ラインハルトを守ります!チート共には負けません!! (アレグレット)
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プロローグ

 

「か~~~~~っ、ぺっ!!!」

 

 

 ヴァルハラにある大神オーディンの宮殿に、とんでもない奇音が響き渡った。それは古代ローマ人がよく着用するトーガのような着物を纏った白髪を肩までたらした老人が、キラキラとした噴水のそばの白い椅子に腰かけ、泉の中に映し出される光景を見ながら、まるでセンブリを飲み下したような苦い顔をして、痰を吐き出した音だった。

 

「なんたることじゃ!!我が大神オーディンの加護を受け生を成したかの者が、逆賊扱いじゃと!?処刑されたじゃと!?なんたることじゃ!!!」

 

 老人は独りしゃべるうち、次第に興奮して顔色が真っ赤になる。

 

「まぁまぁおじいさま、そう興奮なさらないでも」

 

 孫ほどの年の離れた、若々しい栗色の髪をした少女がそばにやってきて話しかけた。

 

「なんじゃ、お前はようも平然としておるのう。あれを見て憤りを感じぬのか!?だいたいなんじゃあれは!?転生者じゃと?!そんな者がかの者の世界にやってくれば、しかもその者がかの世界を知り尽くしているとなれば、明らかにかの者にとって不利じゃとは思わぬか!?」

「ええ、そうですよね。まぁ、今はやりの『チート共』ですからね、しかも金髪の英雄に狙われる立場や面白くない立場に生まれた人たちですからね、そりゃあ金髪の英雄をこっちに送りたくなるでしょうね」

 

 ここヴァルハラは、かの銀河英雄伝説の世界のみならず、様々な世界での死んだ者が行くところになっている。そこで審判を受け、天国かはたまた地獄か、様々な道に進ませるのである。老人はここ、ヴァルハラでかなり高い地位にいる生と死を司る神の一人であった。一緒にいる女性は孫ではなく、彼の部下のような立場にいる神であり、転生を司る神の一人であった。

 

「だいたいお前もお前じゃ。他の神の道楽にお前まで手を貸すことはなかろうが!お前のせいで転生者とやらがかの者の世界に行ったのではないか!これでは儂の面目が丸つぶれじゃ!大神オーディンになんと申し上げればよいか・・・」

「あ~ごめんなさい。面白そうだったから、つい」

 

 慟哭しまくる老人に少女はしらっと笑顔で返す。

 

「ええい!!いまいましいっ!!!」

 

 老人は怒りまくり、喚き声をあげ、ついにはゲホゲホオェェェェとせき込んだ。よしよしと少女が老人の背中を撫でる。

 

「む・・・すまんの、ついつい興奮してしまったわい」

「まぁ、おじいさまがあの金髪の英雄に肩入れしたくなる気持ちはじゅ~ぶんにわかりますけどね、相手が悪かったですよ、今回は」

「なんの!!まだまだじゃ!!」

 

 老人はそう叫び、急にハタと両膝をうった。

 

「そうじゃ!!目には目を、歯には歯を、じゃ。お前の言う『チート共』がかの者の覇道を妨げるというのなら、かの者を手助けする『チート共』を送り込めばよい」

 

 それをきいた少女が面白がるように驚いて見せる。

 

「ええ~~!?面白そうだけれどいいのですか、そんなこと。だいたいあっちの世界って、もうケリが付いたんじゃないですか?」

「いいや、まだ終わっておらん!!時間軸を少し戻し、今一度かの者に覇道を歩ませるのじゃ。ふっふっふ、見ておれよ『チート共』。大神オーディン様のおおせ付けで、かの者の世界には儂ら自らは手出しできんがの、かの者に協力する者どもを送り込むことはできる。ふむ・・・・よし」

 

 老人が二言、三言つぶやくと、たちまち霞のような魂たちがあちこちから集まってきた。

 

「おじいさま、この人たちは?」

「うむ、これらの者はの、皆同じ世界の出身じゃ。とある世界、とある時代に活躍した英雄たちの魂じゃよ」

「英雄は英雄を知る、ってやつですか?」

『あの~~~』

 

 魂の一つが遠慮がちに声を上げる。声からするとちょっとおっとりした女性のようだ。

 

『あの、私たち、とっくの昔に死んじゃったはずで、さっきまで天国にいたのに、どうしてこんなところにいるんでしょうか?』

「ほっほっほ。それはの、おぬしたちをこれから銀河英雄伝説の世界に送り込もうというのじゃ」

 

 それをきいた魂たちがざわざわと声なき声を上げる。どうやら魂たちの世界では銀河英雄伝説の世界というのはある程度有名らしい。

 

『銀河英雄伝説の世界!?ちょっと、アンタ、何考えてんのよ?!』

 

 別の魂が最初の魂に寄り添うようにして声を上げる。こちらはなかなか強気の性格の持ち主のようだ。

 

「あのですね、おじいさまはですね、銀河英雄伝説の世界の金髪の英雄が『チート共』に処刑されたことにですね、いたくご立腹でしてですね、あなたたちを助っ人に送り込みたいというのですよ」

 

 栗色の髪の女性がざっくりと説明する。

 

『ええっ!?いいわよ、別に。だいたいのんびり休暇とってる私たちをどうしてまた現世に戻すわけ!?それってひどくない!?せっかく苦労してここにたどり着いたってのに』

 

 二番目の魂が愕然とした声を上げる。

 

「やかましい!!!おぬしら悔しくないのか!?『チート共』にむざむざ殺されたかの者の気持ちを汲んでやらんのか!?ええ!?」

 

 老人が怒声を上げる。

 

『そりゃあ、銀河英雄伝説は私も大好きでよく動画でアニメみたりしたけれど、でも、だからって私たちをその世界に送り込むのは筋違いなんじゃない?ねぇ、フィオ』

 

 フィオと呼ばれたのは最初に老人に話しかけた魂らしい。どうやらこの二つの魂、親友同士のようだと栗色の髪の女性はそう思った。

 

「なんの!!おぬしたちの力量や智謀、そして力の強さはよく知っておるわ。よいからさっさと行け!!いってかの者を助けるのじゃ!!お、そうじゃ、むろんタダ働きではない。もしかの者の覇道がまっとうできるようであるならば、なんなりとおぬしたちの願いをかなえて進ぜようぞ」

『え、マジ!?』

 

 さっきの二人とは別の魂が声を上げた。同時に「おお~~!!」という声にならないどよめきが魂たちから洩れる。魂たちは次々と老人を質問攻めにした。

 

『それって超一流のバカンスもOK?リッチなホテルに泊まってフカフカベッドで毎日寝られるの?』

「もちろんじゃ」

『おいしい料理も食べ放題?超高級アロマエステも受けられるんですか?』

「もちろんじゃ!」

『毎日シャンペンタワーやって、イケメンのホストに囲まれるのも・・・・!?』

「もちろんじゃ!!!」

 

 老人はドヤ顔で自信満々に答える。そのくらいの望みなど瞬時にかなえられるのだ。やはり人間の欲というものは予測の範囲内だったのうと老人はほくそ笑んだ。

 

『聞いた?フィオーナ、ティアナ、これ、チャンスよ。私乗った!他の人も乗るでしょ?』

 

 どうやら最初の魂のフィオというのは愛称で、本当の名前はフィオーナというらしかった。

 ティアナというのは二番目に声を出した魂らしい。三番手の魂も女性のようだった。最初の二つの魂と知り合いらしい。他の魂たちも他人同士というわけではなさそうな雰囲気だ。

 それにしても爺様のチョイスした魂、いったいどこから選んだのだろう。栗色の髪の女性は声に出さず、首をかしげていた。

 

『わかったわよ。どうせそうなるだろうって思ってたもの』

 

 ティアナと呼ばれた二番目の勝気そうな魂がため息交じりに言う。

 

『でも、約束よ、爺様。絶対約束だからね!』

「むろんじゃ!!」

 

 そうこたえながら老人はほくそ笑んだ。それはかの英雄の世界にいる『チート共』にこれで目に物見せてやれるという独りよがりの意気込みだったのだが。

 

「よし、行け!!!英雄たちよ!!かの者の覇道を助け、『チート共』を葬り去るのじゃあ!!」

 

 老人の高らかな言葉と共に、魂たちは天高く舞い上がり、泉の中に次々と飛び込んでいった。

 

「あああっ!!」

 

 突然少女が驚きの声を上げたので、満足そうな顔をしていた老人は飛び上った。

 

「な、なんじゃい!!??急に叫びおって!!どうしたのじゃ!?」

「ああ、いえ、たいしたことじゃないです」

「なら驚くことはなかろう。いや、めったに動じぬお前が叫び声を上げた時点で、儂には嫌な予感しかせんのじゃが」

「ばれちゃいました?」

 

 テヘベロな顔をしながら、少女が言う。

 

「なんじゃ?はよう言え。」

「あ~そのですね、今飛び込んでいったのは『チート共』を助ける魂だけじゃないんですよ~」

「というと、なんじゃ?」

「こっそり後から数人の魂が忍び寄って、飛び込んでいったのを見ちゃったんです」

 

 

「なにィ!?」

 

 

 驚愕の表情をした老人が慌てて空中を手で一振りして、二冊の冊子を取り寄せた。一冊目には今呼び寄せた魂リストが、もう一冊目には通過していった記録がのっかっている。これを見比べた爺様はしまったという顔をした。

 

「これはまずいことになったの。後を追っていったのは、先ほどの『英雄たち』の敵方の魂じゃ」

「あ~あ、ということはラインハルトを助ける魂の、その敵側の魂も送っちゃったってことですか、こりゃあ減俸ですみますかね~」

「構わん!!はっはっは!!一方的な展開では面白くなかろう!!これはいいぞ!!はっはっはっは~~~!!!!!」

 

 老人が高笑いしたが、そこにはやけくその色が濃く漂っていた。

 

 

 

 

 



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第一話 生まれるタイミングが重要です

帝都オーディン マルトリンゲル地区――。

 

 ここ、マルトリンゲル地区は帝都オーディンの中で平民たちが暮らす下町地区である。だからといって貧民街というものではなく、小売商人や下級官吏等ごく穏やかで実直な人々が暮らしている。むろん貴族の家も交じっているが、こういう地区に住む貴族というのはたいてい没落しているか、若しくは大貴族との関わり合いにうんざりして引きこもってくるような者であるため、ここでは平民と貴族との対立というのはそれほど深刻ではない。

 

 

帝国暦473年4月15日――

■ ヴァンクラフト家の庭 イルーナ・フォン・ヴァンクラフト

 あの大神オーディンの宮殿で、高名なご老人のお言葉と共に送り出された私は、気が付けば私の生前の性だった「ヴァンクラフト」と同じ家名の家に生まれていた。この現世での私の記憶は、生まれて5歳くらいの時から始まったようだけれど、物心ははっきりとしており、ここに来た目的もしっかり覚えていた。言語もすぐにわかったわ。両親は不思議なくらい私の生前の両親に生き写しだったから、きっと神様が取り計らってくださったのだわね。

 小さいころの私は、両親の愛情をいっぱいに受けて育てられた。暮らしは質素だったけれど、そのことでかえってなんでもできる機会を与えられた。料理、洗濯などは生前やっていたからすぐにここでもできるようになったわ。

8歳になり、一応物心がつく年齢になったと判断されたのか、今のお父様が家のことを話してくださった。そのところによれば、ヴァンクラフト家は、元々高名な家柄の貴族だったそうなのだけれど、勢力争いに負けて、半ば追放される形でここにやってきたらしいの。私のひいおじいさまの代の事だそうよ。この生い立ちは後々利用できそうな感じね。

 

 

 さて、私がここに来た目的は、老人のおっしゃっていた英雄、ラインハルト・フォン・ローエングラム、今はミューゼルと名乗っているだろうけれど、その人をサポートして覇道を歩ませること。私も銀河英雄伝説は一通り読んで、見て、内容を知っているけれど、さて、どうすればいいのかしらね。

 

 

 幸いなことに、両親の話や近所の人の話によれば、どうやら私の家の斜め前がラインハルトの家らしいから、近づくチャンスはそのうちに廻ってくるはず。そのチャンスをどうやってつかむか、ね。噂をすればなんとやら、ちょうど玄関がひらいて人が出てきたわ。

 

 あら、あれは・・・・?あの整った顔立ちは、ラインハルトとアンネローゼのようね。こうして実際に見るととても仲がいい美人姉弟ね。そして、隣の家の玄関から出てきたのは・・・赤毛の子?まさか、キルヒアイス?

そういえばおかしいわね、キルヒアイスは確か10歳の時にラインハルトが隣に引っ越してきて出会うのに、ラインハルトってもう引っ越してきたのかしら?

 

 でも、これはチャンスかもしれない。私とキルヒアイスが同時に彼に近づけば、私もキルヒアイス同様の無二の親友の立場に立てるかもしれないから。あら、あの歩道を歩く青い長い髪の綺麗な少女、どこかで見たような・・・・まさか・・・・?

 

 

 同時刻、ラインハルトの家の目の前の歩道――。

■ アレーナ・フォン・ランディール

 やれやれ、ようやく死んで天国でゆったり満喫生活と思ったら、またぞろ現世に強制送還。しかもなんだか知らないけれど、爺様の道楽に付き合わされるなんて。あ~どこまで運がないのかしら、私って。爺様連中相手にするのは、生前の侯爵時代で充分だったのに。このミッションが終わったら、あの爺様にお願いして超一流のセレブな天国生活をしばらく満喫できるようにお願いするつもりなのよね。さ、それを夢見て頑張りますか!

 私が生まれたのは、どういうわけか生前と同じ「ランディール」家。しかも爵位も生前と同じ侯爵だっていう偶然。それでいて両親はとぉってもリベラルで私を散々宇宙旅行に連れていってくれたりなんだかんだしてくれたり。ま~ある意味すごすぎる偶然ぶりなのよね。あの爺様もそこは粋な計らいをしたってこと?

 

 私も8歳になったんで、もう大丈夫だろうって思って、両親に駄々をこねてみた。つまり、一人でいろいろと外の世界を見てみたいと。私を溺愛している両親は、とりあえず一人で外に出てもいいってことになった。もちろんおつきのメイドや護衛の使用人はいるけれど、でも不要なのよね。

なぜって、生前の私は一公国の将軍職についていて、そりゃもうバリバリの武人だったからね。剣をぶん回して戦うことになれてるって今の両親が知ったら流石に驚くと思うので、何も言わないけれど。でも、ひそかに日々訓練中よ。他のみんなもそうなんじゃない?

 

こうしてただいま散歩中。散歩がてらようやくラインハルトの家までやってきた。あ、庭にラインハルトとアンネローゼ姉妹が出ている。二人して草花に水をやっているところか。ふ~んさすがは美人姉弟ね、今からあんなレベルじゃ将来が末恐ろしいわ。

 さぁ、どうしようかな。ラインハルトとアンネローゼが外に出ているから、いきなりアタックする?それとも様子見る?う~ん・・・。

 

ってあれ?!あそこの反対側の家の庭にいるプラチナ・ブロンドの髪を後ろでまとめているしっかりそうな顔立ちの美人少女って、イルーナじゃない!?

 

 

■ ヴァンクラフト家の自分の部屋 イルーナ・フォン・ヴァンクラフト

 まさかいきなりアレーナに出会うとは思わなかった。生前の私は帝国の騎士団主席聖将(騎士団の№1のことよ。)、彼女はその同盟公国の女性将軍だったから、接点はあるし、お互いのことを良く知っている。そんな二人が出会うということはこれもあの老人の采配なのかしら。私は早速アレーナを家に招き入れた。両親には公園でたまたま会い、一緒に遊んでいたらすっかり仲良くなったということにしておいた。もっとも、アレーナの今の素性はランディール侯爵家という名門らしいので、両親はびっくりして恐縮していた。当のアレーナは相変わらず飄々とした感じだったわね。

 お茶とお菓子を置いて母様が部屋を出ていった後、ひとしきりそれぞれの歩んだ生活について話した。アレーナはリベラルな生活を送ってきたようね。それでこういう性格が出来上がったと言っても納得がいくわ。一通り話が終わったところで、さて、と私は話しかけた。本題よ。

 

「どうやってラインハルトとキルヒアイスに近づこうかしら、アレーナ」

「決まってるじゃん。ラインハルトが予想より早く引っ越してきたのはラッキーだったわ。私たちもあの輪の中に突撃よ。そうすりゃ幼馴染コンビじゃなくて、幼馴染四天王になれるもの。絶好のタイミングじゃないの」

 

 私もそれを考えていた。アレーナと意見が一致したので、さっそく実行に移すことにする。英雄と言ってもまだ6歳の子供だもの。そこまで鋭い洞察ができるとは思えないから。

 そういえば、フィオーナやティアナは一体どこに生まれたのかしら?あの二人は私の騎士学校教官時代の教え子だから、よく気心も知っている。あの子たちが加わってくれればとても心強いのだけれど。

 

 

 



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第二話 育てる環境も重要です

 帝国暦475年2月1日――。

 

 

 ミューゼル邸の一室で抱えてきた本を広げながら、イルーナは言った。

 

「今日はローレライの話をするわね」

「イルーナ姉さんの話しているローレライって何?」

 

 ラインハルトの問いかけにイルーナはちょっと生真面目な顔を作った。どこかでこの小ラインハルトを怖がらせようと思ったのかもしれない。

 

「船に乗っているとどこからともなく聞こえてくる木霊で、それに従っているといつの間にか船が岩にぶつけられるという怖いお話よ」

「嘘だ~!!」

 

 それがあまりにも断定的だったので、イルーナは「えっ?」と言う顔をした。

 

「どうして嘘だと思うの?」

「だって、姉さんが聞かせてくれたお話はそんなものじゃなかったもの」

 

 イルーナが「どういうこと?」というように側にいたキルヒアイスを見ると、キルヒアイスも首をかしげる。どうやらその話はラインハルトがキルヒアイスとまだ出会う前に聞かされていた話だったようだ。

 

「ローレライっていうのは悪魔を追い払う妖精さんの事なんだよ。イルーナ姉上。キルヒアイス」

 

 ラインハルトの口ぶりがまるでアンネローゼそっくりだったので、思わずイルーナとキルヒアイスは笑った。

 

「昔一匹の悪魔がいたんだ。その悪魔は歌が上手くて、旅人を歌で誘って誘惑したんだって。けれど、それに気が付いた勇者とローレライっていう妖精が力を合わせて悪魔を退治したんだ」

「それ、どうやって退治したの?」

 

 キルヒアイスが尋ねた。

 

「ローレライが歌を歌うと、悪魔の歌に惑わされていた人々が正気に戻ったんだ。悪魔が驚いている隙を狙って勇者が悪魔を斃したんだって」

「へぇ~~」

「ほんとだよ、アレーナ姉さん」

「そうなのかしらねぇ、どう思うイルーナ」

「まぁ、伝承だから――」

「だからイルーナ姉さん、アレーナ姉さん。ローレライっていうのは僕は悪い妖精さんじゃないと思うんだ」

 

 ラインハルトの言葉をイルーナは苦笑交じりに聞いていた。

 

「降参よ。あなたのお姉様から聞いた話の方が綺麗ね」

 

 話の正誤はともかく、アンネローゼがラインハルトにした話の方がよっぽど話としては綺麗だ。だからイルーナとアレーナはそれ以上争わず、ラインハルトの話を黙って聞くだけにとどめたのだった。

 

 

 

 

マルトリンゲル地区 ミューゼル家

■ ラインハルト・フォン・ミューゼル

 今日もイルーナ姉さんとアレーナ姉さん、キルヒアイスが遊びに来た。何かと言うとこの4人、そして姉上と遊んでいる。二人とも姉上と同じくらいの年のようだ。ここに引っ越してきたときは母さんの事故のせいだと聞かされていたが、母さんのことはよく覚えていない。だが、あまりそれを悲しいとも思わない。俺には姉上がいる。父さんもいる。そしてキルヒアイス、イルーナ姉さん、アレーナ姉さんがいる。それで十分だ。

 二人とも貴族の家柄という。ことにアレーナ姉さんの方は侯爵家の出身だという。でも、そんなところは少しも感じないし、全然鼻にかけない。

 

 それどころか、二人ともよく貴族社会の事、平民社会の事、帝国の事、自由惑星同盟のことですら色々なことを教えてくれる。帝国の貴族社会があそこまで平民を痛めつけているとは思わなかった。同じ貴族として反吐がでる。最悪だ。俺が大きくなったら、絶対にあんなことはさせない。

 反対に自由惑星同盟のことはいろいろ気になった。アレーナ姉さんの一族の中で自由惑星同盟を研究している者がいたらしくて、資料があったんだそうだ。それをこっそり教えてくれた。もちろん秘密だ。俺たちの胸の中にしまっておく。

 

 一応曲りなりにも平民が政治を動かすというのは、どうなのだろう?実際見ているわけじゃないから何とも言えないが、これは面白そうな話だった。家柄ではなく、能力あるものが上に立つ。考えてみれば当たり前の話の様に思えた。

 二人の話はある意味学校で勉強するよりも面白い。あんなところ、自分たちに都合のいい知識しか教えないじゃないか!だが、さすがに学校に行かないというと姉上に叱られるので我慢している。イルーナ姉さんもアレーナ姉さんも、そして姉上も我慢することを覚えなさいと言う。我慢は好きじゃないが、色々な話が聞けることを思えばしょうがないと思う。

 明日も楽しみだ。

 

マルトリンゲル地区 キルヒアイス家

■ ジークフリード・キルヒアイス

 ミューゼル家の人たちが越してきてから2年くらいたつ。越してきた当初柵の際であの

金髪のラインハルトと出会った時、最初はちょっと生意気な子だと感じた。けれど話してみるととてもいい子だと思った。まるできれいな冷たい水を飲んでいるような気分になる。そして同じころに友達になったイルーナさんとアレーナさんもとても素敵な人だ。僕たちに色々と帝国の事、社会のことを教えてくれるので、学校みたいだ。とても面白い。でも、ラインハルトが学校の授業をつまんないといいだしてアンネローゼさんを困らせている。学校も友達に会えるからとても楽しいところだけれどなぁ。

 そして、ラインハルトのお姉さんのアンネローゼさんは一等素敵な人だ。とてもおいしいお菓子をつくってくれる。そしてとても優しい声で話しかけてくれる。それだけでとても幸せな気分になる。

 明日もラインハルトのところに遊びに行く。とても楽しみだ。

 

 

ヴァンクラフト家のイルーナの私室 

■ アレーナ・フォン・ランディール

 今日もイルーナのところで会議よ。10歳の子供が膝つき合わせて会議なんて、はたから見ればとってもおかしな光景に見えるけれど、でも、これも超リッチなバカンスのためだもの。それにこれ、結構面白いわね。天才を育てるのってイルーナのアイディアだけれど、いつもながら彼女の考えには感心するわ。

 

 原作においてラインハルトの欠点と言えるところは、他人をあまり評価しなかったところ。まぁ、そもそも原作の帝国においては優秀な人材はラインハルト派閥以外にはあまりいなかったのだけれど、でも、あのミュッケンベルガーさえ評価しないのはどうかと思うわ。一応元帥にまでなったのだから、相応の力量はあるだろうし。あ~でも、第四次ティアマト会戦で敵の「陽動部隊」に引っかかったところは「愚かな」だけれどね。

 だからイルーナと二人してラインハルトに「我慢」を「視野の広さ」を教え込んでいるところ。でも、それがききすぎてせっかくの美点を損なうことのないように注意しないとね。その辺の加減は難しいわ。

 

「だいたいは今のところ順調じゃない?ラインハルトとキルヒアイスに今の帝国や同盟のことを教え込むのはとてもいいと思う。これ、将来にとっても役立つ知識よね」

 

 と、私が言うと、イルーナが、

 

「教えすぎるのはよくないから、ほどほどにするべきね。きっかけを与える程度がちょうどよいと思うのよ。後は興味があれば自分たちで調べようとするでしょうし。自分たちで積極的に調べた方が、より帝国の実情をわかってくれると思うから」

 

 という。まったくその通りだわ。あまり押し込んでもかえって逆効果だもの。

 さて、と私はお茶のカップを下に置き、こっそりともってきたポータブル端末をペラペラのカーペットの上に置く。冬は分厚い電熱カーペットの方がいいわよ、イルーナ。冷え性になるもの。後で送ってあげようかな。

 

「あなたのところには端末はないわよね、だから私の方でいろいろと調べてきたの」

 

 残念ながら、帝国には万人が使えるインターネット的なものは普及してない。一部の富裕層化特権階級だけが使用できるネット環境があるだけ。まぁ、情報が流通すれば色々と平民に都合が悪いことになるという腹積もり?幸い私のところは侯爵家だったので、ネット環境はばっちり整っていたし、両親は私の10歳の誕生日にポータブル端末をプレゼントしてくれた。もっとも家の中での仕様限定だけれど。 それをこっそり改造して今日持ってきたってわけ。

 ラインハルトとキルヒアイスを「教育」する傍ら、当然この世界に生まれた『チート共』を調べ上げることにも抜かりはないわよ。

 

 私とイルーナが話し合った結果、『チート共』にはだいたい次のパターンがあるんじゃないかっていう結論になった。

 

1:オリジナルの登場人物チート

2:原作の登場人物に憑依しているチート

3:1及び2の影響を受けて『チート』化したチート人

 

 2はちょっと探すのは難しい。私もざくっとしかオリジナルの登場人物の性格覚えてないしね。それに猫かぶりされていたら探すのが難しいからね。3はもっと難しい。それにくらべて1はまだ探しやすい。そして、そのなかで20代以下に絞り込むことにした。これまでの帝国の動きは原作と離れちゃいない。(小さな動きまではわかんないけれどね。)ということは今まで何もしていないことになるわよね。たぶん。

 さすがに30過ぎるまで何もしてない人は転生者じゃないでしょ。そんなわけで帝国のデータベースにハッキングして探し出しましたよ、いましたよ、ちゃんと。

 

 候補者№1は帝国の33代皇帝オトフリート4世の晩年の末娘であるシルヴィア皇女の娘、カロリーネ・フォン・ゴールデンバウム。帝国歴470年生まれだけれど、これ、要注意よね。原作には登場なかったし。母様が早くに亡くなって、本来は修道院に入れられるところ、バウムガルデン公爵家の口添えで、銀河帝国皇帝のところに転がり込んで育てられているようだから、ラインハルトに目の敵にされてもおかしくないわ。

 候補者№2は、そのバウムガルデン公爵家の一人息子、アルフレート・ミハイル・フォン・バウムガルデン。さすがに父親のほうは年50近いし、違うと思うのよね。この子は、帝国歴467年生まれ、ラインハルトと同じ年齢ね。バウムガルデン家は原作にはなかったけれど、皇帝一族に連なる名門公爵家だそうよ。これも要注意ね。

 さて、どうしようか?

 

■ ヴァンクラフト家のイルーナの私室 イルーナ・フォン・ヴァンクラフト

 まずはアルフレートを要注意よ。おそらく帝国貴族の家柄を利用して幼年学校、あるいは士官学校に進むでしょう。そしていきなりの私設艦隊の司令官になるかもしれない。それとコネクションを利用してラインハルトの提督たちをスカウトすると思うから、それを阻止しなければ。そしてもう一人のカロリーネ。まだ5歳だからそれほど大きな動きをしないと思うけれど、人気とりの政策や体制構築でゴールデンバウム王朝の滅亡を阻止しようとするでしょうから、監視を怠らないようにしなくては。それと、宮中の裏の事情を知り尽くしているグリンメルスハウゼン子爵に接近するかもしれないわね。

 

 

私たちの大まかな戦略は、二つよ。

 

まずは、ゴールデンバウム王朝の盤石体制の構築を全力で阻止すること。

きっと原作にはない様々な改革を転生者たちは行おうとするでしょう。でも、ラインハルト自身に改革をやらせるの。それがひいては彼の覇道を形作り、ゴールデンバウム王朝の滅亡を早めることになるから。

そして二番目として、ラインハルト麾下の有能な提督たちを転生者たちに引っ張らせない事よ。

 でもね、アレーナ。今思ったのだけれど、転生者ってこの二人だけなのかしら。私にはそうは思えないのだけれど。となると、いちいち頭をつぶしていてもキリがないから、ラインハルトの陣営に連なる人物や有益な人物には、いっそこちらから近づいてしまった方がいいのかもしれない。先手必勝よ。

 

 

後、アレーナ。一つお願いがあるのだけれど。以前あなたが話してくれたところだと、あなたの家は軍務尚書フリードリッヒ・フォン・マインホフ元帥(エーレンベルク元帥の前任者のようね。)に近しい家柄だったわね。マインホフ元帥はあなたを実の孫同様にかわいがっていると。

そこで、元帥に、女性の軍士官学校を設立するようにお願いしてほしいの。これ、さっき話したゴールデンバウム王朝の盤石体制構築阻止と矛盾するだろうとあなたは思うかもしれないけれど、ラインハルトの覇道成就のためには、そして私たち自身のためにも必要不可欠なのよ。理由はおいおい話すわ。

 



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第三話 とにかく先手必勝です

帝国暦475年2月14日――

 

 ランディール侯爵家居間 

■ フリードリッヒ・フォン・マインホフ元帥

 久方ぶりにアレーナの顔を見に来た。あれは近年ますますかわいくなってきおる。しゃべりかたは貴族令嬢らしさのかけらもないのじゃが、それもリベラルな親の影響か。じゃが、頭脳のほうもとても10歳とは思えないほど鋭く頭の回転が速いのじゃ。これは将来末恐ろしい。儂がもっと若ければ一緒に仕事をすることもできただろうが・・・いや、アレーナは女じゃ。おそれおおいことじゃが、今の帝国では、とても軍人として出世することなどおぼつかないのう。

 そう暗澹と思った時、アレーナが無邪気にも提案をしてきおった。なんと、女性専門の軍士官学校をつくってくれといいよる。儂は驚いた。無理じゃと思った。アレーナは喜ぶかもしれんが、世の中の女性たる者「貞淑であれ。」がモットーじゃからの。この帝国では男尊女卑の風潮がまだまだある。それにこれでは自由惑星同盟とやらの反徒共の考えと同じになってしまうではないか。

 

 

「でも、おじいさま。このままでは私はずうっとつまらない退屈な人生ですよ。私は大きくなったら立派な軍人になっておじいさまのお手助けがしたいんです。駄目?ねぇ、駄目?」

「しかしの、アレーナ。軍人という者は殺伐としておるのじゃ。ひとたび戦場にでれば血で血を洗う凄惨な殺し合いの場じゃ。そんな場にお前を連れていけると思うか?それにじゃ、お前ひとりならばまだ何ともなろうが、女性専門の士官学校を創設するなど、前代未聞の事じゃ。多くの者の反対があるじゃろうて」

「ええ~~!?そんなぁ、私一人じゃとっても寂しいもの。大きくなって私が少将になったって絶対周りからいじめられますよ。うう・・・おじいさまはそんなことをお望みなんですか?」

 

 うぬぬ、その濡れた瞳でせめられると儂は弱い。なんだか愛人をなだめているような格好じゃがこれはどうしたことか。

 

 

「あ、そうだ。いい考えがあります。実用的な話ですけれど、今帝国の人口は250億、でも男子の戦死率がたかくって兵隊さんたちがいないって聞きました。だから女性をもっと登用すれば戦力の拡張になりますよね、ね?」

「そうはいってもな、アレーナ。そんなものがたとえできても、誰も入らないと思うがの」

「ですね。おっしゃるとおりたぶん最初は誰も入りたがらないと思うんで、辺境の農奴から志願したいという女性及びその家族を引っこ抜きます。もちろん貴族にはこちらで算定した保証金などは払いますけれど、あまり高く設定はしません。最終的には『皇帝陛下の御為にィ!』をつかいます。後、一般の平民女性に対して徴兵制度を設けるっていう噂を流すんです。けれど、事前に士官学校に入って卒業した者は一定程度従事すれば兵役を免除されるっていう噂も流すんです。そして入校した本人と家族には支度金名目で一時金を下賜するんです。これ、どうですか?」

 

 儂は驚いた。わずか10歳でそこまで考えているとは末恐ろしい子じゃ。うむ、ここのところ儂も実績がはなはだしくはない。このままでは予定よりも早く引退してしまうかもしれん。そうなればなったで残りの人生がわびしいものになるじゃろう。ここはひとつ、アレーナの提案に乗ってみるとしようか。幸い儂はグリンメルスハウゼンと同様皇帝陛下のご学友だったということもある。うまくいくかもしれん。

 

 

ランディール侯爵家 自室 

■ アレーナ・フォン・ランディール

 ああ~しんどかった。ああ~疲れたぁ。だいたいどうして私があんな爺様に色目を使わなくちゃならないのかしら。若い男ならともかくさ。爺様のほうも最後には愛人を相手にしているような雰囲気だったし、ちょっとやりすぎたかな。(テヘベロ)

 ま~でもこれで一石投じたわよイルーナ。確かに士官学校女性版が設立されれば、私たちにとっても動きやすくなること間違いなしね。最終的には私たちも提督として一個艦隊や軍を指揮してラインハルトに協力することになるんだから。その布石ってわけね。

 

 後は何ができるかしら。あれか、官僚の中にも女性登用の風潮を作り出すことか。でもさすがにそれは時間がかかるかな。まずは軍の方で実績あげて、それを官公庁に波及させるのが一番ベストよね。うん、そうしたほうがいいかも。

 後、今日知ったんだけれど、しかもラッキーなことに、おじいさまの知り合いにあのグリンメルスハウゼン子爵がいるっていうじゃないの。しかもご学友だって。普段のおじいさまもグリンメルスハウゼン子爵と同じ居眠り爺様だけれど、意外なところで接点あったのね。聞いてよかったわ。ちょっと興味があるふりをして今度グリンメルスハウゼン子爵と会いたい会いたいって駄々をこねたから、おじいさま、その話もしてくださるはずね。すぐに皇帝陛下の下に行くって言ってたわ。

 一応ヘンな横やりが入らないように、女子士官学校設立の話は、皇帝陛下とグリンメルスハウゼン爺様と三人での内密の話ということでくぎを刺しておいた。なんといってもノイエ・サンスーシには『チート共』の一人が居座ってるわけだし。この機会にグリンメルスハウゼン爺様に会われると後々面倒だからね。

 さて、『チート共』。そちらはどう出るかしら?

 

帝国歴475年2月17日―― ノイエ・サンスーシ・皇帝黒真珠の間――

 

 ここに3人の老人が集まって午後のお茶を楽しんでいた。帝国皇帝フリードリヒ4世、グリンメルスハウゼン子爵、軍務尚書マインホフ元帥。皇帝陛下が殿下と呼ばれた時代よりご学友として数々の悪行・・・もとい、放蕩などをした仲であった。

 

「ほほう、卿の大姪のアレーナと申す者はそのようなことを申したか。はっはっは、面白いのう。グリンメルスハウゼン」

「御意。マインホフ元帥、とても卿の血を分けた親族とは思えぬのう。ほっほっほ」

 

 しわがれた甲高い声でグリンメルスハウゼンはおかしそうに笑う。

 

「何を言うか、グリンメルスハウゼン。卿とて周囲からは『昼行燈』と呼ばれているじゃによって。儂のことをどうこう言える立場ではなかろう」

 

 そう言いながらもマインホフ元帥も笑い、期せずして老人三人の笑声が黒真珠の間に響いた。

 

「そうじゃ、アレーナは卿に会いたがっておったぞ。ぜひ一度会ってやってほしい」

「む、よかろう。儂もその子に会ってみたいと思うからの」

「余もそのアレーナに会ってみたい。カロリーネの良い学友になるやもしれん」

 

 では、いずれあらためて席を設けましょうとマインホフが言った。

 

「さて」

 

 話の区切りがついたところで、フリードリヒ4世が静かに二人を見つめる。

 

「余の育てているカロリーネも近年とみに利発さを示してきておる。周囲には阿呆だと申す者もおるが、あれは演技じゃ。余はそうみておる」

「皇帝陛下のお血筋は皇女様にもしっかりと受け継がれているようで。バウムガルデン公爵も粋な計らいをしたものですのう」

「御意」

 

 それを聞いたときのフリードリヒの表情に一瞬ちらっと何とも言えない色が走ったのを二人は見逃さなかった。だが、臣下の習い、何も言わなかった。

 

「グリンメルスハウゼン、マインホフ、そちらも同様であろうが。じゃが、余としてはあれたちに未来を託してみたい」

「陛下のここまでのご堪忍、苦衷、臣らはお察しいたします」

「よい、マインホフ。余などは老い先短い身じゃ。じゃが、のちの世代、そして孫たちの世代にはよりよき道を進んでいってほしい。そのためにならば、余はマインホフ、卿へ力を貸そうぞ」

「ありがたき幸せ」

 

 フリードリヒ4世は早速手元に鈴を鳴らす。かすかな音が黒真珠の間に響き渡ったかと思うと、直ちに従僕が姿を現した。

 

「ただちに国務尚書、宇宙艦隊司令長官、統帥本部総長を召集せよ。余の思うところを述べようと思う」

 

 それを聞いたマインホフ、グリンメルスハウゼンはよっこらしょと立ち上がる。グリンメルスハウゼンは帰るために。マインホフ元帥の方は先ほどお忍びの姿でここに来たために、素知らぬ顔で軍服に着替え、出直すためである。

 

 

 

ノイエ・サンスーシ 皇女の私室 

■ カロリーネ・フォン・ゴールデンバウム

 あちゃ~。なんでだろう。今日はグリンメルスハウゼン子爵と軍務尚書のマインホフ元帥がいらっしゃると聞いていたから、ぜひ会いたいって言ったのに、皇帝陛下からとめられちゃった。普段ならすぐに聞いてくれるのに、今日は別の大事な話があるって。

 せっかくグリンメルスハウゼン子爵とマインホフ元帥を同時にこっちに取り込める足掛かりできると思ったのに!誰だぁ!?邪魔した奴は!?

 皇族らしくないでしょ。そうだもの。だって、私って、根っからの皇族じゃないもの。この世界には転生してきたの。転生って言っても信じてくれないだろうから、黙ってるけれどね。

 

 前世は普通のOLだったのよ。一流商社に入って、結婚寸前の彼氏もいて、人生順調ってとき、ある夏出張先のオフィスビル街を歩いていたら突然の眩暈。気が付いたら、赤ん坊の状態でベッドに横たわっていたってわけ。

 

 つらいわよ~。意識はあるのに、身動きできないってのは。全部人様にやってもらうっていうのもなかなかつらいものがあるわよね。そして、おいおいわかってきた事実じゃあ、私ってゴールデンバウム王朝ってところの皇族に生まれたみたいだってこと。

 ゴールデンバウム王朝っていえば、あの銀河英雄伝説の舞台となった王朝じゃないの。ってことは、私銀河英雄伝説の世界に転生したってこと!?

 最初は驚いていたけれど、だんだん受け入れざるを得なくなった。もう大切な人たちに会えないってわかった時には一晩中泣いたわ。でもそういってばかりもいられないのよね。この世界に来ちゃった以上は、この世界で生きていかなくちゃならないんだから。

 私皇族なんかに生まれちゃったから絶対やばいって!このままじゃラインハルトに殺されちゃうよ~。

 でもね、ラインハルト、残念だけれど、こっちは原作の知識すっかりもってるのよね~。だからこっちからしかけさせてもらうわいろいろと。まずはグリンメルスハウゼン子爵を味方につけて、後は色々とラインハルトの提督たちをこっちに引き抜かないと。あ、でもでも、アンネローゼを後宮に入れるのを阻止すれば、ラインハルトがのし上がってくることないんじゃない?お、そうじゃない!でも一応コネクション構築の準備はしておこうっと。

 

 うん、色々とやることはあるじゃん。さ~頑張ろうっと。

 

 

 



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第四話 あのフラグがたちます

帝国暦477年6月18日――。

 

マルトリンゲル地区 ミューゼル家 

■ ラインハルト・フォン・ミューゼル

 くそっ!!くそっ!!くそっ!!!皇帝陛下の勅命だと!?ご自愛だと!?お慈悲だと!!??ふざけるな!!!どうして、どうして姉上があんな汚らわしい老人のもとに行かなくてはならないんだ!?父さんも父さんだ。全然抗弁もせず、いや、あの金貨に魅せられて自分の娘を、姉上を皇帝に売り渡したんだ!!くそおっ!!

 迎えの車が来るまで、姉上は俺をだき抱えるようにして繰り返し慰めてくれたけれど、全然言葉は覚えていない。最後には悲しそうに俺の下を離れていった。ごめん姉上・・・もう少し俺に力があればこんなことはさせなかったのに!!

 もう日が暮れる。テーブルの上には冷たくなった姉上の手料理が乗っている。最後の手料理だ。俺の好きな料理ばかり並んでいる。姉上・・・本当なら俺が姉上を慰めてやらなくてはならなかったのに、俺に気を使ってくれたんだろう。本当にごめん。でも食欲はない。父さんはどこかに行ってしまった。きっと娘を売り渡した金で酒場で酒でも飲んでいるんだろう。あんなやつ、父さんなんかじゃない!!二度と父さんだなんて呼ぶもんか!!許さない、絶対に許さない!!

 ドアがキイとかすかに音を立てた。顔を上げると、キルヒアイス、イルーナ姉さん、アレーナ姉さんのいつもの顔が並んでいた。いつもと違うのは、どの顔も心配そうだということだ。

 

 

■ イルーナ・フォン・ヴァンクラフト

 ラインハルトが落ち込んでいるわ。憔悴もしている。こんな時にお酒を飲みに出ていく

なんてラインハルトのお父様はどうかしていらっしゃるわ。皇帝陛下の勅命なら仕方のない事なのかもしれないけれど、でも・・・・。

 

「具合どう?何か作る?」

 

 私の問いかけに、ラインハルトは首を振った。

 

「食欲はないんだ。それに大丈夫、姉上の作った料理が残っているからそれを温めて食べるよ。」

「もしよかったら、私たちも食べていい?その、アンネローゼの料理を食べることができるのって・・・・」

 

 アレーナの問いかけに、ラインハルトの顔がゆがんだけれど、それはアレーナに対してではなくて、皇帝陛下に対しての怒りだったように私には見えた。

 

「あぁ」

「僕も手伝うよ」

 

 キルヒアイス、アレーナ、そして私がテーブルの用意をし、お姉様の作った料理を温めなおし、電気をつけて部屋を明るくした。最初はラインハルトもナイフとフォークがすすまないようだったけれど、独りで食べるよりも人数がいた方がいいのだろう。徐々に食欲が戻り赤みが戻ってきたようだった。

 でも、ラインハルトは食事が終わらないうちに、そっと部屋を出ていこうとした。

 

「どこに行くの?」

 

 私が目ざとく見つけて問いかけた。ラインハルトは答えない。

 

「・・・・・・」

「お姉様を取り戻しに行こうというの?」

「・・・・・・」

 

 小さな後ろ姿は微動だにしていなかったけれど、決意はありありと背中に出ていたわ。愚かなことだと思うけれど、でも、とても悲愴で、私には止められそうになかった。

 

「答えたら、あなたたちを巻き込んでしまうことになるから――」

 

 小さな声が背中からした。

 

「ラインハルト!!そんなことを言わないでよ!」

 

 キルヒアイスが真っ先に立ち上がった。

 

「そうよ、何言ってるのよ!!私たちは幼馴染じゃないの!!」

 

 アレーナも立ち上がった。

 

「どうしてこういう時に黙って出ていこうとするわけ?」

「・・・・・・」

「お姉様を取り戻すなら私たちも戦うわ」

 

 これにはラインハルトもキルヒアイスも驚いたらしい。ラインハルトはこっちに顔を向けた。

 

「アレーナ姉さんが?そんな、無茶を言わないでよ」

「言うわよ。それに私たちも全くの非力じゃないわよ。見てたでしょ?喧嘩の仕方を」

 

 ラインハルトとキルヒアイスは顔を見合わせていた。公園で遊んだ帰りがけに道端で貴族に襲われかけていた若い女性を助けようと、その貴族をわたしとアレーナが袋叩きにしたのをすぐそばで目撃していたからだろうけれど。

 

「でもね、ラインハルト、あなた個人の力じゃお姉さんは取り戻せないわ」

 

 私はひたっとラインハルトに目を向けて言った。

 

「どうして――・・・いや、そうか。イルーナ姉さんやアレーナ姉さんが話してくれたことだね。この帝国には貴族社会があって、僕たちの力じゃどうしようもできないって」

「ええ」

「どうすれば、僕はどうすれば・・・いや、そうか」

 

 ラインハルトはいったん視線を床に落としたけれど、すぐに顔を上げた。

 

「力があればいい。貴族、そして皇帝を、ゴールデンバウム王朝も討ち倒せる力があれば!!そのためには軍に入って力をつけ、出世していかなくてはならない。そうなんだね?」

「それだけじゃ足りないわ」

 

 ここが大事。ラインハルトの今後を左右するうえでの重要な言葉なのだから。私はずっとずっとこの時のために何度も何度も考えていた言葉を紡ぎだした。

 

「皇帝を倒すまでは非常に厳しい道のりよ。でもね、皇帝を倒して、お姉さんを取り戻して、それで終わりというわけにはいかないわ。皇帝が死んだら、この国はどうなると思う?ゴールデンバウム王朝が滅んだら、今曲がりなりにも穏やかに生活している人たちはどうなると思う?何千、何億という人たちが混乱するわ。あなたはそれを放っておいて逃げるの?自分の目的のために周りを利用するだけ利用して捨ててしまうの!?」

 

 一瞬ラインハルトの瞳が揺らめく。彼の中には様々な感情、思いが渦を巻いているのだろう。

 

「違う!!そんなことはしない!!約束する!!僕は姉上を救い出し、この帝国を、貴族なんかにのさばらせない社会にする!!皆が幸せに暮らせるような社会にして見せる!!たとえそのためにどんなに血を流すとしても、最後まで僕は戦う!!絶対だ!!!」

 

 こう言い放った時、私は電気に撃たれたような気持がした。さすがは英雄ね。何とも言えない気概と威風にあふれていたわ。そしてひたむきさも。なんだかフィオーナのことを思いだしてしまったわ。隣を見ると、アレーナもうんうんとうなずいている。どうやら合格点だったらしいわね。

 

「ラインハルト、僕も協力するよ」

 

 キルヒアイスが前に進み出た。

 

「キルヒアイス!でも、君も巻き込むわけには――」

「僕だってラインハルト、君の役に立ちたいし、アンネローゼお姉さんのことが、その、好きだから・・・・」

「おお~~いったなぁ、この年上好きめ!!」

 

 アレーナがバシッとキルヒアイスの肩を叩く。キルヒアイスが顔を赤らめる。私は驚いた。まさかここでキルヒアイスの告白をきこうとは思わなかった。原作だとずっとその思いは二人とも秘めていたはずだったから。ラインハルトは突然の告白に驚いたようだったが、すぐに親友の手をしっかりと取った。

 

「ラインハルト、私も協力するわよ」

 

 私は二人の手の上に自分の手を重ねた。ラインハルトの手は冷たく、キルヒアイスの手は暖かい。けれど、二人の中にはそれぞれ熱い血が流れている。それを感じ取ることができた。  今の私は演技をしているという自覚はまったくない。これはきっと感情移入なのかもしれないわ。どうやら年月を重ねるうちに、ラインハルトを弟の様に思ってしまっていたらしい。フィオーナを自分の妹と同じように思っているのと気持ちは同じだ。

 

「私も」

 

 アレーナも手を重ねてきた。

 

■ アレーナ・フォン・ランディール

 まぁ、ちょっと原作と違ったけれど、元々私たちが原作にいないんだから、そこは言いっこなしということで落ち着くわよ。よしよし、いい感じじゃないの。

 

 

■ ジークフリード・キルヒアイス

 ラインハルトの決意を聞いて僕も協力しようと思った。ラインハルトはアンネローゼさんを取り戻すだけじゃなく、この国を変えてみせると誓ったからだ。僕の父さんは下級官吏だけれど、時折部屋で愚痴をこぼすことがある。貴族出身の人に昇進を横取りされたり、趣味だった蘭の展示会で、自分より劣っている蘭を出品した貴族に優勝を取られたりしたって。父さんでさえそうなんだ。他の人たち、貧しい人たちはどれだけ嫌な思いをしていることだろう。

 だから、ラインハルトの気持ちを聞いたとき、僕はその思いに協力したいと思った。後、つい勢いでアンネローゼさんが好きだなんて言ってしまったけれど、気持ちを吐き出すことができてよかったと思う。ラインハルトもそれを聞いたうえで、でも、僕のことを嫌いにならなくて、しっかりと手を握ってくれたから。イルーナさんとアレーナさんも協力してくれるというから、本当によかった。

 でもこれからが大変だ。あの後4人で少し話した。ラインハルトのお父さんが帰るまでだったから短かったけれど。ラインハルトはすぐに顔に気持ちが出るというから、まずは忍耐を覚えなくてはとイルーナさんがいい、ラインハルトもうなずいていた。イルーナさんやアレーナさんがいてくれて心強い。でも、自分の頭で考え、自分の足であるきなさいとアレーナさんが言っていた。確かにそうだ。いつまでも二人を頼るのではなく、僕も自分で考え自分の足で歩いていこうと思う。

 



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第五話 女性士官学校設立です

帝国暦478年3月15日――。

 

帝都オーディン アンヴェイル地区―― 女性士官学校校舎執務室 マインホフ元帥

 

 とうとうこの時がやってきた。だいぶ紆余曲折、反対のための反対、貴族共の妨害があったが、最終的には『皇帝陛下の勅命である!!』という脅しを乱発し、ようやっとここまでこぎつけた。最後には貴族共や反対派は「どうせこれも短命で終わるだろう。皇帝陛下の気ままな趣味だ。大方後宮に上げるための下調べでも行うに違いない。」とかなんとかほざいていた。まったくもって汚らわしい奴らめ!!!

 じゃが、ひとたび完成してしまえばもうこっちのものじゃ。ストレスでだいぶ白髪が増えて髪も抜け落ちたが、そのかいがあったというもの。アレーナも目を輝かせて儂の頬にキスを浴びせてきた。いやはや照れるのう。年甲斐もなく顔がゆるんでしまったぞ。4月から新学期が始まる。最初じゃから年齢はまちまちじゃが、全部で5000人を超える女学生があつまった。うむ、悪くはないの。

 さて、人選じゃが、校長には儂自らが兼務する。そうでなければ、反対派を押さえつけられないからの。副校長にはアレーナの勧めで、グレゴール・フォン・ミュッケンベルガーを指名した。奴は帝国歴430年生まれ、今年48歳。中将だが来年より大将に昇格し、宇宙艦隊副司令長官になるだろうと言われておる。ずっと将来は宇宙艦隊司令長官へ行くだろうとの下馬評がある。アレーナは将来の宇宙艦隊司令長官に女性登用の道を開いてほしいと思っているのじゃろう。奴はだいぶ渋っておったが退役後の年金増額と爵位授与を条件に引っ張ってきた。これもアレーナの案じゃ。

 そして、教官だがこれが難航じゃった。こわもての教官を集めれば、きっと女の子が泣くじゃろうからの。そこで、これもアレーナの勧めで、ヘルムート・レンネンカンプ少佐、エルネスト・メックリンガー大尉、コルネリアス・ルッツ中尉に来てもらうこととした。三名ともこれまでの経歴を見ると、武弁一辺倒ではなく、攻守ともにバランスが取れている人材じゃ。それに、メックリンガーは芸術家としても鳴らした男である。うむ、いいところに目を付けおった。

 それにしてもアレーナはいつのまにそんな情報を知っておったのじゃろうか?

 

ノイエ・サンスーシ 自室にて

■ カロリーネ・フォン・ゴールデンバウム

 ちょっとぉ!女性士官学校ってどういう事?そんな話聞いてませんけれどおじいさま!しかも仲間にする予定だったレンネンカンプ、メックリンガー、ルッツがどうして教官に抜擢されるわけ!?おまけにグリンメルスハウゼンのおじいさまとやっと会えたけれど、ケスラーに会えなかったし、なんだかおじいさまもそれほど私の話に感銘を受けていなかったみたい。

 

 ・・・後半は居眠りしてた。最悪ね。普通将来を予測するってなかなか8歳の子供にできないと思うけれど、というか無理だと思うけれど、それきいて何とも思わないって、なんでだろう?

 

 ・・・・な~んかきな臭いわね。なんでかな、私が出てきたことで話の筋が狂っちゃったとか?

 

 でもまぁ、こっちはファーレンハイトを侍従武官にできたからね。それに8歳だけれど、病院や救貧施設、幼年学校を慈善訪問しているからね。もちろんお父様も一緒。だけれど、最近はお疲れのようで。私だけのことが多い。それだと怪しまれるので、ほどほどにしておいている。才色兼備っていわれて暗殺の対象にされたら元も子もないし。やっぱりアンネローゼ様が上がっていらっしゃったからかな。結局駄目だった。色々阻止しようと奮闘したけれど、小役人ががっちり目ェつけて引っ張ってきちゃってた。ショック・・・。

 う~ん、ちょっとペース上げてみる?でも8歳じゃあまだ何にもできないし。

 そういえば、来年はエル・ファシルの英雄が誕生する頃ね。リンチ少将がこっちにつかまる予定になってるけれど、ラインハルトに利用させるのはちょっと嫌なのよね~。ヤンについてもそうそう手柄を立てさせたくはないし。でも、コネクションが軍のお偉いさんにないからなぁ・・・。ちょっと軍務省に行ってみたいっておじいさまに言おうかな。

 

 

 

ヴァルハラ星系隣接 バウムガルデン星系 

■ アルフレート・ミハイル・フォン・バウムガルデン

 まさか銀河英雄伝説の世界に転生するとは思わなかった。

 

 はっきりと覚えているが、俺は都内の有名私立大学の法学部の4年生だった。法律系サークルでは討論会を主催し、そこでノウハウを培い、様々な仲間を得ることができた。彼女もいて、就活も無事に終わり、一流企業への内定も決まっていた。

 まさに順風満帆だった。それが4年生の夏、暑い日に大学のキャンパス内で急に眩暈がして意識を失い、目が覚めたら、全く知らないところにいた。わかったのは、俺が銀河英雄伝説の世界に転生してしまったことだ。

 

 ・・・まぁ、転生者の話はよく二次創作としてネットにアップされていたし、俺も好きで読んでいた。だが、まさか自分がこうなるとは!!!

 

 悲しんでいる暇はない。もう大切な人たちに会えないが、俺はここで生きていくしかないんだから・・・・。

 

 紆余曲折を経て、来年から幼年学校だ。本来ならば幼年学校をすっ飛ばして士官学校に入ってもよかったのだが、こちらは転生者、いきなり軍に入れと言われても体が言うことを利かない。これも修行のためである。そして、ラインハルトに接触するためでもある。彼がこちらに好意的であればいいが、貴族を打倒するというフラグが立っている以上は、こちらの身も危うい。対策は必要だが、どんな人物なのか実際に会ってみないとわからないと思ったからだ。

 

 できることと言えば、今のうちに勢力づくりである。が、どうしたことか、帝都オーディンに女性士官学校が誕生するというではないか。なんだそれは!?そんな話は原作には出てこなかったぞ!?

 しかも教官にルッツ、レンネンカンプ、メックリンガーが抜擢されたというし、副校長があのミュッケンベルガーだっていうじゃないか。嘘だろ!?引き抜こうと思っていた矢先にどうしたんだ?

 

 まさか、俺が生まれたことで歴史が変わったのか?考えていても仕方がない。とりあえずラッキーなことにシュタインメッツが俺の教育官としてこっちに来ている。才気ばしったところはないが、廉直な人柄だ。こちらに敬意をもって接してくれる。俺は貴族ぶるのが好きじゃないから、こちらも向こうに敬意をもって接している。これにはシュタインメッツも驚いたらしいが、じきになれてくれた。

 いい兆候だ。このまま徐々に味方を増やしていきたいな。

 

 

 

ランディール侯爵家 私室

■ アレーナ・フォン・ランディール

 はっはっは~~!!どうだ『チート共』!!してやったわ。ざまあみろ!!!

 

 これでもうルッツ、レンネンカンプ、メックリンガーはこっちのものになったわよ!!!でもね、ファーレンハイトがカロリーネ皇女のところに、シュタインメッツがあのアルフレート・ミハイル・フォン・バウムガルデンのところに行ってしまったのは残念だったわ。さすがに転生者、やることは早いのね。後、ワーレンも引っ張りたかったけれど、こちらは巡航艦の乗り組みで長期航海に行ってしまった後だったから、できなかったわ。あ~残念。まぁ、ワーレンはどっちみちまだ士官学校の候補生だから、無理できないか。でも、逃がさないわよ~。

 まぁ、でも総取りはできないし、それに後々の対策もイルーナと考えてあるからね。

 残念ながら、ケスラーはグリンメルスハウゼン子爵の専属の副官になってしまったので、オファーできませんでした。でも、ケスラーには、ずっと前にマインホフおじいさまと一緒にグリンメルスハウゼン子爵邸であっているから、顔は知っているわ。

 カロリーネ皇女殿下よりも、速攻で会いました。でないとこっちが二番煎じになってしまうから。そのかいあってか、私は度々グリンメルスハウゼン子爵邸に呼ばれるようになったわ。爺様私のこと気に入ってくれたようね。というわけでカロリーネ皇女殿下、あなたがグリンメルスハウゼン子爵に初めてお会いした時には、私はもう何か月も前から会っているのよ。年季が違うわ。

 

 その時に自由惑星同盟の辺境警備(エル・ファシル星系)についてそれとなく質問してそれとな~く助言しておいたから効果は出るでしょ。

 みんなびっくりした顔をしてました。ネットサーフィンで培った雑学と、おじいさまの蔵書を読んだせいですなんて適当にごまかしておきました。

 

 ヤンには悪いけれど、エル・ファシルの英雄さんには誕生してほしくないからね。後、リンチ少将については身柄をこっちにもらうように話をしておきました。あ、もちろん話すときには個人名でなくて『司令官』という名称をつかったけれどね。だって敵国の一警備隊の司令官の名前を13歳の子供が知ってるっておかしいもの。『チート共』の手に渡ったら何されるかわからないし。

 

 

 

 

帝国歴478年4月1日 帝都オーディン アンヴェイル地区―― 帝国士官学校校舎大講堂

 

 入学第一期生が緊張した面持ちで集まっている。おろしたての制服を着て、一様に顔をこわばらせて。5000を超える女子の出身は、辺境農奴、平民、そしてうらぶれた貴族出身者と様々だ。みんな今の境遇から脱したいという思いで来ている。それだけ真剣なメンバーだから、脱落者もそんなにはいないだろうというのが首脳陣の意見だった。

 皇帝肝いりということで、フリードリヒ4世自らが、壇上に立ち、話し始める。

「卿らは本日より帝国女性士官学校第一期生としてここで勉学と鍛錬に励む。皆初めてのことで不安もあるだろうが、周りの者は出自は違えど志を同じくする仲間じゃ。どうか連帯、友愛の精神をもって学業に励み、鍛錬を怠らず、反徒共との戦いに立ってほしい。じゃが、無論無理は禁物じゃ。己に限界を感じたら道を違えるのも一つの勇気じゃ。こころせよ。」

短いが慈愛のこもった訓示に女子生徒たちはもちろん、居並ぶ校長以下の軍人たちもおおっというどよめきをもらした。

 

■ アレーナ・フォン・ランディール

 おじいさまにおねだりして来賓で来たけれど、壮観ね!うん、こういうのっていいと思う。それに皇帝がかっこよすぎる。原作だと暗愚だって言われてたけれど、あれはご自身の本心を韜晦なさっていたからなのよね。ラインハルトも最後には気づいていたけれど。

 カロリーネ皇女様も行きたいって言ってたらしいけれど、皇帝陛下が断ったみたいで姿を見せていません。はっはっは、残念でした~。何故ならこれを提唱したのはマインホフ元帥、そしてその裏にいる私だからだもの。横やりをいれさせるものか!!女性士官学校の勢力はこれで私の範疇に収まったわけだし、これからも積極的に慰問を行ってみよう。あ、でもあれか。私だけだと同性でつまらないか。だれか超イケメンを連れてこないと駄目かな。

 

 

 

 

 



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第六話 日々精進です

帝国暦478年9月15日――。

 

帝都オーディン 軍幼年学校

■ ラインハルト・フォン・ミューゼル

 幼年学校に入校して1年と少しが過ぎた。授業内容はつまらないが、武器、重火器の取り扱い、操艦、ワープ航法の理論、戦術論、武術論など、俺の将来の糧になるだろう基礎知識はしっかりと聞いておく。要は応用だ。基礎知識さえしっかりと習得しておけば、それを活かすも殺すも自分次第だ。俺はそれをイルーナ姉上やアレーナ姉上から嫌というほど教わっていた。二人ははっきりとは言わなかったけれど、二人の教え方を聞いていてそう感じた。

 我慢はしろとは言われているが、どうしてもいやな奴に対しては俺は躊躇しない。特に貴族出身の奴らが平民を痛めつけているのを見ると、上級生だろうが我慢できない。そして当然姉上の悪口を言うやつらもだ。キルヒアイスと俺でもう何人のしただろう。

最初は貴族共になすがままにされている平民の子弟を見るといらっとしたものだったが、そのうちに考えを変えた。もともと幼年学校も貴族の子弟が中心で、数もずっと多い。平民は肩が狭い環境なのだ。これも帝国の腐った体制の性なのだと。こいつらは悪くはない。姉上を、そしてこいつらを助けられるのは俺たちしかいないんだ。

 

■ ジークフリード・キルヒアイス

 アンネローゼ様に言われたことを思いださない日はない。あれ以来僕はラインハルト、いや、ラインハルト様の背中をしっかりと守ることに徹している。ラインハルト様は正義感が強すぎて、上級生を何人ものしてしまった。僕もだ。だが、それを後悔はしていない。もうなすがままにされている日々を送ることはできない。あれ以来。だけれど、あまり目立ちすぎてしまうことは逆効果だ。ラインハルト様もそれはよくわかっていると見えて、ほどほどのところでやめたり、静かにしたりしている。

遠くつらい道のりになるだろうけれど、僕はラインハルト様と運命を共にしたことを後悔していない。アンネローゼ様を助け、そして虐げられている人たちを開放するのだから。

 

 

 帝国暦478年9月20日 ヴァンクラフト邸 私室 

■ イルーナ・フォン・ヴァンクラフト

 今日は久方ぶりの休暇で実家に戻ってきた。私が女子士官学校に入りたいと言った時の

両親の驚愕ぶりは今でも目に焼き付いているわ。でも、これがラインハルトの覇道を助ける第一歩。今のままでは私は軍属になれない。アレーナのコネクションを動員したって、何の実績も持たない女子がいきなり艦隊指揮官になれるわけがないわ。

 だから、私は両親の反対を押し切って士官学校に入りました。そこで嬉しいことにフィオーナとティアナに出会ったの。二人とも考えは同じだったようね。少しずつ味方が増えてきたわ。もしラインハルト麾下の提督たちが一部欠けたりしても、私たちがそれを補える立場に立てるよう、頑張らなくては。

 

 アレーナは士官学校に敢えて入らずに、政界、財界、そして宮中や貴族に対しての監視をするために、フリーランスとして動いてもらうことになっているのだけれど、彼女はノイエ・サンスーシに行くことが決まってしまった。一応二人で話し合って、今後の展開やそれに対する手は検討済みだけれど、本当に一人で大丈夫なのかしら?不安を漏らしたら、だいじょうぶと言い切っていたけれど。

 

 

帝都女性士官学校 共同居室 

■ フィオーナ・フォン・エリーセル

 今回はラッキーだったわ。ティアナと同じ部屋になったどころか、教官・・・じゃなかった、イルーナ主席聖将・・・あ、違った!ややこしいわね。いいわ、教官って呼ぼう。うん、教官も一緒の学校だったのだから。これもあのおじいさまのなさったことなのかな。

 転生した私の家は、貧しい貴族の家柄だったの。エリーセルって私の前世で最初にさずかった子爵の称号なんだけれど、今回生まれた「エリーセル」家には爵位はなかったの。ライヒスリッターっていう帝国騎士の家柄だったわ。

 

 前世の私は、孤児で身寄りがなかったから、両親がいるだけありがたいと思いました。お二人ともとても優しくて素敵なご両親よ。ここに来てからもしょっちゅう手紙のやり取りはしているわ。

 

 女性士官学校ができたって聞いたとき、「あ、これは絶対教官たちのなさったことなのかな。」って直感したの。だからそこに入れば何かしら道は開けると思ったわ。だってこのままでは私はどこかにお嫁に行くか、自分で自活するかどちらかしかないわけだもの。とてもラインハルトの手助けをする環境にはたどり着けないもの。

 両親は本当は私を大学に上げたかったらしいけれど、でも、お金がすごくかかることを心配して諦めていたわ。だから私は士官学校に進みたいって言いました。最初はとても反対されたけれど、最後には認めてもらえたから良かったわ。卒業して最初のお給料が入ったら、絶対何かお父様お母様にプレゼントしようって思ってます。前世だと両親に何もしてあげられなかったから、せめてこの世界では親孝行したいな。

 

■ ティアナ・フォン・ローメルド

 士官学校に入校できたわ。そしてラッキーなことにフィオと同室よ。そしてイルーナ教官にも出会えた。あ、同じ生徒なのにうっかり教官って言わないように気を付けなくちゃ。これ、口癖だから今更どうにもできないのよね。フィオと同じで。それにしてもこれ、前世の騎士士官学校時代を思い出すわね。あれ以来だけれど、懐かしくてとても新鮮。いいわね、こういうのって!学生時代やり直せるなんてとてもうれしいわ。あ、もちろん目的はしっかり覚えているわよ。

 私の生まれた「ローメルド」家は一応伯爵の分家だったのだけれど、投機に失敗して没落、

私のお父様は平民のお母様と結婚したということもあって、本家から見捨てられて、お父様

は自殺、お母様は私を伴って、実家に帰ったわ。本家からは「断絶ダぁッ!!出ていけェ!!

二度とローメルドの名前を名乗るなァ!!」なんて言われたけれど、お断りよ。だって前世

と同じ家名なんだもの。こっちの方がしっくりくるんだもの。おじいさまとお母様に話した

ら、二人とも笑って許してくれたわ。精一杯の抵抗と意地を貫くってやつね。

 さてと、イルーナ教官とフィオと3人で話したところだと、やっぱり女子士官学校はイルーナ教官とアレーナさんの指図で出来たみたい。そこから女性登用の道を開いて、最終的には私たちも提督としてラインハルトの麾下に加わるってことね。うん、いいんじゃないの。私たちだって一応前世で一個師団を指揮して戦ったもの。規模は全然違うけれど。

 そうときまれば、ここで頑張って成績優秀で卒業して実地部隊に配属されるように頑張るわよ!!

 

 

グリンメルスハウゼン子爵邸 

■ アレーナ・フォン・ランディール

 今日もグリンメルスハウゼン子爵のところにお邪魔していろんな話を聞いているところよ。いや、それにしてもこの爺様の情報量のすごい事、情報網のすごい事。昼行燈なんて言われているけれど、どうしてどうしてなかなかの食わせ物よ。

 それにしても良かったわ。私の両親がリベラルなおかげで、御稽古ごとなんかにはそれほど時間を割かれなくてすんでいるから。でも、それもおしまい。今年の冬から行儀見習いの名目、そしてご学友として私もノイエ・サンスーシに行くことになっちゃったの。あ~それだけはいやだったのに!!

散々駄々をこねたけれど、さすがに両親もこればっかりはとすまなそうだった。なんでも皇帝陛下直々のご指名のようだからね。チェッ!!私としては噂のカロリーネ皇女殿下にはまだ会いたくなかったんだけれどな。

 ま、なまじ敵の懐に飛び込むわけだから、これ、最大限利用しなくちゃね。カロリーネ皇女殿下が私を右腕に、なんていうことがないように祈りたいけれど、まぁ、そうなったらなったで打つ手はイルーナと話しているから大丈夫だけれどね。

 さぁてと、宮中生活はとても窮屈だろうから、今のうちにのんびり遊んでおきますか。

 



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第七話 ノイエ・サンスーシに行きます

帝都 ノイエ・サンスーシ

 ここ、ノイエ・サンスーシはまさしく貴族社会の総本山とでもいうべき場所であり、大きく四地区に分かれている。政権の中枢で有って謁見などが行われる東園、皇帝一家の生活する南園、後宮の寵姫などが住む西園、シカやキツネなどが放たれている北園、その総面積は66平方キロ、回廊の総延長は400キロに及ぶ。

 

 ノイエ・サンスーシの皇帝一家が居住する南園には、毎年多くの貴族の少女が行儀見習いということで宮廷につかえるケースが多々ある。

 

 むろん、無造作に選ばれるということではない。家柄、その者の容貌、血統、遺伝病の有無などを本人のみならず何世代にもわたって調査し、合格した者だけが上がることを許させるのだ。

 これには、行儀見習いで宮中に上がる少女から、皇帝陛下や皇太子の寵愛を受ける者が少なからず出ていること、貴族間にある対立、勢力争い等において足元をすくわれることのないよう配慮すること、等の様々な事情がある。

 

 宮中にあがった少女には、家柄などによるが、専用の侍従武官や侍女が仕えることができる。もっとも、本人自身が皇帝一家にお仕えするという立場なので、皇帝一家直属の侍従武官や侍女に比べれば地位は低いことは言うまでもない。だが、それにもかかわらず、皇帝陛下御寵愛のチャンスに食いつこうと、たくさんの応募者が宮中に上がる予定の侍女の「そのまたお付きの者」枠に殺到していた。むろんその者たちについても厳重な調査が行われることは言うまでもない。

 

 にもかかわらず、どうにもこうにも貴族らしからぬリベラルなアレーナが抜擢されたのはなぜか?それはひとえに皇帝陛下の「鶴の一声」である。

 マインホフ元帥からアレーナのことを聞かされていた皇帝陛下は「ならばアレーナをカロリーネの学友として迎え入れよ。」と宮内尚書に直接もうし付けたのだった。本人にしてみればいい迷惑、超迷惑、ド迷惑である。

 

 

 ぶ~たれながらも支度を嫌々し終わったアレーナ・フォン・ランディールがランディール侯爵の娘として、カロリーネ皇女殿下の侍女として宮中に上がったのは、ちょうど帝国歴478年の12月1日の事、外は白銀の世界に覆われ、雪の精があちこちで舞う厳寒の頃であった。

 

「そちが、アレーナと申すか。マインホフ、グリンメルスハウゼンからよう話を聞いておるわ」

 

 皇帝御自らが黒真珠の間で、アレーナと謁見している。周囲には誰もいないが、アレーナはちょっといたずらっぽく片目をつぶってやおら唇に指を当てた。

 

「はっはっは。なるほどの。では、遠慮のうお茶を上がるがよい。さきほどから外は寒い。そちの顔は待ちきれぬといいたげにしておるぞ」

 

 急に話題が変わったのは、この黒真珠の間においても盗聴器などの類がひそかにしかけられていることをアレーナが察知したためである。むろん皇帝としてもそれに気が付かないはずもなかったが、真っ先にアレーナがそれを指摘したことに内心驚嘆していた。なるほど、これはただの13歳の小娘ではない。

 一通りお茶をいただいたところで、皇帝が話しかけた。

 

「そちの天真爛漫さ、どうか我が大姪のカロリーネのために役立ててほしい。あれも母親を亡くして寂しがっておる。儂も相手をしてやりたいが、具合の悪い日もあっての。あれをやきもきさせてしまうこともある」

「かしこまりました。不承の身ではありますが、皇帝陛下、皇女殿下のお力になれますよう、精一杯励みます」

 

 そう言いながらもアレーナは内心複雑だった。いずれ自分はラインハルトに味方してゴールデンバウム王朝を滅ぼすのだと固く誓っている。当然そうなれば現皇帝やカロリーネ皇女殿下をも弑逆奉ることになるだろう。いよいよそうなったとき、果たしてそれに耐えられるだろうか、アレーナは今一つ自信がなかった。持ち前の飄々さでこれまで前世に置いて数々の難局を切り抜けてきたけれど、今このような場面はかえって彼女には拍子抜けするほどあっさりとしたものだった。

 

「うむ」

 

 満足げにうなずいた皇帝陛下にスカートの裾をつまんで優雅に一礼して、アレーナは退出する。皇帝陛下と一対一であうことなど、通常はほとんどありえないことだったが、皇帝自らが、今回は他の少女ともども面会すると言ったおかげで実現したのだ。その狙いは、なんなのか、皇帝自らがしるだけであろうが、アレーナとしては狙いは自分であり、他の少女にもあったのはそのカモフラージュだと思っている。

 

「さ~てと、次は皇女殿下のところね」

 

 案内役の従僕に導かれながら、果たしてカロリーネ皇女殿下とはどんな人なんだろうとアレーナは思っていた。

 

 

ノイエ・サンスーシ 皇女居室

■ カロリーネ・フォン・ゴールデンバウム

 慈善訪問や幼年学校訪問はまぁまぁうまくいってるわ。ラインハルトとも会いました。きっと野心満々の顔してるかと思ったら、どうもそうじゃないみたい。無表情だったけれどね。でも、敵意は感じなかったの。う~ん、不思議。

 士官学校訪問もやりました。ロイエンタール、ビッテンフェルトの卒業前に訪問できて、卒業時に来賓として舌足らずなお言葉を話したらみんな感激してたわ。やったね!でもでも、残念なことに短剣授与はできなかったの。8歳の子供には危ないって止められちゃった。しくしく。でも、ロイエンタールは主席卒業だった。すごいわね。次はミッターマイヤー世代を狙いに行く予定。

 訪問にはファーレンハイトを同行させてるの。寡黙な感じだけれどそこがやっぱり武人さんです。立ち居振る舞いが立派なのです。さすが将来の艦隊司令官。私のハンカチや小物を上げたら感激して喜んでた。うん、いい感じ。

 で、そのファーレンハイトをダシにして女子士官学校に訪問したいって思うのだけれど・・・思うのだけれど!!どうもその辺が上手くいかないのよ。どこかで握りつぶされてしまう。誰だぁ!?邪魔する奴は!?

 後、ゴールデンバウム王朝の地固めしたいって、色々な政策をぶちまけたいのだけれど、その相手がいないのよね。グリンメルスハウゼン子爵へのコネクションはあれ以来ぷっつりと絶たれちゃった。爺様がどうやら別の相手に興味を持ったらしい。せがんで教えてもらおうといろいろやったけれど、駄目でした。チッ。

 私が動くと狙われるしなぁ・・・。こまったなぁ・・・どうしようかなぁ・・・。あ、そうだ。いっそのことブラウンさんやリッテンさんをそれとなく教育しなおして、そこから改革させるってのはどうかなぁ?お、いい感じ?そうすれば皇帝陛下は操り人形のスタンス保てるし、私もそうだし。それか、バウムガルデン公爵を狙おうかな。でも、原作でこんな人いたっけ?う~ん、よく覚えていないのよね~。

 あ、今日は新しくこちらにご奉公させる貴族の皆様たちがやっていらっしゃいます。どんな人が来るのかなぁ。おじいさまがなぜか上機嫌そうだった。せがんでも教えてくれなかった。誰か気になる人でもいるのかな。やだなぁ、またアンネローゼさん的な人が出てきたら。

 

 

 

* * * * *

 女性士官学校では「双璧」とあだ名される二人の候補生がいる。どちらも同じくらいの優秀な成績でどちらも同じくらい白兵戦闘や射撃術などの技量がある。

 片や、ライトブラウンの髪形をサイドシニョンにしている可憐さを残す美貌の女性、その灰色の瞳は穏やかで知的な光がいつも宿っている。

 片や、オレンジ色の髪をポニーテールにした勝気な顔立ちの美人、その双眸は見るものをしてあっと言うほどの強い光に満ちている。

 一人目の名前をフィオーナ・フォン・エリーセル、二人目の名前をティアナ・フォン・ローメルドという。二人ともイルーナやアレーナ同様前世から「ラインハルトを守ります!」という目的でやってきた転生者である。前世は二人とも同じ騎士団に所属していたというだけあって、その仲の良さは前世からずうっと続いているのだった。

 

 そのティアナが先ほどからずっと鏡に向かっている。時折と息を吐くが、その眼はじいっと本人の顔を見続けている。

「はぁ・・・・」

 

 ティアナはがっくりと目を伏せた。

 

「どうして私の眼は赤いまんまなのかなぁ・・・・」

 

 大きなと息を吐いて、あきらめてカラーコンタクトをはめる。普段茶色と見えているのは特別なカラーコンタクトをしているからで、地の瞳の色は赤である。これについては両親も驚いていたらしく、何とかして手術を施そうと頑張ったのだが、結局どうにもできなかった。下手をすれば失明の恐れもあるのだという。であるならば、と彼女は生まれた時からカラーコンタクトをする運命にあった。

 両親はそんな彼女を不憫に思っていたが、何のことはない、前世に置いてもティアナの瞳は赤かった。そのわけは彼女がヴァンパイアの血を引いていたからである。

 

「今度こそは普通の両親の子に生まれたんだから、瞳の色は普通だと思ったのに・・・・」

 

 親友の嘆きぶりがとても重いものだったので、フィオーナはどう声をかけていいかためらっていた。

 

「最悪よね。私が地の眼で外を歩けば、絶対劣悪遺伝子排除法に引っかかって処罰されるわよ。士官学校にだって入れなかったわよね」

「ティアナ・・・・。その、なんて言ったらいいか・・・・」

「こんな思いをするのは前世だけで充分だったのにな、私のことをわかってくれそうなのは、あぁ、オーベルシュタインかロイエンタールくらいなものかもしれないわね」

「ごめんなさい・・・・・・・」

「えっ!?」

 

 ティアナは親友の顔を見て、慌てた様に手を振った。

 

「ごめんごめん。フィオ。私ばっかり沈んじゃって、あなたに迷惑かけてちゃどうしようもないわよね。いいわよ、こんなものコンタクトすれば十分隠れるもの。平気平気」

 

 フィオーナは内心重い吐息を吐いていた。どうしてこんな風になったのか。あのヴァルハラの老人であれば、ティアナの眼くらい普通の人間と同じようにしてくれることもできたはずではなかったのか。

 目の前の快活を装っている親友がいたいくらいに可哀想でならなかった。

 

 



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第八話 チートどうしの対面です

帝国暦478年12月1日

ノイエ・サンスーシー 皇女カロリーネ・フォン・ゴールデンバウム居室――

■ アレーナ・フォン・ランディール

「カロリーネ皇女殿下におかれましてはご機嫌麗しく、ランディール侯爵家の娘、アレーナ・フォン・ランディールと申します。よろしくお願いいたします」

「妾がカロリーネじゃ。よろしゅう頼むぞ」

 

 あ~転生者とは思えない皇女っぷり。まぁ、赤ん坊の時からこういう環境で育てられて生きているからそうなるのかな、まぁいいか。

 カロリーネ皇女殿下はすぐに次の少女に顔を向けたから、こちらはさりげなく観察する機会に恵まれた。

 ふうん、へぇ~。美人の皇女殿下じゃない。ほっそりした横顔、茶色の髪は後ろでシニョン風にして渦を巻いて左肩前に垂らしている。青いマリンブルーの瞳は綺麗だけれど、あれは相当な我の強い性格よ、きっと。いったい前世じゃあどんな人だったのかしらね。

 転生者かどうかなんてこうやってそれとなくみてもわからないわよね。事前に情報をもってなければ。あ!あれはサビーネじゃん。サビーネ・フォン・リッテンハイム。へぇ、彼女もいたんだ。隣はそうするとエリザベート・フォン・ブラウンシュヴァイクかな。ちょっと冷たそうないかにもっていう貴族令嬢ね。でも、サビーネはとっても明るくて快活そう。こっちを見てきたから、ちょっと微笑んでみた。そうすると向こうも安心したらしかった。うん、いい子そうじゃないの。

 エリザベートのほうはガン無視だった。ちぇっ。それにしても、サビーネってどうして金髪なんだろう?両親は「決闘者」のOVAじゃ黒髪だったみたいだけれど、劣性遺伝ってやつなのかな。

 いずれリップシュタット戦役で滅ぼされちゃうことを考えてたらちょっと胸が一杯になっちゃった。この子たちは何も悪くないのに・・・・。なんだかサビーネ見てたら私の妹を思い出しちゃった。シアーナ、どうしてるかな・・・。おっとっと、感傷に浸っている場合じゃなかったわね。

 

 それにしてもふっふっふ。残念だったわね、カロリーネ皇女殿下。まさか自分以外に転生者が、それもラインハルトに全面協力する転生者がいるなんて夢にも思わないでしょうね。

 

 

 しかもそれが自分の目の前にいることなんてね。

 

 

 あ~私も性格悪いわ。そんなんだから前世は晩婚になっちゃったんだから。年増アラサー独身なんて言われ続けたんだから。気を付けよう。

 ここに来たからには、できるだけさりげなくカロリーネ皇女殿下の「ご改革」の足を引っ張り続けるのが、つまり邪魔立てするのが私の役目。そういうのは全部ラインハルトが引き受けるのよ、あなたにはまだ早いわ。実を言うとね、グリンメルスハウゼン子爵、マインホフ元帥、そして二人経由で皇帝陛下には、あまり派手にやると皇女殿下が暗殺されるので、皇女殿下をあまり外に出さないでくれと焚き付けてあるの。3人ともすぐに納得。ま、これまでの歴史がいい証拠だもの。私は平気よ、だって侯爵だって言っても貴族だもの。それにランディール侯爵家は代々変わり者が(つまりリベラルってことよ。)が出ることで有名で、ブラウンさんやリッテンさんももてあましている家なんだって。ま~放っておかれて当然だし、かえってその方が都合いいよね、だって誰も担ぎ上げようなんて思わないでしょ、こんな変わり種を。

 もちろんカロリーネ皇女殿下とグリンメルスハウゼン子爵自身との接触も速攻で絶たせたわ。

 さぁ、どう出るかしら?転生者の皇女殿下?

 

 

■ カロリーネ・フォン・ゴールデンバウム

 7人の学友かぁ。あ~でもその中にサビーネ・フォン・リッテンハイムとエリザベート・フォン・ブラウンシュヴァイクがいたのはラッキーなことね。原作だと年齢なんかわからなかったけれど、サビーネはこの世界だと8歳、エリザベートは10歳かぁ。この二人を使って両方に接近してみることにしようっと。あと、気になったのはアレーナ・フォン・ランディールって子。ちょっと他の子よりも年齢高かったけれど、すごく美人で無邪気そうだった。でもこんな子原作にいたかなぁ・・・・。あ~でも、他の貴族の子もしらない名前の子ばかりだから、わからないよね。

 あとはね~。ヒルダ姉さんやマグダレーナ姉さんを本当は引き入れたかったんだけれど、それは駄目だったなぁ。ま~私があったこともない人のことを知ってたっていうの、説明難しそうだから何も言わなかったけれどね。ちぇっ。マグダレーナ姉さんこっちに引き入れとけば、アンネローゼさんにつくのを阻止できたのに。

 

 

■ サビーネ・フォン・リッテンハイム

 まさか私が皇女殿下の侍女になれるなんて思わなかったわ。皇女殿下って優しそうでとっても素敵!いいご学友になりたいな。でも、周りの人たちはちょっと緊張しているのかな、どことなく冷たそう・・・。ブラウンシュヴァイクのエリザベート、よく知ってるけれど、こっちを冷たい目でみたっきり顔も会わせないんだもの。いとこ同士なのに。前はよく遊んだけれど、最近は遊ばなくなっちゃったからそれを気にしてるのかな。

 後、あの長い青い髪の綺麗な人、ランディール侯爵様のところの方だけれど、あの人はとても優しそう。こっちを見てちょっと笑ってくれたわ。だから少し安心できた。お姉さんになってくれないかな。

 

 

帝国歴479年3月2日――

グリンメルスハウゼン子爵邸にて

■ ウルリッヒ・ケスラー

 憲兵隊に出向していた私が急きょ特命を受けて出向を外され、グリンメルスハウゼン子爵閣下の邸に参上したのは、春の訪れが感じられる3月だった。今日は寒く、珍しく雪がちらついている。まだ三寒四温の日々が続くが、もう間もなく春の陽気となるだろう。

 もともと私とグリンメルスハウゼン子爵閣下とは、私の父親の頃からの付き合いである。父親が軍人の一少佐であったころに、グリンメルスハウゼン子爵閣下の専属の副官として赴任した時期があった。それから少年時代の私もよく閣下の邸に出入りするようになり、時には閣下とチェスをしたり、閣下の奥方にお菓子をいただいたこともあった。ご子息が皆戦死なされたのは大変おいたわしいことだ。幸いご令孫が3人いらっしゃっているが、そのうちの一人がこの度女性士官学校に入校したそうで、私にそのエスコートをしてほしいとの仰せであった。

 

「急にすまんのう。孫めをどうしても士官学校に進ませたいと思っておってな。卿しか頼る者がおらなんだ。色々と思うところはあるかもしれんが、どうか老人の頼みを聞き入れてもらえんだろうか」

 

 パチパチと心地よさそうにはぜる暖炉のそばに、心地よさそうな肘掛椅子に収まり、毛布を膝にかけながら閣下はおっしゃった。

 

「小官は父の代から閣下の恩義を受けております。ご恩返しの一端と思し召し、どうか遠慮なさらぬようお申し付けいただければ」

「すまんのう」

 

 閣下はそう言ったかとおもうと、不意にこっくりこっくりと頭を前後させた。長い付き合いでこうしたことも日頃聡明の閣下の狸寝入りとわかっている。私にすら時折そうした演技を見せるところは、グリンメルスハウゼン子爵閣下の深慮の深さを示すものであろう。

 

「お気になさいますな。では、さっそく準備にかかります。閣下のご令孫におかれましては、いつ頃小官とお会いになりますでしょうか?」

「ちょうどいま我が邸にきておる。卿さえよければ、早速会うように取り計らうがいかがじゃ?」

「大丈夫でございます」

「む」

 

 閣下はそううなずくと、青い長い髪の少女・・・いや、年齢からすると女性と申し上げてもいいのかもしれないが、少女に目を向けた。そういえば、この少女は縁戚の方だろうか、グリンメルスハウゼン子爵閣下に寄り添うようにして暖炉のそばの椅子に座っておられる。

 

「グリンメルスハウゼンおじいさま、では、お呼びしてまいりますね」

「すまんのう」

 

 少女が部屋を出ていくと、閣下はこちらに視線を戻し、例の好々爺の顔つきになって笑い声をおたてになった。

 

「ほっほっほ。残念じゃがあれは孫ではないのじゃよ。ランディール侯爵家のご令嬢をお預かりしているのじゃ」

「ランディール侯爵家のご令嬢ですか?はて、ランディール侯爵家のご令嬢といえば、昨年宮中に上がられたと伺っておりますが?」

「ちと思うところがあっての、あれは時たまに抜け出してきてこうして儂とあっておるのじゃよ」

 

 おそれおおいことだが、一瞬閣下があたらしい愛人をおつくりになったのではないかと思ってしまった。

 

「違うの。ケスラーよ。儂は残念ながら、もうそのような放蕩を行える年齢ではないでな」

「失礼いたしました」

 

 思わず頬が赤くなってしまった。閣下にはかなわない。

 

「実を言うとな、此度の女性士官学校、あれの建校を進言したのは、あれなのでな」

「ランディール侯爵家のご令嬢が!?」

 

 まさかと信じられなかったが、このような時に冗談を言う閣下ではない。

 

「うむ。じゃが、あれも必要以上に出しゃばらぬ。出る杭は打たれるという考えをもっておるでな。それでいて儂と話すときにはの、今の帝国ではなく、5年、いや、10年先を見据えたような話しぶりじゃ。残念じゃの、この帝国の体勢がもう少し軽ければ、あれは宇宙をはばたき、自由に駆ける英雄となれたじゃろうに」

 

 グリンメルスハウゼン子爵閣下がそこまで激賞することなどめったに、いや、初めてと言っていいのかもしれない。

 

「儂の孫を士官学校に入れるのはの、いずれあれの手助けをさせるためなのじゃよ」

「ほう?」

 

 ご自分のかわいいご令孫をそこまでとは、先ほどの女性はよほどの器量の持ち主なのだろう。

 

「じゃが、あれはそれを断りおった。自分は上に立つべき器量はない、自分にはいずれお仕えするべき人がいるのだとくどいほど申しておる。それが誰かということはあれは教えなんだでな」

 

 閣下はゆっくりとテーブルわきのカップを取り上げると、お茶をすすった。

 

「ケスラーよ」

「はっ」

「荷が重かろうが、どうかあれも気にかけてやってほしい。そしてあれが持つ大望を成就できるよう手を授けてやってほしいのじゃ」

「それが、どのような願いでも、でしょうか?」

 

 私がこういったのは、ある意味危険なことだったのかもしれない。言葉には出さなかったが、それが忌まわしい野心の開放になるというのであれば、私はそれを断る気でいる。

 

「それは卿が見極めることじゃの」

 

 閣下のお答えは私には予想できたものだった。よろしい、ならば私はあの女性の力量を見極めることとしよう。

 

 

 

■ エステル・フォン・グリンメルスハウゼン

 アレーナお姉様がいらっしゃった。私をおじいさまがお呼びだとおっしゃっている。でも、お姉様、私とても不安なのです。私はお父様みたいに勇敢な軍人ではなく、ただの内気な女だというのに、そんな私に士官学校に入校せよとはいったいどういうお考えなのでしょう?

 

「不安なのね。それもそうよね。環境もガラッと変わるし、人も貴族じゃなくて色々な人が来ているし、人見知りのあなたには大変な環境だろうと思う」

 

 お姉様はまるで平民みたいな話し方をなさるけれど、でも、社交辞令で飾り立てている貴族の方々と違って、そのお言葉にはお気持ちがたくさんあふれていらっしゃった。

 

「ええ、不安なのです。私はそれほどできるほうではありませんわ。体力にだって自信はありません。そんなわたくしが士官学校に入校して、順応できるのかと不安で仕方ありません」

 

 私が小さいころから本当の姉妹の様にして接してくださっているお姉様は、そっと私のダークグレーの波打つ髪を梳いてくださった。私の気持ちが静まる一番の療法。

 

「エステル。あなたはまだ外の世界のことをあまり知らないでしょう?」

「いいえ、貴族の社交界には出させていただいていますし、パーティーにも出席していますわ」

「違うわよ。そうじゃなくて、あなたはこのオーディンのこと、平民たちがどんな暮らしをしているかということ、これまでの歴史、そしてこの宇宙が一体どういう風になっているのか、それを知っている?」

「それは・・・・」

 

 そう言われると、私は自分の知識がいかに狭いものかを思い知らされた気分になりました。

 

「ごめんね、こんな言い方をしてごめんね。でもね、私はあなたを『妹』として思っているわ。だからあなたには貴族令嬢としてではなく、何かあった時に自立していけるだけの知識と力量を身につけていってもらいたいのよ」

 

 

■ アレーナ・フォン・ランディール

 恥ずかしそうに俯いたエステルの白いうなじに血が上っている。深層のご令嬢、可憐な子だ。でもね、エステル。これからはそうした貴族令嬢が生きていける時代ではなくなるのよ。せめて私にできることは、あなたに自活する知識と力量を習得してもらえるチャンスを作ってあげることなの。

 ヒルデガルド・フォン・マリーンドルフになれなんて言わない。あなたはあなたのやり方で、これからの波乱に満ちた人生を生き抜いて。

 

 それが私のあなたへの願いなのだから。

 

 な~んて、ちょっと柄じゃなかったかな。

 



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第九話 エル・ファシルの英雄は誕生・・・するのです?

帝国暦479年4月18日――

 

■ カロリーネ・フォン・ゴールデンバウム

 いよいよエル・ファシル星域での戦いが始まるころね。でも今回はちゃんと手を打ったわ。帝国軍の艦艇は最初1000隻なのは予定通りだけれど、増援艦隊として8000隻の艦隊を待機させてあるもの。  あ、これはね、ファーレンハイト少佐からイゼルローン要塞の駐留艦隊にコネクションがあったんで、それをちょっと使ってみただけ。後はお父様にお願いしたりしてね。はっきりとは言わなかったけれど、「最近エル・ファシル星域で同盟軍ヤバス」っていったらすぐに動いてくれたわ。まぁ、領土獲得のチャンスだからね。それにね、原作では書かれてないけれど、エル・ファシルの周りってすごく艦船のシールドなんかに使用できるレアメタルの採掘ができるところなの。そう教えたら、軍部もきっと動くだろうって読みは当たったわ。さすがに一個艦隊相手じゃかなわないでしょ!さぁ、エル・ファシルの英雄さん、どうする?

 

 

帝国軍増援艦隊旗艦艦橋――

■ アルフレート・ミハイル・フォン・バウムガルデン

 今回はラッキーだった。幼年学校にいる間に、一度は戦場に出たいと思っていたところに、今度エル・ファシル星域で大規模戦闘があるという予想が立っており、一個艦隊が警備のために派遣されることになったのだ。その目的にはエル・ファシル星域で産出されるレアメタルの採掘も含まれている。

 俺は、バウムガルデン家のコネクションを利用して、幼年学校従卒ということで旗艦に臨時配属となった。もちろん名目は従卒だが、大貴族の息子を従卒扱いする軍人などここにはいない。おかげさまで艦橋に立つだけで済みそうなところ、俺は積極的に雑用をこなした。これには周りのみんなが驚いたが、俺としては当たり前のことだと思っている。コネは利用するが、自分のスタンスまで貴族に毒されるのは御免だからだ。

 エル・ファシル星域か。ヤン・ウェンリーが英雄として、驚異的な昇進を果たす登竜門だ。これを阻止すれば自由惑星同盟はおそるるに足らないな。ヤンの計画を看破してやれば、それは俺の昇進にもつながるだろう。それに心強いことにシュタインメッツがついてきてくれている。階級は少佐だ。もし何か動きがあれば、まずシュタインメッツに言おう。俺がいきなり言っても駄目だが、シュタインメッツならば現役の軍人からの意見ということで耳を貸すに違いない。

 だが、一個艦隊派遣なんて、原作にはなかったぞ。誰が指示を下したんだ?どういうことだ?俺が生まれたことでそんなにも歴史が変わったのだろうか。

 

 

 

 

女性士官学校 居室にて

■ イルーナ・フォン・ヴァンクラフト

 ラインハルトとキルヒアイスと面会できる機会が久々にあったわ。手紙はせっせとやり取りをしているけれど、せっかくなので、フィオーナとティアナを同行させた。二人に面識を持たせるためよ。

 久々に見るラインハルトとキルヒアイスは随分成長していたわ。背も高くなって、あと数年すれば前線勤務ね。心なしか顔つきも大人びてきたみたい。フィオーナとティアナも二人と打ち解けていたようで良かったわ。まぁ、本当は幼年時代に幼馴染という立ち位置が理想だったのだけれど、さすがにそううまくはいかないわね。フィオーナとティアナがロイエンタール、ミッターマイヤーの双璧のようなスタンスでラインハルトとキルヒアイスに協力してくれればいうことはないわね。

 さて、もう少しであのエル・ファシル星域での戦い、ヤン・ウェンリーが英雄としての第一歩を踏み出す戦いが始まるわ。今回については、アレーナと話し合った結果、手を出さないことに決めました。二人とも出自が出自だし、軍司令部上層部に圧力をかけられるような立場じゃないもの。アレーナはできるかもしれないけれど、それをやると怪しまれそうなので、あえて手を出さないことにしたわ。アレーナは一応ジャブ程度の助言ははなったらしいけれど。

 むろん、転生者たちは動くでしょう。彼らにしてみれば、ここでヤン・ウェンリーをつぶしておけば、後々自由惑星同盟を攻略しやすくなるでしょうから。それに自分の先見の明をほこることで、自分の勢力拡大に貢献しようという狙いもあるでしょう。

 でも、私たちはそれを逆に利用する予定でいるわ。常に5年、そして10年先を読んでおくことがラインハルトとキルヒアイスの覇道成就につながるのよ。

 

 

帝国暦479年5月

 

自由惑星同盟外縁領エル・ファシル星系――

 ここに帝国軍の小部隊1000隻が侵入し、それを迎え撃つ同盟軍艦隊1000隻が激闘を交えていた。双方ともに2割ほどの損害を出し、やがて帝国軍が引いていく。何十、何百とある戦闘の中の日常的光景の一つかと思われた。

 

自由惑星同盟艦隊旗艦艦橋

■ヤン・ウェンリー

 やれやれ、こんなところに来るなんて、子供の頃は思いもしなかったな。6年前、父さんが死ななければ、僕は今頃歴史研究の道を目指していたに違いないし。ま、もっとも父さんの言うような金儲けにつながったとは思えないけれど。

 

「こ、後方より敵影!!て、帝国軍回頭して追尾してきます!!」

 

 なんだって?戦闘は終わったはずじゃなかったのか。

 

「なに!?」

 

 リンチ少将が顔を青くしている。意外だった。戦闘は終わったと思っていたら、見せかけだったのか。帝国軍もやるものだな。でも感心している場合じゃないか。

 

「て、敵の後方に大艦隊出現!!総数、は、8000隻!!」

 

 艦橋が一瞬凍り付いたように見えた。誰もが動かない、いや、動けないでいる。8000隻だって?敵はえらく大兵力を投入してきたな。妙だな。この艦隊を叩き潰すにしては戦力が多すぎるが。

 

「し、司令官いかがいたしましょうか!?」

「司令官!」

「司令官!」

 

 幕僚たちが詰め寄る・・・いや、縋り付かんばかりにしているが、リンチ少将が青くなって動かない。僕が言える立場じゃないけれど、あれではだめだな、司令官がこういう時にしっかりしなければ、味方はこの瞬間にも死んでいるのだから・・・。

 

「て、撤退だ!!エル・ファシル本星に撤退だ!!」

「しかし!!」

「た、体勢は本星に戻ってから立て直す!!急げ!!急げ!!!」

 

 

エル・ファシル本星――。

 同盟軍のうち、艦艇200隻、5万人が逃げ込んだが、帝国軍はエル・ファシル本星を増援とともに合計9000隻の艦艇で包囲した。

 エル・ファシルには民間人300万人が居住しているが、これが一斉に軍司令部や行政府、そして軍港に殺到して大混乱が起き、多数の死傷者がでた。

 そして、リンチ少将は脱出計画の責任者を、手の空いており、暇そうなヤン・ウェンリー中尉に一任したのである。彼はさっそく軍港に向かった。彼の姿を見るや、民間人たちが殺到してきた。

 

「君が脱出計画の責任者かね?」

「はぁ、どうもそのようですね・・・」

 

 それを聞くと、民間人たちは一様に不安そうな顔をして離れていった。あんな若造で大丈夫なのかというざわめきを残して。ヤンはやれやれというように頭を掻いたが、それからやるべきことはやってのけた。脱出用の民間船、護衛艦、民間人の脱出艇の搭乗その割り振りを用意したのである。それをもってリンチ少将の司令部に行くと、リンチ少将はそれを無造作にデスクの端に置いて、後は副官たちと話し合っていた。

 どうやらリンチ少将は逃亡するらしい。そう感じ取ったヤンはやはりこの計画を進めてきてよかったと思った。手は汚いが司令官を囮にするつもりだった。

 ふと、ヤンは包囲艦隊の配置状況を見た。ここ数日の艦隊の動きがデータ化されている。それを見たヤンは眉を顰め、ひそかに別の計画を立て始めていた。

 

 

 水面下での波紋が表に出てきたのは、それから3日後である。リンチ少将のシャトルが飛び立った時であった。

 

「我々は見捨てられたのか!?」

 

 一斉にうろたえる民間人にヤンはまぁまぁと手をかざして諭した。

 

「心配いりません。リンチ少将は小官に脱出計画を委託されました。リンチ少将は自ら囮になり、我々を逃がそうとしてくださっておられるのです。さぁ、急ぎましょう。リンチ少将の脱出した方向とは別の方向に飛びます」

 

 ヤンの落ち着いた話しぶりに鎮静化した民間人たちは一斉にシャトルに乗り込んだ。

 

 

帝国軍増援艦隊艦橋――

■ アルフレート・ミハイル・フォン・バウムガルデン

 

 いよいよだ。ヤン・ウェンリーがやってくる。エル・ファシル本星から脱出船団をリンチ少将の脱出艦と反対方向に飛ばしてくるころあいだ。

 

 

 数日前――。

 俺はヤンの策略を自分が考えたかのように事前にシュタインメッツにいい、シュタインメッツは大いにその通りですと感嘆の目をした後、それを艦隊司令官に具申した。司令官はマーロイド・フォン・シャフツベリー中将。貴族の男爵だ。原作にはいなかった。モブキャラだろう。一応軍歴は長いらしいが、まぁ、ボンボンだな。

 

「閣下、注意すべきはあの星の民間人の脱出でしょう」

「脱出?」

 

 シュタインメッツから、意外なことを聞いたかのように、司令官が目を開く。

 

「バカなことを。エル・ファシルに逃げ込んだ艦はたった200隻程度ではないか。民間船を脱出させるには相当の護衛が必要だ。護衛なしで脱出するのは自殺行為だろう」

 

 こいつはバカなのか?いや、原作の知識があるから、俺がそう思うだけなのかもしれないが。

 

「ですから、一部囮をはなつのではないかと思います」

 

 俺はたまりかねて口を出したので、司令官はびっくりした顔をしている。本来なら従卒風情が司令官に話しかけることはできないからだ。だが、俺は公爵家の跡取り。それを思い出したのか、司令官はどなりつけそうな顔をひっこめた。

 

「囮とは?」

「はい。エル・ファシル本星の近くには、恒星があります。通常の民間船の速度では脱出したところですぐにわが方に追いつかれてしまいますが、恒星風の勢いに乗れば加速は可能です。囮が少数の艦でこちらの敵中を斜めにかすめるようにして離脱する間に、悠々と脱出できます」

 

 おお~というどよめきが起こる。どの顔も信じられないと言った顔をしている。まぁ、幼年学校の従卒がそのことを口に出すことが信じられないのだろう。まだ一発の弾も討っていないような少年が。

 

「であれば、こちらは太陽風の吹き始めに到達するまでの地点に艦船を配置して包囲網を作っておけば良いのです」

 

 最後には司令官も納得顔だった。ま、民間船の脱出だ。戦闘と違う。危険もない。捕虜を取ればプラスにこそなれ、マイナスにはならない。そんな判断が働いたのだろう。俺の策をとると言ってきた。ま、最終的にはあの司令官の手柄にはなるだろうが、俺は献策したという実績は残る。今回はそれでよしとしよう。

 

 

「閣下、敵艦がエル・ファシル本星を離脱!!」

 

 

 回想から目が覚めた。参謀が叫んでいる。敵の艦が包囲網の一画の手薄なところを斜めにかすめるようにして脱出しようとしている。俺のよみがあたったわけだ。司令官の俺を見る目は変わった。

 

「前衛艦隊はあの艦を追え!そのほかの艦は所定の位置に移動して敵の民間船を待ち伏せせよ」

 

 司令官の号令一下、艦隊の一部はこの囮艦を追うべく動き始め、他の艦も追随を始める。だが、それは擬態で、すぐに航路を変更すると、太陽風の吹き荒れる地点へと向かった。この時のために、偵察艦隊を派遣して太陽風の性質、風向きなどを徹底調査させている。抜かりはない。

 

 だが、1時間待っても、ヤンの船団が出てくる気配はない。おかしい。どういうことだ?いらだった俺が、足を踏みかえる。だが、それ以上にイライラしているのは司令官だった。まずい、これでは成功するどころか、逆にこちらが叱責される。俺が不安に思いだしたその時だ。ついに待ちに待った声が飛び込んできた。

 

「閣下!未確認船団接近中!識別信号の呼びかけに応答なし!全速航行で来ます!艦影モニタリングします!」

 

 映し出されたのは明らかに非武装の民間船である。俺はほっとした。よし、これならいける。

司令官もそう思ったらしく、すぐに号令をかけた。

 

「ただちに進路をふさぐようにして展開!!あの船団を止めろ!!」

 

 2000隻ほどの艦艇が動き出し、民間船に向けて停止指令を発する。他の船は退路を断つべく包囲体制だ。

 やった。これでヤン・ウェンリーが英雄として浮上することはない。俺の特進もあるかもしれない。声に応じて停止した民間船に帝国軍の駆逐艦たちが近づいていく。拿捕するためにだ。

 

 その時だった。近づいた駆逐艦が接舷しようとした刹那、大爆発が起こった。それも一か所ではなく、何か所、何十か所からだ!!!どういうことだ!!!!

 

「どうした!?」

「爆発です!!民間船が爆発を!!」

「どういうことだ?とにかく、後退だ、後退させろ!!」

 

 参謀たちが必死に叫ぶが、いったん殺到した艦隊を戻させるのは至難の業だ。しかもそれが混乱の極みに達している今は特に。

 

「これは!?まさか!?」

 

 シュタインメッツが叫んでいる。

 

「どういうことだ?シュタインメッツ」

「アルフレート様。あれは囮です!!民間船を爆装させ、我々が近づいたときに一斉に爆沈させて、混乱にたたき沈めるつもりだったのです!!」

「なに!?」

 

 バカな、バカな、バカな!?どうしてこうなるのだ?!こんなことは原作にはなかった!!ヤンは悠々と太陽風に乗って逃亡をする。隕石群に仮装して。それを押さえつけるだけで済むんじゃなかったのか!!どういうことだ?!

 俺が唖然として声が出ない間にも、味方の混乱は広がっていく。すさまじいものだった。民間船の爆発に巻き込まれるもの。それをさけようと回頭し、後続の艦に衝突して爆沈するもの、いたるところで同じような惨劇が起こっていた。

 

「・・・・・・」

 

 司令官自身も唖然としている。まずい、これはまずい。いくら司令官が命令を下したと言っても、実際に献策したのは俺だからだ。俺が、彼らを殺した・・・・。

 そう思うと、急に吐き気がこみ上げてきた。顔からざあっと血の気が引いていくのがわかる。急に周りの温度が冷えたかと思うと、俺は意識を失った。倒れ掛かる寸前にシュタインメッツが抱き留めてくれるのがわかっただけだった。

 

 

■ ヤン・ウェンリー

 危なかった。帝国軍の艦船の動きから、こちらの脱出ルートを予測して待ち受けていたのがわかったのは僥倖だった。老朽化した民間船に爆弾を積み込んでリモートコントロールプログラムを組み込み、派手に爆沈させたから、少なからぬ混乱が起こっただろう。いや、現にそうだった。あれから立ち直るのには時間はかかる。そのすきにこちらは悠々と逃亡し、最初のワープに入ることができた。

 ワープアウトした星域は、こちらの勢力下だ。付近には哨戒艦隊もいる。それにむけてSOSを打ったから、間もなく駆けつけるだろう。

 爆沈に巻き込まれた帝国軍の艦のことを思うと、胸が痛まないといえばうそになる。爆沈した帝国艦船は数百隻、いや、それ以上か。数十万人の命を奪ってしまった。そしてその家族を悲しみに突き落とした。どれほど帰りたかっただろう・・・・。

だが、そうしなければ、300万人の民間人は捕虜にされ、酷使されただろう。女性は襲われて強姦されてしまったかもしれない。そしてその家族は悲しみに暮れて打ちひしがれただろう。

 どちらを優先するか、自由惑星同盟の軍人である僕には、答えは一つしか出てこなかった。軍隊とは曲がりなりにも民間人を守るべき存在だからだ。そうだ、リンチ少将の家族のことも考えてあげないと。一応司令官は敵の囮になるべくあえて出撃をされました、と言っておこうか。そうでないと残された家族が可哀想だ。

 それにしても、ふう、殺し合いをいきなりすることになるとは・・・・後味はいいものではないな。後で紅茶を飲んで落ち着こう。

 ・・・・しまった!!民間人たちがこっちにくる。喜んでいるが、今はそっとしておいてほしいものだ。

 

 

 

ノイエ・サンスーシー カロリーネ皇女殿下居室――

■ アレーナ・フォン・ランディール

 カロリーネ皇女殿下のご機嫌が悪い。ファーレンハイトは冷静に報告している。内心はどうかわからないけれど、さすがは武人ね。

 ま、カロリーネ皇女殿下のご機嫌悪い理由を考えれば、そりゃそうよね。一個艦隊派遣して結局ヤン・ウェンリーを逃がしたばかりか、1000隻の艦艇を爆沈させられてしまったんだもの。包囲体制の裏をかかれてしまったらしいの。その艦隊旗艦にはどうやら従卒が乗っていて、その従卒が献策したらしいわね。公爵とかバウムガルデンとか聞こえていたから、おおかたアルフレート・ミハイル・フォン・バウムガルデンが乗ってたんでしょう。で、ヤンを捕えておけば自分の昇進勢力拡大につながると思ってたんでしょうけれど。それが失敗に終わったというわけか。

 でもね、二人とも甘いわよ。あんたたちの強みは転生者として原作の知識を知っているというその一点だけ。他は普通の一般人と何ら変わりないもの。

 

 あんたたちなんかに手玉に取られるヤン・ウェンリーじゃないわ。ラインハルトとキルヒアイスじゃないわ。甘さを認識しなさい。この『チート共』。

 

 

■ カロリーネ・フォン・ゴールデンバウム

 いったいどこの誰よ!?どこの馬鹿よ!?あんな無様な負け方するなんて、誰が指揮したわけ!?これ、原作よりもひどいじゃないの!!リンチを捕虜にできたのがせめてもの救いよ。後はレアメタルの採掘を確保できたことも幸いだけれど・・・・あ~信じらんない!!

 でも、これではっきりしたわ。あのアルフレート・ミハイル・フォン・バウムガルデンってのは、間違いなく転生者ね。ってことは転生者は私のほかにもいたってことで。彼は貴族だから対ラインハルト戦線が組めるかもね。この戦いで死刑ってのはもったいないからなんとか彼を活かす方向で話をすすめようかしら。

 それにしても、原作の知識をもってしても勝てないなんて・・・ヤン・ウェンリーってどんだけ恐ろしいの?まだ中尉さんなのに!!あぁ、頭が痛い~。今日のお勉強お休みにできないかなぁ・・・・・。

 

 

* * * * *

 この年、9月に帰還したヤン・ウェンリーは民間人300万人の脱出計画を立案し、無事に逃がしたのみならず、帝国軍の艦船に少なからぬ打撃を与えた功績を考慮され、一躍大尉に、そしてすぐに少佐に昇進することとなった。また、帝国軍の捕虜となったリンチ少将については、軍上層部とヤンが、リンチ少将は民間人を逃がすためにあえて囮になったと発表したため、本人は少将のまま留め置かれ、俸給の減額などもなく、その家族に対しても何ら非難は受けなかったのである。

 しかし、結果的にはエル・ファシル星域は失陥し、貴重なレアメタルの採掘権は帝国へ奪取されることとなり、これはのちに波紋を広げていくこととなる。

 



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第十話 宮仕えは大変なのです。

帝国暦479年6月21日

 

女性士官学校 居室 

■ イルーナ・フォン・ヴァンクラフト

 アレーナから連絡があったわ。私もアレーナから極低周波端末機をもらっているから、連絡が取りやすくなって大助かりよ。これをフィオーナとティアナにもあげたから、4人での電子戦略会議もできるわね。でもあまり目立たないようにしなくては。

 エル・ファシル星域で発生した戦いは、一個艦隊を派遣したものの、帝国軍が敗北。反乱軍リンチ少将を捕縛し、エル・ファシル星域を制圧したものの、1000隻を超える艦艇を失ったとのこと。ヤン・ウェンリーの脱出術を逆手にとって包囲体制を構築したのだけれど、それを裏をかかれて囮艦による爆沈戦法で混乱させられたということ。

 流石はヤン・ウェンリー。彼に対しては、所詮原作知識なんて戦術理論の基本戦術程度の効果しかないわ。フィオーナ、ティアナ、覚えておいて。名将は常に流動的な思考をするものよ。私たちも見習わなくては。

 

 

ノイエ・サンスーシ

■ カロリーネ・フォン・ゴールデンバウム

 派遣艦隊の一部が帰ってきたわ。普通イゼルローン要塞経由するとだいたい一か月以上かかるけれど、軍務省からの呼び出してワープにつぐワープ。大変だったんじゃない?乗っているのは、マーロイド・フォン・シャフツベリー中将、この度軍法会議にかけられることになっているらしいわ。見事に反乱軍の手に引っかかった、それも若い一中尉の策略で、しかも幼年学校の従卒の言葉を聞いて、というのが主な理由みたい。

 アルフレート・ミハイル・フォン・バウムガルデンも一緒に乗っているみたい。まぁ、彼の場合にはお父さんが公爵だからそこらへんはうまくもみ消すんじゃない?でもね、一番困るのはシュタインメッツのことよ。あれ、トカゲのしっぽみたいに切り離されることになったら、ちょっと困るのよね。こっちに引き抜けないかしら、侍従武官として。おじいさまに相談してみようっと。

 それにしても、ちょっと艦隊の戦術の質が落ちているようね。う~ん、何とかならないかしら。

 

 ランディール侯爵邸 

■ アレーナ・フォン・ランディール

 ふ~~!!!久しぶりの実家、やっぱり落ち着くわ~。ちょっと母様の体調が悪くなったので、その見舞いがてら1週間の滞在を許してくれました。こういうところは優しいのね、皇女様。

 でもごめんね。こっちはそれを最大限利用させてもらうわ。まずはね、女性士官学校の状況をマインホフおじいさまに聞きます。随行としてメックリンガー少佐にも来てもらいました。少佐とはいえ、もうOVAみたいな芸術家提督の威風全開です。

 

「生徒の中には耐えられず、やめてしまうものが出ているが、メックリンガーはじめ、教官の指導が上手くての、大部分の生徒は熱心に取り組んでおるよ」

 

 うん、いいんじゃない?あ~でもね、卒業して第一線で使えるようにならないと意味ないのよね。

 

「授業の中身はどうですか?帝国の士官学校と同じことをやっていますか?」

「遜色ありません。女性だからと言って手を抜いていては戦場で生き残れませんからな」

 

 メックリンガーさん、さすがにやるわね。それでよし、でもね、それじゃあ一士官と変わらないのよね、せっかく出来上がった新しい学校、何か入れようっていう気にはならないのかな。

 

「と、いいますと、フロイライン・ランディールにおかれましては、何か良いご思案が?」

「戦術シミュレーターを導入したいの。それも二次元なゲームセンター的な奴じゃなくて、もっともっとリアルな奴を導入したいの」

「シミュレーターなら既に導入が進んでいますが・・・」

「ううん、違うの。もっとすごい奴がいいの」

 

 つまりね、いわゆるバーチャルリアリティーなシミュレーターを作り出したいのね。そうすれば、戦場は文字通りの宇宙。周りにはリアルな戦艦などの艦艇部隊。主砲の斉射の光、爆散する艦艇、衝撃波。そういうものが全部体験できるシミュレーターがいいのよね。

 

 なんでって?

 

 原作のOVAの自由惑星同盟に出てくるみたいなシミュレーターじゃ話にもならないからよ。だってあれ、そもそも二次元じゃないの!宇宙は上も下も斜めもあるってのに!平面じゃ話になんないわ!あんなので、艦隊運用の名人、戦略戦術の天才なんて言って言われて・・・はぁ、頭が痛いわ。所詮あんなのは子供だましのゲームなんだもの。リアルじゃないんだからね。

 

 そういうことをオブラートに包んで説明してあげると、メックリンガーはなるほどと納得し、おじいさまもうなずいていた。というか、今まで誰もそんなことに気が付かなかったんだか、気がついても直すのが面倒くさかっただけなんだか。ま、どっちでもいいけれどさ。

 

「それとね、おじいさま、再来年が士官学校の第一期生の卒業でしょ?そうするとね、絶対現場で女性が苦労することになるんだと思うの。何とかなりません?」

 

 それは巷では大いに予想されていることじゃとマインホフおじいさまは言う。

 

「何とかと言うが、具体的にどうしろというのじゃ?」

「皇帝陛下の勅命で訓示を出してほしいんです」

 

 出た。伝家の宝刀「皇帝陛下の勅命」。いい響きよね~。

 

「ほう?」

「そうそう、訓示を出して『逆らうやつは極刑じゃあ!!』なんていえば、陰湿ないじめや差別がある程度は減るんじゃないかと思うんです。駄目なら見せしめに一人二人処刑してもいいと思うな」

 

 あ、私今しらっと恐ろしいこと言った?二人の眼が大きくなってる。でもそれくらいしなきゃダメなのよね。

 

「して、その訓示とやらはどうするかの?」

「うん、考えてあるの。こういうのどう?」

 

 私はこういう時のために、かねて考えていた草案を文章にして二人の前に出してみた。

 

帝国女性士官ヲ登用スルニ当タリ以下ノ訓示ヲ記ス

 

第一条

帝国女性士官ハ帝国男児士官ト同等ノ待遇二処サレルモノトス。

 

第二条

男女ノ性別ノ差ヲ以ッテ当人ノ能力ヲ評価スル事、当人ノ昇進ヲ左右スル事ヲ厳ニ禁ズ。

 

第三条

女性或イハ男性ヲ強姦シ、或イハ暴行スル事ヲ厳ニ禁ズ。

 

上記ニ犯スル者ハ、之ヲ極刑ニ処ス。

 

帝国皇帝フリードリヒ4世

 

「なるほどのう」

 

 マインホフ元帥は唸り声を上げ、メックリンガー少佐もうなずいてる。まぁまぁかな。ちょっと抽象的だけれど、その辺のところを具体化するのには通達か何か作ればいいでしょ。いずれにしてもラインハルトの麾下に女性の上級大将や元帥、はては女性の宇宙艦隊司令長官が現れても全然いいと思ってるからね。今回はその布石だってわけ。まぁそうね~。これが普及するまでにだいたい10年ってところかな。そうするとイルーナたちはちょうど20代だから、バリバリの前線指揮官になってるってところ。それも第一期生だから結構重宝がられるんじゃないかな。

 あとね、おじいさまがちらっと漏らしたけれど、今度例のエル・ファシル星域の敗戦を問う軍事法廷が開催されるって。そこにあのアルフレートとかいう転生者も出頭するんだって。これ、チャンスよね!!来たわね!!!

 私はそれとなく、エルファシルの話題に持っていき、話を聞きだした後、あのアルフレートがすべての元凶だってことをおじいさまにたきつけたわ。邪魔者はここでつぶしておかなくちゃね。

 ごめんね、アルフレート。でもね、あなたの立ち位置なら、あなたが大きくなったら、絶対、ぜえったい、ラインハルトとキルヒアイスを殺しに来ると思うのよね。だからそれを阻止しなくちゃ。

 

 

 

派遣艦隊旗艦居室

■ カール・ロベルト・シュタインメッツ

 アルフレート・ミハイル・フォン・バウムガルデン様は失神から回復されると、真っ先に何度も小官に頭を下げられた。そして「すべて自分の罪だ。艦隊司令官、そしてもし卿に罪が振りかかることがあれば、それはすべて自分の罪だ。だから自分の命に代えても卿らを助けたい。」と繰り返しおっしゃられた。近年とみに責任を回避する貴族たちの中でなんとご立派なお心がけであろうか。

 あの策略については、敵が見事すぎたとしか言いようがない。アルフレート様は反乱軍が民間人を脱出させること、それも囮を使って脱出することを見抜いておられた。それだけでもあの年齢の男児としては異例だろう。

 なんとしてもアルフレート様をお守りしなくては。たとえそれが自分の命を縮めることになろうとも・・・・。

 

 

グリンメルスハウゼン子爵邸

■ ウルリッヒ・ケスラー

 今日から軍法会議が行われる。その席上バウムガルデン家のご子息が参考人として呼ばれるという。私はグリンメルスハウゼン子爵閣下に依頼を受け、コネクションを利用してその会議議事録をこっそりと録音することとなった。本来ならばこうしたことは特務機関がやることなのだが、グリンメルスハウゼン子爵閣下はこのオーディンのみならず帝国全体に秘密網を広げておられる。それを知っているのは私と、例のランディール侯爵家のご令嬢だけなのだそうだ。閣下は将来あのご令嬢にこの情報網を引き継がせようというお考えなのかもしれない。

 

 

帝国歴479年6月24日

 

ノイエ・サンスーシ 黒真珠の間

 

「おじいさま、どうかあのバウムガルデン家の公爵のこと、可哀想だって思って助けていただけませんでしょうか?」

「ほほう、カロリーネ、お前の耳にも入っておったか。なに、心配することはないぞ。あれはまだ幼年学校の従卒でな、司令官はともかく幼年学校の従卒を極刑に処するほど軍部は非情ではないのじゃよ」

 

 すがりつかんばかりのカロリーネ・フォン・ゴールデンバウムに、フリードリヒ4世は穏やかに孫を諭す。

 

「でもでも、あの人の侍従武官は?司令官はどうなっちゃうの?」

「さてのう、そこまでは余もしらなんだでな」

「そんなぁ・・・。バウムガルデン家の子、自分の侍従武官が殺されちゃったら、きっと悲しみますよ。それに司令官はちゃんとエル・ファシル星域を奪って帰ってきたし、敵の司令官を捕虜にしたんだって聞きました。だから死刑なんてひどすぎると思うんです」

「ふむ・・・。珍しいの、それほどまでにバウムガルデン家の者たちが気になると申すか」

「あ~ええ、まぁ、そのう・・・・」

「よいよい、お前の事じゃ。何かしら考えがあるのじゃろう。一つ余が口添えをしてやろう。だがな、カロリーネ、銀河帝国にはの、皇帝といえど、軍の決定に口を挟むこと能わずという不文律があるのじゃ。さて、軍の上層部が余の申すことを聞くかの」

「おじいさまなら大丈夫です!・・・ブッ叩いてもいうこと聞かせるから。っていうか私に考えがあります。」

 

 何しろ、シュタインメッツと転生者の命がかかっている状況下。二人をこっちに取り込もうと虎視眈々と狙っているカロリーネにしてみれば必死だ。他方司令官については、助かっても助からなくてもどっちでもいいおまけ的なもので「司令官?知らない人ですね。」などと思っているのだから当人たちにしてみればたまったものではない。

 

「はっはっは。お前は顔に似合わず怖いことを申すの」

 

 フリードリヒ4世は大笑した。

 

 

 

軍務省 軍事大法廷――

 

「それでは、これよりマーロイド・フォン・シャフツベリー中将への軍法会議を開く。被告人は前に」

 

 議長となったマインホフ元帥は宇宙艦隊司令長官のアウグスト・フォン・ビリデルリング元帥、デオドルグ・フォン・ワルターメッツ統帥本部総長とともに、高座から被告人を見下ろした。その周りには軍事高等参事官たちが綺羅星のごとく居並んでいる。

 シャフツベリー中将は顔面蒼白になりながら、被告席に座る。彼にしてみればヴァルハラで大神オーディン直々の取り調べを受けるよりもはるかに恐ろしかったに違いない。

 

 たかだか一介の中将に対し大げさなと思うかもしれないが、ここのところ大きな戦闘はなかったこと、大きな事件もなかったこともあり、それだけにエル・ファシル星域の敗戦は大きくクローズアップされていたのだ。しかもフェザーンを経由して入ってきた情報によれば、帝国軍を手玉に取った反乱軍側の指揮官はまだ20歳の若造中尉であるという。自由惑星同盟では連日それが大きなニュースとなり、同盟全土で繰り返し放映されているのだ。

 

 それを知った時、帝国軍上層部は烈火のごとく怒り狂った。完全に帝国の威信をコケにされたのだ。この軍事大法廷が使用されるのは、久方ぶりの事となったが、シャフツベリー中将が帝都オーディンに到着するまでに、疾風の速さで調査が行われ、しかも早々に調書、戦闘詳報が作成されてしまっているというから驚きである。

 この時点で、既に軍事法廷の前審査機関である査問委員会は統一軍事裁判法に基づき、マーロイド・フォン・シャフツベリー中将を有罪としてその罪をならしていた。

 

「では、エル・ファシル星域における戦闘経過について、報告せよ」

 

 マインホフ元帥の言葉に、一参事官が立ち上がり、淡々と戦闘詳報を述べていく。その間シャフツベリー中将は蒼白な顔のまま一言もしゃべらなかった。

 

「すると卿は一介の幼年学校の従卒の言葉をもっておそれおおくも皇帝陛下の艦隊を動かしたのじゃな!?」

 

 普段はアレーナに激アマなマインホフ元帥も、今日のこの時にはその甘さをミジンコたりとも見せない。雷鳴のごとくとどろいた声にシャフツベリー中将は震え上がる。

 

「お、お、仰せのとおりでございますが、しかし、かの者の視点は一介の参謀よりも優れていると小官は判断し――」

「その結果、周りの参謀、副官、参謀長にも問うことなく軍を動かしたかッ!?」

 

 宇宙艦隊司令長官ビリデルリング元帥の叱責が飛ぶ。太い鼻ひげ、顔下半分を覆うひげの一本一本から電気がほとばしっている。一巡航艦の艦長から叩き上げて艦隊司令長官になっただけあってその気性の荒さは軍全体に知れ渡っている。

 

「じじじ、時期が時期でございました!!うう、うかうかしておれば、エル・ファシルから民間人が、だだ、だ脱出してしまうと――」

「卿は大魚を釣ろうとして、かえって既に釣りあげていた魚をばらまいたのじゃ。二兎を追う者は一兎をも得ずと古来から言うが、まさに卿はその典型じゃったな」

 

 そう穏やかに言ったのは、ワルターメッツ統帥本部総長。長い白いひげは仙人を思わせる風貌であるが、その眼光は炯炯としている。

 

「・・・・・・・・」

 

 がっくりと首を垂れるシャフツベリー中将をよそに、軍事法廷は一人の証人を招いた。アルフレート・ミハイル・フォン・バウムガルデンである。彼もまた顔面蒼白であったが、一歩も引かぬという必死の気構えを全身に出していた。そのため、答弁は最初はややうわずったところはあったものの、帝国三長官相手に一歩も引かず、自分がすべての責任者なのだと繰り返し司令官を擁護する答弁を行った。

 

「繰り返しますが、私は戦場に置いて敵の計を察知できず・・・・・。いえ、そもそも経験もなく未熟な私が出過ぎた発言をしたことこそが、今回の敗因です。司令官を処罰するのではなく、どうかこの私を罰してください」

 

 青い顔をしてそう答弁したアルフレートに、三長官や参事官たちは意外そうにお互いの目を見やった。

 

「よし、卿は下がれ」

 

 マインホフ元帥はそう言うと、アルフレートを下がらせ、次にシュタインメッツを呼び寄せた。曲がりなりにもアルフレートの献策を司令官に伝えた張本人である。シャフツベリー中将同様に容赦のない尋問が行われたが、シュタインメッツは武人らしく堂々と意見を述べた。

 

「よし、卿は下がれ」

 

 マインホフ元帥は、シュタインメッツを下がらせ、ついでいったん休廷として、シャフツベリー中将を残し、他の2長官、参事官たちとともに別室に入った。

 

「さて、卿らはどう思う?」

 

マインホフ元帥の言葉に、ビリデルリング元帥は真っ先に司令官を極刑に処すべしとぶち上げた。

 

「若造の意見をうのみにし、若造に敗れ、多くの将兵と艦艇を失った罪は、エル・ファシル星域制圧と敵将を捕虜にした程度では到底償いきれない!!」

 

 というのが彼の持論で有り、これにうなずく参事官たちも多かった。

 

「儂は反対だの。今回の件はエル・ファシル星域の制圧と敵将捕虜という功と相殺にすべきだの。いや、相殺にしてもなお余りあるか。しからば死刑は出さぬが、二階級降格という処置にすればよかろう」

 

 ワルターメッツ統帥本部総長の言葉に、うなずく参事官も少なくなかった。

 

「それでは卿らは司令官のみの責任を問えば、良いと考えるか?」

 

 マインホフ元帥の意外な言葉に周囲の者は顔を見合わせた。

 

「というと?」

「すなわち、今回のことはあの幼年学校の従卒の言葉を司令官が信じたことに端を発している」

「うむ」

「仮にも軍属である幼年学校生徒ともあろうものが、軍の上層部の作戦決定に口を出すなど、あってよいものであろうか?あの者の適性を疑って然るべきであろう」

「それは卿、バウムガルデン家が屈指の家柄ということもあろう。貴族の子弟は時として軍の階級を無視する言動を行うからの」

 

 と、ワルターメッツ。

 

「じゃが、必罰信賞は武門の拠って立つところ。それを無視するわけにはいかんじゃろう。かのバウムガルデン家の幼年学校の従卒には、放校処分が相当と儂は考える」

 

 それはあまりにも!という声が四方から飛んだ。宇宙艦隊司令長官や統帥本部総長までもが異論を唱えている。マインホフ元帥は意外そうに目をぱちくりさせた。

 これにはもちろん裏があり、あのカロリーネ皇女殿下が皇帝を通じて「バウムガルデン家の子って超イケメンで私好み!!だから絶対に手ェ出すんじゃないわよ!!」などと軍上層部にドスを込めて話したうえ、さらにファーレンハイトを通じてバウムガルデン家の公爵閣下にご注進に及んだ結果、とんでもない圧力が軍事法廷にかかってきたのである。すなわち、バウムガルデン家の息子並びにシュタインメッツには絶対に手出しをするな、と。

 まさかチート皇女殿下がそこまでやろうとはアレーナも予想できなかったわけであり、これについてはアレーナの甘さであったと言えた。

 

 結局、アルフレート・ミハイル・フォン・バウムガルデン及びシュタインメッツはおとがめなし。シャフツベリー中将はエル・ファシル星域制圧と敵将を捕虜にした功績と多数の艦艇及び人命を失った過失を考慮され、二階級の降格という処分に相成った。参謀長以下も一階級降格、けん責、減俸というそれぞれの処罰が下り、一応のことは済んだのである。

 



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第十一話 出る杭は打たれるのです

帝国暦479年9月4日――。

ノイエ・サンスーシ 私室

■ アレーナ・フォン・ランディール

 なめていたわ。あのチート皇女殿下があそこまで動くとは思わなかった。転生者ってバカにしていたけれど、これは本腰入れなくちゃね。でも、その方がやりごたえあるからいいか。おかげでなめてかかることのバカさ加減を重々承知できたってわけ。

 

 あの軍事法廷にフリードリヒ4世陛下を間に挟んで、カロリーネ皇女殿下が介入したおかげで、アルフレート坊やはそのまま幼年学校にとどまり、シュタインメッツもおとがめなし。しかも、二人ともあろうことかカロリーネ皇女殿下に謁見を許されて、ファーレンハイトとも面識フラグが立っちゃった。

幼年学校の従卒をかばい立てするなんてお優しい皇女殿下、なんて巷じゃ評判があがっちゃったわ。う~ん、これを機に皇女殿下がご改革に乗り出されると困るわね。何とかしなくちゃ。うん、今こそグリンメルスハウゼン子爵閣下の情報網と情報を活用するときかも。

 

 とりあえず、カロリーネ皇女殿下とアルフレート坊やはたぶんくっつくだろうと予想されるので(今のところはね、将来どうなるかわからないけれど。)監視しやすくなって好都合です。でも、これ以上勢力伸ばされる前に、ブラウンさんやリッテンさんをそそのかしてけん制しようかと思ってるわ。

 いずれにしてもイルーナと要相談ね。

 

 それはそれとして、私はアンネローゼさんに会ったり、そこにサビーネ・フォン・リッテンハイムを連れていったりといろいろやってます。アンネローゼさんに会うのはカロリーネ皇女殿下はそんなにうるさくは言わないの。ま、私が色々と話をしているから、スパイみたいな感覚でいるのかもしれないけれど、どっこい違うんだな。私はラインハルトのためにしか動かないんだからね。そこでマグダレーナ姉さんにも会えました。そのうちヒルダさんも紹介してもらえることになってるし。うん、順調ね。

サビーネは超いい子です。私にとてもなついてくれて、アンネローゼさんともマグダレーナ姉さんともすぐに打ち解けたわ。リップシュタット戦役で放逐させるのには惜しい子だと思ったの。しっかり教育すれば、素直な子なのでいいところまで伸びるんじゃないかしらね。

 

 幼年学校 自室 

■ ラインハルト・フォン・ミューゼル

 反乱軍とやらが、エル・ファシル星域で帝国軍を破った。脱出する民間船を爆装させ、殺到する帝国軍の目の前で爆破させたそうだ。反乱軍、やるではないか。1000隻程度の艦艇を失ったそうだが、もし俺がその場にいたら・・・いや、俺がその場にいても何もできないだろう。俺には力がないし、まだ経験が足りない。姉上やアレーナ姉さん、イルーナ姉さんに耳に胼胝ができるほど言われ続けてきたことだ。

 幼年学校で俺の同期であるアルフレート・ミハイル・フォン・バウムガルデンがその場にいたんだそうだ。ここ最近姿が見えないと思ったら、奴はそんなところに行っていたのか。従卒として戦場に出たのは奴だけだ。大方家柄のコネを使ったんだろう。反吐が出る。

 そして戦場で司令官に意見したのだという。バカな奴だ。目の付け所は悪くはないが、実際の艦隊運用において、敵に索敵能力があることを完全に忘れている。俺なら動きを察知されないよう、エル・ファシル星域を大きく迂回するか、若しくはあちこちに偽装の艦隊を配置しておく。それか、いっそのこと8000隻の艦隊でエル・ファシルを包囲して退去勧告を出す。今回の作戦の目的は、エル・ファシル星域の制圧と、周辺のレアメタルの採掘権の確保なのだ。それさえ達成できれば民間人の捕虜などどうでもいい。むしろ帝国の寛大さをアピールできることとなる。もっとも、腐り切った帝国が反乱軍に対し、そんなことをするとは俺には到底思えないがな。

 いずれにしても、俺には受け入れられない人種だな。もっとも今後の進み方次第で奴をどう見るかが変わるかもしれないが。

 

 

 

 自由惑星同盟 統合作戦本部――。

 統合作戦本部長であるダニエル・ブラッドレー大将は、この年48歳。宇宙艦隊司令長官から統合作戦部長に移ったばかりの戦場でのたたき上げの軍人である。士官学校を出ていないどころか貧窮の家庭で育ったため、正規の教育をほとんど受けていないという珍しい経歴を持つが、その才能は各艦隊司令官のみならず政財界の要人も認めていた。

 

「やぁ!シトレ、来たか」

 

 彼は大喜びで身の丈2メートルの黒人将官を招き入れた。第八艦隊司令官に就任したばかりの、シドニー・シトレ中将を自室に呼び寄せていた。

 第八艦隊は先年第四次イゼルローン要塞攻防戦に置いて、壊滅的な損害を被り、司令官は戦死、艦隊の5割が失われるという敗北を喫した。すべては第八艦隊が頑迷な司令官の指揮のためにトールハンマーの射程内にいたことが原因だったが、このため一時期は自由惑星同盟軍に避難の嵐が殺到したのである。

 当時宇宙艦隊司令長官だったブラッドレー大将は、この作戦に出征していなかったし、第八艦隊の突出など全く知らぬことであった。すべて出先司令官である宇宙艦隊副司令長官のロボス中将が指揮していたのである。そのロボスにしても第八艦隊には何度も自重せよと伝令を飛ばしていたのであるから、これはもう第八艦隊司令官の独断というほかなかった。

 だが、世間の眼はそうは見ない。あくまであのような無謀な作戦をとった責任者は宇宙艦隊司令長官だというのである。そのため、宇宙艦隊司令長官をブラッドレー大将はやめ、後任を人事局にゆだねると、自分はさっさと統合作戦本部長の席に座った。実のところ統合作戦本部長の方が実働部隊の長である宇宙艦隊司令長官よりもエライのであるが、近年は実働部隊こそが同盟を支えているのだという風潮が高まって、統合作戦本部長はその風下に置かれていると言った風であった。

 

「遅れて申し訳ありません。本部長閣下」

「よせ、他人行儀な。俺はお前の直属の指導教官だったが、あの当時のお前は今ほどの他人行儀ではなかったぞ」

「はっはっは。これは手厳しいですな」

 

 シトレは愉快そうに笑った。

 

「それで、小官をお呼びになったのは、いかなる理由でしょうか?」

「まぁ、かけてくれ。今コーヒーを淹れてやる」

 

 統合作戦本部長自らが淹れるコーヒーは、シロン産紅茶の葉と並び最上級と称されるヴァジール星産のコーヒー豆を使用し、良質の水とサイフォンにこだわったものであるが、何よりも統合作戦本部長閣下ご自身が大のコーヒー好きということもあり、豆を手ずからひき、科学実験でもするような、だが楽しそうな手つきで慎重に淹れていくコーヒーはひそかに軍内部でファンが出来上がるほどの評判だった。

 

「そら、熱いからな。気を付けろよ」

 

 シトレは恐縮してカップをとりあげ、ゆっくりと口に含ませ、その上質な香りと味を心ゆくまで堪能した。

 

「いやぁ、さすがは本部長閣下の手ずからお淹れになったコーヒーですな。これを味わえるだけでも、ここに来たかいがあるというものです」

「はっはっは。そう言われるのは悪くはないな。退役したら俺はコーヒー屋の親父になっているかもしれんぞ」

 

 どっかと本部長椅子にすわった本部長閣下はこれまたうまそうにコーヒーをすする。

 

「その時は小官が開店第一号の客でありたいものです」

「文句を言わずに飲んでいるのであれば、どんな客でも受け入れるぞ。まったく、コーヒーは人間の文明に寄与するところ大だ」

「ところがです、残念ながらコーヒーを好まず、紅茶が好きだという人間もおります。ちょうど小官が同盟軍士官学校の校長をやっておったころ、一人そういうのがおりましたな」

「ほう?」

 

 本部長閣下の手が止まった。

 

「コーヒーなんぞ泥水だと申します。あんなものを飲むよりも紅茶の香りを楽しんだ方がいいと」

「はっはっは!そいつはまいったな。ならばとても俺の部屋にこれまい。俺が出すものと言ったら、コーヒー以外にはないからな」

 

 本部長は愉快そうに笑った。

 

「一度そいつにうまいと言わせてみたいな。そうすりゃ俺のコーヒーの腕前もそこそこ世間様に認められるレベルになったということだろうよ」

「それは楽しみですな」

「うん、一度そいつを連れて来てくれないか?」

「閣下も遠からずお会いになれます」

 

 シトレの言葉に本部長閣下は目をぱちくりさせる。

 

「うん?どういうことだ?まさかもう来ているというのか?」

「いや、違います。例のエル・ファシル星域の会戦において、民間人300万人を見事脱出させた男です」

「ヤン・ウェンリーか!?おお、なるほどな!!確かにそいつはお前の生徒だった。そうかアイツがな」

 

 本部長閣下は感慨深そうにうなずいている。

 

「ならば楽しみにしているぞ。帰国したら真っ先に俺の部屋によこすように言ってくれ」

 

 そういうと、本部長閣下はニヤリとした。この閣下、人によってはダニエルスペシャルエディションとかいうとんでもなく濃いコーヒーを出すことでも有名である。その結果、本部長の部屋から退出した際、胃もたれを訴えて病院に直行する輩が続出したそうである。決して本部長閣下から何か難題をふきかけられたということではないそうだが。ヤン・ウェンリーがどうかその被害者にならないよう、シトレとしては祈るほかなかった。

 

「さて、シトレ」

 

 本部長は真顔になった。

 

「お前を呼んだ理由、想像はつくか?」

「先ほどの話のからみですかな。エル・ファシル星域の失陥、そしてレアメタルの採掘場の失陥は我が同盟にとって小さな損失ではありませんからな」

「そうだ。だが、それだけが理由ではない」

 

 シトレの尋ねる様な眼差しに、本部長閣下はすばりと言った。

 

「フェザーンだ」

「フェザーンですと?」

「そうだ。実はな、レアメタルの採掘場にはフェザーンの多額の資本投下があった。それをむざむざと帝国に奪われたことで、フェザーン側は平たく言えばご立腹なのだ。今後我が同盟の国債の買い付けを制限、資本の投下の縮小など、要するに資金援助の凍結をほのめかしている」

「なるほど」

 

 自由惑星同盟の内部に流入するフェザーンの資本は相当なものであり、これに染まっていない大企業はないとも言われている。なにしろ国家の歳入の20パーセント超をフェザーンの国債買い上げによる金が占めているのだ。それはまだ表向きの事で、非公式な間接的な援助を含めると、同盟の歳入の半分を超える資金源がフェザーンから流れてきていると言われている。年々増加する軍事費もこのフェザーン資本で保たれていると言っても過言ではない。

 その影響は政財界にまで及び、フェザーンの金を懐につかまされていない政治家はいないとまで一時期は言われたほどであった。

 

「なるほど」

 

 シトレはもう一度そういい、やおらコーヒーを飲み干し、カップを置くと、ゆっくりと言った。

 

「つまりは、小官にエル・ファシル星域の奪還をせよと、おっしゃるのですな?」

「流石はシトレだな。そういうことだ」

「ですが閣下、小官の第八艦隊は数の上でこそ14000隻でありますが、何分編成をし直したばかりであり、小官自身も赴任してまだ数か月にしかなりません。いわゆる新兵ばかりの艦隊。それを動かして攻略の途に就かせるなど、少々危なくはありませんか?」

「そうか、お前にはできないか」

「いや、やれと言われれば死力を尽くします。ですが、小官とて万能ではありませんからな。不成功に終わった場合の対策も講じておかれた方がよろしいと考えた次第です」

「その点は心配しなくともいい。俺の方で考えてある。そして宇宙艦隊司令長官とも協議済みだ。ところでな、今度の宇宙艦隊司令長官の人事、ありゃ失敗だぞ。ロボスの奴は40越えてからボケてきたな。まだ46だが往年の精細さには欠ける。あれは何か?帝国の女スパイに性病でも移されたか?奴は昔から女には弱かったからな。おれはいっそお前に宇宙艦隊司令長官になってほしかったと思ってる」

「閣下。そのようなことをおっしゃられますな」

 

 これにはシトレも苦笑いするほかない。

 

「宇宙艦隊司令長官がご承知で有ればいいでしょう。それに、小官には宇宙艦隊司令長官の大役は荷が重すぎます。現状でも十分です。では、早速司令部に戻り奪還作戦を協議いたします。作戦案ができ次第閣下のもとにお持ちしますが、よろしいですか?」

「いや、それは駄目だ」

「といいますと?」

「今回の作戦は、秘密裏に行ってもらう必要がある。情報漏えいの危険性が大だ。フェザーンの奴ら、エル・ファシル星域の資本投下を回収しようと、今度は帝国に接近しているという情報がある。これ以上戦乱がそこで続けば、せっかく投じた開発プラントもめちゃくちゃになってしまうからな。そうなる前に事前に情報を与え、帝国に与することで自分たちの利益を守ろうというんだろう」

「フェザーンの常套手段ですな。蝙蝠として鳥と獣の間で羽ばたいている。時には獣、時には鳥と主張し、双方に着いたり離れたりというところでしょう」

 

 本部長はため息をついたが、どこか達観している風もあった。

 

「フェザーンのツラの皮の厚さは俺たちの何十倍もあるからな」

「同盟も似たような物でしょう。時々小官は今の同盟はいったい何なのかと思うときがあります」

「おっと、それ以上は言うなよ」

 

 本部長は手でシトレを制した。

 

「シトレ。そういう事情だ。すまないがお前に頼むしかない。何とかできるか?」

「わかりました。それでは表向き、わが艦隊は遠洋航海訓練に出たということにしておいていただきたい。ですが、後始末の方は大丈夫なのでしょうな?」

「むろんだ。あぁ、そうだ。お前に一人副官を付けようと思う」

「ほう?」

「今すぐに紹介したいが、いいか?」 

 

 シトレがうなずくと、本部長はすぐにインターフォン端末に向かって声をかけた。

 

「入っていいぞ」

 

 本部長の声に応じて入ってきたのは、ブロンドがかった金髪を綺麗に項のあたりで留めている、赤い眼鏡をかけた若い女性だった。スーツを着たら一流の弁護士のようだとシトレは思った。整った顔立ちだが、整いすぎているというきらいもあるかもしれない。口元に優美な微笑を浮かべているが、シトレはふとその微笑の影に得体のしれないものを感じた。

 

「大尉は優秀だぞ。18歳で大尉だからな」

「ほう?それは・・・・」

 

 それは実力なのか、それともコネクションがあったのか、いずれにしても士官学校の卒業生が18歳なのだ。その時点で大尉だとするといったいどういうことなのだろうか。まさか新兵からの叩き上げなのか。いや、そういう風には見えないのだが。

 色々とシトレが測り兼ねていると、大尉が近づいて敬礼してきた。

 

「シャロン・イーリス大尉と申します。シトレ閣下」

 

 シトレは立ち上がった。

 

「よろしく頼む」

 

 シトレはそう言いながら、ふと思った。今まで聞いたことがない士官だが、いったいどこの出身なのか、と。

 



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第十二話 お食事会です

帝国暦479年9月17日――。

ノイエ・サンスーシ 居室

■ アンネローゼ・フォン・グリューネワルト

 今日は皇帝陛下からラインハルトとジークを呼んで良いというお許しをいただきました。でも、実際にはマグダレーナかドロデーアの家で会う形になってしまう。本当はあの家に帰って二人にお菓子を作ってあげたいのだけれど・・・・。いえ、駄目ね。過ぎた望みを持つのは諦めたのだから。

幼年学校にラインハルトとジークが入校してから三度目の再会になるわ。二人ともどんな風に成長しているのかしら。イルーナとアレーナがそれとなく二人を気遣っていてくれることが心強いわ。あの二人からはしょっちゅう手紙が来ます。それを読んでいると束の間今の身分を忘れ、あの頃に戻ることができるわ。あの二人、そしてジークがいなければラインハルトはどうなっていたかと思うと、今でも心穏やかではいられなくなります。

 マグダレーナ、ドロテーアを呼ばなくては。それと、イルーナ、アレーナも呼ぶことにしましょう。

 

ノイエ・サンスーシ 皇女居室

■ カロリーネ・フォン・ゴールデンバウム

 うん、よし、よ~し!!いい感じね!!おじいさまとバウムガルデン公爵にアタックした結果、例のアルフレート・ミハイル・フォン・バウムガルデンとシュタインメッツを取り込むことに成功したわ。例の何とかっていう司令官はおまけね。もっともアルフレートと会うのはこれから。アイツも転生者だとしたら、今後の展開次第で私の味方になるはず。もっとも敵になる可能性もあるけれどね。

 でも、対ラインハルトで協力できる気がしてます。

 

 いい感じになってきたんで、そろそろ本格的に改革に動こうかなぁと思ってるわ。グリンメルスハウゼンの取り込みには失敗したけれど、バウムガルデン公爵はブラウンシュヴァイクやリッテンハイム侯爵と並んでの権勢家だし、最近リヒテンラーデ侯爵もバウムガルデン家に接近していて、その関係で私とも口を利くようになったの。ま、リヒテンラーデ侯爵にしちゃぁ、皇帝陛下をないがしろにするブラウンシュヴァイクとリッテンハイムは目障りなんでしょ。後、宇宙艦隊司令長官と統帥本部総長もこっちに引きこんじゃえるから大丈夫よね。頑固爺の軍務尚書のマインホフじいさまには引退願って、エーレンベルクさんを持ってこようかな。

 

 バウムガルデン・リヒテンラーデ枢軸体制の裏で、私が操る、なんていうのがどうやら理想かも知れないわね。表に出てくるとたちまち暗殺されちゃうから注意しないとね。

 今日はアレーナがアンネローゼさんのお茶会に呼ばれたので、私の下にはいません。私の侍女なのだからアンネローゼさんにあまりべったりしないでほしいけれど、まぁ、スパイと思えばいいか。聞けばアレーナはアンネローゼさんとラインハルトと幼馴染だったんだそうなの。でも、アンネローゼさんがこっちにきてから付き合いはぷっつりとたたれたみたい。今回がしばらくぶりの再会ってわけ。ま、その方がこっちにはいいよね。

 色々向こうから無邪気に話してくれるので、こっちが聞く手間が省けて助かるわ。しばらくそのままで放っておこうっと。

 

 

バウムガルデン邸

■アルフレート・ミハイル・フォン・バウムガルデン

 あのエル・ファシル星域の戦い、そして軍法会議と続き、終わった途端俺は力尽きて寝込んでしまった。相当応えたんだと思う。だが、俺は助かったが、多くの将兵を死なせてしまったことには変わりはない。俺は・・・人殺しだ。

 そんな状態だったから、当分幼年学校には戻れそうになかった。それがもどかしい。父上はあんなところにはいかなくていいなんておっしゃるが、俺としては一日も早く鍛錬を積んで軍人になりたいと思っている。

 

 というのは、ラインハルトのことがあるからだ。俺は幼年学校でラインハルトに会った。向こうは俺に対して可もなく不可もなしという態度をとっていた。俺が貴族ぶらなかったからだと思う。だが、向こうは俺がバウムガルデン家のコネを利用してエル・ファシル星域の戦いに従卒として参加したことをいずれ知り、俺を卑しむだろう。確かに俺は貴族の立場を利用した。そのことでラインハルトに卑しまれたとしたら、もう取り返しがつかないんじゃないか?いや、まだわからないが。

 

 向こうはいずれ、俺たち貴族を滅ぼす気でいる。それは原作から明らかだ。だとすれば俺の取るべき道は、貴族を捨ててラインハルトにすり寄るか、奴を事前につぶしておくかどちらかだ。

 だが、それは父上、母上を捨てるということになる。貴族らしく権益に凝り固まっている二人だったが、俺に対する愛情は本物だった。子供の時、俺が高い熱を出したときには母上はつきっきりで看病してくれた。俺がクリケットや乗馬を習い始めると、父上は自ら俺に手本を示して、時には二人で遠乗りをしたものだ。あの時間は本当に楽しいものだった。二人とも俺を本当の子供のように接してくれた。俺は本来この世界にいてはならない転生者だというのに。

 

 どうする?俺はどうすればいいのだろう???

 

 近いうちになんとあのカロリーネ・フォン・ゴールデンバウム皇女殿下が俺とシュタインメッツをお呼びになるという。これには驚いた。聞けば軍事法廷で俺やシュタインメッツをかばい立てしたのもこの皇女殿下なのだという。お礼言上に行かなくちゃならないな。

 カロリーネ・フォン・ゴールデンバウムなんて原作にいたか?と思った時に、ふと思いついた。今回のエル・ファシル星域への一個艦隊の派遣は軍の上層部の決定ということになっているが、もしかするとカロリーネ皇女殿下の差し金なのか?あの皇女殿下も俺と同じ転生者なのか?そうだとしたら、お互いに色々と話し合うことができるかもしれない。

 結論を出すのはまだ早い。カロリーネ皇女殿下にお会いして、話し合ったところで決めてもいい。まだ早いのだ。まだ・・・・。

 

 

ノイエ・サンスーシ 自室

■ アレーナ・フォン・ランディール

 あのカロリーネ皇女殿下とアルフレート・ミハイル・フォン・バウムガルデンがいよいよ対面ね。これであの二人はどっちもお互いが転生者だということを知るわけね。グリンメルスハウゼン子爵閣下経由で聞いた情報だと、カロリーネ皇女殿下の方は、バウムガルデン公爵とリヒテンラーデ侯爵を取り込んで、バウムガルデン・リヒテンラーデ枢軸体制を作っていよいよ改革に乗り出そうとしているわけね。

 ところがどっこい、残念ながらそうはいかないんだな。あんたたちだけが転生者ならそうできたかもしれないけれど、なにしろこっちも転生者で親ラインハルト派なんだもの。色々と邪魔立てさせてもらうわ。

 さっきお茶会に行く前に、サビーネとエリザベート経由でブラウンシュヴァイクさんとリッテンハイムさんに情報流しちゃった。

 

 曰く――。

 

 カロリーネ皇女殿下は実は稀代の切れ者ですって。エル・ファシル星域に艦隊を配置させたのも、女子士官学校の設立に意欲的だったのも実は皇女殿下なんですって。後、バウムガルデンの坊やを許したのも、バウムガルデン・リヒテンラーデ枢軸体制を築いて、ブラウンシュヴァイクさん、リッテンハイムさんを締め出そうとしているからなんですって。

 

 これをきいたブラウンシュヴァイクさんとリッテンハイムさんの反応は言うまでもなかったわ。もう烈火烈火烈火のごとし。今に横やりが入るわよ~。はっはっは!!どうだ、ザマぁ見ろ!!チート共!!

 

 

 

 ブラウンシュヴァイク邸――。

 

 ここにブラウンシュヴァイク家始まって以来ともいうべき珍事が起こっていた。本来であれば政敵であるブラウンシュヴァイクの家に、リッテンハイム侯爵自らがお忍びで来ていたからである。これはアレーナの流した情報がサビーネ、エリザベート経由でもたらされたからに他ならないことは言うまでもない。

 

 ブラウンシュヴァイクは、その豪奢をこらした居間にリッテンハイム侯爵を招き入れた。もっとも、ブラウンシュヴァイクの方ではあまり豪奢すぎてかえってリッテンハイム侯爵に恥辱を与えてしまうことを考慮して、調度品を適当に減らしておいたのである。またリッテンハイム侯爵の方でも、必要以上にしゃちほこばったり、堅苦しい態度をとれば、かえってブラウンシュヴァイクに不快感を与えるのではないかと考慮し、フランクな態度で臨んできたのである。

 

 原作では犬猿の仲だった二人が手を組んだ。それほどバウムガルデン・リヒテンラーデ侯爵の枢軸体制の話は、二人にとって脅威だったのである。原作と違うところは、バウムガルデン・リヒテンラーデ侯爵、主にバウムガルデン公爵というわけであるが、その二人に味方する貴族たちも大勢いるため決してブラウンシュヴァイク・リッテンハイム枢軸も強大ではないということである。

 

 バウムガルデン公爵は皇帝から分家した、いわば帝室の血を引く家系であり、しかもその領地はブラウンシュヴァイク、リッテンハイムを凌ぐ広大さであったということも勢力図作成に一役買っている。

 

「うぬう!!なんたること!!あの軍事法廷での結論はどうも怪しいと思ったわ!!おのれ、帝国三長官をたぶらかし、国政を壟断しおってからに!!」

 

 ブラウンシュヴァイクが顔を赤くしながら息巻く。

 

「いや、帝国三長官すべてというわけではないぞ。軍務尚書マインホフ元帥は最後までバウムガルデンの息子の罪を鳴らしておったからな」

「儂らがあの場にいれば、あの小僧もただでは済まさなかったのだが!」

「仕方あるまい。過ぎたことを申してもな。それよりもだ、ブラウンシュヴァイク。今後儂らはどう動くべきか、それを協議しようではないか」

「うむ」

 

 うなずいたブラウンシュヴァイク公爵はリッテンハイム侯爵のグラスに、そして自分のグラスにもワインを注いだ。これは410年物のワインであり、ブラウンシュヴァイク家のコレクションの一つであるが、リッテンハイムの機嫌を取るためならばと特別に封を切らせたものである。また、リッテンハイム侯爵のほうも、わざわざ領地でとれた極上の鳥をローストさせたものや年代物のチーズなどを持参してきていた。アルコール交じりでの会議や討論は昔から貴族の政治手段として知られてきている。

 

「まずはさしあたって、あのカロリーネ皇女殿下にはご退場願うこととしよう。カロリーネ皇女殿下がいなくなれば、フリードリヒ4世など元の傀儡皇帝に成り下がるではないか。その後ろ盾を失った宇宙艦隊司令長官、統帥本部総長、そしてリヒテンラーデ侯爵等はいつでもつぶすことができる」

「して、その方法は?」

 

 ブラウンシュヴァイク公爵の問いかけに、リッテンハイム侯爵は無言で自分のグラスに何かを注ぐ真似をした。その唇の端に冷笑がうかぶ。ブラウンシュヴァイクも笑いを浮かべた。

 

「なるほど。代々の皇帝の血筋は常に暗殺に彩られてきた。カロリーネ皇女殿下お一人がその因果から逃げおおせられるわけはないからな」

「そういうことだ」

「だが、暗殺に失敗した場合には?」

「その時には、生きながらもっとも恥ずべき立場に追い込むこととする」

「それは?・・・いや待て。儂も今考えが浮かんだぞ。卿、こちらへ」

 

 ブラウンシュヴァイクがひそひそと耳打ちすると、リッテンハイム侯爵ははたと膝を打った。

 

「そのとおりじゃ。ブラウンシュヴァイク公。儂もそれを考えておった」

「では、それらを効果的に進めるとしようか。具体的な案は家臣どもを呼んで打ち合わせるとしようか。ただし、信頼できる者だけを、な」

「むろんのことだ」

 

 二人の哄笑が部屋に満ちた。

 

 

 

 

 ヴェストパーレ男爵夫人邸――

 

 皇帝陛下のお許しを得て、アンネローゼはラインハルトと久方ぶりに会うことができた。当然その席には、ジークフリード・キルヒアイス、そしてイルーナ・フォン・ヴァンクラフトとアレーナ・フォン・ランディールが幼馴染としてきており、そしてヴェストパーレ男爵夫人、ドロデーア・フォン・シュヴァイヴァルも席をつらねていた。ドロデーア、後のシャフハウゼン子爵夫人が夫のシャフハウゼン子爵と結婚するのは、もう少し後の事である。今のドロデーアは一介の侍女として宮中に仕える身であり、そこからアンネローゼと親しくなったのだ。

 居間に入ってきた弟を見るなり、アンネローゼは胸が一杯になってしまった。しばらく見ない間に弟は成長していたが、それでも目の輝きは昔のままだったのだ。

 

「ラインハルト・・・・」

「姉上!!」

 

 今にもすがりつかんばかりのラインハルトだったが、そこはぐっとこらえていた。イルーナ、アレーナに散々我慢我慢と言われ続けて来たラインハルトは、原作のような短気を見せることは少なくなっていた。だが、それでも彼を纏う覇気はいささかも衰えることはなく、むしろ我慢を忍耐という美徳に昇華させることによって視野が広くなり、様々な経験を積むようになってきていた。

 

「あぁ・・・よく来てくれましたね。そしてジーク、アレーナ、イルーナ。あなたたちも本当にありがとう。ラインハルトに、弟についていてくれて・・・・」

「アンネローゼ様・・・・」

 

 キルヒアイスもそれ以上何も言うことができないらしく、ただ彼の青い瞳をゆらめかしただけだった。

 

「アンネローゼ様、ご息災のようで何よりです。ご心中はともかくね」

「アレーナ!」

 

 イルーナが鋭くたしなめた。それを見たヴェストパーレ男爵夫人が快活そうに笑った。

 

「大丈夫よ。ここには盗聴器も、私たちの会話を聞こうという無粋な男もいないわ。安心してちょうだい」

 

 若干17歳にしてヴェストパーレ男爵夫人となっていたマグダレーナの胆力は既にこのころから発芽していたと言っていい。だからこそアンネローゼ・フォン・グリューネワルトの親友になれたのだが。

 

「とにかくよく来てくれました。どうぞ、お座りになって。今お茶とお菓子を持ってきます」

「ホント?!やったわ!!あ~私はもうお腹すきすぎてたまらないもの!!」

「アレーナ、あなたお昼を食べてこなかったの?」

「だって、せっかくのアンネローゼの手作りのお菓子が食べられるんだもの。お腹明けとかないと損じゃない?」

「まったく・・・・」

 

 イルーナはアレーナをあきれ顔で見た。そうはいっても本心では何を考えているのかわからないのがアレーナだ。前世でも散々翻弄されてきたが、そうはいっても今は味方同士。お互い気心は知れているのだからこれほど心強いことはない。

 

「イルーナ姉さんもアレーナ姉さんも相変わらずのご息災のようですね」

「あら、ラインハルト、あなたもよ。最近とても背が伸びたんじゃない?キルヒアイスはもっと背が伸びたんじゃないかな」

 

 と、アレーナ。それにイルーナもうなずいている。そこにアンネローゼがお茶とお菓子をもって戻ってきた。何の話をしているのかと尋ねる姉に、背の話をしていましたとラインハルトは答える。

 

「キルヒアイスは私よりもよく食べますから、そのせいでしょう。それとも私の様に斜に構えるところがないせいかもしれません」

「ラインハルト様!」

「ははは、冗談だ。怒るなキルヒアイス」

「もう!ラインハルト。ジークをからかわないでと言っているでしょう?ごめんなさいね、ジーク」

「いえ」

 

 キルヒアイスが顔を赤くして口ごもる。それを見たラインハルトも、そしてアンネローゼも笑っていた。こうしてみるととてもなごやかな雰囲気だが、その心中はいかばかりかとアレーナ、イルーナの二人は胸を痛めた。何しろ、姉とこうしてあえていても、結局はそれも形ばかり。姉は皇帝の寵姫、どぎつい表現をすれば、いわゆる「私物化」されてしまっている。自由に会うことすらままならないのだ

 

「ところでラインハルト、あなたは幼年学校を卒業したら、次は士官学校に進むつもり?」

 

 ヴェストパーレ男爵夫人が尋ねた。

 

「いえ、幼年学校を卒業したら、すぐに戦場に出たいと思っております。キルヒアイスもです」

「まぁ!それはよろしくて?アンネローゼ」

「私には・・・戦いのことはよくわかりませんから。ただ、ラインハルト、ジーク、あまり無茶をしないでほしいの」

「ご心配いりません、アンネローゼ様」

 

 キルヒアイスが応える。

 

「そう・・・・」

 

 アンネローゼは心持目を伏せる。二人が何のために戦場に出ようとしているのか、聡明な彼女にはわかりすぎるほどわかっていた。だからと言って止められなかったのは、止めようとしてもそれだけは彼らは聞こうとしないということを十分承知していたからである。

 

「ご心配なく。及ばずながら私もイルーナもそばで見ていますから。特にイルーナは女性士官学校に在籍しています。そのうち戦場に出てラインハルトの補佐をするかもしれませんよ」

 

 と、アレーナが言う。それを聞いたラインハルトとキルヒアイスが目を細めた。内に秘めた感情を吐露するのを恐れているというように。

 

「女性士官学校はどんなところですの?」

 

 ドロデーアが興味深そうに聞いた。イルーナがざっと説明をする。

 女性士官学校は設立されて間もないが、とても良い指導をし、なおかつ学費がタダ、おまけに食事も充実しており、特に週一回は必ずデザートバイキングが付く。もちろんカロリーは低カロリーであるが、一流の料理人が作っているからほとんど遜色ない味に仕上がっている。内部にはスパもあり、エステサロンもあるなど、充実している。(これらはランディール侯爵家やマインホフ元帥、そしてグリンメルスハウゼン子爵閣下らからの篤志金で賄われている。)もちろん軍人の学校なのだから訓練などの学科はとても厳しいのだが、入校者には「支度金」名目で皇帝陛下から家族に一時金を支給する、かつ成績優秀な者には「給付金」が支給されるということもあって、やめていく者はほとんどいないのだ。

 

 これらの骨子は表向きはマインホフ元帥の肝いりで設立したことになっているが、その実ほとんどがアレーナが考案したものである。

 

 それを聞いたラインハルトが目を見開いた。

 

「キルヒアイス聞いたか?俺たちの学校の食事など、量はともかく味はとても満足なものだと言えないというのにな」

「そうおっしゃいますな、校長はそれを聞くと必ずこういいますから。『栄養価は充分に考慮して居る。軍務をもって国家に奉仕しようと志す者が、美食を求め味に不満を漏らすなど、惰弱の極みである!』と」

 

 あまりにそのもの真似が真に迫っているので、皆がおかしそうに笑った。

 

「だが、それで在校中はともかく、戦場に出たら、一兵卒と同じ、特別扱いはさせてもらえないはずだ。その辺を考慮してあるのか?」

「充実していると言っても、豪勢な美食というものではないわ。ただ、味には気を遣う風にしているの。それに、スパやエステサロンは常時使用できるというものではなく、ほんの時たまよ。あまり慣れすぎて戦場とかい離した環境だと後々苦労するからね。でも、最初だからそういうもので吊り上げないと、人が集まらないのよ」

 

 アレーナがそう言った。

 

「なぜ、アレーナ姉さんがそれを?・・・・なるほど、マインホフ元帥は確かアレーナ姉さんの親戚筋でしたね。大方姉さんが仕込んだことでしょう」

「ばれちゃったか。さすがはラインハルトね。でも内緒ね。これも――」

 

 アレーナがウィンクしたので、ラインハルト、そしてキルヒアイスもそれ以上その話題を出すのをやめた。ウィンク一つで気持ちが察せられるほどお互いは気心が知れていたのだ。

 それからあとはひとしきりヴェストパーレ男爵夫人の最近の芸術談話が話を占めた。しまいにはラインハルトがげっぷを出そうなうんざりした顔つきになってしまい、それをみたイルーナが「ラインハルト、我慢よ」と言ったので、皆がおかしそうに笑った。

 

■ アンネローゼ・フォン・グリューネワルト

 お茶会はとてもなごやかだったわ。私も久々に皆と会うことができて良かった。帰り際は二人とも心なしか硬い表情だったけれど、どうか心配しないで。私は大丈夫だから。

 



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第十三話 独りではなにもできません

帝国暦479年11月27日――

 

ノイエ・サンスーシ

■ アルフレート・ミハイル・フォン・バウムガルデン

 カロリーネ皇女殿下に拝謁が決まったのは、だいぶ時が過ぎてからだった。俺の体調が思ったほど元に戻らず、ずっと帝都の邸宅内で静養していたというのが主な原因だ。皇女殿下もそれを聞くと、無理にとは言わず、俺の回復を待っていたようだ。恐縮である。

 さて、ノイエ・サンスーシはやはり聞きしに勝る壮麗さだった。まるで十八世紀のフランス王朝のような華やかさだ。いたるところに貴族、軍人、そして貴婦人が闊歩し、庭園、回廊、豪奢な部屋で話に花を咲かせている。俺が皇女殿下の侍従武官に案内される間、ずっと周りの視線が刺さるようで痛かった。

 

「そう硬くならずともよろしいです。周りの者の視線など気にしていたらきりがありません。堂々と振る舞いなさい」

 

 そう言ったのは随行のシュタインメッツではなく、先導していたファーレンハイトだった。俺が貴族ぶらない人柄だと知った時から、ものおじせず意見してくるようになった。さすがは剛直さで鳴らしたファーレンハイトだ。OVAで既に見ていたが、こうして実物を見ると、やはり実物の方が稀代の名将のオーラが出ている。この人こそ武人だろう。

 

 シュタインメッツのほうもファーレンハイトと打ち解けたようでほっとしている。まだどうなるかわからないが、願わくはファーレンハイトとシュタインメッツを双璧の様に遇したいものだ。

 

 そうこうするうちに皇女殿下の居室の前に着いた。ファーレンハイトがノックをし、中から返事が聞こえる。通されたのは、白を基調とした調度の居間だった。大理石の暖炉の中のマキがパチパチと暖かそうにはぜている。その前に向かい合わせの様に白いソファがしつらえてあった。床は板張りだがほんのりと暖かい。きっとセントラルヒーティングがあるからだろう。だったら暖炉など必要ないのではないかと思ったが、そこは帝国、旧いものが良いとされている風潮なのだからだろう。

 扉を開けてくれた侍女は、皇女様をお呼びいたします、と一礼し下がっていった。

 俺たちが立っていると、奥の扉が開き、愛くるしい茶色の髪を後ろでまとめ渦を巻いて左肩にたらした美貌の少女が入ってきた。大きな茶色の瞳には知的な聡明さと、いたずらっぽそうなかがやき、そして、気の強さが渦巻いていた。

 これが・・・カロリーネ皇女殿下、そして、転生者かもしれない、人なのか・・・・。

 

 

 

■ カロリーネ・フォン・ゴールデンバウム

 部屋に入ると、3人の人間がたってる。ま、ファーレンハイトは私の武官だし、シュタインメッツはすぐにわかるわ。やっぱり実物の方が武人っぽいよね。がっしりした体つきよ。グレーチェンと結ばれずに戦死したのはさぞ残念だったでしょうね・・・。

 そして、間に挟まれているようにたってるワインレッドの髪、白面の顔、うん、美形には違いないけれど、ちょっと頼りないかなぁ。でも、この子が転生者かもしれないかもなアルフレート・ミハイル・フォン・バウムガルデンなのね。ふうん、素直そうじゃない。そしてひたむきそうな感じ?

 

「ファーレンハイト、苦労を掛けた。アルフレート・ミハイル・フォン・バウムガルデンよくぞきたのう。さ、そこにかけてたもれ」

 

 あ~しんどい。早くこんなしゃべり方は卒業したい。あ、そうだ。ちょっと人払いをしないとね。私が顔を向けると、理解した侍女たちが一礼して退出。うん、空気は読みましょう。それでよし。あ、駄目駄目!シュタインメッツとファーレンハイトは居残りね。

 

「ファーレンハイト、シュタインメッツ、そちらは残ってたもれ」

 

 顔を見合わせた二人。ま、いいじゃないの。残って話を聞いてくれないと進まないのよね。

 遠慮する三人を強引に座らせ、さらに私が強引にお茶を入れて振る舞ったので、3人ともすっかり恐縮してる。まぁ、そうなのよね。お茶を入れるなんて前世では私は日常茶飯事だったもの。

 

「アルフレート・ミハイル・フォン・バウムガルデン」

「はっ!」

 

 お~緊張してます。緊張してます。おかしい。でもそんなに緊張しなくてもいいのに。

 

「この度の事、さぞ気落ちしていると思うが、決してそちだけの責任ではない。作戦を決定しそれを実行するのはあくまでも司令官じゃ。上司たるもの部下の動きについて責任を取るために存在するのだからの」

「ですが・・・私の策のせいで・・・・」

「バカ者。そちの策は的を得ていたとファーレンハイトらから聞いた。敵が見事すぎたのじゃ。それにそちはまだ幼年学校生と聞く。にもかかわらず敵の動きを読んで見せたその戦術眼は見事じゃ」

「いえ、皇女殿下。結果として敵に裏をかかれてしまったからには策など何の意味もありません。ですが・・・・」

「ん?」

「ご無礼をお許しください。この失敗はわたくしは決して忘れることはありません。将来軍属になり、少しでも多くの兵を救うための糧としたく思います」

 

 ほ~~!!!そういったか!!なるほどね、ここでウジウジウジウジウジウジウジウジずうっとしていたら蹴り飛ばそうかと思ったけれど、そんな必要なかったわけね。うん、いいんじゃない?!精進は大切よ。

 

「シュタインメッツ」

「はっ!!」

「妾が申すのもどうかと思うが、どうかアルフレート・ミハイル・フォン・バウムガルデンを助けてやってほしい。アルフレートもそちを頼りにしていよう」

 

 皇女殿下御自ら声をかけられて、シュタインメッツ感動してます。な~んて第三者がみたらそういうほどシュタインメッツ、赤くなってる。そうね、あなたにはラインハルト派ではなく反ラインハルト派、つまり私たちの方についていてほしいからね。

 

「ありがたきお言葉、このシュタインメッツ、肝に銘じておきましょう」

「うむ。頼むぞ」

「はっ!」

 

 恐縮して一礼するシュタインメッツに代わり、アルフレートが私に質問してきた。

 

「皇女殿下。ご無礼をお許しください。いささか伺いたいことがあるのですが」

「よいぞ」

「今回の戦いに一個艦隊が差し向けられましたが、この発案、皇女殿下だということを耳にしました。失礼ながらそのような戦略眼、どのようにお気づきになったのでしょうか?」

「妾にはファーレンハイトがおるでの。よく戦いの話を折に触れてきく。特に妾はイゼルローン要塞が好きでの。あのあたりのことはよく地図などで見て知っておるのじゃ」

 

 嘘ばっかり。本当は原作知識があるからなのだけれどね。でも、地図見たってのはほんとよ。だって原作だとそれぞれの星域が実際どこら辺にあるのかなんてわかんないんだも~ん!!アルフレートはちょっと首をかしげていた。たぶん納得はしてなかったんじゃないかな。

 

「アルフレート、シュタインメッツ」

『はっ!!』

「どうかこれからも妾を気軽に訪ねてくるが良いぞ。何なりと力になろう」

『ありがたき幸せ』

「うむ」

 

 さ~てと、こっからが本番よね。

 

 

■ アルフレート・ミハイル・フォン・バウムガルデン

 皇女殿下が思った以上に気さくな方なので、びっくりした。まぁ、何とかなったかなと思い、ほっとしながら退出しようとした瞬間、声がかかった。

 

「そうじゃ、アルフレート。この機会じゃ。妾が記念の品を下賜したいと思う。すまぬが残ってくれぬか?」

 

 それを聞いたシュタインメッツ、そしてファーレンハイトは席を外した。どういうことだ?俺に記念品?何かあるのか?

 俺が不安そうな顔立ちをしていたらしい。皇女殿下が悪戯っぽく笑って、また席をすすめてきた。断ることも出来ず、俺は腰かける。まったく、年下の少女なのだぞ。もっとしっかりしろ、アルフレート・ミハイル・フォン・バウムガルデン。

 

「そう硬くなるな。なにたいした話ではない。まずは茶を飲んで落ち着くが良いぞ」

 

 そうだな、非礼かもしれんがそうさせてもらおう。俺はカップに唇を付けた。

 

 

「さて、転生者さん。ご気分いかが?」

 

 

 ブ~~~~ッ!!とお茶を盛大に吹き出してしまった。それどころか逆流したお茶が鼻に入って痛いのなんの。だが、それ以上に驚いた。どうして皇女殿下がタメ語!?どうして皇女殿下が俺の正体を!?!?

 

「あははは!!ごめんごめん、おどろかせてしまって。はいこれで拭いて落ち着いてね」

 

 俺は皇女殿下が差し出した柔らかいハンカチで顔を拭き、鼻をかんだ。この際なので非礼云々は言ってられない。

 

「し、失礼いたしました。ですが皇女殿下、今の話は・・・・・」

「あら、違ったの?」

 

 俺は一瞬迷った。元々ここに来たのは皇女殿下が転生者かどうかを確かめることにある。だとすればこの機会だ。ごまかさずに一気に聞いてしまった方がいいというものだ。

 

「いいえ、そうです。そしてそれを知っているということは皇女殿下もまた転生者であらせられるのですね?」

「敬語はいいわよ。あ~でもあれか、前世の年齢によっては敬語かどうか決まるか。あなたいくつだったの?何してたの?」

 

 俺が22歳の学生だということを話すと、皇女殿下はおかしそうに笑った。

 

「勝った~!!私27歳のOLだもの。この世界じゃあなたが年上だけれど、私の方が一応年上なのね。だったら私の方はタメ語で構わないよね?」

 

 むろんだ。というか前世でも現世でも俺がタメ語ではなせるわけがないじゃないか。

 

「さて、時間がないから本題に入るわね。私たちは今の立場上原作からいけばラインハルトに滅ぼされてしまう運命にあるわ。私は皇族、あなたは貴族なのだから」

 

 順当にいけばそのとおりだ。まぁ、貴族の中でも生き残った開明派はいるが、俺の家は大貴族だ。そうはいかないだろうが、最も俺が家名を捨てれば話は別だ。

 

「その通りです」

 

 俺はそう答えるにとどめた。

 

「でしょ?だとすると二人で手を組んで、ラインハルトを滅ぼしてしまったほうがいいと思うのよね」

 

 やはりそうなるか、しかし本当にできるのだろうか?俺の疑問符を読み取った皇女殿下が応える。

 

「できるわよ、なんてったってこっちには原作知識あるもの。それが二人もそろってるんだから勝てないわけないじゃない。それにシュタインメッツやファーレンハイトは既にこっちに収めたわけだし」

 

 一流の武人が名品扱いか。ちょっとかわいそうだな。

 

「どう?」

「少し考えさせてもらえませんか?まだラインハルトもこの世界で貴族を滅ぼすと決まったわけではないですし、私たちが生まれたことで原作からかい離する可能性だってあるわけですし・・・・」

「人の性格はそんなに簡単に矯正できないわよ。幼いころから仕込まれない限りはね」

 

 皇女殿下が一転、冷たい声で言う。

 

「今この場で決めて。もっともあなたが断るのなら、私は私の身を守るだけよ」

 

 そうか、一転して俺の罪を鳴らすか、それともバウムガルデン家もろとも俺を殺すか、それとも・・・・。皇女殿下はここまで腹を割ったのだ。皇女殿下が転生者だと俺が知っていれば後々俺自身ある意味やりやすくなるし、俺がラインハルト陣営に入ってしまえば、そのことを暴露して注意喚起もできる。色々な波紋があるだろう。それを阻止するために俺を殺そうというのか・・・・。

 

「お願い」

 

 不意に両肩をつかまれていた。驚いて顔を上げると、皇女殿下がすぐ近くに立っている。顔は見えない。うなだれている。はらりと前髪が顔にかぶさっていて表情は見えない。けれど・・・・。

 

「お願い・・・・・・。私を助けて。私は・・・・この世界でたった独り。大好きだったパパもママもいない。独りじゃ何もできない・・・・」

「皇女殿下・・・・」

「お願い・・・・」

 

 乾ききった声だったが、悲しみが渦を巻いていた。そういえば、この皇女殿下は早くから母親を亡くし、ずっと一人ぼっちで育てられたと聞いている。いや、そもそもそれ以前に前世から訳の分からないままここに飛ばされてきたんだ。俺もそうだが。頼れるのは原作知識。それだけを武器に貴族、ラインハルト、ひいては自由惑星同盟と渡り合わなくてはならない。そうだ、一般人の俺たちなど、英雄なんかじゃない。独りでは何もできはしない・・・。

 

「わかりました」

 

 そう言った瞬間俺は覚悟を決めた。この皇女殿下と運命を共にすることを。

 

「及ばずながらこのアルフレート・ミハイル・フォン・バウムガルデン、皇女殿下のお力になります」

 

 俺は静かにそう言った。

 

「アルフレート・・・・・。ありがとう・・・・・」

 

 皇女殿下が俺の手を取った。涙が両頬を伝っていた。

 

ノイエ・サンスーシ 居間前 

■ アレーナ・フォン・ランディール

 のぞき見は趣味じゃないけれど、でも今がチャンスなのよね。誰も周りにいないし。

 

 それにしても、チッ。ついに二人が手を組んだか。一般人の二人が生き残るのに必死だってわけか。

でもね、一つ重要なことを忘れているわよ。あなたたちが生き残りたいのと同じくらいにラインハルトだって生き残りたいはずなのだから。

 悪いけれど、あなたたちがラインハルトを狙う限り、私たちは全力であなたたちを叩き潰すわよ。英雄を殺そうということはそれくらいのリスクは負うことになるのよ。それ、わかってるんでしょうね?

 

 

 

 自由惑星同盟領 レディナント星域――

 

 本星域はエルファシル星域より50光年ほどハイネセン方面に離れたところにある軍管轄の訓練宙域である。大艦隊が展開しやすい宙域から、アステロイドベルトがあって操艦しにくい宙域、さらには恒星風が吹き荒れて電子機器に影響を与える宙域など、様々な場所が存在し、ありとあらゆる艦隊訓練ができる場所として有名である。そのため、各艦隊は必ずと言っていいほどここに集結して訓練を行う。

 シドニー・シトレの第8艦隊も先月からここに集結して訓練を行ってきた。各員の練度は最初は寄せ集めというだけあってバラバラだったが、副官として赴任してきたシャロン・イーリス大尉の訓練プログラムを採用した結果、見る見るうちに練度は上昇し、精鋭艦隊とそん色ないくらいにまで成長した。また、シトレ自らも先頭に立ち、大いに腕を振るったので、士気も旺盛になっていった。

 今日も猛訓練を終えて、シトレがようやく自室に引き取ったところ、ドアがノックされた。

 

「失礼します」

「入り給え」

 

 ドアが開けられ、シャロン・イーリス大尉が立っていた。きちっとした軍服を着こなしている。とても20時間連続で訓練に当たっていたとは思えない。

 

「統合作戦本部から電文が入りました。『貴官ノ訓練ノ成果、甚大ナリ。益々励ムベシ』と」

 

 この電文が来たということは、すなわち統合作戦本部からエル・ファシル星域の奪還命令が来たということである。

 

「そうか、いよいよか。イーリス大尉、エル・ファシル星域の敵の配置、動向は逐一把握できているかな?」

「むろんです」

 

 シャロンは微笑を浮かべた。

 

「敵艦隊の総数は7000隻ですが、辺境の非正規艦隊です。当初1万5000隻ほどいた艦艇も、私たちが動く気配を見せないことに慢心したのでしょう、少しずつ本国に引き上げたようです」

 

 もっとも、エル・ファシル星域帝国側回廊付近には非正規艦隊ながらなお1万隻が待機していますが、とシャロンは口を出した。

 帝国軍には正規艦隊と非正規艦隊とがある。正規艦隊はその名のとおり帝国軍そのものである。非正規艦隊は辺境防衛地方軍、貴族の私兵等いわゆる雑多な編成が多く、練度は当然正規艦隊に劣る。だが、非正規艦隊でも回廊に近い辺境部隊は絶えず同盟などと小競り合いを行っているため、決して侮れない練度でもあるが。

 

「フッ、敵も存外短慮だな。だが、その短慮が命取りになるのだ」

「増援艦隊を待機させているので、そう簡単には失陥しないのだと思っているのでしょう」

「そこが付け目なのだ。敵の旗艦の配置はわかっているかな?」

 

 これです、とシャロンは端末からリアル3D配置図を浮き上がらせてシトレに示した。そこには驚くべき詳細さで配置が書き込まれている。

 

「これは誰の情報なのだ?」

「私です」

「何?しかし貴官は――」

「訓練の合間に、数度エル・ファシル星域に単独潜行をおこない、情報を集めてきました。」

「まさか、貴官の病気は――」

 

 シトレにシャロンはそっと指を一本立てて黙らせた。上級指揮官に対する礼としてはあるまじきことだが、シャロンの非凡さに気がついていたシトレは黙り込んだ。

 訓練中、シャロンは時折頭痛がすると言い、業務を休むことがしばしばあった。それはこのためだったのだ。そのため彼女の評判はあまり芳しいものではなかった。シトレ自身もそう思わないでもなかったが、ブラッドレー大将自らが推薦してきた女性なのだ。何かあるに違いないと思い、何も言わずに放っておいた。

 その結果がこれだ。平素の副官の任務の他にそれまでもこなしていたのかとシトレは頭が下がる思いだった。

 

「お許しください。敵を欺くにはまず味方からと申します」

「いや、私こそ日頃の言動を詫びよう。すまなかった。貴官には苦労をさせっぱなしだったな」

 

 シャロンは微笑を浮かべた。

 

「いいえ、お気遣いなく。その言葉だけで充分すぎます。それにまだエル・ファシル星域を奪還できたわけではありませんので」

「その通りだな。では、全艦隊に伝達してくれ。今から丸一日休養を取ってもらうと。その後は別の宙域に移動して最終訓練を行うと。なお、本作戦の真の意図は移動直前に各隊に伝えることとする。それでいいな?」

「はい」

「君も疲れただろう。少し休みたまえ。あれだけの激務だ。今度は本当に頭痛がするだろうからな」

「ええ、ではお言葉に甘えて、失礼いたします」

 

 シャロンが一礼して下がった後、シトレは軍服の襟元をゆるめ、持ってきたブランデーを戸棚から取り出し、次いで、ぐっと飲みほした。二杯目をついで、ソファによりかかる。

 

「さて、ここからが本番だ。どうなることか・・・・」

 

 シトレの脳裏には早くも敵艦隊との遭遇戦のありとあらゆる想定が動き始めていた。

 

 



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第十四話 リベンジ戦は燃えます

帝国暦479年11月23日――。

 

惑星ハイネセン 宇宙港

 惑星エコニアの捕虜収容所事件に巻き込まれ、なんだかんだといざこざを片付けてヤン・ウェンリーとパトリチェフが惑星ハイネセンに着いたのは、11月23日の事だった。この後軍の人事局に行くというパトリチェフとはここでお別れになった。ヤンの方はいったん待命ということで官舎で待機するように事前に通達があったのだ。パトリチェフがすぐ呼ばれたところをみると、彼の方はまた新たな任地に旅立つことになるのだろう。

 

「それでは、少佐。小官はここで失礼いたします」

「あぁ。ここまでいろいろとありがとう。パトリチェフ大尉」

「なんの。ご一緒できて良かったですよ、ヤン少佐」

 

 巨体のパトリチェフが手を差し出した。そっと握られた手から温かみが伝わってくる。優しい手なんだなとヤンはふとそんなことを考え、力を込めた。二人はがっしりと握手した。

 

「また、ご一緒に仕事ができればうれしいですな」

 

 大尉の言葉に、ヤンはあぁとうなずく。ヤンとしてもあれこれと世話を焼いてくれたパトリチェフの存在は頼もしかったし、エコニアに赴任して独りだった自分に気さくに話しかけてくれたことに好感を抱いていた。もっともヤンとしては放っておかれたとしても好きな歴史研究ができるからとそれをも受け入れたのかもしれないが。

 

 パトリチェフの大きな後姿を見送り、さていくかとヤンが荷物を担ぎ上げた時だ。

 

「ヤン先輩!!」

 

 駆け寄ってきたのは、士官学校生徒の制服を着たアッテンボローだった。

 

「アッテンボローじゃないか。迎えに来てくれたのか?」

「キャゼルヌ先輩の命令で。私がサボったらあとで先輩にどやされますからね。さ、どうぞ。迎えの車をまたしてあります」

「そいつは助かるな」

 

 アッテンボローはヤンのスーツケースを取り上げると、すたすたと歩いていった。その後を追ってヤンも残りの荷物をもって歩き出した。

 

 帰ってきたな、とヤンは思う。惑星エコニアにいたのはわずかに1か月足らず。そしてまたハイネセンに戻ってきた。エル・ファシル星域での脱出行からここまであわただしかったが、当面は穏やかな日々を送りたいとのヤンの心からなる願いであった。

 

 

 

 

 

帝国歴479年11月28日――。

 

 自由惑星同盟領 レディナント星域――

 

 シドニー・シトレ中将は第八艦隊の戦列展開を終えた時点で、各隊の指揮官を召集し、初めて今回の作戦の目的を打ち明けた。その予想外の目的に一斉にどよめきが上がる。だが、シトレが続けた言葉に一同は大きくうなずいていた。

 

「エル・ファシル星域には300万の自由惑星同盟の市民が住んでいた。それがヤン・ウェンリー少佐、そしてリンチ司令官のおかげでことごとく脱出できたとはいえ、彼らは未だ望郷の念にあるのだ。一日も早く故郷の土を踏ませることこそ、我が自由惑星同盟宇宙艦隊の仕事だと私は思う」

「わかりました。では、どのように作戦をすすめるおつもりですか?」

 

 そう質問したのは、ラルフ・カールセン准将だった。士官学校に行けずにたたき上げでここまできた壮年の将官だった。粘り強い戦いをし、前の第八艦隊において、弱小とののしられた部隊の中で孤軍奮闘し、生き残ってきた一人である。シトレはそういうカールセン准将の人柄を評価し、引き続いて第八艦隊の分艦隊指揮官として任命していた。

 

「イーリス大尉。例のものを」

「はい」

 

 傍らに控えていたシャロンがディスプレイ上に敵艦隊とエル・ファシル星域の地図を表示させる。

 

「我々の目的は、敵の総旗艦を轟沈させ、指揮系統を混乱させることにある。敵は正規艦隊ではない。したがってその指揮系統も司令官頼みだというところがある。司令官旗艦さえ轟沈させてしまえば、混乱する敵艦隊等物の数ではない。これが基本方針だと思ってくれ」

「なるほど。して、その旗艦は特定できているのですかな?」

「はい。これです」

 

 シャロンがディスプレイを操作して、それを示した。一点だけ赤く光るのが敵の司令官旗艦というわけだ。

 

「我々はエル・ファシル星域の至近距離にワープアウトし、ひた走りに敵の艦隊の中枢を突く。ただし、カールセン、ニンメルの両准将の部隊は側面展開を行ってほしい。これで敵に包囲されたと錯覚させる。すべては一瞬のことだ。敵も翻弄されるだろう。そのすきに私自らが主力を率いて敵司令官旗艦に強襲、これを撃破する」

 

 ニンメル准将は第八艦隊分艦隊の中でカールセン同様生き残った准将である。これといって突出した能力の持ち主ではないが、命じられたことを自分の裁量で着実にこなす姿勢をシトレは評価していた。

シトレ自らが示した作戦シミュレーションを見た指揮官たちからいっせいにどよめきが起こった。

 

「何か質問はあるか?ないな。・・・・では、作戦を決行する。諸君らの奮闘を祈る」

 

 一斉に敬礼して出ていく指揮官たちを、シトレは見送った。残ったのはシャロンだけだ。

 

「イーリス大尉、本国からは何と言ってきた?」

「民間人を仮屋住まいにしていたのは、このときのためだったのですね。すでにハイネセンを第3艦隊の護衛で出立したとの連絡が入っています。表向きはエル・ファシル星域に近い星域に居住区域を設けたとの発表ですが、実際本部長閣下の中では、エル・ファシルの奪還は織り込み済みだということでしょう」

 

 シトレは苦笑し、本部長閣下らしいとつぶやいた。

 

「しかし、民間人はよく承知したものだ。エル・ファシル星域からハイネセンまで一か月、仮住まいになれる間もなく、またエル・ファシルに逆戻りだというのに」

 

 慌ただしい動きだが、彼らにしてみれば一刻も早くエル・ファシルに戻りたいとのことなのだろう。無理でも、一歩でも近い星域で暮らしたいと願うのは自然なことなのかもしれない。

 

「だが、問題は、エル・ファシルそのものの状態がどうなのか、だが・・・・」

 

 シトレが口を濁らせた。何しろ帝国のことだから、軍規は多少あるかもしれないが、勝利者の宿命、略奪、放火、破壊などは行っているだろう。それを元通りに戻せるまでどれくらい時間がかかるだろうか。だが、それを考慮に入れても、いや、だからこそ、彼らは戻りたいのだろう。自分たちの故郷に。

 

「この戦い、負けるわけにはいかないな」

 

 シトレの言葉に、シャロンは微笑を浮かべた。ふと、シトレは気になった。彼女の微笑は一見優美なものだが、その実何か秘めている思いがあるのではないか、と。それは単なる権力志向なのか、それとも――。

 

 

エル・ファシル星域――。

 けたたましい警報が展開していた帝国軍艦隊に鳴り響いた。いや、展開しているとはいっても単に停泊陣形に並んでいるだけであり、戦闘用の体形ではない。

 

「じょじょじょじょ、状況は、どどどどうなっている?!ななななにがおこったんだ!?」

 

 昼寝から起きだしてきた司令官が転がるようにして旗艦艦橋に飛び込んできた。軍服は乱れ、髪はぐしゃぐしゃ、もっとも半ば剥げているから、寝癖のようなものはないが。

 司令官はエルワルド・フォン・ツィーテン中将。あの第二次ティアマト会戦で全軍を指揮したツィーテン元帥の子孫である。だが、先祖の栄光に麻痺されたため、本人はそれほどの能力はなく、辺境艦隊の一中将という地位を漂っていた。

 

「敵襲です。三方向から包囲せんとうごいています」

 

 参謀長が報告する。

 

「包囲だと!?何をしておる!さっさと艦隊を戦闘隊形に動かせんか!?バカ者どもが!!」

 

 こんな時に昼寝してたオメェに言われたくねえよと参謀長はむっつりした顔をしたが、今は喧嘩している場合ではない。すぐに指令を発し始めた。

 

「ししし司令官!!!」

 

 オペレーターが驚愕の叫び声を上げる。

 

「なに?司令官がどうした!?儂ならここにいるではないか!!」

「違うよ天然バカ!!」

 

 という声を危うく上げそうだったオペレーターがぐっとこらえ、また、慌ただしく叫んだ。

 

「敵艦隊はだ、第八艦隊です!!第八艦隊が旗艦ヘクトルを中心に猛速度で接近中!!展開間に合いません!!突っ込んできます!!」

「何?!」

 

 目の前のスクリーンを見た司令官、参謀長は絶句した。自由惑星同盟軍艦隊が密集体形で突撃してくる。慌てて阻止せんと前衛部隊が砲撃を始めるが、猛速度で接近してくる艦隊はそれをものともせず、射程距離に入ってきた。砲撃自体も散発的だった。何故なら左右に展開している敵の艦隊が猛烈な吶喊射撃を浴びせてきたからである。

 

「バカな!?自由惑星同盟軍第八艦隊は先年イゼルローン要塞にて滅多打ちにあったばかりではないか!?」

 

 そんな感想はどうでもいいとばかりに参謀長がツィーテン中将に詰め寄る。

 

「司令官!!命令を!!」

「かっ、回避だ、回避しろぉ!!!」

 

 ツィーテン中将はそう叫ぶのがやっとだったが、その瞬間一斉に前方の艦隊の前面砲門がきらめくのが見えた。

 

「駄目です!!間に合いません!!直撃、来ます!!」

 

 艦橋に衝撃が走り、ツィーテン中将は吹き飛ばされて、叩き付けられた。

 

「バカな・・・・こんな・・・・バカな・・・・・ことが!!!」

 

 激痛が全身を貫く中、ツィーテン中将は意識を失った。

 

 

 旗艦が一瞬のうちに襲われ、轟沈した――。

 

 それを知り、かつ敵の強襲に会って大混乱に陥った帝国軍艦隊の惨状はすさまじいものだった。何しろ戦闘体制ができていないところに不意打ちの奇襲を食らったのだ。昼寝をしていた水鳥が一斉に喚きながらはばたくように、帝国軍は狂乱しながら逃げようとした。

 回頭中に他の艦にぶつかる艦、間違えて味方を砲撃して撃沈してしまう艦、逃げ腰になってエンジンを異様に回転させて自爆してしまう艦等、いたるところで惨状がおき、その混乱ぶりは言語に達した。自由惑星同盟軍の攻撃よりも、自沈同様に爆沈していく艦の方が多いありさまだった。

 その混乱に拍車をかけたのが、カールセン、ニンメル両指揮官の分艦隊の砲撃である。彼らは決して帝国軍の撤退線上に近寄らず、ほどほどに距離を保ちながらも的確な砲撃を加え、しかも絶えず帝国軍の側面に張り付いていたので、包囲されているという心理的な圧迫状況を作り続けることが成功していた。

 シトレ直属の主力艦隊は猛進して敵艦隊を貫くように進んだのち、急速に反転し、もう一度真正面に戻ってきていた。

 

「よし、全艦隊、主砲一斉射!!」

 

 シトレが叫んだ。最後のとどめとばかりに、放たれた主砲によって帝国軍の艦艇は文字通りモグラたたきの様に沈められ、四散した。

 

「敵艦隊は逃走中です。現在敵残存艦隊2000余隻。4000隻を完全破壊若しくは爆沈、繰り返します。残存艦隊逃走を図りつつあります」

「これ以上の追撃は無用だ。イーリス大尉。敵艦隊に降伏勧告を伝えろ」

「はい」

 

 犠牲は少ない方がいい。追撃に無用な労力をかけたくはないし、それにどうせ通信途絶などの状況から、エル・ファシル星域の失陥は帝国本土に伝わるだろう。むしろ回廊出入り口を哨戒警備艦隊を増強させて固めさせた方がいい。

 だが、その前にやるべきことはある。エル・ファシル星域の安全を確保し、本星復興を行わなくてはならない。300万の人々を返さなくては。その間第三艦隊と協力し、エル・ファシル星域周辺の守りを固めなくてはならない。場合によっては、帝国が待機させている1万隻の増援が来襲するかもしれない。

 

「統合作戦本部長に連絡せよ。『我エル・ファシルノ奪還ニ成功セリ。』とな」

「ただちに」

 

 シャロンはファイルを持ったまま、一礼し、すぐに通信兵のもとに歩み寄っていった。

 

 

 

 この後、帝国軍残存艦隊は、救援要請を受けて駆けつけてきた1万隻の増援艦隊に守られて、かろうじて戦場を離脱した。増援艦隊が攻め込まなかったのは、すでに大勢が決していたことと、数の上で劣勢だったこと、さらに増援艦隊自体が寄せ集めの非正規艦隊であり、とても同盟軍一個艦隊に及ばないことを司令官以下が悟っていたからである。

 ツィーテン中将以下司令部の主だった要員はことごとく戦死したため、シャフツベリー中将と違い、軍法会議も形式的なもので終了した。中将は戦死2階級特進を受けることなく、中将のままで据え置きであり、参謀長以下も同様であった。

 なお、増援艦隊の司令官以下にも査問は行われたが、状況を克明に調書として作っておいたこと、近年帝国領内でもレアメタルの開発が進み、エル・ファシル星域自体の保有意義がそれほどなかったこと、などからおとがめなしで済んだのであった。

 

 ちなみに、この増援艦隊――エル・ファシル警備管区司令艦隊――の司令官の名はメルカッツ提督という。

 



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第十五話 陰謀の季節です

帝国暦480年4月3日――。

 

■ ノイエ・サンスーシ

カロリーネ・フォン・ゴールデンバウム

 エル・ファシル星域の再奪取をあきらめて、全面撤退するとおじいさまが教えてくださいました。軍部の決定だそう。あ~あ!これで完全にリンチ以外なにもなくなっちゃったじゃないの。無駄に兵を死なせただけ。しかも原作以上に大敗しちゃって。バカみたい!!

 あきれちゃったからこれ以上はエル・ファシルに手ェ出さないことに決めました。後はそっちで勝手にやって頂戴なって感じ。

 

 こっちはその間にやることやって勢力固めです。女性士官学校に手は出せないので、幼年学校や士官学校の方を改革します。というか手を出そうとしたのだけれど、あっちの方はなぜかマインホフ元帥と爺様がスカウトしてきたイケメン教官のせいですっかり色が塗られちゃってるの。まいったなぁ。今更私が行っても大した効果はないかなって思ってそっちは諦めたわけ。爺様の私物化されてる女性士官学校なんて、私が改革に乗り出したときにもっといい方向に矯正よ!

 

 幼年学校の方は、食事の改善をまず第一目標ね。それと倉庫の物資の積み上げ方の改善ね。こっちの方は先日ファーレンハイトと一緒に視察した時にそれとなく危険性を教えてあげました。

 相変わらずラインハルトの方は私を見ても可もなく不可もなしってところ。どうしたんだろう?覇気がないみたい?興味がないのかな?今度オフレッサーでも連れていったらどうなるんだろうね。

 あ、そうそうそうなのですよ!原作でひどい最後を遂げたオフレッサーさんが可哀想になったんで、自宅を訪問しました。とっても喜んでた。あ~だけれど、さすがにあの剥製はちょっちリアルすぎて引いたけれどね。顔に出さないようにしてたから多分大丈夫。

 次は病院や救貧施設を狙いに行く予定です。これまでの度々やってきたけれど、今年から本格的に頻度を増やしていこうって思ったの。アルフレートとも話したのだけれど、ラインハルトの勢力拡大フラグと出世フラグはへし折っていかないといけないなと思いました。うん、いい感じじゃない。

今のところは慰問が中心なのね。あ~あ、早く社会機構改革しに行きたいけれど、これ以上動こうとすると貴族に睨まれちゃうからなぁ・・・・。

 

 

 

 

ランディール侯爵邸

■ イルーナ・フォン・ヴァンクラフト

 最近とみにカロリーネ皇女殿下の動きが活発化している。これを阻止するために以前ブラウンシュヴァイク公とリッテンハイム侯爵にアレーナが皇女の動きを漏らしたから、そろそろ何らかの動きがあってもいいと思っているわ。それが表面化した時、私たちは無関係の立場を貫くためにあえて接触しないことと決めました。

 

 もっともアレーナとサビーネの仲はとても親密。私も何回かあったけれど、素直ないい子だと思うわ。ラインハルト同様少しずついろんなお話をしてあげているところよ。これが後々彼女のためになるといいのだけれど。ブラウンシュヴァイク公爵のご息女の方は、終始冷たい態度だったので、アレーナは接触しないと言っていたわ。それでいいでしょう。

 

 2大貴族の対皇女殿下への陰謀を進ませるため、皇女殿下の改革を阻止するというプランを急きょ変更しました。アレーナと協議した結果、捨てるところは捨てて守らなくてはならないところを死守しようという話になったわ。まずは女性士官学校。ここはアレーナがすっかり手なずけてしまっているから心配はないようね。皇女殿下も近づくのをやめてしまわれたわ。ルッツ、メックリンガー、レンネンカンプに加えて、ワーレンを登用しました。アレーナはしょっちゅう彼らと会っているようで、とっても馬が合うと言っていたわ。いいことね。

 

 そして、アレーナが継承しつつあるグリンメルスハウゼン子爵閣下の情報網とその情報。これから宮中貴族たちを相手にしなくちゃならない私たちにとっては利用しない手はない武器ね。

 そしてほかならないラインハルトとキルヒアイスの二人。この二人をあの転生者たちの毒牙にさらさせるわけにはいかない。なんとしても守り抜かなくては。

 

 

 

 ブラウンシュヴァイク邸――。

 今日もブラウンシュヴァイク邸にリッテンハイム侯爵が訪問し、そしてそこにシュトライト、アンスバッハ等の信頼できる家臣を交えて相談していた。

 

「あの皇女やはりただ者ではないな。オフレッサーの奴めを抱き込みにかかり、幼年学校等の慰問をしておる。将来自分に忠誠を誓わせようという者を増やすつもりなのだろう」

 

 リッテンハイム侯爵が忌々しげに顔をしかめた。

 

「ここは卿、やはりあの手でいくしかあるまい。人気をおとさせ、その上で実行すれば、仮に我らの仕業と露見してもその時には堂々と名乗りを上げればいいのだからな」

「うむ。アンスバッハ、用意はできておるか?」

 

 ブラウンシュヴァイク公爵の問いかけにアンスバッハは姿勢を正して答える。

 

「はっ!調べましたところ、カロリーネ皇女殿下、いやその母君のシルヴィア皇女殿下のご出生にはやはり少々不審な点があるようです」

 

 差し出された書類に目を通したブラウンシュヴァイク公爵の眼が光る。

「どれ。・・・ほほう。リッテンハイム侯爵、これを見てみろ」

「ほほう、これは・・・・」

 

 リッテンハイム侯爵が目を細める。それによるとカロリーネ皇女は先々代皇帝オトフリート4世の孫にあたるのだが、その母親であるシルヴィア皇女の出生には不審点がある。

 彼女はオトフリート4世の寵姫の一人から生まれたのであるが、生まれたのがオトフリート4世が死亡して11か月後なのである。普通妊娠の期間は10か月後であるから、この基準を当てはめればオトフリート4世が死亡して1か月ほどたった後に妊娠したことになり、時間軸があわない。

 

「つまりシルヴィア皇女は帝室の人間ではないということだな。そしてその血を引くカロリーネ皇女も当然・・・ほほう、これはなるほど、とてつもない醜聞だな」

 

 二人の大貴族は顔を見合わせてにやりと笑う。この際それが真実かどうかはどうでもいい話である。要はカロリーネ皇女殿下に揺さぶりを、それも致命的なものを、かけられればそれでいいのだ。そしてもう一つ、この話が上がってきたとき、カロリーネ皇女殿下側にはそれを反証するすべはない。

反証するにはDNA鑑定が決定的でありもっとも有力なものなのであるが、それはできない。

 

 なぜか?

 

 鑑定を行うには当人の細胞が必要であるが、恐れ多くも陛下の玉体に触れるわけにはいかないからである。

 

 

 二大貴族がこの話に食いついたのも、そういう背景があったからであった。

 

「オトフリート4世の寵姫が密通・・・・そのけがれた血の孫が帝室に連なっているなどとはな。卿はどう思うか、リッテンハイム侯爵」

「うむ。儂もブラウンシュヴァイク公爵の意見に賛成だな。これを使用しない手はないぞ。暗殺よりもよっぽど我らの手を汚さずに済むではないか。その上我らはこれを義憤として告発したと言えば、世間における我らの評判は高まるぞ」

「うむ。その通りだな!」

「これをただちに帝都にばらまく。スキャンダルとして火種を飛ばしておき、その後一気に皇帝陛下に直訴申し上げ、カロリーネ皇女殿下を降嫁という形でどこぞの貴族の家に嫁がせ、御隠しいただく。もしくは修道院に放逐するか、陛下のご意向によっては帝室を汚した大逆罪として死刑に処するということもできるが・・・・」

「それは駄目だ。儂らの娘が侍女として仕えている。罪はその方面にも及ぶだろう。こうと知っていればこうなる前に手を回して引き上げさせたのだがな」

「それではだめだ。余計に我らが疑われるではないか。むしろ『自分の娘を差し出すほど忠誠を誓っていたのにそれを裏切られた被害者。』を演じればよいではないか」

 

 ブラウンシュヴァイクはなるほどと手を膝に打った。

 

「なるほど、リッテンハイム侯爵、卿は策士だな。皇女殿下、いや、カロリーネなどどこぞの貴族に拾ってもらえれば関の山というべきだろう」

「もっとも、あのようなスキャンダルの後だ。もらおうなどという考えを起こす貴族などいないのではないかな」

「ハッハッハ!!それはそうだろうな」

 

 二人の大貴族が哄笑する。

 

「よし、そうと決まればさっそく帝都の全輪転機を使用して取り掛からせよう。ネット、ユーチューブ、ツイッター、インスタグラム、フェイスブック、ミクシィ、あらゆるSNSも総動員じゃ!!今日から3日間、徹底的にこの噂を流してしまえ!!!」

 

 

 その翌日から、帝都オーディンを奇怪な噂が嵐の様に吹き荒れた。曰く――。

カロリーネ皇女殿下の母上、シルヴィア皇女殿下は、密通によって生まれた女子であり、実はオトフリート4世の血を引いておらず、したがってカロリーネ皇女殿下も皇族ではないのだと――。

 

 これらはあらゆる情報媒体を通じて流れ出し、さらには昼のワイドショーにも大きく取り上げられた。帝国であっても、皇帝や大貴族の琴線に触れない限りは、こうした報道は自由であった。むしろ陰謀を進める効果的な手段としてマスメディアはしばしば利用されてきたのである。

 今回は皇族そのものの話題ということで最初はどのメディアも躊躇したが、ブラウンシュヴァイク・リッテンハイム両大貴族の援護がある上に、決定的ともいえる調書などの証拠も挙がってきたため、ついに各メディアはこれを取り上げることとなった。

 最近スキャンダルなどの話題が少なくなってきて飽いていた帝都フェザーン、果ては自由惑星同盟にもこの情報が流れ込み、大騒ぎになったのである。

 

 皇女殿下偽物!!のニュースは全宇宙を嵐の様に吹きまくっていた。

 

ノイエ・サンスーシ 居室

■ カロリーネ・フォン・ゴールデンバウム

ドンドンというけたたましい音に目が覚めた。

 

「皇女様!!!皇女様!!!!」

 

 なぁによ、うるさいわね。人がせっかく気持ちよく昼寝してるのに、起こさないでよ。

 

「皇女様、大変でございます!!TVが、TVを!!」

「どうしたというのじゃ?」

 

 寝ぼけ眼で起き上がったところに侍女が血相を変えて立ってる。皇女殿下の寝室にノックもなく侵入してくるなど、本来なら無礼極まる行為であるけれど、その顔がただ事ではない顔つき。え、なに?どうしたの?

 

「TVをご覧ください!!」

 

 腕を引っ張られて、居間の大型78インチTVの前に腰を下ろす。そこにうつっていたのは昼のワイドショーだった。

 

「ワイドショーなどみとうないわ!妾をこのようなもので起こそうとするなど・・・・・するなど・・・・する、など・・・・?!」

 

 え、なにこれ、なにこれ?なにこれ?!

 

 

 話題に上ってんの、私じゃんか!?

 

 

『疑惑!?カロリーネ皇女殿下は実は皇族ではない!?』

『後宮にはびこるみだらな官能の茨。陛下もその犠牲者に!?』

『ブラウンシュヴァイク公、リッテンハイム侯、苦衷の決断』

 

 次々と流されるテロップ。そのすべてを見ても信じられなかった。

 

「こ、こ、こ、これは――!?」

 

 バ~ン!!と扉が開け放たれ、ファーレンハイトが入ってきた。日頃冷静な彼も顔色が尋常ではない。

 

「皇女殿下、お気を確かに!!」

「ファーレンハイト。なに、妾は落ち着いておる。心配するな」

 

 まだ事態を理解できていない上に、突然の報道で内心は心臓バクバクだったが、ここは皇女らしく落ち着きを示さなくちゃならないわけで。

 

「恐れ多くも皇女殿下を偽物だと言うとは、ブラウンシュヴァイク、リッテンハイム両方とも何を考えておられるのか!」

 

 な、な、な!?再び心臓がバックン、って。今バックンって!?言ったわよ!!わ、私が偽物!?

冷静に落ち着こうとして深呼吸、はい、すって~はいて~すって~はいて~。よ、よし、これでいいわね。さぁ、ファーレンハイト、説明してちょうだい。

 

「皇女殿下、どうかお気を悪くなさりませんよう・・・・」

 

 そう言ってファーレンハイトが伝えたところを簡潔に書止めると、どうやら私のお母様が皇族の血を引いていない疑惑が出てきていて、そのとばっちりを娘が受けているということだ。私のおばあさまが皇帝との間にお母様を設けたのではなくて、どこかの知らない男と密通して生まれたのが私のお母様ということらしい。

 

『ブラウンシュヴァイク公、今回はどうしてこのような情報を?』

 

 一面リポーター、TVクルー等にすっかり取り囲まれたブラウンシュヴァイク公とリッテンハイム侯爵は傍目でもわかるくらい沈痛な顔をしてTV局の質問に答えている。

 おい、嘘だろ!?いいのかよ、大貴族がTVなんかに出て!!絶対平民なんか虫けらみたいにしか思ってない奴らが平民の質問に答えてる!!!

 

『うむ。儂らとしても苦衷のことだった。特に皇帝陛下に置かれてはさぞご心痛のことだろうと思う。だが、我々はこの情報を手に入れた以上、それを秘匿することなどできなかった。いやしくも帝室貴族に生まれたからにはその帝室を辱める存在を放置できなかったのじゃ』

『ブラウンシュヴァイク公の言う通りだ』

 

 リッテンハイム侯爵もブラウンシュヴァイク公爵に負けないくらい沈痛な表情だ。これ、本当か?テメエら絶対腹の中で笑ってんだろ!!口調が完全に妾から逸脱したけれど、そんなこと気にしている場合じゃないわ!!

 

『なお、付け加えるならば、先々代皇帝オトフリート4世の髪は見事な黒髪であった。そして寵姫もそうであった。ところが、お生まれになったシルヴィア皇女殿下の髪は栗色だった。カロリーネ皇女殿下もだ。その事実を考えればおのずから結論は出るのではないかな?』

 

 おお・・!!という悲痛などよめきが沸き起こってる。うわ、いいから!!そんなこと信じないでいいから!!オイ、信じるなぁ!!!

 不意にたまらない恐怖が沸き起こってきて私は床にへたり込んだ。殺される・・・・殺される・・・・殺される・・・・!!それもラインハルトじゃなくて、たかがブラウンシュヴァイクとリッテンハイムに!!OVAじゃバカで無能な貴族ってバカにしていたあの二人なんかに・・・・。

 喉が鳴った。いつの間にかしゃくりあげていたらしい。怖かった。とても怖かった。私の涙を拭いてくれていたのは侍女だけれど、その眼はファーレンハイトと当惑したように見つめあってた。

 不意にす~っと周りが寒くなり、私は意識を失った。世界がガラガラと崩壊するのってこんな感じなのかな。

 

ノイエ・サンスーシー 居室

■ アレーナ・フォン・ランディール

 うわ~~!!!これ最悪だわぁ。さすがはブラウンさんとリッテンさんよね、やることがえげつないわ。というかユーチューブやSNSがいつの間にかこんなに浸透してたなんてビックリよ。私が使い始めたことなんてごく一部しか使われてなかったってのに。

 それに大貴族ってTVに出るんだ。こんなの原作にもなかったよね。

 まぁ、これでカロリーネ皇女殿下には致命的なダメージでしょう。残念でした。OVA見て「貴族?バカじゃないの?無能の代名詞じゃない!!」なんて言ってるからこんなことになるんだわ。彼らだってそれなりに優秀なんだから。性格は最悪だけれど。

 あ~でも一つ残念なのはアルフレート・ミハイル・フォン・バウムガルデンにもとどめを刺しておけばよかったってこと。目の上のたん瘤なんだから、皇女殿下と密通とかいくらでもねつ造してよかったのに。あ、10歳じゃあまだ早いか。

 

 

 ま、二兎を追う者は一兎をも得ずなんていうから、ここはカロリーネ皇女殿下を撃沈できただけで良しとしましょうか。よ~し!次行くわよ、次。

 

 

 そんなことを考えていたら、私の部屋のドアがノックされた。誰だろう?ドアを開けると、あ、サビーネだ。サビーネが顔を青くして立ってる。

 

「どうしたの?」

「あ、アレーナ姉様、テ、テ、テ――」

「テレサ?あぁ、この前話してたゲームのボスね。あれはね、その手前にある隠しブロック叩いて、そこから出てくるスターで蹴散らしちゃえば――」

「違うの!テレビで、お、お父様とブラウンシュヴァイク叔父様が話していること――」

 

 知ってる。だから話題をそらしたんだけれど、そんなことじゃごまかせないよね。ごめんね、サビーネ、あなたたちを利用しちゃったのは悪かったけれど、でも、私たちには『チート共を排除する。』っていう使命があるからね。

 サビーネは終始どうしようどうしようとうろたえていた。それはそうでしょ。私がたきつけたとはいえ、自分の発言で皇女殿下を貶める結果になってしまったことを、心の優しい素直なこの子は心から悔いている。

 そんなこの子の姿を見ていると、急に自分がドス黒く汚れきったアラサーに戻った気分になっちゃった。この子は何も悪くない、悪いのは私。だからそんなに悲しまないで、サビーネ。あなたのせいじゃないんだから。

 私は手を尽くしてずっとサビーネを慰めていた。皇女殿下に醜聞がたっても、まさか皇女殿下が皇族をはく奪されることはないでしょう。まして殺されるなんてもってのほか、さすがにブラウンシュヴァイク公爵様もリッテンハイム侯爵様もそこまではおやりにならないでしょうと、心の声とは正反対のことを言い続けた。なんてしんどい!そして、つらい!

 一生懸命な私の態度が通じたのか、やっと落ち着いたサビーネは「お姉様ありがとう」と笑顔で言って出ていった。あぁ、最悪だわ。こんな純真な子供を前にすると、私がとんでもなく汚れきった(以下省略)に見えてしまう。

 今日は早めに休もうかな。

 

 

帝都オーディン――

 ブラウンシュヴァイク、リッテンハイムの両貴族の会見はすぐに帝都のみならず宇宙中に波及していった。これを見たリヒテンラーデ侯爵等の現政権の貴族たちは顔に血をたぎらせて激怒したが、時すでに遅しでどうにもできなかったのである。もはや山火事の様に燃え尽きてしまうまでは手が出せない状態だった。

 ここに今まで皇族として名を連ねてきていたカロリーネ皇女殿下が実は非嫡出子であったという情報が決定的なものとなったのである。

 

 



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第十六話 天網恢恢疎にして漏れ・・・ました

帝国歴480年7月3日――。

 

女性士官学校

■ フィオーナ・フォン・エリーセル

 カロリーネ皇女殿下が帝室の血を引いていないというニュースが瞬く間に帝都を覆いつくしました。3か月たった今も、断続的ではあるけれど、女性士官学校でもそのニュースでもちきりです。なかなか結論が出てこないので、みんなやきもきしています。

 流石は教官とアレーナさん。最初はそう思ったけれど、話を聞くとブラウンシュヴァイク公爵とリッテンハイム侯爵のお二人が流したのだそう。しかもある程度の信ぴょう性の高い証拠もそろえて。さすがは大貴族。これからこういう人たちを相手にしなくてはならないのね。

 

■ ティアナ・フォン・ローメルド

 あ~あ、イルーナ教官たちがやってくれたと思ったのだけれど、蓋開けてみれば貴族だったわけね。ま、同士討ちしてくれるのはいいけれどさ。おかげで少しは時間稼ぎできるんじゃない?いったんラインハルトが戦場にでれば後は原作通りに出世して7年後には元帥だものね。それまでなんとしても『チート共』からラインハルトを守り切るのが私たちの最初の仕事だけれど、さて、どうなることやらね。

 

 

帝都オーディン――。

 ここ数か月、帝都は揺れに揺れていた。エル・ファシル星域を敵に再奪取されたことを契機に、次はカロリーネ皇女殿下のご出生の疑義と、帝都全体が大地震にあったかのような様相であった。もっともこれは政務に携わる一部の人間だけであり、大部分の平民は「俺には関係なくね?」という態度でいたわけだが。

 

 エル・ファシル星域に関しては帝国軍は1月上旬に奪還のため2個艦隊3万隻を差し向けたが、たいした戦果をあげられることなく敗退して撤退。これは同盟軍第八艦隊の奮戦と、援軍として駆けつけていた第三艦隊、第十艦隊の援護があったからである。

 

 帝国軍上層部はそれ以上の遠征軍を派遣することを中断した。というのは、艦隊を動かすだけでも多大な費用が掛かる上に、今現在指揮官として戦場に派遣できるだけの力量を持つ者がそれほどいないことが原因であった。

 

 いや、ビリデルリング元帥が動きかけたのだが、たかが同盟領一辺境惑星の奪還に宇宙艦隊司令長官自らが行くのであれば、それは帝国軍の鼎の軽重を問われることとなるという反対意見があって実現しなかった。

 帝国軍上層部はイゼルローン要塞に拠って専守防衛に徹するだけの作戦をとりつつ、国力回復を待つこととしたのである。

 そんな中のカロリーネ皇女殿下のご出生疑義の話題は、ノイエ・サンスーシのいたるところで話題に上がらないことはなかった。

 

 当のカロリーネ皇女殿下は、ノイエ・サンスーシの一画に軟禁状態に置かれ、日々取り調べを受けるほかは部屋から出ることもできない状態でいた。ブラウンシュヴァイク、リッテンハイムをはじめとする、リヒテンラーデ侯爵等の主要政務貴族に反発する貴族連合が台頭してきており、リヒテンラーデ侯爵やフリードリヒ4世もその声を無視することができなくなってきたのである。

 

 ファーレンハイト等の侍従武官、アレーナたち侍女も遠ざけられ、カロリーネ皇女殿下の顔を見ることも接触もできない日々が続いていた。それが3か月もである。

 

 

 

バウムガルデン邸 私室

■ アルフレート・ミハイル・フォン・バウムガルデン

 カロリーネ皇女殿下が幽閉された。ご出生のことで、カロリーネ皇女殿下が実は先々代皇帝のオトフリート4世の血を引いていない、つまりは皇族ではないというのだ。バカバカしいが、これも血統を大事にする帝国ならではの事なのだろう。

 宮内尚書である父上は、日々リヒテンラーデ侯爵のもとに通って協議されている。リヒテンラーデ侯爵と父上の枢軸体制にとって、カロリーネ皇女殿下のご出生の打撃は小さなものではない。ことに宮中を司る宮内尚書の責任問題にまで発展しかねない。

 どうするか?俺はカロリーネ皇女殿下との約束がある。「私を一人にしないで。」とおっしゃっていたカロリーネ皇女殿下に協力すると誓ったのだ。助けないわけにはいかない。だが、どうすればいい?

 一つ考えられるのは、カロリーネ皇女殿下を拉致して自分の領内に引きこもってしまうことだ。自分の領内の「荘園」は治外法権、皇帝陛下と言えどもおいそれとは立ち入りできない。しらを切り続ければいつかは下火になるかもしれない。

 だが、そんなことをすれば真っ先に疑いは父上、リヒテンラーデ侯爵にかかるかもしれない。そうなればこちらは終わりだ。

 

 皇女を誘拐するか?それとも――。

 

 そう考えていると、ドアがノックされた。顔を上げ、どうぞと答えると、シュタインメッツが入ってきた。そばに父上がいるのにはおどろいた。

 

「父上!」

「アルフレート、心配をかけたな」

 

 だが、そういう父上の顔はよくない。そばにいるシュタインメッツも浮かぬ顔つきだ。

 

「何か、ありましたか?」

「うむ。座れ。座って儂の話すことをしっかりと聞くのだ」

 

 ぞっとなった。何かとても悪い予感がする。それが何なのかと言われるとよくわからないが。

 

「実はな、ブラウンシュヴァイク、リッテンハイムからの圧力が強く、とてもカロリーネ皇女殿下を庇い立てすることはできなくなってきたのだ。元々カロリーネ皇女殿下を皇帝陛下のおそばに置こうと言い出したのは、私なのだ。そのことを知る両者が私の失脚を画策しておるのだ」

 

 やはりそうか。俺は唇をかんだ。

 

「さらに、カロリーネ皇女殿下について、ご出生のことでの反証を示すことのできる証拠は今のところ見つかっておらん。先々代オトフリート4世の崩御より11か月後にお生まれになったというのは紛れもない事実。我らは最後の手段としてDNA鑑定を試みたのだが。」

 

 父上はそこで口をお濁しになった。なぜなら皇族の血は神聖にして不可侵なものであるため、当然血液など保存していない。DNA鑑定を行うためには、先々代皇帝オトフリート4世のご遺体から直接採取しなくてはならない。そんなことできるはずもなかった。

 

「お前の考えている通りだ。皇帝陛下のご遺体からサンプルを採取するなど不敬中の不敬行為だ。できるはずもない」

「・・・・・・・・」

「そこでだ」

 

 父上はぐっと顔を近づけてきた。

 

 

「カロリーネ皇女殿下を誘拐する」

 

 

 そうきたか。父上も同じことを考えていた。顔を上げると、父上は険しい顔で俺を見ていた。

 

「自領にお匿すれば、いかようにでもシラを切りとおすことはできる。皇女殿下さえ消してしまえば、ブラウンシュヴァイク、リッテンハイムとてそれ以上の追及はできん。それにだ、今宮中を警備しているのは奴らだ。皇女殿下を誘拐されたとあってはそれは奴らの失態。痛み分けということで双方引き下がるほかはない」

「実は私もそれを考えていました」

 

 おお、と顔を見かわす父上とシュタインメッツ。

 

「父上は動けないでしょう。ですから、私がやります」

 

 父上はその瞬間がっしと両手をつかんだ。

 

「すまぬな。お前に、まだ13歳のお前にはつらい思いをさせることとなる」

「お気になさいますな、父上。私とて父上のお役に立ちたいのです」

「うむ・・・・」

 

 父上は何と言っていいかわからない様子でシュタインメッツを見た。

 

「アルフレート様、小官もおとも致します」

「いいのか?」

「アルフレート様だけを危険な目に合わせるわけにはまいりません。既に公爵閣下にはご了承いただいております」

 

 俺は思わずシュタインメッツを見た。なんということだ、シュタインメッツは原作においてはラインハルトの麾下の主要提督となるはずである。それが俺の下に就いたばかりに、こんなことになるとは・・・・。俺はシュタインメッツの生涯を台無しにしてしまったのか。今更ながら悔やんだ。だが、俺一人ではどうしようもできない。情けないし申し訳ないが、ここはシュタインメッツの力を借りるしかないのだ。

 

「ありがとう、シュタインメッツ」

 

 そうと決まれば、と父上は早速居間のテーブルに地図を広げた。

 

「我がバウムガルデン家が作り上げた秘密の通路だ。幸い皇女殿下が幽閉されている場所は割り出せた。その通路はその部屋の真下にも通じている。皇女殿下を御救いしてくれ。そして我が邸の地下にある秘密の脱出艇でゲアハルト星系に赴きそこに潜むがいい。あそこはイゼルローン要塞からも近い。まさかそのような場所に潜むとは向こうは思わないだろう」

「承知しました。ところで父上」

 

 俺は気になっていたことを聞いた。

 

「父上は、カロリーネ皇女殿下は帝室の血を引いているとお考えでしょうか?それとも・・・・」

「私にはわからぬ。だが、あの方を皇帝陛下のおそばに置かせたのは我々なのだ。まだ10歳の皇女殿下を放り出すわけにはいかんだろうて」

 

 父上も人の親なのだ。俺と同じくらいの皇女殿下を放置しておくわけにはいかないのだろう。俺はそう思った。よし、いいだろう。やってやろうじゃないか。だが、その前にもう一人声をかけておきたい人物がいる。

 

 

 

グリンメルスハウゼン子爵邸

■ アレーナ・フォン・ランディール

 私がグリンメルスハウゼン子爵の邸に着くと、そこにはケスラーがいた。ま~原作でもケスラーはグリンメルスハウゼン子爵閣下の部下だったわけだし。仲がいいことは結構だけれどね。聞けばケスラーは父親の代からグリンメルスハウゼン子爵閣下の部下だったそうで。なるほどね~。親子そろってお仕えしてたってわけね。

 ケスラーを交えてお茶を飲みながら今話題の皇女殿下のことについて話が弾む。弾むってのもヘンな表現だけれどね。

 

「皇女殿下はどうなりますことやら」

「そうじゃのう。ご出生のことで先々代皇帝オトフリート4世の御血を引いていないとなれば、よくて追放、悪ければ死を賜ることになるかもしれんのう」

 

 私はほっと吐息を吐いていた。そりゃあ私だって木石じゃないし後味悪いわよ。皇女殿下を罠にかけて追い落とすようなまねをしたきっかけは私が作ったんだからね。でも、これもラインハルトのためなんだから。後、私の超一流のバカンスのためのね。

 

「皇帝陛下はなぜ動かれぬのでしょうか?あれほどかわいがっておられた皇女殿下のことでありますが」

 

 そりゃケスラー、最終的には誰もが自分の身がかわいいのよ。まぁ、確かに皇帝陛下が一声上げれば、皇女殿下は助かるかもしれないけれど、でも、出自という根本的な問題だし、それに、歴代皇帝をあっさり暗殺しちゃうような貴族様たちなのよ。フリードリヒ4世が逆らえば、さっさと殺して、別の人をたてるかもしれないじゃない。はぁ・・・なんだか血なまぐさい話よね。

 

「無理じゃよ。皇帝陛下がお声をかけたところで貴族たちの蠢動は収まるまい。陛下が下手にかばい立てすれば、陛下自身のお命も危うくなる。残念なことじゃがの」

「さようですか・・・・」

 

 ケスラーはそれ以上言わないけれど、絶対皮肉なことだと思ってるに違いないわよね。頂点に君臨する皇帝陛下が貴族たちのご機嫌をうかがわなくちゃならないなんて。

 

「アレーナはあまり気分がよくないようじゃの」

「そりゃあ、悪くなりますよ。皇女殿下のお美しい顔がぐったりなったところを想像しちゃったんだから」

「ほっほっほ。それはお茶の最中にはちと毒じゃのう」

 

 グリンメルスハウゼン子爵閣下が笑う。この爺様も食えない人だ。今のが本心かどうかもわからないし。

 

「でもね、このまま黙ってリヒテンラーデ侯爵やバウムガルデン公爵が見ていますでしょうかね」

「といいますと?」

「ケスラー、バウムガルデン公爵はカロリーネ皇女殿下を皇帝陛下のおそばに置いたそうじゃないの。そしてリヒテンラーデ侯爵はそのバウムガルデン公爵と手を組んでいるわ。その二人にとって今度のことは大きな打撃よ。今でさえそうなのに皇女殿下の罪が確定してしまったら、にっちもさっちもいかなくなるじゃない。私だったら皇女殿下を誘拐してどっかの星域に匿っちゃうわ。罪が固まる前に決行すればどっちつかずになるもの。それにね、今宮殿を警備しているのはブラウンシュヴァイク、リッテンハイムの部下たちでしょ。そうすれば彼らにだって責任問題はあるわ。つまり・・・・」

「痛み分けを狙う、ということじゃな」

 

 流石はグリンメルスハウゼン子爵閣下、そういうことですよ。ケスラーはなるほどとうなずいている。その効果が波及する様を想像していたんでしょう。ええその通りよ。

 

「それにしてもアレーナ様はよくそのようなことを考えつかれますな。」

「多少性格がひねくれてるとこうなっちゃうのね」

「ほっほっほ。それは儂に対する当てこすりかな」

「う、そういうことじゃないんですが」

「まぁよいわ。して、ケスラー。今の話を聞いてどうするな?」

 

 ケスラーはちょっと考えていたが、すぐに顔を上げていった。

 

「何もなさらぬ方がよろしかろうと存じます」

 

 流石ケスラー!!そうよ。それが一番いいの。何故って下手に教えるとブラウンシュヴァイク、リッテンハイムに肩入れすることになるもの。そうすれば彼らの勢力を助長しちゃうだけ。今のままだと双方痛み分けでたいした勢力の進展もないわけだし。現状維持若しくはちょこっとバウムガルデン・リヒテンラーデ枢軸体制にひびが入るくらいだもの。それがいいの。

 

「そうじゃの。下手に動けば要らぬ火の粉をかぶることになるの。ここはひとつ様子を見るとしようか」

 

 そういうとグリンメルスハウゼン子爵はこっくりこっくりとうとうとしだした。そういう姿はまるで平和ボケした老人だけれどね。

 

 

 

帝国歴480年7月6日深夜―。

ノイエ・サンスーシ付近噴水公園

この日は再建帝オトフリート2世の即位した日である。先帝の浪費を阻止したというそれだけで名君とされたオトフリート2世だったが、その即位した日は帝国再生の記念日として祝日になっていた。このため、宮中では宴が催され、警備にもどこか弛緩が生じている。そのノイエ・サンスーシからほど近い公園の噴水付近に三人の人影が集まっていた。

 

「すまないなファーレンハイト少佐。こんなことに巻き込んでしまって」

 

 アルフレートが謝る。それをファーレンハイト少佐は制した。

 

「遠慮などなさいますな。小官は皇女殿下の侍従武官です。その小官が真っ先に救出をすべきところこうしてご助力を受けている。そのことこそ小官にとっては痛み入るばかりなのですから」

「そのような気遣いは無用だ。私も父上からの命を受けなければ、こうして動くことはなかったのだから」

「行きましょう。ここでもぐずぐずしている間はありません」

 

 シュタインメッツがせかす。それを聞いた二人はうなずく。噴水の際に佇むルドルフ大帝の銅像に手をかけ、アルフレートが秘密のボタンを押すとそれはゆっくりと動き、地下への口が開いた。DND認証装置より、これはバウムガルデン家のものでしかあけられないようになっている。

 

「あぁ、行こう」

 

* * * * *

 ノイエ・サンスーシのそこかしこでは深夜にもかかわらず、まだ盛大な明かりがともっていたが、ここカロリーネ皇女殿下が幽閉されている一画は火の消えたような暗さだった。粗末なテーブルとベッドはかつて皇女殿下として暮らしていた居室に比べれば雲泥の差である。

 

 それでも食事だけはきちんとしたものが出てくるが、カロリーネ皇女殿下はそれにあまり手を付けられなかった。日に日にやせ細っていく皇女殿下に侍女たちも(カロリーネ皇女殿下にお仕えしていた侍女とは別の者たちである。)顔を見合わせるばかりだったが、声もかけることはできず、ただ痛ましそうな目を向けるだけだった。

 

 カロリーネ皇女殿下はテーブルに頭を付して横顔を月明かりに向けていた。今夜は満月、神々しいばかりの美しい月明かりが真っ暗な部屋に降り注いでいる。

 

「いっそ、もう、殺してほしい・・・・。こんなの、もう嫌・・・・」

 

 泣き疲れた声が空しく響く。もう何度そう思ったことだろう。かつてラインハルトを消し去ろうと思ったことがもう遠い昔のようだ。今の自分はラインハルトを始末するどころか自分の身さえ危ういのだから・・・。

 

 ふいにカロリーネ皇女殿下の口から歌が漏れた。何故かはわからないが、不思議な歌だった。前世で聞いていたどの歌手の歌とも違うもので、いつのまにか歌えるようになっていた。悲しいとき、不安なとき、この歌を口ずさんでしまう。

 

 

 どれくらい時間がたっただろう。不意にカロリーネ皇女殿下はかすかなものをうつ音に耳を澄ました。

 

「誰?」

 

 顔を上げると、誰も部屋にはいない。だが、使い古されて凍えそうな冷たさを持つ大理石でできた暖炉から虚ろな音がしている。

 

「・・・・・・?」

 

 カロリーネ皇女殿下はそっと立ち上がると、かすかな衣擦れの音をさせながら歩み寄った。暖炉の敷石にかがみこむと、彼女は思わず声を上げそうになった。

 

 暖炉から首が生えている!!!

 

 と、思ったがすぐさまそれは人間が身を乗り出していることに気が付いた。そしてそれはよく知っている顔だとも。

 

「遅くなりました。ここの暖炉が使われていたら、私の顔は黒焦げでした」

 

 そう微笑んだのは、アルフレート・ミハイル・フォン・バウムガルデンだった。

 

「・・・・・・!!」

 

 カロリーネ皇女殿下の顔が驚愕で凍り付き、次の瞬間歪んだ。押し殺した嗚咽が彼女の喉から洩れた。

 

 

 

 カロリーネ皇女殿下行方不明!!!という震撼すべきニュースが流れたのは翌日早朝だった。ただしそれは帝都のごく限られた宮廷の一部の者だけであった。宮中の警備部隊から連絡を受けた時、ブラウンシュヴァイク公爵もリッテンハイム侯爵も大酔して寝ていたが、すぐに跳ね起きて着の身着のままでノイエ・サンスーシに到着した。

 

「何をしていたのだ!!」

 

 部下たちを怒鳴りつけながら、二人の貴族がカロリーネ皇女殿下の監禁部屋に押し入ると、そこはもぬけの殻。誰もいなかった。

 

「状況はどうなっておるか!?」

「は、はっ!!熱感知装置を確認したところ、そこの暖炉から何者かが侵入し、こ、皇女殿下を――!!」

「ええい!!して、その先はどうなっておる!?」

「は、はっ!!その先は地下の迷宮につながっておりまして・・・・。だいぶ時間がたった後でもあり、どこから賊が入ったのかまでは・・・・」

「バカ者!!!」

 

 ブラウンシュヴァイクもリッテンハイムも苦虫を噛み潰したような顔をしている。特にリッテンハイムは怒り心頭だった。なぜなら昨夜の警備担当はリッテンハイムの部下たちが行っていたからだ。

 

「リッテンハイム侯、これはどういうことかな!?あれほどカロリーネ皇女殿下を見張っているように口を酸っぱくして申したではないか!」

「いや、面目ない。・・・ええい、何をしておる!!すぐにさがせ!!探し出せッ!!!」

 

 リッテンハイムが当たり散らすように怒声を張り上げると、直ちに部下たちはクモの子を散らすように散開していった。

 それからの騒ぎはすさまじいものだった。ノイエ・サンスーシはまるで家探しを受けているかのように震動していた。各部屋、会議室はおろか、貴婦人型の部屋にまで兵隊が押し入り片っ端から捜索していく。ズシンズシンと家具がひっくり返され、いたるところのドアは開けられ、貴婦人の衣裳部屋さえ乱入され、悲鳴が飛び交った。

 

 当然ブラウンシュヴァイクとリッテンハイムも自ら血眼になってカロリーネ皇女殿下を探していた。あまりにも騒がしいのでついにリヒテンラーデ侯爵が二人を探し当ててやってきた。

 

「何をしておられる?皇帝陛下のおそばをお騒がせ奉りますか?!」

「何をしておるかだと?決まっておろう!!カロリーネ皇女殿下が行方不明になられたのだ!!それを捜索しておるのだ!!邪魔立てするなッ!!」

「なんと!?・・・確か昨夜の警備責任者はリッテンハイム侯爵、卿でしたな」

「む、む」

 

 リッテンハイム侯爵としては顔をしかめるしかない。

 

「今回の事、卿の差し金ではないのか?」

 

 ブラウンシュヴァイク公爵の悪意ある問いかけにリヒテンラーデ侯爵は負けじと顔をしかめる。

 

「何をおっしゃられるか!恐れ多くも陛下のおそばを騒がせ奉るなど、臣下のなさることではありませんぞ。臣とてそれは同じ。カロリーネ皇女殿下につきましては、正式なさばきがあるまでは臣とて近づくわけにはまいりませぬ。それをご存じない両方ではありますまいに」

 

 リヒテンラーデ侯爵の性格はともかく、帝室に忠義を尽くす姿勢は無私と言ってよく、ブラウンシュヴァイクとリッテンハイムもそのことはよく理解していた。

 

「わかった。今は争っていても仕方あるまい。卿もどうか捜索に力を貸してほしい」

 

 ブラウンシュヴァイク公爵が顔をしかめたままそう言った。

 

「むろんのことじゃ。ただちに近衛兵たちにも指示を下すようもうし付けよう」

 

 三人はあわただしく分かれた。

 

 

 皇女誘拐のニュースは、ご出生のニュースとは打って変わって、極秘中の極秘になったが、手から水が漏れるように噂はあっという間に帝都に広まっていった。皮肉にもそれはSNSなどを通じて一気に拡散し、ブラウンシュヴァイクやリッテンハイムらがいくら躍起になったところでどうしようもなくなったのである。

 皇女がどこに消えたのか、生きているのか死んでいるのか、それは一部の者を除き、誰にもわからない事だった。

 



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第十七話 皇女殿下の亡命生活です

帝国歴480年10月6日 ゲアハルト星系惑星リューディッツ

 

■ カロリーネ・フォン・ゴールデンバウム

 ここにきて三か月。だいぶ落ち着いてきてここでの暮らしも慣れてきた。あの時のことを思うと、怖くて夜も眠れないときもあるけれど、アルフレートがそばにいてくれるので、なんとかやってます。

 ここはバウムガルデン家の荘園らしいけれど、なんというか田舎の地方都市っていう感じね。インフラは整備されていてよくOVAに出てきた中世の農園っていう感じでは全然ないわ。人々もよくバウムガルデン家になついているようです。

 私はバウムガルデン家の館で刺繍したり、本読んだり、料理作ったり、勉強したり、馬に乗ったり。最近はファーレンハイトやシュタインメッツにせがんで射撃や剣を習うようにもなりました。だって、退屈なんだもの。でも、三人はもっと退屈なんだろうな。

 

 

 ごめんね、三人とも。私のせいでこんなことになって・・・。

 

 

 恐怖が過ぎ去ってみると、お怒りモードに突入したけれど、それも長くは続かず、続いて考えモードに。どうして私の出生が降ってわいたように大ニュースになったんだろう?というかいつの間にか貴族に目を付けられちゃって。私けっこう慎重にやったつもりだったんだけれどなぁ。他人さまから見れば、そうは見えなかったのかな。

 これからどうしよう。う~ん、一生ここでのんびり暮らすのもいいけれど、あそこでブラウンシュヴァイクやリッテンハイムに負けちゃったこと、私根に持ってんのよね。どっちかというとラインハルトよりもあいつ等に復讐したい気分。

 でもね、今帝都には戻れないのよね~。というか戻ったら速攻で処刑されそうな感じだし。

 とか言ってここにじっとしているのは性に合わないし。

 となると、亡命?マンフレート2世は亡命して自由惑星同盟に逃げ込んで、その後帝国に戻って即位したっていう先例もあるし、どうでしょうか?

 それともいっそ私、自由惑星同盟に行って軍の指揮官になって、帝国に復讐しようかな。でも、ファーレンハイトやシュタインメッツ、アルフレートはついてきてくれるのかな・・・・。

 

 

帝国歴480年10月9日

■ アルフレート・ミハイル・フォン・バウムガルデン

 ここにきてようやく生活は落ち着きを取り戻しつつある。ファーレンハイトやシュタインメッツには悪いが、今こういう場所で穏やかに暮らせるのは悪くない気分だ。

 無為に日々を過ごすのはもったいないので、俺は蔵書に読み耽ったり、実技の稽古を積んだり、シミュレートシステムをここに持ち込んで、シュタインメッツやファーレンハイトを相手にして戦術・戦略を磨いている。いつか役に立つ日が来るだろうと信じて。

 例の女性士官学校で導入されたシミュレーターだ。実物に接してみて、俺は驚いていた。自由惑星同盟のOVAに出てくるシミュレーターと格段に質が違う。こんなものが帝国にあったのか。いや、幼年学校にはこんなものはなかった。すると誰かが導入したことになる。

 

 

 どういうことだ?まさかとは思うが、まだ転生者がいるのか?いや、わからないな・・・。情報が少なすぎる。

 

 

 最初は見ていただけだった皇女殿下も加わるようになった。そして思った。意外と皇女殿下も強い。ファーレンハイトやシュタインメッツを驚かせている。

 そんな日を過ごしている中、皇女殿下から爆弾が投下された。なんと自由惑星同盟に亡命したいという。そんなことをしたら父上がどう思うか?と思っていると、なんともショッキングなニュースが飛び込んできた。ブラウンシュヴァイクやリッテンハイムの陰謀に父上が屈し、爵位奪取、領地没収の沙汰が下ったのだ。やはり皇女殿下のご出生のダメージが響いたのか。だが、いくら何でも急展開すぎるだろ!!

 まずい!!!幸い手持ちのお金はこういう時のためにフェザーン・マルクやディナールに変えているし、父上が同盟のあちこちに設けた多額の金を預けている匿名口座のカードと通帳を持たせてくれていたから大丈夫だ。だが、ぐずぐずしていると追手が来る。

 俺はファーレンハイトやシュタインメッツと話し合った結果、ひとまず4人で自由惑星同盟に亡命することに決めた。なんといっても10歳の少女と13歳の少年では心もとない。暫くは保護者が必要だ。二人とも快く引き受けてくれた。ただし、俺はファーレンハイトやシュタインメッツをいつまでも置いておく気にはならない。こういっては何だが二人ともラインハルトの陣営に必要な人材だ。二人に、それに皇女殿下には悪いが・・・。

 

 

 

帝国歴480年11月6日――

フェザーン商船客室

フェザーン回廊出口、自由惑星同盟領内――。

■ アーダルベルト・フォン・ファーレンハイト

 ようやくフェザーン回廊の出口が見えてきた。それにしてもなんという運命の悪戯だろうか。まさか俺が反徒共、いや、自由惑星同盟に亡命するなど想像もしなかったが、だからと言って皇女殿下の侍従武官として皇女殿下についていくという決意はいささかも変わりはしない。

 帝都に残している家族のことは気にならないわけではない。特に、同じ軍属である妹たちに対する風当たりは強くなるだろう。すまないな、ユリア、アリシア・・・・。

 ゲアハルト星系から、輸送船の定期便でフェザーンに入れたのは僥倖だった。検問があると言っても、身元証明証書は完璧なものである。もっとも本名ではない。こういう時のために、バウムガルデン公爵が用立ててくださったものを使用しているのだ。

 

 だが、それからが問題だった。どうやってフェザーンから自由惑星同盟に向かうか。

 

 フェザーンにおいて、俺はつてを頼り、元帝国軍人で今は商船の船長をしている旧友に頼み込んだ。奴は驚いた顔をし、この問題は自分では扱えないと言い、大使館に駆け込むように言った。俺たちは迷った。今素性を明かしても大丈夫なのか?アルフレート・ミハイル・フォン・バウムガルデン様は大丈夫だろう。なんといっても、帝国では貴族であったが、財産を没収され、同盟に亡命するという話は、よくあることだ。同盟側もそれを受け入れて厚遇してきている。

 問題は皇女殿下の方だ。話を聞くと、皇女殿下のご出生のニュースはフェザーンはおろか、同盟にまで広まっているという。なんということだ。こんな時に皇女殿下のまま亡命させるのはいかがなものだろう。

 

 結論は出てこなかった。ただ、アルフレート様は憂いがちな顔でこうおっしゃられた。「仮に皇女殿下が帝室に連なる者ではなかったということになれば、皇族として厚遇してきた同盟の態度は一変するに違いなく、その風当たりは相当に厳しいものになるだろう」と。確かにそれは一理ある。同盟の態度の翻しの早さは有名なのだから。

 

 話し合った結果、皇女殿下はバウムガルデン公爵家の縁続きということにし、アルフレート・ミハイル・フォン・バウムガルデン様の婚約者という設定にしておいた。我々は皇女殿下に謝ったが、思いのほか皇女殿下は気にしておられなかった。むしろすまなそうに「苦労をかけるの」とおっしゃっていた。お一人でこんな環境に流され、心細かろうにけなげな方だ。この俺、アーダルベルト・フォン・ファーレンハイトが、一命を賭して守り抜かなくては。

 

 手続きが済み、こうして旅立つことができるようになったのは、10月の終わりごろだった。あの騒動勃発からまだ半年ほどしかたっていないが、ずいぶんと長く生きてきたような気がする。

 アルフレート・ミハイル・フォン・バウムガルデン殿下もよく皇女殿下に尽くしてくださっている。こうしてみるとお二人は兄妹というか何か目に見えない親近感を持っているかのようだ。

 自由惑星同盟か、果たしてどんなところなのか。一部の人間からは自由と理想の国と話を聞き、一部の人間は腐敗した民主政治とやらの集大成なのだと聞く。どちらが本当の姿なのか、それともどちらも誤った認識なのか。今の俺には想像もできない。

 

■ カール・ロベルト・シュタインメッツ

 アルフレート様にお仕えし、まさか自由惑星同盟に亡命することになるとは思わなかったが、この選択を悔いてはいない。アルフレート様も皇女殿下も未だ幼い身、そんな中亡命を決心されるとは驚いたが、さぞかしご心痛だろう。我々が支えなくてはならない。

 こんな時にファーレンハイトがいてくれるのは心強い。私一人では心もとないが、二人ならばどうにかなるはずだ。だが、向こうに行けば男手だけではだめだろう。皇女殿下に置かれてはせめて侍女をつけたいものなのだが・・・・。

 

 

 

 

 帝都オーディン――

 話は前後するが、どうしてブラウンシュヴァイクやリッテンハイム以上の権勢を誇ったバウムガルデン公爵家が急激に没落したのか。

 

 その原因はやはりカロリーネ皇女殿下のご出生の打撃であった。痛み分けになるという大方の予想を裏切る形で、ブラウンシュヴァイクやリッテンハイムはその後も攻勢を強め、バウムガルデン公爵は、なまじ皇帝陛下に素性の分からない私生児をおすすめしたという結果になってしまった。これが仇となって、バウムガルデン公爵家はとりつぶしになったのである。それほど帝室にとって血統とは重要なものであった。事にルドルフ一世が劣悪遺伝子排除法を発布しているという基礎もあって、ことに皇室の血は神聖不可侵なものでなくてはならないという伝統がしっかと根付いているのである。

 

 バウムガルデン公爵の行った行為は、素性の分からない平民かもしれない者の血を帝室にいれるという、真っ向からルドルフ大帝の行いを否定するものであった。国務尚書であるリヒテンラーデ侯爵さえも庇うことができなかったのである。

 バウムガルデン公爵は潔くその勅命に服した。なお、その際には自分だけを切り捨てる形にしてほしいとリヒテンラーデ侯爵にひそかに再三申し出ていた。貴族らしからぬ潔さにリヒテンラーデ侯爵も瞠目し、かつ懸命に慰留したが、最後にはそれを受け入れるしかなかったのだ。

 バウムガルデン公爵はその際に条件として自分の荘園の人々の安全を保障してほしいと再三懇願した。それはいったんは聞きいれられたが、結果としてそれは裏切られる形となる。

 バウムガルデン公爵家の領地は皇帝陛下の直轄地に成り下がるか、ブラウンシュヴァイクやリッテンハイムの私有地と化し、あるいはそれに群がってきた貴族たちに分け与えられたので両家はますます発展した。

 だが、バウムガルデン公爵は貴族意識の高い人ではあったが、領民の生活を考える人でもあったので、辺境の荘園であってもインフラ整備はきちんとしていた。それを頑迷な考え方の貴族に所有権が変わった途端、中世の農園そのものの生活に落とされたのだから、人々の混乱と反発は大変なものであった。

 これを鎮圧するのにブラウンシュヴァイクやリッテンハイムも軍を繰り出すありさまで、各地で耳を疑いたくなる鎮圧行為が繰り返されていった。完全に平定できたのは約1年後のことになる。足の速いものは自由惑星同盟に亡命するか、フェザーンに逃げ込むかしたが、そのほかの者はとどまることを余儀なくされ、貴族たちの過酷な搾取に耐え忍ぶ日が続いたのである。

 

 



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第十八話 後方支援体制構築も重要です

帝国歴480年12月2日――。

帝都 オーディン ランディール侯爵家邸 

■ アレーナ・フォン・ランディール

 うう寒ッ!!もうすっかり雪景色ね。こんな寒い日は中で本を読んでいるかネットサーフィンしているに限るわ。

 しかしまぁ、皇女殿下もアルフレート坊やも思い切った手をうったものね。私の情報網に引っかかったのもある意味偶然からなんだけれど。

 皇女殿下奪還は予測していたけれど、まさかブラウンさんリッテンさんの攻勢で、バウムガルデン公爵家が解体して、息子が皇女殿下つれて亡命するとは思わなかったわ。(ちなみにアルフレート坊やのお父様お母様はどうなっているか不明。爵位没収の後、帝都を出たっきりどこに行ったのかはわからない。でもたぶん自由惑星同盟に行くんじゃないかな。)

 あのまま辺境にいてくれればよかったんだけれど。でも、亡命という手は、それはそれで一つの解決方法にはなったのかもしれないのか。

 

 あぁでもくっそ!!(なんて汚い言葉遣い!!)ファーレンハイトやシュタインメッツが向こうに行っちまったのは大、大、大損害だわ!!

 

 それにしてもねぇ~・・・。一番私が心配しているのは、あの二人の事。自由惑星同盟って原作だと帝国に、ローエングラム公に滅ぼされることになるのだけれど。それを知らない『チート共』じゃないのに。あえて亡命したってことは、自由惑星同盟でまたぞろ台頭するつもりなのかな。

 そんなことはしてほしくはないわ。普通に一市民として生きていてほしいってのが本音。そうすれば相手を殺さなくて済むんだもの。

 

 そんなわけで、とりあえずはブラウンシュヴァイクとリッテンハイム侯爵の2大貴族の栄華という、原作に近い状況に逆戻りなわけで。超最悪なのは、バウムガルデン公爵領内にいる、今回の事態と何の関係もない人たちが、新領主に抵抗してひどい目に遭っているということ。

 

 だから、これだから貴族ってのは!!!!しかし、こうなった原因は私にあることは承知の上。今更責任逃れなんてしようとは思わないわ。でも、下手に私が動けばかえって逆効果、それに益々立場が悪くなる。そんなわけで、見て見ぬふりです。ごめんなさい、数千万を犠牲にして、数百億が幸福になれるとしても、犠牲は犠牲なのよね。後でヴァルハラで帳尻合わせてもらおうかな。

 

 ブラウンシュヴァイクやリッテンハイムがとんでもない「イイ子」になるか、新たなチートが味方するか、それともあの人たちの部下たちが「チート化」するか、まぁ、要するに原作からかい離しない限りは、大丈夫でしょう。まだ油断できないけれど。

 

 ま、それはそれとして、これはチャンスよ。どうせブラウンさんやリッテンさんは自分の事しか考えないんだから、今のうちに私の方ではラインハルトのために地ならしをしておこうっと。それも早急な改革ではなかなか実現しづらいことをね。

 私の方でいくつかプランを考えて、それをイルーナ、ティアナ、フィオーナに見てもらいました。三人からの修正意見を加えたものは、だいたいこんな感じかな。基本的には時間がかかる「人の養成、新型艦船の開発・建造、法律の整備」の三本柱よ。

 

 

 

1:帝国ニ公務員法ヲ制定シ、帝国ノ官僚養成学校ヲ設立ス。

 原作だとシルヴァーベルヒくらいしか官僚ですごい奴はいなかったからね。独創的ではないにしても実直でわいろを取らないような法整備を行って、公務員を育て上げることにするの

2:艦隊ノ制御ソフトウェア開発・整備並ビニ、次世代旗艦開発ヲ着手ス。

 現状だと同盟軍に艦隊運動では負けているからね。ヤン艦隊を攻略するのにはフィッシャーが鬼門だと思ってるかもしれないけれど、同盟軍艦船そのものも機動性は高いのよね。だからそれを上回る艦船を開発しなくちゃ。次世代艦はアースグリム級の超砲撃能力を備えた戦艦がいいかな。それを15000隻頭そろえてぶっ放せば、さすがにヤン艦隊も一発で消滅するでしょ。な~んてね。そんなわけないけれど。

 

3:農地法及ビ商法、民法等ヲ整備ス。司法権ヲ独立サセ、公務員裁判官ニヨル裁判ヲ実現ス。

 改革をするには、まず基本的な法整備をしなくちゃね。それも粗削りなものをね。あまり細かすぎても駄目。そこらへんはラインハルトに任せるわけ。裁判員制度はまだできないもの。だから裁判官を養成するの。だっていまだに裁判は貴族の裁量か、秘密裁判所だなんてところで行われてるんだから。

 

4:帝国歌劇団ヲ結成ス。

 今のオーディンには娯楽が少ないもの。だからね、美少女をそろえた劇団を作っておけば、男どもは喜ぶわけ。地球教なんかにはびこる隙は与えないわ!!しかもこの劇団、ただの劇団じゃないわよ。畑アイドルとして庶民で編成するの。おいおい成功してきたら貴族にだって道を開いたげるけれどね。将来的にはね、ラインハルトとヒルダさんの結婚式の時に、出し物として出演させるのが夢なのよね。

 これ、私がプロデュースしてみようかな。うん、そうしよう。

 

5:サイオキシン麻薬ノ根絶ヲ断行ス。

 一番厄介なのがこれなのよね。しかも大本がわからないから、地道に捜索するしかないわけで。これはグリンメルスハウゼン子爵閣下の情報網を活用するとしましょうか。

 

 あ~~!!それにしても私一人では手が足りない!!誰か応援頼めないかなぁ・・・。って、あれ!?あそこ、あそこの道端を歩いていく長い水色の髪をした冷たい青い目をした綺麗な女の子、まさか!?

 

 

 

■ ヴァリエ・ル・シャリエ・フォン・エルマージュ

 どうやらこの世界でも私は監察官的な役割を担いそうね。

 

 私の前世は、騎士団監察官だったけれど、何の因果かこの世界での私の父親は憲兵隊副総監。憲兵隊と言ってもその内情は腐敗しているから、私の前世のものとは比べ物にならないけれど。生まれてしばらくして、エルマージュ侯爵家は代々憲兵隊を指揮してきた家柄で、社会秩序維持局ともつながりがあるということを知ったわ。そのおかげか、帝国内で発禁されている図書も私の家にはあった。ジークマイスター提督のようね。私は亡命はしないけれど。

 

 この世界での父親は職務熱心、それに反して母親は遊び好き。いつも家にはいなかった。子供の頃の私は使用人を相手にして暮らしてきたようなものだったわ。

だからこうして外に出られるのだけれど、それにしてもここでアレーナ・フォン・ランディールと会うなんて・・・・。

 上から呼ばれた時はびっくりしたわ。道端に誰もいなかったのがせめてもの救いよ。仮にもここの世界で貴族ともあろう者があんな大声を出すことはおかしいもの。

 

「ヴァリエ、久しぶりね~。いくつになったの?」

 

 13歳よ、と答えた私に、じゃあフィオーナやティアナと同じ年ね、と言われたわ。そう、フィオーナもティアナもこの世界に来ていたのね。彼女たちと私は前世では騎士士官学校同期だったから、きっと同い年だろうとは予想はしていたけれど。

 

 私はアレーナ・フォン・ランディールに対してあまりいい感情を持ってないわ。あんな飄々としてつかみどころがない人は見たことがないし、話していてもいったいどこが本心なのかわからないから。まるでウナギよ。

 

 アレーナ・フォン・ランディールはひとしきり私の身辺のことを聞き、自分のことをざっと話した後、今現在の状況を整理して話した。

 

「私もこの世界に転生した目的はラインハルト・フォン・ローエングラムを助けることだとは知っているわ」

 

 私は言った。正直なところ、転生だなんて有難迷惑だったけれど、またフィオーナとタッグを組めるのなら、悪くはない話だと思っている。

 

「なら、話は早いわ。私一人だと正直手が足りないのよね~。今イルーナ、フィオーナ、ティアナは帝国軍に入っているわ。将来の艦隊司令官候補としてね。一方の私は帝都に置いて下地を作ってるっていう寸法よ。あんたは前世は監察官だったでしょ?剣の腕もすごかったけれど、どっちかっていうと内政向きなタイプよね?だからあんたも帝都組として、私に協力してくれると助かるんだけれど?」

「私はあなたには協力しないわ。ラインハルト・フォン・ローエングラム若しくはフィオーナのためになら協力する」

「どっちでも一緒だけれどね」

 

 一緒?!一瞬カチンと来たが、当の本人は飄々としていて一向に気にしていない様子だった。

 

「一緒じゃないわよ、私の気持ちの問題なの!!」

 

 私の剣幕がすごかったのか、アレーナはすまなそうな態度になった。

 

「あ~~ごめんね」

 

 なによ、ずいぶんしおらしいじゃないの。まぁ、前世と違って私たちはあったばかりだし、この世界でのことに関してはまだ恨みつらみもないから、いいけれど。

 

「わかったわ。協力する。それで、どうするの?」

 

 アレーナは嬉しそうにありがとうと言うと、何やら書類のような物をわたしに提示してきた。目を通すと、今後数年で構築すべき事柄が書いてある。なるほど、ラインハルト体制に備えて、長期的に改革が必要なものは今からするということか。

 

・・・・・・・・。

 

 私はしばらくじっと書類に集中していた。その間アレーナは何をしていたかというと、窓の外の白銀の世界を見ているだけ。うるさく干渉されるよりはありがたいけれど。

 

「大筋はこれでいいと思うわ」

 

 私は書類を示しながら、賛同した。4はちょっと「えっ?」って思ったけれど、まぁ、そういうのはあっても別に害にはならないから。

 

「でも、これらはどうやってするつもり?」

「1については、女性士官学校からの派生という形で提案するの。現状あまりにもワイロや汚職が多いことは、マインホフおじいさまも常々愚痴っていたわ。『皇帝陛下の御ために!!』っていう魔法の言葉を唱えて、ゴリ押ししていけばまぁ行けるでしょ」

「いっそ、全省庁の手入れを行って、汚職者を摘発するというのはどうなの?」

「それも一つの案だけれど、それについてはまだ時期が早いんだな」

 

 なるほど、それをラインハルトにやらせて、彼の見地の向上と出世につなげるということか。あるいは・・・まぁ、いいわ。

 

「2については、ラッキーなことにね、この世界じゃグリンメルスハウゼン子爵閣下の部下のウルリッヒ・ケスラー少佐が兵器開発部開発課の主任になっているのよ。びっくりしたけれど。そこにね、私が設計案を提出してそれを作ってもらおうかなと思ってるの」

「具体的には?」

「ワープ機能の強化、艦隊運動能力・索敵通信能力の強化、さらに無人艦隊システムの開発、次世代ワルキューレの開発、そして、超強力型主砲の極秘開発。さらに余力があれば次世代戦艦の開発にも着手してほしいと思っているわ」

 

 なるほどね、あまり目立つようなことをせず、現場で役に立つようなものをコツコツと作り出すわけか。

 

「3については、早急にはできないから、草案だけは作って開明派の貴族たちにそれとなく提示しようと思うの。結構サロンにはそういう前衛派の人が集まるところがあったりするのよ。ホラ、原作だとカール・ブラッケとかそうだったでしょ。4については、まぁ、これは私の趣味ね。でもね、これにも一応戦略的な要素はあるからね。おいおいわかるわ。そして5なんだけれど・・・・」

 

 5は厄介だと思うわと、私も述べた。何しろ範囲が広すぎるし、現時点での私たちにはそれを取り締まる力もまだまだないのだから。

 

「アルレスハイム星系でのカイザーリング艦隊の敗北は、サイオキシン麻薬のせいだということになっていたけれど、おそらくは軍、政財界、そして地球教と、かなりの広範囲にわたって麻薬は広まっていると思うわ。なにしろ帝国と同盟とが秘密裏に結託して調査したというくらいだから。さて、いったいどこが総本山なのかしらね」

「それについては、グリンメルスハウゼン子爵閣下の情報網を広げて調べているけれど。まだ確証はつかめないのよね。これについては数年がかりの地道な作業が必要だと思うわ。いずれ一斉摘発を行うつもり」

 

 私はうなずいた。しかし、考えれば考えるほど難しい。私たちがラインハルトに代わって覇権を取るのであれば、まだ簡単なのだけれど、今回難しいのは「ラインハルトの偉業を助け、なおかつ反ラインハルト転生者たちからラインハルトを守り、さらにラインハルト本人から睨まれないようにする」という様々な縛りがあるところなのだから。

 

「そうよ。私たちが単なる転生者だったら、いっそ楽だったけれど。この世界に転生するにあたって『ラインハルトを守ります!チート共には負けません!』なんて銘うってるからね。あのヴァルハラの爺様、とんでもない課題を私たちに押し付けてくれたわね」

 

 アレーナが私の考えを読み取ったのだろうか、そう言ったが、どこか楽しそうだった。

 

 まぁいいわ。それでこそ前世以上に腕の振るいがいがあるというものだから。

 



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第十九話 女性士官学校生活のほんの一部です

帝国歴481年1月5日――

 

 女性士官学校は、アンヴェイル地区の旧家を取り壊しまくり、広大な敷地を確保してそこに白亜の立派な建物をいくつもたてた、幼年学校や士官学校をはるかにしのぐ施設なのである。まず正面には広大な庭があり、綺麗にガーデニングされた、不思議の国のアリスもびっくりな世界が広がっている。メルヘンなガーデンとして観光名所にもなっているほどである。そのガーデンを進んでいくと、中央にキラキラと眩しく水を放つ噴水が鎮座している。

 そこを通り抜け、ホワイトハウスもびっくりの白い講堂のような巨大な建物が中央学棟である。

 足掛け3年目、ようやく形ができてきた女性士官学校では、いよいよ今年で第一期生の卒業を迎えることとなる。3年間みっちりと訓練を積み重ねた女性士官候補生たちは、年齢も出自も違えど、すでに一つの同期としてほぼ仲がいい状態となっていた。

 

 貴族の子弟も一部いるが、そう言った者は貧乏貴族の令嬢であり、生活ぶりも庶民と変わらなかったから、意外にあっさりと平民たちを受け入れることができていた。

 

 イルーナは第一期生として戦場に向かうこととなっているが、フィオーナ、ティアナサイドはそうではなく、まだ1年は残る予定であった。現場に出るのは最低でも15歳になってから、というのが上層部の判断である。イルーナ・フォン・ヴァンクラフトは今年16歳に、フィオーナとティアナは14歳になる予定であった。

 

「いったい教官はどこに行くんでしょう?」

 

 広いガラス張りの食堂で3人でお昼を食べながらフィオーナはふとかつての自分の教官に話しかけた。

 

「さぁ、どこかしらね。なんにしても・・・そう、やりがいのあるところがいいわね」

「教官ならどこに行ってもやっていけます」

「あら、そう買ってくれるのはありがたいけれど、私だって人間なのよ。不安に思うこともあるし、時には怒りだしたくなることも、逃げ出したくなることもあるわ」

 

 前世ではイルーナ・フォン・ヴァンクラフトは若干20代前半で騎士団のトップに就任し、以後様々な改革を実践し、激動の時代を生き抜いてきた実力者なのだ。それを良く知っている後輩の二人は意外そうに顔を見合わせた。

 

「何にしても、フィオーナ、ティアナ。私たちはラインハルトの麾下になって彼の覇道を補佐するまで、死ぬわけにはいかないわ。地位や名誉などはラインハルトが実力をつけ、私たちがその麾下に入れば、自然とついてくるものなのだから、武勲は二の次よ。あまり視野狭窄になっては駄目。いいわね?」

「はい」

 

 フィオーナがうなずき、ティアナも、

 

「大丈夫です。イルーナ教官がオーディンからいなくなっても、ラインハルトとキルヒアイスのことは私たちが責任をもって見守りますから」

 

 イルーナは思わず相好を崩した。まだ傍目は13歳なのにまるで母親のような言動だと。

 

「それにしてもこうやって教官とお昼をご一緒するのも、後わずかなのね・・・・」

 

 フィオーナが寂しそうに視線をはずした。それを見ているとどうにもこうにも気の毒になるのは、やはり前世からずうっと教え子のことを見てきたせいだろうか。

 

「なら、私のできる範囲ではあるけれど、あなたの希望を一つかなえてあげましょうか」

 

 そう言ったのは、卒業を控えて彼女自身暇ができていたからだった。

 本当ですか!?とフィオーナが顔を輝かせる。イルーナはうなずいて見せた。どうしようかと考えていたフィオーナが一つぽんと手を打った。

 

「そうだ、教官。久々にお相手いただいてもよろしいですか?」

「相手?何をするの?戦闘訓練?それともシミュレーション?」

 

 イルーナ・フォン・ヴァンクラフトの技量はすべてにおいてトップを維持しているが、こと戦闘技能と理論、学科にかけては天才的な頭脳をもち、士官学校、幼年学校に彼女が入ったとしてもあっという間に主席だろうと教官たちに言われたことがある。

 だが、イルーナはひた隠しにしているが、彼女の本領は大軍を指揮運用することであり、フィオーナでさえ、その技量にお目にかかったことは前世で数度、ほんの数えるほどしかない。

 この機会にぜひ見てみたい、というのがフィオーナの正直なところだった。

 

「そうねぇ・・・・」

 

 イルーナは苦笑している。あまり自分の技量を見せても仕方がないわ、という色が出ている。

 

「駄目でしょうか?」

「まぁいいわ。卒業試験も終わったことだし、あなたたちも試験も終わったのだし」

「いいんですか!?ありがとうございます!!」

 

 フィオーナが喜んだ。

 

「あ、ずるい。ま、でも今回は私は見学側に回りますから。二人の戦いぶりを見せてもらうわ」

 

 ティアナが言った。

 

 シミュレーターはアレーナの提案でヴァーチャルリアリティーなものになっている。それが数百機広大なシュミレーター室に円筒が並んでいて、そこに入った人間はたちどころにヴァーチャルな仮想戦場に降り立つこととなる。艦隊戦、陸戦、空戦、何でもありなのだ。なお、数基ある巨大なモニターで中に入っているプレイヤーの試合を観戦できもする。

 3人がシミュレーター室に入っていくと、周りの人間がおっという顔をした。3人のことは女性士官学校中の者が知っているのだ。

 

「あの、試合、なさるんですか?」

 

 まだ初々しい1年生と思しき女の子が話しかけてくる。

 

「ええ。そこ、借りてもいいかしら?」

「は、はい!」

 

 1年生はほおを紅潮させ、すぐにどいて3人を導いた。

 

「ありがとう。・・・さて、フィオーナ。どういう想定で戦う?」

「教官が・・・あぁ、じゃなかった!!イルーナ、先輩、がお望みであれば、艦隊戦をしてみたいのですが」

 

 フィオーナは言葉に詰まったが、なんとか話し終えた。教官という呼び方になれてしまっているので、周囲に人がいるときには完全にぎこちない話し方になってしまう。

 

「いいわよ。戦場はランダム、艦隊総数もランダム、編成もランダム、これで行きましょうか」

「はい!お願いします!」

 

 イルーナはちょっと微笑んでから、手近の円筒に入った。スムーズな機械音と共に円筒が閉まり、皆の視界からイルーナの姿を奪った。

 

「じゃ、フィオ。頑張ってね」

「ええ!」

 

 フィオーナもまた、手近な円筒に入った。視界が闇に覆われるとともに、フィオーナは帝国軍艦隊旗艦艦橋上に立っていた。ヴァーチャル仮想空間であるが、それは本物そっくりの演出である。ただ、自分の前に時折ディスプレイスクリーンが表示され、そこに状況が出てくるのがヴァーチャルらしいといえばそうであるが。

 既に艦隊は動いている。通常航行速度で目的地に向かって動いていると言った格好だった。

 

 ヴァーチャル仮想空間にいるフィオーナの前に、一つのミッションが表示される。

 

「艦隊殲滅戦!!!敵艦隊を発見し、より多くの艦艇を撃破したほうが勝ち!!!」

 

 というわかりやすい表記である。フィオーナはただちに自軍の編成を確認した。

 

「私の艦隊総数は13600隻、内容は・・・なるほど、そして周囲は広大な空間、何もない宇宙空間・・・・・」

 

 アステロイド帯すらもない、地表で言えば大平原といった宇宙空間に艦隊は整列していた。フィオーナはこれを移動に適した長蛇の陣形に変更した。

 

「索敵艦及びワルキューレ部隊を発進、さらに音波ソナーを発射、索敵を開始します」

 

 フィオーナの指示で方円上に索敵部隊が発艦し、さらに後ろには衛星を射出して後尾の状況を確認する体制をとった。

 

「・・・・・・・」

 

 フィオーナの眼に無数の光点が映ってきた。

 

「前方187光秒の地点に敵艦隊、数、およそ5500隻」

「詳細はどうですか?」

 

 ヴァーチャルの、しかもオペレーターに対してだというのに、フィオーナは敬語を使う。もっともこれは前世で師団を指揮していた時からそうだったが。

 

「戦艦約3000、巡航艦1500、駆逐艦1000」

「妙ね・・・・」

 

 フィオーナはいつになく首をかしげる。5500隻だというのに、その内容には戦艦が多い。

 

(5500隻のはずがない。戦艦を多く持ってきたということは、この前面部隊が攻勢を支える間に、どこかから別働隊が・・・・。いえ、それ以上なのかもしれないわね)

 

 そう思っている間にもフィオーナは矢継ぎ早に攻勢の指示を出した。彼女もまた艦隊運用にかけては天才的であり、あっという間に通常航行から戦闘隊形に変更した。すなわち、凸形陣形をとったのである。

 

「全艦隊、有効射程距離に入り次第、攻撃開始」

「有効射程距離に入りました」

「ミサイル斉射!!」

 

 フィオーナの号令一下、まずミサイルが放たれ、次いで主砲が放たれた。絶妙なタイミングで敵艦隊前面に到達したミサイルを主砲が打ち抜く。炸裂したミサイルが爆発四散し、少なからぬ損害を敵の前衛艦隊に与えた。

 

「全艦隊、攻撃を開始しつつ、全速前進」

 

 真正面からそのまま敵陣に突撃するとは、どういうつもりなの!?とモニターを見ていた女性士官候補生たちが騒ぎ出した。絶対数では圧倒的にこちらが有利なのだから、損害が増す至近戦よりも砲撃に終始したほうがいいというのがその理由である。ティアナだけは一人納得顔だったが。

 

「なるほど、フィオ。そういうわけね」

 

 そうつぶやいた彼女のモニターの先に、凸形陣形を取ったフィオーナ艦隊から見て3時の方向から別働隊が急接近してくるのが見えた。

 

「敵の高速艦隊です。数8000。高速戦艦を中心に、巡航艦と駆逐艦による大部隊です。俯角25度から急速接近!!!」

 

 その瞬間、前方の敵が本格的な守勢に切り替えたのをフィオーナは見逃さなかった。

 

「全艦隊凸形陣形を再編し、球形陣形に変更」

 

 鮮やかなボタンの花の様に球形陣形に作り替えたフィオーナはさらにその陣形を回転させるようにして対処した。すなわち、回転する玉のような動きをしたのである。しかも絶えずその艦首を敵に向け続け、主砲を整然と斉射し、それを敵にあたえ続けるというのは並の艦隊司令官では到底できない運動であった。これをこなすには、的確かつ具体的なおかつわかりやすい明瞭な指示を出せる能力、そして現場の動きを一瞬で数手先まで読み通せる能力が必要である。

 

「流石はフィオーナね、防御戦闘においては驚異的な威力を発揮する。あなたは前世からそうだったわね」

 

 敵側の艦隊司令官であるイルーナは「教え子」の動きを賞賛した。もっともその顔には余裕があった。

 

「砲撃の目標位置を絞るわ。α5329、β29500。すなわちあの円の中心点至近上方。そこだけをめがけてひたすら一点集中砲撃を敢行しなさい。敵の旗艦を沈めるわよ」

 

 イルーナはそう指令した。

 

 フィオーナは球形陣形、イルーナは正面展開5500隻と側面8000隻の2部隊による半包囲体制。そして双方が狙うは、相手の旗艦の轟沈である。

 

「流石は教官!」

 

 フィオーナは感嘆していた。実に的確なポイントで砲撃をする。それ以前に索敵機能を全開にして、妨害電波などもろともせずにいち早く旗艦を見出した手腕はさすがというほかない。

 だが、フィオーナとて同じであった。既にイルーナ艦隊の旗艦の位置は正面展開している5500隻の艦隊にいることを把握できている。

 

 フィオーナは艦隊を後退させた。それも急激な後退ではなく、時に緩やかに、時に急に、相手を離さず、寄せ付けず、球形陣形のままじわりじわりと後退をしていく。

 イルーナ・フォン・ヴァンクラフトの指揮する艦隊も、正面、側面、ともに押し詰めてきていた。フィオーナが後退の速度を速めれば、その間合いを詰め、緩やかになればその間合いを保つ。絶妙な艦隊指揮だった。

 

 この状態が約10分ほど続いたところで、突然フィオーナは采配を振った。ちょうどフィオーナが後退の速度を増速し、敵がそれに乗じた瞬間である。

 

「今です!球形陣形を解除、上下に散開し、急速前進!!!」

 

 パカッ!!とまるでパックマンの口の様に分かれた艦隊が上下に散開し、8000隻の高速艦隊をいなし、あっという間に5500隻の正面艦隊に上下から襲い掛かった。それは上下からサンドイッチするような光景だった。イルーナの5500隻が『お肉』だとすれば、フィオーナの上下の艦隊は『パン』である。

 

「ファイエル!!」

 

 フィオーナが澄んだ声で指令した。上下から集中砲撃が5500隻の艦隊を襲う。イルーナ・フォン・ヴァンクラフトの艦隊は数を討ち減らされて、壊乱状態に陥った。

 

 ところが、である。フィオーナはディスプレイ上、宙域図形で、自軍の周りが突如として赤い敵軍の光に包まれるのを見て愕然となった。イルーナの別働部隊7000隻がフィオーナの旗艦部隊(パンの上半分部隊)をすっぽりと包囲していたのである。

 高速艦隊ならではの急速反転回頭急襲戦法だった。

 

「フィオーナ。攻撃の最中も背後や側面に気を付けなさいと、言ってあったでしょう。・・・全艦隊、突撃!!一点突破を図るわ」

 

 8000隻艦隊と5500隻艦隊の集中砲撃によって、フィオーナ側の包囲陣形に穴が開き、イルーナの5500隻艦隊は突進して突き崩し始めた。ちょうど内部と外側から爪楊枝を刺しあげ、さらに『パンの上半分』をツイストにギュンギュンとねじり始めた格好である。

 だが、フィオーナも負けてはいなかった。あっさりと主砲の射線から艦隊を引き上げさせ、ズタズタに引き裂かれた艦隊を収縮して見事に再編成して見せたのである。

 

 ここからが正念場!!

 

 と誰もが思ったのかもしれない。損害数においては、フィオーナもイルーナもほぼ互角であった。前半はイルーナが優勢で、後半は一転してフィオーナが、そしてまたイルーナが盛り返してくる、などと息もつかせぬ攻防の連続。ここからが勝負どころだろうと誰もが思っていた。だが、それはあっけなく終わった。

 

 なぜか?

 

 時間切れだったからである。無情にも制限時間終了を知らせるブザーが鳴った。

 

「ああああ~~~!!!」

 

 という残念な悲鳴があちこちから沸き起こった。二つの筒が開け放たれ、それぞれの「選手」が出てきた。どちらも入る前と後で表情も服装の乱れも何一つ変わっていない。

 

「流石は教官です」

 

 フィオーナはにっこりした。

 

「まだまだ私にはかなわないなぁと思いました。あのまま推移していれば、私は確実に負けていました。と、いいますか、損害数で負けてますね。私」

 

 ディスプレイ上には、フィオーナ艦隊の損害率38,9%、イルーナ艦隊の損害率34.8%となっている。

 

「いいえ、あなたの艦隊再編成の迅速さも見事だわ。さすがはフィオーナ、前世からの迅速な部隊展開と的確な火力の集中戦法は相変わらず健在ね」

 

 前世に置いてフィオーナは自軍を指揮し、4倍の敵と互角以上の戦いを展開したこともある。どちらかと言えばフィオーナは「守勢」が得意であり、その点では鉄壁ミュラーに似ている部分があるかもしれない。

 対するに、とイルーナは近寄ってきたティアナを見た。彼女自身はその性格が示す通り「機動性をいかした攻勢」が得意であり、その点では、疾風ヴォルフとビッテンフェルトを合わせたような特性を持っている。

 まさに「静」と「動」である。願わくばこの二人がロイエンタールやミッターマイヤーのように双璧たるポジションでラインハルトを支えていってほしいと思うイルーナだった。

 

 それにしても、とティアナは思う。あの二人は全然本気を出していなかった。どっちもだ。子弟なのだから腹の探り合いなんてしなくていいのに。それとも、ギャラリーがいたからなのだろうか。

 



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第二十話 イゼルローン要塞に赴任します

帝国歴482年8月1日――。

自由惑星同盟――。

 この年、自由惑星同盟側にとって、エル・ファシル星域会戦以来の出兵人事が起こっていた。出兵と言っても、大規模ではなく、一個艦隊の出撃であったのだが。

 出兵部隊は第六艦隊司令官ヴィラ・デイマン中将以下15000隻である。なぜ、一個艦隊のみが出撃したかというと、これはありていに言えばパフォーマンスであった。

 

 

 エル・ファシル星域奪還作戦はシドニー・シトレ中将率いる第八艦隊の勝利で終わったものの、その後余勢をかって帝国本土へ出撃しようという動きはなかった。ブラッドレー大将が「待った」をかけたし、何よりこの当時同盟の政権担当者が保守的な人で、攻勢をかけるのを良しとしなかったことにある。大艦隊を運用するのには、ただでさえ金がかかるのに、それを戦闘艦隊として派遣するとなると、大規模な予算を割り振らなくてはならない。

 

 

 だが、奪還後も回廊付近を中心に局地的な散発戦闘は続いていた。ほぼ2年近くにわたって大規模な会戦はなく、国力は落ち着きを取り戻しているが、それだけにどこかしら怠惰な雰囲気が同盟全体に漂っていた。

 束の間とはいえ、平和が到来すると、民衆の悲しさ、政権への関心は薄れ、地方選挙での投票率は下がり、それが中央政界へも波及してくるのはお決まりの事である。

帝国と違い、同盟においてはこうした支持率を常に気にかけなくては、軍も政治もできないという状況にあった。民主国家の宿命である。

 そこで、同盟側の政治家、軍上層部は同盟において完成した新鋭艦のテスト航海をかね、一個艦隊をいわば「示威行動」として派遣することとしたのである。

 

 その、ヴィラ・デイマン中将は自由惑星同盟最高評議会の現議長ピエール・サン・トゥルーデのお気に入りであり、さらにヨブ・トリューニヒト国防委員等の次代の有力若手議員ともつながりがある人物である。能力は平凡だが、それだけに自分に見合った任務を着実にこなし、ここまできた人物だった。

 その第六艦隊には、これもヨブ・トリューニヒトらとつながりのあるムーア准将の部隊が加わっており、その参謀長としてシャロン・イーリス中佐が赴任していた。シドニー・シトレ中将率いる第八艦隊には、副官兼参謀としてヤン・ウェンリー少佐が赴任してきており、シャロンは表向き栄典ではあったが、その反動で押し出される形となっていた。

 

 これには、統合作戦本部長のダニエル・ブラッドレー大将の意向が働いている。最高評議会議長ともトリューニヒトとも距離を置くブラッドレー大将にとっては、第六艦隊の司令官以下の面々の能力については、信用していなかったのである。そこで、シャロンを送り込むことにしたのであった。

 

 当のシャロンは唯々諾々と赴任していったが、その胸中はいかばかりかとシトレ中将もブラッドレー大将も思っていた。

 このささやかな人事が、後に帝国軍と同盟双方に対して、ある波紋を起こすこととなろうとは、シトレ・ブラッドレー両名には想像もつかぬことであった。

 

 

 

 

 

イゼルローン要塞。

帝国歴482年8月17日――。

 

 ラインハルトとキルヒアイスは幼年学校卒業後の初陣場所であった惑星カプチュランカの戦闘に勝利し、司令官マーテル大佐の推挙を得て、イゼルローン要塞に赴任することとなった。赴任先は駆逐艦ハーメルン・ツヴァイである。ラインハルトは中尉に、キルヒアイスも少尉となっていた。

 

「キルヒアイス、あれだ」

 

 軍港でラインハルトが目標の艦を見つけて指さす。

 

「ええ、あれですね」

「いよいよ宇宙艦隊勤務だ。地上戦と異なるが、俺はこの瞬間をずっと待っていた。ここから始まるのだな、本当の戦いが・・・・」

「はい、ラインハルト様」

 

 キルヒアイスがうなずいた。二人はハーメルン・ツヴァイに足を向けたが、ふと、ラインハルトが足を止めた。そこかしこを軍人が闊歩しているのは当然として、その中に女性士官が混じっている。

 

「それにしても、このイゼルローン要塞は随分と女性が多いな」

 

 原作と違い、女性士官学校が設立されて4年が過ぎ、着々と第一線に送り込まれる士官は増えていた。 最初は5000人ほどだった入校者も今は一学年1万人を超え、幼年学校に並ぶ勢いである。当初はやはり摩擦などの問題があったりしたが、マインホフ元帥直々の前線視察や、皇帝陛下勅命での厳粛な訓示、また違反者は即刻処刑など厳罰が繰り返された結果、だいぶ女性蔑視の火は下火になったのである。

 

 表面上ではあるが。

 

 女性の中では既に大尉になっている者すらもいた。(第一号はイルーナ・フォン・ヴァンクラフトであったが。)それらはイルーナやアレーナを通じてラインハルトもよく知っていることであったが、こうして実地に見ると改めてその実情を思い知る気持ちだった。

 

「俺たちも、女性に武勲を取られないよう、せいぜい励むとしようか」

「ええ」

 

 二人は歩みだした。

 

 30分後、彼らは艦長室で艦長のアデナウアー少佐の面接を受けていた。

 

「ほう?ラインハルト・フォン・ミューゼル中尉にジークフリード・キルヒアイス少尉か。二人とも若いな。特にミューゼル中尉はカプチュランカでずいぶんと武勲を上げたそうではないか」

「恐縮です」

「卿にはいきなり航海長を務めてもらうが、何事もこのベルトラム大尉に聞くように」

 

 艦長は傍らに立つベルトラム大尉を手で示した。

 

「彼は士官学校を優秀な成績で卒業した。私もずいぶんと楽をさせてもらっているよ」

「ベルトラムだ。よろしく」

「よろしくお願いします。大尉」

「よし、では艦内を案内しよう。ついてきてもらおうか」

 

 

 ハーメルン・ツヴァイ艦橋上――。

■ ティアナ・フォン・ローメルド少尉 索敵主任

 ふ~。たいくつだわね。フィオはああやって喜々として任務に就いているけれど、私なんか索敵主任だもの、平素はあまり仕事はないのよね。まぁ、最もレーダーなどの通信装置の手入れは欠かしてないけれどね。

 ま、考えてみればフィオと同じ艦に配属されたのはラッキーだったわ。ここに来た当初はなんだか知らないけれど、やたら兵隊に絡まれる日々。それもフィオと私とがぶちのめしたり半殺しにしたりしたから、だいぶ下火になったけれどね。ま、女をなめるとああいうことになるってのよ。それだって私たちは100万分の1も本気で相手してないし。

 

「みんなそのままで聞くように!!」

 

 あ、ベルトラム大尉じゃん。・・・・・って、えええええ!?!?

 あそこにいるのって、ラインハルトとキルヒアイス!?あ、向こうも気が付いた。こっち見て目、見開いてる。あ、でもそうかそうよね。原作だともう二人が赴任してくるころ合いだものね。それにしてもアレーナさんも強引よね。マインホフ元帥の力を借りて、半ば私たちを強制的にハーメルン・ツヴァイによこすなんてさ。そりゃ確かに私たちがいれば護衛として役立つかもしれないけれど、原作の時だってラインハルトは見事にクリアしたんだもの。大丈夫だと思うけれどなぁ・・・・。

 

 

その夜――自室にて。

■ ラインハルト・フォン・ミューゼル

 驚いた。まさかフロイレイン・ティアナとフロイレイン・エリーセルが赴任しているとは思わなかった。どうも知っている者と勤務するのはやりにくくてしょうがないな。だが、それはそれこれはこれ、だ。軍務に励むとしようか。

 予測していたことだが、やはり俺たちは子供だと思われている。癪に障るがそれが一般の者の思うところだ。俺は別に気にしていない。そのような心情など功績を立てれば見方は変わるものだ。今は経験を積むことに専念しよう。

 艦を見て回ったが、よく手入れされている。訓練が行き届いている証拠だ。だが兵の士気はあまり高くはないな。副長も平素はよく部下たちになつかれているようだが、さて、これが戦場に出れば果たしてどうなるかな・・・・。

 

■ ジークフリード・キルヒアイス

 まさかフロイレイン・ローメルドとフロイレイン・エリーセルのお二人がいらっしゃるとは思わなかったが、これは心強い。聞けば赴任してまだ3か月ほどのようだが、早くも古参少尉のような雰囲気を漂わしている。しかし、女性士官の軍服を初めて見たが、あれは誰がデザインしたのだろう?やたら刺繍がしてあったけれども。

 艦上の雰囲気はお二人を除いては、やはりラインハルト様には冷たい。それはラインハルト様もよく理解して居られていて、気にするなとおっしゃってくださる。そうだ、まずは武勲を建てて皆に認めさせることにしよう。

 

 

 8月27日ハーメルン・ツヴァイは第237駆逐隊の一員としてイゼルローン回廊の哨戒任務に就くこととなった。

 

 

数日後――。

 

■ フィオーナ・フォン・エリーセル少尉 通信主任

「定時連絡をキッシンゲンⅢに伝達」

 

 ラインハルトの声がするわ。私も仕事しなくちゃね。

 

「了解。定時連絡をキッシンゲンⅢに伝達します。時刻0900。・・・・異常なし、通信完了。なお、次回の定時連絡は1100の予定です」

「ご苦労」

 

 うん、いい感じだと思うわ。まだまだ若いけれど、ラインハルトは指揮官に、ううん、全軍の将帥に向いていると思う。そういうところは教官と同じかな。

 それに先日、やっぱり原作と同じようにアラヌス・ザイデル伍長の洗礼を受けて、その時に命懸けで弟さんを救ったと聞いたわ。艦が急に傾いたのは、その時艦橋にいたティアナが見ていたけれど、副長が意図的に前艦との距離を縮めさせたから。やはり副長はラインハルトのことを面白からず思っているのだわ。

 

「なぜ平民を命懸けて助けた?」

 

 ザイデル伍長の問いかけに、ラインハルトはこう答えたそうね。

 

「貴族だろうが平民だろうが、同じ人間に変わりはないんだろう?」

 

 そう答えられたと後でザイデル伍長が教えてくれました。私たちに、その・・・あの・・・、やっつけられた後でザイデル伍長ったらすっかり私たちに心服していたようなの。でもね、ザイデル伍長、私たちなんかよりラインハルトのほうがずうっと優れているのよ。

 

 

艦内下士官食堂――。

 

 ラインハルト、キルヒアイス、アラヌス・ザイデル伍長、ロルフ・ザイデル二等兵、そしてフィオーナ・フォン・エリーセル少尉とティアナ・フォン・ローメルド少尉がささやかな席を設けていた。お題目はむろん助けられたロルフのお祝いとそれを助けたラインハルトへの感謝の席だった。

 

「親父が町工場を経営していましてね、私もロルフも腕だけは器用だったんですよ。で、俺は工業化の高校、こいつは何を思ったんだか美術科に入っちまいましてね。でもね、いずれは徴兵で兵隊にとられちまう。どうせならってんで俺は軍に入って工兵科を志願したんです。うまくすりゃ前線に出なくてもいいし、将来退役すれば、その助けにもなる。私は、親父の工場を継ごうと思ってましてね。ところが、何の因果かいきなりの最前線勤務と来た。おまけに弟のロルフまでここに来ちまった。軍としてはいきな計らいもしたつもりでしょうがね、イッペンに戦死しちまったら、誰が年老いた両親の面倒を見るんですか!?」

 

 だんだんとロルフの口ぶりが激してくる。聞いていると、兵士一人一人の苦悩が伝わってくる口ぶりだ。彼はしまいには涙さえ流した。

 

「わかりますか!?中尉殿、少尉殿!俺たち兵士だって家族がいるんです!!一人一人生きているんです!!今後の人生もある!!俺たちだって兵士だ。そりゃ戦場にでれば働きますよ。だからこそ、俺たちは死ななくていい場面で死にたくなんかない。俺たちに欲しいのはね、ただ後方にいて命令する立場の人間じゃない。兵士一人一人のことをわかって、それを考えてくれる人がほしいんです!!」

「わかった。卿、いや、君たちのことを良く聞かせてほしい。一人一人のことを」

 

 ラインハルトは言った。意外な言葉にアラヌス・ザイデル伍長は目を見ひらく。

 

「いいんですかい?つらい話になりますよ」

「いいんだ。私は一人一人のことを聞いたうえで、その辛さを覚悟したうえで、私はあやまたず命令を下す。そのために聞かせてほしいんだ」

「ラインハルトの言う通りだわ」

 

 ティアナが静かに言葉を添えた。

 

「私たちはただ上に立つだけの士官じゃない。上に立った以上は部下たちに対して責任を背負うことになる。そのことを一度だって私は忘れたことはないわ」

 

 ティアナが静かに、だが意志の強いまなざしで言った。

 

「あなたたちのことはこれまでも色々と聞かせてもらいましたけれど、私ももう一度聞きたいです。じっくりと」

 

 フィオーナも真摯に言った。

 

 

 

数日後――。

 

 ハーメルン・ツヴァイは僚艦とともに、アルトミュール恒星系に差し掛かっていた。

 原作であれば、ラインハルトはこと通信や索敵に関しては注意怠りないよう喚起するところだが、フィオーナもティアナもそのあたりのことは心得ている。二人とも前世では上級将官まで務めたのだ。軍隊の規模や機械などが違うとはいえ、基本的な考え方は同じこと。二人はそれをよく承知しているのである。さらに、原作ではアルトミュール恒星系は自由惑星同盟艦隊の強襲を受けた場所として知られており、そのため二人とも特に警戒を厳にしていた。

 

 

 そして――。ついにその時がやってきた。

 

 

「左舷レーダーに反応!!イレギュラーではないわ!敵です!!砲撃来ます!!」

 

 ティアナが叫んだ。

 

「回避!!」

 

 ラインハルトが叫んだその直後、第237駆逐隊は猛烈な同盟軍艦隊の強襲に会い、ハーメルン・ツヴァイ機関部に被弾、出力が低下した。同時に艦橋司令席付近で爆発が起こり、吹き飛ばされた艦長が転げ落ちて倒れた。いち早い発見の知らせにもかかわらず、回避が間に合わなかったのは、航宙主任がすぐに動かなかったからである。これが致命的となった。

 

「艦長!!・・・軍医を!!」

 

 ラインハルトが抱き起すが、ひどい重傷だ。

 

「医療部員、艦長が負傷された。至急艦橋へ!」

 

 キルヒアイスが医療室に伝達する。

 

「こ、航海長・・・!!君が、指揮をとれ・・・・!!」

 

 弱い、だが必死の声は、艦橋にいた全員に届いていた。がっくりと首を落とした艦長にキルヒアイスが呼び寄せた医療班たちが駆けつけ、艦長をタンカに乗せた。ラインハルトはそれを見届けると、立ち上がり、宙域をにらんだ。次の瞬間彼は航宙主任のもとに走り寄っていた。

 

「エメリッヒ少尉、本艦取舵一杯!!」

「えっ!?しかし、他の艦は面舵を取っておりますが――。」

「二度言わせるな!!取舵一杯!!」

「しかし――」

「エメリッヒ!!」

 

 ティアナがエメリッヒをにらんだ。さっき緊急回避をさっさとエメリッヒがしていればこんなことにはならなかったのにと言いたい全開オーラを出している。

 

「僚艦に緊急連絡!!転柁を中止し、本艦に後続せよと伝えろ!!」

「はい!!」

 

 フィオーナがいち早く通信を送る。

 

「何をしている!?取舵だ!!」

 

 ラインハルトが呆然としているエメリッヒを叱咤する。

 

「エメリッヒ!!」

 

 ティアナが声を上げた。

 

「この艦橋の指揮権は今は航海長にあるわ。命令に従いなさい!!」

 

 エメリッヒにしてみれば、ティアナの言葉を聞くのは癪だったが、正論である。加えてティアナ・フィオーナの着任初日に手を出して返り討ちにされたこともあり、苦手意識を持っていたので、素直に従うことにした。さらに、先ほどの回避指令をすぐに実行できなかった弱みもある。

 

「わ、わかりました・・・・。本艦取舵一杯!!!」

 

 ハーメルン・ツヴァイは僚艦と航路を別にし、ただ一隻で取舵を取って別行動を行い始めた。

 そこにベルトラム大尉やデューリング中尉等が入ってきた。

 

「状況はどうなっている?」

「左舷下部に被弾、機関出力低下、艦長が負傷され、小官が指揮を執っております。なお、それ以外の被害状況の報告は今のところありません」

「艦長の負傷状況は?」

 

 ラインハルトを無視しながら、ベルトラム大尉が軍医に尋ねる。

 

「予断を許さない状況だ。すぐに医療室に」

 

 医療班たちがタンカを運び出す中、ベルトラム大尉が航路図を見て愕然となった。

 

「どうして当艦だけが別航路をとっている!!」

「ミュ、ミューゼル中尉の命令です!!」

 

 エメリッヒ少尉が上ずった声で答える。

 

「ミューゼル中尉の!?・・・わかった。以後は私が指揮を執る。回頭して旗艦に続け!!」

「お待ちください!!」

 

 ラインハルトが叫んだ。

 

「これは明らかに意図された奇襲です。同盟軍は小惑星帯に潜み、わが方を待ち伏せしておりました」

 

 

ハーメルン・ツヴァイ艦橋

■ フィオーナ・フォン・エリーセル少尉

 そう、待ち伏せよ。でも、考えてみればこれはおかしなこと。たかが4隻の駆逐隊に対してどうして戦艦や巡航艦数十隻が伏せているの?哨戒艦隊ならともかく、これは明らかに小戦隊編成だわ。

 理由はともかく、目的は私たちを一隻残らず葬り去ること。となると、アルトミュール恒星系に何か秘密が・・・・?それとも、第237駆逐隊そのものが目的なのかしら・・・・。

 私が考えていると、激昂したベルトラム大尉がラインハルトに指揮権を移乗しろと詰め寄っているのが見えた。仕方ないわね。掩護しなくては。

 

「副長!!」

 

 私の声に副長が振り向く。

 

「なんだ!?こんな時に!!何かあったのか!?」

「ミューゼル中尉の指示は的確でした。本艦は最後尾にあります。今回頭すれば敵の砲火の真っただ中を横断することとなり、危険です。しかも出力が低下している現状ではなおさらです」

「貴官までミューゼル中尉を支持するか!?」

 

 だめね、完全に感情的になっている。

 

「私は現状の判断が正しいと申しているにすぎません」

「同じことだ!!」

「バカじゃないの!!!正しい判断にどうしてケチをつけるわけ!?」

 

 あっ!!ティアナ!!!何言ってるの!?駄目じゃないの!!ここは前世じゃないんだから、私たちは一介の少尉に過ぎないのよ。もう!!

 

 ベルトラム大尉の顔が沸騰寸前に達していた。これ、下手したら抗命罪か何かで処分かしら・・・。

 

「航海長!!レーダーに異常反応!!!」

 

 その時、ティアナがレーダー反応を見て、叫んだ。ということは・・・・。

 

「報告は私にしろ!!」

「いや、ローメルド少尉、私が聞く」

「どっちでもいいわよ。右舷回頭した味方艦隊の反応が、消失!!原因は、味方艦隊前面及び側面に出現した敵の別働隊よ」

 

 なっ!!という表情をベルトラム大尉がしている。彼が絶句している間にティアナはラインハルトに意見しだした。

 

「航海長、進言をしてもいいかしら?」

「何か?」

「このまま小惑星帯の中に入り、敵をやり過ごし、そこで機関の応急処置を行うというのは?」

「ローメルド少尉の意見は正しい。エメリッヒ少尉、本艦を小惑星帯の中に回航」

 

 ハーメルン・ツヴァイはその艦首を小惑星帯の中に向けた。

 

「水雷長」

「な、何か?」

「機雷に自動信管を付けて、放出、最大出力で爆発させろ」

「そ、そんなことをしたら――!!」

「偽装だ。この艦が爆沈したと敵を欺くためだ」

「だ、だったら一発じゃ無理だ。三発同時に放出して爆発させないと・・・・」

「それでいい。やってくれ」

「・・・・・・・」

 

 水雷長デューリング中尉は無言で、汗をふきふきラインハルトに言われた通りの作業を素早くやってのけた。数秒後、派手に爆発した機雷を背に、ハーメルン・ツヴァイは小惑星帯の中に逃げ込みつつあった。

 

「エリーセル少尉。ローメルド少尉」

『はい。』

「通信をオフにして、パッシブ機能のみに切り替えろ。レーダー出力も最低限に絞り、近接レーダーのみに切り替えろ」

「もうしています」

「こちらも今したところよ」

 

 私は微笑んだ。ティアナもだ。ラインハルトはちょっと意外そうだったが、すぐにうなずいて見せた。ハーメルン・ツヴァイは無事に小惑星帯の中に入ったところで、ラインハルトはベルトラム大尉に向いた。

 

「指揮権を返上いたします」

「受理する。・・・キルヒアイス少尉」

 

 ベルトラム大尉は早速キルヒアイス少尉を呼び寄せた。何をしようとしているのかはだいたい想像がつくわ。

 

「ミューゼル中尉、エリーセル少尉、ローメルド少尉を拘束、営倉に入れろ。三名は反逆行為があったと判断し、要塞に戻り次第軍法会議に処する。・・・異論はないな」

「はっ」

 

 キルヒアイスは一切顔に色を出すことなく即座に従う。そうよ、キルヒアイス少尉。あなたがいてくれなくてはどうしようもないもの。私たちはラインハルトに対して協力する姿勢を見せなくてはならないから、あえて副長に抵抗して見せたけれど。あなたはラインハルトを助けなくてはならないのだから・・・・。

 

 

 ハーメルン・ツヴァイ 営倉――。

■ ティアナ・フォン・ローメルド少尉

 ラインハルト、フィオ、私の三人は営倉に監禁された。というかいいわけ?男女三人をこんなところに押し込めて。しかも私たち美形だし。あ~いいのか。ラインハルトはこういうことにまだ奥手だものね。

 

「二人には迷惑をかけてすまない」

 

 珍しくラインハルトが素直に謝ってくる。あ、違うか。原作と違う環境で育ったものね。アレーナさんやイルーナ教官が一緒に育てたんだものね。

 

「いいえ、構いません。航海長のご判断は正しいものでしたから」

 

 フィオいいわね~。敬語使えて。私は駄目。そんなんだから度々訓告を受ける羽目になるのよね。

 

「気にしないでよね。私たちだってまだ死にたくはないんだから」

「それにしても、どうして敵はアルトミュール恒星系で私たちを待ち伏せていたのでしょうか?哨戒艦隊にしては編成が戦隊規模でした」

「アルトミュール恒星系は特に資源などの発見が報告されていない。また、艦艇などを隠すにはうってつけかもしれないが、それは一時的なものだ。アルトミュール恒星は恒星風が吹き荒れ、ひとたびそれが発生すれば小惑星全体に影響する。資源があったとしても採掘は難しい。秘密裏に何かを建造するにしても、長期的に何かできるような場所ではないだろう」

 

 流石はラインハルト。よく勉強しているようね。

 

「ということは、私たちを待ち伏せていたということ?」

「我々とは限らない。ここアルトミュール恒星系付近を通過することは、双方の艦艇にとって日常茶飯事だ。いつぞや帝国の艦艇に返り討ちにされた仇を返そうと潜んでいたとしても不思議ではないがな」

 

 冗談めかしていうラインハルトに私たちは笑った。だが、笑いながら私は思った。

 

(狙いは・・・たぶんラインハルトだったのだわ。そうでなくてはこれほどまでに分厚い包囲陣を敷くことはないはずだもの。でも、誰が・・・・?)

 

 

 

同盟軍哨戒艦隊 旗艦 アウグスタス

■ シャロン・イーリス中佐 哨戒艦隊参謀長

 最初の機会が到来したわ。この機会を利用してラインハルトを仕留めなくては。奇襲に成功したにもかかわらず、ハーメルン・ツヴァイを仕留めそこなったのは、大きな失敗だったけれど、まだチャンスがあるはずよ。現在艦隊を四方八方に散らしてハーメルン・ツヴァイを捜索中。OVAなどを見ている限りはラインハルトはアルトミュール恒星系小惑星帯の中に潜んでいるのだけれど、具体的な場所がどこまでかはわからない。

 

 

 しかも、あちらには転生者たちが味方しているのだから、裏をかかれるかもしれない。地道に、探し出すしかないわ。

 

 

 お生憎様ね、イルーナ、アレーナ、フィオーナ、そしてティアナ。前世から転生したのは、あなたたちだけではないのよ。ヴァルハラでのあの時、とっさに後をつけてあの泉に飛び込んだのは正解だったわね。私までも転生できてしまったのは、あのヴァルハラでの神々の悪戯なのか偶然か。

 どうしてラインハルトを狙うか?それはね、あなたたちがラインハルトを守る側だから。前世では私とあなたたちは敵対関係にあったわ。その因果は転生程度では断ち切れないほど深いものなのよ。だからなのね、私が自由惑星同盟に生まれたのは。

 原作では自由惑星同盟は将官レベルに関して帝国に劣っていたけれど、私がいる限りそうはさせないわ。芽は若いときに摘み取っておかなくては、それが立派な大木に成長してからでは切り倒せなくなってしまう。

 悪いわね、ラインハルト。恨むならこんなことをしでかしたヴァルハラの神々、そしてイルーナたちをうらみなさいな。

 



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第二十一話 オーブンでの蒸し焼きはごめんこうむります

帝国歴482年9月2日――。

 ハーメルン・ツヴァイは絶体絶命の中にいた。

 

 

 

 機関長の調べたところによれば、機関そのものは動かせないことはないが、いわゆる「ギア」が高速用に固定されてしまっているため、初動から拘束に達するまで時間がかかり、追いつかれてしまうというのだ。

 この報告をベルトラム大尉が機関長から受け取っている際、機関部所属のシュミット一等兵がある提案を持ち込んできた。それは、恒星アルトミュールの恒星爆発による恒星風を利用して一気に加速するというものだった。

 だが、恒星風の起こるタイミングは過去のデータからの統計でしかないこと、効果的に恒星風に乗るためには、アルトミュール恒星に向けて自由落下し、しかも重力圏につかまれば脱出不可能という一発勝負であったため、ベルトラム大尉は一蹴してしまう。

 さらに敵の艦隊に空母がいるという情報があり、そこから艦載機が射出されれば、駆逐艦等はとうてい逃げ切れないことになる。

 

ハーメルン・ツヴァイ会議室――。

 ベルトラム大尉がシャミッソー中尉とデューリング中尉を呼び寄せていた。

 

「さて、君たちを呼んだのは他でもない。機関の修理に手間取っているうえ、修理しても問題あると思われる。さらに敵は戦闘艇部隊を擁していると思われる。かくなる上は軍規にのっとった処置をするほかないと思われる」

「そ、それは・・・・」

 

 その先をうすうすわかりかけていた二人が何か言う前に、

 

「軍事機密の漏えいを防ぐため・・・・自沈する!!」

 

 と、副長は宣言した。

 

「な・・・・!!」

 

 シャミッソーとデューリングはやはりそう来たかという表情で顔を見合わせた。

 

「自爆シークエンスには上級士官3名の同意が必要である。だが、艦長と航海長が不在の今、水雷長と砲術長、そして私の3名で判断することに――」

「お待ちください!!」

 

 デューリング中尉が待ったをかける。

 

「なんだ?」

「その、帝国軍の軍規上はそうかもしれませんが、現実には降伏した艦は数多くあります。ですから――」

「私は不名誉な降伏などしない!!ことに、今貴族出身の艦長、航海長、索敵主任、通信主任を欠いている現在、平民出身の我々が、反乱軍に降伏したと知れ渡ったら、なんと平民風情はだらしないのかとバカにされるのだぞ!!」

「・・・・・・・」

「重要な決断だ。今すぐにとは言わない。だが、こうしている間にも反乱軍の艦艇が接近するかもしれない。よく考えておいてくれ。いいな?」

 

 

機関室――。

■ ジークフリード・キルヒアイス

 デューリング中尉が、私に報告してきた。やはり副長は自爆をするつもりだ。なんということだ。ラインハルト様、フロイレイン・エリーセルやフロイレイン・ローメルドなら絶対にそんなことはなさらない。最後まであきらめないのに。

 デューリング中尉は反乱を起こそうと持ち掛けてきた。シャミッソー中尉も協力するという。だが、表立って動くわけにはいかないから、要するに私に動けと言うのだ。仕方がないがそれしか方法はないだろう。ラインハルト様たちを助け、艦橋を制圧し、艦の指揮を掌握するのだ。だが、上級士官がラインハルト様だけでは艦を把握できない。水雷長、砲術長の協力が必要だ。

 だが、私一人では無理だ。どうすれば・・・・そうだ、ザイデル伍長に話をしてみよう。

 

 

しばらくして――。

 

ハーメルン・ツヴァイ艦橋――。

不意に扉が開けられ、バラバラと数人の兵と士官たちが飛び込んできた。瞬く間に銃が突きつけられ、艦橋要員たちは身動きできない状態に追い込まれた。

 

「何のつもりだ!?」

 

 ベルトラム大尉が驚く。

 

「ごらんのとおりです。この状態から脱するために、指揮権を預からせていただきます」

 

 ラインハルトが言う。

 

「お前たちまでか!?」

 

 ベルトラム大尉がザイデル伍長たちをにらみつけた。

 

「すみませんねぇ、副長。だが、俺たちだって生きたいんだ。どうやらその意味ではミューゼル中尉に指揮権を任せた方がよさそうなのでね」

 

 ザイデル伍長がにやりと笑う。だが、その眼は笑ってはいなかった。それが伍長の真剣さを物語っている。

 

「くっ・・・・!!」

「賛成だ。私もミューゼル中尉を支持する!」

 

 真っ先にデューリング中尉が立ち上がった。

 

「このブラスターにかけて、我々は艦橋を制圧する。副長に同意する者は副長と一緒に監禁させてもらうが、危害を加えるつもりはない。また、中立を宣言する者は任務にのみ専念してもらいたい」

 

 ラインハルトの声が艦橋に響き渡った。

 

「ミューゼル中尉、後悔するぞ」

「死んだら後悔などできません」

 

 結果、副長とエメリッヒ少尉を監禁、他の者は任務に専念することとなった。フィオーナが艦橋に残り、キルヒアイスとティアナが営倉に副長以下を連れていった。

 

会議室――。

■ ティアナ・フォン・ローメルド少尉

 

 邪魔な副長を営倉に放り込んでやっと脱出計画の始まりよ。わくわくするわね。

 

「すると、アルトミュール恒星系の恒星風を利用して脱出するわけか」

 

 ラインハルトはシュミット一等兵の提案を改めて聞いて興味を示していたわ。

 

「はい。次の恒星爆発まで17時間。それを逃すと、次は60時間後になります」

「遅すぎるな。17時間から逆算して自由落下を始めるタイミングは?」

「遅くても3時間後には始めないと・・・・。ですが、修理自体は17時間までに完了すれば大丈夫です」

「それでは間に合わないんじゃないか?それにいったん落下をはじめたところでもしも直らなかったのなら・・・・」

 

 はぁ・・・。デューリング中尉。あんたはホントにチキンなのね。OVAと同じだし。

 

「いや、17時間あれば大丈夫だ。機関部の全力を上げれば何とかなる」

 

 機関長が言う。

 

「なら、機関長には修理に全力を挙げてもらいたい。借りていた部下たちもお返しする」

 

 と、ラインハルト。

 

「部下を貸した覚えはないんだがね。さ、シュミット、行くぞ!」

「は、はい!!」

 

 忙しそうね。私も手伝おうかな。

 

「人数が足りないなら、私も手伝うわよ。こう見えて機械いじりは得意なんだもの」

 

 私が提案すると、皆が意外そうだったが、機関長は賛同した。

 

「そうだな。今は一人でも多い方がいい。頼む」

「会議が終わったら、すぐ後から行くわ」

 

 機関長がシュミット一等兵を連れて出ていくと、デューリングがたまりかねた様に口を出してきた。

 

「それにしても本当に大丈夫なのか?あんな一等兵の提案を受け入れて、もし失敗したら――」

「彼の観測データは私も見たけれど、とても精密なものだったわ。大丈夫、きっとうまくいくわ」

 

 フィオが言う。私も同感よ。

 

「でもなぁ。あんな兵卒の意見なんか――」

「口を慎め!!」

 

 ラインハルトがブチ切れた。

 

「一等兵だろうが士官だろうが関係はない!!シュミット一等兵は大学で天文物理学を専攻していた。その知識は信ぴょう性がある!!それに、エリーセル少尉も言っていたが、私も彼のデータを見て、非常に緻密なものだったと確信した」

「機関の修理が間に合う保証はないし――」

 

 砲術長も口ごもる。

 

「私は彼を信じる!!兵を信じずして戦はできない!!」

 

 かっこいいじゃない。ラインハルト。それだからこそ、私たちはあなたを応援するのよ。

 

 それからしばらくして、ハーメルン・ツヴァイ艦橋――。

 

■ フィオーナ・フォン・エリーセル少尉

 私たちがそれぞれの仕事をしていると、足音荒く艦橋に入ってきた集団がいた。ラルフ・ザイデル二等兵を縛り上げて。原作でこのことを知っている私たちは交代でドアの前に見張りに立ったけれど、でも、お互い忙しくてずっと立っているわけにはいかず、しまいには部下を付けるほかなかったの。でも、その部下はここにはいない。きっと監禁されてしまったのだわ。大丈夫だといいけれど・・・。原作で知っていても止めることができなかったのはとても悔しいわ。

 

 それにしてもなんて卑怯なことを!!

 

「何のつもりか?」

 

 ラインハルトがベルトラム大尉を見下ろす。その瞬間キルヒアイスが後ろ手でスイッチを押したのが見えた。これで今から艦内の会話は全部放送される。さすがね。

 

「見てのとおりだ。指揮権を返してもらう!」

「返したらどうするつもりか?」

「帝国軍人として恥ずかしくない決断をする!恒星に船を突っ込ませようとしているようだが、無様に蒸し焼きになるのは御免だ。それよりも潔い最期を迎えてこそ、帝国軍人というべきではないか」

 

 ベルトラム大尉・・・・なんということを。艦はあなただけでもっているものではないのよ。そこに一人一人の兵士たちがいるのよ。そしてその家族も。あなたはそれを全部巻き添えにしてしまおうとしている。あなたの名誉のために・・・・。

 思わず腰のブラスターに手がかかった。でも、まだ早い。まだ・・・・。

 

 

ハーメルン・ツヴァイ艦橋――。

 

「一兵卒の言葉を真に受けるとはな」

「軍の階級と知識や視野は別の物だ!!」

 

 そこにザイデル伍長、ティアナたちが飛び込んで来た。

 

「副長、あんた平民の希望の星じゃなかったのか?」

「俺が?冗談はよしてくれ。俺はお前たちのような負け犬とは違う!!」

「ま、負け犬・・・?」

「そうだ!!軍では身分は関係はない。階級だけがすべてだ!!貴様らはただ徴兵され、黙って甘んじてきただけではないか!!だが、俺が違う!!出世すれば貴族に命令できる!!」

「それがあなたの本心というわけか」

 

 ティアナが両腕で体を抱くように組みながら前に進み出た。

 

「そうだ!!」

「くだらない。それじゃあなたも貴族と同じね。ただ身分が階級に変わっただけ。あなたもそこら辺の腐った貴族と、何ら変わりのない偏見的思考の持ち主なのだわ」

「ふざけるな!!貴様は少尉だ。俺は大尉だ。ミューゼル、貴様もだ!!お前は中尉だ!!お前らは黙って俺の命令に従っていればいいんだ!!」

『断る(わ)!!』

 

 ラインハルトとティアナが同時に言った。

 

「私はここにいる兵士一人一人の命を預かっている!!そして、今、あなたに指揮権をゆだねないことが最良の選択肢だと私は信じる!!」

 

 ラインハルトははったと副長をにらみつけた。

 

「な、なんだと・・・?」

「ミューゼル中尉の言う通りです、副長。私たち士官は兵士一人一人の命に対して、責任を持つ必要性があります。助かる可能性が1パーセントでもあれば、指揮官は最後まで努力し続けるべきです」

 

 フィオーナが滾々と説得するが、頭に血の上った副長には通じなかった。

 

「黙れ!!これは反乱だ!!それ以外の何物でもない!!」

「反乱で結構!!」

 

 ラインハルトが叫ぶ。

「これが、反乱だというのであれば、私は反逆者の汚名を甘んじて受ける!!それで兵士の命が助かるのなら、私は反逆者として堂々と名乗り出よう!!!」

 

 その時、バラバラと兵士たちが飛び込んできた。

 

「俺はミューゼル中尉を支持する!!」

「俺もだ!!」

「俺も!!」

「俺もッ!!」

 

 兵士たちが艦橋に集まってきた。愕然とするベルトラム大尉に向かって、ザイデル伍長が肩をすくめる。

 

「どうやら副長、兵士たちの中にはあなたを支持する者はいないようですぜ」

 

 ザイデル伍長の言葉にベルトラム大尉がいったん銃を下ろす。だが、それは跳ね上がってラインハルトの胸に向けられた。

 

「貴様さえ、貴様さえいなければ!!」

『させるか!!』

 

 3発の銃声が響き渡った。一発は副長、二発目はフィオーナ、三発目はティアナが放ったものだ。一瞬早かった二人の射撃は副長の銃を正確に打ち抜いていた。

 

「ぐっ!!!」

 

 手を庇うようにして副長が崩れ落ちる。同時に肩を撃ち抜かれたロルフが倒れこむ。彼はラインハルトを庇おうと前に飛び出していたのだ。だが、命に別状はない。ティアナはそう見て取った。

 

「ロルフ、あなた立派よ。よくラインハルトを庇ったわね」

 

 ティアナがラインハルトの前に飛び出していたロルフの肩に手早く包帯しながら彼の頬を叩く。呆然自失していたロルフは不意に大きく身震いした。

 

「俺・・俺・・・・!!兄貴・・・・!!」

「ロ、ロルフ・・・・ロルフぅ!!バカ野郎が!!」

 

 ザイデル伍長がロルフを抱きしめる。

 

「貴様・・・よくも、ロルフを!!!」

 

 ラインハルトが副長をねめつけ、銃を突きつけた。うろたえた副長は反射的に銃を構える。だが、焼き切れた銃は役に立たない。

 そこへ、軍医にすがった艦長が姿を現した。

 

「双方待て、銃を収めよ」

「艦長!!」

 

 片膝ついていたベルトラム大尉が立ち上がった。ラインハルトともども二人は艦長席の前に並んだ。

 

「・・・・もとはと言えば、私が不甲斐なくも倒れてしまったことで、二人には余計な心配をかけてしまった。すまない・・・・。だが、私は職務に復帰できる状態ではない。そこで、ミューゼル中尉、君を正式に艦長代理に任命する」

「艦長、あなたはやはり貴族同士で・・・・」

「副長、それは違う。私が彼を選んだのは、彼がこの艦を救おうとする意志を持っているからだ。どうかミューゼル中尉を助けて、この状況を打破してほしい・・・・」

 

 艦長はそう言うと、意識を失った。

 

「まったく!!病人に負担をかけるなと言っておいただろうが!!これ以上負担がかかれば私は責任は持てんからな!!」

 

 軍医が怒りながら艦長を部下たちと共にタンカに乗せて運び去っていった。負傷したロルフも医療班に連れられて出ていった。

 

 ラインハルトは艦橋を見まわした。

 

「聞いてのとおりだ。今より私が正式にこの艦を指揮する。副長、異存はないな!」

 

 ベルトラム大尉が苦渋の表情でうなずく。

 

「アンカーを切りはなし、自由落下体制に!!」

 

 ハーメルン・ツヴァイはアルトミュール恒星に向けて自由落下を開始した。

 

「艦長代理」

 

 ティアナが話しかけた。

 

「まだ機関室の修理は終わっていないわ。私もすぐに行って手伝うことにする。いい?」

「お願いする」

 

 ティアナが出ていってしばらくした後、ラインハルトは通信機を取った。

 

「機関長」

 

 ラインハルトが機関室に無線をつないだ。

 

「すまないが、シュミット一等兵をよこしてくれないか?恒星風の観測に当たらせたい」

『むう・・・。今ただでさえ機関部員の人手が足りないんだ。ローメルド少尉が手伝ってくれているが、何分ギリギリのところで作業しなくてはならないからな。すまないが、誰か応援をよこしてくれないか?』

「応援か・・・・」

 

 ラインハルトが顎に手を当てて考える。

 

『私が、行きましょうか?』

 

 キルヒアイスとフィオーナが同時に言う。だが、ラインハルトとしてはキルヒアイスにはなおも艦橋保安要員として残っていてほしい事、フィオーナには抜けたティアナの代わりに通信・索敵要因として働いてもらっているので、これも残っていてほしい事があった。

 

「私が行く」

 

 ラインハルトが顔を上げると、ベルトラム大尉が正面に立っていた。

 

「どうせ、ここには私の場所はなさそうだ」

 

 半ば自嘲したようにそう言った大尉だがどこか寂しそうだった。

 

「しかし・・・・」

 

 3人は顔を見合わせた。何しろ副長はロルフを負傷させてしまったのだ。ザイデル伍長たちは当然副長に対していい顔をしないだろう。

 

「機関室が針の筵だということは承知している。だが、もう一度チャンスをくれないか?」

 

 その真摯な態度は、先ほどまでの侮蔑に満ち溢れていたものとは全く違っていた。

 

 (これが、きっと本来の副長の態度なのだな。皆に慕われている副長の・・・・。)

 

 ラインハルトはそう思いながらうなずいた。

 

「お願いする」

 

 ベルトラム大尉は敬礼して、艦橋を降りていった。

 

 

同盟軍哨戒艦隊 旗艦 アウグスタス

■ シャロン・イーリス中佐 哨戒艦隊参謀長

 やはり実地で捜索をすると、これほどまでに手間がかかるのね。確かにアルトミュール恒星系には無数の小惑星帯が存在するから、これを丹念に捜索するのは至難の業か。でも・・・。

 

「副官、アルトミュール恒星の表面爆発まで、後何時間?」

「は?あ、はい。すぐに調べます。・・・・・約13時間後です」

 

 となると、もうアルトミュール恒星に向けて自由落下を始める頃合いね。そうなれば小惑星帯から抜け出してこちらに姿が見えることになるわ。そこを狙い撃ちすればいいわけね。

 

「参謀長!!」

「どうしたの?」

「恒星アルトミュールに向けて小惑星から隕石群と思われる物体が引き込まれていきます」

 

 

 ビンゴ!!それだわ!!捕えた!!!

 

 

 思わず微笑が口の端に浮かぶ。あとは誘導ミサイルを数発打ち込めば、それで終わり。誘導システムが恒星風磁場で妨害されるというのなら、単純指向性ミサイルを多数放てばいい。私が命令を下そうとした時だ。

 

「バカ者!!そんなことは報告せずともよい!」

 

 不意に遮るようにして司令官が登場する。こんなときにこの人は・・・。司令官室で寝ていればよかったものを。睡眠薬の効きが足りなかったのかしら。どうしてよりによってムーアなんかが私の上につくのだろう。

 

「失礼ですが、それは私の命令です。どんな些細なことでも報告するように言っておいたのですから」

「なに?参謀長、余計なことをするな!!我々の任務はこの宙域の哨戒だ。どうやら私の不在中に索敵と称して多数の艦艇をばらまいたようだが、あれでは敵の奇襲を受けた時どうしようもないではないか!!」

「この宙域付近の索敵は既に完了済みです。付近には敵艦隊はありません。それに味方艦隊も付近にいますから、仮に敵に襲われたとしても充分対応できます。こちらの布陣や哨戒規模を知られないためにも、今は撃ち漏らした敵を捜索すべきでしょう。それにお忘れですか?第237駆逐隊の進路上に伏兵を置いて、包囲殲滅してこれを撃破するよう具申したのは私です。実際そうなったではありませんか」

「たかが3隻の駆逐艦を破壊したくらいで、出しゃばるな!!」

 

 思わずこぶしに殺気を込めそうになった。こんな人間、一瞬で殺して見せるのに。でも、ここは我慢。私は微笑した。悲しい性だけれど、私は感情が激したりする時ほど、微笑してしまう。いつか本当に心から笑える時が来れば、いいのだけれど。

 

「わかりました。では、艦艇を集合させますか?」

「そうしてもらおう。そののちに、この宙域から撤退する。我々は後方に下がり、他の哨戒艦隊と交代することになるのだからな」

「かしこまりました」

 

 一礼しながら、私は考える。いずれムーアは始末する。彼はトリューニヒトの気に入りだけれど、私も彼の知己だ。うまく言葉を選んで、アスターテまでに彼らの艦隊司令官就任を阻止してやるわ。

 艦隊の集合等に手間を取られれば、どうしてもアルトミュールへの監視はおろそかになる。もともと砂粒のような大きさの上、敵はセンサーの類を切っているだろうから目視での捜索にならざるを得ない。

 私は艦艇に対し、集結命令を下すように通信主任に指令すると、艦橋の所定の席に座った。

 

 最後まであきらめはしないけれど、どうやら今回はそちらの勝ちのようね。でも、次回はそうはさせないわ。絶対に。

 

 

 

ハーメルン・ツヴァイ、機関室――。

 

 ハーメルン・ツヴァイはいよいよ恒星風を利用しての脱出作戦を結構という段階にきていたが、ここで大きな問題が起こっていた。

 

 姿勢制御スラスターの一基が故障してしまっていた。故障した13番スラスターは、艦尾をアルトミュールに向ける際に必要なものであった。

 外に出て作業しなくてはならないが、既に宇宙服の耐熱限界を超えてしまっている。

 

「やはり船外で作業するしかないか」

 

 ベルトラム大尉が唸りながら言う。

 

「無理だ。既に宇宙服の耐熱限界を超えてしまっている。」

 

 と、機関長。それに対してベルトラム大尉は、

 

「艦をロールさせて、13番を陰にする。さらに太陽電池パネルで光を吸収し、その陰で作業すれば、何とかなるかもしれない」

「可能なのか?」

 

 ラインハルトの問いに、シュミット一等兵がお待ちくださいと計算をしてみた。

 

「なんとか、10分以内ならば」

「よし、俺がやる!」

 

 ザイデル伍長が進み出た。

 

「言い出したのは私だ、私がやる。」

 

 だが、ザイデル伍長はベルトラム大尉をにらみつけ、

 

「アンタは信用できねえ」

 

 傍らのモジャモジャ頭の同僚機関兵に声をかけた。

 

「ブント、お前来い!」

「え、ええ!?で、でも俺船外作業苦手だし・・・・」

「今更怖気づくな!」

「そ、そうじゃねえよ!自信がないんだ。俺のせいで失敗したらみんな終わりなんだぞ!」

「・・・・・・・・」

 

 作業の重大さに、一同はしばし黙りこんだ。ティアナとフィオーナもだ。内部の機械のことは詳しいが、姿勢制御スラスター等実際に触ったことはなかったのだ。こんなことなら事前に触っておけばよかったと、二人はどうしようもないことを後悔する気持ちでいっぱいだった。

 

「やはり私がやる。お願いだ、もう一度だけチャンスをくれないか?」

 

 ベルトラム大尉の真剣な願いに、一同は自然とラインハルトを見た。

 

「わかった。お願いする。」

 

 船外の外はともすれば真っ赤に燃えるアルトミュール恒星の炎にさらされて、船体が重フツフツと泡を立てているところすらあった。宇宙の深淵の漆黒の冷たさと、ぎらつく恒星の灼熱の空間が共存している奇妙さはまさに体験したものではないとわからないだろう。

 

『私、サポートに回るわ』

 

 ティアナが宇宙服を着て、ハッチ付近に待機している。外に出るのは、ザイデル伍長たちだった。作業時間を考えれば、多人数で行けるものではない。二人が限度だった。

 

『よし、行くぞ!』

 

 二人はハッチを開け、外に飛び出した。慎重に舷側に足をつけ、13番スラスターに向かって歩いていく。早くも宇宙服のあちこちが焼け始め、太陽電池パネルも赤くなってきていた。それでも、二人は何とかたどり着き、作業を開始し始めた。

 

 

ハーメルン・ツヴァイ艦橋――。

 

「航海長!6時の方向より、超長距離ミサイル確認!!」

 

 フィオーナが叫んだ。

 

「何!?」

「敵に気づかれたようです。幸い敵は安全圏から中には入ってこないようですが、このままの相対速度ですと、ミサイルは本艦に命中します!!」

「回避できるか?!」

「今の補助動力では、無理です!」

 

 エメリッヒ少尉が苦渋の表情だ。

 

「着弾まであと3分!航海長!回避できる方法が、一つあります!」

 

 フィオーナが声をかける。

 

「わかっている。艦の他のスラスターを噴射させて、ローリングする方法だというのだろう?だが、それでは反動でザイデル伍長たちが跳ね飛ばされてしまう可能性がある」

「航海長!!」

 

 フィオーナが叫んだ。穏やかで優しい彼女からは想像できないような大声だった。思わずラインハルトは椅子で身動きした。

 

「航海長、ではザイデル伍長たちを救うために、この艦の兵士たちを犠牲にするというのですか?!」

 

 いつにないフィオーナの口ぶりにラインハルトは愕然となった。

 

「それは・・・・」

「このままでは命中は確実です!回避する方法は一つしかないんです!!どうか、ご決断を!!」

「く・・・・・」

 

 ラインハルトの拳がぎゅっと握られた。だが、当のフィオーナ自身もとてもつらそうな顔をしている。言いたくて言っているわけではないのだと、ラインハルトは痛いほど理解していた。

 

「やむをえん。キルヒアイスたちに伝えろ!!着弾まであと1分!!20秒後にスラスター噴射開始だ!!遅れるな!!」

「りょ、了解!!」

 

 エメリッヒ少尉が操作する中、フィオーナはキルヒアイスに連絡した。

 

「早く二人を収容してください!!敵ミサイル、来ます!!!」

 

 船外作業ハッチ脇でそのことを聞いたキルヒアイスとティアナは二人を必死に呼び戻していた。

 

「早くしろ!!時間がない!!」

「急いで!!!」

『OK,終わった!!!今そっちに戻る!!』

 

 ザイデル伍長たちが焼けただれたパネルを担いで、懸命に戻ってくる。既に外は灼熱状態だ。今恒星に対面したら、恒星風にさらされて、ひとたまりもなく焼死してしまう。

 と、その時だ。あと数歩でたどり着くというときに、ついにハーメルン・ツヴァイがローリングを開始した。その反動で二人が宙に浮きあがってしまう。

 

「まずい!!」

 

 ティアナがとっさに外に飛び出した。その時、ベルトラム大尉がザイデル伍長を投げつけるのが見えた。ティアナは自身の命綱を固定柵にひっかけ、身を乗り出しながら思い切り力を込めて、大尉の命綱を引いた。

 後一瞬遅かったら、ベルトラム大尉は恒星風にさらされていただろう。だが、ザイデル伍長が、ついで、ティアナの渾身の力で、引きずられた大尉がハッチ中に転げ込むと同時にキルヒアイスがハッチを閉めた。転瞬、二人は燃え上がったが、自動消火装置が作動し、すぐに消し止められた。

 

「こちら、機関室。船外作業完了。ローメルド少尉の尽力で、ザイデル伍長、及びベルトラム大尉・・・・無事、帰艦なさいました」

 

 艦橋に歓声が響き渡った。

 

「まだ終わっていない!!恒星風、来るぞ!!!」

 

 ラインハルトが叫んだ。

 

「姿勢制御、完了!!」

「恒星風到達まで、後15秒!!」

「恒星風到達と同時に機関始動!!最大出力で戦場を離脱する!!」

「10・・9・・8・・7・・6・・5・・4・・3・・2・・1・・機関始動!!」

『動けェェェェッ!!!』

 

 全員が大声で叫んだ。

 

 

 しばらくして――。

 

 医療室では、アデナウアー艦長がようやく意識を取り戻した。

 

「おお、気が付いたか」

「あぁ・・・先生か。艦は、どうなっている?」

「あぁ、あんたの見立て通りだよ。あの坊やたち、それからあの嬢ちゃんたちがやってくれた。見事だったよ」

「そうか・・・そうか・・・・。副長はどうした?」

「生きているよ。大やけどを負ったがね、命に別状はない。部下を助けて、自分を犠牲にしようとしていた。それを嬢ちゃんの一人が救ったんだ」

「そうか。立派な副長、立派な部下たちだな」

 

 艦長はそういうと、再び意識を失った。

 

「あぁ。みんな立派だよ」

 

 しみじみと軍医が言った。

 

 

 

 

数時間後――。

 

「こちら、駆逐艦ハーメルン・ツヴァイ、艦長代理ラインハルト・フォン・ミューゼル中尉。アルトミュール恒星系で敵艦隊と遭遇戦。僚艦はすべて撃沈、来援を乞う。繰り返す――」

『こちら・・・メルカッツ艦隊所属、巡航艦フレーシェル。貴艦の通信を傍受した。既に一個艦隊がそちらに向かっている。合流されたし』

「こちらハーメルン・ツヴァイ、来援を感謝する!」

 

 通信を切ると、ラインハルトは初めて表情を緩めた。それは誰もが同じことだった。皆が喜びの声を上げる中、ティアナがそっとフィオーナに話しかけた。

 

「やったわね。全員、生きて戻ることができたわ。これ、原作よりもいい結果よね」

「ええ・・・ロルフもベルトラム大尉も、生きて戻ることができたのよね。でも・・・・」

「でも?」

「大尉は、どうなるのかなぁって思って・・・・。大丈夫かな?」

 

 原作と違い、生きて戻った大尉は、兵卒を射殺しようとした事、結果的に誤った判断で艦を危険にさらしたことなどから、軍法会議にかけられるかもしれない。もっともそれはラインハルトのほうも同じことだったが。

 ティアナは大尉の命綱を引っ張った時、そんなことまでを考えていなかった。ただ、体が勝手に動いたのだ。

 

 アルトミュール恒星系から離脱できた後で、ベルトラム大尉から、なぜ助けたのだ?と聞かれたティアナはこう答えていた。

 

「なんとなく、だわ」

「なんとなく?」

「あなたが自分を犠牲にして、ザイデル伍長を助けようとしていた姿を見て・・・・いいえ、そうね、もっと前、あなたがたった一人で機関室に行くと言い切った時から、私のあなたに対する風向きは変わった。そんなところかな」

 

 フッ、とベルトラム大尉は一瞬笑った。全身に火傷を負い、顔にも包帯を巻いているにもかかわらず、大尉が笑ったのがはっきりとティアナにはわかった。

 

「上官に対して、敬語を使わないとは。だが、フロイレイン・ティアナ。あなたの私に対する評価を、素直に受け止めるとしよう。もちろん、他の事も含めてな・・・・」

 

 大尉は最後に寂しそうにそう言うと、ティアナを残して医務室に戻っていった。

 

 

ティアナはその時のことを思い返していて、フィオーナの問いかけに自然と口が動いていた。

 

「たぶん、大丈夫な気がする」

「えっ?」

「あの艦長なら、きっとなんとかする、そんな気がするのよね。あれは・・・とてもいい艦長よ。それに、副長も変わったわ。ううん、本来副長が持っているいい部分が顔を出し始めたんだと思うの。もう大丈夫よ。ラインハルトもきっとそう思っているわ」

 

 ティアナがフィオーナにうなずいて見せた。

 

「そっか。そうよね。きっとそうよね」

 

 

* * * * *

 アルトミュール恒星系に侵入した同盟軍艦隊は帝国軍一個艦隊が救援に駆けつけたため、戦わずして撤退した。そして、ラインハルト・フォン・ミューゼル中尉、ジークフリード・キルヒアイス少尉、フィオーナ・フォン・エリーセル少尉、ティアナ・フォン・ローメルド少尉は、艦長、副長不在の艦を良く指揮し(副長は戦闘行動中に機関部の修理に赴き、そこで大やけどを負ったということにされていたのだ。)駆逐艦隊のなかでただ一隻生き残らしめた事、さらに敵発見の通報をいち早く行ったことなどから、昇進が決まっていた。

 

「キルヒアイスまで昇進するのね。これは、原作とは違うけれど・・・・」

 

 フィオーナは意外そうに灰色の目をしばたたかせた。

 

「私たちも昇進するんだもの。キルヒアイスだけ昇進しないのは後味悪いしね」

「デューリング中尉たちはそのままなのに?」

「まぁ・・・そこは・・・・。」

 

 ティアナは口を濁したが、すぐに、

 

「でも、その分私たちは頑張ってラインハルトを支えて、早く戦争を終わらせなくちゃならないからね」

「そうね。そうだよね」

 

 フィオーナはうなずいた。

 

 ハーメルン・ツヴァイはイゼルローン要塞に満身創痍のまま入港し、ただちに負傷兵の手当てと、艦の修理が行われていた。そのさなか、昇進が決まったことをラインハルトらは知り、艦長に会おうということになった。

 

 その艦長室で、お礼言上にまいった4人が会議室で艦長と当惑顔で対面している。艦長は未だに車いすだったが。

 

「しかし、その、よろしいのですか?」

 

 ラインハルトが当惑そうに口ごもった。

 

「何がかね?」

「その、小官たちは反逆罪で罰せられるのかと思っていました・・・・」

「私の艦で反乱など起こったことはないよ」

 

 唖然とする4人に対して、

 

「その通りだ。艦長、そして私が負傷し、その不在の間、君たちはよくこの艦を指揮した。そういうことだ」

 

 全身に包帯を巻いているが、艦長の傍らに立って元気そうな声でベルトラム大尉が言う。

 

「でも・・・・。なんだか申し訳ないわ。あなたは命懸けで作業を行ったのに、昇進はなしで・・・・」

 

 ティアナが心底申し訳ない声を出すと、

 

「はっはっは。そう気にするな」

 

 ベルトラム大尉が軽く笑う。だが、眼にも口にもどこにも陰ったところはない。

 

「君たちのおかげで目が覚めたよ。昇進や権威ばかりにかまけていて本当の大切なものを・・・・」

 

 ベルトラム大尉は、傍らに立っているザイデル兄弟たちを見やりながら言った。兄弟は大尉にうなずいて見せた。

 

「失うところだったからな。本当に反省したよ。これからは兵たちのことを考えながら、艦長の下で艦を皆を指揮していこうと思っている。もっとも・・・そんな機会があればの話だがな」

 

 最後は寂しそうだった。大やけどのせいで、下手をすれば退艦になり、どこか内地に勤務するようなことになるかもしれないと思っていたからだ。ところが、艦長がすぐにこういった。

 

「あるさ。ベルトラム大尉、卿には引き続き私の艦で副長をやってもらうことにした」

「艦長!?」

 

 ベルトラム大尉が驚いた眼を艦長に向ける。

 

「ミューゼル中尉から私も学ばせてもらったよ。戦場において私たち士官は、兵士たちを死線に立たせる。だが、その代わり兵士一人一人のことを考えながら指揮をとらなくてはならない。・・・・ごらんのとおり、私は今こんな身だ。しかし、私が艦を下がれば、またどこかの貴族出身の、兵を兵とも思わない艦長がやってくるかもしれない。そうなれば、ザイデル伍長たち、いや、皆が苦労することだろう。だが、私一人では心もとない。副長、すまんがもう少しつきあってもらえないだろうか?」

「しかし・・・私は・・・・・」

「卿も言ったろう?これからは兵士たちのことを考えると。それが大事なのだよ。私たちはこの若者たちには才能は及ばないかもしれない。ならせめて、一人でも多く、兵士を兵士として待遇し、生き残らせるために、働こうではないか」

 

 ベルトラム大尉がザイデル伍長たちを見ると、二人は副長を励ますようにうなずいて見せた。

 

「なに、アンタがいないと、どうも張り合いがなくてつまらねえんですよ。また昔の様に楽しくやりましょうや」

「あんた俺を撃ったけれど、兄貴を救ってくれた。それでチャラだよ。もう恨みも悲しみもなしで、また一からやりなおそうよ」

 

 ベルトラム大尉はしばらく瞑目して、やおらうなずいた。

 

「そうですな。わかりました。及ばずながらまた一からやらさせていただきます」

 

 ラインハルトたち4人はほっとしたような感動したような眼でお互いうなずき合っていた。

 

 

 

そして数日後――。

 

「航海長~~!!!」

「少尉殿~~!!!」

「保安主任も通信主任も索敵主任もお元気で!!」

「お世話になりました~~~!!!」

「また一緒に働かせてください!!」

 

 ハーメルン・ツヴァイの艦長、副長以下全員が舷側に立って手を振りながら見送る中、4人は艦を降りて、手を振り返していた。

 

「親愛なる航海長、保安主任、通信主任、索敵主任に、敬礼ッ!!!」

 

 ザイデル伍長が音頭を取り、全員がまるで元帥閣下に対してするようにビッシリと敬礼した。それに答礼を返し、手を振りながら4人はハーメルン・ツヴァイを後にした。

 

「どう?ラインハルト大尉。今回のこと、どう思った?」

 

 歩きながらティアナが話しかけた。ラインハルトはすぐには答えず、息を大きく吐くと、足を止めた。そして、3人をかわるがわる見ながら、しみじみと言った。

 

「俺はまだまだ人を見る経験が足りないことがよく分かった。人というものは少し会話した程度ではとても思いもつかぬ性を持っている。美点も、欠点もだ。だが、それらを含めての人なのだな」

 

 3人は同感だというようにうなずいた。

 

「今回は学ぶことだらけだった。まだまだ俺は学ぶべきことが多い。やはり一部の人間とだけ話していても仕方がないな。だが、そのためにこそ宇宙に出てきた甲斐があったというものだ」

「ええ、本当に、その通りですね」

 

 キルヒアイスが感慨深げにうなずいた。

 

「さて、俺とキルヒアイスはいったん艦隊司令部に戻る。オーディンに戻るようにと話があったようだ。フロイレイン・フィオーナとフロイレイン・ティアナは、イゼルローン要塞にとどまるのか?」

 

 後に述べることになるが、軍隊での女性士官の呼称は「フロイレイン」を付けることになっていることをここに述べておく。もっともまだまだそれは浸透してはいないのだが。

 

「そのつもりよ。今度は二人とも中尉だもの。どこかの艦の航海長かそこらへんになるんじゃない?」

「そうか。・・・名残惜しいな」

 

 二人は顔を見合わせて、笑った。

 

「何か、おかしなことを言ったか?」

「ううんなんでもないです。大丈夫。私たちはきっと会えると思いますから」

 

 フィオーナがにっこりした。

 

「どっちが出世してるかな、たぶんあなたの方かもしれないわね。そうなったら私たちを麾下に加えてくれる?」

 

 ティアナの言葉に、フッ、とラインハルトが笑った。

 

「それはこちらの方こそ、望むところだ。だが、ただの主従ではない。友人として、俺を支えていってほしい」

「わたくしも、ぜひお二人と一緒に、ラインハルト様と共にありたいものです。どうか、その日までご健勝で」

 

 そういうと、ラインハルトとキルヒアイスは、背を向けて歩き出した。その姿をフィオーナとティアナは見送っていた。今はまだ小さな背中だが、やがてそれが大きくなり、銀河全体を支えられる巨大な背になるだろう。二人ともそう思っていた。

 

「ねぇ、フィオ」

「なぁに?」

「私、この世界のラインハルトなら、サポートしてもいいかなって思い始めてきたわ。今までは『ヴァルハラでの超リッチなバカンスのため!!』だったけれど、今は違う。本当にそう思うの」

「私もよ。ティアナ、二人で・・・・・いいえ、教官たちと力を合わせて、ラインハルトとキルヒアイスの二人を支えていきましょうね」

 

 二人はうなずき合い、宙でしっかりと手を握り合わせた。

 

 



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第二十二話 コーヒーも捨てたものではありません

帝国歴482年10月18日――。

 

自由惑星同盟 首都星ハイネセン――。

 

 先にイゼルローン回廊に向けて出兵(シャロン曰くパフォーマンス。)していた一個艦隊が首都星ハイネセンに帰還してきた。前線部隊の哨戒艦隊を除けば、それほど戦闘らしい戦闘もなかった。イゼルローン回廊に侵入したものの、メルカッツ艦隊の出撃によって、戦わずして撤退したことくらいである。

 ただ、同艦隊において、一人の人間が憤怒を覚えていたが、表向きはそれを隠し通して軍務に精励していた。他ならぬシャロンである。ラインハルトを抹殺する機会を手にしながらも、ムーア准将の指令で部隊を引き上げざるを得なかったことを彼女は決して忘れてはいなかった。

 

 

ハイネセン メガロポリス 艦隊司令部――。

■ シャロン・イーリス中佐

 やはり、ムーアは鬼門だわ。他の邪魔な人物ともどもどうにかして始末しなくてはならない。ヨブ・トリューニヒト派というけれど、そのトリューニヒトも将来的には自由惑星同盟にとっては、邪魔ものだわ。ここまで私は有力議員やブラッドレー大将の力を借りてきたけれど、そろそろ動きを見せて盤石体制を築く頃合いね。

 自由惑星同盟は、軍部と政治家、双方の改革が必要になるわ。そしてフェザーン資本に拠らない同盟独自の財力を有しなくては帝国には勝てない。何しろ同盟と帝国の人口だけでも、130億対250億と、2倍近い差があるのだから。

 また、これから先に待っているであろうイゼルローン要塞をめぐる攻防戦もネックだわ。同盟側は無駄に戦力を削り取られるだけなのだから。これについては、私の方に一案があるから、それをブラッドレー大将に送ってみることにしましょう。

 どうもブラッドレー大将は転生者ではなさそうね。もう半世紀近く生きてきているのに、自由惑星同盟をこれといって変革させていないのだから。原作に出てこなかったその他大勢の人なのかしら。でも、あれほどの才幹の持ち主が、どうして・・・・?

 さて、どうしようかしら。私一人ではさすがに限界があるわ。願わくば、この自由惑星同盟にも私同様の転生者がいればいいのだけれど。それも私に同調してくれる人が。

 

 

 

帝国歴482年10月18日――。

第八艦隊 旗艦ヘクトル ランテマリオ星域

■ ヤン・ウェンリー少佐

 どうも、艦隊勤務というものは窮屈だな。好きな歴史研究の代わりに、何度も繰り返し艦隊運動やその訓練に付き合わされるのは、正直あまり好きではないのだがなぁ。日常のことは、艦隊司令官と副官たちで充分だと思うのだけれどな。参謀というものは、非常時の作戦立案や艦隊の進退に対して意見を言えばいい存在なのだから。いや、そういう意味では軍隊も日常にはさほど必要のない存在なのかもしれない。

 残念ながら、司令官は私の士官学校時代の校長なのだから、サボることはできそうにない。そんなことは校長、あ、いや、シトレ中将もお見通しなのだろうから。私にできることと言ったら、こうやって艦橋の後ろに立って、司令官の指揮ぶりを眺めることくらいだ。ま、これも給料のうちと思って我慢するかな。

 

■ シドニー・シトレ中将

 またヤンが退屈そうな顔をしているな。まぁ、無理もない。平素の勤勉な勤務というものは、彼には向かない仕事なのだからな。ヤンもかわいそうに。ご両親が生きていれば、きっと軍隊に入ることはなかったのだろうが。いや、今はヤンのことにかまけている暇はないな。

 ここの所平穏だが、第六艦隊がイゼルローン回廊から帰還したことで、いつまた遠征の話が持ち上がるかわからん。願わくば我々軍人がそうそう出番がないように願いたいものだが・・・・。

 

 

 

 そのシトレのもとに、惑星ハイネセン統合作戦本部に出頭するように指令がきたのが、帝国歴482年10月21日の事であった。シトレは艦隊を副司令官以下に預けると、100隻ほどの艦隊を率いて、副官とヤンを伴って、ハイネセンに向かった。

 

 

 

帝国歴482年11月1日。

惑星ハイネセン 統合作戦本部 本部長室――。

 

「よう!!来たか。まぁ、かけてくれ」

 

 ブラッドレー大将が席を進めてきた。

 

「今、コーヒーを淹れてやるからな」

 

 それを聞いたヤンが顔をしかめたのをシトレは横目で見て、笑った。

 

「顔に出ているぞ。本部長閣下の淹れてくださるコーヒーは絶品だ。私がお前をここにつれてきたのも、紅茶党のお前をぜひ屈服させたいという本部長閣下のご意向もあるのだからな」

「はぁ・・・」

 

 頭を掻いたヤンのもとに、本部長自らがコーヒーを運んできた。恐縮して受け取ったヤンにまぁ飲んでくれと進める本部長。

 

 恐る恐る一口飲んだヤンの顔が「おっ!」というように変わる。意外そうだった。

 

「どうだ?」

「正直、コーヒーなんか泥水だと思っていたのですがね、閣下の淹れてくださったコーヒーをいただいて考えが変わりました。いや、まだまだ世間は広いということですね」

「はっはっは!!シトレみたか!!やったぞ!!お前のいう『コーヒー嫌い』を屈服させた俺なら、退役後はコーヒー店を開けるだろう」

 

 シトレも本部長に和して笑う。

 

「ご冗談を。閣下にはまだまだ頑張っていてもらわねばなりません」

「そうはいっていられないのだ」

 

 本部長が一転、笑みをひっこめた。

 

「シトレ。残念ながら結論から言おう。同盟は新たな出兵計画の立案に入った。同盟はイゼルローン要塞に5度目の攻撃を仕掛けることとなる」

「またですか!」

 

 シトレは露骨に顔をゆがめ、ヤンはやれやれというように肩をすくめた。

 

 どうして同盟が出兵を決め込んだのか。

 

 これには政治的要素が絡んできている。現議長ピエール・サン・トゥルーデ自身と主だった幹部は保守派であるが、ここに一つのささやかな人事が起こった。その人事が今回の出兵の端緒となっている。

それまでの国防委員長が急きょ心不全で死亡した。彼自身も現政権の保守派であり、穏健派である。だが、ピエール側は国防委員長を新たに建てる人材を用立てできなかった。

 理由は、国防委員長のポストに就くべき有力者が「団栗の背比べ」状態であり、すぐには決められなかったのである。

 

 ここで――。

 

 自由惑星同盟の最高評議会は、この現世においては事実上の「内閣」と言っていいだろう。その内閣のポスト構成委員も一枚岩ではなく、構成員15名のうち、ピエール側9名、連立与党2名、そして野党4名という構図で有った。

 

 なぜ内閣に野党がいるのか?これは自由惑星同盟という国家の性格上必要なことであった。一惑星の国家はともかくとして、130億人という多大な人口を抱え、かつ様々な星系の統合国家である以上は、その思想も、欲するところも、一国家とは比べ物にならないほど多様な考え方が集結することは自明の理であろう。

 与党とはいっても全母体に比して少数であることは言うまでもなく、その限られた与党が全民衆をコントロールすることは事実上不可能である。いわば「ガス抜き」「要求を受け入れる体制アピール」という点から、野党が内閣に加わっているのである。むろん半々ではお互いにけん制しあって政策が進められないので、与党構成員は連立を含めて過半数、という規定が存在している。

 

 話は戻るが、死去した国防委員長のポストを巡ってピエール側が内部で争っている間に、野党と連立与党がいつの間にか手を組んで、新しい国防委員長を指名してきたのである。

ピエール側は臍をかんだが、まだ新しい国防委員長に対抗できるだけの人材を確立できておらず、やむをえず野党側の提案を受託した格好になってしまった。

 

 その国防委員長が第5次イゼルローン要塞攻略作戦を提案してきたのである。これは保守与党に対する事実上の「挑発・挑戦」であった。しかも野党側は徹底してマスメディアを利用して「積極攻勢!!」をあおったので、同盟市民は勇奮した。

 マスメディアの宣伝という「麻薬」によって、彼らはイゼルローン要塞を踏みつぶし、帝国に乱入し、皇帝の首を取り、血祭りにあげ、虐げられている民衆を開放する!などという甘いロマンチズムに酔いしれたのだった。大規模な会戦は数年来なく、同盟市民も怠惰な風紀の中で過ごしていたことも、この一要因であっただろう。

 

 シトレは顔をしかめたまま、本部長閣下の入れたコーヒーを一口飲んだ。気分を落ち着けようとしているようにヤンには見えた。だが、次に発せられた言葉にはまだ苦々しい響きが残っていた。原因はコーヒーではないだろう。

 

「またですか!あきれたものだ。あの要塞を艦隊の力だけで陥落させることは、不可能です。私の意見書は出していただけたのですかな?イゼルローン回廊同盟側出口付近に、イゼルローン要塞に匹敵する要塞を建設せよという」

「出した。お前以前にも、730年マフィアの故ブルース・アッシュビー元帥閣下も出しておられたな」

 

 730年マフィアとは、第二次ティアマト会戦において、帝国軍を惨敗の渦に叩き込んだ730年士官学校卒業組の艦隊指揮官からなるメンバーである。第二次ティアマト会戦以前にも帝国軍に度々敗北を味あわせてきたのだが、この第二次ティアマト会戦での戦いでブルース・アッシュビーは戦死し、死後に元帥となったものの、その後の同盟の力量は低下した。

 そのブルース・アッシュビーが、宇宙艦隊司令長官の職と引き換えに、意見具申をとりやめていたものが、イゼルローン回廊出口付近にイゼルローン要塞に匹敵する要塞を建設しようという案であった。

 

「だが、予算委員会から皮肉を込めた報告書と一緒につき返されてきた。これだ。読むか?」

「拝見いたします」

 

 シトレが書類を取り上げる。ヤンもそばから覗きこんだ。数十枚の報告書は多いのだか少ないのだかヤンにはよくわからないが、言っていることは一言に要約できる。つまりは要塞建設案は「却下」だった。

 

「なるほど・・・『要塞を建設する費用は、同盟軍20個艦隊の建設費用に匹敵するものである。』ですか、いささか誇張のような気がしますが。せいぜい数個艦隊規模だと小官は思いますが」

「俺もそう思う。たとえ数個艦隊の編成費用を犠牲にしたとしても、要塞を回廊出口付近においておけば、帝国軍の進行を阻止することはできる」

「いえ、あながち予算委員会のその指摘は間違っていないと小官は思います」

 

 ヤンが口を出した。

 

「ん?どういうことだ?」

 

 ブラッドレー大将が、そしてシトレがヤンに、どういうことかという顔を向けた。

 

「帝国がイゼルローン回廊に要塞を建設した際には、その情報が同盟側に渡ったのが非常に遅れていました。帝国が徹底した機密保持を敷いたからです。皇帝の意向一つで大予算を組める帝国ならではの体勢でしょう。ですが、今同盟側にはそういった機密保持を守れる体制にはなっていません。何故なら、これほどの要塞を建設するのには、すべて予算委員会の措置を、まず評議会で、ついで議会で可決させなくてはならないからです。いわばすべてが白日の下にさらされる結果になります。プライバシーも何もあった物ではありません。まぁ、重要事は皆で話し合って決める。それこそが民主主義なのですがね」

「ヤン少佐」

 

 シトレがたしなめたが、ブラッドレー大将は軽く笑った。

 

「ははは。面白いな、シトレ。幸いここには盗聴器はない。ヤン少佐、続けてくれ」

「仮にそれを予算費目を仮装して成功できたとしても、問題は要塞建設の間、帝国軍が手をつかねてまっていてくれるかどうかでしょう。当然護衛として数個艦隊は常備させなくてはならず、しかも完成までとなれば、よく見積もっても数年はかかると見なくてはなりません。そうすると艦隊の派遣費用やそれを運用する費用も要塞建設の費用にプラスされます。それらを合計すれば、20個艦隊を編成する費用にはなるかもしれません」

「・・・・・・・」

 

 二人の指揮官は唸り声を上げて、黙り込んだ。ヤンの発言に不快ではなく、ヤンに指摘されてその可能性に気づかされたこと、己の見識の甘さを実感したことが原因だった。

 

「では、ヤン少佐は要塞をイゼルローン回廊に建設するという案には反対というわけか?」

 

 本部長閣下の質問に、ヤンは肩をすくめた。

 

「構想としては賛成しますが、今の同盟の現状では建設は不可能でしょう。もっとも、要塞そのものの予算措置さえクリアすれば、後はなんとかなるかもしれませんが」

「それはどういうことかね?」

 

 と、シトレ。

 

「イゼルローン回廊付近で要塞を建設するのではなく、辺境で要塞を建設し、それをワープさせて、イゼルローン回廊に引っ張ってくるのです。その時に駐留艦隊も要塞内に一緒に入れてワープさせてしまえば、後はそれを向こうで展開するだけ。そうすれば護衛の艦隊など必要ありません」

 

 おぉ、という表情を二人はした。

 

「ま、色々とリスクはあるでしょうから、そのあたりは専門家にお任せしますがね」

「ううむ・・・・」

 

 ブラッドレー大将がいつになく真剣な表情で考え込んでいるときに、ノックがした。

 

「入れ」

 

 入ってきたのは、副官だった。彼は書類をブラッドレー大将に渡すと、すぐに部屋を出ていった。

 

「やれやれだ。ヤン、残念ながら要塞建設についてはお前の専売特許ではなくなったようだな」

「と、いいますと?」

「シトレ、例のお前の先の副官、シャロン・イーリス中佐も同じことを提案してきた。もっともこっちの方は予算委員会をどうごまかすかまで事細かに記してきている」

「なるほど、ではそちらの方は彼女にお願いすればいいでしょう」

 

 と、ヤン。

 

「こいつめ、あっさりしたものだな」

 

 ブラッドレー大将は笑った。

 

「そうしてみよう。だが、どちらにしても今度のイゼルローン要塞への出兵には間に合いそうにない。いや、むしろ出兵は必要だと俺は思うようになった。それも大規模な出兵が。シトレ、俺の言う意味がわかるか?」

「大艦隊の力をもってしても、イゼルローン要塞は攻略できない。そのことを内外に宣伝すれば、要塞建設への賛成の票が集まりやすい。そういうことですかな?本部長閣下」

「そういうことだ。・・・・ヤン、そういう顔をするな。確かに今度の出兵は負けを前提にしての作戦だとお前は言うかもしれないが」

 

 いつの間にか本部長閣下はヤンをお前呼ばわりしていた。自分が胸中をひらいた人に対してだけ、そう呼ぶのである。

 

「必要な犠牲ですか。どうもその言葉は好きにはなれませんね」

「さげすむなら俺をさげすんでもいいぞ。だがな、ヤン。こうでもしなければ、後方ばかりに控えているお偉方の目を覚ますことはできないのさ。まてよ・・・・そうだ!!」

 

 ブラッドレー大将はパリッと指を鳴らした。

 

「何か思いつかれましたか?」

「あぁ、とっておきのアイディアだ。いいか、シトレ。俺は今度の作戦には最高評議会のメンバーも統合作戦本部のお歴々も、いや、政財界の有力者をこぞってご招待申し上げることにした」

「なんですと!?」

 

 愕然としたようにシトレは目を見張った。戦場に民間人を連れていく!?気でも狂ったのか、本部長閣下は!?だが、本部長閣下の次の言葉を聞いたシトレは、思わず感嘆の唸り声を内心出していた。

 

「ヤン、どうだ?後方にいてばかりの連中が、目の前の惨状を目にして、それでも奴らが威勢のいい吼え声を上げられると思うか?」

「さぁ、どうでしょうかね。ですが、アイディアとしては悪くはないと思いますよ」

「ヤン少佐!」

「はっはっは!!シトレ、お前の気に入りの副官から及第点をもらえたぞ。そうと決まれば早速作戦開始だ。俺は今から会議を開く。お前も艦隊司令官会議に後で出席してくれ。その間にこっちは草案をまとめておく。忙しくなるぞ!!!」

 

 その後、紆余曲折はあったものの、ブラッドレー大将の根回しと、巧妙な理論建てで、第五次イゼルローン要塞攻略遠征軍の派遣は決まった。これには、日頃あまり実績を上げられていない宇宙艦隊司令長官のロボスが賛同したほか、軍の功績を上げて自由惑星同盟の公債発行高を増やしたい政治・財界の思惑、支持率アップを狙いたい政治家たちの思惑など、様々なものが絡み合った結果だった。

 なお、最高評議会メンバーは前線に出ることについてだいぶ渋ったが、ブラッドレー大将が「前線に出る勇敢な評議会メンバーと世間に知れれば、なお続投のチャンスになるではありませんか。それに前線と言っても旗艦にいていただくので、砲弾が飛んでくることなどありませんよ」などと言いまくったので、しまいには承知したのだった。

 

 原作と違うところは、シドニー・シトレが遠征軍指揮官ではない事である。原作では51400隻を率いて、シトレは大将として出撃したのだが、この世界ではそうではない。これについては、シャロンもひそかに首をかしげていた事だったが。

 もっとも、この後シトレはブラッドレー大将から、内々に大将への昇格を言い渡されるのであり、その後人事部局から正式に大将の昇格を言い渡され、帝国歴482年11月15日、大将になり、宇宙艦隊副司令長官となることとなるのである。

 派遣が決まったのは、以下の面々である。

 

 宇宙艦隊司令長官ラザール・ロボス大将 直属艦隊10000隻。

 第八艦隊 シドニー・シトレ大将(副司令長官) 14000隻

 第九艦隊 バール・ビュンシェ中将 14000隻

 第六艦隊 ヴィラ・デイマン中将 14000隻

 第四艦隊 ドワイト・グリーンヒル中将 14000隻

 

 このほかに、統合作戦本部長ブラッドレー大将や最高評議会のメンバー、有力政治家、財界のメンバーなども乗り込んでいた。66000隻にも上る艦隊は、あの第二次ティアマト会戦を上回るものであった。

 派遣艦隊は3月末に出立し、帝国歴483年5月に、イゼルローン要塞に達することとなるのであった。

 

 

 

惑星ハイネセン 高級住宅街ベルモント地区――。

 ここはもっぱら自由惑星同盟に亡命してきた高位の貴族や有力者たちがひっそりと暮らしている地区であった。何もそんなところに十把一絡げにしないでもいいのではないかと思う向きもあったが、同盟側にしてみれば、監視がしやすい事、また、反帝国主義の人間から亡命者を守るのに、一か所の方が都合がいいことなどから、そのように処置していたのである。もっとも下級貴族や官吏などは、また違った地区に住まわせているので、彼らが接触することはなかった。

そのベルモント地区のはずれ、白い3階建ての屋敷に、ことさらひっそりと住まう数人の人々があった

「そうか・・・いよいよ行くか」

 

 薄暗いカーテンで覆われた書斎にあって、12歳のカロリーネ・フォン・ゴールデンバウムがアルフレート・ミハイル・フォン・バウムガルデンをまじまじと見ていた。

 

「はい」

 

 アルフレートは亡命後、自由惑星同盟士官学校に特進入校し、主席で卒業し、いよいよ少尉として前線に出ることとなっていた。卒業の日は3月10日であったが、ちょうどこの時に遠征軍がイゼルローン要塞に出撃することになる。原作から二人はそのことを知っており、まだ正式には何も発表されていないものの、前線に出ることを志望しているアルフレートがどこかの艦隊に配属されるのは間違いないとみていた。

 

「世話になったの。色々と。妾なぞこうしてここでなにをするでもなく無為に過ごしているというのに、そなたは勉学に励んでおった」

「なにをおっしゃるのですか。皇女殿下も4月から士官学校にお進みあるのでしょう?」

 

 カロリーネ皇女もまた士官学校に進む道を選んでいた。年齢に制限はあったものの、アルフレート同様特進入校を果たし、合格している。特進入校とは、年齢が達しないものの学力その他で非常に優秀な者に認められる特別入校の事である。ファーレンハイトやシュタインメッツからはだいぶ反対があったものの、最後にはカロリーネ皇女の説得で折れたのだ。

 

「シュタインメッツよ、どうかアルフレートを頼むぞ」

「はっ!」

 

 シュタインメッツは、自由惑星同盟において少佐待遇で軍属になっていた。もっとも軍服は相変わらず帝国軍のものであったし、無任所属の身であるので、アルフレートの護衛役ということになっている。シュタインメッツもアルフレートとともに艦隊に配属されることとなっていた。これはファーレンハイトのほうも少佐待遇という形で同様である。もっともこちらは、皇女付きの侍従武官という姿勢を崩していなかったが。

 

 少年少女はともかく、シュタインメッツ、ファーレンハイトはだいぶ同盟の軍部から取り調べを受けていた。それはそうだろう。彼らにしてみれば、現役の帝国軍人が亡命してきたのだ。内情を知る絶好のチャンスに食いつかないわけがない。

 だが、脅されても、すかされても、シュタインメッツやファーレンハイトは頑として話さなかった。武人の矜持である。

 だが、カロリーネ皇女殿下やアルフレート殿下の「滞在許可」を取り消すとほのめかされ、やむなく二人は話した。だが、機密事項については言葉を濁し、必要最小限の程度で帝国軍の内情を語ったのである。最初はいらだった同盟側も、二人の清廉剛直な人柄に、納得もし、あきらめもし、ついにはそれ以上手を出すのをやめてしまったのだった。

 

 最も監視の目は怠りなかった。アルフレートやカロリーネ皇女殿下が軍属になったのも、ファーレンハイトやシュタインメッツが彼らの護衛という形で軍属になったのも、監視がしやすくなるという動機からだろうと4人は見ている。

 だが、同盟側の意向がどうであろうと、こうして同盟に居住し、かつ職業に就けることを幸運だと思わなくてはならないと4人は思っていた。

 

「そうじゃ。出立まで間もないことゆえ、ファーレンハイトと共にでかけてくるが良い」

 

 カロリーネ皇女殿下が提案する。

 

「それはなりません。皇女殿下。小官たちの不在の間に何かあれば――」

「無用の心配じゃファーレンハイト。それにここにはまだ侍女たちがおるでな」

 

 亡命中、バウムガルデン公爵の事、さらにカロリーネ皇女のことを知ったハイネセン在住の亡命貴族たちが、そっと自分たちの娘や姪、侍女たちを幾人かつけてくれたのだ。皆とても素直な人柄ですぐに4人とも打ち解け、また、それらを訪ねてくる親たちもいたりして、時にはあまり目立たないようにパーティーなどを催したり、郊外にピクニックに出かけたりしたものである。

 そのささやかな幸せの時も、終わりに近づいてきていた。

 

「行ってくるが良い。ただし、あまり遅くなってはならんぞ」

 

 まだ10時過ぎである。夕方までには十分帰ってこれるだろう。そう思ってのカロリーネの言葉だった。

 

「では、ありがたくご厚意を承ります」

 

 二人は敬礼して、部屋を退出していった。暫くして二人が邸を出ていく姿が見えた。相変わらず人が見ていないところでもきりっとした歩き方である。文字通りの生粋の軍人なのだ。

 

「あ~~しんどかった。これでやっと落ち着いて話せるね」

 

 うって変わって砕けた言葉でカロリーネ皇女殿下が話しかけた。

 

「そんなに疲れましたか?」

「全然なれないわよ。それにたまにはこうしてタメで話さないと、言葉遣いが妾口調のままになるもの」

カロリーネ皇女殿下はそこまで言って、急に黙り込んだ。

 

「でも、それも終わりなのよね・・・・。後少しで。もう今後はこうやって話せる人はいないもの・・・・」

「皇女殿下・・・・」

 

 この人の本名は知らない。アルフレートは自分の本名も名乗らなかった。この世界に生まれた以上は、前世の名前などどうでもよかった。だが、やはり自分たちは前世の人間なのだ。そのことから逃れることはできそうにもない・・・・。

 

「いいの。終わりが来ない日などない。そのことはよくわかったから」

 

 庭に出てみましょうか、と皇女殿下は言った。外はまだ冬の澄み切った大気が青く晴れ渡っていたが、日光は柔らかく暖かかった。もう春なのだ。

 

「旅立ちの季節ね」

 

 カロリーネ皇女殿下が眩しそうに青空を見上げながらつぶやいた。その整った綺麗な横顔を見ながら、アルフレートは疑問を口にした。それは今まで聞きたくても聞けない事だったが、今のこの時にならば聞いても許されるような気がしていた。

 

「皇女殿下。一つ伺ってもよろしいですか?」

「なに?」

「殿下は、まだラインハルトのことを、門閥貴族のことを恨まれておいでですか?」

 

 カロリーネ皇女殿下は首を振った。

 

「半分かな。ラインハルトには何もされていないから、恨みも何もないわ。でも、門閥貴族、あの二人だけは許せない。絶対に・・・・!!」

 

 ぎりっと歯を食いしばった刹那、カロリーネ皇女殿下の顔に殺気がうかんできていた。皇女殿下の顔をよく見てきているアルフレートがぞっとするほどだった。

 

「でも、それさえ考えなければ、今はとても穏やかなのよ。あなたはどうなの?」

「私も正直ラインハルトには何の恨みもありません。強いて言えば門閥貴族に対してでしょうか。私たちは早く亡命を余儀なくされましたが、そのことはかえって良かったのかもしれませんね。なまじ力をつけていれば、ラインハルトと遠からず衝突することになる」

 

 その観測を皇女殿下は首を振って否定した。

 

「まだ終わったわけじゃないわ。私たちが自由惑星同盟にいる限り・・・・違うわね、そう、自由惑星同盟がある限り、ラインハルトはここにやってくる」

 

 そうなれば、自分たちはどうなるのだろうか。門閥貴族をやがては消滅させようというラインハルトにとって見れば、自由惑星同盟に逃れた者たちもターゲットなのだろう。ここに逃げて来ても安住の地ではない。ならば、力をつけてその時に備えるしかない。

 

「きっと歴代で初めてだと思うわ。皇女殿下が自由惑星同盟に亡命して、そこで艦隊司令官になるというのは。女性の艦隊司令官なんてかっこいいわよね」

 

 カロリーネ皇女殿下が微笑んだ。

 

「皇女殿下・・・」

「まぁ、そうならないように願いたいけれどね、残念ながらそうはできないでしょ。私たちがいなくなって他にも転生者がいればいいけれど、そうでなければ、ラインハルトはいずれ帝国を掌握するんだから」

 

 そのために、今はお互いが精進すべき時なのよ、とカロリーネは言葉を結んだ。

 

 

 

 



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第二十三話 戦場で敵艦を撃破することだけが武勲ではありません

帝国歴483年2月13日――。

 

 ヘルクスハイマー家とシャフハウゼン家の決闘事件に巻き込まれ、ベーネミュンデ侯爵夫人から放たれた刺客を撃退したラインハルトは、少佐に昇進していた。

 別に表立って戦功があったわけではない。にもかかわらず、彼が少佐に昇進したのはグリューネワルト伯爵夫人の弟だからという噂がまた各所で広がり始めた。

 

 だが、事実は少々異なる。

 

 ラインハルトは大尉として軍務省に内勤していた際に、新しい決済システム及び検索システムを考案し、これが画期的だとして、軍務省内で採用されたのである。信じがたいことであるが、それまではすべて案件は書面で決裁を受けていた。PCやポータブル端末があったのにもかかわらずである。

 

 書類にすれば証拠には残るが、年度ごとに廃棄をしなくてはならないし、検索するのにも手間がかかる。重要案件で有れば書面決済はむしろ有効な方法なのであるが、簡易な案件までも書類にするのは非効率であるし、この戦時下に置いて紙も必要な物資の一つであったのであるが、無駄遣いの温床となっていた。

 

 そこでラインハルトは決済の基準を見直し、数段階の新たな基準を設け、軍務省全部署の決裁案件を総洗いし、簡易レベルの物については、電子決済を採用すること、検索システムを設置することを提案したのである。

 さらに保管されている簿書についても、きちんきちんと種類や重要度ごとにその保存期間を設定し、不要なものについてはシュレッダー処分にし、再生紙として利用することで資源の効率化を図るべし、と提案したのである。

 

 これで将官たちはいちいち案件をひっくり返して確認する手間も省け、部下たちは書面の作成の手間も省け、保存簿書を廃棄する係もそれまでの膨大雑多な無秩序の書類の山から逃れられることができ、要するにいたるところでこのシステムの評判は良かった。トップであるマインホフ元帥の耳にまでも入ったくらいである。

 

 そのマインホフ元帥は、軍務省から退省し、週2回の楽しみであるランディール邸での夕食をとるためにやってきて、このことをアレーナに話した。もちろん誰がやったとは言わなかったが、話のタネにちょうどいいと思ったのである。これを聞いたアレーナはすぐにラインハルトのことだとピンときたし、何も教えてもいないのにそんなシステムをすぐ構築してしまう手腕に驚嘆していたが、それをおくびにも出さず、ただ元帥閣下に頭をもたせ掛けて、甘え声でこういった。

 

「すごぉい!その人天才ですよね!で、おじいさま、その人昇進しないんですか~?」

「ううむ、戦場で武勲を建てたわけではないでなぁ」

 

 マインホフ元帥は、困惑顔の渋い顔である。

 

「ええ!?でもでも、せっかくシステムを構築したのに、かわいそうですよぉ。ね?もしここで昇進させてあげれば、他の戦場で手柄を立てたくてもたてられない内勤軍人さんたちも『俺も昇進できるんじゃね!?』ってな感じで、一層内務に精出すと思うんです。そうすれば効率がアップアップ!!だと思いません?」

 

 マインホフ元帥は、ハタと膝を打った。

 

「おぉなるほどのう!!流石はアレーナじゃ。まさに目からうろこじゃのう!!よし、早速部下たちに相談して事を進めるとしよう」

 

 マインホフ元帥は「流石おじいさま、すごぉい!やるぅ!!」という大姪の褒め言葉をもらい、デレデレになりながら、ランディール侯爵邸を後にして、いそいそと軍務省に引っ返したのである。

 

 というわけで、ラインハルトは陰でこっそり尽力したアレーナのおかげで昇進することになったのだが、本人はそんなことは夢にも知らなかった。

 

 ラインハルトは少佐に昇進の後、駆逐艦エルムラントⅡの艦長を命ぜられることとなったのであった。

 

 

 

 

帝国歴483年3月19日――。

イゼルローン要塞 

 

 イルーナ、ティアナ、フィオーナの三人がイルーナの自室で高速通信でアレーナと極秘通信をしていた。この端末は完全にランディール侯爵家専用の通信回線の上、暗号化された高速通信なので、傍受される危険性はなかった。

 

『・・と、いうわけでね、ラインハルトは原作通り、コルネリアス・ルッツの助けを借りて、決闘者を撃退したってわけ。それでもって軍務省のシステムを改革して少佐に昇進したわよ』

「そんなの当り前じゃない。あ、前半の部分よ。後半は確かにびっくりだけれど。でも、それをわざわざ報告しに来たの?」

『ティアナ違うわよ。それに+アルファもう一つ。あのベーネミュンデ侯爵夫人は、死んだわよ』

『えええええええええ!?!?・・・モガッ!!』

 

 フィオーナの口を二人がかりで押さえつけた。「ん~~ん~~~!!」と手足をばたつかせるフィオーナに、

 

「声が大きい!!・・・・で、何なの?嘘でしょ?原作だとベーネミュンデ侯爵夫人はラインハルトの元帥就任後に自裁を命じられるんだから」

『ティアナそれがねぇ。ちょっと私が細工したのよね。後々ああいうのに出張ってこられると面倒くさいじゃないの。だからグレーザー医師ともども、決闘者を指し向けたのはベーネミュンデ侯爵夫人であって、その狙いは実はリッテンハイム侯爵だってことにしておいたの。でっち上げよ』

 

 イルーナはフィオーナから手を離してさっと立ち上がった。

 

「アレーナ!!」

 

 イルーナの表情が変わる。怒った時ほどの教官ほど恐ろしいものはいないとティアナ、フィオーナの二人は身に染みて知っていた。

 

『・・・・ってのは冗談。まだ生きてるわよ』

 

 3人は一斉にと息を吐いた。またアレーナの「しれっと冗談ここでぶち込む!?」が始まったのかと思ったからだ。前世でも散々それに苦労させられた3人だった。

 

『いくらなんでも私はそんなことしないわ。ごめんね~フィオーナ。ちょっと驚かせただけなのよね』

「ああ、もう!!心臓に悪いですよ!」

 

 しれっというアレーナにフィオーナがほっと胸をなでおろしている。

 

「あんた、私たちが、こんな前線で、苦労しているってのに、冗談・・・!?」

 

 ティアナが一語一語刻み付けるように画面に向かって言う。

 

「それ、顔だけにしてくんない?このアラサー――」

『ちょっと誰がアラサーだって!?』

 

 たいていの悪口はしれっとスルーパスするアレーナがなぜか「アラサー」に反応することはよく知れ渡っている。前世でアレーナ・フォン・ランディールが初めて公国からイルーナたちの国にやってきたとき、その美貌から10代後半と言われ、大歓迎されていたものだが、実際は27歳だったと聞かされ、ショックで寝込んだファンも大勢いたのである。

 

『今だって顔かわってないし!!しかも私まだ20歳だし!!』

「あ~はいはい、わかりましたから~」

 

 ティアナが適当に相槌を打つ。

 

「ティアナいい加減にしなさい。アレーナもよ。それで、本題は?報告は本当にそれだけなの?」

『あぁ、話がそれたか。ゴホン!!』

 

 アレーナは整った顔立ちを引き締めた。こうしてみると冷厳さえ備えて見える貴族らしい顔立ちである。

 

『グリンメルスハウゼン子爵から受け継いだ私の情報網だと、自由惑星同盟が原作通り大規模な艦隊を派遣することになったそうよ。到着は5月頃、そしてラインハルトも少佐としてイゼルローン要塞にとんぼ返りするらしいのね。それが3週間後だって』

「じゃあ原作通りに、第五次イゼルローン要塞攻防戦が始まるのですね?」

 

 と、フィオーナ。

 

『それがどうもおかしいのよ。情報によれば、同盟軍が派遣する艦隊総数は66000隻だっていうから。それに、最高評議会のメンバーや統合作戦本部長までやってくるらしいのよ。同盟じゃ盛んに宣伝されているわ』

 

 3人は顔を見合わせた。

 

「原作では、確か51400隻だったから、約一個艦隊分戦力が多いわ。しかも評議会や統合作戦本部まで出てくるとはどういうことなのかしら・・・・」

 

 イルーナが顎に手を当てて考え込んだ。

 

「こちらの艦隊総数は原作通り13000隻。まともに戦えば、絶対にこちらが不利よね」

 

 と、ティアナ。

 

『そう思ったから、グリンメルスハウゼン子爵と一緒にマインホフおじいさまにお願いして【自由惑星同盟軍大規模攻勢近シ】って教えて、増援艦隊の派遣の手を打ったの。帝国の情報部でもこのことはキャッチしているみたいね。どうやらフェザーンが教えたみたい。まぁ、教えるも何もダダ漏れだから意味ないけれど。それで、ラインハルトはその増援艦隊の一員として赴任してくるはずよ』

「その増援部隊の指揮官は誰?規模はどうなのかしら?」

 

 イルーナが尋ねる。

 

『帝国軍正規艦隊司令官ハンス・ディートリッヒ・フォン・ゼークト大将指揮下の一個艦隊15600隻よ。本当はもっともっと大兵力を、もっとまともな指揮官を派遣したかったんだけれど・・・』

 

 ゼークト大将は、今のイゼルローン要塞艦隊司令官であるヴァルテンベルク大将の次に、イゼルローン要塞駐留艦隊司令官になる人物である。原作では最後はイゼルローン要塞をヤン・ウェンリー艦隊に攻略された際に、武人の矜持を貫き、トールハンマーで旗艦ごと爆殺された人物として描かれているが、この世界ではどうなのだろうか。

 

「例のイゼルローン要塞に駐留艦隊司令官になる人か。残念ね、ミュッケンベルガーだったらよかったのに」

 

 ティアナが残念がった。そのミュッケンベルガーは女性士官学校副校長を今も務めているが、今年の4月から異動して、宇宙艦隊副司令長官として辣腕を振るうことになっている。ここ数年でだいぶ理解が進んだらしく、女性士官の登用に積極的になってきたということだ。

 

『ちょっと間に合わないわね。ごめんね。力になれなくて』

 

 すまなそうなアレーナにイルーナは微笑んだ。

 

「あなたは精一杯やってくれたわ。ありがとう。後はこちらで引き受けるから」

『ありがとうね。まぁ、そういうわけだから、警戒よろしくね』

「わかったわ。ありがとう」

 

 通信は切れた。

 

「ティアナ、フィオーナ」

 

 一転、表情を引き締めたイルーナが二人に話しかける。知らず知らずのうちに二人は前世の時と同様姿勢を正していた。

 

『はい』

 

 これは予想以上の展開になるかもしれないわ、とイルーナは前置きして、

 

「あなたたちは幸い私の艦の副長兼操舵主任と砲術長。1隻の駆逐艦ではあるけれど、3人がこうしてそろったのだから、なんとかこの状況を3人で打破しましょう」

 

 イルーナ・フォン・ヴァンクラフトは例のベードライ基地で、ラインハルトとキルヒアイスが去った後に部隊指揮官として赴任、反乱軍基地を撃滅した功績などによって、この年少佐に昇進し、駆逐艦リューベック・ツヴァイの艦長に就任していた。

 このリューベック・ツヴァイ、珍しく女性士官が半分を占めるというまさに「女が指揮する艦」として注目を集めていた。もっともその半分は厳しい禁止規定にも関わらず侮蔑の入った視線であったことは事実である。女性士官学校が誕生して数年、前線に来る女性士官も増えつつあったが、まだまだ実情としては根強い差別があったのである。

 それでもイルーナ・フォン・ヴァンクラフト他、優秀な女性士官は早くも少佐に昇進していた。通常の帝国軍人と比べても早い速度だが、これにはマインホフ元帥ら推進派の「女性登用の風潮を基礎づくる」という信念のもと、少し緩やかな昇進人事が秘密裏に行われていたためである。もっとも元帥の動機としては孫同然のベタかわいがりにかわいがっているアレーナの願いをかなえてやりたいという思いがあったからである。「将来の宇宙艦隊司令長官はアレーナ」というマインホフ元帥の勝手きわまる動機からなのだが。

 

 推進派は将来的には女性の将官登用に踏み切るつもりでおり、その準備を着々と進めていたのである。

 

 

帝国歴483年4月24日――。

駆逐艦エルムラントⅡ

■ ラインハルト・フォン・ミューゼル少佐

 駆逐艦とはいえ、ようやく一艦の艦長になったか、これで俺も自分の船を指揮することができる身分にはなったというわけだ。

 だが、就任当初は「青二才」の俺たちへの風当たりは強かった。特に古参兵士や下士官はそうだ。だが、俺は頓着しない。なぜなら指揮官として使えるかどうか、それは実戦で証明して見せなくては意味がないからだ。もっとも、平素において数人ばかりたたきのめしてやったがな。キルヒアイスが副長としてそばにいてくれてよかった。

 出立前、アレーナ姉上と会う機会があった。相変わらず宮殿内を飛び回っている。だが、姉上をそばで見守っていてくれるので、俺としては心強い。ヴェストパーレ男爵夫人、シャフハウゼン子爵夫人、アレーナ姉上、この3人がいてくれるからこそ、姉上はあの忌々しい宮殿内で何とかやっていられるのだ。

 

 待っていてください姉上、必ず俺がお救いします。

 

 そのアレーナ姉上から、そのうち一個艦隊司令官として前線に出るなどと言われた時は驚いたが、あれもアレーナ姉上流の冗談の一つなのだとわかっている。

 この艦に、イルーナ姉上、アレーナ姉上、そしてフロイレイン・フィオーナやフロイレイン・ティアナがいないのは残念でならない。女性だと皆はさげすむが、何が女性だ。そんなものは関係がない。指揮官としてあの人たちは充分すぎるほど能力を持っている。そして何よりも、俺の大望を理解して、それに協力しようとしてくれている。

 だが、だからこそ俺は自分を律し、厳しくしていかねばならないのだ。あの人たちなしでも、俺が最後まで自分の道を歩んでいけるようにならなくてはならない。

 何はともあれ、まずは状況把握だ。先日のルッツ少佐同様、願わくば、俺の麾下に招くに足る逸材にお目にかかりたいものだ。

 

■ ジークフリード・キルヒアイス中尉

 ラインハルト様が考え事をしておられる。きっと要塞についてから、また新たな人材収拾をなさろうとしているのだろう。だが、それをおくびにも出さないところはさすがはラインハルト様だ。私たちはまだ一介の駆逐艦乗りにしかすぎないのだから、あまり目立つ行動をするのは控えた方がいい。

 出立前にアレーナさんとアンネローゼ様に会う機会があった。アンネローゼ様があの苦しい生活の中でも笑うようになっていたのは、イルーナさん、アレーナさん、ヴェストパーレ男爵夫人、シャフハウゼン子爵夫人のおかげだと思っている。本当にありがたい。1日でも早くアンネローゼ様を、ラインハルト様と共にお救いし、そして宇宙に平和をもたらすように頑張らなくては。

 

 

 一方――。

自由惑星同盟軍艦隊は首都星ハイネセンを3月27日に出立し、途中途中で補給を重ねながら、4月半ばにイゼルローン回廊前面に到達していた。

 この時、第八艦隊は一足先に「哨戒部隊」として出撃しており、イゼルローン回廊付近で本隊と合流することになっていたのだった。これもまたブラッドレー大将とシトレ大将の中では織り込み済みの事であり、今後起こるイゼルローン要塞攻略作戦に必要不可欠な処置だったのである。

 



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第二十四話 激闘!!第五次イゼルローン攻防戦なのです(前編)

帝国歴483年5月19日、ついに同盟軍遠征艦隊はイゼルローン要塞回廊にその姿を現した。

 

 ・・・・・と、いいたいところであるが、少々事実は異なる。というのは、イゼルローン回廊には前衛艦隊はおろか、いつも展開している警備艦隊もおらず、通信衛星だけがぽつんと数珠つなぎになってうかんでいるだけだったからである。

 というわけで、先行していた第八艦隊と合流した同盟軍は、いったん回廊出口で体制を整えたのち、その通信衛星を破壊しながら、あっさりとイゼルローン回廊に侵入することができたというわけなのである。勢い込んできていた彼らは完全に出鼻をくじかれてしまっていた。

 

「これはどういうことだ?!」

「帝国軍のやつら、やる気がないのか???」

「それともこれは罠なのか!!??」

「昼寝でもしてるんじゃね???」

 

 などという憶測が飛び交い、上層部も憶測に苦慮していた。もっともこの作戦の真の目的を韜晦しているブラッドレー大将やシトレ大将は前哨戦での小競り合いの有無など歯牙にもかけていなかったが。

 

 

 もしも同盟軍が帝国軍の実情を知っていれば、笑い出していたかもしれない。なぜならば、帝国軍が出撃してこなかったのは、罠を張っているのでも、やる気がないのでも、ましてや昼寝を決め込んでいるのでもなく、単純な仲間内でのケンカが原因だったからである。

 

 

「増援艦隊としてここに来たからには、儂が先鋒を務める!!」

 

 

 要塞内大会議室で、ゼークト大将がヴァルテンベルク大将とクライスト大将の三者会談において、そう強硬に主張していた。

 

「何を言うか!?勝手にノコノコと艦隊引き連れて来おってからに!!誰も卿に応援を頼んどらんわ!!駐留艦隊が先陣を切る!!卿にはイゼルローン要塞に控えていてもらうぞ!!」

 

 ヴァルテンベルク大将が吼えた。ゼークト大将もヴァルテンベルク大将も共に猛将の部類に入る。しかも厄介なことに功名心を立てたいという野心が充満しまくっているのである。

 

「皇帝陛下の勅命で有るぞ!!」

 

 ゼークト大将も負けずに吼える。

 

「皇帝陛下の勅命は、増援艦隊と協同して反徒共を蹴散らすように、であったわ!!卿に先陣を任せよとは一言たりとも聞いておらんぞッ!!だいたい卿のような、わきまえる場所を場所とも思わんイノシシ艦隊に出張って好き勝手に暴れられれば、味方は大迷惑するわ!!」

「何ッ!!??」

 

 ゼークト大将が立ち上がり、ヴァルテンベルク大将も負けじと立ち上がった。

 

「やるかッ!?」

 

 双方の副司令官、分艦隊司令官、幕僚たちもたちあがり、あたりは文字通り空気がび===んと張り詰め、一触即発の状態になった。

 

「やめんか、卿ら!!」

 

 クライスト大将が立ち上がる。どうも妙だとクライスト大将は思っていた。駐留艦隊司令部と要塞司令部が犬猿の中であるのは周知の上であるが、まさかここにきて駐留艦隊と増援艦隊が喧嘩をするとは思ってもみなかったし、ましてや自分が仲裁役に回ることなど想像の範囲外のことである。

 もっとも、とクライスト大将は思う。仮にゼークトが中将であり、ヴァルテンベルクの指揮下に入るようであれば、こんな騒ぎにはならなかったかもしれない。同格の者が同じ現場にいるということほど始末に負えないものはないとクライストはあきれ返っていた。

 皮肉にも、それはクライストとヴァルテンベルクとの関係においても言えることであったが。

 

「ここは両卿ともに出撃するというのはどうかな?」

 

 クライスト大将の提案に、ゼークト大将が「何をバカなことを言うか!?」と一蹴した。

 

「どちらも出撃できるほど回廊の出口付近は広くはないわ!!」

「であれば、回廊出口付近に敢えて出撃する必要はあるまい。どうせここで待っていれば反乱軍共はノコノコやってきおるのだ。イゼルローン要塞正面に双頭のごとく展開すれば、卿らそれぞれの艦隊は存分に腕を振るえるではないか」

「なるほど!!クライスト大将、卿の言うことはもっともだ!!」

 

 ヴァルテンベルク大将が珍しくもろ手をあげて賛同する。ゼークト大将もみすみすヴァルテンベルク大将に先陣を切らせるよりは、とクライスト大将の意見に賛同した。

 

 ほっとした空気が双方の幕僚たちの間に流れた。

 

 こういうわけで、イゼルローン回廊出口付近にはそれこそネズミ一匹たりとも潜んでいなかったのであった。

 

 

 イゼルローン回廊に侵入した同盟軍総数は、66000隻と、これまで過去4度にわたる襲来とは倍以上の規模であり、同盟軍側の並々ならぬ気概を示すかのようだった。

 

 これに対して、通信衛星の破壊状況から事前情報を得た要塞司令官クライスト大将、駐留艦隊司令官ヴァルテンベルク大将、そして増援艦隊の司令官ゼークト大将は、前回までの作戦と同様、要塞周辺にそれぞれの艦隊を双頭展開し、トールハンマーの射程内に敵を引き入れる作戦をとることとした。

 帝国軍艦隊の総数28600隻、同盟軍艦隊の総数66000隻。数の上では帝国軍側に圧倒的に不利であったが、帝国軍の強みは、そのイゼルローン要塞の持つ火力、特にトールハンマーであった。

 

「全艦隊、出撃せよ!!」

 

 クライスト大将が司令官席で叫んだ。

 

 

 駐留艦隊旗艦ヴァルテミス――。

 

 ヴァルテンベルク大将はゼークト大将との間のいさかいが一応は収まると、今度は要塞司令官であるクライスト大将のことをディスりだした。

 

「フン、クライストめ。要塞艦隊を自分の使い捨ての手駒か何かと勘違いしておるのではないか。忌々しい」

 

 吐き捨てるようにつぶやいたヴァルテンベルク大将に応える者はいない。まったくいつものことだと、旗艦にいる全員が思っていることだったからだ。

 

「全艦隊、出撃せよ」

「閣下、陣形はいかようにとられますか?」

 

 参謀長が問いかける。

 

「陣形は凸形陣形、反乱軍に対して攻勢をかけるべし。我が帝国には退却という文字は、擬態を除いてないのだからな。それに今回はゼークトのやつに負けるわけにはいかん!!!」

「お待ち下さい」

 

 赤い長い髪をした女性士官が進み出た。これをイルーナたちが見たらなんと言っただろう。何故なら彼女もまた転生者であった。イルーナたちとは、互いによく知っている間柄だったからだ。

 

「レイン・フェリル大尉、何か?」

「艦隊を半リング状、つまりC陣形に編成し、トールハンマーの射角内を開けておくべきでしょう。ゼークト大将閣下の艦隊と協力し、リング陣形を作るのです」

「バカなことを。それではこちらの火力が落ちてしまう」

「混戦状態になって、反乱軍に要塞に肉薄されたら、どうされますか?」

 

 このことはレイン・フェリルだけではなく、イルーナ・フォン・ヴァンクラフト、ラインハルト・フォン・ミューゼルなど、一部の士官からかねて疑問の声が司令部に届いていた事項だった。だが、司令部は「反乱軍にそんな勇気があるか!」と一蹴し、意見を採用してこなかったのである。

 

「想像するもバカバカしい」

「過去4度にわたって同じ失敗を繰り返してきた反乱軍です。さすがに五度目はないかと思いますが」

「ええい、うるさいわ!!女だからと話を聞いておけば図に乗りおって!!もういいから、その辺に立っておれ!!」

 

 ヴァルテンベルク大将もまた、頑迷な軍人の一人だった。レイン・フェリルは無表情で敬礼したが、内心は大きく傷ついてと息を吐いていた。

 

(こんな時にイルーナさん、フィオーナさんたちと一緒だったら・・・・!!)

 

 

 一方の同盟軍側でも、さすがにトールハンマーの火力を過去4度にわたって味わってきたため、その対策には慎重になっていた。

 

旗艦アイアース大会議室――。

 

「偵察艦の報告では、やはり帝国軍はトールハンマーの射程に誘い込むべく。2個艦隊をそれぞれ凸陣形にし、攻撃の体勢を取りながら進んできます。その総数約28000隻!!」

 

 その報告を聞きながら、シャロンは内心で計算を立てていた。

 

(原作よりも艦隊総数は増えているけれど、之と言って特別な陣形で進んできているわけではない。さらにこの原作ではラインハルト・フォン・ミューゼルはこの時点では少佐。帝国データベースにアクセスして将官人事を当たったけれど、私の知る転生者はいなかったし、特筆すべき人物もいない。となると、おそらく増援艦隊を派遣したのは帝都オーディンにいる転生者の誰か。けれど、軍に対しては直接的な指揮権は持たない。ならば・・・)

 

 シャロンの口元に微笑がうかんだ。

 

(単に艦隊総数が増えただけ。それはこちらも同じことなのだから、条件としては変わらないわ。統合作戦本部長に上申した私の作戦立案書どおりに行けば、要塞を制圧できるはずよ)

 

 もっとも、とシャロンは思う。もしも要塞を制圧してしまえば、あの大規模な帝国領侵攻作戦が始まってしまう可能性が大だった。そうなればアムリッツア星域で大敗を喫し、同盟の国力は一気に減衰してしまう。そのため、シャロン個人としては今回は要塞制圧を望んではいない。ただ、自分の先見性を上層部に知ってもらい、さらなる昇進の糧にしたいと思っていただけだった。

 この点では「負けることを前提とする」ブラッドレー大将、シトレ大将と考え方は同じで有ろう。もっとも両者の思惑は、「負ける」というその一点につき同じであるだけで、後はだいぶ違うのであったが。

 

「諸君も承知の通り、イゼルローン要塞にはトールハンマーという巨砲がある。これをいかに無力化するかだが・・・・」

 

 ロボスに代わって会議を仕切るシドニー・シトレ大将は周りを見まわした。

 

「かねてからの作戦通りに、並行追撃によって要塞に肉薄する。つまり、意図的に混戦状態を作り出すことで、帝国軍にトールハンマーを撃たせないようにするのだ」

 

 おおというどよめきが会議室内に満ちる。

 

「なるほど!」

「これはいけるかもしれんぞ」

「そうなれば――」

「我々の手で初めてイゼルローン要塞を陥落させられる!」

 

 どよめきの中、冷静にそれらを見守っていたのは、ほかならぬシトレとブラッドレー、そしてヤン・ウェンリーとシャロンの4人だけだった。

 

 

 イゼルローン要塞内艦隊ドック――。

 

 駐留艦隊と増援艦隊の全軍に出撃指令が下っていた。この出撃指令のタイミング自体は良好なものであった。イゼルローン要塞と同盟軍艦隊との距離から逆算すると、今出撃して陣形を整えた直後に、同盟軍艦隊がやってくるという流れになるからだ。その辺りの呼吸は上級将官たちはよく心得ていると言ってもいい。

 

 だが、あくまでもイゼルローン要塞付近で戦闘をするということに関しては、少なからず異論があった。

 

 せっかく回廊内部にいるのであるから、まずは回廊出口付近にて敵に痛撃を与え、此方の士気を上げるのが得策ではないか。それに反乱軍がいつまでもトールハンマーにすりつぶされにノコノコとやってくるものか。そう思っている者の一人がティアナだった。

 

「くだらない!」

 

 移動床に乗って艦に向かいながらティアナが両拳を打ち付けていた。

 

「もし、私に一個艦隊を率いさせてくれるのなら、絶対に反乱軍を完膚なきまでにたたいて見せたのに!!」

「まぁまぁ。そう怒らないで」

 

 フィオーナが宥めた。

 

「相変わらずの古い作戦に引っかからない方がおかしいというのが、わからないのかしら!?」

「それがわからない人が多すぎるから、私たちがこうして転生者としてここにきているのよ」

 

 やや前に立っていたイルーナが二人を振り返りながら言った。

 

「ラインハルトが元帥になれば、あなたたちは嫌でも一個艦隊司令官として戦場に立つ時が来るわ」

「教官はどうなさるおつもりなのですか?」

 

 フィオーナが不思議そうに尋ねた。

 

「戦場での駆け引きはあなたたちに任せるわ。私はアレーナと一緒に政治・謀略面からあの人を支えると決めているの」

「ええ?!まさかオーベルシュタイン的な立ち位置ですか!?」

「オーベルシュタインは登用するけれど、ラインハルトの下には就かせないわ。私が直接部下にします。あの人はとても有能だけれど、ラインハルトにマイナスを与えることもある。そのことは原作においても描かれていたもの。だから私が手綱を取るの」

「ねぇ、オーベルシュタインって、教官に黙って手綱を取られそうな人に見える?」

 

 ティアナが小声でフィオーナに話しかけた。

 

「ううん、そうは見えないけれど・・・・。でも、教官だって前世じゃオーベルシュタイン並に駆け引きをやってたもの。だからきっと大丈夫なんだって思う」

「二人とも聞こえているわよ。さぁ、そろそろ到着。気を引き締めてかかりましょう」

『はい!』

 

 二人がうなずいたとき、ちょうど艦のそばに来た。3人は急いで艦の搭乗口に乗り込んだ。

 

 

 その姿を遠く後ろで見ていたラインハルトが見つけて声を上げた。

 

「ん?あれは・・・・。なんだ、こんなところにいたのか。イルーナ姉上たち」

「ラインハルト様同様、どうやら駆逐艦の艦長のようですね。階級が少佐でしたから」

「少佐か。さすがはイルーナ姉上だな」

「この戦いが終わったら、会いに行ってみますか。ずいぶん久しぶりなような気がします」

「そうだな、そうしよう。それにしても・・・・」

 

 ラインハルトはやや後方に立っている数人の人間をちらと見た。彼らは監視と称してラインハルトの艦に同乗するつもりなのだ。

 

「クルムバッハ少佐か。俺は人の趣味についてどうこう言うつもりはないが、なんだあのおしろいは、なんだあの赤い口紅は。あれはオカマか?キルヒアイス」

「さぁ、わたくしには・・・・」

「あんな趣味を許しておくほど、憲兵隊は風紀が乱れているということなのか?まったく、度し難いことだな」

「ラインハルト様!!」

「わかっている。だが油断は禁物だぞ、キルヒアイス。奴にはあきらかに殺気がある。ベーネミュンデ侯爵夫人め、ベードライでヘルダー大佐がやられたことを知って手を引けばいいものを」

「ですが、この戦場でラインハルト様を襲うということはしないでしょう」

「そう願いたいな。前はともかく、後ろからも狙われたら、戦闘指揮に集中できないからな」

 

 ちょうどエルムラントⅡのところにまできたので、二人はそのまま乗り込んだ。

 

イゼルローン要塞表面流体金属から続々と艦隊が抜錨し、イゼルローン回廊に向けて、出撃していった。リューベック・ツヴァイもエルムラントⅡもその中に混じって出撃し、前線に向けて航行している。

 

「今回の戦いでは、せめて巡航艦を仕留めたいものね~」

 

 ティアナが腕を撫しながらつぶやく。

 

「あまり過度な期待をかけない方がいいわよ。これだけの大艦隊の戦いだもの。まずは生き残ることを主眼にしなくちゃね」

「大丈夫よ。私の操艦とフィオの砲撃の腕前、そしてイルーナ教官の判断力があれば、同盟軍は敵ではないわ」

「しっ!」

 

 フィオーナがそっと指に手を当てた。ここには他の士官、下士官、兵もいるのだから。

 

「味方第一陣、敵と接触します!!」

 

 オペレーターが報告した直後、無数の光点が明滅した。お互いの主砲が斉射され、お互いの艦が爆沈して宇宙に光の玉を出現させ始めたのである。

 

「艦長!!」

「ティアナに任せるわ。操艦自由、ただし無茶はしない事」

 

 イルーナは司令席に座ったまま、うなずいて見せた。他の艦橋要員も何も言わない。これまで散々ティアナの操艦技術の腕前を見て知っているからだ。

 

「了解。機関最大!!最大戦速!!」

 

 一瞬で加速したリューベック・ツヴァイはみるみる僚艦を引き離し、第一陣に混じって敵に突撃していった。

 

「2時方向俯角34度及び4時方向仰角40度に敵駆逐艦!!」

 

 索敵主任が叫んだ。

 

「フィオ!!」

「まずは天頂の敵を狙います。下方の敵には機雷・主砲を投下してけん制」

「了解。機雷、投下!」

 

 機雷が投下され、さらにフィオーナが放った主砲が敵をけん制する。敵が大きく体勢を崩したすきに、リューベック・ツヴァイは急速上昇し、上方からの敵の砲撃を交わして、側面についた。

 

「主砲、斉射!!」

 

 リューベック・ツヴァイが放った主砲は敵の機関部に正確に命中して爆発した。続く敵の斉射を見事にかわしたリューベック・ツヴァイは急反転して、下方にいる敵に上方から襲い掛かった。

 

「ファイエル!」

 

 イルーナが指令した。宇宙を切り裂いてとんだビーム砲は敵駆逐艦を貫いて爆発四散させた。

 

 

「ほう、やるものだな」

 

 

 ラインハルトは艦橋にあって、リューベック・ツヴァイの奮闘ぶりを見ていた。

 こちらは既に駆逐艦3隻、巡航艦1隻を撃沈していた。艦の操縦士や砲術士の腕前はラインハルトの猛訓練ぶりによって格段に上昇していたが、何よりもラインハルトの的確な戦術ぶりによって戦果が上がっていた。

 

「見事だ。よくやったな」

 

 敵艦が撃沈されるたびに、ラインハルトは部下たちを賞賛した。当初ラインハルトとキルヒアイスを「青二才」と侮っていた古参下士官、兵たちも、彼らの的確な指揮ぶりと、勇猛果敢かつ冷静な態度に、徐々に態度を軟化させていた。

 

 ラインハルトの眼にはスクリーンに移る敵味方のおおよその状況と、目の前の戦況が映っている。徐々にではあるが、ある動きのような物が現れ始めていた。大地震の前の初期微動のようなものである。それをラインハルトは天性の勘ですばやく感じ取っていた。

 

「キルヒアイス。そろそろ潮時か」

「は。そのようです。もうすぐ退却命令が来るでしょう」

「・・・・・・」

 

 ラインハルトは敵の布陣を眺めていた。敵艦隊に対し、距離を詰めてきているが、どうもその動きは鈍い。過去の戦場記録をラインハルトはあさっており、その際の各艦隊の配置、移動速度、戦況を頭に入れていた。それからすると、今の反乱軍の足並みは思ったほど早くはない。それにいらだったこちらの前衛艦隊は、弾雨を犯して前進し、何とか躍起になって引きずり込もうとしている。

 

「反乱軍はおそらく急進して並行追撃に入る体制をとるだろう。再度司令部に連絡。『反乱軍ハ我ガ艦隊後尾ニ喰ライツキ、並行追撃ニ移ル兆シアリ』と」

「ミューゼル少佐、たかが一駆逐艦艦長ながら、司令部に意見具申するとは、無礼であろう」

 

 クルムバッハ少佐が言う。

 

「少佐。士官たる者は常に全体の戦局を考え行動すべきだと私は思っている。もし反乱軍の追撃をうければ、わが方はトールハンマーを使用できずに、敵の侵入を許す形となる。そうなれば犠牲は増すばかりだ。それでいいのか?」

「そのようなことは司令部で判断する」

「最終的な判断はそうだろうが、現場からの情報は与えてしかるべきだと思う。少佐、あなたは戦場にいらっしゃったことが、どうやらあまりないようですね、常に後方の安全な場所に会って指揮をする立場の肝の小さな人間の言葉だ」

「小僧、貴様!!」

 

 クルムバッハ少佐が腰から銃を抜いて立ち上がりかけた時、素早くキルヒアイスが銃をつきつけていた。

 

「艦内での発砲は慎まれますようにお願いします。今は戦闘中ですので」

「くっ・・・・!!」

 

 クルムバッハ少佐が赤い唇を悔しげにゆがめながら座り込む。その様子を兵たちは面白そうに見ていた。ラインハルトは何事もなかったかのように通信主任に話しかけた。

 

「通信主任、司令部に連絡。先ほどの情報を伝えてくれ」

「はっ!」

 

 

 一方のリューベック・ツヴァイでも後退運動に入っていた。

 

「敵は例の並行追撃に移行するつもりよ。いち早く前線から後退。ただしさりげなく。敵前逃亡とみられることのないように」

「艦長。どのみちエネルギーの補給に迫られています。いったんイゼルローン要塞に帰投するように、許可申請してみてはどうでしょうか?」

 

 フィオーナが提案した。

 

「そうね。そして通信主任、再度イゼルローン要塞司令部及び艦隊司令部に連絡。『反乱軍ハ我ガ艦隊後尾ニ喰ライツキ、並行追撃ニ移ル兆シアリ』と。ただし、補給帰投の申請許可が下りてからよ」

 

 偶然だが、ラインハルトの放った電文と全く同じことだった。

 

「はっ!」

 

 通信主任が補給帰投の申請を送り、許可されると、艦長の言葉を電文化して放った。

 

 

 イゼルローン要塞司令部及び艦隊司令部では、この両者からの通信を受け取ったが、それは全く考慮されなかった。ここまで度々連絡があっても無視をするというのはおかしなことだと思うかもしれないが、「たかが一駆逐艦の艦長ごときが何様のつもりだ!!バカ野郎が!!」という空気が双方の司令部を包んでおり、感情的になってしまっていたこと、さらに目の前の戦闘指揮に忙殺されて気が立っていたことが原因だった。

 ただ、ゼークト大将の方はラインハルトからの連絡を受け、いったんは後退をやめて奮戦しようとしたものの、ヴァルテンベルク艦隊が一方的にす~~っと引き揚げてしまい、孤立してしまう状況に陥ってしまったので、やむなく彼も引き上げを指令していた。

 結果、双方は警告を無視して艦隊に要塞に引き上げるように指令することとなり、これが後々の大苦戦を生むこととなる。

 



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第二十五話 激闘!!第五次イゼルローン攻防戦なのです(後編)

帝国歴483年5月19日――。

 

 

 同盟軍艦隊では、帝国軍艦隊が退却の兆しを見せ始めたことをしって、手ぐすねを引いてその時を待ち構えていた。

 

「いよいよだな」

 

 旗艦アイアース艦橋上で、ブラッドレー大将は誰ともなしに呟いた。もしここにシトレ、シャロンがいればその意味をまた違った風にとらえたかもしれないが、その意味を理解できたのは、そばに立っているヤンだけであった。

 この遠征に当たって、シドニー・シトレは大将に昇進していたが、その際にシャロン中佐を呼び返し、代わりにヤンを一時的にブラッドレー大将の側役として旗艦に同乗させたのである。その真意はいかなるものか、ヤンとしては測り兼ねた。

 

「敵艦隊、要塞に向けて回頭!!退却に移りました!!」

「よぉし!!今だ!!全艦隊、敵艦隊に追尾、食らいつけ!!」

 

 総司令官席でロボスが吼えた。彼にしてみれば、ここが千載一遇の機会。これでイゼルローン要塞を陥落させることができれば、一気に元帥になることはほぼ確実。これまでの無為な日々を補って余りある栄達である。

 そのロボスの気迫は全軍に染みわたり、全艦隊が羊の群れを追う猟犬の様にかさにかかって急進して食いついていった。

 

「おぉ!!始まったぞ!!」

 

 観戦している最高評議会のメンバーたちも喜びの声を上げる。彼らにしても、イゼルローン要塞を陥落させるという歴史的な瞬間に立ち会えるうえ、現政権の支持率はウナギ上りになるだろうという観測が胸に充満していた。

 

(やれやれ、どうもこういうのは好きではないな)

 

 沸騰した熱気の中、一人ヤン・ウェンリー少佐だけは冷めた目で周囲を見ていた。「負けることを前提にする」という作戦のため、口を出すわけにも行かないが、かといって無為に死んでいく将兵たちのことを思うと気分の良いものではない。

 

「ヤン、安心しろ。手は考えてある。そうそう兵たちを無為に殺さんさ。これはパフォーマンスだ。そのことを覚えておけ」

 

 ブラッドレー大将は目ざとくヤンの顔色をみて、そう言った。

 

「敵がトールハンマーを発射しないという保証は、どこにもありませんよ」

「それは承知している。だから先鋒を第八艦隊に任せたんだぞ。大丈夫だ。今回の損害は見た目には派手なものになるが、実情はそうではないさ」

 

 第八艦隊のシドニー・シトレ中将とブラッドレー大将との間では、既にそのことを予測した打ち合わせが済んでいると思われた。

 

「そうありたいものですね」

 

 ヤンは気が乗らなそうに言った。ブラッドレー大将が考えていることはおおよそ想像がついていたが、その作戦が齟齬をきたしたとき、果たして「軽微」な損害でいられるだろうか。

 

 

一方のイゼルローン要塞、そして駐留艦隊司令部では驚愕の顔が並んでいた。

 

「て、て、テキ――」

「どうした!?ここにはテキ屋はおらんぞ!!まともに報告せんか!!」

 

 クライスト大将がオペレーターに叱責した。「違うよ、バカ!ハゲ!」という目で大将をにらんだオペレーターが、

 

「敵艦隊が急速前進!!わが艦隊と混戦状態です!!これではトールハンマーを撃てません!!」

「何ィ!?」

 

 クライスト大将以下が愕然となった顔をした。すでにトールハンマーの発射シークエンスに移行しつつあるというときなのに。

 一部の兵はそのうろたえ切った態度をみて「あ~あ。だから言わんこっちゃない。前線からの情報をちゃんと聞けよお前ら。バ~カ」などと白けた目で見ていたが、それを表だっていうこともできず、ただ無表情のままそれぞれの任務に当たっていた。

 

 もっとも声に出して言ってしまった者もいる。

 

「あ~あ。だから言わんこっちゃないじゃない。前線からの情報をちゃんと聞きなさいよ。バカじゃないの!?」

 

 と、帰投してきた艦隊駐留ドックでティアナがぼやいていた。

 

「ティアナ、ぼやいている場合じゃないわよ。例のクルムバッハ少佐、ここでラインハルトとキルヒアイスを狙いに来る頃合いよ。私たちも掩護に向かいましょう」

 

 イルーナが教えた。

 

「行くのですか?ベードライの時も、決闘事件の時も、私たちはラインハルトに掩護しなかったですけれど」

 

 と、フィオーナ。

 

「あれは私たちがラインハルトの近くにいなかっただけの話よ。助けられる機会があれば助けたいの」

「でも、ラインハルトは迷惑に思いませんか?あ、違うのか、だいぶ幼少の頃からイルーナ教官たちに教えられているんですものね」

 

 ティアナが納得顔をする。

 

「ティアナ、そういうことよ。それではいきましょうか。あまり時間もないことだし」

「はい!急がなくちゃ!!」

 

 3人は艦を残った士官に託すと、報告と称して艦の外に出た。

 

 

 イゼルローン要塞の外では激戦が続いていた。トールハンマーを使えない帝国軍は対空砲火と駐留艦隊の連合をもって、総力戦に当たっていたが、殺到してきた同盟軍艦隊とスパルタニアンの攻撃で次々と要塞に被弾し、外部の損傷はいよいよ激しくなってきた。

 

「いいぞ!!もう少しで要塞を落とせる!!」

 

 ロボスが腕を振り上げながら叫んでいる。少々軽率なところがないでもないが、あと少しで歴史的偉業を成せると思えば、無理のない事である。

 

「突入部分の、外壁の対空砲火、ほぼ無力化しました!」

「よし、ありったけのミサイルを叩き込め!!主砲、集中斉射!!撃て!!」

 

 ロボスの号令で、各艦隊が一斉にピンポイント攻撃を仕掛ける。そこは突入部隊の揚陸する地点で有った。合計5か所。そこに集中して攻撃を仕掛けられたのだからたまらない。

 流体金属と言えども、水爆ミサイルによって吹き飛んで散り、外部がむき出しになったところもあった。

 

「よし、外部から揚陸部隊を降下して、要塞を制圧せよ!!」

 

 ロボスが高らかに叫んだ。

 

 この様子を見ていたクライスト大将が愕然となった。もはや防ぐ手はない。外から数十万の敵が数か所から侵入してくれば、防ぎようがない。

 

「まずい・・・まずい・・・・まさか私が要塞司令官の時に!よりによって私が要塞司令官のときに!!どうしてイゼルローン要塞が落とされねばならんのだぁ!!あと少しで退役できるところまで来ているというのに!!」

 

 焦ったようにつぶやいたクライスト大将だったが、次の瞬間狂ったように叫んでいた。

 

「も、もはやこれまでだ!!トールハンマー発射用意!!」

「ええええええええええ????!!!!」

 

 という目を全員がした。なぜなら外には相当数の味方が残っているからだ。

 

「か、構わん。今ここで手をこまねていては、敵に侵入されて要塞は陥落するぞ!!中には民間人も多数いる。皇帝陛下の民を死傷させてもよいと卿らはいうのか!?」

「し、しかし――」

「軍隊は人を守るものだ!!そのためになら犠牲を厭っている場合ではないだろう!!」

 

 皮肉にもクライスト大将が言ったその言葉は、後半はともかくとして、ヤン・ウェンリーも常々言っていることであった。

 

「トールハンマー発射せよ!!発射だ、発射ァァァァァァッ!!!」

 

 狂ったように司令官席の前の机をたたきながらクライストが叱咤した。

 

 

 同盟軍艦隊では、イゼルローン要塞表面上に急速な動きがみられるのに気がついていた。

 

「と、と、と、とぉ~~~~――」

「なんだこんなときに!?気合いを入れてほしいのか?入れるなら、儂がいれてやる!!」

 

 そんなことじゃねえよ、と艦橋にいた全員がロボスを冷ややかな目で見たが、当のロボスはオペレーターに「正確な状況報告せんか!?」と叱責を浴びせていた。

 

「と、トールハンマー、です!!トールハンマーが発射体制に!!」

「バカな?!そんな!?味方をうつというのか!!」

 

 愕然とするロボスと、顔面蒼白になる最高評議会のメンバー、政財界の有力者たち。無理もない。この状況下においては、旗艦ですら全軍の中陣にいたのである。トールハンマーの射程内に入っていた。

 

「きゅ、急速反転回避、回避だぁ!!」

 

 ロボスがうろたえたように叫ぶ。その横で、冷静に状況を見ていたブラッドレー大将はひとりうなずいていた。

 

「ついに来たか!!」

 

 彼はあわただしく立ち上がり、第八艦隊に通信を開いた。というのは、敵に最も肉薄しているのは、この第八艦隊だからである。

 

「シトレ!!いよいよ来るぞ!!」

 

 

 その第八艦隊司令部内でも動きはあわただしかった。

 

「わかっております。ご心配なく」

 

 シトレはそう言うと、傍らに立っていた参謀長、そして次席幕僚のシャロンに目を向けた。

 

「準備できています」

 

 参謀長はそう言うと、シャロンにうなずいて見せた。彼女はすぐに自分の席に座ると、驚くべき速さでコンソールパネルを操作し始めた。

 

「よし、有人艦隊は直ちに散開、所定の場所に退避!!無人艦隊のみ引き続いて攻勢を展開せよ!!揚陸艦はどうか?」

「はっ!偽装した無人揚陸艦のみ展開し、有人の揚陸艦はイゼルローン回廊外縁に急速撤退させております」

 

 つまりこうである。イゼルローン要塞に殺到していたのは、揚陸艦を含めた艦すべてが無人艦隊のみであり、有人艦隊はトールハンマーの射程からいつでも急速回避できるような地点に展開していた。

(つまりリング状になれるように、という体制である。)

 遠征直前に、シャロン中佐がブラッドレー大将とシトレ中将にひそかに意見具申してきたものであり、その中に無人艦隊をもって敵を、そして味方を欺くべしと書いてあったのだ。

 先にも述べた通り、第八艦隊は首都星ハイネセンを先行出立していた。表向きの目的は哨戒のためであったが、事実は途中途中の惑星基地に約半数の将兵を「守備兵」としておろし、半数を無人艦隊にしていったのである。

 

 というわけで、第八艦隊のほぼ半数に当たる7000隻はすべて無人艦艇で構成されていた。そのソフトウェアを開発したのも、ほかならぬシャロンである。

 

 よって、今から派手に飛び散るのはほぼ無人艦だけであり、それによって、敵にはこちらが甚大な損害を受けての撤退というように見せかけ、味方、ことに評議会のメンバーにも、トールハンマーの恐るべき威力を身をもって示すといういわば「パフォーマンス」を行おうというのであった。

 

「味方艦隊はどうか!?」

「既に司令部直属の艦隊はトールハンマーの射程より離脱!第五、第八、第六、第四艦隊も逐次撤退に入ります!!」

「ようし!!本艦も急速回頭!!全速で引き下がるぞ!!」

 

 シトレがそう言い、全艦隊に撤退を指示した。

 

* * * * *

 

 イゼルローン要塞放棄ブロック動力部内部では、クルムバッハ少佐とその配下に囲まれたラインハルトが一人銃を突きつけられていた。

 

「私の命を狙う理由は?やはり、ベーネミュンデ侯爵夫人の差し金か」

 

 つゆほども動揺を見せずにラインハルトが尋ねる。

 

「そうだ。いや、そうであったが、今は私個人の復讐もあるのでな。散々戦場でコケにされ、無能呼ばわりされたのだからな。お前みたいな『青二才』に」

「事実を言ったまでだ。全体の戦局もわからず、個々の戦闘艦のなすべきところも知らず、まして兵一人の事も考慮すらできない者は、無能呼ばわりされて当然だろう」

 

 ラインハルトが怒りの眼をクルムバッハ少佐に向けた。それに対してクルムバッハ少佐の方は今にもつかみかからんばかりに肩を振るわせて激怒していた。

 

「貴様、小僧!!この期に及んでも!!構わん、殺せ!!」

 

 その時だった。無機質なアナウンスがブロック内に響き渡った。

 

『トールハンマー、発射シークエンスに移行します。発射10秒前・・・9・・・・8・・・。』

「な、なに?!」

 

 クルムバッハ少佐たちが愕然となった一瞬の隙に、ラインハルトが動いた。すばやく銃を抜きたちどころに二人の脳天を撃ち抜いて倒す。これで敵は4人となった。

 

「こ、小僧!!」

 

 クルムバッハ少佐が銃を放ったが、ラインハルトが地面を転がって交わした。

 

「ラインハルト様~~!!!」

 

 キルヒアイスが駆けつけてきた。叫び声とともに銃を放つと、正確に心臓を撃ち抜かれた二人の敵が倒れる。

 

「ひ、ひいいいいい!!」

 

 情けない声をあげてクルムバッハ少佐が逃走を図った。その直後、閃光がきらめき、トールハンマーが発射された。

 

 

 

「と、トールハンマーが発射されます!!」

「回避、回避だぁ!!!」

 

 ロボスが叫んだ瞬間、凄まじい光の奔流と衝撃が同盟軍艦隊を襲ってきた。一斉に悲鳴を上げる艦橋、ことに評議会メンバー、政財界有力者たちの驚きと動揺はひどいものだった。

 

「キャアアアアアアアアアアッ!!!」

「た、助けてくれぇ!!まだ死にたくない!!」

「嫌ァァァァァ!!」

「殺されるぅ!!!」

「死ぬのは御免だ!!!」

「ママ~~!!」

 

 という、なんとも士気を下げかねない情けない悲鳴が響いた。ある議員は頭を抱えてしゃがみ込み、ある議員は床にうつ伏して震えている。女性評議会議員など、泣声を上げる始末だった。だが、旗艦は既にトールハンマーの射線、射程の外にいたので、光の奔流を後ろから眺めているだけであったのだ。

 

(やれやれ、こういう人たちが後方で前線の惨状を知らずに命令していたのか。頭でわかっていても、実際にこういう光景を見ると、なんともやりきれないなぁ)

 

 その光景を見ながらヤンはひそかにと息を吐いた。

 

「どうだ。効果覿面だろう?」

 

 ブラッドレー大将がそっとヤンにウィンクして見せた。

 

「ええ」

 

 ヤンがそう言った時、トールハンマーの第二射を告げるオペレーターの悲痛な声が聞こえた。

 

 

 

* * * * *

 

 形成不利と悟ったクルムバッハ少佐が必死に逃げていく。

 

「待て!!」

 

 ラインハルトが逃げる相手に叫んだが、残る一人に阻まれた。そいつは銃を撃ったが、焦っていたのかあらぬ方向にとんでいっただけだった。

 

「どけっ!!」

 

 ラインハルトが銃を撃ち放すと、敵は地面に転がったが、転瞬、ラインハルトの足をつかんでいた。

 

「しまった!!」

 

 地面に足を取られたラインハルトが中心部に大きく円形にあいた動力炉へと通じる穴に転げ落ちていく。

 

「ラインハルト様ァ!!」

 

 間一髪の差で、キルヒアイスがラインハルトの右手をつかんでいた。

 

「キ、キルヒアイス!!駄目だ、手を離せ!!お前まで巻き添えにしてしまう!!」

「いいえ、私は絶対に放しません!!」

 

 クルムバッハ少佐が逃げようとしてこの光景を見た。瞬間彼は悪魔の様に喜びの表情を浮かべながら戻ってきた。

 

「くくく・・・残念だったな」

「何が残念なの?」

 

 不意に後ろで声がした。クルムバッハ少佐が驚いて後ろに目を向けると、3人の女性士官が立っていた。

 

「ティアナ、ここは任せたわよ」

 

 イルーナがそう言い、フィオーナと共にラインハルトとキルヒアイスを助けに走っていった。

 

「き、貴様ら、ここで何をしている?!」

「何を?あ~なんて間抜けな台詞なのよ。あんたこそ何してんの?大方ラインハルトを狙って失敗して尻尾巻いて逃げようと思ったら、ああいうことが起こってるんで、気を変えて二人を始末しに引きかえしてきたってところ?」

 

 ティアナが小ばかにしたように淡々と言うので、クルムバッハ少佐がたちどころに血を登らせた。

 

「き、貴様、女だからと思っていれば!!」

 

 女だと、しかも一人だと安心したのか、つかみかかってきたクルムバッハ少佐をティアナが銃を抜く手も見せず、台尻の一撃で吹き飛ばした。顔面を強打され、したたかに背中を壁にぶつけたクルムバッハ少佐がずるずると床にへたり込んで動かなくなった。

 

「バッカじゃないの。女、女って」

 

 ティアナが銃を相手に突きつけたままちかより、素早く両手を縛り上げ、銃を奪い取った。

 

「フロイレイン・ティアナ」

 

 振り向くと、ラインハルトとキルヒアイスが立っている。イルーナとフィオーナは他に倒れているクルムバッハ少佐の手下たちの息を探っていたが、やがてこっちに戻ってきた。全員死亡しているようだ。

 

「助かった。すまなかった」

「余計なことをしちゃった?放っておいても二人なら大丈夫だと思ったけれど、念のためにね」

「いや、危なかった。私もキルヒアイスもあそこで終わっていたかもしれない。ありがとう」

 

 イルーナとアレーナに子供のころからみっちりと教育されたのか、こういう時のラインハルトはとても素直だった。

 

「わたくしからもお礼を言います。本当にありがとうございました」

 

 キルヒアイスも頭を下げる。

 

「いいわよいいわよ。あ、それでね、これ、どうするの?」

 

 ティアナに「これ」呼ばわりされたクルムバッハ少佐は地面に無様に転がっていた。まだ意識を取り戻していない。ティアナに軽く足でつつかれて、ようやく彼は目を覚ました。

 

「こ、ここは・・・・ハッ!?き、貴様ら、私をどうするつもりだ?!」

「皇帝の寵姫の弟を(ラインハルトは皮肉たっぷりにそう言ったが)狙ったのだ、前のヘルダー大佐同様、裁判にかけられ、まずは一族皆殺しということだな」

「い、いいいい一族皆殺し!?」

 

 白粉を塗りたくったクルムバッハ少佐の顔色が白を通り越して青くなる。

 

『トールハンマー、第二射、発射体制に入ります』

 

 場内にアナウンスが響き渡る。

 

「そこで待っているがいい。要塞の憲兵隊に連絡して、貴様の身柄を引き取ってもらうからな」

 

 そういうと、ラインハルトは踵を返して入り口に背を向けた。

 

「ま、まて、まて、待ってくれ!!」

 

 クルムバッハ少佐が必死に立ち上がり、ラインハルトの後を追った。だが、後ろ手に縛られていた悲しさ、足取りがおぼつかない。そこにトールハンマーの第二射が放たれ、閃光がたばしった。

 

「わあああああああっ!!」

 

 目にもろに閃光を浴びて、縛られた両手で目を庇ったクルムバッハ少佐がよろめきながら中心の動力炉への開口部に突進していった。

 

「危ない!!」

 

 全員がとめようとしたが、遅すぎた。クルムバッハ少佐はものすごい叫び声を上げながら落下していった。

 

「・・・・あ~~~、やっぱりこうなったか」

 

 ティアナが憮然とした様子で呟く。

 

「済んでしまったことは仕方がないわ。ラインハルト、どうするの?」

 

 イルーナが尋ねた。

 

「首謀者が死んでしまった以上は、どうにもできない。クルムバッハ少佐の証言があれば、ベーネミュンデ侯爵夫人を糾弾できると思ったが、それは次のことになりそうだ」

 

 次、か。とフィオーナはつぶやく。それはラインハルトが元帥に叙せられた後のことなのだ。

 

「行こう。ここにいると危ない」

 

 ラインハルトが言った。

 

 

* * * * *

 

 トールハンマーの二斉射によって、同盟軍艦隊はすりつぶされるようにして消滅し、慌てふためいて退却していった、と、帝国側には見えた。

 ところが、実際に壊滅したのはほぼすべて無人艦隊だけであり、その損害数は6900隻。有人艦隊で消滅したのは、回避のタイミングが遅れてしまった運の悪い艦、わずかに100隻に満たないものであった。とはいえ、指示を完全徹底させていれば要らぬ犠牲をださなかったのに、ということで、シトレやブラッドレーは面白くない顔つきであったが。

 ロボスにしてみれば、損害は1万隻に満たないということで、体勢を整えての更なる攻撃の続行をしたかったようだった。事実彼はその後の会議でそう言ったが、同席していた評議会のメンバーがヒステリーを起こし、一斉にもう帰りたいと喚き叫んだため、やむなく彼は撤退を決意していた。もっとも、要塞にある程度のダメージを与えたということで彼の功績は評価できるものになるだろうとブラッドレー大将から言われていたこともある。

 会戦当初の艦隊戦からの損害をすべて累計すると、同盟軍の損害は、艦艇7356隻、そのうち無人艦隊が6900隻なので、有人艦隊の損害は500隻に満たなかった。これほど大規模な会戦にしては異例の低さである。

 対するに帝国軍の損害は艦艇7837隻と同盟軍を上回った。これは進退窮まったクライスト大将が発射した「味方殺し砲」によって、すりつぶされて消滅した艦艇が多かったことを示している。

攻防戦での戦闘で撃沈された艦はむしろ少なかったのである。

 

 こののち――。

 

 クライスト、ヴァルテンベルク両大将は、降格こそなかったが、参事官という形でオーディンに転属になることとなる。原因は言うまでもなく「味方殺し砲」を撃ってしまったことだが、それ以上にラインハルト、イルーナらの一部の良識派からの忠告を全く無視してしまったことが原因だった。

 これについては、クライスト、ヴァルテンベルクともに隠ぺいしようともくろんだのだが、運の悪いことに軍務省監察局監察課所属のカール・グスタフ・ケンプ中佐とオスカー・フォン・ロイエンタール大尉が現場にいたのである。彼らはすぐに帝都オーディン軍務省にそれを報告した。その報告は、クライスト、ヴァルテンベルク両大将が握りつぶす前に、マインホフ元帥、ビリデルリング元帥、ワルターメッツ元帥の3長官のもとに入ったから大変である。

 

「すぐに奴らを呼び返せ!!解任、解任じゃあ!!!」

「ふざけおって!!部下の報告を聞かず、しかもそれを握りつぶすとは言語道断!!」

「はてさて、あきれたご仁たちじゃのう」

 

 三者三様の反応ながら、このことはすぐに実行されるのであった。ちなみにゼークト大将のほうは、一応ラインハルトからの報告を無視せず、抗戦する意志を示してある程度踏みとどまったことを考慮されて、降格にはならなかった。昇格もしなかったが、その代わりイゼルローン要塞の駐留艦隊司令官に任命されたのである。これは、無事に勤め上げれば、次は軍務省の高等参事官のコースが待っている路線であった。

 

 他方、ラインハルト、イルーナ、そしてヴァルテンベルク艦隊の幕僚だったレイン・フェリルはそれぞれ一階級の昇進が決まっていた。これは暗に「昇進させてやるから口をふさいでいろ」という上層部の命令が聞こえるかのようだった。

 ラインハルトとイルーナはそれぞれの部下たちの昇進を要求、これは案外あっさりとかなえられた。

ジークフリード・キルヒアイスは大尉に、フィオーナとティアナもまた大尉に昇進することとなるのである。

 



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第二十六話 皇帝陛下の憂鬱な日々なのです

帝国歴483年5月27日――

 

帝都オーディン ノイエ・サンスーシ バラ園

 

 もしものことであるが、ノイエ・サンスーシが仮に一般解放された場合、人々が集まるスポットの一つに、バラ園があげられるだろう。地球時代から続くもの、品種改良を重ねていったもの、あるいは他の惑星に自生していたものを引き取ったもの、出自はさまざまであるが、それらが一年間を通じて咲きほこっている様は壮観であり、見る人の眼を和ませてくれる。

 

 庭園入り口にはつたをからませた大きなアーチ形の門扉が、人の背の2倍の生け垣の間に鎮座しており、そこを2人の衛兵が24時間体制で交代で見張っている。そこをくぐると、真っ先に目につくのは、正面にある、ルドルフ大帝をかたどった銅像が中心にある大理石の噴水である。それに向かって頭をかがめるように、低い生け垣が左右にある。よく手入れされた生け垣には一筋のほつれも飛び出る枝もない。

 

 だが、足元をおろそかにしていると、一歩踏み出した瞬間に思わず声を上げることとなる。左右の生け垣に挟まれるようにして、クリスチャン・ディオールの赤とロイヤルプリンセスの白をコントラストに織り交ぜた華やかな絨毯が、訪問者の足元から大帝の像に向かって広がっているからである。最初帝室の薔薇を痛めつけたのかと顔色を変える訪問者は次の瞬間気づいて安堵する。

 

 自らの靴の下にあるものが、それが強化ガラスに囲まれた温室だということに。

 

 安堵した来訪者はまずルドルフ大帝の像の前まで来ると、深々と一礼する。ここに限らず、こと宮廷内部におけるルドルフ大帝像ではそこを通るたびに、正面に向かい、必ず一礼することとなっていた。

 人がいないところであっても、監視カメラが24時間体制で作動しているため、気を緩めることはできない。

 

 作法を済ませた来訪者はここでようやく像の奥に広がる様々な色とりどりの薔薇を目にする機会を手にすることができる。一面広大な庭園には、そしてその背後の一面なだらかな丘が半円状にぐるりと取り巻いており、ここにも色とりどりのバラが咲きほこっていた。

 

 丘と言っても高々10数メートルのものであるが、その丘のふもと、うっそうとする林が一角を占めているところがあり、その中に小さな東屋がある。陽光が木漏れとなって降り注ぐこの東屋にはフリードリヒ4世が座って、侍従から注がれるお茶を飲んでいた。白い純白のテーブルクロスの上には、サンドイッチやケーキなど、お茶に欠かせない軽食が並んでいる。午前中からの薔薇の手入れを終えて、休息していたのである。

 もっとも皇帝はお茶を飲むだけで、それらの軽食にはほとんど手を付けていなかったが。

 

「陛下」

 

 皇帝は一人ではなかった。向かい合っているのはケルリッヒという宮内尚書である。皇帝陛下に忠義が厚いことが取り柄のこれと言って突出した能のない男であったが、その凡庸さゆえに、平素の典礼を滞りなくきりまわしていた。近年宮内尚書が立て続けに交代するので、それを選任する側としては、凡庸ながらも大過なく職務をこなす者を選んできたのだった。

 

 そのケルリッヒが皇帝陛下の前であまり血色の良くない顔をことさら悪くして話している。彼は凡庸だったが、宮中の噂の広まり方については散々身に染みて知っているため、侍従たちを遠ざけていた。その侍従たちにしても日頃から腹心と頼んでいる者ばかりを今日の当番にしておいたのである。

この時、彼はベーネミュンデ侯爵夫人から頼みごとをされ、それを携えて皇帝陛下の下にやってきたのであった。本来であればそう言ったことはしたくはないのだが、あまりにも執拗かつ脅迫的な頼みであったため、ついに腰を上げてしまったのである。

 

「臣がこのようなことを申し上げるのははばかりあることと思いますが、皇帝陛下におかれましては、ベーネミュンデ侯爵夫人にご配慮をいただきとうございます・・・」

 

 フリードリヒ4世はそれに答えず、カップから一口お茶を飲んだ。

 

「グリューネワルト伯爵夫人をご寵愛なさることに関し、臣は反対を申し上げているのではありません。あの方もまた美しく、何よりも聡明な方であり、決して国政に口を出さない方であらせられます。ですが・・・・・」

「ケルリッヒよ」

「ははっ」

 

 宮内尚書は頭を下げた。

 

「余とシュザンナとの間の子で、身罷った者は幾人おったかの?」

「は!?」

 

 とっさのことにケルリッヒは思わず身をすくめたが、正確に「3人おられました」と答えた。

 

「そうじゃの。あれは3度流産、死産を繰り返した。これ以上負担をかけるには忍びない」

「ですが、皇帝陛下におかれましては、ベーネミュンデ侯爵夫人のもとにお渡りあそばすことはできるはずでは・・・・」

 

 フリードリヒ4世はかすかだが憂いを帯びた息を吐いた。

 

「宮内尚書、そうなればあれに情が移り、また子をなすやもしれぬ。そうなれば今度は子だけで済むじゃろうかの」

 

 皇帝陛下が言わんとしていることを察知したケルリッヒは頭を下げた。

 

「残念ながら余は周りの者を不幸にする体質を持っておると見える。皇太子は先年病で死去した。そしてカロリーネも・・・・」

 

 皇帝陛下の瞼が一瞬震えた様にケルリッヒは感じた。

 

「カロリーネのことは余は一時たりとも忘れたことはない。ケルリッヒよ。余は自身では何一つできぬ人形なのじゃ。誰かに操られ、初めてその体を意味成すことに使える人形じゃの」

「陛下!!」

 

 とんでもない話の糸口をほどいてしまったとケルリッヒは後悔したが、もうおっつかなかった。

 

「あれが逃亡したと聞いて余は安堵した。手出し一つしなかった余をあれはさぞ恨んでいるやもしれぬ。どこぞに亡命し、やがては余を虐げるかもしれぬ。そうなっても余は構わぬと思っておるがの」

「陛下・・・!!」

 

 宮内尚書は次々と吐き出される言葉に耳をふさぎたかった。それが激烈な調子で有ればいっそよかった。だが、皇帝陛下は日ごろ臣下に言葉を賜る時と全く同じ調子で話していただけにその心中のほどが痛いほど伝わってきてしまったのだ。

 

「ケルリッヒよ。余はカロリーネはおろかこの帝都に住まう者であっても手を差し出すことはできぬ身。シュザンナのことはそちの良きようにせよ」

「では、せめてお手紙を・・・・」

 

 皇帝陛下は瞑目したまま、首を振った。手紙を書いてしまえばまたそこで情が移ってしまう上、何かの時に悪用されかねない。焼き捨ててくれるように頼めばいいのだが、あのベーネミュンデ侯爵夫人のことだ、きっと取っておくのだろう。そう思われたに違いないとケルリッヒは察した。

 

「・・・・・・」

 

 もはやこれ以上話すこともないと悟ったケルリッヒは立ち上がって深々と一礼し、東屋を後にした。黙然と座り込んでいる皇帝陛下を残して。

 

 

 彼は次にもっともっと不快になるであろう会見に臨むべく、宮廷を後にしたのであった。

 

 

 

 それからしばらくして。帝都オーディン郊外  ベーネミュンデ侯爵夫人邸――。

 

 昼間だというのに、赤い分厚い遮光カーテンを仕切られたその居間には豪華な調度品が室内のろうそくなどの明かりに照らされて鈍く輝いている。豪奢なソファには切り裂かれた絹のクッションが羽をまき散らしてぐったりと置かれており、床の上にはワイングラスの破片が血のような赤と共に広がっている。

 

 その中をまるで獣のように行ったり来たりしながら、シュザンナことベーネミュンデ侯爵夫人は先ほどの会見を思い出して腸を煮えくり返らせていた。この発作が長時間続くと彼女はしまいには意識を失って昏倒してしまうのだが、それでも、湧き上がる怒りを抑えることはできなくなっていたのだ。

 

「おのれ・・・」

 

 まだ30になったかならない年頃の彼女の顔は鬼気迫る形相で有った。

 

「おのれおのれおのれ!!!!」

 

 彼女は不意に暖炉の上にあった青磁のツボをひっつかむと、暖炉の中に両手でスローインをするようにして投げ込んだ。バリン!!という音とともに、ツボは四散し、火の気のない暖炉の中にその破片をまき散らした。

 

「ケルリッヒめ・・・妾を愚弄するか!!??」

 

 ベーネミュンデ侯爵夫人は唇をかみしめんばかりにしてわなわなと震わせていた。

 

「それもこれもあの女のせいじゃ!!陛下はあの女にすっかりたぶらかされてしもうたのじゃ!!」

 

 再び、彼女はツボをつかみしめ、それを投げようとしたが、不意にその手が止まった。ドアがノックされる音がしたからである。その音はある取り決めに従って叩かれていたが、奇妙な調子で響いた。

 

「入れ」

 

 ベーネミュンデ侯爵夫人は声をかけた。キィと遠慮がちにドアが鳴り、おどおどとした宮廷医師風の服装をした男が入ってきた。

 

「して、首尾はどうじゃった?」

 

 男は青い顔をしてしきりにハンカチで汗をぬぐっている。

 

「どうじゃったと聞いておる!!グレーザー!!」

「は、ハッ!!・・・残念ながら・・・・失敗に終わりました」

 

 グレーザーがその時俯いていたのはある意味で幸運だった。まともに向かい合っていれば、彼女の放つ眼光と形相によってグレーザーは瞬死してしまっていたかもしれない。

 それほどその時のベーネミュンデ侯爵夫人の顔はメデューサのごとく変わり果てていた。

 

「何じゃと・・・何じゃと!?」

「は、ハッ!!クルムバッハは死亡しました。むろん事後の心配はございません。こちらの糸を切るため、表向きは要塞内部での事故ということにしてあり――」

「そんなことは聞いておらんわ!!!」

 

 クッションが投げつけられ、まともにグレーザーの顔に当たる。

 

「おのれあの弟め・・・・」

 

 アンネローゼを苦しませるため、ベーネミュンデ侯爵夫人はヘルダー大佐を使嗾し、次に決闘事件の際には刺客を放ち、そして今度はクルムバッハ少佐を使役した。それがことごとく失敗に終わってしまったのだ。

 

「悪魔めが!!あやつらには悪魔が味方しておるというのかッ!?」

 

 グレーザー医師はしきりに顔を拭いているばかりであった。

 

「グレーザー!!!すぐに次の手をうつのじゃ!!誰でも構わん!!今度こそあの弟の、小僧の息の根を止め、その首をアンネローゼに送り付けてやるのじゃ!!!・・・・くくく、さぞ見ものであろうの。愛すべき弟の首を見た時のあの女の顔が!!!」

 

 第三者がみたら戦慄したかもしれないほど、ベーネミュンデ侯爵夫人の目の色は尋常ではなかった。その口元は残酷な笑みにゆがみ、目の色はその時の光景を夢想しているのだろうか、陶然とした様子にさえ見えている。

 

「か、かしこまりました。すぐに手配いたします・・・・・」

 

 グレーザーはそう言い、這うようにして部屋を出るのがやっとであった。

 

部屋を出て廊下に立ったグレーザーはほうっと息を吐き出した。迷信じみたことを信じたくはないが、あの部屋の空気は異常だ。閉め切っているせいなのかもしれないが、侯爵夫人の憎悪の念が渦を巻き、入る者を圧迫する。息苦しくさせる。その憎悪の念が今にも魑魅魍魎となって具現化するのではないかとさえグレーザーは思ってしまった。

 

「怖いですわね、女というものは」

 

 扉を閉めて振り返ると、ヘアーキャップから、肩までかかるヴェーブさせた茶色の髪をのぞかせたメイドのヴァネッサが立っていた。メイドにしてはなれなれしいが、それは無理もない。彼女は宮廷の特務組織(と彼女は言っているだけであったが、グレーザーは大貴族の誰かにつながる人間だとみている。)にかかわる人間で、ベーネミュンデ侯爵夫人の監視役として、グレーザー医師を補佐しているのだから。

 

「白銀の谷」事件の際にもラインハルトの配属先を瞬時に引き出して提示したのも、ヘルダー大佐やクルムバッハ少佐を「暗殺役」として示したのも、この女性である。

 

 グレーザー医師はそれには答えず、無言で歩き出した。女性もそれに続く。

 

「困ったことだ」

 

 もう声の届かないところまで来るとグレーザーはまたと息を吐いた。

 

「グリューネワルト伯爵夫人さえいなくなれば、皇帝陛下のご寵愛を取り戻せると、今だに思っていらっしゃる一途さは純粋ではあるが・・・・」

「無理でしょうね。そうなればなったでまた第二のグリューネワルト伯爵夫人が出現するだけですわ」

「そうなるやもしれぬ。だが、それに手を貸すということは、お前の背後にいる方々も何かしら思うところはあるのであろう?」

 

 グレーザーの問いかけにヴァネッサはただ軽く首を振っただけだった。合間にちらとのぞかせた微笑はそこの知れないものであった。

 

「さぁ、どうですかしら、私はただ指令通りに動いているだけでしてよ」

「・・・・・・」

「いずれにしても、代わりの者をすぐに、というわけには参りませんわ。何しろ優良な手駒の数というものは、それほど多くはないというのが昨今の相場ですから・・・・」

「では、数か月も待たせるというのか?こちらの身が持たんぞ。かといって今手を引けば・・・・」

 

 その時ヴァネッサの顔が何とも言い難い表情になった。そういうところはこの女性がただの「メイド」ではなくある種特別な組織に属していることを垣間見せてくれる。

 

「あなたもただでは済まないでしょうね。ここまで足を入れてしまったのですから。陰謀という名の沼に」

「・・・・・・・」

 

 ヴァネッサはヘアーキャップを脱ぎ捨てると、さっと髪をかき上げた。ほんの一瞬だったが、艶なしぐさに見えた。

 

「私から雇い主に話をしてみますわ。皇帝陛下を動かし、滞在は無理にしてもせめてお食事なりとも共にするようにと。そうなればしばらくは持つでしょう。永久ではないにしても」

「これを機会にご寵愛が戻ってくれればよいが、というのは虫が良い想像かな」

 

 ヴァネッサは軽い笑い声をあげただけだった。それだけでグレーザーにとっては充分だった。

 

 こののち、皇帝陛下はそう頻繁にはないにしても、ベーネミュンデ侯爵夫人と食事を共にするようになった。これを聞いたケルリッヒ宮内尚書は内心首をかしげたが、ほどなくしてそれがある筋からの圧力だと聞くと、彼は何も言わず黙々と皇帝陛下の御幸日程を組んだのであった。

 



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第二十七話 要塞を建設します

 帝国歴482年8月2日――。

 

 歴史的な瞬間が自由惑星同盟評議会本会議で訪れた。

 

 すなわち、イゼルローン級要塞着工の予算案の承認決議である。評議会は議員数2089人であり、賛成1499人、反対385人、棄権205人と賛成が多数であった。

 当然この前に既に最高評議会のメンバー内では、賛成多数で要塞建設の予算案が可決されていたのである。この提案を本会議に持ち込んでの、この日の可決となった。

 このことは大っぴらにニュースに取り上げられ、帝国軍の知るところとなったが、帝国にしてみれば「反徒共が自分たちのやり方をパクっているだけさ」という甘い認識のみで終わってしまい、特に何か行動を起こすということはなかった。

 

 一つにはこの要塞が同盟首都ハイネセンの付近で建造されるということが情報としてあがっていたため「そんな要塞一つ破壊しにハイネセンまで攻め入るのか!?」という態度が帝国軍上層部に蔓延していたこともある。

 

 ところが、この要塞建設の報を憂いていた人物は少数いる。他ならぬラインハルト、そしてイルーナら転生者たちである。

 

「いったい誰がこんな提案をしたのかしら?」

 

 イルーナ・フォン・ヴァンクラフトが極秘裏に高速通信で帝都オーディンのアレーナ・フォン・ランディールと話していた。

 

『さぁ・・・・。でもきっと自由惑星同盟にも転生者がいるということだと思うわ。それも多分カロリーネ皇女殿下でもアルフレート坊やでもない別の誰かよ』

「どうしてそう思うの?」

『あの皇女殿下と坊やだと、年齢と実績がまだ十分でないもの。もとから自由惑星同盟にいればともかく、彼らは亡命者なんだから』

「あなたの方の情報で、自由惑星同盟の転生者が誰か、特定できない?」

『はぁ、それが無理なのよ。グリンメルスハウゼンじいさんの情報網は帝国だけに限定されていたようなのね。今フェザーンに私の方で拠点をひそかに設けつつあるわ。この前の第五次イゼルローン要塞攻防戦情報もフェザーンからのものだったのよ。ま、それはともかくとして、今はフェザーンを橋頭保として自由惑星同盟に情報網を構築するしかないってとこね』

「随分と長い話ね」

 

 イルーナはと息を吐いた。情報網構築は一朝一夕にできる話ではないと分かっていても、今の状況下では情報不足が何よりも痛いところだった。

 この時、フィオーナとティアナが例のアルトミュール恒星系での出来事を話していれば、イルーナ&アレーナの考え方は変わっていたかもしれない。だが、折あしくフィオーナとティアナは勤務中であり、この電子戦略会議には参加できていなかった。

 

『しょうがないわよね。こっちもできるだけ急いでやるから』

「すまないわね。そっちばかりに迷惑をかけて」

『いいのいいの。ところでイルーナ、ラインハルトの調子はどう?』

「中佐になって、巡航艦の艦長になって、猛訓練をしているわ。その傍らいろんな人と話したり、歴史を研究したりしているみたい」

 

 ここのところ、ラインハルトは栄達した後に、帝国全土を掌握することに備えてなのか、軍事のみならず、政治、財政、歴史、文化といった幅広い蔵書を読み漁り、かつそれらに詳しい専門家の講演などを聞いたりしているようだった。その傍ら、イゼルローン要塞にいる優秀な人材をピックアップしにかかってもいた。

 原作においての同時期に、軍事だけに特化していた時とはえらい違いである。このあたりは幼少のころからのイルーナ、アレーナの教育のたまものであっただろう。

 

『そのうちヘーシュリッヒ・エンチェンの単独航海が始まるわよね。猛訓練はそれに備えてというわけか。本人は自覚はしていないだろうけれど』

「そういうことよ。さて、私も訓練に戻らなくては」

『期待しているわよ。早く大将になってラインハルトを補佐してあげて』

「彼が元帥にならなければ、意味がないけれどね」

 

 そう言いながらイルーナは通信を切った。

 

 

巡航艦ヘーシュリッヒ・エンチェン 艦長室

■ ラインハルト・フォン・ミューゼル中佐

 駆逐艦の艦長から巡航艦の艦長か。順調な出世だが、俺の本懐は艦隊を指揮しての艦隊戦を展開したいのだから、それまでは通過点でしかない。だが、これもまたいい機会だ。前回エルムラントⅡ同様、巡航艦の特性を知り尽くし、かつ兵たち一人一人をわかるようになろうと努力しなくてはな。

 副長にワーレン少佐がやってきた。以前は女性士官学校に勤めていたとかだが、中々堅実な人柄だ。俺としてはキルヒアイスが副長になってくれればよかったんだが、まぁいい。ワーレンと3人でよく話すようになった。そこにイルーナ姉上やフロイレイン・ティアナやフロイレイン・フィオーナが加わって、時には遅くまで飲んだりしている。なかなかにぎやかだ。この間はそこに要塞駐留艦隊の副官だったフロイレイン・レインという女性も加わった。イルーナ姉上の知己だそうだ。

 

 ちなみに、イルーナ姉上はかなりの酒豪かと思いきや全然飲めないのだそうだ。アルコールを受け付けない体質らしい。いつになく恥ずかしそうにそう言ったので、皆が大笑いした。一方で、フロイレイン・ティアナとフロイレイン・フィオーナはかなりの酒豪だ。俺とほぼ同い年なのに、二人とももう酒を飲んでいる。未成年なのにだ。これには驚いた。特にフロイレイン・フィオーナはどう見ても優等生のタイプなのだがな。

 

 昨日は、アイゼナッハという補給艦隊の艦長を紹介された。俺は驚いた。なぜなら、彼は初めから終わりまで一言もしゃべらなかったのだ。俺と会ってうれしいのか悲しいのかどうかさえ分からなかった。こんな奴初めてだ。だが、時折見せる表情から、こいつがタダ物ではないことはすぐにわかった。

 さらに、ワーレンの同期ではオスカー・フォン・ロイエンタール少佐とフリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト少佐という傑物がいるらしい。一度会ってみたいが、残念ながら二人ともイゼルローン要塞には今いないそうなのだ。

 

 焦っても仕方ない。徐々に知己を増やしていけばいいのだ。

 それにしても、自由惑星同盟が要塞を建設するというニュースには驚いた。イゼルローン要塞の真似事と笑い飛ばすわけにはいかないだろう。あれがイゼルローン回廊に据え付けられれば、そこを橋頭堡として奴らは大規模な攻勢を仕掛けてくるかもしれない。

 それだけならまだいいが、要塞を要塞にぶつけられてしまえば、いや、要塞でなくてもいい。単なる小さな小惑星でもいいが、それらをぶつけられたら、こちらは一巻の終わりだ。いや、それならばまだ対応策はあるが、最も俺が恐れていることは、あの要塞をフェザーン回廊に進出させられる事態になることだ。そうなればイゼルローン回廊とは違い、要塞をフェザーン回廊に置いていないこちらはひとたまりもないだろう。

 そういう先のことを上層部は理解しているのか?いや、していないな・・・。

 

 

 

――自由惑星同盟――。

 

 第五次イゼルローン要塞攻防戦は、自由惑星同盟にとっては、要塞に肉薄したという自己満足だけをもって凱旋するという結果になってしまった。

 とはいえ、ごく一部の人間にとっては、満足すべき結果になったのは事実である。

 なぜなら、最高評議会のメンバーや財界の有力者たちが、間近でイゼルローン要塞のトールハンマーの威力を見てしまったことで、要塞建設への動きに加速がかかった上、さらにイゼルローン要塞は難攻不落であり、そこに大艦隊をもってしても攻め入れないことが明らかなことが認識として広まったのだから。

 第五次イゼルローン要塞攻略作戦直前では、同盟は帝国に対しての攻勢を是としていたが、今回の事で「帝国に倍する戦力を持つまでは徹底して守勢に回り、国力増強をする」という方針に変わりつつあった。

 

 

 そのさなか、世間では新聞記事の一つに取り上げられただけなのだが、珍事が起こった。

ムーア准将の変死である。死因は入浴中の、急性の心臓発作で有った。

 

 

同盟首都 ハイネセン 統合作戦本部

■ シャロン・イーリス大佐

 先のイゼルローン要塞攻防戦終了後に私は大佐に昇進した。順調な出世だわ。そこでいよいよ自由惑星同盟の改革に着手しようと思う。軍の尉官時代から、私は若手有力議員たちとつながりを持っていた。この現世での私の父親が元国防委員長で、有力議員のバックアップの一翼を担っていたから、接触は簡単だったわ。

 私の改革論は以下のとおり。

 

 一点目として、要塞建設と並行して艦隊の増設を図る。せめて18個艦隊は持ちたいものね。

 

 二点目として、フェザーン資本に頼る体制から逸脱する。これは、実質今の同盟がフェザーンに首根っこをつかまれている状態であり、いちいち大規模予算を組むにも彼らの意向が必要なのだということがあるから。今回の要塞建設が上手くいったのも、評議会のメンバーがだいぶ根回しを行ったのだということね。

 これについては、有力議員を通じて財界に打診して、各惑星での鉱物資源等の再開発を依頼しました。さらに自由惑星同盟の独自の輸送手段を確立するために、国が投資して新会社を建設し、フェザーンを圧迫する方針も打ち出したわ。

 最終目標はフェザーン資本に頼らず、同盟だけで取引を完結させること。

 これまでフェザーンに対してはだいぶ守勢に回っていたけれど、これからは積極的に攻勢に打って出なくては。

 

 三点目として、相次ぐ戦役で穴の開いた中間層の補充対策。

 

 多産の、それに対しての補助金や減税による奨励、さらに退役した軍属や公務員などの再雇用を通じて、中間層の穴埋めをしていかなくてはならないわ。シルバーさんには現役をサポートしてもらうべく、もうひと働きしてもらいましょう。

 

 四点目として、有力人材の確保。これは自由惑星同盟の将官の質が、帝国に比べて劣っているということ。そのためには、原作では見られなかった女性将官の登用を積極的に測ることとしましょう。女性士官はいるけれど、だからといって将官への道が閉ざされるのは同盟にとっても損失だわ。将官は白兵戦の先頭に立つわけではなく、指揮をする立場。はっきり言ってしまえば、女性将官は男性将官と同じくらい能力があるはずなのだから。

 確保だけでなく、将来災いとなる者については、早々に始末していかなくてはならないと思っているわ。饐えた腐敗物は周囲の無害な物質まで劣化の色を与えてしまうから。

 既にムーアは彼の自宅で私が始末したから、良しとしましょう。極秘裏に開発した超ミクロン単位のロボットに即効性の高血圧を誘発する薬と睡眠剤を仕込んだ針を装備させて、遠隔操作でムーアの首筋を刺したの。

 次の標的はフェザーンにいるルビンスキーよ。これもミクロンロボットを数十体、ある輸送船にひっそりと載せてフェザーンに送り込んだからそのうち吉報があるでしょう。後はトリューニヒトとフォークを早めに始末しなくてはならないわね。

 

 悪いけれど、私は自由惑星同盟を活性化しなくてはならない。そのためになら何十人も不要な人を殺すつもりでいるわ。

 

 

 自由惑星同盟 統合作戦本部――。

 

 要塞建設に当たって、ブラッドレー大将は建設責任者として、ドーソン中将を総責任者に任命した。後方支援の権化として一部の生徒たちからは「じゃがいも士官」と揶揄された彼であったが、莫大な資材、資金を使用しての建設では、資材、人員の無駄のない配分が要求されるので、彼にはうってつけだろうというブラッドレー大将の思惑である。

 統合作戦本部に呼ばれたドーソンは、思いがけない大役に喜々としてそれを受け入れた。

 それと並行して、ブラッドレー大将にはやることがあった。統合作戦本部は全部署の統括を行うが、艦隊の編成や新鋭艦の開発など具体的な業務になると、それらは、各課で行うこととなる。

要塞建設という歴史史上初の試みが行われている今、あらゆる分野での改革もこの機会にやってしまいたいし、やれる風潮になってきていた。

 

 この際、適正な人材を本部に入れて、今この時期に一気に同盟の戦力を活性化することが急務であった。ブラッドレー大将はそう思っていたし、これについてはシャロンからも改革案が上がってきてもいた。

 

 ブラッドレー大将はその人材として、アレックス・キャゼルヌ大佐を選抜し、シャロン・イーリス大佐、そしてヤン・ウェンリー中佐を抜擢したのであった。

 ついでながら、ヤンは第五次イゼルローン要塞攻防戦の後の7月に少佐から中佐に昇進していた。

ところで、自由惑星同盟軍組織は、統合作戦本部の下に、後方勤務本部、技術科学本部、防衛部、査閲部、経理、人事、教育、情報、戦略、衛生、施設、憲兵・・・等々実に様々な部署が集まってきている。

 

 新国家ならともかくとして、曲がりなりにも150年以上続いている国家となると、それぞれの機構は硬直化して改革を喜ばない風がある。既得権益を奪取されるのではないかと戦々恐々とし、反抗に至るのは自明の理であろう。先に述べた「やれる風潮になってきた。」とはいっても、まだまだ反対の根っこは張り巡らされている。

 

 それをブラッドレー大将は百も承知していた。かといってそれぞれの部から有識者などを入れた委員会を立ち上げたとしても、それぞれが双方をけん制しあい、つぶしあい、議論だけで終わってしまうこともまた、自明の理である。

 

 だが、ここにブラッドレー大将は古い歴史書に埋もれそうなある規定を見出し、それを引っ張ってきて白日の下にさらしたのだ。

 

 即ち自由惑星同盟軍軍特務条項第8条。

 

 『統合作戦本部長ハソレゾレノ部署長マタハ最高評議会ノ過半数ノ賛同ヲ得タ場合ニハ臨時特務組織ヲ設立スル事ガデキル。』

 同条項第8条2項。

 『同組織ハ全テ統合作戦本部長ノ下ニテ運用サレ、自由惑星同盟軍全機構ハ之ニ服スルモノトス。』

 同条項第8条3項。

 『本組織ハ1年間ヲ持ッテ失効スル。但シ失効マデニ第1項ニオケル賛同ヲ再度得タ場合ヲ除ク。』

というものであった。

 これは、帝国と同盟が初めて接触し、ダゴン星域会戦が始まる前になって、軍の組織を強いリーダーシップのもと、全機構が一致団結して運用されるべく制定されたものであったが、その後ずっと適用もされず、分厚い条文条項の中に、長く忘れ去られていた。

 

 この条文がありながらそれが長い事適用されてこなかったのは、一つにはそうした過半数の賛同を得られるだけの人望とコネクションをもつ本部長があまりいなかったこと。そして一つにはそうしたものをもっていたとしても改革に迫られるような事態事案を抱え込んでいなかったことがあげられる。

ブラッドレー大将は自身のコネクションを最大動員し、評議会委員の過半数の賛同を取り付けてしまったのである。それもこれもすべて要塞建設のために、という合言葉をかざして。

 

 軍組織の連中が気がついたときには、すでにこの条項は正式に発動され、いつの間にか統合作戦本部には改革スタッフの部屋が出来上がっているという始末であった。

 この特務組織の長はブラッドレー大将自らが兼任し、その下に、シャロン、キャゼルヌ、そしてヤンがつくというものである。

 中将、少将などは敢えて入れていない。彼らの多くは適宜無事に職務を遂行してきた人間であり、ダイナミックな想像力に欠けている。しかもそういう人材を入れれば、そこは階級社会、若い佐官等が思ったように意見を言えないということもあろう。若いスタッフに存分に腕を振るってもらい、改革をけん引してほしいというのがブラッドレー大将の願いであった。

 

 当然、各課からものすごい抗議が上がり、ブラッドレー大将の進退問題にまで発展しかけたが、突如それはぱったりとやんだ。トールハンマーの破壊力を見せつけられ、要塞建設を熱望する最高評議会、政財界の有力者たちが、あらゆる手段でそれぞれの部署に圧力をかけてきたからである。

 帝国はいざ知らず、文民統制を一応の建前とする自由惑星同盟の軍隊にとっては、その文民からの指示を失うことは自分たちの手足をもがれることに匹敵する。彼らは渋々ながら従ったが、改革スタッフには終始冷ややかな目を向けることとなった。

 

 まともな神経の持ち主なら、おそらく耐えられなかったであろうが、ブラッドレー大将が選抜した3人はいずれもその点に関しては申し分ないほどの太い神経の持ち主であった。

 

 ヤン、キャゼルヌ、シャロン、彼ら三人(当然下には数十人、数百人のスタッフはついているが。)に課せられた任務は、司令官級の人材の育成、登用、最新鋭艦のテスト開発、補給路線の効果的な構築、艦隊編成等盛りだくさんである。

 こうしたことは本来であればもっと大勢の人で協議すべきものなのかもしれないが、ブラッドレー大将は時間を優先した。頭数が多いほど「船頭多くして船山に上る」などという事象が起こりうるのを恐れたのだ。むろん当初は3人であるが、徐々にこれらを増やしていく予定でいる。

 

 ヤンにしてみれば、そんなものよりも歴史書に埋もれて生活したかったと言いたいだろうが、ブラッドレー大将にしてみれば、ヤンに目を付けていたこともあり、彼を手放すことをしなかったのである。

これは、キャゼルヌ、シャロンサイドの強い推薦もあったからなのだが。

 

 そのヤンは自宅に寝ていたところをキャゼルヌにTV電話で叩き起こされ、渋々統合作戦本部に出頭することとなった。

 

「よぉヤン。やってきたな」

 

 キャゼルヌが気さくにいい、椅子を示して座るように言った。

 

「別にきたくてやってきたんじゃありませんからね」

「久しぶりの挨拶がそれか。相変わらずお前さんらしい言い草だな」

 

 ヤンは返事の代わりに肩をすくめた。

 

「まぁすわれ。どうだ?最近の調子は。中佐に出世していくらか軍人としての立ち居振る舞いは身についたか」

「相変わらずですよ。先輩の方こそ、私をわざわざ呼ぶなんて、どういう風の吹き回しですか?」

「俺じゃない。統合作戦本部長閣下直々のご推薦だ。後はお前の上司のシドニー・シトレ大将閣下のな。おふたりとも、ヤン、お前を良くかってくれていらっしゃるぞ」

「文字通り買いかぶりすぎです。ラップがいるでしょう。どうして彼を呼ばなかったんですか?」

「ラップの奴は今病気療養中だ。お前さんにはあまり聞かせたくはなかったが、これからは文字通り身を粉にして働かなくちゃならん環境に置かれるからな、そんなところに病人をおけんだろ」

「はぁ~~・・・・」

 

 ヤンは深い吐息を吐いた。

 

「そうむくれるな。お前さんがデスクワークが苦手なことは承知している。だが、先にも言った通り、今回のことは本部長閣下ご自身の意向でな」

「あなたの協力なしではやっていけないと本部長閣下は思われているわ」

 

 隣のソファに既に腰かけていた美貌の女性に気づいたヤンがどなたですかと言いたそうな顔をする。

 

「シャロン・イーリス大佐だ」

 

 あぁ、あなたが、とヤンは声を上げた。第五次イゼルローン要塞攻防戦前に、ブラッドレー大将に要塞建設の手法について事細かに提案してきた人物であると知っている。

 

「今回俺とお前さんと一緒に『改革』に着手する特務スタッフの一人だ。お前さんと入れ違いにシドニー・シトレ中将の副官だった方だ。優秀だぞ。今回の要塞建設についても彼女が提案したんだからな」

 

 階級は同じ大佐だが、キャゼルヌの方が先任である。その点はシャロンも承知していることと見えて、微笑むだけで何も言わなかった。

 

「それはすごい」

「私の提案など独創性のかけらもありませんわよ。ブルース・アッシュビー元帥の提案をそっくりそのままもらっただけですもの。むしろ私の提案を受け入れてくださったブラッドレー大将閣下こそ、優れた方ですわ」

 

 ヤンはシャロンの顔を見たが、どこかおかしな違和感を覚えていた。いうなれば少し得体のしれない人と話しているような感覚に陥っていた。もっともそれはほんのかすかな違和感ではあったが。

 

「ま、要塞が建設できればイゼルローン回廊に帝国同盟双方の要塞が並ぶことになるわけですか、さぞ壮観な眺めでしょうよ」

「気に入らないか?」

「別に気に入らないわけではありませんが、どこかの誰かが要塞を橋頭堡にしてイゼルローン要塞に攻め入るなんておかしなことを考えつかなきゃいいなと思っただけです。ぞっとしますからね。あるいは――」

「要塞をイゼルローン要塞にぶつけて破壊してしまう、ですか?ヤン中佐」

 

 自分の言わんとしていることを先取りされたヤンは、ひそかに舌を巻きながら、

 

「ええまあ。それと、私のことは呼び捨てで結構です。あなたの方が上なのですから」

「いいえ、エル・ファシルの英雄を呼び捨てなどできませんわ」

 

 シャロンが微笑した。ヤンはその話題についてはなるたけ触れられたくはないのだが、相手が上官のため、嫌とも言えず頭を掻いて黙っている。それにしても、要塞をぶつけるという発想を簡単に出してくるこの女性はタダ物ではないとヤンは思った。

 

「ですが、まぁ、無理でしょう。そんなことをするのであれば、わざわざ要塞を建設するのではなく、どこかの衛星をぶつけるなり、ドライアイスをぶつけるなりで済むわけですからね。問題は敵が黙ってそれを見ていてくれるか、ですが」

「この前の並行追撃すら見抜けなかった要塞守備隊の方たちですもの、そんなことに気づくとは思えませんわ。ですが、そうなればなったで、また無用な出兵論が持ち上がりますから、私は敢えて言いませんでしたけれど」

「ま、平和が一番というわけですからね」

「お前さんの場合は、昼寝の時間と読書の時間、そして食うに困らないだけの年金が入ればそれで十分なんだろう?」

「失礼ですね~。先輩も。私がそんな人間に見えますか?」

「見える」

「プッ・・・・あはははははは!!」

 

 二人は驚いた。シャロンがおかしそうに楽しそうに笑いだしたからだ。

 

「ごめんなさい。でも、改めてお二人の掛け合いを見るととてもおかしくて・・・・あはははは!!」

 

 純真な少女の様に朗らかに笑っているシャロンを他の転生者たちが見ればきっと意外そうに思うかもしれない。「この人本当にシャロン!?」と。

 

「でも、本当にうらやましいですわ。私には・・・今までそうやって何でも話し合える人、いなかったですから・・・・」

 

 一転して寂しそうな彼女にキャゼルヌもヤンも同声をかけていいかわからないようだった。それでも、

 

「なに、今からでも遅くはないさ。俺もヤンもあまり上等の人間じゃないが、お前さんの気持ちを少しくらい汲んでやれる人間でありたいと思っているからな。なぁ、ヤン」

「え、ええ。そうですね」

「お、赤くなったか。お前さんもやっぱり美人には弱いというわけだな」

 

 ヤンは困ったように頭を掻いた。

 

 



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第二十八話 暴漢に注意を、です

帝国歴483年10月1日――。

 

帝都オーディン ランディール邸

■ アレーナ・フォン・ランディール

 私も今年18歳。今まで貴族のお嬢様らしくプラプラしていたけれど、そろそろ本格的に動かないとね!!でもね、まだ軍属には早いかな~と思うのよね。早くイルーナたちが准将とかにならないかな。

なんでかっていうと、一応ランディール侯爵家にも私設艦隊はあるのよね。で、マインホフおじいさまのお考えでは、女性士官が登用されて佐官が増えて、トップが将官に手がかかってきたら、一気に私を中将として艦隊を指揮させようって考えていらっしゃるって。

 

 この間嬉しそうに言ってた。別に私は構わないんだけれどね。

 女性士官学校の方は、軌道に乗ってきたわ。もう私なしでも大丈夫って感じだけれどね、やっぱり愛着があるのよね~。だから時々授業参観にきてます、という体で私も半分生徒として勉強したりしているの。メックリンガー、ルッツ、レンネンカンプ、ワーレン、そしてミュッケンベルガーは転属してしまったけれど、女性士官の必要性はしっかり頭に叩き込んでおいたからまぁ大丈夫でしょう。それに、卒業した先輩方が若手士官として教えにきているからね、いい感じです。

 

 マインホフおじいさまは相変わらず校長先生です。そして、メックリンガーたちの代わりに、なんとあの女ったらしのロイエンタール少佐とその親友のミッターマイヤー少佐、ビッテンフェルト少佐がやってきたの!!!

 ええええええええええ????!!!!って感じでしょ?

 そうよね?でもね、どういう風の吹き回しかそうなったのよね。

 ま~案の定女の子たちはキャアキャアと悲鳴を上げてます。俄然やる気を出してます。九割九部がたロイエンタールなので、ミッターとビッテンが可哀想です。あぁ、でも、ミッターはエヴァ一筋だからいいのか。

 

 ロイエンタールはきっと夜のベッドの相手に困らないなんて思ってるかもしれないけれど、どっこいそうはいかないんだな。この私がいる限りは、絶対にそうはさせない!!!

 あ~でもロイエンタールの方は併任って形なのよね。元々軍務省監察局にいて、また近いうちに転属の予定なんだって。ちぇ~。

 

 この間ヴァリエも交えて、電子戦略会議、開きました。ヴァリエの私とティアナサイドへの接し方と、フィオーナとの接し方であからさまに態度が違うのがちょっとイラッとするけれど、まぁいいわ。素直だものね。

 

 そのヴァリエが指摘してくれたんで、あっと思ったんだけれど、今年って時期的に言うとアルレスハイム星系会戦のある年なのよね。まだその情報がないってことは起こってないのかな。アルレスハイム星系会戦といえば、あのカイザーリング爺様の艦隊ね。サイオキシン麻薬の蔓延していた艦隊。

サイオキシン麻薬かぁ・・・・。OVA見ても結局よくわからなかったのよね。いったいどこが本家本元なのか、どういう製法で作られているのか・・・。OVAじゃクロイツナハドライの事件があったからこそ、私もその存在を知っているわけだしさ。

 私の情報網でちょっと探ってみたら、この世界においても、水面下では色々と流通しているようだし。ラインハルトを助けるのも使命だけれど、サイオキシン麻薬根絶も大きな仕事の一つよね。

よし、その方面も検討してみようかな。

 

 

 

 イゼルローン要塞――。

 

「閣下、これが当艦の訓練工程表になります」

「ほう・・・・」

 

 イルーナ・フォン・ヴァンクラフトの所属する巡航艦艦隊の部隊長のアルフェルト・ローマイヤー准将が書類を受け取った。彼はそれを繰りながら、

 

「なかなかハードなスケジュールではないか?」

「戦時下においては、特に戦闘行動中においては一瞬たりとも油断はできません。それを想定しての事です。むろん、緩急はつけます。時には手綱を緩めませんと士気にかかわりますから」

「平時と言えども、訓練は絶やさずか、よろしい。許可しよう」

 

 准将は自分のデスクから印鑑を取り出して、決済印に押し、上層部への仰決済箱に入れた。

 

「後はこちらでやっておく」

「ご迷惑をおかけします」

「なに、貴官のような優秀な人材が育てば、わが艦隊にとって、ひいては帝国にとって喜ばしいことだからな。それにしても・・・・」

 

 今年38歳になるローマイヤー准将はイルーナをしみじみとみた。

 

「何か?」

「気分を害してしまったら申し訳ないが、女性である貴官が20歳で中佐とはな。帝国も柔軟になった物だとつい思ったのだ」

「・・・・・・・」

「私が貴官の年のころは、まだ少尉だった。上官に追い回され、自分の事で精一杯だった。だが、貴官は違うな。常に自らの事ではなく周囲を配慮している。将来の艦隊司令官になっても不思議ではないな」

「出過ぎた望みです。中佐でさえ、過分な地位であると思っています」

 

 イルーナは苦笑して見せた。まさか自分が前世では将官として組織のトップに立っていたとは言えるはずもない。

 

「いや、今後は帝国も貴族出身の将官ではなく、男女を問わず能力重視の登用になるだろう。それには長い時間がかかるだろうがな」

 

 おっしゃるとおり、とイルーナは思った。女性士官学校が誕生して数年たつが、まだまだその影響力を帝国軍全体に広めるには時間がかかる。女性の中で実質今一番の筆頭はまだ一介の中佐に過ぎない自分なのだから。

 

(これでは大将に昇進するまでに、あと何年かかるやら・・・・)

 

 そう思ってみて、イルーナは苦笑いした。これでは出世にはやる原作のラインハルトと同じではないか。

 

(駄目ね、焦っては。ラインハルトに説教できる立場ではないわ。今は人材確保、そして長期的な制度の下積みに専念しましょう)

 

* * * * *

 

 イルーナ・フォン・ヴァンクラフトがそのような思いを胸に抱いていたころ、一つの事件があった。第五次イゼルローン要塞攻防戦の陰に隠れてしまったが、帝国歴483年9月13日、多少原作OVAと時期が異なるものの、アルレスハイム星系での会戦が行われ、指揮官だったカイザーリング中将の艦隊が一方的に同盟軍にたたかれ、壊滅したのである。

第五次イゼルローン要塞の同盟軍撃退をなしえていただけに、この敗北は帝国の権威を失墜させるとして極秘にされていたが、イゼルローン要塞駐留部隊はそれを知っていた。

 

 何故なら、敗北したカイザーリング艦隊の残存部隊が、補給を受けにイゼルローン要塞に寄港したからである。どの艦も損傷がひどかった。ある艦は黒煙を吹き上げており、ある艦はまるで射撃演習場の的の様にハチの巣になっており、また、ある艦は前部艦首が吹き飛ばされて、大きくねじくれたような形になってしまっている等、いかに帝国軍が無様にやられたのかを目の当たりにすることができた。

 

「これは、ひどいな」

 

 軍港に入ってくる艦隊を艦の艦橋から眺めながらラインハルトは顔をしかめた。彼らのヘーシュリッヒ・エンチェンは訓練から帰還して軍港に係留されていたが、そこにこのカイザーリング艦隊が入り込んできたというわけだ。

 

「ええ、よほどのことがなければ、こうまで一方的には叩かれません」

 

 キルヒアイスの言葉に、ラインハルトはうなずいた。

 

「指揮官が無能だったのか、あるいは反乱軍の奴らが上手だったのか。いずれにしてもいったい何万人の将兵が犠牲になったのか、それを思うと情けないな」

「はい」

「俺が聞いたところによれば、今回のアルレスハイム星系での会戦は戦略的にも何の価値もない戦いだったそうだ。アルレスハイム星系及びその周辺には、特にこれと言って惑星資源もなく、また、基地などを建設できるような戦略的に意義のある拠点でもない」

 

 ラインハルトは艦長椅子に座って背をもたせ掛け、足を組んだ。

 

「どういう動機かは知らない。帝国軍上層部が、先のイゼルローン要塞の攻防戦の撃退勝利に酔ったのか。あるいは哨戒艦隊を蹴散らして橋頭堡でも築こうと思ったのか。いずれにしても一個艦隊を派遣して、逆に同盟軍に敗北したというわけだ。無用の出兵というわけだったな」

「情けない事です。上層部の気まぐれで兵が死んでいくことこそ、もっとも忌むべきことなのですが・・・・」

「その通りだ」

 

 ラインハルトはうなずいた。

 

「俺にはまだ力がない。見識も浅い。イルーナ姉上やアレーナ姉上に言われて辛抱はしているが、正直居ても立っても居られない気持ちにはなる。俺にもっと力があれば、こんな無用な出兵などさせず、反乱軍の奴らを撃退して再起不能にして見せるのに。いや、むしろ帝国と反乱軍との間に恒久的に戦果を交えない方法を考えてやるのに」

「それは、どういうお考えですか?」

 

 ラインハルトはそっとあたりを見まわした。

 

「キルヒアイス、お前、帝国の政治体制と同盟の政治体制、どっちがいいと思う?」

「!!・・・・それは!!」

「心配するな。遮音装置によって、俺たちの会話は聞こえないし、それに今艦橋にいるのは俺たち二人だけだ。盗聴もない」

「・・・・ならばいいのですが。そうですね、わたくしにはどちらも同じような気がいたします。どちらにも長所はあり、どちらにも短所はあるかと、思いますが」

「その通りだ。建前を言えば、まず帝国の方は皇帝の意志が迅速にいきわたり、物事を決定しやすいということだ。そして民主主義とやらを掲げる自由惑星同盟と称する反乱軍の方は、民衆がすべての物事を決定し、民衆の監視のもと、民衆から選ばれた代表者がそれを執行する。民意が反映しやすいというやつだ」

 

 キルヒアイスはうなずくが、ここでラインハルトの口元には皮肉さと冷笑さが浮かび上がった。

 

「だが、実際には違う。今のゴールデンバウム王朝の皇帝は貴族共の傀儡に成り下がっている始末だ。自分では何一つ出来ず、睨まれた皇帝は暗殺されるか幽閉される。フン」

「ラインハルト様!」

「わかっている。そして、同盟とやらも同じようなものだ。汚職が進み、民意は離れ、それぞれが自らの利権を争っている。まったくバカバカしいが、もっとバカバカしいことがある。意志決定は、最高評議会とやらによって決定されているという。密室の議会という表現がぴったりくるな。それは帝国と50歩100歩だ。そしてそれを選ぶ権利は市民に与えられているとはいえ、今の同盟の投票率は半分を下回っているそうではないか」

「ラインハルト様、そんな情報をどこで――」

「驚いたような眼をしているが、キルヒアイス、お前だって、ひそかに端末から情報を調べ上げているだろうが」

 

 ラインハルトはニヤリと笑って見せた。

 

「・・・ラインハルト様には、ごまかしはききませんね。ということは、ラインハルト様も――」

「あぁ。もちろん匿名だ。バレる様な真似はしない。話を元に戻すが、今の同盟の現状はそう言うことだ。これでは、民主主義とやらの皮をかぶった全体主義国家と言われても仕方がないとは思わないか」

「そう思います。市民によって建国されたはずの同盟が、市民の意志を反映していないとは、皮肉なものですね」

「その通りだ。だが、帝国とてそれは同じだ。いや、むしろもっとひどい。キルヒアイス、先日俺たちは輸送艦隊の護衛で辺境惑星に赴いたことがあったな」

「ええ、とても忘れられる光景ではありませんでした」

 

 ラインハルトが中佐になり、巡航艦の艦長になってほどなく、彼のヘーシュリッヒ・エンチェンは輸送艦隊の護衛艦の一隻としてアムリッツア星域に近い辺境惑星に赴いたことがあった。輸送艦隊は鉱物資源を運び出し、帝都とイゼルローン回廊との中間にある工業惑星地帯に運ぶのだ。

 そこで様々な惑星に立ち寄ったのだが、どの惑星もひどいものだった。鉱山惑星や工業惑星は活気はあるものの、治安は乱れ、人々はすさみ、荒れていた。弱者はいじめられ、強者ばかりがのさばり、親を亡くした子供が孤児となって物乞いをしている姿など、目をそむけたくなる光景ばかりがあった。

 

 かといって、農業惑星は貴族たちの農奴として生活を送っている人々、あるいは同盟の捕虜等が住んでおり、地球歴の1600年代の中世的生活を送っている光景が見られた。同盟の捕虜に至っては人間らしい扱いも受けず、骨と皮ばかりになって、死ぬまで働かされているという光景が見られた。時には死骸が野ざらしにされたまま、鳥についばまれる場面にも出くわしたりしたのだった。

 

 帝都オーディンでは電子機器の普及は当たり前だというのに。このことに二人は衝撃を受けていた。輸送艦隊の護衛そのものは海賊などの襲撃も受けずに無事終わったため、二人は武勲を建てる機会はなかったが、こうした辺境惑星の現状を目の当たりにできたということだけでもだいぶ大きな勉強になったのだ。

 

「俺たちにもっと力があれば、ああした光景は絶対作らせないのだが」

 

 ラインハルトは悔しそうにこぶしを打ち付けた。

 

「だが、おかげで大きな勉強にはなったな。軍隊内部にいるだけではああした現状は見られない、いや、むしろそれを覆い隠そうとする隠ぺい体質に染まる危険もある」

「おっしゃる通りです。わたくしたちは、ああした民を一日でも早く救わなくてはなりませんね。」

「つまるところ・・・」

 

 ラインハルトは立ち上がった。

 

「帝国の体制も、同盟の体制も、最大多数の幸福を作り上げるには向いていないということだ。そこでだ、キルヒアイス・・・・」

 

 ラインハルトは再び周りを見まわし、誰もいないことを確認すると、そっと耳打ちした。

 

「俺は帝国同盟双方を滅ぼし、新銀河帝国を作り上げる。当初は俺が改革を進めるが、下地ができ次第、そこに立憲体制を敷こうと考えている」

「立憲体制を、ですか?確かイルーナ様やアレーナ様に教わった記憶が、ございますが」

「あぁ、イルーナ姉上やアレーナ姉上に教わっただろう。昔の明治時代の日本やイギリスとやらが敷いていた体制だ。特に日本は明治時代に移行してわずか数十年で近代列強に並ぶ軍力と国力を手に入れている。俺はそこに目を付けた。早急な改革は議会政治ではできない。ある程度下地が定まったら、立憲体制に移行すればいい」

「なるほど・・・」

「絶対君主など必要はない。まして血統等どうでもいい。象徴程度で有ればいいのだ」

 

 キルヒアイスはそれを聞きながら、ラインハルト様はいったいどこでそんな情報を仕入れたのだろうと不思議がり、かつ彼の先見性に感心していた。

 

「では、理想を実現するためにも、今は武勲を御建てになるべきですね」

「あぁ。早く武勲を建てる機会が巡ってこないものかな」

 

 ラインハルトは腕を撫し、ふと気が付いたように、そろそろ俺たちも食事をしにいくか、とキルヒアイスに声をかけた。

 

* * * * *

イゼルローン要塞尉官食堂――

 

「はぁ~~・・・・」

 

 食堂の喧騒に紛れて、ティアナは深い溜息を吐いた。二人は昼になったので、要塞の尉官専用の食堂にきて昼食をとっていたのだ。

 

「せっかくイルーナ教官と一緒の艦だったのに、昇進したとたん別れ別れになるなんて、しかも要塞憲兵事務官だなんて書類整理ばっかり。退屈極まりないわ!!」

「そう言わないの。皆が皆望む部署に着くとは限らないって教官もおっしゃっていたじゃないの」

 

 と、フィオーナ。

 

「それに私たちがいなくても、レイン・フェリルさんが今度の教官の巡航艦の副長だし、心配する必要はないわよ」

「心配してないわよ。私たちがいてもいなくても立派にやっていける人なんだから。まぁ、せめてもの慰めはこうしてフィオと同じ部署にいられるってことくらいか」

 

 左手で頬杖をついたティアナが吐息交じりにトレイの上のミートボールを右手に持ったフォークでつついた。今日のメニューは2個のロールパン、水っぽいスープ、トマトサラダ、あまり分厚くないステーキに、付け合わせのブロッコリー、ポテト、ミートボールという組み合わせだった。

 

「それにしても、軍隊では階級があるとはいえ、食事に差をつけるのはどうかと思うわ」

「同感ね。基本の食事は一緒にして、後はオプションとして給料の額から天引きすることで

差をつけるとかね」

「それよ、私たちの前世の時もそうだったじゃない。あ~私が上に上がったら絶対食糧事情改革してやるんだから!!」

 

 フィオーナは面白そうに笑ったが、急に笑みをひっこめた。

 

「でも、食糧事情はあまりいいと言えないそうよ。ここはまだましじゃない。自給自足ができるんだから、でも他の基地や艦隊ではそうはいかないっていう噂を聞くわ」

「私たちの士官学校が懐かしいわ~」

「本当ね」

 

 フィオーナが言った時、不意に唸り声がし、怒声が飛んできた。

 

「そいつを取り押さえろ!!人殺しだ!!」

 

 思わず立ち上がった二人の目に、食堂入り口近くで胸元を血に染めた大柄の男が血走った眼でふらつきながら立っているのが見えた。男は涎を垂らしながらまるで狂気にとりつかれているように、早足に歩き、テーブルをひっくり返していく。

 

「なに、あれ!?」

「突っ立ってる場合じゃないわ、止めないと!」

 

 ティアナが疾走し、男の前に立ちふさがった。

 

「おとなしくしなさい!!」

 

 男は獣のような唸り声を上げて、ティアナにとびかかっていったが、鋭い回し蹴りと顎に強烈なアッパーカットを食らい、地響き立てて地面に仰向けに寝転がった。

 

「ティアナ大丈夫?」

 

 駆け寄ろうとしたフィオーナにティアナはこともなげに戻ってきながら、

 

「ざっとこんなもんでしょ」

 

 それにしても本当に容赦ないわね、と思ったフィオーナがふと顔を上げ、とっさにテーブルをつかんで、投げ飛ばしていた。ティアナの横をかすめとんだテーブルは、背後を襲おうとしていた男の顔面をしたたかに強打し、叩き付けた。

 

「お見事」

 

 拍手喝采の中、ティアナがぽんとフィオーナの肩を叩く。やだ、私ったらと顔を赤らめたフィオーナの前にようやく駆けつけてきた憲兵隊が男を縛り上げていた。

 

「苦労を掛けたな」

 

 二人の前に大柄の、岩を削ったような風貌の男が現れた。制服からすると、佐官のようだった。

 

「取り押さえようとしたが、すんでのところで逃げられてしまった。危うく犠牲者を増やすところだった。感謝する」

「いえ、そんな・・・」

 

 敬礼したフィオーナたちだったが、目の前の男にどこか見覚えのある気がしていた。

 

(この声、この風貌・・・どこかで・・・・あっ!?)

「失礼ですが、貴官のご尊名は?」

 

 こういう時のティアナは一応敬語を話す。

 

「ケンプだ。軍務省監察局監察課所属カール・グスタフ・ケンプ中佐だ」

 

 目の前のケンプ中佐は精悍な笑みを浮かべた。

 



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第二十九話 麻薬撲滅捜査に着手します

イゼルローン要塞内にて、食事中に暴漢(?)を撃退したティアナとフィオーナは、その男を追ってきた憲兵隊とその指揮官である軍務省監察局監察課所属のカール・グスタフ・ケンプ中佐に出会うこととなった。

 

 

「ええ、知りません。面識のない人です」

 

 ティアナがケンプに受け答えしている。こうしてはたから見ている分には上品に答えている。とても普段の姿を想像できないとフィオーナは思った。

 

 「貴官もそうか?」

 

 ケンプがフィオーナに水を向けた。

 

「はい。全く面識のない人です」

「そうか、一応聞いておいただけだ。手数をかけたな」

 

 案外あっさりとケンプが引き下がったので、二人は不思議そうに顔を見合わせた。

 

「と、言いますと?」

「彼はカイザーリング艦隊に所属している少尉だからな。先の戦闘で敗北した残存部隊の一艦に乗り組んでいた。ずっとイゼルローン要塞にいる貴官たちとは、面識がなかろう」

「カイザーリング艦隊に?」

 

 不思議そうに首をかしげたフィオーナがふと、何かを思い出した顔をしてあっと言いかけたが、危うく自制した。一つにはフィオーナの顔色に素早く気が付いたティアナがそっと、そのすらっとした美脚でつついたためでもある。

 

「どうかしたかな?」

「あ、いいえ。何でもありません。カイザーリング艦隊の方がどうして要塞の尉官食堂に来ていたのかと思いまして・・・」

 

 ケンプは太い吐息を吐き出した。

 

「奴は逃げてきたのだ。艦内で暴れだし、抑えようとした兵数人を死傷させてな」

「どうしてですか?」

 

 ケンプは鋭い目つきでフィオーナとティアナを見た。

 

「それを尋ねるからには、これからいうことは一切他言無用とされたい。そうでなければ、この先の話は聞かないことだ」

 

 二人は顔を見合わせたが、その一瞬で充分だった。カイザーリング艦隊と先ほどの常態を逸したあの大男の暴れようで、だいたい先の展開は見えてきている。二人はすぐにうなずいた。

 

『はい』

「よし、では端的にはなそう。サイオキシン麻薬が原因だ」

 

 やはりそうか、というような眼で二人は互いを見かわした。

 

「サイオキシン麻薬?」

 

 不思議そうな顔を見せて尋ねるティアナに、

 

「まぁ、無理もない。通常の一般人や軍属ではまず目にしない麻薬だからな。もっとも、麻薬というものは、土台触れることがないように願いたい代物だがな」

 

 ケンプはそう言ってから、その麻薬の効果を端的に説明した。曰く、陶酔効果をもたらすが、強烈な依存作用と幻覚を生じさせること、曰く、長期間服用していると人体に多大なる影響が現れること、曰く、サイオキシン麻薬の患者だった母親から生まれた新生児は奇形児にさえなること。等・・・・。

 

「そしてこの麻薬の一番の恐ろしい点は」

 

 ケンプは鋭い目で二人を見た。

 

「人工的に精製されているという点だ」

「人工的に・・・・」

「そうだ。だが、これまでイゼルローン要塞内ではそういった麻薬中毒患者がいた形跡はない。要塞内に寄港している部隊からもだ。ところが今回のカイザーリング艦隊が寄港し、しかもその兵が麻薬中毒患者だった。となると・・・・」

「そのカイザーリング艦隊には、麻薬中毒患者がほかにもいる可能性があり、もっと掘り下げれば、カイザーリング艦隊内部で麻薬が精製されているかもしれない、ということですか?」

 

 フィオーナの問いかけにケンプはうなずいた。

 

「その通りだ。もっとも、精製に関しては大っぴらにできないから、どこか秘密裏に軍用基地などで作っている可能性も否定はできない」

「特定は、できないのですか?」

「残念ながら、残存艦隊と言っても3000隻を超える。40万人近い人間をしらみつぶしに取り調べていくのは、中々難しい」

「それについては、全員を取り調べる必要性はないと思いますが」

 

 ティアナが澄んだ声で言う。

 

「それはどういうことかな?」

「麻薬を艦隊内に蔓延させるには、それなりの組織が必要だということです。そしてそれを構築するにはある程度の人脈・人望がある者でなければなりません。そして、艦隊規模に蔓延しているということは、それなりの地位の者の黙認を得ているということでもあります。あるいはその者自身が元締かもしれません。例外はあるでしょうが、まず常識的に見て軍の中で高官を優先的に調べるべきでしょう」

「となると、将官クラスか。ふむ・・・・」

 

 ティアナの言葉にケンプはしばらく考えていたが、やがておおきくうなずいた。

 

「貴官の意見、実に参考になった。感謝する。それと・・・・」

「???」

「先に聞いたところだと、貴官らは要塞憲兵隊事務官だそうだな。私から上司には話しておくから、どうかサイオキシン麻薬の取り締まりに協力してもらえないだろうか?要塞内部の秩序を預かる貴官ら憲兵隊にとっても今回の事は放置できる問題ではなかろう」

「私たちは別にかまいませんが・・・・・」

 

 ティアナと顔を見合わせた後に、フィオーナが当惑そうに答えた。ケンプは苦笑しながら、こういった。

 

「貴官らの上司には迷惑をかけんさ。代わりに私の方から手不足分は部下たちを補充しておく。申し訳ないが、どうやらうちの部下たちよりも貴官らの方が頼りがいがありそうなのでな」

「それは、光栄ですが、ひとつ気になります」

「なにかな?」

 

 フィオーナの問いかけにケンプが顔を向けた。

 

「将官クラスの取り調べとなると、どなたか軍の高官の後ろ盾がない限りはうかつに手を出せないのではないかと思います」

「その点は心配しなくともいい。今の軍務省憲兵局の局長はグリンメルスハウゼン子爵閣下で、皇帝陛下のご学友として御覚えがめでたい方だ。ご本人はいつも居眠りをしていらっしゃるが、部下任せにして責任をないがしろにさせる方ではない」

 

 グリンメルスハウゼン子爵閣下か、と二人は目を見合わせた。一見ぼんやりとしている老人ではあるけれど、おそらく大丈夫だろう。

 

「では、早速――」

 

 そう言いかけたティアナを、今度はフィオーナが美脚でつついた。顔を向けたティアナにフィオーナがそっと口パクして見せている。かすかにうなずいて見せたティアナは、ケンプに、

 

「・・・の前に、ご覧のとおり私たちも昼休みのみのつもりでしたので、書類などの整理が終わっていません。すぐに伺いますから、デスクの上の整理だけさせてもらえませんか?」

「いいだろう」

 

 二人は立ち上がり、敬礼してケンプの元を辞すると、すぐにフィオーナの自室に向かった。書類整理は普段二人にとっては日常茶飯事のことなので、とっくに終わっている。ケンプの元を離れたのは口実で有り、イルーナ・フォン・ヴァンクラフトとアレーナ・フォン・ランディールにすぐに連絡を取るためであった。

 暗号化された低周波端末を起動させると、すぐに二人がスクリーン上に現れた。

 事の顛末を簡潔かつ正確に述べたフィオーナが、

 

「・・・・以上ですが、ここで問題は、私たちだけがサイオキシン麻薬の捜査に当たってよいものかどうかです。ラインハルトとキルヒアイスを加えたらよいかと思います」

『理由は?』

 

 と、イルーナ・フォン・ヴァンクラフト。

 

「はい、将来的にサイオキシン麻薬を媒介として地球教がラインハルト側の中枢に食い込むことは、原作から明らかです。ですが、今の彼はサイオキシン麻薬、地球教、その恐ろしさを知っていません。ここで参加してもらうことで、その恐ろしさを事前に知っておけば後々の対策が先手先手にまわりやすいかと」

 

 イルーナはしばらく考え込んでいた。

 

「むろん、12月には例のヘルクスハイマー伯爵の亡命事件もあることは承知しています。ですので、それまでにはめどはつけたいと思っています。いかがですか?」

 

 イルーナは顔を上げた。そして、いいでしょうと承諾した。

 

「アレーナさんはどう思いますか?」

 

 フィオーナが尋ねる。

 

『私も異議なし。なんなら今すぐにでも取り掛かってほしいわね』

『アレーナ、それはいいけれど、でも、問題もあるわ。彼は巡航艦の艦長として猛訓練中よ。出撃指令も当然ある。イゼルローン要塞にいるとはいっても、いずれすぐに出てしまうわ。一介の巡航艦の艦長をどうやって麻薬捜査に協力させるの?』

『あ~イルーナさ、それに関しては、私から提案があるんだけれど』

 

 アレーナが言う。

 

「何かいい考えが?」

『グリンメルスハウゼン子爵閣下がケンプの上司なんでしょ?だったらそのグリンメルスハウゼン子爵閣下からのラインハルトの推薦をしてもらうわけよ。その方面は任せておいて。あなたたちの方はラインハルト・キルヒアイスサイドを説得してもらえればそれでいいから』

 

 ティアナとフィオーナは顔を見合わせた。確かにそれならばケンプも他の皆も納得はする。だが――。

 

「提案しておいて何なんですが、ラインハルト、キルヒアイスは協力するでしょうか?」

『何言ってんのフィオーナ。そこを何とかするのがあんたたちの仕事でしょ?』

 

 しれっというアレーナに、やっぱりそう来たかとあきれる二人だった。

 

 だが、案外二人の不安に相違して、ラインハルト、キルヒアイス、そしてケンプはあっさりと承知したのである。グリンメルスハウゼン子爵閣下直々の推薦だということで、ケンプは承知した。

 こと、ラインハルトとキルヒアイスは、サイオキシン麻薬について、蔵書で読んだことがあると言い、その弊害についても、実地で病棟などで見学したことがあると言ったので、フィオーナとティアナは驚いた。

 

「何を驚いている?」

「いや、だって、その、普通軍人がそこまでするかなって思って・・・」

「フロイレイン・ティアナらしくない言葉だな」

 

 ラインハルトが軽く笑った。ついでながら、軍属になった女性を性で呼ぶというのはどうかという問題が持ち上がり、かといってフロイラインでは「お嬢さん」となってしまうとなり、したがって「フロイレイン」という似たような呼称で呼ぶことになったことを付け加えておく。

 

「イルーナ姉上やアレーナ姉上に言われたことは『何事も自分の意志で探求せよ。』だ。俺はそのことを片時も忘れたことはない。フロイレイン・ティアナやフロイレイン・フィオーナもそうなのだろう?」

 

 フィオーナとティアナは顔を見合わせた。イルーナが何を話したかわからないが、今の話からすると、ラインハルトはうすうす3人の関係について真相めいたことをつかんでいるのではないだろうか。

 

「とにかく、サイオキシン麻薬の実情は放置していい問題ではない。俺も全面的に協力する。だが・・・・」

 

 ラインハルトはキルヒアイスを向いた。

 

「ええ、私たちが今指揮している艦を退艦することは禁じられています。どのようになさるおつもりですか?何か高官の後ろ盾があれば、いいのですが」

「それについては心配いりません。グリンメルスハウゼン子爵閣下が憲兵局局長ですから、その方を通じてイゼルローン要塞の上層部に話を通してもらいます。もうすでに教官・・・あ、いえ、イルーナ先輩を通じて連絡が言っているかと思います」

 

 呼びなれない言葉をぎこちなく発したフィオーナが、次に、ケンプ指揮官に会いに行きませんか、と提案し、ラインハルトはすぐにうなずいた。

 

「グリンメルスハウゼン子爵か、あの狸爺だな」

 

 歩きながら突然ラインハルトが言ったので、またまた二人はびっくりした。

 

「あの昼行燈の顔の裏には、人の心理を見抜く洞察力があるのを俺は知っている」

 

 不思議そうな顔をしている二人に、アレーナ姉上から散々聞かされたのだとラインハルトは補足した。

 

「それに、駆逐艦ハーメルン・ツヴァイでのこともある。あの時ほど身につまされたことはない。つまりは、一瞥しただけでは、人の真価を全面的に見たわけではないということを教えられた。また、欠点があっても、他の面で人より抜きんでている者を蔑視すべきではないということも教えられた。反対に、利点はあっても連帯面で害をなす者については、放逐すべきことも、な」

「はい。今後ラインハルト様の周辺の人材登用面で、大いに参考になる事項です」

 

 話が過ぎたな、それでは行こうか、とラインハルトは再び歩を進めた。

 

「ねぇ、フィオ」

 

 歩き出していく二人の背中を見ながらティアナはフィオーナに話しかけた。

 

「なんだかラインハルト、原作よりも視野が広くなってない?」

「そうね。これもきっと幼少期から一緒にいた教官やアレーナさんのおかげだと思う」

「ハーメルン・ツヴァイの時も言ったけれど、私は今のラインハルトの方が好きだわ。助けて支えていきたいって思ってる。でも、それがいい方向に行くかしら?」

「えっ?」

 

 突然ティアナが不吉なことを言ったので、フィオーナは思わず問い返していた。

 

「ラインハルトの持っている本来の美点を損なうのではないかということよ。人を魔改造するのもいいけれど、成功例って少ないのよね。そりゃ、イルーナ教官やアレーナさんの腕前は良く知っているけれど、それでも私は不安なのよ。心のどこかでね」

 

 フィオーナはにわかに胸の中に暗雲のような物が立ち込め始めたのを感じていた。ここまではラインハルトとキルヒアイスは順調に成長していき、階級も上がってきている。転生者たちも自由惑星同盟に亡命して、今のところほかの転生者たちが現れて、活動する様子もない。その方面についてはアレーナが逐一監視している。

 だが、確かに順調すぎるのも怖い。どこか知らないところで破綻をきたしていなければいいのだが、とフィオーナは祈るような思いだった。

 

 



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第三十話 麻薬撲滅捜査を展開します

帝国歴484年11月19日――。

 

 イゼルローン要塞を預かる、シュトックハウゼン大将は突然スクリーン上に現れた皇帝陛下の御姿を見て、度肝を抜かれてしまった。

 

「へ、へ、へっ――」

「どうしたのじゃ、シュトックハウゼン、風邪かの?」

「陛下!!」

 

 やっとの思いで、言葉を吐き出したシュトックハウゼンは、バッタの様にひれ伏さんばかりである。

 

「最前線での帝国防衛の任、苦労である。体は大事ないか?将兵たちは無聊をかこってはおらんかの?」

「ハッ!ありがたきお言葉、もったいのうございます!小官をはじめ、将兵たちは反徒共をネズミ一匹とおさぬ気構えで軍務に精励しております!」

 

 シュトックハウゼンにしてみれば、これまで歴代の要塞司令官の前に皇帝陛下がスクリーン上とはいえ、現れることはなかったのであるから、その栄華がにわかに自分に降りかかってきたことにまだ信じられない思いをしていた。シュトックハウゼンでさえそうなのであるから、他の幕僚たちの動揺は推して知るべきである。

 

「実はの、シュトックハウゼン。要塞司令官の重責を担わせているところ、負担をかけるがの、卿にちと頼みがあってな」

「ハッ!なんなりと!」

 

 そう答えたものの、どんな課題が来るのかと、今度はビクビクもののシュトックハウゼンである。

 

「実はの、要塞駐留艦隊にミューゼルという中佐がおる。その者をある特務に就かせてほしいのじゃ。併任でな」

「は?!」

 

 皇帝陛下が発した言葉をシュトックハウゼンが理解するのにしばらく時間がかかった。それもそのはず、皇帝陛下が頼みごとをする内容にしてはあまりにも軽すぎるからだ。まして一介の中佐程度の者を皇帝陛下が気に掛けるというのは、一体どういうことなのだろうといぶかるばかりである。

 

「して、その者に何をやらせるのでありますか?」

「サイオキシン麻薬の撲滅捜査じゃ」

 

 言下に発せられた言葉に、シュトックハウゼンは凍り付いてしまった。まさか遠くオーディンに離れて、サイオキシン麻薬のまん延を皇帝陛下御自らが知っているとは思わなかったのである。それにもましてシュトックハウゼンを恐怖させたのは、この事実を知りながら、まだ積極的な対策をとっていない自分にたいして何らかのけん責があるのではないかということだった。いや、けん責ならまだよいが、降格などになってしまってはたまらない。

 

「いやいや、卿を責めているのではない。卿はこの要塞全体を預かる重責を担っておる。その者に万華鏡の中の一点を確認せよと申しても無理であろう」

 

 シュトックハウゼンはほっとなった。ここは皇帝陛下のお言葉に従い、そのミューゼルとかいう中佐をさっさと特務に就かせた方が利口だろう。だが、問題がある。要塞艦隊はゼークトが握っているのだ。横から口出しはできない。

 

「しかしながら、陛下。要塞艦隊はゼークトが統括しております故、私の一存では・・・・」

 

 恐る恐るそう切り出すと、皇帝陛下は、

 

「おお!そうじゃったな!では、儂からゼークトに依頼するとしよう」

 

 そう言われてはなんとなく面白くないシュトックハウゼンに、

 

「卿にも苦労を掛けるな。しかし要塞司令官としての重責を果たしてくれていること、感謝するぞ。近々卿に沙汰があるじゃろう。卿の功に比肩してささやかな叙爵かもしれんがな」

 

 叙爵!!

 シュトックハウゼンは内心躍り上がりたいのを懸命にこらえた。彼自身は伯爵家の次男であったが、まだ無爵の身である。これが叙爵されるということはあらたに、どこか断絶した何らかの家柄を継がせることを意味している。

 

「ありがたき幸せ!!このシュトックハウゼン、粉骨砕身で軍務に精励いたしまする!!」

「頼むぞ」

 

 スクリーンは切れた。だが、シュトックハウゼンは椅子に寄り掛かりながら、この上ない幸福感に満ちていたのである。

 

「どうじゃな?」

 

 通信を切ったフリードリヒは傍らに控えるマインホフ元帥とグリンメルスハウゼン子爵に顔を向けた。ここは皇帝陛下専用の通信室で有り、こっそりと寝室のわきに作られている。これを知っているのは、マインホフ元帥、グリンメルスハウゼン子爵の二人だけであり、ブラウンシュヴァイクもリッテンハイムも、ワルターメッツも、ビリデルリングも、リヒテンラーデ侯爵すらも知らぬことなのである。

暗いわずか3畳ほどの、しかし徹底した防音を施した部屋の中に老人たちの哄笑が満ちていた。

 

「いや、お見事な操縦ぶり。なんと申してよいか、わかりませぬなぁ」

 

 マインホフ元帥が感嘆の顔を見せる。

 

「これでかの者が動きやすくなれば、その後が楽しみですわい。しかしながら、アレーナめが無理を言ってしまい、申し訳ございません、陛下」

「なんの、そう言いながらマインホフ、そちの顔は緩んでおるわ」

 

 皇帝陛下が指摘したので、3人はまた声を上げて笑った。

 

「ほっほっほ。いよいよマインホフ元帥も、小娘に骨抜きにされる年齢になったということかの?」

「なんの!まだまだ負けぬわい!儂がこうして陛下にお願い申し上げるのは、つまりはアレーナ、そしてかの者のじゃな――」

「わかっておるわかっておる。余もアレーナの力量を知っておるゆえ、こうして話を付けたのじゃ。そのアレーナが認めるミューゼルもまた、アンネローゼの弟である」

「二人が国政を支えてくれれば、我らも安泰というわけですかな」

 

 そう言いながら、グリンメルスハウゼンはじっと陛下の顔を見ている。陛下は何も言わず、軽く咳払いして視線を避けた。

 

「さて、次はゼークトじゃな。さっそく通信をつなげてくれぬか?」

 

 陛下の言葉に、マインホフ元帥がいそいそと準備に取り掛かった。

 

 

 ゼークトの了承を取り付けたことで、ラインハルトとキルヒアイスも、併任として麻薬捜査特別捜査班に加わることとなった。ラインハルトにしてみれば、自らが捜査の指揮をとれないことに不満があったのかもしれないが、それでもそんなそぶりは毛ほども見せず、ケンプに全面的に協力する姿勢をとっていた。フィオーナとティアナにとってほっとしたことは、ラインハルトがケンプと同格の中佐であったこと、それでも先任のケンプに対して一歩譲る姿勢をとっていた事である。

 彼らが加わったのち、ケンプたちは事前の打ち合わせを十分にしていた。

 

「まずはカイザーリング艦隊の航路を数年分にわたって追うことにしましょう。その中で何か不審点があればそれを列挙してみてはいかがでしょうか?」

 

 フィオーナの提案に賛同した一同は、まずカイザーリング艦隊の航路を徹底的に調べ、いくつかの特定の基地を割り出すことに成功していた。その基地に寄港した直後、カイザーリング艦隊内部で不審死や負傷がなかったかどうか、あるいは補給物資に不審な変動がないか、等――。

 

 その結果、ある特定の基地に寄港した直後、補給として受けた弾薬その他の物資量とその消費量からの推定在庫がかい離していた事、負傷者が発生し、中には死亡した者も(病死と届けられていた。)いた事、等が突き止められたのである。ここの事象からすれば全くとるに足らない事だったかもしれないが、特務捜査班の面々が付き合わせた結果、一つの結論に達したのである。すなわち、ここが麻薬の集積場であるということに――。

 

 ケンプは直ちに上司に報告するとともに、一斉捜査の許可状と、その基地への立ち入り強制捜査の許可を申請し、直ちにこれが受け入れられた。また、捜査は一斉同日に入ることとなり、その準備のため、彼らは数日待つこととなる。

 その間、ティアナは、フェザーンに対して匿名の口座の洗い出しデータを求めることはできないかと、ケンプに提案した。

 

「麻薬の売買の動機としてまず一番に考えられるのは金銭です。最後の決め手として、不正な資金洗浄やそのお金の保管場所を特定できれば、有力な証拠になると思います」

「フロイレイン・ティアナの言う通りだ。それに関しては、既にフェザーンに連絡を取って、全面捜査の協力要請を行っている。極秘裏にだが。既に私の部下の一人がそちらに赴いて捜査しているはずだ」

「一人だけですか?」

 

 このような重要任務を任せられる人材とは誰なのだろう、とフィオーナは疑問を呈した。

 

「いや、向こうにいる駐在武官と一緒に捜査しているはずだ。名前はロイエンタール、オスカー・フォン・ロイエンタール少佐だ」

 

 ロイエンタールが!?フィオーナとティアナは一瞬視線を交錯させた。

 

「向こうにいる駐在武官とやらは、ナイトハルト・ミュラー中尉ではありませんか?」

 

 フィオーナが尋ねるとケンプが、今は彼は大尉だが卿知っているのか、と驚いた顔をしたので、しまったとフィオーナは思った。フェザーンに行ったことのない自分がどうしてミュラーのことなどを知っているのか、説明ができないことに気がついてしまったからだ。

 

 なにやってんのフィオ!?という視線をティアナが浴びせてきている。

 

 顔を赤くしたフィオーナは努めて顔色を元に戻し、

 

「いささか任務で助力をもらった経緯があるので」

 

 と、簡潔に答えた。ティアナがそれを見て、話題を変えようとしたのか、

 

「それはそうと、今回の麻薬の元締めは、やはりバーゼル少将なのでしょうか」

 

 バーゼル少将はカイザーリング艦隊の参謀長であり、さらに補給の総責任者をも兼ねている。これほどうってつけの人物もいない。

 

「その可能性は大だ。カイザーリング中将自身が関与しているかどうかは定かではないが、麻薬組織の実質的な元締めは彼だろう」

「果たして、そうだろうか」

 

 ラインハルトが疑問を呈したので、全員が彼を見た。

 

「というと?」

「ケンプ中佐。確かにカイザーリング艦隊にサイオキシン麻薬が蔓延しているのは事実だ。だが、麻薬自体が一体そもそもどこから来たのか、それを突き止めない限り、カイザーリング艦隊を検挙しても、氷山の一角ということになる」

「それは承知している。だが、今の人員ではつまるところカイザーリング艦隊及びイゼルローン要塞、そしてそれら周辺を捜査するので精一杯なのだ」

「・・・・・・・」

 

 ラインハルトはそれ以上何もいわずに、ただ軽くうなずいて引き下がったのだが、キルヒアイス、フィオーナ、そしてティアナには彼の眼に何か深い考えが漂っているのが、感じられたのである。

 

 そして、数日後――。

 

 ロイエンタールらからもたらされたフェザーン口座などの情報をもとにして、足固めをした特務捜査班は、ケンプの指揮によって、実働段階に入った。捜査は突発的かつ電撃的に行われた。まず、カイザーリング残存艦隊の捜査について、令状をもってカイザーリングその人と面会してこれを了承させ、ついで将官を全面的に一時的に隔離して徹底的な取り調べを行ったのである。この時、将官の取り調べを行うというので、わざわざオーディンの軍務省監察局から、メルデヴィッツ少将がやってきた。将官の取り調べということで、今回特別にやってきたのであった。

 

 彼は貴族出身であるが、憲兵局での勤務が長く、サイオキシン麻薬についてもその危険性を良く知っていた。今年41歳、謹厳実直を絵にかいたような長身痩身の堀の深い顔立ちの黒髪の男であったが、そのオーラは同格の少将のみならずその上司までも圧倒するほどであった。フィオーナもティアナも、そしてラインハルトもキルヒアイスも、一目彼を見てただの貴族の子弟ではないと見抜いた。

 

 彼はケンプから報告を聞くと、素早く部下たちの派遣先を決定し、自らも指揮を執った。イゼルローン要塞以外にも捜査先はある。彼はイゼルローン要塞にいながら、これらすべての捜査先の中央指揮を執ったのである。当然カイザーリング艦隊の寄港先である補給基地も、イゼルローン要塞も撤退的に調べられ、麻薬所持で検挙されたのは、数千・・・いや、数万人にも達した。カイザーリング艦隊のみならず、イゼルローン要塞内部、そしていくつかの周辺基地にも麻薬所持者はいたのである。それらの者の自白から、いくつかの販売組織が摘発されたが、これらは末端に過ぎないとメルデヴィッツ、ケンプ、ラインハルトらは見ていた。

 

 

 そして、カイザーリング艦隊の要綱たるバーゼル少将に対する取り調べが極秘裏に行われていた。

 

「私は知らん。そんな麻薬等、下士官や兵たちが勝手にやっていることにすぎん」

「知らぬ存ぜぬではすまないだろう。現にカイザーリング艦隊の残存艦隊だけで数万人が麻薬を所持していた。それも知らぬというのなら、あなたの将官としての責任問題となる」

 

 ケンプが取り調べを行い、メルデヴィッツ少将が後ろに控えているが、バーゼル少将は一向に認める気配すらない。

 

「責任問題なら、統括しておるカイザーリング自身がかぶるべきだ。私は実務をやっていたにすぎん」

「だから、責任はないとおっしゃられるか?」

「そうだ」

 

 既に、ロイエンタールらの報告で、バーゼル少将が匿名口座をフェザーンに設けて、少将の給与よりもはるかに高額な金額をやりとりしていること、幾人もの佐官、下士官の証言でバーゼル少将が弾薬に仮装した麻薬運搬や売買の指揮を執っていた事等がすでに分かっていた。ケンプはそれらをにおわせたがバーゼルは一向に認めようともしない。ふてぶてしいバーゼルの答弁にガラス越しに見ていたラインハルトは怒りを見せていた。

 

「とんでもない奴だな!キルヒアイス。俺はいっそのことあいつを絞め殺してやりたくなる。汚らわしい!!」

「ええ、まったくです。それにしても、カイザーリング閣下は対照的でした」

 

 バーゼル中将の前に、取り調べを受けていたカイザーリングの姿を思い出しながら、キルヒアイスがいう。彼は終始抗弁もせず、淡々と事実を認め、潔く罪を謝したのである。もっとも、カイザーリング自身が麻薬売買に関与していたという事実は、ついに認められなかったのだが。

 

「潔く罪を認めたということか?俺は奴が自分の無能さを認めたというだけに過ぎないと思うがな。それに、認めたからと言って麻薬に深刻に侵された将兵、そして家族らを救うことはできないだろう」

「ラインハルト様」

 

 珍しく色を成して他人を批評するラインハルトにキルヒアイスがたしなめたが、彼は聞かなかった。もっとも、今二人がいる場所には他に人がいないというのもあるのだが。

 

「問題は、罪を認めることではない。それは始まりに過ぎない。まして、死をもって償うなど、もってのほかだ。謝罪や贖罪は生きて行動で示すべきだと俺は思う」

「とにかく、わたくしたちも捜査を継続しましょう。少なくともこのイゼルローン要塞やその周辺からは、サイオキシン麻薬を根絶させたいものです」

「あぁ。一度に撲滅することは不可能だ。その点でケンプの言うことは正しい。だが、だからといってそのままにしておくのは筋違いだ」

「はい」

 

 その時、ガラス越しに、メルデヴィッツ少将が立ち上がるのが見えた。彼はが幾人もの証言を聞かせ、さらにバーゼル少将の匿名口座、それに口座開設の中将自身の来店した画像などを突きつけると、観念したのか、がっくりとバーゼル少将が机に顔を伏せた。それを見たケンプがすばやく部下たちに指令して彼を連行していく。

 

「奴は一角にすぎん。俺の地位が向上し、周囲の地固めが終わったら、今度は徹底的に行ってやる」

 

 ラインハルトが両拳を打ち合わせた。

 

 

 

 某所――。

 

「ほう、カイザーリングの奴は、終始無言だったというわけか。いや、結構なことだ」

「バーゼルなどは我々にとって人形でしかない。いつでも切り捨てられるし、当人は自分が元締めだと思い込んで動いておる。まったく単純な男だ。ひとたび自身で運営できる施設を与えれば、どこから資金援助をしたか、どこからブツを与えたか、それをいい加減忘れてしまってくるものと見える」

「それとて我々が直接かかわっているわけではない。幾重にも壁を築いておるわ。彼奴の眼からは我らの姿はおろか、その存在すら感知できぬ。良いではないか、それでこそ今回の騒動、カイザーリング艦隊を切り捨てるだけで終わるのだ」

「全くそうであるな、イゼルローン要塞の憲兵隊もなかなかの手腕であったが、所詮はうわべだけの捜査よ」

 

 暗い室内に哄笑が沸き起こった。

 

「だが、それにしても皇帝陛下自らが麻薬の撲滅捜査を命じられたとは、如何なることか?」

 

 一転、不審そうな声がする。哄笑は不意にやんだ。

 

「・・・・・陛下自らのお考えか、誰かに使嗾されたのか。可能性はどちらもある。今上陛下に置かれては、本心を韜晦なさっているところがあるからな」

「如何にするか?」

「いや、まだ放っておこう。今暗殺し、余計な波浪を立てれば、その余波がこちらにまで来ないとも限らない。だが、仮にこれ以上我らの邪魔立てをされるようであれば、それなりに報復は受けていただく。その準備と探りは入れておくべきだ」

 

 暗がりの中で、一同はうなずく気配がした。

 

「さして目立たず、ゆえに着実に。我々の目的はそのような麻薬の蔓延だけにとどまらぬ」

「そうであるな・・・・・」

「さて、此度の騒動を受け、しばらくは軍内部には麻薬の流通は少なくしておこう。常用者を根絶せしめない程度にな。多方面に進出するうえで、この時期は慎重にならねばなるまい。ここは一つ、しばらく潜むこととしよう」

「うむ」

 

 ただ暗い室内に、ひそひそと陰謀が進められていく声だけが聞こえていた。

 



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第三十一話 対ラインハルト包囲網の形成です

帝国歴484年3月24日――。

 

 

 対ラインハルト包囲網が形成されつつある。それまで暗殺者の人選にすら事欠くベーネミュンデ侯爵夫人の周囲にはいつの間にか、ラインハルト、アンネローゼの台頭を憎む人々が集まってきていた。軍人、官僚、そして貴族。あまり相いれない人々が一堂に集まった要因は、水面下である人物が手引きしたためであった。

 

 

 ベーネミュンデ侯爵夫人邸――。

 

 ベーネミュンデ侯爵夫人邸に、少数の男たちが集まっていた。軍服姿の者、貴族風の服装をした者、官僚等、さまざまであるが、彼らはある一つの目的のために集まっていた。

 

「では、あの小僧を、再度特務と称して自由惑星同盟とやらの領域に派遣するのじゃな?」

「御意でございます」

 

 シュライヤーという帝国軍少将が言う。40代の、額が後退しかかったさえないおっさん風の軍人であるが、この男、ヴァルテンベルク大将艦隊にかつて所属していた。それも司令部幕僚だったのである。ラインハルト、イルーナからの並行追撃上申案を蹴り飛ばした結果、上司であるヴァルテンベルクが左遷され、それに伴って自身も閑職に回され、栄達から外れた。自業自得と言えばそれまでであるが、彼は「金髪の孺子」と「プラチナ・ブロンドの小娘」に対して憎悪の念を燃やし続けている。それを知ったグレーザーとヴァネッサ、そしてその背後にいる者が彼を呼び寄せたのだった。

 

「幸いイゼルローンにいる作戦課のヴェーデンは小官の僚友であり、気心が知れた仲。小官の策をうまく上層部に伝えてくれるでしょう。前回のヘルクスハイマーの亡命の際は失敗しましたが、今度こそは・・・・」

 

 口元が歪んだ。冷笑と、そして憎悪とをむき出しにしている。

 

 ヘルクスハイマー亡命事件の際、作戦三課アーベントロート少将を間接的に動かしたのはこの男である。当時少将がヘーシュリッヒ・エンチェンの際の単独任務の適任者を探していたころ、シュライヤーは彼の部下で准将であった。その際彼は直接ラインハルトを推挙するのではなく、ベーネミュンデ侯爵夫人を動かして、遠回しにラインハルトを推薦するように仕向けたのである。よってアーベントロート少将は、今でも「さるお方」からのラインハルト推薦であったと思い込んでいる。

 

「あの小僧の死にざまをこの目で見られぬのが口惜しいが、よい、構わぬ。あの小僧が死ねば、あの女の苦しみは耐え難いものとなるであろうからの。ククク、あの女がもだえ、死ぬ姿をとくと眺めることとしよう・・・・・」

 

 ベーネミュンデ侯爵夫人の目も光る。そして彼女は次の者に目を向けた。官僚風の男である。

 

「それで?あの女に対しては、どのような策を施すのじゃ?」

「はっ。皇帝陛下に置かれましては、アンネローゼ様にひとかたならぬご寵愛をお持ちのようで――」

 

 ベーネミュンデ侯爵夫人の手がグラスに伸びたのを見た官僚風の男は慌てて言葉を注ぎ足した。

 

「アンネローゼ様・・・あ、いやいや、あの女については、徐々に陛下のご寵愛から遠ざかるように細工いたします。とかく噂というものは醜聞であるほど人の耳目を引きますからな。寵愛が薄くなったところに、決定的な証拠を突きつければ、自滅は必定です」

 

 ここで、官僚風の男は一段と声を低め何やら策を話し始めた。この男、ゲオルク・フォン・ベルバッハは、少々気の弱そうな宮内省宮廷後宮課(後宮の管理や運営、侍女・侍従の人事用務等を行う部署である)に勤務する30代の男であるが、その外見とは裏腹に宮廷に広大なネットワークを広げ、情報操作等を手早くやってのける男である。

 この男の父親が、もともとベーネミュンデ侯爵夫人に目を付け、さる貴族を通じて皇帝陛下に推挙奉ったのである。一時その羽振りは絶大なものであったが、その後アンネローゼの登場によりすっかり日の目を失ってしまった。憎悪に燃える父親であったが、老齢で体の動きが聞かず、やむなく息子であるベルバッハに指令を下したのだった。

 父親とベーネミュンデ侯爵夫人にとっては、ベルバッハ自身がどう思っているかは、どうでもいいことなのである。

 

 ベルバッハの策を聞き終わった一同の顔色が輝く。それは決して健全な明るさではなく、野心と憎悪とが渦巻くどす黒い炎のような色であった。もっともそれは3月だというのに冬のような寒さであるがゆえにたかれている暖炉の火と、締め切られた分厚いカーテンのせいなのかも知れなかったが。

 

「ならば、私はその膳立をすることとしようか?」

 

 先ほどから黙って皆の話を聞いていた貴族風の男が口を出した。大柄な体つきをした茶色の髪の男は一見すると武人風に見える。帝国軍服を着ていれば間違いなく軍人と思われるだろう。エルマン・フォン・ゴッドホルン子爵は今年33歳、帝国軍准将として海賊討伐に当たったこともある武人であり、他方芸術においてはいくつもの戯曲を作曲、自らもピアノを弾き演奏会を催すなど文武両道の人として知られている。また、開明派のサロンに顔を出すなど柔軟な人として知られているが、ベーネミュンデ侯爵夫人とは幼いころからの付き合いだった。

 

 彼女がシュザンナの名前だったころ、ゴッドホルン家とベーネミュンデ侯爵夫人の実家のマイントイフェル子爵家は元々遠縁の間柄で有り、仲睦まじく、家族ぐるみの付き合いがあった。たくさんのいとこ、はとこの中で、まだ人見知りをしていたシュザンナが気心を許した一番の相手が、エルマン「お兄様」であったのだ。

 アンネローゼの事となると憎悪の念をたぎらせるベーネミュンデ侯爵夫人も、ゴッドホルン子爵が来た時には、かつてのような穏やかな様相に戻り、時には明るい笑い声を立てたりした。ベーネミュンデ侯爵夫人邸に仕える使用人たちはそんな主の一面に驚き、かつ自分たちのためにもこの武人子爵の来訪を心待ちにするようになったのである。

 

「いや、結構です子爵様。わたくし一人で今のところは充分。仮に手が足りない場合はこちらからご一報差し上げます」

 

 ベルバッハが恭しく言った。

 

「そうか。よろしく頼む」

 

 子爵はうなずいた。後は細かい打ち合わせというよりも、この場を取り繕う雑談がもおよされた。最近の帝国軍の動向、演劇界の流行、皇帝陛下の御気色、宮廷でのゴシップ等が紅茶などの飲み物交じりに飛び交った。一応名目上はベーネミュンデ侯爵夫人の御機嫌伺と言うことになっていたからである。

 

「では、今日のところはこれで失礼いたします」

 

 シュライヤー少将が立ち上がり、一礼すると、ベルバッハともども去っていった。ゴッドホルン子爵だけは椅子から動かなかった。このようなことはしばしばあったから、シュライヤーもベルバッハも敢えて子爵に声をかけることをしなかった。

 

 

 廊下に出た二人は無言で玄関ホールまで歩を進めていた。シュライヤーのやや後ろをベルバッハは歩いていく。途上、ベルバッハはちらと開いている部屋の一角に視線を転じた。そこにはヴァネッサがいる。彼はかすかに点頭して見せた。ヴァネッサがうなずき返す。ベルバッハはそのまま歩を進め、無関心な様子で玄関ホールの様々な陳列品の間を通り、シュライヤー少将と共に、玄関先に待たせてあった迎えの車に乗り込んで走り去っていった。

 

 

 

 バタン、とドアが閉まると、ゴッドホルン子爵はベーネミュンデ侯爵夫人に顔を向けた。

 

「やはりそなたは皇帝陛下のご寵愛を取り戻したいのだな」

 

 一瞬憎悪の念をほとばしらせたベーネミュンデ侯爵夫人は、少女のような一途な顔に戻って、こっくりとうなずく。

 

「それほどまでにお慕い申し上げている、というわけか」

 

 平板な声だった。事実を一つ一つ確認しようというカウンセラーのような穏やかな声音だった。

 

「誰だって、初めての殿方には恋い焦がれるものですわ。お兄様。ましてそれが万人の頂点たる皇帝陛下であれば、なおさらですもの」

 

 ベーネミュンデ侯爵夫人はグレーザーが聞いたら、飛び上って信じられないと目をひん剥きそうなほどの穏やかな声を出している。

 

「そうか」

 

 ゴッドホルン子爵は少し黙っていたが、

 

「シュザンナ、一つだけ聞かせてほしい。・・・・・お前の覚悟だ」

「覚悟?」

「そうだ。あのミューゼル姉妹を駆逐するにあたってのお前の覚悟、どれほどのものなのかを、聞かせてほしい」

 

 ベーネミュンデ侯爵夫人の顔が少女からただの一人の女――恋するあまりに妄執と憎悪の念にとらわれた一人の女――に戻った。ミューゼルという言葉、アンネローゼという言葉、それらがベーネミュンデ侯爵夫人の感情のスイッチを左右してしまう。

 

 ベーネミュンデ侯爵夫人はゴッドホルン子爵を正面から見つめ、ゆっくりと言葉を吐き出した。取り立てて強くきつい調子でもなかったが、子爵がその後長い事忘れられなかった言葉である。

 

「わたくしはこの思いが全うできるのであれば、死を賜っても構わぬと思っております」

 

 

 

グリンメルスハウゼン子爵邸――。

■ アレーナ・フォン・ランディール

 対ラインハルト包囲網が形成されつつあるようね。

 今日もシュザンナ、じゃなかった、ベーネミュンデ侯爵夫人邸で「不逞な輩」が集合して会議中のご様子。盗聴器の類は、使用人たちが掃除掛けするみたいに探知機で毎日探しまくっているから、仕掛けられないと思うのが普通なのだけれど、どっこい甘いんだな。全方位探索システムつかってるならともかく、ああいう古風なところだと、探知機っていうのは所詮人力で動かして探すものなんだから、どこかしらに穴は必ずあるってわけ。前世からの知識をつかって私が作った探知機は超極小、おまけに遠隔操作で電波のオンオフまでできてしまうし、ステルス機能搭載。それでいてキャッチできる会話は全部雑音なしのクリーンなものなんだもの。

 

 まぁ、あの人の皇帝陛下に対するひたむきさもわからないではないけれど、だからといってラインハルトやアンネローゼを狙うのは、ちょっと筋が違うんじゃないかなぁ。私も前世の時に恋愛でライバルがいたりしたときなんかは、女を蹴落とすよりも自分の魅力を磨き上げて彼にアピールしまくったけれどね。引かれないようにほどほどに。

 

 それにしても、原作やOVAと違ってずいぶんベーネミュンデ侯爵夫人の周りに、人が集まっているってのはひっかかるわね。宮内省、軍属、イゼルローン要塞にまで同志がいるわけか。原作じゃそこまで書いてないからわからないけれど、油断はできないというわけか。

 

 謀略にかけてはこっちも負けてはいられないわ。ラインハルトを守るために全力を尽くすけれど「獅子は我が子を千尋の谷に突き落とす」なんていうことわざもあるし、あまり過保護にするとラインハルト育たないし。ほどほどにやっておきましょうか。

 

 そんなことをぼ~っと考えていたらグリンメルスハウゼン子爵爺様とエステルが姿を現した。エステルは士官学校を卒業してオーディン軍務省で内勤しているの。階級は中尉。まぁまぁね。内気なところは相変わらずだけれど、ああ見えて猛訓練を受けているし、私も時折手ほどきしてあげたし。大丈夫でしょ。

 

「お姉様、ご無沙汰しています」

 

 エステルは貴族令嬢風の挨拶をしようとして、慌てて敬礼をした。あ、いや、今はさ、休暇中なんだから別にいいと思うけれど。ま~でも休暇中と言ってもエステルは軍服姿だからね(一応帝国軍女性士官服装はスカートなのだけれど。)。

 

 勝手知ったるなんとやら。私はなれた手つきでグリンメルスハウゼン子爵爺様とエステルにお茶をいれてやった。

 

「調子、どう?」

 

 湯気の立ち上るカップをグリンメルスハウゼン子爵爺様とエステルに渡しながら聞いてみる。

 

「ええ、おかげさまで皆様に教えていただきながらなんとかやっておりますわ」

「儂としては一日も早く宇宙艦隊か陸戦隊の方に行ってほしかったのじゃが、何しろこれの運動神経がのう・・・・」

 

 エステルの白い項が赤く染まる。いや、爺様、私やイルーナたちがチートすぎるだけで、ちょっと前までのフツ~の貴族お嬢様がいきなり陸戦隊や宇宙艦隊の戦闘艦に勤務できるとも思えませんが・・・・。でもね、エステルの実技の等級試験の成績は1級。普通の平均は2級そこそこだから、意外といい方に数えられるのよ。

 

「大丈夫よエステル。最初っから何でもできる人なんて天才くらいしかいないんだから。爺様もそんなにエステルをいじめないでくださいよ」

「ほっほっほ、いじめておるつもりではないのじゃがなぁ」

 

 どうだか。どうもグリンメルスハウゼン子爵爺様については、この私でさえいまだに性格を把握できていないという事実。奥歯に物が挟まるような感覚なのよね。

 私がお茶を入れなおそうとしたとき、グリンメルスハウゼン子爵爺様が、エステルにお茶とお菓子を持ってくるように言いつけた。おやおや、何かまたお話があるのかしらね?エステルが部屋から出ていくと、

 

「それよりもどうかのう。ちと周りが騒々しく、きな臭くなってきておるようじゃが」

「はい。例のB夫人を中心に、『対ラインハルト戦線及び対私の友達イルーナ戦線』が構築中ですよ、おじいさま」

「それはまた物騒なことじゃのう。嫉妬という火の粉が飛び散ると、ろくなことにならんと決まっておるでなぁ・・・」

 

 前世じゃ私も常々部下たちに言っていたけれど、女の嫉妬ってのは怖いものだって相場が決まってるのよね、特にそれが地位権力のある女だと余計に。

 

「して、どうするのかな?」

「どうもしません。今のところ様子見です。ちょろちょろとネズミみたいに動き回る癖に、肝心な時は尻尾一つ出さないんですから。よほど逃げ隠れが好き上手なネズミたちだと見えますね」

「ほっほっほ、それはそれは苦労なことじゃのう」

 

 グリンメルスハウゼン子爵爺様はこっくりこっくりと気持ちよさそうに昼寝を始めた。そんな爺様の寝顔(?)を見ながら私は心の中で呟く。

 ええ、苦労ですとも。でも、私にとってはスリル満点、アドレナリン沸騰中。面白いことになりそうだもの。だからこそ、ここに転生した甲斐があったわけだしね。

 

 ベーネミュンデ侯爵夫人。皇帝陛下の寵愛を取り戻そうとするあなたの姿には心は動かされるわ。でもね、悪いけれど、あなたがラインハルトを、キルヒアイスを、アンネローゼを、そして私の親友のイルーナを狙う限りは、全力であなたを叩き潰すわよ。

 



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第三十二話 帝国軍は敵地に大切なものを忘れていきました

帝国歴484年4月16日――。

 

 帝国歴484年3月、ヘーシュリッヒ・エンチェンでの単独任務に成功したラインハルト表向き17歳の誕生日の祝いということで大佐に昇進し、新たに戦艦シャルンホルストの艦長になった。

 

 この戦艦シャルンホルストは艦形こそ標準戦艦艦首を前傾にしてややスマートにしたような形でしかないが、その性能は高速戦艦に匹敵する速度と巡航艦並の巡航能力を有し、さらにワルキューレ搭載数は28機と他の戦艦の倍以上である。さらに電子システムは最新鋭の物を搭載しており、通信、索敵能力については艦隊旗艦並の能力を有している。

 

 艦自体は帝国の所有物だが、普通大将以上でないと個人の旗艦は与えられない。それ以下の者については、せいぜいのところ標準型戦艦が回されるのでよしとしなければならないのだ。通常の標準戦艦を与えられなかったことに、ラインハルトに対する皇帝の寵愛だという声もなくはなかった。だが当人は全くそのようなことを気にしていない。

 

 この時期OVAではラインハルトは本来憲兵隊出向扱いであるが、アレーナが四方八方に手をまわして、ラインハルトをイゼルローン要塞にいるように仕向けていた。また、例の幼年学校の事件のフラグをカロリーネ皇女殿下がへし折っていたので、そのような事件はおこらなかったのである。

 

 そのラインハルトがイゼルローン要塞にいるレンネンカンプ准将に呼ばれたのは、4月半ばの事だった。

 

「閣下、ご昇進おめでとうございます」

 

 開口一番ラインハルトは挨拶した。おべっかではない。レンネンカンプは数ある幹部の中でもラインハルトを公平に扱ってくれている数少ない人物であり、能力も低くはない。そのような者に対してはラインハルトは率直な態度でいられるのだ。

 

「いや、卿の先日の功績のおかげだ。私は何もしておらんよ」

 

 謙遜ではなかった。本人は心からそう思っているらしい。照れ臭くなったのか、ごまかすように咳払いしたレンネンカンプは、ラインハルトに一つの話を切り出した。前回のヘーシュリッヒ・エンチェンの単独任務の成功を知った上層部のある人物が、極秘裏にラインハルトに任務を依頼したいというのである。

 

「前回同様特務事項であるから、宣誓書にまたサインしてもらわなくてはならないし、拒否権もある。どうかね?」

 

 前回同様、乗組員の構成も変わり、まだ忠誠心も掌握できていない状況だったが、ラインハルトはためらわずにサインした。

 

「うむ。ではついてきたまえ」

 

 レンネンカンプは宣誓書を受け取ると、執務室を出ていく。どこか別の部屋で説明があるのかとラインハルトも後を追った。

 レンネンカンプとラインハルトが入ってきたのは、要塞内の会議室の一つであった。すでに十人ほどの人間が中にいたが、皆佐官クラスである。だが、異色の人間もいた。驚いたことにそこには技術部門のシャフト大将もいたのである。技術部門のトップが、しかも上級将官が、佐官クラスの会議に出席しているなど普通はありえない。

 

(どういうことだ?どうして此奴が・・・・。)

 

 ラインハルトは不信を覚えながらも、指定された席に着いた。

 

「しばらくぶりね、ラインハルト」

 

 声をかけられて隣を見たラインハルトはそこにイルーナ・フォン・ヴァンクラフトの姿を見て目を見張った。

 

「イルーナ姉上もご壮健で――」

 

 その時、シャフトの傍らにいた人間が立ち上がって注意を集めた。

 

「卿らには多忙の中集まってもらい、恐縮だ。私は作戦第二課の課長ヴェーデン少将だ。こちらにいらっしゃるのはシャフト技術大将閣下である」

 

 不審そうな目を向けているのは、ラインハルトだけではないらしい。

 

「そう、なぜシャフト技術大将閣下がここにいらっしゃるかということについては、卿らの疑問とするところであろう。それについては閣下自らが説明したいとのご意向のためだ。では、閣下お願い致します」

 

 ヴェーデンから水を向けられたシャフトが立ち上がった。

 

「卿らには既に宣誓署名をしてもらったが、これから話すことは一切他言無用。特一級の軍事機密条項である。よろしいか?」

 

 高圧的な口調だったが、当人は怖いくらい真剣である。皆はうなずいた。

 

「先年、エル・ファシル星域で帝国が反乱軍と会戦し、いったんはエル・ファシルを奪取したことは承知の事であろう。そして、反乱軍に再び奪還されたことも」

「・・・・・・・」

「その過程において、帝国はエル・ファシルから採掘されるレアメタルを使用してある最新鋭戦艦を建造していたのだ。エル・ファシル星域にある極秘の基地においてだ」

「・・・・・・・」

「ところが、エル・ファシル星域が奪還されたことにより、その最新鋭艦が敵中に放置されてしまったのだ。ここまで話せば明敏な卿らのことだ、私が何を言わんとしているか、わかるだろう?」

(なるほど、その最新鋭艦とやらを奪還することが今回の任務というわけか、しかし・・・・)

 

 ラインハルトは手を上げた。

 

「質問をよろしいでしょうか?」

 

 シャフトがじろとラインハルトを見た。

 

「何か?」

「今回の作戦は隠密行動が前提になると愚考いたしますが、ここにいらっしゃる方々は小官を含め、全員艦の艦長です。数艦単位の行動をせよとそうおっしゃるのですか?敵に発見されるリスクは、大きいと思いますが」

「今回の件は是が非でも最新鋭艦を奪還してほしいということである。私が言いたいのはそれだけだ。具体的な作戦行動・立案についてはヴェーデン少将と協議してほしい」

(なんというやつだ。こいつも他の将官同様、命令するだけして後は実働部隊任せということか)

 

 ラインハルトはあきれたが、それ以上何も言わずに引き下がった。

 そのヴェーデン少将も頼りにならなかった。目的地地点とパスコード、施設の概要等を説明しただけで、具体的な作戦は各艦で決めるか、もしくは艦長同士で協議して決めろと言い残して姿を消したのである。

 

 残された10人ほどの艦長は憤懣やるかたない様子だった。だが、ラインハルトはその中に今まで接してきた旧知の人を何人か見ていたのである。

 イルーナ・フォン・ヴァンクラフトは当然のこととして、あのハルトマン・ベルトラムが少佐としてここに来ていたのだ。聞けば今もあのアデナウアー艦長のもとにいると言い、彼は中佐として巡航艦の艦長になっていると言った。例のハーメルン・ツヴァイが先日の哨戒戦闘で大破してしまって使えなくなったため、代わりに新しい巡航艦が与えられ、アデナウアー艦長は中佐に昇進していた。そしてハーメルン・ツヴァイの乗組員はそっくりそのまま新しい巡航艦に移乗したというわけだ。

 

「あの時は卿に迷惑をかけたな。・・・おっと、今は卿は大佐殿だ。失礼いたしましたな」

「いや、そんなことは・・・・」

 

 ラインハルトは当惑そうに口ごもった。ベルトラムにはあの時の憎悪に満ちた色は微塵もない。彼は彼なりに反省し、今まで壮健でやってきたということなのだろう。

 

「時に、艦長はご壮健か?」

「あぁ。相変わらず俺に艦の指揮を任せているが、よく下級兵士たちと会話しているよ。それにいざというときや俺の不在には自分で艦の指揮を買って出ている。あの人も変わったよ。卿に出会ってからな。ザイデル兄弟も皆も相変わらず元気だ。今は艦長は折あしく精密検査でな。俺が代わりに来た。・・・なに、心配するな」

 

 ラインハルトの顔色を見て取ったベルトラムが捕捉してくれた。

 

「あの時の古傷について定期的に見てもらう必要があるというだけだよ」

 

 そこにイルーナ・フォン・ヴァンクラフトがやってきた。ラインハルトはベルトラムに彼女を紹介した。ベルトラムもしっかりした彼女の態度に好感を持ったらしい。二人はすぐに打ち解けたようだった。

 周りを見まわすと、他の艦長たちも三々五々話をし始めている。ある者は不安そうに、ある者は憤りを隠さずに、ある者は当惑そうに考え込んで。

 

 これで本当に大丈夫なのだろうかと、ラインハルトは思った。

 

「ところで、今回の作戦、卿らはどうする?」

 

 ベルトラムが話しかけてきた。

 

「残念だが、足手まといの艦を連れていけば、リスクが大きいと思わざるを得ない。かといって単独任務で行けるかと言われれば・・・・」

「それは無謀だと言わざるを得ないわね。遭難すればそこで終わりなのだから」

 

 イルーナが言う。ラインハルトも同感だった。

 前回の際には巡航艦ヘーシュリッヒ・エンチェンは単独任務で潜入したものの、満身創痍となり、約1か月間ドックにて補修を行わなくてはならないほどだった。今回の行程は前回よりもさらに同盟領内に侵入することになるため、先の単独任務よりも長期間・長距離になるだろう。

 

「数艦単位で任務を実行するのがいいかと思う。だが、他人同士ではなく、できれば気心の知れた人間同士で組みたいものだ」

 

 ラインハルトの言葉にベルトラムがうなずく。

 

「俺もそう思っていた。・・・・卿には到底かないそうにないが、俺ではだめだろうか」

 

 ラインハルトは周りを見まわした。イルーナ・フォン・ヴァンクラフトとベルトラムを除けば、他の艦の艦長はどれも知らない顔ばかりで、その力量は不明だ。

 

「お願いする」

「ありがとう。こちらこそよろしく頼む」

「よろしくお願いするわね」

 

 3人はうなずき合った。

 

 今回のラインハルトのシャルンホルストの艦の副長はレイン・フェリルであり、キルヒアイスは航海長として乗り組んでいた。レイン・フェリルもまた、ラインハルトの志を助ける転生者であった。彼女が自己紹介の際に「フィオーナさんやイルーナさんからよく話を聞かされています。私にも協力させてください。」と率直に話し、好感を持って受け入れられたのであった。

 

 レイン・フェリルは赤い長い髪をまっすぐに伸ばし、美しく澄んだ青い瞳を持つ知的な顔立ちの女性である。いつも物静かで、窓際に座って、陽光と春風を浴びながら読書をする姿が似合うなどとよく言われている。

 彼女ば、あの第五次イゼルローン要塞攻略作戦に置いて、ヴァルテンベルク大将に並行追撃の危険性を指摘した幕僚だった。だが、それはあっさりと一蹴されてしまい、その後彼女はその先見性を認められつつも、不遇の境地にいたのである。

 だが、イルーナ・フォン・ヴァンクラフトの巡航艦の副長になってから、彼女の立場は明確なものとなった。すなわちラインハルト陣営の一人として戦うこととなったのである。

 なお、彼女は前世に置いても正規軍少将として参謀の立場にいた人なので、人を補佐する立場はよく経験していてそつがなかった。

 

 そのレイン・フェリルが指揮を執り、シャルンホルストの出航準備が整ったのは、翌日の事である。既にイルーナの艦もアデナウアー艦長の艦も、出発準備を完了していて、イゼルローン要塞の外縁部で待機しているはずだった。表向き、今回の特務に従事する者は全員訓練航海に出ると触れ込まれている。

 

 

「艦内オールグリーン、発進準備、完了しました」

 

 レイン・フェリルは長い赤い髪をなびかせて振り返った。

 

「出航許可を要塞司令部に」

 

 ラインハルトが艦長席に座ったまま指示する。

 

「・・・・要塞司令部より入電『貴艦ノ出航ヲ許可スル』とのことです」

「艦を発進させよ」

「了解しました。シャルンホルスト、発艦」

 

 キルヒアイスが復唱し、それを操舵士が復唱し、シャルンホルストはゆっくりと動き出した。

要塞内部の景色が後方に動き出す。

 こうしてシャルンホルストは、前回のヘーシュリッヒ・エンチェンの単独任務に負けず劣らず困難な長距離航海に乗り出すことになったのである。

 ほどなくしてシャルンホルストは外周に待機していた巡航艦ザイドリッツ・ドライと戦艦ビスマルク・ツヴァイが加わった。アデナウアー艦長の指揮する艦と、イルーナ・フォン・ヴァンクラフトの指揮する艦である。

 そして、ラインハルトのシャルンホルストにイルーナとアデナウアー艦長、そしてベルトラム少佐が乗り込んできた。これから戦略会議を開くのである。

 

 アデナウアー艦長は、まずラインハルトとキルヒアイスとに一別以来の久闊を嬉しそうに叙した。

 

「やぁ。二人とも。また大きくなったなぁ」

 

 それはラインハルトとキルヒアイスを子ども扱いしているのではなく、まるで久方ぶりにあった息子に対する父親のような感慨深い顔だった。

 

「艦長も、ご壮健で何よりです」

 

 ラインハルトもキルヒアイスも口々にそう言った。

 

「いや、私などはもう役に立たんよ。古傷が時折痛むくらいだからな。この航海が終わったら、私はベルトラム少佐に艦を任せて退役しようと思っている」

「艦長が?いや、しかし――」

 

 まだやれるではないですか、とラインハルトは言いたかったが、艦長の顔を見て黙った。口には出さないが、艦長の身体は壮健とは言えないようだと感じたのである。

 ともあれ、話している時間をそこそこに、すぐに一同は戦略会議室に入って検討を始めた。

 

「ここからエル・ファシルまでは回廊を通過し、回廊付近の小惑星帯を通過して、直線で行ける距離だ」

 

 先任はイルーナであったのだが、彼女はラインハルトに指揮をゆだねた。彼女たちの戦略方針からすれば、当然のことである。ラインハルトは一諾し、議長となって指揮を執ることとなった。彼はそう前置きして、

 

「だが、回廊出口には間違いなく同盟軍警備艦隊が展開しているだろう」

「それについては、大丈夫だと思うわ」

 

 イルーナが口を開いた。

 

「イゼルローン要塞から1000隻単位の艦隊が出撃していくのをこの目で見ました。おそらく回廊出口付近にて小規模戦闘にはいる予定だと思うの。それに紛れて侵入すれば問題はないと思うわ」

 

 前回のヘーシュリッヒ・エンチェンのとった行動をそのまま繰り返すのであるが、戦闘行動中は各艦とも目の前の敵に専念しがちだ。その間隙をぬって突入するのが最もいいだろう。

 

「同盟の警備艦隊の数は帝国と同じということであればだいたい1000隻程度。敵艦隊が出現すれば、当然同盟側も増援を繰り出して、対応しようとするだろう。穴が開くな」

 

 と、ベルトラムもうなずく。

 

「そのすきに、こちらは穴を突破して同盟領に侵入する。問題はエル・ファシル星域に入ってからの事だが、こればかりは向こうの警備部隊の数、展開などの様相がわからない以上、ここで議論していても始まらないだろう」

 

 と、ラインハルト。

 

「それはそうですが、少なくとも基本方針はお決めになった方がよろしいのではないでしょうか?」

 

 レイン・フェリルが提案した。

 

「フロイレイン・レインの言うことはもっともだ。まず、確認しておくが・・・・」

 

 ラインハルトは出席者を見まわした。

 

「今回の我々には時間がないということだ。いつ最新鋭艦が敵に発見されるかわからない状況であり、かつ、敵の領内に長くとどまることほど危険なことはない。隠密行動をして時間を食うのは割に合わない。そこで、できる限り火急的速やかに最短距離を通って、接近し、目的地にたどり着く。これを基本方針とする」

 

 一同はうなずいた。

 

■ 巡航艦ザイドリッツ・ドライに戻るシャトルにて

■ アデナウアー艦長

 いや、ラインハルトとキルヒアイスはまた随分と大きくなったものだ。二人を見ているとまるで自分の息子と接しているような気持になる。これはいささか感傷的であったかな。

 残念ながら、私自身はこのような作戦に従事できる器量も体力もない。にもかかわらず、特務を受けてしまったのは、ここまで本艦がそこそこの武勲を建ててきたためだ。だが、それは私の力ではなく、ベルトラム少佐や艦の乗組員みんなの力によるものだ。乗組員たちは張り切っているが、今回の任務は今までの戦闘とはまた色が違うものだ。

 果たして本艦が無事に戻れるか・・・・はなはだ不安なところではある。それに、私自身あまり健康に自信がなくなってきた。ラインハルトは艦長もご壮健でなどと言っておったが、なに、自分の身体は自分が一番よく知っておるのだよ。

 これが私の最後の任務となるだろう。最新鋭艦というが、私にとってはそのようなものはどうでもいい。帝国が重要視すべき最も価値のある一番のものは、ほかならぬ人の命なのだ。兵士、民間人、女、子供、老人、すべての命なのだ。そう、そして今ここにきている乗組員たちも。

 私の命に代えても全員無事に送り返したい。大神オーディンよ、どうか力を与えたまえ。

 

 

 

 

 3艦は隊列を整え、単縦陣形を取って一路同盟領エル・ファシルを目指して旅立っていった。

 

 

 自由惑星同盟 統合作戦本部――

■ シャロン・イーリス大佐

 前回のヘーシュリッヒ・エンチェンの単独航海の際に、私が前線に不在だったのは、痛かったわ。ハーメルン・ツヴァイの時の様に、自ら指揮を取れればともかく、何の関係もない後方からの、しかも一介の大佐からの指示を前線部隊が聞くはずもない。

 

 そんなわけで、ヘーシュリッヒ・エンチェンの撃沈は断念したけれど、今回はそうはいかないわよ。

 

 改革が始まった頃、私はブラッドレー大将に一つの策を献策したわ。自由惑星同盟の情報部員をイゼルローン要塞に潜入させ、情報収集に当たらせるようにすべき、と。過去今までそれを試みなかったわけではないのだけれど、之と言った成果が出てこないのは、要塞の厳重な警備のため。

 だから私は定時連絡をシャットアウトさせ、来るべき時のために、情報連絡手段のみを確保させて、潜入させるように言ったの。つまりは、普段は全くのただの兵士に過ぎないわけだわ。

 ブラッドレー大将はどちらかというとそういう影の策を好まない方だけれど、最終的には承知してくれた。わかっているわ、聡明な方であっても向き不向きがあるというのは。けれど、曲がりなりにも私の策を承知してくれたのだから良しとしましょう。

 

 先年エル・ファシル星域の会戦の際、拿捕した残存艦隊に、偶然ある技術士官が乗り込んでいた。型どおり尋問が行われる中で、どうやら帝国がエル・ファシル星域に秘密基地を築き上げているとの情報を白状していたの。

 でも、それは欺瞞だった。白状したいくつかの基地は既にもぬけの殻。誰もいなかった至難の痕跡もなかったわ。事前に察知して撤収したというわけね。

 

 ここまではいいとしましょう。問題はそこからよ。

 

 イゼルローン要塞に潜入させている同盟軍情報部の一人が独断で通信してきたの。けれど、その判断はこの場合是とすべきだわ。もっともその情報部員はすぐ後で処刑されてしまったらしく、通信は一切できなくなったけれど。

 彼によれば、10隻ほどの艦艇が演習のためと称して同盟領内方面へ出航したとのこと。完全ではないにしろ、編成リストを添付してきていたわ。普通ならば何の問題もないでしょう。ところが、ほぼ同時期に1,000隻の哨戒艦隊が出発しているという情報も彼が報告してきたのよ。これは戦闘を想定した集団ね。

 

 おかしいでしょう?演習であれば非戦闘区域を選ぶのが普通なのに、なぜ戦闘艦隊と同時刻に、それも同じ方面に出発するのか。

 

 何かあるに違いないわ。同盟側に。そして少数の編成ということは、ヘーシュリッヒ・エンチェン同様潜入するとのこと。すなわち、この同盟領内に。そして、先年の技術士官の証言が私の中で結びついた。

 

 すなわち、エル・ファシル星域には、まだ未発見の敵の基地があり、何か重要なものを置き忘れていたということなのだと。

 

 それだけなら私は動かなかったかもしれない。だけれど、情報部員が最後にもたらした艦隊の編成リストを見て私の気が変わった。口の端に笑みが浮かぶ。

 

 ラインハルト・フォン・ミューゼル大佐、そしてイルーナ・フォン・ヴァンクラフト大佐の名前が出ていたから。やはり予測通りイルーナは帝国に生まれていたか。好機だわ。

 

 見ていなさい、二人とも。ハーメルン・ツヴァイの時は失敗したけれど、今度こそ地獄に叩き落としてあげる。

 



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