆弾】はこの階層のモンスターに凄く有効だが、代わりに撃破による経験値は一切入らない爆弾である。生産職のイズには一切関係ないので躊躇いなく使用するが。

 

その後も財宝、水晶、ドクロ、木魚、塩の入った瓶、木の板、のっぺらぼう、人魂、ゾンビ等様々なものが釣り上げられていく。

モンスターは全部、マイとユイ、イズの除霊アイテムで撃退してミキは有益なアイテムをどんどん釣り上げていく。

 

「やっぱりー、フィールドで釣れるアイテムが良いねー」

「そうねー。換金アイテムも沢山だし、しばらくはお財布も大丈夫ねー」

 

ミキの言葉に頷きつつ、イズはホクホク顔でミキが釣り上げたアイテムを自身のインベントリへとしまっていく。

ついでにイズの工房には槍や大剣、斧等、誰も使えない武器が眠っている。ちなみに純白の花嫁装備一式も。

 

「……本当に暇だったな」

 

本当に暇だったクロムが力なく呟く中、ミキの釣竿が大きくしなる。

 

「おー、これは大物かもー」

 

ミキはそう言って、力の限り釣竿を引っ張る。

そうしてミキが釣り上げたのは……骨の塊だった。

骨の塊だけならまだましだっただろう。だが、その骨の塊からは竜を思わせる骸骨の首が幾つも伸びているのだ。

どう見ても、モンスターである。

 

「明らかに普通のモンスターじゃないだろ……」

 

クロムが渇いた笑みを浮かべる。

 

「「我が一撃は二撃として放たれる―――【ダブルスタンプ】!!」」

 

そんなクロムに構わず、マイとユイが速攻でそのモンスターを叩き飛ばす。

骨が吹き飛び、艶が良さそうな不気味な青色の物体が露となる。プルプルと震えている辺り、あれはスライムなのだろう。

 

「HPは半分くらい残ってるわね。あれは結構高そうね」

 

バフが限界まで盛られなかったとはいえ、STR極振りの二人の攻撃をあのスライムは耐えたのだ。だが、もう一度攻撃を仕掛ければ撃破は可能だろう。

 

だが、そんな考えを否定するようにスライムは地面から更に骨を引き摺り出していく。

スライムはその骨を使って、四足の巨大な竜となってミキ達を見下ろした。

 

「おおー、骨の竜さんになったねー」

「骨はそのままだし……もしかしたら素材アイテムかもね?」

 

何とも呑気な会話をするミキとイズ。そんなミキ達の前でモンスターの骨で竜となったスライムは口に当たる部分から赤黒い光を放ち始めていく。

 

「ッ!【カバームーブ】!!【カバー】!!」

 

嫌な予感を覚えたクロムがスキルを使ってミキ達の前に踊り出て、大盾を構える。

直後、赤黒い光は光線となってクロムへと襲いかかる。

クロムが盾となったことでミキ達にはダメージが通らないが、クロムのHPはぐんぐん減少していく。

 

「おいおい!?防御しててもダメージは受けるのかよ!?」

 

大盾で防いでいるにも関わらずダメージが入っている事実にクロムは驚き、それでも耐えようと踏み留まろうとする。

そのままクロムのHPは0になる―――瞬間、クロムを中心に鐘の音が響き渡った。

途端、クロムの僅かだったHPが瞬時に満タンとなる。

 

「ハッハー!!今回は物凄くついてるぜぇーーッ!!」

 

確率耐えスキル【輪廻の晩鐘】が発動したクロムは凶悪な笑みを浮かべて叫ぶ。どっちが悪者なのか分からなくなりそうなセリフである。

 

「ますます人間止めてきたわねクロム。だから、頑張って耐えてね?」

 

イズはそう言ってインベントリを操作し、ぶっかけるだけでHPが回復するポーションを幾つも取り出し、ミキが次から次へとクロムの背中にかけてHPを回復させていく。

端から見れば肉壁を維持するという鬼畜の所業である。

 

やがて光線が止み、スライムは反動からその場でへたりこむ。そのまま、【ドーピングシード】でSTRを強化したマイとユイの連撃であっさりと撃破されるのであった。

 

「骨がすごくいっぱいですね」

「スキルも装備も手に入りませんでしたね」

 

大量に散乱した骨をかき集めながらマイとユイはそう呟く。

あの骨を纏ったスライムを撃破したのだが、今回はスキルや装備を落とさず代わりに大量の骨が残ったので全員で回収しているのである。

 

「でもー、見た目は同じだけどー、中身は様々だよー」

「【毒竜の骨】、【銀翼の骨】、【地竜の骨】、【麒麟の角骨】、【炎虎の背骨】、【白狼の骨】、【刃竜の骨】、【鬼の骨盤】……本当に選り取り見取ねー!」

「全部骨だけどな……」

 

こうして今回の戦利品である大量の骨をすべて回収した後、ミキ達は町へと帰っていくのであった。

 

一方……

 

「「「「うぎゃぁああああああああああああああああ―――ッ!!!!」」」」

 

その映像を見た運営は頭を抱えて絶叫していた。

 

「【骸龍】が!六層の裏ボスが!!」

「何で釣りで出てくるんだよ!?」

「確かに地中にいるからミキに釣り上げられる可能性は0じゃないけど!!」

「落ち着け!!イベントフラグを無視した撃破だからスキルは手に入ってないぞ!!」

「一度の挑戦で倒したからスキル付与の素材アイテムは大量に持っていかれたけどな!!」

「悪ふざけで今までのボスモンスター由来の骨を纏わせたのが仇になっちまった!!」

「これは次のメンテナンスで絶対に修正するぞ!!」

「今すぐじゃないのか!?」

「あれはミキ以外では不可能だ!加えて、再出現は四日後だ!だから、次のメンテナンスまでは【骸龍】は出てこない!!」

「それなら安心だな!!」

「だけど……【俺達の悪意と悪ふざけモンスター】が【楓の木】にどんどん倒されていくよな……」

「麒麟に毒竜、銀翼に海皇、銀群飛蝗に幻想鏡、二代目機械神に機械の天使、白鬼に光の王、骨の義賊に刃竜……そしてジェイソンにフランケンシュタイン、今回の骸龍……」

「次のイベントのボスモンスター……どうする?」

「こうなったら……」

「「「「こうなったら?」」」」

「もっと凶悪にしよう。主に最高難度のボスモンスターを」

 

その言葉に全員が首を傾げる。

 

「逆に見てみたくないか?プレイヤー達が俺達の悪意にどこまで抗えるかを」

「「「「確かに!!」」」」

 

この日、次のイベントのボスモンスター達の更なる強化が決まった瞬間であった。

 

 

 




『メイプルちゃんの進化のおさらいをしよう』
『要塞→浮遊要塞→天使→悪意→メカ→女神→鬼→女王』
『女王メイプル』
『臣下は【楓の木】だな』
『同盟は【炎帝ノ国】と【集う聖剣】だな』
『なにその悪夢』
『ちなみに国名は?』
『メイプル帝国』
『堅牢国家メイプル』
『楓ノ王国』
『終焉公国メイプル』
『メイプルシロップ皇国』
『メイプルサリー共和国』
『厨二病合衆国』

一部スレ抜擢

感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

墓荒らしで幽霊○へ

てな訳でどうぞ


メイプルの盾が物理的に増えて数日。

コーヒーがギルドホームに顔を出すと、本当に予想外な人物がそこにいた。

 

「サリー?何でお前が此処にいるんだよ?」

「……軽い気持ちでまた来たのを後悔しています」

 

コーヒーの質問に、緑色のローブで全身を隠してソファで丸まっているサリーは消え入りそうな声で答える。

サリーがまた六層に来てしまった理由。それは先日のリカバリー会でマイとユイ、シアンの三人がコーヒーから装備を貰った話を聞いたからである。

 

三人が笑顔でコーヒーから貰った装備品を見せる中、サリーは何故か形容し難い不快感が胸中を支配したのだ。

それが“嫉妬”であることがサリーは気づいていないが、そんなモヤモヤ感からつい六層に足を踏み入れ、空を飛ぶ白い影を見た瞬間に心が折れたのである。

 

「じゃあ、すぐに五層に戻るのか?」

「うん……CFは?」

「墓荒らし」

 

サリーの質問にコーヒーは端的に今日の予定を伝える。

今日の目的地である墓地は、棺桶の中にスキルの巻物や装備が入っているそうなのだ。

 

当然ハズレの棺桶もあり、中には何もないのはお約束、最悪の場合は中で眠っていたゾンビやスケルトン、吸血鬼が起きて襲いかかるという要素もあるのだ。

コーヒーはその中で、雷属性が一定時間炎属性へと変わるスキルの巻物を手に入れようと考えていた。

 

「そう……頑張ってね」

 

サリーはそう言って逃げるように五層へと戻っていくのであった。

そんなサリーを見送ったコーヒーはギルドホームを後にして目的の場所へと向かっていく。

 

今回コーヒーが挑戦する墓地の棺桶は、すべて地中の中に埋まっている。それをこの階層で購入できるスコップで掘り起こして開帳というのが一連の流れとなる。

 

ちなみにその墓地はとても広く、どこに何が入っているかは本当に運任せとなっている。掲示板でも一度アイテムが出た墓を掘り起こしたら今度はゾンビだったことから、一定のタイミングでリセットされるだろうと意見が一致していた。

しばらくして、コーヒーは目的の墓地に到着した。

 

「うわぁ……墓が大量に鎮座してるな……これは本当に骨が折れるぞ」

 

規則正しく配置された目が眩む程の墓の数にコーヒーは軽い目眩を覚える。見れば先に訪れていたプレイヤー達が墓を掘り起こしている。

これが現実なら、祟られるのは確実だ。

 

「何にせよ、まずは墓を掘り起こさないとな」

 

コーヒーは気を取り直してスコップで墓の手前の地面を掘っていく。現実では罰当たりな行為だが、コーヒーはそれから目を逸らして地面を掘り続けていく。

掘り始めてから数分、地中から物々しい雰囲気を放つ棺桶が顔を覗かせた。

 

「うっ……臭いまであるのか。地味にキツいな」

 

コーヒーは鼻を押さえて顔を顰めながらも棺桶の蓋を開ける。

中は……空っぽだった。

 

「ハズレか……なら次だ」

 

コーヒーはそう言ってすぐ隣の墓の地面を掘っていく。

再び数分かけて墓を掘り起こして棺桶の蓋を開けると、今度はゾンビが襲いかかってきた。

 

「砕け!【崩雷】!!」

 

それをコーヒーは雷の杭を叩き込んでスタンを入れ、矢を何発か頭に叩き込んで即お陀仏にしたが。

そうして墓を掘り起こし続けること二時間。

 

「……そろそろ当たりが出てほしいんだが」

 

未だに空っぽかモンスターのどちらかしか出てこないことにコーヒーはゲンナリしていた。

棺桶のモンスターはドロップアイテムがないので経験値しか手に入らず、スコップでしか地面を掘り起こせないからどうしても時間がかかる。

 

「後一時間やったら今回はここで切り上げよう。当たりが出ないと地味にキツい」

 

コーヒーはそう言って、再びスコップで地面を掘っていく。

ザクザクと地面を掘り、再び棺桶を掘り起こして蓋を開けるも中身は当然空っぽである。

 

「……次」

 

コーヒーはすぐに隣の墓を掘り起こす。

次の棺桶は……二つの銀色の指輪が入っていた。

 

「名称は……《信頼の指輪》か。効果は……」

 

コーヒーは《信頼の指輪》という名前の装備品の詳細を確認していく。その効果を確認したコーヒーは何とも言えない表情となった。

 

「これ、一人じゃ意味ないな。パーティーかつフレンドでこの装備を持ってないと駄目なやつだ……」

 

一応、レア装備には違いないのでコーヒーは《信頼の指輪》を自身のインベントリへとしまう。

今日は目的のスキルの巻物が手に入りそうにないと思いながら、コーヒーは再び墓を掘り起こしていく。

そして、棺桶に突き当たったように固い音が響いた瞬間、人一人入れる大きさしかない魔法陣が展開された。

 

「は?」

 

コーヒーが間抜けな声を洩らした直後、視界が深青の光に染められる。

光が収まると、そこは先程までいた墓地ではなく、濃霧が立ち込める場所であった。

 

「マジでここは何処なんだ?本当に良い予感がしないんだが……」

 

コーヒーは嫌な予感を覚えながら地面を見る。地面はボロボロの木の板で敷き詰められており、ここは何かしらの建造物のようである。

ついでに常に揺れている。

 

「まさか……」

 

木製の床にゆらゆらと揺らぐ地面。思いつく場所は一つしかない。

コーヒーは嫌な予感を覚え始めていく中、濃霧の向こう側から敵が現れたことでその嫌な予感は的中だと証明された。

 

『ぉぉぉ……』

 

濃霧から現れた幽霊達はボロボロの衣服は青と白の縞模様で、中には眼帯やバンダナをしている幽霊もいる。

そして、その幽霊達が手に持つ武器はサーベルや銃身が短いマスケット銃である。

もう、疑いようがない。

 

「ここは幽霊船の甲板かよ!?【クラスタービット】!!」

 

コーヒーはすぐさま【クラスタービット】を発動。メタルボードにしてその上に乗り、海賊の霊達の包囲から抜け出す。

海賊の霊達は、あっさりと包囲から抜けたコーヒーにその手に持つマスケット銃を向けた。

 

「やっぱり飾りじゃないよな!メイプルも銃撃できるし!!」

 

むしろ連射可能、レーザーとミサイルも放てるメイプルの方が近代兵器としては凶悪だが。

そんなツッコミが聞こえた気がする中、海賊の霊達は一斉にマスケット銃の引き金を引く。ついでに遠くの方から轟音が響いてくる。

 

「おいおい……」

 

メタルボードで下からの銃弾を防ぐコーヒーはその轟音に再び嫌な予感を覚える。

少しして、濃霧の向こうから飛来した漆黒の砲弾が甲板に大穴を開けた。

 

「幽霊船は一隻だけじゃないのかよ!?」

 

コーヒーがそう叫んだ直後、辺り一面を覆っていた霧が次第に薄まっていく。

そうして薄まった霧の先には、大量の船が漂っていた。ついでに砲身はコーヒーに向いている。

 

「……ちょっと多すぎやしませんかね?」

 

乾いた笑みを浮かべてコーヒーがそう呟いてすぐ、幽霊船の船団は一斉に轟音を響かせた。

放たれた漆黒の砲弾。それは迷うことなくコーヒーへと迫ってきている。

 

「本当に最悪だろ!?舞え!【雷旋華】!!」

 

コーヒーは文句を言いつつも【雷旋華】を発動し、雷のドームで幽霊船団の砲撃を防いでいく。

 

「取り敢えずどうする?思いきって全部沈めるか?」

 

このエリアのクリア条件が分からないコーヒーは、脳筋な手段で解決すべきかと頭を悩ませる。

最初の砲撃で甲板に穴が空いたから破壊自体は可能な筈だが確証はない。

 

「弾けろ、【スパークスフィア】!!」

 

なので、コーヒーはメタルボードを操作して船の後ろへと移動。船尾に向かって【スパークスフィア】を叩き込む。

その結果は……

 

「……変化なしかよ。船の本格的な破壊は不可能ということか」

 

ぶつける前と何一つ変わっていない船尾にコーヒーは軽く溜め息を吐く。

流石に攻撃される中で幽霊船を一つ一つ調べるのは面倒極まりないので、広範囲攻撃で殲滅してから調べることにする。

 

「深淵に潜む光 輝きは次代に継がれ 此処に顕現す―――【聖刻の継承者】!!」

 

コーヒーは殲滅の為に聖刻モードとなる。

そのままメタルボードを操作して幽霊船団全体が見渡せるまで上昇し、攻撃スキルを発動させる。

 

「照すは希望 煌めくは受け継ぎし刻印 天に昇りて絶望を祓う光の柱と化せ―――【聖槍ファギネウス】!!」

 

スキルを発動したコーヒーはクロスボウを頭上に掲げて引き金を引く。

放たれた矢は上空で蒼く輝く槍十字の紋様を描き、そこから無数の白い槍を幽霊船団へと降り注がせていく。

 

「羽織る衣は雷の化身 我は雷神に認められし者なり―――【雷神陣羽織】!!」

 

コーヒーは次の広範囲攻撃の為に強化スキルを発動させる。

 

「唸るは雷鳴 昂るは信念の灯火 雷鐘響かせ威厳を示さん―――瞬け、【ヴォルテックチャージ】!!」

 

更に強化魔法を発動し、次の攻撃を大幅に強化する。

 

「昇るは助力を願う晃雷 降り注ぐは裁きの雷雨 積乱雲に潜む雷鳥は囀り 金色の雷獣は天に舞う 轟く落雷は地を焦がし 浴びし者は無慈悲に灰燼と帰す 鳴動の宙より招来りし雷よ 咎ある者達に神罰を―――限界を超えし蒼き雷霆よ降り注げ!【ディバインレイン】!!」

 

満を持して発動した広範囲魔法は第四回イベントの時よりも広範囲に蒼い雷を降り注がせ、甲板にいる幽霊達を吹き飛ばしていく。

幽霊船から放たれる砲弾も悉く蒼い雷で打ち落とされ、槍と雷の雨で蹂躙していく。

そうして、槍と雷が止む頃には全ての幽霊船は沈黙するのであった。

 

「これで幽霊船の探索が出来―――」

 

コーヒーがそう呟いた瞬間、上空から一際大きな幽霊船が突き破るかのように現れる。

その幽霊船は海に落ちることなく、空に浮いてその場を漂っていく。

そして、その幽霊船にはHPバーが存在していた。

 

「まさか……あれがボスモンスター?」

 

コーヒーがそう呟くと同時に、空を浮く幽霊船の周りから、空間を突き破るかのようにゴツい砲身が次々と現れる。

その砲身の砲口は、もちろんコーヒーに向けられている。

 

「また砲撃の嵐か!?」

 

コーヒーがそう叫んだ直後、その幽霊船の周りに展開された砲口から極太の光線が放たれた。

 

「弾じゃなくてレーザーかよ!?」

 

コーヒーは驚きつつもメタルボードを操作してその極太レーザーを避ける。

コーヒーが避ける間にも、その幽霊船は周りに極太の槍や樽を載せた小舟を先ほどの砲身と同じように展開していく。

 

「本気でヤバイぞ!?【アイアンメイデン】!!」

 

その小舟に嫌な予感を覚えたコーヒーは凶悪コンボの為に【アイアンメイデン】を発動して【羅雪七星】の使用条件を満たそうとするも、【アイアンメイデン】は何故か発動せずに不発に終わった。

 

「不発!?何でだ!?」

 

【聖刻の継承者】に悪系統のスキル封印効果は無かったにも関わらず発動しなかったことにコーヒーが狼狽える。

そんなコーヒーの隙を付くように樽を載せた数隻の小舟が真っ直ぐコーヒーに向かい―――爆発した。

 

「―――あっぶなッ!!」

 

間一髪、メタルボードを操作して直撃を避けたコーヒーはノックバック効果からか、盛大に後ろへと吹き飛ばされる。

何故【アイアンメイデン】が発動しなかったのか、コーヒーがそちらにも思考を割こうとした時、その理由が無機質な音声で判明した。

 

ピロリン♪

『スキル【アイアンメイデン】は、スキル【鋼鉄の聖域】に限定進化しました』

 

「……は?」

 

突然のスキル進化の通知にコーヒーは面食らった顔となるも、すぐに意味を理解して画面を開いて効果を確認していく。

 

「【鋼鉄の聖域】!!」

 

スキルの効果を確認したコーヒーは画面を閉じ、直ぐ様スキルを発動させる。

途端、コーヒーの身体を覆うように蒼い光が放たれる。

【鋼鉄の聖域】は【アイアンメイデン】が【聖刻の継承者】によって限定進化したスキルだ。

 

その効果は10の確定ダメージを与える片刃の剣を作り出すスキルだが、その形成数は上限無し。耐久値は現在装備している武器がそのまま反映される。加えて、このスキルで作り出した剣は【クラスタービット】やシンの【崩剣】のように操作することが出来る。

 

スキル発動中は剣の有無に関係なくMPが一秒毎に2ずつ減少し、一度解除すると再使用まで一時間かかるがそれを差し引いても十分に強力なスキルである。

思わぬ形でスキルを得たコーヒーは自身の正面に20を少し超える剣を作り出し、それらを小舟と砲身、空飛ぶ海賊船へと射ち出していく。

 

矢の如く放たれた剣は小舟と砲身、空飛ぶ海賊船へと突き刺さり、決まったダメージを与えていく。

コーヒーは剣を作っては射出、作っては射出を繰り返し、空飛ぶ海賊船に剣を次々と刺し続けていく。

突き刺さる剣が増える度に空飛ぶ海賊船へのダメージが増え、確実にダメージを与えていく。

 

「無限の魔力を作る機関 その魔力で限界を超えて動かん―――【ジェネレータ】!!」

 

コーヒーはここが勝負どころだと判断してスキル【ジェネレータ】を【口上強化】して発動。コーヒーの身体から黄緑色の電気が放出され始める。

 

これによって約四分間は【鋼鉄の聖域】の消費MPが半分となり、【聖刻の継承者】のMPの自動回復によって消費MPが実質0となる。

 

コーヒーは砲身のレーザーと特攻する小舟をメタルボードを操作して避けながら、確定ダメージを与える剣を次から次へと形成。それらを容赦なく空飛ぶ海賊船へと突き刺していく。

刺さってる間も海賊船にダメージは入り、剣が刺さる度にHPの減りは大きくなっていく。

 

「【ヴォルテックチャージ】!!集え!【グロリアスセイバー】!!」

 

そこから【雷神陣羽織】が時間制限で解除される前に強化した【グロリアスセイバー】を海賊船に向けて放つ。

【羅雪七星】と【避雷針】のストックはなく、【口上強化】と【口上詠唱】無しとはいえ、その威力は強力。加えて、【鋼鉄の聖域】で作った剣が大量に刺さって常にダメージを与えている状態では耐えきれる筈もない。

結果、雷の宝剣をマトモに喰らった空飛ぶ海賊は光となって消えていくのであった。

 

ピロリン♪

『スキル【ワイルドハント】を取得しました』

 

再び聞こえてきたスキル獲得の通知。金の陣羽織が消えたコーヒーはメタルボードに乗ったままスキルの詳細を確認していく。

 

 

===============

【ワイルドハント】

一万ゴールドを払うことでスキルが使用可能となり、翌日になるとリセットされる。

船や大砲を召喚できるが、事前にお金を払って購入しないと使用できない。

金額は以下の通り。

 

筏:3000G

小舟:10000G

銛:20万G

爆弾:40万G

捕縛網:60万G

大砲(通常弾):100万G

…………

……

撃槍:1300万G

海賊船:1800万G

大砲(炎弾):2600万G

…………

……

ドレイク号:10億8795万G

===============

 

 

「ブフゥッ!?」

 

スキルの要求する金額を見たコーヒーはド肝を抜かれたように盛大に吹き出す。

このスキルは使用するにも金、強化するにも金と兎に角お金がかかるスキルだ。

 

しかも、例のレーザーを放つ大砲は億を超えている。これを満足に使う為には本当にお金を稼がないといけない、まさに金食い虫のスキルである。

 

またしても癖が強いスキルだとコーヒーは思っていると、黄緑色の電気が消え、同時に散らばっていた剣も消え去っていく。

 

「【ジェネレータ】の反動か……違和感も凄いし、今日はここら辺で切り上げるか」

 

【ジェネレータ】のデメリットの大きさを実感したコーヒーは、帰還用の魔法陣を探すこともなく、そのまま画面を操作してログアウトするのであった。

 

一方……

 

「おおう……CFが【ワイルドハント】を手に入れちまったな」

「ですね……金額は高く設定してますから使いこなすには相応の時間がかかりますけどね」

「ていうか、あの転移の魔法陣。確率は相当低く設定したんだけどなぁ……」

「《信頼の指輪》もな。あれは指輪に登録した所持スキルを共有するからな」

「それよりもバグの修正を急ぐぞ。バグみたいなキャラはともかく、バグはダメだからな」

「「「「了解です!!」」」」

 

運営は溜め息を吐きながらもバグを修正する為に作業するのであった。

 

 

 




「メイプル、手を握ってもいいかな?」
「?いいけどどうして?」
「実は……西の幽霊屋敷で凄く怖い目にあってんだ。あれの顔が時々夢に出てくる程に……ね」
「……あはは、そうなんだ」
「そのせいで一人で探索するのが億劫になっちゃって、ギルドの皆に一緒で行動する言い訳を作る羽目にもなったし……」
「それは……大変だね……」

少し涙目となった炎帝様に、困ったように笑みを浮かべるメイプルの図。

感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

暴走する者達

てな訳でどうぞ


コーヒーが幽霊船を吹き飛ばしてから数日、コーヒーはギルドホームで改めてスキル【ワイルドハント】の詳細を確認していた。

 

「……やっぱり十全に使う為には相当金がかかるな」

 

【ワイルドハント】の内容を改めて確認したコーヒーは遠い目で呟く。

筏や小舟、大砲等は一度購入したらそれ以降は召喚できるようになるが、金額が高いもの程、再召喚可能となるまでの時間が増えていく仕様となっている。

 

例えば、筏だと三秒後に再召喚可能、小舟だと十秒後に再召喚可能といった具合だ。その分、金額が高いほど耐久値や威力は高いが。

 

後、全部購入すると【ゴールデン・ハインド・フリート】が使えるようになると説明欄の最後に記載されている。

【ゴールデン・ハインド・フリート】はスキルなのか、筏等と同じ召喚物なのか、この時点では不明である。

 

「それとこの指輪、どうするかな……」

 

コーヒーはそう言って先日手に入れた《信頼の指輪》を取り出し、難しい顔で眺めていく。

《信頼の指輪》は最初に自身が登録しているフレンドの中から一人選んで登録し、次に自身が取得しているスキルを最大三つまで登録する。

 

勿論、これだけではこの装備品は効果一切発揮しない。効果を発揮するにはそのフレンドも同じように《信頼の指輪》を装備してそのフレンドを登録し、スキルも登録しなければならない。

そして、その状態でパーティーを組むと、その登録したスキルがその相手も使えるようになるのだ。

 

例えば、コーヒーが【聖刻の継承者】と【暗視】を《信頼の指輪》に登録し、メイプルが【機械神】と【絶対防御】を登録しておけば、コーヒーは【機械神】が使えてVITが二倍、メイプルは【聖刻の継承者】が使えて暗い場所でもはっきり見えるようになるといった感じだ。

 

勿論、登録していたスキルを相手が既に持っていた場合は効果を発揮しない。

具体的な例を上げるなら相手も【彗星の加護】を取得している状態で《信頼指輪》に【彗星の加護】を登録しても、星が二つ同時に落ちることはないのである。

 

つまり、この指輪を満足に使うにはスキルとステータスを互いに見せ合わなければならないという、相手との信頼関係が重要と言える装備品なのである。

そして、この《信頼の指輪》は装備すると()()()()()()()()()()()()()指輪でもある。

 

一度、コーヒーは指輪を右手の人差し指に装備した際、指輪は光となって右手の人差し指から消え、左手の薬指に現れたことで判明したことである。

ちなみにこの時、それを見たイズが口元を押さえて苦笑いしていた。……実際はほくそ笑んでいたが。

 

「これ……結婚指輪になるだろ……地味に運営の悪意を感じるぞ……」

 

絶対面白がって実装したと確信しつつ、コーヒーは【ワイルドハント】を満足に使用する為のお金を稼ぐ為にフィールドへと赴くのであった。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

六層に移転した【カフェ・ピグマリオン】のとある一室にて。

 

「ではこれより、会議を始めたいと思います!!」

「それは構わないが……ギルドホームでも良かったんじゃないか?」

 

メイプルの宣言にクロムが疑問の声を上げる。この場にはコーヒーとサリーを除く【楓の木】のメンバーが全員集合している。

 

「馬鹿なのクロム?ギルドホームじゃコーヒーとサリーちゃんに聞かれるかもしれないじゃない」

「だねー」

 

イズの呆れた物言いにミキが同意する。地味にクロムの株が下がった瞬間である。

 

「取り敢えず今回の会議は?」

「“二人の疑似結婚式開催方法”です」

 

カナデの質問にメイプルが笑顔で答える。それはとてもいい笑顔で。

 

「実はねー、コーヒーが同じデザインの指輪を二つ手に入れていたのよ。それも左手の薬指に強制的にはめられるのを、ね」

「加えて、シアンちゃん達がコーヒーくんから貰った装備を見せた時、サリーがムッスリしていたので」

「だから“疑似結婚式”なのだな」

 

イズとメイプルの説明で、カスミは納得したように笑みを浮かべる。本当に意地の悪い笑みで。

 

「ちなみに結婚式場は?」

「私の【黄金劇場】で!!あのエリアはログアウト不可能みたいだから!!」

「【黄金劇場】なら見た目も申し分ないな。本当は教会が妥当だが、流石に第三者にまで見せるのは酷だからな」

 

メイプルの答えに質問したカスミは比較的良心的な発言をして賛同する。二層の町に教会はあるが、カスミが言った通り他のプレイヤーに目撃される可能性がある。流石にそんな公開処刑を行うほど彼女達は外道ではなかった。

 

「じゃあ、神父役はクロムかな?僕よりクロムの方が似合いそうだし」

「じゃあ、神父服も作らないとねー」

「サリーにどうやって着せる?」

「AGI特化の装備として試しに着てもらうのはどうかしら?幸い、工房で眠っているのはAGI特化だし」

「じゃあ、【影ノ女神】とのツーショットという口実で!!」

「名案ですメイプルさん!!」

「はい!!自然かつ、疑われない流れで閉じ込められます!!」

「実行は今度のホワイトデーイベントが妥当と思います!!」

「それは名案だな。当日は臨時メンテ故に一日ずれてしまうが、今回は幸いだな」

「じゃあ僕とクロム、CFで一つの大きなケーキを買う口実で……」

「ウェディングケーキを買うという寸法か。だが、間に合うのか?」

「大丈夫よー。アロックに確認したら、『報酬は同伴。イベント当日は有給を使う。無論、他言無用は約束する』って返ってきたから♪」

「以外とノリがいい人なんですね」

「花束はー?」

「短剣としての装備があるわ」

 

こうして、二人にとっての黒歴史計画が着実に進行していくのであった。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

―――ホワイトデーイベント当日。

五層のギルドホームの訓練場にて。

 

「うう……凄く恥ずかしい……」

 

イズの依頼で純白のウェディングドレス状のAGI特化装備に身を包んだサリーは頬を赤く染めて恥ずかしげに呟く。最初は恥ずかしさから断ろうとしたが、メイプルが【影ノ女神】とのツーショットを撮ってみたいと言ったので、仕方なく承諾したのである。

 

「凄く似合ってるわよ、サリーちゃん」

「うんうん!今から楽しみだよ!!」

 

ウェディングドレス姿のサリーにイズとメイプルは本当にいい笑顔で称賛する。

勿論、この後の出来事も思い浮かべて。

 

「祭壇はここかなー?ケーキ用のテーブルはこっちかなー?」

 

ミキはマイとユイ、シアンと共に雰囲気作りの為の準備を進めていく。

当然、サリーはメイプルとのツーショットの後に男性陣からバレンタインデーのお返しをもらえると信じており、疑似結婚式の為の準備だとは知るよしもない。

 

「はあ……早く終わらせていつもの装備に戻りたいなあ……」

 

サリーがそう呟いた直後、男性陣が訓練場へと入って来る。

メンバーはグレーのタキシード姿のクロムとカナデ、店の服装のままのアロック。

そして、純白のタキシード姿のコーヒーであった。

 

「……CF?何で純白のタキシード姿なの?」

「……カナデがせっかくだからビシッとした姿でお返しをしようという事になって、クロムから手渡された。サリーこそなんで花嫁姿なんだ?」

 

サリーの質問に、素材不足で一つだけ色違いになったと説明を受けて渋々装備したコーヒーはそう答える。勿論、素材不足は嘘である。

 

「私は死神モードのメイプルとのツーショットという話で着たんだけど……」

 

この時点でコーヒーとサリーは何となく嫌な予感を覚えるも、時既に遅し。

何故なら、コーヒー達が入ってきた瞬間にメイプルが【黄金劇場】を発動しており、そのやり取りでコーヒーとサリーは貴重であった逃亡時間を見事に潰してしまったのである。

結果、その場にいた全員は黄金の劇場へと強制転移させられるのであった。

 

「「…………」」

「【身捧ぐ慈愛】!!……それではこれより、二人の結婚式を始めたいと思います!!」

 

天使モードとなったメイプルの宣言。

クロムはグレーのタキシード姿から神父服姿の装備に姿を変え、祭壇の前に立つ。

 

「「謀ったな(わね)、メイプル!?」」

 

ここで漸く、まんまとしてやられたことにコーヒーとサリーはハモってメイプルに言葉をぶつける。対するメイプルは『テヘッ♪』といった感じで舌を出して茶目っ気満載で返す。

 

「というか、何で結こ―――」

「だってコーヒー、同じデザインの指輪を二つ持ってるよね。それも装備すると左手の薬指に勝手にはまるやつを」

「イズさぁあああああああんっ!?」

 

真の元凶がイズと分かり、コーヒーは叫び声を上げる。

 

「サリーさんがコーヒーさんから貰った装備を不機嫌そうに見てたので、サリーさんもコーヒーさんから何か欲しいと思いまして」

「イズさんが言った通り、コーヒーさんがお揃いとなる装備を手に入れたと聞いて」

「だから、それっぽい演出で私達が後押ししようと」

「余計なお世話よ!?」

 

攻撃担当の極振り三人衆がかりの笑顔の説明に、サリーは顔を真っ赤にして声を上げる。

 

「まさか、あの巨大なケーキは……」

「ウェディングケーキだ」

「用意周到すぎるだろ!?」

 

最初から仕組まれていたことにコーヒーはその場で頭を抱えそうになる。

アロックがせっかくだから俺自ら運ぼうとか、らしくない言葉をはいて同行したのには少し疑問を抱いていたが。

 

「それじゃあ、時間も限られてるから疑似結婚式を挙げちゃいましょ?二人も諦めてね?」

 

コーヒーが自身の考えの浅さを呪う中、イズが笑顔でそう告げる。

正直、このまま逃げたいところではあるが、こうも周りの空気を読んでね?という視線の中で逃げるのは……それはそれでキツい。

 

「……一応の流れは?」

「指輪交換とケーキ入刀だけよー」

 

それなら我慢できるとコーヒーは考えてサリーに視線を向けると、サリーは諦めたような表情をしていた。

 

「……早く終わらせましょ」

 

何処か無機質にも聞こえるサリーの言葉に、コーヒーは無言で頷き、《信頼の指輪》を取り出しながらサリーと一緒に祭壇の前に立つ。

 

「では、指輪を花嫁へ」

 

神父クロムの言葉にコーヒーはサリーの左手を取り、極めて無心に努めて薬指にはめようとする。

 

(これはゲーム。これはゲーム。これはゲーム。これはゲーム……)

 

まるで念仏のように繰り返しながら、コーヒーは指輪をサリーの左手の薬指にはめ終える。

 

(これはゲーム。これはゲーム。これはゲーム。これはゲーム……)

 

対するサリーもコーヒーと同じ事を考えていた。どちらも顔は真顔で赤く染まっており、本当は恥ずかしさ満点なのが丸分かりである。

 

「では、続いてケーキ入刀を行います」

 

クロムの言葉に、コーヒーとサリーは既にセットされていたウェディングケーキの前に立つ。

そして、隣に置かれていたケーキナイフを二人で持ち、無心を意識してケーキ入刀を実行した。

ちなみに二人の顔はこの時点でリンゴのように真っ赤。これ以上のイベントがあるとキャパオーバーするだろう。

 

「では最後に、互いにケーキを食べさせあって下さい」

 

進行役も務めているクロムの言葉に、コーヒーとサリーはボンッ!!と音がなったのではないかという位、顔が本当に真っ赤となる。

そして、サリーは素早い動作でケーキをカット。そのカットしたケーキにフォークを突き刺し、コーヒーの口に強引にぶちこんだ。

 

「むぐぅっ!?」

 

コーヒーは呻くように声を上げるが、サリーは羞恥心が限界に達したのか、顔を両手で被ってその場に蹲った。

 

「……これ以上は無理だな」

「無理だね」

「無理だったか」

「無理だったわねー」

「いけると思ったんだけどなー」

 

本当はコーヒーからサリーへケーキを食べさせたかったが、サリーの様子からこれ以上は無理だと判断し、疑似結婚式はここでお開きとなるのであった。

ログアウト後……

 

「ぉぉぉぉぉぉ……」

 

浩は羞恥心から自室の机に突っ伏し……

 

「ぁぅぅ……ぁぁぁぁ……」

 

理沙は羞恥でベッドの上をゴロゴロしながらも、左手の薬指を見て指輪を幻視するのであった。

一方……

 

「……今日は赤飯を食べよう」

「そうだな。今日はワインを飲もう」

「あれは美味しく頂けたからな」

 

《信頼の指輪》の行く末を見ていた運営はニヤニヤ顔で今日の仕事を切り上げるのであった。

 

 

 




感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

掲示板と談話、挑戦と悪意

てな訳でどうぞ


444名前:非リア充の短剣使い

新しい情報が入った

 

445名前:非リア充の槍使い

kwsk

 

446名前:非リア充の短剣使い

五層のフィールドでCFとサリーを目撃した

二人とも左手の薬指に指輪をはめて

 

447名前:非リア充の魔法使い

は?

 

448名前:非リア充のハンマー使い

は?

 

449名前:非リア充の剣士

よし殺そう

 

450名前:非リア充の弓使い

今こそCFを抹殺すべきだ

 

451名前:非リア充の大盾使い

待て

今は奴を捕らえて血祭りに上げるより詳細を知るのが先決だ

続きを要求する

 

452名前:非リア充の短剣使い

分かっている

二人の反応は顔を真っ赤に恥ずかしげ

モンスターを一緒に狩っていた時星が二つ同時に落ちてきていた

 

453名前:非リア充の斧使い

は?星?

 

454名前:非リア充の槍使い

何で星が落ちてきたんだ?

 

455名前:非リア充の大盾使い

それはおそらく【彗星の加護】というスキルだな

野外エリアで攻撃すると50%の確率で星が降って追撃するスキルだな

俺のギルドのギルドマスターも取得している

 

456名前:非リア充の魔法使い

情報ありがとう

 

457名前:非リア充の剣士

ちなみに取得条件は?

 

458名前:非リア充の大盾使い

四層の【天の雫】が手に入るエリアで降り注ぐ星を何度か撃ち落とすことで取得できるそうだ

 

459名前:非リア充の槍使い

ちょっと待ってくれ

 

460名前:非リア充のハンマー使い

あの星を撃ち落とすのが取得条件?

それだと近接戦闘プレイヤーは取得は実質不可能じゃないのか?

 

461名前:非リア充の魔法使い

剣やハンマーで星を破壊しようにもその前に星で潰されるからな

 

462名前:非リア充の大盾使い

一つだけ心当たりがある

《信頼の指輪》だ

 

463名前:非リア充の弓使い

殺意が湧くがkwsk

 

464名前:非リア充の大盾使い

《信頼の指輪》は簡単に説明すると互いに相手とスキルを登録した状態でパーティーを組むと相手のスキルが使えるという装備品だ

しかも装備箇所が強制的に左手の薬指になる

 

465名前:非リア充の剣士

何だよそのリア充アイテム!?

俺達への当て付けか!?

 

466名前:非リア充の短剣使い

それよりも非リア充の大盾使い

何故貴様がその指輪について知っている?

場合によっては粛清対象だ

 

467名前:非リア充の斧使い

同じく

 

468名前:非リア充の槍使い

裏切り者には血の鉄槌を

 

469名前:非リア充の魔法使い

慈悲はない

 

470名前:非リア充のハンマー使い

デストロイ

 

481名前:非リア充の剣士

真の敵は非リア充の大盾使い

お前のようだ

 

482名前:非リア充の弓使い

我々から逃げられると思うなよ?

 

483名前:非リア充の大盾使い

そんなわけがないだろう

むしろそうだったらどれだけ嬉しかったことか

あの長剣二刀流は絶対に呪い殺す

 

484名前:非リア充の魔法使い

すまない

 

485名前:非リア充の斧使い

同じくすまない

 

486名前:非リア充の短剣使い

何故だろう

目から汗が出てくるよ

 

487名前:非リア充のハンマー使い

俺も同じく

 

488名前:非リア充の大盾使い

気にするな

とりあえずCFとやつが我々の不倶戴天の敵だと再認識できたからな

 

489名前:非リア充の剣士

その《信頼の指輪》は何処で手に入る?

 

490名前:非リア充の弓使い

貴様抜け駆けする気か?

 

491名前:非リア充のハンマー使い

少し思ったんだがその《信頼の指輪》は強制的に左手の薬指にはまるんだよな?

 

492名前:非リア充の大盾使い

話を聞いた限りではな

 

493名前:非リア充のハンマー使い

もしそれが男同士なら

うえっ

 

494名前:非リア充の魔法使い

最悪だ

思わず想像してしまった

 

495名前:非リア充の短剣使い

ホモ製造指輪

むしろこれを広めて入手意欲を削ぐのはどうだ?

 

496名前:非リア充の剣士

止めろ

それで本物が出てきて増えたらどうする

 

497名前:非リア充の槍使い

リア充とホモ

最悪の魔境となっちまう

 

498名前:非リア充の弓使い

むしろ非リア充の地獄

いや煉獄だ

 

499名前:非リア充の双剣士

これから先は地獄だぞ

 

500名前:非リア充の斧使い

仲間が増えた

 

501名前:非リア充の双剣士

素朴な疑問だが男女比はどうなっているんだろうな?

こういったゲームは大概男性が多いが

 

502名前:非リア充の大盾使い

良くて半々の割合だと考えられる

俺の所属しているギルドにも女性プレイヤーはそれなりにいるからな

ちなみに全員ギルドマスター信者で恋愛そっちのけだ

 

503名前:非リア充の短剣使い

レズの気配

 

504名前:非リア充の剣士

メイプルさんとサリーさんもレズだったらまだマシだったのに

実際はCFと(ギリッ)

 

505名前:非リア充の魔法使い

四月から始まるイベントはダンジョン攻略型だからリア充撲滅は不可能だし

ちなみにパーティーは全員野郎です

 

506名前:非リア充のハンマー使い

言うな

 

507名前:非リア充の槍使い

何でモテないんだ

 

508名前:非リア充の大盾使い

俺は主要メンバーで挑戦する予定だ

女性二人野郎三人で

 

509名前:非リア充の弓使い

裏切り者がここにいたぞ

 

510名前:非リア充の斧使い

フィールドで背後から襲われないように注意するんだな

 

511名前:非リア充の大盾使い

お前達が思っているようなことが起きれば本当に嬉しいんだがな

実際は野郎二人の疎外感を感じるだけで終わる

 

512名前:非リア充の魔法使い

何故断言できる?

 

513名前:非リア充の大盾使い

それが毎回パーティーを組んだ結果だからだ

回復は女性プレイヤーにしてもらえるがな

 

514名前:非リア充の剣士

死刑

 

515名前:非リア充のハンマー使い

ギロチン

 

516名前:非リア充の槍使い

釜茹で

 

517名前:非リア充の弓使い

絞首

 

518名前:非リア充の魔法使い

コンクリ漬けで港

 

519名前:非リア充の斧使い

火炙り

 

520名前:非リア充の双剣士

毒殺

 

この後、掲示板は内輪揉めとなって混迷するのであった。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

六層の【カフェピグマリオン】のテーブルの一つにて。

 

「あれ?その指輪はどうしたのー?」

「イエス。左手の薬指とは中々に意味深ですね」

 

たまたま会ったメンバーでお茶会をしていたフレデリカとサクヤは、ミィの左手の薬指にはまっている指輪に気づいてニヤニヤし始めた。

 

「それって《信頼の指輪》?」

「あ、ああ。確かにそうだが……メイプルも持っているのか?」

 

同じく同席していたメイプルの質問に、ミィはいつものカリスマモードを保ちながら頷きつつメイプルに質問する。

 

「私は持ってないけど、コーヒーくんが持ってるよ」

 

対するメイプルはあっさりと答えた。

 

「オウ。掲示板で話題に上がり始めている装備品でしたか」

「あー、あの指輪かー。CFの相手は……サリーちゃんだね」

「イエス。サリーさんですね」

「間違いなくサリーだな」

 

満場一致で正解を言い当てたことにメイプルと同じく同席していたカスミは少し苦笑してしまう。

すっかり周りから公認されていることは当の本人達は知るよしもない。

 

「それで?ミィは誰となの?」

「兄上だ。兄上が手に入れた装備だからな」

 

ちなみにミィが登録しているスキルは【彗星の加護】と第六回イベントで手に入れた【死霊の泥】と呼ばれる攻撃にHPロス効果を追加するスキルを、テンジアは【空蝉】と【破壊王】を《信頼の指輪》に登録している。

 

《信頼の指輪》の最大の強みは、例えスキルを共有する相手が取得条件を満たしていなくても、そのスキルを問題なく使用できることだ。

 

流石に武器制限があるスキルは共有できても使用できないが、パーティーを組んでいる間はその相手の強力なスキルを使用できるのは十分に強力すぎる。

 

まあ、流石に共有しているスキルを明かす気はないが、スキルの共有自体は特に隠すこともなく女性陣は談笑を続けていくのであった。

 

「それにしても、この指輪があると結婚式を連想するよねー」

「そうだね。それで、疑似結婚式を―――」

「「「その話、詳しく!!」」」

 

ちなみにメイプルによって、他言無用とはいえ三人に二人の疑似結婚式が知られることになるのであった。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

六層のフィールドにて。

 

「【月光ノ聖剣】!!」

 

まるで月明かりの如く輝く剣を手にペインは三日月を描くように剣を振るい、正面のゾンビ達を纏めて両断する。

 

「【迅速】!!」

 

ドレッドは加速してゾンビ達の合間を縫うように駆け抜けながら、次々と一閃して切り裂いていく。

ゾンビ達は二人のトッププレイヤーの前に、為す術なく光へと還元され、全滅するのであった。

 

「ふう……新たなスキル【星剣術】も中々に強力だな。これでもメイプルに勝つには微妙なところだけどな」

「だな。俺もCFに勝つにはまだまだだからな。四層のアイツに連敗中だし」

「四層の主か。メイプルは通常の主に勝ったそうだが……強化された主にも勝ちそうだな」

 

ペインは四層の主に負けっぱなしであることを思い出してか、若干遠い目となる。ドレッドに至っては死んだ魚のような目となっている。

 

ちなみにメイプルとコーヒーのパワーアップは掲示板のスレだけでなく、サクヤとレイドの二人からもある程度聞いており、またぶっ飛んだパワーアップを果たしたと知った二人が乾いた笑みを浮かべたのは言うまでもない。

 

メイプルはVIT極振りの鉄壁プレイヤー。防御貫通スキルや超威力の攻撃スキルを放っても変身スキルで回避され、場合によっては無敵となって襲いかかってくる。しかも、強制転移した場所では自由にスキルが使えるというオマケ付きだ。

 

コーヒーはクロスボウと独自の雷魔法をメインに戦うプレイヤー。攻撃は常に防御貫通で攻撃は回避が前提、しかも広範囲攻撃や凶悪な対プレイヤースキル、威力が相当おかしい魔法持ちだ。そして、クロスボウは常に銃の如く連射できるのだから再装填の隙は狙えない。

 

どちらも勝つには未だに壁が高いプレイヤーである。

それでも勝利を目指しているのは……一重にプレイヤーとしてのエゴである。

 

「イメージでは良いところまで行くんだが……後少しで届かないからな」

「そこも同じだな。もう少しってところで勝てないんだよな」

 

ペインとドレッドは揃って溜め息を吐く。何度イメージしてももう少しのところで勝てないのだ。

だが、その程度で挫けるほど二人は利口ではない。

ペインとドレッドはそれぞれの相手を打倒する為に気合いを入れ直し、フィールドの探索を再開するのであった。

 

「……なあ、ペイン。向こうに空飛ぶ舟が何隻もあるように見えるんだが……」

「俺にもそう見えるよ」

「……どっちだと思う?」

「フレデリカとサクヤがメッセでメイプル達とお茶会中と送ってきていたから……CFだろうな」

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

一方、運営ルームでは。

 

「第七回イベントのボス達の調整はどうなっている?」

「今のところ問題ありません。最高難易度のボス達も同様です」

「最高難易度のボス達は何れくらい強くした?」

「一階は雷。二階は鏡。三階は形態変化。四階は水の操作。五階は問答無用の即死攻撃。六階は特殊光線。七階は三階と同じ。八階は二体。九階は封印無効と拘束。十階は第二ラウンドとスキル封印を追加して、相当な鬼畜仕様になりました」

 

男の質問に、キーボードをカタカタしていた男は敬礼して報告する。

 

「そうか。一つ下の難易度との温度差がかなり出ているが……別にいいよな」

「ですね。最高難易度のボス達を倒すと確率でスキルの巻物を落としますし」

「……それ、大丈夫なのか?」

 

その報告に男は不安を覚える。対する調整していた男は特に気にした様子もなく言葉を続けていく。

 

「大丈夫ですよ。そのドロップする巻物は全部クセが強いですから。例えば【爆雷結晶】は敵味方問わずの範囲攻撃ですし、【鏡ノ結界】は閉じ込めてる間はMPを消費しますし、【残鉄剣】は行動不能となる溜めが一分とそれなりに長いですし」

「一応、ソロだとその巻物が確定でドロップするようだが……これ、ソロは無理だろ」

「ああ。コイツはソロ攻略は不可能だろ。メダル十枚追加でも、普通にソロは諦めるだろ」

「【楓の木】や【集う聖剣】、【炎帝ノ国】はどうなるかな?」

「【楓の木】はメンバーを半分に分けるだろうから、結構苦戦するんじゃないか?」

「【集う聖剣】と【炎帝ノ国】は主要メンバー全員でパーティーを組めるから行けるんじゃないか?」

「【楓の木】はどうメンバーを分けるんだろうな?」

「極振り四人衆にイズとサリーでパーティーを組むんじゃないか?」

「いや、CFとサリーは周りが組ませるんじゃないのか?」

 

運営は【楓の木】のパーティー構成の予想をしつつ、イベントの最終調整をしていくのであった。

 

 

 




「どのスキルにするんだ?」
「んー……【雷帝麒麟の覇気】と【彗星の加護】。後は……名称は嫌だけどこの【死霊の助力】かな?CFは?」
「【氷柱】は確定として……後は【空蝉】と【魔力感知】か?【糸使い】や【剣ノ舞】は活かしきれそうにないし」
「それはCFも同じでしょ。CFのスキルは強力だけど、クセも相当強いんだからね」

互いの取得スキルを見せ合う二人の図。

感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三人で挑戦

てな訳でどうぞ


時は流れて四月の始め。

今日から第七回イベントが開催される。

ちなみに現在のコーヒーのステータスはこうなっている。

 

 

===============

コーヒー

Lv.77

HP 475/475(+129)

MP 243/243(+64)

 

STR 46(+104)

VIT 5(+37)

AGI 110(+134)

DEX 85(+106)

INT 50(+104)

 

頭装備 幻想鏡のサングラス・夢幻鏡 【HP+50 MP+20 AGI+40 DEX+30 INT+15】

体装備 震霆のコート・雷帝麒麟 【VIT+22 AGI+44 INT+22】

右手装備 雷霆のクロスボウ・閃雷・魔槍シン 【STR+84 DEX+47 NT+37】

左手装備 カレイドエピラー・ミラートリガー 【DEX+5】

足装備 黒雷のカーゴパンツ・クラスタービット 【HP+19 MP+19 DEX+24】

靴装備 迅雷のブーツ・疾風迅雷 【AGI+50 INT+25】

装飾品 絆の架け橋

    ブルーガントレット 【HP+30 MP+15 STR+20 VIT+15 INT+5】

    信頼の指輪 [【雷帝麒麟の覇気】【彗星の加護】【死霊の助力】]

 

スキル

【狙撃の心得X】【弩の心得X】【一撃必殺】【気配遮断X】【気配察知X】

【しのび足X】【雷帝麒麟の覇気】【無防の撃】【弩の極意X】【避雷針】

【聖刻の継承者】【フェザー】【雷炎】【連携】【クイックチェンジ】

【ソニックシューター】【フレアショット】【フリーズアロー】【砕衝】【地顎槍】

【アンカーアロー】【流れ星】【扇雛】【パワーブラスト】【チェイントリガー】

【雷翼の剣】【彗星の加護】【羅雪七星】【雷神陣羽織】【百鬼夜行I】

【孔雀明王】【アイアンメイデン】【ジェネレータ】【ワイルドハント】【跳躍X】

【壁走りX】【体術IX】【連射X】【魔法の心得VIII】【遠見】

【暗視】【鷹の目】【スナイパー】【狩人】【毛刈り】

【攻撃強化中】【射程距離強化大】【釣り】【水泳IX】【潜水IX】

【水中射ちVII】【採掘X】【HP強化小】【MP強化中】【皐月の加護】

【深緑の加護】【冥界の縁】【死霊の助力】【毒耐性中】【属性強化】

【口上強化】【名乗り】【詠唱VIII】【口上詠唱】【MPカット中】

【MP回復速度中】

===============

 

 

あれから目的の属性変化スキルである【雷炎】も手に入り、幽霊船では75だったレベルも少し上がった。

金食いスキルである【ワイルドハント】も帆舟クラスまで召喚可能となり、武装の方は爆撃タイプの大砲を召喚できるようになった。

 

これだけでかかった金額はおよそ2500万。

不必要な素材やアイテム、狩りや採集で手に入れたアイテムを売ったことで何とか戦闘で使用可能なレベルにまで持ち上げたが、フルコンプにはまだまだ遠いままである。

 

ちなみに《信頼の指輪》にセットするスキル選択の為に互いのスキルを見せ合った際、サリーはまたおかしなスキルを手に入れたことに呆れながら溜め息を吐いたのは言うまでもない。

 

後、サリーの方は【空蝉】【氷柱】【魔力感知】を《信頼の指輪》に登録している。万能かつ、使いやすいスキルとなると自動的にこの三つとなったからだ。

 

閑話休題。

今回のイベントはダンジョン攻略型。小さめの階層が十層積み重なった塔の攻略で、選択した難易度でメダルの枚数が変わっていくのだ。

 

時間加速はなく、進んだ階層までは何時でも転移できるので、長めの期間の内にクリアを目指す仕様となっている。

ちなみに最高難易度では、複数人でクリアすると貰えるメダルは一人五枚。ソロでクリアすると十枚となっている。

そして、攻略は別々となるので他のプレイヤーと戦闘になることはない。

 

今回のイベントのルールを思い出しながら、コーヒーは五層のギルドホームの扉を開けた。

扉の先にはサリーと、呼び出した張本人であるメイプルがいた。

 

「CF?何でここに来たの?」

「メイプルがイベント当日に五層のギルドホームに来るようお願いされたからだ」

 

目をぱちくりさせたサリーの質問に、コーヒーはすんなりと答えた。

最初はまた何か企んでいるのかと警戒したが、イベント関係ということで一応は素直に応じることにしたのである。

 

今はこうしてサリーとは普通に会話できてはいるが、疑似結婚式から数日は顔を合わせるのが本当に気恥ずかしく、意図的に避けあっていたのは言うまでもない。

コーヒーとサリーは若干懐疑的な視線をメイプルに向けた。

 

「メイプル?今度は何をやらかすつもり?」

「大丈夫だよサリー。今回はそんなにおかしなことじゃないから」

 

サリーの疑惑にメイプルは若干困ったような笑顔を浮かべながら、今回の目的を口にした。

 

「今回はこの三人でイベントに望みたいと思います!!ちなみに皆からも許可は取ってます!!」

 

メイプルがこのような考えに至った経緯は、単純にサリーと遊びたいのと、二人の距離をもう少し縮めようという二つの目的からである。

 

サリーと二人で遊ぶのも良かったが、三人で挑めばちょうど二組にパーティーを分けることができるし……新婚(仮)の二人を近くで見られるからだ!!

 

そんな純粋八割、打算五分、愉悦一割五分の考えのメイプルの提案に、コーヒーとサリーは気付くことなく素直に頷いた。

 

「それならいいか」

「いいね!なら、目指すは……」

「もちろんノーダメージ!」

「ノーダメージか……いつも以上に気合いを入れないとな」

 

メイプルの宣言にコーヒーは苦笑い気味でそう呟く。

コーヒーはメイプルのようにVITが高くはないが、プレイヤースキルと所持スキルを駆使すれば不可能ではないだろう。

コーヒー達は町の広場に設置されたイベント用の転移の魔法陣へと向かい、その手前で足を止める。

 

「えっと、一番難しいのでいいよね?」

「もっちろん!やる気十分です!!」

「じゃあ、あの魔法陣だな」

 

三人は迷うことなく最高難度である―――後に鬼畜、ラスボスの巣窟と掲示板で話題となる―――塔へと続く魔法陣に乗り、白い光と共にその場から消えていく。

光が収まると、三人の目の前には天を貫く高い塔がそびえ立っていた。

 

「これ、時間がかかりそうだね」

「その分やりがいがあっていいんじゃないか?」

「見た目通りなら通常フィールドの四分の一あるかないか……かな?途中で転移とかあるかも」

「お、おー……頑張らないとね!」

「ん、そうだね」

「ほどほどに、の精神でやっていくか」

 

三人は真っ直ぐに進んでいき、大きな扉を押し開けて塔の中へと入る。

塔の内部は人が四人ほど並べる通路が伸びており、見える範囲でも分岐がいくつもある。

また、天井までは四メートルほどである。

 

「……迷路みたいだな」

「そうね。出会い頭には注意しないと」

「えっと、じゃあ……慈しむ聖光 献身と親愛と共に この身より放つ慈愛の光を捧げん―――【身捧ぐ慈愛】!!」

 

メイプルはまずはといった風に【身捧ぐ慈愛】を発動して、万が一の場合にコーヒーとサリーを守れるようにした。

いつもの黒装備で天使モードとなったメイプルは、先陣を切るように一歩踏み出す。

途端、メイプルの足下に水色の魔法陣が展開され、メイプルは魔法陣から現れた水球の中へと閉じ込められた。

 

「「…………」」

「ぼべがい、ばずべで!!びぶんびゃべばべびゃい!!」

 

いきなりの魔法トラップにコーヒーとサリーの思考は停止。罠にかかったメイプルはゴボゴボしながら助けを求める。

 

「「……はっ!?」」

 

コーヒーとサリーはそこで我に返り、サリーが【糸使い】を使ってメイプルを引っ張ったことで事なきを得るのであった。

 

「まさか出っ端から魔法トラップがあるとは……」

「まるで第六回イベントのトラップタワーね」

「うう~……危うく溺れるところだったよ~……」

 

コーヒーとサリーはトラップタワーを思い出して苦い顔となり、ずぶ濡れのメイプルは気が抜けたように声を洩らす。

この魔法トラップは【水泳】があれば簡単に抜け出せるが、そのスキルを持っていないメイプルには致死性のトラップだったのである。

 

「この分だと、物理的なトラップもあると見た方がいいよな」

「そうね……【魔力感知:左目】」

 

サリーはコーヒーの言葉に頷きながら【魔力感知】を発動し、左目を紫に輝かせる。

 

「群れなすは光の結晶 暁を照らす光は我が従者 此処に顕現し我が守手となれ―――【クラスタービット】」

 

コーヒーも万が一に備えて【クラスタービット】を発動させ、万全の体制で再びダンジョン内を歩き始める。

 

「そういえば、メイプル。あの装備枠を増やすのは装備してないの?」

「あれ?あれはまだ練習中なんだー。色々同時にできるようになるのはもうちょっとかかりそうかなー。後、サリーが嫌そうだから?」

「うっ……まあ、ちょっとね」

「そのちょっとが大きいと感じるのは俺の気のせいか?」

「CF!うるさい!!」

「あだぁっ!?」

 

サリーに弁慶の泣き所を蹴られ、蹴られたコーヒーは痛みから数歩前へ出てしまう。

そこで、コーヒーは少し色の変わった地面を踏み抜いてしまった。

 

「「「……あっ」」」

 

三人が揃って声を出した直後、床がパカッと開いた。

サリーは蜘蛛糸で、コーヒーはメタルボードに乗って事なきを得たが、メイプルだけはそのまま下へと落ちていった。

 

「メイプルー!大丈夫ー!?」

 

サリーは穴に向かって呼び掛けるが、VIT極振りのメイプルなら大抵の罠は問題ないという考えから特に心配はしていなかった。

だが、ドドドド……という何処か不吉な音が落とし穴から聞こえてきたことで、コーヒーとサリーは嫌な予感を覚えた。

 

「メイプル!今何が起きてるんだ!?」

 

コーヒーが呼び掛けるも、メイプルから返事は返ってこない。

まさか即死系のトラップではないかと頭を過り、コーヒーとサリーは心中穏やかでいられなくなる。

 

「ふうー、驚いたよー。ただの毒沼かと思ったら、横にあった穴から毒の水が流れ始めたから」

 

そんな二人に反するように、白い手に掴まれふわふわと浮かぶ盾二枚に挟まれたメイプルが、文字通り浮かび上がってきた。

 

「ふふーん。装備さえあれば落とし穴なんて怖くないよー」

「……とりあえず無事だったから良しとするか」

「……そうね。本当に気をつけて進まないとね」

 

本当に相変わらずなメイプルにコーヒーとサリーは何とも言えない気分でそう口にする。

……サリーはメイプル、否、《救いの手》の白い手から顔を逸らして。

 

「……そうだ!【発毛】!!」

 

メイプルは何を思ったのか、その場で毛玉モードとなった。毛玉からは顔と天使の羽がぴょこんと飛び出しているが。

 

「メイプル?」

「これなら罠も考えなくていいし、サリーも怖がらないし一石二鳥だよ!前もこうやって探索したんだー」

「うわぁ……」

 

まさかこんな方法で罠を突破していたことにコーヒーはまたしても何とも言えない気分となる。

一先ず、毛玉の中にサリーが入り、コーヒーはメタルボードに乗ったまま通路を進んでいく。

 

「……ダンジョン探索ってこんな感じだっけ……?」

「ここは深く考えない方がいいだろ。この年で胃痛に悩みたくない」

「……そうね」

 

コーヒーとサリーはその辺りの思考を放棄して進んでいき、曲がり角を曲がると、全長ニメートル程の……炎の鳥と鉢合わせした。

 

「「あ」」

 

コーヒーとサリーが揃って声を洩らした直後、炎の鳥はそのまま毛玉に体当たり。メイプルの毛を容赦なく燃やし尽くした。

 

「そ、そんな~!」

 

ダメージこそ受けていないが、毛玉モードを破られたメイプルは少しショックを受けたように声を洩らす。

その間にコーヒーが炎の鳥に向かって矢を放つも、矢は炎の鳥に刺さらず、そのまますり抜けてしまう。

 

「メイプル!」

「うん!【挑発】!!」

 

サリーの呼び掛けにメイプルは頷き、【挑発】を発動。炎の鳥の注意を自身に向け、体で炎の鳥の体当たりを受け止めていく。

 

「流せ、【ウォーターボール】!!」

 

メイプルが注意をひいている間にサリーは横から水魔法を炎の鳥に直撃させる。

すると、炎の鳥はダメージエフェクトを弾けさせ、その炎が消火されたように小さくなっていく。

炎が消えると、そこにいたのは赤い鳥だった。

 

「今度こそ!!」

 

コーヒーはそう言って矢を連続で放っていく。

放たれた矢は今度はすり抜けることなく赤い鳥に突き刺さり、頭部に刺さった時点で【一撃必殺】が発動して鳥は光となって消えていった。

戦闘が終わると、メイプルは《救いの手》を装備から外していた。

 

「まさか特定の属性攻撃を当てないといけないモンスターがいたとは……」

「うん……もう【発毛】もできなくなっちゃったし」

「同じ手は通じないってことじゃない?せっかくだからトラップを見抜く練習をしてみたら?」

「うん、そうだね?やってみようかな?」

 

そして……

 

「目が回るぅ~~!!」

「危なっ!?」

「待ってメイプル!そこに魔法トラップが……ひぃいいっ!?」

「ぐえっ!?く、首が絞まってるって!!」

 

メイプルが何度もトラップを発動させながらも、三人は奥を目指して進んでいくのであった。

 

 

 




「……たぶん、ここにもトラップがあるよ。みんな、気をつけてね……」
「マルクスのお陰でトラップは安心だな」
「油断大敵だ、シン。モンスターの攻撃で罠が意図的に発動する可能性もあるからな」
「へいへい。テンジアは相変わらず―――」
「蜘蛛型のモンスターですね。数は少々多いですが」
「問題ない。爆ぜろ!【炎帝】!!」

この後……

「「「「「「ぎゃああああああああああああああああああああああああああッ!!!」」」」」」

蜘蛛の一体が罠のスイッチを押し、黒い悪魔型のモンスターの大群の登場で阿鼻叫喚となる【炎帝】パーティーの図。
※ちなみに撤退はテンジアがミィをお姫様抱っこしました。カミュラは……シンに引っ張られました。

感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

塔一階の攻略

てな訳でどうぞ


塔の一階を攻略していたコーヒー達は、現在死んだ魚のような目となっていた。

 

「まさかあんな罠があるとは……」

「今まででトップクラスの罠だったわね……」

「私も……あれは痛いのとは別の意味で嫌だよ……」

 

コーヒー達は通路を左へ右へ、階段を上に上へと進んでいく中、蜘蛛型のモンスターの大群に遭遇した。

蜘蛛達は二、三回の攻撃で簡単に倒せるほどで、若干不気味さを感じながら蜘蛛達を倒していた。

 

その途中でサリーの恐怖センサーが警鐘を鳴らし、直感のままに魔法を放った。が、あの時ほどサリーはもっと早く気付くべきだったと後悔することとなった。

 

魔法で吹き飛ばされた蜘蛛は既に壁のスイッチを押しており、その蜘蛛が地面へと落ちる最中で左右の壁がパカッと開き―――あの一匹見つけたら30匹はいると思え!!である台所の黒い悪魔の大群が滝の如く流れ込むように出てきたのだ。

 

当然、その悪夢の光景に顔面蒼白となったコーヒー達は一瞬だけ意識が飛び、我に返った瞬間に逃走。AGI0のメイプルはサリーが担いで全速力で逃げ始めたが、黒い悪魔達は飛んだり、壁をカサカサしたり、黒い津波と化したりして三人を追いかけ始めた。

 

その恐怖の光景に三人は大絶叫。恐怖のあまり、イズが爆発範囲を拡大した爆弾【樽爆弾ビックバンII】を思わず使ってしまい、天使モードのメイプルはサリーと共に盛大に吹き飛ばされてしまったが……代わりにあの黒い悪魔達は殲滅できたのでいいだろう。

 

「……早くこの階を攻略しよう。何度もアレに会いたくない」

 

コーヒーの言葉にメイプルとサリーはコクリと頷き、塔の攻略を再開していく。

ちなみに道中のモンスターは物理攻撃無効だったり、魔法無効だったり、一定条件を満たさないと倒せなかったりと癖が強いものばかりである。

 

この難易度はトップクラスのプレイヤーが挑む前提だから、相応の敵が出てくるのは当然の流れである。

そんな三人の前にまた新たなモンスターが現れる。それは雲が人の形をとったようなモンスターだった。

 

「また何か来たよ!!」

「見たことないモンスターだね。CF!!」

「了解。噴くは雷柱 昇るは積乱の道標 地より出流る衝撃で彼方の敵を呑み込まん―――衝き出せ!【エレキタワー】!!」

 

サリーの声に応えるように、コーヒーは地面から雷柱を放って攻撃する【雷帝麒麟】の魔法【エレキタワー】で雲のモンスターに先制攻撃を仕掛ける。

 

雲のモンスターはコーヒー達に気付いて戦闘体勢に入るも、地面からの雷柱を防げずにそのまま直撃を食らってしまう。

雷柱が消えると、雲のモンスターは麻痺とスタンが入って動けなくなっていた。

 

「よし!今の内に決めるよ!!」

 

サリーは両手にダガーを構えて雲のモンスターへと接近し、そのまま斬りかかろうとする。

しかし、雲のモンスターが張っていた風の障壁にぶつかり、それ以上の接近が出来なかった。

 

「この障壁……壁としても機能してるの?なら、【氷柱】」

 

サリーはそう言って直ぐ隣に氷の柱を作り出し、それを足場にして飛び上がる。

 

「うわ……あの障壁、正面だけじゃなく周りを囲むように展開されてるのね」

 

何とも悪辣なモンスターにサリーは眉を顰めるも、両手のダガーを構え直して雲のモンスターの近くへと降り立つ。

青と黒のオーラを纏っていたサリーはそのまま雲のモンスターを切り裂き、光に還元するのであった。

 

青いオーラは【剣ノ舞】の効果によるものだが、黒いオーラは装飾品である指貫グローブ《刃竜の手袋》のスキル【刃竜ノ演舞】の効果によるものである。

 

【刃竜ノ演舞】は【剣ノ舞】の上位互換と呼べるスキルであり、相手の攻撃を回避、または相手を攻撃する度に自身のSTRとAGI、クリティカル率が1%ずつ上昇するのだ。

 

上限値は50%と【剣ノ舞】と比べると半分だが、STRだけでなくAGIとクリティカル率も上げられ、上昇方法も簡単。解除されるのも【剣ノ舞】と同じだから十分に強力なスキルである。

 

「一応はサクッと倒せたな」

「そうね。でも、まともに戦ったら苦戦は必須ね。たぶん【跳躍】で風の障壁を飛び越えて戦うのが前提ね」

「まるでボスみたいだね。そんなモンスターがあちこちにいるってやっぱり難易度が高いのかな?」

「……皆もそう思ってたりするよ、きっと」

「……そうだな」

 

メイプルのその言葉に、コーヒーとサリーは少し目を細めてそんなことを言う。

何せ、自分達のすぐ傍にラスボスがいるのだ。二人のこの反応はある意味当然である。

 

「……?っとと、それはともかく。早く行こう!またあれが来たら大変だからね!!」

「そうだな。今回は素早く倒せたが、次もそうとは言えないからな」

「ん、そうだね。急いで突破しちゃおう」

 

メイプルの言葉に頷きつつ、コーヒー達は罠に警戒しながら塔の探索を再開していく。

魔法トラップはサリーが、物理トラップはコーヒーが見つけつつ、避けられるモンスターは静かに道を変えて避けながら進んでいく。

 

「メイプル。左に魔法トラップがあるから気をつけてね」

「分かったよ、サリー」

「床と壁に気をつけて進めよ?この場合、大抵は物理的なギミックのトラップが仕掛けられてるからな」

「りょうかーい」

 

【魔力感知】で事前に魔法トラップが見つけられるサリーの指示とコーヒーの警告に従って、メイプルは注意しながら右に寄って進もうとする。

右の壁に手を当てながらメイプルは進んでいき、その手がほんの僅かに色が違う壁に当たろうとする。

 

「!!メイプル!一旦止まれ!」

「え?」

 

その色違いの壁に気づいたコーヒーがメイプルに静止の言葉を投げ掛けるも、時既に遅し。

メイプルはその色違いの壁に手を当ててしまい、その壁がスイッチのように押し込まれる。

直後、メイプルの足下から桃色の煙が吹き出し、メイプルを包み込んだ。

 

「メイプル!」

「大丈夫だよサリー。甘い臭いがするだけで、特に何もないよー」

「……甘い臭い?」

 

煙の向こう側からのメイプルの元気な声に安心しつつも、甘い臭いという言葉に不吉な予感を覚えるコーヒー。

 

「そう。でも、早くこの場から離れようか」

 

サリーも嫌な予感を覚えているようで、この場からすぐに移動するよう促す。

三人はその場から立ち去るように進んでいくが……何も、起きない。

 

「……おかしい。こうも何も起きないとかあり得ない」

「うん。あの煙が毒だったなら、何も問題ないんだけど……」

 

てっきりモンスターを誘き寄せる罠と警戒していたコーヒーとサリーは、モンスターの影も形も見えないことに疑問を浮かべる。

 

この道中でメイプルがかかった罠は回転椅子、お化け、地面からの槍、下の階へ落とす落とし穴等、本当に嫌な罠だらけだったのだ。

その予想は、裏切られることはなかった。

 

「?向こうから何か聞こえるよ?」

 

そう言ってメイプルは三つに分岐している通路の真ん中を指差す。

コーヒーは【遠見】を使って確認すると……天井にぶら下がっている巨大な蜂の巣と、その巣の周りを飛び回っている雀蜂の姿をしたモンスター達がいた。

 

「……向こうに雀蜂型のモンスターの大群がいるな」

「数は?」

「数えるのが面倒なほど」

「じゃあ、避けて通ろうか」

 

サリーの言葉にコーヒーとメイプルは頷き、蜂の巣がある通路を避けて通ることを決める。

そのまま進んでいくのだが……

 

「……近づくにつれて蜂達の動きが何かを確認するように動いているな」

「ホントに?私にも確認させて」

 

サリーの言葉に、コーヒーは《信頼の指輪》の【彗星の加護】を【遠見】へと登録し直し、【遠見】が限定で使えるようになったサリーがその通路を確認する。

 

「……CFの言う通り、あの蜂達は何かを確認するように動いているわね」

「一体何を―――」

 

そこでコーヒーとサリーはある事に気付き、二人揃ってメイプルに視線を向ける。対するメイプルはよく分からずに首を可愛らしく傾げている。

 

「……メイプル。ここで少し待ってて」

「?うん。分かったよサリー」

 

サリーの唐突な指示にメイプルは疑問に感じながらも頷き、コーヒーとサリーはそのまま分岐点に足を踏み入れる。

 

「蜂達の様子は……さっきと同じだな」

「そうね」

 

そして、コーヒーとサリーは右の通路へと入って十歩歩いたところで止まり、メイプルに分岐点のところまで歩いてそこで止まってほしいとメッセージを入れる。

少ししてメイプルが分岐点で立ち止まり、それから十秒も経たない内に―――雀蜂の大群がメイプルに襲いかかった。

 

「うわわわっ!?」

 

メイプルの驚く声がコーヒーとサリーの耳に届く。対する二人はやっぱりという心境になっていた。

 

「やっぱりあの煙は蜂を呼び寄せるやつだったのか」

「特定の場所に来て効果を発揮する罠だったみたいね。蜂達の動きは、あの煙を被ったメイプルに反応したからだったのね」

その間にもメイプルは【機械神】の銃撃で雀蜂達を吹き飛ばしているが……数が多くて相当苦戦しているようである。

「……そろそろ助けるか」

「そうね」

 

コーヒーとサリーはそう言って互いの得物を構え、蜂の塊に突撃していく。

―――数分後。

 

「うう……二人共、ひどいよ~」

「その……悪かった」

「うん。まさか雀蜂全員メイプルだけを狙うとは思ってなかった」

 

終始雀蜂に襲われたメイプルに、コーヒーとサリーは囮同然の行為を謝っていた。

雀蜂達は蜘蛛と同じく強くなかったが、数はG並みだったので掃討にはそれなりに時間がかかってしまっていた。

 

コーヒーは【スパークスフィア】や【雷旋華】に【リベリオンチェーン】、メイプルは【毒竜(ヒドラ)】や【ヴェノムカプセル】、【機械神】で片っ端から、サリーは高範囲スキルを持っていない為、一体一体斬り倒してだ。

 

雀蜂達は煙を被ったメイプルしか狙わなかったので、コーヒーとサリーは比較的容易に倒せていたので駆逐自体は数分で終わらせることができた。

その代償にメイプルの装備は食べられたことで何度も破壊され、【悪食】も使い切らされてしまったが。

 

ちなみに、その煙を被ったプレイヤーが死亡すると、雀蜂達は無差別に他のプレイヤーに襲い始めるのだが……貫通攻撃を有していなかったので、雀蜂達はメイプルだけを狙う羽目となった。

 

取り敢えず、三人は気を取り直して先へと進んでいく。

少しして……

 

「ひぃいいッ!?」

 

上へ続く階段の前で佇むように待機していた首のない二体の鈍色の甲冑騎士―――俗に言うデュラハンがガチャガチャと音を鳴らしながら此方へと近づいてきた。

悲鳴を上げたサリーは……コーヒーを盾にするように後ろに隠れてしがみ付いていた。

 

「シ、CF!メイプル!早く倒して!!」

「弾けろ!【スパークスフィア】!!」

「【砲身展開】!!」

 

涙目のサリーの言葉にコーヒーは雷球を、メイプルはレーザーを放って二体のデュラハンを攻撃する。

メイプルのレーザーは鎧に弾かれたが、雷撃の方ははマトモに喰らい、二体のデュラハンはあっさりと光となって消えた。

 

「今のデュラハンは雷属性じゃないと倒せないやつだったのか」

「そうみたいだね」

「取り敢えず、デュラハンはもういないぞ。サリー」

 

コーヒーの言葉にサリーは警戒しながら背中越しにデュラハンがいないことを確認する。確認を終えると、サリーはコーヒーの背中から離れた。

 

「さっきのはゴーレム……と考えてもダメか?」

「無理……首なし騎士はわりと有名な幽霊だから……せめて兜があれば……いや、兜の中が空洞だったらアイツを思い出しそうだし……」

「まだアレの傷が癒えていないのか?」

「うん……」

 

コーヒーの質問にサリーは力なく頷く。まだジェイソンモドキの傷は癒えていないようである。

そんな二人をメイプルはニコニコして見守るのであった。

 

 

 




「前方に蜂の巣あり!!」
「迂回するか?」
「いや、敢えて突っ込む。ここで迂回すれば……あの憎きCFから逃げるのと同意だ!!」
「「「「「そうだな!よし、行くぞ!!」」」」」

生産職のプレイヤーから購入した爆弾を持って突撃していくパーティーの図。
※この後、返り討ちに合いました

感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

VS雷砂竜

てな訳でどうぞ


モンスターを倒しては進み、道中の罠は回避しながら進み。

コーヒー達はようやくボス部屋の手前で到着した。

HPへダメージを受けることはなかったが、道中の罠によって精神的にはかなりのダメージが入っていた。

 

「やっぱり最高難易度なだけあって、本当にハードだったな」

「そうね。貫通攻撃持ちはなかったのが幸いね」

「そのおかげで助かったよー。二階にもなかったらいいけど……」

 

サリーの言葉に対してメイプルはそう呟く。

罠に何回もかかっていたメイプルにとっては貫通攻撃の有無で攻略の難易度が大きく変わってくる。

HPが低い上に、《女神の冠》のスキルのこともあるから貫通攻撃を受け続ける訳にはいかないのだ。

 

「それじゃ、今日はボスを倒して二階に行けるようにして終わるか」

「そうだね。それ以上は正直キツいし、まだ初日だしね」

「そうね。今日はそれで終わろうか」

 

コーヒーの意見にメイプルとサリーも賛成し、三人はボス部屋の扉を開けて中へと入っていく。

ゴツゴツとした岩の壁に、ひび割れた地面。壁には生えるように青紫色の水晶がそこかしこから顔を覗かせている。

地面には所々流砂があり、まともに歩くことができる場所が限られている部屋であった。

 

「……サリー、コーヒーくん」

「うん。多分、下から来る」

 

サリーがそう口にしたその時、三人の目の前で地面の砂が巻き上がっていく。

 

「言ってるそばから来たな!迸れ!蒼き雷霆(アームドブルー)!!」

 

コーヒーはそう言ってクロスボウを構えると、壁と同じ青紫の水晶のような鱗を持った翼のない竜が砂の中から現れる。

 

その竜は翡翠に輝く瞳で三人を見据え、そのまま大きな咆哮を上げる。

途端、壁に埋まっている水晶が蒼い電気を迸らせ始めた。

 

「メイプル!CF!」

「【攻撃開始】!!」

「【連射】!!」

 

サリーが駆け出すと同時にコーヒーとメイプルが射撃を開始し、サリーを援護していく。

弾丸やレーザー、矢が竜へと迫る。

 

しかし、それらの攻撃は全て竜の鱗へと吸収されてしまった。

それだけではない。竜は尻尾を振って自身の水晶のような鱗を全体へ放つように飛ばしてきたのだ。

 

「っ!【超加速】!!」

 

サリーは加速すると飛ばしてきた鱗をするりと回避し、避けきれない鱗はダガーで弾こうとした。

 

「っ!?」

 

しかし、その瞬間に恐怖センサーが警鐘を鳴らし、サリーは直前で鱗を弾かずに強引に身を捩って回避する。

無理な回避行動だった為、サリーはバランスを崩してその場に転がってしまう。

 

そんなサリーに構わず、竜は足下にあった鱗を踏み潰した。

瞬間、その足下から雷の爆発が起こり、それを受けた他の鱗が連鎖するように順番に爆発していく。

その爆発はサリーを呑み込み、そのままメイプルとコーヒーにも襲いかかった。

 

「うわわっ!?」

 

メイプルの【身捧ぐ慈愛】でコーヒーには何も影響はなかったが、代わりにメイプルはその場から吹き飛ばされてしまう。

 

「高ノックバック攻撃かよ!?」

 

まるで雷の爆弾のようだとコーヒーは思いながら、メタルボードに乗ってメイプルの【身捧ぐ慈愛】の範囲内へと急いで戻っていく。

サリーも【八式・静水】で攻撃をすり抜けたことで難を逃れ、コーヒーと同じく【身捧ぐ慈愛】の範囲内へと戻った。

 

「あれをどう見る?サリー」

「攻撃を吸収した……にしては少しおかしいかな?メイプルの銃撃にも蒼い電気のエフェクトがあったし……」

「つまり、特定の属性の攻撃を吸収しているということか?しかも、強制的に属性付与の攻撃にするオマケ付きで」

「うわぁ……それじゃあ倒せないよー……」

 

目の前のボスを考察している間に、竜は掻き分けるようにして砂の中へと戻っていく。

 

「下警戒!メイプル!!」

「【砲口展開】!!」

 

サリーの警告に、メイプルは大量の兵器を展開することで応える。

コーヒーはメタルボードを操作して上空へ上がり、メイプルはサリーを抱えて地面に砲撃を放って自爆飛行で上空へと上がる。

 

そして、そのタイミングで竜が大きな顎を覗かせるように先程までコーヒー達がいた地面の真下から再び現れ、バクン!と噛みつくように顎を閉じた。

 

「【クラスタービット】!!」

 

コーヒーは【クラスタービット】をもう一つ発動し、メタルボードとしてメイプルとサリーの真下へと移動させる。

二人を乗せたメタルボードは重量オーバーでゆっくりと地面に向かって沈んでいくが、落下するよりかは比較的安全である。

 

「それで、どうやって攻める?」

「まずは壁の水晶の破壊かな?たぶん、あれが属性付与の原因だと思う」

「だとしたら、足場が悪いここじゃ……いや、行けるか」

 

最初は難しい顔をしていたコーヒーだが、足場自体は簡単に作れることを思い出し、すぐに実行に移す。

 

「【氷柱】!!」

 

自身を乗せたメタルボードで壁際を移動しながら、コーヒーは壁の水晶に矢を撃ち込みつつ、共有していたサリーのスキル【氷柱】を発動させる。

 

「メイプル。壁の水晶を壊す間、アイツの注意を引いてて!」

「分かったよサリー!【挑発】!!」

 

サリーの指示に快く頷いたメイプルはスキルを使って竜の意識を自分に向けさせる。

同時にサリーは飛び上がって跳躍し、コーヒーもメイプルが乗っていたメタルボードを取っ手がついた大盾状へと形を変える。

 

そのタイミングで、竜が口から砂のブレスを吐き出すも、【クラスタービット】の大盾に隠れたメイプルは強力なノックバックで吹き飛ばされはしたがダメージは入らなかった。

 

「本当に強力ね……」

 

相変わらずの強力なスキルにサリーはそう呟きつつ、コーヒーが作った氷の柱を足場にして壁の水晶を攻撃。次々と破壊していく。

 

コーヒーとサリーが協力してすべての壁の水晶を破壊し終えると、竜は再び咆哮を上げ、今度は体の表面に透明な結晶を纏わせた。

 

「また変化したな。どう見る?」

「防御力が上がったと見ていいかな?だとしたら……ん?」

 

そこでサリーは地面に黒い岩石が幾つか転がっていることに気付く。

竜は再び青紫の水晶の鱗を飛ばし、同じ手順で爆発させる。

その爆発を受け、黒い岩石は大きな音を立てて爆発した。

 

「もしかして、口が弱点?」

「表面の結晶と爆弾……普通に考えたらそうだよな」

 

コーヒーとサリーが考えている間に、竜は再び砂の中に戻っていく。

そして、再びメイプルの真下に現れ、バクンッ!と食べた。

 

「「あ」」

 

コーヒーとサリーは揃って間抜けな声を出す。

その声はメイプルをほったらかしにしたからではなく、最も危険な存在を食べてしまった竜に対する同情からだ。

 

実際、竜の口から爆音が響き、毒が漏れでているのだ。

竜はメイプルを吐き出そうと暴れるが、そのメイプルは吐き出せず、そうしている内に竜のHPバーがゴリゴリと削られていく。

 

「……なんか、あの竜が凄く憐れだな」

「……そうね」

 

コーヒーとサリーは何とも言えない表情でその光景を見守っていく。

そのまま竜のHPは残り二割となり、このまま削り切られるかと思ったところで、竜の体全体から蒼い電気が迸り始めた。

 

「アババババババ」

 

メイプルが奇怪な悲鳴を上げ、そのままスイカの種のように竜の口から吐き出された。そのメイプルは目を回してスタン状態となっている。

 

メイプルを漸く吐き出した竜は一際高い咆哮を上げると、透明な結晶を吹き飛ばし、蒼い電気をより一層強く迸らせ、全体を覆ってしまう。

そのまま、口を大きく上げてコーヒーとサリーへと迫った。

 

「ッ!?」

 

先程までとは段違いのスピードにコーヒーとサリーは回避が間に合わず、そのまま食べられてしまう。

幸い、【クラスタービット】を自分達を包むようにしてボールの形にしたため、ダメージは入ることはない。

だけど、食べられたことには変わらない……筈だった。

 

「【雷炎】!!【聖刻の継承者】!!【ジェネレータ】!!集え!【グロリアスセイバー】!!」

 

コーヒーは【クラスタービット】の表面の一部に穴を開け、速攻で強化した【グロリアスセイバー】を問答無用で放った。ご丁寧に【雷炎】で属性を変えて。

 

HP残り二割の竜がその一撃に耐えられる筈もなく、竜は砂となり青紫の鱗を光に変えて消えていくのであった。

しかし、ここで誤算が生じた。

 

「……どうやって脱出しようか?」

 

そう、倒したはいいが、コーヒーとサリーは頭だけが外に出て、体は砂に埋もれてしまったのである。

タイミング悪く、竜が砂の中に戻ろうとしたタイミングで倒してしまった為、このような事態になったのだ。

 

「……【クラスタービット】で削るのは?」

「さっきからやってるが思うように進まないんだ」

「なら早くして」

 

何の因果か、互いに顔合わせの状態となっているコーヒーとサリーは互いに顔を逸らして言い合う。

ちなみに距離は……結構近い。ついでに二人の頬は若干赤く染まっている。

その後、【クラスタービット】で何とか周りの砂を彫り上げ、二人は砂の中からの脱出を果たした。

 

「何とか出られたが……メイプルはどうしてるんだ?」

「そういえばそうね。スタンもそろそろ切れてもおかしくない筈だけど……」

 

二人はそう言って流砂から這い上がると……砂の山に埋もれていたメイプルがいた。

 

「「…………」」

「ううー……気がついたら砂に埋もれてるし、全然動けないよー。後、ボスはどうなったんだろ?」

 

メイプルも砂に埋もれていたことにまた微妙な気分になりつつも、コーヒーとサリーはメイプルを救出し、砂の山から出てきたスキルの巻物を手に入れて、今日はお開きとなるのであった。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

運営は現在、通常フィールドだけでなくイベントフィールドの管理もしていた。

 

「最高難易度の進行は大分詰まってるな……よし」

 

モニターを見つめていた男はグッと拳を握りしめてそんなことを呟く。

そのモニターには現在攻略された階層とその人数が映っており、最高難易度を攻略しているプレイヤーのトップは現在二層の途中であった。

 

「ええ。最高難易度に挑戦しているプレイヤーの多くは一層で大分苦戦していますからね。完走はイベント最終日になるでしょうね」

「だな。ただ……それ以外の難易度の攻略スピードが全体的に速いんだよな」

「流石に最高難易度に力を注ぎ過ぎましたかね?」

「俺達の悪意を大分注ぎ込んだからな……まあ、始まったばかりだし、もう少し様子見だな」

「ですね。せっかくですから最高難易度の様子を確認します?ちょうど、一層のボス部屋に誰かが入ったみたいですし」

「そうだな」

 

男はそう言ってキーボードを操作し、モニターにその画面を映す。

映ったのは……少女二人と少年一人の三人パーティーだった。

 

「……見るか?」

「……見ましょう」

 

本当は一般的なプレイヤーの戦闘を見たかったが、今後の為にも見ることを決めた二人はその画面を見つめることにした。

 

「やっぱり硬いなぁ……」

「竜には貫通攻撃のブレスがありますから……」

「……【クラスタービット】の大盾で防がれたんだが?」

「「……あ」」

 

二人は揃って声を洩らす。何故なら……メイプルが竜に食べられたからである。

 

「……ヤバくないか?」

「ヤバいです」

「口の中からどんどん攻撃してますね……」

「あ、スタンを食らわして吐き出しましたね」

「よし!そのまま必殺の雷砂ブレスを……」

「って、また捕食!?」

「なんであの竜は捕食しようとするんだよ!?」

「げえっ!?口の中からの攻撃でトドメを刺された!!」

「「…………」」

「……敗因は?」

「捕食ですね」

「ああ。捕食だな」

 

今回の敗因は竜の捕食行動だった。普通はそれなりのダメージを入れられる攻撃なのだが、相手が本当に悪かったのである。

 

「あ、CFとサリーが砂に埋もれましたね。次いでに顔が近いですね」

「そのまま口づけしちまえよ。もしくはラッキースケベを……」

「いや、無理でしょ」

 

その冷静なツッコミを受けた男は咳払いしつつ、話を次のボスに移した。

 

「次のボスは……スキル強奪とコピーだったな」

「後、【鏡ノ結界】は閉じ込めている間に破壊したら、閉じ込めた相手を即死させるんでしたよね?」

「初見じゃ厳しい相手だけど……どう思う?」

「運、ですかね?【黄金劇場】と【影ノ女神】を奪えば一気にハードルが上がりますからね」

「ついでにボスの【鏡ノ結界】は素早いしな。上手くいけばワンチャンだ」

「そう言って、毎回失敗してるんですよね……」

 

この後、パワーアップした竜を倒される映像を見せられた、その竜の原案を作成した男は悲鳴を上げるのであった。

 

 

 




「よし!いいぞ!!」
「そのままプレイヤー達を返り討ちにし続けろ!!」

別部屋でモニターしていた男達の図。
※この後、悲鳴をあげました。

感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二階は本と鏡

防振り新刊情報は雷使いのキャラが出ますね……スキル名が被りそう
ガンヴォルト新作映像も……IFなのか、それとも爪のその後なのか……本当に気になりますね
てな訳でどうぞ


一階を攻略した三人は日を改めて二階の攻略へと移った。

一度一階をクリアしたから二階からすぐに始められる三人は二階へと足を踏み入れる。

そこで三人の目の前に広がっていたのは、壁一面が本で埋めつくされた通路だった。

高い本棚が天井まで届き、通路は一階と同じ程度の幅だ。

 

「図書館、かな?」

「見た限りはな。この分だと魔法攻撃が多そうだな」

「このくらいの幅だとシロップに乗れないんだよねー……」

 

メイプルの言うように、屋内の場合はシロップに乗って移動できないことが多い。

空を飛べば大概は回避できるのだが、今回のイベントはそれを許しはしなかった。

 

「うーん……【ワイルドハント】の小舟ならいけそうだが……一万払うのがなぁ……」

 

コーヒーは【クラスタービット】や【孔雀明王】、【ワイルドハント】を使えばこの通路でも問題なく飛べるが、それらは基本一人だ。特に【孔雀明王】はパーティーに全く向いていないスキルだ。

【ワイルドハント】は発動にお金が必要なので、積極的に使いたくはない。

 

「いやいや、飛ぶ前提で話を進めてどうするのよ。ちゃんと歩いて攻略しなさいよ」

「りょうかーい」

「はーい」

 

サリーのツッコミにコーヒーとメイプルはあっさりと頷き、そのまま三人で通路を歩き始める。

右も左も本だらけの通路で、コーヒーが思い出したように口を開いた。

 

「そういえば、一階のボスが落とした巻物の内容を確認してなかったな」

 

コーヒーはそう言って自身のインベントリを操作して件の巻物を取り出し、その内容を確認していく。

 

 

===============

【爆雷結晶】

発動から三分間、攻撃を受けると強力なノックバック効果と無差別攻撃である雷の衝撃を放つ結晶を両手から放てるようになる。使用する度にMPを3消費する。

雷属性の攻撃を受けると威力と範囲は二倍となる。

30分後に再使用可能。

口上

雷撃宿し結晶よ 我が手より放たれ その怒りを以て咆哮せよ

===============

 

 

「……雷系統のスキルだな」

「そうね。後、近距離じゃまず使えないわね」

「私はMPの消費が……」

 

取り敢えず、コーヒーは【爆雷結晶】を取得し、相変わらず本だらけの通路を進んでいく。

やがて十字路へと辿り着き、そのどれもが同じような景色である。

 

「さて、どの道を進むか……」

「メイプルは?」

「……左?」

「じゃあ左で。CFもいいよね?」

「ああ」

 

そうして三人が十字路を左へ曲がってすぐ。

本棚から勢いよく一冊の本が飛び出し、三人の方へと向かってきた。

 

「……!よっ、と!」

 

サリーは素早く反応して体を捻り、飛び出してきた本を避け、同時にダガーを振り抜いてカウンターを決める。

ダガーに斬りつけられた本は赤いダメージエフェクトを散らす。どうやらトラップではなくモンスターのようである。

本型のモンスターは一撃では倒れず、本来はない牙を頁の端に覗かせながら、そのまま噛みつこうとする。

 

「ほれ」

 

そのモンスターに、コーヒーはクロスボウの矢を撃ち込む。

HPはかなり低く設定されていたのか、本型のモンスターは矢を一発受けただけで倒れて光となって消えていった。

 

「ここは本がモンスターなんだね。でも、当然と言えば当然なのかな?」

「確かにね。【魔力感知:左目】」

 

メイプルの言葉にサリーは頷きつつ、スキル【魔力感知】を発動させる。

すると、本棚の所々に赤い靄が左目に送られてきた。

 

「うわぁ……気配はないのに赤い靄があちこちに……罠かモンスターなのか分からないのは残念だけど、警戒がしやすいだけマシかな?」

「【身捧ぐ慈愛】は?」

「念のためにしといた方がいいだろ」

「そうね。メイプル、お願いね」

 

メイプルに【身捧ぐ慈愛】を発動させ、コーヒーも《信頼の指輪》で共有している【魔力感知】を発動する。

万全の態勢となった三人は改めて、ぎっしりと本が詰まった本棚に挟まれた通路を進んでいく。

 

「さっきの本はあんまり強くなかったね」

「HPやVITが高くないところをみる辺り……他のステータスが高かったのかものな」

「そうかもしれないわね……」

 

もっとも、VITが装備込みで五桁となっているメイプルには貫通攻撃しか通用しようにはないが。

 

「不思議な本を見るとカナデを思い出すなあ」

「……ボスは本当にそんな感じかもね」

「本から攻撃を繰り出すタイプで、種類が豊富かもな」

「なるほどー。どこかに情報とか書いてないかな?」

 

メイプルはそう言って、左の本棚に手を伸ばして本を一冊抜き取ろうとする。

 

「お、おい!?」

「メイプル待って!!」

「え?」

 

コーヒーとサリーの突然の静止の声にメイプルは戸惑うも、時既に遅し。

メイプルが触った本は水色に光ってメイプルを包み込んだ。

光が消えると、メイプルは頭以外が氷漬けとなって閉じ込められていた。

 

「メイプル、大丈夫!?」

「うん、大丈夫!だけど、凄く寒いよー」

「こういう場合は炎だよな……【雷炎】!」

 

コーヒーは【雷炎】で属性を火に変え、矢を何発も撃ち込んで氷を溶かして破壊。メイプルをすぐに救出した。

 

「さっきの本棚の一列全部が赤い靄だったから嫌な予感がしてたんだが……」

「多分、何処に触れても同じ罠が発動するでしょうね。メイプル、無闇に触らないでね?」

「分かったよー」

 

メイプルが頷いたところで、今度は三冊の本が飛び出してくる。

それらはふわりと天井近くまで行くと、協力するように一つの雷球を形成し、それを雷として落としてきた。

 

「【避雷針】」

 

コーヒーは【避雷針】を発動して、生み出された杭を上空へと投げる。

コーヒーが投げた杭はモンスターが放った雷を吸収し、そのまま地面へと落ちていった。

 

その間に、兵器を展開したメイプルがレーザーとミサイルで吹き飛ばした。

そのまま本型のモンスターをメイプルがメインとなって撃退しながら進んで行くと、通路の突き当たりに全身を写す程大きい鏡が鎮座していた。

 

「あの鏡、凄く怪しいよな。姿を全然写していないし」

「そうね。一応、赤い靄はないからモンスターやトラップじゃないことは確かだけど」

「じゃあ、調べるねー」

 

相変わらずこういった事に警戒心が薄いメイプルは近づいてその鏡を触ろうとする。

メイプルが鏡に触れようと手を伸ばしたが、メイプルの手はそのまま鏡に吸い込まれるように入っていき、そのまま鏡の向こうへと消えてしまった。

 

「「メイプル!?」」

 

コーヒーとサリーは揃って声を上げるが、そのメイプルはすぐにその鏡から出てきた。

 

「おー、戻って来られたよー。戻って来れなかったらどうしようかと思ったよー」

「……鏡の向こうはどうだったんだ?」

「ここと同じ通路だったよ。だけど、本の代わりに鏡が大量にあったよ」

 

どうやらあの鏡の向こう側は別の場所に繋がっているようである。

 

「どうするサリー?一度引き返すか?」

「いえ、このまま進みましょ。どっちにしろ調べないといけないしね」

「そうだな」

「それじゃあ、私が先頭で行くね」

 

万が一の不意討ちのためにメイプルを先頭にしてコーヒー達は鏡の中へと入っていく。

鏡の向こう側は、確かにメイプルが言った通り鏡が壁に所狭しと規則正しく並べられている。

ちょうど、本棚が鏡に変わったような感じだ。

 

「こうも鏡だらけだと目が痛くなりそうだな」

「そうね。赤い靄があの先に見えてるし気を付けて進もうか」

「うん!」

 

三人はそうして鏡が大量にある通路を歩き始めていく。

少しして壁にあった鏡の一枚が独りでに浮かび上がり、三人に向かって来た。

 

「【攻撃開始】!!」

 

メイプルがいつものようにレーザーを放つが、そのレーザーが鏡型のモンスターに当たった瞬間に跳ね返り、メイプルに向かって戻って来た。

 

「嘘ぉっ!?」

 

驚くメイプルにレーザーは直撃するが、最強の盾であるメイプルには通らない。

 

「攻撃の反射か……どう見る、サリー?」

「んー、たぶん、遠距離攻撃しか反射しないんじゃない?一応、メイプルのレーザーは物理攻撃だし」

「と、なると矢も駄目か……【雷翼の剣】」

 

コーヒーはそれならと言わんばかりに雷の剣をクロスボウに形成する。これなら近接も可能である。

そうしている内に、鏡型のモンスターは光の球を明後日の方向へと放つ。

放たれた光の球はその方向にあった鏡へと吸い込まれ―――サリーのすぐ隣の鏡から飛び出てきた。

 

「っ!!」

 

サリーは咄嗟に体を捻ってかわすも、光の球はそのまま鏡の中に吸い込まれ、今度は左斜め上にあった鏡からメイプルに向かって飛んでいく。

 

「うわっ!?」

 

光の球はメイプルの頭に直撃するも、もちろんノーダメージ。欠片も減っていない。

 

「【超加速】!!」

 

サリーが自身のAGIを上げてモンスターへと接近。すれ違い様にダガーを振り抜く。

モンスターは赤いダメージエフェクトを散らすと、そのまま光となって消えていった。

 

「どうやらHPは本のモンスターよりも低く設定されているみたいね」

「その分、かなり癖が強いけどな」

 

遠距離攻撃は効かず、攻撃は鏡を通して放たれる。

メイプルの【身捧ぐ慈愛】がなければ無傷で突破するのは困難であったのが容易に想像できる。

 

「でも、サリーが一撃で倒せたから案外そこまで強くないかも」

「……多分、この手の敵は攻撃力が高く設定されてると思うよ」

 

メイプルの呟きに、サリーはそう言う。

実際、あの鏡型のモンスターは割と攻撃力を高めに設定されていたのだが……メイプルの防御力を突破するには火力不足だったのである。

 

「だとすると……【クラスタービット】はどう判定されるんだろうな?」

「一応は近接として扱われるんじゃない?」

「また現れたら一度試してみるか」

 

コーヒーが【口上強化】して【クラスタービット】を発動させてから、三人は鏡の通路を再び歩き始めていく。

やがて二つに別れた通路へと到達する。

 

「右と左、どっちにする?」

「今度は右で!!」

 

三人は十字路を右に曲がると、例の鏡型のモンスターが二体現れる。

 

「行け!!」

 

コーヒーは【クラスタービット】を操作し、蒼銀の津波で鏡型のモンスターを呑み込んで攻撃を仕掛ける。

数秒後、鏡型のモンスターは光となって消えるのであった。

 

「ここは【クラスタービット】メインで進むか」

「そうね」

「そうだね」

 

満場一致で【クラスタービット】での迎撃が決まり、今度はコーヒーがメインとなって通路を進んでいく。

そして、突き当たりへと到達し、そこにも最初に見た鏡と同じ鏡が鎮座していた。

それを見た三人は、メイプルを先頭にしてその鏡へと近づいていく。

 

そのままメイプルが鏡に触れると、ここに来た時と同じように吸い込まれ、メイプルはその場から消える。

それを見たコーヒーとサリーも同じようにくぐり抜けると、そこは最初に足を踏み入れた時と同じ本棚の通路であった。

 

「どうやら、本と鏡の通路を行ったり来たりして進む階層のようだな」

「そうね。この分だと、それを利用したギミックもありそうね」

「二つの世界を行き来する……凄く面白そう!!」

 

まさにファンタジー感満載な二階にメイプルのテンションが上がっていく。

 

「そうだ!せっかくだから……」

 

メイプルはそう言って自身のインベントリを操作し、装備を何時もの黒い鎧から緑の洋服へと変える。

 

「その装備は?」

「ふっふーん!私の新しい装備だよー!装備のスキルを使えば面白いことが出来るんだよー!!」

 

メイプルのその言葉に、コーヒーは悟ったような表情となった。

―――ああ、メイプルがまたスキルをおかしな使い方をするのだ、と。

 

「せっかくだから、二人もあの装備を―――」

「「は?」」

 

その瞬間、コーヒーはクロスボウをメイプルの眉間に、サリーはダガーを同じくメイプルの首筋に当てた。

その目は……とても濁っている。

 

「な、何でもないよ。あはは……」

 

あまりにも普段とは違い過ぎる二人の姿に、メイプルはすぐに折れた。が、意味はなかった。

 

「よし。ここからはメイプルを盾にして進もうか」

「そうね。この階層は文字通り、メイプルを盾にして進もうか」

「ええ!?」

 

本当に普通では絶対にしない、二人の物騒極まりない外道発言に、メイプルは狼狽するのであった。

その後、外道盾メイプルシールドが誕生し、盾と二人は奥を目指して進むのであった。

ちなみにこの話が話題に上がった際の二人の言い分は―――

 

『『イラッと来たのでやった。反省も後悔もない』』

 

と、真顔でそう口にするのであった。

 

 

 




「一階もそうだが、この階も癖が強いな」
「そうだねー。何か良いのがないかな?」
「フレデリカさん、不用意に触るのは―――」
「フレデリカが巨大化した本に呑み込まれた!?」
「【紫電一閃】!!」
「【破砕ノ聖剣】!!」

モンスターに食べられたフレデリカを大急ぎで救う【集う聖剣】パーティーの図。
※ベチョベチョとなったベチョデリカは無事(?)に救出されました。

感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最悪のハイブリッド

出来上がったので投稿
てな訳でどうぞ

※コーヒーの弓スキル【流星】を【流れ星】に変更しました。
理由:原作でスキル名が被っていたため。


図書館と鏡の展覧会を行き来して奥を目指すコーヒーとサリー。

十字架状の盾を正面にして罠やモンスターを警戒しながら本棚の通路を進んでいく。

 

「あのー……そろそろ解放して欲しいかなー、なんて……」

「ん?何か聞こえたか?サリー」

「何も聞こえないわよ?空耳じゃない?」

 

十字架状の盾―――形状を十字架状にした【クラスタービット】に磔にされているメイプルの声をコーヒーとサリーは聞こえてないという風にスルーする。

 

モンスターの攻撃は基本はメイプルシールドで受け止め、その間にコーヒーとサリーがモンスターを仕留めることで戦闘を問題なく進めていた。

 

「流石に少し暗くなってきたな」

「そうね。CF、確か【暗視】を持ってたわよね?」

「確かに持っているが……って、ああ。そういうことか」

 

コーヒーはサリーの言いたいことを理解し、自身の《信頼の指輪》の【遠見】を【暗視】へと登録し直す。

 

「それじゃ、【暗視】……うん、灯りが無くても見えるよ」

「これで進む分には問題ないな」

 

コーヒーも【暗視】を使って暗闇でも見えるようにし、薄暗い通路を慎重に進んでいく。

暗い通路をメイプルシールド、サリー、コーヒーの順で周りを警戒しながら歩いていくと、突然何の前触れもなく、地面から手の形をした黒い影が伸び、メイプルシールドを鷲掴みにした。

 

「ええ!?何これ!?」

 

メイプルがそう叫んだ瞬間、メイプルから天使の羽と輪が消え、同時に例の本のモンスターが何体も襲い掛かってくる。

 

「弾けろ!【スパークスフィア】!!」

 

コーヒーはすぐにメイプルを巻き添え、もとい、【クラスタービット】で全身を覆ってから【スパークスフィア】で本のモンスターを一掃しようとする。

だが、今回放った【スパークスフィア】は何時もより光が弱かった。

 

「いつもより威力が弱くなっている?まさか、一部のスキルと魔法を弱体化するエリアなのか?」

「そうかもしれないね。たぶん、火と光も対象になってると思う」

 

サリーはそう言って、麻痺が入って動けない本達を斬っていく。

相変わらず耐久値が低く、ダメージも受けていたのであっさりと倒すことができた。

 

「後は手の方……って、あれ?」

「いつの間にか消えてるな。たぶん、【身捧ぐ慈愛】が解かれた後だな」

 

コーヒーはそう呟くとメイプルを解放する。この状況で肉壁を敢行し続けるわけにもいかないし、お仕置きの方ももう十分だろう。

 

「ふー、やっと解放されたよー」

「それよりメイプル。【身捧ぐ慈愛】は使える?」

「んー……封印されてるみたい。三十分の間だけど」

「あの手はメイプルだけを狙ったから……【身捧ぐ慈愛】が原因かな?」

「取り敢えずこのまま進むか。幸い、スキルのお陰で暗闇でも問題ないし」

「ううー……二人が羨ましいよー」

 

一先ずサリーが装備を元に戻したメイプルの手を引っ張って進むことにし、三人は薄暗い通路を慎重に歩いて行く。

少しして、コーヒーとサリーの目に本棚と鏡が交互に鎮座している通路が入ってきた。

 

「あの鏡、どう見る?サリー」

「うーん……こうも規則正しく並んでいると、絶対何かあるわね」

「そうなの?私には何も見えないから分からないよー……あ、そうだ!」

 

メイプルは何を思いついたのか、インベントリから何かを取り出す。それは……二本の蝋燭だった。

 

「……メイプル?」

 

サリーが懐疑的な視線を向ける中、メイプルは二本の蝋燭を同じく取り出した手拭いで頭にくくりつけ、視界を確保した。

 

「ふっふーん!このミキから貰った【魔除けの蝋燭】があれば安心して進めるよー!」

「……ちなみに効果は?」

「名前の通り幽霊のお祓い!!後、フィールド効果を受けないんだって!!」

「ああ、だから普通に明るいんだな」

 

【暗視】を解除したコーヒーとサリーは何とも言えない気分になるが、鏡から伸びた黒い手でそれはすぐに吹き飛んだ。

 

「え?嘘!?」

 

地面から伸びた黒い手と同じ手に鷲掴みにされたメイプルは、そのまま鏡に向かって引き摺られていく。

その鏡には一つだけ青い目をした人型の影がいる。

 

「【ダブルスラッシュ】!!」

「【パワーブラスト】!!」

 

コーヒーとサリーはメイプルを捕まえている黒い手を攻撃すると、黒い手はすぐにどろりと溶けて床に染み込むように消えていく。

同時に鏡の中にいた影もどろりと溶けて消えていった。

 

「……倒せたか?」

「んー、多分倒せてないと思う。ちなみにメイプル、スキルの方はどうなってる?」

「んーと……【百鬼夜行】が封印されちゃってるよー」

 

メイプルの報告にコーヒーとサリーは少しだけ面倒そうな表情となる。

例の黒い手は光系統のスキルだけでなく、他のスキルも封印するのだと分かった為である。

 

「この鏡も姿を写していないし……多分、別エリアに繋がっているんだと思う」

「だけどどうし―――」

 

その瞬間、サリーは絶句した。

何故なら、通路の奥から青白い顔をした黒い髪を長く伸ばした女性がゆっくりと近づいてきていたからだ。

 

どう見ても……幽霊である。

それを認識したサリーは、迷わずコーヒーにしがみついた。

 

「?サリー?急に―――」

 

突然しがみついたサリーにコーヒーは一瞬疑問に思うも、奥から土煙を上げるかの如く全力疾走してきた女の霊に気づいたことですぐに察した。

 

「あれ、速すぎるだろ!?」

「ど、どうしよう!?」

「こうなったら鏡に飛び込むぞ!!」

 

幽霊の足の速さからすぐに追い付かれると判断したコーヒーはメイプルの手を引っ張ってサリーもろとも鏡の中へと飛び込む。

飛び込んだ鏡の中は一部屋しかなく、失敗したかと思ったが、女の霊は目標を見失ったようにゆっくりとなり、そのまま素通りした。

 

「た、助かった……」

「あの幽霊、HPバーがなかった。間違いなく避けて進まないと駄目なやつだ」

「幽霊なら、この蝋燭で―――」

「そしたらあの黒い影に狙われるぞ」

 

詳細不明の幽霊とスキルを封印する黒い影という嫌な組み合わせにコーヒーはゲンナリする。

 

「何で……此処にも幽霊がいるのよ……せっかく逃げてきたのに……」

 

幽霊の登場ですっかり弱腰となってしまった涙目のサリー。

あの幽霊の危険性が正確に分からない以上、コーヒーは諦めたようにスキル名を唱えた。

 

「【ワイルドハント】―――【召喚:小舟】」

 

その瞬間、コーヒーのお金が一万G減り、宙に浮く小舟をその場に召喚する。

 

「CF……?」

「その状態じゃ満足に回避できないだろ。これなら数人乗せても飛べるし、これで強硬突破するぞ」

 

そうしてコーヒーはメイプルとサリーを小舟に乗せ、【クラスタービット】で小舟をコーティングしてから空を飛んで通路を進んでいく。

ちなみにサリーは幽霊の恐怖が回復するまではコーヒーの背中にしがみついていた。

 

そうして運営を泣かす空中移動を実行した三人はボス部屋まで辿り着いた。

目の前にはいつも通りの大きな扉が見える。

 

「やっと着いたねー!!」

「途中で無視したルートも幾つかあるけど……今回はいいかな。本当に」

「で、どうする?このまま挑むか?」

「うーん……メイプルのスキルはどうなってる?」

 

小舟から降りたサリーは同じく小舟から降りたメイプルにそう尋ねる。もし、封印されたままなら、ここで時間を潰さなければならないからだ。

 

「あれから黒い手に掴まれなかったから、もう大丈夫だよ!!」

「それじゃあ、行こうか!!」

 

このまま挑戦しても問題ないと分かり、復活したサリーが代表してボス部屋の扉を開ける。

ボス部屋は、本の詰まった本棚と、幾つもの鏡が連なって本棚と同じサイズとなった鏡が壁となっている広い部屋であった。

その中央には、表紙が鏡となっている数メートルはある分厚い本が鎮座していた。

 

「……あれがボスだな」

「そうね。あれがボスね」

 

コーヒーと内心で安心していたサリーがそう呟くと、鏡にサリーを写していた本が青い光を放ち、宙へと浮く。

 

「初代より受け継ぎし機械の力 我が武具を対価とし 三代目として此処に顕れん―――【機械神】!!【全武装展開】!!【攻撃開始】!!」

 

既に【口上強化】で【機械神】を発動していたメイプルが兵器を展開。先手必勝と言わんばかりに攻撃を開始していく。

 

それに迎え撃つように宙に浮いた本もパラパラと頁をめくり、燃える本の絵が書かれた頁を開く。

そして、その頁に対応するように周りの本棚から赤い本が飛び出してきて、火球を撃ち出し始めた。

 

「迸れ!蒼き雷霆(アームドブルー)!!舞え、【雷旋華】!!」

 

コーヒーはコーティングした小舟に乗ったまま【雷旋華】を発動し、雷のドームを纏って突撃。火球を相殺しつつ本を叩き落としていく。

 

サリーも魔法とスキルを駆使して周囲の本を叩き落としていると、鏡から人型の影が水の中から出るように何体も現れる。

 

「CF!!」

「分かってる!輝くは不屈の雷光 残響する雷吼は反逆の証 雷呀の鎖と為りて一切合切を打ち砕け―――迸れ、【リベリオンチェーン】!!」

 

サリーの呼び掛けにコーヒーは【口上強化】した【リベリオンチェーン】を発動。雷の鎖でそのモンスター達とボスである巨大な本を縛り上げる。

 

「ソーサー!!」

 

コーヒーは新たな追加攻撃のワードを唱え、雷の鎖をチェーンソーのように動かしていく。

この『ソーサー』は使用中は常にMPを消費するが、破壊される、もしくは鎖から抜け出すまでは継続ダメージを与えられるのである。

 

そのチェーンソーのごとき攻撃に影のモンスターは全て消え、ボスは縛られている故に頁を変えられず、HPをガリガリと削られ続けていく。

 

「よし!このまま―――」

 

MPポーションを次々と開けてMPを回復していたコーヒーはこのままごり押ししようとしたところで、本は突然すり抜けて雷の鎖から逃れた。

そのまま頁をめくり、何も書かれていない白紙の頁を開く。

 

「……真っ白?」

 

メイプルがそう呟いた瞬間、メイプルの足元から黒い鎖が生え、そのままメイプルの体を這い上がって縛り上げた。

 

「メイプル!!」

 

サリーは黒い鎖はスキルを封印するものだと考え、真っ先にメイプルを助け出そうとする。

 

「っ!サリー!避けろ!!」

「え?―――ッ!?」

 

コーヒーの警告にサリーは一瞬呆けるも、視界の隅に見えた白い何かが迫っていたことで、咄嗟に体を捻って避ける。

その白い何かは……蜘蛛の糸だった。

地面に倒れたサリーはその蜘蛛の糸の出所を目で追うと、宙に浮く小さな鏡が蜘蛛の糸を吐き出していた。

 

「なんで……」

 

サリーは疑問を露に立ち上がろうとするも、これもいつの間にか自身の体が氷に張り付いており、その場から動けなくなっている。

その近くには、水を地面に薄く放出する鏡と冷気を放つ鏡が浮いていた。

 

「これって……まさか私のスキル!?」

 

蜘蛛糸、床の水、冷気。

これらはサリーのスキル【糸使い】【大海】【氷結領域】に該当する能力だ。

それに鏡をよくよく見れば、手を突きだしているサリーの姿が写っている。

 

「ま、まずいよ二人とも!!スキルが奪われてる!!」

 

焦ったようにそう言ったメイプルの兵器が全てすっと消え、ボスは頁をパラパラとめくっていく。

そして、開かれた頁は……いくつもの兵器の絵が書かれていた。

 

「これは……」

「やっば……!!」

 

コーヒーとサリーが目を見開いてそう呟く間にも、空中に幾つもの魔法陣が展開され、そこから伸びるように兵器が生えてくる。

 

それだけではない。同じように鏡も幾つも浮いており、その何れもがサリーがダガーを構えている姿が写っているのだ。

加えて、ボス部屋の扉がいつの間にか氷の柱によって塞がれてしまっている。

 

「【孔雀明王】!!」

 

コーヒーは仕方がないと言わんばかりに【孔雀明王】を発動させる。

途端、【クラスタービット】と小舟は光となって消え、メイプルを縛っていた鎖、サリーを縫い付けていた氷、兵器が生えた魔法陣も同様に消えていく。

鏡の方も鏡の中のサリーがダガーを振るっていたが、何も起こらない。

 

「【ライトニングアクセル】!!」

 

コーヒーは【ライトニングアクセル】で自身のAGIを上げ、サリーを回収して背中に乗せ、次いでメイプルの手を掴むとそのままボス部屋から逃走した。

 

「……一時撤退!てったーい!!」

「同感だ!このまま戦うのはマジで勘弁だ!!」

「同じく!私とメイプルのハイブリッドとか本当にゴメンよっ!!」

 

氷の柱が消えたボス部屋の扉にコーヒーは体当たりして強引に部屋から脱出し、数メートル先の地面で着地する。

ボス部屋の扉は慣性によってそのまま閉まり、追撃の心配もない。

部屋から飛び出た三人は、そのままその場で転がるのであった。

 

 

 




「俺のスキルが……奪われている、だと!?」
「ええ!?」
「鏡から太陽のような炎球が出てきたぞ!?」
「あれは、ひょっとして……」
「ミィの乾坤一擲である奥の手の一つ、【太陽ノ礫】だな……」
「全員、一時撤退だ!!部屋を出て状況を立て直す!!」

カミュラのスキルを奪われ、ミィのスキルをコピーしたボスから逃走を決める【炎帝】パーティーの図。
※この後、広範囲に降り注ぐ無数の炎弾と毒竜に全員沈みました。

感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

リベンジマッチ

てな訳でどうぞ


「ふー……とりあえずは安全だな」

「ど、どうしようか?」

「どうしようかって言っても……メイプル、【機械神】以外で奪われたスキルはある?」

 

どちらにせよそれを確認しなければならないと、サリーはメイプルに聞く。

 

「ちょっと待ってね……【機械神】以外には……【滲み出る混沌】と【天王の玉座】に【百鬼夜行】……嘘!?装備のスキルも取られてる!?」

「……装備のスキルは?」

 

メイプルの言葉に嫌な予感を覚えたコーヒーはメイプルに聞く。どうか杞憂であってほしいと。

その願いは、届くことはなかった。

 

「……【暴虐】に【影ノ女神】、【黄金劇場】が消えてるよ」

 

その瞬間、コーヒーとサリーは頭を抱えた。

よりにもよって、組み合わせたら本当に凶悪なスキルがセットで奪われてしまっているのだから当然である。

 

「じ、時間制限は?」

「……ないみたい。こ、これ返ってこないのかな?」

 

メイプルが不安そうに二人の方を見る。

コーヒーとサリーは最悪過ぎる状況に頭を痛めながらも憶測を口にした。

 

「多分、ボスを倒すか、この階層を出たら戻ってくると思う。もしくは死亡するか」

「少なくともイベントが終われば確実に返ってくるだろうが……」

 

その場合は塔の攻略を諦めるということであり、三人とってはあり得ないことだが……

 

「奪われたスキルが本当に最悪だ。その二つが残っていれば即終わらせられたのに」

「同感。それに、私のスキルまでコピーしていたから……」

「もしかして、ボスが鎖から抜け出せたのは……」

「間違いなく【八式・静水】でしょうね。この分だと【蜃気楼】や【水神陣羽織】まで使ってきそう」

「コピーの方は……あの時、だろうな」

 

そう呟くコーヒーが思い浮かべているのは最初にボス部屋に入った時の光景。

ボスの鏡にはサリーしか写っておらず、可能性としてはボス部屋を開けた人物のスキルをコピーする能力だったのだろう。

 

「それで、どうやって攻略する?コピーしたのがサリーのままだったら……本当にキツいぞ」

「うん……私のスキルが全部使える上に、メイプルの凶悪なスキルも取られてるし……」

 

そこでサリーはある事に気付いた。

 

「……そういえばCF。その【孔雀明王】は雷系統以外のスキルを【封印】するのよね?」

「ん?ああ。ステータスに関するスキルは対象外だし、封印が無くなるインターバルもあるが……」

 

そこでコーヒーはサリーが何が言いたいのかを理解した。

 

「まさか、【孔雀明王】で……」

「ええ。【孔雀明王】でスキルを全部封じてあのボスを倒す。それしか手がない」

 

【孔雀明王】は味方のスキルまで【封印】してしまう使い勝手が悪いスキルだ。なので、味方の弱体化を考慮しなければ確かに勝算はある。

 

「だが、十秒のインターバルがある。その間に【黄金劇場】を使われたらそこで詰みだぞ?」

 

【黄金劇場】の【皇帝権限】はスキルの【封印】を無視して発動できる為、それでスキルを強引に使われれば一発でアウトになってしまう。

 

「それについてなんだけど……CF、《信頼の指輪》に【孔雀明王】を登録して。それで使えるかどうかを確認する」

 

《信頼の指輪》にセットしたスキルが問題なく使えるなら、そのインターバルを埋めることが可能となる。

コーヒーもサリーの意図に気づいて【暗視】を【孔雀明王】へと登録し直した。

 

「それじゃ……【孔雀明王】」

 

サリーがスキル名を唱えると、サリーの背後にコーヒーと同じ孔雀の翼と上尾筒が展開される。

 

「上手くいったわね。正直、違和感が強いけど……普通に戦闘して動く分には問題ないわね」

「そうなると……メイプルは今回出来ることがないな」

「うん……そうだ!【爆雷結晶】を取得すれば……」

「ごめん、メイプル。今はスキルを取得しないで」

 

メイプルが思いついたように自身のインベントリを操作しようとするも、サリーがそれをやんわりと止める。

 

「?どうして?」

「正直、あのボスのスキル強奪が何処まで発揮するか分からない。もしかしたら、封印を突破して発動するかもしれない」

「これほど凶悪なボスだからな。その可能性が捨てられない以上、下手にスキルを覚えて向こうの強化の足しにするのは避けないとまずい」

「そっかー……そうだよねー……」

 

二人の言い分に納得したメイプルは少し肩を落とした。

メイプルはVIT極振りでそれ以外のステータスは0だから、完全な戦力外である。

 

「あ!私の手持ちのアイテムにモンスターを引き付けるのがあるから、それでボスの注意を私に向けさせれば……」

「そうだな。それで行こう」

「念のために《闇夜ノ写》と《新月》は外しておいて。特に【悪食】を奪われたら本当にまずいからね」

 

メイプルの【悪食】は本当に万能で凶悪なので、万が一取られた上に【黄金劇場】を発動されたら……これでも詰みである。

メイプルもサリーの言葉に頷いて黒の大盾と短刀を外し、純白の大盾と短刀へと装備し直す。

 

最初にボス部屋に入るのもメイプルに決め、【孔雀明王】のインターバルを埋めるように発動してから三人はボス部屋へと再び入った。

 

「ボスの鏡は……サリーのままだね」

「そうね。以前最悪の組み合わせのまま……それじゃ、予定通りに行こうか」

「了解。迸れ、蒼き雷霆(アームドブルー)!!」

 

コーヒーは【名乗り】を使ってステータスを強化する。

HPが全回復したボスである本はパラパラと頁を開き、炎が書かれた頁を開く。

当然、【孔雀明王】の効果範囲にいるので何も起こらない。

 

「羽織る衣は雷の化身 我は雷神に認められし者なり―――【雷神陣羽織】!!」

 

コーヒーは金の陣羽織を纏い、雷神モードとなる。【孔雀明王】発動中は【聖刻の継承者】は使えず、【ジェネレータ】は雷系統スキルだが、使用後のデメリットから今回は見送った。

本は頁を次々とめくってスキルを発動しようとするも、【孔雀明王】によって全部不発に終わっていく。

 

「唸るは雷鳴 昂るは信念の灯火 雷鐘響かせ威厳を示さん―――瞬け、【ヴォルテックチャージ】!!」

 

コーヒーが【口上強化】込みで【ヴォルテックチャージ】を発動させている間に、本は頁をめくって雷が書かれた頁を開いた。

 

すると、周りの本棚から黄色い本が幾つも飛び出てきた。ボスは漸く【孔雀明王】の対象外であったスキルの頁を開いたようである。

 

「メイプル!!」

「うん!!」

 

ダガーを構えたサリーの呼び声に、メイプルは既に取り出していたアイテムを使ってボス達の注意を自身へと向ける。

アイテムの効果を受けた黄色い本は雷をメイプルに向かって放つも、ダメージは全く通らない。

その間にサリーが両手のダガーを振るい、その本達を斬り裂いていく。

 

「……やっぱり一撃じゃ倒れないか。でも、今回は注意を引けばいいだけだからね」

 

サリーはそう呟いて、ボスを含めた本達にヒットアンドアウェイを繰り返して注意を引き付けていく。

 

「輝くは不屈の雷光 残響する雷吼は反逆の証 汝を縛る雷鎖は因果を砕く理 迅る雷撃は軛となりて駆け巡る 絡み捕らえる雷電は暗雲をも吹き飛ばす 閃き煌めく天雷よ 雷呀の鎖と為りて一切合切を打ち砕け!!」

 

メイプルとサリーがボスの注意を引いている間に、コーヒーは【口上詠唱】による長い詠唱を完了させ、今度こそ一発で終わらせる為に発動させる。

 

「限界を超えし蒼き雷霆よ迸れ!【リベリオンチェーン】!!」

 

発動した雷の鎖は瞬く間に頁をめくっていた本を縛り上げていく。

 

「ソーサー!!」

 

縛り上げてすぐにコーヒーは追撃の詠唱を放ち、本を縛り上げた鎖をチェーンソーのように動かしてダメージを与えていく。

 

コーヒーは片っ端からMPポーションを開けてMPが尽きないようにし、頁を変えられないこの状態で一気に倒そうとする。

 

ボスのHPが削られ続けたことで、サリーが写っている宙に浮く鏡が次々と現れるが何も起きない。

現在開いている頁も化け物が書かれている頁の為に配下も呼べず、HPがどんどん削られていく。

 

さらに手が空いたサリーがダガーで本をグサグサと刺し続け、同じく手が空いたメイプルも攻撃アイテムの札をペタペタと貼ってダメージをどんどん与えていく。

 

スキルを【孔雀明王】によってほとんど封じられ、集団リンチのように攻撃されたボスは、そのままあっさりと倒されるのであった。

 

「何とか倒せたな……」

「そうね。今回はある意味運が良かったわ。もしコピーされていたのがCFだったら……」

「……完全に詰みだな、うん」

 

サリーの指摘にコーヒーは深く頷いて同意する。

コーヒーのスキルは常時貫通攻撃にするスキルもあり、取得したスキルの多くが雷系統だ。

今回のように【孔雀明王】で多くのスキルを封じても、対象外であるコーヒーのスキルによって大苦戦となるのは容易に想像できた。

 

「でも……今回もCFに助けられたわね。正直、一番活躍してないし……」

「そうでもないだろ。今回のボスなんてサリーとスキルを共有してなければ、インターバルの隙を突かれていた可能性があるんだ。メイプル単体じゃ配下も倒せないし……最悪の場合、注意を引き付けられずに攻撃が此方にも飛んできた可能性もあったんだ」

「……それもそっか」

 

最初はバツが悪そうに視線を逸らしていたサリーだが、コーヒーのその言葉に思い直して笑みを浮かべる。

そんなコーヒーとサリーをメイプルはニコニコと見守っている。

そんなメイプルの視線に気付いたのか、コーヒーとサリーは誤魔化すように咳払いした。

 

「取り敢えずメイプル。スキルの方はどうなってる?」

「あ、うん。確認するね……全部戻ってきてるよ。良かったー」

 

奪われていたスキルが全て戻ってきていたことにメイプルは安堵の息を吐く。

 

「それじゃ、このまま三階に挑戦するか。正直、【ワイルドハント】を使ったから可能な限り進めておきたい」

「そうね。その【ワイルドハント】はお金を払わないと使えないから、使える内に進めておいた方が良いわね」

 

コーヒーの言葉にサリーは反対することなく同意し、メイプルも頷いて同意する。

こうして三人は三階に向かって進むのであった。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

一方その頃。

 

「うーん……やっぱり最高難易度の進み具合はわりと予想通りだな。トップでもようやく四階だからな」

「まあ、プレイヤーへの挑戦状みたいなもんですし、当然と言えば当然ですよね」

 

運営の二人はバグがないかを確認しながら話を続けていく。

 

「にしても、二階のボスが本当に鬼畜だよな」

「ですね。二階はキャラのスキルが強力であれば強力であるほど強くなっちゃいますからね」

「ちなみにメイプル達はどうなっている?」

「録画映像で確認しますね」

 

男はそう言ってキーボードを叩き、要注意パーティーの映像を画面に出す。

 

「おお!鏡でコピーしたのはサリーのスキルか」

「あの鏡は最初に写ったプレイヤーのスキルを全部コピーしますからね。日を跨げばリセットされますけど」

「お、HPが削られて強奪スキルが発動したな」

「あれはランダムですけど……お、【機械神】に【影ノ女神】、【黄金劇場】を奪いましたね」

「ナイスだ本!!そのままメイプル達を倒せ!!」

 

ボスがある意味最強状態となったことで、運営の胃痛の元凶であるパーティーは不利と判断してボス部屋から逃げ出した。

 

「メイプル達が一時撤退しました!!倒せませんでしたが、ついに一矢報いましたね!!」

「やったぞ!!ついにメイプル達に一泡吹かせたぞ!!このまま足止め―――」

「ちょっと待って下さい。CFは【孔雀明王】でスキルを封印して逃げましたよね?」

「そうだが【孔雀明王】にはインターバルがあるだろ。その隙をつけ、ば……」

 

男は何かに気付いたのか言葉が小さくなっていく。

それは、再度ボス部屋に入ったコーヒー達によって証明された。

 

「……サリーも【孔雀明王】を使ってますね」

「……ああ、使ってるな」

 

その映像に二人の目が死んだ魚のようになった。

そのまま、ボスはほとんど何も出来ずに倒された。

 

「「…………」」

「……敗因は?」

「頁を開かないとスキルが使えないことですね……奪ったスキルの頁を開こうとして、自分から何も出来ないようにしちゃいましたから……」

「……そうだな」

 

二人はそう呟いた後、黙々と作業を再開していくのであった。

ちなみに、【楓の木】の残りのメンバーによるパーティーが一撃でボスを倒した上にスキルの巻物まで落とした映像を見た運営は、口から出てはいけないものが出てくるのであった。

 

 

 




『どうやらCFはメイプルとサリーと共に攻略しているようだ』
『クソ野郎!!』
『リアルハーレムめ!!』
『絶対にいつか倒してやる!!』
『そこ変われ!!』
『二階のあの通路で絶対に羨まけしからん展開が!!』
『本当に何で厨二病患者ばかりが!!』

一部スレ抜擢。

感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三階は溶岩地帯

てな訳でどうぞ


ボスを倒した勢いのまま三階に辿り着いた三人の前に広がっていたのは、一階と二階とは違い比較的広い空間とゴツゴツした岩の壁。

そして、赤く燃え滾る溶岩だった。

 

「この階はまた全然違う感じだね」

「そうだね……道は幾つもあるけど、通路ばかりじゃないってことかな?」

「取り敢えず、一つずつ確認してみるか」

 

コーヒーはそう言って歩き出す。

すると足元からごぽっと噴き出た溶岩が、コーヒーの足をじゅっと焦がした。

それに伴い、コーヒーのHPバーがほんの僅かに減少する。

 

「「「あっ……」」」

 

三人はピタッと固まるも、事態を把握したコーヒーは慌てて飛び退き、急いで二人の方へ戻ってくる。

 

「しまった!!ゲームの溶岩と言えば、触れたらダメージを受けるのがお約束だった!!」

「だ、ダメージ量は?」

「20のようだ!こういうのは大概、防御無視の固定ダメージがお約束だからな!!」

「そうね。あー、火山マップの時点ですぐ気づくべきだった……」

「……やっぱり避けないと駄目っぽい?」

「そうだね。HPが高いCFはともかく、私やメイプルには痛いかな。でもほら、見て」

 

サリーが指差す先には、ひび割れた地面がほん少し赤く輝いてから溶岩を噴出させている光景が見える。

 

「なるほどー……あれならちゃんと見てたら避けられるかも!」

「まあ、狭い場所の時は壁にも警戒した方がいいかもね。特に何もない突き当たりは避けるべきね」

「そうだな。…………」

 

コーヒーはサリーの言葉に頷くも、ある事に気付いて凄く申し訳ない表情となる。

そんなコーヒーにメイプルとサリーは首を傾げていたが、コーヒーの言葉ですぐに分かった。

 

「その……すまない。ダメージを受けてしまって……」

 

そう、三人の目標であったノーダメージクリアをコーヒーのミスで失敗してしまったからだ。

コーヒーもそれなりにゲーム経験があるので、少し考えればすぐに気付けたのに、だ。

 

「あはは、大丈夫だよ大丈夫!!私なんて最初に溺れ死ぬところだったし!!」

「んー、それなら地形や罠はノーカウントでどう?厳密には敵じゃないし」

 

そんな申し訳なさそうにするコーヒーに、メイプルは自身を引き合いに出して大丈夫と告げ、サリーは妥協案を提示する。

 

「そうだな……じゃあ、モンスターからの攻撃をノーダメージを目指すか!!」

 

そんな二人の慰めにコーヒーも気分を切り替える。

 

「よし、じゃあ行こうか。とりあえず周りにはモンスターもいないみたいだし」

「見通しが良くていいよね!」

「それじゃ、警戒しながら……舟に乗って進むか」

 

コーヒーはそう言って、【ワイルドハント】の小舟を召喚した。

 

「これに乗れば溶岩はある程度大丈夫だからな」

「……そうね。高々と噴き出ない限りは大丈夫ね」

「ナイスだよコーヒーくん!!」

 

三、四人くらいしか乗れない小舟だから狭い通路も通れるので、シロップで移動するよりも質が悪い移動手段にサリーは遠い目となり、メイプルは目を輝かせていた。

 

そんな感じでコーヒーが下を警戒しながら小舟を飛ばし、サリーとメイプルは周囲を警戒して進んでいく。

少しして、三人の前に三つの道が見えてきた。

 

「うーん、見通せる範囲じゃどれも同じね」

「それじゃあ、真ん中の道を進もうよ。真ん中ならどこかで左と右も確認できそうだし」

「じゃあ、そうするか」

 

コーヒーが小舟を操作し真ん中の道を飛んで進んでいく。

 

「……地面から噴き出す溶岩が本当に多いわね。それに前触れなく溶岩が噴き出すのもたまに見えるし、普通に進んでいたらダメージを受けてるわね」

 

地面に視線を向けるサリーの言う通り、最初のように少し赤く輝いてから溶岩を噴き出すのもあれば、何の兆候もなくいきなり溶岩が噴き出すものもある。

そんな地味に質の悪いフィールドギミックを眺めつつ、周囲を警戒しながら進んでいると、再び広い空間へと出た。

 

「CF、ストップ。何かいる」

「ん、んー……確かにいるな。溶岩が鳥の姿をした感じか。壁から流れる溶岩から出てきてるし、出現は止められそうにないな」

 

コーヒーの言う通り、溶岩をどろどろと滴らせながら飛ぶ一メートル程の鳥型モンスター達は、壁から流れる溶岩から湧き出ている。

 

「あの溶岩も固定ダメージの可能性が高いし、どうする?」

「一度戦った方がいいと思う。モンスターの性質を知らないと駄目だし」

「りょうかーい!」

 

サリーの言葉にメイプルは頷くと、早速【機械神】による銃撃を溶岩鳥に向かって放っていく。

放たれた銃弾は溶岩鳥に当たったが、そのまま貫通して飛んでいってしまった。

 

「あ、あれ?効いてない?」

「まさか……穿て!【サンダージャベリン】!!」

 

コーヒーはもしやと思って雷の槍を溶岩鳥の一羽に向けて放つも、先ほどのメイプルの銃弾と同じくそのまま貫通し素通りしてしまう。

 

「やっぱ雷も駄目か!サリー!!」

「分かってる!!」

 

コーヒーの呼び掛けにサリーはそう返し、水魔法を溶岩鳥に的確に命中させる。すると、モンスターの溶岩はみるみる内に黒く固まり、そのまま地面へと落ちていった。

 

「水に弱いんだね!」

「これで攻撃が通る筈!!」

 

コーヒーとメイプルは地に落ちた鳥に向かって矢と銃弾を放つ。今度は貫通して素通りすることなくダメージを与え、光となって消えていく。

溶岩系のモンスターの性質を理解した三人は、そのまま同じ手段で溶岩鳥を駆逐した。

 

「この階層は水属性の攻撃が必須だな……でないと、勝負にすらならない」

「そうだね。私とコーヒーくんは水属性の攻撃スキルは持ってないし……」

「この階もまた癖が強いわね。情報も出回ってないし……」

「そうなの?」

 

メイプルの疑問にネットで情報を確認していたコーヒーとサリーは揃って頷く。

 

「一応、この三階は【集う聖剣】のパーティーメンバーが最初に挑んでいるみたいだけど……全体的に最高難易度の攻略スピードが遅いのよね」

「間違いなくボスで足が止まっているんだろうな。一階も二階も、本当に凶悪だったからな」

「確かにそうね……さっきのボスにメイプルはスキルを奪われたし、私は全部コピーされちゃったし」

 

本当に攻略させる気があるのかと、コーヒーとサリーは運営に対して少し懐疑的な気持ちとなる。あながち、間違ってはいないが。

 

「あはは……それなら何れくらい早く攻略できるか挑戦してみない?もちろんノーダメージで!!」

 

メイプルのその提案にコーヒーとサリーは目を少し丸くするも、すぐに挑戦的な笑みを浮かべた。

 

「なるほど……それはすごく面白そうだ」

「ノーダメージで最速クリア……難易度は高いけど、凄く燃える!!」

 

情報伝達はメイプル見守り隊のスレメンバーのクロムを通せばいいので、これに挑戦する価値は十分にある。

 

「とりあえず、メインはノーダメージで。最速はついでというスタンスで進めるか」

「そうね。この塔限定で手に入るスキルや素材もあるだろうしね」

 

そうこう話している内に、壁から滝のように流れる溶岩から溶岩鳥が再び湧き出てくる。

 

「あ!また出てきちゃったよ?」

「今度は無視して……っCF!」

「どうし……げっ!?」

 

サリーの声にコーヒーがどうしたのかと思ったが、地面から顔を覗かせている蛇のような溶岩モンスターが口から溶岩の塊を放つところを視界に収めたことでコーヒーは咄嗟に小舟を操作してその溶岩塊をかわす。

 

そのタイミングで溶岩蛇は地面からせり出て、溶岩を撒き散らしながら小舟へと飛びかかるも、メイプルの黒い大盾に受け止められ、そのまま盾の中へと飲み込まれていった。

 

「あ、危なかった……」

「うん。少し油断してた……ありがとメイプル。助かった」

「ううん、いいよ。それより急ごう!」

 

メイプルのその言葉にコーヒーは頷き、次の通路に向かって小舟を飛ばしていく。

メイプルも順調?に攻撃手段が増えて【悪食】頼りではないものの、相性のいいスキルであることには変わらない。

メイプルのノーダメージを支える柱の一つであるから、当然と言えば当然であるが。

 

「通路は広場と比べたら安全……とも言えないよな」

「そうね。さっきの蛇なんか地面から出てきてたし、一概に安全と言える場所は早々になさそうね」

「うん……どこから出てくるのか分からないよね」

 

地面の溶岩は相変わらず噴き出し続けてまともに歩ける場所を少なくしてくるので、先ほどの溶岩蛇のようなモンスターが出てくるのは勘弁願いたいところである。

 

「階層が上がる度に面倒なモンスターとか癖の強いのが増えそうだし、貫通攻撃とか固定ダメージとかも気をつけないとね」

「後は回復封じだな。サポート系を封じるのも定番と言えば定番……」

 

コーヒーはそこで何かに気づいたのか、急に押し黙る。

 

「CF?」

「いや……こうも癖が強いのが多いから……物理攻撃無効のモンスターがメインの階もあるんじゃないかと……」

「…………」

 

その可能性に、サリーも押し黙った。

理由は単純。物理攻撃無効のモンスターのイメージは幽霊―――サリーにとって最も苦手な存在が真っ先に思い浮かぶからである。

 

「その場合はどうする?」

「……二階と同じ方法でお願いします」

 

つまり、小舟に乗ってコーヒーの背中にしがみつくと言うことである。他には箱に閉じ籠るという方法もあるが、幽霊がいる場所で暗い密室は極力避けたいと無意識に考えていたため、その方法は選択肢に思い浮かばなかった。

 

そんなことを決めながら三人は慎重に進み、次の広場へと辿り着いた。

そこは短い間隔で溶岩があらゆる場所から天井に届くほど噴き出す危険地帯であった。

その光景に、三人は顔を見合わせた。

 

「こ、これ、どうすればいいの?」

「メイプルが入れば強引に……いや、無理みたい。あそこ、よく見たら地面じゃなくて溶岩の海だし」

 

サリーの言う通り、あの広場は地面らしい地面が一切見当たらず、赤々と輝いている溶岩からさらに溶岩が噴き出しているので、海という表現は正しいだろう。

 

加えて、壁のあちこちから滝のように溶岩が流れているから、壁伝いで突破するのも不可能である。

念のためサリーが水魔法を噴き出す溶岩にぶつけるも、黒く固まった箇所はすぐに溶岩に呑み込まれてしまった。

 

「うー……駄目かあ……」

 

これが正解だと思っていたらしいメイプルは分かりやすいほどに肩を落とす。

 

「となると……一度引き返すしかないか」

 

強硬突破はどうやっても不可能だと分かり、コーヒーは二人にそう提案する。

天井に届くほど噴き出す溶岩、溶岩の海に滝。

普通に考えれば、あの強硬突破不可能の危険地帯を突破するための解決手段がこの階層にある筈だからだ。

 

「そうね。別の場所を探索して解決方法を探すしかないわね」

「仕方ないかあ……せっかくやり過ごせたのに……」

 

メイプルとしては防御力に関係なくダメージを与えてくるモンスターは極力避けたいところだが、この溶岩地帯を無事に突破するにはフィールドを探索するしかないのも事実である。

 

「まあ、可能な限り避けて進むさ。あのモンスター相手じゃ、俺は手出し出来ないし」

「あれ?確か【ワイルドハント】には水を打ち出す大砲があったはずよね?」

「3000万払えばな」

 

つまり、お金が足りないし余裕もないので買えないのである。

 

「……本当に金食い虫なスキルね。その分、性能自体は良さそうだけど」

「じゃあ、私はアイテムを準備するね!」

 

メイプルは水属性ダメージを与える球とアイテムを詰め込んで放つバズーカをインベントリから取り出すと、球をバズーカにセットして構える。

 

「本当にいろんなアイテムを持ってるね……」

「というかそのバズーカ、どこで手に入れたんだよ?」

「バズーカはミキから貰いました!後……」

 

メイプルはさらに《救いの手》を装備して盾を増やし、自身も【機械神】を発動して武装を展開する。

 

「これで完璧!!後、サリーは大丈夫?」

「……うん。ちょっと慣れてきたよ」

 

サリーは目を少し細めてチラリと二つの白い手を確認してそう口にする。

……右手がコーヒーの服の裾を掴んでいるが。

 

「そういえば氷属性は一体どうなるんだ?【フリーズショット】」

 

コーヒーは疑問を解消する為に、明後日の方向に冷気を放つ矢を放った。

その矢は、ジュッという音と共にすぐに消えてしまった。

 

「……ここじゃ氷属性は役立たずだな」

「そうね。【氷柱】も同じように消えるでしょうね」

 

氷属性のスキルはここでは全く発揮しないと分かり、三人はもと来た道を戻るのであった。

 

 

 




「この階層は水属性が必須だな……」
「それじゃあ、水属性を付加するアイテムを渡しておくわねー」
「地面から溶岩が噴き出しているから足元には注意しないとな……」
「じゃあー、【水爆弾】で凝固するか試してみるねー」
「通路がほとんど溶岩で埋まってますね……」
「この魔導書で固められるか試すね。【高波】」

生産職と釣り人のアイテム、図書館の管理人の魔法によって余裕で進めていく【楓の木】のメンバーの図。

感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

対極の場所と二つのアイテム

てな訳でどうぞ


コーヒー達は溶岩の海が広がっていた広場を引き返した後、最初の広場にあった別の通路へと向かった。

広場を飛び回る溶岩鳥は通路にはやってこないようだ。

 

「大丈夫みたいだね」

「これで後ろからの襲撃は大丈夫だな」

「とりあえず別の道に入ったけど……他にもあったよね?」

「一つずつ確認するしかないよ。っと……道の雰囲気が違うから、注意しておいてね」

 

溶岩が噴き出していた通路と違い、黒曜石のようになっている地面にサリーは警戒を促す。

 

「了解。どうやら少し下り坂になってるみたいだから、少し気を付けないとな」

 

コーヒーはそう言って小舟を操作し、少し下がっている地面の通路を進んでいく。

先程の溶岩だらけの場所とは違った場所に行けそうな予感に、三人は警戒しつつもワクワクしてしまう。

 

その気持ちのまま通路を抜けると、黒く固まった溶岩でできた壁と地面が中心となっている空間が広がっていた。

広さは同じだが、溶岩は時折地面から小さく噴き上がる程度の比較的安全な場所である。

 

「この辺りは固まってるみたいね。これならモンスターがいるかもよく分かるね」

「今のところは何もいなさそうだけど……こういう時は!」

 

大分ゲームに慣れて分かってきたらしいメイプルはそう言ってサリーの方を見る。

 

「うん、隠れていると考えるべき。っと、言ってたら来たよ!!」

 

ボコボコと地面が盛り上がり三メートル程の岩の巨人が立ち上がる。

三人の体より大きな黒い拳と足、響く足音。

 

途中で見てきたモンスターと比べると見るからに強力そうなそのモンスターは、数本の矢が頭部に突き刺さると光となって爆散した。

 

「「…………」」

「普通に攻撃が通ったな。動きも遅いし、頭を何回も撃ち抜けば簡単に倒せるぞ」

 

【無防の撃】と【一撃必殺】、【ミラートリガー】のコンボによって出会い頭で岩の巨人を倒したコーヒーに、メイプルとサリーは何とも言えない表情となる。

 

三人はそのまま先へと進んでいくと、三人はある変化に気づく。

それは、新たな広場に辿り着いたことで確信に変わった。

 

「サリー!コーヒーくん!」

 

広場の光景に目を丸くしたメイプルが驚いたように二人の名前を呼ぶ。

対する二人も、目の前の光景にメイプル同様に驚いていた。

 

「これは……驚いたな」

「そうね……さっきまでとは真逆の光景だからどうしても驚くよね」

 

三人の目の前に広がっていたのは、雪に覆われて真っ白な地面に、大きな氷でできた壁。

最初の溶岩溢れる世界とは本当に真逆の、凍てつくような白の世界なのだからどうしても驚いてしまうのである。

三人はその雪と氷に支配された洞窟内に目を奪われつつも、小舟に乗ったまま奥を目指して進んでいく。

 

「こうも舟の上でのんびりしてると体が鈍りそうね」

「じゃあ、ここらで一回降りて歩いて移動するか?」

「急に足から凍ったりしないかな?」

「しない……と思うけど、念のために魔法による罠がないか確認するね」

 

サリーは【魔力感知】で雪で覆われた地面を確認していく。すると、地面に小さな赤い靄がそこら中に点在していた。

 

「うわ……赤い靄が幾つもあるわね。モンスターか罠のどっちか確認しないとね」

 

サリーはそう言って赤い靄の一つに火魔法を放つ。

サリーの手から放たれた火球は表面の雪を溶かし、その下にあった氷の地面を露にする。

その地面には、一つの小さな魔法陣が刻まれていた。

 

「完全に罠だな」

「罠だね」

「そうね。見つけること自体は簡単だと思うけど、一々雪を溶かさないといけないことを考えると面倒ね」

 

結局このまま降りずに進むことを決め、三人は周囲を警戒しながら進んでいく。

 

「メイプル、CF。あそこの天井の氷、紐のような赤い靄が見える。多分、モンスターが隠れてる」

「分かったよサリー。【攻撃開始】!!」

 

メイプルは言うが早いか、既に展開していた兵器を天井に向け、いつものレーザーや銃弾、ミサイルを放っていく。

メイプルの攻撃を受けた天井はバキリと砕け、そこから幾ばくかダメージを受けた氷でできた蛇が地面へと落ちる。

大きさは、メイプル達くらいなら一呑みできる程である。

 

「【雷炎】!!砕け!【崩雷】!!」

 

コーヒーは【雷炎】で属性を変え、【詠唱】のみで魔法を発動し、雷の槌を氷蛇の頭部へと叩き落とす。

雷の代わりに炎が炸裂し、頭部が半分溶けた氷蛇はスタンが入ってその場で痙攣する。

 

「滲む混沌 出でるは猛毒の化身 三首の顎ですべてを穢さん―――【毒竜(ヒドラ)】!!」

 

そこへメイプルが銃撃と共に【口上強化】した【毒竜(ヒドラ)】を放ち、容赦なく追い討ちをかける。

サリーも火魔法を放って氷蛇を攻撃し、氷蛇は何も出来ずに倒されるのであった。

 

「毒が効くと本当に簡単だな」

「後、スタンもね。抵抗出来ない相手は攻撃も当てやすいしね」

「サリーが最初に見つけてくれたおかげだよ!」

 

互いに称賛しあっていると、サリーが毒の海と化していた地面に沈んでいる何かを見つけた。

 

「メイプル、CF。彼処に何かあるみたいだけど」

「え?あ、ホントだ」

「毒の中だし、このまま近づいて慎重に回収するか」

 

コーヒーはそう言って小舟をその何かの近くまで近づき、サリーが蜘蛛の糸で引っ付けて慎重に引き上げる。

毒の海から引き上げたそれは、ソフトボールほどの大きさを持つ氷の塊だった。

 

 

===============

【万年氷】

使用することで使用したエリアの【溶岩】を固めることができる。

効果時間30秒。

===============

 

 

「これがあれば、あの溶岩の海を突破できるな」

「そうだね!まだ二つ落ちてるし、全部回収しよ!!」

 

そうして残り二つの【万年氷】を回収し、話し合ってそれぞれ一つずつ持っておくことを決める。

 

「これで彼処は突破できるけど……どっちかなー」

「どっちって?」

「ボスが溶岩か氷かってことだろ?少なくともあの溶岩の向こうに何かあるのは確実だけどな」

「そっかー……こんなに綺麗だけど、使わないと駄目なんだねー……」

 

メイプルが残念そうに自身の手の中で輝く【万年氷】を見つめる。

アイテムは基本、使えばなくなるのだからある意味当然の反応である。

 

「なら、探してみようか」

「どっちにしろこのエリアは調べないといけないしな」

 

もしでなければ、自分の【万年氷】だけで突破しようとコーヒーは提案する。

幸い、コーヒーには【ライトニングアクセル】といったAGI上昇魔法がある上、飛行できる【孔雀明王】もある。

 

噴き出す溶岩さえなければ、突破は可能である。

その後、コーヒー達は氷エリアを隅々まで探索するも、氷蛇は出現率の低さからか、一度しか出現しないのか、発見することは叶わなかった。

 

「結局、氷蛇はあれ一匹だけだったな」

「そうね。でも、このエリアにボス部屋に繋がりそうな場所はなかったから、ボスはあのエリアの向こうだって分かったしね」

「……やっぱり溶岩を使ってくるのかなあ?」

「使ってくるだろうな。後、氷も使ってくる可能性もあるよな」

「対極だから、さすがに二つ同時に使いはしないでしょ」

 

コーヒーの呟きにサリーはそう返す。

溶岩が主体なら固定ダメージは確定なので、メイプルにとっては苦手なボスとなるだろう。

 

「流石に今日はここで終わりかな?今から彼処まで戻るとなったらまた時間がかかるし、万全の態勢で挑みたいしね」

「だな。はぁ……また一万払わないといけないな……」

 

溶岩を確実に避けるには飛行が必須なので、ノーダメージを目指すには仕方ないといった心境でコーヒーは呟く。

そうして三人は塔から出て三階の入口から改めて進むことに決め、その日はログアウトしてお開きとなるのであった。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

日を改めて、三人は再び三階へとやってきていた。スキルの使用可能回数なども回復して準備は万端である。

 

「よーし、今日はボスを倒すぞー!」

「うん、そうだね。三階は敵も面倒だし……」

「じゃあ、この前と同じ方法で向かうか」

 

コーヒーはそう言ってお金を払って【ワイルドハント】を使えるようにし、いつもの小舟を召喚する。

三人はその小舟に乗って、真っ直ぐに目的地の溶岩の海が広がるエリアへと向かっていく。

 

三人が溶岩鳥に出会した広場に入ると、今回は溶岩鳥以外のモンスターがいた。

全長はおよそ三メートル。特徴は溶岩鳥と同じく体が溶岩で構成された蜥蜴である。

 

「あの溶岩蜥蜴、溶岩の海へ向かう通路の入口に居座ってるわね」

「ああ。どう行っても気付かれるな」

 

その溶岩蜥蜴は嫌な事に目的のエリアへの道の入口に居座っているのだ。少し様子を見るもそこから動く気配はない。

 

「仕方ない。倒すか」

「そうね。出来れば温存して起きたかったけど……」

「あ!それならこれを使おうよ!!」

 

メイプルがそう言って画面を操作して取り出したのは、一体の地蔵であった。

 

「……その地蔵は?」

「ミキから貰った【お仕置き地蔵】というアイテムだよ!!」

 

メイプルはその【お仕置き地蔵】をバズーカにセット。地蔵にペコリと謝罪するようにお辞儀をしてから溶岩蜥蜴に向けて発射した。

 

バズーカから放たれた地蔵は狙い違わず溶岩蜥蜴にぶつかり、じゅっ!という音を響かせる。

直後、特大の雷が溶岩蜥蜴に直撃。溶岩蜥蜴はドロドロに溶けて消えていった。

 

「……何か、凄い罰当たりなことをやらかした気が……」

「深く考えないでおきましょ。ゲームだから大丈夫よ……多分」

 

現実では罰当たり過ぎる行為にコーヒーとサリーは遠い目となるも、楽に進めるからと目を背けることにした。

その溶岩蜥蜴が消えた場所には、割れ目から赤い輝きを発する黒い塊が二つ落ちていたが。

 

「あ!さっきのモンスターが何か落としたよ!!」

 

それに気付いたメイプルが指を差してコーヒーとサリーに伝え、コーヒーは何とも言えない気分ながらも小舟を操作し、その黒い塊の近くに降ろしてそれを回収する。

 

 

===============

【獄炎石】

使用することで使用したエリアの【氷塊】を溶かすことができる。

効果時間一分。

===============

 

 

「【万年氷】とは真逆のアイテムだな」

「そうね。もしかしたらあのエリアに隠し部屋があったかもしれないけど……見送りましょ」

「そうだな。今日は三階のボスを倒すのが目的だし、今回も諦めるか」

 

取り敢えず、この【獄炎石】は倒したメイプルと【万年氷】を使うコーヒーが持つこととなり、三人はそのまま目的の場所を目指して進んでいく。

今度はすんなりと進むことができ、三人は目的の溶岩の海が広がるエリアへと辿り着いた。

 

「相変わらず溶岩が溢れ返ってるな」

「そうね。やっぱり【孔雀明王】と【ライトニングアクセル】のコンボで突破する?」

「短時間で突破するには、な。【ワイルドハント】の舟のスピードじゃ時間内に突破できずに【万年氷】をもう一回使う羽目になるだろうからな」

「じゃあ、私は背中にしがみつくね!!」

 

メイプルは言うが早いか、コーヒーの許可も得ずにしがみつく。黒い鎧のカチカチの感触がコーヒーの背中を支配する。

 

「「…………」」

 

コーヒーとサリーは諦めたように溜め息を吐き、コーヒーは【万年氷】を取り出してからサリーをお姫様抱っこで担ぎ上げ、【孔雀明王】を発動させた。

 

「……早く突破しましょ」

 

少しでも早くこの状態から脱出したいサリーは、コーヒーの顔から目を背けてそう呟く。

コーヒーはその言葉に無言で頷き、【万年氷】をサリーに渡して使用のタイミングを任せる。

 

「唸るは雷鳴 昂るは信念の灯火 雷鐘響かせ威厳を示さん―――瞬け、【ヴォルテックチャージ】!纏うは迅雷 刻むは万里を描く軌跡 金色の雷獣となりて駆け抜けん―――迅れ、【ライトニングアクセル】!!」

 

コーヒーが【ヴォルテックチャージ】を発動してから【ライトニングアクセル】を発動し、その瞬間にサリーは【万年氷】を使用。途端、冷気が溶岩に向かって吹き抜けていき、瞬く間に溶岩を黒く固め上にその上を氷で覆ってしまう。

 

そのまま飛び出すようにコーヒーは氷の大地と変貌した地面の上空を風を切るように突き進んでいく。

その結果、コーヒー達は元の溶岩の海に戻る前に突破することに成功した。

 

そのまま、というか、溶岩の海を突破した後も、今までと同じように溶岩が噴き出していた為、仕方なく【孔雀明王】を維持したまま先へと進み、三人はボス部屋の扉へと到着した。

 

「本当にここにあって良かった。本当に……」

「ああ。もし、引き返す必要があったなら……塔から出てまた入口からスタートしていたところだ」

 

何度もお姫様抱っこで移動したくはない二人は、安心したようにそう呟く。

 

「よーし!それじゃあ行こう!!」

 

メイプルの号令でコーヒーとサリーは揃って扉を開ける。

中は溶岩の海となっており、飛び石のような足場が幾つもある、かなり動きづらい広間であった。

 

「これは……【ワイルドハント】の舟を使うしかないな」

「それなら私も一緒に!!」

 

【孔雀明王】を解除していたコーヒーは再び小舟を召喚してその上へと乗り、メイプルも《救いの手》で盾を増やしてからコーヒーの小舟に乗る。痛いのが嫌いなメイプルなので、この選択は当然である。

 

そのタイミングで、溶岩の海の一番奥から盛大に溶岩が噴き出す。

その噴き出した溶岩から出てきたのは、煌々と燃える溶岩でできた巨人だった。

 

 

 




「爆ぜろ!【炎帝】!!」
「ミィが凄く暴れてるね……」
「適材適所。あのエリアで私とミィは戦力外となってしまったからな」
「それは仕方ないですよ。溶岩ですから」
「その通りだ諸君。ここは私と兄上が何とかしよう(せっかくお兄ちゃんと堂々と手を繋げて溶岩グッジョブだったのに!!)」

溶岩エリアでは自慢の魔法が役立たずだった為、氷エリアで従兄と共に挽回(八つ当たり)しようと張り切る炎帝様の図。

感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

巨人から獣へ

てな訳でどうぞ


溶岩の奥から現れた巨人は、溶岩を撒き散らしながら三人に向かってゆっくりと進んでいく。

 

「何かすっごく強そうだけど!?」

「まずは私が様子を見る!二人は上空から援護をお願い!!」

「分かった!!」

 

サリーの指示に頷いたコーヒーは小舟の高度を上げていく。

溶岩系のモンスターは固定ダメージを与える可能性が高く、《救いの手》の空中移動では機動力が足りないからだ。

 

「【氷柱】……やっぱり駄目か」

 

サリーは予想通り【氷柱】が使えないことを確認すると、安全地帯を器用に飛び移りながらボスとの距離を詰めていく。

 

「【古代ノ海】!!」

 

サリーは移動しながら【古代ノ海】を発動。自身の周りにふわふわと宙を泳ぐ青い光を纏う魚を出現させる。

 

「流せ、【ウォーターボール】!!」

 

さらにサリーは水魔法も発動し、溶岩鳥と同じアプローチを試みる。

巨人の動きは遅く、水魔法も、魚が撒き散らすAGI低下の水も当てることは容易だった。命中した水は巨人の体の一部を黒くしたので有効であることは確定した。

 

その巨人は変わらずにサリーに向かってゆっくりと進んでいく。その度に溶岩が波打ち、数少ない足場を溶岩の中へと沈めていく。

 

「うわ。あいつが移動する度に足場が溶岩に沈んで……!?」

 

サリーが巨人の動きを確認していると、その巨人は溶岩の腕を振り上げ、サリーの方へ叩きつけて溶岩の津波を作り出した。

 

「やっば……!」

 

サリーは顔を引き攣らせながらメイプルから貰った靴《死者の足》に付与されていたスキル【黄泉への一歩】を発動。空中に透明な足場を作り、その足場で【跳躍】を使って高く飛び、溶岩の津波から逃れる。

 

巨人が起こした溶岩の津波によって安全地帯の足場が一気に消え、普通であればサリーはそのまま足場のない溶岩に落下するのだが、近くまで来ていたコーヒーの小舟の船底に【糸使い】の蜘蛛の糸を引っ付け、そのまま小舟へと乗り込んで事なきを得る。

そのまま小舟を安全圏まで上昇させると、三人は作戦会議を始めた。

 

「巨人は暴れて火柱や津波を起こしてるな」

「そうね。これじゃあまともには戦えないわよね」

 

眼下の巨人はフィールドをぐるぐる動いており、そのせいで足場が数える程度しか残っていない。しばらくしたら足場は浮上するが、その多くがすぐに溶岩に呑み込まれているのでほとんど意味がない。

 

空を飛ぶ手段がなければ、確実にダメージを受けていたのが想像できる。

その後は【アシッドレイン】や【機械神】の銃撃、【流れ星】といった攻撃を安全な上空から放ったが、ダメージは通らなかった。

 

なので、効果があったサリーの水魔法を主体にすることに決めた。

そして、肝心のサリーが移動する為の足場は《信頼の指輪》で【ワイルドハント】を共有し、使用料金と筏の購入料金だけを払った。

 

《信頼の指輪》で共有したスキルは個別となるため、使用回数制限があっても大丈夫だが、今回の場合は不便に感じることとなった。

 

「それじゃ……【召喚:筏】」

 

サリーは使用可能となった【ワイルドハント】で小舟のすぐ横にふわふわと宙を浮く筏を召喚し、その筏の上に飛び乗る。

 

「うーん……動かすこと自体は少し厳しいけど……足場にする分には問題ないわね」

 

ある意味、【黄泉への一歩】よりも使い勝手が良い足場にサリーはそう呟く。筏は一撃でも受けたらすぐに壊れる紙耐久だが、三秒ごとに召喚できるから最初にお金を払うことを除けば本当に便利なスキルである。

メイプルも安全策で純白装備と【身捧ぐ慈愛】を発動してHPも回復して万全である。

 

「それじゃ二人共。固まった時に一気に攻撃を叩き込んでね」

「りょうかーい!!」

「ああ」

 

メイプルは呼び出した巨大化シロップの背中に乗って元気良く頷き、コーヒーもブリッツを呼び出してすぐに【砂金外装】状態にして小舟の上で待機させる。

 

「それじゃ……【水神陣羽織】!!」

 

四層で手に入れたスキルで水神モードとなったサリーが安全圏から強化された水魔法や【四式・交水】を当てて巨人の黒い部分を増やしていき、その間にコーヒーは【ワイルドハント】の大砲を幾つも展開していく。

 

もちろん巨人も黙ってはおらず、腕を振るって溶岩の飛沫をサリーに向かって放つも、サリーは筏と透明な足場を巧みに使って簡単に溶岩の飛沫を避け、どうしても回避できないのは【水神結界】で防いで攻撃を続けていく。

 

「【水神蒸発】!!」

 

そして、効果が切れる直前で水蒸気爆発を放ち、それをまともに受けた巨人は、黒い部分が点在していた溶岩の体を余すことなく黒一色へと染め上げた。

 

「【攻撃開始】!!シロップ、【精霊砲】!!」

「【砲撃用意】!!ブリッツ、【電磁砲】!!」

 

分かりやすい攻撃のチャンスにメイプルとシロップ、コーヒーとブリッツは攻撃を開始し、砲弾と光線の雨が黒く凝固した巨人に降り注ぐ。

それらは巨人の黒く凝固した体に命中し、ゴリゴリとHPを削っていく。

 

「やった!銃も効くようになってる!!」

「このまま一気に畳み掛けるぞ!!」

 

メイプルは嬉しそうに、コーヒーは一気に決めんと攻撃していると、巨人の体がまた赤く輝き始める。

 

「ああー、もう終わっちゃった。サリー……」

「メイプル、【イージス】を!」

「へ?」

 

メイプルはもう一度巨人を黒く固めてもらおうとサリーにお願いしかけるも、コーヒーの唐突な指示に間抜けな声を洩らす。

その燃え盛る巨人は、メイプル達に向けた腕から一際大きい炎を上げていた。

 

「メイプル、早く!!」

「う、うん!【イージス】!!」

 

元に戻ったサリーも筏と透明な足場を駆使して急いでコーヒー達の下へと戻っており、メイプルも炎に気付いてダメージ無効化スキルを発動させる。

 

メイプルが生み出した光は三人と二匹をまとめて包み込み、溶岩の塊と言える赤を完全に防ぎ切る。

光がゆっくりと薄れて視界が元に戻ると、溶岩の巨人がいた場所には青く輝く塊が地面から少し浮かんでいた。

 

「えっ!?何あれ!?」

「炎……じゃない?氷?」

「まさか……」

 

三人がそれぞれの反応をする間に、その塊から冷気が放たれて地面を凍らせ、天井に氷柱を作り上げる。

塊からも木が伸びるように氷が伸び、氷の巨人へと姿を変えた。

 

「形態変化!?だけど……」

 

サリーは形態が変わったボスに驚きつつも笑みを浮かべる。何故なら。

 

「氷なら私も戦えるよ!!」

「逆にやりやすくなったな!!」

 

メイプルとコーヒーは手を緩めることなく攻撃を続けていく。当然、氷形態となった巨人はダメージを受けていく。

 

「よし!このまま―――」

 

コーヒーは更に攻撃を叩き込もうとするも、不意に頭上に陰が差したことで攻撃を中断して上を見る。

そこには折れて落ちたであろう氷柱が迫っていた。

 

「危なっ!?」

 

コーヒーは小舟をバレルロールしてその氷柱をかわす。見れば、氷柱はどんどん折れて落ちてきており、凶悪な対空ギミックとして発揮していた。

 

しかも、落ちてくる氷柱は防御貫通能力を有しているようで、直撃したメイプルの背中に赤いダメージエフェクトを散らしたのだ。

 

「メイプル、シロップを戻して!!どんどん降ってきてる!!」

 

サリーも氷の柱を作ってその陰に隠れてやり過ごすも、天井の氷柱は絶え間なく落ち続けている。

コーヒーは【クラスタービット】を発動して傘代わりにして天井の氷柱を防ぐも、召喚した大砲はさっきの氷柱の雨で全部潰されてしまっている。

 

「……そうだ!!」

 

メイプルは思いついたように自身のインベントリを操作してあるアイテムを取り出す。そのアイテムは―――【獄炎石】である。

 

「これを使えば天井の氷柱は消えるよね!!」

 

メイプルはそう言って【獄炎石】を使用。瞬く間に蒸気が広がり、天井と落下中だった氷柱を一瞬で溶かし、氷の地面も黒曜に輝く黒い地面へと変えていく。

……サリーが出現させた氷の柱も溶かしてしまったが。

 

「あ、ごめんサリー!サリーの氷も溶かしちゃった!」

「あはは……大丈夫だよメイプル。おかげで天井を気にせずに攻撃できるし」

 

謝るメイプルにサリーはそう返し、ダガーを構えて氷の巨人に近づいていく。

氷の巨人はその豪腕をサリーに叩き付けようとするが、サリーは紙一重でかわし、逆にカウンターを決めて切り裂いていく。

 

その間にコーヒーはメイプルを回収。メイプルもシロップを指輪に戻し、【クラスタービット】の屋根がある小舟から【毒竜(ヒドラ)】と銃撃を放っていく。

 

コーヒーもブリッツを指輪に戻し【サンダージャベリン】や【スパークスフィア】、【崩雷】を叩き込んでダメージを与え続け、サリーも復活した天井の氷柱や巨人の肩周りから放たれる氷の刺を避けながら確実にダメージを与えていく。

そして、ボスのHPが残り二割となったことで、ボスから冷気が放出され、氷の形状が変わり始めた。

 

「メイプル、溶岩形態になる前に決めて!!」

 

巨人の中心から溶岩の赤い輝きを確認したサリーはそう言って、激しい乱撃を加えてから宙を駆けて避難する。

 

「任せてっ、【滲み出る混沌】!!【暴虐】!!」

 

小舟から飛び降りたメイプルは化け物形態となり、形態変化している巨人に猛攻を仕掛けていく。

 

『あれ!?ダメージが入ってない!?』

 

形態変化中のボスを攻撃したメイプルが驚きの声を上げる。

確かにメイプルの言う通り、ボスのHPは減っておらず、噛み砕いた氷の内側には溶岩が煌々と燃えて輝いている。

 

それによくよくボスを見れば、氷は溶けていると言うより形を変えているのだ。それも人から獣に変わるように。

そんなボスの口には、溶岩と同じ光が放たれている。

 

「!メイプル、避けて!!」

 

サリーの焦燥の言葉に、【暴虐】モードのメイプルは咄嗟に右に飛ぶ。直後、ボスの口から赤い光線が地面を抉るように直線上に放たれる。

その光線を受けた地面は赤く染まり、天井に届く程の溶岩を噴き出させた。

 

それと同時に地面から溶岩が至る所でボコボコと噴き出し、三、四人程度が乗れる大きさしかない氷の足場を幾つも残しつつ、地面を最初の溶岩の海へと変えていく。

 

『うわっ!?』

 

そんな浮いているだけの氷の足場は安定せず、サイズも合ってない【暴虐】モードのメイプルはバランスを崩して溶岩の海に落ちてしまう。

当然、溶岩の海に落ちたことでダメージが入り、【暴虐】モードのメイプルのHPはどんどん減少していく。

 

「メイプル!!」

 

サリーが慌てて蜘蛛の糸を【暴虐】モードのメイプルの腹に向かって放ち、メイプルも溶岩の中に完全に沈む前に【暴虐】を解除。蜘蛛の糸に引っ付けられたメイプルを引き上げて何とか救出する。

 

その間にボスは完全に形を変え、外側は氷、内側が溶岩となっている一角獣となった。

外側の氷はパキパキと音を立てて、噛み砕かれた箇所をゆっくりと修復していっている。

 

「氷と溶岩を同時に使う形態かよ……」

「多分、外側の氷を砕いてから水属性の攻撃を当てて、そこから攻撃しないとダメージが通らないと思う」

「氷が本体を守る鎧なんだね……」

「ボスはその場から動かなくなったが……頭上の氷柱も健在だから相当やりづらいぞ」

 

むしろ、一角獣となったボスの攻撃で噴き出す固定ダメージの溶岩と頭上から落ちる防御貫通の氷柱で上も下も注意しないといけなくなった。

 

【クラスタービット】の屋根がある宙を浮く小舟ならフィールドギミックは大丈夫だが、ボスの攻撃はそうではないだろう。

現にボスは頭部の長い角の先端に赤い光を集めているのだから。

 

「しっかり掴まってろよ!!」

 

球状の赤い光から幾条もの閃光が放たれたことで、コーヒーはそう言って乱暴に小舟を操作して赤い光線を避けていく。

 

放たれた赤い光線は氷にぶつかると、氷を溶かしながら反射するように曲がって逃げ場をどんどん消し去っていく。

コーヒーはその光線を何とかかわしているが、小舟は大暴れしているので滅茶苦茶に振り回されている。

 

「……仕方ないかな」

 

【糸使い】で小舟にくっついていたサリーはどこか諦めたように呟くと画面を操作する。

画面をスクロールさせ、目的の項目を出してタップし、僅かに躊躇いつつも《購入》ボタンを押した。

サリーは画面を消し、光線が消えたタイミングで購入した【ワイルドハント】のスキルを発動させる。

 

「【召喚:大砲・水弾】!!【砲撃用意】!!」

 

小舟の周りに空間を突き破るように無骨な大砲が三つ現れる。その大砲は派手な音を炸裂させながら大きな水の砲弾を放った。

放たれた水の砲弾はボスの溶岩部分に見事に命中し、瞬く間に黒く固めていく。

 

「CF!」

「ああ!【聖刻の継承者】!!【雷神陣羽織】!!集え、【グロリアスセイバー】!!」

 

言うが早いか、コーヒーは強化した【グロリアスセイバー】を一角獣の黒い部分に叩き込み、残りのHPを全て吹き飛ばした。

 

「ああ……3000万の出費が痛い……スキルは登録から一度外してもリセットされないから無駄金にならないのが救いだけど」

 

ボスが光となって消える中、サリーは一気に五桁となった自身の所持金に対して遠い目となったが。

 

ピロリン♪

『スキル【氷霜】を取得しました』

 

「お、新しいスキルの通知だ」

「あ、私も!」

「……私にも来たわね」

 

三人は予想外のスキル取得の通知に、ステータス画面を開いて獲得したスキルを確認する。

 

 

===============

【氷霜】

発動から三分間、氷属性の攻撃を当てる度にHP・MPを除くステータスを1%低下させる効果を付与する。

十分後に再使用可能。

口上

冷徹なる息吹 氷結により脆弱にせん

===============

 

 

「うーん……使いどころがなさそうなスキルだな……サリーなら使えるか?」

「え?これ、結構MPの消費が大きくて使いづらいんだけど?三秒の硬直も痛いし」

「え?」

「え?」

 

明らかに噛み合っていない会話にコーヒーとサリーは揃って首を傾げる。

そこで互いのスキルを確認すると、サリーの取得したスキルは【大噴火】という攻撃スキルであった。

 

「メイプルも【大噴火】となると……原因は【万年氷】と【獄炎石】か?」

「そうね。この階層での違いはそこしかないし、それらのアイテムを所持した状態でボスを倒したら手に入るスキルでしょうね」

 

メイプルも【大噴火】を取得していたことから、スキルの取得条件がアイテムの所持が条件だとコーヒーとサリーは結論づけた。

 

「あ、彼処にスキルの巻物が落ちてるよ!!」

 

そう言ってメイプルが指差す先には、ボスが佇んでいた場所に三つの巻物が落ちている。

コーヒーは小舟を操作してその場所に降り立ち、巻物のスキルを確認する。

 

 

===============

【永久凍土】

氷属性の魔法とスキルが炎系統の影響を受けなくなる。

===============

 

 

「お、これはいいんじゃないか?」

「ええ」

 

コーヒーの言葉にサリーは頷き、【永久凍土】を取得する。

そして【氷柱】を発動させると、溶岩の上にも関わらず氷の柱がそこに出現した。

 

「おおう……溶岩でさえ溶けなくなるのか」

「そうみたいね……」

「溶岩の上の氷……凄く神秘的だよね!!」

 

全く溶けずにそこに存在する氷の柱にコーヒーとサリーは遠い目となり、メイプルはキラキラと目を輝かせるのであった。

 

 

 




『溶岩と氷のアイテムを使わず持ってたらスキルが手に入るらしい』
『メイプルちゃん達はどうだったかな?溶岩の海で確実に使うだろうけど』
『二回使わないと厳しいよな』
『そういえばCFは空を飛べるんだよな』
『まさか』
『いやそんな筈はない』
『もしそうなら……事案だな』

見守り隊のスレ抜擢。

『奴は絶対羨まけしからん行動を取った筈だ!』
『ああ!!メイプルさんとサリーさんに抱き締められたに違いない!!』
『CFは俺達非リア充の敵。だから間違いない。俺はギルドマスターの兄に担がれた』
『絶対にCFを倒してやる!!』
『その為にも今回のイベントでスキルを手に入れるぞ!!』

非リア充のスレ抜擢。

感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

四階は川下り

てな訳でどうぞ


今日も今日とて、運営はイベントの進行状況と各階にバグが発生していないか確認していた。

 

「現在トップの【集う聖剣】の主力メンバーは六階のボス戦に突入しましたね」

「ああ。にしても、何で六人で挑んでいるんだろうな?【炎帝ノ国】の主力メンバーも六人だし」

 

どのような理由で六人だけで最高難易度に挑んでいるか分からない二人は揃って首を傾げる。

 

「他の状況は?」

「多くが二階と三階で止まっている感じですかね?四階と五階は合わせて二組しかまだ挑めていませんし」

 

運営のプレイヤー達への挑戦状とまでに難易度を引き上げた最高難易度の塔は精鋭プレイヤー達に猛威を振るっているようで、二人は悪どい笑みを浮かべる。

 

「でも、挑戦してリタイアするパーティーはいないんですよね」

「全員凄いやる気だなぁ。まあ、その分素材や取得スキルも多少追加したが」

「ですね。あ、三階のボスの戦闘記録見ます?」

「見よう」

 

男は適当に幾つか記録映像を選び、画面に順番に表示していく。

 

「うーん……このボスも凶悪だな。てか、何で巨人から一角獣に変化するようにしたんだ?」

「このボスを作った人によれば、『その場から動かなくなるから人型より一角獣の方が強そうに見えるからだ!!』っと、言ってました」

「そうか……」

 

男はそう返して最後の映像を確認すると、例の三人パーティーの映像が映っていた。

 

「……【ワイルドハント】で空中戦を展開してるな」

「ですね……しかもサリーも《信頼の指輪》で【ワイルドハント】の筏を足場代わりにしてますね」

「あ、氷形態になったな」

「なりましたね。あ、メイプルが【獄炎石】を使いましたね」

 

映像はそのまま流れ続け、ボスは第三形態の一角獣に姿を変えていく。

 

「メイプルが化け物になって攻撃してますね」

「ふっ、残念だったな。第三形態の氷は外装で本体にダメージは与えられないぞ!!」

 

ボスが溶岩を噴き出させる光線を放つも、メイプルは咄嗟に右に飛んで回避する。だが、その後の溶岩の海に戻ったことでメイプルは溶岩の海へと沈んでいく。

 

「よし!!そのまま溶岩にやられろ!!」

「ついにメイプルの年貢の納め時が!!」

 

だが、サリーがメイプルを救出して水を放つ大砲をぶっぱなし、コーヒーの【グロリアスセイバー】で一気に倒されたことで二人は一気に消沈した。

 

「「…………」」

「……まあ、財布にダメージを与えたからな」

「ええ、そうですね。財布に大ダメージを与えましたからね」

 

二人はそう言って気を取り直すと、黙々と作業を再開していった。

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

四階へと続く階段を上る間、三人―――厳密にはコーヒーとサリーが今回得たスキルについて話し合っていた。

 

「【大噴火】は消費MPが50だから数回で枯渇寸前になるし、発動前の三秒間の硬直が本当に痛いわね」

「こっちの【氷霜】は氷属性じゃないと効果を発揮しないし、持ってるのは【羅雪七星】だけだから全然意味がないな……」

 

本当に逆だったら良かったのにと、コーヒーとサリーは揃って溜め息を吐く。

 

「まあ、今回互いに得たスキルは指輪に登録して有効活用しましょ」

「そうだな」

 

コーヒーは【死霊の助力】を【氷霜】に、サリーは【魔力感知】を【大噴火】へと登録し直す。

サリーなら【氷結領域】で水属性を氷属性に変えることができ、コーヒーはMPもそこそこある上に【クラスタービット】や【雷旋華】等で発動前の硬直による隙を埋めることができるからだ。

 

メイプルはMP関係から【大噴火】をスキルスロットに付与しようかと考えていたが、それにサリーが待ったをかけた。

何故なら、今回のイベントをクリアすればメダルは十枚となってメダルスキルが手に入るので、その後で考えた方が最善だからだ。

 

「【黄金劇場】やCFの【クラスタービット】のような大食いはともかく、【大噴火】はその二つに比べると大食いじゃないし、スキルスロットは一度付与すると二度と返ってこないしね」

「《信頼の指輪》はあくまで“登録”で切り替えは自由だが、スキルスロットの方はそうはいかないからな」

 

コーヒーもスキルスロットは結構余っているが、付与するならMPを一度に大量消費するスキルか癖が強過ぎるスキルが最善だと判断している。

 

「それに、攻撃力は今のところ十分足りてるでしょ?」

「攻撃も防御もバッチリです!!」

「じゃあ、今回は見送って次の階に挑むか。そろそろ見えてきたしな」

 

そうして三人は四階へと足を踏み入れる。

音を立てて落ちる水とその向こうに広がる森。

 

音を立てて落ちる水は滝で、滝壺からは幅の広い川が流れており遠くには海らしきものが見える。

そして、塔の中にも関わらず青い空が広がっていた。

 

「おー!すっごい広いよ!!」

「そうだな。結構不思議な光景だが」

「三階も似たり寄ったりなのに何言ってるのよ。とりあえず、降りようか」

 

三人は崖に沿って作られている足場を降りていく。

そして、周辺を軽く調べると森の方は侵入不可能であることが判明した。

 

「森が駄目となると川を下っていくしかなさそうね」

「そうなると移動は舟かシロップの二択だが……」

「三階のボスのギミックを考えると、空中への対策はされてるわよね」

「じゃあ、俺が試してみるか」

 

コーヒーはそう言って、メタルボードにした【クラスタービット】に乗り、川の上へと移動する。

その途端、川から水の矢が次々と放たれ始めた。

 

「やっぱり空中への対策が取られていたか……」

 

コーヒーはメタルボードを盾にして水の矢を防ぎつつ、二人の下へと降り立つ。

 

「空の移動はご覧の通り厳しそうだ」

「そうね。次は川の中の確認ね」

 

サリーはそう言って川の中へと潜ると、数秒も待たずして慌てたように川の中から飛び出てきた。

 

「泳いで行くのも無理。中は魚型のモンスターがいて、襲いかかろうと私に向かって一気に集まってきた」

「そうなると……これが最善か?」

 

サリーの報告にコーヒーはそう呟くと、小舟の船底を【クラスタービット】でコーティングし、それを川の上に浮かべる。

パッと見た限りでは、川を渡る小舟そのものである。

 

「これで川下りすれば安全に行ける筈だ」

「そうね。一応、川に浸かっているしね」

「それじゃー、のんびり舟の旅と行こー!!」

 

サリーは呆れながら、メイプルはテンションを上げて小舟へと乗り、そのままゆっくりと川を下り始める。

念のためにメイプルは【身捧ぐ慈愛】を発動しているが、水の矢もなく、森から何も襲ってくることもなく、まさに平和そのものだった。

 

「こうも何も起きないと暇だな」

「そうね。せっかくだし釣りでもして魚を釣り上げようかな。売ってお金にしたいし……」

 

最後の方は気落ちしたように呟いたサリーは、自身のインベントリから釣竿を取り出すと、釣糸を垂らして釣りを始めていく。

 

「じゃあ、俺も釣りをするか。このまま小舟を操作し続けるのも暇だし」

「それなら私も!あんまり釣れないけど……」

 

コーヒーとメイプルもサリーに続くように釣りを始めていく。

少しして、コーヒーとサリーは見たこともない魚が釣れたが、アイテム欄の詳細を確認するとただの美味しい魚だった。

メイプル?VIT特化だからまだ釣れていませんが?

 

「ミキなら凄いのを釣るんだろうなー……」

「確かに……どデカイ魚を釣り上げそうだな」

「それ以前に、魚かどうかすら怪しいけどね」

 

サリーのミキに対する評価にコーヒーとサリーは苦笑い気味に頷く。

ここで船を釣り上げたと聞いても、またおかしなものを釣り上げたのか、としか思わない辺り、相当である。

 

「他の皆はどうやって移動してるのかな?」

「うーん……川の中はモンスターでいっぱいだったから泳いでは行けないし……町のショップで売ってたボート辺りに乗って移動してるんじゃないかな?」

「かもな。普通は小舟に乗って下りは出来ないからな」

「ボートかあ……それもいいなあ……」

 

そんな風に談話しながら釣りを続けていると、コーヒーが何かに気付いたように川に視線を向ける。

 

「?CF?」

「気のせい……じゃない。川の流れが速くなってきてるぞ!!」

 

水の流れが速くなると共に川の途中にある大きな岩が見え始める。ボートなどがぶつかればただでは済まないのが容易に想像できる。

 

「【召喚:錨】!!」

 

コーヒーは【ワイルドハント】の召喚物である鎖付きの錨を召喚すると、錨の鎖を小舟の後ろへ繋げてから川へと放り投げる。

結果、大きな岩にぶつかる直前で小舟はブレーキがかかったように止まった。

 

「流石にこの流れに逆らって安全に移動するのはキツいぞ。どうする?」

「それなら、三階での屋根付きにして!!かなり荒れるけど、空を飛んで水の矢に晒されるよりマシと思うから!!」

「わか―――」

 

サリーの提案にコーヒーが頷きかけたところで、所々にある大きな岩の一つに五メートルはあるであろうHPバーが存在しない緑の蛙が鎮座している事に気付く。

 

その蛙はコーヒー達に顔を向けて口を開くと舌を伸ばし、一瞬で何かを呑み込む。

そして……サリーの隣にいた筈のメイプルはその場から消えていた。

 

「「……喰われた!?」」

 

少しの間から、コーヒーとサリーは揃って声を上げる。

 

コーヒーがメイプル救出の為にその蛙を攻撃しようとクロスボウを構えようとした矢先、メイプルを呑み込んでモグモグしていた蛙は、にゅるりとメイプルを川に向かって吐き出してあっさりと解放する。

蛙の口から解放されたメイプルは、そのまま川の中へと沈んでいった。

 

「ちょっ!?あれヤバいだろ!?」

「あのままじゃメイプルが溺れて終わりよ!!」

 

地味にメイプルが溺死の危機となったことで、コーヒーは慌てて錨の鎖を外して流れに逆らうように小舟を必死に操作し、サリーは【魔力感知】をフルに使って水の中にいるメイプルの存在を捉える。

 

「メイプル!!」

 

サリーは人型の赤い靄に向かって糸を飛ばし、自身の体を小舟に固定して力いっぱい引き上げる。

引っ張られた糸の先には、目を回しているメイプルがくっついており、そのまま小舟の上へと引き上げた。

 

「大丈夫メイプル?」

「うぇぇ……蛙の中って結構狭いんだね……後ぐるぐる回って水の中も全然分からなかったし……」

「まあ、無事で―――」

 

その瞬間、サリーの姿が消えた。

コーヒーはまさかと思って蛙の方に目を向けると、先ほどと同じように口をモグモグしている。

 

「今度はサリーかよ!?」

 

コーヒーのその叫びは、メイプルと同じように吐き出されたサリーによって証明された。

 

「もうあっち行け!!」

 

流石にあれをスルーするわけにもいかず、コーヒーは蛙に向かって矢を何発も放っていく。

矢を何発も受けた蛙は大岩をぴょんぴょんと飛び移り、森の中へと消えていった。

 

「よし!次はサリーの―――」

 

急いでサリーの救出に動こうとした直後、小舟の縁にガッ!と濡れた手が掴む。

そこから、貞○のようにサリーが水中から顔を出し、小舟の上へと上がってきた。

HPは欠片も減っていないので、あの蛙は本当にただの嫌がらせで配置されたようである。

 

「サリー、無事か?」

「……あの蛙は?」

 

コーヒーの質問には答えず、サリーは顔を俯けたまま蛙の所在を問い質す。

 

「ああ、蛙なら俺が追いはら―――」

 

その瞬間、コーヒーはダガーを喉元に押し付けられ、押し倒された。

 

「なーんで、あの蛙を追い払ったのかしら?」

「二度も捕食から川へ嘔吐したら、流石に放置できないだろ!?」

「うるさい!あの蛙に仕返ししたかったのに!この怒りをどこにぶつけたらいいのよ!?」

 

完全に八つ当たりしているサリーにコーヒーはどうすればいいのかと本気で考えていると、操作が疎かになったことで小舟が大岩にぶつかってしまう。

それでコーヒーを八つ当たりから押し倒していたサリーはバランスを崩し……

 

「「――――――」」

 

顔……の一部がくっつき、コーヒーとサリーは絶句。というか喋れない。

復活したメイプルは……予想外のハプニングに顔を赤らめつつも写真に収めていた。

そして小舟が再び揺れ、その拍子でコーヒーとサリーは離れる。

 

小舟は大岩と大岩の間に引っ掛かってその場に止まったが……コーヒーとサリーは理解が追い付いていないのか、未だに固まっている。

最初に現実に帰ってきたのは……サリーだった。

 

「…………」

 

サリーは無言のまま画面を操作し―――逃げるようにその場から消えていった。

続いて現実に帰ってきたコーヒーも、メイプルを大岩に移動させてからその場から消え、一人残されたメイプルは、二人がログアウトしたことを確認すると、塔から出ていくのであった。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

「ぁぁぁ……ぅぁぁぁ……」

 

現実に戻ってきた理沙は枕に顔を埋め、ベッドの上で悶えていた。

 

(何であのタイミングであんなことになるのよ!?私のふぁ、ファースト……が、あんな形になるなんて……)

 

ゲームのあれをカウントするかしないかは個人の自由ではあるが、感触がはっきりと残ってしまっている為、カウントに入るであろう。

 

「……明日はどんな顔して会えばいいのよ……」

 

嫌でも学校で顔を合わせることになる理沙は、悶々と答えの出ない葛藤に悩まされるのであった。

ちなみに浩の方はと言うと……

 

「ぁああああああああああああああああ―――ッ!!!」

「浩!!うるさいから静かにしなさいっ!!」

 

大声を上げて悶えていた為、母親に大声で怒られていた。

 

 

 




「川の流れが次第に速くなってるな。みんな、気をつけろよ」
「わーってるよ」
「ん?なんだあの蛙は?それも二匹」
「……猛烈にバッドな予感が―――」
「あれ?サクヤちゃん、どこいったの?」
「ドラグもどこに……って、蛙の口からドラグの足が見えるぞ!?」

蛙に喰われたサクヤとドラグの図。
※この後、フレデリカも喰われましたw

感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

四階はすぐに終わらせる

てな訳でどうぞ


最悪とも言えるハプニングが起きた翌日。その朝の教室にて。

 

「おはよう、本条さんに……白峯、さん……」

「おはよう新垣くん!」

「あ……おはよう、新垣……」

 

浩はいつものように挨拶しようとするも、やはり昨日のことがあって白峯とは目を合わせることが出来ないでいる。白峯も同様で、浩の顔をマトモに見ることができずに挨拶を返している。

挨拶をすませた浩は自分の席に付いて持ってきていた本を読むのだが、何とも微妙な雰囲気が辺りに漂っている。

 

「そうだ理沙!!今日は頑張って進まないとね!!」

「そ、そうね……今日は四階をクリアしておかないと……ね」

 

本条の言葉に白峯は頷くも、先日のことを意識してか頬が若干赤く染まっている。

それは、授業中にも出てしまっていた。

 

「それでは、白峯さん。この問題を解いて下さい」

「…………」

「白峯さん?」

「あっ、はい!あれは事故です!!……あ」

 

ゲームでのあの出来事に未だに悶々としていた白峯は反射的に答えてしまい、周りから訝しげな視線を集めてしまう。

 

「…………」

「あはは……」

 

浩は言い当てられる前の白峯と同様の状態。理由を知っている本条は何とも言えない表情となっている。

 

「……ちゃんと授業に集中するように」

「……はい」

 

教師に注意された白峯はそう答え、恥ずかしげに教科書に顔を戻して縮こまっていく。

浩はと言うと、教科書とノートに視線を向けつつも、チラチラと白峯に視線を向けている。

 

(本当にどうしたらいいんだよ!?いくらVRで事故とはいえ、付き合ってもいない女の子とききき、キスをするなんて……!)

 

昨日は事故、ゲームでの出来事として片付けようと浩は結論を出していた。だが、いざ顔を合わせるとあの事故の記憶と感触が鮮明に甦ってしまい、見事に意識してしまっていた。

それはもう一人も同様だった。

 

(何で唇同士がぶつかるのよ!?普通はおでこや鼻じゃないの!?どうせなら、もっとロマンのある……って何考えてるのよ私!?)

 

一体どんな確率なのだと、白峯は本気で自身の運のなさ?を恨みたくなるのであった。

―――放課後。

 

「……明らかにあの二人の様子がおかしかったよな?」

「やっぱりそう思うよな?」

「向こうで一体何があったんだ?」

「まさか……羨まけしからんことが起きたのか?」

「それなら一体どんな……」

「抱っこは……違うよな。ラノベだと、事故による……」

「「「「…………」」」」

「……あり得るのか?」

「分からない。だが、それ以外で思い浮かぶ可能性があるのか?」

「ボディタッチは……装備からして違うよな」

「本条さんはいつも通りだったから……被害には合ってないと考えるのが普通だし……」

「やっぱり……」

「「「「あのお約束か!!なんてう―――憎たらしいことを!!!」」」」

 

非リア充四人組は正解に辿り着いていた。

後日、彼らはさらに荒れることとなるのだがそれは別の話である。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

一方、運営では。

 

「あれ?あの三人パーティーが四階を途中で止めてますね」

「少し気になるな。録画映像を確認するか」

「「「「…………」」」」

「おい!このシーンの別カメラは!?」

「全部確認します!!」

「俺も手伝うぞ!!」

「俺も!」

「俺も!」

 

男達は一致団結してその場面のすべてのカメラを逐一確認し始めていく。

 

「頭上カメラは被さって見えるが、肝心なのはその距離だからこれは駄目だ!!」

「横カメラは……小舟が壁になって見えません!!」

「一つだけ何とか二人が綺麗に写ってる映像がありました!!」

「でかした!!」

 

その映像がモニターに映し出され、男達は目が点になるほどに凝視していく。

 

「これは……次の公式動画に採用だ!!ハプニング映像としてな!!」

「流れとしては、サクヤとドラグの丸呑みとミザリーとカミュラが吐き出される蛙シーンの次で!!」

「あのサンドイッチより此方の方がおいし―――見応えがあるからな!!」

 

後日、新たに公開された運営の公式動画で一人のプレイヤーに一部からヘイトが集中するのだが……それも別の話である。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

本日も三人は塔の前へと来ていた。

 

「それじゃあ、今日も頑張って攻略しよー!!」

「「お、おー……」」

 

メイプルの宣言にコーヒーとサリーは互いに顔を合わせることなく、片腕を突き上げて力なく同意する。

本音を言えば、色々と意識してしまうので数日はゲームで顔合わせしたくはない。だが、イベントの日数と難易度を考えると、あんまり悠長にもしてられないのだ。

 

三人は四階の入口へと再び入り、コーヒーは【ワイルドハント】と【クラスタービット】のコンボで屋形船の形状にして……空を飛んで強硬突破に踏み切った。

 

幸い、先日の水の矢で【クラスタービット】にダメージが入ることなく防ぐことが出来たのは確認できていたので、この強硬策は有用だと判断できたからだ。

 

何より―――こうすることでサリーをメイプルに任せっきりにできて顔を合わせなくて済むからだ。

さらに【遊雷星】も発動して小舟の周囲に展開し、メイプルの兵器も展開しているので隙はない。

そして、小型の浮遊戦艦となった小舟を水面から浮かせ、川に沿って移動し始めた。

 

当然、水面から小舟に向かって水の矢が次々と放たれるが、貫通攻撃無効の【クラスタービット】にコーティングされた小舟には通じず、虚しく弾かれる、もしくは周りに漂う雷球に消されていく。

そうして進んでいくと、例の巨大蛙が大岩に佇むエリアが見え始める。

 

「【攻撃開始】!!」

 

メイプルが小舟の左右に展開していた武装から銃弾やミサイルを大岩に向けて放ち、巨大蛙を早々に追い払っていく。

 

「ふふーん!矢を気にしなくていいから撃ち放題だよ!」

「……そうね」

 

メイプルは自慢気に兵器を撃ち続け、サリーは挑戦前に自身のインベントリを整理して売却したお金で購入した【ワイルドハント】の爆弾を川に投下しながら短く返す。

正直、サリーが攻撃に参加する必要はほとんどないのだが、何かしないと例の出来事を思い出してしまうからだ。

 

進むにつれて水の矢の弾幕がどんどん激しくなり、岩場に佇む巨大蛙の数も地味に増え、トビウオやカジキのようなモンスターが飛び出して小舟に攻撃を仕掛けていたが、すべて漂う雷球と銃撃、爆弾によって返り討ちとなっていた。

 

「今までの苦戦が嘘のように進んでるね!!」

「まあ……複数のスキルが噛み合って効果を発揮しているからな」

「そうね。普通はこんな簡単にはいかないものね」

 

上機嫌のメイプルの言葉に、コーヒーとサリーは遠い目で頷く。

対空の水の矢は【クラスタービット】で防がれ、巨大蛙はメイプルの銃撃に追い払われ、固定ダメージを与えるカジキは漂う雷球とサリーが投げる爆弾の餌食となっている。

 

そんな運営が見たら阿鼻叫喚となる進行を続けること数十分、三人は水の矢が放たれず、水流も緩やかとなっているエリアまで来た。

 

「今日はドロップアイテムがいっぱいだね!!」

「上から容赦なく攻撃したからね。この中から幾つか売って財布の足しに……」

「じゃあ、ここからは川の流れに任せるか。ぶっちゃけ、【クラスタービット】と小舟の同時操作で少し疲れた」

 

コーヒーはそう言って小舟を川へと降ろし、その場に寝転がって寛ぎ始める。もちろん、サリーとメイプルからは十分に距離を取って。

 

メイプルとサリーも特に意見することもなく、何か起きるまではのんびり釣りでもしようと釣糸を垂らしてのんびりしていく。

 

サリーはAGIとDEXが高く、スキル【釣り】もあるから次々と魚を釣り上げていくが、VIT特化のメイプルは一匹も釣れない。

 

「ううー……一匹も釣れないよー……」

「メイプルはVITにしかステ振ってないからね」

 

そう話していると、メイプルの釣糸が水の中へと引っ張られる。

 

「!来た!!」

 

メイプルは嬉しそうに声を上げながら釣竿を引っ張る。

そうしてメイプルの釣糸に掛かっていたのは……巨大な蛙だった。

 

「「…………」」

 

メイプルとサリーがあまりいい思い出のない巨大蛙の前に沈黙する中、巨大蛙は口から巻物を吐き出すとそのまま水の中へと戻っていった。

 

「……あれはスキルの巻物かな?」

「……確認しようか」

 

メイプルはその巻物を引き寄せると、その中身を確認していく。

 

 

===============

【口寄せの術】

蛙を一匹召喚する。蛙のステータスは召喚毎にランダムで変化する。

召喚してから十分後に帰還する。

使用回数は一日1回。

===============

 

 

「……何とも微妙なスキルね。どうする?」

「一応取得しておこうかな?何か役に立つかもしれないし」

 

メイプルはそう言ってスキル【口寄せの術】を取得した。

その後は途中で川が分かれることもなく、周りの森も終わって景色がパッと開ける。

広がるのは一面の海。光を受けてキラキラと輝く海は波も小さく穏やかだ。

 

「……ここが終着点?」

「どうだろう?足場が全くないし……うーん、【ワイルドハント】の筏を足場にすれば戦えぞうだけど……」

「普通に考えれば不利なフィールドだよな」

 

足場がないと、普通はボートか水中の二択でしか戦闘を行えない。

そんな考えを裏付けるように、三人の眺める海の一部がゆっくりと隆起すると、音を立てて弾け、ボスモンスターが姿を現す。

それは五メートルを超える海亀だった。

 

「この階のボスは海亀かー」

「ってことは、ここで戦うしかないってことだね」

「シロップとどっちが大きいかな……」

 

コーヒーとサリーはボス戦が面倒になりそうだと考える中、メイプルは楽しいことがある前のようにウズウズした様子で海亀の方をじっと見ている。

 

「……メイプル?」

「あんまり愛着湧かないようにね?」

「だ、大丈夫だよ大丈夫!!」

 

そうして会話している間に、海亀は一旦水の中へと戻り再度浮上すると、空へ向かって水の道を延ばしながら自在に空中を泳ぎ始める。

 

「お?おぉーーっ!!」

「バトルフィールドを形成しているのか?あの水の道を利用して海亀を追いかけるのがセオリーなんだろうな」

「こっちは空中を自在に飛ぶ小舟や筏があるけどね」

「どうやって倒す?」

「普通なら遠距離から攻撃するのがセオリーよね……」

 

コーヒーとサリーは普通に会話していたが、それに気付いた二人は気まずそうに顔を逸らす。

 

「そ、そうだ!!あの海亀の背中に載ってみない!?シロップやジベェに乗るのとはまた違うと思うし!!」

 

そんな二人に、メイプルが場の雰囲気を変える意味でそう提案する。

 

「……そうね。ちょっとだけなら」

「じゃあ、強引に突っ込むか。迸れ、蒼き雷霆(アームドブルー)!」

 

コーヒーはそう言って【名乗り】を使ってステータスを強化する。

 

「揺らめけ、【遊雷星】!!舞え、【雷旋華】!!」

 

さらにコーヒーは【遊雷星】と【雷旋華】を発動し、周囲を漂う雷球と周囲を覆うドーム状の雷を形成する。

準備が万端となった小舟はそのまま空へと浮上し―――空を飛び回っている海亀に真っ直ぐ向かっていく。

 

海亀は自身の周囲に青い魔法陣を展開し、大きな水の塊を撃ちだ出していくがコーヒーの雷の防御によって難なく防がれていく。

 

そのまま背中の近くまで水平となるように飛行させ、メイプル、サリー、コーヒーの順番で海亀の背中へと降り、【クラスタービット】のコーティングを剥がした小舟をそのまま放置した。

 

「海亀の甲羅は意外とひんやりしてるね……」

「さて……ここからどうしようか?」

 

相変わらず襲ってくる水の塊を【クラスタービット】で防ぎつつ、コーヒーはそう呟く。

このまま甲羅に乗ったままグサグサ攻撃していこうかと考えていた矢先、海亀の甲羅にダガーを刺していたサリーが何かを呟いていた。

 

「甲羅に攻撃してもダメージが入るのね。それなら……」

 

サリーはそう呟くと、髪と瞳の色をマリンブルーへと染め上げていく。この状態は【流水短剣術】の零式、もしくは終式の発動の証なのだが、今回は後者の方であった。

 

「【終式・睡蓮】」

 

スキルを発動させたサリーは容赦なくダガーを交互に刺し続け―――簡単に必要回数の攻撃へと達する。

巨大な海亀は睡蓮に包まれ、光となって消えていく。当然、三人も空中へと放り出されるのだが、召喚した筏と小舟でサリーとメイプルを回収。コーヒー自身はメタルボードに乗ってあっさりと墜落の危機を脱する。

 

「あっという間に終わったね……」

「そうね。普通なら条件が厳しいんだけど、今回は相手が良かったわ」

 

メイプルの言葉に、サリーはそう言葉を返す。

実際、【終式・睡蓮】は発動から三分の間に一度も外すことなく攻撃を20回当てなければならない。発動後は成功の有無に関係なく、30分間HPとMP以外のステータスが半分減少する。

 

なので、AGIが高い相手や攻撃の手数が相手には厳しいスキルでもあった。

そんな苦もなく最速でボスを倒し、現れた小島でサリーのステータスも元に戻ってから、小島にあった五階行きの魔法陣の上に乗ったのだが……

 

「「…………」」

「も、もう少し休憩しよ……?」

 

仄暗い闇の中、淡く青白い光を放つ古びた墓石がいくつも並ぶ広い荒地―――幽霊エリアにサリーは顔を青くしてコーヒーの服を掴んで、そう二人に言うのであった。

まさに、羞恥より恐怖が勝った瞬間である。

 

 

 




「「「……………………」」」
「……なあ、あいつらの口から出てはいけないものが出てきてるんだが?」
「……気にするな。理由を知ったらお前もああなるぞ」

四階のボスの瞬殺映像にショックがでかすぎた者達の図。
※五階のボス戦でも同様の者達が生まれました。

感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

五階は墓地。残りのメンバーはいつも通り

てな訳でどうぞ


コーヒーとメイプルは五階がサリーの鬼門であると分かった後の行動は早かった。

まず、コーヒーが屋根のない鉄壁の小舟を作り、メイプルはその小舟の上で【身捧ぐ慈愛】と【天王の玉座】を発動。幽霊避けの蝋燭も取り出し、幽霊達に対して最強の布陣を敷いた。

 

この階では完全な戦力外となったサリーはマフラーからローブに装備し直すとコーヒーの背中にしがみついて視界を完全に遮断していた。

 

「よーし!一気に駆け抜けよう!!」

「そうしたいのは山々だが……罠も警戒しないといけないから慎重に行くぞ」

「……早く突破してね」

 

なるべく気にしないようにしているコーヒーの発言にサリーは力無く要望を伝える。本音では一瞬で突破してほしいところではあるが、それで罠にかかったら元も子もないし、以前罠によって分断され、トラウマ寸前の怖い目にあったサリーとしては諦めるしかなかった。

 

ちなみに、サリーは自覚してないがコーヒーにしがみついていることで恐怖が和らいでいることも許容した理由の一つである。

 

ボスは【黄金劇場】と【影ノ女神】のコンボ、対策が取られていたら超強化した【グロリアスセイバー】で吹き飛ばす予定だから、また運営の精神が彼方へ行く案件である。

コーヒーが攻略のために小舟を進めると、青い光を放つ墓石から青白く透けるゴーストが現れた。

 

「わっ、早速出た!!」

「いっ、言わなくていいから!!」

「弾けろ!【スパークスフィア】!!」

 

コーヒーは速攻で雷球を放ってゴーストを吹き飛ばし、そのまま荒野を駆けていく。

地面からは腐肉の腕や骨の腕が伸びてくるが、小舟は飛んでいるので虚しく宙を切っているだけに終わっている。

 

「うわぁ……地面が腕だらけで凄いことになってるよ」

「だから言わなくていいからぁっ!!」

 

メイプルの呟きにサリーは涙目でコーヒーにしがみついている腕の力を強める。

コーヒーとしてもサリーに抱きつかれるのは本当は色々と心にくるのだが、大のお化け嫌いなサリーだから仕方ないと諦めていた。

 

そんな三人にゴーストは黒い霧を放つのだが、【天王の玉座】によって通用せず逆に雷の餌食となっていく。

 

「あの黒い霧はどんな効果があったのかな?」

「んー、地面の手を考えればAGI低下辺りじゃないか?」

 

コーヒーは地面から生えている幾つも腕にチラリと視線を送ると、すぐに視線を上へと戻し、上空から近づいてきていた白い幽霊達を片っ端から射抜いていく。

 

サリー?コーヒーにしがみついたまま震えていますが?

そんな感じで三人は順調に進んでいくのであった。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

一方、残りの【楓の木】のメンバーも最高難易度の攻略を順調に進めていた。

 

「……うう、素材が……お金が消えていくわ……新アイテムの製作が……装備が……」

「んー、クーラーボックスで眠ってる換金アイテムいるー?ジベェ、【水鉄砲】ー」

 

遠い目となって【塩爆弾】をゾンビの大群に向かって投げ続けるイズに、ジベェに攻撃を指示しながら地面から素材アイテムを釣り上げているミキがそんな事を言う。

 

何故イズとミキが二人だけとなっているのかと言うと、数メートル先から全く見えないほどの濃厚な霧のトラップによってパーティーが二人一組に分断されてしまったからだ。

 

しかも、分断されたメンバーの位置はマップにも表示されていない為、合流もままならない。

つまり、その場にいるメンバーで先へと進まなければならないのである。

 

「……いいの?」

「いいよー。代わりにー、釣りに役立つアイテムを作ってねー」

「任せて!!とびっきりのアイテムを作ってあげるわ!!」

 

ミキのクーラーボックスの中に眠ってる換金アイテムだけで売上総額が12桁になることを知っているイズは、先程までの遠い目が嘘のように目を輝かせ、【塩爆弾】や三階で手に入れた素材で作った新爆弾【ボルケイノボマー】、【フリーズボム】を惜しみもせずにポンポンとゾンビと新たに現れたスケルトンの大群に向かって投擲していく。

 

ミキの所持金は【楓の木】随一。その所持金は11桁だから相当なお金持ちである。なのでクーラーボックスに眠ってる換金アイテムを手放しても問題ない上に、釣り上げた他のアイテムもまだまだ大量にある。

 

そんな大量のゴールドが一気に手に入ることで上機嫌となったイズが投げる爆弾は次々と爆発し、フィールドを溶岩に変えたり、氷の地面に変えたりと地面を凄く泣かせていくのであった。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

一方、クロムとシアンの二人も順調に濃霧の中を進んでいた。

 

「輝け!【フォトン】!!」

 

シアンが放つ威力のおかしい光球は群がっていたゾンビ達を吹き飛ばし、簡単に光へと還元していく。

クロムも攻撃役のシアンを守るため、近づいてくるゾンビの攻撃を大盾で受け止め、鉈で一体一体を確実に葬っていく。

 

「この程度の敵なら、回復は十分に追い付くな……シアン!俺の方は気にせずに奥のゾンビをおもいっきり吹き飛ばしてくれ!!」

「はい!解き放て!【シャイニング】!!」

 

シアンが杖を正面に構えて光魔法を発動すると、白い輝きを放つ極太の光線が一直線に放たれる。

その極太光線は、クロムごとゾンビ達を呑み込むのであった。

 

「……あ」

 

シアンはやってしまったといった感じで声を洩らすも、パーティーメンバーに直接攻撃をぶつけてもHPには何の影響もないので、光が収まると無傷のクロム佇むだけだった。

 

「クロムさんごめんなさい!!」

「いや……パーティーメンバーだから問題ないし、むしろ一気にゾンビを殲滅できたから今の内に出口を目指して進むぞ」

 

実際は光で目が少し痛かったが、頼れるお兄さんであるクロムは大丈夫だと優しい嘘をつき、クロムが変わらずに先頭を進んで合流を目指していく。

 

「マイちゃんとユイちゃんは大丈夫でしょうか……?」

「メッセが来てないから、二人も無事に進めていると思うが……やっぱり心配だな」

 

離れ離れとなったマイとユイの二人を心配しつつ、クロムとシアンは濃霧の中を歩いていくのであった。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

一方、カスミとカナデはというと……

 

「これは……少し骨が折れそうだな」

「そうだね」

 

カスミとカナデが見つめる先には、四メートルはあるであろう黒い半透明な幽霊がゆっくりと近づいてきている。

 

「どうする?強引に突破するか?」

「そうだね。無理に戦う必要もないしね」

 

二人は黒い巨大霊とは戦わずにスルーすることを決め、カスミは【超加速】を、カナデは【フレアアクセル】を使って巨大霊の横を通り抜け、そのまま先へと進んでいく。

だが、しばらく進むと再び例の巨大霊が見えてきた。

 

「また例の幽霊だね」

「このまま突き抜けるぞ!!」

 

二人は再び巨大霊とは戦わずにすり抜けて進むもうとするも、巨大霊はそうはさせまいと言わんばかりにその巨大な右腕を二人に向かってすくい上げるように振るう。

 

「はぁっ!!」

 

それをカスミは両側に展開されている具足を纏い大きな刀を持った腕―――妖刀のスキル【武者の腕】の紫の炎を纏った右腕で逆に右腕を切り裂いてダメージを与える。

そのまま戦わずに二人は突き進み、しばらくしてまた例の巨大霊と遭遇する。

 

「またあの幽霊か。ここも―――」

「待ってカスミ」

 

カスミは三度目の巨大霊も無視して進もうとするも、カナデがそれに待ったをかける。

 

「カナデ?」

「多分だけど……僕達は同じ場所を歩いているんだと思う。あの幽霊が何よりの証だと思うよ」

 

カナデがそう言って指差す巨大霊のHPバーが、何かしらのダメージを負ったのか減少している。

 

「なるほど。つまり、先へ進むためにはあの幽霊を倒すしかないということか」

 

カスミはカナデの言い分に納得すると、妖刀を巨大霊に向けて構え直し、刀を振るうと同時に具足を纏った右腕が振るわれる。

その右腕は黒い巨大霊の胴体を切り裂くと、何の前触れもなく光となって消えてしまった。

 

「何!?」

 

カスミは驚いて再度【武者の腕】を発動させようとするも、発動しない。それどころか、服装も普段の格好へと戻ってしまっている。

 

「まさか……二階の黒い腕と同じスキル封印か?」

「かもしれないね。【怒れる大地】」

 

カナデが地面から鋭く尖った岩を飛び出させて巨大霊の注意を引いている間に、カスミは自身のスキルの状況を確認する。

すると、【武者の腕】だけでなく、妖刀のスキルそのものが【封印】状態となっていた。

 

「ありゃ?【魔導書庫】が使えなくなっちゃったよ」

 

カナデもどうやらカスミと同じくスキルを封印されてしまい、戦力が一気に激減してしまう。

 

「うーん……今日の【神界書庫(アカシックレコード)】のスキルじゃあれを一撃で倒せそうにないし……あれを使おうかな」

 

カナデは諦めたように呟くと詠唱を開始していく。

 

「虚空より出でるは運命の鏡 対極の鏡は汝を閉じ込める 冥界の境界は鏡の中に―――誘え、【鏡ノ結界】!!」

 

カナデが二階で手に入れたスキルを発動させると、巨大霊の前後に縦三メートル、横二メートルはあるであろう巨大な鏡が現れる。

その鏡は巨大霊を挟み込むようにスライドしていき、巨大霊を一枚の鏡の中へと閉じ込めた。

 

「【七ノ太刀・破砕】!!」

 

その鏡に向かってカスミが刀を上段で振り下ろし、一撃で叩き割ろうとする。

巨大霊を閉じ込めた鏡はそこからヒビが幾つも入るも、破壊にまでは至らない。

 

「カスミ!!いつまで持つか分からないから早く鏡を壊して!!」

 

カナデはMPポーションを次々と開け、どんどん減っていくMPを回復して【鏡ノ結界】を維持していく。

 

「分かっている!!【四ノ太刀・旋風】!!【一閃】!!【二ノ太刀・斬鉄】!!」

 

カスミは次々と鏡に向かってスキルを放ち、鏡のヒビを増やしていく。

そして、防御貫通スキルの一閃が決まると鏡は粉々に砕け散り、鏡は巨大霊もろとも消えるのであった。

 

「ふう……やっぱりマイとユイがいないと中々破壊できないな。妖刀のスキルが使えていればもっと早く破壊できたのだが……」

「仕方ないよ。あの幽霊のスキル封印能力は予想外だったからね」

 

カナデも使い捨ての魔導書で【魔導書庫】が封印されたのは予想外だったので、一日1回しか使えない【鏡ノ結界】をここで使ったのは結構な痛手だった。

 

【鏡ノ結界】はMPが尽きる、もしくは十分経過しないと脱出できず、物理攻撃でしか破壊不可能という縛りはあるが閉じ込めた相手をスキルの有無に関係なく葬れるので、中々に凶悪なスキルである。

 

「そうなると……クロムとシアンが厳しいな」

「そうだね。皆にもこの情報を伝えておかないとね」

 

カナデは先ほどのゴーストの特徴を皆にメッセージで伝えると、濃霧にいつの間にか出来上がっていた大きな空洞をカスミと共に通っていく。

その空洞を通過すると、二人は濃霧の外へと出られた。

 

「やっぱり、あれを倒さないと出られない仕組みだったね」

「相変わらずの凶悪な仕掛けだ。どの階にも言えることだがな」

 

カナデとカスミはモンスターが出ないことを確認し、その場でみんなを待つことにする。

少しして濃霧に再び穴が空き、そこからイズとミキが姿を現した。

 

「二人も無事に突破できたんだね」

「そうだよー。【塩爆弾】を片っ端から投げて吹き飛ばしたよー」

「お金はごっそり持っていかれちゃったけど……ミキちゃんから換金アイテムを全部貰えるから大儲けよー!!」

 

イズは工房を展開して【塩爆弾】の素材を購入しては作りを繰り返し、素材とゴールドが大分持っていかれてしまったがミキが釣り上げた素材やアイテム、この後貰える換金アイテムで今回の損失は帳消し。むしろイズの言う通り大儲けである。

 

その後、属性付与アイテムで台風のごとく回転して進んでいたマイとユイ、クロムとシアンも無事に濃霧エリアを突破し、無事に合流を果たすのであった。

 

ちなみにあの巨大幽霊は純粋な物理攻撃が普通に効くと後から知った際、本当に嫌らしいモンスターだと彼等は改めて思うのであった。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

その頃、運営はイベントの進捗とバグがないか確認していた。

 

「やっぱり十階は多かったか?八階からはボスモンスターだけだけど」

「難しいですよね。五階は六層のボツモンスターの再利用ですし」

「せっかくですし、五階の録画映像を流そうか。公式動画のピックアップも兼ねて」

 

男は画面に録画映像を映すと作業していた他の二人もその映像を確認していく。

 

「あー、ペイン達が【斬鉄剣】の巻物を手に入れましたね」

「あれは片手剣、長剣、大剣、刀、蛇腹刀といったある程度リーチのある長い剣でしか使えないからな。あのメンバーで使えるのはペインとレイドだけだな」

「硬直時間を考えれば、実際に使うのはペインだけでしょうね」

「そういえば、ペイン達はこの階の探索に他より時間を掛けていますね」

 

映像を見れば、サクヤが上機嫌で五階を探索しており他のメンバーは苦笑いしながら彼女に付き合っているような感じである。

 

「この探索でサクヤがアンデッド召喚の音楽スキル【屍の伴奏】を手に入れましたが……何で他より探索に力を注いだんでしょうね?六層でも積極的に探索してましたし」

 

サリーにリベンジを果たす為に幽霊関係のスキル取得に精を出しているとは知らないので、運営は揃って首を傾げるしかない。

 

「メイプル達の映像はどうする?一応、リアルタイムでボスに挑んでいるみたいだが」

「……見よう」

 

三人はどこか覚悟を決めた表情でボス部屋の状況を確認する。

確認された映像では……黄金の劇場内で漆黒のウェディングドレス姿のメイプルにボスが瞬殺されている光景が写っていた。

 

「「「…………」」」

 

三人はどこか悟った顔でその映像を見つめる。

 

「……CFとサリーは?」

「……【ワイルドハント】の小舟の上にいますね。サリーはCFの背中にくっついていますが」

「……やっぱりサリーは幽霊が弱点なんだな」

 

またしてもボスを瞬殺される映像を見た三人はそっと映像を閉じ、作業を再開していくのであった。

その後、五階のボスを担当した人物が四階のボスを手掛けた人物と同じ末路を辿るのであった。

 

 

 




「グッド!この階はグッドです!!皆さん、ここは隅々まで探索しましょう!!」
「サクヤが六層の初日と同じテンションになってるな……」
「ここも他の階と同じでいいだろ……」
「ノウ!!サリーさんへリベンジする為、この階の詳細な探索は必須です!!」
「ピンポイント過ぎるだろ」
「とにかく!時間が惜しいので早く行きましょう!!ハリー!ハリー!!」

サクヤのテンションに呆れるパーティーメンバーの図。
※この後、サクヤは地下に引き摺られてゾンビの餌食となりました。

感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

六層はモンスターハウス

てな訳でどうぞ


五階のボスをメイプルの最凶コンボで瞬殺した三人は次の階である壁のところどころが結晶に覆われてキラキラと光る洞窟内にいた。

 

「綺麗な結晶だね」

「んー、そうだな。珍しい鉱石系のアイテムとかありそうだな……だからサリー、もう大丈夫だぞ」

 

コーヒーの言葉にサリーは恐る恐るといった感じで肩越しに洞窟内を見て、一先ずは大丈夫そうなので息を吐いてコーヒーの背中から離れた。

 

「うぅ……今回は本当にごめん。あれは本当に無理だから……」

「いいのいいの!!四階のボスはサリーのおかげですごく楽できたし!!」

「まあ、お前の幽霊嫌いは今に始まったことじゃないし、別に構わないさ」

「……うん」

 

幾ら本人達が気にしないと言っても、迷惑をかけた本人はそれで納得する筈もない。ここで冗談でも言えば和らぐだろうが、コーヒーは先日のハプニングがあってあまり言えそうにない。

なので、メイプルが現状回復に努めることにした。

 

「そうだ!!せっかくだから写真を取っておこうよ!キラキラしてて綺麗だし!!」

 

メイプルはそう言って何枚か写真を取り、それらの写真をコーヒーとサリーの二人に見せる。

その二人は……顔を真っ赤にして固まっていた。

 

「……あれ?」

 

二人の予想とは違う反応にメイプルは首を傾げて写真を確認する。そこで二人の反応の理由が分かった。

 

「あ」

 

そう、先ほど撮影した周りの景色の写真の中に、先日撮影した件のハプニング写真が混ざってしまっていたのだ。

 

「……ぅぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……」

「撮られてた……あの瞬間を撮られてた……ぁぁぁぁぁ……」

 

コーヒーは頭を抱えて悶絶、サリーも両手で顔を覆って蹲ってしまっている。

あの雰囲気から脱せられたが、別の意味で気まずくなってしまった。

それから十分後、コーヒーとサリーは何とか落ち着きを取り戻した後……

 

「メイプル、あの写真は消去しろ。俺達の目の前ではっきりくっきりと」

「断るなら……今後メイプルの恥ずかしい瞬間を写真に収め続けていくから」

「い、イエスマム!!」

 

得物を突き付けての交渉(脅迫)にメイプルは手元にあった件の写真を二人の前で消去した後、コーヒーが先頭となって六階の探索を開始していった。

 

「この階はどんなモンスターが出てくるのかな?」

「どうか幽霊が出ませんように……」

「幽霊メインはもうないだろ。流石に被りはしない筈だし」

 

そんな会話を続けながら洞窟内を歩いていると、通路の奥から全身が煌めく宝石でできたゴーレムが姿を現した。

 

「見るからに硬そうだな」

「そうね。それじゃ早速、五階の分を取り戻そうか」

 

サリーは防御貫通スキル【六式・圧水】で、コーヒーは頭部に矢を放ってゴーレムに攻撃していく。メイプルも【機械神】で援護射撃していくが、命中と同時に悉く弾かれてしまう。さらに、このゴーレムは防御力が高いだけでなく、HPも高い上に即死攻撃も無効にするようで、コーヒーとサリーは何度も攻撃する羽目となった。

そうしてゴーレムを倒した三人は地面に転がった素材を拾いながら溜め息を吐いた。

 

「うう……防御力が……」

「はー、めちゃくちゃ硬い上に体力も高かった……」

「【一撃必殺】も通用しないから、結構面倒だな……」

 

メイプルはVIT特化、サリーは手数で低い火力を補うタイプ、コーヒーは【無防の撃】で確実にダメージは与えられるが基礎火力は低く、高威力の攻撃は連発できない。

このパーティーの弱点である攻撃力の低さが露骨に現れる形となってしまった。

 

「ただ、メイプルの防御も破られなかったから負けはしないんだけど……特別なアイテムとか持ってない限り基本はスルーかなあ」

「特別なアイテム?」

「【万年氷】や【獄炎石】のようなフィールドギミックを解除するようなアイテムだな。ないと通れないような状況にならない限りは道中のモンスターは無視するか」

「そうだね」

 

ゴーレムを倒すのに掛かった時間から、素材が貴重でも回収の効率が悪すぎるのでこの階も戦闘は極力避けることとした。

 

「ボスもあんな感じなのかなあ?」

「そうだとしたら面倒だな」

「その時は私が頑張るから防御以外は休んでていいよ。CFはこき使うけど」

「おい!?」

 

三人が進んでいくと、分岐する道が見えてくる。

そして、それを待っていたかのように煌めく鉱石の体を持った兵士のような人型モンスターも現れる。

盾と槍を持ったそのモンスターは三体で横並びになって道を塞ぎながら進んでくる。

 

「もう片方からは……モンスターは来てないな」

「そうね。避けることもできそうだけど……どうする?メイプル」

「避けよう避けよう!!絶対防御力高いから!!」

 

メイプルに押しきられるような形で三人はモンスターがいない道に駆け出すも、モンスターは追いかけることなく、その通路を塞ぐように立ち止まっている。

 

「どうやらあのモンスター達は通路の番人みたいだな」

「そうね。あの先に何があるのか気になるけど……今は無視して進められるところまで進みましょ」

「賛成!!」

 

そんな感じで分岐点ではモンスターが現れない方へと進むことを決め、三人は奥を目指して進んでいく。

分岐の度に例のモンスターは武器を変えて姿を現し、片方の道を塞いでいくので三人は決めた方針を崩さずに戦闘を避けて進んでいたのだが……

 

「また分岐だね」

「今度はどっちから出てくるのかな?」

 

メイプルとサリーがそう呟いていると、鉱石の体を持った兵士のような人型モンスターが再び姿を現す。

数は三体。武器は……二丁のクロスボウだ。

 

「……サリー、メイプル。あのモンスターがいる通路を進もう」

「「え?」」

 

唐突なコーヒーの提案にメイプルとサリーは揃って声を洩らす。そんな二人に構わず、コーヒーはその理由を説明していく。

 

「あのモンスターの先にはスキルの巻物があるかもしれない。それも二丁拳銃ならぬ二丁クロスボウが可能となるスキルが」

「いや、ないでしょ」

 

コーヒーの言い分にサリーは冷めたツッコミを入れる。確かに変わったモンスターではあるが、それだけで新しいスキルが手に入るなら苦労はしない……筈だ。

 

「…………」

 

サリーは本人曰く“普通”にプレイしてぶっ飛んでいる且つ、強力なスキルを手に入れ続けている親友の存在に断言が出来なくなってしまう。

 

「……マップに残しているから、その道は後で行きましょ」

 

結局、その道は後で行くことにして、三人は極力戦闘を避けながら奥へ奥へと進んでいく。

そうして、進んできたルートの最後に残った空白地帯である大きな部屋に辿り着いた。

 

「ボス部屋……じゃなさそう?」

「まだ奥に通路が見えるし違うと思う。けど……」

「けど?」

「部屋の地面が赤い靄で埋まっているのよね。たぶん、何かしらのトラップが仕掛けられてると思う」

 

【魔力感知】でトラップの存在を事前に察知したサリーの言葉により、再び小舟で移動することを決め、三人は再召喚した小舟へと乗り込み、その部屋へと侵入する。

 

その瞬間、後ろの入口が地面から生えるように伸びた青白い鉱石が壁となって退路を塞ぎ、同時に部屋の地面からも鉱石が伸び、おびただしい数のモンスターである結晶兵士を生み出していく。

 

「うわっ、モンスターハウス!!」

 

サリーが嫌そうな声を上げると同時にコーヒーは小舟の高度を上げ、天井の近くにまで持っていく。

下から弓を持った結晶兵士が次々と矢を放っていくも、【クラスタービット】で悉く弾いて防いでいく。

 

「うわ……部屋があっという間にモンスターでいっぱいだよ」

「この階は物量で押すタイプなのか……防御と体力が高いから倒すのにも手間取るし、真正面からの戦闘は自殺行為だな」

「こうなったら、上からちまちま攻撃していくしかないかな?CF、《信頼の指輪》に例の常時貫通攻撃スキルを登録よろしく」

「了解」

 

サリーの指示でコーヒーは《信頼の指輪》の【氷霜】から【無防の撃】へと登録し直し、サリーのすべての攻撃を常時貫通攻撃へと変化させる。

サリーは【ワイルドハント】の使用料金を払い、爆弾と大砲を召喚していく。

 

メイプルも緑色の洋服と《女神の冠》とはまた違った冠を装備して万が一の為に【身捧ぐ慈愛】も発動して準備万端である。

そして上空から―――一気に反撃に出た。

 

「放つは灼熱の息吹 沸き上がるは地獄の猛火 大地を憤怒の溶岩へと塗り替えよ―――【大噴火】!!」

 

メイプルは手から溶岩を直線上に放ち、結晶兵士達を吹き飛ばすと同時に地面にダメージを与える溶岩を残していく。

【大噴火】なら直接ダメージは与えられずとも、一分間残る溶岩によってダメージを与えることが出来る。

 

「【砲撃用意】!!【召喚:爆弾】!!」

 

サリーも【ワイルドハント】の爆弾を放り投げつつ、大砲から水弾を順番に地面に向かって放っていく。

【大噴火】を放ったメイプルも再使用可能となるまでは、サリーが召喚した爆弾を一緒になって投げていく。

 

【ワイルドハント】で召喚した爆弾はアイテムの爆弾の半分以下の威力だが、【無防の撃】の効果を受けているので確実にダメージを与えることが出来る。

 

「【砲撃用意】!!輝くは不屈の雷光 残響する雷吼は反逆の証 雷呀の鎖と為りて一切合切を打ち砕け―――迸れ!【リベリオンチェーン】!!サンダー!!」

 

コーヒーも展開した大砲から砲弾を放ちつつ、雷の鎖で結晶兵士達を縛り上げ追撃の電流を流して確実にダメージを与えていく。

 

「放つは灼熱の息吹 沸き上がるは地獄の猛火 大地を憤怒の溶岩へと塗り替えよ―――【大噴火】!!」

 

コーヒーも《信頼の指輪》に登録されていた【大噴火】を使用し、結晶兵士達に更なるダメージを与えていく。もちろん、クロスボウによる攻撃も忘れない。

 

「……やっぱり常時貫通攻撃スキルは強いわね。その分、一度に与えられるダメージが減っちゃったけど……流せ、【ウォーターボール】」

 

【無防の撃】の便利さにサリーはそう呟きながらも水球を斧を持った結晶兵士に向かって放つ。

しかし、サリーには【器用貧乏】という速度上昇、火力低下のスキルもあるため本格的な取得に動くことはないだろう。

 

ちなみに【無防の撃】は効果こそ変わってないが、取得条件に単独戦闘と同じモンスターに攻撃を当てるいう縛りが追加されたので取得難易度が上がってしまっている。

そんな上空からの理不尽な攻撃を続けること数分、結晶兵士達は抵抗らしい抵抗も出来ずに殲滅されるのであった。

 

「本当に楽に倒せたな」

「そうね。ほとんどCFのおかげだけど……このまま一番奥まで進みましょ」

 

モンスターハウスに踏み入る可能性を考慮して、三人は小舟に乗ったまま壁が消えた奥の通路へと進んでいく。

結果として、通路は新たに分岐することはなく、奥には小さな宝箱が一つ台座に乗せられていただけだった。

 

「んー、赤い靄がないから普通の宝箱みたいね」

「じゃあ、開けても大丈夫だね!」

 

念のために周りにトラップがないかも確認し、確認を終えた三人はその宝箱を開ける。そこには、スキルを取得できる巻物が三つ入っていた。

 

 

===============

【結晶化】

一分間AGIが半減し、あらゆるバッドステータスを受けなくなる。

三分後再使用可能。

取得条件:VIT100以上。

口上

覆いし結晶はあらゆる悪意から我が身を守る

===============

 

 

「これはメイプルにしか使えないな」

「そうね。私はクロムさんにでも上げるわ」

 

どちらもVITは低く、これからも上げる予定はないので【結晶化】を取得することはないだろう。

 

「じゃあ私は早速取得するよ!!」

 

メイプルは早速巻物を広げてスキル【結晶化】を取得する。

 

「この辺りはモンスターもいないし、戦闘の前に一回試しておいたら?」

「そうする!さっそく、【結晶化】!!」

 

メイプルが試しにと【結晶化】を発動する。すると、メイプルが光に包み込まれ、まるでコーティングされるように先程の結晶兵士と同じ鉱石が体を覆っていった。

 

「皮膚が変わっちゃったみたい?でもちゃんと動けるし変な感じ……」

「全身をコーティングされている感じか」

「そうね。手触りが完全に岩のそれだし」

 

サリーはメイプルを覆うお鉱石を触りながらそう呟く。そして、思い浮かんだ疑問を口にした。

 

「この状態で【発毛】を使ったらどうなるのかしらね?」

「じゃあ、一回試してみるね。【発毛】!!」

 

メイプルは物は試しと【発毛】を使い毛玉モードとなる。すると、毛玉も同様に鉱石に覆われており、試しにコーヒーが叩くとコンコンという音が返ってくる。

 

「どうやら羊毛もコーティングされるみたいだな。もう、鉱石の塊だぞ」

「そうなんだ。ちょっと外から見て見ようかな?」

 

メイプルの近くにいたことで羊毛に呑み込まれていたサリーはそう言うも、外に出てこない。

 

「え!?鉱石が壁になって出られない!?」

「嘘!?」

 

サリーの声にメイプルも焦ったように毛玉から顔を出そうとするも、コンコンという音が空しく響くだけで二人はコーティングされた羊毛の中から姿を現さない。

 

「ど、どうしようサリー!?」

「ま、まあ普通はこんな事にはならないし、次から気をつければいいよ。うん」

 

とりあえず、【結晶化】が切れるまでは待つこととなり、三人はその間に方針を確認していく。

 

「次は彼処の通路に行くか。二人も異論はないよな?」

「……そうね。どっちにしろモンスターが壁となっている通路は行かないと駄目だし」

「貫通攻撃持ちがいませんように……」

 

次は例の二丁クロスボウの結晶兵士が塞いでいる通路へと向かうことにし、メイプルの毛玉モードを維持したまま、宙に浮く毛玉で探索を再開していく。

そして。

 

「広い部屋は全部モンスターハウスと見ていいだろうな」

「そうね。武器も様々で正面から戦うのは面倒ね」

「武器的に槍やハンマーが痛そうだなあ……」

 

例の通路を通り、三度のモンスターハウスを突破した三人が最奥らしき部屋に踏み込むと、そこには小さな宝箱が一つだけ地面に置かれていた。

今回も罠がないことを確認しつつ、三人は宝箱を開けると、今回もスキルを取得できる巻物が三つ入っていた。

 

 

===============

【結晶分身】

鉱石で出来た分身を一つだけ生み出す。攻撃を三回受けると消滅する。重複は不可能。

十分後再使用可能。

取得条件:DEX80以上。

口上

鍛錬されし結晶は分身を作り出す

===============

 

 

「これはCFにしか取得できないわね」

「ああ。けど、思ったのと違う……」

「ま、まあ、仕方ないよ!それに、メダルスキルにそれが可能になるスキルがあるかもしれないし!!」

「……そうだ!!」

 

コーヒーは何を思いついたのか巻物を広げて【結晶分身】を取得すると、《雷霆のクロスボウ》のスキルスロットに付与してしまった。

 

「……CF?」

「これで、【結晶分身】!!」

 

サリーが訝しげにする中、コーヒーは【結晶分身】を発動。すると、青白い鉱石でできたクロスボウが地面から生えるように伸びてきた。

 

「よし!思った通りにクロスボウが分身として現れたな!これで二丁クロスボウができる!!」

 

コーヒーは鉱石で出来たクロスボウを握って構えを取る。

そんなコーヒーの姿を呆れた眼差しで見つめ、メイプルはカッコいいと目を輝かせるのであった。

 

 

 




「……なんで【結晶分身】を《雷霆のクロスボウ》のスキルスロットに付与したんだよ」
「普通なら自身の分身を生み出すだけで終わるのに……おかげで武器が複製されてしまった……」
「分身はスキルも使えますから、それを考えればクロスボウだけになったからまだマシ―――」
「いや、自動装填スキルがあるから、トンでもない強化になってるぞ」
「……加算されます?」
「……されてるな」
「「「「…………最悪だぁああああああああああああああああっ!!!!」」」」

コーヒーの行動で頭を抱える運営の図。

感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

六階のボスは……

てな訳でどうぞ


コーヒーが【結晶分身】を取得してからしばらくして。

 

「もう、広い部屋はいいかな……」

「そうだな……」

 

コーヒーとサリーは精神的に疲れているのか、サリーは毛玉の上で、コーヒーは小舟の隅でぐったりとしていた。

理由は単純、この階の広い部屋が、全てモンスターハウスになっていたからである。

先に進むために大きな部屋に入る度、通路が封鎖されてモンスターが大量に溢れ出てくるのだ。

 

それを上空からの一方的な攻撃で全部沈めていたのだが、基本的な火力の低さが災いしてそれなりに時間が掛かってしまっている。

 

ステ振りとスキルの関係からある程度火力の低さは諦めてはいるのだが、やはり安定した高火力の攻撃が欲しいと少しは思ってしまう。

 

「今日はこの階のボスを倒して終わりでいいだろ」

「そうね。今日手に入れた素材の幾つかはイズさんに渡して……残りは売りましょ」

「よーし!それじゃあ、もうひと頑張り!!」

 

【大噴火】かイズ印の攻撃アイテムしかこの階のモンスターにダメージを与えられないメイプルが元気いっぱいに告げ、三人はボス部屋へと突入するのであった。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

時間を遡って、一番先に六層を攻略しているパーティーがいた。

そのパーティーはNWOの最前線のトッププレイヤー集団【集う聖剣】の主力メンバーだ。

 

「ペーイーンー、私とサクヤちゃんの負担が大きい気がするんだけどー?」

「ロォング。私は支援だけですので、後方、回復、援護を全て押し付けている社畜デリカさんの負担が一番です」

「ちょっと待って。今、押し付けてるって言ったよね?後、私は社畜じゃないからね!」

 

文句を言っていたフレデリカはサクヤのカミングアウトにジト目で詰め寄っていくも、当のサクヤは涼しい顔で言葉を返していく。

 

「そもそも、この六人で挑む提案をしたのは貴女でしょう。なので、馬車馬の如くキリキリ働いてください。本に喰われて涎まみれとなったベトデリカさん」

「それなら四階で蛙に食われたサクヤちゃ、いや、ヌメヤちゃんもそうでしょ!!」

「それは外道デリカさんも同じでしょう。二回目からは私を盾にしようとしていたのですから」

「それはそっちも同じでしょーが!!」

 

相変わらず口喧嘩が絶えない二人に、ペイン達残りのメンバーは苦笑して見守る。しかし、いつまでもこのままという訳にもいかない。

 

「レイド。悪いが二人を止めてくれないか?」

「俺達が割って入っても、男の俺らじゃ止められないからな。後ダリぃし」

「俺なんか同じように蛙に喰われてっから、余計な飛び火が来そうだしよ」

「ハァ……了解した」

 

レイドは男性陣の要請に溜め息を吐きながらも、フレデリカとサクヤの間に割って入って二人を宥めていく。よく口喧嘩はしても険悪になったり尾を引いたりしないので、根本から仲が悪いわけではないのですぐに落ち着くだろう。

レイドが仲裁している間、男性陣は最大のライバル達について話し合っていく。

 

「メイプル達はどこまで進んでいるんだろうな?」

「んー、三、四階辺りまでは進んでいるんじゃないか?」

「けど、二階のボスのコピーと強奪は凶悪だっただろ。おかげでサクヤの演奏スキルを同時に幾つも使ってくるし、俺のスキルは奪われるし」

「そいつはサクヤの【英雄の協奏曲】とフレデリカの【多重全転移】の凶悪コンボで強化したペインの超火力の一撃で倒しただろ」

「代わりにそこで探索は中断したけどな」

 

サクヤのパーティーメンバーへの無限バフスキル【英雄の協奏曲】は第六回イベント前に修正され、上がり幅が一秒毎に10%へと変化した。だが、使用中は常にMPを消費し続け、MPが尽きたら強制終了。デメリット時間も演奏時間の十倍という新たな制限が設けられた。

 

しかも一秒毎のMPの消費量も結構多いため、第四回イベントのような無限強化は乱用できなくなったのだ。

何せ十秒以降はデメリット時間中のHP・MP以外のステータスが0となる上、その時間も十倍。MPが尽きればそこで効果は終了。大幅な弱体化である。

 

二階のボスはその凶悪コンボで倒せこそしたが、本のボスも【英雄の協奏曲】を使ってステータスを上げて対抗した為に倒す時間がかかってしまい、ペインのステータスダウンが二時間も続くという結果となってしまったのだ。

 

「弱体化されるのは仕方ないさ。メイプル達のスキルだって幾つか修正が入っている筈だからな」

 

ペインがそう締め括ったタイミングでレイドが口喧嘩していた二人を連れて戻ってくる。どうやら無事に仲裁できたようである。

 

その後も他愛ない会話をしながら探索を続けていると、盾と槍を持った結晶兵士三体、その後ろに弓を持った結晶兵士一体の計四体のモンスターに遭遇した。

 

「この狭さなら!!」

 

ドラグが真っ先に飛び出して斧を横薙ぎに振るう。その一撃は盾に防がれはしたが、ノックバック攻撃によって吹き飛ばして転倒させる。

そんなドラグに三本の矢が飛来するも、フレデリカの【多重障壁】によって受け止められて敢えなく失敗に終わる。

 

「ありがとよ、フレデリカ」

「お礼を言うくらいならもっと気をつけてよねー?防御も回復もほとんど私の担当なんだからねー!」

 

フレデリカがドラグに文句を言っているうちに、先程吹き飛ばした兵士が三体とも何事もなかったかのように起き上がろとする。

 

「お?ノーダメージか?」

「パワーアタッカーのドラグさんの攻撃が効いていないとなると、防御力が相当高いですね」

「なら防御貫通が必須だな……我が短剣は屈強な鎧を無視する―――【アーマースルー】」

 

サクヤの分析にドレッドは短時間、短剣に防御貫通能力を付与するスキルを使って起き上がりかけていた兵士の一体の頭部に短剣を連続で突き刺していく。

 

「唸れ、【痛感の旋律】」

「削り取れ、【蛇鱗】」

 

サクヤも演奏スキルでメンバー全員にバフをかけ、レイドも蛇腹状となった刀で防御貫通能力が付与された攻撃を行い、二体まとめてガリガリとHPを削っていく。

 

「【トリプルスラッシュ】!!」

「【鎧砕き】!!」

 

その間に後衛の弓使いをドレッドが三連撃で斬り裂いて光に変え、ドラグも今度は防御貫通スキルを使ってレイドによってHPが削られていた兵士二体を一撃で砕くのであった。

 

「思ったより雑魚だったな。防御貫通を使わないとダメージが通らないのが面倒だけどよ」

「今までの階と比べたら雑魚ですが、これだけで終わるとは思えません」

「だな。五階のどこぞのゲームのボスにそっくりなボスは、広範囲に高威力の攻撃を放ってきたしな」

 

その五階のボスはメイプルに瞬殺されたことを六人は知らない。知ったら、自分達の苦労は何だったのかと思い悩んでいただろう。

そんなペイン達も件のモンスターハウスへと足を踏み入れる。

 

「モンスターハウスか……中々に面倒だな」

「どうするー?」

「俺がやる。ドラグ、時間を稼いでくれるか?」

「任せろ!大地を割砕し蹂躙せん―――【地割り】!!」

 

ドラグは速攻で斧を地面に叩きつけて地面を割ろうとしたが、その割れ具合は何時もの半分以下だった。

実は、この階の地面は【大噴火】や【地割り】等のフィールドに干渉するスキルに強い耐性を持っている。コーヒー達の場合は【大噴火】を使ったのが六階が始めてだったので気が付かなかったのだ。

そんな地味に質の悪い特性で思ったより足止めできず、大量の結晶兵士達は六人に群がっていく。

 

「打ち砕け!【粉砕の音色】!!」

 

サクヤがパーティーメンバー全員に防御貫通能力を付与する演奏を始めてフォローに入る。

 

「ありがとねサクヤちゃん!同時に燃えよ、【多重炎弾】!!」

「吹き飛ばせ!【破雷】!!」

「逆巻く旋風は汝を斬り刻む!【旋風連斬】!!」

「悪ぃ!燃え盛る斧で薙ぎ払わん!【バーンアックス】!!」

 

どの攻撃も結晶兵士にダメージを与えられるようになったことで、フレデリカは無数の炎弾を放ち、レイドは雷を纏った蛇腹刀を叩きつけ、ドレッドは範囲内で高速の連撃を放ち、ドラグは謝りながらも炎を纏った斧を横薙ぎに振るって結晶兵士達を攻撃していく。

 

「【範囲拡大】!!我が一撃は汝の罪を裁かん!【断罪ノ聖剣】!!」

 

自前のバフをかけ終えたペインが、かつてメイプルに致命的なダメージを与えたスキルで前方広範囲の結晶兵士達を両断し、光へと変えていく。

 

「【月夜ノ聖剣】!!【残光ノ聖剣】!!」

 

さらにペインはまるで瞬間移動したかのように結晶兵士の一体のすぐ近くに現れて一閃。続く一閃で極太レーザーのような光の斬撃を放ち、多くの結晶兵士達を両断する。

 

一度に多くの結晶兵士達を光に変えたペインは【残光ノ聖剣】使用による硬直で動けなくなるも、その間は他のメンバーが結晶兵士達を相手取っていく。

 

いくら大量のモンスターが相手でも安定した強さを持つペイン達の敵ではなく、彼等は出鼻こそ挫かれたが窮地に陥ることなくモンスターハウスを片付けるのであった。

 

「よし、終わったな」

「イエス。ドラグさんの最初の足止めは上手くいきませんでしたが……次に活かせるのでグッドでいいでしょう」

「だねー。次からはサクヤちゃんの防御貫通付与スキルをメインに行こうねー」

「それが妥当だな。ドラグの足止めが何時もより効果が発揮できない以上、面攻撃で対処するしかないだろう」

 

ほんの数十秒でモンスターハウスを片付けた六人は軽い足取りで探索を再開していく。

道中に落ちているアイテムや素材、スキルなども回収しつつ、六人はサクサクとマップを埋めていく。

 

「この【結晶化】というスキルは俺達には使えないな」

「だねー。VIT100だと大盾使いくらいしかいないよー」

「幸いスクロールだから譲ればいいさ。それはともかく……今後、メイプルに状態異常は効かなくなったな」

「だな……その程度なら可愛いくらいさ」

「イエス。今の彼女はスキルを無条件で使えるスキルを取得してますから、それと比べたら可愛いものです」

「【結晶化】以外にも、またおかしなスキルを手に入れていそうだよねー」

 

フレデリカの言葉は間違っていないので、ペイン達は何とも言えない表情で笑みを浮かべるしかない。

 

「それでも次こそ勝つさ」

「ああ。CFも空飛ぶ船を出せるようになっていたが、負けっぱなしってのは癪だからよ」

 

そのコーヒーが二丁クロスボウという本当にクロスボウなのかと疑うものを実現してると知ったら……また死んだ魚のような目となるだろう。

 

「イエス。私もサリーさんへのリベンジは、この新スキル【屍の伴奏】で目にもの見せてみますよ」

「毎回速攻で負かされているけどねー?」

 

サクヤの宣言に同じく連敗中のフレデリカが茶々を入れる。

サクヤもフレデリカほどでないにしろ、サリーに決闘を挑んでおり、その勝負は毎回一方的にやられているのだ。

 

これは単にサクヤが弱いからではない。サリーが限界突破&殺意MAXでサクヤをボコっているからである。要するに、幽霊系統のスキルを使われる前に倒す!!というものである。

 

そんなそれぞれの打倒したい相手を思い浮かべながら探索を続け、六人はボス部屋へと突入していく。

六階のボスは魔術師風の姿をした人型であり、ボスはその手に持つ杖の先で地面を叩いて道中の結晶兵士達を次々と召喚していく。

 

「全員道中のやつらかよ……面倒臭え……」

「じゃあボスだけ……は無理だねー」

 

結晶兵士達を召喚していたボスが新たに召喚した全長五メートルはありそうなダイヤモンドのように輝く鉱石で構成されたゴーレムの肩に乗ったことで、フレデリカはピンポイント狙いを諦めた。

 

「イエス。今までと同じようにやるしかないですね。打ち砕け、【破砕の音色】」

「【多重加速】!!【多重増力】!!【戦いの歌】!!【高揚】!!」

 

サクヤが防御貫通付与スキルを発動したことで、フレデリカはペインを除く前衛メンバーに効果時間が短いバフを次々とかけていく。

 

「瞬け!神速烈火(クイックドロウ)!!逆巻く旋風は汝を斬り刻む!【旋風連斬】!!」

「叩き割れ!大地の震略者(ガイアクエイカー)!!燃え盛る斧で薙ぎ払わん!【バーンアックス】!!」

「高鳴れ!不滅の聖雷剣(コレダーデュランダル)!!渦巻く無数の刃で斬り裂かん!【スパイラルエッジ】!!」

 

【名乗り】でステータスを底上げしつつ、ドレッドとドラグは群がる結晶兵士達を斬り刻む、または吹き飛ばしていく。

 

レイドも蛇腹刀を自身の周りを舞うように振るい、近づく結晶兵士達をガリガリと斬り刻んでいく。

ペインは剣を腰だめに構えてジッとしている。理由は単純。新しいスキルをここで使うからである。

 

「―――【斬鉄剣】」

 

一分という長い溜めからペインはスキルモーションに従って剣を振るう。すると、一撃で結晶兵士達とボスを担いでいたゴーレムを両断し、ボスにも大ダメージを与えた。

 

スキル【斬鉄剣】は発動前の溜めが一分と長いが、効果範囲もその威力も高い必殺の攻撃スキルだ。特に範囲内にいれば確実に斬られる効果がある。

 

そんなペインの一撃で大ダメージを負ったボスは全身が結晶で出来たドラゴンを四体召喚し、自身も杖から青白い光線を放ち始めていく。

 

「連なり守れ、【多重障壁】!!」

 

フレデリカが幾重にも展開した障壁でその光線を受け止めるも、障壁は次々と青白い結晶へと変化していき、ドラゴンの尻尾の薙ぎ払いで簡単に砕かれてしまう。

 

「これ以上長引くと面倒だな。サクヤ、フレデリカ。例のコンボと俺の【アーマースルー】をペインに渡して一気に終わらせるぞ」

「んー、ペインいいー?」

「ああ。先ほどのモンスター達も再び召喚され始めたし、これ以上時間をかけるのは得策じゃない」

「りょうかーい!」

 

ペインの返答にフレデリカは快く答え、サクヤも頷いて【英雄の協奏曲】を奏で始めていく。

フレデリカはMPポーションを片っ端からサクヤへかけつつ、可能な限り攻撃力強化のバフをかけていく。

 

ドレッドは【アーマースルー】、ドラグは【バーサーク】、レイドは【ベルセルク】を発動し、それ以外の攻撃力強化スキルを発動していく。

 

「すべての力を彼の者へ!【多重全転移】!!」

 

サクヤにMPポーションをかけてすぐにフレデリカはスキルを発動。すべてのバフをペイン一人へと移す。

 

「【破壊ノ聖剣】!!」

 

凄まじい強化を施されたペインの一撃は、ボスとドラゴンの光線も結晶兵士の軍勢を等しく強烈な光と斬撃による衝撃波に呑み込まれ、跡形もなくすべてを吹き飛ばしていく。

 

「【残光ノ聖剣】!!」

 

さらにペインは防御体勢を取って辛うじて生き残っていたボスにオーバーキルと言える光の斬撃を放ち、確実に止めを刺したのであった。

戦闘終了後、ペインは早速後遺症に悩まされていた。

 

「体が重いわけではないが、常に水の中にいるような感じだな。流石に慣れはしたけどね」

「それは仕方ないよー。サクヤちゃんが付与したバフを全部引き受けたんだからねー」

「今回は二分半……元に戻るまで25分はかかります。ログアウトしてもこのデバフは消えませんのでここで一度中断ですね」

 

そうして、ペイン達は消費したアイテムの補充も兼ねて一度塔の外へと出て、ペインのステータスが戻ってから探索を再開するのであった。

ちなみにコーヒー達のボス戦は……

 

「芸術は……爆発だよ!!」

 

【樽爆弾ビックバン】の連続使用でいとも簡単に撃破していたのであった。

 

 

 




「怨霊の―――」
「【超加速】!!【七式・爆水】!!朧【影分身】!!【ダブルスラッシュ】!【四式・交水】!【トリプルスラッシュ】!!」
「ちょっ、殺意が高過ぎですよ!?」
「当たり前でしょ!!【ウィンドカッター】!【十式・回水】!!」

とある決闘の光景の図。

感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

七階は銀世界

てな訳でどうぞ


六階のボスを三人が持っていた【樽爆弾ビックバン】を全て使って倒した後、下見だけでもという理由で三人は七階に来ていた。

 

「ここって……」

「またすごいとこに出たね……」

「今までもそうだが、本当に塔の中なのか疑いたくなるな……」

 

視界を白く染める吹雪と膝下まで積もった雪、一歩先の断崖絶壁を前に三人は息を呑んでいた。

吹き付ける雪のせいか装備の一部は凍りつき白い光を放ち始めていく。

同時に、【クラスタービット】が光となって消えていった。

 

「あれ?CF、なんで【クラスタービット】を解除してるのよ?」

「……いや、俺は解除していない。強制的に解除されたんだ」

「え?」

 

そこで三人はそれぞれのステータスを確認すると、【破壊成長】や【破壊不可】、ステータス補正といった一部を除き、装備のスキルは封印されて使用不可能となってしまっていた。

 

「装備の効果がほとんど全滅だな」

「そうね。【大海】や【蜃気楼】、【刃竜ノ演舞】が見事に封印されてるわね。《信頼の指輪》も同様ね」

「私も【悪食】や【暴虐】、【毒竜(ヒドラ)】が……」

「というか、CFが大幅に弱体化されたんじゃない?」

「……仰る通りです」

 

サリーの指摘にコーヒーは肩を落としながら頷く。

装備のスキルスロットに付与していた【雷帝麒麟】、【魔槍シン】、【クラスタービット】等の強力なスキルが封じられてしまっているため、サリーの指摘通り大幅な弱体化である。

 

「取り敢えず、【ワイルドハント】は使えるから移動は役立……」

 

コーヒーはそう言って後ろに待機していた小舟に目を向けると、小舟は氷の刺に滅多刺しとなって光となって消えているところであった。

 

「…………」

「……ズルしたらこうなるということね。この階は普通に進むしかないわね」

「飛び降りたりは?」

「絶対何かしらの手痛い仕掛けが待ってるわよ」

「だよねー。アハハ……」

 

メイプルは防御力に任せて飛び降りようと考えていたが、サリーの一言で素直に諦めた。

この七階の特性を把握した三人は一度塔から出て、クロム達の進行状況を聞いてみようとギルドホームへと向かっていく。

ギルドホームの扉を開けると、丁度クロム達も攻略から戻って休んでいるようで全員寛いでいた。

 

「お、そっちも一段落ついたか?」

「はい!今日はここで終わりです」

「メイプルちゃん達は今どこまで進んだの?」

「六階が終わって、七階に足を踏み入れたところです!」

 

三人はイズが追加で出してくれた飲み物を受け取って、椅子に腰掛ける。

クロム達は八階まではクリアしたとのことだった。

 

「以外とそんなに進行速度は大差ないんだな」

「まあ、どの階も癖が強いし、ボスも同様だったからな」

 

そのままコーヒー達に合わせてネタバレを避けて塔の話題で盛り上がり始めていく。

 

「基本はマイとユイ、シアンの攻撃で終わらせているけど……二階は一度引き上げたんだよね。最初にボス部屋に入ったクロムのスキルが全部コピーされちゃって」

「そのせいで全然倒れないし、鐘の音が響いたかと思ったらHPが全回復してたしー」

 

イズはそう言ってジト目でクロムを見つめる。対するクロムはそんなイズから顔を逸らしている。

 

「次の日の挑戦ではイズに最初に入ってもらって……最大強化した三人の一撃で倒したがな」

 

どうやらクロム達もあの巨大本に一回痛い目を見たようである。

 

「そっちはどうやって倒したんですか?」

「《信頼の指輪》でコーヒーくんの【孔雀明王】を二人で使って、コピーされたサリーのスキルも奪われた私のスキルも全部封じて倒しました」

 

メイプルがそう告げた瞬間、コーヒーとサリーを除くメンバー全員がニヤニヤ顔で二人を見つめていく。

 

「夫婦の共同作業ねー♪」

「共同作業だねー」

「ああ、夫婦の共同作業だな」

「そうだね。新婚夫婦の共同作業だね」

 

満場一致で夫婦扱いされた二人は頬を赤く染めて気まずそうに顔を背ける。今は怒りより羞恥が勝ってしまっているようだ。

 

(写真・話題・絶対・ダメ・強制・消去・後・焼き増し・渡した・写真・頂戴)

 

その間にメイプルが事前に決めていた秘密のジェスチャーで、先日の写真を話題にしないように注意しつつ後でその写真を渡してほしいと伝える。

 

((((((((了解))))))))

 

クロム達も同様にジェスチャーで了承の意を伝え、件の二人には気付かれずに秘密のやり取りを終える。

コーヒーとサリー?当然知りませんが?

 

「ちなみに道中は?どの階もそれなりに苦労したんだよね」

「はい。私達は一階の罠によく引っ掛かってしまって……」

「五階は……二人一組に分断されてしまって……」

「そこで現れた黒い巨大な幽霊はスキルを封じていたしね」

「え?あれ幽霊だったの?普通に【機械神】の物理攻撃が効いてたから……」

「……マジか」

「本当に質が悪いな。運営の悪意を感じるよ」

「そうだね。あの見た目じゃ物理攻撃は効かないと普通は考えるからね」

「サリーは……メイプルにしがみついてたか?」

「いえ。コーヒーくんの背にしがみついていました」

 

メイプル再びカミングアウト。サリーは顔を真っ赤に俯き、コーヒーは顔を明後日の方向へと向ける。

その後も塔の話題で盛り上がっていくのだが……話し終わる頃、コーヒーとサリーの二人は羞恥で机に突っ伏してしまっていた。

 

「そう言えば四階の蛙は地味に嫌だったな」

「ですよね。サリーも食べられて、その後―――」

 

その瞬間、コーヒーとサリーは机に突っ伏したまま得物をメイプルへと向けた。完全に話すな!という意思表示だ。

そんな二人の行動に、一同はこの話題は二人がいる時には出来ないと改めて思うのであった。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

翌日。

コーヒー達は再び七階へと降り立っていた。

 

「相変わらず吹雪が凄いな」

「そうね。崖の足場も悪いし、【ワイルドハント】の浮く舟は氷の棘ですぐに駄目になったしね」

「空が飛べない以上、サリーの【糸使い】を使ってメイプルを引っ張るしかないか」

「だからメイプル、悪いけど……」

「ううん、仕方ないよ。下手に飛び降りて痛い目に合うのは嫌だしね」

 

メイプルはサリーの言葉に頷いて、すべての装備を外して久々の初期の格好となる。

メイプルは装備無しでもVITは四桁なので大概のザコモンスターの攻撃はもろともしないので貫通攻撃が来ない限りは大丈夫の筈だ。

 

そうしてサリーが蜘蛛の糸でメイプルの体を繋ぎ、STR強化の指輪を二つはめた状態で狭い足場の先頭を進んでく。

それを糸で繋がれたメイプルが続き、コーヒーが殿を務めて先を目指して進んでいく。

そうして慎重に進んでいくと、少し広くなった足場の手前でサリーが立ち止まった。

 

「……あの足場にも赤い靄が見える。多分、魔法トラップが仕掛けられてる。CF、試しに彼処に矢を撃ってみて」

「了解」

 

【魔力感知】状態の左目で罠を見つけたサリーの言葉にコーヒーは頷き、サリーが指で指し示す足場に向かって矢を放つ。

すると足場が一瞬光り、巨大な氷の棘が突き出した。

 

「うわぁ……凄く痛そうだなぁ……」

「間隔は分からないけど……あれが消えたらすぐに移動しましょ」

 

サリーの言葉にコーヒーとメイプルは頷き、氷の棘が消えてすぐにその足場を通り過ぎていく。

最初の罠を突破した三人だが、次の罠に遭遇して何とも言えない表情となった。

 

「壁から氷壁が突き出し、崖の下へ落とすトラップか……」

「絶対、崖の下に何か用意してるわね。ただ落とすだけなら、普通の大盾使いならギリギリ耐えきれる筈だからね」

「あはは……」

 

そうして、スキルによって事前に魔法による罠を見抜き、磨き続けた恐怖センサーで簡単に崩れる足場といった物理的な罠にも気付けるようになったサリーの活躍で、彼等は崖の中へ伸びる洞窟へと辿り着いた。

 

「今回はサリーに頼り切りだな」

「そう思うなら、この洞窟内はキビキビ働いてよね?勿論、メイプルは程々で大丈夫よ」

「俺への当たりが本当にキツいよな!?」

「別に良いでしょ!!……事故とはいえ、私の初めてを奪ったんだから……」

 

サリーが小声で何かを呟いたが、コーヒーは聞いたらまずい気がして敢えて追及しなかった。

メイプル?装備を元に戻してニヤニヤ顔で二人を見守っていますが?

軽い休憩を終えた三人は洞窟の奥へと進んでいく。

 

洞窟は少しずつ下に向かって下がっており、天井には大量の氷柱が伸び、床も完全に凍りついている。

人が二人並べるかどうかの狭い通路を、メイプルが大盾を構えて先頭を進んでいく。

そんな三人に、洞窟の奥から飛んできた大量の白いコウモリが襲いかかってきた。

 

「【身捧ぐ慈愛】!!【全武装展開】!!【攻撃開始】!!」

 

メイプルがいつもの天使モードと機械神モードをすぐさま発動し、銃弾とミサイルを白いコウモリに向かって大量に放っていく。

 

コーヒーも【扇雛】や【パワーブラスト】、今日も使用料金を支払った【ワイルドハント】の大砲、サリーも火魔法を放ってメイプルを援護していく。

 

白いコウモリも負けじと氷のブレスを吐き出すも、メイプルのおかげでダメージを負うこともなく全てのコウモリを倒しきることができた。

 

「白いコウモリに防御貫通攻撃がなかったのは幸いだったな」

「ええ。こうも狭いと満足に避けることもできないからね」

「ここは私が頑張るね!!」

 

その後もメイプルが先頭となって白いコウモリを撃ち落としていき、三人は凍った地面にいくつも穴が開いている広い場所の手前に到着した。

 

「絶対あの穴から何か出てくるよな」

「私もそう思うわ。何となく、モンスターハウスの気がするし」

「天井の氷柱も落ちてきそうだよね……」

 

三階のボス部屋と六階のモンスターハウスの予感を感じた三人は、警戒しながら広場へと足を踏み入れる。

途端、その穴から小さなハリネズミが何匹も姿を現し、それらが鳴き声を上げるとこの広場の入口と出口が氷の壁で塞がれた。

 

「やっぱりモンスターハウス!!」

「氷柱も落ちてきたよ!!」

「下からも氷の棘が迫って来てるぞ!!」

「【ピアーズガード】!!」

 

メイプルは咄嗟に防御貫通無効スキルを発動して氷柱と氷の棘を防いでいる間に、サリーは昨日補充した【樽爆弾ビックバン】を早々に使用してハリネズミ達を爆風で吹き飛ばし、コーヒーも【爆雷結晶】を発動して結晶を次々と地面の穴の中へと放り込んでいく。

 

「それじゃ……爆破ー」

 

コーヒーは最後に【ワイルドハント】の爆弾を穴の中へと放り込むと、全ての地面の穴から雷柱が噴き上がり、穴の中にいたハリネズミ達を吹き飛ばし、光へと変えていった。

 

「ああ……可愛いハリネズミさん……」

「ハリネズミならブリッツがいるぞ」

「……後で撫でさせてね」

 

そんな約束を交わしつつ、三人は氷の壁が消えた出口へと向かい、先へと進んでいく。

 

「あれは雪男と……雪女?」

「何でまた幽霊が出てくるのよ!?」

「知るか!?」

 

その道中で、道を塞ぐほどの巨体を持つ雪男と、そんな雪男に寄り添う不気味な顔をした雪女(足が途中で消えているVer)と遭遇したが、メイプルの銃撃と、【雷炎】を使って雷属性を火属性に変えたコーヒーの攻撃で簡単に倒すのであった。

サリー?一組目はコーヒーにしがみつき、二組目が現れて以降はコーヒーに背負われましたが?

 

「うう……もう幽霊は出てこないと思っていたのに……何で……」

「……わりと有名だからじゃないか?」

「あ、また出てきたよ」

「早く倒してぇッ!!」

「ぐえっ!?」

 

……相変わらず幽霊相手だと戦力外となるサリーであった。

 

 

 




『二階と五階、七階が憎い』
『同じく』
『絶対CFはサリーさんに抱きつかれている』
『俺もゲーム内だけでもいいから、女の子と手を繋ぎたい』
『両手に華のCFは必ず非リア充の俺が倒す』
『言ってろ。【炎帝】と【聖女】と友好があるエセ非リア充が』

一部スレ抜擢。

感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ボスは針鼠→狼でした

てな訳でどうぞ


ハリネズミや雪男、雪女に何度も遭遇しながらも三人は洞窟を下り崖の半ばより下の辺りに出た。

吹雪は随分と収まっており、見えなかった地面の景色も見えている。

 

「……飛び降りなくて良かったな」

「うん……飛び降りてたら串刺しになってたよ」

 

見るからに防御を貫きそうな、空に向かって伸びている鋭い氷が敷き詰められた大地に、コーヒーとメイプルはそう呟く。

 

コーヒーは試しに【遠見】を使ってその地面を確認していくと、氷の棘と棘の僅かな間に細い道があることに気付いた。

 

「彼処に飛び降りればショートカットになるだろうが……」

 

コーヒーはそう言いながら【ワイルドハント】の筏を召喚するも、数秒も待たずに氷の棘が上空から降り注ぎ、筏を速攻で光へと変えてしまう。

 

「……やっぱり駄目か」

「うーん、ここで一気に降りれたら良かったんだけど……」

 

メイプルはそう言ってコーヒーに背負われているサリーに視線を向ける。サリーはコーヒーに背負われたまま魔法を放って援護していたのでハリネズミに対しては戦えていたが、雪女が現れる度にサリーは震えて戦力外となっていた。

 

「うう……ごめん……本当にごめん……」

 

サリーは申し訳なさそうに謝るが、サリーのお化け嫌いは二人も理解しているので仕方ないと思っていた。

 

「……そうだ!【口寄せの術】!!」

 

メイプルは思い付いたように四階で手に入れたスキルを発動させる。

ボンッ!という音と共に白い煙が立ち込め、煙が晴れると黒色の大きな蛙が現れた。

 

「……何で黒い蛙?」

「……さあ?」

「この蛙に乗って飛び降りれば大丈夫だよね!!コーヒーくん、その細い道の場所を詳しく教えて!!」

「というか、蛙のステータスは?」

「ちょっと待ってね……え?」

 

コーヒーのもっともな疑問にメイプルが蛙のステータスを確認した途端、抜けた声を洩らした。

 

「……メイプル?」

「……VITが五桁で他は一桁、HPは三桁前半で、MPは二桁前半です」

「「駄目じゃん!?」」

 

まさかのメイプル蛙にコーヒーとサリーは揃って声を上げる。

実は【口寄せの術】の蛙のステータスは、スキル所有者のステータスが高確率で反映される仕様だったのだ。加えて、基本攻撃は丸呑みにし、十秒以内にHPを削りきれなかったら口から吐き出すという、ある意味メイプルと同じ攻撃方法である。

 

その為、運営は疑似メイプルが生まれてしまったと頭を抱えることとなったが……一日1回と十分という制限があるからまだマシだと考えて現実逃避することとなった。

 

「とりあえず……どうする?」

「せっかくだから蛙に乗って移動しよ?このまま帰すのももったいないし」

「……そうね。念のために糸で体を繋いでおくね」

 

サリーの【糸使い】でメイプル蛙の背中と自分達の体を繋げ、途中で落ちないように固定する。

そうして三人はメイプル蛙に乗って移動を始めたのだが……

 

「……最初から蛙に乗って移動したら良かったわね」

「こうもピョンピョン跳ねて崖下に向かわれるとなぁ……」

「飛ばなければ大丈夫ってことだね!!」

 

メイプル蛙は意外にも跳躍力があり、崖の出っ張りと崖の氷の棘を足場にしてピョンピョン跳ねて崖下に向かう姿にコーヒーとサリーは何とも言えない表情となっていたが、メイプルはドヤ顔していた。

 

そんな訳で思いがけなく二分足らずで崖下まで辿り着き、そのまま森のような氷の棘にある細い道を進んでいく。

移動?ピョンピョンと短く跳ねて移動してますが?

 

「う……こうも連続で揺れると酔いそう……」

「じゃあ、歩かせるよ。蛙さーん!跳ぶのは止めて歩いてー!」

 

メイプルの指示を受けてメイプル蛙は跳ぶのを止め、のしのしと細い道を歩いていくのだが……その移動速度はメイプル並みに本当に遅い。

 

「……このままだと途中で帰りそうだな」

「別にいんじゃない?一番の目的はちゃんと果たしてくれたんだし」

 

しかし、最初にピョンピョン移動していたのが良かったのか、メイプル蛙が帰還する前に三人は雪に覆われた円形の広場へと辿り着いた。

 

「ボス?」

「道はここで止まってるからその可能性は高そうだが……」

「そう言っている内に来たわね」

 

氷の棘をバキバキと大きな音を立ててへし折りながら、三人の正面から棘だらけの巨大な球体が勢い良く転がってくる。

その巨大な球体は、舌を伸ばしたメイプル蛙に丸呑みにされてしまった。

 

「「「…………」」」

 

多分、ボスであったであろう巨大な球体を丸呑みにした頬を大きくしたメイプル蛙に三人は言葉を失う中、メイプル蛙は丸呑みにしたそれを眼下へとぬにゅりと吐き出す。

 

吐き出されたそれは、棘をすべて無くした巨大ネズミだった。おそらくハリネズミであったであろうボスは、涎まみれで仰向けとなってわたわたと暴れている。

 

「……取り敢えず攻撃すっか」

「……そうね」

「……うん」

 

時間切れで煙と共に消えるメイプル蛙をバックに、三人はボスに攻撃を仕掛けていく。

 

「迸れ!蒼き雷霆(アームドブルー)!!【召喚:大砲】!【召喚:爆撃砲】!【雷炎】!【砲撃用意】!!」

「【ファイアボール】!【ウィンドカッター】!」

「【百鬼夜行】!!」

 

コーヒーは大砲を召喚して砲撃、サリーは火球と風の刃で、メイプルは二体の鬼を召喚してわたわたもがくボスをリンチしていく。

 

「え、絵面が……」

「気にしたら負けだ」

「あんまりダメージ出ないなぁ……」

「CFの攻撃は火属性以外の私やメイプルより多くダメージを与えていたから、火属性の攻撃以外にはダメージ軽減能力があるのかもね」

 

サリーのその予測は当たっており、例え【雷炎】が時間切れとなっても【無防の撃】の軽減無視効果があるのでコーヒーは他の二人と比べてボスにダメージを与えられる。

 

HPが八割となったタイミングでリンチを受けていたボスがようやく体勢を整え、ボスは鬼の攻撃を受けながらもガサゴソと雪の中へと潜っていく。

 

「あっ!逃げちゃったよ!!」

「いや、これは多分……CF!!」

「ああ!」

 

サリーの呼び掛けにコーヒーは頷き、いつでもスキルが発動できるように待ち構える。

少しして、ボスは青白い氷の棘を無数に生やした状態で地面から現れた。

 

「深淵に潜む光 輝きは次代に継がれ 此処に顕現す―――【聖刻の継承者】!!煌めく刻印にて浄化されし血潮の刃 形為すは鋼の聖地 その聖なる刃で群れを成せ―――【鋼鉄の聖域】!!」

 

ボスが顔を出したタイミングで【聖刻の継承者】と【アイアンメイデン】が限定進化したスキル【鋼鉄の聖域】を発動させたコーヒーは、そのまま展開していた大砲と合わせてボスを速攻で攻撃していく。

 

決められたダメージを与える無数の刃と火属性となった砲撃によりハリネズミの氷の棘はあっという間に折れ、爆風で吹き飛ばされたせいで再び仰向けでわたわたと暴れていく。

 

「【チェイントリガー】!!【連射】!!【フレアショット】!!【パワーブラスト】!!【地顎槍】!!」

「【ダブルスラッシュ】!!【パワーアタック】!!【ファイアボール】!!【トリプルスラッシュ】!!【疾風斬り】!!」

 

コーヒーはボスの腹にクロスボウを突き立てた状態でクロスボウによる攻撃スキルを零距離で喰らわせていき、サリーもイズのアイテムで武器に火属性を追加した状態でボスに攻撃を仕掛けていく。

 

メイプル?鬼の召喚中で自前のスキルが封印状態なので、攻撃アイテムの札をペタペタと張ってますが?

コーヒーとサリーが積極的に猛攻を仕掛けてHPが半分となったボスは、先程と同じようにガサゴソと雪の中へと潜っていき、その姿を隠してしまう。

 

「また!?」

「二人とも!パターンが変わるかもしれないから、一旦離れて様子を見るよ!!」

「了解!」

 

サリーが【氷柱】を発動させると、コーヒーは【跳躍】を使って氷の柱の上へと登り、メイプルは糸でサリーに引っ張られて地面から離れる。

直後、地面から氷の棘が不規則に伸び、地面にいた二体の鬼は全身を貫れて消えてしまった。

 

「あ、危なかった……」

「次からは地面にも注意しないと駄目だな」

「ボスは下にいるから当然でしょ」

 

そうこうしている内に地面の氷の棘は収まり、代わりに氷で出来た強靭な右前足が地面から出てくる。

 

「……なあ、ボスの前足ってあんなだったか?」

「そんな訳ないでしょ」

 

そんな意味のないやり取りをしている内に、それは地面から姿を現す。

青白い氷で構成された体のあちこちに同じ氷で作られた鋭い棘を生やし、その姿はまるで狼。だが、その顔は先程まで戦っていたボスのハリネズミだ。

どうやら、あのボスは背中の棘と同じように氷で狼の体を作ったようである。

 

「……見るからに凶悪そうなんだが」

「そうね。どの攻撃も貫通攻撃を持ってそう」

「一気に可愛げがなくなっちゃった……」

 

三人がそう呟いていると、巨大な氷狼となったボスは飛び上がって体を丸めると、猛烈に回転しながら三人に向かって落下してきた。

 

コーヒーはそのまま飛び退き、サリーは糸を繋げたまま飛び退いてメイプルを引っ張りボスの体当たりをかわす。

サリーが生み出した氷の柱は破壊されることはなかったが地面へと押し込まれ、ボスは回転しながら地面を駆け、途中で制動をかけて静止した。

 

「【砲撃用意】!!」

 

その瞬間をコーヒーは周囲に展開されている大砲を放って攻撃を仕掛けるも、ボスのHPは変わらずに氷の体が少し削れるだけだった。

 

「うげぇ……あの体を壊してからじゃないとダメージを与えられないのかよ……」

「このボスもあんまり長引かせると面倒ね」

 

コーヒーとサリーは早々に決着を着けなければならないと考えていると、ボスはその前足で地面を叩き、直線上に無数の氷の棘を地面から瞬く間に伸ばし、三人を貫かんと迫って来る。

 

「!!【身捧ぐ慈愛】!!【ピアースガード】!!」

 

氷の棘の出現速度と範囲から、メイプルは咄嗟に二つのスキルを発動させる。そのおかげでコーヒーとサリーはダメージを負うことなく無傷で済ませられた。

 

「悪いメイプル!助かった!!」

「ナイス判断!!【ピアースガード】の効果が切れない今の内に!!」

 

メイプルにお礼を言いながら、サリーは自身のインベントリを操作して【樽爆弾ビックバン】を再び回転して迫るボスの進行上へと急いで設置する。

 

「【ヘビーボディ】!!」

 

メイプルがSTRがVIT以下だと動けなくなる一分間ノックバック無効化スキル【ヘビーボディ】を発動した直後にボスはドデカイ樽に激突。盛大な爆発を上げる。

 

「やっぱりこの爆弾は強力過ぎるだろ……」

「そうね。お陰で助かってるけどね」

 

【身捧ぐ慈愛】のお陰でダメージを受けずに済んだコーヒーとサリーがそう呟く中、今の爆発で氷の体を全て粉砕されたハリネズミは今までと同じように仰向けでわたわたと暴れている。

 

「迸れ!蒼き雷霆(アームドブルー)!!【雷神陣羽織】!!雷撃宿し結晶よ 我が手より放たれ その怒りを以て咆哮せよ―――【爆雷結晶】!!」

 

コーヒーは【名乗り】でステータスを強化し直しつつ雷神モードとなり、【鋼鉄の聖域】を解除して【爆雷結晶】を発動させて結晶を次々とハリネズミに向かって放っていく。

 

「そろそろ起き上がるタイミングよ!!」

「ああ!【九頭龍雷閃】!!」

 

サリーの指示にコーヒーは砲撃で応え、ハリネズミの周りに貯めに貯めた結晶ごとハリネズミを攻撃した。

爆雷。轟音。

その二つによってハリネズミは盛大に上空へと吹き飛ばされ、HPが残り一割を切る。

 

「【クインタプルスラッシュ】!!」

 

そこを【氷柱】と【跳躍】を使って高く飛んだサリーがSTR強化の【ドーピングシード】を限界まで使用した状態で、スキル【追刃】の追加効果を合わせた計20連撃の攻撃を叩き込み、ボスの残りのHPを刈り取るのであった。

 

「久々に陣羽織の内包スキルを使ったな……」

「そういえばそっちにもあったわね。CFはあの威力が壊れている魔法を放つことにしか使わなかったから忘れてたわ」

「私も蛙さんと鬼さんが活躍してくれたよ!」

 

これで残り三階となった三人は、そのまま八階へ続く魔法陣へと足を踏み入れるのであった。

 

 

 




「【カバー】!!」
「【武者の腕】!!」
「輝け!【フォトン】!!」
「【ボルケイノボマー】を投げるねー」
「氷の棘が全部無くなると転倒するんだな」
「わたわた暴れる姿が可愛いわねー」
「動けないなら……【鏡ノ結界】」
「それじゃあー、二人ともよろしくねー」
「「はい!任されました!!」」

鏡の中に閉じ込められ、四つの大槌で鏡ごと粉砕されたボスの図。

感想お待ちしてます



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

運営と【炎帝ノ国】

最新刊では弓使いが登場……どうなるかな?
てな訳でどうぞ


「……メイプル達は本当に相変わらずだな」

「そうだな。四階、五階のボスの瞬殺劇よりは遥かにマシだが」

 

運営は相変わらずのバグとイベントの進行状況をチェックしながら、公式動画にピックアップする映像候補を暇を見て確認していた。

 

「【集う聖剣】のペイン達は現在、十階の最終ボスに挑戦してますね」

「ああ。にしても十階のボス、少しおかしくないか?予定していた強化と違うというか……」

「実はあの後、十階のボスの修正案がギリギリで変更となったんですよ。今までのボスの特徴を部分的に追加したようですよ」

「……何を追加したんだ?」

「爆雷、スキル強奪、溶岩、水の支配、斬鉄剣、結晶光線、地面の棘、見えない攻撃、空間転移ですね」

「……大丈夫なのか?」

「大丈夫ですよ。それらは基本一回しか使えませんから……たぶん」

 

まさかの十階のボスの更なる強化の変更に二人は頬を若干引き攣らせるも、もう実装してしまったものは仕方がないとして諦める。

 

「にしても、ペイン達は結構善戦しているな」

「ですね。あ、サクヤの【英雄の協奏曲】をボスが奪いましたね」

「これで例の無限強化コンボを見事に封じたな。あれはちょっと想定外だったよな。パーティーでしか発揮できず、演奏の難しさと戦闘中という状況から妥当だと考えてたが……」

 

「フレデリカの【多重全転移】のバフ移動のコンボは普通にまずかったですからね。それでもメイプルに負けましたが」

 

あの時はついにメイプル敗北か!?と拳を握りしめたが、あの逆転劇に深い溜め息を吐いたのは言うまでもない。

そして、カナデの無限増殖コンボによる蹂躙劇で遠い目となったことも言うまでもない。

 

「【影ノ女神】だって、最初の一割切ってからの二分待ちは回復有りでもハードルが高かった筈なのに……メイプルだとそのハードルがガクンと下がったから修正する羽目になったし」

「それを言ったらCFもですよ。超絶強化された【グロリアスセイバー】の威力は相変わらずぶっ飛んでますし」

「……現在の最高威力は?」

「単純な威力でスキルを総動員したら……今回のイベントのボスが一撃で吹き飛びますね」

「……残りのボスでその犠牲者は出るか?」

「八階と十階のボスはともかく……九階のボスが犠牲となる可能性が高いです」

「…………他のパーティーの七階攻略の映像を確認しておくか」

「そうですね。迫力重視でボスエリアからピックアップしましょう」

「とりあえず……【炎帝ノ国】を確認するか」

 

運営は現実逃避のようにモニターを操作し、【炎帝ノ国】の攻略映像を確認していくのであった。

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

「出たぞ!ボスだ!!」

「道中のものが大きくなったみたいですね!」

 

ミザリーがそう言っている間にも、ボスは体を丸めて氷の針玉モードとなり、凄まじい速度で回転してミィ達へと迫っていく。

 

「【遠隔設置・岩壁】!!」

 

マルクスが咄嗟に罠を設置して岩の壁をボスの進行上に出現させるも、氷の棘に簡単にバラバラにして勢いを衰えさずに迫ってくる。

 

「【挑発】!!【ヘビーボディ】!!」

 

カミュラがスキルを使ってボスのヘイトを自身に向けさせ、ノックバックを警戒して【ヘビーボディ】を発動し、大盾を構えて受け止める体勢を取る。

ボスの突撃でカミュラは吹き飛ばされこそしなかったが、氷の棘の幾つかがカミュラの体を抉ってHPを大きく減少させる。

 

「癒せ、【ヒール】!!」

 

ミザリーがボスの攻撃で大きく減少したカミュラのHPをすぐさま回復させる。

 

「くっ……あの氷の棘は防御貫通効果が付与されているのか」

「けど、ボスの氷の棘が先ほどの攻撃で折れているところを見る限り、耐久値はそこまで高くなさそうだよな」

「なら、ミィの攻撃を軸として攻めるのが至極妥当だな」

「任せろ兄上!!【ファラリスの雄牛】!!」

 

ミィは六層で手に入れたスキルを発動させる。するとミィのすぐ後ろに現れた魔法陣から金色の牛が現れ、その金色の牛はその姿を炎へと変え、ミィの体へと纏わりつく。

 

「爆ぜろ!【炎帝】!!」

 

スキルの効果でHPが減少したミィが炎球をボスに放ち、ボスの氷の棘を一気に溶かしていく。

加えて、【ファラリスの雄牛】の効果で炎の継続ダメージが追加されており、氷の棘は炎によって溶かされ続けている。

 

「譲渡せよ、【MPパサー】!!」

「与えよ!【炎陣】!!」

 

ミザリーからMPを譲り受けたミィはスキルを発動。自身を中心に赤い魔法陣が展開され、地面を炎が伝っていく。

範囲内にいるプレイヤーの与えるダメージを増大させ、炎属性を付与するスキルによって全員の能力を底上げする。

 

「穿て!【炎槍】!!」

「【遠隔設置・槍衾】!!」

「【崩剣】!!」

「彼方の敵を攻撃せん―――【飛撃】!!」

 

カミュラとミザリーを除く【炎陣】内にいるメンバーはミィを筆頭に攻撃を仕掛けていく。

上空から炎の槍が、地面からは幾つもの炎を纏った棘が、両側からは炎を纏った大量の剣が、正面からは二つの炎の斬撃が飛来し、ボスを容赦なく攻撃していく。

 

そのままHPを残り三割まで削ったミィ達だが、ボスは地面の雪を掻き分けて地面の中へと潜ることを許してしまう。

当然、地面から無数の氷の棘が襲いかかるも……

 

「守り癒せ、【神の息吹】!!照らせ、【癒しの光】!!」

 

ミザリーが咄嗟に範囲ダメージカットと持続回復、HP回復スキルを発動させる。

地面からの氷の棘でダメージを負ったミィ達のHPがぐんぐんと回復していく間に、巨大な氷狼と化したボスが辺り一帯に冷気を放ちながら現れる。

 

「三階と同じ形態変化かよ!」

 

シンがそう叫んだ直後、氷狼へと姿を変えたボスが強靭な前足で地面を叩き、地面から無数の氷の棘を再び発生させ、そのままミィ達に迫るように放っていく。

 

「荒れろ!【豪炎】!!」

 

ミィが業火を氷の棘と氷狼に向かって放つも、その火勢は明らかに下火となっている。それに良く見れば、【炎陣】によってシンとテンジアの剣に纏わりついている炎もいつの間にか小さくなっている。

 

「【シールドハウリング】!!」

 

カミュラが大盾専用の攻撃スキル【シールドハウリング】を発動。地面に叩きつけた盾から凄まじい衝撃波が、炎と共に全体に広がるように発生し、地面から目前まで迫っていた無数の氷の棘を溶かす、または吹き飛ばした。

 

ちなみにこの【シールドハウリング】。リア充打倒の為に数え切れないほどの【シールドアタック】を繰り返した結果である。

 

「助かったよカミュラ……」

「……男の礼はいらん。ギルドマスターとミザリーからの礼しか受け付けない」

 

マルクスのお礼にカミュラがそう返している間に、シンは【崩剣】で、テンジアは【飛撃】で氷狼に攻撃を仕掛けるも氷狼の氷の体は思うように削れてない。

 

「このままだと悪戦苦闘は必須……どうする、ミィ?」

「……“陣羽織”を使う。【炎陣】の魔法陣自体は縮小されていないから、強化自体は問題ない筈だ」

 

未だに発動している赤い魔法陣を確認したミィがテンジアの言葉に対してそう答える。

つまり、火力によるごり押しである。

 

「【炎神陣羽織】!!」

 

ミィがスキルを発動した瞬間、ミィの身体から深紅の陣羽織が紅い粒子を放出しながら辺りを舞い、そのまま上から被るようにミィの身体に纏わりつく。

 

杖で幾ばくか戦い易かったとはいえ、135回の敗北の末にあの鬼を辛うじて倒して手に入れたスキル【炎神陣羽織】。

その苦労に見合う強力なスキルを、ミィはここで切った。

 

「【紅蓮ノ金棒】!!」

 

ミィが【炎神陣羽織】に内包されているスキルを発動させると、ミィの右側に煌々と燃える真紅の炎で構成された金棒を持つ、金棒と同じように炎で構成された巨大な腕が現れる。

 

「ハァッ!!」

 

ミィが叫び声と共に右腕を振るう。

同時に、炎の腕はミィの右腕と連動するように動き、三度放ってきた地面の氷の棘を溶かしながら、巨大な氷狼と化したボスに迫っていく。

 

横薙ぎで振るわれた炎の金棒はボスへと直撃し、直撃した箇所から氷の体を容赦なく溶かしながらボスを吹き飛ばしていく。

それだけに止まらず、炎は氷の体に残ったまま容赦なく溶かしていっている。

 

「大炎上になりましたね」

「あれは普通の炎上より強力なんだよね……通常の【炎上耐性】だとランクを一つ下げた状態になるみたいだし……」

「爆せろ!【炎帝】!!【連続起動】!!」

 

ミザリーとマルクスがそう呟く間にも、ミィは炎球を連続でボスに向かって放っていく。炎の弾幕を受けながらもボスは飛び上がり、背中の氷の棘をミィに叩きつけようとする。

 

「【超加速】!!」

 

それを【超加速】を発動したテンジアが駆け抜け様にミィをお姫様抱っこしてその場から離脱したことで難を逃れ、ミィはテンジアに抱かれたまま炎球を放っていく。

 

(お兄ちゃんにお姫様抱っこされちゃった!!このままわざと長引かせ……って、流石にそれはダメだよね!だけどこのチャンスをもう少し……)

 

……内心の顔は凄くだらしないものとなっていたが。

 

「チッチッチッチッチッチッチッチッチッ」

「……カミュラ、舌打ちをマシンガンのように繰り返さないで下さい」

 

その光景に舌打ちを連続でかましているカミュラに、ミザリーは嘆息しながら諌めることともなったが。

シンとマルクスはその光景に苦笑いしたり溜め息を吐いている間に、ボスの氷の体が綺麗になくなり、今までと同じように針のないネズミが仰向けでワタワタと暴れている。

同時に地面とシンとテンジアの剣に纏っていた炎の勢いも元に戻り、煌々とした紅い炎が辺りを照らしていく。

 

「止めだ―――【炎神燃焼】!!」

 

ミィが特定の属性スキルの使用回数分だけ威力が強化される、【炎神陣羽織】の内包スキル【炎神燃焼】を発動させる。

 

直後、仰向けとなったボスを中心に盛大な火柱が炸裂し、ボスの残りHPを全て刈り取り、ボスは光となって消えた。

同時に、人数分のスキルの巻物がボスがいた場所に落ちる。

 

「お、スキルの巻物だな」

 

その巻物の一つをシンが取り、その内容を確認していく。

 

 

===============

【百花氷乱】

自身を基点とした半径五メートル内に防御貫通効果のある氷の棘を発生させる。

氷の棘の威力は自身のSTRの二倍。10%の確率で貫通無効を無視できる。

使用してから三分後に再使用可能。

取得条件:【属性:氷】が付与されているスキルを三つ以上取得していること。

===============

 

 

「こいつは現時点ではテンジアしか使えないな」

「確かにそうですね。その分強力ですが」

「そうだね……」

「相変わらず悲リア充には優しくないな」

「範囲攻撃スキルか……私個人としては一点突破のスキルが欲しいところだが……」

「それは今回のメダルスキルで得たら大丈夫の筈だ、兄上」

 

どちらにせよ、【百花氷乱】は強力なスキルであることに違いないので条件を満たしているテンジアは【百花氷乱】を取得した。

もちろん、お姫様抱っこはそこで終了。ミィは内心でもうちょっと堪能したかったと思うのであった。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

「相変わらず火力が凄いな」

「そうですね。“陣羽織”でさらに強化されましたしね」

 

炎帝様も陣羽織スキルを得たことに運営一同は一瞬だけ遠い目となったものの、135回敗けた先で得たことからすぐに祝福ムードへと変貌したのは記憶に新しい。

コーヒーとサリー?悟った表情で意気消沈してましたが?

 

「ピックアップは……【炎帝】を放つシーンだな」

「ですね。第四回イベント以降で得たスキルの公開はまずいですからね」

「お姫様抱っこは?」

「“陣羽織”を使ってるからダメですね。カスミの妖刀モードと同じく」

「だよな。その意味ではCFとサリーのあのハプニングはナイスだったな」

 

運営は動画で流しても(スキルに関しては)問題のない範囲で映像をピックアップするのであった。

 

 

 




『メイプルが大きな蛙を召喚できるようになった。それもほとんど同じステータス』
『は?』
『え?』
『ちょっと待って』
『メイプルちゃんとほとんど同じステータスの大きな蛙?何その理不尽』
『メイプルちゃんが増えた』
『盾が四つになった。どうしろと?』
『しかも喰う』
『まんまメイプルちゃんじゃないか!!』

見守り隊の一部スレ抜擢。

感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

八階は力技。九階はお約束

てな訳でどうぞ


七階のボスを倒したコーヒー達は八階へと来ていた。

 

「まるで前回のイベントエリアのような場所だな」

 

コーヒーの言う通り、八階は第六回イベントを彷彿とさせる密林であり明確な道はなく、前も後ろも同じような密林が広がるだけである。あちこちに深い茂みがあり、太い木の幹を這うようにして蔓が伸びている。

高い木の上には色とりどりの木の実が生えているだけで、進むべき方向を示すようなものではなかった。

 

「えっと……どっちに行けばいいんだろう?」

「転移した時に向いてた方向……かな?」

「じゃあ、あっちに向かって進んでみるか」

 

三人はこのまま立ち止まっていても何も進まないと、取り敢えず正面へと歩き出す。その瞬間。

 

「わっ!?」

 

メイプルが背後から何かに突き飛ばされるように、地面に凹みをつくりながら前に倒れ込んだ。

 

「「メイプル!?」」

 

それを見たコーヒーとサリーは互いの得物を構え、鋭い目付きで周囲を凝視していく。サリーに至っては【魔力感知】を発動した状態でだ。

そのサリーの紫に光る左目には、遠くへと消えていく赤い靄を二つ捉えていた。

 

「……遠ざかる赤い靄が二つ。完全にモンスターの攻撃ね」

「どうする?追いかけるか?」

「それはちょっと厳しいわね。あの色とりどりの木の実の幾つかに赤い靄が見えるから」

「そうなると、一人で突っ込むのは危険か……メイプル、【身捧ぐ慈愛】を頼む」

「う、うん!!」

 

突然の不意討ちから起き上がったメイプルは素直に頷いて、すぐに【身捧ぐ慈愛】を発動させる。

 

「しかし、そのモンスターは厄介だな。全然気配を捉えならなかった」

「そうとう隠密が上手いモンスターね。【魔力感知】で見つけられるだけマシだけど」

「そうだね、二人が攻撃されなくて良かったよ」

「とりあえず、《信頼の指輪》に【魔力感知】を登録しておくわね」

「頼んだ」

 

《信頼の指輪》で【魔力感知】が使えるようになったコーヒーは【結晶分身】でクロスボウを増やし、メイプルも【機械神】の武装を展開して慎重に密林の中を進んでいく。

 

そうして進む中で、猿のモンスターが爆発する木の実を投げてきたり、地面からボコボコと根が伸びてきたりしたが、メイプルのおかげでノーダメージ。さらにサリーの【魔力感知】で事前に察知できるので警戒も容易だった。

 

「あの猿のモンスターは……違うよな」

「そうね。勘でしかないけど、最初にメイプルに攻撃してきたやつとは違う気がするのよね」

 

そんな会話をしながらも、コーヒーは右手に持つクロスボウ矢を放つ。放たれた矢は木の茂みから顔を出した猿のモンスターの額に命中。一撃で光へと変えていく。

 

「にしても、本来は一つしか持てないクロスボウが疑似的に二つも持てるなんてね」

「一応、ステータス状は一つの武器として扱われている状態だな」

「それで【グロリアスセイバー】を放ったらどうなるのかな?」

「「…………」」

 

メイプルの何気無い一言にコーヒーとサリーは黙る。六階で分身状態のクロスボウの威力を検証したところ、威力そのものは分身前と何も変わらなかった。

本来は装填の手間があるが、自動装填スキルによってそれも解決状態。しかも個別扱い。つまり……

 

「……あれが二撃も来たら引くんだけど」

 

もし【結晶分身】のクロスボウからも【グロリアスセイバー】が放てたら、ある意味最悪の二連撃となる。

唯でさえ複数のスキルの相乗効果で、威力が一撃だけという縛りを除けば【楓の木】の攻撃担当の破壊力を上回るというのに、それが一つ増えた可能性が浮上したことでサリーは遠い目となる。

 

コーヒー?サリーと同じ表情ですが?

コーヒーが積極的にモンスターを倒していきながら、ボス部屋らしき場所を探して進んでいくと三人の目の前に草木に侵食された古い石碑が見えてきた。

 

「あ、何かあるよ」

「魔法陣もないし、ボス部屋って訳じゃなさそうだけど……」

「とりあえず石碑の内容を確認するか」

 

三人がその石碑に近づいていくと、そこには文字が書かれていた。

 

「狡猾な森の主とその伴侶を倒した者の前に道は現れる、か」

「ボスのことかな?」

「だろうな」

「じゃあ倒さないと、ぉっ!?」

 

話している途中で唐突にメイプルが前につんのめって石碑に顔を強打する。

コーヒーとサリーがとっさにその方向を見ると巨大なカメレオンが木に引っ付いており、透明となって消えていくところだった。

 

「あいつか!!」

 

コーヒーはそのカメレオンであろう赤い靄に向かって連続で矢を放っていく。透明となって肉眼では見えないカメレオンは俊敏な動作で木々を伝い、矢から逃れようとする。

それでもクロスボウの二丁ゆえの手数の多さで二、三射は赤い靄に突き刺さる。

 

「うわっ!?」

 

そのタイミングでサリーの悲鳴が上がる。コーヒーがそちらに顔を向けると、サリーが空中後方に引っ張り上げられているところだった。その先には巨大なカメレオンと、赤い靄がかかった木の実がある。

 

「流石にまずいぞ!?【疾風迅雷】!!【ライトニングアクセル】!!」

 

コーヒーは状況のヤバさから有無を言わせずにメイプルを肩に担いでスキルと魔法を使って加速する。

 

「【糸使い】!!【右手:糸】!!」

 

カメレオンに引っ張られているサリーは右手から蜘蛛の糸を近くの幹に放つ。

そのタイミングで頭上の赤い靄がかかった幾つもの木の実がサリーに落ちてきて爆発を放つが、ギリギリ【身捧ぐ慈愛】の範囲内に戻ったことでダメージは受けずに済んだ。

 

「まさかカメレオンが二体いるなんて……」

「“狡猾な森の主とその伴侶”……確かにその通りだったな」

「とにかくまずは命綱ね……流石に二体同時攻撃は厄介だからね。メイプルもそれで……」

「……すぅ」

「「メイプル!?」」

 

まさかの睡眠にコーヒーとサリーはまた声をハモらせる。しかし、すぐに原因に気付いた。

 

「まさか、最初のカメレオンのあの攻撃……」

「時間差で睡眠の状態異常攻撃なの!?これは本当にまずい!!」

 

サリーは慌てて両手から蜘蛛の糸を出し、自身を繋ぎとしてコーヒーと寝ているメイプルの体を繋ぐ。

睡眠は二十秒の間行動不能となる状態異常。それが時間差で与えるだけでも厄介なのに、敵は連携が上手い二体のカメレオンなのだ。先程のように分断されたら堪ったものではない。

 

「今のところ、防御貫通がないのが救いね……」

「まったくだ。取り敢えず、次見つけたら速攻で【スパークスフィア】を叩きこんでやる」

「んむぅ……?……あれ?」

 

そうこう話している内に二十秒きっかり経過してメイプルが目を覚ました。

 

「……あ!!」

 

メイプルは思い出したように慌てて周囲を確認する姿に、コーヒーとサリーは思わず笑みを溢してしまう。

 

「大丈夫だよ、メイプル。寝ている間に襲撃はなかったから。流石に命綱はさせてもらったけどね」

「そっか。【身捧ぐ慈愛】も消えてないし……よかったあ」

「それじゃあ、カメレオン夫婦を探しに行くか。幸い、【魔力感知】で探すことは出来るからな」

 

メイプルを先頭にし、サリーがメイプルの“目”、コーヒーは後ろを警戒しながら慎重に密林の中を進んでいく。

 

「サリー?ボスらしい存在はまだ見えないのー?」

「うん。今のところは此方に近づいてくる赤い靄はないわね。CFは?」

「此方も同じくだ」

 

サリーは【糸使い】で両手が使えない状態のため、攻撃はコーヒーとメイプルに頼らなければならない。もっとも、近づけるかすら怪しいが。

 

「あ、彼処の木の幹に大きな赤い靄があるわ。肉眼で見えないし、形からしてあれがボスかも」

 

サリーがそう言って指差す先には、何もない一本の木が佇んでいる。コーヒーの紫に輝く左目には、サリーの言うような赤い靄が確かに存在している。

 

「それじゃあ、【攻撃開始】!!」

 

メイプルが銃弾とミサイル、レーザーをその木を吹き飛ばさんと言わんばかりに容赦なく放ち始めていく。

 

メイプルは【魔力感知】といった対象を感知するスキルがないので、透明となっている上に音も気配もないカメレオンの正確な場所が分からない。なので、周りごと吹き飛ばせば良いよねという考えに至るのはある意味当然である。

 

そんなある意味不意討ちと言える攻撃を受けた赤い靄は木の幹から吹き飛び、ゴロゴロと地面を転がっていく。

 

「!!メイプル、しゃがんで!!」

「へ?―――うわぁっ!?」

 

サリーの警告にメイプルが間抜けな声を洩らした直後、右から衝撃を受けたように地面へと倒れ込む。

 

「【ヴォルッテックチャージ】!!【スパークスフィア】!!」

 

コーヒーは強化した【スパークスフィア】を、メイプルの右側の方向にある木の枝の上の大きな赤い靄に向かって放つ。

 

大きな赤い靄は木の陰に隠れようとしたが、【スパークスフィア】の攻撃範囲から逃れられずに攻撃を受け、そのまま地面へと落ちる。

 

コーヒーの攻撃を受けた赤い靄は透明化が解除され、その姿が露となる。

姿を現したカメレオンはHPが半分以下となっており、麻痺とスタンが入ってその場から動けずにいた。

 

「【連射】!!」

 

すぐさまコーヒーはスキルによって二丁のクロスボウから矢を連続で放つ。【結晶分身】からも本体と同等の数の矢が放たれ、カメレオンに容赦なく刺さっていく。

コーヒーの攻撃で麻痺とスタンを受けて動けなかったカメレオンはそのまま、光となって消えるのであった。

 

「よし!一体撃破だ!!」

「ナイスCF!!このままもう一体も―――」

 

サリーはそう言ってメイプルが攻撃した赤い靄がいた場所に目を向けるも、その赤い靄は既にいない。

代わりに、木の上に登っていたカメレオンが何体もいる姿が見えた。

 

「数が増えちゃったよ!?」

「全部に赤い靄……どれも同じ濃さだから此方でも見抜くことができないな」

「流石に何か策を考えないと厳しいわね」

「【アシッドレイン】はどうかな?毒の雨で一気に……」

「密林でなければな」

 

こうも木々が生い茂っては、それが傘代わりとなって逃れることが出来てしまうので現実的ではない。

 

「強化した【ディバインレイン】ならどうだ?範囲と威力が高いから妥当だと思うが?」

「それしかないかな?私には範囲攻撃スキルはないし、メイプルは……いや、九階はCFのあれで吹き飛ばせば……」

 

そうしてサリーの提案で決まった作戦は……

 

「―――【ディバインレイン】!!」

「―――【毒竜(ヒドラ)】!!」

 

力技によるごり押しであった。

【ヴォルッテックチャージ】と【口上詠唱】で超強化した雷の雨が広範囲に降り注ぎ、三つ首の紫の竜は容赦なく毒のブレスを吐いていく。

そんなごり押しにカメレオンは分身もろとも巻き込まれ、三人にその最後を見られずに消えていくのであった。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

―――翌日の運営ルームにて。

 

「そろそろイベントも佳境ですね」

「ああ。にしても最高難易度をクリアしたのは現時点では【集う聖剣】のみか……」

「【炎帝ノ国】や【thunder storm】、【ラピッドファイア】のトップパーティーも十階に到達してますがまだ攻略できてはいませんね」

「……【楓の木】は?」

「……どっちも十階への挑戦権を得ています」

「……九階のあの三人の戦闘シーンを確認してくれ」

「……分かりました」

 

男は若干震える手付きでキーボードを操作して録画映像をモニターに映し出す。

その映像は……

 

「CFが【名乗り】からいきなり【聖刻の継承者】を発動したな」

「ええ。そこから【結晶分身】、【雷神陣羽織】、【ジェネレータ】、【ヴォルッテックチャージ】を【口上強化】して発動してますね」

「メイプルはCFの護衛、サリーはボスの足止めだな」

「あ、CFが【グロリアスセイバー】の長い詠唱を始めましたね」

「……一撃で倒されないよな?」

「……大丈夫の筈です。最低でも一割は残―――」

 

その言葉は、二つの宝剣がボスに直撃し、ボスが光となって消えたことで遮られることとなった。

 

「「…………」」

「……あかん」

「これは……あかん!!」

「なんで【グロリアスセイバー】が二撃も放たれるんだよ!?」

「た、たぶん、【結晶分身】が原因かと……」

「だよなぁ!?システム上は同じ武器扱いだし!!」

「ど、どうします!?」

「次の階層の実装に合わせて修正するに決まってるだろ!?あれが遠距離からの二撃となると流石にまずいし!!」

「ですよねぇ!?どっちを修正します!?」

「【グロリアスセイバー】の方に決まっているだろ!?」

「ですよねぇ!?」

 

こうして、またしても仕事が増えたことに、運営は涙を浮かべながらも休日返上を覚悟して仕事をするのであった。

 

 

 




『本当に最高難易度は鬼畜』
『ボスも道中のギミックも本当に厄介』
『ガチで上級者向け』
『【集う聖剣】の最高戦力のパーティーはクリアできたようだが』
『やっぱり一発?』
『いや。どうやら二回目で倒せたみたいだ』
『ラスボス三人衆は?』
『……一発でクリアしそうだなぁ。四層のあれに勝ったくらいだし』
『メイプルちゃんは三連勝だし……あり得る』
『CFのあれは威力がまだまだ上がるみたいだし』
『サリーちゃんのPSも本当に人外だし』
『まさに組ませるな危険!!だな』

一部スレ抜擢。

感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

十階は騎士

てな訳でどうぞ


九階のボス部屋にて。

 

「本当にこれはヤバイ」

「そうね。確実に修正されるわね」

「あはは……」

 

コーヒーは自身がやらかした結果に顔を引き攣らせ、サリーは遠い目で呟き、メイプルは曖昧に笑っていた。

 

九階はこのエリア限定の効果【星の力】で移動するもので、ボス部屋までの道中はシロップをメインにしてボス部屋まで到達。ボスはコーヒーの【羅雪七星】を除いて最大強化した【グロリアスセイバー】で吹き飛ばそうという考えでボス部屋に突入した。

 

そこで確認の為にも【結晶分身】を発動した状態で最大強化した【グロリアスセイバー】を発動したところ、なんとそれぞれのクロスボウから雷の宝剣が放たれたのだ。それもタイミングがずらせるというオマケ付きで。

 

そんな超威力の雷の宝剣を二つもまともに受けた九階のボスは耐えきれる筈もなく、サリーの足止めで僅かに減っていたとはいえ、ほとんど満タンだったHPはすべて吹き飛び、ボスは光となって消えていった。

 

遠くから放てる攻撃が二回。コーヒーの言葉通り本当にヤバイ結果であり、サリーの言った通り確実に修正対象である。

修正自体は今回のイベントが終わってからだろうが。

 

「十階は……明日以降でいいだろ」

「ええ。十階も相当手強いだろうし、スキルは全部使用可能にしておきたいしね」

「【黄金劇場】から【影ノ女神】の瞬殺コンボは?」

「それで決まればいいんだが……何かしらの対策をしていそうなんだよな」

 

どちらにせよ時間も遅く、十階は万全の状態で挑みたい為今日はここでお開きとするしかないだろう。

最上階である十階へと続く魔法陣を確認した三人は、十階への挑戦は後日にしてそのまま塔の外へと出ていくのであった。

 

「ちなみに【アイアンメイデン】の使用は?」

「……できれば使わない方向でお願いします」

 

……ジェイソンモドキの傷がまだ癒えきっていないサリーであった。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

日を改めて、スキルが万全となった所で三人は塔の前に立った。

 

「準備は万端。イズさんのアイテムもバッチリだ」

「私も!【黄金劇場】のデメリットも終了して【影ノ女神】も制限が解除されたよ!!」

「それじゃ、九階へ行こうか」

 

三人は九階に戻り、上に続く魔法陣の前で最終確認をする。コーヒーの《信頼の指輪》には【雷帝麒麟の覇気】【氷霜】【ワイルドハント】が、サリーの《信頼の指輪》には【大噴火】【空蝉】【氷柱】が登録されている。

 

サリーの【剣ノ舞】も【刃竜ノ演舞】のバフも最高まで高まり、【ドーピングシード】も【樽爆弾ビックバンII】もイズからもらっている。コーヒーも【クラスタービット】をメタルアーマー状態にし、【結晶分身】で二丁クロスボウと万全の態勢だ。

 

強力なスキルには回数制限があるので、できれば一発でクリアしたいところである。

メイプルの【身捧ぐ慈愛】は相手の出方次第。【黄金劇場】は開始早々で発動することは先日の話し合いで既に決まっている。

 

すべての準備を終えた三人が十階へと足を踏み入れる。

三人の目に入った景色は今までのようなダンジョンではなく、光が差し込む石造りの広間だった。ドーム状の天井を持つ円形のフィールド以外に、どこかへ続く道はなく、中央には光を受けて輝く銀の重鎧を身につけた者がいる。

その鎧は無骨で装飾はほとんどなく、持っている剣と盾も特別な見た目をしているわけでもない。

 

「何か、普通そう……?」

「見た目は確かにそうだが……」

「てっきり如何にもな見た目かなと思ってただけに、少しだけ拍子が抜けたわね」

 

てっきり最後に相応しい凶悪な見た目と想像していただけに、見た目は本当に普通のボスに、三人はそう呟く。

そのボスはフルフェイスのヘルムによりその表情は読み取れないものの、目の隙間が一瞬光ったかと思うと、地面に刺していた鉄の剣を引き抜いた。

 

「来るぞ!」

「ええ。メイプル!」

「うん!【黄金―――」

 

メイプルが【黄金劇場】を発動しようとした瞬間、ボスが剣を持つ反対の、腕に盾が括り付けられた手をメイプルに向ける。途端、メイプルの足下から黒い鎖が生え、一瞬でメイプルを縛り上げた。

 

「メイプル!?」

 

いきなりメイプルが拘束されたことにサリーが驚きつつも、すぐにメイプルを縛る黒い鎖を破壊しようと動く。しかし、黒い鎖はまるで役目を終えたようにすぐに地面へと消えてしまった。

 

「えっと、今のは……?」

「メイプル!急いでスキルを確認してくれ!!舞え、【雷旋華】!!」

 

コーヒーは疑問の声を上げるメイプルにそう言うや否や、雷のドームを展開する。

その雷のドームに、盾を構えて迫って来ていたボスが激突。雷のドームを突き破ってメタルアーマーを纏った状態のコーヒーをそのまま盾で吹き飛ばした。

 

「うおっ!?」

「CF!」

 

サリーが吹き飛ばされて壁に激突したコーヒーに視線を向けるも、ボスはその隙をつくかのように鉄の剣をサリーに向かって振り下ろす。

 

「っ……ふっ!」

 

サリーはギリギリでそれに気づいて紙一重で避け、斬り返す。

しかし、ボスも盾で弾いて防ぎ、再び斬りかかる。

サリーがボスの攻撃を避け、弾いていると、メイプルの驚いた声が辺りに響き渡った。

 

「嘘!?【黄金劇場】が取られちゃってる!?」

「ええ!?」

 

二階のボスと同じスキル強奪能力に、サリーは驚きの声を上げる。

そのボスは、鉄の剣に雷を纏わせ、地面に叩き付けようとしていた。

 

「【連射】!!」

 

コーヒーが壁に埋まったまま、二丁のクロスボウから連続で矢を放つも、ボスは避けようとも防ごうともせずにそのまま剣を振り下ろそうとする。

 

「【八式・静水】!!」

 

サリーはその場から飛び退くと同時にスキルを発動する。

ボスが地面に振り下ろした剣は、叩き付けた場所を中心に雷の爆発を起こし、サリーを呑み込みつつメイプルを吹き飛ばした。

 

「うわっ!?」

 

雷の爆発で吹き飛ばされたメイプルのHPは変動なし。サリーも【八式・静水】のおかげで攻撃を受けずにノーダメージだ。

 

「【ダブルスラッシュ】!!」

 

その状態でサリーはダガーを振るい、ボスを攻撃する。ボスは盾を構えてサリーの斬撃の半分を防ぐも、もう半分は防ぎ切れずに足と肩に斬撃を受ける。

 

コーヒーも矢だけでなく雷の槍も放ってサリーを援護していくも、ボスは剣と盾を駆使してほとんどの攻撃を防いでいく。

 

「【カバームーブ】!!【カバー】!!」

 

そんな攻防にメイプルが【カバームーブ】で瞬時にサリーの下へと移動し、《闇夜ノ写》でボスの攻撃を受け止め、【悪食】で剣と右腕を呑み込んでいく。

 

「メイプルナイス!!」

 

サリーはメイプルにお礼を言うと、右腕と剣を失ったボスに斬り掛かっていく。

脇腹を斬られたボスはすぐに腕が元通りとなり、地面から生えた新たな剣を引き抜くとサリーに構わずにメイプルに襲いかかった。

 

「蹂躙せよ、終焉城塞(ラストキャメロット)!!【全武装展開】!!【攻撃開始】!!」

「迸れ、蒼き雷霆(アームドブルー)!!弾けろ、【スパークスフィア】!!」

 

メイプルは即座にステータスを強化しつつ、速度重視で武装を展開。コーヒーもステータス強化して範囲攻撃の雷球をボスに向かって放ち、メイプルも攻撃していく。

 

ボスはメイプルの銃弾を剣と盾を駆使して弾きながら、対処しきれずにダメージを負うのもお構い無しにメイプルに接近。コーヒーが放った雷球が炸裂する直前で一瞬だけ鎧から炎を噴き出させ、その姿をかき消した。

 

「えっ!」

「何っ!?」

「メイプル!後ろ!!」

 

サリーの言葉通り、後ろに現れたボスがメイプルに向かって大上段から剣が振り下ろされる。

メイプルは咄嗟に《闇夜ノ写》を振り下ろされた剣に向かって突き出すも、《闇夜ノ写》は衝撃波と共に真っ二つに斬られてしまう。

そのまま高速の斬撃をメイプルに叩き込み、メイプルの兵器を破壊した上でHPをガクンと減少させた。

 

「ヤバい!サリー!!」

「分かってる!!」

 

その減少量から剣そのものに防御貫通能力がある上に、すべてを喰らえばメイプルがやられていたと察したコーヒーはメタルアーマーを解除して蒼銀の津波としてボスに向かって放つ。サリーも糸を放ってメイプルを自身の下へと引き寄せ、ボスの攻撃から強引に逃れさせた。

 

「癒せ、【ヒール】!」

「うう、ありがとう、サリー……ダメージ受けちゃった」

「それは流石に仕方ないだろ。けど、一発でクリアするぞ!!」

「うん!頑張るよ!!」

「私が一旦ボスの速度を落とさせるから、CFは援護。メイプルは攻撃を受けないようにしてて!」

 

サリーはそう言ってボスへと突撃していく。コーヒーはサリーを援護すべく矢をボスに向かって連続で放ちつつ、【クラスタービット】でも攻撃を仕掛けていく。

 

「朧、【覚醒】【幽炎】!!【大海】!!【古代ノ海】!!」

 

朧から青白い炎が放たれ、サリーからは水が溢れ出す。どのスキルも受けた相手のAGIを低下させる効果を持っている。

それに対し、ボスは足下に迫っていた水に自らの盾を叩き付けた。その途端、サリーの速度が減少し、【古代ノ海】で生まれた魚達もサリーに向かって水を撒き散らし始めた。

 

「スキルを乗っ取られた!?」

 

【大海】と【古代ノ海】が自身に返されたことにサリーは驚きの声を上げる。朧が放った【幽炎】はそのままボスに向かって当たったので、おそらく水属性のスキル限定なのだろう。

 

サリーは魚達が撒き散らす水を紙一重で避けていると、接近していたボスが横薙ぎに剣を振るってサリーを斬ろうとする。

 

「くっ!!」

 

サリーは咄嗟にしゃがんで避けるも、無理な回避だった為に体勢が崩れてしまう。そこにボスが攻撃を叩き込もうとする。

 

「やば……ッ!」

 

サリーが何とか回避しようとした瞬間、サリーとボスの間に蒼銀の盾が割って入り、ボスの連撃を防いでいく。そして、その間にサリーの体が引っ張られ、コーヒーとメイプルの元へと引き戻された。

 

「ごめん、CF!助かった!!」

「気にすんな!!それよりどうする!?」

 

【アンカーアロー】で引っ張ったことで後ろから抱き止められる形となりつつもサリーはコーヒーにお礼を言い、対するコーヒーはボスとの戦いをどうするのかと訊く。

 

ボスの攻撃を受け止めている【クラスタービット】のHPは少しずつ減少しており、あまり長くは受け止められそうにない。

 

「迸れ!【リベリオンチェーン】!!」

 

なので、コーヒーは【クラスタービット】でボスの動きを制限した状態で【リベリオンチェーン】を発動。雷の鎖でその体を縛り上げる。

縛り上げられたボスは鎖を解こうとガチャガチャと暴れている。その間に三人は作戦を立てようとする。

 

「それで、本当にどうする?あんまり長くは持たないぞ?」

「そうね。防御貫通が効かない【クラスタービット】でさえ削られる程の攻撃力だから、私とCFはまともに受けたら終わりだし……」

「……えっと、【身捧ぐ慈愛】で守るよ!」

「でもそれだと」

「いいよ!本当はダメージを受けたくないけど……こういう時こそ守らないとっ!!それに、勝ちたいし!!」

「ヤバそうなら解除していいからね?」

「りょーかい!!」

 

メイプルは【口上強化】込みで【身捧ぐ慈愛】と【天王の玉座】を発動し、【鼓舞】も使ってサリーとコーヒーのステータスをさらに上げる。

そのタイミングで、ボスは雷の鎖を粉々に砕き、その戒めから逃れた。

 

「頑張ってサリー!コーヒーくん!」

「あいよ!つっても、後方から矢と魔法を放つだけだけどな」

「任せて!―――踊れ、流水の舞踏(マリンダンサー)!!」

 

サリーは少しでも多くのダメージを与えると同時にメイプルの負担を少しでも減らす為に、恥ずかしさを捨てて【名乗り】でステータスを底上げしてボスに突撃する。

 

「【扇雛】!!弾けろ、【スパークスフィア】!!砕け、【崩雷】!!ブリッツ、【覚醒】【散雷弾】!!」

 

コーヒーは扇状に矢を放ち、雷球と雷槌を追加で放ち、さらにブリッツ呼び出して無数の雷弾を放たさせる。

ボスは剣と盾を巧みに使ってコーヒーの攻撃を捌く、もしくは体捌きで避けていくも、回避を捨てて接近したサリーの攻撃もあってすべてを捌いて避け切れずに攻撃を受け、ダメージを追っていく。

 

当然、ボスの攻撃も回避を捨てたサリーに当たっていくが、そのダメージは全てメイプルが肩代わりする。

そのメイプルは【瞑想】とHPポーションを使ってHPを保っており、漸くまともに戦え始める。

 

「鎖も爆雷も、一回使ってから使ってこないな?一度切りか?」

「それは分かんないけど!仮にそうでも他のボスの特徴を持った攻撃はまだ残ってる筈!!」

 

コーヒーの考察に、サリーは攻撃を続けながらそう返す。

ボスはシンプルな動きにも関わらず、その素早い動きと立ち回りで確実にこちらを追い詰めようとしてくる。そこにいつ来るか分からない搦め手にも警戒しなければならず、精神的な負担はそれなりに大きい。

 

「やっぱり何度も挑みたくないな!迸れ、【リベリオンチェーン】!!」

「そうね!!絶対に一発で倒そう!!【十式・回水】!!」

 

コーヒーとサリーはそう言って、ボスへの攻撃の手を緩めずに叩き込んでいくのであった。

 

 

 




「ついに十階に到達したな……」
「ああ。十階のボスを倒して……俺達は更なる強さを手に入れる!!」
「すべては……憎きリア充たるCFを打倒する為に!!」
「サリーさんとメイプルさんと一緒に攻略しているCFを、将来血祭りに上げる為に!!」
「行くぞ、野郎共!!リア充への憎悪は十分か!?」
「「「「ああ、勿論だ!!」」」」

憎悪パワーで十階に到達した非リア充パーティーの図。
※この数分後、ボスに敗北しました。

感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

激戦。最後は……

てな訳でどうぞ


「本当に攻防に隙がないな!!」

「同感!」

 

ボスのシンプルな強さに、メイプルに負担を強いているコーヒーとサリーは苦い顔をする。

ボスのHPは盾の防御と高い回避能力もあって全体の二割しか削れておらず、それだけでもボスの厄介さが理解できるだろう。

ここから行動パターンの変化があるのだから、本当に厄介である。

 

「最大強化した【グロリアスセイバー】の二連撃は!?」

「リスクが大き過ぎる!!どんな隠し球を持ってるか分からないしその後の反動を考えたら、それは使うべきじゃない!!」

「だよな!!」

 

失敗した場合、【グロリアスセイバー】は発動後の硬直時間を狙われる可能性が高い上に【ジェネレータ】は使用後のリスクが高すぎる。

 

「なら、《イチイの弓》のスキルで弱体化はどうだ!?」

「採用!!」

 

サリー、即決。

《イチイの弓》のスキルなら毒や麻痺、デバフでの弱体化が狙える上にコーヒーなら例の鎖に捕まることもないことからだ。

 

「なら、【クイックチェンジ】!!【茂みの煙】!!」

 

コーヒーはスキルで武器を変更し、すぐさま《イチイの弓》のスキル【シャーウッドの森】に内包されているスキルを放つ。

麻痺効果のある煙がボスの足下から噴き出し、煙に呑まれたボスはその動きを鈍らせる。

 

「【鈍化の茨】!!迸れ、【リベリオンチェーン】!!」

 

続けてコーヒーは拘束とAGI低下効果のあるスキルを発動し、黒い茨でボスの体を締め上げ、さらに追加で雷の鎖で再び縛り上げる。

 

「朧【影分身】!!【クインタブルスラッシュ】!!」

「【弛緩の棘】!!サンダー!!」

「私も参加するね!【全武装展開】!!【攻撃開始】!!」

 

ここがチャンスとばかりにサリーは分身して攻撃を叩き込み、コーヒーもポーションでMPを回復してからSTR低下の矢と雷の追撃を放つ。HP管理に専念していたメイプルもチャンスと見て攻撃に参加する。

 

その集中攻撃でHPが残り六割となったボスは、何の予備動作もなく足下に魔法陣を展開。そこから赤く燃える溶岩を噴き出させた。

 

「【氷柱】!!」

 

サリーは咄嗟に氷の柱を出現させて溶岩から逃れる。【永久凍土】のおかげで氷の柱は溶けることはないが、今のでサリーの分身はすべて消え、コーヒーが仕掛けた拘束も周りに展開していた【クラスタービット】も破壊されてしまった。

 

しかもボスの足下には煌々と輝く溶岩がその存在感を放っている。

そのボスは剣に手をかざし、その刀身に炎を纏わせていた。

 

「あの炎はどう見る?」

「少なくとも属性が追加されただけじゃないでしょうね」

「だよねー」

 

三人がそう呟く間にも、コーヒーのデバフで移動速度が低下したボスがサリーへと迫っていく。

速度は先ほどまでと比べたら遅いが、ボスの移動した箇所とその周辺が溶岩で埋まって行動範囲を狭めていく。

 

「ちょっ、接近戦は今は勘弁!!」

 

流石に足下が溶岩に変えられる状況でボスと斬り合いしたくないサリーは、氷の柱と筏、透明な足場を駆使して空中戦に持ち込もうとする。

 

ボスが放った炎の刃はかわし、剣はダガーで受け止めたサリーだったが、サリーが受け止めた途端にメイプルの鎧に炎が散ってメイプルのHPを減らした。

 

「う……っ!!」

「固定ダメージか!!サリー!!」

「分かってる!!」

 

攻撃を受け止めるだけでもダメージが入ると分かったことで、サリーはボスの攻撃を受け止めるのを止め、避けるか【氷柱】で遮ってボスの攻撃を凌いでいく。

 

「【発火柳】!!【夢見蓮華】!!【鏃の毒】!!」

 

コーヒーはサリーを援護すべく炎上効果のある柳と睡眠を付与する蓮華をボスの足下に生やし、毒の矢をボスに向かって放つ。

 

睡眠を付与する蓮華はボスの足下の溶岩で一瞬で燃え、柳は燃えこそしなかったがボスには効果がないのか何の変化も起きない。毒の方は肩に命中して入ったので、炎上しなかったのは炎がメインのボスだからだろう。

 

そうコーヒーが考察していると、ボスの足下の溶岩が消え、ボスが盾を正面に構えて剣を腰だめに構える。

 

「ッ!【夢幻鏡】!!」

 

コーヒーは背筋に走った悪寒に、咄嗟にスキルを発動させる。

直後、振り抜かれるボスの剣。距離があるにも関わらず、コーヒーの腹部に衝撃が走った。

 

「う……あ……」

 

コーヒーは鏡となって粉々に砕けたことでダメージはなかったが、サリーの分も受けたメイプルは【身代わり人形】が燃え、【不屈の守護者】によってHPが残り1となる。

 

「メイプル!!【身捧ぐ慈愛】と【天王の玉座】を解除して!!」

「う、うん!!」

 

サリーの指示にメイプルは苦痛に顔を歪めながらも頷き、【身捧ぐ慈愛】と【天王の玉座】を解除する。

目的は条件を満たした【影ノ女神】の発動である。

 

「CF!何としてもメイプル抜きで一分耐えるわよ!!」

「分かった!!【聖刻の継承者】!!【鋼鉄の聖域】!!」

 

ここが勝負どころだと判断したコーヒーはスキルを発動して鋼鉄の剣を作り出し、次々とボスとその周辺に向かって飛ばしていく。

対してボスは炎の斬撃を飛ばし、自身に迫る鋼鉄の剣を悉く叩き落としていく。

 

「迸れ、【リベリオンチェーン】!!【鈍化の茨】!!」

 

コーヒーは再びボスを拘束しようとするも、ボスは地面に剣を突き立て、巨大な赤い魔法陣を展開する。

 

「【水神陣羽織】!!【水神結界】!!」

 

ボスの近くにいたサリーがそう叫んだ直後、地面から巨大な火柱が噴き上がる魔法陣の外だったコーヒーとメイプルは無事だが、火柱に呑み込まれたサリーの安否は不明だ。

 

「ギ、ギリギリ間に合った……」

 

火柱が収まった先には、冷や汗を浮かべながらも無傷であった水神モードのサリーがいた。

 

「迸れ!【リベリオンチェーン】!!墜ちろ!【リベリオンチェーンメテオ】!!」

 

サリーの無事を確認したコーヒーはMPポーションを飲んですぐに【リベリオンチェーン】を再発動。技後硬直で動けなかったボスを雷の鎖で縛り上げ、すぐに条件を満たした【リベリオンチェーンメテオ】を発動。ボスの頭上に大量の鎖の破片で構成された巨大な雷鎖の塊を形成し、そのままボスを押し潰そうとする。

 

そのボスはというと、フルフェイスに覆われた顔を上空に向けて目の部分にあたる隙間から紫色の光線を放っていた。

すると、着弾した箇所から雷鎖の塊が青紫の結晶に覆われていく。そして、完全に青紫の結晶に覆われた巨大な塊を盾で受け止めた途端、その塊は粉々に砕け散った。

 

「嘘だろおい!?」

 

予想だにしなかった対処法にコーヒーは驚愕を露に叫ぶ。さらにボスは鎧の隙間から炎を噴き出させ、地面からも炎の柱を何本も立ち上がらせる。

さらに背後から空中に浮かぶ炎の剣が五本現れ、自身を縛っていた鎖を容易く斬り裂いていく。

 

「どう見てもヤバイよな……」

「……そうね。でも……」

 

サリーがそう呟いてメイプルに視線を向けた直後、メイプルの《女神の冠》が黒い光を放つ。

そう、待ちに待った無敵モードの時間だ。

 

「―――」

 

死神モードとなったメイプルは一直線にボスに向かおうとする。対するボスは剣を地面に突き刺し、無数の炎の棘を地面からあちこちに伸ばしてくる。

 

「【氷柱】!!」

「【召喚:筏】!!」

 

コーヒーとサリーはそれぞれ足場を作って難を逃れ、無敵モードのメイプルはダメージを受けないが、炎の棘が障害物となったことですぐにボスの近くに行けなくなる。

 

それだけでなく、空中に浮かぶ炎の剣が高速でメイプルに飛来し、その軌道上に燃え盛る炎を糸のように続けて残して攻撃して進行を妨害していく。

 

「何とかメイプルをボスにっ!?」

 

どうやってボスとメイプルの距離を詰めさせるか考えていたコーヒーだったが、自身に迫る二本の炎の糸を見た瞬間に筏から飛び上がり、炎の糸から逃れる。

その炎の糸は、メイプルを攻撃している炎の剣と同じ軌道で再びコーヒーに迫ってくる。

 

「【クラスタービット】!!」

 

コーヒーは本日二度目の【クラスタービット】を展開。正面に壁として広げると、甲高い音が響く。

 

「まさか不可視の剣かよ!?」

 

炎の糸が【クラスタービット】の盾にぶつからずに曲がったことから、今メイプルを攻撃している剣の透明バージョンだと察してコーヒーは声を上げる。幸い、動きは単純で炎の糸があることから避けられないことはないが間合いの把握が著しく困難である。

 

チラリとサリーの方に視線を向ければ、サリーも同様に三つの炎の糸に襲われている。氷の柱と筏、透明な足場を駆使して不可視の剣を避けているが、サリーの表情は険しい。

 

「こういう時は手数だ!【クイックチェンジ】!!【結晶分身】!!」

 

コーヒーは直ぐ様武器を元に戻し、二丁クロスボウにして見えない剣の迎撃態勢に入る。迫る炎の糸を目印にして矢を次々と放ち、見えない剣の攻撃を妨害していく。

 

「【砲撃用意】!!」

 

コーヒーが妨害したことで余裕ができたサリーが展開していた砲身から水の塊を地面に向かって発射。炎の棘を消し去り、ボスとメイプルの間に道を作り出す。

 

「メイプル!!」

 

サリーの叫びにメイプルは頷き、一気にボスとの距離を詰めていく。

それを確認したボスは横に黒い穴を作り出す。同時に、炎の棘で覆われた別の場所に同様の穴が現れる。

 

「そこへは行かせねぇ!!集え、【グロリアスセイバー】!!」

 

ボスが彼処へ逃げるのだと気づいたコーヒーはそこに向かって二本の【グロリアスセイバー】を放つ。

爆音。衝撃。

必殺の二連撃の衝撃でボスは穴に飛び込めずに吹き飛ばされ、そのまま地面を転がっていく。

 

ボスは転がりながらも体勢を整えて立ち上がるも、死神メイプルの強制AGI0領域に捕らえられて足が影の手に掴まれている。

ボスを領域内に捕らえた死神メイプルはそのまま接近し―――ボスを剣で両断した。

 

「よし!!これで―――」

 

死神メイプルの攻撃がボスに決まった瞬間にコーヒーは勝利を確信する。だが、ボスはHPが0になったにも関わらず、光となって消えずにその場に未だ佇んでいる。

そのボスは、雄叫びと共に全身から赤い光を放った。

 

「な―――」

 

コーヒーは咄嗟に目を被った瞬間、突如、浮遊感に襲われる。

 

「うべっ!?」

 

何とも奇妙な声を上げて地面に落とされたコーヒーはすぐに立ち上がる。

最初に目に入った光景は、炎のドームと、全身が炎に包まれた人型の何か。そして、元の姿に戻ったメイプルだった。

 

「メイプル!【カバームーブ】だ!!」

「う、うん!【カバームーブ】!!」

 

すぐに離れるべきと判断したコーヒーの言葉に、メイプルは頷きながらスキルを発動する。

しかし、何も起こらない。

しかも、いつの間にかコーヒーが使っていたスキルもすべて解除されている。ブリッツの姿もない。

 

「まさか、さっきの光は……」

 

コーヒーがそう呟く間にも、その炎の人型は右手にある鋼鉄の剣を振りかぶる。その振り下ろされる先は、当然メイプルである。

 

「クソッ!!」

 

コーヒーは急いで手動でクロスボウに矢を装填するも、それよりも早く剣が振り下ろされる。サリーも急いで駆けつけようとするが、距離があって間に合いそうにない。

そして、無情にもメイプルに剣が振り下ろされ―――

 

カンッ!

 

固い音を響かせた。

 

「「……は?」」

 

その光景にコーヒーとサリーは動きを止めて抜けた声を洩らす間にも、ボスらしき炎の人型はメイプルに何度も剣を振り下ろしていくも固い音が響くだけでダメージは一切入らない。

というか、ボスの速度も大幅に落ちている。

 

「まさか……あの光は無差別に全てのスキルを封印するのか……?」

「メイプルのVITはスキル無しだと2000くらいだから……」

 

仮にボスの攻撃力が1000だとしてもダメージは欠片も入らない。

一気にメイプルの安全が確保された為、ボスがメイプルを攻撃している間にコーヒーとサリーは作戦会議を始めていく。

 

「とりあえずアイテムの方は?」

「アイテムのバフ、デバフは消えてないから有効でしょうね」

「爆弾で攻撃するか?」

「【樽爆弾】を転がしてCFが爆破で」

「了解」

 

そうしてサリーは自身のインベントリから【樽爆弾】を取り出すと、横倒しにしてボスとメイプルに向かって転がし、爆破範囲に入ったところでコーヒーが【樽爆弾】に向かって矢を発射。

 

命中。轟音。爆発。ダメージ0で吹き飛ぶメイプル。

対してボスはあっさりとHPが0となり、今度こそ光となって消えるのであった。

 

「……最後が何か釈然としない」

「うん……本来は自身のステータスとプレイヤースキルで挑む感じだったのでしょうね……」

 

あれだけ苦戦を強いられたにも関わらず、最後が本当に呆気なかった為に不完全燃焼気味となるコーヒーとサリーであった。

 

「うにゅ~……最近の私の扱いが雑な気がする……」

 

ちなみにメイプルは目を回した状態でそんなことを呟くのであった。

 

 

 




「すべてのスキルが封じられたか……」
「向こうの浮遊剣も消えてるし、此処からは純粋な力比べといったところか……」
「まじでめんどくせぇな、おい」
「だが、これが最後の筈だ。みんな行くぞ!!」
「ペイーン!!私とサクヤちゃんは出来ることがないんですけどー!?」
「イエス!!杖を持っているサボデリカさんはともかく、楽器の私は完全な戦力外です!!」
「サボり言うな!!」

ボスとの最終戦で役立たずとなる後衛二人の図。

感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

報酬、動画、七層

てな訳でどうぞ


最終ボスを倒し、三人は魔法陣に乗って塔から出ると、運営からメッセージが届いた。

 

『ガオ~!最高難易度の塔のクリアおめでとうドラ!!パーティーでの攻略ドラから、報酬の銀のメダルは一人五枚渡されるドラ!!メダルは前回同様、十枚でスキル、もしくはアイテムを一つだけ交換できるドラから、今回の報酬で十枚手に入れたら報酬期間中に交換すると良いドラよ!!後、今回のイベントも後日動画で公開されるドラから、楽しみに待ってるドラよ!!それじゃあ、今後も楽しくプレイしてね~。ガオ~!!』

 

運営からの通知を閉じると、三人は今回の報酬について話し合った。

 

「これでギルド戦の時と合わせて十枚ね」

「じゃあ、さっそくスキルを選ぶか?」

「賛成!!どんなスキルがあるか早くみたいし!!」

「じゃあ、選び終わったらギルドホームに集合ね……五層の」

「……うん」

「……了解」

 

三人は十枚のメダルを使用すると、スキルとアイテムを選択する空間に転移した。

 

「やっぱり全部更新されているな……」

 

空間に転移して数分、ざっくりと今回の報酬を確認したコーヒーはそう呟く。

 

「今回はどのスキルにすっかな……」

 

コーヒーはスキルの一覧とにらめっこしてしばらく、取得するスキル決めたのかをパネルを操作して新しいスキルを取得する。

 

スキルを選び終わったコーヒーは五層のギルドホームへと足を運ぶ。

ギルドホームには、すでにスキルを選び終えていたメイプルとサリーがいた。

 

「二人はもう選び終わってたのか」

「うん!!」

「大体の方針は決まっていたしね。CFはどんなスキルにしたの?」

「今回はこれだ」

 

コーヒーはそう言って今回選んだスキルを二人に見せる。

 

 

===============

【レディアント】

魔法以外での攻撃が当たる度に、MPが1回復する。

===============

 

 

「なるほど。今のCFにぴったりのスキルね」

「ああ。【結晶分身】と【ミラートリガー】で矢を連続かつガンガン撃てるから、他のスキルとも合わさればMPがすぐに回復してさらに魔法が撃ち易くなるからな。二人は何にしたんだ?」

「私はこれ!」

「私はこれかな」

 

そう言うと二人は揃って今回得たスキルをコーヒーに見せる。

 

 

===============

【不壊の盾】

30秒間ダメージ半減。

三分後再使用可能。

===============

 

===============

【水操術】

水を操るスキル。I~Xレベル。レベルごとにスキルを一つ取得。

===============

 

 

【不壊の盾】がメイプル、【水操術】がサリーがメダルで得たスキルである。

 

「なるほど。確かに二人に合ってるな」

「うん!本当は無効があったら良かったんだけどね」

「私は面白いスキルになりそうなのと、【氷結領域】や【水神陣羽織】とも相性が良さそうだったからね」

 

そんな会話を続けていると、ギルドホームに残りのメンバーが入って来る。

 

「お、三人とも。十階はどうだった?」

「一発でクリアしたぞ。そっちは?」

 

クロムの言葉にコーヒーはピースサインと共に答えながら、質問する。対するクロムは苦笑いの表情だ。

 

「あれを一発で倒したのか……俺達の方は様子見だったとはいえ、十数分で負けたのに」

「そうか……あのボスはかなり鬼畜だからなあ」

「カスミの妖刀のスキルを奪って、こちらの火力を下げてきたしね」

「勝ち筋としては、麻痺を加えて動けなくなったところを三人の攻撃で一気に倒す方向だが……」

「その戦法は取らない方がいいぞ。最後に手痛い反撃を受けかねないからな」

 

ボスの最後の戦いを脳裏に浮かべながらコーヒーはそう言う。下手したらマイとユイが倒される危険性があるからだ。特に魔法メインのシアンとカナデの二人は完全な戦力外となってしまう。

 

「そ、そうなのか……そうなると作戦を練り直す必要があるな」

「まあ、イベントはまだ数日は続くから期間内にクリア出来ればいいからな」

「ちなみに、三人はどんなスキルにしたの?」

 

イズの質問に、三人はスキルを見せることで返す。

 

「ちなみにイベントが終わったら、今回のイベント動画が公開されるようだぞ?」

「マジか……どこまで公開されるんだろうな?」

「そうねえ……PvP要素がないから、イベント中の珍行動集みたいな感じかしら?」

「それはそれで恥ずかしいような……」

 

後日公開される動画を楽しみにしながら、【楓の木】の一同は会話に華を咲かせていくのであった。

ちなみにコーヒーとサリーは、例の記憶を片隅に追いやって強引に忘れようとしていたので、その可能性に気づくことはその日が来るまで気づくことはなかった。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

第七回イベント終了の翌日。今回のイベント動画が早々に公開されていた。

無事に残りのメンバーも攻略した【楓の木】の面々もギルドホームでその動画を見ていたのだが……

 

「おおう……ほとんどが面白映像だな」

「だねー」

 

ホームの画面に流れる動画に対して呟いたコーヒーの言葉に、ジベェを頭に乗せて動画を見ているミキが頷く。

運営が今回公開した第七回イベントの動画は……バラエティーだった。

 

「あ、二階の走る幽霊から逃げてますね……ププッ」

「BGMのせいで笑いが……」

 

どこかの運動会を思わせるBGMをバックにして二階の幽霊から走って逃げるプレイヤー達の映像に、マイとユイは口元を押さえて笑いを堪えている。

サリー?動画から顔を背けていますが?

 

「バラエティー向けの音楽とたまに入るナレーションでどうしても笑いが……」

「フレデリカが本に食べられて……」

『救助成功!ただし、全身涎まみれドラ!!』

「本人としては頭を抱えていそうですね……」

 

本来なら切迫した筈のシーンもBGMとナレーションのせいでバラエティーに変わってしまっている。

 

「マイちゃんとユイちゃんの回転しながらの進撃も、音楽のせいでおかしく……」

「次はどんなシーン―――」

「「ぶふぅッ!?」」

 

そんな中で、とあるシーンが流れたことでコーヒーとサリーは揃って吹き出した。

何故なら、今映っているシーンは水に濡れたサリーがダガーを突き立ててコーヒーを押し倒しているシーンだからだ。そして小舟が揺れてサリーがバランスを崩し……そこで映像はブラックアウトした。

 

「「…………」」

『この後どうなったかは……神のみぞ知る、ドラ!!』

 

致命的なシーンこそ流れなかったが、分かる人には分かる。というか、邪推できるシーンだ。現に、周りのメンバーの視線がものすごく生暖かいのだから。

 

「サリーちゃん大胆♪」

「結構ギリギリを攻めたな……」

 

イズは楽しげに呟き、クロムは苦笑いしながら呟く。

 

「……ぁぁぁぁ……」

「……最悪……最悪よ……よりによってなんでこのシーンを……」

 

ある意味、最悪の黒歴史シーンにコーヒーとサリーは揃って机に顔を埋める。地味に言い訳できるのが逆に腹立たしいくらいだ。

【集う聖剣】では―――

 

「にゅふふー。しばらくはこのネタでサリーちゃんをからかえそうだねー」

「イエス。彼女の顔を赤めて否定する姿が容易にイメージできます」

「……ほどほどにな」

 

後衛二人が意地の悪い笑みを浮かべ、前衛の紅一点が呆れながら諌めていた。

【炎帝ノ国】では―――

 

「CF……やはりアイツは俺達非リア充の不倶戴天の敵だ……!!」

「……流石にないんじゃない……?どうせおでこがぶつかっただけというオチだと思うし……」

 

相変わらずリア充への憎悪を滾らせるカミュラを、マルクスが宥めるという珍しい事態が起きていた。マルクスの推測は外れていたが。

そして―――

 

「やっぱりかぁあああああああああああああッ!!!」

「押し倒された上でかぁあああああああああああッ!!!」

「映像は途中で切れたが、どう見ても()()なったに違いないじゃないかぁああああああああああッ!!!」

「なんて羨ま―――けしからんことをっ!!!!」

「次の!次のイベントにPvP要素を!!憎きリア充CFを討伐する機会を!!」

「それまでは(言葉の)闇討ちを続けるぞ!!」

 

彼らは本当にいつも通りであった。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

それからしばらく経って、メンテナンスが入り七層が実装された日。六層のギルドホームにて。

サリーはソファーの上で、ミノムシのようにローブにくるまってぶるぶると震えていた。

 

「やっぱりサリーは大丈夫ではないか……」

 

そんなサリーの姿をカスミが哀れむように見つめる。

今回は少しでも早くダンジョンを攻略するため、前日にメンバー分けを決めており、コーヒー、メイプル、シアン、戦力外のサリーがパーティーを組んで攻略することとなっている。

 

「それじゃ、手早く攻略するか」

 

ボスの能力を確認し終えて全員でフィールドに出ると、サリーを背負っているコーヒーは【ワイルドハント】を発動して宙に浮く小舟を召喚する。

その小舟にコーヒーとサリーはもちろん、メイプルとシアンの二人も乗り込む。

 

「じゃあメイプル、頼む」

「うん!!【身捧ぐ慈愛】!!【天王の玉座】!!」

 

メイプルは二つのスキルを発動させ、一気にアンデッド達に関しては無敵状態となる。

 

「取り敢えず、ボスは超強化した【グロリアスセイバー】で吹き飛ばすから、頑張って耐えてくれ」

「……うん」

 

コーヒーの背中にがっしりと掴まっているサリーは短く言葉を返す。

ちなみに【グロリアスセイバー】は再び下方修正され、武器が二つある状態で発動した際は必ず近接となるようになった。

 

つまり、クロスボウ二丁で【グロリアスセイバー】を発動しても、矢や弾丸のように発射できず直接斬りかかるしかできなくなったのである。

 

ちなみに近接での場合は維持時間は十秒、一撃与えたら終了というものだ。二回攻撃は変わらずだが、斬りかかるしかできなくなったので完全な弱体化だ。

まあ、スキルによる威力増加はそのままなのが救いだが。

 

「そういえば、シアンはどんなスキルを選んだんだ?」

「【MPターボ】というスキルです。消費MPが常時二倍になる代わりに効果と威力が三倍になるスキルです」

「おお!シアンちゃんにぴったりのスキルだね!!」

 

燃費が著しく悪くなったが、イズ特性のMPポーションと【漏れ出る魔力】のおかげで然したる支障がない。

そんな訳で、凶悪なミサイルとバリアを有した飛行機と化したパーティーは乗客一人を乗せ、アンデットだらけのフィールド、そしてダンジョンを駆け抜けていく。

 

サリー?コーヒーの背中にしがみついてぶるぶると震えていますが?

そうしてサックリとボス前についてしまえば後は簡単である。

 

「じゃあ、ここも予定通りに。【アイアンってぇ」

 

コーヒーはそう言ってHPが残り一割となるように【アイアンメイデン】を発動しようとするが、脇腹から走った痛みで中断される。

理由は単純。サリーがコーヒーの脇腹をつねったからだ。そのスキルは使うな!!という意思表示だ。

 

「……自己強化スキルのみを使うか」

 

コーヒーは【羅雪七星】コンボを諦め、自己強化スキルのみによる【グロリアスセイバー】で吹き飛ばすことを決める。

【ジェネレータ】以外の自己強化スキルをすべて使い、アイテムも使ってからボス部屋に入ると、巨大なゴーストがいた。

 

「うわー、真っ暗な眼窩から黒い涙を流してるよー」

「腕は透き通って長く、真下は黒い闇を広げて如何にもって感じです」

「何で言うのおッ!?」

 

メイプルとシアンの素の説明に、サリーは涙目で腕に力を込めて更にコーヒーへとしがみつく。

それでも、やることは変わらないが。

 

「輝け、【フォトン】!!【連続起動】!!」

 

シアンが光弾をガンガン撃ってボスを足止めしている間に、コーヒーは【グロリアスセイバー】の詠唱を可能な限り手早く済ませていく。

 

「―――限界を超えし蒼き雷霆よ集え!!【グロリアスセイバー】!!」

 

そうして【ジェネレータ】を除いて強化した雷の宝剣をボスに叩き込み、あっさりと爆散させるのであった。

 

「素材は全部回収しました」

「それじゃあ上に行くか……サリーも良いよな?」

「……早く六層から出たい」

 

コーヒーにおぶられているサリーはそれだけ返す。七層はホラーじゃないと自身に言い聞かせながら。

 

「次はどんな感じだろうね?」

「海……とか?」

「どっちにしろ被りはしないだろ」

「そ、そうよね!!」

 

そんな感じで七層へと足を踏み入れる。

そこで広がっていた景色は、広大な大地と自然、駆け回る多様なモンスター達の姿だった。

 

「これって……シロップみたいに仲間にできるってことだよね!!」

「そうみたいだな。七層はモンスターの楽園ってところか」

「どんな子がいるんでしょうか!?すごく楽しみです!!」

「そうだね。その為にも調べないとね」

 

そうしてそれぞれが期待に胸を膨らませるのであった。

 

「あ、CF。そろそろ降ろして。少し恥ずかしい……」

「お、おう……」

 

……少しだけ締まらなかったが。

 

 

 




「厨二野郎(ボソッ)」
「重症患者(ボソッ)」
「痛い台詞を吐く男(ボソッ)」
「厨二病を拗らせたやつ(ボソッ)」
「このラッキースケベが(ボソッ)」
「スケベ大魔王(ボソッ)」

「ぐふっ……また闇討ちが……」

例の動画で第四回イベントから発生した闇討ちが、パワーアップして再び発生した図。

感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

七層は相棒探し

アニメ二期は原作九巻までやりそう、と思ってる猫さんです。
てな訳でどうぞ。


コーヒー達が七層入りを果たしてから数分、残りの【楓の木】のメンバーも無事に七層入りを果たした。

 

「待たせたか?」

「いや、そんなに経ってないぞ」

「それじゃあ、みんな揃ったので行こー!!」

 

メイプルの元気いっぱいの宣言に全員が頷き、十人は遠くに見える町を目指して進んでいく。

ホラーエリアの六層とは違い、心地よい風が吹く草原が広がっている。さらに火山や雪山、浮遊する島など、今見えている範囲だけでも多様な地形が存在している。

 

「おおー!!ここでモンスターを仲間にできるんだね!!」

「らしいね。運営からのメッセージを見ると、早めに仲間にしておいた方がいいみたい」

「次のイベントまでにテイムモンスターのレベルも上げないといけないようだし、動くなら早い方がいいだろ」

 

第七層実装と同時に運営から第八回イベント開催の通知が届いており、詳しい内容は書かれていないがモンスターを仲間にしておくと有利になると書かれていた。

コーヒーとサリー、メイプルとミキはそれぞれの相棒を呼び出して共に進んでいた。

 

「っと、どうやら友好的なモンスターばかりじゃないみたいだな」

「ええ、こっちに向かってきてるわ!!」

「「「迎え撃ちますっ!!」」」

 

鋭い角を持った数体の牛にマイとユイ、シアンの三人がその手の得物を構え、残りのメンバーも戦闘態勢をとる中、真っ先に動いたのは既にモンスターを仲間にしていた四人だった。

 

「シロップ!【大自然】!!」

「朧!【影分身】!!」

「ブリッツ!【磁場領域】!!」

「ジベェ、【水縄】ー」

 

突出してきた牛達を、足元から伸びた太い蔓と水の糸が締め上げ拘束する。そうして動きが止まったところで、黄色い雷光を靡かせた五人のサリーが一気に斬り刻む。牛も抵抗して暴れるも、二重の拘束から抜け出せず、素早く動く分身も捉えられずに一方的に斬られていく。

結果、好戦的なだけで通常のモンスターでしかない牛達は容易くHPを削りきられて光となって消えていくのであった。

ドロップしたアイテムを拾い上げると、四人はそれぞれの相棒をねぎらう。

 

「よしっ!お疲れ様シロップ!」

「朧もありがとう」

「ブリッツもお疲れ」

「ジベェもありがとねー」

 

メイプルとサリー、コーヒーとミキはプレイヤー四人だけではできない連携攻撃で、あっさりとモンスターを撃破する。

【楓の木】の面々にとっては既に当たり前の光景となっていたが、誰でもこんな風にモンスターを仲間にできるとなるとテンションも自然と上がっていくものである。

 

「やっぱりこういうのを見ると僕達もテイムモンスターが欲しくなるよね」

「そうだな。まあ、条件があるんだろうけどな」

「そうですね。今のお牛さん達は仲間になりたそではなかったですし……」

「町に行きましょう!行けばきっと分かります!!」

「もしかしたらアイテムとか必要かもしれませんから」

「そうね、行きましょう」

 

ここでずっと話をしていても仕方がないと、【楓の木】の面々はワクワクした様子で遠くに見える町へと足早に向かっていった。

 

 

――――――

 

 

町に到着したコーヒー達はギルドホームのアクティベートを済ませると、手分けして町の様子を確かめに出た。

町の中央には天をつくような大樹があり、町中を流れる水路と、入り組んだ石造りの道が続き、上を見れば町に点在する樹々を結ぶ木製の橋が複雑に樹上のツリーハウスを繋いでいる。

そして、今までの町とは違い、七層の町に配置されたNPCは皆、何かしらのモンスターを連れていた。

 

「この階層も独特だな」

 

コーヒーはNPCに話しかけたり、店に入ったりと情報を集めていく。一通り情報を集めると、一旦ギルドホームへと戻る。

 

「おかえりCF。どうだった?」

「やっぱり七層はテイムモンスターを手に入れられるようだ。それに合わせて《絆の架け橋》の効果も一人一つだけとなっていたしな」

「つまり、第四回イベントでやったテイムモンスターを預けることはできないってわけか」

 

それだけではなく、先にテイムモンスターを手に入れていた四人はこれ以上モンスターを仲間にできないということでもある。

 

「ま、愛着もあるし特に問題はないかな。それに二体以上仲間にできると、ますます手がつけられなくなりそうだしな」

 

誰が、とは言わなくとも分かるだろう。現に、その場にいるメンバーは全員苦笑いしているのだから。

ついでにその発言に該当する人物は防御特化だけでなく、雷霆とPS特化の二人も含まれているのだが、当人達はそれに気づいていない。

 

「そうね。他の情報は?」

「倒して仲間にする場合やアイテムを与える場合とか、モンスターによって違うみたいだな」

 

ちなみにコーヒーが集めた情報ではゴーストタイプのテイムモンスターの情報もあったが、今は黙っておくことにした。これが後の悲劇(笑)に繋がることとは知らずに。

 

「後、NPCのショップに補助装備が並んでいたな。飾り程度の」

「俺も見たぞ。扇子やポーチ……見栄えを良くする程度のしか並んでいなかったな」

「イズが作れるようなスキル付きのはなかったね」

 

テイムモンスター以外にも、イズが作れる補助装備がNPCの店で買えるようになっていた。もちろん、イズの作る装備の方が性能は断然良いが。

 

「いやいや。スキル付きはユニーク素材のお陰でしょ」

 

サリーがもっともなツッコミを入れた。

 

「あ、それともう一つ。補助装備の作製はクエストをこなしてスキルを手に入れれば、他の生産プレイヤーも作れるようになるみたいね」

 

どうやら【職人のレシピ】はテイムモンスターに次ぐ先行要素だったようだ。

 

「そっか……イズ以外にも作れるようになるのか」

 

クロムが沁々といった感じで呟くが、イズ本人は特に気にしたようには見えない。

実際、今回のスキルの普遍化にイズは特に不満を感じておらず、むしろ他のプレイヤーの補助装備が見れるのが少し楽しみだったからだ。

その後、残りのメンバーもギルドホームへと戻り、最後にメイプルが戻ってきたことで改めて集めてきた情報を共有した。

 

「―――という訳で、俺やメイプル、サリーとミキは他の皆の手助けになるだろうな」

「さんせーい!!」

「それなら、皆モンスターを仲間にして第八回イベントに参加するのをギルドの目標でどう?」

「それもさんせーい!!」

 

残りのメンバーも異議なしといった様子で、ギルドの目標が第八回イベントに向けた準備に全力を注ぐ方向で決まる。

すでに相棒のいるモンスターがいる四人は、残りのメンバーの手助けである。

 

「それは助かるな。強力なモンスターのテイム条件が『倒すこと』とかだと、大盾の俺一人だとキッツイしな」

「とか言いつつ、一人で倒しそうだけどな」

 

コーヒーの指摘に対してクロムは苦笑いとなる。HP回復スキルに耐えスキル。異常な回復力に運が良ければ耐えスキルで何度でも生き残れるのだからソロ攻略も決して不可能ではない。

 

「とりあえずは広く浅く探索だな。色々なモンスターを見てみたいからな」

 

町から遠くのフィールドを眺めてみても、町に来る前にも見たように、雪山や火山などの様々な環境が存在することが見て取れる。情報収集の結果、砂漠や海、森などもあることが分かっている。今までの層のような一貫性がないことから、それに応じた生態のモンスターが生息しているのであろう。

 

「先に仲間にしたいモンスターに目星をつけてから探すのもアリかもね。僕は……図書館にでも行ってみようかな」

「生産系統をサポートしてくれるモンスターもいるのかしら……」

「何が釣れるかなー?」

「私達も頑張ろうね!お姉ちゃん!!」

「そうだね、ユイ!!」

 

それぞれにまだ見ぬ相棒に想いを馳せて、エリアごとやモンスター系統ごとなどの細かい情報収集に移っていくのでだった。

 

 

――――――

 

 

とは言え、七層はまだ実装されたばかりで情報もそんなに出回っていない。その為、自分達で情報を集めるのは必然だった。

 

「NPCの聞き込みも粗方終わったな……後は実際にフィールドに出て探すしかないか。その前に―――」

 

再び町で情報を集めていたコーヒーは実際にフィールドに出て情報を集めようと考え、時間を確認しようとしたところで相棒探しの為に動いていたシアンとばったりと会った。

 

「あ、コーヒーさん!!」

「シアンか。テイムするモンスターが決まったのか?」

「いえ、まだですけど……少し気になる情報を手に入れたので……」

 

シアンはそのままその情報について話していく。

簡潔に話をまとめると、町を出て南西方向にある花畑に知力の高い人物の前に現れる妖精がいるということだそうだ。

 

「つまり、その妖精を探したいということか」

「はい。それでもし良かったら、手伝ってくれませんか?」

 

シアンのお願いに、コーヒーは答える前にパネルを開いて時間を確認する。時間を確認したコーヒーは申し訳なさそうな顔となった。

 

「悪いシアン。近々テストがあるから、その勉強の為にもう上がらないと駄目なんだ」

「いえ気にしないで下さい。それだとメイプルさんとサリーさんも駄目ですね」

 

しれっとリアルの情報を知っているシアンに、コーヒーはここにいないラスボス様の呑気な笑顔を思い浮かべて静かに溜め息を吐く。

 

「一先ず、一度ギルドホームに戻ったらどうだ?イズさんとミキはギルドホームに籠っているから、この階層に役立つアイテムを用意していそうだからな」

「そうですね。一度戻ってみます」

 

そうしてコーヒーと分かれたシアンはギルドホームへと戻っていく。AGI0なのでその歩みはメイプルと同じだが。

ギルドホームの広間では、相変わらずミキは釣糸を垂らしてアイテムを釣り上げていた。隣に出来上がったアイテムの山を、これも相変わらずイズが物色していた。

 

「あら、シアンちゃんおかえり」

「おかえりー。どうだったー?」

 

アイテムを物色していたイズがシアンに気付き、ミキも気付いて成果を聞く。

 

「はい。ちょっと会ってみたいモンスターの情報を手に入れて……ミキさんとイズさんはどうですか?」

「んー、希少なモンスターの出現率を上げるベルにー、近づき易くなるお香とかが釣れたよー。シアンにもー、幾つか上げるねー」

 

ミキはそう言ってこの階層で役立つアイテムをシアンに渡す。ベルにお香、モンスター用のお菓子等、本当に様々である。

 

「私は完成待ちね。七層に入ってからかなりの量の装備やアイテムのレシピが追加されたからね。後、お金も沢山あるし♪」

 

もう少ししたら七層で役立つアイテムが出来上がるとイズは伝え、シアンはその完成を待ってからフィールドに赴くことを決める。

 

「じゃあー、ボクはここで落ちるねー」

 

少ししてミキもリアルの都合からログアウトし、完成待ちだったイズ製のアイテムも出来上がった。

 

「必要なら装備もアイテムも作るから遠慮なく言ってねー」

「はい。必要になったら、その時はお願いします」

 

出来上がったアイテムを一通り貰ったシアンはそう言って、ギルドホームを後にする。そして予定通りにフィールドへと出る。

リスやハト、豚の姿をしたモンスター達が時折シアンへと襲ってくるが、距離もありどのモンスターも光球一つで吹っ飛ばされるので問題はない。

そして今回は、イズ印の装飾品でAGIを上げている為移動も普段より速い。

そうやってウサギの耳と尻尾を生やしたシアンはフィールドを進んでいき、目的の花畑が広がるエリアへと到着する。

 

「えっと、ここでお香にお菓子、ベルを使って……」

 

シアンは早速、テイムモンスターを呼び寄せるアイテムを使って呼び寄せようとする。

少しして小鳥やウサギ、蝶や蜻蛉と様々なモンスターがアイテムに釣られて近づいて来る。

 

「わあ……!」

 

可愛らしいモンスター達が集まってきたことで、目を輝かせたシアンはそのモンスター達に向かって一歩踏み出す。すると、モンスター達は怯えたように一斉に逃げ出してしまった。

 

「ああ!?待ってぇ!」

 

シアンは慌ててモンスターを追いかけようとするも、躓いてその場で転んでしまう。その間に集まっていたモンスター達はいなくなってしまった。

 

「うう……みんな逃げちゃった……」

 

モンスターが逃げた事にシアンが悄気ていると、蝶の羽を背中に生やした妖精型のモンスターがシアンに近づく。

 

「妖精さん……?」

 

その妖精にシアンは例の妖精かと思っていると、その妖精は右手を指揮棒のように振るうとキラキラと光る数枚の紙をシアンの前へと落とす。

 

「これは……?」

 

シアンはその紙を拾い、まじまじと見つめていく。

 

「漢字が読めません……」

 

その紙には文字が書かれているが、まだシアンには読めない漢字があったので内容が分からないのだ。

いつの間にかその妖精も消えていたので、シアンはその紙を自身のインベントリに仕舞い、一度町へと戻る。

 

「あら、おかえり。何か手応えがあったかしら?」

「はい。実は……」

 

ギルドホームに帰ってきたシアンはイズに先程のことを報告しながら、手に入れた紙の一枚をイズに見せる。

その紙を見たイズは目を瞬かせると、神妙な面持ちで告げた。

 

「シアンちゃん。この紙の文字……半分以上が意味不明なものばかりよ?」

「え?」

 

イズのその言葉にシアンは目を丸くしながらも、改めてその紙を見つめる。

 

「全部、平仮名と漢字ですけど……」

「うーん、もしかすると……」

 

イズが何かに気付いたような顔をしたタイミングで、クロムが帰ってきた。

 

「あら、クロム。おかえりー。さっそくだけどこれを見てちょうだい」

 

丁度いいタイミングと言わんばかりに例の紙をクロムに見せるイズ。帰っていきなりの要求にクロムは疑問に顔を顰めながらもその紙をまじまじと見つめる。

 

「なんだこれ?何かの模様か?」

「はい。ありがとねー」

 

イズはもう十分と言わんばかりに背を向けてシアンに向き合う。対してクロムはぞんざいな扱いに苦笑いするしかない。

 

「この紙にある文字はINTが高くないと読めない仕様になってるわね。それなりにINTがある私でも半分以上が分からないから、これはシアンちゃんが頑張って読むしかないわね」

「そ、そうなんですね……送り仮名もないですし、読むのに苦労しそうです」

「アイテムに辞書はあったかしら?」

 

しばらくは漢字辞典とにらめっこになりそうだと、シアンとイズは思うのであった。

 

 

 




「補助装備か……両手持ちの武器や戦闘スタイルから片手しか装備しない者からだと嬉しい要素だな」
「そうだねー。NPCの店で売っている小さなポーチとか可愛いしねー」
「俺は短剣の二刀流だから、その補助装備とは無縁だな」
「本当に小さな盾とか、無いよりマシ程度だけどな」
「それでも装備すれば僅かでもステータスが上がるから、見栄えが良くなる意味でも今回のテイムモンスター同様、歓迎されるだろうな」
「では、さっそくモンスターをテイムしに行きましょう。早くゴースト系のモンスターを見つけなくては……!」

新要素の実装で意気込みを新たにする【集う聖剣】一行の図。
そして―――

「テイムモンスターかぁ……可愛いのをテイムしたいけど、ギルドマスター的にはどうなのかな……?」
「そんなに気にしなくて大丈夫ですよ、ミィ」
「至極同意だ。彼らなら、ミィがどんな相棒を携えても褒め称えるだろう」

炎帝様の不安を、素を知っている二人が和らげている図。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

テスト勉強と悲劇(笑)

てな訳でどうぞ。


テイムモンスターの実装の翌日。浩はいつも通り学校に来ていた。

 

「おはよう新垣君!」

「おはよう、新垣」

「ああ、おはよう。白峯さんに本条さん」

 

最早お馴染みとなった朝の挨拶。もし非リア充の面々がいたら歯軋りし、血涙の如く涙を流していたであろう。

そんな事は露知らず、浩は二人と普通に会話していく。

 

「二人はテスト勉強は大丈夫か?特に白峯さんは前科ありだしな」

「アハハ……私は大丈夫だよ」

「去年の話を持ち出さないでよ!二度も同じ轍は踏まないわよ!!」

 

浩の問い掛けに本条は苦笑しながら返し、白峯は怒鳴るように返す。

白峯も勉強を疎かにしてゲーム禁止になるのは勘弁なので、その辺りはちゃんと注意しているのである。

 

「そういう新垣はどうなのよ!?普段から勉強しているからって油断してるんじゃないの!?」

「ちゃんと復習してるし、重要なところはちゃんと覚えてるぞ」

 

白峯の言いがかりに近い指摘に対し、浩はあっさりと返す。

 

「ちなみに過去問の実力テストの点数は八十から九十以上だぞ?それも一発でだ」

「ぐぬぬ……!」

 

過去の実力テストの問題集で高得点を叩き出した事を浩がドヤッたように少し意地の悪い笑みで告げると、白峯は悔しげに唸る。

何せ、自身の指摘をこれでもと言わんばかりに返されたのだ。反論のしようがないのである。

 

「結構頭が良いんだね、新垣君。何か勉強にコツでもあるのかな?」

「コツって言われてもな……強いて言うなら普段からノートを取ることくらいか?」

「それでテストの点数取れるなら誰も苦労しないわよ!!」

 

浩のその言葉に、白峯はキレ気味に両手で机を叩く。

浩の言葉は毎日勉強している人からすればイラッとくる台詞だ。それで実際に高得点を叩き出しているのだから、余計に腹立たしいのである。

 

「そうは言ってもなぁ……」

 

白峯の怒り具合に、浩は困惑しながらもそう返すしかない。実際に浩はそれで九十点前後の点数を取っているのだから。

そんな中、本条は思いついたように二人に提案する。

 

「それなら今日は三人でテスト勉強しない?」

「「は?」」

 

本条の提案に浩と白峯は間が抜けた声を洩らす。

 

「いやいや。何で三人でテスト勉強することになるのよ」

「そうだぞ本条さん。何がどうなったら三人で勉強することになるんだ?」

 

しかし、それも一瞬。二人はすぐに真顔となって問い質す。

テスト勉強をすること自体は別にいいのだが、何故ここにいる三人でやるという発想になったのかが本当にわからないのである。

そうやって問い質す二人に、本条は笑顔で告げた。

 

「一人でやるより一緒にやった方が捗りそうだし……それに一緒なら分からないところがあっても教えられそうだし!」

 

本条のその言葉に浩と白峯は反論できずに口ごもる。

確かに複数人で勉強した方が確かに捗りそうだし、本条の笑顔の提案を頭ごなしで否定することもできないからだ。

……裏で二人の仲を進展させようと画策しているとは思わずに。

その結果、放課後は三人で勉強会を開く事が決定するのであった。

 

 

――――――

 

 

「ただいまー」

「おかえり浩」

 

浩は家に帰ると、いつものように母親が出迎える。いつもの光景だが、今日は少々違うのである。

 

「あら?女の子のお友達を連れて来たの?それも二人も」

 

浩の後ろにいる二人―――白峯と本条に浩の母親はニヤニヤしたように笑みを浮かべると、二人は母親に向かって自己紹介した。

 

「初めまして新垣君のお母さん。私は本条楓と言います」

「同じく白峯理沙です。今日はテスト勉強の為、新垣の家に来ました」

「あらあら、そうなの。改めまして、浩の母です」

 

二人の軽くお辞儀しての自己紹介に、浩の母親は納得したように言葉を返し、同じように自己紹介する。

何故二人が此処にいるのか。それは帰り道で、何処でテスト勉強をするのかに対して浩は自分の家を提案したからだ。そう提案した理由は、さすがに女の子の家で勉強するのは浩の心理的なハードルが高かったからだ。

白峯と本条も、ゲーム仲間で学校の友人とはいえ男の子を自分の家に上げるのは何となく恥ずかしかったので、浩の提案をすんなりと受け入れたのである。

そういった経緯で浩の家に上がった白峯と本条の二人は、浩の部屋へと案内される。

 

「それじゃ、テーブルと座布団を持ってくるから少し待っててくれ」

 

浩はそう言って、二人を残して部屋の外に出る。残された二人は改めて浩の部屋を見渡す。

小説に参考書、辞書にレトロなゲーム機……結構色々ある。少し散らかっているが。

 

「せっかくだからベッドの下を調べてみようか。一体何が隠れているかな~?」

「もう理沙ったら……」

 

人の部屋のベッドの下を調べ始めた白峯に対し、本条は呆れながらも止めようとしない。本条もベッドの下に何があるのか気になるお年頃であるからだ。

そんなお約束の行動を取り……白峯はベッドの下から一つの箱を取り出した。

 

「お、ベッドの下のお約束をはっけーん。さ~て、中に何が入っているのかな~?」

 

白峯は悪い笑顔でその箱の蓋を取る。エロ本であれば弄りのネタにできると内心でニヤニヤしながら。

そんな悪どい思考で開けた箱の中には……黒いノートが数冊入っていた。

 

「なにこれ?ノート?」

「何かの切り抜きでも張ってあるのかな~?」

 

本条は首を傾げる中、白峯はニヤニヤしながらノートを開く。

もし本当にそういったモノであったなら、白峯は顔を真っ赤にしながら食らいつくように凝視していただろう。しかし、見つけたノートはそういった類いのモノではなかった。

 

「ん?文字ばっかりね。内容は―――」

 

『閃塵裂光破:光のごとき速度で無数の突きを放ち、最後の一撃で吹き飛ばす必殺剣技。属性は光』

 

「ぶふぉっ!?」

「理沙ッ!?」

 

予想だにしてなかったカウンターパンチに白峯はノートを手放しながら吹き出し、そんな白峯の反応に本条は驚きの声を上げる。

 

「どうしたの理沙!?ノートには何があったの!?」

「い、いや……このノートの内容が私の黒歴史にダイレクトに突き刺さって……」

 

胸を押さえながら答えた白峯の言葉に、本条はそのノートの内容を何となく察する。

一応本条も他のノートの内容を確認していくと、どのノートにも痛々しい名称の技や無駄に難しい言葉を連ねた詠唱、それも中身と動き、世界観といった設定が詳細に記されている。

 

「これ、理沙のあのノートと同じだね……」

「それは言わなくていいからぁ……」

 

見事に黒歴史に突き刺さった白峯は、羞恥を誤魔化すようにゴロゴロとカーペットが敷かれた床を転がっていく。

エロ本探して浩を弄るつもりが、自身の黒歴史を抉る内容のノートが隠れていたのだからそれなりのダメージを受けてしまった。

そのタイミングで、部屋の主が戻ってくる。

 

「テーブルと座布団を持ってきた、ぞ……」

 

組立式の簡易テーブルと三つの座布団を持って部屋に戻ってきた浩は、蓋が取れている箱と数冊の黒いノートを見て固まる。落としこそしなかったが、その内心は穏やかじゃなかった。

 

「まさか、見たのか……?」

 

浩のその質問に、本条は気まずそうに目を逸らす。それがむしろ答えだった。

 

「見られた……俺の恥ずかしい黒歴史の象徴たるノートを見られた……」

 

自身の黒歴史の象徴たるノートを見られたことに、浩はその場で膝から崩れ落ちる。処分していないのは、処分そのものに勇気がいるからである。

そんなメンタルにダメージを受けた浩に、本条は慌てたように話しかける。

 

「だ、大丈夫大丈夫!このくらいなら理沙の『私の考えたカッコいい技名』を書き連ねたノートと同じように微笑ましいから!!」

「「ぐはぁっ!?」」

 

フォローどころか傷口に塩、否、辛子を塗るような本条の言葉に、浩と流れ弾を受けた白峯は胸を押さえて苦悶の声を上げる。

二人のメンタルに2000のダメージ!!一歩間違えれば即死級のダメージである!

その後、浩と白峯は黒歴史からのダメージから何とか復活し、本来の目的であるテスト勉強へと没頭していく。

 

「えっと……ここの問題は……」

「その問題はこうした方が解けやすいぞ」

「あ、ホントだ!」

「確かにこうした方が解きやすいわね……」

 

意外としっかり勉強する中、白峯は誰もが思うであろう疑問を口にする。

 

「これだけ勉強しても、思うように点が取れないのはどうしてかしらね?」

「興味や関心の有無じゃないか?興味のあることはすぐに覚えられるし」

「「あー、確かに」」

 

浩のその回答に、心当たりのある二人はあっさりと同意するのであった。

ちなみに夕食は母親の厚意で一緒にカレー(甘口)を頂く事になった。

 

 

――――――

 

 

テストも一段落し、サリーは久々のゲームにテンションが上がっていた。

 

「さーて、目新しい情報が出てないか調べてみようかな」

 

身体の動作を確認するようにサリーが背伸びしていると、ある意味天敵とも言えるプレイヤー―――サクヤが話しかけてきた。

 

「グッイブニング、サリーさん。調子はいかがですか?」

「あ、サクヤ。今日は一人なの?」

「イエス。今日はサリーさんに御披露目する為にソロで来ました。―――(なき)、【覚醒】」

 

サリーの質問に答えつつ、サクヤは指輪が嵌まっている手を掲げてスキル名を告げる。

すると指輪―――《絆の架け橋》が光り、サクヤのテイムモンスターが姿を現す。町の中でもモンスターを呼び出せるのは、七層の実装と同時に追加された新要素だからだ。

そうして現れたのは―――

 

「…………え?」

 

ハロウィンの仮装によく出てくる紫色の魔女帽子。波線の糸目とだらしなく緩めた口。白い卵にちょっとした出っ張りが三つある可愛らしい見た目。

サクヤの《絆の架け橋》から出てきたのは……顔くらいのサイズがある、可愛らしい半透明のお化けだった。

 

「~~~~ッ!!!」

 

ほとんど不意討ちに近いお化け―――亡の登場に、我に返ったサリーは全力で目を背けながら声にならない悲鳴を上げる。

意図的にアンデッド系のテイムモンスターの情報を避けていたせいもあり、サリーはこの展開を避けることが出来ず、見事にぶち当たってしまったのである。

 

「どうしたのですかサリーさん?こんなに可愛いゴーストの亡にそんな悲鳴を上げるなんて」

「分かっててやってるでしょ!?」

 

ゆるゆるとした表情の亡を両手で抱え、間近で見せつけようとするサクヤに、サリーは顔を逸らしながら涙目で目を瞑った状態で叫ぶ。

そんな予想通りの反応をするサリーに、サクヤはニッカリとした笑みを浮かべていく。

 

「そんなこと言わず慣れましょうよ。こんなにキュートなんですから愛着が湧きますよ?」

「湧くわけないでしょ!?」

 

サクヤの言葉を、オカルト全般が駄目なサリーは全力で否定する。

メイプルやイズ、フレデリカ辺りなら可愛いと言ってその身体をつつくだろう。実際、亡は怖いよりも可愛いが真っ先に来る見た目なので、多少耐性があれば普通に受け入れられる。

しかし、耐性ゼロのサリーには亡のザ・幽霊な見た目の時点でダメなのである。

 

「シャアアアアアッ!」

「ひぃやぁああああああああああああっ!?」

 

そのタイミングで、オカルト系モンスターのお約束の行動である驚かしを亡が取り、声だけ聞いたサリーは全速力でその場から逃げ出していった。

 

「リアリーに大袈裟ですね。抱き心地もベリーグッドですのに」

 

サクヤは呆れるようにそう呟くと、亡を胸に抱いたままその場を後にするのであった。

 

 

――――――

 

 

890名前:非リア充の魔法使い

皆はどんなモンスターを仲間にする?

ちなみに俺は針鼠以外だ

 

891名前:非リア充の槍使い

亀と狐

 

892名前:非リア充の双剣士

あの二匹は第二回イベント限定のレアモンスターではないのかね?

 

893名前:非リア充の鎌使い

確かにそうかもなー

例の巨大な魚ちゃんも厨二病患者一号さんの針鼠ちゃんも同じだと思うし

 

894名前:非リア充のハンマー使い

くっ、お揃い作戦は無理か

 

895名前:非リア充の大盾使い

ふっ、甘い作戦だな

そんな事より自分のスタイルに合うモンスターを仲間にして、憎きCFを完封なきまでに勝利する方がずっと建設的だ

 

896名前:非リア充の槍使い

は!?確かにそうだ!

 

897名前:非リア充のハンマー使い

お近づきになろうとするあまり、本質を見失っていた!

ありがとう、同志よ

 

898名前:非リア充の鎌使い

オレっちもそうだけど、独り身は寂しいよなぁ

 

899名前:非リア充の斧使い

言うな

 

900名前:非リア充の魔法使い

彼女が欲しい

それが無理なら女の子のお友達が欲しい

 

901名前:非リア充の剣士

そういえば、仲間にできるモンスターには妖精もいたよな……?

 

902名前:非リア充の槍使い

待つんだ!同志!

 

903名前:非リア充のハンマー使い

それは行ってはならない領域だ!

 

904名前:非リア充の弓使い

空想に縋ったら、リア充になれなくなるぞ!

 

905名前:非リア充の双剣士

正気に戻れ!そこから二度と元へ戻れなくなるぞ!

 

906名前:非リア充の斧使い

おのれ、リア充!

 

907名前:非リア充の魔法使い

これがCFを始めとしたリア充達による、非リア充を苦しめる呪いの力なのか!?

 

908名前:非リア充の鎌使い

リア充パワーマジでヤベェ

 

スレはリア充憎しで盛り上がった。

 

 

 




「今回の大規模アップデートは今のところ好評だな」
「そうですね。苦労した介がありますね」
「変に優遇せず、バランスがちゃんと取れてますからね。レアモンスターもクセが強い性能ですし」
「バランス取っても、おもいっきり傾けるプレイヤーはいるけどな」
「「「「それは言わないでくれ」」」」

新要素が好評であることに一安心する運営の図。

「あ、メイプルがあの触手モンスターに捕まりました」
「「「「なにぃ!?」」」」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

無尽蔵の匣

てな訳でどうぞ。


サリーが悲劇(笑)に見舞われている頃、コーヒーも久々のゲームにテンションが上がっていた。

 

「それじゃ、探索していくか」

 

コーヒーは町の外に出ると【クラスタービット】を使い、いつものメタルボードを形成して空へと上がっていく。

コーヒーは既にブリッツという相棒がいるので、相棒探しに奔走する必要はない。

 

「取り敢えず見つけたモンスターは写真に収めるとして……どこから調べるか」

 

この第七層は第二回イベントのような様々な地形と環境が広がり、多数のモンスターが生息している。

雪山や火山、広い海と様々なので、それに因んだモンスターが生息している。

当然、魚型のモンスターもテイム可能な為、もしかしたらミキのジベェのようにフワフワと浮くのかもしれない。

 

「―――よし。今日はこのエリアに向かうか」

 

マップを見ていたコーヒーは行き先を決めると、メタルボードを操作してそこへと向かっていく。せっかくなのでブリッツを呼び出し、肩に乗せた状態で進んでいく。

移動中、下に目を向けると既にテイムしたモンスターと共に戦っているプレイヤーがちらほらと存在している。

 

「もう既にモンスターを仲間にしてるのか。少し懐かしくなるな」

 

コーヒーはそう呟いてブリッツの顎を撫でる。顎を撫でられたブリッツは気持ち良さげな表情だ。

そうしてコーヒーが到着したエリアは砂漠エリア。岩場やサボテンが所々に点在し、如何にも神秘的な雰囲気を醸し出している。

 

「このエリアにもテイム可能なモンスターがいるな」

 

砂地を徘徊している蠍や鷹、コブラに石のゴーレムのHPバーの隣には仲間にできることを示すマークが表示されている。

 

「うーん……モンスターの種類からして微妙か?いや、ゴーレムならクロムにワンチャンあるか?」

 

コーヒーは砂漠に降り立つと、取り敢えず見つけたテイム可能なモンスターを写真に収めていく。モンスターの写真があれば、判断しやすいだろうと考えたからだ。

 

「後、何かダンジョンでもあれば―――うおっ!?」

 

コーヒーは周りを見渡しながら進んでいると、まるで落とし穴を踏み抜いたような感覚と同時に浮遊感に襲われる。

 

「【アンカーアロー】!」

 

自身が落下していることに気付いたコーヒーはすぐさまクロスボウを構えて【アンカーアロー】を目の前に見える壁に向かって放ち、宙ぶらりんの状態となる。

 

「危なかった……落下して死亡とか割とシャレにならないし」

 

底が見えない事に少し戦慄しつつも、コーヒーは安堵の息を吐いて展開していた【クラスタービット】を足場にして安全を確保する。

 

「まさか砂漠に落とし穴があるとか……しかも入口が閉まってるし」

 

コーヒーは頭上を見上げると、そこに存在すべき穴も光もなく、光源は壁に設置された小さな篝火くらいである。

 

「このままゆっくり下に向かうしかないか。何が待ち構えているか分からないけど」

 

後戻りが出来ないこともあり、コーヒーは突然の不意討ちに警戒しながらメタルボードを慎重に降ろしていく。

それなりに深いだろうとコーヒーは予想していたのだが、実際は数十秒足らずで最奥部らしき広い空間に辿り着いた。

 

「この分だと普通に落下していても大丈夫だったか?」

 

コーヒーは警戒しながらその空間を見渡す。そこはゲームに登場するような神秘的な遺跡の内部と呼ぶに相応しい空間だが、モンスターらしき姿がどこにもない。

強いて上げるなら、黒ずんだ金の(はこ)がそこかしこに大量に転がっていることだけだ。

 

「数えるのが億劫になる程の数だな。ひょっとして換金アイテム―――」

 

コーヒーは【ワイルドハント】の使用解放の為の資金目的でその匣を触ろうとするも、それを遮るように機械的な音がこの薄暗い空間に響き渡る。

 

「やっぱり何か潜んでいたのか!?」

 

その音にコーヒーは警戒心を露にしてその場から飛び下がり、クロスボウを構えて襲撃に備える。

そんなコーヒーの目の前で、その匣達が表面に蒼い光の線を浮かばせながら宙に浮き始める。

 

「へ?」

 

その光景にコーヒーは目が点になっていると、その匣達から蒼い光線が放たれた。

 

「ッ!ブリッツ、【電磁結界】!!」

 

自身に向かって放たれた無数の光線を前に、コーヒーは咄嗟にブリッツに指示を出して【電磁結界】を発動させる。

その直後、四方八方から放たれた光線がコーヒーの身体を貫き、何重にも身体をブレさせた。

 

「全方位から攻撃されるとか嘘だろ!?【結晶分身】!」

 

いきなり理不尽極まりない攻撃に文句を言いつつも、コーヒーはメタルボードから降り、すぐさま【結晶分身】でクロスボウをもう一つ造り出す。

スキルによってクロスボウを二つ持ったコーヒーは、【ミラートリガー】による自動装填も相まって二丁拳銃のような動作で宙に浮く近くの匣二つを射ち抜く。

コーヒーが放った矢はその匣に突き刺さり、そのままポリゴンとなって消える。

 

「ボスモンスターはどこに……!?」

 

コーヒーは絶え間なく飛んでくる光線を体捌き、操作を放棄した【クラスタービット】のオートガードや【電磁結界】によるすり抜けでかわしつつ、クロスボウで反撃しながら部屋の主であろうボスモンスターの存在を探していく。

しかし、いくら探してもボスモンスターどころかモンスターらしき存在は影すら見えない。

 

「これ、ギミック系かよ!」

 

どこにもHPバーが見えず、モンスターの姿もないことからコーヒーはギミックをクリアしなければならないエリアだと当たりを付ける。

クリア条件は不明だが、このまま避け続けるより攻撃して潰した方が早い。

そう判断したコーヒーは、すぐに行動に移す。

 

「群れなすは光の結晶 暁を照らす光は我が従者 此処に顕現し我が守手となれ―――【クラスタービット】!」

 

コーヒーは【口上強化】込みで【クラスタービット】を発動させ、自身を守る盾を増やす。幸い、匣が放つ光線は【クラスタービット】の防御力を超えていないので、盾としては十分に果たせる。

 

「迸れ、蒼き雷霆(アームドブルー)!!放つは轟雷 形作るは天の宝玉 仇なす者に雷球を落とさん―――弾けろ、【スパークスフィア】!!」

 

コーヒーは【名乗り】で自身のステータスを底上げしつつ、威力を強化した【スパークスフィア】を右手のクロスボウの先端から放つ。

普段は空いている左手から魔法を放つことがほとんどだが、今はクロスボウを二丁構えているので今回は武器から放ったのである。

そうして放たれた【スパークスフィア】は光線を放とうとしていた匣に直撃。周りに浮いていた幾つもの匣も拡張した雷球に呑まれてポリゴンへと還っていく。

その間も取り囲むように浮遊している匣達から光線が放たれていくが、二つの【クラスタービット】の自動防御によって防がれていく。

 

「本当に休む暇がないな!!」

 

本当に質の悪い包囲攻撃に一人毒づきながらも、コーヒーはガンマンのような動作で次々と矢を匣に向かって射ち放っていく。

浮いている匣は回避行動を取ることなく、ただ光線を放ってくるだけで破壊そのものは容易ではある。

だが、その数が視界を遮れる程に多い為、結構面倒となっている。しかも手に収まる程小さい為、当てるのも一苦労なのだ。余裕があれば映画やドラマ、レトロなゲームに登場するキャラのようなガンアクションを楽しめたかもしれないが、今のコーヒーにはその余裕がない。

 

「放つは轟雷 形作るは天の宝玉 仇なす者に雷球を落とさん―――弾けろ、【スパークスフィア】!!」

 

コーヒーは再度【スパークスフィア】を放ち、無数の匣を再び吹き飛ばす。

吹き飛ばせば穴が開いたように隙間が出来るが、それも新しい匣によってすぐに隠れてしまって意味があるのか分からなくなる。

 

「本当にめんどくせぇ!【聖刻の継承者】!【聖槍ファギネウス】!降り注げ、【ディバインレイン】!!」

 

無尽蔵に近い匣の量にうんざりしたコーヒーは強化状態となって無数の槍と雷を降り注がせる。

蒼い雷に射たれ、白い槍の衝撃に吹き飛ばされ、匣は次々とポリゴンへと還っていく。

二つの広範囲、高威力のスキルを二連続で発動したにも関わらず、匣はまだ半分くらい残っている。

 

「本当に匣が多すぎだろ!?」

 

さすがの数の多さにコーヒーは内心で頭を抱えたくなるも、匣から再び光線が放たれる。【クラスタービット】が光線を防ごうと間に割って入ったが、光線は【クラスタービット】をすり抜けるように貫通していた。

 

「嘘だろ!?」

 

貫通攻撃が効かない筈の【クラスタービット】を貫通した事にコーヒーは驚愕し、思わず動きが止まってしまう。それが原因で光線がコーヒーの身体を貫くも、【電磁結界】で事なきを得る。

 

「【クラスタービット】のHPは減ってない……ダメージの有無に関わらず貫通するのか?」

 

【クラスタービット】が傷一つ付いていないことから、何かしらの特殊攻撃だとコーヒーは察する。

他にどんな引き出しがあるか分からない為、早期決着すべきと判断し、最終手段を使う為にコーヒーは自身のインベントリを操作する。

そうして操作して取り出したのは……範囲が広く威力が高過ぎてマトモには使えないあの爆弾―――【樽爆弾ビックバンII】を目の前に出現させた。

 

「【夢幻鏡】!!」

 

コーヒーが間髪入れずに回避スキルを発動させた直後、匣の光線を受けた【樽爆弾ビックバンII】が盛大な大爆発を起こす。

製作者のイズでさえ使い道が限られているその超強力な爆弾は、残っていた匣と二つの【クラスタービット】を木っ端微塵に吹き飛ばしてしまう。

爆発による土煙が晴れると……例の匣の大群は一つ残らず消し飛んでいた。

 

「本当にしんどかった……」

 

【夢幻鏡】で爆発から逃れていたコーヒーは何も起こらない事を確認してから【聖刻の継承者】を解除し、疲れたようにその場で寝転がる。

 

「あ、見覚えのないスキルが追加されてる」

 

帰還用の魔法陣しか現れなかったので、コーヒーは自身のスキル覧を確認すると初めて見るスキルが追加されていた。

 

============

【遺跡の匣I】

ダメージを与えると、ダメージを与えた対象に追加攻撃を与える。攻撃方法や効果は変更可能。

I~Xレベル。レベルが上がるごとに攻撃方法と効果が解禁される。

匣の攻撃力は自身の基礎【STR】の1.5倍の(あたい)が反映される。

口上:未知の技術で生まれし太古の遺物 我を盟主として(かつ)ての栄誉を示せ

============

 

「これはまた癖が強そうなスキルだな……【遺跡の匣】」

 

相変わらず表示される口上を無視し、効果の確認の為に新しいスキルを発動させる。すると、コーヒーを攻撃していた匣がフワフワと宙を漂って現れる。まるで戦闘を支援する小型機のようだ。

 

「攻撃方法は射程の長い一条の光線。固定効果はダメージの有無に関わらず貫通するのか。追加できる効果は今のところ無し……と」

 

何とも育てがいのあるスキルに、コーヒーは苦労に見あっていると表情がにやけてくる。

 

「有益なスキルだけど、取得するのが苦労しそうだよな……最後は爆弾で吹き飛ばしたし」

 

どっちにせよ情報は共有しなければならないので、スキル検証も兼ねて魔法陣に乗って外へと出る。

 

「それじゃ早速……」

 

砂漠地帯へと帰還したコーヒーは、近くにいた角が生えたマングースに向かって矢を放つ。矢が角付きマングースに刺さると、匣から蒼い光線が放たれて角付きマングースを撃ち抜く。

 

「……うん?あんまり大差なくね?」

 

クロスボウで攻撃した時のダメージとあまり差がなかった事にコーヒーは一瞬疑問に思うも、すぐにその原因に気付いた。

 

「あ、そうか。【無防の撃】はあくまで合計値の半分だから、基礎値に影響はないのか」

 

コーヒーの常時貫通攻撃スキルである【無防の撃】は装備品を含めたSTRとINTの0.5倍だ。対して今回得た【遺跡の匣】は()()STRの1.5倍が【匣】の攻撃力だ。

コーヒーの現在の装備込みのSTRが実質八十あたりで、【遺跡の匣】に反映される基礎値の1.5倍のSTRは七十程度。しかもスキルの常時貫通攻撃効果は反映されているのは間違いない。

しかも匣とは別の追加攻撃である星が二つも落ちてきたから、火力も上がっているのである。

 

「地味にヤバくね……?」

 

スキルが見事に噛み合って凶悪なスキルに化けた事にコーヒーは少し戦慄したが、この程度なら可愛いものだろうと勝手に結論を出す。

そんな感じで報告も兼ねてギルドホームに赴くと、マイとユイ、カスミの三人はテイムした自身の相棒を紹介していたところだった。

 

「もうモンスターを仲間にしたのか」

「はい!ユイとお揃いです!」

「お姉ちゃんはツキミで私のはユキミです!」

「私のモンスターの名前はハクだ。四層にイベントフラグがあった」

 

マイとユイは自分達と同じ色の毛の子熊を、カスミは白蛇を自身の相棒にしたようだ。ちなみにメイプルはまだ来ていないのでこの場にはいない。

 

「CFの方はどう?何か有益な情報はあったかしら?」

「情報というか……新しいスキルを手に入れてしまったな」

「「「「「「「「え?」」」」」」」」

 

コーヒーの報告にサリーはもちろん、他のギルドメンバーも抜けた声を洩らす。

 

「そうなんだー。ちなみにー、どんなスキルー?」

「一言で言い表すなら……匣、だな」

 

まったくブレないミキの質問に、コーヒーは匣と答える。実際に匣なのは間違いないが。

 

「いやいや。何でモンスターを仲間にするのが目的の層で、モンスターとは無関係そうなスキルを手に入れるのよ」

 

サリーの最もな指摘に、ミキ以外がウンウンと頷く。

コーヒー自身も狙ったわけではなく、本当に偶然そうなってしまっただけなのだ。

コーヒーは取り敢えず、スキルを手に入れた経緯をみんなに話そうとする。そのタイミングで我らがギルドマスター、メイプルが扉を開けて中へと入ってくる。

 

「あ!マイとユイ、カスミはもう仲間を見つけたんだ!かわいいーっ!!」

 

メイプルは三人のテイムモンスターに気付いてすぐ、目を輝かせて愛でていく。

メイプルが三人のテイムモンスターを愛で終えたタイミングで、サリーは先程の話へと戻す。

 

「それでCF。どうやって新しいスキルを手に入れたのよ?」

「え?コーヒー君も新しいスキルを手に入れたの?」

 

メイプルのその言葉に、ミキ以外は瞬時に察した。メイプルがまたおかしなスキルを手に入れたということを。

 

「えっと……メイプル?今度はどんなスキルを手に入れたの?」

「言いにくいんだけど……触手が出せるようになったよ!」

「そっかぁ……メイプルは触手かぁ……」

 

またしてもメイプルがド肝を抜くスキルを得たことに、ミキと極振り三人衆以外は遠い目となるのであった。

 

 

 




「そういえば、海エリアにはたくさんの人達がいたよ」
「ああー……」
「間違いなく第四回イベントが原因ね……」
「あれは本当に凄かったからな」
「んー?」

全員から一斉に視線を向けられ、首を傾げるミキの図。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

凶悪触手と防御不可光線

てな訳でどうぞ。


コーヒーとメイプルの新しいスキルを確認する為、まずは劇薬に等しいメイプルから先に見ようという事になった。

訓練場に移動した一同は、メイプルのスキルの発動を待つ。

 

「よーし、海域に潜みし海の怪物 その黒き触手を以て住処へと引き摺り込まん―――【水底の誘い】!」

 

メイプルが【口上強化】込みで新スキルを発動させると、大盾を持つ腕が、くねくねと絡んでは伸びる何本もの大きな青黒い触手に変化した。同時に左目の白目部分は黒く、黒目部分は黄色に染まっている。

 

「「「「「「「「「…………」」」」」」」」」

 

触手を出せると言っていたから、てっきり【捕食者】のように自身の隣から出てくるのだろうと予想していたが、自身の腕が触手になるという予想外な光景にコーヒー達は言葉を失う。極振り三人衆でさえ、五本に分かれたり収束したりする禍々しい触手を前に言葉を失っている。

 

「おおー、磯巾着みたいな触手だねー」

 

そんな中、ミキだけは本当にいつも通りの反応でメイプルの触手を磯巾着と表現する。【捕食者】の時といい【暴虐】の時といい、どうしてあっさりと受け入れられるのか本当に疑問である。

 

「えっと……何で腕が触手になるの?後、何で大盾が消えるのかな?」

 

サリーの困惑混じりの真っ当な疑問に、メイプルは律儀に答えていく。

話を要約すると、メイプルは仲間にできるモンスターを探す為に海が広がるエリアを捜索していた際に巨大なタコがいるダンジョンに拐われ、そのタコを倒したらスキルをゲットできたとのこと。

 

大盾が消える方は困ったように言い淀んでいたので、サリーとコーヒーは【スキルスロット】に付与した結果だと察する。おそらく【水底の誘い】はMP消費スキルであった為、VIT極振りのメイプルのMPでは全然足りなかったのだろう。そこで【悪食】しか付与しておらず、【スキルスロット】の恩恵である五回のMPゼロが全く活かされていなかった《闇夜ノ写シ》に付与したのだろう。

そこでコーヒーは、ある事に気付く。

 

「なあ、メイプル。まさかその触手にはあの大盾のスキルが……」

「う、うん。触手で掴んだお魚さんが急に消えちゃったから、たぶん……」

 

メイプルのその発言で、禍々しい触手が凶悪な触手であると一同は察した。

【悪食】は回数制限があるとはいえ、十分に凶悪なスキルだったのだ。幸い大盾だから範囲が狭かったのが、触手形態を得たことでその範囲が広がってしまったのだ。

しかも触手本来の能力は拘束、または攻撃した対象に麻痺を与えるものだ。それが【悪食】と見た目のインパクトによって完全な初見殺しの凶悪触手へと変貌してしまったのである。

 

「久々に人の域を離脱したな」

「そうね。触手に一度でも捕まると、問答無用で食べられちゃうからね」

「知らないままフィールドで会っていたら、間違いなく刀を抜いていたな」

 

本当に予想の斜め上の進化を常に行くメイプルに、大人組は悟りを覚えたような表情で呟く。メイプルを慕っている三人ですら苦笑いする始末なのだから、今回の件は相当である。

正直、中途半端な変身なので何時もよりインパクトがある。

 

「ま、まあ、メイプルは何時も通りということで。CFも新しいスキルを見せてちょうだい」

「あ、ああ。【遺跡の匣】」

 

サリーの言葉にコーヒーは少し困惑しながらも頷き、スキルを発動させる。

コーヒーの隣に出現した匣を見て、大人組はもちろん、サリー達も安堵したような表情となる。もちろん約二名は数に入っていない。

 

「確かに匣だな。ちなみに効果は?」

「追加攻撃。威力はスキルが噛み合って大差なかった」

 

コーヒーはカスミの質問にそう返し、スキルを手に入れた経緯を説明していく。

 

「砂漠エリアにそのような地下空間が……」

「てかそれ、普通に考えてトラップエリアでしょ。いや、スキルが手に入る辺り、イベントフラグを立てないといけない場所かも」

 

サリーのその言葉に、コーヒーは言われてみれば確かにと思う。

落とし穴からの包囲からの集中砲火。普通に考えれば死に戻り案件だ。それを回避スキルと広範囲攻撃、威力と範囲がおかしい爆弾という普通ではあり得ない方法で突破してしまったのだ。

 

「ダメージを受ける受けないに関わらず、貫通する攻撃かぁ……盾で防げるかな?」

「【クラスタービット】をダメージ0で貫通したからな……だからクロム、実験台よろしく」

「俺が受けるのかよ。いや、別に構わないんだが」

 

【遺跡の匣】の的に指名されたクロムは呆れつつもすんなりと了承する。メイプルは痛いのが嫌だと知っているので論外だ。

そんな訳でスキルの実験台となったクロムに矢を放つ。クロムが構える大盾に向かって放たれた矢は普通に大盾に弾かれるも、匣からの追加攻撃である光線はすり抜けるように大盾とクロムの身体を貫通した。

 

「どうだ?」

「光線に貫かれたとこが地味に痛いな。物理的な防御の無視とか普通に凶悪だぞ」

 

光線を受けた上でのクロムの感想に、サリー達が大きく頷く。何せ障害に関わらず攻撃を通せるのだ。下手したらタンクの役割を無意味にしてしまう。

しかもコーヒーの持つ【無防の撃】によって常にVIT無視の貫通攻撃なのだ。完全防御不可の追加攻撃へと変貌している為、メイプルとは別の意味で凶悪な攻撃である。

 

「しかもそのスキル、レベルまであるのよね?成長次第ではもっと凶悪になりそうね」

「ある意味メイプルキラーなスキルね。常時貫通は想定外だったでしょうけど」

 

サリーの指摘にコーヒーは顔を逸らして誤魔化す。否定できない故に。

取り敢えず、既存のスキルと新スキルを組み合わせて予想以上の効果を発揮するのはゲームの醍醐味だと、一部を除く面々はそれで切り上げるのであった。

 

「あ、そうだ。イズさんに少しお願いが……」

 

メイプルは思い出したように自身のインベントリを操作すると、黒い靄を出す、吸盤付きの禍々しい触手を幾つか取り出した。

 

「……その触手は?」

「例のタコさんの触手。美味しかったから、イズさんに調理してもらおうと」

「……そう」

 

如何にも体に悪そうな見た目と雰囲気の触手を食べる気満々のメイプルに、イズは死んだような表情で返すことしかできなかった。

 

「タコだからたこ焼や酢ダコだねー。ボクが調理するからー、一緒に食べてもいいかなー?」

「もちろんいいよ!」

 

その後、メイプルが持ち帰った触手はミキによってたこ焼に酢ダコ、タコの唐揚げとなり、メイプルとミキの二人で美味しく食べられるのであった。

 

 

――――――

 

 

メイプル触手事件から数日、まだモンスターを仲間にしていない四人はギルドホームにいた。

 

「僕は二人と違って皆の穴を埋める役割が多いからね。一点特化よりは器用な子がいいかな」

 

そう口にするのは【楓の木】の少ない純魔法使いであるカナデだ。

魔法を多用する意味ではコーヒーとシアンも該当するが、コーヒーは雷属性の攻撃魔法に特化しており、本職はクロスボウによる射撃だ。シアンは極振りで高出力の魔法を放つが、カナデのように引き出しが多いわけではない。

どっちの魔法も攻撃面に偏っているのに加え、カナデ自身がかなり器用なのだ。そんなカナデの要望に応えられるモンスターとなれば、レアモンスターでなければ満たせないだろう。

 

「俺の方は回復力が高いと噛み合うな。コーヒーが見つけたモンスターも強そうだが、今のスタイルには合いそうな気がしないな」

 

クロムはコーヒーが渡したモンスターの写真を見ながら、自身の求めるモンスターの性能を語る。

クロムはスキルによる回復と耐え効果で粘るタンクとなっている。回復役ならシアンが十分に果たしてくれるが、基本は極振り戦車の主砲だ。それに毎回同じメンバーで組めるとも限らない。

なので、自前の回復力がさらに高まれば臨時戦車の装甲の役割を果たせ易くなると考えたのだ。

 

「私は生産職向けのモンスター探しかしら。きっと戦闘系とはまた別のモンスターがいると思うのよね」

 

イズは仲間達の探索用アイテムの生産を引き受けていたので、モンスター探しはこれからである。ただ、方向自体はとっくに決まっているので、情報収集や探索の時間は周りと比べて短くなるだろう。

 

「えっと、この漢字の読み方は……『黎明(れいめい)』という読み方で……」

 

シアンの方は妖精型モンスターから渡された書面の内容を、意外にもあった漢字辞典とにらめっこしながら解読している。INTが高くないと読めない書面なので、もしかしたらシアン自身の望む性能のモンスターである可能性が高い為、イズ同様に引きこもり気味となっている。

早い話、四人ともがそれぞれの強みを活かせるモンスターと巡り会いたいのである。

 

とはいえ、望みに適合するモンスターなどそれぞれ数種類ずついればいい方だ。さらに言えば、【楓の木】がイベントで張り合うのは、ゲーム内の最強ギルドである【集う聖剣】や【炎帝ノ国】だ。ギルドマスターはもちろん、ギルドの主力メンバーも相応のモンスターを仲間にしているであろう事は容易に想像できる。

その為、対抗できるポテンシャルを有している事も視野に入れている為、仲間選びは慎重になるのも当然の既決であった。

 

「やっと読み終えたましたー!」

 

そんな中、シアンはようやく書面の内容を解読し終えたのか書面を両手で頭上に掲げて報告する。

 

「やっと全部読み終えたのね。内容はどうだったかしら?」

「はい。内容は妖精さんに関わる石碑が置かれている場所を示していました。その石碑も順番に訪れないと駄目だそうです」

「石碑か……それらしき情報は上がってないから、隠されているのかもしれないな」

 

イズの質問に対するシアンの返答に、クロムは推測を交えながらそう呟く。

オブジェクトなら相応の大きさとなる筈であり、見つかっていればとっくに上がっている筈だからだ。

 

「ちなみに場所は?」

「場所は火山に雪山、峡谷に砂漠、海の孤島に森ですね。順番は口にした通りです」

 

シアンはそう言って、七層のマップを表示してその石碑がある箇所にマークを付けていく。

 

「全部で六ヵ所か……場所も遠いから苦労しそうだね」

「はい。ですが、此処まで来ましたから、最後まで頑張ります!」

 

カナデの言葉にシアンは力強く返す。今日まで漢字辞典とにらめっこの日々だったのだ。ようやく進められる事で気合いが十分なのだ。

 

「できれば手伝ってやりたいが……俺は今こなしているクエストがあるからな」

「僕もそろそろ探さないといけないからね」

「私も町に出て情報を集めないといけないから、ごめんね」

 

三人は申し訳なさそうにしているが、そもそも求めているものが三人とも違うのだ。それにイベントまでの日数と相棒のレベル上げも考えれば、この三人には他の人を手伝う余裕はないのである。

 

「いえいえ!そのお気遣いだけでも十分です!」

 

シアンもそれが分かっている為、大丈夫だと手を振ってアピールする。

そんなわけで、シアンは一人で町の外に出て最初の目的地である火山エリアへと足を運んでいく。

ウサミミモードでシアンはフィールドを駆ける中、見知ったプレイヤーとばったり出会す。

 

「あ、カミュラさん!」

「ん?お前は……【楓の木】の魔法使いか」

 

シアンの呼び掛けに【炎帝ノ国】所属の大盾使いであるカミュラは気付いたように顔をシアンへと向ける。

 

「カミュラさんはこれから探索ですか?」

「ああ。今日は相棒のルルを鍛える為に適当なエリアに赴くつもりだ。お前の方は?」

 

おそらくゴーレムに分類されるであろう、ルルと呼ばれた赤色の丸い球体を隣に従えているカミュラの質問に、シアンはこれから火山エリアへと向かう事を伝える。それを聞いたカミュラは少し考え込んだ後、徐に口を開いた。

 

「お前さえ良ければ、そこまで同行してやろうか?」

「え?いいんですか!?」

「ああ。この程度なら大して問題にならないだろうしな」

「それならお願いします!」

 

下心が見え隠れしている気がしないカミュラの申し出を、シアンは快く了承する。そんな純粋な姿がカミュラの良心に突き刺さったのは本人だけの秘密である。

そんな臨時で組んだシアンとカミュラは火山エリアを目指して進んでいく。

 

「【挑発】」

「飲み込め、【シャドウボール】!」

「ルル、【コピーマジック】」

 

当然、道中はモンスターに襲いかかられるも、カミュラがヘイトを向けている間にシアンは闇の球体であっさりモンスターを呑み込むように倒し、カミュラもルルにスキル使用の指示を出し、シアンと同じ魔法を放たせて倒してしまう。

 

「カミュラさんの相棒は真似が上手なんですね」

「ああ。かなりトリッキーな相棒だが、とても気に入っている」

 

どこか笑っているようにも見えるカミュラの返しに、シアンも早く自分の相棒を見つけようと気持ちを新たにする。

そうしてカミュラに護衛してもらいながらシアンは目的地である火山エリアへと到着する。

 

「ここが目的の場所か?石碑らしきものは建っているようには見えないが……」

「紙には“燃え盛り、煮え滾る、二重となりし溶岩の河の中に道はある”と書かれてましたが……」

「二重となりし溶岩の河……あれのことか?」

 

カミュラがそう言って指差す先には、丁度枝分かれして二つに別れている大きな溶岩の河がある。あれがシアンの持つ紙に書かれた“二重となりし溶岩の河”の可能性が高い。

 

「しかし、溶岩の河の中となると道はあの溶岩の河の中に……」

「輝け、【フォトン】!」

 

カミュラが思案する横で、シアンは迷わず光球をその溶岩に向けて発射。威力がおかしい光球は溶岩の河を吹き飛ばし、溶岩の中に隠れていた地下通路を露にする。周りの地面も衝撃で抉れたように盛り上がっており、溶岩の流れを塞き止めている。

 

「カミュラさん!溶岩の中に道がありましたよ!」

「……ああ、そうだな」

 

魔法使いらしくない脳筋とも取れるシアンの笑顔の報告に、カミュラは特に指摘することなく言葉を返す。

カミュラは紳士。女性プレイヤーに対しては優しいのである。非リア充は哀しみを共にする同胞。逆にリア充は不倶戴天、極悪非道の敵である。

そんな感じで二人は地下通路を降りていき、少し広い部屋へと辿り着く。部屋の中央には年季が入っていそうな見た目の石碑が鎮座していた。

 

「これが例の石碑か?記号らしきものがびっしりと刻まれているが」

「私には全部、漢字と平仮名で読めますけどね」

 

やはりINTが高くないと奇妙な文字となっている仕様の石碑の前で、INT極振りのシアンは祈るようにその場に屈んで手を組む。

すると、石碑は少し振動したかと思うと、まるで承認したかのように文字を光らせた。

 

「これで終わりか?」

「はい。これを順番通りにこなせば、クリアとなるようです」

 

意外とハードルが高そうな石碑巡りであるが、まだ見ぬ相棒に出会う為にシアンは奔走するのであった。

 

 

 




『ちなみにコーヒーは攻撃する匣を手に入れたぞ』
『匣?』
『攻撃する匣って……』
『どんな攻撃をするんだ?』
『光線。それも盾をすり抜ける』
『大盾使い終了のお知らせ』
『メイプルちゃんにも痛手な匣の存在』
『でもメイプルちゃんならいずれ何とかしそう』
『だよな』
『メイプルちゃんは常に予想外な方向に進化するからな。今回の触手みたいに』

一部スレ抜擢。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

鏡の装備と氷の相棒

てな訳でどうぞ。


シアンが石碑巡りをしている頃、カナデは相棒となるモンスターを手に入れて悪戯を思いついたような笑みを浮かべていた。

 

「フフ、これでもっと面白い攻撃ができるようになったよ」

 

カナデがクスクス笑うと、対面にいるカナデと全く同じ姿をした人物が悪戯っぽい笑みを浮かべる。

このもう一人のカナデと呼べる人物こそが、カナデがテイムした【ミラースライム】という透明なスライム型のモンスターだ。

 

スライム―――ソウには【擬態】というスキルがあり、擬態するとスキルの威力は半分となるが、擬態した人物と同じスキルが使えるようになるという、カナデが求めていた性能を持つモンスターだ。

こうしてカナデの目的は果たせたわけだが、カナデは唐突に思い出したような表情となった。

 

「そういえば、鏡のような洞窟には鏡の欠片を宿した装備が隠されていると、町の図書館の本に書かれていたね」

 

カナデはそう呟くと、改めて鏡のような結晶だらけの空間を見渡す。

カナデは【魔導書庫】に保存しているスキル【夢の鏡】関連のスキルが通常でも取得可能かどうか、町の図書館で調べていた時期がある。【夢の鏡】は使い勝手が本当に良く、数々の便利なスキルが内包されていたので取得できれば常に面白いことが出来ると思ったからである。

 

これまでは存在そのものは臭わせても具体的な場所や入手方法はなく空振りで終わっていた。だが、第七層が実装されてからの図書館の本の一つに、【夢の鏡】に関わっていそうな本を見つけたのだ。

その本の内容は、不思議な力を持った一枚の鏡は粉々に砕けて無数の欠片となり、その欠片を使って作られた作品の一つが鏡のような洞窟の秘密の場所に眠っていると。

 

「本当はCFが手に入れた【幻想鏡の欠片】か【夢の鏡】そのものが良かったけど……そこは仕方ないかな」

 

記憶力がずば抜けているカナデは、第四回イベント以降出ていない【夢の鏡】に内包されているスキルの名称は全部覚えている。【夢の鏡】には【魔導書庫】に保存された魔法だけでなく、【夢幻鏡】のような技能系スキルに【ミラートリガー】のような自動発動する装備に対しての専用スキルも内包されていたのだ。

 

「ま、どっちにせよこの洞窟を調べてみないとね。最短ルートで来ちゃったから、行ってない場所もあるからね」

 

カナデはソウを指輪に戻すと、ミラーハウスのような洞窟の探索を改めて行う。

常人であれば迷子になる洞窟であるが、その記憶力で洞窟の内部を大分把握していたカナデはあっさりと怪しい場所へと辿り着く。

 

「この水晶、何も写そうとしてないね。行き止まりと周りの水晶が合わさって、普通じゃ見落としてしまうね」

 

一見行き止まりのように見える通路の右側にある壁に埋まっているような水晶。この水晶はカナデが口にした通り、透き通るように光っているにも関わらず、何も写そうとしない。

 

「これは第七回イベントの第二層にあった鏡と同じだね」

 

カナデはその水晶の正体をあっさりと見抜き、魔導書を展開した状態でその水晶の表面に触れる。

途端、カナデは吸い込まれるようにその水晶へと沈んでいき、先程の洞窟とは異なる空間へと足を踏み入れた。

 

「これは……まるで立体迷路だね」

 

まるで異次元の中のような場所の光景を前にカナデは周りを見渡していく。

カナデが足を着けている場所は白い光の通路としか表現しようがない足場で、それは途中で三つに枝分かれしている。突き当たりには鏡のような水晶が鎮座している。

 

それだけなら少し変わった通路と片付けられるが、その枝分かれした通路が法則を無視したようにあちこちに存在しているのだ。

上下反転はもちろん、伸びるように存在しているものもある。正直、感覚が狂わされそうである。

 

「この通路から外に出られないよう、見えない壁が設置されてるみたいだね」

 

試しに光の通路の外に出ようとして失敗したカナデは、特にガッカリしたわけでもなく分析していく。

前回のイベントで見たエリア移動に、ショートカット対策。これはかなりの難易度だ。

 

「これは期待できそうかな?」

 

モンスターは見た限りいないとはいえ、高確率で迷子になる立体迷路を前にカナデはこの先で手に入るであろう装備に期待を寄せていく。

そんな期待を胸にカナデは立体迷路を進んでいく。目印らしい目印もないので、カナデは些細な違いも見逃さないように注視しながら進んで行く。

 

「この通路は……さっき通ったね」

 

周りの景色を記憶しながら進んだことで、カナデは迷子にならずに進んでいく。途中で休憩を挟みつつも、カナデは立体迷路の終点に到着した。

 

「さて、中には何が入っているかな?」

 

カナデは内心でワクワクしながら、終点に置かれていた宝箱を開ける。宝箱の中には、軽く光を反射する紫色のデッキケースが入っていた。

 

 

============

《夢鏡のデッキケース》

【MP+3】

【ミラーカード】【破壊不可】

============

 

============

【ミラーカード】

魔法、もしくはスキルを発動すると、一部のスキルを除いて50%の確率で《カード》として保存され、ストックされる。

使用されると使用した《カード》は消費される。また、このスキルで発動した魔法並びにスキルは保存の対象外である。

============

 

 

「フフ、僕の引きの良さはここでも発揮されたね」

 

おそらく一つしか手に入らないであろう【夢の鏡】関連の装備のスキルに、カナデは満足そうに笑みを浮かべる。

今回手に入れた《夢鏡のデッキケース》の装備枠は装飾枠ではなく補助枠。装備枠を圧迫せずに僅かなMP補正を得られるオマケ付き。

カナデは早速《夢鏡のデッキケース》を装備すると、検証の為に魔法を放つ。

 

「【ファイアボール】」

 

初級魔法の火球が放たれてすぐ、紫の光を放つカードが現れて腰にあるデッキケースへと吸い込まれていく。

カナデはその仕舞われたカードを取り出すと、目の前に突き付けるように構える。

 

「【ファイアボール】」

 

先程使った魔法名を唱えると、カードから解放されるように再び火球が放たれる。役目を終えたカードはそのまま光となって消える。

 

「MPは【魔導書庫】の魔導書と同じく消費されてないね」

 

魔導書のカード版のようなスキルに、カナデは続けて【魔導書庫】による保存を行う。

【ファイアボール】と【ウォーターボール】、【ウィンドカッター】に【ヒール】を選択すると、二枚のカードが生成されてカードデッキへと仕舞われる。

 

「ストックされたのは【ウォーターボール】と【ヒール】の二つだけかあ。確率だから安定しないけどすぐに作られるから、本来は戦闘中に使うものかな?」

 

それからカナデは魔導書が出来上がるまで時間を潰し、魔導書を完成させる。四冊の魔導書が出来上がるも、カードは新しく作られる気配はない。

 

「うーん、やっぱり【魔導書庫】は一部のスキルに含まれているみたいだね。この分だと自動発動するスキルもカードには出来そうにないね」

 

第四回イベント時、魔導書を作成していた時にしか発動していなかった事を覚えていたカナデは、特に残念がることなく肩を竦める。

【夢の鏡】を引き当てていた時はイベントの最中と有用な魔法の保存を優先していた為、詳しいスキルの検証は行っていなかったのだ。その為、スキルの名前と存在は知れど一日限定だった事もあり、内容の詳細までは把握していないのが現状だった。

だからこそ、カナデは当時では思い浮かばなかった事が思い浮かぶ。

 

「そういえば技能系のスキルはどうなるのかな?【超加速】」

 

カナデは今日の【神界書庫】で引き当てた【超加速】を発動させると、カードが生成される。そのカードは今までのカード同様にカードデッキへと仕舞われる。

 

「おお。このスキルは技能系のスキルも保存できるんだね。これは本当に便利だよ」

 

テイムモンスターとカードデッキ、この二つで出来ることがさらに増えたことにカナデは本当に面白そうに笑みを浮かべるのであった。

 

 

――――――

 

 

コーヒーは現在、密林エリアで狩りを行っていた。

 

「ブリッツ【冊雷】【散雷弾】」

 

コーヒーはブリッツに指示を出しながらクロスボウの射撃と匣の光線でゴリラ型のモンスターのHPを削り、ブリッツから放たれた冊のように展開されて迫る雷撃と散弾のような雷球でゴリラはトドメを刺される。

ゴリラが消えた事を確認したコーヒーは自身のメニュー画面を開き、【遺跡の匣】のレベルを確認した。

 

「お、熟練度が貯まって二になったな。解禁されたのは……」

 

コーヒーは周囲を警戒しながら【遺跡の匣】の詳細を確認していく。

 

「攻撃モーションはクリティカルが入りやすい近距離斬撃……追加された効果は低確率の防御貫通と光属性付与の二つ、か」

 

今回解禁されたモーションと効果にコーヒーは微妙な表情となる。

斬撃は確かに光線に負けない性能ではあるが、遠距離攻撃が主体のコーヒーでは満足に活かしきる事ができない。

追加効果の方は最大で五つまでセットできるが、常時貫通スキル持ちのコーヒーには確率の貫通攻撃は無意味なので役立ちそうなのは属性付与の方だけだ。

コーヒーは設定の為にスキルを一旦解除して属性付与の効果をセットする。

 

「【遺跡の匣】」

 

コーヒーは【口上強化】を行わずに【遺跡の匣】を発動させる。【口上強化】すれば威力は上がるが、今回はスキルの熟練度上げがメインなので上昇を控えているのである。

 

「効果が追加されると見た目が変わるのか?ちょっと面白いな」

 

今までの黄土色から綺麗な白になった匣に、コーヒーは少しワクワクしてしまう。コーヒーも厨二扱いされるのは嫌とはいえ男の子。こういったカスタム要素には少なからず興奮してしまうのである。

 

「ブリッツ【砂金外装】」

 

コーヒーはブリッツを大きくさせると、その背中へと跨がる。そのまま探索を続けていると、顔見知りの人物に出会う。

 

「お、テンジア。しばらくぶりだな」

「CFか。五層の時以来だから、確かにしばらくぶりだな。一念万年(いちねんばんねん)ではあるが」

 

【炎帝ノ国】の双剣士であるテンジアはコーヒーの挨拶に幾ばくか同意するように言葉を返す。そして、コーヒーの隣に浮く白い匣に目を向ける。

 

「……どうやら新しい装備かスキルを手に入れたみたいだな。さしずめ、試行錯誤(しこうさくご)事上磨錬(じじょうまれん)、もしくは自己研鑽(じこけんさん)していたか?」

「ま、大体当たってるよ」

 

四字熟語を交えての質問に、コーヒーは肩を竦めながら返す。次のイベントもあるから積極的に話すつもりはないので、テンジアもその辺りは理解しているので深くは追求しない。

 

「そっちは相棒のモンスター探しをしている途中か?」

「いや。既に唯一無二の相棒を得ている」

 

テンジアはそう言って自身の指にある《絆の架け橋》を見せる。《信頼の指輪》も指に嵌められていたが、コーヒーは敢えて無視した。

 

「そうか。それじゃここのまま別れた方がいいか」

「いや。そこまで気にする必要はない。互いに益もあるし、切磋琢磨(せっさたくま)するのも悪くないだろう」

 

テンジアのその言葉にコーヒーは確かにといった表情をする。

テンジアと一緒にレベリングすれば【遺跡の匣】の情報が【炎帝ノ国】に知られる事になるが、こちらはテンジアのテイムモンスターを知ることができる。

 

「じゃ、お言葉に甘えさせてもらうか」

 

そんな打算込みでコーヒーはテンジアの提案を受け入れる。

 

「では……【覚醒】」

 

コーヒーが了承してすぐ、テンジアは自身の相棒を呼び出す。光が収まると、全身が氷で覆われた蝙蝠(こうもり)がテンジアの隣に現れた。

 

「ソイツがお前の相棒なのか。なんと言うか、ピッタリだな」

感恩戴徳(かんおんたいとく)。その言葉は素直に受け取っておこう」

 

コーヒーの誉め言葉をテンジアは素直に受け取ると、自身が先頭となって密林の中を進んでいく。

周りを警戒しながら進んでいくと、近くの茂みがガサガサと揺れると同時に数匹のムカデが飛び出して来た。

 

「リーズ【氷依一体】!」

 

リーズと呼ばれた蝙蝠はテンジアの背中に止まると、まるで同化するようにテンジアの上半身を氷で覆っていく。同時に両手に持つ二振りの長剣も冷気を帯びていく。

 

「リーズ【夜凍(やとう)の風】!凍てつく冷刃―――【砕氷刃】!」

 

テンジアが一層冷気を増した長剣を十字に振るうと、十字の斬撃を受けたムカデ達はその身体を一瞬で凍らせる。

 

「穿て、【サンダージャベリン】!ブリッツ【電磁砲】!」

 

コーヒーも続くように雷の槍を放ち、指示を受けたブリッツも雷の砲撃を放ってムカデ達のHPを削る。そして、コーヒーの追加攻撃で匣から青白い光線が雷槍を受けたムカデに向かって放たれ、射線上にいる別のムカデのHPも削っていく。

 

「リーズ【雹音波(ひょうおんぱ)】!千変万化の氷の草花 氷点に座して咲き乱れん―――【百花氷乱】!!」

 

胸の中央から発せられた音波と、地面に突き立てられた剣から広がるように放たれた無数の氷の棘によってムカデ達はHPを全損させて光となって消える。

戦闘が終わると、コーヒーは素材を回収しながらテンジアに話し掛けた。

 

「テンジアのモンスターは自己強化するタイプなのか」

「ああ。CFのソレも、自身の攻撃に合わせて追撃を放つようだな」

 

しばらく見ない間に相応のレベルアップを果たしていることに、二人は共に笑みを浮かべる。

 

「もし次のイベントがPvPであれば、捲土重来の精神で挑ませてもらうとしよう」

「お前と戦うより先に、あの大盾使いが挑んできそうだけどな」

「ハハ、確かにな。カミュラのあれは正に一心不乱だからな」

 

コーヒーとテンジアはその後も共にモンスターを狩り続け、キリがいいところで別れるのであった。

 

 

 




『モンスター探しを女性プレイヤーと一緒にしたい』
『わかる』
『同じく』
『そういえば、非リア充の大盾使いらしきプレイヤーが小さな女の子と一緒だったような……』
『裏切り者は極刑』
『火炙り』
『ギロチン』
『脈無しだったぞ』
『関係ない』
『裏切り者の同志に嘆きの鉄槌を』

スレ一部抜擢。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

妖精と幽霊

てな訳でどうぞ。


最初の石碑から数日。シアンは森の中にある最後の石碑の前にいた。

 

「これで最後ですね……」

 

ようやく終わりが見えてきた事に、シアンは内心でドキドキしながら今までと同じように石碑の前で祈りを捧げる。

石碑は他の五ヵ所同様に光を放たれると、シアンの目の前に一冊の薄い本が現れる。シアンがそれを手にすると同時にクエストが発生する。

 

============

御伽噺(おとぎばなし)の妖精】

クエストクリア条件。【妖精の物語】を発音して読み終える。

============

 

「これがクエスト?条件だけ見ればすごく簡単そうだけど……」

 

シアンはクエストの内容に首を傾げながらもクエストを受ける。すると、シアンの持っていた本が独りでに開かれる。

 

「全部普通に読めますが……これもINTが高くないと読めないものなのでしょうか……?“昔々、あるところに―――」

 

童話のような内容の文面にシアンは首を傾げながらも、内容を口に出しながら本を読んでいく。

シアンの予想通り、この本も高いINTがないと内容が分からない仕様になっている。しかし、INT極振りのステータスに加え、【大物喰らい(ジャイアントキリング)】と【大賢者】の倍加スキルによってクリア要求のINTを余裕で越えてしまったのである。

 

「―――こうして、妖精は大切なお友達と幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし。”」

 

難しい漢字もなく、三分程でシアンは本を読み終えると本は光を放ち始めて形を変えていく。光が収まると、シアンの手には《絆の架け橋》が乗っていた。

 

「モンスターさんが見えません……」

 

近くにモンスターがいないことに少し悄気つつも、シアンは《絆の架け橋》を装備する。すると、シアンがあの時出会った妖精がシアンの周りを飛ぶように現れた。

 

「あ!あの時の妖精さん!あなたが私の仲間になってくれるんですか!?」

 

シアンの興奮気味の問い掛けに、小さな妖精はニッコリと笑みを浮かべる。それは肯定の笑顔と分かり、シアンの顔が綻んでいく。

 

「そうだ。名前もちゃんと決めないと。何がいいかな?」

 

ここがフィールドであることも忘れ、シアンはニコニコしながら相棒となった妖精の名前を考えるのであった。

 

 

――――――

 

 

この日、【楓の木】のメンバー全員がギルドホームに集合していた。

 

「お。シアンちゃんとカナデも仲間を見つけたのか」

 

一番最後に来たクロムの視線の先には、透明なスライムをグニグニと弄り、蝶のような羽を生やした小さな妖精を追いかけているギルドメンバーの姿があった。

 

「うん。街中じゃスキルは使えないけど、ソウは本当に面白いんだよ」

「私のモルフォも、本当に可愛いんですよ!」

 

クロムにそう伝えるカナデとシアンの後ろでは、スライムのソウはメイプルとミキに触られ、妖精のモルフォはマイとユイとおいかけっこをしている。

 

「本当に賑やかになってきたな」

「そういうクロムも《絆の架け橋》を装備してるだろ?どんなモンスターを仲間にしたんだ?」

 

サリーとカスミと会話していたコーヒーがクロムの指にある指輪を見てそう指摘すると、クロムは何とも言えない表情でガシガシと頭を掻いた。

 

「確かに俺も仲間にしたんだが……サリー、先に言っておくぞ」

「え?な、何をですか……?」

 

前触れもなくクロムに声を掛けられたサリーは一瞬理解できなかったが、嫌な予感を感じてか身構えるようにして問いかける。

そして、その嫌な予感は的中することとなる。

 

「俺の相棒は、中身がない動く鎧だ」

 

クロムのその言葉でサリーは背中に電流が(はし)ったかのように硬直し、他の一同はクロムがどんなモンスターを仲間にしたのかを察して微妙な表情となる。

サリーは大のお化け嫌い。怖がれば戦力激減は待ったなしなのはクロムも良く理解している筈。その上で選んだのであれば、相応の理由があるとコーヒーは思った。

 

「そ、そうなんですか……もしかして、デュラハンのような見た目ですか……?」

 

明らかにビビっているサリーの様子に、クロムは正直に仲間にしたモンスターの見た目を伝える。

 

「いや。ヘルメットもあるし、青白い焔とかもないから本当に見た目は浮いているだけの鎧だ」

「そ、それなら大丈夫かな……?」

 

クロムが伝えた見た目から、ギリギリ許容できそうだと呟くサリー。そんなサリーの前で、クロムは仲間にしたモンスターを呼び出す。

 

「ネクロ、出てこい!」

 

クロムの言葉に応じるように出てきたモンスターは、確かに浮いているだけの鎧。怪しい光もなく、うっすらと見える体の輪郭もない。足も床に着いているので、本当に見た目は浮いているだけの鎧と盾と剣である。

 

「こいつがクロムの相棒か。共に戦う姿を想像すると、少しシュールだな」

「お前が想像してるのとはたぶん違うぞ。ネクロは俺と一つとなって戦う仲間だぞ」

 

コーヒーの感想に、クロムはネクロの能力を明かすようにして返す。

クロムの予想通り、コーヒーはクロムがネクロを守りながら戦う姿を想像していた。ネクロの大きさはクロムと本当に大差がなかったので、補助系とは思わなかったからだ。

 

「一つになるだと?それは憑依のようなものなのか?」

「どちらかと言うと融合だな。俺の装備を一際強く強化してくれるんだ。それに合わせて装備の見た目も若干厳つくなるしな」

 

カスミの疑問に対するクロムの返答に、コーヒーはテンジアのリーズと似たタイプなのかと納得する。

確かにそれならサリーも怖がらずに済むかもしれない。見た目は鎧だから防御系統のスキルを覚える可能性も高い為、クロムはネクロを仲間にしたのであろう。

その肝心のサリーはと言うと……

 

「あれは鎧。あれは鎧。あれは鎧。あれは鎧。あれは鎧……」

 

ネクロを姿を見てすぐに俯き、念仏のようにぶつぶつと自己暗示を繰り返していた。

 

「サリー、大丈夫か?」

「……よし!これで大丈夫―――」

 

コーヒーの質問に答えず、サリーは若干震える脚で大丈夫と告げるも、ネクロが音を立てて動いたことで若干ビクッ!と硬直させる。

 

「……本当に大丈夫なのか?」

「う、うん……あれなら頑張れば大丈夫だから……たぶん」

 

ネクロから僅かに目を逸らしながら、サリーはコーヒーにそう答える。

サクヤがゴースト系のモンスター、(なき)を仲間にしていた時点で現実逃避ができなくなっており、サリーはこれ以上()()()系のモンスターが増えないことを祈るようになっていた。

もしフレデリカもサクヤと似たモンスターを仲間にしていたとしたら……イズから貰ったお祓いアイテムである塩を蒔きまくって塩デリカにしようと変な思考に陥るサリーであった。

 

 

――――――

 

 

イズも生産職向けのクエストで、フェイと名付けた精霊型のモンスターを仲間にしてから数日が経過した頃。

 

「【ワイルドハント】のレーザー砲まで後五百万……ドレイク号は十億だから本当に金を食うスキルだよ……」

 

【遺跡の匣】のレベル上げと換金アイテムの回収目的でダンジョンに潜っていたコーヒーは自身のスキルとにらめっこしていた。

【ワイルドハント】は本当に金食いスキルだが、コーヒーは幸い、ユニークシリーズのおかげで装備の整備が不要なので出費は抑えられている。

それでも総額で数千億レベルの資金要求は痛いが。

そのタイミングで、運営からイベント通知が届く。

 

『ガオー!みんな、今日も楽しくプレイしているドラ?そんなみんなに、今日は第八回イベントの内容を説明するドラ!』

 

NWOのマスコットキャラであるヘンテコドラゴンによるイベント内容の説明に、コーヒーはいつも通りと思いながら続きを閲覧していく。

 

『今回のイベントは予選と本選に分かれてるドラ。予選は生き残り時間とモンスターの討伐数でスコアの順位を競うドラよ。本選は順位ごとにエリアが指定されてるドラから、上位に行くほど難易度が高く、その分報酬も良くなるドラ。それと、予選は個人戦でプレイヤー同士でパーティーは組めないから、仲間のモンスターが一緒なら上位に入れる可能性が高くなるドラ!メインはモンスター退治だけど、プレイヤーを妨害するのももちろんアリドラ!それじゃ、イベント当日までみんな頑張るドラ!またね、ガオー!!』

 

「次のイベントはプレイヤー対エネミー……PvEの要素が強いのか。しかも個人戦だから、確かにテイムモンスターがいた方が有利になるな」

 

次のイベントがPvEがメインのイベントとなる事に、コーヒーは納得するように呟く。

ギルドメンバーで協力しあうこと自体は不可能ではないが、コーヒーやミィのような範囲攻撃では味方を巻き込みかねないし、サクヤのような範囲支援は無意味になってしまう。特にサクヤの演奏スキルは基本的に複数同時発動できないので、仲間がいなければ苦しいものとなる。

 

「そういえば、サクヤの相棒はお化けだったな。ホラーというよりマスコットの類だったけど」

 

コーヒーは思い出したようにそう呟く。

先日、メイプルが観光感覚でフィールドを探索していた際、ゴーストを仲間にしていたサクヤにばったり会ったそうだ。

サクヤの相棒―――亡は怖い幽霊ではなく可愛い幽霊だったので、メイプルはサクヤの許可を貰って亡に抱きついて頬擦りしたとのこと。本人曰く、マシュマロみたいな感触だったそうだ。

写真にも撮っていたので、亡の姿を見たサリー以外のギルドメンバーは可愛いとはしゃいでいた。

ちなみに―――

 

『本当に可愛いわね。まるでマスコットね』

『!そうだ、あれはマスコット。あれはマスコット。あれはマスコット。あれはマスコット。あれはマスコット……』

 

イズのマスコット発言で、サリーはネクロの時と同じように念仏の如くぶつぶつ呟いていたのは軽く引いたが。

 

「取り敢えず、次のイベントに向けてしっかりレベル上げしないとな」

 

コーヒーはメニュー画面を閉じると、接近していたゴブリン型のモンスターの群れと向き合う。

 

「廻るは雷刃 円舞を刻むは四天の(つるぎ) 巡り巡りて仇敵を斬り飛ばせ―――(ひらめ)け、【雷輪十字剣】!」

 

コーヒーは左手を掲げると、巨大な手裏剣のような雷の刃を作り上げる。その雷の刃―――【雷帝麒麟】の上位魔法【雷輪十字剣】をゴブリンの群れに向かって投げ込むように腕を振るうと、十字の雷刃は回転しながらゴブリンの群れへと目掛けて飛んでいく。

十字の雷刃はゴブリン達を斬り裂きながら突き進み、コーヒーの隣で浮いていた匣も追加攻撃の光線を放っていく。

 

「多段攻撃の魔法……匣もそれに合わせて光線を放つから、射程が短いのを除けば悪くないな」

 

投げ飛ばすというモーションがある以上、攻撃に移行するまで少し間があるが申し分のない範囲だ。

ゴブリン達をあっさりと片付けたコーヒーは落ちているアイテムを回収すると、ふと思い出したようにメニュー画面を操作する。

 

「そういえばミキから渡されたモンスターの引き寄せアイテム……まだ一度も使ってないな」

 

少し前に効率の良いレベリング方法をギルドメンバーに相談した際、ミキが例のクーラーボックスから缶の形をしたアイテムを渡したのだ。

 

『この缶詰めならー、モンスターが沢山寄って来るみたいだからー、丁度いいと思うよー?』

『みたいって……一度も試していないのかよ』

 

毎回便利だが癖が強いほど説明がアバウトになるアイテムを釣りで手に入れるミキには呆れるしかないが、便利であることには代わりないので物は試しと場所を変えて使うことにした。

 

「ここなら後ろは気にする必要はないし、迎え撃つだけでいいからな」

 

一本通路の行き止まりに場所を移したコーヒーは、早速その黄色い缶を放り投げる。地面に転がった黄色い缶からは同じ色の煙が立ち上り、すぐに溶けるように消えていく。

それから少しして、ゴブリンや蝙蝠(こうもり)蜥蜴(とかげ)(いのしし)といった多種多様なモンスターの群れが突撃してきた。

 

「ちょっ!?さすがに数が多すぎだろ!?(ほとばし)れ、蒼き雷霆(アームドブルー)!【結晶分身】!」

 

予想を軽く越えるモンスターの大群に、ステータスを強化したコーヒーは二丁クロスボウを乱雑に射って対処していく。

弾幕の如く放たれる矢と、それに合わせて匣から連続で放たれる光線。矢と光線に撃ち抜かれたモンスター達は次々と光に還っていくも、一ヵ所に集うように絶え間なく現れ続けていく。

 

「ブリッツ【冊雷】!(すさ)め、【レイジングボルト】!閃け、【雷輪十字剣】!!」

 

コーヒーは雷撃の冊と地面で迸るように荒れ狂う電撃で突撃してくるモンスター達の動きを封じつつ、十字の雷刃で斬り飛ばしながら矢を放つ。

それから約十五分もの間、コーヒーは文句の一つどころか一息つく間もなく戦い続ける羽目となるのであった。

一方、その頃……

 

「やっほー、サリーちゃん!ようやく見つけ―――」

「!!」

「ちょっ!?何でいきなり塩の塊を投げつけてくるの!?」

 

ギルドホームで計画を練っていたサリーは、ついに出会ってしまったフレデリカにお祓いアイテムの塩を持っている分だけ投げつけていた。

その後、小鳥型モンスターをテイムしていたと知ったサリーは、少し申し訳なさげに塩まみれとなったフレデリカに謝るのであった。

 

「ところで自分の相棒を見せちゃっていいの?イベントの通知も来てるんだし」

「だいじょーぶだいじょーぶ。その辺りの裁量は任せられて……ん?」

「?」

「ムキー!うっかデリカで手の内晒すってなにさ!サクヤちゃんは真っ先にサリーちゃんに相棒を御披露目したくせにー!!」

(うっかデリカ……本当に変な呼称を思いつくわね)

 

 

 




「ん~、イグニスの触り心地は本当にいいなぁ~。それにほんのりと暖かいし~」
「ピィ!ピィ!」

一人と一羽きりの個室で、だらしない表情で相棒に抱きついて頬擦りする炎帝様の図。

コンコンコン
「!」
ササッ!シュバ!
「ミィ、入るよ……」
ガチャ
「マルクスか。何か問題でも起きたか?」
「…………」

あまりの変わり身の早さに机の上で固まる相棒の図。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

息抜きは続かない

てな訳でどうぞ。


運営からイベント通知が届いてから時間が経ち、コーヒーは疲れた表情で帰路に着いていた。

 

「あの缶、モンスターを呼びすぎだろ……」

 

壁の如く迫って来ていたモンスターの大群を思い出し、コーヒーは深い溜め息を吐く。

【遺跡の匣】のすり抜け光線と二丁クロスボウ、ブリッツと十八番の雷魔法で何とか凌げたが、すっかり気力を削られてしまったのである。

 

「そのおかげで匣のレベルは上がったけど……素直に喜べねぇ」

 

コーヒーがそう呟く通り、あのモンスターの大群を【遺跡の匣】込みで倒し続けたおかげで、スキルレベルは三となったのだ。

追加された効果は火属性攻撃の変化。追加攻撃からの十秒間、被ダメージ10%減少のバフ。そして、三十秒毎にHPが1%回復するヒーリング機能である。攻撃モーションの追加は偶数のようであり、追加できる効果は奇数で三つ追加される仕様だったのだ。

コーヒーはさっそく今回得たバフと回復の効果を追加した。属性の方は一種類しか設定できなかった為、同系統の効果は重複できないことがこの時に判明した。

 

「あの缶はレベル上げには確かに使えたけど……使える人物と状況が限られてるだろ」

 

もしあれをフィールドで使っていたら、間違いなく全包囲されて袋叩きにあっていたであろう事が想像できる。あれを使って平然としていそうなのは……VIT極振りのメイプルと空から津波を起こせるジベェが仲間のミキくらいだろう。

そう考えていると、メイプルにサリー、ミキの三人にばったりと出会した。

 

「あ、コーヒー君!」

「CF。レベル上げの調子はどう?」

「ボチボチかな。ミキから貰ったあの缶で面倒な事になったけど」

「面倒なことー?」

 

缶を渡した張本人であるミキが首を傾げたので、コーヒーはあの缶を使った後の出来事を説明していく。

 

「モンスターホイホイ過ぎるでしょ、その缶……」

「たくさんモンスターを呼び寄せるんだ……可愛いモンスターがいっぱいいる場所で使ったら、可愛い子といっぱい遊べるかな?」

「そんなに呼び寄せたんだー。その缶詰めはまだあるからー、欲しかったら言ってねー」

 

その缶のモンスター引き寄せ効果に三人は三者三様の反応を示す。

 

「そういえば三人はこれからレベリングか?」

「ううん。今日はいろんな綺麗なところに行くのよ。メイプルの提案でね」

 

コーヒーの質問にサリーが代表して返す。コーヒーもだが、メイプル達も既にモンスターを仲間にしているので、他のメンバーのように相棒探しに奔走する必要がない。

加えて、テイムモンスター関連以外のクエスト情報も出回っていない為、目ぼしいクエストがないのが現状であった。

 

「ちなみに移動は?」

「ジベェでだよー。ジベェならー、シロップより早く移動できるからねー」

 

この七層では移動手段用で馬を手懐けることができるのだが、手懐けた馬はサリーが預けていた一頭だけであり三人も乗せられないので、一日一回限定の【暴虐】は勿体無く、や【念力(サイコキネシス)】による空飛ぶシロップでは遅いので、シロップより速く、【暴虐】のように回数制限のないジベェの移動が採用されたのである。

 

「そうだ!予定がないならコーヒー君も一緒にどうかな!?」

 

メイプルが思い付いたように今回の観光に誘い、コーヒーも息抜きと気分転換に丁度良かった為二つ返事で了承する。

こうして、先行テイマーパーティーで七層の観光を開始するのであった。

 

「馬なら一応、俺も手懐けてるが……」

「今から馬を呼ぶのもどうかと思うし、早く向かいましょ」

 

 

――――――

 

 

巨大化したジベェで目的の場所に到着した四人は、思い思いにのんびりしていた。

 

「兎さん、待ってー!」

 

メイプルは兎の群れを追いかけているが、AGI0の鈍足なので全然追いつけていない。それでもメイプルは可愛い兎とおいかけっこそのものを楽しんでいるので大丈夫だろう。

 

「ここでは何が釣れるかなー?」

 

ミキはいつも通り、川に釣糸を垂らして釣りに興じている。川に釣糸を垂らしているおかげか、不思議な安心感に包まれている。

 

「平和だな」

「そうね。こうしてゆっくりするのも悪くないからね」

 

透き通った川の底を泳ぎ回る魚。空を自由に飛ぶ鳥の群れ……コーヒーとサリーはゆったりした様子でそれらの景色を堪能していった。

 

「やっぱりフラグらしきものはないわね。純粋にモンスター探しをする場所かな?」

「みたいだな。ま、毎回変わったイベントがあるわけ―――」

 

のんびり景色を眺めていたサリーの感想にコーヒーがそう返そうとした瞬間、巨大な金色の魚が目の前に落ちてきた。

 

「「…………」」

 

目の前でピチピチと跳ねる金色の魚を前に、コーヒーとサリーは無言でそれを見つめる。そんな現実逃避気味となった二人の前に、この魚を釣り上げたであろう釣り人が駆け寄って来る。

 

「ジベェ、【渦潮】ー」

 

ミキはジベェに指示を出すと、ジベェは(こがらし)のように回る円盤状の水を放って金色の魚を撃破する。

 

「ずいぶん大きな魚だったな……」

「この前メダルで取ったスキル【大物釣り】のおかげかもー。確率は低いけどー、希少な存在が釣れるらしいよー?」

「その“希少”には、魚以外も含まれてるよね……」

 

サリーの予想通り、【大物釣り】には魚以外も含まれている。スキル単体では高価な換金アイテムとなる魚が低確率で釣れるだけだが、ミキの他の釣りスキルによってそれ以外も釣れるようになっているのである。

実際、金色の魚が落とした鱗はNPCショップで売ると六桁後半の金額となるのだから。

そんな釣りで【楓の木】一番のお金持ちとなっているミキにコーヒーとサリーは苦笑いしつつ、予想の斜め上を行き続けるメイプルがいる方へとミキと共に顔を向ける。

 

「……あれ?」

「どこに行ったんだろー?」

 

メイプルの姿が見えなくなっている事にコーヒーとミキが辺りを見回す中、サリーは画面を開いてマップを確認する。

 

「メイプルは……あそこにいるみたいね」

 

マップに表示されているメイプルの位置を確認したサリーの指差す先には、玉羊という羊毛で球体となっているモンスターの群れがいた。

 

「……ああ、察した」

 

それだけでコーヒーはメイプルの姿が消えた理由を理解した。ほぼ間違いなく【発毛】を使って玉羊と同化して戯れているのだと。

そんなメイプルの奇行で苦笑いするコーヒーとサリーの前で、玉羊の群れは大移動を始めていく。

 

「「…………」」

「連れて行かれちゃったねー」

「取り敢えず、追いかけるか」

「そうね……」

 

玉羊の群れに轢かれるように連れて行かれたメイプルを追いかける為に、コーヒーがお金を払って召喚した小型の高速船に乗って玉羊の群れを追っていく。

 

「玉羊達、結構速いな」

「そうね。普通に走ったら少し時間がかかりそうな距離をこんなに速く移動してるからね」

「転がっているメイプルはー、酔わないかなー?」

 

広い平原の中央から数分足らずで外に出た玉羊の群れの移動速度にコーヒー達は少し驚きつつも、メイプルを見失わないように後を追いかけていく。

 

「森の中に入っていったな」

「さすがに森の中じゃー、船に乗って移動は出来ないねー」

「ここからは走って追うしかないわね」

 

玉羊の群れが森の中に入ったことで、コーヒー達は船から降りて徒歩で森の中へと入って行く。

幸い、マップに表示されているメイプルの位置は止まっていたのですぐに見つけることができた。

 

「おお……」

「泉か……森の雰囲気もあって神秘的ね」

「玉羊さん達もー、泉の水を飲んでー、ゆったりしてるねー」

 

ミキは玉羊達の和む姿を視界に収めながら、自然な流れで泉に釣糸を垂らす。

そんなミキをコーヒーとサリーはスルーしつつ、片隅で鎮座している羊毛メイプルへと近づく。

 

「メイプル、大丈夫か?」

「う、うん……急にすっごく回ったから、少し気持ち悪いけど……」

「アハハ……本当に御愁傷様」

 

とんだ災難な目にあったメイプルに同情しつつ、サリーはメイプルの羊毛を刈り取っていく。

羊毛を刈られてさっぱりしたメイプルはその場に座り込んでいたが、すぐに周りの景色に気がつく。

 

「あれ……?結構移動してた?」

「うん。もう平原の外に出ちゃってるよ」

「うそ!?」

 

サリーの言葉にメイプルはびっくり仰天。もといた平原からだいぶ離れた場所に移動していた事に心底驚いた表情となる。

確かにメイプルからしたら、転がっている間にここまで遠くの場所に来たのだから当然の反応ではあるが。

 

「んー?泉の中に何かあるみたいだねー」

 

そんな中、釣糸を垂らしていたミキが泉の底で光る何かに気付き、釣糸を一度引き上げる。そしてすぐに釣糸をその光る何かに向かって飛ばし、手応えを確認してから引き上げる。

そうして釣り上げたのは……白い鉱石でできた、つやつやした球体であった。

 

「これは一体何かなー?」

 

まるで宝石のような球体に、ミキは首を傾げながらもアイテムの説明文を確認していく。

 

============

【白の鍵】

とある扉を開けるための三つの鍵のうちの一つ。

============

 

「キーアイテムみたいだねー」

 

アイテムの説明文を確認したミキはそう呟くと、そのアイテムを手にコーヒー達へと近寄っていく。

 

「ミキ?また変なアイテムを釣り上げたの?」

「釣り上げたけどー、これは釣りとは無関係と思うよー。オーブの時のように引っかけただけだからねー」

 

サリーの呆れにミキはそう返すと、【白の鍵】を三人に見せる。

 

「どこで使うんだろ?」

「三つの鍵の一つとあるし……あと二つ、似たようなアイテムがあるだろうな」

「ヒントがないとさすがに厳しいわね。たぶん、運良くアタリに当たっただけだろうし」

 

サリーのその推察にコーヒーは同意するように頷く。【白の鍵】がダンジョンではなくフィールドで手に入ったことを考えると、七層に存在するエリアの何れかにある可能性が高い。

 

「セオリーで考えれば、海エリアが怪しそうだが……」

「確かに海エリアなら、宝石はなくてもヒントはあるかもしれないわね」

「じゃあー、今から海に行ってみるー?」

「賛成!お魚さん達も改めて見てみたいし!」

 

そのまま四人は善は急げと言わんばかりに海エリアへ向かう為に森の外へと出る。

 

「ジベェ、【巨大化】ー」

 

森の外に出て早々、ミキはジベェを大きくし、四人はそのままジベェの背に乗って海エリアへと向かっていく。

少しして海エリアへと到着した一同は、イズが作った長時間潜水できるアイテムを使う。

 

「―――【身捧ぐ慈愛】!」

 

メイプルが【身捧ぐ慈愛】も発動したことで準備は万端。いつでも行けるようになる。

 

「それじゃー、行くよー」

 

ミキの間延びする声を皮切りに、ジベェは飛び込むように海の中へとダイブする。

 

「うわ!結構派手ね!」

 

巨体ゆえに派手な飛び込みとなった事にサリーは驚きつつも、改めて周囲を見やる。

海の中は様々な魚がおり、中には海老や蟹の姿もある。色とりどりの珊瑚もいるため、まさに海の楽園である。

 

「取り敢えずー、手当たり次第に調べてみるー?」

「さすがにそれだと時間がかかり過ぎるだろ」

「ここは無難に群れを作っているモンスターを追いかけた方がいいわね。あの宝石も、きっかけは玉羊の群れだったんだし」

「了解ー。ジベェ、あのお魚さん達を追ってねー」

 

ゴボゴボと気泡を吐きながらのサリーの指示にミキは頷き、ジベェに熱帯魚の群れを追いかける気泡と共に指示を出す。指示を受けたジベェは身体を反って応えると、その熱帯魚の群れの後を追うように泳いでいく。

時折、鋭い牙を持った魚やタコの触手のように身体を成長させる珊瑚が襲ってくるも、メイプルの【身捧ぐ慈愛】とコーヒーのクロスボウの射撃であっさりと対処していく。

 

熱帯魚の群れは同じルートを何度も繰り返し、それを根気よく追っていると、熱帯魚の群れは動きを変えて一つの珊瑚の裂け目へと入っていく。

その裂け目は人一人が入れる程の大きさなので、このままジベェで追いかけるのはどう見ても無理だった。

 

「それじゃ、私があの裂け目に入って中を確認してくるよ」

 

【身捧ぐ慈愛】があるからダメージを負う心配がないとはいえ、不測の事態がないとは限らない。【八式・静水】や【水神結界】、【蜃気楼】に【空蝉】、【魔力感知】といった有用なスキルを持っているので、万が一が起きても対処しやすいのである。

 

そのサリーの提案にコーヒー達は特に反対することなく頷き、それを受け取ったサリーも頷いて返し、インベトリから取り出したペンライト片手にその裂け目に入っていく。

それから少ししてサリーが戻って来たので、一度浮上してから情報を共有していく。

 

「どうだった?」

「宝石は無かったけど、ヒントはあったよ」

 

サリーはそう言って、写真に収めたざっくりとした七層の地図を見せる。その地図にはバツで描かれた目印が幾つもあり、その内の一つにはあの森の泉もあった。

 

「結構マークが多いね……」

「この内のどれかがアタリで、残りはヒントだと思うけど……総当たりするとかなり時間がかかるわね」

「それならー、メイプルに選んでもらってー、そこを調べるのどうかなー?」

 

ミキのその提案にコーヒーとサリーは思わず苦笑いしてしまう。メイプルのリアルラックは本当に高いので、案外その方法で本当に最短でキーアイテムを手に入るかもしれないと思った。

その提案にメイプルは少し悩んだ後、誰かが情報を持ってるかもしれないとのことで一度ギルドホームに帰る事を決めるのであった。

 

 

 




「ミキは相変わらず、悪ふざけのアイテムを釣り上げているな」
「【激痛薬】や【ホイホイ缶】、【嘆きの鈴】といった有用なものから、【ブーブースイッチ】や【退化箱】のようなジョークアイテムを釣り上げていますからね」
「ついでに希少な換金アイテムもな!」
「……ユニーク素材は釣れないよな?」
「そっちは大丈夫です。ユニーク素材はボスモンスターを倒さないと落とさない仕様にしてますんで」
「そのモンスターを釣り上げないか不安なんだけど」
「「「「…………」」」」

あり得る光景に悟りの表情となった運営の図。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

宝石探し

てな訳でどうぞ。


四人が情報共有の為にギルドホームに戻ると、ギルドには極振り三人組とカナデの四人がボードゲームで遊んでいた。

 

「あ、おかえり。どうだった?」

 

カナデはそう言いながら片手間で次の一手を打ち、対面で対峙していたマイとユイ、シアンの三人は降参して白旗を上げる。相変わらず、この手のゲームには滅法強いカナデである。

 

「えーとね、実は……」

 

メイプルが代表して宝石のこととバツ印の付いた七層の地図のことを話していく。極振り三人組は興味深げに耳を傾けるのに対し、カナデは心当たりがあるように頷いていた。

 

「それなら、町の図書館にそれらしい話があったかな。昔栄えた町がいくつかあって、そこでは今よりもっと上手くモンスターと心を通わせられていたとか」

「その町の場所って、もしかしてここか?」

 

コーヒーはそう言って、【白の鍵】があった森の泉を指し示す。

 

「うん。それとこことここかな。後、ここがその鍵を使う場所だと思うよ」

 

カナデは肯定しつつ、【鍵】がある二ヵ所とその【鍵】を使うであろう場所にマークを付けていく。

 

「おおー!有力情報だよー!」

「ありがとなカナデ。おかげで手早く進められるよ」

「どういたしまして」

「それにしてもー、何でも知ってるねー」

「ホントにね。図書館ってかなりの本があるからね」

「まあ、全部読んでいるからね」

「「「ぜ、全部ですか!?」」」

 

マイとユイ、シアンの三人が揃って驚いた声を上げる。コーヒーとサリーも、口にこそ出さなかったが内心で驚いている。

一度町の図書館に顔を出してみたが、彼処にあった本の量はかなりのものだ。それを全部読んで覚えているのだから、素の能力で飛び抜けているのが容易に想像できる。

 

「結構面白いし、イベントのヒントが書いてある本もあったりするからね。時間はかかるだろうけど、自分でも読んでみるといいよ」

 

カナデはイタズラっぽく言いながら、次のボードゲームの準備をしていく。そんなカナデの処理能力の高さに、完敗を喫した三人はへなへなと椅子に身体を預ける。

 

「お姉ちゃん、シアンちゃん……やっぱり勝てる気がしなくなってきたんだけど……」

「う、うん……元々ダメそうだったけどね」

「本当にそう思うよ……」

「じゃあいい報告期待してるよ?で、戻ってきたら遊ばない?」

 

ボードゲームを進めてくるカナデに、メイプルが元気よく答える。

 

「いいよ!ばっちり攻略して戻ってきたら今度こそリベンジだね!」

「メイプルも一回も勝ててないでしょ?ついでにCFも」

「しれっと俺に振るなよ……」

 

サリーに話を振られたコーヒーは、嘆息と共に肩を竦める。カナデとは何度かボードゲームをプレイしたが、その戦績は全敗。しかもカナデは遊び感覚で全然本気を出していないから、カナデの実力の高さは言わずもがなである。

 

「でも楽しいよー。カナデはゲームみたいにレベル調節してくれるし!」

「おおー。それは凄いねー」

 

ミキはパチパチと拍手してカナデを称賛する。コーヒーとサリーは視線で本当なのかとカナデに投げ掛けると、カナデはいつも通りの笑みを浮かべて返す。それだけで事実だと二人は納得した。

 

「ちなみに今対戦してるのはレベル1の僕だよ」

「レベル1……?」

「本当に強すぎですっ!」

「レベル10まであるんですよね……?」

 

カナデのカミングアウトにより、極振り三人組は畏怖したように言葉を洩らす。完敗を喫した強さが一番低い状態なのだから、カナデのボードゲームの強さに驚愕するのは当然の結果ではあるが。

 

「あはは、じゃあ行ってくるね。三人も頑張って勝ってね!」

「「「頑張ってみます」」」

 

また遊びだした四人に見送られ、コーヒー達は確かな情報を持って再度フィールドへと出る。

 

「まずはどこから行くー?」

「ここから近い場所から行った方がいいわね」

「それならここだな」

「それじゃあ、出ぱーつっ!!」

 

メイプルの音頭でコーヒー達は召喚した高速船に乗って、鍵となる宝石がある可能性が高い場所へと向かっていく。

しばらくして、目的地である巨木が見え始める。

 

「あの巨木の周りに、鳥型のモンスターがウジャウジャいるぞ」

「こんままー、天辺に向かうのは―?」

「間違いなく襲ってくるから無理ね。メイプルの【身捧ぐ慈愛】も乗り物は対象外だし」

「それじゃあ、シロップに乗って向かおう!」

 

メイプルの提案に三人は特に反対することなく頷き、巨木から少し離れた場所に高速船を着陸させる。

そこから徒歩で巨木に近づくと、巨木は皮が少し剥がれていたり、蔓が巻き付いていたりと自力で登れるようになっていた。

本来は巨木にある足場を使って天辺へと登っていくのであろうが、そのセオリーを無視できる存在がいる。

 

「シロップ【巨大化】!からの~、邪悪を退ける威光 形成すは光の玉座 光王の加護は威厳と共に―――【天王の玉座】!」

 

メイプルはシロップを巨大化させると、【口上強化】込みでシロップの背中に【天王の玉座】を設置する。そこから《救いの手》で二枚の大盾を追加で装備し、HP強化の白装備に変えて【身捧ぐ慈愛】も発動する。

 

「さあ、みんな乗って乗って!一気に頂上まで行っくよー!」

 

力を合わせて浮遊要塞となったシロップに全員が乗り、そのまま用意された足場を完全に無視して高度を上げて上昇していく。

 

「未知の技術で生まれし太古の遺物 我を盟主として(かつ)ての栄誉を示せ―――【遺跡の匣】」

 

コーヒーはその間に【口上強化】で威力を底上げした【遺跡の匣】を発動し、いつでも戦えるようにする。

その直後、巨木の周りを飛んでいた怪鳥達が襲いかかるも……

 

「朧、【拘束結界】!」

「弾けろ、【スパークスフィア】!【砲撃用意】!」

「発射ー」

 

サリーの指示を受けた朧が怪鳥達の動きを止め、コーヒーが【スパークスフィア】と展開していた大砲からの砲撃、匣の光線と【彗星の加護】による空から降ってくる星で一網打尽にする。ミキも使い捨ての範囲攻撃アイテム【打ち上げ花火】をポンポン使って戦闘に参加する。

 

「【砲身展開】!【攻撃開始】!」

 

メイプルも《闇夜ノ写》だけを対価に【機械神】を発動し、砲撃を適当に放って怪鳥達を吹き飛ばしていく。

そんな迎撃能力の高い浮遊要塞に怪鳥達が勝てる道理はなく、四人はあっさりと頂上に辿り着く。頂上の木の中心には大きな鳥の巣が一つだけ鎮座していた。

明らかにボスがいる空間に警戒しつつ、四人は小細工なしでそのまま近づいていく。

 

「来るよ!」

 

サリーの警告と同時に、蔦と茨をまとった巨大な怪鳥が羽根を辺りに散らしながら現れる。

 

「あの鳥さん、第二回イベントで戦ったボスとそっくりだよ!」

「それって、シロップと朧の卵を手に入れた時のか?」

 

コーヒーのその言葉にメイプルはコクリと頷く。どうやらあの巨大な怪鳥は同系統のモンスターのようである。

 

「あのお鳥さんの首にー、緑の宝石があるよー」

「そうね。間違いなく目的の宝石ね」

 

入手法がボスの撃破という、実にシンプルで分かりやすい事にサリーは不敵な笑みを浮かべる。気合いは十分のようである。

 

「よーし、勝つぞー!初代より受け継ぎし機械の力 我が武具を対価とし 三代目として此処に顕れん―――【機械神】!【全武装展開】!【攻撃開始】!」

 

ボスの巨大怪鳥が金切り声を上げてすぐ、何時もの漆黒装備に戻していたメイプルは【機械神】の武装を全て展開。砲撃と銃撃、レーザーにミサイルをボスに向かって次々と放ち始めていく。

 

「迸れ、蒼き雷霆(アームドブルー)!!【結晶分身】!【雷炎】!我が技量で矢を放ち続けん―――【連射】!」

 

コーヒーも続くように二丁のクロスボウから次々と矢を放ち、匣からも命中する度に光線が放たれ星が落ちていく。しかも【雷炎】で雷属性は火属性に変わっているので、火に弱そうな見た目のボスは苦しそうに声を上げている。

 

「【水の道】!朧【拘束結界】!」

 

サリーもスキルで太い水の柱を作ると、それに飛び込んでぐんぐんと進んでいき、飛び出すと同時に動きが封じられていたボスの左脇腹を斬り裂く。

 

「ジベェ、【のしかかり】ー」

 

ミキの間延びする声と共に、巨大化してボスの頭上にいたジベェが、そのまま押し潰すようにボディプレスをボスの頭に決める。

 

「シロップ【大自然】【茨の枷】!」

「ジベェ、【水縄】ー」

 

ボディプレスで木の広場に落とされたボスを前に、メイプルがシロップに指示を出して蔓と茨でボスを拘束する。ミキもジベェに追加で指示を出し、水の縄でさらに動きを封じていく。

 

「【クインタプルスラッシュ】!【十式・回水】!」

「踊る狂雷 駆けて残すは怒りの雷狼 その荒き舞踏で蹂躙せん―――(すさ)め、【レイジングボルト】!」

 

サリーは【ドーピングシード】をかじり、STRを限界まで上げて凄まじい勢いで連撃を叩き込む。コーヒーも断続的なダメージを与える足場を作る【雷帝麒麟】の上位魔法で這いつくばっているボスに追撃を与え、匣も光線を断続的に放ち星も落ちていく。

 

「シロップ【眠りの花弁】!」

 

蔓と茨、水の拘束と広場で踊る火花から逃れようと暴れていたボスは、甘い香りを放ちながら舞い散るピンクの花弁を前に深い眠りについていく。

眠りについたボスを前にコーヒーとサリーは攻撃を止め、ミキと一緒に爆弾を取り出していく。

 

「シロップの拘束力が強くなったわね。ジベェも相変わらず攻撃範囲が広いし」

「同感。どっちも強力だよな」

 

眠りや麻痺といった相手の動きを阻害するスキルを得たシロップに、面攻撃が強力であるスキルを持っているジベェ。どちらも正面からはあまりやりたくない相手である。

 

「よーし!海域に潜みし海の怪物 その黒き触手を以て住処へと引き摺り込まん―――【水底の誘い】!影より出でるは混沌の遣い その昏き顎で近づく物を噛み千切れ―――【捕食者】!」

 

そんな中、玉座から立ち上がって攻勢に転じたメイプルが左腕を触手に変え、三体の化物を従える。

 

「「うわっ」」

 

背中に天使の羽、全身に強力な兵器、左腕に五本の黒い触手、三体の化物を前後に従えたメイプルの姿に、コーヒーとサリーは揃って引いてしまう。

見た目が混沌となり、不気味すぎる姿となったメイプルはそんな二人に気づくことなく更にスキルを発動させる。

 

「溢れる混沌よ 我が意に従い 我に仇なす者を喰らい尽くせ―――【滲み出る混沌】!(にじ)む混沌 出でるは猛毒の化身 三首の(あぎと)ですべてを穢さん―――【毒竜(ヒドラ)】!更に【口寄せの術】!」

 

そこにさらに三首の毒竜と黒い巨大蛙も加わり、メイプルは一気に攻撃を仕掛けていく。

 

「ピギャアアアアアアッ!!?」

 

【悪食】持ちの触手に毒竜のブレス、全兵器による遠距離攻撃に化物三体と巨大蛙の噛みつき。更に乱雑に設置された爆弾による爆撃と次々と落ちてくる星を一身に受けたボスは目を覚まして悲鳴の如く鳴き声を上げる。ダメージからバタバタと暴れているが、拘束のせいで思うように動けていない。

 

「やっば……」

「本当にな……」

「おおー。海蛇にウツボ、磯巾着のオンパレードだー」

 

味方でさえドン引きする蹂躙劇を前に素直な感想を呟くサリーとコーヒーに対し、ミキは平然と海の生物に例えながら、援護のように液体入りの瓶をポンポン投げ飛ばしている。

 

「今投げているそれは?」

「浴びるとー、敵味方問わずにー、ダメージが二倍になるやつだよー」

「エグいわね……」

 

酷い追い討ちするミキにサリーはもちろん、質問したコーヒーもドン引きしてしまう。メイプルは異常に高いVITでダメージそのものを受けないから心配はないが、それを浴びた絶賛被リンチ中のボスにはたまったものではない。

 

「ピギィ!ピギィ!!」

 

ボスもダメージが二倍となったメイプルの猛攻から逃れようと暴れているが、蔓と茨に水の拘束に加え、触手の麻痺とスタン効果が合わさって全く逃れられていない。むしろ鳴き声が泣き声に感じられるほどだ。

ボスはそのまま触手に顔を喰われ、派手に爆散して消え去るのであった。

 

「よーしっ!まだまだ全部当てれば勝てるっ!」

「ははっ、頼もしいね」

「それじゃ、例の宝石を回収しようか」

 

ガッツポーズをしていたメイプルは二人にそう言われ、毒まみれとなった広場を横切るようにボスの撃破跡にある首輪の下へ急いでいく。

フラフープほどの大きさのある首輪をメイプルが拾うと、それは砕けて一つの小さな緑色の宝石となった。

 

============

【緑の鍵】

とある扉を開けるための三つの鍵のうちの一つ。

============

 

「二つ目の鍵だよ!」

「ビンゴだったな」

「これで後一つだねー。次の場所は此処だねー」

 

カナデから得た情報で必要な鍵を手に入れたことで、残りの一ヵ所も同様の鍵がある可能性が高まったことからミキがカナデが印を付けた遺跡ではない方の場所を指す。

 

「【悪食】はもう使えないけど……行ってみる?」

「問題なしだ。攻撃は十分できるしな」

「本来は私やCFの役目だからね。戦闘になっても大丈夫大丈夫」

「じゃあー、決まりだねー」

 

ボスの巨大怪鳥をあっさりと下した四人は、満場一致でそのまま次の目的地へと向かうのであった。

 

 

 




「うう~~……!」
「そんなに唸ってどうしたの?」
「私もCFさんみたいな相棒が欲しいっす!でも、装備枠がぁ……」
「ヒナタもそうだけど、強力なスキル持ちの装飾品で埋めてるからね。第一、目星もつけてないのに悩むのもどうかと思うよ」
「辛辣っすぅ!」

とあるギルドの一幕。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三つの鍵と楽園の町

たぶん今年最後の投稿。
てな訳でどうぞ。


三つ目の宝石があるであろう場所は、何かしらの力でふわふわ浮く足場が存在するエリアだった。

 

「風が凄いねー」

「ここからは徒歩で向かった方がいいわね」

 

ミキは麦わら帽子を押さえながら間延びした声を上げ、サリーも率直な意見を述べる。

あちこちに浮かぶ岩石による足場は死角となる場所も多く、吹き抜ける風も髪が乱れる程かなり強い。その為、四人は高速船から降りて徒歩で目的地へ向かう事にする。

足場があちこち浮かんでいるエリア故か、プレイヤーも半重力となったような浮遊感があり、その感覚に戸惑いを覚える。

 

「やっぱりちょっと回避しにくくなるか……」

「怪鳥のようなボス戦による入手なら、慣れておかないとまずいか。二人も構わないか?」

「いいよー」

「私ももちろんいいよ!」

 

メイプルとミキから許可を貰ったコーヒーとサリーは、動作確認の為に周辺の足場を飛ぶように移動していく。メイプルとミキも飛んでは空から落ちる羽根のように、ふわふわゆらゆらと足場へと落ちていく。

 

「この前のイベントみたいに【星の力】のようなものもないから、浮かんでいる時間は減らしておかないとね」

「俺は念のために【クラスタービット】を使っておくか」

 

コーヒーは不意討ちなどを警戒して【クラスタービット】を発動させる。空を飛ぶだけなら【孔雀明王】があるが、自身も含めた周りへのスキル封印が痛手すぎる為、使うわけにはいかなかった。

 

「それにしても風が強いわね」

「下手したら飛ばされそうだな。着地の時は気をつけないとな」

「あー、岩が飛んできたー」

「「「え!?」」」

 

本当に警告なのかと疑わしい間延びしたミキの声に、コーヒーとサリーは咄嗟に(かわ)し、ミキも飛び出す形で回避するもメイプルは避けきれず直撃。そのまま何度もバウンドして別の岩石にぶつかって地面へと落ちる。

 

「派手に飛んだな」

「メイプルー!大丈夫ー!?」

「うん。派手に飛んじゃったけど大丈夫だよ」

 

メイプルはそう言って何事もなく身体を起こす。その様子から本当に大丈夫であることにコーヒーとサリーは安心する。

 

「けどビックリしたよ……急に岩が飛んでくるとは思わなかったよ」

「そうだねー。あれを全部避けるのはー、ボクには難しいかなー」

「じゃあ、【身捧ぐ慈愛】で守るよ!幸い、防御貫通とか地形ダメージもないし!」

 

メイプルはそう言ってすぐに【身捧ぐ慈愛】を発動する。コーヒーとサリーもメイプルに感謝していると、今度は右の方向から風が吹き、幾つもの石礫(いしつぶて)が飛んでくる。

 

「……よっ、ほっ!」

「危な」

 

サリーはそれを二本のダガーと体捌きで回避し、コーヒーは【クラスタービット】の盾で防ぐ。

サリーは【剣ノ舞】と【刃竜ノ演舞】によって青と黒の二つのオーラを纏い、対象のステータスが上昇する。

 

「相変わらず回避が凄いな」

「それが私の持ち味だからね。CFもどうせなら射撃で撃ち落としてみたら?」

「試しにやってみるか。【身捧ぐ慈愛】の範囲内なら攻撃を受けても大丈夫だし」

 

サリーに軽く煽られたコーヒーは物の試しとばかりに飛んでくる石に矢を放ちながら進んでいく。思いの外よく当たるので、コーヒーはガンマン気分となっていく。

サリーは動きの変化に慣れ、軽々と飛んでくる石や岩を躱す。メイプルは高いVITで石や岩をものともせずに進み、ミキはメイプルに守られる形で共に進んでいく。

そんな一同の前に、白く輝く風が集まってできた狼と鷹のモンスターが現れる。

 

「朧【影分身】【幻影】!」

 

サリーは朧に指示を出して五人に分身し、さらに分身の数を倍に増やす。分身達は目が赤く光っている狼と鷹に迫るも、二体は風の刃を飛ばして分身達を切り裂く。

 

「気が逸れてるぞ」

 

サリーの分身が囮になっている間に、コーヒーがクロスボウで二体を射ち抜く。すると、二体の体は糸が解けるように霧散していく。

 

「一撃で倒れた?」

「CFの攻撃一回だけで倒れたってことは、数で来る敵ね!」

 

サリーがそれに気づくと同時に、あちこちで風が渦巻いて狼と鷹の群れが現れる。

 

「メイプル!CFも一対多は任せた!」

「オッケー!【全武装展開】!【攻撃開始】!」

「ブリッツ【乱れ稲妻】!」

 

メイプルは【機械神】による全身武装で襲いかかる風の刃と石礫を撃ち落とし、コーヒーの指示を受けたブリッツは背中の針から無数の稲妻を放ち、鷹達を撃ち抜いていく。

 

(ほとばし)れ、蒼き雷霆(アームドブルー)!輝くは不屈の雷光 残響する雷吼は反逆の証 雷呀の鎖と為りて一切合切を打ち砕け―――迸れ、【リベリオンチェーン】!サンダー!」

 

コーヒーはステータスを強化しつつ、雷の鎖で狼達を縛り上げ、追加の電撃で一気に葬っていく。

その間にも撃ち漏らした風の刃がメイプルに命中する。

 

「いたっ!?あっ、貫通!」

「【鉄鋼液】をかけるねー。防御力が少し落ちるけどー、三十秒間は貫通攻撃が効かなくなるよー」

「ありがとう!蹂躙せよ、終焉城塞(ラストキャメロット)!」

 

風の刃が貫通攻撃であったことに焦るメイプルであったが、ミキがVITが10%低下する代わりに貫通が無効になるアイテム【鉄鋼液】をかけてあっさりと解決する。

VITが10%の低下しても、メイプルのVITは五桁なのであまり問題にはならない。その上、【名乗り】でVITを1.3倍にしたから、むしろスキルの貫通無効よりも使い易いのかもしれない。

 

「メイプルの方は心配ないかな。朧【渡火】!」

「ブリッツ【砂金外装】!【電磁砲】!」

 

朧が放った炎は鷹に当たると弾け、近くにいたモンスター達に燃え移って散らしていく。ブリッツも体を大きくさせると雷の砲撃を放って狼達を吹き飛ばしていく。

この面子を前に数で攻めるのは、愚策と言える結果にしかならなかった。

 

「ふぃー……ちょっとビックリしたけど、そんなに強くなかったね」

「そうだねー。コーヒーとサリーがいたからー、簡単に倒せたねー」

「それにしても、朧は分身の数を増やせるようになったんだな」

「ブリッツも電撃攻撃が増えてるでしょ」

 

モンスターの群れをあっさり下した四人は、疲れた様子もなくそう語り合う。

今回朧が使った【幻影】はサリーの【蜃気楼】に近く、実体を持たない囮にしか使えない。ブリッツの【乱れ稲妻】は範囲こそ広いが、雷撃がランダムに放たれるので命中率はそこまで高くないのだ。

 

「それじゃ早く行きましょ。囲まれたらCFが全部処理してね」

「しれっと人を顎で使おうとするな」

「別にいいでしょ。新スキルで火力が上がってるんだし」

「地味にヒデェ……」

 

そんな二人のやり取りを約二名がニコニコ顔で見守りつつ、一同は奥地を目指して進んでいく。

時折メイプルが大岩に吹き飛ばされたりもしたが、四人はすんなりと最奥へと辿り着く。

いくつもの岩が浮かんだ平地には、渦を巻くように風が吹き荒れており、その中心には風で全身を形作っている巨人が待ち構えていた。

 

「さすがに一撃とはいかないだろうし、気合い入れていくよ」

「了解ー」

「任せて!」

「もちろんだ」

 

一同が戦闘態勢となると、巨人も戦闘態勢となる。すると巨人を中心に渦巻いていた風が強まり、浮かんでいた岩が動き始める。

 

「ちょっ!?私それ避けられな―――」

「それー」

 

迫りくる岩にメイプルが焦りの声を上げるが、それを遮るようにミキがメイプルの足下に【粘着玉】を投げつける。【粘着玉】で地面と足がくっついたメイプルは、金属が硬いものにぶつかった音を鳴らしながらもその場に留まれていた。

 

「おおー!これなら飛ばされずに済むよ!」

「代わりに動けなくなるけどねー。ボクもくっつくからー、二人とも頑張ってねー」

 

メイプルとミキはそのまま、全身兵器と爆弾で巨人に対して攻撃を仕掛けていく。レーザーや爆撃を受けた巨人は、風で岩を飛ばしてメイプルとミキに反撃していく。

 

「岩がどんどん破壊されていくな……」

「そうね……朧【妖炎】!【火童子】!」

 

朧に指示した途端、サリーの体から青い炎が舞い散り、ダガーからは炎の刃が伸びていく。朧のスキルでダメージとリーチを強化したサリーは、そのまま巨人の風の腕を切り裂く。

 

「ブリッツ【磁場領域】!【渦雷】!」

 

コーヒーもブリッツに指示を出し、パーティーメンバー全員に青い雷光を靡かせ、自身も青い雷光と渦のように靡く電撃を纏う。

コーヒーは更に【結晶分身】と【遺跡の匣】も発動し、巨人に向けて怒涛の勢いで矢を放っていく。矢が当たる度に星が落ち、匣から光線が放たれ、更に渦巻く電撃が炸裂していく。

 

「一気に叩くわよ!【遺跡の匣】!【水神陣羽織】!【天ノ恵ミシ雫】!【クインタプルスラッシュ】!【十式・回水】!【パワーアタック】!【七式・爆水】!」

 

サリーは《信頼の指輪》に登録された【遺跡の匣】を発動。更に【水神陣羽織】と【天ノ恵ミシ雫】を使うと、ここぞとばかりに連撃を叩き込む。

【妖炎】による追加ダメージと【追刃】と【遺跡の匣】による追撃。さらに【水神陣羽織】と【剣ノ舞】、【刃竜ノ演舞】に加えアイテムによるバフ。止めに【天ノ恵ミシ雫】のデバフで手数が武器である短剣ではあり得ないダメージを巨人に叩き込んだ。

ダメージエフェクトを派手に散らした巨人は、最後のノックバック攻撃を受けてその場に仰向けに倒れていく。

 

「CF!」

「ああ!【雷神陣羽織】!【九頭龍雷閃】!瞬け、【ヴォルテックチャージ】!迸れ、【リベリオンチェーン】!サンダー!」

 

コーヒーも【雷神陣羽織】を使い、【九頭龍雷閃】と効果と威力が二倍となった【リベリオンチェーン】で縛り上げ、追撃の雷撃で巨人にダメージを与えていく。

 

「【雷神月華】!」

「【水神蒸発】!」

 

そこに止めと言わんばかりに雷と水の爆発が上がり、強い風が最後に吹くと共に飛んでいた岩も動きを止めた。

 

「二人ともお疲れ様!朧の炎もブリッツの電気もできる事が増えたんだね!」

「朧が炎と幻術担当で、私が水と氷で綺麗に分かれているからね。CFは雷一色みたいだけど」

「系統が同じなら、強化が噛み合い易いからいいだろ」

「そうだねー。あー、あそこに赤い宝石があるよー」

 

ミキがそう言って指差す先には、目的の赤い宝石が落ちている。場所は巨人の目に位置していた部分だ。

その宝石をサリーが近寄って回収する。

 

「これで全部揃ったね!」

「最後はこの遺跡に行くだけだな」

「一体何があるかなー?ジベェ達の強化アイテムかなー?」

「気が早いわよ、ミキ。でも、カナデの話からありがち間違いじゃないかも……」

 

こうして目的の宝石をすべて揃えた四人は、高速船で遺跡へと向かうのであった。

 

 

――――――

 

 

目的の遺跡は石畳や家の残骸はあるものの、ほとんどが自然に呑み込まれてしまっていた。

 

「これじゃ森だな」

「年月を感じるねー」

「とりあえず手当たり次第に探してみましょ」

「早く見つかるといいなぁ」

 

四人が手分けして人工物が残っているエリアを歩き回る。すると探し物は案外早く見つかった。

 

「みんなー!こっち来てー!」

 

こういった探し物には運が味方しているメイプルが指差す先には、三つの窪みがある台座がある。それだけで、この台座が三つの宝石を使う場所だと察せられる。

その台座にメイプルが代表として三つの宝石を嵌めると、台座が宝石の光で覆われる。同時にそれぞれの相棒が勝手に指輪から飛び出てくる。

 

「シロップ?」

「朧?」

「ブリッツもどうしたんだ?」

「ジベェ?」

 

相棒達の登場に首を傾げていると、足元で宝石と同じ光が放たれ、転移の感覚に襲われる。

転移した場所は……動物が溢れる町であった。

転移させられた四人はその町の光景を眺めていると、相棒達は勝手に歩き始めていく。

 

「ど、どうしたんだろ?」

「とりあえずー、ついていくー?」

 

特に反対する理由もなく、次の行動も分からない為、ミキの提案にコーヒー達は頷いて相棒達の後を追っていく。

相棒達が向かった場所は、町から少し離れた場所にある、輝く水が溜まった石造りの水場だった。

 

「なんというか、大事な場所っぽい?」

「みたいだねー。ジベェ達もー、この水に入りたそーにしてるしー」

「じゃあ、入れてみるか?」

「そうね」

 

四人はそれぞれの相棒を優しく抱え、その水の中へと入れる。手を放すと、四匹の体は水の光に包まれていく。

 

「わー!?やっぱりダメだった!?」

 

メイプルのその言葉で、コーヒーとサリーは慌ててメイプルと共に自身の相棒を持ち上げる。ミキもつられるようにジベェを持ち上げる。

光が中々消えずに少し焦りを覚えるも、一瞬強い光が放たれると共に相棒達は元に戻る。

 

「よかったー……ん?」

 

安堵するメイプルの目に写るシロップは、見た目が少し変化していた。甲羅の柄が少し変わり、甲羅の縁を覆うように一輪の花を咲かせている。

もちろん、見た目が少し変化しているのはシロップだけではない。朧は装飾品が少し豪華となり、ゆらゆらと動く尻尾が二つとなっている。

ブリッツも背中の針が片刃のような形状となり、その中の一つの針が刃を背負っているかのように大きく生えている。最後にジベェは身体に水飛沫のような模様が描かれ、胸ビレが一回り大きくなっていた。

 

「「「……えっ?」」」

「んー?」

 

相棒達の姿が少し変わっていることに、四人は頭が回らず互いに顔を見合せるのであった。

 

 

 




『憎きCFとは別の雷プレイヤーを見た』
『kwsk』
『稲妻が降り注いでいる現場に近づいたら、金髪お嬢様風の女性プレイヤーがいた』
『死刑』
『雷に打たれて消えろ』
『流れ稲妻に当たって会話すらできなかったけどな』
『ちなみに装備は?』
『遠かったからよくわからなかった』
『もし雷同士でCFとその女性が出会ったら……』
『言葉の闇討ち祭りだ』
『俺も参加しよう』
『俺も』
『俺も』

スレの一部抜擢。

「相変わらずCF憎しのスレだねぇ。見てる分には面白いけど」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

悟りの運営

明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
てな訳でどうぞ。


運営は現在、七層の実装に合わせて大量のモンスターやイベントを用意した反動でぐったりとしていた。

 

「レアモンスターはどれくらい仲間になった?」

「二割以下ですね。エリア自体も広いですし、レアモンスター以外のモンスターも強いですからね」

 

新人として入ってきた如何にも仕事女のような雰囲気を発している女性がデータ片手にそう告げる。

今回の実装に合わせて用意されたモンスターは十人十色な性能であり、レアモンスターほどピーキーな性能となっている為、仮に出会っても噛み合っていない等の理由から無視されることもあったからだ。

 

「その中で、バフをかけるモンスターが人気ですね。逆に魔法使いはタンクとなるモンスターをテイムしている傾向が強いですね」

「主要ギルドは?」

「一部を除き、示し合わせたようにレアまみれですね」

「マジか」

「いや、相性を考えると自然とそうなるのか?レアモンスターのイベントもそれなりに癖が強いし」

「あ」

 

そんな中、気分転換にプレイ場面を見ていた運営の一人が何かに気づいたように声を上げる。

 

「どうした?何か問題でも起きたか?」

「……メイプル達が進化イベントをたった今クリアしました」

 

その言葉に、運営の一同は食いつくようにその映像を確認していく。確認し終えた運営は、疲れたように深い溜め息を吐いた。

 

「マジか~……こうも早く進化イベントに行き着くなんてな」

「メイプルとCFの体はレアイベに反応する磁石か何かなのか?」

 

先行して仲間にしていた利点を活かされはしたが、条件を見たさなければフラグ自体が立たないから、情報そのものはまだ出回っていない筈だ。にも関わらず、想定より早い進化に一同は苦笑いするしかない。

 

「またメイプルですか……!おのれメイプルぅ……!」

 

その中で、新人だけは怨嗟の如く声を上げる。この新人はゲームバランスを予想の斜め上で傾けまくるメイプルに対抗心を燃やしているのか、メイプル対策をあれこれ考えているのだ。

そのほとんどが露骨すぎるので却下されているが。

 

「やはりメイプル対策は徹底的にするべきです。この前も【水底の誘い】を取られてしまいましたし」

「それ、君の意見で実装したスキルだよな?」

「【スキルスロット】への付与で強力な使い方が生まれたからと言って、八つ当たりのように対策するのはダメだろ」

「ぐふぅ!?」

 

その返しに新人は崩れ落ちる。そう、【水底の誘い】は対メイプルスキルとして実装されたスキルだったのだ。狙いとしては触手で動きを封じたところに貫通攻撃をぶつけるという使い方が想定されていたが、それを本人に取られた挙げ句、バーストダメージ用スキルに昇華されてしまったのである。

 

「幸い【悪食】は回数制限がある上に自動発動するから、【グロリアスセイバー】や【黄金劇場】のように修正する必要はないだろ」

「そうですね。使い終わったら元の効果しかない触手ですから、ゲームバランスを大きく傾けるスキルじゃないですし」

「しかも【遺跡の匣】も対CFスキルだったよな。それもフラグを無視して入手してたし」

「加えて【無防の撃】ですべての攻撃が常時貫通攻撃ですし。元々の効果と合わさって、凶悪な追加攻撃へ変化しちゃいましたね」

「あががががが」

 

【遺跡の匣】もコーヒーの【クラスタービット】対策で実装されたスキルだ。にも関わらず対策スキルを本人に取られている上に、更に強力になっているのだから逆効果にしかなっていなかった。

 

「新人がまた壊れたな」

「対策が対策として働いていないですからね。ショックは人一倍大きいのでしょう」

 

撃沈した新人の姿に、既に悟りを開いている二人は優しげな視線を向ける。

この一件で学ぶべきことは、露骨な対策は逆効果で終わる結果にしかならないことだろう。

 

「それはそれとしてあのエリア、三層でフラグを立てないと無理ゲーのトラップエリアの筈なんだけどなぁ……」

「取得条件が匣の全破壊だったからな。それ自体はフラグの立っていないトラップエリアでも可能だしな」

「フラグと言えば……【人形の行き着く先】は大丈夫なのか?」

「あのストーリー系のクエストか?四層、六層、七層、三層を舞台にした、分岐によって得られる報酬が変わるレアクエストのことか」

「それも所持スキルで変化しますからね。ちゃんとフラグを回収しないと、報酬のランクは下がりますから大丈夫でしょう」

「……メイプルとCFがクリアする可能性は?」

 

その言葉に、一同は遠い目となる。

 

「仮にベストルートで進行したら……メイプルは【機械神】に【機械の双獣】が追加されますね」

「CFは……【フェザー】【雷翼の剣】【孔雀明王】が進化するな」

「「「「う~~ん……」」」」

 

メイプルとコーヒーの更なるパワーアップの可能性に、撃沈している新人以外は唸り声を上げる。

 

「もう実装しちゃってるしいいんじゃないか?」

「だな。それに別の誰かが受けているみたいだし」

「現時点で得られる報酬は……【雷命絶交】に補助装備枠の《導雷の円盤》だな」

「全ステータス半減付与の範囲攻撃スキルと全スキルに【系統:雷】を付与するスキル持ちの装備か。強力だけど妥当だよな」

 

【雷命絶交】はHPを大きく消費する攻撃スキルで、《導雷の円盤》の系統付与効果は自動発動なので一長一短の性能だ。それ以外の報酬も似たり寄ったりである。

 

「次のイベントのモンスターはどうする?」

「プレイヤー側も化物じみてきてますから、こちらも化物クラスのエネミーを用意しないといけませんね」

「後、体内エリアを今回は排除してみるか。それなら内側からの蹂躙はなくなる筈だからな」

「また意表を突かれなきゃいいけどな」

 

次のイベントに向け、運営は色々議論しながら仕事を続けるのであった。

 

 

――――――

 

 

少し時間が経って頭が回り始めたコーヒー達は、それぞれの相棒達の変化をしげしげと眺めていた。

 

「シロップちょっとオシャレになったね!」

「そっかー、尻尾が増えるのかー」

「針が刃みたいになったなー」

「ジベェもー、模様が変わったねー」

 

全員が相棒と戯れていると、システムからメッセージが届く。四人は当然そのメッセージに目を通していると、同じポイントでピタリと止まる。

 

「進化……なるほど。新しいスキルが獲得できるようになったみたいだよ」

「おおー!」

「第二回イベント以降、ずっと一緒に戦っていたからな。何か、感慨深いな」

「そうだねー。まだまだ進化するのかなー?」

「その可能性は高いわね。メッセージにも一回だけとは書かれてないし」

 

サリーはミキに対してそう答えると、二尾となった朧をじっと見つめる。

 

「最後は九尾になるかもね」

「ジベェはー、どんな見た目になるのかなー?」

「ブリッツは……刃のような針が増えるか更に立派な針になるのか?」

「夢が広がるね!そうだ、皆にも教えようよ!」

「賛成だよー」

「俺も別にいいんだが……ネクロの件がなぁ」

 

コーヒーがそう呟いた瞬間、サリーがビクッ!と硬直させる。メイプルもミキもああ~、と納得したような微妙な表情となる。

クロムの相棒のネクロはゴースト系のモンスター。今の見た目は浮いているだけの鎧だが、進化して青白い炎とかでたら一発でアウトになってしまう。

 

「サリー?」

「だ、大丈夫大丈夫。あれはただの鎧で、進化後は鎧の形状が厳つくなるだけだから」

「全然大丈夫に見えないんだが」

 

コーヒーがそう呟いた瞬間、サリーの回し蹴りがコーヒーの背中に炸裂した。

 

「痛てぇ!?急に蹴り飛ばすなよ!?」

「うっさいCF!あんたのせいで最悪の想像をしちゃったんだから、大人しく蹴られなさい!!」

 

サリーはそのまま、ゲシゲシとコーヒーの背中を蹴りまくっていく。そんな八つ当たりされるコーヒーを傍観者二名は相棒と戯れながら見守るだけと、ある意味酷い対応を敢行している。

その後、一同はなんやかんやでギルドホームに戻って今回得たイベントの情報を伝えるも……

 

「俺はその岩が浮かぶ場所にいったが、巨人はいなかったぞ?」

「巨大樹の上でそんな戦闘があるなんて話は、聞いたことがないわね」

「ああ。私もその泉には一度立ち寄ったが、白い宝石はどこにもなかったぞ」

 

最年長のクロムとイズ、カスミの三人がイベントそのものが発生していないと伝えたことで、今回のイベントは全員が受けられるものではないと判明してしまったのだ。

 

「ううーん、どうしてなんだろう……?」

「あの……たぶん、レベルとかなつき具合が関係してるんじゃないでしょうか?」

「メイプルさん達は、ずっと前から一緒でしたから……」

「私たちは最近仲間にしたばかりですし……」

 

首を傾げていたメイプルに極振り三人衆がそう答える。三人のその推察は、決して間違いではないだろう。

 

「言われてみれば確かに……ある育成ゲームでもなつき具合や特定のアイテムで進化するパターンがあったし」

「それ、絶対に有名なあのゲームでしょ」

 

ちなみにサリーは一度、そのゲームに手を出して挫折しかけた過去がある。理由は……言わずもがなであろう。

 

「僕が読んだ本ももっと上手く力を引き出すって方向だったしね。その線は十分にありえるよ」

「ずっと一緒にいたからかぁ……えへへ」

 

メイプルは嬉しそうにシロップの頭を撫でる。これからも共にフィールドを共に飛び回って戦う相棒なのだ。その相棒が進化したのだから、喜びもひとしおである。

 

「メイプルちゃん達のモンスターもまた強くなったみたいだし、次のイベントが楽しみね」

「俺達の戦い方も変わるだろうが……変わらない奴もいるよな」

 

クロムはそう言ってメイプルとミキにチラリと視線を向ける。メイプルは圧倒的なVITで攻撃を弾いてドキモを抜くスキルで大暴れするスタイル。ミキは空から爆弾や津波で絨毯攻撃するスタイル。どっちも巻き込まれたら一堪りもない戦闘スタイルである。

 

「もはやエリアボスだな」

「エリアボスならCFはもちろん、ミィとペインも入るんじゃない?」

 

此処にいないギルドマスター二名も含めてエリアボス認定され、一名は凄そうとはしゃぎ、一名は不思議そうに首を傾げ、一名は顔を逸らす。反応だけで誰なのか分かるのがある意味悲しいところであった。

 

 

――――――

 

 

新しく相棒を得たメンバーも進化して新たな可能性が出てきたメンバーも、お披露目はイベントで行うと全員で約束して、各自で相棒のレベル上げに勤しんでいた。

 

「《イチイの弓》のマイナス補正も、場合によってはプラスだな」

 

コーヒーは普段使っているクロスボウから、ステータス補正がマイナスの《イチイの弓》を装備した状態でモンスターを狩っている。《イチイの弓》と【無防の撃】による火力低下で矢そのものの威力は大幅に落ちているが、【遺跡の匣】の追加攻撃でHPを削る分には問題ない。むしろ、【雷帝麒麟】の麻痺とスタンの付与効果でブリッツへの餌が簡単に用意できていた。

 

「ブリッツ【電磁砲】!」

 

ある程度纏まったところでブリッツが麻痺とスタンで動けなくなっているモンスター達に止めを刺し、経験値を大量に得ていく。

 

「これのお陰で、モンスターを追いかける必要がないからな」

 

コーヒーはインベントリから発煙筒を取り出すと、赤い煙を立ち上らせてく。缶詰めの方は呼び寄せる量が尋常ではないので、缶詰めと比べて控えめな発煙筒でモンスターを呼び寄せていく。

赤い煙に引き寄せられるように集まったモンスター達は、コーヒーによってHPを削られ、ブリッツに止めを刺される。そのワンセットが見事に出来上がっていた。

それを繰り返しているので、ブリッツのレベルはどんどん上がり新しいスキルも獲得していく。

 

「スキルも結構増えたな。進化の恩恵が早速出てるな」

 

コーヒーはそう呟きながら、ブリッツの新しいスキルを確認していく。

 

============

【界雷】

発動中、自身と対象の《絆の架け橋》装備者の雷属性の与ダメージ20%上昇。それ以外の与ダメージは40%減少する。

============

 

「これは便利なスキルだな」

 

確認したスキルの内容にコーヒーはブリッツの頭を撫でる。【界雷】は普通であればデメリットの方が大きいスキルだが、【フェザー】ですべての攻撃が雷属性になっているコーヒーには全く問題がない。

それ以外のスキルも確認して笑みを浮かべていくコーヒーに、茂みから二人のプレイヤーが出てくる。コーヒーもそれに気づいて顔を向けると、そこにいたのはペインとレイドだった。

 

「ペインにレイドか。二人も相棒のレベル上げか?」

「すでに相棒がいる前提か……時間もそれなり経ってるし間違ってはいないが」

「そのレベル上げでモンスターが一ヵ所に向かうように進んでいる光景を見てね。何かのイベントかと思ったんだが……」

「それ、俺が使ったアイテムの効果だな」

 

コーヒーのその返しにペインとレイドは苦笑する。同時に姿が少し変化しているブリッツに気がつく。

 

「ブリッツの見た目が少し変化しているな」

「あー……理由は企業秘密ってことで」

「構わないさ。それはメイプル共々、後の楽しみとしておくさ」

 

ペインは情報を隠されていることに不快感を露にせず、逆に楽しみだと笑みを浮かべている。

 

「それに見た目が変わっているのはブリッツだけではなく、シロップ達もだろう?」

「君たち四人は俺たちより先に相棒を得ていたからね。なら、そう考えるのは必然というものさ」

 

レイドとペインの大正解な予測に、コーヒーは誤魔化すように頭を掻くしかない。少しの情報でここまで言い当てるのだから、流石はトッププレイヤーである。

 

「とはいえ、このままでは少し不公平かな?その浮いている匣も新しいスキルのようだし」

「では、顔見せするとしよう」

 

ペインとレイドは【覚醒】を使い、銀の鱗を持った子供の竜と白い毛並みの虎をその隣に携えた。

 

「ドラゴンに白虎……一目でレアモンスターと分かるな。系統的には光と雷か?」

「そこは想像にお任せするよ」

「さすがにそこまでは教えられないからな。では、次のイベントで会おう」

 

ペインとレイドは、互いの相棒を引き連れてその場から立ち去っていった。

 

「やっぱりトップクラスのギルドは強力そうなモンスターを仲間にしてるか。メイプルとイズさんの話じゃ、ミィは不死鳥を仲間にしているみたいだし」

 

次のイベントも楽しみだとコーヒーは期待しながら、ブリッツのレベル上げを続けるのであった。

 

 

 




「この缶詰め、凄く便利だね。探さなくてもモンスターが向こうから来てくれるから」
「カメー」

例の缶詰めを使って、シロップの餌をどんどん調達していくメイプルの図。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

予選開始

てな訳でどうぞ。


しばらくして、イベント本選の詳細な内容が公開された。

 

『ガオ~!今日は第八回イベントの説明ドラ!本選は時間加速で三日間行われるドラ。前回イベントのように難易度ごとに分かれてるドラから、この前説明した予選結果の順位で参加できる難易度と得られる報酬が変わってくるドラよ。本選はモンスターが蔓延る専用エリアを探索しつつ生き延びることが目的になるドラ!探索では希少なアイテムだけでなく、銀のメダルも手に入るドラ。もちろん生き残るだけでも銀のメダルは得られるドラから、頑張って生き残るドラよ?』

 

どうやら第八回イベントは第六回イベントの改良版みたいのようだ。銀のメダルも最高難易度であれば、最大で五枚も得られるから、探索次第では十枚入手も不可能ではない。

 

『予選は前にも説明した通り、モンスターの撃破数と一デスするまでの時間で順位が決まるドラ。予選の舞台となるフィールドには、特定の攻撃が軽減されるエリアもあるドラ。中には数体分の撃破に数えられるレアモンスターもいるから、一筋縄ではいかないドラよ?それじゃ、またね~。ガオ~!』

 

「特定の攻撃が軽減されるエリア……か」

「詳細を見る限り、アイテムや属性、武器攻撃といったあらゆる攻撃手段がエリアごとに軽減されるみたいね」

「それに加えて、撃破数を稼げるモンスターもいるみたいだからね。狩場探しも重要になってくるかな?」

 

今回のイベントも面白くなりそうであることに、一同は期待を胸に寄せていく。

 

「最高難易度に全員参加したいね!」

「そうだね」

「ああ。それが目標でいいと思うぞ」

 

メイプルの提案に全員が揃って賛成する。とは言っても、最高難易度に参加できるかは予選の結果次第。今回は個人戦となるので、全員がベストを尽くして結果を待つしかないのである。

 

「皆のモンスターと一緒に戦うのも、そこが最初になるのかなぁ?」

「それが妥当だろうな。相棒達のレベル上げや連携を考えるとな」

「同じ難易度に挑めるよう、頑張ります……」

「一人なのは心細いですけど」

 

普段は二人一組で行動しているマイとユイは、初めての個人戦に不安そうに呟く。シアンも口にこそしないが、二人と同様に不安な顔となっている。

それだけではなく、イベント中はモンスターを呼び寄せるアイテムは使用不可能と明記されているのだ。一人であれこれ考えて予選を突破しなければならないから、余計に不安を感じているのだろう。

そんな三人を、他の者たちが励ましていく。

 

「大丈夫大丈夫!三人とも強くなってるし!」

「そうよ。それに頼れる相棒もいるしね」

「そうだよー。一人じゃないから大丈夫だよー」

 

励ましを受けた三人は意思表示を示すようにギュッと拳を握り締める。

 

「それに本選はプレイヤーの直接戦闘はないみたいだからな。予選さえ乗り越えればのびのびとやれるだろう」

「メイプルの【身捧ぐ慈愛】があれば、対モンスターは簡単になるからな」

 

モンスターは臨機応変に攻撃を変えてこないタイプが多いので、すぐに貫通攻撃のみに切り替えてくるプレイヤーより遥かにやりやすいのである。

 

「どちらかと言うと、どれだけ探索できるかね。今回公開されているイベントフィールドのマップは、相当広いからね」

「かなり広いから、全部を探索するのは厳しいだろうな」

「私達だと尚更キツイですね」

 

AGI0の極振りメンバーには確かに厳しいかもしれないが、STR極振りのマイとユイの相棒であるツキミとユキミは人一人乗せられる程度の巨大化スキル獲得し、シアンの相棒のモルフォも移動を助けるスキルを獲得したので、今までよりは楽になりそうである。

 

「じゃあ皆でレベルを上げて、予選を待つって感じでいきますっ!」

 

メイプルのその言葉に全員が賛成するように頷く。こうして一同は次のイベントを楽しみにしつつ、イベント当日までそれぞれの相棒のレベル上げに勤しむのであった。

 

 

――――――

 

 

予選当日。

 

「よーし!皆で本選行こうね!」

「もちろん。メイプルこそ、頑張ってね」

「本選は予選から幾ばくか日が経ってからだから、回数制限のあるスキルも出し惜しみしなくていいからな」

 

今回の予選はモンスターの討伐だけでなく、プレイヤーの妨害も行わなければならない。もっとも、メイプルに近づくプレイヤーは一人もいないだろうが。

ちなみにコーヒーの現在のステータスはこうなっている。

 

===============

コーヒー

Lv.80

HP 475/475(+132)

MP 238/238(+67)

 

STR 47(+120)

VIT 5(+40)

AGI 115(+146)

DEX 85(+120)

INT 55(+118)

 

頭装備 幻想鏡のサングラス・夢幻鏡 【HP+50 MP+20 AGI+40 DEX+30 INT+15】

体装備 震霆のコート・雷帝麒麟 【VIT+25 AGI+50 INT+25】

右手装備 雷霆のクロスボウ・閃雷・魔槍シン・結晶分身 【STR+100 DEX+55 INT+45】

左手装備 カレイドエピラー・ミラートリガー 【DEX+5】

足装備 黒雷のカーゴパンツ・クラスタービット 【HP+22 MP+22 DEX+30】

靴装備 迅雷のブーツ・疾風迅雷 【AGI+56 INT+28】

装飾品 絆の架け橋

    ブルーガントレット 【HP+30 MP+15 STR+20 VIT+15 INT+5】

    信頼の指輪 [【雷帝麒麟の覇気】【氷霜】【遺跡の匣IV】]

 

スキル

【狙撃の心得X】【弩の心得X】【一撃必殺】【気配遮断X】【気配察知X】

【しのび足X】【雷帝麒麟の覇気】【無防の撃】【弩の極意X】【避雷針】

【聖刻の継承者】【フェザー】【雷炎】【連携】【クイックチェンジ】

【ソニックシューター】【フレアショット】【フリーズアロー】【砕衝】【地顎槍】

【アンカーアロー】【流れ星】【扇雛】【パワーブラスト】【チェイントリガー】

【雷翼の剣】【彗星の加護】【羅雪七星】【氷霜】【永久凍土】

【遺跡の匣IV】【雷神陣羽織】【百鬼夜行I】【孔雀明王】【アイアンメイデン】

【ジェネレータ】【ワイルドハント】【爆雷結晶】【跳躍X】【壁走りX】

【体術IX】【連射X】【魔法の心得IX】【遠見】【暗視】

【鷹の目】【スナイパー】【狩人】【毛刈り】【攻撃強化中】

【射程距離強化大】【釣り】【水泳IX】【潜水IX】【水中射ちVII】

【採掘X】【HP強化小】【MP強化中】【皐月の加護】【深緑の加護】

【冥界の縁】【死霊の助力】【レディアント】【毒耐性中】【属性強化】

【口上強化】【名乗り】【詠唱IX】【口上詠唱】【MPカット中】【MP回復速度中】

===============

 

『ガオ~!そろそろ第八回イベントの予選が始まるドラ!みんな、頑張って上位を目指すドラよ!』

 

いつものマスコットドラゴンが予選開始の合図をしたことで、【楓の木】はもちろん、ログインしている全プレイヤーは気持ちを引き締めていく。

 

「それじゃあ、ファイトー!」

「「「「「「「「「「おー!」」」」」」」」」」

『それでは、予選開始ドラ!!』

 

メイプルの掛け声に全員が返すと、マスコットドラゴンによって予選の火蓋が切って落とされる。

それぞれがバラバラに専用フィールドへと転送され、コーヒーも平原が広がる場所へと転送される。

 

「他のプレイヤーの姿はなし……か。じゃ、さっさとモンスターを狩りに行くか」

 

今回は生存時間だけでなくモンスターも多く狩らないといけない為、コーヒーは【クラスタービット】に【遺跡の匣】、【結晶分身】を使い、メタルボードに乗って空からモンスターを探していく。

個人戦だから【孔雀明王】を使えばいいのかもしれないが、【系統:雷】ではない【遺跡の匣】や【レディアント】等といった有用なスキルが使えなくなるのは少々痛いのである。

 

ちなみに【遺跡の匣】のレベルは四に上がり、攻撃モーションに全耐性ダウンの音波攻撃が追加された。効果の方は風属性と30%の確率で更なる追加攻撃である。

なので、匣の現在の追加効果は属性光とHP回復、ダメージカットに追加攻撃追加の四つである。

 

「【覚醒】」

 

そうしてブリッツも呼び出して肩に乗せ、何時でも戦える状態で進んでいると、ジャッカルのようなモンスターを発見する。

 

「迸れ、蒼き雷霆(アームドブルー)!ブリッツ【界雷】!穿つは閃槍 迸るは闇夜に煌めく雷光 雷槍と成りて敵を射し貫け―――穿て、【サンダージャベリン】!」

 

コーヒーはクロスボウの矢を放ちながらブリッツに指示を出し、【サンダージャベリン】を放つ。

矢が突き刺さり、光線に貫かれ、星に襲われ、最後に雷の槍に穿たれたジャッカルは光となって消えていく。

 

「うげ……STRとINTが低下するデバフがかけられた……」

 

コーヒーはステータスに表記されたデバフに顰めっ面となる。詳細を確認すると、どうやら今回のバフデバフはモンスターを撃破する事でかけられるようだ。

 

「【無防の撃】でダメージ自体は与えられるが……10%の火力低下は地味に痛いな」

 

コーヒーは貰ってしまったものは仕方ないと諦め、次のモンスターを狩る為に探索を続けていく。

牛、ゴブリン、猪、大きな雛……多種多様なモンスターを手当たり次第に駆逐していく。その為、様々なバフデバフがコーヒーに降り注ぐが、コーヒーはお構い無しとばかりにモンスターを狩っていく。

 

「ピギャアアアアアアアアアッ!!」

「うるさっ!?」

 

その内の一体であるマンドラゴラのようなモンスターを倒した瞬間、耳をつんざくような悲鳴が響き渡る。コーヒーは両耳を押さえながらステータスの表記を確認し……目を丸くした。

 

「……は!?十五分間、凶悪なモンスターに追いかけられる?マジで?」

 

コーヒーがそう呟く間にも、恐竜モドキやグリフォンモドキ……見た目からして凶悪そうなモンスターが次々とコーヒーの下へと向かって来ている。

周囲を取り囲むように迫ってくるモンスターの軍勢であれば、普通であれば危機的状況だ。だが、コーヒーにとっては嬉しい誤算である。

 

「ブリッツ【拡散雷針】!【渦雷】!【乱れ稲妻】!」

 

コーヒーはブリッツに指示を出し、迎え撃つ体勢を整えていく。ブリッツが放って地面に突き刺さった無数の針は、稲妻を受ける度に放電するかのように更なる電撃を放って周囲を攻撃していく。

 

「瞬け、【ヴォルテックチャージ】!踊る狂雷 駆けて残すは怒りの雷狼 天地を統べるは雷皇(らいおう)の責務 空を支配せし万雷の稲妻は満に足らず 戯れに狂い乱れる(あか)い稲妻を地に堕とす 赫と蒼の雷慟の化身による演舞 その荒き舞踏で蹂躙せん!限界を超えし蒼き雷霆よ荒め!【レイジングボルト】!!!」

 

コーヒーは【ヴォルテックチャージ】と【口上詠唱】で威力と効果を大幅に上げた【レイジングボルト】を発動させる。詠唱の通り赫と蒼の二種類の雷撃が踊り狂う地面を前に、集まっていた地上のモンスターはダメージを受ける。そこから【渦雷】と【遺跡の匣】の追加攻撃、【拡散雷針】によって放たれた電撃で地面に落ちた空のモンスター達も二つの踊る雷撃の餌食となっていく。

コーヒーも次々と矢を放ってモンスター達に攻撃を当て、【レディアント】の効果でMPを素早く回復させていく。

 

「迸れ、蒼き雷霆(アームドブルー)!輝くは不屈の雷光 残響する雷吼は反逆の証 雷呀の鎖と為りて一切合切を打ち砕け―――迸れ、【リベリオンチェーン】!サンダー!!昇るは助力を願う晃雷 降り注ぐは裁きの雷雨 咎ある者達に神罰を―――降り注げ、【ディバインレイン】!!」

 

コーヒーは【雷帝麒麟】の広範囲魔法を連続で発動し、次々と集ってくるモンスター達を追加攻撃も合わせて葬っていく。

当然、様々なバフデバフを受け、他のプレイヤー達にも居場所を特定されてしまっている。だが、雷の集中豪雨と降り注ぐ星、絶え間なく放たれる光線を前に、プレイヤーのほとんどは回れ右して去っていた。

 

「覚悟しろCF―――ぎゃああああっ!?」

「同士!?うぎゃああああああっ!!」

 

そんな地獄を無視してコーヒーを倒そうとしたプレイヤーもいたが、地面と空の雷撃によって対峙する前にフィールドからおさらばする結果で終わっていた。

 

「あれが【蒼き雷霆】か……少しばかり()()しようかな」

 

そんな中、如何にも(くらい)が高そうな見た目の服に身を包んだ緋色の髪の男性プレイヤーが、その地獄に向かって行く。

普通であれば今までのプレイヤーと同じ末路となるのだが、そのプレイヤーは背中に方翼の光の翼を生やし、空を飛んで迫っている。

飛行に慣れているのか、入り乱れる稲妻を軽々と避けていき、独りでに浮く大剣をコーヒーに向かって振り下ろした。

 

「っ!」

 

コーヒーは咄嗟にその大剣を右手のクロスボウで受け止めると、左手のクロスボウで直ぐ様撃ち抜こうとする。

しかしそのプレイヤーは受け止められた直後にすんなりと下がっており、互いに向かい合う形となる。

 

「やっぱりこの程度は防ぐか。さすが、【蒼き雷霆】といったところかな?」

「……誰だよ、お前は?」

 

二つ名にメンタルダメージを受けつつも、コーヒーは警戒しながら言葉を投げ掛ける。

 

「オレの名はジエス。上位ギルド所属のプレイヤーさ」

「……【集う聖剣】や【炎帝ノ国】とは別のギルドのやつか」

 

色々な意味で濃そうであるジエスと名乗ったプレイヤーに、コーヒーはそう呟く。見た目やらキザそうな雰囲気から、ギルドマスターの可能性も否定できない。

 

「悪いけどギルドマスターじゃないよ?オレもギルドを作ろうかなって思ったんだけど、ウチのギルドマスターが『あなたがギルドマスターだと、メンバーが女性オンリーになるので』と半ば強引に阻止されたんだよ?マスターの相方も同意する始末だったし」

 

どうやら顔に考えが出ていたらしい。色々とツッコミどころが満載のジエスの言い分に、コーヒーは苦笑いするしかなかった。

 

「このまま戦うのも面白そうだけど、長丁場になるのは間違いないからね。挨拶も済んだしここでおさらばさせてもらうよ」

 

ジエスはそう告げると、そのまま飛び去っていこうとする。

 

「リアルハーレム野郎は消え失せろっ!!」

「憎きリア充のCF共々、此処で消え果てろぉおおおおおっ!!」

「ゴートゥ・ヘルに限るぜっ!!」

 

そんなジエスの動きを遮るように、血涙を流していそうなプレイヤー達が襲いかかってくる。

 

「やれやれ……何でそんなに怒っているのか理解できなし検討もつかないよ……世界を照らせ、黄金の黎明(ゴールドトリリオン)!!【黄昏の花畑】!【沈まぬ太陽】!【瞬光ノ霊剣】!!」

 

ジエスは【名乗り】を使うと、光で構成された花畑を作り上げる。同時に光の速さと形容すべき速度ですれ違い様に襲ってきたプレイヤー達を斬り裂く。

斬り裂かれると同時に花畑は天へと昇る炎のような光を放つ。光は襲いかかったプレイヤーだけでなく、モンスター達も包んでいく。光に包まれたプレイヤーとモンスター達はHPを削られ、そのまま光となって消えていった。

あっさりと彼らを倒したジエスは、にこやかな笑みでコーヒーの方へと振り返った。

 

「それじゃ、今度こそお暇させてもらおうかな。次会う時を楽しみにしているよ」

 

ジエスはそう言い残し、今度こそ立ち去っていった。

明らかなトップクラスの実力を持つジエスを前にコーヒーは……

 

「理由に検討つかないって……普通に理由言ってただろ」

 

ジト目で見送ったのだった。

 

 

 




「怖いもの見たさで来てみたけど……」
「地獄過ぎてテラワロスwwwww」
「モンスターが大量に集まっているけど……ボーナスエネミーはもったいないけど、諦めるしかないね」

メイプルが作り出した地獄絵図に回れ右した者の図。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

エリアボス、出現

てな訳でどうぞ。


とある荒野エリアにて。

 

「おい見ろ。あれは例の空飛ぶ魚だぞ」

「第四回イベントで大暴れしたあの魚か……今回は前のようにはいかないぞ」

 

上空にいる空飛ぶ魚―――巨大化したジベェを視界に収めたプレイヤー達の隣には、ピンクのイルカや黒いイカ……七層の海エリアでテイムした相棒がいる。

 

「ドルフィ【波乗り】」

 

ピンク髪の男性プレイヤーが相棒のピンクのイルカ―――ドルフィに指示を出す。

【波乗り】は二分間、水属性による被ダメージを80%もカットしてくれる便利なスキルだ。

ジベェの【津波】に対して準備万端……というタイミングで不意に足下が冷たくなっていることに気がつく。

 

「ん?」

「何で急に水が……」

 

前触れもなく膝の近くまであった水に一同が疑問に思った瞬間、その水が急に荒れ始めた。

 

「な、なんだ急に!?」

「足下の水のせいでバランスが……!」

 

急な水流に多くの者が足を取られ、バランスを崩す前で、ジベェの腹から大量の水が流れ出てくる。

忘れもしない。あれは多くのギルドを流し飛ばした【津波】である。

 

「ドルフィ【巨大化】だ!」

 

それに対し、果敢にも一人のプレイヤーが挑んでいく。全長二メートル程になったドルフィの背中に掴まり、襲いかかる津波に逆らって進んでいく。

 

「海はもうお前のものじゃない!それを今日―――」

 

その決意は、半透明な小判鮫によって遮られる。

 

「な、なんだこの魚の群れは!?」

 

津波の中を泳ぐように進んでいる小判鮫の群れにより、彼らは押し戻される形となっていく。その小判鮫達はモンスターやプレイヤーに襲いかかっているが、大したダメージを与えられていない。

その中で、彼はある物に気がつく。

 

「あれは……機雷?」

 

その機雷はよく見れば津波に紛れる形で幾つもある。彼がそれに気がついた直後、小判鮫の一匹がその機雷に食いつた。

 

「「「「「あぎゃあああああああああああああっ!?!?!?」」」」」

 

途端に炸裂した大量の凄まじい電撃。それによって多くのプレイヤーとモンスターが一斉に消え去るのであった。

 

 

――――――

 

 

「次はこの地点かなー?みんなにメッセージを送らないとねー」

 

大量のモンスターと大勢のプレイヤーをジベェのスキルとアイテムによって消し飛ばしたミキは、次の攻撃地点と移動ルートを【楓の木】の全員に送ってその場所へとジベェと共に向かっていく。

空を飛んで移動している上に巨体な為、周りから相当目立つ。そうなると必然的にプレイヤーによる妨害を受けやすくなる。

 

「ジベェ、【大洪水】ー、【小判鮫】ー」

 

ミキがジベェの新たな範囲攻撃スキル【大洪水】と水属性の攻撃に追加攻撃を付与するスキル【小判鮫】によって、まるで滝の如く大量の水が真下の平地に流れ、半透明の小判鮫の群れが流れる水と共に突撃していく。

 

「次はー、これを使おうかー」

 

ミキはクーラーボックスから【凍結爆弾】という、威力が低い代わりに確実に氷漬けとなる爆弾をポンポンと投げ落としていく。

先に放った【雷電爆弾】は水属性のダメージを受けた直後に喰らうと威力が十倍となる上、麻痺とスタンが入る爆弾である。

 

閑話休題。

ジベェの【大洪水】によって地面に這いつくばっていたプレイヤー達に凍結確定の【凍結爆弾】をまともに受け、見事に凍り付く。そんなカチコチに凍った彼らに、ミキは【樽爆弾】とあの怪鳥に使った【激痛薬】を投げ落とし、最後にイズ印の爆弾で爆破。無慈悲に消し飛ばしていく。

 

「ミキさーん!」

「んー?」

 

そんな中、背中から虹色に光る蝶の羽を生やし、巨大なジベェに近づくプレイヤーの姿がある。その人物は【楓の木】のINT極振りプレイヤーであるシアンだった。

 

「おー。シアンちゃんもー、飛べるようになったんだー」

「はい!モルフォのおかげで飛べるようになりました!」

 

シアンのその言葉に、モルフォも嬉しそうにシアンの周りを飛んでいる。モルフォのスキルである【電子の羽】はAGIが40加算され、コーヒーの【孔雀明王】のように飛べるようになるスキルだ。もっとも、加算されたAGIは装飾品のマイナス補正で無意味になっているが。

 

他にも消費MP軽減の【夢路】やINT上昇の【約束の光】、モルフォ自身が攻撃する範囲攻撃スキル【輪廻の花】等がある。そんなサポート系のモルフォと共にモンスターを倒しながら進んでいると、空にいるジベェを見つけたので合流しようと誤って落とされないように近づいたのである。

 

「それじゃあー、一緒に動こうかー」

「はい!頑張って一緒に上位に入ります!」

 

こうして合流できたミキとシアンは、共に行動することになるのであった。

ちなみに―――

 

「ジベェ、【津波】ー」

「モルフォ【夢路】!【約束の光】!輝け、【フォトン】!【連続起動】!」

「「「「ぎゃあああああああああっ!?」」」」

 

【空中戦艦】となったことで二人を止められなくなった事は言うまでもないことだろう。

 

「……遠方から狙撃は可能ですか?」

「出来なくはないけど……その前に巻き込まれそうだね」

「では近づかず、放置の方向で行くとしましょう」

 

 

――――――

 

 

とあるジャングルエリアの付近にて。

 

「いやー、上手く合流できて良かったね。特にサ・ク・ヤ・ちゃん・は、ねっ!」

「イエス。私の演奏スキルはパーティーが前提ですので、ソロの予選はヘビーです」

「嫌味が通じない……」

 

あっさりと肯定したサクヤに対し、嫌味があまり通用しなかったフレデリカはガクリと肩を落とす。レイドを含めた彼女達は現在、共に行動してモンスターを狩っていた。理由はサクヤとフレデリカは後衛であり、特にサクヤは支援寄りの後衛であるからだ。

 

サクヤのメインとなっている演奏はパーティーが前提となっているスキルだ。状態異常付与の演奏も、パーティーが組めない以上無差別攻撃となってしまう為、サクヤの強みが封殺される結果になっているのだ。

なので互いの位置情報を確認し、ちょうどレイドとフレデリカがサクヤとの距離が近かったので、早々に合流して撃破数を稼いでいるのである。

 

「まあ、どちらも魔法による後衛がメインだからな。私も二人が居るおかげで、戦闘がかなり楽になっているから助かっている」

 

先頭を歩くレイドが二人にそう返した直後、自身の得物である蛇腹刀を構える。その先には全身金色の飛蝗型のモンスターが数体いた。

 

「おっ!撃破数を稼げるボーナスエネミーじゃん!」

「特徴はオールゴールドですので、間違いないでしょう」

 

運営の通知にあった撃破数を稼げるモンスターの特徴は全身が金色であることが記載されていた。種類は様々ともあったので、ボーナスエネミーの一種であることは間違いなかった。

 

「全部で五体だな。三体はサクヤに譲り、私とフレデリカは一体ずつ狩るぞ。ヴォル、【覚醒】」

「オーケー!ノーツ、【覚醒】!」

「センキュウです。亡、【覚醒】」

 

白虎に黄色い小鳥、可愛いお化けが出てくると、レイドが白虎のヴォルと共に金色飛蝗達へと突撃していく。

 

「ヴォル【雷童子】!焼き焦がせ、【雷鞭刃】!」

 

レイドの指示を受けたヴォルによって、レイドの蛇腹刀に水色の雷が刃となって宿り、リーチが伸びる。それが刀身が分割されたのも合わさり、柔軟かつしなやかな雷刃となって金色飛蝗達を斬り裂く。

 

「ノーツ【輪唱】!連なり守れ、【多重障壁】!」

 

レイドの斬撃でダメージを負った金色飛蝗達が逃げようとするも、小鳥のノーツのスキルによって普段より多く展開されたフレデリカの障壁によって金色飛蝗達は退路を遮られる。

 

「亡【涅槃(ねはん)の炎】」

 

サクヤが亡に指示を出し、亡は掲げるように展開した黒い炎を金色飛蝗達へと飛ばす。黒い炎は金色飛蝗達に命中した途端に全身を包み込み、HPをどんどん削っていく。

 

「吹き飛ばせ、【破雷】!」

「同時に燃えよ、【多重炎弾】!!」

 

レイドとフレデリカは黒い炎がHPを削り切る前に、一体ずつ金色飛蝗を仕留める。二人が仕留めた直後で、残りの三匹もHPが0となって光となって消えていった。

 

「相棒がいるって本当にいいね!ノーツのおかげで手数が増えたし!」

「イエス。私も亡のおかげで、ソロが楽になりました」

「ああ。先に相棒がいたメイプル達を見て―――」

 

相棒によって戦術の幅が広がった事を改めて実感していた三人であったが、鼓膜を破壊するような轟音と殴り付けるような突風、そして遠くに見える盛大な火柱によって遮られる。

 

「ちょっ!?何なのこの轟音は!?」

「ワッツ!?」

「グッ!?」

 

驚愕する三人はいきなりだったこともあり、その突風に軽く吹き飛ばされてしまう。少しして突風は止み、三人は生存確認をしていく。

 

「クッ……サクヤ、フレデリカ、無事か?」

「イエス、私は大丈夫です。土まみれでゾンビのようになったゾンビデリカさんと違って」

「ゾンビ言うな!サクヤちゃんは茂みの中に突っ込んでいるくせに!」

 

茂みに突っ込んだり、土まみれで地面に転がっていたりと、少し情けない姿を晒しながらも相棒も含めて全員無事であった事に三人は一安心する。

同時にあの爆発は何だったのかと疑問に思うのであった。

 

 

――――――

 

 

―――ジャングルが大爆発する十分程前。

 

「次の爆破地点は……ここね」

 

水色の髪の生産職プレイヤー―――イズはそう呟くと、インベントリから超巨大な樽を取り出す。その樽は例の凶悪爆弾【樽爆弾ビックバンII】である。

イズはさらにトラップアイテムである【底なし沼】も取り出すと、自身の相棒であるフェイに指示を出す。

 

「フェイ【森の怒り】【アイテム強化】【リサイクル】」

 

イズの指示を受けたフェイは【樽爆弾ビックバンII】と【底なし沼】の効果を強化する。【底なし沼】を棘だらけとなった【樽爆弾ビックバンII】の真下に使うと、【樽爆弾ビックバンII】はズブズブと地面に沈んでいき、綺麗に地面の中へと埋まる。

イズは地面に沈んだ【樽爆弾ビックバンII】に十分後に設定した【時限爆弾】をセットしてカモフラージュを施すと、大急ぎでその場から離脱していく。

 

本来であれば様々な準備を施してから爆破するのだが、今回使ったのは猛威を振るい続けている【樽爆弾ビックバン】の上位版だ。フェイによって強化された【樽爆弾ビックバンII】がどれ程になるのか把握する為にも、イズは敢えて距離を取る方向で舵を切ったのである。

【樽爆弾ビックバンII】の範囲から倍近い距離を取ったイズは【妖精の守り】でアイテムによるダメージを大幅にカットしてくれるフェイのスキルも使い、木の裏に隠れてその時を待つ。

 

「後五秒……四……三……二……一……」

 

イズは両耳を閉じた直後、凄まじい轟音が鳴り響いた。同時に吹き抜ける爆風。周りの木々も煽られるように薙ぎ倒されていく。

 

「ちょっ!?嘘でしょ!?」

 

木々が薙ぎ倒される程の爆風により、イズ自身も吹き飛ばされてしまう。少しして風が止み、軽くダメージを受けたイズが目を向けた先には……更地と化し、クレーターが出来上がっている元ジャングルの姿があった。

 

「…………」

 

まるで巨大隕石が落ちたような現場となった元ジャングルにはプレイヤーもモンスターもいない。元からいなかったのはあり得ないので、答えは一つしかない。

 

「……次からはもっと距離を取らないとね」

 

強力ゆえに運用が難しい超威力の爆弾の運用方法を現実逃避気味に考えながら、イズは次の爆破予定地へと向かうのであった。

 

「今の爆発、ものすごく見覚えがあるんだけど……」

「俺もだ。どうやら俺の見間違いではないようだな」

「本当にあの爆発は何なんだよ……?」

 

 

――――――

 

 

白く深い霧が立ち込める森エリアにて。

 

「次のモンスターは俺が倒すからな」

「何を言っているんですか?こういうのは早い者勝ちです」

「どうでもいいが、ボーナスエネミーは俺がやるからな?お前らのせいで撃破数を稼げていないんだし」

 

剣士、弓使い、槍使いは互いにピリピリしながら視界の悪い森の中を進んでいく。仲が悪いのになぜ徒党を組んでいるのか疑問に思える程だ。

 

「俺は【集う聖剣】や【炎帝ノ国】の奴らより強くなる」

「【楓の木】は?」

「あれは論外だろ。まともに戦えば―――」

 

その瞬間、三人は麻痺したような衝撃が身体を駆け抜け、その場から動けなくなった。

 

「な……!?身体が急に……!?」

 

剣士は突然の麻痺に混乱していると、深い霧の向こう側から赤く光る二つの光に気がつく。

 

「まさか、モンスターか!?」

「僕が撃ち抜きます!麻痺が解けたら―――」

 

弓使いが満足に動かない身体を動かして弓をつがえようとするも、それは背後にいた存在によって阻まれる。

 

「【一閃】」

 

その瞬間、背後から三人はスパッと斬られる。同時に虚空から現れた刀に三人は胸を貫かれ、光となって消えていくのであった。

 

 

――――――

 

 

三人のプレイヤーを葬った上半身がサラシを巻いただけの刺激的な格好をした女性―――カスミは刀を鞘に納めて普段の姿に戻ると、霧の向こうから顔を出した巨大な白蛇―――相棒のハクに近寄っていく。

そう、この深い霧はエリア特有の現象ではなくハクのスキル。ハクが巨大なのも【巨大化】の上位スキルであろう【超巨大化】によるものである。

 

その二つのスキルによってカスミは縄張りを構築し、モンスターとプレイヤーを手当たり次第に狩っていたのである。

そのカスミはというと、鞘を掲げて感慨深げに眺めている。その鞘は《身喰らいの妖刀・紫》の紫の鞘ではなく、黒と銀の二色で構成され、桜の花弁の意匠が施された鞘だ。

 

「ああ、この補助装備の鞘もすごく良い……見た目はもちろん、スキルの方も悪くない」

 

============

《御前の鞘》

STR+2

【三明の剣】【破壊不可】

============

 

この《御前の鞘》は第六回イベントで手に入れた《折れた脇差し》を【解体】して得たユニーク素材、【暁の玉鋼】から作った補助装備枠のユニーク装備である。脇差しとどちらにするか悩んだが、若干のステータス補正と【紫幻刀】の存在等から鞘にしたのである。

 

《御前の鞘》のスキル【三明の剣】は三つのスキルを内包した【妖刀】と同じ複合スキルだ。だが、スキルの発動は抜刀の時点で自動的に一つ発動し、任意では選べない。それを加味しても、十分に強力なスキルであるが。

カスミは気を引き締め直すとハクに乗り、再び森の中を移動していく。しばらく進んでいると、鹿型のモンスターを狩っている大鎌を携えたプレイヤーと、付き従うように浮遊している数体の幽霊の姿を発見する。

 

「よし……」

 

カスミはそれを確認すると、刀を鞘から引き抜く。当然姿は変わり、同時に刀に一つの光が追従する。

 

「光が一つ……【小通連】が発動したのか」

 

どのスキルが発動したのかは鍔の周りを回るように追従する光の数によって把握できる。今回発動したスキルは【小通連】である。

【小通連】がもたらす効果は刀身の延長とオブジェクトの無視。簡単にいえば、木や壁などの障害物をすり抜けて敵を斬ることができるのである。プレイヤーの武器や盾はすり抜けられないが、強力であることには違いない。

刀の切っ先から陽炎のように揺らめく透明なオーラを確認したカスミは、ハクと共に彼らへと迫っていく。

 

「【武者の腕】」

 

ハクが鹿の胴に噛みつくと同時に、【妖刀】のスキルを発動させる。

カスミの両脇に出現した武者の腕が握る刀によって、暗緑色の幽霊達は斬り裂かれていく。その幽霊達は木々に紛れているが、【小通連】の恩恵で武者の刀もすり抜けられるので木々を無視して幽霊達を斬り飛ばしていく。

 

「ウホォ!?サラシだけのチャンネーとかマジ眼福―――」

「【一ノ太刀・陽炎】!!」

 

クワッと目を見開いた大鎌使いの鼻息荒いコメントをぶった斬るように、カスミは少し声を荒げたようにスキル名を告げて一太刀で仕留める。

 

「ハク【麻痺毒】!【四ノ太刀・旋風】!」

 

カスミはそのままハクによって麻痺した鹿に連撃を叩き込み、鹿のHPを0にする。

 

「うう……やはりこの姿を指摘されると恥ずかしくなる。慣れたくはないが、慣れないと……」

 

カスミは羞恥心を煽る今の姿に悩まされながらも、上位に入る為にマップに表示されているプレイヤーアイコンがある場所へと向かうのであった。

 

「この先、随分と霧が濃いですね。どうしますか?」

「この先は虎尾春氷(こびしゅんぴょう)だと私の勘が告げている」

「分かりました。このまま立ち入らずに離れましょう」

 

 

 




「蒼い雷が見えるっすね……行ってきていいっすか?」
「駄目……私だけじゃモンスターを倒すの、厳しくなる」
「後生のお願いっす!ほんのちょっと!ほんのちょっと見に行くだけっすから!」
「絶対戦うから……却下」
「うう~~!……そうだ!ジェラにお願いすれば……!」

己の願望の為にメッセージを送る者の図。
数十秒後……

『無理だよベル。ちょうどサリーを見つけたから』
「ガーン!!」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メイプルロード

てな訳でどうぞ。


STR極振りの双子プレイヤー、マイとユイは森の中にある拓けた場所で二人組と対峙していた。

 

「今日は【楓の木】の奴らによく会うな」

「悪いが容赦はしないぜ」

 

岩のゴーレムと黒い毛並みの狼を従えた二人組―――【集う聖剣】の主要メンバーであるドラグとドレッドを前に、マイとユイは緊張した表情で二振りの大槌の柄を握り締める。

マイとユイの攻撃力は確かに脅威ではあるが、攻撃が当たらなければ成立しない。それに加えて広範囲攻撃スキル持ちのドラグと高いAGIを有するドレッドが相手なのだ。特にドレッドには確定耐えスキルもある。戦えばどちらが不利なのかは明白である。

 

「行くぜ、【地割―――」

 

ドラグがマイとユイのテイムモンスターのツキミとユキミの動きを封じようと、斧を掲げながらスキルを発動しようとした瞬間、幾条ものレーザーが突如として飛んできた。

 

「うおっ!?危ねぇっ!?」

 

ドラグはスキルの発動をキャンセルして咄嗟に躱す。当然、突然のレーザーに四人は揃って飛んできた方向に顔を向けると……十メートルはある巨大なワニが猛然な勢いで迫ってきていた。

 

「おい!?なんだありゃ!?」

 

ドラグは驚愕して口からレーザーを放ち続けるワニに顔を向ける。ドラグはもちろん、ドレッドもモンスターを引き寄せるバフを貰っていないから、あんな風に走ってくるワニに意表を付かれてしまったのだ。

 

「俺が知るか!早く離脱―――」

 

ドレッドが考察は後回しにして退こうとするも、二人は運悪くワニの進行ルートのど真ん中だったせいで、テイムモンスター共々見事に轢かれてしまう。吹き飛ばされたドラグとドレッドは死にはしなかったが、看過できないダメージを負ってしまう。

 

「やべっ。俺もアースも、今のでHPをだいぶ持っていかれた」

「シャドウもだ。さすがにこの状態で戦うのはマズイし……一旦逃げるか」

 

相棒達も深手を負ってしまった以上、今の状態でマイとユイと戦うのは危険と判断した二人は、急いでその場から離脱していく。

対してマイとユイは……

 

「今のって……」

「間違いなく、メイプルさんですね……」

 

マップに絶賛移動中で映っているメイプルの位置情報と、ワニの口の奥に見えた白い毛玉から察して苦笑していた。

 

「次はあっちに行ってみよー!」

 

 

――――――

 

 

クロムの方も、相棒のネクロのおかげもあって堅実に撃破数を稼いでいた。

 

「お、誰かがモンスターと戦っているな」

 

マップに映ったモンスターの位置情報を頼りに移動したクロムだったが、先にモンスターと接触していたプレイヤーの戦闘を見て一度動きを止める。

今戦っているモンスターは金色の狼。撃破数を稼げるボーナスエネミーであり、横取りするには十分すぎる獲物である。だが、クロムは敢えて観察する方向に舵を切った。

 

「アロックのやつ……戦える人形が二体に増えたのか?」

 

何故なら、金色の狼と戦っているプレイヤーがクロムもよく知る人物だったからだ。

アロックは【機械の演舞】で戦闘は可能であると知ってはいるが、それが二体ともなれば別だ。特にその内の一体はずんぐりとした機械人形だから、気になるのは当然である。

 

「クローネ【剛槌展開】」

 

レンジャー姿のアロックが指示を出すと、クローネと呼ばれた機械人形の大盾を構えていた両腕が巨大な槌に変形する。クローネは大槌を持っていたもう一体の人形共々、金色の狼をその三つの大槌で押し潰して撃破する。

 

「あれがアロックの相棒か?イズとはまた違った……」

 

クロムがクローネの能力を考察していると、バキバキと木が倒壊する音が聞こえてくる。クロムは何事かと思って顔をそちらに向けると……巨大なワニが口からレーザーを放ちながら迫って来ていた。

 

「……は?」

 

レーザーを放ち続けるワニにクロムは呆けた表情となるも、すぐに我に返って急いでワニの進路の外に出ようとする。しかし、呆けたことが災いして間に合わず、見事に押し潰されてしまった。

ワニに押し潰されたクロムは死にはしなかったが、見事に地面にうつ伏せで埋まってしまう結果となるのであった。

 

「クロムなのか?一体どういう状況だ?」

「俺に聞かないでくれ……」

 

 

――――――

 

 

「皆まだやられていないってことは、上手くやっているみたいだね。CFは一定感覚でマップに映ってるし、メイプルはずっとだけど……」

 

予選の残り時間が少なくなったことで、サリーはグッと背伸びをする。プレイヤーもかなりの数が死に、モンスターも狩りやすくなった以上、このままいけば最高難易度への挑戦権を得られるだろう。

 

「できれば強いテイムモンスターを持ってる人の戦いを見たかったけど……遭遇することはなかったなぁ」

 

上位ギルドは【集う聖剣】や【炎帝ノ国】以外にもあり、今回のような生き残りイベントなら二大ギルド以外で警戒すべきプレイヤーが浮上するとサリーは考えていたが、そう上手くはいかないものである。

 

「CFの話じゃ、ペインは竜をテイムしたみたいだしね。やっぱり竜だからブレスはあるだろうし、ミィのイグニスやシロップのように巨大化する可能性もあるのよね……一目でも見れたら恩の字なんだけど……」

 

サリーはそう呟きながらマップを確認する。そこで位置情報が公開されているプレイヤーの一人に目を付ける。

 

「お、ミィがマップに映ってる!残り時間も少ないし……」

 

サリーはミィとイグニスの戦闘をこの目で観察しようと動こうとするも、何かを感じ取って後ろの方へと視線を向ける。観察するようにじっと視線を向けていたサリーは、確信を持って言葉を発する。

 

「隠れてないで出てきたらどう?誰かは知らないけどね」

「……あちゃあ、バレちゃったか」

 

サリーの確信を持った呼び掛けに観念したのか、一人のプレイヤーが木の陰から姿を現す。

白い着物に黄色い袴……角のようにも見えるカチューシャを除けば、カスミの装備より和に近い衣装の装備に身を包んだ短髪の少女。武器は剣のようであり、鞘に収まったそれを左手で持ち続けている。

そんな彼女は、気楽な表情で話しかける。

 

「いやー、運よく見かけたからこのまま尾行してライバルの情報を得ようと思っていたんだけど、そう上手くいかないものだね」

 

和装の少女は肩を竦めると、腰を落として抜刀の構えを取る。

 

「だからさ……ここで一戦交えようか」

 

その宣戦布告と同時に、和装の少女は突撃していく。

 

「!?」

 

いきなりの先制攻撃ではなく、和装の少女の俊敏力にサリーは目を見開く。スキルを発動した様子はなく、単純なステータスとプレイヤースキルにする動きによるものと察したからだ。

そんなサリーに和装の少女は抜刀と同時に斬り裂こうとする。サリーはその一閃を紙一重で躱し、お返しと言わんばかりにダガーを振るう。そのダガーを和装の少女は鞘であっさりと防御してしまう。

 

「へえ、凄いね。避けるならまだしも、カウンターを仕掛けてくるなんてね」

「それはお互い様でしょ」

 

サリーと和装の少女は仕切り直すように互いに距離を取る。和装の少女は片刃の剣―――刀を鞘に素早く納めると、スキルを発動させる。

 

「【剣乱舞踏】【颪刃(おろしやいば)】【抜刀・飛燕】」

 

スキルを発動させた和装の少女は距離があるにも関わらず、再度抜刀と同時に刀を何度も振るう。すると、幾条もの飛ぶ斬撃がサリー目掛けて飛んでくる。

 

「【一式・流水】!」

 

最初は躱すことで対処しようと考えたサリーだったが、自身の勘が避けるのはマズイと警鐘を鳴らした為、スキルによる弾きで飛んできた斬撃を全て弾いて明後日の方向へと流す。

その直後、和装の少女はサリーとの距離を詰めており、二人はそのまま互いの得物をぶつけ合う形となる。

 

「おお。運営の公式動画で魔法を弾いているシーンがあったのは知ってたけど、まさか飛ぶ斬撃まで弾けるなんてね」

 

和装の少女は余裕があるのか、感心するように呟いている。その余裕綽々な態度にサリーは少しイラッとする。

 

「随分と余裕ね?」

「そうでもないよ?初見殺しを防がれて、あたしも少し焦ってるよ」

 

和装の少女はそう告げているが、笑みを崩さずに告げているので本当なのか疑わしい程だ。

 

「焦っているなら、相棒の手でも借りたら?」

「小手先の探り合いでそう簡単に手の内は明かさないよ?そっちも相棒を温存してるしね」

 

鍔競り合いを続けながらも互いに挑発しあう二人。どちらも本気でないことは明白だ。

 

「とは言っても、このままじゃつまらないし……もう少しだけ手札を切ろうかな」

 

和装の少女はスッと目を細めると、剣呑な雰囲気を発し始めていく。

 

「【瞬転符】」

 

和装の少女は再度距離を取って刀を再び鞘に納めると、空いた右手から出現した何枚もの白く光る護符を次々とサリーへと投げ飛ばしていく。対するサリーは自身に迫るその札を体捌きで次々と避けていく。

 

「やっぱり避けるか。けどね……」

 

和装の少女はその瞬間、その場から姿を消す。次に現れたのは……サリーのすぐ後ろだった。

 

「っ!?」

「【抜刀奥義・天津風(あまつかぜ)】」

 

その瞬間、抜刀と同時に和装の少女を中心に円上の斬撃が幾つも飛んでいく。その内の一つに胴体を真っ二つに斬り裂かれたサリーは―――霞むように消えていった。

 

「!?」

「【七式・爆水】!」

 

驚きに目を見開く和装の少女の頭上で、【蜃気楼】と【黄泉への一歩】で上を取ったサリーは高ノックバックの斬撃を叩き込もうとする。和装の少女は咄嗟に飛び出すことで直撃を避けることはできたが、ノックバックの衝撃で半分吹き飛ばされる形となった。

 

「……まさかこれも失敗に終わるなんてね。どうやって無傷で逃げたのかな?」

「貴重な手の内を教えると思う?」

 

溜め息混じりの和装の少女の質問にサリーはそう返しつつも、内心では結構焦っていた。

 

(あれは完全に判断ミスったわね……【空蝉】がなかったら今ので間違いなく終わってた)

 

和装の少女が後ろに現れた時点で【蜃気楼】を発動して不意討ちを狙おうとしたサリーだったが、【抜刀奥義・天津風】が範囲攻撃であり、尚且つ距離が近すぎたのもあって避け切れずに貰ってしまったのだ。

 

(彼女のHPが半分も減ってる……どうやらHPを犠牲に発動するスキルみたいね)

 

【瞬転符】か【抜刀奥義・天津風】のどちらかは少し判断できないが、十中八九後者だとサリーは当たりを付ける。HPが半減ではなく消費である辺り、カスミの【血刀】よりコーヒーの【魔槍シン】に近いのかもしれない。

【アイアンメイデン】?そんなスキルはサリーの中では存在しない。

 

「【百鬼夜行】」

「!?」

 

スキルの考察をしている内に、和装の少女はサリーもよく知るスキルを発動させる。和装の少女の背後に妖怪の大群が出現し、そこから赤鬼と青鬼の二体が姿を現す。

 

(【百鬼夜行】を取得してるってことは、彼女は間違いなく強い!それにもしかしたら……)

 

四層の白鬼を倒すことで得られる【百鬼夜行】を前に、サリーは最大限に神経を研ぎ澄ませていく。サリーの予想が正しければ、和装の少女は()()スキルも取得していると思ったからだ。

 

「これで三対一だね。鬼二体を相手にどう対処―――」

 

サリーの情報を少しでも多く引き出そうとする和装の少女であったが、遠くから聞こえる木がへし折れる音に意識が向く。

当然サリーも戦いを中断してそちらに顔を向けると……巨大なワニが口からレーザーを何度も放ちながらこちらへ迫ってくる姿が目に映った。

 

「……はぁ!?」

「あれって……」

 

和装の少女はすっ頓狂な声を上げ、サリーは口の奥に見える羊毛から察して苦笑いする。和装の少女は赤鬼の肩を足場にして高い場所に離脱し、サリーも【糸使い】でその場から離れる。

その数秒後、巨大なワニは先ほどまで二人がいた場所を通過し、その場にいた鬼二体を連れていく形で去っていった。

 

「……あれが君のギルドマスターかぁ。映像では何度か見たけど、実際に目にするとこうも気力が削られるんだね」

 

どうやら和装の少女も口の奥に見えた羊毛から察したようで、興が削がれた表情で呟いている。

 

「ま、多少の情報が得られただけ十分かな。釣り合いは取れてなさそうだけどね」

 

確かに今回得られた情報量であれば、サリーの方が多いだろう。だが、和装の少女の余裕綽々な態度を見る限り、言葉通りなのか疑わしいほどだ。

 

「勝負はまたの機会ってことで。次に戦う時があったら、あたしが勝たせてもらうよ。サリー」

「……そっちは名乗らないの?人のことを一方的に知っているのに?」

 

それなりに有名になっていると自覚しているサリーは、そこは追求せずに相手の名前を求める。対して和装の少女は確かにといった表情となる。

 

「それもそうだね。一方的に知っているのはフェアとは言えないからね」

 

和装の少女はタハハと笑うと、改めて自己紹介する。

 

「あたしの名はジェラフ。ギルド【thunder storm】に所属しているプレイヤーだよ」

 

【thunder storm】と聞いたサリーは、覚えのあるギルド名に目を若干見開く。

ジェラフと名乗った少女の所属しているギルドは第四回イベントで十位圏内に入った、トップクラスの上位ギルドの一つだからだ。

 

「ギルドマスターじゃないのね。ギルドマスターと名乗っても遜色ない強さなのに」

「強さ(イコール)トップとは限らないでしょ。でも、ウチのギルドマスターも強いのには代わりないよ?」

 

どっちが強いのかは明白にせず、挑発するように告げるジェラフ。対するサリーは強敵に出会えたことに不敵な笑みを浮かべている。

 

「あ、そうそう。ウチのギルドマスターはCFにお熱で興味津々だから」

「…………は?」

 

そんなサリーにジェラフはいい笑顔で一番の爆弾を投下する。その爆弾発言を受け、サリーは理解が追いつかずに間抜けな表情を晒してしまう。そんなサリーにジェラフは笑いを堪えながら、悠然と去っていくのであった。

 

「…………っ!?ちょっと!?お熱で興味津々ってなによ!?一体どういう意味なのか説明しなさいよ!!第一、CFはただのフレンドで―――」

 

取り残されたサリーはというと、我に返った瞬間、その爆弾発言によって取り乱す結果となり、そのまま予選が終わるのであった。

 

「あっ!映像!待って待ってー!!」

 

ちなみに巨大ワニでフィールドを駆け回って知らず知らずの内に蹂躙していたメイプルは、鼻先に取り付けた映像記録結晶を回収できずに帰還したのであった。

 

 

 




「レイ、【聖なる守護】。太陽の剣閃は(ほむら)を従える―――【日輪ノ聖剣】!」
「尽きぬ灼熱の業火 (あけ)に蹂躙するは滅却の熱波 猛き戦場(いくさば)を地獄の炎で焼き尽くさん―――焼き尽くせ、【インフェルノ】!!」

ドゴォオオオオオオンッ!

「……本当に凄まじい火力だ。【日輪ノ聖剣】以外で対処していたら、タダでは済まなかったな」
「レイに大技を使わせず、ダメージ軽減と自身の大技で受けきった男に言われてもな」

互いの大技に警戒するギルドマスター二人の図。
※この直後、巨大ワニの登場で勝負はお預けとなりました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

本選に向けて

てな訳でどうぞ。


予選が終わり、運営ルームでは順位の確定作業が行われている。上位メンバーはやはりと言うべきか、よく知った名前が並んでいた。

 

「結局、大番狂わせはなかったですね」

「強いところは順当に強いテイムモンスターを見つけているからな。そうなれば地力の差が覆らないし当然か」

「強いて言うならば、無所属の生産職プレイヤーが最高難易度の挑戦権を得たくらいですね」

「もう少しPvP要素を強くした方が良かったかもな」

「そうだな。これじゃお約束展開でやる気がなくなりかねないからな」

「そうですね。特定攻撃の軽減エリアにボーナスエネミー……PvEの要素を強めにしすぎましたから、今回の失敗は次に活かしましょう」

 

今回の反省点を上げつつ、運営達は作業を続けていく。休憩の意味合いも兼ねて予選の映像も確認していく。

 

「……俺達、エリアボスは配置してないよな?」

「大型のモンスターは用意したけど、明確なボスモンスターは配置してないぞ」

「もう完全にプレイヤーの方がエリアボスになってるぞ。巻き込まれて倒れているプレイヤーも多数だし」

「しかも幾つかは軽減エリアに関係なく攻撃を放ってますね。ほら、アイテム攻撃が軽減されるエリアなんか、更地になってますよ」

 

コーヒーの雷撃にミキとシアンの絨毯攻撃、ミィの業火にペインの光の奔流、カスミの霧の森にイズの爆破、トドメのメイプルが生み出す地獄絵図。

もう、どっちがボスなのか分からなくなる。

 

「ルールや地形、スキルがマッチした結果、こうなったんだな」

「メイプルとCF、どちらを先に見ます?」

「……メイプルで」

 

一番の劇薬であるメイプルが大暴れしているであろう映像を一同は確認していく。

 

「ああ……あの花の効果を利用されてしまったのか」

「プレイヤーに位置情報がバレても、誰も横取りしようとしてませんからね。完全にモンスターの呼び寄せ装置にされていますね」

「これじゃ、モンスターを呼び寄せるアイテムを使用禁止にした意味がないじゃないか……」

 

モンスターを誘き寄せるアイテムその物はNPCショップでも購入可能ではあるが、メイプルとコーヒーはもちろん、殲滅力が強いプレイヤーにとっては便利すぎるアイテムとなるので今回のイベントでは使えないように調整していた。

にも関わらず、メイプルが効果を利用して誘き寄せてしまっているので、アイテムを使うのと大差がなくなってしまっていた。

 

「前のイベントをそのまま流用したのは間違いでしたね。次は何かしらの副次効果を追加するのがよろしいかと」

「手抜きしたつもりはないけど……要反省だな」

 

今回の失敗を学びつつ、運営は映像を確認していく。そして、メイプルが巨大ワニに襲われている場面が流れ始める。

 

「メイプルが痛がってますね」

「巨大モンスター限定かつ発動すると威力が減衰するとはいえ、牙を貫通攻撃にしたのは成功でしたね。これまでのパターンから、通用しなければそのまま居座ってしまうので」

 

新人は得意気な表情でふんぞり返る。今までのメイプルの行動パターンとデータから、有効性のある対策を施せたからだ。しかしそれも、長くは続かなかった。

 

「【鉄鋼液】を使いましたね」

「あれを作るのにそれなりにレア度が高い素材が要りますし、NPCショップでも一つ十万ゴールドと高額ですからね。そう多くは……」

 

そう呟く新人の前で、映像に映るメイプルは【鉄鋼液】を躊躇いなく使い続けていく。

 

「……え?え?」

「なんで惜しみなく使ってるの?それなりに高価なアイテムの筈なのに」

「効果が切れる前に使い続けてますし……十本以上使ってません?」

 

メイプルの行動に疑問を感じた一同は、運営の権限でメイプルの現在のインベントリを確認する。インベントリを確認した運営は……一斉に頭を抱えた。

 

「なんで三桁間近まで持ってるんだよ!?」

「たぶん、釣りプレイヤーのミキが大量に釣り上げたんじゃないかと……」

「それをメイプルに渡したのか!?」

「それしかあり得ないだろ!」

 

まさかの貫通攻撃無効アイテムの大量所持に頭を抱える運営一同。そんな運営の前で、メイプルは巨大ワニを車がわりにしてフィールドの大移動を始めていく。

 

「ワニが車がわりに……今回もメイプルに意表をつかれた……!」

「発想は面白い……面白いけど……!」

「【鉄鋼液】の譲渡は完全に予想外だった!こうなるなら、所持数に制限を設けるべきだった!」

「とは言っても、もう実装した手前、PvPでは役に立つかは微妙なアイテムだし……」

 

アイテムである以上、スキルを発動するよりも時間がかかる上、独特な形状で一目で【鉄鋼液】と分かるようにしていたから、要修正とまでには至らなかった。

 

「またしてもメイプルに……!こうなったら、本選のモンスターは全部貫通攻撃に―――」

「それはアウト」

「それをやったら、プレイヤー全員からブーイングの嵐だよ」

「ぐふぅっ!?」

 

新人撃沈。個人を狙い打ちした対策は絶対にやってはいけない案件なので。

 

「また新人が倒れたな。少しそっとしておくか」

「今の内にCFの映像を確認しておくか」

 

瀕死となった新人を放置して、一同はコーヒーの映像を確認していく。

 

「あー、こっちもモンスターの引き寄せ効果を利用しているな」

「メイプルと比べたらマシだけど、これはこれで問題だな」

「完全に【無防の撃】のデメリットを消しちゃってますね」

 

彼らが今回問題にしているのはモンスターの引き寄せ効果ではなく、【無防の撃】と【遺跡の匣】による凶悪な殲滅力の方であった。

 

「【追刃】は追加ダメージに対し、【遺跡の匣】は追加攻撃だからなぁ。火力が実質倍になっているのが痛いところだな」

「発動も解除も任意ですからね。スキルレベルが上がると、誘導性の高い光弾に変更可能になりますし」

「他にも四つに分散する追加効果があっただろ?その二つが組み合わさると……」

「そちらは大丈夫です。どちらも威力減少のデメリットがありますから、ぶっ壊れにはなりませんよ」

「倍率は……0.5倍と0.2倍か。実質0.1倍になるから大幅な火力低下だな」

「CFがその組み合わせを実行すると思うか?」

「実行するだろ。CFはメダルスキルの【レディアント】を持っているから、MP回復狙いでセットする可能性は濃厚だからな」

 

【遺跡の匣】と【無防の撃】はもう少し様子見することにした一同は、そのままコーヒーの映像確認を続けていく。

 

「CFはメイプルと違って、プレイヤーの襲撃を幾ばくか受けてるな」

「約一名以外は、嫉妬から襲っていますがね……」

 

運営はその後もあーでもない、こーでもないと議論しながら今後の方針や反省点を上げていく。

 

「上位陣の多くは弱点のカバーではなく、長所を伸ばしていますね」

「中にはテイムモンスター無しで上位入りしているプレイヤーもいますね。あくまで有利になりやすいだけで必須ではないですし」

「本選のモンスターは大丈夫かな……」

「大型モンスターもいますし、たぶん大丈夫でしょう」

「モンスターのポップ数を初期より上げてるし、プレイヤー達の苦戦は必須だろ」

「そうだけどさぁ……」

 

運営の一人は難しい表情のまま、大型モンスターのデータを眺める。そこには二体の情報が並んでいる。

 

「最高難易度に登場する暴虐メイプルモドキに許可を貰って作った四足城塞機竜……さすがに倒せない筈なんだが……」

「仮に倒されても……妙な納得感を覚えそうなんだよなぁ……」

「本来はこちらが襲う側なんですけどね……」

 

なにせ、予選とは違って本選ではパーティーを組んで挑戦できるのだ。戦略の幅も広がるというものである。

 

「……イベント、難易度別に分けて正解でしたね」

 

その言葉に一同は深く頷くのであった。

 

 

――――――

 

 

大方の予想通り、【楓の木】は全員が予選上位に入ることに成功した。メイプルが掲げた全員での最高難易度への挑戦が可能となったのだ。

本選ではパーティーを組むことができる為、これで改めて思う存分、ギルドメンバーのテイムモンスターの力を発揮できるというものである。

 

「フィールドは予選の時と同じだってさ。良かったねメイプル。今度はメダルもあるし、隅まで探索するよ」

「バトルも好きだけど、探索もやっぱり綺麗な景色が見れて好きなんだよねー」

 

カナデの運営からの通知を確認した報告に、最後は巨大ワニでフィールドを駆け回っていたらしいメイプルは改めて探索すると意気込みを露にする。

ちなみにクロムを轢いてしまった事実をメイプルは知らない。あれがメイプルによるものだと知ったクロムが優しさから、掲示板にすら書かずに胸の内に留めたからだ。

 

「でも、本当に良かったです。ちゃんと上位に入れて」

「ツキミが頑張ってくれたからね」

「私のユキミもねー」

 

極振り三人衆も無事に上位に入れたことに安心したのか、自身の相棒と戯れながら笑顔となる。

 

「テイムモンスターは本当に強くて戦術の幅も広がるけど……今度はそれに合わせた難易度になるだろうな」

 

コーヒーのその意見にサリーはもちろん、クロムとカスミも頷く。

 

「そうね。上位層は相棒がいるのがほとんどだと思うし」

「相棒がいるからといって、楽はさせてくれないと言うことか」

「むしろレベルを上げたりしないとキツくなる可能性もあるな」

「じゃあ、まだまだレベル上げしないとだね!シロップも頑張って強くしなきゃ!」

 

メイプルのその言葉に全員が頷く。本選まではまだ少し時間があるので、その間に相棒をさらに強くしようと考えるのは当然である。

 

「あ、そうそう。予選の途中でドレッドとドラグのテイムモンスターを確認したよ」

「私とユイも見ました!」

「ドレッドさんは黒い狼で、ドラグさんは土のゴーレムでした。どんな能力かは分からないですけど」

「じゃあ、実際に戦いを見た僕が説明するよ」

 

カナデはそう言って、二人のテイムモンスターの能力を説明していく。

ドレッドのテイムモンスター、シャドウは影を操る能力を持っていて、ドラグのテイムモンスターのアースは土や砂を操ることができると。

 

「うう……【大自然】が無効化されちゃうのは苦手な相手かも」

「影に潜っての攻撃のすり抜けと【影分身】に似たスキルも厄介かもな。もしかしたら影を利用した動きを封じるスキルもありそうだし」

「俺もアロックの相棒を確認したぞ。無骨な機械人形みたいな奴だったが、スキルの効果で見た目が変わっている可能性もある」

 

今回確認できたテイムモンスターの情報を共有していく中で、サリーは思い出したように告げる。

 

「そういえば、テイムモンスターじゃないけど強いプレイヤーには会ったよ。どんなモンスターをテイムしているのかは分からなかったけど、間違いなく上級プレイヤーね」

 

サリーはそう前置きして、今回戦ったジェラフのことを話していく。

 

「ギルド【thunder storm】所属のプレイヤーか……実際に戦ってどうだった?」

「相当手強い相手ね。戦闘スタイルはカスミに近いと思うけど、攻撃範囲は向こうが上だと思う」

「しかも【百鬼夜行】を取得しているのか……もう一つも取得してそうか?」

 

【雷神陣羽織】を取得しているコーヒーの疑問に、【水神陣羽織】を取得しているサリーは頷いて肯定する。

 

「憶測の面が強いけど、取得している可能性は高いと思う。でなきゃ、ああもあっさりと明かさないと思うから」

 

【百鬼夜行】は回数制限こそないが、発動中は装備以外のスキルを【封印】してしまうスキルだ。そんな使い勝手の悪いスキルを迷わず切ったという事は、それ以上のスキルを有していると考えるのは自然の流れである。

その流れで、コーヒーもジエスのことを話していく。とは言っても、そんなに多くを語ることはできないが。

 

「空を飛べるプレイヤーか……私達が知らないだけで、強いプレイヤーはそれなりにいるのだな」

「飛行できるのは本当に厄介だからな。上空からの攻撃は、対処が難しいし」

 

クロムはそう言ってコーヒー、ミキ、メイプルの順番で視線を向ける。コーヒーは顔を逸らし、ミキとメイプルは首を傾げている。

 

「まあ、今回はPvPではないからな。その二人に対しては次のイベントまでに地道に集めていけばいいだろう」

「そうね。【集う聖剣】も【炎帝ノ国】のみんなも、強いテイムモンスターを仲間にしているからね」

 

【集う聖剣】の主力メンバーのテイムモンスターは、竜に小鳥、白虎にお化け、今回判明した影の狼に土のゴーレム。

【炎帝ノ国】は不死鳥に蝙蝠、メイプルとシアンの情報から、シンは鷹、ミザリーは子猫、マルクスはカメレオン、カミュラは球体のゴーレムを仲間にしている。

弱点のカバーにしろ、長所を更に伸ばしているにしろ、攻撃パターンが多彩になっているのは明白だ。

 

「よしっ、次のイベント頑張って、メダルもいっぱい手に入れてもっと強くなろう!」

「次の目標は全員メダル十枚入手か。悪くないな」

「そうね。一人一人強くないとね」

 

それぞれ決意を新たにしつつ、本選に向けて一同は気持ちを引き締めるのであった。

 

 

 




「二人がそれぞれ所属しているギルドマスターはどんな奴なんだろうな?」
「ジエスの口振りからして、二人一組で行動していそうなんだよな」
「サリーの方はどうだ?」
「…………さあ?強いて言うなら強い程度ね」
「?」

少しの間に首を傾げるコーヒーの図。
一方……

「ジェラだけサリーさんと戦ってズルいっすよ!」
「尾行がバレたから予定変更しただけだよ。バレなかったら観察に徹するつもりだったし」
「……本音は?」
「一戦交えられて満足。やっぱり映像だけじゃ力量を測れないからね」
「ジェラフ……」
「うわぁあああんっ!!私もCFさんと戦いたかったっす!」
「はぁ……」
「今回のイベントの仕様からしてもう無理だね。共闘はあり得そうだけど」
「共闘!それも面白そうっす!」
「ギルドのみんなは、反対しそうだけどね……」
「あくまで状況次第だよ、ベル。最高難易度にはそれなりの人間で挑めるからね」

ギルド【thunder storm】のトップ3の図。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

本選開始

てな訳でどうぞ。


それぞれが相棒となるモンスターのレベルを上げる日々を過ごしているうちに、いよいよ本選開始の日がやってきた。

本選にはもちろん全員で最高難易度に参加。三日間生き延びれば、五枚の銀のメダルが獲得できる。もちろん、ただ生き残るだけで終わらせるつもりはない。

 

「銀のメダルはフィールドのモンスターを狩ることでも得られるからな。最低でも五枚集められれば上出来かな」

「メダル以外にも、希少なアイテムを落とすみたいだから本当に判断が難しくなるわね」

「希少なアイテムか……メイプルやコーヒー、サリーやカスミのような強力な装備を作れる素材かもしれないな」

 

クロムの言う強力な装備とは、ユニーク同然のスキル持ちの装備だ。製作には最低でも一千万ゴールドが必要で、装備した瞬間に本人にしか使うことが出来なくなる。サリーの装飾品枠である《刃竜のグローブ》も同様だ。

 

「装飾品でもユニーク同然の装備が作れるのは本当に便利だよな。その素材自体が手に入りづらいけどな」

「最後まで全員で一緒にいるか、リスクを承知で別々に行動してモンスターを倒すか……どちらかを選ぶことになるわね」

 

今回得られるメダルはパーティーメンバー全員に配布される。例を上げるなら、八人パーティーを二組に分散して片方がメダルを手に入れれば、もう片方も同じようにメダルを得ることができるといった具合だ。

 

「ところで……」

 

サリーは言葉を切ってチラリと視線をとある人物に向ける。その人物は……ギルド無所属の生産職プレイヤー、アロックだった。

 

「何でアロックさんが此処にいるの?」

「私とクロムが誘ったのよ」

「それなりに親交があったし、本人も本選の最高難易度に参加できるからな。今回のイベントはプレイヤー同士の戦闘もないしな」

「本来はギルドに加入していない者同士で挑む予定だったが、その前に二人に誘われてな。ギルドマスターも快く了承したことで、こちらも快諾した」

「……メイプル?」

 

全く話に聞いていなかったサリーは、ジト目でメイプルに視線を送る。対するメイプルは両手を合わせてペコペコしていた。

 

「ご、ゴメンねサリー!伝えておくのを忘れちゃってて!」

「まあ、別にいいんだけど。ところでアロックさんの相棒ってどんな感じなの?」

「そうだな。共に戦う以上、ある程度は共有すべきだろう。クローネ【覚醒】」

 

アロックがスキル名を唱えると、アロックの隣に宙に浮く一つの光る小さな歯車が現れる。第一印象はイズがテイムしたフェイの金属版といった感じだ。

 

「それがお前の相棒の本体か。あの機械人形の姿はやっぱりスキルの効果だったか」

「その通りだ。さすがに子細は隠し味の如く伏せるが」

 

今回のイベントで協力するとはいえ、アロックは【楓の木】のメンバーではない。サリーもその辺りは当然と考えてあっさりと受け入れる。

十二人のメンバーでは実質パーティーを組めるのは六人だ。本来なら片方はメイプルの【身捧ぐ慈愛】の恩恵を得られなくなってしまうところであるが、今回のイベントの仕様がそれを解決していた。

 

「今回のイベントはパーティー同士のリンクが可能みたいだからな。四パーティーが限界とはいえリンクすれば、別パーティーの恩恵も受けられるようになる」

「お互いの承認が必要だったり、等分で三名以下になると解除されるという規約はあるけど、実質八人以上のパーティーが組めるのは大きいと思うよ。それだけ今回のイベントは厳しくなるという、運営のメッセージかもしれないけど」

 

このリンク機能のおかげで、【楓の木】のメンバー全員+αは【身捧ぐ慈愛】の恩恵から外れる心配がなくなったのである。場合によっては別ギルドのパーティーとも臨時で組める、共闘しやすくなる機能でもある。

 

「もしかしたらペインさんやミィとも一緒に戦えるかも」

「状況次第ではそうなるかもね。基本はライバル同士だけど」

 

メイプルのその呟きにサリーはそう返すが、実際には難しいと考えている。

共闘するということは、自身の情報を相手に知られ易いというリスクを負うことになる。今回のPvEのイベントではPvPイベントが開催された際に不利に働く可能性もある。つまり、実質同じギルドのメンバー同士のパーティーでしかリンクできそうにないのである。

それを加味しても、共闘できる可能性はないと言い切れないのには理由がある。

 

「通知には強力なモンスターが出てくる時間があると書かれているからな。不測の事態で一時的に手を組むというのも悪い線じゃない」

「場合によってはー、協力し合ってメダルを稼ぐのもいいかもねー」

 

基本的には同じギルドの者同士で頑張れれば一番良いのだろうが、イベントの状況次第ではそうもいかない可能性もある。

情報の秘匿かメダルの大量入手か……さじ加減が難しいところである。

 

「よそ者の俺が言うのも何だが、今いるメンバーで組分けするべきではないか?組めるかどうかも分からない相手に、あれこれ期待するのもどうかと思うのだが」

「それもそうだな」

「十二人いるから三つに分けることもできるけど、能力とかを考えたら半分に分けた方が無難かしらね」

 

イズの意見に全員が賛同したことで、チーム分けはメイプル、サリー、マイ、ユイ、シアン、ミキの六人とクロム、カスミ、イズ、コーヒー、カナデ、アロックの六人となった。

極端かもしれないが、一撃でも受けたら終わりの四人がいるのに加え、様々なアイテムを大量に持っているミキがいれば生存率が大きく上げられるからだ。なのでチーム分けは一分以内で決まってしまった。

……多くの者はコーヒーとサリーを一緒のチームにすべきかと悩んだが、さすがに真面目にすべきと自重したのは秘密である。

 

「本選も頑張ります!」

「俺も最善を尽くそう」

「よーしっ!最後まで生き残ろうっ!!」

 

メイプルのその号令と共に、その他にいた全員はイベント専用フィールドへと転送されるのであった。

 

 

――――――

 

 

一同が降り立った場所は砂と岩場しかない、砂漠とも荒野とも呼べる場所であった。

 

「見通しがよくてよかった。周りにプレイヤーはいない、か……」

「ああ、だが早速のお出ましだぞ!」

 

カスミのその警告と同時に、周りの砂が大きく波打つ。そこから全員を呑み込めそうな巨大な口を持つワームが次々と姿を現していく。

 

「【身捧ぐ慈愛】!」

 

その内の一体がメイプル達を呑み込もうと迫るも、メイプルが直ぐ様【身捧ぐ慈愛】を発動したことで事なきを得る。メイプルによって攻撃が無力化されたことで、全員がそれぞれのテイムモンスターを呼び出していく。

 

「クローネ、【部品接続】【弩弓展開】」

 

アロックの指示により、クローネの周りに機械的な部品がガチャガチャと集まって一つになると、ずんぐりとした機械人形の姿となる。戦闘モードとなったクローネは金棒のような太い両腕をクロスボウに変形させると、ワーム達に攻撃を仕掛けていく。

 

「フェイ【アイテム強化】」

「ジベェ、【高潮】ー、【荒波】ー」

 

その間にイズがフェイによって強化された攻撃力アップアイテムを地面に叩き付け、赤い光が全員を包み込んで攻撃力を大きく上げる。ジベェもワーム達の周りに水を呼び寄せて、続けて荒れる水面で動きを制限していく。

 

「「【パワーシェア】!【ブライトスター】!」」

 

そこにマイとユイがツキミとユキミに指示を出し、STRが共有された状態で範囲攻撃を放つ。STR極振りの二人の攻撃力を得た相棒達の凶悪となった範囲攻撃により、ワーム達は大きなダメージを与えられる。

 

「迸れ、蒼き雷霆(アームドブルー)!!ブリッツ【界雷】!迸れ、【リベリオンチェーン】!サンダー!!」

 

ツキミとユキミの攻撃で怯んだワーム達をコーヒーが威力の上がった雷の鎖で縛り上げ、物理的に動きを封じつつダメージを与えていく。

 

「【血刀】!ハク、【超巨大化】!」

「朧、【渡火】!」

「ネクロ、【死の炎】!」

「モルフォ、【輪廻の花】!溢れよ、【フラッシュティア】!【連続起動】!」

 

ワーム達が縛られたことでカスミ、サリー、クロムの三人がここぞとばかりにダメージを与えていく。

カスミの液状の刀と突然現れて突き刺さる刀にハクの締め上げ、サリーの攻撃に合わせてモンスターへと連鎖していく炎、【幽鎧装着(アーマード)】でネクロと一つになったクロムから噴き出した炎、モルフォと共に放ったシアンの範囲攻撃によってダメージが加速し、マイとユイの相棒と共にめちゃくちゃに攻撃していたことも相まってワーム達は一匹残らず光となって消えていった。

 

「おおー!すっごい!皆のモンスター強いね!」

「メイプルさんが守ってくれていたので、今回は戦いやすかったです!」

「皆さんのモンスターも強かったですしね!シアンちゃんもいつもより魔法を多く放てるようになってたし!」

 

ユイがそう言ってシアンに顔も向けると、当のシアンは首を傾げていた。

 

「あの……さっきモルフォに指示したのは攻撃スキルだったんだけど……」

「え?」

「だとしたら少しおかしいな。光の範囲魔法が二つ同時に見えたのもあったしな」

「ふふふ……ソウ!こっちこっち」

 

シアンの返答で不思議そうに首を傾げた面々を見たカナデは可笑しそうに笑うと、自身の相棒のソウを呼ぶ。カナデ呼び掛けに答えてハクの陰から現れたのは、もう一人のシアンだった。

 

「えっ!?私!?」

「そうだよ。ちょっと借りさせてもらったよ。スキルも能力もコピーできるから、一緒に魔法を放ってもらったのさ」

 

カナデのその説明で、一同は今回のカラクリに気づいて納得した。

ソウは見た目だけでなく、能力もそっくりになるのだ。それでシアンに擬態し、共に火力のおかしい魔法を連続で放ったのである。

 

「おー。カナデのテイムモンスターも強いね」

「単純に考えても手数が二倍になったからな。強いプレイヤーをコピーしたら、相手からしたら堪ったものじゃないし」

「ふふふ」

 

コーヒーの感想にカナデが悪戯っぽく笑みを浮かべていると、ソウの姿が元の透明なスライムの姿に戻る。どうやら擬態していられる時間はそう長くないようである。

 

「あ!サリー、メダル落ちてたりするのかな?」

「んー、ちょっと探してみるね」

 

サリーはそう言って、ワームを倒した付近を調べていく。しかし、メダルらしきものは一枚も落ちていなかったようで、頭を振ってメダルの有無を伝える。

普通のフィールドではボスモンスターと評してもおかしくない強さではあったが、今回のイベントではこの程度は雑魚モンスター扱いだったようだ。

 

「気を抜くとすぐに死んでしまいそうだな」

「しぶといクロムがそれを言ってもねー」

「例の公式動画で確認したが、分量を間違えた砂糖菓子の如きしつこさだったぞ」

 

生産職二名から散々の言われようのクロムではあるが、三つも生き残りスキルを取得しており、身代わりアイテムも持っているから当然の反応とも言える。

 

「しつこい甘さね……確かに甘さが口の中に残り続けるのはうんざりするかも」

「甘さも苦さも、程よくしなければ不快になるからな。些細でもその差は如実に出る」

「どちらにせよ、これが最高難易度ということなのだろう。よし、まずは少し落ち着けるところを探そう。皆ハクの上に乗ってくれ」

 

全員、カスミ以外が一旦テイムモンスターを指輪に戻すとハクの背中に乗ってズルズルと砂漠を抜ける為に進んでいく。

コーヒー達がいた砂漠は森や湿地とも繋がっており、少しして森と湿地が見え始めたところでモンスターもいなかったこともあり、此処から二手に分かれることにした。

 

「マップには互いの位置が表示されているから、ここで分かれて強いモンスターが現れる時間の少し前に集まる感じでいこう」

「そうだな。こっちは森の方で、サリー達の方が湿原でいいか?」

「それしかないでしょ。湿原ならミキのジベェですんなり探索できるし」

 

サリーの呆れ気味の返しに、それもそうかとコーヒーは苦笑する。

此処から一時的に別行動ということでメイプル、サリー、マイ、ユイ、シアン、ミキがハクの背中から降り、大きくなったジベェの背中に乗っていく。

 

「CF、指輪の【遺跡の匣】を【ワイルドハント】に変えておいて。今回は追加攻撃より手札の多い方がいいから」

「分かった」

 

サリーの要望に答え、コーヒーは《信頼の指輪》に登録されているスキルを変更する。今回の生き残りがメインであれば、発動の為のお金さえ払えば攻撃に足場、即席の盾代わりにも使えるスキルの方がずっと有用だからである。

 

「そうだ。お前達にこれを渡しておこう」

 

アロックはそう言ってメイプル達にいくつかのドリンクを渡していく。

 

「これは?」

「俺が作った特殊なドリンクだ。飲めばステータスアップのバフや、持続回復の効果等を得ることができる」

「凄いな。これを売ればお前の店はもっと人気になるんじゃないか?」

「ふざけたことを抜かすな、クロム。俺は味で勝負しているのだ。恩恵を売りにするつもりは欠片もない」

「スマン。今のは俺が悪かった」

 

そんなやり取りがありつつ。

こうして予定通りに二手に分かれた一同は、メダルを探す為にそれぞれ探索するエリアへと向かうのであった。

 

 

 




「このパーティー同士のリンク機能は本当に必要だったのですか?私個人としては不要に感じますが」
「全体的に難易度が高いですし。特に最終日は協力し合わないと生き残れない仕様にしましたし」
「メダルを落とすフィールドモンスターや軽減エリア……どれだけプレイヤー同士が手を取り合えるかも重要だからな」
「さすがに無制限だと寄生プレイの危険もあるので、上限は設けたましたけど」
「そうですか。そこまで考えておられるのなら、文句は言えませんね」

運営達のやり取りの図。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

森の中の身喰らう蛇

てな訳でどうぞ。


森の方へと向かったコーヒー達は、【超巨大化】したハクに乗って移動している。当然、道中でモンスターが襲ってくるも……

 

「【凍える風】【鈍化の歌】【重力の檻】」

「弾けろ、【スパークスフィア】」

 

カナデが魔導書と紫のカードから速度低下のデバフが撒かれ、そこにコーヒーの雷魔法と連続で放たれた矢が襲いかかり、【遺跡の匣】の追加攻撃の光線がさらに撃ち抜いていく。コーヒーの攻撃でボロボロとなった上に満足に動けないところでイズが爆弾を投げ、アロックの相棒のクローネと機械人形が矢を放って止めを刺すのが一連の流れとなっていた。

 

「暇だな」

「ああ、暇だな」

 

そんな中で、遠距離攻撃手段が乏しいクロムとカスミが暇そうに呟く。一応攻撃を潜り抜けた時に備えて何時でも戦えるように身構えているが、今のところは問題なく撃退されている。

 

「サリーから目ぼしい場所の写真が送られてたから、そこをメインに調べていけばいいが……」

「本当にサリーは抜かりないな」

 

サリーの抜け目のなさに感心半分、呆れ半分になっている一同の前に新たなモンスターが姿を現す。それは背中に羽を生やし、頭に王冠を乗せた銀の鱗を持った巨大な蛇であった。

 

「お、蛇か。見た感じ、ハクより手強そうだ」

「私のハクの方が強いぞ」

 

そんな張り合いに構わず、銀の大蛇は口から炎を火炎放射の如く吐き出していく。

 

「ブレス持ちかよ!?ネクロ、【幽鎧・堅牢】!」

「クローネ、【塔盾展開】!」

「【火炎の体】!【神の息吹】!」

 

いきなりのブレス攻撃に驚きつつもネクロに指示を出したクロムの隣に、アロックの指示で両腕を大盾に変えたクローネが一緒になって炎のブレスを受け止める。さらにカナデが魔導書の火属性への耐性付与スキルと、紫のカードのダメージカットと持続回復効果のあるスキルを使ってブレスによるダメージを抑えていく。

 

「ソウ、【擬態】。続けて【ミラージュロイド】【溶解液】【ミラージュロイド】【腐蝕の腕】!」

「【血刀】!【武者の腕】!【四ノ太刀・旋風】!」

「砕け、【崩雷】!閃け、【雷輪十字剣】!荒め、【レイジングボルト】!」

「フェイ、【森の怒り】【アイテム強化】!」

 

カナデに擬態したソウが【ミラージュロイド】で分身してVIT減少スキルと全耐性低下スキルを使って銀の大蛇の防御力をガクンと下げる。そこにカスミとコーヒーが攻撃を叩き込み、イズも強化された爆弾を投げつけていく。

血の刀と両脇に存在する腕が持つ刀に連撃、槌の如き雷と十字の雷剣、地面から迸る雷撃に追加攻撃の光線と星、威力が大きく上がった爆弾を大蛇はマトモに受ける。しかし、それだけの猛攻を受けたにも関わらず大蛇のHPは二割ほどしか減っていなかった。

 

「あの蛇、HPがかなり高いな。防御力が落ちているにも関わらず、思ったより減っていないからな」

「【激痛薬】はあるけど……メイプルちゃんがいないから使うのは危険ね」

 

【激痛薬】は被ダメージが二倍にできるアイテムだが敵味方問わずなので、メイプルがいない今使うのはハイリスクなのである。

 

「なら、【グロリアスセイバー】で吹き飛ばすか?」

「それも悪くないが……ここは私に任せてくれないか?ちょうど光が三つ……【顕明連】が発動しているからな」

 

時間をかけるのは得策でないと提案したコーヒーに対してカスミはそう告げると、刀を大蛇に向かって構える。カスミの言葉を聞いた一同はステータスを上昇させるアイテムやスキルをカスミに使っていく。いくつものバフを受けたカスミは【磁場領域】の効果で雷を靡かせながら、一気に大蛇との距離を詰めていって目前でスキルを発動させる。

 

「見果てぬ三つの千世界 その智慧と神力を以て現世に顕れよ―――【三千大千世界】!」

 

スキルを発動させた瞬間、カスミの背の後ろに現れた朧気に揺らめく無数の刀が隊列の如く並んでいく。

【顕明連】発動時に使えるスキル【三千大千世界】。その効果は()()()()()()()()一分の間、オブジェクトを無視できる【小通連】と追加攻撃で同等の威力の刀が突き刺さる【大通連】の発動に加え、剣術系のスキルの威力が六倍となり攻撃が決まる度に与ダメージが3%上昇するという強化系統のスキルだ。

【三千大千世界】に反動や代償はないが、発動確率は5%と低い上に使用回数は一日1回と制限がある。その限定的な切り札を、カスミはここで切った。

 

「終の刃は天寿を斬り裂かん―――【終ワリノ太刀・朧月】!身を喰らいし妖刀 我が肉体を対価に真の力を発揮せん―――【紫幻刀】!」

 

二つの最高火力スキルを発動させたカスミは両脇に従えた武者の腕と共に怒涛の連撃を大蛇に叩き込んでいく。【三千大千世界】と【口上強化】によって威力と効果が上昇した二つのスキルによる火力は、攻撃が決まる度にダメージが増えていくのもあり、八割近くあった大蛇のHPを大きく削っていく。

当然、大蛇も黙って殺られるわけはなく、紫色の魔法陣を周囲に展開していく。

 

「そうはいくか!【挑発】!」

「【囮人形(デコイドール)】!【ミラーデバイス】!【幻影世界(ファントムワールド)】!

 

それに対してクロムが大蛇の注意を自身に向けさせる。カナデもモンスターの攻撃を引き付け、プレイヤー判定されるスキル【囮人形(デコイドール)】を【ミラーデバイス】と【幻影世界(ファントムワールド)】で増やして紫の魔法陣から放たれた光線を強引に外させる。

 

「迸れ、【リベリオンチェーン】!」

「【機械の演舞】!」

 

コーヒーも援護の為に大蛇を雷の鎖で縛り上げ、アロックもスキルによる機械人形を召喚してゴツい武装―――パイルバンカーを装備した右腕を大蛇の顔面に叩き込む。

 

「パイルバンカーまであるのかよ!?」

「あくまでスキル専用の装備だ。俺はもちろん、プレイヤーに装備することはできない」

 

クロムのツッコミにアロックが律儀に説明する間もカスミは攻撃を続け、フィニッシュの体勢に入る。

 

「はぁっ!」

「サンダー!」

 

カスミは刀を投げ飛ばして両手を叩き、周囲に幾本もの刀を出現させて刺し貫かせる。更に倍の刀が自身に向かって収束して刺し貫かれ、コーヒーの追撃の雷撃も受けた大蛇のHPはレッドゾーンに突入する。

 

「よし、これで……」

 

【紫幻刀】の代償で幼児化したカスミは減少を続けている大蛇のHPを見て勝利を確信するも、大蛇のHPバーが不自然に止まったことで吹き飛ばされた。

 

「そんな……あれを耐えたのか!?」

「いや、今の止まり方は【不屈の守護者】のような耐えスキルの感じだった!」

「だったらすぐに追撃を……!」

 

コーヒーがすぐさまクロスボウを構えるも、大蛇はコーヒーが矢を射つよりも早く自身の尻尾に喰らいついた。その動作にコーヒーは嫌な予感を覚えて矢を矢継ぎ早に放っていくが、時既に遅し。

大蛇は自身の尻尾を明確に喰らっていき、自身のHPを一気に回復させた。

 

「ウロボロスかよ!」

 

羽と自身の尻尾を喰らう姿から、コーヒーは目の前のモンスターはウロボロスがモチーフになっていると気づいて声を荒げる。

 

「さすがにあれはマズイぞ。HPの最大値が減ったとはいえ、あれを何度も繰り返されるとこっちがじり貧になる」

 

苦々しい表情となったクロムが指摘した通り、ウロボロスのHPは元のHPから制限を受けたように減っている。しかし、カスミの超火力と化した連続剣でなんとか削れそうだった程のHPを持っているのだから、多少減った程度では意味がなかった。

 

「尻尾が幾ばくか短くなってるわね。あれを見る限り、何度も回復はできないと思うけど……」

「どこで打ち止めか分からない以上、長期戦はこっちが不利だ。序盤で大幅に消耗すると後が厳しくなる」

「尻尾を食べるという行動を起こす辺りからして、食べる前に一撃を与えられたら倒せる可能性はありそうだけど……」

 

カナデはそう考察するも、カスミはスキルの反動で弱体化してしまっている。髪飾りでデメリット時間は半減しているとはいえ、もう一度あの火力を出すのは不可能だ。

 

「なら、俺の強化した【グロリアスセイバー】で奴のHPを一気に削る。そのすぐ後に回復前に攻撃を叩き込むのはどうだ?」

「長期戦は避けたい以上、それしか手がないのは確かだが……あれは軽く吹き飛ぶだろ。下手したら無駄撃ちに終わりかねないぞ?」

「大丈夫だ。手はある」

 

コーヒーのその言葉に、一同は信用してウロボロスの足止めに集中していく。カスミは幼児化の影響で戦線離脱ではあるが。

 

「深淵に潜む光 輝きは次代に継がれ 此処に顕現す―――【聖刻の継承者】!羽織る衣は雷の化身 我は雷神に認められし者なり―――【雷神陣羽織】!無限の魔力を作る機関 その魔力で限界を超えて動かん―――【ジェネレータ】!!」

 

コーヒーは確実にウロボロスのHPを限界まで削るべく、【口上強化】した【聖刻の継承者】に【雷神陣羽織】、使用リスクが高い【ジェネレータ】を発動させる。

 

「【ボルティックスラッシュ】!唸るは雷鳴 昂るは信念の灯火 雷鐘響かせ威厳を示さん―――【ヴォルテックチャージ】!!」

 

コーヒーはそこで【グロリアスセイバー】を発動させず、【ボルティックスラッシュ】を発動させてから【ヴォルテックチャージ】を発動させる。何故【ボルティックスラッシュ】を発動したのか。それはメイプルのとある呟きからだった。

 

『そういえば、雷の剣を出した状態で【グロリアスセイバー】を使ったらどうなるのかな?』

 

この時メイプルが言っていたのは【雷翼の剣】のことであったが、コーヒーは【グロリアスセイバー】が修正されたこともあって検証することにしたのだ。

結果から言えば、【雷翼の剣】からの【グロリアスセイバー】は変化なし。物の試しで翌日に【ボルティックスラッシュ】から【グロリアスセイバー】を使った結果、射出ではなく剣を振るう形に変わったのである。

 

どうやら【ボルティックスラッシュ】中はカテゴリー状は『剣』に分類されるようで、『剣』を媒介とした【グロリアスセイバー】は二刀流と同じく振るう運用になったが、威力は1.5倍となり二刀流とは違って攻撃が成立するまで解除されなかったのだ。その為【グロリアスセイバー】の新たな攻撃方法が生まれたのである。

そんな新しい運用でコーヒーは必殺の詠唱を始めていく。

 

「掲げるは森羅万象を貫く威信 我が得物に宿るは天に座す鳴神の宝剣 夜天に響く雷音は空を切り裂き 無明の闇に煌めく雷光は揺蕩(たゆた)う宝玉 招来(きた)る迅雷は万里を穿ち (たぎ)る雷火は揺るがぬ信念の(しるべ)となる 顕現せし鳴神の宝剣が纏うは我が蒼雷 神雷極致の栄光を現世へ!!」

 

コーヒーは長い詠唱を終え、雷刃が宿ったクロスボウを掲げる。そして、最後の一声を上げる。

 

「限界を超えし蒼き雷霆よ集え!【グロリアスセイバー】!!」

 

コーヒーが最強火力の雷魔法を発動させると、コーヒーの手に普段より小ぶりではあるが長大な雷の宝剣が姿を現す。それを手にコーヒーはウロボロスへと目掛けて走っていく。

ウロボロスは当然、尻尾を振りかぶって迎撃しようとするも邪魔する者がいる。

 

「【カバー】!【ヘビーボディ】!」

「【拘束結界】!」

 

クロムがウロボロスの尻尾をしっかりと受け止め、カナデがカードにコピーされたスキルを使ってウロボロスの動きを止める。そんなウロボロスに向かってコーヒーが【グロリアスセイバー】を振り下ろす。

 

派手な爆発もなく、ただの剣閃による一撃。だが、威力は桁外れとなっている雷の宝剣による一撃はウロボロスを切り裂き、切り裂かれたウロボロスはHPを一気に削られていく。ウロボロスのHPバーは一気にレッドゾーンに突入するも、カスミの時と同様に再び確定で耐えられてしまう。

コーヒーの【グロリアスセイバー】を耐えたウロボロスは、またしても自身の尻尾を喰らって回復しようとする。

 

「させるか!【シールドアタック】!」

 

ウロボロスの回復行動が成立する前に、足止めしていたクロムが大盾を叩きつけてトドメを刺す。クロムの攻撃で最後のHPを削られたウロボロスはそのまま倒れて光となって消えていった。

 

「まさかフィールドにあんなモンスターがいるなんてな……」

「確定耐えに加え、最大値が減るとはいえHPが上限まで回復したからな」

「コーヒーの強化された【グロリアスセイバー】を確実に耐えるモンスターだったからな。普通に考えればエリアボス―――」

 

そのタイミングで通知音が鳴り響き、全員に銀のメダルが一枚配られたことが伝えられる。

 

「お、噂をすればさっそく……?」

 

通知欄を確認したクロムは困惑したように首を傾げる。そんなクロムの様子に一同は疑問を感じて理由を問いかける。

 

「いや、実はな……」

 

クロムは歯切れが悪そうにしつつ、自身のインベントリを操作して一つの破片を皆の眼前の前に晒す。そのアイテムらしき破片の説明文を見た一同は興味深げな視線へと変わった。

 

「【身喰らう王冠の破片】……説明文を見る限り、ユニーク装備が作れる素材みたいだな」

「私達には銀のメダルだけということは……最後に倒した者への特別報酬なのか?」

「その線はあり得るわね。全員に配布したらゲームバランスが崩れそうだし」

 

運営が通知で知らせた強力なモンスターとは別枠のモンスターだろうが、強化モンスターがいる中で先のウロボロスのようなモンスターが襲ってきたら唯で済まないことは明白だ。

 

「それでどうする?さすがに引け目を感じるんだが……」

「クロムが持ってていいんじゃない?」

「そうだね。最後に止めを刺したのはクロムだし」

「俺も同意見だ」

「私も異存はない」

「それに得られそうなスキルが回復か食いしばりのどっちかの気がするしな」

 

満場一致で今回得られたユニーク素材の所有権はクロムのままとなり、一同は再びハクに乗って森の中を探索し続けるのであった。

 

「しかし、仕方なかったとはいえコーヒーが一時間も戦線離脱か」

「反動が消えるまでは爆弾で援護するさ」

 

――――――

 

「サリー!さっそくメダルが手に入ったよ!」

「エリアボスでもメダルは落とすみたいね。その強さは結構曲者みたいだけど」

「私達も負けていられません!」

「そうだねー。そろそろー、サリーが目印した場所に着くよー」

 

さっそく一枚メダルが手に入ったことにメイプル達も俄然やる気が上がり、その意気込みのまま最初の目的地である花が咲いた小島へと降り立つのであった。

 

 

 




「初日からウロボロスが倒されたぞ」
「ああ……また【楓の木】なのか……」
「あれで作られる装備のスキルは固定だけどさぁ……」
「【デッド・オア・アライブ】に近いけど、多少の回復と上限低下が追加されてるからな。発動する度に弱体化だ」
「ますます死にづらくなるけどな」
「「「アハハハハ」」」

乾いた笑い声が上がる運営の図。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

外は凶悪、中は優雅な拠点

てな訳でどうぞ。


「ダンジョンもエリアボスも、そう上手く見つからないな」

「それでも、初日にメダル三枚は幸先良いと言えるけどね。【黒雷】」

 

矢を連続で放っているコーヒーの呟きに、カナデは魔導書に保存された黒い雷撃を放ちながら言葉を返す。

あの後、メイプル達の方はダンジョンを見つけて攻略し、メダルを一枚手に入れた。その後にコーヒー達の方もダンジョンを発見し、ボスらしき忍者モドキを倒して二枚目のメダルを手に入れたのである。

……その二枚目のダンジョンは、イズのアイテム攻撃で攻略したと言っても過言ではなかったが。

 

「強化モンスターが出てくる時間がそろそろ迫ってるし、ここらでダンジョンの探索は一度切り上げて拠点を探した方がいいな」

「ああ。今の内に拠点に向いている場所を探して、迎え撃つ態勢を整えた方がいいだろう」

 

クロムとカスミも時間的に夜に現れる強いモンスターを警戒し、落ち着ける場所を探すべきという提案に残りのメンバーも反対することなく頷き、防衛に向いていそうな場所を探していく。

 

「どの辺りを拠点にする?」

「中央付近が良いのではないか?予選の時、マップの外はあくまで侵入不可だった以上、隅の方は避けるべきだと俺は思うが」

「確かに」

「例の強化モンスターはその隅からやって来る可能性が高いってことか。安全を考えればそれが無難だな」

 

アロックの意見から拠点はマップの中央を中心にして探すことに決めた一同は、襲いかかるモンスターを撃退しながら拠点に相応しい場所を探していく。

 

「お、此処なんか良いんじゃないか?空間もいくつもあるし、防衛拠点としては相応しいんじゃないか?」

「そうね。位置もマップの中央に近いし、此処を拠点にしましょうか」

 

少しして見つけた洞窟が丁度良い感じの作りだった為、コーヒー達は此処を拠点とすることを決める。メイプル達にもメッセージで拠点を確保したと伝え、メイプル達も今からそこに向かうとメッセージを返す。

 

「それじゃ、さっそく色々作るわね。こんな見た目じゃ落ち着けないしね」

「なら、俺は手持ちの食材を使って料理を用意しよう。【野外調理】」

 

すっかりライフライン担当となっているイズは洞窟の奥で快適に過ごす為のアイテムの作成を始めていき、アロックも英気を養う為の料理を作る為に簡素な調理器具で調理を開始していく。

 

「外で調理できるなんて意外ね」

「あくまで簡素な料理程度だ。具体的にはキャンプで作ることができる料理程度。パイやピザ等はカマドがなければ作れはしない」

「カマドくらいならすぐに作れるわよ?」

「……頼めるか?」

「代わりに美味しいスイーツをよろしくね♪」

 

イズの見返りにアロックはコクリと頷き、調理を続けていく。

 

「厨房ができると本格的に美味しい料理が出てきそうだな」

「別にいいんじゃないかな。美味しい料理は僕も歓迎だし」

 

ゲームの中だから飲み食いしなくても大丈夫とはいえ、美味しい料理を食べるだけでも気持ちはだいぶ落ち着くものだ。今回クロムとイズがアロックを誘ったのはある意味大正解であった。

 

「ちなみに今は何を作っているんだ?」

「今作っているのは牛の香草焼きだ。鉄板料理なら【野外調理】でも十分に美味しく作れるからな。カマドができれば、アップルパイとマルゲリータピザを作るつもりだ。何かリクエストはあるか?」

「饅頭は作れるか?」

「餅があるから大丈夫だ。羊羮やアイスはさすがに作れないがな」

 

カスミのリクエストにアロックはそう返しながら調理を続けていく。少しして洞窟の入口で待機していたクロムがメイプル達を連れて入ってきた。

 

「おおー!美味しそうな匂いがするよ!」

「これで全員揃ったな。今の内に罠とか張って防衛態勢を整えようか」

「そうね。防衛機構を完成させてゆっくりしましょ」

 

【楓の木】+αのメンバーが全員揃ったことで、一同は洞窟内の改造を始めていく。

イズとミキから貰ったアイテムを随所に設置したり、設置系のスキルでアイテムとは別の罠を設置したり通路を狭めたりと殺傷能力の高い洞窟へと改造していく。

 

「アイテム【吊り天井】は此処に設置するか?」

「そうね……真下に【底なし毒沼】も設置して毒沼の中に押し込むようにしたらいいんじゃない?」

「【針地獄穴】はどうする?」

「部屋の壁際がいいんじゃない?中央には【溶岩沼】を設置して粗か様に危なくすればいいし」

「その分、対空に弱くなりそうだよな」

「イズさんの新作爆弾を設置してみる?」

「プロペラ付きの爆弾はイズさん曰く、製造コストが高いからなぁ……」

 

今回のイベントに合わせてギルドホームが十数件も建てられる程のゴールドをイズは用意したと言っていたが、無駄な出費は可能な限り抑えるべきだとコーヒーは思っている。サリーも同様のことを考えているのか、難しそうな表情で思案している。

 

「本当に難しいわね……下手に削って防衛能力も落としたくないし……」

「ただ吹き飛ぶだけのジョークグッズもあるからなぁ……」

 

そのコーヒーの呟きに、サリーがピクリと反応した。

 

「……そのジョークグッズは具体的にはどんな効果なの?」

「ん?使用者以外の誰かが触れたら吹き飛ばされるだけの、実害が何もないジョークアイテムだ。ミキが釣り上げたアイテムなんだが……」

「それ、使えるかも」

 

サリーはそう言うと、そのジョークグッズを他のアイテムを使って天井からぶら下げる形で幾つも設置する。さらにサリーは壁や天井に【スタンシート】を設置する。

 

「なあサリー、まさか……」

「吹き飛ばして罠に突っ込ませれば、空を飛ぶ相手にも有効でしょ?朧、【影分身】」

 

サリーはコーヒーにそう返すと、【影分身】を使って有効かどうかを確かめていく。分身サリー達がそのジョークグッズに触れると、ボンッ!という音と煙と共に分身サリー達は別々の方向に飛んでいき、最終的に罠に放り込まれて消えていった。

 

「おおう……朧の【影分身】にそんな使い方が……」

「どこかの誰かさん達のおかげでね。それじゃ、使えそうなジョークグッズも使って罠を設置していくわよ」

 

ジョークグッズの意外な使い道が判明しつつ、コーヒーとサリーは協力して迎撃能力が高い罠を設置していく。

 

「入口には、この看板を立てないとね」

「『【楓の木】本拠地 危険物多数 命の保証なし』……か。確かに他のプレイヤーが入っても命の保証はできないからな」

 

プレイヤーならこの看板を見たら、絶対に入ろうとは思わないだろう。これを見て入ってこようとするプレイヤーは間違いなく馬鹿でしかないだろう。

他のプレイヤーへの注意喚起を促す看板を洞窟の入口に立てた二人は、奥地に戻りながら道を塞ぐように罠を設置していく。

二人が奥地に戻ると、奥地はプライベート空間も確保された最適空間へと様変わりしていた。

 

「おおう。あの無骨な空間がここまで様変わりするとは」

「テーブルにはパイにピザ、スープまであるし……本当に前とは大違いね」

 

見事なまでの快適空間となった洞窟の奥地に、作り上げた張本人であるイズが話しかける。

 

「あ、おかえりなさい。罠の設置は終わったかしら?」

「はい。溶岩、毒沼、針穴、吊り天井……殺傷能力の高い罠だらけにしました」

「私とCFが設置した場所には対空対策も施したよ。ミキ、吹き飛ばすだけのジョークアイテムはまだある?」

「?まだあるけどー?」

 

ミキはそう言いながら、例のジョークアイテムをクーラーボックスから幾つも取り出して渡していく。そうしている内に極振り四人衆が戻ってくる。

 

「メイプルちゃん達もおかえりー。そっちも罠の設置は終わったかしら?」

「「「はい!バッチリです!」」」

 

攻撃担当の極振り三人が元気よく答えたことで、イズは迎撃スペースに爆弾を発射できる砲台を設置して触ったら無事では済まなさそうなバリケードも設置して迎え撃てる態勢を整える。

 

「あ!他のプレイヤーが巻き込まれたら大変だよ!」

「それは大丈夫。入口に看板を立てているから」

「『【楓の木】本拠地 危険物多数 命の保証なし』と書かれているからな。プレイヤーはまず踏み込もうとすら思わないだろ」

「……確かに」

「間違っては……いないな。うん」

 

そんな殺人トラップだらけの疑似ダンジョンが完成し、一同はアロックが用意した料理の数々を堪能していく。

 

「う~ん!美味しいよ、サリー!」

「そうね。イベント中に美味しいものを食べられるとは思わなかったけど、悪くないわね」

「ああ……至福だ……」

 

スイーツだけでなく、料理もプロ級だったアロックの料理を味わいながら、今日の出来事の詳細な部分も含めて共有し始めていく。

 

「本選でも予選で見た金色のモンスターを見つけたけど、逃げ足が早かったのが一番の特徴だったわね」

「俺達の方じゃ見かけなかったな。他に特徴は?」

「毒とかの状態異常にならないくらいかな?少なくとも近づいて狩るのは相当難易度が高そうね」

「じゃあー、試しに釣ってみるー?」

 

ミキのその提案にコーヒーとサリー、大人組は難しそうな表情をする。ミキの釣りはアイテムだけでなくモンスターも釣り上げる。第四回イベントはモンスターがいないエリアだったこともあってアイテムしか釣れなかったが、今回のイベントはモンスターもいるエリアだ。

さすがにウロボロスのようなエリアボスは釣れないだろうが、引き次第では強力なモンスターが釣れる可能性も否定できなかった。

 

「例の強化モンスターが現れる時間まで残り三十分……その間に確かめるのがベストだな」

「それが良いかな?ミキの釣りに助けられる場面もあったし」

 

多少悩みながらも、強化モンスターが現れる時間まではミキの釣りを試すことにした一同は、武器を構えた状態でミキの釣りを見守っていく。

……二十五分後。

 

「釣れたモンスターは全員で袋叩きにすることで問題なく倒せているが……」

「金色のモンスターは一体も釣れていないな。アイテムの方も素材ばかりだし」

 

思ったよりも成果が出ていない現状に、クロムとコーヒーは揃って溜め息を吐く。イズはレア度の高い素材を回収できてニコニコであるが、目的の金色のモンスターは釣れていなかった。

 

「またきたよー」

 

竿がしなり、馴染んだ動作でミキは再び何かを釣り上げる。地面から顔を覗かせたのは……金色に輝く牛の顔だった。

 

「!金ぴかモンスターだよ!」

「「【ダブルストライク】!!」」

 

待ちに待った金色モンスターを前に、マイとユイが速攻で四つの大槌で金の牛の顔を叩き潰す。

STR極振りのマイとユイの攻撃を受けた金の牛のHPは……少ししか減っていなかった。

 

「「嘘!?」」

「VITがクソ高いのか!?」

 

マイとユイの攻撃があまり効いていない事に驚きつつも、コーヒーはすぐさま矢を連続で放つ。矢は金の牛の顔に全部刺さったが、HPは減ったようには見えなかった。

 

「VITじゃなくてHPがクソ高いのかよ!?」

「それならダメージ量を増やせば良いだけね。フェイ、【アイテム強化】!」

 

イズは強化された【激痛薬】を、逃げ出そうと出入口に走っている金の牛に向かって投げ飛ばす。

 

「逃がさないよー」

 

金の牛を釣り上げたミキも絶対に逃がすまいと、竿をしならせながらもその場に踏ん張って逃走を妨げていく。

 

「「【決戦仕様(デストロイモード)】!!【パワーシェア】!【突進】!【ダブルストライク】!」」

「モルフォ、【約束の光】【光の舞】!輝け、【シャイニング】!【連続起動】!」

 

そんな金の牛に極振り三人衆が相棒達と協力して超火力攻撃を怒濤の勢いで叩き込んでいく。ダメージが倍加したことでHPをどんどん削られた金の牛は、どこかで憐れまれながら光となって消えていった。

 

「やった!またメダルが一枚手に入ったよ!」

「金色のモンスターもメダルを落とすのね。金なのに銀なのは微妙なところだけど」

 

メダル獲得の通知が届いたことにメイプルは素直に喜び、金色のモンスターの逃げ足が早かったのはメダルを落とすからだと知ったサリーは苦笑いする。

 

「金色のモンスターは逃げるだけで攻撃してはこないが、逃げ足の速さと体力の多さを考えれば結構面倒なモンスターかもしれん」

「そうだね。強化モンスターの存在もあるから、下手に追いかけていたら別のモンスターの餌食になっていたかもしれないね」

 

予選の時は撃破数の追加で、本選ではメダルを落とす。逃げるだけで攻撃してこないモンスターは格好の獲物なので、大抵の人物はまず追いかける。本当に人の欲を刺激してくるモンスターである。

 

「金のモンスターは何処に逃げるんだろ?」

「もしかしたら強力なモンスター達が蔓延っている巣窟かも」

「その線はあり得そうだな」

「「「ハハハハハ」」」

 

一方その頃……

 

「無事に全員戻れたっすよ!」

「元凶が勝利宣言しない!」

「うん……金のモンスターを深追いしたせいで、強力なモンスターハウスに閉じ込められたから……」

「だ、だって……金のモンスターはメダルを落としたから……」

「深追いした結果、素材もメダルも何もない、骨折り損のくたびれ儲けになったでしょ!新装備のおかげで【雷公爵の離宮】が強力なスキルに昇華されて弱点が緩和されたとはいえ、ベルは落差が激しいのには変わらないんだから!!」

 

欲によって全滅しかけた事に、とある少女の説教が飛ぶこととなった。

 

 

 




『予選の時に見たボーナスエネミー追いかけたら、酷いモンスターハウスに招待された』
『俺も』
『俺も』
『私も』
『全員欲に溺れすぎてて草』

とあるスレの一部抜擢。

現在の【楓の木】が獲得したメダル・四枚。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

パーティー分断、雷の邂逅

久々の日刊ランキング入り。皆様には感謝しかありません。
てな訳でどうぞ。


―――第八回イベントの進行状況を確認している運営ルームにて。

 

「どうだ?」

「概ね想定通りに進んでいますね。ボーナスエネミーも、パーティーを悪辣なモンスターハウスに誘導してしっかり役割を果たしてくれてますし」

「予選の時よりHPを高く設定してあるからな。何体かは逃亡を阻止されて狩られているが」

「中にはモンスターハウスに閉じ込められて、全員生還したパーティーもいますけどね」

「全員生還……また【楓の木】か?」

 

その言葉に報告した人物は頭を振る。どうやら違うようである。

 

「生還したパーティーは【thunder storm】の上位プレイヤーですね。主にギルドマスターを含めた三人の奮闘で」

「ああ……スキルコンボが凄いあの三人か」

 

どうやって全員生還に至れたのか、運営二人はその時の映像を確認していく。

 

「うわぁ……【雷公爵の離宮】が最大状態で発動してますね」

「あれ、内包スキルを除いた雷系統スキルの所持数で威力と範囲が上がるんだよな。《導雷の円盤》で所持スキル全部に雷系統が付与されたから、威力と範囲が爆上がりしたんだな」

 

怒涛と言えるスキルの嵐に運営は若干遠い目となりながらも、改めて生存状況を確認していく。

 

「初日の夜の強化モンスターは結構倒してくれているな」

「迎撃態勢を整えたパーティーと、その辺の何もないフィールドで襲われたプレイヤーの差が如実に出てきていますね。ボーナスエネミーを深追いしたパーティーも後者と同じ末路を辿ってます」

「軽減エリアも夜と朝を迎える度に変化するから、油断してると痛い目を見るからな」

「【集う聖剣】と【炎帝ノ国】はほとんど生き残ってますがね。夜でも歩き回って探索を続けているくらいですし」

「だが、幾つかの拠点は隅に近いからな。二日目のあれ以降だと不利になるのは確実だ」

「あれですね。あれが起きれば一気にプレイヤーの数が減りますからね」

 

この先の展開にほくそ笑みながら、【楓の木】の現在の状況を確認していく。

 

「……え?何この殺意が高いダンジョンモドキは」

「元の洞窟の原型がほとんどないぞ、これ」

 

【楓の木】の拠点に侵入した強化モンスターである悪魔達は、断末魔を上げながらトラップの餌食となっていく。歩行タイプは当然として、飛行タイプでさえ叩き落とされてトラップの洗礼を受ける程だ。

 

「吹き飛ばすだけのジョークアイテムに触れて、強化モンスターが凶悪な罠がある方に吹き飛ばされてしまってますね」

「俺達が用意したダンジョンより凶悪すぎる……」

「これでは、毒や即死効果が効きづらいモンスターも無意味じゃないですか……!」

 

滾る溶岩に落とされたり、即死の毒沼に沈められたり、無数の針に貫かれたり、巨大な岩に押し潰されたりと、悪魔達は戦闘すら起こされずに始末される光景に運営達は一斉に遠い目となっていく。

 

「そりゃ初日だからな。そこまで痛手にならないのは分かっていたが……」

「戦闘すら起こらず、トラップだけで撃退されるだなんて予想できるか?【集う聖剣】も【炎帝ノ国】も普通に戦闘しているのに」

「毒と即死に強い悪魔だけでなく、麻痺とスタンに強い悪魔まで……!なぜこうも真正面から破壊していくのですか……!?」

 

新人が悔しそうにノートを叩いているが、どうしようもないので一同は新人を放置する。

 

「メイプル達はボードゲームをしながら、美味そうなお菓子を食べているな……」

「ギルド無所属の生産職プレイヤーが一緒ですね。そのプレイヤーがあの美味しそうなお菓子を作っています」

「クッキー、アップルパイ、饅頭、パンケーキ、クレープ……!ここで飯テロを仕掛けられるとは……!」

「食材アイテムはどこから調達して……やっぱりミキかよ!?」

「俺達もVR飯にしようぜ!腹が減っては戦は出来ぬだ!」

「「「「賛成っ!!」」」」

 

プレイヤーに群がる強化モンスターの悲劇から目を逸らす意味も兼ねて、新人も含めた運営一同は少し休憩を挟むのであった。

 

 

――――――

 

 

交代で休みつつも、即死級の罠によって一戦も強化モンスターと交えることがなかった一同の精神状態は比較的良好であった。

 

「そろそろ皆を起こす時間ね」

「強化モンスター達は全部罠で消えていったな。おかげで楽できたけどな」

 

最後の見張り番であるサリーとコーヒーは作り置きされたコーヒーと紅茶を飲みながら、先に次の予定について話し合っていく。

 

「初日でメダルは四枚も集まったからね。後一枚手に入れれば生き残るだけで十枚に到達するけど……」

「上位ギルドは絶対に可能な限りメダルを集めるだろうな。エリアボスや金のモンスターもいるし」

 

今回のイベントの仕様上、編成次第では多くの人物がメダルを手に入れられるようになっている。【楓の木】がこれからも上位に食らいつく為には、多くのメダルを手に入れるという発想は至極当然の流れだった。

 

「エリアボスや金のモンスターは、強化モンスターが蔓延っているから、難易度は初日と比べて……」

 

コーヒーは話の流れで自分のマップを開こうとパネルを操作するも、マップに現在の位置情報がないことに顔を顰めていく。

 

「?CF?そんな顔をしてどうしたのよ?」

「いや、マップに現在地が表示されなくて……」

 

コーヒーのその言葉に、サリーも目を細めて自身のメニューパネルを確認していく。

 

「こっちもマップに現在地が表示されなくなってる……しかも、メッセージ機能も使えなくなってる」

 

サリーの報告にコーヒーもメッセージ機能を確認すると、サリーの言葉通り使えなくなっている。

 

「バグ……というわけじゃないよな」

「そうね。間違いなく今回のイベントの特殊仕様ね。急いで皆を起こしましょ」

 

予定より少し早くなるが、予断を許さない状況もあって二人は少し急いで寝ているメンバーを起こしていく。

全員を起こしたところで、現在マップとメッセージ機能が使えなくなっていることを伝え、それぞれのマップとメッセージ機能も同様なのかを確認していく。

 

「全員マップとメッセージ機能が使えなくなっているのか……明らかにキナ臭いな」

「とりあえず皆で一緒に動こうよ!ばらばらになったら大変だし!」

「ばらばら……RPG系のゲームだと、パーティーメンバーが分断されて個別に進む展開だよな」

「さらっと不穏なことを言わないでよ」

 

コーヒーの呟きにサリーが脇腹をつねって非難するも、可能性としては十分にあり得るのかそうなった場合の対策を求めてミキに顔を向ける。

 

「ミキ。釣り上げたアイテムの中で、居場所が分かるようなアイテムはない?」

「んー……残念だけどないよー。あってもー、結果として分かるものだけだしー」

「そこまで都合の良いアイテムはないか……じゃあ、目印を決めて身代わりアイテムの複数所持で行くしかないわね」

 

相談の結果、ばらばらになった際はメイプルが目印となり、【藁人形】やデバフ付きの身代わりアイテムを幾つか所持してメイプルの下に集まる事を決めた一同は、必要な物を回収してから洞窟の外へと出る。

外は朝の時間帯にも関わらず、周りは薄暗く空も星一つすら見えない程の闇が広がっていた。

 

「うぅ、なんだか嫌な感じだね……」

「気をつけて……っ!CF!」

 

サリーの警告と同時に十二人の足下に漆黒の魔法陣が展開される。その効果範囲らしきサイズは、今メイプルが発動している【身捧ぐ慈愛】に匹敵する程だ。

 

「【孔雀明王】!」

 

サリーの意図を察したコーヒーはすぐさま雷系統以外を【封印】状況にするスキルを発動させる。【孔雀明王】によってメイプルの【身捧ぐ慈愛】は解除されるが、本命である足下の漆黒の魔法陣は解除されなかった。

 

「マジかよ!?」

「無効できないって事は……イベント仕掛けね!」

「つう事は、一番最悪のパターンか!」

 

コーヒーの【孔雀明王】が通用しなかった時点で最悪の展開が現実味となったことで、一同の顔に緊張が走る。

 

「みんな、生き残る事を第一に!生きてメイプルの下に集まるわよ!」

 

サリーのその言葉を最後に、全員が漆黒の光に包まれる。漆黒の光が消えたコーヒーの視界には……先ほどまでいたメンバーが誰一人いなくなっていた。

 

「強制転移による分断……パーティーそのものは解除されていないが、安否確認できないのは痛いな」

 

居場所が分からない以上、闇雲に探すのは得策ではない。【孔雀明王】を解除したコーヒーはそう考えていると、目の前に黒い魔法陣が展開され、如何にも悪魔という見た目のモンスターが現れる。

 

「迸れ、蒼き雷霆(アームドブルー)!ブリッツ、【界雷】!【磁場領域】!【結晶分身】!」

 

コーヒーはすぐさま【名乗り】を使いつつブリッツに指示を出しながらスキルを発動させると、悪魔が振り下ろした腕を躱しつつ二丁クロスボウで悪魔の脇腹に矢を次々と叩き込んでいく。

 

「未知の技術で生まれし太古の遺物 我を盟主として(かつ)ての栄誉を示せ―――【遺跡の匣】!」

 

コーヒーは追加攻撃スキルである【遺跡の匣】を発動し、追加で落ちてくる星と共に追加の光線で悪魔の身体を攻撃していく。

 

「砕け、【崩雷】!」

 

最後に雷の杭を叩き落とし、悪魔に止めを差す。悪魔は光となって消えると、再び静寂が訪れる。

 

「……さて、そろそろか?」

 

コーヒーはそう呟いて上空を見上げると、遠い場所から上がったであろう光が空を照らした。

そう、あれがメイプルによる目印。爆弾等の光を放つアイテムを利用して自身の位置を知らせて合流地点を伝えているのである。

光があれば当然目立ち、モンスターも寄ってくるがメイプルの圧倒的なVITによって倒される心配は皆無に近い。なので、コーヒーは【クラスタービット】を使いメタルボードを形成すると、迷わずそこへと向かっていく。

 

「うわー……やっぱり道中も襲われるか。弾けろ、【スパークスフィア】。舞え、【雷旋華】」

 

飛びかかってくる悪魔達にコーヒーは少々うんざりしつつも、お得意の雷魔法と二丁クロスボウと光線、たまに落ちる星で容易く撃退していく。

そんな中で、誰かが戦っている音が聞こえてくる。

 

「向こうで誰か戦っているな。出来ればあの三人の内の誰かだと良いんだが……」

 

攻撃担当の極振り三人衆の誰かであればいいなと思いつつ、コーヒーはその現場へと向かっていく。

そこにいたのは、両手にガントレットを装備したお嬢様のような見た目の服装をした金髪の女性プレイヤーだった。

 

「まだ来るっすか!?さすがに多すぎるっすよ!!」

 

金髪の女性は悪態を付きながら少々体格が小さい悪魔を殴り飛ばす。パッと周りを見た限り、彼女を取り囲む悪魔達は地面にある紫色に輝く魔法陣から現れているようである。

マイ達ではなかったことにコーヒーは少し落胆したが、無視するわけにもいかないので加勢に入る。

 

「迸れ、【リベリオンチェーン】!!」

 

コーヒーは加勢と同時に【リベリオンチェーン】を発動させ、金髪の女性に群がっていた悪魔達を一体残らず縛り上げる。突然の加勢に目を見開いている金髪の女性の隣にコーヒーは降り立った。

 

「あなたは……」

「説明は後!今はこいつらを殲滅するぞ!」

「っ!了解っす!」

 

コーヒーの言葉に金髪の女性は素直に頷くと、気合いを入れ直すように両手のガントレットを打ち合わせる。

 

「そのまま縛っておいて下さいっす!【雷公爵の離宮】!」

 

金髪の女性がスキルを発動させると、彼女自身を包み込むように半透明な緑の小さな宮殿が形成されていく。少しして半透明の緑の宮殿が完成すると、周囲に無数の緑の稲妻を落として雷の鎖に縛られたモンスターを次々と撃ち抜いていく。

 

「雷ならこっちも負けてないぞ!昇るは助力を願う晃雷 降り注ぐは裁きの雷雨 咎ある者達に神罰を―――降り注げ、【ディバインレイン】!」

 

少々張り合いの意味も込めて、コーヒーは【ディバインレイン】を発動させて共に落雷で悪魔達を撃ち抜いていく。緑と蒼の落雷、さらに落ちてくる星と匣から放たれる光線によって悪魔達は駆逐されるのだった。

 

「ふぅ……」

 

危機的状況から脱したことで安心したのか、金髪の女性は一息つくとコーヒーに向き直る。

 

「CFさん……ですね。加勢して頂いてありがとうっ……ございました」

「?ん、ああ。さすがに誰かは分かるか。色々な意味で目立っているからな」

 

金髪の女性の妙な間の感謝の言葉にコーヒーは首を傾げつつも、相手が自身を知っている理由は察して微妙な表情となる。

 

「ええ。お噂は常々……こうして会えて光栄っす……です。私はベルベットと言います」

 

金髪の女性―――ベルベットは自己紹介するも、コーヒーはどこか探るような目付きでベルベットを見つめている。

 

「あの……どうかしっんん、どうかされたのですか?」

「そういうキャラ作りなのか?」

 

コーヒーのその指摘にベルベットの目が泳いだ。

 

「バレてるっす……のですか?」

「口癖が『~っす』だと分かる程度には」

 

何となくベルベットはお嬢様ロープレをしていると察したコーヒーは、無理に演技しなくてもいいと告げる。

 

「じゃあ、お言葉に甘えて……会えて光栄っすよ、CFさん!同じ雷属性のスキルを使うプレイヤーのライバルとして、ぜひお会いしたかったっす!!」

「おおう……」

 

お淑やかな態度から一変、元気いっぱいで話しかけてきたベルベットにコーヒーは思わず少し引いてしまうのであった。

 

 

 




原作より早い邂逅となりましたが、後悔はありません。情報もある程度出てますから。(キリッ)
ちなみに彼女が原作よりパワーアップしている理由は、ライバル意識からです。(ニッコリ)

スキル紹介
【雷公爵の離宮】
発動まで十秒かかる。発動中は緑の稲妻を周囲に落とす。スキル発動中はその場から移動できない。
威力と範囲は内包スキルを除いた【系統:雷】のスキルの数だけ上昇する。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チーム好敵手

てな訳でどうぞ。


「やっぱり全員バラバラになっているんだな」

「そうなんすよ!ジェラが保険を用意してくれたっすから、しばらくしたら来てくれると思うんすけど……」

 

状況が状況なのもあって、コーヒーはベルベットと共に薄暗くなったフィールドを進んでいる。現在地が分からずプレイヤー同士の戦闘もない以上、一緒に行動した方が安全だと互いに判断したからだ。その為、合流のしやすさからメイプルがいる場所へと歩みを進めている。

 

「やっぱそういうスキルは便利だな。こっちは目指すしかできないからな……っと」

 

ジェラと呼ばれる人物のスキルの利便性に関心しつつ、コーヒーは二丁クロスボウで襲いかかってくる悪魔を射抜いて倒していく。【遺跡の匣】の光線と【彗星の加護】の星、ブリッツの【渦雷】による追加電撃で悪魔は容易く倒される。

 

「そっちも十分に凄いっすよ。クロスボウなのに銃のように使えるじゃないっすか」

 

襲いかかってきた真っ黒なカブトムシを殴り飛ばしながら、ベルベットは呆れたかのように言葉を返す。すっかりコレが【普通】となってしまったが、引き金を引くだけで矢を射てるのは【異常】なのだ。

 

「【楓の木(ウチ)】は色々な意味でぶっ飛んでいるからなぁ……そっちもぶっ飛んでいそうだけど」

「ふふーん!私はもちろん、ジェラもすごく強いっすよ!ヒナタも揃った三人なら無敵っす!」

 

ベルベットはドヤ顔で仲間の凄さをアピールしているが、仲間自慢を聞いているコーヒーはどこか呆れた表情である。

 

「そんなにべらべら喋って大丈夫なのか?一時的に手を組んでいるとはいえ、基本はライバル同士なんだが」

「だ、大丈夫っすよ。凄いアピールだけっすから。きっと、たぶん……」

 

コーヒーの指摘にベルベットは大丈夫と告げるも、徐々に弱気になっていく。どうやらこういった事は日常茶飯事のようである。

そんなベルベットに、コーヒーは疑問に思っていることを問い質す。

 

「さっきから気になっているんだが……お前の相棒は何処にいるんだ?この状況じゃ、出し惜しみしている余裕はないと思うんだが」

「……あ、あー!仮にもライバルっすからね!貴重な手の内はそう簡単に明かさないっすよ!」

 

コーヒーの質問にベルベットは少々上擦った声で秘密だと返すも、コーヒーの疑いの目は消えない。ベルベットの言い分も間違いとは言い切れないが、今の状況で姿形まで隠す意味があるとは思えない。仮にマルクスの相棒のようなスキルの効果で見えないにしても、ベルベットの装備とスキルから違和感を感じる。

加えて、最初の邂逅時も苦戦しているにも関わらずテイムしている筈のモンスターと共に戦っていなかった。そうなれば、答えは一つしかない。

 

「もしかして……相棒がいないのか?」

「……ソンナコトナイッスヨー?」

 

ベルベットはコーヒーの言葉を否定するも、目が泳いでいる上に片言だ。それはもう正解だと言っているようなものである。普通のフィールドであればそこまでには至らなかっただろうが、今回のイベント仕様のせいでその発想に行き着いてしまったのである。

 

「いや、この状況で嘘をつかれても困るんだが。下手に当てにして死にたくないし」

「そうっすよねー……ああ、また二人に呆れられるっす……」

 

完全にバレたことでベルベットは気落ちして肩を落とすも、コーヒーは逆にベルベットの凄さに内心で驚いていた。

テイムモンスターが入れば有利となる今回のイベントで、ベルベットは相棒なしで最高難易度への挑戦権を手に入れたのだ。つまり、それだけ現在の装備が取り替えできない程に強力だという証明でもある。

 

「どっちにしろ頼りにさせてもらうぞ。こっちもメダルは欲しいし」

「もちろんっすよ!」

 

ベルベットが景気よく言葉を返すと、近くの茂みがガサガサと揺れる。二人は警戒してその茂みに視線を向けるも、茂みは音を鳴らして揺れるだけで何かが出てくる気配がない。

 

「出てこないっすね」

「まさか……」

 

何も出てこないことにベルベットは訝しげな表情をし、コーヒーはまさかと思って茂みの周りに注意深く視線を向ける。

するとうっすらとではあるが、景色に溶け込んでいる巨大な漆黒の黒い獣がそこにいた。

 

「大きな黒いモンスターがそこにいるぞ!」

「マジっすか!【雷神再臨】!!」

 

コーヒーの警告にベルベットは一気に意識を戦闘のものに変え、スキルを発動させて全身に雷を纏う。

ベルベットの身体から発せられる雷光によって露となったのは一対の角を有し、脚も太く厳つい体躯を有した巨大な狼の姿だった。

 

「【嵐の中心】!【稲妻の雨】!【落雷の原野】!」

 

そんな巨大な漆黒の狼を前にベルベットは次々とスキルを発動させ、目が眩む程の落雷を自身の周囲に展開する。

 

「【重双撃】!【連鎖雷撃】!」

「迸れ、蒼き雷霆(アームドブルー)!穿て、【サンダージャベリン】!【連射】!」

 

ベルベットはその状態のまま距離を詰め、巨狼の腹に重い二撃を放ち電撃も弾けさせる。コーヒーも雷の槍と連続で矢を放って援護するも、巨狼のHPは思ったよりも減っていない。

 

「嘘!?思ったより減ってないっす!」

 

予想より減りが悪かったことにベルベットは驚きに目を見開いていると、巨狼は雷撃を受ける度に黒い雷を帯電し始めていく。それを見たコーヒーの行動は早かった。

 

「【アンカーアロー】!」

「へっ?うわっ!?」

 

コーヒーは【アンカーアロー】をベルベットの背中に当ててすぐに強引に引っ張る。無理矢理巨狼との距離を取らされたベルベットの前で、巨狼は雄叫びと同時に放電していく。

 

「た、助かったっす!」

「どういたしまして!それより目の前に集中!明らかにパワーアップしているからな!」

 

黒い稲妻を放った巨狼は全身に血管のように(あか)く光る線を全身から浮かび上がらせ、全身の毛も逆立っている。バチバチと弾けている黒い雷も合わさり、明らかにパワーアップした見た目となっている。

 

「どうやらあの狼、雷属性に耐性があるだけじゃなく、受けるとパワーアップする仕様みたいだな」

「私達の天敵じゃないっすか!しかも音に釣られてモンスターも集まって来てるっす!」

 

ベルベットのその言葉通り、戦闘音に引き付けられたのか悪魔型のモンスターが取り囲むように集まってきている。

 

「ベルベット!【雷炎】は取ってるか!?」

「取ってないっす!こうなるなら取得するべきだったっす!」

「だったらベルベットは周りの悪魔を頼む!【雷炎】!ブリッツ【針千本】!迸れ、【リベリオンチェーン】!荒め、【レイジングボルト】!!」

「了解っす!【エレキアクセル】!」

 

火属性に変わった雷の鎖と地面で踊る電撃をパワーアップした巨狼にダメージを与えていくコーヒーの要望にベルベットは頷き、加速して雷の雨を連れながら悪魔の群れへと突っ込んでいく。

 

「【聖刻の継承者】!【聖槍ファギネウス】!」

 

コーヒーは出し惜しみしている場合ではないと考え、強力なスキルを二つも切って動きを封じている巨狼に攻撃を叩き込む。【遺跡の匣】の光線と【彗星の加護】の星が巨狼に更にダメージを与えていくも、思うようにHPを削れないことに顔を顰めていく。

 

「やっぱり基本的な火力不足が痛いか……!」

 

コーヒーが苦虫を噛み潰したような表情をする前で、巨狼は雄叫びを上げて周囲に黒い稲妻を落とし始めていく。黒い稲妻は周りが薄暗いことも合わさって非常に見えづらくなっている。その為、コーヒーは展開中だった【クラスタービット】を頭上に傘として展開して防いでいく。

 

「閃け、【雷輪十字剣】!」

 

コーヒーは大きな雷の手裏剣も放ち、巨狼に攻撃を続けていく。攻撃を受け続けている巨狼はダメージを負いながらも雷の鎖を引き千切り、悪魔の群れを殲滅しているベルベットへと突撃していく。

 

「ベルベット!」

「へ?―――うわぁ!?」

 

コーヒーの警告が飛ぶも、背中を向けていた形だったベルベットの反応は一瞬遅れる。巨狼はそのまま振り上げた前足をベルベットに叩き込もうとするも、間に割って入った【クラスタービット】によって防がれる。

ベルベットへの攻撃を防がれ、ベルベットの周りに降り続ける雷に打たれ続ける巨狼はまるで取り込んでいるかの如く更に黒い雷を帯電させていく。

 

「やばっ……!【超加速】!」

 

ベルベットは【超加速】を使って急いで巨狼から距離を取った直後、巨狼は再び雄叫びを上げると黒と紫の雷を放出するように放つ。放電が終わると、巨狼の背中から妖精の羽を連想させる紫に光る十字の羽が展開され、身体に浮かび上がっていた赫のラインは羽と同様に紫に変わっている。

 

「またパワーアップしたっすよ!?」

「完全にエリアボスじゃねぇか!」

 

ある意味一番遭遇したくなかったモンスターにぶち当たってしまった事にコーヒーは頭を抱えたくなるも、更なるパワーアップを果たした巨狼は空から無数の紫の雷剣を雨のように次々と落としていく。

 

「攻撃パターンが変わったっす!」

「パワーアップの規模がおかしいだろ!【ワイルドハント】!【召喚:護衛舟】!」

 

コーヒーはゴールドを払って【ワイルドハント】を発動し、頑丈そうな舟を召喚して即席の盾として【クラスタービット】と合わせて紫の雷剣を受け止めていく。

 

「本当に何でもありっすね!」

「どっちなのかはツッコまないぞ!それよりどうする!?」

「悔しいけど撤退するっす!さすがにあれとこのまま戦うのは厳しいっすから!そろそろスキルの効果も切れそうっす!」

 

ベルベットのその言葉通り、ベルベットを覆っていた雷は最初の時よりだいぶ弱まっている。どうやらベルベットの雷は継続的に放てるものではないようだ。

 

「同時に燃えよ、【多重炎弾】!」

 

どうやって逃げようかと考えたそのタイミングで、無数の炎弾が巨狼の顔に叩き込まれる。炎弾をマトモに受けて頭を振った巨狼に、両手に短剣を携えた水色の服装の少女が肉薄していく。

 

「【七式・爆水】!」

 

その少女―――サリーが高ノックバックの攻撃を叩き込み、巨狼を軽く吹き飛ばして地面を転がせていく。

 

「サリーに……フレデリカ!?」

 

コーヒーは颯爽とこの場に現れたサリーと、茂みを掻き分けながら出てきたフレデリカに対して驚きの声を上げる。それに対してフレデリカは笑みを浮かべて返す。

 

「やっほーCF。こんなヤバそうなモンスターとぶち当たるなんて、運がないねー」

「ほっとけ。それよりどうやってここが?」

「あれだけ派手に戦っていたら嫌でも気づくでしょ。ま、具体的な場所はフレデリカが見つけたんだけどね」

 

サリーはそう言ってベルベットに視線を向けてから改めてコーヒーに目を向ける。その時のサリーは、何故か笑顔であった。

 

「で、CF?何で知らないプレイヤーと一緒なのかな?」

「へ?いや、この状況だし一時的に手を組んだだけだぞ?」

「ふーん……」

 

何処か疑わしげな視線をコーヒーに向けるサリーだったが、態度から嘘を付いてないと判断してコーヒーから顔を逸らすと改めてベルベットと向き合う。

 

「CFがお世話になったわね。私はサリー。CFの仲間よ」

「ベルベットと言います。サリーさんのお話は、ジェラから多少窺ってい……おります」

 

お嬢様口調で自己紹介したベルベットだが、サリーはジェラという名前に眉毛をピクリと動かす。

 

「ジェラ……もしかしてジェラフの事かな?和装の刀使いの」

「あ、はい。ジェラは愛称っ……です。彼女も私のことをベルと呼んでるっす……んん、呼んでいますので」

 

ベルベットのその発言で、彼女がジェラフが所属しているギルド【thunder storm】の関係者だと分かったコーヒーは目を見開いて驚きを露にする。フレデリカは話に着いていけずに首を傾げているが、サリーは更にその先まで気づいていた。

 

「ひょっとしてだけど……貴女が【thunder storm】のギルドマスターかな?」

「あ、はい。確かに私がギルドマスターですが……」

 

その瞬間、サリーは非常に良い笑顔でベルベットの手を握り締めた。

 

「一応話は彼女から聞いているわよ?CFにお熱で、興味津々だってね」

「あ、あの……笑顔が怖いのですが……?それに手が痛いのですけど……」

 

ギリギリギリと、手を握り潰さんと言わんばかりにベルベットの手を握り締めるサリーに、ベルベットは軽い恐怖を覚えていく。ジェラフが笑顔で伝えたベルベットの『お熱で興味津々』は、同じ雷属性を使うライバルとしてなのだが、ベルベットの見た目がお嬢様なのも相まって勘違いが加速したのである。

 

「え?え?」

「にゅふふ~。サリーちゃんも乙女だね~」

 

突然の展開にコーヒーは理解が追い付かずに目が点となる。フレデリカは最初はベルベットが上位ギルドのギルドマスターである事に驚いていたが、サリーの態度と言葉から察してニヤニヤ顔で見守っている。

そんな勘違いの現場をぶち壊すように、地面を転がっていた巨狼が怒号を上げるかのように雄叫びを上げる。

 

「そうだ。まだ戦闘中だった!」

「面白い光景からつい忘れてたよー。お二人さーん、お話は後にして今は目の前に集中しようね」

 

コーヒーはクロスボウを、フレデリカは杖を構えて臨戦態勢となる。巨狼の雄叫びにまた釣られたのか、複数の悪魔達も集まって来ている。

 

「……そうね。今はこの場を切り抜けることに専念しようか。ベルベットもいいよね?」

「は、はいっす!」

 

サリーの謎の圧にベルベットは素に戻りつつも、拳を構えて巨狼と悪魔の集団と対峙する。

こうして、一時的な共闘関係のパーティー、名付けるなら【チーム好敵手】は巨狼との戦いに投じるのであった。

 

 

 




『強制転移による分断は殺意高すぎ』
『俺もそれにやられた』
『俺は運よく別のプレイヤーと合流できたけど、エリアボス相当のモンスターに出会ってやられた』
『どんなエリアボスだった?ちなみに俺は木々を操る黒いライオンだった』
『俺はヤシガニみたいなモンスターだった。あの巨大な鋏で下半身が……』
『ひえっ』
『ひえっ』
『下ネタやめい』
『下ネタじゃない。本当に潰されたんだって。おかげでしばらく悶絶する羽目になった』
『ネタじゃなくてガチだった』

イベントスレの一部抜擢。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

悪雷の狼

てな訳でどうぞ。


「幾重に切り裂け、【多重風刃】!ノーツ、【増幅】!」

 

先陣を切るようにフレデリカが複数の風の刃を放ち、ノーツのスキルによって大きく更に鋭くなった風の刃が巨狼と集ってきた悪魔を切り裂いていく。

 

「周りの悪魔は任せてほしいっす!【振動拳】!」

 

身体から雷が消えたベルベットは地面に拳を叩きつけ、そこから放たれた衝撃波によって悪魔達にダメージを与えていく。

フレデリカから攻撃を受けた巨狼は睨み付けるようにフレデリカに鋭い目を向けると、口を大きく開く。そこから魔法陣を展開すると、黒と紫が混じった雷の光線を一直線に放っていく。

 

「連なり守れ、【多重障壁】!」

 

フレデリカは咄嗟に防御障壁を何枚も展開するも、巨狼が放った雷の光線はフレデリカが展開した障壁を紙の如く破っていく。

 

「やばっ……!?」

 

フレデリカは判断を間違えたと身構えかけるも、最後の障壁が破られる前にサリーが間に割って入る。

 

「【三式・水鏡】!」

 

サリーの正面に円上の水の盾が展開され、雷の光線はその盾に吸い込まれるように防がれていく。

 

「助かったよサリーちゃん!同時照射せよ、【多重光砲】!」

 

サリーにお礼を言いつつ、フレデリカは巨狼にお返しとばかりに幾つもの光線を浴びせていく。光線を浴びた巨狼は光線を放つのを止めると、その巨体から考えられない程の軽やかさで跳んで仰向けとなって落下していく。

 

「物理的な圧殺狙いか!瞬け、【ヴォルテックチャージ】!迸れ、【リベリオンチェーン】!!」

 

コーヒーは直ぐ様強化した【リベリオンチェーン】を木々に縫い合わせるように展開し、落下していた巨狼を網状に広げた雷の鎖で受け止める。雷の鎖は撓みながも背中を打ち付けようとした巨狼を捕らえ、宙吊りのような状態にした。

 

「チャーンス!幾重に流れよ、【多重水弾】!数多で貫け、【多重影槍】!」

「私も参加するっす!【渾身の一撃】!【重双撃】!」

「朧、【影分身】!【十式・回水】【ダブルスラッシュ】!」

 

フレデリカは攻撃のチャンスと判断し、直ぐ様幾つもの水弾と影の槍を巨狼に叩き込んでいく。悪魔を倒し終えたベルベットも拳を叩き込み、サリーも分身して連撃を叩き込んでダメージを刻み付けていく。

 

「ようやく半分削れたっす!このまま……!?」

 

ベルベットは一気に勝負を決めようと更に攻撃を叩き込もうと構えるも、巨狼はそれよりも早く魔法陣を展開する。

 

「【八式・静水】!」

 

サリーが咄嗟に回避スキルを発動した直後、まるでコーヒーの【雷旋華】のようなドーム状の雷撃が巨狼を中心として展開される。そして、その中にいた分身サリーは全員消え、ベルベットにはダメージを刻み込んでいく。

 

()っ!ダメージ領域っすか!?」

「それより早く離脱!このままだと殺られるわよ!」

 

【八式・静水】によって攻撃がすり抜けているサリーは、ベルベットに警告を飛ばしながらダメージエリアから飛び出る。【八式・静水】の発動中は自身の干渉もすり抜けるので、ベルベットを連れて離脱することが出来ないのである。

ダメージを受けていたベルベットもサリーの言葉で急いで範囲から逃れ、フレデリカが直ぐ様魔法でベルベットを回復させる。

 

「我が矢は不浄の楔!【鏃の毒】!!我が技量で矢を放ち続けん!【連射】!!」

 

コーヒーは状況から状態異常、デバフを蒔いた方がいいと判断して《イチイの弓》に装備し直し、【遺跡の匣】も攻撃モーション変更の為に一度解除した状態で矢を連続で放っていく。

巨狼はランダム状態異常とデバフ付与の矢を背中で射たれながらも雷の鎖を破壊。軽やかに着地すると、空に黒い雷球を幾つも形成してそれを落として攻撃していく。

 

「ちょっ、逃げ場がなくなるのは勘弁!連なり守れ、【多重障壁】!」

 

黒い雷球が落ちる度に噴き上がるように放たれた黒い雷光の柱を見て、フレデリカは黒い雷球を上空で受け止めるように障壁を展開する。フレデリカの障壁にぶつかった黒い雷球は黒い雷光の柱を噴き上がらせるも、それは障壁の上から放たれて地面への展開を妨げていた。

 

「まるでボスモンスターの麒麟みたいな狼だな!【遺跡の匣】!【発火柳】!【茂みの煙】!【鈍化の茨】!」

 

コーヒーは厨二病患者扱いの原点ともなったモンスターを連想させながら、音波攻撃に変えた【遺跡の匣】を発動し次々と状態異常とデバフをばら蒔いていく。巨狼は雷球を落とすのを止めると、今度は前足を振り下ろして六つの雷の斬撃を飛ばしていく。

 

「【マジックバリィ】!」

「【一式・流水】!」

 

その六つの斬撃を、ベルベットとサリーがスキルを使って明後日の方向へと弾き飛ばす。雷の斬撃を捌かれた巨狼は雄叫びを再び上げると、今度は幾つもの紫の雷球が旋回する雷の嵐を放つ。

 

「さすがにあれは防げないって!【多重加速】!」

 

見るからに当たるとタダでは済まなさそうな雷の嵐を前に、フレデリカが全員のAGIを上げて回避するよう促す。コーヒー達は飛び散るように散開して雷の嵐を避けるが、再び紫の雷剣が降り注いでいく。

 

「本当に厄介だな!【薄雪草】!【激化種】!」

 

コーヒーは悪態を付きながらも氷結効果とダメージ増加のスキルを更に付与していく。

 

「【大海】!【古代ノ海】!【鉄砲水】!【六式・圧水】!【氷結領域】!【氷霜】!朧、【幽炎】!」

 

サリーは巨狼にデバフの水と、足元から大量の水を吹き上がらせ、水を短剣に纏わせると同時に凍らせる。足元から吹き上がった水が凍ったことで動きを大きく封じられた巨狼に、サリーは氷の短剣で何度も切り裂いていく。

 

「二人とも!デバフ付与のスキルがあるなら遠慮なく使って!CFに大技使わせるから!」

「第六回の時のあれね!【多重重圧】!ノーツ、【輪唱】!」

 

フレデリカはサリーの狙いを察して巨狼に動きを鈍らせる魔法を放つ。

 

「よく分からないっすけど了解っす!【崩鎧拳】!」

 

ベルベットは首を傾げながらもアッパー攻撃を放ち、巨狼にデバフを与える。

そんな中、ポーションを飲んでMPを全快させたコーヒーはスキル発動の詠唱を始めていく。

 

「森の恵みは圧政者の毒 我が墓標はこの矢の先 その道は光栄も栄誉もなき荊為り 猛毒と弱体化は爆心 麻痺と石化は必中 火傷と凍傷は癒えぬ傷 呪縛と封印は抹殺 制限と暗闇は不浄の毒 毒傑は深緑より湧き出流り 弔いの樹はその牙を研ぎ澄ます!」

 

【口上詠唱】で限界まで強化したコーヒーは、クロスボウを両手で構えて黒い稲妻を放とうとしている巨狼に向かって必殺の矢を放つ。

 

「限界を超えし蒼き雷霆よ解き放て!【大樹の祈り】!」

 

コーヒーは必殺の矢を巨狼の動きを封じている氷の間近に放つ。矢から太く、強靭な樹の根が地面から伸ると瞬く間に巨狼を締め上げるように閉じ込めていく。巨体な樹の根は大樹となって巨狼を完全に封じ込めると、そのまま盛大な爆発を上げる。

大量のデバフを付与された巨狼は……その場から跡形もなく消え去っていた。

 

「た……倒したっすか?」

「できれば今ので終わってほしいんだけど……」

 

ベルベットとフレデリカは緊張した面持ちで警戒していると、メダル獲得の通知が四人に届く。巨狼を倒せたと確信した一同は気が抜けたように息を吐いた。

 

「はぁ~~、良かったっすぅ~。あれで終わってくれて本当に」

「同かーん。攻撃の規模と範囲がおかしかったし、メダルがなかったら割に合わなかったよ」

 

まだ気が抜けない状況とはいえ、厳しい状況を脱したことでベルベットとフレデリカは安心したようにその場に座ってしまう。サリーも深く息を吐く辺り、今回の戦闘は地味にキツかったようだ。

そんな中、コーヒーはメダル以外の獲得物に困った表情となっていた。

 

「……やっぱりボスモンスターに止めを差すとユニーク素材が手に入るのか。妙な罪悪感を感じるなぁ」

 

コーヒーは銀のメダル以外にも【雷狼皇の宝珠】というユニーク素材が通知により手に入っていた。あれだけ皆が頑張ったのに、特別報酬が一人だけだからどうしても複雑な気分になってしまう。あの時のクロムもこんな気持ちだったのだろうかと、コーヒーは思った。

 

「ん?ボスモンスターを倒すと凄い素材が手に入るんすか?始めて知ったっす」

「あー、そういえばそうだったねー。ペインが止めを差したエリアボスも、同じように素材を落としたし」

「ちなみにそのボスモンスターは?」

「今回のイベントでは場違いな騎士型。サイズはドラグと同じくらいだけど、攻撃の範囲と威力が凄かったよ」

 

どうやら【集う聖剣】の方もボスモンスターに遭遇して撃破に成功したようだ。この分だとペインもパワーアップしそうである。

 

「それで、どうする?」

「CFのものでいいでしょ。ボスモンスターは誰が止めを差すのか考える余裕が微塵もないし」

「私も別にいいよー。それを考えていたら生き残れないしー」

「私もそれでいいっんん、構いませんよ」

 

結局【雷狼皇の宝珠】の所有権はコーヒーのままと決まり、サリーは一度中断していた話題へと戻っていく。

 

「それで?CFにお熱で興味津々はどういう意味かな?その辺りをじっくり聞きたいんだけど?」

「い、いや~……確かにお熱で興味津々ですけど、それはライバルとしてですし……」

「……へ?ライバル?」

 

ベルベットのその言葉にサリーは豆鉄砲を食らったかのような表情となり、そのまま言葉の意味を理解しようと思考に耽っていく。そんなサリーにベルベットは言葉を続けていく。

 

「そうっ……です。私も雷を操るスキルを持っていますので、同じ雷を操るCFとは戦ってみたいと……」

「…………」

 

ベルベットのその言葉に、サリーは予選の時の事を思い出しながら彼女の言葉を反芻していく。ちなみに呼び捨てなのは互いに呼び捨てで良いと言ったからである。

暫しの沈黙が流れたが、サリーは結論に至ったのか頭を抱えながら叫んだ。

 

「あの女ぁ~~っ!!絶対分かっててあんな言い回しをしたわね!?」

 

最後に見たジェラフの笑みが悪戯に成功したかのような笑みであったことから、最初からからかれていたと気づいたサリーはこの場にいないジェラフに対して恨み節を叫ぶのであった。

 

 

――――――

 

 

「あ、メダルの獲得通知が来たよ!」

「イエス。こちらにもメダル獲得の通知が来ました」

 

シロップの背中の上で【身捧ぐ慈愛】を発動しているメイプルは五枚目となるメダルの獲得通知に嬉しそうな声を上げ、隣で同様の通知が来た【集う聖剣】のバフデバフプレイヤーのサクヤも頷く。

何故メイプルとサクヤが一緒なのかと言うと、偶然メイプルの爆発のすぐ近くにサクヤがいたからである。

 

上空の謎の爆発を確かめようと近寄ったサクヤは、うっすらとではあるがシロップの姿を捉えたので相棒の亡を介してメイプルと接触したのである。

サクヤはバフデバフがメインで個人で長時間生き延びるのは困難な為、他のメンバーが迎えに来るまでメイプルと一時的に協力することにしたのである。

メイプルの方も当然、これを快く承諾し今に至るわけである。

 

「もしかしたらサリーさんとソナーデリカさんかもしれませんね。メッセでは一緒に行動しているようですし」

「連絡が取り合えるって便利だよね……っと、そろそろ爆発して位置を知らせないと」

「その前に空のクリーニングが必要かと。空を飛べる悪魔が近寄って来てますので」

 

サクヤは何かしらの方法でモンスターの接近を察知すると、何時でも笛を吹けるように構える。

 

「亡、【かごめ遊び】【胡蝶】。木霊するは呪詛の挽歌 その怨嗟で不調を強くせん―――【病魔の呪音】」

 

サクヤが奏で始めた辿々しい音色に合わせて、何人もの小さな人形の幽霊と綺麗ではあるが不気味さを感じる無数の蝶がシロップの周りを舞っていく。少しして、動きが緩慢となった悪魔の姿をメイプル達は捉えた。

 

「【攻撃開始】!シロップ、【精霊砲】!」

 

そんな悪魔にメイプルが【機械神】による銃撃とシロップの砲撃を叩き込み、簡単に撃ち落とす。亡のスキルによってステータスが低下し、サクヤによって増幅されて弱体化した悪魔にメイプルの攻撃を耐えられる術はないのである。

 

「それじゃ改めて―――」

「ストップ。また何か近づいて来ています」

 

演奏を止めたサクヤの忠告にメイプルは再び暗闇から見える二つの影に目を凝らす。その影の形は……鳥と魚の形をしていた。

 

「もしかして……!」

 

メイプルは期待に胸を膨らませながら見守っていると、鳥と魚の影の正体はイグニスとジベェであった。

 

「ミキにマイ!それにミィも!」

「オウ。【炎帝ノ国】のギルドマスターも一緒とは驚きです」

「それはこちらの台詞でもある。まさか【集う聖剣】の者も一緒だったとはな」

 

サクヤとミィは互いの存在に驚きつつも、剣呑な雰囲気は全くない。互いにライバル同士ではあるが、この状況で蹴落とそうとは考えていないからだ。

 

「それはともかく、もう一人いるのは何故でしょう?」

 

サクヤはそう言ってジベェの背中に乗っている人物に目を向ける。その人物は暗い色合いのドレスに身を包んだ少女だ。それに対して答えたのはミキであった。

 

「襲いかかるモンスター達からー、逃げてる時に会ったんだよー。彼女のおかげでー、ジベェに乗って逃げれたから一緒に来たんだー」

 

ミキのその言葉に少女は緊張しているのか、人形を抱き締めたまま無言で頷く。

 

「そうなんだ。ミキを助けてくれてありがとうね!」

「い、いえ……私も、彼女のおかげで窮地を凌げましたから……あ、名前はヒナタと、言います」

「私もマイを拾って送り届ける途中で合流してな。近かったこともあってそのまま共に向かったという訳だ」

 

軽く経緯を話したミィはその後、メイプルに【印の札】を渡すと自身のメンバーと合流する為にその場から去っていった。

 

「これで残り九人だね!連絡ができればパーっと飛んで迎えに行けたんだけど」

「仕方ないよー。それじゃあー、打ち上げの準備をするよー」

 

無い物ねだりは仕方ないと考え、メイプルとサクヤはシロップの背中から平たい背中のジベェへと乗り換える。そこでメイプルは【身捧ぐ慈愛】と【天王の玉座】を発動させて空中城塞を完成させる。ミキも爆弾を打ち上げられるアイテムを設置し、目印の役割を交代した。そんな中、何かしらの手段で連絡を取っていたサクヤが新たな報告をする。

 

「メッセデリカさんから連絡が来ました。現在、サリーさんとCFさん、ベルベットさんと名乗った方が一緒だそうです」

「おー!コーヒーくんとサリーが合流できたんだ!」

「……ベルベットさんも一緒なのですか?」

 

ベルベットの名前にヒナタが問い掛けるように反応する。それに対してサクヤは頷いて肯定する。

 

「イエス。内容から、どうやら雷と拳で戦うプレイヤーのようです」

「もしかして知り合いなんですか?」

「はい……間違いなく、わ、私達のメンバーです」

 

マイの言葉に思わぬ形で仲間の安否を知れたヒナタは頷きながら肯定する。

 

「よーし!それじゃ、みんなと合流する為に頑張ろう!」

 

メイプルのその宣言と同時に、発射装置から爆弾が打ち上げられ暗い夜空を明るく照らす。

こうして、運営にとっての悪夢が徐々に形成されていくのであった。

 

 

 




「連絡が取り合えるって本当に便利だね」
「レターデリカさんがいなければ出来ない芸当ですがね」
「あの……そのデリカさんの名前がコロコロ変わるのは……?」
「サクヤさんはフレデリカさんの事を変な渾名で読んでいるんですよ」
「本人いわくー、語呂が良いかららしいよー?」

フレデリカの様々な渾名に困惑するヒナタの図。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

それぞれの奮闘

てな訳でどうぞ。


二日目はパーティーが強制転移によって分断され、フィールドの端から広がっていく闇によって行動範囲が狭まっていく。そんな状況では出会ったプレイヤー同士は生き残りを優先して共闘していく。そして、それは今戦っている二人にも当てはまる。

 

「クローネ、【破斧展開】!」

「ヴォル、【雷鳴の加護】!輝き唸れ、【雷楼牙】!」

 

アロックが大盾と短刀を装備した機械人形でゾンビ型のモンスターのの攻撃を受け止め、両腕が大斧となった戦闘モードのクローネと、レイドの普段より迸っている紫電の蛇腹刀より放たれた六つの雷撃によって消し飛ばされていく。

 

「くっ……このエリアは剣によるダメージが軽減されるのが痛いな」

「デザートのミスマッチな組み合わせの如く、あまりよろしくない状況だな」

 

蛇腹刀を鞘に収めたレイドは苦々しく呟き、アロックもポーションでHPを回復しながら難しい表情で頷く。そう、今アロックとレイドがいるエリアは剣によるダメージが軽減されてしまっている。レイドは雷属性の攻撃で補っているが、遭遇したモンスター次第では詰みに成りかねない状況であった。

 

「だが、まさか軽減エリアが昼夜で変わるとはな」

「ああ。こちらはローテを組んで探索を続けていたからな。その際に把握していたエリアの軽減効果が昼間の時と違っていたことで気づいたんだ」

 

軽減エリアの変更は【集う聖剣】以外の大規模ギルドの者達も気づいている。【楓の木】は少数である上に迎撃に専念していたからこの仕様に気づけなかったのである。

 

「とにかく、周囲に気をつけながら進むしかない。この状況でエリアボス、もしくはモンスターの集団と遭遇するのは避けたいからな」

「ああ。昨日エリアボスに遭遇したが、倒せはしたが無傷では済まなかった。ボスもダンジョンも、今は避けるべきだ」

 

現在の戦力からエリアボスもダンジョン攻略も無謀と判断し、二人は周囲を警戒しながら進んでいく。モンスターに遭遇しないように二人は慎重に進んでいると、闇夜の向こうで蠢く何かしらの存在を察知する。

アロックとレイドは互いに無言で頷くと、相棒達を一度指輪に戻すと隠れるように息を潜める。そんな二人の近くを、鋭い鱗で全身を覆った緑色の恐竜が足音を鳴らしながら歩いていく。

 

……一歩、二歩、三歩。

アロックとレイドの二人は嫌な汗を感じながらも息と気配を殺し、ティラノサウルスに似た恐竜がその場から立ち去るのを辛抱強く待っていく。

一分か十分なのか、またはそれ以上なのかは分からないが、恐竜型のモンスターがいなくなった事を察した二人は大きく息を吐いた。

 

「素通りして助かった。あれと戦うのは得策ではないからな」

「同感だ。まるで繊細なデコレーションに挑戦しているかのような気分だった」

 

無事に厄介そうなモンスターをやり過ごせた事に二人が安心していると、近くの茂みがガサガサと揺れる。アロックとレイドは顔を強張らせるも、そこから現れた存在に気が抜けた表情となった。

 

「……ペインにドレッド。出来れば一声かけてもらいたかったぞ」

「すまないレイド。ドレッドから声は上げない方がいいと警告されていたからな」

「ああ。俺の勘がこのエリアは危険だと警鐘を鳴らしていたからな」

「そうか……今のは私が悪かった。つい先程、エリアボスらしきモンスターが通りかかっていたからな。加えてこのエリアは剣による攻撃は軽減されてしまう」

「そうか。なら、長居は不要だな」

 

ペインはレイドの報告でこの場に留まるのは危険と判断し、アロックとの会話を後回しにしてその軽減エリアから離脱していく。

ドレッドの勘頼りで軽減エリアから脱したペイン達は、改めてアロックと話し合った。

 

「まさか貴方もこの難易度に挑んでいるとは思わなかったよ」

「クロムとイズに誘われてな。挑戦権を得ていたこともあり、特に悩むことなく承諾した」

「つまり、今は【楓の木】と一緒に行動しているのか?」

 

ドレッドの確認にアロックは頷くことで返す。この場で嘘をつく意味もなく、隠す必要性もないからである。

 

「それなら俺達と一緒に行動しないか?フレデリカからの連絡で、サクヤは今メイプルと一緒にいるみたいだからな」

 

ペインのその提案に合流を第一としているアロックは迷うことなく頷く。ここで別れても生きて合流できる保証は何処にもなく、むしろトッププレイヤーであるペイン達と行動した方が遥かに生存できる確率が高いからだ。

それにペイン達はどちらにせよメイプルがいる場所に向かう必要があるのだ。どちらも損がない取引である。

そのタイミングで、ペイン達【集う聖剣】の下にある通知が届く。

 

「……パーティーのリンクが切れた。どうやら半分以上がやられてしまったみたいだ」

「マジで今回のイベントも難易度が高いな。フィールドの隅から面倒なモンスターも来てるし、軽減エリアとエリアボスもいるから相当面倒だぞ」

 

パーティーのリンクが切断され、予想を上回る難易度の高さにペイン達は難しい表情となる。

 

「どちらにせよ合流できるメンバーと合流するしかないだろう。ペイン、ドラグの居場所は?」

「それは大丈夫だ。幸い、俺とフレデリカがドラグとパーティーを組んでいたからな」

 

そうしてペイン達はフレデリカの情報を元に、ドラグと合流すべく歩き始めるのであった。

 

 

――――――

 

 

「ええいっ!」

「【守護騎士】!ルル、【神の息吹】!」

 

ユイが黄金の槌を盛大に振り回し、半透明な幽霊やゾンビ達を一撃で倒し続けていく。アンデッド系だけでなくゴーレムや虎等といった大量のモンスターとの集団と戦うユイは当然攻撃を受けているが、ユイには一切ダメージが入らずに後ろにいるカミュラがダメージを受け続けている。

 

「カミュラさん、大丈夫ですか!?」

「俺のことは気にするな。【従者の献身】が続く限り、お前は目の前の敵を倒すことに集中していればいい。女性を守る……それが非リア充の俺の使命だ」

「?よく分かりませんけど分かりました!」

 

カミュラのその言葉にユイは首を傾げながらも、少しでも早く戦闘を終わらせる為にモンスターの群れと再び向き合う。今二人がいる場所は洞窟の出入口のすぐそこ。どうして二人が出入口がそこにあるにも関わらず逃げないのか。それは逃げられないからである。

 

たまたま遭遇したカミュラとユイは、生き残る為に一緒に行動することを選んだのだが、ユキミに乗っての移動中に幽霊の群れと遭遇してしまったのだ。純粋な物理攻撃が効かないモンスターの大群と逃げるには不利な場所で、ユイが咄嗟に近くにあった洞窟に逃げるようユキミに指示したからである。

 

だが、その洞窟はボーナスエネミーが逃げ込む場所であるモンスターハウス。入った瞬間に見えない光の壁によって出入口を封じられて閉じ込められた二人は、大量のモンスター達との戦闘を余儀無くされてしまったのである。

 

「ハァ……ハァ……まだ終わらないのですか!?」

「感覚的には半分は倒した筈だ……」

 

一向に減った様子のないモンスターを倒し続けているユイだが、その多さから肩で息をし始めている。カミュラもポーションやルルに譲渡したスキルを使ってHPを回復しているが、長時間持つのか怪しくなってきている。

何故ユイにダメージが入らずにカミュラにダメージが入っているのか。それはカミュラが使用したスキル【従者の献身】の効果からだ。

 

【従者の献身】は対象のプレイヤー一人が受ける攻撃を全て肩代わりするスキルだ。それによってユイは前に出て戦えるのだが、スキルの仕様上一人にしか使えない為ユキミは指輪に戻さざぬを得なかったのである。

カミュラはダメージカットやコピーした回復スキルを使って粘ってはいるが、このままでは押されるのは明らかであった。

 

「ごめんなさいカミュラさん、私のせいで……」

「お前が謝る必要はない。それに……非常に不満な応援が来たようだ」

 

ユイの謝罪にカミュラがそう返した直後、一方通行である光の壁で塞がれた出入口から一人のプレイヤーが俊敏な動きで入ってくる。

 

「【パワーアタック】!【凍牙絶衝】!」

 

その人物―――テンジアは二振りの長剣を振るい強烈な攻撃でゴリラのようなモンスターを叩き斬り、次いで周りにいたモンスター達を氷塊に閉じ込めて粉砕する。

ユイとは別の意味でモンスターを容易く葬ったテンジアは、顔だけユイとカミュラに向けて語りかける。

 

「正に危機一髪だったな。大丈夫か、カミュラ?」

「……俺の方は全く問題ない。むしろ、ここでカッコよくモンスター達を倒してリア充の仲間入りを果たそうとしたくらいだ」

「それだけ大言壮語に語れるなら、大丈夫だな」

 

相変わらずのカミュラの発言にテンジアは苦笑しながらモンスター達の大群に向き直り、長剣を構え直す。

 

「リース、【氷室(ひむろ)】!我が刃に宿るは凍てつく氷の刃―――【氷凍剣】!!」

 

テンジアは一体化しているリースに指示を出しつつ、二振りの長剣に長大な氷の刃を纏わせていく。長剣に宿った氷の刃は大剣のごとき大きさとなり、その二振りの氷の大剣を手にモンスターの群れを切り裂いていく。

 

「【砕氷刃】!【大切断】!【旋空剣】!」

 

テンジアは十字を描く冷気の斬撃、豪快な叩き割り、大振りな薙ぎ払いを二重に放ち、モンスター達を二、三撃で葬っていく。当然モンスター達も黙って殺られるわけもなくテンジアに攻撃を仕掛けるが、どれも容易く躱されて逆にカウンターで切り裂かれていく。

 

「彼方の敵を攻撃せん―――【飛撃】!」

 

当然ユイも黙って見守るわけもなく、衝撃波を放ってモンスターの殲滅に協力していく。STR極振りの強烈な一撃を受けたモンスター達は大ダメージを受け、攻撃を放ったユイに意識を向ける。

 

「リース、【雹音波】!【飛撃】!」

 

その隙を突くように、テンジアが音波を放ちつつ衝撃波を放ってモンスター達に止めを差す。

 

「カミュラ、【フレイムレイン】は使えるか?」

「ああ。問題ない―――ルル、【MPリンク】!焼き尽くせ、【フレイムレイン】!」

 

カミュラが不承不承という雰囲気で返しながら、スキルでMPを共有した状態でコピーした強力なスキルを放つ。モンスターの上空に魔法陣が展開され、そこから無数の炎の熱閃が降り注いでいく。

 

「【凍てつく(ほむら)】!!」

「ここだ―――【フレアバースト】!」

 

テンジアがスキルを発動して長剣を振るうと、カミュラの放っていた炎の熱閃全てが氷の柱となって一瞬で凍りつく。そこにカミュラが別の炎を叩き込むと、その氷の柱全てが倍の大きさと威力となった熱閃となって解き放たれた。

 

「すごい……」

 

先ほどまでの苦戦が嘘のような戦闘に、ユイはテンジアとカミュラに視線を向ける。二人の炎と氷のコンボによってモンスターは全滅し、出入口を塞いでいた光の壁は役目を終えたように消えていった。

 

「ふぅ……本当に震天動地だったな。二人とも無事で何よりだ」

「この程度の試練、どうという事はない。リア充の撲滅の為ならな」

「あ、あの!助けて頂いてありがとうございました、テンジアさん!それからカミュラさんも!」

 

ユイのお礼をテンジアとカミュラは素直に受け止めると、現在の状況について確認していく。

 

「そうか……パーティー同士のリンクが切れているのか」

「ああ。マルクスのおかげで互いの居場所は一目瞭然だが……ミィの予備を含めて反応は私自身も含めて七つだけだ」

 

テンジアがそう答えた直後、テンジアとカミュラがよく知るモンスター―――ミィの相棒であるイグニスが降り立つ。イグニスの背にはミィにミザリー、マルクスとシンだけでなく、【楓の木】のクロムとイズ、カスミの姿もあった。

 

「クロムさん!イズさん!カスミさんも!」

「ユイ!無事だったか!」

「無事に合流できて良かったわ。マイちゃんとミキちゃんもメイプルちゃんの元にいるから、これで残りは四人ね」

「CFにシアン、カナデとアロックの四人か。サリーはフレデリカと共に行動しているから大丈夫ではあるが……」

 

仲間と合流できた事に【楓の木】の一同は喜び合いつつも、残りの安否不明のメンバーを心配していく。特にシアンはINT極振りな為、一撃でも攻撃を受けたらアウトなのだ。自分達のように、他の誰かと一緒であってほしいと願うのは当然であった。

 

「これで我々のメンバーは大方揃ったな」

「はい。ですが……」

「僕が用意した【印】はここにいる皆と、ミィがメイプルに渡した分しか残ってないよ。流石に全滅してないと思うけど……これ以上の合流は時間的にも厳しいかな」

「六人も集まれただけ有難いと考えるべきなんだが、拠点探しも含めると厳しいな」

「ああ。俺たちの拠点は例の闇に呑まれてしまったからな」

「四苦八苦な状況だが、割り切るしかないだろう」

 

同じギルドの者同士とこれ以上の合流が出来ず、半分近くが脱落したであろう状況からこれからの事に対して話し合うミィ達。そんなミィ達に、クロムがおずおずと話しかけた。

 

「なぁ、一つ提案なんだが……」

 

クロムはそう前置きし、【炎帝ノ国】の面々にある提案を持ちかける。その提案に対して【炎帝ノ国】の一同は……

 

「なるほど……それは悪くない提案だ」

「この状況では、確かに悪くない提案ですね」

「お互いに利益があるから、僕は賛成だよ」

「満場一致。私も反対する理由はないな」

「それに上手くいけば、効率良くメダルも集められるかもしれないしな」

「ギルドマスターの決定なら、俺は従うだけだ。リア充と仲良くするつもりはないが」

 

クロムの提案を快く受け入れ、一同は【楓の木】の合流地点へと向かって飛び立つのであった。

 

 

 




「メダルがどんどん集まってるなぁ。これで七枚目だぞ」
「うわぁ……この二日で七枚も集めたの?」
「すごいっすんん、すごいですね」
「フレデリカ達の方はどうなのよ?」
「こっちはさっきのも合わせて三枚。中々ダンジョンが見つからなくてね」
「私の方は二枚……ですね。目ぼしい場所は見つけていますが……」
「以外ね。大規模ギルドだからもっと稼いでいるかと思ったんだけど」
「エリアボスや軽減エリアの存在がね。下手したら倒れるから、慎重になってたんだよ」
「私の方はちょっと……トラブルがあ、りまして……」
「「「?」」」

合流を目指すチーム好敵手の図。

「うーん……ヒナタの方は全く動いてないね。ベルの方はゆっくり動いているから……ベルの方に向かおうかな」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ギルド同盟、成立

てな訳でどうぞ。


あちこちで色々な戦闘が起こっている中、メイプル達はジベェの背中で平和にお茶会をしていた。

 

「あ、またメダルだよ!これで七枚だね!」

「本当ですね……一人で攻略しているのでしょうか……?」

「ノウ。その可能性は低いですね。メダルをゲットしているということは、誰かと一緒に行動していると思います」

「そうだねー。ボク達みたいにー、別の人と一緒かもー」

「あの……今、イベント中ですよね……?」

 

あまりに平和過ぎる状況に、ヒナタは困惑を隠せずにいる。【楓の木】の【普通】は周りから見たら【異常】なので、耐性が全くないヒナタが困惑するのは当然の流れである。

こんな状況でお茶会など普通であれば不可能であるが、メイプルの【身捧ぐ慈愛】と【天王の玉座】のおかげで安全地帯が確保され、ジベェとシロップ、STR極振りのマイがモンスターを遠距離攻撃で打ち落としているのでこの平和空間を実現できているのだ。

そんな平和空間に、空を飛べるモンスターが近づいてくる。

 

「あ、また来たよ!」

「【痺れる調律】」

「【災厄伝播】」

「どうぞー」

「えいっ!」

 

翼をはためかせて近寄ってくる悪魔に、サクヤとヒナタが麻痺とデバフを与え、マイがミキが渡した刺々しい鉄球を投げて悪魔を一撃で打ち落とす。仮に生き残ってもジベェの【水鉄砲】とシロップの【精霊砲】で止めを差されるので一切問題はなかった。

 

「みんな、まだ来ないね。結構遠い場所に飛ばされたのかな?」

「パシリデリカさんのメッセでは、カナデさんとシアンさんがドラグさんと一緒のようですが……」

「私の方も……パーティーのリンクが切れているから、少し心配……」

「ユイは大丈夫かな……?」

「位置が分かればー、こっちから迎えに行けるんだけどねー」

 

五人は仲間達の心配をしつつも、地上の地獄絵図など別世界のお茶会を続けるのであった。

 

 

――――――

 

 

メイプル達のいる空が比較的安全なのに比べ、地上は文字通り地獄と呼ぶに相応しい状況であった。強いモンスターがあちこちで徘徊し、モンスターハウスやエリアボスも存在する地上はダンジョンの中の方が安全と言っていいくらいだ。

その状況で、運よく【楓の木】同士で合流できたカナデとシアンはモンスターから隠れながら進み、現在は木のうろに身体を隠していた。

 

「ふー、助かったよ。僕達だけじゃあ生き残れなかったかもしれないし」

「よく言うぜ。まあこっちもちょっとばかし困ってたからな」

 

カナデのその言葉に、木のうろの前に立ってモンスターの群れと対峙しているドラグは呆れ混じりに言葉を返す。ドラグはフレデリカとの立ち回りを基本としている為、支援無しでは真価を発揮できないのだ。その為、魔法使いのカエデとシアンに出会えたのはドラグにとってはラッキーとも言える。

 

「支援はするけど期待しないでね。この辺り、魔法攻撃が軽減されるみたいだからさ」

「攻撃が軽減されるだけなら大丈夫だ。だから、きっちり支援してくれよ?」

 

ドラグの言葉にカナデは頷くと魔導書を開き、カードを構える。

 

「【ホーリーアーマー】【ホーリーエンチャント】【鼓舞】【強き反動】」

 

カナデは強化スキルを使い、ドラグにダメージカットとステータスアップ、さらにノックバック効果を上昇させるスキルを付与していく。

 

「ダメージカットのスキルもソウに使わせるから、遠慮なく言ってね」

「じゃあ、遠慮なく頼りにさせてもらうぜ。アース、【地震】!」

 

ドラグの隣にいたアースが両腕を地面に叩きつけると、そこを中心として激しい揺れが発生する。空を飛んでいるモンスターには影響はないが、地面にいたモンスターはその動きを止められる。

 

「叩き割れ、大地の震略者(ガイアクエイカー)!大地のうねりは波を起こす―――【土波】!」

 

ドラグが斧で地面を叩くと波打ち、大きく盛り上がってモンスター達を大きく押し返していく。

 

「お、普段よりモンスターを押し返せれているな。お前のスキルの効果か?」

「そうだよ。代わりに硬直時間がちょっと延びるけどね」

 

ドラグのスキル構成がノックバックがメインだと把握していたカナデは、ドラグの確認に対してそう返す。ドラグの攻撃によってモンスター達は距離を強引に取らされるも、魔法等で遠距離攻撃ができるモンスターは距離に関係なく攻撃をドラグに放っていく。

 

「【フォースアーマー】【弾速減衰】」

「癒せ、【ヒール】」

 

カナデがダメージカットスキルでドラグのダメージを抑えると、シアンがすぐにドラグの減ったHPを上限いっぱいまで回復させる。魔法攻撃が軽減されているとはいえバフや防御には支障はなく、シアンのINTで放たれる回復魔法は【ヒール】でも上級クラスに匹敵する回復量である。

 

「フレデリカの回復よりすげぇな。これなら多少の無茶ができるぜ、【サンドウェイブ】!」

 

ドラグは少しの溜めの後で斧を振り抜くと、今度は砂の波を放ってモンスター達を一気に押し返していく。砂の波を受けてAGIが減少したモンスター達は、緩慢な動きでドラグ達に近づこうとしている。

 

「ノックバックだけじゃなく、ステータス低下もあるなんて便利なスキルだね」

「そりゃ仮にもトップを張っているからな。【バーンアックス】!」

 

カナデの素直な感想に、ドラグはスキルを放ちながら不敵な笑みを浮かべて返す。そんなドラグにゴーストから青い火の玉が放たれる。

 

「おっと、【防護結界】」

「ナイスガード!フレデリカにも負けてないぜ!」

「……そんなこと言うなら、もう助けてあげないよー?」

 

ドラグがカエデの援護に対してそう告げたタイミングで、フレデリカが茂みの中から姿を現した。

 

「おっ!?もう来たのか。いやー助かったぜ!」

「本当に調子がいいんだからー……連なり守れ、【多重障壁】!」

 

ドラグの言葉に呆れながらも、フレデリカはドラグの援護に回っていく。そんな二人の後ろで、サリーを背中に背負ったコーヒーがカナデとシアンに近づいていく。

 

「二人が一緒だったとはな。とにかく合流できて良かったよ」

「そうだね。ちなみにサリーは……」

「……察してくれ」

 

コーヒーのその言葉にカナデとシアンは苦笑したような微妙な表情となる。ほぼまちがいなく、ゴースト系のモンスターに遭遇して戦力外となってしまったのだろう。

 

「うう……なんでまた幽霊が出てくるのよ……」

「意外っ……ですね。まさかこうもお化けの類いが苦手とは」

 

すっかり涙目となっているサリーにベルベットが意外そうに呟く。サリーの第一印象が少し強烈であったベルベットからしたら、こうも弱気なサリーは想像すら出来なかったからである。

そんなベルベットにカナデが話しかける。

 

「君がベルベット?サリーとCFがお世話になったそうだね」

「いえ。私の方も二人のんんっ、お二人のお世話になりましたから」

「あっ!私達も加勢しないと!」

「それなら大丈夫だぞ。来たのは俺達だけじゃないから」

 

シアンの慌てた言葉にコーヒーがそう返した直後、三つの人影が現れる。

 

「【残光ノ聖剣】!」

「【旋風連斬】!」

「【飛雷斬】!」

 

その人影―――ペインにレイド、ドレッドの三人は光線のごとき光の斬撃と呑み込むように地を這う雷の斬撃、範囲内にいたモンスターへの連続攻撃でその場にいたモンスター達を容易く一掃してしまう。

モンスター達を相棒の力も借りずに殲滅した三人を尻目に、コーヒーは少し遅れて合流したアロックに顔を向ける。

 

「そっちも上手く協力できたんだな」

「ああ。彼らと会えたのは行幸だった」

 

【楓の木】の方も無事に合流できた事に安堵している中、【集う聖剣】一同はこれからのことで話し合っていく。

 

「そうか……俺達のパーティーメンバーはやられてしまったのか」

「私とドレッド、サクヤのパーティーも同じか……まさか半数がやられるとは……」

「残念だけどそーみたい。たぶん転移先が最悪だったんだと思うよ」

「その線は有り得るな。軽減エリアも昼と夜で変わっていたし」

「拠点の方はどうなっているんだ?」

「そっちもダメ。マップの端だったから、モンスターの巣窟になってるよ」

 

予想以上の悪い展開に【集う聖剣】一同は難しい表情となる。自分たちとパーティーを組んでいたメンバーはやられ、拠点も失ってしまったのだ。今回のイベントの厳しさを前に、ペイン達は気を取り直すように頭を振るう。

 

「ここで落ち込んでも仕方ない。サクヤと合流したら、拠点となる場所を探さないとな」

「あー、それなんだけどー……」

 

フレデリカがペインに何かを伝えようとしたその時、周りの木々が独りでにザワザワと揺れる。突然の事態にその場にいた全員が身構えていると、周りの木々が小さくなっていく。その木々から手足が伸び、何体ものトレントモドキとなった。

 

「なっ!?」

「周りの木がモンスターになった!?さすがに予想外だよ!」

「まさか、人数に反応するモンスターか!?」

 

まさに囲まれる形となった一同は、緊張した面持ちでトレント達を見やる。

 

「ど、どうしましょう!?このエリアは魔法攻撃は軽減されますし!」

「それマジで!?ゴースト系も出てきてるのに!?」

 

シアンの言葉にフレデリカは若干焦ったように声を上げる。実態のない幽霊系は属性攻撃で倒すのが基本だが、その基本の多くは魔法攻撃なのだ。その魔法攻撃のダメージが軽減されるのは、魔法をメインとしているフレデリカとしても痛いところであった。

 

「ひぃいいいい……!」

「ぐえっ!?く、首絞まってる!絞まってるから!!」

 

そしてそれは、サリーの戦力外通知であるも同然である。ゾンビであれば自己暗示でまだセーフだった可能性もあるが、半透明な骸骨の幽霊は完全にアウトであった。

 

「こうなったら、【らい―――」

「必要ないよ。【共鳴符】」

 

ベルベットが派手にスキルを使おうとした矢先、そんな声と共に頭上から何枚もの護符がコーヒー達を取り囲むモンスター達に投げ込まれていく。

突然の加勢にベルベット以外が困惑する中、鞘に収まった刀を腰だめに構えた和装の少女が降り立つ。

 

「【颪刃(おろしやいば)】【連なる風】【抜刀・影縫(かげぬい)】【三ノ風・九十九颯(つくもはやて)】」

 

その少女はスキルを発動せ、抜刀と同時に目の前にいるモンスター達を切り裂く。ばら蒔かれた護符からも同様の斬撃が飛び、黒い斬撃に切り裂かれたモンスター達は硬直したように動きが止まる。そこに更に少女が駆け抜けながら刀を振るって攻撃を叩き込み、その場にいたモンスター全てに全身からダメージエフェクトを弾けさせる。

 

「【七ノ風・飄風(ひょうふう)】」

 

その少女―――ジェラフは納刀すると取り囲んでいたモンスター達から再びダメージエフェクトが弾け飛び、モンスター達は力尽きたように光となって消えていった。

 

「ふぅ……やっと合流できたよ。結構な大所帯みたいだけどさ」

「ジェラ!本当にナイスタイミングっすよ!」

 

モンスター達を一人で殲滅したジェラフにベルベットが飛び付き、受け止めたジェラフも困ったように苦笑している。そして、ジェラフはコーヒー達に向き合う。

 

「ベルが世話になったね。何か迷惑をかけなかったかな?」

「いや。こっちも彼女に助けられたから大丈夫だ」

 

苦笑しながらコーヒーはジェラフにそう返すも、コーヒーの背中にいるサリーは睨み付けるようにジェラフを見ている。そんなサリーにもジェラフは話しかける。

 

「おや?どうしたのかな、サリー?そんなにあたしを睨んでさ?」

「あんた、絶対に分かってて言ってるでしょ」

「何のことかな?あたしは別に嘘は言ってないよ?」

「やっぱり分かってるじゃない!!」

 

サリーは顔を真っ赤にしてジェラフに噛みつくが、当の本人はどこ吹く風。一向に気にしていない。

 

「ま、おふざけはここまでかな。ベル、状況は分かってるよね?」

「もちろんです。ですが、ベルが入れば残りのメンバーと無事に合流でき……ますから大丈夫っ……です」

 

散々ボロを出しまくっているが、変わらずお嬢様口調を貫こうとするベルベットにコーヒーは思わず苦笑してしまう。対するジェラフは、ジトッとした目をベルベットに向けていた。

 

「……ベル?」

「ジェ、ジェラ?どうしてそんな目で睨むっすか……?」

「……パーティーのリンク機能を確認してみて」

 

ジェラフの呆れたような指示に、ベルベットは首を傾げながらも自身のメニュー画面を開いてリンク機能を確認する。確認したベルベットは、鳩が豆鉄砲を食らったような表情となった。

 

「……え?リンクが切れてるっす」

「そ。半数以上がやられてパーティーのリンクが切れてるんだよ。しかも、パーティーメンバーはあたしとベル、ヒナタの三人しか残ってないよ」

 

ジェラフのその報告を受け、自分たちもマズイ状況に陥っていると悟ったベルベットは焦ったようにジェラフに詰め寄った。

 

「どどど、どうするっすか!?これじゃ一気にメダル集めが難しくなったっすよ!?」

「ちなみに拠点の方も潰れてるから最悪の状況だよ?」

「うわぁああああああっ!」

 

リンク切断、パーティー分断、拠点壊滅の三連コンボを見事に受けたベルベットは頭を抱えてその場に蹲る。そんなベルベットの姿にコーヒー達は思わず同情してしまう。

ちなみにベルベットがリンク切断の通知に気づかなかったのは、あのエリアボスとの戦闘の最中だったからである。

 

「落ち込むのは後回しだよ、ベル。早くヒナタと合流してこれからの事を話し合わないといけないから。ヒナタの位置は動いてないけど、どうなるか分からないからね」

「あ、それなら大丈夫っす。ヒナタは今、彼処にいるっすから」

 

ベルベットがそう言って指差す先には、定期的に空に上がる花火モドキが空を照らしている。

 

「あの花火のような爆発が上がっている場所に?近くにいるとかじゃなくて?」

「ちなみにその場にいる皆でお茶してるっす」

「え?ちょっと待って。この状況でお茶?モンスターが襲い掛かってくる危険地帯でお茶?周りが大変な時に、呑気にお茶会を開いているの?」

 

ベルベットからもたらされたヒナタの現在の状況に、ジェラフは疑問を露に手で顔を覆って問いかけている。

その後詳しく話を聞き、少しして状況を整理して落ち着いたのか、ジェラフは疲れたように溜め息を吐いた。

 

「本当に【楓の木】は色々な意味で予想を上回るね……でも、これはある意味チャンスかな」

「チャンス?」

「そ。それでベル、提案なんだけど……」

 

ジェラフはそう前置きすると、ベルベットにコソコソと何かを伝えていく。それを聞き終えたベルベットは笑みを浮かべた。

 

「それ、ナイスアイディアっす!」

「じゃ、決まりだね。ヒナタには事後承諾で悪いけどね」

 

ジェラフはそう言って、改めてコーヒー達に向き合って先程思い付いたことを伝える。

 

「良かったらさ、ここは互いに手を組んで協力し合わない?今は少しでも戦力が多い方がいいでしょ?」

 

ジェラフのその申し出にコーヒー達はもちろん、ペイン達も目を見開いて驚きを露にする。そんな中、サリーが真意を問いかける為に話しかける。

 

「ほぼ初対面の相手に対して随分思い切った事を言うわね。何が狙いなの?」

「拠点の確保と防衛戦力、後はメダル探しの為かな。残りのメンバーと合流できるか怪しいし、情報を擦り合わせれれば効率良くメダルも集められるかもしれないしね」

「そっちの情報が洩れるリスクを負ってでも?」

「それこそ今更でしょ?たぶん、ベルの弱点―――最大のデメリットはもうバレてるでしょ?」

 

ジェラフのその言葉にサリーは感心したような笑みを浮かべる。確かにサリーはもちろん、フレデリカにもベルベットには相棒がいないことはバレている。それをこの数分で見抜いたジェラフの頭の回転の良さに、サリーは素直に凄いと感じた。

 

「本当に勘が鋭いわね」

「これでも勘と読みは良い方だからね。先の展開も考えれば、決して悪くない提案だと思うよ?」

「……そうね。この機会に、貴女達の情報を吸いとらせてもらうわ」

「それはお互い様にね」

 

サリーとジェラフはそう言って互いに握手し合う。そんな二人を見て、フレデリカが声を上げる。

 

「ちょっとー?私達を置いてきぼりにしないでよー。そもそもその話はさー、サリーちゃんも持ちかけた話だよねー?」

「フレデリカも既に話し合っていたのか?」

「そうだよー。最終的にはペインが決めることだから、話を通すだけに留まってたけどねー」

「いや、その提案は願ったり叶ったりだ」

 

こうして【集う聖剣】組も共闘関係となり、一同は巨大化したレイとコーヒーが召喚した舟によってメイプル達がいる場所へと目指すのであった。

 

 

 




「そういえば、どうしてサリーはCFに背負われていたのかな?」
「…………」
「ま、別にいいけど。女の子らしいと思いはしたけどね」
「やっぱりそう思うー?戦闘ではヤバいけど、可愛いところもあるんだよねー」
「可愛いところならジェラもある……ありますよ。猫なで声で可愛い子と戯れたりとか」
「へー、人を食ったような性格のわりに可愛いじゃない」
「あちゃあ。藪蛇だったかな」

見事に自分に返ってきた者の図。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

欲深いプレイヤー

てな訳でどうぞ。


「このお菓子の味……【カフェ・ピグマリオン】と同じ……?」

「はふぅ。本当に美味なスイーツです」

「まだあるよー」

「あ、また何か来た!」

 

地上の苦行とは無縁の空でお茶会をしていた一同は、メイプルが【機械神】の武器を構えたことで臨戦態勢となる。

 

「あれ?あれって……」

 

しかしよくよく目を凝らして見ると、近づいて来ている三つの影の正体は巨大化したイグニスとレイ、そして空を飛ぶ舟だった。そこには【集う聖剣】と【炎帝ノ国】だけでなく、まだ合流出来ていなかった【楓の木】の面々と【thunder storm】の二人がいた。

 

「予想より早かったが、また会ったなメイプル」

「ミィ!それにペインさん達も!皆を連れて来てくれてありがとう!」

 

ミィ達の姿を確認したメイプルは早い再会に驚きつつも、ギルドメンバーを連れて来てくれた事のお礼を告げる。

 

「まさかタイミングまで同じだったとはな。メイプル達もそうだが、そっちも初めて見る奴がいるな」

「成り行きでね。ちなみに実力は折紙付よ」

 

コーヒー達の方と同じく【炎帝ノ国】に協力を持ちかけたクロムの言葉に舟に乗っていたサリーがそう返す中、ベルベットとジェラフはヒナタと無事に合流したことに安堵する。

 

「ヒナター!無事でんん、ご無事で安心しましたよ」

「ベルベットさんもジェラフも……無事で安心しました」

「状況は最悪だけどね。それでね……」

 

ジェラフはそう前置きして、同盟関係の事を説明していく。説明を聞き終えたヒナタは、どこか呆れたように溜め息を吐いた。

 

「またジェラフは勝手な事をして……いつもの事ですけど」

「一応ベルには許可を取ってるよ?それに、情報の隠蔽より収集とメダル集めを優先した方が将来のプラスだよ」

「そうですね……ベルベットさんの秘密が結構バレているみたいですから」

「そ、それは仕方ないっすよ!大群とエリアボス相手にそんな余裕はないっすから!」

 

そんな三人のやり取りを、ジベェの背中に移動した一同は興味深げに見つめていく。

 

「あれがギルド【thunder storm】のトップスリーなのか……」

「ああ。俺はジェラフの戦闘しか見ていないが、圧巻の一言に尽きる戦いぶりだった」

 

図らずも互いに協力関係となったミィとペインがそう呟く中、四ギルドの同盟戦を聞き終えたメイプルが力強く宣言する。

 

「よーし!それじゃ、皆で私達の拠点に戻ろう!このメンバーなら、モンスターにもバンバン勝てるよ!」

「それじゃー、出発ー」

 

ミキの指示にジベェが軽く仰け反ると、【楓の木】の拠点に向かって飛んでいく。三つのギルドの拠点とは違いマップの中央付近に設営していたので、モンスターもそこまで蔓延っていないからだ。

 

「んーと、サリー、この辺だったよね?」

「うん、あの山の位置は変わってないしね」

「じゃあー、降ろすよー」

 

ミキがジベェに指示を出してそのままゆっくりと降下し、着陸する。地上に降りた一同はしばらくその辺りを探すと、【楓の木】の拠点だと証明する看板を発見する。

 

「『【楓の木】本拠地 危険物多数 命の保証なし』……この上ない証明だね」

「おいおい。どれだけ危ない場所なんだよ?」

「出る時に幾ばくか取り除いたけどな」

 

フレデリカとドラグの呟きにクロムがそう返しつつ、一同は洞窟の中へと入っていく。合流に予想以上の時間が掛かったこともあり、罠を再設置しながら奥へと進んでいく。

 

「これは……まさに悪辣百般(あくらつひゃっぱん)な罠だな」

「メイプルの【身捧ぐ慈愛】の恩恵がなければ、俺達も無事ではすまないな……」

 

パーティーを再編成し、リンクを繋げて【身捧ぐ慈愛】の恩恵を受けているテンジアとペインは苦笑いして設置されていく罠を見つめていく。

何せ殺傷力が異様に高い罠が次々と設置されているのだ。メイプルでなければ無事に進めない人工ダンジョンが目の前で作られていけば、何とも言えない気分となるのは必然だった。

 

「すごいですね……私達のギルドでも、ここまで凶悪な罠を設置できな……できませんよ」

「マルクス、貴方の罠も設置しておいてもいいんじゃないですか?」

「うん……頼み込んで、一本だけ僕達に反応しないトラップのルートを作らせてもらうよ」

 

個別で外に出ることも視野に入れ、【楓の木】に許可を得てマルクスも罠の設置に携わっていく。ある程度罠を再設置して最奥に到達すると、イズが工房を展開する。

 

「さ、急いで取り掛かるわよ!もちろん皆も手伝ってね?」

 

追加で十五人も増えたことでスペースの使い方を変更しつつ、一同は拠点設営の為に動き回るのであった。

 

 

――――――

 

 

「さてと、そろそろ二日目の強化モンスターの解放ですね」

「二日目の強化モンスターには、周りのオブジェクトを取り込んでいく特殊モンスターもいます。設置物も同様に取り込むこのモンスターで、初日のリベンジを果たします」

「新人の言葉はさておき、強制転移でプレイヤーの数がだいぶ減ったからな。ここで更に追い討ちをかける」

 

二日目の夜の試練に元々用意していたモンスターをリベンジ扱いする新人を流しつつ、運営一同は最高難易度の進行状況を確認していく。

 

「プレイヤーもまだ結構散ってますね。臨時でパーティーを組んでいるプレイヤー達もちらほらいますが、それでもかなりの試練に……え?三パーティー以上集まってる……?」

「ん?どこに集まっているんだ?」

「プレイヤーサイドの殺意増しダンジョンにです」

「【楓の木】ですか……もう帰りついた……いえ、少し待って下さい。三パーティー以上ですって?」

 

明らかに【楓の木】+αを超えている人数に、運営は人工ダンジョンにいるプレイヤー達の情報を確認していく。そこに並んだプレイヤーネームを前に、運営達の目がどんどん曇っていく。

 

「なんで?なんで?」

「確かに増えてる……増えてるけど」

「【集う聖剣】と【炎帝ノ国】は百歩譲ってまだ分かるけど、なんで【thunder storm】まで?」

「【楓の木】と親交が全然無かったギルドのメンバーが何で一緒なんだ?それもトップスリーがだぞ?マジで分からん」

 

一体どういう経緯でこうなったのかと、運営は本気で頭を抱える。何せ上位ギルドの精鋭が殺意の高い拠点に集っているのだ。過剰戦力も良いところである。

 

「それよりこれは酷だぞ……モンスターに」

「トラップに滅法強いモンスターも、これでは無意味に近いですよ。防衛戦力が爆上がりしてますし」

「だが、もう止められないぞ」

 

二日目の強化モンスターの解放まで残りは数十分なのだ。そこが凶悪な人工ダンジョンだろうと、四つの上位ギルドのトップが蔓延っていようと、モンスターはプレイヤー達がいる場所に迷うことなく向かっていく。

 

「お願いだから生き残ってくれ……一体だけでも」

「罠を突破して一矢報いてほしい、ですか?」

「いや。あのメンツを倒してほしい、だ」

「さすがに無理だろ。このメンツと人数を前に」

「だよなー」

「「「アハハハハ」」」

 

モンスター達の逆蹂躙劇を想像し、運営一同は乾いた笑い声を上げるのであった。

 

「…………」

 

ちなみに新人は過剰戦力を前に真っ白に燃え尽きていた。

 

 

――――――

 

 

強化モンスターが現れるようになる少し前に拠点は完成した。迎撃スペースを幾ばくか削ることにはなったが、それを補ってあまりある状態であった。

 

「あら、スクリーン?何か見るのかしら?」

「ここに、映像が出るようにしておくから……」

 

イズの疑問にマルクスがそう言葉を返すと、スクリーンに映像が映し出される。そこには(あり)の巣状になったこの拠点全ての部屋の様子が映っていた。

 

「わー!すごい!」

「み、見えてれば再設置したいトラップの種類もモンスターの強さも分かるから……じゃあね」

 

目を輝かせるメイプルにマルクスはそう伝えると、【炎帝ノ国】の居住スペースへと戻っていく。

新しく作り直された居住スペースは、中央に広めのくつろげる空間を用意し、そこに接続するように各ギルドの区域が設けられている。マルクスのスクリーンも全員が見られるように中央の区域に張られていた。

 

ちなみに居住スペースは人数の関係からそれぞれのギルドで広さが違っている。【楓の木】+αは十二人だから一番広めとなっており、三人だけの【thunder storm】は一番狭くなっている。それでも十分な広さに違いはなく、迎撃スペースのすぐ近くに【集う聖剣】と【炎帝ノ国】の居住スペースがあるから十分に配慮されているが。

 

「暇だねー。ダンジョン探索に出かけるわけにもいかないしー」

「その辺りは今日の強化モンスターの強さ次第だね。少なくともボーナスエネミーとエリアボスは厳しいだろうけど」

「馴染んでるわね、二人とも……」

 

中央スペースでお茶とお菓子を片手に談笑するフレデリカとジェラフの姿に、サリーは呆れた眼差しを向ける。フレデリカは【楓の木】によく訪れていたからまだしも、初交流のジェラフも普通に馴染んでいる事に微妙な気分となっていた。

 

「変に畏縮しても気が休まらないでしょ?こういう時は適度に砕けていた方が良いんだよ」

「それもそうだねー。病は気からという言葉もあるからね」

「はぁ……まあ、いいわ。やっぱりそっちの方は難しいと思うのね」

「それはそうだよ。軽減エリアに視界不良、悪辣なモンスターハウスもあるからね」

「例のボーナスエネミーが逃げ込む場所だね。ウチの新人が深追いして、見事にやられたからね。助けに入った人も同じ末路だったし」

「こっちはベルが深追いしてね。あたしとヒナタ、他のメンバーも奮闘して何とか全員生還できたけどね。ちなみに報酬は何もなかったよ」

 

ジェラフはそう言って深い溜め息を吐く。そして、先程から気になっていることをサリーに問いかける。

 

「ところで、あの区域は何?」

「ミキの釣り区域。モンスターもアイテムも釣れるから、運が良かったらボーナスエネミーも釣れるわよ?」

「「は?」」

 

サリーのその言葉にジェラフはもちろん、フレデリカも間抜けな顔となってしまう。

 

「……いやいや。釣りは普通、川や湖とかでやるものでしょ?」

「それ、マジで?ボーナスエネミーも釣れるの?」

「釣れたわよ。確率は低いけどね」

 

フレデリカの問いかけにサリーが答えていると、釣り区域がガヤガヤと賑わっていく。

 

「本当にモンスターが釣れたっす!」

「すぐに倒します!【ダブルスタンプ】!」

「【シールドハウリング】!」

「しっかり働くからボーナスエネミーも釣ってくれよ!【鎧砕き】!」

「私もやるっす!【重双撃】!」

 

ミキが釣り上げた如何にも固そうな見た目のモンスターを、マイとカミュラ、ドラグとベルベットが袋叩きで攻撃して反撃する間もなく倒していく。

 

「……ベルも参加してるんだね」

 

常識がガラガラと音を立てて崩れていく事を自覚しながら、ジェラフはその辺りの思考を放棄した。まだ胃痛で悩みたくないのだから。

ちなみにベルベットは散々ボロを出しているので、お嬢様口調は演技だと皆にバレている。基本は優しいメンバーなので、敢えて見てみぬ振りをしているが。

 

「ちなみに確率は?」

「三十分やって一体ね。下手したらもっと低いか―――」

「本当にボーナスエネミーが釣れたっす!」

 

サリーの言葉を遮るようにベルベットが大声を上げる。彼女の声に何名かが釣られて釣り区域に目を向けると、釣り針が口に引っ掛かった金の狐が逃げようと暴れているところであった。

 

「集中砲火で倒すぞ!【轟隆撃】!」

「【ダブルストライク】!」

「【ロックブラスト】!」

「早くメダルを落とすっすよ!【爆砕拳】!」

 

そんな金の狐にミキの釣りを見守っていたメンバー達が一斉に攻撃を放っていく。心無しか、約二名の目が血走って見えなくもない。

 

「私も加勢するよ、【多重炎弾】!!」

「メダル獲得のチャンスを逃すかよ!【崩剣】!!」

 

そこにフレデリカとシンも加わり、約六名で金の狐を集中的に攻撃していく。

 

「私達のメダルを落とせ!【多重増力】!ノーツ、【輪唱】!」

「早く倒れろや!【パワーアックス】!」

「早く倒れてください!【ダブルインパクト】!ツキミ、【パワーシェア】【引き裂き】!」

「今度は逃がさないっす!【渾身の一撃】!」

「お前を倒して俺はリア充となる!【シールドタックル】!ルル、【コピーアタック】!」

「ウェン、【風神】!」

 

ごく一部以外はまるで欲望をぶつけるかの如く、相棒の力を借りつつ六人は金の狐を攻撃していく。その光景に周りは軽く引いているが、当の本人達は気づかない。

そんな醜い攻撃を受け続けた金の狐は力尽きたように倒れ、まるで泣いているように光となって消えるのだった。

 

「メダルゲットっす!」

「これはマジでいいな!上手くいけばメダルをたんまり稼げるぜ!」

「……あれ、止めさせられない?何か、見たくないものを見せられてる気分なんだけど……」

 

ドラグとベルベット―――特にベルベットの欲深い姿にジェラフは複雑な顔でサリーに釣りそのものを止められないか聞く。

 

「別にいいんじゃない?特に困るわけでもないし」

 

対してサリーはイタズラっぽい笑みを浮かべて言葉を返す。どうやら軽い仕返しのつもりのようだ。

 

「……ま、いいけど。メダルが手に入ること自体は歓迎だからね」

 

そんなサリーの態度に、ジェラフは諦めたようにお茶を啜るのであった。

 

 

 




『メダル交換エリアに特殊素材が追加されていたな』
『レアな専用装備が作れる素材って、ゲーマーの心が擽られるよな』
『ラインナップを確認したけど、グレードが設けられていたな』
『グレードが高い程、強力なスキルが付与される確率が高くなるみたい』
『最高ランクのグレード3は、金のメダルが二枚も必要だけどな』
『今回のイベントのエリアボスも落としたぞ。ちなみにグレードは2だった』
『こっちは最高難易度で手に入れたけど、最高グレードの3だったぞ?』
『やっぱり最高難易度だと得られる素材もレアなんだな』
『ちなみに俺だけ』
『競争率が高まりそう』
『もしくは仲間割れ』

スレの一部抜擢。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

合同会議

てな訳でどうぞ。


欲望丸出しの光景が広げられてから少しして、二日目の強化モンスターが【楓の木】の拠点に侵入してきた。

 

「来たな。二日目の強化モンスターが」

「見た目は……劣化メイプルだな」

「劣化メイプルだねー」

「あー……うん。もうツッコまないよ」

 

マルクスのスクリーンに映ったモンスターに対しての評価に、ジェラフは悟ったような表情で受け流す。

今映っているモンスターの姿は【暴虐】を使ったメイプルのオマージュと言っていい程そっくりで、違いは足が四本なのと一つ目があるだけだ。

そんな劣化メイプルと表現されたモンスター以外にも、全く姿形が異なる強化モンスターも侵入している。

 

「あのモンスター、ガラクタを繋ぎ合わせたような感じだな」

「設置された罠を取り込んでいるな。さすがに落とし穴や毒沼といった地形を変える罠は取り込めないようだが」

「数も多いしここまで来そうだねー。ペイーン!仕事だよー!」

 

物量と設置物を取り込んでいくモンスターの存在から、奥地への到達は時間の問題と判断したフレデリカが【集う聖剣】の区画へと向かっていく。それに合わせ、【炎帝ノ国】の区画からミィが出ていく。

 

「私も行こう。後ろに控えていてくれ」

「私も行くっすよ!ギルドマスターとして、負けられなっんん、負けられませんから」

「やる気なところ悪いけど、今回はヒナタに行ってもらうよ。あの数なら、広範囲で足止めできるヒナタが適任だからね」

「がーんっ!?」

 

ジェラフのその提案に参加を表明したベルベットは撃沈する。ジェラフのその提案が聞こえていたヒナタは【thunder storm】の区画から出てくる。

 

「また勝手に……別にいいんですけど」

「ゴメンね、ヒナタ。嫌なら無理強いはしないけど……」

「ううん……協力し合ってるから、大丈夫……」

 

ジェラフの謝罪に対してヒナタはそう返すと、ミィ達がいる場所へと向かっていく。

 

「あの子は足止めが得意なの?」

「見れば分かるから、ここでは敢えて答えないよ」

 

サリーの質問にジェラフがそう返す中、フレデリカ、ミザリー、イズ、ミキがペインにミィ、ヒナタの三人にスキルとアイテムを使ってバフをどんどんかけていく。ペインとミィには威力上昇とステータスアップのバフがメインで、ヒナタには時間や範囲延長のバフがメインである。

 

「では、行こうか」

「今度は出し惜しみは無しだぞ、ペイン」

「あ、足止めなら、任せてください……」

 

十分なバフを受けたミィとペインはイグニスとレイを呼び出し、ヒナタは自身の武器であるぬいぐるみを抱きしめて迎撃エリアへと赴く。

迎撃エリアでペインとミィが武器を構えた直後、モンスター達が足音を響かせながら通路から飛び出してきた。

 

「【コキュートス】」

 

モンスター達の登場に合わせてヒナタがスキルを発動すると、ヒナタから発せられた白い(かすみ)がバキバキと音を立てて通路から飛び出してきたモンスター達を一斉に氷漬けにしてしまう。氷漬けから逃れたモンスターも、通路にいるモンスターが氷漬けとなったことで進めなくなって渋滞を起こしている程だ。

 

「これは……すごいな」

「ああ。あれほどの大量のモンスターの動きを一斉に封じるとはな」

 

バフによって範囲効果と効果時間が延長されたとはいえ、ヒナタの行動阻害スキルの範囲の広さと強力な効果にペインとミィは驚愕しつつも、一撃で葬り去る為に攻撃の準備を始めていく。数の多さから下手に時間を掛けるのは得策ではないと判断したからだ。

 

「イグニス、【不死鳥の炎】【我が身を火に】。燃え上がれ、真紅の炎帝(バーストエンペラー)

「レイ、【光の奔流】【全魔力解放】。集え、聖光なる勝利の剣(エクスカリバー)

「【星の鎖】【重力の軋み】【脆き氷像】」

 

ミィとペインが相棒の力で自己強化していき、ヒナタが更にデバフをばら蒔いてモンスター達の動きを封じていく。

ヒナタによって攻撃の準備を万全に整えられた二人は、最大火力で一気に殲滅せんとスキルを発動させる。

 

「猛き焔は万象を焼く灼炎 豪気なる大地は殺伐の燐火に呑まれ 熱波と焦土で歯向かう愚者を灰燼に帰さん―――討滅せよ、【殺戮(さつりく)の豪炎】!」

「聖なる竜の加護を受けし光の剣 その権威を我が剣に降ろし 邪なる存在を浄化せしめん―――【聖竜の光剣】!」

 

ヒナタによって十分な時間を得られた二人は、部屋を覆い尽くさんばかりの赤と白を解き放つ。ミィの生み出した炎は地面全てをダメージフィールドに変えて前方全てを焼き払い、ペインの生み出した光は悪魔型モンスターへの特効性能によって光に包まれたものから順に浄化するように消し飛ばしていく。

その炎と光はそのまま通路を逆走し、通路で渋滞を起こしていたモンスター達はもちろん、途中で残っていたアイテムも全て吹き飛ばしていった。

 

「す……すごい、です」

「何だ。二日目といえど、思ったほど強くないものだな」

「今回は地形も良く、時間も十分にあったからな。隙が大きい大技でも簡単に対応できる」

 

ミィとペインが感想を呟く中、コーヒー達も先程の光景に対しての感想を呟いていく。

 

「すごいな。ペインとミィもそうだが、ヒナタも相当だな」

「そうね。あれは一度でも捕まると本当にまずいね。下手したら一歩も動けずに倒されそう」

「当然っす!ヒナタも強いっすからね!」

 

コーヒーとサリーの感想にベルベットが自慢気な表情で胸を張っていると、モニターを見ていたフレデリカがペインに駆け寄っていた。

 

「ちょっとペインー!マルクスのカメラも吹き飛んだんだけどー?」

 

少し怒っているフレデリカのその指摘通り、マルクスが設置したスクリーンには入口付近の映像以外はノイズが走ったかのように何も映らなくなっている。

 

「……?バフの中に射程延長のものがあったか……すまない」

「ミィも……僕のあれ再設置に時間かかるんだからね」

「あ、ああ、悪かった」

 

ペインとミィがそれぞれに謝る中、先程の光景を思い出しながらクロムとカスミ、ジェラフが呟く。

 

「ギルドマスターというのは、どこもああいったものなのだろうか……」

「トップクラスのギルドマスターならあり得るんじゃない?ベルも似たり寄ったりだし」

「あんな一騎当千はそうはいないだろ。俺達の周りにそういうのが多いだけだ」

 

互いのギルドマスターの事を思い浮かべながら、三人は罠の再設置へと向かっていく。二人の大技で罠も吹き飛んでしまった為、どちらにせよ再設置は必要であるからだ。

当然、コーヒー達も次の襲撃に備えて罠の再設置へと赴いていく。

 

「さっきの強化モンスターの特性からして、落とし穴や沼を多めにした方がいいかもね」

「そうだな。罠の無駄使いを避ける意味でも、そうした方が無難か……」

「じゃあ、毒をばら蒔いておくね!【ヴェノムカプセル】!」

 

コーヒーとサリーの会話を聞いたメイプルはそう言って即死効果が付与された毒をばら蒔いていく。メイプルの毒も例のモンスターに有効だった為、その発想は当然の流れである。

 

「ミィとペインの火力が凄かったな。ヒナタの足止めも凶悪だったし」

「そうね。全員想像以上かな。特にあの足止めは本当に凶悪ね。あれに二人の範囲攻撃が加わったら結構キツいわね」

 

ベルベットの広範囲雷撃に近距離のインファイト。ジェラフの風を伴った範囲斬撃に護符による拡張。そこにヒナタの足止めが加われば相手はほぼ一方的に倒されてしまうだろう。

 

「うんうん。すごかったよねー」

「どこかで戦うだろうから、楽観視もできないけどね」

「そ、そっか。そうだよね」

 

第四回イベントの時よりも強くなった二人と新たに知り合ったデバフ使いを見て、戦う時がきたら頑張ろうと、メイプルはぎゅっと拳を握りしめる。

 

「バフが乗っていたとはいえ、僕達もびっくりしたよ。ペインがミィと同じレベルの範囲攻撃もできるとか……あの子の行動阻害もすごかったし、対策無しだと一方的にやられそうだよ」

 

もちろん【炎帝ノ国】も二つのギルドに注意を向けている。ライバルギルドの力の一端を見ることができたのは、ここに集まった四つのギルドそれぞれにとって大きなことだった。

そして、そこから一歩抜け出るためには今回のイベントでメダルを一枚でも多く集めることが重要になる。【楓の木】は共闘などでメダルを八枚も獲ている為、既に一歩抜け出ている。

 

それに加え、【炎帝ノ国】と【集う聖剣】のそれぞれのパーティーは現在六人。比較的バランスの良いパーティーになっているとはいえ、メダルを多く集められるかと問われれば否となる状況である。特に【thunder storm】は三人だけだから二つのギルドより相当厳しくなっている。

 

どうやってメダルを多く集めようかと考えながらマルクスは罠の再設置を終え、コーヒー達と共に洞窟の奥地へと戻っていく。

奥地に戻ってから少しして、共有スペースで四ギルドのギルドマスターが付き添い付でテーブルを囲っていた。

 

「では、これより『第一回ギルド合同会議』を開催します」

「第一回の意味があるのか?」

「様式美というやつなのだろう」

「そうですね。私もこの流れは嫌いじゃんんっ、嫌いではありませんよ」

 

メイプルの音頭にギルドマスター三名はそれぞれの感想を呟きながらも、四ギルドの合同会議を始めていく。その内容は、イベントの展開予想とメダル集めに関してである。他のメンバーはモンスターの襲撃に備えつつ、会話に耳を傾けている中で話し合いは進んでいく。

 

「やはり俺達が今日、強制転移で分断された事を鑑みれば、明日も何か起きる可能性が高いだろうな」

「ああ。三日目は何も起きないというのは、楽観視がすぎるだろう」

「やっぱり、そうですよね……」

「おかげで私達は本来のメンバーと離れ離れになりましたし……ジェラはどう思うっ……思いますか?」

 

ベルベットに話を振られたジェラフは少し考えてから、自身の考えを口にする。

 

「分断されて臨時パーティーで来てほしくないのは、凶悪なモンスターの登場だね。臨時パーティーじゃ連携も満足に取れないし、満足に戦えないだろうからね」

 

ジェラフの決して的外れとは言えない憶測に、一同は十分にあり得ると納得の意を示す。今回の分断は上手く合流して協力し合えなかったら、散々に討たれていたと容易に想像できるからだ。

 

「その憶測は十分にあり得るねー。もしかしたらエリアボス相当のモンスターが出てくるかも」

「大同小異。凶悪なモンスターは数より質……討伐が困難と一目瞭然で分かるモンスターが出てくるかもしれないな」

 

それぞれのギルドマスターの横にいるフレデリカとテンジアが数で襲ってくるモンスターでなく、理不尽な暴力で襲いかかるボスクラスのモンスターの可能性を指摘する。

 

「そのモンスターも貫通攻撃持ちなのかな?」

「間違いなく持っているでしょうね。下手したら全員で挑まないといけない巨大ボスが出てくるかも」

 

生存が第一の今回のイベントなら、殺意が高いモンスターを用意するのは定石。“勝てない”と認識したモンスターなら、戦うよりも逃げる事を優先するのは当然の流れである。

 

「けどさー、メイプルちゃんなら簡単に倒せるよね?ほら、あの黒花嫁モードがあるし」

「動画にもあった例のあれね。時間制限ありきとはいえ、一撃で死亡とかぶっ壊れすぎでしょ」

 

フレデリカの指摘とジェラフの呆れにメイプルは照れたように笑う。確かに【影ノ女神】モードなら、巨大ボスだろうと問答無用で倒すことが出来るだろう。

 

「それなのですが……運営が何も対策を打っていないとは思えないっすんん、思えないのですが……」

「確かに……問答無用で倒せるスキルに対しての対策がないとは思えないな」

 

ベルベットとペインのその指摘通り、運営がメイプルの【影ノ女神】に対して対策を打っていないとは考えにくい。ましてや無条件発動を可能とする【黄金劇場】もあるのだ。秒殺されないように手を打っている可能性は十分にある。

 

「やはり、今日の強化モンスターが対処可能レベルであれば、リスクを承知でメダルを集めるべきだな」

「もしくはミキの釣りでボーナスエネミーを釣り上げるかね。リスクは大きく下げられるけど、どれだけ釣れるかは運次第になるけど」

 

サリーのその言葉に、半数が微妙な表情となる。理由は……あの醜い現場を目撃したからである。

 

「釣りでボーナスエネミーが二体も釣れるとか、本当に信じられないんだけど……」

「気持ちは分かるわよ。最初は物の試しだったし、金の牛が釣れるまでは半ば諦めていたし」

「金の牛?」

 

サリーが口にした金の牛にジェラフが強く反応する。その反応に一同の注目が集まる中、代弁するようにベルベットが話し出した。

 

「実は……私達が深追いしたボーナスエネミーは金の牛だったのです」

「ベルだけの間違いでしょ。おかげで質の悪いモンスターハウスに入る羽目になったんだから」

「うぐぅ」

 

ジェラフのその指摘にベルベットはガックリと肩を落とすが、事実である為言い返すことが出来ないでいる。しかし、そのやり取りは重要ではない。

 

「そのモンスターハウスは何時入ったの?」

「大体……」

 

サリーとジェラフは互いの出来事の大まかな時間帯を擦り合わせた結果、その金の牛を見失った時間帯と釣り上げた時間帯が大まかに一致していることが分かった。

 

「偶然……と考えるのは浅慮ね」

「もしかしたら再配置の途中で引っ掛かったかもしれないね。倒した奴が再配置されるとも思えないし」

「言われてみれば確かに……メダルを落とすモンスターが無制限にいるとも思えないしな」

 

ミキがボーナスエネミーを釣り上げられたカラクリが判明したことで、一同は前者の考えでメダル集めをすべきと考えるようになる。

何せ、ボーナスエネミーを釣り上げる条件は、ボーナスエネミーがモンスターハウスに逃げ込むこと。モンスターの強化時間に入った今では強制転移もあって防衛に専念しているグループが多数なのは確実だ。ボーナスエネミーが釣れる確率が低くなった以上、メダルを多く集めるには探索をして未攻略のダンジョンを見つけるしかない。

こうして大体の方針が決まった一同は、二日目の強化モンスターの強さを測る為に防衛に専念するのであった。

 

 

 




「今度のイベントの目玉となるボスモンスターには、メイプル対策で即死の完全無効を追加すべきかと」
「それだとスキルの意味が無くなるんだよなぁ……」
「スキルの組み合わせで、ある程度自由に使えるようになっただけですしね」
「ボスモンスターを二体にすればいいんじゃね?」
「同じモンスターを二体もですか?」
「いやいや。異なるモンスター同士が対立する形で出させるんだよ。それなら二体同時に倒される心配はないし」
「悪くない案だな。それでも単体での即死対策は必要だけど」

第八回イベントの内容を議論する運営の図。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

探索再開

てな訳でどうぞ。


合同会議が一度お開きとなった直後、マルクスが設置したスクリーンに再び強化モンスター達が映った。

 

「規模はさっきと変わらねぇな。物量による強引な突破も相変わらずのようだし」

「またここまで来そうですね」

「じゃあ今度は私が行くっすよ!ギルドマスターとして負けられないっすから!」

「じゃあ、俺も行くか。おんぶに抱っこも気が引けるし」

 

コーヒーもそう言って参加を表明し、ベルベットと共に迎撃エリアへと赴く。……サリーが鋭い視線を向けていた事はスルーしつつ。

 

「私も参加するね!我は妖と鬼の頭領 我が呼び掛けに応えて此処に集え―――【百鬼夜行】!」

 

メイプルが意気込みながら【百鬼夜行】を発動すると、妖怪の大群と身の丈程の大きさを有した金棒を持った赤鬼と青鬼の二体が姿を現す。青鬼は腰にしめ縄を、赤鬼は上に袖無しの着物を羽織って。

 

「……メイプル?鬼の姿が以前と違うんだけど?」

 

明らかに第七回イベントで見た時と見た目が変わっている事に、サリーは疑問を露にメイプルに問い掛ける。

 

「えっと、実は……前回のイベントの後、一人の時に七層が実装されるまでの間で鬼と戦ってました。せっかく手に入れたスキルのレベルを上げないのも、もったいないかなーって……」

「……今の【百鬼夜行】のレベルは?」

「七だよ」

 

メイプルがそう答えた瞬間、数名を除く【楓の木】と【炎帝ノ国】、【thunder storm】の面々の口があんぐりと開く。【楓の木】はスキルレベルに唖然とするのに対し、【炎帝ノ国】と【thunder storm】は白鬼との勝利回数に唖然としたからだ。【百鬼夜行】のスキルレベルの上げ方は白鬼の勝利。つまり、スキルレベルがそのまま勝利回数に直結するのだ。

まあ、今のメイプルなら白鬼を瞬殺できるので苦行でも何でもなかっただろうが。

 

「あ、あれに七回も勝ったのか……?」

「いやいや。さすがにあの理不尽レベルじゃないにしても七回は……」

 

その中でもミィとジェラフの動揺が激しかった。その理由は簡単、白鬼―――特に理不尽レベルの強化を施された裏ボスの厄介さを肌身に感じて知っていたからだ。

 

「メイプルちゃんの鬼、あの時より強そうなんですけど……」

「イエス。明らかにストロングな見た目ですよ」

 

強化前の鬼を見たことがあるフレデリカとサクヤも、今の鬼の姿に引き攣った表情をする始末である。

 

「「「さすがメイプルさんですー!」」」

「すごいねー」

 

極振り三人衆とミキは普通に感心していたが。

 

「本当にすごいっすね……」

「……そろそろ団体様が来るだろうから、集中するぞ」

「……はいっす」

 

またしても予想を超えていたメイプルに複雑な気持ちを抱きながらも、コーヒーとベルベットは現実逃避も兼ねて迎撃準備を始めていく。

 

「【雷神再臨】」

「ブリッツ、【界雷】【渦雷】【拡散雷針】」

 

ベルベットは基点となるスキルを発動させて全身に雷を纏い、コーヒーはブリッツに指示を出して攻撃態勢を整えていく。そのタイミングで、強化モンスターの第二波が到着した。

 

「【嵐の中心】【稲妻の雨】【落雷の原野】【雷公爵の離宮】!!」

「迸れ、蒼き雷霆(アームドブルー)!踊る狂雷 駆けて残すは怒りの雷狼 その荒き舞踏で蹂躙せん―――荒め、【レイジングボルト】!昇るは助力を願う晃雷 降り注ぐは裁きの雷雨 咎ある者達に神罰を―――降り注げ、【ディバインレイン】!!」

 

ベルベットは目が眩む程の落雷をこれでもかと言わんばかりに降らせ、コーヒーも地面と空の両方から雷撃を迅らせていく。ペインとミィのような直線上の殲滅ではない、円形状の範囲殲滅。モンスター達は通路から飛び出してすぐに大量の雷撃に晒され、メイプルが呼び出した鬼二体による蹂躙も相まって一方的に消し飛ばされていく。

 

「こっちもすごいね……」

「威力と範囲だけなら、コーヒーよりも上だぞ。あれ」

「長期の継戦に難があるみたいだけどね」

「安定性で言えば、CFとレイドに軍配が上がるだろう。だが、火力の方は彼女が上と見ていいだろうな」

 

ペインの見立てでは、バリエーションの豊富さはコーヒー、瞬間的な火力はレイド、範囲と総火力はベルベットに分があると考えている。メイプルが呼び出した鬼は一先ず無視して。

 

「ベルベットもそうだけど……君たち二人も相棒がいないよねー?厳密に言えば、装備したくても装備できないんだろうけどー」

「変に不信感を抱かれても困るから正直に言うけど……ヒナタは当たりだよ。装備が優秀すぎるから、下手に外せないんだよ」

「そっちは違うってことー?」

「そうだよ……【覚醒】」

 

ジェラフがテイムモンスターを呼び出すスキルを発動させると、網笠を被った(いたち)が彼女の足元に現れる。

 

「この子があたしの相棒。名前は太郎丸だよ」

「まるで犬みたいな名前だねー。二人と違う理由は装備関連なのかな?」

「さあ、どうだろうね?」

 

フレデリカの質問に対してにこやかな笑みで煙に巻くジェラフ。情報の出し隠しは彼女の方が上であるようだ。

 

(【過剰流動(オーバーフロー)】は確かに強力だったけど、風系統のスキルがしばらく使用不可能になるのが痛かったからね)

 

ジェラフの戦闘スタイルは手札の質の高さより数の多さに重きを置いている。ベルベットとヒナタが手札の質の高さで勝負している以上、それを埋める形というのもありジェラフは手札の数の多さへと舵を切っているのだ。

そんなジェラフを、サリーは注意深く見ていた。

 

(彼女は本当に割り切りと思い切りが良いわね。迷わず共闘を提案したり、自分達に不都合な情報も敢えて明かしてるし……その分、彼女の気苦労が絶えなさそうだけど)

 

サリーがチラリと視線を向けた先には、疲れたような呆れたような感じで溜め息を吐いているヒナタがいる。馬鹿正直なベルベットと割と自由人なジェラフの二人に挟まれれば、当然なのかもしれないが。

そうこうしている間に、コーヒーとベルベットの二人が戻ってくる。どうやら無事に殲滅できたようである。

 

「お疲れ、CF」

「ベルもお疲れ。無事に第二波も乗り切れたね」

「当然っすんんっ!当然です。同じ雷属性のプレイヤーとして、負けていられませんから」

「そっか。でも、この分だと罠を再設置するより、ローテを組んで迎撃した方が良いかもしれないね」

「そうね。幾つかの罠が無駄にされてるし、下手に再設置するより即座の迎撃の方が結果的に楽になるかも」

 

襲撃の間隔と規模、現在の戦力と今後の為から即座の迎撃へと切り替える。その後も三度、四度と何度か強化モンスターが襲撃してきたが、ローテを組んだ状態でも問題なく対処できていた。

 

「亡、【かごめ遊び】。打ち砕け、【破砕の音色】」

「太郎丸、【紅葉刃(もみじやいば)】【刻葉】。【一ノ風・秋風】【抜刀・十六夜(いざよい)】」

「【武者の腕】【血刀】!」

 

亡にデバフを振り撒いてもらいながらサクヤが貫通付与スキルで全ての攻撃を貫通攻撃に変え、ジェラフが太郎丸が生み出した大量の紅と緑の葉と共に居合の連続斬りで大量のモンスター達を斬り伏せ、カスミが両脇に携えた武者の腕と共に液状の刀で止めを差していく。

 

「ジェラフは抜刀……居合でスキルを放つのだな。同じ刀使いとして、非常に興味深いな」

「そっちも変わった刀を持ってるでしょ。格好がだいぶ刺激的だけど」

「イエス。女性は上半身サラシなら、男性なら上半身裸となるでしょうね」

「格好については何も言わないでくれ……」

 

刀を納め、普通の見た目に戻ったカスミは力なく呟く。

 

「それはともかく、やっぱり二日目の強化モンスターも倒せないことはないね」

「イエス。やはりリスクを覚悟でメダルをゲットすべきですね」

「ああ。私達もメダルは少しでも多く欲しいからな」

 

強化モンスターの強さも把握し、十分に対処可能と判断した一同は本格的な探索の段取りを立て始めていく。

 

「俺達が調べた限りでは、怪しい場所はこの辺りにあった」

「攻略した場所も含めると、ダンジョンはマップの隅の方に偏ってるね」

「ああ。私達もダンジョンは隅に偏っていると判断し、隅に近い場所で拠点を設立していたが……」

「私達もそうですが、それが裏目に出てしまっ……いましたね」

 

サリーが予選の時に目星を付けた場所と三ギルドの集めた情報を元に、ダンジョンが存在していそうなポイントを割り出していく。

照らし合わせた結果、ダンジョンと怪しいオブジェクトの場所はマップの隅に多く存在しており、今の内に集められるだけ集めるのが正解だと改めて確信する。

 

「メンバーはどうする?」

「まずは【楓の木】と【集う聖剣】、私達【炎帝ノ国】で四人一組のパーティーを六つ作り、その半分に【thunder storm】のメンバーが一人ずつ入るのが妥当だろう」

「それが良いわね」

 

こうして互いの能力と移動手段を元に編成したメンバーで、夜のエリア探索へと乗り出すのであった。

 

 

――――――

 

 

北と東の間にある岩山が広がるエリアにはミキ、シアン、カミュラ、レイド、ヒナタの五人がジベェの背に乗って向かっていた。この組分けにカミュラが内心で拳を握り締めたことは言うまでもない。

当然、空を飛べるモンスター達が群がるように襲いかかって来たが……

 

「えっと、【溶ける翼】」

「ジベェ、【波と共に】ー」

「輝け、【フォトン】【連続起動】」

 

ヒナタが飛んできたモンスターをスキルの効果で問答無用で落下させ、ミキの指示で全身に水を纏ったジベェが落下していくモンスターに体当たりをかまして吹き飛ばし、最後にシアンが連続で光球を放って止めを差していた。

 

「ペインのレイの時にも思ったが、やはり飛べるのは本当に便利だな」

「ああ。移動の際には大きく助けられる。ミィのイグニスの時もそうだった」

 

レイドとカミュラがそう呟く中、五人を乗せたジベェは目的の地点へと到着する。そこは不自然なまでの深い窪みが存在しており、その底は不自然なまでに捉えられない。

試しにミキがその窪みに爆弾を落としてみたが、爆破の光も見えず音も聞こえてこない。

 

「……怪しいな」

「怪しいねー」

「あ!彼処に階段がありますよ!」

 

シアンがそう言って指差す先には、壁づたいに付設された岩の階段が存在している。一同は人一人通れるような幅しかない階段をカミュラが先頭となり、最後尾は足止めが得意なヒナタが警戒しながら進んでいく。

 

「穴がもう少し大きければー、ジベェで降りれたんだけどねー」

「この大きさでは厳しいだろう。登り降りが厳しいだろうが、モンスターの影がないのが救いだな」

 

五人はそのまま下へ向かって進んで行き、底に辿り着くと赤と金が混じり合ったように輝く魔法陣が存在していた。

 

「これは当たりだな」

「当たりだねー」

「はい……間違いなく、ダンジョンの入口です」

 

五人はそのまま魔法陣の中へと入り込むと、魔法陣は五人の身体を光で包み込んで別の場所へと転移させる。

光が収まると、五人が立っていた場所は煌々と燃え滾る溶岩が流れている空間であった。

 

「これは……まるであの塔のような場所だな」

「ああ。足場が全部繋がっていないがな」

 

カミュラのその言葉通り、五人が今立っている足場は円形の岩場で道が存在しない。目の前には同じような足場が幾つも存在しているが、そこそこ距離があって飛び上がって届くか微妙な程だ。

 

「このダンジョンは移動能力が高くないと厳しいな」

「わ、私はモルフォのおかげで飛べますけど……」

「じゃあー、ボクがヒナタを背負うからー、そっちはお願いねー」

 

ミキはそう言ってヒナタを背負う。そこそこのAGIがあるミキなら、アイテムのバフもあれば問題なく飛び越えられるからだ。

レイドもタンク故にAGIの低いカミュラを背負い、カミュラも【従者の献身】をシアンに使って万一に備える。

そうして移動の準備を終えた五人は、溶岩の海に間違って落ちないように慎重に足場から足場へと飛び移って進んでいく。

 

「シアンは個人で飛行できるのか。狭いところも飛べるのは中々の利点だな」

「は、はい!ありがとうございます!」

「あ……あそこ、モンスターがいます」

 

ヒナタがそう警告して指差す先には、溶岩で構成されたような真っ赤に燃えている蝙蝠が何体も飛んでいる。

 

「溶岩のモンスターか……前回のイベントの奴と同じなら、水属性の攻撃を当てなければ勝負にすらならないぞ」

「【水泡爆弾】があるよー」

「私も、水魔法を持ってる……」

「私もモルフォのスキルを使えば……」

 

十分に対処できると分かり、五人は溶岩の蝙蝠から少し離れた足場で戦闘態勢となって攻撃を仕掛けていく。

 

「ジベェ、【渦潮】ー」

「ウォ、【ウォータースピア】」

「モルフォ、【エレメントウィーク】。輝け、【シャイニング】」

 

ミキは水属性攻撃となる爆弾を投げつつジベェに渦巻く円上の水を放たせ、ヒナタも水の槍を放つ。シアンはモルフォのスキルで威力が半減しながらも弱点属性扱いされた光魔法を放って溶岩の蝙蝠達を攻撃し、一気に凝固させる。

 

「【雷鞭刃】!」

「ルル、【コピーマジック】!」

 

黒く凝固した蝙蝠達をレイドが蛇腹状となった刀で雷と共に切り裂き、カミュラもルルに指示を出して先ほどシアンが放った【シャイニング】を放たせて生き残りを吹き飛ばしていった。

 

「やはり前回戦ったモンスターと同じ性質か……」

「この足場と合わせれば、メンバー次第では詰んでいたな」

「ああ。その意味でもこのメンバーで挑めたのは幸運だった」

 

レイドの言葉に一同は同意するように頷き、奥地を目指して慎重に進むのであった。

 

 

 




「この組み合わせなら、ヒナタはハーレム組かな」
「もっと言葉を選んでください……」
「じゃあ私は―――」
「ベルベットはこっち。異論は認めないから」
「え?え?」

強引に決められたベルベットの図。

「じゃあ、あたしが逆ハーレム組だね。能力的にも元々それが妥当だし」
「女性二人になりますから逆ハーレムはクラッシュですよ」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

溶岩の主

てな訳でどうぞ。


第七回イベントの三階のオマージュと呼ぶべきダンジョンを、五人は警戒しながら進んでいた。

 

「高低差があるとー、飛び移るのも大変だねー」

「はい……届くか届かないか、微妙なところが余計に……」

 

飛び上がってギリギリ足を届かせながら足場へと着地するミキに、背負われているヒナタが同意する。あれから進んだダンジョンの足場は同じ高さではなく、高低差が徐々に目立ち始め、移動にそれなりに苦労し始めていたのだ。

 

「ああ、加えて……」

「【スプラッシャー】」

 

レイドがそう呟いてすぐカミュラがスキルを放ち、溶岩でできたアーチから出てきた魚モドキを水柱へと呑み込ませる。

 

「【シャドウスピア】」

 

そこへ空を飛んでいるシアンが影の槍を放ち、一撃で葬る。このように襲撃そのものは問題なく対処できていたが、モンスターが現れるのは本当に突然で、溶岩のアーチだけでなく溶岩の海や滝からも飛び出してくる。その為、不意討ちに注意しながらなので結構な神経を使っていた。

 

「こういう時、フレデリカやドレッドが居れば楽だったが……」

「仕方がない……【千の護手(まもりて)】」

 

カミュラはそう呟くとスキルを発動させる。するとカミュラを中心に蒼い光が放たれ、その場にいた全員の身体を包み込んでいく。

 

「これは……範囲防御、ですか?」

「いや、大幅なダメージカットだ。シアン以外なら十分に耐えられる筈だ」

 

ヒナタの言葉にカミュラ無愛想な態度でそう返す。メイプルのような範囲防御ではないが、範囲内のダメージカットも十分に強力なスキルだ。

カミュラが新たなスキルを発動した状態で少し進むと、溶岩の海からウツボのようなモンスターが次々と飛び出て来た。

 

「ジベェ、【覚醒】ー。【海底領域】ー、【高潮】ー」

 

ミキがジベェを呼び出すと、ジベェは身体から大量の水を放出してウツボ達が纏う溶岩を一気に凝固させていく。それに合わせ、大量の蒸気が視界を覆っていく。

 

「蒸気がすごいですね……」

「これ……少し変、です。道中のモンスターも、ここまで蒸気を出さなかったから……」

「なら、時間は掛けられないな。ヴォル、【覚醒】」

 

レイドはすぐに白虎のヴォルを呼び出すと、自身の得物を腰だめに構える。

 

「ヴォル、【雷童子】【雷鳴の加護】【伝雷】。雷光の龍刃は無明を切り裂かん―――【天雷蛇龍閃】」

 

レイドの声に合わせて、腰だめに構えた蛇腹刀に水色の雷が迸っていく。【口上強化】を発したタイミングで全員が頭を下げると、レイドは蛇腹となった刀を円を描くような横薙ぎを放ち、囲うように溶岩の海から顔を出していたウツボ達を一刀で切り裂く。

 

リーチが伸びて威力も上がり、モンスターからモンスターへと伝う雷撃も合わさってウツボ達はレイドの一撃によってすべて葬られる。切り裂かれたウツボ達は膨張したように膨れて破裂し、溶岩の飛沫を辺りに散らしていく。

溶岩の飛沫は範囲も広く数も多い為、五人とも避けることも出来ずに幾つか受けてしまった。

 

「くっ……最後に破裂してダメージを与えるとは」

「ダメージカットされてもー、結構痛かったねー」

「私はカミュラさんのおかげでダメージは0ですが……」

「問題ない。女性を守るのが非リア充の務めだからな」

「カミュラさんの【千の護手】がなければ……あれで死んでたかもしれないですね」

 

カミュラのおかげでウツボの最後の攻撃を耐えられた一同は、ポーションでHPを回復してから気を引き締め直して奥へと進んでいく。あのウツボの集団が山場だったのか、その後は大きな変化もなく順調に進んでいく。

そして、そのまま五人はボス部屋の前へと到着した。

 

「では、開けるぞ」

 

レイドが先頭に立って中に入ると、ボス部屋は半分以上が溶岩の海となっており、その溶岩の海からボスモンスターらしき存在がゆっくりと姿を現す。溶岩の海から五人のいる岩場へと上がったボスモンスターの姿は、煌々と紅く光る溶岩を全身に纏い、体長は十五メートル近くある巨大なカバであった。

カバの頭上にHPバーが表示されてすぐ、カバは自身の口を大きく開く。その口の中から、まるで大砲の如く溶岩の塊を連続で吐き出した。

 

「【氷壁】」

 

それを見たヒナタが前方に氷の壁を作り出し、カバが放った溶岩の砲弾を受け止めていく。ヒナタが作り出した氷の壁は溶岩にぶつかったにも関わらず、一向に溶けなかった。

 

「氷が溶けないとは……中々に強力な氷だな」

 

レイドが感心する中、カバは地ならしするかのようにその場で足踏みを始めていく。それに合わせて、周りの溶岩が次々と噴き出していく。

 

「わわっ!?」

「頭上からも溶岩が来るか……頭上にも注意しろ!」

 

噴き出しによって飛び散る溶岩を避けながら、レイドは全員に警告を飛ばす。それと同時にカバの背中からいくつもの溶岩の塊が上空へと放たれ、それが隕石の如く降り注いでいく。

 

「ルル、【ラーニング】!【大規模魔法障壁】!」

 

カミュラはルルに指示を出すと同時に頭上に大盾を掲げる。その大盾から障壁が展開されて降り注ぐ溶岩の塊を受け止めて無力化していく。

その間に溶岩の光が弱々しくなったカバは溶岩の海の中へと戻っていく。

 

「あ、逃げた……」

「逃がさないよー」

 

ミキはそう言って釣り針をカバが潜っていった溶岩の海の中へと投げ込む。少しして竿がしなり、ミキは持っていかれないように絶妙な加減で踏み留まっていく。

 

「それー」

 

そして、期を見抜いて釣竿を引っ張り上げると、釣り針が口に引っ掛かったカバが地面へと打ち上げられる。背中を打ち付けられたカバは足をバタつかせ、すぐには起き上がれそうにない。

 

「【凍てつく大地】【星の鎖】【災厄伝播】【脆き氷像】」

 

カバが仰向けに打ち上げられたタイミングで、ヒナタは次々とスキルを発動してデバフをばら蒔いていき、カバの動きを封じていく。

ヒナタの真骨頂はデバフによる弱体化と足止め。個人で倒しきることはできないが、強力な火力を持つ味方がいることでその脅威は格段に上がるのである。実際、二日目の強制転移で孤立した時もデバフをばら蒔いてとにかく時間を稼いで生き残っていたのだから。

 

「ヴォル、【雷鳴の加護】【招雷】。高鳴れ、不滅の聖雷剣(コレダーデュランダル)

「モルフォ、【ウィークエレメント】【約束の光】。唄え、魔法の歌姫(ディーヴァマジシャン)

「ルル、【MPリンク】」

 

その間にレイドとシアンは相棒達の力で自身を強化していき、カミュラもルルとMPを繋げて大技の準備をしていく。これも足止めが得意なヒナタがいるこそ可能となる芸当。彼女以外でこの戦法が可能なのは驚異的なVITを持つメイプルだけである。

 

「【重力の軋み】【死の足音】【錆び付く鎧】」

「ジベェ、【水縄】ー」

 

その間にヒナタは人形から溢れる黒い霞を放ち、その黒い霞がカバを覆って防御力を落としていく。ミキもジベェに水の縄でカバを拘束してもらいつつ、ダメージ倍加の【激痛薬】やクリティカル確定となる【会心の書】等のアイテムをクーラーボックスから次々と取り出して使っていく。

大量のバフとデバフがばら蒔かれ、準備を終えた三人は一気に攻撃を仕掛けていった。

 

「天より招来(きた)るは裁きの閃光 咎の十字架と業の天秤に因り 彼の者の背負いし罪を浄化せよ―――照らせ、【ジャッジメント】!!」

「【クロスディザスター】!!」

 

シアンが空から巨大な光の柱を放ってカバの身体を呑み込み、カミュラも虚空から発せられた白と黒の光をカバに交錯するように放つ。シアンとカミュラによってカバは纏っていた溶岩が凝固して固まり、HPも大きく削られている。そこにレイドが強く迸っている水色の雷光を纏わせた蛇腹刀を手に肉薄する。

 

「閃くは雷帝の剣閃 迸るは雷皇の稲光 此処に交錯し我が仇敵を滅さん―――【雷覇十文字斬り】!!」

 

【口上強化】と共に放たれた水色と紫の雷が混ざった十字の剣閃。バフによって強化されたレイドの必殺の剣技を受けたカバはデバフの影響もあって、耐えきれずに光となって消えた。

 

「す、すごいです……今の、ベルベットさんにも負けてないですね……」

「いや。今回は相棒の力とお前達の援護があったおかげだ。むしろ、個人で今の火力に迫れる彼女の方が凄いと思うぞ」

 

戦闘が終わり、全員にメダルが一枚ずつ配られる。その直後に新たに二枚のメダル獲得の通知が届く。

 

「いきなり三枚か……他のメンバーも順調のようだなー」

「そうだねー。ボク達も負けていられないねー」

「ああ。リア充共に遅れを取るわけにはいかないからな」

 

相変わらずのリア充憎しのカミュラの台詞に、ミキ以外の他のメンバーは苦笑いするのであった。

 

 

――――――

 

 

―――ミキ達がメダルを手に入れる数分前。

 

「ここも外れか」

「もしくは誰かが攻略した後かもねー?」

「どちらにせよ、メダルが手に入らなかっ……入りませんでしたね」

 

北に向かったメイプル、サリー、ミィ、フレデリカ、ベルベットはダミーダンジョンであった事に肩を少し落としていた。

 

「まあ、仕方ないかな。全員必死でメダルを集めているんだし」

 

サリーは空振りであった事を素直に受け止めつつ、次の探索ポイントを確認していく。時間も限られている為、効率良く回る必要があるからだ。

 

「次はここかな?今いる場所から近いからね」

「ああ、そこでいいだろう」

「私もそれでいいよー」

「私もそれで構いませんよ」

「じゃあ、しゅっぱーつ!」

 

メイプルの意気揚々の号令で、全員が巨大化したイグニスの背中に乗って次のポイントへと向かっていく。移動手段なら暴虐メイプルもあったが、速度や精神衛生上の問題を鑑みてイグニスに乗って移動することが決まったのである。

当然、空を飛んでいてもモンスターに襲われるが、ミィとフレデリカが魔法を放って撃ち落としているのでメイプルの【身捧ぐ慈愛】も相まって全く問題となっていなかった。

 

「範囲防御って本当に便利だね。おかげで外でも安心できるよ」

「ああ。メイプルがいれば、私も気にすることなく詠唱に時間が使えるからな」

「そうっ……ですね。味方だと、ここまで頼もしいものはないっすんん、ないですね」

 

こうして談笑しながら移動できるくらいには。

そうやって次の目的地へと向かっている中、フレデリカが視界の隅で光る何かを捉えた。

 

「ん?あれって……」

 

フレデリカは何かと思って目を凝らすと……光る何かの正体は金に輝く鶴であった。

 

「あ!彼処にボーナスエネミーがいるよ!」

「マジっすか!?」

 

ボーナスエネミー発見の報告にボロが出たベルベットが食らいつくように辺りを見渡していく。そしてフレデリカが視線を向けている方向にいる金の鶴の存在に気がついた。

 

「本当にいたっす!あれを倒せば、メダルが手に入るっすよ!」

「確かにそうだが……今のメンバーで仕留めきれる自信はないぞ」

「そうね。せめて動きが封じられれば……あ」

 

サリーはそこまで呟くと何かに気づいたように声を上げる。そんなサリーの反応に一同は詰め寄っていく。

 

「サリー。何か思い付いたの?」

「……うん。思い付いたことは思い付いたんだけど……」

 

サリーはそう言うと、メイプルに聞こえるようにだけ耳打ちする。その対応に三人は首を傾げるも、話を聞き終えたメイプルは笑顔で頷いた。

 

「よし、それで行こう!ミィ、あの金の鶴さんの近くまで飛んでって!そしたら私が捕まえるから!」

「……ああ。あれか」

 

メイプルのその言葉でミィはその方法を察したようで複雑な表情となる。フレデリカとベルベットは取り残されているが、どうせすぐに分かるからと敢えて説明せず、イグニスに指示を出して金の鶴の元へと飛んでいく。

 

「海域に潜みし海の怪物 その黒き触手を以て住処へと引き摺り込まん!【水底の誘い】!!」

 

メイプルがスキルを発動させると、大盾を持った左腕が五本の黒い触手となる。その禍々しい触手を見たフレデリカとベルベットは唖然とした表情となった。

 

「え……?え……?」

「う、腕が触手に……?」

 

困惑から抜け出せないフレデリカとベルベットの前で、メイプルは触手が届く範囲となった金の鶴を五本の触手を上手く使って捕まえる。捕まえると同時に【悪食】が五回同時に発動し、金の鶴のHPは大きく削られる。

 

「「…………」」

「爆ぜろ、【炎帝】!【連続起動】!」

 

初めて見る触手の凶悪さにフレデリカとベルベットが固まる中、ミィが【炎帝】を連続で放って止めを差す。それと同時に届くメダル獲得の通知。その内容は合計三枚の獲得だった。

 

「メダルが三枚だよ!」

「どうやら他のメンバーも上手く手に入れたみたいね」

「ああ。この調子でメダルを手に入れていこう」

 

使用した本人と目撃して耐性を得ていた二人がそう話し合う中、触手の衝撃から抜け出した金髪二人組は互いに顔を寄せて話し合った。

 

「あの触手、何なんすか?触れただけでダメージが入っていたっすよ」

「たぶんだけど……あの黒い盾のスキルが反映されているんだと思うよ。消え方がまんまあの盾に触れた時のものだったし」

「あの何でも食べる盾の力がっすか?それにしては凄い減りだった気が……」

「減り方からして、何回か同時発動したんじゃないかな?あれ、回数制限があるからね」

「触手の数で発動したとしたら……五回も食べられたって事っすよね?」

「そうだね。捕まったら最後、食べられて終わりだね」

 

メダルの獲得よりも触手のインパクトが強かった為、二人の触手に対する考察は次の目的地に到着するまで続くのであった。

 

 

 




スキル紹介。

【ラーニング】
ルルの専用スキル。1日一回のみ使用可能。
直前のモンスターの攻撃、ないしはスキルによるアクションをコピーして習得する。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

瓦礫のダンジョン

てな訳でどうぞ。


南西に向かったのはコーヒー、アロック、サクヤ、テンジア、ジェラフの五人である。こちらの組はコーヒーが【ワイルドハント】で召喚した舟が移動手段となっている。五人は怪しいと睨んだ場所を調べていたが、今のところは空振りだった。

 

「四枚目の通知が来たな。こっちもそろそろメダルを手に入れないと」

戒驕戒躁(かいきょうかいそう)の精神で進むべきだ。焦っては失敗の元だぞ」

「確か、焦らず堅実に行うという意味だったか?」

「そうだね。驕らず騒がず、慎んでが抜けてるけど」

「ベリーハードな四字熟語ですね。意味が分からないとクエスチョンですよ」

 

五人はそのままコーヒーが召喚した舟に乗ると、次の怪しいポイントへと向かっていく。

 

「空を自由に飛べる乗り物は本当に便利だな」

「イエス。第四回イベントの時にも痛感しましたが、スカイエリアを支配されると一方的になりますからね」

「空飛ぶ魚による爆弾の投下のことだね。当時は空への対抗手段が少なかったから、ほとんど一方的だったからね」

「空からの津波も合わさればまさに一網打尽。相対した者にとっては悪夢だっただろう」

 

空を飛べる乗り物の利便性に対しての四人の評価に、コーヒーは顔を明後日の方向に向けて誤魔化そうとする。遠距離攻撃なら魔法と弓等があるが、どれも飛距離は決まっているのに対し投擲物はただ投げ落とすだけ。安全圏から攻撃性の高いアイテムを落とすだけで十分な脅威となるのだ。

そんな微妙な空気になりつつも情報を擦り合わせた怪しいポイントをすべて回ったが、残念なことにすべて空振りで終わってしまった。

 

「全滅だったな」

「ああ。怪しい場所はすべて外れだった」

「一つくらい当たりがあっても良かったけど、仕方ないね」

「意気消沈しそうではあるが、落ち込んでいる場合ではないからな」

「イエス。ここからは怪しいポイントを見つけて調べる方向にシフトしましょう」

 

サクヤの提案に全員が頷くと、瓦礫を継ぎ接ぎで繋げて作り上げた強化モンスターが何体も姿を現す。

 

「【痺れる調律】」

「クローネ、【金属音】」

 

サクヤがすぐさまスキルを発動して演奏を始めると、瓦礫の強化モンスターは痺れたように動きが緩慢となっていく。アロックもクローネに指示を出し、クローネから発せられた甲高い音によって強化モンスター達の防御力を落としていく。

 

「弾けろ、【スパークスフィア】!」

「【旋空剣】!」

「【二ノ風・熱風波】」

 

そんな動きが鈍ったモンスター達きコーヒーは雷球を放ち、テンジアは二振りの長剣を横薙ぎに振るい、ジェラフは刀から紅い風を放ってすぐに撃破していく。

 

「……少し妙じゃない?」

「妙?」

 

瓦礫の強化モンスターを駆逐し終えたジェラフの呟きにコーヒーは首を傾げると、ジェラフは自身が感じたことを話し始めていく。

 

「例の瓦礫のモンスターに襲われる回数が少し多いと思ってね。フィールドには四足一つ目の悪魔もいる筈なのに、そいつらとかち合っていないからさ」

「言われてみれば……確かに」

「エンカウントの回数で見れば、確かに瓦礫のモンスターの方が多いですね」

「枝葉末節かもしれないが、偶然で片付けるわけにはいかないな」

「少し調べる必要がある……か」

 

マップの端に近づいているとはいえ、強化モンスターの偏った遭遇率に違和感を感じた一同は先程現れた方向に向かって進んでいく。当然、瓦礫の強化モンスターが道中で襲ってくるも、基本はコーヒーが先制で削りサクヤのバフで強化された三人が仕留めることで問題なく進んでいた。

 

「やっぱり瓦礫のモンスターの数が多いね。間違いなく何かあるよ」

「イエス。ここまで瓦礫の強化モンスターしか見ないと気づきますよ」

 

五人は瓦礫モンスターが多く襲ってくる方向に従って進んでいると、木々に混じって不自然に瓦礫の山が幾つも並んでいる場所へと辿り着いた。

 

「あんな瓦礫の山、予選の時にはなかったよ」

「私達もこの辺りは探索したが、あのような瓦礫の山はなかったな。まさに前人未到の領域だ」

「ということは、二日目限定の光景ってことか?」

 

明らかに普通ではない場所に五人は警戒しながら足を踏み入れる。瓦礫の山からは這い出るように例の強化モンスターが出てきており、ここが強化モンスターの発生源の一つと確信できるものであった。

 

「彼処に魔法陣があるね。地面を削って作られたものだけど」

「一目瞭然。あれは足を踏み入れた瞬間に発動するな」

「私もそう思います。高確率でダンジョンのゲートですよ」

「じゃあ、入るぞ」

 

メダルを一枚でも多く手に入れる為、五人は危険を承知の上で六芒星で描かれた魔法陣に足を踏み入れる。踏み入れてから少しして魔法陣から白い光が放たれ、五人の身体を包み込む。

そうして光が収まると、五人が立っていた場所は木々と瓦礫の山が入り乱った先程の場所ではなく、辺り一面に折れた木や砕けた岩、錆び付いた剣に鎧といった様々な廃棄物がそこかしこに積もって散乱している広い空間であった。

 

「まるでごみ捨て場のような場所だね」

「もしくはゴミ屋敷だな。衛生面でも良くない光景だな」

「イエス。ここは別の意味でアウトですよ」

 

どこかうんざりしたようにジェラフとアロック、サクヤが呟く。悪臭はないにしても、不快になる光景には違いないのだ。女性二人とパティシエには度し難い光景であった事は想像に難くない。

 

蛟竜毒蛇(こうりょうどくだ)。確かに不快ではあるが、調べないわけにもいかないだろう」

「そうだな。取り敢えず、瓦礫に埋まっていない道に沿って―――」

 

コーヒーが方針を伝えようとした矢先、周りのごみ溜めのような瓦礫の中からサッカーボール程はある白い玉が浮かび上がる。それも一つではない。十個以上は浮かんでいる。そんな宙に浮かぶ玉にコーヒー達はすぐさま警戒度を上げると、周りの瓦礫がその白い玉に吸い寄せられるように集っていき、特撮に出てくるような怪獣の姿形となった。

 

「さっそくお出迎えだね。モンスターと呼ぶべきか微妙だけど」

「本当にジャンクから生まれたモンスターでしたか」

「少なくとも一筋縄でいく相手ではないだろう―――【クイックチェンジ】!【機械の演舞】!」

 

アロックはHPとVIT重視の重騎士のような装備に変更すると、大盾と短刀を握った機械人形を召喚する。

 

「まずは俺が攻撃を受け止め―――」

 

アロックは機械人形を前に出させて大盾を構えさせると、二足歩行の怪獣の姿をした瓦礫モンスターが口にあたる部位から白い光線を放つ。白い光線はそのまま機械人形の構えた大盾にぶつかる―――ことはなく素通りし、運悪く射線上にいたコーヒーの身体を貫いた。

 

「……え?」

「なにっ!?」

 

光線に貫かれたコーヒーは呆けた表情となり、防げずにダメージも負ったアロックは驚愕に顔を歪める。アロックは装備をHPとVIT重視にしていたことで致命的なダメージとならずに済んだが、VITが低いコーヒーは一気にHPを半分以上持っていかれる。

しかし、それも一瞬。事態に気づいたコーヒーは焦燥を露に叫んだ。

 

「嘘だろ!?あの光線、オブジェクト無視の貫通攻撃かよ!」

「ワッツ!?」

 

オブジェクト無視の攻撃の利便性を知っているコーヒーは一番の動揺を見せ、物理的な防御は不可能と知ったサクヤも驚いたように声を上げる。

何せ、障害や壁となったプレイヤーの有無に関係なく攻撃が素通りするのだ。タンクの存在を真っ向から否定する凶悪攻撃は回避以外に避ける手立てがないのだから。

 

「その貫通は防御無視とは別の貫通ってこと!?」

「ああ!」

「それなら、ダメージカットや無効はノープロブレムですね!?」

「少なくともな!」

 

これは《信頼の指輪》でサリーに匣の正確な検証をしてもらった事で得られた事実である。例を上げれば【無防の撃】の影響がない匣の場合、VITが五桁のメイプルには一切ダメージが入らなかったのだから。

 

「では、ダメージカットと麻痺で対処します!亡、【覚醒】【守護霊】【黄泉の守り】!【痺れる調律】!」

 

サクヤは亡を召喚すると、防御力上昇とダメージカットスキルを使わせ自身も麻痺効果のある音楽を奏でていく。

 

「クローネ、【汚れた油】!」

 

アロックは【機械の演舞】の機械人形を消し去ると、クローネに指示を出して黒く濁った液体をばら蒔かせてモンスターの動きを更に鈍らせる。

 

「迸れ!蒼き雷霆(アームドブルー)!【遺跡の匣】!【結晶分身】!【扇雛】!弾けろ、【スパークスフィア】!」

「リース、【覚醒】【氷依一体】【氷の翼】!」

 

動きが鈍った瓦礫のモンスターにコーヒーは二丁ボウガンと匣の光線、雷球を放ってダメージを与えていく。

テンジアもリースを召喚して一体化すると、背中に氷で構成された蝙蝠の翼を生やす。その氷の翼をはためかせると空へと飛び上がり、ワイバーンの姿形をした瓦礫のモンスターへと突撃して切り捨てていく。

 

「太郎丸、【覚醒】【紅葉刃】!【颪刃(おろしやいば)】【連なる風】【三ノ風・九十九飄(つくもはやて)】!」

 

ジェラフも太郎丸を呼び出すと何枚もの紅葉を自身の周りへと踊らせ、駆け抜けるように地上にいる瓦礫のモンスターを切り捨てていく。

サクヤとアロックによって動きが鈍らされた瓦礫のモンスター達は、三人の攻撃によって光となって消えるのであった。

 

「瓦礫の中からモンスターはまだしも、素通りする光線は予想外だったよ」

「ああ。これでは下手に【機械の演舞】を使えん。的を増やすだけでしかないからな」

 

【機械の演舞】はアロックのHPと繋がっている。機械人形の破壊はそのままアロックの脱落に繋がるので、位置取り次第では複数攻撃可能な光線はまさに天敵と言える攻撃だ。

 

「イエス。魔法使いやバフデバフメインの私にも厳しいモンスターです」

 

そしてそれはサクヤにも当てはまる。魔法を使う際は基本的に足が止まる。それを攻撃の厚さやタンク役が引き付けることで対処していたが、あの光線はその前提を崩しかねないものだ。

 

「ブリッツ、【覚醒】【砂金外装】」

 

コーヒーは仕方ないとばかりにブリッツを呼び出すと、金の装甲を纏わせて巨大化させる。

 

「サクヤはブリッツの背中に乗ってくれ。足があれば移動しながら演奏できるだろ?」

「センキュー。助かります」

 

サクヤはコーヒーにお礼を言ってブリッツの背中に跨がると、一同は瓦礫に埋まっていない通路に沿って移動を始めていく。

しばらく進んでいると、黄色の玉と緑の玉が瓦礫の中から現れる。その二つの玉も周囲の瓦礫を吸い寄せていき、それぞれが猿やカマキリのような姿形を取っていった。

 

「また来ましたね」

「閃け、【雷輪十字剣】!」

 

コーヒーは直ぐ様雷の手裏剣を瓦礫のモンスター達に放つ。雷の手裏剣は射程上にいたモンスター達を切り飛ばしたが、その内の猿の姿形をした瓦礫のモンスターはノーダメージであった。

 

「今度はノーダメージかよ!?」

「もしかしたら……【颪刃】」

 

ジェラフは確かめようとするかのようにスキルを発動させると、風を纏わせた刀でカマキリの姿形を持った瓦礫のモンスターへと斬りかかる。ジェラフの刀で斬られたカマキリの瓦礫モンスターのHPは、ほんの僅かにしか減らなかった。

 

「やっぱりね。こいつら、特定の攻撃を軽減もしくは無効化するタイプだよ」

「無効化の方は確率と見ていいだろう。CFの攻撃が普通に通ったモンスターもいるからな」

「玉のカラーからして……黄色が雷、緑が風でしょう」

「多種多様な可能性も考慮すべきだな。こういった手合いは、様々なタイプがいるからな」

 

そうこう議論していると、モンスター達は口から白い光線を放つ。間違いなくオブジェクト無視のすり抜け光線だろうと察した一同は一斉にその光線を躱す。

 

「【痛感の旋律】!」

「【凍牙絶衝】!」

「荒め、【レイジングボルト】!」

「【抜刀・飛燕】!」

 

サクヤが演奏で全員にバフを与えると、テンジアは二振りの長剣を地面に叩きつけてモンスター達を氷塊に閉じ込める。そこにコーヒーが地面で迸る雷撃を放ち、ジェラフが飛ぶ斬撃を放って氷に閉じ込められたモンスター達を纏めて撃破した。

 

「ガード無視に加えて軽減効果……本当に面倒だな」

「まだ序盤でこれだからな。奥に進むごとに厄介となるのは一目瞭然だ」

「イエス。雑魚モンスターでこれですから、ボスモンスターは相当面倒ですよ」

 

本当にダンジョンのモンスターは厄介極まりないと改めて実感した五人は、気を引き締め直して進むのであった。

 

 

 




唐突なキャラ紹介。

ジェラフ/楠木(くすのき) (りん)

ギルド【thunder storm】所属の刀使い。戦闘スタイルは抜刀と護符、風によるテクニカル型。
実力はギルドのトップ3に入る実力であり、ギルドマスターのベルベットからは『ジェラ』という愛称で呼ばれており、本人も彼女のことを『ベル』と呼んでいる。
ゲームに対しては本人の好きなようにやらせるというスタンスであり、自身も結構好きにやっている。そのスタンスから本人の意思に沿わない行動の強要に対しては厳しく、ギルドメンバーのベルベットへの露骨すぎる隠蔽強要に対しては正論を叩き付けて黙らせた程である。

モチーフとなったキャラはGV鎖環(ギプス)のきりん。

※リアルネームを追加しました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

瓦礫の竜

てな訳でどうぞ。


テンジアの予想通り、特定の攻撃に対して強い耐性があるモンスターの襲撃を受け続けた。例えば水色の玉だと氷に強く、黒い玉だと剣に強いといった具合だ。そのどれもが物理的なガード無視の光線なため、回避が必須となっている。

幸い、此処にいるメンバーの大半は回避能力がそこそこ高いのが救いではあったが。

 

「相も変わらず瓦礫の山が続くな。何処まで進んだのか判断ができん」

「体感的にはそれなりに進んでいると思うけどね」

「イエス。もし変化があるなら、モンスターにあるかもしれないですね」

「今でさえ面倒なのに、更に面倒になるとしんどいんだが……」

「愚痴を言っても仕方ないだろう。何事も諸行無常なのだから」

 

談笑しながらも周りへの警戒を怠らずに歩みを進めていく五人。そんな五人の前に、再び瓦礫のモンスターが瓦礫の山の中から現れる。

 

「胸に見える玉の色は……銀か?」

「銀は矢に強い耐性を持つ色だったな」

「けど同じ色の玉だけなのが怪しいね。道中のモンスターは何種類かの耐性持ちで襲撃を掛けてたから」

 

ジェラフが警戒しながら抜刀の構えを取っていると、瓦礫の山から剣や槍といった攻撃性の高い武器が独りでに宙へと浮き始める。それらの武器はまるで囲うように、怪鳥の姿形を取っている瓦礫のモンスター達へと集まり漂っていった。

 

「これまでとは違うパターンだね。間違いなく攻撃手段として使ってくるね」

「十中八九、防御貫通持ちだろう。クセの強い光線を放つ存在が唯の攻撃を放つ筈がない」

 

ジェラフとテンジアがそう呟いていると二人の予想通り、宙を漂っていた武器が旋回しながらコーヒー達に向かって飛来し、それに合わせてお馴染みの白い光線も放ってくる。コーヒーは【クラスタービット】を格子のように展開して旋回して飛んでくる武器を防ぎ、白い光線は各自体捌きで避けていく。

 

「クローネ、【金属音】!」

「亡、【胡蝶】!力め、【剛力の前奏曲(プレリュード)】!」

 

アロックの指示でクローネがモンスター達の防御力を落とし、亡に行動制限してもらいつつサクヤは攻撃力アップの演奏を奏でていく。

 

「ブリッツ、【散雷弾】!弾けろ、【スパークスフィア】!」

「リース、【雹音波】!【飛撃】!」

「太郎丸、【葉刀(はがたな)】!【剣乱舞踏】【抜刀・飛燕】!」

 

動きが鈍くなった瓦礫のモンスター達に三人が相棒達と共に攻撃を放つ。散弾のような雷撃、冷気を伴った音波、鋭い無数の葉と共に雷球と光線、幾重もの斬撃が炸裂し、モンスター達は耐えきれずに光となって消えていった。

 

「ウェポンの飛来とは……本当に面倒なモンスターですね」

「…………」

「ん?どうしたCF。そんな難しげな顔をして」

「いや、あの瓦礫のモンスター……別ゲーに出てくるモンスターにそっくりだと思ってな。本体は蟷螂で光線とか放たないけど」

「別のゲームに出てくるモンスター……」

「わりとどうでもいい考えだね。攻略の役に立ちそうもないし」

 

例え瓦礫のモンスターが某狩猟ゲームのラスボスを飾ったモンスターだとしても、今の状況には全く関係ない。そもそも似ていても攻略には一切役に立たないので、本当にどうでもいいことであった。

なので、ジェラフの辛辣な意見も当然なので呟いたコーヒーも特に反論することなく肩を竦めて返す。

 

「でも、この分だと奥にいるボスも厄介そうだね。間違いなくあの光線は撃ってくるね」

「だよな。ボスだけそれがないとかあり得ないし」

 

その後も斧や槌、鎌や円月輪といった様々な武器を漂わせた瓦礫のモンスターが襲撃してきたが、コーヒーが【クラスタービット】で受け止めたおかげで難なく対処出来ていた。

そうして進んでいると、ボス部屋であろう如何にもな扉へと辿り着く。

 

「さて、このダンジョンのボスはどんな奴なのやら」

「間違いなく瓦礫の塊だな」

「イエス。ジャンクの塊なのは確定ですよ」

「余地もない」

「むしろ瓦礫の塊以外なら驚きだよ」

 

全員が瓦礫のモンスターだと予想しながら、テンジアが代表して扉を開ける。そこは相変わらず瓦礫が積み重なっており、広場の中央にはある四足の竜の姿形をした瓦礫の山が鎮座していた。

 

「あれがボスだな」

「ボスですね」

「ボスだな」

「一目瞭然だな」

「本当に分かりやすいね」

 

ある意味予想通りだったボスにコーヒー達は悟った気分で呟くと、五人はそのまま中へと入る。五人がボス部屋に足を踏み入れると、瓦礫の山の目と胸に相当する部分が光り、物音を上げながら悠然と立ち上がった。

 

「結構デカイな。大きさは大体二十メートルくらいか?」

 

コーヒーが瓦礫の竜の大きさを目測で測っていると、瓦礫の竜から幾つもの白い魔法陣が展開される。その魔法陣からは無数の白い光線が放たれた。

 

「いきなり殺意が高いね!【瞬転符】!」

 

まるで薙ぎ払うように放たれる幾重もの白い光線を掻い潜るようにジェラフは一枚の札を瓦礫の竜に投げ飛ばす。その札が瓦礫の竜の右前足に張り付くと同時に、ジェラフは一瞬でその右前足の前に移動していた。

 

「【抜刀・烈砕】!」

 

ジェラフは防御貫通効果のあるスキルで瓦礫の竜の右前足を斬り裂く。右前足を深く斬られた瓦礫の竜はバランスを崩したように前のめりに傾いた。

 

「ブリッツ、【界雷】!迸れ、蒼き雷霆(アームドブルー)!砕くは雷槌 怒るは巨人の王 その戦槌で憎き仇敵を叩き潰せ―――砕け、【崩雷】!輝くは不屈の雷光 残響する雷吼は反逆の証 雷呀の鎖と為りて一切合切を打ち砕け―――迸れ、【リベリオンチェーン】!」

 

コーヒーも瓦礫の竜の頭部に雷の杭を落としつつ、雷の鎖で全身を縛り上げていく。矢も銃の如く放ち、匣も追撃の光線を放っていく。

 

「亡、【涅槃の炎】!【怨霊の焔】。奪え、【虚脱の音】!」

「クローネ、【部品接続】【弩弓展開】!」

「リース、【夜凍の氷】!【砕氷刃】!」

 

サクヤは亡と共に不気味な炎を放つと、すぐに笛を吹いて瓦礫の竜の力を弱めていく。アロックもクローネを戦闘モードにさせてクロスボウとなった両腕から矢を放たせ、テンジアも冷気を伴った十字の斬撃を二重に放ち瓦礫の竜にダメージを与えていく。

 

「サンダー!」

 

そこにコーヒーが追撃の雷撃を放ち、さらに瓦礫の竜のHPを削っていく。一定値までHPを削られた瓦礫の竜は天に向かって吼えるように甲高い音を上げると、周りの瓦礫から様々な色の玉を幾つも浮かび上がらせる。その玉達はそのまま瓦礫の竜の身体にくっつくと、それぞれの玉の色と同じ光が放たれて瓦礫の竜の身体を覆った。

 

「明らかにノーマルではありませんね」

「どっちにしろ攻撃しないといけないけどな」

 

明らかな強化状態となった瓦礫の竜にコーヒーが連続で矢を放つ。矢は瓦礫の竜に刺さりはしたがHPは欠片も減少せず、追撃の光線も同様の結果だった。

 

「……ダメージが通ってないな。一応、防御力は無視できる筈なんだけど」

「その発言は敢えて無視するけど……そうなると防御力が高いんじゃなく、無効化されているってことだね」

「だとしたらあの玉だな。あれが無効化の原因と見ていいだろう」

 

アロックのその言葉に全員が頷く。こういった仕様のお約束は、適応した攻撃を当てて破壊することだ。玉の色も黄色や赤と道中の瓦礫のモンスターの核となった玉と同じなので、ある程度の検討がつく。

そうこうしている内に、瓦礫の竜が前足を持ち上げて地面に叩きつけるように振り下ろす。すると、叩きつけた箇所から広がるように、地面が波のように隆起しながら迫ってきた。

 

「やばっ!【召喚:護衛舟】!」

 

それを見たコーヒーはすぐさま舟を召喚すると、テンジアはアロックを、ジェラフはサクヤを抱えてその舟へと乗り込む。コーヒーはブリッツを一度指輪に戻すと自身はメタルボードに乗り、クローネも乗り込んだ事を確認してから舟を操作して地面から離れて難を逃れる。

 

「CFは二人の護衛を頼むよ!【空御力】!太郎丸、【紅葉刃】【追従の双葉】!」

「リース、【氷の翼】!」

 

ジェラフはサリーの【黄泉への一歩】に似た足場を作りながら駆け、赤い葉を踊らせながら緑のオーラを纏っていく。テンジアも氷の翼を生やして空を駆けて瓦礫の竜へと迫っていく。

当然、瓦礫の竜は迎撃するように白い光線を身体中から放つも、二人は難なく躱して接近する。

 

「まずは剣に強い玉から潰すよ。【抜刀・影縫】!」

「委細承知。【パワーアタック】!」

 

二人は基本的な攻撃を通しやすくする為、剣に強い黒い玉を優先的に攻撃していく。黒い玉は二人の攻撃によって簡単に破壊されるが、瓦礫の竜も黙ってやられるわけもなく周囲の瓦礫を浮かび上がらせていく。

 

「させるか!【砲撃用意】!」

 

サクヤとアロックの二人の護衛を任せられたコーヒーは、【ワイルドハント】の大砲を可能な限り召喚してから瓦礫に向かって一斉に放つ。顔を覗かせるように召喚された大砲達から炎や雷、光線と様々な砲撃が炸裂して瓦礫を順次吹き飛ばしていく。

 

「クローネ、【金属音】!【機械の演舞】!」

「亡、【かごめ遊び】!【天上の鍵盤楽器】!」

 

もちろん、アロックとサクヤも黙って見守るわけがない。光線を避ける舟にしがみつきながらも、アロックは右腕が大砲となった機械人形を召喚して砲撃を放つ。サクヤも奥の手であったスキルを発動させ、鍵盤を自身の前に展開する。

 

「演奏中は常にMPを使いますのでポーションをお願いします!守り抜け、【聖域の演奏】!」

 

サクヤはそう告げると、鍵盤をリズムよく叩いて尊厳な音色を響かせていく。尊厳な音色が響くとサクヤを中心に半径二メートル程の円形のバリアが形成され、すり抜ける光線を完全に防いでいく。

 

「ダメージ完全無効スキルか!?」

「イエス!範囲が狭く、ここぞという時しか使えませんが!」

「いや、それでも十分だ。クローネ、【龍砲展開】!!」

 

アロックはそう告げると、戦闘モードのクローネは両腕のクロスボウを大口径の大砲へと変えさせる。そのまま自身が操る機械人形と共に砲撃を放っていき、イズ印の高級ポーションをサクヤに使っていく。

 

「迸れ、【リベリオンチェーン】!」

 

コーヒーも護衛の必要がなくなったことで瓦礫の竜にくっついている玉を破壊し続けている二人の援護に回り、雷の鎖で縛り上げて動きを封じていく。

 

「これで……」

「最後!」

 

ジェラフとテンジアは、共に最後となった黒い玉を切り裂いて破壊する。それと同時に瓦礫の竜を覆っていた黒い光が消え去った。

 

「これで剣による攻撃が通る筈。だが、二人だけでは……」

「いや、三人でやってもらうから―――【抜刀・雷封】!」

 

ジェラフはテンジアの言葉を遮るようにそう告げると、黄色の玉に雷を迸らせた居合を放つ。その瞬間、他の黄色の玉も同様に切り裂かれ、一瞬で瓦礫の竜の黄色の光が消えていく。

 

「今のは……スキルによる効果か?」

「ご明察。途中で攻撃スキル無しでも破壊できると分かったからね。黒い玉を破壊しつつ、仕込みを入れていたんだよ」

 

ジェラフは一枚の護符をぴらぴらさせながらそう告げる。彼女の手際の良さにはテンジアはもちろん、コーヒー達も脱力してしまう。

 

「さ、これで剣と雷は普通に通せるよ。CF、大技よろしく」

「ああ、もちろんだ。【聖刻の継承者】!【雷神陣羽織】!瞬け、【ヴォルテックチャージ】!」

 

ジェラフの言葉にコーヒーは頷くと、二つの自己強化スキルを発動させる。さらに【ヴォルテックチャージ】で次に使う雷魔法を強化させると、条件を満たしている上級魔法の詠唱を始めていく。

 

「不屈の雷光は宙に舞う 雷呀の鎖は雷皇の流星 千切れし鎖は星となり 天の宝玉に群がり形を為す―――」

 

コーヒーが詠唱する中、アロックはクローネと共に宙に浮かぶ瓦礫をを吹き飛ばしながらサクヤのMP管理を行い、サクヤもダメージを無効化する演奏を続けていく。

 

「【鉄砕斬】!」

「太郎丸、【刻葉】!【抜刀・十六夜】【瞬転符】!」

 

テンジアは高威力かつ防御貫通効果のあるスキルで瓦礫の竜の横腹を切り裂き、ジェラフも首から下へ落ちていくように連続居合を叩き込む。瓦礫の竜は二人に向かって光線や瓦礫を飛ばすも、テンジアはリースによる飛行能力で、ジェラフは瞬間移動であっさりと躱して次の攻撃を叩き込んでいく。

 

「顕現せしその形は隕石 闇夜を駆けるは蒼き彗星の如く もたらすは終焉へと誘う天災 その迸る雷鎖の隕石で押し潰せ!」

 

コーヒーの詠唱が完成すると、頭上に膨大な雷を纏った鎖の塊が形成される。その雷鎖の隕石を解き放つ為、コーヒーは最後の言葉を告げる。

 

「限界を超えし蒼き雷霆よ墜ちろ!【リベリオンチェーンメテオ】!!」

 

発動と同時に振り下ろされる左手。その左手に従うように雷鎖の隕石は蒼い軌跡を描きながら落下していき、瓦礫の竜を押し潰した。

雷鎖の隕石に押し潰された瓦礫の竜は、二人のアタッカーによって削られていたこともあり残りのHPを全損させる。同時にその身体を力尽きたようにバラバラに崩れていき、只の瓦礫となって消滅していった。

 

「これで俺達の勝ちだな」

「イエス。メダルもゲットできましたし、上出来ですよ」

「互いに奥の手を切る形ではあったがな」

「変に出し惜しみして脱落したら無意味でしょ」

「ああ。そうなれば本末転倒だからな」

 

色々な意味で互いに益がある共闘だと実感しつつ、五人はダンジョンから帰還するのであった。

 

 

 




「まるでゴミ屋敷ですね」
「しょうがないだろ。あのモンスターの見た目からして」
「アイツらの前座みたいなものだし、それにふさわしいダンジョンにしないと雰囲気が出ないだろ?」
「どちらもプレイヤーが踏み込むか怪しいですがね」

イベント当日。

「入っちゃったなぁ……」
「入りましたね」
「喜ぶべきか嘆くべきか……微妙なところだよ」

特殊ダンジョンを攻略されて微妙な気持ちになる運営の図。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

悪魔の住処

てな訳でどうぞ。


「あ!またメダルだよ!」

「これで六枚ですね」

「ああ。一枚でも上出来なのが六枚だからな。おかげで確実に金のメダルを得られるからな」

「そうね。みんな一枚ずつ手に入れてるからね」

「オブジェクトの方は全部外れだったけどねー」

 

イグニスの背中に乗って探索を続けていたメイプル達は現時点で集まったメダルの数に笑みを浮かべている。本来は一枚獲得するだけでも困難なメダルが六枚も集まったのだ。特に【楓の木】は後一枚手に入れれば合計十五枚となり、生き残り報酬の最高ランクの五枚で二十枚に到達する。

 

「それでどうする?ボーナスエネミーを探すか、エリアボスを探すか、それとも怪しい地形を探すか決めないと」

「エリアボスの方は正直に言えば厳しいだろうな。どれも相応にクセが強く、強化モンスターと一緒に攻められると返り討ちに合う可能性がある」

「そう………ですね。あのエリアボスは私やCFと相性が最悪でしたし」

「メイプルなら、一回だけなら一瞬で倒せるけどね」

 

メイプルの【黄金劇場】と【影ノ女神】のスキルコンボはかなり凶悪ではあるが、回数制限関係なく長いクールタイムを施されるため早々に乱発していいものではない。

そもそも防御力が売りの大盾使いが個人で高火力の攻撃を放てるのが【異常】なのだ。カミュラも大盾使いながらそれなり攻撃もこなせるが、それもコピーによって得た攻撃スキルによるものだ。加えて極振りではない為、メイプルと比べて威力を上げやすいのも理由の一つである。

 

「メイプルと戦う時は、あの理不尽への対策が必須になるんだよね……」

「ジェラの見解では、空に逃げれば安全のようですが……」

「あー、確かに。メイプルの動きはそこまでだし、斬られる前に空に逃げれば大丈夫かも」

 

そんな中、【水底の誘い】のインパクトから距離が縮まったフレデリカとベルベットは本人の前で対メイプル戦の話をしている。ポンコツと馬鹿正直二人では秘密の内緒話はできないのである。ちなみにこんな風に話し合いができるのも、メイプルの【身捧ぐ慈愛】があるからこそである。

一先ず五人は探索の為に一度地上へと降りると、もはや見慣れた一つ目四足歩行の悪魔が襲いかかってくる。

 

「あ!偽メイプルだ!」

「えっ、私?」

「まあ、言いたいことは分かるけど」

 

偽メイプル扱いされたモンスターは、提唱した張本人であるフレデリカに引っ掻き攻撃をするもメイプルの【身捧ぐ慈愛】によってダメージを一ミリも与えられない。

 

「ホント、外で安心できるって―――」

 

ノーダメージのフレデリカが上機嫌でモンスターの頭を杖で叩こうとした矢先、そのモンスターはバクリ!とフレデリカを頭から食らいついた。

 

「ちょっ!食べるのは反則だよ!ヘルプ!ヘルプミー!!」

「爆ぜろ、【炎帝】!」

「【重双撃】!」

 

バタバタとフレデリカが暴れる中、ミィがお得意の火球を飛ばし、ベルベットも重い二撃をモンスターの腹へと叩き込む。二人のおかげでモンスターの噛みつきから解放されたフレデリカは、HPにダメージこそ入っていないが頭が涎まみれとなったことで精神的なダメージを負ってしまった。

 

「うええ……あのモンスターの口の中は臭いし涎まみれだし最悪だよ……イベントの軽い悪夢が……」

「……ああ、ミザリーが犠牲となったあれか」

「あれですね……二階の本や四階の蛙の……」

 

四つん這いとなったフレデリカの呟きに、尊い犠牲を目にしたミィと被害者のベルベットは察して遠い目となる。あれは絵面としてもアウトだった。特に蛙が。

 

「…………」

 

同じく蛙(?)の被害者であるサリーは顔を真っ赤にして湯気を出していた。まあ当然の反応である。

 

「【近接武装展開】!【攻撃開始】!」

 

そんな一同の前でチェーンソーやプライヤークロー、ドリルにパイルバンカーといったロマン性の高い武器を展開したメイプルが群がってきたモンスターに攻撃を仕掛けていく。

右手のチェーンソーが悪魔の腕を切り落とし、左手のプライヤークローが頭を挟んで潰し、両膝のドリルが腹を穿ち、両肩のパイルバンカーが胸を打ち抜いていく。

 

「メイプルの兵器、また凶悪になってるね……」

「本人曰く、色々と変えられるみたいだけどね……」

 

凶悪な近接武装による蹂躙を前に微妙な表情となったフレデリカの呟きに、赤裸々な思い出から立ち直ったサリーが半目で返す。【機械神】の近接武装は射撃武装と比べて威力は高いが、攻撃が当てづらく消耗スピードも射撃と比べて遅いので兵器の回転率も悪い。なので、あまり使うことがないのである。

 

「チェーンソーやドリルって、見た目からしたら貫通攻撃に見えるっすよね」

「それに色々と変えられるみたいだからな。場合によっては火炎放射器のような兵器もあるかもしれん」

 

【機械神】の兵器のバリエーションの意外な多さにベルベットとミィが力なく呟く。本来は装備を使い捨てにする扱い難いスキルではあるのだが、【破壊成長】付きの装備のせいでデメリットがデメリットとして働かず逆にメリットとして機能してしまっている。

 

そこからミィ達も加わると一方的な蹂躙となるのは当然の流れであり、協力し合ってモンスターを倒しながら進んでいく。しばらくそうして進んでいると、ミィがある事に気づく。

 

「この辺りは悪魔型のモンスターとの遭遇が多いな」

「マップの端の方だからじゃないのー?」

「……その割には瓦礫がくっついたモンスターとの遭遇が極端に少ない気がするわ」

「もしかして、近くにそのモンスターの発生装置があるのかも!」

「もしくはモンスターを召喚するエリアボスかもしれないっ……ですね」

 

メイプルの言うモンスターの発生装置だろうと、ベルベットの言うモンスターを召喚するエリアボスであろうと、どちらも厄介であることには代わりはない。だが、この多さがどっちかによっては三日目の生存戦に大きな影響を与えかねない。

 

「メダルは十分に集まっている……なら、この原因を突き止めた方が先の展開に役立つかもしれないわね」

「そうだな。エリアボスなら叩けば弱体化、発生装置なら事前に対策を打ちにいけるからな」

「では、この辺りの探索に注力すんんっ、しましょう」

「賛せーい。時間もそう多く残ってないしね」

「よし!それじゃあ行こう!」

 

悪魔型モンスターの多さの理由を確かめる為、五人はモンスターの出てくる方向に向かうように進んでいく。幸い、攻撃面はミィ達がいるので特に問題はなく、探索は容易に進んでいく。

当然、何度も悪魔型のモンスターが襲い掛かってくるので、その襲撃の多さにさすがに最初に違和感を感じたミィ以外も同様の疑惑を感じていく。

 

「明らかに偽メイプルの襲撃が多いねー」

「そうですね。確実に何かある……ありますね」

 

そうして最もモンスターが多い場所までやって来ると、紫色で渦を巻いている円形の光がゲートのように浮かんでいるのが木々の隙間から見え隠れしていた。

 

「エリアボスじゃなかったっすねー」

「そうだねー。ダンジョン……と呼ぶには微妙だし」

「侵入可能なゲートなら、飛び込む価値はあると思うけど……」

「だが、あの数のモンスターだ。当然貫通攻撃持ちもいるだろうから、一戦交えるとなると厳しいぞ」

 

ミィの指摘通り、紫色の光の渦からは様々な悪魔型のモンスターが這いずるように次々と出てきている。普通に近づけば戦闘は必須だ。

 

「この状態じゃ飛んでいけないし……そうだ!あれで吹き飛ばそう!」

「ああ……あれね。確かにあれなら吹き飛ばせるわね」

 

サリーが微妙な表情で肯定すると、メイプルは自身のインベントリを操作していく。その動作でミィ達は何か便利なアイテムでもあるのかと注目していると……巨大な樽が目の前に現れた。

 

「「……え?」」

「ま、待つんだメイプル。まさか……!」

 

その巨大な樽にフレデリカとベルベットの目が点となる中、伝聞とはいえその存在を知っていたミィは顔を引き攣らせて止めようとする。だが、遅かった。

 

「蹂躙せよ、終焉城塞(ラストキャメロット)!!【ヘビーボディ】!」

 

メイプルはノックバックを無効にしてから両肩のパイルバンカーで巨大な樽―――威力が従来の1.5倍となった【樽爆弾ビックバンIII】を打ち抜くと、轟音と共に盛大な閃光と爆炎が立ち上る。それらはメイプル達はもちろん、モンスター達や木々をも呑み込んで広がっていく。

 

閃光と爆炎が収まると、起爆した張本人のメイプルと耳を塞いで身を屈めて目を閉じていたサリー、咄嗟にサリーと同様に対処したミィ以外の二人は音と光によってフラフラになっていた。もちろんメイプルのおかげでHPへのダメージはゼロである。

 

「うええ……耳がキンキンして、目がチカチカするよ……」

「せ、せめて説明して欲しかった……す」

「ご、ゴメンね!」

 

何の対処も出来ずにマトモに受けてしまった二人は、平衡感覚が保てないようにその場に倒れてしまう。そんな二人の姿に、爆発で兵器が壊れて身軽となったメイプルは手を合わせて謝った。

 

「今のがミザリー達が言っていた悪魔の爆弾か……あれでは使った本人も巻き添えを受けるのではないのか?」

「受けるわよ。これ、威力が凄い代わりに無差別なのよね」

 

サリーのこの言葉により、メイプルには自爆攻撃は通用しないとミィは確信した。自身の死亡と対価に放つ【自壊】はそれなりに威力はあるが、【樽爆弾ビックバンIII】ほどではない。それをノーダメージで耐えきったメイプルに自爆が通用しないと悟るのは当然であった。

 

「ま、おかげでモンスターは全滅したし、見通しも良くなったから早く行きましょ」

「……ああ、そうだな」

 

再び紫色の光の渦からモンスター達が放出される前にサリーはフレデリカを、ミィはベルベットを背負ってメイプルと共にその光の渦へと足を入れる。

紫色の光の渦は見た目通りゲートだったようで、五人は暗い紫色の壁と床が広がる広い空間へと招待された。

 

「モンスターの集団が待ち構えていないのは幸いだったな」

「そうね。いきなり戦闘は少しキツイしね……ほら、フレデリカ。そろそろ復活してよね」

 

サリーの言葉を受け、フレデリカは若干ふらつきながらも自身の足でダンジョンへと降り立つ。ベルベットも同様である。

 

「これ、完全にダンジョンっすよね。もしかして、二日目以降に出現するダンジョンかも!」

「それはあり得るわね。あんな紫のゲートがあったら嫌でも目立つだろうし」

 

そうして五人はダンジョンの最奥を目指して進んでいく。道中は当然例の悪魔型のモンスター達が群がるように襲い掛かってくるも、それは無謀な突撃にしかならない。

 

「メイプルのおかげで負ける要素がないな」

「ふつーに経験値が美味しいしねー」

「おかげで比較的温存でき……ます」

「MPポーションはイズさんからもらったのがいっぱいあるから大丈夫だしね!」

「このダンジョンもメイプルと相性が良いからね」

 

サリーとベルベットが先頭に立ってモンスターを攻撃し、ミィとフレデリカが得意の魔法で追撃し、遠距離武装を展開したメイプルがトドメを差していく。スキルに回数制限の多いメイプルに、燃費の悪いミィとフレデリカ。雷の有無で強さの落差が激しいベルベットではサリーを除いて、持続的な戦闘に難がある面子である。

それもイズ印の高ランクMPポーションの大量所持とメイプルの極端な性能によって、持続的な戦闘の問題を解決しているが。

 

「こうして違うメンバーと一緒に戦うのも良いっすんんっ!良いですね」

「そうだねー。おかげで色々と分かるしねー」

「しかし《絆の架け橋》の装備を見送るほどのレア装備か……気にはなるが、逆に言えば劇的な変化は起きにくいとも言えるな」

「それは言えてるわね。相棒達はレベルが上がれば新しいスキルを覚えて戦術の幅が広がるのに対し、ベルベットやヒナタはその幅が広がり難いからね」

「うぐぅっ!?」

 

ミィとサリーのその指摘に、ベルベットが胸を銃で撃たれたような反応をする。七層で実装されたテイムモンスターは成長するにつれてスキルを覚えていく。【休眠】状態では使えないという欠点はあるが、それを補って余りあるスキルの性能と数がある。その視点から言えば、《絆の架け橋》を装備できない二人は戦術の幅が周りより広げづらいのである。

 

「私だってCFのような相棒は欲しいっすよ。でも、装備のバランスが難しくて……それも長く使っているから外すに外せないですし……」

「あ、いじけた」

「いじけちゃったね」

 

通路の片隅で膝を抱えて指で床をなぞるベルベットの姿に、フレデリカとメイプルが同じ感想を呟く。装備に元から付いているスキルはクセが強いが、優秀な能力なのがほとんどだ。例を上げれば、クロムとイズのユニークシリーズやサリーの《迅竜のグローブ》が良い例だ。

そんな優秀な装備で完全に固めてしまえば、安易な取り外しが出来ないのは必然だった。

 

「彼女も彼女なりに悩んでいたのだな……」

「そうね。私も似た立場だったら同じように悩んでいたかも」

 

明らかに落ち込んだベルベットに対し、指摘したミィとサリーはさすがに罪悪感を感じずにはいられなかった。

 

 

 




「なぜ【破壊成長】等というスキルを……」
「そのスキル持ちのユニークシリーズは入手条件は厳しく設定してたんだよ。倍のステータスとレベル差がないと……」
「毒竜も強化状態の麒麟も、当時のレベルではソロ勝利は不可能な難易度だったんだけどな……」
「それが防御の極振りと常時貫通で突破されちゃったんですよね……特に前者は食べるという行為で……」
「……生産職製のユニーク装備は?」
「そっちは二百回に一回の確率に設定していたんだ。同時にステータス補正は一桁第からのスタートになるようにも」
「実際CFのユニーク装備は【破壊不可】だからなー」
「その装備も【機械神】によって簡単に上げられてるけどな」
「本当にメイプルのリアルラックはどうなっているんでしょうね……」

【破壊成長】に対する運営のやり取りの図。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

紫炎の悪魔

てな訳でどうぞ。


あの後、何とか落ち込んでいたベルベットを復活させて最奥を目指して進んでいると、初期地点のような広い空間へと辿り着いた。

 

「んー……壁に白い膨らみが幾つもあるね」

「試しに撃ってみる?」

「下手に刺激したら何か出てきそうな気がするっすけど……」

「それはあり得そうだねー。このまま素通りする?」

「いや。どうやらこちらから何もしなくても出てくるようだ」

 

ミィがそう言って指差す先には、白い膨らみに裂け目が入ってそこから悪魔の腕が覗かせている。それが皮切りとなって壁に幾つもあった(さなぎ)(まゆ)であった白い膨らみすべてに裂け目が入り、悪魔型のモンスターが次々と這い出てくる。

 

「いくっすよ!【雷神再臨】!!」

 

その中で、ベルベットが真っ先にスキルを発動させて全身に雷を纏う。量からしてモンスターハウスのような場所だとすぐに判断したからだ。

 

「【嵐の中心】【稲妻の雨】【スタンスパーク】【振動拳】!!」

 

ベルベットはお馴染みの雷の雨を降らせると、ガントレット同士を打ち合わせて雷に打たれながらも迫っていたモンスター達を地面へと伏せさせる。そこから範囲攻撃を放ち、更にダメージを与えていく。

 

「ベルベットナイス!先に尖った武器とか角持ちのモンスターから倒すよ!」

「防御貫通がなければ大丈夫だから!」

「了解っす!【渾身の一撃】!」

「分かった!爆ぜろ、【炎帝】!」

「前に出られるならしっかり狙える狙える!同時に燃えよ、【多重炎弾】!」

 

サリーとメイプルの指示を受けた三人は、優先的に槍を持った悪魔や鋭い牙や爪を持った悪魔を優先的に倒していく。逆に筋骨隆々な悪魔や固そうな悪魔は後回しにされるが、力ではメイプルの防御力は突破できない。

 

「爆ぜろ、【炎帝】!イグニス、【連なる炎】!」

「朧、【火童子】【渡火】!」

 

防御貫通を持っていそうなモンスターを倒しきったところで、サリーとミィは炎でモンスター達を焼いていく。連鎖ダメージはある程度モンスターがいれば真価を発揮する為、部屋を埋め尽くす程に溢れているモンスター群には効果覿面(こうかてきめん)である。

 

「滲む混沌 出でるは猛毒の化身 三首の顎ですべてを穢さん―――【毒竜(ヒドラ)】!」

「【落雷の原野】【雷公爵の離宮】!」

 

そこにメイプルが三つ首の毒竜による致死性の毒のブレスを放ち、ベルベットが更に落雷を放ってモンスター達を殲滅していく。

 

「どちらも数に強いな……」

「何気に戦術が被っているよね」

 

防御とインファイトという違いこそあるが、それを活かす為の強力なスキルを複数有しているメイプルとベルベット。フレデリカの言う通り、確かにそっくりである。どちらも戦術がハマれば圧倒的であるところまで。

そんな消化試合となった一同は、モンスターを殲滅し終えた。

 

「ふぅ、片付いた」

「お疲れサリー!いっぱいいたけど全然問題なかったね!」

「うん、メイプルのおかげで楽に戦えてる」

「えへへー、そう?」

「あ、奥へ続く通路が現れましたよ」

「おそらくここが折り返し地点だったのだろうな」

「つまり、この先からはあの白い膨らみがそこかしこにあるってこと?だとしたら少し面倒かも」

「大丈夫!我が身体に宿るは悪魔の化身 我が呼び掛け応え この身を依り代にして具現せよ―――【暴虐】!」

 

メイプルが【暴虐】を発動して化物の姿へと変わる。ダンジョン内なら無駄にはならず、むしろ本格的に戦闘に参加するという証明でもある。

 

「真メイプルだ!」

「真って何、真って」

「これが真メイプルっすかー……これが先なら確かに真っすね」

「カスミのハクにも感じたが、やはりサイズは正義だな……」

 

そうして暴虐メイプルが先頭に立ち、ダンジョンの奥を目指して進んでいく。通路は暴虐メイプルが身を低くしないと通れない程狭いため、襲撃するモンスター達は暴虐メイプルによる洗礼をマトモに受ける羽目となる。

暴虐メイプルに食われ、踏み潰されてボロボロになって洗礼に耐えたモンスターは、後ろで待ち構える四人によってトドメを差されるだけ。いくら数で攻めてこようと自殺行為にしかならない。

 

「あの形態だと雑魚は一方的だね」

「そうだな……普通、プレイヤーには姿形が大きく変わる形態はない筈だが」

「アハハ……」

 

そんな感じでモンスターを蹂躙しながら進んでいると、五人はあっという間にボス部屋の前へと辿り着いた。

 

「ギルドが違えば攻略法も変わってくるねー」

「断言するけど、こんな攻略法はメイプルとCFだけだから」

「CFも似たような攻略法をするのか……」

 

さらっとメイプルと同類扱いされたコーヒーに、ミィが遠い目となる。コーヒーには【暴虐】のような変身スキルはないが、【結晶分身】と【ミラートリガー】による超連射、【ワイルドハント】の大砲や【遺跡の匣】のすり抜け光線でボロボロに削ることは可能である。ちなみにコーヒーはそのタイミングで盛大にくしゃみを吐いていた。

 

『開けるよー?』

「うん、入っちゃって」

 

暴虐メイプルが頭で押し開けて中に入ると、部屋には例の白い膨らみが大量にあり、最奥には完全に繭と言っていいような巨大な楕円の白い塊がある。

五人がその繭に警戒しながらボス部屋に入ると、巨大な繭はバクリと裂けて中から紫色の光が溢れ出す。そこから這い出てきたのは、偽メイプルと形容したモンスターに手足を増やし、皮膜の破れた翼を追加した、違法改造したと表現できるモンスターであった。

 

「真偽メイプルだー!真偽メイプルじゃない?」

「そのネタはもういいっすよ」

「馬鹿言ってないで戦うよ!」

「ああ、全力で行く」

『皆、来るよ!』

 

繭から完全に抜け出たボスは翼をバサリと羽ばたかせると、鉤爪をぎらつかせながら飛びかかってくる。反動をつけて長く伸びた手足を振るい、ゴムのように伸ばして両サイドからかなりの速度で向かってくる。

 

「連なり守れ、【多重障壁】!ノーツ、【輪唱】!」

 

フレデリカはお得意の防御魔法で自身とミィの前に障壁を展開する。サリーは間違いなく避け、ベルベットもスタイルから避けるか弾くと判断し、暴虐メイプルは巨体ゆえに守り切れないからだ。

 

「っ、つよ……!?」

 

腕は予想よりも遥かに威力が高く、勢いは殺せても止めるまでには至らなかった。だが、無意味な行動ではなかった。

 

「炸裂しろ、【フレアアクセル】!」

 

ミィが一気に加速してフレデリカの元まで駆けつけ、そのままフレデリカを抱えて鉤爪から逃れる。

 

「ナーイス、ミィ!」

「気を抜くなよ?」

 

フレデリカの予想通り、サリーとベルベットは回避して鉤爪から逃れるが、暴虐メイプルは巨体ゆえに攻撃を受けダメージを受けてしまう。

 

『うぅ、これ全部貫通攻撃……』

「まずは空から落とすよ!【氷柱】!」

「イグニス【消えぬ猛火】」

「【雷神再臨】【電磁跳躍】!」

「はいはーい。【多重重圧】!」

 

ボスは次の攻撃を放とうとするも、フレデリカが魔法を使い動きを鈍らせる。

 

「【獅子激昂】!」

 

そこに高く跳躍したベルベットが青白い獅子のオーラを放ちながらボスの顎を殴り飛ばし、大きく仰け反らせる。

 

「【七式・爆水】!」

「飛ばせ、【爆炎】!【連続起動】!」

 

そこを頭上を取ったサリーとミィが高ノックバックの攻撃と魔法を叩き込み、ボスを容赦なく地面へと叩き落とす。

 

『お返しだよ!』

 

そこを暴虐メイプルが待ってましたとばかりに文字通り食らいついていく。当然ボスも黙ってやられることはなく、鉤爪で切り裂いたり、紫の光線をを口から放って対抗していく。

 

「「「「…………」」」」

 

共食いのようなその光景を前に、四人は一瞬呆けてしまう。しかし、すぐに我に返って暴虐メイプルに加勢していく。

 

「【トリプルスラッシュ】【十式・回水】!」

「【稲妻の雨】【重双撃】!」

「爆ぜろ、【炎帝】!穿て、【炎槍】!」

「幾重に切り裂け、【多重風刃】!」

 

四人の攻撃を受け、ボスは怯んで動きを止める。そこを暴虐メイプルが六本の足を使って動きを封じると、口から熱線のような炎を放ってダメージを与えていく。【身捧ぐ慈愛】があるので、いくら暴れようと味方の参戦は容易なのである。

 

しかし、イベント用のボスは流石と言うべきか。暴虐メイプルが捕食しきるより先にボスは暴虐メイプルを引き裂き、【暴虐】を解除へと追い込む。元に戻ったメイプルが宙に投げ出されると、ボスは腹に鋭い針を生成しながらメイプルを押し潰さんと迫っていく。

 

「あっ、えっと【ピアースガード】!」

 

明らかに使い慣れていない防御貫通無効スキルを発動させた直後、メイプルはボスに押し潰される。押し潰されたメイプルの姿は四人には見えない。

 

「メイプル、大丈夫!?」

 

サリーが呼び掛けるも、メイプルの声は返ってこない。代わりにボスの背中から、大量のダメージエフェクトと共に五本の黒い触手が飛び出てきた。

 

「あ、これは大丈夫だね」

「大丈夫っすね」

「ああ、大丈夫だな」

「そうね」

 

一気にメイプルが無事だと分かった四人の前で、触手を器用に動かしてボスの背中の穴からメイプルがノーダメージで出てくる。

 

「ふぃー、脱出成功!」

 

メイプルがそう宣言した直後、HPが今ので半分まで減ったボスが鼓膜を破る程の雄叫びを上げる。その衝撃によるものか、ボスの背中にいたメイプルは吹き飛ばされて四人の元へ転がってくる。

 

「うぅ~……耳がキンキンするよ……」

「まあ、あれ程大きな雄叫びを間近で聞けばね」

 

クラクラしているメイプルをサリーが介抱する中、ボスの雄叫びに答えるように周りの白い膨らみから新たなモンスターが這い出てくる。胸辺りに独特の模様があり、まるで暴虐メイプルをそのまま小さくしたようなモンスター達は、五人に襲いかからずにボスの周りに集っていく。そしてボスの前で陣取ると、紫色の光を放ってボスをドーム状の光の中へと閉じ込めた。

 

「ボスを閉じ込めた?何で?」

「……嫌な予感をすごく感じるっすよ」

「その予感は……当たりみたいね」

 

そう呟いたサリーの視線の先には、後ろにある繭から紫の光を取り込んでいるボスの姿がある。紫色の光がボスの体を満たすと……ボスは魔法陣を展開して紫の炎を次々と放ち始めた。

 

「あれはヤバいって!【多重加速】!【多重障壁】!」

 

フレデリカは移動速度を上げ、四人は回避を試みる。メイプルはAGI0なので大盾を構えて受け止める態勢を取るも、【悪食】は回数が尽きていたのもあり、周りに着弾した炎によってHPが削られ始める。

 

「やっぱり!?【全武装展開】!」

 

炎が貫通攻撃と分かり、メイプルは兵器をすぐさま展開する。そのまま自爆攻撃によって強引に後ろへと下がって炎から逃れる。

 

「一気に懐に潜り込むっす!【嵐の中心】【エレキアクセル】!」

 

ベルベットは加速してボスの懐に潜り込もうとするも、ベルベットの周りで降り続ける落雷は紫のドームに受け止められ、ベルベット本人も紫のドームを突破出来ずに弾かれてしまう。

 

「何だと!?」

「これってゲームでいうところの無敵状態っすか!?」

「これ、ゲームのラスボスに搭載されてるやつじゃん!さすがに反則なんですけど!?」

「文句言ってないで動く!こういうタイプは、配下のモンスターを倒せば解除される筈!メイプルは回復に専念してて!」

「う、うん!回復が終えたら【鉄鋼液】を使って守るから!」

 

メイプルが頷いてすぐ、サリーは紫の炎を避けながらあの結界を作り出しているであろう配下のモンスターへと迫っていく。

ボスは変わらず防御貫通の紫の炎を無差別に放ち続けており、タゲを取ろうにも結界のせいで取れない状況。あれでは【黄金劇場】からの【影ノ女神】コンボも無意味だ。

 

【鉄鋼液】を使えばメイプルのVITなら十分に耐えられるだろうが、ミキから貰ったアイテムにも数に限りがあるので、今後も考えればここで大量に使うのは得策ではない。

 

「あんまり時間は掛けられないかな……【水神陣羽織】!」

 

早々に結界を解除すべきと判断したサリーは、ミィ達の前で水神モードとなる。希少な手札ではあったが、出し惜しみしていてはやられてしまう。

 

「【天ノ恵ミシ雫】【二式・水月】!」

 

サリーは広範囲に雨を降らせ、波紋を描く斬撃で配下のモンスター達を攻撃していく。

 

「おおー!サリーもジェラとよく似たスキルを持ってたんすね!」

「やっぱり持ってたのね。大方、【風神陣羽織】という名称だろうけど」

「……あ」

 

サリーの指摘でベルベットはやってしまったという表情をするも、すぐに頭を振って切り替える。

 

「ジェラには後で謝るっす!【落雷の原野】【雷公爵の離宮】―――【浄土天雷】!」

 

ベルベットは雷系統のスキルを発動させた直後、ベルベットの周りに落ちていた雷と自身を覆っていた雷が消える。同時に配下のモンスター達に太い紫の雷が狙い打ちするかのように次々と落ちていく。

 

「爆ぜろ、【炎帝】!」

「幾重に切り裂け、【多重風刃】!」

 

ミィとフレデリカもメイプルの傍で魔法を放って援護するも、二人の魔法に反応してか、ボスは口から特大の紫炎の光線をミィ達に向けて放った。

 

「やばっ!【多じゅ―――」

「不要だ。二人とも、私の傍から離れるな」

 

ミィはメイプルとフレデリカにそう告げると、自身もサリーと同じ奥の手を発動させる。

 

「【炎神陣羽織】!【炎神結界】!」

 

ミィは炎神モードになってすぐ、完全防御の炎の壁を作って紫炎の光線を防いでいく。メイプルとフレデリカもミィの傍にいたことでボスの攻撃から守られる。

 

「ミィも手に入れていたんだね!」

「ああ。だいぶ苦労することとなったがな―――【紅蓮ノ金棒】!」

 

ボスの攻撃を防ぎきったミィは紅蓮に燃える巨大な腕と同じく紅蓮に燃える金棒を携えると、サリーとベルベットが飛び上がると同時に横薙ぎに振るって配下のモンスター達を吹き飛ばしていく。

 

【紅蓮ノ金棒】による大炎上、【天ノ恵ミシ雫】によるダメージ増加、【浄土天雷】による必中の雷撃によって配下のモンスター達は全員倒れる。同時にボスを守っていた結界も消え、体の光も弱まっていく。

 

「朧、【影分身】!【大海】【古代ノ海】【十式・回水】【四式・交水】!」

「【重双撃】【渾身の一撃】【獅子激昂】!」

「イグニス、【我が身を火に】!燃え上がれ、真紅の炎帝(バーストエンペラー)!爆ぜろ、【炎帝】!【連続起動】!」

「【多重増力】【戦いの歌】!ノーツ、【増幅】!」

「蹂躙せよ、終焉城塞(ラストキャメロット)!【滲み出る混沌】【攻撃開始】【毒竜(ヒドラ)】!」

 

結界が消えてすぐ、五人は持ちうるスキルを使ってボスに怒涛の勢いで攻めていく。ボスを満たしていた光は弱まりはしたが消えたわけではないので、時間を与えればすぐに元に戻るのは明白だ。

 

「さらにオマケっす!【雷命絶交】!」

 

ベルベットは紅くスパークする雷を纏った右拳を地面に叩きつけると、そこから放電するように紅い雷撃が炸裂する。同時にベルベットのHPが半分ほど持っていかれるが、紅い雷撃を受けたボスはダメージと共に大きく弱体化する。

 

「【炎神燃焼】!」

「【水神蒸発】!」

 

そこにミィとサリーが炎と水を爆発させ、ボスのHPを一気に刈り取る。五人の攻撃に耐えきれずにHPを全損させたボスは、背後の繭と共に溶け込むように消えるのであった。

 

「ふぃー、何とか勝てたよ」

「そうだな。正直、このメンバーで挑めて良かったと思っている」

「そうだねー。いつものメンバーだと負けないにしても厳しかったかなー」

「そうっすんん、そうですね。後半のあれは本当に予想外でしたので」

「この情報は共有した方がいいかな。なんというか……嫌な予感がするから」

 

強化モンスターと関係が深いダンジョンであることと時間も差し迫っていたことから、五人はここで探索を切り上げて拠点へと帰還するためにダンジョンの外へ出るのであった。

 

 

 




「前座のモンスターも、中々に凶悪な仕様になりましたね」
「ああ。本命にも実装した、ギミックを解除しないといけない無敵モードは存在するだけで凶悪だからな」
「悪魔は配下を倒さないと、瓦礫の竜は特定の攻撃で玉を破壊しないと攻撃を通せないからな」
「まさにイベントのラスボスに相応しい仕様だよね!」

イベント前の運営の図。

二日目の【楓の木】のメダルの合計獲得数、15。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

嫌な予感は当たるものである

てな訳でどうぞ。


コーヒー達が拠点に帰還すると、北の探索組以外は全員帰還していた。

 

「皆も帰ってきていたんだな」

「ああ。メダルは全部で七枚だな。そっちは何枚だ?」

「一枚だけだな。他の組は?」

「私達も一枚ずつだ。つまり……」

「北組が二枚も手に入れたってことだね」

「「「さすがメイプルさん達です!!」」」

 

情報の擦り合わせでメイプル達がメダルを二枚手に入れた事が判明し、メイプルを慕っている極振り三人衆は目を輝かせて称賛する。

 

「まさか二日目でメダルが十枚に到達するほど集まるとは思わなかったぜ」

「そうですね。最後まで生き残って十枚に到達できれば良いと思ってましたから」

 

ドレッドとミザリーが得られたメダルの数に笑みを浮かべる。何せ同盟を組んでから得られたメダルの数は八枚なのだ。最低でも全員が金のメダル一枚得られるのはかなり大きかった。

それから少ししてメイプル達も帰還し、今回の探索で得た情報を共有していく。その中で特記すべき情報はやはり強化モンスターと関わりが深い二つのダンジョンにいたボスであった。

 

「私達の組とCF達の組が入ったダンジョンにいたボス……明らかに異質ね」

「ああ。どちらも攻撃が通用しなくなるギミックが存在していた。これは普通じゃない」

「もしかしたら前哨戦……のようなダンジョンなのかな。もしそうなら、三日目はそれらの完成形が現れるかも」

 

マルクスのその言葉に、その場にいた全員があり得ると表情を引き締める。どちらのボスも倒れ方に演出が施されており、次がある雰囲気を発していたからだ。

 

「もしそうなら……ギミックでHPが残るかも、しれません」

「その可能性は十分にあり得るな」

「無敵になってからの攻撃は本当に殺意が高かったからねー。一方的な攻撃とか本当に反則だよ」

 

ボス悪魔と実際に戦ったフレデリカはうんざりしたように溜め息を吐く。何せ高威力の防御貫通攻撃を一方的に放ってきたのだ。ミィが奥の手の一つで防いだあの光線も、何かしらのクセが存在している攻撃だと確信できる。そんな理不尽なモンスターの相手は、可能であれば避けたいのが本音であった。

 

「防御貫通もそうだが、オブジェクトを無視する攻撃も本当に厄介だぞ。対処がダメージカットか無効、回避しかないんだからな」

「ああ。それも盾やプレイヤーでさえも素通りしてダメージを与えるなら尚更だな。メイプルはまだしも、俺や体力盾のリアじゅ……クロムには厳しい相手だ」

 

難しい表情で発するクロムとカミュラの言葉通り、盾持ちのプレイヤーには厳しいモンスターだ。メイプルの驚異的なVITと【身捧ぐ慈愛】なら守り切れるだろうが、【身捧ぐ慈愛】のような範囲防御スキルのない二人には無理な話である。

 

「いや、防御貫通よりもその光線の方が遥かに厄介だと俺は思う」

「あたしも同意見だね。オブジェクトを無視できるってことは、洞窟の外からでも攻撃できるってことだからね」

 

ペインとジェラフその指摘に、一同はその可能性に行き着く。もし今その例の光線が壁の向こうから飛んできたとしたら、メイプルの【身捧ぐ慈愛】やサクヤの【聖域の演奏】以外では対処できない。下手をしたら一方的な(なぶ)り殺しである。

片方は高威力の防御貫通、もう片方はオブジェクト無視のすり抜け攻撃。どちらも殺意の高い、厄介極まりない攻撃である。

 

「どっちも手強そうだよね……」

「ああ。それが二体同時に現れるなら、逃げ回るだけでは生き残れないだろう」

「そうなると討伐は必須……ですね」

「二分して討伐できるのがベストなんだが……そうも言えない可能性もある。まずはメイプル達が戦ったボスモンスターの情報を詳しく分析すべきか」

 

ペインの言葉に全員が頷く。幸い、ボスの情報は得られているので色々と考察ができる。その点も含め、危険を承知で探索に赴いたのは正解だった。

 

「例の結界は化物となったメイプルを小さくしたモンスターが作ってたよ。サイズ以外の違いは、胸に不気味な顔のような赤い模様があるくらいかな」

「玉の方は様々なカラーがありました。カラーによって対応できる攻撃と属性が違うので、通用するアタックを増やすにはそのカラーの玉をオールで破壊しないとアウトです」

「個別の登場は……あり得ないな。やはり同時に現れる可能性が濃厚か」

「メイプルやコーヒーが戦ったボスもそれなりに巨体だったみたいだが、フィールドに出てくるならもっと大きくなるかもな」

「ダンジョンの位置から……たぶん、北と南に現れるかも」

 

そうしてボス悪魔とボス瓦礫の情報と考察を共有しつつ、対策を考えていくのであった。

 

「へぇ?勝手にあたしの情報をバラしたんだ?」

「で、でも、サリーとミィもジェラと同じスキルを……」

「それとこれとは別問題だよ、ベル」

 

ちなみにベルベットはジェラフからアイアンクロー付きのお叱りを受ける羽目となった。

 

 

――――――

 

 

―――運営ルームにて。

 

「メダル、大量に持っていかれたなぁ」

「そうですね。でも、あの面々を前提にしてモンスターを組むと倒せる人が数える程度になりますし……」

「徒党を組む前提で調整したけど、四ギルドのトップの同盟は想定外だったな」

 

【楓の木】【集う聖剣】【炎帝ノ国】【thunder storm】に入ったメダルの量を見て運営の面々は眉間を押さえる。特に三つは大規模ギルドでメンバーの実力もそこそこ高い。なので同盟チーム以外でもメダルを手に入れていた。

 

「ギルド共有でなく、パーティーのリンク共有で正解でしたね」

「ギルド共有にしたら、人数の多い大規模ギルドが有利になるからな。誰もが可能性のある楽しいゲームが、このNWOのモットーだからな」

「そしたら小規模ギルドや中規模ギルドとの差がますます広がるからな。利点も残しつつちゃんと調整しないと」

 

大規模ギルドやトッププレイヤーが圧倒的優位にならず、どのプレイヤーにも可能性を与える。口にするのは簡単だが実際にそれを実行に移すのは難しいものだ。

 

「その結果が四ギルドの同盟ですけどね」

「「「「うぐっ」」」」

 

新人のその言葉に、一同は胸を押さえる。今回のリンク機能と二日目の強制転移による分断によって最強同盟が出来上がってしまったのだから、ある意味当然である。

 

「強制転移はある程度ランダムにしてたんだけどな……」

「そこはもう諦めようぜ。もうどうしようもないからな」

「そうだな……エリアボスはどうなっている?」

 

その言葉を受け、運営の一人がモニターを操作してエリアボスの生存状況を確認する。

 

「エリアボスはまだ生き残ってますね。それでも何体かは倒されましたが」

「やっぱり倒されたかぁ……徒党を組めば単体では勝てない相手じゃないからな」

「ですが、想定の範囲内です。これなら、三日目の生存戦は厳しいものとなるでしょう」

 

新人はそう呟くと、二体のモンスターのデータを表示する。その二体の外見データは悪魔のボスと瓦礫のボスが完全体となったような姿である。

 

「どれだけ頑張ってくれますかね?どっちも全体攻撃持ちだけど」

「どちらも一撃KOは不可能にしたからな。仮に片方を倒せても、もう片方が更に大暴れするからプレイヤー達は逃げ回ること間違いなしだ」

 

何せ高威力の防御貫通攻撃とオブジェクト無視の攻撃持ちなのだ。それに加えてダメージを通さない無敵状態がある。HPが存在しても減らせないのであれば、立ち向かおうという気概は起きにくい筈だ。

その結果、プレイヤー達は巨大モンスターの殺意の高い攻撃が飛び交う中で逃げ回ることになるだろうと予想していた。

 

「プレイヤー達が立ち向かう可能性は?」

「そうなったら……諦めよう。まあ、出現は残り一時間になった時だから、二体も倒すのは実質不可能だし」

「理論上は可能だけどね。特別ボーナスも条件は厳しく設定したし」

「事前情報がある前提だけどな。どっちも事前に情報がないとダメージすら与えられないし」

「メイプル組とCF組で事前情報は得てしまいましたがね」

 

どちらにせよ色々と微調整しつつ結果を待つだけだと、運営一同は各難易度の進行を確認するのであった。

 

 

――――――

 

 

交代で警戒しつつ全員がゆっくり休むこともでき、状態も良好なまま三日目の朝を迎える。コーヒーは目を覚ますと共有スペースに赴き、マルクスが設置したスクリーンを確認していく。

マルクスのスクリーンの映像は、昨日の夜で拠点外にも幾つか設置されたので、確認できる範囲が広くなっていた。

 

「監視できるスキルって便利だな。視界が増えればできる事も増えるし……うーむ……」

 

マルクス曰く、設置には時間がかかるようだがそれを加えても便利なスキルだ。こうして敵の存在を事前に察知し、迎え撃てる態勢を整えられるのだから。

コーヒーはスキルについて考えつつ、自身のメニュー画面を開く。メッセージ機能は使えないままだが、マップには青い点と赤い点、紫の点が表示されるようになっている。

 

説明文には青い点がプレイヤーで、赤い点が特殊モンスターを表示していると書かれてあり、紫の点はエリアボスだそうだ。三日目は他のプレイヤーと合流しつつ、モンスター達から逃げるのがメインとなりそうだ。

そうしていると【楓の木】の居住スペースからメイプルとサリーが出てくる。二人も起きて状況を確認しに来たようだ。

 

「あ、コーヒーくんおはよー!」

「おはよ、CF。外の状況はどう?」

「今のところ変わりなし。おかしなもんも映ってない」

 

コーヒーは二人にそう報告する。スクリーンに映る外の映像は相変わらず薄暗いままで、悪魔型モンスターと瓦礫を纏ったモンスターが徘徊を続けている。拠点を襲撃する気配はないが、油断はならない状況だ。

 

「三日目は一日目、二日目と比べて時間が短いのよね。CFの見解は?」

「普通に考えれば、それだけ生存が厳しくなるというメッセージじゃないか?このまま何もなしは絶対にないし」

「大丈夫だよ。皆と一緒に戦えば勝てるよ!」

 

そんな談話を続けていると、他のメンバーも起きてくる。そのまま最後の準備を始めていき、アロックが用意した朝食を各自が取っていく。

そうやって過ごしていると、スクリーンに興味深いものが映った。

 

「あ、サリー!あれっ!」

「ん?あれは……」

 

外の様子が分かるスクリーンの内の二つ。その一つには紫の靄が突如として発生し、もう一つには瓦礫の塊が地面から盛り上がっていく。どちらもしばらくすると、ゲートのような紫の光と瓦礫で作り上げられた塔が出来上がる。

そのゲートと塔から、次々と悪魔のモンスターと瓦礫のモンスターが這い出るように現れると、まるで獲物を探すかのように進み始めた。

 

「あれは昨日言っていたやつか?場所を移動してきたのかよ」

「短慮軽率。すぐに結論を出すべきではない。あれは移動したというより、新たに生み出されたような感じだ。つまり、出現地点が増えた可能性もある」

 

ドラグの考察に対して異を唱えたテンジアの言う通り、場所を移動してきたより増えたと考える方が自然だ。難易度を簡単に引き上げる方法は敵のHPなどのステータスを高くするか、敵の数を増やすかのどちらかだから。

 

「それもそうか。でも、その四字熟語は逆じゃないのか?」

「軽率短慮のことだな。両方とも同じ意味で、どちらで呼んでも大丈夫だ」

「そっちはともかく、あれが後者の方だったら……早いめに外に出た方がいいかもしれないね。一度に対処できる数にはどうしても限りがあるから」

 

コーヒー達がモンスターを複数体を相手取るにはスキルや魔法が必要になってくる。それもそれなりの質がある攻撃でなければ一撃で倒しきれず二度手間三度手間になってしまう。

殺戮(さつりく)の豪炎】や【聖竜の光剣】、【雷神再臨】等の強力なスキルも連発できるものではなく、ジェラフの言葉通り外への脱出も考慮すべきかもしれない。

 

「確かにそうね。この洞窟がモンスターでいっぱいになったら倒しきれなくて困るけど、外なら逃げ―――」

 

頷こうとした瞬間、ぞわっとした悪寒が背中に走ったサリーは咄嗟に後ろを振り向く。その直後、洞窟の壁から一条の白い光線が飛んできた。

 

「なっ!?」

 

サリーは驚きつつも紙一重で躱す。その光線は真っ直ぐ進み、射線上にいたメイプルとミキを撃ち抜いた。

 

「え?」

「あうっ!?」

 

メイプルはその光線に目を白黒させるも、ミキは痛みを覚えたような声を上げる。同時に【身代わり人形】が発動して致死ダメージが無効にされる。

 

「今のはまさか、CF達が言っていた光線か!?」

「メイプル!」

「う、うん!―――慈しむ聖光 献身と親愛と共に この身より放つ慈愛の光を捧げん―――【身捧ぐ慈愛】!」

 

サリーの呼び掛けにメイプルはすぐさま【口上強化】込みで【身捧ぐ慈愛】を発動させる。範囲が広がった【身捧ぐ慈愛】の中にいる限り、他のメンバーが例の光線を食らってもダメージを受ける心配はなくなったが、安心はできない。

 

「例の光線が洞窟の外から撃たれた以上、洞窟内に留まるのは逆に危険だ」

「ああ。メイプルがいる限り大丈夫だが、不意討ち同然の光線は精神的な疲労が大きくなる」

「モンスターの襲撃が本格的になる前に、外に出て昨日決めた場所に向かうべき……ですね」

 

ギルドマスター三名の言葉にその場にいる全員が頷く。こうして一同は洞窟の拠点を放棄して、昨日の内に決めたマップ中央付近の山頂に向かう事が決まるのであった。

 

 

 




オリキャラ紹介。

カミュラ/神代(かみしろ) (あきら)

【炎帝ノ国】所属の大盾使い。
性格は路上のカップルに憎悪の念を抱くほどに捻くれた性格。本人はモテたいと常日頃思っているが、鋭い目付きと近寄り難い雰囲気によって叶わぬ願いとなっている。
大盾を選んだ理由も、女性を守ればリア充の仲間入りが叶うという不純なもの。最初は一般的な大盾使いであったが、第二回イベントで手に入れたスキルをコピーできる大盾を手に入れたことでトッププレイヤーの仲間入りとなった。(但し、本命は叶っていない)

モチーフとなったキャラはGVのアキュラ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二体の巨大モンスター

てな訳でどうぞ。


拠点である洞窟の放棄を決定した一同の行動は早く、大急ぎで居住スペースを構築していたアイテムを回収していた。

 

「メイプルの近くでしか回収できないのが地味に面倒だな」

「仕方ありませんよ、シン。壁の向こうから来る光線は予兆を掴めませんし、実際……」

 

ミザリーがそう呟いた瞬間、すり抜ける光線がミザリーの身体を貫く。ダメージはメイプルの【身捧ぐ慈愛】のおかげでゼロである。

 

「範囲防御がなければ、一方的にやられるだけですから」

「本当にこの光線は防御貫通より厄介だよ……ダメージ無効じゃないと防げないんだから……」

 

マルクスは深い溜め息を吐きながらもアイテムを回収していく。アイテムを回収する間もモンスターが襲撃してくるが……

 

「【凍てつく大地】【重力の軋み】【星の鎖】」

「【幻ノ武器・斧】【魔力補強】【範囲拡大】【地割り】」

「弾けろ、【スパークスフィア】!砕け、【崩雷】!」

「同時照射せよ、【多重光砲】!」

「引き摺り込め、【ダークホール】!」

「飛ばせ、【爆炎】!爆ぜろ、【炎帝】!」

 

ヒナタがデバフをばら蒔いてモンスターの動きを封じ、そこに魔導書を展開し紫のカードを掲げたカナデが宙に浮く不気味な斧を作り出すと、ドラグと同じスキルを放ってモンスターの動きをさらに阻害していく。

 

そんな動きを封じられたモンスターに、コーヒーとフレデリカ、シアンとミィの四人が魔法を放って駆逐していく。この状況では遠距離攻撃でなければならず、近接には持っていけないのである。

 

「俺のスキルまで使えるのかよ。だが、強化しないと十分な性能を発揮できないみたいだな」

「まぁね」

 

【地割り】を持っているドラグの言葉に対し、カナデは肩を竦めて返す。【幻ノ武器】はMPを消費することで使い捨ての武器を作り出せるスキルだが、対応するスキルの威力と効果、範囲が減少してしまうスキルである。それでも特定の武器でないと使えないスキルも使うことができるようになるスキルなので、強力であることに違いないが。

 

「あの光線が防御貫通でないことが救いだな。防御貫通まであれば、本当に打つ手がないに等しいからな」

「そうね。まあ、その悪夢をできる人物がいるけどねー?」

 

イズはそう言ってコーヒーに視線を向ける。匣を携えているコーヒーはその視線を無視するように顔を明後日の方向へと向けている。

 

「あれ、装備のスキルかな?あれが取得可能なスキルとは考えにくいんだけど……」

「あの匣が光線から音波に変わった時、CFは自身のパネルを操作してたっすけど……」

「前言撤回。あれは装備のスキルじゃないね。装備のスキルなら、そんな手間無しで変えられる筈だし」

 

装備のスキルに対してそれなりに認識が深いベルベットとジェラフは、【遺跡の匣】が所持系統のスキルの可能性の方が高いと判断する。そんな会話をしながらも、アイテム回収の手は緩めていないが。

 

「またモンスター……うえっ。虹色の玉が見える瓦礫モンスターだ」

「虹色は確か魔法に耐性があるモンスターだったな」

「しかも飛行タイプか……アロック、頼んだ!」

「了解した」

 

クロムの呼び掛けに機械人形と共にアイテムを回収していたアロックは右腕が砲身になっている機械人形を操って瓦礫モンスターを爆撃で撃ち落とす。コーヒーも二丁クロスボウで次々と矢を放ち、四条のすり抜け光線を放てるようになった匣と共にダメージを与えていく。

 

「援護するよ、【闇の監獄】【冰海(ひょうかい)の鎖】」

「【鎧の亀裂】【脆き氷像】」

「【病魔の呪音】」

 

そこにカナデが行動を阻害するスキルでモンスターの動きを封じ、ヒナタがデバフをばら蒔いて防御力を落とし、サクヤが増幅してさらに防御力を落とす。モンスターの中にはバフをかけてくる悪魔もいるが、ヒナタとサクヤによるデバフの前には意味をなさない。

 

「私からのプレゼント、よっ!」

 

イズも爆弾を投げてモンスターを吹き飛ばし、コーヒー達と共にモンスターを迎撃していく。

 

「何とかモンスターの襲撃を捌けているが……」

「行動範囲が限られている中で対処するのは、かなり面倒だよな」

「暗中模索でないだけマシだろう。おかげ精神的な余裕があるからな」

 

そうして次の襲撃が来る前にアイテムの回収を終えると、一同は脱出の為の迎撃態勢を整える。

マルクスの入口付近の映像を映し出すスクリーンで襲撃を察知し、事前に態勢を整えていたので特に苦戦することもなく容易く殲滅する。

 

「今だね!」

「急いで脱出するよ!」

 

サリーのその言葉で、一同はコーヒーが【ワイルドハント】で召喚した舟の上へと乗っていく。四、五人くらいしか乗れない大きさではあるが、六隻用意したので全員が舟の上へと乗り込める。

 

全員が舟の上へと乗り込んだことを確認すると、コーヒーはメイプルが乗っている舟を列の中央にして外へと向かっていく。脱出中も例のすり抜ける光線が飛んでくるも、プレイヤーを狙っているおかげで舟には当たらず、【身捧ぐ慈愛】によってダメージも入らない。

 

無事に洞窟の外へと脱出すると、舟から巨大化したジベェに乗り換えて山頂へと向かっていく。空を飛べるモンスターがジベェに群がるも、遠距離攻撃を放てるメンバーが逐一撃ち落としていく。

 

「やっぱり山頂にもモンスターが蔓延っているか」

「ジベェ、【津波】ー」

 

目的の山頂にも特殊モンスター達が徘徊していたが、ジベェの【津波】によって一気に流されていき安全地帯が確保される。そこにジベェが着陸し、乗っていた者達は一斉に降りていく。

 

「ここなら一先ず大丈夫だよね!」

「うん。異変が起きてもすぐに気づけるからね」

 

薄暗くはあるが、開けた場所とあって周りの様子が把握できる。何か異様なものが見えれば、すぐに反応することもできるだろう。

 

「私とマルクス、ミキの三人で少しだけ罠を設置してくるわ。無抵抗でそばまで近寄らせるわけにはいかないからね」

「うん……クリアがいればある程度は安全だから……」

「なら、俺もついてくぜ。いざと言う時に逃げられるからな」

 

ドレッドが護衛となり、イズとミキ、マルクスの三人は迎撃の為の罠の設置に向かっていく。マルクスの相棒のクリアは対象を透明にするスキルを使え、ドレッドの相棒のシャドウは影を利用した安全圏からの離脱が可能だ。なので何かあればすぐに戻ってくるだろう。

 

「……やっぱり赤い点が増えていってるな。対して青い点は徐々に減ってるし、紫の点は変わらずだな」

「そうね。やっぱり逃げ回っているプレイヤーが多いね。二ヵ所ほど、青い点が固まって迎撃しているみたいだけど、それ以外は動きが激しい」

 

マップを確認したコーヒーとサリーの言葉通り、東と西で青い点が纏まっている場所がある。おそらく、強力なプレイヤー同士が徒党を組んでいるのだろう。

 

「できれば特殊モンスターを狩りに行きたいけど……相手次第じゃ詰みになりかねないのよね」

「赤い点だけじゃ種類まで判別できないからね。瓦礫の特殊モンスターは避けるのが前提になるし」

「それに昨日予想した巨大モンスターの存在もある。今は我慢して温存しておくべきだろう」

「大丈夫!どんなモンスターが来てもしっかり守るから!」

 

メイプルはそう言ってグッと大盾を掲げる。そんな頼もしいメイプルの姿に、その場にいた一同は笑みを浮かべるのであった。

 

 

――――――

 

 

イベントフィールドの西エリアにて。

 

「【ビルドアップ】!【竜王脚】!」

「【紆余曲折】!照射せよ、【レイ】!【連続起動】!」

 

比較的見通しの良い場所で胴着に身を包んだ筋骨隆々の男性が空中からの地面への飛び蹴りで瓦礫モンスターを吹き飛ばし、青いローブに身を包んだ背が低い男の娘が光線をビームのように幾つも放って悪魔モンスターを薙ぎ払っていく。周りのプレイヤー達もそれぞれの持ちうるスキルを駆使して襲いかかるモンスターを倒していく。

 

「ししょー!襲撃してくるモンスターの数が多すぎるよ!」

「むぅ。これほど多いとタイマン勝負ができん。だが、この逆境を乗り越えてこそ、真の(おとこ)だ!【不退転】!【怒号砕】!!」

 

胴着の男はそう高らかに宣言すると、裏拳の要領で衝撃波を放ってモンスター達を吹き飛ばす。見事な脳筋発言であるが、それが通用しているから余計に質が悪い。残念なことに間違いとも言えないが。

 

「やはり篭れる洞窟を探した方が……」

「それはあの瓦礫モンスターの放つ光線で危険だって分かってるよね!?下手したら嬲り殺しだよ!【クロックアップ】!【魔導の門】!【霊力還元】!放て、【フレアレーザー】!」

 

炎の熱線でモンスター達を薙ぎ払った男の娘の言葉通り、あのオブジェクトをすり抜ける光線の危険性を警戒して外で迎撃することを選んでいる。洞窟内ではモンスターの物量次第では逃げ切れず、外からの光線で討たれる可能性が濃厚だからだ。

無論、意見したプレイヤーもそれは理解している。だが、洞窟内への避難を考えてしまうほど戦闘が激しかった。

 

「ししょー!一度場所を変えようよ!【マジックタワー】!【増設】!」

「何を言う!今逃げるのは愚の骨頂!判断はモンスターの強化時間が来てからだ!【我が花道】!【範囲拡大】【大地の憤怒】!」

 

二人は話し合いをしながらも手を緩めることなく、モンスターを撃退していく。結局はその場に留まり続けてモンスターの群れを迎撃していく。

そしてついに、最後のモンスター強化時間を迎える。

 

「……ウソだよね?」

「中々に巨大なモンスターだな。どちらも戦い甲斐がありそうだ!」

「イヤイヤししょー!?あれはさすがに無理だよ!遠くから見ても明らかに無敵オーラを放っているから!」

 

男の娘の言葉通り、北と南の両方に現れた姿形の異なる巨大モンスターは、どちらも出現して早々に守りのようなものを展開している。挑もうにも勝負になるかすら怪しい相手だ。

北の巨大モンスターはいくつもの手足と翼を持った顔のない悪魔で、紫の炎を体の所々で纏っている。南の巨大モンスターは瓦礫が四足の翼のない竜の形を取っており、身体の随所に砲身を覗かせている。

 

多くのプレイヤー達が明らかに普通でない二体の巨大モンスターに恐れ戦く中、北の巨大モンスターは紫の炎を、南の巨大モンスターは白い光を互いに向かって放つ。

紫の炎と白い光がぶつかり合い、爆発と閃光を放つ。光が収まると、空から巨大な紫の火球と極太の白い光の柱が降り注いだ。

 

「む!?奴らの攻撃がこちらに飛んできたぞ!【活力強化】!【地脈の恵み】!」

「見れば分かるって!【星城の防壁】!【重複】!」

「「「「【大規模魔法障壁】!」」」」

 

何重にも展開された障壁が紫の火球と白い光の柱を受け止めようとするも、紫の火球は障壁を紙のように突き破っていき、白い光の柱は障壁など存在しないと言わんばかりにすり抜け、その場にいたプレイヤー達を吹き飛ばしていく。

大地が燃える炎に包まれる中、生き残ったのは活躍していた二人を含めた数人だけであった。

 

「凄まじい飛び火だったな。モンスターながら見事!」

「誉めてる場合じゃないよししょー!このままじゃ一時間ももたないよ!」

 

―――イベントフィールドの東エリアにて。

 

「何とか逃れられたね。でも……」

「ええ。今のが何度も来られると、最後まで生き残れるか怪しいですね」

「全くだね。巨大モンスターが二体とか……運営の悪意を感じるよ」

 

弓を背中に背負った狩人の男性とメイド服の女性の言葉に対し、位高い服装のプレイヤー―――ジエスが呆れたように呟く。彼ら以外にも生き残ったプレイヤーはいるが、それも数える程度でしかない。

 

「一番確実なのはあれらを倒すことだけど……どうする?」

「あの結界と七色のオーラに嫌な予感を感じますが……このままというわけにもいかないでしょう。ウィル、狙えますか?」

「北のモンスターならギリギリかな?リリィ」

 

ウィルと呼ばれた男性はリリィと呼んだ女性にそう返すと、リリィは頷いて返す。それを見たウィルは矢と弓を構えた。

 

「【王佐の才】【戦術指南】【理外の力】【賢王の指揮】」

「【助言】【朱の光明】【王の威光】」

「研ぎ澄ませ、狙撃必倒(スナイプ)。【引き絞り】【ロングレンジ】【渾身の一射】」

 

リリィとジエスはウィルにバフをかけると、ウィル自身もスキルで強化してから矢を放つ。放たれた矢は真っ直ぐに北の巨大モンスターに飛んでいったが、巨大モンスターを覆っていた結界によって弾かれてしまった。

 

「やはりダメージが与えられませんか」

「あの結界がある限り、勝負にすらならないね」

「それに加え……」

 

リリィがそう呟いて視線を向けた先には、悪魔のモンスター達が群がるように迫ってくる。反対側からは瓦礫のモンスター達が迫っているので、まさに挟み撃ちである。

 

「「【クイックチェンジ】!」」

「【霊装・紅弓】!」

 

ウィルは執事服に、リリィは髪色まで変わった鎧姿へと変わり、ジエスは紅の弓を作り出して同じく紅の矢を四本つがえる。

 

「君臨せよ、廃材の玉座(ジャンクスローン)。【我楽多の椅子】【命なき軍団】【玩具の兵隊】【水晶の尖兵】」

「【王佐の才】【戦術指南】【理外の力】」

「世界を照らせ、黄金の黎明(ゴールドトリリオン)!【太陽の雛鳥】【駆け抜ける灼光】【閃光ノ霊弓】!」

 

リリィはガラクタで作られた椅子の上に座ると、大量の機械人形と結晶人形を召喚して悪魔の群れを迎え撃ち、ジエスは無数の炎の鳥と共に倍となった矢を閃光の如く放って瓦礫の軍団を撃ち抜いていく。

 

「瓦礫モンスターの方は頼みますよ、ジエス」

「オーケー、リリィ。アイツらは君との相性が最悪だからね。ウィルバードもサポートを頼むよ」

「ああ。普段はリリィだけだが、しっかりサポートするよ」

 

最後まで生き残る為、三人を筆頭に他のプレイヤーも奮起して特殊モンスターの迎撃に立ち上がっていく。

そんな中、巨大モンスターに挑む者達が近寄っていくのであった。

 

 

 




オリキャラ紹介。

レイド/河村レイカ

【集う聖剣】所属の蛇腹刀使い。大人。
普段から鬼のような仮面で顔の上半分を隠しており、堂々した佇まいをしているが、本来はかなりの恥ずかしがり屋。元々は人見知りを直す為にVRゲームを始めたのだが、仮面で顔を隠している時点で無意味となっている。
ちなみに金髪はハーフなので地毛。体のスタイルは標準。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

北の悪魔

てな訳でどうぞ。


強化時間に入った瞬間、北エリアからは紫の炎が、南エリアからは白い光が空に向かって噴き上がる。その地点の数は数十に及び、特殊モンスターが存在している。

炎と光はそれぞれ一点に集中していき、巨大なゲートを作り出す。そこから、巨大なモンスターが悠然と姿を現した。

 

「やはり出てきたか」

「明らかに完成形っすね。サイズも段違いですし、明らかにヤバそうっす」

 

ベルベットのその言葉通り、巨大なゲートから現れた巨大モンスターはどちらも全長が百メートルあるのではないかというくらい大きい。悪魔の方は不揃いだった手足がしっかり統一され、瓦礫の竜は大砲などの砲身が身体のあちこちから覗かせている。

 

巨大モンスター達は巨大ゲートから完全に抜け出ると、互いに威嚇するように甲高い咆哮を上げる。悪魔の方はモンスターが新たに召喚されるとほぼ同時に自身を覆うように紫の結界を作り出し、瓦礫の竜は何処から飛来した無数の玉が身体に張り付くと七色と表現すべきオーラを全身から放っていく。

 

「ちょっ!?最初から無敵状態!?一番当たって欲しくない予想が大当たりなんですけど!?」

「予想は出来ていたが、最初から完全無欠は凶悪だな」

 

出現早々で無敵状態となった二体の巨大モンスターは、自身の口を開くとそれぞれ炎と光を充填するように溜めていく。数秒足らずで充填が終わったらしい炎と光は、巨大なブレスとして互いに向かって放たれた。

 

「メイプル!」

「う、うんっ!」

 

そのブレスに嫌な予感を覚えたサリーの意図を瞬時に察したメイプルは頷くと、装備をHP重視の大天使装備へと変更する。炎のブレスと光のブレスは正面から激突して弾け飛ぶと、まるでプレイヤーを狙い撃ちするかのように紫の火球と白い光の柱が大量に降り注いでいく。

 

「癒せ、【ヒール】!」

 

シアンが大天使装備となったメイプルのHPを全快させると、メイプルは迫り来る火球と光の柱を見据える。

 

「【イージス】!」

 

火球と光の柱が直撃する直前で光のドームが形成され、凶悪な火球と光の柱のダメージを完全に無効化して守りきる。

 

「アース!【大地制御】!」

 

ダメージを無効化しても燃え続ける大地に、ドラグが相棒のアースに指示を出して燃え盛る地形を元に戻していく。地形ダメージが貫通ダメージかは不明だが、放置していれば確実にメイプルにダメージを与えてしまうからだ。

 

「センキューです、メイプルさん」

「どういたしまして!でも……」

 

お礼を告げたサクヤにメイプルは快く返事を返すもすぐに表情を曇らせる。【イージス】は連発できないスキルなので、クールタイムが終わる前に同じ攻撃が来たらメイプルでは防ぐことはできない。サクヤの【聖域の演奏】なら守れるが、メイプルの【イージス】より範囲は狭い上に回数に制限がある。

 

「特殊モンスターからの炎と光が、巨大モンスターに吸い込まれるように充填されていってるね」

「それに加え、攻撃を放ちながら移動しているな」

 

レイドがそう呟く通り、巨大な悪魔は紫の魔法陣から炎の塊を放ち自身も口からブレスを放っている。瓦礫の巨竜も移動しながら全身から白い光線を薙ぎ払うように放っており、どちらも殺意が高いのは一目瞭然だ。

 

「やはり討伐しなければならないか」

「ああ。このままでは間違いなく生き残れない。生き残るには、あの二体の討伐は必須だ」

「巨大モンスターの通常らしき攻撃も凶悪っすから、逃げるだけじゃ限界が来るっす」

 

ペイン、ミィ、ベルベットは意を決した表情で告げる。防御貫通とオブジェクト無視のコンボの前には、闇雲に逃げ回るだけでは疲弊して討たれてしまう。それを改めて痛感したからだ。

 

「だが、そう簡単にはいかねぇぞ。あっちの配下の数、飛んでる奴もいるしかなりの数になるぞ」

「ああ。この分だと向こうの玉の数も、シュガーパウダーなみだろうな」

「下手に分散できない以上、集中的に倒すしかない……か」

 

遠目で確認できる範囲であるが、巨大な悪魔の周りには、昆虫の羽を背に生やした暴虐メイプルモドキが飛んでいる。その暴虐メイプルモドキの胸に例の模様が描かれており、結界構築の特殊モンスターであることは確実だ。

瓦礫の巨竜もあの巨体からして、相当な玉の数があると見ていい。今この場にいるメンバーを分けて挑むのは、無謀となる可能性が高かった。

 

「メイプル。【黄金劇場】でどっちか片方を転移させられる?」

「う~ん……説明欄を見た限り、【黄金劇場】は今回のようなイベントフィールドの時は特殊仕様に変わるみたい」

「どんな感じに?」

「フィールドそのものが構築される感じかな?専用フィールドへの転移ができないだけで、効果はそのまま通用する感じ」

 

どうやら【黄金劇場】は今回のイベントでは隔離はできないようである。それでも無駄に終わらないだけマシだろうが。

 

「それなら昨日の取り決め通り、悪魔の方から先に倒そう。結界を消せれば、メイプルの奥の手が使えるから」

「なら、僕とミキが最初に仕掛けるよ。とっておきを使ってね」

 

カナデはそう言って一冊の魔導書を取り出す。ミキも加わるのなら、間違いなくジベェの【津波】が関わっているだろう。どちらにせよ時間に猶予がない為、カナデの奥の手に期待して全員が巨大化したジベェの背中に乗って巨大悪魔の下へと向かっていく。

 

近づくにつれ、そのサイズの凄まじさに徐々に圧倒されていく。地上から近づけば、踏まれるだけで倒されてしまいそうな程だ。それも結界によって潰れるより先に弾かれるだろうが。

 

「それじゃ、【鉄鋼液】を使うねー」

「ダメージカットのバフも、念のためにかけておきますね」

「この場の生命線はメイプルにかかってるからねー」

「ありがとう!」

 

巨大悪魔の攻撃範囲に入ってすぐ、メイプルに【鉄鋼液】を使って防御貫通を無効化する。ミザリーとフレデリカも念には念を入れ、メイプルにバフをかけて万が一に備える。

そうして巨大悪魔の攻撃が効かなくなって近づいていく一同。空を飛ぶ配下のモンスターの姿がはっきり捉えられるようになったところで、カナデが魔導書を開く。

 

「それじゃ、いくよ―――【ミラージュロイド】。ソウも【ミラージュロイド】からの【パンデミック】」

「「「【パンデミック】!」」」

 

カナデは自身に擬態したソウにも同じスキルを使わせ、自身も含めた八人のカナデの身体から不気味な粒子が空気を侵食するかのように放たれる。

 

凶悪なデバフを広範囲にばら蒔く、本来は1日一回のみの魔法【パンデミック】。【ミラーデバイス】によって十冊ほど保存できており【ミラージュロイド】とソウのおかげで比較的使えやすくなっているにも関わらずなぜ今まで使わなかったのか。それは代償で自身も同様のデバフにかかるからである。それも特殊な強化分も含めて。

 

その自身も弱体化する凶悪なデバフの粒子に触れたモンスター達は一斉に弱体化する。なにせ八重のデバフを叩き込まれたのだ。結界によって守られている巨大ボス以外は無事で済むわけがない。

 

「これで周りのモンスターは倒しやすくなったよ。それじゃミキ、頼むよ」

「了解ー。ジベェ、【大津波】ー」

 

マップ情報で周囲にプレイヤーがいないことを確認していたミキは、ジベェに指示を出して特大の津波を放つ。まるで空を覆うかのような今までの【津波】よりも巨大な津波。その特大の津波によって巨大悪魔の周りにいた配下のモンスター達は一斉に波に呑み込まれ、流されながら光となって消えていく。

 

「結界が消えたよ!」

「それじゃ、すぐにアイツのところに行くよ―――【瞬転符】!」

 

結界が溶けるように消え去ってすぐ、ジェラフが一枚の護符を巨大悪魔に向かって投げ飛ばす。護符は巨大悪魔の頭部に張り付いたのを確認したジェラフは、メイプルの腰に手を回すと共にその場から消え去る。二人が次に現れたのは、巨大悪魔の頭の上であった。

 

「おおー!本当に一瞬で移動したよ!」

「感心するのは分かるけど、今は早く例の奥の手を使ってほしいかな」

「あ、ゴメンね!」

 

メイプルはジェラフに謝ってすぐ、装備をいつもの漆黒の装備に戻して奥の手の一つであるスキルを発動させる。

 

「我が才と情熱を見よ 我を讃える万雷の喝采を聞け 我が摩天は至上の美 輝き照らすは至高の光 舞い散る華は愛の薔薇 降り注ぐは遥か彼方で煌めくステラ 公演は舞台の幕が降りるまで終わらず 観客は退席も許されぬ 燃え上がる情熱と唯一無二の才に()り 咲き誇る華と共に此処に開演せよ―――すべてを蹂躙する終焉城塞の命で開け!【黄金劇場】!」

 

【口上詠唱】込みで【黄金劇場】を発動すると、巨大悪魔を囲うように半透明な黄金の劇場が展開される。薔薇の花弁は舞い、【黄金劇場】の効果で巨大悪魔のSTRとINTが半減する。

 

「【皇帝権限】!【影ノ女神】!」

 

メイプルは直ぐ様【皇帝権限】を使い、無敵モードである【影ノ女神】を発動させる。漆黒の花嫁姿となった死神メイプルはそのまま巨大悪魔に影の剣を突き立てる。

即死が発動して一気に減る巨大悪魔のHP。しかし、それは半分となったところで停止する。

 

「!?」

「まずっ、【空御力】!」

 

死神メイプルは驚きの雰囲気を発する中、ジェラフはギミックによる耐えと見抜いてすぐに空中を駆けて離れていく。今のメイプルならどんな攻撃が来ても大丈夫だが、ジェラフはそうではないからだ。

 

その判断は間違いではなく、巨大悪魔は咆哮と共に紫の炎を解放するように周りに放って死神メイプルを自身の頭の上から吹き飛ばす。同時に紫のゲートが周囲に展開され、そのゲートから先ほどの結界を構築する配下の悪魔達が這い出るように現れていく。

 

「また無敵モードに入るつもりだね!太郎丸、【覚醒】!【幻葉】!」

 

全部は倒せないまでもバラける前に削るべきだと判断したジェラフは太郎丸を呼び出すと、道中に半透明な自身の分身を残しながら後ろの方へと向かいつつ、鞘に納まった刀を腰だめに構えていく。

 

「太郎丸、【刻葉】!【追従の双葉】!【颪刃(おろしやいば)】!【連なる風】!【範囲拡大】!【抜刀奥義・天津風(あまつかぜ)】!!」

 

確認できるゲートの位置の中央に近い場所でジェラフはスキルを連続で発動し、抜刀と同時に円状の斬撃を幾つも飛ばす。半透明なジェラフ達も同様の斬撃を飛ばし、配下の悪魔達を斬り飛ばしていく。

 

「【七ノ風・飄風(ひょうふう)】!」

 

刀を納刀してさらに追加ダメージを与えるも、配下の悪魔達はジェラフの猛攻を耐えて生き残っており、そのまま新たな結界を構築してしまう。

 

「やっぱり削り切れなかったか。けど……」

 

猛攻を耐えられたにも関わらず、ジェラフの顔はそこまで深刻ではない。なぜなら、この場にいるのは一人ではないからだ。

 

「レイ、【流星】!【範囲拡大】!【日輪ノ聖剣】!」

「【稲妻の雨】!【嵐の中心】!【落雷の原野】!【雷公爵の離宮】!」

「舞え、【雷旋華】!揺らめけ、【遊雷星】!」

「【崩剣】!ウェン、【風神】!」

「呑み込め、【焔波(ほむらなみ)】!」

 

光を纏って突進するレイの背中に乗ったペインが周りの炎を吸い上げたような烈火の斬撃を放ち、コーヒーが操る舟に乗ったベルベットが大量の落雷を降り注がせ、コーヒーもドーム状の雷撃と周囲を漂う雷球で援護する。ミィのイグニスに乗ったシンが無数の剣と風の刃で斬り刻み、ミィも炎の波を放って新たに出現した悪魔達を殲滅していく。

 

「「【ピアースガード】!【マルチカバー】!」」

 

当然悪魔達も黙ってやられるわけもなく、紫の火球を放って反撃してくる。コーヒー達は火球を(かわ)して逃れ、ジベェに向かった火球はクロムとカミュラが防御貫通を無効にして受け止めていく。

 

「輝け、【シャイニング】!」

「「彼方の敵を攻撃せん―――【飛撃】!」」

「数多で穿て、【多重水槍】!ノーツ、【輪唱】!」

 

ジベェの背中にいる極振り三人衆とフレデリカも攻撃を放って配下の殲滅に加わり、死神メイプルも走り回りながら影の剣を振るって地上の配下を倒していく。

 

「あ!?」

 

しかし、結界を構築していた配下の数が多かった為、一分以内では殲滅しきれずに【影ノ女神】は解除されてしまう。

 

「我は妖と鬼の頭領 我が呼び掛けに応えて此処に集え―――【百鬼夜行】!【皇帝権限】!【口寄せの術】!」

 

メイプルはすぐさま通常の方法で二体の鬼を召喚し、【皇帝権限】も使って本来は召喚できなくなっている黒の巨大蛙も召喚する。

 

「お願い!」

 

メイプルの指示を受けた二体の鬼はその金棒を振るって配下の悪魔達を吹き飛ばし、黒の巨大蛙が吹き飛ばされた悪魔達を次々と頬張るように補食して倒していく。

 

「本当にメイプルは何でもありだね……【疾風迅雷】!【三ノ風・九十九飄(つくもはやて)】!」

 

ジェラフはメイプルに苦笑しつつも、スキルを発動して駆け抜けながら配下の悪魔達を切り裂いていく。

 

「滲む混沌 出でるは猛毒の化身 三首の顎ですべてを穢さん―――【毒竜(ヒドラ)】!」

 

さらにメイプルがだめ押しとばかりに【毒竜(ヒドラ)】を放ち、ボロボロだった配下の悪魔達を毒に沈めていく。毒に沈められた配下達が光となって消えた瞬間、巨大悪魔を再度囲っていた結界は再び溶けるように消えていくのであった。

 

 

 




「【黄金劇場】等の別フィールド転移スキルの特殊仕様の調整は終わったか?」
「おう。終わったぞー」
「これで隔離や避難で利用される心配はないな。PvPイベントならまだしも、今回のようなイベントでは不平等になるからな」
「そのおかげでデスマーチでしたけどね」
「別にいいではありませんか」

一部のスキルの特別調整を終えた運営の図。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

猛る紫炎

てな訳でどうぞ。


二度目の結界が解除されてすぐ、攻撃を仕掛けたのはメイプルであった。

 

「赤鬼さん、お願い!」

 

メイプルの指示を受けた赤鬼は金棒を振りかぶり、そのままゴルフの要領でメイプルを巨大悪魔目掛けて打ち飛ばす。飛ばされたメイプルはいつもの大盾を正面に構え、いつぞやの悪食キャノンと化してそのまま巨大悪魔の脚の膝を喰い飛ばして抜けていく。

【悪食】によって膝から下を失った巨大悪魔はそのままバランスを崩し、がくりとその場に崩れ落ちる。

 

「【水の道】!【氷結領域】!」

 

巨大悪魔が倒れてすぐにサリーは水の道を作り出すと、それをすぐさま氷結させて誰でも通れる氷の道へと形を変える。

 

「「【超加速】!」」

「「【疾風迅雷】!」」

「同時に速めよ、【多重加速】!」

「ルル、【コピーマジック】!」

 

その氷を道を妖刀を抜いたカスミとテンジア、レイドとドレッドの四人がスキルで加速しながら走り出し、フレデリカもバフをかけてさらに速度を上昇させ、カミュラもルルに指示を出して同じ魔法を使わせる。

 

「シャドウ、【覚醒】【影壁】」

「【氷壁】【重力操作】」

 

巨大悪魔は紫の魔法陣を展開して無数の火の球を四人に放つも、シャドウが生み出した影の壁とヒナタが作り出した氷の壁で襲いかかる火の球を一時的に受け止めて防ぎ、そのままヒナタのスキルで四人を上へと飛ばして火の球から逃していく。

 

「好きにはさせないっすよ!【極光】!」

「【感電符】!」

 

膝から下が傷だらけの状態になって巨大悪魔はようやく立ち上がるも、ベルベットが放った雷光の柱と降り続ける落雷、ジェラフが投げ飛ばした何枚もの札によって巨大悪魔は痺れたように再び崩れ落ちる。

 

「迸れ、蒼き雷霆(アームドブルー)!唸るは雷鳴 昂るは信念の灯火 雷鐘響かせ威厳を示さん!瞬け、【ヴォルテックチャージ】!輝くは不屈の雷光 残響する雷吼は反逆の証 汝を縛る雷鎖は因果を砕く理 迅る雷撃は軛となりて駆け巡る 絡み捕らえる雷電は暗雲をも吹き飛ばす 閃き煌めく天雷よ 雷呀の鎖と為りて一切合切を打ち砕け!―――蒼き雷霆の限界を超えて迸れ、【リベリオンチェーン】!」

 

そこにコーヒーが大幅に強化した雷の鎖を放って巨大悪魔の身体と手足を縛り上げ、物理的にも動きを封じ込める。巨大悪魔は鎖から逃れようと暴れるも、千切れる様子は微塵もない。

 

「【武者の腕】!」

「ヴォル、【雷鳴の加護】!」

「【氷凍剣】!」

「シャドウ、【影の群れ】!」

 

カスミは武者の腕を呼び出し、レイドは目を水色に光らせる。ドレッドもシャドウに指示を出して何体もの影の狼を呼び寄せる。

 

「同時に力を増せ、【多重増力】!【戦いの歌】!」

「亡、【胡蝶】!【虚脱の人魂】!【病魔の呪音】!」

「【凍てつく大地】【災厄伝播】【脆き氷像】【死の足音】」

 

四人が走りながら攻撃準備を整える中、フレデリカはバフを放ってカスミ達を強化し、サクヤとヒナタはデバフを放って巨大悪魔を弱体化させていく。

 

「あれはマスコット、あれはマスコット、あれはマスコット……」

 

……サリーが顔を俯けてぶつぶつ呟いていたのは軽く恐怖であったが。

 

「フェイ、【アイテム強化】!」

「うぉらぁ!!」

「そら!」

「「えーいっ!!」」

 

ドラグとクロムはもちろん、ユイとマイも何もせずにいられるわけもなく、イズがその場で作った爆弾を全力で投げ飛ばして攻撃に参加していく。ちなみに今度用意した爆弾は投擲距離が倍となる、製作費五桁の特殊爆弾だ。

 

「ジベェ、【渦潮】ー」

「クローネ、【龍砲展開】!」

 

ミキとアロックも自身の相棒に指示を出して巨大悪魔を攻撃しており、全員が巨大悪魔との戦いに参加していた。

 

「もっと……【星の鎖】【重力の軋み】【鎧の亀裂】【剥げる表皮】」

「丹念に研ぎ澄ませ、【多重研鑽】!【高揚】!」

 

サクヤが演奏する中、フレデリカとヒナタは持ちうるスキルを使って強化と弱体化を施していく。弱体化を施され、爆弾攻撃も受けている巨大悪魔に、カスミ達がついに到着する。

 

「【終ワリノ太刀・朧月】!」

「【獄雷煉呀】!」

「【セプタプルスラッシュ】!」

「【大切断】!」

 

カスミは虚空から飛び出てくる刀と共に必殺の連撃を巨大悪魔の頭部に叩き込み、レイドは高火力の雷撃を右腕に叩き込んでダメージを与える。

ドレッドも怒涛の連撃を影の狼達が食らいついている巨大悪魔の右翼に叩き込み、テンジアも二つの唐竹割りで巨大悪魔の左翼を深々と切り裂く。巨大悪魔は抵抗するように全身から紫の炎を放つも、弱体化の影響で威力も出せず技の出も遅い為に易々と躱す、もしくは耐えられてしまう。

 

「【轟雷】!」

「降り注げ!【ディバインレイン】!」

「【剣乱舞踏】!【抜刀・飛燕】!」

 

そこにコーヒーとベルベットも雷撃を放ち、ジェラフも連続で飛ぶ斬撃を放つ。巨大悪魔は痛みを覚えたように叫んで暴れるも、度重なるデバフと鎖によって無駄に終わる。

 

「―――【光輝ノ聖剣】!」

「―――【豪炎】!」

 

そこにペインとミィが左右から光の奔流と業火を放ち、巨大悪魔に更なるダメージを与えていく。シンも無数の飛来する剣を巧みに操ってダメージを加速させていく。

 

高威力の攻撃をいくつも叩き込まれ、HPが全体の二割まで減った巨大悪魔は再び天に向かって雄叫びを上げる。雄叫びによってすべての拘束が弾け飛び、雄叫びに呼応するように身体中の紫の炎が背中と傷ついた翼へと移動するように集まっていく。

集まった紫の炎はそのまま覆うように広がっていき、六つの炎の翼と九つの蛇の頭へと形を変える。

 

「ここに来て形態変化か!」

 

コーヒーは嫌な予感を覚えながら、【百鬼夜行】と【口寄せの術】が時間切れとなって【機械神】で攻撃していたメイプルの下へと急ぐ。

 

「メイプル!」

「うん!【カバームーブ】!」

 

メイプルは直ぐ様【カバームーブ】を利用した瞬間移動ですぐにコーヒーの操る舟の上へと移動する。兵器を展開したメイプルの体積はそれなりにあり、余裕があった舟の上が一気にぎゅうぎゅうとなる。

 

「い、一気に狭くなったっす……」

「ご、ゴメンね!」

 

地味にキツそうな声を上げるベルベットにメイプルは申し訳なさそうに謝るも、他に方法がないのでコーヒーも窮屈に感じながらも舟を操作してジベェの下へと向かっていく。

 

カスミ達もレイとイグニスに乗っていたペイン達に回収されて離れる中、巨大悪魔は頭上に形成した紫炎の塊を空に向かって放つ。放たれた紫炎の塊は空へと消えると、薄暗い空に巨大な紫の魔法陣が展開される。その魔法陣から巨大な紫炎の球が現れ、まるで死刑宣告のようにゆっくりと真下へと落ち始めていく。

 

「あれ、絶対にヤバいやつだよ!。あの炎の蛇にもHPバーが表示されてるし!」

「タイミングからして、即死級の攻撃と見ていい。フィールドに着弾したら、全体を覆う程の爆発を起こすだろうな」

「私もそう思い、ます」

 

この攻撃のお約束は直撃前に撃破することで回避すること。つまり、巨大な紫炎の隕石が地面に着弾する前にあの巨大悪魔を倒さなければならないということだ。

巨大悪魔がそんなゲームオーバー確定の攻撃を放った中、瓦礫の巨竜はチャージが完了したように白いブレスを上空へと放つ。

 

「あっちから全体攻撃が来るぞ!」

「任せて!【皇帝権限】!【イージス】!」

 

ドラグの警告に応えるように、メイプルがスキルによって強引にダメージ無効スキルを発動させる。空から白い光の柱が何条も降り注ぐも、メイプルが展開した光のドームによって受け止められていく。

 

「ナイスメイプル!」

 

サリーがメイプルを誉める中、巨大悪魔は九つの炎の蛇共にメイプル達に向かって炎のブレスを盛大に放つ。メイプルの【イージス】によって防がれるも、津波のような炎のブレスが弱まる気配は微塵もない。このままいけば、時間切れでダメージを受けるのは確定だ。

 

「マルクス!」

「了解、ミィ!一夜にて築かれる知将の城 我が目前にてせり上がり 相対する敵陣を震え上がらさん!【設置・一夜城】!」

 

ミィの呼び掛けにマルクスは頷くと、スキルによって巨大悪魔とジベェの間に大きな砦を作り上げる。その砦によって巨大悪魔が放った炎のブレスは遮られ、正面から受け止める。それとほぼ同時に【黄金劇場】の効果が切れ、同時に【イージス】の効果が消えていく。

 

「これ、すごい威力だよ……このままじゃ、数秒ともたないよ……」

「ヒナタ!」

「はい!氷天の下に築かれる白銀の城塞 凝固せし堅牢なる壁を用い 彼の進軍を遮らん!【氷の城】!」

 

マルクスの【一夜城】が壊される寸前でヒナタが氷で構成された砦を作り上げ、【一夜城】を破壊した炎のブレスを今度は【氷の城】が受け止める。

炎のブレスを受け止めた氷の城は溶けることなく、衝撃によってヒビが入っていくだけに留まっている。だが、これも破壊されるのは時間の問題だ。

 

「ようやくデバフが切れたよ―――【イージス】!」

 

そこに【パンデミック】のデバフがようやく切れたカナデが、イズに作ってもらったHP重視の装備に変更して紫のカードを使い、【氷の城】が破壊される直前でメイプルと同じダメージ無効スキルを発動させる。

ヒナタの【氷の城】が耐久限界を迎えて破壊されるも、カナデが展開した光のドームによって炎のブレスから守られていく。

 

「【浄土天雷】!」

 

炎のブレスが止んですぐ、ベルベットはすべての落雷を消して紫の落雷を落としていく。紫の落雷は巨大悪魔だけでなく、紫炎の蛇にも落ちていっている。

 

「兄上、マルクス、ミザリー、シン、カミュラ。これから“太陽”を使う。異論はないな?」

 

意を決したミィの言葉に、【炎帝ノ国】のメンバーは反対することなく無言で頷く。皆から了承を得たミィは瞑想して詠唱を始めていく。

 

「源初の炎 世界を照す太陽 その輝きを以て全てを焼き尽くす球となれ 彼方の空より来たりし猛火よ 敵を滅却する烈火よ 有象無象を焦がす天の焔よ 顕現するは太陽の化身 顕現するは炎天の豪雨 滾る火炎は黄泉へ導き 煉獄をも焼き尽くす焔の彗星となれ!―――真紅の炎帝の名の下に焦げ散らせ!【太陽ノ礫】!!」

 

長い詠唱によってミィの遥か頭上に形成された太陽のごとき炎の塊は、無数の雨霰のごとく火の球を巨大悪魔に向かって放ち続けていく。着弾する度に爆炎が上がり、巨大悪魔にダメージを刻み付けていく。

 

「【凍てつく焔】!」

 

テンジアが【太陽ノ礫】に対してスキルを発動すると、無数の火の球と炎の塊は瞬く間に凍り、大きな雹となって降り注いでいく。大きな雹は巨大悪魔の紫の炎にぶつかると倍の爆炎を放ち、炎の蛇にもダメージを刻み込んでいく。

 

「刻むは絶望 無明の闇へ誘うは千の槍 我が血潮で祈る間もなく消えるがいい!【魔槍シン】!」

「注ぐ聖光 光の雨となりて射ち穿て!【ホーリーレイ】!」

 

コーヒーもHPを半分ほど消費して黒き槍の雨を放ち、ペインも聖剣から放たれた光の雨で巨大悪魔を穿ち続けていく。

そこに何処から飛来した赤い矢と青い光線が巨大悪魔に突き刺さり、更にダメージを刻み込んでいく。

 

「止めだ!切り裂け、【炎刃】!【連続起動】!!」

 

雹が降り終わり、背中の炎の蛇が全て消えたタイミングでミィが炎の刃を何度も巨大悪魔の足下へと放つ。炎の刃は巨大悪魔の足下に転がっていた雹に命中すると、そこから連鎖反応の如く雹から赤い光が放たれ、怒涛の爆炎となって巨大悪魔を呑み込んでいく。

 

爆炎に呑まれた巨大悪魔はそれが止めとなってHPを全損させ、フィールド中で燃えていた紫の炎を徐々に消していきながら光となって消えていく。同時に空から落ちてきていた巨大な紫炎の隕石も小さくなって消滅していき、悪魔型の特殊モンスターもその存在を消していく。

 

「あ!メダルが手に入ったよ!それも三枚!!」

「三枚か……ちょっとわりに合わない気がするけどね」

 

まさかのメダル獲得にメイプルは喜び、サリーは労力と微妙に釣り合わないことから微妙な表情となる。

だが、まだ終わりではない。

 

「残り時間はおよそ半分……奴の攻撃力次第では無視できるかもしれないが……」

「いや。そう上手くはいかないようだ」

 

ペインがそう呟く視線の先には、雄叫びを上げる瓦礫の巨竜の姿がある。外敵がいなくなったことによるものなのか、瓦礫の塔が次々と立ち上っていく。そこから瓦礫のモンスターが群がるように這い出てくる。

 

「うわぁ……これじゃあ難易度は変わらないね」

「どちらかを倒したら、補う形でもう片方が暴れるみたいだな」

 

本当に三日目の生存戦はハードだと、何名かは深い溜め息を吐く。

 

「けど、今更だよな」

「そうね。やるなら全力で、ね」

 

コーヒーとサリーは互いに肩を竦めると、依然暴れている瓦礫の巨竜を見据える。他のメンバーも同じように瓦礫の巨竜を見据えていく。

 

「アイツも倒せばおそらく三枚……つまり、全部で六枚手に入るってことだ」

「金のメダルが二つも手に入ると考えれば、かなり有利になるよな」

 

ドラグとシンの言葉通り、六枚も手に入れれば最終的に銀のメダルは二十枚を超える。つまり、メダルの大量入手の大チャンスであるということだ。【楓の木】がすでに最終的に二十枚を超える以上、三ギルドもここで頑張らなければ遅れを取ってしまうことになる。

なりより……このまま逃げ回るより戦って勝利したい気持ちの方が強かった。

 

「よーし!それじゃあ、この勢いでもう一体も倒すぞー!」

『『『『おおー!!』』』』

 

メイプルの宣言に一同は力強く返すと、瓦礫の巨竜を討伐すべく向かうのであった。

 

 

 




キャラ紹介。

ミキ/南雲 桜

【楓の木】所属の釣りプレイヤー。のんびりとした性格で、言葉遣いも間延びしている。
リアルでも釣りを趣味としているが、近くに釣り場がないこともあり、VRゲームで存分に釣りをすることにした。そこで釣り関連のユニークシリーズを手に入れ、第二回イベントで先行配信であったテイムモンスターの卵を釣り上げたことで【異常】プレイヤーの仲間入りを果たした。
そんな彼女の釣りは魚だけでなく、様々なアイテムも釣り上げることができる。使えるアイテムやジョークアイテムなど様々で、それがイズのインスピレーションの刺激に一役買っている。その最たるイズ印のアイテムが【樽爆弾ビックバン】である。

モチーフとなったキャラはGV爪のオウカ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

南の瓦礫竜

てな訳でどうぞ。


―――西エリア。

 

「巨大モンスターの撃破にちょっと協力してメダルが三枚……」

「個別ではなくパーティー報酬とは、運営もイキなことをするな!」

「いやいやししょー!?これはさすがに後ろめたいよ!」

「ならば、ここから多大に貢献すればいいだけのこと!もう一体いる巨大モンスターの撃破という形でな!では、行くぞ!皆のもの、俺の筋肉に続け!!」

「一人で先に行かないでよ!ししょー!」

 

―――東エリア。

 

「あれが危険な攻撃を放ってきたから、何とか隙を作ってウィルバードに攻撃してもらったけど……」

「あれでメダルが三枚も入るとは、本当に予想外でしたよ」

「巨大モンスターは残り一体……彼らも討伐に動くみたいですし、私達も本格的に加勢しましょう」

 

 

――――――

 

 

巨大悪魔の撃破に成功したコーヒー達は、ジベェの背に乗って大暴れしている瓦礫の巨竜へと接近していく。

 

「【攻撃開始】!」

「爆ぜろ、【炎帝】!」

「弾けろ、【スパークスフィア】!」

「【多重石弾】!」

「吸い込め、【ダークホール】!」

「巻き込め、【トルネード】」

 

その道中で空を飛べるモンスターから襲撃を受けるが、遠距離攻撃と範囲攻撃を放てる面々が率先してモンスター達を撃ち落としていく。

瓦礫の巨竜の身体のあちこちからすり抜ける白い光線が飛んでくるが、【天王の玉座】に座ったメイプルの【身捧ぐ慈愛】によっていくら受けてもノーダメージだ。いくら物理的な防御や壁を無視できても、メイプルの圧倒的なVITの前には無力である。

 

「光線の方はメイプルのおかげで心配いらないが……」

 

ペインがそう呟いていると、瓦礫の巨竜は自身の周囲に展開した魔法陣から、如何にも凶悪そうな見た目の巨大な槍を幾つも出現させていく。

 

「あれ、絶対に痛いやつだよ!」

「【射程延長】【クリアマジック】!」

 

事前情報から武器攻撃は防御貫通の可能性が高い故にメイプルは焦った声を上げるも、カナデが二枚の紫のカードを掲げて巨大な槍たちを魔法陣ごと消し去ることで事なきを得る。

 

「マジで何でもありだな」

「できることが増えたからね」

 

半分の確率とはいえ、魔法系だけでなく技能系もストック可能となったことで出来ることが更に増えたカナデはドラグの呟きに肩を竦めながら返す。

 

「そろそろ射程圏だな」

 

コーヒーは光線を放ち続ける瓦礫の巨竜を見据えながら、昨晩の事を思い出すのであった。

 

 

――――――

 

 

―――昨晩。

 

「私達が戦った真偽メイプルの結界もやばかったけど、瓦礫の竜の無敵オーラの方が厄介かもねー」

「特定の攻撃を無効にするオーラを放つ玉の破壊も手間がかかりそうだし、相当苦労しそうだな」

 

真偽メイプルと戦ったフレデリカと瓦礫の竜と戦ったコーヒーの言葉に多くの者がコクリと頷く。

真偽メイプルの結界の方は配下のモンスターをすべて倒せば解けるのに対し、瓦礫の竜の玉の方は対応する攻撃をぶつけなければ破壊できないのだ。手間と面倒さは瓦礫の竜の方が圧倒的に上である。

そんな一同に、ジェラフが光明となる言葉を上げた。

 

「それについてなんだけど、案外簡単に行くかもしれないよ」

 

一同はどういう意味かと一斉に問いかける視線をジェラフへと向ける。その視線を一斉に受けたジェラフは態度を崩すことなくその根拠の説明を始めた。

 

「黒い玉と金の玉を全部破壊した後、試しに他の玉も攻撃してみたんだよね。そしたら別の色の玉は簡単に壊せたんだよ」

「本当に抜け目がないな」

 

どこまでも強かで抜け目がないジェラフにコーヒーは思わず苦笑いしてしまう。敵に回ると本当に面倒になりそうだが、味方である今の状況では頼もしい限りである。

そんな先手を打って検証していたジェラフは、ミィの方へと顔を向ける。

 

「確か【炎帝ノ国】のギルドマスターさんには相手を閉じ込めつつ、ダメージを与えるスキルがあるよね?それを使えば無敵を構成する玉全部を破壊できる筈だよ」

「確かに……【火炎牢】なら全体にダメージを与えられる可能性は高いな」

 

第四回イベント時の見所映像からの推察だと察しつつ、確かに有効打に成りうるとミィは頷く。

 

「だが、【火炎牢】は継続ダメージだ。耐久値次第では時間が掛かる可能性もある」

「なら、僕達の出番だね。炎系統の強化スキルの魔導書もあるしね」

「アイテムもあるよー」

 

こうして【火炎牢】による無敵解除案は採用されるのであった。

 

 

――――――

 

 

「けどどうするー?アイツも絶対に無敵モードが二回あるよ。確か、連発できないんだよね?」

 

「問題ない。俺も【火炎牢】が使えるからな」

 

フレデリカの最もな意見に、カミュラが大盾を構えながらそう答える。第四回イベント時のメイプルとの戦いで使った【火炎牢】は、今もコピーしたままであるからだ。

ちなみに連発できないという情報は、嘘ではないが本当でもない。基本はライバル同士なので正直に話すわけにはいかないからだ。無論、その辺りは周りも理解しており、どちらにせよ連続で使えないのは変わらないが。

 

「それじゃあ予定を少し変更ね」

 

イズはそう言って、ミキと共にバフがかかるアイテムをカミュラへと渡す。カミュラもそれらを受け取り、すぐに使用して自身を強化する。二回の無敵モードがあり、ダメージを叩き出せる量に違いがあるのなら、後の為にミィの方を温存するのは当然の流れである。

 

「カミュラ、頼むぞ」

「ああ。ルル、【フレイムドライブ】!【魔力増強】!【(みなぎ)る猛火】!」

「強化するよ、【暴君の権威】【聖火の薪】」

「ノーツ、【増幅】!」

「凱旋せよ、【勝利の演奏】!」

 

ミィの言葉に頷いたカミュラはルルに指示を出し、魔法と火属性の強化スキルを発動させる。カナデも紫のカードと魔導書を使って強化を施し、フレデリカもノーツの力で強化を施していく。サクヤも得意の演奏スキルを使い、パーティーメンバー全員のスキルの威力と効果を上げていく。

 

「【火炎牢】!」

 

アイテムとスキルによるバフによって強化されたカミュラが大盾を掲げてスキルを発動させると、巨大な炎の檻が出来上がり瓦礫の巨竜をその中へと閉じ込める。無敵状態ゆえに本体にダメージは入っていないが、身体のあちこちにある赤い玉の光が弱まっていっている。

 

「玉の光が消えるだけか」

「確実にまた無敵状態に入るな。分かりきっていたことだが」

 

シンとレイドはそう呟きながら、ミキがポンポンと取り出してくるMPポーションをキャッチしてカミュラへとぶっかけていく。

少しして赤い玉の光が消えると同時に瓦礫の巨竜の赤いオーラも消え、それに合わせて他の玉の光も徐々に弱まっていく。

 

すべての玉の光が消えたタイミングで、カミュラは発動していた【火炎牢】を解除する。すべての玉の光が消えるまでの間、【火炎牢】による瓦礫の巨竜へのダメージは本当に微細だったからだ。時間いっぱいまで発動しても大したダメージを与えられない上にポーションの無駄使いになるからである。

どちらにせよ、本来の目的は果たせたのでここからが本番である。

 

「ジベェ、【波と共に】ー」

 

ミキの指示を受け、ジベェは水を纏った体当たりを瓦礫の巨竜へとぶちかます。

ジベェの体当たりで瓦礫の巨竜がよろめく中、メイプル、マイ、ユイ、ミキ、イズ、アロック、サクヤ、マルクス、ヒナタはジベェの背に残り、ペインとフレデリカはレイの背に、ミィとミザリーはイグニスの背に、コーヒーとカナデは空飛ぶ舟に、サリー、ドレッド、レイド、テンジア、ジェラフは瓦礫の巨竜に乗り込む。

 

「【重力半減】」

「【エアフォース】」

「これで落下によるダメージは問題ないな」

「それじゃ、行ってくるっす!」

 

ヒナタとカナデによって落下ダメージがほとんど無効となったクロム、カスミ、シアン、ドラグ、シン、カミュラ、ベルベットは大地へと降り立つ。

 

「太郎丸、【追従の双葉】【刻葉】【紅葉刃】」

「朧、【妖炎】【火童子】【影分身】」

 

瓦礫の巨竜の背に乗り込んだジェラフとサリーは互いの相棒にスキルを使わせ、自身を強化していく。その間に瓦礫の巨竜の背中からせり上がるように瓦礫が顔を出し、小さな砲口を二人に向ける。

その砲口から黒光りする鉄球が発射されるが、ジェラフとサリーは難なく躱して反撃に出る。

 

「【剣乱舞踏】!【颪刃】!【連なる風】!【抜刀・十六夜】!」

「【トリプルスラッシュ】!【十式・回水】!【六式・圧水】!」

 

ジェラフは風と葉を舞わせながら抜刀による連続攻撃を叩き込み、サリーもスキルによる連撃を与えた後、水によって刀身が更に延長して炎と水の幻想的な剣として更にダガーを振るっていく。

 

「連撃で切り刻め、【トリプルスラッシュ】!シャドウ、【影の群れ】!」

「ヴォル、【雷鳴の加護】!切り裂け、【紫電一閃】!」

「リース、【雹音波】!【砕氷刃】!」

 

ドレッド達もスキルを使って瓦礫の巨竜にダメージを刻み込み、二人に負けじと攻撃を仕掛けていく。当然、瓦礫の巨竜も黙ってやられるわけもなく、砲撃だけでなく身体から前触れもなく剣や棘を放って反撃してくるが、サリー達は紙一重でそれらを避けていく。

 

「ブリッツ、【界雷】!【遺跡の匣】!降り注げ、【ディバインレイン】!【砲撃用意】!」

「【正義の鉄拳】!【ΩA(オメガアーム)・スパイク】!ソウは【歪む視界】!」

 

舟に乗っていたコーヒーも匣と大砲、降り注ぐ雷雨で瓦礫の巨竜にダメージを与えていく。匣も四つの音波攻撃で瓦礫の巨竜に四重のデバフを与え、他の者達のダメージも加速させていく。

一緒に舟に乗っているカナデも空から白いオーラを放つ巨大な鋼鉄の拳と、手に当たる部分が鋭い四つの棘となっている腕を放ち、ソウに混乱効果があるデバフスキルを使わせて攻撃に参加していく。

 

「同時に燃えよ、【多重炎弾】!」

「光の斬撃は万里を切り裂く!【残光ノ聖剣】!」

「猛ろ、【豪炎】!【連続起動】!」

「貫け、【ホーリージャベリン】!」

 

レイに乗っているフレデリカとペインも無数の炎弾と光線のごとき斬撃で瓦礫の巨竜の右腹を攻撃し、イグニスに乗ったミィとミザリーは幾つもの炎と光の槍を左腹に叩き込んでいく。

瓦礫の巨竜も反撃とばかりに白い光線と瓦礫の塊を飛ばしていくも、ソウによって付与されたデバフで狙いが定まらないこともありレイとイグニスの高い機動力によって躱されてしまう。

 

「【遠隔設置・泥沼】!」

「クローネ、【金属音】!」

 

そこにマルクスが瓦礫の巨竜の足下にトラップスキルを発動させ、右前足をぬかるみに沈ませて動きを阻害する。そこにアロックもクローネに指示を出して防御力を更に落としていく。

 

「シロップ、【精霊砲】!」

「ジベェ、【水鉄砲】ー」

「【災厄伝播】【脆き氷像】【星の鎖】【重力の軋み】」

 

メイプルとミキの指示を受けたシロップとジベェも光砲と水砲を放って瓦礫の巨竜の頭部を攻撃し、デバフの使い手であるヒナタがデバフコンボを叩き込んでいく。

 

「大放出よ!」

「「行きます!」」

 

イズは工房を展開して【樽爆弾グレード】を次々と作っていき、それをマイとユイが次々と投げ飛ばしていく。幾つかは光線と瓦礫によって途中で爆発するも、大半は瓦礫の巨竜に命中してダメージを刻み込んでいく。

 

「【稲妻の雨】!【嵐の中心】!【殲撃】!」

 

当然、地上組も攻撃しており、既に【雷神再臨】を発動したベルベットはお得意の雷の雨を降らせつつ黒いオーラを纏った拳撃を前足へと叩き込む。

 

「【パワーアックス】!」

「ネクロ、【死の炎】!」

 

ベルベットの攻撃に続くようにドラグも斧を前足へと叩き込み、ネクロを纏ったクロムも炎を噴き出して追撃をかましていく。

 

「輝け、【フォトン】!【連続起動】!」

 

シアンが連続で光球を叩き込んだタイミングでぬかるみから脱出した瓦礫の巨竜はそのまま右前足を上げ、固い方の地面へと叩きつける。すると、衝撃波と共に地面が隆起する。

 

「【マルチカバー】!」

「アース、【大地制御】!」

「ルル、【神の息吹】!」

 

クロムが咄嗟にカバーに入ってベルベットとドラグを守り、ドラグはすぐにアースに指示を出して地面の隆起を消し去る。そこにカミュラが回復を施して追撃に備える。

その判断は間違いではなく、今度は無数の砲弾が彼らへと降り注いでいく。

 

「ウェン、【風神】!」

「【幽鎧・堅牢】!」

 

その無数の砲弾をシンがお得意の【崩剣】と合わせて空中で爆発させ、残りは防御重視の形態となったクロムが【カバームーブ】も使って受け止めていく。

 

「【四ノ太刀・旋風】!」

 

その隙をつくように両脇に武者の腕を携えたカスミが連撃を刻み込む。集中的に攻撃した介もあってか、右前足から幾つかの瓦礫が崩れ落ちると同時に瓦礫の巨竜はバランスを崩したようにその場で崩れ落ちる。

 

「ダウンしたっす!」

「よし!このまま追撃す―――」

 

ドラグが威勢よくそう告げようとした直後、螺旋を描くオーラを纏った羽を生やしたライオンが周りの木々を食い破るようにクロム達へと突撃して来た。

 

「ここでエリアボスかよ!?【カバームーブ】!【ヘビーボディ】!」

「【カバームーブ】!【ヘビーボディ】!」

 

まるでスフィンクスのようなライオンにクロムは驚きながらもそのライオンの前に立ち、カミュラも同様に前に立ってノックバックを無効にした状態でその体当たりを受け止めようとする。

そのスフィンクスモドキの体当たりをクロムとカミュラは最初こそ受け止められたが、掬い上げるように顔を突き出すと威力負けしたように二人は押し飛ばされた。

 

「「ぐあっ!」」

 

螺旋を描くオーラと共に押し飛ばされたクロムとカミュラのHPが一気にレッドゾーンへと突入する。そのままHPが尽きるというタイミングでクロムは【デッド・オア・アライブ】が発動、カミュラは【不屈の守護者】が発動して事なきを得る。だが、一時的とはいえタンク役が不在となるこの状況は好ましくなかった。

 

「こいつはマズイぜ!【土波】!」

「私もやるっす!【スタンスパーク】!」

 

ドラグとベルベットがすぐにノックバックやスタン効果のあるスキルを放つも、スフィンクスモドキはダメージを負いながらもその螺旋の描くオーラで受け流すようにノックバックとスタンを無効にしてしまう。

 

「げっ、嘘だろ!?」

「まさか攻防一体っすか!?」

 

ドラグとベルベットがまたしても厄介なエリアボスだと確信したタイミングで、そのスフィンクスモドキは二人に向かって体当たりをかまそうとする。二人は身構えるも―――

 

「【不退転】!【気功術】!【ダイアキャノン】!」

 

そのタイミングで胴着を着た筋骨隆々のプレイヤーがそのスフィンクスモドキに体当たりして、互いに激突した。

 

 

 




「あ、悪魔が倒されちまった……」
「時間もまだあるから、あっちの討伐も可能……」
「やばいぞ!特別ボーナスが発生してしまうぞ!」
「ご安心ください。特別ボーナスは貢献度で上下するようにしておきました」
「「「「おお~っ!!」」」」
「ただ、メイプル達は最高ランクのボーナスになりますが」
「「「「ああ……」」」」

喜ぶもすぐに落胆する運営の図。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

瓦礫の戦場

てな訳でどうぞ。


大盾使いのクロムとカミュラを押し飛ばしたスフィンクスモドキを、スキルによる体当たりで受け止めた胴着の男にベルベットとドラグが身構える中、胴着の男は歓喜したように声を上げた。

 

「いい体当たりだ!タイマンしがいがある強敵を前に、俺の全身の筋肉も歓喜している!」

「……へ?」

「何を言ってるんだ……?」

 

スフィンクスモドキと押し合いをする胴着の男のその言葉に、ベルベットは目が点となりドラグは本気で何を言っているのかと分からない表情となる。シンとカスミでさえ互いに顔を見合わせて困惑する始末である。

そんな一同に構わず、胴着の男は更なるスキルを発動させる。

 

「【筋力強化】!【ビルドアップ】!【集気功】!【我が花道】!」

 

スキル効果によって胴着の男は様々な色のオーラを自身に纏っていく。スフィンクスモドキは胴着の男を押し飛ばそうとするも、スキルの効果からか胴着の男はその場で踏ん張り続けている。

 

「【火事場の馬鹿力】!【龍脈の力】!高まれ、金剛筋肉(ダイヤモンドマッスル)!【巴投げ】!」

 

更に自己強化スキルを使い、【名乗り】も使った胴着の男はそのままスフィンクスモドキの顔を掴んで豪快に投げ飛ばした。投げ飛ばされたスフィンクスモドキはろくに受け身も取れず、木々をへし折りながら背中から地面へと激突する。

 

「おいおい、マジか……!?」

「くっ……!リア充ポイントが高い……!」

 

シアンの回復を受けているクロムは驚きを露に声を上げ、同じく回復を受けているカミュラはよく分からない理由で胴着の男を睨み付けている。

クロム以外のメンバーも驚く中で、胴着の男は爽やかな笑みを浮かべて告げる。

 

「あのライオンの相手は俺に任せろ!お前達は奴とのタイマンに専念するがいい!」

 

胴着の男は高らかにそう告げると、体勢を整えているスフィンクスモドキへと単身で突撃していく。

 

「……どうするっすか?」

「言葉に甘えるしかないんじゃないか?」

 

困った表情で問いかけたベルベットにシンがそう告げる。巨大ボスのHPはそれなりに高く設定されているのか、HPの減りが乏しいのだ。これに無敵モードと決戦モードが待ち構えている以上、エリアボスにメンバーを割く余裕はないのである。

 

「「【挑発】!」」

 

そうこうしている間に、回復が完了したクロムとカミュラがスキルを使ってヘイトを自身へと向け、瓦礫の巨竜の光線と瓦礫の飛来を一身に受ける。瓦礫は大盾で受け止め、すり抜ける光線は自身のVITとHP、ダメージカットスキルで耐え抜く。

 

「悪い、待たせた!」

「これ以上、遅れを取るわけにはいかん。ルル、【ラーニング】!」

 

クロムが周りに謝る中、カミュラはルルに指示を出してコピースキルを発動させる。その結果は……

 

「……失敗か。だが、まだだ!【スキルスナッチャー】!」

 

ルルのコピースキルが失敗に終わると、今度は大盾のコピースキルを発動させる。瓦礫を受け止め、光線に貫かれる中で発動したそのスキルは、カミュラの笑みによって成功したことを証明させた。

 

「コピーできたのは瓦礫の方か……【ポルターシュート】!」

 

カミュラがコピーしたスキルを発動させると、周囲の木々が引き抜かれるように宙に浮かび、そのまま猛烈な勢いで瓦礫の巨竜へと飛んでいき、命中と同時に怯ませダメージを刻み込む。まるでメイプルの装備スキル【ポルターガイスト】を攻撃面へと傾けたようなスキルである。

 

「ウェン、【風神】!」

「【爆砕拳】!」

 

そこにシンがウェンに指示を出しつつ分割した剣を飛ばし、ベルベットが高威力の拳打を脚へと叩き込んでいく。

地上組が多少のトラブルに見回れながらも奮闘する中、瓦礫の巨竜に乗り込んでいるメンバーも奮闘していた。

 

「【トリプルスラッシュ】!」

「【抜刀・烈砕】!」

 

自身に向けて放たれる光線と砲撃を避けつつ、サリーは三連撃を首へと叩き込み、ジェラフも防御貫通攻撃を同様に瓦礫の巨竜の首へと叩き込む。

 

「おっと」

「危ない危ない」

 

攻撃した直後を狙うように、瓦礫の巨竜の身体から鋭い槍が幾つも飛び出すも、二人は予想してましたとばかりに軽々と避ける。この二人は武器の違いこそあるが、戦闘スタイルが結構似ているので互いに合わせるのも容易なのだ。

 

「本当に巨大ボスはHPが高いわね」

「そこは仕方ないんじゃない?……と言いたいけど、確かにこのままじゃ厳しいかな」

「どうする?使う?」

「もう使うしかないんじゃないかな。お互いにね」

 

背中合わせにサリーとジェラフは互いに笑みを浮かべると、意を決したように奥の手と呼べるスキルを発動させる。

 

「【水神陣羽織】!」

「【風神陣羽織】!」

 

スキル名が告げられると同時に舞う水色と緑色の陣羽織。その二つの陣羽織はそれぞれの使用者の下へと降り、覆い被さるように羽織られる。

 

「【天ノ恵ミシ雫】!」

「【謡イ踊ル鎌鼬】!」

 

水神モードとなったサリーはすぐさまバフデバフをばら蒔く雨を降らせ、風神モードとなったジェラフも周囲に優しくも力強い風を吹かせ始める。

 

「【古代ノ海】!【四式・交水】!【七式・爆水】!」

「【乱れる風】!【翡翠の刃】!【三ノ風・九十九颯】!」

 

サリーは召喚した青い魚に水を撒き散らしながら水属性スキルの攻撃を放っていく。

ジェラフは自身の周りに幾本もの翡翠に光輝く両刃の剣を召喚し、駆け抜けながら瓦礫の巨竜の背中を切り裂いていく。刀に切り裂かれる度に鎌鼬が飛び、突き刺さる翡翠の剣が追撃を与えていく。

 

「そっちは追加攻撃がメインなのね。【十式・回水】!」

「サリーの方は弱体化が主軸だね。【四ノ風・風巻】!」

 

互いに連撃スキルを放ちながらそれぞれのスキルの構成を把握していくサリーとジェラフ。そんな二人に負けじと他の三人も攻撃を躱しながら反撃していく。

 

「【クインタプルスラッシュ】!」

「【スパイラルエッジ】!」

「【連続斬り】!」

 

ドレッド、レイド、テンジアがダメージを与えたタイミングで、瓦礫の巨竜のHPがあと少しで半分の域へと到達する。その瞬間にサリーとジェラフがスキルを発動する。

 

「【水神蒸発】!」

「【風神絶空】!」

 

その瞬間、瓦礫の巨竜に水蒸気爆発と風の衝撃波が襲い掛かりHPが半分へと到達する。

 

「【水の道】!」

「【瞬転符】!」

 

サリーは水の道を作ると直ぐ様潜ってコーヒーとカナデの乗る舟の上へと降り立ち、ジェラフもサリーに瞬間移動の札を張っていたことでサリーが降り立ってすぐに隣へと降り立つ。

ドレッドはレイ、レイドはイグニスの背に乗り、テンジアはリースによる飛行で離脱してすぐ、瓦礫の巨竜が雄叫びを上げて身体中の玉を再び光らせて無敵モードに入る。

 

「また無敵状態になったわね」

「それじゃ、本来の作戦通り―――」

 

サリーの呟きにジェラフがそう返そうとした瞬間、コーヒーは何かに気付いて舟を操作する。乱暴な操作で横へと動いた直後、三つの金色の光が先程までいた舟のいた場所を通り過ぎた。

 

「ちょっとCF!せめて一声掛けなさいよ!」

「ギリギリだったから無理!」

 

ほぼ抱きつく形となったサリーの赤面での文句を、舟の縁にしがみついているコーヒーはそう反論しながら敵の存在を確認していく。サリーの顔が赤面なのは第三者がいるからである。現に舟に乗っている二名は少しニヤついているのだから。

当然、攻撃を仕掛けられたのはコーヒー達だけではない。レイとイグニスはもちろん、ジベェも地上からの攻撃を受けていた。

 

「うわっ!下から攻撃が来てる!?」

「……スクリーンとマップを見る限り、攻撃してきているのはエリアボスだよ」

 

メイプル【身捧ぐ慈愛】でジベェへのダメージがゼロの中、アイテムを利用して例のカメラを幾つか取り付けてミキが垂らす釣り針から送られる映像とマップ情報を確認したマルクスがそう呟く。

 

「どうしてエリアボスはこっちに来たのかしら?」

「た、たぶんですが……他のプレイヤー達も多く集まっているからだと」

「それはあるかもー。青マークがー、周りに表示されてるしねー」

 

ミキがそう答える通り、ヒナタの推測を裏付けるように青いマークが巨大ボス周辺にちらほらと存在しているのだ。そのプレイヤーに釣られてエリアボスが此処まで来てしまったのは、十分にあり得た。

 

その攻撃を仕掛けているエリアボスは、装飾が施された巨大な象に乗って純白の鎧を着た人型モンスターだ。他のプレイヤーに削られたのか、HPが幾ばくか減少していたその人型モンスターが号令を上げるように手を掲げると、金色の光が集って同じ姿のモンスターが次々と姿を現していった。

 

「あのエリアボス、私とマルクスが攻略したダンジョンのボスに似ているわね」

「武器の種類は向こうが多いけどね」

 

マルクスのその言葉通り、純白の鎧を着たモンスター達が手に持つ武器は剣や弓、盾や杖など様々だ。

その純白の鎧を着たモンスターの集団の中にいる、弓と杖を持ったモンスター達が一斉に武器を構えると、矢と光球を上空にいる者達に向かって放っていく。

その猛攻に便乗するかのように、瓦礫の巨竜が大口を開けて上空へと極太の白い光線を放った。

 

「まずいぞっ!おそらくだが、全体攻撃が来る!」

「わかっている!レイ!」

「イグニス!兄上も!」

「委細承知!」

 

ドレッドの直感からの警告を受け、空を飛んでいたコーヒー達は大急ぎでメイプルがいるジベェの下へと向かっていく。

 

「連なり守れ、【多重障壁】!」

「【大規模魔法障壁】!」

「【水神結界】!」

「【風神結界】!」

 

エリアボスの配下から放たれる無数の矢と魔法による弾幕はフレデリカとカナデが魔法を発動して防御していく。瓦礫の巨竜の身体から放たれるすり抜ける光線は、コーヒーの手を掴み【糸使い】でレイに移動したサリーとカナデを抱えて【瞬転符】でイグニスに移動したジェラフが完全防御スキルで防いでいく。

 

「地上組はゴメンだけど耐えてね!【多重防御】!ノーツ、【増幅】!」

「包み込め、【セイントフィールド】!守り癒せ、【神の息吹】!」

「【スキルブースト】!【霧散の光】!」

「【天星ノ聖剣】!」

「【守護騎士】!【千の護手】!」

 

地上組を回収する余裕がない故に、ステータスアップやダメージカット等の様々なスキルを次々と発動していく。

 

「【聖域の演奏】!」

 

コーヒー達が集合してすぐサクヤが【天上の鍵盤楽器】の内包スキルを発動した直後、空から無数の白い光線が雨の如く降り注ぎ、地上のプレイヤー達を狙い撃ちするように呑み込んでいった。

 

「光線が凄い勢いで降り注いでるね」

「クロムさん達は大丈夫かな?」

 

サクヤのダメージ無効スキルで守られているメイプルが心配する中、光線に呑み込まれたクロム達は大ダメージを負いながらも無事に生き残っていた。

 

「痛ツツ……結構痛いな。カナデ達のバフがなかったらヤバかったな」

「ああ。それにミキから貰った身代わりアイテムもな」

 

カスミが燃える藁人形や砕けた石の御守りに目を向けてそう呟くと、ドラグ達も同意するように頷く。

 

「まさか一撃じゃなく何回か降り注ぐとはな。威力も高かったみたいだしな」

「それより早く回復しないとまずいっすよ」

「すぐに回復します!癒せ、【ヒール】!【連続起動】!」

 

【従者の献身】で無事だったシアンがすぐに回復魔法を使ってクロム達のHPをすぐに回復していく。複数人に向けて発動している故に全快とはいかなかったが、全体の八割まで回復したので十分な回復量である。

地上組が回復している中、上空組の面々は反撃の準備を整えていた。

 

「【炎神陣羽織】【ファラリスの雄牛】。イグニス、【不死鳥の炎】【我が身を火に】」

「【燃焼の火種】【地獄の焔】【魔術の恩恵】【乾いた草】」

「フェイ、【アイテム強化】」

「これとこれー、他にはこれかなー?」

 

ミィが自己強化していく中、カナデが魔導書とカードを使ってミィを強化していく。イズもフェイに指示を出して強化アイテムの効果を上げて使い、ミキは有効そうな様々なアイテムを惜しげもなく使っていく。

 

「この瓶はなんですか?」

「それは【フレアオイル】だねー。炎属性のダメージが大きくなる代わりにー、対象者も炎属性のダメージを受けるよー」

「じゃあ追加だね。【火炎の体】【痛覚変換】」

「回復の準備もしておきますね」

 

若干リスクのあるアイテムも使う中、突如エリアボスからの攻撃がピタリと止む。コーヒー達は訝しんでマップを確認すると、三つの青いマークがエリアボスと対峙していた。

 

「どこかのパーティーがエリアボスと戦い始めたみたいね」

「援護すべきか?」

「向こうには悪いけど無視するしかないね。こっちも余力はあまりないし」

 

申し訳ないと思いつつもエリアボスの相手を任せるしかないと結論が出る中、そのエリアボスと対峙している三人は数の暴力で対抗していた。

 

「【赫灼の椋鳥(むくどり)】【贖罪ノ霊弓】」

「【我楽多の椅子】【命なき軍団】【玩具の兵隊】【水晶の尖兵】」

「【王佐の才】【理外の力】【戦術指南】」

 

エリアボスが召喚した純白の騎士達が剣や槍を構えて突撃する中、緋色の弓を構えたジエスが何羽もの赫い鳥を飛ばしながら無数の緋い矢を放ち、リリィが機械兵士と水晶の兵士を多数召喚し、ウィルバードがそれらを強化していく。

 

「あの巨大ボスの攻撃は本当にまずかったね。【陣形変更】がなければどうなっていたことやら」

「それはともかく、このエリアボスもクセが強いですね。【再生産】」

「数も質もあるなら、こちらは質を高めるとしましょう。無限の分岐は星の数 未来の道筋は我が采配にあり 此度の星詠みは守りの識なり―――【ディフェンスオーダー】」

「ウィルバードが防御なら、こちらは攻撃だね。無限の分岐は星の数 未来の道筋は我が采配にあり 此度の星詠みは攻めの識なり―――【アタックオーダー】」

 

ウィルバードとジエスは強化スキルを発動させると、リリィを含めた兵士達が二種類の不思議なオーラに包まれる。不思議なオーラに包まれた兵士達は、純白の騎士達に押され気味だったのが嘘のように押し返し始めていく。

 

「巨大ボスは彼らに任せるしかないね」

「そうだね。お互い余裕はないだろうしね」

「メダルは惜しいですが、エリアボスを倒してもメダルは得られますし」

 

三人は依然として暴れている瓦礫の巨竜を視界に入れつつ、相対するエリアボスとの戦闘に集中していくのであった。

 

 

 




キャラ紹介

シアン/蝶野 幸

【楓の木】所属のINT極振りの魔法使いの少女。
ゲーム初心者だったこともあり、強い魔法を使いたいという考えからINTに極振りしたのだが、極振りの弱点によってレベルアップが難航し、パーティーも組めなくなっていた。
ギルドシステムが実装されて勧誘が盛んだったこともあり、毒耐性スキルを得ようと毒竜のいるダンジョンに一人で挑もうとしていたところをメイプル達に出会ったことで、そのまま流れるように【楓の木】の所属となった。
異常筆頭のメイプルの恩恵により、クセの強い強力スキルを得たことにより、メイプルとマイとユイと組んだ際には回復と遠距離攻撃担当となったことで【戦車パーティー】という凶悪なパーティーが誕生することとなった。

モチーフとなったキャラはGV初期のシアン。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

瓦礫の決戦

てな訳でどうぞ。


瓦礫の巨竜が再び無敵モードで暴れる中、ミィは目を瞑って詠唱の言葉を紡いでいた。

 

「万物の根源 象徴たる炎―――」

 

ミィが詠唱している間も瓦礫の巨竜は無数の光線を放って攻撃を仕掛けているが、サクヤの【聖域の演奏】のおかげで一切攻撃が通らない。しかし、上空組はともかく地上組は猛威に晒されているので、手が空いている面々は妨害行動を起こしていく。

 

「星と繋がりし(えにし) 我が呼び掛けに応え 汝をこの地に繋ぎ止めよ―――【星の鎖】。来たれ銀氷 鎖と為りて踊り絡まり 我に牙向く愚者を縛れ―――【フリーズチェーン】」

「輝くは不屈の雷光 残響する雷吼は反逆の証 雷呀の鎖と為りて一切合切を打ち砕け―――迸れ、【リベリオンチェーン】!」

 

ヒナタが二種類の鎖で瓦礫の巨竜の動きを封じ込め、コーヒーも雷の鎖で瓦礫の巨竜を縛り上げて動きを制限する。瓦礫の巨竜は自身を縛る三種の鎖から逃れようと暴れるが、【口上強化】された三つの鎖はびくともしない。

 

「【弾倉展開】【攻撃開始】!」

 

そこにミサイルコンテナを展開したメイプルが玉座に座ったまま誘導ミサイルを瓦礫の巨竜へと放っていく。ダメージは欠片も入らないが、タゲ取りには成功して瓦礫の巨竜の攻撃はメイプルの方へと集中していく。

もちろん光線だけでなく貫通攻撃であろう巨大な槍等も放たれるが、それらはイズがジベェの背に設置した大砲による砲撃で悉く撃ち落とされていく。

 

「貫通攻撃がないから問題なし!」

「来ても撃ち落とせるからセーフよ!」

「では私も彼女のブートに回ります。【凱旋の演奏】!」

 

意気揚々と告げるメイプルとイズの言葉で【聖域の演奏】を止めたサクヤは、パーティーメンバーのスキルによる与ダメージを二倍する演奏スキルを発動させて奏でていく。【身捧ぐ慈愛】のみになっても、メイプルの防御を越えられなければ危機的状況にはならない。

 

「サクヤちゃん、それ利用するね。【福音(ゴスペル)】」

 

フレデリカはサクヤの返答を待たずにスキルを発動させると、フレデリカの持つ杖からサクヤが奏でる音色と同じ音が流れ、同様の効果がもたらされる。

 

「―――真紅の炎帝の名の下に閉じ込めろ!【火炎牢】!!」

 

それぞれの援護と自身の【口上詠唱】込みで大幅な強化が施された【火炎牢】が発動し、瓦礫の巨竜は再び燃え盛る炎の檻の中へと閉じ込められる。【フレアオイル】によってHPも削られる中、回復ポーションを惜しげもなくミィへとかけられていく。

 

「ここまで強力な【火炎牢】はそう見れるものではないな」

「ええ。【楓の木】や【集う聖剣】の協力があってこそですね。【癒しの光】」

 

次々とポーションを使って回復を続けるミィに、ミザリーが答えながら回復スキルを使って援護していく。【痛覚変換】によって瓦礫の巨竜へのダメージ量が増える中、赤く輝く玉にヒビが入っていく。

 

「今度は完全破壊だな。残り時間は?」

「十分くらいだね。ソウ、【時の回帰】」

 

ドレッドの質問にカナデが答えつつ、自身に擬態したソウに指示を出す。ソウが紫のカードを掲げて指示されたスキルを発動すると、パーティーメンバーの発動中であるスキルの効果時間を延長するスキルを発動させる。

 

「陣羽織の効果時間が延びたね。これは嬉しいかな」

「重複は出来ないけどね」

 

効果時間の終了が間近だった陣羽織の時間が延長され、ジェラフは笑みを浮かべる。そのタイミングで赤く輝く玉が砕け散り、炎属性の攻撃の無効化が解除される。

 

「深淵に潜む光 輝きは次代に継がれ 此処に顕現す―――【聖刻の継承者】!羽織る衣は雷の化身 我は雷神に認められし者なり―――【雷神陣羽織】!」

 

炎属性の攻撃が通るようになって直ぐ、コーヒーは二つの自己強化スキルを発動させる。このままでは攻撃が通らないが、【雷炎】を持っているので問題はない。

 

「【雷炎】!【聖槍ファギネウス】!【雷輪十字剣】!【九頭龍雷閃】!【崩雷】!サンダー!」

 

コーヒーは雷属性を炎属性に変えてすぐ、残り時間から即座にスキルを次々と発動して攻撃を与えていく。コーヒーが与える攻撃は他の玉に命中し、ミィの【火炎牢】も合わさって次々と破壊されていく。

 

「【死の足音】【重力の軋み】【錆び付く鎧】【災厄伝播】」

「クローネ、【金属音】【摩耗の鉄】」

「亡、【胡蝶】【送り火】」

 

ヒナタも援護するようにデバフを連鎖の如くばら蒔いていき、アロックとサクヤも自身の相棒達に指示を出してデバフを与えて瓦礫の巨竜へのダメージ量を増やしていく。

 

「ルル、【ボルケイノシャワー】ッ!」

「ネクロ、【死の炎】!」

「【バーンアックス】ッ!」

 

そこにカミュラがルルに指示を出して溶岩の雨を降らせ、ネクロを纏ったクロムも炎を噴き出して追撃を与える。ドラグもスキルで炎を放ってダメージを加速させていく。

 

「【二ノ太刀・斬鉄】!」

「崩剣・旋空の陣!」

「【崩鎧拳】!」

「モルフォ、【ウィークエレメント】!【シャイニング】!【連続起動】!」

 

イズのアイテムで武器に炎属性を追加したカスミにシン、ベルベットが防御貫通や最大分割した飛翔する剣、防御力を落とす拳撃を叩き込む。シアンも弱点属性扱いとなった魔法を惜し気もなく放ってダメージをどんどん与えていく。

そうして【火炎牢】の継続ダメージを与え続けられた瓦礫の巨竜は、無敵モードを維持するための全ての玉が粉々に破壊された。

 

「無敵モードを示すオーラが全て消えたな。これで他の攻撃も通せる」

「ソウ、【鏡の通路】」

 

無敵モードが解除されてすぐ、カナデはソウに指示を出して移動用の鏡を召喚する。それを見たマルクスがすぐに意図を察して行動に移した。

 

「【遠隔設置・岩壁】【設置・水の軍】―――【チェンジ】」

「【鏡の通路】。ソウも【鏡の通路】」

 

マルクスは瓦礫の巨竜の背中にトラップを仕掛けてスキルを発動させると、先程設置されたトラップとソウが召喚した鏡の下に設置したトラップの位置が入れ変わる。鏡を巻き込む形でトラップが入れ変わってすぐ、カナデがソウと共に二つの鏡を召喚する。

 

コーヒー、サリー、マイ、ユイ、カナデ、ペイン、ドレッド、レイド、テンジア、ジェラフの十名はソウが召喚した鏡に飛び込むと、瓦礫の巨竜の背中へと一瞬で到着した。

 

「【ミラージュロイド】【幻影世界(ファントムワールド)】」

「「「【幻影世界(ファントムワールド)】!」」」

 

カナデは分身して直ぐ様、スキルによってマイとユイをそれぞれ七人に分身させる。分身体である十二人は、その手に持つ二振りの大槌をガンガンと叩き込んでいく。

 

「「【ダブルスタンプ】!【ダブルストライク】!【ダブルインパクト】!」」

「レイ、【聖竜の加護】!【聖なる光】!【日輪ノ聖剣】!!」

 

決戦状態(デストロイモード)】を既に発動した本体であるマイとユイのスキル攻撃が炸裂し、ペインも現時点で高火力を出せるスキルを放って瓦礫の巨竜に大ダメージを与えていく。

 

「【疾風迅雷】【トップスピード】【神速】【迅速】【アーマースルー】【セプタプルスラッシュ】!!」

「ヴォル、【雷鳴の加護】【招雷】!【ベルセルク】【ジェネレータ】【雷覇十文字斬り】!」

「リース、【夜凍の氷】【零度の吹雪】!【氷凍剣】【精神統一】【激濤乱舞】!」

 

ドレッドもAGIを最大限まで上げ、【迅速】の副次効果でSTRも上昇した状態で連撃を放ち、レイドも相棒の力を借りた最大火力でダメージを刻み込む。テンジアも怒濤の如く二振りの氷の大剣を振るい、大きく削っていく。

 

「【颪刃】【ウインドカッター】【抜刀・十六夜】!」

「【大海】【ウォーターボール】【十式・回水】!」

「降り注げ、【ディバインレイン】!舞え、【雷旋華】!揺らめけ、【遊雷星】!」

 

ジェラフとサリーも続くように攻撃を叩き込む中、コーヒーも雷魔法を放ちながらクロスボウを連射して匣の追加攻撃も繰り出していき、確実にダメージを刻み込んでいく。

当然、瓦礫の巨竜も黙ってやられるわけもなく、攻撃を仕掛けようと身体中にある砲身をコーヒー達へと向ける。

 

「【コキュートス】」

 

瓦礫の巨竜が攻撃を仕掛けるより早くヒナタの【コキュートス】が決まり、氷漬けとなって動きが封じられる。反撃さえも封じられ、瓦礫の巨竜は為す術もなく猛攻を受け続けていく。

 

「【脆き氷像】【鎧の亀裂】【剥げる表皮】」

「シロップ、【精霊砲】!」

「ジベェ、【水鉄砲】ー」

「クローネ、【竜砲展開】!」

「同時に燃えよ、【多重炎弾】!」

「【遠隔設置・槍衾】!【遠隔設置・風刃】!」

「撃てー!」

 

ヒナタが更なるデバフをばら蒔く中、メイプル達は相棒に指示を出して攻撃を放ち、フレデリカとマルクスは自前のスキルで攻撃を仕掛ける。イズも設置した大砲を順次放って攻撃に参加していく。

 

「後少しで二割……一時の戦線離脱をすべきだな」

「なら僕達は先に離脱するね。【鏡の通路】!」

 

テンジアの言葉にマイとユイの傍で魔法を使っていたカナデはすぐに鏡を召喚すると、マイとユイと共に一足先にメイプル達の下へと帰っていく。

 

「レイ、【巨大化】!」

「リース、【氷の翼】!」

「【召喚・高速舟】!」

 

ペインもレイを巨大化させてドレッドとジェラフを乗せ、テンジアも氷の翼を羽ばたかせて離脱する。コーヒーも舟を召喚してサリーとレイドを乗せて同様に離脱していく。

 

「レイ、【聖竜の息吹】!」

「ブリッツ、【砂金外装】【電磁砲】!【雷神月華】!」

「【水神蒸発】!」

「【風神絶空】!」

 

ある程度離れたタイミングでコーヒー達は攻撃を放ち、光のブレスと雷の砲撃、水と風の爆発によって瓦礫の巨竜の残りHPが二割へと達する。

 

HPが残り二割となった瓦礫の巨竜はコーヒー達の予想通り、すべての拘束を吹き飛ばして形態変化を起こしていく。フィールド中の瓦礫の塔が前触れもなく一斉に崩壊し、無数の瓦礫となって瓦礫の巨竜へと集っていく。それらが瓦礫の巨竜へとまとわりついていき、巨大な砲身と九つの竜の首となって存在感を放っていく。

 

瓦礫の巨竜は雄叫びを上げると背中に出来上がった巨大な砲身から極太の光線を上空へと放ち、空に一つの白く輝く魔法陣を作り上げる。その魔法陣は徐々に空を覆い隠すように大きくなっており、強制死亡の全体攻撃を放ってくるのは明白だ。

 

「奴にも個別のHPがあるな。おそらくだが、すべてを破壊しないとトドメは差せないだろうな」

 

【火炎牢】が強制解除されたミィはミザリーから回復を受けながら呟いていると、瓦礫の巨竜のすべての口から眩い白い光が漏れ始める。それもバラけている面々に顔を向けてである。

 

「まずいぞ!どんな攻撃かは分からんが、凄く嫌な予感がする!」

 

クロムがそう告げた瞬間、瓦礫の巨竜の全ての口から大量の細い光線が放たれる。逃げ場など与えないと言わんばかりの無数の白い閃光はクロム達をすり抜けるように貫き、HPを容赦なく削っていく。

 

「やべ―――」

「【歪曲レンズ】!」

 

攻撃を受けた感覚から防御貫通ありだと察したドラグが焦燥を露にした瞬間、第三者の声が響き渡る。すると、クロム達を貫いていた光線が上空の方でグニャリと曲がり、異なる方向へと飛んでいく。別の光線がレーザーライトのようにスライドするも、途中で曲がってクロム達を撃ち抜けずに終わる。

 

「ナイスだシロ!実に見事な防御だ!」

「同じ轍は二度も踏まないよ、ししょー!」

 

後ろからの声にクロム達は一斉に視線を向けると、胴着の男と肩車された魔法使いがそこにいた。どうやらあのスフィンクスモドキを撃破してこちらに駆けつけたようである。

 

「ここからは俺達も加勢しよう!傍迷惑ではあるだろうがな!」

「……いや、大丈夫だ。今は戦力が少しでも多い方がいいからな」

 

胴着の男の加勢宣言に、クロムが代表してそう返す。実際、彼らの援護がなければあの無数の閃光に相当な痛手を負っていたのだから。

 

「では行くぞ!【ロックニードル】!」

 

胴着の男はシロと呼んだ魔法使いを降ろすと、スキル名を告げながら地面を強く踏み込む。直後、瓦礫の巨竜の足下に幾つかの岩の棘が隆起して貫いていく。しかし、ダメージを受けたのは新しく出来上がった竜の首の一つであった。

 

「む?ダメージを肩代わりしているのか?」

「やっぱり頭を全部潰さないとダメか」

 

予想通りの展開にシンが肩を竦めると、瓦礫の巨竜は今度は光線でなく瓦礫の塊を飛ばしてくる。

 

「今度は物理の圧殺だね!【サイバーバリア】【重複】!」

 

シロは両手を頭上に掲げると、緑色の障壁を二重に展開して飛んでくる瓦礫の塊を防いでいく。

 

「肩代わりするなら好都合だ!アース、【怒れる大地】!【地割り】!!」

「ああ。どこを攻撃しても同じだからな。【クロスディザスター】!」

 

ドラグはアースと共にスキルを使って瓦礫の巨竜のバランスを崩して動きを封じ、カミュラがすかさず攻撃を叩き込む。

 

「【雷命絶交】【撃滅掌】!」

「【終ワリノ太刀・朧月】【紫幻刀】!」

 

ここが決め所と判断したベルベットとカスミは、反動があるスキルを一切の躊躇いもなく叩き込む。ベルベットとカスミの攻撃をまともに受けた瓦礫の巨竜は、三つの首を瓦解させた。

 

「【殺戮の豪炎】!【炎神燃焼】!」

「【光の奔流】!【聖竜の光剣】!」

 

そこにミィとペインが自身の最大火力を叩き込む。ミィは【不屈の守護者】と【身代わり人形】、【ピアースガード】で耐えきったメイプルのおかげで、ペインはジェラフの【風神結界】のおかげで無傷で切り抜けられたからだ。

ギルドマスター二名の最大火力を受け、身代わりの首がさらに二つ崩れ落ちる。

 

「一気に決めるよ。【抜刀奥義・夜叉羅刹】!」

「我が渾身の奥義、受けてみよ!【覇道轟爆】!!」

 

続いて風神モードが解け、レイから飛び下りて接近したジェラフが超威力の居合いを放ち、胴着の男が飛び蹴りを叩き込んで身代わりの首のHPを一気に削っていく。

 

「―――【滅殺の矢】」

 

それに便乗するように、エリアボスを撃破したメンバーの一人―――ウィルバードが高威力の矢を撃ち込む。三人の攻撃を受け、身代わりの首が追加で二つ落ちていく。

 

「【ドリル武装展開】【攻撃開始】!」

 

身代わりの首が残り二つとなったタイミングで、爆発を利用して飛翔したメイプルが両足から大型ドリルを展開してそのまま瓦礫の巨竜へと落下していく。

 

「【ヘビーボディ】【水底の誘い】!」

 

ノックバックを無効にして弾き飛ばされないようにし、左手を禍々しい触手に変えたメイプルはそのまま瓦礫の巨竜の頭へと激突する。少しの拮抗の後、突き破るように進んでいき、【悪食】付きの触手を振り回して大量のダメージエフェクトを発生させていく。

 

「【ジェネレータ】【ヴォルテックチャージ】!集え、【グロリアスセイバー】ッ!!」

 

メイプルの猛攻で身代わりの首が残り一つとなった瞬間、コーヒーは残りの強化スキルを発動して【グロリアスセイバー】を発動させる。【結晶分身】でクロスボウは二つなので、雷の宝剣二刀流による二連撃だ。

 

「仕上げだよ、【多重全転移】!」

 

【グロリアスセイバー】の二刀流を見たフレデリカは二度攻撃できると察し、独断でだめ押しとばかりに全員のバフをコーヒーへと移動させる。

 

「しっかり決めなさいよ、CF!」

「ああ!【跳躍】!」

 

サリーの言葉に凄まじい強化を受けたコーヒーは力強く頷くと、舟の縁を蹴って高く跳躍して空中へと踊り出る。メイプルに意識を向けていた瓦礫の巨竜はコーヒーの接近に気づくのが遅れてしまい、超火力の攻撃を許してしまう。

 

最初の一撃で身体を切り裂かれた瓦礫の巨竜は、最後の一つであった身代わりの首を喪ってしまう。そこでコーヒーに気づいて反撃しようとするも、それより早く二撃目が決まり残り二割だったHPが一気にゼロになる。

 

すべてのHPを削られた瓦礫の巨竜はそのまま崩れ落ちるように身体を崩壊させ、光となって消えていく。同時に蔓延っていた瓦礫のモンスター達も消え去り、薄暗かったフィールドも光が戻って青空を覗かせていく。

 

「最後はしまらないわね」

「……情けない姿なのは事実だが、実行したのはサリーだろう」

 

【糸使い】で餌のように宙ぶらりんとなったコーヒーに実行した張本人であるサリーが何故か呆れ、レイドも呆れたような雰囲気を発する中、メダル獲得の通知が届く。

 

「やっぱり銀のメダルが三枚か。労力に対して報酬が割に―――」

 

そのタイミングで再び通知が届く。その通知内容に疲れ気味であったサリーの表情が食い入るように目を丸くした。

 

「……え?特別ボーナス?銀のメダル十枚ってマジ?」

 

まさかの追加報酬にサリーは面食らった表情で目の前の通知と獲得したメダルを交互に見やる。レイドも同様に通知とメダルを交互に見て困惑を隠せずにいる。

何せ銀のメダル十枚……交換可能な枚数が一気に手に入ったのだ。困惑するのは当然である。

 

「やった!メダルが一気に手に入ったよ!」

「本当っす!メダル十枚は大儲けっすよ!」

 

相変わらずの防御力で落下ダメージもなく地上に激突したメイプルは、ドリルを展開したまま笑顔ではしゃぎ、ベルベットも完全な素で同様にはしゃいでいる。

 

「向こうは十枚か……俺の方は五枚だが、彼らの頑張りを鑑みれば妥当だな」

「そうだよししょー。これで同じ報酬だったら、すごく後ろめたかったよ」

 

胴着の男とシロは特別ボーナスの報酬量に違いがあると気づくも、羨ましがることなく平然と受け入れる。特にシロは逆に安心したように息を吐いている。

そのタイミングでブザーが鳴り、三日目の終わりが告げられる。

こうしてコーヒー達は三日間の生存戦を最後まで生き残り、元のフィールドへと帰還するのであった。

 

 

 




スキル紹介。

福音(ゴスペル)
パーティーメンバーに対して使うと、同じようにスキルを一つだけ発動できる。
敵対プレイヤーに対して使うと、スキルの発動を一つだけ無効化する。
一時間後に再使用可能。

入手条件:第七回イベントの塔九階にある宝箱から入手可能。
ちなみに経緯はバフ切れで落下した結果、運よく宝箱がある足場へと墜落したからである。

【楓の木】のメダルの獲得数、36。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八回イベント後の掲示板と運営

てな訳でどうぞ。


314:名無しの怠惰

最高難易度の最終日の殺意が本当にヤバかったよ

巨大ボス二体はマジで無理

 

315:名無しの忍者

二体もいたってマジ?

最高難易度は本当に凄いんだな

 

316:非リア充の槍使い

普通の難易度だったけど、巨大ボスは一体だけだったぞ

ちなみに姿は巨大悪魔

 

317:名無しの忍者

こっちは瓦礫が巨大な竜の姿を象ったやつだったぞ

難易度によってボスが違うのか?

 

318:名無しの怠惰

たぶんそうだと思うよ

最高難易度はその悪魔と瓦礫の竜だったし

 

319:非リア充の鎌使い

ちょーベリーハード!

最高難易度は本当にヤッベーイんだな!

 

320:名無しのアウトロー

最高難易度の一つ下に挑戦したニキだが、こっちも巨大ボスは二体だったぞ

光と炎の雨でおっちんだけど

 

321:名無しの求道者

あの全体攻撃か

瓦礫の竜は壁や盾の存在無視する光線を撃ってくるから避けるしかなかったで候

 

322:名無しの槍使い

すり抜ける光線かー

やっぱり防御できない攻撃は本当に殺意が高いな

 

323:名無しの天才

巨大悪魔は防御貫通ww

瓦礫の竜はすり抜け光線w

運営の本気度を強く感じてワロスwwww

 

324:非リア充の双剣使い

それだけ全体のレベルが高いということだろう

中盤はダメージが一切入らない無敵状態にもなったしな

 

325:名無しの大剣使い

なにそのラスボス仕様

 

326:名無しの魔法使い

ラスボスはメイプルちゃんだけでいいよ

無敵の死神姿のメイプルちゃんに斬られたい

 

327:名無しの怠惰

お巡りさん此所に犯罪者予備軍がいるよ

 

328:非リア充の剣士

運営に今すぐ通報しろ!!

 

329:非リア充の大槌使い

むしろ憎きCFを通報すべきだ!!

 

330:名無しの忍者

それは別のスレでやれ

ここはイベント情報スレだ

 

331:名無しの魔法使い

すまない

ラスボス関連でつい

 

332:名無しのアウトロー

前半だけ気持ちはわかる

 

333:名無しの槍使い

ラスボスは量産しなくていいんだよ

 

334:名無しの海賊

あれの絶望感は半端じゃなかった

意を決して仕掛けて、途中で無敵状態になった時の俺の心境がわかるか?

 

335:非リア充の暗殺者

分かるよ

最高難易度なんて初手から無敵状態だったからな

 

336:名無しの弓使い

本当に絶望しかない

二体とも無敵なんだろ?無理ゲーにも程があるだろ

 

337:名無しの求道者

その無理ゲーに挑んだ猛者が三パーティほどいたぞ

誰なのかは分からぬがな

 

338:名無しの格闘家

あれに三パーティも挑んだのか?めちゃくちゃ勇気あるな

 

339:名無しの大剣使い

最高難易度なら【楓の木】じゃないか?

フレンド伝で全員参加と聞いたし

 

340:非リア充の魔法使い

三パーティなら【楓の木】以外のメンバーもいるんじゃないか?

 

341:名無しのアウトロー

一番可能性があるのは【集う聖剣】と【炎帝ノ国】じゃないか?

 

342:非リア充の鎌使い

けど、二日目の強制転移があっただろ?

そんなに都合よく集まるもんなのか?

 

343:名無しの怠惰

マップもメッセージも使えなかったからね

何か特殊なスキルがあるなら別かもしれないけどさー

 

344:名無しの海賊

それはあり得るな

 

345:名無しの解説

最高難易度で最後まで生き残れた者です

巨大ボスは二体とも討伐されました

 

346:名無しの忍者

それは本当か!?

 

347:非リア充の暗殺者

情報詳しく!!

 

348:名無しの解説

では巨大ボスの一連の流れから

初手無敵→解除→HP半分で再度無敵→解除→残り二割で最終形態

遠目からでしたが大体こんな感じで

 

349:名無しの弓使い

無敵状態が二回も!?

しかも最終形態ありとか本当に最高難易度はレベルがおかしい!

 

350:名無しの生産者

それに勝ったプレイヤー側も大概おかしいだろ!

誰が倒したんだ!?

 

351:名無しの解説

遠目に加え特殊モンスターとエリアボスから逃げていたのでそこまでは

ですが炎や雷が飛んでいたり、氷漬けにされたりとかなり凄かったです

 

352:非リア充の槍使い

炎や雷か

炎はミィで雷はCFとして氷は誰だ?

 

353:名無しの魔法使い

メイプルちゃんは?

 

354:名無しの解説

たぶん巨大な魚の上でタンクしていたと思います

攻撃をこれでもかと受けていたのに倒れなかったので

 

356:名無しの格闘家

例の範囲防御か

やっぱりメイプルの防御力はずば抜けているな

 

357:非リア充の鎌使い

それより最終形態についてヨロー

 

358:名無しの解説

どちらも顔や首が増えて個別HPが設けられていました

加えて上空に大技の発動準備もしていました

どちらも未遂に終わりましたが

 

359:名無しの職人

上空に大技……二割のHP

それ確殺攻撃じゃないか!!

 

360:名無しの大剣使い

個別にHPがあるってことはソイツらのHPを削り切らないと本体にダメージが入らないやつだな

本当に最高難易度は鬼畜仕様

 

361:名無しの忍者

その鬼畜仕様に勝ったプレイヤーサイドも大分おかしい

何がどうなったら二体とも撃破に至れるんだ?

 

362:名無しの解説

これはあくまで推測ですが事前に情報を得ていたかもしれません

動きが結構スムーズだった気がしますので

 

363:非リア充の鎌使い

それはマジであり得そーだな

フィールドのどこかにヒントがあったかも

 

364:名無しの生産者

今回のダンジョンスレでそれらしき情報があったぞ

強化モンスターの巣窟みたいなダンジョンだったそうだ

 

365:非リア充の斧使い

そこから巨大ボス二体の情報を得られたのか?

事前情報あるならワンチャンあるかも

 

366:名無しの槍使い

当事者の可能性が高い名無しの大盾使いの帰還が待ち遠しい

 

367:名無しの大盾使い

情報持ってきたぞ

 

368:名無しの職人

名無しの大盾使い来たーーーーー!!!

 

369:名無しの魔法使い

待っていたよ!!

情報を早く早く!!

 

370:非リア充の槍使い

当事者なら詳細な情報をお願いします!!

 

371:名無しの解説

私からもお願いします

早速質問ですが、巨大ボスの事前情報を得ていたのでしょうか?

 

372:名無しの大盾使い

その質問にはイエスだな

強化モンスター関連のダンジョンにいたボスをベースにして、見事に戦術がはまった感じだな

 

372:名無しのアウトロー

やっぱり事前情報を手に入れていたんだな

どんなプレイヤーと共闘したんだ?

 

373:名無しの大盾使い

さすがにここで上げるのは憚れるからヒントだけでいいか?

 

373:名無しの海賊

それで大丈夫だ

 

374:名無しの大盾使い

ヒントは第四回イベントだ

それ以上はさすがに書けん

 

375:名無しの忍者

第四回イベントか……つまり、トッププレイヤーと共闘したと

凄い強運だな

 

376:非リア充の剣士

俺なんて合流できたプレイヤーは男だったんだぜ?

しかもヤシガニ姿のエリアボスにやられたし

 

377:名無しの大剣使い

空を飛べるなら合流も簡単だったんだろうな

そっちも飛べるプレイヤーがいるし

 

378:名無しの大盾使い

その飛べるプレイヤーは前半は花火となって目印になってたぞ

 

379:非リア充の大槌使い

え?

 

380:名無しの怠惰

花火となって目印?

もしかして空に定期的に上がっていた爆発は単なる自爆?

 

381:名無しの解説

本当に予想外すぎました

あの爆発の上がっていた場所が危険地帯ではなく一番の安全地帯だったとは

 

382:名無しの弓使い

なんでそんな方法になったの?

詳細詳しく

 

383:名無しの大盾使い

一番最悪のパターンの分断された時の対処法として採用されたんだ

ウチは空を飛べるテイムモンスターは二人だけの上マップも使えなかったし

飛ぶだけならもう一人いるけど

 

384:名無しの大剣使い

確かに

マップも使えない上に全員バラバラなら一番有効かも

 

385:名無しの忍者

飛べても居場所が分からないと探すのに苦労するから確かに妙案かも

汎用性はゼロだけど

 

386:名無しの槍使い

もしかしてその目印に上位の実力者が集った感じ?

 

387:名無しの大盾使い

大体そんな感じだな

 

388:名無しの魔法使い

やっぱり最高難易度に挑戦したかった

してたら共闘できてたかもしれないから

 

389:名無しのアウトロー

今回のイベントはリンク機能で共闘がしやすかったからな

臨時パーティーでの共闘はいい思い出だぜ

 

390:非リア充の暗殺者

確かに共闘しやすい機能は便利だよな

おかげで最後まで生き残れたし

 

391:名無しの剣士

話が脱線してるけど確かに共闘は良かったな

 

392:名無しの格闘家

では巨大ボスの情報を頼む

大まかで構わない

 

393:名無しの大盾使い

じゃあ一番話題になっている無敵状態についてから

北の巨大ボスは召喚された大量の配下が完全防御の結界を構築

南の巨大ボスは身体中にある特定の攻撃を無効にする玉で全攻撃無効

 

394:非リア充の斧使い

本当に凶悪な仕様

どっちも情報無しでは無理ゲーレベル

 

395:名無しの天才

本当にラスボス仕様で草www

運営の本気ヤバすぎwwwwwwww

 

396:名無しの大盾使い

確かにヒヤッとする場面もあったが上手く連携できて乗り越えられたな

 

397:名無しの解説

巨大ボスの全体攻撃だけでもその危険性は身に染みましたからね

炎は防御貫通で光線は物理防御無視でしたから

 

398:名無しの怠惰

本当にその通りだよ

おかげで拠点を作った洞窟に引き籠れずにフィールドで頑張る羽目になったし

 

399:名無しの忍者

あの光線か

あれは本当に心臓に悪かった

いきなり洞窟の上から白い光線が降ってきたし

 

400:名無しの弓使い

本当に最終日は過酷だったんだな

 

 

その後もスレは最終日で大盛り上がりするのであった。

 

 

――――――

 

 

イベントが終わった運営一同は、その結界に遠い目となっていた。

 

「二体とも倒されちまったな」

「そうですね……おかげで特別ボーナスが発生しましたし……」

 

最高難易度の最後まで生き残ったプレイヤー達は生き残り報酬の五枚だけでなく、特別ボーナスのメダルまで入手したことで想定よりもメダルの報酬が多くなったことに、モニターを確認していた二人は揃って溜め息を吐いた。

 

「特別ボーナス……巨大ボス二体撃破しないと発生しない上、三日目の“貢献度”で報酬のランクが変化するようにはなっていたけど……」

「最高ランクの報酬が発生したのが一番の痛手だな」

「同じパーティーが巨大ボスとそれぞれ二十分以上戦闘するのが条件だったからな」

 

まさか二体とも同じパーティーに撃破されるとは本当に思っていなかったのだ。共闘で立ち向かう可能性も一応は考慮していたが、ここまで見事にハマるとは思わなかったのだ。

 

「完全に作戦勝ちという感じだな」

「それぞれの持ち味を活かしてますね。メイプルの【影ノ女神】にミィの【火炎牢】、CFの【グロリアスセイバー】も切りどころを見極めてますし」

 

新人が達観した目で報告してくるが、彼らの考えはこの先の地獄に向いている。

 

「……また、調整しないといけないな」

「ええ。今回のイベントで、メイプルとCFを始めとしたトッププレイヤー達が大量のメダルを手に入れたからな」

「金のメダルにすると全部で三枚……本当に大放出だよ」

 

唯一の救いは全体的にメダルの獲得量が高いことだ。他の難易度でもメダルの獲得数は想定を越えていたので、狙い撃ちの弱体化は実行せずに済むだろう。

 

「八層の実装は予定より遅れそうだな……」

「スキルと装備、素材の見直しをしないと駄目だからな。このままだと新規との差が大きくなり過ぎるし」

「今まで実装した階層にユニーク素材を隠しているとはいえ、それを既存プレイヤーが見つけないとも限らないしな」

 

新人を除く一同は揃って深い溜め息を吐く。

メダルで交換できるスキルや装備、素材は基本はシンプルに強いスキルがほとんどで、それぞれの階層で得られるスキルはクセがあるが使い方次第で大化けするスキルがほとんどだ。

 

「……【破壊成長】と【スキルスロット】付のユニーク装備の入手ハードル、下げようかな?」

「駄目に決まってるだろ。いくら条件が“倍のレベルとステータス差”かつ“ボスから入手できるスキルを二つ以上取得”が前提条件とはいえ、それを下げたらゲームバランスがぶっ壊れるぞ」

「そうだぞ。安易なハードル下げは逆に仕事が増えるぞ」

 

【破壊成長】と【スキルスロット】付の装備はユニーク装備の中でも高ランクのレア装備だ。それが多く出回るようになったら、ゲームバランス崩壊は間違いなしだ。

 

「ですがNWOは更に盛り上がりを見せてますよ。上もそれに合わせて人員を追加するようですし」

 

新人のその言葉に意気消沈気味だった一同の顔が一斉に新人の方へと向く。

 

「それ、マジで?」

「マジです。ちなみにその人員は私の後輩で全員女性です」

 

その瞬間、意気消沈気味だった一同の目に一気に光が宿った。

 

「お前ら!急いで八層の実装予定のスキルとアイテムを見直すぞ!」

「「「「「「おう!!!!」」」」」」

 

やる気が見事に注入された一同は、背中に燃える炎を幻視させながら仕事を再開していく。実に現金な一同である。

 

「……あくまで予定ですが」

 

ボソッと呟かれた新人のその言葉は、絶賛作業に集中している彼らの耳に届くことはなかった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

カラクリ屋敷

気ままなマイペース投稿です。
てな訳でどうぞ。


第八回イベントが終わった翌日。

 

「うーん……これといった情報が見つからないな」

 

残念そうに溜め息を吐くコーヒーは現在、町の図書館で本を読んでいる。

コーヒーが本を読んでいる理由は単純に、クエストやイベントのヒント探しからだ。第八回イベントで銀のメダルが三十枚超え……最大で三つのスキルを交換することが出来る。その上、ユニーク素材も手に入れたのだ。

 

メダルの方は交換期間があるからすぐにする必要はないが、三つも選べるとなるとこれはこれで悩んでしまう。今回は更新されていないから、わざと残して次に更新された時に使うという選択も取れる。

 

実際、【楓の木】のメンバーもそれなりに悩んでいる。マイペースな釣り人以外は。

そのマイペースな釣り人であるミキは、速攻でメダルスキルを二枚使って交換した。交換したスキルは、収集系スキル【トレジャーハント】と、生産系スキルの【調合実験】である。

 

レアアイテムの取得率を上げる【トレジャーハント】はまだしも、釣りとは無関係の生産系スキルも取得したのは、ミキなりにギルドに貢献しよう考えたからだそうだ。一応、【調合実験】の効果を交換エリアから確認したが、このスキルはポーション系のアイテム二つを混ぜ合わせ、半分の確率で別のアイテムを生み出すという一種のギャンブルスキルとのこと。

 

このスキルの利点はイズのようにその場で生産可能なところだが、熟練度に関係なく成功確率が半分なので、失敗したら調合に使ったアイテムは喪失。本当に役に立つのか怪しいスキルである。

 

「今の所持スキルを考えれば、攻撃の手数を増やすくらいしか浮かばないんだよな」

 

【無防の撃】で常時貫通攻撃とはいえ、攻撃力は半減しているので基本的な威力は低い。そうなれば基礎火力を上げるスキルが妥当なところなのだが、今のスキル構成(半分くらいが偶然得た当たり)からして、どこか違う気がするとコーヒーは感じているのだ。

 

「……試しに四層を調べ直してみるか?カスミのハクの時のように、新しく実装されたクエストがあるかもしれないし」

 

思い立ったが吉日。コーヒーは気分転換も兼ねて四層へと赴く。四層は相変わらず妖怪たちが街中を歩いているが、これと言った目ぼしい変化はない。そもそも、この階層はカスミによって調べ尽くされていると言っても過言ではない。そこからカスミも知らない新たな要素を見つけるのは困難なのだ。

 

「やっぱり厳しいか……ん?」

 

新しい要素を見つけられずに溜め息を吐きかけたコーヒーであったが、本が数冊並べられた露店に目が止まる。興味本位でその露店にある本を調べてみるも、その本はオブジェクト以上の価値はなさそうなものであった。

 

「一冊100Gくらいか……全部買っても1000程度だし、思い切って買ってみるか」

 

何かしらのイベントフラグが起きる可能性を期待して、コーヒーはその露店に売ってあった本を全部購入する。【クイックチェンジ】のように何かしらのスキルが手に入ることもなく、空振りに終わる。

 

「やっぱり駄目か……いや、店主に話しかけてみてから……」

 

コーヒーは落胆しかけるも、落ち込むにはまだ早いと考え直してNPCの店主に話しかける。その思いが通じたのか、NPCの台詞に変化が現れた。

 

「その本を全部買うなんて随分と物好きな客人だねぇ。そんな奇怪な客人に良いことを教えてやるよ。どこかの賭場にいる鼠の旦那にそれらの本を持って話しかけてみな。面白い話が聞けるかもしれないぜ?」

 

何かしらのフラグが立ったことにコーヒーは内心でガッツポーズをし、さっそく賭場にいるであろう鼠を探し始める。四層の街中は結構広いため、賭場も何ヵ所も存在している。ちなみに賭場は雰囲気程度で、実際に博打を打つことはできない。

そうして賭場を巡り、七軒目で漸く花札に興じている人間サイズの鼠を見つけることができた。

 

「たぶんアイツだな。さっそく話しかけてみるか」

 

コーヒーは期待を胸にその鼠に近寄って話しかけると、鼠はすぐに反応した。

 

「ん?お前さん、俺が書いた二束三文にもならない本を全部持ってるのか?随分と物好きだねぇ。そんなに物好きなら、ここから西の方にある絡繰屋敷に挑戦したらどうだ?俺の本を持って奥までいけたら、面白いことが起こるかもしれないぜ?」

 

鼠はそれだけ告げると、再び花札へと興じていく。

 

「クエストメニューも出ない辺り、ただのヒントか」

 

コーヒーはそう呟きつつ、西の方にある絡繰屋敷のことを思い出していく。

絡繰屋敷はフィールドに存在しており、そこでは死亡することはなく、奥に到達すると換金アイテムが手に入ることで知られている。難易度もそこそこであり、息抜きで楽しめるアトラクションとしてわりと人気なスポットだ。

 

「面白いことには興味があるし、試しに挑戦してみるか。どっちにしろ換金アイテムは欲しいし」

 

例のユニーク素材を手に入れた為、コーヒーはすぐにイズに渡してHP・MP強化の装飾品の作成を依頼していた。その時にイズからステータスのマイナス補正が生じると説明を受けたが、【破壊成長】付きのユニークシリーズがあるから構わないと思い了承した。

 

何せ、コーヒーの持つユニークシリーズの【破壊成長】はメイプルと比べたら伸びは悪いが、全体的にステータスを上げられるのだ。そこにマイナス補正が入っても十分カバーできるのである。

 

「せっかくだしクロムを誘うか。向こうも俺と同じ理由で金欠気味だろうし」

 

コーヒーはクロムにメッセージを送ると、少しして了承の返事が返ってくる。それからクロムと合流してすぐ、目的の屋敷へと向かい出した。

 

「絡繰屋敷をそのアイテムを持ってクリアすることが条件で発生する何かか……メイプルもだが、コーヒーも変わったフラグを見つけるよな」

「……今回のはマシな筈」

 

クロムの指摘に対し、コーヒーはそう呟きながら顔を明後日の方向へと逸らす。【聖刻の継承者】然り、【孔雀明王】然り、【ワイルドハント】然りとスキル入手の手順は同じなのに、脱線に近い形で得ているのだから。

 

「それよりクロム。今度のメダルスキルはどうするんだ?」

「正直に言えば、結構迷っているんだよな。三つも交換できると考えると、ついセットで考えてしまうからな」

 

やはり最大で三つも交換できるとなると、時間の猶予も相まってどれと交換しようかと悩んでしまうようだ。見る人が見れば、贅沢な悩みと揶揄られるだろうが。

 

「それに最終日で【集う聖剣】に【炎帝ノ国】、それに【thnder storm】も三つになったしな」

 

クロムがそう呟いた通り、共闘した三ギルドも最終日で一気に銀のメダルが大量に手に入ったのだ。他の上位ギルドもそれなりにメダルもレア素材も手に入れているだろうし、対抗する意味でもどうしても慎重になるのは当然かもしれない。

 

「しかしお前から誘うなんて珍しいな。こういう場合は、サリーやメイプルを誘うだろ?」

「二人は下層で息抜きすると言っていたし、水を差すのも悪いだろ」

「それもそうだな」

 

コーヒーとクロムがそう話し合っていると、モンスターである小鬼の集団が二人の前に姿を現し、立ちはだかる。

 

「迸れ、蒼き雷霆(アームドブルー)。【遺跡の匣】【結晶分身】。ブリッツ、【覚醒】【渦雷】」

 

コーヒーは早々に匣を召喚し、二丁クロスボウにして小鬼を次々と射ち抜いていく。匣からのすり抜け光線と空からたまに降る星、追加雷撃によって小鬼たちはあっさりと全滅した。

 

「マジでそれ凶悪だな。今のような集団相手だと、かなり一方的だぞ」

「躱されたら無意味だけどな」

 

【遺跡の匣】の追加攻撃はダメージの有無に関わらず命中することが必須条件だ。メイプルやクロムのような防御が主軸のプレイヤーが相手ならかなり有効だが、サリーのような回避が主軸のプレイヤーの場合は効果は薄いというのがコーヒーの出した結論だ。

 

それでもクロムが指摘した通り、集団戦において凶悪なのには変わりないが。

そんな感じで道中のモンスターを倒しつつ進んでいくと、立派な二階建ての長屋が見え始めた。

 

「あれが目的の絡繰屋敷か」

「ああ。換金アイテムも大層なものじゃないが、何回でも挑めるから生産職のプレイヤーに結構人気なんだよな」

 

クロムのその言葉にコーヒーは確かにと頷く。

生産職プレイヤーは直接の戦闘が得意でない以上、リスクを侵さずにアイテムを得られる場所というのは、それなりに魅力的なのだ。

 

コーヒーとクロムはさっそく絡繰屋敷の引戸を開き、中へと入る。六畳程の広さの部屋には棚が一つだけであり、障子一つない空間であった。

 

「絡繰屋敷だから、回転扉とか収納式の階段か?」

「そこの棚を動かせば扉が開くと掲示板にあったぞ」

 

クロムの言葉を受け、コーヒーはすぐに壁際にあった棚を空いてる空間へとずらしていく。部屋の端まで棚を移動させると、カチッという音と共に入口から向かって左の壁が収納されるように沈んでいき、奥へと続く通路を覗かせた。

 

「まるで現実にある絡繰屋敷そのものだな。実際に行ったことないけど」

(たらい)とか吊り天井とかのトラップもあるそうだが、リアルに痛いだけでダメージは一切入らないそうだ」

「それってVIT関係なし?」

「ああ」

「メイプルが遠慮しそうだな……」

 

何せ痛いのが嫌だからVITに極振りしたメイプルなのだ。防御貫通スキル多数実装前のレベルの痛みが襲いかかるのなら、進んで挑戦しようとは思わないだろう。

 

絡繰屋敷の仕掛けは定番の隠し扉や縄梯(なわはしご)、スイッチによる仕掛けの解錠とアトラクション感覚でそれなりに楽しめていた。

……屋敷の奥に到達するまでは。

 

「ここがゴールか」

「棚と宝箱だけで、何かしら変わったところはないな」

 

多少盥に頭を打たれながらも奥に到着したコーヒーとクロムは、宝箱の中の換金アイテムを回収してから部屋を捜索していく。

少しして、本が納まっている棚を調べていたクロムが違和感に気付いた。

 

「ん?この本棚……所々に隙間があるな。コーヒー、この本棚に例の本を納められるんじゃないか?」

「確かに……さっそく試してみるか」

 

コーヒーは自身のインベントリから例の本を取り出すと、ぴったりと入る本をその隙間に順次入れていく。一冊一冊の厚さが違うので、どこの隙間にどの本が入るかはわりと簡単である。

そうして最後の一冊を棚に収納すると、ガコンッ!という大きな音と共に本棚が天井へとせり上がっていき、薄暗い入口を露にした。

 

「これが鼠が言っていた面白いことか」

「隠しエリアか。この奥には何があるんだろうな?」

 

クロムはそう呟き、そのまま件の入口を潜ろうとする。しかし、それは押し潰さんばかりに落ちてきた本棚によって強引に遮られた。

 

「「…………」」

 

その光景にコーヒーとクロムは無言。クロムは一先ず後ろに下がると、本棚は再び天井へとせり上がっていった。

 

「これ、俺しか奥に行けないパターン?」

「どうやらそうみたいだな。フラグをしっかり立てないと、この奥には進めなさそうだ」

 

どうやら最低でも例の本を全部買わないと駄目だったと分かり、本そのものを持っていなかったクロムは仕方ないと云わんばかりに肩を竦める。

コーヒーも此処からは一人で行くしかないと割り切り、一人でその入口を潜る。中に入るとすぐに入口の本棚が下がり、真っ暗闇になるとほぼ同時に部屋全体がゆっくりと下降し始めた。

 

「これ、すぐに終わるやつじゃないのか」

 

地味に時間が掛かりそうだとコーヒーが呟いていると、エレベーターのように下降していた部屋が止まる。そのまま扉がスライドすると、目に写ったには蝋燭に照らされた薄暗い通路であった。

 

「如何にも何か出てきそうな通路だな」

 

何かしらのアイテムがありそうだと思いながら、コーヒーは一歩前に出る。その直後、天井から何本もの矢が襲いかかった。

 

「うおおおっ!?」

 

突然の矢の洗礼にコーヒーは驚愕しながらも、咄嗟に横に飛ぶことで放たれた矢を躱す。

 

「弾けろ、【スパークスフィア】ッ!!」

 

敵からの攻撃かギミックによる罠か判断できなかったコーヒーは、確認の意味を込めて【スパークスフィア】を天井に向けて放つ。

放たれた雷球は天井で蒼く輝くと、天井に空いてある無数の穴の存在を露にした。

 

「さっきの矢はあの穴からかよ!?」

 

コーヒーがそう叫ぶ間にも、天井の穴から次々と鏃が顔を覗かせていく。それを見たコーヒーは顔を引き攣らせた。

 

「【クラスタービット】!!」

 

【クラスタービット】を素早く発動して早々、コーヒーは自身を守る防壁のように展開する。そのすぐに新たな矢が放たれ、銀色の防壁に甲高い音を響かせていった。

ここが絡繰屋敷の延長である以上、どこかに矢を止める仕掛けがある筈。しかし、通路が薄暗いせいでその仕掛けがすぐに見つけられそうにない。

 

「本当にこれ、タチが悪すぎるだろ」

 

【クラスタービット】で雨のように放たれる矢を防ぎながらコーヒーはぼやきつつ、目を凝らして仕掛けを探していく。矢の雨を防げたお陰で焦らず探すことができた為、微妙に床の一部がせり上がっていることに気付くことができた。

 

コーヒーはそのせり上がっている床に手を置いて体重をかけると、カチッという音と共に沈むと同時に天井からの矢もピタリと止んだのであった。

 

「気楽な息抜きから一転、ガチ探索か……」

 

コーヒーは溜め息を吐きながら奥へ進むと、重厚そうな扉へと到達する。まさかのゴールかとコーヒーは疑ったが、扉に書かれていた文字でその可能性はすぐに霧散した。

 

『此より先は死地なり。挑める機会は一度のみ。腕と智に自信あらば、扉を開けて挑むが良い』

 

「ここからは死亡判定ありの上、挑戦は一度きりか……絶対レアな何かがあるな」

 

これは大当たりが期待できそうだとコーヒーは内心でガッツポーズを取ると、メタルボードに乗ってから扉を開けるのであった。

 

―――運営ルームにて。

 

「マジか。コーヒーが絡繰屋敷の隠しエリアに突入したぞ」

「あそこのレアアイテム、装飾品の装備枠を増やせるんだよな」

「枠数自体は《救いの手》の倍くらいだったよな?ゲームバランス崩れないよな?」

「そこは安心しろ。ちゃんとデメリット……プラス補正の半分化とスキルが弱体化するように調整しといたから」

「ですが《救いの手》をそれに装備したら……」

「そこも大丈夫だ。《絆の架け橋》とかの一部の特殊なやつは装備できなくしてあるからな」

 

 

 




【トレジャーハント】
採掘、採取、釣り、宝箱におけるレアの獲得率が上昇するが、HP・MP以外のステータスが5%低下する。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

印籠なのに七つ道具

てな訳でどうぞ。


コーヒーは裏絡繰屋敷に挑んで早々、早速絡繰の洗礼を受けていた。

 

「いきなり水攻めかー……【潜水】はあるけど早く対処しないとマズイよな」

 

挑戦してすぐに密室からの水攻めは殺意が高いと感じながらも、コーヒーは怪しい箇所がないか手探りで探していく。カナデであれば魔導書とカードに保管したスキルを使ってすぐに解けただろうが、そういったスキルは欠片も持っていないコーヒーは手当たり次第に探すしか方法はない。

 

水が部屋の八割まで浸水したところで、コーヒーは漸く壁に隠されてあったレバーのような取手を発見する。

コーヒーはその取手を握りしめ、力いっぱいに引くと、床の隅の一ヵ所が沈み、そこから水が排水口に流されるかのように消えていった。

 

「この先も大体こんな感じなのか……?だとしたら、スキルの使いどころも考えないとな」

 

無事に水攻めから逃れたコーヒーは、水が排出しきってから出現した扉を潜っていく。次の部屋に入ると、最初の水攻め同様に入口の扉が問答無用と云わんばかりに閉鎖される。

 

「今度は何の仕掛けが……」

 

コーヒーのその呟きを遮るように、ガコンッ!という音が長い通路に響き渡る。そして、鈍い音と共に左右の壁が徐々に狭まり始めた。

 

「迸れ、蒼き雷霆(アームドブルー)!【疾風迅雷】!【ライトニングアクセル】!!」

 

今度は壁の押し潰しと察したコーヒーはスキルでAGIを大きく強化すると、迷わず全速力で奥を目指して走っていく。このタイプの罠は、奥にある扉へと脱出するのが定番であるからだ。

実際、ここは部屋というより長い通路となっており、道幅も車五台分程度の広さはある。故にコーヒーは奥を目指したのだが……

 

「い、行き止まり……」

 

引戸でも回転扉でもなく、ただの壁であった事実にコーヒーは引き攣った笑みでそう呟く。両壁はすでに道幅の半分まで迫っており、今から引き返して仕掛けを探していたら間に合わない。

 

「ここで挑戦失敗……いや、諦めるにはまだ早い!」

 

コーヒーは自身を奮い立たせると、見える範囲で周囲を見渡していく。壁や床に不自然な点はない。天井には……中央に不自然な凹みが列を成すように幾つもあった。

 

「あれか!」

 

あれが解決に繋がる仕掛けと直感したコーヒーは、一切迷わずにクロスボウの矢でその凹みの一つを射ち抜く。すると天井の中央がドミノ倒しのように開いていき、そこから縄梯が垂れ下がる。

その縄梯の一つにコーヒーは飛び付くと、すぐに天井裏へと上るのでった。

 

「本当に嫌な仕掛けだ……これ作ったやつ、性格が悪いだろ」

 

押し潰さんと迫り来る両壁に長い通路、加えて挑戦は一回のみ。初見では間違いなく見抜けず騙される。

一先ず危機を脱したことでコーヒーはその場にへたり込むと、下から鈍く大きな音が響き渡る。押し潰されずに済んだとコーヒーは安堵の息を吐きかけるが、後ろから響いてきた音で遮られた。

 

「ま、まさか……」

 

コーヒーは恐る恐るといった感じで後ろを振り返ると、遠くから黒光りする巨大な球が猛回転しながら迫って来ていた。

 

「絶対性格悪いだろ!!【ヴォルテックチャージ】!【ライトニングアクセル】!!」

 

再度AGIを強化し、再度全力疾走して迫る黒い鉄球から逃げ出すコーヒー。トラップの定番と言えば定番ではあるが、十中八九加速スキルを使うであろう罠を連続、それも休む間を与えずだからまさにその通りである。

 

コーヒーは強化された【ライトニングアクセル】を使って全力疾走するも、迫り来る鉄球は猛然とした勢いで徐々に距離を詰めて来ている。このままだと追い付かれた挙げ句、押し潰されて死亡となるだろう。

 

冷や汗を感じながら暫く走り続ける中、人一人が這って入れそうな穴が用意された壁が見え始める。彼処で止まってからの匍匐前進(ほふくぜんしん)では、絶対に逃げ切れない確信がコーヒーの中にはあった。

 

「鬼畜にも程があるわっ!!」

 

コーヒーは独り文句を叫びながら、スライディングでその穴に滑り込んでいく。滑り込んだ為、脚と背中が地味に痛いが、引っ掛かることなく穴の中に潜ることに成功する。

コーヒーが穴に上手く滑り込んだ数秒後、鈍い音と地響きが届き渡った。

 

「本当に心臓に悪ぃ……次はどんな仕掛けが……」

 

勢い故に穴をそのまま滑りきっていたコーヒーは払う動作をしながら立ち上がり、周囲を見渡す。そこには扉が一つあるだけで何かしらの仕掛けが隠されている様子はない。

 

「……何もないなら少し休もう。流石に二度も全力で走ったから、精神的に少しキツい」

 

コーヒーはこの部屋の安全を確認してから、改めてその場に座り込んで休んでいく。念のために【クラスタービット】による屋根で天井からの不意討ちを防げるようにして。

 

「……よく考えたら、メタルボードで移動したら楽だったんじゃ……いや、鉄球で潰された可能性もあるし結果オーライか?」

 

追い込まれると視野や思考が狭まると思いながらも、十分に休憩したコーヒーは意を決して扉を開ける。扉を開けた先には、まるでRPGダンジョンにある時計塔の内部のような、木製の歯車があちこちで回転している光景が広がっていた。

 

「……ここはメタルボードで楽しよう。うん」

 

使える物は基本的には使うコーヒーは、メタルボードで移動して楽することを選んだ。一回しか挑めない上、殺意がてんこ盛りだった仕掛けのせいで、マトモな攻略は諦めたのである。

 

コーヒーはメタルボードに乗ると、足場となるであろう歯車を無視して移動していく。下は底が全く見えない為、落ちれば間違いなく強制退場か死亡のどちらかだろう。足場が歯車のみなので、常に移動しなければ無理矢理落とされるのは確実だ。

 

……小回りで飛行ができるコーヒーには関係はなくなってはいるが。

そんなズルで奥へと目指していると、何の前触れもなく横殴りの風がコーヒーに襲い掛かった。

 

「空中飛行対策……じゃないな、これ。もしそうならもっと強く風が吹く筈だし」

 

メタルボードに足を固定していたので、屈む程度で済んだコーヒーはそう結論付ける。もしそうなら、上空から叩き落とす勢いの風を起こすのが普通であるからだ。

実際、道中は風だけでなく、吹き矢や手裏剣などの飛び道具が飛んできている。振り子のような鎌もある為、移動の妨害目的の仕掛けであることは確かだ。

 

その飛び道具は【雷旋華】や【クラスタービット】で難なく防ぎ、振り子のような鎌は華麗に無視。今までの苦戦が嘘のようにぐんぐん進んでいき、コーヒーはあっさりと奥へと到達する。

そんな運営が見たら遠い目をするであろう方法で奥に辿り着いたコーヒーは、台座に置かれていた印籠をまじまじと見つめていた。

 

「これ、取っても大丈夫なやつか?けど、これ以外に怪しいものはないし……」

 

ウンウン悩んでいたコーヒーであったが、意を決してその印籠を手に取る。同時にアイテム取得のメッセージが届き、これでクリアと分かって安堵の息を吐いた。

 

「《絡繰七つ道具》……印籠なのに七つ道具ってどうなんだ?」

 

名称に対して疑問に思いつつ、コーヒーは改めてその印籠の効果を確認した。

 

 

============

《絡繰七つ道具》

装飾品の装備枠を五つ追加する。

《絆の架け橋》等の特殊な装備はこの装備の装備枠に装備できず、同一の名称と効果を持つ装備の重複はできない。

この装備枠に装備するとステータスのプラス補正は半分となり、スキル並びに効果は弱体化する。

※他プレイヤーへの譲渡不可

============

 

 

「メイプルの《救いの手》と似たようなものか。いや、弱体化するから一概に同じとは言えないか?」

 

コーヒーは検証の為に一度《ブルーガントレット》を外し、《絡繰七つ道具》を装備する。装備枠を変更しようと《絆の架け橋》と《信頼の指輪》を追加された装備枠に移動しようとしたが、装備不可と表示されるだけに終わる。

 

次は一度外した《ブルーガントレット》を追加された装備枠に装備するよう操作すると、今度はすんなりと装備することができた。

 

「……説明欄にある通り、ステータスの補正が下がってるな。スキルや効果の方は弱体化するとあるが、今は装備が……あ、あれがあったか」

 

コーヒーは思い出したようにインベントリを操作し、死蔵状態であった《フォレストクインビーの指輪》を装備する。【VIT+6】と10分毎にHPを一割回復する効果を持つ指輪に、弱体化の説明が新たに記載された。

 

「10分毎が20分毎に延長か……弱体化は基本的にマイナス方面が二倍になる感じか?これじゃ確かに《絆の架け橋》とかは除外されるな。メイプルの《救いの手》も除外対象になりそうだな」

 

装備すればステータスに補正が入るので、武器の装備枠を増やせる《救い手》が大量装備できると、ゲームバランスが崩れかねないのは容易に想像できる。もっとも、同一の装備の重複はできないとあるので余計な心配だろうが。

 

「少なくともスキル付の装備品向けだな。本格的に活かせるのはまだ先か」

 

色々と疲れはしたが、将来性が高そうなレア装備が手に入ったコーヒーはニンマリと笑みを浮かべる。

そうして新たな装備を手に入れたコーヒーは、律儀に絡繰屋敷の外で待機していたクロムと合流し、今回得た情報を共有した。

 

「装備枠を増やす装備か。デメリットはあるが、スキル付きの装備ならメリットの方が強そうだな」

「それで、クロムはどうする?一度町に戻ってフラグを立ててから挑むか?」

「いや、俺一人だとクリアできるか怪しいからな。最後の方は変化しないだろうが、前半の仕掛けはランダムの可能性がある。複数人で挑めるなら、そうするに越したことはないだろ」

「それもそうだな」

 

この絡繰屋敷の仕掛けは挑戦毎に変わると掲示板にあったと思い出したコーヒーは、クロムのその言葉に納得の意を示す。

今回は矢の雨、水攻め、迫る壁だったが、仕様からしてクロムが挑んだ時も同じになるとは限らない。可能ならカナデと一緒に挑んだ方が成功する確率が高いだろう。

 

「そこのお二人さん、チョーっとお話しよろしいですか?」

 

そんなコーヒーとクロムに、とあるプレイヤーが声を掛けながら近寄って来る。コーヒーとクロムは誰なのかと声がした方に顔を向けると、そこにいたのは見知らぬ女性プレイヤーだった。

 

服装はシャツに短パンと如何にも軽装であり、髪はセミロングの薄い水色で、白いニット帽と眼鏡を装備している。まるで探偵か記者のイメージを抱きそうな少女は、興味津々で二人に話し掛けた。

 

「偶然聞こえてきたのですが、あの絡繰屋敷に隠し要素があったのですか?差し支えなければ教えて頂けませんか?もちろん、明かせる範囲で大丈夫ですし、ノーなら素直に諦めますよ」

「……すまないが君は一体?」

「おっと失礼。自己紹介が先でしたね」

 

クロムの紳士的な対応に少女は確かにと頷くと、背筋を正して名乗りを上げた。

 

「私の名はシャーベット。フリーの情報屋をやってます」

「情報屋?それって掲示板とかにある類いのやつか?」

「ええ、その通りです。私の場合はクエストのフラグやアイテム入手の経緯を主に取り扱ってます」

 

シャーベットと名乗った少女はクロムの質問にそう返すと、自身のインベントリを操作して何かしらのリストを纏めた紙を二人の前に差し出した。

 

「“被ダメージを半減する火系統スキル”、“二刀流を手軽に実現できる剣術スキル”、“索敵を阻害する指輪”、“機械パーツで構成された剣”、“即死を与える毒”……これ、全部本当にあるのか?」

「もちろんありますよ。情報は信用が命。まあ、最初はガセを掴まされもしましたが……」

 

シャーベットはそう言ってニッコリと笑みを浮かべて、告げた。

 

「そういったクソプレイヤーは、匿名で吊し上げてハブらせました」

「お、おう……」

「そ、そうか……」

 

シャーベットの有無を言わせぬ迫力に、コーヒーとクロムはある意味敵に回してはいけない人物だと察した。

 

「と、とにかくどうやって情報を得ているんだ?やっぱり金か?」

「基本的には情報と情報の交換ですよ。私の欲しい情報を対価に、相手の欲しい情報を提供することで多くのプレイヤーから情報を得ているんですよ。フリーなのもその辺りが理由ですね。ギルド所属だと警戒して口が固くなるので」

 

シャーベットのその返答にコーヒーとクロムは納得する。情報というのはそれだけで武器になる。それがどこかのギルド所属であれば、そのまま戦力の増強に直結しかねないからだ。

しかし、シャーベットは完全なるソロ。加えてプレイヤー情報は扱わない為、比較的安易に頼りやすいのだろうと察することができた。

 

「ま、その代償でパーティーが組みづらい上、メダルとも縁遠いですけどね」

「だから通常で手に入るスキルやアイテムの情報を集めている、と……それを加えても、どうして直接情報が欲しいんだ?確実なのは自身で攻略することだろ」

「今回は簡潔に言えば依頼ですね。少し前に装備枠を増やしたいプレイヤーが私に接触しまして、私の持ってる情報じゃご希望に添えなかったんですよ」

「優良な装備ゆえに困っているプレイヤーってとこか?」

「大体そんな感じですね」

 

シャーベットの肯定と取れる返答に、コーヒーとクロムは苦笑いで顔を見合わせる。

 

「クロム……そのプレイヤーに心当たりがあるんだが」

「奇遇だな。俺もだ」

 

もしそのプレイヤーがコーヒーとクロムの予想通りであれば、確実に脅威度が引き上がってしまう。敵に塩を送るか、口を閉ざすか……判断が難しいところである。

 

「でしたらご本人と直接交渉しますか?フレンド登録しておけば、何時でも連絡が取れますので」

「……そのフレンドに、大手ギルドの奴もいるのか?」

「もちろんいますよ。誰かまでは教えませんが」

 

コーヒーの疑問に対し、シャーベットは何てことのないように答えつつも肝心なところは口にしない。情報屋を自称する以上、個人情報に関しては口が固そうである。

 

「この“蓄積したダメージを衝撃波として返す反撃スキル”は【カウンター】とは別なのか?」

「過去イベント交換スキルの【カウンター】とそれは別ですよ。サービスで言えば、それは大盾使い専用スキルです」

「……六層のドクロの騎士の報酬内容でどうだ?」

「あの理不尽骸骨騎士のクリア報酬ですか。その情報は持っていないので取引成立ですね」

 

その中でクロムはしっかり情報を手に入れ、シャーベットとの取引を成立させるのであった。

 

 

 




オリキャラ紹介。
テンジア/天城 秀一(あまぎ しゅういち)

【炎帝ノ国】所属の男性プレイヤー。大人。
マイとユイと同じスキル【破壊王】を所持しており、STRとAGI重視(この二つにしか振っていない)のステ振りとあって、二人と違って機動力がある。
当然一撃貰えばアウトではあるが、元来の反射神経の良さと驚異的な勘により、第四回イベントまではノーダメであった。
ミィとは現実では従兄妹であり、極一部にはそのことで嫉妬の視線を向けられている。

キャラモチーフはGV爪のテンジアン。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

防御特化と男の娘

今回は原作主人公サイド。
てな訳でどうぞ。


一方その頃、メイプルは五層の高い場所に位置する雲の上で、白いワンピース姿で日光浴とばかりの大の字で寝転がっていた。

 

「浮遊城、楽しかったなー」

 

観光目的でサリーと共にダンジョンに挑み、頂上で記念撮影した余韻に浸っているメイプルの表情は、とても幸せそうである。そのサリーとは浮遊城の攻略でそれなりに時間が経過したため解散となったが。

 

残りの層の観光はまた日を改めて行うことにし、今度はコーヒーも誘おうとメイプルが持ちかけ、サリーが少し歯切れの悪い返答で頷いたが……別に構わないだろう。

そんな感じで一人ゆったりとしていたメイプルであったが、視界の片隅に入った城に釘つけとなった。

 

「あれ?あそこにお城なんてあったけ?」

 

場所ゆえにフィールドの遠くまで見通せる位置にいたメイプルは、その城へと意識を向ける。普段からのんびり景色を見ていることが多いため、ちょっとした違和感に気付き易いのだ。そんな額に手を当て、目を細めてじっくりとその城を見つめようとしたメイプルであったが、城が溶けるように消えたことで失敗に終わる。

 

「消えちゃった……もしかして、レアイベントかも!」

 

メイプルは残念がるどころか逆に目を輝かせると、呼び出したシロップに乗って城が消えた場所へと向かい始める。

実を言うと、メイプルはマルクスの【一夜城】やヒナタの【氷の城】のような城を出現させるスキルが欲しいと考え始めていた。その理由は城の天辺で高笑いしたらカッコ良さそう!という、効果は二の次の見栄え的な考えからだ。つまり、いつものパターンということである。

 

「この辺りだったと思うんだけど……」

 

目的のエリアに到着したメイプルは辺りをキョロキョロと見渡して城を探し、シロップも首を動かして周囲を見渡しているが、何処にも城が見当たらない。

一度地上に降りて探そうかと考えていると、離れた場所で銀色の城が突き破るように姿を現した。

 

「あっちだ!」

 

城を発見したメイプルは目を輝かせ、ワクワクしながらその城を目指して進んでいく。その城からは様々な色の光線が放たれており、地上に向かって攻撃しているのは明白だった。

 

「注意して進まないと……【身捧ぐ慈愛】【天王の玉座】」

 

攻撃されたら大変なので、白いワンピース姿から久しぶりの大天使装備へと装備し直したメイプルは【身捧ぐ慈愛】と【天王の玉座】を発動し、万全の態勢で幾条もの光線を放つ城へと近づいていく。

幸い、光線はメイプルに向くことはなくすんなりと近づくことができた。

 

「【魔導の門】【深淵の扉(アビスゲート)】【フレアレーザー】【レールガン】」

 

その城のバルコニーに背が低く、童顔のプレイヤーが複数のスキルを発動して幾条もの火と雷のレーザーを地上に向けて放っていた。地上には氷で構成されたモンスターの群れがおり、氷のモンスター達は城に対して攻撃を仕掛けているが、何条ものレーザーによって薙ぎ払われている。

 

青いローブを身に纏い、水色の水晶を手に持つ姿はまさに魔法使いだろう。そんな魔法使いに、メイプルはそのまま近づいていった。

 

「あのー」

「ん?……ええっ!?」

 

メイプルに話しかけられた魔法使いは、疑問符を浮かべながら振り返り、空飛ぶ亀(シロップ)が間近にいたことに驚いて声を上げる。普通は誰もいない……というか、いても城の上にいる魔法使いには話しかけられないので、呼び掛けだけでなく天使の羽を生やした純白姿のプレイヤーが、空飛ぶ亀の上で玉座に座っていたら驚くのは当然である。

 

「あ、驚かせてゴメンね」

「い、いえ大丈夫です。確かに驚いたけど……」

 

魔法使いはそこまで言いかけるも、何かに気づいたようにメイプルの顔を見つめると、ピンときたような表情で口を開いた。

 

「ひょっとして【楓の木】のメイプルさん?」

「あ、うん。そうだよ」

 

魔法使いの確認にメイプルは特に否定することもなく頷く。普段の漆黒ではなく純白とはいえ、空飛ぶ亀と天使の羽があるのだ。第四回イベントの見所映像でも取り上げられていたので、気付ける人はすぐに気付くのは当然だった。

 

「実は、この辺りで城があったから何かのレアイベントかと思ったんだけど……」

「たぶん、ボクのスキルだね。ボクのスキルには城を召喚するものもあるから」

「そっかー……レアイベントじゃなかったんだー……」

 

レアイベントではなくスキルによるものであったと知ったメイプルは、残念そうな表情で肩を落とす。しかしそれも数秒。あっさりと気持ちを切り替えたメイプルは魔法使いに再度話しかけた。

 

「でも、すごくカッコいい城だよね!ええと……」

「あ、そういえばボクの方はまだ名乗ってなかったね。ボクの名前はシロ。この城の城主様である!」

 

シロと名乗ったプレイヤーは芝居が懸かった仕草をしつつ、ドヤ顔で胸を張る。どうやらメイプルに誉められたことで気分がよくなったのと、こういったノリが好きだからである。

当然、メイプルもこのノリに乗った。

 

「うむ!苦しゅうないぞ、シロ()()()

「グフゥッ!?」

 

メイプルがティアラから冠に装備し直してから王様っぽく告げた瞬間、シロは胸を押さえながら後ろへとよろめいた。

 

「え?急に胸を押さえてどうしたの?」

「ちゃん……シロ、ちゃん……」

 

何故かダメージを受けたシロに、メイプルは困惑しながらも話しかける。そんなメイプルに、綺麗に倒れたシロはか細い声で驚愕の事実を告げた。

 

「ボク……男……女の子、じゃない……」

「え?……ええっ!?」

 

てっきり女の子と思っていたメイプルは驚愕の声を上げる。何せ、シロの顔はまさに“可愛い”であり、その可愛さはマイとユイ、シアンの三人に匹敵する。ゆえにメイプルは、シロを男の子だとは欠片も思ってなかったのである。

 

「ご、ゴメンね!可愛い顔だったからてっきり……!」

「だ、大丈夫……よく間違えられるから……ハハハ……」

 

メイプルがペコペコと謝り、シロは虚ろな目で大丈夫と告げているが、いたたまれない雰囲気が場を支配してしまった。

―――数分後。

 

「おー!このトウモロコシ、槍なんだ!すごく面白いよー!!」

「この《トウモロコシの槍》はモンスター相手だと与えるダメージが十倍になるんだ!《肉球ハンマー》もこの感触が本物の肉球と同じなんだよ!!」

「フニフニで柔らかいよー!!」

 

いたたまれない雰囲気が明後日へと消え失せ、すっかり打ち解けたメイプルはシロの武器コレクションで楽しんでいた。

《トウモロコシの槍》や《肉球ハンマー》という名称でお気付きだろうが、シロが見せびらかしいるのはネタ武器。世界観をガン無視した形状の武器であり、本当に武器なのかと疑うレベルの武器だ。

 

「シロくんは変わった武器をいっぱい持ってるんだね」

「もちろん!武器のコレクションは真の(おとこ)になる条件の一つだからね!」

「真の男……?」

 

シロの発言に対し、メイプルは漢字違いで反芻して首を傾げるも、あっさりと放棄して話を続けていく。

 

「この近くでもそのネタ武器は手に入るの?」

「うん!このエリアで一定数のモンスターを討伐すると、ネタ武器が手に入る隠しエリアへの扉が現れるんだ!モンスターを探したり、追いかけないといけないから、結構大変なんだけどね」

「それならこれがあるよ!」

 

シロの言葉にメイプルはそう返すと、自身のインベントリから数個の缶詰めを取り出す。

 

「その缶詰めは……?」

「これを使えば、モンスターがいっぱい寄ってくるよ!」

「それ本当!?さっそくお願い!」

「任せたまえー!」

 

そう言うや否や、メイプルはさっそく缶詰めを使う。その数秒後、氷の結晶のような姿をしたモンスターがわらわらと群がるように姿を現し始めた。

 

「すごいね、その缶詰め。【マジックタワー】【紆余曲折】照射せよ、【レイ】【連続起動】」

 

缶詰めのモンスター呼び寄せ効果にシロは感心しつつ、スキルを発動。城の隣に出現した塔から白い光線が何度も放たれるが、特筆すべきはそこではない。その塔から放たれた光線が意思を持つかのように折れ曲がり、次々とモンスターを撃ち抜いているのだ。

 

「すっごーいっ!光線がジグザグに曲がってるよ!!よーし、私も―――」

 

その光景にメイプルは目を輝かせて興奮。自身も参戦と言わんばかりに短刀を掲げて【毒竜(ヒドラ)】を放とうとしたが、それに待ったをかける者がいた。

 

「あ、ちょっと待って。【宵闇の祭壇】【歪な(さかづき)】【邪法の陣】」

 

待ったをかけた人物―――シロは間髪入れずに三つのスキルを発動する。城のバルコニーに立っていたメイプルを中心に不気味な祭壇と杯、おどおどしい魔法陣が出現し、まるで邪悪な儀式の生け贄に捧げられる天使のような光景が展開される。

……実際は生け贄ではなく教祖か司祭であるが。

 

「これで毒の魔法は格段に強くなるよ。では、おもいっきりどうぞ」

「そうなんだ。じゃあ―――滲む混沌 出でるは猛毒の化身 三首の顎ですべてを穢さん!喰らえ、【毒竜(ヒドラ)】!」

 

シロの説明を受けたメイプルは納得したように頷いてから、【口上強化】込みで【毒竜(ヒドラ)】を発動。いつもより凶悪な見た目となった三首の毒竜が短刀から出現し、モンスターの群れに向かって容赦なく毒のブレスを放つ。

 

毒のブレスはいつもより強力になっているのか、ほぼ一撃でモンスター達を光に還してしまっていた。しかもそれだけに終わらず、連続で毒のブレスを放つ始末である。

 

「おおおっ!いつもの【毒竜(ヒドラ)】より強くなってるよ!!空を覆うは(よこしま)なる雲 濡れ滴るは毒の雨 平野に降り落ちて生命を蝕め!【アシッドレイン】!!」

 

強化された毒魔法に興奮したメイプルはその勢いのままに【アシッドレイン】を発動。城を中心としたかなりの広範囲に毒の大雨が降り注ぎ、【蠱毒の呪法】も合わさって一帯にいたモンスターは次々と(たお)れていく。

 

「念のために張っておこうかな……【清浄なる屋根】」

 

万が一毒で城が消えてしまわないよう、シロはスキルを使って城を強化する。自身への毒の方はメイプルの【身捧ぐ慈愛】の範囲内にいるので一切問題ない。

 

「これ、周りにプレイヤーがいたら一大事だね」

「……あ」

 

あまりに広範囲に降り注ぐ毒の大雨に対して呟くシロの言葉に、メイプルは今気付いたと言わんばかりに間が抜けた声を洩らした。

 

「ど、どうしよう?これ、途中で止められないんだけど?」

「た、たぶん大丈夫だよ。こんなに広く降り注ぐなんて予想外だし、次から気を付ければいいよ」

「そ、そうだね!こんなに広い範囲は予想外だよね!」

 

やらかしたと冷や汗をかきながら互いに弁護し合うメイプルとシロ。哀しいことに、一番懸念していたことが現実になっていた。

 

「え……?なんで毒の雨が―――」

 

運悪く(?)レベル上げでモンスターを狩っていたプレイヤーがその毒の雨に晒されてしまい、そのまま即死。しかも雨の範囲内に入っていたプレイヤー達も同様の被害に合ってしまった。そのことで後日、一部の掲示板が盛り上がることとなったが……不運な事故と結論が出たので大きな問題に発展することはなかった。

 

そんな見事にやらかしたメイプルの活躍によって、モンスターの討伐数が規定値に達した。それにより、雲の地面からせり上がるように隠しエリアへと繋がる扉が姿を現した。

 

「これが隠しエリアへの入口?」

「そうだよ。実際に見るのは初めてだからたぶん、だけど」

 

若干の不安要素を残しながらも、メイプルとシロは氷で作り上げられた扉の入口を潜っていく。

入口そのものが転移陣になっていたようで、内側から光を放つ扉を抜けると、そこは宝箱が一つだけ鎮座している氷の部屋であった。

 

「ではさっそく、ご開帳!!」

 

シロは待ってましたと言わんばかりに宝箱の蓋を開ける。中にはモナカのような盾と、アイスバーのような棍棒が入っていた。

 

 

==========

《モナカの大盾》

【HP+450 VIT+300】

【弱点属性追加・火】【損傷加速】【炎上耐性低下・特大】【火属性ダメージ増加・特大】

==========

 

==========

《アイスバーメイス》

【STR+120 VIT+55】

【属性攻撃・氷】【弱点属性追加・火】【損傷加速】【火属性ダメージ増加・大】

==========

 

 

「凄く偏った性能だね」

「変わった効果はない代わりに、補正が大きいね。リスクも大きいけどね」

 

見た目が冷凍菓子……アイスとあってか火属性に対して滅法弱い武器にメイプルは苦笑い。対してシロは、ステータス補正のデカさとデメリット過多のスキルを見て冷静に分析していた。

 

意外かもしれないが、ネタ武器はそのふざけた見た目に反して性能は結構良いのだ。実際にそれを使って戦うのはシュール以外の何者でもないが。

 

「ちょうど二つあるから一つは持っていっていいよ」

「いいの?どっちも異なる武器だけど……」

「大丈夫大丈夫。それにこのエリアは時間さえ経てば何度でも挑めるから」

「じゃあお言葉に甘えて!」

 

メイプルはシロの言葉に甘えて《モナカの大盾》をその手に取る。武器だけど食べられたらいいなと内心で思いながら。

 

「後、ちょっとしたお詫びもかな。あのイベントで、ちょこっと参加しただけで美味しい思いもしちゃったし……」

「?」

 

シロの言葉の意味が分からず、メイプルは疑問を露に首を傾げる。その反応が予想通りだったのか、シロはその理由を説明し出した。

 

「実はボクもししょーやギルドのみんなと一緒に、この前のイベントの最高難易度に参加しててね。最終日のあの巨大ボス二体の戦いにちょっと参加しただけで、銀のメダルが手に入っちゃったから……」

 

シロのちょっと申し訳なさそうな表情に、メイプルは少し想像してみる。少し参加しただけで、精一杯頑張っていた人たちと同じ報酬……確かにちょっと後ろめたいと思った。

 

「あー、いいよいいよ!私たちだって、周りのモンスター無視して大きいのに挑んじゃったし!」

「そう言ってくれると嬉しいよー」

「そういえば、シロくんってギルドマスターなの?」

「ギルドマスターはししょーだよ。ししょーは(おとこ)の中の(おとこ)だからね!ギルド名は【OTOKOの花道】だよ!」

 

なんだかんだですっかり打ち解けたメイプルとシロは、色々と話し合った後、フレンド登録して別れるのであった。

 

 

 




『五層で毒の大雨に遭遇した。何かの特殊イベか?』
『毒の雨。もしかしたらメイプルちゃんじゃね?』
『その可能性が高そう。毒の雨=メイプルちゃんだし』
『近くにメイプルちゃんはいなかったんだけどな』
『何かしらのスキルで範囲を広げたんじゃないか?』
『もしかしてその範囲の広さが予想外すぎてああなったのかも』
『本当に不運だったんだな』

一部のスレ抜擢。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。