くんずほぐれつ (蟹のふんどし)
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鬼殺隊はクズばかり

 

 

 

 

「静代……静代……」

 

二十代後半であろう男はその目に影を落とし、ベッドの上で何度も名前を呼ぶ。

 

「清さん。一体何があったんですか?」

 

警察服を着た男はそのベッド横に座り、うなだれる男に優しく問いかけた。

だが男は何も聞こえなかったかのようにただうなだれている。

 

「ああ、俺はどうすればよかったんだ……」

 

そう繰り返すだけの男にしびれを切らしたのか警官の隣に立っていた初老の女性は怒鳴り声を上げる。

 

「清!いい加減にしなさい!何があったか聞いてるのよ!他人様の手を煩わせるんじゃありません!」

 

頬を張ろうと上がった右手を警官が焦って止める。

 

「お母様、落ち着いてください」

 

「ですが……」

 

「清さんも動揺しているのです。無理に聞こうとしても余計に混乱してしまいますよ」

 

母親らしき女性は渋々手を下した。

 

「ああ、静代……静代……」

 

……こりゃあ、ダメだな。

有用な情報は何一つ聞きだせそうにない。

二人の後ろで見ていた俺は組んでいた腕を下し、荷物を取った。

そして警官に声をかけた。

 

「帰りましょう。彼はまだ混乱しているようだ。話をできる状態ではない」

 

「よろしいのですか?」

 

「ええ。得られるものはありました」

 

そして母親に一礼した。

 

「無理を聞いてくださり、ありがとうございました」

 

母親は慌てて俺に頭を下げた。

 

「いえ!そんな!むしろ何もお力添えできず申し訳なくて……」

 

「そんなことはありませんよ。これは少しばかりのお礼です」

 

俺は懐から少々厚い封筒を取り出し、差し出した。

母親は慌てて首を振る。

が上がりきった口角は隠しきれていない。

 

「こんなに受け取れません!」

 

「入院というものは何かと入用です。お使いください」

 

「…………それでは…」

 

母親は渋々といった体でその封筒を受け取った。

それでいい。口止め料は今後の投資だ。

あんたは金を、俺は安全を得る。

 

「それではお母様もご自愛ください」

 

一礼して俺は病室を出た。

 

困ったな。まともに話を聞けそうな場所はここで最後だったんだが。

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 

 

雷久保鳴海様

拝啓

 春たけなわの頃となり、雷久保様におかれましてはますますのご隆盛のことと存じます。

 さて、本年も柱合会議の季節となりました。雷久保様が定例会議に参加されるおつもりがないのは存じておりますが、現場を深く知るものとして、そして多くの人を助けたものとして、誇りを胸に参加されることを切に願っております。議題は別紙を参照していただければと思います。

また、先日は藤の花を送付して頂きありがとうございます。こちらの在庫が切れていたので大変助かりました。追加で送って頂いたお花も大層綺麗で、蝶屋敷にも明るい香りが漂っております。

 私の誕生日にお送りになったのはわざとですか。ほんと、そういうとこですよ。

 それでは、またお会いできる日を楽しみにしております。

 まだまだ肌寒い日もありますので、ご自愛ください。

                                          敬具

 

                                       胡蝶しのぶ

 

 

俺は達筆な字の並ぶ手紙から視線を上げた。

 

「…………」

 

そういや、そうか。

そろそろ定例会議が開かれる時期か。

二枚目の手紙には定例会議の議題と進行予定、出席予定者が書かれている。

論議の的は実力の二極化が進む鬼殺隊の是正と強化。

それから全国の鬼の変動。

 

「……行かねえな」

 

後者はいつもの現状報告。

現在のどこにどれほどの鬼がいるか、もしくはいたか。

鬼の分布を確認して、逆算的に鬼舞辻の足跡を読む。

そして全国に適切な戦力を配分する。

 

これはいつもしているように鎹烏に報告書を届けさせればいい。

急激な変化が見られなければ書面で充分だろう。

問題は前者。

 

確かに最近の鬼殺隊は精鋭と呼べる実力者とすぐに折れる新参者の2極化が進んでいる。

中堅に位置するものが少ないから新米を教導するものが少ない。

そのせいで新人は成長できず、逆に精鋭は仕事量が極端に増えている。

現にそのとばっちりを俺もくらっている。

最近仕事が多すぎる。

やってもやっても鬼が湧いてきやがる。

なんだ、あいつらは。ゴキブリか何かか?

まあ、今の俺みたいに他人事にとらえている奴らが多すぎるから、組織が歪な形に変化しつつあると考えれば自業自得ともいえる。

 

だがそれがどうした。そんなことは知らん。

俺は鬼殺隊を辞める身だ。

退職する職場の新人研修なんかやってられるか。

こんなクソな組織の運営なんて絶対やらねぇ。

 

「にしても錚々たるメンツだ。なんだこいつら?暇か?」

 

出席者の名簿を確認してため息をついた。

あのでかすぎる岩柱を筆頭として、ゴリラ忍者の音柱。イキり真面目の風柱。

ネチネチ蛇柱、オールポジティブ炎柱。目の笑っていない蟲柱に、煽りの水柱。

起きてんのか寝てんのか分からん霞柱と、もはや訳の分からない恋柱。

 

…ほぼ全員出席してんじゃん。

 

「この暇人どもめ!」

 

ムカついて名簿を叩いた。

時間あるなら俺の仕事やってくれねえかな。

 

「お前ノ仕事ガ遅いダケ!」

 

俺の肩からやかましい声が響く。

 

「うるせえ!んなことは分かってんだよ!」

 

肩にのる俺担当の鎹烏に怒鳴る。

だからムカついているのだ。

どいつもこいつも優秀な人間だよ!

クソが!くたばれ!

 

名簿をくしゃくしゃに丸めて投げ捨てようと思ったが、烏は頭をつついてきた。

地味に痛い。

 

「言われなくてもするよ、仕事だろ?」

 

「違うゾ!もう一通!」

 

「あ?」

 

確認すると烏の足にもう一つ手紙が巻いてあった。

なんだ?

巻いてある手紙をほどき、広げる。

 

 

 

師匠様

前略

継子にしてください。

近いうちにまたご連絡いたします。

                草々

                真菰

 

 

 

「…………マジか、こいつ。しつこい。それにしつこい」

 

あとしつこい。

なんだこりゃ。

これを送って弟子になれるとか本気で思ってんのか?

思っているとしたらあまりにも馬鹿だ。

思っていないなら失礼すぎて馬鹿だ。

 

「というか師匠様ってなんだよ。敬称に敬称つけてどうすんだ。俺は天皇かなにかか?」

 

俺はとんちきな手紙を鼻で笑い、荷物から手紙と万年筆を取り出した。

 

 

全略

 

 

俺は手紙のど真ん中にその二文字だけを書き込んだ。

アホすぎる手紙の差出人にはアホな返事がちょうどいい。

そして烏の足に巻き付けた。

 

「仕事を増やして悪いが、これを先に送ってくれ」

 

もちろん毛ほども悪いとは思っていない。

烏は俺の頼みを聞くと胡蝶からの手紙を見た。

ああ、こっちね。

 

「こっちは近況報告を提出するからあとで書く」

 

「会議ニ出ろヨ」

 

「やだよ」

 

あれだけ優秀な人間が集まってるのに俺いらないだろ。

お飾りで出席する会議とか嫌すぎる。

俺なら始まった瞬間に寝るか帰る。

 

「現状報告書は書くんだからそれでいいだろ」

 

能力差のある人間を無理矢理並べても誰の得にもならない。

会議は滞り、出席者はイライラし、俺もムカつく。

Win-winならぬLose-loseだ。

形式守った挙句にみんなが不幸になって何の意味があるのか。

俺はないと思うね。

 

その時間に甘味を嗜むか、女を抱いていたほうがよほど意味がある。

みんな幸せ。

 

「この給料泥棒メ」

 

「鬼殺隊のパフォーマンスを上げるための仕事は全部する。俺ができる範囲でな」

 

烏がまた頭をつついてきた。

 

「精神的ニ向上心ノないものハ馬鹿ダ!」

 

「痛いからやめろ」

 

自分の出来る仕事をミスなく仕上げるのが賢い人間だ。

できないことを安請け合いして、どうしようもなくなってから投げ出す方が圧倒的に馬鹿だ。

 

「というかそれ、最近新聞で連載してる小説の台詞だろ」

 

烏がわずかに目を見開く。

 

「お前、手紙を送る途中で寄り道してるな?喫茶店とかで新聞読んでる人間のそばに行って…」

 

「承ッタゾ!行ッテクル!」

 

「あ、てめぇ!ま…」

 

俺の制止を振り切って烏は飛び去った。

あの野郎……。

休憩も嗜好品も充分量与えているというのに。

 

「ったく。……まあ、真面目過ぎるやつよりはましか」

 

それでこそ俺の担当。

 

 

「そういや胡蝶の誕生日ってあの日だったのか」

 

報告書に藤の花の毒の受注処理が大量にあったから、適当に見繕って送っただけだったんだが。

というか、そういうとこってどういうとこだよ。

……ああ、はいはい。

「誕生日に毒送ってんじゃねえよ、喧嘩売ってんのか」

って言いたいのね。

 

喧嘩売ってんだよ。分かれ。

 

「まあいっか」

 

 

 

§

 

 

 

 

大通りにはバスが走り、多くの人が行きかっていた。

行きかう人の服装は和装洋装入り混じり、みな忙しそうだが溌剌として顔を上げ歩いている。

希望を持った目をしている奴らばかりだ。

 

「景気いいねえ」

 

俺は隊服を脱ぎ、背広姿で歩きながらあたりを見回した。

信じられるか?これでこの国、戦争やってんだぜ。

そうとは思えない賑わいだ。

 

数年前、欧州のとある国の皇太子が暗殺された。

何年もため込んだ諸国間のフラストレーションはそれを皮切りに大爆発を起こし、欧州諸国は戦争に突入した。

そして我が国、大日本帝国は英国と同盟を結んでいたため、英国の陣営として参戦を余儀なくされたった。

 

これだけ聞くとはた迷惑な話だ。

実際、欧州諸国が世界の市場を占有していたことも相まって、為替市場は混乱、工業原料は入手困難、数年前は恐慌状態になりかけた。

そっちの問題はそっちで片付けてくれ。

と、そう言いたいところだがこっちにも旨みはあった。

 

戦争をやってる国は戦うことに手いっぱいで、自国の産業を成長させることにまで手が回らない。

すると必然的に軍需品は不足する。

さて、足りなくなった武器、燃料、衣類、食料はどこから調達してくるでしょうか?

 

当然、それがあるところ。

具体的には戦場から離れていて安全に産業の運営が可能かつ、味方をしてくれて、さらにはそれなりの工業生産力を持つ先進国だ。

そんな都合の良い国なんてどこにあんだよ……あるじゃん!ジャパン!

 

とそんな流れで我が国は英国や露西亜に対して大量の軍需品を供給!

アジア、アフリカ市場から戦争で忙しい欧米諸国が後退したため、日本が市場を独占!

輸出商品が売れる!売れる!

どこへ行っても「日本さん、商品売ってくださいよ」状態。

もう景気が良くなるのも当然。

対岸の火事なら見てるだけだったが、対岸で戦争が起こると向こう岸は地獄だがこちらは天国だ。

人が殺し合うと人が栄えるなんて、何という皮肉。

行きかう人々の希望は向こう岸の絶望によって作られているんだよ。

 

そんなクソみたいな目で人を眺めた。

まあ、これだけ景気がいいとその反動も相当だろう。

精々今のうちに楽しんでおくといいさ。俺も人の心配をしている場合じゃないし。

 

いやぁ、それにしてもまっとうな姿でまっとうな時間帯にまっとうな場所にいると何だか俺がまっとうな人間に思えてくるな。

 

「さて……こっちか」

 

そんなことを考えながら俺は賑やかな街並みをしばらく歩き、人混みが閑散としてきたところで一つ、洋風のモダンな屋敷を見つけた。

 

「あれか……」

 

周りの建築物は古式ゆかしい和式であるのに、あそこだけが自分は違うと主張するような

洋式建築である。

率直に言って趣味が悪い。

偉そうなやつは嫌いだ。

といってもこれから俺も偉そうな奴にならなきゃいけないんだが。

 

大きな扉の前に立つ。

そしてライオンを模したドアノッカーで扉を二回ほど叩いた。

 

「…………」

 

ライオンとは洒落てんな。

成金め。

 

しばらくするとゆっくりと扉が開き、洋装をした初老の男性が顔を出した。

 

「当家に何か御用でしょうか?」

 

俺は一礼し、要を告げた。

 

「私、内務省警保局保安課の雷久保鳴海と申します。内木様と正午に面会のお約束をさせていただいているのですが」

 

格式ばった口調。

いくら俺がクズだとしてもTPOは弁えている。

男性は鋭い目つきでこちらを見た後、うやうやしく頭を下げた。

 

「……失礼いたしました。雷久保様、どうぞこちらにお入りください」

 

そんなに睨まなくてもいいよ。

別にあんたらを摘発しに来たわけじゃない。

というか法を執行できるような権限を持っていない。

なんなら官僚ですらない。

 

長い廊下を歩き、ある客間に通された。

 

「こちらでお座りになって少々お待ちください。すぐに当家の主を呼んで参ります。何か御用がお有りの際は呼んでいただければすぐに参上いたします。では」

 

一礼してモダンな扉を閉めた。

勝手にうろつくんじゃねえとくぎを刺されてしまった。

政府の犬に自分の家をウロチョロされたら鬱陶しいだろうがそこは安心してくれ。

俺は政府の犬じゃない。

 

俺は座らずに部屋を見歩く。

滑らかな手触りの椅子。鉱石を加工して作られたのであろう机。彫刻の施された額縁に入れてある写真、漆塗りされた木製時計。

全部が全部、俺の1年分の給料は軽く跳んでいきそうな家財である。

成金の家やばいな。

信用とはかくも恐ろしいほどに高いのか。

 

召使が持ってきた茶をずるずると飲んでいたら、1分もたたないうちに当主とやらが部屋に入ってきた。

官僚の看板は伊達じゃない。

こんなに早く出迎えられたのは、鬼殺隊の任務が何百とあれど数えるほどしかない。

 

はて、誰だったか。西洋の哲学者が言っていたな。

人間は権威や伝統を無批判に信じ込むから偏見を作り出すとか。

彼はこれを「劇場のイドラ」と呼んで批判していたが、権威を持つ立場になると実に気分がいい。

こうやって権力者は力に溺れていくんだろうな。

くたばれ。

 

入ってきた成金当主は俺が思っていたのとは少し違った。

スマートな体系に、短くまとめられた整髪、張りのある肌、鋭い目つき、整った顔。

大海に覇をとどろかす大商人と呼ばれて疑わないくらいには力強い雰囲気を漂わせている。

 

偉そうにひげを伸ばしたデブが出てくるもんだと思ったんだが、紳士が出てきちまったよ。

俺は一目でこいつが嫌いになった。

金を持ってるくせにイケメンとか心底むかつくわ。

 

「お待たせして申し訳ない、私は内木汽船の内木信成と申します」

 

あちらが右手を出してきたのでこちらも差し出す。

 

「内務省警保局保安課の雷久保鳴海と申します。急な面会を受け入れてくださりありがとうございます」

 

軽い握手を交わす。

 

「とんでもない。お国に尽くす官僚方のお力になれるならどんな労力も惜しみませんとも」

 

内木は笑顔でそう言い切って見せた。

おいおい、この男やべぇぞ。

一円の得にもならない訪問に一切顔色を変えずに媚を売って見せるとか計算高すぎる。

ちょっとまともではない。

実際、この男、本当にまともではない。

この男、なんと資本金2万足らずで億万長者になりあがった本物の成金だからだ。

 

欧米諸国間のいざこざで始まったさきの戦争。

日本は欧米に支援することになったが、戦力と軍需品の供給先は広大なユーラシア大陸を挟んで向こう側。

もちろん遠大な距離を陸路で行く馬鹿はいない。海路で行く以外の選択肢はない。

だが軍は膨大な支援が可能なほどの舟を持っていない。

さてどうする?

 

これも同じだ。あるところからもってくる。

ということで民間の船舶は軍用として軍部が徴用してしまった。

すると困るのはもちろん輸出会社。

自国の商品があり、アジア、アフリカの大きな市場は欧州が抜けてがら空き状態。

類を見ないほどの大チャンス。またとない儲けの機会!

だけど船がねえ!

持っていけば売れるのに!宝の山が目の前にあるのに!

持っていけねえ!ちくしょう!

誰か船を貸してくれ!いつもの3倍、いや5倍払う!

 

「いいだろう貸してやる。ただし10倍でな」

 

これを言ったのが目前にいる内木だ。

運送という手段の需要が高騰していることに目をつけた内木は残ったチャーター船一隻で汽船会社を起こし、平時の10倍以上の値段で商品を運ぶことで大量の利益を得た。

その利益でさらにチャーター船を増やし、また運び、それを繰り返してぼろ儲け。

一躍時の人として名をはせた真の成金。

 

不要な場所で安く買い、必要な場所で高く売る。

これ商業の鉄則。

この男にはその機微を見抜く目があるのだろう。

自身にあふれた表情してるぜ。

腹立ってくるな。

 

そんな俺の内心を知らぬ内木は椅子を手で指した。

 

「どうぞお座りください」

 

「では、失礼して」

 

俺たちは机を挟み面と向かって座り合う。

 

「それで、わが国の行政官庁、内務省の官僚様が一体どのようなご用件で当家をお尋ねになられたのですか?互いに多忙な身ゆえ、単刀直入に仰って頂きたい」

 

座っての第一声。

さっさと用件を述べろ。

いいねぇ。正直これからまた微塵も思っていないお世辞で成金の機嫌を取らなきゃいけないのかと辟易していたところだ。

そちらからそう言ってくれれば、こちらも話を切り出しやすい。

 

さて、では鬼殺隊の隊員であるところの雷久保鳴海、すなわち俺がいったいなぜ背広なんぞを着て、官僚に化けて、時代の潮流で一山当てた成金のところに訪問したかと言うと……

 

そりゃあ、もちろん鬼の情報を得るためだ。

 

「では、端的に申させて頂きます。私どもが伺いたいのは斡旋についてです」

 

「なるほど。やはりそうですか………大臣の御子息ですか?であれば一人手の空いたものがおります。うちの協力会社なのですが、商社の社長令嬢でして……」

 

一言しか言っていないのに、円滑に話を進めていく。

これが何の話かと言うと、金持ちどもの縁談である。

この内木、財を築いて次に始めたのは地盤固めだった。

おそらくは脅されたか、商売に邪魔が入ったか。

もしくはこの先の景気が不透明なことに不安を覚えたのかもしれない。

内木は自分の身の回りの人間、海外と商いをして金や伝手を持っている奴らと政界にいる金持ちどもの縁談を始めた。

時代の新生として怒涛の勢いで伸びていく内木の伝手が欲しい同業者と、大戦景気で海外市場の広がりに介入の余地ができ始め、なんとか乗り込みたい政治家。

需要があり、機会がある。

この男はその状況にチャンスを見た。自らの地位をただの成金から政界にコネを持つ経営者兼投資家にステップアップできると。

そして結婚相談だ。

企業の金持ちと政治家、その二つの間のブローカーをやっている。

 

「……ですので悪い物件ではありません」

 

「なるほど」

 

チャーター船でブローカーをやっているのと何ら変わらない。

変わっているのは売るのが物か人か、それだけだ。

 

「ただひとつ疑問があります。これは私のお節介ですが、通商航海は外務省の管轄では?他人の庭を荒らしても恨みを買う分だけ損です」

 

内木はこちらに向けてにこやかに、だが鋭い視線を向ける

それは当然の疑問だ。

もちろん俺は斡旋を頼みに来たわけではない。

鬼の情報を聞きに来たのだ。

 

「いえ、私は貴方に斡旋を頼みに来たのではありません」

 

「では何を?」

 

「事情聴取をしに来たのです」

 

内木の眉がピクリと動く。

 

「事情聴取?」

 

「はい」

 

「……私の行為が何か法に触れたと?私は出会いの場を設けているだけで賄賂を贈っているわけではありません」

 

こう反応するよな。

お偉いさんや金持ちから話を聞くのに警保局という立場はとても便利だが、身構えられてしまうところはとても面倒だ。

誰だってやましいことの一つや二つあってしかるべきだからな。

 

「任意同行というのならこちらも弁護士を」

 

すこし敵対的な口調になってきた内木の話を手で遮る。

 

「早とちりなさらないでください。こちらは事情を聞きに来ただけなのです」

 

訝しげにこちらを見る内木。

 

「内木様は斡旋された夫妻の幾名かが失踪されたのはご存知ですか?」

 

「失踪?……いえ、初耳です」

 

だろうな。

内木は目を開き、軽い動揺。反応としては自然だ。

 

「どういうことです?」

 

「実はここ最近、結婚なされたばかりの夫婦がそろって失踪し、夫だけが帰ってくるという事件が多発しておりまして」

 

俺に下った指令はそれだった。

この町を中心として、新婚の夫妻が行方不明となる事件が最近多発している。

しばらくすると夫だけが帰ってくる。

周りの者や公的機関のものが話を聞いても男は嘆くだけで何も仔細を話さない。

自らの妻の名前をしきりに呼び、ただうなだれていると言う。

俺も幾人かに話を聞きに行ったが、本人の口から何があったか聞くことはついぞなかった。

あまりにも歪な事件が立て続けに起こるため、調査し、鬼がいるならばそう討伐をせよと産屋敷大先生に申し付けられてしまったというわけだ。

 

この事件のことについて俺は簡潔に内木に伝えた。

 

「……というわけで内木様にもお話を聞かせていただければと」

 

内木難しい顔をして考えていたが、すぐに口を開く。

 

「私が犯人だとお考えで?」

 

「いえ、そうではありません。ですが……」

 

「ではなぜ私に話を聞くのです?」

 

あくまで冷静に、内木は話す。

問題はこの“目”だ。

商機を逃さないこの目をどこまで欺けるか。

 

「被害にあったご夫婦の12組のうち、7組が内木様の紹介でご結婚された方たちだったのです。ですから内木様から彼らに何か共通点あったか教えていただけないかと……」

 

「私を疑っていることは否定しないのですね」

 

「申し訳ありませんが、仕事ですので」

 

悪いな。

探っても痛くない腹なら見せてくれ。

面倒は嫌いだ。

 

「…………」

 

内木はしばらく黙っている。

納得しないか。

こちらの都合しか言ってないのだから当然だが。

なら……

 

「ですが」

 

あらたに切り出す。

 

「私個人としては、内木様は信頼のできる方だと思います」

 

「商人に信頼とは……また、大きく出ましたね」

 

「冗談ではありません」

 

「理由を聞いても?」

 

内木は嘲笑交じりの顔で問いかける。

 

「目です。目は口程に物を言うと諺にありますが、その人間の生き方は目に出ます。どう言い繕おうと自らの目は誤魔化せないものです」

 

「目……」

 

これは俺の本心だ。

その人間がどう生きてきたかは目に現れる。

どうしようもない生き方をしてきた人間と言うのはそれ相応の目をしてる。

 

「内木様の目は重い。こういう目の持ち主にはあまりお会いできないのです」

 

「重い、ね」

 

「ですからこの縁を無駄にしたくない。加えて、内木様はこれから景気がどう動くかある程度ご理解しているみたいですし」

 

「何のことです?」

 

「しらを切らずとも。内木様が政界にコネを作ろうとしているのは今後の不況をいち早く読み取り、事業を売却するためでしょう?」

 

「…………」

 

「今は欧州の戦争で好景気が続いていますが、やがて戦争は終わる。戦争が終われば軍需品の需要は薄れ、欧州はいずれアジア、アフリカ市場に再び入ってくるでしょう」

 

「そうでしょうね」

 

「そうすれば日本製品は今の勢いほど売れなくなるのは確実。そうしたときに困るのはこの景気の勢いで設備に過剰投資した事業主です」

 

「…………」

 

今は軍需品に欧州という買い手がおり、市場には欧州という競合相手がいない。

だが戦争が終われば買い手はいなくなり、市場で戦う相手ができる。

そうなれば当然売り上げは減る。

そして企業は高額な設備の維持費と商品の在庫を大量に抱えることになる。

だが、だからといってすぐに設備を売却することなどできはしない。

なぜなら設備の初期投資には大量の赤字が付いて回り、それらの赤字を回収し黒字にするまでには数年単位の時間が必要だからだ。

加えて、不況の真っただ中で不必要な高額設備に買い手がつくだろうか?

つくはずがない。

 

なら事業主が最も得をする方法は?

景気の流れで設備を作り、大量の商品を売り、戦争が終わる前に投資した設備を他の企業に売って現金化してしまうことだ。

そうすれば大きく利益を獲得し、競合他社は不況になったあとの設備維持と大量の在庫で自滅する。

 

「政界とつながりがあれば欧州の変化にいち早く気づけるでしょう。不況の前兆をつかめるかもしれません。それに大蔵省はある程度の企業に顔が聞く。設備の売却なんかもスムーズにできるかもしれませんね」

 

「……」

 

「そういえば私、外務省や大蔵省には知り合いがいまして。なんなら話し合いの場を設けるなども出来たりするんですよ」

 

俺じゃなくて産屋敷の大先生がな!

俺はそんな七面倒なことはやらん。そもそも知り合いもいないからできん。

 

「…………」

 

「指定席の切符があるのにわざわざ回り道をすることもないでしょう。どうです?」

 

俺は右手を差し出した。

内木は考え込んでいる。

俺の出したメリットと自らが作ったコネの情報を開示するデメリットを量っているのだろう。

 

のれ。

乗ってこい。

お前にデメリットはない。なぜなら俺は鬼殺隊で、お前の作ったコネの情報などどうでもいいからだ!

流すような馬鹿はしない。

そして大蔵省や外務省へのパイプは産屋敷大先生が必ず作ってくれる!

知らんけどな!多分やってくれるぜ!

俺は俺の仕事が増えないのなら、そして俺の利益になるのなら大体の仕事は安請け合いする!

そしてそのまま丸投げする!

 

というかもうめんどくせぇ!

なんで鬼殺隊は政府非公認の組織なんだよ!

公認なら毎回毎回こんな面倒な手回しなんてしなくても上に一報入れれば終わるのによ!

もうほんとクソだな!鬼殺隊!

殺すだけ殺して飯食ってるようなカスどもの集まりだからな!

ぜってぇ辞める!

 

「…………」

 

内木は顔を上げ、俺の目を見た。

 

何をしている。

乗れ、俺の話に。

つかめ。俺の差し出した右手を。

俺はもうこれ以上面倒な仕事をしたくないんだ。

早くしろ。

 

奴はしばらく俺の顔を見ていたが、ゆっくりと右手を上げその右手で俺の右手をつかんだ。

 

「いいでしょう。よろしくお願いします。雷久保さん」

 

よおおおぉし‼

それでいい!それでいいんだよ!

俺は俺に対して都合よく動いてくれる奴が好きだ。

故に内木、お前がイケメンで、大金を持ち、頭の回転が速いのは大層気に食わないしムカつくが、嫌わないでやろう。

 

よし!

この任務の山は越えた!

被害者が金持ちばっかりと聞いたときには情報収集もままならないと思ったが、流石俺。

美しい手練手管と産屋敷パワーで見事にこの事件に関与しているだろう成金から、協力をもぎ取ったぜ!

俺すげえ。

 

あとは情報を洗って鬼を見つけ出す、それだけだ。

鬼を殺すのは楽だ。

だって首を切るだけなんだぜ。

それに比べて人間の協力を仰ぐことの大変さといったらもうね。

相手の感情を推し量り、相手の利益を考え、そのための金を何とか工面し、人を動かし、相手の心を動かし、そうしてやっとだ。

だというのに鬼殺隊面々ときたら、鬼の首を切ればそれで終わりだと思ってやがる。

おい、てめえら。

殺しの能しかねえからってこういう面倒くさい任務を毎回俺に回してくんじゃねえ!

ほんとクソ。

もうやめる。まじやめる。

 

「それでは内木様がご紹介された夫婦の方々について伺ってもよろしいですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 




鬼滅の刃面白いですね。
書きたくなったので書きました。


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