SSまとめ (√NG)
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ガラルカレー1

第六特異点(跡地)にレイシフトしたらガラルだった


 ふう……ご無事ですか、マスター。

 見慣れぬ魔物達ばかりですが、驚かせば逃げていくものが多いというのは良いですね。不要な殺生をしなくて済みますから。

 マシュ・キリエライト、ブリテンの騎士王……そして不肖この私、アルジュナ。探索や戦力的には不足はないメンバーですが、医療や魔術に長けたサーヴァントがいないのは、いざという時に危険です。どうか、あまり単独行動はなさらないように……。

 私はこの通り、異形の身。不要な警戒をされないよう、ここで大人しくしていましたよ。情報収集、いかがでしたか?

 ふむ……ここだけではなく、この土地の外、海を隔てた国々にもここと同じような世界が広がっていると。ということは単なる特異点ではなく異聞――ああ、どうかそう顔を曇らせないで。貴方に倒された者であり、今は貴方と共にあるサーヴァントとして……その時は、私もこの剣を振るいましょう。

 カルデアとの連絡が取れないのは懸念事項ですが、元々特異点修復のために来たので、野宿用の道具を持ってきていたのは良かった。今日はここで休まれますか?

「……そうしようと思う」

 では、マシュ達が戻ってくるまでにテントは建てておきましょう。……カレー作りの道具もある? 経験則で持ってきた? それは……ええ、悪くは、ないかと。今晩はカレーですね。

 ……ところで先程から腕に抱えている、その極彩色の物体達は?

「食べられるきのみだって聞いた」

 そうなのですか? ……あの、確認しておきますが、マスターには毒を無効化する加護があると聞いています。マスターが食べられても、他の者が食べられないということもあるかと思うのですが、ええと、本当に、食べられるきのみなんですか?

 

「今日はカレーで優勝していくわね」

 は、はい……優勝……? 何に……?

 お米は水に浸して火にかけて……もう一つの鍋にはルーを入れて……あの、水ですよね、これ? いいんですか? はい……。

 鍋にじゃがいもと……トゲトゲしたトマトの様なもの、剥き身のライチの様なもの、これは……細長いですが、柘榴? 洗ってはいますが皮などは……そのまま? あの、これは本当に食べられる物ですか? 教えてくれた人も齧って食べた? そうですか……。

 では鍋の下も薪を置いて。火、点けましょうか? ああ、マッチがあるならそちらを使いましょう。……点きました。流石、野外炊飯も慣れたものですね。ですが火はまだ小さく、鍋全体を温めるほどでは……。

「じゃあ、これを」

 なるほど、強くなるのを待つよりさっさと強くしようということですか。では1枚……はっ! うちわを持った瞬間、何やら謎のイメージが。……いや、これはもしや――そういうことか。

 ご安心を、マスター。このアルジュナ、完璧なカレー作りをお手伝いしましょう。

 さあ――あおいで! そう! 強く! 力強くあおいでください! もっと! 筋力Aの底力をお見せしましょう! 炎の海、雷の矢! マスターももっと強く! 鍋底を焦がすような炎に! ええ、魔力放出(炎)もかくやというよい火力です!

 次に――

「アルジュナ、これを!」

 おたま! これでまぜろ!ということですね! ぐるぐる! 混ぜています! 底から! なるほど具材とルーがよく混ざる! 茶色い! ぐるぐると! おたまが接触事故! これ二人でまぜる必要ありますか!?

「最後! まごころ こめて!」

 はい! まごこ――まごころ!? このアルジュナ、この段階まで手は一切抜いていませんが更に真心をこめろということですね!? 違う!? どういうことですか! ま、まごころ――ええと、お、おいしくなれ!

 

  ふう。なんとかカレーは出来上がりました。……マスター。笑っていませんか、マスター。

「まごころたっぷり入ったと思う」

 ……いじらないでください!

「味見する?」

 ……はい。では、一口……。……! これは!

 コクのある辛みとまろやかな甘みをじゃがいもが中和して……とても美味しいです! マスターも一口、味見を……どうぞ?

「……美味しい!」

 はい、この出来ならきっと二人も気に入るでしょう。彼女達が帰ってきたら、炊きたてのご飯とともにいただきましょうね。




ポテトパック×1
マトマ×3
チイラ×2
ザロク×3
できたもの:からくちイモごろごろカレー
おいしさ:ムシュフシュ級!


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ガラルカレー2

 私達は、微小特異点の修正のため、現代の――かつて第六特異点だった場所にレイシフトしたはずですが……ここは、一体どこなんでしょう……。

 見慣れない魔物はたくさんいますし、襲ってくるものもいるのですが、あの黄色いコーギーのような魔物などは特に何をするでもなく近寄ってきて……人懐っこく尾を振っていたのでつい撫でてしまいました。

 ……アルトリアさんやバーサーカーのアルジュナさんも言っていましたが、ここはかなり大気中の魔力の濃度が高いですね。

 文明の進歩と神秘の濃度は反比例することが多くあります。ここから見える建物や、通りすがる人々の服装から見るに、文化的には私達の世界、時代と同じくらいに進んでいるはずです。なのに、ここは……これまで私達が旅をしてきた中で言えば、少なくともキャメロットと同程度の濃度はあると思います。

 それに、ここを歩く人々は、そこら中にいる魔物に驚いた風でもありません。襲われることもあるのに、です。この世界の人々にとって、ここで起きるようなことは日常的なこと、なのでしょうか……。

 

 

 ……。

 私達は特異点だと思ってレイシフトしましたが、ここは、本当は、もしかして――。

 ……また私達、全部――わぷ!

 な、なんですか先輩! 急に――あっ、だめです、そんな、やめてくださ、頬を肉球でこねるのはやめてください! ああっ! コーギー型の魔物のほわんとした顔が間近に……! ああ……っ!

 ……。……ふう。

 ……気を使わせてしまって、すみません。

「……一緒にいるよ、マシュ」

 ――はい。何かあったときは、このマシュ・キリエライト、先輩のサーヴァントとして……ともに戦います。

 

 

 では、始めましょうか、マスター。

「今日もカレーで優勝していくわね」

 はい! では具材を……リンゴは先に切っておくんですね。これは……小さな、モモ、でしょうか。一口サイズでかわいらしいです。そしてこの……なんでしょう、曲がったきのみは……マンゴーのように甘いきのみ? 確かに、この色合いは甘そうな気がしますね。……こちらはカカオによく似ていますが、これは中身だけでなく、この固い外殻ごとですか? なるほど、加熱すると深みのある味になると……。こちらはレモネードブッシュのような形をしていますが……すんすん。エレガントな香りがします!

 

 

「うちわをどうぞ」

 お預かりします。では、私はこちら側、先輩は向こう側から、ですね。均一に風を送り、素晴らしい炎にしてみせましょう。

「さあ――あおげ!」

 うおおおおーー! あおぎます! どうですか先輩! 私ちゃんとあおげていますか! そうですか!ありがとうございます! 先輩の風もとても良いと思います! しかしうちわはいいですね! 軍配のようです! かつての特異点を思い出しますね! ぶおおおおーーぶおおおーーー! 

 次! おたまをどうぞ!

「まぜろ!」

 まぜます! フォーウ! 調理もマシュ・キリエライトにおまかせください! ガチャンガチャン! おたまが! 先輩と私のおたまが! 鍋の中で交戦中です! 料理とはすさまじいですね! 熱っ! 大丈夫です先輩! この程度は想定内です! 戦闘続行です!

「……まごころ こめて!」

 もちろんです! 以前ライブラリで見たので正しい知識は得ています! 両手の人差し指と親指で……こう! おいしく……なってください!

 

 ……完成しました! どうでしたか、先輩? 私のまごころ注入……我ながら、完ぺきだったと思います!

「それより、冷やさないと……」

 少しはねたぐらいなので大丈夫ですよ、お気になさらず。

「大丈夫じゃないよ」

 ……ありがとうございます。ですが、水場は遠いですし……おや? 何やら青い生き物がこちらに近づいてきますね……。ぬおっとしていて……敵意はなさそうですが。カレーのかおりにつられてきたのでしょうか?

 あっ、私の手を……ひゃあ!? つ、冷たい! ……でもひんやりして、気持ちいいです。もしかして、冷やしに来てくれたのでしょうか?

「そうかもしれない……。ありがとう!」

 ありがとうございます! よければ、お礼を……あっ、去っていきます……。優しい生き物なんですね。

 

 では、味見をしましょう。

 ぺろり。……! リンゴときのみの味が混ざり合って……フルーティで濃厚な甘み! それでいて、後味としてカレー全体を引き締めるような辛味が残って……。先輩も、どうぞ。

「……あまくて美味しい!」

 ふふ、お二人が帰ってくるのが待ち遠しいですね。

 ご飯が炊ける香りに囲まれながら、ことこととカレーを煮込む……これはこれで、いい経験ですね!




とくせんリンゴ×1
モモン×2
マゴ×2
オッカ×1
ロゼル×1
できたもの:あまくちアップルカレー
おいしさ:ファブニール級!


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ガラルカレー3

 頭上に落ちてきた米袋や、先程マスターが躓いた缶、昨日集めたきのみ……あり合わせの食物で作りましたが、今日も美味しそうなカレーが出来上がりましたね。

 きのみは極彩色で、食べられるか不安でしたが、マスター以外の我々3人の体調に問題はないので、きのみに毒性はないと見てよいでしょう。

 問題は缶詰の具材。調理前に毒味はしましたが……。

 毒耐性のあるマスター、再生能力のあるバーサーカーはともかく、疑似サーヴァントとはいえ生者であるマシュにとって有害なものになっていたらいけません。昨日はバーサーカーのアルジュナが毒味をしましたから、今日はこのまま私が。

 では、いただきま――はっ! この気配は……まさか!? マスター、私の後ろに!

 ……む、確かに我が姉、妖姫モルガンの気配がしたと思ったのですが……なんでしょう、あの蒼い……狼? こちらを見てはいますが、敵意はないようですね。

 ですがマスター、お気をつけて。あの狼王ロボほどではありませんがおよそ3m弱の体躯、そして獣でありながら明らかに歴戦の勇者のオーラを纏っています。鍋程度ならたやすく引き裂けるでしょう。ここは静かに、相手が去るのを待ちましょう。

 

 ……。……。

 ……逃げませんね。こちらは火を焚いていますが、それを恐れる様子もなく……火?

 はっ! いけない、焦げついてしまう! マスター!

「アルトリア、これを!」

 ええ、ありがとうございます。では――もう一度!

「まぜろ!」

 せいっ! ぐるぐる! 混ざりなさい! 熱よ均一になれ! クッキング! 華麗、あまりにも華麗! むっ! カレーの飛沫を浴びるような私ではない! はああっ! どうしましたマスター! もう疲れたのですか! それでは焦げカレーになってしまいますよ! そうですその調子です! いいですね!

「まごころももう一度……!」

 ええ、ここで決着をつけましょう! 美味しく――なりなさい! 『約束された勝利の味(エクスカリィ)』! 

 

 

 ……ふ、一時はどうなることかと思いましたが、よかった。先程と同じ、いえ、むしろ今の方が美味しそうなカレーになりました。

 では、毒味を。ぺろり。これは……ピリッとした辛さの中に強い旨味、強火で蕩けた玉ねぎの甘さとやわらかな人参じゃがいも……。口や喉が痺れる気配もなく……ええ、毒性はないと見てよいでしょう。あとは二人の帰りを待って、炊きたてのご飯とともに――。

 ……はっ、妖姫(あねうえ)の気配! ではなく狼!

「立ち去るどころか近付いてきてる……」

 カレーは刺激物、獣には毒だというのに、何故? このカレーを狙っている……?

「また近付いてきた!」

 ……言葉を解する獣なのかもしれません。どうしますか、マスター。襲われると危険です、力尽くの排除という手もありますが。

「……。カレーが欲しいのかも?」

 む。確かにこちらをじっと見てはいますが……。……幸い、カレーは多めに作ってあります。マスターがよいと言うのであれば、私もそれに従いましょう。

「ありがとう、アルトリア」

 礼を言われるほどのことではありませんよ。

 ではよそいましょう。ご飯を盛って……カレーをよそって……これでよし。

 ……さあ、これも何かの縁。召し上がってください。……どこか懐かしい気配を持つ、蒼狼よ。

 

 

 これで調理器具の片付けは完了ですね。

 ……おや、もう食べたのですか? 

「器用だ……」

 なんと。牙を立てず口だけで皿を咥えて……器用な獣ですね、貴方は。では、皿は預かりましょう。貴方の舌にも美味しいと思えていたらよいのですが。

「お粗末様でした」

 ええ、お粗末様でした。……! 頭を下げた……? あっ、去ってしまった……。

「……ホントに言葉を理解していたのかも」

 そうかもしれませんね。ずいぶんと賢く、それでいて器用な……不思議な存在。

 ……それにしてもあの狼、傷だらけでした。

「治療用スクロールがあったらなあ……」

 何かと戦ってきた帰りだったのかもしれません。あの狼は明らかに強者でした。その狼にあそこまで傷を負わせるような何者かがどこかにいる、ということは念頭に置かなければなりませんね。

 マスター、くれぐれも単独行動はなさらないように。必ず私かマシュ、バーサーカーのいずれかを伴ってください。

「……うん、わかった」

 あ、マシュ達が帰ってきましたね。手を振っています。ふふ、振り返しましょうか。カレー、できていますよ!

 

 

 

 疾駆する。

 町並みを通り抜け、ビルの上を跳ね、暗い森の中へ。すれ違ったものには、よほど動体視力が優れていなければただ風が吹き抜けたように感じただろう。

 水を飲み、木陰に横になって毛並みを舌で整える。たった数分でも体に残るカレーの香りに、小さな笑みが浮かんだ。摘むべき者か見定めるために近付いたのに、必死にカレーを作る姿に懐かしさを感じて姿を表してしまったばかりか、馳走になってしまった。

 ……ああ、あの日を思い出す。立ち込めるカレーの臭いを塗りつぶす鉄の臭い、「裏切り者」と謗られながら、主人思いの親爺(ヨクバリス)をこの脚で踏み抜いたあの日を。

 ……私は、彼女の邪魔をしたいのではない。ガラルの守護者として、ガラルに生きる者の生を守る。私が出会った少女と少年の旅を守る。……例え()()()()()()()()()、その旅路は、思い出は、壊させない。

 唯一無二の片割れ、愛する半身である弟にすら理解されなくても、私は、私の思う正しさを貫く。

 その果てに、私自身の破滅が待ち受けていたとしても。私は止まらない。止まれない。己が身を以て立ちはだかった彼を斬り殺したあの時から――止まるつもりは、毛頭ないのだ。

 さあ、早く眠って体を癒さなくては。そう遠からず訪れる最後の日のために。

 今日は美味しいカレーを食べたから、きっとよく眠れるだろう。



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ルルハワ!

マシュ/ジャンヌ・ダルク〔オルタ〕


 むっ!

 ショップの中に見慣れた人影が2つ……あれはマスターとマシュ! トロピカルサマーなマスターの手には水着が2枚! 赤いものと白いもの! マシュの水着を新調しに来たのね!

 去年着ていた白いワンピースタイプの水着も良かったけど……マスターが水着を新調したからマシュにも新しい水着を着せたかったのね。2つとも少し大人びた顔と体によく似合ういいチョイスよ!

 けどマシュはあまり乗り気では……いえあれは恥ずかしがっているだけね! ビキニタイプの水着に気後れしているのね!

 恥ずかしがることはないのよマシュ……! 鍛えられて引き締まった体を包む……あの鎧と水着は大して変わらないわ!

 水着と大して変わらない鎧って凄いわよね! 正直眼福よありがとう!

「あの、先輩……私……」

「ご、ごめん。こういう水着、マシュはあんまり好きじゃなかった?」

「い、いえ! ですが、その……以前夏用装備としていただいたものがありますので……」

「……そっか、そうだね」

 うつむく2人! 戻される水着! ぎこちなく店を後にする2人! 折角の美少女の水着(新)が!

 違うそうじゃなくて……。目を合わせずホテルへの道を歩くその手が……触れ合わない……顔を合わせない……。気まずげに視線をそらすマスターと下を向くマシュ……。

 むっ! マシュがちらっとマスターの方を見て……マスターは気付いていないわね! 今よマシュ、手を握るの! そう、指を! もう少し伸ばして! そう、そう……ああっ! どうしてそこで頭をかいちゃうの! マシュの指がぴくりとして……ああ……自分の体の前で握っちゃった……。

 じれったい……でも、甘酸っぱくていいわね……!

 

 

 

 ルルハワ(挨拶)!

 うーん、いいわねラスベガス! そこかしこに水着の美女美男美少女美少年! さっきも地獄の旅館の女将や愛の女神?って子に会ったし、ご飯も美味しいし。目が合って剣を抜かれそうになったけど今回はまだ……ええと、そういう意味では何もやってないし……手は出してないし……私は宮本伊織なので今は退散! 流石に万全じゃない状態で彼女を相手取れないしね!

 むっ! あのベンチにいるのは……トロピカルサマーなマスターと黒い方のジャンヌちゃん(水着)ね! 華奢な体と豊満なバストが黒い水着で引き締められて……添え色のダークレッドと銀に近い金髪がナイスバランス! いいわね……!

 体の横の手が触れそうなほど近くて……何か話しているようね、これは聞くしかないわ! ちょっと近付いてみましょう!

 

「散々な目に遭ったわ……」

「そうだね……」

 ぐったりしているわ。きっと白い方のジャンヌ(水着)のカジノを攻略したからね。最終戦力的には苦戦というほどではなかったけど、やっぱり2人には、精神的な疲労が溜まっているのね。そりゃああんな戦いなら疲労も溜まるでしょう。

「──ジャンヌが姉だったら……」

「……ちょっと、まだ洗脳されてるの?」

 思案顔で言うマスターに、黒いジャンヌちゃんが引き攣った顔で振り向いた。

「どっちがいい? 姉と、妹」

「……なによ、急に」

 意味がわからない、という顔で彼女は言った。

「彼女が姉なら、きょうだいってことになるでしょ」

 きょうだいだったら──。

 マスターはどこか思い返すような眼差しを石畳に投げながら呟いた。

「部屋が隣同士で……漫画とか貸し借りして。同じ学校だったら帰りに買食いしちゃったり。夜はバラエティー番組だらだら見ながら、あれこれ笑ったりしてさ」

 きっと、

「楽しいだろうな──」

 ……知らぬ内に連れてこられ、世界を救う戦いへと巻き込まれた。勿論、懸命に戦っているのは知っているけれど、だからといって郷愁は消えない。なにかがトリガーになってそういう気持ちが沸くことはおかしくない。

「……馬鹿ね。私は誰のきょうだいでもないわ」

 間違いなく、マスター自身の日常への懐古の籠った言葉に、彼女は突き放すように言った。

「私は、アンタの姉でも、妹でもない。──誰とも繋がりのない……いつか消える復讐者よ」

 彼女は俯くようにしながら、自分にも言い聞かせるように吐き捨てた。悪い仲ではないことは、こうして二人で並んで話す様子からも見てとれる。

 マスターはその言葉に一瞬息を詰め、髪で表情が隠れた彼女の方を向いた。それから顔を前に戻し、小さく「ごめん」と言った。彼女は応えなかった。

「……そろそろ帰ろうか」

 マスターが立ち上がって黒い方のジャンヌの前に立つ。夕焼けをバックに差し伸べられた手を、彼女は少し躊躇って──ぎこちなく、重ねた。マスターは笑ってその手を握って、一歩下がる。

「──」

 手に引かれるように立ち上がって、瞬きをしたあと、彼女は堪えるように目を瞑った。ゆっくり息を吐いて、目を開ける。マスターと目を合わせ、少しだけ笑った。

「……ええ、帰りましょう。マスター」

 マスターが頷いて、二人はホテル・ギルダレイへの道を歩き出した。

 途中、黒いジャンヌちゃんがマスターの肩に寄りかかってふざけたり、マスターが繋いだ手をブンブン振ったりして、二人で笑い合う。……確かにそれは、じゃれあうきょうだいに見えなくもないけれど、どちらかというと、もっと別の──。

 ……いいえ、本人たちが定めていない関係を言葉にするのは野暮ね。

 私はそこまで見て二人から視線を切る。氷の溶けたジュースをストローから吸いながらそこを後にした。

 ……実にいいわね、ラスベガス!




「」シュ過去話


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「」シュ

 献血カーから始まった人理を巡る旅は終わり、先輩は先輩の「日常」に帰っていく。

 サーヴァントは死者の影。そうでない特殊なサーヴァントは、どこかの世界に大切な人がいる方がほとんど。だから、誰がどれほど先輩と仲良くなろうとも、最後に側にいるのは──先輩が選ぶのは、後輩であり、生者である私。そう思っていた。

 

 

 賃金とは別の旅路への報酬として、先輩と私には聖杯が与えられた。戦いのための霊基強化材料としてではなく、個人で自由にしていいトロフィー、長い長い旅の思い出として。

 ──マシュはもう、使い道決めた?

 ──願い、ということですか?

 ──大層なものは叶えられないしらしいんだけどね。

 廊下の長椅子に座ってした会話を思い出す。手持ち無沙汰に聖杯に触る先輩がこちらに笑いかけた。私の大好きな笑顔。見つめられて、頬が熱くなった。

 ──私には、叶えたい願いはありません。

 あなたがそばにいてくれるなら、ほかの願いなんてありませんから。

 改めて口にするのが恥ずかしくて、私ははにかんだ。私たちのこれまでを示す聖杯を見つめ、これからに思いを馳せながら。

 

 

 ……与えられた聖杯には、万能の願望器と呼べるほどの力はない。けれど──カルデア式の召喚によって半受肉状態のサーヴァントを完全に受肉させるには、十分だったのだ。

「みんな、今までありがとう! お世話になりました!」

 カルデアの玄関口。私は扉を背にして立っている。向かい合わせに小さなトランクを持つ先輩。……そしてその隣には、先輩が貰った聖杯で受肉を果たしたサーヴァントが寄り添うように立っていた。

 もう令呪のない手が、私の手を包むように握る。

「……マシュ。マシュがいてくれたから、諦めずに走り続けられたんだ。……本当にありがとう」

 ……私もです。私はあなたがいてくれたから、頑張れたんです。

 精一杯に告げて俯くと、先輩に抱き締められた。

「……二度と会えなくなる訳じゃないんだ。泣かないで、マシュ」

 あの優しい手が私の頭を撫でて、離れた。なんとか顔を上げると、目を潤ませながら、それでも笑顔の先輩と目があった。

「……みんなどうか元気で。またね、マシュ!」

 涙を振りきるように振り返って飛行機へ歩いていく。私は思わず手を伸ばして──届かなくて、誤魔化すように小さく手を振った。

 先輩は大きく手を振って、飛行機に乗っていく。側にいたサーヴァントも、こちらに一礼して、先輩の後に続いて乗っていった。

 

 

 私の物と言うタグだけ付けて、保管庫に戻そうと思っていた金の杯を抱えながら、私はベッドに身を投げる。

 最後の最後に手を握れなかったことと──飛行機に乗る瞬間、繋がれた二人の手を思い出して。突きつけられて。

 ……ああ、私、先輩の思い出になってしまったんだ。

 どうにもならない涙が頬を伝った。 



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「」シュ:エンド1

>この後旅客機が爆発して二度と会えなくなるんだよね…


 マシュを誘えばよかったかな。

 窓からもう見えなくなったカルデアの方を見つめてつぶやく。

 泣かないと決めたのに、どうしても涙がこぼれそうになった。ちゃんと笑えていただろうか。

 ……長い旅で、選択することの重さや、選べない辛さを嫌というほど味わった。選択には重い責任が伴うことも思い知った。……だからこそ、人理を救う旅から解き放たれた彼女の選択に、自分の希望をぶつけたくはなかったのだ。マシュにはマシュの人生がある。思うままに生きてほしかった。

 それでも──抱きしめた彼女の肩が震えていたことに気付いた時、喉元まで「一緒に行こう」という誘いが出かかった。

 ……家に帰れるのは、嬉しい。カルデアでどれほど楽しいことや素敵なことがあっても、帰りたいという思いは消えなかった。けれどマシュとの絆、そして紡いだ思いも消えることはないだろう。

 だって、カルデアに来て、ずっと彼女と一緒にいたのだ。嬉しいときも、辛いときも、悲しいときも、苦しいときも。自分にとっては、きっと半身にも等しかった。それが離れることになるのだ。引き裂かれるように辛い。

 二度と会えないわけではない。嘘ではないと思う。けれどそう簡単に会えるわけではないことを、たぶんマシュも知っている。 

 

「…………」

 黙り込んでしまったこちらを慰めようとしてくれたのか、隣の相手が口を開いて──それから眉をひそめた。自分も背をじりりと焼かれるような気配がして、思わず視線を上げる。

 機体が揺れる。機内放送にノイズが走る。

 二人の間に嫌な空気が流れた。……知っている気配が、した。

 ──死の気配だ。

『当機体は──……!』

 ──続く言葉に、思考が止まった。がくんとした強い揺れでようやく呼吸を思い出す。

 なんて──あっけない末路だろう。笑いたくなるほどに滑稽だ。……でも笑えない。だって隣に、一緒にいることを選んでくれたサーヴァントがいるから。

 聖杯の魔力はもうほとんどない。受肉と現界を補助するために使ってしまった。

 だが──。

 

 恐怖を唾液で飲下す。ここまで付き合わせた──選択させた責任を取る。魂食いでもなんでもいい。全部を使う。聖杯の残りわずかな魔力と、自分の命、肉体。魔術師としては三流未満の自分でも、すべてを賭ければ、きっと目の前の相手ぐらいは助かるだろう。助かってほしい。……少なくとも、墜落を知って来る救助隊が来るまで保てばいい。それからカルデアの仲間に来てもらえば、そうしたら──!

「──!」

 言葉を発しようとして、肘かけに置きっぱなしだった手に、優しく手が重ねられた。その手を辿れば、微笑んだ顔が目に合う。……相手は静かに目を伏せ、首を振った。

 ──選んだのなら、最期まで。

「……そっか」

 応えを聞いて、心が凪いでゆく。……自分の未来に巻き込んでしまって申し訳ないと思う反面、重なった手から感じる体温に、恐怖も焦燥も遠ざかる。穏やかに死を、待てる。そんな気がした。

 

 ……もしかしたら、あの時のマシュも同じ様に感じたんだろうか。燃える管制室の中、無力に傷を癒やすことも痛みを遠ざけることもできず、ただ彼女の手を握ったあの日。……たぶん、運命の日だった。

 ──やっぱり、マシュを誘わなくてよかった。

 小さく笑って、二人で抱きしめ合うように相手を守ろうとして──轟音と熱が全てを閉ざした。




エンド1
しがふたりをわかつとも


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エンド1(アルジュナ差分)

 マシュを誘えばよかったかな。

 窓からもう見えなくなったカルデアの方を見つめてマスターがつぶやいた。

 私は、その隣で、横顔を見つめながら何も言えなかった。

 

 人理保障機関カルデアにおいて発された全てのオーダーは完遂された。

 世界は正しく動き始め、緩やかに日常がかえってきた。我らがマスター……人類最後のマスターとして戦ってきたマスターも、その任を解かれ、故郷に帰ることになった。

 サーヴァントの多くは退去したが、中には、カルデアに赴任する新たなマスターとの契約を待つ者や、カルデアという組織そのものをマスターとしてここでの仕事に従事することを決めた者、カルデアに協力するつもりではあるが、けじめとして一度退去し、新たな召喚を待つことに決めた者と、さまざまであった。

 ……死者の影である我々サーヴァントは、生者の介在なくして世界には関われない。多少の差異はあれど、ほとんどのサーヴァントはそういう認識を持っているだろう。

 かつて、既に、自らの時代を生きて世界に生きた証を刻んだもの。それが今を生きる人間を差し置いて世界を変えるなど、あってはならないことなのだから。

 ……私は、サーヴァント。使い魔であり、マスターの兵器。だから戦いが終われば、用済みの存在である。

 カルデアへの協力は惜しまない。これからも、飛沫のごとき、「揺り戻し」の特異点が発生する可能性はある。そのためならば、いくらでも使ってもらって構わないのだ。けれど──会えてよかったと、そう、何度口にしても尽きないほどの感情を持ってしまった。新しいマスターを迎えたとき、私は……きっと、今のマスターと、新しいマスターを比較してしまう。……そんな不誠実は、できない。したくなかった。

 だからマスターがカルデアを去る、それを最後にして、私は「今ここにいる私」の霊基を廃棄する。座に持ち帰った記録を、座の私がどうするかはわからない。だが私のことだ。きちんと整理して、次に召喚される私と新たなマスターに不要な禍根を残すような真似はしまい。……本当なら、記録ごと廃棄するべきなのだろうが、どうしても──どうしても私には、この旅の記録を、マスターとした旅の記録を棄てることなどできなかった。どれだけあさましくいやしい男と言われようと、この記録だけは、手放したくはなかったのだ。

 

 マスターの退去が数日後に決まった時のことだった。噛みしめる様に日々を過ごしていた私は、マスターと廊下で会った。

「その聖杯は……どうされたのですか、マスター?」

 手には聖杯があった。大聖杯未満の杯。訊くと、どうやら旅路の報酬としてもらったらしい。別に欲しかったわけじゃないんだけど、そう笑うマスター。

 なるほどと思った。通常、聖杯は聖杯戦争を行い、マスターとサーヴァントが戦って勝ち取る願望器。マスターが勝ち取ってきた聖杯のほとんどは魔力リソースとして、戦況を良くするための霊基強化素材として費やされてきた。つまりマスターが勝ち取ってきた聖杯は、カルデアの資産として使われてきたのである。戦いが終わり、マスターが帰る段階になって、ようやく聖杯戦争の勝者として正しく聖杯が与えられたということなのだろう。

「正直……持っていても仕方がないし、一人で勝ち取ったものじゃないから、欲しい人がいるならあげてしまうのも手かなって思ってるんだ」

 アルジュナ、これいる?

 冗談めかして言うマスターに、ご冗談を、私の願いはもう貴方もご存知のはず。そう言おうとして──欲が出た。サーヴァントとして、使い魔として己を律してきたはずの私には、信じられないほどの欲だった。どうしてそんなことを考えたのかはわからない。あるいは──半受肉状態という、生者と死者の間でふらふらするよう状態が、私の欲を育てたのかもしれない。

「私は──貴方と、共に在りたい」

 そう、最後まで。

 

「これ、急だよね。気を付けて」

「……はい。ありがとうございます」

 先にタラップを昇ったマスターが、差し出してくれた手を掴んだ。サーヴァントであればなんてことのない階段も、私には楽しかった。

 サーヴァントとしてのほとんどの力を失った。真の大聖杯であれば、私は戦士アルジュナのままで正者になれたのかもしれないが、マスターが得た聖杯に、それほどの力はなかった。今ここにいるのは、正真正銘、ただの人間アルジュナだった。

 狭い機内に二つしかない座席に隣合いながら座ると、短い館内放送のあと、離陸した。短いながらも小粋なトークに私とマスターは小さく笑った。人里から遠く離れたカルデアに、しかも極秘の便として遣わされたにもかかわらず、操縦士たちはまるで気にする風でもなく、たった二人の乗客にまで放送で語り掛ける。きっとマスターの寂寥をわずかながらに癒してくれようとしたのだろう。

 マスターは、見えなくなるまで、窓から手を振っていた。

 カルデアが豆粒ほどに小さくなって、そしてそれも見えなくなったころ、ようやく、マスターは手を下した。けれど視線は窓から離れず、ついにはひとりごちたのだった。

 見送りの際の彼女を思い出す。無垢であり続けた少女のことを。

 彼女がいれば、それはそれで、きっと楽しい旅になるだろう。それは私の、本心からの思いだった。

「……マスター」

 もう契約もなく、マスターとサーヴァントの関係でもないのに、私はそう呼んでいた。役職もなく、ただの■■として改めて名前を呼ぶのは……少し、気恥ずかしかったのだ。

 呼びかけると、今にも泣きだしそうな顔が振り向いた。

「アルジュナ……」

「……一時の別れです。二度と会えなくなるわけではありませんから」

 マスターは少し黙っていたが、袖で目元をぬぐって、そうだよね、と言った。

「落ち着いたら……今度はマシュに、故郷を案内したい」

「その時は私もお付き合いしましょう。ああ、それとも……二人きりにして差し上げた方が、よろしいですか?」

「アルジュナってば!」

 照れ隠しのように肩を小突かれて、私は笑った。これだ。こういうところが、とても好ましいのだ。

 今でこそ、私はマスターとともにここにいるが……少しでも何かが掛け違えば、ここにいたのは私ではない。きっと、私以外の誰とでも、マスターは旅に出るし、マスターの育った地を案内してくれる。それこそ、マシュ・キリエライトかもしれないし、また別の誰かかもしれない。ただ、ここにいるのは──このアルジュナ。それだけ。

 未来に思いをはせながら、着いてからのことを口にしようとし──私は、眉をひそめた。

 何か……何かが、私の胸をかきむしる。胸騒ぎがする。

 機体が大きく揺れた。機内放送にノイズが走る。二人の間に嫌な空気が流れた。……知っている気配がした。──死の気配だ。

『当機体は──……!』

 ……それは、間違いなく、絶望だった。

 

「──!」

 ……マスターの考えは手に取るように分かった。だから、怯えのはしった顔が、こらえる様に目を瞑り、何かを飲み込んだのを見て、その手に自らの手を重ねた。……もう令呪のない右手。魔力の痕跡すらない只人の手に、無力な人間の手を、重ねる。目を伏せ、首を振った。

「貴方を贄にしてまで──生きたくはありません」

 マスターは、深い息を吐いて、視線を落とした。

「……ごめん、巻き込んで」

「自分で選んだ結果です。悔いはありません」

「……そっか」

「はい。……どうか最期まで、貴方と共にいさせてください」

 神々からの祝福も、父からの祝福も、戦士としての誉れも。すべてを失って得た先にあるものがこれだとするなら、それはそれで良いように思えた。出会ったこと、それだけでさいわいだったと思える人との未来を選び、ただの人間として共に死ねるなら。その未来がどれだけ短いものであったとしても──私は、それを喜ぼう。

 機体が軋む。金属同士が擦れあう不愉快な音がそこかしこから聞こえた。

 マスターが小さく笑った。

 せめてマスターを守ろうとして、抱きしめるように手を伸ばし──轟音と熱が全てを閉ざした。




エンド1(アルジュナ差分)
しがふたりをわかつとも?


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エンド1(ジャンヌ・ダルク〔オルタ〕差分)

 ついにマスターが帰る日が決まった。

 長い旅路だった、と思う。「私」が生まれたオルレアンから、クリスマス、偽物たちの宴を経て、このカルデアに現界した。在って無いような縁を楔に。差し出した契約書に、にっこり笑ってサインしたあいつの顔を思い出す。新宿、ルルハワ。悪性を以て燃え尽きるように駆け抜けた戦いも、きらめく夏の思い出も、何もない私にとっては至上の宝物だ。

 ──ああ、長い旅だった。短い人生だった。

 あぶくの様に生まれた私の人生も、ここで終わり。マスターのカルデアからの退去をもって……私は、どこにもたどり着かず消滅する。最初からそう決めていた。あいつは五体満足で、思い出を胸に帰っていく。寂しいけれど、それは正しい形だ。……偶然によって人類最後のマスターとして担ぎ上げられてしまったあいつ。滅ぶ世界を許せなくて、自分で決断したこともあっただろうけど、選択肢を与えられた善人が、戦う選択を自由意思で捨てられただろうか。……ああ、よかった。あいつが帰ることができて。誰かさんの様に、用済みになって燃える炎にまかれたりはしないのだ。

 どこにも刻まれないのに、私は名残惜しむようにぶらぶらとカルデアの中を歩いていた。すると、反対側からマスターが歩いてくるのが見えた。

「……? どうしたの、ソレ」

 手には聖杯があった。大聖杯未満の杯。訊くと、どうやら旅路の報酬としてもらったらしい。

 霊基強化素材として私がいくつかもらったものとは違う、本物の願望器としての聖杯。もちろん、万能には程遠いが、ささやかな願いなら叶えられる……ホーリーグレイル。何度も死ぬ目に遭いながら、ついには走り切った聖杯探索。こいつみたいなちっぽけな善人が願うものなんてたかが知れているわけだし、あの旅の報酬としてなら相応というところだろう。

「手土産? それとも手切れ金? なんにせよ──いいじゃない。叶えたい願いの一つくらい、あるんでしょ?」

 家に帰りたい、とか。

「それはもうすぐ叶うから、聖杯にかけるほどでもないよ」

 それはそれは幸福そうな、喜びが隠し切れない顔で笑った。そうだ、こいつの唯一の願いはもうすぐ叶うんだった。終わりが近付いて、私はずいぶんとポンコツになったらしい。

「じゃ、取っておきなさいよ。生きていれば、いつか、奇跡にすがりたくなる時も来るかもしれないし」

「それはそう……かも、しれないけど」

「なによ」

「……生きてここまでこれたのは、みんなのおかげだから。自分だけの願いのために使うのは、気が引ける」

 何それ。もったいない。おかしくなって笑った。おうちに飾るトロフィーにでもする気かしら。折角の旅の証を、いつかこいつが死んだら埃をかぶって捨てられかねないような、そんなものに?

「じゃあ、ソレ、私に頂戴よ」

 いつもみたいに! 冗談めかして笑いながら言ってやると、マスターはぱちぱちと瞬きをして、聖杯をとんと私の胸にあてる。

「いいよ、あげる。……だから、一緒に来てくれる?」

 続いた言葉に、私は何も返せなかった。

 

 消えると決めていたから、身辺整理はとっくの昔に済ませていた。だから私の荷物はとても少ない。

 あれからとんでもなく言い合って、ついに私が折れた。

 馬鹿じゃないの。馬鹿じゃないの。馬鹿よ、アンタ馬鹿なの。受肉になんて使っちゃったら、その聖杯ホントにただのトロフィーになっちゃうわよ。いやパワーストーンくらいの力はあるかもしれないけど、そんなのあってないようなものじゃない。折角数年ぶりに家に帰るってのに連れ合いに復讐の魔女選ぶなんて縁起悪いにも程がある。声をかければアンタと一緒に第二の生を送ってもいいなんて言うやつはごろごろいる。それなのに、私を?

 ──消えるって言ってたし、それは十分にわかってるつもりだった。

 でも、とうつむき、私の手を握りながら言った。

 ──もうちょっとだけ、一緒にいたい。

 消えるのが怖くないといえば嘘だった。でも、仮初の生を謳歌することが出来たのだから、それくらいのことは、飲み下すべきだと思った。

 ……消えるのが怖かったから、手を取ったわけじゃない。私にとって唯一無二のマスター。私に喜びも、楽しみも、怒りも、悲しみも与えたマスターの……ちっぽけな願いを、サーヴァントとして叶えてやりたくなってしまった。

 カルデアには、二度と来れないわけではない。けれど、マスターを辞めて一般人に戻るこいつが、そう簡単に来れるような場所ではない。持ち出せる物しか持ち出せなくて、思い出はすべてここに置いていく羽目になるこいつが……寂しさを紛らわせたくて縋れるのが正当な英雄ではない私なら?

「……いいわよ、一緒に生きてあげる」

 その手から、聖杯をひったくる。私はなるべく凄惨にほほ笑んだ。

「その代わり、覚悟しておくことね? 私を選んだんだから──何があっても、承知しないわ」

 ……転がり込んできた、一緒に生きていける幸運への喜びを押し隠しながら。

 

「なんだか可哀想なことしちゃったかしら」

 小型飛行機の座席について、ベルトを締めながら言ってみる。

「マシュも誘ってあげればよかったわ」

 というか、隣のこいつが誘ったと思っていたので、何も言わなかったのだ。そういえば1週間ほど前に、カルデアに残ると言っていたのは聞いたような気がするけど、最後まで決定は変わらなかったとは思わなかった。だって、声を掛けたら一緒についてきそうな筆頭じゃない、彼女。

「なんで誘わなかったの?」

 ベルトを締めた隣に聞いてみる。しばらくの沈黙の後、マシュが自分で決めたことだから、と小さく言った。マシュ自身の選択に口を出したくはなかったということらしい。……まあ、そうか。声をかければ、その選択をいともたやすく取り下げさせてしまう、というのはお人よしマスター的にはあまりしたくないことだったと。マスターちゃんらしい。ずっとべったりだったんだから、互いに依存しないためにもマスター離れマシュ離れしておきたかったというのもあるんだろう。やだ、マスター離れできてないのって私じゃない? 少なくとも外面的には一番私が「そう」っぽくない?

 ……本当はもう「マスター」ではないのだけど。長年呼び続けたのだし、名前に呼び変えてしまうとなんだか一線踏み越えてしまいそうで、ためらってしまう。

「……そ。でも、落ち着いたら日本に呼んであげなさいね」

 マシュは……マシュも、きっとマスターと居たかっただろう。だから、あの見送りの段で泣いていたのだし。こいつがカルデアに行くより、マシュが休暇取って日本に来るほうが断然簡単だ。 まあ、もしかしたら多少恨まれてるかもしれないけど、それは構わない。やきもちのようなかわいらしい憎悪なら、それはそれでいい。人間らしくて、いい。

 でも、それまでは、私の時間。

 これからマスターちゃんの家まで行って、ちょっとは挨拶して、先にカルデアから送っておいた荷物整理を整理して、あとは、あとは──。あれよあれよとこの飛行機の乗るまで物事が進んで、考えようと思っていた未来のことを今の今まで後回しにした。

 それで、いろいろ考えようと思ったのに、どうしよう、思い浮かばない! 根底に浮かぶ憎悪の炎は消えず、くすぶるように私の心を焼き続ける。そうして、いつか──私が人間としてダメになって無残な死を迎えるか、それとも、不相応なくらい幸福な末路になるか。それはわからないけど。今は別に考えなくてもいい、そういうのは全部──隣のマスターにぶん投げてしまおう。

 息を吐いた。口角が自然に上がった。

 ……ねえ、向こうに着いたら何をするの?

 口を開こうとして、私は眉を顰める。

 ……何か、おかしくない? 肌で感じる空気に、嫌な物が混じったような。

 機体が大きく揺れた。機内放送にノイズが走る。二人の間に嫌な空気が流れた。……知っている気配がした。──死の気配だ。

『当機体は──……!』

 ……ふざけた末路だ。

 

 …………打てる手はない。

 私には憎悪を吐き散らす口しか残らず、マスターには奇跡を起こすほどの魔力なんてこれっぽちもない。完全に詰みだ。あーあ。

「ねえ──」

 揺れた瞳が閉じられて、何度も聞いた、覚悟を伴った声が聞こえた瞬間、黙らせるように強く手を握った。死ぬつもりなんて毛頭なくとも、命を懸ける覚悟は何度もしてきた。そんな時にいつも出してた張り詰めた声。

「……これ以上馬鹿なこと考えないで。アンタの命使ったって、生き残れる確証はないの」

「それでも!」

「それ以上何か言うなら、その口塞ぐわ」

 生まれて、生き延びて、死ぬ覚悟なんてとっくの昔にしていた。けれどこうしてまた生き延びて……また失うのはすこし怖い。それよりも、悔しくて悔しくて涙が出た。

 憎悪が燃える。でも、今、それを口にしている暇はない。……最後に聞かせるには、醜いにもほどがあったから。

「ねえ……私、アンタと生きてみるの悪くないって思ったのよ」

 耳障りな金属音がそこかしこから聞こえてくる。館内放送は、さっきのを最後に切られていた。……ああ、彼らもお人よしだったんだろう。死を呪う声を、聞かせないようにしてくれた。

「それ以上に今……二人で死ぬのも、悪くはないか、って」

 死にたくはないし死なせたくはないけど、死んでしまうなら受け入れるしかない。ありもしないはずだった未来を見せてくれたこの人と、うたかたの夢を見せてくれたこの人と──せめて、二人で死にましょう。

「私を選んだ罰よ、マスター」

 二人分のベルトを外す。こんなものはもういらない。機体の揺れで傾いだ体をその勢いのまま抱きすくめる。

「貴方の最期が、こんな女の腕の中なんて──最悪の罰でしょう?」

 腕の中で、小さくマスターが笑って私の背に手を伸ばした。私も笑って、頬にキスをした。二人で目をつぶって──轟音と熱が全てを閉ざした。




エンド1(ジャンヌ・ダルク〔オルタ〕差分)
しがふたりをわかつとも?


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エンド1-A(マシュ)

>墜落の報を聞いたマシュの反応が楽しみですね...


「──マシュ、起きろマシュ!」

 思考を閉ざすうちに眠ってしまっていたのだろう。目を開けると、蒼白なムニエルさんの顔が目の前にあった。

「大変なことが起きた、すぐに来てくれ!」

 ぐいと無理やりなくらいに手をつかまれ、起こされる。片手で髪を直しながら部屋を出る瞬間にちらりと時計が目に入った。……先輩がカルデアを発ってから、まだ数時間しか経っていなかった。ぼんやりとした頭で、あの光景が夢であればいいなと思った。

 

「どうして……」

 ──夢ならどうかさめてほしい。

『死亡者は乗客二名、操縦士二名の計四名──』『全身を強く打ち即死──』『……事故とみて捜査を』

 食堂にあるテレビから流れるニュースに、私はへたりこんだ。死んだ。死んでしまった。先輩が、死んでしまった。ほんの数時間前……元気な姿で、ここを発ったばかりだというのに!

「先輩は──ようやく、ようやく、帰ることができたんですよ!」

 どうして死ななければならなかったんですか!

 ……泣き叫びながら、よかった、と思った。

 よかった。私は先輩の死に、憤ることができた。私を置いて行ったあの人の死を──喜べなくて、よかった。

 

 あれから1週間経った。何も食べる気が起きなくて、けれど仕事があるから倒れるわけにもいかなくて、ブロック状の栄養補助食品を何とか水で流し込んでいる。……ぱさぱさとした触感が気持ち悪い。何も味がしない。レイシフトの時によく食べていたもののはずなのに。先輩の横で一緒に食べたときは、とてもおいしく感じたのに。

 

 ムニエルさんが控えめに私の部屋に入ってきた。

「……マシュ、あいつからの手紙だ」

 嘘だ。死者からの手紙なんてありえない。届くはずがない。ベッドに寝転がったまま、ムニエルさんの言葉に棘を返す。

「本当だよ。……あいつ、カルデアを出る前に手紙を書いてたんだ」

 それがさっき、遺品整理が済んでカルデアに届いた。私は勢いよく飛び起きる。差し出されたそれを取って、私は震える手で封筒に手をかけた。封をしていた赤い蝋は、熱で溶けて変な形に広がっていた。爪で取ろうとして上手く行かず、はやる気持を抑えながら封を切った。……中には数枚の白い便箋が入っていた。

『マシュへ

 「この手紙を読んでいるということは、私はもうこの世にいないのでしょう。」』

 見慣れた字だった。レポートやメモでたくさん見た、先輩の字。それだけで喉の奥がツンとした。

『ありふれた書き出しでごめん。でも、この手紙はそういう手紙です。万が一のとき、マシュに届くよう、頼んでおきます。

 届くといいな。届くようなことがない方がいいんだけど、もしかしたらさっくり死んでしまうかもしれないし。その時マシュを世界に置き去りにしてしまうから、念の為、残しておきます。』

 ──死を予感してるような文に、唇を噛む。

『……マシュがカルデアに残ると聞いて、正直、悩んだ。

 マシュはもう、もう一人の自分とも言えるぐらい大切な存在で、離ればなれになるのはとても辛かったから。できる事ならなるべく長く一緒にいたかった。

 ……それと同じくらい、マシュの選択を大事にしたい気持ちがありました。だから、誘いません。

 「一緒に行こう」と言ったら、たぶん一緒に来てくれたよね。でも、そうすると、自分がマシュを一生離せなくなりそうで……マシュの一生を縛ってしまいそうで怖かった。だから、ごめん。一度お別れをしておきたかった。』

 ぽたりと涙が手紙を汚して、慌ててこする。こすったところでどうにもならないのに、私は私の涙で先輩の手紙が汚れるのが許せなかった。

『あの日マシュと出会って始まった日々は、一生の思い出です。辛いことも苦しいこともあったけど、かけがえのない日々です。死ぬまで忘れない。マシュのことも、マシュとした旅のことも。

 マシュにとって、あの旅がどんな思い出になるかはわからないけど……大切な思い出の一つになっていたら、とてもうれしい。』

 一枚、また一枚と便箋をめくる。

『もし気分転換をしたいなら、旅をおすすめします。

 たぶん、幻滅する部分も多くあって、もしかしたら「どうしてこんな世界救っちゃったんだろう」と思うかもしれない。

 ……自分なりに考えたけど、素晴らしい世界だから救ったんじゃなくて、自分が生まれ、生きた世界だから奪われたくなかったんだと思う。

 だから、マシュも、この世界を愛さなくてもいい。憎んでもいい。愛せなくて、憎んでしまっても、どうか自分を責めないで。

 それで、いつか、美しいものを見つけてほしい。』

 大切に、綺麗にしまっておこうと思っていたのに、手に力が入って端から便箋がくしゃくしゃになる。醜い嗚咽が止まらなくて、視界がどんどんぼやけていく。

『さいごにわがままを1つ言ってもいいかな。

 もし、これを読んでいるのが葬式の前だったら、手を握りに来てほしい。

 死んでるから、固かったり冷たかったりして気持ち悪いかもしれないけど。マシュに手を握ってもらえたら、それがどんな末路でも、安らかに逝けるような気がする。』

 いつか、私達の始まりの日。出会いのあのとき。それを思い出してしゃくりあげた。

『今までありがとう、マシュ。置いていってごめんなさい。

 どうかマシュはマシュらしく、自分の人生を生きてください。そしていつかまた会ったとき、マシュの旅の話をしてもらえたら嬉しい。

 さようなら。またね。   あなたの先輩より』

 身体に力が入らなくて、座り込む。床に落ちた手紙は、私が握って、涙で汚したせいでぐちゃぐちゃだった。……封筒から小さな音がした。

 封筒の中には、カルデア職員の制服の胸元についていた金具が入っていた。手紙の代わりに、私はそれを手の感覚がなくなるぐらい強く、強く握りしめて、そうして泣いた。

 ……1時間は泣いていた。死にたくなるほど悲しかったのに、泣き続けていたら涙は自然と止まった。頭は痛くて目も頬も熱い。そのうえ喉が渇いていた。泣いたぐらいで先輩と同じにはなれなかった。

 顔を上げるとムニエルさんはいなくて、机の上に未開封のミネラルウォーターのペットボトルが置いてあった。キャップを開けて飲み干す。喉は冷えたが、体は熱いままだった。ボトルをゴミ箱に捨てて、少しでも冷えるようにと早足で廊下を歩いて、執務室のドアを開いた。

 

「あの、所長。私、休暇をいただきたいです」

 眉尻の下がった顔で、驚くようでもなく何故かを問われる。

「先輩のご両親に、ご挨拶をして……それから──少しだけ旅をしたいんです」

 手のひらの中の、先輩の残滓を握る。先輩がここにいた証。私と旅をした証。……先輩が私に残してくれたもの。

 泣き枯れた声が、帰ってくるのかねと小さく問うた。私ははい、と頷いた。

「ちゃんと帰ってきます。いつか、ちゃんとしたやりたいことが見つかるまでは──カルデアの職員を続けたいと思います。先輩と守った世界を──まだ、守りたいから」

 ……いってきなさい、と言われて、深く深く礼をした。しばらくそうして、行ってきます、と言って私は踵を返す。後ろ手に扉を閉めるとき、所長の鼻をすするような泣き声が聞こえたけど、聞こえないふりをした。

 

 ……さあ、荷物をまとめて、旅に出よう。

 私のいる世界にあなたが生きていなくても。

 私は、あなたと救った世界を知りたい。あなたが生きていた世界を、見てみたい。

 そしていつか、私から見たこの世界がどんなだったかを──先輩に伝えよう。




エンド1-A
ありふれた手紙と再起


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エンド1-B(アルジュナ√)

>二人で死んだだけ有情かもしれん
>ここでサーヴァントだけ生き残ったら修羅になるわ


 頬をなでる熱い風に呻いた。

 温度を感じたとたん、五感が帰ってくる。

「ぐ、う……」

 体が熱い、どこもかしこも痛い。それでも何とか立ち上がる。ひときわ熱い肩に手をやって、ぬるりとした感覚と激痛にそちらを見れば、抉られたような傷があって腕はだらりとぶら下がっていた。

 認識したことで痛みが強まった気がして、唇を噛んで声を殺す。油に引火したのか、ごうごうと音を立てる黒炎に目を炙られそうになって、身をかがめる。物が燃える音、何かが壊れる音が誰もいない山中に響く。──誰のうめき声も聞こえない。

「マスター……マスター! う、ぐっ、ごほっごほっ……」

 焼けた空気で呼吸がままならない。それでも、声を上げるのはやめたくなかった。

 ふらつく足で鉄くずの散った地面を歩く。……その間に、知らない顔の遺体があった。おそらくあの操縦士たちだ。呼吸や脈拍をとる必要はないと断じることができるような遺体だった。苦しむ間もない即死だったことが、唯一の希望だっただろう。

 それを後にして、私は歩く。失血で頭がぼうっとする。唇を噛み切って、むき出しの傷に爪を立てて、痛みで何とか意識を保つ。

 そうして、ようやく、見覚えのある姿を見つけた。

「マ、スター……」

 ──戦士として、多くの死を見た。数えきれないほどの、無残な死体を見た。あらゆる力を失おうとも──その記憶だけは、消えることはない。

 ……その記憶が、「これは助からない傷だ」と結論付けた。

「アル、ジュナ……そこに、いるの……?」

 崩れる様に膝をつく。焦点の合わない目がさまよう。枯れ枝のようにふらふらと伸ばされる手を、とっさに握った。

「……はい。ここに、います」

「……よかった……いき、てて」

 触れただけでは反応はなく、軋むほどに手を握って、ようやくマスターはかすかに指を曲げた。血と傷でどろどろの顔が、わずかに緩んだ。腕を伝う血は脈打ち、炎で炙られた体はすこぶる熱いのに、底冷えのする何かがマスターの中にあった。

「て、がみ……マシュ、に……ねが……?」

「……届けます、届けますから…………」

 どうか、死なないで。喉元まで出かかった言葉を飲み込む。言ったところで、マスターの死は揺るがない。……すべての力を失った私に傷を癒す力はない、痛みを和らげる力もない。それなのに、死なないでほしいと言うのは──どうにもならない死を待つマスターに、叶えられない望みを押し付けて、悲しませるだけだと思った。

「ご、め……おいて……く……」

「いいえ……いいえ。あやまらないで、マスター」

 私は、あなたと旅ができて、未来を思い描くことができて……それだけでも、幸せでした。そう告げると、マスターは笑うように息を吸った。

「どうか……いきて、たびを……」

 か細い声が告げる。マスターが目を閉じ、深く深く息を吐いて……動かなくなった。温度が消える。血だまりはただだらだらと無秩序に広がっていく。しばらく手を握り跪いたまま、動けなかった。

 炎に巻かれ、立ち上がろうとして、足に力が入らず転んだ。それでも──それでも、私の死の気配は、遠く。

 ……。

「は、はは。はははははは──!」

 マスターの横にあおむけに倒れ、私は動く片腕で目元を覆う。

 愚かしい。愚かしい。私は、なんて愚かしい──。

 

 私はすべての力を失った! 戦士としての力も、サーヴァントとしての力も!

 そう、力「は」失った! 私には、ただの人間としての力と──「私の力ではない」神々からの祝福が残ったのだ!

 生者ではない、死者の影に過ぎないサーヴァント・アルジュナにすら祝福をくださる神々が──そのアルジュナが再び生者となったからと言って、どうしてその祝福を断ち切ろうか。

 わかっていたはずだった。わかっていたはずだったのに! 神を人の道理ではかることに、何の意味もないことに!

「は。ははは。──生き、なければ」

 目を閉じる。眠ったとて、私に死は近寄らまい。

 ……マスターの最期の言葉。

 与えられたこの生を終えるまで、きっと、私は、何度でもその言葉を思い返すのだろう。




エンド1-B
しゅくふく、さいわい、そしてのろい


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エンド1-C(ジャンヌ・ダルク〔オルタ〕√)

>二人で死んだだけ有情かもしれん
>ここでサーヴァントだけ生き残ったら修羅になるわ


 熱い。熱い熱い熱い!

 私が生まれた炎、私を産み落とした炎!

 ああ──ああ、ああああああ!!!

 炎に身を焼かれて目を覚ます。全身が痛くて、熱い。それでも、歯を食いしばって身を起こす。あんなに近くにいたはずの、マスターがいない。

「どこに──」

 せめて一緒に死のうって思ったのに、あいつはいないし私は生きている。敵を焼く炎も切り裂く剣も失った、ただの外見相応の女でしかないのに、私はまだ生きていた。

「ぐ、う……うう……」

 絶対にどこもかしこも折れているけど、無理やり動かす。あいつがもし生きているなら、こんな、炎の中にいさせちゃいけない。あいつの死は──こんな中で迎えていいものじゃない。

 私は、「私」だから、そんな最後は許せない。

 

 ズタボロの体を引きずって、ようやく見つけた。……助かる助からないじゃなく──もう、死んでる。というか死んでてほしい。そう思うくらいの……傷というには大きすぎる、欠けだった。

「う、う……」

 希望を裏切るように、それが呻く。激痛にかすかに悶え、震えるようにのたうつ。

 ……何がどうしたら、帰れるって段でこんな目に遭うのよ。なんでこいつがこんな目に遭わなきゃいけないの。

 ──何かを救ったら、用済みになって捨てられるのがこの世界なの?

「ジャンヌ……?」

 濁った目が宙をさまよう。目が合わない。片腕でその体を引きずって、火のない所に連れて行こうとして、飛行機の外壁の破片に躓いて転んだ。無様に倒れて、血が広がる。

 マスターはそこでようやく気づいたのか、煤けた顔を私の方へ向けた。

 ……よかった、そう言うように口を動かして、笑って──目を閉じた。ずるり。芯がなくなったように体がだらりと力をなくし、腕から落ちた。

 

 動かなくなったマスターを前にして、座り込んでいた。痛覚が麻痺したのか、体の痛みは随分マシになっていた。けれど、私は何もできずに転んだ場所から動けなかった。

 ……もう立てない。立つ意味が、見い出せない。

「なんで、なんでよ……」

 ぶすぶすと肉が焼ける嫌な匂いが立ち込める。熱が私の頬を撫でて、涙が溢れる前に蒸発させる。血でベチャベチャになった土に爪を立てて、握る。

「うあ、ああ、ああああ──!」

 ──呪ってやる。呪ってやる。

 世界を救ったお返しにこんな末路を押し付ける世界なんて、救うんじゃなかった! 世界を救ったただ一人にすら──幸福を許さない世界なんて!

 滅びてしまえ、今すぐに!

 泣き叫ぶ。それはたぶん──新たな復讐者の産声だった。




エンド1-C
ほのおにまかれてうまれるもの


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エンド2-A(マシュ)

>所長は「」に愛されすぎ
>これで死んだらうn…


 ……先輩が死んで、一月が経った。

 あれからカルデアには静けさが満ちていたけど、先週追加できた人員がカルデアに馴染んでからは、わずかだが賑わいが戻ってきた。……そう思う。

 

 ……私の心は鉛のように重く、何をしてもぼんやりとしていて実感がない。それでも迷惑になりたくないから、私は必死に仕事をした。私と同じ場所に配属された方に仕事を教えて、するすると飲み込んでくれたことにすこし安堵した。──ああ、これなら、私はいなくてもいい。

 そう思えた夜、私は先輩が残してくれた手紙を枕元において眠った。明日、所長にお暇をくださいと言おう。旅がしたいと。どんなに心が壊れたように思えても、黙っていなくなったり、引き継ぎをせずに出ていくのはいけないと思える義務感があったことに、私は少し笑ってしまった。我ながら、生真面目だと。

 

 翌日。少し早めに起きて、ゆっくりと身なりを整えて部屋を出た。ポケットにあの手紙を入れて廊下を歩く。執務室のドアをノックする前に、ポケットの中の手紙を撫でて──あの金具を握る。よし、と声を出して、自分の頬を叩く。

 ドアをノックする。……返事が返ってこない。もしかしたらぼんやりしているのかもしれない。先輩と長くいた職員にはよくあることだが、所長が先輩と一緒にいた期間は私達ほど長くはない。それでも、あの知らせを聞いたときには、私達と同じくらい先輩の死を悲しんでくれた。……善い人だと思う。急な話にはなるが、きっと、許可をくれるだろう。

「失礼します、所長。少しお話が──」

 開いて、そこから先の言葉が出てこなかった。見える場所に所長がいない。それはいい、問題は……鼻先に掠める、鉄の匂い。

「──所長! 所長!?」

 椅子が中途半端な角度で立っている。机の後ろに回ると、所長が血を流して倒れているのが目に入った。

 思わず揺さぶるも、反応はない。うめき声ひとつすら、上げる気配はない。

「そんな、そんな……!」

 脈をとる、呼吸を確かめる。脈動はない、体温はない。生きている人間にあるはずのものが、あまりにも感じられなかった。

 ……私にできる治療はない。踵を返す。

 医務室の人を呼ばなくちゃ。医術に長けたサーヴァントを探さなくては。そう、確か、医療系のサーヴァントの方はほとんどが残ってくれていたはず! どこ。どこにいますか! 誰か! 治療のできる方がどこにいるか知っている人は!?

 息を荒げ、廊下を走りながら叫ぶ。誰にも会わない。涙が溢れる。もう誰も失いたくない! なのに誰にもすれ違わなくて、白い廊下が続いていて──。

 

 ──あれ。カルデアって、こんなに静かだったっけ?

 

 ぱん。

 足を止めて、周囲を見回した瞬間、乾いた音がした。焼けるように胸が熱い。

「あ……」

 赤い染みが広がっていく。それを認識した瞬間、私の足から力が抜けた。前のめりに倒れて、胸を打って、ぐうと声が出る。

「どうして……?」

 頭だけで振り返れば、先週やってきた人達の顔が目に入る。その手に無骨な、黒い拳銃が握られていて……その銃口から、灰色の煙が立っていた。

「いやはや、世界を救うまで生き残ったというからどんな優秀な人材たちかと思えば……ほとんどが単なる運で生き残っただけだったとは。なんと嘆かわしいことか」

 ぱん、ともう一度音が鳴った。衝撃で体がはねて、ごふ、と私の口から赤いものがこぼれる。本当に悲しいのだとでも言いたげな顔をした人々が、冷めた目で私を見ていた。私は唇を噛んで、彼らを睨みつける。

「先輩の事故……先輩を、殺したのも……!」

 私の怨嗟に動じた風もなく、その銃を持った人が言う。

「側にいる者を守るどころか自分を守ることすらできない魔術師が、よくもまあ世界を救ったなどというものだ……ほとんどがサーヴァントの力だというのに」

 無関係の操縦士たちには悪いことをしたね。しかしより良い世界のためだ、仕方ない。

 憂うように言って、私に近づいてくる。死への恐怖より、先輩を殺されたことへの怒りの方が上回った。死力を引き絞って立ち上がった。……こぶしを握ったところで、発砲音が3発響いて、私はまた廊下に倒れた。

「君たちの後は我々が引き継ごう。人理は正しく修復された。……これからの世界のためには、これまでと同じ気持ちで挑まれては、困るのだよ」

「どうして先輩を殺した! あの人は……カルデアを出て行ったのに!」

 握り拳を床にたたきつけながら叫ぶ。どうして、どうして!

 こんな、わけのわからない人たちに、先輩が奪われなければならなかったのか!

 どうして──先輩の未来が、奪われなければいけなかったのか!

 男は首をかしげながら言う。

「どうして、といわれても。レイシフト適性100%なんて、明らかに異常なもの、放置しておけるわけないだろう?」

「……あなたたちは、おかしい」

 吐き捨てる。まるで道理がわからない。

 ……レイシフト適性100%、という先輩の唯一無二のスペックに疑問を抱いたことがないといえば嘘になる。99.9%ではなく100%。その証明は、果てしなく不可能に近いが、何度計算しても100%になる。それもまた一つの奇跡だと、そう結論付けていた。

 ……どの道、レイシフト……カルデア職員としてその業務に携わらないのであれば、あってないようなそれを──それが、先輩の命を奪う理由になるだなんて。

「……君も、ヒロイックな冒険譚に毒されたんだな」

 あきれた声で肩をすくめられる。

 せめてこの男だけでも殺してやる。そう思ってとびかかったところで……知らないサーヴァントにたやすく払いのけられ、取り押さえられる。

 ……ここまでカルデアが静かだったのも、今までいたサーヴァントを強制退去させたからなんだろう。そして、代わりに新しい、自分たちに従うサーヴァントを召喚したのだ。

 ああ──カルデアは終わりだ。……もしかすると、世界すら。

「デミ・サーヴァント、というのは気になったが……そもそも君も、1つの成功個体でしかないらしいな。何、積み重ねればいつかたどり着くだろう。不可能ではないことは、君が証明してくれたのだから」

  髪を掴まれる。この状況に不相応なくらい、穏やかな瞳が私をのぞき込む。こつんと熱い銃口がこめかみに押し当てられて、声が出そうになったのを何とか押し殺す。

「冒険の旅は終わったんだ、マシュ・キリエライト。さあ──君も、先輩とやらのいる場所に行くといい」

 ああ、と思い出しように。

「世界を救ってくれてありがとう、お疲れ様」

 ぱん。




エンド2-A
みるもむざんないんぼう


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エンド4

 先輩がカルデアを出て半年経った頃、世界は終焉を迎えかけていた。

 一夜の内に空は黒く曇り、海は地を覆った。瞬く間に生じた異変に、誰も手が打てなかった。

 しかし、私達カルデアは諦めなかった。ブラックナイトと呼ばれる終末が訪れた、その原因──トリガーとなった時間軸を探り、再び世界を取り戻すための戦いを始めていたのだった。マスター候補は順次解凍され、治療を受けていたが、どれもが瀕死の状態で保存されていたもの。政治的、魔術的思索から治療が遅れ、今この段階に至っても目覚めている者はいなかった。

 だから、元カルデアのマスターであり、レイシフト適性100%の性質を持つ先輩に声がかかるのは必然だった。

 私はいつかのように窓から空を見ていた。吹雪でもなく、青空でもなく、ただ黒く曇った空が続いている。

 敵が誰かはわからない。何が原因かもわからない。

 けれど──あの空を取り戻すために、私達は戦うのだ。それは藻掻き苦しむ手探りの旅になるかもしれないけれど、きっと私達ならできると、そう信じて。

 ……ああ、吹雪晴れたあの日、先輩とともに見た蒼く美しい空を、早く取り戻したい。

 足音が耳に入り、近付く気配を感じて振り返ると、あの日、先輩がカルデアを経つ日に隣に立っていた人影が目に入る。何かを言いたげな顔で、こちらを見て立っていた。私はまっすぐとその目と向き合うように姿勢を正す。

「ご安心ください、──さん」

 カルデア職員の制服に見を包んだ、……今は何の力も持たない、元サーヴァントの方に言う。

「先輩のことは、私がきちんとお守りしますので」

 私と先輩に一つずつ与えられた聖杯──大聖杯、もとい万能の願望器ほどの力がない聖杯では、半受肉のサーヴァントを完全に受肉させるのが精々だった。それですら、英霊としての力のすべてを失い、ただの人間になってしまう、不完全としか言いようのない受肉だった。

 それでもいいと、人間になって先輩と歩む未来を選んだサーヴァント。

 予想はしていたけれど、先輩がカルデアで再び戦うことに決めた時、共にここまで帰って来た。力はなくとも、カルデアで重ねた日々は消えていない。己に戦う力がなくてもその戦いを支えたいと、管制室等の補佐をすると決めたのも、サーヴァント……否、元サーヴァントのこの人自身だ。

 戦いの日々が決まってすぐ、私は、私に報奨として与えられていた聖杯に願った。

 先輩を守り、戦う力が欲しいと。デミ・サーヴァントとして、未熟でも不足していても戦場を駆けた、あの時の力が欲しいと。

 ……元々、無くなったのではなく封じられていたに近い力はすぐに取り戻せた。どころか、聖杯を半ば取り込んだ形になったからか、以前よりも霊基は強化されているようだった。

 だから今──「先輩の隣」は私だった。

「管制室でのサポート、よろしくお願いします」

 しっかりと腰を折り、頭を下げた。

 遠く離れた場所で先輩の帰りを待つことも出来たはずなのに、ここで戦うことを選んだこの人を素直に尊敬した。カルデアから戦場を駆ける先輩を眺める無力な自分。それは、私も通った道だった。元々他の素晴らしい英霊(サーヴァント)の方々とは比べられないような自分だったけれど、戦場にすら立てない、マスターを守ることすらできなくなった自分が情けなくて、歯痒かった。──だから、尊敬は本心からだった。

 目の前の相手が口を開きかけた時、ぱたぱたとした足音が廊下の先から聞こえた。二人してそちらを振り返る。

「ここにいたんだ、マシュ!」

 懐かしさすら感じる、カルデアの魔術礼装に身を包んだ先輩が現れた。

「座標特定が終わったんだ! 行こう、マシュ!」

「──」

 差し伸ばされた手を、一拍開けて取った。

「──はい、行きましょう。マスター!」

 かつての様に応える。先輩は力強く頷き、私も頷いた。

 行ってくるね、と一度は共に未来を歩むと決めた方に声をかけた。相手がそっと頷いたのをみて、先輩がもう一度頷き、私の手を引いて走り出す。

 管制室に駆け出す背中に、一人分の視線が刺さる。あの人には悪いけれど、私は、この人の手を握って駆けることが出来ることが──いいえ、いけない。それは、この状況ではあまりにも不謹慎だ。だから廊下を走りながら、唇を結んで私は心を決める。

 

 青空を取り戻せたら、今度こそ──先輩に伝えよう。私の想い。私の願いを。

 旅の果て、たとえ先輩が私を選んでくれなかったとしても、構わない。

 先輩が私の選択と未来を大切にしてくれたように、私も先輩の選択と未来を大切にしたいから。

 ……ああ、でも、叶うなら。私との未来を、ほんの僅かでも考えてもらえたら、嬉しい。先輩の横顔をちらりと見ながら、そう思った。

 

 天覆う暗雲。蜷局巻く毒竜。陸を沈める大海。

 さあ、再び旅をはじめよう。




エンド4
ふってわいたアポカリプス


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