美少女になりやがったなこの野郎! (タタリ)
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友人が女の子になったので休みます!

思いつきネタを見切り発進させていく。
TSを扱うのも初めてなので生暖かい目で見守ってください。


 1年3組の教室ではチョコに関する話題が男女問わず飛び交っていた。

 今日は2月15日、つまりバレンタインの翌日である。男子達は貰ったチョコの数でマウントを取りあい、女子達は誰にチョコを渡したかを探りあっている……のだとしたら、面白いと思う。知らんけど。

 基本的に俺のような社交性のない人間にとって、バレンタインとは都市伝説であり、フィクションの世界である。独りを好む俺の人間性は高校生になったからといって変わるものでもなく、俺はいつものように自分の席に座り、教室内の雑談をラジオにしながら小説を読んでいた。

 

「……あれ、そういえばユッキ来てなくない?」

「確かに! あいつサボりかー?」

「チョコ食いすぎて腹壊したんじゃねー?」

「ヤバ、超ありえるー!」

 

 後ろから聞こえてくる女子達の会話に思わず吹き出しそうになった。確かにユキならありえるな。あいつ今年も袋使ってたし。

 

 ユキ──綾西優希(あやにしゆき)は俺の友人だ。

 ユキとは中学からの付き合いなのだが、こいつはとにかく人からモテる。

 凛々しくもやや幼く見える顔つきと、男子としては低めの160センチの身長。

 引き締まった体と健康的に焼けた肌、そしてその外見を裏切らない運動神経の持ち主。

 ユキの外見を一言で言ってしまえばショタ風イケメンであり、これだけでも十二分にモテそうではあるのだが、彼は内面においても隙がない。……いや、むしろ程よく隙があると言うべきか。

 純粋というか初心というか、素直な性格なのだ。それでいて冗談を言ったり、いじられたときには良いリアクションを返すため同性からも慕われている。人当たりが良い人とは、ユキのような人のことを指すのだろう。

 欠点らしい欠点を挙げるとすれば、少々頭が弱いというくらいだろうか。その欠点すらもユキをいじるネタとして皆から受け入れられているのだから、ユキの人たらしの才は本物だと思う。

 

 そんなユキは当然、大勢の女子からチョコを貰っていた。

 その中にはいくつか明らかに本命とわかる箱モノが混じっていたが、ユキはその他のチョコと同じように雑にレジ袋に詰めていた。イヤミか貴様。

 ちなみにレジ袋は俺が渡したものである。

 ユキには毎年自分で袋を用意するよう言っているのだが、これまた毎年「そんなには貰わないだろ」と聞き入れてもらえないため仕方なく俺が用意しているのだ。イヤミか貴様。……イヤミじゃないから厄介なんだよなぁ。

 

 ユキの席は俺の右隣にある。

 確かに机の上にも横にも鞄は見当たらない。

 黒板の上に掛かっている時計を見ると、ホームルームが始まるまであと10分しかなかった。

 珍しい。ユキはいつもこの時間には余裕をもって席についているはずだ。

 何か連絡が来ているかもしれないと鞄の中からスマホを取りだすと、メッセージ通知が3件入っていた。

 全てユキから送られてきたものだ。

 チャット画面を開くと、上から順に、不在着信、「やばい助けてくれ」というメッセージ、ユキの私服を着た少女の写真、が送られてきていた。

 

「なんだこりゃ」

 

 ……まるで意味が分からないが、とりあえず送られてきた写真を確認してみる。

 少女の外見も大変可愛らしいが、それ以上に彼女の手元に目がいった。

 どうやらこの写真は鏡に映る自分を収めたもののようで、少女が手に持っているスマホまで一緒に写っていた。

 いや、正確にはスマホではなくてスマホカバーなのだが、これもユキが使っているカバーと全く同じものなのだ。

 

「ユキから送られてきた、ユキの私物を持った少女の写真……」

 

 続けて少女の顔を観察していく。

 パッと見て、ユキと似ていると思った。

 しかし顔のそれぞれのパーツを見ると特別似ているわけではない。

 何というか、雰囲気というか、全体を一瞬だけ見るとユキに似ているのだ。

 なぜ俺はユキに似ていると思ったのだろう。身に着けているユキの服のせいだろうか。

 ……よく見ると、ユキの服は少女の体形に合っていなかった。ぶかぶかだ。彼シャツだ。

 まさかとは思うが、これはユキの彼女だろうか。 

 助けてくれというメッセージは「いやーつれーわー幸せすぎてつれーわー」という煽りか。

 なるほど許さん。なぶり殺しにしてくれる。

 

 静かに怒りを燃やしていると、ユキから電話がかかってきた。

 丁度いい。一言物申してやろう。

 

「もしもし?」

『雄介ぇ! 気づくの遅いぞおまえぇ!』

 

 ここで、「は?」と言わなかった自分をほめてやりたい。

 電話から聞こえてきたのはユキではなく、可愛らしい少女の声だった。

 ……俺は確かにユキからの電話に出たはずだ。

 一度スマホの画面を確認すると、そこにはしっかり『ユキ』の二文字が表示されている。

 

『朝起きてトイレして、その時には気づかなかったんだけど手を洗うときに鏡見たら知らない子がいてさ、マジビビったんだけどその子はオレみたいでさ! もうわけわかんねぇよオレぇ……!』

 

 ……いや、その前にお前誰だよと。聞いたことのない声だし、訳が分からないのは俺の方である。

 

『オレ、こんなのになっちゃったからさ、学校にも行けなくてさ、親も姉ちゃんも今日に限っていなくてさ、もう頼れるのが雄介しかいないんだよぉ!』

「……えーっと、どちら様でしょうか?」

『──ハァ!? 何言ってんだ、オレだよオレ! 綾西優希だよ!』

 

 そんなわけはない。ユキは男だし、もっと低くて落ち着いた声をしている。こんなに可愛い声はひっくり返したって出るわけがない。

 

「オレオレ詐欺やるならユキの性別調べなおしたほうがいいですよ。それじゃ」

 

 電話を切った。

 

 電話がかかってきた。もしもし? 

 

『詐欺じゃねえよ! 本物の綾西優希だよ!』

「確かにユキって名前は女性っぽいですけどね、実は男なんですよ」

『あああああもおおおおお!』

 

 この子面白いな。ユキ並みに良いリアクションを返してくれる。

 このまま話していたいのはやまやまだが、あと5分で先生が来てしまう。

 じゃあどうするか? 決まっている。

 

 そう、帰り支度である。

 

「もうホームルーム始まりそうなんで、また昼にかけなおしていただけますか?」

『あ、そうですねそれじゃあまた……じゃない! 緊急なんだよエマージェンシーなんだよ!』

「この反応速度とツッコミのキレ……まさか本当にユキ……?」

『キレそう。や、マジで本当に大変なんだって……!』

 

 少女の声が涙ぐんだものに変わった。

 この少女の言うことをまとめると、彼女は俺の友人のユキで、気が付いたら女の子になっていたことになる。

 荒唐無稽とはまさにこの事。ワロスワロスに草生えた嘘松である。

 ……だが、もし本当にそんな無茶苦茶がユキの身に起こっていて、周りに頼れる人が一人もいなかったら。

 俺はたった一人しかいない友人の手を振り払うことになるわけだ。

 それに非日常を味わえるチャンスでもあるし、このまま椅子に座ってるよりはこの少女に振り回された方が楽しそうだ。これに乗らない手はない。

 

「いいよ、乗った。俺は何をしたらいいの?」

『……! いいのか!?』

「面白そうだからね」

『お、面白そう……いや、今は何でもいい! 雄介はオレの家知ってるよな?』

 

 俺は鞄を掴んで教室を飛び出した。

 

「いいや? 君の家どころか君が誰なのかさえ知らないな」

『タメで話してる時点で大体察しついてるだろお前! 綾西優希の自宅! わかるよな!?』

「おう、すぐ行く」

 

 電話を切って、生徒がほとんどいなくなった廊下を全力で走る。

 さようなら皆勤賞。俺の友人のために犠牲になってくれ。

 

「ん? おう友野、もうホームルーム始まるぞ」

 

 途中で担任の堀内先生が声をかけてきたため、すれ違いざまにこう言った。

 

「友人が女の子になったので休みます!」

「は? ちょ、おい、友野!」

 

 明日が休みでよかったと、心から思う。

 

 

 

 ・・・・・・

 

 

 

 ユキの家は、最寄りの駅から伸びる商店街の中を15分程度歩いた先の住宅街の中にある。二階建ての一軒家で、向かって右手前に車一台分の駐車場があり、左手前から右奥にかけて逆Lの字に家が伸びている。白い壁に玄関ドアの黒がよく映えている……と思う。知らんけど。

 とにもかくにも、俺は電車を降りてから5分でユキの家に着いてみせた。足がヤバイ。

 息が整うのを待たずにチャイムを鳴らすと、いきなり玄関のドアが開いた。

 やはりというか、中から出てきたのは写真に写っていた少女だった。

 写真では分からなかったが、かなり背が小さい。150センチもなさそうだ。童顔も合わさって中学生に見える。

 

「待ってたぞ……ってうわ、大丈夫か?」

「ハァ……ッ! ハァ……ッ! まっ……フーッ、待たせたな……!」

「大丈夫じゃなさそうだな!? ああもう、今お茶入れてくるから上がってくれ!」

 

 少女のお言葉に甘えて玄関をくぐると、ユキの家の匂いがした。どこか懐かしい気持ちになるそれの他にもう一つ、ふわりと甘い香りが鼻腔をなぜた。

 ……知らない香りだ。本当に彼女が、ユキなのだろうか。

 学校を飛び出した時には受け入れていたつもりだったが、こうして直接目の当たりにすると、やはり信じられないという気持ちが大きくなる。

 普通に考えて一晩で人間の性別が変わるわけがないのだから当然の思考ではあるのだが。

 ちなみに玄関で深呼吸をしたのは息を整えるためであり、一切の他意はない。

 

 リビングでくつろいでいると、少女が烏龍茶が注がれたグラスを二つ持ってやってきた。

 

「お待たせ。……落ち着きましたかね」

「ああ。悪いね」

「いや、こっちこそ走らせちゃったみたいで、ごめん」

 

 ユキの家には何回か遊びに来たことがあるし、どこに何があるかは大体把握している。冷蔵庫の位置も知っているし、遊びに来た時は勝手に開けたりもしていた。

 目の前にいる少女も、勝手知ったるといった風に食器棚からコップを取りだしてお茶を入れてみせた。

 もちろんそれだけで彼女がユキであると決めつけたりはしないが……どうにも彼女の歩き方やしぐさを見ていると、不思議と自分の中でユキの姿が重なる時がある。

 目の前の少女をユキだと受け入れそうになる気持ちを烏龍茶と一緒に腹の奥へと流し込み、口を開いた。

 

「……それで? 俺が知ってるユキはたしか男だったはずだけど?」

「そうなんだよ! 朝起きたらさ……」

「待て待て、そうじゃない」

 

 少女が電話の時と同じような口調で同じ内容を話しだそうとしたため、慌てて止めた。

 それはもう聞いたから君がユキである証拠を出してほしいと言うと、少女は頷いてから腕を組んで考え始めた。胸がせりあがらないところを見るに、ボリュームはそこまでないのだろう。

 

「うーん、証拠っつっても……何言えばいい?」

「スリーサイズとか」

「ぶっとばすぞ」

 

 直前まで胸を見ていたからか本音が漏れた。

 少女は恥じらうわけでもなく、純粋に気持ち悪そうに顔を歪めていた。……まぁ、これは普通の女子でもこういう反応になるだろう。

 冗談だと肩をすくめてみせると、真面目に考えろと真顔で返された。

 他人が知り得ない、ユキだけが知っているはずの情報というと、やはり学校での俺とユキの思い出しかないだろう。

 俺はユキに向かっていくつかの質問を投げかけた。高校でユキが座っている席と俺の席の位置、ユキが中学生の時に好きだった女子の名前、俺の親の名前……。ユキが知るわけがない質問も織り交ぜて聞いていった。

 

「……マジかよ」

「マジなんだよ。オレだって信じたくないけど」

 

 少女は俺の質問のすべてに正しく、よどみなく答えてみせた。カマをかけた質問を投げても、少女は動じることなく対応した。知らないことにははっきり知らないと答えていた。

 信じられない。信じられるわけがない。俺の目の前で烏龍茶を飲んでいる少女が、ユキだというのか。

 じっと顔を見てみれば、確かに似ているところはある……かもしれない。髪色なんかは男だったときと比べて明るくなってはいるけど茶色のままだし。

 ……いや、それでもシルエットが全体的に丸くなったというか、柔らかくなったせいで似ているとは思えない。髪だって肩までの長さまで伸びてるし。

 

「……ユキ」

「……おう」

 

 うわぁ、違和感ヤバイな。

 マジかー……。今日からこの子をユキって呼ばにゃならんのか……。

 

 黙り込んだ俺を見て、少女──ユキが自嘲的な笑みを浮かべながらうつむいた。

 

「……オレ、これからどうすればいいんだろうな……」

 

 ……正直、かける言葉が見つからない。見つからないが、友人が落ち込んでるんだ。何とかするしかないだろう。

 姿かたちがどうであれ、ユキはユキじゃないか。いつもの調子で頑張れ俺!

 

「別に、どうもしなくていいんじゃないか?」

「──え?」

「だってめちゃくちゃ美少女になってるじゃん? ブサイクになってたらアレだったけど、その顔立ちなら黙ってたって男がわらわら寄ってくるぜ」

「……嫌すぎるな、それは」

 

 男に言い寄られるところを想像したのだろう。ユキはうっへりとした顔で、しかし口元に笑みを浮かべながら首を横に振った。

 

「あ、そうじゃん。これからは女の子の裸、見放題じゃん?」

「バッ──お前ホント最低だな!?」

「なんでだよ最高じゃねーか! あ、これからたまに見せてくんない?」

「きっも! キモイ上に不謹慎!」

 

 ユキは顔を赤くしながらも楽しそうにツッコミを入れてくる。

 うんうん、困ったときには下ネタに限るな。ユキも身体こそ女子になってしまったが心は男子高校生なのだ。ゲラゲラ笑ってなんぼである。

 

「ぐへへ、ユキちゃんはブラジャーつけてるのかなー?」

「ひいいい気持ち悪っ!? ブラなんてつけてるわけないだろバカ!」

「──は?」

 

 調子に乗ってふざけていたら、ユキがとんでもないことを言い放った。

 

「え、マジでつけてないの?」

「しつこい! 当たり前だろ!」

「いや、それはまずくね?」

「……な、なんでだよ」

 

 急に真顔になった俺に、ユキも自分の胸を抱くように隠しながら調子を合わせた。

 なんでってそりゃあ、この先ずっとノーブラでいるわけにはいかないだろうに。いつ元に戻れるかも分からないのだから、当分はその体でいるつもりで物をそろえないといけないだろう。

 

「……急に正論をぶつけられるとビビるんだけど。あとオレの胸をガン見するのやめろ」

「え、じゃあ今は男物の下着を着てる感じ?」

「お、おう」

「それって痛かったりしないんすか」

「……実はちょっと擦れる」

 

 ユキは自分の胸に視線を落とした。すぐに顔を上げたのは自分の胸を見て照れたからに違いない。この先苦労しそうだなあ、ユキよ……。

 

「お母さんかお姉さんのタンスからこっそり拝借しちまえよ」

「……いやぁ、それはちょっと……」

「でも擦れるのは気になるだろ」

「……バレたら」

「男が女になりましたっていうインパクトで全部許されるから!」

 

 ユキは、俺がそこまで言ってようやくタンスを漁りに行った。

 やれやれまったく困った子猫ちゃんだぜぃ……と烏龍茶をおかわりしていると、すぐにユキが戻ってきた。早すぎる。さてはこやつヘタレたな? 

 

「どうした」

「……つけ方がわからん。あと多分サイズもあってない」

「……あー」

 

 つけ方がわからんというのは流石に嘘だと思うが、サイズは確かにそうかもしれない。

 ユキの母と姉は、どちらもそれなりの大きさを持っていた。

 俺の見立てによればユキのバストはささやかなサイズである。

 大は小を兼ねると言うが、ブラジャーはそうもいかないようだ。

 やはりユキに合わせたものを買いに行かねばならないらしい。

 

「まぁ、今日は我慢して明日お母さんと一緒に買いに行くんだな」

「……嫌だなぁ……」

 

 ユキはため息と共に肩を落とした。

 思春期の男子が母親と一緒に、しかも自分がつけるためのブラジャーを買いに行かねばならないのだ。ユキの心情は推して知るべしだろう。

 まあそれも我慢するんだなと声をかけようとした瞬間、ユキの顔がパッと明るくなった。

 まるで何かを思いついたかのように。

 

「そうだ、今から買いに行くからさ、雄介も付き合ってくれよ!」

「は? 買いに行くって……ブラジャーを? 俺と?」

「そう! 母さんと一緒に行くよりはマシだからさ、頼むよ!」

 

 正気かこいつ。……いや、そういえばユキはこういうやつだった。

 ユキは何かにつけて俺と一緒に行動したがるのだ。いや、俺以外にもそうだと思うが。

 トイレとか、職員室とか、保健室とか……とにかく俺を連れまわすのだ。

 俺も俺で基本的に暇だったため律儀に付き合っていたのだが……流石にトイレ感覚でランジェリーショップについていくことはできない。

 

「マジで言ってる?」

「マジだって! 雄介だって今日はもう暇だろ?」

「……俺はこの後学校に戻っても良いんだが?」

「そんなこと言わずにさ、頼むよ。母さんと一緒とか絶対嫌なんだよぉ……!」

 

 俺に向かって手を合わせて拝み倒すユキ。

 ユキは良くも悪くもプライドを投げ捨てて頭を下げることができるやつだ。

 皆から好感を持たれる秘訣はこういうところにあるのかもしれない。

 俺には真似できそうにないな。良くも悪くも。

 さて、どうしようか。

 ……確かに、ユキの気持ちはわかる。俺だって同じ状況になればユキと一緒に行きたがるかもしれない。しかしなあ……。

 

「下着の選び方とかまったくわからんぞ俺は」

「それは店員さんに任せれば良いじゃん」

「中に入るのも抵抗あるんだけど」

「そこはほら、俺たちは友達だろ?」

 

 ──あぁ、まったく。俺はユキのヘラっとした表情に弱いのだ。

 性別が変わった今でも、その表情にはユキが色濃く残っていた。

 

「……わかったよ。これも武士の情けだ」

「マジか! よっしゃよっしゃ!」

 

 へへーっと嬉しそうに笑うユキ。その顔には影ひとつ落ちていなかった。

 

「……やっぱりユキだな、お前は」

「は? 意味が分からん」

「ふふん、何でもねーよ」

 

 かくして、ブラジャーを買いに行く男子高校生と元男子高校生のコンビがここに誕生したのであった。

 ……うん。まぁ、ユキが笑っていれば何でもいいか。




次回からは短めの話を投稿していきます。
お気に入りや感想、評価等いただけたら幸いです。


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貴様にはポニーテールになってもらう

未だにタイトルにしっくりきていません。

今回下ネタ注意です。


 一人は男子ではなくなってしまったが、俺達は男子高校生である。女性用下着に関しての知識はゼロに等しい。

 ユキは最初、そのあたりのスーパーで良いと言っていたが、下着選びのすべてを店員さんに任せる以上ちゃんとしたプロに見てもらった方が良いと俺が力説した結果、駅ビルの中にあるランジェリーショップへと突撃することになった。

 

 そこまでは良かったのだが、それからが大変だった。

 ユキがひたすらヘタレまくったのだ。

 玄関でヘタれ、信号で止まる度に帰りたがるユキを「お前が言い出したことだろう」と言ってどうにか店の前まで引っ張って、あとは入るだけのところまで来たのにユキが他の店にしようと言い出したのだ。

 

「……やっぱスーパーとかで売ってるやつで良くね?」

「行け」

「いうてスーパーの店員さんだってしっかりやってくれるべ」

「行け」

「……せめてついてきてくんね……?」

「いいけど、途中で俺が店員に追い出されてもユキは戻ってくるなよ?」

「…………わかった」

「よし、行くぞ」

 

 幸いにも追い出されることはなかったが、トラブルは起こった。

 原因は俺ではなく、ユキである。

 終始ユキが目を固く閉じたまま開けようとしなかったのだ。これには店員さんも苦笑い。

 ユキの心の性別が男であることを説明してその場は乗り切ったが……疲れた。非常に疲れた。ホントこいつは自分が着替えるときどうするつもりなのだろうか。

 店を出た今でもユキは顔を耳まで真っ赤にして唸っている。

 ブラを付けていることが恥ずかしいのだろう。

 さっさと諦めて強く生きてほしい。

 

 俺たちは商店街を歩きながら、今のユキに必要なものを買いそろえていた。

 具体的には、サイズの合った靴とTシャツである。

 金銭的な問題でどちらも安売りされているものを選んだのだが、美少女が着るとどんなアイテムでも様になるらしい。3枚で300円という投げ売り価格で売られていたネタTも、ユキが着ればストリート系のファッションとなるのだ。

 ごめん嘘。最初はめちゃくちゃ笑った。白地に「花粉症」のTシャツは反則でしょ。

 

「っく、くくく……! いやぁ、なんだかゲームで装備買いそろえるときと似ててワクワクするなぁユキ!」

「……それにしちゃあ恰好がクソダサいけどな」

「ありもので揃えた感あって良いじゃん」

「じゃあお前も着るか? お?」

「あっ、遠慮しときます」

 

 腹パンされた。

 ビックリするほどダメージがなかった。

 思わず「え、今のが本気なの?」と強キャラのようなセリフを言ってしまった。

 目を丸くして「バカな……」と呟いていたユキを可愛いと思ってしまったことは胸に秘めておくことにする。

 

 さらにふらふらと歩いていると、かごに並べられたシュシュが目に留まった。

 

「ユキ、髪留めはどうする?」

「あー……姉ちゃんの借りるからいらない。というかそのうち短くするつもりだし」

「え、もったいなくね?」

 

 ユキの髪は肩までゆるりと伸びている。

 色々とアレンジが出来そうだし、短くする前に髪型で遊んでみても良いのではないか。

 

「だって長いと洗うの面倒くさそうじゃん」

「いやいやいや、せっかく女子になったんだからさ、もっと楽しもうぜ?」

「お前からすれば他人事なんだろうけどな……」

 

 面倒くさそうに自分の髪を指でいじるユキ。

 しぐさが完全に女性のそれであることには気づいていないようだ。

 やはり今のユキにはそれくらいの髪の長さが一番似合っていると思う。

 ユキからユキの髪の毛を守ってやらねば。

 俺は少し考えてから、左手の人探し指をピンと立てるとユキがつられて俺を見た。

 

「いいかユキ。お前が髪を短くするとどうなると思う?」

「……どうなるんだ?」

 

 俺はユキの前でたっぷりと間を作ってから深刻そうな表情を浮かべ、重々しい声で言った。

 

「見た目が完全にロリになる」

「なん……だと……!?」

 

 ユキの顔が絶望に染まる。

 中学生のころからユキは自分が幼く見られることに対してコンプレックスを持っていた。

 高校に上がっても牛乳は毎日欠かさず飲んでいたらしい。

 それにもかかわらず身長が伸びるどころか縮んだのだから、そのコンプレックスはより大きなものになっているはずだ。

 

「いいのか? 自分の顔が童顔であることは把握しているだろう。そんな子が髪を短くしてみろ、完全に中学生……下手したら小学生と間違えられるぞ」

「しょ、小学生……オレが……!?」

 

 すでに中学生に見えることは伏せて、ユキが嫌がるであろうリスクを抜き出して羅列していく。

 悪いなユキ。俺は髪がちょっと長い女子が好きなのだ。貴様にはポニーテールになってもらう。

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

 ユキの家へと帰ってきた俺たちは、削りとられた気力を回復させるべくだらだらとしていた。

 ちなみに、ユキの髪は青色のシュシュでまとめられている。完全勝利。

 心の中で鼻歌を歌う俺の向かいではユキがずっと難しそうな表情をしていた。

 不機嫌だとか、そういう類のものではなさそうだ。単にこれからの身の振り方を考えているのだろう。

 相談にのってやろうと声をかけようとした瞬間、ユキが俺に顔を向けた。

 

「なあ雄介、今日は親が帰ってくるまでいてくんね?」

「……いいけども。美少女に言われるとドキッとくるなそのセリフ」

 

 身長差があるせいでユキが上目遣いで俺の顔を覗き込む形になっていた。

 俺はそれなりに本気で言った(花粉症Tシャツでなければ十割本気だった)のだが、ユキはいつもの冗談だと受け取ったらしい。鼻で笑われた。

 

「やめろバカ。……親に説明する時に一人だと絶対面倒になるからさ、一緒に説明してくれよ」

「なるほど、構わんよ」

「ん、サンキュ」

 

 ユキはそれだけ言うと、再び何かを考えるように瞑目した。

 俺もそれに合わせて腕を組んでこれからのことを考えてみる。

 ……多分、ユキのお母さんが帰ってきてからが本番だよな。

 お母さん個人にはほぼ間違いなく信じてもらえるだろう。あの人はおおらかな人だ。

 だけど、学校という組織が相手となるとそうはいかない。

 今のユキが今までのユキであることを証拠を揃えて証明しなければいけなくなるはずだ。

 DNA鑑定……肉体が変化してるのにDNAが変化していないなんてことがあるだろうか。

 

「それを言ったら詰んじまうよな……」

「ん? 何が?」

「あ、いや、なんでもない」

 

 ……いかんいかん。無意識のうちに口に出ていた。

 俺は怪訝そうな顔のユキに手をひらひらと振って、スマホでDNA鑑定について調べた。

 調べていくうちに、「DNA同一人鑑定」なるものを見つけた。

 血痕とか毛髪などの検体からDNAを調べる、刑事ドラマなんかでよく見るアレだ。

 どうやら警察だけでなく個人規模でも受け付けてくれるようだ。

 

「これだ!」

「だから何が!?」

 

 DNAが変化していないとするなら、これでユキの部屋に残っている痕跡と今のユキのDNAを調べてもらえば、同一人物であると証明されるんじゃないか……!? 

 使える検体は……口の中の皮膚、血液、精液が望ましい……? 

 皮膚と血液はもう無理だけど、精液ならゴミ箱にワンチャンあるんじゃないか!? 

 

「ユキ! 最近オ○ニーしたか!?」

「は!?」

 

 俺が鼻息荒く尋ねると、ユキは顔を真っ赤にして首を横に振った。

 

「し、してない! したこともない!」

「そういうのいいから! マジな話だから正直に答えてくれ!」

「本当にしてねーよ! 股間握るなんて汚いことできるわけねぇじゃん!」

「潔癖か! ……あれだ、道具だってあるだろう!」

「いや知らねえよ!?」

 

 ……眩暈がしてきた。こいつホントに男か? 

 

「……嘘だろ? なあユキ、お前のDNA鑑定に精液が必要なんだよ。別にからかったりしないから本当のことを言ってくれ……」

「嘘じゃねえよ……。なにも精液じゃないと鑑定できないってことはないんだろ?」

 

 ユキはテーブルの上に身を乗り出し、うなだれる俺の手からスマホを奪って画面をさっと確認すると、やっぱりなとため息を吐いて俺を睨んだ。

 

「歯ブラシも使えるじゃねーか。もっと画面よく見ろっての」

「いや、だって成功率が精液に比べて低いみたいだし……」

「その精液がないんだからしょうがねーだろ」

「えぇ……マジでしたことないのかお前……」

 

 ドン引きである。あれだけ女子に囲まれながらムラムラしないとかある? 

 ……ムラムラしないから囲まれるのか? 

 

「当たり前だろ。する奴の神経が分からんわ。汚いとか思わないわけ?」

「うわあ……目の前に天然記念物がいる……」

「誰が天然記念物だコラ」

「じゃあ全滅危惧種?」

「変わってねーよ!」

 

 椅子に座ったまま俺の脛を蹴ってくるユキ。

 痛くもかゆくもない。むしろ見た目の可愛さで回復する。これが殴りヒーラーか。違うか。

 ……ひとまずやらなければいけないことや必要なものは把握できたし、後はユキのお母さんを待つだけだ。

 それまでは、ポニテ少女と化したユキと駄弁っているとしよう。




オープニングが明けなくてつらい。
次回はごりっと時間が飛びます。何としてもこの二人を登校させるという強い意志。

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度肝を抜いてやれ

短くても毎日投稿していきたい


 結論から言うと、ユキのお母さんはあっさりと息子が娘になったことを信じ、受け入れた。

 俺が思わずその理由を問うと、彼女は困ったように笑いながら「勘かしら?」と答えた。

 それに、「たとえカラスに変わっていてもユキのことはわかるわよ」とも。

 これなら俺がいなくても良かったなあ、とのんきに考えていたらユキが隣でぽろぽろと涙をこぼしたものだから焦ってしまったことを覚えている。

 

 ここからはユキからの伝聞になるが、学校は簡単には受け入れてくれなかったらしい。

 DNA鑑定の結果、今のユキが綾西優希であることを証明してくれたのだが、検体として歯ブラシを使っていたのがまずかったようで、鑑定に使われた歯ブラシが以前から使われていたことの証明を求められたそうだ。

 最終的には、テストの回答用紙や配られたプリントに書かれていた文字とその場で書かされた文字の筆跡が同じだったことから、堀内先生の口添えもあって登校を認められたらしい。

 ユキは「小難しい内容の話は覚えていないが、何だかんだで4月から学校に行けるようになった」と喜んでいた。

 俺もそれを聞いて胸をなでおろしたものだ。

 ユキがもし学校に来れなくなっていたら、俺は真の意味でぼっちになってしまうところだった。

 俺とて体育での「はーい二人組作ってー」をしのげなくなるのは困るのだ。

 

 そして4月、新学期初日。

 初めてユキが女子として登校してくる日。

 俺はいつもより早めに教室に行き、自分の席で小説を読みながらユキを待っていた。

 ホームルームが近づくにつれて教室が騒がしくなっていく。

 

「みんな久しぶりー」

「おーっすおひさー」

「今日からユッキ来るんだべ?」

「そうそう。あいつ期末の時も来てなかったけど大丈夫なのかね」

「ワンチャン留年あるんじゃね?」

「高一で留年とかユッキやべぇな!」

 

 クラスメイト同士の話に耳を傾けてみると、やはりというかユキの話題が多い。

 女子になったって話はされていないし、ユキは皆には今日から登校することだけを伝えているのだろう。

 ユキはバレンタインを最後に今まで登校が認められず、学校を休んでいた。

 もちろんユキは登校が認められてからは補習を受けて、しっかり進級できている。

 

 ちなみにユキが休んでいる間、俺はクラスメイトから散々質問攻めにされたが、その全てに知らないと答えておいた。

 俺はこういう時ばかり親し気にしてくる奴らが大嫌いなのだ。せめて人の名前を覚えてから出直してこいってんだまったく。

 私情まみれだが、ユキからもあまり公言しないように頼まれていたし問題はないだろう。

 

 ホームルームまであと15分。

 そろそろ来る頃合いだろうかと小説を鞄にしまったところで、ポニーテールの少女がこっそり教室に入ってきた。

 ネイビーブルーのジャケットこそ女子用のものだが、下はスカートではなくダークグレーのスラックスを履いていた。首元も蝶ネクタイではなく縞模様の入った普通のネクタイできっちり締められており、全体を見ると男性的な印象をうける。それでもなお青いシュシュでまとめられた髪と幼くも整った顔立ちは、少女を少女たらしめていた。

 ……だんだん自分でも何を言っているのか分からなくなってきたが、要するにユキである。

 いくらこっそり入ってきたとはいえ、クラスメイトは皆ユキを見逃すまいと教室の出入り口を見張っている。

 ポニーテールの少女はがっつりクラスメイトに注目されていた。

 

「……誰?」

「さあ? 誰かの知り合いだべ」

「あんな子いたっけ?」

「可愛い……」

 

 彼らの反応は様々ではあったが、見惚れている一部男子を除くほとんどがすぐに興味をなくしていった。

 俺は舌を噛んで必死に笑いをこらえた。ま、まだだ……まだ笑うな……! 

 

「……よっす、雄介」

「おう、おはようユキ」

 

 ユキが自分の席に着くと、クラスメイトの注目が再び彼──彼女に集まった。

 俺が笑いをかみ殺していると、ユキは小さくため息を吐いた。

 

「……楽しそうだな」

「あ、わかる?」

「そりゃそんな顔してたら誰だってわかるわ!」

 

 ユキに指摘されて自分の口を触ってみると、いつの間にか口角が吊り上がっていた。いかんいかん。

 

「下、スカートじゃないんだな」

「当たり前だろ、オレは男だぞ。……心は」

「似合いそうなのに。もったいない……」

「似合う似合わないの問題じゃねえっての!」

 

 俺達が雑談をしている間もクラスメイトは何やらひそひそと話していたが、結局ユキは誰からも話しかけられないままホームルームが始まった。

 堀内先生が教壇に立った瞬間、クラスに一人はいるお調子者が元気に手を挙げた。

 

「センセー、ユキの席に知らない女の子が座ってまーす」

 

 教室の中にクスクスと小さな笑い声が広がった。

 その中で小さく、「余計なことすんなよな……」という呪詛にも似たユキの呟きが聞こえた。

 哀れにもお調子者クンはクラスの小さな笑いと引き換えに美少女の好感度を失ったのだ。

 

「ふむ……。じゃあ優希、段取りとは違うが先に説明してもらってもいいか?」

 

 堀内先生はいたたまれなさそうにするユキを見かねたのか、ユキに皆に説明するよう促した。

 はい、と返事を返したユキが、横目で俺を見てくる。なあに恐れることはないぞユキ。

 俺はぐっと親指を立てて、小さく言った。

 

「度肝を抜いてやれ」

「──おう」

 

 ユキは笑って、力強く立ち上がった。

 

「オレの名前は綾西優希! ある日、朝起きたら女の子になってました! 見た目はこんなですけど、中身はオレのままなので、そこんとこよろしくお願いします!」

 

 3秒、静寂の後。

 

『……は?』

 

 俺とユキを除く、教室にいる生徒全員の声が重なった。




いつかユキにスカートをはかせてみせる。


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自分の体が女になってるの忘れんな!

オリジナルの日間ランキングに載っている間は毎日更新を頑張りたい。どちらにしても無理があるな。


 ユキの事情説明……というより、自己紹介が終わった後の教室は、想像していたよりも静かだった。

 混乱したり興奮する以前に、そもそもユキの言葉の意味が理解できなかったのだろう。

 

「……はい、ということで、新しいクラスを発表するぞー」

『──いやいやいや!?』

 

 堀内先生は今のうちにと言わんばかりに進行しようとするが、クラスメイト全員から総ツッコミを入れられた。そりゃそうである。

 お調子者クンが威勢よく立ち上がった。

 

「今のじゃ全然意味わかんないっすよセンセイ!」

「そうだよなー。先生もそう思う」

「んなっ……」

「学校側も、ユキも。意味がわからんことが起こった、としか把握できていなくてな。今言えるのは、その子は間違いなく綾西優希だってことだけなんだよ」

 

 堀内先生がユキに視線を向けると、ユキはしっかり頷く。

 お調子者クンはそれを見て、「意味わかんねぇ……」とうめきながらどっかりと椅子に座った。

 彼の言葉は間違いなくこのクラス全員の気持ちを代弁したものであり、彼に恨み言を言っていたユキもその時ばかりは苦笑いを浮かべていた。

 

 その後、クラス分けの結果が発表された。

 ユキは自分のクラスを確認するや否やさっさと教室を出ていってしまった。

 のんびりしてたらクラスメイトに囲まれるもんな。ユキも大変だ。

 

「お、雄介も同じクラスなのか!」

「おー」

 

 偶然か、それとも学校側が調整したのかはわからないが、俺とユキは同じクラスだった。

 移動してみればユキの席は俺の目の前にあり、クラスの担任も堀内先生のままだった。

 やっぱり仕組まれているんじゃないかなこれ。

 新しいクラスでのユキは、自分の心が男性のそれであるとだけ言って自己紹介を終えた。

 ユキ曰く、「男としての綾西優希を知っているならともかく、知らない人に自分は女になった男ですと言ったところでただのやべーやつとしか思われないから」だそうだ。

 去年のクラスメイトの姿もちらほら見えるが、彼らもいたずらに騒ぎ立てるつもりはないようだった。

 先生が諸連絡やら注意事項やらを話している中、俺は後ろからユキの肩をつっついた。

 

「お調子者クンがいなくて助かったな」

「……うーん、いや、そんなことはないぞ?」

「いい子ちゃんめ」

「やめい」

「──こらそこ、静かに!」

「「すみません」」

 

 先生に注意された俺は、仕方なく目の前のポニーテールを眺めるのであった。

 

 

 

 ・・・・・・

 

 

 

 ぼけっとしていると、昼のチャイムはすぐに鳴った。

 今日の学校は半日で終わりだ。ユキはこの後が本番でどうせ一緒には帰れないだろうし、俺はさっさと帰ってゲームでもするとしよう。

 

「逃がすかぁ!」

 

 俺が椅子を引いて立ち上がったところで、ユキに腕を掴まれた。

 まさかこいつ、あのクラスメイトどもの中に俺を連れていくつもりか!? 

 

「や、やめろ放せ!」

「ふふふ……つれないじゃないか雄介。オレ達は友達だろ?」

「だからって地獄に道連れにして良い理由にはならねーよ!」

「頼むよおおおオレ一人じゃ絶対からかわれてもみくちゃにされるんだよおおおおお!」

「うわ!? ちょ、バカ!」

 

 ユキは半泣きになりながら俺の左腕にべったり絡まりつつ腕を極めようとしてきた。

 これ自体はユキの常套手段で、いつもであれば頭をはたいたり甘んじて受け入れたりするのだが今はそうはいかない。

 ささやかではあるがしっかり存在を主張する膨らみが腕に押し付けられ、俺は自分の顔が赤くなっていくのを感じた。

 

「やめろバカ! お前っ、自分の体が女になってるの忘れんな!」

「あん? ……あー……」

 

 はたから見れば抱き着く女子と、抱き着かれる男子である。

 男同士でもかなり際どいスキンシップを、男女がやればどうなるか。どうみられるか。

 教室の中にいる生徒のほとんどから向けられる視線が何よりの答えとなっていた。

 ユキはそれに気づくとピタリと動きを止めて、ニヤリと笑った。

 

「道連れになってくれるってんなら止めてやる」

「なっ……!?」

 

 完全に虚を突かれて硬直すると、ユキは再び絡みついてきた。

 正気かこいつとユキを見れば、前と比べて一回り小さくなった耳が赤くなっていた。

 ……自爆覚悟とか厄介すぎるだろ! 

 

「ねぇ~ん、おねがぁーい!」

「うおおおお止めろやめろ今のお前が猫撫で声を出すのは冗談になってないいい゛だだだだだ──!?」

 

 結局、心身共にボロボロになった俺はユキに付き合わされて説明させられまくったし、クラスの中では俺とユキが付き合っているという噂が流れまくった。散々だ。

 

 ……そして1週間もたたないうちに、その噂があらぬ形で俺達に襲い掛かってきた。

 高校二年生として初めて迎えた金曜日の夜のことである。

 

「雄介……どうしよう……」

「どうしたユキ。この世の終わりみたいな声だして」

 

 ベッドでごろごろしながらスマホでアイドルを育成している最中に、ユキから電話がかかってきたのだ。

 のっけからの暗い声に身構えつつ適当にからかうが、ユキはそれに耳を貸すことなく、酷く落ち込んだような声のまま言った。

 

「オレ……男から告白された……」

 

 ……ここ、もしかして笑うとこ?




オープニング抜けたかな?
実は前回で抜けてた説ありますね。適当の極み。

感想とか評価とかください(すなお)


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一緒にいて楽しくて面倒くさくない女子とか狙って当然じゃない?

日間の真ん中にずっとへばりついてて草。毎日更新しろという読者からの強い意志を感じる。
本当にありがとうございます。応援され続ける限り頑張ってみます。


 予想外の言葉をぶっ放したユキに、俺はむくりとベッドから体を起こしながらオウム返しで尋ねた。

 

「……男に告白された? ユキが?」

「ああ……」

「……なるほど?」

 

 ユキは身体が変化した後も、今までと同じようにクラスメイトと接していた。

 男子とつるみ、女子とは何となく距離を置く、ごく一般的な男子ムーブ。

 考えてみれば今のユキは男にとって最も接しやすい女子であり、見た目が美少女なもんだからそりゃあもう男子の中では彼女にしたい女子ナンバーワンだろう。

 ……ユキが他の女子から妬まれて黒いウワサが流れやしないかという心配はしていたが、男子から告白される可能性は頭からすっぽ抜けていた。

 俺が今のユキを以前のユキとして扱っていた弊害が出た。

 はたから見ていた俺でさえこうなる可能性を見落としていたのだ。告白された本人はさぞ驚いたことだろう。

 とにもかくにも、まずはユキから詳しく話を聞いていこう。

 

「相手の名前は? 同級生?」

「モブ……っていっても雄介は知らないか。茂田文雄、同級生も何も去年同じクラスだったろ」

「知らん。もしかしなくても、モブ男はユキのお友達だった感じすか」

「そうなんだよ……」

「うわキツ」

 

 友人だと思っていた相手からガチ告白されたらそりゃあショックも受けますわ。

 いくら気心の知れた仲で見た目メチャカワでもそれはない……ない、か? 

 あれ? 普通に良くない? 

 一緒にいて楽しくて面倒くさくない女子とか狙って当然じゃない? 

 

「ちなみにモブ男は何て言って告白してきたの?」

「え、普通に……『一緒にいて楽しいから』って……」

「あーはいはいなるほどなるほど!」

「ウザッ、え、なんで急にウザくなった?」

 

 モブ男! やるじゃないかモブ男! 

 お前は男の中の男だよ! 

 

「いやーモブ男好きだわ。マジ勇者だよそいつ」

「こっちは真面目に話してんだけど?」

 

 ケラケラと笑っていると低い声が返ってきた。

 ユキはそう言うが、この話は真面目に聞くものでもあるまい。

 

「だってなあ、ユキはモブ男をフったんだろ?」

「そりゃあ……オレはノーマルだし、男と付き合う気はねぇし」

 

 今、ユキがしているのは恋愛相談でもなんでもなく、ただの愚痴である。

 その手の話はマジレスするのではなく、笑い飛ばすのが俺のポリシーなのだ。

 

「百合の花が咲くのか。胸アツだな」

「は? 百合?」

「……そうだよな。わからないよなユキは」

「何がだ」

「何でもないから忘れろ。……それより、これからもきっとこういうことは起こるだろうし、これからどうするかを考えようぜ」

「む、確かに」

 

 強引に話を変えると、ユキも食い下がるつもりはないのか素直に従った。

 パッと考えただけではあるが、とりあえず3つ思いついた。

 ……正直、どれも現実的ではないが一応ユキに話しておこう。

 

「一応、俺の方で考えてきている案が3つある」

「おお、マジか!」

 

 その1、ユキが男子と距離を置いて、女子とつるむこと。

 いわゆる女子ムーブである。

 これをすることでユキは完全に女子扱いされ、男子から距離を取られるだろう……多分。

 

「却下」

「……そうはいうがな、ユキが彼女を作ろうとしたら結局似たようなことをしなくちゃいけないんだぞ?」

「それでも、オレには無理!」

 

 まあ、これは俺もユキには無理だと思っていたダメ元案である。

 そもそもユキにそんなことができる覚悟があるならモブ男と付き合った方が色々と丸く収まるのだ。

 

 その2、耐える。

 告白されることを受け入れて、ひたすら告白してきた相手に、男は対象外と伝え続けるのだ。

 それと並行して、自分から男はそういう目で見れないことをアピールしていけば、そのうち告白してくる野郎も減るだろう。

 

「……それ、本末転倒っていうんじゃね?」

「まあな。でもこれが一番確実だと思うぞ?」

「むぅ……意味ねえなー……」

 

 そう。ユキの言う通り、本末転倒なのだ。

 確実で最も現実的な手段ではあるのだが、ユキが精神的にダメージを負うことは免れない。

 わがまま言うんじゃありません! と言う前に、3つ目を話しておこう。

 

 その3、俺と付き合っているフリをする。

 

「ハァ!?」

「うるさっ」

「おいおいおい勘弁してくれよ! お前もオレのことをそういう目で見てたのか!?」

「違うから落ち着け! 最後まで話を聞け!」

 

 慌てたような、焦ったような声のユキを落ち着かせた後、咳払いを挟んでから口を開いた。

 

 告白されないために最も有効な手段となるのは、恋人がいることをアピールすることだ。

 すでに恋人がいるのに奪おうとするやべーやつなんてのはまず存在しない。

 存在するのはフィクションの世界くらいなものだ。

 

 しかし、ヘタレなユキが女子の中に突っ込んで理解者を探し、仲を深めて告白することを短期間で終わらせるのは不可能である。

 しかし、嘘で恋人ができたように見せかけることはできる。俺と口裏を合わせて、恋愛関係を結んだことを公言して回るのだ。

 これだけで大抵の野郎は諦めて引き下がるだろう。

 告白抑止効果はそれなりにあると思われる。

 

「……でも、そしたらオレは皆から男に興味があるやつだって思われるじゃん」

「それはまあ、そうだろうな」

 

 そう、一番の欠点は俺とユキに彼女ができる可能性が万にひとつもなくなってしまうことである。

 俺には元々そんな可能性はないに等しいから問題はないのだが、ユキはそれなりに目はあるのだ。

 それをつぶしてしまうのは、あまりよろしくない。

 

「ダメダメ。却下だ却下」

「そもそも信じてもらえるかも怪しいしな。しつこい奴なら疑ってくるだろうし」

「……となると、やっぱ2が一番いいのかなあ」

「だと思うぞ。男に興味ないって言い続けて、女子に取り入るのが一番良い」

 

 俺がそう言うと、ユキは大きなため息をついた。

 ……前途多難だなぁ、ユキ……。

 俺には黙ってみていることしかできないが、ユキもそのうち告白されることに慣れてくるだろう。それまでどうか強く生きてほしい。




いや、3だろ。


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仲良くなった暁には焼きそばパンを買ってきてもらおう

これで毎日更新は終わりそうですね。これからは完全に不定期になるでしょう。


 新しい週が始まると、クラスで係決めが行われた。

 俺は去年から続けているという理由で図書委員に立候補し、続投が決定。

 ユキは体育祭実行委員に立候補し、あっさりと席を勝ち取っている。

 それを選んだ理由を訊くと、「楽そうだから」というなんとも適当な、ある意味で高校生らしい答えが返ってきた。

 かくいう俺も委員の中で最もマシなものを選んだだけなので人のことは言えないが。

 

 図書委員はその日の放課後から活動があるそうで、俺は帰り支度を済ませた鞄を背負って図書室へと向かうと、すでに今年の図書委員に選ばれたのであろう生徒たちが集まっていた。

 司書の先生が俺を見た後、手に持っていた名簿を確認しながら「あと一人だね」と呟いたところから考えるに、俺が最後という訳ではなかったようだ。

 特に遅れたわけではないのだから最後だろうと何だろうと着いた早さを気にする必要はないのだが、それでも何となく気まずくなってしまうところだった。

 心の中でそっと胸をなでおろしていると、廊下からパタパタと軽い足音が聞こえてきた。

 扉を勢いよく開けて入ってきたのは、黒い髪を背中まで伸ばした少女。

 少女はその勢いのままこちらに駆け寄り──おもいっきりつまずいた。

 

「きゃ……!?」

「オウッ!?」

 

 ちょうど俺の手前で体勢を崩した少女は、そのまま俺の脇腹に頭から突っ込んだ。

 幸いにも少女の体重が軽かったため押し倒されることはなかったものの、人体の急所に懇親の頭突きを食らったせいでアメリカンな悲鳴を上げてしまった。

 少女も咄嗟に俺の腰に抱きついたため転ぶことはなかったが、その体勢はさながら力士がかち合う瞬間のよう。

 クスクスとおかしそうな笑い声がいくつか聞こえた。

 上から見えた少女の耳は真っ赤に染まり、回された腕はぷるぷると震えている。……いや、とりあえず離れてくれないかな。

 

「……コホン! 早乙女さんも来たことだし、集会を始めます!」

 

 先生が手を鳴らすと、笑い声も止んだ。

 俺のように去年から続投している生徒はもちろん、新顔の皆も落ち着いている子が多い。

 先生に場を仕切り直されてもなお笑い続けるような輩など、図書委員の中にはいないのだ。

 

 集会の際にそれぞれが適当な席に座る中、先生から早乙女さんと呼ばれた少女は俺の隣に腰を下ろした。

 微妙に気まずいからあまり近くに座ってほしくはないのだが、座られてしまったものは仕方がない。せめて互いに気まずくならないように、フォローくらいはしておこう。

 

「……早乙女さん、で合ってる?」

「あ、は、はい……」

「俺は友野雄介。よろしく」

「あ……私は早乙女香澄です。よろしくお願いします……!」

 

 お互いに、小声での会話。

 早乙女さんの溢れる後輩オーラというか、小動物感に思わずタメ口で話しかけてしまったが大丈夫だろうか。無いとは思うが、これで先輩だったら大変だ。

 念のために学年を確認すると、早乙女さんは「1年です」と答えた。

 良かった。俺の後輩だった。

 仲良くなった暁には焼きそばパンを買ってきてもらおう。

 

「さっきは大丈夫だった?」

「あ、う、はい……。その、先ほどは本当に申し訳ありませんでした……!」

 

 早乙女さんは先ほどのショックが抜け切れていないのか、いまだに色白の肌を紅潮させたまま頭を下げてきた。

 俺は特に怪我もしていないし、脇腹や腰を痛めたわけでもないから気にしないでほしいと言っても、早乙女さんはひたすらに恐縮しきっていて話が通じない。

 俺は怖い先輩だと思われているのだろうか。

 思えばユキからも「雄介は人と話すときにもう少し表情を意識しろ」と、まるで面接官のようなことを言われたことがある。

 その時はまともに取りあわなかったが、その結果が今の早乙女さんだというのであればこの場だけでも改める必要があるだろう。

 俺は必死に口角を吊り上げながら早乙女さんに話しかけた。

 

「別に気にしてないって。むしろ可愛い女子に抱き着かれて役得だったまであるから」

「へ、あ……!?」

 

 この場にユキがいれば「セクハラじゃねーか」と盛大に頭をはたかれたことだろう。

 自分でそう思うほどにアレな発言だが、悲しいかな俺のコミュニケーションの引き出しの中には自分を下げる手段しか用意されていなかったのだ。

 哀れな被害者である早乙女さんは赤い顔をさらに紅く染め上げて黙り込んでしまった。

 セクハラで訴えられたらどうしようと今更ながらに内心で頭を抱えていると、前で委員のシフトを調整していた先生と目が逢った。それはもう、バッチリと。

 

「──さっきから仲良く話している友野くんと早乙女さんは同じ時間に入ってもらうわね?」

「えっ」

「……!」

「友野くんは主犯だから問答無用として、早乙女さんはどうかしら?」

 

 俺は先生のあまりにもな発言に「ひでえ」と言葉を転がしながら、早乙女さんを横目で見やった。

 早乙女さんは非常に気が弱い。他の人が良くとも先生に指名されてしまっては断れないだろう。

 俺は早乙女さんが口を開くよりも先に手を上げた。

 

「先生、俺は別に誰とでもいいですけど早乙女さんは同級生とか、同性と組みたいとか色々あるでしょう」

「……確かにそれもそうね。じゃあ友野くんは最後に適当に決めるとして、早乙女さんのシフトは──」

「──あ、あの!」

 

 先生が黒板に書かれたシフト表を見ながら考えていると、早乙女さんが声を上げた。

 早乙女さんは周囲の視線を一身に浴びて小さな身体をさらに小さくさせながらも、はっきりとよく通る声でこう言った。

 

「私、友野先輩と同じシフトに入りたいです!」

 

 ……マジで?




早乙女香澄。君にはこの戦場をひっかきまわしてもらう。期待しているぞ。


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つれーわー、美少女に好かれちゃってマジつれーわー

(エタっては)ないです。


「……ってことが昨日あってさー」

「やべーな。その早乙女さんって子、絶対お前に気があるべ」

「つれーわー、美少女に好かれちゃってマジつれーわー」

「うわウゼェ」

 

 係決めをした翌日の朝。俺は教室でユキと駄弁りちらしていた。

 俺もユキも、早乙女さんが本気で俺に惚れているなどとは思ってはいない。……いや、そりゃあ少しはそうだったらいいなーなんて淡い期待はしているけども。生憎と俺の顔は女の子から一目ぼれされるほどに整ってはいない。……これ以上は悲しくなるため脇においておくとして、とにかく俺達は適当に適当を重ねて盛り上がっていた。

 

「で? 早乙女さんはどうして雄介センパイと一緒にいたいって?」

「さあね。俺の隣にいるとなんか落ち着く、とは言われたけど」

 

 俺もユキと同じことが気になって、集会が終わった後で早乙女さんに聞いた。しどろもどろになりながら答えてくれた彼女の話をまとめると「隣にいるとなんか落ち着く」らしいのだが……。

 

「ガッチガチに緊張しながら言われても説得力ないんだよなぁ……」

「いやー、でもわかるよ。うん」

「ユキは誰かと一緒じゃないと落ち着かないだけだろーが」

 

 ポニーテールを静かに揺らして頷いたユキに俺がツッコミを入れると、ユキは「いやいや」と苦笑交じりに口を開く。

 

「雄介が傍にいると落ち着くんだよ。無言になっても苦にならないっていうか、無理に何か言わなくてもいいんだなーって思える感じ?」

「なんだそりゃ。というかそもそも無理してまで他人と関わる必要ないだろ普通」

「そう言う割に自分は気を回して他人のフォローをしたりするからなぁお前。話を聞く限りだと早乙女さんもかなりの緊張しいっぽいし、懐かれたんじゃね?」

「ん、ぐ」

 

 フッと涼し気に笑うユキに、思わず喉が詰まる。ユキは俺の顔が赤くなったのを見ると、その笑みをニヤニヤとしたものに変えた。こ、こんにゃろうユキのくせに生意気な顔しやがって……! 

 

「そういえば大事なこと聞き忘れてた。早乙女さんって可愛い?」

「んあ? あぁ、清楚系の美少女だぞ」

「係っていつあんの?」

「ちょうど今日の放課後あるけど……来るの?」

「おう、行く。雄介の春を見に行ってやる」

「マジかよ」

 

 暇だなお前、という俺のセリフは、始業のチャイムにかき消された。

 

 

 

 ・・・・・・

 

 

 

 そして、放課後。

 俺とユキは放課のチャイムが鳴ると同時に図書室へ向かう──はず、だったのだが。

 

「……ユキ、大丈夫か?」

「あー……うん」

 

 机に突っ伏したユキから弱弱しい返事が返ってきた。ユキはまだショックから立ち直れていないようだ。

 ユキは今日の昼、また男友達から告白されたらしい。それだけならまだ良かったのだが、その男は告白を断ったユキの腕を掴んだらしいのだ。そこまで強く掴まれたわけではなかったため振り払って逃げることはできたが、もし本気で掴まれていたら分からなかったとユキは青ざめた顔で言っていた。

 ユキが他の男子に声をかけられて教室から出ていくのは、ユキが女になる前からよくあることだった。だから俺もその時は普通に見送ったのだが……今思えば、油断していたのだ。俺はユキが男から告白された話を聞いていたし今のユキは非力であることもわかっていたのだから、こうなる可能性だって十分に考えられたはずだった。俺も、ユキも、まさかそんな輩はいないだろうなんてどこか呑気に構えていた結果が今である。むしろいきなりヤバイ輩に絡まれる前に気が付けて良かったかもしれないが、それでもユキは傷ついていた。

 

「ん、そうか。まあ早乙女さんは小動物みたいでカワイイから、きっと癒されるだろうよ」

「おー。……そっか、見に行くんだったな……」

「うん? ユキが帰るなら俺も委員サボって付き添うけど」

「何言ってんだバカ。……んじゃ、雄介にサボらせるわけにもいかないし行きますか」

「おう」

 

 ……ユキ、相当心にキてるな。

 とはいえ、女になったこともなければ男から告白された経験もなく、そもそも友人がいない俺がユキにかけてやれる言葉などないわけで。結局、俺達は特に何も話さないまま図書室の扉を開くのだった。

 

 入り口すぐの受付には既に早乙女さんが座っていて、図書室に入ってきた俺達を見た彼女はぎこちない会釈で出迎えてくれた。

 

「ごめんね早乙女さん。遅れちゃった」

「い、いえ! 私が早く来てしまっただけなので……!」

 

 俺は努めて優しい声と表情で早乙女さんに話しかけるが、彼女の緊張がほぐれた様子はない。後ろで「うさんくせぇ」と笑ってきたユキを肘でどつくと、それを見た早乙女さんが目を丸くした。所詮俺の優しさは張りぼてじゃけえ、堪忍してくんな! ……などとは早乙女さんに言えるわけもなく。俺は戸惑いの視線をこちらに向けている早乙女さんに苦笑しながらユキを紹介した。

 

「こいつは綾西優希。俺の男友達」

「よろしく。ユキって呼んでくれると嬉しいな」

「え、あ、私は早乙女香澄といいます。その、よ、よろしくお願いします……?」

「疑問形は草」

「そりゃあこのナリで男友達って紹介されたらな……」

 

 ユキが細い眉尻を下げて苦笑した。ユキは服装こそ頑張って男に寄せてはいるものの、顔つきや声は明らかに女性のそれである。今のユキを指して男だと言えばオタク文化を知る人なら「なんだただの男の娘か」と受け入れるのだろうが、そうでない人は「お前のような男がいるか」と疑いにかかるだろう。

 混乱している早乙女さんに対し、ユキは物憂げな笑みを浮かべながら口を開いた。

 

「まあ、なんだ……オレは早乙女さんの敵じゃないから安心してくれ」

「え……!?」

「お前はお前でいきなり何言ってんだ! 早乙女さんめちゃくちゃ戸惑ってるじゃねーか!」

「いやあ、どうしてもこれだけは言っておきたくてね」

 

 説明するのかと思いきや、ブッ混んできやがったユキ。こいつってこんなボケ方するやつだったっけ?? 

 

「い、意味わからんっての……。ほら、早乙女さんの顔見たならさっさと向こうで本読んで待ってろ」

「おう。本は読まないけど待ってるわ」

 

 俺が手で追い払うとユキは素直に離れていき、受付近くの読書スペースでスマホをいじり始めた。読書スペースといってもただデカい机といくつかの椅子を並べただけの場所であるため、そこで何をしようと利用者の勝手なのだが……せっかく図書室に来たんだから本読めよな……。

 俺は心の中でユキに小言をぶつけながらカウンターの裏にまわり、キャスター付きの椅子に座った。やはり早乙女さんはユキのことが気になっているらしく、そわそわとこちらを伺っている。……さて、どう説明したものか。




お気に入りや評価の数字が増えていくのは嬉しいものですね。感想もそうですがこんなんなんぼあってもいいものですからね。ありがとうございます!


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顔色、少し良くなったな

日間に載ることができたので連日投稿です。まさか再び舞い戻ることができるとは……応援していただきありがとうございます。


「……えっと、つまり綾西先輩は心の性と身体の性が一致していない、ということですか……?」

「そう、ユキはあれでも立派な男なんだよ。だから、男友達」

「なるほど……」

 

 早乙女さんには、ユキが性同一性障害を抱えているのだと説明した。馬鹿正直に「ユキは男だったけどある日突然女になってしまいました」なんて言ったところで信じてもらえるわけがないのだ。

 幸いにも早乙女さんはすんなりと受け入れてくれたようで、納得したように頷いていた。これでもし早乙女さんがユキのことを気持ち悪がったり好奇の目で見るような子だったら気まずいなんてものではなかったと思う。

 俺はそっと胸をなでおろしながら、幾分か軽くなった口でユキの話をした。主にユキが過去にやらかしたあれこれの話を。結局早乙女さんの緊張をほぐすことはできなかったが、時折クスクスとおかしそうに笑っていたからヨシ。途中でユキがくしゃみをした時は俺も笑った。悪いなユキ、これからも早乙女さんの笑顔のためにダシになってくれ。

 

 受付の仕事はかなり緩く、基本的に本を貸し出すときと返却されたときに日付を記録するだけで良い。そもそも本を借りに来る生徒の数が少ないため、受付に座って本を読んでいるうちに業務時間が終わっていることもざらである。だからこそ俺達は雑談に興じていたのだが……ふと、あることを思いだして軽口を止めた。

 

「……そういえば、早乙女さんって今日が初めての委員だっけ」

「は、はいっ」

「じゃあ俺、早乙女さんに本の貸出と返却の手続きのやり方教えなきゃじゃん」

「あっ……そ、そうですね……!」

「ごめん、マジで忘れてた。……おーい、ユキー!」

 

 俺は慌ててユキを呼んで利用者代わりにし、早乙女さんに貸出と返却の作業を教えた。どうやら彼女は物覚えが良い方らしい。教えた後に実践させてみたら、手つきこそたどたどしいものの途中で手を止めることなくやりきってみせた。

 

「凄いな。俺の時はもう少し手間取ったもんだけど」

「そ、そんなことは……!」

「いやいや、すごいすごい。これなら今年の業務は全部早乙女さんに任せちゃっていいな!」

「ええっ!? そ、それは、あの……!」

「ユウスケー。性格悪いぞー」

 

 ボケる俺。慌てふためく早乙女さん。ジト目でツッコミを入れるユキ。いつもは俺とユキでボケとツッコミいじりいじられを繰り返していただけだったが、間に早乙女さんというリアクション役が入るだけでこうも会話が盛り上がるとは……。

 途中何度かやってきた利用者の対応を全て早乙女さんに任せたらユキから本当に怒られかけた。そこから流れは変わり、今度はユキが俺をダシにして早乙女さんとアレコレと話をするようになった。その時も早乙女さんは楽しそうにしていたから不思議と嫌悪感はなかった。そして、業務が終わった時には。

 

「あの、ユキ先輩は本は読まないんですか?」

「いやー、オレ、本を開くと眠くなっちゃうんだよね。香澄は結構本読む方?」

「はい! 私、小説をよく読んでいて、今読んでいるのが……」

 

 ユキと早乙女さんは、互いのことを名前で呼び合う仲になっていた。……ちょっと待て。俺は?

 ってか初対面でこれだけ打ち解けるとかユキのコミュ力どうなってんだ? これで性別が男のままだったら来年のバレンタインチョコが一つ増えていたところだぞお前。いや、最近は同性間でも渡すから増えるのは変わらないか……ちょっとユキさん、そのコミュ力分けてくれない? 俺まだ早乙女さんから名前呼んでもらえてないんですけど。

 

「……おーい、聞いてるか雄介」

「──ん、ん? 悪い、聞いてなかった。なに?」

「や、帰ろうぜって」

「ああ、おけおけ」

 

 俺が己のコミュ力の低さを嘆いている間に解散する流れになっていたらしく、ユキは脇に学生鞄を抱えていた。しかし早乙女さんはただ座るばかりで一向に帰る様子がない。俺が不思議に思っていると、早乙女さんに代わってユキが口を開いた。

 

「香澄は用事があるとかでもう少しここに残るってさ」

 

 こくこくと頷く早乙女さん。

 

「ふーん? じゃあ、お先です」

「じゃあね」

「は、はい! お疲れ様です……!」

 

 俺とユキがひらひらと手を振ると、早乙女さんも小さく振り返してくれた。

 早乙女さんの表情はほんのり柔らかい。俺のコミュ力がちょっとアレなのもあるが、それにしたって俺の時と比べて初対面ビフォーアフターの差がありすぎる。おのれイケメン……! 

 

「……ん? どうした雄介」

「……いや……顔色、少し良くなったな」

「そうか? ……そうかもな」

 

 隣を歩くユキはそう言って、前を向いたままクールな笑みを浮かべた。やだ……どこか陰のある横顔がステキ……! 

 

「……フッ」

「うわ、感じ悪っ。どうした急に」

 

 ……もう二度とユキのマネはしない。イケメンなんて滅びてしまえ。

 

 

 

 ・・・・・・

 

 

 

 俺達の高校は小高い丘の上に建っていて校門が西側を向いているため、この時間に帰ろうとすると沈みゆく太陽が真正面から見ることができる。すらりと伸びる下り坂が赤く染まる、実にオールウェイズで3丁目な風景は見るものをどこか感傷的にさせる……のだが、流石に一年間も見続ければ飽きが来るというもの。今更「きれいだなあ」以上の感動が湧いてくることもなく、俺とユキはいつも通り駄弁りながらアスファルトの坂を下っていた。

 いまいち立ち入り禁止の理由がわからないマンション、錆びた看板をぶら下げた個人塾、たまに猫を見かける塀、存在価値があるとは思えない信号機……それらを脇に見ながら通り過ぎると、正面に十字路とそれなりに広い公園が見えてくる。遊具は少なく、だだっ広さで勝負するタイプの公園で、今日は小学生と思わしき女の子がバドミントンに興じていた。

 公園には入らずに右に曲がってまっすぐ進めば駅に着くのだが、ここでユキが声をかけてきた。

 

「なあ、ちょっと公園に寄ってこうぜ」

「は? いいけど、なんで?」

「喉乾いたんだよ」

 

 公園の中にはいくつか自販機が設置されている。大したものは売っていないが、その分値段もほとんどが100円とリーズナブル。ユキはそこの自販機が気に入っているらしく、俺を連れて公園の中に入ることも多い。

 

「駅前のコンビニじゃ駄目なんすか」

「オレは今飲みたいんだよ」

「暴君じゃん」

 

 個人的にはあと5分もすれば駅に着くのにわざわざ寄り道をするのは非効率的としか思えないのだが、その非効率を良しとする精神が人から好かれる要因であることもわかっているため俺も本気で抵抗することはない。このやり取りも半ばお約束のようなものだ。

 公園の奥に進むと丘の上へと続く階段があり、それを上った先の小さな広場に自販機はある。

 

「ユキ、それ好きすぎない?」

「や、意外と美味いんだよこれ。おじいちゃんこそいっつもお茶だよな」

「だれがおじいちゃんだコラ。お茶だって美味いだろうが!」

 

 夕焼けとは違う赤色の自販機でユキがナタデココ入りのジュースを買い、俺はその付き合いでお茶を買った。そのすぐそばにあるベンチに座り、ユキがワンカップのそれを飲み干すのがいつもの流れなのだが、今日のユキはベンチに座ったっきりプルタブに手をかけようとしない。俺が「飲まないんすか?」なんて声をかけようとしたところで、ユキがプルタブを爪でゆるゆるとひっかき始めた。

 

「……なあ雄介」

「……どうした?」

 

 俺はユキのただならぬ様子に身構えた。ユキは最初から何かを話すつもりで俺を公園に誘ったのだ。

 ユキは中身の入った缶をしばらく手で弄んだあと、横目で俺を見て言った。

 

「──オレと付き合ってくれないか?」

 

 風が鳴った。




超展開?そうとも言えるし、そうでないとも言える。


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俺は清らかなヘンタイスケベだった……?

頂いた感想に対して誤爆扱いをしてしまったこと。
私の軽率な発言でいたいけな読者をTS少女にしてしまったこと。
本当に申し訳ありませんでした。謝罪と応援への感謝の意を込めて連日投稿です。


 見上げれば、茜色の空がどこまでも広がっていた。見ているだけで吸い込まれそうになる空。幼いころはよく飛行機雲を探したものだ。生憎と今日は飛行機雲は見つからない。もくもくとした雲が漂っているばかりである。

 俺は、そんな空の下──

 

「……あーっと……」

「……」

「えーっと……だな……」

「……」

 

 呻きながら必死に時間を稼いでいた。

 ……ユキは今なんて言った? 付き合ってくれ?? は???? 

 

「あー……どこに?」

「………………」

「す、すみませんでした……」

 

 とりあえずボケてみたら絶対零度の視線が返ってきた。ダメだぁ、ガチのやつだこれぇ……! 

 

「……いや、でも本当にどうしたんだよユキ。そんないきなり」

「……いきなりじゃねえよ」

「!?」

 

 ユキはいきなりじゃないと言った。いきなりじゃないということは、いきなりじゃないということで、つまりユキは同性愛者だった……? 

 たしかに言われてみればユキはあれだけモテてるのに彼女を作ったことがないし、男友達とばかりつるんでいた。ユキが軽口しか叩けない俺と仲良くしてくれているのは中学からのつきあいだからだとばかり思っていたが……俺のことが好きだったからなのか……? 

 

「そ……そう、だったのか……」

「いやそうだったのかじゃねーよ。お前が言い出したことだろうが」

「……え?」

 

 ユキは本気でうろたえる俺を見て何かを察したのか、慌てたように口を開いた。

 

「おいおいおい、偽装恋愛の話だぞ? この間オレがお前に電話した時に、お前が提案した3つの選択肢の話!」

 

 ギソウレンアイ、センタクシ。……偽装恋愛、選択肢? 

 たしかユキが男から告白されるのが辛いって言ってきて、それをどう凌ぐかーみたいな話をして……その時に俺は、俺とユキが付き合うフリをすれば告白されなくなるんじゃねーとか言って……。

 

「……あー!!!!」

「あーじゃねえよバカ!! お、お前、本気でオレがお前に惚れたと思ったのか!?」

「ち、違っ……! だ、だってお前、ありえないーとか言ってその時メチャクチャ反対してたじゃねえか!」

「ぐっ……! そ、その時と今とじゃ状況が違うんだよ!」

「だとしてもいきなり『付き合ってくれ』は無いだろ! 誤解するだろそれは!」

「最近のことだからお前も覚えてると思ってたんだよ! なに忘れて本気にしてんだお前は!」

 

 互いにひと通り言いたいことを言い合って黙り込む。静寂。その中でカラスが鳴いた。「カァじゃねえよ……」と八つ当たりをする俺の顔は、きっと自販機よりも赤い。夕日のせいで分からないが、多分ユキも俺と同じように赤くなっていることだろう。

 やがて、ユキの手元からカシュ、と小気味良い音が聞こえた。ユキはジュースをくぴりと飲んで、俺に顔を向けてくる。俺が目を合わせるとユキは一瞬だけ気まずげに目をそらして、また俺を見てから小さな口を動かした。

 

「……で、どうなんだ」

 

 ユキのむっすりとした態度は告白のそれとは程遠い。よく見ればわかることだったのに、俺は何故気づかなかったのか……。

 俺は手に握っているお茶の存在を思い出した。口を潤して、答える。

 

「まあ、俺が言い出したことだし別にいいけどさ。……やっぱり、昼のことがあったからか?」

 

 俺が偽装恋愛の件を失念していたのも悪いかもしれないが、それにしたってユキの行動が急だったことに変わりはない。

 ユキは今日の朝の時点では早乙女さんのことを春扱いしていた。なのに今は俺からその春を奪おうとしている。一日の始まりと終わりで言動と行動が一致していないのは、やはり昼の一件のせいだろう。

 俺が確認するように訊くと、ユキはゆっくりと頷いた。

 

「クソダサいからあんま言いたくないけど……怖くてさ。力で敵わないってのもそうだけど……目っていうか、欲望? みたいなのがさ、真正面からぶつけられるんだよな。それがなんつーか……怖い」

「……ふーん。やっぱり、そういうのってわかるもんなのか」

「ああ、俺も初めて知ったよ。だから、雄介には悪いけど……協力してほしい」

 

 確かに自分よりも屈強な相手に迫られるのは恐怖以外の何物でもないだろう。ましてや相手が自分の友人であれば失望感も大きいはずだ。

 ユキの、缶を握る手に少しだけ力が加わる。……ふむ。

 

「女子からはそういうことは感じなかったんすか」

「なかったなぁ……。バレンタインの中に毛が入ってたりしたことはあったけど、それは気持ち悪いだけで身の危険を感じたりはしなかったし」

「いやいやいや、十分怖えよ。感じるよ、身の危険……」

 

 ほんの少し茶化すつもりでつっついたらとんでもない闇が飛び出てきた。「そっかーそだねー」で流せるエピソードじゃねえよそれは。

 

「いや、ほら、チョコは対処できるし距離も取れるけど人相手だとそうはいかないじゃん?」

「……まあ、言いたいことは分かるけどさ。でも、俺だってそういう輩と変わらない健全な一般男子高校生だぞ?」

 

 実際ユキが女になった時にはしゃいでセクハラしまくったし、今だってどうにかユキにスカートを穿かせることはできないだろうかと考えていたりする。恋人としては見れないしキスすることも抵抗はあるが、いつか胸だけ触らせてもらおうとも考えている。……あれ、俺ってかなり最低じゃない? 

 

「確かにお前はどうしようもないヘンタイスケベだけど、オレが本気で嫌がることはしないだろ?」

「そりゃあお前、嫌がる相手に無理矢理は犯罪だろうが」

「そのあたりが他のやつらと違って……こう、獣臭くないというか、清らかというか」

「俺は清らかなヘンタイスケベだった……?」

 

 ユキが思いっきり噴き出した。

 

「い、いいなそれ。うん、しっくりくる」

「俺の知りうる限り最大級の罵倒なんですがそれは」

「雄介? 贅沢な名だね。今からお前の名前は清らかなヘンタイスケベだ!」

「や、やめろ! というかそっちの方が贅沢に文字使ってるじゃねえか!」

 

 ゲラゲラと笑うユキ。俺もツッコミを入れながら笑った。笑って、笑って、俺とユキは体中の空気を全部吐き出して。ヒーヒーいいながら呼吸を整えるユキは、とてもさっぱりした表情をしていた。

 

「はー……笑い死ぬかと思った……!」

「ユキが清らかとか言うから……!」

「いやいや……でもマジでさ、雄介なら信頼できると思うんだよ」

 

 ユキは俺の目をまっすぐ見ながら、「だからさ」と続けた。

 

「オレの恋人になってくれ、雄介」

 

 ユキのポニーテールが風に揺れる。

 ユキがそこまで俺を信頼してくれる理由は分からないが、まあ、元々の言い出しっぺも俺なのだから断る理由はない。……ついさっきまで笑い転げていた以上色気もムードもあったもんじゃないが、俺達は多分、これで良いのだろう。そんな気がする。

 

「よろこんで」

 

 そうして俺達は、恋人同士となった。




サブタイトルは「よろこんで」と迷った。
後悔はない……タイトルらしい方を捨てたことに……パワーワードを優先したことに……僕は後悔はない……。


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どうしたんだいマイハニー。元気がないね

感想欄の内容が作品の内容よりも濃くなりつつあるので焦燥に駆られつつ連日投稿です。
元JK女装TS男子って何だよ……。


 晴れて俺達は恋人になったわけだが、なっただけでは意味がない。これ以上ユキが男友達から告白を受けないように、俺と言う存在を周囲に知ってもらわなければならないのだ。そのためには明らかに俺とユキが付き合っているとわかるような、そう思われるようなシンボルが必要となる。

 

「あー、お揃いのストラップとか、そういうやつか」

 

 電話越しにユキが答えた。夜遅くに掛けたせいでユキは若干眠そうだ。普段より声が柔らかくて非常に可愛らしい。

 ……確かにそれがあれば一番良いが、残念ながら俺達はそんなオシャレなものは持っていない。今日、公園から帰る時に寄り道して買っておけば良かったのだが……いやあうっかりしていた。俺としたことが、やっちまったぜ。

 

「……なんか嘘くさく感じるのは気のせいか?」

 

 気のせいだ。……それで、シンボルが欲しいという話だが……ユキが明日からできて、明らかに何かあったと周囲に思ってもらえる方法が一つだけあるんだが、聞いてもらえないだろうか。

 

「……なんだよ」

 

 うむ、それはズバリ──

 

 

 

 ・・・・・・

 

 

 

 得てして駅の改札というものは混みあうものだ。朝で、近くに学校が存在すれば尚更。ネイビーブルーの人の群れが改札からあふれ出てくる様はダムの放流を連想させる。俺も、今でこそ改札前のコンビニの入り口近くで人混みを優雅に眺めてはいるが普段はあの中の一モブに過ぎず、今から10分前もそうだった。

 そうか、改札員はこれをほぼ毎日眺めているのか。俺は人混みを見ると無双ゲームのように吹っ飛ばしたくなるのだが、そんな俺でも改札員になれるのだろうか。……そんなことを考えているうちに、無表情の人の群れの中で一人だけ顔を赤くしているユキを見つけた。

 やたらもじもじしながら改札を抜けて、きょろきょろと俺を探し始めるユキ。駅で待ち合わせをしている学生の数は少ないため、ユキが俺を見つけるのも時間の問題だろう。そう思い、俺は声をかけずに見守ることにした。他意はない。

 案の定ユキはすぐに俺を見つけて、眉をヒクつかせながら近づいてきた。

 

「おはようユキ。見てごらんよこの雲一つない青空を! いやぁ、実に良い朝だ!」

「……てめえ……」

「どうしたんだいマイハニー。元気がないね」

「……当たり前だろクソダーリン。人にこんなもん穿かせやがって……!」

 

 アメリカンなノリで接する(全力で煽る)俺に対し、ユキは怒りと羞恥に肩を震わせている。何だかんだでノリを合わせるあたり、ユキの怒りの割合はそこまで大きくないらしい。

 俺がのっけから煽り、ユキが顔を赤くするのには理由がある。

 

「こんなもんとはなんだ。スカート様に失礼だろうが」

「うるさい! どうしてオレがスカートを穿かなくちゃいけないんだっ!!」

 

 そう、今日のユキはスカートを穿いているのだ。

 いつもはユキの下半身はダークグレーのスラックスに覆われているのだが、今日はチェック柄のスカートを穿いているため膝から下は足が直接見える。膝小僧のすぐ下からは紺色の靴下に覆われているものの、スカートと靴下の間からは白い素肌がちらりと覗いていた。

 周りのJKに比べれば露出は少なく物足りない印象を受けるが、清楚な着こなしの中に存在する絶対領域は非常にフェティシズムを感じさせる仕上がりとなっており、本人の恥じらう表情も合わせてマジ最高といえる。

 俺はその姿をしっかりと目に焼き付けてからユキを窘めた。

 

「どうしてって……昨日説明しただろう。いつもスラックスだったユキがいきなりスカートを穿けば周囲が注目する。そのうえで俺とユキがいちゃつくところを見せつけて察してもらう、と。ユキも納得して、現にこうして穿いてきてるじゃないか」

「それはっ……そうだけど……!」

 

 ユキは俺の顔に噛みつかんとばかりに顔を上げて、それから喉で呻きながらうつむいてしまった。心なしかポニーテールも萎れて見える。ぜひともこのままユキにスカートを穿いた感想をインタビューしてやりたいところだが、そんなことをしたら十中八九ここ一週間は口をきいてもらえなくなるだろう。

 俺はユキの彼氏なのだ。優しく接してやることにしよう。

 

「大丈夫。よく似合っていて可愛いよ、ユキ」

 

 みぞおちのあたりを本気で殴られた。こいつマジで容赦ねぇな。

 

 

 

 ・・・・・・

 

 

 

「ううっ……ちくしょう、スカートがこんなに頼りないとは思わなかった……!」

「気になるのはわかるけどさ、あんまりもじもじされると俺まで恥ずかしくなってくるからやめてくれない?」

「無茶言うなよ……──ッ!?」

「……いや、こんなそよ風でスカートは捲れないから……」

 

 しきりにスカートを気にして歩き、少し風が吹いただけで大げさにスカートを抑える。登校中のユキはさながらチャップリンのようで見ていて面白い。しかしユキは本気でいっぱいいっぱいになっていたらしく、俺が「そんなに不安なら俺がケツを抑えといてやろうか?」なんて手のひらをわきわきさせながら言ってみたところ、「頼む……」と弱り切った声が返ってきた。うっそだろお前。

 その後は俺がユキの後ろに立って歩くという、どこの勇者パーティーだとツッコみたくなるフォーメーションで登校した。周囲から変な目で見られ続けたことは言うまでもない。

 

 教室についてからもユキの受難は続いた。

 作戦自体はとても上手くいったのだ。ユキがスカートを穿いているというだけでクラス中がどよめいたし、四六時中顔を赤くしているおかげで俺がただ隣にいるだけでそれらしい絵面になった。

 当然、ユキに直接話を聞きに来る生徒も多く、ユキは誰かにスカートについて尋ねられる度にそわそわしながら俺に助けを求め、俺はユキの頭に手を置きながら交際宣言をしまくったものだから俺達の関係は一瞬で周知された。

 ここまでは完璧と言っても良かったのだが……良くも悪くも、ユキは多くの人に好かれていたのだ。男にも……女にも。

 

「……ホントに上手くいってる……」

 

 昼時。

 教室で俺と一緒に昼食を摂っていたユキが、総菜パンをかじりながら複雑そうにつぶやいた。「これでスカートを穿いてきた意味がなかったら本気で殴ってやったのに……」と続けるユキに苦笑しながら、弁当箱に詰め込まれたチャーハンをスプーンでつつく。冷えている分、詰めた時よりも硬くなっていた。

 

「とはいえ、やっぱりスカートだけじゃあ弱いから帰りにストラップ買おうな」

「……ストラップ買ったらスカートやめていい?」

「いやあ……すぐにスラックスに戻ったらそれはそれでどうしたって話になって怪しまれるんじゃないかなぁ……」

「むぐ……」

 

 なんとなく語尾が弱まってしまったのは、今日のユキの恥ずかしがりようが思いのほか激しかったからである。俺としてはぜひとも穿き続けていただきたいのだが、流石に毎日毎日こうではユキの心が持たないし俺もしんどい。

 ここはあまり無理をさせない方がいいのかもなぁ……と、俺がチャーハンを口に含んだ瞬間。

 

「おっすユッキー、スカート穿き始めたんだ?」

「うんうん、ユッキも女の子になったんだもんねー。……未だに意味は分かんないケド」

「それ。……でさぁ、ユキっていわばスカート初心者な訳じゃん?」

「「「だからアタシらがスカートのイロハ、教えてあげる!!」」」

 

 ユキは、なんだか聞き覚えのある声をしたギャル三人衆に絡まれた。




大きな(評価バー)をください。
読者の誰もが二度見する大きな(評価バー)を私にください。
……でも評価バーが伸び切ってる作品ばかりのランキングでは半分も伸びてない今の方が二度見はされるのか。異物混入的な意味で。なにそれかなしい。

読者の皆様、たくさんのお気に入りと評価、感想、ありがとうございます。
ランキング圏外に滑り落ちるまでは毎日投稿頑張ります……!


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女子かお前は。……女子だったな

評価バーの伸びとランキング順位に二度見したので感涙にむせびながら連日投稿です。
応援していただき本当にありがとうございます!


「うぅっ……ぐすっ……」

「……」

「ひっぐ、うぐぅうぅぅぅ……」

「ガチ泣きじゃねえか」

 

 ユキが女子トイレに引きずり込まれてから20分後。ギャルたちに連れられて女子トイレの入り口から出てきたユキは、スカートが短くなっていた。外から聞いてたかぎりヤバイ雰囲気ではなさそうだったが……いったいユキに何があったんだ……。

 

「やー、素材が良くて時間もあったからついこだわりすぎちゃって!」

「どれだけ短くしようかアタシらで話しあってるうちに熱くなっちゃって!」

「途中でユッキが逃げようとしたから羽交い絞めにしちゃった!」

「えぇ……いじめじゃん……」

 

 羽交い絞めにされているユキとその状態のままスカートの丈を短くしていく残り二人のギャル……容易に想像できる光景である。信じて送り出したTS親友がギャルたちの指導にガチ泣きしてミニスカで帰ってくるなんて……。

 ギャルたちグッジョブすぎひん? ギャル信じて良かったわ。流石すぎる。

 ミニスカと言ってもユキのスカートは極端に短くなっているのではなく、3~4センチ裾が上がった程度。見ていて不安になるものではなく、「ああよく見かけるJKのスカートだな」といった印象に落ち着いていた。これなら階段の下から見ようとしても簡単には中を晒すことはないだろう。

 いやあ、短くする前も清楚で良かったが、今は勇気を出して頑張りましたと言わんばかりの初々しい太ももがとても良い。100点満点で完璧。正直今日はユキの太ももは諦めていたんだが、まさか拝見できるとは。

 俺はギャルたちにグッと親指を立てる。三人衆は揃って親指を立て返してきた。

 

「『グッ』じゃねええええ!!」

「ぐわっ!?」

 

 真っ赤になったユキが俺の顔に手のひらを押し付けてきた。あ、アイアンクローだと……!? 

 

「すっごく怖かったんだからな!? 周りを囲まれてあれこれ言われながら後ろから羽交い絞めにされて背中に柔らかいものが当たったと思ったらスカート掴まれて無理矢理短くされて!」

「ちなみにユッキが泣きだしたのは化粧も教えようってなった時だったよん☆」

「そりゃ泣くわ……ご愁傷様だったな、ユキ」

 

 俺がユキの手をどかすと、ユキは驚いたように目を見開いていた。うん、驚きはしたけど全然痛くなかったからね君のアイアンクロー。

 ……ところで、今更言うことではないがユキは美少女である。そんな美少女が太ももを晒して恥じらう姿というのは人目を惹くもので、しかも大声を出したものだから廊下を行き交う生徒がチラチラとユキに目を向け始めている。

 

「──ッ!」

 

 それに気が付いたユキが慌ててウエストに折り込まれたスカートに手をやろうとして、その手をギャルたちに掴まれた。

 

「ユッキ、まさか元には戻さないよね?」

「も、戻すに決まってんだろうが! 男がこんなっ……スカート穿いてるだけでもおかしいのに足まで出してたらキモイだろ!?」

「ユッキ、今は女の子じゃん」

「ぶっちゃけうちらより可愛くなってるからビビるんだけど。キモイとかいう奴がいたらアタシがぶっ飛ばす」

「マジそれな。てゆーかそう言うなら何でスカート穿いてきた?」

「うっ……そ、それは……」

 

 ユキはギャルたちに畳みかけられ、声を詰まらせた。「ゆうすけぇ……」と情けない声と一緒にすがるような目を向けてくるが……さてどうしよう。

 俺はどちらかというと太もも派であり、ぜひとも今日一日そのままでいてほしい。しかしユキは今日、相当の勇気を出してスカートを穿いてきてくれたはずだ。スラックスとは違ってヒラヒラするそれを穿いて外に出るのは、さぞ心細かったことだろう。そんな思いをした日にいきなり丈を短くしろというのは、酷が過ぎるのではないか。あんまり追い詰めてスカートに対して苦手意識を持たれるよりは、徐々に慣れていってもらったほうが良い気がする。というか、普通にユキがかわいそうなんだよな。よし。

 

「……んー、個人的には俺も短い方が好きなんだけど、短くするのはスカート初心者にはまだ早いんじゃないかな」

「あー……いやでも絶対脚出したほうが良いって!」

「そうだよ! ユッキ、こんなきれいな脚してんだよ!?」

「これを隠しちゃうのはもったいなくなーい?」

 

 ギャルたちの矛先が俺に向いた。俺が「まあ、もったいないよなあ」と頷くと、ユキの顔が何とも言えない表情になった。その目に宿るのは怒りか、絶望か。……どっかにそういうキャッチコピーありそうだな。

 

「でも、本人が嫌がってるのはダメだろ。お前らはダサくて着たくないものを他人から無理矢理着せられたらどう思うよ」

「「「む……」」」

 

 オシャレとは自分が楽しむものであり、誰かに命令されてやるものではないとどこかの雑誌に載っていた気がする。いや、テレビだったか電車の広告だったか……。とにかく、オシャレに微塵も興味が持てない人間の俺でさえ分かっていることを、オシャレのプロといってもいいギャルたちが分かっていないわけがない。

 実際俺の言葉は正しかったらしく、ギャルたちはユキから手を離して押し黙る。はっはっは、言ってやったぜ。後が怖いが、もとよりボッチ。失うものはないのだ。

 それでもなおギャルたちが未練がましい目でユキを見つめているため、俺は調子に乗ることにした。ユキの腰に手を回して、抱き寄せる。

 

「それに──俺以外の男にユキを見られたくないからな」

 

 決め台詞と共に、ユキのスカートに手をかけて折り込まれた部分を戻していく。

 やば。完璧じゃない今の? ……あれ、スカートのここってどうなってんだ。あ、こうか。

 

「「「「うわぁ……」」」」

 

 ……ん? 

 

「う、うん、そっかー。そうですよねーしつれいしましたー」

「いやー、アタシそういうのいいとおもうよ。それじゃねー」

「じゃあねユキ、おしあわせにー」

 

 ギャル三人衆は、俺が思っていたのとは違う反応をしながらそそくさと去っていった。……え? もうちょっとこう、無いの? 「キャー素敵ー」みたいなの。え、もしかしてスベった? 

 俺の背中にじんわりと焦りが滲む。馬鹿な。ラノベではもっと騒がれていたというのに。

 

「ユ……ユキ……?」

「……雄介、助かったよ。ありがとう。……だけど」

 

 ユキは俺と目を合わせ、優しく微笑みながら、噛みしめるように言った。

 

「今のは、ないわ」

 

 俺の人生の中に、新たな黒歴史が刻まれた瞬間であった。

 

 

 

 ・・・・・・

 

 

 

「死にてぇ……」

「いや……うん。元気出せよ、な?」

 

 放課後。

 俺達はお揃いのストラップを手に入れるべく、通学路から少し外れたところにひっそりと存在するクラフトショップへと足を運んだ。

 その店は個人でやっているだけあって広さこそないものの、まるでログハウスのような内装の中に商品が所狭しと並んでいるさまは中々見ごたえがある。今の俺達はそんな店の中をぐるぐると歩き回りながら、しっくりくるストラップを探している最中であった。

 牽制効果を期待して買う以上、目立たなければ買う意味がない。しかし主張が強いものを買うと俺達が恥ずかしい。「目立たないが目につく」ストラップを探すというのは中々に難しく、俺達はこの店を5周しようとしていた。店主はそんな俺達を優しい目で見守っている。……冷やかしとは思われていないようで何よりだが、これはこれで中々に恥ずかしい。

 

「……あっ、これとか良くね?」

 

 どうやらユキも俺と同じらしく、やや焦りの見える手つきで一つの商品を手に取った。

 それは、一対の小さな木の板だった。一枚の大きさはちょうど人差し指二本分といったところか。板の上部(穴があけられている方)にはそれぞれ黒い焼き印がついていて、合わせるとハートのマークが完成するようになっている。色合いが茶色に黒といささか地味ではあるが、なるほどいかにもなカップル用のペアストラップだ。板の下部の妙なスペースが気になったが、商品置き場を見ると厚紙に「イニシャルを入れることができます」と書いてあった。どうやら下部のスペースに使い手のイニシャルを入れるようだ。

 

「いいんじゃね? 色は目立たないけど、見ればハッキリ恋人がいるってわかる。うん、いいじゃん」

「だよな。よっし、これにしよう」

 

 俺達は延々と居座り続けた気まずさを抱えていたこともあり、それ以上は考えることなくさっさと店主に商品を渡した。その際にイニシャルを入れてもらうことにしたのだが……。

 

「あ」

「どうしたユキ」

「いや、雄介とユキじゃどっちも『Y』になるなって」

「ああ、そうだな」

 

 ほんの少し無言が続いた。そ、それがなんだっていうんだ……? 

 

「……や、それだけっす……」

「女子かお前は。……女子だったな。あ、スミマセン、どっちも『Y』でお願いします」

 

 その後、俺達はそれぞれの学生鞄にハートの片割れと『Y』の文字をぶら下げて帰路に就いたのだった。

 

 

 

 ・・・・・・

 

 

 

「ただいまーっと……はあああ、疲れた……。もう二度とスカートなんて穿かねぇ」

 

「……そうそう、やっぱズボンが一番だよ。へへへ、あー落ち着く!」

 

『大丈夫。よく似合っていて可愛いよ、ユキ』

 

「……なーにが可愛いだあのヘンタイスケベめ。オレは男だっての!」

 

『ぶっちゃけうちらより可愛くなってるからビビるんだけど』

 

「……今は誰も見てないし」

 

「……ま、まあ確かに見た目だけは女だからな、オレは。そりゃスカートの方が似合うよな。うん」

 

『絶対脚出したほうが良いって!』

『そうだよ! ユッキ、こんなきれいな脚してんだよ!?』

『これを隠しちゃうのはもったいなくなーい?』

『まあ、もったいないよなあ』

 

「……だ、誰も見てないし」

 

「……うっ、や、やっぱり短くするとハズいな……! スースーするし、やっぱダメだ! 無理無理!」

 

「……でも、オレもあいつに迷惑かけてる立場なんだよな……」

 

「……はぁ……明日、どうすっかなぁ……」




作品の評価が急に伸びて戸惑う作者「実はこんなに伸びるとは思っていなくって」

たくさんのお気に入り登録、評価、感想、ありがとうございます!
もっとまじめにタイトルとあらすじ考えておけば良かった……!


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ユキ……お前、いいやつだなあ……!

なんでまだこんな上位に残れているんだろう……と首をかしげながら連日投稿です。


 混み合う改札。押し寄せるネイビーブルー。外を見れば広がる青空。そんな、まるで昨日をやり直しているかのような錯覚を覚えるほどに変わり映えしない光景。それを二回見ただけで飽きがくるのだから、やはり俺は改札員に向いていないのかもしれない。……あれ、でも社会人になったら改札員でなくても大体同じ光景を繰り返し見ることになるよな。やっべー俺そもそも社会人に向いてなかったわー。つらたーん。

 思春期らしく将来への不安を延々と考えながら暇をつぶしていると、人混みの中にユキを見つけた。

 昨日と同じ場所で、同じ時間に待ち合わせる約束をして、同じくらいに待った。そして、やはり昨日と同じように人混みを抜けて近づいてきたユキは──

 

 ──昨日とまったく同じ、スカート姿だった。

 

「……え?」

「……お、おっす」

「お、おう。……え?」

 

 ややぶっきらぼうな挨拶をしてくるユキ。俺もそれに倣って挨拶を返したものの……気になる。なぜユキは今日もスカートを穿いてきてくれたのだろう。長さこそいじられていないものの、ユキは長さ以前にスカートを穿くこと自体に強い抵抗感を持っていたはずだ。ギャルたちに泣かされることもあったし、俺はてっきりストラップを手に入れてからはまたスラックスに戻るとばかり思っていたのだが……。

 

「ユキお前……まさかスカートにハマったのか?」

「違えよ! オレはお前の……っ!」

 

 俺が冗談半分心配半分で訊くとユキは勢いよくそれを否定して、ハッとした顔で急に言葉を切る。そして少しの間呻った後、端正な顔をしかめながら小さな声でぽそぽそと呟いた。

 

「お前が……お前が見たがるだろうから穿いてきてやったんだよ」

「……俺?」

 

 俺がポカンとしながら自分を指さすと、ユキは「そうだ」と頷いた後に再び口を開いた。

 

「だって……雄介を自分のわがままにつき合わせてるのに、オレは何にも返せてないからさ……?」

「……お礼代わりにってことか?」

「……そうだよ。好きなんだろ? スカート」

 

 そう言って、ユキは拗ねたように唇を尖らせながらスカートをつまんでひらひらと小さく揺らした。

 ……なんという。昨日あんなに恥ずかしがっていたユキが、「もう二度とスカートなんて穿かねぇ」なんて言いそうだったユキが! 俺のために我慢して穿いてきてくれたのか! 

 

「ユキ……お前、いいやつだなあ……!」

「……ふ、ふふん、当たり前だろ。ユキさんだぞ?」

 

 しみじみと感動する俺を見たユキは満足そうに胸を張った。

 ……礼なんて、こうして俺と仲良くしてくれるだけでいいんだけどな……。というか俺がユキに恩を返すために協力してるまであるんだが。相変わらずユキは変に義理堅いやつだ。こういうところも人気の秘訣なのだろう。

 ……しっかしまあ、これだけ張って強調しても存在が辛うじてわかる程度かぁ……。いや、何がとは言わないが。それとユキは自分の耳が若干赤くなっているのには気が付いているのだろうか。いなさそうだな。可愛いから言わないでおこう。

 

「んじゃ、行こうぜ」

「おう」

 

 俺の前を行くユキのポニーテールは上機嫌に揺れていた。

 

 

 

 ・・・・・・

 

 

 

 ストラップの反響は意外にも少なかった。教室に着くなりユキが目ざといクラスメイトたちに取り囲まれる、なんてこともあり得ると思っていたのだが……どうにも今日は予想がよく外れる日らしい。

 確かに昨日の時点で十分に俺達の話は広まっていたようだし、そこからストラップを目にしたところで今更どうということもない……ということなのだろう。ユキは教室の椅子に座りながら、「わざわざ買ったのにな」なんてつまらなさそうに『Y』の焼き印が押されたストラップをいじっていた。

 

 朝のホームルームが終わって先生が教室から出ていくと、教室中に椅子を引く音がガタガタと鳴り響く。今日は朝から体育の授業があり、男子はこの教室で、女子は二つ隣の教室で着替えるためにクラス全員が一斉に立ち上がったのだ。俺とユキも席を立ち、ユキは体操服を持って外に出ていこうとしている。

 俺は唐突にふと気になって、ユキに声をかけた。

 

「そういやユキってどこで着替えてんの? 女子と一緒?」

「んなわけあるか。女子トイレだよ」

 

 それだけ言って、さっさと教室を出ていったユキ。……普通、職員用の更衣室とかではないのだろうか。何やってんだ学校……。

 着替えた後にユキと合流して体育館に向かう途中、詳しく聞いてみるとユキ本人がトイレで着替えたいと望んだとのこと。

 

「え、なんで?」

「更衣室、上の階にあるから地味に遠いんだよ。トイレなら教室出てすぐだし、便器に蓋すればそこに服置けるから不便でもないし」

「ほーん」

 

 ここの校舎は三階建てで、俺達のクラスは二階の端にある。そして職員用の更衣室は三階の中央付近にあるらしい。ユキの言う通り女子トイレがうちのクラスの正面に存在するため、わざわざ階段を上って更衣室で着替えるよりもトイレで済ませたほうが手っ取り早いというのはもっともな話だった。

 

「……というか、女子トイレ普通に出入りするんだな」

 

 昨日ギャルたちに引きずり込まれていくときも、女子トイレに連れ込まれるということ自体には抵抗していないように見えた。……まあ、あの時はスカートのことでいっぱいいっぱいだったからというのもあるんだろうけども。それでもスカートを穿くのは男として変だと言っていたユキが女子トイレに入ることを平然と受け入れているのはなんだか意外に思えた。

 

「ん……オレも最初は結構抵抗あったけど、どうせこの身体じゃ男子トイレは使えないからさ」

「確かに。立ってしてるときに女子が入ってきたらビビるわ」

「女子トイレは全部個室だし、オレは見た目的には女だから化粧台で誰かと顔合わせても普通にスルーされるしで意外とすぐに慣れたな。アレだ、多目的トイレ使うときの感覚に近い」

「なるほど」

 

 多目的トイレ、という言葉が俺の中でしっくりきた。あれって中に入ってると妙に気まずくなるんだよな。本来は自分ではない人のために作られたスペースを借りている罪悪感とでも言おうか。

 俺はひとつ頷いて……今までスルーしていたことにツッコみをいれることにした。

 

「あと、もう一つ聞いていいか?」

「おう」

 

 俺はユキが着ているジャージを指さして言った。

 

「それ、男だったときのやつだよな?」

「……わかる?」

「わからないほうがおかしいんだよなぁ……」

 

 左胸に持ち主の苗字が金色で刺繍されている、濃紺のジャージ。ユキが着ているそれは、上も下も明らかに服のサイズが身体に合っていないのだ。一応腰回りのゴムは入れ替えたらしくずり下がる様子こそないが、それ以外がぶかぶかのダボダボである。彼シャツならぬ彼ジャージ状態のユキは制服を着ているときよりも一回り小さく、幼く見えた。

 

「や、運動する時はジャージ脱いでシャツインすれば危なくないし、また体操服買いなおすのもお金かかるしさ」

 

 そう言って、にへらと笑うユキ。

 つまみ食いがバレた時のいたずらっ子のような、そんな笑みを見た俺は──不覚にもドキリとしてしまった。

 

「……先生に怒られても知らんぞ」

「いやー、ワンチャンあるべ! ……あ、ちょ、雄介!」

 

 何となく負けたような気分になった俺は、速足で体育館へと向かうのだった。

 なお、先生には怒られなかったものの同級生の女子から「可愛い」「ロリっぽい」「攫いたくなる」と口々に言われ、ユキは早々に新しい体操服を買うことを決意したそうな。




今回は説明回的なお話でした。次回は休日デート回の予定です。ようし、書くぞう!

この話を読んでいただきありがとうございました!
もし面白かったよーという方はぜひ高評価、お気に入り登録の方お願いします!

……みたいなことを最近のユーチューバーはあまり言わないんですね。スマートだ……!
私は言います。何ならコメントも求めます。よろしくお願いしますー!


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ワンチャンあるよこれ

Vチューバーにハマって遅刻しそうになりながら連日投稿です。
切り抜き見るだけでも面白いですね。いかんあぶないあぶない……。


 俺達が通う学校──学知高校の名前は、その土地からとったものである。そして学知高校の最寄り駅も同じ学知という名前であり、駅から高校まで歩いて15分とかからないこともあって学生からは「ガクチカ駅」なんて呼ばれていたりする。

 そんなガクチカ駅の周辺にはコンビニだけでなくデパートも立ち並んでおり、少し歩けばカラオケ店やゲームセンターがあるため、学校帰りに寄り道をする学生も多い。俺とユキは二人とも制服を着たまま遊ぶことを嫌うためそういったところに寄り道することはないが、休日に遊びに来ることはあった。

 

「おっす、早いな雄介」

 

 ──例えば、今日のように。

 

「おう、そりゃあデートだからな」

「まだいうかお前。デートじゃないって言ってんだろーが」

 

 土曜日。本来なら一日中家に引きこもって充実したインドアライフを送るはずだった休日。その予定を崩したのは、前日の夜にユキから送られてきたメッセージであった。

 

「いやいや、『明日、二人でカラオケ行こうぜ』ってもうデートの誘いじゃん」

「何が悲しくて男をデートに誘わなくちゃいけないんだよ。今回は実験だから」

「実験?」

「ああ、女になって声も変わったからな。今まで音が出なくて歌えなかった曲を歌えるかどうか気になってさ」

 

 ユキはカラオケが好きで、男だったときからよく誰かを誘っては歌いに行っていた。本人の歌唱力はそれなりで、高い音が出せずに苦しんでいたことは俺も知っている。

 うきうきとするユキに俺は「なるほど」と適当に相槌を打ちながら、ユキの格好に目をやった。

 丈の長い白のカットソーの上に一枚羽織って、下は黒のジーンズにスニーカーとシンプル。背中に背負われている黒いリュックは、ユキが男だったときから使われているものだ。全体的にボーイッシュではあるがしっかりと少女らしさも感じられる、ユキらしい服装である。

 

「ユキ」

「ん?」

「その服、似合ってるぞ」

「は?」

 

 俺はグッと親指を立てながらユキを雑に褒めた。デートの時に相手の服を褒めることは大事ってそれ一番言われてるから。当然ユキは今俺が間接的にデート扱いしたことに気づくだろう。俺もそのことを汲んだうえでボケたというか、いじったのだが、

 

「……あ、あぁ、うん、そうか」

 

 ユキは耳を赤くしてうつむいてしまった。

 ……どうしよう。おそらくユキは俺がボケたことに気が付いていない。分かりやすいようにこれみよがしに親指も立てたのだが。

 ボケを口で説明するわけにもいかず、リアクション待ちの体勢を作ってしまった俺はすぐに切り替えることもできず、一瞬気まずい沈黙が流れた。

 

「……じゃあ、カラオケ行こうぜ」

「……そ、そうだな!」

 

 俺がボケの回収を諦めて歩き出すと、ユキも半ば強引にいつもの調子を作って俺に続くのだった。

 

 

 

 ・・・・・・

 

 

 

 幸いにも今日は部屋が空いていたため、簡単に受付を済ませてすぐに入った。

 歌う時間は2時間、飲み放題プランはなし。採点機能をオンにして歌い始めるのが俺達のやり方だ。ガッツリ歌うときはフリータイムと飲み放題で部屋を取るのだが、今回はあくまでもお試しということでいつも通りで歌うらしい。

 俺達に割り振られた部屋は狭く、やや薄暗い。電気を入れても大して明るくならないのはご愛敬だ。

 俺とユキはそれぞれマイクとデンモクを一つずつ手元に置いて、タッチパネルをつつきながら曲を探し始めた。

 基本的に、ユキは有名なJ-POPを歌う。俺はユキとは反対に、アニソンかボカロばかりで流行りの歌は一切分からない。……俺は知っている曲まで陽のものとはかけ離れていた。

 

「オレ先に歌っていい?」

「おお、いいよ」

 

 俺はユキの言葉に少し驚いた。

 カラオケで注意するべきなのは、歌っている最中に入ってくる店員だ。

 飲み放題にしていない場合は受付で一人一つずつドリンクを頼む必要があるのだが、部屋に入って少しすると店員がその飲み物を運んでくるのである。つまり、いきなり歌い始めるとかなり高い確率で曲の途中で店員が部屋に入ってくるのだ。店員を待ってから歌おうにも時間がもったいない気がするうえ、中々入ってこない場合もある。そのため俺達はいつも一曲目を相手に譲り合うというか押し付け合うのだが……今回はユキが進んでマイクを手に取った。

 ユキは前奏が流れ始めるとデンモクをつついて音量を調節して、歌い始めた。

 

「────♪」

「おお……」

 

 やはり男と女の声は全然違う。男声特有のザラツキや濁りがなくなっていて、透き通った歌声だった。

 ユキは最初、探り探りにチューニングしながら歌っていたが、やがて歌いやすいポイントを見つけたらしい。声が一気に伸びやかになった。

 

「──────♪ ……ふぅ」

 

 聴き入っているうちに曲が終わり、モニターに「88点」と映し出される。……点数自体は男の時と大して変わらないが、体感では明らかに今のユキの方が上手かった。声の印象というのは、こんなに大きいものなのか。

 

「やるやん」

「ふふん。なんか、めっちゃうまく歌えたわ」

「ああ、めっちゃキレイな声だった」

 

 男の時の感覚はまだ残っているのかサビの部分でどこか力強さを感じる声になったのだが、それが実にキレイな声だった。ユキも歌いながら僅かに目を見開いて驚いていたため、狙って出したというわけではないのだろう。

 ユキは再び得意げに笑うと、部屋のドアに目をやった。

 

「しかし、店員さん入ってこなかったな。雄介が歌ってる最中に来るやつだろこれ」

「あっ」

 

 そうだった。結局ユキが歌っている最中に店員は入ってこなかったのだ。

 すでに俺の曲は入れられていて、モニターには曲名が映し出されている。俺が歌い終わるまで入ってこない、なんてことはないだろう。

 

「……待つか?」

「……いや、チキンレースといこうじゃねえか!」

「おおっ、いいぞー!」

 

 ユキがやってのけたのだ。ここでひいては男が廃る! 

 前奏が流れ、テロップが出る。モニターに映る白シャツの少年が、逃げちゃだめだと俺に言っているような気がした。

 

「────♪」

 

 Aメロが過ぎ、

 

「──、──、────♪」

 

 Bメロが過ぎ、

 

「──────!!」

 

 ……サビが終わって間奏に入った。

 

「お?」

「お?」

「ワンチャンあるよこれ」

「マジ?」

 

 ユキの額に冷や汗が浮かぶ。これは、行けるのでは? 

 

「────♪」

 

 そして二番が流れ始めた。

 Aメロ……、

 Bメロ……、

 サビが近づいてくる。

 勝ったな。いい感じに気持ち良くなってきたし、全力で──飛ばすぜっ! 

 

「──」

「失礼しますー」

 

 あっ。




デート編、書きたいことが多すぎて前後編に分けざるを得ない状況に。下手すると前中後編になりかねないレベルです。
1話にまとめきれず本当に申し訳ございません。
もう少々の間お付き合いくださいませ……!


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プリクラ撮ろうぜ!

楽しく書けたので連日投稿です。


「いやー、歌った歌った!」

「ああ、やっぱ久々に来ると楽しいなカラオケ」

「え、別に久々じゃなくても楽しくね?」

「お、おう。せやな……」

 

 カラオケ店を後にした俺たちは、駅前をあてもなくぶらついていた。休日の昼時だけあって人通りはそこそこ多く、やたらオシャレな女性や家族連れ、何をしているのかいまいちわからないおっさんまで様々な人種がみられた。俺たちの前にいる男女のカップルは腕を組んで歩いており、俺をイラつかせてくる。あてつけかこの野郎爆発しろ。

 そんな俺の隣を歩くユキは小さな顔をつやつやとさせて笑顔を振りまいており、ついさっき本人が熱唱していた曲の鼻歌を歌っている。そうだよな……お前は陽の者だもんな……。よりどりみどりだもんな……。

 

「いやー、女の身体になってよかったって初めて思ったよね」

「そんなにか。まぁユキの声めっちゃ綺麗だったもんな」

「ほんっとにマジで。気持ち男の時より歌いやすいし、しばらくカラオケ通うわ!」

「そんなにか!?」

 

 訂正。カップルを気にしていないんじゃなくて目に入っていないだけだわコイツ。

 

「いやそれは流石に冗談だけど。でもマジでね、お前も女の身体になったらわかるよ」

「普通はなれないんだよなぁ……。まあ、男の歌声と女の歌声のどっちが綺麗って言ったら女だよな。それはわかる。ユキ、今の方が歌上手くなってたし」

「だろ? お前も女の身体になれるといいな!」

「そうだなー、そしたら石油王の妻になって一生遊んで暮らすわ」

「クズじゃねーか!」

 

 その時、ケラケラ笑うユキの腹が小さく鳴った。

 カラオケ店に入ったのが午前の11時で、現在は13時。まごうことなき昼時である。ユキはノリノリでカラオケを楽しんでいたため、カロリー消費も激しかったのだろう。若干気まずい空気になりそうだったため、俺もこっそり腹に力を入れて大きく鳴らした。俺も腹は減っているのだ。

 

「あー……腹減ったしどっか寄って食べようぜ」

「お、おう。どこにする?」

 

 お互いに聞かなかったことにして仕切り直す。

 ユキは基本的に他人に判断を投げっぱなしにしてくるため、こういう時に店を決めるのはいつも俺だ。

 俺は適当に左右を見まわし、目に入ってきた看板を指さした。

 

「じゃあマスドで」

「おー。マッスか」

「おう、マスドな」

「マッスだろ」

「あ?」

「お?」

 

 この時間帯はどの店も混み合っていてマスドにもそれなりに列が出来ていたが、ユキとやりあっているうちに俺達の番が来た。

 俺達は店員のスマイルに恐怖を覚えるなどした。

 

 

 

 ・・・・・・

 

 

 

「この後どうする?」

 

 ユキがビッグバーガーを食べづらそうにかじりながら訊いてきた。あるある故仕方がないが、レタスやら玉ねぎがボロボロ零れ落ちていて汚い。

 俺はナゲットをかじりながら苦笑した。

 

「ゲーセン行かね? ……っていうか、ここで遊ぶとなるとカラオケかゲーセンしかないだろ」

「たしかに」

 

 即決だった。

 ゲームセンターはガクチカ駅から少し離れた場所にあるショッピングモールの一角にある。それなりに広く清潔感もあって、普段馴染みがない人でも楽しめるつくりになっているゲームセンターだ。

 俺達はしばらくカラオケの感想とビッグバーガーへの愚痴で盛り上がったのち、マスドからゲームセンターへと移動した。

 

「流石ゲーセン。相変わらずうるさいな……」

「うん? 何か言ったか雄介!?」

「なんでもねーよ!」

 

 ゲームセンターの中は、当たり前だが非常にうるさい。すでに何回かユキと一緒に来たことがあるため流石に慣れはしたものの、やはりこの音の濁流は苦手である。そんな中で会話をする俺達は自然と声が大きくなっていった。

 実は、俺はゲームセンターというものはそこまで好きではない。クレーンゲームやメダルゲームはお金を捨てているようにしか見えないし、アーケードゲームをするのであれば家でフレ4なりスナッチなりの家庭用ゲーム機を使って遊べばよいのではと思ってしまうのだ。

 ではなぜそんな俺が自分からゲームセンターに行こうと言い出したのか。ガクチカ駅あたりの遊び場がそれくらいしかないこともそうだが、本当の理由は他にある。それは──

 

「ユキ!」

「なんだ!」

「プリクラ撮ろうぜ!」

 

 ──そう、プリクラである。

 

「……はぁ!?」

「せっかく恋人になったんだから撮ろうじゃないか!」

「正気かお前!?」

 

 ユキは信じられないようなものを見る目をこちらに向けてきた。生憎と、当方は正気である。

 

「これもシンボルがどうこうって話か? でもストラップは買ったし、結局その効果も大してなかったじゃんか!」

「うるせェ! 撮ろう!!」

「強引だな!?」

 

 俺がずんずんと歩き出すと、ユキも納得のいかないような顔のままなんだかんだでついてくる。途中のクレーンコーナーには見向きもせずに進むと、やがてけばけばしい女子の顔が描かれたプリクラコーナーが見えてきた。

 ここまでは強引にユキを引っ張ってきたが、流石に何の説明もなしに入るつもりはない。俺はプリクラコーナー一歩手前で足を止め、ユキの方に振り返った。

 

「ユキ」

「……なんだよ」

「俺、シンボルとか関係なしにさ、純粋にユキとプリクラが撮りたいんだ」

「……えぇ……」

 

 真剣なトーンで言ったところ、ユキにドン引かれた。

 確かに俺も男のユキからそんなことを急に、しかも真剣に言われても引くか心配するかのどちらかだろう。

 

「いいかユキ、考えても見てくれよ。今のうちにユキとプリクラを撮っておけばさ、ユキが男に戻っても俺に彼女いるフリができるじゃん」

「……」

 

 俺の言葉を聞いて、腕組みをして瞑目するユキ。

 ユキは数十秒の後に目を開いて、

 

「……天才じゃん」

 

 ガチトーンでそう言った。

 

「確かにそうじゃん、なんだそりゃお前頭いいな!?」

「だろ!? だから頼む、協力してくれ!!」

「は? 嫌だが?」

「は?」

「冗談だよ。お前には恩もあるし、いいぞ」

 

 真顔の俺を置いて、ユキはにやにやしながらプリクラの筐体に入っていった。……小悪魔かな? 

 

「広いな」

「な。ちょっとビビった」

 

 プリクラの中は意外と広い。証明写真を撮る筐体程度を想像していたが、プリクラは複数人で撮ることを前提としているからだろう。椅子が置かれていない分とても広々としていて、四、五人程度は入れそうな空間があった。

 

「ユキ先輩は入ったことなかったんすか」

「ないない。これが初めて」

「意外やわー」

 

 前方には目が痛くなるほどゴテゴテキラキラしたエフェクトを映し出しているタッチパネルがあり、その脇にコイン投入口がある。とりあえず俺がお金を入れてみると、タッチパネルの画面が変化した。

 

「えーっと? モード、背景、人数、ポーズ……?」

「隅に今のオレ達が動いてるな。……あー、サンプルってことか」

「まず人数は俺とユキで二人だろ? 背景ってなんだ……あ、スマホのホーム画面みたいなやつなんだ。ふーん……いらね」

 

 俺がタッチパネルを操作して、情報を埋めていく。ユキが「オレにもやらせて」と割り込んできたため、交代した。

 

「ポーズは分かる。多分指定してくれるやつだろ。モードってなんだ?」

「……あー、肌を白くできるんだ。試しにいじってみたら?」

「よっしゃ」

 

 ユキが操作すると、画面に映る俺達の顔が化け物のように白くなった。

 

「「──ブハハハハハ!?」」

 

「やっべーぞこれ! 地獄かよ!」

「こーわ! ゆ、雄介、お前……死ぬのか……!?」

「やーべえわ。あ、ユキ、目もデカくできるらしいぞ」

「やろうぜやろうぜ!」

 

 今度は宇宙人のような顔になった。

 

「「ダハハハハハ!!」」

 

「おいおいプリクラって楽しいなあオイ!」

「はーっ、はーっ、腹痛い……! ど、どうすんだ雄介、お前はどうしたいんだ……!?」

「全部いらねーよ取り消しだ取り消し!」

 

 ゲラゲラ笑いながらモードをデフォルトに戻すと、ようやくいつもの俺達が画面に戻ってきた。実家のような安心感とはまさにこの事。結局モードもデフォルトにすることにしたものの、そうなると少しつまらないような気もする。背景をいじるべきだろうか……。

 

「……ふー。いや、それよりも先にポーズかな」

「流石に……ポーズで笑わせにくることは……ないよな……?」

 

 脇腹をひきつらせたユキの代わりに操作してみると、ユキの言う通りそこまでおかしなものはなかった。まあ書いてあることの大半が理解できないものばかりだったが、これは単に俺のセンスが遅れてるだけなのだろう。試しにひとつのポーズ指定をサンプルで流してみた。

 

『──人差し指を唇にあてて、困り顔!』

 

「は?」

「こうだべ。ほら」

 

 俺は思いっきりしかめっ面になって、さらに下唇の中央を人差し指で押し上げてへの字口を作る。困惑してるユキにその顔のまま振り向けば、ユキは激しくせき込んだ後再び腹を抑えてうずくまった。

 

「し、しぬ……しんじゃう……」

「もうポーズも普通でいいよな」

「うん……」

 

 笑いすぎて声色がセンシティブになりつつあるユキ。

 俺はポーズ指定も設定しないまま、ユキの回復を待ってから撮影ボタンを押した。

 キャピキャピした声で撮影までのカウントダウンが読み上げられていく。

 

「ポーズは?」

「ピースでいいだろ」

「もう……ただの写真だなコレ……!」

「待てユキ、笑うな、まだ笑うな」

 

『はい、笑って☆』

 

「「ブッッ!?」」

 

 ──こうして俺は、ユキとのプリクラ写真を手に入れた。

 アホみたいな顔をした俺とユキ。

 俺の顔の横にはやや震えた水色の線で「清らかなヘンタイスケベ」と、ユキの方にはオレンジ色の太字で「マイハニー」と書かれていて、写真の一番下には日付が丸っこいピンク色の文字で書かれている。

 

 自宅に帰ってきた後、撮ったはいいもののどこに貼るかを考えていなかった俺は、散々悩んだ末に結局定期入れの中にしまっておくことにした。これはこれで、いつでも取り出せるのだから悪くはないだろう。




基本的に私は作品に評価をつけてもらうと約1680万色に光り輝きながら頭を振り回す生き物なので、読者の皆様はお気軽に星を投げつけてくださいませ。


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うん……想像以上に凄くて引いてる

たくさんの応援に感謝、感激、感動の三感を達成したので連日投稿です。
感です!


「……」

「……ンフッ」

 

 放課後の図書室にて。

 

「……」

「……フハッ! ンフフ……」

 

 俺は図書委員の務めを果たすべく、早乙女さんと共に受付に座っていた。ユキは既に学校を出ているため、この場にはいない。いくらユキとていつも俺と一緒にいるわけではないのだ。

 きっちり姿勢を正している早乙女さんの横で、俺が図書室に置いてあったギャグマンガを読みふけっていた時のことである。

 

「あ、あの……友野先輩……!」

「うん、どうしたの早乙女さん」

 

 早乙女さんが緊張した様子で声をかけてきた。本から顔を上げて早乙女さんを見ると、やはり表情が強張っている。……この子、いっつも緊張してるな。

 

「その……ゆ、ユキ先輩のことなんですけど……」

「うん」

「……本当に、その……友野先輩とユキ先輩は、ただの男友達なんですか……?」

「うん?」

 

 ぎくりとした。

 早乙女さんはそういう質問をしてこない子だと思っていたが……俺達の関係は学年を超えて広まっているのだろうか? 

 考えてみれば性転換した人間が出てくれば学校中にその噂は広まるだろうし、その人に恋人ができたとなればさらに話題性が増すだろう。早乙女さんが聞いてくるレベルだとすると、ユキのことは俺が想像している以上に知られているのかもしれない。

 

「えっと……じ、実はこの前の土曜日に……友野先輩とユキ先輩が一緒に歩いているところをお見かけしまして……!」

 

 全然違ったわ。直接見られてただけだったわ。

 

「……なるほど。でも、男友達でも休日に遊んだりはするよ?」

 

 俺はそう言って、すぐに後悔した。

 俺とユキの関係は積極的に広めこそすれ、誤魔化すものではない。無いとは思うが、これをきっかけに俺達の関係が偽物であることがばれたら再びユキが苦しむことになるだろう。

 俺は今「早乙女さんが俺に気があるかもしれないから」という低俗極まりない欲目から、咄嗟に誤魔化してしまったのだ。

 一気に喉奥が乾いていく感覚に襲われていると、早乙女さんは「違うんです」と小さく首を横に振った。

 

「私がお二人を見かけたのは……ゲームセンターにいた時なんです」

「え……?」

「男友達は、一緒にプリクラを撮るものなんですか……?」

「な……」

「あの時の友野先輩たちは……私には、恋人のように見えました」

 

 そう言って、そっと目を伏せる早乙女さん。

 ……脳内の処理が追い付かない。早乙女さんは何て言った? 

 ゲーセンにいた? 俺達がプリクラを撮っているところを見た? 

 なんで早乙女さんがそんなところに? いや、とりあえず俺とユキの関係を伝えるべきか? 

 

「あ、あー……そうなんだ」

 

 ぐるぐると考えた結果、そんな間抜けな声が口から洩れた。いや「そうなんだ」じゃねえよ。

 

「そう、実はそうなんだよね。俺とユキ、つい最近から付き合い始めてさ」

「あ……やっぱり、そうなんですね……」

「そうなんだよ。ハハハ……」

 

 さようなら、私のあったかもしれない青春。さよなら……さよなら……さよなら……。

 

「……早乙女さんは、どうしてゲーセンに?」

「そ、それは……その……」

「あんまり早乙女さんがゲーセンに行くってイメージが湧かないんだけど……まさか、俺達をつけていた訳じゃないよね?」

「ち、違います!」

 

 早乙女さんは俺のからかい混じりの言葉を慌てて否定して、もう一度「それは……違います……」と声をすぼませながら繰り返した。

 正直、早乙女さんがストーカーかゲーマーのどちらが似合うかと問われれば俺は前者と答えるのだが、それはあくまでも勝手なイメージの話であり、本気で早乙女さんがストーカーだとは思わない。「早乙女さんもゲーセンで遊ぶんだなぁ」と意外に思う程度であった。

 

「はは、そっか」

 

 故に俺は普通に流して手元のコミックスに目を落としたのだが、その態度が良くなかったらしい。早乙女さんは俺の腕を掴み、目を丸くした俺に向かってこう言った。

 

「し、しししし、証明します!!」

 

 ……なんて? 

 

 

 

 ・・・・・・

 

 

 

 図書委員の仕事を終えた俺は、つい最近ユキとプリクラを撮ったゲームセンターを訪れていた。

 

 ──私服姿の早乙女さんと共に。

 

「……で、では、行きましょう……!」

「お、おう」

 

 緑のキャップ帽で長い黒髪を強引に隠し、緑のジャンパーとジーパンを身に着けた早乙女さんは、一見すると少年のように見える。……ショッピングモールのトイレに入った早乙女さんがこの姿で出てきたときは驚きのあまり思わず声を上げてしまった。

 

「……早乙女さんはいつも私服を学校に持ってきてるの?」

 

 流石にツッコまないわけにもいかず、ゲームセンターの入り口をくぐろうとする早乙女さんにそう尋ねると、彼女は小さな肩をさらに縮こまらせた。

 

「は、はい……その、体育がある日以外は、はい」

「……」

 

 マジかよ、と声に出さずに呟いた。

 今日たまたま私服を持ってきていたなんてことはないだろうとは思っていたが、まさかの平日週3ペース。土曜日にもゲームセンターにいたということは週4、日曜日も来ているのだとしたら週5ということもあり得るのだ。……もしかして、先週俺達と一緒に帰らなかったのもゲームセンターに寄るためだったのだろうか。あ、ありえる……。

 

 平日という事もあってユキと来た時よりもゲームセンターの中は空いていた。大人がいないということはないが、利用者のほとんどが俺と同じ制服を着た学生だ。

 早乙女さんは迷いのない足取りでアーケードコーナーまで進むと、ある格闘ゲームの筐体の席に着いた。

 

「と、友野先輩はこのゲームをご存知ですか?」

「スパ5だろ? 家庭用のやつならもってるよ」

「あ……で、では今からアーケードモードの最高難易度をやってみますね」

「おお。じゃあ俺は後ろで見てるわ」

 

 スパーリングファイター5。通称スパ5には大きく分けて二つのモードがある。

 ひとつはプレイヤー同士が戦う対戦モード。もう一つはプレイヤーとCPUが戦うアーケードモードである。

 アーケードモードには10種類の難易度があり、1~10の星の数で難易度が分けられている。星の数が大きければ大きいほどCPUの動きが良くなっていき、最高難易度ともなると人間離れした超反応を見せてくるのだ。

 以前プロゲーマーがスパ5のアーケードモードを解説する動画を見たことがあるが、その際に「アーケードの星8をクリアできれば胸を張って上級者と自称して良い」と言われていた。俺は星6、ユキは星5までしかクリアできないため、メインキャラのコンボは頭に入っている中級者といったところだろうか。

 

「……♪」

 

 ほんのりと笑顔を浮かべている早乙女さんだが、彼女の手の動きは殺意に満ち溢れていた。攻撃を誘い、防ぎ、カウンターを入れてコンボを叩き込む。CPUの動きよりも正確に、機械的に体力を削り取っていく様はまさに殺戮マシーンと呼ぶにふさわしいプレイングだった。

 そして、自キャラの体力ゲージをニ割も削らせないままゲームをクリアした早乙女さんは、軽いドヤ顔を浮かべながら俺を見た。

 

「……ど、どうでしたか……!」

「うん……想像以上に凄くて引いてる」

「ええっ……!?」

 

 ガーン、という効果音が聞こえてきそうな顔になった早乙女さん。この子、元々は感情豊かな子なんだろうな……。

 

「冗談冗談。早乙女さん、めっちゃ上手いね」

「あ……え、えへ、その、か、通ってますから……」

「うん、その腕なら土曜にゲーセンにいたことも納得だわ」

「は、はい。その時はクレーンゲームをやっていて……」

 

 突然、早乙女さんの筐体が鳴った。

 

「……なんぞ?」

「た、対戦を申し込まれました……!」

「へえ、頑張れ」

 

 言いながら、ひょいと向こう側に座る人を覗き込んだ。大学生だろうか、若い男が早乙女さんと同じように画面を見つめている。……強そう。いや、別にゲームの腕に見た目は関係ないのだが。

 

 早乙女さんはバランスの良い空手家のキャラクターを、相手は素早い動きと手数で圧倒する拳法家のキャラクターを選択して試合が始まった。

 2本先取戦。最初は互いに様子を見るように前後に移動しながら間合いをはかり、やがて早乙女さんが先に仕掛けた。グイグイと強気に前に出ては攻撃を振っていき、相手のガードを見てはぶん投げる。先ほどまでとは違い、攻撃的なプレイングだ。

 相手はほぼ手も足も出ないまま終わり、空手家が勝利ポーズを決めた。

 

「友野先輩」

「うん?」

「隣、どうぞ」

「いいの?」

「はい」

 

 早乙女さんは画面から目を離さないまま身体をずらし、一人分のスペースを作ってくれる。

 別に後ろからでも画面は見えるのだが、遠慮して話を長引かせるのも早乙女さんに悪い。俺はお言葉に甘える形で早乙女さんの隣に座った。

 狭い分、互いの肩が密着する。……絶対邪魔になると思うのだが、本当に良いのだろうか。

 

 二戦目が始まり、今度は相手が先に仕掛けてきた。その手数に圧倒されて、そのまま逆転できずに空手家が倒れ、拳法家が勝利ポーズを決めた。

 

「やっぱ退こうか?」

「ここにいてください」

「アッハイ」

 

 そして三戦目が始まった。この試合を取った方が勝ちとなる。

 間合いをはかりながら相手との距離を詰めていくまでは一戦目と同じではあったが、そこからお互いににらみ合いが続く。先に仕掛けたのは相手だった。必殺技を起点としたコンボを叩き込まれて空手家の体力が一気に半分ほど削られる。こちらも何とか相手を投げ返して一度仕切り直すも、再び離れた間合いから必殺技を決められて空手家の体力が一割を切った。相手の体力は8割も残っている。

 こりゃあダメか──俺がそう思ったとき、早乙女さんが笑った。

 

「ここからです」

 

 空手家が()()()()()

 一戦目のように相手との距離を詰めていき、攻撃を振っていく。拳法家はあと一撃入れれば勝利なだけあって負けじと攻撃を返していくが、正確に防がれてカウンターを入れられることが続き……あっという間に拳法家の体力が4割を切った。

 このままいけば逆転もあるかもしれないと俺が思った瞬間──相手が強引に必殺技を放った。

 拳法家の怒涛の17連撃。ガードの上からでも体力を削り取る威力を誇るそれを──空手家は全て防ぎ切った。

 

「は?」

 

 それは俺の声だったかもしれないし、相手の声だったかもしれない。

 空手家の必殺技が無防備な状態の拳法家に突き刺さり、残り4割の体力を全て吹き飛ばした。

 空手家が高々とこぶしを突き上げる。早乙女さんの勝利である。

 

「……ふぅーっ……」

「……な、何が起きたんデスカ??」

「あ……今のはジャストガードって言って、攻撃に合わせてガードすると削りダメージがゼロになるシステムで……」

「……それを全部必殺技に合わせたの?」

「は、はい。できました」

 

 絶句した。早乙女さんは、あの土壇場で、そんな離れ業をやって見せたというのか。俺はシステムについてはよく知らないが、簡単ではないことは分かる。筐体の向こう側にいる相手はいったいどんな顔をしているのだろう。……とりあえず。

 

「おめでとう」

「え……?」

「え? いや、勝ったから。おめでとう!」

「あ……ありがとうございます……」

 

 コングラチュレーション! と言わんばかりに拍手してみせると、早乙女さんはぽかんとした表情のままペコリと頭を下げた。……もしかして、早乙女さんほどの腕になると勝つことがそんなに嬉しくなくなったりするのだろうか。達人の境地、的な。なにそれカッコいい。

 俺がそんなことを考えているうちに早乙女さんの顔がどんどん赤くなっていき、やがて、

 

「あ、あ、あの、か、帰ります……!」

「えっ」

「き、今日はありがとうございました! さようなら!」

「は!? ちょ、早乙女さん!?」

 

 突然席を立って走り去っていった。

 

 ……な、なんなんだ……?




早乙女編です。
プリクラもそうですが、格闘ゲームについても詳しくはありません。お、怒らないで……!

お気に入り登録、評価、感想、いつもありがとうございます!(1680万色)(頭を振り回しながら)(止まらない団長のBGM)


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おい、それ以上言うなら俺も怒るぞ?

明日もランキングに残っていますようにと星に願いながら連日投稿です。


 俺の中の早乙女さんのイメージがバラバラになった翌日の朝。

 今日も今日とてユキを待つべく人混みにもまれながら改札を出てコンビニの入り口に向かうと、そこには早乙女さんが立っていた。

 風に揺れる黒髪、制服のボタンを一番上まで止めて楚々と立つ早乙女さん。今の彼女を見ていると、思わず昨日の出来事が夢だったのではないかと自分を疑ってしまいそうになる。きっと、彼女の鞄が不自然に膨らんでいなければ俺は昨日のことは夢だと思い込んでいたことだろう。

 早乙女さんは俺を見つけるなり、表情を強張らせた。

 

「早乙女さん、おはよう」

「お、おはようございます……!」

「早乙女さんも誰かと待ち合わせ?」

「あ、い、いえ、その、あっ、はい」

 

 一瞬でエンストを起こす早乙女さん。……やはり、昨日ゲームセンターで窮地からの大逆転劇をやってのけた人物には見えない。まあ、対戦が終わった後の彼女はこんなかんじだったとは思うが。

 どうにか落ち着いた早乙女さんは、唐突に勢いよく頭を下げた。

 

「せ、先日は本当に申し訳ありませんでした……!」

「え?」

「あの、友野先輩を置いて一人で帰ってしまって……!」

「ああ……うん。いや、驚きはしたけど別に気にしてないよ」

「ほ、本当ですか……?」

 

 早乙女さんはビクビクと怯えたように俺の顔を伺ってくる。身長差があるため自然と上目遣いになる早乙女さんに、俺の心臓が飛び跳ねた。どうにか「本当本当」と声を絞り出すと、早乙女さんの表情がほんの少しほころんだ。

 

「あの……今日はどうしても友野先輩に謝りたくて、ここで待っていたんです」

「あー、そうだったんだ」

「は、はい……」

「なんか逆に申し訳ないな。どのくらい待った?」

「え、あ、え、えっと……1時間くらい」

「なんだって?」

 

 1時間? 

 

「あああああ、う、嘘です! いま、今、さっき来たばっかりです!」

「……」

「あの……その……」

「……ここには、何時に着いたの?」

「……し、7時くらい……です……」

 

 正直に言うように目で脅すと、早乙女さんは簡単に口を割った。

 ……今は8時28分。早乙女さんは、ざっくり数えて1時間半近く待っていたことになる。このあたりに座る場所はない。彼女は1時間半ここで立ち続けて、10分間隔で押し寄せる人の波から俺を探していたというのか。

 

「……ごめん、わざわざ俺のために」

「そんな! あの、全然っ、平気で……!」

「連絡先交換しよう」

「はぇあっ……?」

 

 事前に待ち合わせる時間を相談できていれば早乙女さんは長時間待つこともなかったはずで、そうできなかったのはひとえに連絡先を交換していない俺の落ち度であった。

 俺がスマホを取りだしてメッセージアプリを起動すると、早乙女さんもわたわたとスマホを探し始める。無事に交換を終えた後、俺は顔がおかしなことになっている早乙女さんに少し待つよう言ってからコンビニに入っていくつかお菓子を買った。そして、ビニール袋に入ったそれを早乙女さんに渡す。

 

「お詫びっていっちゃなんだけど、これ」

「え……そ、そんな、いただけません……!」

「どれも食べれなかった? あ、お菓子が苦手とか?」

 

 半透明の袋の中にはチョコレートやクッキー、ポテトチップスといった甘いものとしょっぱいもののお菓子が入っている。味に偏りがないように選んだのだが、お菓子を食べないと言われたらどうしようもない。

 

「いえ、どれも食べられますけど……」

「全部は要らないって感じかな」

「い、いえ、そうではなく」

「じゃあ全部あげる。本当に、待たせてごめん」

「う、あ、うぅ……あ、ありがとうございます……」

 

 半ば強引に早乙女さんに袋を渡して、深々と頭を下げる。

 ……なんだか、謝罪の押し売りになってしまった。ユキならこういう時にどうするのだろうか。お菓子を買うまではユキの真似をしたつもりだったのだが、肝心の渡すときがわからない。最後の方、ちょっとぶっきらぼうになってしまったし。

 

「……やっぱり、友野先輩は──」

 

 頭上から聞こえた柔らかい声に、俺が顔を上げた瞬間。

 

「おーい雄介ー! 香澄ー!」

 

 ユキの声が改札から聞こえた。

 そちらを見ればユキがポニーテールを揺らしながら手を振っている。

 

「あっ、で、では、私はこれで失礼します!」

「へ?」

「お菓子ありがとうございました! では!」

「ちょ、早乙女さん!」

 

 早乙女さんは、なんだかデジャブを感じる勢いでその場から離れていった。もう一度ユキの方を見ると、ユキもぽかんとした表情で早乙女さんの遠ざかる背中を眺めている。

 ……多分、俺達に気を遣ってのことなのだろう。早乙女さんは良い子なのだ。ちょっとコミュニケーション能力に問題があるだけで。

 

「……もしかしてオレ、逃げられた?」

「フッ、い、いや、そんなことはないと思うぞ」

「笑ったなテメエ。……どんな話してたんだ?」

 

 ユキがゴスゴスと拳で俺の肩を殴りながら、ちらりと伺うように俺を見上げた。

 ……どうやら俺は上目遣いに弱いらしい。俺は考えるふりで上に顔を反らしてから言った。

 

「……人を待つってつらいよなって話?」

「おおっと藪蛇。や、待たせてごめんってばよぅ」

 

 

 

 ・・・・・・

 

 

 

「そういえばさー、昨日は香澄となんか進展あった?」

 

 ユキが真顔でそう聞いてきたのは、教室で昼食をぱくつく昼のことであった。

 脳裏に蘇るのは、少年のような私服姿の早乙女さん。……確かに進展はあった。ありすぎた。だからこそ、喋ってよいのかわからない。

 早乙女さんは最初、学校帰りにゲームセンターに通っていることは俺達に隠していた。そりゃあそうだ。自分から積極的にバラすことではない。昨日俺に話したのは自分がストーカーの汚名をおっ被されそうになったからやむを得ずそうしただけであって、そう望んで話したわけではなかったはずだ。

 俺はユキになら話しても良いと思うが、早乙女さんがどう思うかはわからない。誰だって自分が秘密にしていることは広めてほしくはないはずだ。

 

「ん、んー……まぁ、連絡先は交換したよ」

「おぉ! ……え、まだ交換してなかったのか」

「うるさい。というか、進展があっていいんですかい彼女さんや」

 

 ユキにとって、俺と早乙女さんの仲に進展があっていいはずがない。万が一俺と早乙女さんが付き合い始めた場合、ユキとの偽装恋愛関係は終わる。そうなれば、それまで指をくわえていた野郎どもがユキに猛アプローチをしかけてくることだろう。それにも関わらず俺と早乙女さんの仲を心配するのは流石にお人よしすぎるのではないか。

 そういうニュアンスを籠めて冗談交じりに聞き返すと、ユキが惣菜パンを咥えたまま固まった。

 

「……よくない」

 

 そう呟いて、もそもそパンを咀嚼するユキ。

 俺はシュウマイを咥えながら、そうだろうそうだろうと頷こうとして──

 

「よくないけど……お前の重荷にはなりたくないんだよなぁ……」

 

 ユキの言葉に今度は俺が固まった。

 

「だって、元々オレが我慢しなくちゃいけないところをワガママ言ってお前に迷惑かけてるわけだろ?」

「そ、そんなことねぇよ。迷惑だなんて思っちゃいないし、お前の考えすぎだって!」

「そうかな。オレは、雄介は偽物よりも本物と付き合った方が良いと思ってるんだけど──」

 

 ……ユキが自分のことを偽物と呼んでいるのを聞いた瞬間、胸の中を黒いモヤが横切った。

 俺は、たとえ本人であっても自分の親友が悪く言われるのは我慢できなくて、これ以上ユキの言葉を聞きたくなくなって、

 

「──おい、それ以上言うなら俺も怒るぞ?」

 

 気が付けば、自分でも驚くほど低い声が口から飛び出していた。

 俺の声に教室中の喧騒が止んで、空気が何やら剣呑な雰囲気に包まれる。

 やっちゃった、なんて思うも時すでに遅し。声のボリュームが調節できていない阿呆が「ケンカ?」と呟くのが聞こえた。ちげーし、ケンカじゃねーし。多分。

 

「……わり、変なこと言ったな、オレ」

 

 ユキはかじられたパンの断面をじっと眺めたまま、どこか自虐的な笑みを浮かべた。

 ……まだ声に影は残っているのが気になるが、これ以上ここでやりあう訳にもいかない。俺は努めて明るい声で返す。

 

「……ああ。ホントだよ。お前この空気どうしてくれんの?」

「はー? お前が怖い声出すからだろー?」

「いや、あれはね、ちょっと自分でもビビった」

「なんだそりゃ!」

 

 そんなやり取りを周りに聞かせるように行えば、自然と教室の空気は元の喧騒に包まれていく。

 ……しかし俺達の間にある空気だけは、放課後を迎えてもくすんだまま戻ることはなかった。

 

 ──くすんだ空気が嵐へと変化したのは、それから1週間後のことである。




しり☆あす


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俺はなあ、お前のことが好きなんだよ!!

難産に苦しみながら連日投稿です。不安しかない。


 その日の空は分厚い雲に覆われていた。

 

「ユキ、ちっとトイレ行ってくるから荷物見てて」

「おーう」

 

 放課後、俺は帰り支度をすませた鞄からハンカチだけを抜き取って教室を出た。

 俺は連れションというものをしたことがない。一緒にする友人がいなかったというのもそうだが、そもそも一緒に用を足す意味が理解できなかった。あれはいったい何なんだ。同じ釜の飯、みたいなノリで同じ場所で用を足すと仲が深まるのか? くさそう。

 そんなことを考えながら洗面所で手をザバザバと洗っていると、鏡に映る自分と目が合った。

 正視に耐えられないという訳ではないが、じっと見つめるものではない。そんな平々凡々でのっぺりとした顔をしている俺は、何やら元気がないように見える。

 

「……まぁ、ケンカしてから微妙になってるしな……」

 

 ケンカ……というほどのケンカではない。1週間前、俺がちょっとだけユキに向かって声を荒げてしまっただけだ。それだけなのだが……どうにも、元の調子に戻れていなかった。

 ユキはボーっとすることが多くなったし、俺も微妙に気まずくなって話しかける回数も減っている。

 別に、これが初めてのケンカという訳ではない。俺がうっかりからかいすぎてユキがガチギレしたこともあったし、逆に俺がユキに腹を立てることもあった。しかしそうなる度に怒らせた側が自分の非を認め、平謝りすることでなんだかんだすぐに仲直りが出来たのだ。

 そのパターンで言うと、今回は俺が怒っているのだからユキが謝ってくるのだろう。……しかし、ユキは謝ってこない。

 それもそのはず、ユキはただ事実を口にしただけなのだ。自分は偽物の女であり、偽物の恋人にすぎないのだと。その言葉に俺が勝手に腹を立てているだけなのだから、今回のケンカは本来なら俺が折れるべき話なのだろう。

 

「折れるべき……なんだろうけどな……」

 

 脳裏にユキの言葉が蘇る。

 

 ──『オレが我慢しなくちゃいけないところをワガママ言ってお前に迷惑かけてるわけだろ?』

 

 ユキのこのセリフには聞き覚えがあった。

 

 ──『雄介を自分のわがままにつき合わせてるのに、オレは何にも返せてないからさ……?』

 ──『お前には恩もあるし』

 

 ユキがスカートを自発的に穿いてきたときにも、プリクラを撮ってほしいと俺から頼み込まれたときにも、ユキは俺に負い目を感じているようなことを口にしていたのだ。

 その時の俺はただ「ユキは義理堅いヤツだな」としか思ってこなかったが……もしも、俺が思っている以上にユキが気に病んでいたとしたら。

 俺が声を荒げた時のユキは、何か思いつめたような目をしていた。ひどく不安定で、危うげな目。

 それを見た瞬間、俺はなんだか引いてはいけないような気がした。ここで俺が謝ったら、ユキの言葉を認めたら取り返しのつかないことが起こってしまいそうな、そんな予感が。

 

「……でも、いつまでもこのままじゃダメだよな。俺が考えすぎてるだけかもしれないし」

 

 教室に戻ったらユキと話そう。そして俺が平謝りして、元通りだ。

 俺は濡れたハンカチを握りしめて教室のドアを開いた。

 

「……あれ、ユキ?」

 

 まだ教室には人がいる。黒板を消している男子、ほうきを掃いている女子、席に座って駄弁り続けるギャル三人衆。しかし、その中にユキはいない。俺の机の上に学生鞄が二つ置かれたまま、ユキだけが忽然と姿を消していた。

 あいついったいどこに行ったんだ……? と首をかしげていると、ギャル三人衆のうちの一人が俺に向かって大きく手を振った。

 

「おーい王子ー!」

「……それは、何、俺のこと?」

 

 ……頷かれた。直訴。

 

「でさ、ユッキはアタシたちに荷物よろしくって言ってどっか行ったから」

「なんか知らん男子に連れてかれたよね」

「王子とユッキって付き合ってるんでしょ? やば、浮気されてるよ王子ー」

 

 ケラケラと笑うギャルたち。

 ……ユキが荷物番を人に頼んで男と出ていった? ……委員の仕事があるなら荷物番は断ってるよな。急な何かあったとしてもユキならこの席から動かずに対応するはず。まさか告白……いやでも、それこそユキはこの場から動こうとしないよな。

 

 ──『オレは、雄介は偽物よりも本物と付き合った方が良いと思ってるんだけど──』

 

「……ユキが何処に行ったかはわかる?」

「え、そこまでは知らんけど」

「わかった、ありがとう」

 

 俺は鞄を肩に二つかけて教室を飛び出した。

 最初に向かったのは、3階にある空き教室だ。そこは何かしらの集まりやらイベントの準備やらに使われる教室で、普段はひとけが少ない。ユキが委員の仕事で呼び出されたとしても、告白されに行ったとしても、その空き教室にいる可能性が高かった。

 

「……いない……」

 

 結果はハズレ。

 僅かに乱れた息を整えながら次にユキがいそうな場所を考えていると、鞄の中にしまっていたスマホが震えるのが分かった。メッセージが2件。どちらも早乙女さんからだった。

 

「……早乙女さん……?」

 

 早乙女さんとは連絡先を交換して以来、チャットでのやり取りはしていない。どうしたのだろうと思いながら一応目を通すためにメッセージアプリを起動した。

 

『こんにちは』

『もしよろしければこの後一緒にゲームセンターへ行きませんか?』

 

「……今はそれどころじゃないっての」

 

 俺はスマホをしまおうとして、既読スルーにならないように『ごめん今はユキを探してて忙しい』とだけ送ると、すぐに返事が送られてきた。

 

『ユキ先輩、先ほど昇降口でお見かけしました』

『ユキ先輩が友野先輩以外と外に出ていくのを見て、誘ったので』

 

 

 

 ・・・・・・

 

 

 

 昇降口に早乙女さんがいた。

 

「私は体育館裏に行きます。友野先輩は校舎裏に行ってください!」

 

 早乙女さんは端的にそう言うと、俺の返事を待たずに体育館の方向へと走っていった。

 俺はまだ早乙女さんに今の状況を説明していない。だというのに、彼女はすでに何が起こっているのかを理解しているようだった。……本当にちょくちょく有能だな早乙女さん! 

 

 早乙女さんの言う通り校舎裏へと走ると、そこには大柄な男子生徒に迫られているユキがいた。

 ユキは壁際に追い詰められ、両肩を男に押さえつけられている。その顔はすっかり青ざめていて、目に涙さえ浮かべていた。対する男はそんなユキにもお構いなしに顔を近づけて──

 

「──人の彼女に何しとるんじゃボケがあああああああああああああ!!」

 

 俺は、助走をつけてその男の脇腹を蹴り飛ばした。

 男は声を上げずに吹っ飛んで倒れ込む。大柄な身体は張りぼてでは無いらしく、男はすぐに立ち上がると俺を上から睨みつけた。

 

「……テメエ、ユキの元彼か」

「は? 別れてませんけど??」

 

 俺は精一杯の啖呵(?)を切りながら未だ呆然としているユキの腕を掴んで自分の後ろへ来るように引き寄せた。いつでも戦えるように鞄は地面に置いておく。

 ……頭上から睨まれるというのはこんなにも怖いものなのか。さっきトイレに行っといてよかったわ。

 

「いいや、お前はもう元彼なンだよ。何せユキはもう俺のものになるって決まったんだからな!」

「……おいユキ、お前だいぶヤベー奴に絡まれたな?」

「……いや、こいつの言う通りだよ雄介」

「は……?」

 

 背後から聞こえた悲しげな声に思わず振り向くと、ユキが顔に笑顔を張り付かせていた。

 

「オレはアイツの彼女になる。だから雄介、お前とはもう別れるよ」

「な……」

 

 ……眩暈がした。自分の足と地面の境界線が分からなくなっていく感覚に襲われていく。

 まさか。信じられない。そんなことがあるのか。そんな言葉がぐるぐると脳内に渦巻いた。

 こんな、こんな──

 

 ──こんなにも、俺の予想通りにユキが考えていたなんて! 

 

「ばああああああっかじゃねえのお前!?」

「──!?」

 

 腹から出した俺の大声にユキがひるんだ。俺はその隙をついてユキの胸倉を掴む。

 

「ユキ! お前、()()()()()()()()()()()()()()()!?」

「……っ!」

 

 さらに続けて口を開こうとしたところで、グイと後ろから男に首根っこを掴まれた。

 

「おいテメエ、さっきから黙って聞いてりゃ何をグチグチと」

「人の話は聞いてろボケカス────ッ!!」

 

 怒りにまかせて思いっきり右足を後ろに蹴り上げると、踵が何か柔らかいものに突き刺さった。男は声を出さずにもんどりうって倒れ込み、そのまま痙攣し始める。死んではいないので彼はいったん良しとして、俺は再びユキに掴みかかった。

 

「ユキ、お前は俺と早乙女さんをくっつけようとしているな。偽物の女ではない早乙女さんと」

「……」

「で、そのためには自分との関係を断ち切る必要があったわけだ。()()()()()()()()()()()()()、あの早乙女さんなら俺に彼女がいるとわかればアプローチするどころか距離を取るだろうからな」

「……」

「だけど断ち切ったら断ち切ったでお前の人間関係が壊れるから、お前も俺の代わりを作ろうとしたんだよな」

「……ああそうだよ」

 

 ユキは拗ねたようにため息をついて、やんわりと俺の手を胸倉から外した。

 

「話してみてわかったんだ。香澄は間違いなくお前に惚れてるって。……で、お前もお前でまんざらでもないだろう」

「む、ん、ぐ……」

「オレと恋人って設定は、邪魔だろ? だから無かったことにするのが一番なんだよ」

 

 ユキは自虐的な笑みを浮かべてそう言った。こいつもう一回胸倉掴んだろうかな。

 

「っざけんな本物もくそもあるか! お前は何もかも間違ってるんだよ! 関係を断ち切ろうとするのも、その方法も、相手役の人選も、何もかも間違ってる!」

「な、何を」

「いいかユキ! 俺はなあ、お前のことが好きなんだよ!!」

「──んなっ!?」

 

 ユキがよろけるように後ずさる。逃がすか。

 

「俺はお前を偽物だなんて一度も思ったことはないし、お前との関係を邪魔だの迷惑だの思ったことはない! お前は知らなかっただろうがな、早乙女さんはもう俺達のことを恋人同士だと思ってるし、俺はそれを否定してないの! 何でかわかるか!?」

「……そ、そりゃあ、否定したらその噂が広まりかねないから」

「その通り! だけど違う!」

 

 俺に気圧されたユキが壁に背中を付けた。

 ……あれ、これさっきのデカブツとやってること一緒か? いかんいかん、深呼吸深呼吸……。

 

「……俺は早乙女さんと付き合える可能性よりも、ユキと今の関係を続けることを優先したんだよ」

「……だ、だからオレとの関係さえなければお前も香澄と付き合えるだろ?」

「そうじゃねぇって。俺は早乙女さんよりもお前が大切だって言ってんだよ」

「…………!?」

 

 ……ようやく理解したかこの鈍感め。

 

「ユキ、俺はお前が好きだ。大切なんだ。そりゃあ早乙女さんとは付き合いたいけどさ。それ以上にお前が苦しむところは見たくないし、いつものお前と一緒にずっとバカやってたいんだよ」

 

 だから、と続けながらユキを抱きしめた。

 

「頼むから、俺のために犠牲になろうとなんてしないでくれ……!」

「う……あ……ゆ、雄介……」

 

 俺の胸元でユキの声が揺れた。やがてぐすぐすと嗚咽が聞こえ始め、俺の制服が涙に濡れていく。

 構うもんか。涙なんてどうせすぐ乾くのだから。

 

「ごめん……ごめんな……! ゆうずげぇ……!」

「まったくだ、迂闊極まりないことしやがって。……怖かったよな……ユキが無事でよかったよホントに」

「うぐううぅぅ……!」

「俺のことを思ってくれるならさ、これからはもっと自分を大切にしてくれ。自分を偽物だなんて思わないでくれよな」

「う゛ぅ! う゛ぅう゛うぅー……!」

 

 ユキの頭をぽんぽんとあやしながら見上げた空には、いつの間にか光が差し込んでいた。




早乙女「……そう、なんだ……」


一本満足ゥ!(赤バー満タン)
応援していただきありがとうございます!
増えゆくお気に入りと感想と合わせてニヤニヤするのが最近の生きがいです。本当にありがとうございます……!これからもよろしくお願いします……!


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あの場に、居たんだね

投稿時間が遅くなっていくことに危機感を覚えつつ連日投稿です。


 互いに……というにはやや俺ばかりが話していた気もするが、とにかく本音をぶつけまくって仲直りをした翌日の朝。天気が良い。

 もはや店員の顔を覚えてしまったコンビニの前で突っ立っていた俺の前に笑顔で現れたユキは、スカートを穿いていた。

 ……昨日あれだけ言ってもまだ自己犠牲の精神が抜けきっていないのか。

 思わず顔をしかめた俺に、ユキは慌てたように首を横に振った。

 

「ち、違う! これは別に嫌々穿いているわけじゃない!」

「……じゃあなんだ、スカートに目覚めたのか?」

「いや、それも違うけど……」

「……ユキ。俺を喜ばそうとしてくれるのは嬉しいけど、俺は──」

「だーもう違うって! ……いや違くはないけど、とにかくオレの話を聞け!」

 

 昨日言ったことを繰り返そうとしたところでユキに遮られ、黙り込む。ユキは深呼吸を一つ挟み、顔を紅潮させながらも俺から目を離さずに言った。

 

「オレは負い目とか関係なしにお前のためにスカート穿いてんだ。オレがそうしたくてやってんだからお前に文句を言われる筋合いはない!」

「……」

 

 ……おおう。これは、ちょっと、照れる。

 

「……」

「……な、なんか言えよ……」

「え、えーっと……ありがとう?」

「うるせぇ死ね」

「理不尽すぎる……」

 

 どちらともなく歩き出した俺達は、道中で他愛もない話をし続けた。ドラマに出ている俳優の演技が微妙だとか、授業がクソだとか、子猫の動画がカワイイだとか、どうでもいい話。

 その途中で早乙女さんの話になった。俺が何気なく「そういえば早乙女さんにもお礼を言っておかなきゃな」と言ったことがきっかけである。

 

「お礼って?」

「いや、実は昨日ユキを見つけることができたのって早乙女さんが昇降口でユキを見かけてたからなんだよね」

「うっ、そうだったのか……」

 

 気まずそうに顔を歪めるユキ。手分けして探してもらったことも伝えると、ユキはますます肩を縮こまらせた。昨日の一件はユキにとっての黒歴史になったはずだ。見知った相手に黒歴史を知られているというのは中々につらいものがあるのだろう。わかるよ……。

 

「……待った。じゃあオレが、その……泣いてたときも見られてたかもしれないのか!?」

「いやー、それはない……かなぁ。どうだろう」

 

 ユキが泣き止んだ後にメッセージアプリを確認したところ、既に早乙女さんからメッセージが入っており、そこには急用ができたためユキを探している途中で帰らないといけなくなった……という旨が淡々としたお堅い文章で書かれていた。

 その時は何も疑わずに感謝の言葉を書いて送ったが、今考えてみればどこか嘘くさくも感じる。

 あれだけ鋭かった早乙女さんのことだ。体育館裏を確認した早乙女さんはすぐに俺が当たりを引いたことを察したことだろう。

 メッセージは俺がスマホを確認した時間よりも少し前に届いていた。早乙女さんは察した時点で俺達に気を利かせて先に帰った……と考えるのが自然ではある。

 ただ、それは早乙女さんがあの場にいなかった証明にはなり得ない訳で。

 もしあの時のやり取りを聞かれていた場合、ちょっと面倒なことになるかもしれない訳で。

 

「あーヤバイ絶対見られてたわ。だって惚れてる男が彼女と修羅場迎えてたわけだろ? 絶対覗きに行くじゃんそんなの……」

「……早乙女さんが本当に俺にホの字でいてくれてるならね」

「嗚呼……終わった……」

「まあ気にすんなって。どうせユキはそこまで早乙女さんと顔合わせないだろ」

「そりゃそうだけどさ……その時オレ抱きしめられてたし……香澄も傷ついたよな……」

 

 すっかりネガティブモードに入ってしまったユキ。

 どうやらユキは泣いているところを見られた羞恥心と早乙女さんへの罪悪感でいっぱいいっぱいで、俺達の関係が早乙女さんにバラされる可能性は考えてもいないらしい。

 ……まあユキだからそれは別にいいのだが、なぜこいつは勝手に想像して勝手にダメージを受けているのだろう。というか色々と早乙女さんに失礼じゃなかろうか。

 

「ユキ、しつこいぞ。俺と早乙女さんの間には元から何もなかった。だから覗いてもいないし傷ついてもいない! 以上閉廷! な!」

「ううっ、わかった……」

 

 早乙女さんが俺を好いているとは限らないし、普通に急用ができたということだって十分に考えられるのだ。だからこれ以上考えることは不毛でしかない。俺はそう言ってユキを窘めつつ、裏でこっそりと早乙女さんにひとつのメッセージを送るのだった。

 

 

 

 ・・・・・・

 

 

 

「……そ、そ、その、今回は、お誘いくださりありがとうございます……!」

「うん、いったん落ち着こうか早乙女さん」

 

 放課後、俺は早乙女さんと一緒にゲームセンターにやってきた。

 早乙女さんは相変わらず少年のような恰好で、相変わらずガチガチに緊張している。俺は早乙女さんの緊張を取るべく、彼女を連れてのんびりとクレーンゲームを見て回ることにした。

 クレーンゲームの景品にはいろいろな種類があり、巨大なぬいぐるみやアニメキャラのフィギュア、お菓子が大量に積み込まれているものもある。しかし景品が欲しいのであれば基本的に他で直接買った方が安くすむため、あくまでもクレーンゲームというのは景品を取るまでの過程を楽しむものなのだろう。

 

「……あっ」

「ん、何か欲しいものがあった?」

「あ、あ……その、はい……」

 

 早乙女さんが恥ずかしそうにうつむきながらゆるゆると指を指した先には、マシュマロのような形をした猫のクッションがあった。とても大きく、抱きしめがいがありそうだ。これを抱えて前が見えなくなる早乙女さんを想像すると、なんだか心がほっこりした。

 

「その、獲ってもいいですか……?」

「お、おう。頑張れ」

 

 しれっと獲ることを宣言した早乙女さんはすぐに台について、アームを操作し始めた。

 早乙女さんはクレーンゲームの腕前も良いらしい。たったの3回でクッションを穴に落としてみせた。

 いそいそと取り出し口からクッションを引きずり出し、嬉しそうな表情を浮かべて抱きしめる早乙女さん。……顔が思いっきり埋まっているが、大丈夫だろうか。

 

「友野先輩、獲れました……!」

「うん、おめでとう。前は見える?」

「……み、見えません……」

 

 早乙女さんの声が一瞬でふにゃふにゃになった。……獲った後のことは考えてなかったんすね……! 

 ひょいとクッションを早乙女さんから引きはがして持つと、早乙女さんの顔が見えた。

 

「俺が持っとくから景品入れる袋探そうか」

「は、はい……ありがとうございます、ごめんなさい……!」

 

 早乙女さんの案内ですぐに袋を発見したはいいものの、やはりデカいものは景品袋に入れてもデカい。

 結局抱えた方が歩きやすいということで、しばらく俺が預かることになった。

 それはさておき、そろそろ早乙女さんの緊張も取れただろうか。

 

「早乙女さん」

「は、はい……!」

「昨日のことなんだけどさ」

 

 途端、早乙女さんの肩が小さく跳ねた。

 ……ああ、やっぱりそうなのか。

 

「あの場に、居たんだね」

「……」

「どこから聞いてたのかな」

「……大きな男の人が、動かなくなったところから……」

「Oh……」

 

 早乙女さんの小さな声は音の濁流の中でも不思議とハッキリ聞こえた。

 そっかー、そこからかー。ざけんなほぼほぼ最初からじゃねえか! 

 

「……友野先輩、私からも質問して良いですか……?」

「……何かな」

「友野先輩と、ユキ先輩のご関係について……です」

「ですよね。……少し端に寄ろうか」

「いえ、外に出ましょう。その、ベンチがあるので……」

 

 そう言って早乙女さんはチラリと俺が抱えているクッションに目をやった。……なるほど確かに。

 互いにベンチに座ると、荷物が置ける分両手が空いた。ようやく解放されたとばかりに手をぶらぶらと振ると、早乙女さんがクスリと笑う。それからしばらくは人が出入りするたびに大きくなるゲームセンターの騒音のみが流れ、やがて早乙女さんが口を開いた。

 

「……恋人……ではないんですよね。ユキ先輩が『設定』とはっきりとおっしゃっていました」

「……よく覚えてるね」

「それだけ違和感があったんです。他にも、その……わ、わわ、私と、つ、付き合いたい……とか……」

「あっ……」

「ただ、私よりも、その……ユキ先輩の方が大切……とも、おっしゃっていましたよね。ユキ先輩のことが……す、好き……とも」

 

 横目で見ていた早乙女さんと目が合った。彼女の目は、追及している側とは思えない程に弱々しく、すがるようにこちらを見つめている。

 

「教えてください。友野先輩とユキ先輩は、どんなご関係なんですか……?」

 

 ここまで疑われてしまってはもう隠しきることはできないだろう。そう判断した俺は、ユキとの関係──偽装恋愛関係について全て打ち明けた。

 やはり疑ってくるだけあって何となく察していたらしく、早乙女さんは驚きはしていたものの納得するように頷いていた。俺が「早乙女さんにも協力してほしい」と頼み込むと、これもあっさりと了承。「そもそも話す相手がいません」というぼっちジョークまで飛ばしてきた。……いや、あの目は冗談を言う人の目ではなかったような。

 ここまであっさりと口封じが成功するとは思っていなかったため若干の肩透かしを食らっていると、早乙女さんがそっと俺の顔を覗き込んできた。

 

「……あの、友野先輩」

「ん、どうしたの早乙女さん」

「その、友野先輩は、ユキ先輩のことを親友だと思っているんですよね」

「……ああ」

「では、その、あの、い、今、お付き合いされている方もいらっしゃらないん……です、よね……?」

 

 じっと見つめられて、心臓が跳ねた。

 早乙女さんは一体何を言っているのだろう。

 早乙女さんはいったい何を言うつもりなのだろう。

 

「……あ、ああ。そう、だけど」

「……じゃあ、私が……私が、先輩の恋人になってもいいですか……?」

「──え」

 

 いつの間にか、互いの手が触れていた。小指と小指。早乙女さんの指が俺の指に絡まるように重なっていた。

 自覚した瞬間、どんどん周囲の音が消えて早乙女さんから目が離せなくなっていく。

 もしかして。ありえない。ふたつの言葉が頭の中を暴れまわって落ち着かない。

 引き伸ばされた時の長さに耐えかねて喉仏を動かした瞬間、

 

「──友野先輩、好きです。中学生だったときから、ずっと好きでした。私と、お付き合いしていただけませんか……?」

 

 早乙女さんは一切のよどみなく、俺に愛の告白をした。




怒涛の展開に胃もたれ起こしそう


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早乙女香澄:前編

遅刻しかけたことに焦りつつ連日投稿です。
一応主人公のセリフは出てきますが、今回はタイトルにはしていません。


 私は恵まれている。裕福な家庭に生まれ、両親の寵愛を一身に受けて育ち、整った顔立ちに成長した。これで自分は恵まれていないなどと言おうものなら罰が当たるというものだ。

 小学一年生になってからは誰よりも優れた成績を求められた。両親はどちらも教育熱心だった。苦ではなかった。私が頑張って期待に応えることで両親は喜んでくれたし、たくさん褒めてくれたから。

 小学二年生になってからは両親に喜んでもらうために自発的に勉強するようになった。この時に、勉強する習慣というものが出来上がったのだと思う。

 小学三年生になってからは家事の手伝いをするとさらに喜ばれたから私は自分から積極的に動くようになった。学校でも誰かに勉強を教えるようになって、先生のお手伝いなども積極的に引き受けた。

 当時の私はクラスの人気者だったと思う。我ながら。

 小学四年生になってからは教科書が引き裂かれるようになった。

 何故か誰とも話が出来なくなり、当然教科書を貸してもらうこともできなかったため、仕方なく先生の教科書を貸してもらったり、今まで学校に置きっぱなしにしていた教科書も持ち帰ることにした。

 このことはクラスで問題にされて、犯人だという生徒がみんなの前で私に頭を下げたが、その日試しにもう使わないノートを置きっぱなしにしてみたら翌日の朝にはバラバラにされていた。

 私はその日学校に期待することを止めた。

 小学五年生になってからは上履きに画鋲を仕込まれるようになった。そしてトイレに入っている最中に水をかけられるようにもなった。幸いにも両親は共働きだったため、足を怪我していることも濡れた服で帰ってきていることも知られることはなかった。もちろん自分から言うことはない。両親を困らせたくはなかったのだ。ただ、体調を崩す日も増えたために成績が落ちてそのことを両親から責められるのは辛かった。

 小学六年生になってからは机の上に花瓶を置かれるようになった。このころになるといじめの種類が物理的なものから精神的なものへと変わり、陰口を聞かされることが多くなった。普通に勉強ができるようになったはずなのに、成績は五年生のときよりも落ちた。家庭仲が悪くなったが、当時の私にはそれについてどうこうする気力は残されていなかった。

 

 中学校に上がってからは誰とも話さなくなり、勉強も手を抜くようになった。もう両親も何も言わなかったし、こうしていればいじめられないと思ったのだ。

 だから入学後半年も経たずに陰口が聞こえた時には、感情が一周まわって疑問に思ってしまった。私の何が行けなかったのだろう、と。

 私がその答えを知ったのは、女子トイレに呼び出されてツリ目の女子からお腹を蹴られた時のことだった。なんでも、このツリ目の女子が思いを寄せていた男子が私に好意を持っていたらしい。つまり、私の外見が原因だったのだ。

 ならば見た目を悪くしてやろうと考えた私は、安い石鹸を買って自分の髪に塗りたくり、日頃のお肌のケアを止めてみた。

 狙い通り輝きを失ったゴワゴワの髪とボロボロの肌になった私に対して好意を抱く男子はいなくなり、女子トイレに呼び出されるようなことはなくなった。陰口は増えたが、もう痛い思いをしなければなんでも良かった。

 きっとこれからの人生ずっとこうなんだろうな……そう諦観しながら迎えた中学二年の秋。

 唯一の居場所である図書室で進路希望の紙をぼんやりと眺めていた私の前に、その人は現れた。

 

「お、君は進路で悩んでいるのかな?」

 

 何処にでもいそうな男子。いじめられなさそうな顔。長いものに巻かれ、私の陰口をたたきそう。私が抱いたその人への第一印象は、そんな失礼極まりないものだった。

 それほどまでに平凡な見た目をしているその男子は、黙り込む私にお構いなしで自己紹介を始めた。

 

「俺は……いや、名乗る必要もないか。三年生で誰よりも頭が良い男と人に聞けばおのずとわかることだからな」

「……」

 

 すごい自信だ。私はそう思った。

 学年が違うということは、この人は私をいじめているメンバーではないということ。きっとこの人はただの気まぐれで私に声をかけただけなのだろう。つまり、私にとってはただの災害だ。

 

「進学先に悩んでいるなら学知高校がオススメだぞ。あそこは駅の周りに色々揃ってるからな」

「……私は、進学はしません」

 

 私は小さく言葉を返した。

 適当に嫌われない程度に相手をしてさっさと帰ってもらおう。そう考えたのだ。

 しかしその先輩は私の答えに驚いたように目を見開いた。

 

「え、中卒で働くの!? なんで!?」

「これ以上、学校に行きたくはないので」

「……え、何。授業についていけなくてつらいとか?」

「……はい、そうです」

 

 嘘ではない。

 陰口を聞かないために授業を受けている間は耳栓をつけて眠りにつき、自宅で勉強することもしなかった私は当然ながら授業についていけなくなっていた。まぁ、ついていく気も持っていなかったが。

 まったく、あれだけ教育熱心な親に育てられておきながらここまで落ちぶれるとは。私がこっそり自嘲しながら口元を歪めると、それを見た先輩は大きく頷きながらドヤ顔でこう言った。

 

「なら俺が卒業するまでの間、君に勉強を教えてあげよう!」

「いえ、結構です」

「あれ!?」

 

 考えるよりも先に、言葉が滑り出ていた。

 

「頭が良くなってもいいことなんてありませんから」

「え、そんなことはないぞ? なんてったって誰にもいじめられなくなるからな」

「……は?」

 

 だから、先輩の言葉の意味を理解するのにもある程度の時間を要した。先輩の言ったことは私の考えの真逆をいっている。しかもその口ぶりはまるで自分がそうであったかのようで、私は思わず聞き返してしまった。

 

「誰よりも頭が良いとな、何か言ってくる奴に『俺より頭が悪い癖に何言ってんだ』って返せるんだよ。マジで気持ち良いぞ? これを言うとな、相手の顔が悔しそうにぐにゃっと歪むんだ」

「な……」

「なんせ相手も受験を控えた身だから暴力に訴えてくることもない。だから相手は基本的に陰口とかの精神的な手段に訴えるしかないんだけど、こっちが一方的に成績でマウントが取れるようになると相手も何も言ってこなくなるんだよな。マジ愉悦」

 

 淀んだ目をした先輩の口から紡がれる言葉はどうしようもなく最低だった。

 察するに、先輩も誰かに陰口をたたかれていたのだろう。誰かから見下されていたのだろう。にもかかわらず先輩は、人を見下すことに快感を覚えていた。

 ミイラ取りがミイラになったとはまさにこの事。きっと私はその話を聞いたときに、嫌悪するべきだったのかもしれない。先輩のようにはなりたくないと、この人に関わるべきではないと距離を取るのが人として正解だったのかもしれない。

 ただ、その時の私は──先輩のようになりたいと、強くそう思ってしまった。

 本気で自分もそうなれるとは思っていなかった。宝くじを買うような、どうせもうすぐ学生生活も終わるのだからというやけっぱちの勢いで、先輩に勉強を教えてもらうことにした。

 先輩の教え方は非常にわかりやすく、元々自発的に勉強する癖を身に着けていた私は簡単に学期末テストで学年トップの成績を修めることができた。その時の担任の驚く顔と先輩の嬉しそうな顔は今でも忘れられない。

 

「自信を持て。君は頂点にたどり着いた人間だ!」

 

 先輩の言葉はまるで魔法のように私を変えてくれた。

 私が学年トップの自負を持つようになってからは耳に入ってくる陰口の数も激減した。私は先輩のように強気ではいられなかったから陰口の数はゼロにまでは行かなかったけれど、そんな陰口が気にならなくなるほどに私は強くなれたのだ。

 

 私は先輩に恋をしていた。しかし、そのことを自覚した時には既に先輩は中学を卒業していた。

 愚かなことに私は先輩の連絡先を把握していなかったし、何なら先輩の名前も知らなかった。ただ勉強を教えてもらうだけだからと、分かる分には「先輩」だけで事足りるからと自分から知ろうとは思わなかったのだ。

 私は自分の愚かさを呪いながら先輩についての情報をかき集めて、先輩が「友野雄介」という名前であることを知った。連絡先までは聞き出せなかったが、幸いにも私は友野先輩の進路先を知っている。

 

「学知高校……」

 

 そうして、私は迷うことなく自分の進路を決めた。




一話にまとめることが出来ず申し訳ございません……!


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早乙女香澄:後編

たくさんの読者の応援に応えるべく連日投稿です。


 学知高校に受かること自体は簡単だった。

 学年トップを取り続けているうちに必要な学力は十分身についていたし、推薦枠を優先的に回してもらえるだけの信用も獲得したからだ。

 私は中学三年生になってからは勉強よりも自分のルックスの改善に注力した。

 再びいじめられるかもしれない。それでも、友野先輩には綺麗な自分を見てもらいたかったのだ。

 若さと執念と科学の力によってみるみるうちに綺麗になっていく私に何かを感じ取ったのか、両親の口数も次第に増えていった。簡単に全てをやり直せるほど私たちの積み上げた時間は軽くない。それでも私が今まで学校でいじめを受けていたことを告白すると、両親は涙を流してくれた。

 私がゲームセンターに通うようになったのも、この時期からである。

 ぼんやりと友野先輩のことを考えているうちに、友野先輩が私に勉強を教えているときに一度だけ、ポロっとこぼすように「ゲームセンターに行きたい」と言っていたのを思い出したことがきっかけだった。

 私は友野先輩との共通の趣味を持つべく近所のゲームセンターに向かい、その輝きと音の濁流に魅せられた。その時には既に推薦で合格を確定させていたこともあって、私はますますのめり込んだ。ある程度お小遣いに余裕があったのも悪かったのかもしれない。ひどい時には一日中いたこともあった。耳が馬鹿になったのも今では良い思い出である。

 

 無事に学知高校に合格し、おそらく友野先輩がいるであろう図書委員になることもできた。

 結局友人ができることはなかったが、そんなことよりもようやく友野先輩と会って話せることの方が何十倍も重要だった私は委員が決まったその日、はやる気持ちを抑えながら図書室へと向かい──

 

「きゃ……!?」

「オウッ!?」

 

 想い人に頭突きを食らわせた。

 教室で心を落ち着かせるのに時間をかけすぎた結果がこれである。私はこの時ほど10分前行動の大切さを思い知ったことはない。

 

「……早乙女さん、で合ってる?」

「あ、は、はい……」

 

 死にたい。そう思っている私に友野先輩は優しく声をかけてくれた。

 男子三日会わざれば……という言葉があるが、高校生になった友野先輩は中学生のときとは別人のように穏やかな雰囲気を纏っており、とても大人っぽくなっていた。

 惚れ直すのに心が忙しく、ただまごつくことしかできない私に友野先輩が続けて口を開く。

 

「俺は友野雄介。よろしく」

「あ……私は早乙女香澄です。よろしくお願いします……!」

 

 この時に私は小さな違和感を覚え、

 

「あっ、すみません。俺2年生なんですけど先輩とかではないですよね?」

 

 この言葉で確信に変わった。

 なんと、友野先輩は私のことを覚えていなかったのだ。

 絶望しかけた私は、何とか踏みとどまった。忘れたのではない。今の私があの時とは別人のようになっているからだと。

 

「さっきは大丈夫だった?」

「あ、う、はい……。その、先ほどは本当に申し訳ありませんでした……!」

 

 嗚呼、最悪。

 これではただ出合いがしらに頭突きをかました変な女ではないか。どうして私は教室で瞑想なんてしたんだろう。せめてあの時の見た目のままでいれば……! 

 ぐちゃぐちゃの思考のまま頭を下げる私に、友野先輩は優しく微笑んだ。

 

「別に気にしてないって。むしろ可愛い女子に抱き着かれて役得だったまであるから」

「へ、あ……!?」

 

 カワイイ……かわいい……可愛い!?!? 

 

 私はその瞬間、生まれて初めて頭が真っ白になった。

 嬉しいやら恥ずかしいやらでいっぱいいっぱいになった私は何も考えられなくなって、何も言えなくなって、ただ俯くことしかできなくて。落ち着くころには、なんだか色々どうでもよくなっていた。

 考えてみれば、あの時の可愛くない私をなかったことにできるチャンスなわけで。中学校からあなたを追いかけてきましたなんて言われても重たいと思われるかもしれない訳で。

 

「私、友野先輩と同じシフトに入りたいです!」

 

 それなら、最初からやり直してしまおう。そう思った。

 

 しかし、その翌日。友野先輩篭絡大作戦初日のこと。

 

「こいつは綾西優希。俺の男友達」

「よろしく。ユキって呼んでくれると嬉しいな」

 

 友野先輩が女を連れてやってきた。

 その場で倒れなかった私は偉いと思う。本当に。

 ユキ先輩の見た目はとても愛らしく、しかも人当たりも良い。友野先輩曰く中学からの付き合いで、男友達のような存在なのだそう。私の上位互換だった。

 しかし実際にユキ先輩の精神的性別は男であり、両名互いに恋愛感情は持っていないと言っていた。

 その言葉に騙されて安心しきっていた私は、一緒にプリクラの筐体から出てくる二人を見てまたしても卒倒しかけた。

 友野先輩とユキ先輩は付き合っている。

 その認めがたい事実に気が狂いそうになりながら、私は否定の言葉を求めて友野先輩に近づいて──

 

「そう、実はそうなんだよね。俺とユキ、つい最近から付き合い始めてさ」

 

 ──そこで、私の恋が一度終わった。

 

 すっぱりきっちりとどめを刺されたからだろうか。気が狂うことはなかった。ただただ事実をありのまま受け止める自分がいて、友野先輩ともいつも通り会話が出来ていた。

 

「……早乙女さんは、どうしてゲーセンに?」

「そ、それは……その……」

「あんまり早乙女さんがゲーセンに行くってイメージが湧かないんだけど……まさか、俺達をつけていた訳じゃないよね?」

「ち、違います!」

「はは、そっか」

 

 だけど、好きな人にストーカー扱いされたままでは終われないから。

 

「し、しししし、証明します!!」

 

 私は、最初で最後のデートにしようと友野先輩を誘った。

 

 ……その結果、最後の最後まで諦めることができなかった上、さらに惚れそうになってしまった私のなんとみじめなことか。しかも翌日には連絡先を交換する始末。私は、まだ自分にもチャンスがあると、そう考えているのだ。

 ……吐き気がした。私はこんなにもあさましい人間だったのか。

 諦めたくない。諦めなくちゃいけない。

 延々と繰り返す、矛盾せず相反する感情の渦の中心で必死に耐えていた時に、その事件は起こった。

 

 ユキ先輩は友野先輩の恋人ではないかもしれない。

 ずっと拮抗していた天秤は、あっさりと悪魔の側に傾いた。

 

「教えてください。友野先輩とユキ先輩は、どんなご関係なんですか……?」

「……早乙女さんも察しているとは思うけど、俺とユキは恋人じゃない。偽装してるだけなんだ」

 

 既にある程度は予想がついていた。それでも私は、友野先輩の口から聞きたかったのだ。……本当に、嫌な女だと思う。

 友野先輩はユキ先輩のために恋人のフリをしているだけ。プリクラを撮ったのも偽装工作の一環らしい。

 つまり……、

 

「その、友野先輩は、ユキ先輩のことを親友だと思っているんですよね」

「……ああ」

「では、その、あの、い、今、お付き合いされている方もいらっしゃらないん……です、よね……?」

「……あ、ああ。そう、だけど」

 

 ──私の恋はまだ終わっていなかったのだ。

 そう考えた瞬間、全身が燃えるように熱くなった。

 

「……じゃあ、私が……私が、先輩の恋人になってもいいですか……?」

「──え」

 

 欲しい。友野先輩が欲しい。

 もう二度と離れたくない。

 ずっと、隣に──

 

「──友野先輩、好きです。中学生だったときから、ずっと好きでした。私と、お付き合いしていただけませんか……?」

 

 今まで心の中で数え切れないほど練習してきた言葉を、私はとうとう声に出したのだった。




はよ返事せぇや雄介ェ!!


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そうですねじゃないが

色々限界を迎えつつ連日投稿です。


「ごめん」

 

 俺はそう言ってから、言葉を付け足した。

 

「俺は、早乙女さんとは付き合えない」

「……どうして、ですか……?」

 

 早乙女さんは、驚いたように俺を見ている。彼女はきっと、断られるなんて思ってもいなかったのだろう。そりゃあそうだ。今の俺は恋人のいない、「早乙女さんと付き合いたい」と口にした男なのだから。

 しかも、ことここに至ってはユキとの関係は早乙女さんと付き合うのに一切関係がなくなっている。学内ではユキと付き合っていることにして、学外で早乙女さんと好きなだけデートなり何なりすればよいのだから。

 ……そう聞くとまるで俺がとんだクズ野郎のように思えるが、ユキとの関係は実際はただの親友だ。学校では親友と過ごし、それ以外の日に自分の彼女と遊ぶことはごく一般的なリア充の行いであり、俺に後ろめたいことは何一つとしてない。

 早乙女さんは全て理解したうえで告白してきたのだ。どうやら早乙女さんは普段の気弱な態度とは裏腹に、中々良い性格をしているらしい。

 だから、早乙女さんをこんな理由で振ってしまうのは本当に気が引けるのだが。

 

「本当にこれは俺の感情の問題でさ。……単純に、まだ早乙女さんのことが好きかどうかわからないんだ」

「そ、それなら、お試しでもいいんです……!」

 

 俺は今まで、本に出てくる主人公がこう言ってヒロインを振る度に疑問に思っていた。他に理由がないならお試しで付き合ってやってもいいんじゃないかと。自分を好いてくれている子が勇気を振り絞ってくれているのだから、告白された側も応えてやるのが義務というものだろう、と。

 だけど生まれて初めて告白されて、本気で想いをぶつけられてみて分かった。

 彼らはきっと、ヒロインが本気で勇気を振り絞ってくれたからこそ、その想いに雑に応えたくなかったのだ。好意の価値を貶めたくなかったのだ。

 俺は、すがるように指を絡ませてくる早乙女さんの手を退けた。自分の言い分が、ひどく自己中心的なものだと知りながら。

 

「ごめん。……本当に、ごめんね」

「……あ、謝らないで……ください……!」

 

 早乙女さんは声を殺して静かに泣いた。

 

 ……まさか、二日連続で人を泣かせることになるとは思わなかった。

 ユキの時は泣かせたといっても、説教したせいというか、別に俺が悪いわけではなかったけれど、今回は間違いなく俺のせいで泣かせてしまっている。

 泣かせた張本人である俺が早乙女さんをなだめることもできず、ただ座って早乙女さんが落ち着くの待った。

 

「……私、諦めません」

 

 やがて早乙女さんは、下を向いたままそう呟いた。

 声は、もう震えていない。

 

「だって……まだ終わってませんから……!」

 

 早乙女さんが顔を上げると、さらりと流れた黒髪の間から宝石のような瞳が見えた。

 彼女は泣きはらした──しかしすっきりとした顔で俺の隣に置かれていた景品袋から猫のクッションを取りだすと、それを思いっきり抱きしめた。

 いったい何を、と思う間もなくクッションが早乙女さんから解放されて、ずいっと俺の方に近づいてきた。

 

「このクッション、差し上げますね」

「え?」

「私だと思って大切にしてください。……捨てないで、くださいね?」

「いや、ちょ」

「私、もう遠慮はしませんから……!」

 

 強引に押し付けられたクッションに視界と口がふさがれる。

 俺が慌てて顔を引き抜いた時には、既に早乙女さんの背中が小さくなっていた。

 ベンチにポツンと残された俺の前には、早乙女さんの残り香を纏ったクッションがひとつ。

 

「……言い逃げはずるくないかい早乙女さんよ」

 

 クッションを掴んでみても、返事は返ってこなかった。

 

 

 

 ・・・・・・

 

 

 

「友野先輩、おはようございます……!」

「……おはよう早乙女さん。偶然だね」

「そ、そうですね……!」

「そうですねじゃないが」

 

 翌日の朝、駅前に早乙女さんが立っていた。

 早乙女さん曰く、これからは俺がユキを待っている間、話し相手になってくれるらしい。

 

 ……早乙女さんのメンタルが強すぎる。俺が落とされるのも時間の問題なんじゃなかろうか。




メインストーリー:早乙女編をクリアしました。
クリア報酬として、早乙女香澄が『気弱な後輩』から『ガンガンいく後輩』にランクアップしました。
メインストーリー:ユキ編がアンロックされました。

……字数が少ないのは話を膨らます時間が取れなかったせいもありますが、それ以上にここで早乙女編を切った方がちょうど良かったのです。本当です信じてください何でもしますから!
物足りないと思われたかもしれませんが、どうかご容赦くださいませ……!


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ユキさん。この体制は色々まずいんですが

毎回頂ける感想にニコニコしながら連日投稿です。本当にありがとうございます!


 段々と空気がぬるくなり始める5月。そろそろ冬服の制服が暑苦しく感じるようになってきたころで、ゴールデンウィークに入った。

 俺達の通う学知高校は、毎年ゴールデンウィークを過ごす学生のためにまとまった量の宿題を用意する。まとまった量と言っても毎日1時間もやればすぐになくなる程度なのだが、逆に言えば一夜漬けでどうにかできるものでもない。そのため、油断して遊び惚けているうちに最終日を迎えて泣きを見るバカはそれなりの数存在する。

 

「ゆうすけー……たすけてー……」

 

 ……そんなバカの一人であるユキが、俺の正面ですべてを投げ出すようにテーブルに突っ伏した。

 

「まだ始まってから30分も経ってねーじゃねーか。もうちょっと頑張れ!」

「もうだめだぁ……おしまいだぁ……!」

「口を動かす暇があるなら手ェ動かせって。ほら、起きろ!」

「嫌だぁー! オレはもう文字を見たくないぃー!」

 

 ナメクジのようにテーブルに張り付きながら器用に頭だけを振って見せるユキ。こいつはホンマに……。

 

 ゴールデンウィーク最終日の今日、朝一で泣きつかれた俺はユキの自室にて勉強を教えていた。教えるというよりは、ユキが眠くなるたびに起こしている、というか。

 ユキは漫画すら危ういレベルで本が読めない人間だ。本人曰く、文字を見ると眠くなってしまうのだとか。だから教科書を見てもすぐに舟をこぎだしてしまうし、数式やら公式を見ると目を回してしまうらしい。果たしてユキは自分でやろうとしてできなかったのか、それともやろうともしなかったのかはわからないが、なんにせよユキの眼前に山が積み上げられている事実は変わらない。

 宿題の内容自体はそう難しいものではない。俺が解き方を口に出して教えれば、ユキはすぐに理解してさらさらと解いてみせた。ユキは決して地頭が悪いわけではないのだ。ただ本が読めないだけで。

 俺という目覚まし役がいるのだから、あとはユキにやる気さえあればこの程度すぐに片付くはずなのだが……。

 

「なぁ雄介ー、もう全部雄介がやってくれよぉ……」

「ざけんな。揉むぞコラ」

 

 肝心の本人がこんな調子じゃ終わるものも終わらない。

 俺が檄を飛ばす代わりに超ド級のセクハラをかますと、ユキはピクリと身体を跳ねさせた後少ししてから上半身をゆっくりと起こした。ユキの前髪はすっかり乱れており、生気のない虚ろな瞳がじろりと俺を見る。

 

「……揉めよ」

「えっ」

「代わってくれるなら胸の一つや二つ揉ませてやる」

「な……」

「なんだ、生か。生がいいのか」

 

 まさかの行動に俺が絶句していると、ユキはおもむろに自分の服に手をかけて、そのまま上に──

 

「うわあああバカ! ちょっ……バカ、止めろバカ!!」

 

 上げようとしたユキの腕を、掴んで止める。するとユキは服を放して俺の手首を掴み、自分の胸にグイグイと引き寄せてきた。テーブルの上に身を乗り出している状態ではまともに力も入れられず、俺よりも弱いはずのユキと力が拮抗していた。

 

「どうした。お前が言い出したことだろうが! オラッ、揉めッ!」

「ごめん! 俺が悪かった! 俺が悪かったから止めてくれ────!?」

 

 何より、ユキが怖い。

 俺はあっさりと白旗を振った。

 

 

 

 ・・・・・・

 

 

 

 それから時計の短針が指し示す数字が3つほど大きくなった頃。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛! 終わっだああああ!!」

「おーうお疲れさん!」

 

 宿題の山はテーブルの上からきれいさっぱり片付いていた。

 長く苦しい戦いだった……あまりにも……。

 隙あらば雑談に入ろうとするユキを咎め、駄々をこねるたびにあやし、船をこぎ始めた時は揺さぶって起こし……。しかし一番頑張ったのはユキなのだ。偉い……! よく頑張ったよユキは……! 

 

「ゆうすけありがどおおおおお!」

「ぐわっぷ」

 

 俺が達成感に酔っていると、ユキは四つん這いでテーブルをぐるっと回り込んで、隣から抱き着いてきた。胡坐をかいて座っているときに横からそれなりの勢いで飛びつかれた俺は、耐え切れずに押し倒された。

 仰向けに倒れ込んだ俺の上に、ユキがうつぶせに重なる。ユキの少しだけ伸びた髪が首筋に当たってこそばゆい。何より、全体的に温くて柔らかかった。

 

「ううぅー……」

「ユキさん。この体制は色々まずいんですが」

「んんー……ちょっとタイム……」

 

 既に限界を3つばかり超えていたユキは力尽きたように俺に体を任せていた。トクントクンと鳴っているのは、いったいどちらの鼓動なのだろう。

 ……ふわりと、ユキから知らない匂いがした。

 

「……ユキ、シャンプー変えた?」

「うわ気持ちわる」

「えっ」

 

 気になって聞いてみたら思いのほか辛辣な反応が返ってきた。死のうかな。

 

「んふふ、結構前から変えてたけどな」

「マ? 全然気づかんかった」

「鈍感な奴めー」

 

 うりうりと自分の額を俺の胸に押し付けてくるユキ。

 近くから見たユキは、いよいよ男の面影がなくなっていた。

 寂しいような、ちょっとドキドキするような。……俺はいったい何を考えているんだ? 

 考えを散らすように俺が身体を左右に揺らすと、ユキは「んおあー」と力の抜けきった声を上げた。かわいい。ユキの癖に生意気な。

 その時ちらりと見えた壁掛け時計は、今が昼時であることを示していた。そのことを認識した瞬間、

 

 ──ぐぅ

 

「お?」

「う」

 

 俺の腹が鳴った。

 

「……あぁ、そういえばオレもお腹減ってるな」

「はは、俺よりカロリー使ってるもんな」

「違いない。……いやーん、ワタシ細くなっちゃーう!」

「草。……よし、飯にしようぜ」

「おー」

 

 俺とユキは疲労と達成感でふわふわした頭のまま、のっそり起き上がってリビングへと向かうのだった。




ユキ編、始まります!

……というタイミングではありますが、時間の都合により連日投稿を続けることが難しくなりました。
もちろん努力は続けますが、1日で書けたとしても話の長さは今回くらいの長さが限界になります。
皆様の期待に応え続けることができず、申し訳ありません……!

エタることは絶対にございませんので、どうかこれからも変わらぬお付き合いのほどよろしくお願いします!


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……そういうことをするなら、俺も応えてやろうじゃないか

脳内ストックやら精神力やらが諸々枯れきったので不定期投稿です。……言う必要ないなこれ。


「レトルトって偉大だよな」

「わかる」

 

 ユキの言葉に頷いてからスプーンを口にくわえると、多くの人の舌に合うように作られたのが分かるわざとらしいカレーの味がした。目の前のユキも俺と同じものを美味しそうにパクついていて、口の端を黄色く汚している。

 俺もユキも、料理が出来ないわけではない。出来ないわけではないのだが、精魂尽き果てていた俺達は湯煎してご飯の上にかけるだけの手軽さに抗うことができなかった。

 ユキはしみじみと手元の麦茶を飲み干してから少しだけカレーを混ぜた。

 

「手間も時間もかからずに美味い物が食えるんだからそれに越したことはないんだよなぁ」

「わかる」

「カレーっていうのも嬉しい。大皿料理は洗う皿が一枚でいいからな」

「わかる」

「……雄介はちゃんとオレの話を聞いてるのか?」

「聞いてる聞いてる。喋るより食べることを優先してるだけだから」

 

 俺がそう言うと、ユキはどこか釈然としない顔で再びカレーを食べ始めた。

 嘘はついていない。……が、実はユキへの返事がおざなりになっている原因は他にもある。

 段々、ユキに押し倒された時のことが恥ずかしくなってきたのだ。

 ユキは男だったときからスキンシップが激しめだったし、冗談で抱き着いてくることがあった。

 さっきは俺も疲れていたし、いつものことだと受け流していたけど……今のユキは頭に美が付く少女なのだ。そんな子に思いっきり甘えられて身体をこすりつけられたのだと思うと、何というか、色々マズい気持ちになってしまう。

 

「……雄介?」

「ん、ん? どうした」

「いや、なんかボーっとしてたから。大丈夫か?」

「お、おう。大丈夫だ、問題ない」

 

 ユキに声をかけられて我に返ると、いつの間にか皿が空っぽになっていた。心配そうに俺を見てくるユキに対して「ユキで興奮しかけてました」とも言えず、俺は慌てて手元にあったコップを掴んで一気に煽る。……しかし、麦茶が口に流れ込むことはなかった。

 

「……雄介?」

「いや、今のはただのうっかりだから。大丈夫。マジで大丈夫だから」

 

 いよいよ怪しむような目つきになったユキ。俺は咄嗟に話題を逸らすことにした。

 

「ほら、そんなことよりさ。せっかく宿題も終わらせたことだし何かして遊ぼうぜ」

「露骨に逸らしていくー。……まあいいや、何する?」

「俺が決めるの? 頑張った本人がやりたいことでいいと思うんですが」

「あー? あのなぁ、オレは雄介に時間を割いて来てもらってんだから、こういう時はオレより雄介を優先するに決まってんだろ?」

「……お前って、本当にそういうとこ律儀だよな」

 

 俺が感心したように言うと、ユキは「そうか?」なんて言ってきょとんと首をかしげた。……無自覚なあたりに育ちの良さを感じる。

 犬は受けた恩を忘れないというが、ユキもそうだった。こっちが忘れていたり気にしていないような事でもユキはきっちり借りを返してくるのだ。

 

 実は俺とユキが仲良くなったのも、体育館履きの貸し借りがきっかけだった。

 俺達が中学二年になってすぐに行われた体力テストの当日。体育館履きを忘れたユキに、俺が自分の履いていた靴を貸したのだ。

 たまたま教室での席が隣で、ユキの名前を覚えていたこと。

 テストを受けもつ先生が強面で、ユキが忘れたと言い出せずにいたこと。

 当時の俺の体格がユキと同程度だったこと。

 俺の体力がクソ雑魚ナメクジで、他の男子に交ざったところで真っ先に脱落することが目に見えていたこと。

 テストが男子と女子に分かれて行われていたこと。

 色々な条件がそろっているのを見て、俺はこう考えた。

 ユキに靴を貸せば俺は合法的に女子と混ざってテストを行えるのではないか? 女子に交ざれば相対的に見て自分が優秀に映るのではないか? ……と。

 

『綾西さん……だっけ。靴、俺ので良かったら貸すよ』

『え……い、いいのか?』

『ああ。困ってるときはお互い様だからな』

 

 そんな打算まみれの提案だったのだが、ユキはえらく感動して──それ以降、ユキが俺に付きまとうようになった。

 付きまとう理由を聞けば、俺が困っているところを助けて恩返しをしようとしていたという。今度飲み物でも奢ってくれれば良いと俺が言ってもユキは納得せず、しかし俺もそうそう弱みを見せることはなく。逆に、やる気が空回ったユキを俺が助けることさえある始末。

 

『綾西さん、もう十分気持ちは伝わったから……』

『いや、でも……』

『……わかった。じゃあ綾西さんはこれからも俺と仲良くしてくれ。それで全部チャラだ』

『ば、馬鹿にしてるのか? そんなこと──』

『当たり前じゃないんだ。俺にとっては』

 

 見かねた俺はユキを丸め込んでなあなあで流すことにしたのだが……結局、俺達の関係は今も続いている。

 

 ……閑話休題。とにかく、ユキは責任感が強い奴なのだ。少し神経質なくらいに。

 

「俺が選んで良いなら……『スパ5』やろうぜ」

「お、懐かしいな。久々にやるか」

 

 ユキは膝を叩いて立ち上がると、皿を重ねて流しへと運んでいった。俺はその間に対戦の準備を整えるべく、ゲームを起動させる。

 タイトル画面を見て連想するのは、早乙女さんのこと。

 俺は、まだユキに告白の件を教えていない。俺が告白を断ったことを知れば、ユキは再び暴走するかもしれない……。そのことを考えると、迂闊に教えることはできなかったのだ。早乙女さんから口止めされていることもあり、俺はユキに「早乙女さんに俺達の関係がバレた」とだけ伝えている。それが一番丸く済むのだ。いろいろと。

 

「待たせたな」

 

 自分に言い聞かせるようにぐるぐると考えていると、ユキが低い声を作りながら俺の隣に座ってきた。多分、某眼帯蛇を真似ているのだろう。

 

「……遅かったじゃないか」

「え、そこは『いつもお前は遅いんだよ!』じゃねーの?」

 

 違った。炎のストライカーの方だった。分かるわけないんだよなぁ……。

 

「あー……方向性の違いだな。ほれ、コントローラー」

「サンキュ」

「ノーサンキュー。イェア」

「……流石のオレでも今のが間違ってるってわかるからな?」

「マジで? 成長したなユキ……俺は嬉しいよ……!」

「お? 今からリアルファイトすっか? お?」

「今のユキじゃあゲームの方がまだ勝ち目があると思うんですがそれは」

「ぶっころす」

 

 ユキは額に青筋を浮かべながらコントローラーを握りしめた。冷静だ……。

 俺は殺気を振りまくユキに苦笑しながら、自分のキャラクターをランダムに設定するのだった。

 

 

 

 ・・・・・・

 

 

 

「くっそ勝てねえ!」

 

 ゲームを始めてから1時間後。俺に連敗を喫するユキが吠えた。

 基本的に、ゲームの腕前は俺の方が上だ。故にスパ5ではハンデ代わりに俺のキャラクターをランダムで選ぶようにしているのだが、それでも俺の勝率は7割を下回ることはない。

 

「ま、これが実力ってやつですわ」

「ぐぬぬ……。そうだ、いい事思いついた!」

「ん? 何、を……!?」

 

 ユキはおもむろに四つん這いになって俺の前まで移動すると、胡坐をかいている膝の上に小さな尻を乗せてきた。まるで椅子に背中を預けるようにもたれかかってきて、後頭部を俺の首筋にぐりぐりと押し付けてくる。

 俺が慌ててコントローラーを握る腕を退かすと、ますます深く座ってきたユキのポニーテールがもしゃもしゃと口元に当たって、ついさっきも嗅いだ甘い匂いが鼻腔をくすぐった。

 

「な、何してんだお前!?」

「へへへ、せっかく小さい身体になったんだから有効活用しなきゃな……!」

「お前、さっきは疲れてるだろうからって大目に見てたけどこれはダメだろ!」

「うるせー! お前に勝つためならオレは手段を選ばん!」

 

 そう言って、ゆらゆらと俺の上で上半身を揺らすユキ。その身体が左右に揺れる度に、俺の股間にユキの柔らかい双丘が当たった。肺を犯す媚毒はやがて脳に浸食を始め、下半身の刺激と共に俺の理性をゆっくりと溶かしていき、そして──

 

「ほらほらぁ、早く続きやろうよぉん」

 

 ユキの冗談めかした声に、俺の中の何かが切れた。

 

 俺は静かにコントローラーを脇に置くと、両腕をそれぞれユキの腰と首に回す。

 ビクリと身体を硬直させたユキを首が閉まらないように優しく胸に抱き寄せると、小さな身体が腕の中にすっぽりと収まった。

 

「……そういうことをするなら、俺も応えてやろうじゃないか」

「ゆ、雄介……?」

 

 俺は、じわじわと赤くなりつつあるユキの耳元に口を近づけて、呟いた。

 

「──ユキは可愛いな」

「ぅひぃ!?」

 

 ユキが奇声を上げる。逃がさない。貴様は褒め殺しの刑に処す。俺を煽るとこういうことになるのだと、分からせてやらねばなるまい。

 身をよじって逃げようとするユキを、さらに強く拘束して追撃を加える。

 

「そうやって恥ずかしがるところもすげえ可愛い」

「な、な、な」

「ユキは本当に可愛いな。このまま食べちまおうか」

 

 そう言って、これで仕上げとばかりに耳元でフッと息を軽く吹きかけると──

 

「──ひゃんっ!?」

 

 嬌声がリビングに響いた。……え、何今の反応。

 

「……なあ、今の声って──」

「わああああああああああっ!!」

 

 ──ユキが出した声? と言葉を続ける前に、ユキは大声でわめきながら強引に拘束を振りほどいて立ち上がると、真っ赤な顔をこちらに向けた。

 涙で潤んだ大きな瞳と目が合った、その瞬間。

 

 顎に衝撃が走り、視界がぐるりと回った。

 

 蹴られたと理解する頃には既に俺の意識は薄れゆく只中にあり、

 

「ゆ、雄介────!?」

 

 俺は加害者の悲鳴を聞きながらゆっくりと後ろに倒れ、後頭部を強かに打ち付けて気を失うのだった。




アンケートにご協力いただきありがとうございました。
結果がびっくりするほど真っ二つに分かれたので、これからは毎日2000字の投稿を目指しつつ、キリが悪ければ時間をかけて話を膨らませたり展開を増やしたりすることにします。
つまり不定期更新です。(土下座)


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まじつらたん。ぴえん

投稿ペースの相談にのってもらっておきながら読者を全力で裏切る作者の屑。
本当に申し訳ございませんでした。


「ようユキ。煩わしい太陽だな」

「……は?」

 

 ゴールデンウイーク明けの朝。駅の改札で出合い頭にかました俺に対し、ユキはまるでやばいヤツを見るような目を向けてきた。

 今のは『おはよう』という朝の挨拶に、『夜と同じように、連休もいつかは明けるものである。連休が明けてほしくなかった俺達はさながら永遠の夜を求めた吸血鬼のよう。嗚呼、俺達のささやかな願望をあざ笑うかのように昇る太陽はなんて忌々しいのだろう』という詩的表現を盛り込んだものだったのだが……どうやらユキは理解することができなかったようだ。やれやれまったく……ユキには少し早かったかな? 

 

「よくわからないが何となくムカついたから殴っても良いか?」

「なにそれこわい。顎はやめてくれよ?」

「……あの時は本当に悪かったって。だがそれはそれ、これはこれ。オラァ!」

「ぐはー」

 

 さして痛くもないユキパンチに身体をくの字に曲げる。一応、ユキは全力で殴っているつもりなのだろう。さすがにみぞおちは外しているとはいえ、全力でこれか……。

 

「──ッ!」

 

 その時、さっとユキが身体を引いた。

 もう何発か打ってくるとばかり思っていた俺は、ついキョトンとユキを見つめてしまう。

 目をわずかに見開いて唇を引き絞り、小さな耳を赤く染めているユキ。何かに驚いたようにも、戸惑ったようにも、恥じらったようにも見える。

 ……何だその顔は。ユキは他人に脈絡もなく複雑な感情を向けてはいけないと義務教育で教わらなかったのだろうか。いきなりそんな顔をされると……その、困る。

 

「……ユキ?」

「い、いや、顔が近かったから……」

「乙女かな?」

「バッ……! お、お前が臭かっただけだバカ!」

 

 ……ユキは他人の体臭を指摘することは法で禁じられていることを社会の授業で習わなかったのだろうか。こいつ、体育終わった後の着替えの時も臭わなかったもんなぁ……。

 

「あっ……。いや雄介、今のは」

「今まで気づけなくてごめんな……。これからはもうちょっと離れるから……」

「違っ、う、嘘だって! 別にお前は臭くないし、その、何ならちょっと──」

「まじつらたん。ぴえん」

「──オメーさてはこれっぽっちも傷ついてねーな!?」

「フハハハハハ! 甘いぞユーキ!!」

 

 真っ赤になったユキをいなしながら、笑う。

 ……ああびっくりした。なんか最近のユキ、ますます女らしくなってきてないか……? そりゃあ最初けしかけたのは俺だし、美少女を間近で見ることができるのは役得オブ役得だと今でも思ってる。

 ただ、ユキがユキでなくなっていくような感覚は……少しだけ、怖い。今のこいつは、目の前にいる美少女は、本当に俺が知っているユキなのだろうか。

 

「……」

「な、なんだよ。急に黙るなよ」

「あ、あぁ……すまん」

「どうしたどうした、何か悩みがあるなら聞いてやらんこともないぞ?」

 

 歯を見せて笑う、女らしさとは無縁のユキ。

 ……そうだ。ユキは元から潔癖なところがあったじゃないか。さっき身体を引かれたのも単純に俺が距離感を間違えただけで、ユキが女らしくなったわけではないのだ。

 勉強以外なんでも出来て、何のとりえもない俺とも仲良くしてくれる超いい奴。

 たとえ身体が女になろうが、ユキは何も変わってはいない。俺が勝手に勘違いしそうになっただけ。

 

『鈍感なやつめー』

 

 そう思った瞬間、砂糖をドロドロに溶かしたような声と共に蘇る、女性特有の匂いと感触。……どうやら俺は溜まってる、というやつらしい。

 

「……」

「雄介?」

「そうだな……。ユキが可愛すぎてつらいんだけど、どうすればいいと思う?」

「んぐっ……!? し、知らねえよ! アタマの病院行け!」

 

 ユキにスクールバッグを背中に叩きつけられても煩悩が吹き飛ばされることはなく。

 肩を怒らせて先を行くユキを追いかけながら、お経代わりに寿限無を唱えるのだった。

 

 効果がなかったことは言うまでもない。




生存報告代わりに一度区切ったので短めです。まさかブーストの反動がここまで大きいとは思いませんでした。
少しずつ執筆ペースを元に戻していきつつ完結まで頑張ります。


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犯罪じゃねーか

たくさんの温かい感想に支えられながら土下座投稿です。
皆様、本当にありがとうございます。


 結局、今朝から続くムラムラは放課後を迎えても収まることがなかった。

 今日の授業を思い出してもユキのうなじしか浮かんでこない。重症だった。途中でトイレに行くことも考えたのだが、学校で致すことには抵抗があったし、何よりユキを使ったら後戻りできなくなるような気がして止めた。抜いたら負けかなと思っている。侍かな? 

 

 さらに不幸なことに、今日は図書委員の仕事が入っている。それはつまり早乙女さんと顔を合わせるということで。

 流石に辻斬り抜刀斎になるつもりはないが、うっかり昂って鯉口を切ってしまう可能性は十二分に考えられる。もし早乙女さんに見咎められようものなら、俺はハイクを詠む間もなく社会的にカイシャクされてしまうことだろう。

 

「……とはいえ、どうせ引くに引けないんだから考える必要もないか……」

「何の話?」

 

 憂鬱な気持ちを抑え込むべく呟いたひとり言に、ユキはまるでそうすることが当たり前だと言わんばかりの自然さで反応してきた。実際ユキは自分の席でスマホをいじっていて、こちらには一切視線をよこしていない。

 人の呟きを当然のように拾うとは流石コミュ力お化けユッキ。……とはいえ目の前でポロっと零されたらそりゃ反応もするか。俺はしないけど。というかできないけど。

 

「んー……刀の話だな」

「刀? ……いや、聞いてもわからん」

「……そういやユキは一度も抜いたことないんだったな」

「刀をか? あるわけないだろ時代考えろっつの。てか、何、お前は抜いたことあんの?」

「あるに決まってるが」

「決まってんの!?」

「むしろ今どき俺らの年で抜いてないやつの方がおかしいから」

「仕事しろよ銃刀法! いつの間に乱世に戻ったんだこの国は!」

 

 むぎゃおー! と言わんばかりに頭を抱えるユキ。打てば響く、つくづくからかい甲斐のあるやつである。

 ……うん、ユキと話したら元気が出てきた。流石の俺でも今のユキに妙な気持ちになったりはしない。この調子のままユキから離れてしまおう。

 

「んじゃ、今日は図書委員あるから」

「あ、そうなのか。んー……」

 

 俺が努めて自然に爽やかにこの場から離れようとした瞬間、ユキが悩まし気に唸った。何かあるのかと俺が目で問いかけると、ユキはひらひらと手を振りながら軽い笑顔を浮かべて答える。

 

「いや、このあとカラオケ行こうかなって思ってただけ。1人ならやめとくかなーって」

「なるほど。ならまた明日ってことで」

「いやぁ、明日はちょっとな……。まあ後でこっちから連絡するわ」

「ほーん、了解」

 

 別に図書室で待ってもらっても良いのだが、カラオケなら今日でなくても良いだろう。今日の俺はこんなんだし。

 

「おっといかん、遅れるからもう行くわー」

「ういうい、じゃあなー」

 

 こちらの心中など知る由もないユキの声を背中に受けながら、俺は逃げるように教室を飛び出した。……まあ、逃げた先もまた地獄ではあるのだが。

 

 

 

 ・・・・・・

 

 

 

「あ、と、友野先輩……!」

「……こんにちは、早乙女さん」

 

 図書室と廊下を区切る扉を開けた瞬間、早乙女さんの笑顔が目に飛び込んでくる。……ああ、やっぱり気が重い。

 Uターンしたくなる気持ちを深呼吸で抑え込みながら受付に入り、手前側の席についた。

 今日の日付がセットされたスタンプと朱肉、牛乳瓶のようなペン立てに雑に突っ込まれているペンやらハサミやらを見ていると、自然に意識が仕事モードに切り替わる。……もっとも、今日は見た限りでは利用者が1人も見当たらないのだが。

 

「とうとう本を読みに来る生徒すらいなくなったか……」

「ち、中間テストも近いですから、そのせいでしょう。……きっと」

「ゆーてまだ2週間前でしょ? こんな早くから全員勉強し始めるものかね?」

「あ、あはは……」

 

 若者の読書離れを嘆きつつ雑談を交えていると、おもむろに早乙女さんが鞄の中から一冊の本を取りだした。

 図書室の本であることを示すビニールカバーこそかけられているが、その表紙とタイトルには見覚えがある。というか、ビニールカバー込みで見覚えがある。早乙女さんが手にしているのは、俺が実際に手に取ってページをめくった本そのものだった。

 もしかして早乙女さんもこの本を借りて読んだのだろうか。そんな俺の心の声が聞こえたかのように早乙女さんは口を開いた。

 

「あの、友野先輩、私もこの本読みました……!」

「おぉ、どうだった?」

「面白かったです! 途中で主人公が崖から飛び降りた時は本当にどうなるかと……!」

 

 途端に饒舌になった早乙女さんの口から次々に感想が飛び出してくる。そのどれもが共感できるものであり、聞いていて心が弾む。俺は早乙女さんに、わかるわかると頷き続けて、時にはこちらから感想を口にして──

 ──お互いひとしきり語り終えた後、ずっと気になっていたことを口にした。

 

「……で、どうして早乙女さんは教えてもないのに俺がこの本を読んだことを知っているのかな」

「えっ、友野先輩の貸出記録を見たからですが」

「犯罪じゃねーか」

 

 手慣れた様子で受付の引き出しから俺の貸出カードを取りだす早乙女さんにツッコミを入れつつ、カードを取り上げる。もしかして、と早乙女さんのカードを探して確認してみると、案の定というかそこには俺が過去に借りた本がそのまま並んでいた。こえーよ。

 そりゃあ図書室の情報管理がガバガバなことも悪いが、だからって本当に手を出す輩がいるとは。

 

「……早乙女さん。それ、やっちゃダメなことだからね?」

「ご、ごめんなさい……」

 

 我ながらぎこちない口調で早乙女さんを咎めると、彼女はしおしおと身体を小さくした。

 ……早乙女さんは、俺が読んでいる本が気になったから貸出記録を覗いたのだろうか。同じ本の話題で盛り上がるために。だとしたら、そんな早乙女さんに俺がいったい何を言えるのだろう。元をたどれば、早乙女さんに応えなかった俺が悪いのに。

 それに、正直俺もそこまで気にしてはいないのだ。本のおっかけなんて聞いたことないが、おっかけられたところで俺の中の早乙女さんに対するイメージ以外は何も変わらない。イメージ以外。

 早乙女さんがきちんと反省したことだし、もうこの話はおしまいでいいだろう。わかればよろしい、とでも言ってこの話を終わらせてしまおう。

 そう思って腕を組んで口を開こうとした瞬間、早乙女さんが「でも……」と小さく声を零した。

 

「友野先輩のことが知りたかったんですもん……」

「っぐ……」

 

 人間、感情がふりきれると言葉が出てこなくなるらしい。

 小さく唇を尖らせながら上目遣いにこちらを見つめてくる早乙女さんのコケティッシュな仕草に、俺は口を塞がれてしまった。

 ……今のは危なかった。鯉口が。計算されたものだとは分かっているのに、なぜ俺はスマートに受け流せないのだろう。

 早乙女さんが今のようにあざとさの塊をぶん投げてくるのはこれが初めてではない。彼女は毎朝、俺との会話の中で色々と仕掛けてくるのだ。俺の目の前でユキの真似をするように髪を束ねてみせたり、制服の胸元を崩して見せたり……。

 今の早乙女さんは、楚々とした見た目とは裏腹にとても大胆で積極的な小悪魔だった。そして俺は、そんなプチデビル後輩との距離が未だにつかめないでいる。

 

「……それなら直接俺に聞いてくれればいいから。とにかくもう人の貸出記録を勝手に覗かないこと。いいね?」

「あ……。は、はい、わかりました。もうしません……!」

「よろしい。じゃ、せっかく人いないんだし本棚の整理しとこうか」

「わかりました……!」

 

 気を取り直そうとして立ち上がると、早乙女さんも後ろに続いた。

 一応図書委員として最低限の義務は守ったし、後は適当に時間をつぶすだけでいいだろう。……なんか肩がやたらと凝ってるんだけど。無意識に緊張してたんかな俺。

 

「……あの、友野先輩」

「うん?」

 

 肩をぐるぐる回しながら本棚へと向かっている途中で早乙女さんに呼び止められた。以前とは違う、一切の緊張を感じさせない自然な声色。

 振り返ると、微笑みを浮かべた早乙女さんと視線がぶつかって、繋がった。

 

「今度の日曜日、一緒に遊びませんか? ──教えてほしいんです。友野先輩のこと」




Q.ユキ編?
A.ユキ編。

作者のハチの巣のようになっていたメンタルが回復しました。
どうにか執筆速度も月一ペースから週一ペースまで戻していきたいところ。
カムバック毎日更新してた自分……!


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