クラスメイトは全員思春期 (キラ)
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本編
ファースト幼なじみは思春期


基本はあらすじにあった通りの話になっています。


≪はじまりは彼女の第一声から≫

 

 インフィニット・ストラトス――これまでの科学の常識を覆したパワードスーツ。通称IS。女にしか動かせない。

 IS学園――そんなISを操縦する者や整備する者などを育成する場所。日本に存在。ただひとりの例外を除き、女性しか在籍できない。

 

 俺の名前――織斑一夏。IS学園新入生。性別:男。

 

「こんにちは。今日から1年間、皆さんのクラスの副担任をやらせていただくことになりました。山田真耶です」

 

 現在の状況――女の園に、野郎が最前列で孤立無援。

 

「それでは、出席番号順に自己紹介をお願いします」

 

 誰もが思うだろう。この状況はおかしい、と。だが現実だ。なんやかんや諸々の偶然と自己責任が重なり、俺はISを動かせる男としてIS学園に強制入学させられてしまった。

 クラス中から向けられる好奇の視線がすごく辛いが、ため息は心の中だけに留めておく。さすがに教師の真正面で入学初日から辛気臭い態度はとらない方がいいだろう。

 

「はい。では次、織斑一夏くん。お願いします」

「は、はい」

 

 やば、考え事しているうちに自己紹介の順番が回ってきてしまった。何を話せばいいのか全然思いつかないぞ。

 

「お、織斑一夏です」

 

 より一層強まる女子達の視線。いったい何を言ってくれるのかと期待している空気が、痛いほどに伝わってくる。

 

「………」

 

 でも何も出てこない。無難に趣味でも話せばよさそうだが、あいにく俺には趣味らしい趣味がない。これは完全に詰みか……?

 

「先生」

 

 自分の中身のなさに軽く絶望していた矢先、ひとりの女の子の声が教室に響いた。反射的に、俺含む全員が声の主を探す。

 

「あ……」

 

 彼女の姿を見た瞬間、思わず声が漏れてしまうほど驚いた。

 整った顔立ち。凛とした表情は、意思の強さを感じさせる。そして、特徴的なポニーテール。

 

「えっと、篠ノ之箒さんですね。どうかしましたか?」

「織斑が話す内容に困っているようなので、私から質問してもいいでしょうか」

 

 間違いない。俺はあの子を知っている。小さい頃、とても仲良くしていた記憶がしっかり残っているのだ。最後に会ったのは小4の終わりだったけど、すごく美人に成長してる。

 しかも、どうやら俺に助け舟を出してくれる様子。ありがたい、これが幼なじみの力か!

 

「だそうですが、織斑くんは構いませんか」

「あ、はい。もちろん」

 

 質問さえしてくれれば、こっちはそれに答えるだけでいい。実に簡単な話だ。にこにこ笑顔で箒の言葉を待つ。

 

「ではまずひとつ」

 

 対してあっちはなぜか神妙な面持ちになり、すーはーと深呼吸。たっぷり間を置いて、ようやく口を開いた。

 

「あなたは童貞ですか」

 

 ………え?

 何か今、想像の斜め上どころか異次元までぶっちぎった質問が飛んできたような。

 

「あなたは童貞ですか」

「………え?」

 

 思わず聞き返してしまうと、箒はそれを俺がよく聞き取れなかったと判断したらしい。

 

「あなたは! 童貞ですかあああああ!!」

 

 超エキサイティングに、1階の廊下全体まで響くようなシャウトを披露してくれた。

 凍りつく教室。呆然とするクラスメイト達。

 同時に、俺はとてもとても大切なことを思い出していた。

 

「ああ、そうだった」

 

 篠ノ之箒、俺の幼なじみは……小さい頃から下ネタが大好きだったということを。

 

 

≪担任教師登場≫

 

「まったく。どこの馬鹿が下品なことを叫んでいるかと思えば……まさか私のクラスの生徒とはな」

 

 箒の発言に戸惑っているうちに、教室に入ってきたこのクラスの担任教師らしき人物が制裁を加え、俺の回答の義務は消滅した。

 

「い、痛い……」

 

 出席簿で頭を叩かれた箒はちょっぴり涙目になっている。でも自業自得なので同情の気持ちはかけらもわいてこない。だいたい、数年ぶりに会った幼なじみにまず聞くことがそれかよ。

 

「さて諸君。私が1年1組担任の織斑千冬だ。まず初めに言っておくが、教師の言うことはよく聞くように」

 

 壇上では、織斑千冬――俺の姉による挨拶が始まっていた。

 第1回のモンド・グロッソ、つまりISの世界大会で優勝し、ブリュンヒルデの称号を持つ我が姉は、世界でもその名が通るほどの有名人。彼女の弟であるということが、もともとマックスだった『ISを動かせる男』への注目度をさらに上昇させることとなった。

 

「もちろん意見は許す。逆らうことも構わない。だが最終的に我々の言葉が正しいと理解できたなら、その時は素直に従え。たとえ納得ができなくてもだ」

 

 背筋を伸ばして語る姿から、厳しさが痛いほど伝わってくる。プライベートでも言葉に迫力のある時の多い千冬姉だが、仕事中となるとそれが5割増しだ。

 これならきっと、箒のトンデモ発言で変になった空気を締めてくれるはず。

 

「キャーー! 千冬お姉様素敵ーー!」

「千冬様のクラスに当たって感激です!」

「私、お姉様になら処女を捧げる覚悟です! もしくは私が処女を奪います!!」

 

 なんかすごいガバガバな空気になった!

 

「まったく、どうして私のクラスにはこんな奴ばかり集まるんだ……」

 

 飛び交う黄色い声援に呆れたように頭に手を当てる千冬姉。心の底からうんざりしてるな、あれは。

 

「そうですよ」

 

 隣にいた山田先生も頷く。

 

「織斑先生の処女は私がもらうんですからね!」

「どうして副担任までこんな人間なんだろうな……」

 

 俺、なんでこんな学園に入っちゃったんだろうな……

 

 

≪数年ぶりの再会≫

 

「久しぶりだな、箒」

「一夏! やはり私のことを覚えていてくれたのだな!」

 

 休み時間。俺の周りには女子の輪ができていたが、それを振り切って箒と一緒に教室を出た。とりあえずは、再会できた幼なじみと話したいと思ったからだ。。

 

「小学校の頃、よく遊んでたからな。忘れるはずねえよ」

「そうか……うれしいぞ」

「俺もだ」

 

 満面の笑みを浮かべる箒。少しドキッとしてしまう。

 

「本当にうれしい」

 

 前に会った時は子供だったから、そこまで意識した覚えはないけど……やっぱり箒って可愛い顔してるよな。笑うとそれがさらに際立つ。

 

「こんなにうれしいのは、へそが私の性感帯だとわかった時以来だ」

「俺のときめき返せ」

 

 

≪聞きたかったこと≫

 

「それにしてもお前、なんでいきなりあんなこと聞いてきたんだよ」

「あんなこと?」

「だから……お、俺が童貞かどうかって話」

 

 女の子に面と向かって童貞という単語を口にするのは、俺にはなかなかハードルが高い。なので、言葉が尻すぼみになってしまう。

 

「! そうだ、すっかり忘れていた! 一夏、結局お前は童貞なのか」

「……ああ、そうだよ。いまだに彼女も作ったことないし」

 

 というか、中学卒業して間もない時点で童貞も卒業してる男の方が少ないと思うんだが。

 

「そうか、それならいい。ずっと気になっていたんだ」

 

 でも、箒にとってはかなり関心の深い事柄だったようだ。

 

「なんでそんなに気にしてたんだよ」

「え? そ、それはだな……小さい頃の男友達が、知らないうちに大人の階段昇ってたらショックだろう?」

「まあ、それはそうかも」

「だから最初に聞いておきたかったんだ」

 

 それにしたって、みんなの注目が集まる場でわざわざ聞くことはない気がするけどな。箒も思い返して恥ずかしかったのか、少し頬が赤くなっている。

 

「あ、ちなみに私も処女だぞ」

「いちいち言わなくていいっての」

「こちらだけ教えてもらうのも不公平だろう。……どうした、顔が赤いぞ」

「き、気のせいだ」

 

 いかん、一瞬不埒なことを考えてしまった。こいつは幼なじみなんだ、そういう妄想には使いたくない。

 

「そうそう、もうひとつ聞きたいことがあったんだ」

「え?」

「後ろの穴は処女のままか?」

「なんでそれ聞こうと思った? あ、言ってみ?」

 

 

≪聞きたかったこと その2≫

 

「俺も聞きたいことがあったんだ」

「む、なんだ」

「剣道、まだ続けてるのか?」

 

 箒の家は剣道場で、小さい頃は俺も厳しくしごかれた。けど、自分がだんだん強くなっていく感覚がたまらないからやめることはなかった。

 道場の先生の娘である箒は、俺が行くとほとんどかならず竹刀で素振りをしていた。それだけ熱心にやってたということだ。

 

「ああ、もちろんだ。もっとも、あまり大会には出られなかったが」

「ん? どういうことだ、それ」

 

 不可解なセリフに突っ込むと、箒はちょっぴりバツが悪そうな表情になる。

 

「お前と別れてから、私は偽名を使っていたんだ。姉さん絡みで、妙な連中に目をつけられないように」

「あ……じゃあもしかして、突然引っ越したのも」

「日本政府の重要人物保護プログラムとやらの影響だ。まったく、姉さんにも迷惑をかけさせられる」

 

 箒の姉は、何を隠そうISの開発者である。そして現在絶賛姿くらまし中。ISの核となる部品を作れるのはあの人だけなので、世界中の政治家やら研究者やらが行方を探しているはずだ。

 そういう事情も手伝って、箒に政府の監視やらがついて不自由な生活を送っていたとのこと。

 

「去年の剣道の大会も、県優勝までは行ったんだ。だがあまり目立って顔が知れるのはまずいと言われ、あとの大会は辞退させられた」

「それは……残念だったな」

「もう終わったことだ、気にするな。このIS学園でなら、ガードが堅いから偽名を使う必要もない」

 

 明らかに理不尽な目に遭わされているのに、箒は本当に何も気にしていない様子だ。もうとっくに割り切ってるのだろうか。

 

「強いんだな、お前」

 

 なんにせよ、立派だと思う。

 

「そうでもないさ。それにな、一夏」

 

 そこでいったん言葉を切ると、箒はにっこりと笑って。

 

「見られているというのは、存外興奮するものだぞ?」

 

 あーもう台無しだよ!

 

 

≪大きくなったな≫

 

「それにしても、しばらく見ない間に大きくなったな。一夏」

「箒もな」

 

 お互い成長期だったから、この5年のブランクは大きい。昔の面影はちゃんと残っているものの、名前を聞かされなかったら俺はこいつを篠ノ之箒だと断定できた自信はない。

 

「きっとまだまだ大きくなるのだろうな」

「ま、もう少し伸びてほしいのは事実だな」

 

 最低でも平均は切らないことを一応望んでいる。

 

「ところで、もう皮は剥けたのか?」

「お前今までどこの大きさの話してたんだよ」

 

 

≪よろしくな≫

 

「まあとにかく、ここでお前とまた会えてよかったよ」

「ああ、私もだ」

「昔みたいに仲良くしてくれると助かる。男ひとりって状況は辛いから、頼れるやつがいると全然違うんだ」

「もちろんだ。存分に頼れ」

 

 千冬姉は教師という立場だし、やっぱり同じ生徒に知り合いがいてくれたのはデカい。いくらか今後への不安も軽減された。

 

 キーンコーンカーンコーン。

 

 おっと、もう2限開始の時間か。教室に戻らないとな。

 

「箒」

 

 その前に、改めて一言『これからもよろしく』と言っておこう。

 

「これからもよろシコ」

 

 ……あ、噛んじまった。

 

「一夏……その下ネタはさすがにどうかと思うぞ」

「お前にだけは言われたくねえよ!」

 

 ジト目で睨む箒に向かって吠えながら、早足で自分の席に戻った。

 




なんでこの作品を書こうと思ったのか→ISと生徒会役員共って結構声優かぶってるなー。以上。

本当はもっと生徒会役員共風味の作品にしようと思ったのですが、僕の力では氏家先生の作風を再現するには程遠かったこと、よしんば再現できたとしてもそれISでやる意味なくないか?と考えた結果、こんな感じになりました。なので下ネタだけじゃなくて真面目な話をやったりすることもあります。一応「ISの二次創作である」という点は意識しているつもりです。

しかし、このIS←生徒会役員共の組み合わせはすでに偉大な先駆者様がこのサイトにいらっしゃるんですよね。ある程度構想を終えた段階でその事実に気づき、僕がやってもただの二番煎じになるんじゃないかと思ったのですが、もったいないという気持ちと二次創作ってもともと全部二番煎じだろという開き直りによって投稿するに至りました。

次回はセシリアさんが出てくる予定です。
感想等あれば、気軽に送ってもらえるとうれしいです。


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イギリス代表候補生は男嫌い

≪周囲の視線≫

 

「ですから、ISの運用にまず必要なものは――」

 

 1時間目はホームルームだけで終わったが、2時間目からはすでに教科書に沿った授業が開始されていた。

 一応入学前に渡された参考書には目を通したけど、とても1ヶ月弱で理解できる代物ではなかった。他の生徒はもっと前からISの勉強をしてるはずだから可能なのかもしれないが、突然IS学園に入学が決まった俺には土台無理な話だ。

 なので、今も先生の話について行くのが精いっぱい。ところどころ出てきたわからない部分は、あとで箒に聞くことにしよう。

 

「………」

 

 しかし、周りからの視線が気になるなあ。こっちは教科書と壇上の山田先生を見るだけでいっぱいいっぱいなのに、クラスメイトたちはチラチラと俺の方に目を向けている。その余裕がうらやましい。

 ……そういえば、箒のやつはどうなんだ? IS開発者の妹となれば、俺と同じように注目されてもおかしくないけど。

 ふとそんなことを考え、ちらりと窓際の席に目をやる。

 

「~~~~っ♡」

 

 見られるには見られていたが、なぜか恍惚とした表情を浮かべていた。

 

一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、あいつの性癖がうらやましいと思ってしまった……

 

 

≪イギリス代表候補生≫

 

「ちょっとよろしくて?」

 

 そう声をかけられたのは、2時間目が終わって机に突っ伏そうとした矢先のことだった。

 

「えっと、なに?」

「あなた、織斑先生の弟で間違いないのですわよね」

 

 白い肌にふわっとした金髪。とりあえず、欧米の人っぽい。しかも言葉遣い的にいいところの生まれなのかもしれない。

 

「そ、そうだけど」

「あの方の親族の割には覇気がありませんわね。だいたいなんですのそのボソボソした話し方は。もっとハキハキしゃべりなさいな」

 

 そして、初対面で厳しいことをずけずけと言ってくる遠慮のない性格らしい。

 ……で、この人名前なんだっけ。

 

「それは悪かったな。気をつける」

「わかればいいですわ」

 

 適当に当たり障りのない返事をして時間を稼ぐも、思い出せる気がまったくしない。頭文字すら出てこない。

 ここで『ところで君はだれ?』なんて言ったら絶対怒るよな。なんかプライド高そうだし、かりにもさっき自己紹介したところなんだし。

 

「おお、これはイギリス代表候補生にして入試主席、かの名家オルコット家の生まれで正真正銘の貴族、セシリア・オルコットではないか」

「……な、なんですの篠ノ之さん。その説明口調は」

「他意はない。気にするな」

 

 おう、さすが幼なじみ。華麗に参上して俺の知りたいことを多すぎるほど教えてくれた。

 

「ふっ、私のことはホウキペディアと呼ぶがいい」

「語呂悪いなオイ」

 

 ネーミングセンスはさておき、ホウキペディアさんのおかげで助かった。

 

「まったく、ISを動かせる男性と聞いて、どんな方なのかと期待しておりましたのに……そこらの男と同レベルですわね」

「………」

「どうしましたの、急に黙り込んで。文句があるならはっきり言わないとわかりませんわ」

「………」

「これだから男は――」

「あのさ、ちょっといいか?」

 

 いやまあ確かにオルコットの物言いに少々カチンと来てるのは事実なんだが、それ以上にさっきからずっと疑問に思っていることがある。

 

「なんでお前、俺からそんなに距離とって話しかけてきてるんだ?」

「……気のせいでなくって?」

「5メートルくらい離れてて気のせいってことはないだろ」

 

 そう。俺の位置(自分の席)とオルコットが立っている位置、普通に机数列分の隔たりがある。おかげで声を張らないとお互い何言ってるのかわからない状況だ。

 

「そ、それは……あなたみたいな凡庸な男のためにわざわざ移動するのが面倒だから」

「いちいち大声出す方が疲れないか」

「わ、わたくしにとってはそうじゃありませんの!」

 

 むきになる当たり、自分でも苦しい言い訳なのは自覚している様子。さて、こうなるともう少し攻めてみたくなる。

 とりあえず、隣に立っている箒の意見を聞いてみよう。

 

「なあ、オルコットがあんなことやってる理由ってなんだと思う」

「その質問を待っていた。このシャーロック・ホーキズの名推理を聞かせてやろう」

「もう語呂悪いとかそういうレベルじゃなくなってるな」

 

 全然うまいこと言えてないからそのドヤ顔はやめてほしい。

 

「な、何をふたりでこそこそ話していますの」

「大したことじゃないから心配しなくていいぞ」

 

 不機嫌顔のオルコットに適当に合わせつつ、箒の意見を耳に入れる。

 

「なるほど」

 

 確かにそういうことかもしれないな。とにかく試してみるか。

 

「このわたくしを前にして内緒話だなんて、男というのは本当に」

「オルコット」

 

 名前を呼んで、彼女の意識をしっかりと俺の言葉に集中させる。そうしておいて、

 

「わっ!!」

 

 と軽く椅子から体を乗り出しながら大声を出すと、

 

「ひううっ!?」

 

 オルコットは小さな悲鳴とともに過剰にのけぞった。

 ……これは間違いないな。

 

「どうだワンサマ君。私の推理は完璧だったろう」

「もう突っ込まないからな」

 

 本当にネーミングセンスはどうかと思うが、名探偵ホーキズの言い分は当たっていたようだ。

 

「セシリア・オルコットは男性恐怖症」

「っ!? ち、違いますわ! 今のはただ、その」

 

 しどろもどろになりながら、なんとか弁明しようとするオルコット。

 

「わっ!!」

「ひうううっ!?」

 

 ……なんかかわいい。

 

「なんだか面白いな、一夏」

 

 

≪クラス代表決めましょう≫

 

 3時間目は千冬姉の授業……の前に、クラス代表を決めることになった。

 自薦他薦を問わないとのことで、とにかく名前さえ挙がれば候補になる。

 

「織斑くんがいいと思いまーす!」

「私も!」

 

 候補その1、俺。まあ予想はしてたし驚きはない。受け入れたくはないが。

 

「わたしは篠ノ之さんを推薦します」

 

 候補その2、篠ノ之箒。こっちも注目されていたので妥当なところか。

 

「篠ノ之さんもいいよね」

「あの篠ノ之博士の妹だし」

「あんな大声で『童貞』って言えるんだから、きっとすごく強靭な精神の持ち主だよ」

 

 授業中だけどすごくツッコみたい。

 

 そして、候補者その3。

 は、いなかった。

 

「他にはいないのか? それなら投票に移るが」

「待ってください!」

 

 千冬姉が推薦を締め切ろうとしたところで、ひとりの生徒が勢いよく立ち上がった。オルコットだ。

 

「どうして織斑さんが推薦されてわたくしの名が挙がらないのですか! 納得いきませんわ!」

 

 キッと俺を睨みながら声を張るオルコット。どうやら自分を差し置いて俺が候補に挙がったことが癪に触ったらしい。貴族のプライドってやつだろうか。こっちは今すぐにでも推薦票なんて譲ってやりたいくらいなのに。

 ……でも確かに、誰もあいつを推薦しないのはちょっと変かもしれない。イギリスの代表候補生で入試主席って話が本当なら実力は確かだろうし、注目を集めてもおかしくないはずなんだけど。

 

「ねえセシリア、ちょっといい?」

 

 とそこで、彼女の隣に座っていた女子が手を挙げた。

 

「さっきの休み時間、織斑くんと大声で話してたでしょ」

「ええ。それがどうかしまして?」

「多分、あれでみんな思っちゃったんだよね」

 

 休み時間の会話と言えば、オルコットが男性恐怖症だというのが発覚したときのことか。

 

「ああ、この子代表って言うよりは守ってあげたくなるタイプだなって」

「……はい?」

「だって、男の子がちょっと驚かせただけであんなに怖がるんだもん。かわいい! って思っちゃうのが普通だよ」

 

 目を点にするセシリア。しかし対照的に、クラスの大半の女子はその言い分に頷いていた。

 

「そうそう、あの時のセシリアやばかったよねー」

「同性でもキュンと来ちゃったもん」

「なんていうかな、マスコット的かわいさを感じたわ」

「涙目マジたまんなかったッス」

 

 なるほど、あれにときめいたのは俺だけじゃなかったってことか。納得した。

 

「な、な、な……納得いきませんわーーー!!」

 

 

≪勝負です勝負!≫

 

「こうなったら決闘ですわ!」

 

 ビシッと俺を指さし、オルコットは高らかに宣言した。

 

「いや、こうなったらってどうなったらだよ」

「黙りなさい! ここまでわたくしを辱めておいて今さら引き下がれると思って!」

 

 かわいい発言がよほどこたえたのか、完全に頭に血が上ってしまっている様子。本人的にはCuteではなくCoolでありたいんだろう。今はCoolどころかPassionが前面に出ているが。

 

「わかったわかった。勝負くらいなら受けてやるから」

 

 決闘といっても命を賭けるわけではないだろうし、別にいいか。

 

「言いましたわね。では負けた方は勝った方の奴隷になるということで」

「っておいちょっと待て。勝手にルール付け足すな」

「決闘なのですから、リスクがあるのは当然でしょう?」

 

 ……いかん、目が据わってる。感情が昂ぶり過ぎて暴走してるぞ。

 

「で、でもなあ、さすがに奴隷は」

「そうだぞオルコット」

 

 俺の反論を支えるように、箒が助け舟を出してくれた。

 

「奴隷プレイなんてマゾの一夏にとってはご褒美じゃないか」

「もうお前黙っとけ」

 

 

≪結局決闘決まりました≫

 

 午後の授業まで消化し、放課後になった。

 

「なんとか説得して負けた方が奴隷というルールはなしにできたけど……」

 

 さて、これからどうするか。別に絶対勝たなきゃならないわけでもないが、あんまり無様な負け方をするのは嫌だ。オルコットに散々馬鹿にされるだろうし、それ以前に俺にも意地というものがある。

 

「とりあえず、箒にいろいろ聞いてみるか」

 

 わからないことは教えてもらうしかない。あいつが了解してくれれば、訓練にも付き合ってもらおう。

 とりあえず、今はさっさと寮に行って休みたい。

 

「えっと、俺の部屋は1025か」

 

 寮監の千冬姉からもらった鍵の番号を見て、自分に割り当てられた部屋を探す。

 

「お、ここか」

 

 ドアに鍵を差し込んで回す。さて、どんな部屋なのかな。

 

「おかえり一夏。遅かったな」

「………」

 

 開けたドアを閉める。

 

「部屋を間違えたか」

 

 でなきゃ俺の部屋のど真ん中で箒が正座しているわけがない。

 いや、でも鍵はちゃんと合ってたよな……?

 

「もう一度」

 

 ガチャ。

 

「おかえり一夏。遅かったな」

「なんで女豹のポーズになってんだ!?」

 

 部屋の中に入ると、四つん這いになって背中を反らした箒がこっちを見ていた。

 

「え? セクシーポーズで出迎えてほしいから入り直したんじゃないのか?」

「どんだけ脳内桃色ならそんな考えに至れるんだ。単純に、なんで俺の部屋にお前がいるんだって驚いただけだよ」

「む、ひょっとして先生から何も聞いていないのか」

「へ?」

「お前と私、同じ部屋だぞ」

「え」

 

 聞いてないぞ、そんなこと。てっきり一人部屋だと思ってたのに。

 

「マジかよ……幼なじみとはいえ、もうお互い15歳だぞ」

「部屋の都合がつかないらしいから仕方ないだろう」

 

 そうはいってもなあ。年頃の男女が同じ部屋で生活するなんて、俺の貞操観念的には結構大事件だ。

 

「……私と一緒は、そんなに嫌か」

 

 気づけば箒の表情は暗くなり、不安そうな瞳でこちらを見上げていた。

 

「いや、そういうわけじゃない。……というか、よく考えたらうれしいくらいだ。女の子の誰かと相部屋にならなきゃいけないのなら、箒が一番いいからな」

「っ! そ、そうか! よかった」

 

 一転して笑顔になる箒。やっぱりこいつにはこういう顔の方が似合ってる。

 

「じゃあルームメイトとして、改めてよろしくな」

「ああ、こちらこそ」

「ところで、いつまでそのポーズ続けるつもりだ?」

「それがだな。初めてやってみたのだが、制服でこの姿勢をとると尻がスース―して気持ち」

「そんな情報は必要としていない!」

 

 

≪幼き日のおもひで≫

 

 あれは確か、俺たちがまだ小学3年生くらいだったころのこと。

 

「298……299……300。ふう……あれ、箒?」

 

 道場で素振り300回を終えた俺は、さっきまで一緒に竹刀を振っていたはずの幼なじみが姿を消していることに気づいた。

 

「ほら一夏、冷たいお茶だ」

 

「うおっ」

 

 いきなり背後から声をかけられて飛び退くと、そこにはお盆を持った箒がうれしそうに立っていた。

 

「ったく、おどかすなよな」

「悪いな、ついイタズラしたくなってしまった」

「おわびにこの麦茶は2つとも俺がもらう」

「ああっ、待て」

 

 お盆からコップ2つを奪い取り、一気にのどに流し込む。

 

「それ片方はからしたっぷりのハズレなのに」

 

 ぶーーーーーーっ!!

 

「か、かかか、からっ、からっ」

 

 ベロが、ベロがっ……!!

 

「ほら、普通のお茶だ。からしを流してしまえ」

 

 ハズレじゃない方の麦茶をがぶ飲みして、なんとか辛さを消すことができた。

 

「な、なんでからしなんか入れたんだ……」

「面白そうだったから?」

「ふざけんな! というかよく見たらお茶の色全然違うじゃねーか!」

「すまないすまない。まさかなんのためらいもなく飲むとは思わなかった」

 

 ハズレの方は茶色と赤色が混ざって大変なことになっていた。なんでこんなあからさまに怪しいものを飲んだんだ俺は……

 

「一夏一夏」

「なんだよ、反省したのか」

「見ろ、胴着の中にひざを突っ込んで座ると巨乳のようだ」

「お・ま・え・なあ~~!」

 

 まったく、初めて会ったころはもっと真面目なやつだったのに、いつからこうなってしまったのか。

 

「ふふっ、そう怒るな一夏。あとでアイスをおごってやろう」

 

 ……でも、こうして騒がしい方がいいのかもな。

 

 

≪そんなことを思い出して≫

 

「しかしまあ」

 

 荷物を片付け、ふたりでのんびりしている最中。俺は箒の体のある部位にばれないよう視線を送っていた。

 

 ボヨン!

 

 デカい。服の上からでもはっきりわかる胸の大きさ。昔はひざを使って巨乳ごっこやってたやつが、久しぶりに会ったら冗談抜きの巨乳に成長していた。

 

「なあ箒」

「うん?」

「お前、デカくなったよな」

 

 わざと胸をガン見しながらそんなことを言ってみる。今日一日さんざん下ネタをぶつけられたから、一度くらいはこっちから仕掛けてみてもいいだろう。

 

「月日が経てば身長も伸びる。一夏こそ、昔は私の方が背が高かったのにすごく伸びてるではないか。顔も男前だ」

「………」

「どうした? 急に黙って」

「いや、なんでもない」

 

 なぜこんな時に限って純粋無垢な返しがくるんだ……なんだよ男前って。照れるだろ。

 




セシリアさんが出てきたけど箒さんの自己主張が激しすぎてあんまり目立っていない痛恨のミス。

いったいどうして箒は真面目キャラから下ネタキャラに変化してしまったのか。そこには実は壮大な理由があるのかもしれない。ないのかもしれない。

感想等あれば気軽に送ってもらえるとうれしいです。
では、次回もよろしくお願いします。


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女子校生剣道戦士篠ノ之ホウキ

まだ2話投稿しただけですが予想以上に感想が来たことに感謝と驚きを覚えております。ありがとうございます。


≪前傾姿勢≫

 

 どたん!

 

「つっ……」

 

 朝起きると、俺の体はベッドの上にはなかった。直後、腰のあたりにじんじんとした痛みが広がってくる。

 

「そうか、昨日から寮生活になったんだよな」

 

 恥ずかしい話だが、俺は寝相が悪い。家ではずっと布団を使っていたからごろごろ転がってもあまり問題はなかったのだが、この部屋にはベッドが2つあるだけ。ベッドから出ると床に落ちてしまう。

 

「……痛み、ひかないな」

 

 打ちどころが良くなかったのか、しばらく寝転がっていても腰がしびれたままだ。いつまでもこうしているわけにもいかないし、そろそろ起きよう。

 隣のベッドを見ると、箒はまだ気持ちよさそうに眠っていた。起こさないように気をつけながら、洗面所に行って歯磨きと洗顔を済ませる。

 

「ふう、目が覚めた」

 

 気分はさっぱりしたが、腰は痛いままなので前かがみで移動する。

 戻ると、ベッドの上の箒は半身を起こしていた。

 

「悪い、起こしちまったか」

「いや、丁度いい時間だ。問題ない」

「おはよう」

「おはよう一夏……うん?」

 

 朝の挨拶を交わしたところで、箒が俺の不自然な体勢に気づく。

 

「ああ、これは」

「そ、そのだな……朝勃ちが治らないなら、まだ横になっていてもいいのだぞ?」

「そんなんじゃないからお気遣いなく」

 

 学園生活2日目。今日も俺の幼なじみは絶好調。

 

 

≪朝ごはん≫

 

「織斑くん、篠ノ之さん。隣、座ってもいいかな?」

 

 箒と一緒に食堂で朝食をとっていると、横から同じクラスの女子に声をかけられた。3人グループで来ているらしく、彼女の後ろでは残り2人が俺たちの反応をうかがっていた。

 

「いいけど」

「私もかまわないぞ」

「ありがとうっ」

 

 こうして5人でテーブルを囲むことに。クラスの人とは早めに打ち解けたいし、丁度いい機会かな。

 

「織斑くん、朝よく食べるんだね」

「ん、そうか? 今日はそこまで多い方じゃないと思うんだけど」

 

 昨日の夜はIS学園の食堂の豪華さに興奮して、つい食べ過ぎてしまった。なので、今朝はあまり腹が減っていない。

 

「というか、そっちが少なすぎるんじゃないのか」

 

 3人とも、そんなんじゃ昼まで持たないだろうってくらいの量に見える。

 

「えー、そうかな? やっぱり男女の違いってやつ?」

「でもそこの箒のトレー見てみろよ。俺より食べてるぞ」

「うまうま」

「あ、ほんとだ……」

 

 ここの食堂はバイキング形式なので、好きなものを好きなだけ食べられる。箒の前には、和洋問わず様々な種類の料理が並んでいた。

 それを見て、隣に座っていた子が彼女に話しかけていた。

 

「篠ノ之さん、朝すごいわね。胸やけとかしないの?」

「ああ、昔から胃袋が大きいとよく言われる。それに、ここはいろいろな国の料理を取り揃えているから食欲も湧く。変わった味のものもあって面白いぞ」

「へえ、そうなんだ」

「昨日食べた海鮮ラーメンはおすすめだ。お前も食べてみるといい」

「本当? じゃあ今日の夜はそれにしようかしら」

 

 近日中にメニュー制覇が目標だと言っていたが、あいつなら難なく達成しそうだ。

 

「あんなに食べてるのにあの体型って、ちょっとうらやましいな」

「まあ、太ってはないよな」

 

 自分と箒の食事の量を見比べてため息をつく谷本さん(名前はさっき教えてもらった)。どうやらスタイル維持に苦労しているらしい。

 

「やっぱり、栄養があの辺に集まってるのかな」

 

 彼女の視線の先には箒の上半身……の、大きなでっぱりに注がれていた。

 

「む、どうかしたのか」

 

 胸を見られていることに気づいた箒が、谷本さんに声をかける。

 

「ううん、大したことじゃないよ。ただ大きくていいなーって。私のなんて貧相なもんだし」

 

 ちょっとうつむく谷本さん。自分の胸に自信がないみたいだ。

 

「落ち込むことはない」

 

 そんな彼女に、箒は優しく笑いかけ、ぐっと親指を立てた。

 

「小さい方が感度がいいらしいからな!」

 

「それフォローになると思ったのか? なあ」

 

 

≪お姉さん≫

 

「篠ノ之さんって、あの篠ノ之束博士の妹なんだよね?」

「いきなり自己紹介で言われた時はびっくりしたわ」

 

 食事量の話から、今度は束さんのことに話題が変わっていた。

 

「いずれわかることだからな。ひそひそ裏で推測されるくらいなら自分から宣言した方がいい」

 

 ちなみに昨日の箒の自己紹介を再現するとこんな感じである。

 

『篠ノ之箒です。剣道をやっています。あと篠ノ之束は私の姉です。よろしくお願いします』

 

 あまりにあっさり明かしたので、しばらく大半のクラスメイトが唖然としていた。その後大騒ぎになったが、千冬姉の一喝で無事収束。

 

「IS学園に入ったのもお姉さんの影響だったりする?」

「それはないな。だいたい私はあの人のことがあまり好きじゃない」

「そうなの?」

 

 あれ、そうだったっけ。でも確かに、思い返してみると束さんと箒って一緒にいることが少なかった気がする。

 

「何を考えているかよくわからないからな。それに私と姉さんは考えが合わないんだ」

「なるほど……いろいろあるんだね」

「ああ。特に問題なのが」

 

 そこまで言って、箒は目をくわっと見開く。

 

「あの人は私がシモの話をすると決まって憐れむような目を向けてくる。そこが気に食わん!」

 

 それは多分束さんが正しいと思う。

 

 

≪副担任山田真耶≫

 

「全員出席しているみたいですね。うれしいです」

 

 朝のホームルームの担当は山田真耶先生。1年1組の副担任である。上から読んでもやまだまや。下から読んでもやまだまや。

 背はあまり高くなく、丸いメガネがどことなく控えめな印象を与えてくる。軍人みたいな厳しさの千冬姉と対照的に、こちらはぽややんとしたオーラを放っていた。

 

「今日も勉強頑張ってください。あと、織斑くんと篠ノ之さん、オルコットさんは模擬戦の準備もですね」

 

 オルコットに吹っかけられた勝負は、来週の月曜の放課後に行われる。今日が火曜なので、あまり時間は残っていない。ので、早速今日から箒に指導してもらうことになっていた。

 

「単に多数決で決めてしまうよりも、こういう形にした方がいいのかもしれませんね」

 

 穏やかな笑みを浮かべて語る山田先生。物腰も柔らかいし、生徒に好かれるタイプの教師だと思う。

 ただ、ひとつ問題があるとすれば。

 

「実は先生、多数決ってあんまり好きじゃないんです。小学校の頃、頭良さそうって理由だけで学級委員にされて……私、目立つの苦手なのに、やりたくなかったのに……ぶつぶつ」

 

 たまにこうして、唐突に自分語りを始めることだろうか。しかも内容が暗い。昨日も1日の間に3回ほどこんな話を聞かされた。

 

「私、昔から自分の意見をはっきり言うのが苦手で……その点織斑先生みたいな人は本当にすごいですよね。憧れちゃいます。ぽっ」

 

 そしてだいたい、千冬姉を持ち上げる形に話が進んでいく。別にそれだけならかまわないと言っても差し支えないんだが。

 

「本当に……お姉様。じゅるり」

 

 どうしてこの人は舌なめずりをしているんだろう。正直ちょっと怖いです。

 

 

≪専用機≫

 

「そういえば、お前には専用機が与えられるのだったな」

「ん? ああ、千冬姉がそんなこと言ってたな」

 

 学食で昼飯を食べている最中、箒がそんな話を振ってきた。

 

「すごいよねー。1年でいきなり専用機もらえるなんて」

「いいなあ、私も欲しいなあ」

 

 周りの女子達が羨ましそうに言う。朝食の時と同じく、昼食もクラスメイトに誘われて一緒に食べることとなった。

 

「やっぱりすごいことなのか」

「それはそうだろう。ISは世界で467機。そのうちのひとつを独占できるのだ」

 

 そう考えると贅沢な話だ。休み時間に千冬姉がこのことを俺に伝えた時、教室全体が色めき立ったのもうなずける。

 

「私も専用機は欲しいな」

「箒もか」

「当然だ。単純に量産型よりスペックが高いことが多いし、何より自分好みに調教できるのが大きい。そう、調教できるのが、調教、調教!!」

「そこそんなに強調するところか?」

 

 

≪特訓その1≫

 

「なんでISの訓練するのに剣道場に来てるんだ?」

「授業料だ。明日からはちゃんと教えるから、今日は私の剣道に付き合ってくれ」

「あー、別にそれでもいいけど」

 

 わがまま言ってるのはこっちなんだし、そのくらいの頼みは聞いてあげるべきだ。

 というわけで、剣道部が予備で置いてある胴着と防具一式を借りて身に着ける。箒いわく、ちゃんと許可はもらったとのこと。

 

「なにこの人だかり?」

「なんか噂の男子が剣道の勝負するらしいよ」

「ほんと!? それはスクープね!」

 

 いつの間にやら道場の中は野次馬でいっぱいになっていた。俺の行動がいちいち注目されるのはいつになったら収まるのか。

 

「ではそろそろ始めるか」

「ああ」

「審判は私がやるよー」

 

 剣道部2年の先輩が判定を行ってくれるらしい。互いに準備を終えて、俺と箒は距離をとって向かい合った。

 

「あのさ、始まる前に一応言っとくけど」

「なんだ、一夏」

「……俺、中学に入ったあたりで剣道やめちまったんだ。だから、お前の期待してるような勝負は」

「わかっている」

「え?」

「構えでわかる。明らかに最近竹刀を握っていない」

 

 こっちが言わずとも、箒はすでに察していたようだ。ちょっと構えただけでわかるってことは、それだけ腕が落ちてるんだろうな。

 

「ずっと剣道を続けようと約束したわけでもないのだ。お前がやめていたって不思議でもなんでもない。今日はただ、私の練習の成果を見てもらいたかっただけだ」

「……それって、俺が完膚なきまでに叩きのめされること前提?」

「だから言ったろう? 授業料代わりだと。少しくらい我慢しろ」

 

 面をかぶってるから表情はわからないけど、多分いたずらっぽい笑みを浮かべてるんだろうな。

 ま、いいか。久しぶりに打ち合うんだし、せめて出来のいいサンドバッグになってみせよう。

 

「行くぞ一夏! ア○ルをしっかり引き締めろ!」

「お前は言葉を引き締めろ!」

 

 こんな時くらい真面目にやれないのか、こいつは。

 

 

≪3本勝負でやりました≫

 

「面あり! 勝負あり!」

 

 バシン! という音が道場内に響き渡り、同時に箒の連続一本による勝利が決まった。

 向かい合って礼をしてから、互いに面を外す。蒸した空気が一気に入れ替わる感覚、久しぶりだな。

 

「試合前にふざけたこと言うくせに、容赦なく来るんだもんな」

「本気でやらねば意味がないだろう」

 

 実力差は圧倒的だった。昔は俺の方が強かったんだが、そんなものはこの5年の間に簡単にひっくり返され、あの時とは比べ物にならないくらいの開きが生まれてしまっている。

 

「でも本当、強くなったな」

「……ありがとう。お前にそう言ってもらえるのを楽しみにしていたんだ」

 

 声だけでもわかるくらいに、箒は俺の言葉に喜んでいた。俺に褒められるのはそんなにうれしいことなのだろうか。

 

「篠ノ之さんすごかったねー」

「あれってどのくらいのレベルなの? 全国大会とか狙える?」

 

 ギャラリーも満足してくれたようで、口々に勝負の感想を語り合っていた。

 箒の戦い方は、まさに基本に忠実を具現化したものだ。本人の性格はあんななくせに、こと剣道においては気持ちいいくらいに正道で勝負する。それは今も昔も変わらない。

 そういうスタイルは、ある意味では地味に見えるかもしれない。でも、ひとつひとつの動きが高いレベルでまとまれば、これ以上に美しいものはないとも言える。だから、剣道を知らない人から見てもすごさが十分伝わるのだ。

 

「一夏の方は……予想通り、腕が鈍っているな」

「もうちょっとマシかと思ったんだけどな。バイトで体自体は鍛えられてたと思うし」

「単純な身体能力だけでは勝負は決まらないからな。……というか、そんなにバイトしてたのか」

「ああ。剣道やめたのもたくさん働くためだったし」

 

 できるだけ千冬姉に負担をかけたくなかったというのがバイトの理由だ。

 

「なるほど、そうだったのか。大変だったのだな」

「結構体力のいる仕事でさ。しかもバイト先の人が厳しくてこってり絞られたよ」

 

 昔を思い出しながら説明していると、なぜか箒はそっぽを向いてもじもじし始めた。

 

「し、絞られる……? はっ! あ、ああ叱られたという意味か。驚いた」

「むしろ俺はそれ以外にどういう意味があるのか気になるな」

 

 

≪たっぷり鍛えてやろう≫

 

「だが、相変わらずお前の戦い方は面白いな」

「基礎が固まってなきゃ何の役にも立たないけどな」

「それはそうだ。どうだ、もう一度剣道やってみる気はないか。剣道部は男子歓迎らしいぞ」

 

 もう一度……か。

 

「お誘いはうれしいけど、今はISにかけなきゃいけない時間が多いから難しいだろうな」

「そうか……」

 

 ちょっぴり寂しそうな顔をする箒。

 

「人の話を最後まで聞け」

「え?」

「部活をやる時間はとれないかもしれないけど、毎日趣味の範囲でちょっとの間竹刀を握るくらいはできる。というか、俺も久しぶりに剣道やりたい」

「じゃあ」

「お前さえよければ、たまに稽古つけてくれると助かる」

「そうか! そうかそうか!」

 

 今度の『そうか』は一転して喜びを表すものだった。同じ言葉なのにここまで印象が変わるのもすごいと思う。

 ともあれ、箒は本当にうれしそうだった。今にも踊り出しそうな雰囲気だ。

 

「言っとくけど、ちゃんとISのことも教えてくれよ?」

「わかっている。剣道もISも、私がしっかり揉んでやるからな」

 

 ……まあ、こんなにはしゃいでくれるのなら、俺も復帰する甲斐があるってもんだ。

 なんて考えてると、うきうきしていた箒が急に動きを止めて俺を見た。

 

「……お前が私を揉むのはなしだぞ?」

「前言撤回してやろうか」

 




この作品でも篠ノ之姉妹の仲はよろしくないです。でも自分から話せる程度には余裕あります。

タグに箒ちゃん無双と入れたくなるくらい箒が自重していませんが、まあ原作メインヒロインだし多少はね?
そんな彼女の行動原理は単純明快。もう何度か口にしているあの言葉にあります。

感想等あれば気軽に送ってもらえるとありがたいです。
では、次回もよろしくお願いします。


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副担任は二刀流

多分この作品は原作3巻の内容辺りで終わります。


≪お姉さん その2≫

 

「織斑」

「あ、千冬姉」

 

 織斑千冬。俺の所属する1年1組の担任で、寮監も兼ねている。そして、俺の実の姉でもある。

 

「学校では織斑先生と呼べ。何回言わせれば気が済むんだ」

「あ、そうだった。ごめ……すみません、織斑先生」

 

 授業中とかはちゃんと呼べてるんだが、たまにこうして廊下でばったり出くわした時とかはついいつもの癖が出てしまう。

 

「次からは間違うな。……ああそうだ、ひとつ話があった」

「はい?」

「以前大浴場が使えないことをぼやいていただろう。寮の方に掛け合ってみたが、近いうちにお前専用の時間を設けることが決まった」

「え、本当ですか!」

 

 学生寮には大浴場があるのだが、当然混浴は不可なので男の俺は使用が禁止されている。毎日自分の部屋のシャワーで我慢している状態だ。銭湯とか大好きな俺にとっては辛いので、千冬姉にそのことを愚痴った記憶がある。

 

「ありがとうございます」

「気にするな。当然のことをしただけだ」

 

 それにしたってうれしい。今から湯船につかるのが楽しみになってきた。

 

「気持ちいいだろうなあ」

「先に言っておくが、浴場にひとりだからといってはしゃぎすぎるなよ」

「わかってます」

「………」

「………」

「………」

「……なぜ怪訝そうな目つきをしている」

「いや、最近会話にオチがつくことが多くて身構えてしまっただけです」

「何を言ってるんだお前は」

 

 だって風呂とかはしゃぐとかそういう単語出したら絶対反応するやつが同じ部屋にいるし。そのせいで今も何か言われるんじゃないかと思ってしまった。

 でも、普通に考えたら千冬姉は安全だ。一緒に暮らしててそういう傾向がないのはわかってるんだから。

 

「そろそろ休み時間が終わる。早く教室に戻れ」

「はい」

「あと、自宅にあった姉萌え本は資源ゴミに出しておいたからな」

「Oh……」

 

 そうそう、千冬姉はこうやってストレートにえげつない行為するだけなんだから。

 

 

≪男嫌いはなにゆえに≫

 

 また別の休み時間のこと。

 

「きゃっ」

「おっと。ごめん、ちゃんと前見てなかった」

 

 考え事をしながら歩いていたせいで、廊下の曲がり角で誰かと肩がぶつかってしまった。

 

「いえ、お気になさら……」

 

 かちん、とぶつかった子の動きが止まる。

 金髪ロールのお嬢様、セシリア・オルコットだった。

 

「ずあっ!?」

 

 およそお嬢様らしからぬ声をあげながらズザザザと後ずさるオルコット。……ここまで嫌がられるとさすがに傷つくな。

 

「大丈夫か?」

「だ、大丈夫なわけないでしょう!? ぶ、ぶつか、ぶつかったのですわよ肩が! どうしてくれますの!」

「お気になさらずって言いかけたのに」

「あれは相手が女性だと思っていたからですわ! まさかたったひとりの男に当たっただなんて……」

 

 顔を真っ赤にしてきーきーわめくオルコット。こいつの男性恐怖症は筋金入りらしい。

 

「なあ、どうしてそんなに男を怖がるんだ?」

 

 女にしか扱えないISの登場以降、世論は女尊男卑に傾いた。昔は男が女を差別していたように、今では男を差別する女性が増えつつある。

 ただし、その差別の仕方は『男を見下す』もので、オルコットのように男に近づくことすらままならないような人は見たことがない。

 

「ど、どうしてって、それは……どうしてもですわ」

「別に触れたら呪われるってわけじゃないし、とって食おうってわけでもない。なのにそこまで避ける必要はないんじゃ――」

 

 ここまで言って、俺はある大事なことに気がついた。

 そうだ。普通なら男をここまで怖がる必要はない。だけど現にオルコットは過剰に俺を避けている。

 俺のどこかが気に入らないから近づけない? それならまだいい。でももし、オルコットが男全般に触れられないのだとしたら、そこには何か『普通でない』理由があるんじゃないだろうか。

 たとえば、昔男に暴力を振るわれてトラウマになっているとか。

 だとしたら、事情も知らない俺が知った風な口を聞くのは間違っている。

 

「わ、悪い。あんまり深入りするようなことじゃ」

「本当に?」

「え?」

「本当に、とって食おうってわけじゃないんですの?」

 

 じーっと俺の顔を(5メートル先から)見つめるオルコット。何か真に迫るものを感じる問いだった。

 

「もちろんだ。少なくとも、俺に関しては間違いない」

「………」

「………」

 

 無言の間。

 

「……や、やっぱり信用できませんわ! そうやって油断させておいてむしゃぶり尽くそうというのがああいう本の定番なのですわーー!!」

 

 急に叫んだかと思うと、オルコットは背を向けて走り去ってしまった。

 

「ああいう本……?」

 

 女の子を油断させといてむしゃぶり尽くすのが定番。

 そういう本のジャンルを、一応俺は知っている。これでもいろいろ気になるお年頃だから。

 

「……いやいや、ないだろ」

 

 だってオルコットだぞ? なんかすごい貴族のお嬢様なんだぞ? そんな女の子があんなの読むわけないだろ。

 ……ないよな?

 

 

≪専用機登場≫

 

「ほう、それがお前の専用機か」

 

 先ほど千冬姉から受け取ったISを見せると、箒は物珍しそうに俺の周囲をぐるぐる回り始めた。

 

「うむ、白くて男らしいじゃないか。かっこいいぞ」

「そうか。なんか褒められると照れるな」

 

 特訓3日目。昨日までは机の上でISの基礎知識を学ぶだけだったが、今日の放課後からはいよいよ実際に動かすとのことで、こうしてアリーナに来たわけだ。

 

「名前はなんという?」

白式(びゃくしき)だってさ」

「白式か。シンプルなのがよく似合っている」

 

 箒の方は、学校で貸し出している量産機『打鉄』を身に纏っている。武士っぽいデザインで作られているからか、彼女によく映えていた。

 

「そっちは侍みたいだな」

「侍……確かに。なら一夏は西洋の騎士だ。ホワイトナイトだな」

 

 騎士か、なんかかっこいいな。もっとも、俺に西洋騎士のような華麗な戦いができるとは思ってないけど。

 

「私も騎士のようなISを使いたいものだ」

「そうなのか?」

 

 どっちかというと、箒は騎士よりは侍の方が合っているイメージなんだが。剣道も強いし。

 

「だって女騎士ごっこができないじゃないか」

「すっげえ普通に言ってるけど別に変な意味はないんだよな?」

「くっ……殺せ!」

「やっぱりそっちか!」

 

 

≪好みの男性≫

 

「山田先生って彼氏いるんですか?」

「えっ!? か、彼氏さんですか? い、いませんよそんな人」

「えー、そうなの? 真耶ちゃん美人なのに」

「び、美人だなんてそんな。第一、私コミュニケーション苦手だから男の人となかなか仲良くなれなくて」

「あー。そういえばそんなこと言ってたような。男の人の押しが苦手とか?」

「はい。男の人って大きいから、迫られると怖いというか……」

「なるほどー」

「あ、でも高校生の時に気づいたんですけど、年下の子ならある程度平気なんですよ。なんだか言うことを従順に聞いてくれそうな気がするので」

「へえー。じゃあたとえば織斑くんもストライクゾーン?」

「え? 織斑くん、ですか?」

「だって年下ですよ」

「………」

「あ、あれ? 真耶ちゃん?」

「あー、そうですね。どうして今まで気づかなかったんでしょう。年下だし、顔もいいし、憧れの織斑先生の弟ですし。困りましたねー。こういうことが起こらないように女子しかいない学園で働こうと思ったのに、男の子が入って来ちゃうんですから……うふふふ」

「や、山田先生が壊れた……暴走?」

「いや、これはむしろ覚醒なんじゃ」

 

 

「む? どうした一夏。ぶるぶる震えて」

「今ものすごく身の危険を感じた」

 

 

≪好みの男性 その2≫

 

「女子って普段どんなこと話してるんだ?」

「急にどうした」

「いや、少しでも女の子と円滑なコミュニケーションを送れるようにと思って」

 

 話のネタとかを合わせられれば、ある程度は仲良くできる気がする。

 

「別に男と大して変わらないぞ。昨日見たテレビ番組の話とか、最近読んだ雑誌の話とか……いや、でも恋愛絡みのネタは女子の方が多いらしいな」

「それっていわゆる恋バナってやつか」

「ああ。私もこの学園に来てからもう2回ほど経験している」

 

 結構頻度高いんだな。でも箒に恋バナってあまり想像できない。シモの話をしている場面ならいくらでも浮かんでくるんだけど。

 

「そういや、箒ってどんな男がタイプなんだ?」

 

 せっかくだし聞いてみるか。単純に気になるし。

 

「な、なんだ。いきなり恋バナの実践か」

「別にそういうわけでもないんだが、まあそれも兼ねとくか」

「ずいぶんと適当だな……」

 

 苦笑を浮かべる箒。ちょっとデリカシーに欠けていただろうか。

 

「まあいい、教えてやる。私の好みは面白い男。以上だ」

「面白い男……それだけか?」

「それだけだ。どうした、何か不満か?」

「いや、そんなことないぞ」

 

 ただ、こいつのことだから何かしらオチをつけてくるんじゃないかと思ったぶん意外だっただけだ。

 

「だが、よくよく考えるとただ面白い人間とは友人であればそれで済む話だな。恋人にしたい男となると……やはりかっこよさも欲しいところだ」

「なるほどな」

 

 なんだか乙女チックな一面を見た気がする。やっぱり箒も普通の女の子なんだな。

 

「あと、私はSだから蝋燭プレイくらいには耐えられる男が望ましいな」

「油断するとすーぐこれだ」

 

 

≪決闘本番!≫

 

 新生活に適応しようと頑張っているうちに、気づけばすでに1週間経ってしまった。

 月曜日の放課後。ついにオルコットとの勝負の時が来てしまった。

 

「まったく自信がない」

「そう暗い顔をするな。命を賭けた戦いでもあるまいし」

「でもなあ……結局白式を一通りスムーズに動かせるようになっただけだぜ?」

 

 最初から勝てるとも考えていないけど、多少ダメージを与えるくらいはしたい。でも、今の俺でオルコット相手にそれができるのだろうか。

 

「たった1週間でそこまで行けただけでも十分だ。それに、この後私もオルコットと試合をする。敗者はお前ひとりにはならないさ」

 

 クラス代表を決める意味合いを持った模擬戦なので、俺と同じく推薦を受けた箒も参加者のひとりだ。俺よりずっと強いけど、それでも代表候補生には遠く及ばないらしい。

 にもかかわらず、箒は俺と違ってニコニコ笑っている。

 

「お前、どうしてそう楽しそうにいられるんだ?」

「だって面白そうじゃないか。入学早々代表候補生と手合せできるのだ。こんな機会滅多にない」

「面白そうって」

「お前も、辛気臭い顔をしている暇があったら笑っておけ。オルコットとの勝負を楽しんでくればいい。向こうは負けたら恥かもしれんが、お前は負けても失うものはない。万が一勝てたら勲章ものだ」

 

 ……そうだな。マイナスに考えるよりも、ポジティブに前向いてた方がずっとマシだよな。

 

「あ、いたいた。織斑くん、そろそろ時間なのでアリーナに来てください」

 

 山田先生が俺を呼びに来た。オルコットはもう準備できてるのだろうか。

 

「行ってくる。ありがとな、おかげで緊張がほぐれた」

 

 まずは俺の試合からだ。アリーナに向かうことにしよう。

 

「一夏!」

「なんだ?」

「しっかりアナ――」

「そのネタはもういい」

「織斑くん! しっかりア○ル引き締めて頑張ってくださいね!」

「そっちもかい!」

 

 ツッコミが足りないぞ、おい。

 

「ったく……」

 

 締まらない。本当に締まらない送り出し方だが、俺にはそれでちょうどいいのかもしれない。

 

「頑張れ、ホワイトナイト」

「おう!」

 




ホワイトナイト……英語で書けばWhite knight。直訳すれば白騎士。だが、白甲冑のイメージの薄い日本においては、「白馬の騎士」と訳されることも多い。――ホウキペディアからの引用

下ネタマシンガンの中にわずかなデレを潜ませる。新たな萌えジャンル「シモデレ」の使い手、それが篠ノ之箒である。

感想等あれば気軽に送ってもらえるとうれしいです。
では、次回もよろしくお願いします。


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お嬢様は……

お気に入り100件突破!と言おうとしたら150件まで突破していました。登録してくださった皆さん、ありがとうございます。


≪対戦前会話≫

 

「逃げずに来ましたのね」

「そんなことしたら明日から何言われるかわからないからな」

 

 アリーナのステージには、すでに青いISに包まれたオルコットの姿があった。白式を展開した俺が出てくると、不敵な笑みを浮かべてこちらに体を向ける。

 ……その前に一瞬びくっと震えていたことは触れないでおこう。

 

「この勝負、ずいぶんと注目を集めているようですわね」

 

 アリーナの観客席の方を見つめるオルコット。そこには俺達のクラスメイト以外にも、他のクラスや学年の生徒達が数多く見物に来ていた。誰かが言いふらしでもしたのだろうか。

 

「わたくしの不名誉な評判を払拭するには十分な舞台ですわ」

「いや、でもあれは事実だし」

「だ、黙りなさい! あれは事故のようなもので……ああもう、それもこれもあなたのせいですわ。覚悟しなさいな!」

 

 そこまで俺の責任にされてもな。とにかく、オルコットはやる気満々のようだ。

 

「あんまり俺を見下すなよ? たとえ弱くたって油断してると噛みつかれるかもしれないぞ」

 

 ちょっと挑発気味に返してみる。これは自分を奮い立たせるためと、あわよくばあっちが怒って冷静な判断を失ってくれればという願望が混ざり合った結果の行動だ。

 さて、オルコットはどんな反応をするか。

 

「か、噛みつく……は、破廉恥ですわ! いったいどこを甘噛みするつもりですの!? ああ、そのまま襲われてしまいますわ!」

「頼むから普通に話進めてくれない?」

 

 

≪今度こそ試合始まるよ≫

 

「お前、そんなんで本当に男と戦えるのか?」

 

 俺が近距離に入ったら卒倒するんじゃなかろうか。わりと心配になってきた。

 

「……馬鹿にしないでいただきたいですわね」

 

 対してオルコットは、さっきまでとは全然違う表情で落ち着いた声を返してきた。

 それと同時に、試合開始のブザーが場内に響き渡る。

 

「あなたをわたくしに近寄らせなければいいだけのお話、ですわ!」

 

 直後、ライフルからビームが俺めがけて撃ち出された。それも一発じゃない、いきなりクライマックスかと見紛うくらいに派手に撃ちまくっている。

 

「うおっ、ちょっと待てっておい!」

 

 思わず情けない声が出てしまうが、当然向こうが聞き入れるはずもない。かろうじて直撃は避けたものの、何発か掠ってしまった。

 くそ、最初は様子見とかしてくれればまだ楽だったのに。これじゃ作戦考えるほどの悠長な時間もなさそうだ。

 

「あら、今のをかわしましたのね。思ったよりはISの操作に慣れている……それとも、単純にその専用機の性能の問題かしら」

「さあな」

 

 多分十中八九白式の高い基礎能力のおかげです。

 

「……いいでしょう。それならわたくしも、気兼ねなくこれを使えますわ」

「なに?」

 

 オルコットの背中から、小さな物体が4つ飛び出す。それらはまるで生きているかのように宙を舞い、俺の周囲に陣取った。

 

「さあ、ここからが本番ですわ!」

 

 何をするのかと思えば、なんと浮遊物からビームが飛び出して来た。完全に虚を突かれた俺は被弾を許してしまい、白式のシールドエネルギーを減少させてしまう。これがゼロになると負けで、つまりゲームにおけるHPのようなものだ。

 

「嘘だろおい」

 

 俺のISは近接専用で、ブレード1本しか武器がついていない。だから攻撃するためには相手の懐にもぐりこむ必要があるのだが、ああも手数が多いとそれも楽じゃない。

 

「逃げ回っているだけでは勝負になりませんわよ!」

 

 こうして思考を巡らせている間にも、ビームの雨が俺めがけて降りそそいでくる。防御と回避に精一杯で、とても攻撃なんてできる隙は見当たらない。

 

「くそっ」

 

 わりと本気で最悪と言っていい事態だ。一度近寄りさえできればワンチャンスあるが、そもそもオルコットは俺を近づけないことを最重要に考えているはず。

 普通にやれば、手の打ちようがない状態だ。

 普通にやれば、の話だが。

 

「そううまくいくとも思えねえけど」

 

 昨日の特訓中、箒に言われたことを思い出す。

 

『どういう風に戦えばいいかだと? そんなこと聞かれてもわからないとしか言えないぞ。正攻法ではまず間違いなくオルコットには勝てないだろうしな。……そういう時にどうすればいいかは、お前の方がよく知っているはずだ』

 

 ま、確かにその通りだ。

 

「やるだけやってみるか」

 

 確率がゼロじゃない以上、試す価値はあるだろう。オルコットが攻撃的な性格であることを願うばかりだ。

 ……なにより、このまま逃げてても面白くない。

 

 

≪オチはないよ≫

 

 試合開始から15分。状況は依然としてこちらの劣勢。

 

「しまった!」

 

 右肩に浮遊物――ビットから放たれたビームが直撃する。これでこの部分の装甲は完全に剥がれてしまった。そろそろシールドエネルギーの残量もきつい。

 

「そろそろ終わりにしましょうか」

 

 オルコットもこっちがギリギリなのは理解しているらしく、フィニッシュの段階に移ろうとしている。そのためか、先ほどから攻撃がより積極的になっていた。

 

「そう簡単にやられてたまるか! 限界まで粘ってやる!」

 

 抵抗の声をあげながら、俺は速度を増して下降する。向こうの攻撃範囲から逃れるための行動だ。

 

「くっ……往生際が悪いですわね」

 

 追いかけてくるのはビット2機。オルコットはさほど動かず、ライフルの狙いを定めている。残りの2機のビットは、完全に動きを止めていた。

 

「これで終わりですわ!」

 

 若干苛立ちを含んだ声とともに、ビットとライフルからビームが撃ちだされた。今まで以上に意識を集中させ、俺はすんでのところでそれを避ける。

 ……その瞬間、思わずにやついてしまった。

 俺に攻撃を加えているビット2機、オルコット、そして彼女の背後の待機中のビット。全部がほぼ一直線上に重なった。

 それを確認したのと同時に、俺は白式の速度を爆発させる。

 

「なっ……!?」

 

 終わりが見えたことで、オルコットは勝負を焦っていた。加えて、試合開始から俺は一度も攻撃の意思を見せていなかった。だから、俺が攻めてくるという展開が多少なりとも頭の隅に追いやられてしまっていたはずだ。

 それによって、ようやくあいつの防御に隙ができた。わざわざ限界まで攻撃を食らった甲斐があるってもんだ。

 

「うおおおっ!!」

 

 瞬時加速。ISはそんな技が使えるようになっている。直線的にしか動けないかわりに、一瞬のうちに爆発的な速度に達するそれは、まさしく俺好みのハイリスクハイリターンな技だ。箒に教わってすぐに習得しようとした甲斐あって、今日に間に合わせることができた。

 

「真っ直ぐ突っ込んでくるなんて愚の骨頂ですわ!」

 

 ビットから飛び出すビーム。不意を突いたはずだが、さすがは代表候補生。狙いはしっかり俺に向かっている。

 だが、俺はそれでも速度を緩めず、唯一の武器であるブレード・雪片弐型を構えた。同時にその刀身が白く輝く。

 

「………っ!?」

 

 オルコットの表情が驚愕に歪む。無理もない。自ら撃ったビームが雪片に触れた瞬間、跡形もなく消え失せたのだから。

 零落白夜。白式が持つ、対象のエネルギーをすべて打ち消す能力。発動中はシールドエネルギーを消費し続ける弱点つきだが、その分ISのシールドさえ無効化できる技だ。

 

「まだですわ!」

 

 オルコットに肉迫しようかというところで、彼女のISの腰のアーマーが開き、ミサイルが2機飛び出してきた。

 一瞬面食らうが、隠し玉があるくらいは予想していた。だから、とどまることなくそれらを左から右に切り裂く。

 そして、ついに近接戦の間合いに持ち込んだ。至近距離でオルコットと視線がかち合う。

 

「インターセプター!」

 

 銃撃は間に合わないと判断したらしく、彼女は短剣を出現させてそれを構えた。

 だが俺のやることは変わらない。一度振り切った雪片弐型を、体をねじって今度は右から左へ。

 バギン、と金属同士がぶつかり合う音。俺の渾身の一太刀に、オルコットはしっかり剣を合わせてきた。

 

「うおおおっ!」

 

 だが、近接戦での馬力ならこっちが上だ。つばぜり合いの時間も短く、彼女の短剣を弾き飛ばす。

 これで防御の手段はなくなった。あとは、零落白夜の一撃を本体にぶつけるだけ。

 

「っ……!」

 

 打つ手が尽きても、彼女の目から力強さは消えない。ただ真っ直ぐに、俺のことを睨みつけていた。

 

「なんだ」

 

 雪片の刃が、今まさに機体の装甲に触れようかという瞬間。

 

「……時間切れか」

 

 ブレードを包んでいた白い光が、輝きを失った。シールドエネルギー残量ゼロ。

 俺の、負けだ。

 

「な、何が起こりましたの……?」

 

 自らの勝利を告げるアナウンスが流れ、事態を把握できていないオルコットは困惑している。彼女は俺の武器が燃料食いだって知らないから無理もない。

 

「ふう」

 

 一方俺はというと、惜しいところで負けたにもかかわらず不思議と心は晴れやかだった。

 手放しで喜べる内容じゃないけど、いろいろつかめた気がする。

 

 

≪試合終わって≫

 

「残念だったな、一夏」

「チャンスは作れたんだけどな」

 

 試合を終えて出てきた俺を、箒が穏やかな顔で出迎えてくれた。

 

「次はお前の番だな」

「ああ。やれるだけはやってくる」

 

 インターバルを挟んだ後、今度は箒VSオルコットの模擬戦が行われる。俺とは違って、特に緊張した様子は見受けられない。

 

「改めて、ありがとうな。お前が喝入れてくれたおかげで、まともに戦うことができた。おかげで今はスッキリしてる。何か新しいものが見えてきそうだ」

「む……そ、そうか。なに、礼を言われるほどのことはしていない」

「お前も頑張れよ」

「任せておけ」

 

 会話を終えて、箒は俺に背を向けて戦いの場へ歩きはじめる。

 その去り際に、彼女の独り言が耳に入ってきた。

 

「あれだけ撃たれてスッキリした、新しいものが見えてきたって……ま、まさか本格的にMに目覚めたのでは」

「はいはい試合に集中しようねー」

 

 

≪箒戦はカットです≫

 

 夜になった。

 試合は結局どちらもオルコットの勝利。箒も頑張ったけど、機体の性能差などが大きかったと思う。

 

「むう……」

「どうした一夏、さっきから考え事をしているようだが」

 

 夕飯を終えてテレビを見ているのだが、内容が頭に入ってこない。やるべきかやらざるべきか、悩んでいることがあるからだ。

 

「いや、オルコットと話したいことがあるんだけどな」

「だったら話せばいいではないか」

「でもプライベートな話だから誰にも聞かれないようにしたいんだ」

「ならふたりきりになれるところで静かに……ああ、そういうことか」

 

 納得したようにうなずく箒。そうなんだよ、あいつ俺に近づけないから話すときは大声にならざるを得ないんだよな。

 

「だったらこれを使うといい」

 

 そう言って箒が取り出したのは、先端が丸みを帯びている棒状の物体。

 

 カチッ。

 ヴイイイイン……

 

「このバ○ブのスイッチを入れておけば、誰かが通りかかってもそっちの音が気になって会話の内容は耳に入ってこないぞ」

「………」

「……あの、ここはそんなわけないだろーとかツッコんでほしいのだが」

「あ、そうなのか」

 

 普段が普段だから本気で言ってんのかと疑ってしまった……

 

 

≪真面目な解決策≫

 

「まあ今のは冗談として、本当はこっちだ」

 

 次に出てきたのは……携帯電話だった。

 

「電話ならそばに行かなくても声をひそめられるだろう」

「でも俺あいつの番号知らないぞ」

「私の携帯には登録してある。貸してやるから使うといい」

 

 おお、いつの間にか番号交換してたのか。さすが女子同士はコミュニティ形成が速い。

 

「私は癒子の部屋に行ってくる」

「ありがとうな。助かった」

 

 そう言い残して廊下に出ていく箒。癒子って谷本さんの下の名前だったっけ。仲良くしてるんだな。

 自然に席を外してくれるところまで含めて、まさしくできる女の対応だった。最初のバ○ブさえなければ。

 さて、じゃあ俺は早速電話をかけることにしよう。

 

 Prrrrr

 

『はい』

「もしもし、オルコットか? 俺、織斑だけど」

 

 プツッ。

 

「……切られた」

 

 今までの対応からして、話すくらいは拒まれないと思ったんだが。

 なんて考えてたら、すぐに向こうから着信が来た。

 

「もしもし」

『……織斑さん、ですわよね』

「ああ。ちょっとお前と話したくてさ、箒の携帯からかけさせてもらってる」

『そうでしたか』

「さっきはどうして切ったんだ?」

『……通話をするとき、携帯を耳に当てるでしょう? そのせいで、なんだか男性に耳元でささやかれているような気分になってしまい』

 

 重症だな、これは。

 

 

≪男嫌いの秘密≫

 

『それで、用件のほうは』

 

 ともあれ、話はちゃんと聞いてくれるみたいだ。……というか、電話越しだと心なしか物腰が柔らかい気がする。

 

「まずは今日の勝負のことなんだけどさ。楽しかったぜ」

『え、ええ……わたくしも、最後は冷や汗をかきましたわ』

 

 流れで乗った決闘だったけど、終わってみれば久しぶりにスポーツで白熱できて満足だ。機会をくれたこいつには感謝してもいいのかもしれない。

 

『もう少しあなたのISのエネルギー切れが遅ければ……わたくしもまだまだ未熟ですわね』

「でも、あの勝ちはお前が自分でつかんだものだ」

『どういうことですの』

「俺はもともと、シールドエネルギーをギリギリまで減らしてから勝負をかけるつもりだった。でも本当にギリギリのところで攻めに転じたから、そっちに少しでも抵抗されたら間に合わない計算だったんだ」

 

 ならもっと余裕持って動けという話かもしれないが、オルコットの防御がなかなか緩まなかったんだからしょうがない。それに初めての実戦だったこともあり、タイミングをうまく見極められなかった。

 

「正直ちょっとだけ、お前が怖がって反撃してこないのを期待してたんだけど……男相手にも、ちゃんとああいう顔できるんじゃないか」

 

 至近距離でも全然ビビッてなかったし。

 

『あ、あれは勝負の最中でしたから』

「でもできたことに変わりはないだろ」

 

 多分、意識次第でどうにかなるんだと思う。少なくとも、男に寄られただけで過剰反応しないようになれるくらいは目指せそうだ。

 

「なあ、聞いてもいいか」

『なんですの?』

「どうして男を怖がるんだ?」

 

 前にも一度、同じ質問をしたことがある。そのときは何も教えてもらえなかった。

 でも今日の試合の結果で、ほんの少しくらいは彼女に認めてもらえたかもしれない。だから尋ねた。これで駄目なら、もう今後は無理に干渉したりしないつもりだ。

 

『………あ』

「あ?」

『あなたは……今日、わたくしの想像を上回る実力を見せました。わたくしが思うよりずっと強い方でした。そんなあなたに、入学式の日に失礼な物言いをしてしまったこと。まずはそれを謝らせてください』

「お、おう。別にそんなかしこまらなくても」

 

 やっぱり直接会ってる時と電話越しじゃ印象ががらっと変わるな。しゃべり方がすごく落ち着いてる。

 

『謝罪の意味も込めて、お話しします。わたくしが男嫌いである理由を』

 

 

≪男性恐怖症誕生秘話≫

 

 あるところに、セシリア・オルコットというお嬢様がいました。

彼女の母は仕事のできる人で、若いころから様々な分野で成功を収めてきました。逆に父はオルコット家に婿入りした男で、他人の顔色をうかがってばかりの腰の低い人間でした。

 娘のセシリアは母を慕い、父のことをあまり好んでいませんでした。なので、父と会話することもあまり多くありませんでした。

 そして3年前、彼女の両親は列車事故でこの世を去りました。ひとりっ子だった彼女には、遺産がまるごと残されました。

 さて、ここである問題が生まれました。セシリアは『男性』を知らなかったのです。学園も女子校、そばに使える使用人も女性ばかり。もっとも近い場所にいた父親にはもう会えず、そもそもコミュニケーションをとってこなかったために彼の内面を碌に知らずにいたのです。

 そんな折、彼女はとあるメイドの部屋でたまたまある雑誌を見つけました。薄い本でしたが、どうやら漫画のようです。日本語で書かれていましたが、博識な彼女は読むのに苦労はしませんでした。

 ――タイトル『気になるあの娘に突っ込んじゃおう♪』。

 

 その本では、女性が男性にアレやコレやのエッチなことをされていました。それも強引に。

 メイドの部屋には似たような内容の漫画がまだまだたくさんありました。その日から、セシリアは隙を見て部屋に忍び込み、それらを読み漁るようになりました。

 

「は、破廉恥な……男性っていつもこんなこと考えてますの?」

 

 そうしているうちに、記憶力のいい彼女の頭にはその漫画の絵がすぐに浮かぶようになってしまいました。男というものを考えると、すぐにそういうことを連想してしまうのです。

 こうして、セシリア・オルコットの男性観は歪められてしまったのでした。

 

 

≪感想≫

 

「ツッコませろ! いろいろとツッコませろ!!」

 

 なぜ話が全部終わるまでツッコミの権利が与えられなかったんだ! おかげで言いたいことが山ほど溜まってるぞ!

 

『つ、突っ込むってナニを突っ込むおつもりですの!?』

 

 ほら、こうしてるうちにもどんどんツッコむべきポイントが増えていく!

 

 

≪落ち着きました≫

 

「結構ショッキングな話だったけど……まとめると、エロ同人の読み過ぎで男が近づくと妄想が爆発するようになってしまったと」

『はい……そうですわ』

 

 なんたることだ。イギリス生まれのお嬢様が超ムッツリスケベだったなんて。というかなんでこいつのメイドさんは日本のエロ同人持ってたんだ。しかもハード系ばっかり。

 

『初日にあなたに話しかけた時も、本当はもっと普通にするつもりだったんです。でもいろいろ変な考えが出てきてしまって、それでつい突き放すような言い方になって』

 

 ……でも、これはオルコットにとって大きな問題なんだろう。ツッコむ部分は多いものの、根本にある要素は十分重い。

 こいつだって、男のみんながみんな下劣なことしか考えていないなんて信じちゃいないだろう。だけど変に歪んだ感性が邪魔してしまう。

 

「話はわかった」

 

 ここまで妄想の影響がひどくなってしまったのは、現実での経験が少なすぎるからだ。本物の男を全然知らないから、頭の中で考えたことがそのまま肥大化してしまう。

 人間は男と女にわかれてる。その理由は子孫を残すのに都合がいいからとか、そういうところにあるのかもしれない。でも大事なのはそこじゃない。

 男と女は違う。見た目も嗜好も、もちろん個人差はあるけど全体的に異なっている。別の生き物だなんて言う人もいるが、確かにその通りだ。

 そして、その片方しか知らないというのは。

 

「お前は損をしている」

 

 多分、面白くない。

 

『損、ですか?』

「そうだ。同性と遊ぶのも楽しいけど、たまに異性と接するといろいろ新鮮なことがある。その可能性を、お前は最初から持ってないことになる」

『……そう言われると、なんだかもったいないような』

 

 面白いとか面白くないという基準で話してるあたり、俺も箒に毒されてきてるのかもしれない。

 

「俺も過剰に避けられるのは嫌だからな。どうだ、これから一緒に克服していかないか」

『一緒に……というと』

「普段から男と接してれば、そのうち妄想癖もおとなしくなるだろ」

『そ、それはつまり、織斑さんが男を教えてくださるということですの?』

「なんか言い方がエロいけどその通りだ」

 

 どうだろうか。あっちにとっても悪い提案じゃないと思うんだが……

 

『織斑さんがよろしいのなら、ぜひお願いしたいですわ』

「よし、なら決まりだな。改めてよろしくな、オルコット」

『……あの、よろしければファーストネームで呼んでいただけませんか? そこも慣れていきたいと思うので』

「そうか? じゃあ、セシリア」

『………』

「セシリア?」

 

 おかしい、返事がかえってこない。

 

「セシリア? おーい、セシリアー」

『……は、はずかし……ですわ』

 

 プツッ。

 

 切られてしまった。

 

「今の小声、かわいすぎるだろ……」

 

 あれは守りたくなるタイプだな、間違いなく。クラスのみんなもうなずいてくれることだろう。

 

 

≪クラス代表決まりました≫

 

「というわけで、1組の代表はオルコットさんに決まりました。頑張ってくださいね」

 

 翌日の朝のホームルームで、山田先生がクラス代表の正式決定を報告した。それを聞いて、教室からはぱちぱちと拍手が起きる。

 

「あの、今さら言うのも問題なのですが……皆さん本当にわたくしでよろしいんですの? 反対が多ければ織斑さんか篠ノ之さんのどちらかに譲ろうと考えているのですが」

「勝負で決めたんだし誰も文句言わないよ」

「セシリアは強いし、代表候補生だから話題性もあるし」

「それに、セシリアみたいな子をみんなで支えるっていうのもありかなって」

 

 クラスメイトも異議はない模様。そもそもセシリアへの推薦がなかったのは彼女の守ってあげたいオーラが原因だし、そこさえ納得できれば文句なんて出ないわけだ。

 

「頑張れセシリア!」

「私達がついてるよ!」

「……やっぱり納得いきませんわ」

 

 

≪生徒会長≫

 

「今日も疲れたな」

 

 夜。なんとなく外の風に当たりたくなったので、寮から出てぼーっと空を眺める。

 ……ここに来て、もう1週間か。いろいろと濃い時間だった。

 

「こんな時間に何してるの?」

「え?」

 

 背後から声をかけられたので振り返ると、青い髪の女子生徒が俺をじっと見つめていた。えっと、どこかで見た覚えがあるんだが……

 

「その顔、私が入学式で挨拶したの忘れてるでしょう」

「入学式? ……ああ、生徒会長!」

 

 思い出した。暗い気分で出席した入学式で、壇上で新入生へのメッセージを語っていた人だ。確かやたらと難しい名前だったような。

 

「更識楯無よ。よろしくね、織斑一夏くん」

「は、はい。よろしくお願いします」

 

 さすが生徒会長というべきか、なんだか気品とともに威圧的なオーラを感じる。この人には逆らっちゃいけないとか、そういう類のやつだ。

 

「ふーん、間近で見ると結構イケメンね」

「は、はあ」

「ところで、ひとつ聞いてもいいかしら」

「なんでしょう」

 

 何か生徒会に目をつけられるようなことをしただろうか。風紀を乱してるとかは俺の幼なじみの方がよっぽど問題だし、まったく心当たりが――

 

「キミ、童貞?」

「………」

 

 今さっきまで感じていたオーラが消え失せた気がする。

 

「あれ、驚かないんだ」

「その質問ここに入ってから2回目なんで」

「なんですって? じゃあ一夏くん、後ろの穴は処女のまま?」

「それも2回目です」

「む、誰だか知らないけどやるわね。その子」

 

 なんの争いだ、なんの。

 

「今度紹介してもらえる?」

「はあ。別にいいですけど」

「よろしい。では次の質問です。学園生活は楽しい?」

 

 今度は普通の話題だった。これなら素直に答えられる。

 

「まあ、嫌じゃないですよ。覚えなきゃいけないことは多いけど、先生やクラスメイトはいい人ばかりだし。ただ、あんまり振り回されるのは勘弁してほしいですね」

 

 もう少しだけ俺の周りが落ち着いてくれれば、これ以上望むことはない。

 

「ふうん、なるほどね。でもそれは無理だと思うけど?」

「どうしてですか?」

 

 聞き返すと、会長は俺の方へゆっくりと歩み寄り、額を指で軽くつついてきた。

 

「この学園、思春期真っ盛りの子が多いから」

 

 

≪問題解決?≫

 

「織斑さん、おはようございます」

「おうセシリア、おはよう」

 

 教室に入ると、入り口付近にいたセシリアがこっちに近づいてきて挨拶をしてくれた。

 

「お、近寄っても平気になったのか」

「まだ触れるくらいの距離は無理ですけれど、このくらいなら」

「へえ、すごい進歩じゃないか」

「実は篠ノ之さんのおかげなんです」

「箒の?」

 

 あいつ、何かアドバイスでもしたんだろうか。だとしたらあとでお礼言っておかないとな。

 

「彼女の言う通り、貞操帯をつけたら襲われる妄想への不安がいくらか軽減されたのですわ!」

「これ、あいつ褒めるべきなの?」

 




今回で原作1巻前半まで終わらせようとしたらいつもの倍近くの量になりました。しかも真面目な話ばっかりだったので書いてて感覚が狂いました。

楯無さんはとりあえず顔見せだけしておきました。中身的には箒と同レベルですね。妹の出番はもうちょっと後になりそうです。
次回からはついにセカンド幼なじみが登場します。
書きためも切れたので、今後は更新ペースが落ちるかと思われます。少なくとも毎日更新は無理です。申し訳ありません。

感想等あれば気軽に送ってもらえるとうれしいです。
では、次回もよろしくお願いします。


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セカンド幼なじみは病持ち

お気に入り450件突破しました。ありがとうございます。


≪スキャンダル≫

 

 ざわざわ……

 

「なんだこの人だかり?」

「掲示板……校内新聞に人が群がっているようだな」

 

 箒と一緒に登校してくると、廊下が生徒達でいっぱいになっているのを発見した。

 

「あ、織斑くんだ! ねえねえ、これ本当なの?」

 

 生徒のひとりが俺に声をかけ、貼り出されている新聞を指さす。あれって俺関連の記事なのか?

 

「なになに……『織斑一夏と生徒会長、夜の密会♡』」

 

 新聞にはそんなタイトルとともに、更識会長が俺の額を小突いている写真が載せられていた。

 

「ってなんだこれ。なんでハートマークついてるんだ」

 

 これじゃまるで俺と会長がいちゃいちゃしてるみたいじゃないか。一昨日の夜に会ったのは事実だけど、全然そんな雰囲気じゃなかったのに。

 

「みたい、というよりそう読み取れる記事を書かれているのだ。パパラッチされたな」

「い、いったい誰がこんなことを」

「それは私よ」

 

 背後を振り返ると、いつの間にか知らない人が近くに立っていた。

 

「新聞部副部長の黛薫子です。よろしくね、織斑くん」

「あ、ご丁寧にどうも」

 

 じゃなくて。

 

「で、なんですかこの記事」

「うん、よく書けてるでしょ? 写真もピントばっちり」

「そういう問題じゃないですよ。なんですか夜の密会って。嘘並べ立てたら新聞の意味ないじゃないですか」

「失礼な。私は捏造だけはしないって心に決めてるのに」

「でも思いっきり」

「いや待て一夏。よく見ると『密会』の横に米粒みたいな字で『か?』と書いてあるぞ」

「ね?」

「ね? じゃないですよ! なにドヤ顔してるんですか」

 

 こんなの、読めなきゃほとんど詐欺と変わらないだろ。

 

「次からはこんなのやめてくださいよ?」

「えー、そんなー」

 

 文句を垂れる黛先輩だったが、俺も退かずにごり押した。

 

「わかったわよ、前向きに検討しておくわ。代わりに自己紹介させてくれる? 贔屓にしてもらいたいし」

「はあ、いいですけど」

 

 名前はさっき聞いたけど、プロフィール的なことでも話すのかな。

 

「黛薫子、新聞部副部長。学年は2年。好きなことは想像すること、得意なことは脚色、嫌いな言葉は写実よ」

「多分ジャーナリスト向いてないと思うんですけど」

 

 

≪悩み事≫

 

「うーん」

「どうした一夏? さっきからうんうん唸って」

「いや、今日の夜のおかずは何にしようかなと思って」

 

 今日の授業もあと一コマなので、なんとなく夕飯のメニューに思いを寄せていたところである。寮の食堂はバイキング形式なので、選択肢が多い分迷ってしまう。

 

「大雑把なジャンルは決まっているのか?」

「今日は和風にしようと」

 

 昼はカレーだったし、夜はさっぱりしたものを食べたい。

 

「ふむ、王道だな」

「日本人だしな」

 

 結局米に回帰してしまう。パンとかも十分おいしいんだけどな。

 

「そうだな……ならあれなんてどうだ」

「何かおすすめがあるのか?」

「巫女服コスプレ」

「………」

「ん? どうかしたのか」

「いや、全然かみ合ってないのによくここまで会話続いたなーって」

 

 

≪オカズって書くとなんかエロい≫

 

 夜の自室にて。

 

「一夏。なにをナニって書くとエロく見えるな」

「そうだな」

「あそこをアソコって書くとちょっとエロいな」

「そうだな」

「行くをイクって書くとすごくエロいな」

「そうだな。ところで箒、ここの問題わからないんだけど」

「ああ、ここは教科書32ページの下の段を読めば簡単だ」

「おう、サンキュー」

 

 ……なんで脳内ピンクなのに頭いいんだろう、こいつ。

 

 

≪あなたに触れたい≫

 

「今日こそは男性に触ってみせますわ!」

「よし、やってみるか」

「ヤってみるか?」

「違うわ」

 

 協力宣言から1週間。そろそろ何かしら結果が欲しいところ。

 

「まずは無難に握手ができるようにするか」

「そ、そうですわね。今後生きていくうえで、さすがに握手のひとつもできなくては問題ですから」

 

 というわけで、俺は右手を差し出した。それを見て、セシリアも緊張した面持ちでゆっくりと手を伸ばし。

 

「や、やっぱり無理ですわ! 心臓がどきどきして……」

「そうか……まあ、まだ焦るような時間でもないか」

「そうだぞ一夏。いきなり手と手の接触ではハードルが高すぎる」

 

 俺達のやり取りを見ていたのか、ひょいっと箒が姿を現した。

 

「私にいい考えがある。セシリア、少し体勢を変えるぞ」

「は、はい。箒さん」

 

 そういえば、いつの間にかお互い名前呼びになってるな。仲良きことは美しい。

 

「そうそう。一夏に背を向けて、片足立ちになって」

 

 箒の指示のもと、セシリアはあっちを向いて右脚を後ろに突き出し、上履きを脱いだ。

 

「顔と足はもっとも遠い位置にあるからな。いくらかやりやすいだろう」

「確かに、そうかもしれません」

 

 でもこれ、仮に俺の手に足が触れたとして何か進歩があったと言えるのだろうか。

 

「や、やはり駄目ですわ! 足を突き出すと舐められそうですわ!」

「しかも結局できないのかよ!」

 

 

≪転校生≫

 

 四月も終盤に入り、桜もすっかり散った頃。

 朝の教室で、とある噂を耳にした。なんでも2組に転校生がやって来たらしい。しかも中国の代表候補生だとかなんだとか。

 

「代表候補生、しかも4月のこの時期に転入……面白そうだな。1時間目が終わったら見物に行くか。それともいっそ朝のホームルームを2組で受けるか」

「そんなことしたら千冬姉に説教されるぞ」

 

 興味津々の箒に釘をさしつつ、俺も俺で転校生のことはちょっと気になった。

 ……中国といえば、あいつがいる国だな。今でもたまに連絡取り合ってるけど、元気にしてるだろうか。あいつもあいつで箒と同じくらい騒がしいやつだからなあ。

 

「一夏っ!」

 

 そうそう、こんな甲高い声で俺のこと呼ぶんだ。懐かしいな。

 

「一夏ってば!」

「一夏、呼ばれているぞ」

「え?」

 

 箒に言われ、俺はその声が俺の思い出の中ではなく現実で聞こえていることに気づいた。

 

「なに、シカト? それともあたしのこと忘れちゃったの?」

「おいおい、マジかよ」

 

 まさか転校生って……

 

「鈴! 鈴じゃないか!」

「返事が遅いわよ! ちょっと不安になったじゃない」

 

 教室の入り口あたりで仁王立ちしているその女子は、まさしく俺の知っているツインテールのあの子だった。

 凰鈴音。小学5年生の時にうちの学校に入ってきて、中2の終わりに中国に帰るまで仲良くしていた友達だ。

 

「なんでここに……中国の代表候補生ってお前なのか?」

「驚いたでしょう? ずっと秘密にしてたもんね」

「ああ、本当にびっくりだ。直接会うのは1年ぶりだよな」

 

 でもあんまり変わってないな。小柄だった背はあんまり伸びてないように見えるし、髪型も昔と変わらずツインテールのままだし。

 

「一夏。その転校生、お前の知り合いなのか」

「わたくしも気になります」

 

 思わぬ再会に興奮しているうちに、俺達の周りには興味を持ったクラスメイト達が集結していた。箒やセシリアもその中に混じっている。

 

「はじめまして、凰鈴音よ。一夏とは中学まで一緒だったの」

「つまり幼なじみだな」

「小5で知り合ったのに幼なじみって変じゃない?」

「そうか? まあいいだろ別に」

 

 簡単な紹介を終えたところで、ホームルームの鐘が鳴った。

 

「じゃあ一夏、またあとでね」

「おう」

 

 ひらひらと手を振って教室を出ていく鈴。俺も自分の席に戻るか。

 

「小5で知り合ったということは、転校生だったのか?」

「ああ、お前と入れ替わる感じで入ってきたんだ」

「なるほど。私が知らないわけだ」

 

 納得した風にうなずく箒。そういえば、ふたりとも俺と一緒にいた時間は4年くらいでだいたい同じか。

 

「それにしても普通の子だったな。一夏の昔なじみだからてっきりもっと変わった者かと」

「どんなの想像してたんだよ」

「おはよオ○ニー! って挨拶したりとか」

「それお前だろ」

 

 俺が変わり種としかつるまないみたいな風潮はやめてくれ。というか、一応自分が変わってるって自覚はあるんだな。

 

「ま、あいつもあいつで変なところはあるんだけどな」

「なに?」

「あとでわかると思うぜ」

 

 昼は鈴と一緒に食べよう。話したいことがたくさんある。

 

 

≪凰鈴音≫

 

 というわけで昼食の時間。結構な大人数でテーブルを囲み、各々好きなものを食べながらおしゃべりに興じていた。

 

「へー。その子が昔言ってた、剣道やってる幼なじみなんだ」

「篠ノ之箒だ。よろしく頼む」

 

 幼なじみ同士が邂逅したり。

 

「わたくしはセシリア・オルコット。あなたと同じくイギリスの代表候補生ですわ」

「じゃあ1組の代表ってアンタなんだ。クラスの人に聞いたわ」

 

 代表候補生同士で挨拶したり。

 

「ねえねえ、中学時代の織斑くんってどんな感じだったの?」

「甘酸っぱいエピソードとかないの?」

「そうねえ」

 

 俺の昔話を掘り起こそうとしたり……っておい、それはやめてくれ。

 

「そういえば一夏、アンタ背伸びた?」

「ん? ああ、中3の1年間で結構でかくなってたな」

 

 男子はこの辺の年齢が伸び盛りだしな。

 

「鈴の方は……」

 

 幼なじみの全体像をじーっと眺める。1年前は女子の中でもかなり小柄な部類に入る体型だったが、しばらくぶりに会ってみると、なんと。

 

「ま、まあちょびっとだけ大きくなったみたいだな」

「下手な気遣いしないでくれる? 余計に傷つくから」

 

 全然成長していなかった。身体的コンプレックスを抱いているのは変わらないようだ。

 

「篠ノ之さん、肩凝ってるの?」

「うむ。どうも胸が大きいと不便でな、最近またブラもきつくなってきたし」

 

 ぎりぎりぎり……

 

「落ち着け鈴。歯ぎしりしてるぞ」

「ええ、ええ。わかってるわ。いちいちそんなこと気にしたりなんて……」

 

 特にバストのサイズが激しく不満らしく、指摘されると青筋が立つのがお約束だった。

 

 

≪重病人≫

 

「こんなことでイライラしてちゃ駄目ね。大人の女になるって決めたのに」

「大人の女?」

 

 ふとこぼれた鈴のつぶやきに反応すると、彼女はにっこり笑って俺を見た。

 

「そ、大人の女。落ち着いて、滅多なことで癇癪起こしたりしない人間になるのが目標」

「ほう」

 

 なかなか先を見据えた目標を持っているようだ。体に見合わず――

 

「体に見合わないとか思ってたらたこ殴りだから」

「癇癪起こさないって話はどこ行ったんだ」

 

 もうすでに思っちゃったじゃないか。

 

「でもなあ……落ち着いた鈴って想像できないな。中学の時はあんなだったし」

 

 ビクッ。

 

「ん?」

 

 なんか今、鈴の体が震えたような。

 

「やーねー一夏。あんなって何よ。あたしは別に普通だったでしょ?」

「いや、あれは普通とは言えないだろ。だって」

「知らないわねえ! いったいなんのことかしら!」

 

 な、なんだこいつ。急に声でかくして。えらく否定してくるな……

 

「なんだ? 何か面白い話でもしているのか?」

 

 箒達も食いついてきた。

 

「いや、鈴の中学時代の話なんだが」

「ほう」

「だから別に普通だったって」

「でもほら、よくやってたろ。今日は左手が疼く~とか」

 

 ピシリ、と鈴の体が硬直する。

 

「左手が疼く? なんですのそれ」

「他にもいろいろ難しい言い回し使ったりとかな。あとは決めポーズとったり」

「日本ではそういうのを中2病と言うのだ」

「なるほど、勉強になりましたわ」

 

 ちょうど発症したのが中2の真ん中くらいだったか。突然言葉遣いが変わったりして最初は戸惑ったなあ。

 

「うぐぅ……ふ、ふん。それはもう卒業したのよ。大人の女になるんだから」

「そうなのか? 残念だな、結構面白かったのに」

「いつまでも子供みたいなことやってられないわよ」

 

 ぷいっとそっぽを向く鈴。恥ずかしいのか横顔が赤く染まっている。

 

「面白い? 一夏、たとえばどんなのがあったのだ」

「たとえば、か。俺もうろ覚えなんだけどな、えーと確か……地獄の炎にどうこうとか。なんちゃらかんちゃらプリンセスとか」

 

 ピクッ。

 

「全然覚えてないではないか」

「しょうがないだろ。あ、でもよくやってたポーズなら多分できるぜ」

 

 椅子から立ち上がり、脚を肩幅まで開く。

 

「こうやって左目を手で覆ってだな。余った右手は前に突き出して……それで、なんとかフレイムって叫ぶんだ」

「なるほど。私もやってみよう」

 

 ピクピクッ。

 

「凰さん? さっきから震えてるみたいだけど大丈夫?」

「え、ええ……なんでもないのよ、なんでも」

 

 箒と一緒にポーズをとってみると、なかなか様になってる気がした。

 

「おお、結構かっこいいではないか。だが肝心の決め台詞を思い出せないのは問題だな」

「なんだったかな……ダークフレイム?」

「それならダークネスフレイムの方がかっこよくないか?」

「お、本当だ。じゃあもうそれでいいか」

「頭に何か補うといいかもしれんな。……滅びよ、ダークネスフレイム!」

「すげえ、様になってる! 滅びよ、ダークネスフレイム!」

「一夏もなかなかだぞ。ほら、今度は同時にだ」

 

 ぎりぎりぎりぎり……

 

「ふぁ、凰さん? あの」

「違う」

「え?」

「全然違う……!」

 

 ガタン!

 

「なってない! 全然なってないわアンタ達!」

「うおっ、急にどうした」

 

 いきなり椅子を揺らして立ち上がったかと思うと、鈴がずんずんと俺達の真ん前まで歩いてきた。

 

「左目は右手で隠すの! あと完全に覆うんじゃなくて隙間空けなさい。じゃないと『真眼』が魔力を解放できないでしょう!」

「お、おう」

「あと残った手は真正面じゃなくて左斜め前30度に突き出す! 手は開いて念を放出するイメージで!」

「う、うむ」

「そして台詞は」

 

 無茶苦茶引き締まったポーズをして、鈴はカッと目を開く。あまりに気合いが入っているのでオーラみたいなものが見える気がした。

 

「我が名は悪夢の女帝(ナイトメアエンプレス)。蛮族よ、地獄の烈火に苦しみ悶えるがいい。く、ふふふふっ……」

 

 あ、自己紹介から入るんだ。笑い声もすごく悪役っぽいぞ。

 

「終焉の闇に溺れろ! エターナル・デスブレイク!!」

 

 ビシイィッ!

 

 キレッキレの動きで必殺技が放たれた。

 

「こ、これはすごいな……付け焼刃では相手にならん」

「不覚にも見惚れてしまいましたわ……」

「闇が放たれる幻覚が見えたよ……」

「私も……」

 

 ギャラリーもなんだか感動していた。

 

「くくっ……見るがいい我が右腕よ。持たざる者どもが私を崇拝している」

「1年たってもさすがだな」

 

 ちなみに右腕というのは俺のことだ。いつの間にかそうされていた。

 

「当然だ。なぜなら私は混沌に愛されし……あ」

 

 気分よく語っていたかと思うと、急に言葉に詰まる鈴。

 

「あ、あ、ああ」

 

 みるみるうちに顔が真っ赤になっていく。ついでにきょろきょろあたりを見回し、自分に注目が集まっていることを確認していた。

 

「あ、あのね、これは違うの。その」

「凰」

 

 何か言おうとした鈴の言葉を遮り、箒がずいっと前に出る。

 そしてとびっきりの笑顔を見せて、

 

「感動したぞ! また今度私にも教えてくれ!」

 

 すごくうれしそうにそう言い放った。

 

「……う」

「う?」

「う、うわあああああ!!」

 

 直後、鈴は逃げ出した。それはもう驚くべきスピードで。

 

「封印したはずだったのにーーー!!」

 

 どうやら、この場にいるのが耐えられなくなったらしい。

 

「大人の女になりたいっていうのは本当らしいな」

 

 でも、いまだに重度の中2病に苛まれているみたいだ。

 

「やはり一夏の周りには面白い人間が集まるな」

 

 まあ、少なくともここにいる連中からの感触はよかったみたいだし、それが救いっちゃ救いか。

 




セカンド幼なじみは(中2)病持ち。大人な女を目指してるけど身体的にも精神的にも子供の殻を破れないキャラになりました。次回でもうちょっと掘り下げます。
クラス代表もセシリアになってますし、一夏が次に戦うのは結構先になりそうです。まあそっちがメインの作品じゃないからいいんですけど。

しかし、自分で書いてて思いましたけどエターナルデスブレイクってどういう技なんでしょうね。永遠の死の破壊って何してるかわからんです。あと一夏の記憶力はボロボロ。

感想等あれば、気軽に送ってもらえるとうれしいです。
では、次回もよろしくお願いします。


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中華娘は夢見る少女

前回お気に入り400件とか言ってたのに700目前になっている……本当にありがとうございます。


≪大人の女≫

 

 あたしの名前は凰鈴音。昨日からこのIS学園に通うことになった代表候補生。

 目下最大の目標は、大人の女になること。中2病? イッタイナンノコトカシラ。

 

「いちかー、遊びに来たわよ」

「おう、鈴じゃないか」

 

 残念ながら今のあたしは目指すべき理想から程遠いので、まずはお手本になりそうな子を探すことにした。2組にこれだと思える人材がいなかったので、続いて1組の見物に移る。

 

「なにキョロキョロしてるんだ、お前」

「ちょっとね」

 

 一夏と他愛のない話を繰り広げつつ、教室全体を見渡す。どこかに大人っぽい人はいないかしら。

 

「一夏さん、少しよろしいでしょうか」

「セシリア、どうかしたのか?」

「お尋ねしたいことがあるのですが」

 

 早速気品を感じさせる女子が出てきた。昨日会った時も思ったけど、このセシリアって子はすごくお嬢様っぽい。こういうふうに動作のひとつひとつから落ち着いた雰囲気を出せれば――

 

「男性は眠くなるとアソコが勃つと聞いたのですが、何か興奮なさっているのでしょうか」

「ああ、あれは興奮とかじゃなくて、眠気と緊張感が同時にあると起きるらしいぞ。あと女の子がそういうこと堂々と言わない」

「なるほど。またひとつ男の人について賢くなりましたわ。ありがとうございます」

 

 ぺこりと一礼して去っていくセシリア。

 

「どうした鈴、ぼーっとして」

「……なんでもないわ。ちょっと幻想が壊れただけだから」

 

 み、見た目は完璧なのに……

 

 

≪大人の女 その2≫

 

 気を取り直しましょう。さっきのは特殊な例に違いないわ。

 

「箒ちゃんって剣道強いんでしょ? 早くも剣道部のエースになったって聞いたよ」

「エースというのは言い過ぎだが……まあ、実家が道場だったからな。物心ついたときには竹刀を握っていた」

「へー、そうなんだ」

 

 少し離れたところで会話しているグループの中に、知った顔を見つけた。

 篠ノ之箒。一夏の幼なじみらしいけど、まず目に付くのがあの抜群のプロポーション。あれだけ胸が大きいのは羨ましいを通り越して恨めしい。

 

「箒がどうかしたのか?」

「え?」

「いや、気になってたみたいだから」

 

 彼女に視線を送っているのを一夏に気づかれた。ちょっと目を凝らしすぎたかもしれない。

 

「ええ……あの子、よく笑ってるわよね」

 

 昨日の昼食の時も、今も。あの満面の笑みがなんだか印象的だった。

 

「そうだな。箒はいつも笑ってる。面白いことを見つけるのが上手なんだよ」

「面白いこと、か」

 

 大人っぽい、とは少し違うけど、ああいうのも魅力的よね。見てる方も元気になりそうな笑顔だし。

 なんて思っていると、クラスメイトと話していた彼女がこっちに近づいてきた。

 

「凰ではないか。1組に遊びに来ていたのだな」

「こっちのクラスの様子も見てみようと思って。今ちょうど篠ノ之さんの話してたのよ」

「ほう、私の話か。一夏、妙なことを教えていないだろうな」

「俺は事実しか教えてないぞ」

「引っかかる言い方だな……まあいい。それより凰、私のことは箒と呼んでくれ。篠ノ之という名字はいささか呼びにくいだろう」

「そう? じゃああたしのことも鈴でいいわ」

 

 基本的に人を下の名前で呼びたがるあたしとしては、いきなり許可が下りてありがたい。

 

「一夏の幼なじみ同士、仲良くしよう。私達が組めばこいつのプライベートは丸裸だ」

「なるほど、それは面白そうね」

「お前ら笑顔で怖いこと言うなよ」

 

 一夏がジト目で睨む横で、箒と握手を交わす。この子とは仲良くなれそうだ。

 

「そういえば一夏、お前に聞きたいことがあったのだった」

「なんだ?」

「チンポジは左曲がりが一番多いらしいが、お前はどうなのだ?」

「よし帰れ。回れ右して帰れ」

「なぜだ! セシリアにはこういう話題でも丁寧に教えていたではないか!」

「あいつはまだピュアだからいいの! お前は完全アウト!」

 

 ……仲良くはなれそうだけど、参考にはできなさそうね。

 

 

≪大人の女 その3≫

 

 別の休み時間。

 

「山田先生。ちょっと質問があるんですけど」

 

 廊下を歩いていると、生徒のひとりが教師に質問している光景が目に入った。

 

「はい、なんですか」

 

 山田先生というと、確か1組の副担任だったかしら。担任が千冬さんだというインパクトが強すぎてちょっとうろ覚えだ。

 

「ここなんですけど」

「ああ、ここはですね」

 

 丁寧に優しい口調で答える山田先生。なんだか癒される声で、物腰も柔らかい。

 

「納得できましたか?」

「はい、ありがとうございました。あともうひとつ聞きたいことがあるんですけど」

「なんでも聞いてくださいね」

 

うん、ああいうのこそ大人の女よね。ようやくお手本になりそうな人を見つけたかもしれない。

 

「織斑先生と織斑くん、どっちが本命なんですか?」

「どっちが本命とかはないですよ。ついでに言うと男とか女とかも関係ないんです。ふたりとも素敵だから……ああ、どうしましょう」

「先生、よだれが」

「ああ、ごめんなさい」

 

 あたしはそっとその場をあとにした。

 

 

≪大人の女 その4≫

 

「この学園、普通じゃない人が多すぎない?」

 

 さっきから上げて落とすパターンばかり……いい加減疲れてきた。

 目標とすべき大人の女、本当に見つかるのか不安になってきた。

 せっかく一夏とまた会えたのに、先が思いやられる。

 

「はあ……」

「背筋を伸ばせ、馬鹿者」

「え?」

 

 背後から声をかけられ振り向くと、スーツをびしっと着こなした女性教師が立っていた。

 

「千冬さん」

「久しぶりだな。それと、学校では織斑先生と呼べ」

 

 織斑千冬さん。1年1組の担任で、一夏のお姉さん。昔はいろいろとお世話になった。

 

「お前は代表候補生なのだろう? 他の生徒の模範となるよう、普段からしっかりしておけ」

「は、はい」

 

 有無を言わさぬ厳しさは相変わらずみたい。さすが深淵の魔王(アビス・サタン)……って、だからこれは封印だって!

 でも、言ってることは間違ってないから文句は出ないのよね。

 

「わかればいい。ところで凰、今日の夜は空いているか」

「夜ですか? 別に用事はないですけど」

「そうか。なら少し付き合ってもらえるか? 1年ぶりだ、いろいろと話したいこともある。かりにも昔は何度も戦わされた仲だからな」

「そ、その話はやめてください!」

 

 中2病時代、勝手に魔王認定して千冬さんに喧嘩を売りまくっていた記憶がよみがえる。じゃんけんやったり将棋やったりと、あらゆるルールで挑んだけど、ことごとく返り討ちにされる……そんなこともあった。

 

「と、とにかく、夜にお話しするのは大丈夫です」

「決まりだな」

 

 ふっと口元を緩める千冬さん。ちょっとうれしそうなのが顔に出ていた。

 そしてその瞬間、あたしの体に電流が走った。

 

「これよ……」

 

 ザ・社会人といったスーツの着こなし。厳しさの裏に暖かさが見え隠れしているその態度。

 

「師匠! 師匠と呼ばせてください!」

「なんだ急に。私は魔王ではなかったのか」

「それは昔の話です!」

 

 これこそ大人の女、間違いない。早速弟子入りしなきゃ……

 

「弟子にしてください!」

「ば、馬鹿者、いきなり抱きついてくるな。ここは学園――」

「見て、織斑先生が転校生と抱き合ってる!」

「山田先生もすごく慕ってるし、やっぱり千冬お姉様って……アッチ系?」

「アッチ系?」

「……どうしてこの学園はこうなんだ」

 

 なんか外野がうるさいけど何言ってるのかしら?

 

 

≪ししょー≫

 

「大変だ一夏! 千冬さんと鈴が廊下でぐんずほぐれつぎしぎしあんあんらしいぞ!」

「絶対ないから安心しろ」

 

 何があったか知らないけど話に尾ひれつきすぎだろ。女子校特有の現象なのか?

 

「そうなのか? つまらないな」

「実際に起きてたら面白いじゃすまないんだが」

「む、それもそうか」

 

 残念そうな箒にツッコミを入れつつ、2階へ続く階段を昇っていく。先ほど他のクラスの教師に段ボール箱を運んでほしいと頼まれたのだ。

 

「これ、何が入ってるんだろうな」

「教科書だったぞ。この時期に追加するのは少し妙だな」

「ふーん」

 

 俺も箒も、運んでいるのは1箱ずつ。ちょっと重いが、持てないというほどではない。

 

「あら、一夏くんじゃない」

「あ、会長。こんにちは」

 

 2階に上がったところで、廊下を歩いていた更識生徒会長と鉢合わせた。

 

「キミが2階に来るなんて珍しいね」

「ちょっと届け物を頼まれまして」

「それはご苦労様」

 

 ぽんぽんと閉じた扇子で手を叩く会長。会うのは2回目なのにすごく親しげに接してくるので、少し戸惑ってしまう。

 

「で、あなたが篠ノ之箒ちゃんね?」

「はい、そうですけど……そちらは更識生徒会長ですよね」

 

 いきなり名前を呼ばれて少し驚いている箒。会長とは初対面のようだ。

 

「そうよ。こんにちは」

 

 と、そこで会長の扇子がばっと開かれる。

 白い扇子には、大きく『和姦』と書かれていた。……いや、おかしいだろ。

 

「なっ……!?」

 

 なぜか箒が硬直している。まさか今さら和姦の文字に驚愕するようなやつでもないだろうし。

 

「こんにち『わ』と『和』姦をかけて、こんにち和姦! なんて高度な……!」

「ハードル低すぎない?」

 

 会長もなんで満足げに笑ってるんですか。

 

「会長……いえ、師匠。私を弟子にしてください」

「いいわ。見たところあなたは有望そうだし」

 

 こうして謎の師弟関係が誕生した。ふたりがお互いの何を気に入ったのかはさっぱりわからない。

 ……だが、確かに言えることがひとつある。

 

「このふたりが組むとヤバい……!」

 

 知らないぞ。俺ひとりじゃ収拾つけられないからな!

 

 

≪鈴ちゃんの専用機≫

 

 今日は2組と合同で屋外授業。グラウンドで実践を学ぶ時間だ。

 

「オルコットと凰。せっかくだ、模擬戦をやってみろ」

 

 授業の概要を説明し終えたところで、千冬姉がセシリアと鈴を指名した。代表候補生同士の試合を見て手本にしろということだろうか。

 

「鈴のISってどんなのなんだ?」

「バランス型ね。名前は甲龍(シェンロン)って言うんだけど、胸張って初心者向けって言えるような機体よ」

 

 シェンロン、か。強そうな名前だな。

 

「クラス対抗戦ではこのカードは見られないからな。面白そうだ」

「そうか。鈴は代表じゃないんだよな」

 

 箒に言われて今さらその事実に気づく。あいつは途中で転入してきたから、その頃にはすでに2組の代表は決まっていたんだ。

とすると、クラス代表で専用機持ちはうちのセシリアだけになるのか?

 なんて考えているうちに、千冬姉の合図で試合が始まった。

 

「おお、すげえ」

「さすがに専用機持ち同士の試合となると迫力があるな」

 

 探り合いはほんの序盤で終わり、すぐに激しい攻撃の応酬が繰り広げられ始めた。この前はセシリアとの勝負で惜しいところまで行ったと思ったけど、やっぱりまだまだ届きそうにない。

 

「………」

 

 そのまましばらく、観客席から試合を眺めていたのだが。

 

「なあ箒。鈴の動き、どんどん激しくなってきていないか」

 

 攻撃の手はかなり増え、代わりに防御が本当に紙一重になってきてる。

 

「というより、そもそも根本から変わってるように感じられるな」

「根本から?」

「ああ。まるで人が変わったみたいだ」

 

 人が変わったって、まさか。

 自分の予想が当たっているか確かめるため、白式の開放回線をつないでみる。これでセシリアと鈴の会話が聞こえるはずだ。

 

『遅い、遅いぞブルー・ティアーズ! それでは私の聖域に届きはしない!』

『くっ……よくわかりませんが、雰囲気にのまれている感じがいたしますわ』

『さあ受けてみろ。私の愛機、常夜の呪龍(ナイトカース・ドラゴニス)の真の力を!』

 

 案の定、中2病が表に出てきていた。多分勝負が白熱してるせいで興奮状態なんだと思うが……

 

「あいつ本当に治す気あるのか?」

 

 というかシェンロンどこいった。そんなおどろおどろしい名前の機体初心者に勧められねえよ。

 

『く、ふふふふっ……闇に溺れるがいい』

 

 模擬戦終了後、勝ったのにもかかわらず悶絶している鈴の姿が発見され、見かねた千冬姉に頭をひっぱたかれていた。中2病完治への道は険しそうだ。

 




織斑姉弟はどっちも常識人ゆえ苦労体質です。仕方ないね。
2話連続中2病オチですが、普段も下ネタオチだしワンパターンとか今さらですね。
しかし鈴ちゃんのシーンは書きやすいです。以前たくさん描写したからでしょうか。

感想等あれば気軽に送ってくださるとうれしいです。
では、次回もよろしくお願いします。


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IS学園1年生共

≪むかーしむかし≫

 

「あっちに行け」

 

 小学生になってから、俺は家の近くの剣道場に通うようになった。年上の人の方が多かったけど、何度も一緒に練習するうちに普通に話せるようになっていた。

 ただ、同い年の女の子とは、いつまでたっても仲良くなれない。

 

「ちょっとお話しするくらいいいじゃないか」

「断る。私は誰かと話すのが好きじゃない」

 

 その子の名前は篠ノ之箒。俺よりずっと剣道が強くて、そこは本当にすごいと思ってる。

 でも、いつもむすっとしてて竹刀を振っているだけで、楽しいのかな。他の人は練習の合間におしゃべりしてるのに。

 

「ねえ、箒ちゃん」

「しつこい。私にかまっている暇があるなら練習をしろ。未熟者」

「むう……」

「だいたい、神聖な道場で余計な話をする方がおかしいのだ」

「し、しんせー?」

「神聖、だ。お前は勉強も足りないようだな。未熟者なうえに馬鹿者だ」

 

 う、うるさいな。そんな難しい言葉、きっとクラスのみんなだって知らないよ。

 

「わかったよ。練習すればいいんでしょ」

「ふん」

 

 箒ちゃんから離れて、床に置いていた自分の竹刀を拾う。

 あの子の言うことは難しくてよくわからないけど、バカにされてることはなんとなく伝わってきた。ちょっとムカッとしている。

 ……こうなったら、練習して強くなって、参りましたって言わせてやる。

 

 

≪いつもの朝≫

 

 懐かしい夢を見た。

 

「あいつ、昔はマジで愛想悪かったよな」

 

 いつも仏頂面で、笑った顔なんて見せたことがなかった。そのぶん、剣道に一生懸命打ちこんでいるのは伝わってきたが。

 学校でも同じクラスだったけど、必要以上の会話をしている様子もなかった。多分、というより間違いなくみんなから距離を置かれていたと思う。

 

「変わるもんだな」

 

 それが今じゃあの感じだ。友達も多いし、他人とも積極的にコミュニケーションをとる。加えて、よく笑っている。

 

「一夏、起きたのか」

 

 ベッドの上で物思いに耽っていると、洗面所から箒が姿を現した。先に起きて顔を洗っていたらしい。

 

「おはよう、箒」

「ああ。おはよオ○ニー!」

 

 ……本当、同一人物とは思えない。

 

 

≪制服≫

 

「鈴は制服を改造しているのだな」

「ええ。こういうのOKだって聞いたから」

 

 箒と話していると、あたしのちょっぴり手を施した制服のことを尋ねられた。みんなと完全に同じ格好というのも面白くなかったから、肩口の部分を切ったりして独自性を出してみたのである。

 

「似合っているぞ」

「ありがと」

 

 ……こういう『他の人と差をつけたい』という気持ちがアレにつながっているのかしら。今さらながらそんなことを思う。

 

「私も制服を改造してみるか。鈴のように露出を増やすのもありだな」

「それはいいけど、なんでそんなに視線が下がってるのかしら」

 

 どこを露出する気なのかすごく気になる。

 

 

≪わたくし、気になります≫

 

「ふと思ったのですけれど」

 

 土曜日の午後はアリーナが解放されるので、箒、セシリア、鈴と一緒にISの訓練に励んでいた。

 一段落ついて休憩に入った際、セシリアが箒に何やら話しかけていた。心なしか顔が赤くなっているような。

 

「織斑さんの専用機、しっかり下半身が隠されていますわよね」

「そうだな。普通のISは割とスーツが露出されているが、あいつのは違う」

「では、もし織斑さんが勃起した場合、装甲に圧迫されたりしないのでしょうか」

「……! そこに気づくとは、お前は天才か!」

「ありがとうございます」

「早速聞いてみよう。おーい一夏! ……む? いない」

 

 

「鈴。あっちで近接戦のレクチャーしてくれ」

「いいわよ。でも箒達置いてっちゃっていいの?」

「たまにはツッコむことから逃げてもいい。そうは思わないか」

「?」

 

 

≪隣の芝・前編≫

 

 ある休み時間の教室。

 

「世の中不公平よね」

「急にどうした。世界に絶望したような目して」

 

 鈴の視線の先を追うと、数人の女子と談笑している箒の姿がある。

 

「どうして胸の大きな女と小さな女がいるのかしら」

「ああ、そういうこと」

 

 貧乳をコンプレックスとしている鈴としては、あいつの体つきは羨ましい限りだろう。

 実際、何が原因でここまで差がつくんだろうな。人体って不思議だ。

 

「巨乳って素晴らしいんでしょうね……存在だけで色っぽさが増して、男子をゴキブリホイホイみたいに寄せつけるんでしょうね」

「たとえから巨乳に対する悪意が感じられるぞ」

 

 というか少し大げさすぎる。

 

「でもほら、最近はつつましやかな胸も需要があるって言われてるじゃないか」

「………」

「大きいだけが正義ってわけじゃないだろ。妬むだけじゃなくて視点を変えることも大事だと思うぜ」

「……で、アンタはどんな胸が好きなの」

「大きい方」

「ちょっとは迷うふりしないさいよバカー!」

 

 ポカポカポカ。

 

 

≪隣の芝・後編≫

 

 また別の休み時間、教室にて。

 

「むう」

「どうした箒。難しい顔して」

「いや、少しな」

 

 どこを見ているのかと確認すると、廊下の近くで鈴とセシリアが楽しそうに話していた。

 

「あのふたりもすぐ仲良くなったな」

「そうだな。代表候補生同士、共通の話題があるのかもしれない」

 

 鈴の転入からそろそろ2週間。俺のセカンド幼なじみはすっかりIS学園の風景に溶け込んでいた。

 

「で、なんであんな顔してたんだ?」

「……大したことではないのだぞ?」

「でも気になるから」

 

 悩みでもあるのなら力になりたい。これでも幼なじみだからな。

 

「そうか。なら白状するが」

「おう」

 

 神妙な面持ちで、箒は俺の方に向き直った。

 

「最近、ブラを買い替えた」

「……はい?」

「前のブラがきつくなったのだ。どうやらまた胸が大きくなったらしい」

 

 ……どうやら、ほぼ間違いなく力になれそうにない類の悩みのようだ。

 

「昔は巨乳ごっこなんてやっていたが、こうも成長すると肩がこって仕方がない。剣道をするにも邪魔だし……幼い私はこんな単純なデメリットにも気づいていなかったのだな」

「はあ」

「その点、鈴のような者は羨ましいと思ったのだ。あれくらい控えめなら肩こりもなさそうだからな」

 

 世の中奇妙なもので、お互いが相手の持っているものを欲しがっているようだ。

 

「思うだけならいいけど、それ鈴の前で絶対言うなよ」

「どうしてだ?」

「終焉の闇にのまれるから」

 

 

≪偽名≫

 

「なあ箒。お前ここに来るまでは偽名使ってたんだよな」

 

 確か入学初日にそんなことを言っていた気がする。

 

「そうだが、どうかしたか」

「どんな名前にしてたんだ? ちょっと気になってさ」

「なんだ、そんなことか」

 

 そう言うと箒はメモ帳とシャーペンを取り出し、きれいな文字をつづっていく。

 

「ほら、これが私の仮の名だ。ちなみに自分で考えた」

金田(かねだ)奈央(なお)……でいいのか、これ」

「いや、これは金田(きんだ)と読むのだ」

「きんだ? 珍しい読み方だな」

 

 じゃあフルネームは『きんだなお』になるのか。

 

「ちなみにこれを並べ替えると『オナ禁だ』となる!」

「ドヤ顔して言うことじゃない」

 

 仮にも自分の名前なんだから遊ぶなよ……

 

 

≪ISの秘訣≫

 

「どうだ、セシリア」

「まだ動きがぎこちないですわね。もっとISの能力を信じて、身をゆだねてください」

「そうは言ってもな……」

 

 今日の放課後はセシリアにマンツーマンで稽古をつけてもらっていた。箒は剣道部、鈴はラクロス部に行くとのこと。

 

「どうしても人間の体基準で考えちまう。なかなか難しいな」

「はじめは誰でもそんなものですわ。ISは優れたパワードスーツですが、優れすぎているがゆえに思考と現実のギャップが激しいですから」

 

 自分の体がどんな動きをできて、どんな動きをできないか。これは誰でも大まかには把握している。生きる上でいつも使っているものだからだ。

 これに対してISはそうじゃない。だから動作の可能不可能の基準を人体で考えてしまって、行動の幅を縮めてしまっている。本来ISならなしえる動きが俺にはできていない、つまり力を引き出しきれていない。以上が先ほどセシリアからいただいた言葉だ。

 

「ISをどれだけ自らの一部として認識できるか。これが重要であるからこそ、操縦者の実力はISの総稼働時間に大きく左右されると言われるのですわ」

「なるほど。だからセシリアは強いんだな」

 

 代表候補生として普段からISと触れ合っている時間が多いから、スムーズに動くことができるってわけか。

 

「なら俺も、できるだけ長い間白式を展開しとかなきゃならないのか」

 

 1日中出しっぱなしなら上達も速いのかもしれない。現実的に考えて無理な話だが。

 

「それにも限界がありますから、もうひとつ重要なのがイメージトレーニングですわ」

「イメージトレーニング?」

 

 そのまま言葉を繰り返した俺に対し、セシリアは微笑みながら解説をしてくれた。

 

「結局のところ、ISと自分を一体化させるイメージが大事なのですわ。訓練でISの動作を確かめ、夜にその時のことをできるだけ鮮明に思い出し、さらにイメージの中でISを自由に動かしてみる。普段からこれを行っていれば、効率も上がるはずです」

「なるほど。イメージか」

 

 練習も考えてやらないと成果が出にくいってことだな。それは剣道でも同じだからよくわかる。

 

「てことは、セシリアもイメージトレーニングを重ねて強くなったのか?」

「ええ、その側面も大きいと思いますわ」

 

 胸を張ってふふんと笑うセシリア。相変わらずちょっとしたしぐさがかわいいやつだ。

 なんて思っていると、なぜか彼女の頬が朱に染まっていた。

 

「……わたくし、妄想は得意ですから」

「その話の持っていき方は予想できなかったぁ」

 

 

≪イメージトレーニング≫

 

「………」

「いちかー……何してんのよ」

 

 教室で無言で固まっていた俺を不審に思ったのか、鈴が怪訝な顔つきで声をかけてきた。

 

「ISのイメージトレーニング」

「イメージトレーニング? 何よそれ」

「あれ、お前は知らないのか」

 

 同じ代表候補生でもいろいろ違うんだな。

 

「セシリアから教えてもらったんだけど」

 

 かいつまんで説明すると、鈴は納得したようにうなずいた。

 

「ああ、そういうやつならあたしもやってるわ。イメトレって言い方はしてないだけで」

「じゃあどう呼んでるんだ?」

「どうって……いちいち名前なんてつけてないわよ。単純に想像するとか、そんな感じね」

「そうなのか」

 

 鈴もやってるとなると、おそらく確かな効果があるんだろうな。

 

「それのおかげで操縦が上達したとか、あるか?」

「うん? そうねえ……中国にいた時、周りより成長が速いって褒められたことはあるけど、もしかするとイメトレのおかげだったのかもしれないわね」

 

 そこまで言うと、なぜか鈴は表情を暗くし、自嘲気味の笑みを浮かべる。

 

「だってあたし、妄想とか得意だし……」

「自分から傷口を広げていくのか……」

 

 こういう時、どんな言葉をかければいいのか。今の俺にはさっぱりわからなかった。

 

 

≪イメージは大事≫

 

 他の人にもイメトレに関する感想を聞いてみた。

 

「イメトレなら私もやっている。妄想は得意だからな!」

 

 これは箒の回答。

 

「おねーさんも妄想は得意よ?」

 

 これが会長。

 

「せ、先生も妄想は大好きです! ところで織斑くん、このあと時間があれば私の部屋に」

 

 山田先生。

 

「妄想は大事よ? 記事を作る上で重要……うそうそ、新聞は事実にもとづかないとね」

 

 新聞部の黛さん。

 

「おかしい。途中から完全に妄想に関する話になっている」

 

 というか俺の周り、妄想好き多すぎだろ。しかも全員優秀だし。

 箒はセシリアいわく普通に実力があるらしいし、更識会長は学園最強と聞いた。山田先生も日本の元代表候補生だし、黛先輩も整備科の2年生のエースらしい。

 ひょっとして、IS関連で実力のある人はイメトレがうまい=妄想が得意、なんて一見ふざけた等式が成立しているのか?

 

「うーん」

「織斑、廊下の真ん中に突っ立っていては通行の邪魔だ」

 

 悩んでいると、向こうから歩いてきた千冬姉に注意を受けてしまった。

 ……待てよ。さっきの仮説が正しいとすれば、ISの世界大会で優勝経験のある千冬姉も、もしかして。

 

「あの、織斑先生」

「なんだ」

「先生は……妄想とか、得意ですか」

 

 って、これよく考えたら質問の内容が馬鹿げてるぞ。少なくとも実の姉兼担任教師に唐突に尋ねることじゃない。

 

「お前は何を馬鹿なことを言っているんだ」

「す、すみません」

「いいから教室に戻れ。そろそろ休み時間も終わる」

「はい」

 

 回れ右をして退散。その場で制裁を受けなかったのは運が良かった。

 だいたいこんな質問するまでもない。ずっと一緒に暮らしてきて、千冬姉に妄想癖がありそうな様子なんて全然なかったわけだし。

 

「……危なかった。まさかバレてはいないだろうな」

 

 ん? 今何か背後から聞こえたような……気のせいか。




原作の一夏は幼少期はかなり尖った性格だったのですが、ここではある程度年相応で無垢な子供という設定にしました。逆に箒は原作以上に尖ってるかも。
あと、千冬姉の秘密はそのうち明かされます。

感想等あれば気軽に送ってもらえるとうれしいです。参考にします。
次で原作1巻の内容は終了です。ちょっと真面目な話になるかも。
では、次回もよろしくお願いします。


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天才科学者は意外と○○

お気に入り800件突破、誠に感謝です。


≪クラス代表への期待≫

 

 今日はいよいよクラス代表によるクラス対抗戦本番。朝のホームルームが始まる前に、俺達は早めに登校して決起集会を行っていた。

 

「頑張ってねセシリア! 応援してるよ!」

「1組に勝利の栄光を!」

「そしてデザートフリーパスを!」

 

 優勝したクラスには学食のデザートのフリーパス(半年分)が賞品として与えられるらしい。なのでみんなわりと血走った目でセシリアにエールを送っていた。

 

「心配なさらずともわたくしは勝ちますわ。イギリス代表候補生として、こんなところでつまづくわけにはいきませんもの」

「でも心配なものは心配だよ」

「かわいいセシリアがボロボロになっちゃわないかと」

「……今日こそ、今日こそそのイメージを払拭してさしあげますわ」

 

 自信満々に答えるセシリア。でも試合前にそういうこと言ってると逆に負けそうで不安になるのは漫画の読み過ぎだろうか。

 

「お前達、そうプレッシャーを与えてやるな」

「あ、箒ちゃん。おはよー」

「遅刻だよ。今までどこ行ってたの?」

「すまない。電話がかかってきてな」

 

 遅れて教室に入ってきた箒が小さく頭を下げる。こんな朝早くに電話って、いったい誰からだったんだろう。

 

「箒さん。おはようございます」

「おはようセシリア。私からも一言応援の言葉を送っておこう」

 

 生徒の輪の中心にいたセシリアの前までやってきた箒は、彼女の両肩にぽん、と手を置く。

 

「緊張せず楽しんでくればいい。お前がこの学園で最初に戦った相手を思い出してみろ」

「最初に、というと」

 

 ……俺だよな。

 

「そう、一夏だ。お前の体に触れようと一心不乱に襲いかかってきた飢えた獣。その眼光に耐え切ったお前からすれば、今日の相手など恐れるに足りん」

「なるほど、確かにそうですわね。あの野獣の眼光に比べれば、何も怖くはありませんわ!」

「盛り上がってるところ悪いんだけど、俺が女に襲いかかる変態みたいに聞こえるからやめてくれない?」

 

 その後、セシリアは危なげなく他クラス代表に勝利し、対抗戦を制したのだった。

 

 

≪一緒にお出かけ≫

 

 クラス対抗戦も終わり、学園の空気も少し落ち着いたころのとある休日。

 

「こうして一夏とふたりで出かけるのは久しぶりだ」

「IS学園に入学してからは初めてだからな」

 

 今日は箒と一緒に街に出ていた。彼女の買い物に付き合ってほしいと頼まれたためだ。

 

「だいたい5年ぶりのデートだな」

「もうそんなに経つのか……って、これデートだったのか?」

「何を言う。私は昔からそのつもりでお前を誘っていたのだぞ」

「マジか」

 

 全然気づかなかった。普通に遊びの一環としてとらえていたから。

 

「小学生の頃は仕方ないとしても、今日のこれもデートと認識していなかったとはな。女心のわからんやつめ」

 

 じとーっと睨まれる。しかし、普段からろくでもない発言繰り返してるやつに女心がどうとか言われたくないとも思う。

 

「箒はデートする相手とかそういう対象で見てなかったからなあ」

 

 小さい頃から距離が近すぎたせいで、改めて異性として認識するのはなかなか難しい。

 

「まあいい。私もそんなに深い意味でデートという言葉を使ったわけではない。単純に、仲のいい男女で外出するというだけのことだ」

「若い世代の言葉の定義だな」

「若いからな」

 

 話し方はちょっと古めかしいけど。

 

「ちなみに今時の若者の言葉遣いもちゃんとできるぞ」

「本当か、それ?」

「疑うのか。ならここで実践してやろう」

 

 そう言うと箒は立ち止まり、びしっと伸ばした背筋をくねくねさせ始めた。

 

「てゆーかー、疑うとかマジありえないんですけどー! こんな激カワの幼なじみのこと信じられないなんてー! ぶっちゃけおかしいでしょー! チョベリバー」

「とりあえず語尾伸ばせばいいと思ってるだろ」

 

 今時そんなコテコテのギャルみたいなやつ見つける方が難しいぞ。

 

「あはは、マジウケるー」

「どこに笑う要素があったんだよ!」

 

 ありえないんですけどーとか言ってたろうが。

 

「むう……一夏は審査が厳しいぞ。ツッコミに容赦がない」

 

 普段から誰かさんに鍛えられてるからな……

 

 

≪懐かしい思い出≫

 

「しかし本当に久々だ。こうして歩いているだけでなんだか面白いな」

「そりゃよかった」

 

 俺としても、こうして箒と出かけるのは楽しい。他愛のない会話を交わすだけならいつもやっているのだが、周囲の環境が変わるだけでなんとなく新鮮な気分になる。

 

「確か、ひとつ前のデートも買い物が目的だったな」

「よく覚えてるな。俺はいろいろ記憶がごっちゃになってて思い出せん」

「おもちゃを探しに行ったのだ。覚えていないか」

「うーん」

 

 やっぱり記憶が鮮明じゃない。もう何年も前のことだし、仕方ないか。

 でも、おもちゃか。小学生らしい買い物だな。昔は変身ベルトとか欲しがったもんだ。

 

「なんのおもちゃを探してたんだ?」

「ローターとかだな」

「大人のおもちゃかよ!」

 

 全然小学生らしくなかった。

 

 

≪お姉ちゃん登場≫

 

「これで買いたい物は全部だな」

 

 午後3時頃、箒の両手は紙袋ですっかり塞がってしまっていた。洋服やら日用品やら、結構な数の物を購入済みだ。

 

「最後まで付き合ってくれてありがとう。帰りに喫茶店で何かおごろう」

「気にすることないぞ。俺もいい買い物ができたしな」

 

 当初は特に何も買う予定はなかったのだが、行きの会話で久しぶりにおもちゃが欲しくなり、安売りしていたロボットアニメのプラモデルをひとつ購入したのだ。どこかで見覚えのあるデザインだったので、多分小さい頃にこのロボットが出てくるアニメを見たんだと思う。

 

「それはそうと、紙袋ひとつ渡してくれ。両方持つとさすがに重いだろ」

「いや、平気だ。それにこれは私が買ったのだから、私が責任を持って持ち帰るべきだ」

 

 相変わらず妙なところで真面目なやつ。

 

「ほいっと」

「うわっ」

 

 持たせてくれそうにないので、左手の袋を少し強引に奪い取った。

 

「な、何をする」

「男の意地ってやつだ。持たせてくれ」

 

 世間じゃ女尊男卑の風潮が広まっているが、生身では基本的に男の方が力が強いのに変わりはない。

 

「……仕方のないやつだな。それなら、ありがたく持ってもらおう」

「ああ。任せとけ」

 

 お互いに笑って、再び歩き出そうとしたその時。

 

「っと、電話だ」

 

 誰からかと思って携帯を取り出すと、見覚えのない番号が表示されていた。不審に思いながらも、とりあえず通話ボタンを押してみる。

 

「はい」

『やっほーいっくん! 久しぶりだね』

「え?」

 

 電話越しだけど聞き覚えのある声。それに、俺をいっくんと呼ぶ人には心当たりがある。

 

「もしかして、束さん?」

『覚えてくれててうれしいよ~。その通り、天才科学者篠ノ之束とは私のことだ! なんてね』

 

 驚いた。電話の相手は箒の姉にしてISの開発者、篠ノ之束さん。こうして言葉を交わすのは随分久しぶりだし、そもそも今行方不明とか言われてたような。

 

「えっと、とりあえず聞きたいんですけど。どうして俺の携帯の番号を?」

『んっふふ~、天才の束さんにかかれば個人の電話番号を調べるくらい余裕だよ』

 

 ……ああ、そういえばこの人は昔からこんな感じだった。ものすごく頭がよくて、理解できないことを平気でやってのけてしまうんだ。

 

『ま、箒ちゃんに聞いただけなんだけどね』

「思った以上に普通の手段だった」

 

 天才まったく関係ないじゃん。

 箒の様子をうかがうと、会話の内容が聞こえているのか、申し訳なさそうな顔をしていた。

 

「すまない。以前に朝からしつこく尋ねられてしまってな」

「いや、別に束さんにならかまわないけど」

 

 そうか。クラス対抗戦の日の朝に電話していた相手って束さんだったのか。

 

『なになに? そばに箒ちゃんいるの?』

「ええ。今ふたりで買い物に出ていたところで」

『そっかー、相変わらず仲いいねー。でも外に出てるならちょうどいいね。今から携帯にマップデータ送るから、私の指示した場所に来てくれるかな?』

「え? 今からですか」

『そんなに遠い場所じゃないから大丈夫大丈夫! できれば箒ちゃんも連れてきてくれると束さん喜ぶよ! じゃーね、待ってるよ~』

 

 返事をしないうちに切られてしまった。直後、携帯に地図データがメールで送られてくる。

 

「確かにここから近いな」

 

 十分歩いて行ける距離だ。数年ぶりに顔を見たいというのもあるし、ここは素直に従うことにした。

 

「箒。今から束さんに会いに行くんだが、お前も来るか? できればお前も連れてきてほしいって言われたんだが」

 

 隣を見ると、箒はなんとも微妙な表情をしていた。

 

「私は遠慮しておく」

「そうか? 束さんも顔見たがってると思うけど」

「前にも言ったろう? 私と姉さんは合わないんだ。それに、荷物もたくさんあるしな」

 

 さらに表情を暗くする箒。やっぱり束さんとうまくいってないみたいだ。

 荷物が多いのは事実だし、さすがに無理に連れて行くわけにもいかないだろう。

 

「わかった。じゃあ俺だけで行ってくる」

「すまない。さっき渡した紙袋とお前のプラモデルは、私が持って帰っておくから」

「持てるか?」

「プラモデルを袋に一緒に入れれば問題ない。そこまで重くもないしな」

「そうか。じゃあ頼むよ。サンキュー」

「気にするな」

 

 俺から荷物を受け取り、箒は足早に立ち去って行った。

 

「……やっぱ、仲悪いのかな」

 

 

≪たばねーさん≫

 

「うわ、本当に隠し通路がある」

 

 地図に従い歩くこと20分。俺は何の変哲もない廃ビルの中に入り、地下へと続く階段を進んでいた。

 

「この扉の先だな」

 

 ロックがかかっていたので、メールに書いてあった番号を数字盤に打ちこむ。

 すると勝手に扉がスライドし、広い部屋が目の前に現れた。

 

「ようこそ束さんラボ137号室へ! 歓迎するよー、いっくん!」

「どうも、お久しぶりです」

 

 相変わらずテンションの高い人だ。でもそれは親しい人間に対してだけで、他人に対しては興味のひとかけらすら抱かない。俺の記憶の中の束さんはそういう性格だった。

 

「あれあれ、箒ちゃんは?」

「えーっとですね……荷物が多いので今日はやめておくって」

 

 思い切って姉妹仲について尋ねてみようかとも思ったが、安易に深入りするのもためらわれたので結局何も言い出せなかった。

 まあ、尋ねるにしても箒に聞く方がやりやすいだろうし。

 

「そっか~、残念だねー。でもいいや、会おうと思えばすぐに会えるんだし」

 

 座り心地のよさそうな椅子からひょいっと腰を上げ、束さんは部屋の奥の方へ移動する。

 

「いっくんもこっちにおいで。今日は白式の状態をチェックしたいと思って呼んだのだよー」

「白式の?」

「あれは私が廃品処分されかかってた機体をぱぱぱっと改造したものなのだ、ぶい! だから経過が気になるんだよね」

「そうだったんですか」

 

 全然知らなかった。俺の白式は倉持技研というところから支給されたとだけ聞いていたけど、まさか開発に束さんが関わっていたとは。

 

「状態によってはこの場でアップデートファイルも作ってあげるからね」

「アップデート?」

「白式をよりいっくんに適した機体に改良……もとい、調教? するってことだよ」

「なんで今無理に言い直したんですか」

「え? だってこういう風に言った方がいっくんは喜ぶんじゃ」

「それはあんたの妹!」

 

 

≪あーゆーはっぴー?≫

 

 白式を展開し、いろいろとデータを採られてから待つこと1時間。

 

「できたよいっくーん! 白式ver1.01!」

 

 椅子に座って地下部屋に設置されていたテレビのチャンネルを回していると、束さんがうれしそうに俺を呼ぶ声が聞こえてきた。

 

「もうできたんですか?」

「束さんは天才だよ? むしろ1時間はかかりすぎなくらいだよ」

 

 さすがというかなんというか。ISの改造なんてひとりで簡単にできる作業じゃないと思うんだけどな。

 

「具体的にどの辺が変わったんですか?」

「一部ステータスの変更をしてから、それに適した武器もつけておいたからね。詳しくは学園に戻って試してみてのお楽しみ!」

 

 実際に動かして体感してみろということらしい。でも束さんが手を加えたわけだから、間違いなく改良されているんだろう。

 

「ありがとうございます。じゃあ、俺はそろそろ」

「うんうん。私の用事は済んだから帰っても大丈夫だよ~」

 

 許可も出たし、そろそろ学園に帰るとしよう。

 でもその前に、少し聞いておきたいことがある。

 

「束さん。どうしてISのコア作るのやめたんですか?」

 

 ISのコアを作る技術は公表されておらず、つまり作成可能なのは束さんただひとり。そんな彼女がいきなり作るのやーめたと言って行方知れずになったもんだから、当時は世界中が大騒ぎだった。

 今でも各国政府はこの人の居場所を探しており、見つければすぐにコアの製作を依頼するだろう。それが面倒だから束さんは失踪状態を今日まで続けているんだと思う。

 

「それはいっくんにも秘密だよ」

「そうですか」

 

 食い下がっても結果は同じだろう。俺はそこで質問を打ち切った。

 

「私からもひとつ聞いていい?」

「なんですか?」

 

 その瞬間だった。

今までにこにこ笑っていた束さんは、急に無表情になって俺に尋ねてきた。

 

「ねえ、いっくん。今の世界は楽しい?」

 

 予想していない内容の質問だったので、少し面食らってしまう。

 今の世界が楽しいか、か。束さんは真面目に聞いてるみたいだし、俺も真剣に答えるべきのようだ。

 ……いつもの日常を思い浮かべる。

 

「楽しいと思いますよ」

 

 思い浮かべただけで、俺の口は自然と動いていた。

 

「ふーん、そうなんだ」

 

 俺の返事を聞いても、束さんの顔つきはちっとも変わらなかった。

 

 

≪お引越し≫

 

「ただいま」

 

 寮の自分の部屋に戻ると、箒がなぜか自分の荷物をまとめているところだった。

 

「ああ、おかえり」

「何してるんだ?」

「引っ越しの準備だ」

 

 聞けば、先ほど山田先生がやって来て、篠ノ之さんの住む部屋の都合がついたので今晩にでも移動してくださいと伝えられたとのこと。

 

「私は別にお前と同じ部屋でもいいのだがな。公序良俗を大事にしてくださいと言われればそれまでだ」

「そうか……確かに、男女がひとつの部屋で暮らすのは問題だよな」

 

 何日も過ごすうちにすっかり箒と一緒の生活に慣れてしまっていたけど、入寮当初は俺もそう考えていたわけだし。

 

「よし、これで荷造り終了だ」

 

 パン、と手を叩く箒。どうやら引っ越しの準備が完了したらしい。

 

「そうだ。姉さんに会って何をしてきたのだ?」

「なんか白式を改良してくれた。今日はもう遅いし、明日にでも動かして確認してみるつもりだ」

「改良か、よかったじゃないか。あの人は性格はともかく科学者としては天才だからな」

「そうだな」

 

 先ほどの暗い表情はどこかへ消え、今の箒はいつも通りの様子に戻っている。これなら無理に掘り返さない方がいいか。

 

「では私はそろそろ行く。今まで世話になった」

「こちらこそ」

「……いろいろと、迷惑をかけてしまったな」

「何言ってんだ。むしろ寝坊しそうな時に何度か起こしてもらって感謝しているくらいだ」

 

 他にも勉強を教えてもらったりと、助けてもらうことはあっても迷惑をかけられたおぼえはない。

 

「そんなことはない!」

 

 なぜか声を大きくして否定する箒。なんだ、何をそんなに必死になって――

 

「私がいたせいで自家発電すらままならなかっただろう? もうそんな思いはしなくてすむのだ、喜べ」

「おう出てけ、今すぐ」

 

 別に自家発電はしないけど。

 




箒以外のヒロインがほとんど出ていませんが、これにて原作1巻の内容は終了です。ギャグ少なくて申し訳ないです。
次から本編中の時系列は6月に突入し、あのふたりも出てきます。原作では薄幸少女と軍人少女でしたが……

チョベリバとかいう死語。大学生の僕がギリギリ知ってるくらいなので、それ以下の世代の人は意味がわからないかもしれませんね。

1章終了時点でお気に入り800件越え。正直想像をはるかに上回っています。無理だとは思いますが、最終的にはキリよく1919件までイってほしいです。

感想等あれば気軽に送ってもらえるとうれしいです。
では、次回もよろしくお願いします。


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転校生も思春期

今回から原作2巻の内容に入ります。とはいえ相変わらず山場とかはないので、スナック菓子感覚でお楽しみいただけると幸いです。


≪幼なじみのいない部屋≫

 

「うーん……」

 

 携帯電話のアラーム音で目が覚める。カーテン越しから朝日が射し込み、1日の始まりを俺に伝えていた。

 

「そうか。昨日からひとり部屋になったんだよな」

 

 大抵先に起きている同居人、篠ノ之箒の姿はどこにもない。寮の部屋の都合がついたことで、男女が相部屋といういびつな状況が解除されたためだ。

 

「なんか部屋が広く感じる」

 

 というか、実際ひとりが暮らす分には容量が大きすぎる。掃除とか大変だろうな。

 とりとめのない思考を続けながら、制服に着替えたり歯を磨いたりといった作業にとりかかる。

 

「眠い……」

 

 自慢でもなんでもないが、俺は朝に弱い。若干低血圧気味なのが影響しているのか、それとも俺自身の気の持ちようの問題なのかはわからない。

 とはいえそれが遅刻の言い訳として成立するはずもないので、頬をぱんぱん叩きながら登校の準備を整えた。あとは食堂に行って朝食をとるだけなので、鞄を持って部屋を出る。

 

「お」

「ああ一夏。おはよう」

 

 廊下に出たところで、昨日までルームメイトだった人物とばったり会った。

 

「きちんとひとりで起きられたようだな」

「なんとかな」

 

 たまに目覚ましの音でも意識が醒めないことがあったので、そういう時には箒が俺を叩き起こしてくれていた。

 

「む……どうかしたか? どこか元気がないように見えるが」

「そうか?」

「ふふっ、ひょっとして私がいなくなって寂しいからではないだろうな」

 

 ニヤニヤと笑いながら軽い口調で尋ねてくる箒。

 

「寂しい……かもしれないな。ひとりの部屋がなんとなく物足りないのは事実だし」

「………」

 

 俺が率直な気持ちを言葉にすると、箒はなぜか押し黙ってしまった。

 

「どうした」

「い、いや、そのだな。まさかそういう返事がくるとは予想していなくてうれしいというか……そうかそうか。私がいないと物足りないか」

 

 そっぽを向いてぶつぶつとつぶやいた後、再び俺の方へ向き直った彼女は、何やらうれしそうな笑みを浮かべていた。

 

「仕方のないやつだ。ほら、早く食堂に行くぞ。部屋は違っていても朝食は一緒にとれるからな」

「あ、おい待てって。そんなに早足で行かれると困る。足腰がついていけないから」

 

 元気よく歩き出した箒を呼び止める。すると彼女はハッとこちらを振り返り、申し訳なそうな顔になった。

 

「す、すまない。今日は朝に一発抜いてきたのだな。その余韻で足腰が」

「低血圧で朝辛いだけだからな。知ってるよな?」

 

 

≪ふたりの転校生≫

 

「今日はなんと転校生を紹介します! しかもふたりです」

 

 いつものように朝のホームルームを聞いていると、山田先生から衝撃発言が飛び出した。

 ざわめくクラスメイト達。俺も通算3人目となる転校生がやって来ることに驚いている。だってまた6月の初めだぞ。

 

「でもふたり一緒でよかったですね。今のクラスが30人なので、ひとりだけ入ると奇数になってしまいますし。そうなったら『はーい、ふたり組作ってー』で余る子が出て、仕方なくすでにできたグループに頭を下げながら入らされるなんてことに……ああ思い出したくない……」

「……こほん。山田先生、転校生を廊下で待たせるのはよくない」

「はっ!? す、すみません! ではふたりとも入ってきてください」

 

 いつものように始まりかけた自分語りを千冬姉が止め、正気に戻った山田先生は入り口の扉に向かってそう呼びかけた。

 さて、どんな人が現れるんだろうか。できれば、これ以上ボケを連発するタイプは勘弁願いたいが……

 

ガラッ。

 

 扉が開き、入ってきたのはふたりの……え?

 

「シャルル・デュノアです。フランスからやって来ました。僕と同じくISを動かせる男子がいると聞いたのですが……」

 

 

≪シャルル・デュノア≫

 

 転校生の片方は、銀髪で左目に黒の眼帯をしている普通の女の子だった。いや、眼帯をしている時点で普通とは少し離れているかもしれないが、もう片方に比べれば性別が女なだけで十分普通と言っていい。

 

「お、男……?」

 

 シャルル・デュノアと名乗ったその転校生は、ブロンドの髪を後ろで束ねており、清潔感を感じさせる美男子といった風貌だった。

 俺以外の生徒もみんなポカンとしており、教壇に立つ彼を凝視している。当たり前だ。俺と言う前例があるとはいえ、まさか男子が入って来るなんて。

 

「どうかこれからよろしくお願い――」

「おい、デュノア」

 

 デュノアが挨拶を終えようとしたところで、千冬姉が彼の言葉を遮った。

 

「なんでしょう? 織斑先生」

「なんでしょうはこちらが言いたい。お前、なぜ男子用の制服を着ている」

 

 ……え?

 

「それにシャルル・デュノアという生徒を私は知らん。シャルロット・デュノアという転校生の名前しか聞いていない」

 

 は?

 

「性別を偽った自己紹介をする馬鹿がどこにいる。とっとと女として紹介し直せ」

「もう、先生ノリが悪いですよ。せめてもう少しクラスのみんなのリアクションを見てからタネ明かししたかったのに」

 

 ……ちょっと待て。頭の回転が追いつかん。男ですと自己紹介したのが嘘ってことは、つまりこいつは。

 

「では改めて。はじめまして、シャルロット・デュノアです。男装が趣味のれっきとした女子ですので、よろしくお願いします」

 

 な、なんだ、女の子だったのか。完全に騙された。

 

「びっくりしたー」

「全然気づかなかったよ」

「声もちょっと高いけど男っぽいしゃべり方だったし」

 

 他のみんなも口々に感想を言い合う。実際、さっきまでのデュノアさんと今の彼女じゃ声色がかなり違っていた。肩幅とかも男っぽいし、多分そう見えるように詰め物でも入れているんだろう。

 

「山田先生。デュノアさんに質問してもいいでしょうか」

 

 と、そこで椅子から腰を上げた生徒がひとり。わが幼なじみだった。

 

「え? あ、はい。少しだけなら」

「ありがとうございます」

 

 軽く頭を下げてから、箒はデュノアさんに鋭い視線を向ける。

 

「体つきが随分と男らしいが」

「うん。肩にはパッドを入れてるからね」

 

 やっぱりか。手の込んだ男装だ。

 

「いや、もちろん肩幅も男らしいのだが……私が言いたいのはその絶妙なもっこりだ」

 

 ビシッと箒が指さした先は、デュノアさんの股間。だが俺には特に変なところがあるようには見えない。というより女子のそんな部分をあんまり見るわけにもいかない。

 

「……驚いた。まさかこの超短小型パッドの存在を初見で見抜くなんて。小さすぎて入れてるのがわからないレベルなのに」

「私も驚いている。まさか私が見抜けないレベルの男装を行う者がいるとはな」

「それは光栄だね。頑張って小道具を作ったかいがあったよ」

「なに!? ではまさかパッドは自作か!」

「そうだよ。特に股パッドは自信作で、他にも普通型とか巨根型とかいろいろ作ってるから」

「それはすごいな!」

 

 朝からなんちゅう会話してるんだ、こいつらは。

 

 

≪もう片方≫

 

「ドイツ出身、ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 

 もうひとりの自己紹介は、先ほどとは違って硬いムードを醸し出していた。

 

「私はこの学園に己の実力を高めるためにやって来た。クラスの調和を乱すつもりはないが、必要以上に他人となれ合うつもりもない。以上だ」

 

 軍人みたいな雰囲気をまとったボーデヴィッヒさんは、隣の男装少女とは正反対ですごく真面目そうだった。眼帯をしているのは怪我か何かだろうか。

 

「ええと、ではボーデヴィッヒさんに質問のある人はどうぞ」

 

 山田先生がそう言うと、ちらほらと何人かの手が挙がった。

 

「制服がスカートじゃないのはどうしてですか?」

「あまり肌身を晒すのが好きではないからだ」

 

 彼女の制服は珍しくズボン型だった。このクラスの女子はみんなスカートをはいているので目立っている(そこの男装している女子は除く)。

 

「失礼な質問かもしれないけど、その眼帯は怪我でもしたんですか」

「怪我……そうだな。そのようなものだ。あまり触れないでもらえると助かる」

 

 あまり眼帯については話したくない様子。彼女と会話する時は気をつけよう。

 

「先生、僕も質問していいでしょうか」

「デュノアさん。はい、もちろんかまいませんよ」

 

 次の質問者はもうひとりの転校生・デュノアさん。いったい何を聞くのだろうか。

 

「ボーデヴィッヒさん、男装に興味ない? 君はすごくイイ素材だと思うんだ。胸も控えめだし」

 

 なんか仲間づくり始めたぞ。これ質問じゃなくて勧誘だろ。

 さっきなれ合うつもりはないって言ってたのに、そんなこと聞いたら怒ってしまうんじゃないだろうか。ふざけたことを聞くなって感じで。

 

「なっ……ば、馬鹿なことを言うにゃっ! だ、だいたい男がいる前で先ほどから胸だの股だの……は、はれんちだぞ! はれんち!」

 

 あれ? なんかめちゃくちゃ動揺してる。顔も真っ赤になってるし。

 まさかこの子……

 

「そうかな? これくらい普通だと思うけど」

「普通なわけないだろう! とにかく、私の前でエッチな話題はやめろ、いいな!」

 

 間違いない、彼女はピュアだ。貴重なピュア枠だ。

 変な色に染まらないよう守らなければ。

 

「? 一夏、どうかしたか」

「いや、なんでもない」

 

 間違ってもああはしたくない。ツッコミが足りなくなる。

 

 

≪役満≫

 

 今日の授業は2組と合同で実践形式で行われる。6月に入り、内容も本格的なものになっていくらしい。

 

「一夏。1組に入った転校生ってどこよ」

 

 グラウンドに出ると鈴に声をかけられた。どうやら新しく入ってきたふたりの姿を探しているらしい。

 

「ほら、あそこだ。箒と話してるのがシャルロット・デュノアさん」

「ずいぶん仲よさそうね。もともと知り合いだったの?」

「いや、初対面だが意気投合したっぽい」

 

 ちなみに今は全員IS用のスーツに着替えているが、デュノアさんも他と同じく女性用スーツを着用していた。さすがにこんな時までパッド入れたりしないか。

 

「もうひとりは?」

「えーっと……あ、いた。あっちでセシリアと一緒にいるな」

 

 いったい何を話しているのか少し気になる。

 

「どれどれ」

 

 俺の指さした方を確認する鈴。

 次の瞬間、彼女の表情は恐怖に染まっていた。

 

「あ、あわわわ」

「どうした急に。知り合いか?」

「違うけど……似てる」

「似てる?」

「銀髪、赤い目、眼帯……あたしが中学時代に描いた悪夢の女帝(ナイトメア・エンプレス)の最終形態設定画にそっくりだわ」

 

 ナイトメアなんとかって、確かこいつの二つ名的なやつだったよな。昔の鈴はああいう見た目に憧れてたのか。

 

「うっ、思い出したくもない記憶が次々と……ねえ一夏、あの子は別に中2病ってわけじゃないのよね」

「そんな素振りは見せてなかったな。眼帯のことは触れてほしくないみたいだから話す時は気をつけろよ」

「覚えておくわ。……あれで眼帯の下が金の瞳だったら役満ね」

「それはさすがにないだろう」

「そうよね」

 

 

≪なんで男装?≫

 

「君が織斑一夏くんだよね? これからよろしくね」

「ああ、こちらこそよろしく。デュノアさん」

 

 箒と一緒にやって来たデュノアさんとあいさつを交わす。

 

「僕のことは名前で呼んでくれるとうれしいな。堅苦しいのは苦手なんだ」

「そうか? じゃあシャルロットで。俺の方も一夏でいいぞ」

「うん。よろしく、一夏」

 

 そうしているうちにセシリアもやって来て、シャルロットは彼女や鈴ともあいさつを終えた。

 

「そういやセシリア。さっきまでボーデヴィッヒさんと一緒じゃなかったか?」

「ええ。ですけどわたくしがシャルロットさんのところに行くと言ったら逃げてしまわれましたわ」

「あはは。ちょっと嫌われちゃったかな」

 

 失敗した、という風に頬をかくシャルロット。嫌われてるというよりは苦手にされてる感じじゃないのかと思う。

 

「なあシャルロット。どうして男装が趣味になったんだ?」

 

 ホームルームでの箒とのやり取りを聞いた限り、相当なレベルで凝っているのは間違いない。そうメジャーな趣味じゃないゆえに、どうしてハマり出したのか結構気になる。

 

「わざわざ説明するほど長い過程があるわけじゃないよ」

 

 そう前置きを入れてから、シャルロットは理由を語り始めた。

 

「僕は昔から男と男のラブ的な絡みが好きだったんだ」

「のっけからすごい発言が来たんだが」

 

 こういうのなんて言うんだっけ。えっと、腐女子?

 

「それでよく妄想したり、自分で漫画を描いたりしてたんだけど……残念なことに僕の周りには男の子が少なかったんだ。学校が女子校だったせいなんだけど」

「ほう」

「だからなかなか妄想のネタが見つからない。そんな日々が続いて、ある日僕はひらめいたんだ。ネタがなければ作ればいいじゃないかと」

「おう」

「自分が男装すれば、あとは男子がもうひとりいれば絡みができる。その時から僕の世界は一気に広がったよ。だから一夏、これからいろいろとよろしくね」

「それって俺と自分を妄想のネタにするってこと?」

「うん! 直接漫画に描くわけじゃなくて、あくまで僕と一夏の絡みをネタに妄想を広げるだけだけどね。でもきっとすごく萌えると思うよ」

 

 一切邪気のない笑顔だった。

 

「審査員、今の発言の判定を」

 

 まずはセシリア審査員。

 

「アウトですわね」

 

 次に箒。

 

「全然セーフだろう。むしろ感心した」

 

 最後に鈴。

 

「ゲッツー」

「よし、3アウトチェンジだな」

「ああ、私の出したランナーが!?」

 

 これは箒以上の逸材かもしれない……もちろん悪い意味で。

 




シャルロッ党のみなさんごめんなさい。こんな変態キャラになっちゃいました。
シャルを男として入学させると真面目な話が続いてしまう。でも男装要素は残したい。ふたつの相反する考えの折衷案として出たのがこれです。だからしょうがないですね。

一方ラウラはピュア枠として登場。今後ボケに染まるかツッコミ役になるかは周りの影響次第です。今の彼女は何色でもない。
シャルもラウラも次回でもう少し掘り下げます。

感想等あれば気軽に書いてもらえるとうれしいです。
では、次回もよろしくお願いします。


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軍人少女はきれいな少女

今回ギャグ少なめです。ごめんなさい。


≪新機能≫

 

「おお、これはいいな」

 

 放課後のアリーナで、俺はひとり白式の動作確認を行っていた。昨日束さんにアップデートしてもらったことによる変化を確かめるためだ。

 

「束さんにはお礼言っておかないとな」

 

 これなら今までよりも面白い動きができそうだ。月末には学年別の個人トーナメントが控えているし、できるだけ早めに機体に馴染んでおきたい。

 驚いたことに、シャルロットはフランスの代表候補生、ボーデヴィッヒさんはドイツの代表候補生なのだそうだ。本人から直接聞いたわけじゃないが、複数のクラスメイトが同じことを言っていたので間違いないだろう。

 ということは、あのふたりも鈴やセシリアクラスの実力の持ち主なわけで。俺も男として負けてられないなーなんて考えが浮かんでくるのである。

 

「えっと……追加されたものはあとひとつか」

 

 白式を装着した際、束さんからのメッセージが同時に表示された。それに記されていたアップデート内容を今まで確認してきたわけだが、それも次で最後だ。

 

「なになに……この機能をつけるのに手間取っちゃった、か」

 

 あの人が手間取るってことは、かなりすごい代物なのかもしれない。期待が高まる。

 

「まず右手をフリーにする」

 

 右手に持っていた雪片を粒子化させる。

 

「次に空いた右手を胸のあたりに持っていく」

 

 特定の動作を行うことで現れる機能なんだろうか。

 

「そして右手の位置を次第に下げていく」

 

 胸から腹へ、さらにその下へ。

 

「股間まで達すると股に砲台がセットされ、白濁した粘液が飛び出す」

 

 ドピュッ。

 

「そのまま股間をこすり続けるともっと飛び出す」

 

 ドピュッ、ドピュドピュッ。

 

「どう? 喜んでくれた?」

 

 そこでメッセージは終わっていた。

 

「………」

 

 だからこれで喜ぶのはあんたの妹だって!

 

「しかも臭っ! 再現度高すぎるだろ!」

 

 どんなところに手間かけてるんだあの人は……

 実際粘液のねばっこさは結構なものだから実戦で使えないこともないかもしれんが、絶対に使いたくない。使用した瞬間いろんなものが失われる気がする。

 

 

≪シャルロットと雑談≫

 

 自主訓練を終えた足で寮の食堂に向かったところ、偶然にも入口のところでシャルロットと鉢合わせた。

 

「一夏も今から夕食?」

「ああ。一緒に食べるか」

 

 ここの食堂を初めて利用するシャルロットに簡単な説明をした後、お互い好きなものをとって適当な席に着いた。

 

「いただきます」

「いただきます。……やっぱここに来る外人さんはみんな日本語上手だな」

「授業が日本語だからね。IS学園に入る以上、ある程度は学んでおかないと」

 

 立派なものだと思う。俺なんて英語とか全然できないのに。

 

「すごいなあ」

「そんなことないよ。語学は量を重ねればちゃんと結果に出るんだから」

「その量を重ねるってところが普通の人には難しいんだよ」

 

 単語帳とか見てるとすぐに眠気が襲ってくるから。

 

「何か集中力を持続させるコツみたいなのってあるか?」

「うーん……僕の場合は、日本語で書かれた本を読んでるうちに自然と身についたって感じだけど」

「へえ、本か」

「特に漫画とかね。絵を見て内容が気になって、じゃあ頑張って訳してみようって気分になるから」

 

 なるほど。勉強と言われるとやる気がなかなか出ないけど、そこに娯楽を混ぜ込めば頑張って取り組めるというわけか。

 

「僕が日本語を学び始めたのは9歳くらいの頃だけど、それも母さんの持ってた日本の漫画に興味を持ったのがきっかけだったしね」

「そうなのか。どんな漫画だったんだ?」

 

 参考までに聞いておく。もしかしたら俺も読んだことのあるやつかもしれない。

 

「普通の恋愛漫画だよ」

「恋愛か。俺はほとんど読まないな」

「おすすめだよ。愛し合うふたりが数々の障害を乗り越えて、最後は幸せなゴールインを迎える作品なんだけど」

「純愛ものか」

「うん。クライマックスの主人公のセリフは感動したなあ。『男同士で何が悪い!!』って」

「多分それ普通の範囲から外れてるよね」

 

 

≪本当は≫

 

「にしても、最初の自己紹介には驚いたぜ。本当に男が入って来たのかと思った」

「そういう反応をもらえるとこっちもうれしいよ」

 

 食事中、話題が男装のことに移った。ちなみにシャルロットは今も男子用の制服を着ている。

 

「明日もそれ着て登校するのか?」

「もちろん。一夏との毎日の何気ないコミュニケーションが想像のネタになるからね」

「そ、そうか……できればあまり変な想像はしてほしくないな」

 

 漫画の中だろうがなんだろうが、自分を模したキャラクターが同性愛に走るのは勘弁願いたい。

 

「男装といえば……ここだけの話、僕が男として転入するってプランもあったんだ」

「……え? それってどういう」

「つまり、書類とかいろいろ捏造して『シャルル・デュノア』という人間を作り出して、男のふりをした僕が学園に入るってこと」

「それって普通にまずくないか?」

「まあ、ばれたら僕は牢屋行きだったと思うよ」

 

 じゃあ、なんでそんなことを? 話が突飛すぎて理解が追いつかない。

 

「デュノア社はいろいろ経営に苦労してるからね。社長……僕の父だけど、彼も相当精神が参ってたんだよ。深い理由は考えない方がいい」

「よ、よくわからんが、考えない方がいいんならそうするよ。でもシャルロットが女としてここにいるってことは、その計画はなしになったんだよな?」

「一時は本当に実行手前まで来てたんだけどね。僕が男装して父さんの前に立ったら、急に向こうの気が変わったみたいで」

「どうしてだ?」

「『お前の男装は気持ち悪いほどに完璧だ。だが、それでもお前に漂う女の空気は消せないように見える。これではすぐにばれるから実行する価値もない』だってさ。失礼しちゃうよね、僕は結構隠し通せる自信あったのに」

 

 マジか。俺を含めてクラスの人間全員が全然気づけてなかったレベルなのに。それでもシャルロットの父親の目には彼女が男として映らなかったのか。

 

「親子だからってことなのかもな」

「え?」

 

 ふと漏れた俺のつぶやきに、シャルロットがえらく大きな反応を示した。

 

「いや、父親は娘のことをよく見てるから、男装しようが何しようが娘は娘のままに見えちまうのかなってこと。いわゆる親の愛ってやつ?」

「………」

「シャルロット? どうかしたのか」

「う、ううん。なんでもないよ。……そうだね。そうかもしれないね。希望的観測だけど、悪くない考えだ」

 

 呆けたような表情をしたかと思えば、今度はうれしそうに微笑む彼女。俺も思わず戸惑ってしまう。

 

「俺、なんか変なこと言ったか?」

「そういうわけじゃないよ。一夏は気にしないで。……そうだ、今度僕の描いた漫画を見せてあげるよ」

「お、おう。それは楽しみだな」

 

 何かごまかされたような気もするが、本人が話したがらないのなら深入りする必要もないか。

 

 

≪ルームメイト≫

 

 IS学園での初日の授業が終わり、私はほっと一息をついていた。

 生まれた時からほぼずっと軍用施設で過ごしてきたゆえ、異国の学園という環境に身を置くことに少なからず不安はあった。しかし、担任は以前お世話になった教官――織斑千冬先生であったし、日本語で行われる授業にも問題なくついて行ける。それがわかって、さしあたっての問題はなくなったと言っていい。

 

「あ、ボーデヴィッヒさん。やっぱり僕達同じ部屋みたいだね。これからよろしくお願いします」

 

 そして、たった今新たな問題が浮上した。

 

「そ、そうか……私のルームメイトはデュノアか。よろしく頼む」

「うん。随分帰りが遅かったけど、どこか行ってたの?」

「少し資料室で調べ物をな」

「そうなんだ。じゃあ晩御飯はまだ?」

「いや、帰りに食堂で食べてきた」

 

 シャルロット・デュノア。薄々予測はできていたが、よりによって彼女が私の相方とは。

 ……胸を張って言うことではないが、私はあまり他人と積極的にコミュニケーションをとるのが得意ではない。だから、彼女のような初対面からガンガン絡んでくるタイプの人間には苦手意識を持ってしまう。

 加えて、私は性的な知識も経験も足りていないので、朝のような話をされると戸惑ってしまうのだ。

 これらふたつの要素が重なって、デュノアへの対応の仕方がいまいちつかめない状態である。

 

「ボーデヴィッヒさん。朝はごめんね。いきなりあんなこと言われたら困っちゃうよね」

「ん……まあ、そうだな。今後は気をつけてほしい」

「わかった。もう男装を頼んだりはしないよ」

 

 さてこれからどう接していこうかと考えていた矢先、向こうから謝罪の言葉が飛び出した。根は悪くない人間だとわかって、少し安心する。

 

「お互いの荷物の置き場所とか相談しようか」

「うむ。ところでひとつ聞きたいのだが……先ほどから聞こえるモーター音はいったいなんだ?」

 

 部屋に入った時から、ヴイイインという小さな音がずっと響いている。

 

「あっ、ごめんごめん。ロー○ーのスイッチ入れっぱなしだった」

「?」

 

 ろうたあ? いきなりそんな単語が出てきたが、いったいなんのことなのだ?

 

「ボーデヴィッヒさん、もしかして知らない?」

「ああ。説明してもらえるか」

 

 私はデュノアから状況説明を受けた。

 

 数分後、私は部屋から飛び出していた。

 

「な、なななんてはれんちな……!?」

 

 やっぱりあいつは苦手だ!

 

 

≪弟子と弟、ご対面≫

 

「うわっ」

 

 寮の自販機でジュースを買って部屋に帰る途中、うっかり誰かとぶつかってしまった。

 

「ごめん、大丈夫か?」

 

 見ると、ぶつかった相手は本日転入してきたドイツの代表候補生、ボーデヴィッヒさんだった……が、どこか様子がおかしい。

 

「し、信じられん。あんなものを股に入れて痛いどころか気持ちいいだと? ま、まったく想像すらできん……」

「おーい、本当に大丈夫か?」

「んにゃっ!? な、なんだ!」

 

 俺とぶつかったことにも気づいていないらしい。あんまり廊下で考え事にのめりこむと危ないんだけどな。

 

「いや、今俺の腕が君に当たっちゃったからさ。ごめん」

「む、そうか。こちらこそ不注意だった。すまない、織斑」

「えらく悩んでたみたいだけど……というか顔色悪いぞ?」

「少し衝撃的な出来事があっただけだ。たいしたことでは……いや、たいしたことではあるのだが、とにかく他の者が気にするようなことではない」

「ふーん。よくわからないけど、疲れてるんなら部屋に戻った方がいいと思うぞ」

「それが普通なのだろうが……今、戻りたくないのだ」

 

 ふむ。事情はいまひとつ理解できないものの、彼女に休む場所を提供した方がいいというのはなんとなくわかった。

 

「じゃあ、俺の部屋来るか?」

「お前の部屋にか?」

「別に下心とかはないからな。それに、ひとり部屋でスペース余ってるんだ」

「……まあ、それなら厚意に甘えさせてもらおう」

 

 というわけで、ボーデヴィッヒさんを部屋に招くことが決定。彼女を連れて自室までの道のりを歩きはじめる。

 

「念のため確認しておきたいことがある」

 

 その途中、彼女が不安そうな声を漏らす。

 

「お前は、エッチな話はしないだろうな?」

「エッチな? はは、そんなことしたらセクハラだろ」

「うむ、それを聞いて安心した」

 

 話しているうちに俺の部屋の前に到着。鍵を開けたまま来たのでそのままドアに手をかける。

 

「おかえり一夏。待っていたぞ」

 

 中にはなぜか箒がいた。

 

「だからなんで女豹のポーズでいるんだお前は!?」

 

 しかもセクシーポーズでお出迎え。これ前にもあったぞ。

 

「あれから私なりに理想的な体勢を追求してみたのだ。忌憚なき意見がほしい……む? うしろにいるのはボーデヴィッヒではないか」

「はわ、はわわわわ」

「よくわからんがオーバーヒートしている! 箒、今すぐそのポーズやめろ!」

 

 

≪弟子と弟、お話しする≫

 

「粗茶だけど、どうぞ」

「緑茶か」

「あ、もしかして嫌いだったか」

「いや、むしろ好みだ。近頃周囲で日本食ブームが起きていてな。その一環でこういった茶も口にしてきた」

 

 あれから箒はすぐに出て行った。どうやら女豹のポーズを披露するためだけに待っていたらしい。

 静かになったところで、ボーデヴィッヒさんを座布団に座らせてお茶を淹れた。よく考えたら外国の人にいきなり緑茶はどうかとも思ったが、どうやら杞憂だったらしい。

 

「ふう……少し落ち着いた。ここに招いてくれたこと、感謝する」

「たいしたことじゃないから気にしなくていいぞ」

「そうか」

 

 言葉遣いは堅いけど、態度はそんなでもない。自己紹介の印象とは結構違うように感じられた。シャルロットに男装をすすめられて動揺してたし、そういう子なんだろうな。

 

「お前は教官の弟なのだな?」

「教官?」

「ああ、すまない。ここでは織斑千冬先生だったな。どうも昔の癖が抜けない」

「千冬姉なら確かに俺の姉だけど……」

 

 ドイツ出身で、あの人のことを教官と呼んでいる。とすると、もしかしてボーデヴィッヒさんは。

 

「なあ、もしかして君は軍隊の人間なのか?」

「そうだ。今は一応部隊の隊長を務めている。織斑先生には以前大変世話になった」

「隊長!? すごいじゃないか」

「それもこれもあの人の指導があってこそだ。もし織斑先生がドイツ軍に来ていなければ、今の私はなかったと言ってもいい。部下に慕われるような地位にもいなかったはずだ」

 

 数年前、千冬姉は一時期ドイツ軍でISに関して教鞭をふるっていたらしい。その間にボーデヴィッヒさんと出会っていたみたいだ。

 

「本当に素晴らしい方だ。それだけに、すでに現役を退いてしまったのが悔やまれる。最後の試合が棄権ではもったいないだろうに」

「………」

 

 残念そうに彼女が語っているのは、2年前に行われた第2回モンド・グロッソ――ISの世界大会のことだ。その大会の決勝戦を突然棄権した後、千冬姉は現役を引退した。

 そして、あの人が試合を放棄した理由は。

 

「どうした、浮かない顔をして。誤解しないでもらいたいが、私はお前を責めているわけではないのだぞ」

「……知ってるのか」

「誘拐された織斑一夏の情報を提供したのはわが軍だからな。その一構成員として、私の耳にもその話は入っている」

 

 決勝戦の当日、俺は謎の組織に誘拐された。そんな俺を助けるために、千冬姉は大事な試合を投げ出して駆けつけてくれたのだった。そのことに関しては、今も申し訳なく思っている。

 

「ブリュンヒルデという名誉よりも、教官はお前という肉親を選んだ。それまで乗っていたレールから外れる行為だったのかもしれないが、決して間違っているとは言えないだろう。むしろ私は、あの人がそういう人間だということをうれしく思う」

 

 ……この子、ええ子やな。

 

「ありがとう。千冬姉のことを褒められると俺もうれしい」

「そうか……ところで、なぜ私の頭を撫でている」

「はっ! すまん、つい反射的に」

 

 あまりの純真な言葉に庇護欲をかきたてられてしまった。

 ジト目を向けられ、すぐさま手を引っ込める。

 

「まあ、別にかまわんが。一夏がしたいのなら続ければいい」

「そ、そうなのか? あ、というか今名前で」

「やはりこちらで呼んだ方がしっくりくる。織斑というとどうしてもあちらの方が浮かんでしまうからな」

「なら俺の方もラウラって呼んでいいか? ボーデヴィッヒだとちょっと長いし」

「好きに呼ぶがいい。私はどちらでも気にしない」

「じゃあラウラ、これからよろしくな」

「うむ。こちらこそよろしく頼む」

 

 やはり実際に話してみないとわからないもんだ。自己紹介の時にはこんなにいい子だとは思わなかった。

 

「そういえば、さっき日本食ブームが起きてるって言ってたけど。あれって部隊の中でってことか?」

「そうだな。部下のひとりが日本好きで、そこから流れ込んできたのだ」

「へえ」

 

 日本好きな人がいるのか。今度会ってみたいな。

 

「どんな人なんだ?」

「優秀な副官だ。指示も的確で他の者からの信頼も厚い。私がいない間、留守は彼女に任せている。……ただ」

「ただ?」

 

 ラウラの表情に陰りがさす。どうかしたのだろうか。

 

「『モエ』だのなんだのよくわからないことを言って、私にバニーガールの格好をさせようとしてくるのだ。しかもその時の目が怖い。朝のデュノアと同じような感じだ」

「……なんというか、お前も苦労してるんだな」

 

 なんか俺達、すごく仲良くなれるような気がする。

 




シャルとラウラの背景説明してたら下ネタの量が少なくなってしまいました。次回はちゃんとギャグ多めでお送りしますのでお許しください。

普段アホなことばっかり言ってますけど、みんなそれぞれ抱えているものがないわけではないのです。

感想等あれば気軽に書いてもらえるとうれしいです。
では、次回もよろしくお願いします。


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担任教師は罹患済み

IS9巻発売決定!


≪朝寝坊≫

 

「ぐだー」

「どうした一夏。朝から元気がないようだが」

 

 2時間目の休み時間。

 授業が終わるなり机に突っ伏していると、箒が心配そうに声をかけてきた。

 

「ああ、実は」

 

 今朝は目覚ましで起きられず、起床したのは始業時間ギリギリ。おかげで朝食を食べられず、昼休みを前にしてすでに腹が悲鳴をあげていた。

 ……ということを説明するのもだるい。

 

「今日は朝抜いてきたんだ」

 

 だるいので、若干内容を端折った返事をしてしまった。まあ要点はおさえてるし問題ないだろう。

 

「なるほど、それで疲れているのだな」

 

 ほら、ちゃんと伝わった。

 

 

 そして昼休み。

 

「一夏くん」

「あ、会長」

 

 たらふく食べて、生き返った心地で廊下を歩いていると、更識会長と出くわした。

 

「箒ちゃんから聞いたわ。午前中ローエンジンだったらしいわね」

「はは、恥ずかしながら」

 

 朝起きられないなんて、だらしない男だと思われただろうか。

 

「そういうことに興味のあるお年頃なのはわかるけれど、朝から体力がなくなるくらい絶頂を迎えるのは感心しないわよ?」

「え、なんの話ですか」

 

 なんで頬染めて視線そらしてるんですか。

 

 

≪どんな人がタイプ?≫

 

「ねえねえ、織斑くんの好みの異性ってどんな感じなの?」

「ん? そうだな……おおらかで包容力のある人とか、理想的かも」

「ほうほう。そうすると年上狙い?」

「別に同い年や年下でもそういう人はいるんじゃないか?」

 

 隣の席からクラスメイト数人と一夏の話が聞こえてきた。どうやら彼の好みはおおらかで包容力のあるタイプらしい。

 つまり、僕の想像からするとこんな感じかな。

 

『えいっ』

『おいおい一夏、今は料理の真っ最中なんだ。尻を揉むのはやめてくれ』

『ジョニーが悪いんだぜ? こんな屈強で見惚れちまうようなケツをふりふりしやがって』

『HAHAHA、しょうがねえな。今回だけだぜ』

『さすがジョニー、おおらかだぜ! あとさ、飯の後だけど』

『わかってるさボーイ。今日も俺の大胸筋で優しく包んでやるよ』

『さすがジョニー! 包容力のあるナイスガイだぜ!』

 

「うんうん。いいねいいね!」

「俺が言ったのは好みの異性! あとジョニーって誰!?」

 

 おっといけない。つい頭の中の考えが口に出ちゃってた。

 

 

≪直視できない≫

 

「千冬さん、急に呼び出すなんて何かあったのかしら」

 

  凰、今夜時間はあるか――放課後にそう声をかけられたので、あたしは夜の寮を寮監の部屋目指して歩いていた。

 

「怒られるようなことはしてないわよね、多分」

 

 せいぜいこの前の模擬戦ではしゃぎ過ぎたくらいだが、いちいち部屋に呼ばれるほどのことでもないと思う。だから説教とかそういうのじゃないはず。

 そんなことを考えているうちに、千冬さんの部屋の前までたどり着いた。まずはノックからということで、ドアに手を伸ばす。

 

「あれ?」

 

 片手を掲げたのと同時に、あたしの右横から別の手が伸びてきた。反射的にそっちを振り向く。

 

「なんだ。お前も織斑先生に用があるのか」

 

 銀色の長髪。赤い瞳。眼帯。

 

「うわああっ!?」

「そこまで驚かなくてもいいだろう、凰鈴音」

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒ。その姿を見ただけで中学時代の黒歴史が連想される、あたしにとっては天敵のような存在。彼女本人は何も悪くないんだけど。

 

「あ、アンタ、あたしの名前……」

「同年代の代表候補生の顔と名くらいは把握している。お前に関しては一夏からも話を聞いた」

「へ、へえ? そうなんだ」

 

 変に声がうわずってしまう。駄目だ、これ絶対変な子だと思われる。

 ていうか、なんでしゃべり方までそんな感じなのよ。あたしの設定と被ってる要素が多すぎてもう……

 

「お前達、部屋の前で何をやっている」

 

 返す言葉に苦労していた矢先、ドアが開いて千冬さんが顔をのぞかせた。ナイスタイミングです、師匠。

 

「中に入れ。来るのが遅いから私ひとりで食べてしまおうかと思っていたところだ」

「は、はい。失礼します」

 

 言われるがまま、ふたり一緒に部屋に入る。

 まず目に入ったのは、テーブルの上にあるビール缶の束。すでに1本空になっている。

 

「高級な羊羹をいただいてな。お前達ふたりにおすそわけだ」

「え、いいんですか?」

「ああ。その代わり、他の者には内緒にしておけ」

 

 これはラッキーね。隣のボーデヴィッヒさんもうれしそうに顔をほころばせている。

 

「ありがとうございます、教官」

「また昔の癖が出ているぞ。もう私は教官ではない」

「失礼いたしました。織斑先生」

 

 教官? このふたり、どういう関係なのかしら。

 

「以前、織斑先生にご指導いただいた時期があったのだ」

 

 疑問に思っているのが顔に出ていたのか、すぐさま説明が飛んできた。でもいまだに彼女の顔を正面から見ることはできない。

 

「……先ほどからどうした。なぜ私の目を見ようとしない」

 

 さすがにおかしいと思われたようで、ボーデヴィッヒさんが不思議そうに尋ねてくる。ぐ、これはまずいわ……正直に説明するのも恥ずかしいし。

 

「そういじめてやるな、ボーデヴィッヒ。凰は照れているだけだ」

「照れている? なぜですか」

「お前の外見が昔恋い焦がれた者によく似ているからだ」

「ちょっ、千冬さん!?」

 

 なんですかその微妙に誤解を招きそうな言い方は! 間違ってないけど!

 

「こ、恋っ!? ……凰、その、他人の趣向にケチをつけるつもりはないが、私は」

「ち、違うわよ! あたしはいたってノーマルであって同性愛者なんかじゃないから!」

「しかし現に今も目を合わせようとしないではないか!」

「だからそれはっ……ち、千冬さぁん」

 

 泣きつくようにすがってみると、誤解を与えた張本人は口に手を当てて必死に噴き出すのをこらえていた。

 というか、今さらだけどよく見ると目がとろんとしている。

 

「もしかして、酔ってます?」

「何を言う。そこに置いてあるのはノンアルコールビールだ。生徒の前で酒を飲むわけにもいかんからな」

 

 いや、でも若干いつものキャラじゃなくなってますし。

 

「教官、いや織斑先生はアルコールなしでも普通に酔う。ドイツにいた時も何度か同じことがあった。雰囲気で酒がまわった気になるんだろう」

「やっぱりそうなんだ……」

「さて、せっかく羊羹をやるんだ。少し私の話に付き合ってもらおうか」

「そして結構絡み酒だ」

 

 ええー……

 

 

≪女達の宴≫

 

「そもそもだな、私はいたって普通の恋愛観を持っているつもりだ。今はこれと思える相手がいないが、いつかは男性との交際、結婚も考えている。それなのに、それなのにだ。なぜ同性愛者だの両刀だの言われねばならない?」

「先生、その話もう5回目です」

 

 部屋に入って30分後。すっかりできあがってしまった千冬さんは、羊羹やら和菓子やらをやけ食いしながらあたし達に愚痴をぶつけていた。もらった羊羹はおいしかったんだけど、正直ずっと聞き役に徹しているのは疲れることこの上ない。

 

「それだけ織斑先生が魅力的な方だということです。女性からも恋慕に近い感情を抱かれてしまうほどに。加えて、この学園はほとんど女しかいません。それゆえ色恋沙汰に飢え、少々強引な解釈を行ってしまうのでしょう」

「ラウラ……しかしだな」

「ほら、飲み過ぎです。明日は休みとはいえお体に響きます」

「む……そうだな」

 

 早く解放されたいとばかり願っているあたしとは対照的に、ボーデヴィッヒさんは親身になって話を聞いてあげていた。しかもビールを取り上げるまでやっている。

 

「すごいわね。なんか手慣れてる」

「織斑先生の相手は慣れているからな。他の者に対してはこうはいかない。……と、どうやらお疲れのようだ」

 

 くてん、と机に突っ伏した千冬さんに毛布をかけるボーデヴィッヒさん。いつの間に用意していたのかしら。

 

「普段から気を張り詰めておられる方だからな。ストレスが溜まるのも、それを吐き出したくなるのも無理はない」

「確かに、それはそうかも」

「その不満のはけ口に選ばれたのだから、私達はそれなりに信用されているということだ」

 

 うーん、そうなのかしら? だとしたら、ちょっとうれしいかも。

 

「さて、では今度はお前と話すことにしよう」

「え?」

 

 いきなりこっちに向き直ってきたので、思わず面食らってしまう。

 

「相変わらず目は合わせないのだな」

「ご、ごめん。いつかはちゃんと治すから、今は理由聞かないでもらえる?」

「……はあ、まあいい。顔を突き合わせずとも会話をすることはできる」

 

 なんとか理由を話さずにすんだ。引き下がってくれたことに感謝ね。

 

「もともと、凰とは一度言葉を交えてみたいと思っていたのだ」

「あたしと? なんで?」

「同じ代表候補生ということもある。それに一夏から聞いたが、お前がISに乗り始めたのはほんの1年前だそうではないか。短期間で実力を伸ばした者として、より興味が湧いた」

「ふうん。でも、あたしはそんなにたいしたことはしてないわよ? 他の訓練受けてる子と同じ……か、それよりちょっとだけ頑張ったくらいだから」

 

 実際、自分が代表候補生であるという事実はいまだに冗談みたいに感じられる。よっぽどISと相性がよかったとしか考えられない。

 

「なるほど。だが、それでもお前が努力したことには変わりはない。少々ぶしつけな問いになるが、なぜISに乗ろうと思ったのだ?」

「なぜ、かあ。中国に帰って、なんとなくIS適性を調べてみたらAなんて出て、それで面白そうだと思ったから始めて……なんか、改めて振り返ると相当テキトーね」

 

 真面目な顔で尋ねられてるのに、こんな答えで怒られないかな、と少し心配になる。

 

「ふむ……そうか」

 

 でも彼女は不機嫌な様子を見せることなく、神妙な面持ちでうなずいていた。

 

「そういうきっかけもあるのだな。いや、参考になった」

「参考になったって……今ので?」

「どんな形であれ、お前は自らの意思でこの道を選んだのだろう。ならばそれで十分だ」

「……アンタはそうじゃないの?」

 

 ボーデヴィッヒさんの表情に陰がさしたのを見て、ついそんな言葉が口を突いてしまう。

 

「私は……」

「あ、いいのよ別に! 話しづらいことなら無理に話さなくても」

「すまない。では勝手だが、話題を変えさせてもらう」

 

 あまり触れてほしくないらしい眼帯といい、いろいろとワケありみたいね。

 とりあえず、今は別の話をすることにしましょう。

 

「そうだ。ひとつ聞きたいと思っていたのだが、ちゅうにびょうとはなんのことなのだ?」

「ぶっ!?」

 

 ……と、とんでもない方向に話題を持っていかれた。

 

「お前のことを話している時に一夏がそんなことを言っていたのだが、よく意味がわからなくてな」

「一夏め……今度の模擬戦、覚えてなさいよ」

 

 自分で自分のウィークポイント説明するってどんな拷問よ。

 

「えっとね、それはちょっとあたしの口からは言いづらいというか……」

「私がかわりに説明してやろうか」

「先生。起きていらしたのですか」

 

 どこから話を聞いていたのか、むくりと体を起こす千冬さん。でも、酔っぱらったこの人に説明されるとそれはそれでよくないことになる予感がする。

 

「しかしまあ、鈴音も大変だな。本人は中2病のイメージを払拭したいと思っているのに、周囲にはどんどんアレの話が広がっていくのだから」

 

 うんうんとうなずく千冬さん。まったくもってその通りです。

 

「中2病を克服するのは大変だ。まず自分の妄想癖を抑えられるようになることが第一だが、周りの者は以前のイメージのまま接するからたちが悪い。中2病の発症を期待されて、それに引っ張られてついつい妄想を繰り返してしまう。完治に時間がかかるのはこれが原因だな」

 

……あれ?

 

「どうした」

「いえ、やけに詳しいなーって」

「そうですね。まるで織斑先生もそのちゅうに病というものにかかったことがあるかのようだ」

「………気のせいだろう」

 

 今の微妙な間がすべてを証明しちゃってる気がする。

 

「少し飲み過ぎたようだ。私はもう寝るからお前達も戻れ」

「は、はあ」

「わかりました。では失礼します」

 

 しかも露骨に逃げた。追及しようかとも思ったけど、ボーデヴィッヒさんが早々に部屋を出たので、引きずられる形で私も退室してしまった。

 

「え? 本当に、あの千冬さんが?」

「むう、結局ちゅうに病のことを聞けずじまいだった」

 

 

≪思春期あるある その1≫

 

「記念すべき1発目は、私、篠ノ之箒が担当します」

「審査はIS学園生徒会長、更識楯無です」

「では早速。思春期あるある、そのいち! 古文の時間、『あなる』という言葉が出てきてついつい興奮してしまう! さらに、先生が文章の音読を生徒に当てる時、誰か間違えてそのまま読まないかなーと期待してしまう!」

「あー、あるある! というわけで80点! ちなみに私はわざと言い間違えていたわ」

「さすがは師匠です」

 

 

「一夏。あのふたりは何を話しているのだ?」

「あれはなラウラ、あまり気にしない方がいい。お前はそのままのお前でいてほしい」

「?」

 




一応本当の読み方を言っておくと、「あなる」は「あんなる」と読みます。撥音便無表記ってやつです、おそらく。

感想や評価等あれば気軽に送ってもらえるとうれしいです。
では、次回もよろしくお願いします。


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男装少女はちょっぴり過激

本当はあと1時間前に投稿したかったけど間に合いませんでした。


≪梅雨≫

 

 6月も半ばにさしかかり、そろそろ月末の学年別トーナメントを本格的に意識し始める時期がやってきた。俺以外のみんなも同じようで、学園全体が若干ぴりぴりした空気に包まれている。

 トーナメントの内容は、シンプルに1対1の個人戦。敗者復活もなしと、実にわかりやすい。一応専用機持ちという身分である以上、初戦負けとかは不恰好極まりないので頑張らなければ。

 鈴やセシリアをはじめとする代表候補生に勝てるかどうかが問題だけど、一応そのための策はある。束さんにやってもらった白式のアップデートの内容も秘密にしてるし。

 

「しっかし、湿気がきついなあ」

 

 そしてもうひとつ、この時期特有のじめじめした空気を作り出しているのが、例年通りやって来た梅雨前線サマだった。

 

「昨日に続いて今日も雨か。毎年のことだが、こうも天気が悪いと嫌になるな」

「だな。外出も面倒になるし」

 

 朝のホームルーム前の時間、箒と一緒に愚痴りあう。

 

「ですけど、日本の方はこういった季節の変化に『風流』なるものを感じるとお聞きしましたわ。わたくしも、イギリスとは違った気候が新鮮に思えています」

 

 と、ここで海外出身のセシリアの意見が割って入ってきた。

 

「風流ねえ」

「そういう意見もわからなくはない。だが私達は10年以上同じ気候を味わっているのだ。いい加減飽きも来る」

 

 俳句とか嗜んでれば少しは変わるのかもしれないけど、俺はああいうの苦手だ。

 

「じめじめするっていうのは確かに困るよね」

「シャルロットか。おはよう」

「おはよう」

 

 教室に入ってきたシャルロットは、俺の隣の席に腰かけると、そのまま俺達の会話に参加してくる。

 

「僕もあんまり雨が続くのはちょっとね」

 

 どうやらシャルロットは梅雨に不満を持つ派らしい。同じ欧州出身でも意見はセシリアと異なり、俺達側に近いようだ。

 

「雨の日はなんだか漫画の執筆がはかどるんだけど、いろいろ妄想しているうちに下の方がじめじめしてきて……だからこうも天気が悪いといつも湿ってて参っちゃうよ」

「そんな理由で同意されるとは思わなかった」

 

 

≪いつもと違う≫

 

「いーちかっ」

 

 昼休み。今日の日替わり定食はなにかなーなどと考えていると、教室の入り口から俺を呼ぶ声がした。

 

「お昼、学食でしょ?」

「ああ、いつも通りにな。一緒に行くか?」

「そのために来たのよ」

 

 昼食仲間に鈴が加わった。他に誰か誘うか、誘うまいか……

 

「………ふふ」

「ところでお前、なんでそんな顔してるんだ」

 

 何がうれしいのか、鈴はニッコリ笑顔で俺を見つめていた。

 

「何か気づかない?」

「え?」

「今日のあたし、いつもとどこか違ってないかしら」

 

 いきなりつかみどころのない質問をされて、ちょっと戸惑う。うれしそうに聞くってことは、何か鈴にとっていい変化が起きてるってことだよな。

 

「うーん……どこか変わってるのか? パッと見てわかるくらい?」

「わかんないの? あたしの顔見れば一発よ、一発」

「顔?」

 

 言われた通り顔に注目してみる。

 

「………」

 

 じーーーー。

 

「……ぁ」

 

 じーーーー。

 む。よく見るといつもより肌のつやとか色とかがきれいになっているような。

 

「あっ、そうかわかった! 化粧してるんだな……って、どうした?」

 

 いつの間にか鈴の視線が下がっている。加えて妙に落ち着きがない。

 

「べ、別に? 化粧で正解よ。……クラスの子に教えてもらったの」

「そうなのか。でもなんで正解したのにさっきよりテンション下がってるんだ?」

「そ、そうかしら」

 

 なんか様子が変だな。俺、何かしたか?

 ……でも化粧か。派手な口紅塗ったりとかはしてないけど、確かに意識してみると普段より大人っぽい雰囲気に感じられる。

 

「なるほどなあ。結構変わるもんだ」

 

 そのままじっと鈴の顔を凝視する。

 

「………」

 

 ぷいっ。

 

「あれ」

 

 なぜかそっぽを向かれてしまった。これじゃよく見られない。

 

「そ、その……あんまりじっと見られると、恥ずかしいのっ!」

 

 すたすたと教室を出ていく鈴。ひょっとして照れてるのか?

 

「おい、待ってくれよ」

 

 あわてて俺も後を追う。

 自分が顔を見ろって言ったのに、変なやつだな。

 

 

≪πショック≫

 

『てんびん座のあなたは恋愛運が絶好調! 今日は女の子との距離が縮まるかも!』

 

 朝のテレビ番組の占いコーナーによると、俺の今日の運勢はこんな感じらしい。

 

「恋愛運ねえ」

 

 俺はいい結果の占いは信じて、悪い結果の占いは信じないタイプである。で、今回のこれは俺にとっていい結果のものと言えるわけだが。

 

「あんまり想像できないけど、期待だけはしておこう」

 

 俺だって男だ。女の子と何かしらいい雰囲気になることを望んでいないと言ったらうそになる。

 もしかしたら、今日は素敵な出会いがあるかもしれない。そんなことを思いながら、朝の教室に足を踏み入れようと扉に手を伸ばす。

 伸ばした瞬間、扉が向こうから勝手に開いた。教室側から誰かが開けたのだろう。

 が、反応が遅れたために俺の腕はそのまま止まらず伸びきってしまう。

 

 ふにゅっ。

 

 教室のドアとは似ても似つかない、柔らかい感触が右手から伝わってくる。

 

「……い、一夏、さん?」

 

 目の前にはふんわり金髪の美少女、セシリア・オルコットの驚愕に満ちた表情が。そして、俺の手は彼女のへそより上で首より下の部分に触れていた。

 つまりこういうことだ。俺が教室に入ろうとしたのと同時に、セシリアが教室から出ようとして扉を開けた。それにより行き場を失った俺の右手がたまたま彼女の胸に当たってしまった。

 なるほどなるほど、理解した。

 ……まずくないか?

 

「きゅう」

 

 俺が危機感を抱くと同時に、セシリアの体がばたーんと後ろ向きに倒れた。

 

「大変よ! セシリアが白目むいてる!」

「こんな漫画みたいな倒れ方する人初めて見たよ!」

「いったい誰がこんなことを……」

 

 ざわつくクラスメイト達。冷や汗をかきまくる俺。

 女の子との距離が縮まるって、こんなダイレクトな形でかよ!

 

「責任もって保健室まで運んできます!」

 

 かくして俺は、父親以外は触れたことのないであろうセシリアのおっぱいとの出会いを果たしたのであった。

 

 

≪励ましの言葉≫

 

 結局セシリアは1時限目の授業を欠席した。すごく申し訳ないので、休み時間に保健室に様子を見に行った。

 

「もうお嫁に行けませんわ……」

 

 めちゃくちゃショックを受けているようで、どう謝ればいいのか困ってしまう。

 

「セシリアはオルコット家の当主なんだから、お嫁に行くんじゃなくて婿をとるっていうのが適切なんじゃないかな」

「そういう細かいことは今は置いておこう」

 

 一緒に来てくれたシャルロットの指摘は流しておく。正論ではあるんだけど。

 

「とりあえず、僕が先にフォローしておくよ。一夏が謝るのはセシリアが落ち着いてからの方がいい」

「頼めるか?」

「お任せあれ」

 

 そう言って、セシリアが横になっているベッドに近づくシャルロット。俺は保健室の入り口付近で待機である。

 

「しくしく。あんなところを触られてしまっては、わたくし……」

「大丈夫だよセシリア。元気出して」

 

 優しく言い聞かせるように、彼女はセシリアに語りかける。

 

「シャルロットさん……ですけど」

「ショックだっただろうけど、そこまで悲観的になることないよ」

 

 ぐっと親指を立てて、シャルロットは少し語調を強めた。

 

「お尻の穴までなら余裕でお嫁に行けるから!」

 

 そんなフォローの仕方はどうかと思う。

 

「あ、あの……ちなみに、お尻の穴ともうひとつの穴ではどちらの方が優先度が高いのでしょうか」

 

 セシリアも食いつくな!

 

≪πショック2≫

 

 とりあえずセシリアに謝って、なんとか許してもらうことができた。

 

「一時はどうなることかと思った」

 

 事故とはいえ、男性恐怖症の女の子の胸を触ってしまうとは。末恐ろしいことをしたもんだ。これからは気をつけないと――

 

「ひゃっ」

「うわっ」

 

 言ってるそばから、廊下の曲がり角で誰かとぶつかってしまった。しかもその拍子に手が相手の胸に当たってしまったような。

 

「い、一夏!?」

 

 ぶつかった相手は鈴だった。さっきのセシリアと同じような顔つきになっている。すぐに謝らなければ!

 

「ご、ごめん鈴! わざとじゃないんだ。わざと……」

 

 あれ? でも、今当たったのって本当に胸だったのか? セシリアの時みたいな柔らかな感触はなかった気がするし……いやいや、念入りに思い出してみるとわずかに膨らみがあったような。しかも鈴の顔、赤くなってるし。

 ……うん、やっぱりあれは胸だったんだよな? よし、確信が持てたところでちゃんと謝罪しよう。

 

「そう、わざと胸を触ろうとしたわけじゃないんだ。許してくれ」

「今の微妙な間でなんか許せなくなった」

「え」

 

 

≪学年別トーナメント≫

 

 6月の終わり。ついにトーナメントの当日を迎えた。

 

「箒、ここにいたんだ。1回戦突破おめでとう」

「鈴か。そちらも順当に勝ち上がったようだな」

 

 アリーナの観客席に箒の姿を見つけたので、隣に座らせてもらう。

 あたしも箒も、先ほど最初の試合を勝利で飾ったばかりだ。

 

「次の試合が1回戦の山かしらね」

「そうなるだろうな。専用機持ち同士が戦うのはこのカードだけだ」

 

 試合場に出てきた2機のISを見る。片方は白い機体。もう片方は青い機体。

 

『それではこれより、1回戦第10試合、織斑一夏VSセシリア・オルコットの対戦を開始します。実況は私、黛薫子がお送りいたします。整備科は試合がないので暇です』

 

 なぜか1年の試合だけ実況つきである。

 

「一夏とセシリア……この組み合わせは2回目だな」

「そういえば、クラス代表を決める時に戦ったらしいわね。その時はどんな感じだったのよ」

「終盤一夏が盛り返したが、基本的には終始セシリアのペースだった。相手が男だという緊張感も入学当初よりは薄れているだろうし、あいつとしては以前よりやりやすいだろうな」

「へえ」

 

 ま、仮にもセシリアはイギリスの代表候補生なわけだし、普通に考えればあっちが勝つ確率が高いわよね。

 

「ただ、私には妙な期待感が」

 

 箒の言葉を遮るように、試合開始のブザーが鳴り響いた。

 

『さて、それでは試合スタート……おおっと、これは!』

 

 始まって早々、実況が驚く声が聞こえてきた。

 あたしも同じだ。白式――つまり一夏が武器を構えた姿を見て、思わず固まってしまった。

 

「ブレードが2本……?」

 

 うそ……だってあいつ、武器はひとつしかないって言ってたのに。今までの訓練でだって、一度も『雪片弐型』以外のブレードを使ったことなんてないはず。

 対戦相手のセシリアも驚いているようで、試合が始まっているのにその場から動いていない。そうこうしているうちに、白式がブルー・ティアーズめがけて突っ込んだ。

 

『先に仕掛けたのは白式! 事前の情報では武装はひとつとのことでしたが、2本のブレードを巧みに操り猛攻!』

 

 しかも、二刀流がちゃんと様になってる。セシリアもライフルやビットで迎撃するが、なかなか攻撃に転じることができない。

 

「ふふっ……そうか、そういうことか。姉さんに手を加えられたのはそこだったのだな」

「箒?」

 

 隣を見ると、箒は目を輝かせて一夏の剣捌きを凝視していた。驚いているというよりは、明らかに喜んでいる。

 

「一夏のやつめ。今の今まで武器が追加されたことを秘密にしていたのか」

「それって、この前篠ノ之博士に白式を改造してもらったっていう……」

「そうだ。おそらくトーナメントで相手の不意を打つために隠していたのだろう。実際、セシリアはそのせいで初動が遅れた」

「なるほど。でも、それにしたって動きが軽すぎない? 両手にブレードって慣れるまで時間がかかるらしいのに」

「元の経験があるからだ。あいつは元来、剣道では二刀流の方が強かった」

 

 え? 剣道って二刀流ありなの?

 浮かんだ疑問をそのままぶつけると、箒は小さく頷いた。

 

「もっとも、高校生以下は公式の試合で使うのを禁止されている。しかし練習でやるぶんには自由だ。昔一夏が私に勝った時も、あいつは竹刀を2本使っていた」

「そうなんだ」

 

 初耳だった。一夏が小学生の頃に剣道を習っていたのは知っていたけど、詳しいことまでは聞いたことがなかったから。

 

「それで二刀流に慣れてるわけね」

「ああ。だが、それでも想像以上だ。ここに入った時にはあれだけ腕が鈍っていたのに……あいつはいつも私の予想を超えたことをやってのける。だから面白いんだ」

 

 面白い、か。なんとなくわかる気がする。

 

「いい試合になってるみたいだね」

 

 ふと声をかけられたので振り向くと、シャルロットがあたしの隣の席に座ろうとしていた。

 

「シャルロット。先ほどの試合、見事だったな」

「ありがとう」

 

 彼女の試合は一夏とセシリアのひとつ前だったので、観客席に来るのが遅れたみたいだ。

 

「今ちょうど、箒からいろいろ説明してもらってたところなのよ」

「うん、知ってる。ふたりの話している声が聞こえてたからね」

 

 ちらりと試合の様子をうかがってから、シャルロットはあたし達の方を見て興奮気味に語りかけた。

 

「つまり、一夏が二刀流で男も女もOKってことだよね!」

「アンタの耳にはいったい何が聞こえていたのかしら」

 

 

≪切り札≫

 

 序盤は有利な試合運びだった。俺が二刀流で戦うなんて考えもしていなかったであろうセシリアを焦らせ、その勢いで攻め続けることができていた。

 

「くっ……」

 

 だが、さすがは代表候補生。中盤以降は俺の動きにも対応し始め、今ではこちらが劣勢に立たされている。

 

「ようやく確信が持てましたわ。エネルギー無効化の能力を持つのは右手のブレードだけですのね」

 

 くそ、ばれちまったか。

 セシリアの言う通り、白式のワンオフ・アビリティーである『零落白夜』は右の刀からしか発動できない。今まではどちらからも一撃必殺の斬撃が飛んでくるという必要以上の警戒を抱かせることで、向こうの攻撃の手を緩ませることができていた。でも、もうその手は通じないみたいだ。

 

「二刀流。確かに最初は戸惑いましたが、もういいようにはさせませんわ!」

 

 まずいな、今度はセシリアの方が勢いづいている。このままだとどんどん形勢が悪くなって、待っているのは敗北だけだ。

 

「2連敗はできないよな」

 

 前回のクラス代表決定戦に続き、またも大きな試合で同じ相手に負けるっていうのは嫌だ。つまらない男の意地かもしれないけど、とにかく嫌なもんは嫌だ。だからこそ、他の専用機持ち以上にセシリアの動きを研究してきたのだ。

 でもどうする? このまま何もしなければ負けるのは確実だが、かといってこの場面で有効な打開策はあるのだろうか。二刀流が見切られた以上、もう使える武器は――

 

「あ」

 

 その時、俺は思い出した。ここまで誰にも見せていない技が、ひとつだけ存在することを。あまりにアレだったので今後一切使うまいと、記憶の奥底に封じ込めた武装があったことを。

 

「………」

 

 どうする。こうして悩んでる間にもセシリアの攻撃は激しさを増している。やるならやる、やらないならやらないではっきり決めなければ。

 しかしあれを、よりにもよってセシリアに撃つのは……

 

「そこですわ!」

 

 叫ぶ彼女の顔を見る。この試合に勝とうと、真剣に対戦相手である俺を見つめていた。

 ……ここで打てる手を打たないのは、全力で向かってきている彼女に失礼だ。

 

「やろう」

 

 撃とう。どれだけ恥をかく羽目になっても関係ない。このトーナメントは各国からたくさんのIS関係者が観戦に来ているという事実も気にしてはいけない。

 

「そろそろフィナーレと――」

「せいっ!」

 

 勝負を決めに来たセシリアに向き合い、左手に持つ刀をぶん投げる。彼女がそれを避ける間に右手の刀を左手に持ち替え、空いた右手を下に持っていく。

 そして……俺は白式の股間部分を全力でこすり始めた。

 

「うおおおおっ!」

 

 ドピュドピュドピュ! ドッピュルルルル!!

 

 股間に内蔵された砲台が現れ、ものすごい勢いで白いねばねばした液体を射出する。

 

「ふぇっ? な、なななんですのこれは!?」

 

 束さんが手間取ったかいあって、あまりにも高い再現度を誇るそれを見たセシリアの頬が赤く染まる。普通に考えればありえない想像をしてしまうほど、彼女は混乱していた。

 そしてそれにより、一瞬の隙が生まれる。強力な瞬時加速と零落白夜を持つ白式にとっては、十分すぎる隙だった。

 

『き、決まったああ!! 白式のブレードがブルー・ティアーズをとらえました!』

 

 斬撃とともに試合終了を告げるブザーが鳴り響く。俺の勝ちだ。

 前回負けた相手に勝利。うれしいことにはうれしいが……

 

『刀ひとつと思わせておいて二刀流、しかしそれすらもフェイク! 織斑選手、男だけが持ちうる股間のブレードを使った三刀流で勝利をつかみました!』

 

 あーはいはい絶対そう言うと思ったよ!

 




初陣で負けた相手にリベンジマッチで勝利。これは名勝負ですね、間違いない。
トーナメントの続きは次にまわします。

感想や評価等あれば気軽に送ってもらえるとうれしいです。
では、次回もよろしくお願いします。


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女子中学生暗黒姫君凰リンイン

今回約5000字なのでちょっと短めです。


≪触れるな危険≫

 

 トーナメントの1回戦、一夏が勝った。しかもあのセシリアにだ。

 最後の攻撃はどうかとも思ったけど、全体的に見れば間違いなくかっこよかった。それを伝えたくて、あたしは箒達と一緒に一夏のいるであろうアリーナのビットに向かった。

 

「って、なんなのよこの人だかりは!」

「出遅れてしまったようだな」

 

 ビットの中はすでにたくさんの生徒の山で埋まっていた。この中心に一夏がいるんだろうけど、とても近づけそうにない。みんな、さっきのいろんな意味で濃い内容だった試合の感想を聞きに来たのかしら。

 

「一夏っ! 一夏ってば!」

 

 とりあえず声を張り上げてみるけど、周りがざわついているので一夏まで届くことは期待できそうもない。

 ああじれったい。あいつが密かにセシリアへのリベンジに燃えてたのは知ってるから、早くおめでとうって言ってあげたいのに。ついでに、次のアンタの相手はこの凰鈴音サマだってことも。

 

「……あれ、今遠くで誰か俺のこと呼ばなかったか?」

 

 と、その時人ごみの中から一夏の声が聞こえてきた。うそ、ひょっとしてあたしが呼んだのに気づいてくれた? もしそうなら、これこそ昔なじみの絆の力ってやつ――

 

「なんかかなり低い位置から聞こえた気がしたんだが……しゃがんで人ごみ抜けようとするのは危ないぞ」

「………」

 

 ブチッ。

 

 

≪逆鱗≫

 

「さて、2回戦だ」

 

 たくさんの人に質問攻めにされるなんてこともあったが、しっかり体と心を休めたところで次の試合がやってきた。対戦相手は鈴。またしても代表候補生である。

 

「やれるだけはやるしかないよな」

 

 二刀流はもう割れてるし、鈴の動きはセシリアほど研究していない。正直分は悪いけど、なんとか零落白夜を撃ちこむ機会を作りたいところだ。

 

『それでは両者、規定位置についてください』

 

 アナウンスに従い、ビットからステージに出る。鈴の戦い方は基本に忠実なので、どうにかそのあたりを逆手に取れないものかと作戦を練ってきたんだが……

 

「……鈴?」

 

 反対側のビットから出てきた鈴の姿を見た瞬間、それまでの思考がストップしてしまった。

 

「くっ、ふふふふ……」

 

 こ、この笑い方は、まさか。

 

「我が右腕よ。先刻は随分と私をコケにしてくれたな」

「え、えーっと」

 

 何が原因かはわからないけど中2病モードが発動している。しかも知らないうちに俺は彼女の怒りを買ってしまっていたらしい。背後に禍々しい黒いオーラのようなものが見える。

 

「そろそろ灸を据える必要があると判断した。今一度ここで私と貴様の上下関係を示してやろうではないか」

「いや、だからなんで急に」

 

 理由を問いただす前に試合開始のブザーが鳴り響く。これはまずい、普段の鈴と『悪夢の女帝』じゃ行動パターンに違いがあり過ぎて対応が――

 

「背丈なぞ人間の価値を決めるうえでなんの意味もないわーー!!」

「うおおおっ!?」

 

 なんか急に話の内容がスケールダウンしているような……などというツッコミをする余裕はもちろんなく。

 

「さあ、闇に溺れるがいい……!」

 

 完全に向こうペースで戦いが進んでいった結果。

 

『試合終了! 凰選手、織斑選手に対して圧倒的な力の差を見せつけました! さすがは混沌の申し子!』

 

 10分後、俺はあっさりと白式のシールドエネルギーを切らしてしまったのだった。

 鈴のやつ、やっぱりこっちのモードの方が強いんじゃないのか……? そんなことを考えてしまうくらい、何もさせてもらえなかった。

 

「ふふふ……はははははっ! 思い知ったか織斑一夏! 貴様は一生私の右腕だ、ゆめゆめ忘れるな!」

 

 対して鈴は上機嫌そのもの。実況の言葉にも満足しているようだった。

 

「一生私の右腕、か」

 

 めちゃくちゃなことを言われているが、あくまで『そういう設定』にすぎないことを理解しているのでたいした文句もない。

 ……そういや、前にも同じようなこと言われたっけか。懐かしい。

 

 

≪彼女がそれに目覚めた時≫

 

 あれはまだ俺達が中2(学年的な意味で)だった夏の日のこと。

 

「今朝も陽の光が煩わしいな。闇を本質とする私には害悪でしかない」

 

 いつものように登校すると、幼なじみが変なしゃべり方になっていた。

 

「鈴。なんだその言葉遣い」

「たわけ。凰鈴音は世を忍ぶ仮の名だ。私の真の名は『悪夢の姫君(ナイトメア・プリンセス)』だといつも言っているだろう」

 

 いや、そんなの初めて聞いたんだが。

 

「おい弾、どういうことだこれ。新しい遊びか?」

 

 先に教室に来ていた友人その1、五反田弾に事情を聞く。

 

「わからん。昨日から今日の間に突然中2病に目覚めたらしい」

「中2病?」

 

 聞きなれない単語だったので意味を尋ねると、弾が簡潔な説明をしてくれた。

 

「なるほど。つまり妄想がひどくなってるってわけか」

「身もふたもない言い方すればそういうことだ。でも、俺もあそこまでひどいのは漫画の中だけだと思ってたぜ」

 

 そう言って肩をすくめる弾。俺は再び鈴の様子をうかがってみた。

 

「む? どうした我が眷属よ」

「け、けんぞく? それって俺のことか」

「そうだ。お前は私と同じく闇と混沌を愛する者……ゆえに私の配下に加わると、満月の夜に誓ったではないか」

「は、はあ」

 

 いかん、全然話についていけん。一時的なものなら別にいいんだが、本格的に中2病ってやつにかかってるならこれがずっと続くことになるわけで。

 

「あのさ、鈴」

「だから鈴ではないと」

「そこは置いといてだ。もう少しわかりやすい言葉を選んでくれないか? 俺の頭じゃ理解が追いつかないんだ」

「……仕方あるまい。下の者の頼みを聞いてやるのも姫としてのつとめだ」

 

 小さくうなずくと、鈴は席から立ち上がり、勢いよく両手を広げた。

 

「よいか我が眷属。一言で説明すれば、私は将来世界を混沌に陥れる存在だ」

 

 のっけからすごい宣言だな。でかい声で言うからクラス中が注目してるぞ。

 

「今はまだ器が満たされていないがゆえ、こうして雌伏の日々を送っているが……」

 

 目を閉じてゆっくりと歩き始める。どうやら次の発言までの溜めを作っているらしい。でも、そんなことしてると……

 

「なあ」

「私の語りに口を挟むな無礼者。つまりだな、私の肉体が成熟の時を迎えたあかつきには、世界は――」

 

 ガンッ。

 

 多分決め台詞を言おうとしたところで、鈴の左足が机の角に思い切りぶつかった。

 で、そのままばたーんと豪快に倒れこむ。

 

「だから目閉じて歩くと危ないって」

 

 注意しようとしたのに途中で止めるんだもんな。

 

「いたたた……なんでこんなところに机があるのよ!」

「ここが教室だからだ」

 

 あ、しゃべり方が元に戻ってる。予想外のことが起きて演技を忘れたのだろうか。

 

「ぐぬぬ……と、とにかく! 私はいずれ世界を支配するのだ、わかったか!」

 

 捨て台詞みたいなものを残してすたすたと教室の出口へ向かう鈴。

 

「おい、どこ行くんだよ」

「ふっ、我が体内に傲慢にも居座る邪魔な物質を排除してくるのだ。………お腹痛い」

「普通にトイレって言えよ」

 

 

≪中2病な日々≫

 

「ねえねえ鈴。昨日の火サス見た?」

「ああ見たぞ。もっとも、私は開始30分で犯人を見抜いていたがな」

「あはは、うっそだー。鈴って推理系いっつも外しまくるくせに。どうせルポライターが犯人だと思ったんでしょ」

「むっ……ま、まあ確かに怪しいとは思ったが、確信はしなかったからセーフだ! 私の魔眼に見抜けぬものはない!」

 

 夏休みが明けて2学期になっても、鈴の中2病は治っていなかった。クラスのみんなも慣れたのか、今ではほとんど誰も突っ込まないし、普通に会話が成立している。たまに言葉の意味が理解できない時はあるけど、そこはご愛嬌だ。

 

「我が眷属よ」

「おう、なんだ?」

「以前言った通り、今宵再び深淵の魔王(アビス・サタン)に襲撃をかける。機は良好か」

「ああ、聞いてみたら今日は暇だから気分転換に付き合ってやるってさ」

 

 ちなみになんちゃらサタンとは俺の姉のことである。最近、鈴は千冬姉に対してよく勝負を挑んでいるのだ。私が世を統べるためにいずれ越えねばならない壁だとかなんだとか、そんなことを言っていた気がする。まあ、確かにうちの姉は魔王みたいな人だけど。

 

「くくっ、余裕でいられるのも今のうち。今日こそ私の勝利する時だ」

「自信満々だな。今日は将棋で勝負だっけ」

「その通り。この日のために駒の動かし方を熟知してきた」

 

 勝負といってもこんな感じで内容は平和そのもの。仕事で疲れている千冬姉にはちょうどいい娯楽になっているようだ。

 

「今日もうちで夕飯食べてくよな?」

「無論だ」

「よし、なら今晩はハンバーグでも作ってみるか」

「本当!? やった……こほん。ま、まあ期待しているぞ」

 

 時々、というか結構な頻度で素が出てくるので、周りの人からはそこをいじられることも多い。

 

「鈴ちゃーん。ちょっと来てくれるー?」

「だから凰鈴音は仮の名だと言っているだろう。私の真名は――」

 

 そういうわけで、鈴のおかしな言動はすっかり受け入れられ、今まで通りみんなと仲良く過ごしている。

 いったいどういう理由があって中2病を発症したのかは教えてもらえないけど、本人が楽しそうにやってるならそれでいい。

 

「………」

 

 ただ、ひとつだけ気になることがあった。

 自分を闇の申し子だのなんだのとうれしそうに語ったりする中で、まれに彼女がいつもと違う表情を見せる時がある。

 自分で自分に酔っているような顔つきでもなく、うっかり素が出て焦っている様子でもなく。

 目を伏せて、何か寂しがっているような……そんな表情に、俺には見えていた。

 

 

≪過去から今へ≫

 

 久しぶりに中学時代の夢を見た。昨日鈴の派手な中2病を見たせいだろうか。

 

「しかし、今日は暇だな」

 

 昨日はトーナメントの2回戦前半まで消化され、俺はすでに敗退済み。一日中観客席で応援ということになる。箒や鈴達ができるだけ勝ち進めるように祈ろう。

 

「まずは腹ごしらえだな」

 

 低血圧の人間特有のゆっくりとした着替えを終え、部屋を出る。

 

「あ、一夏。おはよう」

「おっす、鈴」

 

 食堂に向かう途中で鈴と会ったので、一緒に歩くことにした。

 

「今日も勝てるといいな。応援してるぜ」

「ありがと。頑張って優勝目指すわ。ただし、戦闘はあくまで冷静に……間違っても熱くなりすぎないように、ね」

 

 後半部分は俺にじゃなくて自分に言い聞かせているようだ。中2病モードの発動を恐れているんだろう。

 昔はあんなに楽しんでいたのに、今じゃ必死に封印しようとしている。

 

「そういや、今まで聞いてなかったことがあるんだけど」

「なに?」

「お前、確か大人の女を目指してるって言ってたよな。どうしてだ?」

 

 気になったので尋ねてみると、鈴は唇の端をつり上げて、

 

「秘密よ」

 

 何も教えてくれなかった。

 

「言ってくれないのか」

「隠し事のひとつくらいあった方が大人っぽいでしょ? 心配しなくても、別に変な理由があるわけじゃないから」

「そっか。ならいい」

 

 正直ますます答えが聞きたくなったのだが、本人が口を割らないんじゃどうしようもないか。

 

 

≪怪我の功名?≫

 

「一夏さん」

 

 観客席でよさげな座席を探していると、背後から聞きなれた声が。

 

「セシリア」

 

 昨日1回戦で戦って、一応は俺が勝利を収めた相手。しかし、男性恐怖症の彼女にはいらぬショックを与えてしまった。

勝つためにはあれしかなかったので、自分のとった行動自体に後悔はない。ただ、それはそれとして謝罪はした方がいい。そう思っていたのだが、結局昨日は会えずじまいだったのだ。

 

「あの、昨日は本当に」

「いいんです」

 

 俺が頭を下げる前に、セシリアはそれを遮るかのように微笑んだ。

 

「一夏さんは勝つために全力を尽くした。それだけでしょう?」

「あ、ああ。それはそうだけど」

「ならなんの問題もありませんわ。それに」

 

 彼女の両手が俺の右手をつかむ。

 

「え?」

 

 ちょっと待て。今、驚くべきことが起きてないか。

 あのセシリアが、普通に男に触れている?

 

「一種のショック療法になったようですわ。妄想の世界でなく、れっきとした現実で胸を触られたりあんなものをぶっかけられたりしたせいで、一夏さんに触れるくらいなら造作もないように思えてきましたの」

「な、なるほど。わかるようなわからないような」

 

 ともあれ、彼女の抱える問題解決に向けての大きな一歩になったことは間違いない。

 

「ありがとうございます。これも一夏さんに辱められたおかげですわ」

「お礼を言うのはいいんだけど、その言い方だと俺がすごく変態に聞こえる」

 

 観客席には俺達の他にもたくさんの人がいるので、聞かれていると思うと恥ずかしい。

 

「ですけど、実際一夏さんが 辱 め て く だ さ っ た のは事実ですし」

「……あの、セシリア?」

「あの 辱 め がなければ今のわたくしもありませんし、それならはっきりと一夏さんがわたくしを 辱 め た という功績を讃えてさしあげたいのですが」

 

 にっこり笑顔で話すセシリア。しかも特定の部分の声がやたらと大きい。

 

「セシリア。やっぱり怒ってるのか?」

「いえいえ、そんなことは決して。勝負のためには仕方なかった、でもそれとこれとはまた別問題とか考えていませんわよ。ちょっとくらい仕返ししてやろうとか全然思っていませんから」

 

 貼りついたニコニコ顔がすごく怖い。

 間違いなく怒っていらっしゃるようだった。……ごめんなさい。

 




ついに鈴ちゃん過去編へ突入しました。次回で中学2年生編後半を終え、同時に原作2巻の内容も一通り終えることになるはずです。あんまり文字数が増えると2話に分けるかもしれませんが。
第9話と同じく真面目な話が多めになるかと思われますが、ネタがゼロというわけではないのでご了承ください。

感想や評価等あれば、気軽に送ってもらえるとうれしいです。
では、次回もよろしくお願いします。


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女子中学生暗黒女帝凰リンイン

今回で原作2巻の内容は終わりです。冒頭以外真面目な話になってますがお許しを。


≪三刀流≫

 

 トーナメントも無事終了。優勝はラウラ、準優勝は鈴だった。プロの軍人だけあって、ラウラの動きはまさに隙がないって感じですごかったな。

 

「私ももっと腕を上げねばならないな」

「でもベスト4だろ? 十分な結果じゃないか」

 

 俺が試合を見た限りじゃ、1年生の中で打鉄を一番うまく扱えてたのは箒だと思う。しかし、本人はまだまだ自分を未熟だと感じている様子。

 

「妥協をしたくないのだ。強くなればきっと、今より面白い試合ができるだろうからな」

「お前は本当に面白いこと好きだな」

 

 おおげさでもなんでもなく、行動理由の大半がそこに集約されている気がする。普段の下ネタだって、こいつ自身が性知識に好奇心を刺激されるゆえのものなんだろうし。

 

「そこで考えてみたのだが、私もお前のように三刀流を使ってみようと思う」

「唐突に人のトラウマほじくり返すのやめろ」

 

 数日たって、段々俺の記憶の中では(強制的に)風化していたというのに。

 

「そう気に病むな。私はお前の試合を見て素直に感心したのだぞ? 適した武器を適したタイミングで使えるのは実力のある証拠だ」

「……そう言われる分には悪い気はしないんだがな」

「そうそう、称賛は素直に受け取るべきだ。それで、話を戻すが」

 

 そう言うと、箒は少し後退してから両手を掲げる。これは……二刀流の構えか?

 

「打鉄のブレードを1本追加するだけなら簡単だ。だから両手を使って二刀流まではできる。しかし私は女なので股間にブレードがないのだ」

「別に俺が男だから白式の股間に砲台があるわけじゃないからな?」

 

 束さんが勝手に変な場所に付けただけだ。俺は悪くない。

 

「困った私は悩み、そしてふと思いついた。両手が塞がっているのなら、口でくわえればよいではないかと」

「ほう。そういや漫画でもあるよな、両手と口で三刀流」

 

 扱いは相当難しいと思うけど。でも、それ以前に大きな問題があるような。

 

「しかしそれも駄目だった。なぜならISには口がないからだ」

「やっぱりそうなるよな」

 

 装着した人の顔が思い切り露出されてるからな。まさか箒自身の口でブレードをくわえるわけにもいかないし。

 

「構造上の欠陥だな」

「仕方ないだろ。そんなことまで考慮されてないんだし」

「ちょっと股に穴を開けていればいいだけなのに」

「どっちの口にくわえるつもりだコラ」

 

 

≪お風呂≫

 

「大浴場っていいよね。この学園に来てお風呂が好きな日本人の精神が理解できた気がするよ」

「おお、シャルロットにもジャパニーズスピリットが宿ったか。いいことだ」

 

 休み時間に荷物の整理をしていると、私の席の近くでデュノアと篠ノ之が風呂について語り合っていた。

 ちなみに私自身は、ドイツにいる頃から湯船というものを使ったことがない。

 

「フランスではシャワー派だったんだけど、お湯に体全部をつからせるっていうのがあんなに気持ちいいとは知らなかったよ」

「そうだろう。特に大きな湯船だとなおさらいいものだ」

 

 少し興味をそそられる内容だったので聞いていると、こちらの様子にデュノアが気づいたらしい。

 

「そういえば、ボーデヴィッヒさんはいつもシャワーで済ませてるよね」

「ああ、それで体を洗うには十分だからな。……しかし、大浴場とはそんなにいいものなのか」

 

 一度も試したことがなかったが、気持ちよくなれるのなら今夜あたり行ってみようかとも思う。

 

「もちろんだ。まず広い空間で合法的に全裸になれるのがいい」

「解放感を感じられるよね。まるで野生にかえったような」

「誰にも叱られない露出プレイは手軽でおすすめだ。というわけでどうだ?」

「……私にはまだ早いようだ」

 

 何かが、私の求めるものとは決定的に何かが違う……。

 

≪中2のおもひでぽろぽろ・転≫

 

 鈴の中2病が発症してから3ヶ月。日に日に肌寒くなってくる時期の夜に、俺は家を出て近くの公園に向かっていた。

 

「なんで夜空の観察なんて面倒な宿題を出すんだ」

 

 スケッチは時間かかるし、外は寒いから防寒着必要だし。かといって理科の先生は怒ると怖いからサボるわけにもいかない。

 

「誰か話し相手でもいれば、まだマシなんだけど」

 

 わざわざ公園まで足を伸ばすのはそのためだ。俺と同じく提出前日になって焦ってスケッチしてる人がいれば、そいつとおしゃべりして少しは寒さを紛らすことができると考えたのである。ついでに言うと、家の前は道路だから座ってると邪魔になる。

 

「お、本当にいた」

 

 公園の中に入ると、見慣れたツインテールが芝生に座っているのが見えた。

 

「おーい、鈴」

「っ!? い、一夏……!」

 

 びくんと体を震わせる鈴。いきなり背後から声をかけたから驚かせてしまったようだ。

 

「お前も星の観察してるんだろ? 一緒にやろうぜ」

「え? あ、いや、あたしは……違うの」

「そうなのか? じゃあそのスケッチブックは……」

 

 膝の上に乗っているスケッチブックを覗き込む。

 そこには、羽根が生えた人間の絵とか、『必殺技一覧』とかいう文字が書かれていた。

 これはもしかして、普段あいつが演じてる中2病のキャラ設定ではないだろうか。

 

「すげえ書きこんでるな。ちょっと見せてもらってもいいか」

「……別にいいけど」

「サンキュー」

 

 スケッチブックを受け取る。ぺらぺらとめくってみると、他のページにもぎっしりといろんな絵やら文字やらが詰め込まれていた。

 

「へえ~、本当にすごいな。ここまで設定がこんでるとは思わなかった。なあ、これ全部書くのにどのくらいかかったんだ……って、あれ」

 

 顔を上げると、なぜか鈴が消えていた。慌てて周囲を見渡すと、そそくさと公園を出ようとしている彼女の後ろ姿を見つける。

 

「おい、どこ行くんだよ」

「帰るのよ」

「帰るって……これは?」

 

 貸してもらったスケッチブックを掲げる。ちらりとこっちをうかがった鈴は、すぐに前に視線を戻して、

 

「あげる。いらないから」

 

 なんて平然と言い放った。

 

「はあ? なんだよいきなり。それにお前、いつもの中2病は……」

 

 どうも様子がおかしい。最初は俺がいきなり現れたことに驚いて演技を忘れているだけかと思っていたが、いつまでたっても鈴は普通のしゃべり方を崩そうとしない。しかも、この設定集みたいなものって大事なんじゃないのか? それをいらないって、いったいどういうことだ?

 

「……そういう気分じゃないのよ。じゃ、おやすみ」

「あ、ちょっと待てって!」

 

 俺の制止の言葉も聞かず、鈴はそのまま立ち去ってしまった。公園にひとり取り残された俺は、しばし呆然と右手のスケッチブックを眺める。

 

「なんだってんだ……?」

 

 わけがわからない。そう思うことしかできなかった。

 

 

≪仕方なかった≫

 

 その日の夜は、態度が変だった鈴のことで頭がいっぱいだった。

 俺の手に残されたスケッチブックが何かの手がかりにならないかと、家に帰ってからじっくり読み込んだりもした。数十ページにわたっていたため、かなりの時間がかかってしまった。

 そう、とてもとても時間がかかってしまったのだ。

 

「織斑。今日の宿題は夜空の観察とスケッチだったな」

「そうですね」

「お前のスケッチには大きな丸がひとつ書かれているだけなんだが、これは日本国旗か何かか?」

「やだなあ先生。これは満月ですよ。ちゃんとウサギが餅つきしてる模様も書いてるのに」

 

 翌日の1時限目、理科の授業。俺は教卓に立つ先生と真っ向から議論を交わしていた。

 

「ほう。織斑の見た夜空には月しかなかったのか」

「そうなんですよ。いやあ、街の明かりが邪魔したみたいで。最近問題になってますよね? 人口の光が強くて市街地じゃ星が見えないって」

「そうだな。先生もそれは嘆かわしいことだと思うよ」

「ですよね。俺も満天の星空を見たかったんですけど、仕方ないですよね。じゃあそういうことで」

「今夜は私が山奥に連れて行ってやろう。一晩中きれいな夜空が眺められるぞ」

「ごめんなさい宿題やり忘れました」

 

 やっぱりごまかしきれなかった。

 

 

≪最近の子供はませてる≫

 

「はあ、明日は早起きしなきゃな」

 

 下校中、思わずため息をこぼしてしまう。

 スケッチに関しては、明日の朝のホームルーム前に職員室に出しに来るよう命じられた。とりあえず、今夜はちゃんと星空観察しないとな。

 ……しかし、気になるのは鈴だ。今日の学校でも素の態度をとり続けていたので、クラス中が驚いていた。あいつの中2病はすでに日常の一部になっていたから。

 

「あっ、一夏兄ちゃんだ!」

「おーい!」

 

 考え事をしながら公園を横切ろうとした時、ジャングルジムで遊んでいた近所の小学生3人組に声をかけられた。こいつらとは家が近いこともあって、昔から何度も遊んだことがある。

 

「よっ。どうかしたか?」

「兄ちゃん、今からヒーローごっこやるから悪役やってよ」

「僕ら全員ヒーロー役やりたいんだ」

「悪者がいなくて困ってたの」

 

 なるほど。ま、わざわざヒーローにやられる役をやりたがる子はいないか。ここは年長者の優しさを見せてやるとしよう。

 

「いいぜ。じゃあ悪の怪人役でいいか?」

「うん!」

 

 3人ともうなずいたので、早速ヒーローごっこを始めることにした。

 

「ふははは! ヒーロー達め、今日こそやっつけてやるぞー!」

 

 手をぐわーっと広げて襲いかかるポーズをとる。さあかかってこい!

 

「………」

「………」

「……えー」

 

 あれ? なんで無反応?

 

「兄ちゃん、子供っぽーい」

「今時そんなコテコテの悪役なんてはやらないよー」

「つまんなーい」

 

 うぐっ……まさか5つも6つも年下の子供達に駄目出しされるとは。俺がお前らのころにはそんなませたこと考えてなかったぞ。

 

「む……じゃあ大人っぽい悪役ならいいのか」

 

 首を縦に振る一同。しかし参ったな、どういう演技すればいいのかわからない。大人っぽいといえば、なんか小難しい言葉を並べたりすればいいんだろうか……?

 

「ん?」

 

 子供達を前に腕を組んで悩んでいると、公園の前を歩いている幼なじみの姿が目に入った。

 で、同時に俺はひらめいた。

 

「りーん! ちょっとこっちに来てくれ!」

 

 大声で呼びかけると、それに気づいた鈴がこっちに近づいてくる。

 

「なに?」

「悪役の手本を見せてくれ」

「……は?」

 

 ざーっと事情を説明する。

 

「でもあたし、ああいうのはもう」

「今だけでいいからさ。こいつらのためにも頼むよ」

「お姉ちゃんお願い! 兄ちゃんじゃ全然ダメなんだよ」

 

 そんなストレートに言われると正直傷つくんだが、とにかく頼み込んでみた結果。

 

「……しょうがないわね。1回だけよ、1回だけ」

「わーい!」

 

 なんとか了承を得ることができた。さすが、なんだかんだで面倒見のいいやつなだけある。

 

 

≪大人っぽい悪役≫

 

「覚悟しろナイトメアプリンセス! ここで僕達がお前を倒す!」

「くふふっ、有象無象が粋がったところで何が変わる? 我が地獄の烈火に焼き払われることは確定された未来! つまり貴様らは全員死ぬ!」

「そんなことはさせないぞ!」

「力を合わせて勝ってみせる!」

「ならばやってみるがいい。小さき者どもよ!」

 

 うん、やっぱりこういうのは鈴に任せるのが一番だ。子供達も元気にヒーローやってるし、最初は渋々だった鈴自身も今はノリノリだし。

 

「食らえ、必殺トリプルビーム! ズババババ!」

「ふっ、かような技が私に効くと思ったか! 蚊に刺された程度の――」

「いや、それは駄目だろ」

「あう」

 

 3人の合体技を弾き返そうとしていた鈴の頭に軽くチョップ。

 

「な、何をする眷属よ!?」

「ヒーローの必殺技受けてるんだから倒れないと。じゃなきゃあいつら打つ手なしで困っちまうぞ」

「し、しかしこの悪夢の姫君が小童3人の一撃ごときで」

「いいから。ここは大人の寛大さで、な」

「む、むう……仕方あるまい」

 

 不服そうにつぶやくと、鈴はひとつ咳払いをしてから3人組に向き直る。

 

「ぐっ……!? ど、どうやら今日は力の発現が不完全だったらしい。本来ならば今のような攻撃でダメージを受けるはずはないのだが、思いのほか深手を負ってしまった。今回はこれで引き下がることにしよう……今日のところは、貴様らの勝ちだ」

「わーい! ナイトメアプリンセスに勝ったぞ!」

「正義の勝利だ!」

「悪は必ず滅びるのだ!」

 

 うろたえる様子を見せる鈴を見て、歓喜に沸く子供達。うんうん、これでよし。

 

「ほ、本当は無傷のはずなのだからな! 力の発現が不完全だっただけなのだからな!」

「わかったから、小物臭い発言はやめろ」

 

 必死なのがちょっとかわいく見えるじゃないか。

 

 

≪中2病の秘密≫

 

「ほら、報酬のクレープだ」

「ありがと」

 

 子供達を満足させてくれたお礼として、公園の中にあった屋台で300円のクレープをおごることにした。

自分のぶんも買って、ふたりで手近なベンチに腰掛ける。

 

「あっ、これおいしい」

「本当だ。うまいな」

 

 いい屋台を見つけた。今度は違う味を試してみよう。

 

「今日はありがとうな。おかげで助かった」

「たいしたことじゃないわよ」

「いや、俺じゃあいつらを楽しませられなかったからな」

 

 実際、あんなにセリフがぽんぽん出てくるのは本当にすごいと思う。俺じゃ絶対に無理だし、素直に感心するレベルだと改めて感じた。

 だというのに、鈴はどうしてか顔を下に向けてしまう。

 

「本当にたいしたことじゃないのよ。それに……ああいうのは、もうやめたから」

「……理由、聞いてもいいか」

 

 昨晩の鈴の態度からして、何か深い事情があることは簡単に読み取れた。配慮が足りないかもしれないが、俺は思い切って尋ねてみることにした。

 

「………」

「正直、心配なんだ。だから知りたい」

 

 最初は躊躇っていた鈴だが、やがて意を決したように口を開いてくれた。

 

「あたしの中2病は、嫌なことから逃げるためにやってたことなのよ」

 

 

≪やがてそうして彼女は≫

 

「最近、お父さんとお母さんの仲が悪くて。夏に入ったころから毎日喧嘩続きなの」

 

 近くにいるつもりの人間のことでも、全然知らないことはあるもので。

 それとも、近くにいるつもりで実はまったくそうじゃなかっただけなのか。

 

「家で怒鳴りあってるふたりを見てるのが耐えきれなくなって……ある日、気を紛らすために絵を描いたのよ。とびきり強くて、多少のことでは動じたりしないキャラクター。自分もこんなふうになれたらいいのにっていう妄想を書き連ねていったら、予想以上に楽しかった」

 

 俺は、彼女がそんな状況に追い込まれているなんてちっとも把握していなかった。

 

「それから、どんどん妄想がエスカレートしていって。そのうち普段から自分の作ったキャラを演じるようになって。……そうしている間は、嫌なことを忘れられた」

「なら、どうしてやめるんだ」

「……たまにね、どうしようもなく虚しくなるのよ。こんなことしてたってなんにも変わらない。現実から逃げてるだけで、あたしはずっと何もできない中学生のままだって、自分で自分を馬鹿にしてる。それがいい加減嫌になったの」

 

 お互い、クレープを食べる手は完全に止まっていた。

 

「中2病はあたしの弱さの象徴なの。こんなもの、ない方がいい。あっても無駄なだけだから」

 

 吐き捨てるように言い切る鈴の顔つきは、今まで見たことないくらい弱々しかった。

 いつも元気な振りしてて、心の中ではこんなに辛い思いをしていたのか。

 それに気づいてあげられなかったことが、幼なじみとして本当に情けなかった。

 

「ひとつ、聞いてもいいか」

 

 でも、いつまでも悔やんでいても仕方がない。自分を責めても何も変わらないのだから、今は鈴に俺の思っていることを伝えるのが先決だ。

 

「嫌なことから逃げるのって、そんなに悪いことなのか?」

「……え?」

「ずっと現実と真正面から向き合ってたら、それこそ息が詰まっちまう。なら、息抜きしてなんの問題があるっていうんだ」

 

 少なくとも、俺は悪いことだとは思わない。そりゃあ、完全に妄想の世界に逃げるのは駄目だと思うけど、鈴がそうじゃないのはわかっていることだ。普段からよく素に戻っている以上、こいつはナイトメアプリンセスなんてやつじゃなく、凰鈴音なんだ。

 

「それにお前、中2病が無駄だって言ったよな」

「う、うん。だって」

「ついさっき役に立ってたろ。あの3人組がヒーローごっこを楽しめたのは、お前の悪役の演技がめちゃくちゃうまかったからだ」

「それは……そうかもしれないけど、でも」

「確かに小さなことかもしれない。けど、あいつらが笑っていたのは間違いなくお前のおかげだ。その時点で、中2病に価値があるって言っていいと俺は思う。違うか?」

「………」

 

 最初は戸惑ったけど、俺だって今は鈴の中2病を楽しんでいる時がある。そういう意味でも、決して無駄なんかじゃない。

 

「で、これが一番大事なことなんだが」

 

 言いながら、俺は鞄の中からあるものを取り出す。昨日鈴から渡されたスケッチブックだ。

 

「鈴。さっきあいつらと遊んだ時、楽しかったか?」

 

 俺は正直頭がよくない。だから、こういう単純な聞き方しかできない。

 

「……楽しかった」

「そうか。じゃあ続ければいいじゃねえか」

 

 そして、こういう単純な考え方しかできない。

 

「妄想したり演技したりするのが今でも楽しいんだろ? だったら何も気にすることない。弱さの象徴だとか現実逃避だとか、そんな理由で捨てる必要なんてない」

 

 俺達はまだ子供だ。それを言い訳にするつもりはないけど、少しくらいのわがままは許されたっていいはずだ。

 

「難しいことは正直わからない。でも、俺はお前が落ち込んでる姿より笑ってる姿を見たい。だから続けてほしいんだ、中2病」

 

 これって説得になっているんだろうか。言いたいことを言ってるだけで、理論も何もあったもんじゃない。自分でも無茶苦茶言ってるのがわかるくらいだ。

 でも、どうしても伝えたかった。鈴には元気よく笑っていてほしいと。

 

「………」

 

 俺が全部話し終わった後、鈴はしばらく呆気にとられたように黙り込んでいた。

 

「……肯定、か」

「鈴?」

「く、くくっ」

 

 と思ったらなんか小刻みに震え始めた。

 

「く、くくくっ、はーっはっは!!」

「うおっ」

 

 いきなり高笑いしだしたので驚いてしまった。でも、これは……

 

「ふん、私としたことが愚かにも感傷に浸ってしまっていたようだ。奮い立たせてくれたこと、感謝するぞ」

「……おう!」

 

 どうやら元気を取り戻してくれたみたいだ。本当によかった。

 

「ナイトメアプリンセスの復活だな」

「ふふ、違うな。悪夢の姫君はすでに過去の名。己の心の壁を破壊したことで、私は悪夢の女帝(ナイトメア・エンプレス)へと進化したのだ」

「そうか。よくわからんがおめでとう」

 

 早速改名とは、しばらく溜めてたぶんエンジン全開だな。でもこれでちょうどいいくらいだ。

 

「これも織斑一夏、貴様の力によるものだ。ゆえに貴様は私の眷属から格上げすることにした」

「格上げ?」

「そう、今日この時をもって、貴様は私の右腕だ」

 

 びしっと俺を指さし、満面の笑みを浮かべる鈴。右腕か、そりゃまた信頼されてることで。

 

「ああ、よろしく頼むよ」

「うむ、これで契約成立だ。……貴様は、一生私の右腕だ」

 

 夕陽が射し込んでいるせいだろうか。俺を見つめる鈴の顔が、ちょっぴり赤く染まっているように見えた。

 

 

≪そして今≫

 

「あの頃もあの頃で毎日騒がしかったなあ」

 

 鈴の中2病に付き合ったり、弾のナンパに付き合ったり。もちろん楽しかったからいいんだけどな。

 ……結局、鈴の両親は次の年の春に離婚。母方に引き取られた鈴は中国に旅立つことになった。でも、空港まで見送りに行った時も笑顔だったので、俺はあまり心配していなかった。

 そのまま時は流れて1年後、今の状況に至るというわけだ。

 

「……やっぱ気になるな。あいつが中2病やめた理由」

 

 あと、大人の女を目指してる理由も。

 

 

≪女の子だね≫

 

「ああ……今日もやってしまった」

 

 下校して寮の部屋に戻ったあたしは、そのままバタンとベッドに倒れこむ。ルームメイトのティナはまだ帰ってきていないようだ。

 

「いつまでたっても昔の癖が抜けないのはまずいわよね」

 

 昼食の時、いろいろあって中2病の症状が出てしまった。もうやめにしようと思っているのに、ちょっと刺激されただけでこれだ。先が思いやられて仕方がない。

 

「でも、なんとかしたいなあ」

 

 大人の女を目指す以上、中2病はできるだけ早く封印したい。それに頼らなくても、今はもう現実と向き合えるし。

 

「あいつの好み、変わってないでしょうね」

 

 ついこの前も同じようなことを言ってたらしいから、心配はないと思うけど。

 ……改めて、中学時代のあいつと弾のやり取りを思い出してみる。

 

『なあ一夏。お前ってどんな女の子がタイプなわけよ』

『ん? 急にどうした』

『深い理由はねえよ。なんとなく気になったから聞いたんだ。で、どうなんだ』

『そうだな……おおらかで包容力のある、大人っぽい人がいいかな』

『ほうほう。つまり年上好きと』

『別に年上に限らなくても大人っぽい子はいるんじゃないか?』

 

 ……うん、やっぱり間違いないわね。

 

「好きな男の子の好みのタイプになるっていうのも大変よねえ」

 

 でも仕方ないか、初恋なんだし。

 こうして頑張るのも、なんだか楽しいし。

 




思った以上に鈴の昔話が長くなってしまいました。一夏が悩んでいた彼女に言ったことの内容は単純極まりないですが、意外と今後の展開的には大事だったりもします。

……今後の展開とか言ってますが、実はあと4話で終わるんですけどね。少なくとも一区切りにはなるはずです。

次からは原作3巻の内容に入ります。そろそろあの人も再登場。
感想や評価等あれば、気軽に送ってもらえるとうれしいです。
では、次回もよろしくお願いします。


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生徒会長も思春期

今回はなんと挿絵を描いてみました。初の試みなのでドキドキしています。


≪体調悪い?≫

 

「へっくしょん!」

 

 鼻のむずむずが全然止まらん。ティッシュで鼻をかんでもあとからあとから垂れてくるし、風邪ひいたかもしれない。

 

「もう夜の10時か……」

 

 今から薬飲んでぐっすり寝て、明日の朝に治っているのを祈ろう。1回授業を休むと面倒なんだよな。

 

「……っくしゅん!」

 

 ああ、また出た。このままだとティッシュ1箱使い切ってしまいそうな勢いだ。

 早く風邪薬飲まなきゃな。えーと、確か奥の棚に置いてあったはず……ああ、鼻が詰まって呼吸が辛い。

 

「一夏、いるか」

 

 腰を上げようとしたちょうどその時、誰かが部屋を訪ねてきた。この声は多分箒だ。

 

「開いてるから入ってくれ」

 

 長話はできないけど、少しくらいなら大丈夫か。せきは出てないけど、念のためマスクを着けておこう。

 

「夜分にすまないな。話したいことがあって……む?」

 

 箱から紙マスクを取り出したのと、箒がドアを開けて入って来たのはほぼ同時だった。

 俺の様子や部屋の中を眺めて、彼女は少しの間動きを止める。

 

「いや、実は」

「床に置かれたティッシュの箱、ゴミ箱いっぱいの使用済みティッシュ、やけに大きな息遣い。これらの要素から導かれる答えはただひとつ! オ」

「風邪だよ」

 

 容易に言葉が予想できるから先にツッコんでおいた。

 

 

≪お前のせいだ≫

 

「一夏さん。少しお尋ねしてもよろしいでしょうか」

「ん?」

 

 休み時間にセシリアが声をかけてきた。これだけなら別によくあることなのだが、加えて彼女の後ろにはクラスメイトが4人控えていた。えらく大所帯だ。

 

「箒さんの好みなどを教えていただきたいのですわ」

「箒の好み?」

「もうすぐ誕生日だそうですから、何か贈り物でもと考えていますの」

 

 なるほど、そういうことか。あいつの誕生日は7月7日だから、確かにあと1週間くらいでやって来る。

 本人に聞くといろいろ勘づかれそうだから、箒と付き合いが長い俺に尋ねたってわけか。

 

「他のみんなも同じ質問か?」

 

 セシリアの後ろの4人に確認すると、全員首を縦に振った。

 

「そうか。あいつも人気者だな」

「箒ちゃんは基本的に誰とでも仲いいからね」

「他のクラスにも友達たくさんいるみたいだし」

「へえ」

 

 いろんな人と話している印象はあったけど、やっぱり交友関係広いんだな。

 

「なんだかうれしそうですわね」

「え? ああいや、人間変われば変わるもんだなと思ってさ。あいつ、昔は積極的に友達作るタイプじゃなかったから」

「そうなんですの?」

 

 驚く一同。まあ今の箒しか知らなければそういう反応になるよな。

 

「小学校低学年の頃の話だけどな。最初に会った時は――」

「なんの話をしているのだ?」

「うおっ、箒!?」

 

 ちょっとばかし昔話を始めようとしたら、ひょっこり本人が姿を現した。さっきまでは教室にいなかったのに、いつの間にか戻ってきていたらしい。

 

「例の話、また今度な」

「わかりました」

 

 箒の目の前でプレゼントの話はできないので、放課後にでも時間を作ることにした。

 

「どうしたコソコソと。もしかして内緒話か」

「いや、別にそういうわけじゃない。ちょうど昔のお前の話をしてたところだったんだ」

「昔というと、ひょっとして『友達いなかった時代』か」

 

 鈴と違って、箒は過去の自分を語られることを嫌っていない。なのでこっちも話のネタにしやすいのである。

 

「箒ちゃん、本当に友達いなかったの?」

「なんか想像できないんだけど」

「はは、まあ昔の私はひねくれていたからな。今思えば馬鹿なことをしていたものだ。友達は多い方が楽しいし面白いのにな」

 

 笑顔で答える彼女を見ていると、こいつ人生楽しんでるなーと素直に感じる。

 

「箒は面白いことを見つけて楽しむのが上手だよな。ちょっと羨ましいくらいだ」

 

 思いついたままのことを言うと、なぜか箒は目を丸くして俺を見た。

 

「おかしなことを言うのだな。そもそも私をこうしたのは一夏ではないか」

「え?」

「……覚えていないのか、それとも自覚がないだけか。とにかく、私にいろいろな『初めて』を教えてくれたのはお前だ」

 

 そんなすごいことをした覚えはないんだけど、箒にとっては違うらしい。確かに彼女の最初の友達は俺だったはずだけど、そのことを言っているのだろうか。

 

「な、なんてことですの。一夏さんは箒さんの初めてを奪っておいて、そのことを忘れてしまっているなんて」

「誰もそんな話はしていない」

 

 セシリア、妄想抑えて抑えて。

 

 

≪沖縄≫

 

「もうすぐ臨海学校だね」

「そうだな。楽しみだ」

 

 シャルロットと教室で談笑中、来週行われる校外研修のことに話題が移った。海辺の広い空間でISを動かすというのが目的なのだが、旅館で2泊3日なうえに初日は丸々自由時間なので、俺を含めて生徒達の多くはすでにウキウキである。

 

「水着、どうしようかな。実はまだ用意してないんだよね」

「そうなのか?」

「うん。だから、週末に箒達と一緒に買いに行くことになってるんだ」

 

 よくよく考えると、俺は唯一の男として女子の水着姿をひとり堪能できるわけだよな。弾あたりに話したら羨ましがられそうだ。

 

「やっぱりこういう遠出はテンションあがるよな」

「そうだね。今回は海に行くだけだけど、秋には修学旅行もあるから楽しみだよ」

 

 そうだった。この学園は1年生で修学旅行に行くんだよな。

 

「行先はどこになるんだろうな。京都とか沖縄とか、いろいろ思いつくけど」

「僕は日本についてよく知らないから、どこに行っても楽しめるかな。京都には寺院が多いんだっけ」

「そうそう。日本の古きよき文化が詰まってるんだ」

 

 俺にはあんまりわからないけど。中学の時も行ったから、今度は別の場所がいいとは思う。

 

「沖縄は南国だよね。独特の文化があるって聞いたけど」

「ああ、建物とかも結構違うらしいぞ。シーサーっていう獣の像が置いてあったりするんだ」

「へえ、見てみたいな」

「あとは……オスプレイとか見られるかもしれないな」

 

 沖縄には米軍基地があるから、空を飛んでいる姿が目に入る可能性もある。俺はミリオタってやつじゃないからよくわからないけど、まったく興味がないというわけでもない。

 

「そ、それは本当なのっ!?」

「うわ、どうした急に」

 

 突然目を輝かせてぐいぐい顔を寄せてくるシャルロット。そんなにオスプレイが見たいのか?

 

「お、雄プレイが見られるって、沖縄は同性愛者が多い地域なのかな!」

「イントネーション!!」

 

 

≪革命?≫

 

「やっぱりBは欲しかったなあ」

「癒子はCだったんだっけ?」

「私はDだからCでも十分羨ましいけどなー。整備科行こうと思ってるから別にいいけど」

「Aの人とかはまさにレベルが違うって感じね」

「持って生まれたものの違いってやつだよね。いいなあ……」

「でもまあ、頑張り次第である程度はなんとかなるでしょ!」

「だね」

 

 

「どうした鈴。血相変えて」

「た、大変よ一夏。あたしの知らないうちに貧乳ブームが到来してるわ!」

「幸せそうなところ悪いが、谷本さん達がしてるのはIS適性の話だと思うぞ」

 

 

≪水着の魅力≫

 

「ボーデヴィッヒさんはもう水着用意した?」

「水着? ああ、確か荷物の中にあったはずだ」

 

 寮の部屋で本を読んでいると、デュノアがそんなことを尋ねてきた。そういえば、もうすぐ臨海学校だったか。さして特別な準備は必要ないと思うが、一応近いうちに確認しておかなければ。

 

「どんなタイプ? 意外と大胆なビキニだったりするのかな」

「タイプも何も、学園指定の物を買っただけだが。お前は違うのか?」

「えっ、じゃあスクール水着で行くつもりなの?」

 

 私としては当然のことを言ったつもりだったのだが、デュノアにとってはそうではなかったらしく、かなり驚かれた。

 

「何か問題があるのか?」

「そういうわけじゃないんだけど、うーん……」

「サイズは合っているのだぞ。この通りだ」

 

 本国から持ってきた荷物の中に水着を発見したので、取り出してデュノアの前で広げる。

 

「む」

 

 紺色の水着の胸の部分に、どういうわけか白い布が張り付けられている。こんなもの、最初はなかったはずだが。

 布には大きく私の名が書かれているので、どうやら名札のようだ。

 

「クラリッサの仕業か」

 

 荷造りを手伝ったのはあいつしかいないし、その時に仕込んだのだろう。まったく、こんな大きく名前を書かなくとも紛失したりしないというのに。

 

「……どうした、そんなに目を見開いて」

 

 どういうわけか、先ほど以上に驚いた様子のデュノア。何か変なことをしただろうか。

 

「こ、これはすごいよ……!」

「なに?」

「おぼつかない筆跡、わざわざひらがなで『らうら』と書いたこと。名札の大きさも計算し尽くされている……これは萌えのプロの業だよ」

「ま、待て。毎度のことだが話についていけん」

 

 興奮したデュノアを落ち着かせようとするが、なかなか静まってくれない。

 

「これ、ボーデヴィッヒさんの知り合いが作ったの?」

「知り合いというか、部下だが……」

「ぜひ紹介してくれないかな! きっと仲良くなれると思うんだ」

 

 く、クラリッサとデュノアが……?

 確かに馬は合いそうだが、このふたりを会わせてはならないと私の本能が告げている。

 

「僕もスク水にしようかな……ああでも、こういうものの二番煎じはやっぱり駄目だよね。とすると――」

 

 この時感じた直感が正しかったことを、私は夏季休暇中に知ることになる……。

 

 

≪思春期あるある その2≫

 

「司会の篠ノ之箒だ」

「審査員の更識楯無よ」

「思春期あるある第2回、今回は一夏に答えてもらおう」

「え、俺?」

 

 なんかわからんけど無茶振りをされてしまった。というかあれ、続いてたんだ。

 

「いきなり言われても簡単に出てこないですよ」

「そんなに難しく考えなくていいのよ? 自分や友達が体験した、思春期らしい出来事を語ればいいだけなんだから」

「些細なことでも構わないからな」

「うーん」

 

 少し考えてみる。小学校高学年や中学の時、何かそういうネタになりそうなことを経験しただろうか……

 

「あ、ひとつ思い出しました」

 

 おお! とがっついてくるふたりに、俺は中学時代の思い出を語る。

 

「数学の授業で、正三角形4つをタイル張りした図形が出てきませんでした?」

「正三角形を4つ?」

「タイル張り?」

「いきなり言われてもぴんと来ないか。紙に書くとこんな感じです」

 

 

【挿絵表示】

 

 

「これがトライフォースに見えたっていうのは」

「……むぅ」

「なんか普通ね。インパクトに欠けるから55点」

「えー……」

 

 あるあるネタなんだから普通でいいと思うんだが。俺達の世代ならあの形みたらほぼ全員がトライフォース連想するだろ、多分。

 

「じゃあどんなのがいいんですか」

「そうね、たとえば図形というジャンルなら」

 

 そう言って、楯無さんは俺のトライフォースの横に新しく何かを書き始める。

 

「こんな感じの図形があったとします」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 なんだこれ。テーブルランプか? それとも郵便受け?

 

「これが三角○馬に見えてついつい興奮してしまう」

「ああ! わかります師匠、これはいいあるあるです」

「でしょう?」

「さすがです!」

「もうやだこのコンビ」

 




章はじめのサブタイトルはなんとなく統一性を持たせています。

挿絵は初めてにしてはなかなかうまく描けたと思います。え、あんなの挿絵じゃない? 挿絵機能を使ったら全部挿絵ですよ?

いよいよあと3話、終わりが見えてきました。次はあの人が再登場です。
感想等あれば、気軽に送ってもらえるとうれしいです。
では、次回もよろしくお願いします。


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ファースト幼なじみはお姉さんと

生徒会役員共のアニメは終わってしまいましたが、この作品はもうちょっと続きます。


≪やってきました臨海学校≫

 

「夏だ!」

「海だ!」

「合宿だ!」

 

 バスから降りた途端、わいわいとはしゃぎだすクラスメイト一同。じりじりと照りつける日射し、ほのかに漂う潮の香り、そして視界に映るきれいな海。俺も夏の解放感にあてられてテンションが上がっている。3泊4日の臨海学校を、心ゆくまで楽しみたい。

 

「旅館に荷物置いたらダッシュで砂浜だな」

「そうですわね。海で泳ぐのは久しぶりですから、わたくしも楽しみですわ」

「人数も多いからいろんな遊びができそうだしね」

 

 セシリアやシャルロットと話しながら、バスのトランクから自分のバッグを取り出す。必要最低限のものしか入れてないので、あまり重くはない。旅館の部屋で遊ぶ用のボードゲームとかは鈴が持ってくると言っていたので、娯楽関係はほぼ彼女に任せてしまっている。

 

「ほらみんな、少し落ち着いて」

 

 ちょっと元気がよすぎる1組の生徒達に、委員長の鷹月さんが注意を加える。

 が、あまり効果がないようだ。こういう時って、ひとりがいさめてもなかなか収まらないんだよな。

 

「ちょっと、聞いてるの――」

「こらお前達、騒ぎすぎだ」

 

 助け舟を出そうかと思っていたところ、俺が動く前に箒が彼女の隣に立った。

 

「この後旅館に移動して従業員の方々に挨拶をするのだ。あまりはしゃぎすぎているとよくない印象を与えることになる。ある程度の切り替えは必要だぞ」

 

 その言葉に、今度はクラスメイト達がしっかり反応した。

 

「確かにちょっとはしゃぎすぎたかも」

「もう子供じゃないんだし、分別わきまえないとね」

 

 全員が注意を受け入れ、落ち着きを取り戻した。その様子に満足げにうなずく箒。

 

「すごいね、箒。一瞬でみんなを静かにさせちゃった」

「カリスマ、でしょうか」

 

 シャルロットやセシリアが感心したふうにつぶやく。今の光景が、彼女らふたりには箒がリーダーシップを発揮させたように映ったらしい。

 

「多分そうじゃないけどな」

「どういうこと?」

「あいつの格好見れば、想像つかないか」

 

 ほい、と箒のいる方を指さす。

 

「はーい、では皆さん、2列に並んで先生達についてきてください!」

「よし、では山田先生のところに行こうか……んぐぐ、おもっ」

 

 キャリーケースに加え、背中にはパンパンに膨れ上がったリュックサック。

 

「箒ちゃん。それ、海に着いてから空気入れた方がよかったんじゃない?」

「それだと膨らませている間に出遅れてしまうではないか。このシャチとともに海に一番乗りするのは私だ」

 

 で、脇にビニール製の大きなシャチのおもちゃを抱えている。

 一目見ただけで、この中で最も海を楽しみにしているのはこいつだと確信できる荷物の量だった。

 

「一番はしゃいでいるやつが気持ちを抑えてるんだから、自分達もちゃんとしなければ。と、みんなこう考えているわけだ」

「なるほど」

 

 

≪部屋割り≫

 

 旅館に到着した後は、各自割り当てられた部屋に荷物を置くためいったん散り散りになった。

 

「山田先生。俺は織斑先生と同じ部屋でしたよね」

「はい、そうですよ」

 

 千冬姉本人が近くに見当たらなかったので、山田先生に確認をとっておく。

 普通は教師と生徒が相部屋になることはないんだけど、俺ひとりを個室に放り込むと就寝時間を無視して押しかける女子が出てくる可能性が高いとかなんとかで急遽こういう形になったとのこと。

 本当にそんなことあるのかと思わないわけでもないが、ここの学園の生徒はいろんな意味で規格外の人が多いから絶対ないとも言い切れない。

 

「問題が起きそうな場合は、事前にその芽を摘んでおくことが大事ですからね」

「はあ、なるほど」

 

 ま、別にそこまで気にするほどのことじゃないか。よく知らない教員ならともかく、実の姉と同じ部屋になっても困らないしな。

 

「ただ、実を言うと私はちょっと不安なんです」

「え、何がですか?」

「生徒同士の不純異性交遊と近親相姦。どっちがまずいのかなっていまだに悩んでいて」

「間違いが起きるのを前提にするのはやめてくれません?」

 

 

≪きゃっきゃうふふ≫

 

「あれ? どうしたの織斑くん。ひょっとして体調悪い?」

「いや、遊び疲れたからちょっと休憩してるだけだ」

「そうなんだ。じゃあさ、休憩終わったら私達とビーチバレーしようよ」

「ああ、いいぜ」

 

 わきを通り過ぎる女子達と軽く言葉を交わしたりしながら、俺はビーチパラソルの下で体力の回復に努めていた。心はもっと遊びたい気持ちでいっぱいなのだが、ちょっとはしゃぎすぎたせいで体の方がついてこない。

 

「ふう」

 

 頭上には照りつける太陽。目の前には青い海。

 まさに夏、という雰囲気の中、女の子達が元気に泳いだり走ったりしている。

 

「ふんっ」

「きゃあっ!? ちょっとボーデヴィッヒさん、強すぎ……」

 

 俺の視線のすぐ先では、水が比較的浅い部分でバトルを繰り広げる生徒数名の姿が。よくある遊びのはずなんだけど、ラウラが軍隊仕込みの華麗な技をかけまくっているため水中組手みたいになっていた。

1対3なのに余裕で勝利し、腕を組んで仁王立ちする姿は様になってる気がする。

 

「手ごたえがないな。もっと大人数でかかって来ても――」

「隙ありだっ!」

「んにゃっ!?」

 

 が、突然水中から飛び出した何者かがラウラの背後をとった。おそらく息を潜めてこっそり近づいていたのだろう。

 

「私も参戦させてもらうぞ」

「し、篠ノ之……乱入か。だが、私の体をつかんだだけでは勝負はついて」

「こちょこちょこちょ」

「なっ……あはは! 馬鹿者、それはやめっ……ははは!」

 

 襲撃者は箒だった。不意打ちでラウラを捕らえた彼女は、振りほどかれる前に素早くくすぐり攻撃を開始する。

 

「どうだ、ギブアップするか?」

「篠ノ之、この、あははっ、離せ……ふふふっ」

「むう、強情だな……それと、出会ってから1ヶ月経つのにいまだに名字呼びなのは少し寂しいぞ? この、この」

「はははっ、な、なんだ。箒と呼んでほしいのか?」

「うむ、それでよし。これで遠慮なくラウラを本気でくすぐれるな」

「な、なあっ!? 待て、これ以上はあはははは!!」

 

 仲良くじゃれつく箒とラウラ。美少女ふたりが無邪気にああしているのを見ると、なんだか心が洗われていく感じがした。

 

「一夏」

 

 背後から声をかけられたので振り向くと、シャルロットがキラキラと瞳を輝かせていた。

 

「今、同性同士の絡みにきゅんと来たよね? そこのところを僕と少し掘り下げて」

「やめときます」

 

 せっかく浄化された心が汚れてしまいそうなので。

 

 

≪あっという間に一夜は過ぎて≫

 

 楽しい時間は過ぎ去るのが速い、というのは本当で。

 全日自由時間だった臨海学校1日目が終了し、ISの訓練に励む予定の2日目がやって来た。

 

「全員揃っているな」

 

 それぞれのクラスの点呼が終わったことを確認してから、千冬姉が今日の訓練の内容を説明し始めた。

 昨日遊んでスッキリしたし、その分今日は頑張らないとな。

 

「では各自作業に取りかかれ。それと、篠ノ之はちょっとこっちに来い」

 

 全員が動き始めるとともに、呼び出された箒は千冬姉の方へ。

 

「なんかあったのかな」

 

 という俺の疑問は、さほど時間を置かずに解消されることとなった。

 

「ちーちゃーん! 箒ちゃーん!」

 

 数百メートル向こうから爆走してくる何かが、ふたりの名前を叫ぶ。近づいてくるにつれ姿がはっきりしてきて、俺はそれが誰であるかに気づいた。

 

「束さん!」

「あっ、そこにいるのはいっくんだね! おひさー」

 

 顔を見るのは1ヶ月と少しぶりだろうか。箒の姉にしてISの生みの親、篠ノ之束さんが突然現れた。

 

「ね、姉さん……? どうして、ここに」

「すっごく久しぶりだね、箒ちゃん。直接会うのはいつ以来かなあ」

 

 束さんの登場は箒にとっても予想外だったようで、目を丸くして固まってしまっている。

 周りの生徒達も、超有名人の出現にざわついていた。

 

「ちーちゃんも久しぶり! 早速再会の抱擁を」

「やめろ馬鹿。それより用件をさっさと済ませたらどうだ」

「相変わらず手厳しいねー……まあいいや。じゃあ言われた通り……箒ちゃん、今日はプレゼントを持ってきたんだよ!」

「プレゼント……?」

 

 束さんの言葉を繰り返す箒。プレゼントと言うと、もしかして誕生日プレゼントか? まだ1日早いけど。

 うんうんとうなずいた彼女の姉は、笑って真上を指さした。つられてその場の全員の視線が上に動く。

 

 次の瞬間、上空から金属の塊が落下してきた。衝撃で砂がはじけ飛ぶ中、箱状をしたそれの側面が開き、中身を露わにする。

 

「箒ちゃんの専用機『紅椿』、ついにお披露目の時間だね!」

 

 せ、専用機? この赤いISが、箒の?

 

 

≪紅椿≫

 

「この子は束さんが丹精込めて作った最高性能のISだよ。どうどう、デザインもイケてると思うんだけどなあ」

 

 最高性能って、さらりととんでもないことを言ってるような気がする。

 そう感じているのは俺だけではないようで、周囲の人間の視線はもれなく紅椿に釘付けになっていた。唯一、千冬姉だけは箒と束さんの方を見つめている。

 

「すごいな……」

 

 束さんが最高性能と謳っているのなら、実際にその通りに違いない。そのISをもらえるなんて、箒もうれしいんじゃないだろうか。

 

「これを、私に?」

「そうだよー。箒ちゃんのために作ったんだからね」

「………」

「あれ、どうしたの箒ちゃん? お腹でも痛い?」

 

 だけど、束さんと話している箒の姿は、間違っても喜んでいるようには見えない。突然のことに困惑しているという様子でもない。

 

「受け取れません」

「ほえ?」

「紅椿、でしたか。私はこれを使うことはできない」

 

 箒の言葉で、さっきまでざわついていた生徒達の話し声がぴたりとやんだ。

それもそのはずだ。あいつは今、みんなが憧れる専用機を手に入れることを拒否したのだから。

 

「どういうことかな。心配しなくても、紅椿は箒ちゃんの戦闘スタイルに合ったISで――」

「そうじゃないんです」

 

 うつむいたまま、彼女は束さんの言葉を途中で遮った。目線は砂浜に向いていて、束さんと目を合わせることはない。

 

「私にはまだ、このISに見合うだけの実力が伴っていない。それに」

「……それに?」

「……私は、あなたからの施しは受けたくない」

 

 それは、実の姉に向けるにはあまりにも冷たい言葉で。

 

「ふーん。そうなんだ、それは残念だね」

 

 箒の束さんに対する悪感情が、いやというほど感じられた。

 

「どんなことがあっても、私はこれに乗るつもりはないです」

 

 吐き捨てるように告げた箒は、近くに置いてあった打鉄用の装備を拾い上げ、そのまま作業を始めてしまった。

 

「お前達、誰が手を止めていいと言った。とっととやるべきことをやれ」

 

 千冬姉の一喝で、呆然としていた俺達もようやく我に返る。慌てて自分達の作業に戻り、歪んでいた雰囲気が徐々に正常になり始めた。

 

「箒……」

 

 それでもやっぱり、俺の頭の中はあいつのことでいっぱいだった。今日の訓練、ちゃんと集中して行えるだろうか。

 

 

≪やっぱり駄目だ≫

 

 夕方。訓練が全部終わった後、俺は砂浜でひとりたたずんでいる箒の姿を見つけた。

 

「何してるんだ、こんなところで」

「別に、何もしていない」

 

 そう答える箒の声は、いつもと違って全然覇気が感じられない。やっぱり、今朝のことが原因だよな。

 

「なあ箒。どうして」

「すまない」

 

 紅椿を受け取らなかったことについて尋ねようとした矢先、彼女は俺に向かって頭を下げた。

 

「やはり私は、弱いままだった」

「弱い?」

「私とお前が友達になったあの日。お前が言ってくれた言葉で、私は変わることができた。何もかも否定していた自分を、捨て去ることができた」

 

 静かに語る箒。俺は小学生の頃の記憶を思い返しながら、次の言葉を待つ。

 

「だが、駄目だった。あの人……姉さんとだけは、向き合えないんだ。どうしても、悪い考えばかりが浮かんでしまう」

「箒……」

 

 ここまで悲痛な表情をした幼なじみの姿を、俺は今まで見たことがなかった。

 

「そんな顔をしないでくれ。私も落ち込むのはやめにするから、あまり気にするな」

 

 そう言って、彼女は笑う。でも、誰が見てもわかるくらいの、ひどい作り笑顔だった。

 

 

≪たばねーさんと千冬姉≫

 

「こんなところで何をしている」

 

 すっかり暗くなった夜の岬で、束は満月を眺めていた。

 

「あ、ちーちゃん。どうしたの、何か用事?」

「ただの散歩だ」

 

 ここに来たのは本当に偶然で、こいつの顔を見たかったわけでもない。

 ただ、気になることなら確かにあった。

 

「妹に拒絶された気分はどうだ」

「うへえ、いきなりその話かあ」

「お前と箒、仲が良くないことは知っていた。だが、あれほどとまでは思いもしなかった」

「そうだねえ。私も、もしかしたら超低確率で断られるかもなーってくらいの認識だったから、正直ショックだよ。がびーんだね」

 

 あまり落ち込んでいるようには見えないが、予想外であったことは事実らしい。

 

「ちーちゃん。私からも質問いい?」

「なんだ」

 

 一呼吸置いてから、束は私の目を見て口を開く。

 

「この数年間、束さんはたびたび箒ちゃんの様子をこっそり観察していました」

「どうやって、とは聞かん。だがストーカーだな」

「お姉ちゃんが妹のことを気にするのは犯罪じゃないのだよ」

 

 陰から様子を見るくらいなら直接会えばいいだろうに。

 

「それで、ストーキングの結果何かわかったのか」

「むう、だからストーキングじゃないってば~。……とにかく、いつ見ても箒ちゃんは笑っていたんだ」

「笑っていた?」

「そうだよ。いきなり転校させられたり、監視がついたり、好きだった剣道の大会に参加することも制限されたり。周囲を、環境を憎んでもいいような状況でも、箒ちゃんは笑っていた」

 

 気づけば、束の口調は真面目なものに変わっていた。普段のふざけた空気が消えている。

 

「まるで、今の世界が楽しいと思っているみたいに」

「実際楽しいのだろう。学園でも、あいつはよく笑っている」

「どうしてなのかな」

 

 どうして、ときたか。またつかみどころのない問いをぶつけてくるものだ。

 

「ひとつ言えることがあるとするならだ」

「なに?」

「お前の妹は、お前より強いということだろうな」

 

 

≪アンタはそのままで≫

 

「………」

 

 夕食の後、なんとなく旅館のロビーのソファに腰掛ける。頭に浮かぶのは、やっぱりあいつのことだった。

 

「あれ、一夏。こんなところで何やってんの?」

「鈴か。いや、ちょっとぼーっとしてただけだ」

 

 もうひとりの幼なじみが偶然通りがかり、隣の椅子に座ってきた。

 

「ぼーっと箒のこと考えてたんだ」

「……俺、そんなにわかりやすい顔してたか」

「くらーい感じだったし、今日のこと考えたらそのことかなって」

 

 いい推理だ。さすが幼なじみといったところか。

 

「鈴は、どう思った? 箒と束さんのこと」

「どうって……ま、あそこまで姉妹仲が悪いとは知らなかったわね。箒にあんな一面があるなんて、驚いた」

「いつもと全然雰囲気違ったもんな」

「そうね。アンタも知らなかったの?」

「ああ。これだけ長い間一緒にいて、気づきもしなかった。せいぜいちょっと馬が合わない程度だと思ってた」

 

 情けない話だ。近くにいたくせに、あいつの抱えていた問題をわかってやれなかったなんて。

 

「……どうしたらいいんだろうな」

 

 俺のよく知る人同士、箒と束さんには仲良くしてほしいというのが本音だ。けど、箒の様子を見る限り溝は深い。俺が強く言えば、あいつに嫌な思いをさせてしまう可能性だって十分にある。

 

「アンタはどうしたいの? 箒に、お姉さんと楽しく話せるようになってほしいわけ?」

「そりゃあ、できればそれが一番いいさ。でも」

「やればいいじゃない。自分がしたい通りに」

 

 なんでもないことのように、鈴は俺に答えを提示する。とても単純な、そして強引な答えを。

 

「一夏って、昔から肝心なところじゃいつも頑固で強情でしょ。うまくいかないかもとか、そういうネガティブなことをあんまり考えないタイプなのよ」

 

 そうだっただろうか。

 思い返してみると、確かに鈴の言う通りだ。鈴が中学の頃悩んでいた時。小学生の頃、箒と友達になったあの時。いつも俺は、最後には自分の考えを押し通していた。

 

「アンタはそのままでいいのよ。真っ直ぐ突き進むくらいで」

「そう、なのか?」

「自信を持ちなさいよ。駄目だったら、その時はその時よ」

 

 鈴が俺の両肩をバシンと叩く。ちょっと痛いくらいの励ましが、俺の背中をぐんと押してくれた。

 ……そうだな。そのくらいの気概で行かなきゃ、うまくいくものまで駄目になっちまう。

 

「ありがとうな、鈴。おかげで何をするかはっきり決まった」

 

 今日の箒とのやり取りで、小学生の頃に俺が何を言ったのか完全に思い出した。

 あいつ自身も言っていたけど、俺の言葉が彼女を変えるきっかけになったのは確かなことだ。

 だったら、もう一度やってやる。

 

「あいつには、あんなひどい笑顔をしてほしいわけじゃない」

 

 行こう、箒のところへ。

 




原作との変更点として、臨海学校の日程が1日多いです。それに伴い、3日目が7月7日、箒の誕生日となっています。

自分の考えに自信を持っているからこそ、その言葉は力強く聞こえる。頑固というのはそういう長所があるわけです。原作でも一夏は根本的な部分では強情だと僕は感じました。

次はいよいよ箒の過去編です。このままいくと多分文字数がいつもより多くなりそうです。

感想や評価等あれば、気軽に送ってもらえるとうれしいです。
では、次回もよろしくお願いします。


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篠ノ之姉妹はどっちも不器用

禁断の全編シリアス。


≪篠ノ之箒の自己分析≫

 

「箒ちゃんはお利口さんねえ」

 

 幼稚園に通っていた頃、先生は私に対してその言葉をよく口にしていた。

 どうやら私は、同年代の他の者よりも物覚えがよいらしい。文字の読み方、難しい言葉の意味、その他さまざまな知識を、彼らよりもずっと速く、そして数多く吸収してきた。

 だからかもしれない。5歳、6歳と年齢が上がるにつれ、彼らと一緒にいるのがつまらなく感じるようになった。

 幼稚園の先生が絵本を読むと、彼らは楽しそうにそれに聞き入る。私は、もう何度も聞いた話じゃないかと興味を失う。

 彼らが外でわいわい遊んでいる時も、私はいまいちそれに乗り切れない。

 その傾向はだんだんと強くなり、小学生になった頃には、他人と関わるのが面倒になってしまっていた。彼らとのつまらない時間を共有するくらいなら、家の道場で竹刀を振っていた方がずっといい。

 

「あ、あの、箒ちゃん。あっちで一緒に遊ばない?」

「断る」

「あ、うん……」

 

 1年生になった直後はそこそこ遊びに誘われていたが、今ではそれもほとんどない。でもそれでいいと思っていた。私は彼らとつるむ気はないし、彼らも私と一緒にいて楽しいということはないだろう。どちらにとってもこれが正しい選択だ。

 

≪変わり者≫

 

 私には、歳のかなり離れた姉がいる。

 両親は道場の経営などの仕事で忙しく、家族の中で最も一緒にいる時間が長いのがこの姉だった。

 ……と、いうのは昔の話。7歳になった今となっては、私は姉さんを意図的に避けるようになっていた。

 なぜか、と問われれば、答えはひとつだ。

 恐ろしかったから。

 

「ねえ箒ちゃん。箒ちゃんは、世界が自分の思い通りになるとしたらどうする?」

「……わからない」

「あはは、まだ箒ちゃんには早すぎる質問だったかな。束さんはねえ……いっそ、ぜーんぶ壊しちゃうのもありかな、なんて思うんだ」

 

 冗談のような言葉なのに、声色や顔つきからは冗談と受け取れない。あの人と話していると、そういうことがよくあった。

 加えて、彼女にはとんでもない力が備わっている。ISなんて代物を作り上げるだけの能力を持っているのだ。

 何か、外れてはならないタガが外れている。この人は、自分とは違う世界にいる。それが、何年もかけて出来上がった私の篠ノ之束に対する印象だった。

 あんな風にはなりたくない。そう思うが、私も周囲から孤立している点は姉と同じだ。だから時々怖くなる。自分とあの人は似ているのかと、不安になる。

 そんな時は、ただひたすらに剣道に打ちこんだ。姉さんのやっていないことをやることで、自分とあの人は違うということを証明できる気がしたから。

 

 私は変わり者だ。その自覚はあるが、治すつもりもないし、その方法もわからない。

 そういった考えが凝り固まった時に、ひとりの男が私に近づいてきた。

 そいつの名前は、織斑一夏といった。

 

 

≪きっかけ≫

 

 織斑と最初に会ったのは、小学校の入学式だった。同じクラスで、席が隣同士。加えて、4月から彼は私の父が経営する道場に通い始めていた。他人とコミュニケーションをとらない私といえども、さすがに名前くらいは覚えた。

 

「ねえねえ箒ちゃん。土曜日のウルトラマン見た?」

「見ていない」

「えー? 面白かったのに」

「私にとっては面白くない。わかったらもう話しかけるな」

「むー……」

 

 だからといって、仲良くしようなんて思ったわけではない。他のクラスメイト達に対する態度と同様に、彼に対しても必要以上の会話を行うことはなかった。

 入学から1ヶ月経った頃には、生徒のほとんどは私に積極的に話しかけてはこなくなった。それは隣の席の織斑も例外ではなく、私もようやくいちいち突き放さずにすむと安心していた。

 そんなある日の放課後。

 

「ん~っ、ん~っ!」

「お兄ちゃんがんばれ!」

 

 下校中、織斑と小さな女の子が1本の木に群がっているのが目に入った。よく見ると、木にはピンクの風船がひっかかっており、織斑がひもをつかもうとぴょんぴょん跳んでいる。

 が、私には関係ないのでそのまま通り過ぎる。

 

「あっ、箒ちゃん!」

 

 見つかった。さすがにそばを歩いていると気づかれるか。

 

「この子の風船が木にひっかかっちゃったんだ。箒ちゃんも手伝ってくれない?」

「なぜ私がそんなことをしなければならん」

「だって箒ちゃん、俺より背高いじゃん。だから手が届くんじゃないかなーって」

「だとしても、私がお前達のために動く理由がない。帰る」

 

 足を前に動かす。

 

「そんなあ!? ひどいよ箒ちゃん!」

「お姉ちゃんのいじわるー!」

「おにー!」

「あくまー!」

 

 背後から罵声を浴びせられる。そこまで言われる筋合いは絶対にないと思うのだが、とにかくうるさくて耐えられなくなってきた。

 

「わかった、わかった! あの風船をとればいいのだな」

 

 改めて風船の位置を確認する。織斑はああ言っていたが、これは多少背が高い者が跳んでもとれないだろう。

 かといって、早々に諦めるとうるさいのは目に見えている。なので、面倒だが別の手を試すことにした。

 

「……うむ、問題ないな」

 

 幹がつるつるしていないことを確認してから、両手両足を木にひっかけた。

 そのまま上に登っていき、枝にからまっていたひもを右手でつかむ。

 

「おおっ!」

 

 下から歓声が聞こえてくるが、気にせずにゆっくり降りていく。片手が塞がっているので、登りよりも慎重に手足を動かした。

 

「ほら、これでいいのだろう」

 

 無事着地して、女の子に風船を渡す。少し制服が汚れてしまったが、擦り傷などは作らずにすんだ。

 

「では私は帰――」

「すげええ!!」

「お姉ちゃんかっこいい!」

「は?」

 

 今度は私に群がってくるふたり。両方とも目を輝かせている。

 

「あんなに木登りうまい人初めて見たよ」

「わたしも!」

「ねえ箒ちゃん、どうやったらあんなふうにできるの? 教えてよ」

 

 どうやら私が木に登ったのを見て興奮しているらしい。確かに木登りには密かに自信があったが、こうも反応が大きいとは。

 

「ねえねえ」

「断る。そこまでやってやる義理はない。風船はとってやったのだから満足だろう」

「……ぎり? 箒ちゃんの言うことは難しいよ」

「お前に学が足りないだけだ。勉強しろ、勉強」

 

 今度こそその場を立ち去る。これ以上付き合ってやる必要はないだろう。

 次に同じようなことがあっても、もうこんなふうに優しくはするまい。

 

 

≪変なヤツ≫

 

「箒ちゃん、昨日の仮面ライダー見た?」

「見てない」

「そっか。面白いから今度見てみてよ」

 

 一度ああいうことをしたのがまずかったのか。

 一時は私に話しかけるのを諦めていた織斑が、再び積極的にからんでき始めた。どうやら本格的に興味を持たれてしまったらしい。

 どんなに素っ気ない返答をしても、織斑はめげずに話を振ってくる。教室でだけではなく、剣道場でもそれは同じだった。

 変なヤツだと思う。私よりも他の者と接した方が、ずっと有意義な時間を過ごせるだろうに。

 

「あっちに行け」

 

 7月に入ったあたりのある日。いい加減うっとうしくなってきたので、剣道場で近づいてきた織斑に突き放すような言葉をぶつけた。

 

「ねえ、箒ちゃん」

「しつこい。私にかまっている暇があるなら練習をしろ。未熟者」

「むう……」

「だいたい、神聖な道場で余計な話をする方がおかしいのだ」

「し、しんせー?」

「神聖、だ。お前は勉強も足りないようだな。未熟者なうえに馬鹿者だ」

 

 少し言い過ぎかとも思ったが、こうでもしないとあいつは私から離れないだろう。そう考えて、特に発言を訂正することもしなかった。

 

「わかったよ。練習すればいいんでしょ」

「ふん」

 

 ようやく諦めたらしく、竹刀を拾って他の連中のところへ向かう織斑。

 

「む?」

 

 と思ったら、急にこちらに引き返してきた。

 

「じゃあさ、俺が箒ちゃんに剣道で勝ったら、また話しかけてもいい?」

「なに?」

「未熟者じゃなくなればいいんでしょ?」

 

 真面目な顔で尋ねてくるので、少々面食らってしまう。

 別にそういう意図で言ったわけではないのだが……まあいい。ここで首を横に振るとうるさそうだし、私が負けなければいいだけの話だ。

 

「そうだな」

「よし、約束だからね」

 

 織斑は1年生の中では強い方だが、それでも私にはまだまだ及ばない。負ける心配はないだろう。

 

 

≪夏が終わって≫

 

 夏休みが明けて、運動会が終わって、11月。寒さが本格的になってきた時期の道場で、事件は起きた。

 

「やった! 俺の勝ちだ!」

 

 眼前には飛び跳ねる織斑。対する私は、呆然と竹刀で打たれた小手を眺めるだけ。

 

「箒ちゃんに初めて勝った!」

「ぐぬ……だが、二刀流は大会で禁止されているはずだ」

「でも練習なら別にいいって先生も言ってたよ?」

 

 二刀流が禁止されたのは、昔それを使って引き分け狙いの消極的な試合を行う者がたくさんいたからだと聞いたことがある。強すぎるから禁じられたというわけでは決してない。

 だから、織斑が私に勝ったという事実に文句をつけることは、どうにもやりにくかった。

 

「……そうだな。私の負けだ」

 

 今日の勝負。同年代との試合ということで、慢心がなかったと言えば嘘になる。そこを織斑は見逃さなかった。

 

「ずーっと箒ちゃんに勝つために研究してきたんだ」

「なるほど。毎日視線を感じたのはそのせいか」

 

 私の動きを観察することで、どうすれば有利に戦えるかを考えたのだろう。それもここ数日の間だけではなく、それこそ何ヶ月も。

 真摯に努力すれば、それだけ腕は上達する。今日戦って、私は彼の成長を実感していた。

 だが、いったいなんのために? そう思ったところで、私は夏の初めに織斑と交わした約束を思い出した。

 

「これで話しかけてもいいんだよね」

「やはりそれか」

「だって約束したし」

 

 どうせ負けることはないとたかをくくった結果がこれだ。安易に約束などするべきではなかったと、今さらながら後悔する。

 

「約束、だからな。仕方ない」

「よし!」

 

 ぐっと拳を握る織斑。私と話せることがそんなにうれしいのだろうか。おかしなやつだ。

 

「じゃあ明日、一緒に遊ぼうよ」

「……はあ?」

「すっごく面白いところに連れてってあげるから」

「なぜ私がお前と」

 

 

≪翌日、日曜日≫

 

「結局来てしまった」

 

 押し切られた。昨日は敗者の立場ということもあり、どうにも強い態度に出ることができなかったのだ。

 

『すっごく面白いところに連れてってあげるから』

 

 ……まあ、少しだけ、ほんの少しだけは期待している。あれほど自信満々に言い切ったのだ、つまらなかったらどうしてくれようか。

 

「箒ちゃーん」

 

 そんなことを考えている間に、待ち合わせ場所の公園に織斑が姿を現した。昨日の雨でできた大きな水たまりを避けつつ、私のもとへと走ってくる。

 

「ちゃんと来てくれたんだね」

「断らなかったのだから当然だろう」

「じゃあ、行こうか」

 

 元気よく歩き出す織斑。何がそんなにうれしいのか、ニコニコと笑っている。

 

「どこへ行くのだ」

「いろんなところ」

 

 

≪デート、ではないと思う≫

 

 織斑も私も、まだ小学1年生である。遊びに行くといっても、遠出をするわけではないだろうと、もともと予想はついていた。

 実際、織斑は私を連れて町をあちこち回っているだけだった。生まれた時から住んでいる場所、見慣れた風景。道1本1本もすっかり頭に入っており、今さら面白みなど感じるはずもない。

 

 そう、思っていた。

 

「ほら、ここの店の裏、道が隠れてるんだ」

「本当だ」

「この道を歩いていくと……ほら、いい景色」

「町が一望できるのか……確かに、壮観だな」

 

 彼は、秘密の抜け道を知っていた。

 

「次はここのレストラン」

「おい、私はそこまでお金は持っていないぞ。こんな高級そうなところでは」

「大丈夫大丈夫。こっちだよ」

 

 正面の入り口ではなく、裏の方へまわる織斑を追いかける。

 

「おじさん、パン買いに来たよ。ふたつ」

「はいよ」

 

 裏口で彼が声を出すと、店員の男性が袋に入ったパンを持って出てきた。

 

「ひとつ200円ね」

「はい400円。今日は俺がおごるよ」

「女の子のぶんも買ってあげるとは、いい男だな。坊やは」

 

 私が呆気にとられているうちに、パンを購入した織斑がそのうちのひとつを手渡してきた。

 

「ここのお店、料理に使うソースとかで余ったやつを使ってパン作ってるんだ」

「それを裏口で売っているのか? しかし、そんな話は聞いたことがない」

「そりゃそうだよ。お店の人が何も言ってないんだもん」

 

 つまりこういうことらしい。あのパンに関しては一切宣伝を行っておらず、偶然その存在を知った人しか買うことができない。もともと余りの材料で作るために数が少なく、客が増えすぎると困るから、だそうだ。

 そして、肝心の味の方だが。

 

「……おいしい」

「でしょ?」

 

 ソースの種類はわからないが、パンにしっかり染みていてとてもおいしかった。初めて経験する味だ。

 

「店の中の料理は何千円もするから無理だけど、これなら買えるからたまに行くんだ」

「確かに、これはくせになりそうだ」

 

 織斑一夏は、こういった穴場の店も知っていた。

 

 それから後も、彼は私をさまざまな場所へ案内した。

 いわく、ここの駄菓子屋は店主の気分でたまに値下げをする。

 いわく、ここに住んでるお兄さんはどこにも売っていない面白いゲームを持っていて、好きに遊ばせてくれる。

 どれもこれも、私のよく知る町の中の、私の知らない姿の紹介だった。

 

「あ、もう5時か」

「そのようだな」

 

 最初にいた公園に戻ってきて、ふたりでそこに設置された時計を眺める。

 

「楽しかった?」

「……まあ、景色はきれいだったし、パンはおいしかった」

 

 この町に、あれだけの新しい発見が残っているなんて思いもしなかった。全部わかった気でいたところに、いきなり全然知らない世界を見せつけられたような気分だ。

 楽しかったか、と聞かれれば、確かに答えはイエスになるだろう。少なくとも、つまらないなんてことは決してなかった。

 

「お前は、ああいった場所を見つけるのが得意なのだな」

「うん! みんなにもよく言われるよ」

 

 観察力があるのだろう。一種の才能、はさすがに言い過ぎか。

 

「あっ」

「どうした」

「あそこの木、風船がひっかかってる」

 

 織斑が指さした方を見ると、確かに水色の風船が木の枝にひっかかっていた。

 

「俺、とってくる!」

「あ、おい」

 

 一目散に走る織斑を追いかける。

 

「跳んでとれる高さではないようだが」

「わかってるよ。だから」

 

 そう言って、織斑はゆっくりと木を登り始めた。動作はぎこちないが、ちゃんと少しずつ上に動いている。

 

「大丈夫か」

「大丈夫。この前箒ちゃんが登るの見てから、頑張って練習したんだ」

 

 この前というと、1学期にピンクの風船をとった時のことだろう。私がやり方を教えなかったから、自分で努力したということか。

 

「んしょ、んしょっと……とれた!」

 

 数分後、しっかり風船のひもをつかんだ織斑は、そのまま地面を目指して降りてくる。

 

「うわっとと」

 

 だが、足が地面に着く瞬間、バランスを崩してしまった。とっさに手を伸ばそうとしたがわずかに間に合わず、

 

 ばしゃーん!

 

 近くにあった水たまりに、織斑の体は思い切り倒れこんでしまった。

 

「うげえ、口に入った」

 

 起き上がった織斑の姿はひどいもので、服も顔も泥水で茶色に染まってしまっていた。

 ただ、風船だけは大して汚れた跡もなく、今も水色のままだ。

 それに気づいたのか、織斑はにっこり笑ってひもを持った右手を突き上げた。

 

「……ふふっ」

 

 それだけ汚れているのに、何を笑っているのだ。そんなに風船をとることが大事だったのか?

 剣道だってそうだ。私に勝つことが、こいつにとっては何ヶ月もかけて目指すだけのものだったのか。

 

「ははは」

 

 すがすがしいまでの真っ直ぐさ。それを認識した途端、私は自然に笑いだしていた。

 

「ははははっ」

 

 しばらくの間、私と織斑は声を出して笑い合っていた。

 

 

≪笑えるだろうか≫

 

「箒ちゃん、笑うとかわいいんだね」

 

 公衆便所で顔を洗ってきた織斑は、帰って来るなりそんなことを言い放った。

 

「かわいい? 私がか」

「うん。いっつも真面目な顔してるから知らなかったよ」

 

 かわいい、か。同年代の者に言われたのは初めてかもしれない。

 

「笑ってれば、友達もたくさんできると思うよ」

「そうか?」

「そうだよ」

 

 織斑が言うのなら、そうなのかもしれないな。ただ、それは難しい話だ。

 

「面白くもないのに笑えるほど、私は器用じゃない。わざわざそこまでして友達を作ろうとも思わない」

 

 今日は楽しかったし、面白かったから笑えたのだと思う。だが、いつもはそうじゃない。明日からはまた学校に通い、つまらない時間を過ごすことになるだろう。だから、私は笑えない。

 

「んー……」

 

 私の言葉に、織斑はしばらく悩んでいる様子だった。

 が、ふと何かを思いついたらしく、私に笑いかける。

 

「じゃあさ、俺が面白くするよ」

「え?」

「今日みたいに、俺が面白いことをいっぱい見せてあげるんだ。そしたら箒ちゃんも楽しいし、笑っていられるんじゃないかな」

「あ……」

「だからさ、箒ちゃんも探してみようよ。面白いこと」

 

 面白いことを、お前が私に与えてくれるのか。今日のように、新しい何かを教えてくれるのか。

 だとすれば、私は。

 

「それは、いい考えかもしれないな。ふふっ」

 

 もっと笑えるように、なるのかもしれない。

 

 

≪変わったこと、変わらないこと≫

 

 あの日、私と一夏は友達になった。すぐに名前で呼び合うようになり、次の日から面白いこと探しが始まった。

 私も考えを改めた。つまらないと最初から否定するのではなく、何かないかと手探りを入れてみよう、と。

 そうしたら、見える景色ががらりと変わった。クラスのみんなとのコミュニケーションにも、楽しみを見出せるようになった。当然の帰結として、笑う回数もたくさん増えた。

 そのうち性知識に関心を持つようになった。小4で一夏と離れた時はさすがに堪えたが、なんとかひとりでも面白いことを見つけられるよう頑張った。

 そうして、今にいたる。私が人生を楽しんでいられるのは、一夏のおかげだと言っても過言ではないのだ。

 

「……はあ」

 

 ただ、それでも変えられないものがひとつだけある。姉さんとの関係だ。小さい頃に刻み込まれた印象がトラウマに近いものになっているのか、どうしても接し方を変えることができない。

 明日には16歳になるというのに、このありさまだ。情けない。

 

「おい」

 

 ひとり浜辺で海を眺めていると、背後から聞きなれた声がした。

 

「探したぞ。こんなところにいたのか」

「一夏……何か用か」

「ああ。大事な用だ」

 

 うなずいて、一夏は私の隣に立った。

 

「箒。お前、束さんと仲良くしたいか」

 

 

≪俺のやり方≫

 

「お前、束さんと仲良くしたいか」

 

 夜の浜辺にたたずむ箒を見つけて早々、俺は直球に話を切り出した。もともと回りくどいのは好きじゃないし、得意でもない。

 

「………っ」

 

 箒が息を呑むのがわかった。なんと答えるのか、黙って待つ。

 

「……わからない」

 

 やや間を置いて、彼女の口から漏れた言葉はそれだった。

 

「このままでは駄目だというのはわかっているつもりだ。だが、やはり私はあの人が怖い」

「そうか」

 

 怖い、か。確かに、あの人は得体の知れないところがあるからな。実の妹である箒にとっては、余計にそう感じるのかもしれない。

 でも、これで言質はとった。

 

「わからないなら、俺に任せてくれないか」

 

 箒が束さんと仲良くしたくないと答えたなら、俺にできることは何もなかった。

 でもそうじゃなかった。だから、やれることをやろうと思う。

 

「任せるって、いったい何を」

「心配すんな。俺が面白くしてやる」

 

 箒が目を丸くする。あの時と同じような言葉を聞いて、昔を思い出したのだろうか。

 

「明日はお前の誕生日だ。当の本人がそれじゃ、祝う方もつまらない」

 

 あの時自分が言ったことを、今の今まですっかり忘れてしまっていた。箒と一緒にいるうちに、彼女に面白いことを提供するのが当たり前のことになっていって、次第に意識しなくなったからだ。

 

「だからさ、やってみようぜ」

「………」

 

 手を伸ばす。箒はためらっていたが、やがておずおずと俺の手をつかんでくれた。

 

「頼む、一夏」

「決まりだな。といっても、おもに頑張るのは箒の方だけど」

 

 正直なところ、俺の役割は半分以上終わっている。尻込みしている幼なじみに一歩を踏み出させることが、まず大きなステップだったから。

 あとはただ、舞台をセッティングすればいいだけだ。

 

「箒。束さんと戦ってみないか。ISで」

「えっ?」

 

 

≪姉妹決戦≫

 

「どちらも準備はいいな。では始めろ」

 

 ど、どうしよう。

 一夏を信じて手をとったら、翌日姉さんと模擬戦をすることになってしまった。すでに千冬さんが試合開始の合図をしているのに、いまだに心の準備ができていない。だって急展開すぎるだろう。

 

「いつでもいいよ、箒ちゃん」

 

 私も姉さんも、使用しているISは同じ打鉄。私が緊張しているのに対し、あちらは自然体そのものだ。

 

「箒、頑張れよ!」

 

 回線越しに一夏の応援が聞こえてくる。……始まってしまったものは仕方ない。私が一夏を信じたのだから、やれるだけのことはやるべきだ。

 深呼吸をして、いったん心を落ち着ける。そして、十分間をとったところで。

 

「はあっ!」

 

 ブレードを構えて、姉さんに斬りかかった。が、難なく回避される。

 続けて何発か打ちこもうとするも、すべてかわされるか受け止められてしまった。

 

「うんうん。やっぱり強くなってるねえ」

「くっ」

 

 余裕の態度を崩さない姉さん。この人は頭脳だけでなく身体能力も化け物だ。加えて、世界で一番ISのことを知っている。実力差は歴然だった。

 

「それっ」

「っ!」

 

 鋭く力強い一振り。初めて攻めに転じた姉さんの一撃を、かろうじて受け流す。

 

「いっくんから頼まれちゃったからねえ。本気でやってくれって」

 

 そこから先は一方的だった。向こうの攻撃をいなし切れずダメージが蓄積し、かといってこちらは反撃することもできない。

 ……敵わない。無理だ。この人には、何をしたって、

 

「箒っ!」

 

 諦めかけた瞬間、一夏の叫び声が聞こえた。まるで見計らったかのようなタイミングでのそれに、消えかけていた闘争心が少しだけ蘇る。

 

「……はっ!!」

 

 刀を振る。ほぼがむしゃらに放った一撃は……打鉄の装甲をわずかに掠めた。

 姉さんの表情が、わずかに強張る。

 

「あ……」

 

 当たった? 微々たるものだろうが、それでもシールドエネルギーを削ったのか?

 

「ほいっ」

 

 続く姉さんの斬撃をギリギリで回避し、カウンターを試みる。……また、掠った。

 クリーンヒットではない。だが、攻撃が当たっている。

 絶対に届かないと思っていたものに、私の刀は確かに触れていた。

 

「………」

 

 息遣いが荒くなるのを感じる。

疲れからか? 違う。おそらく私は、興奮しているのだ。

 どうすれば手痛い一撃を与えられる? どうすれば相手の攻撃をしのげる?

 試合中に考えることとしては、ごくありふれた類のものだ。だが、相手は篠ノ之束だ。そもそもそんな思考をすることができるとも思っていなかった、そういう存在なのだ。

 

「ふっ! ……はあっ!!」

 

 ひょっとすると、姉さんは私が思っているよりも私の近くにいるのかもしれない。私が勝手に、高い壁があると思い込んでいただけなのかもしれない。

 剣戟を重ねるたびに、その想いは強くなっていった。

 

 

≪見届け人≫

 

 試合は結局、束さんが勝った。さすが、あの人はなんでもできるんだなと再認識。

 ただ、俺が提案したこの勝負、大事なのは勝ち負けじゃない。

 

「あの様子だと、うまくいったみたいだな」

 

 模擬戦が終わってすぐ、箒は束さんのもとへ駆け寄った。会話の内容までは聞き取れないけど、そこに不穏な空気は感じられない。

 

「難しいことじゃないんだよな」

 

 箒は、昔のままの箒じゃない。他人を寄せつけなかったあの頃とは違う。誰とでも仲良くなれるし、多少のことは受け入れられる強さも持っている。そういうすごいやつなんだ。

 そんなあいつが、実の姉と仲良くできないはずがない。誰かが背中を押してやれば、それで済む話だったんだと思う。

 

「模擬戦は終わりだ。各自作業に戻れ」

 

 千冬姉の指示で、観戦していた生徒達も立ち上がる。今日も一日ISの訓練だ。

 

「さて、問題も無事解決したし」

 

 俺も頑張るか。これが終わったら、夜は箒の誕生日パーティだ。

 

 

≪パーッと騒ぎましょう≫

 

 夕食でクラス全員が集まっている折に、一緒に誕生日会をやろう――というのが、1組のみんなで決めた当初の予定だった。

 

「で、なんでみんなして外に出てるんだ?」

「決まっているだろう。今日は合宿最後の夜なのだから、やることはやっておかなければな」

 

 夕食+誕生日会が終わった後、箒はクラスメイト全員を浜辺に連れ出した。ぞろぞろと移動する1組の集団が気になったらしく、いつの間にか他クラスの生徒も混じっている。

 

「夏の夜といえばずばりこれだ!」

 

 どさっと大きなカバンを投げ出す箒。中を開けると。

 

「おおーっ、花火だ!」

「あの大量の荷物の正体はこれだったのね」

 

 線香花火にロケット花火、ねずみ花火に……他にも名前は覚えてないけど、たくさんの種類の花火がぎっしり詰まっていた。

 

「大勢でやった方が楽しいと思ってな。持てるだけ持ってきたのだ」

「けどお前、こんなに大量に買ったら相当お金かかったんじゃ」

「問題ない。保護プログラムを受けていた時に政府から受け取った生活費がたんまり残っている。多めにもらっていたからな」

 

 まさか日本政府も自分達が渡したお金が大量の花火に変換されるとは予想していなかっただろう。

 

「では早速始めよう。前戯なしのいきなり本番だ!」

 

 こうして始まる花火大会。大勢が思い思いの種類の花火を燃やす光景は、なかなか壮観だ。俺も楽しませてもらおう。

 

 

≪今はこっちが大事かな≫

 

「妹と仲直りした気分はどうだ」

 

 花火に興じるIS学園の生徒達を眺めていると、ちーちゃんが声をかけてきた。

 

「仲直りって言い方は間違いだね。なぜなら束さんと箒ちゃんはずっと関係冷え切ってたから!」

「威張って言うことか、馬鹿者」

「えへへ」

 

 ちーちゃんのツッコミは厳しいけど癖になるんだよね。だからついついボケてしまう。

 

「箒ちゃんと戦ってた時なんだけどね。あの子、ずーっと私のことを見てくれてたんだ」

 

 どうすれば私に一撃当てられるか。どうすれば私の攻撃をやり過ごせるか――箒ちゃんは、真っ直ぐ私を見据えてそれを考えていた。

 初めてのことだった。たったひとりの妹が、私の姿をしっかり捉えていた。

 それを認識した瞬間、渇いた心が少しだけ潤った。つまらない世界に、何か変化が起きた気がした。

 

「うれしかったなあ」

「それはよかったな」

 

 ちーちゃんの口調も、心なしか穏やかなものに変わっていた。ひょっとして喜んでくれてるのかな。

 

「これからどうするつもりだ」

「そうだねえ」

 

 ラボに戻って、今後の計画のためにISの研究と開発に力を入れよう……と、昨日まではそう思っていたんだけど。

 

「どうしよっかなー」

 

 今は、箒ちゃんの方が大事かな。

 

「姉さん、織斑先生。こんなところにいたんですか」

「あ、箒ちゃん」

 

 噂をすればってやつかな。私達の姿を見つけた箒ちゃんが、走ってこっちにやって来る。

 

「見てないで、一緒に花火やりませんか。山田先生も参加していますし」

「そうだな。たまには童心に帰るのも悪くはない。束、お前はどうする」

「可愛い妹の頼みとあれば、断るわけにはいかないね」

 

 私とちーちゃんがうなずくと、箒ちゃんはうれしそうに笑った。

 

「ひょっとして、紅椿よりも花火作ってあげた方が喜んだ?」

「あはは、今はそうかもしれません」

「そっか。じゃあ今度、束さん特製のスペシャルな花火を用意するよ、ぶいぶい」

「楽しみにしておきます」

 

 昨夜、ちーちゃんが言っていたことを思い出す。私の妹は私よりも強い、という言葉を。

 

「ねえ、箒ちゃん。今の世界は楽しい?」

「……はい、とても。とても楽しいです。姉さんは?」

「束さんはねえ……今からそれを判断するところかな」

「そうですか」

 

 箒ちゃんが笑う。私もつられて笑う。後ろを歩くちーちゃんは、そんな私達を微笑ましそうに見つめていた。

 




真面目な話になるといつも文字数が膨れ上がります。ともあれ、これにて篠ノ之姉妹の確執編はおしまいです。結局箒が今のようになったのは一夏のせいだったということです。
箒さん天才説。姉があれなんだから妹が頭よくてもおかしくないと思います。

原作での束の目的はわかっていませんが、この作品内での解釈としては、彼女は「認められたい」という思いが強いのではないかな、と。あんまりだらだらと説明するつもりはないです。

シリアスな話は今回で終わりです。最終回はこの作品らしい雰囲気でお送りします。
感想や評価等あれば、気軽に送ってもらえるとうれしいです。
では、次回もよろしくお願いします。


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クラスメイトは全員思春期

連載期間約2ヶ月。最終回です。


≪物足りない?≫

 

 いろいろあった臨海学校が終わった翌日。今日から通常授業に戻って、来週には期末試験が待っている。ここがIS学園だとはいえ、英語とか数学の勉強をしなくちゃならないのは普通の高校と同じなのだ。

 というわけで、らしくなく朝のホームルーム前に英単語帳を眺めたりしているわけだが。

 

「うーん」

「おはよう、一夏。朝から難しそうな顔してるね」

「シャルロットか、おはよう。いや、なんか落ち着かないんだよな」

「落ち着かない?」

 

 合宿の途中から、箒と束さんのことで手一杯だった。思い返してみると、ここ数日の間ヘビーなボケを聞いていない気がする。いつもはツッコミに疲れていたけど、なくなったらなくなったで変な感じだ。

 

「箒がおとなしかったからかな。ツッコミ足りない気がしてさ」

「えっ」

 

 なぜか目を見開くシャルロット。続けてこれまたなぜか顔を赤らめる。

 

「あ、あのね、一夏。突っ込み足りないのなら、僕のお尻の穴を使ってもいいんだよ?」

「目の覚めるようなボケをどうもありがとう!」

 

 一気に日常に引き戻された。

 

 

≪また会えるよ≫

 

「おはよう、一夏」

 

 ホームルーム5分前、箒が教室にやって来た。

 

「おっす……お、今日もつけてくれたのか、そのリボン」

「お前からのプレゼントだからな。大事に使わせてもらう」

 

 俺から箒に贈った誕生日プレゼントは、赤のラインが入った白いリボンだった。あんまり自分のセンスには自信がなかったんだが、一昨日あれをもらった時にすごく喜んでくれていたし、昨日からつけてくれてるから大丈夫だったみたいだ。

 

「今日からまた普通の授業だな」

「うむ、そうだな。昨日まで、本当に濃厚な4日間だった」

 

 箒にとっては特にそうだろう。長年うまく接することができなかった姉との関係が大きく変わったのだから。

 昨日、旅館をあとにする時の箒と束さんの会話を思い出す。

 

『では、学園に帰ります。しばらくお別れになりますね』

『寂しいねえ。でも大丈夫、またすぐ会えるから』

 

 普通の姉妹のやり取り。箒にとっては、それがとても大事なことだったに違いない。

 

「次に会えるのはいつだろうな」

「いまだに行方不明扱いだからな。予想するのは難しいだろう」

「だよなあ」

 

 その数分後、ホームルームにて。

 

「はいはーい、転校生で天才の束さんだよー。自己紹介終わり」

 

 思ったよりもずっと早く再会できた。

 

「えええええっ!?」

 

 クラス中に驚愕の声が響き渡ったのは当然の話。

 

 

≪2○歳、学生です≫

 

「で、なんで転校生なんですか」

 

 1時限目の休み時間。早速箒とともに束さんに詰め寄った。

 

「箒ちゃんが今の生活楽しいって言ってたから、その幸せをわけてもらおうと思ったんだよ」

「わ、私の……? し、しかし今まで姿をくらませていたのは」

「やめちゃった。IS学園なら滅多なことじゃ干渉されないし平気平気。ま、一応ここの警備は強化させてもらうつもりだけどねー」

 

 強化させてもらうって、相変わらずさらっととんでもないことを。

 

「そうですか……とにかく、うれしいです。今まで避けていた分、姉さんとの時間を増やしたいと思っていたので」

「あぁん、可愛いなあ箒ちゃんは。今までは行動を真似たりしてただけだけど、今日からはいろんなことを一緒にできるからね」

 

 行動を真似る?

 束さんの言葉に、何か引っかかりを覚える。これまでに、この人がまるで箒みたいな行動をとったことといえば……

 

「あの、束さん」

「ん? なに、いっくん?」

「ひょっとして、俺の白式に新機能を取り付けたのは」

「あーうんうん。あれは箒ちゃんの性癖を参考にした結果だね」

 

 やっぱりそうか。前に箒も言ってたけど、そもそも束さんは下ネタがあまり得意でないし好きでもなかったはずなんだ。

 

「箒ちゃんが幸せそうに生きてるから、どこかに理由があるのかなって、とりあえず一番目立つ部分を真似してみたんだよ。結局効果は感じられなかったけどねー」

「でもあの竿は大好評でしたよ。私もセンスのよさを感じました」

「本当? じゃあまた白式になんかくっつけてみようかな」

「いいですね。その時はぜひ私も協力してアイデアを」

「俺のISで遊ばないで、お願いだから!」

 

≪困ったものだ≫

 

「驚きましたね。まさかあの篠ノ之博士がうちにやって来るなんて」

「しかも生徒でな。まったく、自分が無理を言えば道理が引っ込むことを理解しているからたちが悪い」

「そういう立場の人ですからね」

 

 職員室で真耶相手に愚痴をこぼす。話題はもちろん、今朝転校してきた馬鹿者について。

 

「ただでさえ変わり者が多いというのに、さらにトラブルメーカーが増えてしまった」

「織斑先生がしっかり手綱を握る必要がありますね」

「先が思いやられるよ」

 

 先ほど淹れてもらったコーヒーをすする。

 ……だが、どこで何をやっているかわからないよりは、目の届く範囲に置いた方がいいのかもしれない。

 

「まあ、放っておけないのも事実か」

 

 あいつが私の近くに留まるというのは、何年ぶりのことだろうな。

 

「………」

「ん? 山田先生、どうかしたか」

「愛を感じます」

「は?」

 

 難しい顔をしている真耶に声をかけると、よくわからない返事がかえって来た。

 

「表面上はツンツンしながらも、内心は篠ノ之博士への暖かい感情が見え隠れしています」

「いや、別にそんなことはだな」

「私、負けませんから! 付き合いは向こうの方が長いかもしれませんけど、今の織斑先生のパートナーは副担任の私ですし! だから織斑先生の愛を受けるのも」

「すまない山田先生。私は時々君の言うことについていけなくなる」

 

 

≪友達作り≫

 

「ねえそこの短髪」

「ははははい!? な、なななんでしょうか、篠ノ之博士」

「いや、別に呼んでみただけ」

「そ、そそそうですか。し、失礼しますっ」

 

 束さんに声をかけられた女子(相川さん)は、ガチガチに固まったままその場から退散する。

 

「ひょっとして、束さん怖がられてるのかな?」

「ひょっとしなくてもそうです」

「怖がられているというよりは、姉さんに萎縮していると言った方が正しいでしょうね」

 

 まあ、いきなりISの生みの親がクラスメイトになったら誰でも戸惑うよな。しかも束さんの他人を寄せつけない性格は意外と世間に知られていたりするし。行方をくらます前には、この人の内面を記事にしたものとかが結構出回ってたんだよな。

 

「箒ちゃん。やっぱり、他人とコミュニケーションとった方が楽しいの?」

「それは人によるとは思いますが……少なくとも私は、それで世界が変わりました」

「ふーん。それなら試してみたいんだけどな」

 

 とはいえ、今の状況だとそれもなかなか難しそうだ。

 

「私にいい考えがあります」

「おお、さすが箒ちゃん!」

「これから私の言う通りに動いてください。まずは――」

 

 数分後、再び束さんが相川さんに話しかけた。

 

「ねえ、キミ」

 

 耳元でささやくところから入り。

 

「は、はい! なんでしょう」

「そんなに肩に力入れないで。何かするわけじゃないんだからさ」

 

 ねっとりとしたしゃべりで相手を誘惑。

 

「怖がらなくていい。私と友人になってくれないかな」

「で、でも、いきなり篠ノ之博士の友達だなんて。どうすればいいか」

「ノンノン。深く考える必要なんてないのさレディー。キミに新しい世界を見せてあげよう」

 

 仕上げとばかりにそっと肩を抱いて。

 

「さ、私にすべてを委ねて。清香」

「は、はい……束お姉様」

 

 こうして相川さんが友達になった。

 

「うむ! やはり私の作戦勝ちだな」

「なんか無駄にエロい」

 

 なんで口説き落とす感じになってるんだよ。

 

 

≪まだ早い?≫

 

「一夏さん。これ、お返ししますわ」

 

 夕方に部屋でごろごろしていると、セシリアが訪ねてきた。

 

「あ、この漫画か。どうだ、面白かったか?」

「ええ、とても。たまには少年漫画というものも悪くないですわね」

 

 楽しんでもらえたようでなによりだ。

 

「しかし、セシリアの男性恐怖症もすっかり改善されたな」

「……そうですわね。とりあえず、一夏さんと触れ合うことには慣れましたわ。あとは、他の殿方に対しても落ち着いていられるかです」

 

 入学当初は近づくことすら拒否していたのに、今じゃこうして物の貸し借りまでやっているくらいだ。かなり仲良くなれたと思う。

 

「もう、俺に触られても平気なんだよな」

「はい。誰かさんの荒療治のおかげで、ですけど」

「その件はもう許してくれよ」

「ふふ、冗談ですわよ。わたくしももう気にしていません」

 

 個人トーナメントの例の事件については、俺の方もダメージを受けているから思い出したくない。

 まあとにかく、触ってもいいんならあれができるわけだよな。

 

「なら、マッサージしてやろうか? ここまで症状が改善した記念ってことで」

「マッサージ、ですか? 一夏さんが?」

「こう見えても結構テクニックには自信あるんだぜ」

「そうなんですの? それなら、お願いいたしましょうか」

 

 よしきた。普段千冬姉の凝った体をほぐすことで鍛えられた俺の腕、とくと堪能してもらうとしよう。

 

 

 翌日。

 

「あれ、セシリアどうしたの? 顔赤いよ?」

「いえ、少し昨夜のことを思い出していまして」

「? 昨日何かあったの?」

「まさかあそこまでわたくしの体が敏感に反応するなんて……危うく快楽の渦に飲み込まれるところでしたわ。やはり殿方に体を許すのはまだまだ早かったようです」

「え? 快楽? 体を許す?」

 

 なんかすっげー誤解されそうな発言が聞こえてきた気がする。

 

 

≪平和≫

 

「この国では野球が流行っているのだったな」

 

 休み時間にラウラと話していると、ふと思いついたように彼女がつぶやいた。

 

「先日町を歩いていたら、宣伝用の張り紙が数多く目に入った」

「そういえば、今年のオールスターはここの近くの球場でやるんだったな」

 

 夏に行われるプロ野球のお祭り。投票で選ばれた選手達がチームの枠組みを超えて協力するのがオールスターゲームである。

 

「野球はやったことがないのだが、基本的には棒で球を打つスポーツと考えていいのか?」

「ものすごく簡潔に言うとそうなるな。その棒はバットって名前がついてるんだ」

 

 俺も中学の頃までは友達とよくプレーしたもんだ。思い出したら久しぶりにやりたくなってきたな。

 

「バットを力強く握りしめて、鋭く速く振る。そうして球を思い切り飛ばすんだ。相手が守ってるところに飛ばすと駄目だな」

「ふむ。では野球は、バットという棒と球があれば遊べるのか」

「いや、あとはグローブが必要だな。球を捕るための道具だ」

「なるほど」

 

 夏休みに弾達を誘って野球やりたいな。そのためには人数集めないといけないけど。

 ……あ、夏休みといえば。

 

「ラウラ。俺、7月の末に海釣りに行こうと思ってるんだが、一緒に来ないか」

「釣りか。せっかくの誘いだが、あいにくと私は釣りをした経験がない」

「そこは大丈夫だ。俺がちゃんと教えるから。竿の持ち方からレクチャーできるぜ」

「ふむ……それなら、参加させてもらおうか」

「決まりだな」

 

 ひとりで釣るのもいいけど、話し相手がいた方がもっと楽しい。一緒に行くメンバーができてよかった。

 

「………」

「……どうした。えらく穏やかな表情になっているが」

「いや、こうやって普通に脱線しない会話ができるって癒されるなー、と」

「?」

 

 

≪いったいどうやったの?≫

 

「それにしても驚いたわ。まさか篠ノ之博士が私の後輩になるなんて」

「誰も予想できませんよね」

 

 廊下で偶然会った会長と話していると、自然と話題が束さんのことに移っていった。

 

「1年生の合宿先に現れたって聞いていたけれど……一夏くん、ひょっとして何かした?」

「何かって……別に俺は何もしてませんよ」

「本当? 何か魔法の言葉で博士をこっちに引き込んだとか」

「ないです」

 

 俺は背中を押しただけで、実際に束さんがここに来るきっかけを作ったのは箒だ。

 

「おねーさん、口は堅いわよ?」

「だから何もないですって」

「ふーん……まだ信頼度が足りてないのかしら。あっ、そうだ。下の口も堅いわよ?」

「なんでそれで信頼度上がると思ったんですか」

 

 相変わらず何考えてるかよくわからない人だ。

 

 

≪いつかは≫

 

「箒、すっかりお姉さんにべたべたね」

「今までぎくしゃくしてたぶん、一緒にいる時間を増やしたいんだそうだ」

 

 楽しそうにおしゃべりしている篠ノ之姉妹を遠目に見ながら、俺は教室に遊びに来た鈴と語り合っていた。

 

「最初に見た時は、関係冷え切ってそうでどうなることかと思ったけど、変われば変わるもんね」

「きっかけひとつだからな。箒が胸を張って束さんに向き合えるようになったから、全部が変わったんだ」

「向き合う、か。そうよね、家族だもんね」

 

 すっと目を細める鈴。心なしか寂しそうに見えるのは、多分俺の気のせいではないだろう。

 

「あたしも、もう一度父さんと会うことがあったら……その時は、ちゃんと向き合いたいな。今度は、中2病なしで」

「……ああ。鈴ならできるさ」

 

 鈴の両親は、俺達が中学の頃に離婚してしまっている。当時の彼女はその現実を受け入れられず、中2病を発症していた。

 中2病自体は捨てるべきじゃないと俺は言ったけど、できることなら家族とはありのままの姿で向き合うべきというのも事実だ。

 そして、きっと鈴ならそれが可能なはずだ。

 

「ありがと」

「どういたしまして」

 

 俺はただ、背中をそっと押してやるだけでいい。

 

「自分を隠さずに、胸を張って……」

「………」

「………」

 

 なぜか会話の流れが止まる。

 

「今、張るほどないだろって思わなかった?」

「自意識過剰すぎ」

 

 

≪懐かしい思い出≫

 

「へえ、中2病かあ」

 

 束さんがまじまじと鈴を見つめる。つい先ほど、またもやいつもの症状が出たところである。

 

「またまたまたやってしまった……」

「道は険しいな」

「私はやめる必要がないと思うのだが」

 

 落ち込む鈴をフォロー? する箒。一方束さんは、目を閉じて微笑を浮かべていた。

 

「懐かしいねえ。ちーちゃんとの学生時代を思い出すよ」

「え? なんでそこで千冬姉が出てくるんですか?」

 

 俺と箒は困惑するが、鈴だけは心当たりがあるようで、何やらハッとしていた。

 

「だって、ちーちゃんも中学の頃は」

 

 束さんの言葉を、俺達は最後まで聞き取ることができなかった。

 突如として一陣の風が吹き荒れ、気づけば束さんの姿が消えていたからだ。

 ちなみに、教室の窓は開いていない。

 

「なんか今、スーツ姿の女性が横切ったような」

「ついでに髪は黒かった気がするわ」

 

 呆然と立ち尽くす俺達3人。箒と鈴が見たという人影は、俺も目撃していた。

 

「というか、束さんはどこに」

「ただいまー」

 

 ようやく頭が回転し始めたところで、教室の入口から束さんが帰ってきた。

 

「姉さん、いったい何が」

「いやー、やっぱり他人のプライバシーをどうこうするのはよくないね。はい、さっきの話は終わり!」

 

 そこで俺達は気づいた。

 あの束さんが、冷や汗をかいている。

 

「……世の中には、あまり詮索しない方がいいこともあるってことだな」

「私も同感だ」

「あたしも」

 

 悪寒を感じたので、これ以上の深入りはやめることにした。

 

 

≪抑えきれない感情≫

 

「ありがとう、一夏」

「急になんだよ」

 

 廊下で箒と話していると、唐突にお礼を言われた。

 

「これまでのことを思い返していたら、どうしても言いたくなったのだ」

「束さんとのことなら、合宿中にも散々感謝されたぞ」

「それでもだ。私の友達になってくれたこと、生き方を変えてくれたこと、そして姉さんのこと。私は何度もお前に助けられてきた」

 

 箒に言われて、俺の方でも今までの出来事を振り返ってみる。

 まず、箒の友達になったこと。あれは別に、ひとりでいる箒がかわいそうとか、そんなことを考えたわけじゃない。木登りがうまくて、いろんなことを知っているこの子と仲良くなれたら、きっと楽しいだろうなと思っただけだ。

 生き方を変えたことも、束さんとのことも、俺はその手伝いをちょびっとやっただけにすぎない。箒が箒だったからこそ、すべてがうまくいったのだ。

 

「今のお前があるのは、間違いなくお前自身の力のおかげだ」

「私自身の、だと?」

「ああ……まあ、あれだ」

 

 箒はよく笑うようになった。それにつられるように、彼女の周りには人が集まるようになった。必然的に、面白いことも増えた。

 

「それだけ、お前の笑顔が魅力的だってことだろ」

 

 こういうことを言うと、なんだか口説いてるみたいで恥ずかしい。なので、照れを隠すために笑っておいた。たまたま廊下に誰もいなくて助かったな。

 

「……はぅ」

「箒?」

 

 俺の言葉を聞いた箒は、うつむいて黙り込んでしまった。今のキザな発言、もしかして引かれてしまっただろうか。

 

「悪い。ちょっと言い方がおかしかったかもしれ」

「我慢ならん」

「え?」

「もう我慢ならん!」

 

 ぐわっと顔を勢いよく上げる箒。その頬が真っ赤に染まっているのは、夕焼けのせいではないっぽい。

 

「一夏、好きだ! 大好きだ!!」

「えっ」

「理解できないなら言い方を変えてやる。愛している、でどうだ!」

「え、えええええっ!?」

 

 ちょ、待て、いきなりすぎて理解が追いつかない!

 俺は今、告白されてるのか?

 

「お前がそばにいると楽しい。ずっと一緒にいたい」

「え、えっとだな……とりあえず、うれしい。そういう風に言ってもらえるのは、本当に」

「一夏はどうだ?」

 

 ぐい。距離を詰められる。

 

「断ってもいい。だからとにかく、お前の気持ちを聞かせてほしい」

 

 ぐいぐい。俺が後退したぶん、さらに箒は前に出てきた。

 

「待ってくれ。俺にも心を整理する時間というものが……うおっ」

 

 距離が縮まりすぎたせいで、互いの脚がもつれた。そのまま俺は、箒に押し倒されるような形で廊下に寝転んでしまう。

 

「す、すまない一夏! つい興奮しすぎて」

 

 腰のあたりに箒の体重がかかっており、床との板挟みで結構痛い。でもすぐにどいてくれそうなので、これでこいつが落ち着いてくれたと考えればいいか――

 

「箒さんが一夏さんを押し倒していますわ……!」

 

 セシリアに現場を目撃されたのは、まさにその瞬間だった。

 誤解度100パーセントの彼女の声はよく通り、ぞろぞろと他の生徒達も集まってくる。

 

「ほ、ほんとに押し倒してる!? ちょ、ちょっと待ちなさいよ! あたしだって一夏のこと」

「あれは……騎○位!?」

 

 鈴にシャルロット。

 

「お、お前達、はれんちだぞ!」

「あらあら、青春ね」

 

 ラウラに楯無会長。

 

「放課後の校舎で、なんて大胆な……」

「あれくらいが普通なの? 女子校出身にはわからないわ」

「イクのか! イクのか! とりあえずスクープね」

 

 さらに加えて、大量の野次馬のみなさん。

 

「ああもう、こっちは告白されていっぱいいっぱいだってのに!」

 

 本当にまったく次から次へと……!

 クラスメイトその他もろもろ、全員まとめて思春期すぎる!

 




冒頭のシャルのセリフはおホモだち的な意味で言ったものであって、決して女として尻を捧げようとしたわけではありません。「男同士の絡みを妄想するために男装している」って設定、忘れられてそうで不安です……

最後をタイトル締めにすればとりあえず終わった感が出る。
というわけで、「クラスメイトは全員思春期」これにて本編完結です。ここまでお付き合いいただいた読者の皆様、本当にありがとうございます。10万字ちょいの中編になりましたが、無事当初のプロット通りに終わらせることができました。全然最終回っぽくないという意見もあるかと思いますが、普段通りのネタの消化で締めることにしました。

作品全体のあとがきを述べる前に、今後の予定について。
まだ拾いきれていないネタが残っています(主にシャルとラウラ)ので、番外編としてそのうち投稿するつもりです。おそらく真面目成分多めになるのではないかと思われます。彼女達ふたりのストーリーは本筋とも若干外れていますので、ぐだるのを恐れて本編からは外しました。シャル編、ラウラ編は個別ルートみたいな扱いになりそうです。

では、ここからはあとがきに入ります。別に興味ないという方とはここでお別れです。僕の作品を読んでいただいてありがとうございました。


この作品のテーマのひとつはもちろん、「ISと下ネタの融合」です。そっちは今さら語るまでもないと思うので、裏テーマの方について説明したいと思います。
最終回直前にああいう話を挟んだのでだいたい予想のつく方も多いと思うのですが、僕がこの作品を書くにあたって一番大事にしたキャラは篠ノ之箒です。
ISと生徒会役員共を混ぜるのはいいけど、それだけじゃゴール地点が見えづらい。何かもうひとつ本筋となる要素が欲しい。そんなことを考えながらISを読み直していて、あることに気づきました。
箒って笑ってるシーン少ないなあ、と。
そういう性格のキャラなので仕方ないのですが、旧装版1~7巻、新装版8巻を見直して彼女の笑っている挿絵がゼロというのはいくらなんでも寂しすぎる(見落としてたらごめんなさい)。
そこで、どうせ下ネタ言わせまくるのならついでに底抜けに明るいキャラにしてしまおう、と思い立ったわけです。
しかし、原作でああいうキャラである箒をなんの理由もなく性格改変するのはおかしい。そういう性格になった背景を描きたかったので、18話の過去回の内容が生まれました。

こうして、裏テーマ「箒を笑わせる」のもと、作品内の箒ちゃんが誕生したのでした。ひとりだけタグに名前が入っていたのはそういう事情です。

他のキャラもいろいろ大胆に変わっているのですが、全部挙げていくとキリがないのでやめておきます。

ストーリーについては、基本ギャグでたまに真面目な話という構成でした。ギャグ寄りに振った作品を書くのは初めてだったのでいろいろ不安だったのですが、最後まで書けたのでとりあえずは良しとしておきます。
シリアス部分については言及しないでおきます。あとがきで結論とか語っても味気ないような気がしますし。でもひとつだけ言うとしたら「楽しいことは案外近くにある」ってところですかね。

長くなりましたが、これくらいで作品を振り返るのを終わりにしようと思います。
最後にもう一度。読んでいただき、ありがとうございました。


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番外編
男装少女は悩める少女


番外編、そのいちです。


≪お電話タイム≫

 

『何の用だ』

 

 10秒ほどコール音が鳴り続けた後、その人の抑揚のない声が聞こえてきた。

 ごくりと息をのんで、僕は何度もシミュレートしたセリフを口にする。

 

「お久しぶりです。お父様」

『前置きはいい、用件を話せ。私も忙しいんだ』

 

 考えていた挨拶の言葉は、全部言う前にばっさり切り捨てられてしまう。でも仕方ない。彼はデュノア社のトップに立つ人間なのだから、多忙なのは事実のはず。

 

「いきなり電話してしまい申し訳ありません。実は、今月からの夏季休暇についてなのですが」

『夏季休暇? 学園に残っていてかまわないと、転入前に伝えたはずだが』

「はい、それは覚えています。でも、その……少しだけでいいので、お父様に会いたい、と」

 

 緊張で声が震えているのが、自分でもわかる。電話越しでも、この人と会話をするのは怖い。

 

『そんなことを言うためにかけてきたのか』

「は、はい」

『お前のためにとれる時間はない。話は終わりだ』

「っ……わかりました。失礼します」

 

 悩む様子すらなく、父さんは僕の要求を断った。何を言っても無駄だと感じたので、そのまま通話を切る。

 

「まあ、予想はできてたけどね」

 

 あの人は忙しい身だ。それに、僕のことを娘として見てくれてはいない。ずっと愛人が育てていた子供なのだから、当然なのかな。

 とにかく、フランスにいた時から優しい態度をとってもらった覚えもないし、今回の頼みも聞いてもらえない可能性が高いとわかっていた。

 わかっていたけど、やっぱりへこんでしまう。

 

「ひどい顔だ」

 

 ちょうど近くにあった鏡を見て、思わず笑ってしまう。今ルームメイトのラウラが戻ってきたら、いったいどんな反応をされるだろうか。

 

「諦めた方がいいのかな」

 

 正直、心が折れかけている。

 でも、あの人は僕のたったひとりの父親で、その事実だけは変わりようがない。

 だからやっぱり、諦めきれない。

 

 

≪シャルロット、凹み中≫

 

「織斑くん、おはよー」

「おっす」

 

 教室に入って、いつものように朝の挨拶をかわす。

 

「おはようシャルロット」

 

 俺の隣の席には、すでに男装姿の女友達が座っていた。今日はあっちの方が先に来ていたようだ。

 

「……あ、一夏。おはよう」

「ん? どうした、元気ないみたいだけど」

「ちょっとね」

 

 いつも明るいシャルロットにしては珍しく、朝から暗い表情だ。何かあったのだろうか。

 

「具合悪いのか?」

「ううん、そういうのじゃなくて」

 

 苦笑いを浮かべるシャルロット。どうにも態度が煮え切らない。

 

「どうかしたのか、ふたりとも」

「箒」

 

 とそこで、登校してきた箒が会話に入ってきた。

 

「シャルロットの様子が変なんだ。元気ないみたいでさ」

「ふむ」

 

 俺の説明を聞きながら、シャルロットの顔をまじまじと見つめる箒。

 そして数秒後、納得したようにポンと手を叩いた。

 

「わかったぞシャルロット。今日は重い日なのだな。その辛さは私にもわかる」

「……ごめん、そうじゃないんだ。心配してくれてありがとう」

「………」

 

 無言で俺の方を振り向く箒。

 

「大変だ一夏。シャルロットの様子がおかしい!」

「普通の切り返しされただけで動揺しすぎ」

 

 お前の判断基準どうなってるんだ。

 

 

≪正しい仲直りのやり方≫

 

「父親と喧嘩した?」

「あはは……喧嘩というか、うまくいってないというか」

 

 シャルロットがお父さんと喧嘩か。普段の感じからじゃ想像しづらいな。

 

「それで落ち込んでいたのだな」

「うん。どうしたらいいかなって」

 

 困った顔でうつむく彼女を見ていると、友達としてはなんとかしてやりたくなる。

 俺は早くに両親に捨てられたせいで、父親と喧嘩した記憶というものが残っていない。けど、要は家族とぎくしゃくした時の対処法を考えればいいってことだろう。それなら千冬姉との経験を参考にできる。

 

「父親ではないが、私は姉さんと戦って仲直りしたぞ」

「戦うっていうのはさすがに特殊な例だろうけど、まあ正面から顔を見て話し合うっていうのは定番だな」

 

 ちゃんとお互いの意見をぶつけ合うことが、仲直りの第一歩だ。

 そう考えて提案したのだが、シャルロットの表情は暗いままで変わらない。

 

「直接会うっていうのは難しいかな。父さん、今月も来月もずっと忙しいみたいだし」

「そうか……」

 

 もうすぐ夏休みだし、里帰りのついでに行けばいいのでは、と思っていたのだが、そううまくはいかないらしい。

 

「直接会えないなら、手紙とかどうだ」

「手紙?」

「電話とか、声に出してだと言いにくいことってあるだろ? 手紙なら、じっくり時間をかけて言葉を選べるからな」

「プレゼントもいいな。真心をこめた手紙に添えれば効果てきめんだ」

 

 俺と箒で案を出し合っていると、シャルロットがぴくりと反応した。

 

「そういえば、今月末は父さんの誕生日だ」

「おっ、ならちょうどいいじゃないか。誕生日プレゼントと一緒に仲直りの手紙を送れば」

「う、うん。……あ、でもどんな物をあげればいいかわからないや」

「そこは私達に任せろ」

 

 かまわないな? と箒が視線を送ってくる。彼女が何を言いたいのかはわかっていたので、すぐに頷きかえした。

 

「期末試験は今週中に終わるし、問題ないだろ」

「というわけでシャルロット、週末に買い物に行こう。一緒にプレゼント選びだ」

 

 そう言ってニッコリ笑う箒。名案だと思ってテンションが上がっているのだろう。

 その明るさが、今のシャルロットにとってはありがたかったのか。

 

「……うん。ありがとう、ふたりとも」

 

 箒につられるように笑みを浮かべると、その後はいつもの彼女だった。

 元気になってくれたみたいで、俺もほっと一息つく。

 週末のプレゼント選び、頑張りますか。

 

 

≪みんなでお出かけ≫

 

 そして日曜日。期末試験を終えた俺達は、市街地のショッピングモールへ向かっていた。

 

「ちなみに試験の結果も終わっていた」

「勝手にセリフを捏造するな」

 

 失礼なことを言ってきた箒の頭に軽くチョップを入れる。

 

「で、実際大丈夫なのだろうな?」

「多分な。昨日も言ったけど、少なくとも補習はないと思う」

「お前が補習を食らうと一緒に遊ぶ時間が減ってしまうからな……デートもしたいし、頼んだぞ」

「お、おう。ま、今となっては天に祈るしかないけどな」

 

 デート、か。

 その単語は前にも聞いたことがあるはずなのに、今はなんだか照れくさい。

 原因はやっぱり、先日箒から受けた告白に違いないだろう。『今はまだ女の子としてどう思っているのかわからない』と断ったのだが、それであいつとの関係がこじれることもなかった。

 

『もともと勢いで言ってしまっただけだからな。いい返事がもらえるとは思っていなかった。なに、これから惚れさせればいい』

 

 というのが、その時の箒の発言。以来、俺も少しずつ幼なじみのことをひとりの異性として認識し始めているのかもしれない。

 

「どうしたのよ一夏。ぼーっとして」

 

 物思いにふけっていると、いつの間にか隣を歩く人間が鈴に変わっていた。箒は……今はラウラと話している。

 

「いや、ちょっと考え事してただけだ」

「ふーん……なんか顔が赤いけど、いやらしいこと考えてないでしょうね」

「ばっ、違う違う! なんで俺がそんなこと」

「だってこれだけの美少女に囲まれてるわけだし」

「自分で美少女って言うなよ」

 

 事実だからなんとも言えんが。

 今日一緒に外出したメンバーは、俺、箒、シャルロットの3人に加えて、鈴、セシリア、そしてラウラで計6人。みんなプレゼント選びを手伝ってくれるそうだ。

 

「うーん」

 

 男ひとりにかわいい女の子5人。いまさらだが、傍から見るとかなり羨ましい状況ではないだろうか。

 

「一夏」

「ん? ……うおっ」

 

 名前を呼ばれたと思ったら、いきなりシャルロットが腕をからめてきた。

 

「ちょ、いきなりなんだよ」

「いいじゃない別に。西洋風のスキンシップだよ」

「ほんとかよ……」

 

 というか往来の中でこんなことしたら、周囲の視線が! 休日だから人多いし!

 

「おいおい、あいつら男同士でいちゃついてるぜ」

「あんだけ美人はべらせといて男色家かよ」

「もーほー」

 

 シャルロットが男装していることをすっかり忘れていた。

 

「って、余計にダメージがでかい!」

 

 

≪選べ!≫

 

 なんかいろいろあったが、無事ショッピングモールに到着。

 

「じゃあ早速始めるか」

 

 現在時刻は午前11時。今からプレゼントを選んで、終わった後で昼食をとるくらいでちょうどいいだろう。

 

「まずはシャルロット本人の意見を聞こう。どんなプレゼントがいいと思う?」

「うん。僕の父さん、確かワインが好きだったから、そっち方向で攻めようかなって」

 

 なるほど。相手の好きな物を選んでいくスタイルか。

 

「良いのではないか? 好みの品をもらえれば誰でもうれしいものだ」

「甘いなラウラ。私に言わせれば、それはプレゼントを選ぶ人間が陥りやすい罠だ」

 

 賛成するラウラと対照的に、箒は首を横に振る。何かまずい点でもあったか?

 

「相手の好きなジャンルの商品を贈るということは、すなわち相手の土俵に立って勝負するのと同じなのだ」

 

 そう言うと、箒はなぜかセシリアの隣に立って肩に手を置いた。

 

「セシリア。牛肉は好きか?」

「え? ええ、まあ」

「そうか、ならちょうどいい。牛肉もワインも種類が多いのは同じだ。具体例を見せてやろう」

「はい?」

 

 

≪具体例、開始≫

 

「セシリア、シャルロットから新鮮な牛肉をもらったぞ」

「牛肉ですの? 産地は?」

「ええとだな、○×産の……なぜため息をつく」

「わたくしの好みではありませんわ。味が舌に合わないので」

「では庭で寝ている犬のポチにでも食わせるか」

「そうですわね。捨てるのももったいないのでそうしてしまいましょうか。おーっほっほっほ!」

 

 突如としてショッピングモール1階で繰り広げられる寸劇。

 

「とまあ、こうなるわけだ」

「おっほっほ……って、何言わせますの!?」

 

 我に返ったセシリアが箒に食ってかかる。長いノリツッコミだったな。

 

「なんだ、ノリノリで演技していたくせに」

「そ、それはなんというか、その場の雰囲気に流されて……とにかく違いますから! わたくし頂いたお肉はきちんと自分で食べますから! だいたいポチなんて犬飼ってませんわ!」

 

 顔を真っ赤にして俺達に弁明するセシリア。慌てふためいている様子が、相変わらずかわいらしかった。

 

「やっぱセシリアってかわいいわね」

「だな」

 

 鈴と意見の合致を確認し、お互いに頷き合う。本人からの抗議の声が聞こえたが、気にしないことにした。

 

 

≪大事なことは≫

 

 その後、気を取り直してあちこちフロアをまわった。その道中で、それぞれが思いついたアドバイスをシャルロットに示していく。

 

「相手の得意分野が駄目なら、自分の得意分野で勝負すればいいのではないか?」

 

 とラウラが言うと。

 

「お父様があまり知らない物を差し上げるというのも、確かに新鮮味を感じさせることができるかもしれません」

 

 セシリアがこんな意見を出して。

 

「デュノア社の社長って、この前写真で見たけどイケメンよね。ああいう顔の人が身に着けて似合う物でもプレゼントすれば?」

 

 鈴は衣服や装飾品系統を勧め。

 

「せっかく日本にいるのだから、日本らしさを感じさせるものがいいのではないか?」

 

 箒はお国柄方面から切り込んできた。

 

「うーん……うーん」

 

 しかし、どれも決定打にはならなかったらしく、シャルロットは今もうんうんと悩み続けていた。

 

「大丈夫か。頭がオーバーヒートしそうに見えるけど」

「あはは、やっぱりわかっちゃう? なんだかどんどんドツボにはまっていく感じで」

 

 俺達は今、時計屋で男性用の腕時計を物色している。みんなバラバラに散らばって商品を眺めている最中だ。

 

「別に、全員の意見を採用しようとする必要はないんだぞ」

 

 絶対正しいとは言えないけど、俺も自分なりのアドバイスをすることにした。

 

「相手のことを考えて、一生懸命時間をかけてプレゼントを選ぶ。その過程とか、こめた気持ちが一番大事なんだ。月並みな意見だけどな」

「……うん」

「だからもっと自信を持て。これじゃ喜んでもらえないかもとか、あんまり考えすぎるなよ」

「ありがとう、一夏。なんだか元気が出てきたよ」

 

 シャルロットが笑う。これで俺も少しは役に立てたかな。

 

「でも、みんなの意見は全部取り入れるつもりだよ。せっかく僕のために考えてくれたんだから。その上で、僕が自分で選ぶ」

「おう」

 

 どういう経緯で喧嘩したのかとか、そのあたりの事情を俺は知らない。シャルロット自身が語りたくなさそうにしていたから、誰も聞こうとしなかったのだ。

 でも、きっとうまくいくだろう。これだけ頑張ってるんだ、仲直りできると信じたい。

 

 

≪プレゼント≫

 

「社長。シャルロット様から荷物が届いています」

「荷物だと?」

「こちらです」

 

 秘書が社長室まで運んできたのは、日本語で店の名前らしきものが書かれている、大きな紙袋だった。

 

「では、私は失礼します」

「ああ。ご苦労」

 

 秘書が立ち去り、部屋には私と紙袋が残された。

 中身を取り出すと、綺麗に包装された何かと、便箋がひとつ出てきた。

 

「なんのつもりだ……?」

 

 あの娘がこんなことをする理由が見つからない。それを確かめるためにも、まずは手紙の方を手に取った。

 

『お父様、お誕生日おめでとうございます。当日まで待とうと思ったのですが、我慢できずに早めに送ってしまいました』

 

 私の誕生日まではまだ3日ある。我慢ができなかったとはどういうことなのか。

 

『同封しているのは、私が友人と一緒に選んだプレゼントです』

 

 包装紙を破る。

 出てきたのは……ここではあまり馴染みのない衣服だった。

 

『ご存知かとは思いますが、服の方は作務衣といって、日本で生まれたものです。和服に詳しい友人にいろいろと教えてもらったので、きっとお父様によく似合うと思います。室内着にご利用ください』

 

 サムエというものを間近で見るのは初めてだったが、なるほど確かに良いセンスをしているように感じられる。

 

「友人か」

 

 どうやら、それなりに楽しい学園生活を送っているらしい。

 

『IS学園の人達は、とても私によくしてくれています。友人も数多くできて、私は幸せ者です。ここに転入させてくださったお父様には、感謝しています』

 

 ……驚いた。あの娘は、私に感謝しているというのか。

 転入させてくださったなどと書いてあるが、私は当初あれを男として送りこむつもりだったのだ。そんな無茶な命令をされたこともあるというのに、感謝だと?

 

『お父様にとっては、私はただの愛人の娘にしかすぎないのかもしれません』

 

 手紙を読み進める。どうしてかはわからないが、食い入るように次の行、次の行と勝手に視線が移っていく。

 

『ですが、私にとっては、あなたはたったひとりの父親なのです。代わりのいない、大切な存在なのです。これだけは、はっきりと伝えたい』

「………」

『お体に気をつけてください。私も、お父様に貢献できるよう努力します』

 

 手紙は、その一文で締められていた。

 

「……父親、か」

 

 生き残るために、利用できるものはすべて利用するつもりだった。

かつて愛し合った女には未練も残っているかもしれないが、その娘には何も特別な感情はない。

 だからこそ、あの娘に身寄りがいなくなったと知った時、私の手で引き取って道具として使おうと考えたのだ。

 

「随分と懐かれたものだな」

 

 会話した時間もそう長くはない。もちろん、私が育てたわけでもない。

 だというのに、たったひとりの父親だと思われているらしい。

 

「……サムエ」

 

 着かたの書かれた紙が一緒に入っていたので、それを真似て身に着けてみた。

 鏡を見ると、確かに良く似合っている。渡す相手のことを考えていなければ、おそらくここまで私に合った服を選ぶことはできなかったはずだ。

 

「ただの道具のはずだったのだがな」

 

 素直にうれしいと、そう思ってしまった。

 

「思えば、母親に顔立ちがよく似ている」

 

 自然と笑みがこぼれる。自分の中に渦巻くこの感情は、いったい何を意味しているのか。

 おそらくは――

 

「……ん?」

 

 と、そこで私は、紙袋の中にまだ何か残っていることに気づいた。ラッピングされた箱のようだ。

 

「プレゼントはひとつではなかったのか」

 

 今度は何が入っているのだろう。少しだけ期待している自分がいることに驚きつつ、紙袋から箱を取り出した。

 

 

 ヴイイイイイィン……

 

「………」

 

 中で何かがうごめいている。

 

「そういえば、お前の母親もその手の玩具を好んでいたな……はあ」

 

 何かを台無しにされた気分だが……なるほど。間違いなくあいつの……私との間に生まれた娘だ。

 




というわけでシャルロット回でした。次はラウラ回です。

鈴、箒の意見を取り入れた結果→作務衣
セシリア、ラウラの意見を取り入れた結果→もうひとつのプレゼント
一夏の言葉はどっちのプレゼント選びにも役立っているとして、ちゃんと全員分のアドバイスを取り入れたシャルロットさんでした。

感想や評価等あれば、気軽に送ってもらえるとうれしいです。
では、次回もよろしくお願いします。


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