メソポタミアの冥界でエレちゃんに仕えたいだけの人生だった…。 (土ノ子)
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メソポタミアの冥界でエレちゃんに仕えたいだけの人生だった…。


 ベッドに横たわりながらスマホを手にソシャゲを遊んでいた男が、進めていたストーリーが一段落したことを確認するとフゥと一つ息を吐き。

 

 

「ああ、やはりエレちゃんは尊い…」

 

 

 理性を蒸発させた呟きを漏らした。

 

 

「次に生まれ変わるならメソポタミアの冥界がいいなぁ」

 

 

 そもそも冥界に生まれ変わるってなんだよ、とツッコミを入れる人間は生憎と周囲にいなかった。男の妄言はそのまま続く。

 

 

「というかこんな健気で可愛い()を云千年放置プレイ…もとい、仕事押し付けてほったらかしとか神様の倫理観どうなってんの? ああ、型月世界ならデフォルトですよね知ってた」

 

 

 返事など期待していない独り言をつぶやき続ける男。

 

 

「というか誰でもいいから手助けしようと思った奴らはいないのか。エレちゃんが欲しかったのは周囲からの承認と称賛かもしれないけど、必要だったのは助けの手だろうに」

 

 

 毎日やってくる死者の対応だけで一日が暮れ、それが延々と続くスーパーブラック勤務が描写されたイベントシーンに男は同情の念を抱いた。

 

 

「俺がメソポタミアの冥界にいたら手伝ってあげられるんだけどなぁ…なんて」

 

 

 叶わない戯言、空言と自覚しつつ苦笑を漏らす。

 

 

「死後はメソポタミア冥界行き希望…我ながら洒落になってないなぁ。なにせもうすぐ死ぬし」

 

 

 男は死病を患っていた。横たわるベッドと病室は殺風景なほど真っ白で何もなく、死を暗示させる。先ほどの妄言も、冗談交じりであってもそれなりに真剣みの入った男の本音だった。

 

 

「それにつけても エレちゃん引けぬ 悔しさよ」

 

 

 数日後、そんな辞世の句じみた妄言を遺した男はひっそりと息を引き取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 寒い…。とても、寒い…。凍えそうなほど、寒かった。

 

 

『………………………』

 

 

 暗い…。とても、暗い…。何も見えない位、暗かった。

 

 

『………………………』

 

 

 無い…。なにも、無い…。光も、熱も、命も、無い…。

 

 

『………………………ぁ』

 

 

 自分が誰か、今が何時か、何故ここにいるのか…。何もかもが曖昧で不確かだった。

 

 

「あ、いたいた。貴方、大丈夫? 消えかけてない?」

 

 

 声が、聞こえた。

 

 

「たまにね、正規の道から外れた荒野に落ちてくる魂がいるの。黄泉路の迷子ね、それが貴方」

 

 

 掛けられた声に意識を向ける。

 

 

「そして私こそ冥府の女主人にして貴方を所有する者。このエレシュキガルが来たからには最早貴方に自由は無い…って貴方見たこともないくらいに魂がボロボロ。っていうか消えかけ!? あわわ、大変、大変なのだわー!!」

 

 

 暗闇の中に花が一輪、ひっそりと咲いていた。

 

 

「誰か、誰かー! って冥界(ココ)に私以外いるわけないのだわー!!」

 

 

 嗚呼(ああ)…。

 

 

「ちょ、ちょ、ちょっと待って! 冗談、冗談なのだわー! ちょっと脅かしたけど、冥府(ココ)は良いところって言うか良いところにしてみせるから…ってとにかくこのままじゃ消えちゃうー!」

 

 

 壊れモノを扱うように触れたその手は少しだけ温かく、その温かさは何よりも尊く感じられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どこまでも暗く、静かで、動く者の無いメソポタミアの冥界。日々変わらず繰り返される営みの中に珍しく喧騒に満ちた一時の嵐が訪れ、そしてつい先ほど過ぎ去ったばかりだった。

 

 

「ビックリしたのだわ…」

 

 

 地の女主人エレシュキガルは手製の槍檻(そうかん)へ保護した一つの魂を見ながら、ようやく一息を吐けた事実に安堵の息を漏らした。

 

 

「魂魄が傷だらけ…。生前の来歴がほとんど読み取れないなんて初めてだわ」

 

 

 この魂の持ち主は果たしてどれ程の道程を踏破してきたのであろうか…。冥府の支配者たるエレシュキガルは魂を扱わせれば右に出る者はいない達者。その彼女が見るところ、この魂に刻みつけられた傷は破損ではなく、摩耗だ。

 

 遠く遠く…それこそ遥か未来の平行世界から意志一つ、魂魄一つでこのメソポタミアの冥界へと歩み抜いたかのような摩耗。おそらくはその長い冥府の旅路に擦り切れ果て、生前の記憶などほとんど残っていまい。

 

 

「何者なのかしら?」

 

 

 何千何万年と冥府を管理した経験から見ても珍しい魂の持ち主、その正体に少しだけ思索を巡らせる。

 

 

「いえ…。何者であれ、私が支配する冥府へ魂一つで訪れた以上それは我が庇護の対象。差別なく、区別なく、他の霊魂と同じように扱うだけ」

 

 

 恐らくは彼女の管轄であるメソポタミアの外から来たであろう魂。如何なる理由を以てか分からないが、わざわざエレシュキガルが庇護する冥府へ訪れた魂。

 

 何千年と孤独に職責を果たし続けながらも少しもスレたところの無いエレシュキガルからすれば如何なる素性か大いに気になる存在だ。

 

 だが必要以上に生真面目な彼女はその芽生えた好奇心を押し殺すようにつぶやく。

 

 彼女は偉大なる冥府の女神エレシュキガル。だがその職責に反しない範囲で()()()()であっても良いのだと知らない箱入り女神であった。

 

 

『………………………………ぅ…………ん』

「あら、お目覚めかしらね」

 

 

 消失しかけた意識がハッキリとしてきたのか、槍檻から思念の欠片が漏れる。

 

 

「御機嫌よう…とは言えないかしら。何せつい先ほどまで消えかけていたのだし…。大丈夫? また消えかけたりしていない?」

 

 

 女神の威厳を出そうと気取った声をかけるもののすぐに人の良さを隠し切れない様子で魂に心配の声をかける女神(可愛い)。

 

 

『…………俺…、私?………僕…は…………?』

「無理に考えない方が良いのだわ。貴方が何の処の誰であれ、私が統べる冥府へやってきた以上我が庇護の対象。黄泉の旅路に傷ついた貴方は少しの間その槍檻に置いて様子を見ます。衣食住の面倒は見るから満足するまで好きなように私の冥府で過ごすと良いわ」

『ぅ…………ぁ……』

「静かに、休み、自分を労わりなさい。それが今貴方のすべきことよ」

 

 

 気遣いの籠った声に従ったのか、霊魂の明滅が小さく安定した状態に変わる。

 

 

「それじゃあね。もう少し見ていてあげたいけど、生憎私は忙しいのだわ。」

『貴女……は…?』

「我が神名はエレシュキガル。地の女主人にして冥府を彷徨うガルラ霊の大元締め。即ち貴方の支配者なのだわ。覚悟しておくのね、一度私の手に捕らえられた以上簡単に解放されるとは努々(ゆめゆめ)思わないように―――」

 

 

 精一杯悪ぶって間違った方向に威厳を出そうと無駄な努力を重ねる女神(尊い)だが、意識朦朧な霊魂にその声は届いていなかった。

 

 

『エレシュ、キガル……………………エレちゃん?』

「エレちゃんっ!? なんでそんなに気安い呼びかけなのだわっ!? 初対面よね、私たち!?」

 

 

 あ、でも意外と悪くないっていうか可愛い呼び名では? と内心でドキドキのエレシュキガルである。冥府で云万年も孤軍奮闘し続けた女神(ボッチ)はこういうアプローチに大変弱かった。

 

 表層意識の上っ面は気安い態度をとらないでよねっ! とばかりにツンとした態度をなんとか堅持しているが、その心の内は颶風襲来とばかりに荒れ狂っていた。

 

 これから主従として長い長い時間を共に積み重ねていく二人に、良かれ悪しかれ強烈なインパクトを刻み付けたファーストコンタクトであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 冥府を管理して幾年月。ルーティンと化したエレシュキガルの日々に突然やってきた一つの霊魂。槍檻に収められ、少しの間共に過ごした彼を名残惜しみながらエレシュキガルが解放しようとしたその時、突然の申し出を彼は言い出した。

 

 

「私に仕えたい?」

『はい、是非とも』

 

 

 エレシュキガルの眼前には件の霊魂。ぼやけた青白い光を発する鬼火はエレシュキガルの前に跪くように光量を抑え込みながらも時折バチバチと強い光を放っている。感情を抑制しながら強い決意を感じる声音からも熱い意気込みが垣間見えるようだった。

 

 

「なるほど、ね。正直そんな申し出を受けたのは初めてなのだわ。さて、私は冥府の管理者としてどうするべきかしら」

 

 

 と、一見冷静に魂の申し出を吟味している風のエレシュキガルであるが。

 

 

(こ、これってつまり私に初めての眷属! 部下! 家族が出来るのだわ!? だわわ!??)

 

 

 その心の内では大いにパニック状態に陥っていた。もちろん一介の魂如きからの申し出に仮にも女神たる彼女がここまで動揺しているのは理由がある。

 

 冥界にはエレシュキガルの意を代行する《善きガルラ霊》が存在するが、彼らは言うなればエレシュキガルが必要に応じて生み出した分霊である。

 

 頼れと言われた《アヌンナ諸神》はとうに神性を失い、《死者を裁く七人の裁判官》はただ法律を読み上げる自動判定粘土板。冥界の七門は予め命令しなければ門番の役割すら果たせない代物。

 

 それでも彼女は頑張った。自身の力を分けて無理やり人手を増やし、スーパーブラックなワンオペレーションを何千何万年経とうが挫けずに頑張り続けた。

 

 太陽と水がなくても育つ作物、食べる草がなくても育つ動物、肉体の無い霊魂でも安らかに暮らせる終の棲家…。長い時の間に書物を読んで知見を広げ、冥界に役立つ産物を探し続けたが成果は得られない。

 

 魂が最後に流れ着く地たる冥界を少しでも良い国にしようと頑張り続けるが冥界を取り巻く環境の改善どころか日々増え続ける死者の霊魂に対応するのが精いっぱいというのが実情である。

 

 そんな心が弱り切っている中に突然手を差し伸べられれば思わず手を取ろうとするのはごく当然の心情だろう。

 

 もちろんたかだが霊魂一つがエレシュキガルの手足たるガルラ霊に加わったところで大した働きは望めまい。だがエレシュキガルにとっては驚天動地、0が1になるが如き革命的な出来事だ。

 

 この申し出を受け容れれば彼はその瞬間から自分の眷属、()()()()()()()! になるのだ。冥府の支配者として地の底に封じられて幾星霜。その間常に孤高を貫き通した女神(ボッチ)の人恋しさは常人の計れるところではない。

 

 人恋しさにペットを迎える一人暮らしの独身女性の寂しさを数億倍に濃縮した感覚と言えば多少は近かろうか。

 

 

『エレちゃ……慈悲深きエレシュキガル様に恩を返したいのです! どうか、どうか!!』

 

 

 霊魂は不敬な発言をポロっとこぼしているが、突然の申し出に対し常ならぬ情動に襲われている女神(ポンコツ)は気が付かなかった。

 

 普通の霊魂は死後も労働に勤しむだけの意欲がある者などまずいないが、この霊魂だけはやけに意気軒昂としており元気いっぱいな様子である。死んでから本気出すどこぞの島国で生まれた戦闘民族の末裔らしいアッパー気味なテンションだった。

 

 エレシュキガルもまた表面上はクールを装っているが、内心は既に彼の手を取る方向へ天秤が傾いている。

 

 

『この冥界を、貴女の統べる世界を、地上より天空よりどんな世界よりも美しい世界へと変えたいのです!』

「あ、貴方! 素晴らしいのだわ、分かっているのだわ!! そうよ、来る日も来る日も来る日も来る日もずーっと新しくやってくる魂の対応ばっかりで私の宮殿の建設すら全然進んでなくってそろそろ心が折れそうかなーって思ってたけど!」

『……わーお』

 

 

 霊魂、思わず漏れた女神(ブラック勤務)の叫びに一瞬ガチでドン引く。

 

 

「貴方がいるならもう大丈夫なのだわ! だって私はもう一柱(コドク)じゃあないんだから!!」

『ははーっ! その意気ですエレシュキガル様! 不肖、この《名も亡きガルラ霊》も及ばずながら精一杯助力致します! そしていずれはこの冥界を!』

「ええ、三界一番の美しく秩序の保った安らぎの大地へ変えてみせるのだわ!」

 

 

 霊魂、女神(尊可愛い)の健気な発言に一瞬で掌大回転。

 

 

『その意気ですエレシュキガル様! 素晴らしい心持ちですエレシュキガル様!』

「そうかしら? そうよね。私、頑張っているのだもの! ちょっとくらい褒められて嬉しく思ってもいいわよね!」

『もちろんでございます! エレシュキガル様はお美しい! その美貌ももちろんですが何より御心が美しゅうございます!』

「……そ、そこまで言うほどじゃあ。ほら、皆私なんかよりイシュタルの方が美しいって」

『イシュタル様は関係ございません! 美しいものは美しいと言って何が悪いのですか!?』

 

 

 そのまま太鼓持ちよろしく女神をひたすら持ち上げる霊魂。肉体があればははーっと地に頭を擦り付けていただろう。何だったら揉み手の一つもしていたかもしれない。

 

 しかし佞臣のような発言も全ては自信がなく内向的な彼の主人を上向きの気分にさせるため。霊魂からのアゲ発言にあわあわ、あたふたする姿にほっこりしているわけでは断じてないのだ!!

 

 

「あ、貴方…」

 

 

 ふと声音が落ち着いた気配に踏み込み過ぎたか、と自身の迂闊な発言に焦る霊魂だが。

 

 

「とっても良い人間()なのだわー! 私、冥界で頑張ってきて良かったのだわー!」

 

 

 女神(チョロカワイイ)はそんな霊魂の危機感にちっとも気付かず、素直に感動の叫びを上げた。これには霊魂もニッコリ&ホッコリである。

 

 

「う、うぅ…。苦節云万年冥界で頑張り続けて、ようやく私にも転機が訪れたのだわ…。初めての眷属が出来たのだからきっとこれからはどんどん良くなっていくに違いないのだわ!」

『ははーっ! 及ばずながらエレシュキガル様に私の死後を捧げまするーっ!』

「ええ、貴方は私が責任を持ってずーっとお世話してあげるのだわ! なにせ、()()、可愛い眷属、なんだから!」

 

 

 私の、の辺りに強めのイントネーションを置いてこれ以上ないほど調子に乗っている様子のエレシュキガルにエレちゃんは可愛いなぁとほんわかする霊魂だった。

 

 なお何気なくエレシュキガルが言葉にした()()()()の意味がまさに文字通りの意味であることを《名も亡きガルラ霊》はこれから先の長い長い時間をかけて実感することになる。

 

 これはそんなポンコツ可愛い女神様と彼女にとっつかまえられた色々と迂闊で一途なガルラ霊が紡ぐ物語、その序幕(プロローグ)である。

 

 

 

 

 

 

 

 

《名も亡きガルラ霊》

 

 主人公。メソポタミアの冥界でエレちゃんに仕えたいだけの人生を送り、死後その願望を実行に移したキチガイ。死んでから本気出す系民族の末裔。生前のことはボンヤリとしか覚えておらず、FGO関連の知識もエレちゃん関連以外はほぼ忘却している。

 

 果てしない時を孤独に過ごしたエレシュキガルが初めて得た自分だけの眷属(モノ)。なのでその存在が可愛くて堪らない。一人暮らしに寂しさを感じた独身女性がペットを溺愛する感覚を幾億倍か濃縮したそれに近い。

 

 その委員長気質故に平等に公正に扱おうとしているが、成功しきれず相当に贔屓している。具体的にいうと冥界における不朽の加護。エレシュキガルの加護ある冥界にいる限り彼を害するには上位の神格がその権能を大いに力を込めて振るう必要がある。なおあまり大きな力を振るえばエレシュキガルが即座に飛んできてプチっと潰すので冥界で彼を滅ぼすのは不可能に近い。

 

 本人的にはエレちゃんを助けてヨイショしてだわだわしている姿に内心でほっこり出来れば満足なので概ね無害な存在。だがエレシュキガルとのパイプ役として地上や天界に出張することが多く、その際に彼の身が害されれば怒り狂った冥府の女神が下手人へと恐ろしい罰を下すだろう。そういう意味では取扱注意な劇物でもある。

 

 



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現行で連載中のオリジナル小説執筆合間の気晴らし兼宣伝がてら以前投稿した短編の続きを投稿します。

執筆メインはあくまでもオリジナル小説主体となり、こちらはかなり不定期間隔の更新となりますがご了承ください。

メソポタミア冥界で内政&外交&時々戦争する第一部。
人理に名を刻んだ、今は《名も亡きガルラ霊》が『冥界のアーチャー』として召喚され、FGO第一部をダイジェストで走り抜ける第二部……まで行けたらいいなぁとなる予定は未定ってばっちゃが言ってた。

なお本作執筆にあたり、かなり脳みそのネジを緩めて書いているので、
・キャラ崩壊
・真面目に不真面目な態度
・原作設定無視
などございますが、広い心で受け入れて頂くか、合わないと思ったらブラウザバックでお願い致します。


 

 

「それじゃあ今日のお勤めに行きましょう!」

 

 誰が見ても絶好調とばかりにアゲアゲなテンション高めのエレシュキガルは声高らかにそう告げた。

 この云万年、ただ一日たりとも休日(オフ)という概念を使用したことのないスーパーブラック勤務の女神。彼女は雨が降ろうが槍が降ろうがそれこそ眷属が増えようが、自らの務めを疎かにするということは考えない。念頭にも浮かばない。

 今日くらいは休んでもいいだろう、だとか初めての眷属が出来たお祝いをしようなどとは考え付きもしないのだ。

 尤も。

 

『ははーっ! どこまでもお供致します! エレシュキガル様!』

 

 テンションアゲアゲで応じるアッパー系ガルラ霊も大概似た者同士なのだった。とはいえ彼の場合は真面目であるというよりも女神(アイドル)オタクを拗らせた信者(ファン)というのがニュアンス的に近かったが。特定の事柄に限って命を燃やし尽くすが如き熱量を示す人種であった、もう死んでいるが。

 

「ね、ねえ。それ、止めない?」

『それ、と仰いますと?』

「その、様付けとか。だって貴方は私の眷属(カゾク)なのよ?」

 

 エレちゃん尊い、とガルラ霊のピカピカ具合が十割増しになる。(まぶ)し、と可愛らしく手を顔の前に置き顔を背ける仕草に反応してさらに発光度が増した。何時か訪れる冥界のクリスマスに飾られたクリスマスツリーもかくやの如き眩しさであった。

 

『ははーっ! では敬意と親しみを込めてエレちゃん様と呼ばせていただきまするーっ!』

「それで敬意と親しみを込めているのっ!? えっ、地上ではそんなに砕けたやり取りが当たり前なのかしら?」

『どうかご安心を! 人目がある時は弁え、エレシュキガル様とお呼びいたします!』

「そ、それなら、良いの、かしらね…?」

 

 そういうものかと首を傾げる女神(ボッチ)。

 云万年を冥界で孤独に暮らすワールドクラスの引きこもりであるエレシュキガルが他者との適切な距離感というものを知っているはずがない(断言)。

 

『ハハハ、恐れながら申し上げます。女王たる御身が俗事に疎いのも自然なこと。地上のとある場所ではこのような呼びかけは決して珍しくないのです』

 

 具体的には云千年ほど先の現代日本でスマホ片手にソシャゲをやっている連中の間ならちゃん様呼びもありえなくもないかもしれない(棒)。

 

「そういうものなの?」

『はい。そういうものです』

 

 純朴な女神を真面目な顔をして舌先三寸で丸め込みつつ、ピカピカと機嫌が良さそうに発光する《名も亡きガルラ霊》。今日も女神(可愛い)があたふたするのをホッコリ気分で眺めながら愉悦する彼は、ある種愉快犯的な性格の持ち主であった。

 

「そ、そう。そういうものなのね。それなら仕方がないのだわ」

『ははーっ! ありがたき幸せにございます、エレちゃん様!!』

 

 チョロい、と胸の内でガルラ霊が呟いたかは定かではない。

 

「ね、ねえ…。その呼び方、やっぱり止めない? は、恥ずかしいわ…」

 

 エレちゃん様可愛い、と胸の内でガルラ霊が呟いたのはエレシュキガル以外の誰が見ても明らかだった。

 

 ◇

 

 あの後、小芝居じみたやり取りもそこそこに、エレシュキガルが常日頃こなすルーティンワークを共について見て回った。

 

「そ、それでどうだったかしら?」

 

 どこかビクビクとした小動物的な若干の怯えを見せながら、それでも毅然とした風を装って問いかけるエレシュキガル。

 初めての眷属に良いところを見せたいと見栄を張りつつも、肝心の冥界は御覧のあり様なのでせめて言動くらいは取り繕おうとして取り繕う事が出来ていない様子だった。

 そんな彼女に頭隠して尻隠さずなエレちゃん様可愛い、と今日何度目か分からない呟きを胸の内で漏らすガルラ霊。彼は筋金入りのエレちゃんガチ勢であった。

 

『それは冥界が、ということでございましょうか?』

「そ、そうよ。貴方は私が治めるこの冥界を見て何を思い、何を感じたのかしら。忌憚のない意見を聞かせて頂戴」

『どう、でございますか』

 

 ふむ、と重々しく呟き、真面目な雰囲気を作り出すガルラ霊。

 別人の如き、それこそ二重人格じみた切り替えの早さ。だが彼は彼なりに真剣だった。ガルラ霊はエレシュキガルのポンコツ成分はもちろん、偉大なる地の女主人としての側面も敬愛していたからだ。

 

『偉大なる女神よ。御身は冥府に君臨する比類なき支配者にあらせられます。偉大なる《死》を司る御身は文明と人の隆盛に伴って力を増す。ひと度生を得て死なぬ命が無い故に。生まれ落ちた瞬間に死へ向かって歩き出す命は、決して自らの終わりに無関心でいられぬが故に』

「……ええ、貴方の言う通りよ。我が従僕。人が増えるほど、冥界が死者で満ちるほど我が権能は強壮さを増す」

『なれど足りませぬ。偉大なる御身を以てしても、余りにも冥界は広く深い。女神の暗く長き(かいな)が届かぬ程に』

「そんなことは…!」

 

 誰よりもエレシュキガルが分かっている。自らの権能の強力さを誇りながら、同時にその力と威光を冥府の隅々まで届かせることが出来ない無力感を誰よりも味わってきたからこそ。

 激発しかけた感情を落ち着かせ、声を低くして問う。

 

「……では、貴方はどうせよと?」

『信仰。地上の()の民から崇められることで御身の力を増し、冥府を御身の威光で満たすのです』

「でも私は地上に上がることは…」

『無論、承知の上。我が腹中に一案ございます。どうかこの献策をお受けくださいませ!』

 

 そうしてこれ以上ない程に大真面目に、ピカピカと興奮を示す発光を交えながら、暑苦しいほどの熱意を以て語られた献策。

 

「…………それ、アリなのかしら?」

 

 その献策はエレシュキガルが真顔で問いかけるほど、方々を刺激する代物であった。

 




現在連載中の『騎馬の民、シャンバラを征く~山羊に跨った凡骨少年、闇エルフの姫と出会い、英雄へと道を踏み外す~』もよろしくね!(宣伝)

いやほんと二次創作の原作というマワシを付けてない一介の野良小説家なんて大したことないと思い知らされました…。

気晴らしでもしないとやってられんというか、とりあえず有名な原作の二次作品書いて注目されてチヤホヤされたい(俗物ぅ…)

なお気晴らしで別の小説書く当たり小説家って生き物は業が深いなって思いました(小並感)。


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原作におけるメソポタミア冥界の時系列にて大幅な齟齬がストーリーの展開上発生しますが、剪定事象という便利な用語もあるので気にしないでください。
もっと言うとそもそも時代背景的におかしいんじゃないかという描写も
あるかと思いますが、気にしたらストーリーが止まるので気にしないことにします(断言)。

なお本作におけるギルガメッシュ王のメンタルは賢王寄り。
暴君期の我様とうちのガルラ霊(根は凡骨)じゃ交渉しても成功判定すら発生しない気がする。



 古代メソポタミアの都市国家ウルク。世界最古の文明発祥の地にて随一の規模を誇る。

 そしてウルクに君臨する王の名はギルガメッシュ。

 最古の叙事詩に名を刻む、人類最古の英雄王である。

 

「王よ、また職人達から嘆願が…」

「分かっている」

 

 玉座に腰掛け、詰まらなさそうに握りしめた粘土板に視線を送るギルガメッシュ王。

 既に日は落ち、夜も半ばとなるが、ウルクの祭司長シドゥリとともに遅くまで王の務めを果たしていた。

 話題はここ数日、ウルクが各地に有する坑道で報告が相次ぐとある異変についてだった。

 

「シドゥリよ、此度の騒動で死者は出ているのか?」

「……いえ、そのような報告は上がって来ていません」

 

 一呼吸程思索に費やして返答するシドゥリ。明晰な記憶力を持つ彼女の言葉

 だろうな、とどこか確信を得た達観さで呟くギルガメッシュ王。

 

「では()()()()()()()()()()()()はどうだ?」

「……いえ、そちらも特には。強いて言えば転んで足を挫き、しばしの間休みを取るものがいたとは聞いていますが」

「坑道で起きた事故ではなく、其奴(そやつ)個人の不始末だろう? 捨て置け」

 

 解けたパズルを眺めるような、無関心な横顔。

 

「…チッ、あの根暗の引きこもりめ」

 

 (オレ)を煩わせるか、とやや不機嫌そうに呟く。

 

「…………」

 

 若干の沈黙。

 

「シドゥリ」

「はい」

「……もうしばし経てば、使いの者が我がウルクの城門を叩く。速やかに門を開き、使いを我が前まで案内しろ。この時間まで騒ぐ不届き者達へは速やかに家へ帰り、扉を固く閉めておけともな」

「承知いたしました、手配いたします」

 

 全てを見た人とも呼ばれる賢王の言葉にただ諾と応える。その意味するところの半分も汲み取れずとも、訪れる使いが誰であろうとも。

 シドゥリは誰よりも王の近くで仕える臣下だった。

 

 ◇

 

 深々(シンシン)と静まり返るメソポタミアの夜。

 溢れんばかりの原始的な生命に満ちた大地にはありえざる静けさ。

 人は夜に眠り、休む生き物。

 だが夜こそ活発に活動し、暗闇こそその狩場とする魔獣の類も事欠かない。

 普通なら魔獣の咆哮や小さな生命が紡ぐざわめきにもっと夜の静寂は揺れているはずだ。

 

「……気味の悪い夜だ」

「ああ、普通の夜番ならもうちょっと色んな音や影があるんだがな」

 

 ウルクをすっぽりと覆う巨大な城壁。

 その城門の内側で栄えある門番の任に就くウルク民達がそう囁きを交わす。

 尤もその精神に微塵も緩みは無い。

 あくまで感じ取った不審な気配の相互確認と、気にしすぎないよう適度に気分をほぐす目的での会話だった。

 ギルガメッシュ王が自ら治めるに足ると断じたウルクに弱卒、無能はただの一人も存在しない。

 

「―――異変確認。クタ方面の街道上。夜のため距離判断は困難」

「こちらでも目視した。現時点では正面以外に異常は認められず」

 

 彼らもまた精鋭。

 それを証明するかのように異変を確認すると矢継ぎ早に情報交換を行い、認識を共有する。

 

「しかしアレは…」

「なんだってんだ。まさか冥府の先触れか」

「悪い冗談だ…。と言えれば良かったんだがなぁ」

 

 囁きを交わし合う門番たちの目に映るのは、一体のガルラ霊を先頭に、青白い光を放つ死霊が十数ほど隊列を組んでウルクへと進む姿だ。

 行儀よく整列して、静々と歩む姿は何処か静謐な神々しささえあったが、構成するのが死霊であるという時点で不吉極まりない。

 

「まず俺が下の連中を叩き起こして王の下まで走らせる。お前は緊急の八点衝を連続だ。いいな?」

「ああ。死霊の訪れなんて俺が生まれてから聞いたこともない。それくらいが妥当だろう」

 

 互いに視線を交わし、頷き合う。

 彼ら自身の判断で躊躇いなく大胆な行動に移ろうとした門番達は間違いなく優秀だった。

 しかし結果としてそのやり取りは無駄に終わる。

 

「お待ちなさい」

 

 今にも行動に移ろうとした彼らを止めたのは一人の女。

 何時の間にか城壁に上がり、門番達と肩を並べるように立つ祭司長シドゥリだった。

 

「王の命です。扉を開き、あの方々を迎え入れます」

「祭司長!?」

「正気ですか!?」

「王の命です。正気を疑うのなら私以外にしてくださいね?」

 

 クスリと微笑み、茶目っ気を込めた毒舌を振るう。

 その一見優雅で嫋やかな仕草に、あ、これ祭司長(シドゥリ)もロクに話を聞かされていないやつだと察する門番達。

 

「ギルガメッシュ王のご命令ですか」

「では仕方ありませんな」

「然り然り。では王の命通りに彼らを迎え入れるため、我らは開門の許可を取って参ります」

 

 君子危うきに近寄らず、と云千年先に全く異なる地域で唱えられることわざよろしく速やかにこの場を去る門番達。

 彼らは有能だった。それは怪しい気配を感じて脱兎と逃げ出す危機感知能力にも現れていた。

 

「……この夜更けに訪れる使者と聞き、尋常の報せではないと覚悟していましたが」

 

 幾ら何でも事前の説明もなしにこれは酷いのではありませんか、王よ…という呟きは夜の風に消えていく。

 彼らが玉座に戴く英雄王は有能極まりない暴君であり、とかく周囲を振り回すのだった。

 



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 とりあえず冥界の使者として交渉の口上述べるところからと考えていたらノータイムで開門され、美人なおねーさんのご案内付きで流れるように聖塔(ジグラット)の玉座まで連れていかれ、王様に謁見を許された時の心境を述べよ。

 正直に言おう。

 

 くっっっっっっっっっそビビるわ。

 

 なんなの? とりあえず交渉のチャンネル繋げられたらいいなーくらいのノリで来たら、余計な問答一切なしで向こうのトップと直接会談とかちょっと想定外が過ぎるぞ???

 

「どうした、雑種。(おもて)を上げよ。それでは話も出来ぬわ」

 

 そして王様もくっっっっっっっっっそおっかない(小並感)。

 まさしく威光(カリスマ)という言葉がふさわしい重圧。こっちの何もかもを見透かしたような視線。無為と判断すればバッサリとこちらの命脈を切って捨てそうな酷薄な気配。

 極めて有能な暴君というエレちゃん様の評は正しかったと絶賛身を持って体験中の《名も亡きガルラ霊》であった。

 

「名乗れ、冥府(エレシュキガル)の使者よ。貴様は(オレ)を知っていようが、(オレ)は貴様なぞ知らん」

「私は《名も亡きガルラ霊》。名乗るべき名を亡くした死霊であれば、どうかお好きにお呼びください。偉大なる人の王よ」

「ほう、エレシュキガルは(オレ)との交渉に名乗る名も持たぬ小物を寄越すか」

 

 軽いジャブとばかりに、ニヤリと口角を上げて笑みを作っての問いかけ。ただし威圧感は先ほどの十倍増し。

 ブラック企業の圧迫面接なぞこれに比べれば春風吹く中の優雅なピクニックだな。

 

「名乗るべき名を黄泉路の果てに亡くしたのは我が不明。どうかご寛恕頂きたく」

「ふん…?」

 

 それまでガルラ霊を視界に入れながら、有象無象の類と断じ、見ようともしていなかったギルガメッシュ王が、ようやく視点を合わせる。

 

「エレシュキガルも珍奇な道化を迎え入れたものよ。ガルラ霊、貴様このメソポタミアの大地から生まれた魂ではあるまい」

「……お分かりになられるので?」

(たわ)け。我を誰と心得る? 貴様の素性如き、一瞥もすれば見抜くことなど造作も無いわ!」

 

 叱責された。びびる。

 そして素直に感心する。ガルラ霊自身、自らについては記憶の損耗が激しすぎ、生前の名前すらもろくに覚えていないのだ。記憶の中で唯一明瞭なのは、正直に言えばエレシュキガルのキャラクターくらいのものであった。

 

「いずこの出自か読み取るには、魂魄に刻まれた摩耗が激しすぎるがな。そして敢えてそれ以上を読み取るほどの興味は貴様に無い」

 

 いやーむしろそっちの方がありがたいです、と内心呟く。

 《名も亡きガルラ霊》はエレちゃん様に仕えている今の自分に結構満足しているのだ。

 

「……が、良い。(オレ)に名乗る名を持たぬ件は不問に付そう。旅人が旅路の中で負った傷は、戦士が戦の中で負った傷に比すべきもの。戦傷を負った戦士が(オレ)の前で立ち上がれぬことを、(オレ)は無礼とは思わん」

「はっ! 王よ、寛大なお言葉に感謝いたします」

「許す。遠方から訪れた旅人を労うも王の度量というやつよ」

 

 もう完璧に彼我の上下関係出来上がっているが、一言弁解を言わせてほしい。

 この王様を相手に対等な関係を築こうとする人はもうそれだけで勇者と呼んで然るべきだと思う。

 そして激烈な圧迫面接から一転話が分かる風にオチを付けた辺りでグッと心理的に王様……ギルガメッシュ王に引き込まれた気がする。

 流石はエレシュキガル様が『彼女が知る限り最も有能な王様で金ぴか』と評した傑物と言うべきか。

 この辺りの交渉術も最早無意識にこなしていそうな…。正直な話、まともな意味で交渉するのは諦めるべきか。

 まあ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 大事なのは自身がエレシュキガルの名代であると言う事実を忘れないことだ。

 

「して、貴様がこのウルクを訪れた要件を聞こう。半ば見当は付いているが、物事には順番と言うものがあろう」

 

 マジかよ王様ヤベーな、とは思わない。

 こちらの意図で引き起こした騒ぎはギルガメッシュ王の耳にも届いているはず。

 

『ではお言葉に甘えて我が主人、エレシュキガル様に代わりそのお言葉を申し上げます。どうか、謹聴を』

「フン」

 

 鼻で笑いつつも、否定はしない。とりあえずあからさまにエレちゃん様を侮辱されない限りはスルーすることに決めた。

 

『【我、エレシュキガルは我が領域へ訪れ、我が財を掘り出す人間たちへ告げる】』

「ほう」

 

 玉座に腰掛け、尊大な『王様のポーズ』を取りながら、ジロリと視線を向けるギルガメッシュ王。静かな呟きながら向けられた視線はガルラ霊が自身の霊体に穴が開いたと錯覚するほど鋭い。

 正直に言って死にそうなくらい(もう死んでいるが)おっかないが、今のガルラ霊は女神エレシュキガルの名代だった。どれだけ怖気づこうと、ここでは意地でも突っ張る以外の選択肢はない。

 

『【冥府の片隅に足を踏み入れるその勇気に免じ、罪は問わず。しかし我が領域から財を掘り出す者へ贖いを求めるものである】』

 

 さて、無いはずの胃袋が胃酸で溶け落ちそうな交渉の第2ラウンドの始まりだ。

 

 

 



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 《名も亡きガルラ霊》が言葉を終えたその瞬間、ギルガメッシュ王の口角が笑みの形に歪む。

 これは、そう―――

 

「面白い事を(のたま)ったな、雑種」

 

 命がけの綱渡り(ガチ)を行う道化を見る目だ。

 ですよね、エレちゃん様の使者だろうがここから先は言葉一つ間違えたら多分首チョンパ喰らいますよね。そうなったらこちらは(言葉と定義が正しいか不明だが)死にますよね。

 

「つまるところ貴様の目的は地上における鉱石採掘への介入…それに(かこつ)けたエレシュキガルの信仰獲得辺りか。今のあやつは如何に強大な権能を所有しようが、その職掌は冥府神の枠を出ぬ。畏れられども、慕われはしまい。これ以上の信仰を得るのは難しかろう。

 だが此度の介入をキッカケに奴が新たな側面を得られればあるいは…と言ったところであろう?」

 

 ……………………まあ、なんだ。分かり切ってはいたことだが、やっぱりこの王様はヤバイな。

 (恐らくは)滅茶苦茶強い腕っぷしよりも、全てを見通す千里眼じみた洞察力の方がこちらにとっては間違いなく恐ろしい。

 

「貴様の主ともども、随分と無理を言っている自覚はあるか? 如何にエレシュキガルが己が財宝だと喚こうが、鉱石の採掘ははるか昔から地上の民によって行われてきた生業。いきなり贖いなぞ求めようともはいそうですかとはなるまい。

 そも如何なる理屈を以て、採掘する鉱石を己が財と主張するつもりか」

 

 うんまあ、ウルク側…というか地上側の既得権益に踏み込むかなりギリギリな発言をしている自覚はある。

 でも本気で冥界を発展させようと思ったら危ない橋の一つや二つ、渡らなければ始まらないんだよ。なにせ冥界だ、粘土が食事で埃がご馳走とか揶揄(やゆ)された土地なのだ。

 ある物全部使い倒して、ようやく目が出るか。それくらいに厳しい、正直に言えば現時点では博打が成立しないくらいに勝算の見通しが立たない話なのだ。

 だからいちいち自分の命(死んでるけど)など惜しがってられる状況じゃないんだなぁ(決意)。

 

『我が女神、エレシュキガルの職掌は冥府、(あまね)く大地の暗き場所に及びます。故に大地の底に眠る宝玉、鉱石は即ちエレシュキガル様の所有物。我が女神の財を掘り出す者に然るべき処置が必要であると、そう申し上げております』

 

 The・言ったもん勝ちパート1である。パート2が出てくるかは知らない。

 エレちゃん様にも確認したが、大地に埋蔵された各種鉱石の所有権について領分は曖昧だ。確定していない、と言うべきか。

 だが先ほど口上を述べたように、エレちゃん様の領分は冥府。つまり地下こそが彼女の版図であり、そこに埋まっている物は何であれ彼女の所有物であるとも強弁出来る。

 そしてエレちゃん様自身は自覚がないようだが、彼女は多少の強引な物言いも周囲に認めさせるだけの強力な権威の持ち主だった。

 

「フン」

 

 それは地上における『人』を代表するギルガメッシュ王であっても変わりはない。《名も亡きガルラ霊()》が未だに威圧感たっぷりのギルガメッシュ王から消し飛ばされていないのは、その部分も影響しているはずだ。

 

『……贖いを求める、とエレシュキガル様は仰られました。しかし同時にその勇気を称賛することをお忘れになられる方ではございません。冥府へ挑む者達へ、その加護をお与えになることをお考えであらせられます』

「ほう。勇気、そして加護と言ったか」

『山を巡り、鉱床を探り当て、何より地下へ坑道を掘り巡らせ、地下…冥府の領域へ採掘に潜る彼らは冥府に近しき者とも申せます。我らの世界に踏み込み、暗闇・崩落・瘴気と戦う者をどうして無下に扱えましょうか』

 

 これは多少の御世辞は含まれているが、俺とエレちゃん様の本音だ。

 鉱山採掘はもっと後の時代でも死者が出るのは珍しくない、危険な仕事だった。

 そしてここは物理的に穴を深く掘るだけで冥界に繋がる神代のメソポタミアなのだ。坑道を掘る内に冥府に繋がるという事例、実のところそれなりにあったりするらしい。

 冥府の厳しさを知るだけに、端っことはいえ生きたまま冥府に近づき、宝玉に鉱石という宝を採掘することの危険性は十分に想像できる。

 暗闇の中に輝く命の光、それは尊ぶにふさわしい輝きであると思う。

 

『冥府の女神は彼らを高く評価しています』

 

 何も神の使者という上段からただ地上側の採掘事業で得られる上がりを寄越せなどと宣うつもりはない。

 何よりこちら側が欲しているのは宝玉そのものではなく『信仰』。

 そのためにも一方的にこちらが得するような申し出はむしろ損ですらある。

 そう、取引とは相互を尊重し、利益を伴わなければならない。だってお互いの尊重と利益がある限り向こうの方から繋がりを維持しようとしてくれますからね(遠い未来を生きたエコノミックアニマルの感想)。

 これは冥界とウルクの『取り引き』だ。少なくともこちらはそのつもりでいる。

 問題はこのとんでもないキレ者な暴君がそこをどう受け取っているかだが…。

 

「……その申し出はしばし脇に置くとしよう。討議の前に、一つ片付けねばならん問いかけがあるのでな。心して答えよ」

 

 ス…、と切れ長な目を細めて冷たい視線でこちらを睨みつけ、

 

「ここしばらく坑道に潜る者達から引っ切り無しに嘆願が届く。坑道の奥から少なからずガルラ霊どもが湧き、とても仕事にならんとな。これは貴様の仕業か、雑種」

 

 そう、舌鋒鋭く問いかけた。

 



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「ここしばらく坑道に潜る者達から引っ切り無しに嘆願が届く。坑道の奥から少なからずガルラ霊どもが湧き、とても仕事にならんとな。これは貴様の仕業か、雑種」

 

 その問いかけに来るものが来たか、と覚悟を決める。

 

(誠実に、堂々と、話すべきことを話す…。やるべきことはそれだけでいい)

 

 こうして幾らか言葉を交わしたが、誇り高き暴君という初対面の印象は深まるばかりだ。

 そしてギルガメッシュ王と相対する時に、頭を垂れて恵みを乞うのはむしろ逆鱗に触れる行為というのが俺の見立てだ。間違っても侮らず敬意を持って、そして自分の職位と職掌を忘れずに堂々と対するのが恐らくは一番まともに扱ってくれる…と思う。つまり自分に出来ることを出来るだけ精一杯にやり切るということだが。

 そこまでやっても向こう側の地雷を踏み抜いて即死する気配が感じられるのが救えないが、逆にその協力を得られた時の見返りも大きいはずだからファイトだ俺(自己暗示)。

 

『は…。ギルガメッシュ王の仰ること、全て事実です』

「ほう? つまり、これは我がウルクを脅かす意図の()()か?」

 

 享楽に歪んだ笑みはそのままに、半ば殺意の滲む言葉が投げつけられる。先ほどまでの威圧がお遊びに思えるような、凶悪というも生温い殺気。

 

『―――――――』

 

 無いはずの胃袋の奥から強烈な気持ち悪さが湧いてくる。卒倒しない自分を褒めてやりたかった。

 坑道奥から湧くガルラ霊は決して悪意を以てしたことではない。むしろ危害を与えないように細心の注意を払った()()()()()()()()()()だ。

 だがここまで強烈な悪意に晒されると、無条件で膝を折り、慈悲を乞いたくなる小胆な自分がいた。

 忘れるな、と己に言い聞かせる。今の己はエレシュキガル様の名代なのだ。ここで無様を晒すことは即ちエレシュキガル様の顔に泥を塗ることと同義。自身の無様であのポンコツで尊い主を傷つけるなど、それだけは絶対に許されない。

 

『……ギルガメッシュ王も、お人が悪い』

 

 なんとか、一言ずつ言葉を絞り出していく。

 

『我が主、エレシュキガル様の版図は冥府。そしてエレシュキガル様が比類なき冥府の支配者たりえるのはかつてあの方が誓ったその誓約故に。それを知らぬギルガメッシュ王ではありますまい』

 

 我が権能は全て冥府のために。

 決して自分のために使わないという誓約がエレちゃん様を強力に縛り付け、それに比例する強力な支配力を与えている。

 その誓約ゆえに仮にエレちゃん様が地上の支配を企もうと、そもそも実行は不可能だ。

 え、いま地上でガルラ霊を使って悪だくみしているじゃないかって?

 ガルラ霊を遣わせているのは地下坑道という冥府の端っこかつ全ては冥府の発展のためという大義名分があるのでセーフです。世の中には拡大解釈という言葉があり、誓約と言っても多少ガバいところはあるみたいだし。

 

「ハッ! 物は言いようよな。裏を返せば、冥府のためであれば多少地上に干渉することも許されるということだろうが」

 

 うーん、こっちの内情もバレバレですねコレは。間違ってもこの王様とは喧嘩したくねぇ。エレちゃん様の存在を加味しても、地上では勝ち目の一つも見える気がしない。

 

『畏れながら申し上げます。ギルガメッシュ王のご慧眼、まこと端倪すべからざるという言葉が相応しくございます』

「世辞はよい」

 

 いいえ、残念ながら本心です。

 

『確かに此度のガルラ霊たちは私がエレシュキガル様に献策を奏上し、実行に移した者たち。しかしその意図に誤解が生じているように思われます』

「ほう、誤解か。ならば精々その舌を囀らせることだな。貴様の言う誤解が解けなんだ暁には、その処遇…分かっていよう?」

 

 殺気を押し込めたのはありがたいが、ニヤニヤ悪趣味な笑い浮かべてプレッシャーかけるの勘弁してくれませんかね? リアル危機一髪の綱渡りに挑む道化に外野から野次を飛ばす類の悪趣味さを感じるぞ?

 この王様、有能なんて言葉では収まらないくらいに有能で辣腕かつ人の心を見透かす洞察力の持ち主だがそれ以上に性格が悪いな、魂を賭けても良い。

 

『では幾つか質問を。ガルラ霊によって死者は出ているのでしょうか?』

「いいや、死者として冥府へ入った者はおらん」

 

 問いかけると即座に答えが返る。

 

『ならばガルラ霊に関わらぬ死者は如何(いかが)?』

「そちらも死者が出たとの報告はない」

 

 当然という顔で即時のレスポンスが返ってくる。

 何となく分かっていたが、この反応からして全て承知の上で掌の上で転がされているのでは?

 

『ならばその死者0人という数字こそが我らがウルクに提供できる()()となります』

「ああ、そうだろうよ」

 

 まるで分かっていたことであるように、当意即妙と言葉が返される

 

「坑道の採掘は実入りも多いが危険も多い。貴様が言う通り、暗闇に精神をやられる者や崩落で押しつぶされる者。気配なき瘴気(みあずま)に一瞬で死へ連れていかれる者も後を絶たん。

 貴様ら冥府の手の者が絡まずとも、坑道は死と隣り合わせの場所なのだ。ならばその道の達者である貴様らの助力があれば、随分とその死者が減らせるであろうよ。

 此度のガルラ霊どもはそうした危険が潜む坑道から採掘職人どもを遠ざけていたのだろう?」

 

 一から十まで台詞を取られた…じゃない。

 ちょっと? 途中で向けられた殺気は必要でしたか? これはパワハラ案件では? エレちゃん様に訴えますよ(最終兵器)。

 

「女神の座に胡坐をかいて分け前をよこせと駄々をこねるならば聞き入れる義理なぞ一欠けらもない。何ならあの強欲なイシュタルめをけしかけてやるわ」

 

 仮にも女神を相手に堂々とそれを言えるのは本当に凄いと思います、洒落抜きで。エレちゃん様はポンコツかつ尊いという女神とは思えないほど人畜無害な属性の持ち主だが、同時に近くにいるとその強大さが否応なしに肌身で分かる。なんなら自分がミジンコになった気分が味わえるくらいだ。

 

「だが我が民に加護を与え、その見返りを求めるのなら一考の余地はある」

『お言葉、ありがたく』

「勘違いするな、雑種。まだ考えると言っただけだ」

 

 フンと鼻息を漏らし、言葉通り思索にふけるような沈黙が下り…。

 

「解せんな」

 

 やがて唐突にそう呟いた。

 




感想…、感想クレメンス…。
評価もクレメンス君。


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「解せんな」

 

 ギルガメッシュ王は唐突にそう呟いた。

 

『……は』

「ここまで一から十まであの根暗な女神らしからぬやり口、貴様の仕込みであろう。雑種』

『その問いに私からは何も申し上げることはございません。王よ』

 

 YesともNoとも言えない問いかけをぶん投げてくるのほんと止めて?

 Yesと言ったらエレちゃん様の権威を傷つけるし、Noと言ったら虚偽になるんですよ。

 

「やかましく、強欲な姉妹(イシュタル)と違い、エレシュキガルは宝石の輝きに目を眩ませる愚物ではない。地上の事物に手出しをするなぞ、あの実直で義理堅い女神からは逆さに振っても出てこない発想よ。それだけで奴の背後にいる者の存在は明白」

『……』

 

 違うか、と詰まらなさそうに重ねて問いかけられ、あくまで沈黙を守る。

 勘弁してほしい、あくまでこちらはエレシュキガル様の名代であり、その問いに答えられることは何もない。

 

『恐れ多くも、我が女神の意を代弁するならば』

 

 一拍の間を置き。

 

『冥界の、発展と安寧を我が女神は心から希求しておられます』

「だがその方策はエレシュキガルから出たものではない。貴様の心胆の在処を示せ、でなければその言葉を受け容れることは到底叶わんな」

 

 これが本題か、と直感する。

 ここまでのやり取りを見るに、ギルガメッシュ王は俺がウルクに辿り着く前からこちらの企みをおおよそ看破していたのだろう。

 その上でわざわざ時間と言葉を使ってまで、話をまとめたのはこの一手のため。

 エレちゃん様は(あれで)メソポタミアの大地を支配する神格の中でも有数の大神だ。

 その動向はギルガメッシュ王ですら無視が出来ないのだろう。尤もこれまでのエレちゃん様はその動向自体殆ど示さない、寡黙で勤労意欲に満ちた女神であったわけだが。そういう意味でも、このエレちゃん様らしからぬアクティブな行動はギルガメッシュをして手間暇をかけて実情を探る程度には興味を引く珍事だったのではないだろうか。

 そしてそんな大神の傍に突然素性も分からず、行動基準が不明かつ無暗に行動的なガルラ霊がポップした…。となればまあ、冥界と敵対するリスクを込みで処断するかはたまた放置しても無害な類の有象無象か見極めようとした、と思われる。

 ならばここで返すべき言葉は、ただ自らの心情をそのまま込めるだけでいい。

 

『我が心は常にエレシュキガル様とともに』

 

 出来るだけ素直な思いを言葉に込める。

 だがどうやら王様にはあまりお気に召さなかったようだ。

 

「それはエレシュキガルへ向ける忠義とやらか、雑種」

『さて…』

 

 言葉を濁したのは韜晦しているわけではない。単にエレちゃん様へ向けるこの思いをなんと名付ければいいのか分からなかったからだが…それでも。

 

『敢えて言葉にするのならば、()()が近いのかもしれません』

 

 ……………………ああ、やっぱり死ぬ。改めて言葉にすると恥ずかしさが途端に湧いてきた。ヤバイ、羞恥(はずか)死ぬ。なにこの高度な羞恥プレイ(達観)。たぶん今の俺の目はレイプ目じみてハイライト消失してるな間違いない。玉座の間にいるのがギルガメッシュ王とそのお付きである案内役の美人のお姉さんだけであることがせめてもの救いだ。

 でもなあ、ギルガメッシュ王が適当に飾った言葉で騙されてくれるはずがないんだよ。短い付き合いでもそれくらいは分かる。

 良いだろう、この高度な羞恥プレイが交渉に必要だというならばまずはその現実を受け入れる(錯乱)。

 

「祈り、と申したか。フハハハハハハッ! 見よ、シドゥリ。ここに大戯けがいるぞ。この数千年、ついぞ現れなんだ大戯けよ! 雑種と思っていたがとんだ珍獣の類であったわ!」

「王よ、ガルラ霊殿の赤心を笑うのは感心致しません」

「シドゥリ、貴様も分からん奴よ。これが笑わずにいられるか!? なんという身の丈を弁えぬド阿呆(アホウ)か! 人と神の違いを理解していないとしか思えぬわ!」

 

 大爆笑。

 美人のおねーさんことシドゥリさんの困り顔もどこ吹く風と景気よく哄笑している。

 いっそ痛快なほどに腹を抱えて笑うギルガメッシュ王の姿にもやっとしたモノを抱えつつ、大人しく続きの言葉を待つ。

 ひとしきり笑い声を吐き出したギルガメッシュ王は機嫌良く頷き、言った。

 

「良かろう。我を興じさせた褒美だ。貴様の申し出、受け容れてやろう。ありがたく思え、珍獣」

『ははっ! お言葉、ありがたく頂戴致します!』

 

 言質を貰えるならこの際散々笑いものにされた心情は無視して深々と頭を下げる。だって(なんちゃって)外交官だもの。

 

「その祈りが途切れた時は我が手を下すまでもなく、貴様の最期は地に墜ちたものとなろう。努々忘れぬことだ」

『ご安心を。決して途切れませぬ』

「大戯けが。誰も心配などしておらぬわ!」

 

 せやろか(真顔)。

 わざわざする必要のない忠告じみた言葉をかけてくる時点で実は面倒見が良い人なのでは? ただ相当に性格が捻くれている上に、人の好みというか人物眼が特殊な感はあるが。

 

「戯言を吐くのもここまでだ。貴様の申し出、取り敢えず受け入れてやる。だが互いに差し出す物を大枠でも決めておかねばならん。当然エレシュキガルとそのあたりの条件も用意してきておろうな?」

『滞りなく。エレシュキガル様からしかとご要望を承っております』

 

 正直な話、そもそも一回の訪問でトップとの直接会談から契約成立まで辿り着くとは夢にも思っていなかったのだが、備えあれば憂いなしとはこのことだ。

 俺以上に交渉事に不慣れなエレちゃん様と首を捻りながら何とか冥界側の要求について最大限の要項と譲歩可能な項目、最低限譲れないラインを定めてきて良かった。

 

「夜は長い。我のウルクのため、その智慧搾り尽くすが良い」

『夜は冥界に属する時間なれば幾らでもお付き合い致しましょう、王よ』

 

 さて、此処から先は取引内容の大枠を詰める条件闘争のお時間だ。

 




 もっとだ、もっと…もっと輝けえええええぇっ!(意訳:たくさんの感想・評価ありがとうございます!!! でもまだまだもっともっと感想を! 評価を! ので! 夜勤明けの時間使って特急でこの話を書き上げました! まだまだ感想・評価待ってます!!)




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 はい、条件闘争の件はカットです。

 

 何でかって聞かれたら特に報告することもないからですね。エレちゃん様へはこういう風に纏まりましたの一言で済むくらいスムーズに進みました。

 その要因はもちろん俺の秘められた交渉技能が炸裂したわけではなく、ひとえにギルガメッシュ王が実務面でも死ぬほど有能な面を見せてくれたから。

 最悪冥界側の最低ラインだけ示してここから先は破談になっても譲歩できない旨を伝えるチキンレースを挑むつもりだけだったのだが、思った以上に冥界側にも利益を示した条件を示してくれたおかげですんなりと決まった。

 冥界側に譲歩しつつもこちらの想定外のところでウルク側の損失を補填する辺り、間違っても交渉事ではかなわないというあの時の直感は正しかったと思う次第である。

 

 という訳で以下リザルト。

 

・ウルクは坑道採掘で採れる宝玉・金属について採掘量の1割(暫定)を冥界に納める。なお貢納量については半年後に再度両者にて協議するものとする。

・宝玉・金属の貢納は年4度に分けて実施され、都度採掘職人たちの手によりエレシュキガル様を祀る祭祀を行うこと。

・エレシュキガル様を祀る小神殿の建設及び管理。

・偉大なる冥府の女神エレシュキガル様を崇める会(仮)の布教許可。なお会長は俺。何故なら総員俺1名だから。悲しい。

 

 まとめて言えば冥界とウルクで貢物や信仰に絡めて交流しようという話だ。

 逆に冥界側の負担としては、大まかに言えば坑道における危険予知及び人間が活動できない領域での労働力の提供と言ったところ。ギルガメッシュ王の要望で未知の鉱脈について限定的な情報提供も追加された。

 遠い将来インサイダー取引と言われる気がするけど、遡及法的に考えて現状その概念は無いのでセーフです。

 あとは細かいところで貢納する宝玉の割合を屑石でも良いので透明度高めの水晶を多く設定したり。狙いについてはまた後程。

 なお一番無視できないウルクの都市神にしてエレシュキガル様と犬猿の仲であるイシュタル様の扱いは、突撃を食らった方が各々で適当に対処することという極めてふわっとした対応になった。

 いや、冥界側は良いんですけどね。突撃してきたら即座にエレちゃん様にぷちっとされるだけだし。

 

『……よろしいので?』

「何故(オレ)が彼奴の機嫌を取らねばならん?」

 

 このとんでもなく雑な扱いにそれでいいのかと思わず聞いてみたら鼻で笑われた。この王様強すぎない?

 まあギルガメッシュ王にとっては、イシュタル様の機嫌 < ウルク民の生命だからね。一度思い切りとんでもない大喧嘩までしている両者なので、遠慮も何もないのかもしれない。

 

「こんなところか。後は必要な時に都度シドゥリへ話を持ち込むが良い。シドゥリよ、細かいところはお前に任せる。良いな?」

「はい、お任せください」

 

 恭しく頭を下げ、了承の意を告げるシドゥリさん。

 いいなぁ…。冥界(うち)にも一人くらいああいう出来る人が欲しい。

 エレちゃん様はポンコツ尊いという無二の属性の持ち主で敬愛すべき主人なのだが、実務面においては辣腕という言葉からは程遠いんですよね。

 だからこそ俺みたいな木っ端が仕え、役立つ余地があるとも言えるのだが。

 

「そういうことだ。貴様も以後はそう心得よ」

『はっ。心得ましてございます、王よ』

「良し! ならば貴様との謁見はここで終わりだ、下がるがよい……と言いたいところだが」

 

 含みのある言葉を残し。

 

「貴様にはまだ言っておくべきことがある。王ではない、我の言葉でな。心して聞くが良い」

 

 と、そう気になる前振りとともに玉座から立ち上がるギルガメッシュ王。

 そしてスウ、と思い切り言葉を吐き出す前準備のために胸いっぱい息を吸い込み。

 

 

 

「まず交渉中にピカピカと光るのは止めよこのド阿呆(アホウ)! お陰で貴様の腹の内は丸分かりであったわ大戯け! 貴様それでも冥府の女神(エレシュキガル)の名代を預かる直臣か死に損ない!」

 

 

 

 鬱憤を晴らすように大音声で俺を罵倒した。

 

『……………………えっ?』

「えっ? ではないわ! この我の前で場を弁えぬ醜態、お陰で吹き出すのを堪えるのに向こう一年分の忍耐力を使い果たしたぞ! 我、腹筋大激痛で思わず昇天するところであった! それともこれは我を冥府まで呼び寄せる貴様の策略か、ん? ならば一周回って大した策士と褒めてやろう! あと一歩でその策成就するところであった、惜しい出来だったとな!」

 

 なんという難癖…ではない。重要なのはそこじゃない。

 え、まさか、あの感情が高ぶるたびに魂が光る癖、エレちゃん様から指摘されて突貫で矯正したつもりだったんですが…?

 

「見る者が見れば一目瞭然! エレシュキガルめが絡めば特にな!! 貴様、交渉にはほとほと向かぬわ。我が保証してやろう!」

 

 うっそだろおい。自分自身で知らないうちにセルフ羞恥プレイかましてたとか、尊厳がボトボト零れ落ちる音が聞こえる気がするぅ…。

 挙句の果てにギルガメッシュ王のお墨付きで交渉人失格宣言とか、どう考えても評価を覆せる気がしないんだが?

 

「自身の愚昧を悟ったか! 珍獣の類にしては上出来よ!」

 

 玉座から立ち上がり、腕を組んでそっくり返った姿勢でフハハハハッ! と高らかに王様笑いを上げるギルガメッシュ王。

 ちょっとそのハイテンションを分けてほしいくらいにはこちらの気分はどん底だった。

 

「なればこそ使()()には向いていることも保証してやろう! 腹芸の出来ぬ使者とて使いようよ! 嘘を吐けぬ貴様の言葉は、使い方と使いどころを誤らねば、信を為すに足る重さを得よう。これが吉となるか凶となるかは貴様自身の行いが決める。努々忘れぬことだ」

『……はっ! 金言ありがたく頂戴(ちょうだい)致します!』

 

 やっぱりこの王様、面倒見が良いのでは(真顔)。

 捻じれ曲がった性格が色々と台無しにしているだけで。

 

「ならばよし! では行け、《名も亡きガルラ霊》よ。貴様の主のため、尽くすが良い。貴様の()()の行く末、(オレ)がいずれ直々に然るべき裁定を下してやろう! 光栄に思え!」

 

 何を言われているのかイマイチ分からないけど、ここはテンション高めでレスポンスを入れるところだと俺の生存本能(死んでるけど)と浪漫魂がそう言っている!

 

『ははーっ! ありがたきお言葉! エレシュキガル様のため、粉骨砕身尽くしまするーっ!!』

 

 もう砕く身体も骨も無いけど!

 まあいいのだ、こういうのは気合が重要なのだ。

 

「威勢だけは及第点をくれてやろう、珍獣! では今度こそ下がれ。我はこれからシドゥリを供に始末せねばならん仕事があるのでな!!」

 

 なおそろそろ夜も更けきり、朝が近い時間帯である。

 ちょっと? エレちゃん様といい古代メソポタミアの偉い人って社畜しかいないんですかね? 幾ら文明発祥の地とはいえ文明の闇が深すぎません?

 




 まだだ!(意訳:皆さんからのリアクションを燃料に突貫で頑張りました! 引き続き感想・評価お待ちしてます! ここすき機能とかもどんどん欲しぃ!)

追記
投稿予約時間間違えました。申し訳ありません!


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 ところ変わって冥府。

 

『―――斯様(かよう)に、ウルクにて行われたギルガメッシュ王との会談は途中波乱もございましたが、(つつが)なく契約がまとまったこと、ここに報告いたします』

 

 夜が明ける前にウルクを退去、冥界へ戻るとエレちゃん様へ事の次第を報告していた。

 ギルガメッシュ王とシドゥリさんは別れ際の言葉通り多忙のようで、玉座の間でお別れとなったが、その代わりにウルクの門を守る衛兵の皆から敬意を以て見送られたのが記憶に新しい。

 どう見てもまともな人間ではないガルラ霊にもギルガメッシュ王からの言葉に従い、規律正しく、不満や不信を見せることなく職務に励む姿はプロフェッショナルの呼び名がふさわしい。

 やっぱりウルクやべーわ。民度は必ずしも時代や文明の発展に比例するわけではないが、それでも古代都市とかいうレベルじゃない。

 

「…………」

 

 と、一晩過ごしただけだが随分と印象に残った都市国家を思い起こす。

 

『……エレちゃん様?』

 

 長く続いた沈黙に不審を感じ、問いかけると。

 

「凄いわ」

 

 と、それだけを呟く。

 

『は。まことギルガメッシュ王は偉大という言葉が不足と思えるほどに偉大な王でした』

 

 凄すぎて比較するのもおこがましいと感じるくらいに凄い。同時に間違ってもああいう風にはなりたくないとも思えるのが、また別の意味で凄い。

 

「違う、そっちじゃないわ! あの金ピカがいけ好かないくらいに出来る男なんて腹が立つくらいに知っているし」

 

 金ぴかて。

 確かに随所に金の装飾品を身に着け、本人の髪も鮮やかな黄金色だったし、その絶大な王気(オーラ)が鬱陶しいくらいに存在感を主張していたが…うーん、言いえて妙かも。

 少なくともギルガメッシュ王ほど黄金の呼び名が相応しい王は二人といまい。The・金ぴかだ。

 

「私が言いたいのはね、()()よ。あの金ぴか相手にまともに話が出来るなんてよほどの勇者かよほどアレなのかのどっちかね」

 

 間違っても勇者ではないので後者の方だろうが、一つ言わせてください。まともに話せるだけで勇者かアレ判定されるギルガメッシュ王が一番のキワモノでは?

 

「正直に言うけれど、貴方からウルクに行くと聞いた時には無傷で帰ってくるのは難しいかもって思っていたの。考えたくもないけれど、万が一の可能性もあるかもしれないって」

 

 もし()()なったら何万年かかっても必ずあの金ぴかをウルクごと冥府に引きずり込んでやるけど、と呟く。

 ちょっとエレちゃん様? ハイライトの消えた瞳でボソリと恐ろしいこと呟くの止めませんか? 貴女ヤンデレ属性の持ち合わせは無かったはずでは?

 おかしいな、敬愛する主が従者の身を案じてくれる感動的なシーンのはずなのに無い筈の心臓がキリキリと痛むぞ?

 

「とはいえ()()貴方を害するにはあの金ぴかでもよっぽど力を振り絞らなきゃ難しいだろうから、消滅だけは避けられる計算はあったけど。それにこのメソポタミアの大地で何かしらコトを動かすにはあの金ぴかを通すのが一番手っ取り早いし…」

 

 と、思慮深げに呟く。 

 

「でもあの金ぴかは難物なんて言葉じゃ表現できないくらい面倒くさい王様だから。門前払いを食らうならまだいい方で、下手に怒らせて怪我をするんじゃないかと不安で」

 

 そう言葉通りに心配していたのだと分かる憂い顔を見せるエレちゃん様。

 

「だからね。こんなに上手くいくなんて、本当に考えていなかったの。その、ごめんなさい」

 

 自身何に謝っているのかも分かっていなさそうなエレちゃん様は酷く不安げな、迷い子のような顔をしていた。

 その顔を見て思わず自身に何か手落ちがあったのかと、記憶を探りながら無意識につい問いかけてしまう。

 

『……何か、私が不手際を?』

「不手際?」

 

 と、一転不意を突かれたようなきょとんとした顔に。

 あ、可愛い…。

 

「誰が、不手際だなんて言ったの? 私の、大事な、たった一人の眷属に、不手際? これだけの大功を挙げた私の眷属を愚弄するものがいると?」

 

 あ、怖い…。

 エレちゃん様お願いだからちょくちょくハイライトを消すのはやめて頂けませんか? 無い筈の膀胱から最上級の不敬をかましてしまいそうになるので。

 何とか不敬を働きそうになるのをこらえながら、頭を下げて問いかける。

 

『では、私の働きはエレちゃん様の希望に沿うものであったでしょうか?』

「もちろんよ! 貴方の働きで不足と言う輩には私が直々に地の底へ沈めてあげるわ!」

 

 今度は太陽のようなニッコニコの笑顔に。

 可愛い。

 でも言っている内容が地味におっかないんですが…。

 

『であれば』

「?」

『我が敬愛すべき女神にまこと不敬ながら一つ、願いを申し上げてもよろしいでしょうか』

「願い?」

 

 何かしら、私に出来ることかしらとあたふたする女神(尊い)に向けて深々と頭を下げ。

 

『どうか我が働きに、お言葉を賜りたく』

 

 その()()を聞いたエレちゃん様は再びきょとんとした顔を浮かべると。

 

「ええ、ええ。それは容易いこと、そして望ましきこと。実は私も貴方を(ねぎら)いたくて堪らないの」

 

 とても嬉しそうに、楽しそうに。

 

「此度の働き、冥府を動かす大きな第一歩となる素晴らしい功績です。貴方という眷属を得られた幸運に感謝を。そして貴方と共に向かう道先に祝福を」

 

 最初の言葉は女神らしく。

 次の言葉は茶目っ気にあふれた少女のように。

 

「本当によくやってくれたわ。流石は()()眷属ね!」

 

 冥界に咲く一輪の花のように、その日一番の笑顔を彼女は浮かべた。

 




 チキンレースだオラッ!(意訳:あとがき記載時点で日刊ランキング1位! 評価投票者数200人突破! 感想49件! 評価8.70! もりもりの誤字報告! その他諸々、まことにありがとうございます! ひとえに読者の皆様の応援のおかげです! なんかここで完結しても問題なさそうな綺麗な流れですが、とりあえずこの作品で突っ走れるだけ突っ走ってみようと思います! そのためにもジャンジャン作者の燃料になる感想・評価頂けますと幸いです!!! 以上、夜勤中にこっそり小説書きあげながら投稿中の土ノ子でした!)


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「本当によくやってくれたわ。流石は()()眷属ね!」

 

 嗚呼(ああ)、やはりエレちゃん様は尊い(魂ピカー)。

 しかもその尊さが発揮されているのが眷属()の自慢とかもう死んでもいい、記憶が亡くなるくらい大昔に死んでるけど。

 

『ははーっ! 勿体無きお言葉! この《名も亡きガルラ霊》、そのお言葉があれば例え万の時が過ぎようとエレちゃん様のために働きまするーっ!』

「やだ、そんなの当然じゃない。もちろん四六時中働けなんて言わないけど、貴方は私の眷属なのよ? 万の時どころか那由他の果てまで()()()()一緒なんだから!」

 

 と、ニッコリ笑顔かつ天地の理を語るような口調で語られる永久束縛宣言。

 すいません、もしかしてエレちゃん様の仰るずーっとってまさか()()()()()()()なんですかね?

 

「?」

 

 思わずエレちゃん様を見ると、そこには太陽のように眩しい笑顔を向ける麗しき我が女神が。

 ……………………まあいいや!(現実逃避)

 なに、遠い未来のことは未来の自分に任せればいいのだ。とりあえず今の自分はエレちゃん様と一緒に冥府を盛り立てることだけを考えればいい。

 

『……ははーっ! 私如きに身に余る光栄です、エレちゃん様!』

「遠慮なんてしなくて良いのよ? だって貴方はたった一人の私の眷属(カゾク)なのだもの!」

 

 と、小首を傾げて無垢に笑いかけてくるエレちゃん様。

 あ、尊い…。

 ……………………よくよく考えてみたらエレちゃん様に永久にとっつかまえられるとかある意味死後の運命として最高に幸せなのでは(正気喪失)。

 

『まこと、ありがたき幸せにございまする! 我が存在の果てまでの誉れと致します。しかし時は貴重なもの、話を戻させて頂きます』

「私はもう少し続けてもいいのだけれど…」

『いえ、心苦しいのですが続けると少々困ったことになりますので』

 

 具体的には尊さの過剰供給で俺の魂が爆発してしまう。実はさっきから魂が星の戦士のカラータイマーよろしくピコーンピコーンと発光しているのだ。この状態があと3分間続けば尊さに焼かれた俺の魂が爆裂四散する(真顔)。

 

「そう? そうなの、それなら仕方が無いわね」

 

 ちょっと残念そうな顔で俺の雑な説明を鵜呑みにして頷くエレちゃん様。

 自分自身がやらかしておいてなんだが、ちゃん様呼びの時といいちょっとエレちゃん様が騙されやすすぎて心配です(保護者面院)。

 

『此度のギルガメッシュ王との会談で、冥界発展のための筋道を付けることが叶いました。まことギルガメッシュ王には頭が上がりません。かの王がいなければ恐らくはもっと長い年月を下積みに費やしたことでしょう』

「もちろん私の…、わ、た、し、の! 眷属の活躍も忘れては駄目よ? 幾らあの金ぴかが有能だからって、そもそもあいつとまともに話せるやつなんて滅多にいないんだから!」

 

 珍しく強めの口調で不満そうに補足するエレちゃん様。

 可愛い(思考停止)。

 尊みに浄化されて昇天しそうだけど、実際に昇天したら多分エレちゃん様にとっつかまって説教されそう。それはそれで楽しそうというか幸せな気もする。

 

『では不肖、私も己の功績を主張させて頂きまする』

「ええ、大いに誇りなさい。貴方が誇らなければ、その功績を認めた私の沽券にも関わるというものだわ!」

 

 腰に手を当て、フフンと自慢げにそっくり返るエレちゃん様。

 自分のことは謙虚か無頓着なのに、眷属の功績は大いに自慢するとか天使かな?

 

『話を戻します。我ら冥府とウルクは契約を結び、互いに信仰と加護を与え合う間柄となりました。これは当然今までの冥界では前例のなかったこと。ただでさえ冥界のお役目に忙殺されるエレちゃん様には多大な負担をかけますが…』

 

 楽をするために仕事が増える、あると思います。

 実際止むを得ないところはある。

 現状既にエレちゃん様は積み重なった仕事で手いっぱいだが、それでもなんとかウルクとの協定をこなさなければどの道未来は無い。

 問題はその増える仕事がエレちゃん様のキャパシティを超えるかどうかだ。

 

「ええ、もちろん大丈夫よ」

 

 ウルクと交渉に踏み切る前に相談した時には、何やら我に秘策ありという風に言われ、ならばと信じて契約を纏めてきたのだが…。

 

「気合いでなんとかなるわ!」

 

 ちょっとエレちゃん様?

 ちょっと???????

 

『いえ、流石に気合いではどうにかならないと思うのですが。というかなんとかなるにしても気合いでどうにかし続けるのもどうかと…』

 

 思わず真顔になってのマジレスである。

 エレちゃん様? 気合いとかブラック勤務の常套句みたいな発言をなにも女神自らが言わなくてもいいんですよ?

 おかしいな、メソポタミアの偉い人(神)は社畜適正が高すぎる疑惑が再燃してきたぞ? これは神話学上の大きな発見では?

 




 止まるんじゃねえぞ!(意訳:夜勤明けお辛いけど頑張って書きました! ちょっと短いけど明日のために力を溜めているところなので! あとご褒美兼燃料として感想・評価ドシドシお願いします! 待ってますので! 待ってますので(2回目)!)


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 前書きにて失礼致します。
 極めて唐突で恐縮ですが、読者の皆様に誠に勝手ながら《名誉ガルラ霊》の称号を贈呈させて頂くこととなりました。
 今回のお話の間だけでも、自らを《名誉ガルラ霊》であると心の片隅に置き、読んで頂けますと幸いです。
 もしご不快に思われた方がいましたら深くお詫び致します。その場合大変申し訳ございませんが、広い心を以て無視してくださいますようお願いいたします。

 では本編をどうぞ。


『いえ、流石に気合いではどうにかならないと思うのですが。というかなんとかなるにしても気合いでどうにかし続けるのもどうかと…』

 

 エレちゃん様? 気合いとかブラック勤務の常套句みたいな発言をなにも女神自らが言わなくてもいいんですよ?

 おかしいな、メソポタミアの偉い人(神)は社畜適正が高すぎる疑惑が再燃してきたぞ? これは神話学上の大きな発見では?

 

「……ああ、そういえばまだ女神(ワタシ)に仕えて日が浅いのだものね。いいわ、少しだけ女神(ワタシ)について教えてあげる」

 

 が、ここで何やら意味深長な言葉が。

 首を傾げるこちらに合わせるように、エレちゃん様から懇切丁寧な説明が下される。

 

「いい、神格はね。その時の精神状態に調子が著しく左右されるの」

 

 それは肉体を持ち、肉体に縛られる人間には理解しがたい感覚だった。

 他者からの認識、つまり信仰にその存在の規模を左右される神格の在り方は人間とは根本的に異質なものであるらしい。

 

「だから意外と気合いが十分なら無理無茶無謀が通せちゃうのよ」

 

 そうあっけらかんと語る女神様。

 

「それでも少し前の、時間に追われるばかりの私だったら厳しかったかもしれない。でも今は貴方がいる、そして貴方が切り開いた未来がある。なら何年だって無理を通して見せるわ!」

 

 と、請け負うエレちゃん様は言葉通りの力強さが宿っていた。

 

『……かしこまりました。ならば私は無理を通して頂く期間を短く出来るよう尽力致します』

「ええ、お願いね」

 

 女神自身がそういうものと語るのならば、眷属はその言葉を信じて付いていくしかない。その上で出来ることを全力でやるだけだ。

 

『しかし神格とは、本当に人間とは根本的に異なるのですね』

「そうね。そもそも成り立ちからして異なる存在だから。でも互いに理解しようとすることは決して無駄にならないと、私はそう思うわ」

 

 と、頷き。

 

「いい機会だからもう少し神格について詳しく教えておきましょう」

 

 更に補足するようにエレちゃん様は語りを重ねる。

 

「精神状態に調子が左右されるといったけど、自身の権能と職掌を果たす時がやっぱり一番調子が良いわね。逆に自分の性質と反するようなお役目なんてそれこそ死んだってやりたくないわ。無理にそれをこなせば、存在の規模が小さく弱くなってしまうのだもの」

 

 分かりやすく言えば、と続ける。

 

地の女主人(エレシュキガル)は地の底で冥府を差配する時が、天の女主人(イシュタル)は天を自由に翔ける時が最も強力で偉大な女神として力を発揮できる。

 もし私たちの役割を逆にしたら、そうね、普段触れることのないモノに触れられて、一時的には嬉しいかもしれないけれど、きっとすぐに無理が祟ってすぐに見る影もない程落ちぶれてしまうわ」

 

 けして手に入らないモノに焦がれているような、切ない響き。

 語っている内につい零れ落ちた感情の切れ端に触れ、思わず何をと言えずとも声をかけてしまう。

 

『エレシュキガル様…』

「大丈夫よ…。ええ、私は大丈夫。だって私には地の女主人という役割があり、貴方という眷属もいるのだもの。これ以上のものを私は望まない。私はあの女(イシュタル)とは違う」

 

 泣きながら強がる子どものようなその言葉に…。

 普段は抑圧しているエレシュキガル様の隠された本音に触れ。

 

『……恐れながら申し上げます』

 

 ()()()()()、と俺は思ってしまった。

 貴女はもっと報われていいのだ、救われていいのだと。

 言葉にすれば侮辱になってしまう想いを隠し、我が女神の前に(ひざまず)く。

 

『貴女様はもっと強欲になっていいのです。貴女が一言望みをお伝えくだされば、この《名も亡きガルラ霊》が万難を排して実行してご覧にいれます』

 

 だからどうか、と祈るような切実さで頭を下げた。

 そんな俺をエレちゃん様は少しの間不思議そうな顔で見つめ…。

 クスリ、と憂いの晴れた顔で微笑んだ。

 

「私は本当に大丈夫なのよ?」

 

 反駁しようとする俺をそっと手ぶりで押さえ。

 

「ありがとう。冥府で擦り切れるのを待つだけだった、女神(ワタシ)のために祈ってくれて」

 

 だから私は大丈夫だと、少女は微笑(わら)った。

 そしてどこか覚悟を決めるように表情を引き締め、言った。

 

「ごめんなさい。実はさっき一つ嘘を吐いたわ」

『嘘?』

 

 まさか、という思いでエレシュキガル様を見ると、少しだけ後ろめたそうな、それでいて強い意志を秘めた顔をしていた。

 

「さっきは気合いで何とかなると言ったけれど、それはウルクとの契約に限った話。貴方はいずれ更なる信仰獲得のため、同じことを他の都市にも持ち掛けるつもりだったのでしょう?」

『……ご賢察の通りです。このメソポタミアの大地における盟主ウルクと契約を結んだとなれば、必ず他の都市も追従すると見込んでいました』

 

 前例の有無は古代にあっても大きい。

 そういう意味でもウルクと契約を結べたことは他の都市への影響力という意味でも最上の成果だったと言える。

 

「そして契約や信仰の規模もいずれは今以上に範囲を広げていくつもりだった」

『全て、仰る通りです』

 

 少しずつ、少しずつ信仰によるエレシュキガル様の存在規模の増大と合わせて慎重に様子を見ながら、冥府と地上の交流の規模を増やしていくつもりだった。

 

「私も同じことを考えていたわ。少しずつ、少しずつと」

 

 それの何が問題だと言うのか。

 腑に落ちない疑問を抱える俺に、超越者としての視点からエレシュキガル様は語った。

 

「でも恐らく悠長にやっていては時間がかかりすぎる。そうなれば()()()()()()()()()()()()。そうなったら負担は今以上に増大し、恐らく今の私では支えきれない未来が訪れる」

『―――!?』

 

 確かに、と胸の内で頷く。

 所詮俺は元人間から成ったガルラ霊。時間のスケールも人間のソレだ。精々100年というスパンでしか物を考えていなかった。だが神霊たるエレシュキガル様は既に云万年という時を生きた超越者だ。

 その彼女が間に合わないと言うのならば、恐らくその見立ては正しい。少なくとも俺の推測よりも確度が高いだろう。

 

「でもそれは仕方のないことだと、全力でやっているのだと目を逸らしていた。きっと何とかなるはずだと根拠のない楽観を抱いて」

『いえ、いいえ! それは違います。全ては我が不明! 見通しの甘い俺の失態です! 今すぐ全ての計画を見直します!!』

 

 何という見込みの甘さかと自分を罵倒する。

 ウルクと契約を結んだことに安堵している暇など無かったのだ。あまつさえエレちゃん様に労いをねだるなど、何という恥知らずな振る舞いか。

 既に死んでいる身だが、発作的に自殺を敢行したくなる。実行に移さないのはただエレシュキガル様に心労と迷惑をかけるからでしかなかった。

 

「どうか謝らないで。分かっていて見逃していた私こそが罪深いのだから」

 

 そう申し訳なさそうに語るエレシュキガル様に何も言えなくなってしまう。

 

「いまこここそが分水嶺。そして貴方は私に()()を切り開き、そして()()を捧げてくれました」

 

 だから今度は私の番と、彼女は言った。

 

「私も貴方の献身に応えるため、相応しい誓約を示しましょう。何故なら神霊にとって誓約とは即ち力となるのだから!」

『なにを、お考えで…?』

 

 言葉通り、エレシュキガル様から尋常ならざる危ういほどの()()がひしひしと伝わってくる。

 意図を問いかけながらも、頭の中では高速で思考が駆け巡っている。

 

(誓約と、力…?)

 

 先んじてギルガメッシュ王との会談で語った通り()()()()()()()()()()()()

 我が権能は全て冥府のために。

 決して自分のために使わないという誓約がエレシュキガル様を強力に縛り付け、それに比例する強力な支配力を与えている。

 そう、()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

『お待ちください! 御身は既に十分すぎるほどに冥府のため身を捧げています! これ以上の誓約を己に課すのは余りに危険! どうかご再考を!!』

「いいのです。だってこれは冥府の女神たる私にしか出来ない役目。そして私は()()を私自身を縛る束縛とは思わない。貴方と共に、積年の悲願を叶えるための誓いなのだから」

 

 エレシュキガル様はとうの昔に覚悟を終えていた。

 だから俺が何を言っても、何度反対しようとも断行するだろう。ただ俺の反対にはきっと困ったように笑うのだろうと、想像してしまった。

 だから俺に出来るのは、エレシュキガル様に寄り添うことだけだった。

 

『我が魂は常に貴女とともに。何があろうと、冥府の枠組みが崩れ去った時の果てであろうとも。幾久しく』

「貴方の誓いを受け取ります。私とともに歩みなさい。我が第一の臣下にして唯一の直臣よ」

 

 それは俺を冥府の副王にして宰相とでも言うべき地位に据える言葉だったが、今この時は気付かずにただ溢れ出す情動を押さえつけるために必死で頭を下げていた。

 そんな俺を見て微笑んだエレシュキガル様はふわりと浮かび上がり、冥界を一望できる中空へと高く昇った。

 

『冥府に集うガルラ霊よ、貴方達の女王の声に疾く耳を傾けなさい』

 

 冥界のあらゆる場所に不思議な反響を伴ってエレシュキガル様の声が響く。

 冥府を統べる女神の言葉に、冥府で休みなく働くガルラ霊達が手を止め、宙空に座すエレシュキガル様を見つめる。

 女王の下知に冥界のあらゆる存在がその意識を女神に向けた。

 

『貴方たちに、これまで禁じていた()()を持つことを許します』

 

 冥界にて働くガルラ霊はエレシュキガル様から分かたれた分霊だ。

 だが既に分かたれて何万年と経ち、膨大な時間と数多の魂魄と触れ合った経験の果てに個我を獲得した個体も少なからずいたという。

 だが彼らに個我を許すほどに余裕がない冥界の懐事情から、エレシュキガル様の支配力によって個我を出すことを禁じられ、日々の労働に従事していた。

 だが言い換えれば彼らをルーティンワークから解放し、自由に個我を許せばその数だけのマンパワーへと姿を変える。人手不足という冥界最大の泣き所を解消できる鬼手となる。

 そして彼らを解放することでポッカリと空いた労働力はこれからエレシュキガル様が宣言する誓約によって得られた支配力で補填するつもりか。

 

『命ず。貴方たちの思う、冥界にとっての()()を為しなさい。最早冥界はただ昨日と同じ今日を繰り返すだけでは立ち行かぬ窮地に陥っています。この世界を明日へ繋げるため、より善き明日を創り上げるために冥界にある全ての者の献身が必要です。

 太陽と水がなくても育つ作物を、食べる草がなくても育つ動物を探しなさい。肉体の無い霊魂でも安らかに暮らせる終の棲家を建てる技術を学びなさい。必要なら世界の果てまで旅し、冥界に有益な品を、技術を、発想を持ち帰りなさい!』

 

 やれることを全てやれ、とエレシュキガル様はガルラ霊に自由を許した。

 

『繰り返し、命ずる。個我を得たガルラ霊よ、我が眷属よ。さあ、冥界(ワタシ)のために働きなさい!』

 

 暗き冥府に轟々と大音声が鳴り響き、善きガルラ霊達が女王へ応えるように声を上げる。

 地の女主人たる女神に応え、その版図たる冥府が鳴動しているのだ。

 

『そして続けて告げる。私はエレシュキガル、誇り高き冥府の支配者! 冥府のガルラ霊の大元締めにして、死者たちを統べる女王! 

 天よ、聞け! 地よ、叫べ! 我が宣言を世界の果てまで疾く伝えよ! 地の女主人の命である!』

 

 女王の威厳を以てエレシュキガル様は古代シュメル世界へ己の誓約を宣言した。

 

『私は我が第一の臣下とともに、この冥府を比類なき死者の楽土と為さん! 是とする者に慈愛を、否とする者に恐怖を与えましょう! 私はエレシュキガル、万物呑み込む《死》の支配者なればそれが叶う! 我が誓約を耳にした者は、願わくば我が志を認めることを望みます』

 

 冷たく、苦しみに満ちた今の冥界を比類なき死者の楽土と変える。

 余人が言えば妄想と一蹴されそうな、あまりにも高すぎる目標。その分今のエレシュキガル様にはこれまでと比較してなお別格と言える、恐ろしく強力な支配力に満ち満ちていた。

 だがそれはリスクと表裏一体。この宣言を為しえなかった時、恐らくエレシュキガル様は女神の座を失い、見る影もない程に衰退するだろう。

 

 地の底から放たれた宣言は大地を、大気を伝い、その宣言を受け取る資格ある者の耳に届く。

 その反応は千差万別だった。

 

 英雄王は小癪な、と不敵に笑った。

 天の女主人はあの引きこもりが、と嚇怒した。

 恐ろしき夏の太陽はその意気やよし、と興味を覚えた。

 

 だがいまは冥府の女主人が世界に向けて不敵に笑うばかりである。

 この宣言こそがのちに幽冥永劫楽土と神話に称えられるメソポタミアの冥界(クルヌギア)、その第二の開闢であった。

 




 というわけでエレちゃん様による冥界DASH企画参加募集のメッセージでした。
 読者にして名誉ガルラ霊の皆さん、皆のアイデアで冥界をNAISEIしようぜ!

 名誉ガルラ霊の皆さんの中で本作の冥界DASH企画に参加される意欲のある方は、私の活動報告にあります『メソポタミアの冥界で(略)、冥界開拓アイデア募集欄』にコメントする形で冥界発展のためのアイデアを投稿いただければ幸いです。

 要するにお持ちの冥界開拓のアイデアを私宛にお伝えいただければ、アイデアによっては本作内にて日の目を見るかもしれないという読者参加型の企画です。なおシチュエーションの要望などは受け付けておりません。

 あまり具体的なアイデアではなく、他所の神話では冥界で育つこういう作物があるとかそういった情報提供だけでも全然OKです。

 もちろん全てを採用できるわけではありませんし、そのままの形で採用出来るかも分かりません。
 正直冥界は立地が極めて特殊かつ逆レジェンド級のベリーハードモードなので相当秀逸なアイデアじゃないと日の目を見るのは難しいかもと考えています。

 ただまあ既に最低限ストーリーの骨格は出来ているので、最悪参加される方が一人もいなくても執筆上問題ございません。あくまで読者の皆様がガルラ霊の気分になって冥界開拓に参加できるおまけ要素、お遊びのようなものとお考え下さい。

 アイデア採用の基準ラインは高めですが、その分ストーリーには大きく関わらないのでお気軽に参加いただければと思います。

 参加されない方も作者が何か変なことを始めたぞと生暖かい気持ちで見守って頂ければ幸いです。

 もしこれらの企画にご不快な思いを抱かれた方はお手数ですが、作者宛までメッセージをいただけますでしょうか。内容によっては企画を取り下げさせていただきます。

 以上、ご参加をお待ちしております!



 追記
 今回の名誉ガルラ霊称号を(勝手に)贈呈致しました件は頂いた感想返しのやり取りにて思いついたネタとなります。
 何人かの方々には先行して(やっぱり無断で)称号を贈呈させていただきましたが、勝手ながら本作執筆のため使わせていただきました。
 ご理解いただけますと幸いです。

 追記の2
 身体がちょっと悲鳴を上げてきたの、流石にこれからは毎日投稿が厳しくなってきそうです。
 次回の投稿まで間が空くかも知れませんが、気長にお待ち頂ければ幸いです。


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幽冥永劫楽土クルヌギア


 皆さま、この度は冥界DASH企画への多数の参加、誠にありがとうございました。
 今後もアイデアの方は募集中ですが、ひとまず採用するアイデアやストーリーの骨格がまとまったことを報告いたします。

 これより冥界DASH企画もとい、幽冥永劫楽土クルヌギア編のオープニングでございます。
 冥界に生きた皆が自重と限界を投げ捨てた十年後をご覧あれ。

 なおお遊び要素として《名誉ガルラ霊》の皆さまもちょこっとですが、本編に登場しております(多分次話でも少し出ます)。楽しんでいただけるなら幸いですが、もし気になる方がおられましたらその旨作者まで連絡をお願いします。出来る範囲で修正したいと考えております。

 では本編をどうぞ。



 冥界第二の開闢と呼ばれたあの日から十年が経った。

 そして俺は今、十年が経つ中で幾つもの大きな変化を迎えた冥界をエレちゃん様とともに高みから眺めていた。

 

「美しい光景なのだわ」

「まことに」

 

 思わず、という風に漏れた慨嘆に相槌を打つ。

 それを追従とは思わない程、眼下の光景に冷え冷えと殺風景だった冥界の面影はなかった。

 

 霊魂が剥き出しのまま槍檻に収められるばかりだった死者達は、かりそめの肉体を与えられ冥界の住人として大地を闊歩していた。

 

 死者の魂魄を苦しめていた身を切るような寒さは冥界を囲うようにその最外縁に敷かれた溶岩流路によって温められ、快く暖かい空気に満ちている。

 

 水一滴も望めなかった乾いた大地はエピフ山の地下伏流水を水源とする河川によって潤され、冥界の住人達へささやかだが十分な水の恵みを与えている。

 

 溶岩路の地熱と河川の水を上手く利用することで冥府原産の温泉すら生まれ、冥界と地上の双方に温浴という娯楽を提供している。

 

 果てのない深淵の暗闇は地表から冥界までを貫く形で埋め込まれた複数の巨大な水晶製光ファイバーがもたらす淡い陽光によってその帳を払われた。

 

 植物一つ存在しなかった冥界で、今では世界各地から持ち帰られた冥界に適応した特殊なザクロや不凋花(アスフォデルス)葡萄(ブドウ)が種類が少ないながら繁茂し始めている。

 

 地上から冥界深部へ続く一本道以外は獣道すらなかった大地には流通の動脈となる道路網が数多張り巡らされ、その上を数多の霊魂とガルラ霊達が規律良く動き回っているのがよく見えた。

 

 高見から見下ろす冥界は平穏で、穏やかな活気があり、死者達の顔に静かな喜びはあれど苦痛への恐れは無い。その営みは地上と異なる異質さを備えながら、地上よりも穏やかで緩やかな輪環の中にあった。

 

 そして俺自身も十年前には考えもしなかった、冥界の片隅に眠る友の形見を元に生み出した肉の身体に宿り、エレちゃん様に仕えている。

 

 一柱の女神を筆頭に、その直臣と《個我持つガルラ霊》十余万騎、末端の《個我持たぬガルラ霊》が数十万騎。この莫大なマンパワーが冥界のために十年という歳月をかけて昼夜の区別なく駆けずり回った成果だった。

 

「……冥界は、変わったわ。きっと良い方に」

「はっ」

 

 冥界を広く一望できる高所から己が版図を見下ろし、心を過去に飛ばし遠い目をしているエレちゃん様に頷く。

 

「……それ以上に変わり者が増えたかもしれないけれど」

「はっ」

 

 せやなって(真顔)。

 今度は全く別の意味で遠い目をしているエレちゃん様に同じ語調で同じ相槌を返す。

 うん、正直そこを言われたら返す言葉は無いです。

 

「《個我持つガルラ霊》達、皆いい子よね。真面目だし、働き者だし、基本的に善意で動くし」

 

 付け加えるなら溢れんばかりの個性の持ち主で、大半がエレちゃん様を信奉しており、熱意一つで世界の果てまでイッテ(キュー)を徒歩オンリーかつノンアポで実行に移しかねない根性の持ち主でもあった。

 冷静に考えなくてもキャラクター濃すぎない? しかもそれが約十余万騎、更に極まったのが六十六騎ほどいたりするとかいう冥界の魔境っぷりが凄い。あるいは酷い。

 

「はっ。みな善良かつ勤勉です。流石はエレちゃん様の分霊かと」

「それがたまに信じられなくなるんだけど…」

「分かたれてからの歳月がそれほど大きな影響を彼らに与えたのでしょう。頻繁ではないにしろ死者達との語らいも彼らの個性獲得に繋がったと考えられます」

 

 善きガルラ霊は全員がエレちゃん様から分かたれた分霊であるはずだが、それぞれのキャラクターは千差万別だ。特に個性が極まった六十六騎のガルラ霊には男性人格も多く、いわゆる『親』であるエレちゃん様の面影はない。

 

「……まあいいわ。みな良く冥界のために尽くしてくれます。私にとってはそれで十分」

 

 細かいことには目を瞑りますという副音声が聞こえた気がするが、俺も精神衛生上そちらの方針をお勧めします。

 基本的に自由にやらせておけば成果を上げてくる頼もしい戦力であることにも間違いはないのだ。

 

「それだけ皆はエレちゃん様を、冥界を大事に思っていたのでしょう。だからこそ自分たちの力を求められたあの日、皆は喜びに沸いたのでしょう」

 

 エレちゃん様が威厳に満ちた誓約を交わしたあの日のことはまるで昨日のことのように思い出せる。

 正確には忘れたくても忘れられないというか…。

 だからこそあの日の目に焼き付いた光景について、俺はこう表現する。

 

 あの日の冥界(ガルラ霊)は間違いなくオクスリもといエレちゃん様をキメていた…と。

 

 何を言っているか分からないと思うが俺も何が起こっているのか分からなかった。

 それくらい《個我持つガルラ霊》達がエレちゃん様によって自由を許された時の反応は劇的だった。

 

 エレちゃん様を称える鳴りやまぬシュプレヒコール、これからは冥界のために自由に働いていいんですねヤッターと諸手を上げて喜ぶワーカーホリックなガルラ霊、暴走一歩手前の熱意で冥界にとっての()()を見つけ出すため世界の果てまで旅立とうとしたヤベー奴、エトセトラエトセトラ。

 

 え? え? なに、なんなのこれ? と直前の大演説で見せた女王の威厳が面影もない程あたふたしていたエレちゃん様を眼福と思う余裕もないくらいの狂騒が冥界に満ちていた。

 

 それからは膨れ上がったマンパワーが生み出す怒涛のような仕事の波に飲まれ、もう無我夢中で走り続けた十年だった。

 

『冥界のため、エレシュキガル様のため、我らに休んでいる暇などないぞ統括個体!』

『然り! 然り!』

『さ あ 仕 事 だ !(ガッツポ)』

 

 大体こんな感じ。

 お前らウキウキで仕事に励み過ぎじゃない?

 過労死待ったなしの労働環境である、もう死んでいるけど。冥界では過労死することすら許されないとか文明の暗黒面に堕ちてしまいそう。

 いや、俺に限ってはエレちゃん様の喜ぶ顔を想像して気力充填してなんとか出来るから良いんだけど。

 《個我持つガルラ霊》達も基本的に全員善意と熱意で動いているから断り切れないのだ。何よりも本人たちが不眠不休で働き、割と元気一杯に見えるから尚更である。

 肉体を持たないからこそ気力=体力が押し通せる冥界でなければ軽く百回は過労死していた確信があった。

 

 だからこそこの十年間無数のガルラ霊によって変革を起こし続けた冥界には自負を抱いている。

 

 もちろん完全ではないだろう。だが少なくともエレちゃん様が求めた『比類なき死者の楽土』、その原型は出来上がったと自負している。

 地上から齎される信仰も十年前とは比べ物にならないほど膨れ上がり、現在では冥界を維持するための神力の消費量を明らかに上回っている。

 残る諸問題も時間をかけて片付けていけばいい。

 かつて孤独な女神が支えていた冥界にも、数多の部の民が生まれ、彼らの協力を得ることでようやく余裕と時間が出来たのだから。

 

「そうね…。みな、本当によくやってくれたのだわ」

「そのお言葉があれば、彼らも報われましょう」

「ええ。喜ばなければね、彼らの献身といまの冥界の在り方に」

 

 そう考える俺とは裏腹に、エレちゃん様が浮かべる喜びの中にも一抹の陰が差していた。

 その刹那の陰を、この時の俺は見逃してしまったのだった。

 




 まず皆様のアイデアから採用したネタの披露となります。
 繰り返しとなりますが、たくさんのアイデアのご応募ありがとうございました。
 頂いたアイデアの質と量が想定より大幅に上回ったなというのが素直な感想です。
 アイデアとして採用出来なかったもの、またはこのお話ではまだ登場していないアイデアなどもあります。
 お読みいただく中で心当たりがあるアイデアにはクスリと笑う感じで楽しんでもらえたら幸いです。

 今後は過去の回想という形でダイジェスト方式に細かい部分を描写していく予定となります。
 その分リアルタイム感は薄れるかもしれませんが、お話を短くまとめるための工夫でもありますので、どうかご容赦ください。
 今後とも本作をよろしくお願いします。

 それと感想も是非(食い気味)。


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 《名誉ガルラ霊》として冥界DASH企画にアイデア投稿して頂いた方々を少々取り上げており、若干内輪ネタっぽくなっております。
 内容的にはあまり関わらないので、気にせず読んでいただけますと幸いです。


 冥界第二の開闢と呼ばれたあの日。

 冥界中が狂喜乱舞(ヒャッハー)の渦に叩き込まれ、要のエレちゃん様までもがあわあわと慌てふためいていた。

 まあ無理もないというか俺自身目がポカーンである、目とか無いけど。

 

『エレシュキガル様! エレシュキガル様! エレシュキガル様!』

 

 最も目立つのは声を合わせてエレちゃん様を称えるシュプレヒコールを続けるガルラ霊達だろうか。

 それ以外のガルラ霊も多かれ少なかれ興奮状態にあるようだった。

 とりあえずはやる気を漲らせた十余万騎のマンパワーが手に入ったのが一目で分かる。

 これは疑う余地なく慶事と言えた。

 なにせこれまでの冥界では頭になって動けるのが俺とエレちゃん様の二人しかいない。

 まともに大掛かりなことをしようと思ったらキャパシティオーバー待ったなしの状況だったのだから。

 とはいえ今の状況はあまりよろしくない。

 ()()()()()()()()()

 過ぎたるは猶及ばざるが如しという言葉もあるのだ、今よりも大分未来にだが。

 

『エレちゃん様、この状況を収める術について献策申し上げます』

「聞きましょう。いえ、もう何でもいいからこの混沌を何とかしてぇっ!」

 

 涙目で雨に震える子犬みたく震えるエレちゃん様可愛い…。

 前から思っていたけどエレちゃん様想定外の事態に弱いですよね。

 もとい、献策である。

 とりあえずこの無秩序なやる気に満ちた冥界が本格的なカオスに叩き込まれる前に一刻も早く秩序を取り戻さねばならない。

 その献策をエレちゃん様の耳にボソボソと耳打ちする。

 すると目の前で狂喜乱舞(ヒャッハー)し続ける冥界の狂騒に怯んだ様子だったが、やがて覚悟を決めた表情で頷いた。

 凛々しく顔を引き締めたエレちゃん様も素敵だなぁ…。

 この時、表舞台に立って身体を張るのはエレちゃん様なので、そんな風に呑気に構えていられる余裕のある俺であった。

 

『我が眷属よ、我が声に耳を傾けなさい!』

 

 冥界に響く大喝。

 彼らの主にして心棒の対象であるエレちゃん様からの一喝だった。

 上位者から呼びかけ、この混乱を統制する。

 ごく当たり前だが、それ故に有効な献策。

 するとあれほど冥界中に木霊していたざわめきが一瞬で静寂を取り戻した。

 ()()()と示し合わせたように冥界中のガルラ霊達の視線が空中に浮かぶエレちゃん様に集まった。

 ヤバイな、これ傍から見てても地味に怖いぞ。

 精神的に隙の多いエレちゃん様は大丈夫か…?

 

『…ッ! これより貴方たちに指示を下します。良く聞くように』

 

 一瞬無音無形の圧力に怯んだのが遠目からでも分かったが、エレちゃん様は慌てそうになるのをグッとこらえて俺が耳打ちした通りの内容を叫んだ。

 

『貴方たちに与えた自由は冥界のために使われるもの。そして冥界に浪費して良いものなど何一つありはしません。心の熱はそのままに、軽挙妄動は慎むこと。後ほど皆により詳細な指示を出します』

 

 今は落ち着き、勤めに戻りなさいと言葉を続けると際限なく高まりそうだったガルラ霊達のボルテージが見る間に沈下していった。

 それを見て何とかなったか、と安堵の息を吐く。

 やる気があるのは結構だが、それを無秩序に暴走させるのは愚の骨頂。

 彼らはエレちゃん様の分霊。その霊体を構成する神力もまたエレちゃん様のもの。

 ならばその神力を()()する余裕など今の冥界に一片たりともありはしない。

 組織化し、秩序を敷き、然るべき課題に向けてその意欲を発揮してもらわねばならない。

 ただやる気があればいいと言うものではないのだ。

 

「何とかなったのだわ…」

『はっ。流石でございます。エレちゃん様でなければ彼らを抑え込むことは叶わなかったでしょう』

「そうかしら?」

『そうです』

 

 いや、本当に。

 仮に俺が同じことをしても耳を傾けるガルラ霊など十人もいれば多い方だ。

 カリスマと言うには威厳が足りないが、エレちゃん様の()()()はギルガメッシュ王にも決して劣ってはいないと俺は考える。

 少なくとも十余万騎のガルラ霊がただその言葉だけで意に従った実績の持ち主であることは確かだ。

 

「それで…それでね?」

『はっ!』

 

 とりあえずガルラ霊たちは落ち着いた。

 とりあえずでしかないが、時間を稼ぐことは出来たのだ。

 

「……あの子たち、どうしようかしら?」

『どうにかするのです、エレちゃん様。俺と、貴女様で』

 

 今にも泣きそうな困り顔のエレちゃん様も可愛いなぁとこっそり癒されつつ、言葉だけはキリッと返す。

 実際問題彼らが冥界のために働く意欲に溢れた、得難い人材であるのは間違いないのだから。

 極論俺たちが最も注力すべきは彼らの力を最大限に生かす環境づくりと言えた。

 

「何から手を付けましょうか…」

『まずは彼らが冥界のために働く下地を作り上げるところから始めましょう』

 

 それ故に俺が真っ先に手を付けたのは、《個我持つガルラ霊》達の組織再編だった。

 

「こ、これで本当にいいの? 貴方が大変なんじゃ…」

『もちろんダメですが、始まったばかり故致し方ありません。できる限りすぐに改善しなければ私が死にます…。いえ、もう死んでいますがとにかく冥界が回らなくなります』

 

 エレちゃん様と相談して決めた、最初期の冥界の組織図は恐ろしく単純な形。

 即ち女神エレちゃん様を筆頭に据え、直臣たる俺が十余万騎の《個我持つガルラ霊》達を統率、更に《個我持つガルラ霊》達が必要に応じて《個我なきガルラ霊》を部下に持つという極端なモップ型の組織図である。

 はい、どこが死ぬか一発で分かる奴ですね(白目)。

 事実として不眠不休で組織化に努める俺は一週間で音を上げた。

 対応しても対応してもやってくるガルラ霊の波に呑まれたのだ…。

 尤も音を上げても現状は変わらなかったのでそのあともなんとか頑張ったが。

 

「ダ、ダメなら…」

『なのでエレちゃん様には出来るだけ多くのガルラ霊たちと触れ合っていただき、使えそうと思えばすぐこちらに寄こしてください。多少無理を強いても諸々励んでもらいます故』

 

 もちろんあくまでこの組織図は仮のものであり、すぐに俺の下に数多のガルラ霊達をグループ化するための人材を配置した。

 エレちゃん様に見いだされたり、俺相手に冥界改善のための(アイデア)を持って直訴に来たりと先見性や積極性を買って選抜した六十六騎の《個我持つガルラ霊》である。

 のちに《開闢六十六臣》と呼ばれた冥界のガルラ霊達のまとめ役兼ご意見番たちだ。のちにさらに多くのガルラ霊がまとめ役として加わったが、最初期の貢献者としては彼ら六十六臣の名が知られている。

 特に俺付きの秘書じみた役割を買って出てくれたガルラ霊には助けられた。個性とパワー溢れるガルラ霊達の献策をまとめる働きが無ければ、さらに俺にかかる負担は増したはずだった。

 尤も冥界のガルラ霊に役割はあっても地位は無い。

 《開闢六十六臣》の名も名誉称号ではあっても権力とは結び付かない。

 皆エレちゃん様の下に平等だ。

 それはいなくなっても替えが効くという意味では、極論宰相じみた役割を務める俺も例外ではなかった。

 閑話休題(それはさておき)

 ウルクとの契約を十全に果たすため、ギルガメッシュ王との協議で得た猶予時間を考える。

 与えられた猶予の間に何とか冥界を最低限動かせるだけの体制に持っていかねばならない。

 そしてその時間の間、恐らくは一瞬たりとも休んでいる暇はないであろう現実に、ほんの少しだけ憂鬱さを覚えるのだった。

 




 なおどんなに憂鬱だろうがエレちゃん様からの労いを貰った瞬間に魂ピカーして元気いっぱいになる模様。

 内容的にはまず冥界の膨れ上がったマンパワーを統率するための組織再編。
 細かくやっていくとリアリティの問題で死ぬので詳細はご勘弁を。
 次は冥界の将来図、グランドデザインについての予定です。

 余談
 《個我持つガルラ霊》が十余万騎云々:
 前話投稿時点のUA数から。

 《開闢六十六臣》:
 前話投稿予約までにアイデア投稿して頂いた方々。名誉称号。
 特に実益は無いがエレちゃん様のために他より多く働きを示した証明。
 タイミングなど特に意図してないが、何か厨二魂的に良い感じの数字になった。ちょっと驚き。


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 休憩なにそれ美味しいの? と言わんばかりの不眠不休状態で働き続け、いつの間にか結構な時間が経った。

 冥界のガルラ霊を統制する組織再編は辛うじて…本当に辛うじて、何とか組織的停滞は免れるというレベルだが軌道に乗せることが出来た。

 現在は《開闢六十六臣》を中心に各ガルラ霊の適性や意欲を見て、組織化を急ピッチで進めているところである。

 そして組織に配属した後は、冥界で行われるルーティンワークと並行してグループ間で連携を取りながら、冥界についての()()を模索してもらっている。

 既に種々の地下資源の活用や他文明の冥府への遠征案など実現性の高そうな案も出ている。現時点では実行が難しい案もストックし、将来的な実現に向けて研究する部署も設立予定だ。

 ウルクと結んだ契約に則った地下坑道の守護役も、一部の《個我持つガルラ霊》が中心になって配置が進んでいる。彼らは今後の地上から受ける信仰を支える冥界の大黒柱となる予定なので、是非その力量を振るって欲しいものだ。

 その他諸々考えられる限りのことを実行し、とにかく全てのガルラ霊達は忙しく冥界のために働いている。

 

『何とか…本当に何とかだが、成ったか』

 

 これで莫大なマンパワーがただ遊んでいるという最低の浪費は免れることが出来た。

 とりあえずだが、何とかなったのだ。

 何とかなったので、これからはエレちゃん様との()()のお時間だ。

 

『…………』

「…………」

 

 と、言いつつ既に少なからぬ時間、長い沈黙が俺とエレちゃん様の間におりている。

 

「あの、ね…。その」

『…………』

 

 発端は俺がエレちゃん様の前に跪き、一言も声を発さないまま、ずっと沈黙していること。

 最初はにこやかだったエレちゃん様もやがては俺が醸し出す重苦しい雰囲気に気付き、何とも気まずそうな表情を浮かべている。

 

「お、怒ってる?」

『ハハハ、まさか。私などがエレちゃん様を怒るなどとてもとても。それともエレちゃん様は何か私めに対して後ろめたいようなことでも?』

 

 こうして俺が言葉にせず抗議を行っているのはあの冥界宣言についてだ。

 あの宣言の内容に根本的なツッコミを入れるとすると、だ。

 

 そもそも『比類なき死者の楽土』ってどんな場所だよという話である。

 

 こう、目指すべき目標として滅茶苦茶ふわっふわである。

 でもそのふわふわな目標を達成せねばエレちゃん様は見る影もなく零落するとかいう難易度ルナティックかつ罰則もルナティックな罰ゲームに強制ご招待。

 なおどんな罰ゲームでも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 こんな状況では我が主人といえど流石に無言のクレームの一つも入れても罰は当たらないのでは?

 

「や、やっぱり怒ってるのだわ…」

『いやいや、まさかまさか』

「私の眷属が私をイジメるぅ…」

 

 あー涙目エレちゃん様とか天使かな(尊さに浄化される音)。

 いや、個人的な感想を言えば冥界宣言を堂々と布告したエレちゃん様は最高に決まっていたし格好良かったし流石は我が女神さまとガルラ霊達と肩を組んでのシュプレヒコールに参加したかったくらいだが(ここまでワンブレス)。

 それはそれとして、彼女に仕える直臣として言わなければならない言葉がある。

 

『何故、あれほど御身を縛り付ける、強力な誓約を結ばれたのですか。御身こそ冥界そのもの。誓約を破った時の危険はよくご存じのはず』

 

 結局はそこだ。

 何を思って彼女はあれほどのリスクを背負った宣言を下したのか。

 もう少しハードルが低く、具体的な宣言もあったのではないか。

 と、真剣な声音で問いかけたのだが、そこにいたのは何とも後ろめたそうに顔を背け、指をつんつんと突き合わせるエレちゃん様であった。

 

「こう、その…そのね? 皆の前で立って話してたらつい気が大きくなったり、つい出来そうにないことでも口にしちゃったりとか経験がない?」

 

 ははーん、さては勢いで無暗に意気軒高な目標をぶち上げたな。

 エレちゃん様ってそういうところありますよね?

 

「わ、私の眷属の目が冷たいぃ…」

 

 ハハハ、そんな滅相も無い。

 だってガルラ霊に冷たくなるような目とかありませんし?

 

「ううぅー…」

 

 まあ、頃合いだろう。

 うーうー唸りながら涙目でこっちを見てぷるぷる震えるエレちゃん様を堪能できたのでそろそろ解放するとしよう。

 

『エレちゃん様、冗談ですよ。いえ、軽率に重すぎる誓約を結んだのはまだ言い足りないところですが』

 

 もう誓約を結んだ以上は後から何を言おうと文字通り後の祭りだ。

 エレちゃん様が重い誓約を結ぶことで、冥界が莫大な神力というリソースを得たのも確か。

 一方的に責めるばかりなのはアンフェアだ。

 

『眷属から伏してお願い致します。どうか、ご自愛下さい。貴女様は冥府そのもの。御身に何かあれば、我らは皆向かうべき道先を見失うことになってしまいます』

 

 だがどうか彼女を慕う者達の気持ちも知っておいて欲しかった。

 俺だけではない、これほど多くのガルラ霊からもエレちゃん様は慕われているのだから。

 

「……ええ、ごめんなさい。その、今後はもっと気を付けるのだわ」

『はい。是非そのように』

 

 自重を求める言葉を告げると、彼女はしっかりと頷いてくれた。

 とりあえずはそれで十分だった。

 

「それと」

『はっ』

「ありがとう。貴方は私のために私を怒ってくれるのね」

 

 嬉しそうに、照れくさそうに、少しだけ申し訳なさそうな顔でお礼を言うエレちゃん様に。

 

『(あ、解脱しそう)』

 

 俺は無言で尊みに焼かれるのだった。

 

 ◇

 

 そして話は戻る。

 確かに『比類なき死者の楽土』というあやふやな目標を実現するのは難しい。

 だがある意味ではとてもシンプルな話でもある。

 究極的に言えば、エレちゃん様が目の前に広がる光景を『比類なき死者の楽土』であると認める事が出来ればいい。

 ならば答えは簡単だ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 もちろんそれが無理無茶無謀のたぐいであることなど百も承知だ。

 だがどのみち達成できねば、エレちゃん様は見る影もない程に零落し、女神の位から転がり落ちる。

 ならばどれほど困難な道のりでも、踏破しなければならない。

 これはそれだけの話だ。

 

『では、改めて。エレちゃん様の描く比類なき死者の楽土とは如何なる場所か。多少あやふやでも構いません、エレちゃん様のお言葉で我らにお示し下さい』

「私が思い描く、楽土…」

 

 目を瞑り、脳裏に自らが抱く理想郷を思い描いているだろう数秒の時間を挟み。

 

「私は、平穏が欲しい」

『平穏…でございますか?』

「ええ」

 

 と、静かにエレちゃん様は語り始めた。

 

「死者達が安らげる世界であって欲しい。例え冥界がいずれ輪廻の輪に還るまで、ほんのひと時滞在するだけの場所であったとしても、平穏に苦痛なくその時間を過ごせるようにしたい」

『そのために、何が必要とお考えになられますか?』

「暖かな陽だまりが、安らげる家が、気持ちを癒す草花が、身を入れられる手仕事が、喉を潤す水が、皆が憩う団欒が…穏やかな時間がある冥界を私は望みます」

 

 憚るように語られたその願いは、なんと大きくて、私欲のない、ささやかなものだったのだろう。

 

『エレちゃん様は、欲張りで有らせられる』

 

 だがその壮大で、自分の欲の混じらない願いはとても彼女らしかった。

 

「ダメ、だったかしら…?」

『まさか』

 

 恐る恐るといった様子の問いかけに俺はからからと笑い、否定した。

 

『私は貴女の()()を実現するためにここにいるのですから』

 

 いや、正確に言えば彼女の望みを肯定した。 

 ()()こそが冥界に来てまで俺がやりたいことだったのだから。

 




 前話でグランドデザインと言ったのは大袈裟でしたかね。
 エレちゃんが思い描く、スーパーふわっとした冥界の理想的な将来図について語る回でした。

 メタ的なお話になりますが、『比類なき死者の楽土』とは細かい条件などはつけずに、エレちゃんがそう思えるかどうかが焦点になります。
 なのであまり細かいところまで突っ込まないでいただけると助かります。
 細かいツッコミどころについては、ガルラ霊達が10年間の間にめっちゃ頑張ってなんとかしたんだけど本編内では描写していないだけなんだ! ということで。

 正直⑪で筆の勢いに任せてぶち上げたけど冷静になって『比類なき死者の楽土』ってなにと考えたら作者自身首を捻ったので、こういう次第となりました。

 正直この作品、エレちゃんとのやり取りがメインで内政要素はそこまでガチ目に描写しないというか出来ないんで…。作者の力量的に。

 言い訳祭りの後書きでしたが、今後もエレちゃんを可愛く書いて行ければなあと思っております。

 どうか応援よろしくお願いします!

 


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 死者達が安らげる世界であって欲しい。

 そのささやかで大きなエレちゃん様の願いはすぐさま全てのガルラ霊に周知され、やはり我らの女神は尊いと奮起する源となった。

 とはいえ、だ。

 無視できない問題もあった。

 というか問題ばかりだが、とにかくひときわ重要な問題があった。

 従来の冥界を脱却し、数多の新しい試みを定着させ、楽園と呼ばれるにふさわしい世界へと変える。

 これはもうほとんど国家を一から創り上げるのと変わらないと言える。

そして当たり前だが一介のガルラ霊の俺やひたすら冥府でルーティンワークをこなし続けていたエレちゃん様にそれらの技能が備わっているわけがない。

 もちろん《個我持つガルラ霊》の助力は得られる訳だが、流石に彼らに頼める仕事にも限度がある。

 この類の仕事は特に無茶ぶりが過ぎた。

 故に手詰まりであった。

 頼れるツテが冥界だけならば。

 

『いま、冥界は斯様(かよう)な次第となっておりまして。雲を掴むような頼みで恐縮ですが、何かご助言など頂けないでしょうか。シドゥリ殿』

 

 足りないものは他所から持ってくる。

 基本である。

 というわけで俺は今、夜も更けたウルクで司祭長シドゥリさんと向かい合い、正直に冥界の窮状を伝え、打開策について助力を願っていた。

 無茶ぶりであることは承知の上だが、こちらの要望を汲んでくれるならば、例の契約内容についても半年後の更新で譲歩する用意がある。

 そこらへんを伝えながらの、ダメ元での()()()であった。

 

「まあ、それはなんとも壮大な…」

 

 と、感心したような、こちらの苦労をねぎらうような何とも柔らかい表情を浮かべるシドゥリさん。

 相変わらず物腰柔らかな美人さんである。

 しかも有能。

 彼女と結婚したら穏やかで幸せな生活を暮らせそうだ。

 既に死者と化した身には縁遠い話だが、彼女の旦那になる男が大変羨ましい俺だった。

 と、ここまで考えて何故か背筋を走った寒気に首を傾げる。

 霊魂は物理的な寒さで寒気を感じるような代物ではないのだが…? 特に気温が低い訳でもないし。

 

「……お話は承知いたしました。それでしたらそういうことにこれ以上ない程向いたお方を紹介できるかと」

 

 おっと、まずは目の前の話に集中せねば。

 しかも肯定的なお返事だ、俄然こちらとしても前のめりになる。

 

『まことですか!? 流石はウルク、メソポタミア最大の都市国家は都市を支える人材も豊かなのですね』

「いえ、それほどでも。それに何分極めて多忙な方ですので…。私が出来るのは紹介まで。また過度な干渉をお嫌いな方でもあるので、出来ることは本当に助言という形になるかと思います」

『何分、我らには疎い分野でありますので。ご助力を頂けるのは、本当にありがたいのです』

「それは重畳です。どこまでお力になれるか分かりませんが、精一杯応えたいと私も願っております」

 

 と、交渉人ではなく誠実な神官の顔をしたシドゥリさんからのお言葉であった。

 エレちゃん様がいなければ、今頃俺はシドゥリさんを信仰していたかもしれない。

 そう思わせるほどに善意と誠実さに満ち溢れていた。

 つまりシドゥリさんは女神だった…?

 

「では早速その方の下へご案内いたします。確か丁度政務がひと段落したところであるはずですので…」

『どうかよしなにお願い致します』

「そう固くならずに。ええ、私は神官としてエレシュキガル様にお仕えするガルラ霊殿にご助力出来て、とても嬉しいのです」

 

 と、淑やかに笑うシドゥリさん。やはり女神なのでは?

 かくしてシドゥリさんの後に続きながらウルクを巡り…。

 ……あの、この方向は聖塔(ジグラット)を真正面に捉えて進んでいるのですが。

 というかこの道筋は前に、というかウルクへ()()()来た時と全く同じルートなんですが。

 

「フフ…」

 

 視線での問いかけに微笑み一つで黙殺され…。

 やはり、と言うべきか、まさかと表現するべきか…。

 聖塔(ジグラット)最上部の玉座の間、ギルガメッシュ王が政務を執る空間へ案内されたのだった。

 

「どうした、シドゥリ。また冥府絡みでなんぞ要件が持ち上がったか?」

「然様にございます、王よ。どうかしばしお時間を頂ければと」

 

 クスリ、と自然な笑顔で微笑をこぼしながら。

 

「既にお気づきでしょうが改めてご紹介を。国家運営について我らウルクが誇る最大の叡智、ギルガメッシュ王であらせられます」

 

 シドゥリさんマジパネェ(語彙力喪失)。

 平然とした顔でよりにもよってギルガメッシュ王を紹介してきやがった。

 

 ◇

 

「馬鹿を言うな。何故俺が冥界なんぞのために働かねばならん」

 

 それがシドゥリさんを通じて冥界からの依頼を聞いたギルガメッシュ王の第一声だった。

 いや、まことにごもっともです。

 流石にウルクの主人であるギルガメッシュ王に、冥界の創世に関わってもらうのは無理筋じゃねーかなと俺でも思う。

 

「しかし王よ。我らウルクと冥府は既に浅からぬ契約を結んだ間柄。此度の助力を持ってますますその仲が深まることはウルクにとっても良策であると考えます」

「下らぬ言を弄すな、シドゥリ。契約は契約。此度の申し出とは別の話よ」

 

 シドゥリさんの抗弁をバッサリと断ち切る。

 取り付く島もない、と言った様子だが、怯んだ様子もなく抗弁を重ねるシドゥリさんであった。

 

「ギルガメッシュ王こそそのお言葉は冥界に対し義理を欠くのでは?」

「ハッ! 何を言うか。我の言葉に誤謬などどこにもありはせんわ!」

「この大地に生まれた命はやがて等しく冥府へ還ります。我らウルクの民もまた。此度の冥界の皆々様のお働き、巡り巡っては王が治める民の死後の安寧を約束するためのもの。であれば多少なりと助力するのもまた王の威光をますます輝かせる結果となるかと?」

「それも含めて冥界の者どもが果たすべき仕事であろうが…」

 

 シドゥリさんの説得にひたすら面倒くさそうに対応していたギルガメッシュ王だったが、楚々とした笑顔を崩さないシドゥリさんを見て渋々と承諾した。

 傍若無人、唯我独尊を地で行くギルガメッシュ王にもどうやら苦手とする人間がいるらしい。

 

「我は忙しい。逐一貴様らのつまらん仕事にかかずらうつもりはない。貴様らの仕事ぶりに助言程度ならくれてやろう。貴様ら残らず雁首を揃え、平身低頭をきめながら我の慈悲深さにむせび泣け」

『ははっ! ギルガメッシュ王のご助力を得られたこと、百万の援軍を得た思いです!』

「感謝と称賛の念が足らぬわ! 我を称えたければその三倍は持ってこい!!」

 

 当初は乗り気ではなさそうだったが、やるとなったらそっくり返っての王様笑いをキメるギルガメッシュ王である。

 

「それと我の名前を冥界の歴史に不朽の地位を持って刻み込め。その程度では全く持って我を動かすには足りぬが、その不足分はシドゥリの言葉を持って充たすこととする」

 

 のちに冥府の特別名誉顧問(仮)の地位にギルガメッシュ王の名が永久欠番で刻み込まれる原因となる一言であった。

 

「では早速資料を持ってこい。我がこの目で精査するのだ。相応の出来のものを用意しろよ?」

『申し訳ございませぬ。流石にこの場には…』

 

 そもそも一縷の望みをかけてシドゥリさんを頼ったのだ。

 そこまで手回しが出来たらそれは有能ではなく未来が見える異能者だろう。

 

「手回しが鈍いわ! 不敬にも我の手を煩わせるか!?」

『申し訳ございません! 至急用意致します!』

 

 叱責に大人しく頭を下げながら、胸の内で最短での手配を検討する。

 流石に理不尽じゃねーかなと思いつつも、ギルガメッシュ王なら多分それくらい見越してやれそう。

 でもですね、流石にシドゥリさんからギルガメッシュ王を紹介されるとか予想しろってのは無茶ぶりにもほどがあると思うんですよ。

 

「これだから珍獣の類は…。ええい、次だ。次に来るときに持ってこい。良いな」

『ははーっ! ギルガメッシュ王の御慈悲に感謝致しまする!!』

 

 この夜は流石にこれにてギルガメッシュ王との謁見は終わりを告げた。

 そして後日の謁見を願い出ると、大人しく玉座の間から下がるのだった。

 

 ◇

 

 なお後日、ギルガメッシュ王へエレちゃん様含む冥界総出で作り上げた冥界運営計画表(ロードマップ)を見せると以下のような批評が返ってきた。

 

「なんだこの稚拙な出来は!? 貴様ら国家運営を遊びと勘違いしておるな! 治世とは即ち王の顔を示す鏡よ! エレシュキガルの顔に泥を塗るのが貴様らの仕事か、ガルラ霊ども!? フハハ、それはさぞ楽しかろうなぁ、ん?」

 

 なんだとぅ…?

 あぁん?

 その言葉、宣戦布告と判断しても? 

 

 今思えば露骨な挑発にプッツンと来た俺以下《個我持つガルラ霊》総員で、ギルガメッシュ王の手で数えきれないほどの訂正を強いられた冥界運営計画表(ロードマップ)の改善に着手した。

 そしてその度にギルガメッシュ王にフルボッコにされては、無いはずの眼球から涙を流しながら復讐の念を新たにするのだ。

 果たしてダメ出しされた訂正箇所、改善してはダメ出しを食らう回数をそろそろ数えなくなった頃。

 

「ま、及第点であろう」

 

 との言葉を得た日には冥界が揺れた、割と物理的に。

 邪知暴虐なる暴君に一矢報いたぞと皆が肩を組んで歓声を上げたのだ。

 なおその裏で、

 

「何時までも我の手を煩わされてもたまらん。早急に鍛え上げてやったわ。我の慈悲深さには、天も滂沱の涙を流すであろうよ」

 

 とは、なんだかんだ素人同然だったガルラ霊達に付き合い、あくまで机上での話だが王自身が「及第点である」と言葉を許すレベルになるまで面倒を見たギルガメッシュ王の言葉である。

 やっぱこの人飛び切りの暴君だが、同じくらい面倒見がいいんじゃねーかなぁ。

 後に諸々の舞台裏についてシドゥリさんから笑顔で教えられた時の素直な感想であった。

 



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 冥界宣言から一年が経った。

 物事は何事も始める時が最も大変である。

 後に冥界第二の開闢と呼ばれたこの大変革期もまたその例外ではなかった。

 

 冥界が誇る《個我持つガルラ霊》十余万騎を組み込む組織編制。

 大目標『比類なき死者の楽土』の具体化と周知。

 冥界運営計画表(ロードマップ)の策定と実行。

 他、これまで冥界でこなしてきたルーティンワークなどエトセトラエトセトラ。

 

 文字通りの不眠不休で溢れ出る仕事をやっつけ続けてきた一年間。

 時に遅延し、時に大幅な見直しを迫られながらも、その成果は実りつつあった。

 その筆頭が地上における信仰の獲得だろう。

 冥府の女神(エレシュキガル様)が大黒柱として冥府を支えている現状、地上で獲得出来る信仰とは冥界発展のリソースとイコールであった。

 通貨とはまた異なる概念だが、何事もリソースの余剰はあるに越したことは無い。

 有り余る資産で上からぶん殴る戦略は古今東西、あらゆる時代とあらゆる地域で有効なのだ。

 特に冥界の現状は、エレちゃん様が冥界宣言によって得た莫大なリソースを初期投資とする非常に不安定なもの。

 言うなれば莫大な借金を背負っての自転車操業だ。

 そんな不安定な状態から一刻も早く脱却するためにも、信仰獲得は冥界一丸となって励むべき急務であった。

 そして先んじて語ったように、ある程度の成果は実った。

 

 ウルクに建てられたエレシュキガル様を祀る小神殿は昼にはクタから派遣された神官が、夜には我ら《個我持つガルラ霊》が常駐し、《死》を司る祭儀を取り仕切った。

 冥界はそうした葬儀以外にもウルクとは関係を持っていたので、小神殿は坑道採掘方面での嘆願や問い合わせなどの冥界宛のホットラインとしても機能した。

 そして信仰獲得の柱として、ウルクと契約した坑道採掘の守護役勤めだが、これは中々の当たりだった。

 思った以上の深い信仰を得ることが出来たのだ。

 人間、やはり実利には弱い。

 坑道採掘は実入りが良いものの、やはりその危険性は他の仕事と比べても高い。

 そんな中、何度もガルラ霊の働きによって危機一髪の窮地から脱する事例が起こり、また前年に比べて死傷者の数がぐっと減った事実は坑道採掘の職人達に信仰を植え付けるのに十分な()()だった。

 実利故に信仰する。

 人間とはいっそ身も蓋もないくらいに逞しいものだとつくづく実感する話であった。

 閑話休題(それはさておき)

 そうした次第でガルラ霊は冥府の女神に仕える神使としてウルクの民の一部に崇められつつあった。

 更に規定の量として採掘した鉱石の1割を儀式とともに収めていたが、やがて自主的にそれ以外の供物も献上し始めたのだ。

 鉱石ではなく職人らが自主的に行う小さな儀式に、手製のささやかな宝石細工を献上したりといった形だが、それを笑うガルラ霊は一騎たりともいなかった。

 重要なのは豪華かどうかではない。

 心が籠っているか、なのだ。

 少しずつ、少しだけ、だが着実に冥界の存在はウルクの民の心に根付きつつあった。

 

 ◇

 

 さて、目先を変えて人材獲得(ヘッドハンティング)である。

 冥界が誇る《個我持つガルラ霊》十余万騎に象徴するように、今現在に限って言うなら冥界には単純なマンパワーは有り余っている。

 しかしそのマンパワーを持て余しているのも確かだった。

 彼らは熱心で優秀だが、彼らの力を最大限生かすために必要なものが欠けている。 

 それは専門家、スペシャリストと呼ばれる人材だ。

 指導者と言ってもいい。

 優秀で熱意はあっても、実務に関する経験は浅い。

 あらゆる事柄でそれは例外ではない。

 ならば一刻も早くその道に熟達するためには、経験を持つ先駆者から学ぶのが一番手っ取り早い。

 足りなければ他所から持ってくるのは基本。

 という訳で今日も夜のウルクに出張する俺であった。

 

『シドゥリ殿、突然のお願いで恐縮なのですが』

 

 考えてみればいつもシドゥリさんに無茶ぶりじみたお願いをしている気がする今日この頃。

 ……しゃあないねん。伝手があって有能でこちらに好意的な有力者となるとどうしても限られるのだ。

 いつもニコニコ笑顔で対応してくれるシドゥリさんが例外であって、基本的にガルラ霊は冥府の先触れ、不吉さを身に纏う死霊なのだから。

 

『職人をご紹介頂けませんでしょうか』

「はあ、職人ですか」

 

 困った、とばかりに頬に片手を当てて小首を傾げるシドゥリさん。

 女神かな? 

 可憐な仕草に魂をピカーと発光させつつ、普段よりは落ち着いて話を続ける。

 

『無論、ウルクに対し恩を仇で返すつもりは毛頭ありません』

 

 俺の言葉をそのまま捉えればヘッドハンティング(物理)だからな。

 腕利きの職人をとっつかまえて冥府に引きずり込むとか、地獄の極卒よりもえげつない所業である。

 そうした懸念を否定した俺に安心したのか、先ほどよりは安堵した表情で問いかけてくるシドゥリさん。

 

「では、どのような人材をお求めですか?」

 

 それはもちろん互いにウィン・ウィンな考えが。

 

『そうですね。分野にはこだわりません。なにせ冥界にはあらゆる点で地上と比べて技術的蓄積が薄い』

 

 ギルガメッシュ王に鍛えてもらってはいるが、流石に国家運営というマクロ視点の技能と、実際に両の手を使っての加工技術などというミクロ視点の技能は土俵が違いすぎる。

 

『人並外れた熱意と傑出した技術の持ち主で、文字通り死んでからも技を追求したいと思っているような、極め付きの腕っこきがいれば、是非』

 

 生きている内は当然ウルクの職人だが、死んでから冥府で働くように契約するのはセーフ。

 ウルクに迷惑をかけることもない。

 死後は冥界の管轄だし。

 え、ブラック勤務への契約書?

 実情伝えたうえで本人の意思は尊重するので…。

 というかそれくらい魂の熱量とでも言うべきエネルギーの持ち主でなければ冥界では働けないのだ。

 冥界では気力=体力がまかり通る超精神論的世界観だ。

 死後も魂を燃やす情熱があるならば、今の冷え冷えとした冥界でも問題なく活動できる。

 逆に言えば気力が尽きた魂魄はやがて少しずつ摩耗し、冥界の深淵へ還っていく。

 世の中には死んでからも熱心に働こうなどというイカレた人間は少ない。

 だがウルクにならば、一人や二人それくらいの極まった人格の持ち主がいるかもしれない。

 

『とはいえ今すぐになどとは申しません。自らの死後を預けてもいいと言ってもらうために、時間をかける必要があるとは承知しております』

 

 流石にもうすぐ死にそうな、などというろくでもない条件は付けなかった。

 死に際に救済の手に見せかけたブラック勤務の強制契約を結ぶとか良心を持っているなら絶対に出来んわ。

 だから今すぐでなくても十年後二十年後辺りにぼちぼちそうした人材が顕れてくれれば重畳、と言ったところだろうか。

 

「なるほど…。残念ですが今のウルクにはご要望の職人はいませんね」

 

 ですよね。

 一瞬女神もマジギレするレベルでフリーダムなとんでもジジイの気配を感じたのだが、勘違いであったらしい。

 

『無論、そのような傑物は早々現れるものでもありません。死後を預けてくれるかも分かりません。しかし我らがそうした傑物を求めていることをウルクの民にも広めていただけるとありがたい』

「そうですね。我らウルクの民は飽くなき探求心の持ち主であると自負しています。今はおらずともいずれは現れることでしょう」

 

 ああ、その点は少なくとも疑いようは無い。

 ここはウルク、英雄王ギルガメッシュが治めるに足ると断じた、人類でも最も繁栄を迎えた都市の一つなのだから。

 

 ◇

 

 こうしてウルクを先例として確立された信仰、人材獲得のマニュアルを元に、古代シュメルの他の都市でも同様の手法が展開されることとなる。

 信仰獲得はともかく、人材については長らく目立った成果は見られなかった。

 だが流石は神代に生きた人類と言うべきか、その後十年に一人いるかいないかくらいの頻度で死後も喜んで労働に勤しむバイタリティに溢れた人材が冥府と契約し、その手腕を振るう事例が増えていくのだった。

 

 

 

 




 普通に書いていたら何かパンチが弱いなと思って、多分誰も予想していなかっただろう劇物こと宝石の翁を投入。
 仕方ないんだ…。書いててFateで宝石と言ったら宝石魔術、宝石魔術と言ったら例のあの人だろと思いついてしまったんだ。
 当然原作設定なんてまるっと無視だけどネタのためには仕方が無いんだ…。
 それに夢は広がるし。
 平行世界に広がる数多の冥界と次元連結して偽・無尽エーテル砲を第二の獣めがけてぶっ放すとか凄くやりたい(小学生並の感想)。
 そしてやりたいと思ったら書いてしまうのが物書きなのだ(小説家並の感想)。

 まーいつか日の目を見るかもしれないネタが仕込まれたくらいに思ってもらえますと幸いです。

 宝石の翁について、原作設定等とのコンフリクトが激しい、このとんでもジジイの起用や所業はやりすぎという意見が多く見られたので、本話の後編を修正しました。
 彼の存在は『無かった』ことになりました。
 連鎖的に冥界から宝石魔術関連云々は無くなりましたが、ネタの一つという扱いなので特に気にされなくても問題ないかと思います。
 ご迷惑をおかけいたしますが、ご理解のほどよろしくお願いいたします。


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 本作をお読みいただくのにあたり、改めて注意喚起をさせて頂きます。
 本作執筆にあたり、ご都合主義や時系列や原作設定の無視が多数ございます(前話の宝石の翁や女神様達の性格が依代持ちのFGO時空寄りになっていることなど)。
 その点を考慮して本作をご覧になっていただけますと幸いです。

 Q.つまり?
 A. こまけぇこたぁいいんだよ! の精神でお読みください。


 いつもの如く夜のウルクに赴き、シドゥリさんとの会談を済ませた帰り道。

 俺は一人クタへ続く街道をゆっくりと進んでいた。

 ウルクにおけるエレちゃん様の信仰普及は順調だ。

 大々的に崇められるというよりもそのご利益を受けている層や死者の葬儀といった必要とされる時に厚く信仰を集めている。

 地上からの人材もつい最近になって没した名人・職人達を冥界に迎えつつあり、拡充の道筋が立ち始めている。

 近頃はウルク以外の都市にも信仰の普及を進めており、エレちゃん様の名代として顔を出すことも多くなっていた。

 特にクタはエレちゃん様を都市神とするだけあり、ひと際敬われている。

 尤もその分何故ウルクへ真っ先に契約の話を持って行ったのかと遠回しに非難と恐怖を交えて問いかけられたりもしたのだが、どうかご勘弁を願いたい。

 あの当時最も魅力的な契約先がウルクだったというだけで、クタに含むところはなかったのだ。

 そんなことを考えながら今日もエレちゃん様のために働いたという満足感に浸り、街道を進む。

 その姿は無防備に見えるが、当人からすれば護衛など不要という認識だった。

 夜は冥府に属する人ならざる者のための時間。

 即ち地上においても俺がエレちゃん様からの加護を受けられる時間帯である。

 エレちゃん様の加護を受ける俺を害することが出来るのは、よほどの大神かそれに匹敵する強者くらい。

 故に油断があったと問われれば否定は出来ない。

 冥界に繋がる黄泉路がクタの近郊に開いており、そこへ向かう帰り道。

 

「……―――ぁぁぁッ!」

 

 天上から、微かな金切り声とともに途轍もないなにかが降ってくる。

 それを察知できたのは、無数の光の矢が俺の周囲に降り注ぐ一秒前で…。

 当然のことながら、何が起こったのかその時は咄嗟に分からなかった。

 

「見ぃつけたぁぁっ! あんたが、諸悪の元凶かーっ!」

 

 耳に届いた怒声の内容も心当たりがなく困惑するばかり。

 この時起こったことを端的に言えば、俺は天から女神様の襲撃を受けたのだった。

 

 ◇

 

 天の女主人(イシュタル)

 我らが女神エレちゃん様のご姉妹であり、天上を自由に翔ける大神である。

 そしてエレちゃん様とは神代が始まった頃からの犬猿の仲であった。

 

「あんたが近頃噂になっているエレシュキガルの眷属ね!」

 

 小規模なクレーターを幾つも大地に穿ちながら、空から降ってきた女神さまのお言葉であった。

 天舟マアンナに騎乗し、ズビシッ! とこちらに指を突き付けながらの大音声を上げる源を見遣り。

 

『…は。私は《名も亡きガルラ霊》。エレシュキガル様に仕えるガルラ霊でございます。このような場所でお目にかかれて光栄です。女神イシュタル様』

 

 丁重に頭を下げつつ、若干の皮肉を込めて挨拶する。

 なにせ先ほどの魔弾は一発も当たらなかったが、余波だけでこちらは消し飛んでもおかしくは無かったのだ。

 というかエレちゃん様の加護が無ければ、確実に消し飛んでいた。

 俺自身は所詮常人が死後ガルラ霊になっただけのモブ。

 霊基の強度、器は一介のガルラ霊と変わりはないのだから。

 

「……ふーん、度胸だけは一人前ね。一人で私の前に立って口が回ることは褒めてあげるわ」

『お褒めに預かり恐悦至極。して、此度はこのガルラ霊めにいかなる御用向きであらせられるのでしょうか?』

「とぼける気? 言っておくけどね、あんたに心当たりが無くてもこっちは要件が幾らでもあるのよ!」

 

 さてさて、どれのことだろう。

 そう指摘されると確かに心当たりは結構ある。

 近頃ウルクでエレちゃん様の信仰を普及させている件か、はたまたその一環で坑道採掘の職人達から宝石を貢がれていることか。さもなければもっと直接的にエレちゃん様に関わることか。

 地上で最も顔が売れているガルラ霊は俺であり、仮にイシュタル様と関わるとすれば俺であろうとも覚悟はしていた。

 

「あんたには幾らでも言ってやりたいことがあるけどね、何よりも言いたいのはエレシュキガルのことよ! 仮にもあいつの眷属であるあんたが、何故あいつが無茶苦茶やるのを見逃した!? 返答次第じゃ本当に生きて帰さないわよ!」

 

 そう言われても既に死んでいるのだが、まあ言いたいのはそういうことではないのだろう。

 

『……無茶苦茶、とは?』

「決まっているでしょう! あの『比類なき死者の楽土』を為すとかいう馬鹿みたいな誓約よ。神霊である私達は約束に強く縛られる。あんな無茶な誓約、ほとんど自殺と変わらない! だっていうのにあの馬鹿は!?」

 

 憤懣やるかたない、という言葉そのままに憤るイシュタル様。

 

「前からギッチギチに自分を縛り付けていたくせに、今度はもーっとガチガチに自分を縛って! しかもそのキッカケがあんた!? あの根暗女は地上に出てこないから歯ぎしりして我慢してたけど、元凶が地上に彷徨い出るというなら話は別! 直接問い質しに来てやったわ!」

 

 と、滞空するマアンナの上で腕を組み、真っ直ぐに視線を向けて問いかけてくるイシュタル様。

 その凛々しさすら帯びた怒りに、女神の威厳を感じ取る。

 

『なるほど』

 

 頷く。

 ひとまず向こうの事情は分かった。

 

『……御身の問いにお答えする前に、どうか私に一つだけ質問をお許しいただけますでしょうか』

「女神の下知に従わないなんて、あなた本当にいい度胸ね。つまらない問いかけならばこの場で誅すわ。その覚悟で問いなさい」

『しからば、ありがたく』

 

 恐れではなく敬意から丁重に頭を下げ、問いかける。

 

『何故御身はそれほどまでにエレシュキガル様を気にされるのですか。お二方が分かたれて幾年月。姉妹と言えど、その交流はほとんどなかったはず』

 

 厳密に言えば冥界下りに挑戦して酷い目に遭わされたりしたことはあったはずだが、決していい思い出とは言えまい。

 その真意を確かめておきたかった。

 

「何故…? 何故ですって…!? よりにもよってあの女の眷属であるあんたがそれを言うかーっ!?」

 

 プルプルと総身を震わせながら、咆哮を上げる女神様。

 なんだろう、方向性は違うけど姉妹だけあってエレちゃん様と同じ属性(ポンコツ)を感じる…。

 

「あいつと私は表裏一体の女神。あいつがね、誓約を破って零落したら、片割れである私も連鎖的にどんな影響が出るか分かったものじゃないのよ!? 勝手に! 私を! 連帯保証人にするなーっ!」

『…あー』

 

 それは思わず頷く程度には真っ当な怒りの籠った叫びだった。

 



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「あいつと私は表裏一体の女神。あいつがね、誓約を破って零落したら、片割れである私も連鎖的にどんな影響が出るか分かったものじゃないのよ!? 勝手に! 私を! 連帯保証人にするなーっ!」

『…あー』

 

 それは思わず頷く程度には真っ当な怒りの籠った叫びだった。

 無意識にうんうんと納得の声を上げる俺である。

 さて、この魂の咆哮にどう答えたものか、悩みどころであった。

 

『(この叫びも本音だろうけど、()()()()って感じでもないしなぁ)』

 

 なんでだろうか。

 ほとんど面識もない偉大なる女神様だが、妙に親しみを感じるというか。

 流石はエレちゃん様の姉妹というか、根っこは似た者同士というか同じ属性(ポンコツ)を感じるのだ。

 

「さあ、私はお前の問いに答えたわ。次はお前の番よ。女神の問いかけに、()く答えを返しなさい」

 

 と、女神様は迷う暇も無く、(まなじり)も鋭く問いかけてくる。

 

『偉大なる女神に申し上げます。我が主エレシュキガル様は―――』

 

 ええい、ままよと腹をくくり口を開く。

 正直と誠実は概ね最良の戦術であると信じ、事の次第をありのままに語ろうとする、その寸前―――。

 

「やあ、イシュタル。今度はエレシュキガルの眷属に因縁を付けに来たのかい?」

 

 涼やかな美声とともに、緑色の閃光が俺とイシュタル様の間に割って入った。

 俺の視界に緑色の長髪が翻り、貫頭衣が風にふわりと揺れるさまが映る。

 たおやかな仕草で花のように佇む、美しい緑の人がそこにいた。

 

「なに、あんた? ウルクからわざわざ飛んできてご苦労様ね。でもね、あんたはお呼びじゃないの。今すぐ視界から消えてくれる? エルキドゥ」

 

 そしてその緑の人を視界に入れるや、イシュタル様の表情が苛立たし気に歪む。

 美しい唇から飛び出した言葉もその表情に似た、棘のあるものだった。

 

「ウルクの神殿から品性に欠ける派手な光が飛び立つのが見えてね。追いかけて見れば案の定またしなくてもいいことをしでかそうとしているみたいだ。

 彼は生命(トモダチ)ではなさそうだけれど、友達から彼のことを頼まれているんだ。君のような邪神に手を出させるわけにはいかないな」

 

 対し、俺に背を向けてイシュタル様と対峙する緑の人―――エルキドゥ殿は中性的な美声でもって涼やかにイシュタル様を罵倒した。

 流れるように溢れ出る嫌疑の言葉に、イシュタル様の額にそれは見事な青筋が浮かび上がる。

 ちょっとお二方?

 こちらを忘れて盛り上がってますけど、このままだと巻き込まれ確定なんですが?

 

「誰が邪神かっ! 言って良いことと悪いことがあるのよ、このポンコツ兵器!!」

「ハハハ、君相手に遠慮なんて機能停止しようとしたくない。大体君を邪神と言わず、誰を邪神と言えば良いんだい? 一応忠告しておくけど、万が一ここでエレシュキガルの名前が出てきたら僕の全性能を以て君の息の根を止めなきゃならないな」

 

 おかしいな、エルキドゥ殿の介入からほんの十数秒でいつの間にか両者臨戦態勢を整えてガチで殺り合う五秒前な空気が形成されているぞ?

 

「……よりにもよって私とあいつを比べるなんて、あなたよっぽど土くれに還りたいのね」

「冗談だろう? 少しで済ませる理由が僕にはない。全力で来なよ。そろそろウルクと君の因縁を断ち切りたいと思っていたところなんだ」

『失礼、お二方。どうかこのガルラ霊の声にも耳を傾けて―――』

 

 戦意のボルテージを二段飛ばしに上げていく両者を押さえるべく声を上げる。

 そしてもちろんその声が二人に届くことは無かった。

 

「疾く死になさい。女神の勅命よ」

「仮にも女神が相手だ。出し惜しみは無しで行くよ」

 

 イシュタル様がマアンナに魔力の砲弾を装填し、エルキドゥ殿がその繊手に光の刃を宿す。

 睨みあい、間合いを測り合う一瞬の間を挟み、

 

「度胸だけは一人前ね。いいわ、少しだけ遊んであげる」

「さあ、性能を競い合おうか」

 

 激突する。

 

 ◇

 

 わー、ドラゴンボ〇ルみたい。

 と、眼前の一対一の戦争じみた光景を見て身も蓋も無い直喩が胸の内で自然と湧いて出る。

 悲しいかな、完全に置いてけぼりになった身ではそれくらいしかやれることがないのだ。

 

「王冠よ、力を!」

「さあ、どこを切り落とそうか」

 

 マアンナから放たれる数多の魔弾が爆撃じみた物量で大地を抉っていく。

 対し、緑の閃光は魔弾の軌跡を掻い潜りながら大地から生まれ出る鎖を以て魔弾を迎撃する。

 ものすごい勢いで行われる超大規模な自然破壊のただなかに在りながら、俺が無事でいられるのはひとえにエレちゃん様の加護のお陰だった。

 

『これが不朽の加護。流石はエレちゃん様…』

 

 不朽の加護。

 俺を護るように、半球状に展開される真珠色の結界の名である。

 冥界に属する者へ、冥界や夜の間だけ与えられる絶対防御。

 この加護を破るには大神がその権能に大いに神力を込めて振るう必要がある大結界。

 事実、時折こちらへ向かってくる流れ弾を一つの例外もなく弾いている。

 本格的にそのご利益を目にするのは初めてだが、流石はエレちゃん様の加護と言えた。

 例え古代シュメル指折りの強者である眼前のお二方と言えど、破るには宝具と呼ばれる必殺の一撃が必要となるはずだ。

 

「とっておき、食らいなさい!」

「さあ、良い声を聞かせておくれ!」

 

 と、最初の方はこちらへの流れ弾をそれなりに気にしていたお二方だが、不朽の加護による絶対防御を見て気にする必要は無いと配慮を切り捨てたらしい。

 スーパー人外大戦は盛大な自然破壊を伴いながら、そろそろ佳境を迎えようとしていた。

 天井知らずに戦意のボルテージを上げていくお二方を見てポツリと呟く。

 

『良い空気吸ってんなー。一周回って楽しそう』

 

 とはいえこのまま冥界()が原因で天の女主人とウルク最強の兵器が相打ちとか割と洒落になっていない未来である。

 うーむ。

 仕方ないというかやむを得ないというか。

 やりたいかやりたくないかで言えば回れ右して俺は何も見なかったとエレちゃん様のいる冥界に帰りたいというのが本音なのだが。

 

『介入するか』

 

 短く、そう呟いた。

 




 お知らせ
 幽冥永劫楽土クルヌギア(略)⑤における宝石の翁について、原作設定等とのコンフリクトが激しい、このとんでもジジイの起用や所業はやりすぎという意見が多く見られたので、修正致しました。


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『介入するか』

 

 短く、そう呟いた。

 言葉にすれば覚悟も決まる。

 正直なところエレちゃん様の加護に恃むところは大いにあった。

 が、まあいい。何でもいい。

 このスーパー人外大戦に足を踏み入れる覚悟を固めるための材料になるなら何だっていいのだ。

 

『行くぞ』

 

 正直に言えば死にたくなるくらいに気が進まないのだが…。

 敢えて意思を言葉にし、眼前の戦場へえいやと一歩を踏み込む。

 更にもう一歩分、距離を詰めた。

 それをひたすらに続けていく。

 

「チッ!」

「おや…」

 

 当然その姿は互いの命脈を絶つために死力を尽くすお二方の目にも留まる。

 苛立たし気な視線が、興味を引かれたような呟きがそれぞれ向けられる。

 その全てを無視して天の女主人と生ける宝具が相争う戦場のど真ん中へ足を踏み入れ…

 

『不朽の加護、全開』

 

 エレちゃん様の加護ならば、その眷属たる俺にも多少は使い方も分かる。

 言葉とともに念じる。

 大きくなれ、もっともっと大きくなれと。

 その意に従って我が身を守る半球状の守護結界はその規模を爆発的に膨張させる。

 いまや俺を囲う不朽の加護は一軍をすっぽりと覆えるだけの規模へと急激な膨張を遂げていた。

 

「鬱陶しい…。下がっていなさい!」

「気に入らないけれど、同意見だ。ここは危ないよ?」

 

 そしてそんな破壊不能オブジェクトが唐突に戦場に出現したのだから、当然争い合う二人にとっても鬱陶しい邪魔物以外の何物でもない。

 もちろんこの二人ならばたちまちその神速を以て戦場を移すことは容易い。

 だがエルキドゥ殿はともかく、イシュタル様ならばそのプライドにかけて一介のガルラ霊に邪魔されてすごすごと引き下がるような真似はしまい。

 ほとんど付き合いのない間柄だが、何となく分かる。

 あの方は絶対にそういうところにこだわる意地っ張りだろう。

 だってエレちゃん様も地味にそういうところあるし。

 

「退かないのなら…!」

「良いのかい、イシュタル? その隙、遠慮なく突かせてもらうよ」

「こん、のぉっ! 邪魔よ、泥人形の分際で!?」

 

 当然自身が持つ最大火力で不朽の加護ごと吹き飛ばそうとマアンナに魔力を充填しようとするイシュタル様。

 もちろんその隙を見逃すほどエルキドゥ殿は甘くない。

 魔力充填に集中するイシュタル様へ攻撃を仕掛け、その溜め(チャージ)を中断させる。

 かといってイシュタル様もこの鬱陶しい、()()()()()()()加護を放置したくない。

 恐らくいま彼女は相当にイラついているはずだ。

 また機を狙って魔力を充填し、エルキドゥ殿に邪魔される。

 あとは延々とその繰り返しだ。

 はい、千日手の完成ですね。

 

『ここまでは、想定通り』

 

 呟く。

 流石に女神さまの耳に届くほどの声量を出す勇気は無かった。

 

『あとはお二方が乗ってくれるか、どうかか…』

 

 スゥ、と無いはずの肺に空気を取り込むイメージ。

 そして最大限の気合いを入れて、能う限りの大音声を張り上げた。

 

『偉大なる女神イシュタル様に申し上げます! どうか我が声に耳を傾け給え!!』

 

 喉も肺も無い身で、我ながらどういう理屈で声を張り上げているのやら。

 ともあれお二方が競り合う爆音を貫く勢いで放った俺の声は確かに狙い通りの人物に届いていた。

 

「……私の戦いに水を差す気? たかだかガルラ霊風情が」

 

 お二方の視線がこちらを向く。

 両者の間に漂う戦意は俺の横やりによって多少払われ、こちらの出方を窺う流れとなった。

 やがてイシュタル様が魔力を収め、鋭い視線とともにこちらの呼びかけに答えた。

 対してエルキドゥ殿はお手並み拝見とばかりに臨戦態勢を保ちつつ、イシュタル様から距離を取っていた。

 ここでどちらか片方が気にせず戦闘続行の意思を見せれば、こちらの企みはご破算だった。

 ありがたいことにこちらがやろうとしていることを邪魔する気は無いらしい。

 

『恐れながら言上仕りまする。イシュタル様のご威光はまさに天上統べる神々も驚嘆すべきもの。あまりに地上に、民草に無慈悲であらせられます。どうか無辺の慈悲を以てそのお怒りを静め、我が声に耳をお貸しくださいませ!』

「お前なぞに私の意思を制肘される謂れは無いわ」

 

 ツンと澄ました仕草で顔を背ける仕草に直感する。

 あ、これイケるわ。

 内心では引き下がりたいけれど体面のために引っ込みがつかなくなり、なんとか落としどころを見つけようとしているエレちゃん様にそっくりだ。

 となれば後は、誠心誠意褒め倒しつつうまい具合に互いが納得できる落としどころを探れば…。

 

『イシュタル様は私めに問いを投げかけられました』

「それが?」

『しかしながらその問いにお答えを返すにはあまりに時が足らず、またここは女神に相応しき場所ではありません』

「ふん…」

『故に時を改め、イシュタル様の神殿…エビフ山へ謁見に伺いたく存じます』

「あっそう」

 

 ううむ、反応が鈍い。

 もっとイシュタル様アゲを混ぜていくべきだったか?

 俺のゴマすりスキルもレベルが足りない…。

 

『無論、女神の時を頂くのですから、それに相応しき貢物も捧げさせていただきまする』

「貢物…? ふぅん、そう…。悪くないわ、ええ、悪くないわね」

 

 なんか気のない様子で相槌を打ってたのが一変した。

 精一杯クールな声を出そうとしつつその瞳から物欲が迸っておられる…。

 あ、エルキドゥ殿から失笑を漏らすのを精一杯堪えている気配が。

 そういえばギルガメッシ王もイシュタル様をこう評していた。

 あの女は何より宝石を好みながら、宝石との縁が致命的に欠けているのだ、と。

 であれば。

 

『貢物には宝石の類を多く含めようと考えておりますが、イシュタル様は如何お考えになられますか?』

「はあ? 立場を弁えなさい、雑霊。何故私がお前にそんなことを教えてやらなくちゃいけないのかしら? まあでも? ガルラ霊風情にしては? それなりに良い考えなんじゃないかしら」

 

 と、ツンツンしつつニマニマ笑って結局答えを教えてくれる女神さまが何か言ってる。

 最古のツンデレ女神かな?

 ちょっとばかり邪神成分が強すぎる問題はあるが。

 

『では準備を整えまして、いずれエビフ山へ謁見に参りまする。どうかしばし時を頂戴したく』

「良いでしょう。お前の到着を待ってあげる。忠告してあげるけど、あまり女神を待たせないことね」

『はっ。肝に銘じまする』

 

 ふぅん、と気のない相槌を一つ打ち、彼方へと飛び去ろうとするイシュタル様。

 その直前に矛を交わし合った仇敵へ捨て台詞を投げるのも忘れない。

 いやーなんというか流石です。

 

「それじゃあね。ああ、エルキドゥ。貴方との決着はまた今度にしてあげるわ。女神の慈悲に感謝なさい」

「彼の奮闘に免じてこの場ではこれ以上闘争を続けるのは止めるとするよ。君を見逃すのは()()()()()()のことだ。忘れないようにね?」

 

 ギチギチと空気が軋むような、視線の(せめ)ぎ合い。

 一触即発に似た危うい雰囲気が流れつつ、両者が同時に視線を切ると霧散する。

 そのままイシュタル様は一条の流星となってエビフ山の方角へ向けて飛び去って行った。

 

『なんとか、なったか…』

 

 ふぅ、と今度こそ溜息を吐き、肩を撫で下ろす。

 いやあ懐かしい。

 ギルガメッシュ王との圧迫面接以来だな、この無いはずの胃痛の感覚。

 

「やあ、災難だったね。エレシュキガルの眷属殿」

 

 と、最大の胃痛の原因が飛び去っていき。

 当然残った片割れ、エルキドゥ殿がこちらにむけて悠然と歩み寄りながら語り掛けてくる。 

 俺に叶う限り礼を尽くして言葉を選ぶ。

 

『お初にお目にかかります、エルキドゥ殿。ギルガメッシュ王が誇る最強の兵器(チカラ)にして財宝(タカラ)。かのお方と唯一肩を並べる者。美しい緑の人』

 

 出会えて光栄です、と頭を下げると彼/彼女は涼やかに微笑んだ。

 




 並行して執筆中のオリジナル小説のストックが尽き、向こうの執筆との兼ね合いもあり、そろそろ不定期更新(ガチ)になりますが、ご理解頂ければ幸いです。
 お暇つぶしにオリジナル小説の方もお読みいただけますとなお幸いであります(宣伝)。
 拙作のオリジナル小説『騎馬の民、シャンバラを征く(略)』はモンゴル&チベット風の山と草原に跨る異世界を舞台にしたボーイミーツガールから始まる冒険譚です。
 『もののけ姫』『ラピュタ』などのジブリ作品やその他たくさんの作品を鑑賞して感じた異文化感、ワクワク感を目指して自分なりに作りこんだ小説となります。
 本作とはまた大分作風が違いますが、きっと楽しんで頂けると思います。
 筆者(土ノ子)のページの投稿小説リストから該当小説まで飛ぶことが出来ます。

 以上、どうぞよろしくお願い致します。


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『お初にお目にかかります、エルキドゥ殿。ギルガメッシュ王が誇る最強の兵器(チカラ)にして財宝(タカラ)。かのお方と唯一肩を並べる者。美しい緑の人』

 

 出会えて光栄です、と頭を下げると彼/彼女は涼やかに微笑んだ。

 

「初めまして。僕はエルキドゥ。君の言う通り、兵器だ」

 

 緑髪を風に靡かせ、穏やかな笑みを浮かべる姿は兵器という言葉からは程遠い。

 だがギルガメッシュ王から伝え聞いた話の中では、見かけにそぐわない旺盛な戦意と無意識に相手の地雷を踏み抜く名人とのこと。

 ギルガメッシュ王にすら「ちょっと我でもどうかと思う」と真顔で言わしめた時はそこまで言われるとはどれだけ強烈なキャラクターなのかと戦慄したものだ。

 曰く『ウルクのキレた斧』。

 いや、本当に見かけによらないな。

 見た目はたおやかで中性的な、まさに『美しい緑の人』なのだが。

 

「君のことは何と呼べば良いかな?」

『これはご無礼を。私は《名も亡きガルラ霊》。名乗るべき名を黄泉路に亡くしたガルラ霊であります。どうか好きにお呼びください』

「好きに…。困ったな、僕は兵器だからそういう嗜好性が薄いんだ。どう呼べば最も相応しい呼称になるだろうか」

 

 と、真剣な表情で悩んでいるその姿に思わず天然という言葉を連想する。

 同時に本人が申告する通りに、()()()()()()()()()()ズレ方だ。

 だがそこを愛嬌と捉えるか、違和感を覚えるか。プラスに取るか、マイナスに取るかは恐らく意見が分かれるところだろう。

 ギルガメッシュ王やシドゥリさん、そして一応は俺も前者に分類されるのだろうが。

 

『なに、気楽に考えられませ。相応しき、などと考えずとも好いかと。呼びかけは互いの了承あれば大概は成り立ちますし、変えたいと思えば変えればいいのですから』

「必要に応じて適切な呼称へ変更する。うん、合理的だね。そうしよう」

 

 エルキドゥ殿は悩みが晴れたと表情を明るくさせ、頷いた。

 

「では暫定で君の呼称をナナシと設定しよう。僕にとって君はエレシュキガルの眷属だけど、呼称に使用するには長くて不便だから」

『心得ました。では、そのように』

 

 それは傍から見ても奇妙なファーストコンタクトだったろう。

 なにせ俺自身がそう感じているからな。

 だが、まあ、なんと言えば良いのか。

 上手く言えないのだが、エルキドゥ殿のキャラクターは中々趣深いというか、面白いというか。

 身も蓋もなく言えばなんかこの感じは好きだ。

 うん、いいな。是非このまま良い感じの関係を築きたいぞ。

 

『御身と縁を結べたのは私にとって幸いです。どうか末永くお付き合い頂ければ』

「うん、よろしく」

 

 俺の本心からの言葉にふわり、と捉えどころのない笑みを浮かべたエルキドゥ殿。

 だが次の瞬間にはひどく真剣に悩んでいる様子を見せた。

 

「……ふと考えたのだけれど」

『なにか?』

「僕と君の関係について如何なる定義を用いればいいだろうか? 僕は生命(イノチ)の全てを友達と考えているのだけれど、君は生命活動を停止した死霊だ。だから君は生命(トモダチ)ではないけれど、それ以外の関係性について僕の知見は浅い。果たしてどのような表現が適切だろう」

 

 うーむ、人によっては地味に気にするところを誤解を招きそうな発言で躊躇なくぶっこんで来るな。

 死霊であることでエレちゃん様の眷属になれたと肯定的に捉えている俺でも思わずおいおいと言いたくなる台詞だ。

 地味にトモダチじゃない発言も、悪く受け取ればこれから肯定的な関係を築く気は無いという風にもとれる。

 まあ悪意が一切見られないことだけが救いだな。

 『ウルクのキレた斧』の異名はこういう天然発言の数々から生まれたのかもしれない。

 

『我らは互いに噂を耳にしているものの、こうして顔を合わせたのも初めて。ならば知り合い、知人という関係でいいのでは?』

「知り合い…なるほどね」

『ええ、それに知り合い、知人とはそこから如何様な関係性にも発展しうるもの。友人、家族、主従、同輩、仇敵…。願わくば良き関係と成りたいものです』

「うん、それは僕も同じだ。もしかしたら君が生命を持たない初めてのトモダチになるかもしれないね」

『それはまさに幸甚の至り。かくありたいものです』

 

 目を細めて嬉しそうに笑うエルキドゥ殿。

 初めての友人(死霊)を得ての喜びか、はたまた未知の関係に対し興味を抱いているのか。

 どちらにせよ、彼/彼女とは良き関係を築けるよう努力するだけだ。

 しかしこの時の俺は知らなかった。

 ギルガメッシュ王唯一の『友』、エルキドゥ殿に対してギルガメッシュ王がどれほど面倒くさい感情を抱いているのかを。

 具体的に言うとエルキドゥ殿は『友』に対するハードルは低めなのだが、ギルガメッシュ王はことあるごとにエルキドゥ殿の『友』に対して色々と厄介事を吹っかけてくるのである。

 閑話休題(それはさておき)

 

「ならその一環で提案を。さっきの話、理解していると思うけれどとても危険だよ?」

『で、ありましょう』

 

 さっきの話、つまり俺が日を改めてエビフ山のイシュタル様を祀る神殿へ赴くことだろう。

 

「あの邪神が自らの掌に飛び込んできた君を、犬猿の仲であるエレシュキガルの眷属を無事に返すとは思えない」

『かもしれません』

「なんなら僕が君に同行してもいい。君の安全は僕が保証する。どうかな?」

 

 さて、この提案をどう返すべきか?

 中々悩みどころではあるな。

 



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「あの邪神が自らの掌に飛び込んできた君を、犬猿の仲であるエレシュキガルの眷属を無事に返すとは思えない」

『かもしれません』

「なんなら僕が君に同行してもいい。君の安全は僕が保証する。どうかな?」 

 

 さて、この提案をどう返すべきか?

 中々悩みどころではあるな。

 

『…………』

 

 二呼吸ほど時間を置く。

 エルキドゥ殿からの提案について悩む…というよりも、覚悟を決めるための時間だった。

 悩みどころとは言ったが、実のところほとんど選択肢はないに等しい。

 イシュタル様とエルキドゥ殿は水と油、犬猿の仲。そんな関係性の彼/彼女を連れてイシュタル様に謁見するとはそのまま喧嘩を売っているのと同義だ。

 

『ご配慮、ありがたく』

「うん、実はそう言うと思っていた」

 

 実質的な拒絶の言葉を口に出すと、分かっていたばかりに穏やかな仕草で頷かれた。

 

『お見通しでありましたか』

「エレシュキガルがイシュタルを相手に神争いを行う覚悟を決めているならともかくね。僕が同行しても今日の二の舞になるだろうから」

『残念ながら仰る通りかと。なればこそ、お怒りを(ほど)きに行ってこようと思います』

「あの女を相手にまともに付き合おうとするだけ時間の無駄だと思うけどね」

 

 嫋やかな笑みでドギツイ毒を吐くエルキドゥ殿。

 うん、言動の端々から察していましたけど、本当に心底からイシュタル様が嫌いなんですね。

 が、それはそれとして俺を案ずる気持ちにも嘘は無いように思える。

 

「気を付けて、と言ってもどうにもならないかもしれないけれど無事に帰ってきて欲しい。これ以上あの女を許せない理由が増えたら、果たして自制が利くか僕自身分からないんだ。友達になるかもしれない君」

『なに、この身はエレシュキガル様に仕える眷属なれば。主に無断で傍を離れる不忠を働く気はありません。軽くこなしてきますよ、エルキドゥ殿とはこれからも末永くお付き合いを願いたいですからね』

「そうだね。そうなればいいと僕も思う」

 

 俺の言葉に軽く頷くエルキドゥ殿。

 

「うん、それじゃあ」

『はい、ここまでですね』

 

 なんとなく、語るべきを語り終えたという空気を互いに感じ取る。

 そしてどちらからともでもなく別れの言葉を切り出した。

 

「また会える日を待っているよ、ナナシ」

『ええ、落ち着いたら私から貴方を訪ねに行きます』

「その時は歓迎しよう。……返事はこれでいいのかな? 人間の機微というものは難しいね」

 

 本気で言っているのだろうと分かるズレた発言。

 だが穏やかな笑みに若干の悩ましさが混じり、そこが奇妙に人間臭い。

 うーむ、やはり独特の雰囲気を持つ御仁だな。

 エレちゃん様ともギルガメッシュ王ともガルラ霊達とも違う。シドゥリさんが比較的近いが、何と言うかもっと自然体で、同時に無機質だ。

 

「じゃあね」

 

 そしてその言葉を最後に残し、エルキドゥ殿は閃光とともにこの場を去っていったのだった。

 

 ◇

 

『……………………フゥ―』

 

 そして一人残された俺は、改めて無いはずの肺から安堵の息を吐いた。

 

『死ぬかと思った』

 

 と、真顔で呟く。

 九死に一生を得たと言っていい一幕だった。

 もしエルキドゥ殿が来なければ、イシュタル様を説得出来なければ、今頃消滅の憂き目にあっていた可能性は十分にある。

 不朽の加護といえど、お二方程の超越者ならば必殺の一撃をもってすれば破れる護りでしかないのだから。

 だが、まあ、とりあえず(とっくに死んだ身だが)生き延びたのだ。

 終わりよければ全て良し、とするべきだろう。少なくとも今日のところは。

 

『それにしても景気よくぶち壊しまくってるなー。その有り余った神力、冥界(こっち)に分けてもらえんものか』

 

 周辺の破壊され尽くした景観を一望し、呆れと感心が半々となった感想を漏らす。

 大地は荒々しい傷跡が幾つも刻まれ、樹木はもちろん雑草単位で植物は焼き払われている。地図単位で見るならば恐らく地形も変わっているだろう。

 

『ここはウルクとクタを繋ぐ街道でもあるんだが…。まあ気にするような方達でもないか。いや、エルキドゥ殿はそうでもないか?』

 

 翌日か、翌々日あたりにこの辺りを通過した民草は、恐らく力ある神同士が争ったのだろうと盛んに噂を交わし合うだろう。

 だがその内周辺の都市国家…恐らくはウルクが音頭を取って人足を集め、街道の復旧に取り掛かることだろう。

 古代シュメルの人類は逞しいのだ。

 

『冥界も一口噛むか。コトの発端は俺だしな…』

 

 責任があるかと言われれば無いと否定したいところだが。

 景観破壊の大半はあのはた迷惑な女神様の所業なんですよね。

 イシュタル様を怒らせたのは確かに俺だが、だからと言ってその責任を全部俺におっ被せられても困るというのが正直な気持ちだった。

 

『それにしても』

 

 と、独りごちる。

 先ほどから自覚できるレベルで独り言が多いが、それはごく近い将来に直面する問題に起因する。

 ありていに言えば、この後のことを考えてひたすら憂鬱になっていた。

 

『……エレちゃん様には何て報告したもんかなぁ。あの方を説得した上でイシュタル様のところに謁見に向かう自信とか正直全く無いぞ』

 

 一難去ってまた一難。

 まだ生まれていないだろうことわざが身に染みる今日この頃である。

 

『まあ、なんとかなるか。いや、なんとかするか』

 

 凡人に過ぎない俺に出来るのは何時だって足掻くことだけなのだから。

 そのためには出来ることは全てやるしかないのだ。

 例によってまた難題が文字通り空から降って来たが、日々襲来する厄介事に頭を抱えるのは最早日常茶飯事なのだった。

 



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 さて、やってきました夜のエビフ山。

 その山腹に建設されたイシュタル様を奉じる神殿の前に俺は立っていた。

 流石は古代シュメル有数の女神を祀る神殿と言うべきか、辺鄙な立地でありながら豪華絢爛な造りだ。

 冥府の領域である夜に訪れ、その威容が半ば闇に埋もれて居ようとその絢爛さは十分に伺える。

 

『……イシュタル様らしいと言えばらしいというか』

 

 ボソリと呟く。

 ただ随所に若干の過ぎた華美さに奇抜さ、身も蓋もなく言えば悪趣味さが光るというか。

 信者達が頑張って隠そうとしても隠し切れない残念さ加減が垣間見えるというか。

 イシュタル様は美を司る女神であるが、どうにも凡人の俺にはそのセンスは理解しがたいようだ。

 あれだな、多分彼女の感性は人類には早すぎるのだろう。

 

『しかし結局エレちゃん様には言い出せなかったなぁ…』

 

 しゃあないねん、エレちゃん様にイシュタル様との遭遇したことを話した時点で冥界に軟禁されそうになったのだ。

 いえ、ちっぽけな我が身をお気遣い頂けるのはありがたいんですけどね?

 ハイライトの消えた瞳で、

 

あの女(イシュタル)…」

 

 と、筆舌に尽くしがたいというか言葉に依る表現力の限界に挑戦するレベルの危うさを湛えたエレちゃん様が呟く様はもう心底おっかなかったというか。

 アレはヤバかったな、お陰で無いはずの膀胱から最上級の不敬をかましかねない危機パート2になるところだった。

 その後、言葉に出来ないというか言葉にしたくない表情を浮かべたエレちゃん様を、言葉を尽くして落ち着かせ、今後も地上に出る自由をなんとか確保したのだった。

 ただ結局エビフ山へ謁見に向かう話は出来なかった。

 イシュタル様と一触即発な第一種接近遭遇をしたと報告しただけで()()なったのだ。

 ましてやイシュタル様との謁見に向かうなど絶対に許してくれまい。

 

『なので黙って向かうしかない。Q.E.D』

 

 いや、言っておいてなんだけど全然証明終了していないし、なんだったら冥界に帰ったら本気で軟禁かまされるかもしれないがそこはそれ。

 世の中には結果オーライという言葉があるのだ。

 もちろんそれで納得してくれるエレちゃん様ではないだろうが、()()()()()()()()()()()俺はここで結果オーライを掴み取らねばならない。

 いや、エレちゃん様のためというと嘘になるな。俺が勝手にそう思っているだけだが、それでもこの謁見は俺の命を張る価値があると俺は思う。

 そのために山ほどの貢物に、詐欺寸前の口車で手に入れた()()()も用意した。

 

『行くか』

 

 改めて決意を固め、俺は数多の貢物を担いだ《個我無きガルラ霊》達を率いながら、イシュタル様の神殿へ足を進めるのだった。

 

 ◇

 

「よく来たわね、エレシュキガルの眷属」

『此度、偉大なる女神に拝謁を賜り、まこと光栄の至りであります。イシュタル様』

「あら、あの愚姉と違って礼儀は心得ているみたいね。」

 

 あらかじめ先触れを出し、この時間に俺が向かうことは伝えてある。

 それでも気紛れ一つでこの謁見を蹴り飛ばして、別の用事に向かっていることも考えられたので、ひとまず運がよかったと言えよう。

 

「それで……うんうん、約束した貢物はキチンと用意しているみたいね。良い心映えよ、このイシュタル様が評価してあげる」

『はっ。これが持参した貢物でございます。どうかお納めくださいませ』

「ええ、中々のモノだわ。この美しい輝きに免じて貴方の心意気は覚えておいてあげる!」

 

 と、この場に持参した荷馬車数台分の貢物にニッコニコ笑顔でご満悦な様子のイシュタル様である。

 まあ仮にもこのお方はエレシュキガル様のご姉妹であり、地上に大きな影響力を持つ大神の一柱。

 この程度は最低でも必要だろうと張り込んだ宝石多めの貢物である。

 最近の鉱山採掘の職人達が、ガルラ霊の助力を得て大いに業績を上げており、当然その一部はアガリとして冥界に収められている。

 だからこそ揃えられた大量の貢物であった。

 自慢ではないが、近頃の冥界は中々裕福なのだ。

 特に冥界の宝物庫に収められた財宝、特に宝石はウルクの『王の蔵』にも追いつき追い越せと質と量双方を上げつつある。

 尤も冥界における宝石は通貨や貴重品というよりも資源と言った方が扱いが近いのだが。

 流石に冥界で通貨制度を導入する見込みは立っていないし、そもそも死後にそんなもの必要かということで検討段階だ。

 

「それで……えーと、何で貴方に謁見を許したのだったかしら?」

 

 視界一杯の宝石の輝きに目が眩んだらしい。

 今回の謁見の本来の目的まですっかり忘却していたようだった。

 あのさぁ…。この女神様ちょっと欲望が即物的すぎない? もうちょっと健気で真面目なエレちゃん様を見習ってどうぞ?

 

「むむ…。何やら邪念を感じるような」

 

 おっと、イシュタル様への呆れの念が若干ながら漏れていたようだ。

 すぐに胸中で無念無想と唱え、心を落ち着ける。

 大丈夫だ、何故だか分かる。

 このイシュタル様はチョロい、と。

 ひょっとするとあれだな、エレちゃん様のご姉妹だからかもしれない。

 一見正反対なお二人だが、多分根本的なところではそっくりだぞ。

 となれば(例えちょっとばかり銭ゲバ成分強めでも)俺にとってはイシュタル様は敬愛の対象だ。

 

「むむむ…。今度は邪念と尊崇の念の両方を感じるわ。不敬だけど尊崇の念が強いしここは相殺ということで見逃してやろうかしら」

 

 みょんみょんと妙な電波を受信しているらしいイシュタル様が中々危険なことを言いだす。

 俺は誤魔化す意味を込めて声を張り上げた。

 何よりこの一筋縄ではいかない女神さまとの謁見、最初の方で()()()()()()おきたかったからだ。

 

『恐れながら申し上げます。此度の貢物はこれらが全てではございません』

 

 と、荷馬車に詰め込んだ財宝を指し示しながらまだ続きがあるのだと期待感を煽る。

 そして目論見通りにというべきか、イシュタル様の視線が一気にこちらに向いた。

 

『献ずる財宝の中で最も貴重な一品は、まだ私の懐に保管しております。大変貴重な品でありますため、不遜ながら私めの手からイシュタル様へお渡ししたいのですが、よろしいでしょうか』

 

 期待感が最高潮になるよう煽りながら、意味ありげに懐を探る仕草を見せる。

 

「ふぅん…。これ以上の貢物、ね。良いわ、出しなさい」

 

 と、余裕ありげに台詞を紡いでいるイシュタル様なのだが…。

 おかしいな、イシュタル様の瞳にまだ存在すらしていないはずの『(銭ゲバ)』マークが幻視できるのは気のせいか?

 清々しいまでに欲望を隠せていない女神様。

 その素直さにいっそ感心すらしながら、懐から件の『貢物』を取り出す。

 ……惜しいなぁ。正直イシュタル様のことが無ければガチで家宝というか、ずっと俺の手元に収めておきたかった一品なのだが。

 が、仕方がない。

 それにイシュタル様の手元へ移るのならばそれはそれでこの宝石細工に相応しい運命であるとも言えるかもしれない。

 

『どうぞ。お受け取り下さいませ。天上天下、最もイシュタル様の手元にあることこそが相応しい一品にございます』

「随分と期待させてくれるわね。どれどれ…」

 

 許しを得た俺はゆっくりとイシュタル様の傍に近寄り、適切な距離になった地点で跪く。

 そして極力恭しい仕草で懐から取り出した一品をイシュタル様へ差し出した。

 

「雑霊…。お前は()()が私に相応しいと言うのかしら?」

『はっ。我が言葉に一片の虚偽を込めたつもりはございません。その宝石細工は確かにイシュタル様の手元にあることこそが相応しい品でございます』

 

 直前まで期待感に溢れていたイシュタル様の声音は、俺が差し出した一品を一目見るなり極寒の刺々しさに変わる。

 だが無理はないのかもしれない。

 俺が差し出した一品は、丁寧に作られているがどこか不格好で一目で駄作と分かる宝石細工だったのだから。

 



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「雑霊…。お前は()()が私に相応しいと言うのかしら?」

『はっ。我が言葉に一片の虚偽を込めたつもりはございません。その宝石細工は確かにイシュタル様の手元にあることこそが相応しい品でございます』

 

 直前まで期待感に溢れていたイシュタル様の声音は、俺が差し出した一品を一目見るなり極寒の刺々しさに変わる。

 だが無理はないのかもしれない。

 俺が差し出した一品は、丁寧に作られているがどこか不格好で一目で駄作と分かる宝石細工だったのだから。

 

「戯言を…。多少は見どころがあるかと思ったけれど、雑霊は所詮雑霊―――」

『その宝石細工の由来でございまするが』

 

 苛立たし気なイシュタル様の声を敢えて無視し、無神経を装って口上を続ける。

 

「お前…余程私の手にかかりたいのね?」

 

 イシュタル様の声音がさらに一段と冷え込む。

 内心は今にもぶっ殺されるのではないかとギリギリの綱渡りは何とかに挑む心境だが、せめて外面だけは取り繕わんと上っ面の平静だけはなんとか維持する。

 なにせ機嫌を損ねたイシュタル様が直接的な手段に訴えれば、如何に不朽の加護があろうがどうにもならない。

 以前のドンパチではあくまでエルキドゥ殿がいたからこそ、フィールドギミックとして嫌がらせの役割を果たせたのだ。

 防御しか出来ない不朽の加護では、イシュタル様の全力に抗うことは叶うまい。

 だからこそ、せめて思いの丈を言葉に込める。

 我が想い、僅かなれど届いてくれと願いとともに。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 意図して謹厳な口調で整えた言葉をなんとか言い切る。

 

「――――――――――――」

 

 対し、イシュタル様は俺の言葉に何も語らない。

 だが不遜な雑霊を誅するために構えられた死神の鎌の如き繊手を振りかぶるのを止めた。

 ひとまずはその事実を喜ぶべきだろう。

 恐らく今すぐに死ぬ(もうとっくの昔に死んでいるが)ことは無いと。

 

「あいつ…エレシュキガルが、これを?」

『はっ!』

「……エレシュキガルは、これについて何か言っていた?」

 

 不格好だが、丁寧に作り上げられたことが一目で分かる宝石細工を手にしながら。

 天真爛漫にして傍若無人な女神様には珍しく、どこかこちらの様子を伺うような問いかけを貰う。

 

『―――何も。エレシュキガル様は何も語られませんでした』

 

 俺はただ事実だけを答えた。

 なお更に身も蓋も無く真相を語ると、かなり酷いオチが付く。

 近年冥界で一大産業と成りつつある煌びやか宝石細工。

 一部のガルラ霊が地上の職人からその技を習い覚え、急速に技術を蓄積しつつある成果だった。

 そして仮にも冥界の主神たる己が冥界の誇る技を何も知らずにはいられないと。

 そんな生真面目さと若干の好奇心を働かせたエレちゃん様が、ガルラ霊に習いながら創り上げた習作。

 それがこのどこか不格好な宝石細工の正体である。

 

(出来を恥ずかしがるエレちゃん様を土下座と褒め殺しとおねだりをかまして何とか下賜頂き、そのままイシュタル様に横流し。エレちゃん様にバレたら流石に叱責じゃ済まんかもなぁ…)

 

 それでも俺は胸を張って言える。

 これなる宝石細工は天地冥界に二つとない貴重な品であり、イシュタル様が保有するに相応しい財宝であり。

 そしてエレちゃん様とイシュタル様を繋ぐ架け橋に相応しい品であると。

 もちろんそれを為せるかはこれからの俺の弁舌にかかっているわけだが。

 

『なれど眷属として御心を察するならば、エレシュキガル様はイシュタル様にいまも並々ならぬ関心をお持ちであらせられます。しかし過去の確執から決して素直なお心を吐露されることは無いでしょう』

 

 これもまた事実。

 少なくとも俺の主観的な見方においては。

 エレちゃん様はイシュタル様に並々ならぬ、正と負の感情を抱いているはずだ。

 そう、抱いているのは決して負の感情のみではないと俺は思っている。

 

「ならば、この宝石細工があいつなりの意思表示という訳?」

『……………………』

 

 頭を下げたまま静かに沈黙を守る。

 否定も肯定もしない。

 なにせどっちにしろ反応した瞬間にファンブルな結果に陥るのが見えているからな。

 そして俺は都合の悪い事実を問い詰められて白を切れる自信は一欠けらもないのだ! なにせギルガメッシュ王のお墨付きだからな!

 

「ふぅん…。へぇ…。そう、そうなの」

 

 そしてイシュタル様は俺の沈黙をどうやら己にとって良いように受け取ってくれたらしい。

 姉妹手ずから作った贈り物(誤解)をされたことにようやく実感が追いついたらしい。

 イシュタル様の機嫌が露骨な程急上昇している。

 

「……ここはまあまあ。……あ、嵌め細工に歪み見っけ。んー……」

 

 そのまま地を蹴ってふわりと宙に浮かびつつ。

 興味深げに手中に収めた不格好な宝石細工を矯めつ眇めつ眺め、その出来を検分し始めた。

 時折イシュタル様が漏らす批評の言葉以外、平穏な沈黙で守られたその時間は果たして如何ほどに及んだか。

 その間、俺はひたすらに沈黙を保ち、イシュタル様の楽しみを妨げることはしなかった。

 やがて思う存分不出来な宝石細工を愛でる時間をかけた後。

 

「へったくそな代物ねぇ。これなら私でももうちょっとマシなものを作れるわ」

 

 と、やけにツンツンとした声音でイシュタル様は宝石細工にそう評価を下した。

 なお口ではボロクソにこき下ろしながら、手中の宝石細工を決して傷つけないように繊細な手つきで取り扱っている辺りでその内心が読み取れる。

 まあイシュタル様ならそういうこと言うやろなって。

 イシュタル様、幾ら古代の女神様だからってそんな古典的なツンデレを発揮しなくていいんですよ?

 生暖かい視線でジッとイシュタル様を見つめると、件の女神さまは居心地悪そうに視線を逸らした。

 

「……なによ?」

『無論、何もございません。それともイシュタル様に何かお心当たりでも?』

「なんにも無いわよ! 悪い!?」

 

 だから何もないって言ってるじゃないですかー(生暖かい視線を続けながら)。

 ハハハ、しかし悪い!? とか逆ギレしている辺り自分の胸に手を当てて考えてみてはどうでしょうかね?

 

「ああもう! 分かった、分かったわ!! 私が悪かったからその鬱陶しい目つきは止めなさい! この宝石細工、逸品ならざる不出来な代物。それでも確かに私の宝物庫に相応しい一品であると認めるわ! これでいいでしょう!?」

『しからばお手打ちは免れたと取ってもよろしいでしょうか?』

「しないわよ! これで手打ちにしたら私は神々の笑い者でしょうが!?」

『ご無礼を仕りました。お忘れくださいませ』

 

 俺のジト目攻勢はイシュタル様のなけなしの良心を刺激したらしい。

 キレ気味かつ素直でない物言いだが、確かにエレちゃん様手づからの宝石細工をイシュタル様は肯定的に受け入れたのだった。

 しかも腕を組んでそっぽを向きつつ、頬は朱に染めたままという完璧なツンデレムーヴを披露しつつの発言である。

 

(うーんこの似た者姉妹。やっぱり俺イシュタル様のこと結構好きかもしれん)

 

 もちろん女神様として敬愛の対象であるという意味だが。

 加えて言えば同じカテゴリーではエレちゃん様が揺るぎない第一位に位置しているので、申し訳ないがイシュタル様が二番手以上になることもあり得ない。

 が、それはさておきこの謁見にかけるやる気はもりもり湧いてきたぞぉ(魂ピカ―)。

 

(やはりこのご姉妹、仲違いよりも喧嘩をしつつも意を通じ合うような…そんな関係が似合うな)

 

 互いが互いを慈しみ合う、いわゆる麗しい姉妹愛が似合うようなお二人では決してないだろう。

 だが過去の確執を引きずり、ただ憎み合い対立するような関係はそれ以上に似合わないだろうと思ってしまうのだ。

 これが出過ぎた真似とは百も承知。

 俺にもエレちゃん様の一の眷属であるとの自負はあるが、イシュタル様に向ける心情は知らないことの方が多いだろう。

 それでもせめて、と俺は思うのだ。

 

(エレちゃん様が冥界第二の創世にかける思い、イシュタル様にもご理解頂きたい。願わくばエレちゃん様のお心を汲み取り、助力頂けずともせめてその意思を認めて頂ければ…)

 

 イシュタル様はいわばエレちゃん様にとってもう一人の自分。

 一つから二つに分かたれた双子の如き関係のご姉妹だ。

 ならば自身の半身に自らの思いを肯定されれば、きっとエレちゃん様も心強いのではないだろうか。

 そしてその思いはこの一幕でより強くなった。

 きっとイシュタル様は強くエレちゃん様のことを思っているはずだ。

 俺は天と地に分かたれた姉妹お二人を取り持つべく、これからの謁見に気合を入れ直した。

 



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 お待たせ致しました。
 ここ最近かかりきりになっていたオリジナル小説の方が本日、完結致しました。

 そのため本作もボチボチ再開したいと思います。


(エレちゃん様が冥界第二の創世にかける思い、イシュタル様にもご理解頂きたい。願わくばエレちゃん様のお心を汲み取り、助力頂けずともせめてその意思を認めて頂ければ…)

 

 イシュタル様はいわばエレちゃん様にとってもう一人の自分。

 一つから二つに分かたれた双子の如き関係のご姉妹だ。

 ならば自身の半身に自らの思いを肯定されれば、きっとエレちゃん様も心強いのではないだろうか。

 そしてその思いはこの一幕でより強くなった。

 きっとイシュタル様は強くエレちゃん様のことを思っているはずだ。

 俺は天と地に分かたれた姉妹お二人を取り持つべく、これからの謁見に気合を入れ直した。

 

『偉大なる天の女神へ恐れながら申し上げます』

「言ってみなさい。今日の私は多少寛大な気分なの。雑霊の言葉でも耳を貸す程度にはね」

 

 うん、照れ隠しの怒りを見せつつ頬を緩めている辺り、本心からの言葉なのだろうけどあんまり安心できないのが不思議だなぁ。

 この女神さまの機嫌は山の天気よりも変わりやすいのだ。

 

『過日、イシュタル様が私めに与えられた問いかけへの答えを此度は持ってまいりました。どうかお心を静かに聞き届けられますよう伏してお願い致しまする』

「……聞きましょう。あの愚姉の行状をね」

 そうして俺はイシュタル様に俺が知るほとんど全てを語った。

 俺との出会いやエレちゃん様が抱いた思い、そこから始まった冥界第二の創世に至った決意、ウルクを中心に地上でも影響を与えつつある信仰獲得の現状も。

 恐らく普通ならイシュタル様の地雷を幾つか踏み抜いていただろう。地上での信仰(シェア)獲得とか、神格にとっては間接的な攻撃に等しいからな。

 

(……今のところ、激された気配は無いか)

 

 下手に隠し立てをすることは未来に爆弾を設置するようなもの。

 いま、イシュタル様の機嫌は自己申告の通り良いように見える。

 そこに賭けての正直と誠意からなる全ブッパだった。

 

「なるほど、ね…」

 

 そうして全てを聞き終えたイシュタル様はただそれだけを返した。

 

「……………………」

 

 沈黙が落ちる。

 果たしてどれ程の時間が経ったか。

 

「雑霊、お前に一つ命じます」

 

 イシュタル様は深くため息を吐き、俺にそんな言葉を寄越した。

 

「この場のこと、細大漏らさず誰にも言わないこと。当然エレシュキガルにもよ。良いわね」

「は…。しかし」

 

 俺、エレちゃん様の第一の眷属でして。

 自分から言わないことは出来ても一度問われれば、答えざるを得ないんですが…。

 そんな意を含めた言葉を返すも。

 

「うっさい! 良いわね!?」

 

 と、こちらの反論を強引に押し切り、イシュタル様はこちらと視線を合わせずそっぽを向いて語り始めた。

 

「最初はね、呆れたのよ。エレシュキガルのこと。

 もう何千年も、何万年も冥界はずっと変わらなかった。エレシュキガルは変わることを拒否していた。そんな風に思ってた。

 なんで今更、冥界を比類なき楽土へ変えるなんて馬鹿なことを…ってね。ましてや失敗すれば全部台無しになってしまうのよ? 私のことは、まあ、良いわ。姉妹だけど別に仲が良いわけでもないし」

 

 確かに仲が良いとは言えないかもしれない。

 だがきっとお二人にとってお互いがお互いに唯一無二の存在だろう。

 それだけは間違いの無いはずだ。

 

「でも違ったのね。義務と責任にガッチガチの雁字搦めだったあいつは、ようやく自分がやりたいことを見つけられたのか」

 

 だってエレシュキガル様のことを語るイシュタル様の横顔は、こんなにも柔らかく、美しい。

 イシュタル様本来の魅力がこれでもかと放射されていた。

 彼女が愛の女神である由縁、その本質はきっと見た目の美しさではない。

 俺はいまそれを強く実感していた。

 

「全く、あの馬鹿。気付くのが遅いのよ。こっちの忠告を何千年だか、何万年だか無駄にしちゃってさ」

『……確かイシュタル様はかつて冥界に』

「そうよ。冥界下りに挑み、散々に弱体化して、最後にはあいつに串刺しにされた。まあなんとなくそうなるって分かってたけど、我慢できなかったのよ。 

 自分がやりたいようにやればいいじゃない、神なんだから。あの馬鹿にそう言ってやりたかったの。言っても何も変わらなかったけどね」

『……イシュタル様』

「いいのよ、別に。昔のことなんだから」

 

 イシュタル様の思いに僅かなりと触れた俺は、せめて何かを言いたくて語り掛けるが言葉にならなかった。

 全くもって気が利かないガルラ霊だった。そんな自分が少し嫌になる。

 だが当人であるイシュタル様はヒラヒラと手を振って、大したことは無いのだと語った。

 

「……お前が、私のやりたいことを代わりにやったのね」

 

 と、俺をほんの少しだけ慈愛の籠った視線で見つめ。

 

「よくやったわね。女神イシュタルが褒めてあげるわ」

 

 そんな風に不器用なお褒めの言葉を下賜した。

 そのお言葉を受けた俺は。

 

(イシュタル様、照れ隠ししているのが丸見えですよ)

 

 そんな風になんとか内心で茶化し、こみ上げる感情を誤魔化すのに腐心していた。

 そうしなければイシュタル様に強烈に惹きつけられた自分に引っ張られそうだったからだ。

 浮気、などでは断じてないが。

 この感情を引きずったまま冥界に帰るのは多分マズイ。エレちゃん様を刺激し過ぎる。

 

(たぶんいまの俺、かなり光ってそうだなぁ…)

 

 それでも俺の中でイシュタル様が占めるパーセンテージがググっと上がっていることを実感していた。

 現在、俺の中の女神様ランキングではエレちゃん様は不動の第一位として、今はシドゥリさんとイシュタル様が同率二位である。

 

「これからもエレシュキガルによく仕えなさい。私のありがたい言葉にも耳を貸さない頑固者だし、根っこが陰気だし、自罰的で鬱陶しいところもあるけど。

 あれで私の姉妹なんだから。まあ、仕え甲斐だけはあるはずよ」

 

 そう不器用に評するイシュタル様こそが、誰よりもエレちゃん様のことを分かっているように俺には思えた。

 




 お待ちいただいた方には申し訳ないのですが、本作は引き続き不定期投稿となります。
 よろしければ、次の更新までの時間つぶしに完結した『遊牧少年、シャンバラを征く』をどうぞ。


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 さて。

 過日、イシュタル様に謁見した後の顛末についてまず語るとしよう。

 

「貴方は! 一体! 何を考えてるのっ!?

 

 当然、バレた。

 エレちゃん様の滅多にないマジギレモード顕現である。

 感想は一言に留めよう。二度と見たくない。

 

「……()()()の気紛れで貴方の存在は芥子粒のように消し飛んでしまったかもしれないのよ? 眷属(あなた)がいない冥界で、私にただ冥界の女神として責を果たせと言うの?」

 

 今にも眦から涙が零れ落ちそうな、震えた声で。

 

「私を変えた責任、取りなさいよぉ…バカッ」

 

 最後の方は聞こえるか聞こえないかギリギリの声量で、そんなことを詰られたら俺にはもう両手を挙げて降参するしか選択肢がなかった。

 

『……申し訳、ございませぬ』

 

 なんというか罪悪感で凄まじく心が痛い。

 ただただ頭を下げる他ないが、それがエレちゃん様の望みなどではないことも当然分かっていた。

 俺なりにお二人の仲を取り持つための試みだった訳で、それは上手くいったと思う。

 だから俺自身、この独断にそこまで後悔はしていなかった。

 だがエレちゃん様の中での俺の存在の大きさを見誤っていたのかもしれない。そこは純粋に俺の不徳であり、無自覚の自己軽視の顕れだったのだろう…。

 

「バカ、鈍感、大っ嫌い…嘘よ、嘘だからね? でも私に黙ってあいつに会いに行ったのは許さないのだわ…」

 

 最後の呟きは流石冥府の女神というべきか無いはずの背筋にゾクゾクと悪寒が走る執念深さに満ちていた。正直、怖い。が、嬉しい部分もある。複雑だ。

 

「バカ……この、おバカ」

 

 なんとかして俺を罵ろうとして失敗し、ただ可愛いだけのエレちゃん様だった。

 根本的に人の悪口を言い慣れていないのだろう。口にする悪口のバリエーションが少なかった。

 

『……眷属の愚行、どうかお許しください』

「許さないのだわ。許さないからね。そ、そんなに頭を下げたって簡単に許したりなんかしないんだからっ…!」

 

 かくして俺は相当に長い間、涙目のエレちゃん様に詰られながら、ひたすらに頭を下げ、詰る言葉に応じる行為を繰り返すのだった。

 

 ◇

 

 体感で半日から一日以上の時間をかけてなんとかエレちゃん様の機嫌を宥め。

 ようやく落ち着いて本題であるイシュタル様との謁見について話すことが出来た。

 で、肝心要のイシュタル様と謁見した際に交わした会話だが。

 

「それで、あの女にどんな無理難題を言われたの? 本当に大丈夫? 変な約束とかしてない? しつこい性格の女だから迂闊に言質を与えたらとんでもないことになるからね?」

 

 当然問い質される。

 それも大分猜疑心に凝り固まった口調で。

 ただ眷属(オレ)の身の危険を慮った上での発言なので、なんとも応じ辛い。今となっては俺の中でイシュタル様はエレちゃん様に次ぐ崇敬の対象だからだ。それはそれとして邪神要素も持ち合わせているのも確かなのだが。

 

『……は。その件でございますが』

 

 そして問い質された俺はイシュタル様の心を汲んで黙秘を続け…と、いうことにはならず。

 むしろこっちからエレちゃん様から問いかけられるように誘導した。

 ほら、俺はエレちゃん様の眷属なので、命じられたら従わなきゃならないからね。仕方ないね!

 身も蓋も無く言うと、あれだ。

 イシュタル様がエレちゃん様の身を案じ続けていたこと、せめてしっかりと伝えておきたかったのだ。

 賭けてもいいが、この二人が直接顔を合わせても意地を張り続けて、互いの心知らずの状態になると思われる。

 

『……斯様に、イシュタル様は表向きはエレちゃん様に反発を露わにしていらっしゃいましたが、御心の裏側では確かな思いをお持ちでいらっしゃいました』

 

 かくして一部始終をしっかとお伝えしたところエレちゃん様は。

 

「そう」

 

 と、相槌を打った後。

 

「………… ………… ………… ………… …………そう、なの」

 

 なんというか、とても長い沈黙を挟み、凄まじく複雑な表情と声音でもう一度、そうとだけ言った。

 気持ちは分からないでもない。

 何と言うか、イシュタル様とエレちゃん様は互いが互いの鏡像なのだ。

 羨望と嫉妬、自尊心と自己嫌悪、劣等感にコンプレックスがごちゃ混ぜになった相当複雑な関係である。

 

「……だからと言ってこれまでの数千年、数万年の確執が無くなる訳ではないわ。私はエレシュキガル、地の女主人たる女神。天の女神たるイシュタルとは永劫交わらぬ者」

 

 しばらくの沈黙のあと、迷いを振り切るように、責任感に満ちた女神の顔でエレちゃん様は言った。

 だが、同時に。

 

「でも…でも、ね?」

 

 私の弱音を聞いてくれる? と声なき声で尊きお方(エレシュキガル様)はひっそりと呟く。

 

「知らないよりは、きっと、ずっと良かったのだわ。だから、ね…」

 

 それはエレちゃん様の、女神ならざる少女としての一面だった。

 

「ありがとう」

 

 そう、か細く、蚊の鳴くように小さな声音で礼を告げた。

 きっとその声は至近で話す俺の耳にしか届かなかっただろう。

 余人に聞かれるべきでないと思ったからこその呟きだった。

 

『…………』

 

 故に俺はただ黙って頭を下げた。

 今の言葉はエレちゃん様にとって冥府の女神に相応しい発言ではない。

 それでも彼女が伝え、確かに聞いたと暗黙裡に応じることはきっとエレちゃん様にとって意味のあることだから。

 

「『…………』」

 

 フ、と互いに見間違いと思えるほど僅かな笑みを頬に浮かべ、俺とエレちゃん様は笑い合った。

 二人の間に宿る沈黙は、きっと言葉に出来ない()()があった。

 故に俺は思う。

 俺は間違えたが、その間違いには確かな価値があったのだと。

 

「だからって今回の勝手な働きを見逃したりはしないのだわ! 貴方にはしっかりと罰を言い渡します!」

『ははーっ! どうか如何様なりと処分をお申し付けくださいませっ!』

 

 そんな空気を振り切るように、また生真面目な口調で俺に罰を告げる。

 俺もまたその空気に乗っかるように応じた。

 そして罰が言い渡される。

 

「とりあえず貴方は謹慎ね。地上へ出向くことを禁じます。期間は……そうね、一年としましょう」

『い、一年ですか…?』

 

 いや、理屈は分かりますよ。

 今回俺が取ったのは相当にギリギリなスタンドプレーだ。

 上手くいったから良いものを、下手をすれば天と地の女神の間にわだかまる確執が俺と言う火種で盛大に燃え上がり、地上が物理的に熱く燃え上がる可能性が十分あった。

 

(一年……一年かぁ。なんとか、なるか…? ならんなぁ…。やっぱり俺が地上の事柄を抱え過ぎてるのは問題だな。さっさと仕事を下に割り振らないと)

 

 でもですね?

 すげーさらっと一年間冥府に軟禁しますと言われると、こっちとしては対応に困るんですがそれは。

 基本的に俺は地上におけるエレちゃん様の名代なのだ。

 その引継ぎの目途すら立っていない状況で突然言われてもですね。

 やらかした身で言うのはなんだが、結果としてエレちゃん様の不利益にもなるといいますか。

 

『エレちゃん様、そのう…。()()()()()身で直訴するのは憚られるのですが、期間についてはご再考願えませんでしょうか?』

 

 と、俺の嘆願にエレちゃん様は顎に手を当てて俯き、考え込む様子を見せて。

 

「……やっぱり、短すぎる? 周囲に示しが付かないかしら?」

『えっ』

「えっ?」

 

 ………… ………… えっ?

 




 恐らくこれが今年最後の投稿になると思われます。
 来年には本作も完結したいところ。完結目指して頑張ります。

 それでは皆さま、良いお年を!


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 一年間の謹慎。

 あの後、エレちゃん様と色々と話し合ったのだが、地上の諸々を引き継ぐ猶予期間を設けた上で実施することとなった。

 まーこれは仕方ない。成果を上げたからとスタンドプレーを許していては周囲に示しがつかない。第一の臣だろうが罰する時は罰する。

 エレちゃん様の信賞必罰が問われることがあってはならないのだ。例え冥界を回しているガルラ霊たちがほとんど身内のようなものだったとしても。

 

「……それじゃこれが神殿から預かった粘土板だから。それ以外の言伝はさっき伝えた通りだよ。何か質問はあるかな?」

『いえ、現状特には。ご配慮、ありがとうございます』

 

 とはいえ地上の事柄を司る役職で最も高位なのはエレちゃん様を除けば俺である。

 よって地上の重要人物や出張中のガルラ霊から相談が寄せられることも多々ある。

 そしてその相談を地上に出られない俺の元へ誰が届けるかと言えば…。

 

『冥界まで足繫く通って頂き、感謝の言葉もありません。まっことエルキドゥ殿には足を向けて寝れませんな』

「構わないよ。トモダチの役に立つということは、兵器の僕にとっても嬉しいことだから」

 

 意外なことに、と言うべきか。

 エルキドゥ殿がその手を上げ、こうして冥界と地上を足繫く行き来する任に就いてくれた。

 かなり頻繁に冥界まで足を運んでくれるお陰で、現状地上における冥界の活動に大きな支障はきたしていない。

 エルキドゥ様様であった。

 

「それよりも」

『はい?』

「ナナシ、僕はこれまでの君との交友を考慮し、君との関係性を知り合いからトモダチへ再定義した」

『ええ、光栄でありますとも』

「そこだよ」

『?』

「トモダチとは対等な関係だ。僕はギルからそう教わった。ならば敬語はボクらの間に相応しい言葉遣いではないと想定される。僕の考えは間違っているかな?」

 

 淡々と。

 どこまでも理詰めで、どこかズレた物言い。

 エルキドゥ殿らしいなとどこか納得しながら、その言葉の意味を考え込む。

 まあ、これまでの自分の物言いが随分と他人行儀なものであると指摘されれば、頷く他ない。

 

『……間違っては、いませんな』

「だろう? なら君には、ギルと同じように僕に対し接してほしいな」

『ギルガメッシュ王と同じように、ですか…」

 

 それは別ベクトルで難易度が高いな。

 ギルガメッシュ王が妙な方向にへそを曲げないとも限らないし…。

 とはいえ、エルキドゥ殿…いや、エルキドゥが言うことも尤もなのだ。

 あくまで俺らしく、という方向で接するとしよう。

 

『ん…。ならば、遠慮なく。君の友になれて嬉しい。これからもよろしく頼む、エルキドゥ』

「ああ。やはりこっちの方がしっくりと来るね。君、敬語には慣れていないんじゃないかな?」

『バレたか』

 

 呵々(かか)と笑い、エルキドゥの言葉を肯定する。

 上位者たる王や神々へ抱く敬意はあるし、畏怖の念もある。

 それを示す振る舞いをしているつもりでもある。

 が、内心ではどうにも据わりが悪いといつも考えていたりする。そういう性分であるとしか言いようがない。

 

「ならば僕に対してはそれを気にする必要は無い。トモダチだからね。君という在り方を僕は受け入れよう」

『……ありがとう』

 

 あー…。

 なんだろうな、これ。

 こう、いつものアルカイックスマイルを浮かべたままスッとこちらの懐に入ってくるような。

 どこまでも自然に、悠然と、いつの間にか隣に佇んでいるような。

 それでいて縄張りを侵された不快感が一切湧かず、ただ森の奥で深々(シンシン)とした空気だけを味わうような、そんな快さがある。

 

「気にすることじゃない。僕らはトモダチだろう?」

『……もしかして今まで他人行儀に接していたことを気にしていたりする?』

「どうだろう。君が思うのならそうなのかもしれない」

 

 韜晦なのか、とエルキドゥの顔を見るもいつも通りのアルカイックスマイル。

 わざわざ韜晦などする理由も思いつかないから、正解はきっと言葉通りなのだろう。

 

『「……………………」』

 

 ふと、互いの間に沈黙が落ち、見つめ合う。

 嫋やかで中性的な美貌に、フ…とあるかなしかの微笑が浮かぶ。

 対し、電球体質であるガルラ霊の俺も、一瞬淡い光を放つ。

 うーむ、対比が色々と酷いが、アレだ。

 やっぱり俺、エルキドゥのこと結構好きだわ。友達的な意味で。

 

「それじゃあ、次は三日後に」

『ああ、待っているよ。用事が無くても来てくれ。冥界じゃ歓待も難しいが、出来るだけのことはするから』

「再会を待つ友へ会いに行く。これほど喜ばしいことは無い。君がいるだけで十分だとも」

『……頼むからギルガメッシュ王の前でその類の言葉を使うなよ』

 

 洒落にならない、との思いから注意すれば。

 

「その類、とは? 明確な定義が無ければ兵器の僕にそうした言動の制限を掛けることは難しい。詳細な回答を求める」

 

 またもやズレた返答が来る。

 情緒を解する、というのは兵器である彼/彼女にとって難題らしい。

 もちろんエルキドゥが求める詳細な回答を定義することは無理なので、適当にあしらうこととする。

 

『それじゃ、次に会った時までの宿題と言うことで』

「しかし」

『頑張れ、進化する兵器殿。大丈夫、お前なら出来る』

 

 かくして、エルキドゥはいつものアルカイックスマイルにどこか困ったような空気を纏って地上へ戻っていった。

 多分いまも頭の中では俺の出した宿題で頭が一杯なのではないだろうか。

 我ながら大分雑な扱いだが。まあ、いいだろう。

 もし誰かにそんなぞんざいな対応でいいのか、と聞かれればこう答えよう。

 

 いーんだよ、友達なんだから。

 



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 エレちゃん様から謹慎を食らった一年間。

 俺がその間何もしていなかったと言えばもちろんそんなことは無い。

 組織編制で大分ましになったとはいえ、基本的に冥界の業務は少なからず俺の目を通さねばならないのだ。

 来る日も来る日も冥界を回すための報告に耳を傾け、上がってきた提案にゴーサインを出したり突き返したり、たまにくるギルガメッシュ王のお叱りにも対応し。

 あわただしく数か月を過ごす間に、気付けばエレちゃん様の冥界宣言からはや数年が経過し。

 

(なんとか準備が整ったか…)

 

 何の準備が整ったかと問われれば、ある意味エレちゃん様の本願である冥界の環境を整備する内政事業の開始の目途が立ったのだ。

 いま思えば謹慎を食らったのも、冥界そのものに手を加える大規模事業に携わるまとまった時間が取れたという意味で悪くなかったのかもしれん。

 地上にまつわる諸々の引継ぎでかかった苦労を考えると良かったこと探しのような気がしないでもないが、まあ、気にするな!

 

「ようやく、と言うべきかしら。それとも」

『皆の働きで、やっと、ここまで来れたと言うべきかと』

「そうね。皆、よく働いてくれました。キチンと言葉にして労わなければね」

『まだ準備が整っただけ。皆の働きが全て形となった暁にこそお言葉を賜りますよう』

 

 そうじゃなきゃ(少なくとも俺は)エレちゃん様の尊さに焼かれて死ぬ。

 いや、よくよく考えると結局最後には焼かれて死ぬしかないのでは…?

 まあいいや。未来のことは未来の自分に任せればいいのだ。それに我が女神の尊さに焼かれて成仏するならそれはそれで本望では? 仏陀はまだ生まれてもいないけど。

 

「分かったわ。ならば、まず手を付けるべきは…」

『皆と纏めた献策を申し上げます。冥府は暗く、冷たき世界。我らガルラ霊はそれを痛痒に感じませんが、地上から来た魂魄たちは違います』

「私に太陽の権能があればね。この冥府を照らし、人間達を暖めてあげられるのに」

 

 ハァ、と憂鬱そうに溜息を吐くエレちゃん様。

 基本的にエレちゃん様の所有する権能は冥府神らしく、冥府における絶対権限、生前の行いを裁く司法神の権能、地上から然るべき魂を選別して冥府に招く疫病の支配者、幾十万のガルラ霊の大元締め、神々すら死へ導く時間と腐敗……などなど、ぶっちゃけ生産的な事柄には不向きなラインナップとなっている。

 いや、神々すら逆らえない死の支配者という大神ではあるんですけどね。

 自身の権能とやりたいことが致命的にかみ合ってないというか…。

 

『しかし、この企てが成功すれば、天の陽光を僅かなれど冥府にも導くことが叶うはず。その先にいずれは冥府全てを陽光で照らす未来も』

「ええ。冥府を照らす策の第一歩…決して失敗は出来ないのだわ」

 

 と、生真面目に頷くエレちゃん様。

 うーむ、気負い過ぎているように見えるが、ここで気負わないとかエレちゃん様じゃないしな。適度に茶々を入れて気負い過ぎを抜いていこう。

 

『なぁに。失敗すれば成功するまで続ければいいのです。世の中の大概のことはこれで片が付きます』

「フフ…、言われてみればそうね。私も諦めの悪さは筋金入りだもの。一度や二度の失敗で挫けてたまるものですか」

 

 こちらの繰り言に頷き、両手に力を入れてガッツポーズを取るエレちゃん様。

 あの、エレちゃん様。気合いを入れているポーズのつもりなのかもしれませんが、ちょっと傍目からは健気で可愛い女の子過ぎて逆効果って言うか(尊みに焼かれながら)。

 

「そのために―――この水晶片達をまとめあげ、一つの巨大な塊としましょう」

『はっ。地上にてエレちゃん様は宝石の採掘と加工にまつわる神格として崇められ始めています。元より地中の事物はエレちゃん様の職掌に入るもの。ならば、これらの屑石に干渉することも叶うかと』

 

 ピカ―と光る俺を慣れた様子でスルーしたエレちゃん様が言うように、俺たちの目の前に鎮座するのは、文字通り小山程の大きさにも積み重なった莫大な量の水晶片だった。

 例のギルガメッシュ王との会談で盛り込んだ条件、屑石でも良いので水晶を多めに冥府へ引き渡す約束の成果である。

 加えて冥府のガルラ霊達がせっせと集め、こうして積み上げた量は中々のもの。計算上地上から冥府の浅い部分までぶち抜くだけの質量は確保している。

 そして水晶には神力により地上の光を直接採取出来るよう特殊な加工を施す予定だ。想定通りなら地上から水晶を通じて十分な量の光を採り入れることが出来るはず…。

 同じ量を後七本分、冥府の各所に集結させている。この第一号が成功に終われば、順次エレちゃん様のお力を借りて量産に入る予定だ。

 

「地上と冥府を水晶塊で貫き、太陽の恵みをこの冥府に一片なりと導くのだわ」

『ははっ! どうかそのお力を冥府のために存分に振るわれませ!』

 

 気合いを入れるエレちゃん様と後方で応援する俺。

 しゃあないねん、所詮一介のガルラ霊がこんなデタラメに関われる力など持ち合わせがないのだ。

 

(まーちょっと地上が騒がしくなるかもしれんが仕方ない。コラテラルダメージ、コラテラルダメージ)

 

 え、後世こんなデタラメな代物が見つかったら歴史が変わる?

 当たり前だろ何言ってんだって話である。

 いないはずの俺が古代シュメルの冥界にいて、わちゃわちゃやってるんだから多少歴史が変わるくらい起こりうるだろう。

 その結果歴史がおかしくなったら? たかだが個人が頑張ったくらいでおかしくなるような世界が悪い(断言)。

 

 俺は古代シュメル(ここ)にいる。そしてここにいる以上、必死こいてやりたいことをやっていく。以上! 

 

 それだけだ。その結果の論評だの批評は、後世の誰かが適当にやってくれってなもんである。

 一応予防線を引いておくと、所詮冥界とは終わった者達のための世界。地上にも進出してはいるが、影響はそれほどでもない…はずだ。多分。

 

「繰り言を一つ、良いかしら」

『? なんでしょう?』

 

 さあいざ取り組むか、というタイミングでクスクスと僅かに楽しそうな笑みを漏らしながらエレちゃん様は言う。

 

「この案を聞いた時にね、驚いたけどそれ以上にこう思ったのよ。冥府(ワタシタチ)らしいなって」

『と、仰いますと?』

 

 正直、この時点ではピンとこない。

 含意を尋ねるとエレちゃん様は笑い、答えた。

 

「小さな力を纏めて大きな成果と為す。私が貴方、そして《個我持つガルラ霊》の皆を束ねて冥府を統べるように。それってまるで冥府(ワタシタチ)みたいだわ」

 

 楽しそうに…いいや、嬉しそうに。

 水晶片の山の前で屈みこみ、優しい手つきで水晶の欠片を拾い上げるエレちゃん様。

 

「一つ一つは小さくても、その輝きには全て価値がある。そう思ったらこの石達が愛おしくなったの」

 

 ゆっくりと水晶をその指先で撫で上げる姿は慈愛に満ちていた。

 ほんとさぁ…この方がさぁ、なんで地上では恐れられてるんだかなぁ。

 推しの良さが大衆から理解されない辛さが染みるわ…。

 

「……繰り言が過ぎたわ。これより我が権能を行使します」

 

 無防備に心の内を明かしたことに羞恥心を覚えたのか、顔付きをキリっとさせたエレちゃん様が話を戻した。

 

『はっ! 不肖《名も亡きガルラ霊》、及ばずながら後方でエレちゃん様を応援いたします!』

 

 いやほんと応援くらいしかできない自分の無力さが憎いわ…。

 

「ええっ! 貴方の応援があるのなら百人力なのだわ!」

 

 が、そんな俺にも価値を認めてくれるエレちゃん様は力強くそう請け負う。

 尊みを感じる…(光に焼かれる音)。

 

「水晶よ、輝く玻璃の欠片達。貴方の支配者たる地の女主人が命じます。汝ら、集い、固まり、大きくなれ!」

 

 エレちゃん様の神言に従い、ピキン、ピキンと硬質な音を立てて水晶の欠片たちが形を変えて寄り集まっていく。その勢いは最初ははゆっくりと、次第に勢いを増していく。

 

『おおっ…』

 

 まるで春が訪れ、地中に埋まった種子から若芽が芽吹くような、水晶塊の成長だった。

 無数の水晶片を取り込み、急速に成長する大水晶。

 瞬く間にその背丈を上に伸ばし、やがてその先端が冥府の大天上に届く。そのまま大地に潜り込み、ねじ込みながらもさらに成長を続けていく。

 少しずつ少しずつその体積を減らしていっている、いわば大水晶の栄養源となる水晶片の小山こそがその証明だった。

 

『首尾は如何でしょう?』

「もう少しよ、もう少しで地上まで行けるはず…!」

 

 ひっそりと問いかけると、気合いの入った返事が返ってくる。

 その力強い声に成功を確信する。

 もし失敗しそうならエレちゃん様の声はもっと不安に揺れるはずだ(確信)。

 そして待つこと幾ばくかの時間が経ち…。

 

「やった!!」

『―――!?』

 

 変化は劇的だった。

 最も明るい場所でさえ、どこまでも続く薄い暗がりが蟠る。

 それこそが冥界という場所だ。

 そんな世界に、淡くとも闇を切り裂く暖かな光が一筋、射している。

 

「―――見てっ、光よ! 私の冥界に、光が…! わあっ、凄いのだわ! 凄いのだわ! 嗚呼、お日様ってこんなにも暖かいのね!」

 

 今は地上の時間で言えば、ちょうど朝に当たる時間帯。

 地上に咲いた大水晶から採りこんだ光は優しく、淡いものだったが、同時にこれまでの冥界には決してあり得ないものだった。

 

『―――』

 

 言葉を失う。

 冥府に射す一条の希望(ヒカリ)

 美しい光景だ。

 だが俺の目には朝の光に手をかざし、はしゃぎ、遊ぶエレシュキガル様の姿は、それよりも更に美しく映った。

 




 遅ればせながら新年あけましておめでとうございます。
 今年も本作をどうぞよろしくお願いします。

 ……今年一発目の投稿では完全に新年のことが頭から抜けてました。出来上がったばかりの疲れた頭で投稿するのはやっぱりダメですね。

 今年中に本作も完結したいところ。
 完結目指して頑張ります。


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 冥界に念願の日差しを僅かなりとも取り入れることに成功。

 その報せを耳にした冥界のガルラ霊達は沸いた。

 

 冥府に太陽の恵みを呼び込む。

 

 そのただ一事がどれほどの大事業か、エレちゃん様の分身であるガルラ霊達が知らないはずが無かった。

 無論その大事業を完遂させたのは膨大な下積みがあってこそ。

 そこには少なからず《個我持つガルラ霊》達の働きがあった。

 だからこそ主の大偉業に続けと、ガルラ霊達は奮起した。

 

『や っ た ぜ !』

『Fooo↑↑』

『もっと、もっと冥府のために働けるはずだ! 休んでいる暇は無いぞ筆頭!』

 

 奮起したというかウッキウキだった。

 冥界のために更に働けることに喜ぶワーカーホリックどもばっかりだった。

 あと最後の奴最近ガチで四六時中休みが無いんだ。多少は勘弁しろ。

 

『出 来 た !』

『マジかよ有能』

『テッテレテッテテーテテー!』

 

 おいそこのドラ〇もんの効果音口ずさんでる奴、あと数千年ばかり自重しろ。

 さておき、奮起した成果こそが冥界各所に設置された魔術礼装《宝石樹》である。

 色々とふざけている奴が多過ぎるが、その設計思想はガチだ。

 宝石や結晶、鉱石を元に生み出された、将来的な冥府のインフラ整備のため各種機能を搭載された魔術礼装。

 その機能の一つとして光の伝播がある。

 現状合計七本エレちゃん様によって作り出された大水晶―――《玻璃の天梯》から齎される陽光を余すことなく冥界全土へ伝えるのだ。

 とはいえ現状はまだまだ採光できる量が少なく、《宝石樹》の数も十分ではない。

 だがいずれはもっと明るさを、暖かさを冥界に伝えることが出来るはずだ。

 

『やりましたな』

「ええ、皆のお陰よ」

『何よりもエレシュキガル様が培われた努力の賜物かと』

「……ありがとう」

 

 エレちゃん様とはそんな会話を交わしたりもした。

 そうして《宝石樹》敷設完了後、全てのガルラ霊へ知らせ、冥界は三日三晩騒ぎ倒した。

 その中にはもちろんあらゆるガルラ霊から感謝と寿ぎと忠誠とあと色んな言葉を懸けられてあたふたするエレちゃん様の姿があったのは言うまでもない。

 

 ◇

 

『では次です』

「ええ、頑張っていくのだわ!」

 

 さぁてワーカーホリック上等のお仕事おかわり行きますよー。

 忙しなさすぎるがしょーがねーのだ。ひと段落にはまだ遠く、人の数が増えるのはもっと早い。いまも地上で人の数は増え、冥府へやってくる霊魂の数も増えつつある。

 

『光によって明るさと暖かさを僅かなりとも得られたとはいえ、まだまだ不足なのも確か』

「そうね…。でも現状これ以上水晶片の余剰は無いわ」

『で、あるならばまた別の方策を考えるまで。光は無理でも、暖かさならば』

「ふぅん。具体的には?」

『冥府の更なる地下の深淵から溶岩を導き、冥府の最外縁に掘った流路に流します』

 

 と、問われたので俺は答えた。

 

「……よく聞こえなかったのだわ。なんですって?」

『冥府の更なる地下の深淵から溶岩を導き、冥府の最外縁に掘った流路に流します』

 

 もう一度問われたので俺は大真面目に答えた。

 

「え…え? そんなこと出来るの? 考えたことも無いのだけれど」

『計算上、十二分に。元より冥界は大分地下の深淵に位置します故。広大な冥府のどこかには溶岩溜まりがあると想定され、探索したところ調査班が発見しました。

 加えて地下に埋まる事物はエレちゃん様のものと定義された以上、見つけ出した溶岩をこちらの望む流れへと導くのも決して不可能ではありますまい』

 

 普通溶岩は冷えて固まるものだが、そこは流路各所に仕掛けた《宝石樹》とエレちゃん様のお力による合わせ技でなんとかなる見込みが立っている。

 問題はそれがエレちゃん様に過剰な負担をかけるのではないということだが。

 

「ん、んー…。た、多分出来るわ。考えたことも無いけど、出来ない気はしないし」

『ヨシ!』

 

 困惑している様子だが、エレちゃん様はしっかりと頷いた。

 第一関門突破である。気分は現場猫のあのポーズだ。

 

『また同時並行で地下水源の引き込みを進めています。エビフ山を源流とする地下伏流水でして、水源をそこに求めて掘削したところ、あと一息で冥府に作り上げた水路へ引き込めそうなのですが…』

「エビフ山…? ふーん、良いじゃない」

 

 エビフ山と聞いてニッコニコのエレちゃん様である。

 あの山にはね、イシュタル様の神殿があるからね…。あれだ、色々と分かりやすいお二人なのだ。

 

『最後の障害に大岩盤が立ちはだかっているのです。ご無礼かと思ったのですが、我らの力では困難な難題であり、どうか最後の仕上げにエレシュキガル様のお力を振るって頂きたく…』

「構わないのだわ。私の力が冥界の発展に必要だというのなら、どんな難題でもこなして見せましょう」

 

 頭を下げて懇願すると、予想はしていたが鷹揚に受け入れるエレちゃん様。

 いまさらと言えばいまさらだが、結局やってることは土木工事だからね。

 エレちゃん様は冥府の役に立つなら何でもするという気概があるが、大概の神格ならふざけるなとブチ切れる可能性が高い。

 エレちゃん様は親しみ深く、尊く、慈悲持つ女神だがそれでも最後の一線は忘れるべきではないと思うのだ。

 

『しからば、最後の仕上げをこの者達と共に済ませて頂きますれば。どうか仔細は彼らからお聞きください』

 

 と、この時に備えて近くで待機していたガルラ霊達を紹介する。

 

「あら? 貴方は行かないのかしら?」

『この案は彼らが提出し、自らが中心になって積み上げたものなれば。私には他の仕事もありますし、事業の完成に立ち会う者としてこれ以上相応しい者はいますまい』

 

 既に準備は完了している。

 件の溶岩や水路を流すための流路も開通済みだ。

 もちろん二種類の流路が絶対に交わらないように計画段階から策定済みである。

 下手に溶岩と大量の水が接触すれば水蒸気爆発で冥界の一角が吹っ飛ぶからな…。

 この流路は数多のガルラ霊が絞り出した血と汗と涙で掘り進めた努力の結晶である。まあ血も汗も涙もガルラ霊は出さないけどな!

 とにかくこの件で案を出し、死ぬほど苦労したのは俺ではない。

 ならばエレちゃん様とともに、その完成を見届けるのは彼らこそ相応しかろう。

 視線を向ければ、苦笑らしき気配を示すガルラ霊達。

 応、まかせろ、行って来るぜと皆力強く請け負ってくれる。俺も応えるように頷いた。

 

「……分かったわ。それじゃあ、行って来るわね」

『はっ。お帰りをお待ちしておりまする』

 

 そんな俺を、どこか見透かしたような視線で見たエレちゃん様は一つ笑いをこぼした。

 そうして発案者である《開闢六十六臣》に連なるガルラ霊達を引き連れ、コトを為した。

 

 結果は滞りなく、想定通りに済んだと言っておこう。

 いまの冥界は溶岩から取り入れた暖気によって霊魂が凍えることは無く、無味乾燥な大地はエビフ山の伏流水から引いた河川が潤している。

 

 それとこれは誰も予想していなかったのだが、溶岩路と水路が接近する一部領域で、地熱で以て暖めた温水に浸かるいわゆる温泉が後の冥界の名物となる。

 これは度々自死しては冥界にやって来るギルガメッシュ王にも好評を博し、地上でも類似の施設が作られたりもした。なおギルガメッシュ王曰く、一番は悔しいが天然温泉である冥府のものだとか。

 その言葉を聞いたエレちゃん様は全力のドヤ顔を披露した。

 ちなみに気軽に冥府にやって来てはひと時温泉を満喫した後、リフレッシュして地上へ生き返っていくギルガメッシュ王にエレちゃん様は渋い顔をしており、その仲裁に度々俺が駆り出されることになった。

 いや、ほんと勘弁してくんねーかな…。

 出来ることとやりたいことと毎回全部出来るかってことはまた別の問題なんですよ。

 



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 さてさて。

 果報は寝て待て、といつか遠くの未来でどこかの偉い人は言うことになるらしい。

 とはいうものの実際には種を植えたら寝て待っている間に別の仕事をはじめ、いつの間にか果報を待っていることすら忘れるのではないだろうか。

 少なくとも俺はそうだった。

 まあ何が言いたいのかと言えば、だ。

 

 徒歩オンリーかつ移動は夜間のみ、しかもノンアポで世界の果てまでイッテ(キュー)を敢行したガルラ霊達の中でも特にキチガ…ヤベー奴ら…もとい、気合いの入った勇者達が帰還したのである。

 

 実際勇者と評しても異論は出ないだろう。

 大航海時代に身一つで船に乗り込み荒海に挑んでいった船乗り、海賊にも負けない冒険者魂を持ち合わせた冒険野郎(マッドマン)達だ。

 彼らは冥界に適応した特殊なザクロや不凋花(アスフォデルス)葡萄(ブドウ)を持ち帰ってきたという。生命の存在を許容しない冥府でも育ち、逆に地上では育たないという特性を持っているらしい。

 それはエレちゃん様が長年探し求めた冥府でも咲く花そのもの。

 彼らはことのほかその知らせを喜んだ女神から直々にお褒めの言葉を下されることになった。

 

「お帰りなさい。長き旅路から良く戻ったわ。皆、ご苦労様」

『ははーっ! お言葉、ありがたく』

『再びお目にかかれて光栄にて』

『エレシュキガル様ーっ! お会いしとうございました!』

 

 と、エレシュキガル様が彼らに労いの声をかけると各々言葉を返す。

 統一性のない返事だが、それだけ個性溢れる面々なのだ。

 

「貴方達が持ち帰った貴重な事物の数々、じっくりと検分しました。素晴らしい功績です。貴方達の名は冥府に不朽の功績ととも刻まれるでしょう」

『おおっ』

『そのお言葉、終の果てまで我が誉れと致しまする』

『エレシュキガル様の御為なら何ほどのこともございませんっ! なんならまたひとっ走り世界の果てまで―――』

 

 最後の奴、気合い入ってるのは分かったから自重しろ。

 見ろ、エレちゃん様があわあわしてて可愛い…もとい、対応に困ってるじゃないか(電球ピカ―)。

 

「そ、そうね。しばらくはゆっくりと休むといいのだわ。大任を果たしたものには然るべき褒章を与えねばね」

 

 その言葉を受けて一斉に平伏する代表である《開闢六十六臣》を含む数多のガルラ霊達。

 色々と雑多で自由な印象を受ける彼らだが、エレちゃん様に向ける忠誠は冥府の残った者達と比べても寸毫も劣らない者達だ。

 むしろだからこそ頭おかしい難度の世界の果てまでイッテ(キュー)を敢行してのけたとも言えるのかもしれない。

 

「ところで持ち帰るまでの旅路で何か問題はなかったかしら?」

 

 恐らくエレちゃん様にとっては単純な疑問、あるいは問題が生じていればその解決に動くためのキッカケのようなものだったのだろう。

 上司として部下が困って入れば助けるのは当然。素でそんなことを思えるエレちゃん様は神代では存在がほとんど確認できないホワイト上司なのだ。

 が…。

 

『問題ございません!』

『他所の冥界は守りがチョロくて心配になってきますな…』

『ご安心ください。ちょいと入り込んで目当てのものをパチッてくる程度朝飯前でした!』

 

 ちょっと???

 確かに送り出すにあたってガルラ霊の連中でも一等図太くて逞しそうな、適切な表現が不明だが生命力(バイタリティ)が有り余ってそうな奴らを選抜しましたよ。

 

『なぁに、手抜かりはございません。我らは極めて()()()為すべきことを為しました故』

『バレなければそもそも問題が発生しない。至言ですな』

『ご命令とあらば二度…、三度であろうと実行してまいります!』

 

 でもここまで自重しない連中だとは流石の俺も見抜けなかったわ(節穴アイ)。

 てっきり話し合いなり物々交換なりで片をつけたのかと思ってたんですが…。

 エレちゃん様の心労と俺の苦労のためにももうちょっと自重して?

 

『副王殿はそう言われますがまあ、こちらもこちらで事情がありましてな』

『他所は他所で獰猛な三頭犬を飼い馴らしていたり、獄卒の類がそこら中に徘徊していたりとまあまあ厄介な場所も多くあり』

『しかも揃いも揃って頭が固くて話が通じない奴らばかり。話し合いも交易も叶わんとあらばまあ、パチるしかないということでして』

 

 ああうん、事情は分かったよ。

 ところでエレちゃん様がその言い訳を聞いてくれればいいな?

 

 ◇

 

 その日、冥界に雷が落ちた。物理的に。

 混沌・悪属性でありながらいわゆる委員長気質であるエレちゃん様が彼らの話をどれだけ受け入れたかという話なのだな。

 とはいえやったものは仕方ないので、都合の良いところは受け入れ、悪いところは忘れるということで強引に終わらせた。

 エレちゃん様だけだと多分いつまでも胸の内で抱えてそうだったからなぁ…。

 俺はもう少し楽観主義と言うか、とりあえずいま問題が起きてないのだからしょうがないねという考え方だ。

 パチってきたのも他所の冥府に自生する植物が大半で、そこに冥府の住人が価値を感じているかはよくわからんしな。そもそも問題自体発生しないこともありうる。

 仮に問題になるとしても、未来の問題は未来の自分に考えさせればいいのだ。問題の先送りとも言う。

 

 そんなこんなでなんとか一区切りのついた後。

 長い旅路から帰還したガルラ霊達は他所の冥府の様子や世界を巡った見分を粘土板に残したり、持ち帰った植物たちの面倒を見る業務に就いた。

 数年の間、古代シュメルの冥府に合わせて育て上げる手順の確立に悩まされたが、彼らの経験や地上の人間達の智慧を借りることでなんとか形になったらしい。

 今では種類が限られるものの、冥府の各所に少しずつ花々や木々が生い茂り始めている。

 

 しばらくの間、エレちゃん様もそれらの入手経緯に悩んでいたようだが、咲き誇る花々が彼女の冥界を美しく彩るのを見てついに笑みを綻ばせた。

 かつて冥界に咲く花はただ一輪―――即ち、エレシュキガル様だけだった。

 だが今はそうではない。

 決して多くはないが、冥界の各所に花々や木々が生い茂り、冥府の住人達の心を癒している。

 その功績は間違いなく、世界の果てまで旅路を征したガルラ霊達のものだった。

 



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 今回のお話にサブタイトルを付けるなら、『友』…でしょうか。



 今日も今日とてお仕事である。

 冥府に休日などという甘えた制度は存在しないのだ。

 というよりもガルラ霊は気合次第で不眠不休で働けるのでそういう概念が発生しづらい。

 肝心要のエレちゃん様がスーパーブラックなワンオペ勤務を云千年単位で続けていたからな。

 ガルラ霊達もブラック勤務上等というか冥界のために働けるんですねヤッターと喜べるヤッターマンばっかりだし…。

 とはいえ、生前に契約した地上の魂が冥府で働く際には休みが必要になることを想定して、地上のものを参考に取り入れる予定だ。

 それでも紀元前の古代シュメルでは、まだ存在しない西暦2000年代相当の勤務制度とか実現すべくもないのだが。

 

「―――考えごとかい、ナナシ」

 

 涼やかな美声が耳に届く。

 視線を上げればそこには美しい緑の人、エルキドゥ。

 いつものアルカイックスマイルを浮かべ、悠然と立っている。

 冥府の玄関口とでも言うべき浅層での会合だった。

 

『まあ、冥界とガルラ霊達に対して少しな』

「なるほど。それは君らしい」

『俺らしい、とは?』

「君はいつも誰かのために心を砕いているから。兵器である僕は嗜好性が薄いけれど、そういう風にあれる人を好ましいと思う」

 

 や、そこまで大したことを考えていたわけではないのだが。

 唐突な褒め言葉(本人にそのつもりはないのだろうが)に少し面食らう。

 

『それは光栄、と言うべきかな』

「単なる所感を伝えただけだから特段の反応は不要と考えるよ」

 

 機械的でありながら、なんとも明け透けな言葉。

 ひょっとして俺はいま物凄くストーレートに好意を伝えられたのでは?

 もちろんラブというよりはライク、あるいはアガペーと言うべき好意なのだろうが。

 エルキドゥを良く知る人曰く、友に迎える者が博愛精神に満ち、全体主義であり、それでいて自分を第一として考える者であれば特に敬愛と関心を持ち、友となることに喜びを感じるという。

 自分がそこまで上等な人柄であるとは思わないが、多少なりとエルキドゥのお眼鏡にかなったのであれば、そこは素直に喜ぶべきだろう。

 

『いつも冥界まで足を運ばせて悪いな』

「僕にとっては大したことじゃない。それよりも冥界と地上を行き来する許可を出したエレシュキガルの寛容さを褒めるべきだろうね」

 

 とはいえ若干の照れくささは感じる。

 話題逸らしも兼ねて話を振ると、エルキドゥはなんでもないことのように首を振った。

 

『エレシュキガル様も迷っておいでだったが、エルキドゥはかなり特殊だからな。冥界のためになるならと決断されたのさ』

「僕は兵器だ。破壊されれば()()()()()()()()()()()()()()()。それはあらゆる生命に須らく訪れる生と死とは似て非なるモノ」

 

 つまり、とエルキドゥは言葉を繋ぐ。

 

「生きても死んでもいない、稼働するだけの兵器だからこそ地上と冥界の行き来を許されたのだろうね」

 

 何でもない言葉だ。

 事実、本人は何とも思っていないのだろう。

 

『ごちゃごちゃうるせぇ』

 

 だがなんとなく腹が立ったのでスパコーンとエルキドゥの頭を軽く叩く。

 何故かって? 何となくだよ。

 友達というのはこれくらい雑な扱いでも許されるのだ。

 

「……敵対の意思表示かな? 君とはトモダチのつもりだったのだけれど」

 

 残念だ、と本当に残念そうな表情でその繊手に光を宿し、戦闘態勢を取るエルキドゥ。

 この先応答を誤れば斬り捨てる気満々である。

 想定外のガチ反応にちくしょう、こいつ冗談が一切通じねえと頭を抱えて嘆く。

 

「冗談? ……知的生物特有の諧謔か。残念だが僕には理解することが難しい概念だね」

 

 とりあえず理解には至らずとも納得したのか、繊手に宿った危険な光を収める。

 エルキドゥとの付き合いにちょっと地雷が多すぎる件。ギルガメッシュ王の親友やってるだけあるわ(風評被害)。

 

「それで、肝心の進捗はどうかな。僕も叶う限り協力はしているけれど」

 

 切り替え早すぎない?

 マジで殺っちゃう五秒前の空気がいつの間にか消え失せてますよ。

 まあ聞かれれば真面目に答えるのだが。

 

『……まだまだ道半ばだな。技術班が単一機能に絞って再現を試みているが、それでも現状は手探りの連続だ』

「僕の躯体を再現した、疑似的な肉体か。死霊達に与える仮初の体。上手くいくといいのだけれどね」

『冥界はとにかく寒すぎるからな。魂一つなら尚更に。肉体(カラダ)があれば大分マシなはずなんだ』

 

 冥界は寒々しい空気が覆う世界。太陽の恵みを導き、僅かなりとも改善したが、更なる改善策が求められる。

 その一つがエルキドゥの肉体、泥から出来た万態の器とも言える肉体の組成を解析・再現したかりそめの肉体の創造である。

 原料となる泥は冥界には幾らでもある。『あらゆる物を再現する』特性を敢えて切り捨てて『魂に適合した肉体を創造する』機能に特化させれば、再現も不可能ではないという見込みだった。

 

『ところで』

「なにかな?」

『いや、前も伝えた話だよ。お礼の件、考え直してくれたか?』

 

 それはこうして冥界に大小無形の手助けを施してくれるエルキドゥへの礼の話だった。

 前にもエルキドゥへ冥界からの返礼について話すと柔らかい語調で、しかしはっきりと拒絶されたのだ。

 

『随分と冥界に肩入れしてもらっているからな。流石に何もないというのは心苦しいを通り越して申し訳ない』

「ああ、なるほど。返答は変わらない。前にも伝えたように僕に気を遣う必要は無い」

 

 エルキドゥは足繫く冥界に立ち寄り、自身の肉体を研究する試みにすら手を貸してくれる。

 だがこちらからの礼を不思議と受け取ろうとしない。

 

『はい、そうですかとは言い辛い。礼の押し売りは趣味じゃないが、冥界にも面目がある。せめてその理由だけでも教えてくれないか』

「……本当に、気にしないでくれると嬉しいのだけど」

 

 どこか困ったように小首を傾げるエルキドゥ。

 だがなおも促すとゆっくりとだが、はっきりとした口調で話し出した。

 

「元々僕はエレシュキガルに敬意を抱いていたんだ。冥界と言う閉じた世界でただ実直に職務を果たす彼女に。せめてその慰めにと冥界で咲く花を探しに出かけたりもしたけど、成果は得られなかった」

 

 淡々と、少しだけ悔やむようにエルキドゥは語る。

 

「兵器として有り余る性能を持ちながら自らに課した任を果たせなかった。あの時胸に宿った空虚さは耐えがたかった」

 

 いつも通りの微笑み。

 そこに悔恨の残滓を感じたのは果たして気のせいか。

 

「僕が果たせなかった任を、君たちは果たした。素晴らしい功績だ。僕はその功を為したいまの冥界にも敬意を抱いている。その助けになることは僕にとって喜びだ」

 

 語調はそのままに、声音に賞賛と喜びが混じる。

 

「だから僕に返礼は要らない。こうして君たちの助けになることで、僕は十分に報われているから」

 

 淡い微笑みをほんの少し深め、優しさを込めて冥界を見つめる美しい緑の人。

 それは兵器を自称するには似つかわしくない、余りにも不器用で優しい感情表現だった。

 

『そう…か』

 

 エルキドゥの胸に宿る思いを込めた独白に、俺は相槌を打つことしか出来なかった。

 相も変わらず気の利かぬ自分に少しだけ嫌気が差す。

 

「ナナシ、()()()()()

 

 と、その心の動きを読み取ったように柔らかい語調で、きっぱりと否定する。

 俺の目を真っ直ぐに見つめるエルキドゥに、俺は心まで射抜かれたようだった。

 

「君は言葉を一番の武器としながら、軽々に言葉を使わない。必要な時にこそ言葉の刃を抜ける者だ。耳障りの良い軽い言葉よりも、思いの籠った一言にこそ()()()()は宿る。それは魔術や権能よりもずっと強い力だ。君を見て僕はそう思うようになった」

 

 そして、と言葉を継ぐ。

 

「その力を君はただ誰かのために使い続けた。冥府の女王を援け、人の王たるギルを動かし、地上と冥府の民を導いた」

 

 見てごらん、と冥府を指し示す。

 

「これが君の持つ力を導いた『結果』だ。兵器である僕には導けなかった『在り方(モノ)』だ」

 

 笑顔があった。

 穏やかな活気があった。

 優しく淡い光が冥界を照らしていた。

 いまだはるか遠き幽冥永劫楽土。

 だがそこへ少しずつ近づいているという証だった。

 

嗚呼(ああ)…』

 

 嘆息する。

 ただ女神のため走り続けた年月だった。 

 振り返る余裕などなく、ただ駆け抜けた日々。

 一つコトを為しても次々に難題は押し寄せてくる。

 いつしかそれが当たり前になって心が硬く強張り、澱のように積み重なるドス黒いものがあった。

 エレシュキガル様の笑顔は尊い。

 その笑みに触れたひと時は確かに心が安らぐ。

 だが元はただの人間に過ぎない俺の心は積み重なる労苦に少しずつ軋んでいた。

 

「だから君は君のままいて欲しい。君のその在り方をこそ、僕は尊んだのだから」

 

 エルキドゥの言葉に、不意に実感した。

 失敗はあった、間違いもあった、自身の愚かさに後悔など何度抱いたことか。

 だがそれ以上の報いが、確かに此処にある。

 きっとこの先も弱い俺の心は何度も揺らぐだろう。

 それでもきっと、エレシュキガル様とともに目指したこの光景があれば大丈夫だ。

 俺はこの先の果ての見えない道を走り続けることが出来る。

 

「君が君である。その一事で僕が君を助けるべき百万の理由に勝る価値があるんだよ、ナナシ」

 

 故に、と言葉を継ぐ。

 

「これは誓いだ、友よ。僕と君の友誼が続く限り、僕は兵器として許される僕の全能をもって君を助けよう」

 

 俺は押し黙り、ただエルキドゥの手を取ってその誓いを受け取る。

 これほど重い誓いに返す言葉を持っていなかったからだった。

 だが、ただ受け取ったままでいられるものか。

 だって俺とエルキドゥは友なのだから。

 友とは助け合う者であり、対等であるべき者なのだ。

 

『なら、俺も誓おう』

 

 俺の言葉が重いというのなら。

 俺の在り方を友が肯定するのなら。

 俺はその全てを嘘にしないため、ここで言葉にしてみせよう。

 

『俺は必要な時、友を助けよう。例え友が不要と撥ね付けようが、俺に出来ることが無かろうが』

 

 我ながら酷い台詞だ。

 余計なお世話を煮詰めたかのような愚かしさの極まった誓約。

 

「なるほど」

 

 そんな愚かな誓いを、どこか嬉しそうにエルキドゥは受け入れた。

 

「それは、とても、君らしい誓いだね」

 

 どこか彼/彼女の親友に似た、涼風のような微笑を伴って。

 




 エルキドゥ、ベストコミュニケーション。()()英雄王の親友やってるだけのことはありますよ。
 このシーンの有無で冥界が辿る結末は大きく変化します。
 具体的に言うと、最悪の場合異聞帯化して剪定事象でナイナイされる。


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神代訣別争儀グガルアンナ


 エレシュキガル様から申し付けられた謹慎の一年が明けた。

 冥府に籠っての内政事業もひと段落。

 久しぶりの地上である。

 静謐で時に騒がしい冥府の空気に馴染んでいるが、地上の穏やかで雑然とした賑やかさのある空気も嫌いではない。

 

『各所に復帰を伝えて回るとするか』

 

 昨年は地上とのやり取りを恙なく《意志持つガルラ霊》に引き継ぎ、冥府に籠って内政に明け暮れた。

 が、その間も文書や口伝いで地上の有力者達と折衝することもあった。

 いつの間にか冥府の副王とやらに任じられた俺の権限は実はちょっとしたものなのだ。エレちゃん様の裁可が不要な案件は大体俺で裁ける程度には。

 ガルラ霊達には地上との折衝を引き続き担ってもらうつもりだが、良くも悪くも俺は冥界の顔としてよく知られている。

 再び顔を繋ぎ直すのも冥界にとって利益となるだろう。

 いざという時の高位の交渉チャンネル。そうと認識される程度にまた顔を売って回ることとした。

 で…。

 

『一年くらいでは皆早々変わるものではないなぁ』

 

 ギルガメッシュ王は相変わらず有能な暴君だったし、シドゥリさんは女神じゃないのが不思議なくらい女神だったし、宝石職人達は腕を磨くのに余念がなく、各都市の長達はエレちゃん様の使いである俺に敬意を払ってくれる。

 

『でもギルガメッシュ王だけは変わっていて欲しかった…。冥界を避難所兼リゾート代わりに使うのはあの人だけだぞ』

 

 王としての仕事にうんざりしたからという理由で誰も追ってこられない冥界にリフレッシュに来るキチガ…もとい、並外れた発想力の持ち主はあの王様だけだろう。

 確かに開発によって冥界は大分過ごしやすい環境になったが、だからってリゾート地に遊びに来るノリで死んだり生き返ったりされても困るのだが。エレちゃん様の怒りと俺の困惑を酒の肴にしている節すらあるし。王様がフリーダム過ぎて冥界大困惑である。

 かといってなぁ、冥界の開発計画にかなり手を貸してもらってるのも確かなのだ。あんまり直截にふざけんな帰れとは言い辛かったりする。

 あとエルキドゥ関連で時折探るような質問や視線を飛ばしてきたり、妙に背筋が冷える場面が多かった気がする。こう、単純に腹を立てているのではなく見定められているかのような…。怖い。

 

『さて』

 

 現実逃避の独り言もここまでにするか。

 俺の目の前にはエビフ山。つまりイシュタル様の神殿である。

 相変わらず全力で趣味が悪い。人類には早すぎるセンスの持ち主だ。

 

『あの方が果たしてどう出るか』

 

 いやまぁ、謹慎食らったのが丁度イシュタル様との謁見直後ですからね。

 勘ぐられるだけの要素はあるのだ。

 で、イシュタル様に正面から宝石細工の横流しやイシュタル様が課した禁を破ったことなどを問い詰められたら正直に白状するしかないのだな。嘘を吐くのが死ぬほど(もう死んでいるが)苦手な性質だとギルガメッシュ王のお墨付きを貰っているレベルなのだから。

 

『一応は定期的に貢物も送っているし、機嫌は取れているはずだが…』

 

 これまでも地上のガルラ霊達を通じて定期的に貢物を献上している。

 主のご姉妹に部下が手土産を以て挨拶に行く。何もおかしくはないな!

 イシュタル様からは俺宛(に見せかけたエレちゃん様宛)の伝言だったりご自慢の(悪趣味な)品を土産に持たせたり、信徒達を通じて冥界に便宜を図ったりと意外と良好な関係が続いている。

 ちょっとずつだが、姉妹の間で凍った感情は溶けだしつつあった。

 イシュタル様との関係は良好だ、そのはずだが。

 

『イシュタル様だからなぁ…』

 

 つまりその一言に集約されるのだ。

 基本的に美しく、誇り高く、高慢だが不思議な愛嬌もある。周囲から崇められ、愛される女神様。ただし割と致命的なうっかり癖の持ち主。

 ビックリ箱と言うかパンドラの箱というか。

 ふたを開けたら何が飛び出てくるか分からないおっかなさがあった。

 

『まぁ、行かない選択肢だけはないしな』

 

 俺は腹を据えて、エビフ山の神殿を足を進めるのだった。

 

 ◇

 

『……うーむ』

 

 はい、謁見シーンはカットです。

 何でかって言ったら謁見そのものは何事もなく不気味なほど平穏に終わったからですね。

 こちらの挨拶に機嫌よく答え、一年間も顔を出せなかったことを詫びると手のひらをひらひらさせて気にしていないと流した。

 結局こちらの貢物を機嫌よく受け取り、エレちゃん様宛に上から目線の伝言を預かると謁見は滞りなく終わった。

 とはいえ気になる一幕もあったと言えばあったのだが…。

 

「ねえ、雑霊」

『はっ!』

「私を見なさい」

『はっ?』

 

 いきなりそんなことを言われ、正直大困惑だったな。

 全く同じセリフを全く別のニュアンスを込めて口にしたわ。

 

「私は美しいわよね」

 

 イシュタル様、それ質問じゃないですよね? 

 太陽が東から昇るのは当たり前よね、的なニュアンスが込められた自讃ですよね?

 

『ははーっ! 美の女神たるイシュタル様が美しくなければ、誰がその資格を持つのでしょうか! まことイシュタル様の美しさは天の星々を凌ぐ程でございます!』

 

 とりあえずヨイショだ。全力でヨイショにかかる。

 事実を言うだけだから心苦しさとかもゼロだ。

 それにイシュタル様が美しいということはご姉妹であり、そっくりなエレシュキガル様も美しいということでもあるし…。

 うん、全力で褒め称えるのを控える理由は何もないな!

 

「うんうん、お前はよく分かってるわね。私なら、いいえ、私こそ()()()に相応しい女なのだわ」

 

 そういってニヤニヤと笑み崩れるイシュタル様は相当に機嫌が良かった。

 その後も機嫌よく応対は続き、適当なタイミングで謁見は終了。

 こうして神殿を背に冥府への帰り道でイシュタル様の様子を思い返している。

 

『薄気味悪い程に上機嫌だったな…』

 

 不穏である。

 エレシュキガル様曰く、イシュタル様の機嫌が良い時は大体何かロクでもないことが起きるらしい。

 そしてイシュタル様の機嫌はとびっきり良かった。

 ……不安しかねぇ!

 

 ◇

 

 神々にその美しさを褒め称えられ、唆されたイシュタル様がギルガメッシュ王に求愛して手ひどく振られ、その腹いせに天の牡牛(グガランナ)をウルク目掛けて進撃させるまであと僅か。

 

 ―――古代シュメル(人類)滅亡の危機はすぐ間近に迫っていた。

 




 この世界線におけるイシュタルの暴走の裏には古代シュメルの神々による策謀がありました。
 本来神々の側に立つべきギルガメッシュは人の王として立ち、そんなギルガメッシュを繋ぎとめるべきエルキドゥもまたギルガメッシュと肩を並べ、人のための兵器となった。
 彼らを危惧した神々はイシュタルの暴走を後押しし、ギルガメッシュとウルクの排除を画策します。

 Q.つまり?
 A.唐突なシリアス展開、グガランナ編の始まりです。あんまり長くはならない予定ですが、書き溜めて一気に放出したいのでお時間下さい。



今更ですが誤字報告のご連絡下さる方々にこの場を借りてお礼申し上げます。
見直しているつもりでも毎回のように誤字は出る…。
ご指摘、まっことありがたく存じます。


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ヒャアッ、もう我慢できねぇ! 投下だぁ!




 イシュタル様、乱心す。

 自らの美しさに自信満々のイシュタル様は身形を整え、信徒たちに供を命じ、民衆の前で堂々とギルガメッシュ王に求婚したのだという。

 だがギルガメッシュ王はこれまでのイシュタル様の行状を糾弾し、求婚を跳ねのけた。

 自らに絶対の自信を持つイシュタル様は当然激怒した。

 天の牡牛(グガランナ)を押し立て、ギルガメッシュ王に懲罰を与えると意気込み、ウルクに迫っているという。

 ウルクの冥府神殿に詰めるガルラ霊を通じてこの寝耳に水と言うべき知らせが冥界に届いたのだ。

 冥界は揺れた。割と物理的に。エレちゃん様の怒りで地が震え、赤雷が迸ったのだ。

 

「何考えているのだわっ! あの愚妹! 最近ちょっとは可愛げも出てきたと思ったらこの大馬鹿騒ぎ! ちょっと男にフラれたからってありえないのだわっ! 不純、不純よ! 私も恋とかしてみたいのだわーっ!」

 

 エレちゃん様も無事発狂中である。

 最後の辺りに実に残念な本音が現れているあたりがまた…。

 まあ冥界に出会いとか無いからなぁ。

 

『参りました…。とはいえ冥府としても座して見守ることは出来ませぬ』

 

 それよりも問題なのはウルクに迫る脅威の方だ。

 冥界とウルクは緊密な協力を結び、最近はエレちゃん様に捧げられる信仰もかなりのものとなっている。

 ここでウルクが壊滅すれば冥界の計画も相当な遅れを強いられるだろう。エレちゃん様が発狂している一因はそれだ。

 かといって正面から敵に回すにはグガランナはあまりにも強大な脅威だ。

 

「ありえないのだわ…。ありえないのだわーっ! よりにもよって痴話喧嘩に天の牡牛(グガランナ)を持ち出す馬鹿がいるもんですか! この我が儘を許した神々も大概なのだわ! アヌ神は何を考えているというの!?」

 

 頭を抱えるエレちゃん様の疑問も尤もだ。

 確かにイシュタル様は古代シュメルでも抜きんでた神威の持ち主。

 そして世界から、神々から甘やかされた度し難い傲慢さの持ち主でもある。

 だがそれでも一連の流れに違和感を覚える。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()() と、そう考えるのは勘ぐり過ぎか。

 

『噂に高き天の牡牛(グガランナ)、ですか。イシュタル様のお怒りはよほど深く、激しいようです』

 

 天の牡牛(グガランナ)

 イシュタル様が使役する古代シュメル最大にして最強の神獣である。

 その脅威を知るエレシュキガル様曰く、蹄によるただの一撃が大質量の隕石墜落(メテオストライク)に等しいという。

 その威容、輝く空が落ちてくるかの如し。明けの明星が空を埋め尽くすかの如く、黄金の蹄は大地と空との間にある全てを粉砕する。

 はい、噂を耳にするだけでヤベー脅威だと分かりますね。ここにイシュタル様がオマケとして付属する。古代シュメル有数の力ある女神であるイシュタル様が戦力的に()()()だ。グガランナがどれだけ頭のおかしい存在なのか多少なりともお分かりになって頂けるだろうか。

 それこそ本来なら古代シュメルの存亡を決する決戦存在として持ち出されるべき代物だぞ。

 とはいえ。

 

『が、ただイシュタル様の暴挙を黙って見ているのは悪手。ウルクへの助力を進言いたします』

 

 冥界がこの事態を黙って見ているのは()()()()()

 俺が来る前の冥界ならば我関せずと見過ごしただろうが、既に冥界とウルクは富と信仰で結ばれたずぶずぶの関係だ。

 ウルクの被害はそのまま冥界の損害に直結する。守るべきであるし、仁義を通すべきだ。何と言ってもウルクの民にはエレちゃん様を崇める者が急速に増えてきている。

 それに言い方は悪いが、最悪の場合ウルクが壊滅的な被害を受けても冥界にまでその脅威は及ぶまい。グガランナと言えど冥界に立ち入ればその脅威は封殺可能なはずだ。

 最後の逃げ場所が確保されていて、戦力供出の当てがあり、名分が立ち、神威を振るうことで利益が確保されるならばやるべきだ。

 え、イシュタル様や他の神々から睨まれる?

 イシュタル様に関しては今更で、神々に至ってはもう何千年も冥界に関心すら向けて無かっただろうが。エレちゃん様がエレちゃん様の都合で動いて何が悪い? ゴチャゴチャ抜かすなら冥界に直接やって来て言え。ふん縛って深淵に放置してくれるわ、エレちゃん様がな!(虎の威を借る狐)

 

『グガランナの迎撃はギルガメシュ王とエルキドゥ殿が担当するでしょう。グガランナはかの英雄達とて容易ならぬ大敵、天裂け地割れる激戦となることは必定。だからこそその激戦の余波一つでウルクは壊滅しかねませぬ。

 ならば我らはウルクを守ることに注力するのです。ウルクの民はまだ生者なれどエレシュキガル様を崇める者も多い。名分は十分に立ちます』

 

 エレちゃん様の前だからエルキドゥ殿呼びである。

 公私の区別は大事だからな。

 

『これはご姉妹の確執でも、地上の民草のためでもなく、冥界のためにお力を振るうべき時と存じまする。どうか、ご決断を』

 

 言うべきことを全て言上仕り、エレちゃん様の裁可を願う。

 全て真実で、俺が思う最善の道だ。

 友を思い、助力を願う心が一片も無かったとは言えないが…。

 

「……良いでしょう。貴方の言を受け容れます。これより私は地上へ向かい、ウルクに庇護を授けましょう」

 

 簡にして単、要訣を得た返答にまずは安堵。

 続いて反論の言葉を口に出そうとする、その寸前に。

 

「貴方は冥界に残りなさい」

 

 と、端的に主命が下された。

 




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「貴方は冥界に残りなさい」

 

 と、端的に主命を下した。

 当然俺は反対した。

 そもそもの話、地上に向かう役と冥界に残る役が思い切り逆だろう。

 

『何を仰られますか。御身が冥府に残り、私めが地上に参ります。地上でエレシュキガル様の神威を代行する者が必要なはず。こうした時のために過大な恩寵を賜っている身なれば、私こそが向かうべきかと存じまする』

 

 大前提としてエレちゃん様の地上における直接顕現は駄目だ。

 少なくとも絶対に同意できない。

 エレシュキガル様のホームグラウンドは冥界だ。逆に言えば地上ではエレちゃん様は中堅程度のどこにでもいる神格に成り下がる。

 もちろん女神なのだから相応の神威は有するが、グガランナ相手では無力に等しかろう。それでもウルクを余波から守ることは叶うだろうが、その程度ならエレちゃん様でなくとも俺が行けば代行可能だ。相応の負荷がかかる、結構な無茶になるが…。

 

「いけません」

『いえ、ですが』

「ならぬ、と言いました」

『伏して申し上げます。此度の―――』

「却下します」

 

 取り付く島もないとはこのことか。

 

「……貴方が行けば、貴方は無茶をするでしょう。もしその果てに貴方が冥府に還らぬ結末ともなれば、私は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。イシュタルはもちろん、私自身も、ウルクも、この愛しき冥界ですら」

 

 血を吐くような言葉だった。

 続けようとした反論が思わず喉の奥に引っ込むほどに。

 

(……それほどお心は傷ついていたか)

 

 エレちゃん様は果てしのない年月を孤独に過ごした女神だ。

 頑張り屋で、健気で、責任感のある真面目で優しい彼女。そんなエレちゃん様が長い年月を孤独に過ごし、心が歪まずに済むはずが無かったのだ。

 その歪みの一つが眷属()への執着。

 自惚れでもなんでもなく、俺が来たことで冥界は変わった。ならば俺を失えば冥界はあの暗く寂しい世界に逆戻りすると、エレちゃん様は恐れているのかもしれない。

 

「いなくならないで、私の眷属(アナタ)

 

 縋るように、袖を引くようにエレちゃん様は声を絞り出す。

 

()()()()()()

 

 懇願するような、粘り着くような、重苦しい情念の籠った嘆願に。

 

『申し訳ございませぬ…』

 

 俺は頭を下げ、謝罪することでその願いを拒絶した。

 

「何故…? これは貴方を思うが故の主命。我が配慮、我が愛を何故受け取らぬと貴方は言うのかしら」

 

 ()()()、とエレちゃん様の瞳が濁る。

 無いはずの背筋に氷柱を突っ込まれたかのような悪寒を感じる。

 静かで、穏やかで、だからこそ危険な熱量の秘められた呟き。

 が、エレちゃん様はいま決して声音通りの心持ちではない。

 むしろ噴火寸前の活火山、嵐の前の静けさに例えるべき危うさを俺は感じ取っていた。

 かといってその怒りを解くために、何と言えば良いのか正直見当もつかない。

 ならば―――、

 

『私は御身の第一の臣なれば。戦場という危険を恐れ、引っ込んでいるなどあり得ません』

「私はそんな理由で貴方を軽んじるつもりは毛頭ありません。貴方が立つべきは戦場にあらず。私と共に和を繋ぎ、共に冥界を盛り立てることに注力すべきよ。自らの得手不得手を知らぬ貴方ではないでしょう?」

『ご指摘、まことに御尤も。私は戦人の心得など持たぬ一介の文官。戦場が似合わぬことなど百も承知』

「では」

 

 ならば、俺に出来るのはただ誠心と真心を以て説き伏せるのみ。

 あるいはエルキドゥとの出会いが無ければ、このままエレちゃん様の言う『愛』に呑み込まれていたかもしれない。

 その結果、心が擦り切れた果てに魂の消滅という最期を迎えていたのかもしれない。なんとなく、そう思った。

 

『なれど自らに不向きだからと主の後ろに控えていては配下の名折れ。恐れ多くもエレシュキガル様の第一の臣と地位を預かる私が主を盾に引っ込んでいるなど、我が誇りに賭けて断じて御免』

 

 深々と頭を下げ、叶う限りの真心を込めて語り掛ける。

 元より俺が選べる道などただそれだけしかないのだ。何と言ってもギルガメッシュ王とエルキドゥの二人からのお墨付きだからな!

 

『主が臣を慮り、コトを為せねばコレ即ち本末転倒。ご配慮ありがたく、されどその儀は無用と言上仕りまする』

「……私の愛を、無用と貴方は言うの?」

『申し上げます。包むべき時を間違えた愛を、人は執着と呼ぶのです』

 

 愛すべき、敬すべき主人であろうと言うべき時は言う。

 諫言とはそういうものだろう。

 

『私は御身の臣として誇りを以て地上へ向かいます。使命を果たす道半ばで倒れたとしても、無念ではなく、誇りを持って果てることが出来ましょう。どうか、ご再考を』

「……貴方はいつも私に優しくて、全力で、頼りになる眷属()だと思っていたのだけれど」

 

 どこか諦めたように、困ったようにエレシュキガル様は溜息を吐いた。

 その溜息と共に毒を吐き出したかのように、エレちゃん様の瞳から重苦しい情念が薄れていく。

 

「私が思っていたよりもずっと、私に厳しいのね」

『それが主の御為と心得ますれば』

「分かっています。諫言、ご苦労。貴方の言を容れましょう。地上へ私の名代として向かいなさい」

『感謝致しまする!』

 

 エレちゃん様のお言葉に、俺は深々と頭を下げた。

 苦笑と共に寂しげな横顔を見せるエレちゃん様に、俺はつい口を出してしまった。

 

『エレシュキガル様、繰り言を一つ申し上げてもよろしいでしょうか』

「なにかしら?」

『私が地上へ向かうのは冥府のため。なれどそれ()()ではございませぬ』

「……どういうこと?」

『地上の友がため』

「友?」

 

 鳩が豆鉄砲を食ったような、エレちゃん様の驚き顔。

 ううむ、エルキドゥとの友誼について、そういえばエレちゃん様に報告していなかったっけか。

 まあいい、いまは重要ではない。

 

『エルキドゥにはひとかたならぬ恩があり、縁があります。我が迷い、我が弱さは奴の言葉に祓われた。()()()()()()。ならば今度は()の番』

 

 知らぬ間に一人称が変わっていたが、この時の俺は気付かなかった。

 そしてエレちゃん様が俺を見る視線の色合いが変わったことも。

 

『しかし奴は俺の助力を望まないでしょう。奴と奴の親友であるギルガメッシュ王が手を組み、乗り越えられぬ障害などないのだから』

「それなら…」

()()()()()、俺は奴に言ってやりたい』

 

 一筋の未練を乗せたエレちゃん様の呟きに、きっぱりと告げる。

 

『調子に乗るな、()()()()()()と』

 

 ええ…、とエレちゃんがドン引く気配がしたが、無視だ。

 正直その程度にはエルキドゥに腹を立てている。

 大体だな、冥府向けの第一報に何で救援要請が付属していないのだ。ついこの間、お前が何を言おうと助けると言っただろうが。

 なら素直に助けろと言え。そっちの方がずっと動きやすいし、気分も良い。それともあれか。ちょっとばかり相手が馬鹿でかい鈍牛でただの一歩でウルクが壊滅しかねないくらい危険だから、そこから遠ざけようと気遣ったか?

 もし肯定するようならふざけんなと言ってやろう。

 

『大きく、強い者が弱く、小さい者を守るというのなら。弱く、小さい者が大きく、強い者の力になりたいと()()()()()()。俺はそう思います。アレはもう少し、アレが思う以上に周囲から思われていることを知るべきだ』

 

 エルキドゥを慕い、その力になりたいと思っているのは俺だけではない。

 シドゥリさんもそうだし、ウルクの民もそうだ。いいや、ガルラ霊たちの中にもエルキドゥを認める声は多い。

 だというのに奴は周囲を気遣い、慈愛を注ぐばかりで自らと友の力を頼むことしかしない。これを身の程知らずと言わず何と言う。

 

『俺は奴よりもはるかに弱く、ちっぽけです。だからこそ奴を助け、そして言ってやりたい』

 

 調子に乗るな、身の程を知れと。

 お前はお前が思う以上に皆から思われているのだからと。

 

「……そう。そうなの」

 

 俺の言葉にそう相槌を打つエレちゃん様の顔は何と評するべきか。

 子の旅立ちを見守る親鳥のような、あるいは可愛がっていた子供を他所に取られたような。

 なんとも優しそうだが、ひどく複雑そうな顔をしていた。

 

「ならばその言葉、友としてあの者へ叩きつけて来なさい。冥府のため、そして友のため、思うように振る舞うがいい」

『勿体無きお言葉!』

 

 冥府のためという一線を超えない限り好きにやれ。

 事実上、今回の事件に関する全権委任だ。まったくエレちゃん様の寛大さにはただ頭を下げる他ない。

 

「我が加護を授けます。冥府の女神の恩寵は例え天の牡牛と言えど突き破れるものではないと、証明してきなさい」

『必ずや! 地上に遭って冥府の威を示して参りまする!』

「ならば征きなさい。我が眷属よ」

『ははーっ!!』

 

 地に額づき、エレちゃん様から授けられる加護を受けとる。

 これまで授かっていた不朽の加護にさらに上乗せられる莫大な力。果たして俺に制御することが叶うか…。不安に思いながらも、表には出さない。あれだけ大きな口を叩いて弱音を吐くなど許されるものか。

 

『征ってまいります』

「ええ、吉報を期待しています」 

 

 最後に一礼し、急ぎ地上へ向かう。

 女神の加護を享け、冥府における俺の権限は更に増大した。

 地の下、あるいは夜に限れば俺は空を翔ける鳥よりもはるかに速く移動できる。

 

(急げ…! グガランナがウルクに辿り着く前に!)

 

 そしてその背をエレちゃん様はじっと見つめていた、らしい。

 

「まったく、もう」

 

 呆れたように。

 あるいは微笑ましいものを見たかのように。

 俺が知らぬところで、エレちゃん様はそう呟いたという。

 

「―――男の子なんだから」

 

 その時、エレちゃん様がどんな顔をしていたのかは、誰にも与り知らぬことだった。

 




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 雲を衝く、という言葉がある。

 体躯が大きいこと、巨大さの比喩だが、呆れたことにはるか彼方から此方へ進撃する神獣は()()()()にその言葉を体現していた。

 黄金に輝く牛骨と装具、そして積乱雲が一体となった姿をウルクの民は一目見るだけで恐れおののいた。

 しかし無理もない。

 それはまさに天然自然の暴威の具現化。古代シュメルが誇る最強の神獣、最悪の厄災なれば。

 これまで数多の困難を打ち破り、ウルクを繁栄させた偉大なる王とその友と言えど、果たしてあの暴威に抗えようか…。

 弱い人間である民草には、ついそうした不安と恐怖が頭をちらつくのだ。

 

「まさに威容よな。イシュタルめにこき使われているのが哀れでならんわ」

「ギル、彼我の戦力を算定した。僕と君が力を合わせても打倒は困難だ」

「それがどうした。王として立たぬ理由にはならぬわ」

 

 グガランナの桁外れの力に瞠目しているのは民だけではく、ウルクが誇る最大最強の英雄たちも同様だった。

 だがその反応は全くことなる。

 その威容を認めながら、主の趣味が悪すぎると不機嫌そうに鼻を鳴らすギルガメッシュ。

 そしていつも通りの自然体で傍に佇むエルキドゥも、自らの不利を口にしながら揺るがない。

 なぜなら彼らは英雄であった。

 困難、脅威を理由に自らが進む道を変えるような、可愛げがある存在ではないのだ。

 

「それで、何時ウルクを発つんだい? アレとは出来るだけウルクの近くでは戦いたくないと思うけれど?」

「もうしばし、待つ」

「待つ? 何を?」

「……」

 

 夕日に照らされながらウルクの城壁に立ち、偉大なる神獣の進撃を見つめる二人。

 神獣はいまだはるか彼方にある。

 だがその進撃速度はかなりのものだ。

 ただ歩を進めるだけで周囲を蹂躙する暴威の化身。その迎撃に向かえば夜闇の中で、待ち構えれば夜明けとともに戦端を開くことになるだろう。

 だが叶うなら出来るだけ周囲に何もない場所で戦いたい。アレの相手は古代シュメル最強の英雄二人をして苦戦は必至、勝利は限りなく遠いと言わせるだけの怪物だ。

 その戦いの余波だけで都市が消滅しかねない。自然、地形も同様だ。恐らく戦場となった場所は何もかもがすりつぶされて()()()()()となるだろう。

 それだけにウルクで待ち構える気配のギルガメッシュを訝しむ。

 そんな中、エルキドゥの気配感知に突如として一つの存在が引っかかる。

 

「―――気配感知に感あり。北東、クタ方面から高速で接近。数は一。脅威算出、推定で神使以上。僕らが不在のウルクに対し、十分な脅威と認める。魔力性質は……っ」

「どうした?」

「……エレシュキガルの魔力性質に酷似。()が来たようだ」

 

 親友の僅かな動揺に気付き、尋ねると、返ってきたのはいつも以上に静かな声。

 いつも悠然としたアルカイックスマイルを浮かべ、その心を容易に掴ませない親友。

 だが長く付き合ってみれば意外なほど感情豊かで、複雑な心情を抱いているのが分かる。そのくせ理屈をこねて、頭で考えた正しさに従おうとする面倒臭さの持ち主だ。

 

「ようやくか。待ちかねたわ」

「……冥界に援軍要請は出していないはずでは?」

「それでも来るだろう。奴ならな」

 

 そうではないか? と試すように問いかけるギルガメッシュ。

 押し黙るエルキドゥは無表情。だがその瞳に揺れる色合いに、ギルガメッシュはエルキドゥの内心を見た。 

 面倒くさい親友にまあいい、と呟いて一区切りつける。

 

「ハッ、賭けは我の勝ちだな。約束は覚えていよう?」

「そもそも賭けをした覚えもない。君が一方的に口にしただけだと記憶しているけれど?」

 

 親友へ向けてからかうような言葉を放ると平静なようで冷ややかな声音が返ってくる。

 激しているな、と他人事のように思った。

 

「……何のつもりだい、ギル。今は一刻の時間も惜しいはずだ。()にかかずらう時間も惜しい程に」

「我がウルクを守る算段を付ける。加えて愛用する兵器の整備だ。何しろ相手が相手だ。全力稼働にあたり一片の不安も排除しておきたいのでな」

「僕は常に全性能を行使可能な状態だ。整備の必要は無い」

「それを決めるのは兵器ではない。兵器の主である我だ。違うか?」

「……」

 

 再び押し黙るエルキドゥ。

 そもそもギルガメッシュはエルキドゥを自らの友と規定している。

 よって兵器云々に本心はほとんど含まれていない。

 だが理屈で押し込まれれば頷くのがエルキドゥだ。

 自らを感情のない兵器と規定し、どれほど理不尽な目に遭っても世界を恨むことが出来ない。エルキドゥが抱える宿痾の一つであり、自由意志を持つ存在へ抱く憧れの根幹。

 そんなだから面倒くさいと言われるのだ、と内心だけで呟く。

 なおギルガメッシュも自身が大概面倒くさい性質であるとの自覚があったが、都合よく無視している。

 (オレ)は良いのだ、(オレ)は。何故なら(オレ)だから。

 ジャイアニズムも真っ青な暴君理論だった。それを言うならギルガメッシュこそ人類最古の暴君だが。

 

「……もうすぐ着くようだ」

「ほう、中々の俊足よ。エレシュキガルからまた加護を授かったか」

 

 夜の影が地を覆いつつある方角から一体のガルラ霊がウルクへ向けて密やかに忍び寄る。

 影から影へ、闇から闇へ跳び移る。それをひたすら繰り返す。

 影を媒介にした短距離転移。

 魔法に近い域の大魔術。とはいえ神代ならばその使い手はままいるのだが。その連続行使によって瞬く間にウルクとの距離を詰めていく。

 既に太陽は暮れつつあるとはいえ、いまだ西日が射す中で行動できているのはひとえに冥府の女神から賜った厚い加護のお陰だった。

 行使する力こそ制限されるが、いまの《名も亡きガルラ霊》は日中であっても問題なく行動出来る。

 やがて影に潜むガルラ霊の視界にウルクが映り、その城壁に強大な気配が二つあることを感知。

 その近くの影へ最後の転移。

 音もなく彼らの前に参上すると、戦装束を整えたギルガメッシュの姿が目に映った。 

 

『ご機嫌麗しゅう、とはお世辞でも言い難き日ですな。不肖《名も亡きガルラ霊》、主が命によりウルクの一助となるため参陣致しました』

 

 ギルガメッシュも当然のように《名も亡きガルラ霊》を視界に捉えている。

 どうか戦列に加わるお許しを、と殊勝に頭を下げるガルラ霊に。

 

「遅いわ、たわけ! 貴様、手土産の一つも持ってきていような!?」

 

 ギルガメッシュはいつものように理不尽な叱咤を放った。

 

『えぇ…』

 

 と、威儀を正したガルラ霊が思わず脱力して呟く程度には、それは全く持っていつも通りの光景だった。

 




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「遅いわ、たわけ! 貴様、手土産の一つも持ってきていような!?」

 

 何時どんな時だろうとギルガメッシュ王(暴君)ギルガメッシュ王(暴君)だった。

 結論を言えばそれに尽きる。

 一応は大ピンチの中の救援だ。もうちょっと暖かい言葉を期待しても罰は当たらないと思うんですが…。

 

『えぇ…』

 

 思わずちょっと内心が漏れたわ。

 エルキドゥも王様の横でさもありなんと呆れ気味に首振ってるしさぁ。

 流石だ友よ。

 是非もうちょっと直接的に暴君王にツッコミ入れてくれ。

 

「どうした、何故黙る? 我の言葉に不服でもあると申すか?」

 

 おおっと、隠す気もないダイナミックパワハラですよ。時代を先取りし過ぎでは? 流石はギルガメッシュ王。文明の闇に身を浸しているだけのことはあるっすね。

 

「ハッ、しかし貴様も大概計算の出来ぬ阿呆よな」

 

 なお俺の皮肉と批判の籠った視線を無視して話を進める王様。やっぱりこの人色んな意味で自由過ぎでは?

 それはさておき、台詞とともに浮かべる笑みが露悪的、つまり殊更に悪ぶっているのがなんとなく分かる。

 いや、素で趣味の悪い真似をやらかす人でもあるのだが、機嫌の良い時にはこの人なりにねぎらい、褒美を与える人なのだ。

 そしてなんでか知らないがいまやけに機嫌が良さそうな気配がする…。

 

「見よ、あの神威を。主の趣味が悪すぎる欠点こそあるが、その力は疑う余地なくこのシュメルの地にて最大の脅威よ。

 貴様なぞ木っ端の如き吹き飛ばされような、ん?」

 

 違うか? とばかりにねめつける王。

 機嫌が良さそうなくせにこちらへ向ける威圧は本物だ。

 何でこの人援軍(総勢俺一名)に度胸試しとばかりに(ガン)付けてくるんですかね?

 

『我が非力、我が弱さは百も承知。なれど、歴戦たる王の言葉とも思えませぬ』

「ふん?」

 

 だがなあ、こちらもこちらで遊びに来たわけではないのだ。

 エレシュキガル様の制止を振り切って戦場に来た以上、逃げ帰るという選択肢はない。

 我が女神の顔に泥を塗るくらいなら死ね、むしろ殺す(女神信仰過激派)。

 こちとらそんなキチガイ揃いのガルラ霊を纏める元締め(大元締めはエレちゃん様である)だぞ?

 人類最強にちょいと脅された程度で引っ込めるものかよ。

 

()()()()()()()、などという贅沢が許されるのはほんの一握り。多くの場合人は()()()()()()()()()()()()()()のでありましょうや』

 

 もちろん任を果たせずギルガメッシュ王の言葉通り木っ端のように吹き飛ぶ未来もかなりの確率であるだろうさ。

 それでもやらなきゃならないことがあって、それをなんとかこなせる目があるからそれに()()。結局人はそれだけしか出来ないのだ。

 そんなことを考えていると、二ィと英雄王の頬に刻まれた笑みが一層深くなった気がした。

 

「ほう、()()と貴様は言うか」

『我が勝利とは即ち冥界の盟友であるウルクの守護。御身が勝利を掴む暁までウルクを我が主の加護を以て庇護することこそ勝利と心得ておりまする』

(オレ)の勝利を信じるか。あの暴威を目にしても尚」

 

 と、俺から顔を逸らし、グガランナを視線で示すギルガメッシュ王。

 当然俺の視界にいまもウルクに迫り来る天の牡牛が映る。

 うーん、改めて見ると色々と頭がおかしいっすわ(真顔)。

 アレとタメ張れそうなの、冥界で自らの全能を振るうエレシュキガル様くらいのものでは?

 つまり人間だろうと神々だろうとあれに抗うのはほぼ無理ゲーである。

 

『恐れながら王の勝利を心から信じることは叶いませぬ』

「―――ほう」

 

 絶対零度の呟きに首筋が冷える。

 あ、やっべ本心ぶっちゃけたら逆鱗に触れた気配がする。

 このままだと死ぬっていうか殺される(確信)。

 

『しかしながら!!』

 

 ここは勢いと更なる本心で凌ぐのだ…!

 

『王とその友が揃い、乗り越えられぬ困難無し! 其処に一切疑いを以てはおりませぬ!』

 

 これは混じりっ気のない本心だ。

 ギルガメッシュ王が偉大なる英雄王であること。

 そしてエルキドゥがギルガメッシュ王に負けないくらいの英雄であることを()()()()()()()

 故に信頼、信用というよりもそれは()()と呼ぶべき感情(モノ)だった。

 

「クハッ!」

 

 俺の啖呵を聞き、最早こらえきれぬとギルガメッシュ王は吹き出した。

 そのまま腹を抱えて哄笑する。

 おいおい、こちとら大真面目に答えたつもりなんですがね?

 

「だからだ阿呆(アホウ)が。まったく、つくづく笑わせてくれる珍獣よ」

 

 片手で顔を覆い、おかしそうにクツクツと笑うギルガメッシュ王。

 

「最後の最後で他人任せだのに威勢だけは一人前よな。が、良い。その愚かしさも我が興趣を満たすものよ」

 

 だからそのやけに機嫌が良さそうな気配はほんと何なんだ。

 もう(ギルガメッシュ)の心が分かりません。ああ、元からか?

 

「我が戦列に加わることを許す。随分と過大な恩寵をその身に宿したようだな。ふん、エレシュキガルも己が眷属に重荷を課すものだ」

『どうか誤解なきよう。主が私の我が儘を聞き届けてくださった結果です』

「……よかろう。もとより貴様ら主従の間に立ち入るつもりは無い故な。ならば我が命じるはただ一つ」

 

 威儀を正して令を下すギルガメッシュ王に、俺も改めてかしこまる。

 

「我が同盟者の臣に命ず。ウルクをその身に余る加護で以て守り抜け!」

『我が女神に賭けて。が、懸念が一つ』

「分かっている。貴様らの本領は夜だ。夜明けを過ぎれば、貴様が示す不朽の加護もまた弱まるというのであろう」

 

 話が早くて助かる。いや、マジで頼みますよ。

 冥界の領域である夜が過ぎ去り、朝日を迎えてしまえばウルクを守るために張った結界の強度が途端に劣化する。

 そうなればグガランナの前にはあまりに脆い藁の壁だ。余波を受けきる程度ならどうにかなると思いたいが、正直に言えばそれも心もとない。

 それを恐れ、エレちゃん様から出立直前に更なる加護を授かった。その身に余る加護を十全に駆使すれば、ウルクを守ると言う一点ならば不可能ではないはずだ。俺の霊基(カラダ)が持つ限りにおいて、だが。

 

「最善を尽くす。いまはそれしか言えぬ」

『……やはりグガランナは』

「我とエルキドゥの力をもってしても勝てると言い切れぬ。それほどの怪物よ」

 

 傲岸不遜を絵に描いた暴君に相応しからぬ弱気な発言。

 やはりギルガメッシュ王は暴君であっても無能や見栄という言葉から程遠い。

 が、この王様が一切の油断を捨て去った時の恐ろしさはエレちゃん様やエルキドゥから伝え聞いている。

 勝ち目がなくても作り出す。この王様はそれが出来るだけの力量を持った英雄だ。

 

『私もまた、最善を尽くしましょう』

 

 ならば俺に出来るのは、言葉通り最善を尽くすことのみ。

 

「良きに計らえ。(オレ)が勝利の暁を迎えるまでの間、我がウルクを任せる」

『お任せあれ! 王におかれましては、どうか後顧の憂いなく戦士の勇を振るわれませ!!』

 

 ギルガメッシュ王が、ウルクを俺に任せると言う。

 その意味が分からぬ俺ではない。

 無理だとか、ダメだった時はなどという弱気な言葉は喉の奥に押し込み、王の令にただ頭を下げて応えた。

 

「お前も文句はあるまい、エルキドゥ」

「……好きにすればいい」

 

 と、ここまで黙っていたエルキドゥに話が向けられると、プイと顔を背けてぶっきらぼうな返事が返ってくる。

 おおっとこれは珍しく拗ねてる気配がしますねぇ…(愉悦)。

 ねえねえ、どんな気持ち? いまどんな気持ち? どうだコラ助けに来てやったぞ。

 ドヤ顔でエルキドゥを煽り倒すために口を開こうとした瞬間、ギルガメッシュ王が再び言葉を継いだ。

 

「賭けに勝った以上、約束は履行してもらうぞ、エルキドゥ」

「だから僕はそもそも賭けなんて―――」

「ならば兵器の主として命令だ。さっさと整備を済ませて来い。余人の立ち入らぬ空間が必要と言うのなら、聖塔の玉座の間を使え。しばらくの間、誰にも立ち入らぬよう命じてある」

「…………」

 

 エルキドゥはなんか凄まじく不本意な気配を沈黙と共に撒き散らすと、無言のまま光と共に聖塔へと飛んでいった。

 ……えーと、もしかして俺ってばアウトオブ眼中な感じですかね? くそぅ、エルキドゥの悔しそうな顔が見れるチャンスだったんだが。

 

「全く世話の焼ける兵器よな。あれで感情が無いと自らを評するのだから腹が捩れてたまらんわ。そうは思わんか、珍獣」

 

 などと本人は供述しており…。

 いや、台詞の割に目を細め、仕方ない奴だとばかりに笑みすら浮かべている辺りからなんとなくその裏腹具合が見て取れるといいますかね。

 

「我もまっこと面倒な類の親友(とも)を持ったものだ。が、一度親友(とも)と認めたのならば、多少のお節介も男子(おのこ)の度量の内というもの。

 行ってこい、珍獣。我の親友(とも)たるエルキドゥの友よ。我らとは違う小さく、弱き者よ。アレが知らぬアレを思う者達の思い、存分にぶつけてこい。(オレ)が特別に差し許す」

『はっ!』

 

 と、威勢よくギルガメッシュ王の言葉に応じるものの、事情がさっぱり分かりませんよ?

 なんとなく思うことをそのまま話してこいというニュアンスは分かるんだが、其処に至るまでの経緯が不明瞭と言うか…。

 そんな俺の困惑を知ったことかとばかりにギルガメッシュ王はどんどん話を進めていく。

 

「まったく…。兵器を自称するならば友を持つ必要も、小さき者達に心を揺らす必要も無かろうが。

 面倒な心の内を察し、呼ばれてもいない貴様がしゃしゃり出てくるのを待ち、挙句賭けの代価をひと時の会話で済ませるなど我の慈悲深さは留まることを知らんな。貴様もそうは思わんか?」

 

 ちょっとそこのドヤ王様なに一人で悦に入った呟きで同意を求めてきてるんですかね?

 んーと、今の呟きから察するにだ…。

 エルキドゥの内心に配慮して冥界に救援要請を敢えて出さず、しかしその内心では救援要請が無くとも冥界から援軍が来ることを見切っており、その上でエルキドゥを強引に賭けという土俵に乗せてそれに勝つことで、俺と素直でないエルキドゥが話す機会を作り出した?

 

(……め、面倒くせーっ!!)

 

 思わず内心で大絶叫である。

 気遣いが回りくどすぎるというか、実は煽ってるんじゃないかと邪推するレベルの独り言だ。

 

『…………。見事なお気遣いかと』

「そうであろう、そうであろう」

 

 俺としては応じる前に挟んだふた呼吸分の沈黙で遺憾の意を含ませたつもりなのだが、気付いた様子もなく我が意を得たりとばかりに呟く王様。

 ああ、うん。ほんと流石っすわ。王様って面の皮が厚くないとやってられないんだって良く分かる一幕だったな。

 




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 さて、玉座の間である。

 本来ならギルガメッシュ王との謁見を果たすための空間は、王の令により人の目が届かないように人払いされていた。

 まあウルク存亡の危機ではあるが、現状ウルクという都市が出来ることはほぼ無いからな。王様が勝ってウルクが存続するか、負けて滅ぶかの二択だ。王として民に下す指示は我の勝利を信じていろ、くらいのもんだろう。

 そんなことを考えながら足を運んだこの静かな空間に、エルキドゥはどこか居場所がなさそうに立ち尽くしていた。

 

『よう』

「……」

 

 声をかけるも、無言。

 常のエルキドゥらしからぬ反応に、心の内になにがしかを抱えているだろうことが丸分かりだった。

 

「何故…」

『?』

「何故、君が来た? いいや、来ることが出来たんだい?」

 

 ひどく不可解そうに、疑問と困惑を口に出すエルキドゥ。

 その含むところなど何もない、だからこそ心の底から腹立たしい言葉に俺は―――。

 

『……………………あ゛???』

 

 キレた。

 正直に言って、この反応はちょっと予想外の斜め上だった。

 俺は確かに言ったぞ? 必要な時にお前を助けに行くと言ったはずだ。それともあれか、俺の言葉は有言実行して見せれば首を捻られるくらいに軽いものだったか?

 すいません、王様。ちょっとお言葉に従うのは無理そうです。

 おっしゃ、勝ち目が無いのは分かり切ってるけど友達同士のガチ喧嘩パートワンいっくぞー?

 と、ダメージゼロを覚悟してその顔に本気のツッコミを入れようとした瞬間。

 

「今のエレシュキガルなら君を失うことを恐れるだろうと思っていた。彼女と話した時に、君が彼女の心に深く根を張ってしまっていたことが分かったから。

 女神の愛は深く、重い。例え君が救援の意志を示そうと、エレシュキガルがそれを許すことはない。そして君もまた最後には彼女の意志に従うだろうと」

 

 ……………………あー。うん、ええ、はい。何というかまことに仰る通りですね(納得)。

 熱くなった頭が一瞬で氷点下まで冷えた。

 今も思い返すと背筋の冷えるエレちゃん様の()()()()とした溶岩を湛えたような瞳。ギルガメッシュ王然り、女神の寵愛って必ずしも寵愛される対象にとってラッキー&ハッピーかと言うとそうじゃないんですよね。何事もほどほどが一番と言うか…。

 

『……ふ、フフフ。エレシュキガル様はお前が思うよりはるかに懐の広い女神なんでな』

 

 我ながら喉が引き攣りまくったその声は震えていたと思う、うん。

 

「気のせいかな。声が震えているように聞こえるけれど」

 

 と、首を傾げながら気遣う素振りすら見せるエルキドゥ。

 うるせーほっとけ。

 

「僕という個体も……君という救援に対する対応を決めかねている。戦術的には君がエレシュキガルの加護を以てウルクを守ることは歓迎すべきことのはずだ。

 だがウルクを守護する負荷に君という脆弱な霊基(カラダ)が耐えきれない可能性は……極めて高い。僕はその未来を、耐え難く感じている」

 

 淡々と、情理を廃して予測する未来を語るエルキドゥ。

 兵器として十分な性能と経験を持つエルキドゥが出力した予測ならばその確度は高い。

 

「同時にウルクを失うという未来予測に対しても同様の結果が出力される。君か、ウルクか。僕はウルクの王であるギルガメッシュの持つ兵器だ。当然ウルクを優先するべきなんだ」

 

 自分に言い聞かせようとして、失敗したことを痛いほどに理解している声だった。

 エルキドゥは彼/彼女自身が言うように兵器なのかもしれない。だがその兵器には間違いなく、『心』が宿っていた。

 

「それでも……許されるのなら、こう思いたい。いや、願いたいんだ。()()()()()()()()()()って。僕自身にそれを叶える力もなく、そんな未来を見ることすら出来ていないというのにね。おかしな話だろう?」

 

 エルキドゥはひどく不格好に笑っていた。

 いいや、笑っていたのではなくその身にくすぶる暗澹とした感情を上手く出力出来ず、誤魔化すための笑みを作ろうとして失敗していた。

 言うなれば、それは笑みの残骸だった。

 

(なるほど…。俺は死ぬ…いや、消えるのか)

 

 その笑みの残骸を見た俺は、()()()()()()()()ことを実感として悟った。

 この身はとうの昔に死んでるので、消えると言う方が表現としては近いだろう。

 そう理解して一つ頷くと、ジワリとうすら寒い虚無感が襲ってきた。

 

(消える…。もう俺はエレちゃん様に会えないのか)

 

 不意にその()()が心に染み入る。

 これまでも何とかなってきた、きっとこれからも何とかなるだろうという甘い見込みが俺をこの場に誘ったのだと言われれば、否定することは出来なかった。

 道半ばで倒れることに誇り云々と偉そうに語っていたことが、虚勢だったのだと分かってしまった。

 そうして実感として喪失の恐怖に襲われれば―――そこにあったのは、思った以上に惰弱な自分だった。

 

(……いっそ、逃げるか?)

 

 それは天啓に似た悪魔の囁き。

 

(ウルクを見捨てる不利益と、俺を失う不利益…。比較すれば後者が勝る。冥界のことだけを考えるなら、逃げるのも手だ)

 

 確かめるように、計るように心の内で己の醜く薄汚い部分を天秤にかけていく。

 

(ギルガメッシュ王からの報復も、冥界に引き籠ればシャットアウト出来る。ウルクが壊滅しても他の都市で巻き返せる目はある。ウルクを失うのは痛手だが、冥界を纏める俺の損失ほどじゃあない。エレちゃん様も……俺が逃げ出したとしても、きっと責めないだろうな)

 

 結論として、逃げることそのものに支障は無い。

 いいや、冥界のためにも俺は逃げるべきだ。

 

(うん、なるほど)

 

 結論は出た。

 そして天秤はもう片方に決し、動かない。

 だから俺は…、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 敢えて言葉に出し、自らの弱く醜悪な側面を心の中で思い切り殴りつける。

 正直に言おう。

 俺はビビった、芋を引いた。

 唾を吐きかけられ、軽蔑されるべき弱さだ。

 

「ナナシ…?」

『ああ、分かっているさ。俺は、弱っちい。エルキドゥ、お前やギルガメッシュ王に比べれば笑っちまうくらいに、弱っちいんだ』

「それは……いや、君の言葉は正しい。だけど―――」

 

 中途半端な慰めの言葉などかけず、ただ諭そうとしたエルキドゥの言葉を手で押さえる。

 俺は小さく、弱い。でも小さく弱いままでいたくないし、例え変われないのだとしても弱さ(ソレ)を理由に友達(エルキドゥ)に借りを作るだけの関係でいたくない。

 だって俺たちは、友達なのだから。友達とは、対等な者のことを言うのだから。

 

『それでも…』

 

 ああ、それでもさ。

 

『小さくたって、弱くたって―――大きくて、強いお前たちを助けたいんだって、思ってもいいじゃないか。どこにでもいるような凡人(俺達)はそんな強がりも許されないって言うのか?』

 

 俺自身の弱さを押さえつけ、恐れに震える心を奮い立たせたのは、何ということはない、友達とは対等でいたいというささやかな意地だった。

 

「――――――――」

 

 その呟きを耳にしたエルキドゥはただ言葉もなく、目を見開く。

 果たして俺の言葉は、彼/彼女の心に届いているだろうか。届いていればいいなと俺は思う。

 

『助けさせろよ。弱者(オレ)の手を借りてくれよ。俺で足りなければ、みんなに呼びかけて力を借りよう。俺達は小さな(ヒト)だ。でも小さな(イチ)だって、手を繋ぎ合えば大きな(イチ)になれるんだ』

 

 このウルクこそが俺の言葉を証明している。

 ギルガメッシュ王は古今東西に比類なき偉大なる王だ。

 だがギルガメッシュ王だけでウルクという偉大な都市を築き上げられたかと言えば、それは否。断じて否だ。

 偉大な王が治めるに足ると断じた、小さくて、弱くて、それでも偉大な民草がいなければウルクは生まれなかった。

 

『俺だけじゃない、俺だけじゃないんだよ。エルキドゥ、お前を助けたいと思っているのは。シドゥリさんも、神官も、門番の奴らも…。ウルクの皆が、ガルラ霊が、他の都市の奴らだってお前を知っている。お前に助けられたことを覚えている。今度は俺達がお前を助けたいって、皆が思っているんだ』

 

 やはり、エルキドゥは無言。

 それでも思いよ伝われと念じ、言葉を継いだ。

 

『俺にお前を助けさせてくれ、エルキドゥ』

 

 例えその果てに俺という存在を燃やし尽くすことになったとしても、それは決して()()ではない。

 俺がこの神代のシュメルという舞台を生き抜いた果てに迎える()()だ。

 安楽に沈むことを善しとせず、自分の限界に挑む()()こそが人と獣を分かつ。

 俺は既に死してガルラ霊になった身だが、心は人間のままでいる。ならば俺は主と友のために、自分の限界に挑みたい。

 

「……………………」

 

 エルキドゥは結局、最後まで俺の言葉に応えることは無かった。

 




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 夜の帳が落ちる。

 古代シュメル、神代の大地を満たす闇は殊更に深い。

 夜闇を照らすはただ月明かりのみ。

 が、今宵ばかりは例外も例外。

 

 都市を覆う規模の、淡い真珠色に光る大天蓋が夜に浮かび上がる。

 

 半球状の結界がウルクをすっぽりと覆う。

 その正体はもちろんエレちゃん様から授かった不朽の加護。

 以前イシュタル様とエルキドゥのいざこざに介入した時よりも更に大きく、強力な加護を享けた俺が展開する大結界だ。

 夜のコレを破壊するのは例えギルガメッシュ王でも相応の手管が必要となるだろう。

 断言するがいまウルクよりも安全な都市は古代シュメルには存在しまい。

 それでもなお、都市壊滅の危機が紙一重で迫ってきているのは本当に神代だなと思うわ。慣れたけど。

 

「おおっ…! なんてデカさだ。まさにウルクを守る盾のような…」

「これが、冥府の女神の御力か」

「いや、女神様が遣わしたしもべによる守りと聞いたぞ」

「《名も亡きガルラ霊》殿か。俺も一度話したことがある。善き御仁だ。けしてウルクを裏切らぬ」

「そうか、それは朗報。帰ったら家族に話してやろう。多少なりとも安心させてやらなければな」

「ハハ、この子沢山の贅沢者め。独り身への嫌味か、うん?」

()れるな、()れるな。俺達はただ今日を生き延びることだけを考えてりゃいいんだ」

 

 外に出て盛んに情報交換する男たち。

 事前にギルガメッシュ王とその右腕であるシドゥリさんの周知によってウルクの民は不朽の加護を見ても驚きはしても動揺はない。

 ウルクの民、豪胆なり。彼らこそ古代シュメルという地獄を逞しく生き延びる人類種の最突端だろう。

 ()()ギルガメッシュ王が治めるに足ると評した民。

 不安に襲われながらも王とその友を信じ、徒に心を乱さない。

 それでいて家財を纏め、武装を身に着け、逃げ伸びる道筋を話し合い…。生き延びるための努力も欠かさない。例えその努力が十中八九無駄に終わるとしても。

 グガランナという超抜級の災害を前にし、当たり前のように()()が出来るというのは、実は凄いことなのだ。

 

『流石はウルク。ギルガメッシュ王が治める民だな』

 

 いや、本当に地味に凄い。

 冥府のガルラ霊達も大概頭のネジが外れた猛者達ばかりなのだが、アレらとはまたベクトルが違うというか。

 ガルラ霊はエレちゃん様と言う柱が無くなると途端に崩れ去りそうな脆さがある。

 だがウルクの民はギルガメッシュ王を失っても、涙を流しながらも未来へ向けて自ら歩み出そうとするナチュラルな逞しさを感じる。

 

「冥府の女神エレシュキガル様か…」

「あのイシュタル様のご姉妹と聞いたぞ」

「イシュタル様…、イシュタル様かぁ」

「言うな。悲しくなってくる」

 

 いやほんとウルクの都市神であるイシュタル様がなんでウルクに攻め上って来てるんですかね?

 え、ギルガメッシュ王にフラれたから? まあ神代の常識で考えれば都市神に逆らうギルガメッシュ王の方がおかしいってのは分かるんですけどね…。

 

「なんでも滅多に地上に顔を出さない奥ゆかしい女神だとか」

「もうそれを聞いただけで信仰したくなって来たよ、俺は」

「いや、それが案外馬鹿に出来たもんじゃない。クタはもちろん、ウルクや他の都市でも信者が凄まじい勢いで増えているらしいぞ」

「宝石細工の職人達から噂を聞くが、配下のガルラ霊はいまや坑道採掘に欠かせんらしい」

「気前も随分良いと聞くぞ。奉納した宝石細工に喜び、大粒のラピスラズリを幾つも下賜されたとか」

「しかもイシュタル様のご姉妹だ。さぞ美しいお姿なのだろうなぁ」

「お前またカミさんにしばかれるぞ…」

 

 おおっとエレちゃん様の噂が広まりつつありますねぇ…。一部邪な欲が混ざってるが、基本的にはプラス方向の噂話なのでセーフとしておこう。

 アウトだったら? 夜にガルラ霊の集団に取り囲まれる恐怖を味わってみる? 肝がヒエッヒエになることは請け合いですよ?

 が、なにはともあれ布教のチャンスですねこれは(どんな時でも推しの布教を忘れない信者の鑑)。

 

『歓談中失礼。ウルクの衆よ、よろしいか?』

 

 彼らが話している近くにガルラ霊の分体を一つ生成。本体から意識を転写し、即席のアバターとする。

 いまの俺の本体はエレちゃん様から大きすぎる加護を授かった関係で言い知れぬ不吉なプレッシャーを与える仕様になってしまっているので、彼らと直接話すには適当なアバターをその場で作成・運用するのが楽なのだ。

 

「なんだ?」

「っと。……ガルラ霊か。驚かさないでくれ」

「あなた方には耳障りな話だったかな、申し訳ない」

「誤解しないでいただきたいのだが、これは男同士の気楽な馬鹿話というやつで―――」

 

 声をかけても驚いた様子もなく普通に弁解してくるあたりに慣れを感じる。

 一応ガルラ霊は不吉の象徴、死の前触れというのが古代シュメルの共通認識だったんだけどな。

 ここらへんはエレちゃん様を祀る神殿にガルラ霊が常駐しているウルクの民らしい反応だった。

 そして俺のことをその神殿常駐のガルラ霊と勘違いしているようだった。

 

「……その、もしや《名も亡きガルラ霊》殿でありますか?」

『確かに、周囲は私をそのように呼びますな』

 

 が、男衆の中に俺を知る者がいたらしい。いま思ったんだが人間はガルラ霊ってどう見分けてるんだろうな?

 ガルラ霊同士だと魂というか、オーラの気配のようなものがそれぞれ違うので何となく判別がつくのだが、人間だと外見から差異を感じ取るのは無理だろう。

 ……まあいい、いまは重要ではない。恐る恐る問いかけられたので肯定。

 

「「「「―――――――」」」」

 

 すると、彼らは分かりやすく緊張に身を強張らせた。

 無言のまま目配せし、やっちまったーとばかりに盛んに意思疎通している。

 あ、うん。神代って基本的に神に関わる存在は厄ネタですもんね。分かるよ、一身上の都合で女神様に関わることが多いもんで。

 

「いや、これは」

「どうかお許しあれ。こいつもけっして本気の言葉ではなく」

「申し訳ございません。言葉が過ぎました」

『ハハハ、流石はウルクの民。まさにこれ機を見るに敏。が、ご安心なされよ。この程度の雑談で一々罪に問うほど我らも我らが女神も狭量にあらず』

 

 真剣な語調で平身低頭する彼らに敢えて軽い語調で気にしていない旨を伝える。

 すると彼らもほっと肩を下ろした。

 

『貴方がたはどうやらエレシュキガル様に興味があられるご様子。我らは常に地上に生きる民の信仰を歓迎しておりましてな。つきましてはエレシュキガル様について少しばかり語らせて頂きたく―――』

 

 すまんな、俺はいま推しの魅力を語りたくて仕方ないんだよ。

 これから来るだろう超抜級の大難行に向けて、ちょっとでもモチベーションを上げておきたいんだ。

 フレンドリーに語り掛けてくるガルラ霊の存在が物珍しかったのか、彼らは当初戸惑ったようだった。

 が、俺がエレちゃん様の魅力を語ると当初こそ腰が引けていたものの、やがて少しずつ引き込まれていく。

 よし、食いついたな。

 特に滅多に地上に出られないので当然神罰の類も滅多に下さないことと、司る職掌から富強に縁深いことに食いついていたな。やっぱウルクの民は逞しいわ。

 イシュタル様から信仰を移すようなことを何人かほのめかす程度には、彼らの心を掴めたらしい。

 あるいはイシュタル様が彼らの心を取りこぼしてしまったのかもしれない…。

 かくしてウルクにまたエレちゃん様の、そして俺が知らぬ間に()を信仰する種が植えられたのだった。

 




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 その後も似たような会話をウルクの複数個所で並行してこなしながら本体の俺は聖塔の中心部で不朽の加護を万全に展開することに注力していた。

 もちろん俺個人の趣味という名の布教活動に走るばかりではない。正直に言えば趣味にだけ注力したかったのだが…。

 

「おお」

「これは《名も亡きガルラ霊》殿」

「お久しゅう。お会い出来て嬉しく思います」

「此度はウルクの救援、まことに感謝しております」

「皆、口々にエレシュキガル様の慈悲深さを称えておりますぞ」

 

 と、かつてウルクの城門で見送りを受けて以来顔見知りである門番達と和やかに挨拶したり。

 

「《名も亡きガルラ霊》殿。お会いしとうございました!」

「我らの守護者よ! 女神の使いたるお方」

「エレシュキガル様は…。かの冥府の女神は何と?」

「どうかウルクに女神の加護を…! ウルクに栄えあれ、女神に栄光あれ!」

 

 と、不安そうな坑道採掘や宝石加工に関わる職人たちの不安を宥めたり。

 混乱の芽をいち早く摘むために夜のウルクの隅々まで知覚を広げていた俺は結構活躍したと思う。

 エレちゃん様から更なる加護を享けたいまの俺は、かなり凄いガルラ霊にパワーアップしたのだ。これくらいなら不朽の加護を展開する片手間にこなすことが出来る。

 問題はウルクからプライベートという概念が無くなってしまうことだが、期間限定の必要経費(コラテラルダメージ)なのでセーフ。大丈夫、夫婦の営みだろうが都市第一級の機密だろうが俺の胸の内から出ることは無いですよ? 悪事や不正は除くがな!

 

『……そろそろ、王とエルキドゥがグガランナとの戦端を開く頃か』

 

 既にウルクが誇る最強の英雄たちは天の牡牛を討つためにウルクを発った。彼らが出せる最高速度ならば恐らくはもうそろそろ―――。

 

「ガルラ霊殿、ここにおられましたか」

『シドゥリ殿』

 

 聖塔(ジグラッド)の中心部、即ちウルクの中心に佇む俺の本体に声をかけたのはシドゥリさんだった。

 常と変わらぬ穏やかな笑顔、きっと彼女は明日ウルクが滅ぶと知っても前を向いてこの笑顔を浮かべ続けるのだろう。

 それはきっと王様達にも劣らない、人間が持つ()()なのだろう。

 だから俺は彼女を尊敬しているし、彼女を守る一助となれていることが嬉しいのだ。

 

如何(いかが)されました。何か騒ぎでも起きましたか』

「部屋で王の勝利を祈っていたのですが…思い返せばガルラ霊殿にお礼を申し上げるのを忘れていましたので。無作法者とお笑いくださいな」

 

 申し訳なさそうに困った笑みを浮かべる彼女。

 つくづく律儀な方だ、女神かな(魂ピカ―)。

 

『なに、お気に召されますな。我が主の御沙汰に従うだけの我が身に感謝は不要』

 

 いや、ほんと気にしなくていいですよ。ウルクとは貸し借りの清算が面倒なくらいにはずぶずぶな関係になっているし、溜まった分の借りを返すのはギルガメッシュ王ですからね。

 とはいえ俺の返事は正解ではなかったらしい。まあ気にするなといって真に受けるような類の人柄では無いですよね、貴女は。

 

『それでも気が済まぬと仰っていただけるのなら』

 

 ますます困った様子のシドゥリさんを見、足りぬ言葉を継ぐ。

 

『どうかウルクが無事暁を迎えられた日に、我らが女神に出来るだけの供物と、心を込めた祈りを捧げてくださいますよう。それが我らにとって何よりの喜びなのです』

「ガルラ霊殿は…」

 

 つくづく感じ入ったという風にシドゥリさんは頷き、さらりと爆弾をこちらに投げ渡した。

 

「エレシュキガル様を深く愛しているのですね」

 

 おおっと、キラーパスかな?

 や、分かっていますよ。エロスじゃなくてアガペー的なニュアンスですよね? …………ですよね???

 

『あの方の第一の臣として、斯く在りたいと思っております』

 

 まあ、愛しているかと言ったら愛していますよ。

 敬意か、親愛か、信仰か、父性愛か、同情か、()()か。

 それら全てがごちゃごちゃに入り混じり、その愛に占める感情の偏りがどんなものかはもう俺自身にも分からないけどな。

 

「はい。存じております」

 

 シドゥリさんはそんな俺の心を知ってか知らずか、慈愛に満ちた瞳でこちらを見つめてくる。

 あーほんとなんでこの人が女神じゃないんだろうな? いや、もしかすると女神じゃないからこそこんなにも女神らしいのでは?

 と、俺が女神の実例を脳裏に浮かべながらそんな馬鹿なことを考えた刹那。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――地平線の彼方から射した太陽の如く強烈な光に、ウルクが真昼のように照らされる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天が裂け、地が震える。

 比喩ではなく、世界が悲鳴を上げたのだ。

 大木をなぎ倒す勢いの突風が不朽の加護に叩きつけられ、断続的な地震いで幾つかの建造物が倒壊する。

 都市のあちこちで狂騒と悲鳴が上がり始めた。

 それも一度や二度ではない。断続的に、しかし絶え間なく続く。

 地平線の向こうで世界を揺るがす程の激闘が開かれた証だった。

 

『……始まったか』

「そのようです。戦士たちよ、どうかご無事で―――」

 

 膝をついて手を組み、地平線の彼方で激闘を繰り広げる王とその友へ祈りを捧げるシドゥリさん。

 俺もまた祈る。

 友よ、王よ。あの鈍牛の横っ面を一発ブチかましてきてくれと。

 尤もシドゥリさんはともかく俺の祈りなど、彼らは笑って突っ返してくるのだろうけど。

 

 

 




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 英雄王ギルガメッシュと天の鎖エルキドゥ。

 古今東西に比類なき最強の英傑達と天の牡牛グガランナが繰り広げる死闘は既に六日六晩続いていた。

 断続的に続く雷鳴の如き轟音、昼夜を構わず放たれる太陽の如き光の炸裂、ウルクの面積の三割近い構造物を倒壊させつつある地震がその証左だった。

 

 

 

 ―――ギシギシと霊基(カラダ)が軋む音が聞こえる。

 

 

 

 古代シュメルの山々を地形ごと磨り潰し、ペルシャ湾に臨む海岸線はその形を変え、一瞬で雷雲を呼び込み、激闘の余波で雷雲が消し飛ぶ超常の死闘。

 ただの余波でウルクを倒壊させつつある激闘が生み出す被害を、俺が生み出す不朽の加護は致命的な領域へ突破しないよう何とか防いでいた。

 

 

 

 ―――ギシギシと霊基(カラダ)が軋む音が聞こえる。

 

 

 

 不朽の加護でもって激戦が生む衝撃波を防ぎ、雨のように降りしきる落雷を弾き、天から落下する()()()()()を叩き落す。

 自画自賛となるが、不朽の加護が無ければ既にウルクという都市は僅かな残骸と僅かな生き残りだけがその名残りを示す廃都となっていただろう…。

 

 

 

 ―――ギシギシと霊基(カラダ)が軋む音が聞こえる。

 

 

 

「《名も亡きガルラ霊》殿…。私の声が聞こえますか…?」

『……ああ、これは、シドゥリ殿』

「良いのです。お返事は、良いのです。どうか…どうか、もう少しだけ―――」

 

 シドゥリさんの声が、途切れつつある俺の意識に届く。

 届いて……さて、俺は何をしていたのだったか?

 

 

 

 ―――ギシギシと霊基(カラダ)が軋む音が聞こえる。

 

 

 

「どうか、お気を強く保たれませ…。不朽の加護が、薄くなっています」

 

 ……ああ、そうだ。ウルクを、この偉大なる都市を守っていたのだった。

 ならば今一度、気合いを入れて……入れて、そうだ、不朽の加護を張り直さねば。

 幾百度かの余波がぶつかり、脆くなった不朽の加護を…。

 

 

 

 ―――ギシギシと霊基(カラダ)が軋む音が聞こえる。

 

 

 

 嗚呼、でも、辛い…。

 こうしてただ考えていることが億劫だ。

 

 

 

 ―――ギシギシと霊基(カラダ)が軋む音が聞こえる。

 

 

 

 死闘は既に六日六晩が過ぎ…今が、丁度七日目だったろうか。

 ハハ、我ながら根性だけで持たせるものだ…。

 既に霊基崩壊(オーバーロード)の前兆が、随所に現れている。酷使に酷使を重ねた霊基(カラダ)が崩れつつある。

 負荷に耐えかねて()()()と半身が溶け落ちつつある俺の姿はさぞ醜かろう…。

 元よりどこにでもいるガルラ霊の霊基でしかない俺には本来荷が勝ちすぎる仕事なのだ。

 特に夜が明け、本領発揮の時間が過ぎ去った今、ただ不朽の加護を維持するだけで自分の中の大切なものがガリガリと削られていくようだった…。

 

 

 

 ―――ギシギシと霊基(カラダ)が軋む音が聞こえる。

 

 

 

「グガランナの咆哮は遠ざかり、地響きも弱まりつつあります。ギルガメッシュ王が勝利を得るまであと少しなのです…っ!」

 

 ギルガメッシュ王の名が耳に届く。

 ウルクを任せると俺に託した、偉大なる王の名が。

 それなら、もう少しだけ頑張らなきゃ…。 

 

 

 

 ―――ギシギシと霊基(カラダ)が軋む音が聞こえる。

 

 

 

「どうか…お持ち堪えください。エルキドゥが、あの美しい緑の人が貴方を友と言いました。友との再会を、彼は楽しみにしているはず…!」

 

 ああ、その通りだ…。

 帰ってきたら時間がかかりすぎだと文句を言ってやろう。

 それで、きっと困った顔をするだろうあいつに張り手の一つも入れて手打ちとしてやるんだ。

 だから、もう少しだけ頑張らなきゃ…。

 

 

 

 ―――ギシギシと霊基(カラダ)が軋む音が聞こえる。

 

 

 

「見えますか…? ウルクの民が、玉座の間(ここ)に集っています。王の勝利を、ウルクを守る貴方の無事を、皆が祈っているのです。ここにいない者たちも余波の被害の復旧に全力を尽くしています。皆、懸命に…! 生きるために!」

 

 集中するために閉じていた視界を開く。

 視界に移る老若男女、知っている顔もいれば知らない顔も。

 数えきれないほどのウルクの民がいた。

 皆、真剣に俺を見つめ、祈りを捧げていた。王の勝利を、緑の人の帰還を、俺の健在を。

 もう少し、もう少しだけ頑張ってみよう…。

 

 

 

 ―――ギシギシと霊基(カラダ)が軋む音が聞こえる。

 

 

 

「……なによりエレシュキガル様が、きっと冥府で貴方の無事を祈っているはず。かの女神は貴方の無事をこそ何より喜ばれましょう。どうか、気を強く持ってくださいませっ!」

 

 エレちゃん様の名前を聞いて、少しだけ意識が明瞭になる。

 そう、だ。エレちゃん様のために、あの可愛くて、頑張り屋で、自分に自信がないのに誇り高い、誰よりも報われるべきあの子のために、俺は…。

 嗚呼(ああ)、がんば…頑張って、頑張らなきゃ、俺が倒れちゃ全てが無駄に―――。

 

 

 

 ―――ブツリ、と意識が断ち切れる音が聞こえた。

 



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名誉ガルラ霊のみんな、《名も亡きガルラ霊(オラ)》に祈り(元気)を分けてくれ!!


 神代とは、神秘と魔力に溢れたる原初の時代である。

 現代の科学技術が解き明かした物理法則の前に、神々が振るっていた『権能』こそが世界の法則として敷かれていた。

 故に世界の摂理(システム)である神々が斯くあれかしと望んだことは、その権能の職掌に収まる範囲において理屈も原因もなく、ただ結果として現実に具現する。

 そうした理不尽極まりないデタラメが罷り通るのが神代という時代だ。

 大地に穴を掘っていけば冥界に辿り着き、天へひたすら飛び上がれば神々のおわす天界に辿り着く。

 現実と神秘が地続きだった太古の時代。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 話は変わって、人々が崇める神格―――神霊は三つに大別できるという。

 一つは、太陽や月、地震のように『元からあったものが神となったもの』。エレシュキガルやイシュタルなど太古から存在する神々の多くがこれに当てはまる。

 次に、『宇宙から飛来したものが神となったもの』。捕食遊星ヴェルバーによって生み出された尖兵、白き巨人セファールがこれにあたる。

 最後に、初めは人間寄りの存在だったが、様々な要因から人間の枠から逸脱し、信仰の対象へと至った『()()()()()()()()()()()()()』。

 その実例が……いま、まさにウルクの民が捧げる祈りによって生まれようとしていた。

 

 ◇

 

「―――殿、ガルラ霊殿!」

 

 シドゥリは懸命に《名も亡きガルラ霊》……で、あったものに呼びかける。

 六日六晩を超え、七日目の中天に至るまでウルクを守り抜いた、矮小なれど偉大なる霊魂。

 最早これ以上の献身を示せなどと、シドゥリは毛頭思わない。

 故にその呼びかけはどうか無事であれ、意識を取り戻してくれという願いを含んでいた。

 

(神よ、冥府の女神よ。御身に最も忠実なるお方をお救い下さい…!)

 

 ギルガメッシュ王が勝利の暁を迎えるまで耐えきれなかった彼を責める気などシドゥリには一片もない。

 (いいや)、もし彼を不甲斐ないと侮辱する者あらば例え我らが偉大なる王だろうと遠慮なく頬を張って怒りを示そう。

 破綻の兆候は実のところ、一日目の夜を超え、朝日を迎えたその瞬間に現れていた。

 本来冥府の女神の眷属たる彼が最も力を発揮できるのは当然夜だ。

 逆に太陽が昇る時間は著しくその神威は弱まる。

 彼はその弱体化を補うため、眷属として与えられた過大過ぎる恩寵を無理やり行使することで、日中の弱体化をなんとか補っていた。

 だが当然無茶には相応の代償が付きまとう。

 夜の間、ほんのわずかな時間は気を抜いて気力を養っていたようだが、それでも不朽の加護を張り続けるために意識を繋ぎ続けなければならない。

 そんな状況に身を置き続け、六日六晩を超えた七日目に至るまで、彼はただただその使命を果たし続けたのだ。

 

(お望みなら私の生命を貴女様に捧げます。どうか、どうか慈悲深き女神よ。どうか…!)

 

 半身がグズグズに溶け崩れたガルラ霊が崩れ落ちるや否や、ウルクを覆う大結界、不朽の加護が消滅。

 当然ウルクはこれまで不朽の加護によって遮られていた余波を直接受けることとなる。

 既に都市外縁部から民を避難させ、聖塔を主にしたウルク中心部の建造物へ詰め込めるだけ人を詰め込んである。

 倒壊した建造物の復旧に従事していた人員も、不朽の加護消滅と同時に各所へ伝令を走り回すことで回収済み。

 あとはただ余波の被害がウルク外縁部の建造物に留まることを祈るのみだ。

 そう、最早出来ることは祈ることのみ。

 言い換えれば、()()()()()()()()()()()()()()―――そして、それが転機となる。

 

 救いたまえ、救いたまえ。

 

 ウルクの民は、懸命に、一心に祈りを捧げる。

 かのガルラ霊に向けて、祈る。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と。

 

 ウルクの民は知っている。

 ()が神ではないことを。

 小さく、弱く…民草と肩を並べ、言葉を交わし、時に王へ向かって直言し、ガルラ霊を取りまとめ―――この古代シュメルという過酷過ぎる原初の地獄を懸命に生きた自分達の同胞(トモ)

 地上と冥府、本来交わらぬ二つの世界を繋いだ、偉大にして親愛なる隣人を知っている。

 

 彼は、力を尽くした。

 

 全身全霊を使い果たしたのだ。

 その身が溶け崩れるほどに、限界を超えてなお限界の先に挑んだのだ。

 ギルガメッシュ王は言う、自らの意思で限界に挑むことが出来る獣こそが、人なのだと。

 そして彼らはギルガメッシュ王が認めた、誇るべきウルクの民だ。

 限界を超えた限界の先に挑み、果てたガルラ霊になお縋る無様を彼らが晒すはずがなかった。

 

「ガルラ霊殿、目をお覚ましくださいっ。ガルラ霊殿!」

 

 人々の祈りが、そして冥府にて同胞の無事を祈るガルラ霊達の願いが淡い光となって《名も亡きガルラ霊》に届く。

 幾千の願いが、幾万の祈りが崩れ落ちた消滅寸前の霊魂へと集っていく。

 

「ガルラ霊、殿…?」

 

 不可思議な光がガルラ霊に集う。

 光は黒き繭となって、溶け崩れたガルラ霊の姿を覆い隠す。

 繭の色は闇の如き漆黒、だが不吉な気配は無く、どこか暖かく親しみ深い闇の色。

 これまでは絶え間なく不朽の加護の展開という外向きに力を行使していたからこそ、溜まりに溜まった信仰という力を内向きに受け容れることが出来なかった。

 だが限界を迎えた《名も亡きガルラ霊》から神力の放出が途絶えたことで、その莫大な力を受け入れる準備が整った。

 怒涛のように注ぎ込まれる祈りという名のエネルギ―によって、ガルラ霊の霊基が劇的な拡張を始める。

 

「これは、一体…」

 

 困惑したシドゥリが困惑を言葉にして呟く。

 ウルクの信仰を取り仕切る神官長にしてギルガメッシュ王の右腕である彼女すら初めて見る現象。

 数多の人々から捧げられた祈りを糧に、人に近き存在から神に近き存在へと変性する霊的位階の向上。

 即ち、霊基昇格。

 いまこの時、《名も亡きガルラ霊》と絆を繋いだ全ての人の祈りが、時の果てから訪れた稀人(マレビト)の魂に収束する―――刮目せよ、本来古代シュメルの地に生まれるはずが無い、最も新しき神性の誕生である。

 



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 生まれ変わったような、という言葉がある。

 今の俺を包んでいる感覚は、()()()()()だった。

 澱のように積もり積もった疲労が綺麗に拭い去られ、異常な程に調子が良い。

 見える視界の広さが違う。

 振るう力の規模が違う。

 そして最も分かりやすい変化として―――視点の高さが違った。

 

「ガ、ガルラ霊殿…なのですか?」

 

 聞き覚えのある声が随分としたから耳に届く。

 その声の主を見下ろせば、そこには随分と小さくなったシドゥリさんの姿が。

 

『……なんじゃこりゃ』

 

 思わず疑問を呟き、自らの姿を見る。

 全体図は知れないが、女性としては背の高いシドゥリさんが見上げるほどに巨大な骸骨がそこにいた。

 というかぶっちゃけ、俺だった。

 

『ふぅむ…』

 

 確かめるように呟きを一つ。

 最大の違和感は変わり果てた己の姿だが、より本質的な違いは俺の霊基(カラダ)の奥にしまいこまれた力の質と量が激変していることだろう。

 これまでよりもはるかに多く、濃い冥府の魔力を、手のひらの上で転がすかのように自由に扱える。

 戯れに自身の奥底に湛えた魔力を一滴分ほど解放すると、()()()と冥府に属する魔力が波となって溢れ出る。

 

「きゃっ…!」

『これはとんだ無作法を。許されよ、シドゥリ殿』

 

 不思議と魔力の波に煽られたシドゥリさんやウルクの民達に悪影響がないのが救いか。

 冥府の魔力は本来生者にとって毒のようなものだが、どうも俺に限っては例外となるようだ。

 

「い、いえ…。しかしこれは一体どうしたことなのでしょう…? 《名も亡きガルラ霊》殿、なのですよね?」

『無論、私ですとも』

「そのお姿は一体…?」

『はてさて…。私自身も心当たりがなく。なれど確かなことが一つ。いや、二つ』

「それは…?」

『この奇跡、間違いなくウルクの衆の祈りによるもの。そして不肖の身なれど、今度こそウルクの護りとなってみせましょう』

 

 俺の身に何が起こったのか…正直言って俺自身掴みかねている。

 だがこの霊基(カラダ)の奥底に揺蕩う膨大な魔力が彼らウルクの民から齎された祈りであることだけは何ともなしに分かる。

 故に彼らのために俺の『力』を振るうことに一切の躊躇はない。

 

「ガルラ霊殿…。はい、改めて一心にお頼み申し上げます。どうか、ウルクを…!」

『任されませいっ! ハハハ、この《名も亡きガルラ霊》、シドゥリ殿とウルクの民の力となれることまっこと嬉しく思いますぞ!』

 

 美人に頼られると言うのは気分が良いものだ。そこにウルクの民がいるとなれば尚更に。

 宣言したように全力を尽くそう。とはいえ…。

 

(当然ながら格はエレシュキガル様にははるか及ばず、陽光の下では相変わらず十全にその力を発揮できず…か)

 

 俺の霊基(カラダ)が人間から神性の格まで一気に拡張している。それ自体はプラスだが、霊基の性質そのものは変わらない。

 太陽の下では十分な力を発揮できないことには変わらないのだ。

 が、問題はない。

 元より俺程度の存在に力押しや力尽くという贅沢が許されるはずもなく、智慧と勇気と無理無茶無謀で押し通す以外に道は無いのだ。

 そして幸いと言っていいのか、神性を得たことで新たに一つ、振るうべき武器に当てが出来た。

 

『これが、()()か…』

 

 自らの霊基に新たなる力が宿ったことを知る。

 霊基昇格によって自らにまつわる逸話が昇華された貴き幻想(ノウブルファンタズム)

 その効果は、それ単体では非常にささやかなもの。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ただそれだけ。

 冥府のガルラ霊でありながら地上へ上がり、人間との間に数多の交流を積み上げた。その到達点となる、六日六晩を超え七日に至るまで破滅から都市(ウルク)を護り抜いた功績。

 地上と冥府、本来交わらぬはずの二つの世界を繋いだ功績が昇華された、ささやかなれど俺には過ぎたる宝具である。

 それをいま、魔力に満ち満ちた身で存分に行使する。

 

『護りしは人、招きしは主。いま呼び起こすは冥府の息吹。人とともに歩もう。故に―――』

 

 都市の守護者(ブレス・オブ・バビロン)

 後の世にそう呼ばれることとなる、今は名も無き宝具の初開帳であった。

 轟々と、どこからともなく呼び込まれた冥府の風がウルクに吹き荒れる。

 さらに晴天の下に突然黒闇が湧き出し、黒き繭のようにウルクを覆う。都市の隅々、生きとし生けるものを余さず覆ったその暗闇は不思議と暖かい。

 暗闇に包まれたウルクの民は直感的に知る、この闇は我らを害すものにあらず。いいや、この闇こそ冥府の女神から下された護りの恩寵であると。

 事実、不朽の加護が消滅してから幾度となくウルクを襲った激戦の余波による衝撃、轟音がはるか遠くに遠ざかった。

 ウルクを覆う闇が今も続く衝撃波を防ぎっていた。

 ウルクの民は暗闇に包まれ、幼子の頃に母に抱かれていたかのような安堵に浸る。

 彼らの耳に魔力を通じて俺の声を届かせる。

 さあて、俺の推し(女神)をアピールするチャンスの到来だぁぁぁっ!!

 

『さあおいでませ、偉大なる我らが女神! 地の底に縛られるが故に絶対無比なる冥府の女王! 厳格なれど慈悲深きお方!』

 

 かくしてウルクはほんのひと時だが冥府の領域と化した。

 そして冥府においてエレシュキガル様はほとんど万能の存在だ。

 その万能性を当てにして、()()()()()となったウルクの方から女神に向けて呼びかければ、ほら。

 ()()()()、と空間が歪む気配が生じる。

 

我は尊き御名を呼ぶ、(コール:)―――』

 

  都市の守護者(ブレス・オブ・バビロン)()()()()

 地の底でいまも俺の無事を祈っているだろう、愛すべき我らの女神を呼び招く。つまりは本来冥府にあるべきエレシュキガル様の神体直接顕現。

 

『―――地の女主人(イルカルラ)!!』

 

 即ち、俺こと《名も亡きガルラ霊》が辿り着ける限り、地上だろうが天界だろうがあらゆる場所を冥府として占拠し、冥府の絶対者としてのエレシュキガル様を呼び出せるという特級の禁じ手である。

 かくして裏技禁術インチキペテンを通じて呼び奉ったエレシュキガル様は―――。

 

「え…ぇ? えぇぇ??? な、なにこれ? 今の今まで冥府にいたと思ったら地上から呼ばれて…。飛び出てみたら眷属(アナタ)が大きくなっていて…!? ウルクはボロボロだし、い、一体何がどうなっているのだわーっ!?」

 

 と、そこには絶賛混乱中の女神様(可愛い)のお姿が。

 うーん、いつも通りのエレちゃん様でぼかぁ安心しましたよ(魂ピカ―)。

 




 《名も亡きガルラ霊》

 主人公。
 この度めでたくクソ雑魚ナメクジ霊基から低位の神格まで大出世(ガチ)を遂げた。なお真名は無く、変わらず無銘である。
 一応英霊として登録される程度の格はあるが、戦力的には三流英霊にも劣る。

 もしこの時点の彼が聖杯戦争に召喚された場合、クラスはキャスターのほぼ一択。
 高位の陣地作成で工房を作成してひたすら引き籠る産廃キャスターと化す。
 なおまかり間違って召喚されたエレちゃんとタッグを組んだ場合、作成した工房は神殿と化し、踏み込んだサーヴァントの()()をほぼ一方的に蹂躙できる最凶の組み合わせとなる模様。

 古代シュメル世界においては、冥府の女神の無害な神使(ペット)から第一級警戒対象に認識が一変。
 こいつがいる限り、冥府による地上・天界侵攻が可能となる最悪の戦略兵器。
 誰でも良いからこいつ殺してくれねーかなと思われつつ、実行に移すと冥府の女神の逆鱗に触れる(穏当な表現)ので、密かな殺意を買うにとどまっている。
 なお当の本人と冥府の女神だけは全く気付かず、思いつきもせずに日々を過ごしている。

 最終形態まであと2回の変身を残している。


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「え…ぇ? えぇぇ??? な、なにこれ? 今の今まで冥府にいたと思ったら地上から呼ばれて…。飛び出てみたら眷属(アナタ)が大きくなっていて…!? ウルクはボロボロだし、い、一体何がどうなっているのだわーっ!?」

 

 と、そこには絶賛混乱中の女神様(可愛い)のお姿が。

 うーん、いつも通りのエレちゃん様でぼかぁ安心しましたよ(魂ピカ―)。

 

『エレシュキガル様、エレシュキガル様』

 

 なおこの会話はウルクの衆にも聞こえているので、外聞のためエレシュキガル様呼びである。

 え、もう手遅れ? そうねぇ…。

 

「な、なに? なんなの? 私いま落ち着くのに忙しいのだけど!?」

『いえ、実はこの会話もウルクの民に全て聞こえておりまして…』

「ちょっ…!? そういうことは早くいうのだわーっ! 私の女神としての威厳が台無しじゃない!?」

 

 両手を胸の前で可愛く握りしめつつ、顔を真っ赤にしてプンプンと怒るエレちゃん様。

 可愛すぎかよ。

 あと威厳云々言うならエレちゃん様の場合、根本的なところから見直す必要が…。

 どうですか皆さん、今ならこんなに可愛いエレちゃん様を愛でる…もとい信仰するチャンスですよ?

 なおウルク民の反応はというと…。

 

(可愛い)

(可愛い…)

(可愛すぎか)

(惚れそう。というか、惚れた)

(冥府の女神とは一体…)

(俺、ガルラ霊になる)

 

 大成功ですねぇ(ガッツポ)。

 あと近い将来同志になりそうな君、地上での生をたっぷり満喫してから冥界に来てくれ。自分に会うために死んで来ました、とか言われてもエレちゃん様は絶対に喜ばないので。

 

『実は()()然々(しかじか)で―――』

 

 と、俺は端的に事の経緯を語った。

 もちろん()()然々(しかじか)の中に色々と言葉が圧縮されていたことは言うまでもない。

 

「そう、そうなの。そんなことが…。だから私が地上に出てくることが出来たのね」

 

 話を聞き、納得したように頷くエレちゃん様。

 

「頑張ったのね、眷属(アナタ)も、ウルクの民も。私、エレシュキガルはその生命(イノチ)の輝きを称賛します。素晴らしき死はよく生き抜いた者にのみ訪れる特権。このままその生を全うし続けなさい。その果てにある死を私は看取りましょう」

 

 ふわり、と春風のように穏やかにエレちゃん様が笑みを浮かべる。

 そこにあったのは女神からの労わりと称賛。

 

(女神…)

(女神か、女神だった)

(信仰したい…)

(結婚したい…)

(好き…)

 

 一部なんかヤベーのが混じっている気がするがスルー安定である。

 いまはウルクの危機だからね、しょうがないね。

 とはいえ彼方の激戦は佳境を迎えているようで、鳴り響く轟音も遠ざかり、弱まりつつある。ギルガメッシュ王達が優勢であると信じたいところだ。

 

『このまま待っていれば、恐らくは決着も着きましょうが…』

 

 とはいえ燃費が良いとは言え宝具を展開しっぱなしというのも辛い。

 早めにケリがつくならそれに越したことはない。

 

「それじゃ貴方を散々痛めつけられた私の気が済まな…ゴホンッ! ええっ、でも念には念をという言葉もあるしね! 万が一ギルガメッシュに当たってもそれはそれで…」

 

 おおっと気のせいかな? 一瞬エレちゃん様の目のハイライトが消えたような…。

 気のせいだな!(記憶忘却によりSAN値チェック成功)。

 

(ヒエッ…)

(いま、一瞬)

(内臓が根こそぎ引っこ抜かれたかのような寒気が…)

(気のせい…気のせい???)

 

 なんかウルク民もざわついているがスルーしますよ? うーん、今の一瞬が無ければ地上の信仰がもう少し増えたような気もする。惜しい。

 

「まあ、此処(ウルク)から天の牡牛(グガランナ)まで大分距離もあるし、冥府から直接放たれる一撃とはいえ威力も大幅に減衰するでしょう。ギルガメッシュ達が巻き添えになって死ぬ心配がないことだけは安心ね」

 

 安心……安心とは一体? 哲学かな?

 と、ツッコミの言葉を探す間も容赦なく話を進めるエレちゃん様。

 

「では、冥府の女神による裁定を下します。我が一撃を以て地上の騒乱に決着を齎しましょう。この尊ぶべき美しい世界に平穏を」

 

 エレちゃん様が纏う空気が、変わる。

 素面かつ大真面目な時のエレちゃん様は女神の威厳を纏う峻厳なる裁定者と化すのだ。

 その手に握った槍状のエネルギー体を一振り。零れ落ちる魔力の一欠けらすら神々が脅威を覚えるほどのエネルギーを秘める。

 胎動する魔力の奔流がその手に持つ槍へ宿り、恐るべき神威の先触れとなる。

 

「天に絶海、地に監獄。我が踵こそ冥府の怒り!」

 

 手中の槍を突き刺した大地が震撼する。

 この時、古代シュメルの大地を脅かした天の牡牛が、大地の底から襲い掛からんとする大いなる女神の怒りに震えた。

 それは天の女主人イシュタル様が大いなる天から大いなる地へ放つ『山脈震撼す明星の薪(アンガルタ・キガルシュ)』とは同格にして真逆。

 その不吉にして破壊的な気配だけは古代シュメルに生きる全ての生命が感じ取っていた。

 そしてその先触れは当然のように地平線の彼方でグガランナと戦う英雄たちにも届いている。

 

「ちぃっ、今度はなんだ!? またイシュタルめの横やりか!?」

「超抜級の魔力の胎動を感知。エレシュキガルのものだ。それも……驚いたな、冥府にある時の彼女が放つ全力規模に近い。理論上地上でこの出力を維持することは不可能なはずだけれど…」

「何を悠長にしておるかエルキドゥ! 仔細は分からんがイシュタルの片割れ(エレシュキガル)が放つ渾身の()()()()()だぞ!? 女神(オンナ)の情念なぞに我らまで巻き込まれてたまるか!!」

 

 いやに真情の籠った魂の叫びであった。

 まさにこうして女神の理不尽に付き合わされているギルガメッシュ王こそ、あるいは最大の被害者でもあるのでやむを得ないのかもしれない…。

 

「道理だね。全力退避の後、最大出力で防御壁を形成する。遅れずに合わせてよ、ギル?」

「驕るなエルキドゥ! 貴様の方こそ付いてこい!!」

 

 互いに挑発と軽口を叩き合う。

 そのまま言葉通りの最大速度で戦域から全力退避。

 宝具の射程から逃れたと判断するや否や、大地から創り出した無数の守りに王の蔵から取り出した無数の防御宝具を重ねに重ねる。

 不世出の英雄二人が繰り出す最大の守り。

 金城鉄壁が霞む万全の守りが完成したその一瞬後、最後の詠唱を以て女神の宝具が撃ち放たれた。

 

「愚妹と鈍牛はいい加減反省するのだわ! これが私の『霊峰踏抱く冥府の鞴(クル・キガル・イルカルラ)』!!」

 

 女神の檄に呼応し、地の底から地続きに放たれるはエビフ山を崩壊させる規模の激烈なる怒りの鉄槌(アースインパクト)

 天の牡牛の巨体を支える大地が突如として隆起する。まるで地の底から噴出する莫大なエネルギーに耐えかねたかのように!

 地の底から溢れ出す破壊的なエネルギーが迸る槍状の赤雷と化し、大いなる地から大いなる天へ向かって爆裂した。

 火山の噴火を何百倍の規模にスケールアップしたかのような激烈なる衝撃がピンポイントでグガランナの巨体を撃ち抜く!

 その衝撃により文字通りの意味で雲を衝くグガランナの巨体が()()()()()()()()()()()()、ゴロゴロと横倒しになる程の威力。

 当然、馬鹿げた巨体との削り合いに付き合いながら好機を虎視眈々と狙っていた英雄達にとって願ってもない機会だった。

 

「ええい、余計な手出しをしおって。どうせ眷属めの危機に何がしかの裏技を駆使して地上に顔を出したのだろうが…これだから女神という奴は度し難い。が、良かろう。我は寛大故許してやるわ!」

 

 盛大に巻き込まれかけ、あまつさえただの余波で自分()の万全の守りを崩されかけたのだから腹立ちのまま怒り狂ってもおかしくない状況である。

 二人の英雄を守る防壁は見るからにボロボロで、あと一押しで崩れ落ちるのが目に見えていた。

 それら諸々の腹立ちをなんとか、半ギレではあるものの、本人が言うように脅威的な寛大さで飲み込むギルガメッシュ。

 

「弱らせはしたものの、決着を付けられずに攻めあぐねていたところだからね。ここは好機と考えよう」

「言われずとも分かっておるわ! エルキドゥ、この一撃を以てこの死闘を幕とする。今度こそ我に合わせよ!!」

「承知した。さあ、限界を超えた先の限界駆動だ。僕も知らない僕の性能を見させてくれ、天の牡牛(グガランナ)―――!!」

 

 英雄たちから魔力が吹き荒び、天井知らずに猛らせていく。

 地の底から繰り出された鉄槌により遂に大地へ横倒しとなって無防備な横っ腹を晒している天の牡牛(グガランナ)に向けて放たれるは無論、宝具と呼ばれる英雄達の()()である。

 

「裁きの時だ。世界を裂くは我が乖離剣。受けよ!」

 

 ギルガメッシュの握る乖離剣(エア)を構成する三つの円筒が回転を始め、世界に満ちる風を飲み込んでいく。

 その一撃はかつて混沌とした()()を天地に分けた対界宝具。

 圧縮され鬩ぎあう暴風の断層が疑似的な時空断層の嵐となって、世界の命運を決するに相応しい絶大なる威力を生み出す。

 

「呼び起こすは星の息吹。人と共に歩もう、僕は。故に―――」

 

 もう一つの宝具もまたこの世界の命運を賭けた決戦を終らせるに相応しい。

 自らそのものを神造兵装と化し、アラヤ・ガイアの()()()を流し込み撃ち放つ極光の槍。膨大なるエネルギーを変換した楔と化し、対象を貫き、繋ぎ留める。

 抑止力の具現であり、人類と星を害する破壊行為に対して威力が爆発的に上昇する対粛清宝具。

 人類の脅威であるグガランナもまた、この対象に入っていた。

 

「『天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)』!!

「『人よ、神を繋ぎとめよう(エヌマ・エリシュ)』!!」

 

 それ一つで世界を滅ぼしうるほどの宝具が重なった()()で果たして何が起こったか―――理解不能、計算不能、算出不能。

 直にその結果を目にした二人の英雄は生涯黙して語ることなく。

 あとにはただ天の牡牛(グガランナ)が塵すらも残さず消え去ったという結果だけが在った。

 世界を滅ぼすに足る災厄(グガランナ)が、世界を滅ぼしうる力によって打ち倒された瞬間だった。

 




 ここまでがグガランナ編、前半部となります。
 後半部分はまた執筆中です。
 書き溜め完了したらまた投下します!

 それと作者ってのは読者からのリアクションが無いと筆を折る儚い生き物でして…。
 執筆速度ブーストのためにも感想・評価頂けますとありがたく!


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 グガランナ編前半部にてたくさんの評価と感想をいただき、誠にありがとうございました!
 思った以上に多くの反響を頂けたのでまだ返信など出来ておりませんが、頂いた感想は全て目を通しております。
 お待たせしておりましたグガランナ編後半部(というかグガランナはもういないので実質エルキドゥ編)の始まりです。
 ちょっと考えがあり、投稿時間を毎日一話18時にして投稿致します。

 それと名誉ガルラ霊の皆さまに一つお願いが。
 話の頭に推奨BGMの記載がある回は、可能であればBGMを視聴しながらお読みいただけますでしょうか。
 読者の感情を動かすことが小説の役割なら、思い切り感情を動かしてほしい。
 音楽の力を借りつつ、BGMタイトルにマッチしたシーンを書き上げたつもりです。
 どうか、お聞き届けて頂ければ幸いです。


 出会いがあれば別れがある。

 それは神々であろうと避けようのない運命(Fate)だ。

 だが歩む先にどんな結末が待ち受けていようと、いまこの瞬間を必死でやり抜く以上のことを誰が出来ようか。

 大切な存在(モノ)はあまりにもあっさりと手のひらから零れ落ち、救っても、掬っても、その全てを掴めはしない。

 だがそれでも手のひらに残るモノは確かにある。

 故に人よ、出会いと避け得ぬ別れを恐れるなかれ。 

 人の繋がりが紡ぐ奇跡を運命(Fate)と呼ぶ。

 そして運命(Fate)とは出会いと別れの物語なのだから。

 

 ◇

 

 勝利である。

 紛うことなき大勝利である。

 

 英雄は、ウルクは、人類は天の牡牛(グガランナ)に勝利したのだ。

 

 エレちゃん様の遠視でいち早くそれを知ったウルクの民は歓呼の声を上げた。

 勝利を収め、程なくしてウルクまで帰還した英雄達を、ウルクの民は大歓声とともに迎え入れた。

 これには英雄王もご満悦であった。

 なおエルキドゥはそんなギルガメッシュ王を見て苦笑していた。

 

「我、勝利の凱旋である! 称えよ、我が民よ!!」

 

 ギルガメッシュ王、渾身の高笑いを上げながらドヤ顔晒しての凱旋である。

 とはいえドヤ顔をかますだけある大戦果なので、ウルク民に混じって俺もギルガメッシュ王の名を叫ぶシュプレヒコールに参加していた。

 なおあの巨体では邪魔になるので通常のガルラ霊サイズまで縮小している。

 いや、可変式なんだな、コレ。自分でやっておいてなんだがビックリだわ。

 まあ民衆に混じりながらのシュプレヒコールも、すぐにエレちゃん様に頭を叩かれて民衆の間から引っ張り出されてしまったのだが。

 いや、これは浮気とか二股とかではなくてですね。あくまで尊敬の念というか、なんだかんだでけっこうあの王様のことは好きだし…。

 苦し紛れに捻り出した言い訳を聞いたエレちゃん様の機嫌が激おこぷんぷん丸から激おこスティックファイナリアリティぷんぷんドリームにワープ進化したのは予想外だったな。

 よりにもよってあの男に盗られるくらいならいっそ…! とか据わった目で呟かれるのは死ぬほど怖かったです(小並感)。

 

「おお、珍獣。何故隅で小芝居をしている? エレシュキガルともども道化に徹するならば我の前に来るが良い。思うさま指を差して笑ってやろうではないか」

「誰が道化か!? そのネジくれた性根、いい加減に矯正してやるのだわ!!」

 

 と、そんな俺達を見咎めた王様が余計な一言を投げかけ、更なるひと悶着があったりもしたのだが。

 その後、民衆を落ち着けてから何とか無事だった玉座の間に主だった人物が集まり、諸々の被害報告を交わし合った。

 

「……やはり被害は免れぬか。長きに懸けて建築した城壁は全損。内部の建造物も七割超が倒壊か。やれやれ、再興にまた人手を取られるな」

『申し訳ございませぬ。全力を尽くしたのですが…』

「勘違いするな。叱責のつもりはない。()()を相手に最善を尽くしたのだ、互いにな」

 

 下げた頭を再び上げ、交わる視線に一瞬だけ共感が混じる。

 ギルガメッシュ王は最前線で、俺は後方のウルクでと大きな違いはあるが、ともにグガランナという規格外の神獣を相手取った苦労が互いに共感を与えた。

 いや、()()が相手ではもう本当にどうしようもないな、という諦観を含んだ類の共感を。

 

「エレシュキガルもご苦労。同盟者として一応礼を言っておこう」

「女神を相手に相変わらずの上から目線。罰が当たるわよ、英雄王」

「大戯けが! 女神だからなぞという理由で頭を下げてはイシュタルめにも頭を下げなければならんだろうが。貴様を労うはウルクの同盟者であり、此度の功労者であるからだ。()()()()()()()

「……ふ、ふんっ! ちょっと持ち上げたくらいで機嫌が取れる安い女神と思わないことね!?」

 

 と、言いつつ結構嬉しそうな女神様であった。

 エレちゃん様って責任感が強くて誇り高いのに自己評価は低いという独特過ぎる精神構造をしているからなぁ。

 女神だからと持ち上げるのではなく、その功績と人品に敬意を表する。

 誰が相手でも上から目線なので分かりにくいが、ギルガメッシュ王なりの最上級の礼がかなり心に響いたようだ。

 

「話は聞いたが、こちらも随分と荒れたようだ。まさか貴様が神霊と化し、エレシュキガルが地上へ顕現するか。まさに世界存亡の危機でも無ければ訪れぬ珍事よな」

 

 そんな百年に一度の異常気象みたいなノリで言われてもこっちも対応に困るんですが…。

 

「加えて()()か。ささやかなれど凶悪……随分と悪辣なる宝具を得たものだ」

 

 と、呆れたように俺の宝具について評された。

 論評される本人としてはそこまで大袈裟とは間違っても思わないのだが…。

 

理解(わか)れ、冥界の。貴様が得た宝具、その価値と脅威を分からぬ神性はおらぬ。隙を見せれば排除されかねぬと心得ておけ」

『……ご忠告、胸に刻みまする』

 

 でもですね、ギルガメッシュ王。

 俺の横で同じセリフを聞いているエレちゃん様も分かって無さそうなんですがそれは…?

 

「まあこれ以上はよかろう」

 

 あ、流した。

 なお俺の宝具は現在進行形で展開中である。

 よって今もなお地上に出張中のエレちゃん様であった。

 本来冥府の魔力は生者にとって毒なのだが、俺の宝具は限定的にだが地上と冥界の境界を取り払う機能を持つ。

 故に俺が展開する冥界の領域に限り、死者と生者は平等に変わることなく過ごすことが出来るのだった。

 ……冷静に考えてこの宝具ちょっとヤバくないだろうか。

 現時点ではあくまで机上の空論で実現性ゼロだが、馬鹿みたいな技術的・エネルギー的問題をクリアすれば、地上・冥界・天界の三界全ての境界を取り払って()()()()()()に出来るぞ?

 いや、やる意味もないし意志もないし興味もないから無駄な仮定と言えば無駄な仮定なのだが…。

 

「まあ良い。我らは生き残った。それに比べれば全ては些事よ」

 

 考え込む俺を他所に、ギルガメッシュ王は一つ頷いてそう呟いた。

 そのまま玉座の間を出ていくと、聖塔前の広場を見下ろす。

 既に夕暮れ時となり、そこかしこに焚火が組まれ、夜を照らす準備が整えられている。

 そして広場には所狭しとウルクの民が集まり、凱旋したギルガメッシュ王の言葉を今か今かと待ち構えていた。

 そこに負傷者はいれど、死者はいない。笑顔はあれど、悲嘆はない。

 彼らは骨の髄までウルクの民だった。

 

「聞け、ウルクの民よ! かの天の牡牛(グガランナ)の討伐は無論我とエルキドゥの功績! ウルクを護り抜いたのは冥界の者達の働き! そして()()()()()()()()()()()()()()()のは我が誇りたる貴様らの功績! 我らはともに世界の存亡を懸けた決戦に勝利したのだ!!」

 

 ウルク中央の広場に集まった民衆に、ギルガメッシュ王は大音声で宣言した。

 即ち、此度の戦は()()()勝利であると。

 

「戦勝の宴だ! 明日からまた忙しくなるが、いまこの時ばかりハメを外すぞ! 何よりグガランナを相手に戦い抜いたのだ。息抜きの一つも無ければやっていられるか!?」

 

 間違いなく最後の辺りが本音だろうと思われる宣言と共に、ウルクの各所に設置されていた蔵の扉が開かれ、貯蔵していた麦酒と食糧が後先考えずに大放出される。

 宴が始まった。

 生者も、死者も、王も、女神も、兵器でさえも肩を並べて笑い合う、混沌と歓喜が極まった宴が。

 



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 宴が始まった。

 生者も、死者も、王も、女神も、兵器でさえも肩を並べて笑い合う、混沌と歓喜が極まった宴が。

 ウルク中心部の円形広場に誰も彼もが集まり、篝火を幾つも組んで、その周りに幾つも人の塊が出来ては、ウルク中の倉を空にする勢いで麦酒と肴をかっ食らう。

 そこに悲嘆は無く、未来への希望があった。

 まさに人類の最突端たるウルクの民に相応しい宴の光景だ。

 

「《名も亡きガルラ霊》殿っ!」

「おおっ! みんな、ここに立役者殿がいるぞ! 騒げ!」

「エレシュキガル様万歳! 《名も亡きガルラ霊》殿も万歳!」

 

 のっけからテンション高いな、おい。

 これは早くもウルク名物の麦酒が皆の口に入り始めてますねぇ…。

 まあ、間違いなくウルクという都市国家の歴史に残る……それどころか後世に人類最古の英雄叙事詩として残ってもおかしくない出来事だ。

 その立ち合い者となったウルク民達が騒ぐのも無理は無いか。

 冥界としても彼らウルク民から捧げられる感謝の念、信仰心がものすごい勢いでガシガシ溜まっていくのが分かるのでウハウハフィーバー状態だ。

 

『……ま、この光景を見られただけでも命を張った甲斐はあったか』

 

 命も何ももう死んでるけどな!

 六日六晩を過ぎて七日目の中天に至るまでただ根性だけで繋ぎ続けた不朽の加護。

 自惚れでもなんでもなく、アレが無ければこの場の大半は命を失い、ウルクはその痕跡を残すだけの荒れ地となっていただろう。

 うむ、エレちゃん様の慈悲深さに感謝だな。

 俺程度が根性振り絞ったところで肝心要の加護が無ければ秒で消滅の憂き目にあっていたのは確実。

 俺としても、俺が行かなければエレちゃん様ご自身が消滅まで行かずとも()()なっていただろうと分かるので、割と納得済みの大満足だ。

 

「エレシュキガル様、こちらの麦酒をどうぞ!」

「エレシュキガル様、併せてナツメヤシの実も如何でしょう!」

「エレシュキガル様、此度はウルクのため御尽力誠にありがたく―――」

 

 皆楽しそうというか全力でハメを外しているのが一目で分かる。

 特にシュールかつ大盛況なのがエレちゃん様回りだな。

 

「ちょ、ちょ、ちょっと待ってー! お願いだから一人ずつ話してほしいのだわーっ!」

「まあまて皆の衆。麗しき女神を悩ませるは本意ではあるまい。という訳でここは俺が代表してエレシュキガル様のお相手をだな」

「ふざけんなーっ!」

「引っ込めーっ!」

「体よくエレシュキガル様を独占するつもりだろ!」

「というかちゃっかりエレシュキガル様の隣に座ってんじゃねー!」

「ぶっ殺す」

 

 ウルク中から一目見、挨拶しようと続々と人が集まって輪を成し、滅多にない経験にご本人はだわだわしている。

 可愛いすぎでは?

 で、それを周囲から冥界からやってきたガルラ霊達が囲み、テンション高めでシュプレヒコールかけたり、片っ端からウルク民に声をかけたり…。

 あそこの絵面だけで既に混沌(カオス)が極まってるな。アレ見るだけでもうお腹一杯になりそう。

 まあだわだわしているエレちゃん様を見れて目の保養…もとい、ご本人も嬉しそうではあるので放っておこう。

 こちらがフォローせずとも周囲から自然と助けの手が伸びているのは人徳、というかこの場合は神徳か? 厳密に言葉を適用すれば間違いだが、この場合はどうなるんだろうな…。

 まあいいや!(どうでもいいので思考打ち切り)

 

「王よ、どうか私の酌をお受け頂けますか?」

「シドゥリか。良いぞ。苦しゅうない、という奴だ」

 

 周りを見渡せば機嫌良さそうにシドゥリさんから麦酒を注がれているギルガメッシュ王の姿もある。

 崩れた瓦礫を臨時の玉座とし、リラックスした調子で注がれる端から杯を干している。

 その周囲にもまた無数のウルクの民が集まり、自らの民からの賛辞に気を良くしているのが良く分かる。

 

「エルキドゥ! 無事でよかった」

「ありがとう、本当にありがとう…!」

「流石だ、エルキドゥ!」

「我らの美しい緑の人に乾杯!」

 

 そして意外にも、と言っては失礼だったか。

 今回のグガランナ討伐のもう一人の立役者、エルキドゥもまた多くのウルクの民から慕われていた。

 一人一人からかけられた言葉に丁寧に返事を返し、礼を言われて礼を返し、笑みを交わし合う。

 時に安堵で泣き出した子ども達を宥め、時に酒に酔った男衆からの強烈な抱擁にも文句ひとつ言わず抱擁を返していた。

 ウルクの民にもどこか一線を引いた態度で接する印象が強かったこれまでとは打って変わって、能動的にエルキドゥの方から声をかけていた。

 一人にかける時間はかなり短いが、その分言葉に真心が籠っていたのか、言葉を交わした彼らに不満げな表情は見えない。

 そして周囲の人に声をかけ終わると、エルキドゥ自身が場を移動してまた別の人に話しかける。

 その様子はまるで全てのウルクの民と早急に声を交わすことを望んでいるようだった。

 

(……()()()()()、が。まあ、良い変化ではあるか)

 

 と、その普段とは違うエルキドゥの変化に俺はそれだけ考えて終わった。

 気になるならばあとで問い質せばいいだろうと思って。

 

「どうされたのですか、ガルラ霊殿! 酒が進んでおりませんぞ!」

『や、我らガルラ霊は飲食が叶わぬ身でして…』

「なんと!? それはウルク名物の麦酒も味わえないということで?」

『まぁ、そう言うことですな』

「それは残念無念…。惜しい、まっこと惜しい。まあガルラ霊殿からお話を伺うには支障なし!」

「かくなる上はガルラ霊殿の分まで倉の酒甕を干すしかあるまいて!」

「然様然様! 我らの手でガルラ霊の敵討ちと参ろうぞ!」

 

 無敵かよこいつら。

 かくして俺自身も酔っ払い連中に包囲されて逃げ場なく。

 しきりにヨイショしてくるウルク民に正直気分よく手柄話や自慢話(主に冥界でのエレちゃん様関連)などを語りまくっていたところ。

 

「やあ」

 

 エルキドゥが現れた。

 

『ああ』

 

 久しぶりの対面に、交わす挨拶は僅か。

 だがそれだけで俺達には十分だった。

 周囲の酔っぱらい連中も酔っているくせに素早く空気を読んだのか、楽し気な気配で口を出さずにこちらを見るのみ。

 

「少し話したいんだ。場所を変えても良いかな?」

『俺は良いけどな。この騒ぎの立役者を掻っ攫って後から文句を言われないかが心配なくらいさ』

「ハハ、きっと君が相手ならウルクの民は許してくれると思う。それに…」

 

 と、一度言葉を切り。

 

「さっきまでに乳飲み子に至るまでウルクに住まう民全てと言葉を交わしてきたから。だからしばらくは大丈夫じゃないかな」

『…………それは』

「行こうか。ここは少し、明るすぎる」

 

 何故だろうか。

 いつも通りのアルカイックスマイルに少しだけ不穏なものを感じながら、歩き出すエルキドゥの背中を追った。

 



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推奨BGM:Tell me(絶対魔獣戦線バビロニア アニメ版EDスペシャルテーマ)

アニメで最初に聞いた時はただ良い曲だなーとだけ思って終わりでしたが、改めて歌詞の解釈など調べてから聞き直すと世界観にぴったりと寄り添った名曲としか言えねぇ…。

歌詞がこの世を去る()()と、それを見送る()()の視点が入れ替わりながら、目の前に見える別れについて語り合うという解釈が成り立つようでして…。
歌詞の解釈を念頭に置いてバビロニアのアニメを見直すと気が付けばボロボロと泣いてました…。
あの感動の一〇〇〇分の一でも表現できていることを願って。



 エルキドゥが俺を連れてきたのは、ほぼ全損と言っていい規模で崩れ落ちた城壁の残骸付近だった。

 普通なら一歩踏み場所を誤れば瓦礫による圧死や転落死を免れない危険区域だが、俺もエルキドゥもいまさらその程度の危険に脅かされるような可愛げはない。

 特に気にせずに足を進め、適当に向かい合って話せるだけのスペースを見つける。

 そうして互いの視線を交わし合ってからどちらから言うでもなく瓦礫の上に腰を下ろした。

 

「君と、…」

『?』

「話したかった。だけど皆には悪いことをしたかな。今夜の主役を一人、貰ってしまった」

『それはお互い様だ。なに、皆も分かってくれるだろうさ』

 

 苦笑を一つ、交し合う。

 

「……さて、何を話そうか」

『話したいことがあったから誘ったんじゃないのか?」

「実はそうなんだ。君と話したかったけど、何を話すかは決めてなかった。……変かな?」

 

 驚く。

 さて、こいつは果たしてこんなことを言うキャラクターであったかと。

 

『いいさ、たまにはそういう時もあるだろう』

 

 が、まあいい。それはいい。

 多少のキャラ変で今更かかわりを変える程度の繋がりではないのだから。

 

『それなら、だ。お前と顔を合わせたら是非言ってやりたいことがあったんだ』

「? なんだい?」

 

 不思議そうに問いかけるエルキドゥへ向け、俺はできる限り尊大に、威張り腐って言った。

 

()()()()()()()

 

 此度の騒動、俺もそれなり以上の働きを示した自負がある。

 特にエルキドゥが変えられない定めだと嘆いた俺の消滅という運命を覆したのは、いっそ()()と言っても差し支えないのではないか。

 ありていに言えば、俺は俺の手柄を友達(エルキドゥ)に自慢したかった。

 そうした諸々を込めて渾身のドヤ顔を披露すると、エルキドゥ一瞬キョトンとした顔を見せ、すぐにクスクスと笑み崩れた。

 珍しい、いっそあっけらかんとした感情の発露に珍しいこともあるものだとまた驚く。

 

「ああ、参った。……本当に、やられたよ」

 

 不意に空を見上げたエルキドゥに釣られ、俺もつい顔を上げてしまう。

 

『――――――――』

 

 そこにあったのは満天の星空。

 明かりが極端に乏しい原初の時代だからこそ見られる、鮮やかに輝く星々の煌めき。

 その美しい光景を目の当たりにし、不意に心を緩んだ気がした。

 

「……戦いに赴く前に語った通り、僕は君の消滅を予測していた。ほぼ動くことのない、確定した未来として」

『ああ』

「だが結果は真逆だ。君は健在、それどころか望む限り最上の結果を得た。それは僕や、ギルと一切かかわりのない、人々(キミたち)の力だ」

『…ん』

 

 心に沁みいるような言葉だった。

 誰よりもエルキドゥこそがその事実に感嘆していたのだと思う。

 

「素晴らしい成果だ。素晴らしい、奇跡だ。本当に……度し難く、愚かしいのは僕一人だけだった」

『……エルキドゥ?』

「君達を、守らなければと思っていた。誤りだった。僕の力など必要ない。もうとっくに人々(キミたち)はこの古代シュメルの地を自らの力で生きていた」

『それは…』

 

 違うだろう、と言いかけて言葉を飲み込んだ。

 客観的に見てエルキドゥとギルガメッシュ王がいたからこそ、グガランナ討伐は叶ったのだ。エルキドゥの力が不要であるなどという論法が成立するはずがない。

 だがエルキドゥの真意はそんな考えとは全く別のところにあると思われ…。

 その直感を裏付けるように、安堵に緩んだ表情で、とんでもない言葉を口にした。

 

()()()()()()()()()()()()…」

『…………………………………………は?』

 

 あまりに意味不明すぎて理解が全く追いつかない言葉の羅列に、馬鹿みたいな呟きを返すと。

 ()()()、とその痩身を揺らがせたエルキドゥが大地に向けて倒れこんだ。

 いつも柔らかなアルカイックスマイルを浮かべ、飄然と佇む美しい緑の人が…無様に土を噛んでいた。

 

『エル、キドゥ…?』

 

 ありえないのだ。

 エルキドゥが、ウルク最強の兵器が、体のバランスを崩す程度ならまだしも、受け身の一つも取れないなど、そんなことあるはずが―――!?

 

「あ、はは…。思ったよりも早く()()()が来たね…。もう少し、時間をくれてもいいだろうに」

『エルキドゥ!? なんだ、一体何が…!?』

 

 すぐにエルキドゥのそばに駆け寄り、その体を抱き起こす。

 まるで悪い冗談であるのように、その体はうすら寒さを感じるほどに軽かった。

 

「神々の、呪い…さ」

『神々…? 古代シュメルの神格達か?! 彼らが何故…!?』

 

 エルキドゥの突然の不調に、神々の呪いという理解不能な事態に思わず何故と叫んだ。

 

「神々は『天の楔』としての役目を果たさないギルを疎んだ…。イシュタルの激情に付け込み、グガランナでウルクごと排除しようとしたんだ…」

『な…』

 

 なんだ、それは…?

 

「ギルは、神と人とを分かつまいと作られた『天の楔』は神の側ではなく、人の側に立つと決めた。イシュタルとの婚姻は、神々がギルに与えた、人から神の側へ走る最後の機会だった…。

 それを蹴飛ばした瞬間…、神々はギルを見限った。だからグガランナを―――」

 

 語り続ける間に苦痛で身を捩り、話を中断するエルキドゥ。

 こいつが苦痛に苛まれるということは、常人なら発狂するレベルの激痛だろう。

 だというのに、なぜ語ることを止めない?

 

「グガランナを、送り込んだ。グガランナによる排除が失敗すれば、今度は彼が持つ最強の兵器である僕を呪い、その排除を目論んだ…」

 

 エルキドゥの語りに耳を傾けながら、気付く。

 ()()()()と、何かが崩れていく音がする。

 音の出処に目をやれば、そこには少しずつ…本当に少しずつ指先から砂のように崩れていくエルキドゥの躯体が―――!?

 

『もう、いい! 喋るな、すぐにギルガメッシュ王の下へ連れていく! だから…!」

 

 恐慌に駆られて俺は叫んだ。

 この事件の裏事情などどうでもよかった、何でもよかった。

 ただこの友達の命さえ助かるのなら―――!

 

「頼むよ、きっと、これが最期だ…。君とまともに話せる、最期の機会なんだ…!」

 

 倒れこんだエルキドゥを抱き上げようとした俺を押し留め、ただ会話の続きを望む友に。

 

(なん、でだ…。なんでだ…!?)

 

 胸の内で、叫ぶ。

 崩れ行くエルキドゥを見て、その瞳に宿る光を見て、叫ぶ。

 

「僕にとってギルは肩を並べて、背中を合わせて戦える、初めての対等な親友(トモダチ)で、…」

 

 今にも死にそうだというのに、その躯体が泥と砂に還ろうとしているのに。

 何故こんなにも、エルキドゥの瞳は優しいのか…?

 理不尽だと、俺は恐らくこの時初めて世界と神々を呪った。

 

「君は、僕と()()()()()()()()()()()()、初めての親友(トモダチ)だったんだ…」

『当たり前だろうが!? 親友(トモダチ)なんだぞ!』

 

 親友(トモダチ)とは対等なものだ。対等であろうとする者なのだ。

 その程度の意地も張れずに友と名乗れるはずがあるものか…!

 

「ギルは、僕に…僕にっ、星のように輝く言葉で(ココロ)をくれた! 君は僕に、僕が思うほど僕と人々(キミたち)を隔てる壁なんてないことを…、教えてくれた…。

 嬉しかった。本当に、嬉しかったんだ。だから―――」

 

 微笑(わら)った。

 いまこのひと時こそが、彼/彼女が抱いた幸せの象徴であるかのように。

 

「ありがとう」

 

 透き通るような笑顔を浮かべ、エルキドゥは言った。

 そこに死へ向かう恐怖も神々へ抱くべき恨みもなく、ただ美しい感情(モノ)だけがあった。

 

『―――ッ』

 

 こんなにも美しい感情(モノ)を見せられて、俺はどんな言葉をかければいいのか。

 俺には、分からなかった。

 こんなにも苦しいのに…! こんなにも、別れ難く思う友なのに!?

 俺は、エルキドゥにかける言葉一つ分からないのだ!

 

嗚呼(ああ)、でも…、何故だろう…」

 

 呟きが耳に届く。

 

「初めて、なんだ…。いつ壊れてもいいはずの、僕のイノチをこんなにも惜しく思うのは」

 

 エルキドゥの弱々しい声が、痛いほどの静寂を破り、俺の耳に届く。

 その躯体を襲う激痛ではなく、これから訪れる別離こそエルキドゥは悼んでいた。

 

「僕は、()()()()()()、…から。守らなければ、と思っていた。()()のは、当然だと思っていた。

 ……間違っていた。僕と人々(キミたち)は、違う。けれど、僕が思うほどには違わなかった。キミ達の輝きで目の曇りを晴らされてようやくそれが分かったのに。もっと…もっと!!」

 

 血を吐くように切迫した叫びが俺の耳を貫く。

 

「みんなと、もっと会いたい。もっと、話したかった…っ!」

 

 無念だと、エルキドゥは遂に弱音を零した。

 

『ふざ…、ふざけんな馬鹿! 勝手に諦めるな、俺はお前のイノチを一欠けらだって諦めちゃいないんだぞっ?! だからお前も諦めるな、死ぬなんて…言わないでくれよ…」

 

 勝手に決めつけるなと、目の前の現実を否定したくて声を荒げる。

 でも現実は残酷で、当事者だからこそ誰よりもその現実を知るエルキドゥは申し訳なさそうに笑った。

 そんな笑顔、見たくなかった。

 いつものように馬鹿みたいな掛け合いがしたかった。死ぬほど下らない、今はもう手が届かないやり取りを…。

 

「……すまない。本当に、すまない。もう、どうしようもないんだ…。だから、せめて最期にみんなと…、キミと…、話したく、て…っ」

 

 苦痛に身を捩りながらも途切れ途切れに話していたエルキドゥが、動きを止める。

 それはまるで一線を越えて死後の世界へ踏み込んだようで―――。

 

『……エルキドゥ? おい、しっかりしろ! エルキドゥ!?』

 

 まるで死んだように身じろぎ一つしないエルキドゥへ必死に声をかけ、揺さぶって起こそうとする。

 何度揺さぶっても目を覚まさないと分かると、恐慌からもっと激しく揺り動かそうとし、

 

「―――そこまでだ、冥界の。その手を放すが良い。永の眠りにつく前の、ひと時の安らぎを邪魔してやるな」

 

 俺の背中にいつの間に宴から抜け出したギルガメッシュ王の声がかかる。

 

「案ずるな、とは言えんな。が、まだこやつは死なぬ。……遠くない内に死するさだめにあろうがな」

『ギルガメッシュ王!? エルキドゥが…!』

「全て承知している。その上で奴の希望を酌んだのだからな」

 

 恐慌に襲われ、嘆願に近い響きでギルガメッシュ王に助力を求める俺。

 その焦り切った嘆願を他所に、平静な声で応じたギルガメッシュ王は地に倒れ伏したエルキドゥを無造作に抱き上げた。

 そのまま何事もなかったかのようにウルクの中心部へと歩いていく。

 迷いの無い歩みはまるで全て予定通りだと背中で語っているように見え…、

 

『…!? 承知の上で、放っておいたと!?』

 

 やるせなさと、悲しみと、怒り。

 溢れかえる負の感情を爆発させ、常なら絶対にしない詰問を投げつけた。

 

「ああ。こやつは死ぬ。それは最早神々でさえ覆せぬ運命よ」

 

 対し、ギルガメッシュ王は何でもないことのように頷くのみ。

 

(なん、だ…! その言葉は…。それだけ―――なのか…!?)

 

 そのあまりに情の無い言葉に直前以上の怒りに駆られ、反射的にその背中を追いこして歩みの前に立ち塞がろうとし―――絶句する。

 自らの正面に捉えたその顔は…、

 

『王、よ…』

「―――何も言うな」

 

 泣いていた。

 

「それ以上は、何も言うな。我は、王なのでな…」

 

 傲岸不遜を絵に描いたようなギルガメッシュ王が。

 一筋、二筋と次々に溢れ出す涙を拭おうともせず、ただ親友を抱き上げたまま空を仰いでいた。

 

「だが、たまには王の務めを忘れてもよかろう…?」

『…………』

 

 何も言えない。

 俺は何時だって、こんな時に無力だった。

 言葉を得手としている癖に、肝心な時ほど言葉が出ないのだ。

 神性を得たからと、俺の本質は何一つ変わっていなかった…。

 

(たわ)けが…。良いのだ。お前は、それで良い…。その在り方を誇れ、冥界の。(オレ)がお墨付きをくれてやる」

 

 呆れたようにギルガメッシュ王は苦笑を零した。

 

「言葉の価値を知る者は、言葉の限界を知る者でもある。言葉を秘め、沈黙を選ぶ智慧を指して、無力とは言わんものだ」

 

 ギルガメッシュ王はもう一度、誇れとくり返した。

 

「こやつが健在な間はお前たちに、呪いに倒れてからの時間は我がもらう。そういう約定でな。エルキドゥの身柄は我が預かる。

 いずれこの地上を去るさだめは変えられぬ。だがそれまでの時間をどう使うかは我が裁量よ…。

 貴様も時を置いて訪ねよ。言葉を交わせずとも、一目見るくらいは叶うだろうさ」

 

 そう言ってエルキドゥを抱えて遠くなる背中を見つめながら、俺は何もすることが出来ず、ただ立ち尽くしていた。

 胸の内で燻り始めた黒い炎の存在がゆっくりと育っていくのを感じながら…。

 

 ◇

 

 ギルガメッシュ王の言葉通り、エルキドゥはその後、十二日間に渡り神々の呪いと戦いながら、そのイノチを繋いだ。

 そして神々の呪いに侵されてから十二日目、美しい緑の人はギルガメッシュ王とこれまでの思い出を語り合い、共に冒険し半生を寄り添った親友に看取られながら、荒野の土塊へと還った。

 



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幕間の物語 神々の集い

 天の牡牛(グガランナ)、敗れる。

 驚天動地の知らせが古代シュメルの神々を襲った。

 天の牡牛(グガランナ)、それは古代シュメル最大最強の神獣。

 神々ですら手を焼く特級の災厄である。

 だからこそ『天の楔』としての役割を放棄したギルガメッシュに懲罰を加えるため、イシュタルの我が儘を許容したのだ。

 でなければ何故あのような災厄を自由にするものか。

 天上から見下ろせばどれほどの災厄であったかが一目で分かる。地上の事物悉くが磨り潰され、消し飛ばされた()()()()()な大地を。

 

『皆、集まれ』

 

 最高神アヌが号令をかけると、神々は天に集まり、話し合った。

 ただイシュタルだけはいなかった。

 ギルガメッシュ達と手ひどく争い、敗れたからだろうと神々は気にしなかった。

 アヌは言った。

 

『フンババとグガランナを打ち倒したギルガメッシュとエルキドゥ。彼奴等は最早捨て置けぬ。二人のうち一人でも殺さねば…』

 

 ギルガメッシュ達の力は強く、神々が力を結集しても一人を呪うのが精いっぱいであった。

 

『我らの期待を裏切りし者に死を』

『彼奴等が生きていることが耐え難い…』

『最早我らに再び『天の楔』と『天の鎖』を作る余力は無い。だがだからと言って彼奴等をこのままにしてはおけん』

 

 神々は皆口々に同意した。

 

『ではどちらを?』

 

 呪うべきか、という問いにエンリルが答えた。

 

『エルキドゥを呪うべきである』

 

 エンリルはエルキドゥをひと際愛し、力を貸した神だった。

 愛憎は反転し、祝福は呪詛へと変じた。

 その憎悪に引きずられ、神々もまたエンリルの言葉に同意した。

 

『では』

『然様』

『エルキドゥを』

『うむ、エルキドゥを』

『我ら一丸となって呪詛を向けるべし』

 

 かくしてエルキドゥ…ひいてはウルクの処遇は決まった。

 そしてもう一つ、神々の議題に挙げられる存在があった。

 

『皆に問う、冥界の女神エレシュキガルの処遇を如何せんとす?』

 

 問われた神々は答えた。

 

『罰を』

『然様』

『同意する』

 

 満場一致で神々は答えた。

 此度の企て、エレシュキガルによる邪魔がなければ成功していたであろう。

 そしてなによりもエレシュキガルが地上で見せたあの『力』…間違いなく自分達にも脅威であると神々は理解した。

 ならばいち早く女神を叩き、その頭を押さえるべし。

 そんな中、ただ一人反対した神がいた。

 

『気に食わぬ』

 

 いいや、正確には神々の振る舞いに文句を付けた。

 真夏の太陽がもたらす災禍を象徴する太陽神、ネルガルである。

 強大で尊大、暴力的な大神は神々の集まりにおいても一切態度を変えることは無かった。

 

『此度どころかあの女が冥界に赴いて後、神々はただの一度も顧みることなく捨て置いた。最早あの女が神々に抱く義理なぞとうに時の果てに消えうせておるわ。

 だのに後からグチグチと不平不満を抱くなどこすっからい! よしんば文句を付けるならば、我ら一丸となって旗を立て、堂々と冥界へ進軍すべし! その覚悟なくエレシュキガルを敵に回そうなど愚行の極み。皆の衆にそれほどの覚悟があるか、太陽神ネルガルが問う』

 

 怒気すら漲らせて詰め寄るネルガルに神々は手を焼いた。

 

『しかしエレシュキガルは捨て置けぬ』

『あの力は神々にすら脅威。もしやすれば我らが座す天にまで…』

『危険だ』

『然様、あまりにも危うい』

 

 神々の顔にあるのは、怒りではなく危機感であった。

 即ち彼らを動かすのは義憤ではなく、保身である。

 

『汝らに道理無し! ただただ気に入らぬ!!』

 

 憤懣遣る方なしと気炎を吐くネルガルに、ではどうするのかと一柱の神が問いかけた。

 

『今は捨て置くべし。いずれ余が冥府を制圧してみせん。その暁にはかの女神は我が掌中の珠と化すだろう』

 

 予言が如く告げるネルガルに、神々は失笑した。

 

『馬鹿な』

『狂ったか、ネルガル』

『如何にお主と言えど、冥府であの女神に勝てるものか』

 

 冥界ではエレシュキガルが敷く法は絶対である。

 このルールは神々ですら例外ではない。

 

『その程度のことなど、言われずとも承知しておるわ』

 

 だがネルガルは尊大に答えた。

 神々はまた尊大なネルガルに憤懣を抱いたが、その自信の源は気になった。

 

『詭道もまた軍略の一つなれば。余はエレシュキガルが欲してやまぬ()()を握っておる。それを利用すればあの純粋な女神を操るは容易いことよ』

 

 神々は気付いた。

 ネルガルが冥界への罰を止めたのは義憤にあらず、私心である。

 

『かつては蛆と瘴気の蔓延る地と捨て置いたが、中々どうして近頃の冥界は悪くない。我が手に接収し、あの美しき女神を妻として見せようではないか』

 

 ネルガルの顔が最早隠す気もない純粋な欲望に染まった。

 




 ラスボスがアップを始めました。
 以前どこだかで本作では原作との時系列に大幅な齟齬が発生しているみたいなことを書いた気がしますが、それがこれです。
 つまりまだネルガル神による冥界侵攻とか発生してないのですね。
 いま投稿中の後半部が終わったら、遂に本作第一部の完結に向けてラストエピソードが動き出します。

 ―――諸君、神殺しの準備は十分か(意訳:後ほど正式に告知を出しますが、対ネルガル戦でまたアイデア募集するので考えておいてください)。
 

 追記
 神々の集まりにイシュタルがいないのは、FGOではなく原典に従った形になります。
 逆にFGOではイシュタルがエルキドゥを呪ったことになっていたり。
 ぶっちゃけ本作は割と原作と原典を都合が良いように摘まんでいる感じなんですよね…。
 エンタメ優先ということで許してクレメンス…。


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推奨BGM:消えない想い(FGO)

死して尚、消えない想い(モノ)は確かにある。
これはただそれだけのお話。



 憎い。

 憎い。憎い。憎い。

 憎い。憎い。憎い。憎い。憎憎憎憎―――!

 

 吐き気がする程に、神々が憎い。

 理不尽を押し付ける神々が憎い。

 俺の親友を奪った神々が、憎くて憎くて堪らない。

 

 熱い。

 熱い。熱い。熱い。

 熱い。熱い。熱い。熱い。熱熱熱熱―――!

 

 おぞましい程に身を()く熱が溢れ出る。

 無いはずの腹の底が焼け爛れている。

 なにもかもを、壊したい。

 

 

 

 エルキドゥが、死んだ。

 

 

 

 大切な、親友が死んだ。

 奴が呪いに倒れた後、最後に一目見る機会があったが、その時は既に意識もなく、ただ絶え間なく続く痛苦に喘ぐだけだった。

 俺の友達が、エルキドゥが、あれほど苦しむ道理が何処にある?

 ああ、確かにこれは世界にありふれた悲劇だ、どこにでもある別離だ。

 だからこそ俺が、奴を友と思う俺が、腹を立てて何が悪い。

 皆が掴み取った最上の成果を、気に入らないからとちゃぶ台返しの報復で汚されたことを―――よりにもよって、親友(エルキドゥ)の死という形で奪われたことを……許せない。

 俺は、壊れかけている。

 その自覚を持ってなお、腹の底から突き動かす熱に従い、ここにいた。

 眼前には雄偉なるエビフ山。

 俺にとってはエルキドゥの死の元凶となった()()()()()が神殿を構える、忌々しい地だ。

 

 此処に来るまでに、()()があった気がする…。

 

 エルキドゥの死を嘆くウルクの民の声を聞いた―――憤怒が身を()いた。

 女神よりも女神らしい、優しい彼女の制止が聞こえた―――振り切って、荒野へ足を向けた。

 そして、誰かに……誰よりも大事だったはずの少女の泣き声が、耳に―――憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎

 

 ()()()()()()()()()()()()

 この胸に燻る憎悪と熱を発散できるのなら、何だってしよう。

 さしあたりイシュタルの神殿へ乗り込み、信者も女神も一切合切を焼き払わねば…。

 胸に燻る炎に衝き動かされ、進む足取りを。

 

「無様よな、道化。正視に堪えぬ愚かさよ。愉快な馬鹿から不愉快な馬鹿へと堕ち果てたか」

 

 黄金の…輝きが…行く手を阻む。

 ああ、見覚えのある、光…。

 エルキドゥとともにあった、懐かしい黄金が…。

 

『ギル、ガメッシュ…王…?』

「如何にも、我だ。よりにもよって我が尊貴なる竜顔を忘れるなどという不敬を働いてはおるまいな」

『……そのような、ことは…』

 

 嘘だ。

 今の一瞬、ギルガメッシュ王の顔と名を思い出すまで少なからず時間がかかった。 

 何故だ…?

 

「シドゥリからたっての嘆願を受けてわざわざ赴いて見れば……不愉快な面を見せおって。この不敬、どう贖うつもりだ貴様」

『ハハ…、生憎と面の持ち合わせはこれ一つ故。どうか、ご勘弁願いたく』

 

 相変わらずの皮肉に満ちた言葉へ軽口を叩くと、一層冷ややかな視線が向けられた。

 いつもの圧迫感とは全く異なる冷たさに、首筋が妙に冷えた。

 

「気付いておらんのか、貴様。全く度し難い鈍さよな―――見ろ、己が醜悪な姿を」

 

 空間が波紋のように揺らぎ、そこから巨大な鏡が現れる。

 丁度俺の姿を映す位置と角度で現れた鏡には、俺の……おぞましい気配を纏い、どす黒い怨念に染まった邪悪な悪霊としか呼べない、巨大な骸骨が映っていた。

 

『これ、は…』

 

 ()()()

 確かに俺はガルラ霊、冥府の死霊である。

 だがこれは、違う…。

 もっと本質的な部分で、今までの俺と性質が違っていた。

 

「エルキドゥの死に嘆いた民草が神々へ抱いた無念、憤怒、憎悪…ひいては、暴虐と理不尽を課す神々への負の感情。その()()を受け取った姿がソレだ。

 元より数多の弱き者の祈りを束ねし神性ならば、祈りし者達の心から少なからず影響を受けるであろうよ」

『なら、ば…その祈りを果たさねば』

 

 そうだ。

 一目見て驚いたが、これは決して忌むべきものではない。

 俺と同じ憎悪(モノ)を民草が抱いたと言う証明だ。

 ならば俺はその代行者としてこの胸に滾る憎悪をぶつけなければ…!

 

「この大戯けが!! その薄汚くみっともない無様を天下に晒す気かと問うているのだ!?」

 

 その叱責は、俺に何の痛痒も与えなかった。

 むしろただ燃え盛る怒りの火に油を注ぐだけだった。

 激情のまま、英雄王へ食って掛かる。

 

『ならばこの憎悪をどう収めろと仰るのか!? この憎悪、この憤怒…神々を千度八つ裂きにしてなお足りぬこの狂熱を鎮める供物を如何せよと言うのか!!』

「道化風情が調子に乗るな! その胸に滾る炎は貴様が裁くべき領分であり、そんなことは我が知ったことでは無いわ!!」

 

 堂々と、胸を張ってギルガメッシュ王は俺の怒りを知ったことかと蹴り飛ばした。

 ならば最早口を開いて語る価値なしと断じ、再開しようとした歩みを、ギルガメッシュ王が口にした名が止めた。

 

「我はただ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

『エル、キドゥ…』

 

 親友の名に、ほんの少しだけ胸の内で荒れ狂う炎が弱まる。

 静まりはしないが、話を聞く程度の理性を取り戻した。

 

『奴は…エルキドゥは、なんと…』

「直接聞け。お前宛の、奴の遺言だ」

 

 と、バビロンの蔵から取り出した『追憶の貝殻』を加工した魔術礼装がこちらへ向けて放られる。

 これは確か貝殻に一定時間言葉を吹き込める機能を持ったもの…。

 貝殻の口に耳を当て、魔力を流せば―――キレギレに聞こえる、今はもうこの世の何処にもいない親友の声。

 

親友(トモ)よ』

 

 その声を聞くだけで眼球など無いはずの眼窩が熱くなる。

 続きを絶対に聞き逃さないように耳を澄ます。この時、ギルガメッシュ王の存在すら俺は忘れた。

 

『どうか…幸せに―――』

 

 そして…。

 

『――――――――』

 

 途切れた。

 吹き込まれたメッセージはここで終わった。

 それだけだった。

 それだけで……十分すぎた。

 

『…ァ…ッ…、ガ、……ァァァ……ッ…』

 

 こらえきれない嗚咽が漏れる。

 エルキドゥは最期まで……今際の際まで、遺される者達を想っていた。

 

「呪いに倒れた末期の奴は、満足に言葉を操ることも叶わなかった。だからこそ、その言葉には全てが詰まっておる。万の言葉を費やすよりも雄弁な、奴の想いがな…」

 

 ()()()()()()…?

 なんなのだ、俺にどうしろと言うのだ…。

 心の中で問いかけても、亡き親友(エルキドゥ)は何も答えてくれない。

 進むことも、退くことも出来なくなった俺を、ギルガメッシュ王の言葉が打ち据える。

 

「奴の末期の言葉、確と聞いたな」

『……ッ、……はっ』

 

 なんとか、一言だけ絞り出す。

 それ以上の言葉は何も出やしない。

 俺の醜態に、王はただ「善し」とだけ応えた。

 

「―――亡き友に代わり、問おう。その魂に懸けて、答えよ」

 

 王が…裁定者がいま裁きを下す。

 

()()()()()()()()? ()()()()()()()()()()()()?」

 

 斬り裂かれたと、とそう思った。

 心の内で燃え盛る炎が囲む、一番柔らかい部分を、王が繰り出す言葉の刃によって斬り裂かれた。

 そして斬り裂かれた傷口から、胸に巣食う邪炎と瘴気が抜け出ていく気がした。

 

「是と答えるのならば、最早止めはせぬ。だが非と答え、なお愚行を貫かんとするのなら……その度し難き愚昧、我が手で直々に始末を付けてくれるわ!」

 

 それが亡き親友(エルキドゥ)への手向けだと、王は言った。

 言葉通りなのだろう。

 俺という、ちっぽけで愚かしい存在に、王は無辺の慈悲を授けようとしている。

 そのあまりに偉大過ぎ、光輝溢れる王としての立ち姿に、胸の内の憎悪の幾らかがかき消される。

 

『王、よ…。貴方は』

「フン…」

『貴方は、神々が憎くないのですか!? エルキドゥを奪った奴らを!?』

 

 故に思わず飛び出た言葉は、詰問ではなく疑問だった。

 ギルガメッシュ王は、俺よりもよほど深い怒りに襲われていてもおかしくないというのに…!

 もし、その激情を理性で制しているのであればその苦痛は果たしてどれほどだろうか…。

 

「勘違いするな、冥界の。()()()()()()()()()()()()()()。我が奴ら神々(ガラクタ)に思惟を割いてやる義理など、砂一粒たりともありはせんわ」

 

 ギルガメッシュ王、即ち『天の楔』に求められた役割は、人と神双方の視点を持つ超越者として『古代の神々が不要となる未来』を押し留めることにあったと王は語った。

 だがギルガメッシュ王はその役割を放棄し、自らの意志で己が王道を定めた。『己に相応しい宝を守護』し、『人間の守護者として、星の文明(ミライ)を築く』王道を。

 その瞬間、星と人が紡ぐ行き先が決定された。

 即ち、神々がやがて不要の存在(モノ)とされ、歴史の彼方へ消え去る未来が。

 その未来を指して王は言う、既に復讐は達成されているのだと。

 

「故に」

 

 だがそれは決して、ギルガメッシュ王がエルキドゥの死に思うことが無かったということではない。

 唯一の親友が、未来永劫ただ一人彼と肩を並べられる存在との別離。

 それがどれほどの苦痛であったか、察することすら烏滸がましいのだろう。

 

「故に―――この胸の内にあるとすれば、それは親友(トモ)を失った悲しみだけよ」

『おぉ……オオオオォォ……』

 

 ()いた。

 あまりにも偉大過ぎる王の胸の内を思い、哭いた。

 友よ、やはりお前は死ぬべきではなかった。

 エルキドゥ亡き後、誰がこの孤高の王とともに歩めるというのか。誰が孤高の王の孤独を癒すのか。

 これから王が征く孤独な旅路を思えば、どうして哭かずにいられよう。

 

「哭くな、やかましい…。だが、()()()()()()()()()

 

 その胸に満ちる思いをいかなる言の葉で括るべきか。

 一つ言えるのは、それまで俺の胸で渦巻くどす黒い炎とは全くベクトルの異なる思いであること。

 その思いこそが、俺と俺を取り巻く負の怨念の同調を切り裂いた。

 

 ……怨怨(オオォォ)……悪悪悪悪怨(オオオオォン)……

 

 俺という存在からあまりに醜悪なる悪意を垂れ流す怨霊の群勢が溢れ出る。

 さながら濁流の如く溢れ出る悪性想念の塊は、見渡すばかりの大地を醜悪な怨霊で埋め尽くした。

 その正体は俺と民草が抱いた感情の同調が切れ、俺という核から切り離された、方向性を失った極大の(マイナス)

 その呪いは纏まりを欠いた上で尚、見渡す限りの大地を怨念で汚染し尽くして余りある。

 

『これ、は…』

「無力なれどしぶとき民草が神々へ抱いた負の怨念、そのものよ。貴様という核を失い、ただ莫大な想念がバラバラになってぶちまけられたのだ」

 

 あまりに醜悪、あまりに正視に堪えぬ醜いソレを、ギルガメッシュ王は静かに見据えていた。

 討ち滅ぼされるべき邪悪と万民が断ずるだろうソレを見る王の目には、如何なる負の想念も宿っていなかった。

 ただ万物を裁定する高みにある者として、透徹な視線を向けていた。

 

「我が認めてやろう。貴様らの怒りは正しき怒りだ。正当なる報復の念だ。あるいは我が抱いたかもしれぬ願いだ」

 

 瞑目し、静かに語り掛けるギルガメッシュ王。

 

 ……怨怨(オオォォ)……悪悪悪悪怨(オオオオォン)……

 

 自意識もなく、ひたすらに怨讐と怨嗟を叫ぶ万の悪霊に、王は最後の手向けとなる言葉を向けた。

 

「だが―――この世界には不要な存在(モノ)だ。貴様らの呪いは見境が無さ過ぎる。それは我が宝、我が財であるこの世界をも傷つける」

 

 許せぬ、と王は言った。

 良いでも悪いでもなく、正しいでも間違いでもなく、共感でも反発でもなく、ただ存在を許容できないのだと。

 

「裁定者として決を下す―――その散り様で我を興じさせよ」

 

 せめて華々しく散るが良い、と彼なりの慈悲を以て古今無双の英雄王はその財を開陳した。

 黄金の波紋が遍く世界を覆い尽くし、その全てから王の財宝たる武具が顔を覗かせる。

 その有様は星を散りばめた夜空によく似ていた。

 

「さらばだ。貴様らの想い、我だけは覚えておこう」

 

 その言葉が引き金となった。

 あまりに過剰、あまりに派手、あまりに豪華絢爛なる『王の財宝』の一斉射。

 宝物庫を空にする勢いで放たれる財宝の大盤振る舞い。

 いっそ無駄とすら言えるほどの過剰火力によって、大地を埋め尽くした悪性想念の群勢は尽く虚空へと還った。

 あるいは古代シュメルの大地とそこに住まう全ての生命と引き換えに、古代シュメルのあらゆる神性を絶滅させうる弑神呪詛の雛形は、もう一つの『消えない想い』は英雄王の手によって葬られたのだった。

 

『…………』

 

 恐らくはいま、世界が救われた。

 あの怨霊の群れを直接我が身に宿していたから分かる。アレは世界を亡ぼしうる劇毒だ。

 俺の憎悪と民草が抱いた憎悪が際限なく共鳴し合い、爆発的に成長を遂げる集合的対神呪詛。

 世界はまたしても救われた。英雄の手によって。

 もう誰もその隣に立てない、孤独な英雄王(ギルガメッシュ)の手によって。

 

『オ、おおぉ…オオオォ…!』

 

 その孤独を想い、再び慟哭が溢れ出た。

 そんな俺の無様を見咎めたか、ギルガメッシュ王は顔を顰め…。

 

「やかましいと言っておろうが。このド阿呆(あほう)め」

 

 無造作に放たれた宝具が強烈な衝撃で俺を()()()

 だが、ダメだ。タガが外れたかのように、溢れ出る感情を抑えることが出来ない。

 そのくせガルラ霊の身は涙一つ零すことも出来ず、ただ慟哭が溢れ出るに任せた。

 俺のみっともない姿を見たギルガメッシュ王は呆れたように首を振った。

 

「涙を流すことが叶わぬガルラ霊ならば、慟哭も深まるというものか。

 ―――丁度良かろう。冥界の、エルキドゥが遺した形見を授ける。近う寄れ」

 

 エルキドゥの名が、俺の慟哭を止めた。

 ギルガメッシュ王の方へ向き直り、その言を問う。

 

『奴が、エルキドゥが…俺に…?』

「そうだ。奴め、我を使い走りに使うなど不遜なことよ。アレでなければ極刑に処しておるわ」

 

 と、言ってバビロンの蔵から空間の波紋と共に取り出したソレ。

 大概の宝物を無造作に扱うギルガメッシュ王が珍しく、丁重とすら言える程丁寧に扱う事物。

 そうして受け取ったのは美しく彩色された一包みの布で覆われた何か。

 視線で赦しを得、覆われた布を取り払えばそこにあったのは……人の腕?

 

『王よ、これは…?』

「エルキドゥの躯体(カラダ)、その一部だ。最後まで付き合えなかったことの、詫び代わりと聞いた」

 

 一瞬理解が追いつかず、思考を回す。

 脳裏に思い浮かんだのエルキドゥにも協力を頼んでいた、冥府の魂のための人造躯体。エルキドゥの躯体を元に、一部機能を制限する形で開発を進めていたアレだ。

 

「その手に取るが良い。貴様以外が手に取ることは、我が断じて許さぬ。手に取らぬことも、な」

『……………………』

 

 無言のまま、ただ最上級の礼を以てエルキドゥの躯体の一部を手に包む。

 体温の消え失せた冷たさが、硬く強張った躯体が否応なく死を連想させる。

 しかし、しっかりと受け取ったはずの躯体は次の瞬間()()()と手をすり抜け……否、俺の霊体へと溶け込んでいく!

 

『これ、は…?』

「フン、やはりか」

 

 まるで消えうせたように見える、エルキドゥの躯体。

 その不思議を既知の如き振る舞う口ぶりに、思わず視線を向けると…。

 

「その躯体は、己が魂の(カタチ)を映し出す。ハッ、思った通り呆れ果てるほど凡庸な面構えよ。が、まあ、悪くはない。味がある、と評してやろう。

 少なくとも、先ほどまでの醜悪極まる無様な面よりも、よほどな」

 

 その言葉にハッとなって先ほどギルガメッシュ王が取り出した鏡をのぞき込むと……王が言う通り、そこにはどこにでもいるような、ありふれた顔立ちをした男がいた。

 浅黒い肌に、どこか前世の人種を思い出させる彫りの浅い顔立ち。服装はウルクの民に似た腰蓑と首飾り、腕輪を纏っている。これらはエルキドゥが纏っていた貫頭衣と同じ、躯体の一部であり、簡易の防具でもあった。

 この光景が指し示すのはただ一つ。

 肉体無き霊魂であった俺は、いまエルキドゥの躯体を継承し、新たに肉体を得たのだ。

 

「継承躯体、とでも呼ぶべきか。冥界の、貴様はいまこの世で唯一、『天の鎖』の躯体を受け継ぐ者となった。

 けして奴の後を継ぐ兵器とはなれまい。奴もそれは望むまい。

 だが―――その躯体を受け継ぐ以上、二度と先ほどのような無様を見せることは決して許さん。この言葉を忘れた時、我が直々にこの手で裁きを下すこと、ゆめ忘れるな」

『心に、刻みまする』

 

 王の言葉に、友が遺した思いに、瞼の裏が熱くなる。

 こらえきれず、遂に涙が溢れた。

 一度涙を流せば、もう駄目だ。

 憎悪を糧に立ち続けていた足に力が入らず、大地に身を投げ出してしまった。

 親友の喪失に、王の孤独に、民草が抱いた無念に次から次へと慟哭が溢れてしまう。

 その無様な姿に、王は寛大にも赦しを与えた。

 

「泣くがいい、涙が枯れ果てるほどに。なに、この大地は広い。霊魂一つの涙を迎え入れぬほど、狭量では無かろうさ」

 

 流した涙の数だけ、零した慟哭の響きだけ、悲しみという涙で黒い炎が鎮火されていくようだった。

 その慟哭は、王が言う通り涙が枯れ果てるまで続いた。

 




 《名も亡きガルラ霊》〔オルタ〕

 主人公が辿り着いたかもしれないIFの結末。
 通常の英霊召喚では決して現れることのないクラス:復讐騎(アヴェンジャー)の霊基。通常の霊基が聖杯の泥、ケイオスタイドによって侵食されるなど特殊条件が達成されることで顕現する。

 その正体は神々の横暴と理不尽に虐げられた、神代に生きた人類の憎悪と呪いを一身に束ねた集合的対神呪詛。
 人々の祈りから生まれた神性であるが故に、人々が憎悪と呪いを抱けば必然的にそちらへ引っ張られてしまう。本人もまた神々へ憎悪と呪いを持つからこそ共鳴し合い、恐ろしい速度で祟り神として成長していった。
 元の霊基が冥府のガルラ霊であることから、そうしたおぞましく暗い側面とも相性が良い。
 当然《名も亡きガルラ霊》の自我は取り込んだ憎悪によって加速度的に歪められていく。

 集合的対神呪詛として完成すれば古代シュメルの大地に一〇〇〇年消えぬ呪いを刻み込むことを代償に、古代シュメルの神々を()()()()()()()()()()絶滅させる人類史に残る怨霊と成り果てていた。
 当然エレシュキガルすら絶滅対象の例外ではない。
 古代シュメルの神々を絶滅させた後、ひと時の正気を取り戻すが、すぐに最愛の女神を自らの手で抹殺したことに気付き、発狂する。

 友へ抱いた友情ゆえに憎悪の化身と成り、果てることを定められた一柱の(ノロイ)




 主人公、エルキドゥ、ギルガメッシュの相関関係

 ・主人公
  →エルキドゥ:親友。その死を嘆き、涙した。
  →ギルガメッシュ:尊敬すべき偉大なる王。親友(エルキドゥ)の親友。
  一言:自身が卑小なことを自覚した上で、()()()()とその隣を目指した。
     星に届かないことを知ってなお、手を伸ばし続けることに価値はある。

 ・エルキドゥ
  →ギルガメッシュ:初めて自らと対等な力を持った親友。
  →主人公:初めて自らと対等であろうとした親友。
  一言:厳密に好感度を数値化して比較すればギルガメッシュが一番の親友。
     ただしカテゴリが全く違うので、どちらが大切な友人かと問いかけるとフリーズする。
     再起動には斜め45度からの『王の財宝』一斉射が効果的。

 ・ギルガメッシュ
  →エルキドゥ:唯一の親友(トモ)。その価値は天地がひっくり返ろうと揺らぐことは無い。
  →主人公:愉悦の対象。愉快な馬鹿。親友(エルキドゥ)の親友。
  一言:我がエルキドゥの一番の親友であることは言うまでもないが、
     まあ二番目の親友としてなら認めてやらんでもない。励めよ、冥界の。
     名誉ウルク民判定をクリアしているが、誘うつもりは特にない。
     その魂の輝きはエレシュキガルの元でこそ輝くと知っているため。
     手に入らないからこそ、その輝きは美しいものと認めている。


 継承躯体:主人公がエルキドゥから受け継いだ『天の鎖』の躯体の一部。
      『天の鎖』が有するスキルの一部を劣化再現可能。
      自身の外側へ干渉する類の宝具、スキルはほぼ使えない。
      逆に『変容』による能力値の振り直しや『気配感知』は劣化した形で使用可能。
      エルキドゥが積み重ねた戦闘経験が引き継がれ、主人公の戦闘技能の基礎となった。
      神霊級の基礎スペックに躯体の戦闘経験が合わさり、地味に強い。
      後に冥界の技術班によって解析され、霊魂達が纏う肉体の原型となる。
      主人公の第二形態。
      ビジュアルは名誉ガルラ霊の各々がアニメ版絶対魔獣戦線バビロニアを視聴して、
      気に入ったウルク民がいれば大体そういうイメージで問題はない。

 追記
 昨日の幕間の後書きで追記した対ネルガル戦ですが、今のところ以下2点は確定しています。
・ネルガル神以外にも眷属集団も存在(大技だけじゃなくて小技にも需要あり)
・冥界側はエレシュキガル不在。よって冥界の機能も十全には使えない。ただし名誉ガルラ霊の皆と作り上げた施設・物資・鉱石は全て使用可能(難易度ルナティックだが知恵と勇気と浪漫(ロマン)があればイケる! イケる…?)


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「……行くのか」

「はっ…」

 

 文字通り憑き物が落ちたかのように冷静さを取り戻した俺は、再びイシュタル様の神殿へ訪ねることをギルガメッシュ王に告げた。

 まだイシュタル様に向けた負の感情はこの胸にある。

 だが直前までの己ごと燃やし尽きそうな憎悪の火は消えていた。

 ギルガメッシュ王曰く、俺自身の憎悪と民草の憎悪が共鳴することで加速度的に人格の変容と神性の変質が進んでいたらしい。

 エルキドゥの遺言とギルガメッシュ王の叱咤に俺の中の憎悪を祓われたことで神性呪詛への変性は歯止めがかかったのだろう、とのこと。

 俺はまたしても二人の英雄に救われたのだ。

 

「我は付き合わんぞ。時間の無駄だ。まったく、世の中なるようにしかならんものがあると言うのに」

「それでも私は行くことに意味があると思います」

 

 引き止めるギルガメッシュ王に己の意思を告げる。

 面倒な奴だ、と王は小さく舌打ちした。

 

「……阿呆め。奴を…イシュタルを、曇りなき眼で見定めよ。アレはどうしようもない愚昧だが、その誇りまで地に打ち捨てておらぬ。扱いを誤らねば……とは思うが、時期が時期だ。保証はせんぞ。なにせ奴はイシュタルだからな」

「ご忠告、感謝いたします」

「全くだ。霊魂一つに我はどれほど慈悲深ければ気が済むのか…。我、自分が偉大過ぎて辛い」

 

 瞼を閉じて腕を組んだ尊大なポーズで、冗談の気配が一欠けらも無しにギルガメッシュ王は言った。

 ツッコミの一つも入れたいが、実際その偉大さと慈悲深さに救われた身としては何も言えねぇ…。

 

「エレシュキガルへの言い訳は自分で考えておくのだぞ。我は知らんからな」

「…………あの、どうか、その節は王からもお力添えを…」

「知ったことかと今言ったばかりであろうが。怒れるイシュタルの片割れ(エレシュキガル)なぞ例え暇と財が有り余っていようが付き合いたくも無いわ!」

 

 目を背けていた問題を突き出されると思わず盛り立てた気合いがしおしおと萎びてしまう。

 ちゃうねん、エレちゃん様の泣き顔が冥府のガルラ霊特攻過ぎるのだ…。

 あ゛あ゛あ゛ぁ゛…今から帰った時のエレちゃん様の反応を思うと憂鬱過ぎるぅ…。

 

「フン…。忠告はしたぞ! 用が済めば速やかに冥界へ戻れよ! いいか、我との約定を破れば宝具針千本の刑に処すからな!!」

 

 と、最後までこちらの方を窺いながらギルガメッシュ王は最期に忠告とも警告ともつかない言葉を残し、ウルクの方へ戻っていった。

 うーむ、継承躯体のせいか、妙な方向にギルガメッシュ王が拗らせつつあるような気がするのは気のせいか…。

 

「イシュタル様、か…」

 

 恐らく、というか間違いなく修羅場になるだろう。

 命からがら逃げかえるという結末に終わるかもしれない。

 それでもまだ胸の内で燻る炎、この熱に決着を付けたいと思う。

 このままでは胸にもやもやとしたものが残るばかりで、前を向けそうにないのだ。

 

「行くか」

 

 覚悟を決め、眼前の神殿へと足を進めた。

 

「御免っ! 《名も亡きガルラ霊》がイシュタル様を訪ねに参った! イシュタル様は何処か!?」

 

 正面から神殿に入り込み、来訪を告げる

 しかし、妙だ。

 

(人がいない…。イシュタル様が人払いでもされているのか?)

 

 ありうるかもしれない。

 あの誇り高き女神ならば、信者であろうと敗戦の直後に到底謁見を許す気分に離れないだろう。

 その後も何度か声を張り上げながら奥に進んでいくが、やはり応えは無い。

 ここまで徹底していると、最早何かしら女神の意図が働いているのだとしか思えない。

 と、そうして進むうちに、遂に謁見の間まで辿り着いてしまった。

 

「―――不躾な輩が私の領域に何用かしら? ……ああ、久しぶりね、雑霊。ふん、霊魂の分際で肉の身を得たようね。それもこの世で一等気に食わない奴の名残りを」

 

 鞭のように鋭い言葉が俺を叩く。

 殺気混じりの言葉、視線が向けられるが、すぐにまあいいわと呟くと殺気を収めた。

 とはいえ刺すような威圧感はそのままだ。

 

「よくもおめおめと私の前に顔を出せたわね。その面の顔の厚さは誰に似たのかしら?」

 

 冷ややかな声だ。

 しかし俺はその声にこたえるだけの余裕がなかった。

 

「―――」

 

 瞠目した。

 

「イシュタル、様…。その装束は、一体…」

 

 その美しい肢体を飾るのは豪華絢爛、しかしてボロボロに朽ちた―――戦装束だった。

 戦装束には魔力が、その全身には覇気が満ちている。

 グガランナは打ち倒され、此度の戦はイシュタル様の敗北と言い切っていいだろう。

 とんでもない被害であり、大損害だ。

 いかにイシュタル様自身が意気軒昂でも流石にしばらくは力を蓄えるために休息の時期に入ると予想していたのだが…。

 目の前の光景はその予想を裏切っていた。

 明らかに次の戦に向けた準備を進めている。

 

(まさか、ウルクに…?)

 

 疑問が脳裏を過ぎるが、理性がその疑惑を否定する。

 いくら何でもグガランナが打ち倒された早々に次の戦を吹っかけるほどイシュタル様も好戦的では無いだろう。

 彼女は直情的で喧嘩っ早い一方で、キチンと勝算を練った上で勝負を仕掛ける狡猾な一面もある。ウルクへグガランナを嗾けたのが良い例だろう。

 自分で言うのは何とも面映ゆいが、俺とウルクの民が起こした奇跡がなければ、あれほどの大勝利は望めなかったはずだ。

 

「決まっているでしょう? ―――報復よ」

 

 が、続く言葉にまさかという思考が脳裏を過ぎる。そういうことか…、と。

 その怨嗟に満ちた言葉から連想される報復の恐ろしさに心がゾッと寒くなる。

 

「それは…ウルクに対して、でありますか?」

 

 この問いかけの応答次第で、俺もまた覚悟を決めねばなるまい。

 必要ならば全てを無視して再びエレちゃん様を召喚しなければ…。

 

「お前…冥界の死にぞこない風情が私の誇りを侮辱するつもり!? 多少なりと目に掛けた恩を尽く仇で返すのが貴様の報恩かしら!!」

 

 混乱する。

 果たしてイシュタル様は何を言っているのか。

 分からない、分からないが…俺もイシュタル様にぶつけたい言葉がある。

 

「……恐れながらイシュタル様に申し上げます」

 

 恐れながらと言いながら、必定以上には遜らない。

 いまは文句なしにハードネゴシエーションの場面だ。

 下手すれば直接的な手出しが起こりうる位には。

 だからこそ、退かない。

 ただこちらの主張を堂々と述べるのみ。

 

「此度の戦、冥界は盟友としてウルクを助けただけのこと。かの都市にはエレシュキガル様を慕う者もそれなりにいるのならば、これを守るのは神として至極当然」

 

 むしろ何故ウルクの都市神であるイシュタル様が何故ウルクに向けて進撃したのかという話だ。

 

「故に冥界はイシュタル様に対し、含むところはありません。どうかご理解願います」

 

 ……ああ、冥界は含むところはない。()()()

 俺自身は正直なところ、整理はついていないものの、エルキドゥの死の遠因となったイシュタル様に思うところはある。

 やろうと思えばエレちゃん様に無理を言えば、地上…イシュタル様の神殿に、もっと言えば天界にすら侵攻が可能となるかもしれない。

 だがそれは超えてはいけない一線だ。

 俺個人の怒りに冥界を、エレちゃん様を巻き込んではならない。

 

「……良いでしょう。どの道エレシュキガルにまで構っているような暇はありません。冥界のことは捨て置くとしましょう」

「暇がない、とは一体。また戦を起こすおつもりで…?」

「察しが悪い霊魂ね。その通り、と言ってやるわ」

「誰と?」

 

 核心を突く。

 ウルクではないと取れる言動だが、果たして一体何を考えている…?

 

「私の胸の内を察することも出来ないの、この…!? そんなもの()()()()()()()()()に決まっているでしょうが!?」

「―――? ……!? ???!」

 

 何を言っているか、本気で分からなかった。

 ここで何故、神々が出てくる?

 奴らが此度の騒動で起こしたのは、精々イシュタル様を煽ったり、エルキドゥを呪うことぐらい。

 それが何故イシュタル様の怒りに結び付く?

 

「彼奴等は、エルキドゥの命を奪った!」

 

 そうだ、奴らはエルキドゥを呪った。

 

(だがそこに憤ると言うことは、つまり…イシュタル様の御意思では、無かった?)

 

 この疑問を言葉にしなかったことに、俺は一生に渡り安堵した。

 もし軽率に口に出していれば、その怒りの矛先は俺にも向けられていただろう。

 

「我が敵、我が報復の対象を、私に諮ることなく奪った! 我が憎悪の矛先を、奴らは奪ったのよ!」

 

 続く言葉に、何となく腑に落ちる。

 同時に誰よりも自尊心と執着心が強い彼女らしいとも。

 

「許せるものか! グガランナを打ち倒したギルガメッシュ、そしてエルキドゥ! 彼奴等の命は私のものよ! 思う存分、正面から蹂躙し、屈服させる。そのために()()()()()()()()()を生み出す用意を進めていたというのに…!」

 

 恐ろしく強烈な愛憎を彼方のギルガメッシュ王に向けながら、怨讐の呪詛を吐き出し続ける。

 『女』の二面性を極端に強く持つのがイシュタル様の特徴である。

 愛したモノにはとことん一途に、深く愛を向けるが、時にその愛は気まぐれの果てに失せ、無関心なもの・愛を失ったものに恐ろしく残酷な仕打ちを与えると言う。

 イシュタル様を振ったギルガメッシュ王とそれを助けるエルキドゥに、心胆が寒くなる程に強烈な負の執着を見せていたように。

 その矛先を神々が奪うことで、負の執着が憎悪に変化し、神々へ向けられた、ということだろうか…。

 

「我が神力の尽く捧げようと、奴らに女神の報復を味わわせてやるつもりだったのに…っ! その機会を! 奴らは! 我が手から奪った!」

 

 憎悪で爛々と輝く瞳。

 女神の瞳に宿る怒りの激しさに、震える。

 その震えに宿るのは決して恐怖だけでは無かった。

 

「その愚行、その傲りの代償を…! 女神の怒りをいま一度奴らに思い知らせてあげるわ!」

「イシュタル、様…。私、は―――」

 

 一瞬だけ、だが、強烈に惹かれた。

 その怒りの鮮烈さに、劫火の如き熱量に、俺の中の炎が共鳴した気がした。

 イシュタル様はそれを見透かしたかのように、透徹とした瞳で俺を見た。

 

「失せなさい、これは私の…私だけの復讐。霊魂一匹、何ほどの力となるでしょう。余計な異物は冥府の隅っこでカビにたかられていればいい」

 

 取り付く島もない拒絶であり、俺が胸に燻る憎悪をぶつける最後の機会を奪う言葉でもあった。

 恐らくはイシュタル様なりの気遣いであり、()()でもあったのだろう。

 イシュタル様は、気に入った者には情が深く、優しいのだ。

 

「話は終わりね。景気付けよ、吹き飛ばしなさい。マアンナ!」

 

 イシュタル様の御座船。天翔ける舟、マアンナ。

 女神が撃ち放つ一撃の砲身でもあるソレ魔力を充填し、イシュタル様は魔力弾を無造作に謁見の間の大天井へ向けて撃ち放った。

 決して小さくない神殿の天井を豪快に吹き飛ばし、そのまま魔力砲弾は天へ向かって翔け上がる!

 さながら逆さまに空を翔ける流星のように。

 

「私が勝とうが負けようがしばらくこの神殿には戻らないわ。信者達のこと、しばらくあんた達に任せるから。私に対し、少しでも悪いと思ってるなら面倒を見ておきなさいよ。あ、あとこの神殿の修理もね」

 

 開いた天井の大穴から豪快な脱出を遂げたイシュタル様。最後の大脱出はただの嫌がらせでは…?

 自分が言いたいことだけを伝え、そのまま天へ翔け上がろうとするその背中に。

 

「イシュタル様!」

 

 思わず呼びかけてしまった。

 呼び止め、こちらを振り向いたイシュタル様へ果たして何を言えば良いのかと今更になって焦る。

 

「―――どうか、ご武運を!」

 

 ただそれだけを何とか言葉にし、女神への餞とすると。

 微笑(わら)った。

 何も言うことなく、ただ「それでいい」と語り掛けるように。

 

「さあ、行くわよマアンナ! 今度は金星よりもずっと近い、(ソラ)の果て! 神々の座所へ!!」

 

 結局、俺の言葉に答えることなく、イシュタル様はマアンナとともに天へ去った。

 俺はその後ろ姿が遠く消え去るまで、ずっと見つめていた。

 

 ◇

 

「…………」

 

 天へ、神々の座す世界へ一直線に昇っていくイシュタル様の姿を見つめながら、胸の内をゆっくり探る。

 この気持ちをなんと現わせばいいのか、俺にはまだ分からなかった。

 胸の内で燻った炎はいつの間にか随分と弱まっている。

 イシュタル様が抱いた怒りの炎の激しさに、押されてしまったのか…。。

 

 なんと言えば良いのか、恐らくは俺は抱える憎悪の矛先を見失ったのだと思う。

 

 エルキドゥの死の遠因を作ったのはイシュタル様だが、彼女の視点で見れば、彼女は理不尽ではあっても道理を外れた行いはしていないのだ。

 自らの面目を潰したギルガメッシュ王に報復をしたのも、彼女からすれば当然のこと。

 そしてグガランナを打ち倒された時、彼女は歯噛みして悔しがっただろうが、決して呪詛をかけるという陰惨な形での報復は企まなかった。

 むしろ正々堂々と、正面から報復の機会を企んだ。

 まあ、その手段がグガランナマークⅡの創造というのはちょっと予想の斜め上だったが。古代シュメルの大地をあれだけ()()()()()にしておいて懲りてないのかあの人は…。

 何と言うか、イシュタル様をエルキドゥの仇と恨むには彼女はあまりに真っ直ぐすぎるのだ。

 

 そしてエルキドゥを呪った神々へ怨嗟を向けるには、俺は奴らを知らさなさすぎる。

 面識の一つもない相手に憎悪を抱き続けるのは、凡人の俺には難しかった。

 

(結局、ギルガメッシュ王の言う通りだったな…)

 

 世の中、なるようにしかならんというアレだ。

 胸の炎も落ち着くところに落ち着いた気がする。

 黒い炎は未だ俺の胸の内で熾火のように燃えている。

 だがきっと、この胸の炎が燻り続け、時に再び燃え上がることはあっても、それに振り回されることを善しとは出来ないだろう。

 亡き友はただ俺の幸せを願い、報復などただの一度も望まなかったのだから。

 だから俺は俺の幸せに向かって歩いていこう。

 引きずられず、しかし友の死を胸に抱えて。

 

 こうして俺は一つの区切りをつけ、また歩き出した。

 歩き出した先で、エレちゃん様の泣き顔や、不老不死を求め旅に出たギルガメッシュ王の影武者としてウルクに引っ張り込まれる一幕もあったのだが、それは余談というやつだろう。

 




 先日の先行告知で早速殺意の高い神殺しメソッドを考案している名誉ガルラがいて草。
 正式な告知は以前の冥界DASH企画と同じような形式を考えておりますので、ひとまずは胸の内でアイデアを練り上げるのにとどめて頂ければ幸いです。


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幕間の物語 王の旅立ち

 ゆっくりと、瞼を開ける。

 視界に移るは見慣れた玉座の間。

 腰掛けた玉座で政務を執る中、ひと時の休息についうたた寝をしていたことに気付く。

 

「……気が緩んだか。やはり、いかんな。このままでは」

 

 玉座に座る王、ギルガメッシュは一人呟く。

 ウルクの復興のため、日夜ウルクの民と自身を馬車馬の如くこき使いながらなんとかその目途が付き…。

 ひと段落、といった時期に至ることで、ギルガメッシュは今まで目を背けていた問題に目を向けることに決めた。

 

「……シドゥリ。シドゥリはおるか」

「はい。いかがされましたか、王よ」

 

 呼びかけると、すぐ姿を現すシドゥリ。

 休息の時間にもギルガメッシュの傍に詰めていたらしい。

 休めと言っただろうに、と思うが、同時にだろうな、とも思う。

 近頃のウルクでは民草の信仰に大きな変化が起きつつある。

 有体に言えば、これまで都市神だったイシュタルを崇めていた者達の内、少なからぬ割合でエレシュキガルへと信仰を変える者が増えつつある。

 

(グガランナ進撃の一件を思えば無理も無かろうな…)

 

 ギルガメッシュとしてはそれらの動きに殊更関与はしていない。

 エレシュキガルと共同でイシュタルの信者達への弾圧を加えないよう声明を出したくらいだ。

 幸いにと言うべきか、信望の厚いシドゥリが神官長を務めていること、良くも悪くもイシュタルの根っこの性格が()()であることをウルクの民は良く知っている。

 そのためイシュタル自身はともかくイシュタルに仕える神官たちへの風当たりはさほどでもなかった。むしろ同情の視線を向けられることも多い。

 ともあれイシュタル信仰の柱であるシドゥリがこの状況で手を抜いているように見せられるわけがない。状況も、本人の気質的にも。

 

「ウルクの有力者へすぐに我が元へ来るよう伝えよ。奴らに話すべきことがある」

「かしこまりました」

 

 恭しく頭を下げ、その場を去ろうとする腹心を呼び止め、言葉を付け加える。

 

「待て。もう一人呼びつける者がいる」

「はい? もう一人、ですか?」

 

 わざわざウルクの有力者と区切りながら、更にもう一人?

 疑問に首を傾げたシドゥリに、頷きながらその存在を伝えた。

 

「冥界のアレを呼べ。今頃はウルクに建てたエレシュキガルの神殿に詰めているはずだ」

「……しばし、お待ちを。呼んで参ります」

 

 さて、察しの良い腹心はいつもの仕事とは風向きが違うことに気付いたらしい。

 反対はされるだろうが、まあ、止むを得まい…。

 呼び出した者達が集まるまでの間、ギルガメッシュは再び玉座の背もたれに背を預けて体を休めた。

 

 ◇

 

 さて。

 玉座の間に呼び出されたウルクの有力者達

 神官長シドゥリを筆頭に衛兵長、都市内の市場を取り仕切る顔役、鉱石採掘職人の長、牧夫を束ねる長老などその顔触れは中々に多彩である。

 さらに特殊な立場にいるのは、見かけは平凡なウルクの民そのものの姿をした《名も亡きガルラ霊》か。

 が、当の本人は何故俺はここにいるのだろう…? と言葉にせずとも読み取れる困惑を顔に浮かべていた。

 いつも通りの、いっそ素直過ぎるほどに素直な能天気さにほんの少しだが愉快な気分を覚えた。

 だが奴()遊ぶのは後回しにするとしよう。

 まずは呼び集めた者達へ王の決定を告げるのが先だ。

 

「皆、よく集まった。これよりウルクの行く末に関わる重大事を伝える故、我が言葉をしっかりと拝聴せよ」

 

 王の威厳ととも告げると、皆思い思いの仕草・言葉で畏まる。

 我が言葉を聞く姿勢は整ったと満足そうに頷くと、ギルガメッシュは自らの決定を伝えた。

 

「この場の皆に、告げる。これは我が下す決定事項だ。異論は許さん」

 

 と、王気(オーラ)を漲らせながら傲慢とすら思わず言い放つ。

 自らの傲慢を傲慢と思わないくらい、ギルガメッシュは生まれながらの王だった。

 我が言葉に民草が従うのは当然。

 天から地へ向けて林檎が落ちるのは当たり前だというくらいの感覚でギルガメッシュはそう思っていた。

 

「我は旅に出る。幾つもの年を跨ぐような、長い旅だ。その間、我が影武者をこの《名も亡きガルラ霊》に任せる。貴様らはそれを助けよ、よいな?」

 

 故にそのとんでもない発言も、皆が粛々と頷くだろうと思っていたのだが…。

 

『――――』

 

 一瞬の間が空くと、次いで蜂の巣をつついたような疑問、困惑、問いかけが爆発した。

 そしてその隣で《名も亡きガルラ霊》は何故俺がこんなことに…? とますます困惑を深めていた。

 安心しろ、貴様を呼んだのはここから先の本題と関わるからだ。

 とりあえず口角泡を飛ばす有力者達へ一言、ただ告げる。

 

「聞け」

 

 ()()、と先ほどに倍する王気を発し、異論を口にする者達を無理やりに黙らせる。

 異論は許さないとわざわざ忠告したにもかかわらず、その警告を無視した輩には過ぎた温情だった。まったく近頃の(オレ)は少しばかり人類(ひと)に対し優しすぎるかもしれない…

 気を付けねばな、と自身の本質を暴君…人類に対する試練と規定するギルガメッシュは思った。

 

「既に話した通り、決定事項だ。貴様らの意見は聞いておらん」

 

 王様節全開でただ決定事項を下した。

 皆賛成などしていないことは一目で明らかだったが、ギルガメッシュは気にした様子もなく頷いた。

 王が言うことなら仕方ないという諦観した空気が皆を包んでいた。

 

「話は聞いていたな、冥界の。しばしウルクを任せる故、励め」

 

 と、ここまで沈黙を保っていたもう一人の当事者へ命じると…。

 

「いえ、無理ですが」

 

 いっそすがすがしいほどにキッパリ断りを告げるガルラ霊。

 戯れに王気(オーラ)の圧を上げ、威を示すが動じた様子はない。

 

「フハハ」

 

 その図太さに愉快さを覚え、忍び笑いを漏らしながらついつい王気を本気で昂らせてしまう。

 あっけらかんとしたキレ味のある回答に、ほんの少しだけ友の面影を見たからだった。

 巻き込まれた周囲の顔色が中々に愉快なことになっているが、まあ我が興趣のため致し方なし!

 ギルガメッシュは清々しいまでに暴君だった。

 

「まあ、貴様はそう答えるであろうな」

「で、ありますればその次のお言葉も頂けるので?」

「うむ…。皆も聞け。我が旅に出る理由をな」

 

 ギルガメッシュの言葉にも、畏敬を示しながらも過剰な程には遜らない。

 神性と化し、エルキドゥの躯体を継承してから一皮剥けたようだ、と思う。

 飄然とした気質と生真面目なまでの誠実さはそのままに、どこか浮ついた部分が消え失せていた。

 それへ奴がエルキドゥの死を乗り越えた結果なのだろう、とも思う。

 

(最初は愉快な道化、珍獣の類を見たと思ったが…)

 

 ただ愚直さと主への忠節だけが取り柄の凡骨、雑種。

 その評価が間違っていたとは思っていない。

 このガルラ霊の本質は、どこまでも凡庸でありふれた()()だ。

 だがその凡庸さこそが地上と冥界という二つの世界を繋げた。

 愚直なまでに主に尽くす、愚かしくすらあるその在り方は嫌いではない。

 グガランナ同様、主の趣味が悪いという欠点はあるが、その程度は可愛いものだ。

 言葉にしないが、ギルガメッシュは《名も亡きガルラ霊》を高く評価していた。

 野に生きる獣は一度充足すれば()()()()を求めない。

 生きて、死ぬ。ただそれだけで獣達は完結しているのだ。

 その在り方をギルガメッシュは嫌ってなどいないし、むしろ潔いとすら感じている。

 だが安楽に浸るだけを善しとせず、自らの意思で限界へ挑む在り方に、ギルガメッシュは人の価値を見出した。

 前へ進もうとする意志、それこそが人と獣を分かつ最大の差だ。

 その点で言えば、このガルラ霊は合格である。

 何より自らが無力であることを自覚しながら、なお()()()()と高みに手を伸ばし続ける様はそれなりに可愛げがある。

 

「我はな、天上天下にただ一人英雄の王たる者。生まれながらに世界の行く末を裁定する資格を持った者だ」

「……ギルガメッシュ王が偉大にして無双なるお方であることに、異論などあるはずもありません」

 

 ギルガメッシュの言葉を理解しようとするのを放棄したことを察しつつ、気にはしない。

 元より理解させるための言葉ではないし、ガルラ霊自身の言葉に嘘は無いからだ。

 

「が、エルキドゥが死を迎えてどうにも分からなくなった」

 

 呟きに潜んだその名に、その場の誰もが大小様々な反応を示す。

 好意的な者も、その反対の者も。

 世話になった者も、遠巻きに見守るだけだった者もいる。

 だがウルクに住む者の中で、エルキドゥを知らない者はただの一人もいない。

 

「……何を、でございますか?」

 

 ギルガメッシュ同様、最もその死に心を動かされたガルラ霊が代表して問いかける。

 エルキドゥがギルガメッシュの中でどのような存在になっているのか、正確なところは誰も分からなかったが故に。

 

()()()()()。ただそれだけのことが、民草達が当たり前のように為していることが、どうにも分からんのだ」

 

 ある意味でギルガメッシュらしい、非常に哲学的で遠大な悩みに誰もが絶句する。

 人は何処から来て、何処へ行くのか。

 自らは全てを知る者と思っていたが、そうではなかったらしい。

 

「このままではダメだ。このウルクが、幸福なる都市が、我が民草がその価値を欠く。我が胸に刻まれた欠損によって」

 

 自らの不備で自らが価値を認めたものを毀損する。

 意図してのことならばともかく、そうでないのならばギルガメッシュにとってこれ以上ない程の屈辱、無様である。

 

「要するに、このままウルクの王として立ち続けるには、今の我では問題がある。その問題を解決するために旅に出る。そういうことだ、分かったな?」

 

 恐らくその真意の深いところまでは分かった者はいないだろう。

 だがギルガメッシュがこの度の必要性に強く感じていることは伝わったはずだ。

 ならば誰もが納得はせずとも、旅に出る王を止められないと理解しただろう。

 なにせ民草が王の決意を翻すことなど、出来た試しがないのだから。

 

「故にその意味を探しに旅立つ。差し当たり不老不死でも求めるとするか」

「―――王よ、恐れながら」

「分かっておるわ、貴様の()()は余計な心配よ」

 

 敬意を示しながら同時に圧をも示すガルラ霊に頷く。

 不老不死、冥界の者達にとってもそれは小さくない意味を持つ。

 ならばその秘密に手をかけようとするギルガメッシュを冥府の者が掣肘するのは正しい行いだ。

 自らの職責から出た諫言を罰しようとは思わない。退ける時はあるが。

 

「宝とは使ってこそ価値がある。が、中には宝物庫にしまうことに意味がある宝もあろうよ」

「それが不老不死の秘法であると?」

「生と死の意味を知る。不老不死の秘法など、我にとってはその手掛かりに過ぎん」

 

 不老不死…誰もが求める夢想に、言葉以上の思いをギルガメッシュは抱いていない。

 ひとまずの旅路の目的でしかないのだ。

 

「深淵に至り、全てを見てくるとしよう。その間、我がウルクを頼みたい」

「……お気持ちは分かりました。私個人で言えば、ご協力したいとも思います。しかし、我が職責がそれを許すか…」

「無論、天上天下に唯一絶対なる我の影武者など例え誰であろうとこなせるはずもないことは分かっている。例え貴様がその躯体の性能を駆使し、我にそっくりな面相を得ようとな」

「思うに、王の()()()()ところを皆の衆は案じておられるのでは?」

 

 鋭い切れ味のツッコミであった。

 なお思わず視線を向けたウルクの有力者達は一斉に視線を逸らした。シドゥリでさえも。

 こやつ、気のせいかエルキドゥに似てきていないか…? と密かに首を傾げながら、無視する。

 下々の民を振り回すのも王の特権である、と王様ルールを発動させながら。

 

「貴様、この間下の者が随分と育ち、職務にも余裕が出てきたと言っていただろう。我が目から見ても、近頃のガルラ霊共の働きは及第だ」

「まあ、確かにそのようなことも話しましたが」

 

 冥界が信仰獲得のためにウルクを始めとする地上の諸都市に進出してもう何年も経っている。

 自然とその間に積み上げたノウハウが冥府のガルラ霊達の間で共有され、莫大なマンパワーがようやく有効活用されつつあった。

 

「ならば貴様が今抱えている仕事を下に投げ、貴様自身は新たな職務に取り組む頃合いだ。その進路として我が影武者の任は相応しかろう」

「……しかし、私はあくまでエレシュキガル様の臣であり」

「都市の統治。一度本格的に携わるのも悪くは無かろう。エレシュキガルには家臣が育つ機をむざむざ捨てるかと言っておけ。我からも話す」

「……ウルクの民が果たしてギルガメッシュ王の影武者など受け入れるか…」

「貴様ならばまあ、問題は無かろう。シドゥリ?」

「はい。畏れながら《名も亡きガルラ霊》殿が王の影武者として立つならば、皆はそれと知った上で受け入れるかと。王の影武者を()()()のは他の都市と天上の神々に対して。その認識でよろしいですか?」

「然様。ウルクの象徴たる我が長い間都市を離れるのは本来好ましくは無いからな。我が不在が長期に渡れば欲心を出す輩もいよう」

 

 ガルラ霊は分かっているなら自重してくれねぇかなぁ…という顔をした。

 フハハ、こやつめ。宝具針千本の刑に処してくれようか。

 が、まあいい。許してやろう。我は寛大だからな!

 

「……いっそ()()()()()を打ち捨てて旅に出るかと思うこともあった。だがそれは貴様とエレシュキガルがいたからこそ得たウルクが立ち直る機を捨てることになる。何より影武者が露見しても、当の影武者が貴様となれば軽々に神々もウルクに手を出せまい」

 

 ガルラ霊が積み重ねた実績を信頼し、ギルガメッシュは自らの思いを率直に伝えた。

 

「貴様だからこそ任せるのだ、冥界の」

「……………………王よ、そのお言葉はあまりに卑怯かと。応じる他無いではありませんか」

 

 最大の殺し文句に、たっぷり四回分は呼吸出来る時間を挟み、ガルラ霊は応じた。

 その間に挟まった沈黙の間に何が含まれていたかは、ガルラ霊のみが知る。

 

「知ったことか。我は王だからな。我が望みを言って何が悪い」

 

 応じる言葉はいつも通りの王様節だった。

 

 ◇

 

 その後、ギルガメッシュは人知れず不老不死を求める旅へと旅立った。

 旅立ちを見送る者は誰もおらず、しかしその日のウルク民達はどこか様子が違ったと言う。

 そして民草は影武者に親しんだが、決して彼をギルガメッシュの名で呼ばなかった。

 それから何年もの時が経ち、《名も亡きガルラ霊》はギルガメッシュ王の影武者として何とか政務をこなし続けた。

 幾度か、ギルガメッシュの不在によりウルクを危機が襲ったが、冥界の女神による庇護でそれを乗り切り…。

 ギルガメッシュの顔を知らない幼子が増えて来た頃、全てを見た人はウルクへと帰還した。

 何一つ形になる()は得られなかったと、清々しい顔で笑う旅の顛末を土産にして。

 ただ一つ言えることは、長い旅路から帰ってきたギルガメッシュの顔は暴君と呼ばれていた頃には無い落ち着きと、賢王の風格を備えていたという。

 



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幕間の物語 カルデアの何でもない一日

「おススメの本、かい?」

 

 ロマニ・アーキマンはマシュ・キリエライトからの質問をそのまま鸚鵡返しに答えた。

 

「はい。私が学習可能な時間は限られています。より効率的な学習を行うため、周囲からの情報提供を求めたいと考えています」

「なるほど。勉強熱心なのはいいことだね」

 

 ロマニが面倒を見始めて少しずつ情緒が芽生えてきたものの、まだまだ機械的な言動が多い少女の言葉に相槌を打つ。

 少しの間考え込み、やがて脳裏に一つの候補が浮かび上がった。

 

「うん、話は分かったよ。今度来る時にお勧めの著作を持ってこよう。それでいいかい?」

「はい。ありがとうございます、ドクター・ロマン」

 

 その日はそうして何事もなく終わり。数日後、ロマニはカルデアの施設で目当ての書籍を手に入れて少女の部屋へと向かった。

 

「『ギルガメッシュ叙事詩』と『冥界の物語(キガル・エリシュ)』、ですか」

「ああ。前者は言わずもがな。後者もほぼ同年代に成立した古代シュメルの死生観をよく描いた資料だ。翻訳版は幾つかあるけど、僕が一番おススメできる物を選択した。物によっては誤訳や解釈の差異が激しいからね。

 魔術世界においてもこの紀元前2600年代は神代の『決別』にあたる重要な時期だ。教養の一環として読んでおいて損は無い。それに……僕はお話としても結構この物語が好きなんだ」

 

 ギルガメッシュ叙事詩と違って、という言葉は呑み込んで無垢な少女へ勧めた。

 かつてロマニがソロモン王であった頃、遠見の千里眼を通じてギルガメッシュやマーリン達と互いを観測し合っていた。

 その頃に幾度となく思ったものだ、なんて性根が捻くれた性格破綻者達なんだろう…と。その頃の認識は今も変わっていない。

 カルデアにどんな英霊が召喚されるにしても、奴らだけはゴメンだとロマニは心の底からそう思っていた。

 だが時折ギルガメッシュの周囲に姿を現していたかの《名も亡きガルラ霊》は別だ。

 ソロモン王だった頃は何も思わなかった。神の啓示に従ってコトを為すだけの人形がソロモン王だったから。

 しかしソロモン王がロマニ・アーキマンになってから見え方が変わった。かの霊魂が示した輝きを……今は、尊く思っている。 

 王でも、戦士でもない彼だが、その在り方は確かに英雄だった。死した魂でありながら、世界に挑み、世界を繋げ、世界を広げた開拓者。生者ではなく死者のために、冥府という世界を拓き続けた者。

 ロマニは彼に敬意を抱いている。

 何故ならその旅路には眩い程の浪漫(ロマン)があるからだ。

 

「特に『冥界の物語(キガル・エリシュ)』のほぼ主人公格にあたる《名も亡きガルラ霊》は、個人的な好みの話になってしまうけど、中々愉快なキャラクターだよ。彼は主であるエレシュキガル第一主義であり、好んで苦労を背負い込むタイプだが、誰よりもその苦労を楽しんでいる」

 

 冥府に在りし頃、エレシュキガルの名をシュプレヒコールする光る霊魂達の姿を瞼の裏に思い起こしながら語る。

 なおその絵面は客観的に見て大分変態的と言うか、頭がおかしいものだったが、語った言葉に嘘は無い。

 

「そして彼はガルラ霊という神代の住人でありながら、成し遂げた業績の多くにほとんど神秘を用いなかった。彼がその力を振るったのは常に理不尽から誰かを守る時だった。何かを成し遂げる時、彼は常に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。彼の業績を一つ一つ詳らかにすれば、彼だけにしか出来ないことはほとんどない。けれど彼は一つ一つ積み重ねることで、彼にしか出来ない偉業を為したんだ」

「なるほど。ドクターがそれほど強く勧めるのであれば、私も興味が湧いてきました。読破した後、また話を聞きたいです」

「アハハ、僕で良ければ喜んで」

 

 思い入れのある人物について、少し熱く語ってしまったかもしれない。

 マシュの言葉にそう思いいたり、ロマニは少しバツが悪くなって苦笑した。

 

 ◇

 

「ドクター、以前お願いした件ですが、今は大丈夫でしょうか?」

「ごめん、何の件かな?」

「はい。以前おススメしてもらった『冥界の物語(キガル・エリシュ)』の感想会についてです」

「ああ…。アレ、もう読破したのかい? それは早いな。それなりに量もあったと思うけど」

「ドクターのおススメだったので…。優先して読みました。でも、すぐに読破できたのはそれだけでは無いと思います」

「と、言うと?」

「あの著作を読破したことで、ドクターがおススメした理由が分かった気がするのです。あの物語に登場した全てのキャラクターは…何と表現すればいいのでしょう。恐らく、ドクターが言う浪漫(ロマン)を持っていたのだと思います」

「―――! そうか、僕も同じ意見だ。うん、これは楽しい感想会になりそうだ」

 

 ふわり、と珍しく心からの笑顔を浮かべたロマニは今このひと時は自身が背負う重荷を忘れてマシュとの感想会を楽しんだ。

 

「やはりこの物語のハイライトは天の牡牛(グガランナ)から城塞都市ウルクを護り切った『七日七年の荒廃戦争』ではないでしょうか。《名も亡きガルラ霊》の献身、英雄達の奮闘、彼の主である冥府の女神エレシュキガルが振るう神威。単純に物語として見た時、最も盛り上がるシーンでは?」

「ううん、個人的には後半の()()()()()()()()()()()()で《名も亡きガルラ霊》が決戦直前にネルガル神と問答するシーンとか好きなんだけどね」

「ああ…。はい、私も『冥府の女神』というテーマを語ったあのシーンは心を動かされたと思います」

「そうだろう!? 僕は彼が持つ一番の武器はその『力』ではなく『誰かと紡いだ絆』だったと思うんだ。あのシーンこそそれが最も現れていたと思う」

「私も同意見です、ドクター・ロマン。ですが《名も亡きガルラ霊》はその後…」

 

 ()()()の先を思い起こし、少しだけ声を押さえるマシュ。

 応じるロマニも声を神妙にして答えた。

 

「……ああ。ネルガル神による冥府侵攻の後、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「はい。彼がどのような結末を迎えたのか、現在に残る史料は欠損部分も多く詳細を読み取ることが出来ません。しかし文脈を考えれば恐らくネルガル神との決戦で消滅したと想定するのが妥当です。妥当ですが…」

「が?」

「……彼が迎えた結末が、望ましいものであればいいと思います。今はまだ、彼の結末を描いた資料はない。故にその結末は誰の手にも渡っていない…。それなら私がほんの少し、願望を混ぜても許されるのではないでしょうか」

 

 少しだけ恥ずかしそうに頬を染めたマシュ。

 それを見てとても嬉しそうにロマニは笑っていた。

 

「良いね、マシュ。その考えにはとても浪漫(ロマン)があると僕は思う」

「はい! フフ、もしカルデアに《名も亡きガルラ霊》が召喚されたらお話を聞けますね。そうなったらと思うととても楽しみです」

「どうかな? 彼は『七日七年の荒廃戦争』で神霊に至ったという研究もある。それが事実ならカルデア式の英霊召喚術式では召喚は難しいかもしれない」

「……ドクター・ロマン、その考えは浪漫(ロマン)がないと私は思います」

「ハハハ、これは参ったな。うん、やられたよ。降参だ。これ以上は勘弁してくれないか、マシュ」

 

 両手を上げて苦笑するロマニに仕方がないと溜息を吐くマシュ。

 そうして和んだ空気の中、こそりと一つ呟きを漏らす。

 

「……いやぁ、本当に彼がカルデアに召喚されてくれれば助かるんだけれどね」

 

 かつてソロモン王だったロマニは彼を知っている。

 そして人は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 故に彼が辿った軌跡を(つぶさ)に知る者として断言できる。

 彼を召喚できればその戦力、有用性はともかくとして間違いなく信用できる存在であると。

 いずれ来ることを幻視した人類滅亡の危機において、それがどれほど心強い助けとなるか。

 そんなことをふと思い、弱気だなと自分を戒める。

 

 人理継続保障機関カルデアがまだ穏やかな日々を過ごしていた、ある何でもない一日のお話である。

 




 ラストエピソードに向けての助走みたいなお話でした。
 なおキガル・エリシュは語感優先の造語であり、冥府の物語という意味は持たず、もちろん実在もしないことをお伝えしておきます。


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冥陽開闢神話キガル・エリシュ


 と、言う訳で新章にしてラストエピソードである冥陽神話大戦キガル・エリシュの開始です。
 時間軸的には幽冥永劫楽土クルヌギア①の、10年が過ぎ去った日の後くらい。
 面倒な前置きは最低限に、最終決戦直前のアイデア募集まで最短で行きたい。

 追記
 これまで投稿したお話のタイトルや章分けを変更・修正しました。





「―――反対致します」

「そうね、貴方はそう言うと思っていました」

 

 頭を下げ、出来る限り声に意を込めて女神へ応じる。

 だが困ったように笑うエレちゃんさまは、決意を込めて再度決定を伝えた。

 

「でも、ごめんね。もう決めたの。私は天界のネルガルの呼びかけに答え、彼の元へ向かいます。その間、どうかこの冥界を貴方の手で治めて頂戴」

 

 あまりに予想外で、納得しがたい決定。

 何故こうなったのかと、俺はキツく唇を噛み締めた。

 

 ◇

 

「ネルガル神が冥府の開拓に関心を示し、協力したいと使者を寄越しました。彼が天界に持つ領域で歓待するのでそこまで向かうようにと招待を受けています」

 

 と、そんな爆弾発言がエレちゃん様から告げられ。

 

(うっ…………………………っさんくせえええぇぇ―――っっ!!)

 

 たっぷりと間を取っての絶叫を胸の内で叫ぶ。

 いや、騒がしくて申しわけないが、それくらいに胡散臭い。

 

「率直に申し上げます。罠では?」

 

 そもそも云千年も冥府に無関心だった神々が今更エレちゃん様へ協力の呼びかけ?

 数年前にグガランナの騒動で神々の企みを潰したばかりなのに?

 ネルガル神の評判、多少なりとも聞いている。

 強大なれど、その力に傲り尊大な性格であるという。

 いっそ急速に発展中の冥界をその手に収めようと言う野望と考えた方がまだしっくり来るぞ。 

 

「ネルガル神の心底定かならず。ならば此度の呼びかけは見送っても良いかと思いますが…」

「そうね、私もそう思います」

「ならば…」

「それでも行きます。行かなければなりません」

「……行かなければならない、とは?」

 

 問いかける。

 現状、ネルガル神の呼びかけに答える必要は何処にもないはずだ。

 

「いま、ネルガル神の手中にはイシュタルの身柄が握られている。強い言葉は使っていませんが、それを匂わされました」

 

 天界襲撃から音沙汰のなかったイシュタル様、よりにもよってネルガル神に撃退された挙句に囚われの身になってたのか。

 囚われのお姫様を大人しくやっているタイプでもないから、ネルガル神も持て余してそうだが…いま重要なのはそれではない。

 

「それはほぼ脅しでは…? 元より怪しい誘いでしたが、ますます胡散臭いものが」

「そう、ね。私もそう思います」

 

 エレシュキガル様とイシュタル様、表裏一体の女神であるお二人。

 その片割れが害されれば果たしてどのようなことになるのか。

 ネルガル神が果たしてどこまで把握しているかは不明だが、わざわざ言及してきたあたりお二人の関係を多少なりとも知っていると考えるべきだ。

 

「でも、行かないという選択肢も無いわ。イシュタルという私の片割れがネルガルの手にある以上は、ね」

 

 確かに、エレちゃん様が言うことにも一理ある。

 相手に自身の生命線を握らせたまま、というのはよろしくない。

 なにがしかのアクションが必要なのは確かだが…。

 

「きっと大丈夫よ。ええ、私はまずネルガルの言葉を信じたい。近頃の冥界の活気を高く評価し、協力したいという言葉を」

「……恐れながら、もしその後期待をネルガル神が裏切るようであれば」

「その時は私も女神として堂々とその不義を糺し、戦を仕掛けましょう。私がただの手弱女でないと思い知らせてあげるのだわ」

「……は」

 

 応じる言葉が鈍くなる。

 戦った結果を容易に想像できるからだった。

 

「恐らくその時は私は亡き者になっているか、囚われの身となっているかもしれないけどね」

 

 そう、冥界というホームグラウンドの外でエレちゃん様が大神ネルガルに敵うはずがないのだ。

 本来エレちゃん様は冥界以外では中堅格の神格に過ぎないのだから。

 

「例え冗談でもそのようなことは仰らないでください」

 

 個我持つガルラ霊の大半がネルガル神目掛けて自爆特攻しかねん。

 いや、洒落でもなんでもなく。

 

「とはいえ流石にエレちゃん様を亡き者にすると考えているとは思いたくありませんが。エレちゃん様を殺めると言うことは天地冥界の一角を崩すことに等しい…。世界が壊れます」

「そうね。その程度の道理はネルガルも弁えていると期待したいところだわ」

 

 ああ、やはりエレちゃん様も本音ではこの呼びかけを信用していないんですね。

 

「……やはりお考えを翻していただけませんか」

「ダメね。あの愚妹を見捨てられないし、どの道ネルガルはこの先もちょっかいをかけてくるでしょうし…」

「しかし」

 

 もしエレちゃん様が亡き者になってしまったことを考えると…心の底からどす黒い感情(モノ)が湧いてくる。

 胸の内で燻る熾火も再び燃え盛ってしまうかもしれない…。

 そんな未来は絶対に嫌だった。

 

「ありがとう、私の身を案じてくれて」

「当然です」

「でも、行きます。それにこれはただ愚妹や自分の身可愛さだけで行くわけじゃないの」

「と、おっしゃいますと?」

 

 エレちゃん様は俺の問いには答えず、冥界を見た。

 俺達ガルラ霊とともに発展させてきた、この冥界を。

 

「美しい光景だわ」

「はい、まことに」

 

 穏やかな活気と、苦しみのない世界。

 死者達はひと時の安楽を得ると、その魂は虚空へと還っていく。

 区切りを付けた魂が『次』へ向かうまでの時間を過ごす場所が冥界だ。

 

「………………」

「如何されましたか?」

「いえ、なんでもないわ」 

 

 酷く憂鬱そうな空気で押し黙ってしまったエレちゃん様に問いかけると、大したことではないと首を振られてしまった。

 その様子にそれ以上の問いかける気が失せてしまった。

 

「ともかく、私は行くわ。その間、どうか冥界をお願いね」

「……分かりました。最早止めは致しませぬ。しかしどうかこの身も共にお連れ下さい」

 

 俺の宝具があれば例え地上だろうが天界だろうが十分な牽制となる。

 本当ならやりたくはないが、向こうがその気ならやむを得ないだろうさ。

 

「ダメよ。私と貴方の双方が冥界を不在にするわけにはいかないわ。何より貴方を供としてはあちらを刺激し過ぎる」

「お言葉ですが、向こうは半ば戦になると見据えて誘いをかけているようにしか見えませぬ! 幾重にもご用心が必要かと」

「では貴方がいれば戦は避けられるかしら?」

「それは…」

 

 どうだろうか。

 確かに俺が付き従うことで一定のプレッシャーをかけられるだろうが、ネルガル神が本腰を入れて神争いに挑むつもりなら多分大した障害にならないだろう。

 基本的に冥界としては専守防衛というか、こっちから喧嘩を売る訳にはいかない。

 となると先手を相手に譲るしかないわけだが、俺が宝具を展開するまでの間無事でいられる保証はない。格上相手に先手まで譲るとか普通に完封負けして終わりそうだ。

 

「しかし……。いえ、仰る通りかもしれません」

 

 ……やはり()()なった時を想定すると、分が悪い。

 心情的には反対だが、主が意を定めたのならばそれに従うのが従者の役目である。

 

「大丈夫よ、勝ち目はあるわ。……間違いなく賭けになるけどね」

「誰に、賭けるのですか?」

 

 まさかネルガル神じゃないよな。

 危惧とともに問いかけた言葉に、エレちゃん様は不敵に笑って答えた。

 

「決まっているじゃない。冥界(ワタシタチ)が積み上げた成果(モノ)に、よ」

 



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 今更ながらですが、原作におけるネルガル神のキャラクター及びビジュアル情報が少なすぎるため、クリスマスイベントで代役を果たした太陽王オジマンディアスにある程度寄せております。


 

 忠義の眷属に冥界を任せ、エレシュキガルは神々の座す天へ足を踏み入れた。

 ここに来たのは果たしてどれほどぶりか…あるいは、自分はここへ来たことがあったのだろうか。

 少なくともこの光景を思い出せないくらいに昔であることは確かだ。

 

「来たか、エレシュキガル」

「来たわ、ネルガル」

 

 傲岸に、玉座に座ったまま尊大な姿勢を崩さず、太陽神ネルガルは冥府の女神エレシュキガルを出迎えた。

 仮にも自分が誘った相手に対し、立って迎える素振りも無い様子に眉を顰める。

 風の噂にネルガルは力ある大神だが、その分傲慢さも激しい神と聞いていたが、どうやら噂は真実であったらしい。

 

「お招きありがとう、と言っておくべきかしら」

「ならば呼びかけに応じ感謝する、と答えるべきだろうな」

 

 互いに交わし合う言葉はどこか冷たく、刺々しい。

 第一声から既に冷ややかな空気が漂っていた。

 

「私がここに来た要件をまず済ませましょう。イシュタルはどこかしら?」

「うむ、彼奴ならばここにはいない。天の座所で、その神力の殆どを失いながらも囚われの身である。いや、突然の乱心……天の座所へ攻め上って来た時には気が狂ったかと思ったぞ。対処には余を以てして中々に手を焼いた。

 ハハ、我が手で奴を押さえねば、他の神どもに押されその命を奪っていたやも知れぬな」

「あの愚妹には相応しい待遇ね。全く、考えなしなんだから…。どうせ貴方達神々もアレには手を焼いているのではなくて?」

「御明察、と言っておこう。中々のじゃじゃ馬よな。大神としての力を失い落ちぶれながら、いまだ意気軒昂よ」

「そういう性質なのよ。イシュタルも…私もね」

「そのようだ。しかし、解せぬな」

「何がかしら? ネルガル」

 

 ネルガル神が言葉通り訝しむように視線を向けると、エレシュキガルはむしろ余裕をもって見返した。

 その余裕もまたネルガル神には不可解だった。

 

「貴様の瞳を見るに、既に余の企みは見抜いていよう?」

「あら? 随分あっさりと白状するのね?」

 

 互いに隠す気も無い剣呑な気配が、この後到来する荒事の予兆を告げていた。

 

「見抜かれている隠し事を隠すほど無様な真似はあるまい、今更よ。それよりも、だ。何故余の元へわざわざ出向いた?」

 

 楽し気に問うネルガル神に向けて、エレシュキガルは叶う限り堂々と胸を張って不敵に宣言した。

 

「そんなの決まってるじゃない? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

 その大胆不敵な略奪宣言に、ネルガル神はむしろ楽し気に笑った。

 

「フハハ、やはり我が太陽の力を欲していたか! 地上に有り、冥府に無いモノ。それこそが『太陽』。偉大なる我が権能である! 貴様が冥府のためにそれを欲していると、余は気付いていたぞ!」

「ええ、本当に、自分を殺したくなるくらいに、狂おしいほど私は太陽が欲しいと思ってしまった。あんなにも頑張ってくれている眷属(あのコ)達すら蔑ろにして…」

 

 太陽の無い冥府のため、地上から採光するために作り上げた《玻璃の天梯》と《宝石樹》。

 素晴らしき発明であり、素晴らしき成果だ。

 だが()()()()()()と、エレシュキガルは心の底で思ってしまった。

 自分には過ぎたるものと自覚しながら、それでも自分に嘘を吐けず、こうして賭けに出ている。

 太陽なぞ不要と嘘を吐いても、あの誓約がある限り意味はないのだから。

 

「それは違うな、エレシュキガルよ。汝の眷属の幸せとは即ち汝が幸せを掴むこと。であれば貴様がすべきは悔いて下を向くのではなく、傲岸不遜に欲したモノへと手を伸ばすべし! それこそ貴様が女神として果たすべき義務である!」

「あんた、そういうところはマトモなのね…」

「何を言う。余は自分に正直なだけだ。欲しいものに手を伸ばし、良き女を妻に迎え、素晴らしき領土を自らの手に収めん。それこそが一人の男子としての本懐である! その過程に詰まらぬ虚飾を用いることこそ唾棄すべきと心得ているだけよ!」

 

 ある意味でどこまでも裏表のないネルガル。

 個人的にはそこまで嫌いではないが、あまりご近所付き合いしたいとは思えないキャラクターだ。

 現にこうしてエレシュキガルの領分である冥界に欲心の手を伸ばしてきている。

 

「故に余は宣言するぞ! 汝、エレシュキガル。美しき冥府の女神よ、余はお前が欲しい。お前が統べる冥府が欲しい。汝を打ち倒し、必ずや汝を妻へと迎えよう!」

「お生憎さま。その申し出、心の底からお断りなのだわ! 妻だのなんだの身勝手な欲望ばかりの求婚など、断じて御免!」

 

 ネルガルの欲心に満ちた申し出をキッパリと拒絶する。

 このような男の征服欲に満ちた求婚など受け入れる余地があるはずもない。

 

「冥府のためにとっとと太陽の権能を差し出しなさい! いまならまだ身ぐるみはがすのは許してあげるのだわ!!」

 

 明快な拒絶に、ネルガルは莞爾として笑う。

 

「良いぞ! 良き胆力である! 敵とするにせよ、味方とするにせよ、余の前でその程度の啖呵を吐けねば相手にする価値も無いと言うものよ!!」

「あら、そっちも中々いい度胸ね。私は冥府の女神エレシュキガル。死を司る地の底の女王! 甘く見ていては大火傷をしてよ?」

「その価値はあろうよ。余が認める、汝は良き女神(オンナ)だ!」

 

 勝利の確信があるからこその余裕をもって、ネルガル神は対峙する女神を賛美した。

 

「しかし、解せぬな。何故あのガルラ霊めを供とせなんだ? 冥府でならばいざ知らず、我が領域で汝に勝ち目無し! 唯一勝ち筋があるとすればあのガルラ霊のみよ。それ故アレを速やかに誅する手筈を幾重にも整えていたのだがな」

「―――へえ?」

 

 絶対零度の相槌。

 ()()()、とネルガル神の背筋に正体不明の寒気が走る。

 それは神としての格は関係の無い、女神(オンナ)の情念とでも言うべきものから来る寒気だ。

 

「あの子には私が不在の間、冥界を任せてあるの。()()()()()()()()()()()、あの子ならば上手くやるでしょう。そう、信じています」

 

 信頼を込めてそう断ずるも、ネルガル神を睨みつける目には殺気が満ちている。

 

「フ、ハハハッ! 良いぞ! 良い殺気だ。それでこそ我が妻に迎える甲斐がある」

 

 だがネルガル神はむしろ高らかに笑った。

 それでこそ、との言葉通りに歓喜すら滲ませて。

 

「では始めようか。結末の定まった戦いを」

「それは違うのだわ、ネルガル。この戦いの行く末はまだ誰の手にも渡っていない。私は、冥界(ワタシタチ)は―――勝つ!」

 

 たとえそれが全てを賭けて一本の綱の上を渡り切るような、危うい賭けであろうとも。

 いま出来る全てを為すために、エレシュキガルは全力を以てネルガルに相対した。

 

 ◇

 

「……………………」

 

 エレちゃん様が天界のネルガル神を訪ねて幾日か経ち。

 

『――――――――』

 

 眼前にはネルガル神の従者、『十四の病魔』が一柱『稲妻(ムタブリク)』。

 全身に雷電を纏う悪しき亡霊が無言のまま、要件が刻まれた粘土板を俺に差し出していた。

 

(やはり、か…)

 

 粘土板には既にエレちゃん様はイシュタル様ともども囚われの身となっていること、近々エレちゃん様を妃に迎え、冥府の王として戴冠するため先んじて準備を整えておくようにとの身勝手極まりない言葉が刻まれていた。

 もう冥府の王様気取りか、ネルガル神め。

 

「ネルガル神からのお言葉、確かに受け取った。この返答はネルガル神が冥府へ参られた時に、私が冥府を代表して答えよう。それでは御身がいるべき場所へ戻られよ」

 

 本来なら使者に労い、歓待の宴を催すのもやぶさかではないが、こんなふざけた言伝を寄越す輩に礼儀を示す必要など一欠けらたりとも感じない。

 勝つにせよ、負けるにせよ徹底抗戦しかないことは既にエレちゃん様と打ち合わせ済みだ。

 

『――――――――』

 

 雷電纏う悪霊は、最後まで無言のまま、機嫌を悪くした様子もなく引き下がっていった。

 残念だな、これで怒り出すようなら冥府の防衛機構がアレ目掛けて火を吹いたのだが。

 

「予想出来ていた、ことではあるが…」

 

 分が悪い賭けとなったな。

 ネルガル神が自覚しているかは分からないが、あちらはルビコン川を渡った。

 回帰不能点という奴だ。

 故にここから先、結果は二つに一つだ。

 冥府の全てを以てネルガル神を打ち破るか、ネルガル神が冥府の全てを平らげるか。

 勝率は大分こちらに不利だがな。

 

「良いだろう、そちらがその気ならこちらも相応に力を尽くすだけだ」

 

 だからまあ、力を貸してくれ、皆の衆。

 そして頼むから暴走はしてくれるな、なにせ止める者が俺を含めて誰一人いないだろうからな。

 



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 時間軸的には、既にギルガメッシュが不老不死を求める旅から帰還して数年後となります。
 そこら辺の厳密なタイムスケジュールは決めてないので、年などはふわっとしたものとなります。
 気にしないでいただけるとありがたく。


 ネルガル神からの冥界の併合宣言、事実上の宣戦布告が届いてから早数日。

 俺は冥府の代表として、ウルクを始めとする諸都市を回っていた。

 要件はもちろん事情を伝えての援軍……は、難しいので物資などの支援要請である。

 諸都市は概ね俺達冥府とエレちゃん様に同情的ではあったが、大々的な支援はどこも引き出せなかった。

 残念ではあるが予想の範疇だ。

 此度の企みが成就すれば、間違いなくネルガル神が冥府の王となる。

 自らの死後を預けることになるかもしれない恐ろしい神へ、睨まれるような真似をしたくないのだろう。

 悪足掻きのように、()()()()を通すのが精いっぱいだった。

 分かっていたことではあるが、落胆を禁じ得ない。

 

(だが、ウルクならば…)

 

 冥界と最もかかわりの深いウルクならば。

 英雄王ギルガメッシュが治めるウルクならば。

 そうした期待を以て俺はウルクを訪れ…。

 結論から言えばその期待は半分成就し、半分は裏切られた。

 

 ◇

 

「良いぞ。貴様ら冥界には借りがある。我が宝物庫の鍵を開けてやろう」

「お言葉、ありがたく!」

 

 流石はギルガメッシュ王。

 王の旅から帰還してから鋭すぎるトゲが大分なくなり、賢王の風格が出てきたともっぱらの噂だ。

 さすギル、という奴である。

 

「シドゥリ! 男手を用意せよ。蔵に収めたラピスラズリを馬車五台…いや、七台分積み込め。それとディンギルを蔵の予備全てと城壁の四分の一分くれてやる。

 ただし冥界までの運搬は貴様らガルラ霊が負担せよ! ウルクも順調に復興しているが、人手を余らせているわけではない」

「ははっ! すぐに手配いたします!」

 

 ディンギル、財宝に込められた魔力を起爆剤に『壊れた幻想(ブロークンファンタズム)』を魔弾として撃ち放つ、贅沢極まりない超兵器だ。

 これならばネルガル神の眷属にも十分効果が見込めるはず。

 いや、マジでありがたい。

 ありがたい、のだが…。

 

「……恐れながら、王よ」

 

 続く問いかけの内容を思えば、自然と口が重たくなる。

 確かに心の底からありがたい助力だが、想定されるネルガル神の戦力を考えるとまだ足りない。

 はっきり言ってしまえば冥府が喉から手が出るほど求めているのはギルガメッシュ王直々の出陣である。

 

「先んじて言っておく。我はこの戦には出向かんぞ」

 

 が、そんな希望を打ち砕くようにギルガメッシュは冷然とした表情で切り捨てた。

 

「王よ、どうか…!」

「ならん! これはネルガルと貴様ら冥界の戦。我がウルクは冥府を盟友として支えてやろう。これまで冥府がしてきたようにな」

「そのお慈悲はまことにありがたく! なれど冥界が求めているのはかの大神を打ち倒す益荒男なのです!」

 

 ここでギルガメッシュ王を引き込めれば、戦力的に相当なアドバンテージを得られる。

 それこそネルガル神の打倒も十分な実現性を持つはずだ。

 

「何卒! 何卒、王のお慈悲を…!」

 

 本当に、心の底から助力をこい願う。

 ウルクと冥府はこれ以上ないほどに()()()()だ。

 冥界がウルクに手を貸したことも一度や二度ではない。

 だからこそ、きっとギルガメッシュ王の助力を得られるだろうという希望的観測…否、()()は。

 

「囀るはそこまでにしておけ、下郎」

 

 極寒の冷気を放つ一言によって切り捨てられた。

 何よりも『王の財宝』から一振りの宝剣が俺の眼前に撃ち出され、続く言葉を強制的に止めさせられた。

 

「我がウルクのため、尋常ならざる危機が訪れた時は確かに冥府の助力を得たこともあった。だがグガランナの時のように、矢面に立つのは常に我と我のウルクだったはずだ」

 

 冷ややかな語調で道理を語るギルガメッシュ王に、俺はそれ以上の言葉を失った。

 こうして語り聞かせている姿勢こそギルガメッシュ王の慈悲だ。

 普通ならば道理を言って聞かせるまでもなく、無数の宝具によって躯体を串刺しにされていてもおかしくはない。

 

「だがこのまま我がこの戦に出向けば、ネルガル神と相対するのは我となろう。それでは()()()()()()()()()()()()()()。何よりも冥府には自衛する力もないと冥府そのものが侮られ、ネルガルに続く強欲なる略奪者を生む結果となろう」

 

 滔々と、理詰めでこちらの甘い考えを論破していく。

 俺はその言葉に反論することが出来なかった。

 

「貴様、エレシュキガルの顔に泥を塗りたくる気か?」

「――――――――……っ!」

 

 抗弁出来ず、言葉を飲み込むしかない。

 確かにギルガメッシュが言う通り、ネルガル神を撃退せねばと近視眼的な視野に囚われていたのは確かだ。

 だが、だからと言ってネルガル神を撃退する術が見出せていない現状、このまま引き下がる訳には…。

 そう迷うものの、ギルガメッシュ王はにべもなく俺に退出を命じた。

 

「我は忙しい、これ以上用が無ければさっさと下がれ―――ああ、いや、待て」

 

 良い考えも思いつかず、唇を噛み占めて退出しようとした俺の背中に、王が声をかける。

 

「わざわざウルクに顔を出して我の慈悲を乞う殊勝さに免じ、せめてもの土産をくれてやろう。我の慈雨の如き寛大さに、五体投地を以て感謝を示しても構わんぞ。今なら指を差して笑ってやろう」

「土産、でございますか?」

 

 ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべるギルガメッシュ王に、また悪癖が発動したかと内心で首を振る。

 賢王の風格が出て来たとは言え、基本的なキャラクターそのものは変わってないんだよな。この人。

 

「うむ、良いモノだぞ。まあ我直々にくれてやるのだ。なんであろうと感涙に咽びながら受け取るのが礼儀だろう。ん?」

「……ご配慮、ありがたく」

 

 パワハラじみた発言の意図が読めないが、ひとまず大人しく礼を告げる。

 最悪、ただの趣味の悪いからかいという可能性もあるのがギルガメッシュ王の性質が悪いところだな。

 偉大であり慈悲深くもあるのだが、根本的なところで性格が捻じ曲がってるんだよなぁ…。

 

「そら、ウルク名物の麦酒だ。せめてこれでも飲んで英気を養うが良かろう」

 

 と、王の蔵から黄金の波紋と共に取り出した杯に満ちた麦酒。

 その黄金の輝きをこれ見よがしに見せつける王に、思わず深い深い溜息を吐いた。

 麦酒を飲んでスーパーガルラ霊に変身できるならともかく、いま上等なだけのアルコールになぞ用は無い。

 

「……では、私はこれにて失礼致しまする

「なんだ、詰まらん奴め。からかい甲斐の無い」

 

 と、言葉とは裏腹に面白そうにこちらを見るギルガメッシュ王。

 ……なんだ? 妙に含みのある表情だが…。

 

「ではせめて器だけでも持っていけ。なに、勝利の暁に祝杯を挙げる時にでも使えば良かろう」

 

 そう告げて麦酒を干した黄金の杯を無造作にこちらに放り投げ―――……っておいこれは。

 

「ぬ、っおおおぉっ…!」

 

 地面に転げ落ちそうになった()()を咄嗟にダイビングキャッチ。

 手の中に納まった黄金を確かめると、そこにあるのは杯から滾々と溢れ出る莫大な魔力リソース。

 これこそは世界すら変えてしまえそうなほどの力を秘めた万能の願望機。

 

(これはウルクの大杯…()()じゃねーか!?)

 

 ギルガメッシュ王の蔵にある財宝でも、恐らくは屈指の価値を持つ大秘宝である。

 あるいは大神ネルガルを相手取ってなお、希望が見えるほどに強力な王の財。

 俺が抱いた王への不満など即座に雲散霧消し、むしろ罪悪感で自殺したくなるほどの代物だ。

 

「王よ―――」

 

 これほどの代物を寄越されたことへの礼は、ただ俺が頭を下げる程度では到底足るまい。だがそれでも精一杯の言葉を言上しようとして…。

 

「うむ、いまの貴様の珍妙な姿は中々笑えたぞ。その功績に免じてその杯は貴様にくれてやる、好きに使え」

 

 ちょっと???

 いま俺物凄くシリアスなキメ顔しながら、物凄い大真面目にお礼を言おうとしてたんですけど?

 王様自らこちらのはしごを外すのマジで止めません?

 

「ハッ! 鬱陶しい湿気た面構えも多少はマシになったか。馬鹿め、悲壮感と決意に満ちた顔なぞ貴様には似合わんことこの上ないわ。見ているだけで怖気が走ると言うものよ」

 

 やれやれと頭を振るギルガメッシュ王が俺を見る視線は、言葉とは裏腹にどこか温かい。

 その顔は微笑(わら)っていた。まるで先達が後進を見守るように。

 

「いつも通りに、愚かしいまでにただ真っ直ぐ進め。下を向くな、顔を上げて笑っていろ。貴様らにはそれが似合う」

 

 続けて繰り出される罵倒に見せかけた王の激励に、俺は言葉を失い、黙ったまま頭を下げた。

 いつか必ずやこの恩は返すと胸に誓いを抱いて。

 

「行け。そして勝って来い。勝利の暁には我とともに祝杯を干す名誉を与えてやろう」

「ははーっ! 必ずやご期待に添いまする!」

 

 こうして俺は最上の成果を手に、冥府へ戻った。

 いまだ勝利の道筋は見つかっていない。

 だが決して絶望などしない、している暇などないと気概を得て。

 

 ◇

 

 冥界に戻った俺は、六十六臣を筆頭に個我持つガルラ達と幾度となく話し合いを繰り返した。

 聖杯という莫大な魔力リソースと、理屈が立つならば即座に願望を現実へと反映させる願望機としての機能。

 これさえあれば俺達が諦めていたあれやこれやを実現できる…。眷属集団相手ならば恐らく善戦以上のことが出来るはずだ。

 問題は肝心要の、ネルガルという大神を打ち倒す術が、まだ得られていないことだが、それは冥府の皆とともに練り上げていくしかないだろう。

 皆が一丸となって叶う限りの準備を推し進め、そうして瞬く間に日数が過ぎていき…。

 

 ―――そして、遂に十四の病魔を筆頭に数多の眷属を従えたネルガル神は冥府の門を叩いた。

 



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「新たな王の出迎え、大儀である! 冥府の古き臣どもよ!」

 

 ネルガル神を()()()()するために、冥界第一の門の前に揃えた俺を含む一隊を構成するガルラ霊達。

 大神ネルガルはそんな俺達を威風堂々と、余裕すら漂わせて()()()()()

 背の高さではなく、気位の高さ。

 当たり前のように俺達ガルラ霊を下僕のように扱う傲慢さ。

 よしんば反抗してきても圧倒的な高みから押しつぶせばいい。あとは逆らう者がいなくなるまでそれを繰り返せばいい。

 そういう類の傲慢さだ。

 

「天にて輝くべきネルガル神におかれましては、このような地の底でありながらまことにご機嫌麗しゅう。此度、わざわざ天界から冥府まで足を運んだ御用の向きをお伺いしても? ああいや、察してはいるのですが、念のため」

 

 ……いいね、テンション上がってきた。

 元から大人しく従う気など一欠けらたりともありはしなかったが、戦意にくべる材料が多いに越したことは無い。

 叶う限りの慇懃無礼を前面に押し出して用向きを聞く。

 もちろん聞くだけ聞いて大人しく聞き入れるつもりなど全くない。

 

「無論、()()である!」

 

 フハハと笑いながら、むしろ機嫌が良さそうにネルガル神は告げた。

 

「価値ある領土、価値ある姫、価値ある民を蹂躙し、征服し、己が手に収める。男としてこれに勝る快なし! 冥府は此度、我が手に収まることとなる!」

 

 それは正しく強者の傲慢。

 これまで冥府に無かったもの、冥府に不要なもの、そしてこれから冥府に幾度となく伸ばされるだろう魔手そのものだ。

 

「抵抗を許すぞ、古き臣よ。一度我が神威に触れてこそ、我が偉大さに首を垂れることも出来よう」

 

 ああ、元から一戦交える気だったのはそちらも同じか。

 エレちゃん様と一戦交えたのなら、この成り行きを予測するのはむしろ当然だな。

 背後に蠢く云十万という数える気にもなれない数の眷属集団もそれを裏付けている。

 

「ならばネルガル神よ、冥府に属する者達の代表として、御身の宣言に返答申し上げる」

「聞こう。好きなように囀るが良い、光り無き者」

 

 ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべ、ネルガル神は俺の言葉を待った。

 俺達の反逆の意志を儚い抵抗と笑うように。

 それならそれでいい。

 是非ともこちらを侮ってくれ。その足を引っかけて散々にやり返してやろう。

 冥府のガルラ霊は執念深いのだ。なにせ主がエレちゃん様だからな!!

 

「その傲慢、幾重にも()()を付けてお返し申し上げる。具体的に言えば百万回苦しんで死ね!!」

 

 中指を立てて「くたばれ糞野郎(ファック・ユー)」のサインを示しながら、腹の底から声を張り上げる。

 もちろん古代シュメルで意味が通じるはずもないが、俺が向ける敵意だけはしっかりと伝わったらしい。

 

「良いぞ、そうでなければ蹂躙のし甲斐も無いと言うもの! 我が宣戦布告の答えとしては満点をくれてやろう、最も新しき神性よ!」

 

 余裕綽々、こちらの抵抗の意志を子犬が戯れているかのように扱うネルガル神。

 忌々しいが、確かに冥界とネルガル神の間には小さくない戦力差がある。

 俺という神性がいるが、あくまで人間から成りあがった下位の存在。

 個我持つガルラ霊も十数万と数は多いが、強力な神性は数の差を易々と覆せる。

 頼りの冥府の法と律はエレちゃん様不在ゆえに機能しない。

 神さえも縛り上げ、イナゴよりも小さな存在に貶める力は彼女のものだからだ。

 

「ならば当方がまず一手御身のお相手仕る。この挑戦、受けて頂けましょうや?」

 

 冥府に残る唯一の神性であり、継承躯体を持つ俺こそが不本意ながら冥府の最高戦力。

 裏技・奇策の類を封印した上で全力でネルガル神にぶつかり、戦力差を測る物差しとしたい。

 果たしてこの企み、伸るか反るか…?

 

「フハハ、その意気やよし。来るが良い、だがすぐにその蛮勇を後悔するととなろう!」

 

 善し、受けた。

 この傲慢で自尊心が強い神性ならば受けると読んだが、その読みが当たった。

 

「ならば遠慮なく!」

 

 言うが早いか、心身に充溢する冥府の魔力を轟々と燃やし始める。

 普段は使う宛もなく封印している身体能力が劇的に向上し、受肉した神性相手でも真っ向から相手取れる頑強さが備わった。

 

(とはいえどう工夫してもエルキドゥの劣化品以上にはなれんわな…!)

 

 例によって俺の宝具は非戦闘用。というか冥府にあっては使う意味が無い仕様。

 よって戦闘用に使えそうなのは継承躯体に付随するスキルくらい。

 万態の泥である性質を駆使した手足の武器化、気配感知や変容による能力値の振り直しなどが今のところ切れる手札だろうか。

 諸々を総合した俺の戦闘イメージは徒手空拳だけで戦う劣化エルキドゥと言ったところ。

 

(劣化と言えどエルキドゥのソレなら普通は十分すぎるんだが…)

 

 相手は大神ネルガル。

 天の太陽、その破壊的な側面を司る太陽神だ。

 ここは前哨戦、その自覚をもって…しかし同時に全力でなければその前哨戦すらこなせないだろうと言う予感の元に初手から全力で仕掛ける。

 

「―――!」

 

 (ダン)、と大地を踏みしめる。

 ただ、速く。一心に疾走する。

 音を置き去りにする速度で踏み込み、ネルガル神に向けて真っ向から殴りかかった。

 俺自身は戦うための鍛錬などしたことがないが、継承躯体から受け継いだ戦闘経験がある。

 継承躯体は十全に俺の意志に応え、完璧なフォーム、完璧なタイミングに補正してくれた。

 並みの魔獣ならば瞬きの間に撲殺しうる威力の拳は―――、

 

「クハハ、遅い」

 

 両手で構えられた王錫に似た杖で俺の拳が悠々と防がれる。相当な衝撃がネルガル神を襲ったはずだが、小動ぎもしていない。

 それだけではない。

 俺とネルガル神が至近距離で睨みあうその中間点に眩い光が収束し―――爆裂する!

 

「チッ!」

 

 俺を襲うよう指向性を調整された炎と熱量がジリジリと俺の躯体(カラダ)を焼く。

 咄嗟に後方へ跳躍したのが功を奏し、損傷は大したものではない。魔力を回復に回せば、焼けた肉はすぐに滑らかな肌を取り戻した。

 睨みあい、間合いを測るような沈黙が下りる。

 

「これで終わりか? いささか食い足りぬな」

 

 余裕綽々な笑みが腹立たしい。

 事実としてこちらの最速に対し、余裕を持って対応された。

 分かってはいたが、単純なスペックにおいて大神であるネルガル神と比べてこちらは劣っている。

 そして特段戦術や戦闘技能に優れているわけではない俺では対応が厳しいと言わざるを得ない。

 

「…………」

 

 俺は無言のまま、対抗策に頭を回す。

 とりあえずあの強烈な炎熱に備え、簡易の防具となる外套を躯体の一部から生成する。

 デザインはネルガル神が纏う大きな切れ込みが入ったマントに似た外套をそのまま真似ることにした。

 ただし色は白ではなく、僅かに藍色を含んだ黒。

 夜の色、冥界の色だ。

 

「フハハ、余の猿真似か。いや、悪くは無いぞ。その平凡な面構えも多少はまともに見れると言うもの」

 

 実利優先だというのにドやかましいわ。

 ちょっと自慢げなドヤ顔が心の底から腹が立つ。

 無邪気に見える分余計にだ。

 

「では今度は余から行こう。早々に斃れてくれるなよ? まだまだ余の遊戯に付き合ってもらわねばならぬのだからな」

 

 (ひらめ)く。

 ネルガル神が口を閉ざすよりも早く、閃光の雨が降り注ぐ。

 視界の端に光と認めるや否や、継承躯体の導きに従って咄嗟に身を捩り、閃光の雨を躱す。

 さらに夜色の衣で躯体を覆い、熱と光を防ぐ覆いとする。

 幸運も手伝い、被害は俺の躯体に線状の赤い火傷が幾つか刻まれるに留まった。

 そのまま躱すために地を蹴った勢いに従って外套に包まった黒い塊としてゴロゴロと地を転がり…。

 

「む…?」

 

 ()()()と平べったくなった黒い衣だけを残してその()()が唐突に消え去る。

 当然、困惑の声を漏らすネルガル神。

 傍から見ればまるで手品のように衣だけを残して俺が消え去ったかのように見えるだろう。

 もちろん消えた訳でも手品を用いた訳でもない。

 俺はとある手管を用いて密やかにネルガル神の足元にまで忍び寄っており…。

 

「―――っ! 下か!?」

 

 地中から生えた両腕ががっしりととその足首を掴んだ。

 ネルガル神も地を蹴って跳び退こうとするが、既に遅い。

 

「その通り」

 

 そのまま満身の膂力を込めて足首を握り潰し、地の底に沈め落とさんとする。

 継承躯体は毒竜バシュムの肉体を鱗の上から千切り取るだけの握力を秘める。

 あと一秒あればネルガル神のアキレス腱をそのまま抉っただろう握撃を。

 

「小癪っ! あまりに小癪っ!」

 

 ネルガル神は憤怒とともに足元から強烈な熱波を大地に向けて吹き込み、無理やりに外しにかかる。

 大概の熱波ならば耐えうる継承躯体だが、流石に大地が融解してドロドロの溶岩となるほどの熱量は許容範囲外だ。

 

()ッ…!」

 

 今この時、大地を焼け焦がすということは、俺の肉体を焼け焦がすのに等しい。

 思わず力が緩んだ隙にネルガル神は地を蹴って離脱することに成功した。

 とはいえその顔に笑みは無い。

 

「チィ…こそこそと。その身に神たる誇りは無いのか、貴様」

「元は単なるありふれた人の果てこそ我が身なれば。御身を相手に誇りを守る余裕などあるはずもなし」

「ハ。まさに必死、という訳か」

 

 俺の言葉に、僅かに苛立たし気な気配が薄れる。

 むしろどこか感心したような気配が漏れた。

 

「―――その方の手練手管、特別に余に向けることを差し許す! 全く持って気に食わん姑息なやり口よ。だが偉大なる余に挑む卑小なる身では致し方なし。あらゆる手を用いて余を打倒せんとする気概、評価してやらんでもない」

 

 うむ、と心得たように頷くネルガル神。

 そんな余は分かっているぞとばかりにドヤ顔されても対応に困るんだが…?

 

「無論余は貴様の流儀になぞ付き合わんぞ。余は天に輝くべき太陽、ネルガルである! 余の歩むべきは王道、正道、覇道にほかならぬ! 前進、粉砕、制圧こそが余の真骨頂よ!」

 

 ある意味では強者の傲慢、ある意味ではフェアな宣言だった。

 強者だからこそ俺のように姑息でみみっちい手には頼らず、そしてそれが向けられた時に卑怯だなどと詰まらないことは言わないという宣言だ。

 

「故に貴様も存分にその躯体(カラダ)を駆使し、余に抗うが良い。『天の鎖』を受け継いだ者よ」

「……」

 

 その物言いに見抜かれたか、と舌打ちするのを何とかこらえる。

 俺の継承躯体は一件ただの肉の身に見えて、さにあらず。

 その本質は変形する粘土細工。

 あらゆる性質、形状を再現する万態の泥である。

 故に冥府の大地と一体化し、密やかに地の下に潜り、忍び寄るのも難しいことではない。

 だが二度目は通じまい。ネルガル神、ただの力押し一辺倒ではない。こちらの手管を見抜く眼力にも優れた戦上手だ。

 

「中々に優れた躯体(カラダ)よな。だが余には不要。何故なら余こそ太陽(ネルガル)! 天に在りて輝く偉大なる炎である!」

 

 その宣言、聖句とともに地の底たる冥府に、あるはずもない光が燦燦と降り注ぐ。

 その正体は言うまでもない。

 

「ッ…!? 太陽の―――」

「然様。余の偉大なる神威、太陽である! 我が分身が照らすは地上のみにあらず。地の底の深き闇すら例外ではないと知れ!」

 

 誇らしげに語る言葉通り、ネルガル神の頭上にギラギラと凶暴に輝く小さな太陽が出現していた。

 本来天に輝くべき太陽が、地の底の冥府に…。

 これこそが神の権能。

 理由も過程も必要とせず、ただ神が斯くあれかしと望めばそうなる、神代の法則そのものである。

 

(なるほど…)

 

 頷く。

 一つ、腑に落ちた気がした。

 

「エレシュキガル様が求めたのはその権能か」

「なんだ、主に聞いておらなんだか? その通り。あの女神は余の権能を欲し、天上へ昇った。余の思惑を見透かしながら、敢えて余の誘いに乗ってな。見上げた強欲ぶりである。

 まあ、如何なる思惑があったにせよ、エレシュキガル自身が我が手に堕ちた以上全ては後の祭りよ」

「それはどうかな」

 

 もう一つ、頷いた。

 エレちゃん様の思惑が読めた気がした。

 イシュタル様と、冥界と、太陽の権能。

 その全てを諦めないために、エレちゃん様は敢えてネルガル神の誘いに乗ったのだ。

 

 確かにエレちゃん様は囚われの身だ―――だが代わりにイシュタル様の身の安全は保障された。

 現状の冥府を相手にイシュタル様を人質に取る意味はないし、もし実行すれば今度はネルガル神の名は地に墜ちるだろう。格下の眷属を相手に何を無様な真似を…と。

 

 ネルガル神の侵攻を受けた冥府が危機に陥っているのも確かだが、逆に言えば()()()()()()()()()()退()()()()()()()()()()()()

 エレちゃん様とイシュタル様を囚われの身から救い出すことも叶うだろうし、ネルガル神から太陽の権能をかっぱぐことも出来るだろう。

 

(善し…)

 

 僅か数手の差し合いだが、ひとまず互いの力を物差しに力量は測った。

 現状このまま正面からネルガル神にぶつかっても勝率はゼロだ。

 かと言って互いの眷属をぶつけ合っても、明確に決着を付けるのは難しいだろう。

 相手は大雑把な概算だが数十万、こちらは《個我持たぬガルラ霊》まで含めれば百万騎に届くかといったところ。

 これだけ大軍同士のぶつかり合いで果たして明確な決着が着くか…。

 さらに言えばネルガル神という大軍を蹂躙できる個がある以上、やはりネルガル神の打倒は必須だ。

 となれば、

 

(裏技、インチキの出番だな)

 

 認めよう、今のまま馬鹿正直に殴り掛かっても勝ち目はない。

 それを認めるのが冥界が勝ち目を見出だすためのスタートラインだ。

 

「……此度の戯れ、ここまでとしましょう。いまこの場では御身には勝てない。それが分かりましたので」

「ほう、中々殊勝な。潔く負けを認める準備は出来たか?」

「まさか。私は勝つためにここを退くのです」

 

 戯れのような問いかけに首を振って答える。

 

「故にこの場は退かせて頂く。私と私の仲間は冥府の奥底で準備万端整えて御身とその眷属を迎え撃つとしましょう」

 

 勝機は薄い。

 だがそれでも勝負を投げ出すつもりはない。

 勝ち目はある…細い細い道筋だろうと、確かにあるのだ。

 

「良かろう。此度の戦、攻め手は余だからな。面倒ではあるが、一つ一つ守りを崩していくのも悪くはない。女の衣を剝ぐのに似た愉悦がある」

 

 邪悪な欲心を浮かべた笑み。

 その笑みに冷ややかな視線を向け、周囲の仲間たちと共に冥府の最奥へと転移する。

 エレちゃん様から冥府神としての権限を少なからず預けられている。俺が持てる分は全てだ。

 その権限を使えば、冥府の領域内ならば空間転移すら可能だった。

 

「皆、頼む」

 

 冥府の門それぞれに戦力は配置してある。

 まずはそこでどれほど向こうの戦力を削れるのか、だな…。

 

 



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「……―――っ! 分かっちゃいたが…」

 

 強い、そう言わざるを得ない。

 大神ネルガルの軍勢は既に六つの門を破り、最後の関門である七つ目の門の攻略に取り掛かっていた。

 冥界の七つの門は招かれざる者を罰し、その権能を取り上げる機能を持つ頑強な防衛施設だ。

 冥府が誇る守りの要の一つでもある。

 ただしエレちゃん様不在によりその機能は大幅に低下し、俺では起動するのが精いっぱいというところ。

 直接的な排除の役に立たない()()()()()()を除けば、ひたすら頑強な城門以上のものではない。

 

「元から簡単に止められるとは思ってない。ない、が…」

 

 もう少し時間を稼ぐことくらいは出来ると思っていたのだが。

 ネルガル神が自身を軍勢の正面に置くことで、その予想は覆された。

 元々地上から冥界の深奥まで続く道はさして広くない。

 そもそも根本的に軍勢を展開することなど考えていない造りなのだ。

 だから冥界の門を守る上での最適解は少数の精鋭を門衛として置くこと。

 とはいえその少数精鋭の当てが冥界には無い。

 ある意味では個我持つガルラ霊全てが精鋭だが、個の戦力という意味では抜きんでた者がいないのだ。

 

「……落ち着け。ネルガル神の神力を僅かでも消耗できたのは悪くない」

 

 元より冥界の七門で決戦を挑むつもりはない。

 各門の前に戦力を置いて向こうの軍勢を少しでも削る。

 その上で預けられた権限を使っての緊急転移による救助を前提とした戦力漸減策に過ぎない。

 エレちゃん様不在の冥府における最大の強みとは個我持つガルラ霊の数。

 つまり物量を生かすには広い合戦場が必要となる。

 そして都合が良い立地は冥府の奥底。このエレちゃん様の宮殿(建設予定地)まで引き込むのが基本戦略だ。

 だからここまでは織り込み済み、なのだが…

 

『フハハ、我が太陽の神威を見よ!』

 

 遠見の鏡で覗いた其処には高笑いを響かせながら無造作にガルラ霊達を蹂躙するネルガル神の姿が在った。

 王錫に似た杖を一振りすれば何処からともなく強烈な光線が武器を構えて突っ込むガルラ霊の軍勢を焼き、一声かければ背後の眷属達が軍勢に開いた傷口を食い破りにかかる。

 

稲妻(ムタブリク)追跡者(ティリド)。思うさま食らい付け』

 

 その号令に応じ、ひと際巨大な死霊―――十四の病魔の二柱がガルラ霊達を薙ぎ払っている。

 十四の病魔以下の死霊達…ネルガル神がその権能で命を奪い、支配下に置いた無数の死霊達の勢いも凄まじい。

 ()()()()()()()()()()()()()()猛烈な勢いで打ちかかってくる。

 最早蹂躙としか呼べない、一方的な戦いだった。

 それでも俺が逐一戦況を把握し、限界を迎えた者や致命傷を食らう直前になんとか退避させてはいるが…。

 

『天空にあって我が輝きに勝る者無し! それは地の底、冥府であっても変わらぬと知るが良い!』

「……実際、言うだけのことはあるな。これは」

 

 やはり太陽の輝きは冥府に属する者と相性が悪い。

 迎え撃つガルラ霊も決して弱兵ではない。

 地上で揃えた装備や冥府で鍛えた魔術礼装を装備し、眷属相手ならば十分に戦えている。

 ただやはりネルガル神という圧倒的強者、それも冥府に特攻となる太陽の属性を持つ神格がいるのが辛かった。

 

「最後の門も突破されたか…」

 

 となるともうすぐここ…宮殿という名のだだっ広い空間に残存する全てのガルラ霊を集結させてある。

 ここからはこれまでの小競り合いとは規模の違う万単位の軍勢と神性同士がぶつかり合う、神代有数の大戦となるだろう。

 如何せん、主力となる神性の格で圧倒的に負けているのが痛いが…。

 

「今更か」

 

 そう、今更だ。

 いまこの一瞬に全てを尽くす。

 それ以上のことなど誰にも出来はしないのだ。

 俺は仕掛けの一つを起動すると、総勢十余万騎の個我持つガルラ霊達とともにネルガル神を出迎えるために腰を上げた。

 

「正念場、というやつだな」

 

 そして最後の砦でもある。

 ああ、だがどうか易々と冥府の支配権をくれてやるとは思うなよ?

 俺達はここからがしぶといのだ。

 

 ◇

 

「見事な統率である。まさに一糸乱れず、と言ったところか。誉めてやろう、名も無き冥府の神性よ」

 

 さして間を置かず、二度目の再会。

 その第一声はやはり上から目線の賞賛だった。

 代表として俺がガルラ霊の集団の前に立ち、その背後では数えきれない数のガルラ霊が整然と隊列を組んで待機している。

 ざわめきの一つもない完璧な統率……に見える。

 だがその実態は有り余る殺意を抑え込み、一刻も早く目の前の侵略者を殺害するためにウズウズしている狂信者の群れ…が正しい。

 

「我が功績ではなく、我が主の威光の賜物。賞賛には及ばず」

 

 ああ、いや本当に。

 例え皮肉のつもりだろうと、そこは訂正しておきたかった。

 

「クハハ、どうでもよいわ。さて、小競り合いはお終いか? ようやく互いの軍勢をお思う存分にぶつかり合わせることが出来るな。心躍るわ」

 

 言葉通りに楽し気な、戦意に満ちた顔。

 自分が負けることなど考えてもいない、そういう顔だ。

 冷ややかな視線を向けるが意に介した様子もなく。

 あまつさえ、エレちゃん様を侮辱する言葉すら投げかけてきた。

 

「しかし、返す返すも愚かな女神よな。むざむざと余の手中に堕ちたことに如何なる思惑かは知らぬ。知らぬ、が……この惨状は予測が出来たはずなのだ」

 

 ネルガル神は言う、この結末はお前たちの不手際。自業自得であると。

 

「何より愚かしいのは冥府をただ開拓したことよ。

 この不毛の地を拓く。それは良い。そしてその大難事をやり遂げたこと。これも称賛に相応しき偉業よ。偉大なる余を以てして、偉大であるとしか言えぬ」

 

 言葉に虚偽の気配は無い。

 確かに畏敬の念を以てネルガル神は冥界の開拓事業を称賛していた。

 もちろんただの賞賛では終わらず、続きがあったが。

 

「だが、自らの強大さにかまけ、姉妹神(イシュタル)という己が隙を晒したのは不手際よ。事実、こうして余の手によって冥界は蹂躙されようとしている。他者の手によって育てられた果実をもぎ、思う存分欲するままに貪る。さぞ美味であろうなぁ?」

 

 二ィ、と煽るような笑みを浮かべ、嘲るネルガル神。

 それは見え透いた挑発だった。

 だが挑発と分かってなお、俺の背後で整列するガルラ霊の軍勢から()()()と熱気のような殺気が溢れ出す。

 俺たちガルラ霊にとって、エレちゃん様の侮辱は到底許して置けるものではない。

 開戦直前でなければ、何人かは怒りに身を任せていたかもしれない。

 

「かの女神が持つべきは慈悲ではない。姉妹の情に流されず、イシュタルめを捕らえ、虜囚とする非情さよ。それを怠った弱者が強者に食われる。冥府が余の手に堕ちようとしている現状こそがそれを証明しておるわ」

「……………………」

 

 ああ、確かにネルガルが言うことは()()()

 結局のところ、エレちゃん様が、俺達が冥界のためを思って最適解を実行し続ければこの惨状を避けることが出来たかもしれない。

 あの時、イシュタル様の気持ちなど一顧だにせず俺の宝具を展開し、無理やりにでもその身柄を冥府の管理下におけば恐らく冥府は神代が終わるまで安泰だったかもしれない。

 でもなあ、そんな有り得たかもしれない未来を考えた上で俺はこう思うのだ。

 

「―――ふざけんな、クソッたれ。犬の糞より薄汚い言葉であの方を語るな」

 

 冥界にそんな正しさは必要ないと。

 

「ほう? 余の言葉に価値なしと侮辱するか」

 

 むしろ楽し気にネルガル神は応じた。

 

「価値が無いどころかいまあんたは自身の無様を満天下に晒したぞ、愚かな神様」

 

 用心を怠った者が悪い?

 狡猾さを持たなかった善良さが悪い?

 

(馬鹿言ってんじゃぁねえ…!)

 

 なんだ、それは。

 そのクソッ垂れた理屈を自慢げにペラペラと垂れ流すお前が、あの子を笑うのか?

 

「いちいち都合の良い強者の理屈でテメエを正当化しなきゃ冥府を()れないのか、身下げ果てた下衆野郎。

 その傲慢さを詰め込んだ空っぽの頭に大事なことを教えてやるよ」

 

 一息、吸い込み。

 俺は心の底からの怒りと共に、冥府に陰々と響く絶叫を放った。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!?」

 

 いいや、違うな。

 言葉は正しく使わなければ。

 

「ああ、悪党は言い過ぎたな。正しくは悪党にも成れない卑怯者! 言い訳の一つも無ければ悪党の真似事すら出来ない、煌びやかな肩書きだけの犬畜生―――それが太陽神ネルガルの正体だ。

 自分で自分の名前に思う存分糞を塗りたくった気分はどうだ? 教えてくれよ、神様」

 

 まさに神をも畏れぬ罵倒を、俯いて表情が伺えないネルガル神へ思う存分叩きつける。

 自尊心の強い神性ならば俺を八つ裂きにせんと気炎を上げるだろう、痛烈な罵倒を。

 

「クハハ―――負け犬の遠吠えが心地よいわ」

 

 ネルガル神は明確な嘲笑を浮かべ、俺の叫びを踏みにじった。

 ただ力こそが全てなのだと己が言葉を証し立てるかのように。

 ある意味では一本筋の通った、俺の言葉を歯牙にもかけないその立ち姿に、腹の底を焼く黒い憤怒の炎が燃え盛る。

 

「結末は変わらぬ。あの女神は我が手に墜ちた。貴様らに、あの女神に救いなど無い」

 

 どす黒く燃え盛る炎を紙一重の理性で以て制御する。

 ただ怒り、燃え尽きるだけの無様はもう晒さないと、あの王様に約束したのだから。

 だから正しく怒る。

 

「いいや、ある。勝ち目はある―――救いだってある。いいや、()()()()()()()()!」

 

 怒るべきことを、その怒りを正面からネルガル神にぶつけよう。

 だって、あんまりにもあんまりではないか。

 こんな結末は、例え全ての神が認めようと、俺だけは絶対に認められない。

 何故なら……。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

 この時零れ落ちた俺の叫びこそが、きっと俺が初めから彼女に抱いていた()()だった。

 もう記憶も朧げな時の果てで、彼女の生き様を垣間見た。

 その時俺は思ったのだ。

 自らを傲慢と知って、滑稽と知って、それでもなお―――()()()()()()()()()()()()()()()と、理不尽な怒りを抱いた。

 

「頑張ったんだ、あの子はあんなにも頑張っていたんだ!」

 

 彼女と出会い、彼女を助けると誓ったすべての始まりを思い出す。

 擦り切れそうな精神を奮い立たせ、ただ冥府のためと尽くし続けた彼女を。

 全てはあの出会いから冥府を開くための戦いが始まり、いま、ここに続いている。

 嬉しかった。

 歩む道程の中で少しずつ増えていくあの子の笑顔が、歩み続けた足跡が目に見える成果となったことが。

 そして何よりも俺と彼女だけではない、同じ思いを共有できるたくさんの仲間(ガルラ霊)が出来たことが。

 

「あんな健気で、努力家で、自信が無いのに責任感が強くて、誰かのために戦える娘が、報われないなんて嘘だろうが!!」

 

 だから俺はネルガルを許せない。

 あの子が得るべきささやかな幸せを無惨に踏み躙ろうとしている、ただ強くて偉大な()()の神様が心の底から気に食わない!

 

「神様があの子を救わないなら、俺…いいや、()()がその結論を否定する」

 

 誰かのために頑張れるあの子にどうか救い有れ。

 それこそが俺のスタートラインだ。

 救いを求めて祈る神にこそ救い有れと祈った、身の程知らずの愚か者の戯言。

 初めて会った時、王が身の丈を弁えないド阿呆と評したのは全く的確だったわけだ。

 けれど同じ思いを抱いたのはきっと、いや絶対に俺だけではない。

 

 

 

 

 

 ()()()()()()()―――()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 俺は一人ではない。

 絶対に一人ではないのだ。

 

「……お前の意気を認めよう、祈る者よ。その祈りは尊きものであると。だがそれでもお前の祈りは届かない」

 

 俺の叫びに価値を認めたのか、神妙な表情で応じるネルガル神。

 だが変わらず握る王錫には神力が漲り、むしろその戦意は高まったように見えた。

 

「いいや。まだ、まだだ」

 

 勝利の道筋は確かにある。

 逆転のカギのありかを俺は知っている。

 

「まだ何も終わってなんかいない…」

 

 そう、全てのカギはドラ〇もんが握っている…!





※この小説は全編大真面目(シリアス)成分で出来ています。
 二部五章終盤で地球国家元首 U-オルガマリーを出した公式を信じる作者を信じろ…!


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 いつだったか……そう、冥府の技術班が魔術礼装《宝石樹》を開発した時だ。

 ドラ〇もんがひみつ道具を取り出すときの効果音を口ずさんでるガルラ霊がいた。

 その時は大概のことをスルーしなければ精神衛生上多大な被害が出る冥界という環境に慣れ切ったゆえの弊害で、特に気にせず流してしまった。

 言うまでもない当たり前のことであり、今更ながらに突っ込みを入れるような話ではないのだが…。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 当然の話が当然の話であるならばそれは前提そのものが逆転する。

 メソポタミアの冥界と俺がかつて生きていた時代、あるいは類似する世界は()()繋がっているのだ。

 ならば今も何かしらの媒体を通じて、冥界の危機を観測している()()がいてもおかしくはない…というよりもいるはずだ。

 死後、遠い未来から冥界にたどり着くまで必要なのは無限とも思えた道程を歩き続ける意志の力。

 その意志こそが冥府への片道切符となる。目標が無ければ、意志は持てない。

 例えば俺のような、メソポタミアの冥界でエレちゃんに仕えたいだけの人生を送った俺の同類が()()にいるはずなのだ。

 ならば話は簡単だ。

 

(みち)があるならば広げればいい。声が届かないなら叫べばいい。助力が必要ならば助けを乞えばいい! 俺達ならそれが出来る! 俺達の声を聴いた()()は絶対に助けてくれる!」

 

 確信が、ある。

 自慢にならないが、戦いなど俺の領分ではない。

 いいや、俺一人で成し遂げたことなどほとんどない。

 何時だって、俺は誰かの手に支えられて、俺に出来ることをやってきた。

 だからまた同じことをしよう。

 今も俺たちを見ている()()に向けて、伝えよう。

 

「古代シュメルの至宝、万能の願望機たるウルクの大杯に願う―――」

 

 元より俺に出来るのは、誰かに向けて手を伸ばし、誰かにその手を取ってもらうことだけなのだから!

 

「いま冥府を観測する()()()者達に俺の声を伝え、助力を得るための(みち)を開け!」

 

 聖杯、万能の願望機としての機能を持つウルクの大杯ならばそれが叶う。

 細くとも路は通じているのなら、可能性はある。

 そして可能性があるのなら過程を無視して実現なさしめるのが聖杯だ。

 

「例え其処が時の果て、世界の果てだろうと!」

 

 これはただ()()()()()()()

 俺の叫びを聞いた()()が応えてくれる保証など無い一種の博打。

 だが強制力を持たない分、ただひたすらに俺の呼びかけを届かせる範囲をデタラメに拡大させる一種の極致。

 

「俺と同じ、頑張り屋なのに幸せになるのがヘタな女神様を助けたいと思ったあんた。この声が聞こえるのなら―――応えろ!」

 

 指に、淡い感触が触れて…消えた。

 呼びかけに答えた()()()の存在を感じ取る。

 声が届いた向こう側、薄皮一枚を切り裂いた先に、確かに指を引っかけた。

 

(ダメだ、まだ足りない―――!)

 

 このままじゃあ、引っかけた指が離れてしまう。

 やっと届いた希望の欠片が、虚しくこの手をすり抜けてしまう。

 だから、頼む。

 

 

 

 

 

「手を、伸ばしてくれ! 一瞬でいい、ほんの少しでいい! 頼む、あなたから一歩を踏み出して、俺の手を取ってくれ!!」

 

 

 

 

 

 千の願いを、万の思いを込めて、ただ助けてくれと祈る。

 俺と同じ思いを抱いた()()へと祈りを向けた。

 そして、永劫に思えた刹那が過ぎ去り…、

 

(あ…)

 

 確信する。

 確かにこの手を握る感触がある。

 

()()()―――!!」

 

 いいや、()()こそが俺の手を掴んで離さないのだ。

 握りしめた手のひらに渾身の力を込めて引き寄せる。

 世界の理、守るべき道理を蹴飛ばして、今この一瞬だけは無理無茶無謀を押し通す。

 

(次――ー)

 

 そして、もう一つ。

 聖杯で開いた(みち)はさして広くない。

 無力な霊魂の姿で現れるだろう援軍達に、(カタチ)を与える必要がある。

 故に、

 

いまだ遠き(コール:)―――」

 

 第二宝具、()()

 聖杯の力を使い、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「―――幽冥永劫楽土(クルヌギア)!!」

 

 是なるは我が最強、我が必殺。

 あらゆる時間軸、あらゆる平行世界から俺と絆を結んだ魂魄を無制限に呼び招き、疑似英霊として(カタチ)を結ぶ魔法に近い域の大宝具『いまだ遠き幽冥永劫楽土(コール:クルヌギア)』である。

 

「悪神の手を払い除け、幽冥たる冥府をいまだ遠き楽土へ繋げるために―――来たれ、我が同胞!」

 

 (おう)、と声ならぬ声が冥府の深淵に木霊する。

 一つではない、二つでもない。

 次から次へと、鳴り止まぬ潮騒のように、荒れ狂う嵐のように無数の声が響き渡る

 

「―――来た」

 

 ()()()()

 淡い黄金の波紋が、冥府を照らすかのように幾つも幾つも現れ始める。

 

「来た、来た、来た…来たぞ―――!」

 

 世界を、時間を切り裂いた黄金の波紋のただなかから、綺羅星の如き輝きを示す数多の魂が濁流の如く冥府に氾濫した。

 氾濫する霊魂は俺の宝具を受けて次々に真エーテルで出来た仮初の肉体を得る。

 続々と肉体を得た霊魂は冥府の大地に立ち上がり、確かな意志を瞳に宿してそれぞれに雄叫びを挙げた。

 これで、叶う限りの準備は整った。

 

「行くぞ、太陽神(カミサマ)

 

 我が背に控える総戦力―――魂魄流入継続中のため計測不能。

 ただ莫大、あるいは無数と称するのが正しい超戦力である。

 

太陽()権能(カガヤキ)は十全か?」

 

 この一幕を不敵に笑い、見守っていた太陽神(ネルガル)へ問いかける。

 冥界の戦力が爆発的に増加するのを黙って見逃がしたその真意は果たして…?

 

「クハハ―――貴様らのか細い魂の輝きを掻き消して余りある暴威(ヒカリ)。それこそが余である!」

 

 対し、輝ける太陽の神は寝かせた美酒の開封を待ち望むが如き、混じりけのない高揚を示した。

 敢えて冥府の戦力が整えるのを待っていたのも、ただの傲慢ではない。

 

「貴様らは群れ、余は配下を従えた一柱(ヒトリ)の神だ。だが貴様らという無数の小さな光を食らう巨大な一だ! ああ、これでこそ食らい甲斐があるというものよ! 貴様らの全てに打ち勝ってこそ、我が神威は一層輝く! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!?」

 

 冥府の全てを真正面からねじ伏せ、打ち倒すことで己が支配者たるに相応しいことを示す―――強大にして不遜、なれど誇り高き神の矜持である。

 

「良いだろう。この無数の(カガヤキ)を搔き消し、打ち倒せるというなら冥府の支配権を持っていけ」

 

 ああ、なるほどと俺の中で腑に落ちるものがある。

 俺は心の底からネルガルという神が気に食わないが…その誇り高さという一点は認めざるを得ない。

 これだけやっても負けならいっそ諦めもつくと言うものだ。

 もちろん、負けてやる気など一欠けらも無いけどな?

 





 いつだったか《個我持つガルラ霊》を当時のUA基準で十余万騎と記述していました。
 とはいえ冷静に考えるとその後もUAは増えていくし、純粋な読者の数も増えていくわけで…。
 そうなると十余万騎で区切ったのは失敗だったかなと考えまして(流石にそこまで読者人口はいないでしょうが、気分的に)。
 リセットも兼ねて、ウルクの大杯の力を借りて平行世界の隅々まで声をかけさせていただきました。
 募集制限も締め切りもなし。というわけでここまで読み進めた名誉ガルラ霊の皆さんは冥界までご招待だ!

 そしてようようネルガル神との決戦です。
 対ネルガル神討伐アイデア募集を正式に告知いたします。

 格好いいアイデアと格好いいセリフをガンガン投稿お願いします!
 そこから作者がなんか上手い感じに作品に落とし込むので。

 とりあえず世界観やこれまでのストーリーに沿うアイデアなら大概はオッケー。
 エレちゃんにも秘密で他所の冥界からパチってたケルベロスの幼体を育て切ったガルラ霊がいた()()()()()()()()し、冥府に敷いた溶岩流路の流れを変えて今回の決戦に用いても良い。
 事前準備(を描写の裏側で実施したというアリバイ)と聖杯というチートがあれば大概はなんとかなるやろ(慢心)。

 詳細な条件やアイデアを投稿する場所については、土ノ子の活動報告をご覧ください。
 感想などにアイデアを書き込まないようにお願いいたします。

 皆さんの神殺しメソッドをお待ちしております。
 それじゃ皆の衆―――最終決戦じゃあああああぁっ! 手柄首を挙げよっ!


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 大変長らくお待たせしました。
 皆さんからいただいたアイディアを取り込んだ対ネルガル神討伐戦の後半となります。
 取り込めなかったアイデアなどもあり、そこは申し訳ないのですが、全て拝読し色々と刺激を頂きました。
 ネルガル神討伐戦アイデア募集企画にご参加頂き、誠にありがとうございました。

 本編をお楽しみいただければ幸いです。



 また、ネルガル戦における推奨BGMは『現実という名の怪物と戦う者たち』。
 このお話だけではなく、第一部が完結してからネルガル戦を通しで読みながらBGMにすると多分もっと味が出る、はず。



 

 

 さて、戦争開始だ。

 余裕を見せてこちらの出方を待つネルガル神に先んじて第一手を打つ。

 

「まずはその軍勢を分断する」

「ム―――」

 

 エレちゃん様より貸し与えられた冥界の権限を最大出力で行使。

 ネルガル神の軍勢がここに来るまでに潜った冥界の門には()()()()()()を施したと語った。 

 そのとある仕掛けとはマーキング…つまり、ネルガル神の軍勢を分断し、各個撃破するための大規模転移に使うための()()である。

 

「小癪―――!」

 

 こちらの魔力の胎動に反応し、陽光を収束した強烈な熱線を幾重にも照射する。

 最大出力で冥界権限を行使中の俺は回避、防御のいずれも不可能。

 しかし、

 

「ヌルい」

「舐めるな」

 

 応じるは我が同輩、《個我持つガルラ霊》達。

 特に《玻璃の天梯》と《宝石樹》の制作・普及に深く関わった者達だ。

 

「貴様が操るのは如何に強大でも()()()()()()。ならば我らが傑作ならば凌げぬはずが無い!」

 

 そう、この二種の魔術礼装は本来太陽の光を冥府に導くためのもの。

 陽光を集め、散らし、留め、流し、束ねるなど様々な機能をもつ。

 加えて冥界そのものと密接に結びつく巨大な儀式回路(サーキット)でもある。

 莫大な許容量を有するこれら二種の魔術礼装を十全に酷使すれば太陽神の振るう神威と言えど一撃二撃を耐えることは十分可能だ。

 

「状態を集光・拡散から吸収・放出へと移行。光量吸収上限を一時的に解除。全《宝石樹》から攻勢端末(ビット)を展開―――」

 

 彼らが振るう制御用の魔杖に応じ、地上と冥界を繋ぐ《玻璃の天梯》が、冥界のあらゆる個所に敷設された《宝石樹》が(リン)と輝く。

 《宝石樹》から展開された無数の端末(ビット)がガルラ霊達の前面へと集まり、六機一組で正六角形となるように配置される。

 そして端末同士が純粋な陽光で繋がり合い、正六角形で出来た鏡のような陽光吸収陣を数えきれないほど展開し…ネルガル神が放つ太陽光線を受け止める!

 

「宝石の華々よ、光を呑め!」

 

 宙を舞う無数の端末(ビット)の姿はさながら宝石から成る華の如く。

 脆く、儚げな見かけだが、されどその性能侮りがたし!

 輝く鏡面の如き陽光吸収陣はネルガル神が振るう太陽の神威を飲み込めるだけ呑み込んでいく。

 一つの陽光吸収陣では足りず、次から次へと端末(ビット)を前に押し出して少しずつ陽光を飲み込み、削っていく。

 時に許容量限界を超えた端末(ビット)が砕けながらも、ネルガル神が繰り出した無数の熱線は、遂に《名も亡きガルラ霊》に届くことなく冥界の闇に飲み干された。

 

「なんとっ…!?」

 

 混じりけの無い驚嘆をネルガル神が浮かべる。

 手数を優先したとはいえ、込めた神力は相応のもの。

 それを神格でもなんでもないただのガルラ霊が防いだのだから驚くのは当然だろう。

 

(こんな機能、本当なら冗談で済ませておきたかったが…)

 

 こんなこともあろうかと、と馬鹿騒ぎをしながら作った《玻璃の天梯》と《宝石樹》の戦闘モード。

 本来ならばただの光源インフラに過ぎない魔術礼装に持たせた、全く不要な機能である。

 人生どこで何が役に立つか分からないものだ、と胸の内で苦笑を漏らしつつ、仕事は果たしたぞと彼らの頭目へ視線を送る。

 彼らの働きによって時間は十分に稼いだ。

 そうして準備を済ませた《名も亡きガルラ霊》が、冥界権限をもって

 

「深き暗闇に惑え、冥府の七門を潜りし者達よ! 貴様らが向かうは死地、我らが(アギト)のただ中と知れ!」

 

 それは極大規模の空間転移。

 数十万の軍勢をマーキングに従い、六つの集団へとばらけて転移させる大技だ。

 

「もともとこっちは全軍纏めての決戦に挑むつもりなんざ無いんでな!」

 

 敵う限り敵は分断して各個撃破すべし。

 戦術の基本であり、不意を衝いての奇襲にもなる。

 各戦場ではそれぞれ二柱の『十四の病魔』と数万の眷属集団を相手にすることとなるだろう。

 もちろん隊列を組んだまま転移させるような親切を施す義理は無い。

 敵軍はバラバラの統制が取れないまま戦うこととなり、かなりの援護となるだろう。

 ……そして逆に言えば、俺が出来る援護はここまでだ。

 

「そっちは任せたぞ、みんな!」

 

 分断した戦場の数はネルガル神が残るこの本陣を含め、七つ。 

 此度の争乱で選抜したガルラ霊達に本陣を除く六つの戦場の差配は任せてある。

 後の世で冥界四十将と呼ばれる者達。

 幾人かは開闢六十六臣も兼任する冥府の将帥達である。

 

「……」

 

 後に残るは、ネルガル神と二柱の『十四の病魔』である『稲妻(ムタブリク)』と『追跡者(ティリグ)』。そしてなお万単位で蠢くネルガル神の配下達である。

 一呼吸分の沈黙を挟み、随分と数を減らした己が軍勢を一瞥したネルガル神は冷ややかにこちらを見据えた。

 

「小細工をするものよ…」

「だが有効だからこそその小細工を潰そうとした。違うか?」

 

 不機嫌な気配が、俺の問いに是と告げていた。

 

「確かにな。『十四の病魔』はエア神から借り受けた従僕ども…。そのせいか使い勝手が悪くてな。我が意に従えど、我が意を酌もうとはせぬ」

「日頃から自らの配下と心を通わせないからそうなる」

 

 その点ウチの冥界を見てみろ。

 ネルガル神、あんたへの敵意で見事なまでに心を一つにしているぞ。

 それこそ俺が手綱を取るのに苦労するほどに…。いや、本当に。

 有効だが冥府にもダメージ入る手法を躊躇なく提案してきやがったからな…。

 冥府への被害を理由に却下しても、後始末は全て自分がするからと押し切られたし。

 

「……配下の機嫌を伺うなどそれこそ余のような大神に相応しからざる所業よ。余は孤独にあらず、孤高である!」

 

 あ、なんか謎のクリティカルヒットが入ったっぽい。

 微妙に目が泳いであるあたり自覚がありそう。

 挙句の果てに自分から孤高(ボッチ)を自白し始めましたよこれは…。

 これは煽り甲斐がありますなぁ(邪笑)。

 

「ならば一丁比べ合いはいかが?」

「比べ合いとは?」

「然様。我らが同輩と御身の配下。果たしてどちらが勝るか。お受けするや否や?」

「ハ…。見え透いた挑発よ」

 

 こちらの煽る言葉に、ネルガル神は失笑をもって答えた。

 ネルガル神という敵方の最大戦力を縛る時間が増えるほどこちらが有利になる。

 そんな思惑も巨海の戯言だが…。

 

「余は傲慢なれど、愚かではない。貴様らの術中に嵌りながらむざむざとこれ以上の勝手を許すほど、目を曇らせる気にはなれぬな」

 

 流石に自らの不利を飲み込むほど傲慢ではないか。

 ならばあとは精々それぞれの戦場を差配する者達の手腕に期待するしかない。

 

「みんな、任せるぞ…。いやマジで」

 

 なにせ俺にはこれからネルガル神の打倒という大仕事が待っているのだから。

 

 ◇

 

 第一の戦場。

 そこは本陣と同様にひたすらにだたっぴろい荒野。冥府の片隅にある未開拓領域だ。

 だが異常なほどに蒸し暑い。冥府に相応しからざる、まるで温泉でも湧いているかのような蒸し暑さだ。

 

「…………」

 

 そして無言のまま戦場を眺めるガルラ霊たち。

 個の戦場でガルラ霊の差配を司るは冥界の開拓…特に冥界を覆う水路と溶岩流路の整備にて名を馳せたガルラ霊達である。

 

「……鴨打ちだな」

 

 呟く。

 眼前の戦場では轟音と砲声が絶え間なく響き、ウルクから譲られたディンギルを景気よくガルラ霊たちがぶっ放していた。

 とはいえ準備万端整え、手ぐすねを引いて待ち伏せていたのだからこちらの術中に嵌ってもらわねば困る。

 その弾丸はウルクから提供されたラピスラズリにガルラ霊達が満身の怨念と魔力を込めたもの。

 エゲツナイ威力でネルガル神の眷属を盛んに追い立てている。

 

「ヒャッハー!」

「キャッホー!」

「汚物は消毒だー!」

「ネルガル神の手下は殲滅だー!」

 

 なおその砲手達は大分頭がおかしい発言を叫んでいた。

 ネルガル神への敵意、エレシュキガルを案じる焦燥、溜まりに溜まった鬱憤が爆発してトリガーハッピーと化しているのだ。

 異様にテンションが高いが、いつもならもう少し…もう少し? 冷静で頼れる奴らなのだ。

 

「…………」

 

 まあ、気持ちは分からんでもない。

 というかネルガル神とかいう憎らしいあん畜生の手下を思う存分殴りつける機会など全てのガルラ霊が先を争って欲しがるものだ。

 ここの指揮官騎も彼らの女神を捕らえたネルガル神は絶対に許さねぇと怨讐の念を蓄えていた。

 

「もう少し…」

 

 そのためにも、もう少し戦場の天秤を傾ける必要があった。

 敵方の軍勢を押しやられつつある形勢を見定め、呟く。

 

「いま少し…もう少し奴らを奥へ押し込め」

「承知」

 

 指揮官騎の令に従い、ディンギルを操るガルラ霊達が一層砲撃を苛烈に撃ち放つ。

 伝令の類は不要。

 なにせ彼らの最上位騎は《名も亡きガルラ霊》。

 ただその繋がり一つで奇跡を手繰り寄せた、ある種の傑物だ。

 こと()()()ことにかけて他の追随を許さない。

 その繋がりはいまも維持され、全てのガルラ霊は声を交わさずとも意思疎通が叶う。

 少なくとも同じ戦場にいる同胞ならば何の遅滞もなく可能だ。

 

「……他の戦場の詳細が知れぬのは痛いが」

 

 とはいえ、百万に届こうかという大軍がただ相互に意思疎通が可能となるだけでは混乱の元。

 冥界開拓の際に推し進めたガルラ霊達の組織化。

 アレが無ければ今頃引っ切り無しに意思疎通のための念話が飛び交う地獄絵図となっていただろう。

 

「雑念だな」

 

 いまは眼前の戦場に集中すべし。

 

「―――!」

 

 そう思う間も、戦場に動きが現れる。

 敵方の主力、あるいは指揮官にあたる二柱の『十四の病魔』。

 見かけは腰から下のない浮遊する巨大骸骨である彼らが、各々の有する権能を振るったのだ。

 彼らの名は『熱病(リーヴ)』と『悪寒(フルバシュ)』。

 その名の通り、疫病を神格化した恐るべき悪霊である。

 

「こちらの兵が…!?」

 

 見据える戦場の先、バタバタとこちらのガルラ霊が倒れていく。

 二柱の『十四の病魔』を中心に、寒々しく不吉極まりないエネルギーが強烈に放射されているのを感じ取る。

 あれこそ彼らが司る病魔の権能、その一端。

 だが、

 

「冥界を甘く見るな…! 貴様らの権能は対策済みよっ!」

 

 無論、冥界としても攻め寄せてくるだろう敵手の得手をそのままにしているはずがない。

 専用の魔術礼装をキッチリと用意してあった。

 

「前衛部隊及び砲撃部隊に告ぐ。魔術礼装を起動せよ!」

 

 その号令を聞いたガルラ霊達が次々と取り出した魔術礼装に魔力を通し、起動していく。

 魔術礼装の名は《純潔の護宝》。

 その素材は金剛石(ダイヤモンド)

 語源はアダマス、即ち『征服されざる者』を意味する。自然界で最も硬く、清澄な透明度を誇る宝石(パワーストーン)である。

 その硬度故に純潔、無垢、永遠の絆を象徴する宝石を加工し、金剛石が持つ特性を最大限に引き出した魔術礼装がガルラ霊達を守った。

 病魔を退ける魔除けの類は古代から連綿と作り上げられてきた代物。

 それも神代のガルラ霊が最高の素材を元に手間を惜しまず作り上げた最高級の逸品達だ。

 

「おお…」

「おおぉ…!」

「こ、この程度…」

「疫病神、なにするものぞ…!」

「我ら、冥府の眷属なり」

「誇り高き女神に従う、不屈の臣下なり!」

 

 胸に下げた呪詛除けの魔術礼装が彼らを襲う悪寒と熱病を防ぐ。

 倒れ伏したガルラ霊達も手に持つ槍を支えに続々と立ち上がり、戦線復帰していく。

 

「今一押し、押し込めぇ―っ!」

雄雄雄雄雄雄雄(おおおおおおお)ォ―――ッ!』

 

 指揮官騎の号令に従い、砲撃部隊のガルラ霊達が咆哮で応じた。

 ガルラ霊達の恨みつらみの魔力が籠ったディンギルの一斉射が『十四の病魔』を押し込み、砲撃から漏れた眷属達を前衛部隊が槍で突いて対処していく。

 

「……よしっ!」

 

 そしてようやく、狙っていた位置・範囲にまで敵軍を押し込めた。

 あとは事前に仕掛けていた準備を起動するだけ…だが。

 

()()()()…いや)

 

 一瞬、躊躇う。

 これから取る手は叶うならば実行したくはなかった。

 だが同時にやれるとすればそれは我らを置いて他に無し。

 

「やりましょう」

「応」

 

 友が、同胞が、指揮官騎を促す。

 ―――なによりも女神エレシュキガルの危機である。己らの意地など何ほどのことが在ろう。

 

「我ら、善きガルラ霊なり。女神の幸せのため、為すべきを貫徹する、冥府の臣下なり!」

 

 彼らもまた、《名も亡きガルラ霊》に負けず劣らず女神エレシュキガルに心服したガルラ霊である。

 彼らが取り組んだのは冥界の過酷過ぎる環境そのもの。

 乾いた冥府に潤いを、魂を凍て付かせる酷寒に温もりを。

 そのために冥府の隅々まで水路と溶岩流路を引いた。

 

「本来これらの流路は冥府の魂を安らがせるための潤いであり温もりであった…」

 

 正直に言えばこのような争いに持ち込むことは不本意だ。

 なれど、いまは冥界危急の時。

 非常に徹しろ。それこそが冥府の助けとなるのだから。

 

「皆に命ず―――堰を打ち壊せ! ()()()()()()()()()()()()()!!」

 

 冥界中に引いてある水路と溶岩流路。

 これ、実用上の問題から冥界の地下空洞部分に露出している個所ではなく、地下を通っている(みち)も少なからずあったりする。

 そこら辺の設計や採掘は細心の注意を払って水路と溶岩流路が接触しないように張り巡らせているのだが、此度の戦では……敢えてその禁を破る。

 此度の戦場の地下、いま丁度ネルガル神の眷属達がいる場所を囲むように、溶岩流路と水路が張り巡らされていた。

 そして水をせき止めていた仕掛けを打ち壊すことで、更に複雑に掘り進めた水路と溶岩流路が複数箇所で同時多発的に接触する。

 

「総員、防御態勢! 甘く見るな、()()()()()()()()()()()()!」

 

 指揮官騎が張り上げた注意喚起は誇張なく正しい。

 水蒸気爆発。

 その威力は物理的に極めて甚大だ。

 急激に熱された水が水蒸気へ沸騰する時、その体積は一七〇〇倍に膨張する。

 もちろん少量の水が少しずつ水蒸気へ変わるのならば問題はない。

 だが大量の水が溶岩のような超熱量帯に接触し、瞬間的に莫大な量の水が水蒸気へ沸騰すれば……その威力は比喩でも何でもなく()()()()()()()威力となるのだから!

 そうして遂に大量の溶岩と水流が戦場の地下に張り巡らされた流路にて接触する。

 

 轟音―――、衝撃―――、地震―――、飛礫―――……。

 

 指揮官騎が叫んだほんの数秒後、彼らの目論見は実現した。

 そして激烈な威力の水蒸気爆発が下位の神性相当の戦力である『十四の病魔』すら粉々に粉砕した。

 引き換えにあらかじめ準備の上でシェルターに籠ったはずのこちらの兵たちにも予想以上の被害が出たが…。

 必要経費(コラテラルダメージ)だ、止む無しと割り切る。

 どうせ死んでもその内冥府の闇から復活してくる連中なので、指揮官騎の兵卒達の扱いは割と雑だった。

 僅かに生き残った眷属達も、ガルラ霊達が瞬く間に掃討していく。

 

「我らの勝利、か…」

「安堵に浸っている暇はありませんぞ。皆を纏め、次の戦場へ助けに向かわねば」

「ああ、分かっているさ。だが勝ち鬨を挙げるくらいの時間はあってもいいだろう?」

 

 顔を見合わせて笑い合うガルラ霊達。

 何かを期待するように指揮官騎の元へ集まったガルラ霊達に向けて、精いっぱい声を張り上げた。

 

「みんな、この戦場は俺達の勝利だ!」

 

 大音声の勝利宣言に、異を唱える者など居るはずもない。

 両手を天に突き上げ、地を震わせるような勝ち鬨の声が次々に上がる。

 その顔には確かに勝利の喜びがあった。

 

 

 第一の戦場―――勝利。

 



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 第二の戦場。

 そこは本陣や第一の戦場と異なり、街のただ中だった。

 だが人気や活気のない、死んだ街だ。

 かつて死者のために整備されながらも、状況の変化によって廃棄された都市区画である。

 三々五々に分断されて廃棄都市に転移させられた敵軍を近くの小高い丘から見下ろす。

 どこぞの名軍師よろしく羽毛扇をで口元を隠しながら指揮官騎は呟いた。

 恰幅が良い上に落ち着きもある佇まい。

 

「……やりましたな、副王殿。うむ、実によろしい。是、勝機到来なり」

 

 指揮官騎は羽毛扇を軍配代わりに戦場を指し示し、麾下のガルラ霊に命じた。

 廃棄都市に分断して落とされ、右往左往する敵軍を各個撃破するべしと言うは易く行うは難い偉業を。

 

「では手筈通りに行くとしましょうか」

 

 今から始める戦闘に第一の戦場のような、派手で目を引く要素は何一つとしてない。

 ひたすらに地味で、高度な、ただガルラ霊達が積み上げてきた練度をぶつけるだけだ。

 だが()()()()()指揮官騎は思う。我らこそガルラ霊、我らこそ冥府の精鋭なりと。

 その意地をぶつけるような戦いが火蓋を切った。

 

 ◇

 

 ネルガル神率いる眷属の将たる『十四の病魔』。

 『屋根の主(ベールリ)』と『落ちる者(ミキト)』。それぞれ『癇癪』と『失神』を司る彼らは他の眷属よりも一段高い思考力を持つ。

 とはいえそれも《個我持つガルラ霊》達のような臨機応変なものではない。

 思考は機械的であり、従順であっても柔軟ではないと言えば分かるだろうか。

 

『…………』

 

 一言も発さずに同格の魔神と意思疎通を交わしながら、意思統一を図る。

 ひとまずは三々五々に分散され、意思統一のされていない自軍の統制を取らねばならない。

 自らの存在を誇示し、烏合の衆を呼び集めるべしと二柱の意見は一致した。

 

『…………』

 

 遠く離れた場所で二柱は互いに頷く。

 そしてそれぞれがその暴威を振るい、自軍を呼び集める狼煙としようした時。

 

『――――!!』

 

 感知する。

 眷属が、自軍の雑兵の反応が幾つか消えた。

 それも複数の箇所で。

 

『…………』

 

 ほぼ同時に分散された自軍が各個撃破されつつある。

 認識を一致させた二柱はすぐに動き出す。

 派手に廃棄都市を打ち壊し、眷属達にのみ通じる思念を周囲に放射して自分達の元へと集まるよう指示を下す。

 だがそれでも動き出しが遅すぎた…いや、冥府の軍勢が駆る破竹の勢いが凄まじ過ぎたと言うべきだった。

 

 ◇

 

 

『十七番隊、いの四十六へ移動し敵の正面を押さえてください。九十六番隊はへの二十二へ移動。敵軍の側面を衝いてください。無理な攻撃は無用』

 

 指揮官騎が矢継ぎ早に指示を下す。

 発しているのは別に暗号ではない。

 廃棄都市の縦軸をいろは順に、横軸を数字順に割り振り、区分けした数字だ。

 要するに将棋や囲碁のマス目と同じである。

 

『二十三番隊、ろの五十二経由で地下道に潜ってください。合図と共に仕掛けを起動するように』

 

 指揮官騎の眼前には廃棄都市を模した巨大な盤面がある。

 その盤上には幾つもの駒が並べられ、リアルタイムで数多のガルラ霊が忙しなく動かし、刻々と動き行く戦場の姿を捉えていた。

 この戦場図を作るために表に出ない数多のガルラ霊達の協力があった。

 敢えて肉体を脱ぎ捨て、ガルラ霊としての浮遊能力を生かして高所から偵察。この偵察班に三桁を超える数を投入。

 更に偵察班から挙がった報告を陣営のガルラ霊達がマンツーマンで対応。リアルタイムで戦場図の状況を更新していく。

 そうして作り上げられた戦況を俯瞰しながら、指揮官騎が絶え間なく各部隊へ同時進行的に指示を下し続ける。

 彼らの代表、《名も亡きガルラ霊》が繋いだ絆を通じて。

 

「やれやれ、副王殿には苦労をかけてしまいますな…」

 

 この繋がりを維持出来るのは、誰よりも()()に長けた我らの代表のみ。

 その負担は小さくなかろう。

 

「が、その甲斐はあったと言わせてみせましょう」

 

 両軍合わせて十万を優に超える戦場は一人が俯瞰して捉えられるものではない。

 事前に廃棄都市へ何度となく足を運び、その隅々まで記憶し、戦場図と脳裏の記憶を照らし合わせながらの指揮に頭が割れそうになる。

 処理能力の不足を補うため指揮官騎と同化し、その頭脳を貸し与える同胞達が更に多数。

 十万に近い戦力の約三割をバックアップに割り振る、思い切った戦略だった。

 巨大な一個の頭脳として絶え間なくガルラ霊達に指示を下し続ける。

 それでも余裕はない。気分はひたすらに目の前に迫り来る数多の仕事を判断時間一秒で捌き続ける電脳機械だ。

 誰よりも指揮官騎こそが自身を酷使しながら、戦場の差配に全力を投じていた。

 

 

 ―――…………。

 

 ガルラ霊に対し、三々五々に散らされたネルガル神の眷属達もまたこの戦場に対応し、動き始めていた。

 叶う限りに相互に声をかけ合い、ある程度纏まりのある集団を作り上げる。

 戦歴の長い眷属を集団に、簡易的な指揮系統すら確立した。

 そうして出来上がった眷属集団がとあるガルラ霊の隊と交戦する都市の一角にて。

 

 ―――正面に敵影を確認。迎撃する。

 ―――了解。

 ―――了解。

 ―――了解。

 

 ネルガル神の眷属達もまた叶う限りの最善を尽くしていた。

 彼らはネルガル神が操る死病の権能によって命を奪われ、死後の魂を捕らわれた死霊達だ。

 随分と長い間神の頸木に囚われ、人間性を摩耗した彼らはひたすらに従順に、効率よく敵を駆逐するだけの戦人形と化している。

 ネルガル神の支配力に囚われ、決死の勢いで交戦する文字通りの死兵達だった。

 

 ―――戦況優勢……側面から敵の奇襲を確認。数はこちらが多い。一隊率いて抑え込め。

 ―――了解。だが奴ら、どこから現れた?

 ―――建物の影に隠れていたんだろう。ここは死角が多過ぎる。

 

 局所的に数の有利を得て敵軍を押し込んでいた眷属集団だが、少しずつ歯車が狂っていく。

 

 ―――敵の圧力も大したことがない。これなら十分押し込める。

 ―――奇襲をかけてきた奴らも引いた。押し込むなら今だ。

 ―――分隊は引き続き奇襲を警戒。追撃は本隊のみで行う。

 ―――了解。

 ―――了解。

 ―――了解。

 

 潮が引いていくように撤退するガルラ霊達へ矛を向け、盛んに追撃をかける。

 これは、不利な戦である。

 まとまった数を散り散りに分けられ、敵の有利な死地へと飛ばされた。

 ならば有利を得たならば多少無理をしても追撃をかけ、少しでも敵の余力を削っておきたい。

 そう考えた彼らの指揮官の判断は全く妥当だったが…。

 

 ―――?! これはっ!?

 ―――何が…!

 ―――足元が崩れた…っ!

 

 崩落。

 彼らが追撃をかけた、先ほどまでガルラ霊達が足場としていた大地が突然に崩れ落ちたのだ。

 

『奴らは罠にはまった! 弓と投槍で追撃!』

 

 そこにガルラ霊達が逆撃をかける。

 その動きは予め打ち合わせていたかのように淀みなく、完璧な機を狙って行われた。

 

 ―――馬鹿な、奴らどうやって…!

 ―――迎撃を優先するぞ!

 ―――馬鹿を言え、この状況でどうしろと!?

 ―――救援は…分隊の連中はどうだ?!

 

 大混乱。

 ネルガル神の眷属達の狂騒はそうとしか言えないだろう。

 

『まず、狙い通り』

 

 ほくそ笑む指揮官騎の言う通り、これは冥界側の策略である。

 この廃棄都市はガルラ霊が綿密に計画を立てて建造した都市だ。

 故にその構造は熟知している。

 崩れかけた瓦礫に中途半端に整備された道、地下には水路や溶岩流路を通そうとした名残が残っている。

 事前に調べ尽くした地の利を存分に生かし、移動・退避・奇襲に身を隠すのも自由自在である。

 今回は事前に仕掛けを施した地下道を故意に崩落させ、一隊を丸ごとはめる巨大な落とし穴としたのだ。

 かくして落とし穴にはまった本隊には絶え間なく弓矢と投槍が降り注ぎ、分隊にはまた別の部隊が差し向けられ数の差によって圧殺される。

 これと似たような構図がコピー&ペーストのように、廃棄都市の様々な場所で繰り広げられていた。

 

 頭上、側面から不意を衝かれる。

 応戦すれば風の如く退き、追いかければ霞のように消え失せ、深追いすれば横っ腹を衝かれた。

 無理押しをするには廃棄都市の道は狭く、障害物が多過ぎる。

 だがガルラ霊達は勝手知ったる彼らの庭とばかりに恐ろしく巧みに入り組んだ戦場を利用してくる。

 

 斯様に用いる手管は様々なれど、冥界側が有利なのは何処も変わりがない。

 地の利を掴み、通信のリアルタイム性という優位性を生かし、徹底的に有利を掴み取り、ゲリラ戦に徹した戦果だった。

 

「是こそが()()の最強―――即ち、連携と連帯」

 

 繋がり、絆こそガルラ霊達がもつ最大の力なのだ。

 精神論的な強さではなく、実際の戦場においても極めて強力な力だった。

 かくの如き有様が幾つも幾つも戦場と化した廃棄都市で繰り広げられる。

 

「順調、順調」

 

 そうして戦線が始まってから少なからぬ時間が経過し…。

 遂に敵戦力の九割方を撃破、対しこちらの損耗は一割に満たない。

 徹底して有利な状況を譲らず、一方的な優位を押し付けて勝ち取った戦果である。

 

「勝った」

 

 と、呟く指揮官騎。

 

『 ― ― ― ― ― ― ― ― ッ ! 』

 

 瞬間、可聴音域をはるかに超えた()()()()()が全てのガルラ霊達の肉体を叩いた。

 (ゴウ)、とド派手な衝撃波が廃棄都市を駆け抜ける。

 敵将『十四の病魔』が声なき声を以て無造作に廃棄都市を一角を吹き飛ばしたのだ。

 

「とは行きませんな。やはり」

 

 困ったものだと羽毛扇で口元を隠しながら韜晦する。

 恐ろしく凶悪な音響兵器。

 それも物理面、精神面の双方において極めて危険な威力だ。

 

「『落ちる者(ミキト)』。司るは『失神』。正面に立った者を粉微塵にする超音波に、聞いた者を精神喪失に至らしめるほどの凶悪な『声』の持ち主」

 

 噂以上の凶悪さだった。

 ただの一撃で廃棄都市の一角を灰燼に帰さしめ、複数のガルラ霊の部隊が壊滅した。

 ガルラ霊は例えやられてもいずれ冥界の暗闇から再び現れるが、少なくともこの神争いの戦線復帰には間に合わないだろう。

 

「力尽く。なれど効果的。やれやれ、力任せの平押しは戦力に優越する限り常に有効ですな。敵に勝る戦力をぶつける以上に優れた軍略なしとはよく言ったもの」

 

 下位の神性に匹敵する『十四の病魔』。

 その存在規模はガルラ霊一体一体とは比べ物にならない程に強力だ。

 いいや、万の数を束ねたに等しいだろう。

 

「なれど我らのことを侮ってもらっては困りますな」

 

 無論、だからといって負ける気など欠片もない。

 いいや、この時点で敵は詰んだと言っていい。

 

「御気の毒ですが、()()()となれば有利なのは我らですよ?」

 

 なにせ力任せの平押しは戦力に優越する限り常に有効なのだから。

 

 ◇

 

 『十四の病魔』は通常の眷属に倍する巨躯と何十倍もの膂力に魔力。何より固有の特殊能力を持つ巨大な悪霊である。

 その暴威を生かし、当たるを幸いに巨躯を躍動させ、廃棄都市を平らにする勢いで暴れまわる。

 廃棄都市に敷かれた道と建物が自軍の移動を制限し、時に誘導するのならば、戦場そのものを破壊し尽くしてしまえばいい。

 単純だが効果的な策である。自軍すら巻き添えにしてしまうことを除けば。

 というよりも眷属集団の大半が撃破されたからこそ出来る策だと言える。

 

『 ― ― ― ― ― ― ― ― ッ ! 』

 

 『落ちる者(ミキト)

 『失神』を司る病魔の一柱が放つ超音波もまたその破壊に一役買っていた。

 ちらりとでもガルラ霊の影を認めれば、周辺一帯を吹き飛ばす勢いで咆哮を上げる。

 咆哮を受けた建造物はたちまちに塵となり、ガルラ霊達が策を弄する余地を減らしていく。

 絶え間なく咆哮を上げ続け、遂にミキトが見渡す限りまともな形が残った建造物が無くなった時、反撃の嚆矢が放たれる

 

『全隊、構えーっ!!』

 

 檄を飛ばす前線指揮官のガルラ霊。

 咆哮による失神対策の護符に、穂先にガルラ霊達が満身の呪詛を込めた宝石付きの呪槍。

 それを一兵卒に至るまで装備されている事実がミキトをして警戒心を抱かせる。

 奴らは危険だと。

 ガルラ霊の一体一体は『十四の病魔』から見れば取りに足りない雑魚だ。

 だがそれらが開けた戦場で、全方位から無数の数が絶え間なく襲い掛かってくる状況となれば話は別だ。

 その様はまるで人が蟻の群れに(たか)られるが如し。

 ただしその蟻は一匹一匹が人間を傷つけ、肉を削げるだけの凶悪な顎を備えている。

 無論被害は尋常なものでは無いだろう、多数のガルラ霊達が戦線離脱の憂き目と遭うだろう。

 だが怯むことだけは()()()()()

 

『怯むなーっ! 戦え、倒れ伏しても槍を前に向けよ! 闇に溶けるのならば、傷一筋でも与えてからその贅沢を楽しめ!」』

 

 その檄に答えるガルラ霊達も一兵一兵が尋常ではない。

 恐ろしく高い士気を維持して負傷や死を恐れた様子もなく突撃特攻をかましてくるのだ。

 ここまでくるとほとんどホラーの領域である。

 

『エレシュキガル様のためにっ!』

(おう)、エレシュキガル様のためにっ!』

『ああ、エレシュキガル様のためにっ!』

『冥界に勝利あれ!』

 

 ここまでは、良い。

 ここまでは、何とか理解が出来る。

 

『ネルガルをぶち殺せ』

『殺せ』

『殺せ』

『殺せ』

『エレシュキガル様を傷つけた者に死を。その配下に制裁を』

 

 声の調子がひたすら淡々としているのが逆に恐ろしい。

 おぞましい程の呪いを載せて死を厭わずに呪槍を叩きつけてくるガルラ霊。

 女神信仰(ファンクラブ)の暗黒面に堕ち、タガの外れた有様であった。

 

『―――……ッ』

 

 なんだ、こいつらは。

 色々な意味で理解の外にあるガルラ霊達が抱く情念に、ゾクリと悪寒が走る。

 ミキトの脳裏に、理解不能の恐怖が満ちた。

 

 ◇

 

 一方、『落ちる者(ミキト)』の救援に向かおうとする『屋根の主(ベールリ)』にも同規模のガルラ霊の軍団が差し向けられていた。

 足止めなどではない。完全に彼ら『十四の病魔』の息の根を止める心意気である種の二正面作戦に臨んでいる。

 そして仮に彼らが壊滅したとしても、追加で投入可能な戦力をまだまだ十分に有している。

 眷属集団との戦闘に置いてほぼ冥界側の戦力が摩耗しなかったことが大きい。

 

『数的優位を以て強大な個を()()()()

 

 それこそが冥界側が採ったシンプルな戦術である。

 

『万のガルラ霊を束ねたに等しい霊格ならば、倍する数のガルラ霊に集られれば無傷とは行きますまい? ならば後はあなた方が倒れるまで繰り返すのみ』

 

 良かれ悪しかれ従順で強力な戦力だがそれ以上ではない『十四の病魔』に、智慧と策略で劣勢を覆せるような柔軟性はない。

 戦力比の天秤が一方に傾いた以上、勝敗は決まったようなモノだった。

 かくして第二の戦場は無数の弱きガルラ霊が火蟻(ヒアリ)の如く『十四の病魔』の命脈を食い荒らし、その活動を完全に停止させたのだった。

 

 第二の戦場―――蚕食。

 



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 第三の戦場。

 この戦場の差配を任された指揮官騎は行動力と口の上手さに能力値を全振りしたタイプである。

 指揮官というよりは扇動者(アジテーター)と評した方が性質的に近い。

 世界の果てまでイッテ(キュー)を企画したガルラ霊達の一人であり、それ故世界各地から持ち帰った物の性質を良く知っていた。

 

「んー。いやあ、敵さんもやる気だねぇ。怖い怖い」

 

 眼前には開けた戦場で一塊に密集したネルガル神の眷属達。

 陣頭には『十四の病魔』が立ち、病魔を中心に良く纏められた軍勢だ。

 それが、一斉に前進を始めた。

 間違いなく強敵である。

 だがその強敵を前にして平然と軽口を叩き、ヘラヘラと笑うその様子に良くも悪くも緊張は見られない。

 

「おーし。それじゃボチボチ始めるぞ、みんな!」

 

 突然の転移による混乱から立ち直りつつある敵軍。

 彼らを敢えて密集する形で転移してもらうよう《名も亡きガルラ霊》へ頼んだのは相応の理由があってのことだ。

 

「じゃ、()()()()イクゾー!」

 

 軽い語調で投入を促す秘密兵器。

 それはディンギルを模した投射機構から放たれる特製の擲弾。

 威力を投げ捨て装填されたモノを遠方へ投射することを目的にしたディンギルもどきは遺憾なく役割を果たし、特製擲弾が密集したネルガル神に従う死霊達へ幾つも幾つも撃ち込まれていく。

 もちろん万単位の軍勢に比べれば小雨が降っているような物量に過ぎない。

 だが生憎と撃ち込まれた(タマ)は普通では無かった。

 敵陣へ着弾するやいなや、モクモクと怪しげな煙を吹き出す。

 吹き出した煙は恐ろしい速度で広がり、全軍の少なくない範囲を覆い隠すほどだった。

 視る限り殺傷性はないが、目隠し程度にはなるかというのが『病魔』の評価だ。

 

『―――……!』

『……? ―――…!』

 

 音にならない想念で意思疎通を代わる二柱の『十四の病魔』。

 彼らの結論は無視して前進というもの。

 どうせ『十四の病魔』を除く眷属は雑兵…捨て駒の類。

 元よりネルガル神が振るう熱射と疫病の権能により倒れた人間達の魂を捕らえて兵とした軍勢。

 ネルガル神の権能に縛られ、絶対服従を強いられた哀れで貧弱な兵隊。

 失っても惜しくない戦力に過ぎず、減ったのならば後で地上から()()すればいい…という考えだ。

 間違ってはいない、普通なら。

 ()()()()()()()()。地上の理とは異なるルールで動く異界なのだ。

 

「おやぁ…? 応手を幾つか考えちゃいたが選りにも選ってそいつは悪手ですねぇ」

 

 ニチャァ…とエゲツなく、邪悪な笑みを浮かべる指揮官騎。

 どっちが悪役だよとこの場に《名も亡きガルラ霊》がいればツッコミを入れただろう。

 

「ひょっとして黄泉戸喫(ヨモツヘグイ)ってご存じない?」

 

 その意味するところは『あの世のものを食べると、この世に戻れなくなる』というもの。

 そしてガルラ霊達が撒き散らした煙幕には粉末状に粉砕した()()()()()()()がこれでもかというほどに詰め込まれていた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 元よりネルガル神の眷属達はネルガル神がその権能で命を奪い、支配した奴隷達だ。

 彼らがネルガル神に従うのはただ苦痛と恐怖から。

 ならば彼らを縛るネルガル神の支配を砕けば、最早彼らに戦う理由はない。

 

「後はそれを自覚させるもう一押し。どうぞ仕上げを御覧じろってな」

 

 ニヤリ、と指揮官騎は不敵に笑う。

 万単位の軍勢が蠢く戦場の騒音にも負けないようにと特製の拡声術式を自らの喉に懸ける。

 さらに自らの姿を拡大して空中に投射する投影術式も並行して走らせた。

 

 ざわり、と困惑の気配が漏れた。

 

 彼らの視点から見れば突然半透明かつ巨大な敵の指揮官が敵軍の頭上に現れた形だ。

 そのざわめきに手ごたえを感じると、二の矢を放つ。

 思い切り息を吸い込んで肺にため込み、腹の底から声を張り上げたのだ!

 

 

 

「聞こえてますかあぁっ、惨めに糞神の使いッ走りさせられてる負け犬どもぉっ!!」

 

 

 

 さあ、オンステージだと、不敵に笑う指揮官騎。

 雷鳴の如く轟き渡る大声に、一瞬戦場が硬直した。

 どこか怒りと戸惑いを感じるのは気のせいでは無いだろう。

 これまでずっと戦場の背景(モブ)として扱われてきた彼ら眷属に向けられた初めての声だったからだろう。

 『十四の病魔』ですら、何事かと様子を見るために足を止めた。

 

「聞こえているようでけっこー、けっこー。ところでこんな地の底の僻地まで飛ばされて自分の仇みたいな神様にコキ使われてる気分はどう? 俺だったらもう耐えられないって言うか衝動的に自殺したくなるんじゃね? って思うんだけど」

 

 戦場に轟く大音声。

 通りが良く、ハリがある美声と言っていいソレを、絶妙に厭味ったらしく心を掻き毟るような語調で使う指揮官騎。

 目の前の誰かを煽り倒すという一点において、彼に勝るガルラ霊は存在しない。

 

 ()()()、と目に見えない怒りのオーラがネルガル神の眷属達から膨れ上がる。

 

 一歩間違えれば指揮官騎個人に向きかねない敵意の兆候を感じ取る。

 だが指揮官騎はそれこそしてやったり、とばかりに笑った。

 

嗚呼(ああ)、全くさ。糞糞の糞山だよな。こんな、あんたらに何一つ関係ない戦いに駆り出された挙句、訳が分からないままに斃れていくなんざ」

 

 なあ、と親し気に呼びかける指揮官騎。

 ぐるりと見渡された視線は、独特の技術により、誰もが自分と目が合った、自分に語り掛けていると感じたことだろう。

 これは魔術ではなく、人前に立って民衆へ語り掛けることに長けた指揮官騎の技術である。口先の魔術師というあだ名は伊達ではない。

 

()()()()()()()()()?」

 

 捉えた視線を、意識を深く引き込んで放さない。

 更なる楔を打ち込んでいく。

 

「良い訳ねえだろ、なあ!? あんたはどうだ?!」

 

 指を向けられ、視線を向けられた先には一騎のネルガル神の眷属。

 戸惑いを抱いたのは一瞬。

 『彼』は指揮官騎の問いかけに答える自由すら無いのだと自嘲しようとし…次の言葉にそれを止められる。

 

「いいや、あんたはもう自由だ」

 

 なに、と疑問が脳裏を過ぎる。

 

「試してみろよ。叫んでみろ。ネルガル神は糞野郎だってな!」

 

 ……馬鹿な、とすぐに否定する。

 次にもしかしたら、という期待が芽吹こうとした。

 だが彼らを睥睨する『十四の病魔』への恐怖がその期待を押し潰した。

 当然の話だ、奴隷のように抑圧され続けた彼らの心根を立ち直らせるのは至難の業。

 たかだか言葉の一つや二つで立ち直れる程彼らが受けて来た仕打ちは軽くない。

 だがそれで良いのだ、元より彼らの自発的な反逆など全く期待していないのだから。

 

「ネルガルは糞だ。ネルガルに従う奴らも糞野郎だ。だがあんたらはネルガルに支配されてるだけだ。本当なら冥府で『次』に向かうまで、のんびり暮らしていたはずのどこにでもいる人だ」

 

 だがそれでもなおと親しみを以て語り掛ける指揮官騎の言葉が、僅かな共感を抱かせた。 

 そしてその心の動きが隙となり、指揮官騎は()()()()()()()

 

 

 

「許せねぇ…」

 

 

 

 ()()()()()

 淡々と、しかし凄惨ですらある口調で漏れたその呟き。

 魔術によって拡声されたその呟きは、ネルガル神の眷属達に例外なく寒気を覚えさせた。それも背筋に氷柱を突っ込まれたような強烈なやつを。

 

「奴は冥府の領分にすら手を突っ込みやがった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 濃厚な狂気の気配が香る。

 平時の指揮官騎は陽気で、口が上手く、朗らかな気の良い男である。

 

 だが奴はガルラ霊だ。

 

 エレシュキガルを女神と崇める冥府の住人なのだ。

 言動の端々から零れ落ちる狂気が、ネルガル神の眷属達に純粋な怖気(おぞけ)を抱かせた。

 つまり、()()()()()()()と。

 

「許せねぇ…許せねぇよなぁみんな!」

 

 と、今度は凄惨差を押さえた声で自軍のガルラ霊達に向けて呼びかけた。

 ガルラ霊達は口々に据わった声音で答える。

 

 応。

 許せん。

 殺せ。

 殺せ!!

 ネルガル神を殺せ!!

 吊し上げだ。

 縛り首だ!!

 いいや、串刺しだ。

 心臓を引き裂け。

 ネルガル神の仲間は皆殺しだ!!

 

 掛け値なしの狂気と殺意と怒りが混じった叫びが次々と上がる。

 満足そうに頷いた指揮官騎はいっそ朗らかで人が良さそうな笑みすら浮かべて問いかけた。

 

「あんたらはどうだ…? あんたらは俺達の敵か?」

 

 だがその瞳は決して笑っていない。

 何より指揮官騎の背後でおぞましいまでに強烈な感情が漏れだす瞳が一斉に()()とこちらを睨んだ。

 少なくともネルガル神の眷属達は例外なくそう認識した。

 知らず、湧き上がった恐怖がネルガル神の眷属達の心を縛った。

 

「違うよな? あんたらはネルガル神に虐げられただけの被害者だ。俺達の仲間だ。一緒にネルガル神をぶっ倒す戦友だ!」

 

 例え異議があっても最早それを唱えられる空気では無かった。

 いいや。

 

 嗚呼(ああ)、ネルガル神に敵対すれば()()と戦わなくて済むのかと。

 

 ネルガル神の眷属達はそんな場違いとすら言える安堵を抱いた。

 極めて悪辣なことに、眷属達が知らない内に、眷属達を覆う煙幕の質が変わっていた。

 

 この煙幕はインドから持ち帰った製法で作り上げた疑似神酒(ソーマ)を希釈し、霧状に散布したもの。

 

 ある種の興奮剤としての機能も持ち、ネルガル神の眷属達のタガを知らず知らずのうちに外していた。

 分かりやすく言えば気が大きくなり、普段なら絶対にしない行為にすらあっさりと手を染めてしまう。

 ネルガル神への反逆という、あり得ない行為にすら。

 

「『十四の病魔』は何処だ?」

 

 指揮官騎は問う。

 まるで生贄を指名する魔術師のような、邪悪な声音で。

 意識することなく、戦場の全ての視線が二柱の『十四の病魔』へ向いた。

 地の底で炯々と光る何万対もの視線に流石の『十四の病魔』も一歩後ずさった。

 

「ネルガル神の手下を、ブチ殺すぞ!! 俺達で!」

 

 その弱気を見て取り、()()()()()()()

 何より指揮官騎の言う、『俺達』に今の今まで敵同士だったはずのネルガル神の眷属すら含まれていることが大きい。

 

「復讐だ」

 

 ()()が、ポツリと呟いた。

 一滴の雫が水面に落ちたような小さな波紋がネルガル神の眷属達の間に広まっていく。

 波紋が広がる範囲は小さい…しかしその小さな波紋は一つでは終わらなかった。

 続けて幾つも幾つもさざ波の様にネルガル神の眷属達の間で広がっていった。

 

「復讐だ!」

「ネルガルに俺達の痛みを思い知らせろ!」

「『十四の病魔』はネルガルの手先だ!」

「あいつらを許すな!!」

「殺せ!」

「奴らを、殺せえええぇぇっ―――…!!」

 

 狂奔が戦場に充満する。

 恨みと、恐怖。

 二つの強烈な感情に後押し()()()()()彼らは後先考えずに近くにいる者から手あたり次第に『十四の病魔』へと襲い掛かる。

 しかもそれが妙に強い。いっそタガが外れたと表現したくなるほどに強かった。

 

 神酒(ソーマ)はただの興奮剤ではない。

 摂取したモノの心身に力を漲らせる強力な精力剤でもあった。

 それが片端からバラまかれ、ネルガル神の眷属達の限界を一時的に取り払った。

 彼らは最早哀れな被害者ではない、群衆という総体に意志を預けた暴れ狂う獣だ。

 

 加えて一部のガルラ霊達は希釈した気体ではなく、原液に近いモノを摂取している。

 彼らの武装は他の戦場と変わらず、魔除けのアミュレットに《壊れた幻想》を仕込んだ宝石を装填した投槍程度。

 だが強い。

 いっそ蛮勇と呼ぶべき無謀な突撃で『十四の病魔』に痛手を与え、躊躇なく死地に踏み込んで潔く散っていく。

 その蛮勇と無数の眷属に()()()()()()()恐怖が『十四の病魔』の動きを鈍らせていた。

 『十四の病魔』が如何に強大な個とはいえ、所詮は二柱。

 対するはガルラ霊達とネルガル神の()眷属を合わせた合計十万を優に超える暴徒達。

 

 士気と数。

 戦場の趨勢を差配する重要な要素を支配した指揮官騎の独壇場。

 敵と味方の境界を取り払い、全てを()()()()()()にした戦場は混乱に沈み…やがて一方が他方を蹂躙し尽くした。

 

 第三の戦場―――氾濫。

 

 



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 すいません。各戦場に盛り上がりとか考えつつ書き上げるのがきつくなってきたのでここから巻いていきます。
 出来る限りアイデアは拾っていく…! それ以上は無理。すまんな…。



 

 第四の戦場。

 この戦場を差配する軍勢は最もガルラ霊の数が少なく、しかし保有する戦力において最も優れたる部隊だった。

 

「グ、ルルル…!」

「ガアアアァッ!」

「シュー…シャアアァ―――…!」

 

 その中核を担うのが獰猛な咆哮を上げる数多の魔獣達。

 邪竜(ニーズヘッグ)三頭犬(ケルベロス)百頭蛇(ラドン)を筆頭に他所の神話大系に属する冥府を含む世界の各地からパチり倒し、育て上げた種々様々な魔獣の群れである。

 自分達で飼えるから、ちゃんとお世話するから…! と、捨て犬を拾ってきたノリで嘆願された時には流石の《名も亡きガルラ霊》も呆れ果てたが、見事に躾し、戦場に駆り出すまで育て上げたのは素直に凄い。

 挙句の果てにこの戦場の主力として期待されているのだから人生何が起こるのか分からないものだ。

 流石は世界の果てまでイッテ(キュー)を徒歩オンリーかつノンアポで敢行した勇者(キチガイ)達が幼体から育て上げただけはあり、面構えからして違っている。

 恐ろしく獰猛な気配を漂わせ、身も蓋もなく言えばとんでもなく喧嘩っ早そうだ。恐らく飼い主達から影響を受けたのだろう。

 

「ガッガッ、ガッガッ」

「ガウオオォッ―――!!」

 

 先ほどから引っ切り無しに続く唸り声は、空腹を前に御馳走をお預けされた餓えた獣そのもの。

 今この瞬間に戦の火蓋が斬られても躊躇せずに敵へ食らいつく獰猛な熱気があった。

 

「……………………」

 

 一方魔獣達とは一線を画し、しかし同じ立場の者達がズラリと隊列を揃え、秀麗な容貌を無表情に固めて命令を待っていた。

 整った顔立ちな容貌に作り物のような生気の無さと、だからこそ微かに淫靡な気配が香る彼女達。

 どこかエルキドゥに似て、しかし彼/彼女よりもずっと非人間的な気配を纏う。

 

16番(イム)27番(ニナ)83番(ヤミ)。状況を報告せよ」

 

 この戦場の指揮官騎が彼女達へ当座の間に合わせで与えた製造番号(ナンバー)をもじったあだなを呼ぶ。

 彼女達の数は三桁に満たない少数でしかないが、凝り性かつ偏執的な一部のガルラ霊達が妥協を忘れて仕上げただけのことはあり、一体一体がかなり高性能だ。

 特に能力に優れた三騎の黄泉乙女は惜しみなくリソースが注ぎ込まれ、高度な自立判断能力と神性に迫る程の戦闘能力を持つ。

 

16番(イム)、状態良好。麾下部隊も問題ありません」

 

 と、肩口に揃えた黒髪に揃えた大人しそうな少女が。

 

27番(ニナ)、問題なーし! 開戦まだ? もうやっちゃおうよ!」

 

 淡い色合いの赤髪をふわりと揺らし、天真爛漫な笑みを浮かべる少女が。

 

83番(ヤミ)、何時でも行けます。どうぞ、ご命令を」

 

 長く美しい金髪を背中に流した生真面目そうな少女が、それぞれ個性の見える言葉で指揮官騎へ返事をする。

 

 とはいえまだ彼女たちに個我、個性と呼べるものは生まれていない。

 それぞれに設定された自己定義(テクスチャ)を言動に出力することで、やがて疑似的な個性を本物とするための試みだ。

 上位個体の三人が高度な判断能力と権限を有しつつ、意識の奥底では全ての個体が繋がっている群体生物。

 一個の巨大な意識が彼女達という群体を統率する、人間やガルラ霊達とは根本的には異なる新しい存在である。

 

 彼女たちは黄泉乙女(ニン・キガル)

 

 捕食遊星ヴェルパーの尖兵、白きセファールが聖剣の極光に斃れ、遺した欠片を(コア)とし、戦闘仕様の量産型『継承躯体』を器とした、今はまだ魂無き従僕。

 後代の北欧神話にて、オーディンが作り上げた戦乙女(ワルキューレ)、その原型(モデル)となった人造生命。

 冥府のガルラ霊はある種エレシュキガル絶対主義であり、何処からともなく湧き出る妙な知識を有し、たまに倫理観を投げ捨てる悪癖がある。

 それ故、冥府のためにとメソポタミアの神格ならば誰もが忌み嫌う禁忌にすら躊躇わずに手を出し、冥府の闇と泥から生まれた乙女達である。

 

「…………」

 

 自身の指揮下にある強大な魔獣達と黄泉乙女達。

 みな、自信を持って周囲へ誇れる子ども達である。その力、その信頼に一切の疑いはない。

 故に後は命じるだけ。

 正面から食い千切り、食い破るだけだ。

 

「全軍、進撃せよ」

 

 そして指揮官騎が令を下す。

 応じ、全ての魔獣が狂喜に満ち溢れた咆哮を、全ての乙女が静かな戦意に満ちた鬨の声を上げる。

 

 

 

『『『『『『『『『『『『―――――――――――――――――――』』』』』』』』』』』』

 

 

 

 数多の魔獣、数多の乙女の叫びが折り重なり、如何なる音となったか……その戦場を知る者は黙して語らず。

 ただ指揮官騎の耳が潰れるほどの狂奔であったと、後に『冥界の物語』に伝わる。 

 

 獣達は地を疾走する。

 乙女達は空を進撃する。

 戦端を開き、片端から襲い掛かり、斬り払う。

 無慈悲に、呵責なく、蹂躙する。

 

 数に勝る敵軍に対し、士気の高い少数精鋭で挑む。

 冥府の軍勢は数で言えば決して多くはない。

 だが個の力で言えば敵をはるかに圧倒している。

 特に魔獣達は一体一体が神話に名を残す強力な魔獣の原種(オリジン)……より古く、より神秘に満ち溢れた神代に生きる本物の怪物である。

 その戦力は『十四の病魔』と比較して尚劣ることはない。

 そんな化け物がかれこれ十数匹揃ったこの第四の戦場で敗北は愚か苦戦すら発生することもない。

 勝利は当然のようにガルラ霊の手に渡った。

 

 第四の戦場―――貪食。

 

 ◇

 

 第五の戦場。

 その趨勢は既に定まりつつあった。

 

「ンんんんん―――! たぁ―――――のしぃ―――――っ!」

 

 のっけから頭のおかしい叫びを上げるのはこの戦場の指揮官騎。

 言動の通り頭とノリが極めて軽そうなガルラ霊だ。

 

「大☆殲☆滅!! 超☆殲☆滅!! フゥーハハハァ―――(⤴)!! やはり何事も暴力で解決するのが一番だな!!」

 

 調子に乗りまくって語尾を上げた高笑い、邪悪な敵役としか思えない台詞を大声で誰憚ることなく叫ぶ指揮官騎。

 その指揮に従うように《宝石樹》から射出された端末(ビット)が縦横無尽に戦場の空を舞う。

 端末から射出される無数の閃光がネルガル神の眷属達を無造作に蹂躙していた。

 

「クゥハハハハハァ―――(⤴)! 主人の光に焼かれる気分はどうだぁ―!?」

 

 ネルガル神の眷属達を蹂躙する閃光エネルギーの供給源は太陽神ネルガルが振るう太陽の神力だ。

 《名も亡きガルラ霊》とネルガル神が対峙する本陣で《玻璃の天梯》を用いて吸収した太陽エネルギーの逆利用。

 冥界全土に張り巡らされた《宝石樹》を介し、遠く離れたこの戦場でも

 それも後先考えない全力放射。

 吸収したものは放出されねばならない。

 でなければ冥界全土に張り巡らされた陽光エネルギーの容量限界を超えてしまうのだから。

 もちろん冥府が蓄える陽光の許容限界は普通に運用していれば百年経過しようと限界の半分にも達しないだけの容量がある。

 だがネルガル神が振るう太陽の神威はその懸念を懸念のまま済ませないだけの凄味があった。さながら大地を飲み込む大海嘯が人が備えた壁を、守りをあっさりと呑み込んで何もかもを突き崩していくように。

 

 そう、だから溜め込んだ太陽エネルギーを熱線(ビーム)に換え、撃っ撃って撃ちまくるのもやむを得ないのだ!! そうしないと冥界の《宝石樹》システムが壊れてしまうかもしれないし!

 

 ……自身の射撃狂い(トリガーハッピー)の言い訳を誰宛にでもなく言い切る指揮官騎。

 だが()()()()でも精鋭揃いのガルラ霊に連なる一人と言うべきか。

 その指揮官としての統率力は各戦場においても随一。

 実はこの端末(ビット)、地味に操作が難しい。

 それ故端末一つにつき、一体のガルラ霊が専属で操作することで解決。

 そして指揮官騎はさながら楽団の演奏を取り纏める指揮者の如くその一挙一動で指揮下のガルラ霊達を従える。

 その振る舞いは頭のイカレた射撃狂いそのものだが、指揮官騎と指揮下のガルラ霊達による連携は見事の一言。

 地味に超絶難易度の連携を当たり前のようにこなし、万を重ねて中位神性相当の戦力として暴れまわる連携の怪物である。

 その戦力は劣化したネルガル神のソレに近い。

 閃光が眷属を撃ち抜き、熱波が軍勢を焼き払い、極大のゴン太ビームが無慈悲に『十四の病魔』を屠った。キチガイじみた高笑いとともに。

 その圧倒的な蹂躙性能に所詮眷属程度が勝ち得るはずもなく…。

 

 第五の戦場―――照滅。

 

 ◇

 

 第六の戦場。

 

『■■■■■■■■■■■■――――――――――――!!!!』

 

 天地鳴動。

 地の底にて吼える()()()が生み出す震えは、遠く地上のウルクの民を畏れさせるほどであったと遠い未来にも伝わる。

 その心胆寒からしめる咆哮を皮切りに闘争の火蓋が切られ…。

 結果、()()()()()()()()()()()()()

 ソレは十万に迫るネルガル神の眷属を瞬く間に壊滅せしめた。

 

 第六の戦場―――蹂躙。

 



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 此処は本陣。

 俺こと《名も亡きガルラ霊》と大神ネルガルが向かい合うここ一番の大勝負。

 この戦場の趨勢によって全ての勝敗が一瞬でひっくり返る、互いの命運を賭けた戦場だ。

 

「クハハ…。どうやら余の眷属どもは尽く敗れたようだな。『十四の病魔』も大したことが無い。所詮、大した智慧も持たぬ輩に軍を率いるは荷が重かったか」

 

 ネルガル神もまたある程度自身が率いる眷属達の様子を伺えるのだろう。

 互いに牽制を続ける小競り合いの後、呆れたようにそう零した。

 もちろん俺も此処を除く六つの戦場、その全てで冥界側が勝利を得たことを察していた。

 軍勢を立て直す時間が過ぎれば、ほどなく他所の戦場から援軍が駆けつけてくるだろうことも。

 そして既にこの戦場も俺がネルガル神を惹きつけている間に、他の眷属達は『十四の病魔』の『稲妻(ムタブリク)』『追跡者(ティリド)』を含めて倒れつつある。

 そのままの意味でネルガル神は孤立しつつあった。

 

「……彼らを雑兵と呼ぶのなら、崇める者のいない神、天から見下ろすだけの強者を何と呼ぶべきだ? 孤独な神様」

 

 自らの配下へ余りに情の無い言葉を賭けるネルガル神への反発からかける言葉は自然と冷える。

 その冷ややかさを笑い飛ばし、あくまでも傲岸にネルガル神は答えた。

 

「孤独にあらず、孤高と呼ぶが良い! 余は大神ネルガル、天上にてただ一つ燦然と輝く太陽なり! 元より奴らは『十四の病魔』も含めて数合わせの雑兵に過ぎぬ。余が打ち倒した冥界を支配するために必要だから数を揃えただけの()()()()()よ」

 

 一片の虚偽も混ぜることなく、ただ傲慢さと無自覚な酷薄さを覗かせながら言い切るネルガル神。

 繋がり、広げ、手を取り合う冥界とは真逆のその在り様。

 己という個を至上至尊の存在と規定し、他を憚らずに何処までも自分の意を押し通す傲慢。

 ある意味で 真の神とはこのような存在であるのかもしれない。

 

 そして()()()()()()()

 

 ただ一人我こそ尊し。

 洒落の一つもなくそう言い切り、現実と為すだけの力がネルガルにはあるのだから!

 その直感を裏付けるように、ネルガル神は自らの神力を爆発的に高め、増幅させる聖句を紡いだ。

 

「余はネルガルなり。地上を照らす大いなる光にして灼熱と病魔を矢とする者! 余は余の神威と権能を以て天上に燃え盛る火の欠片を地の底に遣わさん!!」

 

 ()()()()()()()()

 ネルガルの背後に幾つも、幾つも、計十四にも上る天を衝く火柱が燃え上がった。

 火柱から現れるは巨大な人影。

 その巨体は『十四の病魔』を上回り、燃え盛る炎は冥府の大気を焼け焦がす。

 溶鉱炉の前に立ったかのような強烈な熱波に、意気軒高な戦意を保っていたガルラ霊達も溜まらず退いた。

 

 ―――雄雄於(オオォ)……雄雄雄雄雄於(オオオオオォ)ッ……―――!

 

 巨大な人影の咆哮が陰々と冥府に木霊する。

 それは燃え盛る炎から成る巨人。

 『十四の病魔』に勝るとも劣らない一線級の戦力だ。

 名付けるならば安直だが『火の巨人』とでも呼ぶべきか。

 更に『火の巨人』から零れ落ちる火の粉から次々と巨人のミニチュア、通常の人間サイズの兵隊『火の尖兵』が産み出される。

 その生産速度はまるで噴水が溢れ出すかのよう。

 『火の巨人』は彼ら自身が『火の尖兵』の生産ユニットでもあるのだろう。

 何と言うべきか、神格…特に大神ともなれば色々とデタラメ過ぎる。

 

「見よ、余の神威を以てすれば『十四の病魔』と眷属なぞ幾らでも代わりを用意できる、ただの木偶に過ぎん」

 

 意気軒昂な様子で燃え盛る炎の巨人を示し、自慢げに語るネルガル神。

 その言葉、表情に虚飾は見て取れ無い。

 幾らでも用意できるというのは決して誇張ではないのだろう。

 もちろん限界はあるだろうが、その限界は当初冥界側が予測していたよりもずっと遠くにあるはずだ。

 

「余はネルガル! 太陽の化身にして都市の支配者! そして冥府を征服する者である!! 覚悟せよ、エレシュキガルのしもべ。冥府の副王を預かる者よ!!」

 

 これこそが神秘と魔力満ち溢れる神代に大神と崇め、威を誇った神格の底力!

 自らをただ一柱で冥界が誇る全ての輝きをかき消して余りある暴威(ヒカリ)と称するに足る、絶大なる神威の化身である。

 

 ―――雄雄於(オオォ)……雄雄雄雄雄於(オオオオオォ)ッ……―――!

 

 咆哮し、進軍する『火の巨人』。

 ネルガルが持つ王笏に似た燃え盛る炎の杖を構え、ゆっくりとだが恐ろしく威風堂々とした足取りでこちらへ向かってくる。

 『火の巨人』が一列横隊で足並みを揃えて進軍する様は、さながら『神々の黄昏』に巨人王に従い進軍する巨人の軍勢さながらだ。

 世界を亡ぼすに足る、進撃の巨人である。

 

「この程度…!」

「抑え込んでやるわ!」

 

 対し、応じるように俺の背後にいたはずのガルラ霊たちが前に出た。

 万のガルラ霊が()()()()()、合体し、無数の骨が組み合わさった巨大な骸骨竜へ変じたのだ。

 暴君竜(ティラノサウルス)三角竜(トリケラトプス)に似た二体の骸骨竜が驀進し、真正面から『火の巨人』の隊列へと突っ込んでいく!

 

「ヌ、ウ、ウウウゥゥ…ッ!」

「ガアアッ! 貴様らなんぞに、冥界を渡すものかああぁっ…!!」

 

 何とか押し留め、押し返さんとするガルラ霊達。

 だが二体の骸骨竜に対し、巨人は十四体。数の劣勢は明らかだった。

 抑え込んだ『火の巨人』から噴き出す強烈な炎が巨大な躯を形成する骨を焼き、どす黒い焼け跡を総身に刻む。

 ジュウゥ…! と、硬い物を焼け焦がす音とともに筆舌に尽くし難い苦悶の声を上げるガルラ霊達。

 生きながらにして火あぶりにされているようなものだ。

 苦痛の叫びを上げるのは当然だった。

 

「もう良い、下がれ!」

 

 と、思わず大声で怒鳴りつけ、撤退を命じる。

 

「なれど…!」

「いま少し…!」

「抑え込めて二体じゃ無駄だ! いいから下がれ!」

 

 そう反論の声を上げるガルラ霊を倍する叫びで無理やり黙らせた。

 痛みよりも悔しそうに骸骨竜の眼窩から青白い炎を吹き出しながら、二体の骸骨竜が後退した。

 二と十四、文字通り桁が違う。止むを得ない判断だ。

 

「強い…!」

 

 果たしてこの慨嘆を零すのは今日何度目か。

 だがこれ以上なく強烈に実感させられる事実に、弱音と分かっていてもそう零すしかない。

 各戦場で苦労して屠った『十四の病魔』と眷属達に匹敵する戦力をこうも事も無げに生み出されては、こちら側の士気にも関わる。

 どの戦場でも楽な勝利など一つも無かった。

 相応の戦力やリソースを注ぎ込んでの『十四の病魔』撃破だったのだ。

 

(止むを得ないな…)

 

 切り札を一つ、切る。

 本当ならばもっと天秤を傾けてからダメ押しで使いたかったのだが、下手に出し惜しんで負けても仕方がないだろう。

 傾きかけた天秤を押し返す。

 そこから先は……出たとこ勝負に出るとしよう!

 

「敵ながら、見事…。まさに大神の称号に相応しき業」

「フッ、そう褒めるな。この程度余にとっては児戯のようなもの。だが偉大なる余に敬服を示したいのならば構わんぞ。存分に余を賛美するが良し」

 

 隠す気のないドヤ顔が色々と鬱陶しい。劣勢であるだけになおさら。

 敵対者としては腹立たしいことこの上ない相手だが、その強大な神威は認めざるを得ない。

 

「お返しに冥界が誇る第一の切り札、とくと御覧じろ!!」

 

 切り札その一。

 一頭目(オリジナル)に比べれば完全に育ち切っているとは言い難いが、それでも大概の神格を相手に真正面から蹂躙可能な大戦力を呼び招く。

 そのために俺の冥界権限を最大限に行使、かの大怪牛が佇む戦場とこの本陣の空間を繋げ始めた。

 霊的・物理的な超質量を呼び出すために無理やりこじ開けた空間が()()

 俺の背後に巨大な裂け目が現れ、百億の硝子を砕いたかのような甲高い音と共に、『火の巨人』に数倍する巨大な影が現れた。

 エレちゃん様から与えられた冥府の全権と聖杯に満ちる魔力が無ければこの難行は叶わなかっただろう。

 つくづく偉大なるは我が女神様と古今無双の英雄王だ。

 

「『十四の病魔』と万の眷属を鎧袖一触に蹴散らしたその力、見せてみろ―――地の底にて吼えよ、天の牡牛(ナム・アブズ・グガルアンナ)!!

 

 呼び招くはかの災厄の後継、天の牡牛(グガランナ)マークⅡ。

 イシュタル様の置き土産、恩讐の女神がギルガメッシュ王への復讐戦に向けて生み出した、()()()()()()()()()である。

 

『■■■■■■■■■■■■――――――――――――!!!!』

 

 第六の戦場を瞬く間に蹂躙しつくした天牛が、再び天地を揺るがす咆哮を上げた。

 



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 天の牡牛(グガランナ)

 言わずと知れたイシュタル様が誇る最強の随獣だが、実のところエレシュキガル様とも全くの無関係ではない。

 より古くを遡った時代、エレシュキガル様は()()()()()()()()()()()()()()と聞く。

 その過去が果たしてどのような経緯があったのか、どのような真実があるのかを、俺は知らない。

 エレちゃん様に一度戯れに尋ねてみたが、頑として答えてくれなかったからな。俺自身さほど興味のある話題でも無かったし。

 重要なのは冥界とグガランナには決して浅からぬ縁があり、そうした縁を過去から発掘することで、イシュタル様の神殿から保護したグガランナの幼体をこの巨体にまで成長させることが出来たという事実だ。

 冥界に金星のテクスチャを張り付け、急造したグガランナの生体パーツを走らせて魔力を蓄えさせ、イシュタル様の置き土産である幼体にガッチャンコして生み出したマークⅡ。

 尤も流石に一頭目(オリジナル)と比べればその体躯も随分と小さい。

 そもそもネルガル神の冥界征服が無ければ、こやつは永遠に幼体のまま平和に冥界で暮らしていただろうからな。本人(牛?)も冥界に馴染んでのんびりやっていたのだが…。

 が、オリジナルに劣るとはいえ()()()()()()大概の神格を正面から蹂躙できるだけの真正の怪物であることに疑う余地なし。

 マークⅡ自身もやる気は十分だ。

 獰猛に蹄を冥府の大地に叩きつけ、戦意を滾らせている。

 ところで蹄を叩きつけることで起きる地震で地上にもかなり被害が出てそうなんだが……必要経費(コラテラルダメージ)ということで!

 

「踏み潰せ」

 

 気を取り直して一声命じれば。

 

「■■■■■■■■■■■■――――――――!!」

 

 応じ、マークⅡが『火の巨人』の隊列目掛けて暴走するダンプカーの軽く数百倍の体躯と勢いで進撃する。

 聳え立つ巨大な双角を『火の巨人』へ向けての猛牛突撃(ブル・チャージ)

 無造作に牛角を一本ずつ『火の巨人』に突き込み、突き刺し、そのまま頭を持ち上げて尋常ならざる巨体の『火の巨人』を()()()()()()()()()()()

 傍から見ていてなお現実感のない、とんでもない規模の怪獣プロレスだ。怪獣王にも引けを取らない暴れっぷりである。

 更なる追撃で隊列の崩れた『火の巨人』へ突っ込み、追い散らし、蹴散らす。

 そしてトドメとばかりに天へ向かって放り投げた『火の巨人』が冥府の大地に叩きつけられるや否や、瞬く間に駆けよっての強烈な踏み付け(スタンピング)を繰り返す。

 ひたすら執拗に繰り返される蹄の連撃の苛烈さは冥府の地形を変え、『火の巨人』を飲み込むほどに巨大な地割れすら生じせしめんとする程だった。

 

「ク、ハハ…! クハハハハハハハハァ―――!! 天晴れ、である! 見事なり、余は貴様達の奮闘に心からの敬意を表そう…!」

 

 自らが直々に生み出した眷属を散々に打ち破られ、蹂躙されているというのにネルガル神は歓喜すら浮かべ、笑っていた。

 なんという闘争心、なんという肝の太さか。

 

「素晴らしきかな! まさか天の牡牛(グガランナ)の後継すら手懐けるかよ?! やはり余の目に狂いはなかった。冥界こそ我が手に収まるべき楽土に外ならぬ!!」

「冥界代表として一言言わせてもらう。勝手に一人で語ってろ!! 貴様に首を垂れる者など誰一人としているものか!!」

「その大言、差し許す! 嗚呼、天の牡牛(グガランナ)の後継を囲っているならばむべなるかな! 最早エレシュキガルがおらずとも冥府に攻め入る神格は余程の愚か者か、強者に限られよう。それほどの大戦力よ」

 

 呵々と高らかに笑うネルガル神。

 冥府の持つ底知れない力を認めながら、なお獰猛に笑っていた。

 

「だが天に在りて地上を見晴らす余の眼力は誤魔化せぬぞ! その巨牛、()()()()()()()()()()()!? 真の意味でかの天の牡牛に匹敵するのならば、そも『火の巨人』なぞ障害物にもなりはせぬからな! 巨大、強力、難敵! なれど大神たる余ネルガルを打ち倒すには―――まだ足りぬ、と言わせてもらおう!」

 

 頬に歪んだ笑みを刻み、その手に握った王笏を振るうネルガル神。

 その総身からまた火山の噴火の様に強力な神力が溢れ出していた。

 

「太陽とは! 夕暮れには地平の果てに沈み、朝を迎えれば昇るモノ! 即ち『死と再生』もまた余が司る権能なり!」

 

 この言葉そのものがネルガル神が自らの権能を称え、増幅する聖句に他ならない。

 ネルガル神から莫大な神力が噴き上がり、呼応するかのように散々に打ちのめされたはずの『火の巨人』達が纏う火勢が猛烈に高り、天を衝く火柱となった。

 

 ―――雄雄於(オオォ)……雄雄雄雄雄於(オオオオオォ)ッ……―――!

 

 噴き上がる火柱を飲み込み、打ち倒されたはずの『火の巨人』が一人、また一人と復活する。

 死した眷属の復活もまた、ネルガル神が有する権能なのだ。

 復活した『火の巨人』は巨体に反する俊敏な動作で次々にマークⅡへ襲い掛かる。

 

「■■■■■■■■■■■■――――――――!!」

 

 マークⅡが再び獰猛な咆哮を上げ、迫り来る『火の巨人』を迎え撃つ。

 燃え盛る炎の杖で打ちかかる『火の巨人』を正面からの突撃でぶっ飛ばし、無防備な横っ腹へ向けて叩きつけられる猛烈な炎を天地を震わせる咆哮で吹き飛ばし、弱める。

 倒れた同胞に目をくれることもなく、『火の巨人』は繰り返し繰り返しマークⅡへ果敢に向かってくる。

 痛手を与えた『火の巨人』もネルガルが振るう復活の炎によって瞬く間に傷を癒し、戦線復帰していく。

 マークⅡは何度となく巨人たちの攻勢を退けながらも、徐々に徐々に疲弊を重ねつつあった。

 一体一体はマークⅡならば問題なく踏みつぶし、粉砕できる戦力差。

 だが十四体纏めてとなると流石の天牛の後継も苦戦していた。

 倒しても倒してもゾンビの如く復活する『火の巨人』に対して決定打を欠く形だ。

 端的に言ってジリ貧という奴だった。

 

「クソッタレがぁ…! 死んだらキッチリ死んだままでいろ! ラスボスが回復技使ってくるんじゃねえっ!?」

「フハハッ! 仔細は分からぬが、弱者の泣き言が心地よいわ!」

 

 ただでさえ手に余る強敵が瀕死から即座に戦線復帰するレベルの回復魔法を使ってくるとかとんでもないクソゲーである。

 だがクソゲーだからと投げ出せないのが現実(リアル)の辛いところだ。

 ゲームならばやり直せばいい、無かったことにすればいい。

 だが此処は皆の思いが懸かった戦場で、やり直しなど効かない一発勝負の大一番。

 この戦場を引くことだけは絶対に許されない。

 その思いで何とか精神的に立て直し、ささやかな希望の切り時について考えを巡らせる。

 

(切り札はもう一枚ある…!)

 

 それもグガランナマークⅡに負けない強烈な奴が。

 ネルガル神にも通用するとっておきがあるのだ。

 

(それさえ切れればまだ互角に持ち込めるはず…!)

 

 もちろん問題もまたあった。

 

(けど時間が足りない…。全く足りてない。ネルガル神を押さえられるカードがこっちの手札に無い!)

 

 本来ならばグガランナマークⅡこそがその役割を担うはずだったが、ネルガル神の底力にこちらの切り札を一枚割られた形だ。

 そしてネルガル神も『火の巨人』に呼応するように縦横無尽に暴れまわり、俺が率いる軍勢を蹂躙しつつあった。

 だがそれでも何とかしなければならないのだ。

 それも、冥界最大戦力である俺自身というカードを切らずに。

 

(イケるか…?)

 

 と自問し、すぐさま厳しいと自答する。

 それでもやらねばと思考がループに陥りかけ、半ばやけっぱちに身を投げようとしたその時―――。

 

「第一軍、現着! 是は、冥府を救う戦いである! 奮え、皆の衆!」

 

 天秤が傾きつつあった戦場に、希望の欠片が到着する!

 そしてたどり着いたのは彼ら第一軍だけではない。

 

「第二軍、現着! 指揮権を副王殿に返上致します、我らに指示を!」

 

「第三軍、現着! みんな、ネルガル神をぶっ飛ばすぞ!」

 

「第四軍、現着! 吼えろ! 女神(エレシュキガル)様へ届く程に!」

 

「第五軍、現着! さあ、ショータイムだああぁぁっ―――!」

 

 待ち望んでいた援軍が現れた。

 総勢にして五十万を優に超える大軍勢。見れば中にはネルガル神の元眷属達すら混じっている。

 それでもまだネルガル神一柱の方がはるかに強いという事実は最高に笑えないが、心強い援軍には変わりがない。

 その事実に芽生えつつあった弱気を払い、せいぜい不敵に思えるよう低く声を張った。

 

「全軍に告ぐ」

 

 彼らの意気に比べればはるかに小さな俺の声に、皆は応え、傾聴の姿勢を取ってくれた。

 これから下すのは非情の命令。

 人でなしからのクソッタレな指令だ。

 

「―――ネルガルを止めろ。一瞬でも、一秒でも長く」

 

 これは足止め…はっきり言えば捨て駒だ。

 俺が切り札を使うまでの時間をガルラ霊達の命をすり潰して作り出す愚策に他ならない。

 

「まあ悪くない役どころだな」

「然様、然様。未来を繋ぐためこの一瞬に全力を尽くす。我ららしい役目ですな」

「人生で一度は言ってみたい台詞があったんだ―――ここは俺が食い止める…なんてな!」

「指令、確かに受け取った。これより命令を遂行する」

「何でもいいから早くネルガルをブチ殺そうぜ! 日が明けちまうよ!」

 

 だが彼らは何でもないことのように笑い、喜んで死地へと向かった。

 

()()()()()()()()()()()()()()()

 

 嗚呼(ああ)、クソったれめ……揃いも揃って格好つけやがって。

 

「―――応!」

 

 ここで応える以外の選択肢など、あるものかよ!

 

 



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 一時間。六十分。三六〇〇秒。

 五十万を優に超える冥府の軍勢が一丸となってネルガル神に抗い、得た時間である。

 

(ありがとう、みんな…)

 

 そうとしか言えない、言いようがない。

 (ボウ)と過ごせば瞬く間に過ぎる一時間という単位。

 だが今の冥界にとっては数多の犠牲と奇跡に支えられて掴み取った黄金に等しい時間だ。

 

 あの大神を相手に、一時間だ。

 

 どれほどの犠牲を強いたか、どれほどの奇跡に恵まれたか。

 その全てを見届けた者として軽んじることはありえず、軽んじる者がいれば絶対に許さない。

 

「……認めよう。冥界の勇士は《名も亡きガルラ霊》だけではない…。貴様らに弱卒などただの一人もいなかったとな。一兵卒に至るまでこのネルガルに恐れを見せず立ち向かう。果たしてどれほどの難行であろうか…。故にこそ、容赦はせぬ!」

 

 ()()()()()()()()()()()()

 ネルガル神は多少の疲弊は見せてもまだまだ意気軒昂。

 グガランナマークⅡも変わらず『火の巨人』の軍勢に足止めを食らっている最中。

 冥府のガルラ霊達をすり潰して得た黄金の時間を使い果たしてなお、もう少しの時間が欲しい。

 

 これより為すは無理無茶無謀……を通り越した()()()()

 目的を果たすまでのほんのひと時だけ成就すればいいという類の乾坤一擲。

 冥界各所に設置した儀式回路(サーキット)と世界各地から集めた聖遺物を聖杯へ接続。

 俺自身の霊体に取り込んだ聖杯を通じて、()()()()()()()()()()()()

 神性に達した俺の霊格を、更なる神秘の欠片と莫大な魔力を採りこむことで一時的に霊基出力そのものを爆発的に向上させる荒業。

 その儀式の準備に全てを注ぐ俺には一手たりともネルガルの迎撃へ裂く余裕はない。

 

(もう少し…。だがあと五分。三〇〇秒。黄金を積んで買えるなら冥界の天蓋に届くまで積み上げてやる…! だから、誰か…誰か―――!?)

 

 助けてくれ、と恥も外聞もなく胸の内で叫ぶ。

 俺はこの期に及んでもまだ諦めていない。諦められるはずが無い。

 他力本願の神頼みと自覚しても、都合の良い助けの手を求める俺に、ネルガル神は容赦なく牙を剥く。

 

「天蓋を仰げ。貴様が見上げる太陽の輝きが余である」

 

 ネルガル神の言葉通り、冥府を照らす強大なる太陽がひと際鮮烈に輝く。

 大地をマグマ化させる超熱量の出力、増幅、収束、放射が一工程(シングルアクション)で行われる、文字通りの神業。

 ある種ネルガル神そのものである太陽から絶大なる熱量(エネルギー)そのものが俺に向けて放たれ、死を覚悟した。

 その刹那―――、

 

「おや。これは思わぬお出迎えだ」

 

 緊迫した戦場に、場違いですらあるのんびりとした声が割って入った。

 

 ジャラララララララ―――……!!

 

 金属を(キシ)る音が無数に響き渡る。

 冥府の大地から飛び出した数多の()()()()が束ねられ、巨大な黄金の盾と化す。

 黄金の盾は全てを純白に焼き尽くす光の柱を千々に裂いた。

 

(なに、が…?)

 

 巨大な黄金の鎖盾に守られた俺は無傷。

 一体何が起きたのかと呆然とする俺の背に…。

 

「ああ、良かった。間に合った」

 

 あまりにも懐かしい、声変わり前の少年のような中性的な美声がかけられる。

 その聞き慣れた、最早世界の何処にもいないはずの声の主は…。

 

嗚呼(ああ)…」

 

 ただ万感を込めた言葉にならない呟きが零れ落ちる。

 その時、俺の胸に宿った感情(モノ)は果たして何と呼ぶべきか…?

 

「遅くなってスマナイ…。どうやらこの僕の躯体(カラダ)が出来上がるのに時間がかかったみたいだ。でもまあ、一番良いところには何とか間に合ったから怪我の功名というやつかな?」

 

 気取りのない悠々とした足取りで俺を追い越したその声の持ち主は、果たして…?

 淡く柔らかい色合いの緑髪、どことなく幼さを残した体つきに質素な貫頭衣を身に纏った俺の友がそこにいた。

 エルキドゥがそこにいた。

 

「エル…、キドゥ?」

「うん、僕だ」

 

 エルキドゥが俺の声に振り向いて微笑む。

 ただそれだけのことが、何故こんなにも懐かしいのだろうか…。

 

「なんで、ここに…?」

「友を助けるのに理由が必要かい?」

 

 本当に何でもないことのように首を傾げるあどけない仕草はまさに俺の知るエルキドゥそのもの。

 答えになっていない答えだが、彼/彼女と一言交わすごとに確信を深めていく。

 此処にいるのは確かに親友(エルキドゥ)なのだと。

 

「土に還ったお前がどうやって…? 躯体(カラダ)が冥界の片隅に眠っていようがお前の心はもう…」

「呼んだのは君だろう? 君の声は世界の果て、時の果てすら超越して()()()()に届いた。フフフッ、心の無い兵器である僕もまた人類史を守る英霊として認められたようだ。驚きだね?」

 

 まるで気の利いた冗談を聞いたようにクスクスと笑うエルキドゥ。

 その台詞の中に混ざるキーワードが俺の頭の中で組み合わさり、一つの推測に辿り着く。

 

(そうか、俺の第二宝具は…!)

 

 あらゆる可能性を通じ、俺と縁を結んだ存在へ呼びかけてその力を借りる召喚宝具。

 エルキドゥが眠る英霊の座にも届き、この冥界に呼び招く疑似的な英霊召喚術式として機能したのだ。

 

「君が呼び、僕が応えた。君の願い、君の積み重ねがこのひと時の再会を許した。()()()()()()()()()()―――なんという幸運、なんという幸福だろう。だから、言わせてほしい」

 

 透明な笑顔に真っ直ぐな感謝を乗せて、エルキドゥは俺に言った。

 

「僕を呼んでくれてありがとう、友よ」

「……馬鹿がっ! この、唐変木! 何と言うか、何を言えば良いのか…ああクソ! 俺の台詞を取りやがってこの野郎!?」

 

 相変わらず過ぎるほどに相変わらずなエルキドゥに心のうちで暴れる感情が制御できずに溢れ出す。

 零れ落ちようとする涙を何とか堰き止め、滅茶苦茶に熱くなった顔の熱を吐き出そうとつい乱暴な言葉を吐いてしまう。

 畜生め、先に礼を言われるなど、どの面下げて何を返せばいいと言うのだ!

 

「この戦いを終らせてから冥府のガルラ霊全員でお礼巡りするまで英霊の座になんて返さないからな! 覚悟しとけよ!」

 

 結局俺が言えたのはそんな悪態にも似た感謝だけ。

 我ながらなんという捻くれ具合か。

 だがまあ、俺とエルキドゥのやり取りはこれくらいのほうがお似合いなのかもしれない。

 

「うん、覚悟しておこう。さて―――」

 

 俺の悪態に鷹揚に頷くエルキドゥが、視線をネルガルに向ける。

 ただそれだけで空気がヒヤリとした冷たさを帯びた。

 

「大神ネルガル。天に輝く太陽の君。貴方の目的を僕は知らない。だが貴方は僕の友を傷つけた」

 

 氷柱に似た冷たさと鋭さを帯びた無表情。

 エルキドゥはいま静かに猛っていた。

 

「僕が報復を行うには十分な理由だ。異論はないだろう?」

「クク…。十全に程遠いその身でよく言った。《天の鎖》の影法師よ」

 

 静かだが強烈な敵意を向けられたネルガル神は、むしろ嬉しそうに笑った。

 

「その躯体(カラダ)、貴様が本来持つ真物にあらず。あくまで神秘と魔力で形作った仮初の肉体に過ぎぬ。さて、貴様の全盛に比べていま振るい得る力の程は如何程だ?」

「さてね。だが貴方の目的を挫くには十分だ。()()()()()()()()()()()

「ほう?」

 

 片頬を歪め、意味ありげに俺とエルキドゥを見遣るネルガル神。

 嘲笑しているようでもあり、問いかけているかのようでもあった。

 だがそんな意味深な笑みに付き合っている余裕など俺達にはない。

 

「友よ。教えてくれ」

 

 エルキドゥは静かに問いかけた。

 

「僕は何をすればいい?」

 

 ただ真っ直ぐに、全幅の信頼を乗せて。

 ならば俺はその信頼にそれ以上の信頼を返し、とんでもない無茶を頼むだけだ。

 

「時間を稼いでくれ。あと五分…三〇〇秒だ。それだけあれば後は俺が全部なんとかする」

「承知した」

 

 ネルガル神を相手に十全ならざるコンディションで三〇〇秒。

 冥界の全軍を以てなんとか一時間稼ぎ出した超抜級最上位神性を単騎で相手にする時間としては永遠に等しい。

 

「君に任されたこの三〇〇秒、仮初の命を賭して食い止めよう」

 

 だがエルキドゥは何でもないことのようにあっさりと頷いた。

 これ以上なく頼れるアルカイックスマイルを浮かべたその頬を―――灼熱の光線が掠める!

 掠めた頬は朱く焼け爛れるが、すぐに癒える。

 軽微な負傷…だが、あれは()()()外した一閃。ネルガル神がその昂ぶりを鎮めるためのガス抜きのようなものに過ぎない。

 

「話は終わったか?」

 

 熱線を放った主たるネルガル神は最早待ちきれぬと笑みと視線を俺とエルキドゥに向けていた。

 

「エルキドゥ…。かつてありし心持つ兵器の影法師よ。いまの貴様は十全に程遠かろう。

 だが全力で抗え。貴様らの希望、繋いで見せよ。余はそれを望む。完全なる決着を望む。

 余は許す、貴様の反逆を。

 余は望む、貴様の全霊を。

 そして余は誓う―――余が振るう神威の全てを以て貴様と相対することを!」

「……なるほど。冥府(キミたち)は随分とネルガル神に気に入られたようだね」

 

 俺に向けて、呆れたような口調でエルキドゥは言った。

 これは冥府へのネルガル神なりの激励なのだと。

 即ち―――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。完全なる決着を付けるために。

 

「君も、彼も。随分と無茶を言ってくれる。油断の欠片も無い、本気の最上位神性を相手に不完全なこの躯体で向き合うのは大分骨が折れるね」

「……スマン」

「いいさ。()()()()()なようで何よりだ。いっそ安心した」

 

 力には力を、全力にはそれ以上の全力を。

 良かれ悪しかれ正々堂々の正面突破こそがネルガル神の流儀であることは嫌というほど思い知っている。

 これほどネルガル神が戦意を昂らせているのも、冥界が見せた奮闘がその一因なのだろう。

 

「さあ、出し惜しみ無しで行くよ」

「来るが良い。天の鎖の影法師よ」

 

 あるかなしかの笑みを互いに浮かべ―――黄金の鎖と日輪の輝きが激突した。

 

 



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 エルキドゥとネルガル神が激突した同時刻。

 ウルク及び古代シュメルの全ての都市の上空に、冥界の命運を賭けた決戦を映し出す巨大なビジョンが浮かんでいた。

 ネルガル神が冥界に攻め込んできてから今の今まで、途切れることなく中継は続いている。

 無論これは冥界の…《名も亡きガルラ霊》の仕込み。

 ネルガル神襲来までの準備期間に仕込んだ、冥界の戦況をリアルタイムで映し出すだけの大仕掛け。

 巨大なビジョンに映る死闘を食い入るように見入るのは民草―――力なき人類たち。

 

「奴め。中々に味な真似をする」

 

 と、玉座に座って呟くはギルガメッシュ王。

 《名も亡きガルラ霊》から聞いた時は果たして何の意味があるのかと訝しんだものだが、こうして古代シュメル諸都市の民草達の様子を見ればその狙いは一目瞭然。

 民草達の、今にも冥府へ向けて飛び出そうとしかねないほどの『熱』。

 それほどの奮戦、それほどの大戦。

 誰もが冥界の眷属達が見せた奮闘に興奮し、熱狂し、尊さを感じ、何よりもその力になりたいと願った。

 これこそが奴が望んだ祈り(モノ)なのだろう。

 

「聖杯()()では遂に魔力を賄いきれなくなったか。その上で民草達の祈りを束ね上げ、霊基の改竄に利用する気だな」

 

 聖杯、万能の願望機。

 とはいえその器に湛えられた魔力リソースは有限。

 冥界の命運を賭けた一戦程の規模ともなれば、枯渇するのはさして遠くないだろう。

 

「一度は対神呪詛に堕ちかけた奴だからこそ気付けた手段だな…。ただでは転ばぬという訳か」

 

 《名も亡きガルラ霊》の狙いを評価する余裕を持ちながら、文字通りの高みの見物を決め込んでいた。

 ある瞬間までは…。

 

「王よ…。アレは…あの人は…!」

 

 ()()()、異質などよめきが民草の間を走り抜けた。

 それはギルガメッシュ王の隣に侍るシドゥリですら例外ではない。

 いいや、あるいはギルガメッシュ王こそが最もその光景に震えた一人だったかもしれない。

 奇跡のような光景がそこにあった。

 

「エルキドゥ…?」

「エルキドゥだ」

「エルキドゥだぞ! 間違いない!」

「エルキドゥが冥界に…!」

 

 民草が()()()と信じたい光景を目にして口々に騒ぐ。

 無理も無い。ギルガメッシュ王ですら胸が痛くなるほどに強い動揺を覚えたのだ。

 

「エルキドゥ…!」

 

 ギュッと瞼を固く瞑る。

 意識して強く息を吐き出す。

 全身の力を弛緩させ、ゆっくりと玉座に背中を預けた。

 そうしなければ自分は玉座を放り出して冥界へ向かっていただろうから。

 ()()()()()()()()()()()()()()と、理不尽な怒りすら湧いてきたが、王としての自覚がそれを抑えた。

 そうしてギルガメッシュ王が自らの昂ぶりを抑え込んだ次の瞬間に、玉座の間へ続々と人が入ってくる。

 

「王よ!」

「我らが王!」

()がいます!」

「エルキドゥが、冥界で戦っています!」

 

 堪えきれなくなった戦士達の一部が玉座の間へと押し寄せたのだ。

 警護の兵たちが構えた槍を交差し、押し留めるが、構わず押し寄せた者達は口々にギルガメッシュ王へ言葉を投げかけた。

 一歩間違えれば反乱と誤認されてもおかしくない所業だが、抑えるべき衛兵達ですら両手に力が入らず、ちらちらとギルガメッシュ王の様子を見ている。

 それほどにウルクの民達はこの光景に心を揺らしていた。

 

「見えているし、知っている。やかましいわ、騒ぐな!」

 

 叱責を加えるも、それどころではないと戦士達は口々に言い返した。

 元より限界だったのだ。

 誇り高きウルクの民が冥界からの助けを忘れるはずが無い。

 エルキドゥの存在がキッカケとなって爆発したが、その燃料となったのは冥界へ抱く友愛と助力に行けない後ろめたさだ。

 

「ならば行きましょう!」

「あそこへ!」

「冥界へ!」

「美しい緑の人を、冥界を助けに…!」

 

 ネルガル神がどれほど強大か、その神威がどれほどに酷烈か。

 冥界の決戦、その一部始終を見たウルクの民達は無論知っている。

 それでも怯んだ様子を一欠けらも見せず、ただ戦意を昂らせて参陣を望む姿は流石ウルクの民と称えるべきだろう。

 とはいえそれは半ば理性を外した誇り高さ。

 王として決してその一線を見誤ってはならない。

 

「ならぬ」

 

 気持ちは分かる。

 だがそれは許されない道だ。

 故にギルガメッシュ王はただ一言で斬り捨てた。

 

「しかし!」

「このまま座して見ているわけには…!」

「余りにも、余りにも忍び難く…! どうかご再考を!」

 

 王の言葉に忠実なことこの上ないウルクの兵士。

 彼らが明確な王の意志を受けてなおそれでもと言葉を荒げるのは珍しいを通り越して皆無に近い。

 それだけで彼らが抱いた心情が多少なりとも窺い知れる。

 

(たわ)け」

 

 が、ギルガメッシュ王はただ一喝のみ下す。

 

『―――』

 

 殊更に声を荒げてもいないただの一言に、思わず生唾を呑む兵士達。

 彼らも悟った、()()()()()()だと。

 これ以上食い下がれば容赦のない王の怒りが彼らに下るだろう。

 だが、それでも…。

 言葉には出せず、さりとて大人しく引き下がれもしない兵士たちを見たギルガメッシュ王は溜息を一つ吐いた。

 

「此度の戦、手出し無用。その理由は既に語り聞かせたはずだ。援軍は出さぬし、出せぬ」

 

 冥界とは結局のところ生者の領域ではない。

 どれほど民草達が望もうとも、冥界へ向かうと言うことがまず出来ないのだ。

 いや、抜け道もある。

 あるが…自ら命を絶ってまで冥界へ助太刀に赴く程気合いの入った者はウルク民とは言え流石にいない。

 

「なにより」

 

 と続けた。

 

「奴は言った。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()とな」

「…っ? それは…?」

 

 察しの悪い奴らめ、と苛立ちつつも端的に必要な言葉を紡ぐ。

 

「祈り、願え。奴らの勝利を。貴様らの思いはただそれだけで奴の力となるだろう」

 

 元より民草達の祈りを束ね、神性へと至った存在(モノ)

 それこそが『名も亡きガルラ霊』だ。

 民草達が冥界の勝利を強く願えば、その分だけあのガルラ霊の力となる。

 

「我らの祈りがあの方の、冥界の、エルキドゥの力に…」

「そういうことだ。他の者達にも疾く伝えよ。貴様らのような奴らに次々と押しかけられてはたまらんわ」

「王よ。その役割、どうか私めにもお許しを」

「シドゥリ…。良かろう、貴様の裁量でウルク…いや、叶うならばシュメル諸都市を回れ。その程度の援護はしてやっても構うまい」

「はい。ご配慮、ありがたく!」

 

 満面の笑みと共にシドゥリや兵士達が駆けだしていく。

 彼らの働きが基点となって人が走り、その知らせがさざ波の様に広がっていく。

 ウルクに、時を置いてやがては古代シュメルの大地に。

 気運が高まっていく。

 神を倒し、友を助け、人が立つ。

 そんな人と神の決別を推し進めるような気運が。

 この流れはギルガメッシュ王にとっても評価すべきものだった。

 

「……ま、及第点をくれてやろう」

 

 と、辛めの評価を下す。

 親友(エルキドゥ)と戦場で肩を並べるあのガルラ霊へ、若干の嫉妬も込めて。

 

「彼方からの客人(マレビト)()()()者よ。この神代のシュメルを駆け抜けたガルラ霊よ」

 

 今も冥界の奥底で戦い続ける後進へ向けて言葉を送る。

 

「この(オレ)が認めてやろう。貴様は最早異物ではない…。余分でも、余計でもない。この世界に根付き、人と共に歩む者だ」

 

 もっと自信を持っていい、傲慢になっていいのだとギルガメッシュ王は思う。

 あのガルラ霊は、ガルラ霊と心を一つにした者達は、いまこんなにも世界から受け入れられているのだから。

 故に精々その背を押してやるとしよう。

 

()()()。負けることは許さん。意図せずとも貴様は英雄…この(オレ)の背を追う者なのだからな」

 

 天上天下に英雄とはこのギルガメッシュただ一人。

 英雄とは即ちギルガメッシュであり、その価値もまた世界にただ一つ。

 その()()が揺らぐことはあり得ない。

 だが時に英雄(ギルガメッシュ)の背を追い、偉業を成し遂げる者がいる。

 その偉業を、歩んだ道程の尊さを否定することはない。

 英雄王はあのガルラ霊もまた()()なのだと認めていた。

 

 ◆

 

 夢のような時間が過ぎていく…。

 エルキドゥにとって、夢のような時間が、刻一刻と。

 

「……やはり君の宝具で(カタチ)を成したこの躯体(カラダ)では全盛期には程遠いか」

 

 躯体の性能は地上に在りし頃と比べて酷く劣化している。

 実のところ『いまだ遠き幽冥永劫楽土(コール:クルヌギア)』で再現できる肉体の性能は正式な英霊召喚術式のソレにすら及ばない。

 時間をかけて可能な限り真作に近い性能の躯体を造り出したとはいえ限度はある。

 

「でもまあ、いいさ。悪くない。これが僕だ、今の僕だ。君と絆を紡いだ僕がいたという証だ」

 

 (ひらめ)く。

 天蓋に輝く日輪から無数の熱線が放たれる。

 大地から生み出した黄金の鎖を迎撃に回し、自らは超音速域の戦闘機動速度で以て最小限の熱線を回避。

 太陽神の懐に潜り込み、袈裟懸けの斬撃を浴びせる。

 

「思い返せば君にウルクを任せることはあっても、キミと同じ戦場で戦うことは無かったね」

 

 太陽の王笏と天の鎖の光刃が鍔迫り合いを交わすはほんの数秒。

 極めて単純なスペック差による力負け。

 強烈な衝撃に弾かれながらも受け身を取り、そのまま回避行動へ移行。

 

「ならば最初で最後のこの一戦、勝って気持ち良く終わりを迎えるとしよう」

 

 無数の熱線がさながらレーザーライトのように呵責なく放射される。

 その数は限界など無いかの様に増え続け、エルキドゥが翔ける空を奪っていく。

 なんという底力か。

 エルキドゥをして強大にして偉大としか呼べないほどのその『力』。

 冥界の闇を切り裂き、猟犬の如く獲物を狙う余りにも恐ろしい暴威(ヒカリ)が―――遂に、エルキドゥの躯体(カラダ)を捉えた!

 

「そう思えばこの仮初の命を」

 

 右腕が千切れる―――回復に回す魔力なし。戦闘力低下を確認。戦闘を続行。

 

「賭ける、価値がある!」

 

 左足が千切れる―――機動力が低下。残った片足を起点に跳躍。無数の張り巡らせた黄金の鎖を足場に回避行動に専念。

 

「さあ―――」

 

 左腕が千切れる―――必要な時間はあと僅か。それまで持てば十分だ。

 

「出し惜しみは無し…。文字通りの、全力だ!」

 

 大跳躍。

 幾つもの熱線が躯体を半分程度消し飛ばしながらも、ネルガル神を射程に捉えた。

 自らの躯体そのものを黄金の鎖へと変換。

 残存魔力の大半を込めて『人よ、神を繋ぎとめよう(エヌマ・エリシュ)』を劣化再現。

 

 己そのものを弾丸と化して、ネルガル神へと吶喊する!

 

 最早後先は考えない。

 この一撃の後、躯体が維持できなくなっても良い。

 その思いで撃ち込んだ一撃は、太陽の王笏で受けたネルガル神を全力の防御へと追い込む威力を誇った。

 

「ガ、ァ…アアアアアアアアアアアアァッ―――!!」

 

 大神が、咆哮する。

 ネルガル神もまた、この土壇場に至って負けてなるものかと意地を叫んだ。

 強烈な衝撃。

 大地を割り砕き、ネルガル神を押し込んでいく程の威力。

 両の足では踏ん張り切れず膝が落ちかける。

 やはり衰えても《天の鎖》―――だが、勝つのは(オレ)だ!

 

「余は、ネルガルである!」

 

 神を支えるのはその傲慢と紙一重の誇り。

 だがその誇りはネルガル神の落ちかけた膝を支え、猛反撃を加える礎となる。

 

「消し飛べ。誇れ。貴様もまた強敵(トモ)だった」

 

 ()()()()()()()()

 強烈な熱量に、死の誘いとも呼ぶべき凶悪な呪詛が混ざる。

 (コレ)即ち太陽が振りまく『死』への誘いに他ならない。

 

「これは、流石に無理かな」

 

 宝具が解除され、強大な黄金の鎖から美しい緑の人へと戻ったエルキドゥ。

 その無防備な胴体部を狙う『死』そのものの一撃が放たれる。

 (ジュウ)、と何かを燃やす悍ましき音が響き、その胸から下の躯体の大半を漆黒の炎が焼き尽くした。

 

 エルキドゥ、戦闘能力の大半を喪失。戦闘継続不能。

 

 やはりこうなったか、と力なく大地に転がりながら苦笑を漏らす。

 痛覚を切断(カット)し、平静な声で敵手を称える。

 その価値はある強敵だった。

 

「ネルガル神。貴方はやはり、強い」

「知っている」

「でもね」

「フン」

()()()()()()()()

 

 不敵に笑うエルキドゥが()()()()

 そう、この結末はエルキドゥにとって勝利に等しい。

 何故なら、

 

()()()()()

 

 凌ぎ切ったからだ。

 黄金よりもなお価値のある三〇〇秒を。

 

「ああ」

 

 そして応えるは、この世にただ二人きりの親友。

 

「選手交代だ」

 

 その声の主を中心に恐ろしく莫大な魔力が胎動し、渦を巻く。

 今にも()の淵から溢れ出し、冥界の全てを飲み込みかねない危険な気配。

 恐らくは、親友の()()()()()を擲ってようやく切れる切り札なのだろう。

 それと知っても、後悔はない。

 

「フフ…」

 

 微笑(わら)う。

 ただ信頼を乗せて。

 

「後は、任せるよ」

「……おう!」

 

 いまこの一瞬に全力を尽くす。

 それ以上のことを一体誰が出来ようか。

 最早エルキドゥに出来るのは信じることだけで、そして彼は信じることが出来る親友なのだから。

 その思いを受け取った《名も亡きガルラ霊》もまた、親友を振り返ることなく前へと進む。

 

「行くぞ、ネルガル神。()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 極めて単純な事実を大敵に告げる。

 これより為すは乾坤一擲。

 自らの霊基を代償に、ただ一度きりの大博打に挑む。

 勝っても負けても、己に()()()など存在しない。

 故に最強ではなく、()()の宝具。

 

冥府開拓く原初の星(キガル・エリシュ)

 




 冥府開拓く原初の星(キガル・エリシュ)
 めいふひらくはじまりのほし。

 冥界という一つの世界を開拓する物語は一騎のガルラ霊から始まった。
 あらゆる可能性を開花させ、あらゆる冥府の要素を剽窃し、結果として世界にただ一つ類例のない(あるいはあり過ぎる)冥府へ変貌した。
 全ての冥府に似ていながら、全ての冥府と異なるその様相を覗いた後の学者たちは、後世にてとある評価を後付けした。
 即ち、メソポタミアの冥府こそ()()()()()()()()であると。
 その象徴であるガルラ霊はあらゆる神話体系の冥府に属する要素を取り込み、聖杯によって付与されたEXランクの自己改造(偽)によって自らを最上位の神性へと改竄する。

 エジプトの太陽神にして冥府神ラーから太陽の権能を。
 閻魔大王の前身、《最初の人》ヤマから罪に応じた罰を下す司法神の権能を。
 ギリシャのハデス有する『姿隠しの兜』に等しい存在確率操作の権能を。
 その他、種々の権能を継ぎ接ぎに束ね…。
 
 聖杯と信仰という二種の莫大な魔力リソースを燃料に、他神話から剽窃した聖遺物を核に数多の冥府神の神性を霊基に取り込むことで霊基出力を劇的に向上。
 その霊基出力は対ビースト決戦存在、冠位英霊(グランドサーヴァント)のソレを凌駕する。
 だがその実態は事実上の自爆宝具。
 風船に空気を吹き込み過ぎて破れようが、空気が抜ける以上の速度で吹き込み続ければ風船が萎むことは無い。
 そんな狂った思想の下、術式を組み上げられ、自壊するまでのほんのひと時だけ許された冥府を明日(ミライ)へ繋げるための『力』。
 この宝具を使用した後、《名も亡きガルラ霊》の霊基は崩壊する。

 この霊基崩壊は聖杯ですら止めることが出来ない。
 少なくともエレシュキガルを含む冥界及びギルガメッシュ王では対処不可能。
 祈れ、聖杯を超える『奇跡』が起きることを。










 追記
 スマナイ…。
 書き貯められたのはここまでなんだスマナイ…。