風に漂う (焼いた石)
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新しい誕生日

2022/09/21 加筆修正。


 自他共に認めるほどバカだった。

 

 面と向かってバカと言われたこともあるし、自分で「バカだからわからねぇ!」と言い訳につかったことも数えきれない。考えもせず行き当たりばったり生きているのだから否定のしようもない。生き方だけでなく勉学においてもバカであることは成績表が示してくれる事実である。

 それでもなんとかハンターとしてやっていけたのは、運が良かったのだと今なら言える。もっともその運は生きていくために全部使われたようで、くじやギャンブルなんかは涙を流すことしかなかったが。そのせいで何度買い出しや掃除をさせられたことか!あの野郎、覚えとけよ!

 話題がそれたが、俺は運だけで生きてきた。だが運が悪くなった。それが死因だ。

 

 

 

 

 クエスト帰りだった。

 誰を相手に死闘を繰り広げたのかは思い出せない。死闘なんてハンターやっていれば毎日の出来事だ。覚えてられない。ただやたらと腕と足の裏が痛かったことは覚えている。あと顔面を殴ることに必死だった。それで、なんとか勝って拠点へ向かう帰路についていた。

 冒険は1人ではなく、もう1人とアイルー2匹。同行したハンターも相棒と言えるほど多くの冒険を共にした双剣使い。ソロでクエストに行くこともあったが、大型モンスターを狩る時は毎回と言っていいほど共に挑んでいた。

 2人と2匹はそろって疲労に満ちた体を引きづりながら、だらだらと歩く。拠点に帰ってからなにをやろうかと話していた。

 

「まずはご飯食べよう」

 

 双剣使いが提案したのは普段通り、食事。何十回も繰り返した会話だけあって予測はついていた。「魚がいいですにゃー」「肉がいいですにゃ」とアイルーたちもいつも通りの返事をした。腹ペコ食いしん坊の4人組であるから普段なら俺も同意するのだが、今日だけは違った。

 

「悪いけど先に武器の手入れするわ。戦闘中にちょっとやらかした」

 

 背中に背負った操虫棍を思い出し、ため息が零れる。落ち込んでいる俺に対して、双剣使いは苦笑していた。

 

「あれだけぴょんぴょんしていればね。角折るためにダウンとりたいのはわかるけど」

 

 それはもう見事なバッタ具合だった。なにせ2人とも武器が双剣と操虫棍である。操虫棍はがんばれないことはないが、双剣では角にダメージが届かない。なのでダウンを取りたくて、猟虫をとばす以外はほとんど空中にいたかもしれない。

 角を折りたいといったのは俺だ。迷惑かけたな、とは思いつつ軽口をたたく。

 

「いやー楽しかった!角も折れたし!これからもう一戦いく?」

 

 半分冗談だったのだが、3人からは心底呆れたような表情をされた。

 

「元気すぎる。あれだけ跳ね回ってたのに」

「ご主人様は無茶が好きですにゃー」

「ほどほどにするにゃ」

「まだまだいけるって!」

 

 元気をアピールする。ただそれだけのために俺は操虫棍を取り出してジャンプをしてみせた。

 

 もう本当にバカ。もう、本当に。なんでやった。

 

 そう、そこで俺の人生の運は見事に尽きたのだ。

 実際は、慣れた手つきで操虫棍を操り、空中へ繰り出し軽やかな着地をしてみせた。着地点が崖ギリギリだったとはいえ、そんなことは戦闘中ならいつものことで。双剣使いの笑い声がする。

 強敵を倒し、角も折れ、相棒たちと笑い合っている。

 達成感と充足感に包まれた俺の、完璧な油断。

 

 足元から大きな音がしたとき、とっさに動けなかった。

 あっと思った。

 双剣使いの顔から笑顔が消えて呆然とした表情になったのが印象的だ。アイルーたちも大きな口を開けて俺を見つめていた。たぶん俺もそんな顔をしていたのだろう。

 

 崖が崩れた。

 俺は落ちた。操虫棍でどうにかなるはずもない。

 下がどうなっているのかはしらない。あっという間に双剣使い達が遠くなっていくのを眺めていた。

 

 物語にでてくる英雄だったらこの高さでも着地できるだろうけど。悪いが俺は英雄じゃないんで。

 

 ビシャッという音やバキリという音が耳元で聞こえた。前にモンスターにつぶされて骨折した時もこんな音がしてたなーなんてのんきに思う。

 目の前は真っ暗だ。

 

 

 

 俺は死んだんじゃないか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

 周りは暗闇だった。明かりなど一切ない。ここまでの暗がりは今まで経験したことがないほどだった。街には松明が常にともされていたし、家にいても自然と窓から光が差し込んできたものだ。探索でも様々な虫や星が光っていた。

 それがいまは、自分の手さえもわからない闇だ…。

 

 こわい。

 

 心拍数が急激に上がった。一気に体が冷えたような感覚に陥る。

 フッと素早く息を吐いた。

 

 落ち着け。俺はハンターだろ。落ち着け。そうだ、まずはここから出ないといけない。

 

 だが何かに邪魔をされているのか手足を自由に動かすことができない。

 なにかが固いものが自分を囲んでいるようだ。

 

 縛られている感じじゃない。ならどかすしかない。邪魔だ!

 

 力を込めて思いっきり壁を叩く。

 

 手の平で押したはずだが、接地面がせまいような気がする。そして首もなんかすごく曲がる。曲がりすぎじゃないかと思うほど曲がっているような……?首を痛めそうだ。

 

 

 

 突然だった。

 モンスターの鳴き声が響いた。ほかのモンスターに比べて高音で、響くような独特な鳴き声。

 そして羽ばたく音。

 

 すぐに思いついた。これは陸珊瑚の大地の主、レイギエナの鳴き声だ。しかも、警告音!

 

 考えることをやめた。必死になって両手で壁を押す。

 

 外の様子を確認したい。死にたくない。隙間でもいいからなんとか!

 

 しかし押してもびくともしなかった。俺の力でも動かないことに驚くながらも、それでも必死に押すしかない。だが手ごたえはまるでなかった。

 

 半ばやけくそになって、頭突きを繰り出した。しかし、額が当たる前に何かがあたったようでパキッという音と共に顔に衝撃を感じた。息苦しくはないが、なにか口に着けられているのかもしれない。

 体のいたるところから感じる違和感について考える間もなく、俺は目の前に小さな光が差し込んでいることに気がついた。

 

 さっきの頭突きもどきで穴が開いたらしい!顔になにかつけられているのは腹が立つが、今だけは感謝しておこう。

 

 さっきと同じ要領で、穴に向かって何度も頭突きをする。そのたびに穴からは割れるような音と共に光は増えていった。

 

 

 

 首が疲れた。

 

 そう思ったとき、一段と大きな音がなり、ガラスが割れるように正面が大きく開けた。急なことで頭突きしようとした勢いのまま一回転。仰向けに転げ倒れた俺の目には明るい光が差し込んでくる。思わず息を殺しながら周りを確認すれば、ここは洞窟のようだ。周囲は淡いピンクと白など様々な色で、そして年輪のように広がる模様をした珊瑚に囲まれていた。唯一光の刺すほうを向けば木ではなく、珊瑚が青い空に向かって伸びている景色が広がっている。そしてクラゲがふわふわと空へ流れていくのが見えた。

 ここは陸珊瑚の大地だ。そして見た限り近くにレイギエナはいない。鳴き声も羽ばたく音もしなかった。

 安心してため息がでる。空気を吸えば陸珊瑚の大地独特の空気。緊張がほぐれていくのがわかった。

 

 よかった……知っている場所だ。

 

 しばらく呆然としていたかもしれない。

 ふと、俺は今まで閉じ込められていたことを思い出した。

 

 いったいなにに入れられていたのやら。大体どうして俺が閉じ込められないといけないんだ。

 

 ふと足元を見るとそこにあるのは鮮やかな青と白の体に、長く伸びた尻尾。そして氷海のようなグラデーションのかかった翼である。白いお腹を天井にさらしているが、間違いない。

 

 レイギエナと一緒に閉じ込められていたのか!?

 

 監禁したやつはどんな神経をしているんだとあわてて動かそうとするも、肩は変な方向にしか曲がらないし、無理に曲げようとすると縛られているかのように突っ張り、なおかつ皮膚が裂けそうであった。

 痛みと戦いながら暴れていたが、それに合わせてレイギエナの体もじたばたと動く。硬いものが体に擦れる感覚がするがそれどころではなかった。

 

 やばい!武器もないのに、レイギエナの相手をしなきゃいけないのか!?

 

 周りを見渡す体の下に薄黄色の破片が辺りに散乱しているのが目についた。なにもないよりはましだと思い拾おうとするもうまくいかない。苛立ちが募る。

 

 早くしないと。このままだと!

 

 全身で勢いをつけて地面に立つ。生まれたばかりのケルビのように膝は笑っている。足元の感覚は鈍い。それでも立てたということが重要である。

 レイギエナも起き上がったのか、先ほどまで視界にはいっていた体は見えなくなっていた。

 

 

 どこにいる?

 

 

 目線を素早く周囲に走らせるも当たりにレイギエナの姿はない。それに自分以外の生き物がいる感覚もしなかった。それでも息をひそめて神経を尖らせる。

 

 万全の動きは望めそうにないが、なんとかする!そうだろ!

 

 腕を動かそうとすると視界の端に青と白の物体が過ぎった。追いかけるように体を向けるとそれと同じ速度で相手も移動する。

 

 あの巨体でそこまで素早く動けたか?なんかおかしい気もする。なんなんだ? ……ん?

 

 ふと冷静になり動きをとめた。そして思った通りレイギエナは攻撃してこない。それに自分が動きを止めると、レイギエナも動きを止める。

 

 どうなっているんだ……。からかわれている?レイギエナがそんなことを?しないだろ。絶対にしないとは言い切れないが。特殊個体?歴戦か?

 

 頭を回しはじめれば今までの違和感からひとつ、いやな予想が立ち始めた。自分でも笑ってしまうほど馬鹿げている。双剣使いに言ったら医者を呼ばれるぐらい酷い。予想ではなく妄想だ。だが現状にあっている。こんな妄想が頭に残っているぐらいなら早急に確認し笑い飛ばしたほうがいい。あり得ないんだから。

 胸の奥に痛いような苦しいようなぞわぞわとする不快感が沸き上がってくる。自然を呼吸が浅くなっていた。心を落ち着けるために息を吐いた。目をつぶって、ゆっくり、時間をかけて……。

 思っていたよりも吐く息が多くて、この時点で心が折れそうだったが覚悟を決めた。ゆっくりと自分の体を動かしてみる。

 

 腕を動かす。背中のほうから風を切るような音がした。

 指を動かす。背中のほうから皮がこすれるような音がした。

 口を動かす。金属製のマスクでもつけているのかと思うぐらい唇が固い。

 

 ぐるりと首を回せば、思った以上の可動域で自分の背中まで確認ができた。グラデーションのかかった、レイギエナの背中だ。

 

 ……いや違う。まさかね。

 

 腕を動かす。レイギエナの翼がよろよろと持ち上がった。

 指を動かす。レイギエナの翼が不格好に曲がり羽ばたいてるかのようだ。

 声を出す。

 

「キョエー……」

 

 つまり、そうなのではないか?

 

 

 すっと頭から血の気が引いた。

 

 まさかそんなバカなこと。いったいなんだ。なあ、そんなことあるか?頭がやられすぎた。もとからやられていたが!絶対崖からおちたせいだ。もうバカはしないって誓ってもいい。なのでお願いします!そんなことないよな!?あるはずない。

 

 予測が外れることを祈るなんて、最低だ。

 

 足を挙げて下を確認すれば、小刻みに震えながら動くのは強靭な爪をもつ足であり。

 

 

 もう、これは、確定なのだ。

 

 つまりこういうことだ。

 

 俺はレイギエナになってしまった!

 

 

 




レイギエナの鳴き声を文字にするのをためらった。
独特の鳴き声すぎて、文字にすると面白くてしょうがないです。
笑いごとではない。


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なんとかなった、たぶん。

※痛みの表現があります。

2022/09/27 表現の加筆修正。


 

 パキパキッ……ガリィ……ガリィ……

 

 美しい珊瑚礁の洞窟に咀嚼音が響き渡る。発生元は、一匹の小さなレイギエナである。ジャグラスやギルオスといった小型モンスター程度の大きさしかないが、形態としては成龍である一般的なレイギエナと全く同じ。成長すればこれといった特徴のないレイギエナになるだろう。

 そして、そのレイギエナの目は死んでいた。無感情に自分が包まれていたであろう卵の殻を齧り、生気のない顔で洞窟の外を見つめている。

 

 腹が減って死にそう……。

 

 レイギエナ、もといハンターは飢え死にしかかっていた。

 

 

 

 

 

 ハンターが生まれた洞窟は、レイギエナの巣らしく高所に作られていた。景色は遠くまで見渡せる。まるでくり抜いたように珊瑚礁の壁に作られており、一歩でも外に出ようとすれば20mほど飛び降りなければならない。飛べることが前提で作られている巣だ、当然だが。

 また、生まれてから数時間が経過しているが巣を訪れたレイギエナはいない。

 さらに洞窟内には一切食料になりそうなものは置かれていなかった。結果、殻しか齧るしかなかった。

 

 おいしくないし、口の中が普通に痛い。

 

 じゃりじゃりとした食感と、生臭い匂いに辟易としながらも食べないよりはましかと思い無心で齧る。

 

 外にでようと考えてはみたが、一番の問題として、自分は飛べない。元人間なもので、飛び方がわからない。本能的なものに期待したが、全然なにも理解できなかった。そもそも体の構造が違いすぎて、どの指をどれだけ動かして、腕をどれだけ動かせば羽ばたけるのかわからない。そもそもどういう状態になったら羽ばたいたことになるんだろうか。10分ほど試行錯誤したことでなんとなく動かせるようにはなったが、飛ぶことに関しては正解が見いだせずに諦めた。短時間しか動いていないが、肩も腕も痛い。

 

 生まれたての精神だったら泣き叫んでるぞ……親はどこいった……。

 

 卵の中に閉じ込められていた時に自分ではないレイギエナの鳴き声を聞いた気がするが、気のせいだったのだろうか。それが親ではない可能性もあるが。そもそもレイギエナは子育てをしないのでは?ハンターとして狩猟することはあったが、レイギエナが育児するかは知らない。そこは研究者やギルド職員の範疇だろう。そんなところまで考えてハンターしている人間は、もっと大物だ。

 

 最悪親はいなくていいが。いやよくないが。食べ物はおいてってくれよ……。

 

 他のレイギエナたちはどうしているのだろうか。こんなサバイバル形式がセオリーであるなら、レイギエナ幼体の生存率はかなり低そうだ。それか生まれた時から飛べるんだろうか。

 

 助けてくれ本能……。お腹がすいた。というか喉が渇いた……。

 

 あるのかわからない自分のレイギエナとしての本能に呼びかけてみるが応答なし。打つ手もなし。

 

 ひたすら足元に散らばっている卵のかけらを、不器用に嘴でついばむのだった。

 

 

 

 

――

 

 眼前には美しい青空。珊瑚礁の間から雲に隠れることなく太陽が顔を覗かせている。かなり遠くのほうでは、何かが飛んでいる姿もみれるがこちらにくる様子はない。なんとも平凡な朝だった。

 あれから一晩をレイギエナは殻を噛みながら過ごした。といっても、全体の2割も食べていない。気を紛らわせるためにつついていただけだ。夜になればレイギエナは巣に戻って寝る習性があることは知っていたため、親がいるなら戻ってくるかと期待していたが、誰も来なかった。無防備を避けるために眠るまいとしていたが結局日がおちてからすぐに意識は落ちた。結局はこどもなのだ。時折飢えや遠くで聞こえる鳴き声に飛び起きたりはしたが、それでもすぐに寝落ちていた。幸い、夜は何事もなく経過した。

 体は健康だ。だがひたすらに飢えている。自分のお腹の音があまりにも大きくて目を覚ましたほどだ。

 

 なんとかするしかない。

 

 そして俺は巣の出入り口、崖の淵に立っていた。

 下に降りて食べ物を自分で探すしかない。だが飛ぶことのできない自分では、この巣穴に戻ってくることはおそらくできない。巣穴から地面までおよそ20mほどの崖であり、レイギエナの腕が翼である以上2本脚でロッククライミングなんてできるような高さではなかった。

 地面におりたら夜を過ごす場所を確保しなければならない。陸珊瑚の台地には小川や池のような小規模の水場が点在しているが、眼下にそれらしきものは見当たらない。小動物の影もない。全て見つけなければならない。いくら時間があっても足りなさそうであり、早急に動き出さなければならない。それこそ、今のような早朝から。しかし……

 

 遠い地面。翼は使い方がわからない。命綱はなし。控えめに考えても、死ぬのでは?

 

 そうしてレイギエナは1時間ぐらい立ちすくんでいた。

 20mなんて、乗り状態の時に空へ逃げようとした飛龍から振り下ろされたときに比べれば低いほうである。でもそれは装備や鍛えた体があったから無事だった。

 では、前世の死因が転落死であるからそのせいで怖いのかといわれると、そうではなかった。落ちている間は「あーやっちまったなぁ」ぐらいしか考えておらず、死んだときも即死だったのか痛みは全くなかった。そのため、飛び降りることに人並以上の恐怖心はないが、人並みに恐怖心はあるのだ。死にそうなところから飛び降りろと言われたら、怖いものは怖い。

 

 いやーちょっとなー……あのー……

 

 心の中で言い訳がとまらなくなってきたので、一度背伸びをした。グゥッと背中をそらすように動けば、視点が一気に高くなり、驚いた。

 レイギエナの陸上での基本姿勢は頭を前に突き出し、地面に対して体の軸が水平になっている。人間にしてみれば、ずっとお辞儀をしているような体制だ。だがレイギエナになってからこの姿勢に違和感はなく自然に過ごしており、いまになってようやく違和感を感じるほどであった。むしろ人間のような縦長の態勢はつま先立ちをしている感覚で、背中と足がつっぱる。そのまま腕を動かしてみれば、体がぐらぐらと倒れそうになり、慌てて元の姿勢をとった。

 

 本当にレイギエナなんだなぁ。

 

 翼を動かせば仄かな風にあたり、自分が動かしていることを実感する。

 翼を見つめようと首を動かそうとしたその時、崖下から強い風が吹いた。地上の生き物を空へ打ち上げようとしているのではないかと思うほど強い風。何処かで古龍でも暴れているのかもしれない。それか天候が荒れる前兆か。それでも、今のレイギエナにはその風が心地よく感じられた。

 

 いい風だ。きっと勢いに乗れたら、あっという間に空へいけそうだ。

 

 飛べずに本能なんてものは備わっていないと思っていた。だが、今の風に顔を顰めないなんて、元の俺とは違うように感じた。穏やかな風がハンターの頬を優しくなでる。ひんやりとして、心地良い風だ。怖さはない。自分を励ますように流れていく。溜まっていた不安も流してくれたように、思い直した。

 

 俺はレイギエナになったんだ。風があるなら、飛べるはず。

 

 翼を広げて、記憶にあるレイギエナのように羽ばたこうとするも不格好で、頭の中で失笑した。

 

 飛べないなら、まずは風に乗ろう。滑空の装衣みたいなもんだ!

 

 滑空の装衣はジャンプの滞空時間が長くなり、状況によっては風に乗って移動することもできる装備で、デザインはレイギエナがモチーフになっていた。他の装衣に比べれば使う機会は少なかったが、それでもお世話になった記憶はある。

 

 つまり、レイギエナでも同じことができるということだ!

 

 無茶苦茶な理論だが、自分を鼓舞できればなんでもよかった。

 イメージトレーニングのためその場で翼を大きく広げて制止する。空中で動いたら姿勢を崩して落下するだろう。レイギエナの姿勢制御なんてやったことがない。バランスを崩さないためには、羽で風を受けることに集中して、大きく動かないことが大切だ。

 

 翼を大きく広げる、動かさない、風に負けない。大丈夫、難しいことじゃない。

 

 それで無事に崖下に着地できるかは不明である。大した軽減にはならずに、勢いのまま地面にたたきつけられることも十分に考えられた。

 

 だが、もう行くしかない。

 

 羽を広げた状態で、眼前を確認する。少し風を感じて羽ばたいてみたが、風に乗るという感覚は全く理解できずに腕が疲れるだけだった。一度翼を下ろして休憩し、もう一度水平になるように大きく広げた。

 ぐるぐるとお腹の音がする。喉が渇いて、口の中も乾燥している。頼れる人はいない。体も貧弱だ。

 それでも冒険の始まりだ。初めてクエストに挑んだ時のように、突っ込むしかない。

 

 なるようになるさ!

 

 崖から風が湧きあがる。穏やかだが、力強さのある風。

 絶好の機会に、レイギエナは翼を信じて飛び降りた。

 

 

 

 

 翼の被膜が風を包み込みつつ受け流す。レイギエナが願った通り、風圧により落下速度は緩和されていた。滑空の装衣ほどではないが、飛び降りるよりは緩やかな速度だ。それでも、

 

「ギョエエエエェーーーィ!」

 

 落下しながらレイギエナは絶叫していた。

 

 腕が痛い!これあってる!?俺風にのれてる!?落ちてるだけでは!?

 

 筋力が風圧に負けそうだった。指先に至るまで力を籠める。水平に保つだけでも必死である。一瞬だけ風に乗る快感を感じていたが、それどころではない。筋肉が悲鳴をあげていた。

 

 着地できるか!?指もげそう!!

 

 どれぐらい落ちたかわからないが、地面はまだ遠い。体感としては5分ほど経っていたが、実際には5秒だ。それでも、子どもレイギエナには厳しかった。

 

 もう限界なんだが!

 

 そう思った瞬間には、姿勢が崩れていた。僅かだが左翼の力が抜けたせいで、体が左へと傾く。慌てて姿勢を右に傾けたが、空中の感覚がわからず右に重心を傾けすぎた。結果、体はどんどんと右に傾いていく。あわてて左の翼に力を籠めるが、逆効果であった。バランスの取りようもなく、傾いた左の翼に大きく風を受け、胴体を軸にぐるりと回転。結果、完全に背中から落下する体勢となっていた。

 

 あっこれ死んだな。

 

 2度目の転落死である。

 なんとかならないかと翼をばたつかせるが、落下は止まる気配がない。無駄なあがきだった。

 徐々に遠くなる景色に、この間見たばっかりだな、と思った。状況は全く違うが、死因は一緒だ。

 

 だが、違っていた。

 

 鮮やかな珊瑚が視界の隅に入った時、激しい衝撃が背中と頭に走った。呼吸が止まった。息ができない。吐き気がする。鈍痛を全身に感じる。

 

 いたい……

 

 空気を求めて必死に口を動かす。胸が引きつり、息が吸えない。

 

 いたい……くるしい……

 

 頭が痛くて、腰が痛くて、胸が痛くて。まるでハンマーでつぶされたかのように、体が動かない。死んでしまう。喉が動かない。

 はっきりと死の恐怖を感じる。腕を伸ばして喉を確認しようとするも、腕ではなく翼が目にはいる。人間の腕ではない、レイギエナの翼だ。腕も、指も何一つ思い通りに動かない。被膜が引きつるばかり。無様に蠢くだけだ。使えない。動かせない。こんなものは知らない。だがこれしか動かないのだ。これが動いてしまう。これは自分の腕じゃない。こんなものしらない。

 

 なんだこれ……なんだこれ!!

 

 パニックだった。自分が自分じゃない。誰かに奪われた。全てが痛い。息ができない。

 

 助けて!

 

 返事はない。声にも出せていない。音が出ない。必死で誰かを探した。助けてほしくて。死にたくない。

 

 なぁ!××!助けてくれ!助けて!××!

 

 無意識に相棒の名前を呼んでいた。見つけてほしくて、暴れる。暴れるほど体は痛くて、それでもそれしかできない。いないことはわかっていた。誰もいない。胸が苦しかった。目から涙が落ちる。

 

 たすけて……

 

 どうしてこんなことになっているのかわからなかった。死んだだけだった。自分のミスで、自分が死んだ。それだけのことだったのになぜ、自分は苦しんでいるのか。誰かがそう願ったのだろうか。殺したいなら殺してくれ。まわりには誰もいない。

 あたりの静寂が、ハンターに現実を教えてくれた。

 

 だれも助けてくれやしない。

 

 誰にも知られず、痛みと苦しさに喘いで、また死ぬ。

 

 ばからしい……

 

 胸の奥が冷えるような感覚がした。あまりにも無様で、意味のない時間だった。ハンターは死んだのだ。そのはずだった。それなのに生きていて、なぜかレイギエナで、そしてただただ苦しんだだけの、蛇足な一日。死後まで運が尽きていた結果なのかもしれない。馬鹿らしく気楽に生きていたから、死後に苦しめられるのだ。

 だが、頭が冷えていく。自分は馬鹿だった。

 

 崖から落ちたのだ。痛いのは当然で、生きているだけましだ。

 

 そう思うと自然に息を吐けた。体は壊れていないようで、息が吐ければ自然と吸えた。全身が痛くて、どこが折れているのかはわからない。体から力を抜くように努め、深呼吸することに集中する。余計なことは考えないように。

 

 10分ほどすれば、落ち着きを取り戻した。背中から落ちたせいで起き上がるのに苦戦したが、幸い足と翼はダメージが少なく立ち上がることはできた。地面に血が落ちているが、量は多くない。背中と、頭の後頭部というか角のようなものが生えているところが最も痛かった。折れているかもしれないが、今の自分には確認をする手段がない。頭の右左で重さが違う感じはしないため、折れているなら左右平等に折れているのかもしれない。

 動かすと頭が痛いので視界に入る部分しか確認していないが、見た限りでは折れている部位はなさそうだった

 死を覚悟するほどの経験をしたが、大きな怪我はなさそうである。

 完全にパニックになっていた。すぐに羞恥心に苛まれ思わず周りを確認するも、状況は変わらずだれもいない。いないことに安堵した。さっきとは真逆である。間抜けさに笑いが漏れれば、脱力感に襲われて膝が崩れた。自重のせいで背中に激痛が走るも、なんとか転倒はせずに持ちこたえる。

 しゃがみこんだままふっと息を吐いた。

 

 とりあえず、下には降りられたわけだ。

 

 巣からの旅立ちは痛ましいものであったが、スタートラインに立っただけである。まだ朝だ。そして何一つ見つけられていない。空腹と口渇と疼痛で、状況はより悪化している。

 

 

 

 冒険は始まったばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 話が重くなりすぎました。こんなはずではなかった。

 レイギエナくんはがんばってサバイバルします。がんばれ!



 1話を投稿してから2年たってますね!書き溜めていたわけでもないし!たまに更新していきたい。次話に着手はしています。

 何回か見直して完璧!って思いで投稿しているわけですが、後日確認するといろいろ修正したくなるから不思議ですよね。深夜のテンションで書いていることが多いので、妥当ではあるのですが。


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火属性になりたい

2022/10/9 修正加筆。


 まだ旅立ちのスタートライン真上にいるといっても過言ではないのだが、心はもうボロボロである。家に帰って布団に包まりたい気持ちで溢れているが、仮称家には食料がない。あと布団がない。なんなら帰る手段がない。帰ったところでどうしようもないので、前に進むのだった。

 レイギエナは頼りない足に力を込め、最初の一歩を踏み出した。足が細いわりに翼が大きい。そのせいで歩くだけでも重心がぐらつき、腕を広げてバランスを取りながら歩かなければならなかった。動かし方がわからない尻尾が自然とバランスをとってくれようろ右へ左へと揺れているが、そのたびに背中がズキズキと痛む。おぼつかない足取りに目線が下へといってしまう。

 

 慣れないうちは、立ち止まって周囲を確認したほうがよさそうだな。めんどくさ。

 

 レイギエナは立ち止まって周囲を観察した。

 陸珊瑚の台地らしく白やピンクの平たい珊瑚が積み重なり壁を構築している。レイギエナがいるところは広場のように少し開けた平らな地形で、軽い運動ぐらいならできそうな広さだった。何処かへ続いていそうな通路が一本、まっすぐに続いている。小型モンスターなら通れそうな道幅であり、今の大きさのレイギエナであれば歩いて通れそうである。壁の上には紅色の樹状の珊瑚が空に向かって伸びているが空からレイギエナの姿を隠してくれるほどではなく空から丸見えであることは予想がついた。他には生き物も、水も見当たらない。巣穴から見下ろしわかっていたことである。

 

 敵がいないだけましだな。今なら小型モンスターにだって負ける。一対一なら……どうだろう……。

 

 頭の中でジャグラスと戦う想像をしてみたが、激闘になりそうだ。負けるつもりはないが。

 体を慣らすために広場をぐるぐると歩いて回る。何度か尻尾を壁にぶつけたり、曲がり切れずにバランスを崩しそうになったりはしていたが、20分ほど歩けば徐々に感覚をつかめ、小走りぐらいはできるようになった。走るにはまだ練習が必要だ。しかしレイギエナのお腹はずっとぐるぐると鳴っているのだ。

 

 動けるうちに動くしかない。

 

 空腹感に駆り立てられながらレイギエナは広場を後にした。

 

 

 

 

 しばらく道を歩いていると、珊瑚礁のトンネルに行きついた。今までの道幅よりも狭く、樹状珊瑚が刺々しい屋根を作り出している。自分の体とトンネルの大きさを比べるが、明らかに窮屈そうである。

 

 やればできるって!がんばれ。

 

 ここ以外に道はないのでいくしかない。意を決して突っ込めば、頭はスムーズに入ったが予想通り翼がひっかかり前にすすめない。できる限り翼を折りたたみ体に密着させ、足も折り曲げてできるだけ座高を低くし地面を蹴って体を押し込む。体の半分ぐらいは通ったが、すっぽりと嵌っており足が動かせなくなった。

 

 なんとかならんか。

 

 体を左右にくねらせる。張り出した珊瑚の枝が体を刺してくるが、僅かに体は前にすすんだ。なんとか通れそうである。そのまま這いつくばりながら押し進んだ。

 

 ドスジャグラスになった気分……まあレイギエナだけどな!

 

 自分でもわけがわからないことを言っていた。

 

 

 

 死闘の末、レイギエナはトンネルに勝利した。背中はスタート直後の打撃に加え、珊瑚からの刺突のせいでだいぶ痛いが、血の匂いはしないため問題ないという結論に落ち着いた。生きているならよし。

 トンネルを抜け出した先にはなだらかな坂が続いていた。大型モンスターが悠々と歩けるほど開けた通りで、レイギエナは思わず身震いする。周囲に鳴き声や痕跡は見当たらないが、おそらく危険が増えることになる。

 

 もういっそ嵌ったままでいられないかな……。逃げる時は頭をひっこめればいいだけだし……。

 

 しばらく周囲を警戒していたが物音はしない。思わず伸びをした。背中は痛いが、気分が晴れる。それでも空腹のせいか体が重いが、そのままゆったりと歩き出す。

 

 なるようにしかならんて。

 

 だんだん疲れてきたのか思考が投げやりになっていることを自覚してはいたが、実際に動くしかないのだ。脅威は感じない以上、探索するしかない。

 

 まずは水!フィールドから考えて水場は少なくないはず。なら下に向かうか。しらんけど!

 

 水は下に溜まるだろうという予想をもとに坂を下り始める。傾斜は緩いし、爪が滑り止めになっているようで転びそうではない。それでも一定間隔で立ち止まり、周囲を観察した。太陽の位置からして、自分が北に向かっていることはわかったが、それ以外に目ぼしいものはなかった。

 

 とりあえず脅威はいなさそうだ。

 

 レイギエナの耳に聞こえてくるのは風の通る音だけで、平穏を保っている。

 

 不幸中の幸いというか……多少危険でいいから水をくれー!

 

 そんなことを思っていた時期もあったなと、後々のレイギエナは振り返るのだった。

 

 

 

 

 しばらく歩いていたが一向に水場にたどりつかない。そこで先に食料を、と考えたところで問題が浮上した。自分は何が食べられるのだろうか、と。

 レイギエナの食性は大型モンスターの例にもれず肉食である。通常であれば陸珊瑚の台地に生息するラフィノスを狩ってそれを食べるが、ラフィノスは飛ぶ。しかしこのレイギエナは飛べない。ラフィノスからしてみればレイギエナは天敵であり、姿を見た瞬間に逃げ出すだろうから走って捕まえるというは現実的ではない。待ち伏せができればいいが、レイギエナのカラーリングは隠密性の欠片もなく鮮やかだ。隠れようもない。

他の小型モンスターであるシャムオスは群れで活動するうえ凶暴な性格でありリスクが高い。ケルビも群れで行動するが攻撃力は低い。とはいえあの機動力である。追い付ける気がしない。

 

 飛べるようにならないと何もできないが?でも飛び方がわからないんだって……

 

 飛べないレイギエナなんて、毒が吐けないプケプケである。最大の武器が使えない。

 考えなしはいつものことだが、途方にくれてしまう。知恵を借りようにも誰もいない。自分でなんとかしなければならないが、ぴんとくるものはなかった。今からでも飛ぶ練習をしようかとさえ考える。

 

 どうすんだこれ……

 

 諦観の境地に至りそうである。もう考えることにさえ疲れていた。

 ふと足元を見ればまるで海藻のような草が生えている。気楽そうにふよふよと風を受けている。悩みなどなさそうだ。いっそ植物に生まれ変わればよかったとも考えたが、植物なら芽生えた地点で人生のすべてが決まってしまう。溶岩の隅にでも生えたらもう終わりだ。それにいい場所に生えてもモンスターに食べられたらおわりかぁ、レイギエナはぼんやりと見つめながら、ふと考えた。

 

 つまり、食べられるってことだよなぁ……

 

 全く食欲は誘われないが、おそらく食べて死ぬことはないだろう。もう食べても食べなくてもたどり着く先は同じような気がしていた。

 

 野菜には水分があるとかなんとか……

 

 大きな口を開いて、ためらいなく雑草をバクリと口に入れる。

 

 にがい!!

 

 全身が震えるほど青臭い。舌全体に苦みが広がる。しかも硬い。一瞬で吐き出したい気持ちに襲われたが、なんとか自制する。さらに、噛み切るにも一苦労だった。なぜならレイギエナの歯は肉食らしく鋭く尖った牙であり、肉を引きちぎりやすいようになっている。一方で草食獣の歯はすり潰しやすいようになっている。牙しかないレイギエナは野菜を咀嚼するには向いていなかった。

 草がしっかりと根を張ってくれていたおかげで千切ることはできたが、口の中で何度も咀嚼する。顎が疲れてきたころに、やっと飲み込むことができた。

 

 ただの拷問だが?

 

 ご飯を食べたつもりだが体力が減っている気さえする、苦痛やしびれがないため毒はなさそうだが。

 気のせいかもしれないが空腹が紛れた気がして、再び草を口に運ぶ。

 

 とはいえ、こんなものばっかり食べてられるか!

 

 記憶をたどり、陸珊瑚で食べられそうなものを考える。

 ハンターは携帯食料を持ち歩いていたり、キャンプで料理を作ってもらったりで冒険の最中に食材をとって自炊するなんてことは、こんがり肉以外滅多になかった。とっさに食べられそうなものと言われてもなかなか思いつかない。

 

 ほかに食べられるもの……ツボアワビ?

 

 陸珊瑚の名物、ツボアワビ。採取クエストとして厳選ツボアワビをもってこいと言われることさえあるほど人気の食材だ。ハンターならだれでも食べたことがあるだろう。それに隅のほうを探せばまとまって壁に張り付いていることが多く、一個一個は小さいが集めるには苦労しなさそうである。厳選ツボアワビとなると見つけるのは手間だが、厳選しないツボアワビならたくさんあるのだ。だが問題もある。

 

 貝って生で食べられるのか?

 

 ツボアワビの刺身は食べたことがない。大抵は焼くか煮るかされている。ツボアワビではないが、お腹がすいたからとクエストの途中で貝を生で食べたやつが死にかけたという話しをギルドで聞いたことがある。その時は馬鹿なことをしたものだと笑ったものだが。

 

 確かひどい下痢になったとかいってたな……。下痢はまずいだろ……。

 

 お腹を下したら活動に支障がでる。しかも無駄に水分が消費されてしまうことは死活問題である。なるようになれ、とはいけない問題であった。

 

 レイギエナのお腹を信じるか、草を齧るか……

 

 口の中では雑草が苦みを発している。食べたくなければ食べなくていいんだぞと抗議しているかのようで心の中で謝る。植物も気楽ではなさそうだ。

 悩んだ末に、レイギエナは草を食べることを選択した。腕が翼のせいで鼻をつまみながら食べるわけにもいかず、真っ向から青臭さと対決する。

 

 これからは唯一の草食レイギエナとして生きていきます……

 

 一段と草からえぐみを感じて思わずえずいたが、なんとかこらえる。

 せめて生食でなかったらなとレイギエナが氷属性であることを恨みながら、名前も知らない草を咀嚼する。全くと言っていいほど水気はないが何度も噛むおかげで唾液が出て、多少口渇感は緩和された。

 

 水が飲みたい……

 

レイギエナはまたゆっくりと歩き出した、草を食みながら。

 

 

 

 

 

 




飛べないレイギエナさんは引き続き水を求めてがんばります。がんばれ!


こんな感じの小説ですが見てくださる方はいるそうで。皆さんどうやってたどり着いているんでしょうか。「レイギエナ」で検索する人がこんなに!?って思っていましたが、そんなわけないですよね。なんにせよいつもありがとうございます。
まだ書きたい気持ちはあるので、次もがんばります。



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大人になりたい

短い。


 あてもなく彷徨い、太陽はすっかり天頂に達していた。気温は高くないが、遮るものが少ないせいでじりじりと全身が焼かれている。汗はかいていないが、喉はすっかり乾いており雑草を噛んでもろくに唾液がでなくなってきていた。擦れた足は痛み、疲労で足が自然と止まる。長時間歩いているが子どものレイギエナの歩幅であり、大した距離ではない。それこそ飛べればあっという間の距離ではあったが、レイギエナにとってはこれが精いっぱいだった。

 

 みず……みず……

 

 もう何度その言葉をつぶやいたか定かではないが、一向に見つかる気配がしなかった。水音もしなければ、水辺の独特な匂いや湿気も感じない。見落としている可能性もあるが、戻って確認するよりも前進した方が確率が高そうな気がして歩き回る。後退する気力もない。

 

 状況の改善がないままに歩いていたがふと気になる匂いが鼻についた。少し生臭いような獣臭い匂いであり良い匂いとはいえないが、嗅いだことがある匂いである。

 一気に気を引き締めて、慎重に匂いを嗅ぐ。

 

 モンスターのにおいか?でも周囲に気配はないし、物音もなし。……なんの匂いだ?

 

 少なくとも水の匂いではない。正体は判明しないが、不思議と危険な匂いとは思えなかった。ハンターとしての経験則ではなく、どちらかといえば本能的な部分がそう判断している。

 匂いの元を辿るように進路を変える。だいぶ薄らいでおり集中しないと感じとれないほどである。匂いの主が通ってからだいぶ時間が経過しているようだ。

 

 集中しながら匂いを辿っていくと、開けた高台の上に出た。坂を下ってきたが、陸珊瑚の台地としては高いところを歩いていたいようだ。高台からの景色は空が半分を占めている。それでも巣に比べれば大したことがない高さだ。

 匂いのもとをたどり、顔を向ければ。光が遮られ薄暗くなった珊瑚の壁、ヒカリゴケが放つ薄ピンク色の光にぼんやりと照らされて、大きな爪痕が刻まれていた。岩と同じほど硬い陸珊瑚の床に、はっきりと4本線が細く長く存在を示すかのように削りこまれている。陸珊瑚の台地で何度も見かけたことがある痕跡であり、間違いないだろう。この痕跡の主は間違いなくレイギエナだ。

 

 大きいなぁ。自分が小さいのか?ハンターのときは気にしてなったが、けっこう大きいんだな。

 

 無理かとは思ったが試しに自分も床に爪を立ててみる。全力で握り締めれば、引っ掻いただけのように薄く浅いが、それでも爪痕を残すことができた。見比べれば、およそ三倍だろうか。

 

 これで蹴られたら死ぬな。ははっ。

 

 笑うしかなかった。改めて自分の小ささを実感する。大きさは強さだと言っていた人もいたが、確かにその通りである。勘弁してほしい。

 一方で自分の握力は陸珊瑚を削れるほど強いものであることを知ることができた。走ることには向かないが、握ることには向いているらしい。レイギエナは獲物を足で鷲掴みして狩りをする。そのため足の握力は強いのである。

 

 握りしめる攻撃かぁ。やったことはなかったけど、どうだろうか。

 

 飛べれば上から掴みかかることもできるのだろうが。小さい体ではなかなかうまく活かせそうにない。メイン武器にはならなそうである。

 気を取り直して、改めてレイギエナの痕跡について考える。匂いは間違いなくこの痕跡から漂っている。それに痕跡の具合からみて、最近のものではなく少なくとも1日以上は経っているだろう。しかし痕跡があるということは、ここがレイギエナの縄張りであったことは間違いなさそうだ。縄張りを持たない渡りのレイギエナが偶然つけた痕跡である可能性もあるが、その場合は縄張りの主が怒り狂って他にも痕跡が残っているだろう。1日以上経過して、そのままであるとは考えづらい。

 

 運よくいまのところ見つかっていないが、空には注意しておいたほうがよさそうだ。

 

 そうは考えたが、レイギエナに襲われる可能性は低いと考えていた。レイギエナというモンスターは比較的発見されたばかりであり、研究途中ではある。だがレイギエナは縄張りを定期的に巡回し、侵入した大型モンスターに対しては誰であろうと容赦なく攻撃を仕掛けるほど縄張り意識の強い生態をしている他のモンスターと戦っている時に縄張りに入ってしまい、レイギエナも加わった三つ巴の戦いが始まってしまうことはハンターなら誰もが経験したことだろう。それほど縄張り意識が強いレイギエナが1日以上縄張りを開けるとは考えづらい。

 

 縄張りを変えたか、なにかあったかだな。

 

 陸珊瑚の主とさえ言われるレイギエナが他のモンスターにやられることはまず無いと考えて、新天地にでも移ったのだろうと考えたほうが気は楽だ。

 

 育児放棄されてるけどな!

 

 新天地に自分も連れてってくれればよかったのに、と思うが今更考えたところで何もできない。

 

 もしかしたら子供に縄張りを譲るために出て行った、とか?レイギエナの子育ては知らないから違うとも言い切れないな……可能性は低そうだけどなー……。

 

 いまのところレイギエナの教育方針は放任主義である。やさしさの欠片も感じないが、このせいであんなに気性が荒いのだろうかと考えてしまう。せめて水と食料はわかりやすいところに用意しておいてほしい。

 

 そうだよ……水だよ……

 

 急に口渇感を思い出した。痕跡を眺めている場合ではないのである。その場を離れようとしたが、心の隅に離れ難い気持ちがあった。なぜこんな気持ちなのかわからず、首をかがめて見つめるも変わった様子はない。臭いも変わらず、獣臭いがそこまで嫌いではないだった。翼で触れてみるがなにも変わらない。それでも気持ちは晴れなかったが、匂いを嗅いでいると別の方向からも同じ香りが漂ってくるのを感じた。匂いの方向をみれば、高台を下るような坂道に大きなレイギエナの痕跡が続いているのが見えた。

 誘われるかのように痕跡を辿ってレイギエナは進んでいく。何も根拠はない。だが悪いようにはならないだろうと、そんな予感がしていた。

 

 なんかハンターにもどったみたいだ。

 

 心なしか足取りは少し軽かった。

 

 

 

 水場、と言われれば川や池といった水が剥き出しになっているものが思い浮かぶが、陸珊瑚の台地ではそれら以外にも水場とされるものがある。それは軟質珊瑚と呼ばれる青緑色をした巨大な珊瑚だ。普通の珊瑚とは違い弾力性があり、生き物が乗るとゆらゆらと揺れるのだ。それだけでなく大型モンスターが乗ったまま暴れると軟質珊瑚は陥没する。結果、落とし穴にかかった状態になるので、ハンターたちは活用していた。この軟質珊瑚は水を貯える性質がある。そのおかげで多くのモンスターが水場として活用している。そして大概、シャムオスたちの住処になっている。

 

 つまりそういうことで、例外じゃないってわけだ。

 

 レイギエナは光が失せた目で、目の前に広がる光景を眺めていた。

 肉食獣らしく筋肉質のスラリとした体と鋭い爪が生えた4本の足。大きな口を開ければ獰猛な牙がずらりと並んでいる。さらに、ピンク色の体と大きく発達したギラギラと光を放つ2つの目がシャムオスの特徴である。そんな彼らは水場を守るかのように居座っていた。何度も見たことのある光景だが、今の自分には大きな問題だった。

 

 なんとかしないとなぁ……

 

 レイギエナは頭を抱えた。

 

 できるかぁ!!

 

 

 

 




まだ水を飲むには早そうな状況ですね。がんばれレイギエナさん!



短くて申し訳ありませんが、ここで区切るのがよさそうだったので切りました。今後はこれぐらいの長さを1話にするかもしれません。いままでも切り時を間違っていたような。自分が書きたいところまで書いているので計画性がない。


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忘れてなかった。

 幸いなことに相手はレイギエナに気づいていない。壁から顔の半分だけをだし、シャムオスの動きを観察する。

 シャムオスは5匹。庇のように突き出た珊瑚が影を作り、そこに集まって眠っていたり、寝そべりながらあくびをしている。明らかに眠そうな様子である。そうというのもシャムオスは夜行性。現在は真昼間であり、シャムオスたちからしてみれば深夜である。寝込みを襲えれば簡単だがそこは野生生物、きちんと群れで役割分担を行っており周囲の警戒をしている。あの中に戦いを挑みにいっても不意打ちにはならないだろう。

 

 いまからでも別の水場を探したほうがいいだろうか。ここに溜まっているということは、周囲を探せば他にも水が溜まっている場所があるかもしれない。だが、ないかもしれない。

 

 水分不足に陥れば動けなくなってしまう。もうすでに体のだるさを感じているレイギエナにとって、別の水場を探すことはリスクが高かった。それこそ、シャムオスたちと戦うのと同じぐらいに。シャムオスたちに勝てさえすれば、水は確保できるのだ。新たな水場を探す方に賭けるより、報酬が確定していた。

 

 やるしかない、この場所で。

 

 レイギエナは気づかれないように慎重に息を殺しながら深く息を吐いた。

 シャムオスの大きさと、自分の大きさはほぼ互角。それが5体。

自分の武器は嘴、爪、翼とインファイトを強要される構成だ。遠距離チクチクして数を減らすことはできない。これがアンジャナフとかであれば火炎放射でも吐けるのだろうが、レイギエナは冷凍ビームなんて吐けない。当たって砕け、それがレイギエナの基本戦術だろう。だが、その戦術が通じてるのは体格の差や飛べることが要因だ。どちらもない現状、本当に当たって砕けるしかない。本当に砕けそうである。

 戦闘のシュミレーションをしてみる。勢いよく突っ込んでいき上手くやれば1匹は捕まえられるだろう。そいつをなんとか倒すとして、周りから4匹に攻撃されることになる。最大のリーチである翼を使って追い払いながら戦うことになりそうだが、翼で力いっぱい殴ったとして撃退できるのだろうか。所詮は子どものレイギエナである。もし大した効果もなく翼に嚙みつかれれば千切れるかもしれない。翼を掴まれている間に首を狙われでもしたらあっという間に死んでしまう。巣からの落下のおかげで皮膚の頑丈さを少しは信用しているが、それでも相手は肉食獣だ。皮を引きちぎるのはお得意だろう。

 シャムオスに食べられる自分の姿が想像され、レイギエナは腰がひけてきた。数の差はそのまま力の差だ。壁を背にして戦ったとして、どこまでやれるのか。

 

 まさかシャムオスに怖気づく日がまた来るなんてな……

 

 シャムオスを討伐してこい、と言われて身構えるハンターはおそらく成り立ての若者だろう。多少なりとも大型モンスターと呼ばれる獲物と戦闘したことがあるハンターであれば、シャムオスだけから脅威を感じることはほとんどないと言っていい。数が多くとも、地道に数を減らしていけば余裕をもって勝利し素材を入手できる。それでもハンター以外の人間からしてみれば脅威となりえる戦闘力は有しており、数が多くなってくると討伐依頼のクエストが出される。そういったクエストは登竜門になっていて、モンスターに立ち向かう勇気が試される初心者向け。こなせなければハンターには向いていない。そこで別の道を探し始めたほうが賢明だ。

 そんなわけでシャムオスに苦戦するのは初心者だけ、といいたいところだが、ある程度の熟練者であってもいざ討伐しようとすると機動力に翻弄されることは少なくない。普段戦闘する相手よりも小回りがきくものの相手には、意外と手間取るのだ。それでも負けることは滅多にないが。

 

 なんだか懐かしいなぁ。

 

 自分の最初のクエストもシャムオスではなかったが、同じような小型モンスターの討伐だったことを思い出した。なんとかなるから大丈夫だ、と受付嬢と同行してくれた先輩ハンターには強がっていたが、いざ目の前に立つと普段より大きく感じられて怖気づいていた。そしていざ戦闘が始まれば猟虫は当たらなくて苛立ちながら戦っていたような気がする。その頃は赤エキスがないと戦えないと思っていたからまずは印弾を当てようと、必死に遠くからちまちま飛ばしていた。猟虫を直接あてるとか、無強化のまま殴るなんて考えもしていなかった。あまりにも当たらなくてだんだん情けなさがこみ上げてきて、泣きかけていた。実際、遠くから当たらないなら確実に当たる距離まで近づけばそれでいい話なのだが。あまりにも恥ずかしい思い出だ。

 

 あの時の先輩の悲しいものを見る目……やめてくれって思ってたなぁ。

 

 笑われたほうがましだったかもしれない。生温かい視線が脳内によみがえってくる。苦い味が広がったが、先輩に優しく助言された記憶も蘇ってきた。

 

 上手く隙を作って戦いなさい、だったっけ……?あの時は確か……。

 

 そのヒントをもらっても何も閃かなくて、結局は当たるまで飛ばし続けた記憶がある。ちなみに攻撃も当たらないせいで、何度も赤エキスをとらなければいけなくてもものすごい時間がかかった。それでも見守ってくれていた先輩には感謝しかない。

 

 あの時と同じってことだよな。

 

 初心者クエストと同じ難易度。つまりレイギエナとしての登竜門といえるのかもしれない。負けたら諦めろ、生を。という大自然からのクエストだ。しかも強制的に受注させられた。大自然ギルドは横暴である。見守ってくれる先輩はいないが、2回目の初心者クエストだ。過去の助言を元に戦っていけばいいのだ。

 

 そうだ。なにもレイギエナとして戦わないといけないわけじゃないんだ。俺はハンターで、体はレイギエナかもしれないが、先輩の助言まで忘れたわけじゃない。

 

 クエスト帰りに先輩は隙の作り方をきちんと教えてくれていた。自分には思いつかなかったことで、経験の違いを感じ取れた会話であったから未だに印象に残っている。結局、ハンターランクがあがっても頭を空っぽにして殴り続けることが多かった自分にはあまり実践できなかったが、それでも苦戦した時の選択肢には上がるほどだ。本当に先輩には感謝しかない。

 上手くいく保証は全くないうえに体がレイギエナのせいでハンターの頃と同じ動きはできない。それでも光明が差してきた。

 

 クエスト名は……そうだなぁ……『水場の争奪戦!赤光を払え』とかでどうだ。わりと上出来じゃないか?

 

 勝ち筋が見えたとはいえ、道具も使えず体格差もなく、練度もない。そのうえ数の差がある以上厳しいクエストであることは変わりない。だがハンターに戻ったかのような感覚に気分は高揚していた。何もシャムオスを倒さなくてもいいのだ。追い払いさえすればいい。そう考えるだけで気持ちはだいぶ楽だった。

 

 そうと決まれば日が高いうちに準備しないと。いそげー!

 

 レイギエナは音を立てないように気を付けながら、それでも早足で来た道を戻ってゆく。その足取りは軽かった。

 

 

 

 

 

 




いよいよレイギエナとしての初戦闘ですね!がんばれ、レイギエナさん!

赤光、という表現はMHWのシャムオス討伐のクエスト名からお借りしました。いつもクエスト名がかっこよくて、公式が神。


本当は戦闘の終わりまで書く予定でしたが、長くなりそうなので区切りました。戦闘か!と思っていた方はすみません。次回になります。(この長さなら4話と一緒に投稿してよかった……。行き当たりばったりなんで……)

レイギエナさんしか登場人物がいないせいで会話文がなく読むと疲れるので1話としてはこの長さでいいかなと思っております。



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