キリトに憑依しました (剣の師走)
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プロローグ

◇西暦2022年 11月6日 アインクラッド  

 

 

ザクッ、パリーン

 

 

 ここは仮想世界ゲーム“SAO”、通称ソードアートオンラインの世界。

 

 アーガス社が1週間ほど前に販売し、大ヒットしているゲームだ。

 

 初回販売は約一万本だが、僅か1日で完売している。

 

 そして、今日の午後1時、正式なサービスが開始される。

 

 ・・・されるのだが、現在、ある一人の黒髪の少年はまだ正式サービスが開始されていないにも関わらず、がむしゃらにモンスターを狩りまくっていた。

 

 それもその筈、何故なら少年はこれがデスゲームとなることを知っているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分は桐ヶ谷和人ではない。

 

 もっと言えば、この世界の人間ですらない。

 

 俺は日本の普通の大学生だったのだが、ある日目覚めた時、何故かキリトの姿となり、このソードアートオンラインが存在する異世界に転移していた。

 

 それが9年前。

 

 自分は原作キリトの両親が亡くなった直後に桐ヶ谷和人となって転生してしまったのである。

 

 そのまま原作通り、自分は桐ヶ谷家に引き取られたのだが、俺は考えた。

 

 

(この先、どうしよう?)

 

 

 自分が転生してしまったことは割りと初期に気づいた。

 

 それはそうだろう。

 

 最初は気づかなくとも、桐ヶ谷家に引き取られて桐ヶ谷和人という名前になれば、ソードアートオンラインを知る者ならば誰だって気づく。

 

 そして、次に考えたのがこの先どうしようという事だった。

 

 元の世界に帰れれば一番良かったのだが、この世界に来て何ヵ月も経つと、半ばそれを諦めてしまっていた。

 

 加えて、元の世界にはそれほど思い残すこともないので、別に平和に過ごせればこの世界でも元の世界でも構わないのだ。

 

 しかし、平和だと断定できないのがこの世界である。

 

 何故なら、SAOという死のゲームが存在する世界なのだから。

 

 ぶっちゃけて言えば、平和に過ごすならば参加しなければ良いのだが、それはなんとなく憚られた。

 

 何故なら、原作でキリトはSAOプレイヤー1万人の内、その6割に当たる6000人余りを救出している。

 

 だが、この世界では自分がそのキリトに憑依してしまっているので、自分が見捨ててしまえば、その6000人の運命は大きく変わってしまう。

 

 下手をすれば、全員助からない可能性もある。

 

 いや、ほぼ確実に助からないと言っても良い。

 

 原作にしろ、ゲームにしろ、この6000人の中から須郷の手によって、人体実験が行われていたのだから。

 

 ヒーロー願望が有るわけではないが、流石にキリト(自分)という人物に握られたと分かりきっている6000人という数の命を見て見ぬふりが出来る程、自分は冷たい性格ではない。

 

 そして、考えに考えた末、参加することを決意したのだ。

 

 そう決意した後、自分は将来のSAOに備えて準備を行った。

 

 まず剣道だ。

 

 原作キリトは10歳で止めてしまったのだが、俺はSAO開催ギリギリまで続けた。

 

 理由は二刀流を取得するためだ。

 

 なんせ、二刀流取得条件は原作ヒースクリフ曰く、『プレイヤーの中でもっとも反応速度が速い人物が修得する』らしいので、反応速度をギリギリまで高める訓練を行ったのだ。

 

 しかし、これでも安心できないので、原作と同じようにベータテスターに選ばれた俺は死なないことを良いことに、積極的にモンスターなどを狩りまくり、階層をドンドンと登っていった。

 

 それはもう、他のベータテスターが引き気味になるほどに。

 

 しかし、実際はこれでも二刀流取得条件としては安心できない。

 

 何故なら、根本的に原作キリトと自分は別人であるので、原作キリトに出来たことが自分に出来るとは限らないからだ。

 

 まあ、それは兎も角、SAOが始まるまでの9年間の間、こういった準備を進めつつ、俺はせめて原作キリトの役目ぐらいは果たそうとしたのだが、それは初っぱなから頓挫する事となる。

 

 

「ねぇ、私にやり方教えてくれない?」

 

 

 レベル4からレベル5へと上がったファンファーレが鳴った後、話し掛けてきた少女が居た。

 

 ちなみに原作では階層+10レベルが安全マージンと言われていたので、それに当て嵌めればこの階層での安全基準は11レベル。

 

 なので、残りは6レベルだ。

 

 原作キリトもおそらくそのくらいだったのだろうが、それは1ヶ月掛けてであり、僅か開始数時間でここまで来た俺は褒められて良い筈だ。

 

 ・・・多分。

 

 とんでもないフライングだが、こうしなければ自分は生き残れない。

 

 そして、レベルも上がれば、それだけ安全性も増える

 

 だが、その思惑は少女を見た瞬間、粉々に吹き飛ぶこととなる。

 

 

(ば、馬鹿な!なんで、ここに!!)

 

 

 キリトの目の前には赤髪の少女が居た。

 

 それも前世でかなり見覚えのある。

 

 ここまで聞けば言うまでもないだろうが、敢えて言おう。

 

 レインである。

 

 プレイヤーの名前の表示にしっかりその名前が乗っているのでまず間違いない。

 

 彼女は原作ではキリト達と同じSAOサバイバーではあったが、結局、原作・ゲーム共にSAOの世界でキリト達の前に現れる事はなかった。

 

 ゲーム版ではALOを舞台にしたロストソングで初めて登場するキャラでもある。

 

 まあ、逆に言えば、SAOサバイバーではあるので、設定上はキリトと会ったとしても、なんの不思議でもないのだが、ここで会うにしてもその人物はクラインだと思っていただけに、その人物の登場に動転してしまう。

 

 が、自分もデスゲームになると分かっているゲームに自ら飛び込もうとするくらいには肝が据わっている。

 

 なんとか表情を取り繕うと、少女に向かって応対する。

 

 

「あっ、うん、構わないよ。まあ、上手く教えられるかどうかは分からないけど」

 

 

「良かった、ありがとう!」

 

 

 レインはそう言いながら、嬉しげに微笑んだ。

 

 それを受けたキリトは、レインがセブンと並んで前世の頃から好きだったキャラだったために赤面してしまう。

 

 そして、キリトは原作キリトがクラインに教えたようにレインにも教えることとした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 デスゲーム開始の宣言が成された後、広場は騒然としていた。

 

 それはそうだろう。

 

 いきなりこのような自分達の意識が乗っ取られ、死ぬかもしれないゲームに参加させられたのだ。

 

 怒りたくもなる、泣きたくもなる、おかしくなる、狂いたくもなる。

 

 キリトであっても事前知識がなければ気が狂っていたかもしれない。

 

 だが、キリトはなんとか気力を奮い立たせると、レインの手を引っ張って原作のクライン同様に路地へと連れ込む。

 

 

「ちょ、ちょっと、どうしたの!?」

 

 

 レインは動揺していたが、キリトはそれに構わず真剣な目を向けながらこう言った。

 

 

「良い、レイン?もうこの先は従来型のゲームじゃない。デスゲームだ。だから、強くないと生き残れない」

 

 

「・・・うん」

 

 

「だから、俺と一緒に来ないか?見た感じ、一人だし、流石に知り合いを見捨てられるほど非情でもないから。勿論、嫌なら断ってくれても構わないけど、返事は今してくれ」

 

 

 キリトは返事を急かす。

 

 こうしている間にも、事の重大さに気づいたプレイヤーは次々とこの街を発っているだろう。

 

 だからこそ、急がなければならない。

 

 ちなみにレインが断った場合、その宣言通り、ここに置いていくつもりだ。

 

 原作ではキリト抜きでも、どんな方法かは知らないが、SAOを生き抜いているので大丈夫だろうと確信して。

 

 そして、キリトはレインの返事を待った。

 

 

「・・・ごめんね。気持ちの整理が追い付かないの」 

 

 

 だが、レインから返ってきた返事はNOだった。

 

 

「・・・そっか。分かった。じゃあ、俺は先に行くから」

 

 

「うん。あっ、せめてフレンド登録しない?」

 

 

「あ、ああ、分かった。登録しよう」

 

 

 そして、二人はフレンド登録を終えて、キリトはフィールドへと去っていった。



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第1話 (原作崩壊の)序章

西暦2022年 11月17日 第一層 迷宮区

 

 SAOが開始されて11日が経った。

 

 俺は良い狩り場などを見つけて積極的に狩りまくったことで、早くもレベルが12となった。

 

 安全マージン(11レベル)はとっくに過ぎていたが、キリトは尚も狩りを続けていた。

 

 原作で第一層ボス戦攻略が行われるのは西暦2022年12月4日。

 

 つまり、あと17日しかない。

 

 それまでになんとしてもレベルを出来るだけ上げなければならない。

 

 だが、レベルが上がっていくにつれて必要になる経験値は多くなるので、ましてや狩られるモンスターが最下層である第一層とあっては、キリトにとってもこれから更にレベルを上げていくことは至難の技だった。

 

 そんな時だった。

 

 

「あれ?これって・・・」

 

 

 そんな中、キリトはある大きな扉を見つけた。

 

 それはアニメやゲームで物凄く見覚えのある扉──ボス部屋だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇西暦2022年 11月20日 第一層 宿

 

 

「こんばんは、キー坊」

 

 

 ボス部屋を発見してから3日後。

 

 キリトが泊まる宿に突然としてやって来る人間が居た。

 

 何処かの眼鏡の少年が活躍する西暦2008年3月に公開された劇場版に出てくるキャラのようなニックネームで自分を呼ぶのはアルゴ。

 

 情報屋であり、原作でもキリトと仲が良くその補佐を行っていた人物だ。

 

 ゲームではインフィニティ・モーメントでこそ登場しなかったものの、ホロウ・フラグメントにはしっかりと登場している。

 

 そして、この世界でも、自分とアルゴは概ね同じような関係だった。

 

 

「なんの用だ?アルゴ」

 

 

「いや、キー坊がボス攻略会議に出なかったと聞いてナ。どうしたのかなと様子を見に来たんだヨ」

 

 

「・・・・・・は?」

 

 

 キリトは目を点にした。

 

 アルゴが心配することもあるんだなとか、色々突っ込みどころはあったが、一番気になったのはアルゴが口にしたボス攻略についてだった。

 

 

「ボス戦?どういうことだ?」

 

 

 初耳だった。

 

 前述したように、原作ではボス攻略が行われ、第一層が解放されたのは西暦2022年12月4日。

 

 しかし、今はそれより丁度2週間早い11月20日。

 

 原作で第一層のボス部屋が発見されたのはディアベルの率いるギルドが12月の始め頃に見つけたからだ。

 

 この世界ではそれよりも大分早く自分が見つけてしまったが、それほど原作とは差異が起きないと思っていた。

 

 何故なら、おそらくレベルも十分ではないし、装備も整っていない。

 

 なにより、情報が少ないというのが致命的である。

 

 勿論、手に入った情報はボスに関わることなら最優先でアルゴに回しているし、今回の情報も逸早く彼女に回した。

 

 自分だけが持っていても意味がないからだ。

 

 勿論、秘匿にしなければならない情報もあるが、ボスに関しての情報はその限りではないのだ。

 

 しかし、それを考慮したとしても、攻略が原作よりも早まったとしても精々が1週間だと踏んでいた。

 

 何故なら、原作よりもボス攻略が早くなるということは、レベルや装備を十分に整える時間が少ないという事でもあるからだ。

 

 いや、そもそも人数が集まるかどうかも怪しい。

 

 少なくとも、原作よりは少なくなるだろう。

 

 だからこそ、早まったとしても1週間だと踏んでいたのだ。

 

 だが、現実はそれよりも更に1週間早く始まってしまった。

 

 しかも、自分に知らされることもなく。

 

 このあまりにもあんまりな差異にキリトは混乱していた。

 

 

「その様子だと知らなかったようだナ。てっきり、キー坊は知ってると思ってたんだガ」

 

 

「ああ、全然知らなかったよ。で、それは何時頃行われたんだ?」

 

 

「“時”じゃない。“日”ダ。ボス攻略会議は昨日行われたヨ」

 

 

「な、なに!?」

 

 

「ついでに言えば、今頃、ディアベルって奴が率いている連中がボス攻略に向かっているヨ」

 

 

「・・・」

 

 

 あまりにも唐突な情報を知らされ、キリトは逆に頭が冷えてしまった。

 

 どうしてこうなったのだ、と。

 

 そして、ゆっくりとキリトは思考してみる。

 

 

(まず原作でディアベルがキリトに行ったのは、キリトの戦力の削減だったな)

 

 

 まずキリトはディアベルが何を考えているのかを考える。

 

 原作ではディアベルは、キリトのアニールブレードを高額で買い取りや、他のプレイヤーにキリトの情報を流すなどして、キリトの戦力を削ごうとしていた。

 

 それは自分自身のためであり、ひいては自分に着いて来てくれる者達のためだ。

 

 それ自体は立派な志なのだが、巻き添えにされるキリトは堪ったものではないな、とアニメや小説を見た時に思ったものだった。

 

 実際、彼の死によってキリトがビーターを名乗らざるを得なかった事を考えれば、とんでもない迷惑な人間だとキリトは感じただろう。

 

 そして、それをこの世界に当て嵌めると──

 

 

(俺の現時点でのレベルを知って焦ったな)

 

 

 キリトはディアベルが今のキリトのレベルを知って焦っているのだと感じた。

 

 なんせ、この世界のキリトはこの時点ですら安全マージンを悠々上回っている。

 

 故に多少戦力を削いだくらいではなんの意味も成さない。

 

 しかし、だからと言って闇討ちをする訳にもいかない。

 

 まず返り討ちに遭うだろうし、もし上手く行ったとしても、『レベルが突出していると闇討ちをされる』などという評判が立てば、誰も積極的にレベル上げをしなくなり、ひいてはクリアまでの道程に差し支えることになる。 

 

 それでは本末転倒だ。

 

 だからこそ、キリトには知らせずに討伐メンバーを結成し、ボス討伐に行ったのだろう。

 

 問題は何故、ボス攻略会議の情報がキリトに流れていないかなのだが・・・

 

 

(多分、俺の情報が原作よりも積極的に流されて他のプレイヤーの敵意を煽っているな)

 

 

 おそらくそうだろうと、キリトは推測する。

 

 まあ、原作でもこの世界でもアルゴがベータ以外の情報を積極的に流していたのだが、原作ではエギルの存在が無ければベータとビギナーで溝は致命的なまでに深まっていただろう。

 

 ボス攻略が早まったこの世界ではボス攻略会議がどうなったのか、参加していない自分には分からないが、おそらく自分はビギナーから相当な敵意を向けられているだろうと推測される。

 

 ベータの人間も自分に敵意が向いているのを良いことに自分を利用したのだろう。

 

 こうして、満場一致して自分にこのボス攻略会議を知らせないことにした。

 

 これが真相だろうとキリトは思う。

 

 そうでなければ、何処からかボス攻略会議の事がキリトに漏れ伝わってきた筈だ。

 

 孤立無援。

 

 それが現在のキリトの状況だった。

 

 

(まあ、多分、それだけではないんだろうけどな)

 

 

 キリトはこの世界では原作と違い、ベータ時代ではかなりド派手に動いていたので、同じベータの人間の中では有名であったし、この世界に来てからも効率の良い狩り場所を独占していたので、ベータの人間からは危険視を、ビギナーの人間からは敵意を向けられているという状況だった。

 

 まあ、生き残るための“保険”の為には仕方のない行為だったとはいえ、この事もまた自分が孤立無援の状況を造っていたのだ。

 

 要するに、完全に自業自得だった。

 

 

「はぁ、アルゴ。お前の見解を聞かせて欲しいんだが、お前はそいつらがボス攻略が出来ると思うか?」

 

 

「・・・思わないナ。これはそんなに甘いゲームじゃないからネ。おそらく、今回は少々大規模な偵察行動だろうナ」

 

 

「だよな」

 

 

 第一層のボスはそもそも原作でもキリトの活躍が無ければ大規模な犠牲が出ていた可能性も有った相手なのだ。

 

 それを装備もレベルも人数も足りない状態で攻略できるわけは無いだろうし、ディアベルもその点は分かっている筈だ。

 

 だが、念のためという事もある。

 

 そこで情報料を払って、あることをアルゴにお願いすることにした。

 

 

「アルゴ、情報料は払うから、今日のボス戦の結果を調べて明日には教えてくれないか?」

 

 

「あいヨ。でも、そこまで心配することでも無いと思うけどナ。まあ、キー坊がそう言うんなら・・・」

 

 

「頼んだぞ」

 

 

 そして、キリトは情報料を支払い、アルゴは宿を去っていった。




キリトのレベル

11月17日→レベル12

11月20日→レベル13


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第2話 えっ?なに、この絶望的な状況(ハイライトオフ)

◇西暦2022年 11月21日 第一層 宿

 

 

「えらいことになったゾ」

 

 

 今日も狩りを終え、一旦宿へと戻ってきたキリトは、例のボス戦の結果をアルゴから聞いた。

 

 しかし、アルゴの様子は何時もと違ってかなり焦っていた。 

 

 キリトは一旦は大人しく聞いていたが、アルゴから聞かされた情報を噛み締めるにつれ、顔を青ざめていた。

 

 

「馬鹿な・・・」

 

 

 キリトは再びそう言わざるを得なかった。

 

 今回のボス戦に挑んだのは計52人。

 

 原作では44人だったので、それよりも8人多いが、内実は酷いもので、一番腕の良い者でもレベル9、ベータやビギナーで腕の良い者でもレベル6~8、他はレベル4~5という者が大半だった。

 

 安全マージン(と言っても、この言葉が出てきたのは第一層攻略の後の事なのだが)は全く取れておらず、それどころか戦力になるかどうか怪しい者が大半で構成されていた。

 

 はっきり言って、これならば原作の44人の方がまだ戦力が充実していると言えただろう。

 

 まあ、前述したように原作の方が攻略の為の時間が取れていたのだから当たり前なのだが。

 

 

(本気だったのかよ。にしても、死者20人って・・・)

 

 

 20人の死者は、ボス戦ではあまりに膨大な数字だ。

 

 原作75層のスカルリーパー戦での死者が14人(その前の偵察隊の死者を含めれば24人だが)だった事を考えれば、これが如何に膨大な数字か分かるだろう。

 

 おそらく、ディアベルは本気でボス戦を考えていたが、キリトが推測したように装備もレベルも人員も無かった為、せめて人数で戦力の不足を埋めようと、本来ならばボス戦には参加できないレベルの者にも声を掛け、数で補うことでどうにかしようと考えていたのだろう。

 

 まあ、その結果がこの有り様な訳だが。

 

 しかも、その死んだ20人の中にはディアベルの他にキバオウ、リンドなどの原作での準主要人物が居た。

 

 どうやらディアベルの仇を討とうとしたが、返り討ちに遭ったとの事だった。

 

 

(これ、かなりヤバくないか?)

 

 

 原作でも第一層のボス戦で死んだディアベルは想定内だから良いとして、残り二人の死はかなり問題だ。

 

 まずリンドであるが、彼は原作で全ギルド中最大の規模となった聖龍連合の前身となるドラゴンナイツ・ブリザードのリーダーであり、聖龍連合の初代ギルドマスターでもあった。

 

 逆に言えば、彼抜きには聖龍連合は誕生しなかったという事でもあり、彼の死はこの先の攻略に大きな影響を与えてしまうだろう。

 

 そして、キバオウ。

 

 原作では終盤にアインクラッド解放軍の強硬派の首魁だった人物でもあり、最終的には追放された人物でもある。

 

 ちなみに彼は原作では見事SAOから生還している。

 

 これだけ見れば、問題の多い人物にも思えるが、逆に言えば彼が強硬派の人間を纏めていたことで、穏健派の首魁であったシンカーの負担が軽減されていた事は事実であり、彼が居なければアインクラッド解放軍は内部から崩壊し、下手をすれば軍の人員同士で内戦が起きていた可能性すら有るのだ。

 

 要は居ても困るが、居なくてもそれはそれで困るというなんとも微妙な人物なのだった。

 

 彼が死んだという事は後々、軍が誕生するときにはシンカーの負担がとんでもない勢いで増加し、現実世界で言えば過労死すらする可能性がある。

 

 そして、これらの問題だけでも後々の攻略には、かなりの遺恨を残すわけだが、残念なことにこれ以上に致命的な問題がある。

 

 それはベータテスターとビギナーの溝だ。 

 

 今回生き残った32人の人間がやることは当然の事ながら責任の押し付けだろう。

 

 なんの事はない。

 

 原作のディアベルの死の時でもやっていたのだから当然の成り行きである。

 

 この問題については、原作ではキリトがビーターを名乗ることでなんとかしていたが、この世界ではそんな存在は居ない。

 

 よって、今回の事態によってベータテスターとビギナーの差は致命的なまでに溝が深まった可能性があるのだ。

 

 そして、ラフコフのような快楽殺人者達はこの状況を嬉しい表情で歓迎し、プレイヤー同士の争いを扇動するに違いない。

 

 それを止めようとしても、無駄な事は分かりきっていた。

 

 

「き、キー坊。大丈夫カ?目が死んでるゾ?」

 

 

 どんどんと判明する絶望的な状況に思わず目が死んでしまったらしく、アルゴに心配されるキリトだったが、この状況の打開策を思案して・・・1つの方針を導き出した。

 

 

「・・・・・・アルゴ、ちょっと頼みがある」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇西暦2022年 11月22日 第一層ボス部屋前

 

 

「・・・キー坊、本気でやるつもりか?」

 

 

 アルゴは確認するように言う。

 

 もうこのやり取りは何度も繰り返された事だが、キリトの答えは変わらない。

 

 

「ああ、もはや、手はこれしか無いからな」

 

 

「いや、だからってこれは流石に無謀だゾ?」

 

 

 この世界のキリトが選んだ1つの手。

 

 それは原作でやったようなビーターを名乗ることではない。

 

 いや、いずれはそうなるかもしれないが、それは少なくとも今ではない。

 

 今の段階でそんなことをやったところでなんの意味もないし、下手をしなくとも余計な悪意を買うだけだからだ。

 

 そして、この世界のキリトがやろうとしたのは、“一人で”ボスを倒そうという事だった。

 

 何故、このような馬鹿と思えるような事を考えているのかと言えば、この世界に希望を作るためだ。

 

 アルゴの情報ではキリトの予測通り、責任の押し付け合いによってベータテスターとビギナーの溝は深まっており、このままではPK(直接手を下す殺人)、あるいはMPK(モンスターに手を下させる間接的な殺人)があちこちで起こるのも時間の問題と言える状況だった。

 

 この状況は未だ攻略に参加していないプレイヤーにも悪影響を与える。

 

 そう考えたキリトはある方法を考えた。

 

 それは原作でディアベルが名乗り、キリトが担う事になった“勇者”の役を作ろうという事だった。

 

 勇者が居れば、攻略は安心だ。

 

 こういう風潮を作れば、ベータテスターとビギナーの溝は埋まらなくとも、その他のプレイヤーを導く突破口にはなる。

 

 キリトはそう考えたのだ。

 

 ただし、その第一歩として何か巨大な功績を立てなければならない。

 

 それがこの第一層のボスを一人で倒すという考えに至った経緯だった。

 

 

「分かってるさ。だから、アルゴにも協力して貰ったし、これからもして貰うんだろ」

 

 

 アルゴがキリトにやった協力はポーションなどの回復アイテムや攻撃力の高い予備用の剣を集めて貰った事だ。

 

 この世界のキリトは原作のようにアニールブレードを装備していたが、ボスに一人で挑む以上、おそらくアニールブレードは途中で砕けてしまうと考え、武器屋などから比較的攻撃力の高い片手剣を手に入れ、強化を積極的に行った。

 

 その為の資金もある程度はアルゴに出して貰っているのだ。

 

 今更、後には引けない。

 

 それに、ボス攻略が一人の手によって行われたとアルゴが宣伝し、実際に第一層が解放されていれば、嫌でもプレイヤー達は“勇者”の存在を感じ取る。

 

 ただし、余計なやっかみを呼ばないように、自分の名前は控えて公表するようにアルゴには頼んであった。

 

 

「もうベータテスターとビギナーの仲は致命的だ。だからこそ、彼ら同士で戦いが起きる前に事を済ませる必要がある。そうだろ?」

 

 

「・・・」

 

 

 アルゴは黙ってしまう。

 

 それはまったくの事実だったからだ。

 

 

「まあ、そういうわけだ。誰かが早めにこれをやるしかないんだよ」

 

 

 キリトはそう言って、アルゴをボス部屋の前へと置いたまま、ボス部屋の中へと入っていった。

 

 アルゴはそれを引き止めることが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──そして、この日、たった一人の手によって原作よりも12日も早く第一層は攻略されることとなる。




キリトのレベル

西暦2022年11月21日→レベル13

西暦2022年11月22日→レベル13~14(ボス攻略の経験値によって上がった)


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第3話 仲間は大切!(切実)

◇西暦2022年 11月25日 

 

 第一層が攻略されてから3日。

 

 第一層のボスがたった一人の手によって倒されたという事実は、アルゴの手によって瞬く間に広まった。

 

 人々は信じられないという顔をして、情報元を疑ったが、現実に攻略組以外の手によって攻略が成されていた以上、否定する要素がなく、その状況を嫌でも呑み込むしかなかった。

 

 だが、この結果によってアインクラッド中はある希望に満ちていた。

 

 もしかしたら、百層を攻略出来るのではないか、と。

 

 その攻略した当の本人は気が気ではないとも知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇同日 第二層 宿

 

 第二層が解放されてから3日間、キリトは第二層にてレベル上げに励み、攻略時のレベルである14からレベルを15に上げることに成功していた。  

 

 そして、今日、キリトはアルゴに再びある頼みをしていた。

 

 

「仲間を探して欲しい?」

 

 

「ああ」

 

 

 キリトの提案にアルゴは首を傾げる。

 

 第一層のボスを一人で攻略した人間が何を、という顔だ。

 

 だが、キリトからしてみればこれは切実的な問題だった。

 

 この第二層であるが、そう大した難易度のあるダンジョンではない。

 

 何故なら、原作では10日(西暦2022年12月4日~同年12月14日)で攻略されているからだ。

 

 では、何故仲間を必要としているかと言えば、ボス戦となるとそうはいかないからだ。

 

 まだ階層そのものは低いので、第一層のボスと難易度はそれほど差異があるわけではない。

 

 しかし、第一層を攻略するまでにキリトは殆どの装備を使いきってしまったのだ。

 

 おまけに戦いもかなりギリギリだった。

 

 幾ら差異がそれほどないとは言え、もう一度同じことをしろと言われればキリトはNOと答えるだろう。

 

 だからこそ、仲間が必要だったのだ。

 

 とは言え、これも簡単にはいかない。

 

 ただでさえ自分は(ディアベルのせいで)他のプレイヤーから睨まれているであろうし、そうでなくとも原作のクラディールのようなPKギルドスパイなどを入れたら大変だからだ。

 

 ぶっちゃけそこら辺の調整の仕方はキリトには分からないので、それをアルゴに頼みたかったのだ。

 

 

「別に構わないが・・・選別は俺っちでやって本当に構わないのカ?」

 

 

「ああ、構わない。少なくとも、自分でやるよりは信用できる」

 

 

 悲しい現実だが、人を見る目に関してはアルゴより上のものを持っている自信がない。

 

 なので、アルゴの目を誤魔化せるのであれば、自分の目など簡単に誤魔化せてしまうだろう。

 

 まあ、そこら辺は自分は所詮モブだという事で諦めていたのだが。

 

 

「しかし、意外だったな、キー坊が仲間を欲しがるなんて」

 

 

「いやいやいや、アルゴ。それは冗談で言っているんだよな?」

 

 

 キリトはそう言いながら、アルゴに向かって“ニッコリとした笑顔”を向ける。

 

 アルゴは何か凄みを感じたのか、それを見て震え上がってしまったのだが、キリトは全く意に返さずに話を進めた。

 

 

「アルゴ、仲間と言ってもギルドを造るつもりはない。責任が重すぎるからな。だが、共に戦う仲間は必要だという事は今回の事でよく分かったんだよ」

 

 

 これは本当に冗談ではない。

 

 第一層のボスであそこまで苦戦したということは、クォーターポイントクラスのボスであれば、まず間違いなく自分は死ぬ自信がある。

 

 そうならないためにも、仲間は必要なのである。

 

 まあ、そうでなくとも、死ぬリスクを軽減させたいという思惑もあったのだが。   

 

 

「分かった。じゃあ、早速探してくるから、待っていロ」

 

 

「ああ、多少時間は掛かっても構わないから、なるべく慎重にな」

 

 

「了解」

 

 

 そう言ってアルゴは立ち去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇西暦2022年 11月28日 第二層 宿

 

 

「エギルだ。よろしく頼むな、“勇者”さん」

 

 

 あれから3日後。

 

 レベルを更に1上げて16にしたキリトは、宿でアルゴが集めた仲間となる存在と対面していた。

 

 その内の一人がこの目の前に居るエギル。

 

 原作では第一層のボス攻略会議で始めて会った人物だが、この世界では第一層がキリトによって攻略されたので、今回会うのが初めてとなる。

 

 と言っても、原作のボス攻略会議が12月2日なので、時系列的には原作よりも早いわけだが。

 

 

「ああ、よろしく。早速だが、少しばかり聞きたいことがあるんだが・・・」

 

 

「なんだ?」

 

 

「ベータテスターとビギナーの様子はどうなってる?鼠からの情報だと断片的だから、今一つ分からなくてな。感触を教えて欲しい」

 

 

「ああ、それくらいなら構わないが・・・まずビギナーの殆どの人間がお前の事を知っていて敵意を持っている。これで第一層のボス攻略をやったのがお前だと分かったら、殺意を持ったとしても可笑しくない」

 

 

「そうか・・・」

 

 

 やはり、自分の情報は完全に公開させなくて正解だったとキリトは胸を撫で下ろした。

 

 原作でもディアベルを見殺しにした(と勝手に思い込んだ)とビギナーがキリトを責めた案件があったのだ。

 

 しかも、この世界では既に20人もの犠牲者が出てしまっている。

 

 なので、ボスを一人で攻略したのが自分だとバレれば、何故お前が最初から攻略をしなかったのだと、理不尽な責めを負うことになったかもしれないのだ。

 

 そうなれば、原作キリト以上にプレイヤー達から悪意を向けられる事はまず間違いないだろう。

 

 だからこそ、アルゴには公表を控えさせて貰ったのだ。

 

 自分は原作キリトの代わりとして、代理でこの戦場に立った存在なので、わざわざプレイヤーの悪意を自分に向けさせて、闇討ちの危険を犯してまで、この世界の人間の存在を守る義務はないし、仮に今、原作キリトと同じような事をしたとしても手遅れだろう。

 

 既に原作と差異は大分出てしまっているのだから。

 

 

「次にベータテスターと“思われる”存在だが、こっちは事の他、落ち着いてこう噂しているぞ。流石は黒の剣士だとな」

 

 

 その言葉にキリトは若干ひきつった顔をする。

 

 この世界では原作よりも大分早く黒の剣士の名を頂戴していた。

 

 それもベータテスター時代から。

 

 おそらく、かなり無茶な事をやっていたことが目に留まってそうなったのだろうと思う。

 

 だが、問題なのはそこではない。

 

 

「ベータテスターとビギナーでかなりの温度差が有るのか?」

 

 

「そうだ。と言うか、第一層で積極的に攻略を行ってたビギナーの内、その半分程度はベータテスターに敵意、いや、殺意すら向けているよ。この前はベータとバレて襲撃された奴も居るって話だ」

 

 

「・・・」

 

 

 予想よりも悪い状況にキリトは絶句していた。

 

 だが、おそらく原作でも一歩間違えればこうなったのだろうと、キリトは推測する。

 

 原作で終盤、プレイヤーが普通の生活を謳歌していたのは7割以上の階層が攻略され、2年が経ち、人も4000人が死んだ時。

 

 これらの攻略状況、時間、人が減ったことと階層が解放されて人がバラけた事による窮屈さの現象などが重なり、人々は普通の生活を謳歌できたのだ。

 

 だが、この世界ではその何もかもが足りない。

 

 攻略状況は第一層が解放されたばかりであるし、時間は1ヶ月も経っておらず、現時点での人死は原作と然程変わらないであろう2000人弱。

 

 これだけならば原作の初期段階と然程変わらないだろうが、この世界ではそれから更にベータテスターとビギナーの溝が深まっている。

 

 おそらく、これから先、原作よりも余程危ない綱渡りの攻略を強いられることになるだろう。

 

 それを想像したキリトの心情は憂鬱だった。

 

 だが、諦めるわけにはいかない。

 

 幾ら絶望的であろうと、自分から飛び込んだ以上、既に引くという道は存在しないのだ。

 

 

「となると、攻略を急がなきゃならないな」

 

 

 この状況を打開する方法は1つ。

 

 どんどんアインクラッド攻略を進めて、解放された階層を増やすことだ。

 

 そうすれば、段々とプレイヤー達の生きようとする意欲も沸いてきて、前を向けるようになるだろう。

 

 残念ながら、それでも前を向けないものは諦めるしかない。

 

 

「じゃあ、これからよろしくな。エギル」   

 

 

「ああ、頼むぜ」

 

 

 そして、翌日、またもやキリトによってボス部屋は発見され、更にその翌日、キリトとエギル達によってボス戦が行われ、第二層は僅か8日(原作では10日掛かった)で解放されることになる。




キリトのレベル

西暦2022年11月25日→レベル15

同年11月28日→レベル16

同年11月29日→レベル17

同年11月30日→レベル17(ボス戦後)


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第4話 原作のメインヒロインは助けなきゃ!(錯乱)

◇西暦2022年 12月1日 現実世界

 

 後にSAO事件と呼ばれる事になる事件。

 

 それは起こり始めてから1ヶ月の時を経ても、被害者の心を蝕んでいた。

 

 

「お兄ちゃん・・・」

 

 

 キリトの1つ下の義妹──桐ヶ谷直葉はすぐそこのパイプイスに座ったまま、心配げに病院のベッドで眠る義兄──桐ヶ谷和人を見つめていた。

 

 ちなみに、この世界の直葉も原作と同じように兄に恋愛感情は抱いていた。

 

 しかし、その経緯は原作とは少々異なる。

 

 原作とは違い、恋心を抱き始めたのが、なんと兄がSAOに囚われ始めてからなのだ。

 

 何故かと言えば、この世界の直葉ははっきり言って、SAO事件まではキリトに兄弟以上の感情を抱いていないと感じていた。

 

 何故かと言えば、原作よりも話す機会が多く、兄妹として一緒に居る機会が多かったので、直葉は原作よりも和人の事を兄であると強く認識していたのだ。

 

 その理由としては実に簡単なもので、原作知識があったからという事情もあるが、そもそも中の人間が転生したのがキリトの両親が亡くなった直後なので、キリトの両親に関する記憶は全くと断言とても良いほど無いため、その事に関しては大して気にならなかったのだ。

 

 むしろ、直葉の両親の方を本当の親のように思っていた。

 

 まあ、そんな感じでその後は兄妹として長く過ごしていたので、直葉はキリトを原作よりも兄として認識していた。

 

 しかし、それが変わったのが、SAO事件の時。

 

 キリトがSAO事件に巻き込まれたと知って、直葉は悲しみの他に、物凄い胸の痛みを感じた。

 

 それは心の痛みであり、直葉が無意識に抱いていた恋心が目覚めた証でもあった。

 

 しかし、その時には全て遅かったと言える。

 

 何故なら、その時には既にキリトはSAO事件に巻き込まれていたのだから。

 

 なんでもっと話しておかなかったのかと、直葉は自分を責めた。

 

 そして、彼女は祈る。

 

 和人が無事に帰ってくることを。

 

 しかし、2年後。

 

 彼女がとんでもない行動を起こし、SAOに参戦することは誰も知らないし、予測できない事だった。

 

 ・・・勿論、目の前の眠る少年を除いてではあったのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇西暦2022年 12月3日 第三層 迷宮区

 

 アインクラッド第三層。

 

 そこは原作では1週間(西暦2022年12月14日~西暦2022年12月21日)で解放されたダンジョンであり、そう難しいダンジョンではない。

 

 現に第二層から解放されてから僅か3日で、キリトはボス部屋を見つけていた。

 

 そして、転移結晶節約とモンスター狩りの為にキリトは歩いて帰ろうと来た道を逆に戻り始めたのだが、その途中でとんでもないものを見てしまった。

 

 

(ん?あれは・・・)

 

 

 見えたのは、なんだか見覚えのある色のフードを被った細剣使いのプレイヤーがモンスターと戦う姿だった。

  

 素顔は隠してあるが、あれは間違いなくアスナだった。

 

 

(確か原作では日付的に昨日に会っていた筈だから、1日遅れの出会い、か)

 

 

 原作のメインヒロインの登場に、キリトは思わず原作との僅かな差異を思い浮かべてしまう。

 

 ついでに言えば、原作では第一層で出会ったが、この世界ではどうやらキリトが攻略を進めたせいもあって、第三層で出会うことになったようだ。

 

 

(しかし、なんか怖いな。原作キリトもあんな異様な空気を感じ取っていたのかな?)

 

 

 血気迫るような表情でモンスターを倒していく姿には、流石のキリトも恐怖を覚える。

 

 いや、理由は分かっている。

 

 大方、原作と同じように結城家のエリートコースから外れたという強迫観念によって、体が無理矢理にでも前に進もうとしているのだろう。

 

 だが、原作でもそうだったように、ここはデスゲーム。

 

 そんなことを続けていれば持たない。

 

 

(あっ!)

 

 

 キリトの予想通り、日頃の無理が祟ったのか、アスナが倒れる。

 

 キリトはやれやれと思いながらも、助けることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇数分後

 

 

「・・・どうして助けたの?」

 

 

 モンスターを倒し終え、アスナというプレイヤーを救出した後、キリトはアスナにそう言われた。

 

 まあ、そう言われるのは予想していたが、流石に実際に言われると少し来た為、キリトは言い返す。

 

 

「逆にあんな状況で助けなければ、そいつはろくでなしさ。俺はろくでなしになったつもりはないよ」

 

 

「・・・」

 

 

「それと、何を焦っているのかは知らないけど、攻略はもう少しゆっくりやった方が良いよ。そんなんじゃ死ぬからね」

 

 

「・・・別に死んでも構わないわ」

 

 

「そんなこと言うもんじゃないさ。年老いた老人じゃあるまいし。だいたい、あんたまだ若いだろう?自暴自棄になるには早すぎるぞ」

 

 

 これは本心だ。

 

 実際、アスナはこの時点では15歳、中学三年生なので、自暴自棄になるには早すぎる。

 

 高校受験は確実に転けるだろうが、それはおそらくこの世界のキリトも概ね同じだし、高校くらいならば、高卒認定試験で取り戻せないこともないのだ。

 

 そうでなくとも、原作ではSAO事件被害者のための学校というものが存在している。

 

 まあ、こんな事情を知っているとなれば、変に思われるであろうので、本人に話す気は無かったが。

 

 だが、アスナはその言葉の何処かが癪に触ったのか、こう叫び始める。

 

 

「私は!エリートじゃなきゃいけなかったの!!そうじゃなきゃ・・・」

 

 

「・・・」

 

 

「ごめん、見ず知らずのあなたに言っても、分からないわよね。兎に角、もう行くわ」

 

 

「ああ、ちょっと待って」

 

 

「なに?」

 

 

「ボス攻略などをして、攻略を進めたいんであれば、情報屋のアルゴって奴を探して、そいつを尋ねてみると良い。奴のお眼鏡に叶えば、ボス攻略への参加も可能だぞ」

 

 

 キリトはそう言いながら、立ち去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇同日 宿

 

 

「・・・アルゴに押し付けちゃったけど、大丈夫かな?」

 

 

 宿に戻ったキリトは、本当にあの判断で良かったのか、迷っていた。

 

 勿論、あの時に言ったアルゴの眼鏡に叶えば、ボス攻略に参加できるというのは真っ赤な嘘である。

 

 そんなことをせずとも、攻略組の輪に入ればボス攻略を行えるし、その気になれば一人でボス攻略すら行える。

 

 しかし、言うまでもないが、そんなことをすればアスナは確実に死ぬであろうので、流石にそれは不味いと感じてああ言ったのだ。

 

 何故なら、アスナは原作ではメインヒロインという立場を除いたとしても、攻略組では凄腕の剣士であるし、血盟騎士団で副団長(ゲームでは団長代理まで上がった)となるほどの指揮能力が有るのだから。

 

 しかも、原作ではヒースクリフが殆ど指揮をしなかった事を考えれば、事実上の最高指揮官と言っても過言ではないのだ。

 

 そんな人物を失えば、ただでさえ原作の主要指揮官となっていたディアベル、キバオウ、リンドなどが死んでかつかつになることが確定した攻略組は更に苦しい立場に置かれる。

 

 下手をすれば、攻略組の主役がギルドではなく、ソロかパーティが大半という笑えない事態が起きかねない。

 

 原作では上の階層に行くにつれて、モンスターの学習レベルが上がっていくとアスナによって示唆されている。

 

 自分はソロを貫き通すつもりだが、それが本当だとするならば血盟騎士団のような強力なギルドがないと攻略は絶望的であるのは明らかだった。

 

 だからこそ、後々のためにも為にもアスナを生かしておいたのだ。

 

 まあ、単純に目覚めが悪いということもあったのだが。

 

 

「さて、どうなるだろうか?」

 

 

 その後については結果的にアルゴに押し付けたので、アルゴの結果待ちだが、どう転ぶのかはキリトにも予測不可能だった。

 

 合格として“こちらの攻略”に参加するのか、それも自殺志願者として不合格と判断するのか。

 

 キリトは兎に角、結果を待った。

 

 そして、数時間後、アルゴは合格者としてアスナを連れて来る事になる。

 

 

 

 

 第三層のボスが攻略される2日前の出来事だった。




キリトのレベル

西暦2022年12月1日→レベル17

同年12月3日→レベル18

同年12月5日→レベル18~19(ボス戦後)


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第5話 ヒースクリフ(早くも)参戦!!

◇西暦2022年 12月6日 第四層 宿

 

 第三層のボスが攻略され、第三層が解放されててから一夜明けた。

 

 攻略は第四層へと突入したが、第四層は原作では6日(西暦2022年12月21日~27日)で攻略されたダンジョン。

 

 キリトはこれまたボス攻略以外ではそれほど心配していない。

 

 しかし、今日の狩りも終わった頃、キリトはアルゴから宿で気になる情報を聞いていた。

 

 

「ヒースクリフ?」

 

 

「ああ、そうだ。こいつが“向こうの攻略組”をまとめ始めているらしい」

 

 

 現在、攻略組は完全に2つに分かれていた。

 

 従来のディアベルが率いていたプレイヤーの残党である旧攻略組(正式な名称ではないが、便宜上、こう呼ぶ)と、事実上、キリトが率いている新攻略組。

 

 新攻略組は言うまでもないが、第二層と第三層の解放に貢献しており(第一層はキリト単独だが、キリトは新攻略組の筆頭なので、数えようと思えば、第一層解放の功績も数えられる)、全てのプレイヤーの希望となり始めている。

 

 対して、旧攻略組はなんの功績もあげてないばかりか、第一層で20人もの死者を出したことで、あまり関心を持たれていなかった。

 

 いや、それだけではなく、最近ではベータテスターではないかという“検査”と称して盗賊の真似事をする時もある為、完全に落ちぶれたと見なすものも居る。

 

 旧攻略組がPKギルドやオレンジギルドの巣窟となるのも時間の問題。

 

 キリトはもうそう見なしていた。

 

 しかし、ここでヒースクリフが動き始めたという情報を聞いた時、驚いた。

 

 

(まさか、ここで動くとは・・・)

 

 

 原作ではアスナが血盟騎士団の事を『昔は団長が一人ずつ声をかけて造ったギルド』と言っているように、初盤ではかなりゆっくりと動いている。

 

 しかし、アルゴがヒースクリフが旧攻略組を取りまとめていると言ったということは、かなり大きく動いている可能性が高い。

 

 正直、動くとしても原作通り、もっと後だと考えていた。

 

 何故なら、彼はこの世界の支配者。

 

 必要以上に世界に干渉するタイプでもない。

 

 にも関わらず動いたということは、おそらくは“動きたくなった”のではなく、“動かざるを得なくなった”の方が正しいのだろう。

 

 なんせ、原作と違って本格的に攻略をやっているのが10人くらい。

 

 残りのプレイヤーは皆、醜くプレイヤー同士で争うか、街に閉じ籠るかしている。

 

 後者だけならヒースクリフも動かなかっただろうし、前者でも多少ならば“趣向”の範囲内に入れていただろうが、流石に本来のゲームをしているのが10人程という状況では危機感を抱いているのだろうと推測した。

 

 

(とは言え、どう動くつもりだ?もう新攻略組と旧攻略組じゃあ、溝が決定的だが・・・)

 

 

 既に新攻略組と旧攻略組とでは溝が決定的になっている。

 

 この溝を埋めるのはほぼ100パーセント不可能だと思われるので、まさか新攻略組と旧攻略組を合併させるなんていう方法は幾らヒースクリフのカリスマを持ったとしても、もう取れないだろう。

 

 何故なら、原作の血盟騎士団でさえ、統制が満足に取れているとは、到底言えなかったのだから。

 

 そうなると、自ずと出来る手段は限られている。

 

 

(旧攻略組の中から血盟騎士団を結成させて攻略を目指す。まあ、そんなところだろうな)

 

 

 キリトはそう推測する。

 

 勿論、そんなことをすれば、原作よりも血盟騎士団の質は落ちる。

 

 何故なら、良好なプレイヤーはアルゴの選別を潜り抜ける形でこちらに来ているのだから。

 

 しかし、背に腹は変えられない。

 

 そういうのは出遅れた方が悪いのだ。

 

 

(となると、ギリギリこの階層か。次の階層辺りで動くか?)

 

 

 キリトの推測は当たっていた。

 

 何故なら、この第四層のボスは2日後に何時もの通り、新攻略組によって討伐され第四層は新攻略組によって解放されるが、その次の第五層のボスはヒースクリフに率いられた旧攻略組によって討伐され、第五層は旧攻略組によって解放されることなるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇西暦2022年 12月13日 第六層 宿

 

 

「なに?共闘?」

 

 

「うむ、その通りだ」

 

 

 第四層に続き、第五層が解放されてから2日。

 

 キリトは最前線となった第六層で狩りを行っていたが、今日、ボス部屋を発見し、第六層の宿で率いている新攻略組の戦力編成を考えていたが、そこに突如としてヒースクリフが現れて共闘しようと言ってきたのだ。

 

 

「本気か?俺達、新攻略組とあんたが今率いている旧攻略組じゃもう水と油の関係なのは知ってるだろう?」

 

 

「それは承知済みだ。だが、ボスというのは一階層につき、1つしか居ない。だったら、戦力を集中するべきだと私は思うのだが」

 

 

 ヒースクリフはそう言って持論を主張する。

 

 確かに言っていることは間違ってはいない。

 

 強大な敵相手に戦力を分散して掛かれば、各個撃破される危険性がある。

 

 それを考えるならば、旧攻略組と新攻略組で力を合わせた方が良いことも。

 

 だが──

 

 

「無理だな。と言うか、俺なんか昨日、旧攻略組の一人に闇討ちされかけたぞ。あんなんで連携が取れるとは思えん」

 

 

 キリトは冗談ではないとばかりに吐き捨てる。

 

 それもそうだろう。

 

 昨日も狩りをしていた途中、キリトは旧攻略組と思われる者達によるMPKを受けたのだから。

 

 まあ、レベルに圧倒的な差があった事でなんとかなったが、あんな胆が冷えるような思いは2度としたくなかった。

 

 

「それは失礼した。では、また出直そう」

 

 

 ヒースクリフはそう言いながら、立ち去っていった。

 

 

「・・・」

 

 

 キリトはその光景を見つめながら、あることを思案する。

 

 

(さて、どうなるのかねぇ)

 

 

 キリトはぶっちゃけヒースクリフをどうするか迷っていた。

 

 原作において75層からの先の結末は3つ在る。

 

 原作ルート、インフィニティ・モーメントルート、ホロウ・フラグメントルート。

 

 後者2つは一見同じに思えるが、ホロウエリアが有るか無いかと、フィリアと出会うか出会わないかの違いがある。

 

 この内、一番自分にとって好ましいのはホロウ・フラグメントルートだ。

 

 確かにこのルートは一番手間とリスクが伴うが、原作のインフィニティ・モーメントルートと違ってレベルアップがしやすいホロウエリアが存在するので、100層までのボス攻略の保険を強化することが出来る。

 

 逆にインフィニティ・モーメントルートだと、ホロウエリアのような鍛える場所がないので、攻略のための保険が掛けずらい。

 

 加えて、フィリアとも出会わないので、原作を知っている者としては色々と後味が悪い結末を迎えることとなる。

 

 まあ、これは原作ルートも然りだし、原作ルートに至ってはストレアにすら会えない。

 

 そして、その原作ルートは言うまでもないが論外だ。

 

 はっきり言って、ALOで須郷に勝てる気がしないからだ。

 

 原作ではキリトはALOにログインしてから僅か2日(西暦2025年1月20日~1月22日)でアスナを救助しているが、あんな主人公補正満開な芸当が自分に出来るとは思えない。

 

 そうなると、須郷が自分からこのSAOに来るインフィニティ・モーメントルートか、ホロウ・フラグメントルートで決着を着けたいわけだが、ここにも問題があり、須郷はスーパーアカウントというチートを持っている。

 

 原作ではキリトらの根性?とストレアの活躍によって、なんとなるが、ぶっちゃけて言えばストレア抜きで須郷を何とかすれば100層のボスが強化されるとという事はない。

 

 そして、100層のボスは原作では98層のボスを倒した後に相手をしてもなんとかなった程である。

 

 最終ボスとしてヒースクリフという懸念が在るが、なんとかストレアを敵に回したくはない。

 

 その為、キリトはヒースクリフを須郷にぶつける事を画策していた。

 

 何故なら、如何にスーパーアカウントを持つ須郷と言えど、マスターアカウントを持つヒースクリフにはかなわないのだから。

 

 しかし、ここで重大な問題があった。

 

 

(どうすれば、ホロウ・フラグメントルートになるんだ?)

 

 

 ゲームを知っている者なら言うまでもないが、ゲームルートになった経緯は完全にまぐれであり、本来なら原作ルートの方が正しい道なのだ。

 

 なんせ、原作ルートからゲームルートへと変わった経緯が須郷によるSAOへの無理な干渉だったのだから。

 

 更に言えば、ホロウ・フラグメントに至っては完全にどうすれば良いのか分からない。

 

 なんせ、原作でキリトがホロウ・エリアに行けたのもかなりの偶然だったのだから。

 

 いっそのこと、75層でヒースクリフに気づかぬふりをして、76層以上を攻略しようとすれば、ゲームルートであったようなエラーが起きるかもしれないとも考えたが、そうなる保証など何処にもないのだ。

 

 ちなみにキリトがヒースクリフを須郷にぶつけようという思考に至ったのもこの案から来ていた。

 

 悩むキリトだったが、今は攻略が先だと頭を切り換える。

 

 

「よし、まずは攻略が先だ。それとヒースクリフには精々苦労してもらおう」

 

 

 キリトはゲスい顔を浮かべながら、ある案を頭の中へと浮かべていた。

 

 そして、第六層のボスは翌日にキリト率いる新攻略組によって討伐され、第六層は解放され、戦いは第七層以降へと移ることになる。




キリトのレベル

西暦2022年12月6日→レベル19

西暦2022年12月8日→レベル20(第四層ボス戦後)

西暦2022年12月11日→レベル21(第五層解放後)

西暦2022年12月13日→レベル22

西暦2022年12月14日→レベル22


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第6話 シンカーが死んだ!!この人でなしぃ!!!(錯乱)

◇西暦2023年 2月17日 第25層 

 

 あれから2ヶ月。

 

 攻略は大分進み、第25層までやって来ていた。

 

 新攻略組と旧攻略組の取り決めにより、偶数の階層のボスは新攻略組が請け負うことに決まり、旧攻略組は奇数の階層のボスを担当することに決まった。

 

 そして、今日は奇数の階層のため、旧攻略組が請け負い・・・多大な損害を出しながら攻略に成功した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇西暦2023年 2月18日 第26層 宿

 

 

「なんとかクォーターポイントの1つは通過したみたいだけど、被害甚大だな」

 

 

 他人事のように言いながら(実際に他人事であるが)、キリトはそう分析した。

 

 旧攻略組の被害は甚大だった。

 

 それはそうだろう。

 

 原作では“軍”が攻略組から離脱する原因になった程のボスなのだから。

 

 更にクォーターポイントと呼ばれる25層ごとにボスが超強くなるイベントの1つ目なので、正直、自分達抜きで攻略できるかどうかは不安なものもあったが、どうにか攻略できたと聞いて、安堵のため息をついていた。

 

 ちなみに新攻略組が偶数階層の攻略を請け負ったのも、これが理由だったりする。

 

 条件上、50層、100層のボス攻略はこちらが請け負わなくてはならないが、50層のボスからLAを取れば、あの魔剣“エリシュデータ”が手に入るのだ。

 

 加えて、旧攻略組の担当するクォーターポイントボスは前述した25層と、75層に存在する原作で合計24人ものプレイヤーの命を刈り取ったスカルリーパーだ。

 

 どっちが楽で、どっちが得かなど言うまでもない。

 

 しかし、そのせいでまたもや予想外の事態が起きてしまった。

 

 

「まさか、シンカーが死ぬなんて・・・」

 

 

 またもや原作の帰還キャラが死んだことにキリトは驚いていた。

 

 この世界でも軍は存在していて、旧攻略組に属している。

 

 そして、シンカーは原作よりも早くその纏め役へと就任していた。

 

 勿論、ユリエールを副官に置きながら。

 

 しかし、そのシンカーが第25層のボス戦で死んでしまったという情報には流石に絶句する事となった。

 

 

「これ、軍の統制が取れるのか?」

 

 

 キリトはそんな心配をしていた。

 

 現在は副官だったユリエールが指揮を取っているらしいが、正直、この先どうなるのか全く検討も着かなくなってしまった。

 

 原作でも統制は取れているとは言いづらかったのに、この世界では更に統制が取れなくなる可能性が出てきた。

 

 最悪の場合、軍の一部が組織単位で盗賊ギルド化するかもしれない。

 

 

「しかも、これから先は攻略はどんどん困難になるな」

 

 

 キリトはそう思いながら憂鬱になる。

 

 原作では第25層が攻略されたのが、西暦2023年3月31日。

 

 そして、その15層上の第40層を攻略したのが同年の10月18日なのだ。

 

 つまり、たった15層を攻略するために7ヶ月も掛かった事になる。

 

 これは2週間で一層のペースだ。

 

 まあ、その大まかな原因は原作で軍が攻略から抜けたからの要素が大きいのだろうが、それ以上に第25層での損害が多すぎて尻込みしてしまったというのが大きいだろう。

 

 これは正念場を迎えたとキリトは感じていた。

 

 そして、更に驚いたのが、この世界での血盟騎士団の副団長だ。

 

 

「しかし、これは予想外すぎる。まさか、レインが血盟騎士団の副団長になっているなんて」

 

 

 あまりの予想の斜め上を行く展開に、キリトは冷や汗を掻いた。

 

 てっきり、ヒースクリフは原作通り、アスナをスカウトして、アスナも攻略を早く進めるために血盟騎士団に入ると思っていたからだ。

 

 しかし、アスナは現在も新攻略組に残っていて、原作の血盟騎士団は結成されているものの、その副団長がいつの間にか入団したレインになっている。

 

 そして、今回の第25層攻略に参加していて、レインは前述したように、自分の好きなキャラだっただけあり、その無事を聞いてかなり安堵したものだ。

 

 なんせ、原作でSAOから生還したキバオウが既に死んでいることからも分かる通り、原作補正など全く期待できないのだから。 

 

 

(あれ?待てよ。そう言えば・・・)

 

 

 キリトは原作でアスナがギルドに入った理由を思い出す。

 

 確かに原作では攻略を早く進めるためという要素もあったが、第一層でキリトがギルドを勧めたというのも理由の1つにあった筈だ。

 

 そして、今回、自分はそれを言っていない。

 

 その影響で、おそらく、ヒースクリフからの勧誘は有ったのだろうが断った。

 

 そんなところだろう。

 

 そして、もう1つは旧攻略組よりも新攻略組の方が強いという事もあるのだろう。

 

 確かに人事は今でもアルゴが握っている為、新攻略組参加にはアルゴの目を潜り抜けなければならないし、新攻略組は合計でも20人ちょっとの人数なので、旧攻略組と比べると圧倒的に規模が小さい。

 

 その分、プレイヤーの質も良いし、実際にこの人数だけで攻略が進んでいるのだから、強いと思っても仕方のないことである。

 

 

(・・・もう原作知識は全く役に立ちそうにないな)

 

 

 キリトはそう思いながら、課題の多すぎる現実に憂鬱げに笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇西暦2023年 4月9日 第32層

 

 

「はっ?アスナがギルドに入った?」

 

 

 先日、旧攻略組によって第31層のボスが倒され、戦いは32層へと進んだ。

 

 そんなある日、キリトはアルゴからアスナがギルドに入ったという情報を買っていた。

 

 

「ああ、なんでも月夜の黒猫団ていう小規模ギルドらしいナ」

 

 

「ッ!?」

 

 

 キリトはそのギルド名を聞いて吹きそうになりつつも、原作での事を思い出す。

 

 原作でキリトが月夜の黒猫団に入ったのは西暦2023年4月8日。

 

 つまり、この世界の時系列に当て嵌めれば昨日だが、ぶっちゃけ、どの階層で出会ったのかが分からなかったし、この世界は既に大分原作とは違ってしまっている。

 

 事実、原作で出会った日付である昨日、月夜の黒猫団を探しに下層へと下りてみたが、結局、出会わなかった。

 

 その為、月夜の黒猫団に関しては諦めていたのだが──

 

 

「なんでも、アーちゃんが助けて、そのまま流れでそのギルドに入ったらしいゾ」

 

 

「ああ、なるほどね」

 

 

 キリトは苦笑した。

 

 原作でもアスナは血盟騎士団に入るまではキリトと組んでいたが、そもそも本来の彼女はキリトとほぼ同じ誰ともつるまないタイプの人間だった。

 

 おそらく、原作キリトと同じく月夜の黒猫団のノリに押されてそのままギルドへと入ったんだろうとキリトは推測した。

 

 まあ、この点に関してはキリトにも特に異存はない。

 

 原作を見る限り、原作の月夜の黒猫団は若干お調子で危険なところはあるが、悪いギルドでは決して無いのだから。

 

 

「しかし、心配だナ」

 

 

「なにがだ?」

 

 

 キリトは首をかしげる。

 

 原作で27層の悲劇が起こったのは西暦2023年6月12日。

 

 つまり、今から2ヶ月も後の話だ。

 

 この世界ではどうなるのか知らないし、アスナが原作のようにレベルを隠して入団しているのか、そうでないのかも知らないが、どちらにしてもアスナは原作キリトと違って、ダメなものはきっちりダメと言うタイプだ。

 

 だからこそ、心配は要らないと思っているのだが──

 

 

「近頃、オレンジプレイヤーのギルドが増えていることは知っているだろウ?」

 

 

「ああ、そう言えば、そう言っていたな」

 

 

 この世界ではラフコフのようなレッドギルドこそ大きくなる前にと、キリトや新攻略組の一部によって積極的に狩り出されていた。

 

 そうでないプレイヤーにも、レッドプレイヤーと遭遇したら、まず最初に対麻痺ポーション(麻痺になった場合の麻痺の回復を早めるアイテム)を飲むように訓示されている程だ。

 

 これはラフコフへの備えであったが、これらの活躍によって、既に原作でのラフコフの三幹部の一人であるジョニー・ブラックが捕らえられており、黒鉄宮に放り込まれている。

 

 あとは赤目のザザと、ボスであるPOHさえ捕らえられるか殺すかすれば、ラフコフは誕生前に潰せるだろう。

 

 しかし、ここ最近、その代償なのか、それとも原作通りなのかは知らないが、オレンジギルドが急増していた。

 

 流石に攻略組クラスの人間を襲うことは今のところ無かったが、中層以下では結構な被害が出ているらしい。

 

 

「しかし、対処は難しいな。こちらは人員が足りないし、あっちは協力してくれないだろうしな」

 

 

 そもそも新攻略組はレッドプレイヤーやギルドを狩り出すので手一杯であり、流石にオレンジギルドやプレイヤーを一つ一つ狩り出すにはとても手が足りない。

 

 しかし、だからと言って旧攻略組は手を貸してくれないだろう。

 

 

「兎に角、アスナに警告だけはしておくよ」

 

 

「それしかないだろうナ」

 

 

 キリトの言葉に、アルゴは相槌を打った。




キリトのレベル

西暦2023年2月17日→レベル43

西暦2023年2月18日→レベル44

西暦2023年4月9日→レベル52


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