トゥルーフォームの目撃者 (瀬戸 暁斗)
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入学編
No1ヒーロー


 世界人口の約8割が何らかの特異体質——「個性」を持つ超人社会となった現在、誰もが一度は憧れた「ヒーロー」という職業が脚光を浴びていた。

 これは憧れのNo1ヒーロー、オールマイトの真の姿を見てしまったことから始まる、俺が最高のヒーローを目指す物語だ。

 

 ⬛︎ ⬛︎ ⬛︎

 

「何かいいオーラのやついねぇかなぁ」

 

 俺の趣味は街歩き。受験を控えた中学生にしては変な趣味だとは思うが、それは俺の個性に由来する。

 俺の個性は、オーラ。人や物に流れる気のような物を見たり、操ったりできる個性だ。ただし、他人のオーラは操るのに時間がかかることと、オーラは魂と直結しているようで、使い過ぎると死にかけることが難点だ。実際、個性が発現したての時に瀕死の状態で病院に担ぎ込まれた。

 オーラは人によって色や大きさ、雰囲気が違う。だから、人の多い街でいろいろなオーラを見るのはけっこう楽しかったりする。

 今日も今日とて学校帰りに適当な街で電車を降りて、スマホ片手に街歩きをしていると——

 

「ヒーローは何をしてるんだ」

 

 聞こえてきたのはそんな人々の騒ぐ声と爆発音。

 

「何が起こってるんですか?」

 

(ヴィラン)に中学生が捕まってるんだ」

 

「こんな所に……うぉっ!」

 

 野次馬に押されて、俺は意図せずして最前列へと飛び出した。

 そこで俺が見たのはベトベトの敵のねちっこいオーラ、抵抗して爆発を繰り返している中学生の攻撃的だがとても大きいオーラ、そしてそこに突っ込んできた中学生のあまりに小さく弱々しいオーラだ。

 

「無茶だ! あんなオーラで!」

 

 勝てるわけがない。ヒーローでさえ動けないのに。この状況を打破できるのは、トップヒーローくらい。オールマイトくらいの人じゃないと……

 

「って、オールマイトォォ!!」

 

 目の前に突如現れたのは、押しも押されもしないNo1ヒーロー、平和の象徴オールマイトだった。

 

「DETROIT SMASH!!」

 

 彼の一撃は敵を吹き飛ばし、天気をも変えた。流石と言うべきか、人並外れたと言うべき力は唯一無二、オールマイトにしかできない芸当だろう。

 ん? ちょっと待てよ。さっきオールマイト、

 

どこから現れた? 

 

 ⬛︎ ⬛︎ ⬛︎

 

 騒動も収まり、人がだんだん掃けていく。俺も現場を離れ、なおもあてもなく歩いていた。すると、遠くの方に見えたのはさっき見た中学生2人のオーラ。

 彼らはすぐに別れ、オーラの小さい天然パーマの中学生の方がその場に残っていた。

 

「ここにいてもしゃあねぇし、今日のところはそろそろ帰りますか」

 

 駅の方に向かって帰ろうとした時、俺は見てしまった。あの巨大なオーラを。オールマイトの姿を。

 

「オールマイトじゃん! 何でここに……って、さっき敵と戦ってたからか。それより、何かサインもらえるもんないかな……」

 

 リュックサックを漁りノートを取り出して顔を上げると、先程までオールマイトがいた位置には、蒸気を上げて立つ痩せこけた男が立っていた。

 

「はぁ?」

 

 思わず気の抜けた声が出てしまった。幸いにも彼らの死角にすぐに入ったため、俺の存在は気づかれていないだろう。それよりさっきの男は何だ。誰なんだ。心の中で質問を繰り返す。

 だが、俺は気づいてしまっていた。認めたくはないが、オールマイトのオーラとあの男のオーラが本質的に同じだということを。

 

「マジかよ……。オールマイトが、本当はあんな姿だったとは……」

 

 おそらく、今日のことは一生忘れることはない。小さい頃から憧れた、No1ヒーローの真の姿を。




主人公の名前ですが、次の話で発表します。


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ドキドキワクワク入学試験

 オールマイトの真の姿を見てから、俺は街歩きをやめた。空いた時間は体を鍛えたり、猛勉強をして自分を追い込んだ。

 全ては雄英高校のヒーロー科に入るため、そしてヒーローとしてオールマイトに会うためだ。

 今までヒーローになると友人達には冗談ぽく言ってきた。俺もそれほど真剣に目指してた訳じゃなかったし、それを真面目に信じていたやつもいなかった。

 だが、今は違う。生まれて初めてと言っても過言ではないほどの努力を重ねて10ヶ月。ついに雄英の入試日がやってきた。

 

「じゃあ、行ってくるよ。父さん」

 

「いってらっしゃい。気をつけてな。受験頑張れよ、奥弥(おくや)

 

 家から自転車、地下鉄に乗ってたどり着いた雄英高校。流石最高峰の学校なだけあって受験生の数が半端じゃない。

 その中でも一際目立っていたのは、こけそうになって宙に浮く天然パーマだった。

 

「あいつはあの時の弱オーラ……。あんなやつがここ受験しても通らないだろ」

 

 まぁ、俺の予想は終わってみないとわからないし、今は自分のことだけに集中っと。

 

 ⬛︎ ⬛︎ ⬛︎

 

 プレゼント・マイクのテンション爆上げ試験概要が終わり、やってきたのは演習会場。ジャージに着替えて周りを見ると、見知った顔は1人もいない。

 

「爆発ヘドロも弱オーラも別会場かよ。面白くねぇな」

 

 ただ、何人かいいオーラを持っているのがわかる。これはこれでアリかなとか考えてながら歩いていると、軽い衝撃を足に感じた。

 見ると、受験生とは思えないほど小さな少年が俺を見上げて立っていた。

 

「何すんだよ!」

 

「悪い。見えなかった」

 

 こういう時は正直に謝っておくのが吉とみた。

 もはや癖となったオーラの分析をすると、オーラ自体はそれほど大きくない事がわかる。頭に付いているボールみたいなのが個性に関係あるのだろう。

 

「マジでごめんな。お互い試験頑張——」

 

『ハイ、スタートー!!』

 

「あ?」

 

 突然のスタートコールで場が一瞬固まった。

 

『実戦じゃカウントなんざねえんだよ!! 賽は投げられてんぞ!?』

 

 これを聞いて一斉に走り出す受験生達。もちろん俺もその流れに乗ってスタートダッシュを決める。

 

「いきなりかよって、これがヒーローになる前提での試験なら当たり前か」

 

 そう、これは決して理不尽なんかじゃない。将来を見据えての合理的な判断だ。

 走りながら目を凝らす。人とは異なる仮想敵のオーラを確認し、全力で突っ込む。

 

「ここだぁぁ!!」

 

 人でも物でも、オーラを見ればどこが弱点か見定める事ができる。後は、そこにオーラで強化した拳なり武器なりを叩き込めばいいだけだ。

 俺の蹴りはうまく仮想敵に入り、その機能を停止させた。

 

「よし、これで1ポイントだ」

 

 この調子で俺はポイントを1ポイントずつ、たまに2ポイント獲得してどんどんスコアを伸ばしていった。

 試験開始からどれだけの時間が経っただろうか。突如会場全体から地響きが聞こえてきた。

 

「やっと出てきたかよ、0ポイント」

 

 ひと目その姿を見てみようと音源の方へ向かって行くと、そこには立ち向かうのもバカバカしくなるほどに巨大なロボットがそびえ立っていた。

 

「おいおい、ちょっと待てって! デカすぎじゃねぇか!」

 

 呆気にとられた俺の横を、次々と受験生達が逃げていく。俺も逃げるべきかどうかと迷ってていると、逃げる受験生を誘導しているサイドテールの少女が視界に入ってきた。

 

「おーい。あんたは逃げないのか?」

 

「私はもうポイント稼いだからね。他の子を逃してあげないと」

 

「すごいヒーローらしい心がけじゃん。って、あいつは……」

 

 すぐ近くで倒れていたのは、スタート前にぶつかったボール頭。腰が抜けたようで、動けないでいるようだ。

 

「大丈夫かよ、お前。さっさと逃げるぞ」

 

 彼を担ぎ上げ、他に逃げ遅れた受験生がいないか確認してからこの場を離れるべく少女と共に走った。

 しかし、走り出してすぐに担がれている少年が何か叫び出した。

 

「待て待てこっちじゃない!」

 

「何がだよ!」

 

「オイラさっきまでこの辺にいたから知ってるんだ。この先、行き止まりだぁ!」

 

 彼の言う通り、壁に囲まれた袋小路に迷い込んだ。前には壁、後ろからは超巨大ロボット。絶体絶命とはこのことか。

 

「今俺達が取れる策は壁を打ち破るか、あの敵をぶっ壊すか。でも、ヒーローを目指す上で建造物の過剰な破壊はやめとくべきだよな」

 

「じゃあもうあれにやられるしかないじゃんかよぉ!!」

 

「策なら今から考える! だから、お前らの名前と個性を教えろ」

 

 速やかな状況判断と作戦の立案。頭を使って戦うのは俺の得意分野だ。

 ただ、この2人がそれを実行できるかにかかっている。

 名前を聞いたのは指示を出しやすくするため、個性を聞いたのは作戦の幅を広げるためだ。

 

「私は拳藤一佳。個性で手が大きくできる」

 

「よし、それで力とかは上がったりするのか?」

 

「大きくなった手を振り回さないといけないから、人よりはパワーはあると思うよ」

 

「OK、十分だ。次はお前な」

 

「オイラは峰田実。個性は……超くっつく」

 

 頭のボールをもぎり、壁にくっつけてそう言った。

 

「モギったそばから生えてくるけど、モギりすぎると血が出る。オイラ自身にはくっつかずにプニプニ跳ねる」

 

「「……」」

 

「オイラの個性はバリバリ戦闘に不向きなんだよぉおお!!」

 

「じゃあどうやって仮想敵倒してきたんだよ?」

 

「行動不能にだけすりゃあいいから、地面にひっつくトラップ作ったり、敵同士をくっつけた」

 

「それをしたらいいんじゃねぇか。あのデカブツにも」

 

 何とか活路が見えてきた。こいつらとなら、あの敵にも勝てるぞ。

 

「さて、策を伝える」

 

 ⬛︎ ⬛︎ ⬛︎

 

「うわぁあああ!! 無茶すぎるだろ!! オイラが何でこんな目に合わなきゃいけないんだよぉお!!」

 

 峰田は巨大なロボットの足元を走り回っていた。頭をモギりながら。

 彼の役目はロボットの足を止めること。ロボットの動きさえ止まれば、俺にとってはこの敵もサイズが違うだけで弱点もろ見えで倒せる余地はある。

 

「さあ拳藤。俺を投げ飛ばしてくれ」

 

「本当にそんなことできるの?」

 

「できるさ。いつもよりパワーは上がってるはずだぜ」

 

 俺が拳藤に施した処置は、オーラの活性化。峰田が動いている間に充分俺を投げられるだけの力が出るように、一時的だが能力を解放させた。

 

「いくよ。ハァァァァ!!」

 

 人を包めるほど大きくなった拳藤の手で投げられた俺は、風圧に耐えながら敵の頭までたどり着いた。

 

「よっと。スクラップにしにきたぞ、デカブツ。大人しくぶっ壊されとけや!」

 

 俺は地上から持ってきた鉄パイプにオーラを纏わせ、敵の首辺りにあった弱点に突き刺した。

 電気系統が壊れたロボットは、首を垂れて体勢を崩していった。

 

「わっ! やばいって! 落ちる!」

 

 流石にこの高さから落ちれば、いくらオーラで強化しても無傷では済まないだろう。やったことないからわからないけど。

 

「頼む! 峰田!」

 

 峰田に頼んでいた役目はもう一つ。俺が生還するための策だ。

 彼の個性「もぎもぎ」で作れる粘着力のあるボールには、結構な弾力性もあった。それをクッションがわりにすれば良いっていう寸法なのだが……。

 

「あれ? 落ちる位置ちょっと危なくない?」

 

 俺の体が落ちていく先にはもぎもぎボールがあるにはあるが、全身入るかは微妙な感じだ。運が悪ければ足だけひっついて、頭を打って大怪我だ。さて、その運命やいかに——

 

 ⬛︎ ⬛︎ ⬛︎

 

「——っぶねぇ──!!」

 

 ギリギリだった。あと体ひとつ分ずれていれば全身大怪我の病院送りになっていただろう。

 

「ヒヤヒヤしたー。いつぶりだよこんなの」

 

「それよりよかったの? あれ0ポイントだったけど」

 

「いいだろ。合格圏内入ってるよ。どうする? まだポイント稼ぎに行くか?」

 

 敵を倒してホッとしたのも束の間、

 

『終了ー!!』

 

 終了の合図が鳴り響いた。

 俺はボールにくっついたジャージを脱ぎ、Tシャツ姿で立ち上がる。

 

「お互い合格してたらいいな」

 

「そういえば、あんたの名前は?」

 

「まだ言ってなかったっけ」

 

 そうか、策を考えるのに頭を回しすぎて自分の名前すら言ってなかったんだな。

 

「俺は気拉(きら)奥弥。最高のヒーローになる男だ!」




オーラは、漢字で「奥拉」って書くみたいですよ。


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気拉奥弥:オリジン

 試験から一週間後、俺は趣味の街歩きを再開するでもなくただただ自堕落な生活を送っていた。起きたのも昼前。誰もいない家で1人、郵便物を漁っていると出てきたのは雄英から送られてきていた一通の封筒。

 

「おぉ。雄英から……。この中に合否が書いてあるんだよな……」

 

 とりあえず、父さんが帰ってくる夕方まで待って開けてみよう。

 

 ⬛︎ ⬛︎ ⬛︎

 

「雄英から手紙届いたって!?」

 

「父さん、そんなに慌てなくても結果は変わらないよ」

 

 俺以上に緊張している父さんを傍目に、俺は封筒を開封した。

 中から出てきたのは、書類と小さな機械。機械の使い方がわからず、少しいじっていると……

 

『私が投影された!!』

 

 現れたのはドアップのオールマイトの映像。相変わらず画風が違う気がするが、今更だ。

 

『いきなりなぜ私なのかって? 実は今年から雄英で勤めることになったんだ。HAHAHAHA!!』

 

「雄英にオールマイトが!?」

 

 やばい。No1の元で勉強できるなんて思ってもみなかった。最高だ。

 

『おっと、巻きでという校長の指示だから早速本題だ。まずは筆記試験。これはトップ10に入り込む文句なしの合格点だ! 次に実技試験。君の敵ポイントは54! これに加えて、我々教師陣が見ていたのはヒーローとしての素質、つまりは人助けさ! 君は避難誘導をはじめ、巨大な敵に体を張って立ち向かう勇気を見せた! 君が獲得した審査制の救助活動(レスキュー)ポイントは50! 合計104ポイントで首席合格!」

 

「しゅ、首席……。俺が……!?」

 

 あまりの衝撃に、合格した喜びが押し寄せるより先に頭が真っ白になった。

 

「奥弥! やったんだよ、よかったな!」

 

 父さん、嬉しいのはわかったからそれ以上体を揺すらないでくれ。脳震盪になる勢いですよ。

 

『来いよ! 雄英(ここ)が君のヒーローアカデミアだ!』

 

 オールマイトの映像も消え、静かな部屋に戻った。放心状態の俺と、騒ぎ疲れた父さん。外は夕日で空がオレンジ色に染まっていた。

 

「よかったな、奥弥。雄英受かって」

 

「うん。明日、母さんにも伝えてくるよ。高校ではオールマイトに教えてもらえるんだって」

 

 ⬛︎ ⬛︎ ⬛︎

 

 翌日、俺は病院に来ていた。ここの精神科病棟で母さんが入院している。

 

「母さん、来たよ」

 

「奥弥……ありがとうね、いつも来てくれて」

 

 母さんの顔はやつれ、痩せ細った体は見ていられないほどだ。しかしそこには、息子の前では元気でいようとする母親の強さがあった。

 母さんが入院するきっかけになったのは、小さい頃俺の個性が暴走したせいだ。

 個性の制御ができず、自らそして周りをも瀕死の重体にさせてしまった。

 俺の個性は母さん譲りのもので、父さんは無個性だった。そのこともあってか、母さんはこの責任を感じてひたすらに自分を責めた。その結果自傷行動に走ったり、精神的に追い込まれて鬱になったりした。

 今では俺も個性をコントロールできるようになり、母さんの精神状態も安定してきたが、退院できる日がいつになるかはわからない。

 

「実はさ、雄英に受かったんだ」

 

「えっ! よかったじゃない。ヒーローになるの、夢だったんでしょ」

 

 俺が報告すると、剥いてあげたリンゴを落としそうになる程母さんは驚いた。それと同時に、満面の笑みで俺を祝福してくれた。

 

「そっか。奥弥があの雄英にね……。看護師さんたちにも自慢しなきゃね」

 

「ほどほどにしておいてくれると助かるよ」

 

 この調子だとすぐに病院中に俺の噂が広まりそうだ。

 

「まぁ、雄英だったら体育祭とかテレビでも見れるから見ててよ。俺の活躍をさ」

 

「奥弥の頑張りはいつでも見てるよ」

 

 その後は母さんに家の事を話したり、売店でいろいろと買ってきたりして過ごし、病室を出た。

 家族の期待を背負い、より一層気合を入れて高校生活に挑む覚悟ができた。

 

「ほどほどじゃあダメだよな。全力でやってみますか」

 

 家族。それは俺の原点であり、原動力だ。

 俺の中のオーラは静かに燃え上がっていた。



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最初の試練

 新品の制服に袖を通す。それはどんな社会でも心躍るイベントのようで、俺は今度は雄英生としてこの門をくぐる。

 広い雄英の敷地内を資料片手に歩き回り、やっとの思いで1-Aの教室まで辿り着いた。

 

「ドアでかっ」

 

 いろんな個性の生徒に配慮した巨大なドアを開けると、難関試験を通ってきた生徒の面々がそこにはいた。

 

「俺は私立聡明中学出身、飯田天哉だ」

 

 教室に入ってすぐに近づいてきたのは、眼鏡の少年。確か入試の時に質問してた人だったような。

 

「よろしく。俺は気拉奥弥。聡明っていえば、けっこうなエリート学校じゃん」

 

 見た目通りの真っ直ぐなオーラな飯田と握手を交わし、俺は自分の席を探して荷物を置いた。

 

「そういえば、拳藤と峰田は合格してんのかなーっと」

 

「気拉ぁ! よかった一緒だぁ!!」

 

 見慣れた紫ボールが近づいてくる。

 

「拳藤はいないのか?」

 

「オイラはまだ見てない。B組なんじゃねぇの」

 

「それならまた後で見に行って——」

 

「お友達ごっこしたいなら他所へ行け」

 

 急に寝袋で現れたのは小汚い男。男はおもむろにゼリー飲料を取り出すと一気にヂュッ! と飲み干した。ウ◯ダーなのか? ウイ◯ーなんですか? 

 

「ハイ、静かになるまで8秒かかりました。時間は有限、君たちは合理性に欠くね。担任の相澤消太だ。よろしくね」

 

『担任!?』

 

 なんとなくだけどクラス全員の心の声が揃った気がした。

 そんな俺たちの前で、相澤先生はゴソゴソと寝袋の中から体操服を取り出す。

 

「早速だが体操服(コレ)着てグラウンドに出ろ」

 

 ⬛︎ ⬛︎ ⬛︎

 

「「個性把握……テストォ!?」」

 

「入学式とか無いのかよ……」

 

 ヒーロー科ってどこもこんな感じなのか? それとも雄英が特殊すぎるの? 

 

「雄英は『自由』な校風が売り文句。そしてそれは『先生側』もまた然り」

 

 へぇー。自由な学校は入学式ないんだ。

 

「中学の頃からやってるだろ? 個性禁止の体力テスト。首席の気拉にやって貰おうかと思ったが、お前の個性はわかりづらい」

 

「……」

 

 そりゃあんたらはオーラ見えないからね! 俺は見えてるよ、はっきりと色鮮やかに! 

 

「爆豪。中学の時、ソフトボール投げ何mだった?」

 

「67m」

 

「じゃあ個性を使ってやってみろ。思いっきりな」

 

 俺たちが見守る中、軽い柔軟を行った後ソフトボールを片手に振りかぶって——

 

「んじゃまぁ……死ねえ!!」

 

 爆発とソフトボール投げで放たれるはずのない音声と共に、ボールは飛んでいく。

 これだけ派手なデモンストレーションにするのが目的なら、間違いなく俺には向いてない。良い判断でした、相澤先生。

 

「なんだこれ!! すげー()()()()!」

 

「……面白そう、か……。ヒーローになる為の三年間、そんな腹づもりで過ごす気でいるのかい?」

 

 この気配はやばいぞ。誰だよ相澤先生の地雷踏み抜いたバカは。

 

「よし。トータル成績最下位の者は見込み無しと判断し、除籍処分としよう」

 

「「はあああ!?」」

 

 ほらな! 思った通りめんどくせぇことになっだろ! 

 

「なあ気拉! どうしよう!! オイラ個性使ってもダントツ最下位候補になっちまうよ!!」

 

「お前なぁ……。自分の個性だろ。ちゃんと把握すれば対策くらい取れるだろ」

 

「そんなん言っても、おめえほど頭も良くないし、運動できねえし……」

 

「はあ、仕方ねぇな。ヒントだけ教えてやるよ。『よく弾む』。後は自分で考えろよ。人に頼ってるだけじゃ、ここは乗り切れても除籍になるかもしれねぇからな」

 

 そう、これはあえて突き放すのだ。人には自分自身の力で乗り越えないといけない時だってある。

 

「かという俺も、周りの実力わかんねぇから順位の予想つかねぇしな……。オーラ全開でいかなきゃな」

 

 ⬛︎ ⬛︎ ⬛︎

 

「やべぇ。バケモン揃いじゃねぇか。全然一位取れそうな種目ねぇ」

 

 オーラでいくら身体能力を強化しても、上位に入れるくらいでトップを狙えない。そういう個性だって理解しているが、やっぱり悔しいものは悔しいさ。

 

「えっと、次は何だ?」

 

「ソフトボール投げがまだじゃないの、気拉ちゃん」

 

「うおっ! あ、ありがとう……えっとーあ、あー」

 

「蛙吹梅雨よ。梅雨ちゃんと呼んで」

 

 クラスメイトの名前くらい早めに覚えないとな。あと個性も。脳内シミュレーションするのに必要だからな。

 

「ありがとう、梅雨ちゃん!」

 

 ソフトボールを持ち、ストレッチをしているとあることに気づいた。めっちゃ見られてる。特に爆豪。

 

「これは首席の意地でも見せないとな」

 

 ボールに俺のオーラを少し流し込む。これで準備は完了だ。投げる前に体中のオーラを右腕に集約させる。そうすることで、一瞬だけならなかなかのパワーが出るはずだ。

 長い息を吐き、集中する。俺にしか見えないんだろうが、今俺の腕オーラでとんでもなく光ってるんだぜ。

 

「っらぁぁ!!」

 

 思い切り振り抜いて放たれたボールは、勢いよく飛んでいく。弾道、速度共に爆豪の記録と並ぶ勢いだ。

 

「こっからが面白いんだって」

 

 今度は指先にオーラを集める。そして、銃で撃つようなイメージでオーラを放った。

 周りからすれば急に変なポーズをとりだした変態に見えるだろうが、空中のボールには着実に不可視の弾丸が近づいているのだ。バカにするんじゃない。

 俺の放ったオーラはボールよりも速い。一気に追いつきぶつかることで再びボールに勢いを与える。

 ボールに込めた俺のオーラを追うように放ったのだから、確実に当たる。そのための準備だ。準備周到な気拉さんだぞ。

 結果、俺はソフトボール投げで現時点ではクラストップの709mの記録を叩き出した。

 

「セイ!!」

 

【麗日お茶子 記録 ♾】

 

 三日天下。あっさりと抜かれましたよ。何? 無限って。インフィニティお茶子。

 

「次は誰がやるんだ? また無限とかはやめてくれよ」

 

「緑谷くんだ」

 

「誰? ってあいつは!」

 

 飯田に教えてもらい次の挑戦者を見ると、そこにいたのはあの天パ弱オーラだった。

 

「何であいつがこの学校に受かってるんだよ……。雄英だぞ、ここ」

 

「彼が入試時に何を成したのか知らないのかい!?」

 

 あいつ、そんなすごい個性を持っているのか? でもそれならなぜ使っていないんだ? 最下位になりそうなのに。

 俺たちが注目する中、緑谷の投げた一球目の記録は46m。個性を使わずとも出せるような記録だ。

 既に総合記録で上位にいるならまだ知らず、緑谷は最下位争い中だ。これでは自ら除籍にならにいっているようなものだ。

 しかし、緑谷は困惑の表情を浮かべている。起こったことがわからないといった様子だ。

 

「抹消ヒーロー、イレイザーヘッド!!」

 

 相澤先生に何かを言われた後、緑谷の叫んだ名前には俺にも聞き覚えがあった。

 メディアへの露出が極端に少ないアングラ系ヒーロー、イレイザーヘッド。まさか相澤先生がイレイザーだったとは。

 相澤先生が緑谷を首の布で引き寄せて話しているが、距離と声の大きさから俺のいる場所までは聞こえない。

 

「あいつ、個性の制御ができないんじゃないか?」

 

 俺がそう呟いた隣で飯田、麗日が心配そうに見ている。

 

「個性に頼れないんなら、あいつはもう——」

 

「SMASH!!」

 

 緑谷から放たれた二球目はさっきとは比べものにならない威力で飛んでいく。驚きに目を丸くし、声を漏らす周りの生徒たち。しかし、俺は彼らとは別の驚きを感じていた。

 

「おいおい……。何でだよ。何であいつ今、オールマイトと同じオーラになってんだよ!」

 

 家族なら、似たオーラになることがある。しかし、オールマイトと今の緑谷のオーラは多少雰囲気の差があるにしても、ほぼ同じだ。似ているなんてレベルじゃない。

 今すぐにでも飛び出して行って、緑谷を問い詰めたい。しかし、まさに今飛び出した爆豪が相澤先生に捕縛された。

 

「チッ。今は無理か」

 

 おそらく、この中で気づいているのはオーラの見える俺一人。騒ぎを起こすつもりはないし、オールマイトと緑谷にそれぞれ個別で会いに行く必要があるな。

 考え事をしながらも、種目ごとに好記録を出し続けてようやく全てが終了した。

 相澤先生に生徒全員が集められ、除籍のかかった結果発表が始まる。

 

「トータルは単純に各種目の評点を合計した数だ。口頭で説明すんのは時間の無駄なので、一括開示する。ちなみに除籍はウソな」

 

 さらりと言ってのける相澤先生。

 

「君らの最大限を引き出す合理的虚偽」

 

「「はぁ──!?」」

 

 ほぼ全員が絶叫し、緑谷なんかは輪郭すら怪しくなるほどのリアクションをとっている。

 

「あんなのウソに決まってるじゃない……。ちょっと考えればわかりますわ……」

 

 周りの反応をよそに、呆れた表情でそういう八百万。

 だが八百万。本当にそうか? 俺にはあの時、相澤先生がウソをついているようなオーラの揺らぎは見えなかったがな。

 いきなり波乱の個性把握テストに見舞われたが、無事に乗り切ることができた。

 そんなことよりまずは緑谷だ。話を聞こうと見回したが、彼はもう保健室へ行った後で、ここにはいなかった。

 そのまま聞く機会も作れず、入学初日が終わった。




個性把握テストの順位ですが、主人公が6位です。ワースト5が耳郎、峰田、心操、葉隠、緑谷の順になります。


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いざ行け戦闘訓練

この話を作っだ時点で、アンケートでは心操加入が優勢だったため、A組にすることにしました。
アンケートへのご協力ありがとうございました。


 翌日からようやく普通の学校生活が始まり、授業も開始した。

 教えてくれる教師はプロヒーロー。教えてくれる内容は至って普通。

 そんな慣れるまでは変な感じになり続けるであろう午前の授業を終えて、午後からはいよいよオールマイトのヒーロー基礎学だ。

 

「わーたーしーがー!! 普通にドアから来た!!」

 

 笑いながら普通に現れたオールマイト。そんなNo1の姿に沸き立つ生徒たち。

 

「オールマイトだ……!」

 

「画風違いすぎて鳥肌が……」

 

 興奮冷めやらぬ俺たちへ、いきなりオールマイトは話し出す。

 相澤先生だったら、静かになるまで待って「静かになるまで◯秒かかりました」とか言うんだろうな。

 

「ヒーロー基礎学! 早速だが今日はコレ! 戦闘訓練!!」

 

「戦闘……訓練……!」

 

 この単語を聞いて好戦的な笑みを浮かべる者や、不安そうな顔をする者がいるが、俺はどちらかと言えば後者だ。

 いきなり戦闘は怪我人がでるだろ。

 

「そしてこちら! 入学前に送ってもらった『個性届』と『要望』に沿ってあつらえた、戦闘服(コスチューム)!!」

 

 壁が動き、コスチュームの入ったケースが現れる。

 今度は不安そうな顔をしていた者も、思わず笑みをこぼした。自分専用の戦闘服。これにワクワクしないヒーロー志望者はいない。

 

「着替えたら順次グラウンド・βに集まるんだ!」

 

 ⬛︎ ⬛︎ ⬛︎

 

「さすがにテンション上がるなぁ」

 

 着替えて指示されたグラウンド・βで全員が揃うのを待つ。

 各々の個性に合ったコスチュームで、みんなヒーローっぽいじゃん。

 

「気拉って、コスチューム案外普通なんだな」

 

「そうか? まあコスチュームでどうこうできるような個性でもないしな。そう言うお前は……切島って感じだな」

 

「どういうことだよ」

 

 硬化の個性を最大限魅せる、露出度多めのコスチュームは切島って感じっていう表現であってるんじゃないの? 

 

「普通といえば普通だけどよ、そのゴーグルは何だ? 相澤先生のオマージュか?」

 

「違えよ。オーラ見える個性なのに光やら砂やらで目がやられたらダメだろ」

 

「なるほどなー」

 

 一見普通のゴーグルのように見えるが、衝撃に強く、強烈な光をカットしてくれる。目に優しい設計だ。

 コスチュームの見せ合いなんかをやっているうちに、全員が揃った。

 

「始めようか有精卵共!! 戦闘訓練のお時間だ!!」

 

 授業内容は屋内での対人戦闘。何やら、凶悪敵の出現率は屋内の方が高いらしい。

 設定は「敵組」と「ヒーロー組」の二対二。時間内に敵の持つ核兵器(ハリボテ)を回収するか、敵を捕まえればヒーローの勝利。核兵器を守るかヒーローを捕まえれば敵な勝利だ。なんともアメリカンな設定だな! 

 くじによって決まった俺の相方は心操人使。個性把握テストではワースト3位だったかな。

 

「よろしくな、心操。頑張ろうぜ」

 

「ああ」

 

 顔合わせの済んだ班から随時作戦会議をしているようだ。

 その間もオールマイトはくじを引き、訓練の組み合わせを決めている。

 

「最初の対戦相手は、Aコンビが『ヒーロー』! Dコンビが『敵』だ! 他の皆はモニターで観察するぞ!」

 

(いきなり緑谷か。もう一度見せてもらうぞ、お前のオーラ)

 

 爆豪と緑谷。彼らの間には何かあるようだが、部外者である俺たちが突っ込むことではない。ここは静かに見守るべきか。

 

 ⬛︎ ⬛︎ ⬛︎

 

 建物を壊しながら行われたこの対戦カードの軍配は、緑谷・麗日ペアに上がった。

 爆豪の攻撃をうまく使った緑谷の機転には驚かされたが、自分が大怪我を負う諸刃の剣の策では考えものだ。

 まあヒーローチームの勝ちとはいえ、ハリボテを核兵器として扱っていなかった反則のような勝利だと八百万は指摘していたが。

 

(緑谷のあの個性……。コントロールして怪我さえしないようになれば、オールマイトと……)

 

 俺は考えを払いのけるように頭を振った。

 

(これ以上は考えても仕方ねぇか。気のせいかもしれねぇし……)

 

「おい、気拉。もう俺たちの番だ」

 

 肩を叩かれ、振り向くと心操が立っていた。

 

「悪い、考え事してた。で、相手は?」

 

「B班。轟・障子ペア。一戦目が一方的すぎたから二回目で俺らに当てられた」

 

「そっか。じゃあ作戦会議しようぜ」

 

 ⬛︎ ⬛︎ ⬛︎

 

 轟、障子がビルの中に入って5分後、俺たちもビルの中に入り訓練がスタートした。

 轟はヒーローチームの時にはビルを凍らせて勝ったらしいが、ビルの中に味方もいる以上、部屋を一室凍らせるくらいの威力でしか個性を発動できないだろう。

 

「だから、堂々と入ってやるよ」

 

 心操と共にビルを登る。障子の個性で俺たちがどこにいるかわかっているのだろうが、こちらだってオーラの動きがよく見える。核兵器の持ち逃げなんてさせないぞ。

 見ていると、1人分のオーラが俺たちの方に向かってくる。オーラの感じからして、障子だ。

 彼の大きな体と複製腕の個性はとても強力だ。俺たちが2人がかりで飛びついても押さえつけられるほとパワーの差がある。

 なら、頭使って戦うしかないよな。

 

「障子ぃぃ──!! タイマンで戦おうぜぇぇ──!!」

 

 大声を張り上げ、俺は向かってきた障子と一対一の場を作り上げた。

 

「心操はどうした」

 

「あいつなら、もう先に行かせたぞ」

 

 確認しようと触手から耳を複製する障子だが、作り出した瞬間その耳を押さえてのけぞった。

 

「気拉……一体何をした……」

 

「いやぁ、こっちとしても心操を探されると不都合があるんでね。耳にちょっとしたマジックを」

 

 そのタネは簡単だ。放っておいたオーラを耳にぶつけただけ。オーラはエネルギーのようなもの。耳に直接衝撃を与えてやれば、キーンとなって索敵能力は損なうというものだ。

 

「それより、俺にばっかり気を取られてていいのか? 足見てみろよ」

 

「何!? 確保テープ!?」

 

 障子の左足には巻きつけられた確保テープと巻きつけた心操の姿があった。

 なぜ障子が心操に気づかなかったのか。それはただ耳にダメージを受けたからだけではない。心操のオーラを極限まで薄めていたからだ。オーラを薄めることで、その存在感は極端に低くなる。声を上げなければ気づかれないほどに。

 

「あとは轟だけだな。勝つぞ、心操」

 

 残る轟と核兵器の待つ部屋に入ると、そこは一面氷漬け。核兵器に至っては、氷の中に入れられて一種のオブジェのようになっている。

 

「良い個性だな。派手で強い。俺とは大違いだ」

 

「……」

 

 心操の発する言葉に轟は答えない。心操の個性、洗脳の発動条件を知っているのだろうか。

 

「まっ、簡単にかかってくれないよな。心操、第二プランでいくぞ!」

 

 心操に指示を出し、俺は轟に突っ込んで行く。もちろんオーラで強化し、飛んでくる氷片を避けながらその距離を詰める。

 

「ふんっ!」

 

 轟へと殴りかかったが、その拳は厚い氷の壁に阻まれる。そして、阻まれた拳からオーラを放ったが、氷に深めのヒビが入っただけで轟にダメージを与えることは出来なかった。

 

「いろんなオーラ見てきたけどよ、お前のオーラって結構面白いんだぜ」

 

 攻撃手段がなくなった俺は、轟に話しかける。俺に気を向かせることで、さっき障子に対して使った手ができるかもしれない。

 

「なかなかいないんだよ、二色のオーラ。氷と炎の個性ゆえってことなのかもな」

 

 まだ動かない。だが第二プランは順調に進んでいる。だがこれが失敗すれば、もう俺たちの勝利はないだろう。

 

「今まで氷の個性しか使ってないよな。なぜ全力を出さない?」

 

「……」

 

 轟は未だ反応を見せない。個性を最大限使わない理由もわからないが、それはこの際どうだっていい。

 

「……エンデヴァーか——」

 

「その名を……!」

 

 目を見開き、立ったまま固まる轟。この場で何が起こったのか。

 

「さあ、轟。氷を溶かせ」

 

 ()()()で出される指令に従い、轟は核兵器を包む氷を溶かす。

 

「ナイス。よくやったよ、心操」

 

 ああ。きっと今、俺は最高に悪い顔をしているんだろうな。轟という強敵を出し抜いて勝つ。これほど嬉しく、楽しいものはない。

 

「俺たちの勝ちだ」

 

 俺たちは、ハリボテの核兵器と勝利を手にした。

 

 ⬛︎ ⬛︎ ⬛︎

 

「今戦のベストは気拉少年だ! 何故だかわかる人!?」

 

 このオールマイトの質問に手を挙げたのは、またしても八百万。

 

「ペアと自分の個性をうまく使った作戦の提案と実行。そして、それが上手くいくような自身の行動ですね。轟さんに心操さんの個性を見破られながらも、作戦通りの結果が得られた戦略的勝利ですわ」

 

「その通りさ! では、気拉少年! 最後の轟少年へどういったことを行ったか教えてくれないか」

 

「わかりました。心操のオーラを薄めて存在感を無くしたのは、障子に対してした事と同じですが、そこから直接確保テープを轟に巻きつけるのは困難だと判断しました」

 

 クラス全員が俺の方を見てる。緊張するなぁ。

 

「なので、心操の個性と『もう一つの声帯(ペルソナコード)』をうまく使うために、俺の後ろで心操を待機させてました。音源がずれるて違和感を持たせたくはなかったので。まあこの作戦がうまくいったのも、心操が相手にバレないように動いてくれたからであって、俺がベストってわけではないです」

 

 本当に運が良かった。ペアが心操でなければ、轟が洗脳にかからなければ勝つことは出来なかった。

 だから正直に心操を褒めたのに、周りが俺を見る目が変だ。俺だって人を褒めるし。爆豪じゃないし。

 

「今回の授業はこれにて終了だ、お疲れさん! 緑谷少年以外は大きな怪我もなし! 初めての訓練にしちゃ、皆上出来だったぜ!」

 

 全ての組が終わり、ヒーロー基礎学の授業も終了となった。

 このあとは着替えて、今日は終わりだ。

 だが、俺はあの場所に行かなければならない。緑谷とオールマイトのいる保健室に。




心操の装備はペルソナコードのみで、捕縛布はまだ使えません。


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ワン・フォー・オール

「失礼しまーす」

 

 ノックして、引き戸のドアを開ける。

 

「おや、どうしたんだい?」

 

「緑谷のお見舞いですよ。派手に怪我してたから、ちょっと気になって」

 

 リカバリーガールにそう言うと、保健室の一番奥のカーテンを引いてある場所へ案内された。

 カーテンを開けると、緑谷が寝ておりその横にオールマイトが立っていた。

 

「オールマイト。緑谷は大丈夫そうですか?」

 

「緑谷少年なら大丈夫だそうだ。ただ、すぐには回復できないから治療には日を跨ぐようだがね」

 

 まずは緑谷を心配し、ここへ来たことに対しての疑問をなくさないといけない。実際ちょっと気になるけども。

 

「オールマイトは緑谷の個性をどう思いますか?」

 

「いきなり質問かい!? そんなことを聞くと言うことは、君も何か感じているのか?」

 

 君()──か。

 

「個性の発現は4歳頃が一般的。それから約12年間もあんな個性を持っていたなら、さすがに扱い方を覚えるはずです。しかし、爆豪の話からするとかれは最近まで無個性だと思われていた」

 

「何が言いたいんだい?」

 

「そこから考えられる仮説は3つあります。一つ目が緑谷が個性を持っていたにもかかわらず、隠していたという説。しかしこれは、個性を扱いきれていないことから可能性は低い」

 

 俺は人差し指を立てて言う。もちろんオールマイトの表情、オーラを見ながら。

 

「次に、例外的に個性の発現が遅かったという説。これが一番説としてはまともです」

 

 中指も立て、自説を論じるがオールマイトの表情は変わらない。

 

「最後の説は……こんなのを思いついたのがアホらしくなりますけど、誰かに個性を貰ったという説。世界にはいろんな個性で溢れてる。そんな無数の中には人に個性を渡せるものだってあるかもしれない」

 

 俺はついに3本目の薬指も立てた。相変わらずオールマイトの表情に変化はなかったが、確かにオーラは揺れ動いている。

 

「俺だってこんな説思いつくとは思ってなかったですよ。あんたと緑谷のオーラが同じって事に気づかなかったらね!」

 

 さあ、オールマイト。ここからどう切り抜けるというんだ? 

 

「……」

 

「黙ったままですか……。俺は見たんですよ。あの日──ヘドロの敵をオールマイトが倒した日、あんたがガリガリに縮んだ姿を……」

 

「み、見られていたのか……!? その事は誰かに言ったりしたのかい!?」

 

「そんなの言えませんよ。もし言ってもNo1ヒーローが本当はヒョロい人でしたとか、信じてもらえないですし」

 

 俺が誰にも言っていないことを知ると、心なしかほっとした表情になったオールマイトだが、また真剣な顔に戻る。いつもテレビで見る笑ったオールマイトとは別人のような顔だ。

 

「そうか……。そこまで知られていたなら、君に真実を話そう。ここでは他の学生が来てはまずい。場所を移そう」

 

 俺はオールマイトの後ろについて保健室を出た。

 

 ⬛︎ ⬛︎ ⬛︎

 

 オールマイトと一緒に歩くだけで、たくさんの学生の目に触れながらたどり着いたのは校長室。俺はそこで、トゥルーフォームのオールマイトと校長の2人と向かい合って座るという、なかなかの緊張感を感じていた。

 

「君が気拉君だね。まずはどうしてこの姿の彼がオールマイトと同一人物だとわかったんだい?」

 

「オールマイトの姿が変わる瞬間を見た事と、オーラの本質が同じだったからです」

 

 ここは正直に答えた。ネズミにハイスペックという個性が発現した校長の頭脳はもはや人間レベルではない。嘘なんかついても無駄だし、つく理由もない。

 

「私の事はいいとして、気拉少年。緑谷少年と私のオーラが同じと言っていたが、それはどういったことなんだい?」

 

「全く同じではないんですけど、緑谷が個性を使ったときのオーラがあいつとオールマイトのオーラを重ねたように見えたんです。でも、だんだん個性を使っていないときでもオーラが混ざってきてるんですよね」

 

 元々小さかった緑谷のオーラはあの個性を使うごとに大きく、オールマイトに近づいているように見える。

 

「それはきっと、私たちの個性が原因だろうな」

 

 オールマイトと校長がアイコンタクトをとる。今から話す事への許可をとってでもいるのだろうか。

 

「私たちの個性に冠された名は『OFA(ワン・フォー・オール)』。聖火の如く引き継がれてきた個性だ。代々培われてきた力の結晶。それを私から緑谷少年が受け継いだんだ」

 

「こ、個性が受け継がれる!?」

 

 引き継げる個性なんて聞いたこともない。親から似たような個性を遺伝的に変質しながら受け継ぐことはあるが、血の繋がりもない他人にそのまま個性を譲るだって!? 

 

「驚くのは無理もないが、この話は誰にも話さないでくれるかな。知れ渡れば、力を奪わんとする輩に溢れて社会の混乱を招きかねない」

 

 確かに平和の象徴が持っている個性が手に入るかもしれないというのは、敵味方関係なく魅力的な話に思える。

 

「わかりました。このことは決して話しません」

 

「そうか。安心したよ。重ねて悪いが、もう一つ頼まれてくれないかな?」

 

「何をですか?」

 

「いや、私がヒーローとして戦える時間というのはあまり長くはないんだ。しかし、緑谷少年はまだ個性を使いこなせていない。だから私にもしものことがあれば、彼を支えてあげて欲しいんだ。私の──いや、『OFA』の真実を知る1人としてね」

 

 まさかこんな事になるとは、あの日の俺は思っていなかったな。ずっと憧れていたヒーローからの頼み。そんなの断れるわけがないだろうが。

 

「はい! 任せてください!」

 

 この時、敵によるオールマイト殺害計画が立てられていることを、誰も知る由もない。



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目標と悪念

 オールマイトに真実の話を聞かされてから一夜明け、俺はほとんど眠れないまま登校時間を迎えた。

 眠い目を擦りながら学校近くまで来ると、そこには大勢のマスコミの姿があった。

 

「チッ。どうせオールマイト狙いなんだろうな……。どんな授業してるのーとか聞かれるんだろ」

 

 さて、そのまま通り抜けるか。もしくは個性で存在感を消すか。

 

「でもなぁ、個性をヒーローでもないのに使ったら相澤先生に何て言われるか……」

 

 とんでもない量の反省文か、除籍宣告だろうな。あの人ならやりかねない。

 仕方なく人の間を縫って校内へとたどり着いた。進んでいた間にいろいろ聞かれたけど、無視してやった。眠すぎて声が頭に響くんだよ。

 頭を押さえながら、教室まで歩きドアを開く。さて、授業が始まるまで寝ていようかな──。

 

「やあ、気拉君! って顔怖いな君!」

 

 頼むぜ飯田。寝させてくれ。

 

「ちょっと寝不足でさ。授業まで寝とくわ」

 

 これでゆっくりできるな。俺の眠りを妨げる奴は許さんぞ。

 

 ⬛︎ ⬛︎ ⬛︎

 

「学級委員長を決めてもらう」

 

「学校っぽいの来たー!!」

 

 全員がマスコミを抜けてのHR。ようやく学校らしくなって生徒達の歓喜の声が響く。

 それと同時に委員長への立候補の声、高く伸びる手が並び立っている。

 普通校なら、こんな風にほぼ全員が立候補するなんて事にはならないだろう。しかしここは雄英高校ヒーロー科。統率力を磨くにはうってつけの役職だ。

 

(委員長なんてよくやるよな。ほんと)

 

 俺は手を挙げていない少数派。正直まとめ役なんてのは苦手だし、個性も周りを支える方が向いているのもあってか、影から手を貸すのが今までのパターンになっていた。

 

「静粛にしたまえ!! "多"を牽引する責任重大か仕事だぞ……! 『やりたい者』がやれるモノではないだろう!!」

 

 騒ぎが収まらず、いつまで経っても決まる気配すらしなかったが、飯田の一声で一旦教室は静まった。

 

「周囲からの信頼あってこそ務まる聖務……! 民主主義に則り、真のリーダーを皆で決めるというのなら……これは投票で決めるべき議案!!」

 

 この言葉だけ聞くと、すごくまともで立派な事を言っている。そう、聞いているだけならな! 

 

「そびえ立ってんじゃねーか!! 何故発案した!!」

 

 彼の手は誰よりも真っ直ぐ、堂々と伸びている。この流れ、側から見ていたら結構面白い。本人は真剣なんだろうが。

 

「日も浅いのに信頼もクソもないわ、飯田ちゃん」

 

「だからこそ、ここで複数票を獲った者こそが真にふさわしい人間という事にならないか!?」

 

 多数決という提案には賛否があったが、他に決める方法もないので自己推薦可の投票で決めることとなった。

 

(さあ、俺はどうしたもんかな)

 

 別に委員長になりたい訳でもないから、自分に票を入れる必要もない。でも梅雨ちゃんの言う通り、この日の浅さでふさわしい人を探すのも至難の技だ。

 

(なら、こうするか──)

 

 ⬛︎ ⬛︎ ⬛︎

 

「僕、三票ー!?」

 

 投票の結果、なんと緑谷が三票獲得して委員長に、八百万が次いで二票で副委員長に就任した。

 選ばれた緑谷は喜び以上に緊張感や驚きが勝っているのか、ガチガチに固まっている。

 そんな中発案者の飯田はというと、肩を落として落ち込んでいた。

 

「0票……。わかってはいた! さすがに聖職といったところか……」

 

 自分には票を入れなかったんですね。何してんだ。

 

「つーかさ、この無効票誰だよ」

 

「悪い、それ俺」

 

 そう、俺は何も書かなかった。クラスで決まった意見に従います、っていう意思表示のつもりなんだけどな。

 

「ったくよ、委員長やりたいのに自分に票入れない飯田といい、何も書かない気拉といい、一体何考えてんだよ」

 

 ああ、父さん母さん、じいちゃんばあちゃん。ついでに先祖の皆様。変わり者の多いと思われるヒーロー科の中でも、私は変わっているようです。

 

 ⬛︎ ⬛︎ ⬛︎

 

 午前の授業が終わると、待望の昼休み。ランチラッシュの食堂に向かう前に、誘いたい人物がいる。

 

「轟、一緒にメシ食わね?」

 

「ああ」

 

 意外にもすんなり一緒に来てくれることに内心驚きながら、共に食堂へ向かう。

 

「……」

 

 向かう途中は二人とも無言で歩いていた。俺、そんな無口キャラじゃなかったと思うんだけどな。なんだか、轟といると話し辛さを感じる。まだあまり仲良くないからかもしれないが。

 

「あのさ……」

 

 俺がようやく口を開いたのは、轟が蕎麦を、俺がカレーを頼み席についてからだった。

 

「訓練の時は悪かったな。あんまり触れて欲しくはなかっただろ」

 

「別にいい。あいつが父親なのはどうしようもねえ事実。それに動揺した俺がまだ未熟だっただけだ」

 

「未熟ねぇ。俺にはそんな風には見えねえけどなぁ」

 

 轟の実力があれば、今プロヒーローになってもそこそこの実績はあげられるだろう。それほどの高い身体能力とオーラを兼ね備えている。

 

「お前はなんでヒーローを目指してる?」

 

「いきなりどうした? そんなの興味あるか?」

 

 轟からいきなりの質問に少し慌てる。こんなに急な話題転換するとは。

 

「話題がねえから。黙って食うのもアレだろ」

 

「気遣いサンキューな」

 

 これは親切心だと受け取っておこう。

 

「うーん。誰にも言わないなら教えてやるよ。俺の父さんは無個性でな、俺の個性は母さん譲りの物なんだ。で、小さい頃に個性が暴走して死にかけた。それを母さんが責任に感じて病んで入院してる。だから、その個性を使いこなして立派にヒーローやって、母さんに誇れるヒーローになろう、って思った。これでいいか?」

 

「そうか、お前の親も……」

 

 なんだかしんみりとした雰囲気になる中、それは突然起こった。

 

『セキュリティ3が突破されました!! 生徒の皆さんは、すみやかに屋外に避難して下さい!!』

 

 食堂内のみならず、校内に警報音が鳴り響く。生徒がほとんど集まる食堂では、逃げる生徒ですぐにパニック状態に陥った。

 

「おいおい、何だ!? セキュリティ3って!?」

 

「校舎内に誰か侵入してきたってことだよ!」

 

 人混みの中の問い掛けに、また人混みの中から返答が返ってくる。名前も顔も知らない誰かに感謝しておこう。

 セキュリティ3のことを知ったとはいえ、何の解決にもならずただ人の流れに流されて、俺は食堂の窓に激突した。

 

「痛えな……。って、こいつらマスコミじゃねぇか。雄英バリアはどうなってんだ?」

 

 通行許可IDを持っていないマスコミが普通に校内に入り込むのは、不可能だ。

 セキュリティの警報が鳴ってたから、装置自体は作動してると思うんだがな。

 

「おい、轟。大丈夫か? って、いねぇし……」

 

 こんな僅かな時間ではぐれるとは。仕方ないかな、この人混みのだもんな。

 だが、こんなに人が集まるとオーラが見えすぎて酔いそうになる。街で見えるオーラは多少距離が離れているのと、オーラの小さい人もいるから平気だが、今は違う。ゼロ距離でヒーローの卵のオーラがたくさん溢れている。

 

「やっべ、吐きそ」

 

 吐き気を堪え、どうにか耐えようと窓越しに遠くを見る。小さいオーラのマスコミのそのまた向こうに意識を向けた。

 

「ん? 何だ、あのオーラ?」

 

 見えたのは2つの黒いオーラ。雄英の教師陣に匹敵するほどのオーラの大きさだが、異様に暗い雰囲気だ。深海のように深く、暗い闇のような悪意。初めて見る種類だ。

 それらのオーラの持ち主の近くに人はいないようだ。一番近いのは相澤先生とプレゼント・マイクだが、マスコミへの対応で動けそうにない。

 それにしても、周りがうるさすぎて集中できない。一度雑念を払うように俺は目を閉じて集中する。そして目を開けた時、先程までいた2つのオーラは消えて無くなっていた。

 

「は? 一体どこに!?」

 

 周辺を見るが、どこにもいない。まさかあの数秒で移動したとでも言うのか? それとも、瞬間移動出来る個性か? 

 考えを巡らす俺の耳には、食堂の生徒に落ち着くように叫ぶ飯田の声は入って来なかった。



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USJ編
黒の襲撃者


 マスコミが校内に侵入した騒動の翌日の水曜日のヒーロー基礎学の授業。今回教壇に立ったのは相澤先生だ。

 

「今日のヒーロー基礎学だが、俺とオールマイト、そしてもう一人の3人体制で見ることになった」

 

 なった、ていうことは昨日の騒動があったからか? まあ、問題には違いないし……。

 

「ハーイ! なにするんですか?」

 

「災害水難なんでもござれ、人命救助(レスキュー)訓練だ!」

 

 敵との戦闘以外にも、ヒーローの仕事はある。むしろ、救助の方が重要だと個人的には思う。

 

「今回コスチュームの着用は各自の判断で構わない。中には活動を限定するコスチュームもあるだろうからな。訓練場は少し離れた場所にあるから、バスに乗っていく。以上、準備開始」

 

 俺達は素早く準備を始め、バスへと向かう。無駄に遅くなれば、相澤先生に何を言われるか考えずとも思いつく……。

 

 ⬛︎ ⬛︎ ⬛︎

 

「こういうタイプだったくそう!!」

 

「イミなかったなー」

 

 落ち込んでいるのはマスコミ騒動で活躍して、緑谷から委員長の座を譲られた飯田だ。

 せっかくバスにスムーズに乗っていけるように、気合を入れて俺達を二列に並ばせていたが、座席は彼の想定とは異なり、向かい合う形だった。なんかもう不憫だな。

 騒がしい車内だが、バスの軽い揺れに眠気を誘われる。外を見ながらうとうとしていたが、梅雨ちゃんの言葉に興味を惹かれて少し目が覚めた。

 

「あなたの"個性"オールマイトに似てる」

 

「そそそそそうかな!?」

 

 そういえば、緑谷は俺がワン・フォー・オールの事を知っているのを聞いているのだろうか? 緑谷がボロを出しそうになったら、俺が何とかしねぇと。緑谷のあんな挙動不審な調子じゃなぁ。

 

「派手で強えっつったら、やっぱ轟と爆豪だな」

 

「爆豪ちゃんはキレてばっかだから人気出なさそ」

 

「んだとコラ出すわ!!」

 

 さらりと煽られ、すぐにキレる爆豪だが、そんな沸点液体窒素並みだったら人気でねぇよ。

 

「でも、凄えのは気拉もだよな。派手さはねぇけど、技術っつーか応用に強えもん」

 

「俺か?」

 

 この話の流れでまさか俺の話題になるとは思ってなかったから、急に名前を出されて完全に眠気が吹っ飛んでいった。

 

「オーラだっけか? 何か見えるんだろ?」

 

「まぁ見えるけど、俺の個性はあんまり戦闘向けじゃねぇぞ」

 

「ウソー。戦闘訓練の時凄かったじゃん」

 

「あれは上手いこと策がハマったからだって。一歩間違ったらボロ負けだったし。個性だけだったらお前らの方か凄えよ」

 

 謙遜のように聞こえてるだろうが、これは紛れもないな俺の本音だ。今のままじゃ、一対一では太刀打ちできないだろう。

 

「じゃあ作戦はどうやって考えてんの?」

 

「もう着くぞ。いい加減にしとけよ……」

 

「もうすぐ着くってよ。また今度教えてやるから」

 

 また機会があったら教えてもいいものかな? 暇な時に俺の個性といろんな個性の人を組み合わせて戦ったらどうなるかってシミュレーションしてるって。引かれねぇかな。

 少々の不安材料が増えたが、今は授業の事を考えねぇと。

 窓の外には授業の場となる演習場が見えていた。

 

 ⬛︎ ⬛︎ ⬛︎

 

「すっげ──!! USJかよ!?」

 

 演習場の中はジェットコースターや観覧車はないものの、大きな遊園地という印象で、俺はTDLだと思った。

 

「水難事故、土砂災害、家事……etc。あらゆる事故や災害を想定し、僕がつくった演習場です。その名も……ウソの()災害や()事故ルーム()!」

 

(いや、USJだったんかい!!)

 

 宇宙服を模したヒーローコスチュームに身を包む、スペースヒーロー『13号』に心の中でツッコミを入れる。きっと俺だけじゃない。切島や上鳴もしたはず……。

 

「オールマイトがいないな……。今回オールマイトも見てくれるはずだろ?」

 

「後から来るのではないか? 相澤先生は3人で見ると言っていたが、途中からという可能性もある」

 

「そうだな。委員長」

 

 飯田に委員長と言うと、彼は少し嬉しそうになる。バスでは落ち込んでいたから、心のケアをしてあげよう。

 飯田が徐々に復活しつつあると、相澤先生と何やら話していた13号が俺達の前まできて、授業を始めた。

 

「えー始める前にお小言を一つ二つ……三つ……四つ……」

 

(めっちゃ増えるじゃん)

 

 増えてもヒーローからの小言。中学の校長の話のように聞き流すわけにもいかない。

 

「皆さんご存知だと思いますが、僕の個性は"ブラックホール"。どんなものでも吸い込んでチリにしてしまいます」

 

 有名なヒーローの個性は世間によく知られている。その個性によってどんな活躍をしているかなんてことも。 

 

「しかし、簡単に人を殺せる力です。皆の中にもそういう個性がいるでしょう」

 

 13号の言葉は重く、空気がガラッと変わった。「人を殺せる力」を持つという、わかっていてもこの超人社会では意識が薄れているのは否定できない。

 

「超人社会は個性の使用を資格制にし、厳しく規制することで一見成り立っているようには見えます。しかし、一歩間違えば容易に人を殺せる"いきすぎた個性"を個々が持っていることを忘れないで下さい」

 

 俺は、俺の個性を戦闘向けじゃないと言った。しかし、人を殺せない個性じゃない。命を奪える個性なのだ。

 脳裏に浮かぶのは母さんの姿。母さんを悲しませる個性の使い方は決してしてはいけない。

 

「相澤さんの体力テストで自身の力が秘めている可能性を知り、オールマイトの対人戦闘でそれを人に向ける危うさを体験したかと思います。この授業では……心機一転! 人命の為に個性をどう活用するかを学んでいきましょう。君たちの力は人を傷つける為にあるのではない。救ける為にあるのだと心得て帰って下さいな」

 

 改めて個性に向き直り、ヒーローになる為に気持ちを入れ替える俺達の背後の噴水の近くで()()は現れた。

 小さく浮いた黒いモヤは瞬く間に広がり、現れた悪意。

 

「一かたまりになって動くな!!」

 

 きょとんとした俺達の前で、相澤先生は臨戦態勢をとる。

 

「何だアリャ!? また入試ん時みたいな、もう始まってんぞパターン?」

 

「動くな! あれは敵だ!!」

 

 敵の明確で純粋な殺意、悪意が俺達の体を締め付ける。初めて対峙する敵。恐怖を抱かないわけはない。

 

「またセンサーが反応してねぇってことは、奴らちゃんと計画してきてるのか……」

 

 よく見ると、マスコミ騒動の時に見えた二つのオーラが確認できる。手の形の奇妙な面と黒いモヤの敵だ。

 

「13号、生徒を守れ!」

 

 そう言うと、相澤先生は噴水に向けて踏み出す。

 

「先生は一人で戦うんですか!? イレイザーヘッドの戦闘スタイルで正面戦闘は……」

 

「一芸だけじゃヒーローは務まらん」

 

 心配そうにする緑谷を一瞥すると、相澤先生は敵に向かって突っ込んで行く。個性を消す個性と、特殊な捕縛布で次々と敵を倒し引き付けてくれている間に俺達は13号と共に避難する。

 しかし、前に現れたのは黒いモヤの敵。避難が完了する前に逃げ道を塞がれてしまった。

 

「初めまして、我々は敵連合。僭越ながら……この度ヒーローの巣窟、雄英高校に入らせて頂いたのは平和の象徴オールマイトに息絶えて頂きたいと思ってのことでして」

 

「ふざけんな!!」

 

 俺、切島、爆豪の三人で先に攻撃を仕掛ける。しかし、三人分の攻撃を受けたにもかかわらず敵にダメージが入った様子はない。

 

「危ない危ない……。生徒といえど優秀な金の卵……」

 

 敵のモヤが揺らぐと同時に、オーラも揺らいでいる。まさか何か仕掛けてくるのか? 

 

「爆豪、切島!! 回避しろ!!」

 

 俺は思い切り後ろに飛んだ。だが敵の広がるモヤはその程度の距離で収まらず、俺達は暗闇に包まれた。



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悪意との対峙

「あいつ何しやがった!?」

 

 闇が晴れ辺りを見回すと、なんと火に囲まれていた。

 

「まだUSJ内か……って、くっ!!」

 

 詳しく情報を把握しようとする前に、俺に向かって飛んできたのは投げナイフ。ギリギリ気づいて、スレスレの所で間一髪かわす。

 

「大丈夫かっ!?」

 

「お、尾白か! 他の奴らは?」

 

「ここに飛ばされたのは、俺達だけみたいだ」

 

 俺と同じように火災ゾーンに飛ばされてきた尾白の言う通り、他の1-Aの生徒の姿は無い。見えるのは炎と敵だけだ。

 ともかく、まずは敵を倒して皆の元へ戻るのが最優先事項だな。

 

「尾白、こっちに来い」

 

 俺は尾白を近くに呼び、彼の肩を掴む。出来る限りの手は尽くさなくてはいけない。後悔してからじゃ遅いんだ。

 

「直接の戦闘なら、お前の方が上だ。だから、俺がサポートするから敵を頼む」

 

 尾白のオーラを活性化させてから、肩から手を離して戦いに送り出す。

 俺の個性で尾白の能力が引き上げられている今、思っていたよりも彼の活躍が凄い。俺も自らを強化したり、オーラを放ったりして戦ってはいるが、尾白の尻尾の個性はシンプルゆえによく使いこなせている。彼も自分が想像以上に動けているのに、少し驚いているようだ。

 しかし、多数対二の数の差は深刻だ。いつまで経っても終わる気がしない。

 

(使いたくはなかったんだが……。いや、そんなの言ってる場合じゃねぇ!)

 

 俺の持つ必殺技。それは本当に人を殺せる技だ。

 それは、相手のオーラを抜き取る事で倒す技。オーラは魂のエネルギーだから、空になれば死ぬ。薄めるのと失くすのとでは失くす方が簡単だが、加減を間違えば殺してしまう。だから、俺はこの技を使いたくはなかった。人を殺す可能性のある技を使うのは、ヒーローを目指す身として疑問を持ったからだ。

 

「こっちに……来るなよ!!」

 

 向かってくる敵からオーラを奪い、そのオーラをまた別の敵にぶつける。

 やっていることは単純だが、殺さないように個性をコントロールし続けるのは精神的にも肉体的にもキツくなってきた。

 

「ちゃんと、しないと……。もっと精密に、もっと確実に。もっともっともっともっともっと──」

 

「やめろ、気拉!! もう終わったんだ」

 

 気がつけば敵は全員倒れており、立っているのは俺と尾白だけになっていた。

 

「悪い。取り乱してた」

 

 ばつが悪くなり、俺は尾白に背を向ける。俺を気づかってか、尾白は何も言ってはこない。聞こえてくるのは、炎の燃える音と戦いで荒くなった息遣いだけだ。

 しばらくして息が整うと、俺は尾白の方に向き直った。

 

「俺達は乗り切れたとはいえ、一人で飛ばされたり、攻撃手段がない奴がいたらまずい。早くみんなと合流しよう」

 

「でも、俺達みたいにいろんな場所に飛ばされてたらみんながどこにいるか……」

 

「心配するな。位置はもうわかってる。13号の所に先に向かうから、ついてきてくれ」

 

 敵の襲撃によって得た収穫が一つある。俺の個性の成長だ。それは視覚以外でもオーラを知覚できるようになった事で、背後や建物の裏など見えなくてもオーラを感じとる事ができるようになった。

 複数の敵を相手にした戦闘では、目に頼っていては死角からの攻撃に対応が遅れた。加えて炎や瓦礫で視界が奪われる中、視界以外のオーラも感じとる必要があった。そこで、目に頼らず感覚に身を投じる事で俺は一歩上のステージへと登る事ができた。

 充分個性を伸ばしていると思っていたが、まだ伸びしろがありそうで自分自身への期待感が増している。

 この個性の成長もあってか、幸い敵に出くわす事もなく最初のセントラル広場まで戻ってきたが、そこで俺達が見たのはかなり衝撃的な場面だった。

 

「……っ先生……!!」

 

 相澤先生が怪物に押さえつけられていた。血塗れでボロボロになり、腕はありえない方向へ曲がってしまっている。

 プロのヒーローがここまでやられる相手だとは、俺達は誰も思っていなかった。飛ばされた先に現れた敵に生徒の俺達が勝てたなら、すぐに鎮圧してくれるだろうと。負けるはずがないと。

 しかし現実はどうだ? どうこうできる次元を超えてしまっている。

 怪物が強いのが個性によるものなら、相澤先生の個性で消せるはずだが、その上で負けているということはそもそもの能力が桁違いということだ。

 

「ダメだ……。あんなオーラ、格が違う……。勝てる訳がない……」

 

 怪物のオーラは人の域を超えているように見えた。多くの色を混ぜて最後に残る黒。それが俺の見たオーラの印象だ。

 あまりの力の差に俺達が動けずにいると、リーダーとみられる手を体中につけた男の元に、先程俺たち生徒を方々に散らせた黒いモヤの男が戻ってきた。

 

「死柄木弔」

 

「黒霧、13号はやったのか?」

 

「行動不能には出来たものの、散らし損ねた生徒がおりまして……一名逃げられました」

 

 怪物のオーラに圧倒されて他のオーラが確認できていなかったが、確かに13号のオーラが小さくなり動いていない。それに、一つ遠ざかっていくオーラもある。オーラと動くスピードから、飯田だろう。彼ならすぐに他のヒーローを呼んできてくれる。

 

「黒霧、おまえ……おまえがワープゲートじゃなかったら粉々にしたよ……。さすがに何十人ものプロ相手じゃ敵わない。今回はゲームオーバーだ、帰ろっか」

 

「帰るだと?」

 

 これだけ好き放題暴れておいて、何を考えているんだ? そういえば、こいつらが言っていた目的はオールマイトの殺害。オールマイトが来ないからか? 

 

「けどもその前に、平和の象徴としての矜持を少しでも……へし折って帰ろう!」

 

 黒霧のモヤに包まれた死柄木が現れたのは、水難ゾーンの際にいた緑谷達がいる場所。そのまま死柄木は梅雨ちゃんの顔へ手を伸ばし、触れる。そこで見えたのは、個性発動のオーラの揺らぎと、それがかき消えたものだった。

 

「あいつ一体何を……!?」

 

 敵の個性を知らない俺には何が起こるのかはわからない。しかし、そばにいた緑谷が焦りと共に起こした行動は死柄木への攻撃だった。

 

「SMASH!!」

 

 力が暴発することなく放たれた一撃が死柄木に直撃する、と思われたが土煙が晴れた先にいたのは相澤先生を押さえつけていた怪物だった。

 この一瞬で移動したとでも言うのか!? 瞬間移動の個性でも使っているのかと思うほどのスピードだった。

 しかもオールマイトほどではないとはいえ、OFAの一撃を受けてなお無傷で立ち塞がるのは恐怖でしかない。

 緑谷の攻撃を防いだ敵達は、再び三人を襲う。緑谷の腕は怪物につかまれており、もう一度攻撃をするのは不可能だ。

 

「っやめろォォ!! そいつらに手ェ出すな!!」

 

 仲間の危機に思わず手が出る。勝ち目がないと分かっていても、このまま目の前で傷つけさせる訳にはいかない。

 距離があるため、目一杯のオーラを放つ。オーラは死柄木へと真っ直ぐ飛んでいき、その体を吹き飛ばした。

 

「チッ、まさかガキに邪魔されるとはな……。もうこいつらはいいや。脳無、あいつを先にやれ」

 

「へぇ、脳無って言うんだそのバケモン。脳みそむき出しなのに脳無って面白いネーミングだな」

 

 全身の筋肉は緊張でこわばり、震えが止まらない。でも平静を保つため、頭を回し口を動かし続ける。少しでも止まれば恐怖と絶望に飲み込まれてしまう。

 

「尾白、今の間に先生を頼む」

 

「お前一人であれに立ち向かうのか!? 無茶だ!」

 

「無茶でもやるしかないだろ。時間は稼ぐから早く行け!」

 

 手遅れになる前に尾白を逃す。完全にぶちギレて俺を殺すつもりの死柄木は、去る尾白の事など見向きもしない。

 

「死柄木弔、あの子供も逃していいのですか?」

 

「おまえがミスったおかげで、もう終わっちゃってんだよ。わかるか?」

 

 ポリポリと顔を掻きながら、死柄木は黒霧を睨みつける。掻きすぎて血が出ているが、その事を気にしている様子はなかった。

 

「そうそう、すぐにヒーローが何人も来るから撤退したら?」

 

「うるさいなぁ。おまえを殺した後でな!」

 

 押し寄せる悪意と恐怖を前にしたとしても、立ち向かわなければならない時がある。それが今だ。

 圧倒的な力の差はわかりきっている。それでも俺は戦わなくてはならない。負ければ死に、ヒーローの夢は絶たれる。

 今の俺にできることは限られている。いつものような小手先の技だけではどうしようもない。

 だからこそ勝機があるとすれば、限界を超える事。つまりは"Plus Ultra"だ。

 この数時間の間に、俺の個性は一段階進化した。ならば、さらに過酷な今の状況ならばもう一段階上へ進めるのではないだろうか。根拠も全くないが、今はそれに懸けるしかない。

 戦闘体勢をとった俺の頭の中からは、もう弱気な思いは消え去っていた。



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vs 死柄木弔

 軽く頬を叩き、俺は目を閉じる。今まで感じ取れなかった世界がここにはあった。

 

(なるほどな。よく見える)

 

 余分な情報を排除することで、より本質へ近づく。それは簡単なことではなく、普通はたくさんの物を身につけることで強くなろうとする。しかしそれでは自分自身が見えなくなってしまう。だから、最後に必要なのはそれらを捨てる勇気なんだ。

 

「ハハッ! 目ぇ閉じてるなんて余裕だなぁクソガキ!!」

 

 脳無を動かさずに死柄木単体で向かってくる。あくまでも自分の手で俺を殺すつもりなのだろう。

 

「気拉君!!」

 

 緑谷の声が響く。俺が敵の目を引いている間に距離をとれたようだ。

 

「奴の手に掴まれてはダメだ! ボロボロにされてしまう!」

 

 俺が死柄木の個性を知らないのを心配して言ってくれているようだ。確かにそう言う個性なら、さっきの行動にも説明がつく。

 

「チッ、ちゃんと敵向きの殺せる個性じゃねぇか」

 

 接近戦はダメだと分かった以上、オーラを放って距離を保ちながら戦うしかない。

 そこで、オーラを放とうと手に集めていると死柄木のオーラが黒霧のオーラに包まれているのが感じられた。

 

「またあのワープかよ!」

 

 個性を発動することでオーラができるのなら、ワープ先にもオーラが生まれるはずだ。俺は目を閉じたまま、周囲を警戒し……

 

「ここだ!」

 

 背後に向かって溜めたオーラを放った。

 俺以外には見えないオーラの塊が飛んだ先に死柄木は現れ、また吹き飛ばされた。

 

「ほらほら、二回も吹っ飛ぶなんて学習能力ないんじゃない? 早く帰りな!」

 

 散々煽り倒してみるが、内心はビクビクだ。尋常じゃない量の冷や汗が出ている。

 だから、敵への警戒は全く解かない。一瞬の緩みが命取りだ。

 死柄木から目を離さないままバックステップで間合いを取ると——

 

 

世界が反転した。

 

 

 正確には俺は左足を脳無に掴まれ、逆さ吊りになっていた。

 

「な、何!? このタイミングで——っぐわぁぁぁ!!」

 

 足に走る激痛。脳無が俺の足を折ったのだ。

 そのまま俺はゴミのように投げ捨てられ、死柄木の足元で身動きが取れなくなった。

 

「気分はどうだ、クソガキ」

 

「良いように見えるかよ、このクソ敵」

 

 悪態をつくが、ここまで追い詰められれば何をしようが逆転は絶望的だ。

 俺は額に近づく死柄木の手のひらを見ながら、覚悟を決めた。

 

 

BOOOM!!!! 

 

 

 死角から飛び出してきたのは爆豪。俺の顔に死柄木の手が触れる直前に、俺もろとも爆発で跳ね飛ばした。味方にも容赦がないが、加減する暇もなかったと解釈しておくことにする。

 

「大丈夫か、気拉!?」

 

 助けにきたてくれたのは切島だった。素早く俺を背負うと、走ってこの場を去る。振動が折れた足に響いてかなり痛いが、そんな事を言っている場合ではない。歯を食いしばって耐えるのみだ。

 

「なんとかな。それより、俺を緑谷のところまで連れて行ってくれ」

 

「緑谷!? 何で……って、まだお前、そんな体で戦おうってんじゃないだろうな!」

 

「いいから行けって! プロが来るまでに全滅しちまうのが最悪のシチュエーションだろうが! そうならないようにするには、考えつく策全部やって時間稼ぎするしかないだろ」

 

「……わかった。でも、無茶はさせねぇぞ。いざとなったら、俺が盾になるからな」

 

「そん時は頼りにしてるぜ」

 

 切島に背負ってもらいながら、俺は頭をフル回転させて新たな作戦を考えていた。

 足が折れた俺はもう本格的な戦闘には戻れないだろう。オーラで強化して立ち上がったとしても、限度がある。ならば、俺は皆のサポートに回るのが得策だ。

 作戦を練り終わったところで、俺と切島は緑谷のところまでたどり着いた。

 

「緑谷、ちょっと手出せ」

 

 困惑顔を浮かべながら、緑谷は言われた通りに手を出す。俺はその手を掴むと、緑谷のオーラを最大まで活性化させるように個性を発動した。

 

「き、気拉君……。一体何をしてるの?」

 

「お前の個性を、全力で使えるようにしてやってんだよ」

 

 緑谷の体は、OFAを100%で使うにはまだ出来上がっていない。そこで俺の個性で強化してやるのだ。しかし、緑谷のオーラ量や俺の技術ではそう何回も使えないだろう。無傷で全力の個性を使えるのは1回が限界のはずだ。

 

「使うタイミングは良く見極めろよ、2回目は体がもたないからな」

 

 忠告をした上で緑谷近くの物陰に潜ませ、そして同じくオーラを活性化させた切島を送り出す。

 俺が切島に出した指示はただ一つ。死なないように逃げ回れ、だ。

 俺たちには死柄木だけならまだしも、脳無を倒せるほどの実力は無い。だから残された勝利条件は、飯田が呼びに行った教師陣がここへ来るまで時間を稼ぐこと。

 しかし、あまり時間稼ぐ余裕はないようだ。

 切島も、爆豪もなんとか大きな怪我はすることなく耐えているが、どの攻撃にも間一髪、奇跡的といった具合に避けており、いつやられてもおかしくはない。

 俺は近くに落ちていた、折れた鉄パイプを杖代わりにして立ち上がった。オーラで足を強化しているものの、もしもの為に全てのオーラを注ぎ込むわけにはいかず、多少不自由ではあるが支えが必要だった。

 

「後はあいつがいれば……」

 

 この場に足りないピース、轟の姿が見当たらない。現時点で、間違いなくこのクラスのトップの実力を持つ彼の力が必要だ。

 

「せめて、あいつの氷で時間稼ぎができれば……」

 

 案を練っている最中でも敵の猛攻は止まらない。一撃が即死級の攻撃を避け続ける爆豪達の疲労は、目に見えて溜まっていた。

 

「気拉君! 僕も行くよ! このままじゃ、2人が!」

 

「待て、緑谷! 一回しかチャンスがないお前が行っても死ぬだけだ!」

 

「でも……」

 

「でもじゃない! お前のその正義感は、実力が伴わないままだとただの無謀だ! 今のお前は弱い学生の緑谷出久だろ。オールマイトじゃない」

 

 緑谷を説き伏せ、轟を探すべくオーラの感知を——

 

「痛っ……! こ、こんな時に……」

 

 頭が割れるように痛む。オーラの使いすぎによる副作用が今になって現れたようだ。

 立つこともままならず、俺は膝をついた。

 

「大丈夫!? 汗がすごい出てるよ」

 

 痛みで出た脂汗で前髪が額に張り付いている。

 普段なら感じる不快感も、今は意識できないほど余裕が無い。

 

「お、俺の事なら放っておいてくれ。お前は……自分の役目の事だけを考えろ」

 

 情けなくなるくらいにフラフラの足で何とか立ち上がり、戦況を確かめようと顔を上げると——

 

氷山ができていた。

 

 目の前に氷山ができていた。

 その光景を最後に、俺は気を失った。強がっていても、俺の個性は限界を迎えていたのだ。



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終焉……そして……

 どれくらい気を失っていたのだろうか? 

 目が覚めると、隣に寝ていたのは相澤先生。13号は別の場所にいるようだ。

 

「目が覚めたのね、気拉ちゃん」

 

 梅雨ちゃんと尾白が介抱してくれていたようだ。他には梅雨ちゃんと一緒にいた峰田、暴風・大雨ゾーンから合流した常闇、口田が守ってくれていた。

 俺も寝ている場合じゃあない。立ち上がって現状を把握しなくては。

 立ち上がろうと足に力をいれる。

 

「痛ぇぇぇ!! 折れてたの忘れてた!」

 

 なけなしのオーラで折れた左足を強化して立ち上がろうとするも、支えとなる棒がないと立たないほどフラフラだ。生まれたての子鹿よりも足がプルプル震えている。何とも情けない姿なもんだ。

 

「そうだ、状況はどうなってる?」

 

「オールマイトが到着した。終焉の時は近い」

 

「それなら安心……!?」

 

 常闇の黒影(ダークシャドウ)が指差す先に見えたオーラは、確かに見覚えのあるものだった。

 だが、オールマイトのオーラは弱々しいトゥルーフォームのものに戻りつつあった。

 

「まずいな……時間切れか……」

 

 幸いにも、脳無は天井に開いた穴を見るにオールマイトが倒したようだが、まだ凶悪な敵が二人も残っている。

 

「オールマイトが今は動けない……それに気づいてるのは……」

 

 気づいてるのは俺とOFAの継承者である緑谷くらいだろう。

 他の皆は知らない。オールマイトに限界が近づいている事を。

 

「俺が行くしか……何するんだ?」

 

 主戦場に戻ろうと一歩踏み出した俺の腕を、尾白が掴む。

 

「どこに行くんだ?」

 

「わかってるだろ。加勢に行く」

 

「その怪我で何を言ってるんだ! 君のおかげでオールマイトが来るまでの時間が稼げた。もう君は十分に役目を果たしたじゃないか」

 

 火災ゾーンで背中を預けた者同士だからとかではなく、俺も尾白が心配してくれていることくらいはわかる。

 でも……

 

「ありがとう、尾白。……でも、俺にはまだ役割が残ってるみたいだ。厄介な個性のおかげで、それが見えちまった」

 

 俺は走り出した。折れた足なんて知ったことか。武器なんて鉄パイプ一本で十分だ。

 脳内麻薬が過剰に分泌される。足の痛みなど、もうほとんど感じない。

 俺は無心で走るだけだ。

 

(オールマイト!!)

 

 視線の先に土煙と、それに混ざった蒸気が見えた。

 その中には、ボロボロになったオールマイトが立っている。

 もう動くこともままならないだろう。

 

(少しだけで良い。時間が稼げるなら!)

 

 俺は生命活動に必要な分だけを残して、オーラを全て右手に集めた。

 消費し切った俺のオーラ量では、オールマイトがパンチ一発繰り出すのも難しいだろう。

 だが、無いよりマシだ。

 

(さあ、届いてくれ!)

 

 射出したオーラは光の糸を引きながら、オールマイトに吸い込まれていく。

 

(よかった……。届いた)

 

 俺が再び意識を失う直前、オールマイトと目が合った気がした。

 

 ⬛︎ ⬛︎ ⬛︎

 

 後日譚……というか、俺は丸2日寝続けていたらしく、既に過去となってしまったUSJ事件なのだが、飯田が呼んでくれたプロヒーローである先生たちが到着したことで、なんとか収束したらしい。

 オールマイトが倒した脳無も捕獲されたが、主犯の死柄木と黒霧には逃げられたそうだ。

 この事は病室に事情聴取に来ていた塚内という警部から、聴取の合間に聞いた。

 

「協力してくれてありがとう。君の事はオールマイトも心配していたよ。まさか君には、リカバリーガールの治療ができないとはね」

 

 リカバリーガールの個性「癒し」は、人の治癒力を活性化させて傷を治す個性だ。

 対して俺の個性は、治癒力を含めたオーラを消費する。オーラが尽きかけていた俺の状態では、「癒し」の個性は逆に死に繋がる。

 だがらまだ、俺の足は砕けたまま繋がっていない。ギプスで固められている。俺の治療はオーラが回復してからになるだろう。

 

「そういえば、そろそろ雄英体育祭の時期だね。今年は警備を強化してやるそうだよ」

 

「そうなんですか。中止しないんですね」

 

 雄英体育祭。

 それは、日本におけるビックイベントの一つであり、「スポーツの祭典・オリンピック」に代わるものとして、日本全国から注目を集める催しである。

 もちろん、プロヒーローが視察に訪れるため、ヒーロー科の生徒なら絶対に活躍したいイベントだ。

 

「君の活躍を期待しているよ」

 

「ありがとうございます、塚内さん」

 

 警部と聞いていたから少し警戒していたが、フレンドリーで話しやすい人だと感じた。

 その後も雄英体育祭の話をしていると……。

 

「奥弥!! 大丈夫なのか!?」

 

「気拉少年! 君が起きたと聞いたぞ!」

 

 病室に騒々しく駆け込んできたのは、家族と大男だ。

 

「奥弥……無事で本当によかった……」

 

「心配かけてごめん、母さん。それに父さんも」

 

 車椅子に乗った母さんは入院している病院の病衣のままで、父さんもよれたスーツに汗が滲んでいる。相当急いで来てくれたのだろう。

 

「オールマイト……息子を守ってくださってありがとうございました。あなたがいなければ、奥弥は今頃どうなっていたか……」

 

「いえ、お父さん。私は彼に対して何もしてやる事ができませんでした」

 

 ブンと音が鳴るほどの勢いで、オールマイトが父さん、母さんに頭を下げた。

 

「ちょ、ちょっとオールマイト!? やめて下さい! そんな、頭なんて下げなくても——」

 

「私は平和の象徴として、敵から生徒達を守る責任がありました。しかし、気拉少年……奥弥少年が重傷を負ってしまった事は事実。私の不手際です」

 

 No.1ヒーローが一個人の親に対して謝罪する。そんなオールマイトを俺は生まれて初めて見た。

 

「彼は自分の身も顧みず、私や他のクラスメイトを助けるべく尽力してくれました。絶望にも負けない強い心。そして、冷静な判断力。彼はそれを兼ね備え、素晴らしいヒーローとしての素質を持っています。どうか、雄英で彼を育てさせてはもらえないでしょうか!」

 

「……雄英で学ぶ事は、奥弥にとって一番良いと私は思っています」

 

 長い沈黙の後、母さんは静かに話しだした。

 

「私は奥弥のヒーローになりたいという夢を、これからも応援し続けるつもりです。ですから、息子の事をどうか守ってください。勝手な親だと思われるかもしれませんが、奥弥が傷つく姿は見たくありません」

 

 いつも病室で優しく微笑む母さんはここにはいなかった。真剣な眼差しでオールマイトと話す。もはや、No.1ヒーローという立場は無かった。

 

「では、お父さんにお母さん。事件のことで少しお話がありますので、少しお時間よろしいでしょうか?」

 

 塚内警部に連れられて、両親が病室から出た。

 残された俺は、オールマイトの2人きりだ。

 

「すまないね、気拉少年。敵にやられていた私の体を動くようにしてくれたのは君だろう?」

 

「俺にはそれくらいしかできませんから。オールマイトも体は大丈夫なんですか?」

 

 オールマイトは知らないだろうが、俺は彼が病院に来た時からマッスルフォームだった事を感じ取っている。

 

「君は本当に鋭いな。実は私の活動限界が50分前後に縮まってしまった。マッスルフォームの維持だけなら1時間半はできるだろうが」

 

 思ったよりも短いその時間に、俺は危機感を拭いされなかった。

 もしも今回いた脳無が複数いた場合、1時間で片付けるのは難しいだろう。

 

「この事は緑谷には?」

 

「言ったよ。緑谷少年は私の後継だからね。でも、君に頼みがある。No.1としてヒーローを引っ張るのは、OFAだけじゃなくてもいい」

 

 目力の強いオールマイトが更に威圧感を増す。

 

「君もいる! ってことを世の中に知らしめてほしい!!」

 

 なんとも重い責任を背負ったものだ。

 トップヒーローにそこまで言われては、何がなんでもやらなくてはならなくなった。

 俺は、布団の下で拳を握りしめた。




USJ編終了!
次回、体育祭編開幕!
案の定爆豪に目をつけられた奥弥は、爆死を免れる事はできるのだろうか?


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