殺し合いで始まる異世界転生 (117)
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1章 殺し合いで始まる異世界転生
001話 転生前


ノリと勢いで書き上げました。
シリアスな場面が多いかと思いますが、お付き合いいただければ幸いです。


「あ?」

 唐突に覚醒した意識が混乱する。

 自分が直前まで何をしていたか思い出せない。眼前には真っ白な世界、真っ白なだけの世界。

 そこで唯一色があるのは、ふと目を向けた先にいつの間にか居たスーツの男。こんな場所でなければただのサラリーマンかと即座に記憶から消去されてしまいそうな没個性な人物だった。だが、他に何も存在しないこの空間では唯一の自分以外の存在である。記憶に留まらない訳がない。

「やれやれ。ここまでですか」

 何故か落胆したように呟くスーツの男に、困惑気味に口を開く。その態度にさらにこちらは困惑してしまう。

「あの……」

「ああ、結構。(ワタクシ)、見た目通りに無駄は嫌いなのです。

 結論から申し上げますと、貴方は若くして死に、異世界へ転生する運びとなります」

 もちろん、貴方が望めばですが。そう付け加えるスーツの男。

 だが、死んだ実感がない身としては、唐突にそう言われても困るというもの。

「俺が…死んだ?」

「ええ、死にました。死ぬ際の痛みや恐怖、記憶などを遺してはこの場での会話で手間がかかるので、その辺りは消去(デリート)させていただきましたが。

 まあ、それはこちらの勝手な判断と思惑。返せと言えば返しますよ?」

「……」

 背筋にツーと冷たい汗が流れる。

 人が死ぬ際の痛みや恐怖などを、路傍の石が邪魔だから除けたと同列にのたまうスーツの男の精神性にこそ恐怖する。転生という言葉を簡単に軽薄に使うあたりからして、完全に普通とは違う。生死を扱うのに手慣れた感覚が、もはや恐ろしささえ感じさせる。

 このような話はフィクションではよく聞くが、その際に現れる所謂『神』と称される存在とは根本からして違うと感覚で理解できた。

 だが。一応の礼儀というか、確認として聞いてみる。

「アンタは、ええと…神様とかいうヤツなのか?」

「ハァ…。よく問われますね。神とでも悪魔とでも、何とでも呼んでいただいて結構ですよ。強いて言えば超越者という呼称が(ワタクシ)は気に入っておりますが、これは個人の嗜好の範疇ですので強制は致しません。

 重要なのは、死んだ身である貴方を転生させた上で特殊能力を付随させる事を可能とするのが(ワタクシ)である、その一点です」

「…何故、俺を?」

 これがどこかの物語であるなら、神様が間違った命を消してしまったからそのお詫びにとかいう言葉を期待するのだが。このスーツの男からそんな慈しみに満ちた言葉を期待するのは間違っている。ビジネスでやっていますという雰囲気がありありとしているからだ。

 それを隠そうともしないスーツの男は淡々と告げる。

「まあ、見込みがありそうだからと言っておきましょうか。貴方が死んだことに(ワタクシ)は関りがありません。死んだ者を見定める内の中でこれはと思った者に声をかけているだけです」

「ハ。なんか、北欧神話の戦乙女(ヴァルキリー)みたいな奴だな」

「そうそう。そういった感性が(ワタクシ)好みですので」

 言った言葉はさらりと流される。

 どうにもまともに対応されているという感覚がなく、正直な事を言えば雑に扱われているのだろう。

「他に聞きたいことが無いなら話を進めますよ。

 これから貴方が転生する予定の世界はH×H(ハンター×ハンター)の世界、といえば通りがいいでしょうか。

 産まれながらに念を使える存在にして、(ワタクシ)からも貴方が望む特殊能力を一つ授けましょう。

 これは他者の発想を元にした能力でも結構ですし、貴方が考えた能力でも結構。願った能力を授けます。ただし、それは貴方という人間を寄る辺とするので、強力過ぎる能力を付随させても必ず歪みがでますのでご留意下さい」

 淡泊が過ぎる説明にどこか現実感がない。

 しかし分かる事もある。このスーツの男はタダでそれを渡すお人よしではないという事だ。明らかに何か裏がある。

「デメリットは?」

「そこに考えが及びますか。話が早くて結構です。

 (ワタクシ)が望むのはただ一つ、ある一人の人間を殺していただきたい」

「意味が分からない。アンタが自分で殺せばよさそうな話じゃん。なんでわざわざ俺を生き返らせて、特殊能力を授けて、一人を殺させようとする?」

 H×Hはそれなりに詳しいが、この神と呼ぶのに問題がない能力を持つスーツの男がこんな手間をかけるとは思わない。

 それこそキメラアントの王どころか、暗黒大陸の何某だって滅することができそうだ。逆に言って、この男が殺せない存在を、たかが特殊能力を持った一個人がどうにかできるとは思えない。

 そんな考えが見透かされたのか、スーツの男が笑う。ぞわりと嫌悪を覚える笑みで嗤う。

「それではゲームになりませんので」

「え?」

「殺していただきたいのは、もう一人の転生者。貴方以外に特殊能力を与えられたもう一つの異分子。貴方にはその人物を殺害していただきたい」

「……! クソ、さしずめ、暇を持て余した神々の遊びってか」

「遊びではありません。ビジネスです。最も、(ワタクシ)如きの末端ではどのような利益が出るのかさっぱり理解できませんが。

 お察しとは思いますが、(ワタクシ)はただのスカウトマン。これはと思う人間を見つけ出して、同じような商売敵を上回る事を目的としています。

 もちろん過剰に手を加えることは厳禁。平等条件として貴方と同じ世界から連れてきた魂である事と、その世界の能力――この場合は念を習得させることは認められています。それ以外に誰を選ぶか、そしてどのような特殊能力を与えるかは個々人の判断に任されるのです」

「……オーケイ、分かった。アンタが、アンタたちがそういう類の神様だっていうのは理解した。で、他にルールは?」

「相手が死ぬまで異分子への殺意を途切れさせない事。これを忘れた瞬間、貴方は強制的に『負け』となり、死ぬ事になります。

 逆に言えば、これさえクリアすれば自由自在。原作への関与、特殊能力を使った横暴、世界の支配。これら全てを我々は黙認します」

 考える。

 これは緩く、そして厳しい条件だ。流れが決まった一つの異世界への、二つの異分子の介入。すなわち、原作にない現象は自分か相手かのどちらかに限定される。下手に歴史を引っ掻き回す行動を取れば、自分の存在を相手に気取られてしまうだろう。

 故に流れを変えない事が基本となるが、そうなるとお互いにいつまでも相手を見つけられない。だが、介入しやすい場面というのは存在する。それは言うまでもなく原作だ。そこは介入しやすく、また一方的に監視できれば相当な優位に立てる。だが、それを監視しやすい立場にいるというのがまた難しい。

 例えばH×Hならゴンたちのハンター試験などが挙げられるが、そこにヒソカやイルミ以外の念能力者がいれば介入者である事はほぼ確定であるし、ハンター試験を一方的に監視できる立場というのも普通ではない。シングルハンターですら試験官に留まることを考えれば、おそらく十二支んクラスの発言力は必要になるだろう。どのような特殊能力を得たとしても現実的ではない。

 特殊能力もそうだ。索敵に重点を置くか、見つけた相手を確実に葬れる能力にするか、はたまた転生先でアドバンテージを取りやすい能力にするか。デスノートのように尖った能力にすれば汎用性は失われる。あそこは念能力者が最低ランクの世界であるからして、場合によってはあっさりと殺される可能性も否めない。ゾルディックや幻影旅団に狙われれば、念能力だけでは死は免れないだろう。

 これはもはやお気楽な転生物語ではない。漫画の名前に相応しい、相手を狩るハンティングバトルだ。

「産まれる時間や場所は決まっているのか?」

「時間は1979年に限定させていただいております、原作開始時には二十歳になりますね。数ヶ月のアドバンテージはあれど、極端な差異は生まれにくい。

 場所はメビウス湖の内側で固定、両親が人間である以外は運です。魔獣などに転生することは有り得ません」

「産まれた瞬間に相手を呪い殺す能力にはできるか?」

「それを選べば反動で貴方も死にますね。自分の都合のいい能力程、デメリットも大きい。奇しくも転生する先である念能力を想定していただければいいかと」

 その言葉を聞いた瞬間、閃いた。

「ならば訓練や成長によって能力は強化されるのか?」

「お察しの通りです」

 ならば産まれた瞬間から最強である必要は皆無。相手も同じ時期に産まれる事を考えれば、早くて12歳で遅くとも15歳くらいで実用可能な範疇であればいい。

 その中で、特に戦闘に特化して他にも融通が利く能力。もしもこれができるなら最高ではないかという願望を口にする。

「サーヴァントを使役する能力を選びたいけど、それを選んだらどのような不利益が存在する?」

「……サーヴァントとは、FGOに代表される聖杯戦争の使い魔を指す認識でよろしいですか?」

「ああ。そのサーヴァントだ」

 首肯する俺にスーツの男は僅かな時間、熟考する。

「そうですね。では、貴方の魂に聖杯が付随されているという特殊能力を与えましょう。

 貴方の魂が聖杯であるから、呼ばれたサーヴァントは基本的に貴方に服従の身となる。もちろん、願いを叶える聖杯がないから使役できるサーヴァントには制限があるでしょうから、上手く扱って下さい。そしてマスターの扱いになる以上、それを使役する為の令呪も付随されます。これは初期ならば一年に一画程に回復するかと。

 また、基本的に召喚できるサーヴァントは一体ずつのみ。種類の制限はないですが、強力なサーヴァントである程消耗は激しく、出力と現界時間に制限があると思ってください。

 他にも細々とした事はあるでしょうが、今の時点で確実に言えるのはこのくらいでしょうか」

「連続して召喚できる時間は? どのくらいのインターバルで再召喚できる?」

「産まれたばかりならば、低コストのサーヴァントで5分。魔力が底を尽きれば1週間は回復に時間がかかりますね。産まれた場所によっては、即座に詰みます」

「だが、生き延びられる環境ならば能力は強化されていく」

「その通りです。ですが、成長には環境の影響が大きい。どのくらい成長するかはなんとも言えませんね」

 十分だと思う。そもそも同条件の相手もこちらを殺しにかかってくる状況で、完全すぎる攻略法などある訳がない。産まれはまともだと信じる他ないし、多少のリスクは負うべきだ。

 能力としては相対した時に相手を殺害する事は前提にしているが、サーヴァントという優位性はそれに留まらない。索敵や暗殺にはアサシンが使えるし、追跡や逃走にはライダーが使える。真っ向勝負ならばセイバーやランサーの独壇場だし、搦め手ならばアーチャーやキャスターが有用だ。

 心配なのは相手も同程度の特殊能力を持っているということだが、こればかりは心配しても仕方がない。相手だって真剣にこちらを殺しに来るだろう。

 ならばするべきは、手の内が分からない相手の対策よりも自分の強化だ。その点、この能力以上は自分には思いつかない。

「決まりだ。その能力をくれ」

「やれやれ。特殊能力を与えてくれる相手への敬意が足りないようだ」

「そっちだって俺をゲームの駒扱いだろ? 敬意なんて持てねぇよ」

 返した言葉にスーツの男は薄く笑う。

「まあいいでしょう。では、これが最終決定でよろしいですか」

「あ、念はどうなるんだ? 系統とか」

「纏が使える事のみ確定です。それ以外の干渉は致しません」

「分かった、それで十分だ」

「では、これまでに述べた内容で契約するとハッキリと口で申して下さい」

「今まで話した内容で、俺は転生に同意する」

「――結構。では、これにて決定すべきは全てです。

 良い人生を」

 スーツの男がそう言うと同時、俺の意識は急激に薄れていった。

 これから新たな人生が始まる、特殊な能力を持った超人として。それに少なからず、興奮した心を携えて。

 

 

 

 

「産まれた、産まれたぞ!」

「おお、元気な男の子だ」

「天に居まわす神々よ、この地に新たな子を授けて下さったことに感謝いたします。

 我々は新たなクルタ族を、喜びを以って迎え入れます」

 

 あの、スタート地点がちょっとハードモード過ぎやしませんかね?

 



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002話 現状考察

書いてみたらほぼほぼ説明回。
序盤からこんなんだから私の小説はつまんないって言われるんだろうなァ…。

勉強になっています。以降、気を付けます。


 これは転生してから10年が経ったある日常。

「ごちそうさま」

 そう言って俺は腰をあげる。食器を台所まで運び、母が洗いやすいように水に漬けておく。

 父は食後のお茶を飲んでゆっくりしているし、母は2歳になった妹のユアを抱っこして機嫌を取っていた。

「バハト。今日も丘に行くのか?」

「うん。天気もいいし、のんびりしてくるよ」

 今日は安息日であり、自由な時間が約束されている日でもある。この日は誰でも好きな事をして過ごしていい日となっている。もちろん母の様に子守をしなければならない人など例外は居るが、基本的に日ごろの忙しさを忘れてゆっくりできる日で、俺はいつも好んで丘で過ごしている。

 静かに家を出て、太陽の日差しを浴びる。

『……あの子も変わった子よね。なんというか、老成しているというのかしら?』

『確かに歳の割りに落ち着いているな。だがまあいいじゃないか、畑仕事も家事手伝いもしっかりしてくれている。この村で静かに一生を過ごすのが一番だ』

 念を修めた俺の耳にはそんな両親の声と、意味があるのか分からない妹の声が聞こえてくる。

 それを無視して、俺は丘へと足を進めていた。

 

 

 丘でそよ風と太陽を浴びながら、物思いにふける。

 念ではなく燃。纏は維持しているが、現状を見定めて未来を考えるこの時間を俺は殊の外大事にしていた。すべきこと、してはいけないこと、やるべきこと、やってはいけないこと。それを考えると確かに念の修行にも熱が入る。ウイングが燃についても重要だと言っていた意味が、修行する身になってよく分かる。念とはとどのつまり精神力の戦いであり、己を見定めるという事は決して不利益にはならない。

 自分の事から思考を広げていく。

 俺が親からつけられた名前はバハト、歳は今年で10歳になる。両親と8歳年下の妹であるユアと一緒に小さな集落で暮らすクルタ族だ。

 その実、日本から転生してきた人間でもあり、この世界の事はH×Hの漫画などで得た知識がある。そして念にも目覚めていて、産まれた時から纏。今では絶・練・周・隠・流・円・硬までも会得している。といっても、応用技はまだ使えるだけである。とても実戦投入できる域までは達していない。とはいえ俺の齢は10歳であり、現状問題はないと思う。練も全力で行って一時間にそろそろ達するくらいには延びてきたし。

 そして系統だが、これがかなり特殊だった。特質系ではない、特殊だったのだ。水見式を行った時、二つの変化が同時に起こったのだから。

 コップに水を汲み、練を行う。これによって目に見えた変化は水の増加、すなわち強化系と思われた。ちなみにこれに失望した訳ではない、むしろ安定した継戦能力を望めるとあって好ましい系統だったといえるだろう。そして水見式をするとあって緊張していたのか喉が渇き、水見式に使ったコップを傾けて喉を潤した瞬間、俺は吹いた。何故なら水が塩辛かったからだ。

 やや呆然とした俺だが、原作を思い返して一つの結論に至った。グリードアイランドでの修行の際、ゴンはビスケに放出系よりの強化系と評された。ならば奇跡的な確率の上、強化系と変化系のちょうど真ん中に適性がある者もあるいはあるのだろうと。すなわち俺の系統は強化・変化の重複系統であると結論づけた。

 それに考えが及んだ時、正直頭を抱えてしまった。強化系との殴り合いには不利となり、変化系で競い合えば練度の差で勝ち目が薄い。どうしてもトリッキーな戦法を選ばざるを得なくなる。そしてそのような戦いを続ければ、結局どこかで死にやすくなる。蟻との戦いのように相手を殺せばいい戦いならば尖った性能も悪くないだろうが、死なない為の戦いではやはり純粋な強化系が理想であると俺は考えていた。結局、強化系に被っている上にオンリーワンな性質も出せると考えて、良いように強引に考えを向けた結論を出したが。

 ともかく俺の系統はそれであり、発についてはおおよそ考えは決まっている。オーラを水や氷、水蒸気に変化をさせる事を考えているのだ。特に氷は硬度に優れ、強化系とも良い相性になると期待している。

 そして何より俺を特別な位置に足らしめているのが魂に結び付いた聖杯によるサーヴァント召喚能力。なの、だが。これがとんだ曲者だった。なんとサーヴァントを完全に降臨させるにはいちいち詠唱をしなくてならない。『素に銀と鉄~』を全て言い切らなくてはならないのだ。最初は普通に1分以上かかっていたが、今では30秒程まで短縮できるようになった。人はこれを50歩100歩といい、どちらにせよ戦闘中に絞り出すには気が遠くなる時間を彼方に置き去りにした予備動作と言わざるを得ない。しかも召喚後の維持魔力は俺が捻出しなければならない為、現界時間もシビアであるというおまけつきだ。いちおう、俺の魂に聖杯があるせいか一度召喚したサーヴァントはそこにしまわれるらしく、記憶も俺と共有するから召喚後に意思疎通をしなくていいのが救いか。

 これは余りにも使い勝手が悪いと、試行錯誤の上でなんとか俺は無詠唱で一度召喚したサーヴァントを再召喚できるようになったが、その代償にその力量は半分程に落ちてしまう羽目になった。レベル半減といったところか。まあ、使い分けられるのならば悪くないと考えておこうと思う。

 また、召喚するサーヴァントも注意が必要だ。聖杯として願望器の御褒美がない以上、サーヴァントが協力的であるとは限らない。というか、その前提条件がある正史聖杯戦争でさえもマスターとサーヴァントの仲は大概アレである。藤丸立香まじでスゲェ。ともかく、俺様なサーヴァントは絶対に召喚してはいけないのである。ギルガメッシュやオジマンディアスなぞ、召喚した瞬間が俺の死亡時刻となるだろう。

 ある程度力になってくれるとなれば、騎士系サーヴァントや仕事人系のサーヴァント。前者は円卓の騎士などがいるし、後者はエミヤやハサンなどが該当する。制約はあるとはいえ、自由度は失われていないといえる。

 

 さて、ここまで長々と自己分析をして現実から目を逸らしていたが、そろそろ一番の問題点に視点を向けよう。俺はクルタ族なのである。そう、幻影旅団にクラピカ以外は(みなごろし)の憂き目に遭うあのクルタ族だ。

 これが単なる異世界転生であったなら問題はなかっただろう。原作などナンボのもんじゃいと、征服王イスカンダルあたりを召喚して幻影旅団を仕留めるかすればいい。これができないのは俺と同じく異世界転生を果たした人物がこの世界にもう一人居て、ソイツと俺はお互いに殺し合う立場だからなのが最も大きい。原作で悪名高い幻影旅団があっさり壊滅すれば、どんなバカでもその原因がもう一人の転生者だと気が付くだろう。スーツの男――もう神でいいか。あの神も転生者を選り好みしていたようだし、まさか原作知識のない人間は選ばれまい。神は俺と相手の殺し合いをどこか楽しみにしていたようだし。

 こうすると困った事になる。俺は転生して早々、家族を見捨てる決断を下さなくてならないのだ。クルタ族の壊滅は必須事項だし、それを防いだとすれば俺の素性はあっさりと暴かれるだろう。後は暗殺に特化したゾルディック辺りに俺の暗殺依頼を出せばそれで終わり。仮にサーヴァントがゾルディックに勝てたとしても大きく疲弊する事は間違いなく、その状態でもう一人の転生者に襲われてはひとたまりもない。斯くして俺は見事に殺されるだろう。

 それに原作主人公組であったクラピカがその実力を発揮できなくなる可能性もある。ふと気が付いたら暗黒大陸の生物によって詰みの状態になることも普通にあるのだ。なにせキメラアントでさえ危険度Bであり、まだまだそれ以上に危険な生物もありきたりにいるとなれば、これは決して荒唐無稽な話ではないだろう。っていうか、もしかして原作通りに進めても人類滅亡エンドに至るのではないだろうかという考えは、浮かんだ瞬間に破却した。冨樫(アイツ)ならやりかねねェな…。

 結論として、クルタ族は幻影旅団によって殺され尽くされなければならない、となる。もちろん俺はその騒ぎに乗じて逃げ出すつもりではある。幻影旅団も緋の目の単語を聞いた時に『生き残りが居たのか』程度の認識であり、俺一人が逃げ出しても見つからなかったら諦めると考えられる。問題となるのは俺にそれが多大なストレスをかける事となり、これから見捨てる一族と仲良くなることができなかったという点だ。

 更に簡単に辿れないだろうとはいえ、クルタ族の生き残りがクラピカ以外に存在するとなれば、まずソイツが転生者なのを疑う。クラピカがクルタ族であると一般的に知られなかった上に、ネオン・ノストラードを代表とした人体収集家の目にも留まらなかったとすれば、積極的に探しても見つからないだろうと推察できる。その道専門のプロハンターとなれば話は別だろうが、逆に言えばそういったレベルでないと見つけられないのだろう。日本に住んでいて、南半球にあるどこかの部族に詳しい人間がほとんど存在しないのと同じ理屈である。

 とはいえクルタ族は原作でもインパクトがある。もう一人の転生者がまあ一応調べてみようかと思う可能性は否定できない。その場合、俺は瞬間で正体を露呈する事となり、一瞬で窮地に立たされる。これがクルタ族に産まれてしまった大きすぎるデメリットだ。

 探せば一応メリットもなくはない。とかくクルタ族というのは強力な人種であるようで、どいつもこいつも溢れ出るオーラが尋常じゃないのだ。外部から入ってきたクルタ族でない人間と比べれば一目瞭然、立ち上るオーラが別の生物かという程に違う。纏を覚えた訳でもない非念能力者を称してあの(・・)ウヴォーギンが『強かった』というのも納得であり、その恩恵は当然俺にも与えられている。つまり才能という点に於いて、トップクラスであるとも云えるのだ。産まれてくる体を選べない身としてはこれは相当な幸運だ。何せ、プロハンターになったポックルでさえ師団長クラスの蟻に歯が立たなかったのだから、才能があるという事にはどれだけ感謝しても足りるという事はない。

 

 最後に俺と殺し合う転生者について。

 これには当然ながら情報が少ないが、確定している事が幾つかある。まず、そいつも神によって特殊能力が授けられており、念でない異常な能力を持つ者がいればそれが転生者でほぼ確定だ。ナニカを筆頭とした暗黒大陸由来の異能力の可能性もあるから絶対ではないが、卍解を可能とした刀を持っていたり身長50Mの巨人になれるなどの分かりやすい能力であれば断定できる。また、念能力者である事も確定であり、歳不相応に力を磨いた俺と同じ年代の人物が居ればかなり怪しい。そして原作に異変があり、それが俺由来でなければその大本こそが転生者だ。

 逆に言えば分かっているのはこのくらいである。言うまでもなく、世界中から一人を見つけるとなれば少なすぎる情報だ。

 この上で俺の行動でまず確定している事は、プロハンターになるということだ。何せ入手できる情報に大きな差異が存在する。異様な能力を持つ者ならば殺されるか秘匿されるかだが、その情報でさえ普通には手に入らない。例えばバッテラのような大富豪ならば独自の情報網を築けるだろうが、その域に達するにはどれだけの奇跡を起こせばいいのやら。プロハンターになる方が現実的だという悲しい台所事情がそこには存在するのだ。

 そしていつのハンター試験に受験するかだが、ゴンたちと同じハンター試験を受ける事を決めている。その次年度のハンター試験でも悪くはないのだが、そうなると原作組と共に行動できない。この身はクルタ族であるからして、いつか原作からの異端者としてもう一人の転生者に目をつけられる事は確定している。ならば自分をエサにして釣りをするというハイリスクハイリターンの方法を選ぶのが比較的現実的というものだ。

 したくはないが、したくはないが。

 

 

 長い思考が終わる。

 そうすれば次は鍛錬の時間であり、俺は最大の円を展開した。

 これこそが俺が考えた最も違和感を持たれにくい修行方法である。クルタ族という異常才能者の集落であっては、下手に強力な練をすれば俺の異常性に気が付かれかねない。かといって練をしなければ顕在オーラも潜在オーラも伸びない。そこで纏と練の複合能力である円の出番である。これならば違和感を持たれないように修行ができ、更に隠を施すことによって絶の修行も加える事ができる。これって一種の発じゃね? とは思うが、どの系統にも合致しないのできっと発ではないのだろう。

「素に銀と鉄――」

 そしてサーヴァント召喚の呪文も同時に唱える。転生者と戦う時はまず間違いなく念とサーヴァントを両方扱わなくてはならない。

 ならば修行の段階でこの二つを組み合わせるのは当然だった。

「――抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ」

 詠唱が終わる。膨大な魔力が俺の魂から溢れ出して、眼前にエーテルの肉体が為される。

 そこには――寸前と変わらぬ景色があった。サーヴァントの姿などどこにもない。その光景を見て俺はニヤリと笑う。そうだ、これでいい。これでいいのだ。アサシンのサーヴァントが俺とのライン以外で知覚されては困るというもの。

『呪腕のハサン、召喚に従い参上しました。なんなりとご命令を、マスター』

『いつも手伝わせて済まない。今回も暗殺命令ではなく、偵察訓練だ。クルタ族の里を満遍なく回り、特にクラピカの情報を集めろ。

 ラインを繋ぎ、リアルタイムで俺と情報共有する練習もいつも通りだ』

『御意』

 ラインから伝えられる呪腕のハサンの存在が遠ざかる。意識を集中すれば呪腕のハサンの情報が俺にフィードバックされ、いわば共有酔いといった現象を起こし始める。これだから普段はマスターとサーヴァントはラインを繋がないのだが、いざという時にこれができなくて死にましたでは話にならない。俺はこの感覚に必死で慣れなければならないのだ。

 もちろん隠を施した円を維持したまま。辛い、辛いがだからこそ訓練になる。

 幻影旅団が襲来するのはクラピカが旅立った間であることは間違いない。シーラという女性が直前にここに訪れれば確定だ。

 ならば今は牙を研ぐ時。研鑽を怠る事は死に繋がる。

 

(生きる)

 例えクルタ族全てを見殺したとしても。家族を助けなかったとしても。

 転生者、バハトはどうしても死ぬ気になれなかったのだ。

 

 

 



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003話 幻影旅団・1

 クラピカが旅立ってから、俺は常にサーヴァントを現界させ続けていた。

 成長を続けた俺は、霊体化した状態ならばノーリスクでサーヴァントを維持することを可能とした。ちなみに侍らせているサーヴァントは呪腕のハサンである。なんでと思うかも知れないが、これには様々な理由がある。

 最大の理由が幻影旅団の偵察を目的として召喚していることだ。索敵に優れているのは隠密能力の高いアサシンか、千里眼のスキルを持つアーチャーか。しかしクルタ族の里は森繁る中にあって、アーチャーの千里眼もあまり効果を発揮できない。となると維持魔力が少なくて済むアサシンが正解だ。

 そして索敵なら百貌のハサンの方が有用と思うかも知れないが、ここにも落とし穴があった。百貌のハサンの分裂能力は常時発動型の宝具であり、それを展開し続けるのは霊体化していても無理がある。何週間も警戒し続けるのに余分な魔力は使ってられない。故に身軽な呪腕のハサンを選択した。

 数日が経過して、朝食を食べている時に呪腕のハサンから念話が入った。

『マスター、里に向かう不審な集団を発見致しました。このままでは昼前に到着するでしょう』

『数は?』

『13。いずれも強者でありましょう』

 間違いない、幻影旅団だ。しかし夜ではなく昼に来るとは恐れ入った。盗賊とはいえ、闇に紛れて盗むことしかできない雑魚とは訳が違うということか。

 しかしここで確認しておかなくてはならない事がある。それは幻影旅団の戦闘能力と、それに俺やサーヴァントが対抗しうるのかという事。幻影旅団といえばH×Hの世界で最強の一角だろう。今の段階で俺は奴らに勝てるのか。サーヴァントならば勝てるのか。それはしっかり把握しておく必要がある。

 それを呪腕のハサンに問いかけると僅かな沈黙の後に返答があった。

『マスターではおそらく、実力の低い者を選べば食い下がれるかも知れません。この集団の中で強い者と戦えば瞬殺でしょうな。

 私でも正面からやりあえば、1人の強者と互角くらいかと。全員を相手にすれば数に潰されます。もちろん、宝具を使えるなら全員暗殺は可能です』

 俺はともかく、幻影旅団の戦闘員はアサシンとはいえサーヴァントと並ぶのか。そして旅団は仲間意識が強く、更に頭であるクロロの命令には絶対服従。連携練度も高いと見ていいだろう。となれば、三騎士でさえ危ういかもしれないか。少なくとも幻影旅団全員と互角くらいには思っておかなくてはならない。

 宝具を使えばとも思わなくもないが、それは相手にも発がある以上絶対の優位にはならない。例えばシャルナークの携帯する他人の運命(ブラックボイス)の一刺しが決まればそれで終了。念の、操作系の恐ろしいところだ。

 やはり奴らを殺すなら最善策は暗殺。次点でイスカンダルやエミヤの宝具のように、逃げ場のない場所に連れ込んでの殲滅か。後者はともかく、前者は選択しようと思えばできる。

 ここが最後の機会。今ならば幻影旅団を壊滅させ、クルタ族の里を守る事ができる。いや、全滅させる必要すらない。呪腕のハサンに命じてクロロだけでも殺せば旅団は撤退するだろう。

『……監視を続けろ、ハサン。然るべきタイミングで退却する』

『――御意』

 その葛藤は何度もした。最後の機会である今でさえ覚悟を決めきれていない。

 だが、選択するのはそちらなのだ。敵対する転生者へアドバンテージを与えない為、俺はクルタ族を見捨てる選択をせざるを得ない。

 それでも。偽善でも。一人でも。

「ユア」

「なに、お兄ちゃん?」

 屈託のない笑顔を向けてくれる8歳年下の妹。

 かなり前に気が付いたが、ゴンやキルアと同い年である。

「前に約束していたよな、一緒に山に行こうって。今日は一緒に山菜でも採りに行こうか?」

「おい、バハト。ユアに山を歩かせるのはちょっと早くないか?」

「大丈夫だよ。俺がちゃんと見てるから」

「む……」

「まあいいじゃない、あなた。バハトはしっかり者だし、ユアもいつか慣れなくちゃいけないし」

「でもだな、ユアにはまだ早いと思うが……」

 ぶつぶつと言う父は見た通り、ユアには激しく甘い。小さな娘が可愛くて仕方ないのだ。そんな父をあらあらまあまあと微笑ましく見るのが母。柔らかい母に強く出るのは難しく、家族の誰も穏やかな母には勝てない。

 これが、見納め。

「分かった。危ないと思ったら直ぐに帰って来るんだぞ。バハト、ユア」

「もちろんだよ」

「じゃあ行ってらっしゃい。キナトの葉が採れたら揚げ物にしてあげるからね」

「私、キナトの葉の揚げ物大好き! たくさん採ってくるから!

 行ってきます!」

 天真爛漫に言うユアは、これが今生の別れになるとは思ってもいないのだろう。当たり前の日常が、こんなにも尊い。

「じゃあ行ってきます」

 そう言って、未練を断ち切るように俺は家を出る。にこにこ笑顔のユアは、前の誕生日プレゼントに母から貰った木彫りのペンを持って俺についてくる。

 このペンはユアの大のお気に入りで、どこに行くにも持ち歩いていた。遺品になるだろうと分かっているから俺は持ち歩きを止めなかったし、ユアに甘い父は言わずもがな。母も自分の贈り物を気に入って貰えて喜んでいた。だから、家族の思い出をたった一つでも持ち出せた事は、決して不自然なことではない。

『マスター、標的が分散しました。数人のグループに分かれて里を包囲し、一網打尽にするつもりのようです』

『分かった。索敵を終了し、逃走する。召喚を止めるぞ』

 そう前置きし、呪腕のハサンを回収する。これで新たなサーヴァントを召喚できる。

 里の端まで来た時、俺は次のサーヴァントを召喚した。

『来い。アスクレピオス』

 キャスターのサーヴァント、アスクレピオス。医術に長け、死者すら蘇らせたという逸話を持つ人体のスペシャリスト。

 ユアに俺の前を歩かせていたため、ユアはアスクレピオスに気が付かない。そして召喚した一瞬のタイムラグが過ぎれば目的を果たすのには十分過ぎる。

 前もってしていた指示通り、アスクレピオスはユアを深い眠りに落とした。眠り、崩れ落ちるユアを俺は優しく抱き留める。

「ありがとう、アスクレピオス」

「ふん。子供一人眠らせるのに大層なことだな」

 憎まれ口を叩く彼に重い感情はない。神代を生きた彼にとって、殺し殺されるのはありきたりな事なのだろう。クルタ族という一つの里が全滅するのに彼が思うことはない。

 一番確実にユアを眠らせるのに優れていたという理由でアスクレピオスを召喚したが、ユアが眠れば次のサーヴァントが必要になる。仕事を終わらせたアスクレピオスが溶けるように消え、詠唱を開始する。

「素に銀と鉄――」

 後は逃げるだけ。そしてこの状況で逃げるのならば空を飛ぶのが最も効果的。空間跳躍も捨てがたいが、あれは滅茶苦茶に魔力を喰う上に座標指定が難しいからやめておく。

 例え召喚したキャスターがそれを為しても、俺が方向を把握できないから眠ったユアを抱えて動くのは結構大変なのだ。

「――天秤の守り手よ」

 しっかりと詠唱したのは宝具を使うから。十全な状態で最速力で逃げる為。

 そして目の前には眼帯をしたボディコン服を纏った妖艶な美女。ライダーのサーヴァント、メドゥーサだ。

 無駄を嫌う彼女は無言のまま、得物である杭のような短剣を己の首に突き立てる。そしてそこから噴き出た血液が召喚陣となり、中空に複雑な紋様を描いた。

騎英の手綱(ベルレフォーン)!!」

 メドゥーサが真名を解放した瞬間、いつの間にか俺は空を飛んでいた。

 上には太陽、下には森林。風は前から流れ、翼を持った白馬にまたがっている。腕には妹のユアがすやすやと眠り、体には落下防止の為かメドゥーサの鎖が巻き付いていた。

「これでよかったのですね、マスター」

「ああ、これでいい」

 家族想いの彼女らしく、声には悲痛の色が混じっていた。その声で、彼女が家族を見捨てる選択をした俺を物案じてくれているのがよく分かった。アスクレピオスと同じ神話の出身だというのにこの落差である。

 妹のみを抱きしめて、俺は逃走する。旅団から、そして何より遭った事もない転生者から逃げたのだ。俺はそれを正しく認識する。

 逃げるという事は悪い事ではない。戦略的に間違った事はしていない。そう自分に言い聞かせ、俺は、俺たちは疾風よりも早く空を翔ける。

 背後からの断末魔からさえ、俺は逃げ出したのだった。

 

 適当な町の傍に着き、俺はメドゥーサを送還すると同時に再び詠唱を開始。

 そして呼び出すのは戦闘を得意としたサーヴァント。

「アサシンのサーヴァント、佐々木小次郎見参」

 第五次聖杯戦争のサーヴァントばかり召喚している気がするが、まあどうでもいい。

 というか、冬木の聖杯戦争のサーヴァントが優秀過ぎるのがいけない。後は単純に文章量や設定が多いから選びやすいのだろう。

「頼んだ」

「任された」

 何をするのかを理解していた小次郎は、たった今俺たちが翔けた空路を逆走する。

 向かうのはクルタ族の里、狙いは幻影旅団。

 俺は確かに敗走したといえるがしかし、収穫なしにする訳にもいかない。

 情報は少しでも多く手に入れる。

 

 夕暮れ。

 クルタ族の里を制圧した幻影旅団は、里の中心に捕縛した村人を集めて緋の目の回収にいそしんでいる。

 それを為すのは拷問を得意とするフェイタンや、大事な者が誰かを把握するパクノダ。そして指示役であるクロロなどだ。他の団員、特に制圧に尽力した戦闘員などは適当に散開しており、仕事終わりの時間を満喫していた。奪った酒や食べ物を里の近くまで持ち込んで、戦場となったそこで酒宴を開いていたのはウヴォーギンとノブナガの二人だった。

「いや~、今回の仕事は面白かったな!」

 豪快に笑いながら酒をかっくらうウヴォーギン。苦笑いで、それでも充実した仕事の後の疲れすらも楽しみながら干し肉を口に運ぶノブナガ。

「でもウボー。テメェ、雑過ぎるぞ」

「あ? どこがだ?」

「最初に殺したヤツ、頭を潰しかけただろ。緋の目を繰り出せなかったら意味ねぇだろうがよ」

「う。お、思ったより強くて手元が狂ったんだよ! 結果的に首から下しか木っ端微塵にしてないんだからいーじゃねぇか」

「ったく、盗賊がお宝を壊しかけてどうすんだか。……しかしここの酒はイケるな」

「ああ、美味いな。こんなところで腐らせておくにはもったいねぇ」

「だから俺たちが飲んでやってるじゃねぇか。どうせもう飲むヤツはいねぇんだ、ちゃんと飲まれてやった方が酒も喜ぶだろうよ」

「違ぇねぇ!」

 ガハハと上機嫌に酒をあおるウヴォーギン。クックッと上機嫌に笑いながら酒を口に運ぶノブナガ。

 その二人が同時に臨戦態勢を整え、村の外を睨んだ。そこには直前までの気の緩みはありはしない。殺し殺されるのを生業とした二人の男が居た。

「気をつけろ、ノブナガ。強えぞ」

「誰に言ってんだウボー。俺は油断しねぇ」

 オーラを見たのではない。殺気を感じたのでもない。いわば勘でしかない。だがしかし、旅団(クモ)の二人は確信していた。今、ここに向かっているのは比類なき強敵だと。

 やがてその逢魔が時から湧き出たように姿を現したのは民族衣装を身に纏い、刀を手にした男だった。それが和の装いであると、ノブナガは気が付く。

「臭うな。血と死の臭いに酒気が混じっている。

 戦後(いくさご)の祝杯をあげているところに邪魔してしまったかな?」

「テメェ、ナニモンだ?」

「自分でもよく分からん、何せ学がないものでな。所謂(いわゆる)影法師の一種だとか」

「……念獣か?」

 影法師という単語からノブナガがそう類推するが。そんな訳がないと自分で否定する。この男はそんなちゃっちい括りに縛られる存在ではないと。

 しかしどうしてこの男が分からない。殺気がなく、悪意がない。直前まで人殺しをしていた二人を前に、どこまでも自然体だ。

「ふむふむ、なるほど。強いとは聞いていたがここまでか。幻影旅団とは話に違わぬ(つわもの)よ」

「――俺らをクモと口にした以上、死んでいいと思ってるんだな?」

「然り。弱ければ死す、世の道理也」

 コイツは自分たちと同類だとウヴォーギンとノブナガは確信した。

 力のみを絶対の基準とし、その領分で頂点にいると確信しているからの傲慢。死ぬのは敗者が弱かったからだという事実のみに注釈し、それこそが絶対唯一の悪だと断言するその独善。

 だが、同類であっても同種ではない。和服の男は理由のない殺しはしないだろうが、ウヴォーギンやノブナガは意味なく殺す。だからどうしたという程度の差異ではあるが、やはりそこには絶対的な違いが存在していた。

「得物が得物だ。俺がやる」

「死ぬなよ。死んだら殺してやる」

 そう言い合い、前に出るのはノブナガ。彼は和服の男から8Mほど離れ、刀の柄に手をかける。

 それを見て愉快そうに口を開く和服の男――小次郎。

「居合か」

「…………」

「さて。ならば見合っていても仕方あるまい。

 こちらから仕掛けさせていただこう」

 居合とは基本、待ちの戦術である。刀を鞘に納め、敵が射程内に入るまで待つ。その上で鞘奔りした一閃に全てを懸けて一太刀に斬り伏せるのだ。対策として、間合いに入らずにひたすら待つという戦法が常套手段として存在する。

 それを知る小次郎、そして己の力量に絶対の自信を持つからこその迂闊な一歩。無防備に小次郎が歩き出した瞬間、ノブナガは居合の形のままで瞬きの間で間合いを詰めた。

(――縮地!? 否、摺り足! この速度で!?)

「殺った」

 首を狙った鋭き居合。それは小次郎の持つ長い刀が振るわれる事によって逸らされる。

 ギィンと硬質な剣戟(おと)が響き、お互いが驚きに目を見開く。だがそれも一瞬以下、即座に常人には見切れぬ速度で両者の刀が振るわれ、音と刀が照り返す光のみがその闘争を示す証となる。

 それを離れた場所で見るウヴォーギン。

(強えぇな、ノブナガ相手に斬り合いでここまでやるか)

 もちろんウヴォーギンにはその剣閃が見えている。離れた場所で俯瞰的に見ているからこそ分かるが、互角というにはノブナガが悪い。先手を取った勢いで一気呵成に攻め立てるノブナガだが、小次郎はその全てを涼し気な顔で受け流しているのだ。とはいえノブナガの猛攻の前に反撃に出る隙もなさそうだが。言わば、試合で互角で勝負に負けているのがノブナガの現状だ。

(くそ、柳かコイツ……!)

(ふむ。なんと荒々しく、力強い剣よ)

 苦虫を噛み潰したような顔で攻撃を続けるノブナガ。否、彼は攻撃を続けさせられている。一瞬の余裕を与えたその瞬間の反撃を喰らってはいけないと勘が警鐘を鳴らしているのだ。

 対して小次郎に焦りはない。ノブナガの猛攻に反撃はできていないが、防御は完全にできている。もう一人の巨漢が迫ってきたら対応を考えなくてならないが、それも急ぐ話でなし。宗和の心得を持つ彼に焦燥は微塵もなく、冷静に滝のような剣閃を逸らし続ける。

 このままでは持久力で不利か。そう考えるウヴォーギンは、うーんと頭を傾けて考える。

(手助けした方がいいか? コレ、ノブナガの分が悪りぃよな。

 でもそうしたら後で怒るよなぁ、アイツ)

 少しだけ考え込むウヴォーギンだが、比較的早く結論は出た。

(ま、謝りゃいいか)

 仲間を見捨てる選択よりかは仲間に怒られる選択を選んだウヴォーギンが攻撃の意志を見せたと同時、戦局が動いた。

 ノブナガの剣戟を逸らさずに受け、小次郎が大きく飛びのいたのだ。間合いが開き、攻撃が届かなくなった双方。余裕がある小次郎はともかく、殺意の刀が届かなかったノブナガの形相は悪魔のよう。

「いやあ見事見事。素晴らしき剣を堪能させていただいた」

「ほざけ」

「しかし4人(・・)を相手にしては、さて、間違いも起きるかも知れん。ここは引かせて貰おうか」

 そう言い残して、素早く木々の中へ姿を消す小次郎。敵の撤退を見逃してノブナガが叫ぶ。

「てめぇ、逃げんじゃねぇ! 斬らせろ!!」

「うっせ。斬れなかったお前が悪りぃ」

 見えなくなった敵に怒鳴り散らすノブナガに、呆れた声をかけるウヴォーギン。そんな彼らの元に二人の男が駆け寄ってきた。

 傷だらけで、とてつもなく大きな巨体であるフランクリン。眉を剃り、バランスよく攻撃的な肉体を持ったフィンクス。両名とも旅団の構成員であり、戦闘力が高いメンバーである。

「オイ。さっきから戦闘音が聞こえるがどうした? ノブナガが叫んでるだけじゃねーか」

「刀の打ち合いか? そんな感じの連続した金属音だったぞ」

 フィンクスにフランクリンが聞くが、ノブナガは激昂しているだけだしウヴォーギンは説明が上手くない。

「敵だ。お前らが来た事で逃げたみたいだが」

「あ? 逃がしたのかよ。ダセェな」

「クルタ族が残っていたのか? なら、追いかけて仕留めた方がいい」

「いや、クルタ族じゃなかったな。ノブナガと同じ刀を使ってたし、思い出せば服の感じも似てた」

「そしてノブナガと少しやり合って、俺たちが来たら逃げたか。

 偶然か、そうじゃないか……」

 考え込むフランクリンだが、フィンクスはどうでも良さげに口を開く。

「とりあえず団長に報告していた方がいいだろ。ウボー、実際に敵を見たお前が行ってくれ。俺はノブナガに付いておく」

 顔面に血管を浮かび上がらせているノブナガはどうみても冷静ではない。確かにお目付け役は必要だろう。

「分かった。一応言っておくが、結構な手練れだったぜ。

 もし次来たらノブナガに遠慮するなよ。殺れ」

「知るかよ。指図は受けねぇ」

「……まあいい。じゃ、俺は行くぜ」

 この程度のじゃれ合いなど日常茶飯事、コインで決めるまでもない。ウヴォーギンはクロロに報告するべくその場を離れるのだった。

 残ったのは未だに怒りが収まらぬノブナガと、考え込むフランクリン。そして彼らを見守るフィンクスの3人だった。

 

 

「殺していいのは一人まで、それも男のみか。主も難儀な条件をつけるものよ。確かにクー・フーリン(ランサー)には任せられぬ仕事よな。拙者も本音を言えば遠慮をしたかったが、なかなかどうして楽しめた。楽しめきれなかったのは無念だがな。

 しかし、強い。あれ程の猛者が13人か。世界は広いというべきか……。実に佳い」

 小次郎は闇夜を歩く。言われた仕事、敵の威力偵察はそれなりにできたというべきだろう。

 それに加えて戦いにも恵まれた。あれほど心躍る剣戟はそうそうない。

 朧月を眺めながら帰還する小次郎は、直前までの闘争の余韻をゆったりと噛み締めていた。

 

 

 



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004話 始まりの船

 幻影旅団から逃げた翌日。

 逃げ出した町でとったホテルで目を覚ましたユアに状況を説明し、取り乱した妹をなだめる。8歳の子供が現状を把握し、呑み込むには重すぎる事実だったが、起きてしまった事はどうしようもない。時間をかけてゆっくりとメンタルをケアしていく事にする。

 その後に行ったのは国民番号の確認だ。クルタ族はほんの僅かでも外界と関わっていたから、いつの間にか俺もユアも国民番号の申請がされていた。ちなみにV5が把握していない部族が人里に来た場合、その時に国民番号の登録をされるらしい。ただし乳児でない人間の国民番号の登録は成り済ましを防ぐ為、かなり厳重になるとか。

 流星街から来た人間にそういった措置がされないのは、まあマフィアとグルだった事を考えたら腹黒い密約でもあるのだろうとは簡単に想像できる。というか、国のトップだって便利に使える人間は喉から手が出る程欲しい筈だし、マフィアとしか関りがないとは到底思えない。そういった諸々が重なって流星街という特殊な環境が成立しているのだろう。

 そして生きていく為には稼がなくてならない。流石にユアは働かせるには幼過ぎる為、働くのは俺のみ。とはいえ俺は念能力者であり、サーヴァント召喚能力も携えている。そして世界のどこかに殺し合う相手がいるという現状、真っ当に稼ぐなんて暢気な事はやってられない。賞金稼ぎや用心棒など、危険も多いが稼ぎも大きい仕事を請け負った。

 その中で知ったのが俺の実力だ。念能力者と戦う機会もあったが、内容としては余裕の勝ち。修行を重ねた今、俺の円は100メートル近い大きさを相当な時間維持する事が可能となっている。それを強化系が身体強化に当てればそりゃ強い訳だ。そして俺より強いサーヴァントは言わずもがな。戦闘職のサーヴァントでは完全なオーバキルになってしまう為、サーヴァントの運用は特殊な技法の活用が主になっている。一番よく使っているのはアサシンによる索敵や、情報収集。次点でアーチャーによる遠距離からの監視や狙撃か。キャスターの魔術も遠視などがあり、実に便利。

 そういった仕事を繰り返すうち、方向性が決まってきた。というのも、百貌のハサンがチート過ぎる。なにせ、数十人のほとんど誰にも察知されない諜報員を自在に扱えるのである。三次元世界で情報を得るのにこれ程便利な能力はそうそうなく、段々と情報収集が俺の仕事の専門分野になっていったのだ。ハンター試験は受けていないので肩書はアマだが、情報ハンターとしてそこそこ有名になるくらいには活躍している。もちろん巡り合わせで武力行使が必要になることもままあり、なるほどハンターには最低限の力は必要になると納得した。

 情報収集専門家として、そういった事を専門とするグループや組織に所属すれば武力は必要ないのだが、そんな不自由な立場にはいられなかったので当然その道は選んでいない。ちなみにその手の組織の中で最大規模のトップにいたのはプロハンターだった。ハンター専門の情報の取り扱いもしているらしく、原作でハンターサイトの情報量も納得である。

 セイバーやランサーとは組手を重ねたし、一部の達人系サーヴァントからは武術も学ぶ。また、何人かのサーヴァントは仕事で俺の仲間として他人に面通しさせた事もあったし、ユアにも紹介した。もちろん俺の能力だなんて正直に話す訳もなく、とある伝手で知り合った知人としての紹介だが。

 

 そうしてクルタ族が滅亡してから4年。

 俺は今年20歳になりユアは12歳となるこの年は原作が始まる年である。ゴンの、キルアの、クラピカの、レオリオの。そしておそらく俺の運命も大きく動き出す年でもあるのだ。

 試験用の荷物を背負い、身支度を整えた俺の4年前と一番大きな違いは付けている眼帯だろう。俺は自分で緋の目となった左目をくり抜き、ホームに保存しているのだ。言うまでもなくこれは念能力の制約と誓約に依る。他の差異といえばほんの少し背が伸びたことと、クルタ族の民族衣装を着ていないことくらいか。

「じゃあ行ってくる」

「行ってらっしゃい!」

 空港で元気に挨拶をする大きく成長したユアはオーラを纏っていた。俺がいつ死ぬか分からないというのもあり、長ければ目覚めるまでに年単位を要すると言われる念能力だから、10歳になる時から瞑想を始めさせた。そしてそこは流石クルタ族というべきか、念の習得は早く纏を覚えるまでに一ヶ月もかからなかったのだ。

 念に関しては基礎のみを集中してやらせていて、系統は操作系。どんな発を作るかまではもちろん俺も知らないし、もう作っていても不思議ではない。

 体術も生き延びるには必須であるからして俺も手解きをしているし、たまにサーヴァントにも面倒を見て貰っている。12歳とはいえ、俺がハンター試験を受ける間くらいは一人でも大丈夫だろう。

 この年のハンター試験は原作開始でもあるから、相手の転生者も注目している可能性が高い。殺し合いになる可能性もあるとなれば、今までのようにサーヴァントを霊体化させてユアを護衛させておくという事もできない。クルタ族は緋の目のせいで狙われる可能性もあり、正直ユアを独りにするのはかなり不安だが。いつまでもそう言ってられない台所事情でもあるのだ。

 後ろ髪をひかれながら飛行船に向かう。

『おーおー、健気に手を振ってるぜ』

 そう言ってくるのは霊体化させたサーヴァント、ランサーのクーフーリンだ。

 俺のサーヴァント召喚能力最大のネックはやはりその詠唱にある。有事の際にいちいち30秒弱の詠唱などしていられない為、今回は彼に終始護衛をしてもらう予定だ。槍の技量に優れ、魔術にも精通し、宝具は必殺となればその有用性は言うまでもない。俺が召喚できるサーヴァントの中ではトップクラスの対応力がある。相手の転生者の索敵が今回の主な目的だが、もしも確信を得られれば即殺せる能力を持ち、また護衛に相応しい力量を持つということからも今回は彼に白羽の矢が立った。

 とにかく、まずは相手の転生者を見定める必要がある。もしも間違った相手を転生者と信じて殺した場合、本物の転生者への殺意がなくなって、死ぬのは俺だと気が付いたからだ。普通ならば転生者を間違える筈もないが、この世界には念がある。適当な人間を操作して自分が異世界から転生したと思い込ませ、身代わりにするくらいは平気でやるだろう。というか、俺が操作系だったらする。こういう発想に至る時点で相手がやらないとは限らない。

 なので、相手が転生者であるという確信がどうしても欲しいのである。最終的には神から貰った特殊能力が最大の根拠となるか。となれば、結局最後はガチンコ勝負になるだろうし、サーヴァント召喚能力を選んだことはやはり悪くないと改めて思えた。

 そんな事をつらつらと考えていたら、いつの間にか飛行船が空を飛んでいた。周りには強面の人間がチラホラといて、ハンター試験に応募した者たちだと推察できる。というか、ハンター試験に来てここまでハンター試験に集中していない奴も稀だろう。俺はハンターになりたくない訳ではないが、最優先は相手転生者の殺害だから仕方ないのだが。

(どれ)

 一応、凝。ここにいるのはごくごく一部とはいえ、ハンター試験参加者もいる。そこに念能力者がいれば当たりの可能性もある。が、やはりそうそう見つかる訳もなく、念を修めた者は見える範囲にはいないようだった。

 代わりになかなか良いオーラをしている者もいた。その中で一人の女性を見つけ、俺は少し驚く。

(まさか……)

『ん? 可愛い嬢ちゃんだな。ナンパか、マスター』

『訳あるか』

 優先順位は低い。が、しかしだ。死ぬ運命にある人を見つけ、余裕があるのに見逃すという事もしたくない。

 原作とは流れが変わってしまうが、俺がハンター試験に参加する時点で今更である。毒を食らわば皿まで。俺は座ってドリンクを飲んでいた女性の元まで近づき、声をかける。

「ちょっといいかい?」

「……」

 胡散臭そうな視線を向けてくる女性。明らかに拒絶の意味が込められていたが、俺はそれを無視して彼女の向かいに座る。

「アンタ、ポンズだろ? 前回のハンター試験で本試験まで進んだ」

「!! あなた、どうしてそれを?」

 ずばり言い当てられて女性――ポンズは目を見開く。ポンズからしてみればハンター試験で見た記憶がない男に、本試験まで進んだと言い当てられるのは不気味でしかない。特にポンズは罠を張ったり薬を使ったりした搦め手を得意とし、直接攻撃能力はかなり低い。自分の情報が漏れるというのはかなりのディスアドバンテージとなるのだ。

 俺はそれを知っているからこそ、悪い意味だろうが興味を惹くように話しかけた。そうしなければ無視されて終わりだろう。

「俺の名前はバハト。情報を専門に扱っている」

 そう言って名刺を差し出す。それを受け取ったポンズは軽く目を通し、警戒のこもった目で俺を睨む。

「で、その情報屋が私になんの用?」

「特になんの用って訳でもないんだが、今年のハンター試験に初受験だからな。情報集めさ」

「……」

「本試験の情報はほとんど入って来ない。ま、当然ちゃ当然だが。そこでふと見つけた本試験参加者、話を是非聞きたいと思ってね」

「私にメリットがないんだけど」

 当然だ。ライバルとなる相手に本試験の傾向を教えるのはデメリットしかない。新人とそれ以外の差異はそこが最も大きいというのに、それを自分から捨てるバカはそうそういない。

 だから俺からもメリットを示す必要がある。

「俺はナビゲーターの情報を持っている」

「ナビゲーターの情報、本当に?」

 食いついた。ポンズの目に興味の色を浮かぶ。

 ナビゲーターの情報というのは相当に貴重だ。何故かというと、試験会場は毎年変わるのにナビゲーターは変わらないから。仮にナビゲーターを降りるとなっても、その次の試験に降りるナビゲーターは新しいナビゲーターを紹介しなければならないシステムとなっている。

 つまり一度ナビゲーターを確保すれば、以降の年から本試験までのチケットを手に入れたも同然なのだ。その分ナビゲーターの情報は試験会場よりも深い場所に隠されており、見つけるのは容易ではない。普通に考えるならば受かるつもりの試験で、来年の保険まで得るメリットはない。というか、その手間をかけて本試験に落ちてしまったら本末転倒である。

 だが、今回のポンズの様にぽんと無条件で渡されれば話は別。ポンズは複数回試験を受けている身であり、試験会場を見つける手間というのは理解していた。もしもナビゲーターを見つけられるならば、それに越した事はない。

「疑わしいわね」

 怪しんだ素振りを見せつつ、目から興味の色は消えない。まあ当然だ。ここで本試験の情報を話し、俺がナビゲーターの情報を渡さなかったら意味がない。そもそも俺が掴んだ情報がガセでないという根拠もない。

 しかし俺としては疑われても何の問題もない。そもそも本試験の内容は(相手の転生者が関わっていない限り)把握している。ポンズから聞き出す意味はないのだ。重要なのは彼女に興味を持って貰い、行動を共にすること。そうすれば死の運命から逸らす事も可能になるかも知れない。

「ま、いきなり信じろって言われても無理なのは承知しているよ。それに本試験の情報を得たって適時対応できる能力や経験がなければ意味がない」

「経験にまで言及するのね」

「情報を扱ってるからな。知識と経験の隔絶した差は理解しているつもりだよ」

 他人から聞いた事と、自分で体感した事。この差異は次元が違うというレベルがある。百聞は一見に如かずという言葉もあるくらいだ。

 そういう意味では、俺はまだ本試験の難易度を計りきれていないといえた。

「どうだい、俺と組まないか? これでもそこそこ腕が立つ部類には入るつもりだ」

「……、まあしばらく行動を共にしてもいいわ」

 とりあえずポンズとしてはナビゲーターの情報を得られればそれでいいのであり、本試験に入ったら俺を裏切ったっていい。ハンター試験とはそういう側面もあるから、俺もそうされたとしても全く文句はない。裏切るのは悪いが、裏切られる方も間抜けなのだ。アマでもハンターの真似事をしていれば、その辺の感覚は骨の髄までしみ込んでいる。

 一緒に行動できるだけで俺としてもとりあえず良し。握手もしない関係だが、まずはここからだ。

 と、その時船内放送が流れた。いくつもの乗客番号が呼ばれ、船内イベントホールへ来るように指示される。その中の番号の一つに俺の乗客番号があり、また一瞬ポンズの瞳が揺れ動いたことから彼女も呼び出されたと分かる。

『ランサー』

『おう、分かってる』

 霊体化した状態で先にランサーをイベントホールに向かわせた。

「ハンターの予備試験か」

「流石は情報屋ね」

「この程度の情報も集められなかったら廃業だよ」

 実際、このくらいの情報はハンター試験に応募した者から結構漏れる。原作知識がなくとも俺の情報網に引っかかったといえば、程度の低さが分かるだろう。

 ちなみに原作知識抜きで知った事と言えば、ハンター試験に応募した時点で最低一度はこのようなふるいにかけられること。また、試験会場はザバン市で固定だが、その場所は毎回違ってザバン市で情報を収集しなければそこまで辿り着けないことと、その情報収集のヒント。そしてザバン市まで向かうにも幾つかトラップがあり、それに引っかかってしまえば即失格になること。このくらいだ。

 ここら辺は専門のハンターが情報を隠匿しているのか、かなり厳重にガードされていた。ふるいやドボンがあるというのも新人には役立つ情報でもあるし、ザバン市での情報収集のヒントに至ってはかなり価値があるとは思う。原作知識はこれらを全て吹っ飛ばすが。

 そんな取り留めのない事を考えながら、イベントホールまでポンズと共に向かう。ちなみに無言だ。

『マスター、いかついのが一人いるぜ。恐らく念能力を使える人種だ』

 ランサーから念話が入る。ちなみにサーヴァントは念というか、オーラを見る事はできない。とはいえそこは英霊、違った雰囲気を持つ人間を嗅ぎ分けて念能力者を区別することはほとんどのサーヴァントが可能だった。

 そしてランサーの報告から多分戦闘に類する試験が行われると予想できた。もちろん妄信はしないが、唐突に戦いになった時の心構えが違う。

 ぞろぞろとイベントホールに向かう人の流れができる。できるがしかし。どいつもこいつも顔つきだけでロクでもないと断言できた。ほとんどがそこらのチンピラと変わらない。

(お)

「トードーか」

「……どこでそんな情報集められるのよ」

 そんな中、ふと目に付いたのはレスラーのトードー。メンチにやり込められるあの巨漢である。

 名前を呟いた俺に、ポンズは呆れるというか引いていた。情報ハンターに探られるプライバシーに危機を覚えているのかも知れない。今更であるが。

 やがてイベントホールに数多くの人間が集まり、一番奥にいた体格のいい男がこちらを見て不敵に笑っていた。纏をしているところから見ても間違いなく彼は念能力者。俺も日常的に纏をしているから、お互いに念能力者だという事は分かっている。

「さて、よく来たハンター志望の諸君。俺はハンター予備審査員のガラハだ。まあ俺の名前なんてこの船を降りる時には忘れてくれて構わない」

「予備審査員?」

 こちら側の誰かが声をあげる。おそらくはハンター試験初受験者か。

「ああ。ハンターを志望する人間は無数にいる。本試験に辿り着くまでに様々な関門があるのは周知の事実だと思う。これもその1つだと思って貰って結構だ」

 そしてそんな問いにもしっかりとした返事と必要以上の説明を返すガラハとかいう男、思ったよりも人がいい。そして間抜けな顔を晒す新人。……本試験まで無条件に行けると思うのは流石にどうかと思うが、そんな想像すらしていないレベルなのだろう。見た目の印象通りである。

「これ以上の質問はないな?

 ここからが本題。ハンターという職業は強さが求められるのはいうまでもない」

 ガラハの言葉にトードーがぴくりと反応し、自信に満ちた微笑を浮かべたのを目の端でとらえた。そういえばあいつ、賞金首ハンター志望だっけ。

「よって試験内容は単純明快! これより90分の間、この部屋で俺に強さを認められる事だ! 強さを示す為なら受験生同士が戦う事はもちろん問題ないし、俺を狙ってくれても構わない。とにかく俺に認められろ!!」

 微妙に暑苦しい言い回し。もしかしてこの男、バトルジャンキーか? 脳筋か?

「最後に試験を開始する前に1つ」

 そう言いながらガラハは俺の事を指差す。

「お前は合格だ。この部屋から出て良し」

「どうも」

 そりゃ、念使いだしな。普通に戦わせたら他の参加者を全員のしかねない。俺を試験開始前にとっとと合格にするのは理に適っている。

「ちょっと待て! 何でいきなりそんな弱そうな奴が合格なんだよ!?」

「ふざけんなコラァ!」

「試験官がえこひいきをしていいと思ってんのかぁ!?」

 理に適ってはいるだろうが、それで納得できないのは他の参加者達だろう。ポンズまで俺に厳しい視線を向けてくる。

 それでも受験生に対して涼しい顔を崩さないガラハ予備審査員。

「審査の基準は審査員に一任される。たとえそれが裏金を渡されていたとしても、だ。反論は認めない」

 ……ガラハ予備審査員。それ、絶対に俺に悪印象を持たせようとした上での発言だよね? やっぱりハンター関係者には性格が悪いのしかいないのか?

 後、ポンズ。納得した表情を見せないでくれ。そんな事実はないから。前もって情報を得て裏金を渡したとかないから。

 さて。ここでポンズとの縁が切れるのもつまらないし、仕方ない。

「ガラハ審査員、別に俺はここにいても構わないな?」

「ああ、ここにいる分には構わない」

「じゃあ審査が終わるまでここにいることにする」

 その言葉に周りの受験者と、そしてガラハ審査員の笑みが深くなる。今の言葉にはつまり、自分の力を示す相手に俺を選ぶ事も可能だという事も意味しているのだから。

 周りの受験者たちはどうせ俺をタコ殴りに出来るチャンスが出来た上に合格が決定している奴を倒せれば自分が評価して貰えるだとかその程度の考えだと思うが、ガラハ審査員の笑みの意味はさっぱり分からない。

 とりあえず纏として体の周りに留めておいたオーラを全方向に撒き散らす。練ではないが、少し鋭い人間ならば威圧感として感じ取れるだろう。近くにいたポンズもそれを感じ取れたのか、やや怯えた顔で後ずさる。

「始め!」

 ガラハ審査員の言葉で俺に一斉に襲いかかってくる受験生たち。ある者はナイフで、ある者は棍棒で、またある者は素手で殴りかかってくる。ちなみに近くにいたポンズは俺に戦いを挑むでなく、俺の戦いに巻き込まれないよう距離をとっていた。色々な意味で正しい判断だ。

 いちおう凝をしてオーラがこもっていない攻撃である事を再確認。隠で実力者を見落としていたら間抜けが過ぎる。が、どうやらやはり全員が非念能力のようだ。

 ならば問題はない。強化系にも適性がある俺の堅は、拳銃の弾すら弾く。実際に自分の腕を撃った時は滅茶苦茶怖かったが、一度無傷で銃弾を弾いてから堅の強度と安定度が一気に増した。これも覚悟によって念の威力が上がるという一例だろう。

 降り注ぐ攻撃を防御しないで完全に受けきる。

「なっ!?」

「ナ、ナイフが刺さらんだと?」

「痛ぇ! コ、コンクリで出来てんのかよコイツの体?」

 唖然とした声が数多く上がる中、やる気なさそうな念話が届く。

『なあ、マスター。いちいち受ける意味あんのか?』

『ポンズに対するデモンストレーション』

 ここで近接戦闘に優れている事を見せれば、身体能力に自信がないポンズに組む価値ありと思わせられる可能性があがる。

 次いでサーヴァントたちに鍛えられた体術も披露する。フットワークを駆使し、襲ってきた男たちに一発ずつ拳を叩き込む。ちなみに非念能力者にはいちいち殴る時にオーラを極端に減らさなくてはならないのが凄く面倒である。下手をすれば洗礼になりかねないから仕方のない手間なのだが。

「おご」

「ぐぼぅ」

「げぇ……」

 ほんの数秒、11の拳を繰り出し、11人の男が地面に転がった。

 ある者は顎に拳を当てられて脳震盪を起こし、ある者は腹を押さえてピクピクと痙攣している。残ったのは俺とガラハ予備審査員、そして俺に襲い掛からなかったポンズとトードーのみだ。ランサーは霊体化して見えてないからノーカン。

「ふっ。審査が楽になって助かったぜ」

「確信犯か」

「当たり前だ。

 だがまあ、こういう審査方法もありだろ。前後の会話からお前が審査するまでもない強さを持っていると理解できたなら合格。それが分からなければ不合格。

 相手の強さを見極めるのも実力だからな」

「もっともらしい事を言ってるけど、それ明らかに後付けだろ。

 俺が自分から容赦なく全員を戦闘不能にしたらどうするんだよ」

 呆れて言った俺にびくりと反応するポンズとトードー。今の戦いで俺との差を思い知ったのだろう。

「それならそれで」

「てきとーだなオイ」

「適当だよ?」

 開き直りやがった。

「ま、それはともかく。ここに立っている三人は合格。目的地まできっちり送ってやるから安心しな」

 特に何もしなかったポンズとトードーも合格してしまったが、別に構わないか。認められるという条件は確かにクリアした。

 ガラハ審査員は無線を使って俺がのした受験生を医務室に送る手続きをしている。

 その間に退室したのはトードー。恨めしそうに俺を睨んでから部屋から出ていく。大方賞金首ハンターを目指す自分が、俺みたいな青二才に強さで劣っているだろう事が許せないのだろう。どうせハンター試験に合格すれば嫌でも念を覚えるのにと、知っている身としてはそう思わざるを得ない。彼、今年と来年はほぼ確実に受からないだろうけど。

 残ったのは周囲に倒れている男たちとガラハ審査員、そして俺とポンズ。俺はポンズを見てニヤリと笑う。

「どうだ、そこそこ腕が立つだろ?」

「……そうね。そこそこ、ね」

 口元を引きつらせつつ、ポンズはそう返事をした。それを見て悪くない結果になったとちょっと満足。

「で、改めて聞くが。俺と組む気はないか?」

「組んでもいいわね」

 同じ受験生同士、組んで下さいと下手には出られない。

 にっこりと笑って差し出した手を、ちょっと震える手で握り返すポンズ。

『マスター、ナンパの仕方が酷いぞ』

『だからナンパじゃねーよ!』

 ニヤニヤと趣味の悪い感情を乗せた声に、叩き返すように言葉を返す。ともあれ、これでポンズと共に行動することが決まった。

 

 そしてやがて着いた空港で、ポンズは声をかけてくる。

「それで、ナビゲーターはどこにいるの?」

「ドーレ港から程近い山の中だ」

「ふーん。じゃあ行きましょうか」

 そう言うポンズの声は、ずいぶんと柔らかい。どうやら俺をある程度は認めてくれたようである。

 道連れを一人増やし、俺とポンズはドーレ港へ向かうバスを捕まえるのだった。

 

 

 



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005話 試験開始

「ステーキ定食」

「……焼き方は?」

「弱火でじっくり」

 24時間営業の飯処ごはん。H×Hで屈指のネタシーンをこの目で見て、心に軽い感動が芽生える。隣で立つポンズはつまらなそうな顔をしていたけど。

 奥に案内される。じゅ~と焼かれるステーキが実にシュールだ。

「このままゆっくりしてれば試験会場まで着くよ。もし生きていたらお嬢さんはまた来年会おう」

 そういって、パタンとドアを閉めるキリコ。同時に妙な浮遊感と共に部屋全体が下がる感覚に包まれる。

 無表情のまま席に座り、俺とポンズは用意されたステーキ定食を食べ始める。

「……なんか、バハトは受かるか死ぬかみたいなニュアンスだったわね」

 流石は本試験進出者、ポンズは鋭かった。

 キリコは念能力者である。おそらく血統に依るもので、あの変装能力は恐らく操作系の念だろう。生まれつきの念ならばメモリーも極小だろうし、キリコがキリコたる所以にもなる。俺の念能力の熟練度を見て、そして情報ハンターとしてナビゲーターを探し出せたのならば。そのレベルではハンター試験に落ちないと思っても不思議ではない。もちろん、絶対でもないが。(※メンチの試験参照)

 また、やや話が逸れるが。俺が勝手に思っている事ではあるけれども、血統に依る生まれつきの念能力に割かれるメモリーは極小であると考えている。そもそもメモリーとはヒソカの造語であり、それを解釈していくと念に対する許容量とも取れる。そして念には自分の意志で働きかける部分とそうでない部分があり、血統に依る能力発現は明らかに後者。血統に依るならばそれは体に刻み付けるレベルで馴染んでいるものであり、それにいちいちメモリーを奪われるならばその類の人間は自発的な念の発動に大きな制限を設けられる事になってしまう。

 もちろん、クラピカにそれはない。クルタ族は緋の目を発現した時に異常な力を出す事が確認されているが、それは緋の目が発現するほどに感情が高ぶるとオーラにも影響があるだけなのだろう。俺の例も鑑みれば、恐らくは顕在オーラの上昇効果。後は特質系に移行することであるが、これは例が少なすぎるので確定ではない。

 まあこんな答えの分からない話はさて置いて。ウィ~ンと間抜けな音を立てながら地下100階まで下がる部屋でモグモグとステーキ定食を食べる二人の男女。シュールだ。

「……本試験の数は毎年違うわ」

「ん?」

 唐突に語りだすポンズに、思わず変な声が出てしまう。

 それに構わず、ポンスは語り続ける。

「私は最終試験に届いたことはないけど、噂では例年5個か6個。毎年、プロハンターが委任されて試験の作成・監督にあたる。

 正確な統計はされていないけど、ハンター試験全般に渡る致死率は3割を超えるわ。本試験のみに限れば7割を超えるとも言われる。故に、最初の本試験では生き残ることが最優先課題とされるのよ。生き残り、生き残り、その果てで勝機を掴んだ年に乾坤一擲で合格する。これがスタンダード。

 稀に現れる異常者はあっさりと試験をクリアするけど、そんな怪物は滅多にいない。去年に一人いたけど、ソイツすら結局合格しなかった」

(ヒソカだな)

 アイツは自業自得過ぎるので勘定に入れないでおこう。試験官を自発的に襲うな。

 ヒソカに対して失礼な、それでいて真っ当な感想を思いつつ。黙ってポンズの話を聞く。

 ポンズは俯き、自虐的な笑みを浮かべながら言葉を続ける。

「理解してる。私は前者で、貴方は後者。きっとあのキリコも貴方が今年受かると思ってた。そして、キリコは私が今年も受かると思ってない。

 ……これが私の持つ本試験の情報の全て。役に立つといいわね」

「ああ。それじゃあこれからもよろしく、ポンズ」

 俺の言葉にポンズは思いっきり顔をあげる。その目尻には涙が溜まっていて、唇は噛み締められていた。

「――なんでよ。あんたは才能がある、素質がある。そんなあんたが、どうして私なんかと組もうっていうのよっ!」

 涙声で叫ぶポンズに、俺は彼女がどれだけ追い詰められていたかを知る。

 いや、きっと彼女だけではない。飛行船で一緒になったトードーだって、他の本試験常連者だって、きっと思っていること。本当に才能がある奴はハンター試験なんてひょいと超えていく。それすら超えられない己はハンターになってもロクな結果は残せない、と。

 それに前者はあっているが後者は間違っていると断言できる。確かに才能ある奴はハンター試験なんて低いハードルの一つだろう。ゴン、キルア、クラピカ、レオリオ、ヒソカ、イルミ。ゾルディックの血統と教育は別格として、他は突然変異種だ。クラピカも微妙だが、特殊な血統という意味ならばありふれている。特殊な血統がありふれているというのも不思議な語感だが、そういった者が集うのがハンター試験とも云える。

 さて。この中で確実な一般人枠といえばレオリオだろう。彼だけは特別な血統でなく、摩訶不思議な経歴もなく、ありきたりな悲劇の上で医者になろうとハンターを志した。しかもその理由が金がないから、稼げるハンターになろうである。過酷さや倍率を考えれば、宝くじを大人買いする方がよほど現実的な確率だ。

 それでも彼はハンターになった、ハンターになって、その溢れる善意で多くの人を救うべく戦い続けるのだろう。それは運だけの宝くじを当てた一般人にはできない芸当だ。プロハンターを志し、プロハンターに成り、プロハンターだからこそできる事というのは紛れもなく存在する。サトツの言葉を借りるならば、そのような者にこそハンター証は渡されるべきだとも。それでも力なき者は淘汰されねばならない、その為のハンター試験なのだと。

 ここまで言えば分かるだろう。ハンター試験を超える技量が必要なのではない、超えたという自信が必要なのだ。奇しくもそれこそが強い念が発起される原動力となる。ハンター試験如きに執着し過ぎてはいけないし、それに目が眩んで未来を見失ってもいけないのだ。

 俺としては、自分の不足を嘆いて、それでいて正確な情報を才能溢れる新人に託すポンズの方が俺よりもずっと才能に溢れていると思う。なにせ俺の根本は神に与えられたチート能力と纏から始まった才能、そして原作知識。いわば才能の成金である。それがこんな自分の卑屈さを認められる人間の才能を潰させてはいけないと、強く、強く思う。

「ネテロ会長は知ってるよな?」

「グス。…? ええ」

「ネテロ会長は50そこそこまで程度の知れた雑魚だった。そこから悟りを開き、60になるまで研鑽を積み、やがて最強のハンターと称えられるまでになった」

「…………」

「20や30程度で自分の才能に蓋をすんなよ。情報集めてりゃ、大器晩成なんて珍しくもない。むしろ天才鬼才が珍しい。

 ポンズ、アンタはどんなハンターになりたいんだ?」

「……インセクトハンター。昆虫について調べて、どんな生態か理解する。その過程の進化にこそ生命の叡智があると信じている」

「その信念で十分、手を組むという言葉を撤回するつもりはない。ハンターになって、その道を極めてくれればいい。

 俺がハンターになるのに矛盾しない」

「バハトさん。あんた、なんの為にハンターになるの?」

「…………」

「飛行船が着陸してから軽く調べたわ。アマの情報ハンター、バハト。情報ハンターとしてはトッププロを超える逸材。特に、いわば、力によらない抜きだしに特化した人材。プロを超えるアマ。

 そんなあなたが、今更プロハンターに興味を示すの? 何故、私と組み続けるというの?」

「その情報を抜き出せる時点でポンズはプロハンターとして十分だと思うがな」

 情報屋は、当然ながら己の情報流出には特に厳しい目を向ける。バハト自身が与えた名刺があったといえどもそれを掻い潜って『力によらない抜き出し』まで、この短時間で至ったポンズはやはり並ではない。

 インセクトハンターとしてはどうか知らないが、ポンズは明らかにプロハンターの領域になる。ハンター試験が筋力や体力に依存せざるを得ないのが彼女の大きな不幸だろう。合格後に体力を鍛えるのを前提とした学力依存の試験ならば彼女はとっくに受かっていても不思議ではない。まあ、ハンターには知力よりも体力が求められるのは理解するが。

 俺の言葉を嫌味と取ったのか、ポンズはギリと鋭い目つきで俺を睨む。それに関わらず、俺は言葉を紡ぐ。

「信頼に値すると、俺は思った。信頼は何よりも勝る宝だ」

「……何を?」

「試験の数はおおよそ5~7だと調べはあった。プロハンター試験前後に、それなりに有名なプロハンターの5名前後が活動不明になるとも。鑑みれば、ポンズは誠実な対応をしてくれた」

「!! あんた、私を騙して!」

「嘘は一切言っていない。思い出して欲しい」

「…………」

「で、聞こうか。プロハンターはどんな試験を出してくる傾向にある? 盟約を結んだ相手の同士討ちを狙うか?」

「……!! た、確かに受験生同士を争わさせるのは常だけど、私の場合は協力を強制された試験での共倒れ。自分の利益にはしって自滅したわ」

「思った通り。やはりプロハンターは自己の才能や力量は最低限に留めて、それ以上に同調や協力を求めている」

 最低限の体力がいらない訳ではないのだろう。それはサトツが第一試験で数十キロ以上も走らせたところからも想像できる。いくらインドアハンターとはいえ最低それぐらいはできろと。第一試験にそれを採用した辺りでも基準が理解できた。

 だが、それ以上に大切なのは仲間。信頼できる友。お互いがお互いを蹴落とすハンター試験において、それを見つけられれば僥倖。それこそがハンター試験突破の鍵となる。

 ……最終試験でそれを裏切らせるネテロの性根の悪さは筋金入りだろう。何せ、戦いたくない相手を事前に聞いて、それを回避しないようにトーナメントを組んでいる。あれは勝てない以上に、勝ちを選べない相手と当たる事を優先している選考だった。

「信頼できる相手ができただけで十分僥倖、文句を言う気なぞ微塵もない。

 で、だ、俺がハンターになる目的か。端的に言うなら、1人の命が欲しい」

「!? ……怨恨かしら?」

「いいや、依頼だ。詳しくは言えないが、そいつを殺さなくちゃいつか俺が死に至る。それ故にソイツを殺したい。その為にハンター試験を受けた」

 何度でも言おう。嘘は言っていない。

 俺の言葉をゴクリと唾を呑んで聞くポンズ。

「それで、バハトさんは私に何を求めているの?」

「特に何も。強いて言うなら敵対しないことと、有事じゃない際に味方でいて欲しいことかな」

「悪くないわね。もしもバハトさんのおかげでハンター試験に合格できたら呑んであげる」

「は。そのくらい狡猾な方が望ましい」

 自分の合格が最低限であるとポンズは言う。

 笑う俺。笑うポンズ。呆れた声は、クーフーリン。

『マスタぁ。一応言っておくが、この手の腹黒女は後腐れがあるぞ』

『まあ、正直、神話を紐解けば分からんでもない』

 だが。

『俺は組むと決めた。フォローを頼む』

『はぁ、俺に丸投げかい。まあ、死ぬ可能性が高い嬢ちゃんだったか。んじゃまぁ、その歴史を変えてみるとしますかね』

 俺の原作知識は召喚したサーヴァント全員に共有されている。より正確に言うならば、召喚した後に魂にある聖杯に回収した時に俺の記憶が共有される。だから1度目と2度目のサーヴァント召喚が本当に緊張するのだ。場合によってはそこで殺されてもおかしくない。だからこそ、いきなり殺しにかからないサーヴァントを慎重に選ばなくてはいけないのだ。

 ともかく、クーフーリンはそういったタイプではない。彼が望む全力での死合は叶えにくいだろうが、少なくとも召喚したマスターを裏切るタイプではない。俺が彼を重宝する理由の一つである。他の多くのサーヴァントはそこが保証されないのだから。仕事人系サーヴァントはそこが信用できるから気楽だが、クーフーリンは騎士系でもあり仕事人系でもあるからより深く信用できる。

 と、色々とくっちゃべっているうちに深階に着いた。B100という有り得ないレベルの階層が表示され、チンと到着音が鳴る。

 ……B1~B99階までに何があるのか激しく問い質したい。

 辿り着いた地下には人は数える程で、10人かそれより多いか。どうやら早く着きすぎたようだった。

 お互いにお互いを監視し合う中、豆のような特徴の人…? 豆…? やはり人? が俺たちにナンバープレートを持ってくる。

「どうぞ」

「ありがと」

「あ、すいません」

 一応心の中で言っておくが、ポンズ。この人?はネテロ会長の秘書であるビーンズ氏だからな。凄い滑らかにオーラを流しているが、その実恐ろしい実力者だからな。どんだけかと言うと、霊体化したクーフーリンが一瞬闘志を顕わにするくらいだからな。そんなおざなりに相手にする人じゃないからな。

 まあ、言っても聞かないだろうし分からないだろう。俺は色々と諦めてビーンズ氏からナンバープレートを受け取る。番号は15だった。

「…………」

 本当に早く来すぎたようだった。よく考えればハンター試験開始は1月7日からで、後1日以上も先の話である。ぶっちゃけ遠い。

「じゃあ私はしばらく様子を見るから」

 そう言ってポンズは14のプレートを持ってこの場から離れる。この場といってもビーンズ氏が離れた以上、大きな地下道前の広場に俺がぽつねんと立っているだけなのだが。

 虚しくなって、それでも一応凝にて十人程度の受験生を見渡す。

「!!」

「!!」

 咄嗟に纏を解いたか。だがそれが大きなミステイク、せめてただの念能力者と白を切ればよかったのに。

 この年のハンター試験において、あえて念能力者と知られたくない。絶対ではないが、一番の可能性に気が付かないほど俺は愚鈍であるつもりはない。

(見つけたぞ)

 ナンバー5の受験生、名前も知らない黒い肌に黒い髪の女。だらだらと冷や汗を流すその女を鋭く睨みつける。

 あまりの露骨さを考えれば当人ではないと思われるが――まあ関係ない。情報はできるだけ絞り出す、操作されている為におそらくは出ない情報を。巻き込まれただけだろうナンバー5には全くもって不幸な話だろうが、こちらには容赦する気は一切ない。ここで止めるようなら転生を、ひいては情報ハンターをやってない。

(逃がさない)

 ひたすらナンバー5を睨みつける俺に、だらだらと暑くもないのに汗を流すナンバー5。

 しばらくその時間が続いたが、やがて背後から鳴るチンという到着を示す音に良くも悪くもその時間は中断された。

「おっ。新人さんだねぇ、こんな早い時期に珍しい」

「……」

「俺はトンパ。まあ、いわばハンター試験の常連だな」

「……」

「ナンバーは16か。まあよろしく頼むぜ」

「……」

「おいおい、新人だって見破ったから警戒してるのかい? 俺ほどの熟練者になれば新人かどうかなんて一目で分かるさ。

 現に注意すべきベテランだってそらで言えるしね。一番はやっぱり去年受験した奇術師ヒソカっていう異常者――」

「黙れ、新人潰しのトンパ」

「!!」

「貴様如きに名乗る名はない。ナンバー15とでも覚えておけ。

 俺の職業は情報屋で、お前のデータも集めている。どんな悪辣な仕掛けを用意しているが知らんが、俺に近づくな。

 次に気安く声をかければ、容赦なく殺す」

 ナンバー5がいるから練すらできない。だが、睨む視線に殺意を込めて、トンパを凝視する。

 侮るな。平和な日本で過ごした感性を持つ俺が、いったい何人殺したと思っている。

 侮るな。ハンターであることを諦めたお前が、いくらハンターの種籾を壊したとて何もならない。

 いっそ苦痛ハンターや絶望ハンター、綺麗事をいうなら感情ハンターなどと評して人の心を踏み躙ればまだその信念が認められただろうに。

 何もかも中途半端なお前が、この場所で俺と同じく立っていることすら不快。その意味を込めて睨みつける。

 怯えたトンパはそそくさと立ち去った。

 こんな俺を初めて見たポンズが信じられないといった表情をしていたが、知ったこっちゃない。敵対者には大概俺はあんなモノだ。

 それを全て無視し、警戒をクーフーリンに任せて壁に寄りかかって寝る。

 人間。食うのも大事だが、同じくらい寝るのも大事なのである。

 

 

 じりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりり

 

 不快な金属音が鳴る。それと同時、俺は目を覚ました。

 ふと見れば、周囲には人の群れ。いったい何時の間にここまでの人数が集まったのかと。

『アンタが呑気に寝こけている間にだよ、マスター』

 無視。

「お待たせいたしました。

 これよりハンター試験を始めます」

 

 言うのはプロハンター、サトツ。原作知識に違わぬ情報。

 修羅の試験が始まる。

 

 

 




頑張った。
次回は間が空くかも。


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006話 地の底から天空へ

 人間が最も隙を見せる時はいつだろうか。

 答えは幾つもあるだろうが、その内の一つが睡眠時だと答えるのを馬鹿にする者はいないだろう。

 睡眠時は分かりやすい隙であり、熟練者ほどそれを知っている。故に寝ていても敵意や殺気に対応できるよう、訓練を受けた者もまた多い。

 では、そのような者は睡眠時は隙ではないのか。

 答えは否である。

 どんな訓練を積んでいたとしても、起きているよりは寝ている方が隙が大きいのは道理。また、緊張をもって眠りについても心の奥底に疲れは溜まる。人間というものは、どうしてもどこかで完全な無防備の中で休む時間がなくてはならないようにできている。

 さて。そんな最大の隙を晒していたとして、敵対者はそれを見逃すだろうか。

 これもまた、答えは否である。

 最大にして絶対の隙を見逃す筈がない。念入りにチェックをして、相手が完全に寝入っていることを確信した瞬間、敵対者は襲撃者へと変化して行動を起こすだろう。

 しかし、しかしだ。もしもサーヴァントなんていう規格外を侍らしているならば、隙は隙足り得ない。むしろ隙を確信した者への強力なカウンターになるのだ。

『いや、流石に無理があるぜ。マスター』

『あ、やっぱり?』

 ごめんなさい、完全に気を抜いて寝こけていました。

 呆れたランサーの声と、俺のテヘペロ。

 ハンター試験。緊迫に満ちた開始直後のどうでもいい一幕である。

 

『――こんなとこか』

『サンキュー、ランサー』

『そう言うならこんな下らない寝坊はこれっきりにしてくれや』

『悪かったって。帰ったら酒を用意するからさ、割り増しで』

『当たり前だ』

 ランサーから俺が一日以上も爆睡していた間の受験生たちの様子を簡単に聞き出し、知ったかぶる用意と注意すべき受験生の情報を入手する。っていうか、俺は何でここまで爆睡してしまったのか。疲れていたのか。

 それはさておき。最も過激だったのはナンバー44であり、少しのいさかいから受験生の両腕を切り落としたとか。落としたはずの腕が誰の目にも見えない速度で上へ飛び上がり、天井に張り付いたのを見ても明らかに念能力者であったと。分かり易くヒソカである。ちなみに舐るように俺を見てきたらしいが、手を出す様子はなかったので無視したらしい。

 後、念を使えるのは顔面に針を突き刺しまくってカタカタ震えるアレ過ぎる男、ナンバー304。こちらも分かりやすくイルミである。

『念能力者にはおかしい奴しかいねぇのかねぇ?』

『それに俺やユアを含めてないよな?』

『ユアのお嬢ちゃんはともかくマスターは含めてるに決まってんだろ』

 ……まあ、念能力者は超人とも呼ばれるし、変人とも紙一重なのだろう。サーヴァントだけには言われたくないが。

 とにかく、俺が注意すべきなのはこれに加えたナンバー5の女のみだろうと締めくくられた。

 情報をかみ砕き、反芻しながら走るうちに見知った姿を見つけて声をかける。

「よう、ポンズ」

「……なんだ、起きたんだ。試験に寝坊するかと思ったのに」

 ジト目で俺を見るポンズ。

 まあ、その感想は一般的には正しい。俺だって、サーヴァントがいなかったら流石にあそこまで油断しないだろうから。多分。いざとなったらランサーが声をかけてくれるし、最後の最後には霊体化を解くという手もある。もちろん、霊体化を解くというのは本気で俺が死にかけた時のみだ。失格程度ではサーヴァントという手札を晒すつもりはない。

「油断したように見せたが、ポンズはまんまとそれに引っかかった訳だな」

「そう清々しく言い切れるのには感服するわ」

「本当さ。受験生が一人、両腕を切られて再起不能になったのとか、確認している」

 嘘を言う俺にポンズは驚きで目を見開いた。

「……ホントに把握してたんだ。じゃあ一応言っておいてあげる、その犯人は恐らくこの試験最大の危険人物――」

「もしかしてそれはボクの話かな♥」

 後ろから唐突にかけられた声に、ポンズは恐怖で顔をひきつらせた上で息を呑む。俺は不気味なオーラが唐突に絶で消えたから、多分こう来ると予測していたから驚かなかったが。

 特に気負うことなく背後を振り返ればそこにはピエロの顔。ポンズの事は完全に無視して、俺の事を視線で舐めまわす。

「初めまして、ボクの名前はヒソカっていうんだ♦ よろしく♣」

「ヒソカ=モロウか。俺の名前はバハトという。よろしく頼む」

 返した言葉にヒソカの目が一瞬だけ開かれ、そしてクックッと機嫌よく笑いだす。俺の隣にいるポンズは顔面蒼白な上、冷や汗だらだらだ。ちなみに逃げ遅れたのは彼女だけであり、他の受験生はヒソカが絶を解いた瞬間から距離を取っている。おかげで不自然に空いた空間ができあがっていた。

「もしかして君、天空闘技場に来たことがあるのかい?」

「いや、ない。これでも情報ハンターなんだ。アマだけどさ」

「それで今回、晴れてプロになる訳か♠ 腕がいいならボクも仕事を頼むかも知れないけど、他にも面白い情報があれば教えて欲しいな♣」

 ヒソカの言葉に少しだけ考え込む。

 どうせ目をつけられているし、まあいいかと興味のありそうな情報を開示する。

「13の中の4」

「……」

 これには流石に予想外だったのか、ヒソカは聞いた瞬間にニチャァとした笑みを浮かべた。

「ひ」

 その余りの形相に、ひたすら空気であろうとしたポンズがとうとう声を漏らした。そんなポンズを変わらずに完全に無視してヒソカは俺だけを見る。見続ける。俺もヒソカを平然と見返す。確かに不気味だし生理的嫌悪感を抱かせるが、俺とて産まれて20年間遊んでいた訳ではない。どんな相手だって、ポーカーフェイスくらいは保てなければ話にならないのだ。

「イイ、実にイイよ君♥ それを言った上で変わらない態度が最高だよ♣」

「気に入って貰えたのなら是非とも御贔屓に。あ、これ俺のホームコードね」

 気安くそう言って、名刺を差し出す。

 ヒソカは愉快そうに俺の名刺を受け取り、そのまま前に走り去っていた。

 あ、前方の受験生の流れが真っ二つに割れた。

 ヒソカが居なくなり、ようやく一息つけたポンズが呆れながら俺に声をかけてくる。

「……バハトさん、あなた、よく平気ね」

「なんとかギリギリ?」

「ギリギリの人間はあんな営業はしない」

 ごもっとも。ポンズのいたく正確なツッコミを受け流しつつ、俺たちは走り続ける。

 明言するのを忘れていたが、サトツの一次試験は原作と同じ。二次試験会場までサトツに着いていく事。よって、今までの会話や行動は全て走りながら行われていた。

 危険人物がいなくなったせいか、開けた空間が徐々に戻ってくる。徐々になのは、ヒソカと普通に話をしていた俺を警戒しているからだろう。

 そんな中にも例外はいるようで、ツンツンした黒髪の少年が後ろから一直線に向かってくる。呆れたような困ったような顔をした仲間たち、銀髪の少年にグラサンの男と民族衣装を着た青年も一緒だ。

「ねえ、お兄さん。ヒソカと知り合い? 仲がいいの?」

「ん? いや、さっきが初対面」

「初対面で、あれか……?」

 グラサンの男の的確でいてそして失礼な発言に、他の2人もうんうんと頷いている。ついでにポンズも頷いている。

 そんな中、黒髪の少年だけがきらきらした目を向けてきた。

「ヒソカは凄くイヤな雰囲気だったけど、お兄さんは全然変わらなくて凄いや!

 俺の名前はゴンっていうんだ。お兄さんとお姉さんは?」

「バハト」

「ポンズよ」

 軽く自己紹介をする。続いて他の面々も名乗りを始めた。

「レオリオだ」

「キルア」

「クラピカという」

 それに驚いた演技をしてクラピカの顔を見つめる。

 ヒソカにすらしなかった表情の変化に全員が、特にクラピカが怪訝な顔をした。

「クラピカ……?」

「? 私が何か?」

「……すまん。ちょっとクラピカと話がしたい」

「う、うん。いいけど」

 唐突に態度を変えた俺に、ゴンは戸惑いながらも言葉を返す。他の者たちから少し距離を取り、ゴンよりも更に戸惑ったクラピカに耳元に口を少しだけ近づけ、一つの言葉を囁く。

「クルタ族」

「……! 貴様、どうしてそれを!?」

 ギラリと俺を睨みつけるクラピカだが、俺はようやく見つけたという安堵の表情。の、ふりをして言葉を続けた。

「ようやく見つけた。お前だけは幻影旅団に襲われる前に旅立ったから無事だとは思っていたよ」

「…………」

 その言葉が意味することを理解して、絶句するクラピカ。

 思わず立ち止まってしまった彼の腕を取り、引っ張って走らせる。

「生き残りが、いたのか」

「ああ。直前に異変に気が付いて、妹と一緒に一目散に逃げ出した。それが正しかったと分かったのは翌日だったな」

「……妹。では、もう一人いるのか。

 バハト、しかしお前の目は?」

「ん。まあ、気にするな」

 眼帯をする俺を悲痛そうに見るクラピカ。何があったのかに想像を巡らせているのだろう。正解は念の制約の為であるので、完全な自業自得な上にクラピカに心配してもらう必要もないのだが。

 俺の目の話題から逸らすように話を変えるクラピカ。

「しかしこんなところで同胞と会うとはな。どうしてハンター試験に?」

「まあ色々と目的があってな」

「――復讐か?」

 クラピカの怨嗟のこもった声。自身の復讐にゴンたちは巻き込むまいとしたクラピカだが、おそらくクルタ族の生き残りである俺なら話は別だろう。

 もっとも、俺は首を横に振るのだが。

「残念ながら。幻影旅団を討ち取っても、何も返ってこない。しかも、もし返り討ちに遭えばユアが一人になる」

「そうか……。いや、自分でそう決めたのならいい。私が文句を言う筋合いでもない」

 一瞬だけクラピカの瞳に失望の色が宿るが、彼はそれを理性でかき消した。

 俺は知っている事ではあるが、クラピカの口からあえて言わせる。

「クラピカは復讐か?」

「ああ、そうだ。私を止めるか?」

「いや、それは俺が文句を言う筋合いではない。だろう?」

 クラピカの言った言葉を使って言い返す。そんな俺に対して、クラピカはほんの少しだけ笑みを浮かべた。

 そして改めて問いかける。

「では、バハトの目的とは?」

「――俺は情報ハンターをしていてな。どうやら積極的に俺を殺そうとしている奴がいるという情報を掴んだ。

 クルタ族としてのではない、純粋に俺をだ。そしてその関係者が今回のハンター試験に紛れ込むだろうことも」

「なぜお前を?」

「さあな、どこかで恨みを買ったか、依頼されたか。とにかく殺される前にその『敵』を狩る事が最大の目的だ」

 そう言い切る俺に、クラピカは微笑を浮かべながら言葉を続ける。

「そうか。私で手伝えることがあったら言ってくれ。

 もはや世界で3人しかいない同胞だからな、できる限り力になろう」

「ああ。クラピカも欲しい情報があったら言ってくれ。安く売ってやるぜ」

 ニカっと笑う俺に、クラピカもくすりと笑う。

 そこで話を終わらせ、ゴンたちの元に戻る。どうやらちょうどポンズが初受験でないことを話したらしく、ゴンの好奇心溢れる声が聞こえてきた。

「ポンズは5回目の受験なんだね。今までどんな試験があったの?」

「え、ええと……」

「聞くのやめよーぜ。前もって知っちゃったらつまんねーじゃん」

 情報を漏らしたくないポンズが口ごもるが、キルアが簡単に質問を切り捨てる。

 難関と言われたハンター試験を楽しむ為に来た彼にとって、試験の前情報は知りたくないのだろう。

 それを聞くクラピカは苦笑いだ。

「私は是非聞きたいが、ポンズが話したくないならば無理に聞くというのも無神経な話だろう」

「あ、クラピカ。バハト。話は終わったの?」

「ああ、ちょっと個人的な話でな。中座を失礼した」

「硬いな、クラピカ」

「礼節は必要だよ、バハト」

 笑い合う俺たちに怪訝な顔をするレオリオ。

「なんか異様に仲良くなってなってねーか、お前ら?」

「否定はしない」

 さらりと流すクラピカにますますレオリオの顔が曇るが、言いたくなければまあいいかと話を打ち切る。

 現在は5キロ地点であり、序盤以下。まだレオリオにも余裕があるのだった。

 

 

 

 過酷な一日が終わる。

 サトツの試験の後に行われた二次試験。前半と後半に分かれたうち、後半のメンチの試験では予定調和の通り、合格者0名。

 これには流石にハンター試験の本部が動き出し、会長であるネテロが仲裁することでメンチの再試験が決定。これを突破できた48名が三次試験に突入することになる。

 とはいえ三次試験は約半日後の話であり、三次試験会場に着くまでは飛行船で休みをとってもいいと、ビーンズ氏から二次試験の合格者たちに通達された。

「キルア、飛行船を探検しようよ!」

「おう!」

 まあ、休むかどうかは個々人の判断によるのだが。元気よく飛び出す12歳児たちは、300人以上が脱落した上でその半数以上が死者となった試験の真っ最中だと理解しているのだろうか。こういう行動を起こすと知っていたとはいえ、実際に過酷な試験に身を置いた俺は呆れてしまう。

 他の面々は呆れる体力もないようだが。

「元気な奴らだ。俺はとにかく眠りてーぜ」

「私もだ。おそろしく濃い一日だった」

「…………」

 ポンズに至っては言葉を発する気力もないようだ。っていうか、なんだかんだここまで付いてくるポンズ凄いな。トンパには組み合いに持ち込めば勝てると評された彼女だが、一次試験を突破した時点で最低限以上の能力はあるのだろう。

 そういえばここでトンパがクラピカとレオリオに変なちょっかいをかけるシーンがあったはず。ついでに周囲を見渡すと、がっちりトンパと目が合った。その瞬間、トンパは流れるように視線をずらしてそそくさと立ち去る。なんというか、清々しく小物である。

 まあ、あんな小物はどうでもいい。心底どうでもいい。問題なのはナンバー5、黒い肌に黒い髪の女。奴がクラピカに話した『敵』の関係者か、もしくは本人であるとは思うのだが。一次試験、二次試験共に目立った行動は起こさなかった。それでいてしっかり三次試験には駒を進めている。どこに狙いがあるのかは分からないが、要監視対象なのは間違いない。

「バハトは平気なのか?」

 クラピカは気遣うように声をかけてくるが、気持ちだけありがたく受け取っておこう。

「問題ない。試験の前にぐっすり寝たし、軽く何か食べたら見張りは俺がしよう。

 試験の合間とはいえ、何が起きるか分からないからな」

「一応、受験生同士で、いさかいは禁止よ?」

「ヒソカも?」

「「「…………」」」

 かろうじて言葉を出したポンズだが、俺の一言で3人とも黙り込む。

 実際にここでキルアは2人の受験生を殺害している。試験前のヒソカにも共通するが、偶発的な接触からのいさかいはあり得る。もしくはいさかい禁止は名目に掲げているだけで、受験生の潰し合いは黙認されているのか。サトツも自分への攻撃禁止は明言したが、他の受験生への攻撃禁止は言葉にしなかった。あげく、湿原での大虐殺なのだから個人的には黙認だと思うが、さて。

 とにかくそういった危険がある以上、余力があるなら見張りくらいは居てもいいだろう。かなりふらふらな3人と共に、俺はゆっくりと移動するのだった。

 

「ええ。やはり居ました、前もって聞いていた以外の念能力者が」

 飛行船が出発してから2時間。深夜に差し掛かる時間になって、誰も立ち入らないような倉庫に人影が一つ。

 ナンバー5の女が虚空に語り掛けている。

「はい。ご主人様の指示通りに纏を見せ、すぐに解除しました。あれで私が念能力者であることは把握されたでしょうが、接触はしてきませんでした。

 慎重な性格なのか、情報を集めているようですね。特徴としては金髪で、左目に眼帯をした男です。ご主人様が探している本人という確証はありませんが。私と同じくただの駒という可能性もあり得ます。あれが敵対者であって、私をご主人様と勘違いして殺してしまえば早かったのですが、そこまで上手くいきませんでした。申し訳ありません」

 普通に考えればただ気が触れただけなのだろうが、彼女が念能力者であることを合わせればそんなぬるい思考には至らない。

 これは会話が成立していると考えるのが妥当だ。例えここが電波の届かない僻地であり、さらにその雲より高い場所にある飛行船だろうが。念能力者というのはそんな常識などものともしない。

「ええ、問題ありません。誰にも聞かれる筈がありません。円に感知者はないですし、ここは小さな倉庫の中。外まで声が漏れる心配はありません。

 私の『無限に続く糸電話(インフィニティライン)』は声を出さなくては届かないのが欠点ですが、この状況では情報が漏れる可能性は0です。

 ――いえ、確かに相手の能力次第ではありますが」

 危惧する問題は極小だと強い笑みを浮かべるナンバー5の女。

 そして会話は続いていく。

「このままではこれ以上の情報を得ることはできません。なので、四次試験のゼビル島で仕掛けます。あの試験ならば受験生が戦っても不自然ではありませんから。

 ――ああ、ご主人様から激励の言葉を頂けるとは恐悦至極でございます! このエリリ、命を捨ててご主人様に奉仕させていただきます!!」

 最後は悦に入り切った表情を浮かべるその女――エリリ。

 その表情といい、未来の情報といい、決して外に漏らしてはいけないだろう。色々な意味で。

 そう、ランサーはアクビをしながら思う。霊体化をしてサーヴァントでなければ決して感知されない彼は、一次試験からずっとこの女に憑いていた。

 ボロを出すまでずっと憑いていなければならないのは面倒というか苦痛だったが、成果があがれば多少だが溜飲も下がる。

 

 この情報がラインを繋いでいるバハトに全て流れている事に、エリリは全く気が付かないでいた。

 

 

 



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007話 トリックタワー

『操作系だな』

『ったく。この手の人間は嫌いだぜ』

 ランサーから受け取った情報を精査して『敵』について考察する。

 このハンター試験に現れたナンバー5の女、エリリは『敵』に操作された念能力者であることはほぼ疑いようがない。明確にハンター試験の内容を知るのは、今期のハンター試験関係者か原作知識を持つ者かに限られる。前者であれば倉庫でエリリが奇行に及ぶ理由がなく、後者であれば『敵』への報告に必要な行動になる。よってエリリが『敵』の手駒であることは疑わない。

 そこでエリリが発した単語であるご主人様というものと、己の命を捨てる事に快楽を感じたようなあの表情。そして無駄に原作知識を口にしたことを考えると、恐らくは蟻の王に対する護衛軍のような忠誠心を植え付ける能力であると察することができた。主の目的を最優先にするのでなく、主に従う事に快楽を芽生えさせる能力。もしも主の目的を優先するのであれば『敵』が当たり前に知っている原作知識をわざわざ口にする必要はない。監視されている可能性と己の能力の弱点である『届けられるのは声だけ』を自分で口にしたにも関わらず、無駄口を叩いた時点でそう結論が結ばれる。

 ヴェーゼや、ザザンの能力に近い。相手の思考を操作、支配して行動原理を自分の支配下に置く能力。

 だが、この手の相手を自分の支配下に置く能力というのは実は作るのが相当に難しい。ほぼ確定なのが、自分のオーラを相手に流し込むこと。ヴェーゼは唇同士という制約の下に、ザザンは己の針からと限定して。他にもシャルナークはアンテナを介して操作するという前提条件がある。これは肉体強化に向かない操作系には厳しい条件だ。

 もちろんたかがそれだけの条件である筈がない。小次郎に確認したところ、俺は既に当時の幻影旅団の一人よりも威圧感があると返事を貰った。それを考えれば現状、俺は現在の幻影旅団レベルであり、ヒソカと対等に戦い合えると思っていいだろう。そしてそれと同じ領域に『敵』がいると仮定する。すると『敵』のレベルはシャルナークを参考にすれば見えてくるのだ。

 シャルナークの能力は、『己自らが』『専用のアンテナを刺した人間を』『愛用の携帯にて』操作するというもの。言い換えればシャルナークの才能を以てしても、人間一人を完全に操作するにはこれだけの手順が必須となる。

 エリリを使い捨てにするように扱う以上、まず間違いなく『敵』の手駒は一つではない。もしくは特殊能力の可能性もあるが、そちらは考えても仕方がないのでひとまず置いておく。

 念で操作したとなれば、これは相当厳しいレベルで制約と誓約を課さなくてはならない。必然、それは条件を満たす難しさに直結し、手駒の数は一つではないが、有限であると想定できる。

 ――収穫はここまでだ。これ以上は想像や想定を超えて、妄想になりねない。ひとまず『敵』は操作系の可能性が高いと認識しておくに留めるべきだろう。

 そして操作されている以上、尋問拷問には意味がないし、そもそも駒に必要以上の情報を与えているとは思えない。

『さて。どうする、マスター?』

『これ以上うろちょろされても邪魔だ。三次試験では隙はないだろうから、四次試験で殺す』

 幸い、四次試験の内容は『狩る者と狩られる者』であり。誰が誰を襲っても不自然ではない状況である。 

 だがバカ正直に真正面から殺す必要はない。何せ、エリリは遠話能力を持つのである。操作された彼女は死ぬまで俺と戦い続け、最大限に情報を暴こうとするだろう。

 故に選ぶのは暗殺。暗殺、なのだが。

(……アサシンは使えないな)

 霊体化はその特性上、その状態のままでは同じサーヴァント以外に干渉できない。普段であれば円すら潜り抜けるメリットになるが、翻っては実体化しなければ殺傷能力は皆無ともいえる。

 そしてアサシンのスキルである気配遮断は、攻撃時にそのランクを大きく落とす。エリリが死者の念にでも目覚め、己が死んだ瞬間の映像も送れるようになったら目も当てらない。そうでなくても四次試験ではそれぞれに監視者がいるのだから、彼らにも実体化するサーヴァントを見られる訳にはいかない。サーヴァントは俺の念能力以上に秘すべき情報だ。

 ならば答えは一つ、遠距離からの狙撃。すなわちアーチャーの出番だ。

『ランサー、お前はゼビル島で還す。護衛はそれまでだ』

『あいよ。報酬に酒が貰えるなら文句は言わねぇ』

 クーフーリンは召喚する度に酒やらなんやらを請求してくるが、サーヴァントを使役する代償としては破格である。俺はサーヴァントが要求してくる報酬を踏み倒した事は一度としてない。っていうか、俺が払えない報酬を要求するサーヴァントなんて怖くて召喚できない。

 ランサーにはギリギリまで働いて貰って、そこで送還して即座にアーチャーを召喚。俺の円と洞窟もあるゼビル島の環境を利用すれば、監視者から逃れてサーヴァントを召喚することは可能と思われた。

 そして遠距離からの射殺が理想となる。ここまで上手くいくかは分からないが。

 

 そこまで考えた時、三次試験開始の為に集合する旨の船内放送が流れた。

 とにかく三次試験をクリアしなければ話にならない。ここは内容がほぼ表現されない、原作知識を持つ者にとっての鬼門。俺は改めて気を引き締め直した。

 

 

 制限時間は72時間。生きて下まで辿り着くこと。

 それが第三次試験の内容であり、舞台はトリックタワーと呼ばれる重犯罪者収監施設。

 さて、ここで原作知識を持つ俺は選択を迫られる。すなわち、ゴンたちと共に行くか否かだ。普通ならばここまでゴンたちに関わっておいて、今更別行動にする意味はない。内容がほぼ分からないとはいえ、多数決の道はあのトンパという足手纏いがいつつもクリアできたルートなのだ。

 では何が問題なのか。

「扉は5つあるけど、俺たちは6人だよね」

 ゴンの言葉が全てである。

 そう。俺がポンズを原作組に持ち込んだ弊害、つまり定員オーバーの問題だ。

「この中でどれかが罠である可能性も考えれば、強制はできないな」

 クラピカが冷静に言うが、正解を知る俺としては合格ルートである。解体屋ジョネスも、キルアか俺かでクリアできるから問題ない。

 個人的には原作で単独クリアを成し遂げたポンズに抜けて貰いたいのが本音である。そして一番不安があるレオリオには是非とも参加してもらいたい。他のルートで合格できる保証もないから、俺も参加したい。

 そういう風に思考を誘導したいが、普通に無理である。うーんと悩む俺を含めた5人であるが、例外であった1人が言葉を発することによってそれは解決されることになる。

「私が抜けるわ」

「ポンズ?」

 ゴンが困惑の声を出すが、俺は歓喜の声をあげたい。だが、いったいどうしてそういう結論に至ったのか、純粋に興味がある。

 そしてそれを聞くまでもなく、淡々とポンズは理由を語りだした。

「これだけ密集した場所に扉があれば、もしかしたら5人のバトルロイヤルが発生するかも知れないわ。私はそういう状況はあまり得意じゃないの」

 そこでチラリと俺を見るポンズ。彼女は予備試験で俺の実力を見ているから、俺と戦いたくないのだろう。

 そこで終わり。ポンズは踵を返す。

「もしもその扉を潜るなら、仲間同士で戦う可能性も想定しておく事ね。

 それじゃあね、下で会いましょう」

 言って、別の扉を探し始めるポンズ。最後には5人中2人の脱落者を選択させる可能性もあった以上、ポンズの意見もなかなか的を得ていると言えた。

 去っていくポンズに困惑気味のレオリオ。

「どうする?」

「俺は行くよ。っていうかどの扉を選んだって、下の階層で受験生同士を争わせるかも知れねーじゃん」

「私も同感だな。ポンズの意見を否定できる材料はないが、肯定する材料もまたない。ならば条件は一緒だ」

 キルアがまず突入の意志を示し、クラピカが賛同する。続いてゴンが口を開いた。

「他の扉を探す方が時間の無駄だしね」

「怖いならお前は抜けていいぞ、レオリオ」

「っ、誰が怖いって言ったよ! バトルロイヤルになったら全員蹴落としてやるから覚悟しとけ!!」

 俺の挑発に易々と乗ってくれるレオリオ。

 正直、扱いやすくて大変助かります。

「じゃあこの5人で」

「何が起きても恨みっこ無しだぜ」

 いざ、多数決の道へ。

 

 

「我々は試験官に雇われた試練官である!」

 ベンドットによって、この場のルールが説明される。それを聞いている間、俺が注目していたのはただ一つ。

(オーラを纏っている奴がいる……)

 正確には手首から先のみ精孔が開いている。恐らく、あれが解体屋ジョネスだろう。どんな系統かは分からないが、無意識に作った発は握力増加といったところか。

 ベンドットの解説を最低限耳に入れつつ、俺は試験官のリッポーに呆れていた。限定的ながら念に目覚めている奴を試練官にすんなや。

「俺の提案する勝負方法は、死ぬか負けを認めるまで戦うデスマッチ!

 挑戦者は名乗り上げるがいい!!」

 あ、ようやく話が終わったか。なげーよ。

 まあ、この時間も彼らの刑期が短くなる布石だと思えば納得である。100年以上の刑のうち、最大で72年の刑期削減がどれだけの希望になるかは知らんが。若くても20過ぎの彼らが首尾よくいったとして、娑婆の空気が吸えるのは老人になってから。それでも吸えないよりかはマシなんだろうか。ベンドットは確か刑期が199年だから――他の恩赦とも合わせるのか? どういうシステムになっているのかよく分からん。調べる価値もないしな。

 ともかくだ。

「じゃ、俺が行こうか」

「軽いなっ!?」

 思わずレオリオがツッコミを入れた。

「危険だ、バハト。ここは私が――」

「心配すんな、クラピカ。あいつは軍人崩れって感じだが、その程度に俺は負けない」

 クラピカの心配を切って捨てる。っていうか、同じクルタ族である俺にクラピカが妙にあまい。

 ……自分で言っててなんだが、至極当然か。

「あんたも結構できるみたいだけど、勝てるの?」

「勝負にすらならないかもな」

 キルアはクラピカと比べて全く興味がない素振りで聞いてくるが、多分こっちには全く裏がない。本当に俺に興味がないのだろう。キルアの興味の対象は、今のところゴン一人のみに向けられている。

 構わないと、そう思う。まずは1人、次に2人。そして段々と数を増やす。人の世界はそうやって広がっていくものだ。

「~~! 絶対に無事に帰って来いよ、コノヤロー!!」

 レオリオの素直じゃない激励を背に受けて、俺は中空にポッカリと浮かんだ決戦場に向かう。

 ちなみに護衛のはずのランサーも置いてけぼりだ。こんな茶番にいちいち付き合ってられるかと、眠そうな目をレオリオの後ろでこすっている。

(じゃあ円、と)

 半径5メートルくらい。ベンドットのみを含めて範囲に円を広げる。

「では。

 いくぞ!!」

 ――練。

 瞬間、ベンドットは顔中に冷や汗をかき、その場に崩れ落ちた。

 敵意ある念の前に精孔を開いていない彼はあまりに無防備。

 戦意を喪失したベンドットに、軽快な足取りで近づく俺。呆気にとられる全員を無視して、ベンドットの首を片手で掴む。

「あ、あ、あ……」

「負けを認めなければ殺す」

「っ! まいった、まいったぁー!!」

 ピ、とこちらの電光掲示板の数字が0から1に変わる。まず1勝。

「いい判断だ。死ぬよりかマシだろ?」

「…………」

 何も答えられないベンドットは、ガタガタと震えながら自陣に戻る。

 ――っていうか、なんであそこまで怯えてるんだろう?

「バハト、お前、何をした?」

「威嚇、だけど……」

 呆然とするのは味方たちも同じ。一見して何も変わらないのに、あの自信満々な男が一瞬にして戦意喪失した訳が知りたいのだろう。代表してクラピカが聞いてきた。

 俺としては念についてまだ話すつもりがないので、威嚇の部分だけ正直に話す。が、しかし。あそこまで怯える理由が本当に分からない。

 向こうでも不思議に思ったのか、試練官の一人が話しかける。

「オイ、どうした?」

「あいつは死神…死神だ。軍にいた時に遭った事がある。あの不気味な圧迫感を感じた後、誰かが不自然に死ぬんだ……」

 あ、念能力者に遭ったことがあるのな。納得。

「バハト。お前は以前、どこかの軍に?」

「いないいない。いったい誰と間違えているんだか」

 どっかの念能力者ですね、分かります。

 クラピカの問いに軽く答える。嘘は言っていない。

 とにかくそれでこちらを警戒した試練官。

「なら、直接対決は危険だね。ここは僕が行こう」

 爆弾魔、セドカンが登場した。

 

 ~~~~

 

  割愛

 

 ~~~~

 

「よーし、これで2勝!」

「お前は何もやってないだろーが」

「お前もな」

「お前もな」

 喜ぶレオリオ。それに冷静なツッコミを入れるクラピカ、キルア、俺。

 2勝0敗だから当然だが。

「――冗談じゃねぇ。このままじゃ、俺は肉の感触を味わえないまま終わっちまう。

 試練官同士の殺し合いでも構わないんだがな」

 向こうの一人のうち、手の先から精孔を開いている男が口を開く。そしてばさりとフードを取った。

「次は俺が行く。文句はねぇな?」

「あ、ああ……」

 その威圧感に、全員が頷く。そしてレオリオはその顔を見て顔面蒼白にした。

「あいつは――」

「知っているのか、レオリオ!?」

「――冗談はいい。次の試合は棄権だ。2勝しているし、無理はするべきじゃねェ」

 ふざける俺に、真面目な顔で言葉を続けるレオリオ。

 先ほどのベンドットよりかはマシとはいえ、明らかに勝ち目がないと言わんばかりのレオリオに全員の視線が集中する。

「――何者だ?」

「解体屋ジョネス、ザハン市史上最悪の犯罪者と呼ばれた男。

 150以上の無差別殺人を繰り返し、人を50以上も部品へ変えた。その凶器は、指。その異常な指の力のみで犯行を為した」

 ブォンと、ジョネスの説明をした俺を目掛けて唐突に拳が振るわれた。するりと避けるが、殴りかかってきたレオリオの目は据わっている。

「テメェは…それを知った上でふざけたのか。

 人の命をなんだと思ってんだ、ゴラァァァ!!」

「自業自得」

 確実に仲間が死ぬ。そう考えているレオリオに対しての返答としては最悪の部類に入るだろう。

 ブチリとキレたレオリオがナイフを抜き、同時にゴンとクラピカがその体を押さえつける。

「やめなよ、レオリオ!」

「お前もだバハト! いったい何を言い出す!」

 焦った様子の2人だが、その隙にスタスタとキルアが前に進んでいった。

 キレたレオリオとふざけた俺に対応してゴンとクラピカには止める時間はない。

「キルア!」

「やめろ、キルア! いや、すぐに降参するんだ、無駄死にするんじゃねェ!!」

 ゴンの叫びに、レオリオの助言。

 それを背中から受けて、キルアはやる気なさそうに手を振って返事をする。

「キルア!

 ~~、テメェ、もしもキルアに何かあったらただじゃおかねぇ!!」

 感情の発散場所をなくしたレオリオが俺に叫ぶが、俺は表情を変えない。変える必要がない。

 しかしもう見守るしかない。出来れば即座に降参してくれと願うレオリオに、キルアは大量無差別殺人鬼を瞬殺することで返事をした。

 余裕たっぷりに話すジョネスから心臓を盗み出し、悲痛な顔をした彼の眼前で握りつぶす。

「だから言っただろ。自業自得って」

「――お前」

 絶句。ただ絶句。レオリオは人外の技を見せたキルアと、その光景を疑いもしなかった俺を交互に見る。ゴンとクラピカも程度の差はあれ、行動に違いはない。

「ただいま~」

「お帰り~。ご飯にする、それともお風呂? それとも――わ・た・し?」

「死ね」

 10秒前の惨劇など無い様にする俺とキルア。他の者は唖然とするしかない。

「キルア……お前は、いったい?」

「ん? ファミリーネーム言ってなかったっけ? ゾルディックだよ、俺」

「!!」

「……? あれ、じゃあなんでお前は俺を止めなかったんだ。ええと、名前何だっけ?」

「バハトだ。情報ハンター」

「ああ、なるほど。俺の情報持ってるなんて優秀なんだな。ゾルディックの情報は名前もレアだと思うけど」

「まあ、流石にキルアの親父さんや爺さんは有名だがな。長老は伝説だし」

 あっけらかんと話す俺たちにレオリオはようやく現実を認識して、別の意味で汗をかいた。

「頼もしい連中だな」

(味方のうちだけな)

 心の中で返事をする。これはハンター試験、頂上でポンズが発言したようにいつ敵対するか分からない。

 そして試験が終わった後も、ハンターとして活動するならば獲物を狙う敵対者にならないとは限らないのである。

(敵対する気はあんまりないけど)

 それも『敵』の動向次第。操作系の可能性が高い以上、もしも操作されたら容赦なく殺す。

 そんな俺の殺意に気が付かないだろう4人は、電光掲示板に表示された3の文字を見て試練突破を喜び合う。

 

 そして。

 

 

『ナンバー15、99、410、411、412! 第三試験突破!!』

 第三試験が終わった。

 

 

 



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008話 ゼビル島・前編

 ゼビル島へ向かう船の中では重苦しい沈黙が漂っていた。

 誰が自分を狩る者なのか分からない、自分が狩る者が誰か分からない。周り全てが敵、と言わんばかりの雰囲気の中。すくりとバハトが立ち上がり声をあげる。

「クラピカ、ポンズ、キルア、レオリオ、ゴン。来てくれ」

 そう言って船室から退出する。名前を呼ばれたうち、すぐにレオリオは怪訝な顔をしながら立ち上って続く。クラピカはやや迷った表情をしていたが、やはり立ち上がった。ポンズも表情を悪くしながら立ち上がる。

 残されたのは、胸にプレートをつけたままのゴンとキルア。

「どうする?」

「……俺は行くよ」

「じゃ、俺も行くか」

 ゴンは大分悩んだようだったが向かう意志を示して、それにキルアも乗っかる。

 バハトが呼んだ全員が船室からいなくなり、船室は更に重苦しい雰囲気に包まれた。ある者は露骨に機嫌を悪くして、ゴンかキルアがそのターゲットだったことがうかがえる。

「くっくっくっ♠」

 その中でただ一人、ナンバー44のヒソカだけが機嫌が良さそうに嗤っていた。

 

「で、なんだよ」

 つまらなそうに聞くのはキルア。総勢6人が輪になって集まり、話し合いの体を取る。

 答えるのは集合をかけた男、バハト。

「結論から言おう。この6人で四次試験の共同戦線を張りたい」

「はぁ!? この中の誰かが俺をターゲットにしているかも知れねーじゃねぇか! そんな奴と背中を預けて戦えるか!」

 真っ先に当然の疑問をあげるのはレオリオ。そうだ、この可能性があるから安易に仲間を集められないシステムになっているのだ。

 それを順番に説明する。

「もちろん、最後に得点が足りなかったら、他のメンバーが見守る中で決闘をして貰う。勝った方が相手のプレートを貰えるルールで、一回だけ相手に決闘を挑めるシステムだ。これは拒否ができない。

 負けた方はすぐにこの共同戦線から外れて貰って結構。他の受験生を狩りに行ってもいいし、元の仲間たちに奇襲をかけるのも自由。責めはしない」

「……」

「説明が前後したが、これは俺たち6人がそれぞれ標的を狩り、ナンバープレートを共有することで3点を得る可能性を上げる作戦だ。

 また、数的優位を作り勝ちやすく負けにくくする戦法でもある。俺が思うに、この試験には攻略法が3つ存在する」

 俺の言葉にゴンが真っ先に口を開いた。

「1人で6点集めること」

「そう、それが1つ」

 次に口を開くのはクラピカ。

「ターゲットと全く関係のない受験生同士が組み、それぞれのターゲットを集めること」

「正解。2つ目」

「そしてこうして多人数で戦線を張ることね」

 ポンズの声に俺は笑って頷く。

「もちろん、多人数になればぎくしゃくする部分は出るだろう。心から仲間を信頼しきることもできない。

 だが、最低限の信頼関係は結ばれていると俺は考える。だからこの5人に声をかけた。

 もしも共同戦線に参加するなら、相手のターゲットのカードを見せ合う事で決定したいと思う」

 ほんの僅かに沈黙。そしてすっと手を挙げたのはポンズだった。

「つまり6人、もしくはいくつかのグループを作って、ターゲットもしくは適当な受験生のプレートを集める。

 6人で36点を集めるのが理想って意味でとらえていい?」

「ああ。ターゲットを知っていれば、教え合うのも目的にしてる」

「分かった。私は入るわ」

 まずはポンズが加入した。続いて声をあげるのはキルア、ただし否定的。

「俺は参加しなくていいかな。足手纏いが増えるだけだし、メリットないもん」

「メリットはキルアのターゲットが誰か教えて貰えること。デメリットとしてこの5人を襲わないこと。

 集団行動が嫌ならば、単独行動でもいい。実際、俺も1人で行動する時間が欲しいしな。開始直後、1日程個人行動をする」

「っていうか、どうやって集合するんだよ。グループが違えば会えねーじゃん」

「俺は情報ハンターだぞ、所在を掴むのは得意分野だ。6日目になったらそれぞれの元に向かうから、合流しよう、そこでプレートのやり取りもする」

「ん~」

 それでも悩むキルア。どっちでもいいが、参加を断る理由もないという考え方だった。

「俺は参加するぜ、誰がターゲットか分からねぇんだ。その情報が貰えるなら参加する価値がある」

「私も参加しよう。船室から退出したところは全員に見られている。組んだと思われた事は確定なこの状況下で、実際に組んでないメリットがない」

 レオリオ、次いでクラピカが参加。

「俺も組む。最後に決闘があるのがいいかな。後腐れがないもん」

「決闘を仕掛けられそうならトンズラこく可能性を無視してねーか」

「その為の6日目集合なのだろう。もしもそこから逃げ出したら、残り5人のメンバーに丸一日追われる事になる」

 ゴンが楽観的な事を言うが、レオリオが現実的な事をいい、そしてクラピカが悲観的な事を言う。

 実際、自分の点数が集まったら6日目に集合する事はデメリットしかない。だが、メリットとして6日間共同戦線を張るのだから、それを裏切るのだから当然追われる。残りのメンバー相手に逃げ切れるなら逃げ切ればいい。

 本当に誰かが裏切らない保証はない。やはりここはハンター試験、同盟と裏切りは当然に存在する。

 そして残るのはキルア。随分悩んだようだったが、決めたようだ。

「いいぜ、俺も参加する。ただし俺は一人で行動するし、6日目にバハトが俺を見つけられなくても知らねーからな」

 彼だけは協力というよりかは不可侵条約の体なのだろう。ついでに俺に居場所を捕捉されるというのが地味にムカついたようだ。

 ともかく、これで全員参加である。

「じゃあ、自分のターゲットを教えてくれ」

 全員が引いたターゲットカードを開示する。特に目を引いたのがポンズの提示した44番と、クラピカが提示した番号の412番――レオリオの番号である。

「おい」

「だから参加せざるを得なかったんだ。レオリオが参加した時点で、ナンバープレートのシャッフルを警戒しなくてはならない。そうなれば実質、全員を敵に回す行為になるからな。それよりかは協力して適当なプレートを3枚集めた方がいい」

 ジト目で見るレオリオに、観念して白状するクラピカ。ここは決闘の可能性が高くなったが、問題なのはポンズのナンバープレートである。

「あんた、引き悪いな」

「う…だから参加したのよ! ヒソカは論外、3人狩るのも大変そうだったし!」

 キルアに可哀想な相手を見る目を向けられたポンズの声がちょっと大きくなる。

 想像していたとはいえ、俺やエリリという異分子が混じったことでターゲットが変わったか。

「とりあえず、クラピカとポンズの組みは決まりかな。誰でもいいから積極的に受験生を狙ってくれ」

「……ヒソカは俺が狙うよ」

 作戦を決めていく俺に、急にそんな事を言い出すゴン。

 俺以外の全員がぎょっとしてゴンの事を見た。

「正気か、ゴン!?」

「うん。ヒソカは多分、自分が狙われるとは想像していないと思うんだ。隙を見てナンバープレートを狙うなら、できなくはないと思って。

 それに、ヒソカを狙うって思うと、ちょっとワクワクしてきた」

 ぞくぞくとする恐怖の中で、どこか楽しそうな表情をするゴン。この未知へ挑む度胸には感服するしかない。

 それにキルアは呆れていたが。

「はぁ、期待しないで待っておくぜ。俺もテキトーにプレートを集めておくよ。

 で、俺のターゲット誰か知らない?」

「ナンバー107はバーボンね。ターバンを巻いた男で蛇使いよ」

「お、さんきゅー」

「他に私が分かるのはレオリオのターゲット、200番のアモリ」

「アモリってトンパに聞いた、あの3人組か」

 これでポンズ、クラピカ、キルア、レオリオのターゲットは判明した。残るのは俺とゴンのみだが、試験内容を把握していた俺に死角はない。俺がキョロキョロする訳にはいかないので、番号を引いた後でランサーに探させた。サーヴァントの扱いが間違っているとたまに言われる事があるが、俺は気にしない。

 ちなみにターゲットはトミーだった。原作ではトンパと組んでレオリオを襲った男である。ちなみにこの試験にもうトンパはいない、奴はトリックタワーで脱落した。

「俺は自分のターゲットは把握している。さっきも言ったが、最初に1日ほど1人で行動するが、その間に自分のターゲットを仕留めておく」

「俺もヒソカを狙うなら単独行動がいいかな。気取られずに追跡するのも一人がいいし」

「俺も1人がいい。足手纏いがいたら邪魔だし」

 俺、ゴン、キルアが1人で行動するように宣言する。

「私は3枚のプレートを集めなくてはいけないからな。積極的に動かなくてはならないが、数的優位は保持したい」

「私はゴンがヒソカを狩ってくれるなら嬉しいけど、悪いけど期待しないし。数を集めるならクラピカについて行くわ。トラップを仕掛けたりするのは得意だし、引っかかった受験生から点数を集められるかも知れない」

「俺も一緒に行くぜ。相手が3人組なら、俺も1人じゃ分が悪ぃ。それに残り2人のポイントもクラピカとポンズには必要だろ」

 話はおおよそまとまった。

 だが、言っておかなくてはいけない事が2つ。

「それとキルアは聞かないと思うが。ゴン、お前は自分のプレートを隠しておけ。

 ターゲットには察せられたのはもう仕方ないが、急所を晒しておくな。

 それと、ゴンは自分のターゲットを知っているのか?」

「あ」

 ゴンが間抜けな声をあげる。ヒソカを襲う事に気を取られて試験の事を忘れていたらしい。

 大丈夫かコイツ。

「まあいい。ゴンのターゲットにはちょっと相手に因縁があるからな、俺が狩っておこう」

 ゴンのターゲットは5番、エリリ。

 理由もできてちょうどいい。遠慮なく狩られて貰おう。

 というか、ゴンの引きの良さには脱帽するしかない。原作はヒソカで、今はエリリ。ゴンには念能力者しか引けない呪いでもかかっているのだろうか。

 

 

「では次の方、スタート!」

 俺の番がきて、ゼビル島に入る。ちなみにトリックタワーで50時間の足止めが無く、最後の選択でもゴンが壁をぶち壊せないかと素朴な疑問をあげた為に開始する順番はかなりいい方である。

 トミーより、何よりエリリより先に行動できるのがいい。

 森に入って、即座に絶。まずはトミーを狩る。エリリにはランサーを憑けておくので、居場所を見失う心配はない。襲い掛かられる場合にもランサーから警告が入るので、奇襲される心配もない。

 そのまま受験生がどんどん森に入る。ゴンやキルアはそれぞれ勝手に動くだろうし、クラピカにレオリオとポンズも上手くやるだろう。

 さて、トミーの番が来た。俺は絶を保ったまま、トミーを追跡する。絶でも触れれば葉が揺れるし、枝を折れば音が鳴る。街での活動が慣れた俺にとって、この森林はちょっと苦手な部類に入る。

 トミーも追われる可能性は考慮しているのか、かなり慎重に動いていた。とはいえ、俺に気が付いた様子はない。追跡されるのを前提に用心深く行動しているといった風情だった。彼が連れている猿はかなり賢いみたいで、たまにトミーから離れて索敵を行っている。

 適当に開始地点から離れたところで奇襲。背後に忍び寄り、首筋に手刀を一閃。

「がっ!?」

 周囲を警戒すればするほど、奇襲を察せられなかった時に脆い。それを体現してトミーの意識を闇に沈める。

 そして気を失ったトミーの首筋に手を添えて、呆然とした猿を見てにっこり笑う。

「悪いね。君、ちょっとこっちに来てくれるかな?」

 人語を理解しているのだろう。猿の表情が一気に絶望と恐怖に染まった。

 

 こうしてなんなく6点を集めて前座を終えた俺は、本番の準備に入る。

 そのつもりだったが。

『マスター、悪い知らせだ』

『ランサー、どうした』

『エリリの能力か、マスターの声が拾われているみてぇだ。ターゲットを狩った事がバレてる。それから位置情報もだな。近づかれているぜ』

『…………』

 ランサーとのラインを確認すれば、言われた通りに徐々に近づいているようだった。ランサーが一緒だということは、エリリも一緒だということ。

 それに声を拾われているという事はサーヴァント召喚の詠唱もできない。『敵』にその呪文を伝えられたら俺の特殊能力が一発でバレる。そして無詠唱で召喚したサーヴァントはステータスに大幅な制限がかかる。完全に召喚しなかった代償というものがそこにはあるのだ。

『アーチャーによる狙撃に変更はない。が、しばらくエリリから逃げるように動き、止まるのを待つ。遠距離から狙撃するのにターゲットが動いているのと、ステータスに制限がかかったら厳しいかも知れないからな』

『分かった』

 そうして俺はランサーとの情報を元に、エリリから距離を取るように動く。

 しばらくしてまたランサーから念話が入る。

『エリリがマスターに位置を把握されていると気が付いた。ま、逃げ回ってれば当然だがな。

 少し不審に思われているぜ』

 まあ当然だ。こんな森林で明確に自分から離れるように相手に動かれては、こちらは相手の位置を知っていますよと喧伝しているようなものである。

 それでもサーヴァントの情報を隠蔽するには仕方のない犠牲である。甘んじてその疑惑は受けなければならない。

 そうした追いかけっこがしばらく続き、やがて半日が過ぎた。日が沈み、夜になる。

 そこでようやくエリリの動きが止まった。

 距離にして1キロ程度か。逃げ続ける俺に、エリリは長期戦を覚悟したのだろう。今日はもう休むようだ。『敵』にする遠話から、それを察する。

 その隙、見逃さない。

『おおよその位置は確保した。送還するぞ、ランサー』

『あいよ。それじゃあマスター、御武運を』

 ランサーが居なくなりエリリに付けた位置情報が分からなくなる。もしもこの間に移動されたら事だ。

 既に最大の円を展開し、協会からの監視者の位置は掴めている。洞窟に入り、監視者からの死角に入った。

(来い、アルジュナ)

 魂に付随した聖杯に働きかけ、コストも大きいが高性能のサーヴァントを召喚する。とはいえ、彼は仕事を終えれば即座に送還する予定だ。コストの大きさはそこまで問題にならない。

 色黒の美男子は力強く頷くと、即座に霊体化。事前にランサーから受け取った情報を元に狙撃地点を探す。時間にしてほんの1分もかからないうちに念話が届く。

『マスター、狙撃位置を確保しました』

『問題は?』

『ありません』

『――撃て』

 一瞬、時間の空白。

『攻撃、頭部に命中。即死と断定させていただきます』

『よくやった、アルジュナ』

『光栄です』

 エリリにも監視者がついているだろうから、すぐに俺はエリリの元に向かわなくてはならない。この不可解な攻撃が、俺の仕業であると思わせる為に。

 まあ俺の仕業なのは確かだが、サーヴァントが関わっているなどの疑念は余り抱かせたいものではない。なんらかの能力により、俺自身が遠距離からエリリを仕留めたと思わせたいのだ。その為にはすぐに狙撃して殺したエリリに近づき、プレートを奪うのが確実だろう。

 アルジュナを送還し、しかしまだ動かない。

「素に銀と鉄――」

 まずは俺を護衛するサーヴァントの召喚を優先するからだ。

 ここで30秒の手間を惜しむつもりなど、俺にはなかった。

 

 

 

 ※

 

「チ」

 ゼビル島から遠く離れた場所。暗闇の中で1人の人間が下品に舌打ちをした。

(エリリがいきなりやられた。遠距離攻撃か?)

 その人間の視界(・・)にも怪しいモノは何も映らず、唐突に映像が途切れたのだ。エリリが『無限に続く糸電話(インフィニティライン)』を使わなかったという事は恐らく遠距離からの攻撃。

(となれば『敵』は放出系の可能性が高いか。それとも神に貰った特殊能力か)

 狙撃するならば放出系の可能性が高く、エリリから位置情報がバレていたとの疑惑も話されていた。遠距離からの狙撃を得意とした能力――原作ではイカルゴは蚤を射出していたか。前例がある以上、否定はできない。

 しかしそれよりも。

(エリリがあっさり殺されたのが痛い……!)

 その者が持つ念能力は『指揮者のタクトはその両手(ルーラーコンダクター)』といい、両手にある10本の指を指揮棒に見立てて対象を操作する能力。指のそれぞれに発動するのに必要な条件が異なり、それをクリアして対象の額に指を合わせる事によって成立し、操作する。操作された対象はバハトが想像した通り、『指揮者のタクトはその両手(ルーラーコンダクター)』を持つ者に最大の敬愛と尊敬、そして承認欲求を与えるというもの。自分に心酔させて思うように動かし、その褒め言葉が何よりも嬉しいと思わせる様に操作するのだ。

 制約と誓約は多いが、その中で最大なのは()()()()()()()()()()使()()()()()()。つまり、駒の補充が利かない。指を1本を欠いて手に入った情報は『敵』がおそらく金髪眼帯の男であるということだけ。これも恐らくであり、エリリのように駒でない保証はない。

 だがその者の捕捉は容易。今期のハンター試験には恐らく受かるだろう。そこから足取りを追えばいいし、そうでなくても原作に付いていくタイプの転生者のようだ。ゾルディックを張るのはリスクが大きいが、天空闘技場ならば人が多く手駒がいてもバレにくい。

 携帯を取り出し、番号を打つ。しばらくの後、相手に繋がった。

「あ、もしもし。シャルナーク? ちょっとお願いがあるんだけどさ。今期のハンター試験の合格者について調べて欲しいんだ」

『今期のハンター試験? まだ終わってないはずだけど、急にどうしたのさ』

「仕事の関係。こっちはハンターライセンス持ってないし、お願いできない?」

『まあ、俺は払うもの払ってくれるなら構わないよ』

「助かる」

『ったく。便利なんだからそっちもライセンスを取っちゃえばいいのに』

 シャルナークの愚痴を聞き流し、電話を切る。

 これでいい。これで金髪眼帯の男の情報は手に入るだろう。そいつが『敵』にしろ、その手駒にしろ。関係がない事は絶対にない。

 静かに動き始めた殺し合いに、バハトの『敵』はぶるりと軽く身を震わせるのだった。

 

 

 




次回更新はちょっと間が空きます。
っていうか、週末や休日は忙しい事が多いです。


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009話 ゼビル島・後編

なんか時間が取れたので、不意打ちに投稿してみます。


 

 俺の集めたプレートはトミーの122番と、エリリの5番。この2つはそれぞれ俺とゴンのターゲットであるため、俺自身のプレートと合わせて9点分の得点を抱えていることになる。

 問題は俺をターゲットとする者が誰か分からないことだが、これはまあ仕方ない。絶を追える者など念能力者でもそうそういない。1週間遭わなければいいと考えて、それ以上の思考を放棄した。

『マスター、こちらでも受験生を発見しました』

『助かる』

 そして百貌のハサンのこの便利さよ。エリリを文字通りに狩って初日は休むことにしたが、俺の身辺警護に3体、他はゼビル島中に放って索敵させたが、ヒソカを始めほとんどの受験生を発見しているのだから恐れ入る。発見した受験生に憑けて、俺や仲間たちに接近したら知らせることにしていた。

 こうした諜報活動には向いた百貌のハサンだが、その代償として分裂した後の個体は全く強くない。試しに俺が戦ってみたが、百貌のハサンの攻撃は俺の堅を全く貫けず、勝負にならなかったのだ。

 攻撃が通じないと理解した百貌のハサンは影に隠れ、四方八方から攻撃をして、しかも気配遮断のスキルで位置を悟らせない。10分程度かけてようやく1体を制圧した段階で、俺がギブアップした。勝負にならず、俺の完敗である。あの数の暗殺者に24時間狙われて、場合によっては毒も使われるとなるとぞっとする。正面突破には念能力者と相性が悪かろうが、それで終わらないのが暗殺者の恐ろしいところである。っていうか堅の使用可能な時間を考えると、持久戦に徹すれば百貌のハサンの勝ちだ。数は力とはよく言ったものである。

 とまあ、そんな話はさておいて、百貌のハサンは真正面から単体で戦えばヒソカやイルミに勝てる道理はないのは理解して貰ったかと思う。下手すれば受験生にも負けかねない。百貌のハサンにも個体差があるから、弱い奴は本当に弱いのだ。なので基本的に情報を集めるのに使い、戦闘はさせない。

 そして休みながら集めた情報を統合すると、受験生の多くは敵に捕捉されないことを目的に動いているようだった。何人か倒された受験生も見つかっており、ハントを成功させた受験生もチラホラいるらしい。狩る気がある受験生とプレートを守りに入っている受験生の区別はつくらしいので、2枚のプレートを持っている受験生を選んで襲うことも可能そうだ。

 明日にはクラピカたちに合流するように動くつもりだが、手土産ついでに少し得点を集めてもいいかも知れない。

『マスター、キルアを見つけました』

 お、キルア見っけ。これで全員見つけた。っていうかキルア凄いな、見つけたのは結局最後かよ。これは俺が場所を見つけられると楽に言ったのがムカついたのだろうな、本気で姿を隠しやがった。この分だとイルミが本気で姿を隠したら更に手間だっただろう。絶を使われたら見つからないかも知れない。

 とにかく島にいる受験生を全部把握した。サーヴァントを警戒に当たらせているし、とりあえずは安心していいだろう。

 俺はゆっくりと休むのだった。

 

 明けて翌日、朝日を浴びて大きく伸びをする。

 百貌のハサンは常時発動型の宝具を使用しているとはいえ、霊体化している今ならば俺に負担はそこまでかからない。俺だって成長しているし、少なくとも1週間ならば余裕である。

 集めた情報によるとヒソカは動きを見せる様子はない。トリックタワーで受けた傷を回復させるのに専念しているようで、動くのは後半になりそうな雰囲気である。

 ゴンは釣り竿の素振り中に、背後から襲ってきた受験生と戦いになった。だから何やってんだ、ゴン。襲われる可能性を想定しておけ。

 結果を聞けば受験生はゲレタではなく、ゴンが勝ってそのまま相手を見逃した。だ・か・ら! 何をやっているんだゴン!! 仲間にプレートが必要なのは分かっているだろうに、何故プレートを回収しない。しかも五体満足で返すとか、また襲ってくるに決まっているだろ。案の定その受験生はゴンの近くで回復を図りつつ、再びゴンを襲う隙をうかがっているらしい。強化系バカの悪いところが全面に出てしまっている、おそらくゴンにはヒソカのプレートを取る事しか頭にないのだろう。

 1回痛い目を見るべきだと判断した俺はひとまずゴンを無視し、適当な受験生に目星をつけてそのプレートを手土産にするべく島を駆ける。クラピカたちとの間にちょうどいい位置にいた受験生を標的にして、絶を利用した奇襲をかけた。

「がっ!」

 奇襲なのに声をかけるなど、そんな無駄なことはしない。一撃で意識を刈り取り、プレートを漁って奪う。っていうかこいつ……。

「やっぱりアモリか」

 でてきたナンバーは200。図らずもレオリオのターゲットゲットである。ついでに79のナンバープレートもゲット。狩りが終わった受験生は、1点が欲しい俺にとって美味しいカモである。

 ……俺1人で仲間の得点を10点も稼いでしまったんだが、これプレートを受け取る方は評価的にどうなんだろう。まあ、手に入れたプレートを守る必要もあるし、そこで評価してもらうしかないか。

 楽になるのはいい事だと思い、俺は3人の仲間たちの元へ駆けるのだった。

 

 クラピカ、レオリオ、ポンズは順番に警戒しつつ、夜を過ごして朝食をとっていた。

 ここでも仲間で組むメリットがある。独りならば一週間、昼も夜もなく警戒しなくてはいけないが、数がいれば完全な休養時間が取れる。これは長丁場では無視できないメリットであった。

「誰も襲ってこねーし、誰も見つからねーな」

 レオリオがぽつりと呟く。

「こちらは数がいるからね、当然よ」

「この中でレオリオは私のターゲットだ。それが重複するはずはないから、必然襲いくる相手の狙いは私かポンズになる。もしくは1点狙いか」

「……そうか、俺たちは3人で行動している。つまり俺たちを襲えば一気に3点手に入る、ターゲットであるかどうかは関係ない」

 数が多すぎるデメリットの1つである。自分に絶対の自信がある強者などは彼らは狙い目になってしまう。それを返り討ちにしようが、得られる得点は1点なので旨味もない。

 そして他にも襲われる可能性は存在した。

「後は試験後半、プレートを失った受験生が襲ってくる可能性は高い。3人もいればそれなりにプレートを持っていると相手は考えるだろう。

 我々は後半まで戦い抜くマラソンマッチを強いられているのだ」

「かぁ~、マジか。やっぱり簡単な攻略法なんてないって事かよ」

「当り前じゃない。だからここまで、私たちの痕跡があるところにはトラップを仕掛けているわ」

 考えられる可能性をあげていくクラピカに、げんなりするレオリオ。更にそこに考えが至ってなかったのかと、呆れながらポンズが補足する。

「ここまでしても、合格に足らない点数しか集まらなかったら仲間うちで争いが発生するのよ。

 この共同戦線で一番秀逸なのは6日目に設定された決闘システムね。少なくともそれまでは仲間同士で争いが起きる可能性は最小限に抑えられるわ」

「そうならないように、我々は試験の前半から中盤にかけてなるべく多くのプレートを集めなくてはならない。この中で最も決闘する可能性が高いのが誰かくらい、分かるだろう」

 そういってレオリオを見るクラピカ。クラピカのターゲットがレオリオである以上、クラピカがレオリオに決闘を挑むのは至極当然である。

 それを真正面から受けて睨み返すレオリオ。彼とて合格を諦める気は毛頭ない。チリと空気が張り詰めた。

「そうならないようにプレートを集めないとね。私のプレート3枚に、クラピカのプレート3枚、それからレオリオのターゲットのアモリ。計7枚も集めなくちゃなんだから、無駄にしてる時間なんてないわよ」

 ポンズが呆れたようにそう言って緊迫した空気を霧散させる。まだ、同士討ちを始めるには早い時期だ。

「それ、ゴンには期待してないよな」

 彼らの後ろから俺が言った言葉に全員が驚いて戦闘態勢を取る。

 警戒はしていたのだろうが、それを抜けてきた俺に反射的に武器を向けたのだろう。声をかけたのが俺だと分かると、安心した様子で武器を下した。

「バハトか、驚かさないでくれ」

「油断する方が悪い」

『マスターは人のこと言えませんよね』

『やかましい、俺はサーヴァントがいるからいいんだよ』

 クラピカの安堵の言葉を聞きながら、警護に当たらせている百貌のハサンの茶々を受け流した。

 とりあえず俺も話し合いの場に加わる。

「戦果は?」

「良しだ。見てくれ」

 奪ってきたプレートを広げる。5番、79番、122番、200番。4枚のプレートに全員の目が丸くなる。

「俺のターゲット! 回収できたのか!」

「ああ、アモリは79番のプレートも持っていた。他の2人はいなかったから、おそらくは別れてそれぞれのターゲットを狙っていたところだったんだろう。

 ちなみに122番は俺のターゲットだ。ついでにゴンのターゲットも集めておいた」

 っていうかどちらかというと他がついでで、エリリを仕留めるのが本命である。

「……一応聞いておくけど、ゴンがヒソカに返り討ちに遭ったら5番のプレートは他の5人で分けていいのよね」

「ああ、そうなるな」

 ポンズが薄情なことを言うが、責める視線を送るのはレオリオのみ。クラピカは考えても仕方のない事だと思っているみたいだし、俺は原作を知っているから殺されることはないと思っている。

 まあ、そこまで話が進むのにも6日目を待たなくてはいけない。その話は今掘り下げなくていいだろう。

 俺は200番のプレートをレオリオに渡しながら話を続ける。

「アモリは行動不能にしていない。おそらくは次にこちらを兄弟全員で襲ってくるだろう」

「こっちにプレートが渡っていると知らないのに、こちらが狙われるのか?」

「姿を見せてないからな。誰が奪ったのかわからないとなれば、1点のプレートを6枚集める作戦に出る。

 そこを返り討ちにして、あの兄弟のプレートを全部巻き上げてやれ」

 黒く笑う俺にクラピカはなるほど頷くが、レオリオとポンズは少し引き気味である。

「だが、後がない奴らは万全の状態で襲うだろう。また、こちらがプレートをため込まなくては意味がないから、襲ってくるとしたら終盤か」

「なら罠を仕掛けるのには絶好の機会ね。私は拠点防御に全力を注ぐわ」

 クラピカの言葉にポンズがやる気を出す。襲ってくると分かっているのならば、罠を得意とする彼女の専門分野だ。

「まだ得点が足りないから、俺はもう少し島を巡って受験生を狩って来よう。本当にアモリたちが来るかも分からないしな」

 言って、クラピカに79番のプレートを。ポンズに5番のプレートを渡す。

「もしもゴンが首尾よくヒソカからプレートを回収したらポンズが交換してやってくれ。上手くいけば後2点で全員合格だ」

「キルアの心配はしなくていいの?」

「あいつは心配するだけ無駄だと思うが」

 話題に出なかったキルアに対しての疑問をポンズがあげるが、トリックタワーでの一幕を思い出してレオリオが青い顔で答える。

 人情味がある彼には珍しい語調だが、あの光景を見せられては仕方がないというもの。俺とクラピカは苦笑する。

「まあ、見つけたら様子を見ておこう。俺が6日目までに何回戻るかは不明だが、そっちでも点数は確保しておけよ。ゴンがヒソカからプレートを奪えないと思っているなら尚更な」

 そういって俺は立ち上がる。百貌のハサンがいる以上、その場に留まるメリットは俺にはない。常時全ての受験生が監視できている現状、点数が足らなくなったら適当な受験生を襲えばいいだけである。

 そのまま3人から離れ、誰にも見つからない位置まで移動して経過観察に移るのだった。

 

 その後の流れは原作と大きく変わらない。

 キルアは既にバーボンを仕留めていたようで、試験の目的が俺に見つからないことにシフトしていた。バーボンの蛇は毒を最大の武器としているが、それはゾルディックとあまりに相性が悪い。なんなく奪えたのだろう。

 俺に見つからないようにする為に本気で動いたせいでキルアを追う受験生も彼を見失ったらしく、ほぼキルアは安泰と思っていい。っていうか、俺もサーヴァントがいなかったら発見できる気がしない。さすがはゾルディックの寵児だ、絶も使わずに念能力者から逃げ切るとか普通じゃない。

 次いでゴンだが、ヒソカが哀れな被害者を襲うのに合わせてプレートを奪うことに成功。そして逃げ出した直後、一度見逃した受験生から奇襲を受けてマウントを取られてしまう。

 だがまあ、なんというか。ヒソカの近くでそんな暇なことをすんなと言いたい。本人たちは十分離れたつもりなのだろうが、ヒソカには普通に捕捉されていた。そもそも戦闘音はもちろんとして、戦いで発せられる殺気に酷く敏感な男である。

 あっさり追いついたヒソカが投擲したトランプによってゴンを襲撃した受験生を殺し、ついでに助けられてプレートも渡すという情けをかけられたゴンが襲い掛かるも顔面ワンパンで撃沈させる。ゴンに自分という存在を強く意識させてその場から立ち去っていった。

 この時点でのヒソカは4点。あと2点集めなくてはならないが、適当に島を巡っていたうちに見つけたのがなんとクラピカたち3人。ちょっと焦ったが、ポンズが加わったとはいえここはもしかして例のシーンではないかと思い、傍観に徹する。

 彼らが持つプレートの中で、ヒソカのターゲットの可能性があるのはクラピカかポンズのプレートのみ。それを隠していけしゃあしゃあと、『誰のターゲットかわからないプレート』として79番を取引に使うクラピカは流石の一言だった。ヒソカはその嘘に気が付いているのかいないのか、あっさりと取引を呑んで79番のプレートと引き換えにクラピカたちを見逃した。その場所は拠点としてそれなりに罠を設置していたが、ヒソカから離れる方が重要なのは言うまでもない。より見つかりにくく、罠を仕掛けやすい場所を探して移動を始める3人。

 ゴンといい、クラピカといい。目をかけた獲物が瑞々しく成長する様を見たヒソカは、まあ、表現するのがアレな表情になって更なるプレートを探す。誰が見つかるかは知らないが、ご愁傷様としか言いようがない。

 一方、得点的に一歩後退したクラピカたち3人だが、ここでポンズが自分たちの足跡をより残すことを提案。現状、張り付かれている可能性は低く、ならば痕跡を残してそれを追ってくる相手を仕留める方がいいという作戦に出たのだ。ヒソカには罠が通じなかったが、あれはヒソカがヒソカだからである。他の受験生になら通用すると主張し、その作戦を採用。

 結果、アモリの失ったプレートを補完するべく動いていたウモリと、キルアを見失って3点分のプレートを探していた受験生、ついでにプレートを失った受験生2人を仕留めた。ウモリはターゲットを仕留めていた為にこれで3点が集まり、クラピカかポンズは合格点に到達。この時点では彼らに知る由もないが、ゴンもヒソカのプレートを持っているので全員が合格ラインに達することができた。

 

 

 ボッー!!

 

 汽笛の音がなり、試験終了のアナウンスが流される。

 集合場所には続々と合格点を集めた受験生たちが集まってきた。

「…………」

「いい加減、機嫌直せよキルア。俺が持つ情報ハンターの意地が勝っただけだろ?」

「だからムカつくんだろーが!」

「っていうか、バハトはキルアを落ち着かせる気があるのかな?」

「……落ち着かせる風を装って、キルアをからかっている感じはするな」

 ちなみに6日目にはしっかりキルアと対面して、全員の元に彼を連れて行ったのだ。百貌のハサン万歳。

 そして全員が集まった6日目には、おおよそ敵対者といえる者はいなくなっていた。この時点で合格ラインに届いた者か、脱落して他人を襲う余裕がなくなっている者しかいなくなっていたのだ。

 とはいえそれを知るのは俺1人であるし、警戒は必要だと認識しているクラピカやポンズから6人での団体行動が提案された。もう点数を集める必要がないなら機動力は必要なく、この切羽詰まった状況で点数の足らない者同士が何人も手を組むとは考えにくい。ならば数の優位を生かすべきだと結論がなされたのだ。

 そうして円満に期限を迎え、四次試験合格者が決定。

 

 バハト、ゴン、キルア、クラピカ、レオリオ、ポンズ。

 ヒソカ、ギタラクル、ハンゾー、ポックル、イモリ、ゲレタ。

 

 以上の12名、最終試験への参加権を得る。

 

 

 



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010話 最終試験終了

「最終試験のトーナメントはこれ。

 そして合格条件は――たったの1勝で合格である」

 原作と同じ、ネテロ会長が組んだ負け上がりトーナメント。それが最終試験と説明される。

 運命を決めるトーナメントには、大きく分けて3つの島があった。

 Aの島は原作ルート。ゴン対ハンゾー、その敗者とポックルが対戦。その戦いを経てキルアが控えていた。

 Bの島は俺が表示されていた。俺ことバハト対ポンズ、負け上がりでギタラクルと対戦。それが過ぎればAの島の敗者と戦う組み合わせ。

 Cの島はヒソカ対クラピカとイモリ対ゲレタとが並び、その敗者同士の激突。更に敗者がレオリオと当たり、負け上がればA・Bの準決勝に負けた者と戦う決勝戦。

 レオリオが最も評価が低く、続いてゾルディック兄弟の評価が悪い。そして一番評価が悪そうなヒソカは意外にも同列に並ぶ者が多くて、試合回数を見れば4戦であり俺と評価が同じだ。ポンズはタイマン向きの相手でないといえば慰めになるかも知れないが、そもそも俺やヒソカレベルの念能力者を相手にして、非念能力者の近接戦闘が得意か否かというのは論点がズレていると言わざるを得ない。むしろ毒を使うポンズの方が一発逆転がありうる。

 さて。トーナメントが公平でない理由、その評価方法。などなどをネテロ会長が説明し、反発を軽くかわす主催者。これにはもうこれは何を言っても無駄だなと全員が理解する。っていうかレオリオが妙に納得顔なのが不思議だ。思考がネテロ会長に似ているのではなかろうな、ある意味で危険だぞそれ。

 とにかく最終試験が開始される。初戦はゴン対ハンゾー、だが。これは今更言う必要はないだろう。ぶっちゃけ、数時間に及ぶ尋問を見るのが暇だったくらいだ。

 尋問なんて、見慣れている。この程度は拷問ですらないが、顔を青くしている連中は気が付いているのだろうか。顔色を変えていないのはネテロ会長にゾルディック兄弟にヒソカと俺くらい。

『マスターは最初に()()を見た時、吐きましたからな』

『うるさい黙れ、呪腕のハサン(アサシン)。もう慣れたんだから昔のことは蒸し返すな』

 とにもかくにもゴンが空気をぶん投げて、右腕を骨折しつつもハンゾーの投了で試合終了。続いての試合は俺対ポンズ。

「では、構えて――」

「……」

「……」

 ポンズは俺が近接戦闘に優れていることを知っている。その上で、俺はポンズが罠や毒を多用して物理攻撃に優れないことを知っている。彼女が勝つには毒しかない、最終試験まで来てお互いに容赦はない。

「――始め」

 瞬間、俺はポンズの目の前まで移動。目を見開くポンズは咄嗟に用意していた言葉を出す為に口を開く。

「まいっ――」

 それを俺はポンズの口に手を押し付ける事で封じた。ギリギリだが『まいった』とは言わせていない。

 そのまま反対の手で細めのロープを取り出し、口に噛ませて上半身を関節が動かないように縛り上げていく。仕上げに足払いをして地面に転がせば身動きの取れない芋虫の完成だ。

「むー、むー!」

「お、おい! なにやってんだバハト! ポンズはもう降参しかけてただろ!」

 外野からレオリオの声が飛ぶが、俺は素知らぬ顔でレオリオを無視して審判の黒服に声をかける。

「敗北条件はまいったというか、相手を殺すことだけ。試合は続行だろ?」

「…………」

「うむ。敗北の言葉を言いきらなかった以上、ポンズ選手の試合続行権利は保持されておる」

 明らかに勝負の趨勢は決まったにも関わらず、敗北を認めていたにも関わらず。ポンズは試合を続けなければならない。思わず沈黙してしまった審判の代わりに、しれっとした顔で言うネテロのお墨がついた。

 俺はできるだけ粗野で下品で邪悪な顔を作りつつ、次の言葉を言う。

「つまり――ポンズが負けを認めるまで何をしようとも、ハンター協会公認だな?」

「認めはせん、行いの全ては本人の咎。まあハンター試験の際にどのような境遇に陥ろうと自己責任になるという証書にサインは貰っているがの」

「十分」

 何をされるのか理解したか、ポンズは顔を青くして身をよじらせる。だが、それが何になるのか。助けを求めるように周囲を見渡すが、味方はいない。

 同情もする、哀れにも思う。もしくは関係がないと無表情か。これからの行いを想像して俺に嫌悪の視線を向ける者もいた。だがそれだけ、誰もポンズを助けない。

 ポンズはクラピカを見る。信じられないと呆けた表情でこの場を眺めていた。

 ポンズはレオリオを見る。ギリギリギリと歯を噛みしめて、こちらを睨みつけている。

 ポンズはキルアを見る。欠伸をかみ殺して涙があふれた目で、下らない三文芝居を眺める顔をしていた。

 ポンズは俺を見る。ようやく本性をさらけ出せた、そういったニュアンスを込めた邪悪な表情をそこに見るだろう。

「むー! むー!! むっー!!」

 ポンズの上半身はロープで縛られ、下半身を守るのは衣服のみ。そして、相手は男。

 この後に何が起きるかは子供にも分かる――否。子供には分るまい。

「ふっっっざけんなぁぁぁぁぁ!!」

「まいった!」

 ブチ切れたレオリオが誰に制止されるでもなく飛び出し、俺に拳を見舞った。

 それが届く直前。俺は敗北宣言をしてその掌で拳を受け、その場から飛びのく。

 状況の推移に審判は一瞬反応できず、一瞬の間を開けて勝敗宣言を行う。

「勝負あり、勝者ポンズ!」

 だが、その哀れな少女を勝者だと誰が思うだろうか。ポンズは涙を流しながら震え、その縄をレオリオに解かれている。レオリオも俺を殴るよりかはポンズを優先するべきと判断したのか、俺には目もくれない。

 そんなポンズに俺はできるだけ冷たい目をしながら話しかける。

「理解したか、ポンズ。ハンターという、法を超えて活動する者たちが為すことを。

 場合によっては今みたいに、法を盾にとって誰にはばかることなく外道を行う」

「黙れテメェ、どの口がほざいてやがる!! ぶっ殺すぞ!!」

 レオリオが怒声を上げるが、無視。

「体力がない、筋力がない、武術に優れない。そんな言い訳は一切通用しない。お前が合格したハンターとはそういった存在だ。

 十ヶ条にもあるだろう。最低限の武の心得が必要である、と。お前は明らかに弱すぎる」

 ようやく戒めを解かれたポンズは自分の体を抱きしめてガタガタと震えていた。レオリオはそんなポンズにスーツの上着をかけ、俺を強い目で睨みつけていた。

 平然と無視してポンズに言葉を続ける。

「試験が終わったら俺と共に来い、ポンズ。プロに通じるように鍛え直してやるよ」

「うっせぇぇぇぇ! 誰がお前にポンズを任せるかよっ!!」

「レオリオ!」

 そこでようやくクラピカが動き出し、レオリオを抑えにかかる。

 かたかたと震えるポンズといえば、この中で唯一女性である試験官のメンチが手を握り、会場の外へ連れ出した。おそらくは適当なホテルの一室でもあてがうのだろう。

 さて。試合は終わったが、一応確認しておく。

「レオリオの攻撃前に俺は敗北宣言をした。勝利者はポンズで、レオリオにも罰則はないよな?」

「褒められたことではないがのぅ。オヌシが不服を言うなら合格が決まったポンズはともかく、試験に横槍を入れたレオリオには罰則を科してもいいぞい」

「ねーよ、不服なんて」

「っざけんな、罰則上等だコラァァァ!! 今すぐ俺とバハトで決勝戦をさせろ!! 負けた方がハンター試験敗退だ!!」

「と、レオリオが言うが、オヌシは? 決勝戦まで全て棄権するならば認めるが?」

「ギタラクルに勝てるかも知れないからヤダ」

「だ、そうじゃ。却下」

 どうどうどうと落ち着かせるのはクラピカに任せて、俺はもう1人の仲間であるキルアの元に行く。

「ナニ、今の三文以下芝居」

「布石さ。ポンズは色々な意味で甘すぎる。下手に目を離した方が危険な気がしてならない」

 実際、このまま自由にさせると、いつの間にかNGLに行って雑魚蟻に射殺されていましたという事態になりかねない。

 ポンズよりも近接能力に優れているポックルでさえ、あの目にあったのだ。インセクトハンターになったとしたら、十分にあり得る未来である。

 その為に戦いたくない相手をポンズにあげ、悪役を気取ってさえあの行動にでた。荒療法だが、ほっとけばNGLに行ってしまうことを可能性がある以上、キルアから見た三文以下芝居でもしないよりかマシだろう。

 キルアは心底興味無さそうに口を開いた。

「意味わかんねぇ。バハトがあの――姉ちゃんにそこまで肩入れする意味がさ」

「ポンズだ。名前出なかっただろ、今」

「ポンズね、覚えた。で、なんで?」

「……今のお前に言ってもわかんねぇよ」

 俺の言葉にギロッとこちらを睨みつけてくるキルア。

 それを涼しく受け流す。

 だって、俺がポンズにここまで肩入れする理由なんて。そんなの、俺にだってよくわかっていないのだから。

 それでも、だけれども、嫌われてもいいから懸けたいと。そういった想いは、きっと今のキルアには伝わらない。その確信だけは残っていた。

「ヒソカ対クラピカ、始め!」

 続いて行われた試合、その合間を縫ってレオリオは俺の近くまで来る。

 力強い視線で、敵のように俺を睨んだまま。

「俺は謝らねぇ」

「…………」

「だけど、お前はポンズに謝れ。あれは仲間にしていい態度じゃねぇ。たとえ裏にどんな想いがあったしてもだ!」

「――どう謝ればいいんだろうな」

「ハァ!?」

 俺の、心底困ったという口調の返事に対して、レオリオが毒気を抜かれた意外そうな声を出す。

「いや、まあ。酷い事をしたとは思ってる。ポンズの為なんて、言い訳だ。

 でもさ、なんていうか、俺って本気で人に許して貰おうって思ったことがないんだよ。

 やること為すこと善行だった訳じゃない。むしろ悪行だって自覚したことさえ散々やってきたさ。情報ハンターとはいえ、人も殺した。

 だけど、それは成果で以って黙らせてきた。文句を言えない見返りを用意したり、さっき言った通り殺したり。

 ……だから、さ。ただ許して貰う事を、したことがない」

「……、分かった。まずは土下座だ」

 言うレオリオ。ちなみに聞いているのは俺とキルアのみである。

「土下座して、蹴られても踏まれても文句は言うな。それで、ただひたすら謝り続けろ。ポンズが許すまでな。

 そして二度とこんな真似はしないって約束しろ。ポンズがそれを呑んでくれればOKだ」

「…………」

「許されると思っちゃいけねぇと俺は思う。

 だから、許されるまで謝り続けろ。二度としないと誓え。俺から言えるのはそれくらいだ」

「そっか。ありがとう、レオリオ」

 ああ、そうか。家族(ユア)に謝るのと同じでいい。

 そう心に決めた俺は、試験会場を後にした。

「勝負あり、勝者クラピカ!」

 そんな言葉を背に受けて。

 

「すいませんでしたっ!」

 ポンズが安静にしている部屋に入った瞬間、俺はスライディング土下座を敢行した。

 扉が開くと同時に土下座しながら飛び込んでくる男を見て、唖然という感情が空気越しに伝わってくる。

「とりあえず、頭をあげなさい」

「ポンズからの言葉じゃないとあげられません」

 同席していたメンチが言うが、俺は拒否する。

 はぁとため息が聞こえた後、空気が動く。おそらく、メンチがポンズに目配せをしているのだろう。その直後、声が聞こえる。

「バハト、頭を上げて」

「許してくれないと頭をあげられません!」

「……」

「……」

「蹴っても踏んでもいいです、とにかく申し訳ないっ!」

「……アンタ、それ相手を脅迫してるからね?」

「あ、バレた?」

 そういって軽い調子で声を出し、顔を上げる。

 視界にはベッドから体を起こした困惑した顔のポンズと、隣の椅子に座っている呆れた顔のメンチが映った。

 直後、再び床が視界に映る。俺が再び深く頭を下げたのだ。

「冗談はともかく、仲間にしていい態度ではなかった。レオリオにも怒られて、深く反省している。この通りだ」

「……もう一度お願いします。頭をあげて、バハトさん」

 呼び方がバハトからバハトさんに戻った。ずいぶんと敵意が薄くなった証拠だろう。

 ――これを仲間に打算的にやるから自分で自分がどこか信用できないのだが、その分をレオリオや他の仲間が自分を信頼してくれるからチャラになると思っておこう。

 おそらく、俺は仲間の中で最も悪い人間だ。それでもそれが必要悪ではあるとどこかで思っている。

 ポンズに言われた通り、俺は頭を再びあげる。その俺の目に映るポンズの顔は、どこか頼りなくて揺れていた。

「…………」

「…………」

「……私はハンターをなめていた」

「…………」

 この沈黙はメンチのもの。

「悪人に捕まり、慰み物になる。その恐怖を実感していなかった。これは明らかに私の不手際、誰かが助けてくれるでないプロハンターになるなら、避けては通れない道よね」

 それは同じく女性で、魅力的なメンチであるからこそ否定できない。好色な視線など幾度となく浴びてきた。下劣な感情も数多に受けてきた。それを撥ね退けるからこそのプロハンター、屈することがなかったからこそのシングル。その自負があるメンチは、シングルと女性との間に揺れていて文句がいえない。明日は我が身、メンチが先ほどのポンズのような目に遭う可能性は、否定しようもなく存在する。

 メンチの思惑を知ってか知らずか、ポンズは俺に対してガバリと頭を下げた。

「お願いします、バハトさん。私を鍛えてください!

 もう、負けないように。私が、プロハンターであることに胸を張れるようにっ!」

「――請け負った」

 ポンズの決意を聞いて、俺は静かにそう答える。

 これでポンズがNGLで無為に死ぬことがない、その安堵より何より。俺はポンズにその人生の重さを託されたことに、その事実に打ちのめされていた。

 ユアを育てる時に覚悟していたが――これほどか、これほどなのか。背負わなくてはならない命と、背負うと決めた人生の差異は。相手の人生の幸福を担う先達者の覚悟は――これほどなのか。

 ユアに対してはまだ甘かった、妹にはまだ身内の情があったのだろう。だが、身内でない誰か(ポンズ)を背負った途端、それは言い知れようもない重圧となって俺を襲う。

 ウイングがゴンやキルアに強い緊張を覚えていた理由を理解する。いや、理解できていない。自分の手に収まると思う相手を教え導くことさえこの重圧。手に余ると思う天才鬼才を指導することにどれほどの重圧がかかるのか。おそらく、才能の凡人ではない俺には決して理解できない重圧だろう。それはウイングがウイングだからこそ感じざるを得ない重圧なのだ。

「とにかく、ポンズの面倒はバハトが見るってことでいいのね?」

 メンチの言葉に我に返った。そうだ、予定通りとはいえ、これで俺がポンズの念の師匠になる。クラピカが半年で師匠から自立したことを思えば完全ではないが、これでおおよそポンズの行動を誘導できる。

 だからこそ、その言葉に力強く頷いた。

「ああ。ポンズは俺が鍛える」

「そ。会長にはそう伝えておくわ。

 ――ああ、最終試験だけど、ゲレタが勝ったみたい。イモリは相当粘ったみたいだけど、今屈したわ」

 それだけ聞いて、俺は最終試験会場に戻る。

 僅かな時間で試験は進行していたようで、ポックルの関節を極めて悪意ある眼をしたハンゾーがそこにいた。

「悪いがアンタには容赦しねーぜ」

「! まいった!!」

 ポックルの敗退宣言を受けて、次の試合に移る。

 危なかった、ギリギリだ。戻ってきた俺を見て、審判が躊躇なく宣言した。

「次! バハト対ギタラクル!!」

「お、おい。バハトはまだ――」

「問題ない、戻っている」

 俺のために抗議してくれるレオリオを押しのけて、俺は広場の中央に進み出る。向かいには準備していたのか、ギタラクルがカタカタと無機質な音を立てながら立っていた。

「始め!!」

 ――練。

 一切はばかる事のないオーラを、纏で留めることなく曝け出す。正真正銘、発を除いた俺の全力だ。念能力者でない者はその敵意に体を震わせ、サトツやブハラといったプロハンターも表情を変える。針で操作されているキルアに至っては、ガタガタと大きく体を震わせているほどだ。ネテロ会長だけは流石というか、ピクリとも表情が変わらない。同時に円を発動した俺にはそこまでの詳細な情報が手に入る。

「くっくっくっ♠」

 これに興奮する変態は無視。無反応なのは目の前の針男。ゾルディックの嫡男がこの程度に気圧されるとは思えないが、さて。

「まいった」

 しかしギタラクルの宣言は予想通り。イルミならば俺に勝てる勝算はつけられるだろう。

 だが、俺とキルアを戦わせる愚は犯せまい。ならば彼自身が負けあがるのが最適解であり、その降参には納得のいくものだった。

「しょ、勝負あり! 勝者、バハト!!」

 審判の宣言もどこか虚しい。彼も念能力者だろうが、俺に気圧される始末。場を支配するという役目には遠く及ばないものだった。

 ともあれ、これで俺はハンター試験に合格した。その事実は喜ぶべきことだろう。

「おめでとう」

「お前もな」

 クラピカとの会話。実際、俺は彼が試験合格する瞬間にその場に居合わせなかったので、まあこの程度の言い合いは許容範囲だろう。

 そして次の試験が始まった。

 

 

 最終試験結果。

 不合格者、キルア=ゾルディック。

 

 

 



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011話 空の旅路は重苦しい

誤字報告をして下さる方。
本当に助かっています、この場を借りて感謝を。


 イモリ対ゲレタ

 まさかのヒソカ負け上がりという事態に、不慮の緊張を与えられて行われたのがこの試合であった。2人共にヒソカが負け上がるとは予想もしていなかったらしく、聞いたところによると相当お粗末なミスを連発した上に、ヒソカと戦う恐怖から逃れるように殴り合ったとか。

 やがて崩れ落ちたのはイモリで、ゲレタも肩で息をしていた。両方の顔はボコボコに腫れ上がっており、とても見れたものではなかったらしい。倒れ伏したイモリはそれでも降参はせず、ここでようやく冷静さが戻ったゲレタが降参しなければ殺すと脅して、イモリが敗北を宣言。

 決め手となった言葉は「ヒソカと戦うくらいならば来年もまた受験する」であったという。なんというか、これを言う方も言う方だがこれで屈する方も屈する方だ。……誰もが文句を言わなかった辺り、呆れられたのか納得されたのか。

 

 ポックル対キルア 

 特に補足なし。開始早々、キルアが戦線離脱。試験を楽しみたいという余裕に満ちた顔をしていたキルアだが、俺は一足早く憐れみの視線を彼に送っておいたとだけ。

 戻ってきたキルアに睨まれるが、俺は憐れみの視線を止めることはできなかった。他にも試験を舐めくさったキルアに鋭い視線がごく少量注がれていたとも追記しておこう。

 そしてここでポンズが戻って来た。レオリオに心配される彼女だが、気丈に笑ってレオリオの試験を応援していると返していた。ここに俺は口を挟めないので空気になってやり過ごす。

 

 ヒソカ対イモリ

 もう可哀想なほどボロボロになっているイモリが始めの合図を食う勢いで降参。逃亡のお手本のようだったと、この試合を見ていた者は後に語ったという。これが原因で彼の発が逃亡専用にならないことを切に祈ろう。いやまあ、逃亡専用の発も悪くはないけど。っていうか多分便利だけど。

 そして今更気が付いたが、このままいけばレオリオはこの状態のイモリと戦う訳で、一概に試験回数が少ないのが不利になる訳ではない。戦闘機会が少ないという事は一回に力を注げるし、負け上がると崖っぷちだからチャンスがあると楽観視できない。むしろ負け上がってきた方が後がなくて余裕を無くすだろう。

 ここまで考えてこのトーナメントを仕組んだとすれば……ネテロ会長は流石である。流石ハンター協会会長、とてつもなく性格が悪い。

 ちなみにヒソカもこの状態のイモリをいたぶるよりも合格を選んだらしく、余裕綽々で降参を受け入れていた。

 

 キルア対ギタラクル

 ここでギタラクルが変装用の針を抜き、素顔を晒す。これに激しく動揺するキルアに、改めて憐れみの視線を送っておく。

 そしてツッコミどころ満載なゾルディック家の会話に、ようやくキルアがゾルディックだと知ったポンズの顔色が一気に青くなった。トリックタワーで一緒でなかったから仕方ないとはいえ、ゼビル島でごく普通に接していた少年がゾルディックの天才であるという現実を突きつけられれば仕方がない。

 わざわざ原作を変えて『敵』に余計な情報を与える事もないので、俺は傍観。一応、ゴンを殺しに行くといったイルミが外に出ようとした時には扉の前に立ちはだかっておく。ポンズはガタガタ震えながら逃げ腰で、なんとか俺の後ろに立っていられた。いや、気持ちは分かるけどね?

 自分の命とゴンの命を天秤にかけられて、屈したキルアが降参。その後、親し気にポンポンとキルアの頭を叩くイルミ。その時に頭の針にオーラを流し込んだのを俺は見逃さない。多分きっと、ヒソカとネテロ会長も見逃してない。

 

 レオリオ対イモリ

 開始の合図の直後、イモリに突進するキルア。それを予想していた俺は流石に見逃せないと割って入るが、俺の乱入に気が付いたキルアが咄嗟に方向転換。彼が向かう先には、ボコボコになりそれでも合格して完全に気を抜いていたゲレタの姿が。

 あ。

 ――こうして、1名の死者と不合格者を加えた287期ハンター試験は幕を閉じたのだった。

 

 

 キルアを巡ってギタラクルことイルミと言い争いをするゴン。

 キルアに謝れと言うゴンだが、俺としては完全なるとばっちりでゾルディックに殺されたゲレタに謝るべきだと思う。俺も含めて。

 まあ、この2人の話し合い――というか主張の押し付け合いがまとまる訳もなく、平行線に終わる。勝手にするというゴンに、勝手にしろというイルミ。どうでもいいところで意気投合するな、お前ら。

 それを呆れて見ていた俺を含めた一同だが、ひとまず騒動が終わったことでハンターの講習会が再開。とはいえ、伝えられるのはほぼほぼ基本のみである。ハンター十ヶ条の説明のみといって過言ではなく、それ以上の情報は与えられるのではなくハントしろという訳だろう。情報ハンターが儲かるシステムで実に助かる。

 解散となり、まず真っ先にイルミの所に向かうゴン。キルアの所在を問うゴンに、自宅に帰ったはずと言い切るイルミ。やっぱり帰宅するように針で操作しやがったな、分かってたけど。

「パドキア共和国のククルーマウンテン。ゾルディックの家はそこにある」

「――なに、お前?」

 横から口を挟む俺にイルミが人形のような目を向ける。

 正直怖いが、イルミには個人的に用があるのだ。

「バハト。情報ハンターだ」

「ふーん」

「で、だ。イルミ=ゾルディック」

「……なに?」

 最終試験で俺の練を浴びたイルミの声が1オクターブ下がる。たったそれだけでぞわりとした寒気が走り、緊張感が否応なく高まる。

「仕事を依頼するかも知れないから、ホームコードをくれないか?」

「やだね。情報ハンターなら自分で探せよ」

「じゃあ自分で見つけたら仕事を受けてくれるのか?」

「――内容によるに決まってるだろ」

 チ。言質が取れなかったか。ゾルディックと戦場以外で話せる貴重なチャンスだったのに。

 『敵』を見つけた際にゾルディックは極めて有効な手札になる。できれば窓口は確保しておきたかった。

「水臭いなぁ♠ 殺したい奴が居るならボクに相談してくれればいいのに♣」

「お前みたいな信頼できない奴に相談はしねーよ」

 割り込んできたヒソカを軽くあしらう。ここを逃すとなると、ヨークシンでマフィアに雇われた時のシルバやゼノがいいか。それとももう直接依頼は諦めて普通窓口を確保するか。

 悩む俺におそるおそる声をかけてくるクラピカ。

「バハト。お前、殺したい奴がいるのか?」

「ん。まあ、な。落ち着いたら話すよ」

 肯定する俺に、仲間たちが信じられないような目で俺の事を見てきた。

「え、そんなに意外? 殺したい奴が居るって」

「ゾルディックに依頼することを視野に入れるのは十分意外よ」

「あっ、そう」

「と、とにかくバハトはキルアの居場所を知っているんだね!?」

 ゴンはとりあえず俺の話はさておいて、キルアの事を優先するらしい。

 俺も別に急いで話すことでもないので、ゴンの話にのって頷いておく。

「っていうか、情報ハンターじゃなくても知ってる人は知ってるぞ。めくれば出てくるし」

「めくれば出るのかよ!? 暗殺一家の住処が!?」

「「でるよ」」

 俺とイルミの声がはもった。ゴンだけがめくるの意味が分からなくて首を傾げているが。

「じゃあ賞金首ハンターがプロもアマも来放題じゃねーか! なんで生きてられんだよ、ゾルディック!!」

「あのね、ゾルディックはA級首のトップだよ? 住んでる場所が知られたくらいで狩れる相手じゃないだろーが」

「むしろなんで居場所が分かった程度で俺たちを殺せると思ったのかを聞きたい」

 喚くレオリオにも淡泊ながら律儀に返事をするイルミ。真面目だな。

 そんな真面目なイルミに聞きたいことがある。

「で、流れ的にお宅に訪問することになりそうだが、庭先を借りていい? ラインは越えないから」

「あ、そこまで知ってるんだ。よくはないけど仕方ないよね。ゴン、諦めそうもないし」

 ただし。そう前置きしてから、イルミは俺を見る。

「ラインを越えたらお前は容赦できないよ?」

(念使いには容赦なし、か。当然だな)

「覚えとく」

 会話が終わり、イルミが立ち去る。それを黙って見送る俺と仲間たち。

「ボクはもう少しイルミとお話があるから♦」

 ヒソカは仲間ではないので、イルミを追いかけてどこかへ行ってしまうのを止めはしない。できれば二度とお目にかかりたくないと思っているのは俺だけではあるまい。

 叶わないだろうけど。

 こうして殺し屋と殺人狂がいなくなり、場がどことなく弛緩した。ハンゾーやポックルと会話をしてホームコードを交換し、何かあった時の連絡先を確保する。

「隠者の書、だな。聞いた事ないけど、情報を捕まえたら売ってやるよ」

「頼むぜ~! 情報ハンターと知り合えるとはついてるなぁ、オレ!」

 カラカラと笑いながらその場を去るハンゾー。

「ポックル、しばらく一緒に行動しないか?」

「嬉しい誘いだが、プロハンターになるまで時間をかけすぎた。一刻も早く幻獣ハンターとして活動したいからすまないな」

 別れ際にポックルを誘うが、にべなく断られた。ここでしつこくしては『敵』に悟られかねないし、そもそも彼を連れていく勝算が全くない。

 NGLに早く入らないとポックルの命は救えないだろう。『敵』との戦いの行方によってはNGLに行けるかも怪しいが。

 とにかく、試験終了後のアレコレを終えて、パドキア共和国へのチケットを5枚取る。

「ねえ、やっぱり私も行かなきゃいけないの?」

「キルアの仲間なら当たり前だ。っていうかポンズは度胸無いから、そこも鍛えるつもり」

「……鍛えられる前に死にそうよ」

 顔を青くして及び腰のポンズだが、今更彼女を自由にする訳にもいかないのでここは強制だ。

 しかし侵入者でも、カナリアのラインを越えなければゾルディックは基本無視の方向だ。ならばこそ、ゼブロの小屋はいい特訓場所になる。

 正直、ポンズは非力が過ぎる。念の肉体強化は肉体強度×系統の習得率×顕在オーラが基本にあるので、どんな系統だろうと体を鍛えて損はない。ちなみにこれが肉体的に完成されない子供の念能力者が弱いとされる理由である。

 そして子供の念能力者といえば忘れてはいけないのがもう1人。

「すまん。電話を一本いいか?」

「? いいけど、誰にかけるの?」

「妹。1人でホームに留守番させてるけど、これからは俺も世界を飛び回るだろうし、一緒に連れていく」

「!」

「バハト、おめー妹がいたのかよっ!?」

「いくついくつっ!?」

「ゴンやキルアと同い年だよ」

「妹さんと、ゾルディックで、待ち合わせ……」

 クラピカの瞳が見開かれ、ポンズがちょっと黄昏ているが、とりあえず無視。

 とっととホームに電話をかけ、数コールでユアが電話に出た。

『お兄ちゃんっ!?』

「おう、ユア。変わりないか?」

『うん、こっちは何も問題ないよ。お兄ちゃんはハンター試験終わったの?』

「ああ、ちゃんと合格した」

『! おめでとう、お兄ちゃん!!』

「ありがと。で、ちょっと兄ちゃんもハンターとして飛び回ることが増えるし、この機会にお前も世界を見て回った方がいいと思ってな。

 まずはパドキア共和国まで来るか? 来るならチケットを手配するぞ。それに兄ちゃんの友達も紹介してやる」

『行く行く! それで、私も来年ハンター試験受けて大丈夫そう?』

「そうだな。今年1年、しっかり修行するなら許可を出してやる」

『わーい。お兄ちゃん、大好き!』

 電話を切る。

 くるりと振り返り、仲間たちを見た。

「じゃあ行くか、パドキア共和国」

「行くか、じゃない! ゴンやキルアと同じ年の女の子にハンター試験を受ける許可を出すな!!」

 そうは言うがポンズ。

 言っておくが、ユアはお前より絶対に強いからな。

 

 パドキア共和国に向けて飛行船が飛ぶ。ユアに手配したチケットも到着日は同じとなっており、空港で待ち合わせる運びとなった。

 ちなみにユアは箱入りという訳ではなく、霊体化させたサーヴァントを護衛につけながらだが、1人で行動できるように教育させていた。あんまり考えたくないが、俺が死んだ時の保険である。保護者がいなくなったその時、何もできない少女のままでは悲惨な末路しかない。一般常識くらいは教えておくのが兄の役目だろう。

 さて。ユアの話はひとまず置いておくとして、俺がゾルディックに依頼をしてまで殺したいという『敵』の説明である。到着するまで時間はたっぷりあり、飛行船の中で説明することになった。

「って言ってもなぁ。俺の情報網に引っかかって、俺を狙う『敵』がいるってだけなんだが」

「そんな単なる敵はどこにでもいくらでもいるだろう。アマとはいえ、情報ハンターをしていたならなおさらな」

 ちょっと逃げに走った俺の言葉はクラピカによって真っ先に潰される。

 数少ない同胞の事になると、クラピカは全く容赦してくれない。そしてゴンにレオリオ、ポンズまでも絶対に引かないという目で俺を見据えてくる。

 他はともかく、ポンズ。その度胸を常日頃だけじゃなくて修羅場でも発揮してくれ。

 とはいえ、まいった。流石に原作知識から転生から特殊能力から、何から何まで全てを話す訳にはいかない。

「――全部は話せない。ただし、嘘はつかない。今までは誤魔化す為に嘘をついていたと、先に謝っておく」

 こっくりと4人は頷いた。

 さて。どこから話を始めるか。

「ちょっとタチの悪い奴がいてな、人間で遊んでるんだ」

「……人間で、遊んでる?」

 俺の言葉を繰り返し、意味を探ろうとするクラピカ。だがこれだけで理解しろというのも酷だろう。説明を追加する。

「俺と、その『敵』にそれぞれ殺害依頼を出したのさ。お互いに殺し合え、とな」

「そんなの両方とも無視すりゃいーじゃねぇか」

「そうもいかない。無視すれば殺すと脅しも入っている」

「そう簡単に死ぬ人じゃないでしょ、バハトさんは」

 レオリオが至極当然にそう言い、ポンズが呆れて口を開く。

 そう評価してくれるのは嬉しいが――嬉しいか?

 まあ、おいておこう。気にしたら負けだ。

「殺しを依頼してきたソイツは規格外が過ぎてな。その気になれば、この瞬間にも俺を殺せる。俺が生きているのはソイツの気まぐれと言っても過言じゃない」

「「「「!!」」」」

 冗談じゃないトーンの上、真顔で言う俺にじわじわと真実味が沸いてきたのだろう。4人の間に緊迫した空気が流れた。

「――マジか?」

「マジだ」

「……なぜ、バハトはそれを信じた?」

 クラピカは更につっこんで聞いてくる。まあ、当然といえば当然だ。

「情報ハンターやっていれば、情報の真偽の重要性は言うまでもない。ソイツに唐突にそう言われて、バハトが信じる訳がないだろう。

 信じるに足る根拠を見せられた筈だ。それはいったい何だ?」

「…………」

「バハト」

 繰り返すクラピカに、俺はため息を吐く。

「ユアには言うなよ? アイツには俺が『敵』を殺す事は伝えているが、その前段階の話は伝えていない」

「――聞かせてくれ」

 全く引く様子のないクラピカに、俺は覚悟を決めて言葉を紡ぐ。

「俺は、1度死んだんだよ」

 全員の目が見開かれた。

「――嘘」

「残念ながらホント。で、完全に生き返る条件がそれ。同じように生き返った『敵』を殺すこと」

「バカな、そんな話、聞いたことが、ない……」

 フィクションでは結構ありふれていたけどな、異世界転生。現実に起これば黄泉帰りだけでも呆然となるのは当然だ。

「了解した俺は、死の直前の分岐点まで戻ったよ。そしてユアを抱えて、逃げた」

 嘘はつかないと言ったな。あれは嘘だ。

 だが、今言った逃げたという意味を理解したのだろう。唐突にクラピカの瞳から涙が流れた。

「バハト、お前――。アレを味わったのか?」

 …………。

 どうしよう。適当についた嘘の罪悪感がハンパない。

 けどまあ、今更後には引けない。黙って深刻そうな顔で頷いておく。

「クラピカ、お前は俺を責める権利がある。俺は結局――ユア以外の全員を見捨てた」

「…………」

 いくらクラピカでも頭が追い付かないのだろう。黙って俯いてしまった。

 おおよその話を聞いただろうレオリオも口を開けない。ゴンも幻影旅団にクルタ族が滅ぼされた事は聞いたはずで、かける言葉がない。知らないのはポンズのみだ。

「ねえ、何があったのよ?」

「ゴンとレオリオにはクラピカが話したようだな。済まないが、繰り返したい内容じゃない。俺とクラピカ、そしてユアはクルタ族の生き残りだ。それで察してくれ」

「?」

「……ポンズには場所を変えて俺から話そう。今は話を続けてくれ」

 レオリオが気を使ってくれるが、これ以上の説明はない。

「話はこれで終わりだ。俺が生き返った事が何よりの証拠であり、村を捨てて逃げた後に繰り返された惨劇がそれを裏付けている。

 そして『敵』を殺さなければ俺は死ぬことを疑う余地はない。いや、疑う余裕がないという方が正しいか」

「では、では――バハトを蘇らせたソイツとは」

「神、悪魔、超越者。そういった人智が及ばないナニカさ。俺はもう理解する事を諦めて神って呼び捨ててる。様を付ける気も起こらん」

 言い捨てた言葉に重苦しい沈黙が下りた。

 別に空気を悪くしたかった訳じゃないんだけどな。

 だが、ギリギリ隠す情報は隠した。原作知識と特殊能力、そして異世界転生。これさえ隠せば問題ない。

「――バハト、これだけは答えてくれ」

 俯いたままでクラピカが口を開く。

 見えてはいないだろう彼に、俺は頷いて答えた。空気の流れで察したのか、クラピカは口を開く。

「嘘はついていないんだな? そして、これでもまだ、言えていない話があるんだな?」

「ああ、その通りだ。嘘はついていない。そして、真実の全てを俺は話していない」

 変化系はきまぐれで嘘つきらしいですよ? 強化系の一途な良心がズキズキと痛みを訴えていますが。

 とはいえ全ての真実を語る事がその人の為になるとは思わないので必要な嘘だとは思う。前もって嘘を用意してなかったからちょっと変なところに飛び火しちゃって、無駄なダメージを与えちゃった気がしなくもないけど。これから神妙に語る言葉に重みが増すからいいか。

「言うまでもなく他言無用だぞ。ほとんどの者は信じないと思うが、俺の『敵』だけは話が別だ。神によって生き返った奴がいるなんてピンポイントな情報があったら確実に殺される、ゾルディックに依頼すれば一発だ」

「……だからゾルディックと関係を持ちたかったのね、あなた」

「文字通り、命の価値だからな。金に糸目はつけないだろうよ。俺も、『敵』も」

 そう言って、誤魔化すように――っていうか真実誤魔化して窓から外を見る。

 恨みも憎しみも怒りもない相手である『敵』と殺し合う。思えば不思議な関係であると苦笑しつつ、俺はゆっくりと流れる雲を眺めるのだった。

 沈痛な沈黙を残す仲間4人を背中に置いて。

 

 

 

 ※

 

「情報が抜かれている?」

『多分だけどね』

 暗闇の中でシャルナークからの電話を受けて、『敵』は驚きの声をあげた。

「本当?」

『例年ならハンター試験の合格者数も出るはずなんだ。だけど今回の試験はそこが抜けて顔写真しか載っていない。

 疑問に思って調べてみたら、今年の合格者の顔写真は9枚なんだけど、プロハンターの総数は10人増えてる。

 嘘の情報を載せられないからの策って感じだけど、こう隠されたらお手上げだね』

「――有り得る?」

『可能性としては情報ハンターやハッカーハンターなら納得できなくはないかな。

 前もってアマや専門家として活動しておいて、プロの情報ハンターに根回しをしておく。星持ちクラスの実績を叩き出せれば、新人の情報に載せないくらいはできるでしょ』

 神から貰った特殊能力によっては十分可能性のある話だ。

 やられた、と歯噛みするしかない。これではこちらはエリリの分だけ損をした。

『まあ、ソイツが情報系のハンターだって分かっただけ良しとするんだね。情報にない奴が君の仕事に関わってるかどうかは知らないけど。

 じゃあ俺は言われた仕事はこなしたし、振り込みよろしくね~』

 ピ、と通話がオフになる。

 業腹だが仕方あるまい。ここでシャルナークに当たってもなんの意味もない。しぶしぶ大金をシャルナークの口座に移す手続きを行う。

 考える。

 次の手をうたねばならない。一歩の遅れがそのまま広がっていき、あっという間に絶望的な差に広がる。情報戦とはそういうものだ。

 『敵』はリスクを覚悟する。ここで動けば確実に原作と乖離する訳で、気が付かない訳がない。

 だが、先手は譲れない。押して押して押しまくる。

 正体が割れるのが先か、正体を暴くのが先か。動き出せばもう後には引けない。

 覚悟は決まった。

 

 さあ、殺し合おう。

 

 

 



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012話 ゾルディック・1

暗黒大陸編を軽くパラ読みして、クラピカの特質系の水見式を読んで目が点になりました。
……、バハトの系統どうしよう。
30分~1時間ほど考えて、無理やり整合性を整える案を急遽作成。
天空闘技場編で見苦しいあがきを見せると思いますが、独自解釈ということでご容赦ください。


 パドキア共和国、ククルーマウンテンの側にある空港に到着した俺たちは1人の少女を探す。予定では先に着いているはずだが、なんせ飛行機ではなくて飛行船での移動である。気流などの原因によっては半日くらいずれることもザラな話で、日本人がいかに生真面目すぎる人種であるかを痛感させられたシステムでもあった。半日が誤差とか、元日本人として思いたくない。現実で数百キロを移動するなら普通に誤差範囲なのだが。

 ともかく、到着した飛行船を調べればもう既に到着しているのは間違いないようだ。後は目当ての人間を探せばいい。

「お、発見」

「マジか!」

「どこどこ?」

 レオリオが軽く反応し、ゴンが好奇心を剥き出しにしてキョロキョロと辺りを見渡す。ポンズも平静を装いながらもかなり興味深そうだ。

 だがまあ、クラピカの深刻さには到底及ばない。ゴンやレオリオは言わずもがな、レオリオから説明を受けたポンズもそこはスルーしている。俺とクラピカ、そしてユア。もはやクルタ族はこの3人しか存在しないのだから。

 俺の視線を察したのか、ボーっとしていた少女が唐突にこちらを向く。そしてその顔に満面に笑みを浮かべて突撃してきた。

「お兄ちゃん、ハンター試験合格おめでとう!」

「ありがとう、ユア。まあ兄ちゃんなら楽勝だ」

 ユアはクラピカのように民族衣装を着てはいない。っていうか、クルタ族の民族衣装を拵えようとすると特注になるし、意味なく目立つのでわざわざそんな服を成長期の少女に用意しない。服に苦労はしないくらいには稼いでいるが、『敵』にクルタ族生存の可能性が伝わる方が嫌だった。両親はともかく、クルタ族自体にそこまでの執着は俺にはない。そしてそれは幼いユアにもない。

 そんなユアの恰好といえば、ごくごく普通。動き回る活動的な性格の為、下着が見えるかもしれないスカートではなくキュロットを履き、ブラウスに上を重ねて着た少しオシャレをしたどこにでもいる少女がユアである。

 金髪も珍しくない世界、万が一緋の目になった時のリスクを考えてカラーコンタクトをさせている事と、常時纏を維持させている事以外に異常はない。その2つがまあ正常とは程遠いのだが。

 とにもかくにも抱き着いてきたユアを受け止め、約1ヶ月ぶりの再会を喜ぶ。

「とと、失礼しました。私はバハトの妹でユアと言います。よろしくです」

 そして落ち着いてから、俺と共にいた4人に丁寧な挨拶をするユア。俺の妹とは思えないほど礼儀があるが、それは少しだけ人見知りなところとサーヴァントに関わった影響だと思う。何せ俺が召喚するサーヴァントで礼儀がなってない奴なんてほぼいない。礼儀がないサーヴァントはマスターである俺に害する危険がある為に怖くて呼べないのだ。

 とにかく、そのような訳で礼儀正しい相手とよく接してきたユアはその礼儀正しさを受け継いで成長してきた。兄としては誇らしい限りである。

「俺はゴン、同い年だよ。よろしく!」

「ポンズよ。お兄さんにはお世話になったし、よろしくね」

「レオリオだ。こう見えて10代だからオジサンとは呼ぶなよ?」

「――クラピカだ」

 クラピカの言葉がイヤに硬かったが、それを察したユアがにっこりと笑いながら全員にお辞儀をする。

「よろしくお願いします! ゴンさんは同い年だし、仲良くできたらいいな」

「ゴンって呼び捨てていいよ。俺もユアって呼んでいいかな?」

「もちろん! ポンズさん、レオリオさん、クラピカさん、よろしくお願いします」

 朗らかに挨拶をするユアに、悪い印象を抱いた者はいないようだ。特に年下なのに年上の相手をさん付けで呼ぶことがレオリオの機嫌を良くしたようで、彼はもう保護者の雰囲気を出している。

 逆に同族に会ったことで無駄に緊張してしまったクラピカが不愛想で、結構珍しい構図になったなと心の中だけで思っておく。

「で、だ。実はもう1人、俺の知り合いがここにいる」

「なにぃ!? 初耳だぞ?」

 いきなりのカミングアウトにレオリオが真っ先に声をあげた。誰にも伝えていなかったせいか、ユア以外の全員がちょっと驚いている。

 ユアだけは唐突に知人としてサーヴァントを連れてくるせいか、またかという慣れた感覚を表に出していたが。

「で、どこにいるのよ?」

「あそこ」

 人が立ち寄らない、ポツンと観葉植物が置かれた角を指さす俺。

 全員が目を見張るが、そこに誰か居るようには見えないだろう。実は俺の認識の範囲にもない。だが、俺はサーヴァントとのラインで確かにそこに居るということを理解している。

 拳を掌に包んで前に出すという特殊な礼をしながら俺はそこに向かってお辞儀をする。その行動で気が付いたのか、ユアも誰もいない角へ向かって同じ礼をした。

「良き哉、良き哉。ユアの察しの良さも磨かれたようだ」

 そこから声が聞こえて仲間たちがぎょっとする。誰もいなかったはずのそこから声が聞こえ、それに意識を割いた瞬間に唐突に出現したようなそのサーヴァント。

 李書文、クラスはアサシンながらもその武芸の冴えは三騎士をも凌駕する。

「師父、ご足労をおかけします」

「師父、お目にかかれて光栄です」

「うむうむ。良い功夫(クンフー)を積んでいるようでなによりだ」

 鷹揚に頷くその男性は少し白髪が混ざった程度で、見る者にまだまだ若い印象を与える。

 だがそんなことは些末。ハンター試験を突破した者には分かる、この男に打ち込むイメージができないと。

 アサシンのサーヴァントである李書文を師父と呼んだように、彼は俺とユアの武術の師である。彼以上に武の先達者を呼べなかったし、彼には不足があろうこともないから教えを乞うたのだ。名目上は俺がマスターだが、人間関係上は彼が師匠である。

 どんなにオーラで強化したとしても、相手に拳を当てる技量がなければ無駄である。心源流は念を教えるだけではなくそういった武術も教えているのであるが、俺は世間一般に浸透している武術ではなく、李書文を師に選んだ。達人という意味でも、世界にほとんど流通してないが故に初見の技であるという意味でも、彼の武術は素晴らしいといえた。

「バハト、彼は?」

「李書文先生だ。中国拳法の達人で、俺とユアは師父に鍛えられた」

 クラピカの問いに答える俺。

 リショブン? チューゴクケンポー? シフ? 疑問をあげる仲間たちに意味をざっくりと教える。

 李書文という馴染みのない名前は彼の故郷では一般的なこと。彼はその地方の武に精通し、稀代の天才であること。師父とは師匠と同義であること。

「そしてバハトが仲間を鍛えて欲しいと言うからこそ、儂がここまで出向いたという訳だ」

「お手間をおかけします、師父」

 体面上は李書文が上である。飛行船の中で召喚し、霊体化させていた彼に俺は深々と頭を下げた。

 そんな俺の態度を見てポンズが驚きの声をあげる。

「ちょっと、バハトさん。もしかしてこの方って、貴方よりも強いの?」

「比較にならん。本気で立ち合えば、文字通り一瞬一撃で俺が殺される」

「さっきまで姿が見えなかったのは?」

「まあ、仙術のようなものよ。場に馴染めば気が付かぬ、これが圏境也」

 李書文がそういった瞬間、またもその姿が消える。驚きに目をこらす一同だが、そこに李書文の姿は映らない。

 否、実は映っている。だがそれは違和感がない光景として脳が人と認めないのだ。

 これには利点と欠点がそれぞれ存在し、相手に違和感を抱かせない技である上に絶でも隠でもないから凝でも見抜く事は叶わない。反面、円にはしっかりと捕捉されるのである。まあ円は凝よりも高等技術であるし、日常的に円を使う者はいないといっていいのであまり大きな欠点にはならない。とはいえ、コルトピの能力に代表されるように自分の能力に円の効果を付随させることは有り得なくはないので、絶対の隠密性を持つという訳でもない。

 念能力者でもない者には関係のない話であるのだが。

「……すごい」

 ただただ感嘆の声をあげるゴン。声も出ないレオリオとポンズ。

 クラピカだけがかろうじて俺に問いかけた。

「バハト、お前はこれほどの御仁とどうやって……?」

「情報ハンターで縁に恵まれてな」

 嘘である。情報ハンターという方便、便利過ぎ。

 呆気に取られる一同の前に再び姿を現し、呵々と笑う李書文。

「まあ畏まるでない。儂とて技を伝授するのに否応はないが、なにせ知名度が足りん。そこをバハトに補って貰っているという訳よ。

 持ちつ持たれつ、というものよな」

 俺が強要した嘘をつかせてすまん、アサシン。本人曰く、虚実に貴賎無しだそうだが。この人の価値観が今一つ分からないのがちょっと怖い。

 まあ、俺に害為すタイプでなく、ユアにもその技を喜んで伝授してくれているのでそれ以上は俺も求めないからいいけど。暗殺のみならば凝でも円でも感知されにくいハサンの方が便利だし。ハサンの持つ気配遮断は攻撃の瞬間のみしか察知できないから、隠密活動に最大のアドバンテージを持つのである。

「ともかくバハトが申すに、しばらく修行をする時間があるようでな。儂の出番という訳よ。

 心配するな、真面目に励めば対価はいらぬ」

「でもそんな時間ないよ? 俺はキルアに会って、一緒に世界を旅するだけなんだから」

 無垢にゴンが言うが、それで済めばゾルディックはとっくの昔に賞金首ハンターに狩られている。

 とはいえ、それを説明してもゴンは納得しないだろう。俺は首をすくめて明確な返答を避ける。

「ま、行けば分かるさ。まずはゾルディックの敷地に向かうか。観光バスでそれなりに近づけるし」

「観光バスぅ!? なんで暗殺一家の住み家に観光バスが出るんだよ!?」

 レオリオよ、文句言う前に少しはめくれ。

 このくらいはマジで一般人でも入手できる情報だからな。ゴンはともかく、他の人間はゾルディックに向かうという現実に危機感を持つべきだと思う。

 

 

 試しの門。

 それはゾルディックの私有地と外界との境に建てられた、力を入れれば入れる程により大きな扉が開くという天を衝く巨大な門である。

 文字通り、これは侵入者の力量を試す門。おそらく、門が開いたという事実は執事には届けられるだろう。1の門や2の門程度の開閉は脅威無しと見送られるだろうが、3の門を超えれば多少の警戒はするだろう。

「……嘘」

「マジ、か」

 全力の練をした上で強化系に適性を持つ俺は、念込みの全力で5の門まで開けられたが。

 ぶっちゃけ、相手に警戒されることを考えれば力を最小限に抑えて1の門だけ開けるのが正解だと思う。別に今回はゾルディックに喧嘩を売りに来た訳ではないから、俺がどの程度の実力があるのか試させてもらった訳だが。

 侵入者は己の実力を計り、ゾルディックは敵の実力を計る。なるほど、試しの門とはよく言ったものだ。ここまで大きく門を開けられた事実に、ゼブロなどは絶句していたが。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 とはいえ、全力を振り絞れば息が切れるのは道理。5の門まで開けた俺は結構な疲労感を覚えていた。ここまで消耗するなら、本当に鼻歌まじりで1か2の門に留めておくべきだと思う。

 ――試しの門とは本当によくいったものだ。ここで死力を尽くすバカにゾルディック一族は相手をしないのだろう。やってから気が付くとは、俺も大概バカであると謗りを受けても仕方ないかもだが。ここで楽に7の門まで開けられる化け物こそゾルディックが本気を出すに値する敵なのだろう。俺が知る限り、サーヴァントを除いてはそんな奴はウヴォーギンしか思いつかないけど。

「うむ。力があって損はない。良き功夫であるぞ、バハト」

 そしてそんな俺を褒めてくれる李書文。一応注釈しておくが、彼はここまで筋力を出した事を褒めてくれているのであって、無駄に全力を出した俺を褒めてくれている訳ではない。

「じゃあ皆さんはこのまま本邸へ?」

「いや、俺1人が試しの門を開けられたとしても納得しないだろう? 特にゴンが」

「もちろんだよ! 友達が会いに来ただけなのに試されるなんて真っ平だ!! 試されるなら向こうが文句なしって言うくらいにならなくちゃ」

「という訳です。俺もゾルディックに喧嘩を売る気はないので、ラインを越えるつもりはないので悪しからず。イルミに許可は取っているので、しばらく門を開ける鍛錬をさせてくれませんか?」

 俺以外の誰も試しの門を開けられなかった為か、文句を言う者は存在しない。ユアは練をすれば開けられただろうが、纏はともかく練をするのは俺が許可を出さなかった。なぜかといえば、肉体強度をあげるのにこの場はとても有効だからだ。なにせ、初老を超えたゼブロが未だに1の門を開けられることを維持するくらいに鍛錬が積めるのだ。まだ若い、もしくは幼いといえるみんなには良い修行の場になるだろう。

 そしてその合間を縫って李書文による武術の稽古をつけて貰う。念を教えるのが時期尚早である以上、今は肉体強度を上げなければならない。そのついでに相手に拳を届かせる手段である武が磨かれるのならばなおさら悪くない。

「…………」

 青い顔をしてるポンズ、特にお前だぞ。トン単位程度で絶望的な顔をするんじゃない。念を覚えたらこのくらい普通だからな、マジで。

 ――と、チリと首筋に殺気が届く。やはり5の門はやり過ぎたか。熟練の執事の監視が入ったようだ。

「ゼブロさん、押しかけた身で申し訳ないがみんなを鍛えて貰えないだろうか。

 俺は情報ハンターのバハト。ここのラインまでの情報は持っている」

「え、ええ。それはもちろん構いません。言ってはなんですが、試しの門程度ではもちろん、ラインを越えるまでは注目を浴びないでしょう。

 しかしバハトさん、君は問題があると思うけどね……」

「分かっている。その話を、今からしてくる」

 ミケが去った後、森林の奥から注がれる粘っこい視線を感じながら答える。グリードアイランドに参加した者の言葉を借りるなら、獣には出せない人特有の視線という奴だろうか。

 しかも俺に感じさせることを隠さない辺り、警告と敵意の両方を感じさせる。これを無視したら絶対に面倒事になる。そう感じ取れたからこそ、俺はその視線を送る主へと向かわなくてはならない。

「! バハト」

「心配するな。儂がついていこう。皆は功夫を積んでおけ」

 クラピカが心配そうに声をあげるが、俺のサーヴァントがその心配を切って捨てる。

 まあ、李書文が勝てないレベルの相手では俺がどうあがいても詰みである。ここは彼に存分に甘えるとしよう。

「必ず、戻る」

 そう言い残して俺は闇深い木々の中へと身を躍らせた。そして俺に追随する李書文。頼もしい事、この上ない。

 確かな安心を感じつつ、俺は視線の元へ向かって駆ける。が、何故か視線の主は退却を開始。俺から離れるように動き続ける。

「?」

 話があるのではないか。そう思いつつ追いかけるが、距離はなかなかつまらない。

『マスター』

 と、アサシンから念話が入る。

『どうした?』

『先に幾人かの手練れ。このままいけば包囲網に入るぞ』

 なるほど。1人では分が悪いとみて数で勝負か。武人ではなく、仕事人としてみれば正しい判断である。

 絶で身を隠すとはいえ、圏境を身に付けた李書文が感知できない道理はない。追われる者も、絶妙に差を縮めて追い付かせようとするのは流石である。俺1人ならば、容易に罠にかかっただろう。ゾルディックの使用人が秀逸過ぎる。

『直前で止まる、タイミングを教えてくれ』

『心得た』

 そしてアサシンの停止指示と追跡者に追いつけるタイミングはほぼ同時だった。

 ここまでかよ、ゾルディック。戦慄を覚えざるを得ない。

「――まずはよく見抜いたと褒めておこうか」

 読まれた包囲に意味はない。それを理解しているのだろう、続々と絶を解いてオーラを剥き出しにする執事たち。総勢、5名。

 特に声を出した執事であるゴトーがヤバい。殺気がヤバい。俺ならばスペックでは負けない自信があるが、それを超える覚悟を感じる。念能力者にとって覚悟は警戒に値すべきものである。単純な一戦において、覚悟は容易く実力者を踏み越える。ネフェルピトーに対して全てを投げうったゴンが良い例だ。ゴンほどの才能の持ち主はそういないが、そうでなくてもレベルが違う程度の相手ならば殺しうるのが覚悟。まして俺とゴトーの間にはゴンとネフェルピトーほどの差はない。というか、ネフェルピトーを例に出しては比較対象が悪い。そもそも俺とゴトーならば普通に戦闘が成立するだろう。

 そんな相手に剥き出しの殺意を向けられる。しかも他に4人の援護者が居てだ。サーヴァントがいなければ、俺に勝ち目はあるまい。良くて全員と相打ちだろう。

 言い換えれば、サーヴァントがいるからこそ俺の優位は崩れない。涼し気な顔を保てるというものだ。

「褒め言葉、ありがたく。

 で、用向きは?」

「こっちのセリフだ、ダァホ。

 わざわざゾルディックまで赴いて、ナニゴトだテメェ」

 ゴトーの口調はともかく、主張が正論過ぎる。ラインは越えてなくとも、俺ほどの念能力者や李書文が来れば警戒するなという方が無体。

 とにかく俺は両手をあげて敵意をない事を示す。

「気を悪くしないでくれ。しっかりとイルミに許可を取っている。ラインを越えない限り見逃すと」

「――イルミ様の指示だ。ゴンという来訪者と同時に念能力者が来たらラインの内側に誘えと。

 気が付いていないのか? ここはもうライン越えだ」

 ……。

 …………。

 イ、イルミィィィーーー!! オイ、オマエェェェ!!!

 おいマジか。え、マジか。いやマジか。

「へぇ、思ったよりヌルいラインだな。ゾルディックも情報程に大した事がないと思える」

「――言うじゃねぇか、クソ野郎」

 ちょっと待ってください。本当に待ってください。真剣に待ってください。

 正直、今はポーカーフェイスを保つのに精一杯です。

 いや、この場を切り抜けるならサーヴァントがいる以上は楽勝だけど。ゾルディックとの縁が切れるのは勘弁して貰いたい。

 時間をください、切実に。

「ま、執事如きに期待する方が間違っているか。俺が仕事を依頼するかも知れないのはゾルディックだしな」

「その執事如きに今から殺されるお前が依頼を出せると思っているのか?」

「殺す? お前らが、俺を? 妄想を垂れ流すのは自分の日記だけにしておけよ?」

 ――あ。ダメだこれ。だってもうゴトー達にラインを越えた俺を見逃すっていう選択肢がないもん。

 謝っても殺されるし、無抵抗でも殺される。もう挑発に挑発を繰り返して煽り、死中に活を見出すしかねーわ。

「いいだろう、今日の日記に書いておこう。侵入者を1人、殺しましたってな」

「日記を書くんだ、マメだねぇ。殺した人間なんて明日には忘れそうな顔をしてさ」

「今日しか日記は書かねェよ」

「じゃあ申し訳ない、俺を仕留められないって事はお前が人生で書く日記の全てはさぞ惨めだろう」

「――――」

 殺気と殺意が周囲に満ち満ちていく。

 俺なら警戒以上の対応をしなくていけないが、残念ながらサーヴァントには通用しない。ゴトーたちには容易く背中を見せて、アサシンに後を任せる。

「俺に追いつけたら遊んでやるよ。

 ああ、期待はしてないが、もしお前がゾルディックにかけあえる立場なら仕事の依頼があるかもって伝えておいてくれ。この程度じゃない実力を見せてくれって」

「――殺す」

 ゴトーの声で5人が一斉に襲い掛かる。相対するはただ独り。だがその独りこそ、歴史に名を刻みし英雄である李書文その人。

 念能力者でなくとも、勝利は間違いない。それこそ相手を殺すことなく、意識を失わせるだけも可能だろう。だがしかし一戦一殺を謳う彼にそれは無体であるし、正直1人くらい殺しておいてもいいとは思うからゴトー以外なら殺していいと念話で伝えておく。

 そのまま俺はゾルディックの敷地から去り、一目散に町へ逃げる。この状況でゾルディックの敷地内にいる胆力は俺にはない。

 ゴトーたちを蹴散らした後のアサシンは圏境にてユアの警護につかせ、俺はホテルを取る勇気もないので絶にて町の裏路地に潜み、ひたすら息を殺す。これでも刺客がきたら令呪を使わなくてはなるまい。

 そうして夜を明かし、何事もなかった後の朝。

 

 情報を集めた俺は、自分が賞金首になったことを知ったのだった。

 

 

 



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013話 ゾルディック・2

誤字修正がむっちゃ送られてくるので、皆さんにお礼のメッセージを送れなくなってしまいました。
この場を借りて感謝申し上げます。


 

「はぁ!? 俺の情報が漏れた!?」

 朝。一晩中ビクビクしながら円を展開していた俺に、唐突にかかってきた電話。恐る恐る出てみれば、予想していたのとは違った最悪の情報が飛び込んできた。

『スマン、これはこちらのミスだ。金を掴ませられた末端がお前の顔写真と名前を流出させちまった』

 情報をくれたのは、懇意にしている情報ハンターグループの幹部。ハサンを使って集めた情報を売り渡す俺のお得意さんでもあるし、今回ハンターになった事を隠すようにお願いした相手でもある。仕事として情報の隠蔽を頼まれたのに、それを為せなかったことにかなりの責任を感じているようだった。

『裏切り者にはこっちから制裁を加えておく。で、詫びとしてこの電話で伝える情報は全部タダにしよう。それで手を打ってくれないか?』

「……いきなりハイと言うにはちょっと頭が追い付かない。とりあえず聞くが、誰に情報を漏らした?」

『ゲーム狂いだ』

「バッテラか。――バッテラ!?」

 ちょっと待て。なんでいきなりここでバッテラが出てくる。

 奴はグリードアイランドを集め、その情報を外に出さないことのみに全労力を割いている。俺も狙われる心当たりがないとは言わないが、流石にいきなりバッテラに情報を抜かれる心当たりはない。

『ついでにお前は賞金首にもなったぞ。依頼主はやはりバッテラで、10億ジェニーなんてバカげた金額も懸けられた。

 生け捕りのみ有効(アライブオンリー)だけどな』

 10億ジェニーはバッテラにとってははした金だろうが、世間一般では十分な大金だ。とはいえ、やはりバッテラがわざわざ俺を捕まえる意味が分からない。

 ――普通に考えれば、これは『敵』の攻撃だろう。が、バッテラが動く意味はなんだ? というか、バッテラを動かせる方法が分からない。今のバッテラに有効な脅しは死にかけている恋人か彼本人を殺すというくらいだが、そこは大富豪である以上相当に強い警備を敷いているだろう。とりあえず言うことを聞かせたとはいえ、いつ寝首を掻かれるか分からないというのは相当に怖い、少なくとも俺ならやらない。もしくはバッテラを操作したか。

 いや待て、もう1つある。恋人を治す対価としてバッテラを手駒にするというものだ。念能力ではほぼ不可能だが、神から貰った特殊能力次第では十分あり得る。どちらにせよ『敵』はバッテラを取り込んだ可能性が非常に高い。

 そして俺の賞金首を生死問わず(デットオアアライブ)にしなかった辺り、俺が転生者だと確信は持てていないのだろう。関係があるとは思っているだろうが、本人という確信はない。だからこその生け捕りのみ有効(アライブオンリー)。俺を操作するか、情報を抜くかするつもりだ。

「賞金首になっているのは自由か?」

『まあそうだわな』

 この世界では大きく分けて3つの賞金首が存在する。そしてほとんどの有力者はこれに名を連ねていると言っても過言ではない。

 1つ目は表。政府やそれに関係する組織が、犯罪者や反政府勢力を相手にした賞金首だ。この賞金首を狩るのが普通の賞金首ハンターといえるだろう。ここに名前が載っているビノールトなどは言うまでもなくもう末期である。

 2つ目は裏。これはマフィアンコミュニティを始めとした闇の組織が依頼する賞金首で、有名どころのハンターはだいたいがここに名前を連ねている。ジンなどは情報隠蔽が上手すぎて載っていないが、ネテロですらここには名前が載っているのだ。ちなみにヨークシン編で幻影旅団がかけられたのもここである。

 3つ目はそれ以外、通称自由。雑に言ってしまえば、他の2つに載せられなかった賞金首は全部ここに載る。一処に情報が集まらないので誰が賞金首かを知るのでさえ情報収集能力が必要とされるが、今回の俺のように億を超える賞金首が載ることもザラでありここを狩場にする者も珍しくない。

 俺は重犯罪がばれた訳ではないので表に名前が載らず、バッテラは裏とも関りが薄い為にそちらにも名前を載せられない。必然、3番目の賞金首になる。

「俺を賞金首に懸けた以外にバッテラはどう動いた?」

『傭兵集団を雇い入れたようだ。海獣の牙』

「海獣の牙? 聞いた事がないな、詳しく教えてくれるか?」

『海獣の牙、通称(シャーク)。5名から成る念能力者たちが主な構成員で、リーダーはアサンっていう女だな。おそらくだが、放出系の能力者だ。狙撃系の能力と肉弾戦を得意として、他のメンバーはリーダーのサポートが主。

 人手が必要な時には金で非念能力者を雇う事も珍しくない。中の上くらいの実力だな、だいたい』

「目的は俺のハントか?」

『確定ではないが、タイミング的に間違いないだろうな』

 まあハンター試験に出て原作と関わった以上、『敵』が行動するのは予測済み。このくらいでいちいち慌てはしない。

 真に問題なのはこっち。

「ちなみにゾルディックに動きはあるか?」

『? ゾルディックに大きな動きはない。っていうか、ゾルディックは生け捕りのみ有効(アライブオンリー)の依頼は受けないだろ』

 まあ、これ以上の情報は入らないか。ひとまず、アサシンを使って探りを入れてみよう。

 

 李書文は一戦一殺を心掛けている。

 とはいえ、マスターであるバハトがゾルディックと敵対したくないということから、執事たちを殺すのはやめておいた。

(まあ、これも従者の務めよな)

 圏境にて気配を絶ち、ユアの警護に務める。が、意外な程にゾルディックからの手出しはなかった。バハトを敵と認定すれば庭先でうろちょろしている彼の仲間に手を出すかと思ったが、一晩が経ってもその傾向はない。

 これはどういう事かと思って念話でその報告をしたら、それを聞いたバハトから情報収集をするように指示が来た。具体的にはラインまで行き、カナリアと話をして来いというもの。

「……お兄ちゃん、大丈夫かな」

「心配すんなって。バハトは十分強ぇし、あの達人が一緒にいるんだ。そう簡単には負けねぇだろうよ」

 帰ってこない兄を心配するユアを、一生懸命に慰めるレオリオ。

 言葉にはしないが、クラピカの表情も優れない。やはりゾルディックの敷地に入って一晩音沙汰なしというのは心情的にとてもよくない。

 だがターゲット的な意味ではひとまず彼らは大丈夫だろうと判断し、李書文は一気にカナリアのラインまで向かう。そこには髪を編み込んだ少女が1人、立っていた。

「頼もう」

 圏境を解除して姿を現した李書文に、その少女――カナリアはびくりと反応する。

「――昨日の侵入者ね」

「いや、侵入者と言われては返す言葉もない。悪意や害意がなかったとは言い訳にもならぬ。

 そんな儂らへの追撃がなかったことから、これはどうしたことかと疑問に思ってな」

「イルミ様からの指示はゴンと共に来た念能力者をラインの内側に引き込むことと、その排除。

 ラインから撤退した以上は追いかける必要もないし、そもそもあなたは念能力者でもない」

 なるほど。殺せではなく、排除か。ならば追い出しただけでも排除には該当するし、いちいち敵を追うほどゾルディックは暇ではないということ。

 まあ、イルミの指示を喜んで受けている感じもしない。それに言っては何だが、話した感じだとイルミはあまり人望はなさそうだ。イルミ本人も人望に価値はなく、命令に従うならいいと思ってそうだが。

「ふむ。では庭先を借りているくらいでは手出しをしないと?」

「今のところはね。新しい命令が来れば話は別よ」

「呵々。こわいこわい」

 ともかく、ゾルディックはバハトをそこまで敵視していないというのは収穫だ。というか、この程度は結構あることなのだろう。逃げた敵までいちいち追って潰していてはキリがないと思われる。

 ならばユアたちの元に戻るのに問題はない。そう判断して念話を入れると、その返事の口調はかなりほっとしたものだった。

「ではな、小娘。また会わない事を祈ろうぞ」

「ええ。ゴトーたちが勝てなかった相手なんて、私が勝てる筈がないしね」

 くるりと背を向ける李書文に、カナリアは知らず肩に入った力を抜く。間違いなく念能力者ではないが、それが逆に怖い。オーラで強化した訳でもないのに、ゾルディックの執事5人を手玉に取った男なのだ。緊張するなという方が無理というもの。

 それが危害を加えずに去っていくという事に、大きな安堵を覚えるのだった。

 

「ただいまー」

「「「「「遅いっ!!」」」」」

 必要以上に朗らかにゼブロの家に帰って来た俺に、一同総ツッコミが入る。

 俺としてはゾルディックと決定的に敵対しなかったという安堵で朗らかになってしまったが、そうと知らない仲間としては心配していたのに凄いニコニコと帰って来た俺は苛立ちの対象だろう。ちょっと反省。

 とりあえず昨晩から今朝にかけて、イルミに嵌められて執事と一悶着あった事を話すとだいたいの人間の顔が青くなった。

「お兄ちゃん、あまり危ない事をしないでね?」

「まさかゴトーさんたちから逃げ切るとは……」

 ユアが俺の心配をして、ゼブロが驚きを以て俺を見る。いやまあ、タイマンならともかく5人に囲まれたら俺1人だと相当に厳しいです。

 これをなんなく切り抜けるサーヴァントは本当に規格外としか言いようがない。無傷で平然としている李書文に向けられる視線はちょっと畏怖の念が混じっていた。

「とまあ、俺のミスとはいえ、入ってきたら殺すって言われちゃったし。悪いがキルアを迎えに奥まで行くのは難しくなっちまった」

「…………」

「悪い、ゴン。俺は『敵』を殺さなくてはいけないから、これ以上ゾルディックと敵対する訳にはいかないんだ」

「うん。バハトの事情も分かるよ。仕方ないよね」

「その代わり、ちゃんと鍛えてやる。それにゴンがキルアを連れて帰ってくるまでここで待っているからな。

 ゼブロさん、構わないでしょうか?」

「もちろんですとも。キルア坊ちゃんのお友達を泊めるのにこんな小屋で申し訳ないくらいです」

 しかし本当に人がいいな、ゼブロさん。なんでゾルディックで掃除人をしてるんだろう。まあ人生には色々あるし、つっこむのも野暮か。

 ともかく、俺としてもこのままゴンになんの助力もなしというのは心苦しい。常に持ち歩いている水筒を取り出して、ゴンに差し出す。

「バハト、これは?」

「霊験あらたかな不思議な水さ、体の回復を早める効果がある。これを毎日飲めば、ゴンの腕の治りも早くなるだろ」

 俺の言葉にちょっと信じ難いような顔をするゴンだが、これはマジである。この水は俺の念能力だからだ。

 清廉なる雫(クリアドロップ)。具現化した水に癒しの効果を付随した、回復の水である。傷口に振りかければたちまちに癒え、飲めばオーラや体調を回復させる効果を持つ。

 とはいえ、俺は具現化系はそれほど得意ではないのでそこは神字で補っている。水筒の見えないところに神字を書き込んだ上で、清廉なる雫(クリアドロップ)はこの水筒の中でしか具現化できない事と水筒から1分外に出せば消滅するという制約を課しているのだ。そのおかげでかなりの回復力があるので、ゴンの復帰が早まることだろう。

 腕が治った方が李書文からの指導もより効率的に受けられるし、悪い事ではないはず。

「とりあえず試しの門を開けることが目的か。

 行けそうか?」

「やるしかないしな」

「もちろんだ。キルアでも3の扉を開けたというなら、私たちも1の扉くらいは開けないと立つ瀬がない」

「……私はここで過ごすだけで大変だけど、頑張るわ」

 レオリオ、クラピカ、ポンズの言葉を聞いて頷いておく。

 ただなポンズ、これからその重量を身に付けたままで李書文からの指導が入るから。これで大変なんて言っていると、先が遠いぞ。

 俺の勝手な願望としては、仲間を鍛えて『敵』と共に戦ってくれるのが理想。

 俺も『敵』を誘き寄せるエサになるし、相手はポンズの動向も探らなくてはならないから手間は増える一方だろう。

 そこで出した尻尾を情報ハンターとして捕まえる。バッテラも、海獣の牙とやらのアサンも捨て駒に過ぎない。そんなのをいちいち相手にして『敵』を見失う方がよほど怖い。

 今回はミスをしたが、ミスなく全て上手くいくなんて楽観は持たないからそこは仕方がない。どれだけ無様だろうと、最終的に『敵』を殺せれば俺の勝ちだ。

 少しずつ動き出した殺し合いに、俺はより一層気合いを入れるのだった。

 

 時は流れるように過ぎた。

 李書文の指導である、相手に拳を当てる技術だけのレベルでも全員相当体捌きに修正が入り、特に野生児であるゴンは四苦八苦していた。李書文もゴン本来の資質を殺さずに指導するのが難しいようで、教える側も四苦八苦。下手に合わない技術を身に付けさせると本能的に最善手を選ばせるという事に支障が出かねないので、最終的にはゴンへの指導は実戦形式の組手のみになった。そこから好きなように技術を学び取れという方針らしい。

 対してポンズは多少体は鍛えていたようだが、本格的な武術を学んでいなかった為に変なクセもなくて中国拳法に結構染まっていた。ただし体力が一番無いのも彼女なので、しごきに一番苦しんでいたのも彼女である。

 クラピカとレオリオは技の一部や原理を学び、自分の戦い方に組み合わせていった。李書文の弟子というほど染まらなかったが、彼らなりに武術を活かしてくれればいいと寛大な言葉が贈られてお終い。マスターである俺の顔を最大に立ててくれていて、ありがたいやら申し訳ないやら。

 俺やユアは昔から指導を受けているので、その続きといったところ。奥義などは教えて貰ってないが、そこらの念能力者ならば練を使わなくても勝てるくらいにはなっている。武術の最大の利点として、当たらなければどうということもないというものがあり、とにかく攻撃を逸らすのに時間を費やした。まあ、相手も武器を使ったりオーラを飛ばしたり、そもそも肉体強化が異常な奴らも多いので無敵という訳でもないのだが。

 こうして体も鍛えられ、全員が試しの門を開けられるようになってようやく先に進むことを決めたみんな、というかゴン。彼の意地のみに付き合わされるのはもう諦めている。

「じゃあ俺たちは先に進むね」

「ああ。こちらはキルアが帰って来るまで修行しておく」

 ゴンとクラピカにレオリオが先に進む。俺とユアとポンズ、そしてアサシンはゼブロの小屋で待つことになった。

 原作の流れを知っているから1日で帰って来る事は知っているし、俺も賞金首になったばかりという事もあってちょっとナーバスになっていることは否めない。原作の流れから外れた組は一括りになってサーヴァントに護衛して貰いたいという本音がそこにはあった。

 特にポンズがこれ以上ゾルディックの敷地を進まなくていいことに、相当ほっとしていた。李書文にしごかれることは憂鬱そうだが、彼女のスタート地点がかなり後ろなので諦めて欲しい。

 とにかく手を振りながら森林の間に作られた道を進むゴンたちを見送る。

「じゃあ指導をお願いします、師父」

「お願いします、師父」

「ショブンさん。よろしくお願いします」

「うむ。任された」

 そうして1日を鍛錬に過ごし、夜になってキルアと共に戻って来た一同を迎え入れる。

「お、バハトにポンズ。それから話は聞いたよ、ユアだろ?」

「おー。キルア、思ったより早いな」

「ああ、まあな。積もる話もあるけど、とっとと家から出よーぜ。多分監視されてるし、落ち着かねー」

「良いと思うわよ。町に行って、ホテルでゆっくりしましょう」

 ポンズが頷いて場所移動。数十キロ離れた町までそれなりの速度で走るが、それで息を乱す者は1人もいない。

 大分馴染んだな、ポンズ。

 そして適当なホテルを取り、男部屋と女部屋に分かれる。ゼブロの小屋では男も女もなかったせいか、ポンズがかなりリラックスしながらユアを連れて部屋に向かっていた。

 正直、デリカシーに欠けてすまんかった。けどどうしようもなかったんだ。

 誰が聞くでもない言い訳を心の中で呟き、適当に身支度を整えてホテル備え付けのレストランへ。がっつりと注文をして、食べながら話をする。

「しかしバハトもやるよな。ゾルディックに依頼したいからってイルミに掛け合うとか」

「ぶっちゃけ、まだ諦めきれない部分はある。親父さんかお爺さん紹介してくれない?」

「いいけど、最低10億はかかるぜ。ターゲットによっては100億超えることも珍しくないし。払えんの?」

「――意地でも絞りだす。最悪、ハンターライセンスを売る」

「そこまで追い詰められてんのかよ」

 呆れるキルアは俺と『敵』の殺し合いの事を知らない。殺したい訳ではなく、自分の命を守る為だから正直ハンターライセンスで済むなら売っ払う。

「そうそう、ちゃんと挨拶をしてなかったな。ユアだっけ? よろしく」

「キルアって言うのよね。私はユアよ。よろしくね」

 自己紹介もちゃんとして一区切り。

 これからどうするかという話になり、クラピカがヒソカからクモの情報を聞いていたことを明かす。

「9月1日、ヨークシンのサザンピークオークション……!」

「ああ。再会はそこにしてはどうだろうか? 私としても契約ハンターとして雇い主を見つけたいしな」

「俺も医者になる為に、大学受かんねーと話にならねーからな。帰って勉強しねーと」

「私もインセクトハンターとして――」

「ポンズはまだ鍛え終わってないからダメ」

「――はい」

 他はともかく、ポンズを自由行動させる訳にはいかない。

(お兄ちゃん、なんかポンズさんのこと離さないね。付き合ってるの?)

(そういう感じはしないけど……。なんか不思議なくらい心配されてるのよ)

(……私のお義姉さんになったり?)

(あ、あははは。どうかな?)

 聞こえてるぞ、そこの女子2人。

 内緒話をするユアとポンズは置いておいて、キルアが独り言のように口を開く。

「俺はどうしようかな。当てもなく世界巡っても仕方ねーし。

 いやその前に、ゴンがヒソカを殴る為に鍛えるならそれに付き合わないとだな」

「え? 遊ばないの?」

 呑気な事をいうゴンに全員でツッコミを入れる。お前はヒソカを殴るのに何十年かけるつもりかと。

「金もやべーし、あそこ行くか。天空闘技場」

「お、いいね。ユアやポンズもいい加減実戦を経験させたかったし、俺たちも行こうかな」

 キルアの案に便乗する。

 レベルの低い念使いもいるし、最初の修行場所としては悪くない。ユアもいい加減練習だけではなく、敵との戦いに慣れてもいい頃合いだ。

 そして何より、ゴンやキルアとポンズに念を教えるのに最適の場所でもある。

「儂は食事を終えたらお暇させて貰おう。ある程度の手解きはしたしな」

 そして李書文はいったん送還する。彼のコストはあまりかからないとはいえ、いざという時に魔力切れを起こすなんて間抜けな事はしたくない。

 教わる事は教わったし、ひとまずは御帰還願おう。

「じゃあ、今日ゆっくりしたらクラピカとレオリオとはお別れだね」

「ああ。まあ、マメに電話でもしよや」

「あ、俺携帯持ってないや」

「買えよ、携帯くらい」

「ハンターじゃなくても必需品よ?」

 くじら島では必需品ではなかったんですね、分かります。

 そんな下らない話をしながら食事を続け、楽しい時間を過ごす。

 

 願わくば、こんな時間をもっともっと続けていけますように。

 そう祈ったが、あの神はたぶん叶えてくれねーな。

 くだらないことを思いつつ、笑って話を続けつつ。夜はゆっくりと更けていくのだった。

 

 

 



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014話 念・1

この24時間で凄く小説を書いた気がする。
普段はここまでじゃないですよ、本当に。


 クラピカやレオリオと別れたその日、天空闘技場へと向かう飛行船の中で俺は唐突に口を開いた。

「――そろそろ念について教えておくか」

 全員がくつろいでいたがその言葉でこちらを見る。まあいきなりこんな変な事を言えば、見てしまうのは分かる。

「いきなりなに言ってやがる」

「バハト、ネンって?」

 キルアとゴンが口を開くが、さてどう説明したものか。

「んー。必要最低限の力、かな」

 実際、プロハンターならば絶対に身に付けておかなくてはいけない技能が念だ。ウイングは四大行と凝のみで合格を言い渡したが、後にビスケに指導されたように堅や流の重要性は言うまでもない。特に堅は10分延ばすのに一ヶ月かかると言われている訳で、チートでも持ってないならば早めに始めるに限る。ゴンやキルアは才能のチートな気がしないでもないが、ポンズにそれを望むべくもないし。

「もっと詳しく。訳分かんねー」

「具体的に言うと、体から溢れる生命エネルギーを自在に操る技能」

「どうしよう、詐欺師感が増したわ」

 ポンズの言葉が的確過ぎて涙が出そう。

 ダメだ、これは口でいくら説明しても無駄になる。

 そう判断し、練を纏で留める事無く解放する。

「「!!」」

 ゴンは理解しようとしていた顔から驚愕に変化し、キルアはバカにしたような目から恐慌に陥って部屋の天井隅に張り付き、ポンズは退屈そうな顔から目を丸くして俺を見る。ユアだけはもう纏も練もできるから表情は変わらない。

 練はすぐさま収め、空気が元に戻る。キルアは未だに顔面蒼白で冷や汗をだらだらと流しているが、先ほどまでの緩い空気が吹き飛んだ。っていうかキルアの針もどうしようかしっかり考えないとな。今は置いておくけど。

「例をあげればこんな能力」

「……今のが念か?」

「念の中の1つの技能、練ね」

 俺の言葉にキルアが問いかけ、ユアが補足した。そのユアの言葉に3人の視線が我が妹へと向かう。

「ユアはネンを使えるの?」

「基本をみっちりやってるわ。もう、3年くらい」

「3年……そんなに」

「戦闘技能の1つでもあるからな、終わりはないよ。それこそ死ぬまで磨き続けなくちゃいけないのが念さ」

 ポンズが呆然と言うが、今度は俺の補足に愕然といった風情になる。

 そうだな、いくつか例を挙げるか。

「他にも様々な能力がある。例えば離れた場所を探ったりな。キルア、そのバスルームにでも入って、俺から見えない位置でなんか動いて見ろ。何をしたか、当ててみるから」

「…………」

 何か言いたそうな顔をしたまま、キルアは備え付けられたバスルームに入る。その間に円を発動し、その部屋を射程に捉えた。

 バタンと扉を閉めたキルアは、そのまま構えを取って正拳突きを1回、上段回し蹴りを1回、そのまま派生して踵落とし。これを1秒で終わらせて、ついで5秒くらいただ静かに立つ。

 それらを終えたキルアはバスルームから出てくる。

「今の10秒間、俺は何をしていた?」

「正拳突き、ハイキック、踵落としを1秒かけてやった。その後の時間は静かに立っていた」

「!!」

 見事に当てられて、キルアは驚きに目を見開いた。

 その反応を見れば間違いでなかったことは察せられるのだろう、ゴンも驚きの表情をつくる。そしてポンズは――俺に汚らわしいものを見る視線を送ってきた。

 何故だ。

「つまりバハトさん、あなたは人の入浴シーンを覗いてたってこと?」

「「あ」」

 ポンズの言葉で少年2人がその可能性を失念していたとちょっと責める目で俺を見た。

 内心、少しだけ焦るが。本心で下らないと思っている為、逆に冷ややかな目で見返しておく。

「今の流れで覗きを心配している場合かと心底問い返したい」

「でも、お兄ちゃんの円って隠も被せられるから本当のところは分からないよね」

「オイ、ユア」

 まさかの妹の裏切りである。

 てへへと笑って悪ふざけが過ぎたと謝るユア。

 全く、やるならサーヴァントを霊体化させて同期するわ、バレないし。やらないがな。っていうか、やったら女性サーヴァントからの協力が得られなくなる気がしてならない。

 ――なんか女性2人が疑う目で俺を見てきたので、この辺りで思考を打ち切ろう。マジでやらないし。

「ま、今のは応用技だから説明は追々な。念っていうのはさっき言った通り、生命エネルギーを自在に操る技能だ。攻撃に使えば相手を破壊し、防御するにも念を修めなければならない。

 そしてやり方は大雑把に2種類あるが、深く瞑想して体が発する生命エネルギーを感知し、それを体に留めることでスタートされる。ちなみにその生命エネルギーをオーラと言って、それが垂れ流しになっているのが今の状態。それを体に留める技術のことを纏という」

「さっき、バハトから異様な圧力を感じたのは?」

「練。オーラを爆発的に増加させ、攻撃力と防御力を倍増させる技術のことだ。倍増とはいうが、戦闘する際はこの倍増した状態がスタンダードともいえる。

 とはいえ、これはまだ先の話。纏を覚えたらちゃんと説明してやるよ」

 ゴンの問いにもしっかりと答える。

 とはいえ、いきなり体に宿る生命エネルギーを~なんて言われても困惑しかしないだろうことは否定できない。

 故に、念を覚える前段階として燃の説明も入れる。燃は念を覚える為に必要な心構えを説いたものでもあるので、念を覚えるのに有効な手段だと俺は思っている。

「心を定めて、集中する点。なるほど……」

「もしかして、この圧力。兄貴も……」

「……1つ聞いていいかしら?」

 すっかり俺の話を信じたゴンとキルアだったが、ポンズだけはまだ疑いの視線を俺に向けてくる。

「なんだ?」

「なんでいきなり念の話を私たちにしたの? 今まで私は念なんて単語を聞いたことがないわ、秘匿すればバハトさんが絶対に有利じゃない。

 情報ハンターであるあなたが、無条件で情報を渡したことが信用できない」

 道理といえば道理だ。

 だが、大きく理由は3つある。

「1つ。念の習得はプロハンターに必須の技能だ。キルアはともかく、ゴンやポンズは絶対に覚えなくてはいけないし、その為に裏試験と称して念の使い手が接触してくる。

 ここで資格なしと判断されれば念を教えてもらうことはできず、別の手段で念を学ばなくてはプロと認められることはない。

 この状況下で、俺はお前たちになら念を教えてもいいと判断した」

「…………」

「2つ。念は便利で危険な技術だから、簡単に伝授しないのはもちろん敵対者には教えないようにするのが鉄則。だが、世の中の多くに流布されている技術なのが現実。俺の『敵』やヒソカにイルミも念の使い手だ」

「「「!!」」」

「ならば念を教えるのは当然。念を使えずならヒソカと同じ土俵に立てないし、ゾルディックに対抗することもできない。それに『敵』と共に戦ってくれるだろう仲間にまで、いちいち念を隠す意味がない。

 3つ。これから行く場所は天空闘技場だから」

 もっかい練、ただし弱め。

 少し圧迫感を感じるだろうが、その程度。キルアに刺さった針も反応しない程度の練だ。

「天空闘技場の200階クラスの人間は全員が念使いだ。偶然そうなったのか、誰かが故意にその状況を作ったのかは知らないが。

 そして目覚めさせる方法は2つあると言ったな。もう1つが洗礼、オーラで相手を攻撃するとそのショックで念に目覚めることがある。ただしその代償は大きく、オーラで一方的に攻撃されれば四肢が欠損したり半身不随になることもしばしば。99%が死に至るとまで言われる荒行だ。

 もしも念を知らないうちに200階に到達すれば、洗礼を受けることは間違いない。その前に念について教えておくのはむしろ当然」

「クラピカやレオリオに教えなかったのは?」

「理由3がないのも理由の1つだが、念を覚えるのに1年くらいかかるのはザラだ。俺と一緒に行動しない以上、下手な前知識はむしろ足かせになると判断した」

 説明を終えて一息つく。

 それを聞いた3人は、はーと納得の息を吐いた。

「色々考えているんだね、バハトは」

「お前は俺の事をどう思っていたんだ」

 地味に失礼なことを言ってくるゴンに言い返しておく。天然ってたまに毒舌が飛ぶから心臓に悪い。

 ともかく俺の説明を受けて納得したのか、ポンズは話を続けた。

「それで、念を覚えるのに1年もかかるわけ?」

「普通の才能なら、って話。しかも念じゃなくて、オーラを感じとって纏をするまでにおおよそ1年。だが、ユアは纏までに一ヶ月もかからなかった。要は才能次第だな」

 先に脅すような事を言いたくないから黙っておくが、上に行けば行くほど才能があることが前提になる。ここで手間取るくらいなら、トッププロになるのは難しいと言わざるを得ないだろう。厳しいようだが、才能の格差は純然と存在するのだ。

 ――『敵』がいることを鑑みれば、ウイングにポンズを預ける事も視野にいれなければならないだろう。凡才というだけで命を潰すくらいなら、俺から離れた方がいいとさえ思う。

 まあ、才能を見る前に言う事でもないが。

「じゃあ、瞑想して体にオーラが流れているとこから始めようか。

 飛行船じゃ激しい運動はできないし、瞑想するには適した環境だしな」

 

 天空闘技場。

 それは野蛮人のメッカとも言われ、ただ純粋に武と力が貴ばれる場所である。

 品格はいらない、強ければいい。それを体現する世界であるが為、腕に覚えがある屈強な者が日に何百人と訪れる場所でもある。

 そして察しのいい人なら気が付くだろうが、それでも天空闘技場が飽和しないのは毎日同じくらいの人間がこの地を去るからだ。自分の才能を見限り、諦めるならばまだいい方。死者が出ることさえまれでないのが天空闘技場という場所の1つの顔である。

 そこにおかしな5人組が現れたのだから好奇の視線を集めるのは仕方ないと言えるだろう。

 1人だけいる成人男性はまだいい。眼帯をしているのも戦いで負った傷だと思えば納得であるし、服越しでも分かるその体躯は鍛え上げられている。

 だが、一緒にいる女は弱そうで天空闘技場に来るとは到底思えない。子供3人に至っては論外、ここはガキが来る場所ではないのだ。

 もしや、この一同は家族なのだろうか? それにしては親が若すぎる気がしなくもないが、男の応援に来たと思えば不自然ではない。そのような想像に至るのはごくごく自然であるといえるだろう。

 だがしかし。あろう事か、全員が天空闘技場に選手登録してしまった。男はともかく、女子供4人全員がである。受付の者も多少困惑するが、ここに女子供はダメというルールはない。女子供だろうが強ければいい、それが野蛮人のメッカと呼ばれる所以である。

 

「…………」

「いい加減、機嫌を直せ。ユア」

 いや、気持ちは分かるが。まさか天空闘技場に着くまでの5日間で3人とも纏をマスターするとは思わなかった。ゴンとキルアはともかく、ポンズは意外だった。本当に意外だった。思い返せばポンズは蜂を操っていたし、操作系に目覚めかけていたのかも知れない。

 ともかく、自分の約5倍という速度で纏をマスターされたユアの機嫌が斜めである。いつも笑っているユアにしては珍しいが、これは仕方ない。ズシも1日で追い抜かれたら立ち直れないかもと思っていたし、才能の格差は存在するのである。まさか見上げる側になるとは思わなかったが。

「纏を覚えれば防御力があがるのよね」

 ポンズがここまで早く纏を覚えられた理由の1つに、臆病さがあるような気がしてならない。何度かヒソカや俺のオーラを間近で浴びた彼女は、近接戦闘に苦手意識があるのも相まって、とにかくその恐怖から逃れようと高いモチベーションで念の修行に臨んでいたらしい。

 正直、あんまりいい心持ちではないように思うが、念とは心の発露という側面もあるからあまり強く言えないのが辛いところである。むしろそれでここまで早く纏を覚えるのならば、恐怖さえ武器といえるかも知れないし。

 安心したように言うポンズに、その、とても複雑な気分です。原因に俺がいることも含めて。

 とにかく纏をマスターした3人に、まずはその纏を維持することを最初の目的にさせた。絶や練はまだ話が早い。意識しなくても纏、寝ていても纏。これを基本にした方がいい。

 それに俺はどこか自己流な部分が多いので、ウイングの協力も仰ぎたかった。心源流の師範代である彼は教え方も俺より上手であると信じている。

 念の話は置いておいて、天空闘技場の試合である。全員が試合を組まれ、武舞台へとあがる。俺はともかく、華奢なポンズや子供のユアにゴンとキルアは非常に目立っていた。まあ、よほど運が悪くなければ苦戦もすまい。

 実際、俺とキルアは手刀の一発で切り抜け、ゴンは原作と同じく押し出しで楽々クリア。ポンズとユアも李書文に習った中国拳法で勝ちを手に入れていた。女性2名はやはり対人戦闘に慣れていないのか、少しギクシャクしていたが。やっぱり本格的な殺し合いの前に試合形式で戦える天空闘技場で経験を積むことは間違っていない。おそらく、ウイングも同じ考えでズシをここに連れてきたのだろう。

 そう思った矢先、またも歓声があがる。ゴンやキルア、ユアが勝ち上がった時と同じ種類のそれは、またもや子供が勝ち上がったものに対する称賛。噂をすれば影、ズシが50階への進出を決めていた。

 彼、というかその師匠であるウイングとは是非とも良い関係を築いていきたいので、この巡り合わせが逸れなかった事に感謝したい。それにユアにとっても同年代の友達が増えることは良い事だろう。

 エレベーターで一緒になり、ズシの方から同じ子供であるゴンたちに話しかけてくる。

「押忍。試合見ました、素晴らしかったっす。できれば流派を教えて貰いたいっす。ちなみに自分は心源流っす」

「「特にないかな」」

「中国拳法八極拳よ」

 特にないというゴンとキルアに一瞬ショックを受けた顔をするズシだが、ユアの言葉にキョトンとしてしまう。

「ちゅ、はっきょ…?」

「中国拳法、八極拳。兄の知り合いの方を紹介して貰って、教えを乞うたの」

「初めまして、俺は兄のバハト。情報ハンターだ」

「っす。自分はズシっす。自己紹介が遅れてすみません」

 それをきっかけにして自己紹介をしていく全員。

 そこでエレベーターが50階に到着し、温和そうな顔をしてシャツがはみ出た眼鏡をかけた青年が温かくズシを迎え入れていた。

「おめでとう、ズシ。

 それに他の方々も素晴らしい試合でした」

「押忍。ありがとうございます、師範代」

 真っ先にズシが返事をするが、俺たちを見る青年――その瞳が少しだけ細められる。

「使えるようですね」

「初歩だけな」

 俺が肩をすくめながら言うが、鋭い視線は変わらない。

「正直、驚いています。いつからですか?」

「ほんの昨日一昨日さ」

「そこまで早いとは天性の才能に嫉妬してしまいますよ」

 目が笑っていないウイング。なんか怖いんだけど。

 と、急に黙っていたキルアが口を開く。

「アンタ、裏試験官?」

「!?」

 ウイングの細められた目が大きく開かれた。それは彼が()()である事を如実に表すものである。

 っていうか、なんでわかったキルア。たぶん全員が疑問に思ったのだろう、集まった視線を感じたのかその理由をキルアが口にする。

「アンタ今、早いって言っただろ。つまり直前まで俺たちが使えない事を知っていたんだ。そうじゃなきゃ、早いなんて言葉が出る筈がない」

「――お見事」

 いや、ほんとお見事だキルア。これはウイングと同感である。

 他の全員も驚きと称賛の目でキルアの事を見ている。キルアはちょっと照れたのか、ふんすと息を荒げて場を仕切り直した。

「改めて自己紹介を。私は心源流師範代のウイング、そこのズシの師匠をしています。

 そしてお察しされた通り、場合によっては念の伝授を請け負う裏試験官の側面も持っております」

「ウイングさんもプロハンターなの?」

「いえ、私はただの武闘家です。ハンターの才能なんてありませんよ。ただ使えるだけです」

 まあ、ハンター試験と裏試験で大分性格違うし、そもそもプロハンターって教えるのが下手な奴の印象が強い。ダブルハンターとかは例外、ビスケは例外中の例外。

 ひとまず挨拶を終え、丁寧に礼をしてその場を去ろうとするウイング。と、ぼーとしてる場合じゃない。

「ウイングさん、ちょっといいか?」

「なにか?」

「いや、俺が一応教えてはいるんだけど、自己流が多くてな。心源流の師範代の協力が得られるなら嬉しいと思って。

 少しでもいいので教えを乞うていいだろうか」

「――構いませんよ、どうやら溢れる才能をお持ちのようだ。私でいいなら微力を尽くしましょう」

「じゃ、連絡先と口座を」

「連絡先はこちらです。お代は結構ですよ、先達者として当然の務めです」

 にこやかに笑うウイング。いい人だし好感が持てるが、情報ハンターとしてはここは対価を払わねばなるまい。

「そういう訳にもいかないさ。ウイングさんが今まで努力してきた結晶をタダで手に入れるなんてできるはずがない」

「――分かりました。ですが、私個人ではなく心源流の口座にお願いします」

「了解、調べておく」

 そう言って俺の名刺も差し出す。それをそつなく受け取るウイング。

「情報ハンターのバハトさんですね、よろしくお願いします」

「ああ、こちらこそ。ズシに何か教えることがあったら協力するよ。それに仕事があったら遠慮なく依頼してくれ」

「持ちつ持たれつですね」

 そういって今度こそ立ち去るウイング。

 控室に行き、賞金で缶ジュースを買って暇を潰す。名前が呼ばれはじめるが、キルアとズシが戦うことはなかった。

 まあ、ハンター試験でも番号の狂いはあったし、これだけの人数がいるなら不思議でもないけど。

「バハト選手、カズラー選手。試合です」

 お、俺の番が来たか。さて、行くか。

『頼んだぜ、百貌のハサン』

『御意』

 もしも『敵』が紛れ込むなら、天空闘技場は格好の場所だ。そもそも人が純粋に多いし、200階闘士が下りて見に来ることもあるから念能力者でも不自然ではない。

 見つかるかどうかは分が悪いかもだが、警戒しない理由もない。特に俺の試合に絞って観客を監視するべく、百貌のハサンを放つのだった。

 

 

 



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015話 念・2

「勝者、バハトッ!」

『またも一撃ぃぃぃーー!! 止まらない、止められない、突き進むぅ!! バハト選手、なんなく200階への切符をゲット!!

 キルア、ゴン、ユア、ポンズぅ! 50階から負けなしの一行、全員が次のステージへ進出を決めました!

 彼らのこれからの戦いに目が離せませんっ!』

 解説者、ちょっと大げさじゃないか? まあ、ある意味それが仕事なんだろうけど。

 俺は仲間たちに纏すら禁じて200階まで勝ち抜くべしと指示を与えたが、結果は聞いての通り。誰一人脱落することなく200階へと駒を進めることに成功した。正直、ポンズ辺りはまごつくかと思ったが、そこはやはりプロハンター。李書文の教えもあり、苦手な近接戦闘は完全に改善されたと思っていいだろう。

 悠々と引き上げる俺の先にある廊下から、唐突に4つのオーラを感じた。

「お疲れ様、お兄ちゃん」

「ユア、ただいま。そして全員、見事な絶だ。合格」

 直前まで絶で気配を殺していた一同。それは俺も感知できない程で、これは合格させない訳にはいかない。これで纏に引き続き、絶もマスターしたことになる。

「おし!」

「次は練だね」

「私は発が楽しみよ」

 笑いあう3人。ユアはもうそこまで進んでいるので、一歩引いて喜ぶ彼らを見ている。

 他愛ない話をしながら、200階の登録をするべくエレベーターに乗る。そして目的の階に到着した瞬間、全員が纏をした。あまりに不気味、あまりに邪悪。そんなオーラが明確にこちらを見定めて襲い掛かって来たからだ。

 険しくなる一同の前に、廊下の先からその元凶が姿を現す。

「くっくっくっ♠ やあ、しばらくぶりだね♦」

「ヒ、ヒソカ!」

 念を覚えて分かるこの圧倒的な実力差を感じ、一歩下がってしまったポンズは責められまい。冷や汗を流しながらも気圧されまいとするゴンとキルア、そしてユアを褒めるべきだろう。

「な、なによこのオーラ。あんた誰なのよ?」

「お嬢ちゃんは初めましてだね♥ ボクの名前はヒソカって言うんだ♠ そこの3人と同期のプロハンターさ♦」

「仲は良くないけどな」

 盾になるように、俺が前に出る。念の熟練度を始めとした総合力でヒソカと勝負になるのは俺だけ。

 ヒソカとしてもここでいきなり襲い掛かるようなことはしないだろう。ゴンやキルアはまだまだ伸び代が大きいし、ユアは品定めの段階。ポンズは言ってはなんだが、壊す価値がない。

 そういう意味では俺が一番危険だが、何故かヒソカは俺を美味しそうとは言ってくるのに攻撃する気配が全くない。ハンター試験では相当警戒心を持っていたのだが、結局最後まで些細なちょっかいすらなかった。それが逆に違和を感じる。ヒソカはそこで遠慮する性質ではあるまい。

「まあそう怯えないでくれよ、傷つくから♣」

「じゃあその気味悪いオーラをしまえ」

「これがボクの普通さ♦ とにかく今日は話をしに来ただけなのは本当♠ 念が使えなかったら追い返しただろうけど、バハトが教えるならボクが手を出すまでもない♥」

 そこでゴンを見るヒソカ。ニィと生理的嫌悪感を抱かせる笑みを浮かべつつ、その成長を見定める。それを真っ向から見返すゴンは、大きく啖呵を切った。

「俺は念を覚えたぞ、ヒソカ。ハンター試験の借りを返してやる!」

「念を覚えた? うぬぼれるなよ、ゴン♥ 念は奥が深い、試験の時に念を覚えていなかった君がボクに挑むなんて片腹痛いよ♣

 そうだなぁ、200階で一度でも勝ったらその時は挑戦を受けるか考えてあげる♠」

「ッ!!」

 舐められている、馬鹿にされている。その屈辱がゴンのオーラを更に高め、それを見たヒソカの表情が濃いものとなる。

「それに今日の用事でゴンはおまけさ♦ 本命はバハト、君だよ♣」

「俺か?」

「ちょっと秘密の話があるんだよね♠ 一緒に来てくれないかい?」

「…………」

 ヒソカについて行くのは正直不安しか感じないが、無視してもそれはそれで嫌な予感が拭えない。

 悩むこと僅か。

「分かった、行こう。ゴン、先に言っておく。200階クラスで戦うのは練がある程度形になってからだ。

 しばらくは我慢しろよ」

「――」

 返事なしか、これは無理だな。

 ともかく、今は自分の心配をしなくてはいけない。まさか俺が呼び出されるとは想像もしていなかったので、控えさせているサーヴァントは百貌のハサン。ヒソカを相手にするには心許ないサーヴァントである。

 とはいえ、泣き言を言っても仕方がない。サーヴァントに頼りすぎてもいけないし、俺が戦えないのは論外だ。こういうケースもよくあるだろうと諦めてヒソカについていく。『敵』との決戦でサーヴァントのみでなんとかなると思うのは甘すぎるだろう。俺も戦えなくては死あるのみだ。

 仲間たちを置いてヒソカについていく。もちろん凝は怠らない、ヒソカの念能力はあまりに厄介。騙し、拘束、そして自分の補助までこなす。単に自分を強化するだけでは済まさないところが、ヒソカの――変化系の最も恐ろしいところだ。

 やがて周囲に誰もいない、休憩所のようなところに辿り着く。凝と円を行使して、罠がない事を確認。

『警戒を頼む』

『承知』

 その上でアサシンも周囲の警戒に当たらせる。ヒソカは、サーヴァントはともかく円と凝には気が付いているだろう。しかし全く気にした様子がなく、安物のソファーに腰かけて俺の瞳を見て口を開いた。

「情報ハンターバハト、その活動は電脳世界でなくリアル系♦ 密会を監視して警察内部の裏切り者を探し出したり、サラリーマンのフリをした死の商人を摘発するなど偽装された相手の正体を暴くことを特に得意とする♠

 その手段は未だに不明♣ もしかしたらキミと仲がいい人は知っているかもだけど、ボクではそこに辿り着けなかった♥」

「…………」

 情報ハンターは己の情報を隠す。正直、ヒソカが言った事を調べるだけでも普通は無理である。

 そしてヒソカは明らかに情報系のハンターではない。己の専門外であるのにしっかりと情報を奪い取るその手腕には感服するしかない。

 だが、ヒソカが語った程度ならば別に知られて困るレベルの話でもない。黙って話を聞き、続きを促す。

「そんなキミには運命の赤い糸で結ばれた相手がいる、お互いに殺し合うことを誓った運命の人が♥」

「バカな、何故それをっ!?」

 落とされた爆弾発言に思わず叫ぶが、大失態だ。自分の間抜けさ加減に嫌気が差す。

 認めてしまった、俺が殺すべき『敵』がいることを。よりにもよってヒソカに。

「ふふふ、やっぱりね♦ 大当たり♣ ボクの勘も捨てたもんじゃない♥」

「――っ!!」

「安心しなよ、人の恋路を邪魔する趣味はない♦ キミたちが殺し合った後、独り身になった方と遊ぶ方が楽しそう♣

 ――まあもっとも、キミがボクから情報を絞り出そうとするなら喜んでお相手するよ♥」

 間違いない、ヒソカは俺の『敵』が誰だか知っている。おそらくはハンター試験前に出会っていたのだろう。ハンター試験後のイルミに依頼をしたいと言った時、割り込んできたヒソカの含んだ物言いとあっさり引いた事を思い出す。おそらくその時に『敵』の殺したい相手が俺だと確信したのだろう。

 いや、嘘か? そういう振りをして俺が全力でヒソカと戦うのを楽しみにしているのか? そういう類の罠か?

 ダメだ、情報が足りない。しかも相手はよりにもよってヒソカ。その戦闘能力は言わずもがな、騙し合いで俺の上を行く男。虚実の判断が全くつかない。

「キミの敵にも情報は流さない♥ 運命の人を探すのも楽しいものさ♦

 話はこれでお終い♣ もしももっと話をしたいなら――力づくで来るがいい♠」

 そう言ってヒソカは立ち上がり、離れていく。

 ――完全に主導権を握られた、完敗だ。

 これからはヒソカの動向にも着目しなくてはならない。ヒソカは一切信用できないからして、俺の情報をあっさり『敵』に流しかねない。

「……くそっ!」

 ガシガシと頭を掻きむしる。ヒソカが関わったせいで、話が一気にこじれた。『敵』の情報は喉から手が出るほど欲しいが、相手がヒソカだとそう簡単にはいかない。

 サーヴァントをけしかけたとして、あの男を仕留めきれるとも限らない。万が一、サーヴァントだけ見られてその話を『敵』にされたら目も当てられない。『敵』に繋がる可能性があるヒソカには俺の手札を限りなく隠さなくてはいけないのだ。

 ――ヨークシンの行動が鍵になる。あそこでヒソカは大きく動く。『敵』もヒソカに注目するならば、どこかで必ず関わってくるのは間違いない。

 激動の予感は確信に変わりつつある。9月1日がXデーになるだろう。俺は踵を返してゴンたちの元に戻るのだった。

 

 で。

「――いきなり試合を申し込んだのか」

「……ゴメンなさい」

「俺に謝ってどうする、バカ」

 やっぱりゴンは暴走して、新人狩りのギドと対戦を組んでいた。

 まあ予想していたことではあるが、実際にそれを目の当たりにすると呆れるしかない。俺の言葉を無視したゴンはしゅんとしつつ怒られることを受け入れているが、棄権したりするつもりは全くなさそうだ。そんなバカをやらかしたゴンを、キルアたちも呆れて見ている。

 これは余りにお粗末、あまりに浅はか。念の危険性は伝えていたし、ウイングと同じようにオーラの破壊力はしっかりと見せつけていた。それでもなお戦いを選ぶのは匹夫の勇でしかない。

「なあ、ゴン。お前は何がしたい? 俺がお前に念を教えたのは、ここで無駄な戦いをさせない為だぞ?」

「それでも俺は知りたいんだ、俺はどのくらい戦えるのか。念を使える相手はどのくらい強いのか。それを知らないで、ヒソカに挑めるはずなんてない」

 折れる気配ゼロ。原作と同じように罰を与えてもいいが、ぶっちゃけ時間の無駄である。もちろん点をし続けた二ヶ月間が無駄であったとは思わないが、他の念の修行をしながらの方が効率がいいというのが俺の意見だ。

 それに、これでこそゴンだとも思う。俺は結構考えて動く方だが、裏を返せば勝ち目の薄い戦いを避ける傾向にある。だが、それでは突破できない壁というのは確実に存在する。俺はサーヴァントという規格外がいるから壁にぶち当たった事がないだけで、『敵』との戦いにゴンの思い切りの良さは確かな強さになる。

 俺は視線を下げ、ゴンとしっかり目を合わせた。

「必ず無事に戻ると誓え。もしも誓わないのならば、俺は試合までお前を寝かしつける。

 死ぬ可能性が高い戦いだということを覚悟して、それでも決して死ぬな」

「――分かった。誓うよ、バハト」

 力のこもった瞳で応えるゴン。

 ならば後は信じるだけ。ゴンはどんなダメージを負っても、折れることは絶対にないと。

「よし。試合は明日だな、思いっきり戦って来い!」

 俺は激励で以ってゴンを送り出した。

 

 結果。ゴンは全治4ヶ月の重傷を負う。

 

 病室に集まる仲間たち。とりあえずゴンは取り返しのつかない怪我をした訳ではなく、しっかり療養すれば治る範囲のダメージで済んだ。

 だがこれも運が大きく関わったのは間違いなく、下手すれば腕が千切れるくらいは十分に有り得た戦いだった。

「覚えておけ、念はここまでの破壊力を生み出す。

 それでもギドが自分で言った通りにあいつは相当非力で、最小限でこの威力だ」

 傷ついたゴンを題材に、俺は他の仲間たちに念の威力をまざまざと教え込む。まあ、絶で相手の攻撃を受けるなんてバカはそうそうやらかさないとは思うが。

 顔色を悪くするポンズ。ふむふむと納得顔のキルア。難しい表情をしたユア。三者三様に念の恐ろしさを理解して貰えたと思う。

「どうだった、ゴン。完膚無きまでに叩きのめされた感想は?」

「負けてなんかいられない、絶対にギドより強くなってやる!」

 ここまでの敗北とダメージを経て、なお気炎を吐くゴン。威勢がいいのは悪くないが、気負い過ぎとも感じてしまう。

 ――前言撤回。このまま念の修行にのめりこませるのは危険が大きすぎる。

「ゴン、アウト」

「え?」

「ここまで一方的にやられて、まだ立ち止まることをしないのはもう美点じゃない。

 お前は怪我が治るまで念の修行は中断。少し頭を冷やせ」

「で、でも俺。そんな時間は――」

 パンとゴンの頬を叩く。心の中では苛立ちはあるが、教える立場として負の感情で叱るべきではない。

 あげる怒鳴り声は、冷静さと一緒に。

「あそこまでの危険を目の当たりにして! ここまでの大怪我をしてっ!!

 反省がないならテメェに成長の余地はねぇって言ってんだよ! グダグダ言わずに足元を固めろ、小僧ぉ!!」

「…………」

 俺が荒い口調で叱るのは相当に珍しい。ユアでさえ驚きの感情を顕わにしている。

 シンと嫌な沈黙が流れるが、それを破ったのは、場違いなパチパチという拍手の音。ふと出入り口を見れば、そこには笑みを浮かべたウイングの姿が。

「言いますね、バハトさん。正直、未熟なゴン君を試合に出したあなたは念を教えるべき立場ではないと思っていました」

「ガス抜きをしなくちゃと思っていたよ。一回戦えば冷静になると思ったし、痛い目をみれば少しは視野が広がるとも思った。

 でも結局ここで怒るんなら、ゴンは怪我のし損だ。最終的に試合を認めた俺のミスなのは確かだ」

「教育者とて万能ではありません。我々も日々勉強ですよ」

 言いながらウイングはゴンの側に近づき、厳しい瞳でゴンの目を見る。

「ゴン君、君はどれだけ愚かしいことをしたのかを自覚するべきだ。バハトさんの怒りは至極正しい。

 今、君に必要なのは努力ではない。自省です。もしもそれができないのならば、君には念を覚える資格がない」

「…………。分かった、いや、分かりました。

 バハト、ウイングさん。ごめんなさい、そしてありがとう」

 ぺこりと頭を下げるゴン。そこでようやく場が弛緩した。

「とにかく今は怪我を治すことに集中だ。念の続きはそれから」

「あ、俺もゴンに付き合うよ。みんながゴンを置いていったらコイツ焦るかも知れねーし」

「キルアも苦労性だね」

 今回の件はゴンの自業自得、ついでに俺の監督不行き届きが妥当だろう。生半可なゴンに試合をさせるべきではなかった。

 それにキルアが付き合う道理はないというのに、律儀と言うかなんというか。ユアも苦笑いを浮かべている。

「じゃあな、しばらくはゆっくりしろよ、ゴン」

 そう言い残し、キルアを置いて病室から立ち去る。ユアとポンズ、ウイングが一緒だ。

 歩きながらウイングが口を開いた。

「試合を見ましたが、驚きました。もう絶まで覚えているとは」

「才能に溢れて羨ましい限りだよ、ホント」

「全くです。キルア君やユアさん、ポンズさんも?」

「ユアは3年前から基礎のみとはいえ念を教えていたが、キルアとポンズはそう。次は練を教えるとこ」

「――全く。末恐ろしい才能です」

「この調子だとポンズは今日中に練も覚えるかもな。ウイングさん、見てく?」

「そうですね、お邪魔しましょうか」

 言いつつ、俺の部屋へと向かう。そこで軽く支度を整えて、ポンズが指導を受ける準備を終えた。その間のユアは見学、人が念を覚えるのを見るのも勉強になるだろうという考えからだ。

 そして練の仕方について軽く講義をする。

「絶を覚えるのに精孔を閉じる感覚は覚えただろう。練はいわば絶の逆、精孔を閉じるのではなく開く感覚だ。

 体の中で練り上げたオーラを放出するイメージをすればやりやすいと思う」

「分かったわ」

 頷き、目を閉じて集中するポンズ。体の中でオーラを練り上げているのだろう、少しだけ場の空気が変わった。

 ……? だが、なんというか、おかしくないか?

「っ! ポンズさん、いけません、即刻中止して下さい!」

「!? きゃあああああぁぁぁ!!!!」

 ウイングの叫びは一瞬遅かった。

 突然、本当に突然だ。ポンズの精孔が爆発するように開き、勢いよくオーラが噴出する。見ただけで分かる、このオーラの放出は命に関わる。

「ポンズ!」

「ポンズさん!」

「ポンズさん、落ち着いて! 絶です、絶をして精孔を閉じるのです!!」

「ぁぁぁぁぁぁ…………」

 ウイングが必死に呼びかけるが、ポンズは反応できない。滝のようにオーラを流して消耗し、その場にへたり込んでしまう。頬が一気にこけて急速に生気を失いつつあった。

 その手にはオーラが収束して何かが物体化し始めているが、それはポンズがオーラを制御できていない証拠に他ならない。

 まずい、ここままじゃ本当にポンズが死ぬ!

存在命令(シン・フォ・ロウ)!」

 と、ユアがいきなりペンを持ってポンズの額に文字を書き込んだ。

 書かれた文字は『絶』であり、その瞬間にポンズのオーラがぷつりと切れる。強制的な絶とオーラの激しい消耗にポンズは意識を失い、倒れかけるのを俺が咄嗟に抱き留めた。

 息はある。とりあえず急場は凌げたようで、それを為したユアを見た。オーラが込められたそのペンは、亡き母の形見。

「ユアさんは操作系ですか……。助かりました」

「操作系なのは知っていたが、発は初めて見たな」

「だって私の発は分かり易いんだもん」

 ウイングは心の底から安堵の息を吐き、俺は意識を失ったポンズをベッドへ寝かす。そしてユアはちょっとふてくされたように頬を膨らませていた。

 確かにユアの発は分かり易い。形見のペンでオーラを込めた文字を書き、その通りに操作する能力といったところか。

「いえ、助かりましたよユアさん。外部から補助をしなければ、ポンズさんはおそらく死んでいたでしょう」

「ウイングさん、ポンズに起きたことが何か知っているのか?」

 あまりの出来事に驚いていた俺だが、ウイングはどうやらこの現象に心当たりがあるらしい。何が起こったのか説明をしてくれる。

「ええ。彼女は恐らく誕生覚醒者でしょう。

 まれにいるのですよ、産まれた時から精孔が開いていて念を使える者が。大抵は死ぬか本能的に纏を覚えますが、そのどちらもできない場合は次第に精孔が閉じていくのです。

 しかしオーラを正しく循環させるという事を体が覚えているには違いありません。結果、内部にオーラをゆっくりと貯蓄しつつ成長するのです。そしてそのような者が練を初めて行う時、内部に蓄積されたオーラが一気に放逐されて命の危機に陥る。

 先程のポンズさんは正にその状態でした。ユアさんがポンズさんを操作して強制的に絶にしなければ、生命力を出し尽くしてポンズさんは死んでいたでしょう」

「…………」

「ですが、その危機は乗り越えました。もう心配はいりません。

 そして産まれてからずっと無意識にオーラを練り続けていた彼女は、おそらく多大な潜在オーラを有しているはず。

 それにオーラの放出によって発も目覚めたようだ」

 ポンズの手に具現化された物体を思い出す。

 それは空き瓶だったはず。透明なガラスのような素材で、なんというかハチミツを入れておくような横に広く縦は短いものだった。

 ちなみに今は絶の状態なので、もうあの空き瓶は影も形もない。

「ポンズさんは具現化系のようですね。誕生覚醒者ならば少しの修行で発を使いこなせるようになるでしょう。こういったタイプは本能的に、自分の能力は理解しているものです」

「――まあ、分かる。俺も多分誕生覚醒者だ」

 そういう俺に、ウイングは驚きの目を向けてきた。ユアも同じだ。

 別にここは隠すことではないので、正直に言う。

「俺は物心ついた時からオーラが見えていたんだ。本能的に纏を覚えていたタイプなんだろ」

「なるほど」

「初耳ー」

 頷くウイングと軽く言うユア。

 まあ今更と言えば今更である。

「誕生覚醒者は生まれてからずっと念に関わっていた為、才能溢れる方が多いと聞きます。

 ポンズさんがこれほど早く念を覚えたのもそれに一因があるのでしょう」

「じゃあゴンやキルアも?」

「可能性はありますね。もしも彼らが練をする時はユアさんが一緒にいてあげて下さい。

 私もできることがあればお手伝いをさせていただきますよ」

 そう言ってベッドですうすうと寝息を立てるポンズを見るウイング。

 その額には大きく書かれた『絶』の文字。

「ブフゥ!!」

 ウイングが思わず噴き出した。

 なんか色々と台無しである。

 

 

 



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016話 念・3

 ゴンに謹慎を言い渡し、ポンズが倒れてから1週間が経った。

「問題ないでしょう」

 そう、ウイングが言う。目の前には未だにベッドから起き上がれないポンズの姿が。

 倒れたその日、高熱を出して起きないポンズを見て俺はすぐにウイングに電話をして大丈夫なのかを聞いた。返答として、生命に関わる程オーラを放出すると、身体能力が弱って重度の風邪を引きやすくなるらしい。珍しい症状ではないが、長引くようなら医者に診せるように勧められた。

 思えば原作でクラピカもヨークシン編の後に倒れた描写があった。1年未満の念使いがあそこまでオーラを酷使したのだから、クラピカも生命に関わるオーラを使ったのだろう。寿命を削る制約と誓約を織り込んだとして、やはり反動なしとはいかない証左だ。

 2日で高熱がひいて目を覚ましたポンズだったが、今度は意識の混濁が発生。再びウイングに電話をして状況を聞くと、本能的に把握している念能力を意識的に理解するための意識の混濁だろうという返答がきた。無理はさせず、見守っていればいいと。

 そして今日、大分落ち着いてきたポンズの様子を見にわざわざウイングにご足労を願ったという訳だ。

「……頭がぼーっとするんです。不思議な知識が、湧き上がって。オーラが自分から動くみたいな、けど私の思い通りにもなるみたいな」

「それは決して悪い事ではありません。落ち着いて体に馴染むまで養生して下さい」

 そう言うウイングは優しく笑いかけると立ち上がり、場を辞する前に俺に目配せをしてきた。頷いて、ウイングについて行く。

 その前に。

「ユア、後は頼んだ。何かあったらすぐ連絡してくれ」

「分かったわ」

 ユアを看病役としてこの場に残す。12歳とはいえ、ポンズと同性なユアはやはり看病役に向く。いくら何でも俺がポンズの何から何まで面倒を見るという訳にもいかず、ユアの存在が心底ありがたい。

 後はまあ、ウイングと内緒話をするのにここに居て貰う方便である。

 200階クラスのポンズは地上からかなり離れた場所に部屋が用意されていて、1階まで直通のエレベーターがあるとはいえ少し時間がかかる。

「ウイングさん、酒はいけるクチかい? 世話になりっぱなしだし、奢るよ」

「そうですね、今日はズシも休養日にしています。私もたまにはリラックスしますか」

 くすりと大人の笑いをこぼすウイングだった。

 ウイングが取る宿に向かう途中にある適当なバーに入り、酒と適当なつまみを注文。

 喉を湿らせた後、ウイングは少し険しい顔で伝えてくる。

「バハトさん。ポンズさんはなるべく早く水見式を試してください」

「――特質系か」

 俺の言葉にこくりとウイングが頷く。

「確証はありません。誕生覚醒者を見るのも私は初めてですから。ですが、オーラが自分から動くというのは、特質系にまれにあること。普通ではない能力を発現させるためにオーラが勝手に発動するのです。

 無意識化の発となれば、危険がないとは言えない」

「今は大丈夫なのか?」

「ポンズさん自身が弱っているので今は問題ないでしょうが、回復した時に最も注意が必要になります。最悪、即座にポンズさんの意識を絶ち、ユアさんの能力で念を縛って下さい。

 彼女が自分の能力を支配下におくまで、それは続けるべきでしょう」

「最悪のケースだよな、あくまで」

「そう。あくまで最悪の場合です」

 そこまで悲観しなくていい、心のどこかに置いておく程度でいい。ウイングはそう穏やかに言う。

 しかし――特質系か。どんな能力になるのか、楽しみでもあるし怖くもある。

「俺といいポンズといい、変わった念能力者が多いな本当。ゴンやキルアも才能が素晴らしいし、ユアだって劣っていない」

「バハトさんも特質系ですか」

 おっと口が滑った。だがまあ、ここまで世話になったウイングに系統くらいは教えてもいいだろう。彼が敵でないのは分かっている。

「いや、俺は重複系統。強化と変化に両方適性がある」

「? 念の系統は1系統のみですよ」

「あー。見せた方が早いか」

 俺は水を注文し、軽くオーラを注ぎ込む。すると水の量が増えた、これは強化系。

 続いてその水をウイングに舐めさせる。塩辛い味の変化が起きているだろうから、これは変化系。

「な? 強化系と変化系の両方が出ている。たぶん、適性が強化系と変化系の真ん中にあるんだろ」

「……バハトさん、複数の系統の特徴が出るのは特質系ですよ」

「……え?」

「ですから、5系統以外の変化は全て特質系になります」

 え、いやだってそれはないって。

「いや、ないない。特質系なら強化系とは一番相性が悪いはずだろ? 俺は強化系と変化系の両方の習得率が変わらない。それに放出系と具現化系もだ。これが強化系と変化系の間の系統じゃなければ一体何なんだ?」

 手を振って否定する俺だったが、ウイングは難しい顔をして俺の言葉を肯定してくれない。

 むしろ聞いた事のない話をしてきた。

「バハトさん。有力な説ではないですし、信じている人もあまりいませんから通説ではないです。あくまでこんな考え方もあるのだと思ってください」

「?」

「系統が7つあると唱える人がいるのです。強化系、変化系、放出系、操作系、具現化系。そして、干渉系と特殊系」

「干渉系と、特殊系?」

 初耳過ぎるんだけど。呆気に取られる俺に、ウイングは説明を続ける。

「特殊系は、一般的に言う特質系と同じで、他の系統では説明がつかない発の効果を指します。ただしこれは全ての系統に起こり得るとされ、故に六相図から外れます。

 問題は干渉系、これはオーラに干渉する能力を指します。バハトさんは除念をご存知ですか?」

 こくりと頷く。

「除念師は操作系、具現化系、特質系であることがほとんどらしいです。あまりに珍しい能力ですから、私も伝え聞いた程度ですが。

 そして干渉系を提唱する人はこれを最も強い根拠として推しています。除念は他人のオーラに干渉するからこそ、干渉系というものが存在するのだと。そしてそれは六相図で特質系の位置に存在する。除念師に強化系や放出系、変化系がいないのは他人のオーラに干渉するには習得率が悪いという論理ですね。

 干渉系はまた、己のオーラに干渉する者もいます。こういった人は水見式で、他の系統の特徴を複数出す傾向が強いそうです」

 ふと思う。クラピカの絶対時間(エンペラータイム)も己のオーラの質を変えているといっていいものだった。

 ――だが、ならば俺の能力とはなんだ? 自分のオーラに干渉する? しかし変な反動は起こっていないぞ?

「もちろん、反証はあります。干渉系があるとして、それは自分の意志で発を設定できないというのがほとんどです。これは特質系と特徴を一致させる。また、オーラに干渉するというのは自他のオーラに影響され過ぎる為に効果が全く安定せず、結局は習得率なんてもので計れない。根拠がない妄言だと一蹴される所以です。

 ですがあえてその干渉系があるとして、もしかしたらバハトさんは己の習得率を操作しているのではないでしょうか?」

「…………」

「例えば私は強化系です。強化系の習得率は100%、両隣の習得率は80%でそこから更に離れて60%。干渉系を仮定すれば40%です。合わせて420%です。

 もしもバハトさんがこれを自由に振り分けられるとしましょう。強化系と変化系が100%ずつ、そこから離れれば20%下がって80%ずつ。ここで360%の容量を使うならば、残りの操作系と干渉系で30%ずつ。

 これなら人間の念の習得率とも矛盾がありません。上限の420%を超える訳ではないのですから、リスクもほとんどないでしょう」

「なる、ほど」

 思わず納得しかけるが、急にウイングはあははと笑う。

「なんて、本気にしたんですか? 干渉系なんか多分ありませんよ。そんな系統がなくても特質系で全部説明がつくんですから」

 そう言うウイングの顔はほんのり赤く、くすくすと笑いながらグラスを傾けていた。

 確実に酔っぱらっているが、今の話は妙に腑に落ちた。例えばクロロの盗賊の極意(スキルハンター)やメルエムのオーラの吸収など、発の強奪も相手のオーラに干渉するという意味で干渉系だ。それは特質系の多くに代表される特徴でもある。

 オーラではないが、他人の運命や記憶に干渉するという意味でもネオンの天使の自動書記(ラブリーゴーストライター)やパグノダの記憶弾(メモリーボム)も干渉系といえるのではないか? 操作系が相手を操作するのも、己のオーラで相手に干渉しているとも取れる。

 ――いや、考え過ぎか。俺も酔いが回っているのだろう。それだとシズクのデメちゃんが、重ねて取り込んでしまったものは二度と取り出せないというのは全く干渉系と一致しないではないか。

 まあ、干渉系はあまりに突飛が過ぎるとして、俺が特質系ならば確かに自分の習得率を変化させているとは考えられる。

 考えられるが、だからどうしたという話でもあるのだが。強化・変化系として訓練してきた俺はもう自分の念をほぼ確立している。発もそれに合わせて創り出し、今更習得率を変えられるとしてもそんな気はさらさらない。そもそもとして俺が、強化・変化の重複系統でないという証拠もないのだ。ちょうど系統の中間地点にいる人間が、特質系と同じ水見式の結果になるとしてもなんら不思議ではあるまい。

 っていうかぶっちゃけ、特質系は5系統に属さない訳が分からん発を全部ぶっこんでいる感がある。そこで上げ足取りのように干渉系だなんて叫んでも、まあ大半の者は無視するだろう。気にする必要はない、変な発は特質系で括ってしまってもなんら困る事はないのだから。

 結果は何も変わらない。まあ、酒の肴にはなった話という程度である。

「ところでさっき話題にチラと出たけど、なんで除念師は数が少ないんだろうな。便利だと思うけど」

「ああ、それは念を覚えるメカニズムに原因があるんですよ。発は本人の思想にも強く影響されますからね。そもそも念を知らなければ除念という発想に至らない。そして念を覚えるまでにはほとんど除念以外で思想が固まってしまう。

 除念なんて発想が出るのは念を覚える前から念能力者に長く関わっている人や、誕生覚醒者くらいでしょう。それだって系統が悪ければ除念はできない。除念師のほとんどは特質系に近い系統ですからね」

 下らない夜は更けていく。

 そしてこの翌日。俺とウイングは揃って二日酔いになり、それぞれユアとズシに呆れられるのだった。

 

 そこからさらに1週間。

 ポンズは完全に回復し、自分で創り出した空き瓶を眺めている。その場にいるのは俺とユアであり、キルアはゴンにつきあってひたすら点を行っている。キルアはゴンと同じ条件で念を覚えていくことにしたらしく、ポンズの話もゴンと一緒に聞くとのことだった。

 ともかくポンズだ。彼女はその空き瓶の中に念獣を作り出す。デフォルメされた蜂のようであり、どこか可愛らしく不純なものは感じない。

 小瓶の精霊(ホムンクルス・ハニー)。ポンズは己の念能力をそう名付けた。

 全ての能力を他人に教えてはいけない、切り札は隠し持つもの。俺はポンズにそう教えたが、彼女は仲間にある程度の情報を開示することにしたらしい。いくつか彼女の発の内容について聞くことができた。

 具現化した小瓶の中に物質を入れると、蜂の念獣であるハニーがその物質を分解・解析する。そしてその情報はポンズとハニーに蓄積され、瓶の中だけではなく彼女の掌からでも具現化して作成できるようになるらしい。主な使用方法は毒や薬の具現化を想定しており、そもそもそれらを武器として使う彼女とは相性がいいといえた。更には近接戦闘も不得手ではなくなった以上、毒を相手に直接塗り込むこともできる。ポンズはこの能力を特に区別し、薬毒の妙(アルケミーマスター)と名前をつけた。

 また、瓶の中に普通の蜂を入れれば、その蜂はかなり高度な操作もできるようになったという。今までもポンズは蜂を使っていたが、その精度が格段に上がるらしい。まあ具現化系とは相性が悪い操作系・放出系の能力であるからして、何らかの強い制約はあるだろうが。そこはポンズが語らなかったから俺もユアも聞きはしなかった。

 さて。ここまでポンズに己の能力を語らせて、俺が情報を開示しないというのも不義理だろう。

煌々とした氷塊(ブライトブロック)

 俺はオーラを氷の様に変化させる。それは棒状の形を成し、俺の手に握られていた。ちなみに具現化まではしていないので、非念能力者には見えない。

 とはいえオーラで作り出されたそれは物理威力も伴う。また、俺のオーラで作られた為に強化する事も容易である。武器の扱いもサーヴァントに学んだ俺は、ひゅんひゅんとその棒を容易く操る。

「オーラを変化させて作り出した氷の硬度を強化し、武器にするのが俺の能力だ。もちろん氷の形は自由自在、放出系は苦手だから弓や銃は無理だが近接戦闘の武器は大概作れる」

 それから念を覚える前に見せた能力、清廉なる雫(クリアドロップ)の説明もする。この2つはユアにも伝えていたし、折を見てゴンやキルアにも伝えるつもりだ。

 ユアの能力は存在命令(シン・フォ・ロウ)が明かされたが、それ以外にも発があると言われるだけに留まる。

 留まるが、ポンズが小瓶の精霊(ホムンクルス・ハニー)の説明をしていた時に、ユアのオーラの質が変わってやがった。まず間違いなく緋の目を発動し、特質系になってなんらかの能力を使っていた。カラコンしてるからバレないとでも思ったか。

 ……ギリギリまで自分の発を隠していたし、なんか俺らの中でユアが一番狡猾な気がしてならない。兄としては心中複雑である。

 とにかくポンズはしばらく自分の能力と向き合う事にしたらしく、修行はいったん中断。となると俺としてはユアしか生徒がいなくなるが、あいつはほぼ俺の手を離れている。応用技については教えてやったし、それをものにする為に自分で鍛錬を積むらしく、困ったことや分からないことがあったら俺に聞くくらいにするらしい。やっぱり秘密主義だな、あいつ。

 そういう訳で俺は自分を鍛える時間を多く確保できることになった。念の修行はともかく、武術を鍛えるにはやはりサーヴァントに指導を願うのが一番いい。

「素に銀と鉄――」

 ――抑止の輪より来たれ、天秤の担い手よ!

 

「エミヤさん!」

「久しいな、ユア。元気そうでなによりだ」

 呼び出したのはアーチャーのエミヤ。ご存知の通り、弓兵としての技量はもちろんながらもそれが霞む程に芸達者なサーヴァントである。

 自分を凡才と呼ぶ彼は天才肌で教えるのに不向きな他のサーヴァントと違い、基礎基本から丁寧な指導をしてくれる。彼のおかげで俺は武器を多く扱えるようになったといっても過言ではない。そして一応言っておくが、丁寧な指導と優しい指導は違うものだと強く主張しておきたい。英霊の指導で甘いものなど1つもないのである。

 それにまあ、彼を呼び出したのには他にも下心があって。

「エミヤさん、私またハンバーグを食べたい!」

「分かった。では、デミグラスソースから作るとしよう」

 これである。他にも和風料理も作れるので、元日本人である俺はソウルフードを食べたくなる時にちょいちょい呼び出している。俺にとって、エミヤ最大の価値であるといっても過言ではない。

 とはいえ、エミヤ外見は身長の高くて筋肉もしっかりついた男である。ユアの頭を優しく撫でながらニヒルに笑うその姿からはちょっと料理上手などのイメージはわかないだろう。

「ねえ、バハトさん。エミヤさんがあなたの知り合いなのは分かったけど、料理は上手いの?」

「絶品」

 だからポンズの疑問は当然のこと。とはいえ、一度エミヤの料理を口に運べばやみつきになること間違いなし。

 何を隠そう、俺やユアは彼に料理を習ったのだ。隠すことでもないとも言う。

 鍛錬を積み、そして美味な食事も作って貰える。これほどお得なサーヴァントが他にいるだろうか、いやいない。(反語)

 食事だけなら上手なサーヴァントは他にもいるが、指導まで上手なのはエミヤのみである。

「あ、そうそう。他にも子供の教え子が2人いて、うち1人が入院してるんだ。差し入れで軽くつまめるお菓子も作ってくれないか?」

「承知した、バハト。ユアに作るデザートに合わせて腕を振るおう」

 これでゴンやキルアも喜ぶだろう。エミヤの料理を食べられるというのは相当な御褒美になるのだから。

 その後、お菓子を差し入れた際にはその美味しさにキルアは俺も食事誘えと怒り、以降はエミヤが食事を作る時は毎回こちらに来る事になった。

 そしてゴンはエミヤの料理を食べられない事を本気で嘆いていた。なんか、これが一番の罰になった気がしてならない。ちょっと可哀想だったので、ゴンが退院したらまた食事を作ってくれるようにエミヤに頼んでおいた。俺がマスターだから実質の命令であるし、エミヤはこれを快諾。ゴンは凄く喜び、退院の日を心待ちにする事になる。

 やがてゴンは全快し、退院する事になる。原作の通り、全治四ヶ月のケガを一ヶ月で治しやがった。絶すら禁じていたから、これがゴン本来の回復力なのだろう。

 そしてその日はエミヤが豪勢な料理をふるまう。次の日からの念の修行に大きな弾みをつける事になるだろうと期待できる。

 また。念の、というより戦いの勉強として修業はもちろんだが、見学も大切である。見て学び取る事は多く、200階で見れる念能力者の戦いは参考になることもたまにはある。まあ、200階でウロウロしている連中はレベルが低いことが多いのでそこまで期待はできないが、もちろん例外もあるのだ。

 ヒソカ対カストロ。

 因縁の対決の日が迫っていた。

 

 

 




最近はがっつり更新してきましたが、そろそろしんどくなってきました。
更新速度は落ちるかと思いますが、お付き合い願えれば幸いです。


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017話 念・4

 

 全身で練ったオーラを、開いた精孔から一気に放出する。

 ――練!

「……マジなの?」

 ユアが呆れていた。呆れるしかなかった。ゴンとキルアは練の概要を聞いてから、たった半日で練の習得に成功してしまったのだから。

 彼女だって練の習得には2日かかったのに。

「2日も異常な早さだからな、十分」

 俺は一応ツッコミを入れておく。ユアが遅いと言うのならば、世界には凡人の居場所が無い。

 しかも早く覚えればいいというものでもない。練の習得はいわばスタート地点であり、練の持続時間――すなわち堅をどれだけ維持できるかが重要なのだ。それから流、オーラ攻防力の移動速度。そしてそれらを行う際、いかにオーラの消費を抑えるかの熟練度と潜在オーラ量。などなど。

 いくら練を覚えるのが早かろうが、相対した時にそれらの技術で劣っていたらなんの意味もない。実戦では更に発や純粋なる戦闘技術が加味されるからして、半日で練を覚えられたというのはなんの慰めにもならないのである。

 まあ、練を早く覚えられるということは、念に才能があるという意味でもあるので、なんの慰めにもならないは言い過ぎかもしれないが。一喜一憂をしたらすぐに切り替えるくらいでちょうどいい。

 ちなみにポンズは暴走した際に練の感覚は完全に馴染んだようで、つまりこれで全員が練までに至った訳だ。

「っていうか、ポンズって大分雰囲気変わったよな」

「そう? 自覚ないんだけど」

「う~ん。なんというか、自信に溢れてるよね。過信じゃないしさ」

「貫禄が出ましたよ、ポンズさん」

 和気あいあいと話す彼らの話題は、練をしたことによって一気にイメージが変わったポンズ。

 今までの彼女はどこかオドオドしていたというか、自信無さげなところや突発的な事態に狼狽することが結構あった。突発的な事態というのはまだ起こっていないが、少なくとも泰然と構えているような安心感を見るものに与えている。

 その上で今までの彼女と同じように冷静で頭の回転が早いところなどは変わっていないのだから、精孔を開いて内部に溜まっていたオーラを解放したことで心境の変化があったのだろう。力に溺れる様子が全くないのがポンズらしい。

 とにかく、これで前提条件はクリアした。

「じゃあウイングさんのところに行くか」

「眼鏡兄さんのところに? なんで?」

「全員が練を覚えたら行く約束をしていたんだよ。ズシと一緒に水見式をする事になっている」

 水見式? と、ユア以外が首を傾げるが、どうせウイングのところで説明することになるので割愛。向こうで説明するとだけ言い、ウイングに電話をかけてゴンとキルアが練を習得したことを報告。

『もう…ですか』

「俺はもうこいつらに関して驚かない事にした」

 電話口で唖然とした声を出すウイングには同意だが、実際、俺は原作知識で知っていたので驚かない。

 ともあれ、条件は満たしたという事で水見式を始める事は承諾して貰った。全員を連れてウイングの元へ向かう。

「私も?」

「お前も」

 系統が分かっているユアが一緒に行く意味はないが、1人部屋に残す意味もないので連れていく。それにユアは他人の水見式を見たことがない。実際にどんな反応を示すのか自分の目で見るのもいいだろう。

 そしてはるばる200階から降りて、ウイングが取っている宿へ。ズシはやはり50階をうろうろしているらしいが、12歳という事を考えたら十分優秀だ。ウイングも念の使用を禁止していたし、今は体術を鍛えて戦闘経験を積んでいる時期だと見た。普通ならみんな通る道なはずなのだが、例外が揃って歩いている気がしてならない。

 だがまあ、えてしてそういう天才は寿命が短いと相場が決まっている。キルアはゾルディックで経験を積んでいるし、その上慎重な性格だから数に入れないとして。ゴンは何で生きていられるのか本当に不思議だ。原作のハンター試験でもゲレタが致死性の毒を使っていたら死んでいたし、天空闘技場でも一歩間違えれば死んでいた。一事が万事この調子で生を繋いでいるので、俺や『敵』という異分子がいるこの世界だと何かが間違って、コロっと死にそうで結構心配である。

 とめどなくそんな事を考えていたら、ウイングの宿へ到着。ぞろぞろと人数が入っても、あまり圧迫感を感じない広さだ。心源流の師範代はそれなりにいいお給金を出して貰っているらしい。もしくはズシの養育費が特別手当的に出ているのか。

 ウイングの説明中、暇な俺はそんな事を考えて時間を潰す。俺が系統を知らないのはポンズだけであるので、もしこれがゲームならばイベントスキップをしているところだ。

「では早速始めましょう。バハトさんから」

「分かった」

 俺は水が湛えられた透明なグラスを手で包み、やや強めに練。ゴボリと一気に水が増大する。

「おおっ!?」

「水が増えた!?」

「水の量が増減するのは強化系。ですがバハトさん、少し手加減して下さい」

「すまんすまん」

 明らかに増え過ぎた水はテーブルを濡らし、コップの水は並々と。ウイングはテーブルを拭くための布巾を用意して、俺は水をいったん捨てて新しく汲み直す。

 このちょっとした小芝居は言うまでもなく、水の味の変化を悟らせない為である。俺は自分の系統が強化系だということで通すことにしていて、ウイングもそれを承知してくれた。現実に強化系と変化系の習得率が最もいいのだから、特異な例を出す必要が無いという判断である。

 ウイングが次を試す前に、グラスの下に受け皿を用意する。そして水見式を継続。

 ウイング、ゴン、ズシ、キルアは原作通り。続いてポンズ。

「じゃあ次は私ね」

 ポンズがグラスに手を添えて練。するとゴボリと黄金色をした粘性の物体が水の中に出現した。

「わあ、綺麗」

「琥珀っていうか、蜂蜜みてーだな」

「ウイングさん、これは?」

 ユアがそれに見惚れ、キルアは冷静に評する。ゴンは結果に興味があったようで早速ウイングに訊ねていた。

「水に不純物が混じるのは具現化系です」

 特質系ではなかったか。

「とはいえ、彼女はもう物体の具現化に成功しているので分かっていた結果ではあったのですけどね」

「あ、そっか。ポンズはもうビンの具現化に成功してたんだ」

「忘れてたのかオメー」

 天然を発揮するゴンにしっかりとキルアがツッコミを入れていた。いいコンビである。

 教える立場のウイングは追加で説明を続けた。

「本来ならば具現化系は、物体を具現化するイメージ修行に長い時間をかけます。それを省略できたのは幸運でもありますし、不幸な側面もあります」

「不幸っすか?」

 七面倒な修行が省かれるならばいい事しかないと思うのだが。そういったニュアンスを込めてズシが聞いてくる。

「ええ。無意識の物体具現は資質のみを現しやすい。つまり、本人がこんな能力を付随したいと追加で思っても反映されない事がほとんどなのです。

 もしも1から自分で物体をイメージすれば、例えばポンズさんの場合だともう少しビンの口を広くしたり底を深くしたりという余地が生まれたでしょう。しかし一度具現化してしまえば、そういった本人の工夫は生まれにくい」

「ウイングさんの言う事は分かりますが、そこまでのデメリットには思えませんよ?」

「それはポンズさんの具現化したものがビンだからです。例えばこれが剣の具現化ならば、短剣を具現化してしまえば普通の剣を更に具現化する事は大変に難しい。もしも剣術を修めた者ならば致命的といっていい齟齬になります。

 具現化系はイメージをして実体化させることが最も困難で時間がかかる。なので、もしも皆さんが将来弟子を取ってその人が具現化系ならば、安易に具現化をさせてはいけません。インスピレーションはもちろん大事ですが、それでも本人に見合った物を具現化するように指導するのですよ」

 ユアの素朴な問いにもしっかりと答えるウイング。

 流石は心源流の師範代。っていうか、俺要らないなこれ。師匠として、また念使いの注意すべきところの教え方の巧みさが全く違う。やっぱりユアを連れてきてよかった。

 ともかく最後はユア。とはいえ、コイツはもう操作系という事が分かっているので、浮かべた葉っぱを動かすのを見るだけである。

 ユアがグラスに手を当てて練をしたと同時、葉っぱがすごい勢いでグルグルと回り始めた。

「葉っぱが動くのは操作系。私の系統よ」

「動くっていうか、回転してんじゃねーか」

「動いて回転してるじゃない」

「……自分と葉の動き方が全然違うっす」

 地味にショックを受けているズシだが、才能の化け物であるクルタ族が3年も基礎修行に明け暮れれば当然の差であるとは思う。

 俺もユアもクルタ族という事をバラす気はないので、ズシにはショックを受けてもらうしかないのだが。

 ウイングもこの年でここまでの練を行えるユアに僅かに目を開くが、彼は即座に呑み込んだ。何せユアはオーラを暴走させたポンズに操作を成功させて絶にしたのだ。強いオーラがこもったモノを操作させるのは相当に難しく、ペンで書く程度の工程であれを成功させてしまったユアの技量を思えばむしろ納得である。

 さて、これで全員の水見式が終わった。

「じゃあこれからは水見式を基準に練の訓練だな。最終的には水見式では計れなくなる位、練でオーラを生み出して欲しいが、今は基準をここに置こう」

「「押忍!!」」

 ゴンとキルアがズシを真似して返事をする。最近の彼らの流行りである。そんな同い年をユアは呆れた目で見て、ポンズは微笑ましい目で見ている。年齢の違いが如実に現れていた。

「師範代。自分がゴンさんたちを送っていっていいですか? 水見式について少し話をしたいっす」

「ああ、構わないよ。お互いにコツを教え合うのもいいだろう」

 にっこり笑ってウイングが許可を出す。それに喜色を浮かべたズシは、ゴンやキルアに近寄って話を始めた。

「話は帰りながらな」

 促して帰路につく。夜遅いという時間ではないが、ここで長話をすれば本当に遅くなってしまう。

 男の子3人で固まって話をしている為、俺はユアやポンズと話をする。

「そういえば200階クラスで試合をしたのってゴンだけよね」

「俺はあれを試合と呼びたくない」

「いや、そういう話じゃなくて、私たちは何時になったら試合をしていいのかって話でしょ? バハトさんは練が形になったらって言ったけど、まだなのかしら?」

 ユアの言葉に俺は見当違いの返事をしてしまったらしい。ポンズが補足を入れてくる。

 少しだけ間を置いて、どのラインで試合すべきかを考える。

「勝負になるというなら、まあ今でもならなくはないと思う。が、ゴンやキルアはまだ練の熟練度が足りないな。相手の防御を超えるオーラを出すというのは、結構難しい。

 ポンズはその点はクリアしているが、出せるオーラにムラがある。安定感が増せば文句なしの合格なんだけどな。

 ユアは7勝くらいまでは楽にいけるはずだ。ただ、それを超えると応用技を使ってくるから、どれだけ熟練度があるかだな」

「応用技?」

「ああ。纏、絶、練を組み合わせる、もしくは特化させる技術だ。これを使いこなせてようやく一人前。

 ユアは俺に隠れて前々からやってたから、多分コイツはいけると思うけど」

「嘘っ! お兄ちゃん、気が付いていたのっ!?」

「カマかけただけだバカ。やっぱり四大行だけじゃなくて、そっちにも手を出してやがったな」

 思わず驚きの声をあげたユアをギロリと睨む。アサシンなどで覗いた訳ではないので、マジでカマをかけたのではあるが、まあ予想はしていた。ユアは秘密主義であり、秘密は()()()()()()()()()()。俺に隠している秘密なんてそれくらいしか思いつかなかったのだから。

 睨まれて身を縮めるユアだが、俺だって本気で怒っている訳ではない。はあとため息を吐いて、ユアの頭を撫でる。

「別に全部を見せる必要はない。自分の手を隠したくなるのも分かる。だが、間違えたやり方をしていたら問題だから、せめて兄ちゃんには多少は成果を見せてくれ」

「はい、ごめんなさい」

 このやり取りを見て、ポンズはくすりと笑う。

「仲がいいのね、2人とも」

「そりゃ、たった2人の兄妹だからな」

 気負う事無く答えた。

 そして天空闘技場の入り口でズシと別れて、200階へ向かうエレベーターに乗る。

 そこでキルアが口を開いた。

「ところで俺たちはいつになったら200階で試合していーんだ?」

「それ、さっき私とポンズさんも聞いたわ」

「まあ、今日やった水見式の修行で合格を出せば試しに戦ってもいいだろ。

 相手もそこまで強いのと当たらなければいいし」

「俺は強いのがいいんだけど……」

「だからゴンは順序を守れや」

「っていうか、弱いの選べんの?」

 キルアの至極真っ当な問いに、俺は簡単に頷く。

「新人狩りの連中だよ。念に目覚めた後で負けを怖がるなんて、ロクな修行をしてないだろ。ゴンほど行き過ぎろとは言わんが、向上心が感じられない。

 最初に戦うにはちょうどいい雑魚さ」

「なるほど。ウザイ奴らだと思ってたけど、ちゃんと使い道があるんだな」

「キルア、言葉が悪いわよ」

「他にも洗礼役として便利だな。ギドなんかだと死ぬほどの怪我は負いにくいし」

「バハトさんも言葉を注意してね」

 女性2人が結構常識的な事を言うが、新人狩りなんてせこい事をする相手に誠意を尽くしたくない。

 さらりと注意を無視して雑談に話を咲かせるのだった。

 

 ※

 

(っ! か、体が動かない!? 声も!?)

「少年、悪いけど用があるんだよね」

 

 ※

 

 200階に着き、廊下を歩いてそれぞれの部屋に向かっている最中に電話が鳴る。キルアのだ。

「?」

「どうしたの?」

 取り出した携帯を見たキルアが不思議そうな顔をしたのを見てポンズが問いかける。

「ズシからだ。なんか忘れ物でもあったのかな?」

 先ほど別れたズシからの着信に、キルアは首をひねりながら軽い調子で電話に出る。

「ズシ、どうしたー?」

『少年なら眠っているよ』

「!? テメェ、誰だ」

 静かな廊下なせいで、携帯から漏れる声が全員の耳を打つ。

『なに、しがない200階闘士さ』

「……新人狩りか」

『好きに呼んでいいよ。だけどこっちはただの親切で電話したんだ。道で眠っている少年を見つけて、わざわざ電話してあげたんだから、言葉には気を付けた方がいいよ? 大事な友達なんでしょ?』

「前置きはいい。要求はなんだ、早く言え」

『いや~、話が早いね。別に要求って程でもないよ、ただのお願い。俺たち、キルア君やゴン君、それからユアちゃんと是非戦いたくてね。お願いを聞いてくれないかな?』

 ちらりとキルアが俺を見る。電話を渡すようにジェスチャーをすると、キルアは躊躇うことなく俺に電話を渡してきた。

「俺じゃダメか?」

『――誰だ?』

「バハト」

『ダメだね、あんたの念は並じゃない。俺たちがやりたいのはさっきあげた子供たちさ』

 ――ユアの熟練度に気が付いていないのか。単に子供だからって侮っている三流以下だな。しかも下劣。

 だが、こういう手合いは今の様に手段を選ばないから性質が悪い。

「正直に言おうか、俺は天空闘技場で勝つ気がない。俺でいいなら、不戦勝を3つくれてやる」

『くどい、断る。お前が試合を棄権する保証がない以上、勝てる相手としか戦わない』

「……分かった、条件を呑もう。ただし、1週間はインターバルを貰う。下手なコンディションで取り返しのつかない怪我を負わせるくらいなら、俺はズシを見捨ててお前らも殺すぞ」

『オーケイ、1週間なら俺たちも準備期間内だ。今から2人、受付に行って貰おうか。そうだな、ゴン君とキルア君がいい』

「その前にお前とズシがどこに居るかを言え」

『天空闘技場を出て、すぐ右の路地裏だよ』

 ブツリと電話が切れる。

 ツーツーと無機質な音を電話を睨み、全員が全員怒気を上げている。ゴンは激しい怒りを表情に表し、ユアは嫌悪に顔を歪めている。ポンズはギリと歯を食いしばり、キルアの無表情は殺意を示していた。

「1週間であいつらをぶっ倒せるくらいに強くなれば問題ない。特にユアは思う存分にやってやれ」

 全員が頷き、俺はキルアに携帯を返す。その足で受付へと向かうキルアとゴン。

 俺とユア、それにポンズは登ったエレベーターを再び降りる為に踵を返す。

『アサシン、先にズシの元に行って様子を見てこい。霊体化と気配遮断は解くなよ』

『承知』

 百貌のハサンのうち、俺の護衛につけている中の1人を先に下へと向かわせる。基本的に天空闘技場で不審者を探させていることが仇となったか。

 まあ、少し冷静になればこれは原作にもあった出来事。しかも圧勝するイベントだ。わざわざ目くじらを立てるまでもない。

 すぐにハサンから念話が入り、左腕がない男の側でズシが寝かされているらしい。左腕がないとは、サダソか。となれば、ゴンとキルアが戦うのはギドとリールベルト。ゴンに勝ったギドが再戦するのが自然な流れで、となればキルア対リールベルトか。わざわざ墓穴を掘りやがった。

 ともかくだ。俺たちは1階まで降りると、指定された場所へと足早に進む。そこにはニヤニヤと笑いながら携帯電話を耳に当てるサダソの姿が。

「よく来たね、約束通りに大切なお友達は無事だとも。

 もちろん、上にいるお友達が大事なら今から俺と一緒にユアちゃんは――」

『マスター!』

 即座にユアを抱えて横に飛ぶ。直後、ユアのいた場所に硬質な音が響いた。

 狙撃! しかもユアを狙って!?

 アサシンの警告が無かったら危なかった。

 音は路地裏の奥に響いて消える。跳ね返った弾がそちらにいったという事は、狙撃手は反対側。俺も、ユアも、ポンズも。サダソさえも驚いてその方向を見る。

『青い屋根の上、女の狙撃手です!』

「青い屋根の上に女の狙撃手がいる!」

 アサシンの言葉通りの場所を見れば狙撃手。間違いないと判断した俺は、声に出して全員に伝える。

 狙撃手は姿を見せても焦ることなく次弾を装填し、銃口をこちらに向けてくる。狙いはやはりユア。

「く」

『マスター、後ろ! 念能力者です!』

 アサシンの言葉を疑うことなく、前に進みながら堅。ただの銃弾ならば痛いで済むが、念はマズい。どんな能力が付加されているか分かったものじゃない。

 前から撃たれた銃弾は、銃口から弾道を見切ってユアを抱えていない方の手で防御。掴むことはできないが、ライフル程度では俺の念は貫けない。それと同時、体を捻って後ろから来た銃弾をかわす。周が為されたその弾は、普通に脅威だ。

「すばしっこい!」

 後ろから叫び声が上がる。

 何が起こったのか分からず、呆けた顔をするサダソは無視。近くにズシが倒れているが、正直そちらまで手が回らない。

 俺の背中を守るようにポンズが陣取り、2人の間にユアを隠す。と、背中の服がめくれる感覚が。

存在命令(シン・フォ・ロウ)

 お兄ちゃんとポンズさんの背中に命令を書いたよ。『銃弾に反応しろ』って。文字が消えない限り、私の命令のブーストがかかるから」

 俺とポンズにだけ聞こえるように囁くユア。同じように囁き返す。

「ナイスだ、ユア」

「助かるわ」

 いきなりの襲撃に面食らったが、狙撃されるといえば心当たりがある。

 バッテラに雇われた傭兵集団、海獣の牙(シャーク)とか言ったか。リーダーのアサンとやらは念能力者で狙撃の能力があると聞いたが、屋根の上から撃ってきた女は念を込めた攻撃ではなかった。生け捕りだから手加減したのか。

 背後から来る相手も念能力者だが、俺1人で両方相手にする訳にもいかない。

「ポンズ、狙撃手は俺がやる。もう1人は任せた。他にも伏兵がいるかもだから気を付けろ。

 ユアはズシを回収して、天空闘技場に逃げ込め」

「任せて」

「分かったわ」

「よし、行くぞ!」

 合図と同時に全員が動き出す。

 ユアは素早くズシを回収し、天空闘技場に入り込むことに成功。その間に狙撃手の女から一発の銃弾が放たれたが、ユアの操作のおかげかしっかりと弾道が見切れている。ユアを狙ったその攻撃は堅をした片手で掴み取った。

「こそこそ遠くから狙いやがって、殺す」

 狙撃手の女を睨みつけるが、相手は己のペースを乱すことなく次弾を装填している。

 ――どこに『敵』の目があるか分からない以上は手札を晒せない。近づいて、殴る。

 突如として銃声が響き、パニックになる街を舞台に唐突な戦いは始まった。

 

 

 



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018話 念・5

なんか投稿ペースがヤバイ。
私ってこんな勤勉じゃなかったはずなんだけど。

ちょっと短いですがキリがいいので投稿します。


 

 狙撃手の女であるアサンの念能力には最大限に気をつけて、一気に距離を詰める。

 だが……何か様子がおかしい。アサンはほとんど機械的に次弾を込め、標準を狙って撃つのみを繰り返していた。俺に近づかれてもなんら感情を表す事無く、淡々と。そもそも念を使う様子すらない。

(まさか)

 嫌な予想が頭をよぎるが、銃撃を繰り返す相手を放置する訳にもいかず。地上から一足飛びに屋根の上まで登り、勢いに任せて狙撃銃を蹴り飛ばす。

「構えて、装填して、撃つ。構えて、装填して、撃つ」

「くそ、やっぱりか!」

 操作されてやがる。念を使ってこないからおかしいと思った。狙撃手の女は銃を蹴り飛ばされてもブツブツと虚ろな目で呟くのみ。

 一般人ではないだろう、それにしては銃の扱いに慣れていた。どこかの軍人か、傭兵か。そういえば海獣の牙(シャーク)は金で非念能力者を雇うとも聞いていたが、操作までするのか。いや、もしかしたら操作が基本で金で雇うなんてことはしないのかも知れない。

 こうなると念を覚えて間もないポンズに、いきなり念能力者を任せてしまったことになる。あちらは銃弾に周をさせていたから、間違いない。

 とにかく急ぐしかない、俺は狙撃手の女をできるだけ素早く縛り上げるのだった。

 

 ◇

 

 ポンズは裏路地の奥を見る。

 そこには長い黒コートを羽織った女が立っていた。コートの下はへそ出しのタンクトップを着て、下にはジーパンを履いている。ポケットに両手を突っ込んだその女は全体的にチグハグな服装だ。茶色の髪を雑にまとめて、そして鋭い視線でポンズの奥を睨んでいる。

「クソ、仕留めそこなった」

「――」

 ポツリとイラついた口調で呟く黒コートの女に向かって、無言で構えを取るポンズ。そんな彼女にようやく視線を移した。

「やることはやった。そっちが何もしないなら大人しく帰るよ」

「いきなり人を襲っておいて、それ?」

 至極当然の事を言うポンズに、鼻で笑う黒コートの女。

「ハ。知ってんだよ、ポンズ。お前は非力で組み合いが苦手な事くらい。プロハンターになったという情報は入っているが、念に目覚めた程度で粋がっているのか?

 悪い事は言わないから消え――」

 最後まで言わせない。李書文に習った歩法にて、虚をつき距離を縮める。

 10Mはあった距離が瞬間で半分消え、目を見開いた黒コートの女がポケットから手を抜く。その両手には拳銃が握られていて、既に引き金に指がかかっていた。

 路地裏は狭い。たとえユアの補助があったとしても、銃弾に反応したとして回避できる余地がなければ意味がない。

 ポンズは地面を蹴り、飛び上がって薄汚れたビルに取り付けられた室外機の上に立ち、更に跳躍。窓の縁を掴み、黒コートの女の頭上を取る。

「チ。話が違う」

 悪態を吐きながらも黒コートの女は銃口の位置を修正し、銃弾を発射する。

 ユアの補助があったポンズには見えた、弾道がポンズと結ばれていないのを。しかし銃弾自体が意志を持つかのように曲がるのを。

 悪意ある小さき者の仕業(ストーカーワークス)

 効果はまあ、言うまでもないだろう。正確にポンズに銃弾が迫り、しかし彼女は全く焦る事無く念能力を発現させる。

 小瓶の精霊(ホムンクルス・ハニー)

 銃弾をビンの中に入れるように手を動かし、そして中にいる蜂の念獣(ハニー)がそれを捕獲、と同時に捕食。分解された銃弾の金属比がポンズとハニーの中に正確に記憶された。

(具現化する程の熟練度!? しかも、銃弾を止める程強力だと!?)

 黒コートの女が驚愕する。それほど、銃というのは単純に脅威なのだ。強化系でもそれなり以上に鍛えなければ銃弾を喰らって無傷とはいかない。そこから系統が離れた具現化系ならば言わずもがなである。

 だからこそ具現化したもので受け止めるのは分かるが、そもそも銃弾の軌道を見切るのが困難なのである。ユアのブーストに気が付いていない黒コートの女の驚愕は間違っていないと言えるだろう。そしていちいち驚いていては念能力者同士の戦いはやっていられないという事を失念していた。

 ポンズは近くにあったビルの横をはしるパイプをもぎ取り、黒コートの女にぶん投げる。

 黒コートの女は咄嗟にそれを避けてしまうが、悪手。狙い通りに相手が動いたポンズは既に次の行動を終えていた。ビルの壁を蹴り、地上に向かって加速。着地したその場所は、黒コートの女の真横。パイプに気を取られた敵の一瞬の隙は逃さない。

(とった!)

 鋭い肘撃ち。だがしかし、それは空を切る。

 驚きに目を見開いたポンズ。彼女には黒コートの女がいきなり掻き消えたようにしか見えなかった。周囲を探れば、ほんの少し離れたところで発見。どうやってかは分からないが回避されたらしい。何らかの念の可能性もある。

 苦々しく表情を歪める黒コートの女とは対照的に、ポンズの顔と心は透き通っていた。

 何が一番大きなきっかけだったかといえば、それはポンズの精孔が開いたことに他ならない。あれによってポンズは初めて自分を信じる事が出来た。

 幼い頃から、それこそ物心ついた時からあった心のしこり。人並み以上の身体能力はあるのに、何故か思うように動かない体。他の者からしてみれば素晴らしい体捌き一つ取っても、ポンズ本人にとってはイメージの差異が大きな違和感となる。そのせいか、ポンズは体を動かすことが苦手だった。不得意ではない、苦手なのだ。その代わりに物事をよく観察し、分析し、理解することを好むようになる。ポンズはその方向に才能を伸ばしていったのだ。それらは彼女の念能力に強く反映されているといっていいだろう。

 だが、練を行ったことによってその枷は外れた。思う通りに体は動き、違和感は全くない。僅かな期間とはいえ、李書文に学んだ体術も十全に活かせる。

 それでもポンズの本質は変わらない。彼女は敵と相対した時、堅牢な守りを正面から突破するということを好まない。罠を張り、隙を作り、その合間を穿つように攻撃する。わざと敵に銃を撃たせ、それを受け止める事で動揺を誘う。更に囮としてパイプを投げてそちらに注意を引きつけ、自分が相手の死角に潜り込んで渾身の一撃。命中こそしなかったが、これこそがポンズの狩り(ハント)だった。

 彼女らしさは変わらない。しかし、彼女は以前とは全く違う。苦手な距離というものが存在しないのだ。己の念能力と合わせてどんな状況にも対応できるという自信が、ポンズの念を強くする。

「…………」

 流れを一方的に掴まれた黒コートの女の顔は険しい。銃弾に周をする事もできるが、それと同時に悪意ある小さき者の仕業(ストーカーワークス)は発動できない。そういう制約でもあるし、そもそもとして銃弾が小さすぎて両方の念を込めることができないのだ。しかも周をした銃弾とて、あの念獣を貫けるという確信はない。手元にある拳銃では心許ないというのが事実。

 だが、手段がない訳ではない。殺そうと思えばポンズを殺す事は可能だと、黒コートの女は確信していた。実際、後数秒時間があればその決断をしていただろう。

「ポンズ、無事か!?」

 そこに新たな敵対者が現れれば話はまた別になってしまうのだが。

 

 ◇

 

 狙撃手を行動不能にし、俺が路地裏に飛び込むまでにかかった時間は10秒よりちょっとか。絶対に15秒は経っていない。

 しかし辿り着いたその場は互角というには無理がある。ポンズには余裕が満ちて、黒コートの女は苦渋の顔をしながらも次の一手を放とうとするもの。

『ポンズが優勢でした。しかし、黒コートの女はまだ手札を持っている様子』

 監視につけたアサシンがそう報告してくる。俺はポンズが殺されようともサーヴァントを晒すつもりはなかったが、それはポンズを軽く見ている訳ではない。サーヴァントを晒すという事が俺の死に直結しかねないからこその措置であり、ポンズには死んでほしくないと強く思うからこその全速力での援護のはずだった。

 だったのだが、しかし蓋を開けてみれば。ポンズは初めての念能力者との戦いだっただろうに、主導権を握って戦いを進めていた。それは実に――実に驚くべきことである。

「相手は銃弾の操作をしていたわ。あの速度で意のままに動かれると厳しいわよ、気を付けましょう」

 しかも冷静に敵の情報まで共有することもできている。純粋な戦闘においてここまでポンズが頼もしいとは、言っては悪いが凄く意外だ。

 それはさておこう。

 問題は相手が銃弾操作をしたということである。操作系か放出系が妥当なラインだが、それよりもなによりも銃弾操作する念能力者には1人心当たりがあった。

「お前が海獣の牙(シャーク)のリーダー、アサンか」

「チ。さすが情報ハンターと言っておこうか。私の情報が漏れてるとは思わなかった」

 否定することなく認める黒コートの女――本物のアサン。

 正直、舐めていた。ここまで容赦なく攻めてくる手合いは珍しい。人が多い街中でいきなり発砲することも、操作した人間を扱うことも。普通なら躊躇して厭う筈である。

 それをなんなく実行するとは、流石はバッテラが見込んで雇う人間だと言うべきか。しかし真に褒めるべきなのは、そのアサンを相手にして一歩も引かないで優勢を維持したであろうポンズであろう。

 そのポンズに俺まで加わっては、戦闘行為を続ける気もなくなったのだろう。アサンの戦意が急速に縮む。

「マ、このくらいにしておこか」

「バカが。逃がすとで――」

 堅をしたまま距離を詰めようとした俺の目の前で、唐突にアサンが消えた。セリフも聞き終えない早業である。

 咄嗟に円を展開するが、少なくとも俺の探知した範囲におかしな挙動をする人間はいない。円は範囲内のおおまかな形を感知するのが基本であるので、行動に異常がなければアサンかどうかの判断がつかない。まあ世の中には人の顔の形まで感知する円の使い手もいるそうだが、あいにく俺はそうではない。

 これは完全に逃げられた。

「瞬間移動? また?」

「またってことは、さっきもあったのか。情報によれば、アレは海獣の牙(シャーク)と呼ばれる傭兵集団のリーダー、アサン。奴をサポートする念能力者が4人いるらしい。

 1人は瞬間移動でアサンの奇襲と逃走を補助しているんだろ。それから、屋根の上にいた狙撃手は操作されていた。一般人を手駒にする能力者もいると思っていい。不明なのは後2人だな」

「なんで襲ってきたのかしら?」

「――情報によれば。俺の『敵』が大富豪バッテラを取り込んだ。アサンはそのバッテラに雇われた手駒だ。

 この先いくらでも『敵』を始末しなければあの手合いは送り込まれる」

 俺の言葉に、やれやれと肩をすくめるポンズ。

「気が重くなる話ね。けどまあ、いいわ。

 私はバハトさんに大きな恩がある。最後まで付き合うわよ」

「助かる」

 正直、結構意外です。ポンズはあっさり俺を見捨てると思ったが。

 思うだけでも大変な失礼になので、出来る限り表に出さないようにして頭を下げる。そんな俺の態度にポンズは機嫌良さそうに笑っていた。

「なに、私ってそんな薄情に見えたかしら? あなた、情報ハンターの割りに人を見る目が無いのね」

 いやはや、返す言葉もなければ否定する要素もない。女性は鋭いものと相場は決まっているが、脱帽である。

 信頼に値して実力もある仲間を1人味方につけたと確信したところで。路地裏から出ると、そこには顔を青くしたサダソが。

 あ、忘れてた。

 まあいい、コイツにはズシがお世話になったしな。意趣返しはたんまりとくれてやらねばなるまい。

「待たせて済まないな、新人狩り。

 ちなみに上にいるゴンやキルアはポンズと同じくらい強いし、ユアは更に強い。

 そんな俺たちと戦ってくれるなんて、よほどの自信なんだろうな。胸を借りるつもりで全力で相手するように伝えておこう」

「ッッーー!?」

「じゃあ、一緒に行こうか? ユアと戦ってくれるんだろ?」

 にやにやと笑いながらサダソの1つしかない肩を組む。言うまでもなくこれは親愛ではなく、捕縛と脅迫である。

 人が悪いと困った顔をするポンズだが、彼女も止める気配はない。これも自業自得と諦めて貰うか。

 戦いまでは1週間。明日にヒソカ対カストロの試合もあるし、流れでいけば凝も覚えるだろう。滑らかな流ができるとは思わないが、攻防力の勉強もさせておくか。

 原作よりも酷くなるであろう戦いを想像し、くっくっと零れる笑いは抑えられなかった。

 

 その後、試合登録をしてズシをウイングの元まで届ける。

 ズシが目を覚ますまでに経緯を報告すれば、ウイングは異常な程に無表情。明らかに激怒していることは分かるが、それを一切感じさせないのは熟練の賜物なのだろう。素直に素晴らしい境地だと思う。この怒りを持ちながら、オーラに一切澱みがないところを含めて。

「容赦なくお願いします」

 口から発される言葉にも怒気は感じない。ここまで来ると、聞いてるこっちが怖い。一緒に来たゴンにキルア、ポンズとユアも同じようだ。みんなちょっと纏が乱れてる。

 目を覚ましたズシは道を歩いていた記憶が最後であったようなので、ウイングが適当に誤魔化していた。

 まあ彼もまだ12歳の少年である。わざわざ怖がらせる必要もないというのには同意見だ。

 明日にあるヒソカ対カストロの試合を一緒に見る約束をして、その場を辞することでお開きにした。

 

 

 

 ※

 

 惨殺が終わる。

 ヒソカによって殺されたカストロは未だ舞台上に遺されているが、係の者がもう間もなく回収するだろう。

 勝利者となったヒソカもダメージが大きく、その両腕はカストロによってもがれていた。しかし問題は全くない。彼が向かう先にいる女性がいれば、その腕も瞬く間に繋がれてしまうからだ。

「今日で確信したわ。あんたバカでしょ?」

「やあ、マチ♥ お待たせ♦」

「ホント待たせやがって。いい度胸してるね」

 悪態をつくのはジャポン風の服を着こなす紫色の髪を後ろで束ねた、ヒソカにマチと呼ばれた女性。

 彼女はヒソカが自業自得以前の問題で失った腕を、その技量による念糸(ねんし)縫合(ほうごう)で繋ぎ合わせる。両腕に施されたそれによってヒソカは腕の機能を完全に取り戻した。

「組織がくっつき終えるまで無理は禁物だからね」

 訂正、完全ではないらしい。

「う~ん、相変わらず素晴らしい♣ どうだい、お礼の一環として奢るから一緒に食事しないかい?」

「寝言は寝て言え。それとテメーの腕はついでに決まってんだろ。

 用事が終わったから帰る」

 ヒソカの眼前で、その鋭い眼光で睨みつけていた。それを面白そうに見るヒソカだが、やがてくるりと反転したその背中に声をかける。

「くっくっくっ♥ キミも正直者だねぇ♠」

 バタンと奥の扉が閉められて、ヒソカは独り残された。

 彼はそれに構う事無く、携帯を取り出して着信したメールを見る。

『業務連絡。

 暇な奴改め、全員集合するように。

 団長命令。』

 目に映ったその文字を見て、ヒソカはニヤァと嗤う。

(……新しいオモチャもできたし、そろそろ幻影旅団(クモ)も狩り時か♥)

 狂気の奇術師、動く。

 激動を予感させる9月1日のヨークシンで、ブレーキをなくした物語は暴走を始める兆候を見せ始めていた。

 

 

 



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019話 くじら島

エイプリルフール企画とかはあんまり参加しない方です。
普通に投稿しますが、勘弁してください。


 戦いはもはや終盤、最終盤。終わりは誰もが当たり前のように理解している。

 あと一手、あとたったの一手で全てが終わるのだ。喜び、悲しみ、笑い合ったこの戦いの全てが。最後の選択肢は単純にして五分、右か左かを選ぶだけ。その一手でこちらかあちらの負けが決まる。

 ある意味、究極の選択だろう。運を天に任せて半分の確率で、どちらかが決定的に負けるのだ。ここまでに多くを失い過ぎた、そうでない半分を選び取っても決して勝ちだと胸を張れることはあるまい。だが、負けるよりかはいい。絶対的な敗者になるよりかはマシに決まっている。

 その瀬戸際で、選ぶ権利はこちらにある。相手はこちらの選択を阻む権利はなく、ただただ結果を押し付けられる。

 なのに、何故だ。何故、そんな平静でいられるのだ。年を重ね、皺が多く深く刻まれた表情から感じるのはただただ平坦。もはやどんな結果でも当然と受け入れる器の大きさを感じた。感じてしまった。

 ああ、思えばこの時には既に俺は負けていたのかも知れない。理由なく、選んだのは左。そして結果は――

(キング)! 最下位回避ぃ!!」

「なんで7人でやるババ抜きの最下位回避でそこまで喜べんだオメーはよ」

「あんた、妹の居る前でそんな情けないガッツポーズやめなさいよ……」

 キルアとポンズは声をかけてくれる分だけまだ優しい。他の面々は呆れているか苦笑いかのどちらかだ。

 手札に残したジョーカーを場に捨てて、ゴンの曾祖母はよっこいしょと腰をあげる。

「まあ、こんな婆と遊んで楽しんでくれたのなら何よりだわ。だけどまぁ年寄りには若いもんに囲まれるのはしんどくてねぇ。部屋に戻らせてもらうよ」

「うん、分かった。おばーちゃん」

 ミトの声にひらひらと手を振ってその場を外すゴンの曾祖母。っていうか、原作に加えて俺とポンズにユアまでいるが、家は狭く感じない。ミトの両親やジンの両親が住んでいた時の名残だろうか。

 1人が抜けたことでトランプをやる雰囲気でも無くなり、子供組と大人組になんとなく分かれてお喋りに興じ始める。

 

 ここはくじら島。ゴンの故郷である。

 天空闘技場の結末は大きく変わっていなかったので割愛。とかく、念の戦闘経験を全員が1回以上を積んだ上で、ゴンはヒソカの顔に拳をぶちこめた。ある程度の目的は達成したといえるだろう。

 ちなみに正式に退場手続きをとった為、キルアももう1回だけなら最初からやり直せるらしい。ただし、キルアは次がラストチャンス。次に天空闘技場に参加したら最低でもフロアマスターにならないと、二度と参加できなくなるらしい。

 今のところキルアにその気はないとはいえ、まだ彼は12歳と幼い。何億の金も稼げる上に、フロアマスターになれば様々な特典を受けられる機会はあるに越したことはないだろう。

 そんなこんなを経過し、9月1日のヨークシンを迎える前に英気を養う目的でくじら島に寄ったのである。

 俺以外。

「じゃ、俺はそろそろお暇させて貰うか」

「え。バハト、泊まっていかないの?」

 もうそろそろ太陽は沈み、反対側の夜空には星々がきらめいている時間である。ゴンの驚きは当然だが、俺にも俺の事情というものがある。

「最近、あんまり情報ハンターとして活動してなかったからな。ヨークシンに合わせて名前を上げておかないと、最新の情報網から弾かれちまう」

「? ヨークシンは一緒にいけばいいじゃん」

 素で聞くゴンに、俺は素で呆れる。

「お前ね、情報にも売る鮮度があるんだよ。今すぐ情報が欲しい! って客に、今から情報網作りますって答えてみろ。2度と取引なんか持ちかけて貰えないぞ」

「あ」

「一応天空闘技場で試合を観戦して200階クラスの闘技者の情報は載せたけど、その程度じゃヌルいし。フロアマスターは手の内を暴けなかったしな。

 本格的に多少は動かないとなってことさ」

 カストロが生きてフロアマスターに挑戦ともなれば彼の分身(ダブル)は多少の価値があったかも知れないが、ヒソカに殺されたからおじゃんである。かつてそんな使い手がいたなどという情報に果たしてどれだけの価値があるのか。

 言いながら、解かなかった荷物を担いで港に向かうとも宣言。今からならば間に合う最終便の情報は、サーヴァントを使って入手してある。っていうかその時間ギリギリまでは遊んでいたとも言う。

 玄関に向かいながら言葉を置いていく。

「じゃ、9月1日にヨークシンでな。ユアもその時まではゴンたちと一緒に遊べばいいさ。

 後、適度な修行を欠かすなよ」

 

 ◇

 

 バタンとあっさり玄関の扉が閉じられて、ちょっと雰囲気の悪い沈黙がおりる。キルアとユアは比較的平然としているが、直前までの和気あいあいとした雰囲気をまるっと無視したバハトの退出には、少なからず場に影響を与えた。

 ふんすとちょっと機嫌を悪くしたのはミトで、ポンズはある程度の理解を示しているようだった。

「なにあれ。ジンみたい」

「ちょっと感じの悪い都会のビジネスマンみたいね。ま、分からなくはないわ」

 意見が分かれるが、すり合わせるつもりも寄り添うつもりもお互いにない。ミトにはユアがつまらなそうに相づちをうった。

「そうそう。仕事だから~って、私だって何度約束をすっぽかされた事か。もうちょっと妹を可愛がれないのかしら?」

「そうよね、できない約束ならしちゃいけないわ。相手に気を持たせるなんてもっての外よ!」

 ミトはバハトのダメな自由さ――仕事に縛られるのは自由か?――に誰かを重ねているようで、微妙にユアと話が合っていない。が、しかしユアも別に合わせる気はないようで。お互いに好き勝手に愚痴を言い合ってストレスをぶちまけている。

 対してゴンはバハトの切り替えに驚いたようで、どこか納得している様子のポンズに話しかけた。

「ねえねえ、ハンターって皆あんなものなの?」

「半分は、って言おうかしら。ハンターにも色々な区別があるけど、今回の区分は都会派と自然派ね。人が生み出す何かを狩り(ハント)するなら都会の都合に合わせなくちゃだし、自然にある何かを狩り(ハント)するなら自然に合わせる。人間社会に合わせるとあんなビジネスマンみたいな対応になるし、私もアマのハンターとしてああいう人種とも関わり合いがあったわ。手に入れた希少な虫の抜け殻を取引する相手とかね。

 逆に自然派の狩り(ハント)をするなら野生動物とかの生態に合わせなくちゃいけないから、長いスパンをかけて警戒されないように動く。インセクトハンターとして活動してた時なんて、森の匂いを体に馴染ませる為に半月くらい現地調達の食べ物と水で過ごす事もあったわ。しかもその程度じゃ警戒して寄って来ない虫もいるし」

 はぇ~と感嘆の息を漏らすゴン。今の分類とするならゴンは完全に自然派に属し、そのまま虫と友達になれそうなくらいである。

 キルアとしては暗殺者として都会に慣れる事も多かったが、サバイバル技術を身に付ける為に森の中に放り込まれた経験だってあるので驚きは全くない。万能に近い教育をしている辺りは流石ゾルディックといえるだろう。まあ、仕事の都合を考えればやはり彼は都会派だろうか。山や森に隠れた人間を何十億と積んで暗殺を依頼するケースは少ない。プロハンターをターゲットとした暗殺依頼をされないとも限らないので、無くは無いが。

 説明しながら、ポンズは今居るくじら島も自然に溢れた場所だと思い出す。純粋無垢な瞳を向けてくるゴンに、ちょっと自分の知識や技術を広げて自慢したくなるのは、まあゴンの人徳というものだろう。

「今晩はゴンの家でゆっくりさせて貰うとして、明日になったら簡単にインセクトハンターの仕事の仕方を教えてあげる。

 くじら島を教材にしてどう狩り(ハント)をするのか学べばいいわ」

 ゴンはどんなハンターになるのかを考えておらず、色々な事を知りたいと言っていたのを思い出して口にする。

 キルアだって窮屈な暗殺家業に嫌気が差したと言っていたし、ユアは8歳の頃に故郷を離れてからはずっと都会暮らしだ。たまにはこんなこともいいだろう。

「ポンズ、ありがとう。でも、くじら島って俺の庭だよ?」

 ゴンの言葉にポンズの口の端がひくりと動いた。そうだ、そうだった。ゴンはくじら島で人生のほとんどを過ごした野生児であり、鋭すぎる感性を持つゴンをここで相手にしては勝負になるはずがない。

 心の中でちょっとだけ動揺しながら、ポンズは言葉を続ける。

「私がここに来るのは初めてだからね。ハンターが初見でどれだけ情報を集められるのかも勉強になるでしょ?」

「そっか、そうだね。ありがとう、ポンズ」

「オメー誤魔化されてんぞオイ」

 察しのいいキルアは咄嗟に逃げをうったポンズに気が付いたようだが、ポンズはもちろんゴンもスルーした。

 とにかく、インセクトハンターとして活動してきたポンズから教えを受けられるには違いないのだ。それ自体が喜ばしい事であり、文句なんてある筈がない。キルアもそこは分かっているのかツッコミを1つだけ入れて、後は黙っている。

「じゃあ今日は腕によりをかけますか!」

「あ、おばさま。私も手伝います」

「ユアちゃんは料理できるんだ。じゃあ手伝って貰おうかな」

「俺は洗濯機回して、風呂掃除するね」

「ゴン、よろしく」

 先ほどまで離れていたところで意気投合していたミトとユアは、いきなり割り込んで話の流れを掻っ攫っていった。

 そしてあっさりとそれに乗るゴン。多分、ミトの唐突さに慣れているのだろう。この家族と勢いを一緒にするユアを見る辺りに、ハイペースでヨークシンに旅立ったバハトとの血の繋がりが見えなくもない。

 ぽつんと残されたのはお客であるキルアとポンズ。あの勢いに混ざれなかった組である。暇をつぶそうにも、あるのはトランプくらい。

「スピードでも、やるか?」

「やりましょうか。暇だし」

 そこでポンズはゾルディックの恐ろしさを目にし、食事の準備の支度を終えて残った2人を呼びに来たミトは念能力者(プロハンター)の恐ろしさを目の当たりにするのだった。

 

 明けて翌日、ゴンたち4人は森へと入る。

 ポンズのインセクトハンターのレクチャーや、ゴンの穴場の解説などを経て島を巡る。そして水辺でキツネクマのコンからのプレゼントである魚を食べて、また夜。

 全員が空を見上げて星々の輝きを瞳に入れる。

 これからどうしようか。それを話すゴンにキルア、そこに乗っかるユア。

「私もさー、どうしようかなとは思うのよ。これからっていうか、人生で何しようかなーって」

「ユアも?」

 比較的しっかり者のユアは、なんとなく人生設計を細かく設定しているように見えた。そんな彼女が将来に関してノープランだったことが少し意外だったらしく、少しだけだが全員が驚いた様子を出す。

 それに、あーと少しだけ言いにくそうに自分の半生を聞くユア。

「ちなみにクラピカさんとも仲良かったみたいだけど、クルタ族について聞いてるの?」

「……それは、その」

「まあ、聞いたよ」

「幻影旅団に襲われたとかね」

「あっそ。まあ、ある程度は割り切っているからそこはいいわ。お父さんとお母さんの記憶も朧気になってきてるしね」

 昔はよくお兄ちゃんに抱き着いて泣いたけど。そう笑うユアに、笑い返すことは難しかった。

「クラピカさんみたいに復讐に生きるつもりもないわ。けど、私はもう家族を失いたくないの」

「それはバハトを狙う『敵』?」

「聞いてるのね。そう、お兄ちゃんを狙う『敵』を私は許さない。けどそれしかないから、お兄ちゃんの『敵』を倒した後の事は何も考えてないんだよねー」

 ちらりとユアの顔を見たキルアは、その瞳がカラーコンタクトを貫いて緋に染まっているのが見えた。

 ユアにとって、お兄ちゃんはとても大切なものなのだろう。

(ナニカ、忘れている……?)

 ふと、大切な顔が思い出せそうになり、ズキリとした頭の痛みでそれらが全て消える。

 キルアは頭を振って()()な思考を追い出した。今はユアの話を聞く方が優先である。

「だから私はお兄ちゃんにも自分の発は全部見せない。最後の最後、例えお兄ちゃんが操作されて奪われても、お兄ちゃんが死ぬ前に取り返せるように」

「俺だってバハトの友達だよ。バハトを狙う『敵』とだって一緒に戦ってやるさ!」

「ま、俺もね。やることねーし、友達は裏切らない」

 ゴンにキルアも頷いたところで、ポンズも口を開く。

「私もバハトさんには恩があるわ。ハンターの厳しさを再認識させて貰って、李師父を紹介してくれて、念まで教えてくれて。

 バハトさんの『敵』を倒すまでは協力する。それが終わったら――ようやくインセクトハンターとして胸を張れるかな」

 そう言ってゴロンと転がり、ゴンの横顔を見てくすりと笑った。

「プロハンター試験でお世話になった人への義理も返さずに、プロハンターとして胸を張れないって立派な事を言う少年もいることだしね」

「……俺のは自己満足だよ、ただの」

「「「知ってる」」」

 声が3つ揃い、笑いが4つ揃った。

「そして9月1日」

「ヨークシン」

「あのピエロがクラピカさんを呼び出したってことは、そこに幻影旅団が関係するはず」

「大きいイベントだし、バハトさんの『敵』の情報も集まるかもね」

 彼ら彼女らも大きな予兆を感じていた。何かが起こる、何も起こらない筈がない。その胎動を。

 それを確信しつつ、ユアが両親の僅かな思い出話をしたことで親の話になり。ゴンがミトに対する想いも語る。

 木陰にいる育ての親にそれを聞かれていると、気が付いた者は幸いにもいなかったけど。

 

 ◇

 

 ヨークシンは大都市である。大都市過ぎるといってもいい。

 第4次聖杯戦争における冬木の町でも百貌のハサンの手は足りたとはとても言えないだろう。敵はたった6組のマスターとサーヴァントのみというだというのに、結局イスカンダル組の居場所や切嗣の行動を捕捉しきることもできなかった。

 ましてや『敵』のことはほとんど何も分からない今回、その数倍数十倍の大都市というならば何を言わんやである。

 だからすることは絞らなくてはならない。まず確実に調査するのはバッテラ、奴は確実に『敵』と組んでいる。組んでいるというか、支配されていると考えておいた方がいい。となれば、ツェズゲラも敵に回っただろう。金目当てとはいえ、契約ハンターならば寝返る事はないと確信している。そこは相手もプロであるし、しっかりしているはずだ。そもそも、何百億という金は用意できないが。

 そしてバッテラを敵とするならば、天空闘技場で襲ってきた海獣の牙(シャーク)のような傭兵集団にも注意しなくてはならないだろう。だが、襲撃のタイミングはほとんど限定されているといっていい。何せこちらは情報ハンターであり、その筋の勝負ならば上手を取れる自信がある。もしも相手が確信をもって襲ってくるならばそれは原作沿いであるし、ほとんどが幻影旅団がセットで付いてくる。あのレベルの念能力者の集団と関りになるのはリスクが高いだろう。俺も情報ハンターとしての仕事を理由に、ゴンたちとは距離を取るつもりである。

 続けて次の原作であるグリードアイランドへの布石。とはいえ、俺はバッテラに賞金を懸けられている身であるからしてバッテラの募集には参加できない。

 まあ、グリードアイランドなら持っているから問題ないのであるが。

 世界に100の数だけ存在するグリードアイランド。その最大の特徴は、プレイ中は現実世界に帰ってこれないというものである。となれば、急に姿を消した念能力者などの情報を集め、その拠点をハサンに捜索させればプレイ中のグリードアイランドは回収できる。現に俺はこれで2つのグリードアイランドを手に入れた。うち1つは死体が側に転がって停止していたが、まあよくあることだろう。っていうか、グリードアイランドの事を知らなくては普通に呪いのゲームだ。知っても呪いのゲームか。

 それがバッテラに狙われるかもと思った理由であるが、あの大富豪ならばまずは札束で頬を叩いてくるだろうからそこまで警戒していなかったが。まさかいきなり賞金首にされるとは、あの時は本気でビックリした。とにかくまあ、この辺りが『敵』に対して注意すべき点だろう。

 後はマフィアや富豪の情報を覗き、情報ハンターとしても働かなくてはならない。競売という性質上、相手の財布の中身というのは結構価値のある情報なのだ。俺が――というか、ハサンが主に集めるのは屋敷にある隠し財産の部分なので、なおさら価値が高い。これを色々な相手に取引を持ち掛けて抜く、もしくは売る。

 ゴンに言ったことは嘘ではない、やることは結構山積みなのだ。その為に今は魔力を温存しているので、サーヴァントは召喚していない。

「ああ、いい天気だ」

 雲一つない夜空を見上げて呟く。

 敵もいない、護衛もいない。この時間は俺にとって相当に貴重。普段ならばビクビクして過ごさなくてはならないが、その心配がない今は自分1人の時間を思いっきり満喫できる。

 円で船中を確認したのに重ねてハサンにも厳重なチェックをさせた以上、これで敵対者が居たら素直に諦めるしかない。息抜きの時間はとても大切なのである。

 

 確実に訪れるだろう厄介事と、たくさんの仕事のことはひとまず忘れる。

 波に揺られてゆっくりと微睡みを楽しむのだった。

 

 

 




追記

直前に修正前の、変な題名の最新話が投稿されてしまったことをお詫び申し上げます。


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020話 ヨークシン・1


コロナのせいで外出自粛ならば、私ができるのはこうして作品を投稿し、少しでも飽きを忘れてもらう事くらいしかできない。
楽しんでいただけたら幸いです。



 

 

 ヨークシンについて真っ先にやったこと、それは拠点作りである。

 以前にも語ったが、人間は眠らなくてはならない。そして敵襲に怯えないで休める場所というのが、最低限のラインで拠点に望む条件である。もちろん普通の人間や、なんならハンターだって素直にホテルをとればいい。ゴンやキルアだってそうしていた。

 だが言うまでもなく、俺には『敵』がいる。それもサーヴァントに匹敵するだろう特殊能力を携えた、だ。

 俺はほんの半年前までアマの情報ハンターだったがプロを超えるアマと評されていて、その功績はプロならばシングルクラスとも言われていた。これは99%以上がアサシンのサーヴァントによって得られた名声であると断言していい。それほどまでに、気配遮断のスキルと霊体化の能力を持つアサシンというのはチートが過ぎた。これに加えて百貌のハサンの数の暴力も合わせれば鬼に金棒である。しかもこれはアサシンの得意分野である暗殺の前段階、諜報活動に過ぎないのだ。

 もしもアサシンを存分に扱えるとなれば、賞金首ハンターとしても名を馳せることができただろう。アサシンのみでこれである。サーヴァント全てを扱うならば、トリプルクラスの功績さえも瞬く間に量産しかねない。伝説的にはヘラクレス1人でお釣りがくるだろうし、更に弟子育成能力でさえ李書文を見れば理解できる通りに不足はない。

 恐ろしいのは『敵』もこの程度を警戒しなくてはならない、ということである。どの分野にどの程度のリソースを振った能力かは知らないが、これを脅威に思わないのならば俺はとっくに世界最高峰の1人に名を連ねているだろう。今まで情報分野にしか手を出さなかったのは、そこが最重要だからと思ったに過ぎない。目立てば目立つ程に『敵』に察知されやすくなるのだから。

 どんな能力にも一長一短があるというのが持論だが、例えば俺のサーヴァント召喚能力には明確に3つの弱点がある。1つに時間、2つに数、3つに俺だ。

 時間はサーヴァント現界時間である。霊体化した状態でも、燃費の悪いサーヴァントならば1週間も持つまい。燃費が良くても戦闘状態に入れば瞬く間に魔力を喰いつくし、宝具を発動するとなれば連戦すら危うくなる。ここぞという時の決戦では最高のパフォーマンスを発揮してくれるだろうが、そのタイミングを誤れば切り札は捨て札になり、そのまま過信した俺を滅ぼすだろう。

 数はその通り、同時に他のサーヴァントを召喚できないこと。扱えるサーヴァントは常に1体に固定される。例えば幻影旅団に四方八方から襲われた場合、サーヴァント1体でその全てに対処するのは不可能だ。数を覆せる理不尽さがあるとはいえ、必ず数に勝てるという訳ではない。

 最後の弱点が俺。どんなにサーヴァントが優秀でも、マスターである俺が死ねば意味がない。サーヴァントが強いならばマスターを殺せばいいという、当然真っ当な理屈である。今思えばその為だろうか、俺の念能力はどちらかといえば守りに向いている。煌々とした氷塊(ブライトブロック)は全方位どこにでも氷の盾を創り出せるし、清廉なる雫(クリアドロップ)など多数の条件を課した上でやや苦手な具現化系にまで手を出して癒しの効果を手に入れた。これは俺が心底信頼しているのがサーヴァントに他ならず、念能力はサーヴァントが相手を撃破するまで耐え忍ぶものだという考えが反映されているというのが妥当な気がする。

 もちろん俺1人でもそこらの念能力者より圧倒的に強いが、幻影旅団の戦闘員クラスには多分勝てない。例え念の練度が同等でも、殺しに関する覚悟が全く違う。俺は元日本人だから殺人には多少以上の忌避感があるが、あいつらにそんなものを期待する方が間違っている。そしてその攻撃に対する躊躇いの無さは、念においては直接的に勝敗を決する要素に為り得るのだ。

 さて、長すぎる脱線を経たところで本題に戻ろう。サーヴァントに時間制限があり、それを補う為には安心できると確信ある拠点が必要なのだという話だ。柔らかいベッドや美味しい食事などは2の次3の次。

 気軽にホテルなんぞに泊まってしまえばいいカモである。俺の名前がバハトであるとバッテラに、ひいては『敵』にバレている以上は至極簡単に宿泊場所は割り出せるだろう。ハンターサイトと同等の情報網をバッテラが持っていないと考えるのは楽観視が過ぎるというもので、あっさり情報漏洩してしまうリスクは必ず存在する。その前提を敷いた上でアナログな手段での安全さを求めるならば、スラムの一角や郊外の廃墟などが考えられる。だがスラムには浮浪者の縄張りが存在する為、これまたクチコミで強くて変な奴が現れたと情報が流れかねない。必然、郊外の廃墟という選択肢が最善となってしまう。おそらくは幻影旅団も同じような理屈でホームを決めたのだろう。尤もあいつらは俺のように怯えたのではなく、いちいち賞金首狙いを相手にするのがウザイ程度の感覚だろうが。

 そうして適当な廃墟を見繕い、他の誰かの手が加えられていない事を入念にチェックしたら狩り(ハント)開始。ヨークシンを舞台に百貌のハサンを使って情報収集を始める。

 まずは最重要人物であるバッテラだが、彼はまだヨークシンに来ていないらしい。世界的な大富豪の彼には様々なスケジュールがある訳で、最愛の恋人と一緒になる為に全財産を処分しようと決めた理由の1つにそのような煩わしさから逃れる為と考えるのは普通の発想であると思う。その財産が恋人を救う為の最大の道具になり、それが俺に牙を剥いているとは辛い話であるが。

 続いて仕事としてのハント。こちらはオークションが毎年開催されているから、隠し財産をここに持ち込む者も珍しくないので順調に情報が集まった。現金しかり、売るモノしかりだ。お宝を隠し持っていて、それを闇競売に売りに出して一夜で資産を伸ばすなどザラにある話。どんなお宝を誰が持っているかなどは、ここでは値百金の価値がある。それを暴くのが仕事とは因果な商売というか、まあ俺も真っ当な人間にカテゴライズされることはあるまい。場合によってはその情報を脅しに使って相手から更なる情報を引き出す事を考えると、本当にハンターもマフィアもその他諸々も紙一重である。ここまでくるとゾルディックや幻影旅団の方が自分の仕事や欲望のみに忠実で真っ直ぐな分、比較的マシに思えてくるから逆に笑えてくる。支配欲が強い人間の方がよほどおぞましさを抱えているものである。これだけは人間として知りたくなかったので、情報ハンターの弊害と言えるだろう。

 

 淡々と仕事を続けていくうちに、ヨークシンにて独自の情報網を築き上げる。情報ハンターとしても名を売ったし、ひとまずは及第点の仕事ができたのではなかろうか。

 やがてキルアたちもヨークシンに入ったと電話が入るが、仕事が忙しくて時間が作れないと返事をする。直後、ユアから怒涛の如く罵声を浴びせられた。怒られるままの俺だが『敵』との監視を考えればユアというよりゴンやキルアに近づきたくない。そしてユアを引き取ろうにも、仕事でサーヴァントをフルに使っている為にそれも難しい。結局1日1回以上、時間を見つけて電話をするという形で収めてもらった。まあ、基本的に働いているのは百貌のハサンなので、俺は比較的暇なのだが。

 数日そんな日を過ごし、ゴンやキルアが良いカモになって手持ちの金を減らしているとポンズから呆れた電話を聞いているうちに、そういえばあいつらの目的を聞いていない事実を思い出した。聞いていないことを知っている風に話すのは『敵』のことを考えると大変危険だから、ここは目的を聞いたというポーズが必要なのだ。

「っていうか、なんでゴンやキルアはそんな金を集めてんだ? 天空闘技場で何億か稼いだだろ。どんな貴重品が欲しいんだよ」

『あら、キルアから聞いてないのね。入手しようとしているのはグリードアイランドっていう念能力者専用のゲームよ。ゴンの父親であるジンがそこに自分の手がかりを残した可能性があるとか』

「ジン=フリークスの手がかりぃ!? マジで!?」

『そ、そんな驚くことかしら?』

「ったり前だろ、むしろ俺が買いたい。精度にもよるが、追跡可能な情報なら100億の値がつくぜ」

『嘘っ! そんな高いのっ!?』

「高いってか、供給がほぼ無いから値段なんか付けられない。俺も1回依頼されたことがあるけど、結果は失敗。価値のない屑情報が断片的にって感じで、依頼人の満足は得られなかった。

 それでも同業者からの評価は上がったぜ、屑情報でも()()ジンの情報を拾えただけで評価された」

『そこまでなのね……。電脳ページで極秘指定人物だったから凄いとは思っていたけれど、想像を超える話だわ』

「けど、うーん。俺が集めた情報でジン=フリークスに直結するものがグリードアイランドにあったとは思えないが……」

『言って納得する子じゃないでしょ、ゴンは』

「まあ確かに」

『私とユアは無茶な金策はしないで、ゴンとキルアの失敗を見て勉強しているわよ』

「俺が言うのもなんだが、お前らも結構薄情だよな」

『いちおう忠告はしたわよ、生半可に手を出したら火傷するだけだって。それでも挑むのはあの子たちの勝手。

 人のお金の使い方にまでケチをつけられないわ』

「そりゃそうだ」

『それでバハトさんはいつになったら合流できそうかしら?』

「そうだな、遅くても9月2日には1回合流する」

『できれば早く合流して欲しいわ。ゴンやキルアと一緒にいるのは楽しいけど、同じくらい疲れるもの』

 ため息を吐くポンズに同感である。彼らはビックリ箱みたいなもの。ワクワクドキドキもするが、四六時中一緒だと気疲れもひとしおだろう。

 苦笑しながら通話をオフにする。そして笑顔を消して入手したばかりの情報に目を通した。

 それはノストラードファミリーの情報であり、つまりはボスの娘であるネオン=ノストラードの到着時刻。及び、彼女たちが泊まるホテルのそれである。

 クラピカには悪いが、彼は今回の本題ではない。目的はネオンの占いである天使の自動書記(ラブリーゴーストライター)だ。彼女の父親であるライトが語っていた通り、未来の確実な情報というのはあまりに魅力的だ。特に俺は幻影旅団や『敵』と相対する可能性があり、ひいては死ぬ可能性も高いとなれば是非とも占って貰いたい。

 その為の手段は用意してある。懐に忍ばせた小さくて透明な瓶に入ったそれ。世界七大美色である、クルタ族の緋の目だ。1つしかないそれは、俺の左目。これをエサにして、ネオンに直接依頼を申し込む。

 ネオンの能力はその月の予言をするというもの。車の中で予言をしていた描写があったが、あれは毎月初めにするネオンの仕事だろう。つまり9月1日の出来事であり、そこからネオンはヨークシンについてダダをこねて疲れて寝込む。その間にダルツォルネがライト=ノストラードに指示を受けて指揮を執り、夜の競売に臨む。幻影旅団の襲撃があり、クラピカの闘いが始まる。

 このゴタゴタの間、ネオンに護衛がいた描写はない。いたのはおそらく侍女2人と、スクワラに操作された犬くらいだ。その程度ならば、ネオン本人を懐柔すればなんとでもなる。サーヴァントを使えば勝算は十分にあった。

 今はとにかく情報をため込み、来る日に向けて準備をするのみだ。

 

 そして9月1日、オークションが開催される。とはいえ、初日や二日目は人々が盛り上がる為の前座に近く、主催者側も本気の品はあまり出さない。出たとしてもオークションの目玉としてここ1番で出すかどうかだろう。大物は様子見なことも少なくなく、まだ前夜祭の様相を抜けきっていない。

 ゴンたちとの接触も最小限に抑える。かかってきた電話は無視し、メールで送られてきたレオリオと合流したということだけ頭に入れる。彼らはこれから腕相撲でエサを撒き、裏の人間を釣り上げるのだろう。幻影旅団ともかかわる為、俺は積極的にスルーしたいので合流を9月2日に設定したのだ。ネオンに占って貰うことも含め、そこで20億の賞金首が幻影旅団である話を聞いてから情報ハンターとして動くとして離脱する。後は推移を見守ればいい。っていうか、この辺りは歯車が狂うと本当に仲間が死にかねないので、できる限り原作に沿って欲しいところだ。

 俺はゴンたちの事をいったん頭から追い出し、監視に集中する。監視するのはもちろんネオンのホテルであり、百貌のハサンのほとんどをここに集結させて厳戒態勢をとっている。ちなみにバッテラはまだヨークシンに来ていない。彼のスケジュールを把握したところ、やはりというかグリードアイランドの落札にしか興味がないようだった。

 ――あれ、おかしいぞ? 『敵』によって恋人の治癒が為されるならば、グリードアイランドなんてものに頼る必要はなくないか? ツェズゲラが情報を持ち帰った今ならば大天使の息吹の存在を確信しているだろうし、それを求めるということは未だ恋人は治癒されていないということか?

 いや、考えてみれば当然か。バッテラは恋人を治癒して貰えれば本気で俺を追うこともないだろう。だからこそ例えば瀕死の人間を目の前で治癒したことでバッテラを信用させ、俺を生け捕ることを条件に恋人を治癒する。これなら未だに俺にツェズゲラが迫っていないことにも納得がいく。彼は彼でグリードアイランドを攻略中、サブプランとして海獣の牙(シャーク)などといった傭兵集団で俺を狩り(ハント)するのだろう。魔女の若返り薬などはそうじゃなくても欲しいだろうしな。

 と、目の前でいかつい男たちが黒塗りの車に乗って急発進する。俺の円で感知できる範囲だけでも向かう先は砂漠地帯。原作通り、幻影旅団の襲撃があったと思っていいだろう。

『いい隙だ。やれ、ハサン』

 俺は百貌のハサンの命じてネオンの護衛の犬と、侍女たちを昏倒させる。もちろん後遺症などを残すような真似はさせず、ただ眠らせただけである。

 そして邪魔者がいなくなったホテルを悠々と歩き、ネオンが眠っている部屋に到着。鍵は部屋に回ったハサンに開けさせる。眠る侍女たちがいる部屋を通り過ぎ、ネオンが暴れ疲れて眠る部屋へ。

 ぐっすりと眠るネオンの肩を揺すって起こす。

「ネオン。ネオン=ノストラード、起きてくれ」

「う~ん……」

 ゆっくりと目を開けたネオンは、目の前にいる俺に驚いて叫び声をあげようとする。

 その前に、咄嗟に手を出してその口を閉ざす。同時に茶目っ気を込めたウインクを1つ。

「騒がないでくれ、俺は君の敵じゃない」

「むー、むー、むー!」

「君のお父さんが余りに横暴だからね、酷いと思ってきた情報屋さ。お土産もある」

 そう言って、懐から俺の緋の目を取り出す。

 いきなり出された貴重品、しかも自分が欲していたもの。ネオンは驚きで暴れるのをやめてくれた。

「情報屋と言っただろう、君が緋の目を欲しがっているのは知っているのさ。

 話だけでも聞いてくれるかな?」

「…………」

 少しだけ悩んだ様子だったが、未だに俺がネオンに危害を加えないのと緋の目が目の前にあるという現実の前にコクリと頷く。

 慎重にネオンの口から手を放す俺だったが、ネオンは純粋に俺を見上げて声を出す。

「私がパパに欲しいってずっと言ってたのに、緋の目がオークションに出されたって知ったのも最近よ。

 お兄さん、よく見つけられたね」

「ま、腕は確かなのさ」

 自分の情報が漏れていることなどに危機感を感じない辺り、扱いやすいと見るか危なっかしいと見るか。

 俺には関係ない事なので放っておく。

「それに聞いた話によれば、今回は君が直接自分の手で品物を手に入れたいと思っていたにも関わらず。お父さんは君を競売に参加させないと、急にホテルに縛り付けた」

「そうそう、そうなの! ひどいよね、今回のオークションには私が参加するって約束でたくさん占ったのに!」

 ぷりぷりと怒るネオンに、頷きながら俺はネオンの説得にかかる。

「そこでだ。もしも君がこの人物の占いをしてくれたなら、この緋の目を譲ろう」

「えっ、1回の占いでそんな貴重品を譲って貰っていいの?」

「もちろんだ。しかもこれは俺と君だけの間で締結されたビジネス。ネオン、()()()()()()手に入れる報酬だよ」

「やるっ!!」

 即答。ニコニコ笑顔のネオンだが、俺も内心笑いが止まらない。

 紙を手渡し、ネオンはそれを眺める。

「バハトさんね、必要なこともちゃんと書いてあるし。おっけーおっけー。

 じゃ、いくよ」

 

 天使の自動書記(ラブリーゴーストライター)

 

 ざかざかと凄まじい勢いで詩が書かれていく。そんなネオンの瞳は焦点が合っておらず、内容を理解していないのは明白。まあ、そういう能力だから仕方ないが。

 あっという間に占いが終わり、ネオンの瞳に光が戻る。

「終わったよ、はい」

 渡された詩の、最初の一節に素早く目を通した。

 

 ~

 

 陸海の悪魔が登った舞台 月達が紡ぐ物語を共に離れて見る

 陸の悪魔は狂った月に焦りを浮かべ 海の悪魔は深淵で笑みを浮かべる

 孤独に悲しみ猛る睦月に触れよう 海の悪魔が胸を見せるから

 代わりに魔女に光を捧げよ 1つだけなら眠気はない

 終わりに島へ向かえばいい その時なら睡魔から逃げ切れるから

 

 ~

 

(眠りの比喩は死の暗示……!)

 やはり一歩間違えれば死ぬ場面だったか、ネオンに接触して正解だった。そして月は幻影旅団の暗示だった筈、睦月は1番のノブナガだ。狂った月とはヒソカしかいない、やはり何かやらかすのかあの野郎。

 だが、敢えて幻影旅団と接触しなくてはならないのか? 危険なだけだと思うし、必要だとは思えない。だが、ネオンの占いは100%当たる。

 分からないのは陸と海の悪魔という表現。2人を指している辺り、俺と『敵』のことだと思うが、どっちがどっちだが分からない。俺は陸の悪魔なのか、海の悪魔なのか。はたまた『敵』とは関係ないのか。

 島に向かえというのはグリードアイランドに行けという意味だろう。終わりは、週末かそれともすることをしたらとっとと向かえという意味なのか。ここも冷静に見極めなくてはならない。

 だが気になる一節もある。これは一体?

(魔女に光を捧げよ)

 切り札を切れという意味か? そこまでの事態が起きるのか? それより魔女とは――メディアか? メディアに切り札を切れとはいったい?

(あ)

 違う。令呪か、そっちだ。確かに令呪は発動する際、淡く赤く光る。それなら1つだけという言葉にも矛盾しない。

 つまりこの予言は魔女メディアに令呪を使えという意味か。悪属性のサーヴァントを呼ぶには相当悩ましいが、そういう場面に追い詰められると思うべきだろう。

 そこまでを考えて、予言をしまう。これ以上考え込んでいては無駄に時間をかけてしまう。

 予言を見ていた俺を、満足そうに見ているネオン。彼女自身は占うことも好きだったか、たしか。それがこんな未来予知になるのだから、本当に念とは分からないものだ。

「満足してくれた?」

「ああ、見事だ。これが約束の報酬」

 一切の未練なく、俺は俺の左目を差し出す。それを喜んで受け取ったネオン。

 とたんにその喜色が消えた。そして冷たい声で言い切る。

「これ、いらない」

「? どうした、本物の緋の目だぞ?」

 いきなり機嫌が変わったネオン。これは驚くなという方が無理だろう。普通なら偽物を疑うが、これに限っては紛れもない本物である。だって俺の左目だ、間違いなんてあるはずがない。

 だがネオンは、偽物を掴まされて機嫌を悪くしたという風でもない。言うならば、急に興味を失ったといったところか。

「だってこれ、生きてるし」

「!!」

「人として希望が残ってるよ、この緋の目。目だけになってまで、まだ未来を見てる。

 私、そういうの要らないんだ。私が人だったものが欲しいのは、そこにかつてあった情熱を感じられるから。

 ――どんな形であっても、そこに愛があれば輝きがあるんだ。そういうの以外は手に入れてもすぐに倉庫にしまっちゃう。

 でも、この子はそれさえも可哀想。だって生きているのに、未来も見えない場所に置かれるのは悲しいよね」

 ……俺は、ネオンという少女を本格的に誤解していたのかも知れない。

 確かに彼女は原作で描写が多かった訳ではなかった。短慮で我儘、簡単にクロロに念能力を盗まれた哀れで情けない少女。猟奇的な趣味を持ち、それが許されたマフィアの娘。理解が及んだのはその程度だろう。

 だが、ネオンは人と人だったモノを明確に区別している。そして彼女なりのやり方で、遺体から人生を見出して愛しているのだろう。さもなくば、この緋の目が生きているなんて理解が及ぶ筈がない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()。念の制約上、片目を抉り取らなくてはならなかったが、最終的に俺はネオンから緋の目を奪い返すつもりだった。サーヴァントを使えば可能だという打算もあった。

 そんな薄暗い打算を簡単に乗り越えて、ネオンは俺の緋の目はまだ生きているといい、だから自分の手元には置かないという。

「……分かった。じゃあ今回の報酬は、借り一つで」

「うん。それでいいよ、じゃあまたね。()()()()()

 ネオンは左目に眼帯を付けている俺の顔を見ながら、笑顔でそういうのだった。

 

 ネオンのホテルから去り、拠点に戻る。そこでじっくりと紡がれた予言を読む。

 とはいえ、実はさっきの部分以外に書かれた詩はない。つまり、本来の運命ならば今週に俺は死んでいるはずだった。

(危ねぇーー!!)

 心底ほっとする。逆に言えば、今週に何か仕掛けられるのは確実ということ。そしてそれから逃げるのが大切なのだろう。逃げる先は予言の通りにグリードアイランドか。1つだけ未起動のグリードアイランドが手に入っていて本当によかった。ジョイステ本体は持ち歩く気は起きなかったが、グリードアイランド単品ならば話は別である。ジョイステ本体は簡単に入手できるし。

 さて、問題はこれからどうするかである。予言に従えば生き残るのがネオンの占い最大の長所であり、ここで示されたのは3つ。

 ノブナガに会うこと。メディアに令呪を使うこと。グリードアイランドに逃げること。

 これがネオンの占い最大の短所であり、どんなタイミングだとか1週間あるうちの何曜日だとかいう情報が皆無なのである。これが死ぬ前提だと怖くて仕方がない。

 だが、順番が狂うことはないだろう。まずはノブナガに会わなくてはならない。

(ノブナガにねぇ)

 正直、無茶言うなという感想である。幻影旅団はだいたいが集団行動をしているし、個人行動をする描写なんてほとんどない、例外はクロロと――

(ノブナガがアジトでゴンとキルアを逃がした時!!)

 あった、ノブナガが単独で行動するタイミングが。しかも他の団員はマフィアたちを殺しながら競売品を奪うタイミングでアジトに戻る可能性は低い。これ以上ない絶好の機会だ。

 幻影旅団と接触する気がなかったから選択肢に入れていなかったが、これなら確かに『孤独』というワードにも合致する。

 と、ふと気が付いたら太陽の光を感じた。あまりに集中し過ぎて時間を忘れていたらしい。同時、携帯が鳴る。

 発信元はユア。

「もしもし」

『あ、やっと出た。ちょっとお兄ちゃん、今日は本当に合流できるんでしょうね!?』

「もちろんだ。そっちは何かあったか」

『ええと、ゴンが腕相撲をして挑戦料を巻き上げたって話をしたよね。

 で、なんかマフィアっぽい人間が腕利きを集めて賞金首探し染みたことを始めたのよ。

 それがキルアの予想じゃ幻影旅団かもって話だし、ゴンも引かないし! 幻影旅団は流石に無理よ、お兄ちゃんからも止めて!!』

 ユアはクルタ族が緋の目になった時にどれほどの力を出すのかを知っている、そのクルタ族を狩った幻影旅団とは実力的にも心情的にも関わり合いたくないのだろう。気持ちはよく分かる。

「話は分かった。で、みんなはどう動いてる?」

『ゴンとキルア、レオリオは張り込み。この広いヨークシンで人通りの多い所を適当によ? そんなとこに幻影旅団が現れるかってのよ。呆れるわ』

 現れるんだな、これが。まあ、ゴンたちは見つけられないが。

『とにかく、お兄ちゃんからも言ってやって。今までは黙っていたけど、今回のは酷すぎる』

「分かった。とりあえず、そっちに合流しよう。ホテルに向かうから、ゴンたちにもいったん戻るように伝えてくれ」

『ホント、早くしてよね』

 ユアはそう言って通話を切る。

 会話を終えた携帯をしまい、俺は側にあったノートパソコンを手繰り寄せて情報サイトを立ち上げた。裏の賞金首サイトであり、マフィアが賞金を懸けるならばそこにも幻影旅団の情報が載っているという予想だ。ちなみにネット環境は廃墟でもしっかりと整えている。これがあるのとないのとでは差があり過ぎるから多少の手間はかけたのだ。

 これはノブナガが間違いなく載っていることを確認するだけの作業。そのはずだった俺は、完全にフリーズした。

「バカな……」

 思わず言葉が漏れた俺を誰が責められよう。

 確かに居た、ノブナガが居たのだ。だがしかし。

 マチがいない。

 代わりに、見たこともない黒色の髪をした男が映っていた。原作に存在しない、完全なるイレギュラーが唐突にノートパソコンの画面に現れた。

「誰だコイツ……」

 どうしてこんな事が起こっている? 決まっている、『敵』が起こした行動のせいだ。マチを殺してコイツが代わりに幻影旅団に入ったか? しかしマチは天空闘技場でヒソカに念糸(ねんし)縫合(ほうごう)を施している。この短い期間にマチが死んだとは考えにくい。

 いや、死んだのはマチじゃなくてもいいのか? 他のメンバーを殺して幻影旅団に入り、今回の仕事をマチの代わりに受けた。

 ではこの黒色の髪の男が『敵』か? 俺に正体を見せつけるようなそんなミスをするか? 俺のようにクルタ族として生まれたのならば生き延びる為に原作改変をしなくてはならないが、幻影旅団に入って俺との戦いにどんなメリットがあるというのか。

 まてまて。『敵』は操作系だった、黒色の髪の男を操っているだけという可能性は? 旅団クラスを操作する? 可能か? 特殊能力を使えば可能なのか? それをするなら旅団全員――いや、クロロだけでも操作すればいい。それで幻影旅団全てを操れる。

 いや、無理だ。百歩譲って、特殊能力も使ってクロロを操作するとしよう。だが、誰かに心酔するクロロを見れば大半の旅団員は彼に愛想を尽かすだろう。彼のカリスマなくして旅団は旅団足り得ないというのが俺の見解だ。それにヒソカが旅団に入るメリットも――いやまて本当にヒソカはこの世界で旅団に入ったのか? 俺はその確認をしたのか?

「ヤバイ、ヤバイぞ……。とにかく落ち着け、俺」

 想定外過ぎる事態に混乱が収まらない。

 必死になって落ち着こうとするが、混乱する思考は暴走をやめてはくれなかった。 

 

 

 




誤字報告をして下さる方々。
いつも本当に助かっています。本当にありがとうございます。

っていうか、今回凄い大変だった……。


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021話 ヨークシン・2

まだまだ頑張るよ!
外に出る時間の代わりに、私の小説の粗を探すといい!!


「あ、バハト!」

「おせーぞ!」

「すまんすまん、ちょっと拠点(ホーム)が遠くてな」

「? ヨークシンでホテルを取ってないの?」

「いちおう、狙われる立場でもあるからな。警戒しているのさ」

 しばらく呆けていたせいでホテルでの待ち合わせに間に合わなかった為、昼ご飯を食べているユアたちに指定されたレストラン、というか食堂に着いて適当に大量に食事を注文する。いや、念能力者って燃費が悪いのか、その場にいる全員が大食漢だった。俺にゴンにキルア、ユアにポンズにゼパイル。

「で、この人は誰だ?」

「俺はゼパイル、鑑定士だ。アンタは」

「バハト。情報ハンターだ」

 そう言いつつ、名刺を差し出す。ゼパイルはそれを受け取りつつも、自分の名刺は出さない。

 よくある話である。名刺を出すということは、依頼を聞いてもいいという合図だ。言い換えれば、最低限の信用がそこには必要になる。彼自身が語っていたように、コイツとは絶対に取引しないと思う人間もたまにはいる。それを見極めないで名刺は普通出さない。

 俺が出した訳は、ぶっちゃけポカだ。ゼパイルという人間を原作で知っているからこそ思わず名刺を出してしまった。胡散臭そうにゼパイルに見られるのは仕方がないだろう。逆の立場なら、俺がその視線を相手に送っている。

 そこらをさらっと無視して、席に着いた俺はゼパイルの隣に置かれた像に目を送る。

「その品は?」

「……ゴンとキルアが見つけた品だ」

「お前が買い取ったのか? いくらで?」

「……」

 沈黙を通すゼパイルにやや空気が重くなる。

 慌てたように口を挟むゴン。

「バハト、違うよ! ゼパイルさんは俺たちが騙されそうになったところを助けてくれたんだ」

「ん?」

「目利きが必要ってんで、ゼパイルさんに協力を仰いだところよ」

 ポンズがやや退屈そうに口に出した。まあ、インセクトハンターが面白いと思う分野ではないよな。

 大雑把に話を聞き、今現在が下見市に出す直前の場面だと把握。

 同時、ゴンとキルアの頭をポカリ。

「って~」

「何すんだよ、バハト」

「何すんだじゃねーよ、馬鹿野郎。たかが数十万程度で念の情報を漏らしてんじゃねーよ」

「その木造蔵は億を超えるぜ!」

「金だけで念の情報を売るんじゃねぇって叱ってんだよ!」

 反省の色が無いキルアにはもう一発拳骨をくれてやる。いや、マジでここは浅慮が過ぎる。コイツラは念を何だと思っているのか。情報の世界にもほとんど流通していない代物だというのに。まあ、情報の世界はプロハンターが常に目を光らせているから、下手に情報を流そうとするバカが居たら即刻見つかる。そして一山幾らの暗殺者に依頼されて、だいたいがあの世行きだ。

 そのことを教えると、ゴンとゼパイルはちょっと顔を青くした。ユアとポンズも強張っている。それがどうしたという反応をしているのはキルアくらい。

「ゼパイルとか言ったっけ? 聞いちまったものは仕方ないが、あまり吹聴しないことをオススメするぜ。下手に口を滑らしたらマジで命の保障はしないからな」

「お、おお。忠告感謝するぜ。ってか、お前も情報ハンターだろ。俺を売らないのか?」

「利益にならん情報は扱わない。金にならずに恨みだけ買うなんてゴメンだね。

 ってか、纏ができるなら念能力者の道に片足を突っ込んでるから、その気があるなら念の師匠を紹介するぜ?」

 あ、ギリ説得力が出る展開になった。

 ゼパイルに渡したばかりの名刺をしまった場所を指さしながら声を続ける。

「その気になったら連絡をくれ」

「ってか、お兄ちゃん。ゼパイルさんが念能力者って気が付いたの?」

「正確には念能力者未満って雰囲気を読み取った、という方が正しいか。長年念能力者をやっていれば、できそうな奴はなんとなく分かるしな。プロハンター本試験に進んでいた奴らはだいたいそんな雰囲気あっただろ?」

 ゴンとキルア、ポンズに問いかける。ゴンとポンズは納得を得たようだが、キルアは「そんなデキる奴らだったかねぇ」と呟く始末だ。これだからゾルディックは。

 そしてプロハンター本試験という言葉にゼパイルは目を丸くする。

「アンタ。情報ハンターって言っていたが、プロか?」

「プロハンター試験には今年に受かったばかりだけどな、アマとしては4年程活動している」

「いや。ゴンといいポンズといいバハトといい、らしくねぇな。俺が知っているプロハンターはどいつもこいつもどこか狂っているような奴らばかりだったから」

「もうちょっと俺を知った後にその言葉が言えたら、あんたも大したモンだよ」

 冷笑を受かべてやれば、ゼパイルの顔が引きつった。いやまあ実際、俺も結構エグい事はやっている。情報ハンターなんて言っても、やっている事は窃盗や盗撮と同じだ。公的機関に依頼されて犯罪者や反政府組織関係者のみを狩り(ハント)しているから許されているのであって、一歩道を踏み外せばただの無法者。こういった事例が多いから、自分の興味ある分野では犯罪を犯すプロハンターが後を絶たない。そういう訳で才能の保護というか恩赦的取引の意味が強く、プロハンターは超法規的に守られる事が認められているのだ。

 盗み出す時にはサーヴァントを使っているから血を見た事はないが、盗み出した情報を売れば足がつくことだって少なくない。となれば報復的に暗殺者が送り込まれたことだってあるし、そいつを返り討ちに殺した事だってある。例え情報ハンターだろうが、血の臭いがしないなんてことは有り得ない。

 まあ、俺よりも。俺の隣で他人事のように聞いているキルアの方が余程人を殺しているだろうが。オンオフの切り替えができる殺し屋は普段ヤバイ雰囲気を出さないから読みにくい。

「ま、いいや。それで、そっちで稼ぐ算段を付けたってことは、幻影旅団を追う事は止めたんだな?」

「そんな訳ないじゃない、お兄ちゃん。レオリオが今、電脳世界で情報集めているわよ」

 安心した風を装って言うが、当然のようにユアに否定された。ちなみにゼパイルはユアのお兄ちゃん発言にちょっと驚いている。そう言えば兄妹だって言ってなかったな。

 ゼパイルを無視して渋面を作る俺。

「流石に正気を疑うぞ。幻影旅団を狩り(ハント)するっていうのは」

「でも20億だぜ、20億!!」

「死んだら元も子も無いだろ。と、言いたいところだが」

 前言を翻した俺に、ゼパイルを除く全員が目を丸くした。逆の立場なら俺も同じ表情をしただろう。

「実は俺の『敵』について、幻影旅団に情報があるらしい。ある筋からの間違いのない情報だ」

「マジかっ!?」

 都合が良すぎる話にキルアが驚きの声を上げた。

 だが話は最後まで聞け。俺はお前らと行動を共にするとは言っていない。

「ああ。だから俺は情報ハンターとして全力で動く。相手が幻影旅団なら、奥の手を使わざるを得ない場面も出るだろう。

 それはもちろん、お前たちにも見せる訳にはいかない」

「バハト、俺たちは仲間じゃないの?」

 傷ついた顔で俺を見るゴンだが、ここはキッチリと釘を刺して置かなければならないところだ。

 厳しい目つきでゴンを見やる。

「仲間でも、だ。むしろ俺の念能力の一部を見せただけでも十分な信頼だと思っている。今まで、ユアやほんの一握りにしか教えていなかった情報だ。

 ゴン、キルア、ポンズ。良い機会だから重ねて言う。秘密を喋らせる操作系なんて珍しくもない、自分だけが持つ切り札を大事にしろ」

 ユアには幾度となく聞かせたし、あいつは結構秘密主義だと分かっているのでもう言わない。初歩の初歩だからこそ、重ねて言う意味は薄いのだ。キルアなんてもう言わなくてもいいくらいにはしっかりした目で頷いている。未だに実感が沸かない様子のゴンにはもう少し繰り返さなくてはならないだろう。

「とにかく、俺は幻影旅団の賞金にはあまり興味がない。もちろん絶好の機会があれば別の話だがな。

 できる限り情報をハントすることに全力を注ぐ」

「……分かった。じゃあいったん、ここでお別れだね」

 決意がこもった目をするゴンに、説得の無意味さを知る。まあ、ゴンを説得する気はさらさらない。ノブナガと単独で会う為にはゴンが幻影旅団に捕まることが必須と言っていいからだ。

 むしろ説得したいのは女性2人。

「キルア、ポンズ、ユア。お前らはどうする?」

「俺はゴンについてく。隙があれば殺せばいい」

「私はお兄ちゃんについていく。幻影旅団なんかに関わりたくないもん」

「私もユアちゃんと同じかな。別に賞金首ハンターじゃないし、お金を稼ぐにしても危険が大きすぎるわ」

 キルアはゴンについていき、ユアとポンズは俺に着いてくる。

 理想的な分かれ方をした。黒髪の男という不安要素はあるが、こればかりは気にし過ぎても仕方がない。あれは間違いなく『敵』の仕業だろうし、原作主人公を殺せば先の展開が読み辛くなるとか、キメラアント編で致命的になるとか、そんな事を考えると期待するしかない。

 正直、俺とユアだけでもいっぱいいっぱいなのに、ゴンにキルアとポンズまで手を伸ばし切る余裕は本当にない。冗談無しに、命の選択を迫られたらどちらを選ぶかの覚悟は済ませてある。

『じゃあアサシン、頼んだ』

『あいよ』

 それはそれとして、ゴンとキルアに霊体化したアサシンを憑けておく。彼らが幻影旅団を見つけ、そのアジトに入るのは期待大だ。その時に情報を受け取る為である。

 アジトの情報だけでも高く売れるし、そうじゃなくてもノブナガと接触するには知っておいて損はない。

 改めて召喚したサーヴァントを彼らに憑け、俺はユアとポンズと共にその場を離れる。

「一応、最後に言っておく。どうしようもなくなったら、俺を頼れ。グリードアイランドなら何とかならなくもない」

「ありがとう、バハト。でも、俺は俺が満足できる方法でジンに辿り着きたいんだ」

 そう言うゴンの顔は、確かにプロの面影を宿していた。

 俺は理論で考える方ではあるが。それをすっ飛ばす位、ゴンを信じられると思える顔だった。

 ふっと笑い、その場を後にする。続くのはユアとポンズ。キルアはゴンと共に見送って、ゼパイルも彼らと一緒に行動するようだ。

 ひとまずここで解散。2組に分かれて行動を開始する。

「で、お兄ちゃんどうするの?」

「まずは戦いだな。全員、臨戦態勢を取っておけ」

 言う俺は既に最大の円を展開している。隠も併せて行っているから、探知できるものは限られるだろう。

 俺が何を言っているのか呑み込めないユアとポンズは疑問符を浮かべているが、俺としては『敵』が攻めてくる絶好の機会だと思っている。原作に着いて行動している俺だが、ヨークシンの初日には姿を見せなかった。そして2日目は腕相撲大会、地下競売、値札競売市を経てようやく俺が姿を見せたのだ。しびれを切らさない筈がないと踏んでいる。

 円に高速物体を探知、案の定だ。円として広げていたオーラを即座に縮小し、堅として維持する。同時に左腕を上げて凝をすると、そこに銃弾が突き刺さった。

「っ!!」

 強い衝撃に息がつまる。そのままだったらこめかみに命中していたそれは、防御しなければ確実に俺の命を奪っていた。

 遅れて響く銃声。

「『敵』だ」

 突如とした銃声に周りが騒然とするが、ユアとポンズは既に戦う心構えを終えていた。

 ――しかし、生け捕りのみ有効(アライブオンリー)に対する敵への攻撃ではない。この程度は防ぐと思っていたのか、生死問わず(デットオアアライブ)に変わったのか。

 銃弾が襲ってきた方向を見れば、伏射の体勢でビルの屋上からこちらにライフルを向けてくる人影。1キロ近く離れているが、間違いない。海獣の牙(シャーク)のアサンだ。

「全員、逃げろ! その男は10億の賞金首、何人もを殺してきた危険人物だっ!!」

 唐突に響く声。そちらにも意識を割けば、2人の男が大声で周囲に注意喚起をしながら近づいてきた。あながち嘘を言っていない辺り、律儀なのかなんなのか。

 だが2人ともオーラを纏っている、間違いなく念能力者。この2人で注意を引きつつ、アサンがライフルで援護か仕留めてくるかをしてくる作戦だろう。

 ともあれ、数は丁度よく3対3。そして俺にライフルが通用しない事は証明された。

「任せた」

「任されたよ」

「降りかかる火の粉は払わないとね」

 俺はアサンを目掛けて直進する。アサンは慌てる事無く次弾を装填し、発射――!!

(! ヤバイッ!!)

 直感的にそう判断し、射線から身を逸らす。躱しきれず、手の甲にかすった銃弾は弾く事は出来ずに俺の肉を削った。

(防ぎきれないだとっ!?)

 銃で? バカな。

 ――いや、有り得る。そういえば奴は銃弾に周をかけていたのだ。つまりは、そういう能力なのだろう。

 気を引き締め直して、アサンを睨みつける。建物に隠れながら近づけば、ユアとポンズへの隙となり援護を許すだろう。正面から迫るしかない。俺は覚悟を決めて全力で前進するのだった。

 

 ◇

 

(チ。この距離じゃあ躱されるか)

 アサンは口汚く舌打ちをしながらライフルを迫るバハトに向ける。

 銃とは単純に凶悪な武器だ。凡弱な念能力者程度ならばあっさりと殺すことができる凶器。だが言い換えれば、ある程度以上の念能力者には効かないとも云える。

 もちろん、単純に全ての銃が効かないということなど有り得ない。例えば、子供でも撃てる銃というものはある。5歳児でも発砲できるようにデザインされた銃は人間相手には十分な殺傷力を持つが弾道がブレたりしやすく、また腹に雑誌を仕込むだけでも防げたりするだろう。比べて、アンチマテリアルライフルというものもある。場合によっては戦車を射抜く事さえ視野にいれた強力な狙撃銃である。同じ銃とはいえ、これらを同列に扱うのは愚が過ぎると云うもの。

 そこで念能力者が銃を使う事を考えてみると、これが案外難しい。

 まず最初に思いつくのは具現化した銃だが、これは放出系と極めて相性が悪い。相当に厳しい制約を加えなくてはいけない上に、それに具現化した銃弾にまでオーラを付加するとなると更に難易度があがる。現実に為るかどうかはともかく、実戦的ではないだろう。

 じゃあ放出系が弾丸に周をすればいいのではないかと思うだろうが、これも相当に難しい。というのも、銃弾の速度に人間の思考が追い付くのがほぼ不可能だからだ。銃口を見切り、射線上に何かを置いて防御する事は可能である。が、音速を超える銃弾に意識して生命エネルギーであるオーラを纏わせるのは不可能だ。撃った瞬間に意識が逸れ、オーラが置いていかれる。

 辛うじて可能なのは、操作系で銃や弾にまで愛着を持ったパターンだろう。これならば銃弾にオーラを纏わせる可能性がある。しかしアサンが扱っているのはそれらの方法ではない。単純に、銃弾にオーラを纏わせる発を使っているのだ。

 

 殺意ある鋭き者の攻撃(ストライク・ダム) 悪意ある小さき者の仕業(ストーカーワークス)

 

 単純に銃の攻撃力を上げる発と、銃弾を誘導させる発。これらを使い分けてアサンは銃による攻撃を仕掛けている。

 これが普通に効果が高い。先ほど述べた通りに、一口に銃といってもその用法などに様々なデザインが存在する。操作系ならば1つの銃しか扱えないが、銃ならばあらゆる状況に対応できるこの2つの発は傭兵として身を立てるのに十分な能力を有しているといえるだろう。天空闘技場で仕掛けた時は拳銃を使って自身が奇襲し、今回はライフルによって狙撃することで補助をもこなす。

 だが、それもバハトには通用しない。そもそも遠くからの狙撃となれば、発射した瞬間から着弾までにほんの僅かとはいえ時間差が存在する。その僅かな間を縫うように、凝をするなり躱すなりするのは、バハトならば可能な範囲である。

 では引き付けて撃てばいいといえば、それも容易くない。何せ、1キロ先の目標を狙う為に照準を合わせているのだ。半分以下まで詰められてしまえば、合わなくなるのは道理。調節している間に距離は更に詰まるだろう。

 こうなってしまえば、アサンはライフルを放棄するしかない。近距離で拳銃で迎え撃つか、格闘技で戦うか、それとも――

(マ、この辺りで今日は勘弁しておきますか)

 1キロ先で戦いが終わったのを確認したアサンは、瞬間移動にてその場を離脱する。

 僅か30メートルまで距離を詰めたバハトだが、再びアサンを逃して歯噛みするしかない。

 瞬間移動をどうにかせねばアサンは仕留められない。それを把握しただけ良しとするしかなかった。

 

 ◇

 

 ポンズはゆっくりと近づいてくる男の内、長身の方を敵と見据えて相対する。彼女らは知る由もないが、この2人の男はバッテラに雇われた傭兵であり、砂漠の毒針(スコーピオン)と名乗るコンビだった。今回はアサンのサポートの元、バハトかもしくは彼の仲間を仕留めることを請け負っている。

 つまり、ポンズを殺すことになんの躊躇もない。そして男と女では筋力の下地が違う。発を使うまでもないと拳を振り上げる。

「はっ!」

「がっ!?」

 そのテレフォンパンチを潜り抜け、ポンズは腰を深く落としての肘撃ち。長身の男の脇腹に食い込み、メキリと肋骨がイヤな音を立てる。

 幸い折れてはいないようだが、痛打である。それより何より、動きが読めない。

(なんだ、今のは? 能力? そんな感じじゃなかったが、それ以外に説明がつかん……)

 距離を取り、混乱する頭を鎮める長身の男。正解は李書文に習った武術であり、それはある程度のレベル差があれば念よりも摩訶不思議な感覚を相手に残すのである。

 これは決して大袈裟な話ではなく。武の極致に至った者と戦い、運よく生き残った者はまるで魔法にかかったようだったと、そう表現するのは決して珍しい話ではない。そもそも中国拳法八極拳という概念がこの世界にはない。驚きも一入だろう。

(移動系の能力ならば放出系か。ついでに堅はしても流はしていない。発はともかく、念能力者としては中といったところか)

 ならば勝てる。そう判断した長身の男は能力を使う。

 長身の男の体にカサカサと蠍が何匹も這い回り始める。その蠍は男を襲うことなく、ポンズに向かって尾の針を向けて威嚇していた。

 貪食蠍群(グラトニーインセクト)

 この男の念獣の名前である。10を超える蠍は男の体を這い回り、動く鎧として機能を始めている。

 もちろんポンズはそれが単なる防御であるとは思っていない。インセクトハンターである彼女には、その蠍が現存するどの蠍とも共通しない事を見抜いていた。故にアレは操作された蠍ではなく、念獣であると結論を付けるのは容易い。また、その針の形状から強力な毒を持つタイプではないとも類推する。毒を強く意識すれば毒を持つ形状の蠍になるだろうから、毒を攻撃の手段とするタイプではない?

 喰らえば分かるが、喰らいたくはない。しかし、ポンズの能力も接近して効果を発揮するタイプである。近づかなくては話にならない。

(――攻める!)

 座して待つ。今までのポンズならそれを選んだかも知れない。

 だが、十分な罠を張れていない現状、真っ向からの戦いではそれは余りに弱気。そして弱気が過ぎる程、ポンズは己に自信を無くしていなかった。

 李書文に習った体捌きによって、長身の男に瞬間移動したかのような錯覚をさせながら、虚に入り内を取る。その隙だらけの腹部に向かって、両手を打つ。

 発勁。

 全身の筋力を余す事無くその腕に集約させ、打つ中国拳法独特の技法。

 長身の男はそれを読み切った訳ではない。だが、ポンズと彼の間には確かな身長差が存在する。ならば腕を伸ばす分、一瞬の猶予を与える上半身の攻撃はないと読み切った。残るは、胴か脚。初撃は胴だったが、次はどちらかは運。

 そして長身の男は運を勝ち取った。

(凝!)

 オーラを集め、流にて防御にギリギリながら成功。ダメージを受けつつ、長身の男は攻撃が成功したことに笑みを浮かべる。

「く、くくく……」

「何がおかしいのかしら?」

 胴に受けた苦痛に歪みながらも嗤う長身の男に、ポンズは素朴な疑問を上げた。

 それに答える為、長身の男はポンズに纏わりついた1匹の蠍を指さす。

「それは俺の念獣、貪食蠍群(グラトニーインセクト)。まだ気が付いていない様だから教えてやるが、ソイツは寄生型の念獣だ。

 とはいえ、別に毒じゃねぇ。寄生されている間、ソイツは宿主のオーラを喰い続けるのさ」

 カサカサと掌から腕を登って来る蠍を無表情で見るポンズ。

 勝ち誇って笑う長身の男。

「さあ、どうする? 時間をかければかける程、ソイツはお前のオーラを貪るぜ!? かといって俺に接近戦を挑めば倍々に蠍が増えていく!!

 どちらの地獄を選ぼうが、お前はオーラを喰いつくされて無様に倒れるしか――」

小瓶の精霊(ホムンクルス・ハニー)

 ポンズは小瓶を具現化すると、蠍に被せるようにそれを腕に押し付ける。

 そうして具現化される、蜂の念獣(ハニー)

「食べて、蜂の念獣(ハニー)

 デフォルトされた蜂の念獣(ハニー)が蠍に齧り付き、(じょ)念する。

 それを目を丸くして見る長身の男。

「な、なぁ……? 除念? 放出系じゃないのか?」

「私は自分の系統を語ったことはないけど」

 ポンズの蜂の念獣(ハニー)は確かに除念もできる。だが、彼女は除念が専門という訳ではない。ただ単に、オーラを喰う性質の念獣を扱えるだけで、その効率は極めて悪い。多少強力な念ならば、数時間かけて捕食しなくてはならないだろう。未だに半端なポンズが簡単に除念できたカラクリは、貪食蠍群(グラトニーインセクト)が数を頼りにした念であり単体では弱かっただけに過ぎない。

 それを知らない長身の男は顔色を青くしているが、それは長身の男が心理的不利に立っただけではない。唐突に蠍の念獣が解除され、その場に倒れこむ長身の男。

「ッ! …、……!!」

「あ、ようやく効いた。やっぱり念能力者には効きが悪いわね」

 薬毒の妙(アルケミーマスター)。ポンズが誇る、毒をも具現化する能力。凶悪なのは発勁と共に内臓に向けてオーラを浸透させることによって、直接身体に毒を擦り込むことができる点。

 これはそれこそゾルディックのような例外でもない限り、一撃にて相手を昏倒させる必殺技に昇華する。ポンズが相手を殺す気がなかったからこそ、体が痺れる程度で長身の男は済んでいるのだ。

 尤もこれは彼女が懸念した通り、念能力者の格が違えばオーラに弾かれる為に効果はない。僅かでもダメージが与えられる相手に限定される一撃技といえるだろう。また、発勁自体も本来隙が多い技ということも問題点だ。武術に優れる者や、動体視力に優れる者には通用しない。

 だがやや格上程度の相手ならばご覧の通り、無傷の勝利すら有り得るのがポンズの能力である。

「っし!」

 実際の殺し合いでも接近戦で勝ちを手にしたポンズは自信を深くする。

 そして余裕ができた為にユアに戦いを見れば、そこも今まさに勝負が決まるところだった。

 

 ◇

 

(くそ、蛇かコイツっ!)

 比較的矮躯な男と戦うのはユア。とはいえ、ユアはまだ12歳の少女である。流石に成人男性と身長や体格で競うのには無理がある。

 では小さい方が負けるのが道理か。否、それを覆すのが武術、そして念。武術は李書文といったサーヴァントたちにこれでもかと仕込まれた上、才能の化け物であるクルタ族の少女がユアだ。

 矮躯の男が味わったことのない動きで幻惑し、攻撃を躱して隙を窺う。そして勝る念の大きさによって矮躯の男の右腕に文字を書く。

 ―絶―

 そう書かれた右腕は、そこから指先に向かってオーラが閉ざされる。左脚と併せて四肢の半分を奪われた格好になる。

 ユアの能力である存在命令(シン・フォ・ロウ)は単純であり、書かれた命令を強制するという操作系。ならば文字を消せば効果はなくなるが、まさか戦闘中にそんな隙は晒せない。ユアも体全体に効果を及ぼす為には顔に文字を書かなくてはならない為に、必然じわじわと四肢をもぐような戦い方になるのだ。

 そんなユアが持つペンだが、当然のように指3本で扱うなどという悠長な扱いはしない。人差し指と中指をくっつけて、その隙間に挟むようにしてペンを持つ。そのまま腕の動きや指の動きで文字を書けるようにユアは訓練を積んでいた。手品(トリック)においては比較的容易な技術であるパームの一種といえるだろう。

 両手を防御に扱い、右手を振るって文字を書く。それがユアの()()()()バトルスタイルだ。

 ジリ貧になる。それを感じ取った矮躯な男が左腕にオーラを集中させて発を扱う。

飛散する捕食毒(ブラディ・ポイズン)!!」

 放射状に放たれる痺れ毒。

 実は砂漠の毒針(スコーピオン)は共有型の念能力者であり、それぞれが短所を補完している。(実際に使われることはなかったが)長身の男が体から具現化した念獣を離す場合には矮躯の男が放出系で補い、矮躯な男が必殺の技を放つ時には毒を具現化するのに長身の男の力を拝借する。

 だが、それも当たればの話だ。

『回避しろ』

 自分の体にそう書いたユアは、回避の一点に於いて普段以上の俊敏性で攻撃を躱すことが可能。

 ユアに向かって放たれた液状の毒は、その飛沫一滴さえも交わることなく回避される。

「く――」

 ユアは既に矮躯な男を射程圏内に捉えた。しかし矮躯な男は右腕と左脚のオーラを縛られて思うように身動きが取れない。

「――くそ」

 鋭く振るわれた腕と指、それが書いた文字は『眠』。

 矮躯な男はその場に倒れ、大きないびきをかきながら眠りにつく。その額に書かれた文字が消えない限り、文字通り死ぬまで彼は眠り続けるように操作された。絶ではないのでオーラは流れているが、強制的な眠りの前では纏すらできていない。

「……ふぅ」

 ここまでやって、ようやくユアは安堵の息をついた。

 勝ちを確信するまで気を抜かない。勝ちを確信しても気を抜かない。サーヴァントに叩き込まれた心構えである。安堵の息を付きつつも、彼女に油断の2文字はない。

 ゆっくりとポンズを見て、年上のその女性が操作されていないことを冷静に確認する。とはいえ、ポンズの戦いは盗み見ていた。操作されている可能性は、流石にない。あくまで残心の精神である。

「お疲れ、ユア。やるじゃない」

「ポンズさんも接近戦苦手だったのに凄いね。それに比べてお兄ちゃんときたら……」

 痺れた長身の男と、眠る矮躯な男。それを見つつ、アサンに向かったバハトが敵を仕留め損なったのを確認。

 原因であり要であるバハトが戦果をあげられなかったのが、お兄ちゃん子であるユアを更に不機嫌にしたらしい。ぷすと膨れる少女を微笑ましく見るポンズ。

 1人を逃がしたとはいえ、この場は快勝。バッテラの、ひいては『敵』の攻撃を凌ぎ逆にダメージを与えた形。

 アサンにまた情報を抜かれたことに目を瞑れば、良い結果だったといえるだろう。

 

 

 




とりあえずユアとポンズの活躍回。モブは名前を考えるのが面倒だったという悲しい現実。
ちなみに、もちろんこの2人はまだまだ手札を隠しているので悪しからず。今回勝てたのは、99%李書文先生のおかげです。


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022話 ヨークシン・3

コロナのせいでリアルが大変過ぎる。
あまり余裕はありませんが、それでも物語を描くことは止められない。
最新話をどうぞ。


 

 ポンズとユアが勝利した戦場に俺が戻る。ポンズは倒れた2人をそれでも警戒して、ユアは長身の男の額に『眠』という文字を書いて完全に無力化する。

 と、そこでようやく警察が到着した。パトカーのドアを盾に、俺たちに向かって拳銃を向ける10数人の警官たち。その中で隊長の男が大声を張り上げてきた。

「警察だ! ゆっくりと両手を上げて頭の後ろで組み、その場で跪け! でなければ射殺する!」

「こちらはプロハンターだ! 攻撃を開始するなら反撃する! だが、話し合いには応じる!」

 対して俺も大きな声で返答し、さりげなくユアとポンズを庇うように一歩前に立つ。強化系の俺は拳銃程度ならば痒いで済むが、ユアとポンズはどうか分からない。操作系と具現化系は強化系から遠く、その防御力には一抹の不安があった。

「っ! 証拠はあるのか!?」

「ハンターライセンスを持っている!」

 そう言って俺はプロハンターのライセンスを掲げる。とはいえ遠目ではもちろん、近くでまじまじと見たとしても警察で現場に出るレベルの者ではライセンスが本物であるかの区別はつくまい。

 やや戸惑った隊長だが、俺の言葉を真実と思うことはできなかったようだ。再度声を張り上げる。

「繰り返す! 両手を頭の後ろで組み、跪け! 投降しなければ射殺する!」

「繰り返す! 攻撃すれば反撃する、会話をする限りこちらから攻撃はしない!」

 話し合いは平行線を辿り、結論が結ばれるはずもない。

 故に、次のアクションは決まっていた。

「撃て!!」

 パンパンパンと乾いた銃声が鳴り響く。が、当然の如く俺には通用しない。この程度でダメージを受ける程度にレベルは低くないのだ。

 全弾を受けきった俺に、呆けた表情をする警察の一団。

「警告はした」

 言った直後、俺は隊長の後ろを取る。アームロックで首に腕を回し、その動きを封じる。ちなみに気管も血管も絞めていないので、呼吸もできれば血の巡りを阻害する事もない。

「ひ」

「もう一度だけ問う。

 会話をするならばこれ以上の危害は加えない。だがもしも戦闘続行を望むならば、このまま首の骨をへし折る」

「っ! 全員、銃を下ろせぇ!!」

 いつの間にか最後尾にいた隊長の背後に居た俺。その動きを捉えられた者は警察の中には誰もおらず、なかば呆然としながらその光景を見た面々は銃を下ろしていく。

 戦意を完全に無くしたことを見届けて、俺は隊長の首を解放した。

「改めて自己紹介だ。

 俺は情報ハンターのバハト、恨みを買って俺の首に賞金が付けられた」

 本当に解放された隊長は、自分の命がある幸運をようやく噛み締めたらしい。その場にへたり込んでしまった。

 そんな彼を無視して、俺は話を続ける。

「俺の首に賞金が懸けられているのは本当だ。だが、だからといって、はいそうですかと殺される訳にもいかない。これは正当防衛であると主張する。

 呑んでくれるか?」

「の、呑む!」

 やろうと思えばこの場の全員を瞬殺することさえ簡単だと理解したのだろう。震える声で返事をする隊長に、こくこくと頷く警官たち。

 その行動には非常に満足だ。この後の要求が通しやすくなる。

「では、俺は捕まえた男2人を尋問する。流石にこの騒ぎになってはタクシーを拾う事も難しい。

 パトカーを一台拝借したいが、構わないな?」

「構わない! その要求を受け入れる!!」

「オッケー、交渉成立。

 あ、この件に関わる諸経費はちゃんと警察に振り込むから安心してくれ」

 そうして適当に見繕ったパトカーの1台を指さす。それに乗り込むユアとポンズ。

 俺は眠らせた男2人の元に行き、軽々と成人男性2人を担ぐと適当にトランクに押し込む。

 さて運転しようかと思ったが、運転席にはポンズが座っていた。後部座席にはユアが居て、俺は助手席に乗り込む。

 啞然とする警官たちをその場に残し、発進するパトカー。もちろんサイレンを鳴らすなんて無意味な事はしない

「で、バハトさん。どうするの?」

「トランクの2人組はバッテラに雇われた賞金稼ぎだろうが、普通に罪に問う事は難しい。下手に警察に突き出してもあっさりと解放されるだろうな。

 適当なホテルに向かってくれ、そこで念能力者を捕縛する専門筋と連絡を取る。それから俺の賞金首の種別が変わった可能性が高い。それも併せて調べるさ」

「種別?」

 後ろからのユアの言葉に、見えないだろうが頷いて言葉を返す。

「ああ。生け捕りのみ有効(アライブオンリー)にしてはアサンの攻撃に手加減がなかった。多分だが、生死問わず(デットオアアライブ)に変わったな」

 なんでもないように言う俺。まあ実際、なんでもない。生かして捕まっても、どうせ情報を絞り出された後に殺される事は分かっていた。今更どちらだろうが大差ない話である。

 運転席でハンドルを握るポンズは平然としているが、バックミラー越しに見るユアはどこか憮然としていた。ユアとしては俺を心配してくれているのだろうが、俺としてはこの2人まで賞金首になっていないかの方が不安である。そしていくらなんでも原作主人公組であるゴンとキルアは賞金首にはすまいとも考えていた。

 あ、キルアは元から賞金首か。

 そんなどうでもいい話はともかく、適当なホテルに着いてチェックイン。焼け石に水だろうが、一応ポンズ名義で部屋を取った。3部屋取ったうちの一室に眠りこけた男2人を押し込み、電脳フロアでパソコンから情報を引き出す。

 結果、やはり俺は生死問わず(デットオアアライブ)に変わっていた。懸賞金は変わらずの10億だが、まあここは変える意味がないと言えばない。バッテラが個別に雇った者には懸賞金を上乗せすればいいだけの話だからだ。アサンなどはどうせ10億に追加した報酬が約束されているだろうし、今回捕縛した男2人もそう。つまりは俺は『敵』に転生者であるとバレたと考えるのが妥当である。情報を抜き出さず、殺しにかかるなどそうとしか考えられない。

 要するに俺の懸賞金である10億は一般向けの、ただ行動妨害を目的とした嫌がらせの額なのだ。まあ、グリードアイランドクリア報酬に500億を積む者が相手となれば納得であるが。本命には更に報酬を上乗せして殺しにかかるのだろう。とりあえず、いつゾルディックに依頼されるか分からないから、とっととグリードアイランドに逃げたい。あそこはミルキも入手が難しかったゲームを介さなければ侵入できないので、逃げるにはうってつけだ。クロロかヒソカは手に入れていたが、そこは気にしないことにしておく。

 そしてユアとポンズもチェックするが、こちらは情報なし。賞金首にはしていないらしい。この2人も賞金首にした方が行動が制限されるが、この辺りが読めなくて不気味である。いったいどういった意図が隠されているのか。

 バッテラの情報も手に入れるが、やはりグリードアイランドの競売に予定を合わせて来訪するらしい。そうすると今週にはギリギリ間に合わない計算になるが、これは仕方ない。グリードアイランドに逃げねば死ぬ予言が為されている以上、ここで逃げない選択肢はないからだ。『敵』とバッテラが接触するのもサーヴァントに確認させたかったが、諦めるしかないだろう。

 おおよその情報を集め終わり、一息つく。信頼できる伝手から得た念能力者の拘束を主とした相手は今夜にも着くらしい。それまでは男2人――調べたところ砂漠の毒針(スコーピオン)という傭兵だった――の監視をしておくべきだろう。『敵』が奇襲してきたらこのホテルを放棄して逃げる算段も立てなくてはならないが、まあ捨て駒にそこまでしないだろうという考えもある。

 ついでに情報にバッテラが雇う者は三流が多く、目的を達成できないことが多いというネガティブキャンペーンも流しておく。こちらも嫌がらせの範疇だが、実際に俺を仕留めそこなっているし、グリードアイランドも未だにクリアされていない。嘘ではない情報を流すことによって、相手の動きを阻害するのも大事なことだ。

 そうこうしている間にアサシンから連絡が入った。ゴンとキルアが幻影旅団に捕まり、そのアジトへ連行されているらしい。

 言わんこっちゃないという気持ちと、彼らが無事で嬉しい気持ち。それから旅団のアジトの情報が入る喜びと、ノブナガと会う前段階に入った緊張。様々な感情が入り混じりながら、俺はユアとポンズに声をかける。

「しばらく外で情報収集をしてくる。ここは任せた」

「分かったよ、お兄ちゃん」

「オーケーよ、任せて」

 そういう彼女たちを後に残し、俺はホテルの部屋を後にするのだった。

 

 ◇

 

「アジトにようこそ」

 パクノダは声を発すると同時にドアを開き、廃墟と化したその場所にゴンとキルアを案内する。

 彼らを捕まえたのは囮となったノブナガと黒髪の男――ミドリ。そしてゴンとキルアを尾行したフィンクスとパクノダ、そしてマチ。

 開かれた扉の先には数人の男女がたむろしていた。フランクリン、フェイタン、コルトピ、ヒソカ、シャルナーク、シズク、ボノレノフ。

(13人に1人足りない。ソイツがリーダーか? それともこの中にリーダーがいるのか?)

 ウボォーギンが戻らないことを知らないキルアは素知らぬ顔で情報を集める。生きて帰れる線が極めて薄いとはいえ、それでも現状で出来る限りをする彼は流石といえるだろう。

 ついでにヒソカの事も気が付くが、ゴンを見殺しにしないだろうという期待から他人のフリをする。ヒソカもそれを分かっているようで、平然とゴンとキルアを無視する。

「あっ」

 それを台無しにするゴンの声にキルアとヒソカは同時に思う。この馬鹿野郎と。

 とにかくそれをキルアが誤魔化し、あれよあれよという間にゴンとノブナガの腕相撲が始まった。そこでノブナガが語る言葉によって、既に旅団の1人が打ち倒されている可能性が高いだろうことを知る。

(……じゃあこの場にいるのが旅団の全員なのか?)

 疑問に思うキルアを差し置いて、ウボォーギンの為に涙を流すノブナガにゴンがキレた。

 怒り全てを込めた力によってノブナガとの腕相撲に勝ち、それによって一部の旅団員の不興を買ってしまう。フェイタンに拷問されかけるゴンだが、ノブナガの取り成しによって解放された。

 そこで改めて鎖野郎と呼ばれる念能力者の確認がされるが、ゴンとキルアの答えは当然ながら否。その判定はパクノダへと委ねられる。

「残念ながら本当にその子たちは鎖野郎について知らないわ」

「マジか」

「じゃあ俺たちに用はない。マチが必要なら引き渡すよ?」

 フランクリンが意外そうに言い、シャルナークがマチに声をかける。

 話を振られたマチはフンと機嫌悪そうに鼻息を荒げる。

「こっちもそのガキたちは要らないわ。外れを引いたみたい」

 その会話でマチが幻影旅団に属していないと理解したキルアは思わず声に出してしまった。

「アンタは旅団じゃないの?」

「違うわよ。ま、同郷だから色々と融通を利かせているけどね。

 今回はバハトって奴を捕まえる為に色々と骨を折っているとこ」

(! コイツがバハトの『敵』か!?)

 思わず体を強張らせるキルアだが、くっくっと笑うフェイタンは彼を無視してマチをからかう。

「マチはアイツにぞっこんね。見てるこっちがやけるね」

「うっさい。あんたらがクロロに向けるのと変わんないわよ」

「マチは優しいし面倒見がいいからねー」

「シズクも黙れ」

 完全にマチをからかうモードに入った旅団たちを見て、シャルナークが軽くため息をついてゴンとキルアに話しかける。

「お前らが鎖野郎と関わりが無いならどうでもいいや。もう帰っていいよ」

「待て。ソイツは帰さねぇ」

 それに待ったをかけるノブナガ。どうやらゴンを旅団に誘いたいようだが、他の団員はあまり乗り気ではないようだ。ゴチャゴチャとした言い争いを始める。

 マチは呆れたため息を吐き、その場を歩いて去ろうとする。

『マスター、どうする? この場に残るか? マチとやらに憑くか?』

『――その場に残れ。マチの情報は惜しいが、ここは予言に従う方がいい』

『了解だぜ』

 バハトは霊体化したアサシンから送られる情報を吟味して、答えを出す。

 どういう経緯かは知らないが、どうやらマチは幻影旅団に入らずにその穴埋めをミドリという名前の黒髪の男がしているらしい。穴埋めとはいえ、幻影旅団に相応しい実力者であることは間違いないとも判断されたが。

 そしてマチがぞっこんと評されるのを察するに、恐らく彼女は『敵』に操られている。多分だが旅団結成前から。クロロへの忠誠心や信頼が『敵』に向いているとなれば旅団に入る訳がない。

 バハトはひとまずはグリードアイランドに逃げるが、後々の方策としてバッテラだけではなくマチを張るのもありだと理解する。むしろバッテラよりもマチの方が『敵』に近いだろうとも思っていた。バハトならば旅団レベルの実力者は重宝するし、『敵』もマチを護衛に使うのは想像に難くない。

 そんなバハトの思考はさておいて、ゴンとキルアをノブナガが見張ることで決着がつく。あぶれたミドリはヒソカと組み、また鎖野郎を探すべく2人が組になって釣りを始めた。

 監禁された2人だが、やがて夜になってゴンがヨコヌキを思い出してその場を脱することに成功。残されたノブナガは円を展開してゴンとキルアを警戒するが、彼らはもう既にアジトから脱出していた。

 この瞬間こそがバハトが狙っていたタイミングである。

 

 ノブナガが待ち構えるその場所に向かって、音を立てながら近づくバハト。

 廃墟の出入り口から聞こえる足音にゴンとキルアへの警戒とは別種の警戒を強くするノブナガ。やがて彼の前にバハトが姿を見せる。拍子抜けしたような顔をするバハトだが、ノブナガの警戒は強くなる一方である。

(強ェな、コイツ)

「折角幻影旅団のアジトを突き止めたのに、居残りが1人居るだけかよ」

「なんだ、テメェ?」

「鎖野郎だ」

 バハトがついた嘘に、ノブナガは大きく目を見開いた。

(こいつが鎖野郎? こいつがウボーを殺した? しかし鎖野郎という呼称を何故知っている、それは旅団内での通称だったはず。まさか背信者(ユダ)が!?)

 そんなノブナガの動揺を更に広げるべく、バハトは大声で宣言する。

「やれ、ウボォーギン!」

「なぁっ!?」

 ノブナガの背後に突如として現れた気配。振り返ればそこには白目を剥いて正気を失い、ノブナガに向かって拳を振り上げるウボォーギンの姿が。

(操作されてやがる!!)

 そう感じたノブナガは戦場でやってはいけない事をしてしまった。すなわち硬直である。これがウボォーギンかクロロ以外の相手であったら、例え仲間といえどもノブナガは斬り捨てていただろう。それくらいの覚悟は彼にはある。

 しかしバハトが演出したこのタイミングは酷すぎた。鎖野郎という怨敵がいきなりアジトを強襲し、裏切り者の可能性を考えてしまう思考の隙。それは死んだと思っていたウボォーギンが現れ、自分に操作されて襲い掛かることで広がってしまう。もしかしたら操作を解けばウボォーギンは助かるのではないかという判断が、ウボォーギンを殺すのではなくその攻撃を受け止めるという判断に至ってしまう。

 そしてたった一振りの刀をウボォーギンに向けた隙を、バハトは見逃さない。

妖艶な吐息(ラシェットブレス)

 1枚の札を切り、バハトはノブナガの意識を闇に沈めるのだった。

 

 ◇

 

「ひゅう。しかしマスターも酷い真似をするねぇ、俺に死んだ親友のフリをさせて襲い掛からせるなんて」

「外道には外法というヤツさ」

「まあマスターが集めた情報を知る限り、因果応報って言えなくもねぇ」

 白目を剥いたウボォーギンが気軽に語り、その姿を一変させる。

 そこ居たのは上半身に入れ墨をこれでもかといれた、長く黒い髪を後ろで無造作に束ねた無頼漢、アサシンのサーヴァントである燕青だ。彼は変身能力を持ち、それを使って俺は彼をウボォーギンに変身させてノブナガへの奇襲に使った。

 今はまだウボォーギンの死が旅団に確定されていないというギリギリの状況で、ウボォーギンと最も仲の良かったノブナガだからこそ効いたであろう奇襲。

 他者が見たら眉を顰める行為であろうが、俺には躊躇う気持ちは全くなかった。自分の命が懸かっているというのもそうだが、幻影旅団(コイツラ)はクルタ族を惨殺した(かたき)でもある。容赦する義理なぞ微塵もない。

「じゃあここでお前は帰すぞ、燕青」

「あいよ。んじゃまあ、魔女サマに殺されないように気をつけときな」

 ノブナガをもう一回念入りに落とした燕青に声をかける。それに飄々とした態度で答える彼を送還した。

 ゴクリと生唾を飲み込み、サーヴァント召喚の呪文を唱える。

「素に銀と鉄――」

 指定するクラスはキャスター、真名はメディア。

 コルキスの魔女と恐れられたその人物を、今ここに。

「――抑止の輪より来たれ、天秤の担い手よ!!」

 魔力が収束し、人型が形を成す。

 俺よりも大分小さなその姿は実体化し、メディアはちょこんと俺に頭を下げた。

「あ、あの。キャスターのサーヴァント、メディアです。

 よろしくお願いします」

 その服は清く可憐。淡い色彩とフリフリのフリルをあしらった服を着ている。

 ……白歴史来ましたー。

(いや、こっちかよ)

 思わず誰とも無くツッコミを入れる。確かにサーヴァント召喚にはクラスと真名しか入れる余地はないが、こっちかよ。

 脱力してしまうが、別段悪くはない。むしろマスター殺しをする可能性を考えれば、こっちの方が断然いい。むしろ今更ながら、エミヤを召喚した時にデミヤが来なかった幸運を喜ぶべきであろう。

 とにかく、攻撃魔術を除いてその技量は幼くても変わらなかったはず。ならば願うことは同じ。

「メディア、悪いがそこで倒れている男の記憶を探りたい。魔術をかけてくれるか?」

「ダメです!」

 強い反発の言葉にやや面食らった。メディアはキッと眦を吊り上げて俺を睨む。

「どういう事情があるのかは知りませんが、人の記憶を覗いていいことなんてありません! 私は絶対にやりませんわ!!」

「いや、しかし俺の命に関わるんだ。無理を承知で頼む」

「イ・ヤ・で・す。どうしてもというなら令呪を使って下さいっ!」

 プイと顔を背けてしまうメディア。

 なるほど、ここでこうやって令呪を使うのな。納得。

「令呪を使えばいいんだな?」

「――そこまでですか」

 三画ある令呪の1つが輝きを増し、その魔力の奔流がメディアに流れ込み始める。

 それを感じ取り、メディアは諦観のため息を吐いた。

「令呪を使うならば仕方ないです。けど、私は反対しましたからね」

「分かっている。が、ここは令呪を使わせて貰おう。

 令呪を以って我がサーヴァント、メディアに命ずる。この男、ノブナガが持つマチと幻影旅団の記憶を俺に寄越せ!」

 回復することがない紅く光るその1画が輝きを失うと同時、メディアの魔術が行使される。それと同時、俺の中にノブナガの記憶が流れ込む。

 

 

―マチ、お前本当にソイツにべったりだな。何がそんなに気に入ったんだ?―

―うるさいね、そんなのあたしの勝手だろ―

 

―俺は、俺たちは欲しいモノはなんでも奪える盗賊団を結成するつもりだ。マチ、お前も一緒に来ないか?―

―クロロ、悪いけどあたしはあの子を見捨てられないよ。ま、何かあったら手を貸すさ―

 

―俺の番号は11にするぜ。1番のお前より1が多い分、俺の方が上だな―

―タコ、数字1つで何勝ち誇ってんだよ、ウボー―

 

―は、疲れたか? ノブナガ。なら俺に任せて休んでおけや―

―あ? 何言ってやがる。調子乗ってるとオメーから斬るぞ―

 

―そいつは新入りか?―

―そ、名前はミドリっていうんだ。よろしくね、先輩―

 

―ったく、盗賊がお宝を壊しかけてどうすんだか。……しかしここの酒はイケるな―

―ああ、美味いな。こんなところで腐らせておくにはもったいねぇ―

 

―ウボーはバカじゃねぇ。相性が悪くても戦って勝てる頭脳と経験は持っている―

―鎖野郎はそれを超える強敵の可能性が高い、か―

 

―ボウズ、旅団(クモ)に入れよ。俺と組もうぜ―

 

 

 記憶をかみ砕いだ時、俺の中で激しい感情が生まれていた。

 それは、怒り。激怒。憤怒。そういった種類の感情がごちゃ混ぜになって出口を求めてはらわたが煮滾っていた。

 ああ、今なら分かる。ゴンがあそこまで怒った理由が。ノブナガの記憶と感情を奪い取り、ようやく理解した。ノブナガはウボォーギンに対して、俺がユアに向ける愛情となんら遜色ない親愛を向けていたのだ。

 それだけの愛を持ちながら、どうして。

「どうして……何故、テメェ等はそこまでの外道が出来るんだぁぁぁぁぁ!!」

 俺は咆哮した。

 クルタ族の虐殺もその1つに過ぎない。人の愛を踏み躙り、悪逆非道を為すこの人間が心底理解できない。これが悪魔や宇宙人ならば、理解の範疇外と割り切れた。しかしなまじ同じ人間であると理解してしまったからこそ、その激情が生まれてしまう。

「――殺す」

 絶対の殺意を持って、倒れ伏すノブナガを睨む。俺にはコイツが、コイツ等が存在することが赦せない。殺して踏み躙り、グチャグチャにしたってこの悪意は消えないだろうと確信する。でも、それを為さないと怒りで頭がどうにかなってしまいそうだった。

 グリンとメディアを見る。彼女はだから言ったのにと、そう言わんばかりの表情で俺を見ていた。

「メディアァ! こいつの尊厳全てを犯しつくして殺せ!」

「イヤです。私はそんな事の為に魔術を修めたのではありません」

「四の五の言ってるんじゃねぇ、命令に従えぇ!!」

「イヤです。どうしてもというなら令呪を使って下さい」

「上等だ! 令呪を以って――」

 ――1つだけなら眠気はない

 ネオンの占いの言葉が俺に冷や水を浴びせた。ふと冷静になれば、メディアは軽蔑の目で俺を見ていた。感じることはできないが、聖杯の中にいる他のサーヴァントもそうだろう。

 今までは俺自身の命が危ないからこそ、高潔なサーヴァントも従ってくれた。仕事人のサーヴァントも汚れ役をやってくれた。しかし俺自身にその価値がなくなれば、彼らはもう手を貸してくれないだろう。

 それは俺の死に直結する。自分の命を懸けるに値する価値が、この男にあるだろうか?

 論ずるまでもない。答えは否だ。

「――いや、すまない。俺が冷静じゃなかった」

「マスターが落ち着いて下さって何よりです。だから人の記憶を覗きたくなかったんですよぅ」

 ぷくーと頬を膨らませるメディアは愛らしく、ふとすれば恐ろしい魔術を行使するサーヴァントだということも忘れそうだ。

 とにかくメディアを送還し、次のサーヴァントを呼ぶ。メディアよりも護衛に向いたサーヴァントを呼び出すつもりだったが、その前に携帯の着信音が鳴った。俺のではない、ノブナガのだ。

 取り出してみれば、そこにはクロロの文字が。少しだけ悩んだが、俺は通話を開始する。

『ノブナガ、今ホームか? 急いでそこから脱出しろ! セメタリービルに向かい、仲間と合流するんだ!!』

「…………」

『……、お前は誰だ』

 俺の沈黙から、電話に出たのがノブナガではないと察したらしいクロロが問いかける。

「そうだな。俺らの事は幽霊(ゴースト)とでも呼んでくれ」

『ノブナガはどうした?』

「まだ生きてるぜ。まあ、意識が戻ることはもうないがな。

 コイツは色々と教えてくれたぜ、色々とな。お前は念能力を盗むんだって? クロロ=ルシルフル」

『――そうか。テメェ、鎖野郎か?』

「なんだそりゃ? どっから鎖が出てきた?」

『分からない、か。色々とノブナガが教えた割には荒いな』

「そりゃあな。最後は見苦しくて仕方なかったから、眠って貰った。これでクモを潰すのに大躍進だが、もうちょっとマシな手足はいなかったのかよ? この程度がA級とか、世の中ヌルいと思わないか? なあ?」

『フ。クモの手足の1本をもいだ程度で粋がる雑魚にはちょうどいいヌルさだろう?』

「失敬。これが残り12だろうが、程度が知れたものでね」

『いいだろう。証明してみせろ、幽霊(ゴースト)

「言われるまでもない、狩りつくしてやるよ。旅団(クモ)

 ぶつりと通話が切れる。

 無機質な音が告げる空白の前の会話は、余りに毒が多すぎたものだった。

 だがしかし、これでいい。復讐のつもりは毛頭無く、ただ俺は幻影旅団が存在することが赦せなかった。それ故の宣戦布告をした事に後悔は微塵もなく、むしろやってやったという爽快感だけが残る。

 だからこそ、俺がすべきことは1つだけ。

「逃げよう」

 グリードアイランドに。

 このまま幻影旅団と戦ったら、恐らく多分予言の通りに来週までには俺は死んでいるだろう。冷静になった今、そこまで近視眼的になる訳がない。

 そもそも原作に沿えば、ヨークシンにてパクノダは死亡してヒソカは離脱。その後、更にヒソカがコルトピとシャルナークを殺してくれる。別に俺が幻影旅団を潰したいわけじゃない、奴らが消えてくれるなら過程を問うつもりはなかった。

 そういう意味ではヒソカと積極的に敵対する意味はないし、クラピカと連携してもいい。まず俺がやらなければならないことは『敵』を殺すことであり、それを見失ってはいけない。

 情報も手に入った。ノブナガの記憶が薄まっていたから大したものはなく、『敵』の名前さえも入手できなかったが、マチがついていったのは少女だったと記憶に残っていた。

 『敵』は女だ。それが分かっただけでも大きな成果であるといえる。

 では、さて。もう起きる事がないノブナガをどう料理してやろうか。

 俺は自分の瞳がゴキブリ以下のモノを見る目であると自覚しながらノブナガを見つめつつ、サーヴァント召喚の呪文を唱えるのだった。

 

 

 



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023話 ヨークシン・4

弱音を吐いていいですか。
コロナ、辛い。
でも、できるだけ執筆は頑張りたいと思います。


 ※

 

 『バハトの敵』は気配を殺して潜んでいた。

 オークションが始まって既に3日目。未だ彼女の『敵』は動かないが、時間の問題であると確信している。

 監視をしているのは幻影旅団の3番の番号を持つ男、ミドリ。原作とは違う唯一のクモであり、彼はマフィアの賞金首にも載っている。ならば彼女の『敵』がミドリを調べない筈がない。それ故の確信であり、彼女はマチと共にマフィアを虐殺するミドリを監視し続けていた。

 彼女と共にミドリを監視するマチは、彼女が最も信頼する友である。

 『バハトの敵』である彼女が持つ念能力は『指揮者のタクトはその両手(ルーラーコンダクター)』といい、その人生で最大10人までの人間を操作し、その能力を持つ者に最大限に気に入られようとするよう思考回路を強制する。操作した人間を手駒として大事にするか捨て駒として扱うかはさておき、操作した人間というのはほとんど全て彼女にとっては『駒』に過ぎない。

 だがしかし、彼女にとってマチだけは違う。マチだけは彼女にとって友であり、家族であった。

 彼女がこの世界で初めて意識を得たのは流星街、世界のゴミ箱である。ここの住人は捨てられた全てを受け入れるが、しかしそれは懐に入れた全てを大事にするという訳ではない。むしろその本質は排他的かつ独善的であり、赤子の内から教育をして流星街に都合のいい思考をするように洗脳する。それに染まらない子供などは同胞とは認めず、殺す事さえ稀ではない話だ。

 前世に日本人という経歴を持つ彼女にとって、流星街は死と隣り合わせの場所だったといっていい。纏が使え、特殊能力があるとはいえ、周囲全てが敵であるといえるその状況で生き延びるのは甚だ難しかったと言わざるを得なかった。

 そこを助けてくれたのがマチだった。なんとなくマチは無垢な子供が死ぬのを嫌がったと、後に操作した彼女本人から聞き出した。それは流星街にすら染まらない『バハトの敵』に、やがて流星街でも異端の存在と言われる幻影旅団の素質を見出したのか、はたまたもしかしたら仲間になったかも知れない男に評されたように彼女がただ単に優しかったからなのかは今となっては分からない。

 とにかく『バハトの敵』はそこに愛を見出した。そしてマチがやがてクロロに心酔し、幻影旅団として自分から離れることに耐えられなかった。だからこそ水見式すら試していない、練も辛うじてできる時分にマチを操作した。自分に依存するように、自分から離れないように。

 ほんの数歳の子供が執念染みた発を使う事を考慮できる訳もなければ、当時のマチも10歳になるかならないか。マチはあっさりと彼女に操作され、彼女が望むように彼女の家族であり最も近しい友になった。

 『バハトの敵』にとって、自分が操作系だったのは幸運だったのだろう。例え自身が操作系とは対極の系統である変化系でもマチを操作する事に違いはなかっただろうが、メモリに大きな枷をかける事がなく済んだ。それどころか自身の発として完成させて、マチ以外にも駒を最大で9体も作り出せるというのは僥倖以外の何物でもないといえた。

 彼女は既に8本の指を使っており、そのうち3本の指は切り落とされている。残り5本の指の内の1つはマチであり、動かせる駒は4体。しかし更にうち1体はメイドとして扱っており戦闘向けではなく、更にもう1体は保険として大分前から別行動をさせている。現状、マチの他に動かせる駒は2体。

(十分だ)

 『バハトの敵』たる彼女はそう思う。既に相手を捕捉し、たまに監視をしている現状からして奇襲のタイミングは計れる。今のところ彼女の『敵』が動いている気配はないが、やりようはいくらでもあるのだ。もしかしたら仲間や兄妹を上手く使っている可能性もある。

 そう、だからこそヨークシンでは手が足りなくなるからしてマチをグリードアイランドから呼び戻したのだ。

 彼女はバッテラを支配下に置いている訳ではない。同盟の相手として上手く持ちつ持たれつの関係を築いているのだ。彼女が『敵』を殺した暁にはバッテラの婚約者を治すというのも約束の一つだし、それまでの間にバッテラの手伝いをするというのも一つ。とはいえ、手伝いとしてツェズゲラに手を貸した訳ではない。マチが行ったのはグリードアイランドにおけるプレイヤーの殺害である。

 バッテラが所持するグリードアイランドの量は全体の3分の1にも及ぶ。その中でプレイ中のグリードアイランドを手に入れた事もあり、バッテラが選考できる念能力者はおおよそ150名強。だが、このうち半分はもはやクリアはおろかゲームからの脱出を諦めている。いわば半分の容量を無駄にしている訳だが、これらのプレイヤーをマチが殺すとすればどうなるだろうか? マルチタップに繋いでいるプレイヤーならば8人で、そうでないバッテラと関係ないプレイヤーならば2人でグリードアイランドを1つ手に入れるのと同義の価値を持つのだ。グリードアイランドがヨークシンオークションで100億を超える値が付くと考えれば、バハトに10億の賞金首をかけるのになんら問題のない取引といえるだろう。

 そうしてバッテラと適度な距離を持つ彼女は、当然『敵』の特殊能力を警戒している。エリリの行動が筒抜けになっていた辺り、監視能力を持つという事は当然予想の範疇だ。なので自分はおろか、マチすらも必要以上にバッテラに近づかせない。操る駒の一つが携帯で連絡を取るという手段を取っている。情報ハンターを相手にしては当然の警戒といえるだろう。

(さあ、いつでも来い……!!)

 ここを逃せばミドリの足取りは掴めなくなる。ただでさえ原作から外れた存在であるからして、今がミドリを攻める最後の時である。緊張を最大にして『バハトの敵』はミドリを監視し続ける。

 

 だがしかし。

 日をまたいでもミドリが攻撃されることはなく、彼女たちは貴重な時間を無駄にしてしまうのだった。

 

 ※

 

 ドサリと死体をホテルの部屋に投げ捨てる。

 俺が拠点となるホテルに戻り、砂漠の毒針(スコーピオン)を捕縛してある部屋にノブナガだったモノを投げ捨てた音である。

 幻影旅団(クモ)には、クモ自体か仲間か以外への恥辱は無意味。そう解釈した俺は、ノブナガに屈辱を与える事を諦めた。いや、あっさりと捕らえられた上に情報を漏らしたと思われる事がノブナガにとって最大の屈辱だろう。それをノブナガに自覚させることも一瞬頭によぎったが、幻影旅団(クモ)の意識を一瞬でも戻す事の危険性が勝った。速やかにノブナガを殺害し、その首級としてホテルにその死体を持ち帰ったのだ。もちろん人目に触れさせるという不手際は犯していない。

 そしてノブナガだったものをに一瞥も向けず、ユアとポンズがいる部屋へと向かう。

 果たしてそこには全力でくつろいでいる2人の女の姿があった。

「あ、お兄ちゃん。お帰り」

「遅かったわね」

 ホテルに備え付けられているコーヒーを飲みながらソファーにゆったりと腰かけている2人を見て思わず苦笑が浮かんだ。

「遅れたか?」

「別に時間は約束してなかったわ」

「そういうお兄ちゃんは何か収穫はあったの?」

 幼子が起きている時間ではないが、深夜というにはまだ早い。持て余した時間でお喋りを楽しんでいたであろう2人に爆弾発言を落とす。

「旅団の1人を仕留めた。それから次いで、仕留めた旅団の男から旅団の情報を抜いた」

「――」

「……マジ?」

 絶句する、絶句せざるを得ないコーヒーを飲んでくつろいでいた女性2人。

 苦笑いをしながら、俺はカップにコーヒーを注いでソファーからやや離れた椅子に座る。

「本当さ。

 そして俺はこの情報を流す。残る12人全ての、表層とはいえ情報を得られたんだ。今までの功績を考えればシングルは貰えるだろ」

 俺はアマとしても活動をして、プロならばシングルクラスとの評を得ていた。むろんそれらは全てサーヴァントのおかげだが、知らなければ俺の功である。

 そして合わせて幻影旅団の念能力。これならば情報ハンターとしてシングルを貰えるという確信が俺にはあった。

 当然ながら自分はもちろん、仲間の情報を簡単に吐くバカがA級賞金首になる筈がない。言い換えれば、俺にはA級賞金首からすら情報を搾り取れる手段があるという訳だ。拷問にすれば想像に絶するだろうし、そういう能力ならば極めてレアな上に戦闘に向かない事が多い。どちらにせよ、稀有な才能であるといえる。A級賞金首から値千金の情報を奪えるというのは、情報ハンターとしてシングルと呼ばれるのに問題ないレベルだろう。

 例えばこれがノブナガを仕留めただけならば、もちろん星は貰えない。幻影旅団の13分の1、しかも替えの利く戦闘員。これだけで星を与えては、星の価値がなくなる。せめて幻影旅団を壊滅させなくてはシングルの称号は貰えない。そしてそれはもしかしたらトリプルよりも難しい偉業かも知れないのだ。

 だが、情報を奪って流す。それを元に他の賞金首ハンターが幻影旅団を狩る。この連携の起点になるのならば話は違う。これが幻影旅団のみに限らないかも知れないとなればなおさらで、その下積みを俺は成し遂げている。

 そしてシングルになって何を為すのか。別に何も為さない、シングルハンターという希少価値の情報流出を防ぐという一点のみに俺は注力した。星が多くなればなる程に貴重になると同義で、その扱いは繊細になる。己の身が情報ハンターであれば尚更だ。

 幻影旅団にはシャルナークとクロロ、ついでにヒソカがプロのハンターで在籍している。奴らに喧嘩を売った以上、情報漏れの危険は出来るだけ排除しておきたい。その為にできれば星を得たかったのだ。ここまで手を打てば、幻影旅団が俺の情報を得るのは難しくなるだろう。

「いや、幻影旅団に喧嘩売ってるんじゃん、お兄ちゃん。どうするのよ?」

「考えはある。とりあえず、ゴンとキルアへの伝言その他諸々に1人は向こうに合流して貰いたい。もちろん、今すぐという訳ではないけどな」

「バハトさんはどうするの?」

「俺はひとまず身を隠す。その手段は隠したいから、俺に付いてくる相手にしか明かせない」

 ほんの少しだけ重い沈黙が流れる。ポンズはもちろん、ユアにさえ俺は強制する権利はない。しかし俺はポンズの師匠で、ユアの兄だ。いわばこれはお願いの形を取った脅迫、恩があるなら情があるなら言うことを聞けという傲慢に相違ない。そして仲間に甘い彼女らはおそらくこの要請を受けるとも思っていた。これが仮に幻影旅団ならば、クロロの命令でなければこんな要請は受けないだろう。

 やがて、諦めたようにポンズが口を開く。

「ユアちゃん。貴女が決めていいわよ」

「分かった。じゃあ、私がゴンとキルアの伝言を受けるわ」

「「え?」」

 思わずというか。俺とポンズの驚きの声が重なった。

 いや、てっきりユアは俺と一緒に来るかと思ったが。

「――護衛なら、私じゃなくてもできる。けど、お兄ちゃんにとっては伝言の方が大事なんでしょ?」

 いや参った、そこを見抜くか。

 実際、俺は旅団の情報を流したらすぐにグリードアイランドに逃げる心積もりであった。そして傍らにサーヴァントが側にいる以上、俺の側の危険性はかなり低いといっていい。

 そんな安全圏に居る俺よりも、クラピカへの伝言を任せたり幻影旅団に接触する危険がある原作合流組の方がよほど心配で、そして重要だ。

 俺の中での優先順位としては。安全な方にユアを連れて行って、そちらをポンズに任せたかったのだが、それを見抜いて自分からやるといっているユアを無視する訳にもいかない。そしてこの流れで否定する訳にもいかないし、ここで無理を通せばむしろ記憶を読み取るパクノダを相手にすれば危険が増す。

「分かった」

 ある程度立場が対等な以上、全部俺が決めるのは不自然だと思ったツケを払うべきだろう。とても、とてつもなく不安だが、ここは無理を通せない。そもそもユアが危険な目に遭うとも限らないのだから。

「ポンズは俺と一緒に来て貰う。ユアには、いくつか頼みごとをするから、できれば聞いて欲しい。

 ただ、無理はするな。命の危険を感じたら即座に逃げろ」

「分かったわ」

「――なんか重い仕事を請け負った気しかしないわ」

 力強く頷くユアに、肩を落とすポンズ。

 ユアはともかく、ポンズはユアから最愛の兄との同行を請け負ってしまったに等しい。まさか自分がそっち側に行くとは思っていなかったという感想には同意したい。

 実はポンズ側が安全ルートだとしてもだ。

「色々と、手紙を書く。内容を把握したら逆に危険だからこそ手紙にする。

 後、ゴンとキルアへの伝言は後で考えがまとまったら口で説明する」

「分かったわ」

 力強く頷くユアを尻目に、かなり疲れた表情のポンズを視界に入れつつ、俺はこの部屋を後にする。

 ポンズの名義で取った部屋は3つ、捕虜の部屋と女部屋、そして俺専用に等しい男部屋だ。すぐ近くにあるそこに向かいながら、俺は手紙に認める内容と砂漠の毒針(スコーピオン)を引き渡した後の行動について考えていた。

 と、その僅かな間でピロンと携帯にメールが着信する。こんな時に一体誰だと思いつつ、画面を見れば件名にはヒソカ♣の文字が。

「…………」

 そういえばハンター試験でホームコードを渡していたなと思い、内容を検める。

『仕事の依頼をしたい♥

 幻影旅団の能力を調べてくれ♦

 報酬は1人につき5億払うけど、最低条件は過半数♠』

「…………」

 何が目的なのかさっぱり分からない。ヒソカは既に半分の旅団の情報を、表層とはいえ仕入れている筈である。っていうか、旅団の能力を過半数で1人5億は、割に合うのか合わないのか。1人だけならまあ戦って逃げるという方法を取れなくもないが、半分以上は流石に無理がある。普通に考えれば断る案件であるし、実際ノブナガから情報を引き出していなければ断っていただろう。

 だが今現在は、旅団を裏切るであろうヒソカとは最低限の信頼関係を持っていたい。いずれ敵対するかもしれないが、旅団が敵であるならばヒソカとの縁は大切だ。5億はどうでもいいが、ヒソカという戦力は捨てがたい。

 俺は原作知識とノブナガから仕入れた情報をまとめてヒソカへ返信することを選択した。

 

 ◆

 

 バハトから送られてきたメールを見てヒソカはニィと嗤う。

 今は仕事終わり。マフィアからお宝を巻き上げて、とりあえず乾杯のビールを開けたところ。幻影旅団には欠員が2人居て、それはウボォーギンとノブナガである。

 アジトの場所がバレていると看破したクロロにより、サブの合流地点で再集結。シャルナークが急遽手配した人気のない廃屋を拠点とし、シズクのデメちゃんからお宝を引き出して確保した段階で一区切り。仲間に死者が出たとはいえ、仕事自体は完遂だ。献杯の意味を込めて酒を呷る幻影旅団たち。

 マフィアはフェイクの死体に釘付けだろうし、競売にかけられた品物が偽物だとは想像もしていないだろう。これらの偽物が消え失せる20時間を超える時間が彼らの味方だ。

 ここで幻影旅団には2つの選択肢があった。仕事を完遂したとみなしてヨークシンから離れるか、旅団に敵対した相手を殺すかだ。その決断は団長であるクロロに委ねられているといっていい。

「一息入れたら撤退するぞ」

 そしてクロロの選んだ選択肢は撤退だった。団長命令に異存がある訳ではないが、一応根拠くらいは聞いておきたいのだろう。シズクが生徒のようにスっと手をあげる。

「別にいいんですけど、ウボーとノブナガの仇は取らなくていいんですか?」

「命令なら従うがよ、できれば俺も歯ごたえのある敵を殺してーな。無理にとは言わねーけどよ」

 シズクの言葉に乗るのはフィンクス。撤退も命令なら従うが、ウボーとノブナガを殺した相手をそのままというのも寝覚めが悪い。出来るなら敵をスッキリ殺してこの地を去りたいものである。これではまるで殺されたのが怖くて逃げだすようではないか。その感想に近いのはフェイタンであり、彼も殺せるならば敵は殺しておきたいのだろう。

 言外に納得させろという仲間たちに、クロロは彼がネオンに占って貰った予言を見せる。

 それを見て、内容が理解できた団員は顔色が変わった。

「これは……」

「そう、未来予知の念能力だ。俺がある女から奪った。自動書記で予言された為、ウボォーギンやノブナガの事など知る由もない女だ」

「霜月と睦月の眠りの暗示。これは死ぬってことかな?」

「俺はそう読み取った。実際に『孤独に自宅で眠る睦月』の表現を見た後、俺はノブナガに電話をした。

 が、手遅れだった。ノブナガは敵の手にかかっていた。情報も抜かれていたようだったしな」

 シャルナークが現状から見た予言に口を出すが、クロロが口にしたのは更に意外な言葉。最古参であるノブナガから情報を抜かれていたということは、この場にいる多くの念能力がその表層とはいえ透けている事になるのだ。奥の手まで見透かされているとは思いたくないが、ノブナガがそこまで見切っていれば話は別。背中に薄ら寒いものが奔ったのは1人だけではない。

 パクノダがやや声を硬くしてクロロに問いかける。

「団長、説明を」

「分かっている。

 俺がその予言を見た後、ノブナガの携帯に電話をかけた。出たのはノブナガではなく、幽霊(ゴースト)と名乗る男だったがな。

 奴は俺が念能力を盗むということは知っていたが、鎖野郎という単語に反応を示さなかった。また、自分たちを示す言葉として複数形を使っていた。

 これらから、鎖野郎とは違う複数人の敵勢力がいることが確定。また拷問や苦痛でなく、操作やパクノダに似た特質系の能力で情報を抜き出した事も読み取れる。自分に必要な情報だけを抜き出すのでなければ、ノブナガから鎖野郎という単語は拾えたはずだ」

「なるほど。そして『血塗られた緋の眼が地に伏す傍らで、貴方の優位は揺るがない。例え手足が僅か3本になろうとも』。

 つまり、団長を除いて7人が死ぬんですね?」

 ミドリの言葉に頷くクロロ。13人の団員の中で死亡したのは2人であり、残りは11人。クロロを含めて4人しか生き残らないとなれば、7人が死ぬ計算になる。幼稚園児でも分かる話だ。

 だがそれも来週の話。クロロは予言の説明を続ける。

「その詩による予言は4分詞から5分詞から成る1つの章が週の1つを表しているらしい。手足が3本になる予言は来週、つまり今週にヨークシンから離れればその予言は成就しない可能性が高い。

 故にいったん撤退だ。ウボーとノブナガの仇は、態勢を整えて討つ」

 もしもバハトが敵対の意を表に出していなければクロロもここまで強硬姿勢を見せなかったかも知れない。マフィアのお宝を狙った盗賊が返り討ちにあった犠牲の範囲として許容していたかも知れない。……バハトを敵として見ない未来もあったかもしれない。

 だがしかし、バハトは幻影旅団を相手に明確な敵意を見せてしまった。それが最大の失策。襲われる前に殺す、それが幻影旅団にとって当然なのだから。

 更にバハトが犯してしまったミスがもう一つ。それはヒソカが味方になると思ってしまったことである。

幽霊(ゴースト)とやらにはボクが心当たりがあるよ♣」

 ヒソカの言葉に旅団全員の視線が彼に向かった。

 ヒソカは読んでいた、クロロが予言能力を奪ったという意味を。つまりその予言能力によりここにいる団員は全て占われる可能性が高い。しかしつまり自動書記ということは、紙に書かれた上でその内容はクロロが把握しない可能性が大。ならば誰にも明かしていない能力である薄っぺらな嘘(ドッキリテクスチャー)を使えば予言の改竄によって幻影旅団の行動を支配することも可能。そう読み切った。

 そしてその想定は図に乗った。クロロは自分が盗んだ能力である天使の自動書記(ラブリーゴーストライター)を疑わず、ヒソカから渡された紙に書かれた『懐郷病に罹った蜘蛛』の記述を鵜呑みにしてしまう。仕方がないとはいえ、ここはヒソカが勝った場面であるといえるだろう。

 改竄された予言から、ヒソカは獅子身中の虫でありながら『敵』との接点で有り得ると判断したクロロの誤解によって話が進む。

「ヒソカ、お前が言える範囲でいい。鎖野郎と幽霊(ゴースト)について全て言え」

「もちろん♥ とはいえ、鎖野郎に言えることは何もないね♣ 理由はまあ、察した通りと言おうかな♠

 だけど幽霊(ゴースト)に関して言うなら何も問題ないよ♣ おそらく僕と同期の情報ハンターで、名前はバハト♥

 彼はこのタイミングで旅団の情報を得た上に、さっき調べたらシングルハンターへの昇格が検討されていたらしい♦ まあ、ノブナガから奪った情報を流したんだろうね♠」

 容易くバハトを売るヒソカ。これにより、ヒソカは鎖野郎に操作されつつも旅団の一員という見方が増した。ヒソカにとってもバハトは金で売れる程度ならばここは売る。クロロと戦う予言があるのだ、売らない理由がない。

 かくして幻影旅団全てに敵と見做されたバハト。もしも彼がグリードアイランドに逃げずにヨークシンに留まっていたのならば、バハトの命は風前の灯火と言えただろう。

 とはいえ、安全である訳がない。

「今期のプロハンターで情報が専門?」

「どうしたシャル、心当たりがあるのか?」

 考え込むシャルナークに、クロロが問いかける。シャルナークは隠さずに『バハトの敵』に依頼された話をする。すなわち、今期のプロ合格者に不審な者がいるという話である。

 それを聞けば全員が関連性があると思うのは道理。かくしてバハトは幻影旅団(クモ)の標的になってしまう。

「で、どうするのさ? 団長」

「残ろう」

 かくして幻影旅団はヨークシンに残る決断を下す。

 尤も、既にヨークシンから脱出したバハトに命の危機が迫る事はないのだが。

 一歩間違えれば命を失うヨークシンからバハトが脱出できたのは、やはりネオンの予言のおかげという他はないだろう。

 

 ◆

 

 

 



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024話 ヨークシン・5~グリードアイランド・1

いい加減に更新しろや(暴訳)というメッセージを頂いたので、頑張ってみた。
まあ自分でもそろそろ見放されるかな、ヤバイかなとは思っていたのですが。
ちょっと短めで申し訳ない。

調子を掴んで、どんどん更新していきたいとは思っています!


 

 ◆

 

 ヨークシン。昼下がりのある公園。

 そこで些細なことからボカスカと殴り合うゴンとキルアを見て、緊張が緩まった笑みを浮かべるクラピカ。

 近くの木陰で本を読んでいたレオリオは呆れを含んだ様子で、自分は関せずに本を開いている。その本がグラビアアイドル写真集なのは御愛嬌。

「後はバハトとポンズ、ユアか」

 ぽつりとクラピカが言葉をこぼし、その言葉を拾うのはレオリオ。

「バハトとポンズは来ねーぞ」

「なに?」

「バハトの馬鹿が真正面から幻影旅団に喧嘩を売ったらしい。報復が怖くて逃げたとか」

「?」

 レオリオの説明に首を傾げるしかないクラピカ。これで納得しろという方が無理だろう。

 喧嘩を売って何故逃げるのか、ポンズが来ない理由は、ユアだけが来るのは何故。疑問は数々浮かぶ。

 とはいえその答えをレオリオは知らないので、疑問の視線には肩をすくめて返す。

「詳しくはユアに聞いてくれ。オレはメールで簡単に話を聞いただけだからな」

「分かった。

 が、それはそれとして、ユアが来るならそういう本を堂々と読むな」

 クラピカが正論を言い、反論の余地もないレオリオは持っていた本を鞄にしまう。

 と、そこでゴンとキルアの殴り合いが唐突に止んだ。

「おっ」

「ユアも来たね」

 彼らが視線を投げかける方向に顔を向けて見れば、公園の入り口から向かってくる少女が一人。

 金髪で活動的な服装をしたその少女は間違いなくユアだ。

 だが。

「――なにか怒ってないか?」

「……うん」

「あれは怒っているな」

「だな」

 明らかに不機嫌ですと言わんばかりの足取りで、ドスドスと擬音が立ちそうな様子のユア。

 何故怒っているのか見当もつかない四人は困惑するしかない。

 やがてユアは側まで来ると、クラピカを思いっきり睨む。

「……私が何かしたか?」

「…………」

 言葉は返さない。ただ、固い声で一言告げる。

「場所、変えるわよ」

 異論を許さない強い口調。否はないが、ユアのあまりの荒さが気にならないはずがない。

 口を開くのはゴン。

「ねえ、ユア。どうしたのさ? なんでそんなに怒ってるの?」

「お兄ちゃんが幻影旅団に喧嘩を売ったからに決まってるじゃない」

「そんなん、バハトの勝手じゃねーか」

 現に幻影旅団の賞金首狙いであるキルアが気軽に言うが、ユアはギロリと鋭い視線をキルアに投げつける。

「――あ?」

 喧嘩を売られたと思ったのか、キルアの雰囲気も一変した。

 二人のオーラが余りに剣呑となり、周囲を威圧した。

 十数メートルは離れていた一般人が異様な空気を感じて怯えている。

「こんなとこでなんつーオーラを出してんだ。やめとけ」

「先はユアだろ」

「ふざけた事を言ったのはキルア」

「あ?」

「なによ?」

「やめなって。ユアの言う通り、場所を変えよっか」

 ゴンの言葉で、いったん場を収める二人だった。

 

 場所を変えて、適当に取ったホテルの一室。

 ここなら多少不穏な空気になっても周囲にあまり迷惑はかからないだろう。もちろん暴れるのは論外だが。

 だがここに来てまだ機嫌が悪いユアと、それに当てられて普段通りではないキルアとクラピカ。

 どうにもこの三人で話を進めてもいいことがないと理解したゴンは、まずユアのことは置いておいてクラピカに話しかける。幻影旅団のうち一人を仕留めたのがクラピカであり、自分たちと同じ時期に念の事を知ったクラピカがどうやってあの化け物連中を倒せたのかを知りたかったのだ。

 そしてクラピカから明かされる情報、念の制約と誓約という概念。それにより、クラピカは幻影旅団にしか念能力を発揮できないという事実。

「なんで、なんでそんな大事な事を俺たちに話したんだ!」

「何故…だろうな。奴らのリーダーが死んで気が緩んだのかも知れない」

 怒りと驚きの表情を顕わにするキルアだが、クラピカはどこか(ぼう)としたままで答えた。

 それに苛立ったように言葉を続けるキルア。

「奴らの中に、パクノダっていう記憶を読む能力者がいる! それにノブナガって奴がゴンに執着してるんだ!

 もしも奴らに捕まって記憶を読まれたら――」

「ノブナガは死んだわ」

 流れをぶった切り、ユアが口を開いた。

 驚きでユアを見る四人だが、ユアは無表情で淡々と言葉を続けた。

「お兄ちゃんが殺した」

「なんっ……!!」

 驚きの余り、言葉を失うキルア。他の三人もユアを見て、目を見開いている。

「それはいい、それはいいの。けど、お兄ちゃんはノブナガっていう幻影旅団から奪った情報を流したわ。

 団員の(かたき)という以上に、念能力(ひみつ)を暴いたお兄ちゃんを、幻影旅団が見逃す筈がない。

 お兄ちゃんは幻影旅団を完全に敵に回したの」

 そう言った後、ユアは激しい憎悪の瞳でクラピカを睨みつけた。

「――クラピカ。全部、お前のせいよ」

「待て待て、ユア。なんでそこでクラピカが出てくるんだよ?」

 余りに唐突な論理の飛躍に、レオリオから待ったがかかった。これはいくら何でも話が繋がっていない。

 そんなレオリオを馬鹿を嘲る目でジロリと見て、ユアは重く口を開く。

「お兄ちゃんは、自分の『敵』を倒す事だけを目的にしてきた。星を取れるような功績だってあるのに、今年まではそんなのに目もくれなかった。

 おかしかったんだ、そんなお兄ちゃんが急にプロハンターになるなんて。だから、絶対に何かあるって思ってた。

 そしてそんなプロハンター試験で、クルタ族の生き残りと出会う。そんな偶然あると思う? 訳がないわ、お兄ちゃんはクラピカに会いにプロハンター試験を受けに行ったんだ」

 その言葉に驚くしかないのはクラピカ。他の面々も驚いてはいるのだろうが、その強烈さは段違いだ。

 バハトは情報ハンターだ。しかも聞いた話によると、シングルハンターになろう実績もあるらしい。確かに、クラピカの情報を掴んでいてもなんら不思議ではない。

 その話を前提に、ユアは言葉を続ける。

「幻影旅団から情報を抜いたのはいいのよ、お兄ちゃんの『敵』の情報があったんだから。情報を抜いた幻影旅団を殺したのもいい。念で情報を引き出したなら、それを知られたら殺すのは当然よ。

 けど、その情報を流すのは絶対に変。それはお兄ちゃんの『敵』を倒すのに関係ないだけじゃなくて、幻影旅団なんていう障害を作り出すだけなんだから。

 なんでそんな事をしたのか。そんなの、クラピカの(せい)としか考えられない」

 バハトが情報を流したおかげで、幻影旅団は今まで以上に追い詰められるだろう。幻影旅団としては、仲間が殺されてしかも旅団自体にも害を為すバハトを許す筈がない。確実に標的の一人となっているはずだ。

「ちなみにバハトはどうしたの?」

「逃げたわ、旅団に狙われるからって。ポンズさんも一緒」

「どこに?」

「知らない。記憶を読む能力者の存在をお兄ちゃんは知っていたのね、警戒して私には教えてくれなかった」

 そこまで徹底して隠すとは、バハトはその逃げる先に追っ手がかからないだろう事に自信があるのだろう。だからこそ、ユアにさえ逃げる先は話さなかった。

 更に言えば旅団を敵に回してまでして逃げた訳で、つまりはクラピカのフォローにもなるということだ。幻影旅団としてはおそらく情報を抜いたであろうバハトの追跡を優先するはずである。その分だけクラピカが動き易くなり、旅団を仕留めやすくなる。

 だがバハトが旅団の一番の敵になってしまったのもまた事実。バハトを誰よりも大事にしているユアにとって、それは余りに痛々しい現実。そうでなくてもクルタ族は幻影旅団に惨殺されているのだ。その魔の手が再び最愛の兄に忍び寄っているとなれば、とても平静ではいられない。

 みんな分かっていた、もしかしたらユアでさえ。クラピカを助けようが、幻影旅団を敵に回そうが、そんなのはバハトの勝手なのである。ユアの許可が必要な訳がない。だがそれでも、バハトが自分の命を、ユアの一番大切なお兄ちゃんを。危険に晒した事がユアにはどうしても納得できないのだ。クラピカに対する怒りは八つ当たりに過ぎない。

 しかし、それを言っても始まるまい。ユアの感情は、理屈でなだめられるものではないのだから。

「これ、お兄ちゃんからクラピカへって」

 嫌な沈黙が流れる中、ユアは分厚い封筒をクラピカへ手渡した。

「これは?」

「お兄ちゃんからのプレゼント。幻影旅団の情報だって」

「そうか。ありがとう」

「それはお兄ちゃんに言って」

 ぶっきらぼうに返事をするユア。

 クラピカはバハトが自分の手伝いをしてくれる事を嬉しく思いつつ、またそのおかげでユアにとことん嫌われてしまったことを寂しく思いつつ。バハトの指示通りにちゃんとクラピカへと情報を渡してくれたユアに感謝をして封筒(じょうほう)を受け取った。

 瞬間、クラピカの携帯からメールの着信音が鳴った。

 そのメールはヒソカから。『死体は偽物(フェイク)♦』と書かれたその文を見て、驚愕するのは数秒先の話だった。

 

 ◆

 

 広がる草原。奥まった方にある木々。そこに混じる風と視線。

 グリードアイランドの開始地点、シソの木から見える風景である。

(っていうか、視線がウザイ)

 ゲーム開始からコレかと、現状も併せてげんなりする。

 ヨークシンのホームに設置したジョイステからこの場所に飛ばされたが、霊体化させたサーヴァントは聖杯に還ってしまった。感覚としては距離が離れ過ぎた為にラインが切れて現界できなくなった時のそれである。まあ、ヨークシンからグリードアイランドまで瞬間移動すればそれも当然か。アーチャーならば単独行動のスキルを持っているから現界できたかも知れないが、俺から離れたヨークシンにアーチャーを単体で残しても意味はない。

 ポンズが来るまで、現状を整理の思考を回して時間を潰す。

「うわぁ。これ、本当にゲームの世界かしら。凄いリアリティ」

 とはいえ、もちろん時間はほとんどない。同じゲームを使ってここに来るのだ、時差はオープニングの説明分だけである。

 シソの木から降りてくるポンズに、簡単に返事をする。

「現実だよ」

「へ?」

「ここは現実、ゲームの中の世界じゃない」

「え、いやだって…え?」

「グリードアイランドは現実のどこかにある孤島さ。ゲーム機はそこに強制転移させる装置に過ぎない。放出系の能力者なら可能だ」

「えぇ~……」

 あまりに夢のない言葉に、ポンズはやり切れない声をあげて微妙な顔をする。

 まあ、なんだ。色々と台無しにしてしまった感はあるが、隠す価値がある話じゃないし。

 ちなみに逃げ先にグリードアイランドを開示した際にもポンズは微妙な顔をしていた。凄く微妙な顔をしていた。ゴンとキルアが必死になって金集めをしていた目的の物を俺が持っていたのだから、その反応もまあ分かる。

 分かるがしかし、俺はゴンにちゃんと言った。グリードアイランドならなんとかなる、と。それを蹴ったのはゴン自身である。俺に文句を言われても困るというものだ。まあ、ポンズは何も言わなかったが。

「まあいいわ。で、どこへ行きましょうか? 見渡す限り、ヒントはなさそうだけど」

「あっちかこっち」

 俺は間髪入れずに指さした。ポンズは人の視線を感じ取る事はできなかったらしい。

 疑問符を浮かべるポンズに説明をしながら、俺は心の中で苛立っていた。

 この視線は行先を示す道標でありながら、俺がサーヴァントを召喚できなかった原因であるからだ。

 サーヴァントは召喚された間から霊体化はできない。万が一を考えれば、その姿を晒す事は憚られる。結果、しばらくはサーヴァントの護衛無しにせざるを得ない。

 もちろん魔力の関係からサーヴァントを召喚していない時間はあるのだが、他が原因でサーヴァントを使えないという状況は著しいストレスになる。自分でも多少神経質だなと思わなくもないが、自分が状況を支配できていないと不安になるのだ。一瞬でもそんな隙があると『敵』が襲ってくるのではないかという強迫観念は、昔から。

 そんな感情は押し隠して、俺はポンズへの話を終えた。

「で、どっちに行く?」

「どっちって…どちらも情報はないのよね?」

「ああ」

「でも、ある程度の情報はバハトさんは持っているのよね?」

「…………」

 なんで分かったし。

「そりゃ分かるわよ。分かり易いもの」

「俺は何も言ってないが?」

「だって分かり易いもの」

 そんなにか。

 自分の単純さにため息を吐きながら、ちょっとした自己嫌悪に陥りつつ。グリードアイランドでは常識的な情報を口にする。

「グリードアイランドではスペルカードというものを使い、他のプレイヤーからカードを奪えるらしい。これを防ぐにはやはりスペルカードによる防御しか方法はない」

「そのスペルカードの入手方法は?」

「さあ?」

「…………」

 ここは知っていてはおかしい部分なので惚けておく。あくまで開示する情報は原作知識ではなく、情報ハンターとして得た分だけ。

 ちなみにこの情報もかなり価値が高かった。グリードアイランドの情報は需要も供給も少ないので、高くなりがちなのだ。

「まあ、なんだ。名前や効果からして、手に入れるのがそんなに難しいモノじゃなさそうだしな。どっかの村や町で簡単に情報は集まるだろ」

「楽観的ね。ま、いいわ。全く情報がないよりかはマシだと思うわよ」

 どうやらポンズは攻略本を見るのに抵抗がないタイプらしい。こういう他からの情報は、嫌う奴はとことん嫌う。ポンズがそうでなくて何よりだ。

 ともかく、だ。

 俺は『敵』に生死問わず(デッドオアアライブ)の賞金首にされている。という事は、素性は割れていると思った方がいい。このままおめおめと現実世界に帰っても、相当に分の悪い戦いになりかねない。

 だからこそ、このグリードアイランドでできる限りの地盤を作っておきたい。できるならば仲間を、最低限は協力者を募って『敵』への攻撃をかけなければならない。

 手段はある。『敵』は間違いなくマチを操作しているという事と、バッテラと繋がっているという事。これらは十分な取っ掛かりになる。調査にサーヴァントが使えないのは痛手だが、バッテラが雇うプレイヤーは金次第で動く者ということでもある。例えばゴレイヌなどは上手く使えば役に立つだろう。

 理想としてはグリードアイランドでこちらに有利な戦場を整えておき、そこに『敵』を誘き寄せることか。そこまでは無理でも、俺がグリードアイランドに居ると分かればマチや他に操作した人間を向かわせるくらいのアクションは期待していい。そして令呪を使えばメディアが記憶を吸い出せる事は分かっている。顔や名前が分かれば、ゾルディックに依頼もできるというものだ。

 

 ポンズと共に新天地を踏みしめながら、先々について考えを巡らすのだった。

 

 

 



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025話 グリードアイランド・2

 懸賞都市アントキバ。

 まあ、なんだ。雑に言ってしまえば、あちこちにあるクエストをクリアすることでアイテムをゲットする事が出来る場所だ。ゲームを基本としているので当然といえば当然のシステムなのだが、最初の街ということで多分クエストの難易度は低いのだとは思う。大食い勝負とか、俺やポンズでも多分いけるし。

 ともかく、ここで手持ちを増やして情報を買い、手早くマサドラへと向かいたい。呪文(スペル)カードのあるなしの差異はやはり大きいのだ。

 やがてきょろきょろと周りを見るポンズ。ここまで近づかれれば流石に視線に気が付くか。

「ねえ、バハトさん」

「ああ、距離を大分つめてきたな。接触するつもりだろう」

 サーヴァントを召喚できていないのが痛い。おそらくはゲンスルーを相手にしても俺は勝てると思うが、保証はない。殺す気の相手と、そして殺しを躊躇する俺。しかもゲンスルーの能力は明らかに殺傷能力が高い。仮に命の音(カウントダウン)を取り付けられて呪文(スペル)カードで逃げられたらと思うとゾっとする。少なくとも、ポンズが死ぬのは間違いない。

 強く警戒しながら広場へと向かい、近づく者を警戒する。果たしてそこに来たのは――ニッケス。とりあえずゲンスルーでなかったことに警戒のランクを一段下げる。

「プレイヤーだな?」

「その通り。とはいえ、襲いに来たんじゃない。会話をしに来たんだ」

「そう。でも、だからはいそうですかって警戒を緩める訳がないのは分かってるわよね?」

 敵意なく話しかけるニッケスだが、対応するポンズの態度は塩。まあ、これはポンズが正しい。何も情報がない状態で近づいてくる相手を警戒しない方がバカだ。

 俺も練はしないが、いつでもオーラで強化できるようにする。とはいえニッケスもそんな対応をされるのには慣れているのだろう。気を悪くした風もなく、距離にして5メートル程で止まる。これでこちらが話を聞かなくてもバインダーにリストが載る。向こうとしては最低限の利益は確保した訳だ。まあ、このくらいの強かさがなくてハメ組など作れないだろう。

「最初に聞くが、君たちはバッテラに雇われたプレイヤーか?」

「そうだ。それを聞くという事は、お前もそうか?」

 問われると覚悟していた問いなので、さらりと頷いておく。一瞬、ポンズから動揺が届いたが、ニッケスは気が付かなかったらしい。彼は返事をした俺を見て納得したように頷いている。

「なるほど。中々強そうだ。だがしかし、グリードアイランドはそれだけでクリアできる程甘くない」

「俺よりも弱そうな奴に言われてもな」

「もっともな言葉だ、と言いたいところだが、戦うならばともかくグリードアイランドというゲームのシステムに関してはこちらが上手だ。

 ブック!」

 ニッケスがバインダーを出したと同時に、ポンズは身構える。

 俺はというと、そんなヌルい事はしない。ハメ組がこんな行動に出る事は想定内だ。瞬時に足にオーラを込めると、一気に間合いを詰めてニッケスの腕を掴む。

 近づかれた事にすら気がつけなかったのだろう。ニッケスは驚きながらも反射的に腕を振りほどこうとするが、動きが鈍い。逃げる動きを絡めとるように腕の関節を極め、そのままニッケスの首に腕を回す。血管を絞めるも首の骨を折るも、ここからは俺の匙加減一つ。

「ま、待てっ!」

「喋るな、動くな、止まっていろ。従わなければ殺す」

「っ……!!」

 実際、俺にあんまりその気はないとはいえ、文字通りに首根っこを抑えられては従うしかない。ニッケスは完全に動きを硬直させた。

 そのまま数秒、ニッケスが俺に従ったという事を確認した後、視線をポンズへと送る。

「ポンズ、この男のバインダーからカードを全て奪え」

「いいの?」

「構わない。いきなりバインダーを出したんだ、ゲーム特有のシステムで殺されていた可能性もある。敵対者ならば容赦はしない」

 青褪めて固まるニッケスに近づき、ポンズもバインダーを出してニッケスのカードを移していく。

 だがまあ、勧誘組だからだろう。指定ポケットにカードはなし。1万ジェニー札が6枚と、呪文(スペル)カードが10枚程。それがニッケスの持つカードの全てだった。

呪文(スペル)の内容は?」

「ちょっと待って、読み上げるわ」

 防壁(ディフェンシブウォール) 反射(リフレクション) 磁力(マグネティックフォース) 再来(リターン) 左遷(レルゲイト) 漂流(ドリフト) 密着(アドヒージョン) 同行(アカンパニー) 交信(コンタクト)

 なるほど、勧誘できるなら良し。敵対するならばとっとと追放するという作戦か。俺も20メートルの距離があれば流石に接敵することは無理だっただろうが、会話をする為に近づいたのが運の尽きという奴だろう。

「私たちを追い払うことはできるかもだけど、傷つけることは無理そうね」

呪文(スペル)カードではな。こいつの念能力によってはどうなるか分からん」

「ごもっとも。で、どうするの?」

 ポンズが話を先に進めるように促してくる。まあ、ここで硬直しても何にもならない。

 俺は少しだけ考えるふりをして、ニッケスに話しかける。

「いいだろう、後はお前が持つ情報を全部話せば命だけは助けてやろう。

 ちなみに嘘をついたかどうかの判定は俺がやる。触れている脈拍などから判断し、偽りを口にしたと思ったら首の骨をへし折ろう。返事は?」

「わ、分かった」

「まずはお前の名前だ」

「ニッケス」

「次に、どうして俺たちに近づいた?」

「ゲームをクリアする為、仲間を集めているんだ」

 会話していくうちに落ち着いてきたらしい。ニッケスは首を抑えられながらも情報を吐き出していく。

 カード化上限を利用し、呪文(スペル)カードを独占する方法。それによるゲームクリアを目指し、人を傷つけずに報酬を得る。500億は山分けで、仲間になるならばおおよそ2~3億程度が配分されるだろうこと。

 呪文(スペル)カードの使い方と、それらはマサドラでしか買えないこと。そこへ辿り着く方法。

 ゲーム内での金の使い方。トレードショップの利用方法。その他、指定ポケットカードを得る方法、などなど。

 そして、彼ら自身の情報。

「お前らのアジトはどこにある?」

「…………」

「どうした、言え?」

「……言えない。それは俺たちの最大の秘密だ。仲間以外に明かす事は、ない」

「このままお前が死んだとしてもか?」

「そうだ、このゲームに参加した時点で死ぬ覚悟くらいできている。ここで情報を吐いたとしても、仲間たちから裏切り者と殺されるだろう。

 だが、グリードアイランドでプレイヤーキルは最大の禁忌だ。それを為すなら、お前に協力するプレイヤーはいないだろう。それでいいなら俺を殺すがいい」

 会話を許されて、隙あらば逆襲してくる。なるほど、ハメ組の初期メンバーとやらは戦闘力はともかく、頭は回るらしい。ゲンスルーに使い捨てられる雑魚の印象が強いが、この辺りはバッテラに選ばれた上でなおクリアを目指す気概がある男であるといえる。

 ニッケスの返事を聞き、俺は彼を解放してポンズの側まで寄る。ニッケスは後退りをしながら首を押さえて命がある事を確かめていた。

「有意義な情報をありがとう、ニッケス。俺の名はバハト。こっちは――」

「ポンズよ」

「……俺を見逃すのか?」

 念を押すように確かめるニッケスに、俺は頷いて返す。

「ああ、まずは嘘を詫びよう。俺たちはバッテラに雇われたプレイヤーではない」

「!」

「ゲームクリアはついでだ。俺はちょっと命を狙われていてね、敵から逃げる為にここに来たに過ぎない」

「では何故、バッテラに雇われたプレイヤーだと嘘をついた?」

「お前から情報を引き出す為」

 ケロっと言う俺に、ポンズとニッケスは呆れた表情を表に出す。

「ま、それはいいだろ。とにかく、俺は協力者が欲しい。命を助けた貸し一つ、頼まれてくれればいい」

「……要求はなんだ」

「マチっていうプレイヤーが来たら教えてくれ。後、レアなカードやアイテムが手に入ったら譲ってもいい。俺を追って来る『敵』を倒す手伝いに人手が必要かも知れないからな。

 そちらも多少の手間でクリアが近づくなら悪くないだろ?」

「そういうことか。分かった、要求を呑もう」

「交渉成立」

 敵意なく近づき、片手を出す。ニッケスもややぎこちなくだが手を出して、握手をした。

「ポンズ、スペルカードを返してやってくれ」

「いいの?」

「いいのか?」

「移動系のカードがあっても、グリードアイランドに来たばかりの俺たちには意味ないだろ。

 防御系のカードは少しだけ惜しいが、ニッケスの心象の方が大事だ。ぶっちゃけて言うが、クリアを目的にしていない俺はカードを取られても別に痛くも痒くもないしな」

 それを聞いたポンズは少し呆れた顔をする。やはり俺は分かり易いのか? 嘘がバレた気がする。まあしかし、ポンズにならば構うまい。

 そしてポンズに否はないらしく、スペルカードを全てニッケスに返していく。彼はというと、狐につままれたような表情でそれらを受け取っていった。

「始めたばかりで金は必要だから、こっちは貰うぞ」

「あ、ああ。それで済めば、俺としては御の字だ」

「何かあったら連絡をくれ。利害が一致する限り、協力しよう。ただしこちらに敵対的な行動を取るならば、次は殺す」

 俺の言葉に、ゴクリと唾を呑むニッケス。

 深刻に頷いた彼は、1枚のカードを取り出す。

「肝に銘じよう、仲間にも伝えておく。次に会う時はもっと友好的な会話がしたいものだな。

 磁力(マグネティックフォース)使用(オン)。コズフトロ!」

 瞬間ニッケスは光に包まれて、中空にその残滓を残してその場から消えた。

 一応警戒するが、もう俺たちを見る視線はない。まあ、あれだけの事をやらかしたからして、まともな神経を持っていたらまずは距離を取る。

「で、どういう意味? ニッケスを逃がすのはともかく、スペルカードを返す必要はなかったでしょ?」

「返さない意味もない。相手は人海戦術でスペルカードの攻撃を仕掛けてくる作戦だろ。1枚や2枚の防御系カードなんて誤差だよ。

 それよりもニッケスに敵と認識されない方が大事だ。『敵』と戦う為の協力者は多い方がいいし、ニッケスの仲間は数は多そうだ」

 と、その瞬間にポーンと音が鳴って俺のバインダーが出現する。

 ……いきなりなんだ?

『他プレイヤーがあなたに対して交信(コンタクト)を使いました』

「ニッケスか?」

『そうだ』

 まあ、グリードアイランドで他に知り合いは居ないしな。しかしいきなり交信(コンタクト)を使ってくるとは予想外だ。

「なんだ?」

『約束の情報だ。マチというプレイヤーについて知りたいんだったな?』

「まあ、な」

『結論から言おう、マチというプレイヤーは有名だ。今、分かっているだけで4組以上のプレイヤーキラーがグリードアイランドに存在する。マチはそのうちの一人だ。

 奴は女だが、ゲームクリアを目指していない。判断基準は知らんが、選択的にプレイヤーを殺している。特徴的なのが、既にクリアを諦めたプレイヤーばかりを狙っているということだ』

(――なるほど、そういうことか)

 理解する。これは『敵』の戦略だ。

 バッテラは雇ったプレイヤーの半数がゲームの離脱を諦めていると嘆いていた。そこでマチを使い、『敵』はバッテラの枠を広げたのだ。それでグリードアイランド1つ分以上の容量ができるとなれば、バッテラが俺の首に10億の賞金を懸けるとしても十分に採算は取れるだろう。

 となるとしかし、またもや『敵』の情報が隠れてしまった。俺としては『敵』は操作系で、特殊能力にバッテラの恋人を治す能力でもあるのかと思っていたが、そうでなくてもバッテラは十分に『敵』と取引をしていることになる。掴んだはずの情報が、またもや隠れてしまった。まあ、間違った情報を掴んだままというよりかはマシか。

「いい情報を感謝する、ありがとう」

『俺の命の対価にしては安いものだ。ちなみにマチとやらは今のところゲーム外にいるようだが、いつ戻って来るかは分からん。戻ってきた時にもう一度連絡しよう。それでいいか?』

「構わない」

『ではな』

交信(コンタクト)が終了しました』

 ニッケスとの会話が終了する。

 ニッケスはもともとマチの情報を持っていたのだろうが、あの場面で暢気に情報は吐かないだろう。最悪、目の色を変えた俺が更に情報を搾り取ろうとする可能性さえもあったのだから。距離を取って交信(コンタクト)で話すのは理に適っている。

 とまあ、ひとまずマチはグリードアイランドに入って来る可能性は濃厚な事は理解した。できれば罠くらいは仕掛けておきたいところだ。通用するかは別として、ポンズはそういう方向のプロだし、彼女に頼ってもいい。

 更にゴンたちのクリアも手伝うとなれば、ある程度のカードは持っていた方がいいだろう。彼らが原作で使っていた離脱(リーブ)を取引材料にしたレアカード回収法はかなり使える。

 そんな風に色々と考えていているが、しかし。

「次の目的地はマサドラでいいな。北に80キロだったか」

「そうね。何が起こるか分からないし、準備はしたいわね」

「それじゃあまあ、3万ジェニーずつ持とうか。1時間後に町の北に集合しよう」

「オーケーよ」

 そう言ったポンズから3枚のカードを受け取り、いったん離れる。

 さてさて。円で周囲に監視がない事を確認して、と。

「素に銀と鉄――」

 ようやくサーヴァントを召喚できるというもの。これでやっと生きた心地が戻る。

 詠唱を終えるまでは油断なく、終えた後に俺はようやく安堵の息を吐けるのだった。

 

 ※

 

(クソっ!!)

 バハトの『敵』は苛々を隠さずに足元にあった石ころを踏み砕く。

 側に控えるマチがそんな彼女を痛ましそうに見ていた。マチは彼女が心穏やかでいられないのが、悲しくて仕方ないのだ。

(何故『敵』はミドリを襲わなかった? これ以上の機会はない筈なのに。ここから先、ミドリはクモとして常に行動する。クロロにクラピカが律する小指の鎖(ジャッジメントチェーン)を刺せば、クモはクロロを救うように動くのは違いない。集団で動くクモに隙なんてない、もう『敵』はミドリから情報を奪えない。

 ――まさか、奪う価値がない? こちらの情報が大きく漏れているのか?)

 その想像をした時、ゾクリと彼女の背筋に冷たいものが走る。ない、とはいえない。

(動くか? 『敵』はゴンたち原作組と行動を共にしている。今ならばまだ未熟、奴らを殺せば流れは大きく狂う。目論見を外せるかも知れない)

 その可能性に考えを巡らし、しかしやはりそれはないと首を振る。

 理由は2つあり、1つは原作から逸れ過ぎると世界の命運がどうなるのか分からないというところ。例えばキメラアント編など、ネテロが貧者の薔薇(ミニチュアローズ)を使えばおそらく勝てるだろうが――あそこでネフェルピトーが生き残っていれば、奴の能力である玩具修理者(ドクターブライス)でメルエムが生き残る可能性すらある。いくら特殊能力があるとはいえ、あの状態のメルエムを殺せる自信は流石にない。

 そしてもう1つが、ゴンたちを襲う事が『敵』の罠でないと言い切れないところだ。特殊能力も分からず、やたらと攻める事はできない。するならば、やはり退路はしっかりと確保しておきたいところ。

(その為には……)

 やはりグリードアイランドだ。原作組と同じように動くならば、確実にグリードアイランドについて行く。そしてスペルカードを使えば退却も容易。

 欲を言えば、相手が撤退できない状況ならばなお良し。グリードアイランドに入ったばかりの時はフリーポケットに何も無い状態であるので、スペルによる撤退はない。

 

 何時を狙うか。どうやって仕留めるか。

 彼女は深く深く思考を回していくのだった。

 

 ※

 



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026話 グリードアイランド・3

バシバシ書きあがったのガンガン投稿していくよー。


 食料と水を買い集めて時間を作る。どうせ盗賊に全て奪われるモノだ、適当でいい。

 さて。ここで今一度タイムスケジュールを確認しよう。

 今日は9月4日。ヨークシンでは、ゴンやクラピカが旅団を相手に準備をしている頃だろうか。ユアの安全を切に願う。

 そして首尾よくいけば、クロロに律する小指の鎖(ジャッジメントチェーン)が刺されてヒソカが旅団を離脱し、パクノダがその記憶と感情を託して息絶える。旅団の人数が一気に3人減るのだ。クロロはいつか戻るだろうが、そこは置いておこう。

 問題なのは明後日、9月6日の夜にバッテラがヨークシンに来ること。そして彼が競り落としたグリードアイランドをフィンクスとフェイタンが強奪し、彼らがグリードアイランドにやってくる。手当たり次第に殺戮を繰り返すアイツラと関わる選択肢はない。とりあえず、マサドラに長居はしないでおこう。あそこは全プレイヤーがひっきりなしに訪れる場所だから、呪文(スペル)カードを買う以外に近寄りたくない。

 その後、バッテラの選考会が9月10日に終わり、ゴンやキルアが参加する筈である。もしかしたらユアもここでグリードアイランドに来るかもしれない。パクノダに記憶を読まれる危険性を考慮してユアにも俺の行先は伝えていないが、そうなるとゴンやキルアと一緒に行動するか、ホームに戻るかの二択だろう。クラピカと一緒に旅団に復讐する訳もないだろうし、レオリオは勉強するだけだろうし。

 落ち着いたらポンズに頼んでユアもグリードアイランドに呼ぶか、ホームに帰っていたら。パクノダが消えればこっちも不安要素が減る。まあ、シャルナークに操作されて秘密を喋らされる危険性はあろうが、奴に操作された時点で生き残る事は絶望的なので、グリードアイランドに入ってしまえば後は同じだと思っておこう。

 ゴンたちはビスケに教えを乞い、3ヶ月以上は修行に時間を費やす筈だ。年始にあるハンター試験にキルアが参加する為グリードアイランドを脱出するのと、ハメ組が全滅するのが同時期だったから。この間、幻影旅団もグリードアイランドに除念師がいる事を突き止めて、続々とこの島にやってくる。やはり奴らと遭遇しないように気を付けたいと思う。マチと旅団に挟み撃ちにされるなど、想像するだけでもイヤだ。

 で、だ。この間、俺はどうするか。

 まずはグリードアイランドのどこかに、罠を結集した拠点を築きたい。そこにマチなどの『敵』の手駒を引き込めれば大成功といえる。

 それから、可能ならば協力者も集めたい。グリードアイランドに参加する念能力者が『敵』を相手にどこまで役に立つかはあまり期待していないが、数は力だ。敵を探るには役に立つだろうし、最悪肉壁として使い捨ててもいい。俺が操作系じゃないから不安が残るが――ユアの能力でそういう何かはないだろうか? 結構エグい能力作ってそうなんだよな、アイツ。

 これらはじっくり取り掛かるとして、まあ3ヶ月くらいはかけていいだろう。グリードアイランドの指定ポケットカードや呪文(スペル)カードは大分忘れているし、1回全部見直したい。となれば、最優先の入手目的は神眼(ゴッドアイ)と、その補助となる取引カードで離脱(リーブ)か。港まで行って脱出する手筈を整えてもいい、あの頃のキルアが余裕ならば俺だって余裕だろうし。そうして集めたレアカードを交渉材料に、協力者を作っていく。

 大まかな指針はそれでいいだろう。考えをそこで打ち切り、近づく気配に顔を向けた。

「お待たせ」

「時間通りさ」

 ポンズとにこやかに挨拶をして、懸賞都市アントキバを後にする。向かうは北、魔法都市マサドラ。

 

 

 ~~~~~~~

 

  現在追剥中

 

 ~~~~~~~

 

 

「見事に引ん剥かれたなぁ」

「…随分と斬新な山賊だったわね」

 俺はまあ知っていたからこの程度だが、ポンズは微妙な顔をしている。本当に凄く微妙な顔をしている。

 スライディング土下座からの、情に訴えて身包み剥がされたのだからそれもむべなるかな。俺たちのバインダーの中身は0。俺は上着も差し出したし、ポンズは持っていた毒を含む薬品全部を差し出す羽目になっていた。蜂を飼っている帽子は見逃された辺り、操作系のトリガーになるものは一応除外されているようだ。

 しかしそれでも武器から何から全部奪われるのは地味に痛い。俺が差し出した方がいいという言葉と、それから李書文に習った中国拳法の技がなければ。ポンズもカードはともかく薬品は渡さなかっただろう。

 ここで山賊の要求を1つでも断ったら、奇運アレキサンドライトは手に入らないのだろう。最悪の話、宝籤(ロトリー)があるとはいえどもシビアだ。

 さて、北の山を越えたからここは岩石地帯。モンスターが出現する場所でもある。

『俺は見学でいいのかね?』

『しばらくは大丈夫だろ。俺が死にかけたなら、状況に応じて助けてくれ』

『ポンズの嬢ちゃんは?』

『見殺せ』

『りょーかい』

 霊体化させて侍らせているのはランサーのサーヴァント、クーフーリン。

 というのも、グリードアイランドはアサシンのサーヴァントとすこぶる相性が悪いのだ。情報収集するにしても、指輪をはめたプレイヤーが行動しなくてはイベントは進行しない。暗殺するにしたってカードは手に入らないのだから旨味がない。これで移動スペルでサーヴァントが共に行動できなければ泣くしかない。

 まあという訳で、グリードアイランドでは主に身を守ったり、俺の周辺を警護するのに向いたサーヴァントを喚んだという訳だ。今回もコストパフォーマンスに優れたクーフーリンにお出ましを願った訳である。

 つらつらとそんな事を考えていたら、一つ目の巨人の群れが姿を現した。岩石地帯で視界が悪いとはいえ、よくもまあこの数の巨体にここまで接近されるまで気が付かなかったものだ。普通に考えれば、プレイヤーを感知してすぐ側の岩陰からポップしたのだろうけど。

「デカっ!?」

「ぐぉぉぉぉぉ!!」

 思わずポンズが叫び、雄叫びを上げた一つ目巨人が持っていた棍棒を振り上げる。しかしデカイ割には動作に隙が多い。所詮はGランクか。

 棍棒を避け、岩場を足場にして駆け上がり、自分から弱点を主張しているような大きな瞳に蹴りを叩き込む。すると巨人は煙を出して悲鳴を上げて消えていく。残るのは紙切れ1つ、カード化された巨人。しかしサイズの落差がひどいなコレ。

「はっ!」

 弱点を理解したポンズも同じように岩場を蹴り上がり、弱点である一つ目に拳を叩き込む。その巨人もカード化し、素早く回収してバインダーに収める。

 威力だけはありそうだが、こんなものにいちいち手間取ってはいられない。程なく全ての巨人を殲滅する。レベルとしてはプロハンター試験の、ブハラの試験の威力だけ上がった感じである。問題など起きようはずもない。

「思ったよりも弱かったわね」

「まあな。でも、こいつのランクはG。最低がHだとしても、下から二番目程度の弱さってこと。

 ニッケスから聞いただろ、最高ランクはSSだって。このパワーだけでGランクとなると、後々の敵は厄介な事になりそうだ」

 拍子抜けしたように言うポンズに釘を差す。SSランクとか、つまりはレイザークラスだ。超1流の念能力者であるゲームマスターが相手になるレベルの難易度が4~5個。それが指定ポケットカードだと考えると、ジンは誰かにこのゲームをクリアさせる気があるのだろうか。

 ……。俺の息子ならやれる! とか根拠なく言い切るジンの姿が思い浮かんだ俺はきっと悪くない。

「注意は必要って事ね」

「いつでもな」

 そう言い合い、北を目指す。と、10分も歩いたところで異変が。ゴロゴロゴロと何の脈絡もなく岩肌から落石が起きたのだ。しかも俺たちに直撃コース。

 無言でさっと後ろに下がる俺とポンズだが、まるで追尾するようにその軌道をこちらに変える。

「「…………」」

 偶然ではあるまい。凝で見ればやはり落石にオーラが付いており、それは先にある地面の裂け目に繋がっていた。

「ポンズ、下がれ」

 言うだけ言って、俺は前進する。2手に分かれた俺たちだが、やはりというか地面の裂け目に近い俺に向かって落石が向かってくる。

 まるっと無視して、地面の裂け目をのぞき込めば。そこには小さなネズミがオーラを出していた。そのネズミは俺に見つかった途端にびくりと身体を震わせて目を回し、カード化する。

「リモコンラットか」

 こういう操作の仕方もあるんだなぁと、無駄に感心してしまった。ちなみに操作から外れた落石は明後日の方向にゴロゴロと転がっていく。

 と、ガチっと何かに引っかかったのか、落石が中空に跳ね上がる。しかも何故か俺に向かって一直線に飛んできた。

「…………」

 無言で堅をして、襲い掛かる落石に拳を当てる。バカンと真っ二つに割れた落石は俺の左右に落ちて、今度こそ動きを完全に止めた。

「……偶然、だよな?」

 俺はまだ奇運アレキサンドライトは持っていない筈なのだが。

 まあいいかとポンズの方を振り返れば、彼女は俺に背中を向けて奥にいるバカデカいトカゲを見上げていた。

 一瞬、思考が止まる。モンスターの出現率高ぇな。

「きゃあああっ!」

「どわぁぁぁっ!」

 反射的に殴り掛かるポンズだが、メラニントカゲにダメージはない。牛も丸呑みにできる巨体とは思えぬ俊敏さで襲い掛かるからして、逃げるしかない。俺とポンズは一緒になって走り出した。

「――って、あら?」

 と、何かに気が付いたポンズが横にあった岩を足場に高く飛び上がる。そしてメラニントカゲの背中を取り、そこに拳を叩き込んだ瞬間、メラニントカゲはぐるんと白目を剥いて気絶しカード化した。

「走り方がおかしいと思ったら、やっぱり急所を庇っていたのね。

 ――体中に一つだけあるホクロが弱点、か」

 カード化したメラニントカゲの説明文を読みながらポンズは納得する。

 答えを知っている俺よりも早くソレに気が付くとは恐れ入った。ポンズの観察眼がゴンやキルアよりも上ということだろう。

 どうやら岩石地帯では俺たちが苦戦するような敵は少なそうだ。

「思ったよりサクサク倒せるな。じゃ、先を急ぐか」

 カード代も稼がなくちゃならないし、モンスターは倒していく方向で。

 そして岩石地帯を抜ける頃には出会ったほとんどのモンスターをカード化する事に成功していた。バブルホースは1回逃がしたが、カラクリを見破ればなんてことはない。俺には簡単に捕縛できた。が、ポンズはまだ無理みたいだった。纏と絶の切り替えって地味に難易度高いんだよな……。

 

 と、いう訳でマサドラである。しかし不思議な景観の町だな。

「思ったより順調に来たわね」

「俺らは案外相性いいかもな」

 実際、地力だけならば俺はハンターでもトップクラスだとは思う。それにポンズの観察眼が合わせれば大半のプレイヤーが命懸けとなるらしい岩石地帯もなんなくクリアできた。

 まあ、俺もポンズももうちょっと修行はしておきたいところだけど。

 ひとまず手に入れたモンスターカードを売り払い、金だけを手元に残す。モンスター達は結構いい値段で売れて、合わせて100万程の貯金ができた。

 さて、フリーポケットは1人45枚分。スペルカードで30枚くらいは埋めておきたい。

「ニッケスから聞いた話によれば、聖騎士の首飾りは必須よね」

「だな。スペルカードを買いまくって、コモンカードは売り払おう。50回に分けて売ればすぐにお得意さんになれるしな」

 1万ジェニーで3枚入りのスペルカード、とりあえず10万持ってスペルカード屋の前に並ぶ。

 入ったグループが抜けない限り、次のグループは店に入れないらしい。なるほど、何が当たったのかを知られない為の措置か。店の中でバインダーに入れないといけないし、レアカードが当たったとしてもすぐにバレる事は無さそうである。徹夜することもあるとは聞いたが、まあ稀な現象だろう。もしくはハメ組が大挙としてやってきた時に運悪く当たったか。

 ほんの30分程度で俺とポンズが入店する。そして30枚のカードを買い、確かめてバインダーに入れる。

 名簿(リスト)が4枚も入っていたのは悲しくなるが、Bランクの徴収(レヴィ)が出たので良しとする。分かってはいたが、ほとんどがFランク以下でダブりだな。レアカードは価値が高いし、手元に残しておきたくなるのは分かる。

「あ、Bランクが当たったわ。離脱(リーブ)ですって。ゲームから離脱できるカード」

 ――1番欲しいカードをあっさり引くとは、持ってるなポンズ。

 とりあえず離脱(リーブ)を盗られる訳にはいかないので、徴収(レヴィ)と合わせてポンズに持ってもらい、ついでに防御系のカードも全部ポンズに持たせる。代わりに俺のフリーポケットはクズカードだらけだ。まあ、直後に全部売るからどうでもいいのだが。

 スペルカード屋を出て、クズカードを売り払う。で、スペルカード屋の前を張って、明らかに実力が低そうな上に落胆した奴を待って話しかける。一つ目巨人で500ジェニーくらいしかならなかったから、マサドラまで来るのに命懸けな奴は金策にも一苦労なのだろう。60億近くするグリードアイランドを買って、1万ジェニーに四苦八苦するとはなかなか皮肉な話であるが。ちなみにバブルホースは50万以上した。流石Cランク。

 それを繰り返し、4人と交渉に成功。本当にクズカードしか持っていない奴もいたから、話しかけた数としては10人くらいか。手持ちのカードを全部受け取る代わりにゲームから脱出させる。

 手に入ったカードは堅牢(プリズン)2枚と神眼(ゴッドアイ)1枚、擬態(トランスフォーム)2枚。擬態(トランスフォーム)はもう1枚手に入ったのだが、離脱(リーブ)に変化させるのに使ってしまった。

 それから宝籤(ロトリー)で手に入ったらしい指定ポケットカードの黄金天秤。……これを売れば1千万にはなったんだから、それだけ買えば流石に離脱(リーブ)は出た気がする。人間、落ち目になるとあらゆる計算ができなくなるものだなぁと納得してしまった。

「しかしバハトさん、なかなかエグい作戦思いつくわね」

「まあ、こういうのは気が付くかどうかだからな。神眼(ゴッドアイ)使用(オン)

 1枚しかない貴重な神眼(ゴッドアイ)を容赦なく使う。指定ポケットカードを大量に集めれば同じ作戦を何度でも取れるし、俺の記憶が正しければ――やっぱりあった。挫折の弓。離脱(リーブ)を10回使えるという、この作戦に最も重要なアイテム。場所は恋愛都市アイアイか。もしかしてヒソカが言っていたお姫様と付き合うと貰えるとかいうレアカードか?

 しかしちまちま恋愛イベントをやるのも面倒だな。ギャンブル都市ドリアスで魔女の媚薬が手に入るし、使えばショートカットとかできないだろうか? リスキーダイスは振りたくないから、離脱(リーブ)をエサに誰かに振らせるか?

 つらつらとそんな事を考えながら、手持ちの呪文(スペル)カードを確認する。特にレアな堅牢(プリズン)を2枚入手できたのが大きい。先ほどとは逆に神眼(ゴッドアイ)を使った俺に防御カードとレアカードを集めて防御を万全にしておく。ランサーに警戒もさせておくし、この陣営でカードを奪われるならば仕方がない。

 コンプリートまで、残るカードは2種類。神眼(ゴッドアイ)強奪(ロブ)のみ。強奪(ロブ)は真実の剣を奪おうとした雑魚プレイヤーが持っていたから、上手くいけば入手できるかも知れない。一番キツイのはやはり神眼(ゴッドアイ)か。コンプリートできていれば大天使の息吹に換えたのだが、強奪(ロブ)が出なかったのが地味に痛い。ハメ組もレアなカードは居残り組に保存させているだろうし、攻撃カードは数が少ないのだろう。

 黄金天秤を売った金で、聖騎士の首飾りを2つ買う。

堅牢(プリズン)使用(オン)

 ついでに2枚あるうちの1枚を使って、大天使の息吹があるページをガード。これで手に入れた瞬間に奪われる心配はしなくていい。

 取らぬ狸の皮算用だが、順調にいけば大天使の息吹を最初に独占できるのは俺たちになるかも知れない。

 ゴンたちのクリアもそうだが、グリードアイランドでマチや『敵』と戦うならば最も重要なカードになる事は間違いない。

 ハメ組よりも先に是非入手したいものだ。

「金はたんまりあるし、作戦続行するか。挫折の弓の入手にどれだけ手間取るか分からないし」

「じゃあ神眼(ゴッドアイ)を使った意味、なくない?」

「…………」

 ポンズよ、そこに気が付いてはいけない。

 



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027話 グリードアイランド・4

 

「よし、神眼(ゴッドアイ)が当たった!!」

 思わずガッツポーズを取ってしまった俺を誰も責められまい。スペルカード屋の中にプレイヤーは俺しかいないしな。

 あれから1日半、時間にして30時間以上。俺はひたすらスペルカードを買い、神眼(ゴッドアイ)が出るまで続けていたのだ。途中、金がなくなって西の森に出稼ぎに行ったくらい、マジでSランクのカードは出なかった。なんというか、リセマラをしている気分だったといえば俺の気持ちが少しは理解して貰えるだろうか。

 こんなに出ないならダブっていた擬態(トランスフォーム)神眼(ゴッドアイ)をコピっておけば良かったと思った程だ。あくまで結果論だが。

 ポンズには手に入れた漂流(ドリフト)を使って貰い、全ての町を行動範囲に収めた。俺が神眼(ゴッドアイ)を使っているので、少なくとも指定ポケットカードのある町になら同行(アカンパニー)でいつでも行く事ができるようになったという訳である。俺もポンズも特にゲームクリアは目指していないが、『敵』と戦うのに有効なアイテムを調べて回収しやすくなったというのはデカイ。

 そして神眼(ゴッドアイ)でこれだけ喜んでいる事で想像はついているだろうが、強奪(ロブ)はもう当てている。つまり、これでスペルカード40種類コンプだ。今日は9月6日で、フィンクスとフェイタンがグリードアイランドに来る日である。とっととマサドラから逃げられるのに喜ばない筈がない。

「スペルカードを全種類揃えられましたね。40枚と交換で大天使の息吹を差し上げますが、如何なさいますか?」

 俺のフリーポケットにスペルカードがコンプされた事を察知したのか、イベントが始まった。まあ、こちらは肯定するだけの簡単な作業だが。

 そうして渡された大天使の息吹を指定ポケットに収める。堅牢(プリズン)で守っているから、これはスペルカードでは奪えない。ハメ組もスペルカードをコンプしているらしいが、堅牢(プリズン)をもう1枚集める時間の差でこちらが上回った。奴らのカードは全てゲンスルーに奪われるから、交渉を持ち掛けられてものらりくらりでいいだろう。

 ちなみに俺はもう神眼(ゴッドアイ)しか欲しくなかったので、30万を持って入り(残りの15枚はレア度C以上のスペルカードやかなり出にくい攻撃カード)スペルカードを90枚買ってレアカード以外全て破棄するという事を繰り返していた結果、聖水(ホーリーウォーター)擬態(トランスフォーム)といったAランクのカードも複数集めている。流石にSランクの堅牢(プリズン)は出なかったが、その他に出た離脱(リーブ)や攻撃スペルを含むレアカードはポンズに保管して貰っている。このおかげで彼女のフリーポケットも結構カツカツなので、スペルを買う役割は俺のみだったという訳だ。

 とにもかくにも目標を達成し、比較的マシなスペルカードでフリーポケットを全て埋める。そして店の外に出て、待っていたポンズと合流。どうやら俺の表情で察したらしく、疲れた顔をしながらも達成感も感じさせる表情をして、無言のままで誰にも会話が聞かれない場所へと向かった。

「お疲れ様。1番の目的はゲットね」

「ああ、付き合ってくれて感謝する」

 お互いに労いながら、俺はフリーポケットから複製(クローン)を取り出す。これを2回唱えれば大天使の息吹を独占だ。

複製(クローン)使用(オン)、バハト!」

 唱えた瞬間、複製(クローン)は輝きながらその姿を変え、瞬時に煙を出しながら複製(クローン)に戻る。

「…………」

「…………。聖騎士の首飾り、外したら?」

「あ」

 そんな目で見ないでくれ、まる2日完徹してるんだから頭回ってねぇんだよ。

 バカを見る目をしたポンズは自分の聖騎士の首飾りを外し、自分のバインダーから複製(クローン)を出して呪文を唱える。すると今度はちゃんと大天使の息吹に変わった。それを2回行い、これで大天使の息吹を独占する。

「取り敢えずこれで3回までなら瀕死から回復できるのね。次はどうする?」

 決まってんだろ。

「寝よう」

 何度でも言うが、もう俺は50時間以上ぶっ続けで動いているのである。まずは寝かせて欲しい。

 

 明けて翌日、改めて今後の指針を決定する。

「やっぱり拠点を作りたいな」

「そこに『敵』を誘い込んで倒す訳ね」

「ああ。俺の『敵』が来るかどうかは分からないが、少なくとも『敵』の仲間か手駒は来るだろ。そいつらを見逃す手はないからな、逆にそこから手繰っていかないと何も情報が無い」

 俺の『敵』に関して分かっている事は、相手が女性であるというだけだ。これでは手の打ちようがないから、どうしても地道な作業になる。

 操作された手駒は情報を吐かないだろうが相手の数を減らすのには意味があるし、何も知らずに利用されただけの相手なら情報も見込める。

 問題は俺がグリードアイランドに来ている事を『敵』が知っているかだが……ここはまあツェズゲラ辺りに期待するか。多少怪しまれるかも知れないが、ハメ組を雇ってバッテラに情報を流してもいいかも知れないし。

 そんな事に頭を回転させていた俺だが、ポンズもまた難しい顔をしている。

「どうした?」

「……グリードアイランドはスペルがあるから、距離が取りにくいのよ。衝突(コリジョン)同行(アカンパニー)で接近される可能性を考えると、トラップが仕掛けられる距離はおおよそ15メートル。

 となれば、もちろん薬や凶器を使った罠は作るけど、物理的威力がある罠も欲しくなるわ」

 物理的威力がある罠とは大掛かりなモノも多く含む。つまり、単純にマンパワーが足りないという問題だろう。

 だがだ。こういう時の為にいるような存在が、マサドラで離脱(リーブ)の出待ちをしている奴らだ。腐っても念能力者であるので、最低限の労働力は確保できている。

 とはいえ離脱(リーブ)の数には限りがある。やはりここは挫折の弓の出番だろう。この状況ならばAランクのカードで離脱(リーブ)10枚分の効果は破格と言っていい。

 調べた限り、挫折の弓が入手できる場所は恋愛都市アイアイ。ならばショートカットできる可能性が高い魔女の媚薬は手に入れておきたいところだ。そして魔女の媚薬が手に入るのはギャンブル都市ドリアス。順番はこれでいいだろう。

 その事をポンズに話し、納得して貰う。

「じゃあまずはドリアスね」

「ああ。スペルカードはたんまりあるし、サクサク行こう」

 俺とポンズは再来(リターン)を取り出して唱え、一瞬にしてドリアスへ移動するのだった。

 

 ◆

 

 クロロとパクノダに律する小指の鎖(ジャッジメントチェーン)を刺し、身の丈に合わない威力の念を使い過ぎた反動で倒れてしまったクラピカ。

(ざまみろ)

 心の中でアッカンベーと舌を出すのはユア。バハトを旅団との戦いに巻き込んだクラピカに対し、彼女はとことん辛辣だった。

 とはいえ彼を仲間だと思っているゴンやキルア、レオリオにセンリツを前にしてそんな態度はおくびにも出さない。あくまで表面上はクラピカを心配しているフリをする。

 クラピカが交渉してくれたからこそ無事であったゴンなどは特に心配の色が強い。例えゴンとキルアが捕まった原因にクラピカの暴走があったとしてもゴンは仲間想いであるし、それが感謝しない理由にはならないのだ。

 人質交換を為した岩場から飛行艇でヨークシンに戻り、クラピカはセンリツに任せてユアたち4人は顔を合わせる。

「で、結局グリードアイランドはどうするのよ」

「ゴンが何とかなるって言ってたけど」

 やや疑いの目をしたキルアがゴンを見る。その視線を浴びて、ちょっと情けなさそうに言葉を発するゴン。

「や、なんていうか、他人任せな作戦で言うの恥ずかしいんだけど」

「金を集めるのが他人任せなのは怖過ぎるぜ」

 ゴンの言葉にレオリオも不安そうな顔をするが、ゴンは首を横に振る。

「いや、当てにしてるのは金じゃないよ」

「じゃあ何が他人任せなんだよ」

「ほら、バッテラっていう人がグリードアイランドを集めてるんでしょ? ってことは、念を使える実力者も集めているって事じゃん。

 そこに俺を売り込めればいいなーなんて……」

 語尾が萎んでいくゴンだが、キルアはというとそれを聞いて真剣な顔で考え込んでいる。その発想はなかったという様子だ。

「確かに。ゲームだけ集めても、プレイヤーがいなきゃ意味がない。なら、俺たちがプレイヤーとして名乗り出ればいい訳か。

 ……よし、これならいける! 8割方間違いなくグリードアイランドをプレイできる!!」

「悪いけど、可能性は低いわね」

 テンションが上がるキルアをぶった切るのはユア。あっさりと否定されたキルアはユアを睨みつける。この2人、さり気なく相性が悪いのだ。

 険悪になりそうな雰囲気を察知して、その上でそれらを無視したゴンは素朴な疑問を投げかける。

「なんで可能性が低いの?」

「純粋に力不足よ、ゴンとキルアじゃ」

「なんでオメーにそんな事が分かるんだよ」

「お兄ちゃんが情報を集めてたからに決まってるじゃない」

「バハトが?」

「なんでバハトがそんな情報を集めるんだ?」

「さあ?」

 バッテラが『敵』と組んでいる事を知らない一同は首を傾げるしかない。

 とはいえ、バハトは情報ハンターである。誰かに依頼されただけの可能性は十分あるし、ユアもバッテラがシングルハンターのツェズゲラを雇ったという話を小耳に挟んだに過ぎない。バハトが何故そんな情報を集めたのかは捨て置かれた。

「バッテラはシングルハンターまで雇っているわ。上限がそこであるとは思うけど、どんなに才能があっても念を覚えて半年程度の修練で、帰還した者が誰もいないなんていわれているゲームに参加できるとは思えないわ。

 2人とも、堅は何分くらいできる?」

「俺は15分くらいかな?」

「俺は20分くらい」

「それじゃあ堅じゃなくて、少し長いだけの練ね。最低30分維持するのが堅と言われる条件よ」

「そういうお前はどのくらい堅ができんだよ?」

「1時間は余裕よ」

 苛立ったキルアが絡むが、ユアはさらりとかわす。

 キルアとしてもここでユアに突っかかり続けても意味は無いし、ガシガシと頭を掻いて切り替える。

「んじゃ、可能性は1つだな」

「え、あるの?」

「ああ、クラピカと同じように発を作る。クラピカが旅団と戦えた大きな理由の1つが発、つまりは必殺技だ。

 多少基本性能が劣ってても、どでかい目玉があれば採用される可能性はあるだろ」

 キルアが発した言葉を聞いたゴンが、ちらりとユアを見る。彼女はキルアの言葉を否定せず、大きく頷いた。

「まあ確かにそれなら可能性はあるかもね」

「オメーがキルアの言葉にあっさり従うのは意外だな」

「レオリオさんは私を何だと思ってるのかしら?」

 ユアは別にキルアを嫌っている訳ではないし、正しいと思ったら認めるのは当然だ。ユアはキルアと、ただ何となく馬が合わないだけなのだから。

 ユアのその憮然とした言い方が、念の説明をした時にゴンに心外な言葉を投げつけられたバハトにそっくりで。やっぱり兄妹だなぁと、キルアは妙な感心をしていたのだが。まあこちらもどうでもいい話だ。

 とにかく発を開発して、バッテラに認められる。それを目標に定める2人。

「じゃあ俺はゼパイルと合流するぜ。金を集めてゴンのライセンスを回収しなくちゃならねーし」

「私はバッテラがどんな試験をするのか調べておくわ」

「え。お前伝手あるのかよ?」

「お兄ちゃんのおまけ程度ならあるわ。正直、余り期待しないで」

 キルアの驚きを肩をすくめる事で返すユア。

 そんなユアを見て、そういえばとレオリオが口を開く。

「オークションが終わったらお前はどうするんだ、ユア?」

「そうね。ホームに帰ってもいいけど、お兄ちゃんは居ないし。そもそもお兄ちゃんがホームに戻らなかったって事は、あそこも危ないかも知れないのよね。

 ……下手な場所に逃げるより、私もグリードアイランドに参加しようかしら」

「脱出不可能って言われてる危険なゲームだって忘れてねーか?」

「そこに参加しようとしてるキルアに言われたくない」

 バチリとまたもや視線で火花を散らす2人。もうゴンやレオリオは仲裁する気力も湧かなかった。

「勝手にしてろ。ユアも一緒にグリードアイランドに参加予定だとは聞いといたからよ」

「レオリオは?」

「俺は帰って勉強するよ。医大に受からねーと、医者になるって夢もクソもねえ」

 とてつもない値段で落札されるゲームをプレイするという、夢物語を語るような事を言う子供たち3人を置いておいて。どこまでも現実的な事を言うレオリオだった。

 

 ◆

 

 ドリアスで魔女の媚薬を手に入れて、恋愛都市アイアイに向かう。この過程は割愛していいだろう、ランクBのカードなんて手間取る訳もない。

 そこに着いたら聞き込み開始、指定ポケットカードはその名前をトリガーにして情報が集まる事が多い。これもランクS以上になると情報が集まっても他のアイテムを使わないと入手できなかったりするし、SSランクに至っては情報すら出ないケースもある。ここはまあ一坪の海岸線を参照して貰えれば分かると思う。

 さて挫折の弓だが。やはり城に住んでいるお姫様とやらが、最近変わった弓を手に入れたという噂が流れていた。そのお姫様はパーティが好きらしく、毎夜のようにパーティを開いているらしい。

「でも、お姫様は凄く性格悪いって噂よ。パートナーがいる男女を呼び寄せて、男を誘惑して破局させるのが趣味だとか。

 誘惑に乗った男はすぐに捨てられるそうだし」

 聞き込みをしていくが、なんというかやはり一筋縄ではいかない感じがする。っていうか、このイベントを作った奴の性根がひねくれているのが透けて見えるようだ。

「このイベントもタチが悪いわね」

 ポンズが的確に表現してくれた。うかつにお姫様と付き合う事を選ぶと、逆にアイテムがゲットできない仕組みらしい。

『でもまあマスターとポンズの嬢ちゃんで組めばいいだけの話だし、事前に情報を集めればなんてことねぇだろ』

 気軽にランサーが話しかけてくる。ちなみにだが、サーヴァントも移動スペルで一緒についてくる事が確認できた。正直ほっとしているが、どういう仕組みになっているのだろうか。魂が結びついているからなのか、サーヴァントは俺の一部という扱いか?

 まあ、この辺りの原理はどうでもいい。とにかくサーヴァント召喚をいちいちし直さなくて済むことや、サーヴァントがいない隙を突かれる事が減った事を喜ぼう。

 おおよその情報が集まり、俺とポンズはパーティ衣装に身を包んで城へ向かう。かなり立派なパーティだから正装をしなくてはいけないという情報は入手済み。綺麗に着飾ったポンズにちょっとドキドキしたのは秘密だ。

 で、まあ。城の出入り口で門前払いを喰らう羽目になったのだが。

「悪いが、君たち2人はパーティに参加する資格がない。お引き取り願おうか」

「資格って何よ?」

「このパーティにはお互いに好きあった者しか入れないんだ。少なくとも一ヶ月以上の付き合いがある者同士か、惚れ薬を飲んだような激しい恋心がないと参加できないのさ。

 悪いが、君たち2人はパーティに参加する資格がない。お引き取り願おうか」

 ポンズが尋ねれば言葉を返してくれる門番。っていうか一ヶ月か惚れ薬って、浅い絆だなオイ。まあゲームのシステム上、ここは厳しくしても仕方がないが。

 恋愛都市アイアイという場所を考えれば、時間をかければクリアできない条件ではない。まあパーティに参加できたとしても、キチンと選択肢を選ばないとクリアできないのだろうが。

 ……なんで俺はグリードアイランドまで来て、恋愛ゲームをプレイしなくてはならないのだろうか。

 ふとどうでもいい事に気が付き、地味に悲しくなった。

「ゲイン」

 どうでもいい事を考えているうちにポンズが手に入れた魔女の媚薬をカード解除する。

 もちろん異論はない。ここで一ヶ月も時間をかけるつもりは無いし、ショートカットの為に用意したシロモノだ。使い潰すのはやぶさかではない。

 ポンズが投げて寄越した丸薬に口づけをして、ポンズに投げ返す。代わりにポンズが口づけた丸薬を受け取り、飲み込む。

 

 瞬間、世界に色がついた。

 

 ぽー…と、目に映る最愛の女性に心が奪われる。

 俺は何故、こんなにも素晴らしい女性に今まで恋心を抱かなかったのか不思議でならない。

 顔を赤らめて俺の事をちらちらと見てくるポンズこそが世界で一番素晴らしい女性であると、俺は胸を張って言えるだろう。

 そんな彼女に愛されているだろうことが、なんて誇らしいのだろう。

「ポンズ」

「な、なによ。バハト…さん」

「バハトでいいさ。さん付けなんて、そんな他人行事な事をしないでくれ」

「…うん。バハト」

「ありがとう、ポンズ」

 一瞬の間。

「愛してる」

「私もよ、バハト」

 距離を詰めて、ソフトキス。

 照れくさくて、ふふと笑ってしまう。えへへと笑うポンズが、心底愛おしい。

 このポンズを、自慢したい。

「ポンズ、俺たちの仲を見せつけたくないか?」

「いいアイディアね、バハト。ちょうどぴったりのパーティがそこにあるし、行きましょう?」

 コテンと軽く首を傾げる仕草も、ちょっとあざとくて男心をくすぐる。

 女性をエスコートするのは男性の役目。俺はポンズの腰に手を回し、ポンズは俺に体を預ける。

 世界で一番に愛する女性と共に、俺はパーティへと参加するのだった。

 




書くとは言っていないが、聞いてみる。
ポンズとの夜とか見たい方、いますか?
年齢制限の関係でここには書かないけど、そういうの投稿するシステムもあるし。
どのくらいの割合か、試しにアンケートを取らせて下さい。


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028話 グリードアイランド・5

 アンケートにご協力いただき、ありがとうございました。
 ひとまず先が書きあがったので投稿しますが、折を見て夜のイベントシーンの作成したいと思います。

 ちょっと短めですが、キリがいいところまでとりあえずどうぞ。


「…………」

「…………」

 すげー気まずい。

 今日は9月14日。魔女の媚薬を飲んでから一週間が経過し、効果が切れてまたしばらく時間を置いたが。しかし俺とポンズの気まずさはなくならない。

 まあ、あれだ。大人の男女が好きあった状態で何もしない訳がなく、ご想像通りの爛れた生活を過ごしてしまった。そして正気に戻った今、もう本当になんて言っていいのか分からない程の気まずさが漂っていた。

 ただし、俺とポンズの気まずさはちょっと違うだろう。俺も最初はひたすら気まずいだけだったが、逃避する為に神眼(ゴッドアイ)で見れる指定ポケットカードの説明文を見ていた時に、それに気が付いてしまったのだ。魔女の媚薬は『意中』の相手にしか効果がないのだと。

 つまりはそういうこと。俺はポンズに対して自覚もなかったし、ポンズもそういう素振りを見せた事はなかったと思うのだが。

 俺たちは、相思相愛だったらしい。その上でヤる事はヤっている。そして俺も男だ。今までは『敵』を殺すことに全力を注いできたが、恋人が欲しいと思わないわけでもない。

「ポンズ」

 声をかけた俺に、ビクッと体を動かすポンズ。

 彼女は恐る恐る顔をこちらに向けた。

 ――まいった。こういう時、気の利いた言葉が出てこない。傍でニヤニヤとしている雰囲気を出しているクーフーリンは完全に無視する。百戦錬磨の恋愛をしたクーフーリンに助言を乞えば、気の利いたアドバイスも貰えるだろうが。男の意地とそれからなんかムカつくのも合わせて、その選択肢は存在しなかった。

「愛してる」

 そうして選んだ言葉は、惚れ薬で熱に浮かされた時と同じもの。

 なんてことはない、俺の感情が加速されただけで…別に惚れ薬を飲んだ時の俺が俺でなかった訳ではないのだから。

 しかし、全員が全員そういう訳ではないのだろう。ポンズは前と違い、俺の事は見つめてこない。ただ、潤んだ瞳と赤らめた顔をしたままで。

 コクリと頷いただけだった。

 

「そういえばバハトさん、明日ってアントキバで懸賞大会が開かれる日だっけ?」

 ポンズの呼び方が惚れ薬を飲む前に戻ったが、そこはまあどうでもいい。問題なのは変わった関係だ。お互いに恋人以上であることは確認した上で、これからどうするかを話し合っていく。

「ああ、そうか。明日は15日か」

「今月はジャンケン大会だったわよね。参加する?」

 ポンズの問いに、んーと考える。1000人以上が参加する大会な上に、放っておけばキルアが優勝するイベントだ。参加する意義はない。ただし、参加すればゴンやキルアと(それからいればユアとも)合流できる。

 できるがしかし、ここでゴンたちと会ってしまうと一つの問題が起きてしまう。ビスケによる修行フラグが折れてしまうのだ。これは彼らが大きく成長するのはもちろん、育成能力に長けた彼女とゴンたちが知り合う機会を逃すのは余りに惜しい。原作からも離れてしまうというのもマイナスポイントだ。

 やはり、ここでゴンたちと出会う必要はない。

「別にいいかな、参加しなくて。ゲームクリアとかどうでもいいし。それより、一週間も時間を無駄にしちまったし、拠点作りに移ろう」

「そう。分かったわ」

 基本的に俺の方針に従ってくれるポンズは本当にありがたい。想い合う関係になった今ならともかく、グリードアイランドにまで付き合う義理は彼女になかったというのに、だ。

 それに罠の作成など、サーヴァントならともかく俺にノウハウはない。彼女がいてくれて本当に助かっている。

 動き出す前に、この一週間で交信(コンタクト)による連絡があった事を思い出す。俺に連絡をよこす相手は一人だけだ。爛れた生活を送る事のみを考えていた時と違い、情報は仕入れた方がいいという判断は今ならつく。

 スペルカードを取り出して、使用。

交信(コンタクト)使用(オン)。ニッケス」

 一瞬の間が開き、バインダーから声が漏れだす。

『誰だ?』

「バハト」

『お前か。前にこちらが交信(コンタクト)で連絡とった時は随分な態度だったな』

「取り込み中だったものでな」

 向こうの嫌味を軽くいなす。

 ニッケスは俺のバインダーリストに入っており、そして実力による格付けは終わっている。俺がその気になれば磁力(マグネティックフォース)で強襲し、ニッケスを即座に殺せる立場である。そうである以上、奴は必要以上にこちらを刺激しない。見下されないように対等である事を誇示するだけだ。

 実際、前の時は俺が悪いのでこの程度は言われなければならないだろう。こちらも向こうもそれは分かっている。だからこの会話は、まあ挨拶みたいなものだ。

『まあいい、言う事だけ言っておく。マチというプレイヤーがグリードアイランドに入った。4日前だったな』

「……4日」

 選考会が終わった時と時期をほぼ一致する。マチが『敵』の手駒であることを確定とするならば、ゴンやキルアと接触することを目的としているのか。それとも別の思惑があるのか。

 とはいえ、マチがグリードアイランドに入ってこないという心配はなくなった。最悪マチだけでもこちらの陣地に誘い込んで、殺す。問題は『敵』も一緒にいるかどうか。それに『敵』かどうか分からないが、もしもマチと一緒に行動していればそれだけで俺の敵対者であると判断するには十分である。

「ニッケス、依頼をしたい」

『なんだ?』

「マチと共に行動している人間がいるか知りたい。調べてくれるか?」

『……報酬は?』

「マサドラで聖水(ホーリーウォーター)を当てた。Aランクのスペルカードだ。そっちは防御カードは独占しておきたいんじゃないか?」

『なるほどな。確かにお前に下手に使われるより、こちらが確保しておきたいカードだ。

 調べるのはマチが誰かと一緒に行動しているかだけでいいんだな? 誰も一緒でなければその結果を、もしも行動していればその者の名前を伝えればいい』

「ああ。情報がまとまったら交信(コンタクト)で連絡をくれ。直接会って、その情報と交換で聖水(ホーリーウォーター)を渡す」

『分かった、それでいい』

「頼んだぞ」

 そう言って交信(コンタクト)を切る。ひとまずはこれでいい、マチのバインダーに俺やポンズの名前が載るのは危険だ。ここは他の手足を使うべきだろう。

 次に交信(コンタクト)をバインダーにはめ込み、リストの一覧を見る。雑魚の名前などいちいち覚えていないが、こうすれば名前を確認できるから便利だ。

 目的の相手は、マサドラで離脱(リーブ)を求めてカードを買い漁っている連中たちだ。

交信(コンタクト)使用(オン)。ケーブ」

 さて、労働力を集めるとするか。

 

 ◇

 

 難しい顔で考え込むニッケスに、怪訝な顔で話しかけるゲンスルー。

「どうした?」

「いや、何でもない。ちょっとした手間で聖水(ホーリーウォーター)を手に入れられる目途がついただけだ」

「朗報じゃないか!」

 喜色を浮かべるゲンスルーだが、ニッケスの表情は暗いまま。

「そのちょっとした手間が、プレイヤーキラーであるマチを調べることなんだがな」

「――ちょっとした手間って言わないな、そりゃ」

「だが、聖水(ホーリーウォーター)を確保できるなら悪くない話だ。マチと出会っていない奴をマサドラのスペルカード購入組に回そう。

 奴とて、誰も彼も殺している訳じゃない。スペルカード屋で並ぶ事を利用してバインダーリストに加え、共に行動している仲間がいるかを調べる。それだけでいい」

「攻略をしていない奴ばかりを殺すマチもよく分からん奴だが、それを調べる奴もよく分からん。なんで爆弾魔(ボマー)や他のプレイヤーキラーじゃなくてマチだけなんだ?」

「さあな。俺たちが気にする事じゃない」

 ゲンスルーがニッケスの肩に手を置きながら口にするが、本当にニッケスの知った事ではない。

 アントキバで出会った時から気にしていたから、マチがバハトの命を狙う者かその仲間かといった想像は働くが、ニッケスには関係ないことなのだ。

「それよりも大天使の息吹だ。持っている連中はまだ特定できないのか?」

「ああ。ランキングも100位までしか調べられないからそこまでのプレイヤーを総当たりしたらしいが、大天使の息吹を持っていた奴はいなかったらしい。

 全てのプレイヤーを調べるのも現実的じゃないしな」

「……どう思う、ゲンスルー?」

「普通に考えればツェズゲラ組などのトップグループのどこかが独占し、指定ポケットカードを0にしてランキングから逃れると考えられるが」

「だが、トップグループの仲間たちのバインダーも全部調べたんだろ?」

「もちろんだ。だが見つからない。もしかしたら大天使の息吹を隠す為だけに新しい仲間を雇ったのかもな」

「可能性はあるな、クソ!」

 最難関のSSランクカード、大天使の息吹。ようやく入手できるかと思ったが、タッチの差で別の誰かがスペルカードをコンプリートしてしまったらしい。彼らが入手できたのは大天使の息吹の引換券だった。

 そこまではまだいい。大天使の息吹のカード化限度枚数は3枚だから、堅牢(プリズン)で守りきれている訳がない。1枚か2枚はフリーポケットに入っているはずなのだ。ならばスペルカードを独占し、攻撃を仕掛ければ必ず奪える。

 問題は、誰が所持しているのか分からないということ。名簿(リスト)で調べたところ、2人のプレイヤーが所持しているとは分かったが、肝心のそれが誰だかが分からないのだ。これではスペルカードで攻撃する云々の話ではない。

 こちらの作戦を見透かされたような対処法に苛立つニッケスを、冷静な声で諫めるゲンスルー。

「落ち着けよ、幸い引換券は最初に手に入れられたんだ。手に入れたプレイヤーがランキングに載っていないことを考えれば、あっさりと死ぬかも知れん。マチのようなプレイヤーキラーだっているしな。

 そうじゃなくても、SSランクのカードは価値が高い。案外、独占するよりも指定ポケットカード10枚と交換をすると考えたりもするかも知れん」

「ああ、そうだな。悪く考えすぎてもいいことはない、か」

 やや冷静でなかったニッケスは、ゲンスルーの言葉で落ち着きを取り戻す。

 今は手に入らなかったカードの事で嘆いていても仕方がない。まずはスペルカードの独占に集中すべきだ。場合によってはスペルカードで攻撃を仕掛けてライバルの防御カードを浪費させることなども必要になってくる。

「頼りにしてるぜ、ゲンスルー」

「信頼には応えるさ。なんせ20億だ、5年も時間をかけたんだから間違いなくクリアしないとな」

 フっと笑うニッケスに、真面目な顔で頷くゲンスルー。初期メンバーである彼らの取り分は20億、5年ならばよい稼ぎといえるだろう。

 確かなクリアを目指し、彼らは今日も金を稼いでスペルカードを購入していくのだった。

 

 ◇

 

「この辺りでいいか?」

「そうね、85点ってところかしら」

 恋愛都市アイアイの周辺を探索し、罠を仕掛けるのに向いた場所を見つける。スペルカードで接近される事と相手が最低でもマチである事を考慮すれば、全方位を警戒するのは得策ではない。奥に長い洞窟を探し出し、その道中に罠を仕掛けていく作戦をポンズは提案した。

 ここがグリードアイランドでなければ場合によっては自らの退路も断つ籠城戦になりかねないが、スペルカードはこちらも使える。撤退には再来(リターン)1枚あれば十分だろう。

 理想としては罠で時間を稼いでいる間に投石(ストーンスロー)などで相手のスペルカードを破壊し、同行(アカンパニー)で洞窟の最奥にいる目印の人物まで敵対者を引きずり込む。こちらは磁力(マグネティックフォース)で洞窟の出口まで飛んでそこで待ち構え、脱出するのに消耗した相手を仕留めるというもの。

 もちろん、下手にマチなどの敵対者と遭遇していなければ普通に籠城にも使える。身を守れる要塞でありながら、敵を消耗させる攻撃にもなる。作成するのはそんな陣地だ。

「じゃあ、ポンズはここでどんな罠を作るか構想を練っておいてくれ」

「バハトさんはマサドラに行って、人手を集めてくるのね」

「ああ。拘束期間は3ヶ月くらいを考えている。『敵』も動く以上、これも楽観的な数字だがな」

「……思ったより時間はないと、そう考えておいた方がいいわね」

「そうだ。なるべく急ごう、頼むぞ」

 俺の言葉に、力強く頷くポンズ。

 それを確認して、俺はカードを取り出す。

再来(リターン)使用(オン)。マサドラへ」

 俺は一瞬にしてその場を離れ、戦う為の下準備に力を注ぐのだった。

 



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029話 グリードアイランド・6

 

 9月28日。

 洞窟の要塞化を開始してからおおよそ2週間、作業は順調とは言えない。

 理由としては、確保した労働力の士気の低さが第一。3ヶ月こちらの指示に従った肉体労働をすれば現実世界に還してやると約束した4人の念能力者だが、やる気を出して動いていたのは最初の3日程度。今はあー、だの。うー、だの。聞いているこっちが滅入る声を出しながらノロノロと動いているだけだ。

 働きが悪くて理想のものが出来なかったら報酬は無しだと言ったら少しはマシになったのだが、作業効率はやはり悪い。これで基本スペックも低いのだからこちらだってため息も出ようもの。もう少し役に立て。

 そしてもう一つが、難しい顔で紙に地図を描きながら唸っているポンズ。

「どうだ?」

「……期待はしないで」

 ポンズにどんな罠を作るかの構想を練って貰っている間、労働力たちには洞窟の整地作業をさせている。だが、その肝心の罠がどうやら上手くいっていないらしい。

「そもそも無理があるのよ、バハトさん並の相手に僅か15メートルで効果的な罠を作れって」

 イライラしながらペンをはしらせるポンズ。

 まあ、確かに無茶を言っている自覚はある。例えば俺だが、堅をすれば弓矢どころか銃弾すら通用しない。そして傷の一つも付けられなくては毒だって盛れやしない。

 油断しているならばまだしも、明らかにこちらの陣地ですと言わんばかりに手を加えた場所が舞台である。逆にここに俺が敵として誘い込まれたとして、まあ余程の事がなければ効果はないだろう。つまりは、余程の罠をポンズは要求されている事になる。

 まあだから、ポンズが匙を投げてもそれは仕方のない事なのだ。

「――やっぱり、ムリ。仕留めるのは諦めるわ」

「と、言うと?」

「一応、バハトさんレベルを想定して致死的な罠は2つ程仕掛けておくわ。多分かわされるだろうけど、そうして相手に疑心暗鬼を持たせて集中力を削る方向に持っていく。

 下らない罠を山ほど仕掛けて、少しでも相手を消耗させる。止めは私とバハトさんで刺すわよ」

 いくら準備をしたとて、殺すには至らないと割り切って。戦いを有利に進めるような方向性の罠にする訳か。

 悪くない。そういうコンセプトの罠ならば一定の効果は上げられるだろう。殺せるかどうか、分の悪い賭けにドキドキしながら待つよりもこちらのコンディションもよくなる。それに致命的な罠もあるならば、間違って死んでくれればそれはそれで万々歳だ。

 とにかく、俺はトラップに関しては門外漢だ。

「分かった、任せる。最後の戦いは任せてくれ」

「うん。じゃあどんな毒を用意するかの選定からやり直さないと――」

 唐突に俺のバインダーが具現化し、音声が流れる。

『他プレイヤーがあなたに対して交信(コンタクト)を使いました』

『こちらニッケス。バハトか?』

「そうだ。連絡をくれたっていうことは、情報は集まったんだな?」

『ああ。いきなりで悪いが、これから会えるか?』

「問題ない。マサドラの北東2キロ付近に盆地があっただろ、そこで1時間後」

『いいだろう。報酬を忘れるなよ』

 用件だけ済ませると、ニッケスは交信(コンタクト)を終わらせる。大事な話は直接会ってということか。

 まあ、無駄話をしても意味ないし。それに地味に俺だけすることがない。労働力の監視くらいだ、今やっているのは。

「じゃあ、ちょっと行ってくる。後は頼んだ」

「行ってらっしゃい。ちゃんと成果上げてきてね」

 ポンズの言葉を背負って、バインダーから再来(リターン)を取り出す。

再来(リターン)使用(オン)。マサドラへ!」

 そして俺はこの場所を離れてマサドラへ。ついでに呪文(スペル)も買い足しておくか。

 

 約束の場所、約束の時間。

 俺の眼前にはやや緊張した表情のニッケスが立っていた。

「じゃあ、取引といこうか」

「ああ、聖水(ホーリーウォーター)を寄越せ」

「いや、情報が先だ」

 沈黙。話が進まない。

 まあ、こうなる事は分かっていたから解決策は用意している。

「分かった、まずはどうやって調査をしたのかを教えてくれ、結果は言わなくていい。

 その調査方法に納得がいったら聖水(ホーリーウォーター)を渡す。結果はその後に聞く」

「妥当だな」

 納得して貰ったらしく、ニッケスは手順を口にする。

 マチと出会った事のない、自分を含むプレイヤーをマサドラでスペルカード購入組に回し、マチがリストに加わったらその前後に他にプレイヤーが増えていないかを調べる。

 マチが新しくリストに加わった仲間が4人になったところで、そのうち3人が一緒にリストに加わったプレイヤーがいた。それがマチの仲間だと、高確率で思えたということ。

「……つまり。多分大丈夫だが、違う可能性もある、と?」

「否定はしない。だが、プレイヤーキラーを相手にこれ以上深く入る訳にもいかん。

 それにこれは数多くの仲間がいる俺たちにしかできない調査法だと思うが?」

「…………」

 ニッケスはいい仕事をしてくれたといえる、俺に文句などない。

 だが、値を吊り上げる為に俺はわざと難しい顔をする。

「納得してくれないのか?」

「確定情報でないと流石に、な」

「ではどうしろと言うんだ!」

 苛立って声を荒げるニッケスに、俺は冷めた視線を送る。

「それを考えるのがそちらの仕事だ」

「っ!!」

「だがまあ、確かに俺では手に入らない情報ではあった。もう一つ条件を呑んでくれれば聖水(ホーリーウォーター)は渡そう」

「――条件とはなんだ?」

「バインダーを貸してくれ。マチと交信(コンタクト)を取る」

「オイ、それは……」

 プレイヤーキラーと交信(コンタクト)を取るという俺に、ニッケスの顔が青褪めた。

「心配するな、お前の名前は絶対に出さない。ならば、交信(コンタクト)を取った相手は誰かマチには伝わらない。

 だろ?」

「…………」

 しばらく悩むニッケスだが、やがて結論を出す。

「分かった。ただし、もう一枚有用なスペルカードをくれ。それでいいなら受けよう」

掏摸(ピックポケット)でいいか?」

 即答する俺に、この程度の要求は織り込み済みだったことに気が付いたらしい。やや不満そうな顔をしながらも、ニッケスは潔く頷いた。

「ああ」

「じゃあ報酬だ」

 言いながら、聖水(ホーリーウォーター)掏摸(ピックポケット)を手渡す。聖騎士の首飾りを身に付けたニッケスはそれが間違いなく本物だと確認し、彼のバインダーに交信(コンタクト)をはめ込んでその画面を俺に見せてきた。

「見てくれ。マチの前後にある、リヴァイとレヴィという奴がおそらく奴の仲間だ」

「…………」

 2人、か。これは予想外。

 いや、ここは俺の予想を超える手を看破した事を喜んでおこう。どちらかが『敵』か、もしくは手駒か。それとも砂漠の毒針(スコーピオン)のような傭兵か。もしかしたら海獣の牙(シャーク)の別メンバーか?

「では交信(コンタクト)を使用する。俺は黙っているし、名前を出すなよ?」

 念を押すニッケスに、真剣な顔で頷く。

 それを確認してニッケスはバインダーを操作し、マチに交信(コンタクト)を使用した。

『…………』

 バインダーから僅かに反響する空気音が、向こうと通話状態になっている事を証明している。

 買い取った貴重な3分間、無駄にはできない。

「プレイヤーキラーのマチだな?」

『……アンタは誰だい?』

「ボクスという、プレイヤー名は別にあるがな」

『覚えがないねぇ。で、そのボクスがアタシに何の用だい?』

 バインダーから流れる、敵意に満ち満ちた勝気な声。

 間違いない、このバインダーの向こうにいるのは()()マチだ。

 ゴクリと唾を飲み込みそうになるのを抑え、飄々とした声を出していく。

「なーに。アンタ、プレイヤーキラーをしてるそうじゃないか」

『それが? なに、敵討ちでもしたいの?』

「いいや、逆さ。バハトってプレイヤーを殺して欲しい」

 沈黙が流れる。

 俺の名前をぶち込んで様子を探るが、やはりというか。簡単に反応は返してくれない。

 気にしないふりをして、俺は調子よく喋り続ける。

「殺した暁には3億払おう。どうだい、悪くない話だろ?」

『いいや、分からない話だね。別にアタシは殺し屋じゃない、誰を殺すのもアタシの勝手。アンタが勝手に殺せばいい』

「それができれば苦労はなくてな。どうやら厄介な能力を持っているようで、俺と相性が悪いのさ」

『能力?』

 食いついた。

 さあ、飲み込め。

「ああ、奴は特殊な人間の念獣を扱うと聞いた。具現化系か、特質系の可能性が高い。しかもその念獣は滅法強いとか。

 金に不満があるなら、5億払おう。どうだい、引き受けちゃあくれないか?」

『…………』

 僅かな沈黙、そして漏れ出る言葉。

『そうか。テメェが、バハトか』

 ――正解。

「おいおい、何で自分の殺害依頼を出すんだよ?」

『バハト本人なら有り得る話だろ? 自分の胸に聞いてみな。

 自分の情報を出し渋ったのが運の尽きだ。バハトが強化系だと、アタシらが知らないとでも思ったか』

 かかった、口を滑らせやがった。笑いを必死にこらえる。

 俺は強化・変化の重複系統。自分で言うのもなんだが、極めてレアな系統だ。だから対外的には水見式で表に出る強化系という事にしているし、それを知っているのもゴンとキルア、ユアとポンズ、ついでにズシだけ。ウイングは重複系統と知っているから、そこまで言い切ればウイングから情報を得ていたのだろうが、そうでない事も確定。

 情報源は、おそらくキルア。あいつは系統を隠す重要性をよく知っている。そして俺を仲間だと思ってくれているならば、俺の系統も隠してくれるはず。つまり逆にパクノダの「何を隠しているか?」の問いで俺の系統の情報まで奪われてしまうのだ。

 そこは織り込み済みの話で、だからこそ強化系と確信を持って言うマチの失策。普通の話だが、能力を使えば系統は分かりやすくバレる、だがしかし、俺が表に出している能力は煌々とした氷塊(ブライトブロック)であり、変化系。そうでないという確信が、向こうがどこまで手を伸ばしているかの確認になる。

 何もしなくても殺しに来るのだ、向こうの手の長さを知れただけで上々。少なくとも相手が幻影旅団(クモ)と取引をできる立場であると確認できただけで、かなり良し。

「だったら?」

『覚えておけ。アタシはお前を殺す。

 ――必ずだ』

 まるで地獄の底から響くような声を聞きつつ、交信(コンタクト)が途切れた。

 収穫は十分。

「――っ、……」

 バインダー越しの殺気に当てられて、絶句しているニッケス。

 地獄の底まで追いかけても、殺しに来そうなあの殺意を感じ取ればむべなるかな。だがまあ、俺としては想定外の事は何一つない。

 バインダーからカードを1枚出して、固まるニッケスに声をかける。

「悪くない収穫が得られた、また良い取引ができる事を期待しておくよ。

 再来(リターン)使用(オン)、アイアイ!」

 その場に彼を残し、拠点へと戻るべくスペルを唱えるのだった。

 

 そして時間が経つ。経過はあまり順調とは言えないが、作成している拠点も気休めにしかならないと。マチとの会話で薄々感づいてはいたので、逆に焦りはしなかった。

 吹っ切れたともいえる心境で、俺は自分の修行に全力を注ぐ。

 変化が現れたのは、約1ヶ月後。

 ポンズが指示を出し、労働力たちがノロノロと動き、そして俺は自分を鍛える。洞窟の中で作業しているだろう奴らを尻目に、俺とポンズは外で太陽の光を存分に浴びていた。ちなみにポンズは薬の調合中。

 そんな変わらない日々の中で唐突に、遠くからキィィィンという甲高い音が響く。プレイヤーの移動音が聞こえたと思ったら、一条の光が洞窟の手前に着地した。これはスペルによる移動だが――

「お。当たり引いたぜ」

 ――フィンクス!? 何故、どうして!?

 いや、分かる。衝突(コリジョン)に俺かポンズが運悪く当たってしまったのだろう。そして幻影旅団(クモ)が少なくともキルアから情報を引き出している事も確実。つまり――

「テメェがノブナガを殺ったバハトとかいう情報ハンターだな?

 会いたかったぜ…!」

 殺意と興奮と冷静さを併せ持つ表情で、爆発的にオーラを高めるフィンクス。

 これは、ヤバイ。

 強い。フィンクスは、強い。少なく見積もっても俺より弱いという事はあるまい。瞬時に臨戦態勢を取る。

『――マスター、俺がやるか?』

 霊体化しているクーフーリンの問いに、一瞬の熟考。

 結論は、否。スペルカードがある以上、サーヴァントの姿だけ見られて撤退されるという可能性もある。そしてその撤退先はどう考えても同じ旅団の仲間だろう。ならば、追う事もできない。

 死の直前まで、サーヴァントは晒せない。

『ランサーはポンズについていてくれ。手を出すのは、死にかけた時のみだ』

『それはマスターと、ポンズの嬢ちゃんも含んでいいんだな?』

『ああ』

 この期に及んでポンズを見殺す選択肢を俺が選べる筈もない。ポンズの命とサーヴァントの秘匿を天秤にかけて、俺は迷いなくポンズの命を取った。

 ポンズは大きく下がり、バインダーを出してフィンクスを警戒する。そうだ、それでいい。いくら何でもポンズにフィンクスは荷が重い。俺とフィンクスの戦いに割り込むことさえできないだろう。

 敵を睨み、全力で、堅。そんな俺を見てフィンクスがニィと笑う。

「いいぜ、楽しませてくれやぁ!!」

 間合いが一気に詰まる。

 フィンクスの蹴りを、右腕でガード。ビリビリと痺れが奔るが――戦闘続行に影響なし。

 八極拳独特の動きで左腕による拳打。フィンクスは上半身を後ろに逸らす事でかわし、置き土産に右アッパー。俺の攻撃した左腕を強かに叩いた。

「っ!」

「次ぃ!」

 痛みで一瞬動きが止まった俺を見逃さず、左ストレートのコンビネーション。円歩と呼ばれる歩法でスルリと回避しつつ、その懐に入り込む。

 フィンクスにとっては不可解な動きをしたであろう俺に彼は目を見開き、両腕を使った発勁をその胴体に叩き込む。

「破っ!!」

 攻撃が命中する。直前、オーラによる防御が間に合ってしまう。

 ――流が速すぎる! 反射よりも更に速いと、そう感じてしまう速度。

(このバケモンがっ!)

 内心で愚痴を吐きつつ、それでも発勁が決まった事には違いない。押し出す力には逆らえず、フィンクスは洞窟の方へ吹っ飛んでいく。

 こんな連中と正面からやりあってられるか。俺は全力で後ろに下がり、ポンズへ目配せをする。

 彼女は直接戦闘についてこれるレベルではないが、戦いにはついて来れてはいた。可能性の一つとして考えておかなくては反応できない速度で、バインダーからカードを取り出す。

同行(アカンパニー)使用(オン)

 良し、俺はポンズの半径20メートルに入った。

 フィンクスは大したダメージが受けた様子なく発勁の勢いを殺してこちらを睨むが、もう遅い。

「マサドラへ!」

 瞬間、俺とポンズは光に包まれて浮遊感と共に高速移動を開始する。

 脱出成功の安堵の息を一つ吐き、そんな僅かな間でマサドラへ辿り着く。

「……今の奴は、なに?」

 敵が眼前から消えたからか、ポンズがへなへなと脱力してしまうが。

 ちょっと気を抜くのが早い。フィンクスに磁力(マグネティックフォース)があれば即座に追いかけてくるだろう。

 こうなればなりふり構ってはいられない。ポンズやゴン、キルアは役に立たないだろうがビスケならば話は別。

「幻影旅団だ! ひとまず、ここを離れるぞ!!」

「わ、分かったわ!」

 マサドラから南へ向かう。岩石地帯で、ビスケがゴンとキルアに修行を施しているはず。

 ポンズにとっては目的なき逃走に思えるだろうが、直前にフィンクスの猛威を目にして冷静な判断ができていないらしい。南へ走る俺に、全力で着いてきた。

 ――もしも、幻影旅団が集団で襲ってくるならば。

『その時は頼むぞ、ランサー』

『へっ。楽しくなってきやがった』

 こちらも全力で殺してやるよ、旅団(クモ)

 

 ◇

 

 光に包まれて消えるバハトと女を、フィンクスは忌々しく睨みつけていた。

「ブック」

 確かに一回は逃がした。が、グリードアイランドならば追うのも容易。磁力(マグネティックフォース)をバインダーにセットして、リストを見ていく。

 奴は間違いなくバハトだろうが、仲間の名前も把握しておいて損はない。バハトを連れて逃げた女の名前を確認しておく必要があった。

「名前はポンっ!?」

 ポンズの名前を確認したその近くに、フィンクスは有り得ない名前を見てしまった。

 クロロ=ルシルフル。鎖野郎に念を封じられた筈の団長の名前が、念を使わなくては入れないグリードアイランドのリストに載っている。

(どういうこった? 団長は除念を終わらせたのか? だが俺たちに一切連絡を取らず、グリードアイランドに参加している訳は?)

 思考を回すフィンクス。彼は決して愚かではない、この場がゲームマスターによって仕組まれた舞台の上だという事は理解している。

 つまりある意味他人の土俵に立っているのだ。ここでホイホイとこのクロロ=ルシルフルに接近する愚は犯さない。最悪、ゲームマスターがA級賞金首である自分たちを狩る為の罠でないとも限らないのだ。

 ともかく、バハトとかいう雑魚は後回しだ。確かに奴は弱くはなかったが、少なくとも脅威ではない。堅は一流、体術も申し分ない。だがしかし、決定的に殺意が足りない。死んでもいいというつもりで攻撃はしているが、殺してやるという気迫が足りない。そんな奴など、怖くもない。

 幽霊(ゴースト)とやらは複数いて、記憶を奪う操作系か特質系がいることが濃厚。パクノダのように生きている相手からしか情報を引き出せないのであれば、あのバトルスタイルにも納得がいく。とはいえ、ノブナガを殺せる奴が敵側に少なくとも一人はいる。ここは仕切り直すのが最善で、再開はこのクロロ=ルシルフルを調べてからでもいい。

 フィンクスは愚かではないが、頭脳戦が得意という訳でもない。特に戦闘職であれば、コンマ1秒の無駄な思考が命取りになりかねないのでどうしても感覚派になってしまうのだ。

 こういう事は考えるのが得意な仲間に頼るに限る。

磁力(マグネティックフォース)使用(オン)。シャルナーク」

 フィンクスも光に包まれて、その場を後にする。

 残されたのは洞窟から戦闘音を聞きつけて、恐々と様子を見ていた労働力の4人だけ。

 しかし彼らは知らない、もうバハトがここに戻って来る気がない事を。

 そしてマサドラに辿り着くのが精いっぱいな彼らは、この場からアイアイに生きて辿り着くことが不可能であろうこともまだ知らない。

 死を振りまく脅威が去った事に安堵しているが、もう彼らに生き延びる道がないと今はまだ気が付いていないのだった。

 

 ◇

 

 



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030話 念・6

「ちょっと待ってよ、バハトさん」

 マサドラから南に向かって走り初めて約1分。ビスケたちがいるであろう岩石地帯はおろか、最初の村にすら着いていない。っていうか、後ろを見ればまだマサドラの一部は見れるだろう位置でポンズが話しかけてくる。

「足は止めるなよ。で、どうした?」

「さっきの男が幻影旅団って言ったわよね?」

「ああ」

「それで、幻影旅団って10人以上いなかったかしら?」

「最大の構成メンバーは13名。ヨークシンで俺が1人、クラピカが1人殺したから補充していなければ11人は居るな」

「それよ! あのレベルの敵が10人も押し寄せてきたらたまったものじゃないわよ! 早くグリードアイランドから出ないと!!」

 手持ちに離脱(リーブ)は複数枚あるし、そうでなくても挫折の弓もある。グリードアイランドから脱出するのには問題はない。そう提議するポンズは至極真っ当だが、俺の『敵』がグリードアイランドから脱出するのを手ぐすね引いて待っているとするならば、打てない手になるのだ。

 慌てるポンズに、俺は静かに話しかける。

「落ち着けよ。何で今、人気のない場所に向かっていると思っているんだ?」

「な、なんでよ?」

「――切り札を使う為だ」

 俺の言葉に、霊体化したクーフーリンがニヤリと笑う。

「バハトさんの、切り札……」

「ああ、幻影旅団の1人を無傷で殺した切り札。労働力がいたあそこで使う訳にもいかなかったが、人目が無ければ問題はない。

 追って来れば、フィンクスの仲間諸共皆殺しにする」

 俺の言葉に、ゴクリと唾を飲み込むポンズ。幻影旅団はたった1人で能力を使わない俺と互角だったにもかかわらず、使えば最大11人にも及ぶ敵を皆殺せると確信して言うその切り札に戦慄しているのだろう。

「――信じて、いいのね?」

「相手が逃げなければ、な。スペルがあれば討ち漏らす可能性もあるが――俺の勝ちは揺らがない」

 そう、サーヴァントとはそれだけ強力な存在なのだ。今の俺でも、クーフーリンと戦えば無傷で取り押さえられてしまう。殺してもいいという話ならば何を況やである。

 だからこそ、情報漏洩には細心の注意を払わなければならない。サーヴァントが『敵』に知られては、英霊が持つ弱点を突かれないとも限らないのだ。具体的に言えばその死因などが挙げられる。そう、サーヴァントは強力無比の存在ではあるのだが、絶対無敵では決してない。俺はそこをはき違えてはいない。

「とにかく今は誰にも見られない場所へ! そこでなら、俺が勝つ!!」

「分かったわ。けれども、ヤバくなったら離脱(リーブ)で脱出。それに異論はないわよね?」

「もちろんだ」

 切り札が通用しないプランにも考えを及ばせるポンズに俺は安心感を覚える。幻影旅団にはミドリという不確定要素も、確かにある。保険はあるに越した事はない。

 勝ちのみを見ている俺には決して出なかった発想に、仲間のありがたさを改めて感じ入るのだった。

 

 そのまま走り続けて、10分。30分。1時間。1時間半。それ以上。

 

 岩石地帯に着いても、幻影旅団が来襲する気配は微塵もない。

「……おかしくない?」

「ああ、確かにおかしい」

 足を止めて話し合う俺たち。ビスケを仲間に引き入れる為に確かにここ、岩石地帯を目指していたが、間に合う訳もないだろうとは思っていた。

 即座にフィンクスが1人で追いかけてくるのが最有力。再来(リターン)があっても磁力(マグネティックフォース)がないからマサドラで購入する時間差が生じるのが第二候補。仲間と共に来るのは大穴。だが、攻めて来ないというのは想像さえしていなかった。一応、俺はノブナガを殺した敵であるはずなのだが。

「ブック」

 嫌な予感がして、バインダーで名前を確かめる。あれは本当にフィンクスだったのか、疑問が浮かんだのだ。

 だがやはりフィンクスの名前はバインダーの最後尾に載っている。ならばあれは衝突(コリジョン)を使ったフィンクスに間違いない。

 では、なぜ奴は追って来ない? 殺す価値がないと思われた? いや、フィンクスはノブナガを殺したのが俺だと明確に認識していた。蜘蛛の矜持も考えれば、仲間を殺した奴はとりあえず殺しておくに違いない。俺を殺す価値は十分にあるはずなのだ。

 となると、現状にさっぱり説明がつかない。

「ええーー……」

 変な声を上げながら、思わず頭を抱えてしまう。これ、マジでどういう状況だよ?

 と、バインダーのリストに次々と新規の名前が載っていく。

 ユア、キルア、ビスケット、ゴン。

「! ポンズ、これを」

「どうしたのっ!? って、あら。ゴンはちゃんとグリードアイランド参加できたのね。

 ユアちゃんはいいとして、ビスケットって誰かしら?」

 バインダーを見せれば、ポンズはその名前を見てとりあえず落ち着いてくれた。恐ろしい敵が襲ってこない焦燥と困惑が、仲間の名前を見ることによって一時的に消失したのだろう。

「俺たちは北から来たから、あいつらは南か。

 いちおう、合流しておくか」

 軽く言いつつ、南へ向かう。バインダーに名前が載ったということは、半径20メートルに入ったということ。すぐに見つけられるだろう。

 ――だが、なんだ。この不穏な感じは? 軽くポンズに目配せをすれば、彼女も真剣な表情で頷く。そして警戒をしつつ、視界が悪い岩石地帯を歩いて行く。

 大きな岩を曲がった先に、その少女は1人で立っていた。いや、少女というには歳がアレだけれども。外見だけならば立派な少女だ、服装もゴスロリだし。

 ビスケット=クルーガー。ダブルの称号を持つストーンハンターであり、その腕前は紛れもなく1流を超える。

 その人物が、鋭い目でこちらを睨んでいた。

「っ!」

「ポンズ、下がれ」

 敵意――とは違うか。闘気ともいえるオーラを発しつつ、油断なくこちらを見据えるビスケットを目にしてポンズを下がらせる。

 フィンクスと勝るとも劣らないそのオーラ。フィンクスは荒々しさが目立ちつつも攻撃的な威圧を隠そうともしていなかったが、ビスケットのオーラは流々としていて意図が読みにくい。歓迎されていないことは分かるが、害意は感じないように思うが。さて。

「あの女の子も、旅団?」

「いや、違う。旅団の顔は全て頭に入っている」

「じゃああの子はいったい――」

「ポンズ!? あ、それにバハトも!!」

 オーラを漲らせるビスケットの後ろにある岩陰からひょっこりゴンが顔を出し、大声をあげる。それにつられてユアが、そしてキルアも岩陰から姿を見せる。

「なにさ。あんた達の知り合い?」

「うん。俺の同期のハンターで、バハトは念を教えてくれた師匠でもあるんだ」

「そして私のお兄ちゃん! グリードアイランドに来てたんだねっ!!」

 先ほどまでの闘気をビスケットは霧散させると同時、ユアがたたっと走りながらこちらに近づいてくる。

 一応、凝。この4人が操作されて『敵』の手駒になっていないとは限らない。クーフーリンも万が一に備えて即座に霊体化を解除できるように備えていた。

 まあ、結果から言えば杞憂だったのだが。ぴょんと俺の胸に飛び込んでくるユアにおかしなとこは1つもなく。久しぶりに会えたユアを思いっきり抱きしめる。

「久しぶり、ユア」

「元気で何よりだよ、お兄ちゃん」

 ユアもぎゅーと抱き着いてきて、えへへと笑うその顔に自然と笑みがこぼれる。

 多分、そんな外から見たら微笑ましい姿にビスケットが呆れた声を出す。

「ハイハイ。ユアがお兄ちゃん大好きなのは分かったから。ってかあんた、バハトって言ったっけ。ここに来る時に剣呑な空気を出してどうしたのよ」

「ちょっと襲われて、逃げててな。一筋縄じゃいかない相手だったから、人目のないところを目指してた」

 ぴくりと眉を顰めるビスケット。その間にキルアが口を開く。

「ってか、バハトもグリードアイランドに参加してたのな。幻影旅団から逃げたんじゃなかったのかよ?」

「ああ。旅団から逃げるには、入るのが難しいグリードアイランドが最適だと思っていたんだ」

「でも多分幻影旅団(アイツラ)グリードアイランド(ココ)に来てるぜ。競売にかけられていたグリードアイランドが1つ奪われたみたいだし。多分、アイツラの仕業だろ」

「キルア正解。衝突(コリジョン)で遭遇して、逃げてきた。あれはフィンクスって奴だったか」

 俺の言葉に、驚きの表情を見せるゴン。心配の表情を見せるユア。同情の表情を見せるキルア。納得の表情を見せるビスケット。

「なーる。あんた程の実力者が何から逃げたと思えば幻影旅団ねぇ。強いんだ?」

「強がりを言えば五分五分かな。実力は同じくらいだと思うが、殺し合うとなると分が悪い。

 という訳で、切り札を使える場を選んで逃げて来たんだが……なぜか追って来ないんだよなぁ」

 そこが本当に不思議である。いやまあ、幻影旅団と今殺し合うメリットは少なすぎるから好都合ではあるのだけど。

「そもそも衝突(コリジョン)ってなに?」

「スペルカードよ、ゴン。マサドラにはまだ行ってないの?」

 素朴な疑問をあげるゴンにポンズが答える。その質問で顔に苦みが走る子供たち。

「行ったには行ったけど……」

「本当に行っただけというか」

「寄っただけ?」

「まー、攻略を開始するよりも地力をあげる方が先だと思ってね。ここでみっちり特訓をしてたって訳よ。

 ユアはまあまあだけど、ゴンとキルアはかなり鍛えがいがあったわ」

「お前がこの3人を鍛えてた?」

「そ。自己紹介が遅れたわね。あたしはプロハンターのビスケット=クルーガー」

「嘘つけ。ビスケット=クルーガーはストーンのダブルで57の初老だ。お前みたいに幼くない」

「…………」

 目が点になるという、ちょっと変わったビスケットの表情が見れた。

「――ちなみにあんたは?」

「情報ハンターのバハト。プロには今年なったばかりだな」

「ああ、最高のアマとかいう噂の。あんたが売ってくれたパープルダイヤの情報は助かったわ~」

「! ガチでお前がビスケット=クルーガー……?」

「納得して貰ったようでなによりだわさ」

 やや迂遠な自己紹介が終わる。俺やビスケットのような実力者同士の場合、顔を知らない敵だということも十分有り得る話だ。有名人の名前を騙るなんて当たり前の揺さぶりである。

 そこで本人しか知らない情報などを出し合って敵でない事を確認する、もしくは自己紹介に嘘が無い事を証明する。こうして少なくとも敵でない事を確かめ合うのだ。

「なに? ビスケってお兄ちゃんのお客だったの?」

「そうらしいわね。盗まれたパープルダイヤの場所を特定したのが、バハトっていうアマの情報ハンターだったわさ」

「ちなみにパープルダイヤは、まだ盗み出された博物館に返されていないんだが……」

「奪い返したあたしを見つけて、その上で交渉次第では返すわよ~」

 おほほほー、と笑うビスケットに子供たちは呆れ顔だ。ポンズや俺はハンターはこういう人種だと分かっているので何も言わない。俺が言ったら色々とブーメランになって返って来るし、ポンズも似たようなもんだろう。

 ひとしきり笑った後、ビスケットはポンズに視線を向けた。

「で、そっちのお嬢ちゃんは?」

「あ、ポンズって言います。バハトさんの手伝いをする為にグリードアイランドに参加したん、ですけど――」

 自分よりも頭2つ分くらい背の低いゴスロリの女の子(57歳)にお嬢ちゃん呼ばわりされて、やや戸惑ったポンズの声が萎んでいく。

「――バハトさんと幻影旅団の戦い、とてもついていけないわ。目で追うのが精いっぱいよ」

「目で追えるだけで十分凄いんだけどな。同行(アカンパニー)での撤退は凄く助かったし」

「……ポンズって、あのレベルの動きを目で追えるんだ」

 ゴンは呆れたような感心したような声を出す。ゴンは原作通りなら、幻影旅団に一瞬で捕まったか。それと同じような目に遭ったと考えれば、まあ分からなくもない。

 だが俺がここに来たのは、仲間たちをあのレベルの戦いに引きずり込む為でもある。

「フィンクスも何故か追って来ないしなぁ。

 えっと、お前らはここで修行してたんだっけ?」

「うん、そうだよ!」

「まあ結構強くなったかな」

「ゴンもキルアも成長速度がバケモノなんだけど……」

 ユアは世界中の人々に総ツッコミを受けそうな事を言う。ユアも十分バケモノだろ、と。まあ、そんなユアがこう評するくらいにゴンとキルアがなおバケモノ染みているのだろう。

 今日は11月21日。修行もかなり進んだ頃か。

「俺の方も結構手詰まりになった感じがあるし、いったん頭を空っぽにして修業するかな? ポンズも、フィンクスに勝てとは言わないけど戦闘は成立するくらいにはなって欲しいし」

「……上は高いわねぇ」

 ちょっと遠い目をするポンズ。ってか、こんな表情をするポンズも久しぶりだな。ゾルディックの敷地内に居た時はだいたいこんな目をしていた。

 そんなポンズを放っておいて、ビスケットが俺を品定めするように見てくる。

「ゴンとキルアに念を教えたのがあんただっけ? あのレベルにするのもなかなかだけど、ユアはかなり高水準にまとまっていたわね。その師匠であるあんたの実力も興味あるわ。

 それに、高みの戦闘っていうのも見せてあげたかったしね」

 挑戦的なその口調。悪くない、俺が望む展開でもある。

 ニヤリと笑ってその挑戦を受ける。

「手合わせのお誘いと取っていいか、ビスケット」

「ビスケでいいわよ。

 では一手、拳で語ろうか」

 ずんと空気が重くなる。足を大きく開いて右手をこちらに向け、左手を下段に構えるビスケ。腕はともかく、脚は膨らんだスカートのせいで動きが読みにくい。

 俺は李書文に習った太極拳の構え。両手を前に出しつつもやや折り曲げて、体は半身にする。攻撃的な構えではなく、どちらかというと身を守るのに向いた構えだ。

 同時に俺とビスケは凝をする。手合わせならば構えをした瞬間から何をされても文句は言えない。これが敵からの奇襲ならそれ以前の問題。俺もビスケも、自己紹介が終わるまで何度も凝をしていた。

 ピンと澄んだ緊張に、いきなり始まった手合わせに。残る4人は戸惑いながらも後ずさる。流石にこれには巻き込まれたくないのだろう。

 そんな中、ビスケは緊張感のない声で後ろにいる教え子たちに声をかける。

「あんた達に問題。バハトは凝を何回した?」

「?」

「今、してるよな?」

「あたしが近づいた時もしたけど」

「ゴンとキルアは論外、ユアは赤点。正解は7回。

 あたしを警戒して凝をしたのが5回、出会った時にユアが危険でないかどうかを確認したのが1回。手合わせの開始に1回。

 指をあげた時に凝をするのはあくまで訓練、違和感を感じた時や離れていた相手と再会した時も凝。誰かに操作されている可能性もあるからね」

「そういうビスケは9回凝をしたよな。ポンズは何回気が付いた?」

「え、ええと。最初に会った時に凝をしていたのは気が付いていたけど、それ以外は今やっているのしか……」

「ポンズも赤点な」

 遠くを見るのに目を凝らすのと同じ感覚で凝。口で言うのは易いが、為すのは至難の業。

 特に凝をするのは、仲間だと思っている相手に甘くなりがちな傾向にある。仲間たちとくつろいでいる時にそのうちの1人が唐突に操作の条件を満たされてしまう場合もあるので、どこで気を抜くかというのは本当に難しい問題なのだ。俺はサーヴァントがいるからまだしも、普通ならば俺とビスケが警戒し合っているような緊張感の中で、凝を怠ってはいけないのである。

 まあこれはやや難易度が高い話ではあるか。そして今から為すのは、単純だが更に長い修練の時間が必要となるもの。

 

 練

 

 ビスケの体から、小さな少女には有り得ざるオーラが噴出する。

 目の隅に映ったユアたちの表情が驚愕に歪んだ。おそらく、ここまでのオーラを出したビスケを見た事がないのだろう。それも道理、俺も同じくらいのオーラを出している。つまり、ここまでのレベルの相手をして来なかった証左。それ程の念能力者の数は、多くないという言葉で表現するに過大だろう。

 圧倒的なオーラで強化してビスケから動く。背は、俺の方がずっと高い。左手を突き出すように愚直な突き、から体全体を捻転させて巻き込むような左脚のハイキック。流にいささかの澱みもない、素直に反応したら左手の突きのフェイントに引っかかるところ。

 俺は流をせず、堅と体術のみでその攻撃を捌く。左手のフェイントには右の掌を、本命の左のハイキックには右の肘を当てる事で防御を成立させる。フィンクスの攻撃に劣らない衝撃が右腕全体に走るが、それはつまり戦闘続行可能だということ。空中で独楽のように回るビスケの後頭部に向かって左脚で蹴りを放つ。

 と、ピタリとビスケの動きが止まった。捻転させたことで体が傾き、伸ばした左手で地面を掴み慣性を殺したのだ。今のビスケは俺に向かって背中を向けつつ上下を反転させている状態。彼女はそのままサマーソルトキック染みた動きで、俺から見て真下から蹴りを合わせて俺の攻撃を相殺する。

 そして今度こそ完全に空中に体が取り残される形となったビスケは、体重で勝る俺の蹴りに耐えきれずにズリ下がる。その隙を見逃す俺では、当然ない。フィンクスとの戦いでは退却を優先したが、ビスケとの手合わせでは遠慮しない。蛇行する蛇のような動きで撹乱しつつ迫り、狙うのは小柄な体の更に下から。顎を目掛けて抉るようなアッパーを繰り上げる。

「疾っ!」

「吻っ!」

 八極拳の動きに惑わされてビスケの回避は間に合わない。それは間違いのない事実だろうが、防御は間に合った。両手を顎の下で合わせ凝も併せた掌で攻撃を完全に受けきられてしまう。

 そして俺の拳を掴んだビスケは、魚を釣り上げるように自分の首の後ろに投げるように俺の腕を引っ張り上げる。対抗することもできず、俺の半身が伸びあがってしまう。

 残るのはお互いに、伸びていない方の脚のみ。

「「破っ!!」」

 ドゴンと音がして、脚と脚がぶつかり合う。押し負けたのは――俺の方だった。流を為したビスケの一撃に俺の攻撃は威力が足りず、今度は俺がズリ下がる。

「ま、こんなとこかしら」

「だな」

 そこでようやく空気が弛緩し、オーラを抑える。戦いの時間は、さて何秒だったか。自分が戦いの場に入ると時間の感覚が狂ってしまう。

 ともかくビスケもやはり俺と同じ領域で戦える相手だ、今の状態で。いわゆるゴリラ状態にならずにここまでの戦闘力を叩き出すとは、亀の甲より年の功という奴だろう。

「なんかすごくあんたをぶん殴りたくなったわさ」

「勘弁してくれ」

 ギロと睨まれる。ここは迂闊な事を考えた俺が悪い。

「しかしそうねぇ、堅タイプとは珍しいこと。あんた、強化系だわね」

「え、ビスケ分かるの?」

 ずばり俺の系統を言い当てたビスケに、手合わせは終わったと無警戒で近づいてくるゴンが声をかけた。

 ビスケは俺に言っていいか目配せをして、俺はそれに頷いておく。

「まあね、強化系にたまにいるのよ。オーラの身体強化が過ぎて体の動きに流が間に合わない、通称堅タイプ。

 このタイプは流による攻防力の移動が苦手だから、ひたすら堅を強固にしていく傾向にあるわね。

 攻撃的な性格の奴はそのまま相手の攻撃を無視して襲い掛かるし、バハトみたいなタイプは防御に専念して相手の消耗を待つのだわさ。

 そして隙を見つけるか消耗した相手に一撃必殺の発を叩き込むのがバハトだとあたしは見た。人目を気にして幻影旅団との戦いの場所を選んでいたのもそうだし、体術も明らかに防御向きだわさ」

「そこまで言っていいとは言ってねぇよ」

 戦術まで裸にされて、流石に一言物申した。当の本人はオホホのホ~と、どこ吹く風だが。

 人には念の向き不向きがある。俺はその中で流が苦手なのだ。もちろん当たり前にはできるのだが、本気の戦闘では体捌きに流によるオーラの攻防移動がついてこない。

 その為に編み出した戦術はビスケの言う通り。堅と体術による鉄壁の守りはもちろん、サーヴァントが使えない状況も想定して、発の切り札は3枚伏せてある。ノブナガを仕留めた妖艶な吐息(ラシェットブレス)もその1つである。

 裏を返せば、俺は同レベルの相手に対して通常攻撃の殺傷能力が低い。格上になれば尚更に。まあ、最強の手札がサーヴァントという時点でそこは察して貰えるだろうが。

 だからこそ、俺の拳には殺気がほとんど乗らないのだ。殺すよりも守る事が本質であるが故に。殺意が溢れる時は、3枚の切り札を使う時のみ。まあ、殺意もなくあっさりと格下を殺せるのが俺クラスの念能力者でもあるのだけど。

「さて。俺の『敵』や幻影旅団はこの領域にいるからな。できればここまで皆には来て欲しい」

「お、おう。努力するぜ」

 やや引き攣った顔で応えるのはキルア。気にせんでもお前やゴンは順当に成長すればここまで来れるから心配すんな。何年かかるかは分からんけど。

 対してキラキラした瞳で俺を見るのはユア。明確に目標が示された事でやる気が増したらしい。操作系のユアと具現化系のポンズは一番遠い場所にいるんだが、まあ言うのは野暮だろう。

「じゃあ、もうしばらく修行を続ける感じでいいか? ビスケ」

「そうねぇ。もう合格にしてゲーム攻略を始めようかとも思ったんだけど、バハトくらいに強くなりたいならもうしばらく基礎を詰めてもいいかもね。

 そうすればヨチヨチ歩きでも、もうちょいマシになるわさ」

 真面目な顔で言うビスケに、俺は追加で言葉を続ける。

「で、だ。ビスケ、もしも幻影旅団に襲われたら俺以外の4人を守ってくれない? アイツ等を相手にして、他にまで気を回す余力は流石に残りそうもない」

「ま~いいわよ。お金次第で」

「金取んのかよ!」

「オッケー、1回5億払おう」

「そしてバハトさんもあっさり払うのね!?」

「もう一声!」

「そしてガメツイなっ!」

「7億」

「商談成立っ!」

 凄くイイ笑顔をした俺とビスケは握手を交わす。これもヒソカに旅団の情報を売った収入があればこそだ。ヒソカの奴が敵対行為をしてなくてマジで意外である。

 呆れた顔をする仲間たちに、俺とビスケはまた真面目な顔をして話しかける。

「何言ってんのさ。A級賞金首からひよっこを守れなんて、そんなハードな依頼普通なら断るわよ。ゴンとキルア、ユアが居たから引き受けただけで」

「俺としても7億で戦いの時にお前たちの安心が買えるなら格安だ。ビスケの腕は確かめたばかりだしな」

 そう言い合う俺たちだが、ゴンのため息交じりの声でその場は〆られる。

「どうでもいいけど、もうちょっとテンションを安定させてね。疲れるから」

 



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031話 念・7

すいません、パソコンがぶっ壊れました。
データをサルベージしたり、お気に入りの音楽を探したりしているのに手間取る今日この頃。
前のパソコンも10年くらい使っていたので、新しいのにも少し違和感が……。とりあえず、明度を安定させたい。

とにもかくにも、やや短めですが、最新話をあげました。
楽しんでいただけたら幸いです。


 

 1週間が過ぎた。

 幻影旅団が襲ってくる気配は微塵もない。

 まあ、グリードアイランドはスペルで一足飛びに襲いかかってこれるのだから気配も何もないが、それを差し置いてもちょっと不気味に思う程に旅団が接触して(ころしに)くる気配がないのだ。都合がいいといえばいいのだが、バインダーでたまに確認しているフィンクスの文字の横に点灯している光が不可解だ。

 ともかく、こちらからフィンクスに接触する予定がない以上、今は己や仲間を鍛える事が最優先。どんな敵や困難が待ち構えていようとも、力業で食い破ってしまえば問題ないという考え方もある。

 そういう意味で、現状は素晴らしい環境が整っているといえる。初心者から中級者に上がるのに絶好であるグリードアイランドのモンスター達は元より、成長期真っ只中ともいえるユアにゴンとキルア、そしてポンズ。教師役として俺とビスケもいる。そしてこの教師役同士も手合わせをして互いにレベルアップが望める関係だ。

 今はゴンとユア、キルアとポンズがそれぞれ流を用いた組み手を行っている。この中ではユアが頭一つ飛び抜けているのが悩みの種だ。ポンズは俺が流の特訓もさせていたからゴンやキルアになんとか食い下がるレベルを維持できているが、ユアのようにレベルが高いものがその質を落とせる訳がない。そしてユアを相手にするには俺やビスケは強すぎる。この場において、ユアだけがレベルアップにしくい状態である。

 とはいえ、腰を据えて修行できる環境に変わりはない。確実にユアもレベルが上がっている。

 流々舞(るるぶ)は実力が伯仲していないと成立しないとは、原作のビスケの言だったか。ポンズはキルアにかろうじてついて行けているが、ゴンはユアにギリギリついていけない。っていうか、現時点でユアにギリギリついていけてないレベルか。念を覚えて8ヶ月程度とはとてもじゃないが思えないな。ユアは念を覚えてもう3年は経っているというのに。

 ――キメラアント編になったら俺も追い抜かれかねない。もうちょっと気合い入れよう。

「はい、そこまで」

 ビスケの声で4人が鍛錬を止める。ポンズはかろうじて立っているだけという消耗具合で、ゴンとキルアは肩で息をしている。やや呼吸を乱しているだけなのはユアだけ。

 それだけ修行が厳しいというのもあるだろうが、これはいただけない。

「どんなに疲労が溜まろうが、最低限逃走が可能な体力は残しておくように」

「無茶、言う、なぁ……」

 ポンズが息も絶え絶えに言うが、これはハンターの基本である。ハントする側にとって、相手を消耗させるというのは常套手段。ならばいつ何時狙われようとも、逃げ切るだけの算段は立てておかなければならない。ハンター試験でイモリが逃走専門の発に目覚めても便利だと思ったのはこれが根底にある。生きていさえすれば、再起は可能なのだから。

 まあ、今はいいだろう。俺とビスケがそばに居るし、最悪の最悪でも大天使の息吹を使えば体力も回復できる。大分勿体ない使い方ではあるが、削った相手が一瞬で体力全開になるとか普通に悪夢だ。手段としてなくはない。

 そして監督が終われば次は俺とビスケの組み手である。言わずともルーチンになったそれに、組み手を終わらせた4人は自然と距離を取る。そして俺とビスケは向かい合い、練。

 初日と同じオーラをまき散らすが、見学者たちはもう慣れたのか怯みもしない。これだから才能あるってヤダ。もうちょっと初々しい可愛さを見せろってものだ。

 ともかく、俺とビスケの組み手を全力で見学させる。このスピードに目をならさせる訓練とも言う。

 仕掛けるのはだいたいビスケから。俺は防御的な方が得意なため、自然と受けに回る事が多い。まあ、1回不意を打って先制を仕掛けた事もあったが、見事に対処された。やはり57歳の経験値は伊達ではない。

「シィィィ!!」

 俺の思考が漏れたのか、いつもより殺意3割増しのビスケの攻撃は俺の左側から。それも当然、俺は左目をくり抜いているから左半分の視界がない。こんな分かりやすい弱点を狙わない方が間違っている。

 しかしながら自分で自分の視界を潰し、そして何年も経過しているのである。当然対処法はある。

 俺の最も得意な応用技は円だ。全力で広げれば100メートルを超えるが、堅として維持しているオーラにも円の効果は付随する。俺は体からおおよそ50センチ程度の堅を保つので、その範囲に入ったなら相手の動きは全て感知できる。

 事前の動きからビスケの攻撃はミドルかローのキックと推測し、両方をカバーできるように左腕で胴を守って左脚に苦手な流で僅かながら防御力を上げる。

 結果、ビスケの狙いはミドル。見えはしないがおおよそ攻防力80程度の蹴りが左腕に響く。ジンジンと痛むが、戦闘続行に支障なし。捻転を込めつつ、最短距離を抉る発勁を右手で放つ。蹴りを叩き込む事で体勢を崩したビスケに回避は不可。彼女は左腕にオーラを集め、瞬時に受けに入る。

 しかしいかにビスケの流が速くとも、完全に対応される程に俺の攻撃はヌルくない。集まった攻防力は65程か。それでは強化系かつ体の大きさで勝る俺の攻撃は受けきれない。ビスケは表情を歪めつつ、勁を受ける。

 実は発勁はここが厄介なのだ。外部破壊でなく、内部破壊。身体を震わせるように衝撃を浸透させる事により、攻撃箇所から響くような衝撃を相手に与える。結果、防御箇所の周辺にもダメージを与える技が発勁なのである。下手に硬で一点防御をしてしまえば、例えば腕で受ければ手首や肘が破壊される。俺は堅タイプだが、相手が流に優れようと決して後手には回らない。流には失敗による大ダメージという緊張が常にあるが、俺の戦法はそれを倍加させるのだ。

 僅かに硬直したビスケに向かって両手でラッシュをかける。ラッシュとはいえ、ボクサーのようなそれではない。八極拳のラッシュは一撃一撃、相手の芯に響くような勁を込めたそれなのだ。となれば、ビスケも流を使っている場合ではない。体格差から打ち下ろしにならざるを得ない俺の攻撃に対応して、上半身にオーラを集めて防御をする。

 つまりビスケの下半身にオーラは少なく、一瞬の隙を見出してローキック!

「甘いっ!」

「げっ!」

 が、それが逆に俺の隙になった。最初の蹴りで痺れてほんの僅かに動きが鈍くなった左腕をビスケが抑え、関節を極めにくる。

 こんなとこで腕を失えば負けは確定。慌てて蹴りを中断し、自ら飛んで宙返り。極められかけた関節技を外す。それは当然大きな隙となり、ビスケはガラ空きとなった俺の腹に正拳突きを見舞ってくる。

 俺の体勢は大きく崩れたが、ビスケの体勢も万全とはいえない。それを整えるほんの僅かな時間の空白を利用して流を為し、腹を防御。体捌きについて来ないだけで、俺だって流は1流以上の速さで行える。っていうか、それができなければ凝もロクに出来ない事になるのだから当然だが。

 ビスケの拳にオーラが集まり、オーラで守った俺の腹を打つ。

「ぐ…」

 やはりダメージはあるが、それだけ。堅タイプの俺は、体力を重点的に鍛え上げている。多少ダメージを食らおうが、戦闘に問題ないように仕上げている。というか、ダメージを食らう事は織り込み済みなのだ。強化系だから回復も早い。

 ビスケの攻撃を耐え、即座に反撃。今の攻防は6:4で俺が不利といったところか。しかし基礎体力や潜在オーラはおそらく俺の方が上。長期戦になればなるほどに勝敗の天秤は俺に傾いてくる。

 ビスケの体力が尽きる前に彼女が俺を仕留めるか否か。俺と敵対する相手は、大凡そんな戦いを強いられる。ちなみに先述した通り俺の攻撃も別に軽くはないので、体力が尽きるとは俺の攻撃を捌ききる気力や集中力が持たなくなるという意味もある。ゴリゴリと相手を削るのが俺の戦い方だ。

 もちろんこれは殺し合いではないので、適当なとこで切り上げる。具体的にはビスケが本気で殺す気になる一歩手前でだ。もちろんその前に俺が致命打を食らえばそこで組み手は終了だが、今のところそれは一度もない。サーヴァントに鍛えられた身は伊達ではないのだ。

 だいたい10分くらいが平均。俺とビスケは組み手でたっぷりと汗を流すのだった。

 

 ◇

 

 魔法都市マサドラ。

 食料品などの買い出しはここに来る。幻影旅団に狙われている現状バハトとポンズは当然来れず、名前が割れているゴンとキルアもこわい。なので買い出しは名前も顔も割れていないビスケとユアが担当になっていた。シャワーも浴びれないポンズが恨めしそうに買い出しに出る女性たちを見ていたが、さらっと無視する神経の太い買い出し組2人である。

 バブルホースがウン十万になると話を聞いていたので、それらのモンスターカードを元手に食料品や雑貨を買い、ついでに役得といわんばかりにお風呂に入って身体を清める。

 湯船に浸かりながら一糸纏わぬ姿で寛ぐユアとビスケだが、ふと気になったユアがビスケに問いかける。

「ねえ、ビスケ。お兄ちゃんってどのくらい強いの?」

「バハト? バハトねぇ、あの歳であたしと組み手が成立するってだけで褒められていいわさ。

 二十歳そこそこだっけ?」

「うん。もう21歳になった」

「見事と言っておきましょうか。天才、鬼才。そういうレベル。しかも情報ハンターとしても1流となれば、あんたのお兄ちゃんは素晴らしいの一言」

 大好きなお兄ちゃんを褒められたユアはふんすと得意げな顔になるが、続くビスケの言葉に顔を顰める。

「ただし、怖くはない」

「――どういうこと?」

「攻撃の一撃一撃に殺気がない。殺す気がない攻撃は怖くない。

 しばらく仕合って分かったわさ。バハトは殺す事より殺されない事を主眼に置いて戦っている。それは殺す気の相手にとって絶好のカモ、防御を気にせず殺す攻撃ができるなんていいサンドバッグだわね」

「お兄ちゃんは、人を殺した事もあるはずよ」

「あのレベルの念を使えれば、そりゃ楽に格下は殺せるだわね。だが、それは戦いの上での殺しじゃない。自分が死なない位置を確保した上で、結果的に死ぬ攻撃を出しただけ。

 対等な戦いにおいて、バハトは相手を殺せる拳を持ってないのよ」

 ビスケの言葉にユアは、う~と言いながら頬を膨らませる。バハトに否定的な意見が面白くないのだ。

 そんなユアを見ながらビスケは、まだまだガキねぇとほんの少し微笑ましい気持ちになる。

(まあ、だからこそ信用に値するともいえるのだけど。後ろから急に襲ってくるタイプじゃないわね)

 それに。

(本当に怖いのは、2つ。あそこまで防御的なバハトの切り札。幻影旅団の1人を殺したというのだから、その発は十分な殺傷能力を持っていると考えるのが筋)

 拳で戦うバハトは怖くない、殺す気がないと言っているのも同然だから。だが裏を返せば、殺す気の発を使う時は一切の容赦がなくなるという意味でもあるのだ。それは普段の殺意の無さが擬似的な制約にもなっているのだろう。発を使う時は相手を殺す強い意志を込める、その一撃は凶悪で強力なのは想像に難くない。

 そしてもう1つ。

(バハトが道を踏み外した時)

 八極拳の全てに殺意が乗る、それはビスケにして脅威と言わざるを得ない。バハトのタガが外れ、誰彼構わず殺すような存在になった時、彼を止める手段は殺す以外なくなるだろう。そしてその時は簡単に殺せる存在では無くなるだろうとも。

 そんなバハトを殺せるか。ビスケは殺そうとは思えるだろう、勝てるとも思えるだろう。だが、殺されないとも思えなかった。

 温かい湯船に浸かるビスケの背筋にゾクリと冷たいものが奔る。子供達にとっては大人のお兄さんなのだろうが、ビスケから見れば二十歳そこそこの若造だ。何かの拍子に暴走する不安定な年頃に思える。実際、ビスケに言わせれば30になろうとも60になろうとも、狂う人間は狂う。ビスケ自身、己が道を踏み外さないように心源流という武道に身を置いている側面はある。力ある者が道を踏み外さないような心得が、長年の歴史を持ってそこに存在するのだ。

 バハトにそれがあるのか。無いとはいえないだろう、ユアやバハトに言わせればシフであるリショブンという先達者もいる。ビスケは知らない武術といえども、外道に為る事を歯止める心得はあるはずだ。

 では、何がそんなに怖ろしいのか。

(――ユア)

 幻影旅団に部族ごと虐殺され、バハトに最後に残されたたった1人の妹。ビスケの感想では、バハトのユアに対する接し方は妹というより娘に近い。ユアがバハトに依存しているのと同じように、バハトもユアに依存している。ビスケにはそう見えた。家族なのだからある程度の依存はいいのだが、この兄妹には依存先がなくなった時に壊れかねない危うさも感じさせる。

 さもあらん。若い時分から、たった独りで守ってきた幼い家族なのである。ユアが害される、殺される。そんな時、バハトは正気を保てるのか。

 ビスケには自信を持って頷く事が出来なかった。

 ちらりと横目で、無邪気にバハトは凄いんだとぶちぶち文句を垂れるユアを見る。

(要はユアに問題が無ければいいのよ、うん)

 そう無理矢理自分を納得させるビスケ。実際ユアも念能力者として十分な実力を備えている、弱冠13歳にしてだ。このままいけば、間違いなく1流の範疇に入るのだろう。

 いや、そもそもとして。

(そこまであたしが面倒見る義理ないしね~)

 これに尽きる。

 あっけらかんと切り替えたビスケは、しばしの入浴を楽しむのだった。

 

 ◇

 

 フィンクスと遭遇してから約1ヶ月、今日の日付は12月14日。

 幻影旅団からのレスポンスが全くない。

 多分ここまで来たら、バインダーに載った『クロロ=ルシルフル』を見つけて除念師探しに移行しているのだろうなとも思うが、そうなるとあそこでフィンクスが衝突(コリジョン)で遊んでいた事の説明がつかない。

(いや待て)

 ピンと閃いた。あの時、俺の協力者であるポンズの名前を調べる為にフィンクスはバインダーを調べた筈だ。その時に初めてクロロの名前を見つけたらどうだ?

 ノブナガの敵討ちか、クロロの除念か。どちらに天秤を傾けるかは分からないが、クロロの除念を優先したとしても不思議ではないだろう。ならば幻影旅団が襲撃してくるのは除念師を見つけた後である。時間は、かなりあると見ていい。

 だが、下手すると幻影旅団が団体で来る可能性も高い。忙しいのならばともかく、ノブナガの敵討ちに暇している連中が大挙してやってくる可能性は十分にある。

(となると、やはり)

 サーヴァントを使わざるを得ない。『敵』と戦う前にサーヴァントを晒すのはかなり痛いが、背に腹は代えられない。せめて襲ってくる幻影旅団は全滅させて、情報漏洩は最小限にしなくてはならないだろう。

『そんな感じになるが、頼めるか?』

『任せとけって』

 気負わないクーフーリンがとても頼もしい。まあ俺を殺しに来て、その相手がクーフーリンになるとなれば、敵を全滅させられる可能性は十分にある。幻影旅団で現在バインダーに名前が載っているのはフィンクスだけ。ならば初回の襲撃で敵を全滅させれば、後続はない。あって衝突(コリジョン)による単独の襲撃ならば、やはりクーフーリンで勝ち確だ。刺し穿つ死棘の槍(ゲイボルク)とか、マジで反則である。

 と、そんな事を考えながら4人の修行を見てつつ、ビスケと話し合ってそろそろゲーム攻略を始めようかという結論になりかけていた時分。

 スペルによる移動音が聞こえてきた。

「っ!!」

(今かよっ!?)

 全力で練をする俺に、この状況を伝えていた全員に淀みは無い。スペルによる移動では、着地点は対象より手前と決まっている。つまり音が聞こえてくる方向から見て俺よりも後ろに居れば、先に戦うのは俺となる。大きく下がる4人に、それと俺との間にビスケが立つ。この布陣ならば少なくとも同行(アカンパニー)で逃げる時間くらいは稼げるだろう。敵が集団で来た場合ならば、左遷(レルゲイト)などでの援護も期待できる。

 と、そんな覚悟をする俺を通り過ぎて。さらにビスケも通り過ぎて。ビスケと4人の間に着地するその男。

 俺ではなくポンズを目標に飛んできたかと一瞬絶望するが、見えた肌の色は黒。そして肩に付着した時限爆弾。

 ……あれ? ちょっとスケジュール早くない?

「あんた、確か選考会に居た――」

「っていうか、その肩の念。なんか禍々しいんだけど」

「そうだ。爆弾魔(ボマー)にやられた。警戒するのは分かるが、話を聞いてくれないか?」

 キルアがその顔を思い出し、ユアが異質なオーラを出しながら嫌悪の目で命の音(カウントダウン)を見る。

 そしてスペルで飛んできた男、アベンガネは全力で警戒している俺たちをなだめるような口調でそう語った。

 うん。っていうか、ここでアベンガネを殺せば、クロロの除念って相当困難になるよな。

 仲間達とは大分違う方向に思考を飛ばしつつ、まずはアベンガネの話を聞く事にする。

 アベンガネを殺すかどうかは、話を聞き終わってからでいい。仲間の前で殺す訳にもいかないから、スペルでここから去ってから後を追うのがいいか。

 そう思考を回しつつ、まずは爆弾魔(ボマー)の情報を仕入れる。

 素知らぬ顔で彼を殺すかどうか、そのメリットとデメリットを冷静に天秤にかけていく。

 決断までの時間は、彼が話し終えてスペルで移動するまで。

 




次回更新も、少し時間をいただけたらなぁと。
っていうかいい加減、ポンズの夜のシーンも書かなくちゃですから。


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032話 グリードアイランド・7

 耳は爆弾魔(ボマー)に関する情報を聞き取りつつ、頭は別の事柄を判断するのに回す。

 すなわち、この男(アベンガネ)を生かすか殺すか。これは冷静にメリットとデメリットを分けて考えなくてはならない。

 まず、アベンガネを殺すメリットだが、当然クロロの除念がされない事になる。クロロがクラピカによって律する小指の鎖(ジャッジメントチェーン)を刺され、念能力を封じられた事は既にゴンたちから聞き出している。原作の流れに間違いはない。

 これにより、幻影旅団(クモ)はもはや存在しない除念師を探してグリードアイランドを彷徨う事になる。俺という敵を無視して除念師を探しているとなれば、グリードアイランドにおける安全の度合いも一気にあがる。感情的になって喧嘩を売ってしまったが、よくよく考えなくても『敵』がいる前提でする行動ではなかった。幻影旅団(クモ)を生かしておく気は無いが、わざわざ真っ向から敵と認定される行為は慎むべきだったと今なら反省できる。

 対して生かすメリットは、ヒソカによってシャルナークとコルトピが殺害されることがほぼ確定するという事。更にヒソカと幻影旅団(クモ)が真っ向から殺し合う形になる為、俺がちょっかいをかける隙も生じやすくなる。幻影旅団(クモ)を殺す好機(チャンス)が大きく上がるのだ。

 これらだけを比較すれば、どちらかと言えばアベンガネを殺す方に心は傾く。俺が『敵』を殺すまで、幻影旅団(クモ)とヒソカの両方をグリードアイランドに釘付けに出来るというのはデカい。

 だがこのメリットを相殺するどころか無視せざるを得ないデメリットもまた存在する。すなわち、原作ブレイクの危険だ。

 俺と『敵』が存在する以上原作ブレイクも何もないと思うかも知れないが、原作というのは俺と『敵』を繋げる鎖なのだ。それは俺がノブナガを殺したのに『敵』がクロロの念能力を縛るのを見逃したのにも表われている。

 現状、俺と『敵』は分かりやすく原作に関わっている。俺はゴンたちに付いていて、『敵』は幻影旅団(クモ)と懇意だ。ならば『敵』としてはクロロの念が縛られるのに不都合しか感じないだろう、普通ならば。だが、原作を知るというのは擬似的な未来予知にも等しい。原作ブレイクを起こすというのは、そのメリットを完全に捨て去るに等しい愚行なのだ。『敵』はこのメリットを捨てる事を明らかに嫌っている。

 そういう意味では、ノブナガを殺した俺は既にある程度やらかしている。ノブナガが原作でそこまで大きな関わりがなかったから今現在はまだその齟齬は表立ってはいないが、ノブナガが居ない歴史というのは確実に原作とは違う結末を引き寄せるのだ。再三言うが、俺や『敵』が存在する以上今更過ぎる話ではある。『敵』もマチを手駒に加えて、幻影旅団(クモ)には完全なる未知であるミドリなる男も居るしな。

 また、原作と違う流れの源流にいるのは俺か『敵』しか有り得ない。つまり原作ブレイクを起こせば起こす程、この世界の異物である事を自ら曝け出していく事になる。

 俺はもう顔も名前も割れて賞金首まで懸けられているが、俺がやらかせばやらかす程に『敵』の痕跡も見つけにくくなっていく。これから先に原作と異なる事柄が起きて、それを調べていったら原因はアベンガネを殺した事でした、とかなったら間抜け以外の何者でもあるまい。

 さて、どうするか。

(……よし、決めた)

 アベンガネは殺さない、原作の流れを重視する。

 これには俺が掴んでいる『敵』の情報が少なすぎる事に起因している。俺が分かっている事と言えば、マチを従えている事とバッテラと繋がりがあること。そして女であるという事だけだ。名前も顔も分かっちゃいない現状、僅かな情報さえ惜しい。

 それにアベンガネを見逃す事がデメリットしかないならともかく、シャルナークとコルトピを始末できる上にヒソカを幻影旅団(クモ)の敵にできる。大きなメリットも確かにあるのだ。更に言うならば、B・W1号という狭い空間はアサシンの絶好の狩り場である。幻影旅団(クモ)排除にこれ以上の場はあるまい。まあ、これも『敵』が何もしないという、有り得ない事が前提にあるのだが。

 置いておいて、心が決まった以上はアベンガネの言葉に神経を集中させる。原作ではゴンとビスケしか聞き役はいなかったが、現在は6人もがアベンガネの言葉に耳を傾けている。こういった些細な違いさえも原作との齟齬を生みかねないのだ。

「犠牲になるのは最初に奴らに飛びかかる何人か、または十何人かになる訳だ。

 心理的に誰がそんな役をのぞむ?」

 っていうか、アベンガネむっちゃ話し上手だな。思わず聞くことに引き込まれる。

 しかも嘘を見破るのが得意な筈のビスケが気がついていない。まあ、彼の言葉に嘘は殆どないから仕方ないか。隠しているのは自分が除念師であり、おそらく命の音(カウントダウン)でも死なないことだけ。こんな僅かな事に気がつけという方が無理というもの。ヒソカは…まあ、あいつは嘘をあんまり隠さないしな。隠さない嘘にさらっと真実を混ぜて相手を煙に巻くタイプだ。

 アベンガネは殆ど本当の事を言い、都合の悪い事は嘘を吐くのではなく話さないタイプ。こっちの方がポピュラーだろう。後々、言い忘れただけとかの誤魔化しもしやすいしな。

「今まで離脱(リーブ)で逃げる相手の対応は一度としてなかったはず。

 何しろ離脱(リーブ)は我々が7割以上所有していたからな」

 そして進んでいく話に、今だからこそ分かる重さというのを感じる。

 実際にグリードアイランドをプレイしてみると、離脱(リーブ)というのはもはや攻撃スペルに近い。防ぐ手立てが殆ど無い上に、ゲーム外に飛ばされればフリーポケットカードを全て失うのだ。ため込んだ呪文(スペル)カードはもちろん、独占の為に所有している指定ポケットカードも危うい。何せ独占に向いたカードというのは、そこそこの難易度とカード化限度枚数が少ないという二つの条件をクリアしなくてはならず、AかSが妥当なラインだろう。それらのカード化限度枚数は10枚前後が多く、必然フリーポケットカードにも独占カードを入れざるを得ない。

 これらを全て失う上に10日以内にシソの木から戻ってくる事を考えると、まあ相当にエグい呪文(スペル)であろう。ハメ組が集めて手放さない事も分かる。

 そういう状況を経たからこそ、ゲンスルーも離脱(リーブ)を使い、取引場所をゲーム外に設定したのだろうが。

「少なくとも決して奴等にゲームクリアなんてさせないでくれ…!」

 色々と思考が散らかっている間にアベンガネの自称遺言が終わりに近づいていた。まあ、彼は放置する事に決めたので比較的どうでもいい。せいぜい自分だけ生き残ってくれ。

 そうしてアベンガネは再来(リターン)を唱えてブンゼンへと去って行った。

 残された俺たちに、僅かな沈黙が漂う。

「ブック!」

 ――ことなく、ポンズが即座にバインダーを取り出した。一切時間を無駄にしないその行動に全員の視線がポンズへと集まるが、彼女は全く意に留めない。僅かな時間も惜しいと言わんばかりにカードを取り出して呪文(スペル)を唱える。

交信(コンタクト)使用(オン)、ニッケス」

『なんだ!?』

 バインダーから余裕がない、荒々しい男の声が聞こえてくる。

 想定された当然の反応だ。何をしているのかという仲間の視線を無視して、ポンズは淡々と言葉を紡いだ。

「ニッケス、私はあなたたちの現状は理解しているわ。その上で爆弾魔(ボマー)について、重大な話があるの」

爆弾魔(ボマー)について、だと!?』

 複雑な感情を乗せたニッケスの言葉が聞こえてくる。それとバインダーから不穏な言葉も。

『おい、ジスパのカウントが10を切ったぞ!』

『どうにかなんねぇのかよ、どうにかなんねぇのかよぉぉぉ!』

『もうダメだ、ジスパから離れろぉ!』

 直後、ドゥンという腹の底に響く爆発音が聞こえた。同時にバインダーから漏れる阿鼻叫喚。

 ジスパーの死を嘆く声、凄惨なその光景を見て喚く声、そして同じ爆弾が取り付けられている絶望の声。

 仲間たち、特にゴンの表情が険しい。

『ジスパ、ジスパ……』

『即死よ、ジスパは即死なのよ! 肩から胸にかけて木っ端微塵じゃないのよ! 見て分からないの、ニッケス!』

『何でもいいから爆弾魔(ボマー)の情報なら仕入れてくれよ、ニッケス! 取引には俺が向かうからよ!』

「ニッケス1人で私のところまで来なさい。時間が無いことは分かっているわ」

 ポンズはそう言い捨てると、交信(コンタクト)を切る。

 意味が分からないんだが。

「何をするつもりだ、ポンズ?」

 そう問いかけるが、ポンズは真剣な顔で口を閉じたまま。ついさっき爆弾魔(ボマー)の情報を聞いたばかりの俺たちに何ができる訳でもないと思うが。

 仲間を見渡すが、ゴンもキルアもビスケも首を傾げるだけ。ユアだけは違ったが。

「ユア?」

「ポンズさんが覚悟を決めたのなら、私に口出しできないよ」

 ユアだけはポンズの行動に疑問を持たないようだが……マジでなんなんだ?

 疑問に思う時間も僅か。遠くから磁力(マグネティックフォース)により飛来音が聞こえ、俺たちの正面にニッケスが着地する。

「さあ、来たぞ! なんだ、お前達が爆弾魔(ボマー)の何をーー」

小瓶の精霊(ホムンクルス・ハニー)!!」

 ニッケスの言葉を最後まで聞かない。ポンズは即座に瓶を具現化し、ニッケスの肩に取り付けられた爆弾にそれを被せる。

除念し(たべ)て、ハニー!!」

 え、と思う。

 おい、まさか。

 空き瓶の中に具現化された蜂の念獣(ハニー)命の音(カウントダウン)に取り付く。が、しかし命の音(カウントダウン)は止まらない。無慈悲にその数字を減らしていく。

 ポンズは唇を噛みしめるが、まだ諦めない。蜂の念獣(ハニー)を小型化させ、具現化された爆弾の内部に入り込ませる。

 そのまま数秒。

 ニッケスに取り付けられた命の音(カウントダウン)の数字が止まった。

「な!?」

「驚いた~。ポンズ、アンタって除念師だったんだ」

 驚愕の声を上げるニッケスに、あまり驚いた様子を見せないビスケ。ゴンやキルアはその凄さが分からないのか、ややキョトンとした表情でこの流れを見ていた。

 俺はといえば、もう、頭を抱えたくて仕方ない。え、ここでニッケス助かるの? 俺の予定に全くないんだけど。

 そんな心情は露と知らず、ポンズは真剣な表情で言葉を紡いだ。

「この念能力、命の音(カウントダウン)は強すぎるわ。私のハニーじゃあ除念に相当の時間がかかるのよ。

 だから急いでカウントを刻む機能と遠隔爆破機能だけを除念し(とめ)たわ」

 そのポンズの言葉にニッケスの顔色が真っ青になる。

「オイ、ちょっと待て。遠隔爆破機能って言ったか?」

「ええ、私の念能力はいわば解析。除念が専攻じゃないの」

「違う、そうじゃない! 遠隔解除機能じゃないのか!? 遠隔爆破機能なのか!!?」

「? え、ええ。こんな殺意ある能力に、遠隔解除機能は普通付けないと思うのだけど」

 そりゃそうだと得心するビスケ。だが、ニッケスはそうではない。

 冷静さを保つのが難しい状況だったとはいえ、ゲンスルーが命の音(カウントダウン)を解除すると本気で思い込んでいたのだ。

 しかし解除機能が無いならば、取引をしたら用済みとなった自分たちは間違いなく殺される。

 そこに考えが至ったニッケスは即座に行動に移った。出しっぱなしだったバインダーから、最短の速さでカードを取り出す。

交信(コンタクト)使用(オン)!」

 何年もこのゲームをプレイしてきたニッケスは遭遇プレイヤーもそれに比例した数になる。横からバインダーを覗いてそれらがずらりと並んだリストが見えたが、ライトが消えた名前も多い。

 次の瞬間、一気に数十ものライトの輝きが同時に消えた。それは、同じ数のプレイヤーの命が消えた事も意味する。

「あ、あ、あ……」

 絶望したようにバインダーのリストを見るニッケス。その視線を探れば、やがて一つの名前にたどり着いたらしい。

 ゲンスルー。その横にあるライトは、明るく輝いていた。

「ぁぁぁぁぁ」

 腰が砕け、その場にへたり込んでしまうニッケス。

 彼にかける言葉は、俺にはない。仲間達のほとんど全員がそうだろう。

「――除念を続けるわ。どれだけかかるか分からないけど、完全解除しなきゃ安心できないから」

 ポンズだけがすべき事を口にできるのみだった。

 

 ◇

 

 ハメ組に仕掛けた爆弾を爆発させたゲンスルーたちは上機嫌でマサドラに来ていた。

 適当に見つけたプレイヤーからカードを強奪した上で殺害し、同行(アカンパニー)で一足飛び。

 サブとバラはともかく、ゲンスルーは何年もグリードアイランドをプレイしている。マサドラのトレードショップには当然大金が預金されていた。

「ゲンの作戦が見事にはまったな」

「ああ、残り10種。チョロいもんさ」

 数十人を殺戮したとは思えない軽い口調で話すサブとバラ。だが、ゲンスルーはここで表情を固くした。

「いや、あいつらはクズの集まりだ。当然するだろう不正は織り込み済み。俺らが手にしたのは80種ってとこだな」

「?」

「? どういう意味だよ、ゲン」

「こういう意味さ。ランキングを教えてくれ」

 ショップの店員にゲンスルーが注文すると、店員は笑ってランキングの情報を渡してくる。

 ゲンスルーは1位で、カードは82種。サブから全てのカードを受け取っているから、指定ポケットには90枚あるにも関わらずだ。

「なっ!?」

「やはりか。おそらく贋作(フェイク)で誤魔化したカードが混じってるな。配分を多くする為の下卑た行為だ」

「おいおい。しかしあいつらもクリアできねーだろ、それじゃあ」

「そんな計算もできないクズの集まりだったんだよ、あいつらは。5年以上付き合わされたんだからそのぐらいは分かっているさ」

 ぺッっと唾を吐き捨てながら言うゲンスルー。

「4種は贋作(フェイク)だと思えるカードの心当たりはある。ついでに複製(クローン)で作ったカードもできる限り覚えておいた。

 他のカードは聖騎士の首飾りで確認せざるを得ないが、奪ったカードで複製(クローン)のものがあれば更に俺たちのカードは減っちまう」

「まあ、仕方ないな。贋作(フェイク)が紛れているとなると安心してゲーム攻略に乗り出せねーしな」

「ゲンの苦労を馬鹿にしやがって、あいつら……!」

 カードを強奪した上で殺したとは思えない言い草で、好き勝手に死者を罵る爆弾魔(ボマー)たち。

 落ち着くまで、満足するまで悪口を言い合った彼らは。そこからようやく有意義な行動に移っていく。

 それはある意味、現在トップを強奪できた安心感が生み出したものでもあったのだろう。

 そんな彼らを襲う者は居なかったが。例え襲っても一流の戦闘力を持つ爆弾魔(ボマー)たちにそこらの念能力者で奇襲が成功するかは甚だ疑問でもあったが。

 

 ※

 

 『バハトの敵』は持ちうる全ての情報をマチに話している。それはマチへの信頼の証でもあったし、また依存の形でもあった。

 バハトは気がついていないが、未来の情報というのは抱えるだけでストレスになる。例えば今回のようにハメ組数十人を見殺さなくてはならない場合、頭で理解しても心に負担がないとは限らない。バハトがどれだけのストレスを抱えているかは、彼自身も分かっていないだろう。

 それも誰かに話すだけで楽になれることはあるのだ。その点、『バハトの敵』はバハトよりも有利であるといえるだろう。

 他にも利点がある。別視点からの観点を持てる人がいるという事は、すなわち相談ができるのだ。

「だいたい煮詰まってきたね」

 マチはそう口にする。

 彼女たちが『敵』を殺すのに、やはりグリードアイランドのシステムを利用しない手はないと結論が下された。それほどに呪文(スペル)カードは便利に過ぎる。外でも問題は少ないが、やはり問題はより少なくする方が理に適っている。

「あたしたちの『敵』がゲームから戻ってきた時を狙う。最初のチャンスが最大のチャンスだ」

 マチの言葉に頷く『バハトの敵』。 

 これは原作にない行為であり、つまり相応に情報が漏れる事を覚悟しなくてはならない。また、原作から大きく逸れる事も覚悟しなくてはならない。

 リスクが大きい事を理解しつつも『バハトの敵』が強引な手を打つ理由は手詰まりだから。『敵』の顔や名前は分かり、監視も盗聴もしているのに特殊能力が依然として不明なのだ。原作組に付いていくとはずいぶんとお粗末な話だとは思ったが、まあ相手の顔を思い出せば分からなくもない。それにここまで徹底して特殊能力を隠すということは、それだけその切り札に自信があるとも取れる。

 故に強行する。罠かも知れないが、罠があると覚悟して臨めば対処もしやすい。少なくとも、ただ漫然と時間を無駄にして『敵』のどんなものかも分からない攻撃を待つよりかはいいだろう。

 もちろん、この手を打ってしまえば原作と乖離して先の展望も読めなくなってしまう。だが、それ位は覚悟の上だ。原作を守らざるを得ないという意味で『敵』はゴンやキルアを人質にとっているようなもの。そこで主導権を取られても面白くない。殺したくはないが、キルアが死んでもいいつもりで仕掛ける。

 おおよその流れを『バハトの敵』は口にして。マチは或いは聞いて、また或いは補足する。

「最低でも『敵』の特殊能力の一端は知らなきゃだね。可能ならば仕留めたいのは当然だけど」

 そこまでは難しいと『バハトの敵』も思っている。どんな仕掛けがあるか分からない以上、確実に殺せる手段を選ばなくてはならない。

 そして彼女は()()()()()()()()()()。いや、その手段を得る為に特殊能力を厳選したと言っても過言ではない。

 自信は、ある。恐怖も、ある。

 躊躇は、ない。

 

 ()()()は着実に迫っている。

 『バハトの敵』はゆっくりと覚悟を決めるのであった。

 

 ※

 



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033話 グリードアイランド・8

最近言ってなかったですが、いつも誤字報告して下さる方。本当に助かっています。
またもやや短いですが、投稿させていただきます。

読んでいただける事に感謝を。


 

 どうしよう。

 俺の思考のほとんどがそれで占められていた。こんな考えしか浮かばない辺り、もうどうしようもないのは分かっているのだが。

 原因は言うまでも無く、俺の眼前でうなだれているニッケスと、彼の肩につけられた命の音(カウントダウン)を除念しているポンズ。ニッケスは言うまでも無く原作では死んでいた人物である。

 死ねとは言うまいが、生きてるんじゃねぇとは言いたい。

 いや、もう、これ、本当にどうしよう。

「ま、殺された人にこれ以上こだわっても仕方ないわさ」

 切り替えるように口にするはビスケ。その言葉を皮切りに、面々も大なり小なり引きずりながらも思考を切り替えていく。

 俺としても、今更ニッケスを殺す訳にもいかない。最低でもゴンを確実に敵に回すからだ。彼の信頼を裏切る訳には絶対にいかない。

(死んどけよ、クソっ)

 最後に心の中で悪態を一つ吐いて、俺も思考を切り替える。仕方ない、ニッケスが生存する前提で話を進めていくしかあるまい。

「それでポンズ、命の音(カウントダウン)の除念にどれくらい時間がかかりそうなんだ?」

「相当かかる、としか……。

 私の能力は、正確には除念じゃなくて解析なの。理解した発を逆方向に解していくだけ。強制的に祓ったり、解除する能力じゃないわ」

「でもヨークシンで遭った念能力者の、サソリの念獣はすぐに除念できなかったかしら?」

 ポンズの解説にユアが疑問を呈するも、ポンズは除念をしながら首を横に振る。

「あれは相性が良かっただけ。あの時に寄生された念獣は、強制的に私のオーラを使って具現化し続けるという念だったの。そして寄生された側は具現化させ続けられる念獣によって、やがてオーラが枯渇する。

 でも、それは言い換えれば私のオーラで存在する念獣でもあるという訳だから、核となる部分を除念すればそれで終わったわ。

 けれどもこの念、命の音(カウントダウン)は爆発力に多大なオーラが込められている。起爆部分は脆かったからすぐに除念できたけれども、爆弾部分は地道にオーラを相殺するしかないわ」

 つまり小細工には強いが、力技には弱いのがポンズの能力なのだろう。繊細な分解こそ他の追随を許さないが、単純に膨大なオーラを相手にするように出来ていない。

 ポンズの除念能力は強化系や放出系、変化系にはほぼ無効。操作系や具現化系とも地力で劣れば、今回のように即効性はないのだろう。あくまでポンズの能力は解析であり、分解はその本領ではないのだ。

 その上でポンズは顔をしかめる。

「でも、この念は何かおかしいわ。具現化系の筈なんだけど、ゲンスルー本人から離れているのに弱まる気配がちっとも無いのよ。

 しかも脈を測るなんて操作系も高水準で備えているし――」

相互協力型(ジョイント)だな」

 ポンズの疑問に答えた俺を、ビスケを除く全員が何それという表情で見る。ビスケはお手並み拝見といった様子だ。

 ちょっとだけ考えて、バインダーを出して一枚の呪文(スペル)カードを取り出す。

「例えば、このグリードアイランドにある全てのカードは具現化されたものだ。そして移動系の呪文(スペル)カードは、高速移動の能力を持つ。

 呪文(スペル)は具現化系で移動の能力は放出系、真逆の系統だ。

 だがここに、具現化したカードに移動系の念を込めるとする。それが実現した時、この再来(リターン)のように『具現化したカードに移動能力を持つ念能力』が実現するって訳だ。

 この例のように、2人以上の念能力が合同で使う発が相互協力型(ジョイント)と呼ばれる」

「いや、ゲームの呪文(スペル)で説明されてもな」

 キルアが呆れたように言うが、俺はそれに更に追加して呆れてやる。

「グリードアイランドは現実世界に決まってるだろ」

「……は?」

「気がつけよ。ゲームの中に入るって、電脳世界に身体を変換するって意味だぞ? 一人ならともかく、何百人も同じ世界に呼び込める訳がないだろ。明らかに人間の領分じゃない。

 そもそも、ゲーム機の前で練をするだけで自分の作った世界に引き込めるとか、念能力者殺しにも程がある」

「あ」

 ここでようやくビスケが気がついたらしい。

「そっか。あたしはここが念空間かと思ってたけど、確かにこんな巨大な念空間を構築するのは現実的じゃない。

 グリードアイランドのディスクは瞬間移動装置だった、っていうなら納得だわさ」

「そ。ここは現実世界のどこかで行われている、グリードアイランドっていう島で行われている」

 ゴンとキルア、ユアは絶句していた。ゲームの中に入り込んでいたと思ったら、瞬間移動しただけという話を突きつけられればそれも分からんでもないが。

「ここが、現実……?」

「じゃあ、もしかしてジンもこの中に?」

「そこまでは知らない。ジン=フリークスの情報は持っていないからな。しかし、ゴンをグリードアイランドに呼び寄せたなら、手がかりの一つでもあっても不思議でもないが……。

 10年以上前の情報かぁ。気が遠くなるな」

 ゲームクリア報酬の磁力(マグネティックフォース)を使ってニッグに会いに行けるのはゴンだけ。その方法でなければジンの情報は、このゲームの制作者というだけである。

 それだけでジンの行方を追うのは、はっきり無理だ。つくづく抜かりがない男である。

「でも、もしかしたらジンの手がかりがグリードアイランドにあるかも知れないし、ジンがやってみろって言うならクリアしたいしね。

 俺はやっぱりゲームクリアを目指したいな」

 難しいニュアンスを言葉に漂わせるが、ゴンは一切悲観した様子がない。この芯の強さは流石の一言だ。

 そして、こういった無垢な頑固さは念能力において得がたい才能でもある。ゴンは柔軟性がない訳じゃないしな。むしろ固い芯を軸にした突飛な発想力は常人が生み出せないアイディアを捻り出せる。普通、現実世界っていうか外の世界に呪文(スペル)カードを持ち出すという発想は生まれないし。

「まあ、ゴンがゲームクリアをするのは勝手。けど私はお兄ちゃんの『敵』を倒すのが優先だから」

「それは俺もだ。ゴンのゲームクリアも手伝うが、優先順位は変えないぞ」

「もちろんだよ。バハトもユアも、自分の目標を大切にしなくちゃ」

 程よく話が元に戻ってきた。

 俺とユア、ポンズが『敵』を殺す事が目標であり。ゴンとキルア、ビスケがゲームクリアが目標となる。お互いに協力できるところは協力すればいいが、お互いに優先順位を間違えてはいけないだろう。

 いやまあ、俺としてはゴンやキルアはともかくビスケには協力して欲しいが。ビスケの優先順位に俺の『敵』を殺すというのがランクインすらしていないのだから、如何ともし難い。

 ともかく話がこれからどうしようかという方向に進んでいく。

「ちなみにビスケは俺の目的は知ってるか?」

「ゴンがポロっと漏らしたわね。顔も名前も知らない相手と殺し合ってるんだって?」

 ポカリとゴンの頭を殴っておく。ユアとキルアは情報を漏らす訳がないから、ビスケに失言するとしたらゴンだろうとは思っていたが。

 そんな茶番劇を見ながらヒラヒラと手を振るビスケ。

「ま、あたしは関係ないわね。勝手にやってればいいわさ」

「そうなるよな、やっぱり」

「あ。私はお兄ちゃんと合流できたし、お兄ちゃんに付いていくから」

「俺はゴンだな。もちろん戦うその時になったら手を貸すから呼んでくれていいぜ」

 ビスケの手が借りられない事が確定し、更にユアとキルアが自分の立場を表明していく。

 それはまあいいのだが。

「キルア、お前は次のハンター試験はどうするんだ?」

「あ、やべ。もうそんな時期だっけ?」

「今日が12月14日だから、多少は余裕はあるだろうけど。そろそろ準備をした方がいいかもな。

 それにユアも」

「私?」

「ああ。念は言わずもがな、他にも色々手ほどきをしたしな。ハンター試験を受けていいぞ。そういう約束だったしな」

 それに次の試験は一次試験で他の参加者を全員ぶっ倒せばそれでクリアできるお手軽な試験だ。今のキルアと同等以上の力量を持ち、しかも協力関係を結べるのならばこれ以上に楽な年はない。その次は十二支んが変に手を加える予定だし、ライセンスを取っておくなら今年だろう。

 ユアは少しだけ考えたようだが、やがて軽く頷いた。

「うん、受ける。プロハンターになった方が選択肢が増えるしね」

「やっぱりライセンスはあると便利だしなー」

 ユアとキルアの口調が軽い。試験に何度も落ちたポンズの目がちょっと遠くなった。まあ、試験前に念を覚えているか否かの違いは大きいが、次の一次試験官が脳筋過ぎるのも悪い。強い奴しか務まらないのは確かだが、それだけに縛られてもいかんだろうとは思う。それに一次試験で基礎体力を測るのは間違っては居ないが、他の受験生を全てなぎ倒すレベルがいるのは予想外だったのだろう。例え念能力者だとしても、普通なら1500人近くもいる他の受験生を全員ぶっ飛ばさない。

「私の方もどれだけ除念に時間がかかるか分からないのよ。どうしても動きは鈍くなるわ」

 ポンズも困った顔で告げる。まあ、自分の能力をバラしてまで優先した命だ。そうそう見捨てる選択をする訳もないのは理解する。

 助けられている当人であるニッケスは未だに自失状態から立ち直ってないが。

「そろそろゲーム攻略に移りたいとは思っていたけど、ちょっとキリが悪いわね」

「だな。とはいえ、ニッケスの仲間たちが集めていたスペルカードは買えるだろ。ひとまず防御スペルは必須だし、マサドラで購入していいんじゃないか?」

「そうねぇ。キルアとユアはしばらくゲームから離脱しなきゃだし、フリーポケットカードが消えるなら急いで攻略する必要もないわね。

 スペルカードを買ったらハンター試験のギリギリまで修行をして、地力を伸ばす。で、キルアが帰って来たらこっちはゲーム攻略を開始するってとこかしら」

「俺の方は、とりあえずポンズの除念待ちだな。マチがニッケスのバインダーに載ってるし、場合によっては強襲するしかないか……?」

 出来ればそんなリスクは取りたくないが、現状手詰まり感が強い。多少以上は無理にいかなくてはいけない段階が来たようにも思う。『敵』も俺がグリードアイランドに居るという情報は持っており、同じようにマチが強襲して来ないとも限らない。不意を打たれるよりかは、不意を打ちたい。

 後の問題はやはりゲンスルーか。ニッケスが生き残っている事は、奴がバインダーを調べるだけでバレてしまう。そうなる前にニッケスがゲーム外に出てくれれば嬉しいが、ニッケスがゲーム外に逃げてくれるかも謎だし、除念前にゲンスルーが攻めて来ないとも限らない。

 問題は増える一方なのに、情報収集は遅々として進んでいない。

 苛立っても仕方が無いとはいえ、場を支配できない鬱屈は溜まる一方だ。せめてもう少し良いニュースが聞きたいと思うが、なかなか難しいと言わざるを得ない。

 思わず漏れてしまったため息は、仕方ないと割り切りたいものだった。

 

 3日が経過した。

 ゲンスルー達が南から徒歩でやって来る可能性を考慮して、キャンプ地はマサドラから西北西に4キロ程離れた場所に移す。これは少しでもグリードアイランドから脱出できる港に近い場所を選んだという側面もある。

 マサドラを経由した事により、ゴンたちもスペルカードを補充。Sランクのカードこそ当たらなかったが、擬態(トランスフォーム)聖水(ホーリーウォーター)などのAランクのカードと、幾つかの攻撃スペルも入手できた。

 一方、ニッケスは多少落ち着きを取り戻していた。ゲンスルーが裏切った事、仲間たちが皆殺しにされた事を呑み込み、これからどうしようかと考えを巡らせているところらしい。

 ちなみに彼の念能力も開示した上で見せて貰った。助けて寝首を掻かれるのはゴメンだと言ったユアの意見を汲み、またニッケスも命を助けられた恩を感じていた事もあって揉める事無く教えてくれた。

 『蓄え続ける銃撃(クリティカルショット)』。それが彼の念能力、放出系だな。練をした時間分、そのオーラを表に出さずに自分の中に溜め込む事が可能であり、溜め込んだオーラを念弾として攻撃に使う事が可能。単純だが、それ故に小細工が通じないタイプの能力だろう。念弾はある程度の操作も可能であるらしく、それの強化も併せて放出・強化・操作という自分に適した系統を上手く組み合わせているといえる。

 とはいえ、彼の基礎能力は既にここにいる子供組やポンズにも明らかに劣っている。そういう意味で役に立つかというと微妙ではある。俺にとって、彼の最大の価値はそこではなく、バインダーに載っているマチの名前の方だしな。

 そして彼に取り付けられた命の音(カウントダウン)はまだ解除されきっていない。ポンズによればもう少しで半分くらいは除念できるとか。もちろんポンズの小瓶の精霊(ホムンクルス・ハニー)は発であるので、ずっと発現し続ける訳にはいかない。普通にオーラが枯渇する。休み休み、3日かけて半分以下。これは解除しきるまで1週間は見なければならないか。

 もっとも、この時間が無駄という訳ではない。ビスケ曰く、

「優秀な除念師が稀な理由って、除念能力を得るのも難しいのは当然なんだけど、経験を積む機会が少ないって言うのもあるのよね。

 除念師って戦闘能力が劣る事も多いから中々名乗り上げないし、そもそも悪意ある念とかだと除念する前に取り憑かれた対象が死ぬ事も多いから。

 そういう意味で、ゆっくりと高度な能力を除念できるこの機会はいい修行になるわね」

 だとか。基礎能力ももちろんだが、発を磨くのも当然大事である。悪くない修行になると考えればまあ良しとするしかない。

 ユアとゴン、キルアは今まで通りの修業。その際、ゴンはジャンケンから発想を得て自分の能力を決定付けた。キルアもオーラを電気に変える能力を見せてくれたし、ユアは言わずもがな。順調に育ってきてるといえるだろう。『敵』と戦うには心許ないが。

 さて、これからの方針である。

 とはいえ、選択肢はそう多くはない。せいぜいがマチに同行(アカンパニー)で強襲をかけるタイミングを決める事くらいだ。打てる手段としては、もうこれくらいしかないしな。

 逆に強襲をかけられる可能性もある。『敵』もニッケスが爆弾魔(ボマー)から逃げ延びて生きていると知れば、間違いなく俺の関与を疑うだろう。また、爆弾魔(ボマー)もニッケスが生きていると知れば殺しに来る可能性は高い。能力を知られるのはかなりハイリスクだしな。それから旅団も攻めてくる可能性は排除しきってはいけない。

 攻めて来るとしたら大凡この辺りか。どれもこれも面倒な相手である。できれば何事もない事を祈りたいが。

「ねえ、呪文(スペル)の移動音が聞こえるわよ」

 そんな訳にもいかないよなぁ。

 ユアの言葉に耳を澄ませる。呪文(スペル)は大きな音が聞こえるからして、気がつくのは当然。強襲はできても奇襲にはならないのである。

 そして音が聞こえる東の空を見上げれば、そこには光に包まれた大きな塊が見えた。衝突(コリジョン)による第三者であれば嬉しいが、まあまず間違いなく敵対者だろう。

 覚悟を決めて着地地点を睨み付ける。

 光と煙が晴れたそこに居た人物は――

 



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034話 命の音(カウントダウン)・前編

久しぶりの更新です。
どうかご賞味下さい。


「ゲンスルー!!」

 移動スペルによる着地の砂埃、それが晴れる前にニッケスが大声を上げる。

 目をこらせば、まだ人影が3つ見える程度。それでもニッケスがゲンスルーだと断定したのは、彼とて何年もゲンスルーと行動していたせいか。

 果たして出てきたのは眼鏡をかけた面長の男、ゲンスルー。そして金髪のサブと黒髪のバラ。ボマーの御一行だ。

「よう、ニッケス。元気そうで何よりだ」

「よくも……よくも俺の前にそのツラを見せられたなぁ!!」

 憤怒の声を上げるニッケスに、ゲンスルーはニヤニヤとした笑みを崩さない。それは間違いなく強者の余裕だろう。

 逆にニッケスは張り詰めており、今にもゲンスルーに突撃しそうな勢いだ。そんな彼の両側にはゴンとポンズが控えており、早まった事をしでかそうとすれば力ずくで抑えるだろう。

 ちなみに俺の位置は最前線。現状、グリードアイランドには敵対者はいても味方はいない。つまり接触してくる者はよくて中立、普通に考えれば今回のように敵の可能性がずっと高い。それを鑑みれば最前線を張れるのは俺かビスケであり、ビスケにやる気がない以上、俺がここに立つしかない。

 俺を境界として、前にゲンスルーたちが居て、後ろには仲間達がいる。このラインはそう簡単に譲っていいものではない。

「お前こそ、よくもまあどのツラ下げて生きてやがる?」

「それをお前が言うか、ゲンスルー!! 俺達を裏切り、皆殺しにしたお前が!!」

「残念ながら皆殺しにはしてねぇな。ニッケス、お前が生きている。

 だからこそ聞いているんだ、集団のまとめ役だったお前がどのツラ下げて生きてやがるんだ、ってな」

 ゲンスルーはぞわりと肌が粟立つような悪意をその顔に宿し、ニッケスを見る。睨んではいない、ただ見ているだけだ。しかし、それでも。その迫力に俺以外の全員が息を呑んだ。

 ……役者だな、ビスケ。お前はこの程度で気圧されるタマじゃなかろうに。

命の音(カウントダウン)が止まっている、お前が除念師か? それともその女子供の誰かがそうか?

 爆弾のオーラも大分削られているようだが、精々が半分程度か。除念師っつても一流じゃなさそうだ。

 誰だ、名乗れ。名乗れば殺すのはそいつとニッケスだけにしてやる」

「私だ、私が除念の能力を持つ」

 声を上げたのは、ユア。あっさりとした暴露にほぅと感心の表情を表に出すゲンスルー。

「といっても、アンタの言葉を信じた訳じゃない。どうせアンタ達は私達を皆殺しにするつもりでしょう?」

「その心は?」

「確実にニッケスから爆弾魔(ボマー)の情報が漏れたから。自分の念能力の情報が拡散するのを良しとする訳がない。

 特にアンタの能力は事前の情報があれば回避しやすくなる傾向にある」

 いったん区切り、なおも言葉を続けるユア。

「ゲンスルー、あなたの能力は聞く限りで2つ。

 手でつかんだものを爆破する一握りの火薬(リトルフラワー)と、時限爆弾を設置する命の音(カウントダウン)

 特に命の音(カウントダウン)は複雑な手順を踏む事でその殺傷力を大幅に伸ばしている。対象に触れて爆弾魔(ボマー)という事によって爆弾の設置箇所を決める手順1と、対象に向けて解除条件を説明する手順2。解除条件は、設置相手に触れつつ『爆弾魔(ボマー)捕まえた』と言わなければならないこと。

 どう、これらの説明に何か不足はある?」

 朗々と説明するユアに、ゲンスルーの笑みが深くなる。

 バレてしまっては仕方ない、殺してやろうって笑みだな。

 まあ、ユアの言う通りにとりあえず殺しておこうという考えに至るのは自然な事なので、そこは良くはないが別にいい。

「そのメスガキの言う通りだ。命の音(カウントダウン)は対象に触れて爆弾魔(ボマー)と言う事と、解除条件を説明する事でようやく発動する能力。その破壊力は一握りの火薬(リトルフラワー)の約10倍、よほどの実力者でも死に至らしめる殺傷力を持つ。

 そして解除条件は俺に触れつつ『爆弾魔(ボマー)捕まえた』と言わなければならない。

 ……説明は終わった。これで俺がお前らに触れて爆弾魔(ボマー)というだけで命の音(カウントダウン)はスタートする」

 ゲンスルーの言葉に背後の幾人かから動揺が伝わってくる。してやられたといったそれは、迂闊にも念の発動条件の半分をクリアさせてしまった事に対する焦燥。

 とはいえ、ゲンスルーはサブとバラを側に置いている。この状況でゲンスルーの口を閉じさせる術はちょっと思いつかない。とどのつまり、現状最善手を打っているという事になる。こちらはゲンスルーの能力を知っているからこそ近づけず、ゲンスルーは能力がバレていると思っているから出し惜しみをしない。ここまでは俺たちとゲンスルーたち、両方にミスはない。

 さて、では問題はここからだ。すなわち、どれだけ相手のミスを引き出せるか。

「しかしニッケス、お前たちが命よりもカードを優先するとは思わなかったぞ」

「なに?」

 ゲンスルーの言葉に、ニッケスは意外そうな声を上げる。あの時あの場では全員がジスパの死に動揺し、恐慌していた。しかも直前までニッケス自身が血を吐くような説得を続けていたのだ。

 その場から離れたニッケスだが、仲間達が自分の命を守る事を無視して指定ポケットカードを渡さない選択肢を取るとは到底思えない。

 そんなニッケスを見て、ゲンスルーは説明を重ねる。

「俺は確かにこう言った。

 『お前達が持つ指定ポケットカード81種と大天使の息吹の交換券を合わせて寄越せば、お前達に取り付けた爆弾は解除しよう』

 とな」

「そうだ! それなのにお前はその約束を反故にして――」

「だがしかし、渡されたカードは73種だった。残りの8種は贋作(フェイク)で作った偽物だ」

「――え?」

 意外すぎる言葉に、ニッケスが思わず言葉を止める。

 そんな彼の様子を見つつ、やれやれと頭を振るゲンスルー。

「お前達は命よりか、カードを選んだんだ。取引不成立だ。

 ならば俺は俺自身の情報を守る為にお前達を殺さざるを得なかった。仕方の無い事だと思わないか?」

「な、何を、貴様、勝手な事を――!!」

「嘘だと思うなら調べてみろ、俺たちは82種の指定ポケットカードしか持っていない」

 わなわなと震えながらも告げられた言葉に動揺を隠せないニッケス。ゲンスルーの言葉にも一分の理があるように感じてしまったのだ。それに加えて仲間達のみっともない行為にも余裕が削られていく。

 ゴンはそれらの言葉を聞きながらも、表情に強い嫌悪を見せながら口を挟む。

「コイツラの言葉を聞く必要なんてないよ、ニッケス」

「……ゴン。しかし、俺の仲間は」

「約束をこっちが守ったって、ゲンスルーが守る訳がない。俺には分かるよ、あいつらはどんな経緯があったとしても絶対にニッケスの仲間達を殺していた」

「謂われのない中傷だな。俺は約束を守るぜ?」

「なら、俺たちを殺すつもりもない事になる。けど、命の音(カウントダウン)の発動条件を満たしつつある以上、お前は俺たちを殺すつもりなのは間違いない。

 お前が嘘つきだってことに気がつけば、行動に矛盾がないんだ。口先だけで人を騙せると思うなよ」

 ピキとゲンスルーのこめかみに青筋が浮いた。自分よりも劣るだろうガキに正論で真っ向から論破された事が気に食わなかったらしい。

 オーラに殺意を漲らせつつ、ゴンを睨むゲンスルー。それを正面から受け止めて睨み返すゴン。ピリとした空気が流れるが、その間にいた俺が腕を上げて視線を遮断する。

「そこまでだ、ゴン。挑発するのは構わないが、お前は頭に血が昇るとゲンスルーに突撃をかましかねない。

 俺より前に出るな、確実に死ぬぞ」

「――バハト、けど」

「随分な自信だな、片目野郎。こっちは3人もいる。全員がお前を抜けないと思うのか?」

「いや、抜けるだろう。ただし、1人だけな。そして抜いた1人は、俺以外の全員と戦うハメになる事は覚悟しておけ」

 いくら俺でも、ゲンスルーとサブとバラの全員を後ろに通さないと云ううぬぼれを言うつもりはないし、通さない意味もない。何せ後ろにはビスケが控えているのである。それを差し置いても1人だけを通すならば、むしろ全員で袋叩きに出来るチャンスだ。

 つまり、俺は2人を相手取りつつ出来れば1人だけ後ろに通したい。もちろんこれには前提条件がある。俺が爆弾魔(ボマー)3人組よりも格上で、ゲンスルーたちが俺を殺すよりも後ろの仲間達を殺す事を優先させるという思考回路に誘導させなくてはならないこと。

 要するに。

「ならば前から順番に殺してやるぜ。

 サブ、バラ。やるぞ」

「ようやくかよ、前口上がなげーよ。ゲン」

「どうせ殺すんだから巻きでいこーぜ、巻きでよ」

 ――俺がこの3人を相手に優勢を保たなくてはいけないという条件を、まずはクリアしなくていけないのだ。

 

 霊体化させたランサーのクーフーリンは控えさせてある。いざという時には彼が俺の命を守ってくれるだろう。

 それはそれとして、できればサーヴァントは晒したくない。俺は全力で堅を行い、戦闘準備を終える。

 俺のオーラを見てサブとバラは舐めた表情を引っ込めた。ゲンスルーだけは最初から油断なし。やはりゲンスルーがリーダーなのは、実力が頭一つ抜けているからだろう。仲間内でトップを決める時、実力差というのは分かりやすい指標の一つになるからだ。戦闘における心構えや観察眼一つとっても、ゲンスルーが一番なのは間違いあるまい。

「慢心は消えたか?」

「ああ、正直舐めてたぜ」

「こりゃ本気でやらねぇとな」

「ガチで殺るぞ、この片目野郎を」

 締めたゲンスルーの言葉を皮切りに、俺の右側からゲンスルーが。正面からはサブが襲いかかり、死角になる左側からはバラが躍りかかる。

(くっそ)

 覚悟はしていたが、純粋に手数が多い。分かりやすく俺の3倍の攻撃回数があるのだ、ビスケの組み手とはまた違ったやりにくさがある。

 ゲンスルーの拳を右手で捌き、サブの前蹴りは同じく蹴りでカバー。バラの回し蹴りは左手でブロック。

 どれもビリビリと響くが、どれかというとサブの攻撃が今ひとつ弱いように感じた。

 予想に過ぎないが、こいつらの系統は具現化系と操作系、それから放出系。バラが強化系に近い放出系でゲンスルーの念の練度が一段階上となれば、相対的に下になるのはサブとなる訳だ。

 食らうならばサブか。明らかに手が足りなくなる事が確定している現状、攻撃を食らわないという虫のいい話を通そうとは思わない。ならば被害を最低限にする為にはある程度の被害には目をつぶらなくてはなるまい。

 ゲンスルーの蹴りを止め、バラの攻撃をそらし。サブの拳を腹に食らう。

「ぐ」

 変な声が漏れた。まちがいなく防御を抜かれた一撃、芯に残るボディブロー。

 被害は、軽微。

 ニヤリとした笑みを浮かべつつ、サブを見やる。効いてないという俺の様子を見てカチンと来ただろうサブのハイキックを、今度は顔面に食らった。

 一歩だけ後ろに下がり、顔が少し腫れる。それだけだ。ますます青筋が増えるサブだが、それを見て俺は確信する。サブから致命傷を与えられる事はないと。

 原因は大きく2つ、1つは俺が堅タイプだということ。

 常に全身を攻防力50程度のオーラを身に包む俺は、流による防御の失敗というものがない。ほぼ今が防御の最低値でもあるということであり、これよりも防御力が下がる事は稀である。それを貫けないサブの攻撃は痛くて辛くはあるものの、死には繋がらない。

 もう1つは俺が殴られ慣れているという事があげられる。戦闘訓練をしてくれたいくらかのサーヴァントは、殴られ慣れる重要性というものを教えてくれた。攻撃は避ける、出来なければ捌くのが良し。しかしそれを抜けて攻撃された場合、殴られ慣れていると衝撃が減るというのだ。

 これは痛さに慣れるという事ではない、むしろ逆だ、攻撃を食らうとなると、痛みを想像して体が硬直してしまうのが普通。その硬直はますます衝撃を強くしてしまう。

 しかし殴られ慣れれば、硬直するよりも衝撃を受け流す体勢になれるのだ。コンマ数秒以下の痛みに対する反射行動など、技術で対処する方が無理というもの。自然体で殴られ慣れるしか方法はなく、場合によっては痛みによるトラウマでより体が硬直しかねない。難しいそのさじ加減を、難なくクリアするサーヴァントはやはりズルいと思う。

 ともかく、約1ヶ月間。暇を見つけてはサーヴァントに殴られていた甲斐?があり、俺は殴られ慣れるという経験を得てダメージを最小限にする事に成功していた。

 ゲンスルーとバラの攻撃は捌けている現状、攻撃にまで手を回せなくても防御を押し切られて殺される心配は一つの例外を除いてない。

 そう思った瞬間、ゲンスルーに右腕を掴まれた。

(ヤバイっ!!)

 殴るよりも滑らかな動作、明らかにこの動きは洗練されていた。レベルは隔絶しているが、おそらくネテロの百式観音の予備動作と同じ理屈。慣れた行動ほど無駄なく行えるという事実。

一握りの火薬(リトルフラワー)

 掴まれた右腕が爆破される。凝ならばともかく堅ではかなりのダメージを負ってしまうその攻撃。

 痛みは、ない。

(間に合った)

 心の中で冷や汗を掻きつつ、爆煙で見えないがゲンスルーの驚きを感じ取れる。

 何の事はない、発には発を。俺の能力であるオーラの氷化、煌々とした氷塊(ブライトブロック)で右腕を覆って爆発のダメージをほぼ無効化したのだ。流は全身のオーラを1点に向かわせなくてはならないが、煌々とした氷塊(ブライトブロック)ならばそこにあるオーラを氷に変えてその強度を増すだけでいい。流の苦手な俺にとって、攻防力の底上げができるこの発は相性がいいのだ。

「ノーダメだ!」

 ゲンスルーが大声を上げる。

 一握りの火薬(リトルフラワー)でひるんだ敵にコンビネーションを仕掛けるのが慣れた作戦だったのだろう。爆発を見て突撃してくるサブとバラに警告をするゲンスルーだが、俺がそれに付き合ってやる必要もない。

 攻撃に集中したサブと、背後を取る為に回り込むバラ。順番に片付ける。

 バラは無視して、正面で大振りをするサブの懐に入り、発勁をその胸へと目掛けて打つ。

 当てた掌からバキボキベキと肋骨が3本折れる感触が伝わって来た。致命傷ではないだろうが、戦闘に影響があるダメージは確実。空気と僅かばかりの血を吐きながら、サブは後ろに吹っ飛んでいった。

 とはいえ、サブに手間をかけすぎた。バラへは反撃する余裕はないし、下手に吹っ飛ばしてしまえば仲間達へ危険人物を送り込む事にもなりかねない。バラの攻撃は受けるのみだ。

 くるりと反転して、繰り出されたバラの拳を受け止める。右目に映る光景は、悔しげに歯をかみしめるバラと、その背後に隠で忍び寄っていたユア。

(!?)

 驚きは一瞬、時間は止まってくれない。バラの拳を受け止めたまま、体を捻って巻き込み彼をサブと同じ方向に投げ飛ばそうと一本背負いの要領で体を浮かす。

 更にそこに追いついたユアが追撃の一撃。とはいえ、ユアは操作系。ゴンやキルアならばともかく、強化系に近いだろうバラに攻撃が通じるとは思えない。更に言うならば、操作をする為にペンを走らせる時間もない。この僅かな時間では一撃を当てるのが精一杯だろうが――

爆弾魔(ボマー)!!」

 叫びながらバラの肩を殴ったユアに、その場の全員が目を見開いた。

 確かにユアの拳はダメージを与えられないだろう。しかし、相手に触れてそのキーワードを言う事に意味がある。

 そうだ、確かにユアは相手の目の前で解除方法を言うという条件をクリアしていた。

 問題なのはただ一点、それはユアの能力ではないという事だけ。

 果たしてその唯一にして一番の矛盾を無視し、バラの肩に時限爆弾が取り付けられていた。

「――馬鹿な」

 唖然としながら後退したゲンスルーは、信じられないようにバラの肩につけられた命の音(カウントダウン)を見やる。

 バラも目を見開いて己の肩を見ていた。サブに至っては痛みを忘れてその光景を理解しようと目を瞬かせる。

 俺も凝をして見るが、間違いない。5942の数字を表示するその精密機械じみた念は、ニッケスに取り付けられたものと同じ。紛れもなく命の音(カウントダウン)だ。

「メスガキぃ、貴様……!!」

「そ。これが私の能力、因果応報(ユー・フォー・ユー)。除念した能力をそのまま発動者に返す特質系。

 相互協力型(ジョイント)ならではね、3人の誰にでも有効なのは」

 ゲンスルーが発する激怒の声に平然の言葉を返すユア。

 とはいえ、これでヘイトは完全にユアに向かってしまった。

「下がれ、ユア」

「言われなくとも」

 とんとんとんと、軽いステップで仲間達の最後尾へと戻るユア。

 命の音(カウントダウン)を取り付けられたバラがそれを解除しようと思えば、俺を抜いた上でゴン達5人を突破し、ユアに辿り着いた上でその体に触れてキーワードを言わなくてはならない。

 しかも『爆弾魔(ボマー)』ならば一呼吸で言えるが、『捕まえた』まで言うとなればもう一呼吸必要だろう。敵陣のど真ん中で解除ワードを言うのは現実的ではない。しかもそれをフォローする筈のサブは重傷で、ゲンスルーも隙を見せれば俺が大ダメージを叩き込む所存である。

 自らの能力で自らが窮地に追い詰められる、正しく因果応報といえる。

(思うとこがないとは言わないが――)

 奴らにユアに触れさせる選択肢は、当然ない。つまりはバラはここで爆殺させるのが最善になる。

 時間すら味方につけて、歯ぎしりをする爆弾魔(ボマー)達に向かって容赦なく遠慮無く気兼ねなく、迎撃の構えを取る。

 

 残りカウント、5898。

 



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035話 命の音(カウントダウン)・後編

 様々な意見をいただき、ありがとうございました。
 それを鑑みて、過去の前書きを一部削除させていただきました。
 また、現状について活動報告にて呟かせていただきます。

 そして誤字報告・感想をいただけている方にこの場を借りて感謝を申し上げさせていただきます。


 殺意に満ち満ちたゲンスルー。命の音(カウントダウン)が取り付けられていたバラよりも、むしろゲンスルーの方が殺気立っている。

 そう、彼らは仲間なのだ。あるいは自分の命よりも仲間の命を優先する程に強い絆で繋がっている。ゲンスルーはユアを狙っていない、ユアと彼らの間に立つ全ての人間を殺すつもりだ。筆頭は間違いなく最前線に立つ俺だろう。

煌々とした氷塊(ブライトブロック)

 俺はオーラを地面に向かって垂らし、それを氷化させる。現われるのは一本の棍。ぶっちゃければ長い氷の棒だ。

 剣を作ろうにも、素材が氷では切れ味は無い。俺の能力で作れるのは鈍器のみなのだ。そうなった時、大まかに2つの方向性がある。重量を増やして押し潰すか、軽快に操って急所を突くか。

 俺が後者を選んだ理由は2つ。重量を増やせば消費オーラが多くなるのと、軽快に操った方が身を守るのに向いているから。攻撃的ではなくなった方向性が、この時この場では最大限に活きている。バラの肩に取り付けられた命の音(カウントダウン)が爆発するまで、運動状態ならば35分~40分といったところだろう。長いマラソンマッチだが、ゲンスルー達に援軍がないことを考えれば条件は一緒。最大40分、ユアを守れば俺達の勝ちだ。

 そしてバラを失った爆弾魔(ボマー)達は命の音(カウントダウン)を使う事は出来なくなる。

 氷の棍を構える俺に、ゲンスルーは冷静に間合いを計っている。

(冷静だ)

 心の中で呟く。激高して襲いかかってくれば良かったのだが、崖っぷちに立たされたゲンスルーの頭脳は十分に切れていた。

 サブが重傷を負った現状、バラがユアに向かうとなれば。俺を抑える役はゲンスルーのみになる。3人のコンビネーションを凌いだ俺を単独で相手取る危険性を、ゲンスルーは理解していた。その上で弾き出される結論は、ゲンスルーは行動不能になる訳にはいかないということ。僅かな負傷でも俺を相手にすれば一気に追加のダメージを食らいかねない。バラが確実に命の音(カウントダウン)を解除できるチャンスを作るまで、ゲンスルーはダメージを食らっている場合ではないのだ。

 6000のカウントが刻まれるまで、僅かといえども余裕がある。焦りが生まれるだろうからこそ、拙速の攻めは厳禁。ゲンスルーは冷静に激昂を律していた。

(手強いな)

 この有利は一歩のみ。そう感じられるゲンスルーの冷静さと、追い詰められたからこそ溢れ出すオーラ。『敵』と戦う時の為に秘めていた煌々とした氷塊(ブライトブロック)による氷の棍を使わざるを得ないと判断した所以である。

 棍を構える俺に慎重な姿勢を崩さないゲンスルー。そんな彼を見ながら、俺はこの3人についての考察を思い出す。

 

 そもそも冷静に考えて、バラが己を爆弾魔(ボマー)の備品みたいなものと自称するのが普通では有り得ない。というのも、発とはある意味自分そのものである。だからこそ発を誇りに思うし、発が雑に扱われるという事が逆鱗に触れる者も多い。グラチャンから念能力を奪ったレオルに対して、モラウが激怒したようにだ。

 つまり、サブやバラが自分の発をゲンスルーの補助でいいと云うのはよほどの事情がなくてはならないのだ。更に言えば、発の方向性が時限爆弾で共通しているのも難しい。ゴンがジャンケンに発を見出したように、ユアが亡き母のペンを操作の媒体にしているように、発にはどうしても思い入れというものに左右される。ゲンスルーが発に爆弾を選んだからといって、サブやバラも同じとは普通思えない。

 ここで逆転の発想が出てくる。発を無理矢理に揃えたのではなく、3人ともに同じ発を選択するという環境で生まれ育った可能性。ゲンスルー・サブ・バラは発に影響を及ぼす幼少期を同じくして過ごしていたのだと。おそらくは念を知るよりも更に前から。

 そこで俺が思い描いたのは少年兵。孤児も考えたが、ここまで攻撃的な念能力者になる事を想像するに、物心ついた時から殺し殺されの世界に居たと考える方が自然だ。そして何らかの絶望的致命的な窮地を、時限爆弾によって切り抜けた。こう考えれば、命の音(カウントダウン)に己のほぼ全てのリソースを振った相互協力型(ジョイント)のサポーターに矛盾はなくなる。

 

 さて、ここまで考察した事を踏まえた現状。命の音(カウントダウン)によってバラの命が脅かされているという事は、どれだけゲンスルー達の怒りを買っているのか、想像が出来ないというもの。

 まだ解除の可能性があるからこそネフェルピトーに対するゴン程に振り切れていないだろうが、彼らにとってユアはいくら殺しても殺したりない相手になっているという事である。もちろん俺はそれを許すつもりはない。ユアの安全の為にも、是非ともこの3人はここで殺しておきたい。

 仲間を守る、相手を殺す。俺もゲンスルーも同じ想いを抱いて向き合っている。

「破っ!!」

 ジリジリと経つ時間を切り裂くように先手を打ったのは俺。待ちも悪くないが、攻めていけない訳でもあるまい。バラのカウントが5800になったと同時に、オーラを氷に変化させた棍で鋭く突く。

 中国拳法で扱う武器では特に棍の使い方を重視するところがある。李書文やエミヤに叩き込まれた棍術は並でもなければ伊達でもない。今までより、一層の攻撃力を以てゲンスルーに襲いかかる。念によって大幅に強化された氷の棍、その突きは念能力者の体を貫く威力を十分に宿していた。

「っ!」

 しかしそれも当たれば、の話だ。回避されるならともかく、まさかその手で掴み取られるとは思わなかった。そして同時にゲンスルーの一握りの火薬(リトルフラワー)が発動。掴まれた棍が爆破されて、その部位が弾け飛んだ。

 ――先ほどよりも明らかに威力が高い! 煌々とした氷塊(ブライトブロック)を貫いてきやがった!!

(怒らせ過ぎたかっ!)

 これで接近戦を挑むという選択肢はなくなった。顔に陰を作りながら俺を見るゲンスルーは、掴めば俺を殺せる確信を得ただろう。

 とはいえ、こちらも接近戦が選択肢になくなっただけである。少し短くなった氷の棍にオーラを流し、パキパキという音をたてながら再生させる。具現化させるほど強固なイメージを必要としないからこそ脆さはあるが、その分よほど強烈なイメージを貰わなくては再生も容易。それが俺の能力の最大の利点だ。

「ちぃ」

 舌打ちするゲンスルー。想像できたことだろうが、再生する氷は面倒だと感じたに違いない。しかも普通に殴るだけでは煌々とした氷塊(ブライトブロック)は破れない、どころか硬すぎてゲンスルーにダメージが行きかねない。つまりは一握りの火薬(リトルフラワー)でなくては対処は不可能。しかし文字通り爆発力はあっても継続力がないのがゲンスルーの能力。

 現状、まだまだ俺の方が有利。それを理解した上での舌打ちなのは察する事ができた。

 更に言うならばどんなに感情を持ったとして、潜在オーラは簡単には増えない。ゲンスルーが俺の防御を上回る攻撃力を得ているのは単に顕在オーラが激増しているだけだ。つまりゲンスルーは長期戦に不利。1時間弱の中距離走に設定されている現在、瞬間的に顕在オーラが増えるというのは決して良しのみに天秤が傾く事ではないのだ。

 急所に当たれば俺を殺しうるゲンスルーと、一撃死を最上級に警戒する俺。一合を交えて、再び膠着状態に戻る。

 無論、時間がかかるのは俺に有利。しかして切羽詰まり状況を大きく打開する可能性があるのはゲンスルー。まだ、どちらかが確定的に流れを握った訳でもない。

 ジリジリと寄せるゲンスルー。キリキリと威嚇する俺。俺とゲンスルーの頬を冷たい汗が流れる。

 拭う余裕は、ない。

 

 張り詰めた時間が流れる。お互いに後ろの仲間達が手を出す余裕も、ない。

 

 バラに取り付けられた命の音(カウントダウン)の数値が半分の3000を切る。ゲンスルーは慎重に間合いを詰める。

 2000を下回る。見えてきた勝機に俺が下手を打った。間合いの取り方で損を取る。だが、まだ凌げる。有利は俺、間違いない。

 ――本当にそうか?

 カウントは1500に至り、先ほどのミスが響く。フェイントの仕掛け合い、有利の取り合い。ここで明確に俺が後手を踏み始めた。

 30分もの時間を使い、ゲンスルーがこの場を制しつつある。

(くそっ!)

 自分の才能の無さに歯がみする。所詮、俺は死線を潜るという経験をしてこなかった人間。土壇場で命の懸けた競り合いで一流に勝てるタイプではない。分かってはいたが、いざ窮地に立たされると自分の浅い経験に文句の1つも言いたくなる。

 カウントが1000を割り、900を超える前。

「おらぁぁぁぁぁ!!」

 動く。バラが、動く。命の音(カウントダウン)を取り付けられ、脈拍を抑えなくてはいけないバラが。

(く…くぅ!!)

 俺は、動いてはいけない。全ての動きがゲンスルーに牽制されている。下手に動けばそれはゲンスルーへの隙になり、奴に攻撃を許す。動かなければ後を踏むとはいえ、ゲンスルーに対する隙にはならない。しかし動かなければバラを後ろに通す事を許す事になる。そうなればユアが、ポンズが。

「くそぉぉぉぉぉーー!!」

 動かない方がいい。頭では分かっていても、俺はバラを迎撃するように動いてしまう。当然、それを見逃すゲンスルーではない。

 突撃するバラ。迎え撃つ俺。撃墜するゲンスルー。

 誰に隙がある? 言うまでもない、攻撃されるとは考えていないゲンスルーだ。

「なっ!?」

 バラに背を向けてこちらに攻撃を仕掛けようとしたゲンスルーに向き直る。

 なめるな、俺の仲間を。ゴンもキルアも、力量で劣ったとして諦める程に往生際が良くはない。ならば俺の役目はゲンスルーを確実にシャットアウトする事。1人まではいい、俺はそう思った。だからこそバラは通してもゲンスルーは決して通さない。

 背後でガガガと打撃音が聞こえるのを無視し、俺はゲンスルーのみに注釈する。バラは仲間に任せた、だからこそ俺は確実にゲンスルーに対処する。

 もう、俺に近づかれるリスクが怖いなどとは言ってられない。積極的果敢的にゲンスルーを仕留めるように氷棍を振るう。それが意表を突いたのか、ゲンスルーは攻撃に移行できない。唐突とも捨て身とも思える俺の攻撃に、ゲンスルーは完全に防戦一方だ。この戦局の流れは完全に制した。

 問題は俺の背後、バラの攻撃だ。ビスケが参戦すれば確定で勝てるだろうが、戦闘音から判断するにどうやらバラを相手にしているのはゴンとキルアのみのよう。コンビネーションで多少の有利は取れるだろうが、バラを相手にすればやや分が悪いように思う。ユアやポンズは系統差が大きく、ニッケスは論外。ビスケはいざとなるまで期待できまい。

 いや、文句は言うまい。ゴンとキルアの戦いで互角に渡り合えている。ならばビスケに期待する必要もない。俺がゲンスルーを突き放せば勝ちだ。

 そう思った瞬間、頭上に影が差す。何かと思い一瞬だけ視線を向ければ、そこにはそれなりの大きさの爆弾が。

(!!??)

 爆弾の大きさはすなわち爆発力に直結する。頭上に放り投げられた爆弾を見れば俺やゲンスルーはもちろんのこと、バラやゴンにキルアを巻き込まれかねない。それを為したのがサブだと思えば動揺もする、お前は仲間も爆発に巻き込む気なのかと。

爆風の行方(ブラストフロー)

 気がつくのが一瞬遅れた。爆弾を投げたサブはたぶん操作系。ならば何かを操作するのが基本。それが爆風の流れだと気がつかなかったのが失策。

 頭上にある爆弾が爆発したと同時、その爆風が一気呵成に俺に降り注ぐ。他には一切影響を及ぼさずに、俺にだけ。とはいえ所詮はただの爆弾、堅をすれば耐えきれない話ではない。

 この攻撃に限れば、だが。

「「もらった!!」」

 ゲンスルーとバラが同時に叫ぶ。背後は見えないが、ゴンとキルアが頭上で破裂した爆弾のせいで隙を晒したのだろう。かくいう俺も爆弾の攻撃に対処するのが精一杯でゲンスルーまで手に負えていない。

 いや、今はゴンとキルアの事を考えている場合じゃない。俺は俺が生き残る事を考えなければ。

 一手、俺は動けなく。ゲンスルーは無条件に攻撃できる。

煌々とした氷塊(ブライトブロック)!!」

 全身に纏うオーラを氷に変える。身動きは取れないが、目くらましにはなるだろう。

 ゲンスルーの一手、それから俺の一手。交錯する。

 ゲンスルーはその手で俺の一部を掴み取る。そして発動する能力、一握りの火薬(リトルフラワー)

 ドゥ…と体に響く爆発音。

 驚きに染まるのはゲンスルー、冷や汗を掻くのは俺。

 

 そして笑うのも、俺だ。

 

 余裕があった訳ではない。運良く勝ったのが俺、それだけの話。

 そもそも一握りの火薬(リトルフラワー)は掴んだものを爆破する能力。つまり、掴まなくては爆破できない。そして掴まれて致命的な部位とは首か頭に限る。氷の鎧を纏った胴体は掴めないのだ。

 それを鑑みて、俺は全身を氷で覆った上で首から上を凝で防御した。

 首から下を掴まれない保証はない。しかしながらゲンスルーは俺を殺しにくると賭けた。全身を氷のオーラで覆った俺の弱点を見抜くには『凝』で見る事が不可欠だが、ゲンスルーが一握りの火薬(リトルフラワー)を使う時にはその手にオーラを集中しなくてはいけない道理。かくして奴は見る間を惜しんで一撃必殺であろう俺の首を掴み取った。

 そして流に時間がかかるとはいえ、凝ならば煌々とした氷塊(ブライトブロック)と併せて負ける事はない。だからこそ、俺は致命的な首から上を凝で守ったのだ。

 俺は賭けに勝った。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

「くぅ……」

 一か八か、四肢を失うか否か。ゲンスルーが首以上を狙わない保証などない。その瀬戸際の賭けに勝った俺の息はそれでも荒い。死ぬ事はないとはいえ、とっさに四肢を捨てる決断をしたのだ。息も荒くなろうもの。

 そしてゲンスルーは攻撃が凌がれた事を察して後ろに下がる。多分それは正解、彼は残り僅かな時間を考えても負傷を負っている場合じゃない。

「最初はグー…!」

 しかし、それがバラにも通じるとも限らない。俺の後ろから頼もしい声と共に恐ろしいオーラの集約を感じ取る。

 強化系が、更に制約を懸けた一撃をここに。

「ジャン、ケン! グー!!」

「ガハァァァ!!??」

 何が起こったのかは見えていない。

 しかして背後からバラがサブの側まで吹っ飛ぶのは見えた。

「バラっ!?」

 サブの悲痛な声にもバラは反応しない。ピクピクと震えながら、バラはサブの側で虫の息だ。吹っ飛ぶバラを目の端で捉えたゲンスルーはその表情に驚きと怒りと心配を張り付けて、一気に後ろに下がってバラの側へ戻る。

「キルアっ!」

 かといってこちらも被害が軽微で済んでいる訳ではないらしい。

 ゴンの悲痛な声に振り返れば、そこには青白い顔で腹を押さえてうずくまるキルアが。ゴンの技を出す事の囮にでもなったか?

 分からないが、キルアは既に戦闘不能だということは分かる。まだ特殊合金のヨーヨーを持っていない事が敗因か。それともそれ以外か。キルアは重大なダメージを負ってしまったようだ。

 だがひとまず命に別状はないと判断して、俺はゲンスルー達を睨む。

 キルアは放っておいてもまだ死なないが、バラの命の音(カウントダウン)の数値は850程しかない。つまり大凡10分程でバラは死ぬ。そして未だに最前に俺が陣取っている以上、もはやゲンスルー達にこれを覆す手はない。

「くそ…」

 残りカウント、728。

「くそぉぉぉ!!」

 残りカウント、703。

 ゲンスルーがいくら吠えようとも、瀕死のバラのカウントは止まらない。大怪我を負った彼のカウントは一気に進んでいく。

 それを見て、ゲンスルーは、泣きそうな顔で叫んだ。

「勝手に俺の能力を使って…バラを殺すんじゃねぇ!!!!」

「あ」

 ユアの間の抜けた声と同時、バラに憑いた命の音(カウントダウン)がボシュゥゥという音と同時に消え去っていく。

「え?」

「は?」

「あ?」

 

 間。

 

同行(アカンパニー)使用(オン)、モタリケ!」

 一瞬早く我に返ったサブが同行(アカンパニー)を使ってこの場から撤退する。

 俺や仲間たちはそれに反応できる訳でもなく、爆弾魔(ボマー)達3人が去るその様子をぽかーんと見守っていた。

「え、これ、どういうこと?」

 そんなポンズの声がほぼ全員の心境を表していたといえるだろう、痛みに悶えるキルアを除いてだが。

 敵対者が去ったこの場でほぼほぼ全員が呆気に取られているのだった。

 



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036話 情報過多・1

パソコンが帰ってきたので投稿するよー。


 光を纏い、高速で空を逃げる爆弾魔(ボマー)たちを見送る。

 追って殺すことは、おそらく可能。サーヴァントを解禁すれば確実に、だ。

 それ故に急ぐ必要は全くない。邪魔になれば殺せばいいし、むしろ今殺してしまうと『敵』に無駄な情報を与える羽目になる。

 俺の名前や素性がバレているのはもう諦めているが、奴らを殺すにはそれなりに手札を晒す羽目になる。体捌き一つ取っても『敵』との決戦を考えれば知られないに越した事はないし、奴らを急いで殺す理由を探られてニッケス生存に辿り着かれても面白くない。

 それに、直近、急いでしなければいけないことが2つある。そのうちの1つである、顔を青くしたキルアに走り寄った。そこには既にゴンとビスケが居て、キルアの様子を診ている。

「ゲホ、ゴホッ!!」

「キルア!」

「だい、じょうぶだぜ。心配すんなよ、ゴン……」

 青白い顔で言うキルアは誰が見てもやせ我慢だと分かる。

 とりあえず清廉なる雫(クリアドロップ)を取り出してキルアに渡せば、心得たと言わんばかりに口をつけた。

 能力を知られるのは不便ばかりでないという好例だ。

 さておき、キルアを慎重に診察していたビスケを真剣に見る。

「どうだ?」

「内臓がイってる。肺は確実、消化器系も怪しい」

「……清廉なる雫(クリアドロップ)じゃ気休めにもならない。早く病院で治療が必要だな」

 真面目な表情で言うビスケにまずは妥当な手段を挙げるが、問題もある。

「そんな、ここはグリードアイランドだよ! 病院なんて――」

「医療都市ボセラって町があるわ。呪文(スペル)ですぐに行ける」

 ゴンの悲痛な声を切るのはポンズ。余った漂流(ドリフト)を使って全ての都市を記録しておいた甲斐があったというもの。

 だが、問題はそこではない。

「ハンター試験には間に合わないな」

「……しかたねーよ。別に次で受からなきゃいけないわけでもねーんだ」

 青い顔のままでいうキルア。それはまあそうだろう、助かるだけでも御の字。病院送りで済み、命が助かるなら選択する余地はない。

 それは他の、俺とポンズを除いた全員の認識。

 俺はポンズに視線を送り、力強く頷かれたことで完全に吹っ切った。ポンズは純粋に仲間を想ってだろうが、俺としては次の試験にキルアが行かないという原作ブレイクが怖い。

「ブック。

 大天使の息吹、使用(オン)

「なっ!?」

 バインダーを取り出し、複製した大天使の息吹を取り出して使用する。

 俺が大天使の息吹を使うことにニッケスが驚きの声を上げたが、無視する。

 そして現れた大天使の――虚像とか偶像だよなコレ? まさか本物の大天使ってことはないだろ。

『わらわを呼び出して何用じゃ?』

「こいつ……キルアを治してやってくれ」

『お安い御用――』

 呆気にとられる一同の中、大天使がふーと息を吐きかけるだけでキルアの顔に赤みが戻った。

 いや、改めて凄いなこれ。念能力か、それとも全く別の不可思議現象かすら分からん。サーヴァントですらこの域に達した奴はいないぞ。

 多分。

「キルア、治ったか?」

「あ、ああ。今のは?」

「指定ポケットカード003番、大天使の息吹。あらゆる怪我や病気を一息で治す効果を持つ」

 言いながら名簿(リスト)で大天使の息吹を調べる。カード枚数はやはり3枚、ゲンスルー組の引換券が変化したか。

 ゴンがバラに重傷を負わせたから、気が付けば恐らく奴らは大天使の息吹を使うだろう。問題は擬態(トランスフォーム)で引換券を増やしているか否か。もしもしているならば、大天使の息吹の独占は不可だ。

 まあ、俺は攻略にそこまで執着していないし、大天使の息吹は原作では奴らが独占したカードでもある。そう齟齬はないと思うが、一応ちょいちょい確認しておくか。クリア阻止の為に独占したいというのももちろんだが、大天使の息吹が手元に2枚あるか3枚あるかの差は大きい。

「……お前が大天使の息吹を独占していたのか」

「ん? そうだよ」

 やや茫然としたニッケスに軽く答える。

「なぜ、俺たちとの取引に使わなかった?」

「そりゃ、限度枚数3枚のSSカードだぜ? とんでもなく吹っ掛けるつもりだったに決まってるだろ」

 建前でもニッケスを黙らすのは容易い。

 反論できずに悔しそうに黙り込むニッケス。っていうかお前、もう脱落しているようなもんだし、今更だろとは思うのだが。

 そんなニッケスは放っておいて、次に見るのはユア。

 あのタイミングでバラに仕掛けた命の音(カウントダウン)が解除されるのは明らかに不自然。っていうかそもそもユアが命の音(カウントダウン)を使えた時点でおかしい。

 除念した能力を発動者にそのまま返す因果応報(ユー・フォー・ユー)という能力はあり得ない、だってニッケスを除念しているのはポンズだしな。あれは爆弾魔(ボマー)たちを騙すためについた嘘だろう。

 それはいい、それはいいのだが、ユアの能力が全く見えないのはよろしくない。今回のように、訳の分からないまま相手を追い詰めて、訳の分からないまま能力が解除されるというのは精神的にも心労的にも大変によろしくない。そういうプレッシャーは敵にだけ与えればいいのである。

 つまり、こうなった以上はユアには多少なりとも能力の内容を開示して貰わなくばなるまい。ユアの能力を知っていれば、解除条件を満たさせない可能性もあった訳だしな。これは今後に生きる話でもある。

 じっと、俺とビスケ、それからキルアに見つめられるユア。彼女は居心地が悪そうにしながらも、視線をニッケスへと向けた。

 それにつられてふと彼を視界の端にとらえ、ユアの視線の意味を把握する。奴には念能力を教えたくないのだろう。

「ニッケス」

「なんだ?」

「結局、お前はどうするつもりだ?」

「どう…とは?」

「ポンズの除念が終わった後だ。ゲームクリアを目指すのか? ゲンスルーたちに復讐するのか? それともゲームから降りるのか?」

「……」

 沈黙で答えるニッケス。まあ気持ちは分かる。できればゲンスルーたちに復讐したいだろうし、ゲームクリアも放棄したくはないだろう。しかしながら、どちらかの選択肢も選べる状況に彼はない、両方なんて論外だ。だからといって尻尾を丸めて逃げるなんてことも選べる心境ではないことくらい分かる。

 つまり、ニッケスは心情的に身動きが取れないのだ。

「まだ決めかねる、か」

「……ああ、優柔不断と笑え。

 分かってはいるさ、俺にゲンスルーをなんとかできる力なんてないことくらい。

 今回だって、バハトがいなければあっさりと殺されていた。痛感したよ、俺はグリードアイランドにいる限りこめかみに銃口を押し付けられているのと同等だと。

 だが、だからといってハイそうですかと一矢報いずに撤退する気にもなれん」

「だろうな。

 そこでだ、お前の情報をリークするというのはどうだ?」

「それも考えた。だが、バハトと離れて生きていられるとも思えなくてな。

 ――いい年した大人がおんぶにだっことは、な。情けなくて涙が出そうだ」

 そういうニッケスの瞳は僅かにうるんでいた。心底、自分が情けないのだろう。

 だがまあ、いい年したおっさんの涙を見て喜ぶ趣味は俺にはない。とりあえずこの場から離れてくれるように誘導するだけだ。

「確かに普段なら俺から離れるのは賛成しかねるが、今だけは例外だ。

 バラとかいう男にゴンが大ダメージを与えた、奴らは当分身動きが取れないだろう。また、態勢を整えたとしてこちらに攻めてくるのは相当に躊躇するはずだ。今回、返り討ちに遭った訳だしな。

 つまり、奴らの襲撃直後の今が最大の好機という訳だ」

 実際は知らんが、ニッケスがそう思ってくれればいい。っていうか、俺らから離れた先で死んでくれれば除念の手間が省ける上に原作通りの生存者になるからなお嬉しい。

 そんな心情はちらりとも出さないようにしながらニッケスを説得する。うん、ランサーからもよい演技だと念話を貰ったから自信が増した。

「なるほど。確かにいつまでも怖いとは言ってられないな」

「もちろん、危険を感じたら即座に戻れ。誰かが呪文(スペル)で移動してきたらもう危険域だ。即座に俺のところまで戻って来い」

「分かっている」

 いいながらニッケスはバインダーからカードを取り出す。

磁力(マグネティックフォース)使用(オン)、ツェズゲラ!」

 瞬間、ニッケスは光に包まれてこの場から離脱する。

 ふう、やっと邪魔者が消えた。

「お見事、綺麗に席を外させたわね」

「嘘は言ってない」

 本音も喋ってないがな。

 ニッケスがいなくなった途端に被っていた猫を脱ぐビスケと、面倒くさそうな声色を隠さなくなった俺。

「え…え?」

 即座に切り替わる俺とビスケにゴンだけがついてこれていない。

 ふと思ったんだが、コイツにユアの念を教えていいのだろうか? まあ、上手よりも信頼を取ったということだろうが。

 文句はないなとユアを見れば、ユアも満足そうに頷き返してくれた。

「じゃあ教えてくれ、お前の能力を」

「まあ、仕方ないわね。

 いちおうビスケには説明しておくけど、私たちクルタ族は緋の目になった時にオーラの質が変わって特質系になるの。

 だから普段は操作系なのは嘘じゃないけど、特質系としての顔でも戦えるのが私」

「あらそーなの、すごーくレアねぇ。

 それじゃあバハトも特質系になれるのかしら?」

 無視。

「で、私の能力だけど、お兄ちゃんが察している通り因果応報(ユー・フォー・ユー)なんて能力はないわ」

「あ、そうなの?」

「ユアはニッケスを除念してねーだろうが。気が付けよオメー」

 ボケをかますゴンにキルアが容赦なくツッコむ。

 今度はユアが無視。

「私の本当の能力は悪戯仔猫(ミスティックキャット)っていうわ。

 緋の目で見た能力をそのまま模写する能力」

 言いながらユアはそのオーラを変化させ、氷に変化させる。確認するまでもない、俺の能力である煌々とした氷塊(ブライトブロック)だ。

 だがしかし。

「でもさユア、この氷って凄く脆そうだよ?」

 ゴンがツッコんでくれた。脆そうというか、それ以前の問題。不安定すぎて今にも氷からオーラに戻ってしまいそうだ。

 自覚はしているのだろう、ユアはため息をつきながら煌々とした氷塊(ブライトブロック)を解除した。

「言ったでしょ、悪戯仔猫(ミスティックキャット)はただの模写。特質系は当然強化系やその両隣の放出系や変化系とは相性が悪いわ。

 能力を奪う能力じゃないの、能力を真似る能力」

「使えねー」

 キルアから思わず漏れた言葉に、ユアがギロリと睨む。だがキルアはどこを吹く風といった様子。

 まあ、これはキルアが正しいと思う。今回はユアの味方には、今のところ、なれない。

 まともに使い物になるのは特質系とその両隣だけ。しかも真似るだけということは、その強さはユアに依存するのだろう。例えば命の音(カウントダウン)はユアよりも格上の能力、その上相互協力型(ジョイント)でしかも放出系を含むという悪条件。模写できたのはガワだけの可能性が高い。爆発しても、ちょっとした火傷をするくらいのダメージだったのではないだろうか。そんなものに期待して、あれだけ時間稼ぎをしたとなれば泣きたくなる。

 加えて他にも制約がある、これは絶対。でなければ、あのタイミングでバラに仕掛けられた命の音(カウントダウン)が解除される訳がない。模写(コピー)ということは遠隔解除条件も存在しないということまで一緒だろう。

「で、なんであの時に命の音(カウントダウン)が解除された?

 状況を鑑みるに、悪戯仔猫(ミスティックキャット)の発動条件が満たされなくなったと考えるのが妥当だが」

「さっすがお兄ちゃん。私の悪戯仔猫(ミスティックキャット)は元の能力者が能力を模写される事を拒否していないことが発動の大前提、能力を使うなって言われるだけで二度とその能力を模写できなくなるのよね」

「流石じゃねぇよ」

 妹のバカさ加減に頭を抱えたくなる。何を考えてこんな能力にしやがった。ビスケがやや憐憫の感情を込めた視線を向けてきやがるのがなおさら腹立たしい。

 発動条件が見るだけという緩さな分、封じる方法も拒否するだけという緩さ。威力も低い上にこんな緩々の条件の能力に命を託せる訳がない。他人ならまだいいが、我が妹がこんな能力にしたという事実に何もかもを忘れて寝込みたくなってしまう。

 ユアが発について考えたのはおそらく10歳かそこら。そんな子供に発を作らせてはいけないというゾルディックの教育方針は正しいと言わざるを得ないだろう。

 これだけだった、ならば。

 ビスケは俺の左側、ユアの右側。俺はビスケには見えない右目でユアを見て、ユアはビスケには見えない左目で俺を見返す。

 その視線で察した、やはりユアの悪戯仔猫(ミスティックキャット)には更に奥がある。それを晒すのは仲間にもできないということだろう。それはもちろん俺にも。しかし俺にはこんな馬鹿な妹だと思われたくなかった、といったところだろうか。

 やや安堵する。本当にユアがこの程度でなくてよかった、と。

 クルタ族は自分本来の系統とは別に特質系を持つ分、普通の念能力者よりもメモリが圧迫される。それでも特質系と本来の系統を切り替えられるというのは相当過ぎるアドバンテージだが、そんなアドバンテージを自分から捨てるような幼い妹を守りながら『敵』と戦う自信は全くない。ユアが自分で言った通りだけならば、コイツをグリードアイランドから退避させてホームに帰していたところだ。育てる手間が惜しくなるレベルで使えない。

 だが更に能力が深く、しかも他者の念に干渉するタイプならば話は別。おそらくだが更に条件を満たせば、相手が念を使用できなくなる位は期待していい。模写という特性ならば、そこを進めて念を奪うことさえ有り得る。相手に拒否をされないという条件は、ユアが相手の念を支配しきるまでにされてはいけない事だと考えればキツめの条件ということで目を瞑れる。

(この分だと、ユアは俺が知らないだけで誰かの念を奪ってるかもな)

 仲間とはいえ、妹とはいえ。念の全貌を知ることは至難。だからこそどこまで信頼していいのかの見極めが難しいと、困った上で期待の笑みを浮かべてしまう。

 その笑みをどう捉えたのか。ビスケが声を上げて話題を転換した。

「ハイハイ、ユアの話はいったんここまで。話はこれだけじゃないんだから」

「? 他に何か話題あるか?」

 大天使の息吹についてとかか? まあ、今更隠す話でもないが。

 そう思っていたが、ビスケは俺ではなくポンズを見ていた。

「ポンズ、あんた何か言うことはない?」

「……」

 気まずそうにビスケから視線を逸らすポンズ。それは許さないと言わんばかりにポンズを見るビスケ。

 俺にユア、ゴンとキルアは訳が分からない。ただ黙って2人の様子を見るだけ。

 ポンズは何か言いたそうに俺を見るが、意味が分からん。ポンズと共有している隠し事はもうないと思うが……。

「バハトさんは知らないのに。ビスケ、気が付いていたの?」

「伊達にここまで女をやってないわさ」

「う」

 半ば認めるようなポンズの言葉に、ビスケはやれやれといった風に同意する。

 ってか、俺に関係あるの? マジでなに?

「妊娠、しました」

「――は?」

 は?

 はぁっ!?

「え」

「妊娠てポンズ、まさか相手は」

「うん。バハトさん」

 は? はあ。

「はぇ!? お、俺ぇ!?」

 訳が分からんが。

 とりあえずランサー、爆笑するな。そんな場合じゃねぇ。令呪使うぞ。

 じゃなくて。

「えええええぇぇぇ!? お、俺の子!?」

 『敵』を殺さなくちゃいけないのに!? 死ぬかもしれないのに!? 俺の子!?

 顔を赤らめてこくりと頷くポンズに一層混乱する。

 心当たりは――まあ、あるが。アイアイで爛れた生活を送った一週間、あの時は確かにポンズと子供が出来かねないような事しかしていない。

 いやいやいや。まてまてまて。

 モジモジと顔を赤らめているポンズマジ可愛いとか思ってる場合じゃない。

「…………」

「うわっ! ユアが白目を剥いて気絶してんぞ!」

「ユア、しっかり!」

 キルアとゴンの声が遠い。

 もう、何を考えていいのかも分からん。

「青春ねぇ」

『何はともあれ目出てぇ事じゃねぇか、マスター』

 ビスケとランサーの声は聴きたくねぇ。

 



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037話 情報過多・2

「んっ」

 先ほど立ったまま白目を剥いて気絶したユアは、今は横になっていた。もちろん地面にそのままというほど、俺は薄情な兄ではない。修行中だったからロクなものではないが、薄い布を敷いた上でやはり薄い毛布を被せてやっている。

 ビスケの教育方針で、眠る時に襲われた場合に咄嗟の動きを阻害するものは身に纏わせないことにしているらしいが、体を温めるものくらいは旅の一式として最初からカード化して持っておいたのだ。もう冬も深まってきたことだし、下手に雑な扱いをして風邪でもひいたら大変だ。ハンター試験に差し障る。こんな下らないことで大天使の息吹は使いたくないぞ。

 で、小一時間くらい経ったあたりでユアがかすかに声を上げて瞼を開ける。白目を剥いたままにさせるのは忍びなかったので、そっとその瞼を下ろしておいたのだ。ちょっと縁起が悪いとも思ったが。

「ユア、大丈夫?」

「ゴン…? えと、ここは?」

 ユアにしては珍しく現状が把握できていないらしい。眠りと気絶では種類が違うから仕方ないかもだが。

 ぼー、としたままユアは彼女の顔を覗き込んでいるゴンに瞳の焦点を合わせて、ぽつぽつと言葉を紡ぐ。

「ひどい夢を見たわ、お兄ちゃんがポンズさんを妊娠させるっていう悪夢よ。

 まだ結婚もしていないのに、お兄ちゃんがそんなことをする訳ないのに」

「……」

 どうしよう、ユアの無垢な信頼が痛い。

 ユアも13歳になり、もう俺と一緒にお風呂に入る事もなくなった。彼女はしっかり思春期に突入した女の子である。

 だからこそ人一倍潔癖な面も見せ始めるし、唯一の肉親である俺が子作りしているのなんて、想像するのも口にするのもイヤなのだろう。具体的には白目を剥いて気絶するくらい、精神に負荷がかかってしまった。

 ただの悪夢で処理していたようだが……現実は残酷だ。

「えっと……」

 言いよどむゴンの声を聞いて、寝起きで赤みが戻ってきたユアの顔がみるみる青褪めていく。

 ガバリと起き上がって周囲を見渡すと、そこには気まずそうな顔、顔、顔。

「…………」

「ユア?」

 絶句するユアにおそるおそる話しかけるが、表情筋を筆頭に一切の動きがない。

 よもや、また気絶したか。そう危惧するくらい無表情だったユアは、やがて俺を見て笑う。無理矢理作った痛々しい笑みを浮かべる。

「お、めでと。お兄ちゃん」

「あ、ありがとう」

 これ以外、なんて答えればいいんだ。多分俺は、2回の人生で今が一番困っている。

 ランサーが同情の視線を向けてきているくらい修羅場になっている。ガチ目に笑えない。

「ユアちゃん」

「――ポンズさん」

 複雑な色を乗せて、ユアがポンズを見る。ユアもポンズにどう接していいのか分からない感じだ。

 半年以上同性の仲間として接してきたのに、こんな形で関係変化が起きてしまったら気まずくもなるというもの。

 しかしポンズは怯むことなく、ユアに向かって柔らかな笑みを浮かべていた。

「ユアちゃんが寝ている間にバハトさんと話し合ったのだけど、グリードアイランドから出たら正式に結婚することにしたわ」

「そ、そう」

 子供ができたのだ、俺としては責任を取る以外の選択肢は無い。ユアとしても感情はともかく理性では納得できるだろう。賢いということが、今ほどユアを苦しめていることもあるまい。

 そして結婚するに当たり、決めたことが一つ。

「それでね、ユアちゃんにこの子の名付け親になって欲しいの」

 ポンズは自分の下腹部を撫でながら、そうユアに話しかける。

 その言葉を聞いたユアは驚いて俺を見た。びっくりして目を真ん丸に開いている。そんなユアに言葉をかける。

「ユアの外で出来た家族だけどさ、いやだからか。ユアにもちゃんと家族になって欲しい。

 その証として、名前はユアが付けて欲しい。その方がお姉ちゃんとして張り合いも出るだろ?」

 俺の言葉をゆっくり吟味して、やがて震える声を絞り出すユア。

「私で、いいの?」

「もちろんだ」

「もちろんよ」

 俺とポンズが口を揃えたところでようやくユアはふにゃりと弛緩し、ゆっくりと息を吐き出して心を整えていた。

 そして冷静になったところで、力強く頷いて俺とポンズを見る。

「うん。赤ちゃんの、お兄ちゃんとポンズさんの子供を名付ける役割、承りました」

 もう大丈夫。そう思える強さをユアは取り戻していた。

 まあなんだ。仕方ないとはいえ、ユアは俺に相当以上に依存していた。そんな俺をポンズと新しく生まれる子供に取られてしまうと思えば、一種の錯乱状態になってしまうのも分かる。

 錯乱状態だからこそ上手に着地できるかが恐ろしかった。気を使えば使うほど、より一層の拒絶を返してくる可能性も十分にあったのだから。

 結果として、ユアもこれから家族として一緒だと伝えたのが心の安定剤となってくれたらしい。ポンズと子供という新しい家族は加わるが、そこはなんとか上手くやっていくしかないだろう。より深く関わっていくからこそ、想定しないことも多く出るとは思う。しかし、それを乗り越えていってこその家族だろうから。

「めでたしめでたしってとこね」

「だな」

 ビスケとキルアがそう言って締めた。まあ、悪くない落としどころだったのではないかと思いたい。

 

 ひとまず落ち着き、少し早めの夕食も食べ終わる頃。

 彼方からスペルによる飛来音が聞こえてくる。タイミングとしてはおそらくニッケスだろうが、敵対者の可能性も十分に存在する。俺が前に出るフォーメーションを取り、訪れる者を迎え入れる。

「すまない、時間がかかった」

「ニッケス!」

 現れたのはやはりニッケス。凝で他者のオーラで操られていない事も確認する。ゴンやキルア、ユアにポンズもちゃんと凝をしていた。よしよし。

「メシは?」

「食ってきた。ツェズゲラとな」

 さらりと返してくるニッケスに、そうかと簡単に頷く。ゲンスルーたちの情報を話すとなれば、やはりかなり込み入った話になったのだろう。

 そこから導き出される結論として、ニッケスがグリードアイランドで出来る事はもうないという事だ。ゲンスルーに狙われている現状、ニッケスは俺から離れることはできない。かといって彼の実力では俺に付いて来ることはできないし、ニッケスの都合に合わせる気もない。

 クリアに最も近いツェズゲラにゲンスルーの情報を渡したとなれば、一矢報いたと十分に言えるだろう。少なくともツェズゲラたちに命の音(カウントダウン)を設置される心配はほぼなく、殺される確率もグンと下がる。ポンズの除念が終わる頃が潮時といえる。

「もういいな?」

「……ああ、世話になったな」

 後悔の残る顔と声で返事をするニッケス。あと数日で彼はグリードアイランドから去るだろう。

 まさしく敗走といえる。それでも彼は自分の命は持ったままこの島から退去できるのだ。死ぬか島から出られない者も多い中で、結果としてはまずまずと言うしかない。

 そこでふと思いついたようにユアが口を開いた。

「そういえばニッケスさんがいない時に私の念能力についてさわりだけ話したの」

「ああ。俺を除念していたのはポンズだったな。因果応報(ユー・フォー・ユー)なんて能力では説明できないとは思ったが…」

「そういうの込みでニッケスさんにも説明するね」

 こっち来てと手招きをしつつ、俺たちから離れようとするユア。

 ――怪しい。

『ランサー』

『おう』

 一体何をするつもりやら。ユアにランサーを憑けて様子を見る。

「あんま離れんなよ」

 簡単に言って距離を取る許可を出す。他の仲間たちも違和感は感じてはいるようだが、見える範囲で内緒話をするくらいならと気にしないようだった。

 声は聞こえないくらいに離れたユアとニッケス。ランサーとラインを繋いで様子を窺えば、いつになく真剣な顔をしたユアがそこにいた。

「それじゃあ説明をするけど、その前にこれを読んで」

 ユアがポケットからA4くらいの紙を取り出し、ニッケスに手渡す。

 その紙の最上部には『遵守』という文字が大きく書かれており、その下に条件が書かれている。ユアは己の念能力の説明に嘘をつかないこと、そしてそれを聞いた者はユアの念を他者に伝えないこと。要約すればそんなところだろう。

「これは?」

「私の能力、絶対規律(ロウ・アンド・レイ)

 念を込めて書いた誓約文を強制遵守させる操作系。発動条件は納得した上で誓約書にサインをすること。そうすることで誓約を遵守するよう己が縛られるわ。自分で自分を操作するから解除はほぼ絶望的、除念からも自発的に逃れようとするからね」

「…………」

「もちろん、これを聞いたのにサインをしなければどうなるか分かっているわよね?」

(被ってた猫を捨てたな、ユア)

 今までになく真剣な顔をするユアにそう思う。自分の念能力をいきなり明かしやがった。

 しかしなかなかエグイ状況を作る。ニッケスの命綱は俺と除念しているポンズ。少なくとも俺は確実にユアの味方に回るし、ポンズだってユアかニッケスならばユアを取るだろう。

 となれば、ユアの提案を断れば俺とポンズが敵になる。っていうか、仲間たちが全員ニッケスの味方ではなくなるだろう。除念もまだ終わっていない現状で俺たち一行から離れる訳にもいくまい。幾重にも予防線を敷いた脅迫である。

「いいだろう」

 その現状を理解しているだろうニッケスは淡々とサインをする。

 サインを確認したユアは他人の能力を模写する悪戯仔猫(ミスティックキャット)の説明を始めた。

「わざわざ俺たちから離れて何を企んでいるんだか」

 一方こちら側ではキルアが胡散臭そうに口を開いた。今は休憩中であり、時間をどう使おうがユアの勝手なのだが、ロクなことはしていないだろうと言いたげな口調だ。

 否定できないので兄としては苦笑するしかない。

「細工を仕掛けているのは当然でしょうけど、私たちに聞かれたくないとなると相当に重要な内容でしょうね」

 ビスケもキルアに同意して、しかもニッケスに好意的な事もしていないだろうというニュアンスも含ませる。

 それを聞いたゴンも難しい顔だ。

「うん。ニッケスの戦略は好きじゃなかったけど、それはそれとしてユアがひどい事をするようなら止めなきゃ」

 そういえばニッケスはグリードアイランドのことを殺戮ゲームだとか言ってゴンの不興を買っていたか。ならばゴンがニッケスに対して持つ感情も良いものではあるまい。実際、ニッケスに対する心配というよりユアの方を気にかけているような口ぶりだ。

 そんな仲間たちの言葉を聞いてポンズも俺と同じように苦笑いだ。

「みんな、もうちょっとユアちゃんを信じましょう」

「…………」

 微妙な沈黙が流れる。

 まさか、な。

 心に微かな違和感を感じ、その原因となった人物を注意深く探りつつ、ユアの言葉にも意識を傾ける。

「――拒否の言葉を聞かない限り、私は見た能力を模写できる。

 そしてこれは前段階。更に条件が整った時、私は対象の能力を入手することができる」

 きた、本題だ。

「その条件とは?」

「相手が能力を譲ると、明確な意思表示をすること」

 なるほど、これは確かに達成しにくい。発を渡すなんて普通は言わない。よほどユアが優位な立場にあるか、相応の対価を払わなければ達成できないだろう。

 しかしユアは他人の能力を使うタイプか。こうして見るとそれぞれで性格出るよな。クロロは窃盗、メルエムは捕食、レオルは拝借、そしてユアは譲渡といったところか。

「もちろん私に能力を譲ってもらったとしても、その後に拒否をすれば能力は手元に戻るわ」

「……そこまで言うという事は、お前は俺の能力を手に入れるつもりだな?

 だが自分で言うのもなんだが、俺の基礎能力はお前たちに大きく劣る。役に立てるとは思えないが」

相互協力型(ジョイント)って言うのは知らなかったけど、あれと似た形ね。

 発を使ってもいいという許可を取る事は、才能や適性も手に入れることが出来るわ。

 ニッケスさんの能力の上に、私のオーラを乗せることも可能よ。

 そして強化系に近い能力は私が欲するところなの」

「――なるほど、お前の希望は分かった。

 だが、それと俺が自分の能力を渡すのは別問題だな」

「でもニッケスさん、あなたはポンズさんに除念してもらってるけどその恩はどうやって返すの?

 お兄ちゃんにも命を助けてもらったし」

 ピクリと、気にかけていなければ分からない程度の僅かな反応。

 まさか、が。やはりに変わる。

「――ポンズとバハトにはそれぞれに恩は返す。

 それにお前は自分の念能力をあの二人に話すつもりはないのだろう? 説得できないと思うが」

「まあね。じゃあ、別の提案。

 ニッケスさんはバッテラさんの報酬500億が目当てだったわよね。

 能力を譲ってくれれば5億払うわ」

「なに?」

「このままグリードアイランドを出てもニッケスさんには一銭も入らない。だけど能力を譲ってくれれば、5億は手に入る。

 悪くない額だと思うけど?」

「…………」

「それからそうね、ゲンスルーも殺すわ。

 どちらにせよ、除念師であるとゲンスルーに認識されている私は狙われる。

 ニッケスさんの無念を晴らす意味も込めて、あいつを殺してあげる。

 能力をくれないなら、殺すとは約束しない」

 少しだけ考え込むニッケス。

「ユア、お前は幾つだ?」

「? 13歳だけど」

「そんな子供が気軽に人を殺すなんて言うんじゃない。人を殺すという事は、お前が思う以上に取り返しのつかない事だ。

 そうだな、考えてみれば俺のせいでお前もゲンスルーに狙われるんだ。その詫びも兼ねて、5億なら蓄え続ける銃撃(クリティカルショット)を譲ろう。俺の能力で恩人の一人がその命を守れるなら安いものだ。

 それから、できればいいからゲンスルーは殺すな。それも条件に加えよう。人を殺す意味も分からん子供が道を踏み外そうとしているのを止めるのも大人の役目だからな」

「…………」

「これが俺の出す条件だ。どうだ?」

「分かった、いいわ。絶対規律(ロウ・アンド・レイ)で縛るけど問題は?」

「ない」

 誓約書を作成するユアからは意識を逸らす。

 なるほど、譲渡の利点か。発を奪うのではなく譲り受けるなら、相互協力型(ジョイント)と同じ理屈で自分のオーラを上乗せできるのか。

 条件は厳しいが、達成できればかなり強力な能力だ。しかも相手の発を封じるとなれば利便性は更に増す。例えばだがヨークシンで捕らえた砂漠の毒針(スコーピオン)のように、念を封じ続けなければいけない相手にユアの能力はとても便利だ。

 そうだな。余裕があればそういう筋と連絡を取って、念能力をユアに渡して強化させてもいいかもしれない。想定外のところで戦力が増えそうで、嬉しい限りだ。

 まあ、ユアの地力が上がらなければ話にならないんだけどな。

 そんなことをぽつぽつと思っていたら、ユアはサインされた誓約書を燃やし始めた。

「あいつ、何燃やしてるんだ?」

「さあ?」

 ちょっと飽きてきたキルアの声に、ゴンが首をひねりながら答える。

 サインが終わった誓約書を燃やして証拠隠滅するのだろう。あれさえなければ絶対規律(ロウ・アンド・レイ)にはたどり着けない。

 なかなかよく考えている。

 さて、それはそれとしてだ。

「ポンズ」

「? どうしたのバハトさん」

 お前の手札も暴いておくぞ。

 ユアが帰ってくる前に、だれてきたキルアとゴンの隙間を縫うように。ポンズにささやきを投げかける。

「お前、ユアの話を聞いていただろ」

「!? どうしてっ!」

 言ってしまってから、はっと正気に返るポンズ。ユアの話を聞いていたと認めたな。

「ユアがあからさまに怪しいことをしているのに、お前だけはユアを信じろって言ったのが引っかかった。

 無意識だろうが、ユアは潔白なことにしておいてその黒さを自分だけが知っておこうとする。

 秘密を暴いたり覗いたりする奴の基本的な心理だからな」

「…………」

「俺と、同類」

 ちょっといたずらな笑みを浮かべると、ポンズはまさかといった表情になる。

「バハトさん、もしかしてあなたも?」

「それからユアがポンズの名前を出した時に反応したのが失敗だったな。

 聞いていると思って見ていれば、反応した事は分かったぜ」

 言外にその通りだと言っておく。

 まあ、ひとまずはここまでだな。これ以上ポンズの能力は探らなくていい。最低でも盗聴能力があると把握しただけで十分な収穫だ。

 帰ってくるユアに、知ったことを知られないように改めて仮面を被りなおす。

 

 3日も経てばニッケスの除念が終わり、そろそろハンター試験の時期という事で港へ向かう。ユアとキルア、ついでにニッケスの分もおまけで通行チケットを取る。

「世話になりっぱなしですまない。この恩はいつか返そう」

「期待しないで待っているよ」

 ニッケスに素っ気なく言葉を返すが、俺としてはユアに人殺しについて説いてくれた事に十分な恩を感じていたりする。

 人を殺してはいけませんって、俺が言っても説得力が皆無だし。そもそもユアの殺人に対するハードルの低さは俺が原因な気もする。

「それからユアにキルア。グリードアイランドに戻ってくる時は正午ジャスト、忘れるなよ」

「忘れねーよ。そっちこそ12時5分にバインダーをチェックするのを忘れんなよ」

 ゲームに戻ってきた時、いちいちマサドラまで戻るのも手間だから入島時刻を決めておく。そうすれば初心(デバーチャー)で簡単に迎えにいけるからな。

 そして港の奥へと消えていく三人を見送った。

「って、あ」

「どうしたの?」

 ニッケスのバインダーに登録されているマチのことを忘れてた。

 ま、いっか。またマサドラで離脱(リーブ)をエサにして使える人間を集めれば。バインダーにマチの名前が載ってる奴くらい居るだろ。

 ……ってかフィンクスに襲われた時に労働力を見捨てたな、そういえば。今更思い出したが、気が付かなかったことにしよう、うん。バレたら普通にゴンに怒られる。怒られるじゃ済まんかも知れんし、言わぬが花だな。

「何でもない」

「ふ~ん?」

 何か言いたそうな表情のポンズはスルー。

 これでいったんユアとキルアが離脱した。残るのは俺とポンズ、ゴンとビスケ。

「キルアが帰って来たらゲーム攻略開始ね、それまでゴンは修行だわさ。

 それからポンズは激しい運動は禁止。流れちゃったら目も当てられないわ」

「オス!」

「今はお腹の子を優先よね。医療都市ボセラで検診も受けてくるわ」

「それがいい。今は大事を取らないとな」

 

 そしてまた日にちが過ぎた。

 

 新年が明けて幾日。

 爆弾魔(ボマー)も幻影旅団も、そして『敵』も不気味なくらい動きがない。

 特に他はともかく『敵』はもう少し積極的に殺しに来るかと思ったのだが、こちらがマチに交信(コンタクト)を取った時からレスポンスが全くといっていい程に無い。

 というか、向こうが積極的に仕掛けてきたのはバッテラが雇った賞金稼ぎによる攻撃のみ。そのおかげでこっちも相手の尻尾を掴めないが、どんな動きをしているのか全く見えない。

 だが、グリードアイランドの外ではゾルディックに依頼をしているくらいは覚悟せねばなるまい。そう考えれば俺がグリードアイランドを出るのを待っているのか? ゾルディックに狙われれば俺もサーヴァントを解禁せざるを得ない。

 情報が大きく漏れれば、こちらもなりふり構ってはいられない。バッテラに侵攻を仕掛けねばならないだろう。それをするに、ゴンたちがグリードアイランドをクリアするまで待つのはあまりに遅いと言える、ユアが帰ってきたら即座に動くべきだ。

 そう、動く時期はユアが帰還してから。バッテラかマチ、そのどちらかに仕掛ける。

 ここから先は俺と『敵』の距離が一気に縮まり、戦いはその様相を変えるだろう。その先手は俺が取る。今まで後手を踏んだ分、今度はこちらから攻め立てる。

「あ。キルアとユアがゲームに戻ってきたよ」

 と、バインダーを操作していたゴンから声がかかった。

 ユアを回収したら、攻撃開始だ。

「分かった、迎えに行ってくる。

 初心(デバーチャー)使用(オン)

 俺は光に包まれて高速移動を始める。

 ほんの十数秒で移動が終わり、シソの木の近くに到達。

 そこには4人の人間が居た。

「は?」

 そのうちの一人、キルアは気を失った上で糸で縛られている。為しているのはマチ、その念糸にてキルアとユアを捕縛しつつ、油断なくスペルで移動してきた俺を睨みつけていた。

 ユアの意識はあるが、その首に手を掛けられて苦しそうにもがいている。声も出せず、身動きも取れず。生理的な涙が溜まった目で、俺に助けを求めるように見ている。

 そしてユアの首を絞めている人物、その女は勝ち誇った顔で口を開いた。

「お前が超越者と会話した内容を教えろ」

 対象に触れて、質問をして、その記憶を読む。パクノダの能力だ。だが、その女はパクノダではない。

 だがその能力を使った事は間違いない。質問をした後、得られる予定だった答えがなくて驚愕に表情を変えたのだから。

 いや、待て。だからアイツはパクノダじゃない。なのに何故、パクノダの能力を使う素振りを見せた? 特質系ですらない、放出系のアイツが。

 放出系なのにパクノダの能力を使える。それは――念能力によらない特殊能力を持っているからじゃないのか? 例えばそう、『全ての発を使える』ような特殊能力があればいい。そんな能力があれば、パクノダの能力を使えることも納得だ。

 そしてそんな特殊能力を持つとすれば、俺以外の転生者に他ならない。

 思考を高速で回す俺に、その女はユアの意識を落としてからゆっくりと俺の方を向く。

 なんでアイツがユアを転生者と勘違いしたのか知らないが、ユアから情報を引き出せずに転生者でないと判断したのならば。

 原作からの逸脱者は、俺かポンズか。ポンズは原作にも出た人物であるし、もう転生者は俺でしかありえない。

 

 視線が絡み合う。

 無機質な瞳を見て、確信する。俺も、アイツも。

 お互いがお互いに『敵』であると。

 

「限界を超えて舞えぇ!! 黒子舞想(テレプシコーラ)ァァァ!!」

「奴の心臓を射抜け、ランサァァァー!!」

 『敵』の背後に巨大な黒子人形が現れて、その両手の糸が『敵』の体中に接続されていく。

 俺の背後で実体化したクーフーリンが飛び出していく。横を通り過ぎる時に見えた表情はこの上なく楽しそうで、そして攻撃的だった。

 さもあらん。彼が向かう先にいる『敵』のオーラは、有り得ない程に膨大。俺とは比べるまでもなく、遭った事はないがもしやキメラアントの護衛軍に匹敵するのではないか。いや、まさか(メルエム)に迫るのではないか。そう思わせる程に圧倒的なオーラを噴き出している。

(メルエムのオーラ捕食かっ!!)

 すぐに思い至った、全ての発が使えるならば当然メルエムの能力も使えるのだろうと。

 つまり。

 アイツ、人を喰いやがった。

 そこまでするかという畏怖を持って『敵』を見る。

 その服装はどこかチグハグだ。下にはジーパンを穿き、上はへそ出しのタンクトップ。そして長い黒のコートを羽織っている。

 

 海獣の牙(シャーク)のリーダー、アサン。

 それが『敵』の正体だった。

 




バハト・陸の悪魔であるバハムートより。
アサン・海の悪魔であるリヴァイアサンより。

ちなみに今までの話で、※で区切ったところはアサン視点だったりします。


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038話 修羅場・1

 ◇

 

斬首王の慈悲(ギロチン・マーシー)

 手に紅き槍(ゲイボルグ)を携えて、クーフーリンは切っ先の丸い剣を具現化したアサンを見て楽しそうに哂う。

(期待しちゃいなかったが、どうにも運が向いていたみてぇだ)

 バハトの殺し合い、召喚された身として仕事はしていたがあまり乗り気ではなかった。聖杯戦争のような強者が出てくる保証がなければ、決戦の時に自分が喚ばれる保証もない。

 上がらないモチベーションでバハトに頼まれた仕事をこなすも、それらに歯ごたえは無く。これは決戦も期待できないなと思っていた。

 しかし、その予想は良い意味で裏切られる。相対したバハトの『敵』であるアサンは、己に勝るとも劣らない威圧感を出していた。

(いい気合いだ)

 互角の敵と殺し合い、その首級を取る。それが戦士としての仕事で、そして栄誉であり、何よりも快感を感じること。クーフーリンが会心の笑みをこぼしてしまうのも仕方ないといえるだろう。

 背後にいる黒子に操作されつつ、手に具現化した剣を振りかざすアサン。その剣筋に粗さはなく、剣の英霊(セイバー)としてもやっていけるだろう。まずは小手調べと、クーフーリンは槍を合わせる。

 生半可な武器ではゲイボルグと打ち合う事さえできずに両断されるしかないが、アサンの剣はしっかりとゲイボルグの穂先を受け止めていた。

(そうこなくっちゃな!!)

 オーラによる強化か、この剣の効果か、はたまた別の念能力か。もしくはそれらを組み合わせたか。過程はともかく、戦いになると確認したクーフーリンは一気に燃え上がり、最速の英霊に恥じぬ速度でその槍を繰り出す。

 その攻撃に、アサンは苦しそうな表情をしつつもついて来る。操作された為かアサン自身では反応できない攻撃にさえ対応し、手に持った剣で打ち合う。本気で殺す気のクーフーリンに対し、戦闘といえる行為を営めるのは異常という他ない。

 1秒に10回程の攻撃を繰り返すクーフーリンだが、この速度で宝具は撃てない。ゲイボルグに魔力を注ぐ為に僅かとはいえ時間が必要であり、また宝具を撃つにはそれに相応しい間合いと槍の繰り出し方と云うものがある。いくらクーフーリンとはいえ、全力の攻撃を繰り出しながらこれらの条件を整えるのは現実的ではない。

(まあ、問題ないっちゃないが)

 十全に攻撃を繰り出すクーフーリンにはほんの数秒先の結果が見えていた。確かにアサンはクーフーリンの攻撃に今のところは対応できている。そう()()()()()()

 だが、数秒が過ぎればどうなるか。

 アサンの剣を大きく弾き、その防御に穴を開ける。

「殺った」

 狙いはその左胸、なくてはならない臓器である心臓。バハトに心臓を貫けと言われたし、問題は全くない。

 無音でアサンの体に槍を突き刺したクーフーリンは、顔に僅かな驚きを浮かべた。手ごたえがなかったのだ。

蠅の王(ベルゼブブ)

 見れば貫いた胸が粒子状のナニカになり、刺突のダメージを無効化していた。

 情報だけは確かにあったが、なるほど。全ての念能力を自在に使えるとは確かに厄介だ。英霊によってはこの能力だけでも相当に攻めあぐねるだろう。

 最も、クーフーリンならば簡単に突破できるが。

「アンサズ!」

「ぎ!」

 異常を感じ取った瞬間にアサンは槍から抜けるように動いていた。それが功を奏し、ゲイボルグの穂先から舞い上がる炎に僅かに身を焦がす程度の被害で済んだ。

 キャスターとして召喚された訳ではないとはいえ、彼にとってルーン魔術というのは手に馴染んだ攻撃方法だ。槍が通じないならば炎を使うくらいの機転は利かせられる。

 とはいえ、困るといえば困る。魔術はランサーの彼にとって得意分野ではなく、好みの攻撃方法でもない。できれば槍で殺したいものなのだ。

(なら宝具っきゃないが……)

 距離を取ったアサンは、それでも隙はない。ランサーの宝具、刺し穿つ死棘の槍(ゲイボルグ)は心臓を射抜く。蠅の王(ベルゼブブ)で細分化できるとはいえ、本体は確固として存在するのだ。回避しようもなく、それを最優先で警戒するのは当然のこと。

(どうすっかねぇ)

 炎でチマチマ削っても悪くはない。クーフーリンだって他に方法がないなら勝ち方にこだわる気はない。下手したら負けるのだから、それよりかはずっといい。

 だが、アサンの念能力に回復系のものがないとは思えない。削った分だけ回復されたらキリがない。

 まあしかし、とりあえず。

(戦いながら考えるか)

 そうしてクーフーリンは槍を振るう。余裕が出ればアサンも思考を回すだろう。この女の手数の多さは底が知れない。時間を与え、下手に反撃の手段を生み出されたら目も当てられない。

 アサンの余裕と体力を削り取るため、クーフーリンは再び全力の槍を振りかざすのだった。

 

 ◇

 

 ランサーが飛び出し、幾つかの念を発動させたアサンに襲い掛かるのを辛うじて目でとらえた。

 アサンはといえば、背後に黒子無想(テレプシコーラ)を作り出した上で手に剣を具現化した。尋常でないオーラを黒子無想(テレプシコーラ)による操作で繊細に操り、有り得ない速度での流でまともにランサーと戦うのは異常の一言だ。接近戦を得意とするサーヴァントと武器で戦うとか、もはや人間業じゃない。

 とはいえ、意外とはいえども予想外ではない。俺がサーヴァント召喚能力を手に入れているのだから、『敵』も同等の特殊能力はあって然るべき。一筋縄ではいかないのは当然なのだ。

 それに、だ。俺も暇な訳ではない。

「あの青色の化け物、アサンとやり合えるとはね。

 いいさ、その隙にオマエを仕留めれば済む話」

 眼前にはマチの姿。完全に落としたと判断したのだろう、キルアとユアに糸は巻き付けられていない。

 マチも全力だ。全力で俺を殺しに来る。

「ふっ」

 堅。俺もマチも、同時にオーラを全開にする。顕在オーラは、おそらくそう大きな差異はない。俺が強化・変化系能力者で、マチが強化系よりの変化系能力者だとすれば肉体の強化率も変わらないだろう。少なくとも圧倒できるレベルでは違わない。肉体の強度も、俺がクルタ族だということを考えればこちらの方が上かも知れないが、幻影旅団に所属したかも知れないマチに慢心はできない。それに最も大きなところで俺はディスアドバンテージを持っているのだから。

 それは殺意。もちろんこの期に及んで殺しが嫌だと泣き言を言う気は毛頭ない。チャンスがあれば殺すし、その稽古や練習は散々積んできた。だが、それは言い換えれば人を殺すのに練習が必要な程、俺は殺人に関して忌避感を持っているということに他ならない。元日本人の精神が大きく足を引っ張っているのだ。

 対してマチにそれがあると期待する方が間違っている。原作で幻影旅団に属していたということは言わずもがな、現在はアサンに操作されているだろう彼女は俺の死に何よりの歓びを感じるだろう。俺限定の快楽殺人者と思えば妥当か、それ以上か。

 この殺人に対する価値観は、念の戦闘において間違いなく顕著な結果を導くだろう。だが、もう一度言うが、今更そんな泣き言を漏らしても仕方ないのである。

煌々とした氷塊(ブライトブロック)

 俺はオーラを棍状に変化させ、その硬度を強化する。マチは両手を合わせ、その掌に無数の念糸を作り出し、それをひゅんひゅんと振り回す。

 重さがないはずの糸をここまで自在に操るとは、驚けばいいのか呆れればいいのか。敵対している以上、警戒すべきか。

「破っ!」

 先手は俺。氷棍で真っ直ぐに突く。払いに極めて弱いとはいえ、相手の武器は糸。払いを可能とする武器ではない。

 ならば最短距離を最速で往くこの攻撃方法は極めて有効。俺はそう判断した。強化系が愚直に真っ直ぐに攻撃するのだ。単純故に隙はなく、有効であるならこれをこの戦いのメイン技にしてもいい。

 だが、そこで隙を作るからこその搦め手。マチは掌の間に無数に束ねた糸で、俺の突きを絡めとる。ただのオーラなら突き抜けた自信があったがしかし、無数の糸を相手にしてはそれができなかった。細い一本一本の糸が俺の棍の先端に触れ、進行方向を僅かに逸らす。上下左右どこにいくのか分からないそれが無数。あっという間に勢いが殺され、マチの掌の距離を往くことも叶わずに棍が止まる。

「「っ!」」

 俺とマチの二人が同時に顔を歪めた。俺は攻撃が無効化された故に、マチは攻撃を受けた反動が故に。

 当然ながら殺す気の俺の攻撃はそう簡単に無効化されるものではない、そう簡単に無効化されてたまるか。マチの糸は半分以上が千切れ、また糸を支える両腕も筋肉が隆起している。俺の氷棍を止めるにはそれだけの力が必要だったということ。

 マチは絡めとった氷棍に更なる糸で縛りにかかるが、それは悪手。俺は棍を消し、今度は自分の腕で殴り掛かる。

 とはいえ、マチの念糸に腕を突っ込むようなアホな事はもちろんしない、棍の代わりに俺の腕が絡めとられ、切断される未来がありありと見える。だから俺は拳の先に氷で1メートル程の巨大な杭を作り、それを打ち込むように殴り掛かったのだ。

「ち」

 棍よりも太いそれを念糸で止められないと判断したマチは即座に回避を選択。ダッキング気味に体を下げ、低い姿勢のまま攻撃を仕掛けた俺との距離を更に縮める。

 タックル染みた体当たりの狙いは俺の脚、目的は両手に張った糸による切断。看破した俺は脚のオーラを氷に変える。互角であるからこそ、変化させた後の物体の強度がものをいう。氷と糸、硬度に優れるのは氷だ。

 だというのに、マチはニヤリとした笑みを浮かべたままその糸を氷ごと俺の脚に巻き付ける。堅の氷、凝の糸。

 本当に勝てるのか、心によぎる不安。それは念を弱くする。

 それでも勝つ、心で固める覚悟。それは念を強くする。

 ばきりという音で氷が罅割れ、糸が食い込む。切断は、されない。ぎちぎちと僅かずつ侵食は許しているが、それ以前にマチは俺の足元で組み付き、俺は立ったまま両腕がフリー。堅を維持したまま、即座に肘を振り下ろす。

「がっ!」

 ドゴンとマチの後頭部に肘を叩き込むが、マチは凝で防御。同レベルが相手だと流ができないのはマジで辛いな。折角の好機だったのに、ダメージがほとんど通っていない。

 だが、勝った。立ったままの殴り合いなら分からないが、この体勢になった時点で俺は確実にマチを殺せる。何故なら、組み付いたマチの腕は、俺の脚から離せないから。

「なっ!?」

「柔軟性が糸だけの特権だと思ったか? 氷も本来は無形なんだよ」

 驚きの声を上げるマチに声を投げかける。

 大した手品ではない、マチが掌に生み出した糸の密林。その合間を全て氷で満たし、マチの掌まで凍り付かせたのだ。ダメージとしては冷たいだけだが、俺の脚とマチの掌は氷で接着して固定される。そして俺の両手はフリーで、マチは凝で防御しなくては防ぎきれない。

 俺が上手かった訳でなく、マチの攻め気が過ぎたの原因。俺の脚を一瞬で切断できなかった時点で引くべきだったのに、俺の脚を削ぐことに執着し過ぎたのだ。恐らくはアサンに操作されたせいで奴に褒められたいが余り、引き際を間違えた。幻影旅団のマチでは決してしないだろうミスである。

 やや呆気ないと思えたのは嘘ではないが、勝負とはこんなものだ。確実に殺せる敵を見逃せる余裕はない。確実に反撃を封じるべく、堅を維持したまま拳を振り上げる。マチは器用に脚を畳んで両腕の間からアッパーに似た軌道で俺の上体を蹴り上げようとしている。両手が固定された今では新体操のような動きになるだろう。その柔軟性は素直に感服するが、予備動作は丸見えだ。覚悟さえしていれば蹴りは食らっても氷の固定は解除しない。そして渾身の蹴りを終えたマチは、腕だけではなく身体全てが死に体となる。

 勝てる。マチの蹴りを拳で相殺し、氷で固定した腕を捻り上げるような体勢に押し込む。一回転したマチをその状態にするのは容易で、抜け出す術もまたない。そしてマチが脚を伸ばして蹴りを、

「隙ありぃ」

 耳の後ろからアサンの声が。マチを無視し、振り返りながら背後にエルボー。

(馬鹿な、どうやってランサーと戦いながら俺の真後ろまで、)

 俺の肘は空を切る。そこにアサンは居らず、ずっと向こうでランサーと切り合っている。

 混乱する俺の背中にマチの蹴りが突き刺さり、伸ばされた脚によってマチの掌の皮膚が引き剥がれつつ氷の拘束から逃れられるのを感じる。

 そこでようやく、ようやく俺はアサンが何をしたのかを理解した。

「エリリの無限に続く糸電話(インフィニティライン)っ!!」

 声を届ける念能力。それで俺の背後から声をかけ、マチが脱出する隙を作った。

 してやられた。そう思うと同時、一気にアサンが劣勢になった。ランサーの突きで体中に穴を開けられるが、血は流れない。シャウアプフの蠅の王(ベルゼブブ)で物理攻撃を無効化しているのか。

 だが、シャウアプフのように翅をもった分体が作れる訳ではないのか、粒子状になった体が拡散する気配はない。いや、下手に分裂させてしまえばランサー相手ならば何もできずに殺されるという判断か。

 仕留めるならばやはり宝具!

『ランサー!』

『構わねぇ、やれ! マスター!!』

 マチに蹴られた勢いで地面に叩きつけられる寸前だが、受け身は取らない。取っている場合じゃない。

「令呪を以って命じる、宝具を使えランサぶっ!」

 地面に叩きつけられ、セリフは言い切れない。だが、俺の腕から指向性のある魔力が流れ出し、ランサーに注ぎ込んでいた。そもそも令呪は意思の力が必要で、言葉はその補佐をするに過ぎない。言葉はなくとも令呪は発動するのだ。

刺し穿つ(ゲイ)――」

 2画目の令呪を使い、ブーストをかけるとはいえ宝具の発動には一瞬の隙ができる。だが、その隙はアサンがマチを救うためにこちらに献上し、ランサーが十分に広げていた。粒子状になったアサンがその姿を取り戻す一瞬で、その魔槍は紅く鈍く輝いている。

 そして呪いが発動した。

「――死棘の槍(ボルグ)!!」

 蛇のようにその心臓を探し出し、ずぞるという何とも言えない音を立てながらアサンの身体にゲイボルグが突き刺さる。

 同時、アサンの身体が儚く消えた。

「「なっ!?」」

 俺とランサーが同時に声を上げる。いや、わかる。見覚えがある消え方だ。あれはカストロの分身(ダブル)

 だが、アサン本体がどこにもいないのは……?

 一瞬の思考の空白は、ランサーとランサーの視界が唐突に消えることで更に大きくなる。ランサーが消えた!? 違う、そうじゃない。ランサーの視界は黒い、暗い。これは目隠しをされている。しかし、なぜランサーがいきなり目隠しされている? それにランサーがいきなり消えたのは何故だ?

(メレオロンの神の不在証明(パーフェクトプラン)! そして奴がランサーに触れたから神の共犯者が発動したんだ!!)

 気が付く。気が付くが、遅い。ランサーは視界が消えた時点で前に槍を繰り出しているが、アサンに物理攻撃は通用しない。反撃は食らわざるを得ない。

 一撃は仕方ない、完全試合を目指していた訳ではないのだ。

タクトを折れば歌劇は終わる(エンド・オブ・ジ・オペラ)!!」

「は?」

 その一撃で、ランサーが消えてしまわなければ問題ないのだが。

 奴が声を出したことでアサンとランサーが俺の視界に現れる。だが、ランサーは既にほとんど消滅していた。あのランサーが、一撃で。

 ありえない。だが、すでに感覚共有は消えてしまっている。

 呆ける俺に念糸が絡みつく。

「しまっ!?」

「遅いっ!!」

 腕と胴を縛り上げられ、脚にも糸が絡みつく。さっきとは逆に、凝で強化された糸で体中を縛られてしまえば俺に脱出する術はない。糸を切るには硬かそれに近い凝が必要だが、そんな隙を晒せばマチは防御が薄くなったところを攻撃してくるのは必至。

 いや、それ以前に。ランサーと戦えた女が、今ではフリーだ。

「ナイス、マチ。離すなよ」

 アサンが俺の眼前に現れて、俺の首を掴んだ。そしてそのまま仰向けに地面に叩きつけてくる。

「かひゅ……」

 首が、締まって、呼吸、できない。1秒、欲しい。1秒だけでいい。だめだ、間に合わない。1秒より早く俺は縊り殺される。

「お前が超越者とした会話を教えろ」

 1秒後、俺は生きていた。その代わり、そんな質問を投げかけられて、そう言ったアサンの手には銃が握られている。

(ああ…)

 理解する、理解した。こいつは、アサンは、俺の記憶を消すことによって、俺を殺そうとしている。パクノダの能力である記憶弾(メモリーボム)は、その記憶を元の持ち主に打ち込めば記憶を消すことができる。

 敵対者の殺意を失って死ぬという条件付けは、転生者のみ。この方法ならば敵対者を間違いなく殺すことができる。記憶を失うという死に関わらない方法で即死すれば、そいつは間違いなく敵対者なのだから。

 アサンは銃口を俺に向ける。その表情は冷徹の一言、躊躇も容赦も一切存在しない。その姿を、俺は一つだけ残った瞳で見つめる。

「死ね」

 アサンの声、引き込まれる引鉄。俺にはそれを見ることしかできず。

 その姿を最後に俺の右目は永遠に何も映すことはなく、視界は暗転するように昏く光を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「死ねぇぇぇぇぇーーーー!!!!」

「がはぁぁぁぁぁ!?」

 これ以上ない憤怒と殺意がこもったマチの声が暗闇の先から響き、アサンの痛みの声が激しい困惑と共に漏れ出る。同時、俺にかかっていたアサンの重みが消えた。

(円!)

 何も見えない俺はオーラを広げ、周囲の状態を把握する。円を広げたら堅はできないが仕方がない。現状を把握する方が優先的だ。

 俺の真横には蹴りを出したままのポーズの人間が一人、おそらくマチだろう。そして弾き飛ばされる人間が一人、こちらはアサンだな。やや離れた場所に倒れる二人、こちらはユアとキルアか。

 マチだろう人物がアサンへ向かって走り寄る。

「マチ、殺すな!」

「っ! ちぃ!!」

 俺の声に反応したマチらしき人物は攻撃態勢から捕縛態勢に変わり、両手を複雑に動かしていた。ぶっちゃけ、動きが複雑すぎて円では追いきれん。

 だがそれにより、アサンっぽい奴が両腕両脚が真っ直ぐのまま地面に倒れ伏した。

「おらぁ!!」

「がぶっ!!」

 マチは倒れ伏したアサンに蹴りを一発入れた。今度は声で確認したから間違いない。

 俺は円を頼りにアサンとマチに歩いて近づく。

「マ、マチ……?」

「よくも……よくもアタシを操作してくれたなぁ!! しかもアタシを使ってバハト様を捕縛させるなんて、よくも、よくもぉぉ!!」

 怒りが収まらずにマチは更に一発、アサンに蹴りを入れる。呻き声をあげるアサン。

 ま、アサンが死ななければいい。蹴りくらいは思う存分入れればいいさ。

「私の指揮者のタクトはその両手(ルーラーコンダクター)が!? いや、黒子無想(テレプシコーラ)斬首王の慈悲(ギロチン・マーシー)も、全部!?」

 そこでアサンは首を動かして俺を見る、多分。

「てめぇ、私に何をしたぁ!! ……緋の目、クルタ族!? 特質系かぁ!?」

 正解。まあ、教えてはやらんがな。

「さてね、緋の目になったらオーラが増えるだけじゃねぇの?」

 緋の目になった時、俺も特質系になる。だが、実はこれは結構怖いのだ。

 俺の元の系統は強化系を含む。それが真逆の特質系になるとどうなるか。言うまでもなく肉体の強化率が下がる。そりゃもう、ガクンと下がる。銃を食らってもノーダメージであると確信できたところから急転、銃を食らえば死ぬと確信できる位には弱くなる。己が一気に弱くなるのを実感してしまうのだ。

 クラピカが独りで戦い抜くに最適なのは強化系と考えたのは大正解だったと思う。強化系として生を受けた後に特質系になると心細いことこの上ない。だからこそ俺は特質系の能力は普段使いしないことにした。そして普段使いしないから更に飛躍して『敵』と戦う時専用の能力にしたのだ。

 瞳に秘めた簒奪者(シークレット・グリード・アイ)。それが俺の4つ目の能力、緋の目が発動した時のみ使える特質系。

 効果は、対象を一人としてこの瞳で見た全ての念能力を奪い取ること。代償に使用直後から永遠に光を失う。

 だから俺は左目をくり抜いた、失明するのは片目で済むように。ただし改めて左目を戻したとしても、視神経はそう簡単に繋がってくれないだろう。オーラで強化してもまともに動くか怪しくて、オーラで強化しなくては視ることさえ論外になる。

 要は、俺は『敵』と戦いその念能力を奪うことを対価に視力というものを差し出したのだ。それがここまでアサンに嵌まるとは思わなかったが。

「てめぇ…返せ、返せぇ! 私のマチを返せぇぇぇ!!」

「誰がテメェのだぁぁぁ!!」

「ごぼあぁ!」

 一層強力な蹴りがマチから繰り出され、アサンにめり込む。

 それを無視し、俺はアサンの首を掴む。ってか、オーラが普通に戻ってるな。さっきまでの化け物じみたオーラはどうした。

 まあ、いい。

「お前が俺に伝えたくないことはなんだ?」

「っ!!」

 アサンがパクノダの能力を使っているところを俺は()()。だからこそ、この能力も使えるのだ。

 記憶が流れ込んでくる。

 

 

―ちょっと待ってよ。カイトみたいに死んでから転生したら殺し合いはどうなるの?―

―あ? そりゃ、記憶が戻ってから再開だろ。そもそもそういう特殊能力にするかもしれねぇじゃねぇか―

―そう。じゃあ記憶を消して殺す方法が最善ね。

 決めた。私は全ての発を使いたい―

―全ては無理だ。そうだな、『知りえた全ての発を扱える発』ってな能力はどうだ?―

―うん、それがいいわ―

 

 

―流星街!? まずい、ここじゃあいくら転生に備わる贈り物(リバースデイプレゼント)があるとはいえ生き抜くのは……!!―

―アンタ、独りかい? 行く当てがないなら一緒に来るかい?―

―マチ!?―

 

 

―マチは誰にも渡さない、クロロにも渡さない。マチが私に依存するように、操作する!―

―私を愛する能力、指揮者のタクトはその両手(ルーラーコンダクター)

 

 

―最大10人の、いやマチを除いて9体の駒。『敵』を殺すには多分足りない―

―できた……。駒の命を使うことで死者の念すら除念する能力。タクトを折れば歌劇は終わる(エンド・オブ・ジ・オペラ)

 

 

悪意ある小さき者の仕業(ストーカーワークス)殺意ある鋭き者の攻撃(ストライク・ダム)

―いい能力だ。これを使えば私は放出系を偽れる―

 

 

斬首王の慈悲(ギロチン・マーシー)無限に続く糸電話(インフィニティライン)

―悪くない。順調に能力が集まっている―

―だがオーラが漏れるのは問題だ。顕在オーラを増やす修業はやめよう。決戦の時は黒子無想(テレプシコーラ)で無理矢理オーラを引き出せばいい―

 

 

―エリリを殺しただろうあの男が『敵』だとは考えにくい。そんな目立つ位置に行くメリットはない―

―奴の周辺に操作系がいる。間違いなく『敵』は私と同じタイプだ―

 

 

―奴の妹は操作系。ズシの記憶を読んで正解だった―

―ユア、それが私の『敵』か。絶対に奴の記憶を消し、生き残る―

 

 

―NGLにも手駒を送っておこう。万が一私が負けて死んだ時、蟻に食われれば転生の可能性は残る―

 

 

 

―私は生き残る、生き残ってマチと一緒にこの世界を生き抜いてやるっ!!―

 

 

 俺は無言で銃を具現化し、手に入れた全ての記憶を弾に込める。

「ひ。や、やめて……。私からマチの記憶を奪わないでぇ!!」

 銃を向けられたアサンが恐怖の声を上げるが、それはできない。コイツにマチの記憶を残せば何らかの形で死者の念を残しかねない。

 それ程までに、アサンがマチへと向ける愛情は強い。

「その無念さえ消える、心配するな」

「いやぁぁぁぁぁぁぁーーーー!!」

記憶弾(メモリーボム)

 泣き叫ぶアサンに銃口を向け、引鉄を引く。具現化した弾が銃口から飛び出してアサンの額に突き刺さり、その体内に溶けるように消える。

 同時、痙攣の一つもせずにアサンから力が抜けた。見えないから分からないが、恐らく。

「死んだ」

「デメちゃん」

 マチの声に呼応するように、シズクの能力であるデメちゃんを具現化する。

 スイッチを入れつつ、対象を口にする。

「アサンの遺体を吸い取れ」

 円で知覚する限り、アサンはデメちゃんに吸い込まれて消えた。アサンは死んだ、記憶を失うことによって。

 つまり、ということは。

「勝った……。

 俺の、勝ちだぁぁぁーー!!」

 右手を空に振りかざしつつ、俺は大きく大きく咆哮を上げた。

 

 勝利の咆哮は、どこまでも遠くに消えていく。

 



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039話 修羅場・2

これが今年最後の更新となります。
どうかお楽しみください。


 

 勝利の咆哮を上げてから数秒。やや冷静になった頭で考える。

(殺意ってどう消せばいいんだ?)

 これである。というか、今までも四六時中『敵』を殺すことばかり考えていた訳ではない。特にアイアイでポンズと爛れた生活を送っていた時とか。

 ……まあ、その時も死んでいなかった訳だし、気にしても仕方ないのかも知れない。とにかく、転生者を殺すことを考えずに生きていく。それでいい。

 次に問題にするのはこの場にいる人間。気を失っているユアとキルア、そして俺の傍に控えているマチ。

「えと、マチ。お前は俺に従っているということでいいんだよな?」

 アサンの能力を奪った後から明らかに俺に従っているから間違いないと思うが、一応本人の言葉も聞いておきたい。

 不安が多く混ざった俺の声を聞き、マチは俺に向かって片膝をついて頭を垂れる。

「はい。このマチ=コマチネ。バハトさまに身も心も捧げます。粉骨砕身、お仕えさせて貰うわ」

「お、おう」

 俺の中で様々な感情が渦巻いている。その内の1つが、()()マチにここまでさせる操作系のエグさだ。指揮者のタクトはその両手(ルーラーコンダクター)とかとんでもない能力を作りやがったな、アサンの奴。

 そしてもう1つがアサンから奪った記憶。マチと如何に出会い、そして絆を育んだか。まあ操作した奴を相手に絆を育むも何もないのだが、アサンがどれだけマチを愛したのかの記憶もばっちり奪ってしまっている。

 問題なのは、愛した記憶と共に感情も俺に流れこんでしまったことだ。なんで感情までと心底思う。そりゃ、記憶と共に感情まで手に入れればより臨場的な追体験ができるだろうが、そのせいで俺はマチを心の底から愛してしまっている。

 どうやらアサンはレズビアンだったらしく、奴の能力で操れる共通の条件として女であることが絶対条件だったらしい。男に傅かれる趣味はないという訳だ。そして当然そこに愛欲が混じらないわけがなく、夜の相手もさせていた。俺はその記憶や感情まで引き継いでしまっているのだ。

(まあ、そのなんだ)

 つまり、俺はマチともシたい。今は見えないが、マチだって飛び切りの美女だ。そんな女性が何でもしますとか言った日には、その、俺も男だし?

(置いておこう)

 今はそれどころではないと、無理矢理に思考を変える。後でいくらでも時間がある。違う、だからそういった場合じゃないんだって。

 目が見えない現状、円による感知が最大の情報源だ。シソの木の側、倒れているユアとキルアの元へ向かう。

「生きているな」

「ああ。ユアが死んで死者の念に目覚める方が厄介だとあの時は思っていたからね」

「なるほどな。キルアは?」

「アサンから聞いた歴史ではキルアは重要な位置にいたからね、極力殺さない方針だったわ」

 原作は大事にしていたか、やはり。まあ無意味に原作ブレイクをしてもいいことはないしな。

 ともかくだ、ユアのペンに左手で触れてと。

神の左手悪魔の右手(ギャラリーフェイク)

 ユアのペンの贋作が俺の右手に生み出される。これで24時間限定とはいえ、ユアの絶対規律(ロウ・アンド・レイ)を俺も使える。誓約書だけ先に作っておいて、後でサインだけさせるようにすれば操作は可能。

 今のうちにどんな取引にするか、その内容を考えておかなきゃな。更にその方向へ誘導する為の話術も欲しい。

 軍師系のサーヴァントでも召喚するか?

「さっきから気になっていたけど、シズクのデメちゃんやコルトピの神の左手悪魔の右手(ギャラリーフェイク)を使っているわね? バハト様も全ての発を扱えるの?」

「というよりアサンから奪った。奴の特殊能力は知った全ての発を使える発、転生に備わる贈り物(リバースデイプレゼント)というものだったが、俺の能力は失明と引き換えに見た発を奪うからな。特殊能力だとしても発には違いないってことなんだろ」

「なるほどね、流石だ」

 褒められるとちょっとこそばゆいな。アサンの特殊能力にここまで嵌まると想像していなかったんだが。

 ちなみに奪った発は失明した俺の瞳の中に封印される。つまり、右目を奪われれば全ての発を使えなくなるし、それを他人がその身に取り込めばそいつが全ての発を扱えるようになる。間違っても俺の右目はメルエムに食われる訳にはいかないし、そもそも奪われるだけでもマチへの操作が切れるから恐ろしいことこの上ないんだが。

 と、ポーンと音がしてバインダーから声が響く。

『他プレイヤーがあなたに対して交信(コンタクト)を使いました』

『バハト。随分時間が経っているけど、どうしたの?』

 聞こえてくる声はゴンのもの。彼がしびれを切らすくらいには時間が経っていたらしい。

 ほんの少しだけ考える。

『バハト?』

「いや、すまないゴン。俺の『敵』が待ち伏せていてな、ユアとキルアの意識がない」

『!! 大丈夫なのっ!?』

「ああ、命に別状はない。だが、俺はこれから『敵』と決着をつけてくる。悪いがユアとキルアを迎えに来てくれ」

『分かった!』

交信(コンタクト)が終了しました』

 さて、これで2人は大丈夫。俺もしばらく時間が欲しいしな。

「マチ、これから神の共犯者で姿を隠す。俺が合図をしたら同行(アカンパニー)で誰もいないところへ向かってくれ」

「分かった。ブック」

 マチがバインダーを開き、同行(アカンパニー)を取り出すのを見る。それと同時、彼方からスペルによる飛来音が聞こえてきた。

 多分ゴンだとは思うが、万が一にも第三者だったら気を失っているユアとキルアが危険だ。マチに触れて条件を満たし、神の共犯者を発動させる。

 着地。果たしてそこに居たのはゴンとビスケだった。

 妊婦のポンズを置き去りかよ。いや、俺に文句を言う権利もないが。それにポンズは敵の接近には敏感な方だ。心構えさえしていれば逃げることは可能だろう。スペルもあるしな。

「ビスケ、こっち!」

「分かってるわさ!! ……でも、ここで何があったの? この破壊痕、普通じゃない」

 ゴンはキルアを見つけて真っ先にそちらに向かうが、ビスケはこの場の痕跡に一瞬目を奪われていた。

 まあ、クーフーリンが彼と伍する相手と戦うと平地とはいえ派手なものは残ってしまう。

(今となってはどうでもいいがな)

 息を止めたままポンとマチの肩を叩き、同行(アカンパニー)で仲間たちを巻き込まない範囲まで移動する。

同行(アカンパニー)使用(オン)、ケリツ!」

 誰にも聞こえない声でマチが叫び、俺とマチは一瞬でその場を移動する。

 十数秒の滞空時間の後、着地。円で確認した限り、周囲は林の中にある少し大きめの穴だった。高さ3メートル、奥行きは15メートルといったところか。その最奥に、明らかに自由を奪われた体勢である人間が一人。

「マチ、アレは?」

「ケリツよ。手足は糸で縫い付けているし、目は潰して耳には蝋を流し込んでる。猿轡も噛ませているし、まあただの目印」

 うっわエグい。やっぱりこいつはマチだ。ケリツとやらは人としてほとんど死んでるようなもんじゃねぇか。

「ま、まあいい。まずは情報を整理しよう」

 アサンから奪ったのはあくまで『伝えたくないこと』のみ。伝えても伝えなくてもどうでもいい情報は奪えなかった。

 それに俺も自分の状態を正しく把握する必要があった。

(ち、除霊されたせいかクーフーリンは召喚できないか)

 これはかなり痛い。強さといい魔力の少なさといい、俺はクーフーリンを相当頼りにしていた。アサンを殺すのに必要な犠牲だったとはいえ、痛くない訳ではない。

 ただし魔力は戻ってきている。クーフーリンは召喚できないが、サーヴァントは召喚できる。先ほどの戦いで相当に魔力を消費してしまったが、今からすることを考えたらサーヴァントを護衛として召喚しておくのは絶対だ。おもむろにサーヴァント召喚の呪文を唱え始め、

「――抑止の輪より来たれ、天秤の担い手よ!」

 そして唱え終わる。俺の魂に付随した聖杯から呼び出した彼は魔力を物質化した身体を持ち、俺に向かって傅く。

「サーヴァントセイバー、ディルムッド。召喚に応じ、参上いたしました」

「よく来てくれた、ディルムッド。頼りにしているぞ」

「ご期待には必ず応えます」

 俺に騎士の礼をするのはフィオナ騎士団筆頭、ディルムッド・オディナ。Fate/Zeroではランサーとして召喚され、散々な目にあった彼だが。()()ケイネスに今際まで忠義を誓った騎士である。冷遇さえしなければその忠義が揺らぐことはないと、彼も昔から召喚している1人だ。これで消費魔力がもっと少なかったら言うことはなかったんだが。

 とにかく、彼は俺が最も頼りにするサーヴァントの1人であり、これから数時間の警護を任せるには適した男だ。

「では、警戒させていただきます」

 そう言って霊体化するディルムッド。消費魔力の多さから自分で霊体になるあたり、流石できる男は違う。

 さて、次は驚くマチに声をかけなくてはな。

「おい、マチ」

「あ、ああ。なんだい?」

「お前は今、操作されている。間違いないな」

 俺の言葉に、マチは頷いて返す。

「ああ、アサンから聞いた。あの女の能力で指揮者のタクトはその両手(ルーラーコンダクター)とか言ったか。その能力を持つものを心の底から愛させる操作系。

 そんなもんに操作されているとは不思議な感覚だけど、アサンの野郎にはもう何の感情もない。いや、操ってくれやがった嫌悪感とバハト様に攻撃させて不快感はあるがね。

 そして今、私の全てはバハト様のもの。そう言い切れる」

「ホント恐ろしい能力だこと。

 で、だ。万が一にもこの操作が外れて俺に敵対することがないように、お前には楔を打ち込んでおく。

 いいな?」

「いいわ。それで、どんな楔?」

 俺は絶対時間(エンペラータイム)を発現させると同時に律する小指の鎖(ジャッジメントチェーン)を具現化する。

 それを見たマチはしかしそれでも一切の躊躇いなく首肯する。

「その鎖をさっさと打ち込んで。バハト様の寿命が削れるんでしょ?」

「話が早い。律する小指の鎖(ジャッジメントチェーン)!!」

 小指から伸びる先端に剣を着けた鎖がマチの胸に命中し、その体内に侵食していく。

 掟を定め、その掟を破った時に心臓を貫く致死の念。その悪意はもはや呪いに近い。両親を、親友を。故郷のクルタ族を殺されたクラピカの呪い。

「掟は?」

「俺やその血縁者に害意を持ってはならない。ただし、その内の誰か1人の為に害意を持たざるを得ない時は除く」

「問題ないわ。バハト様やその妹君に害意を持つ位なら、私は死を選ぶ」

「ちなみに俺に今度子供ができるから、そいつももちろん含むぞ。

 それからいい加減、様付けはやめてくれ。それからユアに対してもな」

「――仕方ないね。バハトって呼べばいいかい?」

「ああ、それでいい」

 とりあえずこれで楔は一つ。とはいえ、何かの間違いで指揮者のタクトはその両手(ルーラーコンダクター)が除念される可能性はある。それだけで即死というのは流石にやるせない。俺はマチにも死んでほしくないのだ。

 そこで先ほどコピーしたユアのペンの出番だ。

「それから後で操作を重ねがけるぞ。万が一にも指揮者のタクトはその両手(ルーラーコンダクター)が除念されたとしても、もう一つ念で縛っておけば俺たちに害意を持つこともないだろ」

「分かった。それにはどうすればいいんだい?」

「誓約書を読んでサインしてくれればいいさ」

 操作系は早い者勝ち。だが、どこからどこまで早い者勝ちなのかは、実は明確なルールがある。

 例えばAという人間の右腕をBが操るとする。そしてAが右腕を操作されたまま、今度はCがAの全身を操作する能力を使ったらどうなるかというと、Aの右腕の操作権はBでそれ以外の身体はCに操作されるのだ。この状態でBの能力が切れると、Aは身体全てをCに操作されることになる。

 マチにするのはつまりこういうこと。現在指揮者のタクトはその両手(ルーラーコンダクター)で操作されているが、それに絶対規律(ロウ・アンド・レイ)を重ね掛けする。片方が除念されてももう片方がマチを操作するし、両方とも除念されても律する小指の鎖(ジャッジメントチェーン)が心臓を破壊する。……全部同時に除念される可能性は考えても仕方ないな。

 絶対規律(ロウ・アンド・レイ)の条件は、俺や俺の血縁に絶対の忠誠を誓うとかでいいだろう。俺が先に寿命で死んでも、俺の子や子孫が生きている限りマチは死ななくて済むしな。

 マチについてはひとまずこれでいいとして、次は俺の左目だ。

 これは外傷であるから大天使の息吹で確実に治るのだが、問題は俺の右目。瞳に秘めた簒奪者(シークレット・グリード・アイ)は失明が条件であるから、もしも大天使の息吹で治ってしまったら奪った念が使えなくなる。マチとアサンの特殊能力を失うのはとてつもなく痛い。

 だから別の手段を取る。

玩具修理者(ドクターブライス)

 ネフェルピトーの人体修復の能力って消費オーラ凄いなこれ!? 左目だけの治療だけとはいえ持つか!?

 修理者の下から伸びた管が俺の尾てい骨がある部分と接続し、行動を制限する。この能力を使っている間は他の念能力は一切使えない、使えないが。

(そもそもそんな余裕ねーよ)

 俺の顕在オーラの95%以上はこの能力に必要だぞ。つまり、全力の堅のリソースをほとんど全部持っていっている。むしろ100%を超えなくてよかった、流石は護衛軍の能力だな。燃費の概念が普通の人間のものとは隔絶してやがる。

 滅茶苦茶疲れるし、とっとと終わって欲しいところだが。

(これが終わったらポンズにマチのことを報告しなくちゃいけないんだよなぁ……)

 今から心底気が重い。なるたけ時間を稼ぎたいのと、とっととこの疲れる修理を終えて光を取り戻したいのと。

 上げたらいいのか下げたらいいのか分からないモチベーションのまましばらくの時間が経過する。その間にマチと情報の擦り合わせをして重要な情報からどうでもいい情報まで仕入れていく。

 重要な情報としては、マチはバッテラと会う方法を持っているということ。つまりバッテラを罠にはめて操作することも容易。アサンの記憶も奪い、マチからも様々な念の情報を聞いた俺は既に100を超える発を扱うことが可能。更にこの上にサーヴァントがいるのだから失敗する気がしない。

 どうでもいい情報としては、マチのプレイヤー名がリヴァイでアサンのプレイヤー名がレヴィだったらしいこと。強襲された時のことを考えて、偽名の方に大事な者を入れたらしい。ちなみにマチのプレイヤー名を使っていた奴はアサンのタクトを折れば歌劇は終わる(エンド・オブ・ジ・オペラ)で生贄にされたらしい。死者の念すら除念するのは凄いけど、回数制限がシビア過ぎる。今現在操作しているのはマチを含めて4人で、補充できるのは後2回まで。しかも補充しようにも、残りの操作条件は満たすのが厳しいものばかり。

(人のことは言えないがピーキーな能力だよな)

 まあ、その死者の念さえも消す能力でクーフーリンを消去したのだから、上手くいったといえば上手くいったのだろうが。

 やや現実逃避をしながら、迫りくるその時に嫌な汗が流れるのだった。

 

 

 スペルによる移動が終わり、着地した先には心配そうな顔をしたユアやポンズたちといった仲間が勢ぞろいしていた。

「お兄ちゃん無事って後ろの女!」

「そいつお前の『敵』の仲間だぞ!?」

 ユアとキルアが大声を上げるが、それを聞いてマチが俺に向かって片膝をつき頭を下げる。見るとなんか武士っぽいな。マチの外見的には忍者か?

「今の私はバハトにお仕えしているわ。ユア、キルア」

「誰が信じるかよ! バハト、離れろっ!!」

 キルアが警告を飛ばしてくれるが、まあまあと宥める俺。

「落ち着け、キルア。マチは『敵』に操作されていただけだ。そしてその『敵』は俺が殺した。彼女は敵じゃない」

「……本当か?」

 俺の言葉は信じられる要素はあったらしい。キルアはひとまず冷静になる。

 だがしかし、ユアは冷たい目をしたままだ。

「そうだとしてもさ、そんな家来みたいにお兄ちゃんに従う訳ないじゃん。絶対に裏があるわよ、そいつ」

「裏はないさ。俺に操作されているだけだから」

 その言葉にビスケ以外の全員が絶句した。ビスケだけは興味深そうに俺とマチを見ている。

「でも、バハトは操作系は不得意だったわよね。となると、緋の目を発現した時のみに特質系になれるとかいうのが原因かしら?

 眼帯が左右逆になっているのとか気になるわさ」

 ずばり言い当てるビスケすげぇな。

「その通り。俺の特質系は、見た相手の能力と記憶と感情を奪取する。

 代償に失明するがな」

 そう言って左目から右目に移していた眼帯を外す。右の焦点が合わない緋の目を見てビスケ以外が絶句する。

「お兄ちゃん、それ……」

「ああ。俺の右目は二度と光を宿さない。

 だが、その価値はあった。俺は『敵』を殺し、その念能力と女を奪い取った」

「――女??」

 ぴしりとその場のほとんどが固まった。

「お兄ちゃん、今、女っていった? つまり、なに? マチを女としても奪ったの?」

「あ~~、うん。えと、これは不可抗力というか、『敵』から能力を奪った際にその原因となった感情までも奪ってしまってだな、決してそういう意図があった訳では――」

「お兄ちゃんにはポンズさんが、い!る!で!しょ!う!がぁぁぁぁぁ!!!!」

 やばいやばいやばいやばい。ユアが怖い怖い怖い怖い。

 ずんずんずんと近寄られ、むんずと胸倉を掴まれた。妹に。

 それからマチ、落ち着け。俺の胸倉が掴まれてもユアに殺気立つな。これは確かに俺が悪いから、俺が責められてもユアに対して怒ってやるな。

「ポンズさんは妊娠してて、お兄ちゃんを心配して、信じていて!!

 何してんのお兄ちゃん!! 人として、何してるの!!」

 ユアの言葉が痛い。

 そりゃ、俺だってポンズの心を踏みにじりたくはなかったさ。ただ操作しただけなら、愛するなんて感情は絶対に向けなかった。

 けれど記憶を感情ごと奪ってしまって。アサンがマチを愛するのと同じ感情が混じりあって。それは俺がポンズを愛する感情よりもずっと強くて。それでもポンズを愛した俺が主だからポンズも心から愛したままで。

 ――結局、俺はポンズとマチを心から愛したまま。それが、ポンズをどれだけ傷つけるか、想像できなかった訳じゃない。けれども、俺にとってポンズもマチも大事なんだ。

 こんな感情、言える訳がない。察されているとは分かっていても、俺の口から言える訳がない。黙って俯いてしまう。ユアの怒りはポンズの怒りだ。

「ポンズさん、お兄ちゃんに何か言ってやって!!」

「別にいいんじゃない?」

「ほら、ポンズさんもこう言っえぇぇぇ!?」

『え』

 おい、今全員の声が重なったぞ。マチやディルムッドの声まで重なったぞ。

 思わずポンズを見れば、普通の顔色。無表情という訳でもなければ、怒りを通り越している訳でもない。文字通り、普通の顔色だ。

「ワ、ワンモアプリーズ、ポンズさん」

「うん。だから別にいいって」

「どういう過程でそういう結論になったのだわさポンズっ!!」

「まさかバハト、お前ポンズを操作してねぇよな?」

 キルア、気持ちはわかるがそれは流石に酷い。

 これは異常事態と思ったゴンが険しい顔で俺とポンズを見比べる。

「ポンズ、どうしてそんなことが言えるの? グリードアイランドを出たらバハトと結婚して、子供を産むんでしょ? なのにバハトはマチっていう別の女性とも付き合うんだよ」

「? うん、そうね」

 それが? と言っているポンズに全員が混乱する。ポンズでさえ混乱し始めているように思う。

「あ」

 マチがふと気が付いた。

「あのさ、流星街で変わった故郷の習慣の話とか聞いたんだけど、もしかしてあんたの国って――一夫多妻制?」

「そうよ?」

 さらりと頷かれたことにより、一気に疑問が氷解した。

「イップタサイセイって?」

「1人の男に複数の女性が嫁いでもいいってことよ。カキンとかに関わらず王制のとこでは珍しくないわ。私の国では一般的にそうだっていうだけよ」

 ゴンが純粋な疑問をあげるが、ポンズがあっさりと答えてくれる。

「女が妊娠中だと他の女に手を出すのとかむしろ普通よ。私にも同い年の兄弟が2人いるわ」

 いや、まあ確かにポンズの家族とか国の事は聞いてなかったけどさ。

 えー。

 俺が言うのは違うって分かってるが。

 えー。

「私とバハトさんは、私の国の方式で結婚すれば問題ないじゃない」

 えー。

 なんでポンズが一番さらっとしてるの? ありがたいんだけど、納得できねぇ。

「ま、まあ俺は助かるけどさ」

「お前はそういうしかないよな」

 キルア、黙れ。

「俺もポンズが文句がないなら何も言わないけど」

「あたしは聞いているだけでムカつくから何も聞かない」

 ゴンもしぶしぶ矛を収め、ビスケはノータッチらしい。

 そしてユアはふらふらと頭を抱え、バインダーを取り出す。

「――ちょっと、一人で頭を冷やしてくる。

 再来(リターン)使用(オン)、マサドラへ!」

 光に包まれて、ユアがこの場から消える。

 単独行動は少し怖いが、あいつも弱くはない。ゲンスルーたちと出会っても、スペルで逃げるくらいはできるだろう。

 確かにユアは身体よりも心の方が心配だ。

「で、ポンズの国の夫婦ってどんな関係なんだ? なんか普通と違ってるみたいだし、ちゃんと聞いておきたい」

 ユアはさておき、ポンズに話を振る。

 俺の言葉を聞いたポンズは、んーとちょっと考え込む。

「一夫一妻制とはちょっと違うけど、おおよそ変わらないわよ。夫はいくらでも女性を嫁に迎えて良くて、迎えた女性を幸せにすればいいの」

「不幸にする気はもちろんないが」

「でしょ。まあ女性が不幸だと感じたら、嫁は旦那を殺していいんだけどね」

「え」

 ちょっとポンズさん、とても不穏な単語が聞こえましたよ。

 他の仲間たちも何か聞き間違えた? みたいな顔してるし。

「大丈夫よ、嫁を不幸にしなければいいんだから」

 そう言ってにっこり笑うポンズが怖くて仕方ないんですが。

 制度もそうだが、ポンズって場合によっては結婚する予定の俺を殺す気があったの?

 え、これ、どういう夫婦関係を築けばいいの?

 助けを求めるように回りをみるが。キルアもビスケもゴンすらも俺と視線を合わせてくれない。マチだけが俺と目を合わせてくれた。

「バハトはあたしが守る。安心しな」

「ありがとう。ありがとうなんだけど、ちょっとかなりズレてるから」

 ……とりあえず、ポンズの国の婚姻制度についてもっと詳しく調べないとな。

 『敵』は殺したのに、命の危機と気苦労が消えないのはとても辛いです。

 

 ◆

 

 マサドラにやってきたユアは、ホテルをとってシャワーを浴び、ベッドに潜り込む。

 思い出すのは今日のこと。

 キルアと共にハンター試験に挑み、1次試験で他の受験生を全員脱落させ、文句なしの合格を勝ち取った。その高揚のまま、バハトの元に戻ろうとグリードアイランドに入ったら、ゲームの入り口で待ち構えていたアサンとマチにあっさりと無力化され、意識を落とされた。

 気が付いたらゴンやビスケ、ポンズのいる場所にキルアと一緒に連れられていた。気を失う直前にバハトの姿を見ていたユアは即座にバハトのところに向かおうとして、ビスケに止められた。

「あんた達が相手にできるレベルじゃない」

 そう言われて、反論は全くできなかった。キルア共々マチ1人に無力化され、捕らえられた。バハトのところに行こうとも、足を引っ張るだけなのは火を見るより明らか。

 バインダーのリストを見ながら、バハトの名前の横にあるランプが消えないように祈って待つこと数時間。

 バハトは帰ってきた、浮気相手を連れて。

 新しい女はマチ。アサンと一緒に襲ってきた女であるが、バハトの『敵』に操作されて使われていたらしい。そいつがどんな下種かは知らないが、マチは女としても搾取されていたのだろう。

 その思考と共にマチの操作権を奪った兄が汚らわしく。

「くふ」

 そして同時に誇らしく愛おしい。

 ユアはたった独り、ベッドの中で邪悪な笑いをこぼす。

 マチは強い。ユアとキルアの2人かがりで傷一つ負わず、こちらはほぼ無傷で捕らえられた。ユアの兄は、バハトはそんなマチすらも屈服させることができるのだ。

 大好きなお兄ちゃんが強いことに、ユアは全く不満がない。

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 もちろん、バハトに懸ける想いはそれだけではない。純粋にたった独りの妹として兄を愛する気持ちはある。だがしかし、それと同時にユアには歪んだ征服欲が幼い頃からずっとあった。

 お兄ちゃんが欲しい、お兄ちゃんの全てを手に入れたい。お兄ちゃんは私のもの。

 小さい頃は僅かだったその狂気は、幻影旅団によって両親を含んだクルタ族がバハト以外殺されたことで加速する。

 ユアにはバハトしかいないのだ。()()()()()()()()()()()()()()()

 その悍ましさに自分で自分に強い嫌悪感を覚えることも多い。汚らわしい自分と、大好きなお兄ちゃん。

 やがてそれは目覚めるユアの念能力にも反映されていくことになる。

 対象を書いた通りに操作する存在命令(シン・フォ・ロウ)。その念能力はシンプル過ぎるが故にバハトを束縛しきることはできない。それでも人間を操作する能力に目覚めたのは、汚い自分を封じたかったし、大好きなお兄ちゃんも縛りたかったから。ユアの理性と欲望を反映した能力といえる。

 誓約書の内容を遵守するように操作する絶対規律(ロウ・アンド・レイ)。これでバハトを支配することができれば、バハトは永遠にユアのものだ。しかしユアがその欲望を捨てるように誓約すれば、バハトのことを純粋にお兄ちゃんとして愛することができる。バハトがユアに汚されることはなくなる。

 そして念能力を譲り受ける悪戯仔猫(ミスティックキャット)。感情的になる緋の目が発現した時のみ使用可能なこの能力に、ユアの理性は存在しない。誰かから念を譲渡されるこの能力はバハトの全てが欲しい、念さえ欲しいという欲が根底にある。

 大好きなお兄ちゃんであるバハトはやはり強かった。ずっと警戒していた『敵』を殺し、その念能力や女まで奪ってきたのだ。

 そんなバハトがどこまでも誇らしくて欲しくて。

「くぅぅぅぅぅ」

 実兄を求める浅ましい自分が醜くて嫌いだ。

 ユアは醜悪に笑いながら、自分が情けなくて涙を流す。

 バハトの全てが欲しいという悍ましい自分。大好きなお兄ちゃんを傷つけたくないという想い。

 冷徹な理性でバハトを操作する為の計算をする自分。ただ純粋な感情で兄を慕う自分。その両方ともがユアという少女であることは間違いない。

「誰か……助けて」

 苦しみながら、嗤いながら、喜びながら、泣きながら。ユアは独り、ベッドの中で丸まっていた。

 

 夜明けは、遠い。

 

 ◆

 




ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございます。
この話を以って1章を終了させていただきます。

次の話からは2章となります。が、別に急に何かが変わる訳ではありません。
引き続き殺し合いから始まる異世界転生をお楽しみください。
まあ、次回には少しお時間をいただくかもしれませんが。

それでは皆様、良い年を!


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2章 順風満帆、意気揚々
040話 グリードアイランド・9


明けましておめでとうございます。(遅い)
今年も頑張っていきますので、どうかよろしくお願いします。
遅くなった言い訳などは活動報告に書いておきますので、気が向いたら見てください。

さてさて、新章開幕です。
どうかお付き合いをよろしくお願いします。


 

 ゴンの拳が、膝が。キルアの手刀が、蹴りが。マチへと迫り、彼女はそれを簡単にいなす。そして2人が攻撃をした隙を見つけて攻撃を叩き込み、痛みを与えていく。

 言うまでもなく、マチが彼らに稽古をつけているのである。

 一日経って朝食を終えた時分。ユアの頭が冷えて帰って来るのを待つ間、少しだけ空いた時間でゴンとキルアは朝の運動として組手をしようとした。そこにせっかくだからとマチに稽古をつけるように俺が言ったのである。

 ヨークシンで旅団に捕まった時にマチもいたらしく、特にキルアは微妙な顔をしていたが、今の彼女は敵ではない。俺ともビスケとも違う、そして同等の力量を持つ実力者として彼女に手合わせをしてもらうのは決してマイナスにならないだろう。それに、ユアが帰ってきたら俺はいったん現実に戻る予定である。手合わせをする機会もそう多くは取れない。

 さて。ガガガガガと凄まじい打撃音をBGMに、俺とポンズにビスケはズズズ~と食後のお茶を飲んで寛いでいた。ポンズは妊婦だから仕方がないが、俺とビスケはぶっちゃけサボりである。俺は『敵』を殺してちょっと腑抜けたといえば、まあその通りだ。肩の荷が下りて飲む茶は旨い。

 そんなところで話はポンズの故郷について。どんな国か知らないと調べるのも大変である。

「私の故郷はエバノ王国って言うんだけど」

「「ああ、エバノ」」

 俺とビスケの言葉が重なった。一般人の知名度は高くはないが、多少の地位がある人間ならばそれなりに馴染みがある国だからだ。ビスケの年でダブルハンターならば当然関わる機会はあっただろうし、俺も情報ハンターとしてエバノ王国の貴族から依頼を受けたことがある。

 エバノ王国出身であるポンズの話と合わせてどんな国かを頭の中でまとめ直していく。

 

 エバノ王国はオチマ連邦の内陸にある、日本で言うなら京都と大阪を合わせたような形に近い国だ。大きさとしてはそれらよりやや小さいか。

 王国の名前の通りに王制を取っているが、例に漏れずに結構えげつない政治体制で、そして外貨を入手する方法がかなり独特なのだ。

 というのも一夫多妻制を代表するように、一部の権力者に都合のいい法律が多々存在する。そしてこの国は貴族位や法律が金で買えるのだ。もちろん表立ってそう言っている訳ではないが、この国の王族に金銭やお宝を貢ぐことによって、王族が好き勝手に貴族に任命したり法律を作ったり潰したりしている。一夫多妻制だったり多夫一妻制だったり、まあ細かに都合よく法律が整備されているのだ。なので『自分の国では違法じゃない』という体面を金で整えることができる国といえる。それと併せて外国ならばともかくエバノ王国内では結構好き勝手ができるのだ、金があれば。

 そんな法律だが、実は一筋縄ではいかないのが多い。不幸に感じたら配偶者を殺していいという法律を例にあげるが、これには色々な意味がある。一つとしては配偶者に殺される程度に力が落ちた者は国にも必要ないという冷酷な面、一つとしてはある程度配偶者に配慮をした法律を作ることによって他の国への体面を良くする面、殺された人間の相続税を取って金回りをよくする面などだ。実際に黙って殺される必要はなく、殺人未遂と殺人の罪を免除するというのが実際のところらしい。十分怖いが、サーヴァントやマチがいる上に俺の念能力も強い部類だろう。ちょっとだけ心配が薄れた。

 少し話を戻して、エバノ王国は大きく4つの層に分かれている。王族層、貴族層、富裕層、労働層だ。

 この国は親の王権は子供にしか適用せず、それ以外は全て平民になる。王の子は王族だが、孫は平民になってしまうのだ。故に王の子は自分の子が可愛ければ王族か、せめて貴族位を取りにいかなくては子供が悲惨な目に遭う。まあ、王族であればそれなりの金は手に入るから、自分の代で遊び惚ける者も一定数いるらしいが。少なくとも王族であれば衣食住に趣味と愛人には困らないだけの金は一生手に入れ続けることができるらしい。寿命まで国が続いていればだが。

 次に貴族だが、これは王族の一存で決定される。王権は子供にしか適用されないと言ったが、爵位に至っては本人にしか適用されない。とある伯爵がいたとして、その人物が生きている間は家族全員が伯爵家だが、当人が死んだ途端に一族全てが平民になってしまう。それが嫌ならば伯爵が生きている間に子供や孫などに爵位を与えなくてはならず、結果王族に更に金が貢がれるという図式だ。ここまでして爵位を強調するのは、この国の法律は貴族に極めて有利にできているということを言うまでもないだろう。自分に都合のいい法律を王に願うのにも自国の貴族のみに適用するのが基本であるから、エバノ王国の貴族位が必要になるのだ。

 そして富裕層と労働層は貴族位を持たない、いわゆる平民の部類になる。だがここでも区分けをされていることで気付くだろうが、同じ平民でも生活水準は大きく違う。

 富裕層と言われるのは、日本でいうサラリーマンなどが該当するといえば通りがいいか。頭脳労働やそれに準ずる仕事が振り分けられ、給金も悪くない。一部エリートになれば行政などにも関わり、覚えが良ければ王から貴族に抜擢されることさえある。そういった人間でも王族の自分勝手な指示に従って政治などをせねばならず相当に苦労はしているらしいが、どちらにせよなんにせよ労働層に比べれば天国だろう。

 労働層は、容赦なく遠慮なくぶっちゃけてしまえばほぼ奴隷に近い。無論、鞭で打たれる訳でもなければ配給のみという訳ではないが、薄給な上に過酷な肉体労働が多い。上の特権階級を肥え太らせる為に搾取される地位といえる。

 とはいえ東ゴルドー共和国ほど酷くはないらしく、週に1日の休養日はあるし、たまには酒も飲めるし、子供もお腹一杯食べられる。新年祭や国立記念日など心から笑って楽しめる行事も少なくなく、スポーツや芸術を楽しむ余裕もある。

 だがそれだけだ。ある分野のプロとなって国の代表になれば貴族位も与えられることもあるが、そうでなければ自分の家も持てない生涯を送り、死後には一族の墓に入れられて何も残らない。この人生のレールから外れる方法がほとんどない時点で、俺は奴隷に近いと思う。

 エバノ王国は8年間の義務教育がある。子供が5歳になった時、高等学校か平等学校に入学させる決まりになっている。言うまでもないが平等学校は金のない労働層が入り、高等学校にもランクがあって親の身の丈にあった学校を選ばなければ子供が悲惨な目に遭う。その学校で優秀な成績を修めれば子供の仕事の内容と生活水準が上がり、次の代からもう少し上を目指せるといったところか。

 そしてポンズはとある男爵の娘らしい。娘とはいえ母親は愛人らしく、父親とはロクに会ったこともないらしいが。

 だがエバノ王国では数少ない自由に生きられる立場だったポンズは、幼少期に勉学に励み、そのうち外国に憧れたらしい。自分の国を良くしようと考えた訳ではなく、世界中に知らない生き物や見たこともない風景が広がっている事実に憧憬を持ち、それを見たいと思い至った訳だ。

 高等学校を卒業した13歳でエバノ王国を旅立ち、様々な仕事をしているうちにいつの間にかアマのインセクトハンターとしての知識と実績を身に付け、15歳でハンター試験に初挑戦。5年かけて合格をして今に至る、と。

 

(……ポンズ、同い年だったんだな)

 今更知った事実である。そういえばポンズの年は聞いてなかった。俺はユアがゴンやキルアと同い年と言ったことや、ユアとの年の差を口にしたことで実年齢を知る機会があったと思うが。

 ってか、よく考えたらクラピカの年齢も知らない。まあ、今はそこはどうでもいいか。

「んじゃ、ポンズの国籍はエバノ王国のままなんだ」

「そうよ。帰ってはいないけど、プロハンターの資格を取ったことは実家に電話で報告したわ。

 お母さんは凄く喜んでくれたわ、これで旦那に捨てられなくて済むって」

「「…………」」

 王制、エグいなぁ。思わずビスケと目を合わせてしまった。

「まあ、お母さんをずっとエバノ王国に置いておくつもりもなかったけど。お金を貯めたら外国に連れだして、そこで楽をさせてあげたいなと思ってたわ」

「男爵の愛人だっけ?」

「愛人だからね、見た目が麗しくなくなれば雑に扱われるの。

 あそこじゃ普通の話で、子供が役に立たなくちゃ親も惨めだわ」

「あんた、よくそんなとこに母親を置いて旅に出たわね……」

「他にもお母さんの子供はいたし、エバノ王国は上を目指すのに向いてなかったしね。外国に行ったことは後悔してないわよ」

 俺と出会わなければキメラアントに銃殺されていたけどな。まあ、運命は変わってるだろうからこの世界ではないIFの話は考えない方がいいだろう。今は今の話をしなければ。

「つまり、俺がポンズに婿入りしてエバノ王国の人間になるってことか?」

「うん。そうすればすんなり一夫多妻制の中に入れるわ。マチと結婚しても私は文句を言わないし。

 ただ、エバノ王国の人間になるならやっぱり爵位は欲しいから最下層の爵位くらいは買って欲しいわ。

 それで外国で子供を育てればエバノ王国の教育からは逃れられるし、お母さんも外国に逃がしてあげられるしね」

「ってか、ポンズはエバノ王国から全力で出たがってるのな」

 俺の言葉にポンズは肩をすくめながら答える。

「王族貴族が威張るだけの国だもの。貴族も外から来た金持ち一代だけでだいたい潰れるし、ほとんど王族の為だけにあるような国だと思うわ。

 子供を産むならもっと自由に学べる国がいいもの」

 祖国だからか、ポンズが容赦ない。そして既に母親としての自覚が出てるのすげぇな。俺なんかまだ父親になる自覚皆無だぞ。

 思いながら、ビスケが俺に視線を向けてくる。

「バハトはどこの国の生まれ?」

「俺? 俺はクルタ族の里で産まれたから、祖国なんてものはない。クルタ族が滅ぼされた後はネアトリ共和国で過ごしていたから、国籍はネアトリ共和国になるな」

 ちなみにネアトリ共和国は可もなく不可もなくといった法律だ。国力としては下の中といったところか。だからこそ治安が悪いところも多く、念を含めた戦闘能力を鍛えるのに適した国でもあったのだが。

「私としてはヨークシンとかそういった都市がいいと思うのよね、子供を育てるには。治安も悪くないし、両親が共にハンターだと家にいる事も少ないでしょ?

 だったらベビーシッターとか充実していたり、実の親が手をかけなくてもいい下地が整ってる方がいいと思うの」

「メイドだったら心配ないのが一人いるけどな。それにネアトリ共和国にある俺のホームはセキュリティはいいぜ?」

「ホームだけならいいかも知れないけど、外を歩かせるにも心配なのは嫌だし」

「はいは~い! 夫婦の相談事はあたしがいないとこでやってね!!」

 あ、すまんビスケ。確かに今のはビスケがいるのに話すことじゃなかったな。ポンズもバツの悪そうな顔をしている。

 全くと、表面上だけはぷりぷりと怒るビスケだが、そこでようやくスペルによる飛来音が聞こえてきた。

 ユアでない可能性もあるし、立ち位置には注意が必要だ。マチとゴンにキルアは組手をやめて、俺とマチが前に出る。最後尾は当然ポンズであり、側にはビスケがついている。

 着地音。

「ただいま」

「おかえり、ユア」

 一応、凝。よし、操作されていないな。

 ユアもポンズもゴンもキルアもちゃんと凝をしている。基本がしっかりしているようで何より。

「それじゃあこれからのことを話し合うか」

 タオルで汗を拭いているマチたちを見つつ、次の話を始めた。

 

「まず最初に言っておくが、俺はいったんグリードアイランドから脱出する」

 口火を切るのは俺。素朴に疑問符をあげるのはゴン。

「なんで?」

「俺の『敵』が仕掛けた罠とかを潰してくる。ま、戦いの後始末だな。

 まだ俺の首に賞金がかかってるし、そういった諸々をフラットにする。それが済んだらポンズを入院させないといけないし」

 バッテラの名前は出さないでおく。場合によってはバッテラを殺すことになるから、名前は出さないに越したことはない。

 賞金を懸けたのがバッテラだと言い、この後にバッテラが死んだら一番の容疑者は俺だ。ゴンの殺人の許容範囲が見えない以上、下手な情報は出さないに限る。

「あたしはそのサポートね、バハトの『敵』の情報はあたしが一番詳しいし、強さも申し分ないし」

「――否定はしねーがよ」

 マチの言葉になんだかなぁという雰囲気のキルア。まあ、分からんでもない。昨日まで敵で、結構ギスギスした間柄だったマチをはいそうですかと信じるのには相当な胆力が必要で、その胆力は暗殺者だった人間が持ってはいけないものだ。

 キルアに心配されてほっこりしつつ、話を進める。

「ゲンスルーたちがグリードアイランドに居る以上、ポンズとユアも当然現実に連れて帰る。異存は?」

「ないわ」

「ないけど……また現実にトンボ帰りなのね」

 グリードアイランドに来た意味を考え込むユア。まあ、うん。気にすんな。

「で、現実での仕事が終わったら、俺はまたグリードアイランドに戻ってくる」

「なんでだわさ?」

 ビスケが疑問符をあげた。みんな俺が『敵』との戦いでグリードアイランドに戦略的撤退をしたことは知っている。『敵』を殺した以上、グリードアイランドに戻る意味はあまり無いように思えるだろう。

 だからこそ、逆になんでそんなことを聞くんだという表情で言い返してやる。

「ゴンはグリードアイランドをクリアして、あるかも知れないジン=フリークスの情報を集めるんだろ?」

「うん。けど、バハトが無理することないよ?」

「無理はしてない、理由は3つ。

 1つはジン=フリークスの情報が手に入るかも知れないってこと。情報ハンターとして見逃せない価値がある。

 2つ目は次の目標に向けてだな。『敵』を殺したからやるべきことがなくなったし、どうしようかと思ってはいたんだ。だからダブルハンター、トリプルハンターを目指そうと思っている」

「星なんてハンターやってれば勝手に集まるもんだけど。それにシングルやダブルまでならともかく、トリプルはあんま意味ないと思うけどね」

 ビスケがとんでもない事と夢のない事をブレンドした内容をブチまけやがった。

 まあ、分からんでもない。俺やビスケのようにある分野で突出した能力を持てばシングルという称号は勝手についてくる。そして弟子を育ててソイツがまた星を取ればダブルだ。ビスケならば勝手に集まるとも言えるだろう。そこまでの才覚は、素晴らしい才能を血反吐を吐いて育てなければ手に入らないだろうが。これを軽く言うのはビスケがビスケだからだろう。

 そしてトリプルに至っては多くのハンターが取る価値があんまりないと思っているのも事実だ。シングルは自分の専門分野を突き詰めた証だから欲しがる者も多いだろうが、自分の専門外まで手を伸ばすハンターはあんまりいない。

 俺もとりあえず取っておこうかなって感覚だしな、取れるかどうかは別として。暇だからやろう程度だからあんまり本気じゃない。新しく人生を楽しむ為に、つなぎの目標を持っておこうってだけだ。

「そして3つ目。ゴンの手伝いをしたいからさ。

 仲間だろ、俺たち」

 にやっと笑う俺に、ゴンは喜色を浮かべる。キルアもまんざらじゃない表情だ。

「ま、そこらへんはアンタの好きになさい。

 こっちはこっちでゲームを進めるわよ。いいわね、ゴン、キルア」

「「オス!」」

 あ、天空闘技場の時の癖、まだ直ってないのな。

 ってか、たまにやっちゃう感じか? 当分直らないだろうな。どうでもいいけど。

「それでなんだが、俺はゲームから出るだろ? だから独占した大天使の息吹をどうするかなんだが」

 話を進める。やはりゲンスルーたちはバラに大天使の息吹を使ったらしく、空きができていたので複製(クローン)で独占しておいたのだ。

 とはいえ、あのタイミングで大天使の息吹の引換券が変化したということは、キルアに与えたダメージを考慮しない訳がない。念視(サイトビジョン)を防げない以上、俺たちのグループが大天使の息吹を独占しているのはバレているだろう。それでも奴が襲ってこないのは俺の存在が大きいであろうことは想像に容易い。その俺がゲームから脱出し、バインダーのランプが暗くなるのである。下手したら俺がいない隙を狙ってゲンスルーたちが襲来しかねない。

「どうする?」

「バハトが折角集めてくれたカードだもん。俺が預かるよ。

 大丈夫、絶対にゲンスルーなんかに渡したりはしない」

 俺の言葉に、ゴンが力強く返事をした。無条件で信じたくなる力強さ、流石はゴンだ。

 その決意に苦笑しながらも、俺はバインダーをゴンに渡しながら口を開く。

「俺は大天使の息吹よりもお前の命の方が大事だよ。無茶はするなよ」

「うん、任せて!」

(絶対無茶するよな、こいつ)

 やや諦めながらも、次に紙束を取り出してそれをキルアに渡す。

「これは?」

神眼(ゴッドアイ)を使ったからな、その内容を全部書き出しておいた。ゲームから出たら効果がなくなるしな」

「!」

「奪われる前に燃やせよ。お前のオーラを電気に変える能力なら焼き切れるはずだ」

「ああ。恩に着るぜ」

 そう言いつつ渡した紙に目を落とすキルア。どうやら攻略本を見るのに躊躇しないタイプらしい。それとも仲間からの情報は別なのか。

 ゴンが俺のバインダーを見て、キルアが紙束に目を通している隙に。ビスケに目配せをする。

 任せたというニュアンスを込めて見やれば、任されたと言わんばかりに力強く頷き返すビスケ。

「俺とユア、ポンズがいなくなるからな。フリーポケットの数も半減だ。

 必要なカードは厳選しろよ」

「分かってるよ」

 キルアが上の空で言う。ちなみにマチもいなくなるが、彼女は急遽仲間になったので、フリーポケットの上限に数えていない。

 

 それからレアカードを中心にゴンとキルア、ビスケに渡し。余ったカードは彼らがマサドラのトレードショップに売って貯金する。マチのカードも当然ゴンたちに渡す。10日で帰ってこれる自信はないしな。

 そこでゴンたちとはいったんお別れだ。俺たち4人は西の港へ向かい、港の所長から通行チケットをゲットした。

 目指す先はネアトリ共和国にあるブレク港。そこから俺のホームへ戻り、身重のポンズを置いて世話係としてユアも残す。

 俺とマチでアサンの遺産を回収し、バッテラなど邪魔者を排除する。 

 得体の知れない特殊能力を持つ『敵』がいなくなった分、俺は来た時よりもずっと楽な気持ちでグリードアイランドを後にした。

 



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041話 地盤固め・1

評価バーの9が緑になったぜぇ! テンション上がったので頑張って仕上げたよ。

誤字報告して下さる方々。
高評価をして下さる方々。
お気に入り登録をして下さる方々。
感想を書いて下さる方々。
拙作を読んで下さる方々。

本当に励みになっております。改めてありがとうございます。


「やだ」

「頼むから言うことを聞いてくれ……」

 押し問答。近くにある椅子に座ったポンズは呆れた目で見ていて、ドア側の壁に寄り掛かったマチは目を閉じてこちらの情報をシャットアウトしている。

 無理もない、この不毛な言い争いはもう2時間を超えているのだから。俺も結構疲れているのだが、頬を膨らませてプイっとそっぽを向いているユアは折れる気配がない。

 現在地はネアトリ共和国の首都にあるボールド私立病院。この国最高の病院と名高い、その特別室である。ハンターが本気になって探せば即座に身バレをするが、逆に言えばそのクラスでないと発見が難しいレベルで情報統制が為されている。ここをポンズの名前で取ったのだから、襲われる心配はほぼ無い。俺の名前で取ったらバッテラの手勢が来る可能性があったからな。

 ポンズにはこの病室でしばらくゆっくりして貰う予定だ。その時間を利用して、俺はバッテラと接触して彼を無力化する。

 で、だ。マチを連れて行き、ユアをここに置いていこうとしたらユアの猛反発にあった。

「マチを連れて行くなら私だって連れて行ってくれたっていいじゃん。なんで連れて行ってくれないのよ」

「だから今度の交渉もなかなか荒れそうなんだ。俺とマチならまず間違いなく帰ってこれるから、ここでおとなしくしていてくれよ」

「そんなの今までと一緒。やだ、私はお兄ちゃんについて行くからね」

 こんな調子でユアは一歩もひかない。

 とはいえ困った。今回ユアを連れて行く訳にいかないのは、ユアの絶対規律(ロウ・アンド・レイ)を使うことが交渉の前提になっているから。もちろんユア自身に使わせる訳ではなく、アサンを撃破した際に作っておいた誓約書にバッテラのサインを貰うのだが、これをユアに見られるだけで不都合がてんこ盛りなのだ。

 まず第一に俺はユアの絶対規律(ロウ・アンド・レイ)を知らないことになっている。ユアの能力でコイツが俺に明かしていないのはこれだけ。つまりユアは俺にこの能力を明かすことを極端に避けているのだ。恐らく、この能力がユアの切り札なのだろう。

 その上で俺が絶対規律(ロウ・アンド・レイ)を使うとなれば穏やかではいられないだろう。少なくとも何故俺が絶対規律(ロウ・アンド・レイ)を使えるかを問いただしてくる筈だ。俺がアサンから奪った知りえた全ての発を扱える発、転生に備わる贈り物(リバースデイプレゼント)を説明せざるを得くなるが、俺にその気はない。これとサーヴァント召喚能力は変わらず俺の生命線なのだから、開示する予定は今のところ全くない。だから説明に困る光景を多く生み出すだろう今回の交渉にユアはついてきて欲しくないのだ。

 ちなみにマチは例外である。彼女は俺に操作されている上に、アサンからいわゆる原作から何まで話を聞いたり記憶を打ち込まれたりしているらしいので、隠す意味もあんまりない。そういう意味で手札を隠す必要がない彼女は得難い味方であるとも言える。

「だから――」

「ヤ」

「――頼むって」

「ヤ」

「――ほんとに心配なんだよ」

「ヤ」

 ……交渉にならん。

「ユア」

「ヤ」

「怒るぞ」

「……」

 怒気を込めて言えば、ようやくユアが口を噤んだ。

「まだ怒ってなかったのね」

 が、ポンズの声で毒気が抜かれる。ポンズは俺の味方という訳ではなく、しっかりとした自分を持っているのだ。そんな彼女は荒れた場面というのを嫌う。やや感情的になりかけた俺を見てその勢いに水を差したのだろうということは簡単に理解できた。

 そんな彼女の気持ちを無視する訳にはいかない。そもそも、俺としても怒鳴り散らしたい訳ではない。

 一度大きく深呼吸をして、切り替える。

「ユア、悪いが今回はお前は連れて行けない。危険が大きいんだ。

 それはお前がいるだけ増える危険で、居なければなくなる危険だ。この状況でお前を連れて行くことはできない」

「……」

「分かるな?」

「……分かるわ。けど」

「けど。納得はできない、か?」

 俺の言葉にこくりと頷くユア。まあここではい分かりましたと言うくらいならばあそこまでゴネまい。

 無理矢理置いていく事はできる。だが、ユアも俺の妹である前に一人の人間だ。その意思は可能な限り尊重したい。

「分かってるわよ、お兄ちゃんがそこまで言うなら、ホントに私が行かない方がいいんだって。

 でも心配だし、仕方ないじゃない……」

 ぶつぶつと言い訳のような言葉を口にしつつ、俯き足元を見ている。丸っきり叱られていじけた子供だ。

 ちょっとほっこりしつつ、そんなユアの頭に手を置いてその金髪をくしゃりと撫でる。

「ユア、今回お前を置いていくのは、お前がまだ頼りないからだ」

「……」

「俺とマチは強化系に準じているが、お前の系統は操作系。肉弾戦に向かない、そういった理由ももちろんある。

 だが、操作系でも具現化系でも強い奴は強い。お前にはまだ純粋に強さが足りていないんだ」

 肉弾戦で勝てないからトリッキーな戦い方をするのが操作系や具現化系、特質系だ。それらの系統の中でユアの能力はそこまで戦闘向きという訳でもない。

 ノヴなんかは即死系の技を持っているし、クロロはもう特質系である事が信じられない身体強化をしている。そこまで突き抜けろとは言わずとも、ペンで命令を書く必要がある存在命令(シン・フォ・ロウ)はいくらなんでも隙が大きすぎるというのが率直なところ。だが、ユアはまだ13歳だ。年齢の割には十分強いとも言える。

「だから、お前は一回落ち着いて自分を見直せ。幸い『敵』はもう殺した。慌てて強くなる必要はもうないんだ」

「……うん」

「肉弾戦に頼らないって意味で、ポンズはその道のエリートだ。ポンズに色々と話を聞いて、よく考えてみろ。

 今回はその為の時間だと思えばいい」

 俺についてくるのではなく、自分を見直す為。紛れもなく俺の本心の一つを聞かせてやれば、元気なくユアはこくりと頷く。

 視界の中でポンズが『私が面倒を見るのね、妊婦なんだけど』と言わんばかりの苦笑をしている。正直、ちょっとすまんとは今思った。

「分かったわよ」

「いい子だ」

 しぶしぶと言うユアににこりと笑いかける。ぶすっとした顔でそれを受け止めたユアを見届けてから、マチを見る。

 随分と待たせてしまったが、マチに不満の色は一切ない。

「待たせたな」

「別にいくらでも待つさ」

 そんな返答を聞きつつ、マチはドアノブに手をかけた。

「行ってくる」

「「行ってらっしゃい」」

 ユアとポンズの言葉を聞きつつ、外へと歩みを進めるのだった。

 

 

「ヨークシンまでは3日か」

「高速船を借りられて良かったね」

 マチの言葉に頷く。ネアトリ共和国はそんなに力のある国ではないから、ヨークシンへの直行便をうまく捕まえられなかった。直行便を待つか、大都市まで飛行船を乗り継いでヨークシンまで行くか。どちらにせよ6日くらい時間がかかる計算になる為、時間をかけるよりはと高速船をチャーターした。それなりの出費になったが、それ以上に稼いでいるというのもある。むしろ他の誰かに借りられていてチャーターできなかったという事態にならなかっただけいい。

 元の世界にあるジェット機ならば半日で着くような距離なのだが、この世界にジェット機はない。いや多分V5直轄の組織なら持ってはいるだろうけど。例えば今すぐ俺が暗黒大陸へ舵を切ったとして、それが発覚した時に追いつける速度のある乗り物がなければアウトである。それを考えれば極秘裏にジェット機くらいは政府が所持しているだろう予測はつくというもの。

 今はその辺りの話はどうでもいいか。チャーターした高速船で一路ヨークシンまで向かう。その間3日、狭い高速船の居住スペースに居なければいけないということ。そして海の上空を往くこの密室では盗聴の心配は殆どないというのが重要だ。

「じゃあ改めて情報を整理しようか、一から十まで全部な」

「おーけー、ボス」

 俺の言葉に茶目っ気を込めて返事をするマチ。

 まず何故ヨークシンに向かっているのかというと、マチが持つバッテラとの接触方法がヨークシンに行かなければ使えないからだ。

 ヨークシンから汽車で数時間のところにある古城を改造してグリードアイランドの置き場にしているバッテラだが、その事実が示すようにヨークシンは彼の重要拠点らしい。どうやら彼の恋人が入院しているのもヨークシンで最高権威の病院らしいのだ。

 何故それを知っているかというと、アサンが居場所を突き止めて忍び込んだから。それは取引相手だったバッテラの急所を探る事ともう一つ。

「重要なことだから確認する。バッテラの恋人は玩具修理者(ドクターブライス)で治せるんだな?」

「ああ。少なくともアサンはそう言っていたよ。治せる手応えがあったってね」

 バッテラは恋人を治せるならば大概の要求を呑むだろう。これは極めて重要な情報だ。

 もっともそれを前提として誓約書を作っているので、今更治らないと言われても困るのだが。

 とにかくマチはバッテラを呼び出せる。そうなればサーヴァントがいる俺ならば制圧は可能と断定していい。どんなボディーガードを付けているかは知らないが、シングルハンターを超えるものはそうそう居ないだろうし。居たとして問題ない戦力差だ。

 そうした後に追い詰めて誓約書にサインをさせる。大丈夫、うまくいきそうだ。

「じゃあ次に指揮者のタクトはその両手(ルーラーコンダクター)で操作している残りの3人について」

「電話に出た2人は問題ないけど、NGLに忍び込んでいるルナはねぇ」

 マチの溜息混じりの声に、つられて俺も溜息を吐きたくなる。

 1人は非念能力者、アサンのホームに詰めていたメイドのルーシェと。もう1人は同じくアサンのホームのセキュリティ担当だった具現化系能力者のベルンナ。この2人はマチからの電話に出て、俺の声を聞かせてやれば絶対服従を電話越しに誓ってきた。

 ――操作系はなんか慣れん。ちょっと怖かったが、いやそれはいいのだ。

 置いておいて、問題はNGLに潜入した最後の1人。アサンが敗れた時に備え、キメラアントを強化する役割を持った女であるルナ。

 ルナは操作系であり、意識を操作したり奪ったりする能力を持っている。ルナに意識を奪われた相手は彼女が解除条件を満たすまで目を覚ますことがなく、その人間をキメラアントに捕獲させてキメラアントを強化させる。その上で原作にいない師団長を作り出し、そいつを捕獲。万が一にもアサンが死んだ時には、アサンの死体を師団長に持たせて巣に戻す役割を与えること。

 何が厄介といえば、ルナの行動を阻止する手段がない事だ。NGLに潜入しているから、もちろん携帯は持っていない。そしてアサンが死ぬ前提で動いている為に他人との接触は捕獲行動以外は起こさないし、アサン自身が操作される可能性を考えてこちらからコンタクトする手段も構築していない。

 そして死んだ時の保険という性質上、主が俺に変わったとしても自分の行動を止める理由が彼女にはないのだ。死んだ主を復活させる手段を作っている為、主がアサンから俺に変わろうともルナの行動は変わらない。俺としてはキメラアントを強化するなんて絶対に止めろと言いたいところだが、俺の声はルナに届かない。主人に崇拝させる能力の弱点であるが、主人の望みと行動の行く先が噛み合わないことがあるのだ。

「百貌のハサンでも広いNGLに潜伏する1人を見つけるのは厳しいだろうしなぁ……」

 いや、マジで困った。しかもルナは王が生まれる気配を感じたら自分もキメラアントに捕まって餌になる手筈らしい。証拠隠滅の為と聞いてもそこまでやるかとドン引きしたが、アサンの命令だそうだ。どこまで冷血なんだよあの女。自分とマチ以外は本当にただの駒としか思っていなかったのだろう。

 ここで愚痴を言っても仕方ない。ルナさえいなければNGLを張ってキメラアントを即座に殲滅する手段も簡単にできただろうが、多少敵が強くなることは覚悟せねばなるまい。とにかくNGLには早めに行った方がいいだろう。早すぎても仕方がないだろうから、グリードアイランドをクリアした後くらいが狙い目か。そのタイミングならば原作ではそこまでの侵攻具合では無いはず。ルナの動きが不確定要素だが、仕方ない。

「それで旅団に関してだが……あまり有益な情報はないな」

「ごめん」

「いや、謝らなくてもいいけど」

 そもそも幻影旅団は原作で結構語られている部分もあってそこは俺も知っているし、その上で同じ旅団員以外とは排他的なところは変わらない。アサンやマチは同じ流星街出身だということで電話でのやり取りくらいはできたらしいが、一歩道を違えれば即座に殺し合う間柄だとお互いに認識していた。結果、かなりドライな関係しか構築できなかったそうだ。

 今現在、旅団は全員グリードアイランドに入っているだろうし、携帯も通じない。現実世界で接触できないとなれば、グリードアイランドで接触するしかない。

 そしてアサンを殺したことで状況は一変した、アベンガネを殺すことも含めてもう一度考え直してもいいだろう。

 それでも少し怖いのは、シャルナークの携帯する他人の運命(ブラックボイス)の存在だ。サーヴァントに効くかどうかは分からないが、万が一サーヴァントを操作されたら大分マズイことになる。令呪で自害させることは可能かもしれないが、そうなったらサーヴァント無しで幻影旅団を相手取らなくてはならないのだ。胸を張って大丈夫といえる程、俺は自信過剰ではない。となればグリードアイランドでは旅団を見逃して、ヒソカにシャルナークとコルトピを殺してもらう方がいいか。悩ましい。

 ここはもう少し時間をかけて考えてもいいだろうと思考を打ち切る。

「最後になるが転生に備わる贈り物(リバースデイプレゼント)の弱点についてももう一度聞いておきたい」

「いいよ。とは言っても、アサンから聞いた話を繰り返すだけになるけどね」

 かつて言ったが、どんな能力にも長所と短所がある。転生に備わる贈り物(リバースデイプレゼント)のそれを改めて洗い出すのだ。

 まず真っ先に出てくるのが発の燃費の悪さだ。発は切り札である為、燃費よりも出力に重きを置かれるのが殆ど。複数の発を同時に発現させることも可能であるが、当然ながらそれ相応のオーラを必要とする。俺は一流の念能力者を自負しているが、4つも5つも同時に発は扱えない。よくて3つ、現実的に考えれば2つが限界。護衛軍の発など、まともに運用できないものもある。

 また100を超える発をストックしているが、咄嗟の時に3桁の選択肢をいちいち吟味してられないし、それら全ての練度をあげる時間も余力も持てない。常用の発をいくつか見繕っておいて、基本的にそれを鍛え上げる。時間をかけてもいい時には全ての発の中から最適解を引っ張り出す。アサンはそんな運用をしていたらしい。自分の発が最も馴染むのは当然であるので、俺も基本的には煌々とした氷塊(ブライトブロック)を主軸に戦っていくことになる。っていくか、バトルスタイルをそれに合わせている為に別の戦法があんまり合わないというか。例えば剣術は使えるけど、氷棍を使って戦う方が多分強い。

 総じてサポート系は積極的に使っていいが、結局は地力を上げなくてはならないという結論に至った。強化・変化系で戦闘に長じたタイプの俺には十分にありがたい能力だ。

 それからアサンがオーラ捕食をする時、家畜に洗礼をして覚醒させて喰っていたらしい。人を食わなくてもオーラを増やせる方法としてこれは深く心に刻み込んでおく。

 

 そんな話をしつつ、ヨークシンに向かって海の上を往く。

 まずはバッテラを上手く無力化する。全てはそこからだ。

 



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042話 地盤固め・2

 狭い船内の中で俺とマチとが睨み合っている。全身からオーラを噴出させて、それを相手にぶつけるように操作し、当てる瞬間にオーラを集中。また、当てられる瞬間にもオーラを集中。これを身体を動かさずに行う。

 練相撲と呼ばれる鍛錬だ。命名はアサン、奴が編み出した特訓方法である。

 非念能力者が見ればただ立っているだけにしか見えないだろう俺たちは、じっとりとした汗をかいていた。全力での練はもちろんのこと、それを変化させて操作し、当てる瞬間には強化する。体から離してはいけないルールはないので放出するのもいい。具現化系を除くオーラの鍛錬方法としては納得のものではあるが、流々舞(るるぶ)のようにある程度実力が拮抗しないと強い方があっさり勝ってしまうらしい。

「む」

「く…」

 勝敗は地面についた足裏が動いたら負けというもの。勝負はマチが有利に進み、俺はもう負ける寸前である。

 って、あ。

「うおっ」

 右の膝裏に糸状になったオーラがパシンとぶつかり、膝カックンの要領でバランスを崩し、思わず足を動かしてしまう。

 俺の負けだ。

「やられたよ、マチ」

「慣れているからね、そうそうやられてはられないさ。

 それにバハトは手を抜かれるなんて嫌だろう?」

「当然」

 不敵に笑うマチに苦笑する。

 操作されたマチは俺に最大限愛されようと行動する。だが、愛されるにも本人の思考によって行動は変わるのだ。例えばこういった鍛錬の時でも俺に花を持たせようと最終的には自分が負けるように調整するタイプもいるし、マチのように全力でやってこそ相手の好意を得られると考えるタイプもいる。

 しかし勝ってこんな笑みを浮かべるあたり、そもそも根っこからマチが負けず嫌いなのも間違いあるまい。

 だからこそ勝ちたくもなるというもの。次は必ずその会心の笑みを俺が浮かべてやると心に思い、操縦席に座っているサーヴァントに声をかけた。

「ところでもうそろそろ到着か、マンドリカルド」

「そっすね。夜ですけど、空港の灯りはだいぶ近くなりました。

 そろそろ運転を代わってもらえるといいですね。

 俺ってば、乗船してない事になってるし。3人目のあの陰キャは誰だとか言われたら…考えるだけで辛いっすわ」

 ぼそぼそとした声のくせに、不思議と耳に響く声を出すのはライダーのマンドリカルド。

 Fate/Zeroでアルトリアがバイクを己の手足のように操ったように、騎乗のスキルを持っていれば機械類でも操縦できることは間違いない。ライダーならば適性はなおさらで、今回は彼にお出ましを願った訳だ。

 ただ操縦してもらうだけだが、英霊はどいつもこいつも癖が強いので、人選にかなり悩んだの秘密である。消費魔力が少なく、こちらにちょっかいをかけて来ない騎乗スキル持ち。ただそれだけの条件で何故にここまで候補が絞られるんだ。英霊の濃さが恐ろしい。

「後ろで緊迫感を出して悪かったね。消える前に何か飲んでいくかい?」

「……いえ。自分、他の人に懸想している女性と同席する度胸ねっす。

 しかもそれがマスターで、そのマスターも一緒でしょ?

 無理無理無理っす」

 言いながら消えていくマンドリカルド。いや、お茶の一杯くらい俺は気にしないけどね? そういうキャラだからこそ召喚したところはあるんだが…彼、ちょっと卑屈過ぎないかな?

 マチは肩をすくめながら俺を見て、そのままマンドリカルドが消えた操縦席に座る。彼女は汗も拭っていないので、棚から乾いたタオルを取り出してマチに渡す。ついでに冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して手渡す。

「ありがとう」

 花が咲いたようなマチの笑みにドキっとしてしまう。次の瞬間には真剣な表情で前を見ているマチだが、時々に見せる仕草や表情に。アサンの記憶に因る訳ではなく心が惹かれていくのが分かる。こんな無防備な信頼や愛を受けては心が揺らいでも仕方がない。

 ……俺はなんで聞こえもしないのにポンズに言い訳してるんだ。いやまあ、自分でやましいところがあると自覚しているからだが。

 ポンズもマチも気にしていないとはいえ、俺は前世から一夫一妻制の常識で生きてきた。急に複数の女性を愛していいと言われたところで、喜びよりも戸惑いの方が大きいのが本音。

 ふと、マチの言葉を思い出す。

『できればいいんだけど、ルーシェとベルンナ、ルナも愛してやってあげてくれないかい?

 あいつらもアサンに辱められた記憶しかないんじゃあんまりだよ』

「…………」

 都合よく、ポンズの言葉も思い出す。

『私の父は男爵だから、娘の私にも婿のバハトさんにもエバノ王国の男爵位の解釈は通用する筈よ。

 嫁だろうが妾だろうが何人でも作っていいけど、それが有効なのは父が生きている間だけ。バハトさんがエバノ王国の爵位を取ることと、私を愛すること。

 忘れないでよね』

 向かう先、ヨークシンにアサンのホームがある。というのもセキュリティ担当ベルンナの能力が念空間を作り出し、既存の空間を捻じ曲げて要塞化する能力らしい。その為、アサンのホームは場所を選ばないというのだ。

 今はバッテラのグリードアイランドを使う為、彼の古城に赴く必要があった。なのでヨークシンに拠点を置いていたらしい。

「アサンは自前でグリードアイランドを持っていなかったのか?」

 という問いには。

「あんな貴重品をぽんと持てる方が不思議だよ」

 と、返された。俺は2つ持ってるけどね? クロロかヒソカもあっさり手に入れていたけどね? いやまあ、多分起動中のグリードアイランドを奪ったという手法は同じだろうが。やっぱりハンターライセンスはずるいと思う、情報ハンターが得たそれを金であっさりと買えるのだから。

 考えながら俺もタオルで汗を拭い、ミネラルウォーターに口をつける。汗を流して乾いた体によく染みわたる。

「バッテラと会えるのは明日の夜だよな?」

「ああ。向こうにも都合があるからね、最短でそれだった。

 アサンが『敵』を殺したから会いたいって言ったらホイホイと釣れたよ」

 ギリと奥歯を噛みしめながら口にするマチ。今の彼女にとって、俺がアサンに殺されて喜ぶ演技などしたくもないのだろう。しかしそうでなければバッテラは誘き出せない。ここは我慢して欲しいところだ。

「とにかくほぼ丸一日時間があるから、アサンのホームだった場所に案内するよ。

 ルーシェとベルンナにも会ってやってくれ」

「アサンの罠とかはないのか?」

「心配はいらないと思う。あんたがアサンの念を全部奪ったなら死者の念も気にしなくていいし、そもそもベルンナの念空間だからほとんどあいつの領域さ。

 ベルンナが絶対服従誓ったなら問題ない筈だよ」

 だからこえーよ、操作系。自分の操作に絶対の自信があり、そこに命も何もかも懸けるというのがそもそも恐ろしい。自分の念ならともかく、自分が操作した相手を信じ切るとか普通なのか? 除念師とか天敵じゃないのか? アサンはそこまで気を回さなかったのか?

 ……なんっか見落としている気がするんだよなぁ。

「さ、もう着くよ。準備しな」

「ああ。まずはサーヴァント召喚からだな」

 とりあえず、サーヴァントがいればなんとかなる。多分。

 燃費はともかく、今は安心できるサーヴァントを喚んでおこう。マンドリカルドを召喚していたから魔力は満タンとはいかないが、ディルムッドに護衛を頼むか。

「素に銀と鉄――」

 ヨークシンに着いてからの諸々を覚悟して、詠唱を開始するのだった。

 

 ヨークシンの煌びやかな光が溢れんばかりな分、落とす影もまた濃いものとなる。ここの市長がマフィアとずぶずぶな関係だということを思えば、そのしわ寄せは弱者に降りかかるのが道理というもの。

 空港から中央に向かう地下鉄に乗り、空港でも中央と呼ばれる場所でもない、その合間にあるような駅を選んで降りる。既に真夜中だが、駅の近くは活気があった。だが、そこから5分も歩いて外れれば途端に寂しくなる。

 見える灯りは半分くらい壊れた街路灯か、たまに見えるどこかの部屋から漏れるそれらくらい。それでも空に輝く筈の星明りはヨークシン中央からの光に消されるのだから、ここに住むというだけで気が滅入りそうだ。夢を持つ若者か、夢破れた敗北者か。それらが安い家賃で済むマンション群らしい。中央に地下鉄で通勤して日銭を稼ぐ者が住まう場所。金がない奴らだと一目で分かるせいで、そこまで治安が悪くないとか。正直、俺やマチみたいに他人から狙われる者にとっては逆に天国だ。

「こういった場所に潜伏するって発想が凄いよな」

「流星街出身だと廃墟住みから始める奴も多いし、あたしもその類だし。こういった場所も馴染みがあるんだよ」

 いや、耳が痛い。前世で住んでいた日本がどれだけ歴史的に稀有な治安を保っていたのか改めて分かるというもの。まあ、都心の周辺にはこういった場所もあったのだろうが、幸か不幸か俺は縁が遠かった。普通に大学まで通って普通に就職する、それだけでも幸せになれるというのは得難いものである。

 前世(むかし)の話はまあいいだろう、今は今だ。そのままマチは寂れたマンションに入っていく。一ヶ月3万ジェニーの家賃で済みそうな、なんというか暗い雰囲気のマンションだ。オーナーもこの物件には期待が無さそうである。そんなことを思いつつ、俺もマチに続く。

 4階建ての3階まで上がり、302号室の部屋に入る。玄関のドアを潜るまで先には小さな住居があるきりだった。トイレだろうドアが左にあり、正面の小部屋にはベッドと小さな机でも置けばそれでぎゅうぎゅうになってしまいそうなサイズ。

 が、そこに入った瞬間に景色が変わる。心安らぐ暖色光に満たされた高級感溢れる広々とした玄関に、左右に分かれてこちらに頭を下げる女性。一人はクラシカルなメイド服に身をつつんだ赤い髪をしていて、もう一人は正座をしつつ三つ指をついて頭を下げる茶髪。

「「お帰りなさいませ、ご主人様」」

 声を揃えて言い、顔を上げる二人。なんというか、びっくりするくらい美人だった。

(アサンの野郎……)

 思わず毒づいてしまう。趣味がいいというか、何というか。もうそういう店じゃないのか? というレベルだ。正直に言うと嫌いではないが、しかし操作されていると思うと可哀そうだという感情が芽生えてしまう。

 いや、まあ、嫌いではないが。大事なので二回言った。足を踏み入れた瞬間に温かく迎えてくれる美人二人は、俺の無事を心から喜んでくれている笑みを浮かべている。ネアトリ共和国にホームを置いていた時分、危険な仕事から帰ってきた時にユアが浮かべていた笑みと同じ。この笑みを見るだけで疲れが吹っ飛び、頑張ろうという気持ちがわいてくる類の歓迎だ。それを本当に心からやってくれている。そういう店ならば歓迎の笑みは浮かべていても、安心がこみあげてくることはないのだ。

 問題はこれを人形ごっこと思うかどうかだ。なんとなくだが、そうと思えない条件を満たせば操作系に適性がありそうな気がする。俺は嫌悪感とは言わないまでも憐憫の情しか湧いてこなかったから、多分まだユアやポンズに顔向けできると思う。

「ご主人様…?」

「何かご不興を買ってしまいましたか…?」

 俺の表情を見て、メイド服の女性と三つ指をついた女性は心配そうな顔と声をする。

 と、いかんいかん。だから悲しませたくないんだって。

「そういう訳じゃないんだ。ええと…」

「私がルーシェ、ご主人様のメイドです」

「私はベルンナ。セキュリティを担当しております」

 メイド服がルーシェで、三つ指がベルンナ。間違いないな。

「顔を合わせるのは初めてになるな。俺がバハト、アサンを殺して奴の全ての能力を奪った。

 だが、俺はアサンと同類になる気はない。まずは無理をせずに自然体になってくれないか?」

 俺に操作されているとはいえ、彼女たちも一人の人間だ。そう思って相応の希望を出す。操作している奴が言うなという話ではあるが、この念を外す方法がないのだから仕方がない。それに絶対に裏切らない味方というのも得難いものなのは事実。俺が操作した訳じゃないということを免罪符にする辺り、やっぱり俺もクズかも知れない。

「しかしご主人さまにそんなご無礼なんて――」

「そう? じゃあアタイは素でやらせてもらうわ」

(アタイて)

 ギリギリで口から声を出さずに済んだ。メイドのルーシェがいきなりアタイと言い出し、上品な様相を崩してきっぷのいい雰囲気を醸し出したのだ。

「いや~、アサンがアタイの事を下品だ直せっていうから勉強したけどさ、やっぱり肩が凝るのよアレ。アタイの素でいいって言うあんたの事は気に入ったよ」

「ルーシェ! ご主人様をあんた呼びなんて!! すいません、悪いのはルーシェだけなので、私はどうか嫌わないで下さい!」

「…………」

 なんっつ~か、濃いなオイ。素になるといいつつ、ルーシェは最後に流し目を送って媚を売ってくる。恋愛慣れしたお姉さんというか、やっぱり俺に愛されたい欲求はあんな言葉では消えないようだ。

 逆にベルンナはビクビクとして、素を出せと言う俺に対してそれでも言葉使いは直さない。こっちは素に自信がなく、俺に好かれるギャンブルをするよりかは絶対に嫌われないように気を使っているといったところか。となると、あの三つ指の挨拶も強制されていたというよりも嫌われたくない一心からなのだろう。

 愛されるにも様々な形があるんだな、面倒な話だ。思わず溜息が出てしまう。

「あ~、溜息。溜息をつくと幸せが逃げるんだよ。ほら、笑顔笑顔!」

「ルーシェ! すいませんすいませんすいません!!」

 にっこり笑窪を作って笑いかけるルーシェに、再び全力で頭を下げるベルンナ。

 それを見ていたマチが苦笑した。

「玄関先でする話でもないし、まずは落ち着こうじゃないか」

「助かる」

「そうやってお礼を言うのがあんたのいいところさ」

 マチの声を聞きつつ、玄関で靴を脱ぐ。アサンも元日本人だったせいか、外から入ってくる時に靴を脱ぐ様式にしているらしい。このホームにユアやポンズを住まわせるならそこら辺も擦り合わせないとな。

 そう思いつつ豪奢な玄関を潜り、リビングに入る。そこも煌びやかで柔らかいソファーに腰掛ければ、そのタイミングでルーシェがお湯を出す。

「紅茶? コーヒー? 好きな飲み物は?」

「緑茶」

「あいよ」

「あるんかい」

 思わず突っ込んだ。この流れで思わず素で飲みたかったものを言う俺も悪いが、対応するのも凄いだろ。

「アサンがたまに飲んでたからね」

「ああ、納得」

 あいつも元日本人だったってことか。

「私は紅茶」

「私は、何も…」

「はいは~い、マチはアッサム。ベルンナはホットミルクね」

「口調が変わっても察しがいいとこと、押しが強いところは変わらないねぇ」

 マチがゆったりと笑い、俺の隣のソファーに腰掛ける。そして恐れ多いと座らずに立っていたベルンナを無理矢理座らせた。

 そしてルーシェが飲み物を持ってきて、それぞれの前に置くとマチと反対側の俺の隣に座って俺にしだれかかる。やっぱりコイツ、肉食系だな。

「で、なんの話する? それともベッド行く?」

「急すぎるだろ」

「あっれ~? アタイはそろそろ眠いのかなと思っただけだけどねぇ。あんたは何を想像したのかなぁ?」

「…………」

 ニヤニヤ笑いのルーシェ。素でいいとは言ったけど、このノリはちょっと困る。主にやりにくいって意味で。

「ルーシェ」

「はい。ごめん、やり過ぎた」

 マチが一声かければルーシェはすぐに引っ込んだ。なるほど、さっぱりした性格の分、嫌なことはしっかり嫌といえばいいのな。

 対してベルンナはもじもじちびちびとホットミルクを飲むだけ。凸凹コンビといえばそうかも。

「真面目な話をしよう」

 真剣な顔で言えば、ルーシェも表情を引き締めて頷いてくれた。

「まずはルーシェ、お前は非念能力者なんだな?」

「はい。今でもアサンに言われた通りに瞑想はしていますが、マチやベルンナから聞いたオーラとかいうのは感じられません」

「洗礼はしなかったのか?」

「家事全般に才能があったので、下手に手を出して死ぬよりかはと見送られました。ただし、アサンの生贄になる順番としてはアタイが次です」

「……なるほど」

 自分の顔色一つ変えずに自分の死を語るとは。何度でも言うが、これだから操作系は。

「裏切り防止の手は打たれていなかったのか? 除念された時にアサンは何も保険をかけてなかったのか?」

「アタイは律する小指の鎖(ジャッジメントチェーン)っていうのを心臓に打たれました。アサンに敵意を持ったら心臓が潰されるって。

 ……アレ? なんでアタイは生きてるの?」

「わ、私も律する小指の鎖(ジャッジメントチェーン)を打たれました。じょ、条件もルーシェと一緒です。

 ただ、多分ですけど、ご主人さまがアサンの能力を奪取した時だと思います。唐突に心臓に打ちこまれた鎖が消えて、同時にアサンに対する憎悪とまだ見ぬご主人様に対する愛が湧き上がったんです」

「…………」

 あっ、そう。俺とアサンは同レベルだったって訳な。

 地味にへこむわ。

 頭を抱えつつ、絶対規律(ロウ・アンド・レイ)で作った誓約書を机に乗せる。

 後はマチと同じだ。読ませてサインをさせ、最後に鎖を打ち込む。拠点にする以上は構成員の裏切りは防止しなくていけない。心は痛むが、その理由で手を抜いてもいけないところである。ルーシェとベルンナに悲痛な感情が全くないところは、この場合救いになるのだろうかと益体もない事を考えてしまう。

 それが終わったらこの拠点について。今更だが、寂れたマンションからこんな高級感溢れるマンションに変わるなんて普通じゃない。もちろんこれはベルンナの念が原因。

「ベルンナ、お前の能力についてお前の口から聞きたい」

「は、はい。私の能力『虫食いだらけの世界地図(ワールドマップ・トリガー)』ですね」

 それはアサンも使っていた瞬間移動系の能力でもある。

 彼女は現実にある空間を切り取り、それを自分の念空間の許容量として使える。それなりに手間がかかるとはいえ、一度彼女のものになった空間は彼女の陣地と同意義だ。そこに入り込んでしまえば、内部の物体も瞬間移動が可能。

「俺が侵入者だとして――」

「こうします」

 じゃきんと効果音がなりそうな銃器が10超える数、瞬間的にベルンナの周囲に浮かんで俺を狙っていた。拳銃からサブマシンガンまで取り揃えてある。

 鋭い目で俺を睨んだのも一瞬、ベルンナは途端に怯えた顔をして銃器を引っ込めた。

「す、すすす、すいません。ご主人様に銃器を向けるなんて!!」

「気にしなくていい。他には?」

「えと、ご主人さまの真下に穴を開けて外に放り出したり、手榴弾を周囲に転移させたり、動いてなければ首だけ空間転移で別の場所に移動させて切れますけど」

「…………」

 怯えた顔してエグい能力持ってるな。特に最後のは厳しい、俺でも死ぬかも知れん。

「弱点は?」

「わ、私が認識しなくては動かない完全マニュアル型の能力だということです。例えば神の不在証明(パーフェクトプラン)で侵入されたら迎撃できません。また、相手の瞬間移動能力を阻害することも無理です。念空間への干渉は難しいですが、クリアされたら丸裸。

 さ、更に一つ以上の出入り口に鍵はかけられません。誰でも侵入できますし、例えばこのマンションの入り口からマシンガンを撃たれたら守り切るのは無理です」

「対処法はちゃんとあるんだな」

 具現化系らしいといえばらしい。

「他にも瞬間移動の能力もあるとか?」

「は、はい。あらかじめA地点に空間の穴を開けておいて、繋いだ空間の起点を持っていれば瞬間移動できます。ただしこれは発動に『虫食いだらけの世界地図(ワールドマップ・トリガー)』が必要ですから、私かご主人様しか発動できません。それに、人一人を移動させる空間の穴を作るのにはかなり時間が必要です」

「空間の穴でかなり時間が必要って。

 ……このマンション、相当デカいよな」

「頑張りましたぁ!!」

 半泣きで言うベルンナ。

 何度でも言うが。

 

 アサン。お前、いくら何でも色々とやり過ぎだからな。

 




バッテラまで話が進まない…。
次回は多分いける!


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043話 地盤固め・3

今月はダイエットと小説を頑張りたいと思います。
そんな今日の夕食は、つけ麵大盛りを食べてきました。

では最新話をどうぞ!


 

「待たせたね」

 高級ホテルのスイートルーム、そこがバッテラの指名した場所。先にその場所でソファーに座っていたマチに向かって、訪れたバッテラが声をかけながら入室した。

 ルーシェのケータイを窓口としてバッテラと連絡を取り、『敵』を殺したとマチが伝える。その成功報酬としてアサンが約束していたバッテラの恋人の治癒を口実に、彼を呼び出したのだ。

 現れたバッテラの背後には2人の男が居た。ボディーガードであろう黒服の彼らは見ただけでその強さが分かる。バッテラと共に、一切の油断を排して警戒していた。その片方が展開する円は半径30メートルは超えていて、さっきまで5階下の部屋から円を繰り出してこの部屋の様子をうかがっていた。十分以上に広範囲の円を使いこなし、俺と同じように隠を被せているので感知は難しい。索敵要員として、流石バッテラが用意した人物と言えるだろう。

 その様子を1階にあるラウンジで。ぼー、と座りながら確認する俺。

「初めて会うね、あたしはマチ。名前と顔くらいは知っているでしょ?」

「もちろんだ。君の主が私に雇うように命令した海獣の牙(シャーク)の一員だろう。となると、やはり覆面者は海獣の牙(シャーク)のリーダーであるアサンという事かな?」

「ここまで来て隠す意味はないわね。その通りよ」

 高層ビルでは円で探られた時に身を隠す場所がない。その事実から、俺自身が潜入するのは諦めた。取引の場所にいるのはマチと霊体化させたディルムッドのみ。

 サーヴァントだけで十分過ぎる戦力ではあるし、サーヴァントと感覚共有をすれば監視するのに不都合はない。全くもって俺が足を運ぶ意味がなかった。

「まあ、立ち話もなんだし、座りな。

 お茶飲むかい?」

「いや、遠慮しよう」

 マチの向かいにあるソファーに腰をかけたバッテラから警戒の様子は消えず、背後に立つ黒服2人は言わずもがな。円で調べた以上、今この瞬間に敵対者は居ないと分かっているだろう。だが、瞬間移動を可能とするのが念能力者。例えばマチを目印に誰かが転移してこないとは限らない。

 そして実際にアサンは瞬間移動の能力を隠していなかった。その情報をバッテラが入手していないとは考えにくいし、となれば当然の警戒といえる。

「つれないねぇ。何も仕込んじゃいないよ」

「ハハハ。レディのお誘いを断るのは心苦しいが、話そうとした言葉がお茶と共に喉の奥に引っ込むかも知れないからね。

 私はこう見えて臆病で小心者なんだよ」

 目だけは鋭いまま、にこやかな笑みを顔に張り付けるバッテラ。本音を見透かせないその口調と表情は流石だ。

『ディルムッド、どうだ?』

『手練れですね、マチでも2人同時に相手にすればバッテラを逃がす隙ができるでしょう。能力如何では敗北もあり得る。

 ボディーガードもマチも、その実力は正確に測っているはず。バッテラの様子から見て、黒服から何らかの情報の受け渡しがあったのでしょう。彼も最初よりか幾分落ち着いています』

 ひとまず逃げられる算段がついたから余裕も出る、道理だ。

 現状は様子見。お互いに更に情報を仕入れる為、マチとバッテラは会話を続けていく。

「祝杯をあげられないのが残念だが、君たちの目的が達成できたことを嬉しく思うよ」

「じゃあお茶で祝杯を、どうだい?」

「遠慮する」

 カップを持ち上げて脚を組み、ウインクするマチ。お茶目だな。バッテラは変わらずに軽やかに躱し、会話の主導権を渡さない。この辺りの話術は流石である。恋人を治療するという切り札(エース)を持っているマチが流れを持っていけていない。

 ディルムッドに観察させつつ、様子を窺い続ける。

「つれないねぇ。まあいいさ、そろそろ本題に入ろうか」

 マチの言葉にバッテラの目尻がほんの少し、そして強く鋭利になった。自らの資産全てを消費しててでも為そうとした悲願、真剣にならない訳がない。

「覆面者、アサンは本当にいったいどこで調べたのやら。私の恋人、マリアについては私の安全以上に気を使っていたのだがね」

「隠そうと思えば思うほどに目立つことはあるもんさ」

「ふふ、なるほど。シングルの情報ハンター、バハトを殺せる筈だ」

 急に俺の名前が出てピクリと反応してしまう。ディルムッドから見たマチは微塵も動揺を表に出さなかったのは流石だ。

「知っていたのかい」

「半々だったがね。賞金首を懸けさせられたから、バハトがアサンの『敵』か近しい仲間かのどちらかだとは思ったが…。

 いくら調べてもバハトの後ろにいる黒幕を掴めなかった。つまり、バハトがアサンの『敵』だ。

 そしてどうやってか知らないが、バハトもグリードアイランドに入っていたのだろう。現実世界でも掴めない情報ハンターの居所、しかもシングルをよく捕捉できたと褒めるしかない」

 バッテラがアサンをベタ褒めしている、褒め殺し作戦か。まあ、下手にアサンやマチに機嫌を損ねるよりかは良い手かもと知らなければ思うが、マチは今俺に操作されているし。これまでで一番マチが怒りを表に出すのを我慢しているように思える。

 震えそうになる唇を奥歯で噛み殺し、軽やかに声を出すマチ。ディルムッドは気が付いたが、黒服の2人は気が付かないか。

「ところでバハトがシングルとは?」

「ん、ああ。君たちはグリードアイランドに入っていたから知らなかったのか。

 バハトは幻影旅団の情報を暴いた功績によって星が贈られた。死ななければ情報のシングルハンターだった男だよ、君たちが制したのは」

 幻影旅団の念能力を暴いたのは決め手であって、5年間に及ぶ地道な活動も評価されたと思うけどな、多分。それもなく幻影旅団の情報だけ持って行っても評価はされないと思う。

「フン。星持ちがあんなザコとはね」

 マチが軽蔑したように言うが、悪手。本心から明らかにずれた言葉に、嘘があることは容易に読み取れる。ディルムッドはいいとして、バッテラの後ろにいる黒服に気取られたのは痛い。

 ディルムッドが黒服の様子を観察し、どこまで読み取られたのかを更に注視する。マチが隙を作り、ディルムッドが場を制する予定だったが。マチに注意が集中しないのならば、作戦を変えなければならない。霊体化して相手に情報が伝わらないディルムッドが、戦いの集中を以って観察する。

『どうだ?』

『どうやら心配は杞憂ですね。バハトは強かったが、ザコと貶したい程度の嘘と思われたようです。むしろマチに対する警戒度は下がったかと』

『殺した相手を認めないならともかく、貶す程度の器だと思われたか。結果オーライだな』

「作戦続行、注意を集めろ」

 無限に続く糸電話(インフィニティライン)でマチに指示を送る。

 俺の指示でマチも相手に軽んじられたことが分かったらしい。むしろその程度の器であることを強調して会話を続ける。

 それに調子を合わせるバッテラも相まって、黒服2人はマチよりもむしろその周囲に異常が出ないかに警戒をシフトしていた。

 瞬間移動をすれば、景色はもちろん気温や気圧、音さえも元居た場所からズレた環境に置かれることになる。それが起こすのはいわゆる召喚酔いと呼ばれるラグ、その瞬間を見逃さずに仕留める為の警戒だ。ちなみにこの召喚酔いをノヴの四次元マンション(ハイドアンドシーク)は最大限まで緩和させる。移動前の場所と移動後の場所にマンションを挟む事により、環境の変化にクッションを入れているのだ。

 さてさて、仕込みはかなりできた。

『ディルムッド、そろそろ仕掛けるぞ』

『マスターのご随意に』

「マチ、3カウントでディルムッドの霊体化を解く。遅れるな。

 3、2、1」

 ディルムッドは黒服2人のちょうど間に出現した、しかも双剣を振りかぶった状態で。

「なっ!」

「てきしゅ…」

 黒服のボディーガードが発する事ができたのは一言ずつ。ディルムッドがその首に鋭く剣の峰を振り下ろした事により、抵抗らしい抵抗ができずに意識を落とす。

 それを見たと同時にマチが動く、闘争心を露わにしてディルムッドを睨み、その実標的はバッテラ。途端の修羅場にバッテラは身を硬直させて反応できない。

 と、ディルムッドから見て右の黒服が不自然に倒れ込む動きを硬直させた。

「オゲェェェェェェ」

 聞くに堪えない声を上げながら、口から黒を吐き出す。黒服のボディーガード、3人目は女。口から吐き出されたその女は一切の躊躇を見せずにバッテラに手を伸ばす。

 瞬間移動の能力は、当然ながらこちらの専売特許ではない。バッテラ側がそれを用意しているのも当然である。

 それを防ぐ為に、マチをフリーにしておいたのだ。

「はっ!」

「ぐぅ…!」

 ディルムッドから標的を黒服の女に変えたマチは、バッテラに伸ばした右腕の骨を叩き折る。

 だが、触れば勝ちだと言わんばかりに黒服の女は左腕までバッテラに向かって伸ばす。それをディルムッドが余裕を持って叩き落とし、隙を見せた女の腹にマチが拳を突き込んでその意識を落とした。

 マチだけならば、もしくはディルムッドだけならばバッテラの逃亡は成功しただろう。それを阻止してこの場を制する事ができたのは、やはり霊体化を解く場所を自由に選べるサーヴァントの便利さが大半を占める。

「な」

 ここにきてようやくそんな言葉を発したバッテラの腕をマチが掴み、ディルムッドの剣がその首筋に当てられる。

「動くな」

「動かない方が賢明ですよ、ジェントルマン」

 ドスの利いたマチの脅し、清廉なディルムッドの警告。それを聞かなくてもバッテラは動けなかっただろう忘我だ。

 現状を理解したバッテラは、喉を震わせて声を出す。

「嵌められたのはいい。だが、こんなにあっさりと私が負けるとは」

「へぇ、負けを認めるんだ?」

「――認めぬ訳にはいくまい。私はここから打てる手は、何もない」

 呆然としつつも現状を的確に把握するバッテラに、マチがニィと底意地の悪い笑みを浮かべる。

「そうか。どっかの大病院の3815番の部屋を押さえた意味はなかったかい?」

 マチの挙げた数字に、青かったバッテラの顔色が更に青白くなる。そこは彼の命よりも大事な恋人がいる場所。

「――何が、目的だ」

「レディ、精神的にとはいえ捕虜を嬲るのはよくない」

 掠れた声に脅しは十分だろうと理解したディルムッドが助け舟を出す。

 彼はバッテラを安心させるように優しい声で語り掛ける。

「心臓に悪い真似をして申し訳ない、ジェントルマン。しかしこれはこちら側の正当な怒り、しなければならない最低限の報復でした。平にご容赦を」

「馬鹿な、これほどの脅迫をアサンがするのが正当だと? 護衛を奪われ、身動ぎ一つできないこの現状が」

「ああ、そうだ。お前がアサンと組んだからこそ、バハトはここまでしなくてはならなかった」

 マチの言葉に、バッテラは目をむいてマチを見る。

「――お前、アサンを裏切ったのか」

「違うね、あたしはアサンに操作されていたのさ。奴が死んで、解放してくれたバハトに恩返しをしている。

 これはそのうちの一つ」

 怒りが沸騰せんばかりのマチの瞳を見て、バッテラがゴクリと唾を呑み込む。

 この怒りが向けられたことを想像したのだろうが、残念ながらというかマチはそんな八つ当たりをするようなキャラではあるまい。その怒りを向けられることは多分ない。

 程よくマチが場を凍らせて、ディルムッドが解凍する。そんな役割が既に出来つつある。

「さて、では私はいったん戻らせて貰いますよ。

 このジェントルマンにマーキングは終わりました、いつでもこの首を刎ねることは可能になったと宣言させていただきます」

 ディルムッドがそう言葉を残し、再び霊体化をする。傍目には瞬間移動によって現れ、そして瞬間移動で去ったようにしか見えないだろう。

 つまり、マーキングを終えたという言葉を残した以上、いつでもバッテラの側に現れてその場を制圧可能だという含みを持たせた訳だ。

「……いちおう忠告しておくけど、逃げない方がいいわよ。次はマジで殺すから」

「逃げないさ。例え私が逃げきれても、マリアの命はないだろう」

 ここまで厳重にチェックをかけられれば、一周回って冷静になるらしい。バッテラはむしろ肚が据わったと言わんばかりに冷静さを取り戻していた。この胆力は流石である。

「それで私を生かしておくという事は、目的は私の命ではないだろう? バハトは私に何をさせたいのかね?」

「それをあたしが言ってもいいんだけどね、時間は節約しよう。移動中にバハトから直接聞きな」

「と、言うと?」

「アンタの恋人の治療を前提とした以上、下にリムジン位用意しているのでしょう?

 そこへ向かうわよ」

「……そのリムジンで、どこへ向かう気だ?」

「当然、アンタの恋人のところ」

 驚きと疑惑に目を見開くバッテラに向かって、疲れたような顔でマチが言い捨てる。

「バハトは本当にお人好しよ、こんな目に遭っても助けられる命は助けたいんだって。

 アサンが高値を付けたアンタの恋人の治療、バハトが条件次第でやってもいいってさ」

 

 リムジンに乗り込んだバッテラとマチ、ついでに霊体化したディルムッド。

 それを見届けてから、たっぷり20分以上。暇つぶしに用意した本を終わりまで読み、注文した紅茶とケーキを腹に入れてから、俺はようやくホテルの外に出る。

 そして眼前に停まっていたリムジンのドアをコンコンコンと叩く。すぐにドアが開いた。

「お待たせ、マチ」

「早い方でしょ」

「…………」

 白々しい会話をしつつチラリと様子をうかがって、無駄に終わった時間の空白に一つの作戦が失敗した事を認める。ここで時間を置くことでバッテラを焦らせるつもりが、彼に動じた様子は一切ない。大富豪と呼ばれるのに恥じない精神力だ。

「適当に流してくれ」

「構わん、出せ」

 俺の指示に一瞬戸惑った様子を見せた運転手だが、バッテラの指示には迷いなく従って見せた。静かにゆっくりとリムジンが発車する。

 乗客に車の動きを一切感じさせないその技術は素晴らしい。それはともかくとして、だ。

「長くなるかもしれないから、マチ。お茶を淹れてくれ。俺はお茶を淹れるのが下手なんだ」

「あいよ。ま、あたしもそこまで上手くないけどね。

 バッテラ、アンタも飲むかい?」

「……いただこう」

 この期に及んでお茶の一杯に何を仕込まれても誤差だと思ったのか、今度はバッテラもお茶を飲むらしい。

 その言葉を聞いて、くっくと厭らしい笑みを浮かべてやる。

「……何かね?」

「ホテルじゃお茶は飲まなかったのに、今度は随分とあっさり飲むんだな」

「! お前、どうしてそれを……」

「情報ハンター舐めんな」

 絶句するバッテラに、強めの戦慄を植え付けておく。

 マチから何か情報を受け取ったと思ったのか、彼女をチラリと見てすぐに冷静さを取り戻したが。

 やがて温かいお茶がそれぞれに配られ、少し場違いな良い薫りがリムジンの中に漂う。

「安心しな、水も茶葉もこの車にあったものさ」

「いただこう」

 真っ先にカップを持ち上げて口をつけるバッテラ。

 なんというか、先がほとんど見えないジャングルでずんずんと無防備に進んでいるような感じさえする。割り切っているのかなんなのか。思わずくすりと笑みがこぼれて、ついでに俺もカップを傾ける。

 それぞれが喉を湿らせたところで、俺は最初に注文を出す。

「まずは運転席とこちら側を仕切って貰おうか。交渉が決裂した場合、死ぬ人数が一人減る」

「承知した」

 バッテラが手元のコントローラーを操作すると、運転席の後ろから壁が上がってこちら側と運転席を遮断する。

「これでこちら側の様子は運転手に漏れることはない」

「そうである事を祈るよ、命は大切だ」

 ディルムッドを助手席に送り、運転手におかしな挙動がない事を確認。ここで小細工はしてないと思ってもいいだろう。

 さて、それではお話を始めようか。

「まずは自己紹介だ。もう知っているとは思うが、シングルの情報ハンター、バハトという」

「バッテラという。世界有数の大富豪だと自負しているよ」

 ここでいう大富豪とは、純資金の多さを指す。個人が扱える金の大きさがその指標だ。

 例えばバッテラは先のヨークシンオークションで個人資産の半分を失ったとされるが、十年かそこらの年月でその負債は解消されるだろう。もちろん消費をしなければ、だが。彼は彼なりの金脈があり、そこから金を回収できる。そうして結実した実であるリアルマネーの大きさが彼を大富豪足らしめているのである。つまり現状を正確に表すならば、半年前まで世界有数の大富豪だったが正しい。今の彼の資産は半減しているのだから。

 逆に彼がオークションで支払ったお金は、ヨークシンという町のものだ。そこから市長などが自由に使えようが、公的に彼のお金でない以上はもちろん市長が大富豪と呼ばれる訳がないのである。そこから誰が幾ら着服するのか知らないが。

 まあ、どうでもいい話ではあるか。

「まずは前提条件から始めようか。

 バッテラ、お前が俺の首に10億の賞金を懸けた。事実だな」

「うむ、事実だ」

 迷いなく首を縦に振るバッテラ。今更そこをごまかしても仕方がないし、こちらの心証を悪くするだけだ。

 とはいえ、10億懸けて俺を殺そうとした事は事実。

「これがお前が俺に対する負債の1つだ。続けて、俺を殺すと理解していながらアサンにグリードアイランドを使わせた、これが負債の2つ目」

「そのどちらも君に対する私の負い目と言えるだろう」

 事実は事実として受け入れて、頷くバッテラ。話が早くて助かる。

「そしてそんな目に遭わされた俺が、お前の最大の希望である恋人の治療をするということ。負債の3つ目だな」

「…………」

 ここにきて本当にそんなことができるのかという不審の目に変わる。

 悪くないタイミングだ。まだ現実に起こっていない事を事実と認めないのは熟練の交渉人といえる。

「それら3つの負債を、たった1つだけ俺の願いを聞いてくれるだけでチャラにしよう。これはそういう交渉だ」

「……その願いとは?」

「まだ秘密だ」

 つまり白紙の小切手を切れという話である。とはいえ、彼は現状俺に殺されても全く文句を言えない立場だ。

 いやまあ、彼ほどの地位にある者を殺せばいくらハンターライセンスを持っているとはいえ、恐らく罪には問われるだろうが。それでも賞金首にまでされたのだ、報復として殺すくらいの覚悟はできている。

「…………」

 沈黙するバッテラ。確かに彼は殆どの金銭は惜しくないだろうが、それでも守らなければならない最低限の金というものはある。例えばグリードアイランドのクリア報酬として用意しなければならない500億だったり、彼の影響下にある雇っている者の生活を守る維持費だったりだ。彼は全ての資産を手放すつもりだったとはいえ、仕事を無くす者へのアフターケアを考えていなかったとは思えない。そんな金まで俺にせびられたらどうしようという心配は理解できる。

 だが、選択権は殆どない。懐から1枚の誓約書を取り出し、バッテラの前に置く。それには既に俺のサインが為されていた。

「これは?」

「サインした者を、その内容の通りに操作する誓約書だ。俺を含めてな。

 俺の要求はただ1つ、これにお前がサインをすること」

「しなければ?」

「殺す」

 サインをしなければ、俺に対する負債は残ったまま。それは間違いなく死に値する負債なのだ。

 自分の死を宣言されたバッテラは顔色を変えずに誓約書に目を通す。

 それはバッテラの願いを1つ俺が叶えたら、俺の願いをバッテラが1つ叶えるというもの。

「それにサインをする事で負債を1つ減らし、更に俺に願いを言うことで負債を1つ減らしてやる。願いで恋人の治癒を願うかはお前の勝手だが」

「…………」

 例えこれでバッテラが俺の死を願っても意味がない、願いを叶えなくても俺にペナルティーはないのだ。そんな舐めた事を言うならば遠慮なく殺すし、バッテラも言葉の裏を読めない程バカではないだろう。

 そして操作されるという事は、願いを叶えた後の俺の要求が死ねというものであっても彼は従わなくてはならない。

「……聞かせて貰いたい。私に対する要求はなんだ?」

「お前はそれを聞ける立場か?」

「ああ、立場だ。

 ここまでお膳立てを整えたんだ、お前は私に絶対に通したい要求があるのだろう? できれば殺さずに操作して、させたいことが」

 ――この野郎、この土壇場でどこまで冷静なんだよ。

 歯を食いしばる事を必死に耐えて、しかし強くなる視線は止められない。

「ならばそのほんの隙間だけ、私の立場がある。

 これによってお前の操り人形になれば、どんな外道をさせられるかも分からない。

 私の死によってそれが食い止められるのならば、喜んで死なせて貰おう」

「めんどくさいねぇ」

 イライラしたマチの声が響く。バッテラは余裕を崩さないが、俺は一気に血の気が引いた。

「バハトの命を狙って……それがテメェの言える言葉か!」

「マチ、やめろ!」

 針を取り出したマチが、それを彼の目に突き刺す寸前、俺の制止が間に合った。

 バッテラの眼前でその針が止まる。それを見たバッテラがどっと冷や汗を流していた。

「――どうしてだい、サインするのに目は1つでいい、腕も一本あればいい。

 そして脚はいらないだろう?」

「もう一度言う。マチ、やめろ」

 強くいい、しぶしぶと元の場所に戻るマチを見届ける。

 殺意さえ込めてバッテラを睨むマチだからこそ、納得していないのがありありと分かる。

「――あんまり挑発してくれるな、バッテラさん。あんたが思っているより、現状はシビアなんだ」

「……っ! それでも、だ。例え拷問を受けようとも、できぬサインはあるものなのだ」

「よく言ったな爺、望み通り「マチ」」

 チィと下品に舌打ちをしながら、それでもマチは針を仕舞わない。

 まずい、もう臨界点を突破する。

「分かっている、外道な事をする気はない。

 腹を割ろう、俺は大富豪バッテラの金脈から何から全てが欲しいんだ」

 金を寄越せと言うのは簡単だ、幻影旅団のように現金を全て奪うのはここまでくれば難しくない。バッテラを殺すなり操作するなり、手段は幾らでもある。

 しかし彼が築き上げた金脈や情報網といったものは、やはり彼が一番うまく扱えるのだ。彼自身がいなくても機能するようにはしているだろうが、やはりバッテラがいるに越したことはない。

「俺や、俺の仲間たちがハンターとして活動する為の恒久的なバックアップ。

 それが俺の願いだ」

「それを証明するものは?」

「お前、いい加減にしろよ? 別にお前じゃなきゃいけない理由はないんだぞ?」

 そろそろ本気でイライラしてきた。なんでここまでバカにされつつマチを止めなきゃいけないのか、歯止めを失いつつある。

 バッテラは、そんな俺を見てふと笑う。

「なるほど、嘘ではなさそうだ」

「…………」

 余裕をなくして本音を測る、俺がバッテラに仕掛けてできなかったこと。それをバッテラは逆の立場で成し遂げた。

 イライラは消え、清々しい敗北感が胸に込み上げてきた。

 演技の笑みではなく、己を確立した男に向ける尊敬の念で浮かんだ笑みで、俺は一言問いかける。

「答えは?」

「サインをしよう」

 あそこまで渋っていたのが嘘のように、至極あっさりとバッテラは誓約書にサラサラとサインを書く。

 迷いを無くした俺は、次の一言によっては本気で殺すなり拷問をするなりを選択するつもりだった。その紙一重をあっさりとすり抜けるバッテラという男。

 今度は心から言える、流石である。

 しかしまあ、俺もマチも交渉という点でまだまだなのかも知れない。

 未だに怒りが収まらない様子のマチを見て、くすりと笑う俺。

 そんな俺を見て、ディルムッドがフフフと笑うのだった。

 




ちなみに小説頑張るとは、他の小説も含めて頑張るという意味ですので悪しからず。

いつも誤字報告・感想・高評価、ありがとうございます。
本当に励みになっております。


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044話 地盤固め・4

 

 もはや病室じゃないだろと言いたくなるそこで、玩具修理者(ドクターブライス)を展開して数時間。

 じっとりと汗を掻き、集中力がギチギチと俺を責め立てる。アホか、ネフェルピトーは。なんでこんな能力を作りやがった。

 玩具修理者(ドクターブライス)の燃費の悪さは以前語ったと思うが、それ以前の問題としてこの念能力は根本的に欠陥品だ。なんとこの能力、使用の前提がマニュアル操作なのである。

 つまり、人体の構造を医者と同じくらいよく知っているのが当たり前の能力なのだ。ポックルのあのシーンしかり、パームの脳のいじることしかり。ネフェルピトーはその方向に多大な才能があったのだろうが、人間としては生かしておいてはいけない存在であるのは間違いない。

 ともかく、俺に人の脳についての専門知識などない。ロボトミー染みた機能の事なら尚更だ。そして覚悟はしていたが、バッテラの恋人であるマリア嬢の昏睡原因も脳にあった。事故が原因の重度の大脳損傷、いわゆる植物状態である。

 植物状態の脳をどう治癒するのか俺には考え付かなかったが、これにはアサンが解決策を見出していた。玩具修理者(ドクターブライス)を無理矢理セミオート操作にして、健常な脳の状態をコピーするのだ。これを真似したのが俺の眼球修復、物理的に失ったそれを同じ眼球を模倣して創造したのである。

 脳死の状態は大脳の機能が停止した状態であり、呼吸や心拍などの生命維持を司る脳幹などの機能は維持されている状態を指す。この状態から大脳を回復させて活性化させることにより、意識を戻すのだ。

 これは当然、脳の再生は不可能と言われている現代医学の領域を大幅に超越したものである。死体の脳幹部位さえ強制的に活性化させる玩具修理者(ドクターブライス)であるからこそ可能な荒業。……よくこんな能力作れたよ、ホント。

 ともかく俺は顕在オーラを振り絞り、その上で健常な脳として俺の大脳の様子を模写し、そしてそれをマリア嬢の大脳に転写するということを玩具修理者(ドクターブライス)にさせるよう集中する。

「水、飲むかい」

「……ああ、ありがとう」

 気を利かせたマチがコップに水を入れて持ってくる。それをゴクゴクと飲み、ちらりとベッドの傍らでマリア嬢の手を握るバッテラを見やる。

 念能力者でない彼は何をしているのか見ることはできないが、何をするのかの説明はしている。今現在、治療の為とはいえ得体の知れない能力で脳に手を加えられている恋人に寄り添い、その激情を押さえつけているのだ。

 マチは当然俺の護衛だ。玩具修理者(ドクターブライス)以外の念能力を使えず、サーヴァントの霊体化で隠している以上、バッテラに目に見える脅威を残しておかなくてはならない事情がある。

 精神的にも肉体的にも針の筵なこの状況。救いとしては、ゴールが感覚として分かることか。

「もう、終わる」

 俺の言葉に、バッテラの視線がこちらに向けられる。その瞬間。

「っ……」

「!!」

 マリア嬢の口から、ほんの僅かに不規則な吐息の音が聞こえた。それと同時に彼女の手をぎゅぅと強く握りしめたバッテラの手に、ほんの少しだけ外部からの力が加わり皺ができる。

「おお、おおっ! おおおおお!!!」

 バッテラの口から歓喜の声が漏れ出し、マリア嬢の瞳が薄っすらと開けられる。

 それを見て、俺は玩具修理者(ドクターブライス)を打ち切った。もう俺にできる事は何もない。

 疲労困憊でその場で座り込んでしまう俺に、マチが寄り添ってくれる。そして数年ぶりに目覚めたマリア嬢は、傍らにいる老年の恋人をその視界にとらえた。

「おはよう、マリア」

「っ、っ! っ!?」

 バッテラに言葉を返そうとしただろうマリア嬢だが、声になっていない。多分だが、声帯が上手く動かないのだろう。

 リハビリまでは専門外。そうバッテラに伝えていたおかげで、彼は治療中にリハビリの専門チームを起動していた。いつ目覚めてもいいように組織はしていたらしいが、年中スクランブル体勢にしておく訳にもいかなかったのだ。

 コールされた医療従事者たちが、わらわらと部屋に入り込んでくる。その顔には多かれ少なかれ驚きがあり、植物状態の患者を回復させたという驚きが混じっていた。

「大丈夫だ、マリア。体に異常がないか調べてもらうだけだから」

 そう言ったバッテラは、移動式ベッドに移された恋人が別室に運ばれていくのを静かに見送っていた。

 それも終わり、病室にいる人間は俺とマチ、そしてバッテラのみ。

 ディルムッド? サーヴァントは人間ではないのでカウントしない。

「お前の恋人、マリアを治療して目覚めさせる。お前の願いは叶えた」

「うむ」

「対価に、俺の願いを叶えて貰う。

 俺が望むのは。俺と、俺が名前をあげた者たちへの恒久的なバックアップ。もちろんその為にお前に引退されては困るという訳だ」

「……そこまで知っていたのか。

 だが心配するな、私とてもう年。後進に道を譲る算段は立てている」

「そんな甘っちょろい言い訳で逃がすのを良しとする為にここまで面倒な手順を踏んだ訳じゃない。お前には死ぬまで尽くして貰う。

 道を譲る後進にも、俺たちへのバックアップは最大限にするように仕込んでもらうぞ。お前の息がかかった人間は、永続的に俺の子孫に仕えて貰う」

「――悪魔の契約だった、という訳か」

「人生、そう上手くいかないもんさ」

 苦虫を噛みしめたようなバッテラに向かって気安く声をかけるマチ。

 俺は言葉を続ける。

「当然、その全財産及び人脈なども含む。例えばグリードアイランドのクリア報酬、それも俺がいただく」

「そこまで奪うつもりなのか。

 酷いな、どこまで貪るつもりだ」

 バッテラがそう言うが、操作される彼に拒否権はない。

 それに2つ言わせて貰うが、死の運命にあったマリア嬢を生き返らせたのだからこのくらいの代償は甘んじて受けて貰わなくてはならないというのが1つ。現状ではグリードアイランドをクリアすれば失うことがない自由だったように思うのかも知れないが、結局それが間に合うことはないのだから。

 もう1つは、俺から能力で縛るのに抜け穴を用意しない訳はないだろうということ。絶対規律(ロウ・アンド・レイ)はユアの能力だが、誰の能力だって発動者を優位にするのが前提。この能力は納得してサインした者への強制力が絶大な代わりに、その条件に誤魔化しが利かない。だからこそ契約内容に細工を入れるのだ。

 今回のように、バッテラが全財産を懸けても為したいと思うことを天秤に乗せ、命を脅かしてまでサインをさせる。そしてそれ以上のものを搾取する。当たり前といえば当たり前だろう。

「対象となるのは俺と俺の血縁者。仲間としては、ポンズ・マチ・ゴン・キルア・クラピカ・レオリオまでは最初に上げさせてもらう。

 以上だ」

 俺の願いは言い終わった。だからこそ、もう手遅れだ。

「わかった」

 直前までのしかめっ面が嘘のように、バッテラは軽やかに頷くのだった。

 

 バッテラを支配下におき、次にするのはポンズとユアの安全確保。それからクラピカへの接触である。

「クラピカと?」

「ああ。俺と同じクルタ族で、幻影旅団の殲滅を目的としている。協力しない手はない。

 マチ、お前はユアと連絡を取ってポンズをバッテラの影響下で安全に出産できるように整えてくれ。

 俺はクラピカと連絡を取る」

 そう言ってケータイを操作してクラピカにメールを送る。高速船はチャーターしたままだから、ノストラード組のシマまでは2日くらいかかるか。3日後以降、どこかで時間が取れないか打診するメールを送る。

 少し待てばクラピカから返信がきた。3日後の午後2時から時間を取るとのこと。それに了解の返事を送る。

「バハト」

 と、そこでマチが声をかけてきた。

「どうした?」

「算段はついたよ、バッテラに人手を出させてポンズをヨークシンまで呼び寄せる。

 それでポンズとユアが話したい事があるからバハトと代われって」

 そう言って差し出されたケータイを耳に当てた。

「もしもし」

『もしもし、お兄ちゃん。お疲れさま!』

『バハトさん、お疲れ様』

「ああ、お疲れ。

 それでどうしたんだ?」

 2人の明るい声色からして、悪くない報告だろう。肩の力を抜いてハンズフリーに設定しているだろう向こうの話を聞く。

『へっへ~。分かったことがあるから、その報告!』

『赤ちゃんの性別が分かったのよ。男の子ですって』

「そうか」

 そこまで赤ん坊が育ったことは喜ばしい。世の中、何があるか分からないからな。

 話はそこで終わらず、ユアが言葉を続ける。

『それで、性別が分かったことで名前も決めたよ。

 この子の名前はレント。お兄ちゃんとポンズさんの名前を貰ったんだ』

 バハトのトと、ポンズのン。そして赤ん坊のみの名前、レ。

「ユアの名前は入れなくてよかったのか?」

『私の赤ちゃんじゃないし』

「そりゃそうか」

 家族の証として名前を入れるように頼んだのだが、名付けの親というだけでも十分といえば十分か。

「レント、レント……。うん、いい名前だ」

『へへ、お兄ちゃんならそう言ってくれると思ったよ』

 名付けが終わると、段々と実感がわいてくるような気がする。

 レントが生まれるまで、もう何ヶ月か。少し以上に待ち遠しい。

「ポンズ」

『なに?』

「体を大事にな」

『……ええ!』

 嬉しそうなポンズの声を聞き、通話を終了した。

 

 

 3日経った。

 ちなみにアサンが俺に仕掛けた足止めはバッテラの賞金首がほぼほぼ全部だったらしく、こうして晴れて自由の身となった。10億の賞金首にされるというのは相当な重圧だったから、良い手ではあったと言える。

 ヨークシンに置きっぱなしだった俺のグリードアイランドを回収し、マチと共に高速船に乗る。

 そしてノストラードの屋敷に辿り着き、強面の黒服に案内されて今に至る。立派なこの部屋は客室だろう。

「待たせたな」

 そして約束の時間5分前に姿を現すクラピカ。何というか、貫禄出たな。

「久しぶりだな、クラピカ」

「ああ。結局ヨークシンでは会えなかったからな。

 ……そちらの女性は?」

 マチに目を配りながらクラピカが問いかける。

「マチ=コマチネという。今はバハトに操作されているってことになるのかな?」

「バハト?」

 視線に少し軽蔑の色が混じったな。まあ、甘んじて受け入れるしかないが。

「マチは俺の『敵』に操作されていたんだ。俺はその能力ごと奪いとったのさ」

「……奪い取った、とは?」

「言葉通り。俺たちクルタ族は緋の目になると特質系になるだろ?

 それを利用し、失明を条件に見た念能力全てを奪い取る能力を作っていたんだ」

「なるほど。眼帯が逆になっていたのと、左目があったのはそういう訳か。

 失明を免れる為に左目を隠していたんだな」

「ご明察」

 頭の回転が早いと1を聞いて10を想像してくれるから色々と楽で助かる。

 まあ、特殊能力から玩具修理者(ドクターブライス)やらまでは流石に想像が及ぶ範囲ではないとも思うが。

「それでマチだが、操作を解除できるタイプじゃなかったんだ。

 だから俺の2人目の妻としても一緒になるつもりだ」

「待てバハト。妻になるのも驚きだが、『2人目』だと?」

 俺の爆弾発言にクラピカの声が冷たくなる。

 それに気が付かないふりをして、あっけらかんと言う。

「ああ、ポンズとの間に子供を作った。あと数ヶ月もすれば生まれるはずだ。

 結婚はまだだから婚約中という体だが、ポンズともマチとも結婚する予定だ」

「お前は結婚制度を何だと思っているんだ」

「ポンズはエバノ王国の貴族だからな。そっちに婿入りする形になるから、法的には問題ない」

 クラピカの呆れを通り越した声をけろっとした様子で返してやると、クラピカは溜息を吐きつつこれ以上の追及をしてこなかった。

 やはりクラピカは同じクルタ族の俺に甘い。法的な問題を乗り越えたのなら他人がどうこう言う問題でないとも言う。

「まあいい。それでバハト、いきなりどうしたんだ?」

「報告とお願いと、か。俺は俺の『敵』を殺した」

 俺の言葉に、クラピカの表情が鋭くなる。

「うむ」

「それで第一目標を達成したから、他にも目を向けようと思ってな。

 幻影旅団、アレを壊滅させる。手を貸してくれ」

「もちろんだ、お前となら私は喜んで手を組もう」

「それで、だ。俺は既に旅団の1人を仕留めた。1番のノブナガという刀使いだ」

「私は11番のウヴォーギンという大男を殺した。4番のヒソカは旅団を抜け、記憶を読むパクノダという女も死んだ。

 奴らのリーダーであるクロロ=ルシルフルには念能力が使えず、そして旅団員にも接触できない掟を刻み込んだ。他の全ての旅団員を殺したら、奴にトドメを刺してクモを殺しきる」

 冷たい目で言うクラピカに、俺は真剣な表情で頷きを返す。

「奴らは今、グリードアイランドにいる。機を見て数を削るつもりだ。

 そしてこちらの戦力だが…お前はノストラードファミリーを実質的に支配したな?」

「分かるか。その通りだ」

 ノストラードファミリーは少し前まで田舎ヤクザだったのが、ネオンの占いでのし上がった。その急成長の弊害として人材が不足しているのは容易に想像がつく。

 その上で最古参の腹心ともいえるダルツォルネがヨークシンで死亡し、ライト=ノストラードも廃人寸前だ。クラピカが乗っ取るのは楽だっただろうし、何だったら彼についた者も少なくないだろう。ライト=ノストラードに付いてもなんの旨味がないのは火を見るより明らかだからな。

「俺の方はシングルの称号を取り、大富豪バッテラの協力を取り付けた。

 まずまずといったところだ」

「星を取り、あの大富豪バッテラを味方につけた、か。

 お前のまずまずは普通じゃない」

 薄く笑うクラピカに、俺もニヤリと返してやる。

「それで済ますつもりもない。星もダブル、トリプルと集めていくつもりさ。

 手始めに賞金首(ブラックリスト)ハンターとしても名を売る。情報ハンターとして集めた賞金首を狩っていく」

「――下手に危険を冒すべきではないと思うが」

「こんなもの、危険でも何でもないさ」

 アサシンがいるしな。

「クラピカはしばらく緋の目の回収に勤しむつもりだろう?」

「ああ、こちらは私に任せてくれ。多少は役に立つところを見せないとな」

 唇の端を上げる程度の笑みを見せるクラピカに、弛緩した程度の笑みを返す。そんな俺たちをマチが楽しそうに見守っている。

 そして情報交換を続ける中で、それは唐突に起こった。

「きゃああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 絹を裂くような悲鳴。発生源は、近い。

 俺とクラピカ、マチは同時に立ち上がる。

「ネオンの悲鳴だ」

 そう呟き、クラピカが駆け出す。それについて行く俺とマチ。

 急行したネオンの部屋、雑然としたのは今ではなく前からだろう。掃除をする侍女も雇っていないらしい。

 そのベッドの上で自分の手で顔を覆い、絶望した大声で泣くネオン。部屋の端では紙切れを持った壮年のやつれた男が喚いていた。彼は当惑した黒服に羽交い絞めにされている。

「離せ、離せぇぇぇ!」

「ボス、落ち着いて下さい!」

「見ちゃった、見ちゃったようぅ。ぅぅぅ……」

「静まれ!!」

 クラピカの一声で、しかし場は治まらない。ただ、黒服だけがほっとした表情でクラピカを見た。

「若頭!」

「どうした?」

「ボスが、その、占いの詩をお嬢様に突き付けて」

「ネオンに占いを見せたんだ! 手本があれば占えるだろうがぁぁぁ!!」

 半狂乱、いやもうこれは狂乱しているといえるかも知れない。ライト=ノストラードは踏み越えてはいけないラインを越えてしまった。

 さめざめと泣くネオンが見てしまったと繰り返すならば、彼女は念の誓約を破らされた。おそらく、クロロに盗まれたのとは別の方向で二度と天使の自動書記(ラブリーゴーストライター)は使えないだろう。

「なんてことを……」

 ネオンの念の誓約を知っていたマチが思わず声を上げる。念の誓約を破らされるというのは、この上ない侮辱行為の一つだ。敵対者ならばともかく、そうでない者にする行為ではない。

 ともかく、この場の収拾を付けなくてはなるまい。

「お前はボスを連れて安静な場所へ」

「はっ!」

「離せぇぇぇぇぇ……」

 ライト=ノストラードはずるずると引きずられながら退室する。それを見つつ、クラピカは壁にかかっていた内線を手に取った。

 ワンコールで相手に繋がる。

「センリツか?」

『ええ。お嬢様の凄い悲鳴が聞こえたけど、どうしたの?』

「ボスがお嬢様に無理矢理占いを見せた。悪いがフォローを頼む」

『分かったわ』

 通話が切れる。それが終わった後、俺とマチに目配せをしてきた。

 まあ、これ以上ここに居ても仕方あるまい。すすり泣くネオンを置いて、俺たちは元の客室に戻る。

 それぞれのソファーに座り直し、クラピカが溜息を吐いた。

「ボスは情緒不安定でね、参る」

「占いに頼っていたのに、その占いをクロロに盗まれたんだからな。気持ちは分かるが」

 その言葉を聞いて、クラピカは驚いて俺の瞳を見た。

「ネオンの占いはクロロに盗まれたのか?」

「知らなかったのか? クロロの能力名は盗賊の極意(スキルハンター)といい、条件を満たした者の発を盗む能力だ。

 クロロと接触して念が使えなくなったのなら間違いない」

 クラピカなら気が付けたと思うのだが――どうでもよかったのかも知れないな。

 既に彼はそこに興味は無いようだった。

「まあいい。使えるかもしれなかった能力が、確実に使えなくなっただけだ。

 私としてはネオンの能力は使えない方が好ましい」

「折角奪ったノストラードファミリーが奪還されるかも知れないからな」

「そういうことだ」

 警告付きの未来予知はあまりに厄介。最善の未来が他人の手に渡るとなれば、割を食うのはその他の人間だ。ノストラードファミリーという組織に限っていうならば、クラピカの分は限りなく悪い。彼にとっては良いアクシデントだっただろう。

 俺としてはこの後が気になるが。

「それで、ライト=ノストラードとネオン=ノストラードはどうする?」

「どうもしない。一応、ノストラードファミリーのボスとその娘だ。殺しはしないが、人体収集家の娘に与える慈悲はない」

 冷たい言葉だが、クラピカの言葉も一理ある。緋の目もそれを買う人間が居なければ、幻影旅団がクルタ族を襲う事もなかった筈だ。

 とはいえ、俺はネオンに借りが一つある。ヨークシンで未来を占って貰い、死の運命を回避した。その対価を、俺はまだ支払っていない。

「実はな、俺はネオン=ノストラードに借りがある」

「なに?」

「以前、彼女の占いで危機を脱した事があるんだ。

 もしも問題がないのならば、彼女の身柄を預からせてくれないか?」

 ネオンの部屋の散らかり具合を見る限り、以前よりもずっと与えられる飴は少ないのだろう。それはそれで仕方ないし、俺が口を挟む事ではないのかも知れないが、借りは返さなくてならない。

 っていうか、占いを失ったネオンにはちゃんとした教育が必要だとも思うしな。

「私は構わない。バハトを救ってくれた恩があるのなら、ネオンにも気を遣おう」

「父親は大丈夫か?」

「アレはもう冷静な判断はできないよ。実権もない。喚かせるだけ喚かせるさ」

 アサンを殺した以上、俺には多少以上に余裕がある。受けた恩は返すのが道理。

 その後クラピカと話を詰めて、ネオンを引き取る話を進めるのだった。

 




さてさて、さてさて。
殺し合いから始まる異世界転生、本日で一周年となりました。
まずはお付き合いいただいている皆様に感謝を。読んでいただき、感想を言っていただき、そして評価をいただける。作者として感謝の念が絶えません。

お気に入り数・3683 感想数・326 総合評価・6412 総文字数・約33万文字

これが一年の成果でございます。本当に、本当にありがとうございます。
書きたいシーンを多く書け、今回の子供の名前とネオン救済まで至れて嬉しい限りです。皆様にも楽しんでいただけたらと思います。
まだまだ書きたいシーンがあるので、どうかお付き合いいただけたら幸いです。

これからも、殺し合いから始まる異世界転生。どうかよろしくお願いいたします!


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045話 地盤固め・5~再びグリードアイランドへ

最新話、投稿します。
誤字脱字の修正をして下さる方、感想を下さる方、評価をいただける方。
本当にありがとうございます。


「とんぼ帰りだね」

 操縦席の後ろからマチの声が聞こえ、ハンドルを握る俺は誰にも見えない位置で苦笑を浮かべた。

 昨晩遅くにこの国へ高速船へ辿り着き、硬いベッドで数時間眠った後にノストラードファミリーへ赴く。クラピカと話をして少し以上にいざこざがあり、再び空港から高速船で空へと舞い上がったのはまだ日が変わらぬ時間。全くもってマチへ返す言葉がない。

 この船に乗っているのは俺とマチ、それからブーディカとネオンだ。ブーディカを喚ぶことには躊躇いがあったのだが、ネオンを乗せている為に同じ女性として選択した。

 そのネオンだが、彼女は運転室と区切られていない居住室のソファーベッドで寝息を立てている。寝息とは言ったが、睡眠ではなく気絶だ。

 それは数時間前、クラピカがネオンに告げた言葉が原因である。ちなみにその様子はサーヴァントで覗き見ていた。

 

 ◇

 

「失礼する」

「あ、クラピカ」

 俺との話が終わり、クラピカはネオンを引き渡す準備をする為に彼女の部屋を訪れていた。準備と言ってもネオンの身の回りの物を纏めて、彼女自身と併せて俺に引き継ぐだけだが。

 とはいえ、ネオンは物ではない。最低限の説明は必要だろうと彼自身がネオンの部屋に行ったのだ。その部屋にはエグエグと泣くネオンと、フルートの演奏でなんとか彼女を慰めているセンリツの姿があった。彼女たちを見て、クラピカは冷めた瞳でネオンに話しかける。

「落ち着きましたか?」

「…………」

 ぐしぐしと泣きながら、ネオンはキッとクラピカを睨みつける。ノストラードファミリーもこの屋敷も、実質的にクラピカが牛耳っていることを理解できていないからこその幼い抵抗だ。尤も、それを理解できていないのは皮肉にも前のボスであるノストラード親娘だけなのだが。

 ネオンに気を遣う必要もないクラピカは淡々と事務的に口を開く。

「お嬢さま。貴女の処遇ですが、このままこの屋敷に居ていただくことは難しいと判断しました」

「……待ってよ。どういうこと?」

 まるでこの屋敷から追い出されるようではないだろうか。その恐怖心から、ネオンは涙を引っ込めて問い返す。

 クラピカはそんなネオンへの配慮なしに言葉を続ける。

「貴女はヨークシンから帰って以来、占いができなくなっています。今まではそれでも回復の可能性もありましたが、先ほどボスによって誓約を破らされた為に二度と占いができなくなりました。

 ボスはともかく、私たちはそれを正しく把握しています」

 それを最も正確に把握しているのはネオンだろうが、それでもクラピカは残酷なまでの事実をネオンに叩きつける。やはり彼は本質的にネオンのことが嫌いらしい。

 一方のネオンは震える声で言葉を絞り出す。

「そ…それで占いができなくなった私を追い出すの? そ、そんなのパパが黙ってないんだからっ!」

 ネオンの言葉に思わず顔を伏せてしまったのはセンリツ。この屋敷には、いやもっといえばノストラードファミリーにはもうライト=ノストラードの言うことを聞く人間などいやしない。既にクラピカを若頭として纏まり始めている新体制のノストラードファミリーを知っている彼女には、ネオンの言葉はあまりに痛々しい。

 そして心音を聞く限り、クラピカにネオンに対する配慮の感情は一切聞こえなかった。その事実を表すかのように、クラピカは感情なく言葉を続ける。

「私としてはお嬢さまをこの屋敷に置いておくことはやぶさかではない。

 だが、貴女を引き取りたいという人物が現れたので彼に託すことにしました」

「だ、誰よ。私を引き取りたいって」

 ネオンとて、自分の立場が悪くなっていることは感じ取っていた。今までいた侍女がいなくなり、好き放題許されていたワガママがほとんど通らなくなったのに。それでも察せない方が愚かが過ぎるというもの。そんな彼女の想像よりも現状は最悪な訳だが。

 そしてそれを心配したのはセンリツもだ。ネオンが天使の自動書記(ラブリーゴーストライター)を使えなくなった事が確定した以上、ネオンに価値は殆どない。あるのは見た目麗しい少女である、という事だけ。そんな彼女を引き取りたいとは悪い想像が働いても仕方があるまい。センリツは友としてクラピカがそんな非道の選択肢を選んでいないことを祈りつつ、彼女からも問いかける。

「クラピカ、誰なの?」

 センリツの問いに、クラピカはふっと笑う。まるで自慢の親友を紹介するような誇らしい心音に、センリツは彼女自身が感じた予感は杞憂だと悟った。

「彼の名は、バハト」

「バハト?」

「え、バハトさん? あの人がここにいるの?」

「ああ。彼は私の友人でね、たまたま訪ねて来たんだ」

 センリツは聞き覚えのない名前に首を捻るが、クラピカの言葉を聞いたネオンには通じたようだ。もっとも、ネオンはバハトが自分を引き取りたいという意図を測りかねているようだが。

 ネオンの意識が逸れた隙に、クラピカはセンリツしか聞き取れないようにほとんど発声しない音を口から漏らす。

「情報のシングル。クルタ族。ネオンの占いで窮地を脱した」

 その単語でおおよその事情を把握したセンリツは口を閉ざした。確かにそれならば下手にこの屋敷に置いておくよりは安全だろう。()()()()()()()センリツにはネオンの立場が急速に悪くなっていることが理解できていたのだから。

 そしてそうだとするならばネオンもこの屋敷から離れる準備をしなくてはならない。侍女もいないし、クラピカは男性だ。必然、彼女がトランクに服などの荷物を詰める係になる。

「でも、別に私はこの屋敷から出るつもりは無いし」

「それに関しては、ボスの声をここに録音してある」

 クラピカが再生機を取り出し、センリツは何もそこまでとも思うが口出しはしない。

 そして再生ボタンを押すと、同時に響くその怒声。聞くに絶えない罵詈雑言。

『クソクソクソクソ、ネオンの役立たずがっ!』

『なんの為に大金をはたいて好き放題にさせてやったと思っているんだ、あのクソガキィ!!』

『クラピカァ! ネオンを殴れ、犯せ、苦しめろっ! そうすればこんな未来から逃れるにはどうしたらいいか占うだろ!!』

『あのガキに命の価値はねぇぇんだよぉ! 占い、占い、占いだ!!』

『俺が首をしめてやる、あのガキを殺してやる! 俺を、俺を裏切りやがってぇ!!』

 本当に、聞くに堪えない。仮にも親から娘に言う言葉ではない。

 クラピカも聞くのが嫌になったのか、その音声を止めた。しかしその音声を直接向けられたネオンは、顔面蒼白だ。

「ぅ……ぇ、ぁぅ」

「聞いた通りだ、お嬢さま。ボスは君を苦しめて殺す気だ。そしてボスを止めることを私たちはしない」

「ぁ」

 頼るべき父からの憎悪と殺意、寄る辺を無くした喪失と絶望。それに耐えられなくなったネオンは、意識を失って倒れ込む。それを慌てて抱き留めるセンリツ。彼女はネオンが倒れた原因が極度のストレスにあることと、他に問題がないことを確かめてネオンをベッドに横たえた。そしてフルートで心を落ち着かせる曲を数分流した後、ずっとそこで待っていたクラピカを睨みつける。

「酷いわ、クラピカ。ここまでする必要があったの?」

「あった。ネオンは未だに自分の立場を分かっていなかった。既にもう何の後ろ盾もなく、肉親であった父親に見捨てられたというその立場が。

 帰る場所がなく、ワガママも許されないという立場でなければバハトに迷惑がかかる」

 そこにはネオンに対する気遣いはなく、ただただバハトに対する心配しか存在していなかった。

 そんなクラピカが支配する屋敷がここである。ここから出るならば、確かに必要な通過儀礼だったのかも知れない。だがしかし、それでももう少しオブラートに包むことはできなかったのだろうか。

 センリツはそう思いつつ、ネオンの荷物をまとめていくのだった。

 

 ◇

 

 そうして、本人の意思を完全に無視した状態でネオンを別の国へ運んでいる最中なのが今だ。

 ノストラードファミリーでの会話は、俺やマチが思うことはあまりない。クラピカ、ナイスだ。そう思うくらいだ。ネオンがワガママに振る舞うことに釘を刺した上で、こちらに依存させるような方向にもっていく。その上でヘイトはクラピカが持っていってくれた。これから彼女の面倒を見ていく上で、これはとても喜ばしいことだ。

 尤も、そんなことを無視する手段がないこともないのだが。

「で、バハト。もう決めたんだね?」

「ああ、決めた」

 主語の抜けた言葉。それはマチができるだけ口にしたくない単語、アサンが他人を操ったその能力。指揮者のタクトはその両手(ルーラーコンダクター)、その発動条件を満たしたのだ。

 右手の小指の条件、俺の命を助けた相手であること。そして女性であること。これらが揃った今、俺がネオンの額に右手の小指を当てて念を発動する意思を込めるだけでネオンは操られる。死者の念さえ除念できる念能力のストックも増やせる貴重なチャンスでもあるし、美少女であるネオンに絶対に愛を向けられる機会などまずと言っていいほどない。ここまで強くなった俺の命を助けることなど、そうそうあることではないのだ。

「ネオンは操らない」

「そう。あんたがそう決めたんならいい」

 それでも、俺はネオンを操らない。というかそもそも、恩人を操るという発想が俺にはない。それを発動条件にするアサンが心底理解できない。

 ちなみに同じく操作するとはいえ、バッテラは別だ。アレはこちらもリスクを背負い、メリットを提示して相手が受け取ったその対価。そう思えば裏切りの道を潰す為に操作することに忌避感は薄かった。バッテラがいい大人、というかもう老人だったのだから彼自身の責任でもあった。

 だが、ネオンはまだ少女だ。しかも箱入りだったため、善悪の区別や責任感などは皆無。ただただ好き勝手をしてきただけ。それをただ一方的に操るなんて、命の危険もないのに俺にするつもりはない。

 人は自由であってこそ。そう思うのは間違っていないと、そう思う。

 

 

 やがて目覚めたネオンを含めて、3人の旅が再開される。到着までは2日、ちょっとした親睦を深めるにはいい時間だ。

 ちなみに高速船に万が一があった時の為に喚び出したサーヴァントはライダーであり、女性であるネオンを相手にする可能性があるとなるとやはり女性がいいと考えて召喚したブーディカだが、彼女はほとんど霊体化して過ごしてもらっている。ネオンをマチのように操作しなかった以上、密室の高速船の中で出たり消えたりしてみせてサーヴァントの優位性と異常性を晒すような真似はできない。となれば、本当にいざという時になるまではブーディカには霊体化していて貰う他はない。無理を言っているのに、あははと笑ってくれる彼女には頭が下がる思いだ。

 一度、ネオンが寝静まっている隙にブーディカにシチューを作って貰った。料理も上手な彼女のご飯は旅のいいアクセントになり、密室にこもるだけの旅にはよい刺激になった。このシチューはどっちが作ったのというネオンの質問には、秘密とだけ答えたが。

 そして着陸の少し前。

「やっぱり無理!」

 ネオンが集中力を散らし、俺はもう匙を投げたかった。

「なんで発は使えたのに纏もできないんだよ」

「そんなの私だって知らないし~」

 ぶーたれるネオンに俺はどうしたらいいのかと頭を抱える。なんと、ネオンは己のオーラを留める纏すら習得していなかったのだ。

 それでよく発が使えたなとは思うが、凝で見ればネオンから噴き出るオーラは一般人よりも遥かに多い。おそらく天使の自動書記(ラブリーゴーストライター)を使う時には、多めのオーラのほとんどを使うことで消費に間に合わせていたのだろう。というより、ネオンは天使の自動書記(ラブリーゴーストライター)を使う機能のみを解放したというべきか。

 アカズの少女、コムギも近い状態になるのかも知れない。己の興味がある分野にのみ才覚を発揮する、それ以外は例え初歩の初歩である纏さえも使えない。天才型というか、特化型というか、アホみたいにピーキーな念の発現である。

 とにかくこれは良くないと思い、ネオンに纏の基本である瞑想から始めさせたのだが、とことん上手くいかないのだ。

 まず、ネオンがすぐに飽きる。そもそもワガママ放題の活動的な性格なネオンにとって、瞑想というものと相性がすこぶる悪い。

 その上で才能がない。発に至るのは興味関心素質が揃っていれば楽に壁を越えられるのかも知れないが、本来ならばそれよりも難易度が格段に低い筈の纏は全くできる兆しがない。念には相性があるというが、ネオンにはそもそも努力するということと相性が悪いような気がする。

 この状態でどうしろというのか。念を教えるという方向性が間違っていたのか。素直に学校にでも通わせて友達でも見つけさせればいいのか。

(いやいや、めげるな俺)

 生まれてくるレントがこのような性格でないとは限らない。ネオンはともかくとして、まさかレントの教育を投げ出す訳にもいかない。となれば、言い方は悪いがネオンへの教育はいい勉強になるはずだ。

 そうだ、自分で分からなければ他人に聞けばいい。例えばそう、ビスケ――は、やめておこう。彼女は明らかに自分の気に入ったタイプしか育てない。ネオンについて相談するのに最適な相手とは思えない。

 ならばウイングか。彼は努力家で真面目だし、才能がない相手に教えることも勉強していそうだ。彼に相談するのはありだろう。

「いったんそこまでにしな。もう着陸するよ」

 操縦席からマチの声が聞こえる。そして着陸した振動。

 ネオンについては急ぐ必要はないだろうと、俺はいったん思考を切り替えた。

 離陸前にバッテラに連絡を取れば、俺たちが到着する前にユアとポンズは回収できる手筈だそうだ。そのままポンズはバッテラが最警戒するホテルのような病院に入院、ユアはその付き添いだ。

 俺たちはその病室へと行き、そこで俺が持つグリードアイランドを起動して再びあの島へ旅立つ。グリードアイランドをプレイする際にはゲームディスクにも配慮が必要だが、ポンズの病室と一緒にして警備の負担を減らそうという案である。もちろん、俺としても文句は全くない。

「じゃあ行くか」

 高速船に向かってくる車を見つつ、俺はマチとネオンに高速船から降りる指示を出すのだった。

 

「うわー、うわー、うわー! ほんとに赤ちゃんだ! うわ、今お腹蹴った!!」

「ふふ。元気でしょう?」

 …………。いや、まあいいんだけど。

 ポンズの入院している部屋に行き、初対面となるネオンに挨拶をさせる。その場にいたのはユアにポンズ、それからバッテラ。

 バッテラが俺のスポンサー、ユアが俺の妹であると挨拶をした後。ポンズは俺の妻であり、そして子供を妊娠していると言った瞬間、ネオンの興味は俺とポンズの赤ちゃんに向けられた。母体が生命を宿しているという神秘に強い興味を惹かれたようなのだ。まあ、彼女は人体収集家という側面もあったから、死だけではなく生にも興味があったのだろう。

 そしてポンズも無垢?なネオンを気に入って色々と話をしたあげく、今ではネオンに彼女のお腹を触らせるまで気を許している。ネオンには害意もないし、そもそも人を傷つける術もない。そこら辺は自由にさせればいいと思ったが、なんというか意外な組み合わせである。

「まあ、いいんじゃないかい」

 自然、省かれた組である俺たち4人の中で、マチがそう言った。

「ポンズは妊婦だし、体も心も不自由な時期さ。話し相手がいるだけでも大分違うよ。

 言い方は悪いが、ここに軟禁されているようなものだしね」

「ああ。夫である俺は情報のシングルだし、そもそもポンズ自身もハンターだ。ライセンスだけでも価値があるから、狙われる危険は付き纏う。軟禁に近くなるかも知れないが、安全の為にはここは譲れない」

「うむ。我々の中でも配偶者などが子供を孕んだ時には不自由な思いをさせるのは珍しい話ではない。話し相手としてカウンセラーを雇うつもりだったし、その予定を変えるつもりもないが、ポンズくんの話し相手としてネオンくんがいるのも悪くないだろう」

「それにポンズさんがウイングさんと連絡をとって、ネオンさんの念の指導法を聞いてくれるんでしょ。あっちは任せていいんじゃない」

 続けての言葉は、俺にバッテラ、ユアのもの。意外にもネオンが落ち着いたのを見届ければ、これはこれで良しとも思う。

 そしてそろそろ正午だ。キルアが約束を覚えていれば、12時5分にバインダーをチェックしてくれる筈、スタート地点からマサドラまで行くのも面倒くさいしな。

 流石にバッテラはできる男で、この部屋にはジョイステの準備が整っている。後は俺がディスクを入れて起動すればいいだけだ。

「ポンズ、行ってくる」

「行ってらっしゃい。気を付けてね」

 声をかければ、ポンズは俺に向かって微笑んでくれる。ほんの少しだけ膨らんだお腹を労わるように椅子に腰かける彼女は、母性に溢れていた。

 きょとんとしたネオンも、俺がここからいなくなることは分かったらしい。にこやかに別れの挨拶をしてくれる。

「バハトさん、お世話になりました?」

「なんで疑問形なんだ?」

「実感ないから。

 それじゃあね、ショーイン!」

 言いながら、ウインクしながら顔の半面に手のひらをかざすようなポーズを取るネオン。

「……ナニソレ?」

「知らないの? 最近の流行りなのに」

 白けた俺の言葉を聞けば、ネオンは意外そうな声で返してくる。

 返してくるが、知るもんか。情報ハンターだって何でも知っている訳ではない。むしろネオンの年頃の女子の流行りなどは明らかに守備範囲外だ。どちらかというと、それはかわ美ハンターの領域だろう。奴らは奴らで流行を作り出すから、実は相当厄介なハンターなのだが――まあ今はいいか。

 気を取り直して、俺はグリードアイランドのディスクをジョイステにセットする。そこには既にマルチタップと、メモリーカードが3つセットされていた。俺とユア、マチの分だ。

「先に行くぞ」

 そう言い、ジョイステを掴むような恰好から練。

 瞬間。俺は別の場所に飛ばされると同時、サーヴァントとのラインが切れるのを感じた。

 




次回はちょっと間が空くかも?


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046話 グリードアイランド・10

 グリードアイランドの中に入り、シソの木の前でユアとマチを待つ。

 サーヴァントは召喚できない。スタート地点は未だに見張られているようで、へばりつくような視線を感じるのだ。

「お待たせ」

「ユア」

 程なくしてユアが降りてくる。視線を感じて少しだけ嫌そうな顔をしたユアは、ちょこちょこと俺の側まで寄ってくる。

「それで、目的は本当にゲームクリアなの?」

「ああ。だがポンズの出産には間に合わせたいし、なるべく早くクリアしたいな」

 俺の言葉に、ユアは意外そうに目を大きくした。

「マジなんだ。お兄ちゃんのことだから、別に目的があるとも思ったけど」

「いやまあ別に目的もあるけどな」

「やっぱあるんだ。なに?」

「幻影旅団の1人を狩る」

 さらっと言えば、ユアの表情がピシリと固まった。

「……お兄ちゃん?」

「心配するな、ユア。今までは『敵』が居たから手札を晒せなかったが、その縛りはない。

 俺の切り札を使えば絶対に勝てる」

 そう自信をもって言うが、ユアの顔色は優れない。

 やはり、幻影旅団はユアのトラウマにもなっているらしい。

 分からなくもないが、このトラウマはどうしたって良い事にはならない。やはりそういった意味でも次の標的は幻影旅団だ。

(その為には、やはりサーヴァントだな)

 幻影旅団を確実に殲滅するにはサーヴァントの力を借りない訳にはいかない。転生に備わる贈り物(リバースデイプレゼント)を奪ったとはいえ、使いこなせているとはとても言えないからだ。

 となれば、やはりネックになるのはシャルナークの携帯する他人の運命(ブラックボイス)となる。奴の念能力で俺かサーヴァントが操られる事態となれば、ほぼ詰みだ。

 しかし、グリードアイランドという場所と奴らが除念師を探しているという状況。これらは俺に十分な余裕を生み出す要因となる。

 グリードアイランドは、広い。北海道ほどの大きさを持つというのだから、車や電車はもちろん飛行機が使いたくなる広さだ。その中で除念師のプレイヤーを探すとなれば、当然手分けすることになるだろう。つまりフィンクスは単独行動か、悪くてもツーマンセル。シャルナークに遭わずにフィンクスだけ仕留められるという状況は、グリードアイランドで理想的に整えられているのだ。もちろん、旅団が全員集合しているど真ん中に突っ込んでしまう可能性もあるにはあるが、かも知れないの可能性を全部怖がってばかりもいられない。攻める時は攻めなければならないのだ。

「……分かった。その時は私も戦うから」

「やめとけ、ユアじゃ足手まといだ」

 決意をこめたユアの言葉をさらりと切って捨てる。

 目を丸くした後、じとりと俺を睨むユアだが、サーヴァントや場合によっては転生に備わる贈り物(リバースデイプレゼント)を使うかも知れない以上、ユアを連れて行く訳には絶対にいかない。

 機嫌を悪くしたユアの頭に手をおき、その髪をくしゃりと撫でる。

「ちょ、やめてよお兄ちゃん! 髪がくしゃくしゃになるから!」

「おっとすまん。

 けどな、ユアは安全なとこで待機していてくれ。もしも旅団に害されたと思うと、俺はとても落ち着いていられない」

「う~。お兄ちゃんが心配なのは私もなんだけど……」

 いじけるような声を出すユアがますます愛おしくなり、もうちょっとだけ頭を撫でる。

 ちょっとだけ嫌がる素振りを見せるユアだが本気で拒絶している訳ではないようで、やがてクスクスと笑い始める。

「何やってんだい」

 呆れた声を出しながら、マチがシソの木から降りて来た。

「マチ、ちょっと遅くない?」

「データの初期化をしてたからね」

 肩を竦めて答えるマチ。アサンに生贄にされた女のプレイヤー名がマチであり、つまりマチという名前は使えない。死体が現実世界に還る際、指輪は回収される為に『マチ』のデータは二度と使えないのだ。

 だからといって、偽名でプレイするのも面白くない。何せ自分自身がプレイするゲームなのだ。だからマチは入島した際に名前を聞かれた際に「リヴァイではない」と言い「マチ=コマチネだ」と答える。これでプレイヤー名が変更されるというシステムらしい。

「ん? じゃあ、今までバインダーに登録されたリヴァイの名前が全部変わるのか?」

「そうだよ」

「それって混乱しない?」

「損を被るのはほぼ自分だけだからいいんじゃない? 色々と裏技も使えそうだけど」

 まあ確かに。間違い探しのようにバインダーの名前が一つだけ変わっても、なかなか分かりにくい。逆に顔と名前が一致しないプレイヤーと接触しようとする人間は少ないだろうし、自分の交友関係を白紙に戻すのはデメリットだろう。

 それにマチに関しては実はメリットもある。それはプレイヤーキラーであるマチの悪名を少しだけ誤魔化せるというものだ。

 俺たちが天空闘技場にいた当初、グリードアイランドにはマチだけが入ってプレイヤー狩りをしていた。それでマチというプレイヤーキラーが有名になったのであるが、そのゲームデータは生贄にされた女に移された。そして今、マチのプレイヤー名は『マチ=コマチネ』である。バインダーだけ見ればマチとは別人だと思うだろうし、そもそもプレイヤーキラーであるマチの顔を知っている者も少ない。

 っていうか。

「……そもそもリヴァイのデータは消して、普通に新規データを作った方がよかったんじゃないか?」

「あ」

 それは考えなかったと言わんばかりに目を丸くするマチ。

 いやまあ、やっちゃったものは仕方ないけどさぁ。プレイヤーキラーの悪名に比べれば預金データとかバインダーデータとか誤差だろ。

 俺とユアのジト目を向けられて、マチは素直に頭を下げる。

「ごめん、考えが足りなかった」

「まあいいさ、今更だしな」

 そもそも俺もここでアサンと大立ち回りをしたところを監視している連中に見られている訳だ。マチと共に行動することも合わせれば、名前で誤魔化せる部分もやはり誤差になる。結局は気休めの範囲でしかないのだ。

 話が一区切りついたところで時間を確認する。12時7分。

「キルアからの連絡がないな」

「忘れるなんていい度胸してるわね、キルアの奴」

 ユアが品のない顔と口調で罵った瞬間、ポーンとユアのバインダーが音を立てて具現化した。

『他プレイヤーがあなたに対して交信(コンタクト)を使いました』

『ユア?』

「その声はビスケね」

『そうよ。あんたら戻ってきたのね~』

 間延びして緊張感のないビスケの声を聞きつつ、俺は呆れて声を出す。

「2分遅刻だぞ」

『ゴメンゴメン。いつもはキルアがチェックしてたんだけど、今はゴンと一緒にイベントに挑んでいるのよね。

 あたしはこういうの苦手でさ、操作に手間取っちゃった』

「まあいいわ、早く迎えに来てよ」

『それがね、初心(デバーチャー)はあるんだけど同行(アカンパニー)を切らしちゃって。キルアかゴンも持ってたかしらね?』

「「「…………」」」

 なんとな~くビスケが言いたい事を察して、俺たち3人に沈黙が降りる。

『イベントもいつまでかかるか分からないし、マサドラまでは自力でよろしく。

 あんたらなら100キロくらいの距離は散歩みたいなモンでしょ』

「ちょ、ま、ビスケ!!」

『じゃね~』

交信(コンタクト)が終了しました』

 通信が一方的に切られてしまう。

 数秒、嫌な沈黙が流れた。

再来(リターン)でマサドラに行って、スペルカードを補充するとか方法はあるよね」

同行(アカンパニー)はレア度高くないし、普通当たるだろ」

 徐々に沸き立つ怒りと共に言葉を口にするユアと俺。なんの為に時間を決めて入島したのかわかりゃしない。

「こっちを窺ってる奴らを何人か、のしてカードを奪うかい?」

「やめとけって」

 既に切り替えているマチの案にストップをかける俺。ここからは比較的真っ当にプレイをするつもりなのに、わざわざいきなり敵を増やすこともないだろう。

「とっととマサドラに行こう。それで同行(アカンパニー)を当てて、ビスケを一発殴りに行こう」

「異議なし」

 心を一つにした俺たちは、一路マサドラへ向かって爆走するのだった。

 

 同行(アカンパニー)、当たりませんでした。

「えー」

 全員のカードを突き合わせて、微妙な顔をしているユア。そりゃあまあ、3人で買ったカードは105枚だ。同行(アカンパニー)が当たらない可能性はあるっちゃある。

 だけど、なんとも言えない声と顔を出す原因はそれだけではない。

堅牢(プリズン)擬態(トランスフォーム)、それから強奪(ロブ)ねぇ」

 マチが引きつった笑みを浮かべながら入手したカード名を口にする。SにAとBランクのレアカードを当ててしまったのだ。これで何故同行(アカンパニー)が当たらないのか。

「よし、切り替えよう。レアカードをたくさん入手できたことを喜べばいい」

 当たらなかったカードは仕方ない。再来(リターン)は5枚、交信(コンタクト)は7枚あたったし、磁力(マグネティックフォース)も2枚ある。ひとまずこの3人で連絡を取り合う分には問題ない。

 と、またユアのバインダーがポーンと音を立てた。既に具現化していたので、今回の変化は音だけである。

『他プレイヤーがあなたに対して交信(コンタクト)を使いました』

『おっす、ユア』

「キルアじゃん、イベントはもう終わったの?」

『ああ、ラクショーだね。それでお前らは今どこ?』

「マサドラよ。スペルカードを補充したけど、同行(アカンパニー)が当たらなくて困ってたとこ」

『そんなに買った数が少なかったの?』

「わけないだろ、ゴン。100枚以上買って当たらなかったんだよ」

『運悪いわね~』

「ビスケ、お前が言っていいセリフじゃねぇよ」

『おほほほほ~』

『ま、いいや。俺たちもスペルカードが少なくなってきたし、いったんマサドラに向かう。

 町の中じゃ落ち着かないから、ちょっと離れたとこで落ち合おうぜ』

「分かった。じゃあマサドラの南東2キロ地点くらいの林で待っている」

『おっけ。じゃあな』

交信(コンタクト)が終了しました』

 とりあえずゴンたちと出会う約束は取れた。ユアとマチを見て、口を開く。

「んじゃまあ、必需品を買ってまたここに集まるか」

 グリードアイランドでは金もカード化しなくてはならないし、新鮮な水や食料にキャンプ用品も嵩張るものはカード化して持ち運んだ方が便利だ。といってもスペルカードだけで大分埋まっていて、残りのフリーポケットは10しか残っていない。こういうところでも頭を使わされる。

 とりあえず、今日のところはゴンたちと落ち合ってこれからの話をするだけでいいだろう。ならば、フリーポケットもいっぱいにしていい。手の込んだ料理を作ってもいいだろう。

「あたしはキャンプ用品とか今夜の食料を買っておくよ」

「じゃあ私は保存食とか水とかかな」

「俺は紙とかペンとか買っておくかな」

 そう言って三々五々に分かれていく。円に隠を被せて誰にも監視されていないことを確認して、と。

「素に銀と鉄――」

 サーヴァントを召喚する。やはり余力があるならばサーヴァントは召喚しておきたい、この島に幻影旅団が全員でいることだしな。

 

「バハト!」

「おー、ゴン。早いな」

「いい匂いがしたからね、すぐに見つかったよ」

 待ち合わせの林の中で調理をして小一時間、少しだけ空が赤くなってきた時分にゴンたち3人組がやってきた。

 彼らを見ながら、凝。出会った瞬間に凝をするあたり、念能力者の出会いは目にオーラが集中して面白い。

 ともかくスペルショップで時間がかからなかったのはラッキーだといえた。食事の支度はユアとマチに任せて、訪れた仲間たちに水を配って労わる。

「お、サンキュー」

「ありがとう」

「ありがたくいただくわさ」

「ちなみにビスケは後で殴るから」

「なんでっ!?」

「バハトたちがゲームに戻ったのに迎えにいかねーからだろうが」

「だって同行(アカンパニー)なかったし」

 気心が知れた仲、すぐにわちゃわちゃし始める。まあビスケに対しての怒りはほぼほぼ無くなっていたし、ちょっとからかっただけである。

 そのまま少し手の込んだ食事を済まし、腹が落ち着いたところで火を囲んで話を始める。

「それでゴンたちは指定ポケットカードは何種類くらい集めたんだ?」

「へっへ~。見てよ」

 ニコニコとしながらゴンがバインダーを寄越してくる。まだまだ空いているとこは多いとはいえ、ところどころは埋まっている。

「順調だな。指定ポケットカード23枚か」

「約4分の1が集まったぜ、BとAばっかだけど」

 ここから先が大変だと言わんばかりにキルアが両手を上げた。

 確かにランクが上がれば純粋に入手が難しくなるシステム、ここから先はイベントクリアできるかも分からない。しかもクリアしたとしても、カード化限度枚数になってないとも限らない。トッププレイヤーはカードを当然独占しており、既に5種類くらいはゲイン待ちになっていると考えるのが妥当だ。

 まあ、それは相手ばかりではないのだが。

「それで大天使の息吹を狙ってゲンスルーたちは襲って来なかったのか?」

「うん。全然音沙汰なかったよ」

 うーん、俺がグリードアイランドを離れている時がチャンスだと思わなかったのか? 大分慎重になっているとも考えられるとはいえ、それで好機を逃すタイプには思えなかったが。

 まあ、考えても仕方ない。追い回そうにも、ゲンスルー組はかなりのスペルカードを抱えているだろう上に、奴ら曰く奴隷のフリーポケットも活用できる。物量作戦は得策とは言えないだろう。

 いったん思考を切り替える。

「それでこれからの方針だが」

「俺たちはこのままゲームを進めるよ、順調だしね」

 元気いっぱいに返事をするゴン。それに反対する気はなく、頷いてから仲間たちを見渡す。やはり反対意見はないようだった。

「ゴンとキルア、ビスケはそれでいいと思う。

 それで俺たちなんだが、真っ当な攻略はしない方がいいと思うんだ」

「というと?」

「俺たちが大天使の息吹を独占しているように、他のプレイヤーも独占カードはあると見るべきだ」

「そういうのはトレードで手に入れるしかないよね」

「それ以前の問題だバーカ。1種類でも独占しておけば他のプレイヤーがクリアできないんだから、どんなトレードにも応じる訳ねーだろ」

 純粋無垢に言うゴンを心底バカにするキルア。

 しゅんとなるゴンはいじけつつ、それでも口を開く。

「じゃ、どうするのさ」

「戦って奪うか、スペルで奪うか。なんにせよ難易度高いと思うけどな」

 どうすっかなー、と言いながらコップを傾けるキルア。

 そんな少年たちに苦笑しつつ、口を開く。

「そこを俺がなんとかしよう。

 これでも情報ハンターだからな、気が付かれないように接近するのは得意分野だ。

 隙を見つけてスペルでカードを奪うことも不可能じゃないさ」

「え~、できんのかよ」

 キルアが胡散臭さそうに聞いて来る。

 まあ、分からなくもない。半径20メートル以内に入ったらスペルをかけあえるということは、限られた範囲を注意しておけばいいということだ。はっきりと区切られた警戒範囲を抜くことは難しい。しかも気がついた時点でする警戒はバインダーを出すだけなのだ。これは防御側が圧倒的に有利。

 だが、サーヴァントと神の不在証明(パーフェクトプラン)はこの警戒網を容易く突破できると確信している。サーヴァントは霊体化すれば一切気取られることはないし、神の不在証明(パーフェクトプラン)も声を出せないとはいえまたしかり。神の共犯者でマチも気が付かれない状態にして、彼女が一方的にスペルを唱えれば奇襲は容易く成功するだろう。サーヴァントでバインダーを出していない隙を窺い、そして半径20メートルに神の共犯者で侵入して攻撃。初見で回避できるものはいない筈だ。

「まあ、試してみるさ」

「貴重な攻撃スペルを使うなら無駄撃ちすんなよな」

 キルアの遠慮のない言葉にユアの機嫌が斜めだ。俺をバカにするなと表情で語っている。

 結果さえ出せば問題ないだろうから、苦笑でユアをなだめる。

「それから誰も入手したことのない激レアカードの情報も集めておくか。

 名簿(リスト)と攻撃カード、それから相手のバインダーを見れるカードはできるだけくれ」

「いいぜ。こっちは聖騎士の首飾りがあるとはいえ、防御カードとレアカードが欲しいな。場合によっては取引に使う」

 キルアの言葉に頷き、全員のカードを入れ替えていく。

 俺は奇襲をかけて相手の独占カードやレアカードを奪う担当、ゴンの組は真っ当にゲームを進める担当。

「ユアもゴンたちについて行っとけ。イベントをクリアするのもいい経験になるだろ」

「う~~」

 俺に付いて来たがったユアだが、これはマサドラに来るまでに説得してある。旅団に攻撃を仕掛けるにも、身軽な方がいい。俺の切り札を隠す為にも離れてくれと。

 その時はしぶしぶ頷いたユアも、再び俺から離れるように言われるのは面白くないらしい。ふくれっ面で抗議してくるのを無視する。

「あ、そうだバハト。お互いに追跡(トレース)密着(アドヒージョン)をかけておこうぜ」

「ん? ああ、なるほど。それもいいかもな」

 追跡(トレース)をお互いに掛け合えば、位置情報を確認し合える。近場にいた時に気軽に会えるのはもちろん、なんらかのアクシデントで動けなくなった時にそれが分かるというメリットもある。

 それに密着(アドヒージョン)も使い方によってはかなり有用だ。

密着(アドヒージョン)をかける意味はあるのかい?」

「ああ、指定ポケットカードの入れ方でSOSの合図とかを決めておくんだ。簡単な情報しかやりとりできないけど、こういう備えはしておくもんだぜ」

 マチが疑問の声をあげるが、キルアはあっさりと答える。とりあえず大天使の息吹は俺とゴンにキルアの指定ポケットに入れて、これがなくなった時は異常事態発生という合図にしておく。他にも話し合って、簡単な合図を決めておく。集めたカードの多くはゴンが持つことになっているし、それを利用した連絡法だ。贋作(フェイク)の2~3枚で発信できるのだから悪くない。

 そうして話し合いは続き、順番に警戒しながら夜を過ごすのだった。

 



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047話 幻影旅団・2

いつも感想・誤字報告・高評価をありがとうございます。


 前言を撤回しよう。

「マチのゲームデータ、消さなくてよかったな」

「人間万事塞翁が馬ってやつかねぇ」

 マチのバインダーを見ながら呟けば、マチも頷きながら答える。

 よくよく考えれば、俺はグリードアイランドをまともにプレイしていない上に滞在してる期間も知れたもの。当然、バインダーに載っている名前も相応に少ない。アントキバの月例大会にも出ていなければ、積極的にリストに名前を載せるようなこともしていない。結果、マサドラのカードショップで並んでいた時に近くに居た者とフィンクスくらいしか名前のデータがない。

 対してマチは俺を探したりプレイヤーキルをする為に、なるべくたくさんのプレイヤーの名前をバインダーに載せるようにしていた。ツェズゲラはもちろん、トッププレイヤーであるハガクシやトクハロネといった名前も載っている。これらの相手もマチがゲームクリアを目指していないと知っているので、まさかスペルによる攻撃を受けるとは思っていないだろう。

「作戦実行の前に手に入れておきたいアイテムもあるけどな」

「税務長の籠手だね」

 徴収(レヴィ)を連打できるアイテムであり、これがあるだけで攻撃力が全く違う。破壊されるのも指定ポケットのカードというだけなのだから、贋作(フェイク)の数だけ使えるということだ。

 ユアたちと離れた今、この場にいるのは俺とマチのみ。手分けして準備を整えなければならないだろう。

「まずは……いちおう奇運アレキサンドライトは手に入れておくか?」

「もう条件は揃っているんでしょ? 手に入れるのはいつでもできるんだから後回しでもいいんじゃない? 堅牢(プリズン)で守っている訳でもないし」

「それもそうか」

 急いで取る必要があるアイテムでもなし、慌てる必要はなさそうだ。入手しているプレイヤーも少ないからカード化限度枚数になるとも考えにくいし、そもそもゴンが気が付いて手に入れるアイテムでもある。俺たちは積極的に他のプレイヤーにケンカを売る立場だから、スペルで攻撃をくらう可能性も増えるだろう。わざわざ美味しい餌を身に付ける必要もない。

「じゃあまずは税務長の籠手の入手からだな」

「あ、それならあたしがやるよ」

 順番に手順を進めようとして俺に、マチがさらっと口にする。

「俺が手伝わなくていいのか?」

「ええ、こっちは一人で十分。バハトは他の事をしておいて」

「つってもな、俺が一人ですることって言ったら……」

 言葉を濁すが、マチはそれに対して軽い調子で返してくる。

「あんたなら大丈夫でしょ、フィンクスを殺すなんてさ」

 そう、幻影旅団狩りだ。

 フィンクスを強襲する時はもちろん、これから先も幻影旅団に攻撃する時にはマチは連れて行かない。それは前もって決めておいたことだ。

 海獣の牙(シャーク)幻影旅団(クモ)と交渉できる数少ない組織の一つである。アサンが死亡した今、海獣の牙(シャーク)は瓦解したも同然だが。それを知らなければ窮した幻影旅団が海獣の牙(シャーク)の手を借りる――というか利用しようとする可能性は十分にある。もしもマチが俺の協力者であると知っていなければ、十分にありうる話なのだ。

 つまり、幻影旅団と表立って戦うのは俺とサーヴァント。

(大丈夫)

 じっとりと忍び寄る不安は召喚したサーヴァントであるディルムッドへの信頼で打ち消す。フィンクスは俺と互角か少し上、ならば俺よりも圧倒的に強いサーヴァントならば間違いなく勝てるはずなのだ。まさかフィンクスが本気を出せばアサンよりも強いとは言うまい。

 必要なのは俺の覚悟のみ。この期に及んでそれが持てていないなどとは笑い話にもならない。どちらにせよ、ノブナガを殺した俺は奴らに狙われる。いずれ殺し合うのならば、こちらから仕掛けるのが正解。

「じゃあ行ってくる。ブック」

 バインダーを出してカードを取り出す。同時、ディルムッドが霊体化を解き、俺の肩に手を乗せる。

「心配召されるな、マスター。勝利を捧げると誓います」

「心強い。

 じゃあ行くぞ、磁力(マグネティックフォース)使用(オン)! フィンクス!」

 瞬間、俺の視界は光に包まれて瞬間移動を始めた。

 

 ◇

 

「行ったね」

 バハトを見送ったマチはやや曇った顔をする。だが、それはバハトの心配をしているからではない。

「全く、あれほどの化け物を従えておいてまだ怖がるなんてね」

 それに関してはむしろ安心しているくらいだ。

 マチもサーヴァントと手合わせをさせて貰ったが、まあ上手に遊ばれた。圧倒的な高みから見下ろされるように戦うのはいつ位ぶりだろうか。自分がまだまだ上を目指せると思えて喜びが胸に沸いてきたのは、マチ自身にも意外だった。

 ともかく向こうから奇襲を受けるならともかく、相手が襲われる準備もされていない状態でサーヴァントによる攻撃ができるのならば、まず間違いなく勝てるとマチは確信していた。

「それよりも――」

 言わないのが本当に正解だったのだろうか。それがマチの顔を曇らせている原因である。

 関わって分かった、バハトはアサンよりもずっと善人だ。人を一方的に利用することを良しとせず、苦しんでいる人がいたら助けようとする人間性。アサンとは大分違い、そしてまたマチ自身とも違うということが彼女の心を痛める。

 マチはバハトやバハトが大事に思う人の利になるならば、それ以外の誰がどうなっても構わないと本気で思っている。

 だからこそ、これからやることがバハトの思惑に沿わないだろうとも。そしてそれも、バレなければ問題ないとも思っている。だからこそマチはその行動を止める理由にはならない。

 まずはマサドラの得意客になっているトレードショップで持ちかけられた商談を受けて、リスキーダイスを入手。指定ポケットカードを購入しようとすれば何千万の金額が必要になるが、これも余った指定ポケットカードを売却して資金にしていたから問題ない。ゲームデータをロードしたのはこういう時にも便利だ。金はやはり強力である。

 そして入手したリスキーダイスをしまい、今度はスペルカードショップの前を張る。雑魚プレイヤーを捕まえるのに、ここより適した場所はそうない。

 しばらく待てば、店の入り口が開いて一人の男が姿を現す。今にも笑いだしそうな雰囲気を見る限り、もしや離脱(リーブ)が当たったか。よりもによって、このタイミングで。

(ご愁傷様)

 もちろんマチは見知らぬ男を幸運の絶頂から不幸のどん底に突き落とそうともなんの痛痒も感じない。

 絶で気配を消して、男の後を追う。やがて路地裏に着いた男が、待ちきれないといった様子で呪文を唱え終わるのを待つ。

「ブック、ムガっ!?」

 背後に忍び寄ったマチは、素早く猿ぐつわを噛ませると同時に目隠しもする。男がそれを外そうと自分の顔に手を伸ばすが、その両腕を念糸で縛る。思わず尻もちをついてしまった男は、身動きが全く取れなくなってしまった。

 男の動きを完全に封じた後でマチは男の首に手を伸ばし、いつでも縊り殺せるようにして声をかける。

「静かにしろ、騒げば殺す」

 マチの殺気に立ち向かう事が出来ず、男は顔を青白くしながらガタガタ震えるだけになった。

 それを確認した上で男のバインダーからカードを奪うマチ。

離脱(リーブ)窃盗(シーフ)徴収(レヴィ)。ため込んでるじゃないか」

「ム、ムガ……」

 念願の離脱(リーブ)が奪われることに男は抗議の声を上げようとしたが、マチは容赦なく男の足首の骨を踏み砕いて黙らせる。

「ムグゥゥ!!」

「騒ぐんじゃないよ、次は殺す」

 コクコクと涙を流しながら頷く男を無視して、目ぼしいカードを全て奪ったマチ。

 それを終わらせたマチは男に声をかける。

「必要なカードは貰ったわ。これで殺してもいいんだけど」

「ムゥゥ!」

「ま、あたしも鬼じゃない。助かるチャンスをあげる」

 言いながらマチは男の猿ぐつわを外す。

「ひ、な、なんだよお前。俺が何をしたって言うんだよぉ……。

 目隠しも外せよぉ」

「目隠しを外してもいいけど、あたしの顔見たら結局殺すわ。それでいいのね?」

「い、いい訳ないだろ!」

「じゃあそのままで我慢しな。

 ああ、言っておくけどあたしも我慢強い方じゃないから。もしも手間をかけさせるようならその場で殺す」

 そう言ったマチに息を飲む男。それらに反応することなくマイペースに、マチは平常心で先ほど入手したリスキーダイスを取り出して男に握らせる。

「振れ」

「!? リ、リスキーダイスかっ!?」

「手間をかけさせんな、次は殺す。振れ」

「ひっ! …あ」

 マチの殺気に男の手からダイスがこぼれ、地面を転がる。やがてそれは大吉の面が上で止まった。

宝籤(ロトリー)の数は合わせて4枚ね。じゃ、よろしく」

「く、くそ! 分かったよ、やればいいんだろ! 宝籤(ロトリー)使用(オン)!」

 煙を上げてカードが変わる。マチはそれを奪い取り、確認。

 指定ポケットカード089番、Aランクカードの税務長の籠手のカードが握られていた。指定ポケットカードの中でAランク以下のカードは約4分の3であり、独占されていることを考慮しても宝籤(ロトリー)で当たる分母は65かそこそこだろう。一発で引けるとは運がいいと、ニヤリとした笑みがマチから零れた。

「スカだね。あたしが欲しいカードを当てたらゲームから脱出させてやってもいい。ほら、さっさと振りな」

「ぅぅぅ…。なんで俺がこんな目に…」

 涙を流しながら、男はそれでも気丈にダイスを掴み、振る。

 大吉、Aランクカードの千年アゲハ。

 大吉、Bランクカードの縁切り鋏。

 大凶。

「あ」

「ひっ! な、なんだよ。大凶が出たんじゃないだろうな!」

 目隠しをした男には結果が分からないが、彼に説明する気もないマチはその場を素早く離れた。それと同時、男の真上にあるビルの窓から何故か大量の包丁が投げ捨てられ、男に向かって落下する。

 ズガガガと落下した包丁に切り刻まれた男は間違いなく絶命していた。

「あんた、包丁マニアかなんか知らないけどまたこんなに無駄使いして!」

「だからって窓から捨てる事ないだろう!」

 比較的どうでもよくて洒落にならない痴話喧嘩が頭上から聞こえてきた。

「ま、いっか」

 とりあえず目的のカードを入手したマチは切り替えて、この場で起きた事をあっさりと忘れるのだった。

 

 ◇

 

 フィンクスの元に着地して最初に確認するのは、敵の仲間が近くにいるかどうか。特にシャルナークが側にいるかどうか。

「誰かと思えばいつかの情報ハンターか」

 場所はどこかの林、見通しの悪くないこの場で幻影旅団が隠れ潜む必要もない。

 つまり、フィンクスは一人。

「仲間はいないようだな」

「――後ろの剣士はタダモンじゃねぇな。面白れぇ、俺を殺しに来たってわけか?」

 フィンクスの視線は俺の背後にいるディルムッドに注がれていた。俺を無視する程に、サーヴァントであるディルムッドを警戒していた。

 そしてその警戒は正しい。フィンクスはオーラを爆発させるように溢れさせ、戦いに備える。

「バハト、構わないですよね?」

「もちろんだ。命令する、フィンクスを殺せ」

 俺の言葉にディルムッドが双剣を抜きつつ、前に出る。その威圧感は、殺気を向けられていない俺でも思わず息を飲んでしまうもの。だがしかし。それを向けられたフィンクスはそれでも笑みを消さない。

「ハ。バケモンって奴はいるとこにはいるもんだな」

「誉め言葉と受け取っておきましょう」

「殺りがいがありそうだぜ」

 強がりではない、オーラに淀みがないから。フィンクスはディルムッドの実力を把握した上で、彼を殺すことを諦めていない。

 構える段になって、フィンクスの笑みが消えて逆にディルムッドの顔に笑みが浮かぶ。

「我はフィオナ騎士団、ディルムッド=オディナ。名乗りを上げよ、勇者よ」

「――幻影旅団、5番。フィンクス=マグカブだ」

「尋常に……勝負!!」

 言い終わると同時、ディルムッドが動く。辛うじて目で追えるといった速度でフィンクスへと迫ったディルムッドは、首と脚を狙ってその剣を振るった。フィンクスは首への剣閃は回避するが、脚は回避しきることができずに僅かに切り傷ができて血が流れる。

 間合いを詰めようと潜り込むように進もうとしたフィンクスだが、即座に横にずれる。直後、寸前まで彼の頭があった場所に上からディルムッドの剣が降ってきた。

 横に移動したままサイドを取ろうとしたフィンクス。しかしまたもやその狙いは達することなく、勢いよく後ろに下がる。ディルムッドの追撃である刺突は空を切り、フィンクスに手傷を負わせない。

「く――」

「ほう」

 ディルムッドがぬるい訳ではない、フィンクスが凄いのだ。俺だったら深い傷を負っているような攻撃を回避できるのは、きっと死線を潜った勘というものだろう。動き自体は俺にもできるだろうが、あそこまで鋭く動くという考えが今までなかった。

 いや、フィンクスもそう考えている訳ではないことは分かる。だが、そう動かなくては終わると感じとれるからこそ、そう動けるのだ。俺にその感性はまだない。

 一回の攻防が終わった時点でフィンクスはじっとりとした汗を掻いている。対してディルムッドは涼しい顔である。勝敗の行方は分かるというもの。

 それでもしかし、フィンクスは諦めていない。

「今度はこっちから行くぜぇ!」

 前進するフィンクスに合わせてディルムッドが剣を構えるが、間合いに入る前に方向転換。横にある木の枝に向かい、それを足場にして急降下。加速して突撃するフィンクスは余りに早い。それでもディルムッドは揺るがない、迎撃する相手をしっかりと見据えている。

 振られる剣、その側部にフィンクスの拳が叩きつけられて弾かれる。フィンクスの左腕とディルムッドの右剣が残る。突撃して距離を潰した分、距離は近く剣の間合いではない。

「オ、ラァァ!!」

 溜めた左腕を振るうフィンクス。柄頭でさらりと受けるディルムッド。

 同時、一歩下がったディルムッドは間合いを剣のそれに直す。

「いくぞ」

 詰みだと、俺はそう確信した。十全にフィンクスを剣の間合いに収めたディルムッド、ここから逃がす訳がない。

 多分だが、フィンクスもそれを感じ取ったに違いない。ニィと笑う奴は、しかしそれでも諦めていない。死んでいないのに諦めてたまるかといった様子だった。

 次の瞬間、フィンクスに降り注ぐ剣の雨。

 ディルムッドの剣撃を。フィンクスは時に拳を合わせ時に躱し、そして時に多少斬られながらも致命傷を避ける。

 時間にしておおよそ7秒程か、英霊の攻撃を受けきったのは見事としか言いようがない。そうそうにフィンクスの回避力を見切ったディルムッドが彼の動きを封じるように剣を振るい、それに抗えなくなったフィンクスが致死の刃を受けるのみになる。

 フィンクスの首を落とす為に剣を溜めるディルムッド。その現実を見て、なおフィンクスは哂う。

「次は、俺が勝つ」

「そうか」

 そして振るわれる剣。

離脱(リーブ)使用(オン)! フィンクス!」

 刹那、光が割り込んでフィンクスを包み込んだ。

 俺が最後に見たフィンクスは。首を浅く斬りつけられて血を流しながら、憤怒激怒の悪鬼が如き表情をしていた。

「は?」

「曲者っ!!」

磁力(マグネティックフォース)使用(オン)! フランクリン!」

 少し離れた木陰から光が空に飛び、消える。

 距離があり過ぎたせいで、ディルムッドもその半ば以上までしか踏破していない。

 あの優男風の声は、おそらくシャルナーク。

 いや、そんなものはどうでもいい。確認をしなくては。

「ブック」

 バインダーを出してリストを確認するが、シャルナークの名前はない。奴は俺の半径20メートルに入らなかったのか。ディルムッドはバインダーも持っていないし、スペルを唱える訳にもいかない。

 つまり。

「……逃げられた?」

「申し訳ありません、マスター。私の責任です」

 肩を落として俺に詫びるディルムッド。結果だけ見れば、情報だけ抜き取られた形だ。

 だがしかし、俺にはディルムッドを責める気はない。

「いや、仕方ない。俺もまさか旅団が気配を隠していたなんて考えもしなかった。しかもシャルナークだけなんてな。

 それに何もしなかった俺が責められる訳もない」

「寛大なお言葉、感謝いたします……」

 それでも敵を仕留めきれなかったディルムッドは元気がない。慰めるように言葉を続ける。

「それに旅団の戦闘員と戦って実感が掴めたのは大きい。次こそは仕留められるだろう、期待している」

「ありがとうございます」

 汚名返上の機会があると知ったディルムッドはやや元気を取り戻す。

 だが、このまま順調にいけば幻影旅団と遭うのはB・W号になるか。アサシンの独壇場である為、ディルムッドの出番はないかも知れない。

 そうも思いながら、終わった戦闘に思いを馳せる。

 素晴らしい戦いだった、ディルムッドもフィンクスも。アサンを殺して、強さに対する餓えというものがなくなっていたのかも知れない。だがしかし、あんなものを魅せられて、心が動かない程に俺も枯れてはいない。

「ディルムッド」

「はい」

「強くなりたいな」

「…はい、微力ながらお手伝いをさせていただきます」

 どこか清々しい気分でそんな会話をするのだった。

 

 ◆

 

「全員集まったね」

「フィンクスが居ねぇぜ?」

「バインダーを確認しなよ、フィンクスはもうグリードアイランドに居ないよ」

 そこにはグリードアイランドにいる幻影旅団が全員集まっていた。

 シャルナーク、フランクリン、シズク、コルトピ、フェイタン、ボノレノフ、ミドリ、カルト。グリードアイランドにいると思われる除念師を探してそれぞれに散っていた仲間たちを集めたのはシャルナークだった。

「で、なんでワタシたちが集められたね。除念師が見つかたか?」

「ヒソカが居ないし、違うんじゃない?」

 フェイタンが軽く言うが、ミドリがあっさりと否定する。

 それに怒るでなく、じゃあなんだと言わんばかりに眉を顰めるフェイタン。

「順番に説明しようかな。情報ハンターのバハトが攻めてきた」

「誰だっけ?」

「ノブナガ殺した奴を忘れんな」

 シズクがいつも通りにボケをかますが、流石に許容範囲を超えていたのかフランクリンがいつもよりも強めに窘める。

「あー、いたね。あれ? でもフィンクスが雑魚って言ってなかったっけ?」

「それが発を使ったバハトは化け物だった、フィンクスが一方的に追い詰められてたんだ」

 そこでシャルナークが先ほど見た戦闘を簡単に説明する。

 聞き終わったところでボノレノフが口を開いた。

「ちなみになんでシャルはその場にいなかったんだ?」

「便所」

 幻影旅団とはいえ生理現象はある。その姿を見せて喜ぶ訳もなし、多少の隠蔽はする。バハトにとっての不運は、よりにもよってそのタイミングで強襲してしまったことだろう。

「でも、シャルはフィンクスの戦いに手を出したんだよね? たぶん、凄く怒ってるよ」

「ああ、それは分かっている。だけど仕方ないんだ」

 コルトピの言葉に、シャルナークは簡単に返事をする。

「ヨークシンの仕事で俺たちはウボーとノブナガを失った、戦闘職が不足気味なんだよ。

 そしてバハトの念獣は捨て身の前衛が何人か必要なレベルだ。あれと戦うクモとして、フィンクスはあそこで死なせられない」

「でもそれって団長命令じゃないよね。フィンクスが納得しないと思うけど」

「後で好きなだけ殴られるし、死んでも仕方ないかな。アレに勝つのがクモが生き残る道で、その時までフィンクスが生きているなら俺の命は払ってやるさ」

 ミドリの言葉に肩を竦めて話すシャルナーク。

 そこら辺にあまり興味がないカルトが口を開く。

「でもそんなに強い念獣ってありえる? バハトの仲間って可能性は?」

「あの念獣の半径20メートルに入ったけどバインダーに名前が載らなかったんだ。これでアレがプレイヤーじゃないのが確定。

 そしてフィンクスがバハトに近づこうとする動きを偶然のそれも牽制していた。本体への防衛本能が高いんだろ」

「なるほどね。つまり念獣を足止めしている間に本体を仕留めればいいのか」

「そう。って言っても桁違いの強さだったし、旅団がまとまる必要があるね。だからバハトと遭遇しないうちに団長の除念をしよう。

 フィンクスの説得も俺がやるから――」

「ふざけてるか? なんでワタシがそんな事を聞かなきゃならないね」

 シャルナークの声をぶった切るのはフェイタン。顔に青筋を立てながら、フェイタンはシャルナークを睨んでいる。

「そもそもシャル、お前がフィンクスの戦いに手を出したのも納得できないね。

 それ、フィンクスに対する侮辱よ」

「否定はしない。けれど、旅団存続の為に最善の判断をしたつもりだ」

「お前は団長か? なんでお前の判断にワタシやフィンクスが従う必要があるね。バハトとやらは殺す、優先事項ね」

「流石に除念師は優先だろ?」

「そう思うならお前たちはそっちに手を割けばいいね。ワタシとフィンクスは舐めた真似をしたバハトを先に殺す。その後に除念師はちゃんと探すから心配するないね」

 聞く団員はどちらにも利があるように思えた。優先すべきはクモという原則に従えばシャルナークが正しいように思えるが、そもそもそれ程の脅威がバハトにあるかどうか分からない。実際その戦いを見た訳でもないし、ノブナガが殺された時点でフィンクスだって殺される可能性もあるのだから。しかしそんなかも知れないを怖がって私闘に手を出していてはキリがない。それで死んでも自己責任なのだから。

 こういった場合はどうするか。

『コインだな』

 結局ここに落ち着く、落ち着かざるを得ない。リーダー不在の統率力のなさはあるが、それでも最低限の纏まりがあるのは流石だと言えるだろう。

 フェイタンがコインを取り出し、宙に放る。それをつかみ取り、自分の手と腕で表裏を隠した。

「表」

「裏」

 シャルナークが表で、フェイタンが裏。果たして出てきた面は――

 

 

 




次はちょっと間が開くかも~


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048話 グリードアイランド・11

お待たせいたしました。
最新話をどうぞ。


 

 俺とマチが本格的にグリードアイランドの攻略を始めて、3日。初めて獲物が網にかかった。遠距離からスペルカードショップを見張っていたが、そこに有力プレイヤーが現れたのだ。

「あの男がトクハロネの仲間だな?」

「ああ、ブリューだね。この距離ならバハトのバインダーには載ってないはずさ」

 とはいえ、正攻法でグリードアイランドを攻略する気は皆無である。それはゴンに任せておけばいい。俺とマチがするのはそのサポートで、つまり独占カードを作る事と逆に独占されているカードを奪う事だ。

 まあぶっちゃけ、拷問スキルを持ったサーヴァントにかかればバインダーを出させることは簡単だろうが、ゴンの逆鱗に触れるので却下。そもそも拷問スキルを持つサーヴァントを召喚するのは普通に怖い。拷問のスキル持ちなんて大概が反英霊である。

 操作系の念能力を使おうにも、発動者が俺とバレたり発動条件が露見したりしたら普通に面倒だ。よってこれも却下。

 となると、やはりスペルで奪うのが最適解となる訳だ。俺はほとんどのプレイヤーの顔と名前が一致していないが、ここはマチに助けられた。彼女が把握しているトッププレイヤーを見る為にスペルカードショップの前を張っていたのだ。

「オーケー、視認した」

 無限に続く糸電話(インフィニティライン)、発動。

 エリリの能力であるこれは、最大10人までの相手と糸電話を接続できる。設定する条件は相手を直接視認するのみであり、緩いといえば緩いがテレビなどの映像や望遠鏡を介してでは無効である為に場合によってはかなり面倒な部類にも入る。

 そして糸電話を繋いだ相手1人だけ、自分の声を届けることが可能になると同時に相手の肉体が発する音も聞き取ることができる。例えば手に持った携帯の発する音は聞こえないが、携帯のボタンを押す音は聞こえるのだ。そしてこの()()()()というのが重要で、その方向や距離も理解できる。本来の能力者であるエリリならば25キロ先にいる相手もピンポイントで場所を把握できたらしいが、もちろん俺には無理でありおおまかにしか分からない。これがハンター試験でエリリが俺の居場所を探ったカラクリとなる。

 これでブリューは完全に捕捉した。少し離れた場所に移動したブリューは声を出す。

「ブック。再来(リターン)使用(オン)。コンターチへ」

 俺の耳にだけ遠くからはっきりと声が聞こえる、不思議な感覚。同時、彼の体が風切る音が耳に届く。

 便利と言えば便利だが、変な感覚といえば変な感覚だ。

「問題ないかい?」

「まあ、問題はない」

 サーヴァントとラインを繋ぐこともあるから普通の人間の感覚と違うことには慣れているとは思うが、こういうのはそれぞれで別の違和感があるから困る。同じ乗り物酔いでも、車や船やヘリコプターではそれぞれ違うというべきか。

 とりあえず、いったん糸電話の接続先に設定してしまえば切り替えはいつでもできる。俺はブリューから糸電話を外して妙な感覚から解放される。

 ちなみに糸電話という名前を使っている通り、この能力は結構脆い。距離で切れることはないが、念能力による移動ではブツブツ切れる。グリードアイランドに入る際、全ての糸電話が切れたくらいだから瞬間移動でもアウトなのだろう。現在の接続先はユアとマチ、そして今しがた接続したブリューだけだ。スペルによる移動は高速移動に分類されるらしく、糸電話が切れる様子はない。

「だいたいのプレイヤーはスペルカードショップに訪れる。そこで糸電話を繋ぎ、隙を見て接近してスペルで奪う。

 ……自分で言っておいてなんだが、いけるかな?」

「なんだい。まだ自信がないのかい?」

 やや呆れた声を出すマチ。自信はそれなりにあるし、荒事になっても勝てるとは思うが、完全に上手くいくとはやっぱり考えにくい。どこかで想定外のことが起きるとは考えておくべきだろう。

 とはいえ、やると決めたことをウジウジと怖がってばかりでも恰好がつかない。問題は起きるとした上で、柔軟に対応するしかない。現場のプロとはそういうものだろう。

 思考を入れ替えて、決行の意思を伝える。

「自信はないが、とにかくやってみてから考えよう。少し時間を置いて、トクハロネ組を攻撃するぞ」

「そうこなくっちゃ」

 ニヤリと笑うマチ。相手が油断するまでの時間を使って、ひとまず現状をおさらいしておく。

 

 現在、グリードアイランドのイベントでクリアされていないものはほぼない。000番の『支配者の祝福』、001番の『一坪の密林』、002番の『一坪の海岸線』がそれぞれクリアされていないイベントになる。

 ……ちなみに『一坪の密林』の所有者も0である。原作では宝籤(ロトリー)で当てたものがいたらしいが、運命が狂ってその事実がなくなったか。それともまさかマチがプレイヤーキラーした中にそのプレイヤーが混じっていたのか。考えても頭が痛くなるだけだからとりあえず考えないことにする。

 それはさておき。最もカードを集めている上に独占カードも所有しているのがツェズゲラ組だ。確認した時点で集めているカードは92種、残り7種で99種類集まる。SSカードの所有枚数は0であるとはいえ、大天使の息吹の引換券も手に入れているし、独占カードを2種集めているのが大きい。『浮遊石』と『身代わりの鎧』。

 SSカードは『支配者の祝福』を入れて5種類だから、ツェズゲラが入手できていないカードは016番の『妖精王の忠告』、073番の『闇のヒスイ』、075番『奇運アレキサンドライト』。更にはカード化上限に達しているSSランクカードの『ブループラネット』も射程範囲だろう。

 この中で『闇のヒスイ』はゲンスルー組が独占し、『妖精王の忠告』はトクハロネ組が独占している。『ブループラネット』はハガクシ組が独占していたが、ハメ組にスペルで奪われた為に現在はゲンスルー組とハガクシ組が所有している。ゲイン待ちの一番は誰か分からないが、ここもツェズゲラ組の可能性は低くない。

 もちろん『大天使の息吹』はゴン組、俺とキルアとゴンが所有している。ちなみに全員のバインダーは堅牢(プリズン)で守られているので、スペルで奪取される心配はない。2回目に入島してマサドラに行った時に同行(アカンパニー)は当たらなかったが、堅牢(プリズン)は当たったし擬態(トランスフォーム)も当たった上にゴンが予備を1枚持っていたから、コピって防御しておいたのだ。つまり上位プレイヤーたちが硬直している間、ゴンたちは伸び伸びとゲームをプレイできる。

 話を戻そう。とにかく俺とマチの狙いは、これらの上位プレイヤーたちが独占しているカードだ。これを奪取しない限り、ゴンがゲームクリアするのは難しい。ように見える。本当のところはバッテラはもうこちら側に引き込んでいてツェズゲラは味方も同然なのだが、ゲームを楽しんでいるゴンにそれを言うのも野暮だろう。

 故に俺もスペルによる奪取で相手からカードを奪うのが良い、これは一応ゲームのルール内の出来事だしな。カード化上限に達しているカードはどれでも狙い目だ。

 

「そろそろいいかな」

「いつでもいいさ」

 適当に時間が経ったところを見計らい、無限に続く糸電話(インフィニティライン)を使ってブリューの場所を探る。おおよそ、北に80キロといったところか。

「……北?」

 ブリューが向かったのはマサドラから見て南にあるコンターチだったはずなのだが。

 ああ、そうか。マサドラではどこに人目があるか分からない。適当な別の都市に再来(リターン)で飛んで、そこから更に仲間のところにスペルで移動したのだろう。流石トッププレイヤー、慎重だ。

 とりあえずその事をマチに伝え、北を目指すことにする。

大和撫子七変化(ライダーズハイ)

 ゾルディックに仕えるツボネの念能力を使い、バイクに俺の身体を変える。即座にマチが俺に乗り込み、オーラを注ぎ込んで爆走を開始した。

 ちなみにマチは気が付いていないが、サーヴァントも俺に乗っている。今現在召喚しているのはアーチャーのエミヤだ。必要魔力が少ない割には近遠両方の戦闘をこなし、千里眼も持っているので重宝する男である。まあ、本気を出すとバカバカ宝具を投影するので途端に燃費が悪くなるのだが。

 

 念能力者は感覚が鋭い。

 そこにまさかエンジン音を轟かせて接近する訳にもいかず、10キロ手前で大和撫子七変化(ライダーズハイ)を解除して接近。エミヤは先行させてトクハロネ組の様子を伺わせる。

「しっかし出てくるモンスターはウザイね」

「全くだ」

 遠距離からオーラの込められた木の実を投げつけてくる猿に突撃し、殴りつけてカード化。Dランクのモンスターカードである『遠投猿』をバインダーにしまう。

 どうやらトクハロネ組がいるのは密林の中らしく、視界は悪い。しかしこう物音を立てながら近づけば警戒されるのは間違いない。

『エミヤ、まだ気が付かれた様子はないか?』

『まだ大丈夫だ、マスター』

 サーヴァントのラインを確認すれば距離としては1キロといったところだろう。平地ならば発見されている距離だ。この密林が接近を知らせない壁の役割を果たしているが、俺はサーヴァントと能力によって位置が筒抜けである。このアドバンテージは大きく、スペルで攻撃するのならば手放してはいけないものだ。

「そろそろ慎重に行くぞ」

「分かったわ」

 マチは頷いて、大和撫子七変化(ライダーズハイ)とは逆に今度は俺を背負う。俺はマチの肩に手を回して、その体に手のひらで触れて息を止める。

 メレオロンの能力である神の不在証明(パーフェクトプラン)及び、それを連動させる神の共犯者によって俺とマチを他者からの認識の範囲外に置く。

 この状態ではモンスターの出現判定もなくなるらしく、ちょくちょく出て来たモンスターが一切出現しなくなった。密林を大きく移動するならば戦闘音が聞こえると思っているのなら、これは相当に大きい。

 尤も、モンスターを出現させなくするアイテムもかなり貴重ではあるが存在するらしく。これだけでは完全に相手を油断させる訳にもいかないだろう。

 100メートル毎をマチが慎重に進み、息継ぎの間は絶をして気配を殺す。絶もレベルが低ければコンマ以下のパーセンテージでオーラが漏れてしまうが、俺やマチがそんな低レベルな訳がない。エミヤから伝えられる情報も問題はなく、着実にトクハロネ組に迫っていく。

「っと」

 と、だいたい50メートルまで接近した時にマチが不自然に止まった。神の共犯者によってその声は相手には届かないが、何かあったのか。

 そう思う俺に説明するように、マチは足元を指さした。目をこらせばそこにはツタで作られた糸が張られている。その先には植物の実が括り付けられており、鳴子の役割を果たす簡易のブービートラップが設置されていた。

 ここから先は奴らの厳重警戒区域だろう。更に注意して進むこと、約25メートル。

(……居た!)

 マサドラで見た男、ブリュー。漫画でワンカットだけ出て来た精悍な顔つきの男、トクハロネ。髪を短く刈り上げた女、ソヨト。間違いない、トッププレイヤーであるトクハロネ組だ。

 やや息が辛くなってきたので、マチをタップして神の共犯者を解除する合図を送る。それに気が付いたマチが絶をして、解除。俺の息が整うまで、その場に潜む。

 トクハロネ組は俺たちの存在に全く気が付いていないらしく、話し合いを続けていた。

「『一坪の密林』がどこを探しても見つからん。ハガクシ組もツェズゲラ組も見つけていないらしいがな」

「特にハガクシ組は必死よ。ハメ組にブループラネットを奪われたし、独占カードがないもの」

 どうやら奴らは『一坪の密林』をターゲットに定めているらしい。道標(ガイドポスト)で地域を限定し、地道に探索中といったところか。

「つーか、情報提供者のガセネタが多すぎるんだよ。ピンポイントで聖水(ホーリーウォーター)を要求しやがったくせに、まさかのガセネタだぜ!?」

「怒鳴るな、ブリュー。腹立たしいのは俺たちも一緒だ」

「折角マサドラまで行って仕入れたのによ…」

 とはいえ、やはりSSカードは難易度がエグイ。Aランクスペルカードを要求してガセネタとか。これ、ガセネタかどうかを見分けるヒントはあるのか? ないならマジで心が折れるな。

 まあ、俺たちが更に奴らの心を折ってやるんだが。

 ポンとマチも肘を叩き、彼女の手を握る。そして息を止めると同時、マチが呪文を唱える。

「ブック」

 プレイヤー同士がスペルをかけあえる距離は20メートル以内から。熟練プレイヤーほどこの範囲に敏感になり、絶で接近しても気が付かれないとは限らない。そもそもスペルを唱え終わるまでに相手がバインダーを出せば防御スペルを使われてしまう。バインダーにセットする方法も、そこまで接近して準備をすれば相手に気取られてしまう。

 だが、神の不在証明(パーフェクトプラン)は完全な奇襲を可能とする念能力だ。素早く10メートル程近寄り、誰そ我の距離は約15メートル。射程範囲内だ。

強奪(ロブ)使用(オン)、ソヨト! 『妖精王の忠告』を奪え!」

 声は聞こえない。しかしスペルの効果による光は隠しようがない。ソヨトの体から光が飛び出してマチの体に回収される。

 驚きに顔を染める3人だが、即座にその呪文を唱える。

「「「ブック!!」」」

 3人全員の前にバインダーが具現化されるが、そもそもそれが隙。防御スペルでは防げない攻撃をするだけだ。

 マチは税務長の籠手を装備している。彼らには聞こえない声で高らかに宣言する。

徴収(レヴィ)使用(オン)!」

 3人と、ついでに俺から光が飛び出してマチに収束。

「声が聞こえねぇぞ!?」

「バインダーにセットしてるにしては早すぎるわ!」

徴収(レヴィ)使用(オン)!」

 更に攻撃。贋作(フェイク)で埋めた指定ポケットカードが壊れていくだけで徴収(レヴィ)の攻撃が成立していく。

 近距離までいるはずの俺たちの気配が感じられないことが、彼らの困惑を大きくしているらしい。方向は分かっているはずなのに、こちらを見ても姿を確認できないのだ。攻めるべきか引くべきか、判断がついていない。

徴収(レヴィ)使用(オン)!」

 3回目。ここに来てトクハロネがバインダーからカードを取り出す。

 大丈夫、この状況で獲物がする動きは読めている。俺とマチは素早く下がり、奴らの半径20メートルから離脱する。

同行(アカンパニー)使用(オン)、マサドラへ!」

 範囲外に出た俺たちを置いて、トクハロネ組が空へ消えていく。ここからは時間との勝負だ。

 マチもバインダーからカードを取り出し、スペルを唱える。戦果の確認は後回しである。

同行(アカンパニー)使用(オン)、アントキバ!」

 高速移動をしながら、俺は息を吐く。ここまできたら神の不在証明(パーフェクトプラン)は必要ない。

 十数秒の滞空時間を経て、アントキバへ到着。とりあえず入り口は目立つので、この場から離れる。

 離れながら、マチは口を開く。

「予定通りだろ。ほら、大丈夫じゃないか」

「ああ。同行(アカンパニー)で攻撃者を引きずり出せなくて混乱している奴らだが、すぐにバインダーをチェックするだろう。失ったカードももちろんだが、謎の攻撃者も誰か知りたいはずだ。

 するとバインダーの最後尾には俺の名前。俺が攻撃したように見えるが、念視(サイトビジョン)で調べても奪われたカードを俺は持っていない。

 そりゃ、限りなく怪しいだろうが、決して黒ではない。証拠はどこにもないんだからな。

 疑って俺と交渉してくれなくても、何の問題もない。ゴンたちは普通に交渉できるはずだ」

 俺が誰と繋がっているか分からない、というのがこの作戦のミソだ。最大限に相手の混乱を誘える。

 更に言うならば、スペルによる攻撃はプレイヤー同士で禁忌とされていないのも大きい。直接相手を殴りつけた訳でもないから、よほどの土壇場になるまでこちらに襲い掛かってくることはないだろう。

 まあ、襲われても返り討ちだがな。俺とマチはもちろん、サーヴァントが居れば大分以上に心持ちは楽だ。

『他プレイヤーがあなたに対して交信(コンタクト)を使いました』

(おっ)

『…………』

 このタイミングで交信(コンタクト)。間違いなくトクハロネ組だろう。察したマチは即座に黙る。

 こちらから聞こえるだろう反響音は間違いなく街中のもの。先ほどまでいた密林ではない。

「誰だよ? なんか喋れ」

『…………お前か?』

「? 何が?」

『…………』

「だから誰だよ、お前」

 すっとぼけて聞いてやる。確認を取るための行動がドツボだ。あの3人のバインダーに載った最後尾の名前は間違いなく俺である。しかし念視(サイトビジョン)で調べても奪われたカードは所有しておらず、交信(コンタクト)で探りを入れても反響音は密林ではない。

 もしも同行(アカンパニー)で飛んできても、マチに隠れてもらえば済む話。相手が打てる手はそこまでだ、俺を黒と決めつけて攻撃すれば他のプレイヤーからの信頼は失墜する。百歩譲って俺を殺せても、奴らからカードを奪った仲間がどこかにいると考えるだろう。まだ交渉でカードを手に入れなくてはいけないこの段階で、プレイヤーキラーの汚名を被る事は当然嫌う。

『――この借りは返す。必ずだ』

交信(コンタクト)が終了しました』

 結局、奴らは『バハト』というプレイヤーが黒であるという確信に近い予想までしかできない。そして『大天使の息吹』を持っていることも知れる訳で、ゴンやキルアに追っ手はいかずに俺に集中するだろう。

 場合によっては、そこを俺とマチとサーヴァントで狩る。

「じゃあ収穫を確認するか」

「そうだね」

 奪ったカードは10枚。かなりの収穫で、しかも強奪(ロブ)によって奴らの独占カードである『妖精王の忠告』を確定で奪えたのが大きい。

 残りの徴収(レヴィ)による奪取カードは以下の通り。

『真実の剣』『強奪(ロブ)』『反射(リフレクション)』『妖精王の忠告』『羽ばたきの鈴』『再来(リターン)』『水』『人生図鑑』『信念の楯』

「結構な収穫だな」

「熟練プレイヤーほど指定ポケットカードかスペルカードを多く集めるからね」

 指定ポケットカードを4枚の上に、ダブリであっただろう『妖精王の忠告』を更に奪えたのは大きい。これはかなり良いトレード材料になるだろう。ツェズゲラ組の独占カードのうち、1枚と交換する事も可能なはずだ。

 同じ相手に何度も使える方法ではないが、バインダーを出していない隙をついて強奪(ロブ)で独占カードを奪えるのは美味しい。

「ほとぼりが冷めるまで少し待って、またスペルカードショップの前で網を張ろう。

 できればハガクシ組とツェズゲラ組にも糸電話を繋げて――」

『他プレイヤーがあなたに対して交信(コンタクト)を使いました』

 またか。

 まさかトクハロネ組ではないとは思うが。

「誰だ?」

『――バハト』

「ゴンか」

 仲間からの連絡かよ。

 にしても何事だか。ゴンの様子が相当に切羽詰まっているみたいだが。

『ユアが、攫われた』

「――は?」

 バインダーから聞こえて来たゴンの声に、俺は間抜けな声を上げて思考が停止してしまった。

 ユアガサラワレタ?

 ――ユアが、攫われた?

「……誰にだ?」

 自分で思ったよりも深く沈んだ声が響く。

『ゲンスルーに。

 ビスケがサブを捕まえたけど、代わりにユアが――』

 ギロリとマチを鋭い視線で見れば、彼女は既にバインダーを調べていた。交信(コンタクト)を嵌め込んだそのページを見れば、ユアのランプは光っている。

 ユアはまだ少なくとも生きている。それは間違いない。

 だが、どんな状態になっているのか把握する術もない。

 冷静に頭を回す一方で、俺は自分の心が酷く冷めきっていくのを実感していた。

 

 ああ。俺はきっと、あの3人を殺す。

 




ちなみに何を考えたのか、新年度というクソ忙しい時期に新しいオリジナル小説の執筆を始めてしまいました。
別のサイトで連載していますが、もしも気が向いたら読んで下さい。

活動報告にアドレスを載せておきます。


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049話 爆弾魔(ボマー)たち

一ヶ月ぶりです。
楽しんでいただけたら幸いです。


 ◇

 

 ゴンがバハトに交信(コンタクト)で連絡を取る少し前。

 ゲンスルーとその仲間であるサブとバラは、難しい顔で話し合っていた。

「バハトが他のガキ共と一緒に行動している様子はない、か」

「いくらなんでも怪し過ぎるぜ。罠の可能性が捨てきれねぇ」

 ゲンスルーが深刻そうに議題を提議し、バラが真っ先にそう言い返す。しかし、この話題が尽きないのはサブの返答が全てである。

「だが、奴らが大天使を独占しているのは確かだ。いつか攻略しなくちゃいけないぜ」

「そりゃそうだが……」

「バハトが3枚の大天使を持っていないことを鑑みても、奴らは全ての大天使を堅牢(プリズン)で防御しているんだろうな」

 ゲンスルーの言葉に返すものはない。彼らもゲンスルーの指定ポケットのページを堅牢(プリズン)で防御しているからこそ、その戦略の重要性を把握できている。攻撃スペルによってカードが奪取されないということは、残る手段は力づくしかない。

 少し前まではそれで問題なかった。彼らは己の腕に自信があり、長年グリードアイランドをプレイすることによってそのレベルもだいたい把握。戦って揺らぐ可能性があるのはシングルハンターのツェズゲラくらいだと判断していたのだ。それなのに、いきなり湧いて出たプレイヤーがSSランクカードの大天使の息吹を独占し、しかもその実力が恐ろしく高いものだとは完全に想定外。どちらか片方ならばどうとでもなったのだが、世の中はままならないものだ。

 以前の交戦を考えれば、バハトを殺すことならばまだ可能性はある。彼ら3人がかりでバハトとほぼ互角であるのならば、彼らの切り札である命の音(カウントダウン)を設置できれば勝機は十分にあるといえた。しかし、これはあくまでバハト独りを相手にして殺せる可能性である。バハトからカードを奪うことはできないし、そもそも奴の仲間に除念師がいることもほぼ確定。命の音(カウントダウン)が除念されてしまえば元も子もない。

 つまり、彼らはまず外堀を埋めなくてはならないのだ。

「ゲームから一度脱出したバハトとポンズだが、ポンズは戻ってきていない。何があったかは知らんが、俺たち爆弾魔(ボマー)に狙われて除念師を遠ざける程間抜けではないだろう。

 つまり、除念師は他のガキ共のうち誰かだ」

「黒髪のガキと銀髪のガキは、明らかに戦闘職だった。多分だが強化系か、その隣接系統だ。除念師であるとは考えにくい」

「ユアって金髪のガキは自分が除念師って言っていたが、自分からそう言うとは考えにくいだろ。奴も除念師じゃないんじゃないか?」

「――消去法で、除念師はビスケットっていうゴスロリだな」

「つってもよ、ユアってガキが除念師じゃない証拠もねぇぜ。男のガキはともかくよ」

「それもそうだ」

 彼らの中で除念師の可能性が最も高いのはビスケとなり、次点でユアとなった。この2人を殺すのが第一目標。そして大天使の息吹を持っているのはバハトとゴン、キルアの3人。バハトと真っ向から戦う選択肢はない為、ゴンかキルアを攫って拷問にかける。これが第二目標。

「つうか、こうなるんだったらバハトがいないうちにガキ共に攻撃を仕掛けるんだったぜ……」

「今更それを言っても始まらねぇだろ、バラ。あの時はバハトが不用意にゲームを離れるのは不自然だって結論だったじゃねぇか」

「そして不自然な状況は今以って解消されていない。俺たちと互角に戦えるバハトが大天使の所持者であるゴンやキルアと離れているんだ。

 おそらくだが、奴らの自信の源は何も揺らいじゃいねぇ」

 バラとサブは愚痴を言い合う体だが、ゲンスルーは彼らよりも深いところが見えている。

 もしもバハトが何らかの理由で一時的にゲームから脱出せざるを得なかったとしても、戻ってきてからも大天使の側を離れるとは考えにくい。つまり大天使の息吹を奪われない強い確信があるということで、それはバハトが側にいる必要がないことなのだろう。

 だがしかし、それに恐れを抱いて攻撃しなかったらいつまで経っても大天使の息吹は入手できない。彼らが入手した大天使の息吹の引換券は既になく、たった一度の回復権はバラを癒すことに使ってしまった。名簿(リスト)念視(サイトビジョン)で引換券は既にツェズゲラ組が所持しているのは確認済。仮にゴンやキルアを殺したとしても、ゲンスルーたちに大天使の息吹が回ってくる順番ではない。交渉をしようにも、バハトたちとは既に交戦状態だ。話し合いの余地はないだろう。

 彼らとしてはゴンやキルア、もしくはバハトから大天使の息吹を奪うのが一番可能性がある話なのだ。そしてそれは、決して現実性のない話ではない。

「前の戦いの時、同行(アカンパニー)で逃げた俺たちをバハトは追って来なかった。バラが銀髪のガキに痛手を負わせたから、おそらくは仲間を優先したんだろう」

「ああ。銀髪のガキの内臓を痛めつけてやった。念能力者でも重傷は確実、もしかしたら致命傷だった筈だ」

「それなのに元気に動いているということは、銀髪のガキに大天使を使ったって事だよな」

「それで俺たちの引換券が大天使になったとなれば、辻褄は合うな」

「つまりバハトには人質が有効ってことだ」

 彼らが勝算を見出したのはそこだ。バハトは大天使よりも仲間を取る。ならばガキ共を捕まえて交渉材料にすれば、バハトと直接交戦しなくても大天使を入手できるかも知れない。もう少し欲を言えば、ゲンスルーたちの念能力を知ったのだから殺してしまいたい。だがそこまでの考えは余分というものだろう。まずは確実に人質を取らなくてならないのだ。

 その結論に達したゲンスルーたちは、頷きあって覚悟を確かめる。いつか戦わなくてはならないのならば、それは今だと。

 ゲンスルーはバインダーからカードを取り出し、高らかに開戦を宣言する。

同行(アカンパニー)使用(オン)! ビスケット!」

 空を高速で移動する感覚が3人を支配する。そしてそれは、十数秒の時間を置いて終了した。呪文(スペル)によって高速移動を為した彼らは、目の前に4人の子供がいる場所に移動した事を確認して、即座に行動に移る。女のガキと男のガキを1人ずつ確保するのが最低条件であり、優先順位は除念師の可能性が高いビスケットというゴスロリと大天使を使う程大切にしているのが確定している銀髪のガキであるキルアだ。

 その目論見は、行動に移す前に頓挫した。彼らがゴンとキルア、ユアとビスケを確認すると同時、4人の側も襲撃者がゲンスルーたちだと確認が終わっていたのだ。今更話し合う可能性を考えていなかった彼らは即座に迎撃態勢に移行。そしてこの状態で先手を取れるのは最も戦闘経験が深い者だ。

「破っ!」

「がっ!?」

 目にも留まらぬ速さ、そう表現していいだろう。ビスケが高速にてゲンスルーに接近し、その拳を深く胴体にめり込ませる。

 バハトが居ない以上、戦闘力は自分たちが上。そう思っていたゲンスルーたちにビスケの実力は意外過ぎた。しかしそれでも彼らは素人ではない、痛恨の一撃を受けつつもゲンスルーは仲間2人に声をかける。

「このガキは俺がやる、お前らは予定通りにしろっ!」

 言いながら、ゲンスルーはビスケを掴もうと手を伸ばすが、彼女はそれをするするりと回避していく。彼女も流石に一握りの火薬(リトルフラワー)は喰らいたくはないのだろう。最優先で掴まれることを回避し、反撃にゲンスルーの体に拳を置いていく。

 年下の女、しかもガキに一方的に嬲られる屈辱。しかしゲンスルーはそれを噛み殺した。この女、ビスケットは確かに巧く強い。しかし重くはない。痛いがしかし、行動不能になるほどの威力は上乗せされていない。

 見る限り、流の滑らかさは確かに異常だ。しかし掴まれることを回避する以上、どうしても攻撃部位にオーラを集める量は少なくなる。他の部位の身体強化を疎かにすれば、回避に支障が出ると彼女自身が一番分かっているのだろう。

 そしてここで一番の謎が氷解した。このビスケットという女こそがバハトの自信の源、彼女がいれば他の仲間も守れると思っていたのだろう。だがしかしそれは甘い、甘すぎる。彼らは3人の仲間がいるのだ、サブとバラまでは止められない。

「いくぜガキ共、この前のリベンジだ!」

 バラがゴンとキルアに襲い掛かる。この前はキルアを仕留めることに集中し、ゴンの必殺技を受けてしまった。しかし、ゴンの技はあまりに隙が大きい。来ると分かっていれば回避することは難しくない。その代わり仕留めるには攻撃が浅くなってしまうだろうが、ひとまずは問題ない。

 何故ならば、サブがユアと一対一の構図になったのだから。彼らの中でユアが除念師なのはほぼ確定。そして除念師は特質系に近い系統である為、戦闘能力は低い傾向にある。サブも操作系で強化系から遠いとはいえ、接近戦はむしろ得意な方だ。年端もいかない女のガキに負ける訳がないと、ゲンスルー対ビスケの事を忘れて攻撃を仕掛ける。

「おらぁ!!」

「! っふ!」

 だがしかし、ユアもバハトの元で遊んでいた訳ではない。サーヴァントに教えを乞うこと、早数年。しかもやや過保護気味なバハトが修行の概要を組んでいた為、ユアは防御にかなりの修行時間を割いていた。その成果は確かに表れ、格上であるサブの攻撃を的確にいなす。

 少しだけ驚きに顔を歪めたサブだが、すぐに余裕の笑みを浮かべる。確かに巧いが、それ以上に固い。おそらくだが、実践は多くても実戦は少ないのだと看破する。そしてそれはやはり正しかった。過保護の弊害として、ユアは実戦経験はかなり薄い。霊体化させたサーヴァントを護衛につけて、そこらの雑魚念能力者と戦うのがバハトが許した精一杯。その戦闘経験の少なさは、こういった致命的な場面で芽を出すものだ。

 サブは鋭く両手を繰り出し、ユアの眼前で合わせて鋭い空気音を響かせる。ねこだましと言われるフェイント技に、ユアは自分に向かわない攻撃ということで油断して思いっきり正面からそれを受けてしまう。

「っ!」

 眼前にかざされた両手と、破裂音。慣れていてもこれで怯むなという方が無理な話だ。ましてや実戦経験の薄いユア。必要以上に体を強張らせてしまう。

 サブはその隙を突き、ポケットから小型の爆弾を取り出す。軽くユアに向けてそれを投げて、彼だけの念能力を発動。

爆風の行方(ブラストフロー)

 爆弾が生み出す熱力と風力を操る操作系能力。サブが今回使用した爆弾はそれほど大きくはないが、しかしその攻撃力が全て向かうならば堅で耐えるしか方法はない。何せ、全身余すところなく爆風が舐めるのだ。凝をしてる余裕はない。怯んでいたユアはそれでも何とかギリギリで全力の堅を展開して防御を成立させる。

 全力の堅で必死に耐えるユアだが、彼女にはこれで手一杯だった。次のサブの攻撃まで対処することはできない。オーラを多く込めた拳を、ユアの胴体に食い込ませるサブ。ミシリと肋骨がひび割れる手応えを感じ、サブは自分の下手さに顔をしかめる。

(手加減し過ぎたか)

 何せ彼女は大事な人質だ。バハトに対する手札が必要な以上、殺す訳にはいかない。その思いが過ぎて、骨の一本すら折れない不手際。この程度のダメージ、容易く意志力でカバーできる。

 しかしそれは、意志力が十分にあるという前提条件があってこそ。

「うぇぇ、おえぇ…」

 ユアはヒビが入った肋骨を押さえて、その場でうずくまってしまう。今までほとんど格下としか戦わずにダメージを負わなかったユアにとって、骨が軋むダメージというのは戦意を喪失するのに十分な痛手だった。あるいはここもユアの甘さと云えるかも知れない。少しの時間があれば立て直せるだろうが、今この瞬間にそんなものは存在しない。

 無言でユアの側頭部に蹴りを入れるサブ。その追撃にユアはあまりに無力だった。脳を揺らされる感覚に、彼女は自発的な行動能力を奪われてしまう。それを確認したサブはユアをその場に捨て置いて、残りの戦局を見る。

 ゲンスルーはビスケに一方的に嬲られて、バラはゴンとキルアと互角。もう少し具体的に言うならば、ゲンスルーは殴られつつも大きなダメージを避けてバラは深入りを避ける傾向にあるようだ。

 ここでサブがもう少し思慮深い行動を取れるならば、撤退を選んだだろう。しかしそもそもとして確かな実力に裏打ちされたやや傲慢な傾向にあるのがこの3人。それでもゲンスルーは頭が回るのだが、サブは冷静な撤退よりも愚直な殲滅を選ぶタイプである。2人がかりならばビスケに勝てる、そう判断してしまったのが誤りだった。

「加勢するぜ、ゲン!」

「バッ……!」

 ゲンスルーの戦闘に割り込むサブに、ビスケの戦闘力を肌で感じ取っていたゲンスルーが止めようとするが、遅い。

 ビスケとユアではモノが違う。ビスケがユアと同じような相手だと思ったのがそもそもの間違いである。ビスケの背後から無警戒に手を伸ばしたサブは、次の瞬間には宙を舞っていた。伸ばした手を取られて投げられたと気が付いた、同時。

「破っ!!」

「っっっ――――!!」

 背中に強烈な一撃。かつてビノールトを倒したのと同じ技を以って、ビスケはサブを制した。ビノールトほど弱くもないサブだから戦闘不能にはなっていないが、十分にダメージが大きい。ビスケと戦うには致命的といっていいだろう。

 この状況で冷徹に思考を回せたのはゲンスルーであった。もはやビスケを抜いてサブを回収することは不可能、そう判断した彼の行動は早い。素早くビスケから離れてユアに走り寄る。その間にバインダーからカードを取り出し、使用。

左遷(レルゲイト)使用(オン)! バラ!」

 サブを飛ばしても、追撃されたら逃げきれない。故に、万全の状態のバラをこの場から追放する。

 スペルカードの効果により、バラはグリードアイランドのどこかに飛ばされる。それがどこかはゲンスルー自身も分からないが、ひとまずそれでいい。ゲンスルーはそのままユアを通り越し、4人から離脱。したように見せた。

 実際はビスケから離れ、ユアを半径20メートルに収めた場所に移動しただけであったのだが。その地点に着くまでに、更にバインダーからカードを取り出したゲンスルー。

同行(アカンパニー)使用(オン)、バラ!」

「しまっ――!!」

 ビスケの声を聞きつつ、ゲンスルーは倒れ伏したユアと共に高速移動を開始する。行先はどことも知れない場所に飛ばしたバラの元。

 十数秒の滞空時間を終えて着地するゲンスルーを、不満そうな顔をしたバラが出迎えた。

「おいゲン。サブは?」

「連れてくる余裕はなかった。分かるだろ?」

「…………」

 バラとしては言いたいことは山ほどあるが、大切な仲間であるゲンスルーに強く言うのもはばかられる。その矛盾して拮抗した思いが、沈黙の形として表れていた。

 ゲンスルーはその無言の抗議を重く受け止める。

「もちろん俺としてもサブを見捨てるつもりは毛頭ない。人質交換をする為にメスガキを奪うことを優先したんだ」

「ならいいが……」

 バラとしても、あの状況ではゲンスルー以上の妙手を打てた自信はない。選べて2対3の戦いで、ビスケットを相手にした分の悪い戦いにならざるを得なかっただろう。人質交換を成立させれば、向こうの手札を一枚暴いた形になる。すなわち、危険視すべきはバハトだけではなくビスケットもそうだという事実だ。

 そして問題の2人を殺すには、やはり命の音(カウントダウン)が重要になる。となれば、除念師であろうユアを捕獲できたのは見方によっては僥倖だ。

 ゲンスルーは無遠慮に、地面で呻いていたユアの脚を踏みつける。

「がぁ!!」

「起きろ、ガキ」

 痛みを与えて気付けするという、乱暴極まりない方法でユアの意識を覚醒させるゲンスルー。そして我を取り戻したユアは、即座に堅。

 しかし先ほどよりも多量のオーラとはいえ。仲間から引き離されて格上の敵2人を相手にして、その程度はあまりに無力と言わざるを得なかった。

「――くっ」

「現状を把握できているようで何よりだ。テメェはサブを取り戻す為の大事な人質だ。

 抵抗しないなら現状維持だが、逃げようとすれば手足の一本は爆破するぞ」

 ボンと小さな爆発をその手に起こすゲンスルー。爆破という極めて殺傷能力の高い現象に、ユアは沈黙するしかない。何せそれは格上の強化系でもあるバハトが何とか防げた攻撃だ。操作系で念のレベルも低いユアが防ぎきれるものではない。

 逃走という選択肢を諦めたユアは、しかしオーラは緩めずにゲンスルーを睨みつける。

「それで、私に命の音(カウントダウン)を仕掛けるのかしら?」

「お前如きを殺すのに命の音(カウントダウン)は必要ねえ」

 ややイライラしながらゲンスルーは返答する。彼としては解除条件を話すのを先にするのは不本意なのだ。爆弾を設置する難易度が格段に上がるし、設置前に解除条件を満たされてしまえばもう命の音(カウントダウン)は使えない。一度でも解除条件を満たした相手に命の音(カウントダウン)は使えないというリスクを負っているからこその攻撃能力の高さだ。

 できればユアはとっとと殺してしまいたいのだが、サブを取り戻す為にはそれはできない。下手に傷つけようものならば、そのダメージがサブに返ってしまうと考えれば痛めつけることも得策ではない。その葛藤がゲンスルーの冷静さを奪っていた。

「じゃあ、私は無傷で返して貰えるのかしら?」

「お前の仲間が人質交換を飲めばな」

「それまでに私に命の音(カウントダウン)を仕掛けたら、解除した上よね?」

「――オイ。うるせぇよ」

 それでもキャンキャン騒ぐユアにゲンスルーの苛立ちは大きくなる。

 殺気を込めてユアを睨みつけ、心にもない脅し文句を突きつける。

「生きてさえいれば人質としての価値はあるんだ。

 お前らは大天使を持っているだろ? 達磨になって大天使で癒される方がお好みか? アァ!?」

 対して痛みに耐性さえなかったユアはゲンスルーの脅し文句にすくみ上ってしまう。悪意ある殺気を叩きつけられ、ユアの心は折れる寸前だった。

 それでも、ユアは声を震わせながら、ゲンスルーに向かって言葉を投げかける。

「わ、私の安全を聞かないと怖くて仕方ないものっ!

 だ、だ、黙って欲しかったら約束して。もしも私に命の音(カウントダウン)を仕掛けたら解除させてくれるって」

「ああ、人質交換が成立するなら命の音(カウントダウン)を仕掛けても解除させてやる。約束する。

 だから、もう黙れ。今にも腕を爆破させたい気持ちを必死に抑えているんだよ、こっちは」

 ゲンスルーの目は血走り始めている。彼は自分が我を失うとは考えていないが、それでもそろそろユアの拷問を視野に入れようかと思ってきたところだ。今すぐではないにしろ、奴らの目の前で手足の一本でも爆破してやろうかと。

 その気迫に飲まれ、言質を取ったユアはようやく黙る。ゲンスルーとしては守る気のない約束を口にした程度で引っ込むのなら、最初からおとなしくしておけと思うところだが。

 ともかく、ピーチクパーチクうるさい奴は黙った。ならば次は交渉だ。

 どうせバハトに話は通っているだろうし、そうでなければ動揺も誘えるかも知れない。ゲンスルーはバインダーからカードを取り出して使用する。

交信(コンタクト)使用(オン)、バハト」

『他プレイヤーがあなたに対して交信(コンタクト)を使いました』

「は?」

 ほんの数メートル離れたところからそんな声が聞こえ、ゲンスルーは間抜けな声を上げながらそちらを見る。

 そこには悪鬼もかくやという形相をした金髪片眼の男が、思いっきり腕を振り上げて迫っていた。

「っっっ!!」

「死ねぇぇぇぇぇーーーー!!」

 完全に不意を打たれたゲンスルーは混乱の極みにありながらもなんとか凝で防御することに成功した。

 しかし、殴り掛かった男であるバハトの攻撃も今回は堅ではない。硬だ。

 身をよじらせたゲンスルーだが、バハトの拳が左肩に当たってしまう。骨は砕け、勢いに押されたゲンスルーは錐もみしながら後ろに吹っ飛ばされる。その最中にあって、まだゲンスルーは混乱していた。

(バカな、何故奴がここにいるっ!?)

 現在地はバラが左遷(レルゲイト)で飛ばされた場所で、どこであるかはゲンスルーも知らない場所だ。そしてここに着いてから、まだ10分も経っていない。ここに辿り着くのは不可能と断言していい。

 それでもバハトはここにいる。可能性としては、奇跡の確率でバハトが潜んでいる場所に飛ばされたか、スペルの着地を見逃したか。

(どちらだってあり得る訳がない!!)

 あり得る訳がないのにバハトがここにいる。現状をどうやっても咀嚼できないまま、状況は動いていく。

 バラは突如として襲い掛かってきたバハトに向かうが、バハトは迎撃する様子さえ見せない。冷めた激怒を宿した瞳のまま、一方的に宣言する。

「死ね」

 その声が響くと同時、バラはガクンと力を失ってその場に倒れ伏す。

 それを見たゲンスルーはドクンと心臓が跳ね上がる。

(死んだ!? 本当に!? あり得ないっ!!!!)

 かけがえのない仲間が力を失う瞬間を見つつ、ゲンスルーはようやく地面に叩きつけられた。

 ダンと背中を強く打ち、一瞬だけ呼吸が止まる。

「っ、が」

同行(アカンパニー)使用(オン)、ゴン」

 バハトはそれを見る事無く、ユアの様子を確認すると同時に撤退を選択していた。

 きょとんと目を丸くしていたユアを伴って、同行(アカンパニー)で空の彼方へと消えていくバハト。

 しかしゲンスルーもかかずらっている場合ではない。動かない左肩を引きずるように、全速力でバラの元へと向かう。

 うつ伏せに倒れ伏したバラは、倒れ込んだ時に地面に体をぶつけた以外に外傷はない。しかし、だけど、心臓は動いていない。

「くそがぁぁぁ!!」

 ゲンスルーは泣きそうになりながらも、動く右手で心臓マッサージを行う。まだ心臓が止まって1分も経っていない。

(まだ間に合う、まだ間に合う!)

 自分を説得するように心の中で繰り返しながら、それでも必死で蘇生を行う。

 そして、果たして。

「がはっ」

「……はぁ、はぁ、はぁ」

(間に合った)

 蘇生、成功。バラは意識こそ戻っていないが、呼吸と拍動は取り戻した。

 仲間の蘇生に喜びつつも、ゲンスルーの心は一切晴れない。己の左腕は砕かれて、バラの意識もない。更にサブを取り戻す為の人質を奪い返されてしまった。

 万事休す。そんな諦観が心によぎるが、諦めてしまっては何も解決しない。

 ゲンスルーは、今最優先ですべきことを考えて、バインダーからカードを取り出す。

同行(アカンパニー)使用(オン)、ユア」

 そして呪文を唱え、生き返ったばかりのバラと共に空を飛ぶ。

 

 数分の騒がしさに包まれたその場所には、もう誰の姿も存在しなかった。

 

 ◇

 



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050話 バハト・1

『ユアが、攫われた』

「……誰にだ?」

『ゲンスルーに。

 ビスケがサブを捕まえたけど、代わりにユアが――』

 体中のが総毛立ち、頭に上った血が沸騰する。

 ユアの身に危険が迫ったということを理解したのは初めてかも知れない、アサンに首を掴まれていた時には現状を理解する前に殺し合いが始まったことだし。

「ゴン、交信(コンタクト)を切れ」

『え?』

「何度も言わすな、交信(コンタクト)を切れ。

 冷静に考えて、今、俺はブチ切れている。お前に八つ当たりをしないうちに、切れ」

『う、うん。気を付けてね』

交信(コンタクト)が終了しました』

 交信(コンタクト)が終わり、俺の情報がゴン側に漏れなくなる。

 容赦も手加減もしない、サーヴァントも使ってゲンスルーたちを殺す。

 バインダーをめくり、磁力(マグネティックフォース)を探し出したところでマチから声が飛ぶ。

「バハト、無限に続く糸電話(インフィニティライン)!」

 そうだ、バカか俺は。ユアには無限に続く糸電話(インフィニティライン)を繋いでいる。ユアの命が守られるなら能力の1つや2つバレることくらい安いもの。マチの言葉に無限に続く糸電話(インフィニティライン)をユアへと繋ぐ。

『じゃあ、私は無傷で返して貰えるのかしら?』

 ユアの声が届く。とにかく今はまだ喋ることができるようだ。だが、これがいつまで続くか分からない。

 召喚していたエミヤを送還し、この状況に最も適したサーヴァントを喚び出す為に詠唱を始める。

「素に銀と鉄――」

 ぐちゃぐちゃになった頭で、鮮明に届くユアの声を聞きつつ、俺は召喚するサーヴァントは決めていた。

 奇襲が理想な現在、神の不在証明(パーフェクトプラン)とスペルによる接敵はもはや決まっている。っていうかこの状況でユアの側に飛んでいかないという選択肢が俺にはない。このまま1時間も焦らされたら気が狂ってしまいそうだ。

 大前提に殺傷能力、できれば隠密能力。これを兼ね揃えたサーヴァント。幸いにして俺にはそのサーヴァントとそれなりの信頼関係を築けていた。

「――天秤の守り手よ」

「アサシンのサーヴァント。李書文、推参」

 エーテルが集合し、初老で中華服を着た男がそこに立っていた。俺の拳法の師にして三騎士にさえ勝る力を秘めたサーヴァント、李書文。

 おそらく人を殺すという能力において、この男に匹敵するのはクーフーリンかスカサハかくらいだろう。クーフーリンは召喚不能で、スカサハは命令に従わない可能性を捨てきれない以上、李書文が最適解だ。

 これでこちらの準備は整った。最後にマチに視線を送る。

「こちらからまた連絡する。待機していてくれ」

「分かったわ。死なないでよ、バハト」

 その声を聞き、俺はスペルカードを掲げて、唱える。

磁力(マグネティックフォース)使用(オン)、ユア!」

 瞬間、空を翔る。青い空気を体で切りつつ、息を止める。発動した神の不在証明(パーフェクトプラン)の効果により、俺の体と一次的に接触している存在は、そのオーラさえも隠蔽される。俺の肩に手を置いている李書文も圏境に上書きしてその存在を隠している。目的地についたら、李書文は遊撃を担当して俺から離れる。

 そんな事をつらつらと考えていたが、着地した瞬間にそんな付け焼き刃の冷静さは蒸発した。地面に転がされているユアを見た瞬間、それを為したであろうゲンスルーに向かって突撃を開始していた。後から考えれば、神の不在証明(パーフェクトプラン)が途切れなかったのは呼吸さえも忘れていただけの話。

交信(コンタクト)使用(オン)、バハト」

 ゲンスルーが手にしたスペルカードを使用すると同時、俺の眼前にバインダーが現れて音声を発する。

『他プレイヤーがあなたに対して交信(コンタクト)を使いました』

「は?」

 間抜けな声を上げてこちらに顔を向ける3人。しかし、その時既にゲンスルーは目と鼻の先。激怒と殺意のオーラを更に万全にする為に思いっきり息を吸った俺を見て、呆気に取られた表情をするゲンスルーに向かって拳を振り上げる。

「死ねぇぇぇぇぇーーーー!!」

 硬の一撃は、怒りで冷静さを失ったせいで、身を捩らせたゲンスルーの芯を捉えることはできずにその左肩に命中する。その骨を砕きつつ、錐もみさせながら吹っ飛ばす。

 そこでバラが襲い掛かってくるが、俺は手を出す気すらない。彼のすぐ横に、圏境にて姿を隠した李書文が居る。

「死ね」

无二打(にのうちいらず)

 それはアサシンのサーヴァントである李書文の宝具。相手の気を呑み、その体に触れることによって起こす迷走神経反射によるショック死。ただ触れるだけで相手を死に至らしめる、死神の接触。

 意外にもこれは科学的根拠のある話である。極度のストレス状態に置かれた自律神経が脳への血流を減らすことがあり、それによって失神する。更に過負荷がかかれば心臓にまで影響を伸ばして心停止も起こさせる。

 そしてひと昔前の眼の手術では、間違って神経に触ってしまい心臓が停止したという話まである。李書文の无二打(にのうちいらず)はこの現象に近い。末梢神経に干渉することにより、迷走神経反射を誘発。失神と同時に心停止まで相手を追い込むのだ。

 結果、末期の言葉一つ遺すことなく地面に倒れ伏す人間(バラ)が出来上がる、という訳だ。

(さてと)

 崩れ落ちたバラを見届けたら、もうこんな場所に用はない。バインダーからカードを取り出して、ユアが効果範囲に収まっていることを確認。

 そこでようやく遠くでゲンスルーが地面に叩きつけられる音が聞こえたが、もはやどうでもいい。

同行(アカンパニー)使用(オン)、ゴン」

 ユアと共にこの場を後にする。

 行く先にはビスケが居るだろうから、李書文は圏境で隠蔽。霊体化したら姿を現すのに一瞬だけ隙ができるし、普通ならば圏境によって認識範囲から逃れるだけで十分だ。

 そのまま数十秒の滞空を経たのち、着地した場所では果たして不安そうな顔をしたゴンとキルア、そして能面のように無表情のビスケが居た。

 着地した俺たちを見たゴンが破顔して駆け寄ってくる。

「ユア、バハト! 良かった、無事「凝!!」」

 俺の鋭い一言に、ビクリと体を震わせたゴンが目にオーラを集中させる。

 それを見て、俺はようやく表情筋を緩ませた。

「無事を喜んでくれるのは嬉しいが、このタイミングは操作した相手を送り込むのに最適過ぎる。

 安心した時ほど凝。忘れるな」

「うん。ありがとう、バハト」

 見ればキルアとビスケは言われるまでもなく凝をしている。ビスケはともかく、キルアは流石のシビアさだ。

 ひとまずお互いに操作されていない事を確認した後、倒れている意識のない男――サブを見やる。

「サブは?」

「ビスケが落とした」

 言いつつ、キルアはユアの束縛を解く。安全を確保できたと確信した俺は、ようやくユアの様子を見た。

 腹部や脚部に打撲はあるが、骨が折られる程の怪我はない。せいぜいがヒビだろう。

清廉なる雫(クリアドロップ)。飲め、ユア」

「うん、ありがとう。お兄ちゃん」

 この程度なら念能力者であることもあり、癒しの水があれば問題なく治る。

 ユアに清廉なる雫(クリアドロップ)を飲ませている間、俺はビスケを睨みつける。

「――何か言うことはあるか?」

「あたしは最善を尽くした。それだけ」

「…………」

「あたしを恨むのはお門違いよ。グリードアイランドに参加する以前にハンターなら自衛は当然、プロならなおさら。言い訳なんてできる訳ないでしょ?」

 チと、荒々しく唾を吐き捨てる。ビスケの言うことは正論だ。正論過ぎて頭にくる。そんな正論はさておいて、ユアを預けた信頼を返せと言いたくなる。

 だが、ユアが手元に戻ってきていなかったなら冷静さを失っていただろうが、落ち着いた今はビスケの選択も悪くなかったとも思える。ビスケはサブを人質として確保しており、人質交換は十分現実的な取引だった。そこに俺が割り込んで相手をなぎ倒したが、あのままでもユアは無事だった可能性は低くない。

(……ユアを俺の側に置いておくか、離すか)

 『敵』がいなくなった以上、危険の度合いは普通。プロハンターとして当たり前の危険しかない。ユアは俺の側にいれば、大概の危険からは守り切れるだろう。しかし、それではユアの成長に繋がらない。ユアを想うならば、彼女を外の世界に送り出して成長させるべきだ。キルアを信じたシルバのように。だがしかし、そうあっさりと決めるには俺は心配性過ぎたらしい。どうしたらいいのか、即断ができない。

「後はゲンスルーを仕留めれば終わりね」

 悩んでいた俺だが、清廉なる雫(クリアドロップ)を飲み干したユアがそんな声をあげる。

 そんなユアに声をかけるゴン。

「ゲンスルーは一握りの火薬(リトルフラワー)命の音(カウントダウン)を使えるし、一番強いよね」

「大丈夫、もう仕掛けは終わっているわ」

 にやりと笑うユアと呼応するように、彼方から移動スペルの音が聞こえてくる。

 俺たちが来たのと全く同じ方向から飛んでくるそれに、キルアがまさかという表情をする。

 光が俺たちの眼前に着地すると同時、そこから人影が飛び出した。眼鏡をかけた細い顔、砕けた左肩。ゲンスルーに相違ない。

 彼は血走った目でユアに一直線に向かい、その細腕に掴みかかる。

「え」

 呆気に取られるユアだが、それを場は許してくれない。ゲンスルーが伸ばした右腕を俺は容赦なく叩き折る。これでゲンスルーは両腕が使用できなくなり、実質的に念能力を封じられることになった。手からしか能力発動できない弊害、というべきか。

 しかしゲンスルーはそんな自分のダメージを顧みず、狂ったようにユアに向かう。右脚でユアを蹴りつけようとするが、軸足である左を払って地面に転がす。うつ伏せに這いつくばったゲンスルーの脚関節を極めて、動きを完全に封じ込める。

「ォォォォォォォォ!!」

 それでもゲンスルーは血走った眼でユアを睨みつける。もはや獣染みたその咆哮は理性を感じさせず、その有様は狂戦士(バーサーカー)に限りなく近い。

 ぶっ壊れた価値観を持つゲンスルーだが、ここまで理性を無くすのは普通じゃない。そもそもユアに真っ直ぐ向かうのが異常だ。現状を鑑みれば、ユアではなく俺やビスケを殺そうとする方が理に適っている。そんな理屈を捨てて、狂気に身を任せてユアを狙う理由が思いつかない。

 俺はゲンスルーの脚に手を当てつつ、問いかける。

「何が目的だ?」

 パクノダの能力、記憶弾(メモリーボム)が発動される。

命の音(カウントダウン)を解除させる。ユアのクソガキに命の音(カウントダウン)を解除させる。

 手段は選ぶな。手段は選ぶな。腕一本を残して達磨にしろ。行動選択の余地を削いで命の音(カウントダウン)の解除を強制させろ―

(…………)

 ユア、お前何やった。

 いやまあ、ゲンスルーを操作したのは分かる。行動の優先順位の一番を操作したとか、たぶんそんな感じ。

 でもさ、うん、これエグくない? いや、エグくない操作系って想像つかないけどさ。ゲンスルーの思考がアレだから異常な攻撃性が表に出てるけど、人によっては靴を舐めて相手に隷属するぜ、コレ? 普通にドン引きなんだけど。

 ちょっと形容しがたい視線をユアに送ってしまうが、それは俺だけじゃないらしい。ビスケとキルアも、ユアに向かってお前何やったんだと言わんばかりの視線を向けている。ゴンだけはこの状況のゲンスルーを警戒してるけど。

 さておき、ユアも顔をやや引きつらせてゲンスルーの側に寄ってくる。

「コイツにはボコボコにされたしね。仕返しはしておくわ。

 ゴン、ちょっと能力借りるね」

「? うん」

 身動きは取れず、狂声を上げるゲンスルーの前に立ったユアは腰を落として拳にオーラを込める。

「最初はグー」

 キィィンという甲高い音を立てつつユアの拳に異常な量のオーラが集まる。ゴンの能力であるジャジャン拳だ。

 ――この光景を見るまで勘違いしていたが、ゴンの能力は異常なまでに拳を強化する能力ではないみたいである。硬をした拳に、潜在オーラを振り絞って顕在オーラを倍増させる能力といったところ。ただしオーラの使用用途はグーチョキパーに限るか?

 ユアは己の顕在オーラの上限を超えて、その拳にオーラを集める。

「ジャン、ケン。グー!!」

 ゲンスルーの背中に向かって、鉄槌のようにその拳を振り落としたユア。緋の目を発現させて特質系になっているとはいえ、増加した顕在オーラに加えてそれを倍増させるジャジャン拳。ウボォーギンほどに強化系を極めたのならともかく、身動きがとれない具現化系であろうゲンスルーに為す術はなく、その衝撃に耐えきれずに白目を剥いて失神した。

「すご…」

 思わずユアが呟くほど、その威力は凄まじい。強化系と正反対の特質系なのにも関わらず、ゴンと同じくらいの威力が出てなかったか? 正直、ユアもかなり末恐ろしい。

 そしてユアは意識を失ったゲンスルーに手を置いて一言。

爆弾魔(ボマー)捕まえた」

 解除条件を満たした。これでゲンスルーはユアに命の音(カウントダウン)を仕掛けることはできない。

 今更それがどうしたっていうレベルでゲンスルー組は壊滅しているが。

 とにかくこれでゲンスルーとサブにバラも無力化できた。ゲンスルーが到着した場所にバラも転がっているが、李書文に確認させたところ息はあるらしい。

『儂の无二打(にのうちいらず)は心停止をひき起こすが、適切な処置をすれば蘇生は可能だ』

 らしい。ユアに操作される前のゲンスルーが蘇生行為を行い、それが功を奏したということだろう。

 さてさて。そんなユアの能力、暴かせて貰うぞ。

 気絶したゲンスルーから離れてユアに近づき、その肩に手を置いて質問を投げかける。

「お前、ゲンスルーを操作しただろ。何をやった?」

 

宣誓記録(ノゥ・ツゥ・オゥ)

 緋の目を発現して特質系になった時のみ使える具現化系。(特質系にならないと相性が悪くて使用できない)

 相手が発した言葉を、身に付けた紙に文字として具現化させる能力。

 これ単体で強制力はないが、宣言した言葉として絶対規律(ロウ・アンド・レイ)で縛ることが可能となる―

 

絶対規律(ロウ・アンド・レイ)

 ………………

 ………………―

 

「秘密よ」

 キシシといたずらっぽく笑うユアに対して顔が引きつるのを全力でこらえる。

 極めてエグい。下手な事を言おうものなら、言質を取ったと言わんばかりにその発言を強制させる能力ってオイ。

 対して穴も多いといえば多いか。そもそも念能力者は心に沿った行動をすればオーラが強くなるという傾向からして、思わないことは言わないタイプも少なくない。これは強化系に多いか。ゴンやウボォーギン、フィンクスなどは分かりやすい例だろう。

 それでも言質を取れるとすれば、虚言や嘘で相手の隙を作るタイプ。思いつくのはヒソカやクロロなどが該当するか。しかしそれでも宣誓記録(ノゥ・ツゥ・オゥ)は緋の目を発現した時しか使えないということは、明らかに強いオーラを放っているということになる。つまり相手に警戒される前提が敷かれる訳で、その状態で言質を取るのはかなり難しい。

 しかも多分だが、この能力は相当効率が悪い。ユアは具現化系は得意ではないからして、その練度は低いだろう。それがそのまま燃費の悪さに跳ね返る。しかも絶対規律(ロウ・アンド・レイ)を併用させないと効果がないとか、おそらく身体強化に回すオーラはほとんど残るまい。相手に警戒させた上で、自分は防御も攻撃も放棄しなければならないのである。リターンに見合ったハイリスクと云えばそうだろう。

 まあ、カラクリを知ればなんて事はない。緋の目を発現したユアに対して言質を与えなければ問題ないということ。逆に言えば、この能力の詳細だけは他人に知られる訳にはいかない。ユアが絶対規律(ロウ・アンド・レイ)まで隠し通そうとするのも分かるというものだ。俺はそのフォローをしてやればいい。

 ユアから話を逸らし、倒れ伏すゲンスルーたちをみやる。

「さて、と」

 堅。

 体中にオーラを漲らせて、意識がない3人の急所を見る。

 ユアを攫った以上、もはや容赦はしない。こいつらはここで殺す。

 一歩ゲンスルーに近づいた瞬間、俺とゲンスルーの間に人影が入り込んだ。

 両手を広げて通せんぼをするのは黒髪黒目の少年、ゴン。

「どけ、ゴン」

「いやだ。どかないよ、バハト」

「…………」

 練。オーラを体に留めることなく周囲にまき散らす。

 純然たる事実として、俺はゴンよりも圧倒的に強い念能力者だ。当たり前といえば当たり前、生まれた時から『敵』と戦う為に鍛え上げて来た俺が、いくら才能溢れるとはいえ念を覚えて1年そこそこの子供に負けているようでは話にならない。格上は確実に俺なのである。

 その格上の怒気を含んだオーラを全身に受けたゴンは、しかし小揺るぎもしないで俺を視線で射抜いてくる。

「っ。どけ、ゴン!」

「どかない。勝負が決まった後にトドメを刺そうなんてバハトなら、ここは通さない」

 ゴンの言葉に、ギリと歯を食いしばる。今更俺を止めるゴンに対して、頭に血が上るほどに腹が立つ。

「それの何が悪い!? ゲンスルーはユアを攫った。俺の敵だ!

 敵対した相手を殺す。何が悪い? 何がおかしい? 俺の『敵』を殺すのを止めなかったお前が、なんで今更っ!!」

「バハトの『敵』については何も言わない。殺さなきゃバハトが死ぬし、相手も殺しに来るんでしょ? 止められないよ。

 でも、ゲンスルーは違う」

「違わねぇよ! 俺もユアもポンズも命の音(カウントダウン)を知った! こいつは俺を殺しに来る!!」

「殺しに来ないかも知れない」

 激昂した言葉をゴンに叩きつけるが、ゴンは淡々とした口調を崩さない。

「グリードアイランドのプレイヤーはみんな念能力者だ。いつかバハトを殺しに来るかも知れない彼らを、バハトは皆殺しにするつもり?」

「詭弁だそれは! その他のプレイヤーはゲンスルーたちとは立場は違う!!」

「そうだね、違う。だけど同じだ。殺されないほど強くなればいい」

「俺は殺されねぇよ! けどユアやポンズは――」

「殺されないほど、強くなればいい」

 揺らがず、ゴンは俺に語り掛ける。

 気に食わなければ殺すのかと。敵対すれば絶対に殺すのかと。

 ――それは、ゲンスルーと変わらないと。

「っ、っっ、っ」

 揺らがない黒曜石の瞳。俺より弱いゴンは、明確なその意思で俺の理屈をへし折りに来る。

 間違ってない、俺は間違っていない。ゲンスルーほどの使い手に恨みを買い、そして野放しにするのはリスクが高すぎる。ここで殺害するのが最適解。

 だが、間違っていない最適解が、正解とは……限らない?

「辛いよな、バハト。殺しをやめるってよ」

 後ろからキルアが俺の肩に手を置いて語り掛けてくる。

 敵対者は殺す。それが俺より染みついているのはキルアだったはず。しかしそんな彼は、殺し合いの世界から抜け出す為に自分を変えた。

 ――俺は、『敵』を殺してからまだ人を殺していない。引き返すならば……今しかない、のか?

 殺し合いから身を引くには。胸を張ってゴンやキルアの友と言うには。今ならまだ、間に合う、のか?

 レントの父親としても、この選択はしてはいけないのか?

「お兄ちゃん」

 ユアが声をかけてくる。しっかりと俺を見つめて。

「やめよ?」

 そう言いきった。

「っっ、っ~~~~~~~~~!!」

 声なき絶叫を上げて、俺は両腕を地面に叩きつけた。

 地面は陥没し、揺れる。それに関わらず、今度は喉を裂かんとばかりに大声をあげる。

「くそぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 思う通りにはいかない世の中を恨んで憎むような、そんな感情。

 だけれども。

 この道を選択したことで、ほんの少し胸がすくような。そんな清々しい気持ちも確かにあった。

 

 ◇

 

 咆哮するバハトを見ながら、ビスケは優しい表情を浮かべる。

(ゴン。キルア。ユア)

 自分よりも強い仲間。念を教えた師。そしてユアにとっては実の兄。

 そんなバハトが道を踏み外しかけたのを、子供たちが止めた。バハトを人の道に留めたのは、間違いなくこの3人の功績だ。

 それがどんなに難しいことなのか、為した彼らは分かっていないだろう。今まで共に歩いて来たからこそ、喜びも苦しみも分かち合ってきたからこその偉業。

 あまりにあまりに、誇らしい。

(立派だわさ)

 心の中で、そう賛辞を贈る。

 彼らならきっと大丈夫。ビスケはそれを確信した。

 



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051話 グリードアイランド・12

お待たせしました。
徐々に調子を取り戻せたらと思います。
お付き合いいただければ幸いです。

感想を下さる方、誤字報告を下さる方、高評価を下さる方。
いつも励みになっております。感謝多謝でございます。


 右腕と左肩の骨折、そして全身打撲のゲンスルー。背中を強く打ち据えられて、絞めで落とされたサブ。いったんは心停止まで至ったバラ。

 誰も彼も目を覚ましたとて、とても万全に戦闘を行えるコンディションではないだろう。だが、それが拘束をしないという理由にはならない。丈夫なロープで3人の腕と足を雁字搦めに縛り上げる。

 ちなみに念能力者とはいえ、全く身動きできない状態から縄を千切るのは困難である。ウボォーギンやフィンクスはいけるかも知れないが、少なくとも俺は無理だ。煌々とした氷塊(ブライトブロック)で縄を脆くして脱出はできるが。

 その作業はビスケに任せて俺はマチに連絡を取る。マチの元に飛ばなかったのはビスケがサブを確保していたのと、いざという時にマチを伏兵にする為だった。その配慮は無に帰したが、保険なんぞは使われないのが最高なのである。

 マチがスペルで飛んできて、意識のないゲンスルーたちを冷たい目で一瞥する。

「バハト、殺さないのかい?」

「ああ、殺さない」

「敵だろ?」

「敵にすらなっていないからな、簡単に制圧できたし」

 嘘だ。ユアに危害を加えた時点で、コイツラは明確に俺の敵である。

 しかしだからといって敵を全て殺していってはそれが新たな敵を作り、気が付けば世界は敵だらけになってしまう。殺さなくてすむ範囲を覚える為の練習台がコイツラだ。

 そんな俺の葛藤を知ってか知らずか、マチは肩を竦めるだけで応対を返してくる。

 さて、次だ。

「ユア」

「分かってる」

 ユアの念能力、形見のペンで文字を書くことでその命令を強制操作できる存在命令(シン・フォ・ロウ)。ゲンスルーの顔に書いた文字は『嘘をつけない』。これでゲンスルーは虚偽の発言は禁じられた。

 準備が整ったので、ゲンスルーを気付けして起こす。目覚めるまで待つなんて、そんな悠長な選択はしない。

 半身を起こして、脳に軽い衝撃を走らせる。

「……」

 薄っすらと目を開けるゲンスルー。彼は顔を動かさず、素早く瞳のみを動かして周囲の様子を探る。その目には縛られて寝転がされた仲間2人と、彼らを囲むように立つ俺の仲間たちを見るだろう。しかも誰にも認識されないサーヴァントの李書文という切り札も侍らせている。

「状況は把握できたか?」

「ああ」

 瞳の動きが落ち着いてから問いかける。ゲンスルーは感情の見えない声で答えを返してきた。

「じゃ、早速だがバインダーを出して貰えるか」

「ブック」

 間髪入れずにゲンスルーがバインダーを取り出す。俺の視線がバラに向かったのを確認する前の行動だった。

 仲間の拷問や殺害を示唆する前にバインダーを出すとは、従うべきタイミングというのを分かっている男だ。おそらく、捕縛されたことも初めてではあるまい。戦闘経験豊富な男というのは、それはそれで警戒すべき相手だ。

 それはさておき、出されたバインダーを手に取るのはマチ。彼女がゲンスルーが持つ指定ポケットカードとレアカードを全て奪っていく。

「後でサブとバラからも奪えよ」

「分かっている」

 『闇のヒスイ』の独占は魅力的だ。ゲイン待ち対策までしているアイテムを奪える機会は、これ以外にない。そんな言葉をかわす俺たちを、ゲンスルーは感情のこもらない目で見る。頭の中では生き残る方法を必死で探しているのだろうが、ではまずはそれを暴かせてもらうか。

「ゲンスルー、何を考えている?」

「どうすれば生き残れるかを考えている」

 言った瞬間、ゲンスルーは強い動揺を露わにした。隠す気はなかっただろうが、しかし誤魔化すことも出来ずに会話を強制される。明らかに操作系の仕業だが、自分の顔が見れないゲンスルーは発動条件を見破ることはできない。

 やや鋭くした目でキョロキョロと探るが。当然、術者も発動条件も分かる訳がない。

「心配するな、お前らが俺たちに従えば命は助けてやるさ」

「信用できないな」

 思った事を即座に話してしまうゲンスルーだが、今度は動揺は見えない。ほぼ即座に精神状態を立て直せるとは恐ろしい男である。サーヴァントと転生に備わる贈り物(リバースデイプレゼント)がなければ立場は逆だったかも知れない。

 もしもの話はいい。問いかけを続ける。

「お前らの独占カードは闇のヒスイだと分かっている。ゲイン待ち対策はしているな?」

「ああ」

「誰が持っている?」

「…………」

 沈黙。『嘘をつけない』という操作の条件は、喋る気がなくなるだけで効果はなくなる。そこに僅か4回の問答で気が付くとは流石である。

 ゲンスルーはやはり()()()()だ。これでユアは自分の能力の限界を、実践で以って知れただろう。

 そろそろ話を切り上げるか。

「言え」

「サブの道具袋の中にある」

 ピキキと右手に氷の装甲を作り出して脅しをかけてやれば、ゲンスルーはやはりあっさりと従った。首根っこを掴んでいる以上、嘘がつけないという条件を見破った程度ではなんの役にも立たない。

 ゲンスルーの言葉を聞いて、サブの道具袋を漁って闇のヒスイが10個程まとめてある小袋を奪い取る。これで後はサブとバラのレアカードやサブカードを奪い取れば本当に用はない。

「とりあえず合格だ。すぐには殺さない」

 言いながら、ゲンスルーの首筋に手刀を振り下ろす。

「が」

 呻き声一つ上げたゲンスルーの意識を再び奪う。

 続けざまの単純作業。ゲンスルーの顔に書かれた文字を消している間に、ユアがサブとバラの顔に文字を書く。命令は『一度だけブックと言え』だ。

「ブック」

「ブック」

 意識のないまま、サブとバラは命令に従う。たとえこの瞬間に意識が戻っても、『一度だけ』という命令がある以上は顔の文字を消さない限り再びブックとは唱えられない。

 具現化されたバインダーから目ぼしいカードを奪うマチとキルア。とはいえ、キルアが奪うのはAかBの指定ポケットカードと呪文(スペル)カードのみ。

「しかしバハトも用心深いな」

「当然の警戒だろ?」

「まぁね」

 キルアの軽口に乗る。ゲンスルーたち、爆弾魔(ボマー)組の指定ポケットカードというのは、実は相当に扱いが難しい。何せツェズゲラはゲンスルーが爆弾魔(ボマー)だと見抜いている。そんなプレイヤーキラーである彼らのカードを奪うなど、その実力を警戒してくれといっているようなもの。かといってここでゲンスルーたちのカードを奪わないとトッププレイヤーに名乗りを上げることも出来ず、下手すればクリアを指を咥えて見ることになりかねない。

 そこで同じくプレイヤーキラーとして悪名高いマチの出番である。マチ=コマチネがゲンスルーを倒し、そのカードを奪って一気に有力プレイヤーに名乗りを上げたという筋書きだ。ゴンたちと俺、そしてマチは他のプレイヤーたちにとっては別のグループであることを印象付けさせ、裏で繋がる。この3組が99種の指定ポケットカードを集めた時が勝利の時だ。

 まあ、俺は便利屋的ポジションで指定ポケットカードはほとんど集めてないのだが。それでも有力プレイヤーの要注意人物として(デコイ)にはならなければなるまい。トクハロネ組には()がケンカを売ったことになっているしな。

 考え事をしているうちにゲンスルーたちは丸裸だ。もう奪えるものは何も残っていない。強いて言えば命だが、これは奪う気がない。もう一度3人の顔を拭いて文字を消し、それぞれに活を入れていく。

「「「…………」」」

 縛られて地面に倒れ伏す男3人。それを厳しい目で見る子供4人と、男と女。地味にシュールだな。

「口を開くな、黙って俺の話を聞け」

 一方的な宣言にも黙って従う3人。

「お前らのカードは全て奪った、もうお前らに用はない。

 後は、生かすか否か、だ」

 ゴンの表情がやや強張った。分かっているからそんな厳しい顔をしないでくれ。

「嬲る趣味はない、結論から言おう。お前たちは殺す価値なしと判断した。生かしてやる」

 その言葉にバラの眉がぴくりと動いた。癇に障る言い方をわざとしたが、反応はこれだけである。捕虜となった時に感情を閉ざす訓練はできているとは、やはり一流か。

「ただし、これから言うことを破れば殺す。情報ハンターのシングルとして、地獄の果てまで探し出してその息の根を止める。覚えておけ。

 2度とグリードアイランドに入らない事と、現実世界で俺たちと敵対しないこと。次、敵対行動を取れば問答無用だ、容赦なく殺す。せいぜい俺が貸した命を無駄にしないように気を付けろ」

「分かった」

 即答するゲンスルーだが、実はこれは相当に厳しい条件だ。敵対するなと言ったが、俺たちがどんな立場であるか奴らはほとんど知らない。俺は情報のシングルハンターだと明かしたが、情報ハンターを調べるのは極めて難しい。それこそヒソカや幻影旅団と同等かそれ以上のレベルが必要になる訳で、普通に無理な話だ。

 つまり現実世界に戻っても暴力的な行動はほとんど制限される。バラを即死させた方法を俺が持つと考えれば、自分の命が惜しければ静かにならざるを得ない。何せ、適当にケンカを売った相手が俺たちの身内ならば即座に殺されるのだ。自分の命がかかれば慎重に為らざるを得ないだろう。そう言って、ゴンを説得した。

 ちなみにゴンには言っていない裏がこの話にはある。俺たちと敵対しなければいいなら、つまり俺に雇われればその危険性は一気に減る。少なくとも一度俺と仕事をすれば、敵味方の区別は大凡つくというもの。ならばこそゲンスルーたちは現実に帰ったら、俺の下に付くために自発的に動くというのは十分あり得る話なのだ。俺は転んでもただでは起きないのである。

 これは多分ビスケは気が付いているが、ゴンは絶対に気が付いていない。ユアとキルアは微妙。

「ゲイン」

 敷いた策を考えながら、複製(クローン)で得た挫折の弓をカード化解除すれば準備は完了。

離脱(リーブ)使用(オン)。ゲンスルー、バラ、サブ!」

 矢筒に入った3本を消えると同時、3人はゲームから追放される。

 とりあえずはこれで良し。ゲンスルーたちは脱落した上、そのカードは全て吸収できた。

「文句ないだろ、ゴン?」

「……うん」

 ちょっと不満がありそうなゴン。返り討ちにしたとはいえ、ゲンスルーたちのカードを強奪したのが気にくわないようだ。今回は原作のように勝負の形式にしなかったしな。

 しかし向こうから襲ってきたのだから、このぐらいは大目に見て欲しいものである。っていうか、これまで禁止されたらいくらなんでも俺からゴンに物申す。ゴンのルールはゴンのルールであり、俺のルールではないのだから。

「一気に躍進したな、ゲンスルーたちのカードは88種だっけ?」

「ああ。それから『妖精王の忠告』も併せて89種。99種まで後10種だな」

「あと一歩だわね」

「その一歩が遠いけどな。99里以って道半ばとせ、とはよく言ったモンだ」

「001番の『一坪の密林』と002番の『一坪の海岸線』は未だに所有者が0だからね……」

 ユアの言葉に俺の顔も曇る。『一坪の海岸線』はともかく、『一坪の密林』の情報はマジでない。闇のヒスイと大天使の息吹を独占している以上先にクリアされる心配はないが、逆に誰もクリア出来ずに何年もグリードアイランドに留まる心配をしなくてはならなくなってきた。

 キメラアント編が色々と致命的な以上、保険としてゴンたちにはカイトの元に行って貰いたいが。ゲームがクリアできないなら話が進まない。最悪、俺とマチだけでキメラアント編をクリアしなくてはならなくなる。

「とにかく、地道にやっていこう。ゴンたちは今までと同じように普通にゲームを進めてくれ。

 マチが目立つ以上、俺やマチとゴンたちが結びつくような行動は取るべきじゃない。敵対した風を装って最後に合流するのが最善だ。俺たちの片方が『一坪の密林』を持ち、もう片方が『一坪の海岸線』を持つのが理想形だな」

「同感だね。相手を出し抜くなら最善の手だと思う。2手に別れてそれぞれの方法で探せば見落としが少なくなるしな」

 ゲーマーであるキルアのお墨が付いた。ならばやはりこのやり方は間違っていないと思える。

「俺とマチの方針は変えない。他のプレイヤーの独占カードを奪いつつ、できるなら独占カードを増やす。

 方針は少し変えて、奪った指定ポケットカードは俺が持つ。マチが調べられれば俺とマチが繋がっていることがバレるから、それの遅延工作だ」

「いいと思うわ。私たちはそれぞれ3組が繋がってないように振る舞う作戦は強烈だと思う」

「あたしもいいと思うわよ。勝つならこれくらいの作戦は必須でしょ」

「…………」

 ユアとビスケが賛同するが、ゴンの返事はない。消極的賛成、といったところか。

 やはり変なところで意固地である。俺は苦笑いしながらゴンに語りかける。

「納得いかないなら、最後にまた話し合おう。100種類コンプリートした後にな。

 今はそれで納得してくれ」

「……うん、わかった」

 渋々といった風情のゴンに、キルアもユアもビスケも呆れ顔だ。とはいえ、俺の意見を呑み込んでくれたということは、俺たち6人で先に100種類コンプしない以上は話が進まないということは理解してくれたのだろう。

 全く。

(面倒くさい奴だな)

 だがそれがいい。この愚直さこそがゴンで、俺が持たざる強固な信念。こういう念能力者は、脆さもあるが強いと相場が決まっている。そこはビスケの教育に期待である。たぶん矯正は無理だが。

「じゃ、そろそろ俺たちは行くぜ」

「…………」

 今度はユアが不満顔だ。ゲンスルーを倒した以上、ユアは俺に付いて来たがったが、ゴンたちの仲間であるユアが俺やマチと共に行動すると俺たちの関係を晒すことになる。あくまで俺やマチはソロプレイヤーの体を取らなくてはならないのだ。

 苦笑いのキルアとビスケ。その中でキルアが少し俺とマチから離れ、俺とマチもキルアから離れる。そして一定の距離が開いたところで、キルアがバインダーからカードを取り出した。

「じゃあな。同行(アカンパニー)使用(オン)、マサドラへ」

 キルアの言葉で、4人は光に包まれて彼方へと飛び去って行く。

 それを見送った後、俺はようやく安堵の息を吐いた。

「ふぅ」

「お疲れ、バハト」

「いや全くだ。今回は肝を冷やしたぜ」

 歯車が一つ狂えばユアが死んでいた場面、手札の殆どを使ってようやく切り抜けられたピンチだった。

 とはいえ、終わりよければ全て良し。爆弾魔(ボマー)組を蹴落としてそのカードを奪えたこと。ゲンスルーたちを取り込む策を仕込めたこと。結果は上々だ。

「さて、と。次の話に移らなきゃな」

 ゲンスルーたちを撃破したところで、こちらが主導権を握れそうな話がまた一つ。

 前もってその話をしていたからか、マチの笑みが凶悪になった。

「じゃ、行くぜ。先手を打つ為に。

 同行(アカンパニー)使用(オン)、アベンガネ」

 向かう先は爆弾魔(ボマー)から生き残ったもう一人、除念師のアベンガネ。

 彼は彼で有用性があるが、同時に厄介者でもある。生かすか殺すかは、この先の話次第。ゴンがいるとまた話がこじれるし、このタイミングまで待ったという訳だ。生かす殺すもそうだし、クロロを除念する可能性があるというだけで面倒な予感しかしない。

 ……ゴンがアベンガネに再び出会ったらどんな反応をするのか、ちょっぴり気になったのは秘密であるが。

 



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052話 一方その頃

誤字報告、高評価、感想。
いつも大変励みになっております。
重ねて感謝を。


 

 ◇

 

 グリードアイランドから遥か西に存在する富豪たちが集う大都市、ヨークシン。

 さらにその中でも最上級の人間にしか用意できない、高層マンションのワンフロア。そこで数人の女性が寛いでいた。

「人生を表すカードはワンドのテン。

 ……多くの困難がある、っていう暗示だね。レント君には」

 机に並べたタロットカードをめくっているのは、バハトによってここに連れてこられたネオン。クロロによって発を奪われ、狂乱した実父によってその誓約を破らされて完全にそれを失った彼女だが、占い好きという性格が変わった訳でもない。今は発に目覚める前から学んでいた占いでポンズのお腹の中にいるレントの運勢を見ていたところ。

 それを聞いたポンズはふふ、と穏やかな笑みを浮かべながら自分の大きくなってきたお腹を撫でる。

「苦難困難こそ人生を磨く石となる、だったかしら。きっと素敵な男の子になるわね。

 逆境を乗り越える教育はしっかりとしなきゃ」

 思ったよりも教育ママになりそうなポンズの言葉を聞いて、また容赦や遠慮のないネオンの占いを聞いて。座っていたもう一人が苦笑を浮かべる。彼女の名はマリア、大富豪バッテラの恋人である。

 先日まで事故に遭ったせいで数年の眠りについており、バハトが助けなければそのまま永遠の眠りについていたであろう彼女はしかし。今では失った時などなかったかのように笑みを浮かべていた。もう二度と目覚めないかも知れないと言われていた彼女だが、バッテラが文字通り彼の全てを投げ出したおかげで目覚めを果たした。

 その代償にバッテラがその富豪としての全てを捧げると誓った以上、遺産目当てに見られるのが嫌だと言えるはずがない。マリアを救ったのは自分の勝手であり、もしも別の人生を探すなら止めはしない。そうバッテラが言ったものの、そもそもとしてマリアとしてもバッテラを好ましく思ったからこそ連れ添ったのである。このように話が転んだ以上、マリアはバッテラの連れ合いとしての立場を明確にせざるを得なかった。妊婦のポンズやマフィアから疎まれているネオンと一緒に隔離されているのは、バッテラの連れ合いという立場が危険であるからというのも含まれる。

 更にこの場に居るのはポンズの後ろに立つ女性2人。アサンが操作しバハトがその権利を奪ったルーシェとベルンナ。彼女たちはバハトの下僕として強く己を律しているので、自覚している立ち位置としてはポンズの侍女といった風情だ。そのうちのベルンナは念能力者として最終防衛ラインであり、ルーシェはポンズが好んで食べる果物の蜂蜜漬けの皿を用意している。至れり尽くせりなポンズだが、彼女もまた貴族の娘。ハンターとして自分のことは自分でできるが、世話をされるのにも慣れたもの。ルーシェが出したフルーツにフォークを刺し、自分の口に運ぶ。

 ちなみにだが、この広いフロアの外には屈強な護衛が数多く存在し、重火器を装備した人間や念能力者たちが24時間体制で警戒している。よほどの例外でない限り、この部屋にいる女性たちを害することは不可能であるだろう。

「じゃ、これで私の占いはお終い。次、ポンズさんが見せてよ」

「はいはい。小瓶の精霊(ホムンクルス・ハニー)

 ネオンの催促に応えたポンズが自分の掌に小瓶を具現化する。そしてその内部に存在する蜂の念獣を見て、ネオンは瞳を輝かせた。

 そして許可を取る前に小瓶の中に手を突っ込み、その念獣の頭を撫でる。

「か~わ~い~!」

 うりうりと頭を撫でられる蜂の念獣(ハニー)は、くすぐったそうに身を捩らせながらネオンの指に甘噛みをする。

 そんな動作もネオンのお気に入りであり、きゃーきゃー言いながら蜂の念獣(ハニー)と戯れる。

 

 さて、ここで少々蛇足ながら小瓶の精霊(ホムンクルス・ハニー)についていくつかの説明を入れよう。

 ポンズの能力である小瓶の精霊(ホムンクルス・ハニー)はマニュアル型の具現化系念能力である。つまり、ネオンに愛想を振りまいているのは実質的にポンズという訳だ。

 調査型に分類される発であり、その基本性能は捕食した物体の解析と記録である。蜂の念獣(ハニー)はポンズが具現化した小瓶の中でこそ最大の真価を発揮し、物理的にも強力である。試しにバハトが本気で氷棍の突きを蜂の念獣(ハニー)に放ったが、何の問題もなく捕獲されてバリバリとその氷を嚙み砕かれた。自分の拳を入れていたらとゾっとする光景である。銃撃さえも容易く受け止めたのであるから、その強靭さは何を況やというものだ。

 しかしその弱点は明確であり、小瓶の中にいないと実力が発揮できない以上は小瓶を遠ざけるように攻撃をすれば問題なくポンズ本体に攻撃が通ってしまう。ポンズとしても小瓶の開き口を相手からの攻撃を合わせなくてはいけないので、戦闘に関して言えば外見以上に繊細さが必要な能力といえるだろう。

 小瓶の精霊(ホムンクルス・ハニー)の本領は解析であり、その過程として分解が必須ともいえる。主に物体に働く効果ではあるが、念能力であるせいかオーラさえも捕食できるのが最大の特徴だろう。つまり極めてレアな能力である除念をオマケで使えるのがポンズである。ただし除念の専門家でないせいかそのパワーは低く、例えば命の音(カウントダウン)の1個を除念するのに一週間程かかるくらいには効率が悪い。とはいえ、命を脅かす念の排除にかかる時間と思えば誤差の範疇かも知れないが。

 そして解析した物体はポンズ自身と蜂の念獣(ハニー)も具現化できるようになるのが能力の派生。彼女が特に薬毒の妙(アルケミーマスター)と名付けた能力である。これを使えば例えばこんな事もできる。

 蜂の念獣(ハニー)を撫で繰り回すネオンの指を甘噛みした時に、その牙の先端から極細の針を生えさせ、ネオンの指に突き刺す。同時に蚊やヒルなどが生成する麻酔物質を具現化して送り込む。これによりネオンに痛みは微塵もなく、代わりに彼女からほんの少量の血液を入手。

 更にその血液を解析。ネオンの血液型はもとより、血液物質から想定される病気の有無やDNA情報までも回収。病院でするであろう厳密な血液検査で得られる情報を一瞬でその内にしまい込むことが可能なのだ。

 ちなみにだが、DNA情報を得たとしてもネオンの生体を具現化することは不可能である。ポンズが可能とするのは物質の再現やオーラ機構の複製が限度だ。これは例えば殺人現場に残された血液を回収して、その血液の持ち主がネオンかそうでないか程度の判定にしか用いられない。それでも十分凄いといえば凄いが。

 そしてこの判定は当然、ネオンだけに用いられるものではない。ポンズは仲間の皮膚や毛髪などを回収して多くのDNA情報を回収している。バハトにユア、ゴンにキルア、ビスケにマチ、レオリオまで。クラピカは発を習得してから出会っていないので、彼の分の情報は入手できていない。そしてこの能力は、バハトどころか彼のサーヴァントすら察知していない。ポンズの大きな秘密の一つといえるだろう。

 

 困ったような笑顔を浮かべる裏で、ネオンから情報を回収するポンズは流石だろう。かつてクーフーリンに腹黒女と言われただけの事はあり、プロハンターである以上は一癖も二癖もあるのは当然なのだ。

 自分の情報が漏れているとは全く気が付かない、知ったとしても気にも留めないネオンは蜂の念獣(ハニー)と戯れながらその心に想いを強くする。

(念って……凄いなぁ)

 彼女はかつて天使の自動書記(ラブリーゴーストライター)という発を使えたが、念能力者といえるかは微妙だ。基本中の基本である纏もできず、側近であったダルツォルネのオーラも全く見えていなかったただの人。趣味の占いが高じて使えた発も、必要な分だけの精孔がほんの少し開いて、そこから漏れ出したオーラを発に回しただけ。念能力者として見れば、趣味が高じた発が使えただけという見方が妥当。

 しかしポンズという女性と出会えたことでその意識が変わりつつある。具現化された小瓶の精霊(ホムンクルス・ハニー)はネオンの心をガッチリ掴み、その愛らしさに自分もと思うまでそう時間はかからなかった。

 そしてまた、ポンズは妊婦であるということもネオンの精神に大きな影響を与えていた。ライト=ノストラードは自分の娘を都合のいい道具にしようとしたことから、乳飲み子の時分からネオンと母を引き離して自分に依存させるように誘導していた。それ故に、母親が自らの子に与える無垢にして無限の愛というものは。情のないマフィアの父を持ち、物心ついた時から母親がいなかったネオンにとってとてつもない衝撃だった。

 そもそもネオンは人体収集家としての側面も併せ持つ。善か悪かはさておくとして、興味の範疇に人の生死や運命のウエイトは大きい。それが生命の胎動を目の当たりにして一気にムズムズと動き出した形だ。

(この感覚、覚えてる)

 かつて天使の自動書記(ラブリーゴーストライター)を発動する前に感じた、噛み合っていない歯車が動いている感覚。それらがガッチリと噛み合った時、新たな扉が開くだろうその感覚。ネオンは蜂の念獣(ハニー)と戯れながら、しかし慌てることなく自分の内面と真っ直ぐに向き合っていた。

 と、そこで部屋の扉が開く。

「失礼するよ」

 にこやかな笑みを浮かべて入ってくるのは大富豪のバッテラ。そもそもこの部屋に遠慮なく入れる人間は限られる。彼か、この部屋にあるグリードアイランドでプレイしている人間くらいか。それ以外の存在が侵入してきたらベルンナが即座に排除するだろう。

「バッテラさん。ヨークシンに来ていたのですね」

 マリアが嬉しそうな笑みを浮かべる。彼女の言葉の通り、バッテラは忙しい。他の都市に比べればヨークシンに居ることは比較的多いが、それでも世界を飛び回る方が遥かに比率が高い。

 そんな生活に嫌気が差し始めていたバッテラはある計画を画策していた。最優先の仕事の一つとしてそれをこなしている彼だが、今回ヨークシンに来たのもその関係。是非とも口説き落として味方に引き入れたい人物の情報を入手したからこそのヨークシンへの到着だ。

 言い方は悪いが、マリアに会いに来たのはそのオマケである。尤も、彼の感情としては最大の意味を持つオマケであるのだが。マリアとの会話を楽しみつつ、妊婦であるポンズの様子をさりげなくうかがう。問題ないと判断したバッテラは、ほんの数分後にはその部屋を出ていた。

 部屋の外で待ち構えていた秘書は、部屋を出た途端に厳しい表情をしたバッテラと共に歩く。

「準備は」

「万端です。先方の手配、つつがなく」

「病院にいるのだったか?」

「はい、仲間2人と共に。

 重傷でしたが、失敗者が役に立つので?」

「そこらの雑魚よりかはずっといい駒になると確信しているよ。

 5年、仲間を作ると同時に裏切る準備を進め、実行と同時に口封じ。これほど忍耐力と胆力のいる作業はない。

 少なくとも私は高く評価をしている」

「そうですか」

 バッテラの言葉に秘書は慇懃に返す。

 彼が向かう先にいるのは、ゲンスルー。グリードアイランド攻略に雇った男だったが、ほんの数ヶ月前まではバッテラの記憶にその名前さえも残っていなかった。

 それが一変したのは数十人のプレイヤーの同時死亡と、その原因を告げたニッケスという男のおかげ。

 悪魔的というほどに悪辣なその手口を、グリードアイランド内部の情報と共に1億ジェニーというはした金で買ったバッテラは歓喜した。ゲンスルーの手口は素晴らしいというに限る、それがバッテラの忌憚なき意見だった。目的を達成するのに容赦がないというのは好悪が分かれるから切り離すとして、その手口は見事の一言。

 もしもマリアと共に財政界から引退するという未来があったならば必要がなかった男だが、バハトをフォローする土台を作るには必要な人材であるといえた。

 重傷を負ってグリードアイランドから脱出してきたということは、実質的に脱落したのだろう。グリードアイランドに戻る気配もないことから、それはほぼ確定的。

 ならば新しくする仕事に雇い直したい。それがバッテラの偽らざる本音であった。

 

 そして辿り着く一つの病室。ゲンスルーが収納されているその部屋の両隣には、サブとバラが入院していた。

「バッテラさんか。まずは病室を手配してくださったこと、感謝申し上げる。そして横になったままの非礼を先に詫びたい」

「固い言葉使いはいらない。こちらにも下心あってのことだ」

 病室のベッドの上で横になっていたゲンスルーだが、入ってきたバッテラに関しては流石に丁寧な挨拶をした。

 それを聞きつつもバッテラは側にあった簡素な椅子に座ってゲンスルーを見る。

(なるほど、酷いものだ)

 体中から発される塗り薬の匂いは全身に傷があることを示し、右腕と左肩につけられたギプスは骨が折れていることを教えてくれる。

 ニッケスから聞いたゲンスルーの能力を鑑みるに、彼の敵対者はよほどその能力を警戒していたのだろうと予測が付く。

「手酷くやられたね。ゲームのモンスターか? イベントか? プレイヤーか?」

「プレイヤーです。敗北し、カードは全て奪われました。命を助けられた代わりに、敵対しない事とゲームに入らないことを約束しました。

 申し訳ないが、私はもうゲームに戻ることはありません」

「ああ、それは別にいい」

「それでは手当の代償にゲーム内の情報を話すべきですか?」

「そういう訳でもないのだよ」

「そうですか」

 バッテラの言葉に、顔に出さないまでもゲンスルーは怪訝な感情が湧き出て来た。

 ゲーム内に興味がない風なのに治療された理由が思いつかない。対価なく治療されるはずもなく、バッテラの思惑が測れないのだ。

 そんなゲンスルーを見透かしたように、バッテラは苦笑しながら口を開く。

「君がゲーム内でしたことは聞き及んだ。

 指定ポケットカードの大半を集める為に、仲間を大量に募ってそれを裏切り、殺したと」

「!!」

 ゲンスルーは一瞬自分に浮かんだ動揺をミスだと断じた。ゲームから出た中でその事実を知るのはニッケスかポンズか。

 ポンズという女の事は詳しく知らないが、ニッケスならば十分可能性はある。退場させられた腹いせに情報をばらまかれるくらいは想像してしかるべきだった。バハトたちに意識が行き過ぎて失念していたその可能性に己の失策を知る。

 殺人、それも己の欲の為に大量に殺す。それはまともな倫理観を持っていれば唾棄すべきものである。そんな一般常識をゲンスルーとバッテラは共通認識としつつ、しかし老年の男は薄く笑う。

「そんな君は、稀有な才能を持っていると思う」

「……それは、どういった意味ですか?」

「裏も含みもない。人を容赦なく殺せる、それは私が持たない貴重な才能だ」

「――俺に、誰を殺させたい?」

 ゲンスルーが被っていた仮面を剥がす。バッテラの意図を正確に把握したが故に。

 バッテラは人を殺したい、そして殺人の才能がゲンスルーにはある。ならば依頼人として立場は同等に近くなる。それが故の強気であった。

 素に近いだろう表情をゲンスルーが見せたことにより、バッテラも笑みを深くする。ゲンスルーは数年ゲームにこもっていた。ならば世俗に疎くなることもあるだろうから、自分のような大富豪の仕事は受けるだろう。金と情報、両方が手に入る貴重な機会だ。彼ならば乗ってくると信じていた。

「私はな、一つの都市が欲しいのだよ」

「――ほぅ」

「その都市の名は、ヨークシン。今、私と君がいる街だ」

 言われた言葉にゲンスルーは諦めたように首を振る。

「無理だ、いくらアンタでもな。

 言う必要もないが、ヨークシンを支配しているのはマフィアンコミュニティー。十老頭とその直轄の武闘派である陰獣が金と暴力とで支配している。

 これを敵に回すのは、世界の裏の半分を敵に回すのと同義になる」

「その十老頭は全員暗殺された」

 バッテラの言葉に思わずといった具合で彼の顔を見るゲンスルー。

 揺らがない、確信に満ち満ちたその表情に。現実を語っているという実感がふつふつと湧いて来る。

「――誰が」

「さあな。噂ではゾルディックが動いただの、幻影旅団が暗躍しただの、ブラックリストハンターが動いただの。様々さ」

「いや、しかし。では、陰獣は……」

「そっちは幻影旅団に始末された。こちらは確かな情報だ」

 それが事実であるならば。ゲンスルーの頭が急速に回る。

 マフィアはメンツを潰されることを極端に嫌う。トップが殺されて黙っていられるほどに穏健ならばマフィアなど名乗っていない。

 しかしバッテラが犯人の情報を掴めていないならば、マフィアンコミュニティーは犯人の情報を得られてはいない。もしも得られていれば探す為の固有名詞がバッテラの情報網に掛からない訳がないからだ。

 そこから導き出される答えは、怪しげな相手に誰構わず喧嘩を売るという愚行だ。それを止めるべき十老頭がいないのだから当然為される。しかもまとめる人間がいないのだから戦力はガタ落ち、どころか次のマフィアンコミュニティーの支配者の椅子を巡って内部紛争も多発しているだろう。

 盛大に敵を作りつつ、内部からも崩壊していく構図がありありと目に浮かぶ。そしてその合間を縫って、のし上がる自分の姿も。

「――ハ」

 ぞくりとした快悦がゲンスルーの背中を奔る。

 自分と仲間たちだけでは手に入らないのは理解している。だがしかし、バッテラという巨星と共にならば、あるいは。

 数日前に逃した500億。しかしそれに匹敵する金と地位を手に入れるチャンスがいきなり巡ってきて、ゲンスルーは奮い立つ。グリードアイランドで為した悪徳がここに来て好機に化けたのだから、世の中は本当に何が起きるのか分からない。

「結構。やる気になってくれたようで何よりだ。

 マフィアンコミュニティーから奪うか、中に入り込んでその利権を吸い上げるか。臨機応変に対応するだろう。

 君の働きによってはそれ相応の地位をプレゼントできると思う」

「次の陰獣か?」

「或いはそれ以上か」

 上等だとゲンスルーは思う。死んだ奴らの後釜なんてまっぴらごめんだ。

 それに自分の性格に合っているというこの感覚が最高だ。ゲンスルーは自分で自分が狂っていると思っているが、その狂気に相応しい仕事だと考える。

 総じて、やる気は十分だ。

「まずはゆっくり体を癒したまえ。

 人を殺して利益を貪る外道を相手にするんだ。

 よい正義を期待するよ」

 バッテラは盛大な皮肉を口に出しながらその場を後にする。

 残されたゲンスルーは提示された次の仕事に、凶悪な表情で思いを馳せるのであった。

 

 ◇



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053話 グリードアイランド・13

調子が出て来たので次話投稿。
私って本当にやる気にムラがある。


 同行(アカンパニー)によって着地した場所はとある街中だった。

 周囲のNPCは一瞬だけこちらに視線を向けるが、すぐに興味を失って歩き去っていく。呪文(スペル)というものが一般的であることを忠実に再現した反応だ。

 そんな背景のような人々から外れた人物が一人。白い外套で頭から足元まですっぽりと隠し、目元だけが開いている人物。

 ちなみに念能力者というのは特徴的な外見をしていることも多い。自分を通す事が念を強める要因となるため、流行などを無視した格好を選ぶことが多々ある為だ。もちろん逆に外見に興味がないからこそ流行をそのまま持ってくることもあるし、契約ハンターのように外見で好印象を稼ぐものいるからただの目安ではあるのだが。変な格好をしているのは、念能力者でもない狂人である可能性の方がずっと高いのは言うまでもない。

 さて。その点で言って、現在のアベンガネは極めて念能力者らしい理由から特徴的な外見をしていると言えた。よく見ればもぞもぞと動くその外套の内側に、彼の念獣を隠しているのだから。

「アベンガネだな。久しぶり、たいそうな遺言をくれた割には元気そうじゃないか」

「……」

 俺の挑発的な言葉に無反応を貫くアベンガネ。視線を確保するために僅かに開けた穴から見える地肌の色は黒であり、あからさまにそこに視線を向けてやる。

 同行(アカンパニー)はプレイヤー名を指標に移動する呪文(スペル)。こちらがもはや逃れようもなくアベンガネという以前に出会った男を目的に来たのは明らかだろう。

「……どこで俺の名前を知った? 前に会った時は名乗らなかったはずだ」

爆弾魔(ボマー)から情報を奪った」

 嘘八百。しかしこれには信憑性があるだろう。以前、爆弾魔(ボマー)の情報をくれた時にしか俺との接点はない。糸を手繰れるとしたらそこしかないのだ。

 警戒の様子を崩さないアベンガネに、軽い様子で話をする。

「バインダーで確認してみな。ゲンスルーたちはもうグリードアイランドにはいないぜ」

「――ブック」

 アベンガネはバインダーを出し、呪文(スペル)をセットしてプレイヤーリストを見ていく。

 その最中にも一切の油断がないことから、俺は心の中で舌打ちする。

宣誓記録(ノゥ・ツゥ・オゥ)が使えない)

 ユアの能力である宣誓記録(ノゥ・ツゥ・オゥ)。発言を切り取って文字として具現化し、それに絶対規律(ロウ・アンド・レイ)の効果を付随させるそれは、現実に使おうとして意外というべき難易度の高さを思い知る。

 制約として全力の練をしつつ戦闘行為を行っていけないというのは、かなり厄介。全力の練の時点でこちらは戦闘態勢に入っていることの証左であり、その状況で会話をして言質を取ることの難しさ。その上で戦闘行為をしてはいけないとは、サーヴァントやマチがいる俺だからそれ程でもないが、ユアにとっては正しく命を懸けたリスクである。能力を使おうとしている時ならば先手を取られることは確実で、操作系のユアは相手の系統が何であろうとも喰らう攻撃が致命傷になりかねない。

 それをクリアしてなお、やはり相手から譲歩の言葉を引き出すのは至難の業。まともに使おうとすれば威圧してこちらが有利な場面でしか使えないように思える。そして現状で頭の回転が早いであろうアベンガネが言質をくれるとは思えない。

(他にも操作系の能力はあるが……)

 アサンが集めた念能力も操作系のそれは少なからずある。しかし他人を操作するのはやはり物体を介するのが普通で、そうでないヴェーゼの能力のようなものでも結局は相手に触れなくてはならない。接近して触れる、というのはほとんど攻撃行為だ。アベンガネが許すとは思えない。

 ならばこの後の難易度が上がるとはいえ、力づくで操作するか。除念の能力は貴重であり、ここでアベンガネを上手く使わないとヒソカとクロロの戦いが起きず、ひいてはコルトピはともかくシャルナークが死なない。特にシャルナークが怖い。戦闘能力の高い操作系の上に旅団員との連携も考えられるあの男は、俺が直接始末したくない敵の第二位だ。ちなみに一位はクロロである。

(これからの会話次第だな)

 焦る必要はない。数十の操作系を扱える俺は、つまりはその数だけ操作できる可能性がある。その中の1つを満たすだけで俺の勝ちに繋がる。ならば力づくは最後の手段でいいだろう。

 バインダーを確認したアベンガネは、視線を俺に戻す。

「確かにゲンスルーのランプが消えているな。殺したのか?」

「いいや、殺したらこれ以上の情報が搾り取れなくなるからな」

 白々しいやりとりである。アベンガネはその念獣が消えていない以上はゲンスルーが生きているだろうことを確信しているだろうし、俺もそれを分かった上で知らないフリをして別の理由をでっち上げる。

 お互いにお互いを信用できていない現状、会話にあまり有用性を見出せない。

 だからこそ、俺はここで全力の練をする。

「!!」

「ゲンスルーからお前の名前を引き出した時に気が付いたよ、お前がまだ生きているって。

 つまりお前は命の音(カウントダウン)を祓えるレベルの除念師だ。違うか?」

「……だったらなんだ?」

 返答如何によっては戦闘も辞さない。その表明でもある俺の練を目の当たりにして、アベンガネの声が固くなる。

「俺たちに情報を渡さずに除念することは可能だった。また、除念した後に爆弾魔(ボマー)の情報の対価に協力させることもな。

 しかしお前が選んだのは自分が死んだことにするという手段だ」

「俺は俺が死ぬとは言っていないが?」

「誤魔化すなよ。遺志を継いでほしい、と言っただろうが」

 見苦しく言い逃れようとするアベンガネを一喝する。とりあえず誤魔化せるか試してみようという姿勢は悪くはないが、評価はしない。

 俺を馬鹿にしたような言葉遊びに、後ろで静かにしていたマチも殺気がこもったオーラがあふれ出す。

「バハト、もういいだろ」

「まだだ。殺すのはいつでもできる」

 アベンガネのオーラが僅かに乱れた。この短いやり取りで彼は自分の命が風前の灯であることを察知できたのだ。

 俺は騙された事実に気が付き、アベンガネを殺す前提でここに来たこと。しかし、恐らくだが除念師であることに有用性を見出していること。そしてオーラやゲンスルーを倒した事実を鑑みるに、戦いになればまず間違いなく殺されるだろうこと。

 そこに思い至ったアベンガネがしたことは、即座の謝罪だった。

「すまなかった」

「――何がだ」

「お前たちを謀ってしまったことだ。

 完全な除念をするには条件がある。それを満たすことを優先し、誠実な対応を取らなかったことを謝罪する」

 言いながら外套を取るアベンガネ。思っていた通り、彼の体には奇っ怪な姿をした念獣が巻き付いていた。悪意や敵意は感じられないが、生理的嫌悪感は強い。

 それらを無視して、念獣がいるという事実に注視する。

「その念獣で命の音(カウントダウン)を祓ったのか?」

「そうだ。俺の能力は大きく二段階の手順を踏むことによって相手が仕掛けた念を排除する。

 自分のオーラと自然のオーラを混ぜ合わせることで念獣を作り、仕掛けられた念を無害化する一段階。

 そして念を仕掛けた者が死ぬか、解除条件を満たすことで念獣を排除する第二段階」

「なるほど。俺たちに真実を告げなかったということは、さてはゲンスルーに勝てるとは思ってなかったな?」

「その通り。命の音(カウントダウン)を仕掛けられた経緯とその破壊力から考えて、ゲンスルーの敗北は想定していなかった。

 だからこそゲンスルーの情報を流すことで場を混乱させ、その隙に居る筈のない生き残りが解除条件を満たすという作戦を立てていた」

 冷静に語るアベンガネは流れを掴んでいる実感があるだろう。それも当然、こちらも意図して流れをアベンガネに渡している。

 さて、仕掛けよう。

「一つ提案がある」

「……なんだ?」

「俺は除念したいとある念がある。もしもそれを除念してくれるならば、お前の命を助けてやってもいい」

「…………」

 簡単には頷かないか。その位の慎重さがむしろいい。逆にこちらの仕掛けに気が付かない可能性が上がる。

「協力者は他にもいる。そちらから金を毟ってやってもいいだろう」

「それで?」

「ここで死ぬか除念するか選べ、というのは下策だな」

「賢い男だ」

 こちらに除念の希望があることはアベンガネにも透けているだろう。そうでなければ即座に殺しにかかっていて不思議ではない現状だからだ。殺せない事情があるのに殺すという脅しをするのはこちらの底を晒す行為。故にそんな手は打たない。

「取引をしよう。

 俺はその念獣を消す手助けをしてやる。その代わり、こちらの願いを一つ聞いて欲しい」

「……断る」

「理由は?」

「念を祓うのは構わないが、先ほど言った通りに俺の除念は二段階の手順が必要だ。

 祓った念でできた念獣を消す手伝いと、金。これが保証されればいいだろう」

「…………」

 手強いな。全力の練をしている現状、言質が取れれば宣誓記録(ノゥ・ツゥ・オゥ)が発動するが。肝心のその言質が取れない。

 除念は極めてレアな能力であり、アサンが集めた発の中にも除念の能力はない。それ故に奴自身が除念能力を作ったとも言える。ヒナの能力は発動条件もリスクも何も分からないから使えるうちに入らない。

 それが分かっているからこそ、マチも殺気立ってもアベンガネを殺すことはできない。

(力づくで操作するか……?)

 先ほども考えた最終手段だが、これは相当に危険な賭けだ。操作された念能力者を、念が封じられたクロロの側に近づけることをヒソカも幻影旅団も許すとは思えない。少なくとも操作したものに害意がないことを確認するだろう。それは俺にとって極めて高いハードルだ。

 やはり、できれば、アベンガネの意思でクロロを除念をしてもらいたい。

「死んだフリをして騙した貸しがあるだろう?」

「それは爆弾魔(ボマー)の情報を流したことでチャラだ」

「…………」

「…………」

「その念獣は消してやる。その代わり、俺の協力者と一回会って話をして欲しい。

 報酬はソイツから貰え」

「依頼を受けるとは限らないぞ?」

「ああ。仕方ないな」

 これは無理だ。ヒソカに丸投げするしかない。

 原作でも何とかしていただろうし、きっと何とかするだろう。まあ、クロロを除念した後に念を盗まれるか殺されるかしそうだが。どちらにも転んでも念獣は消えるし、嘘ではあるまい。

 とにかくヒソカに恩が売れそうなだけ良しとしなければならないだろう。

「グリードアイランドで除念を依頼してくる奴がいたら、多分俺の協力者だ。俺の名前を出して様子をうかがってくれ」

 言いながらとある能力を発動する。手元に具現化された機械から、ゲンスルーの項目を選択して、発券された紙を破る。

 未来でレオルが使用する能力である謝債発行機(レンタルポッド)。それを使って一時的に命の音(カウントダウン)の発動者を俺に変えた。

「それは?」

「余計な質問は無しだ。俺に触れて解除ワードを言え」

 訝しい表情をするアベンガネだが、慎重に近づいてきて、そして触れる。

「『爆弾魔(ボマー)捕まえた』」

 瞬間、アベンガネに巻き付いた念獣が音と煙をあげながら消えていく。

 驚きに目を見開くアベンガネだが、強かな彼にこちらとしては一本取られた気分だった。

 

 ◇

 

 ツェズゲラは千里眼の蛇から吐き出された念視(サイトビジョン)のカードを使い、情報を集めていく。

 これは定期的にしなければならないこと。相手の情報を集めることの重要性は言うまでもない。

「――情報を整理しよう」

 深刻に言うツェズゲラに、彼の仲間たちの表情が引き締まる。

 彼らの中でドッブルが代表して声をかけた。

「何かあったか、ツェズゲラ」

「ああ。ゲンスルー組が脱落して、マチ=コマチネというプレイヤーに全ての所持カードが移った」

 様々な意味が込められたその言葉が与える動揺は大きい。

「マチとは、プレイヤーキラーのか?」

「いや、バインダー上ではマチ=コマチネと名乗っている。別人ではあるだろうな」

「無関係とも思えないが」

「同感だ。だが、マチもログアウトして久しい。何かトラブルがあったか、別人か……」

 考え込むツェズゲラ。仲間たちはツェズゲラが考えを巡らせているのだろうと、彼の結論を静かに待つ。

 付き合いの長い男。そしてシングルの称号を持つプロハンター。彼への信頼は絶大だ。

 やや時間をかけて、ツェズゲラは仲間たちを見る。

「結論から言おう。おそらく、マチ=コマチネとマチは同一人物だ」

「根拠は何だ?」

「ゲンスルーの正体。奴はおそらく爆弾魔(ボマー)だった」

 そこで以前の交渉における不自然さを語るツェズゲラ。

 仲間たちは何故そんな重要情報を黙っていたのだ、とは言わない。凶悪な念能力者だということがわかれば萎縮してしまう可能性を考慮したのだという事くらいは分かる。必要となったら間違いなく語ってくれるという信頼と共に、それは長年の絆で培われていた。

 そしてゲンスルーが爆弾魔(ボマー)であるとするならば、マチの危険性が段違いに上がる。

「――つまり」

「マチは数十人を瞬殺した能力者である爆弾魔(ボマー)から、カードを全て奪えるってことか」

 この場合、手段は力づく以外の何物でもあるまい。わざわざそれを確認する必要もない。

 爆弾魔(ボマー)を超える凶悪さを感じさせるマチに、全員の顔色が悪くなる。

「これまで以上に呪文(スペル)の在庫には気を付けなくてはな」

 彼らは全員、左遷(レルゲイト)離脱(リーブ)を保険として持っている。突発的な遭遇ならば島のどこかへ、そうでないならばゲーム外に逃げる方法は確保しているのだ。マネーハンターである彼らだが、それでも金よりも命の方が大事だという感性はある。

「それでマチは89種集めているのか?」

「そうだ。000番を除いて後10種でコンプリートだ」

「今更マチがクリアを目指すか?」

「分からん。だが、ゲンスルーのカードを奪ったということは警戒しなくてはなるまい。

 俺たちの独占カードである『浮遊石』と『身代わりの鎧』がいつ狙われるか分からないからな」

 この場合、まさか穏健に呪文(スペル)で奪いには来ないだろう。マチが殺しに来ることすら覚悟しなくてはならない。

「『闇のヒスイ』はどうだ?」

「きっちりフリーポケットカードに14枚入っていた、この分だとゲイン待ちのヒスイまで回収しているだろうな」

「――手強いな」

「そうでもない」

 ニヤリと笑うツェズゲラに全員の視線が集まる。

「ここまで他者のクリアを警戒するって事は、逆に言えばゲームクリアが目的だろう。

 ゲンスルー組よりかはずっとやりやすい」

「確かにな」

 ソロプレイヤーというのは隙ができやすい。例えば闇のヒスイにしたって、ゲンスルー組から奪うには防御カードを抜ける徴収(レヴィ)が一番妥当な選択肢だった。相手が3人組だった時に比べて、マチから徴収(レヴィ)で闇のヒスイが奪える確率は単純に3倍。

 また呪文(スペル)での追いかけっこにしたって、フリーポケットの数が限られる以上は追うのも逃げるのも厳しくなる。金に呪文(スペル)に攻略アイテム、フリーポケットの数というのはそれだけで貴重な枠なのだ。

 グリードアイランドでは戦闘能力が高いことがそのまま有利になるとは限らないのだ。

「できれば交渉で手に入れたいところだがな」

「ああ。喧嘩を売って命を狙われるのは避けたいところだ」

 そんなこんなでマチへの対策は固まっていく。逃げる準備を万端にしたところで、まずは話してみようというところだ。

 続いて次の話題。

「それからトクハロネ組が独占カードを奪われた」

「マジか」

「『妖精王の忠告』をか?」

「ああ。奪った相手は今のところ不明だがな」

 トッププレイヤーは独占カードを持っている。というよりも、今まで最上位のプレイヤーは独占カードの交渉と未発見の2種のカードを探すことに多くの力を注いでいたと言っていい。

 しかしトクハロネ組が独占カードを失ったことで、ツェズゲラたちがまた一歩有利になった。と言うよりもトクハロネ組が一気に不利になった。状況が変わった時、クリアを阻止する手段がないのだから。

 ハガクシ組がブループラネットを失い、トクハロネ組が妖精王の忠告を失った。

「これで独占カードは俺たちが持つ2種と、マチの持つ『闇のヒスイ』だけになったか」

「いや。おそらく『大天使の息吹』も独占されている」

 ツェズゲラの言葉に、誰ともなしに驚きの声が上がる。

「おいおい。『大天使の息吹』はゴン組が交渉で得た筈だろ?」

「ああ。そこを詳しく調べたんだが、不審な点が見られた」

 ツェズゲラの真剣な瞳に全員がその話に引き込まれる。

「まず大前提として、ゴン組は何を対価に『大天使の息吹』を手に入れたのか?」

「……それは」

「バハトのカードが増えた様子はないのに、ゴン組が『大天使の息吹』を手に入れた。これは酷く不自然な状況だ」

「いや、しかし……。呪文(スペル)で奪ったというのは?」

「『大天使の息吹』を手に入れるほど呪文(スペル)を買ったのに、防御を疎かにするか? SSランクのカードだぞ?」

「…………」

「そもそもバハトは何を考えて『大天使の息吹』を手に入れた?」

「それは確かに疑問だった。ランクインしているプレイヤーを名簿(リスト)で調べても引っかからなかったしな」

「マサドラで離脱(リーブ)をエサに仲間を集めている不審な男を、ツェズゲラが怪しいと思わなければ調べようとすら思わなかった」

「そう。だが、こう考えれば納得がいく。

 バハトは『大天使の息吹』を独占し、仲間のサポートをしていた」

「――その仲間がゴン組か?」

「いや待て。それならギリギリまでバハトが独占しておくんじゃないのか?

 ゴンとキルアに『大天使の息吹』を渡したことで情報が漏れたんだろ?」

「いくら情報を隠そうとしても、98種まで集めたら最後の『大天使の息吹』を探すのに血眼になるだろう。奴はその前に手を打ったんだ。

 堅牢(プリズン)を3枚集めるという手をな」

「な、なるほど。それなら『大天使の息吹』は呪文(スペル)で奪うことはできない」

「じゃあ、バハトは今何をしているんだ?」

「ゴン組と繋がっていると考えたら、おそらく自分の独占カードを作るか、相手の独占カードを奪うかだが」

「……まさか」

 全員がそれに思い当たる。

 あまり積極的に動かないバハトは、バインダーに載る者も少ない。ツェズゲラ達の中でも彼をバインダーに載せているのはボードムのみ。

念視(サイトビジョン)使用(オン)、バハト!」

 果たして覗いたバハトのバインダーの中にトクハロネ組が独占していた妖精王の忠告のカードがあった。

「間違いないな」

「ああ、バハトはゴン達と組んでいる」

「意外、だったな。まさか外部のプレイヤーが5人目の仲間になるとは」

 グリードアイランドのクリア報酬は、指定ポケットカード3枚。これは比較的簡単に知れる情報だ。故に普通のプレイヤーは4人以上の徒党は作れない。例外はバッテラに雇われた人物くらいだろう。

 しかし思い返せば、バッテラがした契約はクリア報酬を渡すことで500億を払うというもの。バハトが2枚の指定ポケットカードを得て、ゴン組が1枚バッテラに指定ポケットカードを渡せば大儲けだ。これは確かに死角にあった事実。

 これももちろん前提条件があり、報酬の金やカードで揉めない事が前提になければならないのだ。それを考えれば、ゴン組とバハトの絆は恐らく深い。

「相手に察知されずにこれに気が付けたのは大きい。

 上手く交渉に使えば裏をかけるかも知れん」

 ツェズゲラの言葉に仲間たちが頷く。

 彼らの集めた指定ポケットカードは92種。残りは000を除いて7種。その内の殆どが独占カードか未発見のカードであり、ゲームは大詰めと言っていいだろう。

 ゴールの見えた彼らだが、しかし慢心はない。後ろに迫っている競争相手もいる以上、油断できる状況でもないからだ。

 数年かけて挑んだ、500億の仕事。それを完璧に仕上げる為、より慎重に作戦を練っていくツェズゲラ達であった。

 

 ◇

 



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054話 初歩的なことだ、主よ(エレメンタリー・マイ・マスター)

人狼とかの正体隠匿系のゲームが大好きです。
脱出ゲームとかのミステリー体験もワクワクします。
マーダーミステリーとか、もう最高。

……当方、そちら系のゲームは大の苦手ですけど。
感覚で解いちゃうのですよ、しかも的中率はそんなに高くないってね。


「じゃあ手筈通りに」

「ええ、分かっているわ」

 そう言い合い、マチと別れる。これから先に出会った時も、特定の合図を送らない限りは俺とマチは1度も出会った事がない赤の他人。こうしておくことで、俺とマチを結ぶラインを限りなく薄くする。

 マチは残り10種の指定ポケットカードを集めることになり、俺は一坪の密林を探すミッションに挑む。俺たちの仲間が入手していない独占カードはツェズゲラ組が持つカードのみ。ならばここは自前の独占カードを増やし、そして入手方法すら判明していない一坪の密林を探すのが得策。

「ブック。道標(ガイドポスト)使用(オン)、ナンバー001」

 呪文(スペル)を使い、示された町の名前は『森林の町ドドビオン』だった。記憶にはないが、ポンズに連れられて全ての町に行ったことがあるので問題はない。

再来(リターン)使用(オン)、ドドビオン!」

 瞬間、光に包まれた俺は中空を高速で翔け、瞬く間に着地。鬱蒼と茂る、というには少し足りない木々が俺を出迎える。

 来るまで思い出せなかったが、ここに降り立てば来た記憶くらいは甦る。

「――確か」

 軽い足取りで町、というか村の中に入り。原作ではほとんど描写されていなかった一坪の密林について思い出す。

「クイズ大会で言ってたな、一坪の密林に関して重大なヒントをくれるのは長老だって」

 そして、一休みしているといった風情の木こりを見つけ、声をかけた。

「すまない、少しいいだろうか?」

「あん? なんだい?」

「この町の長老に会いたいのだが、教えてくれないか?」

 俺の言葉に返事せずに、手を差し出してくる木こり。

「1万ジェニーでいいぜ」

「…………」

 いや、ゲームのシステムなのは分かるが。

(ガメツイなっ!!)

 無言でバインダーから1万ジェニー札のカードを取り出し、木こりに握らせる。

「へへへ、毎度。長老なら、町の入り口から見て反対側にある一番大きな家に住んでいるぜ」

 ニンマリと笑った木こりはそのまま歩き去っていった。それを見送るまでもなく、木こりに教えて貰った方向へと歩き出す。

 やがて見えてきた、やや大きな家。その前に門番が立っていた。

 嫌な予感を覚えつつも、門番に声をかける。

「長老にお会いしたいのだが?」

「面会料を支払え」

「……幾らだ?」

「100万ジェニー、もしくはそれ以上に価値があるものでも良い」

 一瞬だけぶっ倒して押し通ってやろうかとも思ったが、ゲームというものは短気に任せるとだいたい良いことにならない。

 青筋を立ててつつも、バインダーのページをめくっていく。

 っていうか、そもそもフリーポケットの数は45しかない。普通に100万ジェニーを支払うことは難しい話だ。3人以上のプレイヤーがフリーポケットの中を金で埋めるか、もしくは指定ポケットカードか。100万ジェニーを超えるカードはモンスターカードでもAランクになる。

 適当に一枚の指定ポケットカードを取り出して門番に渡す。

「これは複製(クローン)のカードだな。面会料には足りないが、まあくれるというならば貰ってやろう」

「…………………」

 ぶっ殺してやろうかとも思ったが、なんとか自制心が勝った。ってか、変身する前のカードの価値かよ。

 渋々、キルアから受け取ったキングホワイトオオクワガタのカードを突きつけてやって、ようやく屋敷の中に入る。

 また集られるんじゃないかとも思いつつ、しかしそんな事はなく。ようやくと言っていいのか、長老の前に辿り着いた。10分も経っていない筈だが、妙に疲れた。

「どうも異国の方。儂はドドビオンの長老、ヒラと申す。何用かな?」

「『一坪の密林』について、詳しい事も聞きたい」

 俺の言葉に、ヒラ長老の眉がぴくりと動いた。おそらく、一坪の密林の言葉がキーワードになってイベントが進行したのだろう。ヒラ長老の眦が鋭くなる。

「ほう、どこで知ったかは聞かぬが、珍しいことを聞きたがるものよ。

 しかし、一坪の密林から繋がる山神の庭は聖地である。そう簡単に入り込めるとは思わぬことだな」

「分かっている。何をすればいい?」

「そうじゃな、1つ試練を課そう。この町、ドドビオン中にたった一人だけ『一坪の密林』を守る神官の名を知る者がおる。

 その者を探し出し、儂にその名を告げてみよ。そうすれば『一坪の密林』を守る神官の元に案内してやろう」

 なるほど、これは要するにお使いクエストなのだろう。長老と面会するだけで、1万ジェニーと指定ポケットカードの1枚が奪われた。

 どこに居るか分からない情報提供者、しかもその人物が満足する報酬を用意しなくてはならない。

 そりゃ、トッププレイヤーでも見つからない訳だ。

「分かった、また来る」

 俺はそうとだけ言い残し、ヒラ長老に背を向ける。

 長期戦になる事は間違いない。覚悟を決めつつ、長老の家から出て、広めの村とも言うべき大きさのドドビオンの町を睨みつけるのだった。

 

 ~~~~~~

 

  一ヶ月後

 

 ~~~~~~

 

「あぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」

 俺は奇声を上げながら思いっきり地面を殴りつける。

 そんな俺の目の前にはにやにやしながら聖水(ホーリーウォーター)呪文(スペル)カードを手で弄んでいる女。

「神官様の名前? 知るかバーカ」

 これが彼女の直前のセリフである。都合、17人。情報提供者は全部スカだった。失ったカードはもはや考えたくもない。

 10人目くらいで一度キレて村人を殴ってしまったが、傷害罪とかで1週間くらい拘留された挙句に罰金として3000万ジェニー分のアイテムを支払わされた。もしも法に従わないのならばドドビオンから追放されると脅されれば是非もなし。

 仲間に貰ったトレード用の指定ポケットカードはもはや底を尽き、狂いそうになる心を奇声を上げることで何とか保つ。ドドビオンにいるとたまに同じような行動をする人間(プレイヤー)がいたことから、どうやら皆が同じ心持ちらしい。

 たまに名簿(リスト)で確認するが、一坪の密林の所有枚数が0枚であることに悲しめばいいのか喜べばいいのか。自分以外がこのクエストをクリアするのは悔しいとも思うが、もはや誰かがクリアしてそれを奪った方が楽なんじゃないかとも思う。

(……もう、なりふり構っちゃいられねぇ)

 ユアが危害を加えられたのとは別の方向でキレながら、俺はドドビオンの町を後にする。

 そのまま1キロくらい歩き、最大に円を広げて監視者がいないことを確認。

「素に銀と鉄――」

 禁止されていた手を使う。最悪、令呪を使ってもいい。

「――抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よォォォ!!」

 ややおかしなテンションになりながらも詠唱を完成させ、サーヴァントを呼び出す。

「ルーラーのサーヴァント、シャーロック・ホームズ。ここに推参した」

「すいません、助けて下さいっ!!」

 腰を直角に曲げつつ、突如として森林に現れた英国紳士に頭を下げる。

 俺はかつて、このサーヴァントを召喚したことがある。それはまだクルタ族の村に居た頃、世界のどこかにいる『敵』がどのような相手か推理して貰おうと思ったからだ。

 その時のホームズのセリフは以下の通り。

 

―いいかね、マスター君。探偵は『解き明かす者』であり、『全てを知る者』ではない。何も情報がない現状で答えを出せと言っても無茶なもの。小説の1ページ目から犯人が名乗りを上げる推理小説のようなものだ。まあ、そのような形式がないとは言わないが。

 それはともかく、何でもかんでもサーヴァントに頼ってもいけない。マスター君はサーヴァントを1体しか召喚できない上に、時間制限まであるときている。ならば君は自分を磨く努力を怠ってはいけないのだよ。

 それから私のような軍師型のサーヴァントもお勧めしない。何故ならば我々は現在最高の一手を見つける事には長けているが、明日もその一手が最高のものであるとは限らないからだ。未知から産み落とされる偶然という名の怪物は、今日の偉人を明日の凡人に変えうるのだよ―

 

 とまあ、こんな皮肉を出会い頭に言われてしまったのだ。

 これには心が折れた。ベキバキと折れた。以降、今に至るまで軍師系のサーヴァントを召喚しなかったくらいには心が折れた。

 だがしかし、俺は既に一坪の密林のイベントで心を折られている。これから先どれだけの時間、心を折られ続けるかを天秤にかけた時。とうとうこの皮肉な探偵を召喚する覚悟を決めたのだ。

「ハハハ。そうかしこまらなくても私はサーヴァントさ」

「え」

 思わず顔を上げれば、そこには爽やかな笑みを浮かべた優男。

「もちろんマスターの力になるとも。そもそも、ある程度『敵』の情報が集まったら私を召喚して推理を聞いてくれてもよかったのだよ?

 頼り切ってはいけないだけで、頼ってはいけない訳ではないのだから」

煌々とした氷塊(ブライトブロック)!!」

「バリツ!!」

 右腕に氷塊を纏わせてホームズに殴り掛かる。それを鮮やかな手並みで逸らして、関節を極めようとするホームズ。危険を悟った瞬間に一気に後退、ホームズから距離を取る。

「じゃあ最初にそう言えテメェェェ!!」

「ハハハ。マスター君は少々疲れているようだ。パイプ吸うかね?」

「アヘンじゃねぇかそれ! 吸わねぇよ!!」

 ダメだ、やっぱりコイツとは根本的に反りが合わん。会話するだけで精神にダメージを食らう。

 とっとと本題に入ろう。

「で?」

「それが人に教えを乞う態度かね?」

「ドウカイキヅマッタワタシニコタエヲオシエテクダサイ」

「ふむ、まあ良かろう」

 くいと眉を動かしたホームズ。途端に雰囲気が変わる。

「……っ」

 一瞬で呑まれた。流石はサーヴァント。流石は人類史上最高頭脳を持つ一人にして、世界唯一の顧問探偵。

 先ほどまでの爽やかな顔から、真実を暴き出す鋭き(まなこ)をのせた顔に為る。

「答えから言ってもいいのだが、それは流石につまらないし、私の沽券にも関わる。

 少々退屈な話に付き合って貰うが、構わないかね?」

「ああ、こんな下らないことで令呪を使う気はない」

「結構」

 一度俺の魂にある聖杯に回収されたホームズは、俺と情報を同じくする。そこからホームズは何を見つけ出したのか、そして俺が何を見落としたのか。答えを導き出したと言い切ったホームズである、気にならないと言えば噓になる。

「まずはおさらいだ。求めるモノはSSランクの指定ポケットカード、『一坪の密林』である」

「ああ」

「そしてSSランクカードの探索方法は君が知る物語で明示されている。

 名前をキーワードにして聞き込みをして『~~をしたら教えてくれる』という条件をクリアする。

 真偽を判定し、入手条件を満たせばイベントクリア。アイテム入手というのが一般的な流れとなる。ここまではいいかね?」

「ああ」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………?」

 悲しそうな顔をするホームズにイラっとした。

「何が言いたいんだよ?」

「分かった、本当に1から説明しよう。

 はぁ」

 思いっきり溜息吐きやがったぞコイツ。

 なんなんだよこのイベント。なんで心の耐久性を試してくるんだよ。殴りたいけど殴れない相手が多すぎだろ。

「聞こう。SSランクカードは何種類ある?」

「『支配者の祝福』、『一坪の密林』、『一坪の海岸線』、『大天使の息吹』、『ブループラネット』。

 5種類だな」

「その中で君が入手方法を把握しているものは?」

「『支配者の祝福』、『一坪の海岸線』、『大天使の息吹』」

「更にその中で、先ほど言った一般的なSSランクカードの入手の流れが通用するものは?」

「…………」

 あ。

初歩的なことだ、主よ(エレメンタリー・マイ・マスター)

 さも当然のように前提条件を提示されたからといって、それが真実であるとは限らない」

「ちょ、ちょっと待て! じゃあ、原作で言われていたあの情報は嘘か!?」

「嘘とは言わないさ、おそらくそれで入手できたSSランクカードもあったのだろう」

「『一坪の密林』はイベントクリアされていないから、『ブループラネット』か!」

「その通り。君が知る物語ではツェズゲラ組もゲイン待ちのブループラネットを手に入れているし、ニッケス組かゲンスルー組も入手していた。

 つまり『一般的なSSランクカードの入手の仕方』は『ブループラネットの入手の仕方』に過ぎないのだよ。ゆずって『大天使の息吹』を含めてもいいが、それでも40種類の呪文(スペル)カードを集めればいいという情報は簡単に手に入り過ぎる」

 いや、これは目から鱗だ。その視点は全くなかった。原作で言われていたから丸呑みしていた。

 だがしかし、この事実は見たくもない事実を浮き彫りにさせてくる。

「え、待て待て待って。

 じゃあ『一坪の密林』はノーヒントで探さなくちゃならないのか!?」

 羅針盤が壊れていると分かったとして、気分は大海原のど真ん中。360度全てが水平線、どこを目指していいかも分からない。

 何百人いるか分からないドドビオンの住人を、虱潰しに当たらなくてはいけないのか?

 自分の顔が絶望で歪むのが分かる。そんな俺の顔を見つつ、澄ました顔でパイプを吸うホームズを殴りたく思う。

「考察は可能さ。奇しくも、君だけならね」

「……それは、どういう?」

「先ほど言った通り、我々は3種類のSSランクの入手方法を確定で知っており、『ブループラネット』の方法も恐らく分かっている。

 そこから推理することは可能」

 そう言いつつ。まずはとホームズが例題として出したのは一坪の海岸線。

「前提条件となる同行(アカンパニー)でソウフラビへ15人以上で移動する。

 これが現実に起こりうる可能性は、そもそもどれだけある?」

「? 原作でやっているし、普通にあるんじゃないか?」

「本当に? ゲームのクリア報酬は指定ポケットカードが3枚しか手に入らないという前提条件があるのに、15人ものプレイヤーが一つの目的の為に行動できる可能性は『普通に』あるのかね?」

「いやまあ、そう言われれば確かに」

「大人数が徒党を組むというのは、巨大な個が現れた時と相場が決まっている。巨大な個を上回る戦力を揃える為に数を集め、また上回られた方も挽回する為に数を集める。人間というものはその繰り返しで集団を形成してきた」

「…………」

「ゲームマスターであるジン=フリークスは人間というものを極めてよく熟知している、と私は断言しよう。

 『一坪の海岸線』は正にジン=フリークスの掌の上で踊った末に発見された。クリアを目前としたプレイヤーが現れた時、それを阻止するべく多人数の人海戦術でカードを独占してクリアを阻止する。

 その筋書き通りに進んだ訳だ」

 ゾワリと背筋に冷たいものが走った。漫画では軽く読み飛ばした部分、あえて言うならばゴレイヌの「えげつねぇな」が印象的だったあのシーン。それも含めて何もかもがジンの思惑通りだった。

(ありえる)

 会長選挙編で十二支んを手玉に取ったジンならば、十分に。

「続けよう。つまり私が解き明かすべき本質は『一坪の密林』の入手方法ではない。

 ジン=フリークスという人間の仕掛けだ」

「……可能なのか?」

「もちろんだ。何せ、ジン=フリークスは本気ではない。遊んでいる」

「…………」

 絶句。ただ絶句。

 これほどまでに壮大な仕掛けをしたジンが遊んでいるだけ。そしてそれをそうと言い切るホームズ。

 何百人の念能力者を閉じ込めて、何十人もの天才たちが右往左往しているこの現状。これを、ジンとホームズは俯瞰して見ている。

「ゲームはクリアされてこそ。グリードアイランドはその原則から外れていない。そしてジン=フリークスの行動を見るに彼は愉快犯だ」

「愉快犯?」

「いるだろう? 盗みに入る前に予告状を出す怪盗、殺人現場にメッセージを残す殺人鬼。障害を増やして、それを出し抜くことに快楽を覚える犯人が。

 今回のジン=フリークスはその一歩手前。自分が残した痕跡を辿らせて、事件を解決して喜ぶ人間を見て楽しむ人間。ああ、ゲームマスターとはよく言ったものだ。クリアのご褒美まで用意しているとはね。

 要はクイズの出題者、という訳だ」

 顔色一つ変えずに己の推論を口にするホームズ。こういった手合いはよく相手にしたものだと言わんばかり。

「……狂ってる」

「狂気を知るには己が狂人になるのが一番だ、とは言わないがね」

 さて。そう一言おいてからホームズは続ける。

「今回の事件、もといクリア条件。それはジン=フリークスの手口を考えるに、一つの閃きで届くものと推論される。

 逆に言えば地道な捜査から最も遠い場所に答えを置いた、とも言えるだろう」

「つまり、普通にドドビオンの住人を総当たりしているだけでは無理か?」

「その通り。そしてご丁寧なことに、ここにもジン=フリークスは答えを用意していた」

 そこで一呼吸。

 ホームズは己の眼前で両手を合わせ、青い瞳で俺を射抜いた。

「ヒラ長老は神官の名前の真偽をどう判定する?」

「あ」

「答えは1つ。ドドビオンで神官の名前を知る唯一の人物がヒラ長老であれば矛盾はない」

「それ有りっ!?」

 思わず叫んだ。

 幸せの青い鳥じゃああるまいし、スタート地点に答えがあるだろうとは思わない。

 だが、この底意地の悪い答えが一番しっくりくるのも事実。

 それを呑み込み、俺はがっくりと肩を落とす。

「ここまでは落ち着いて考えれば誰でも分かる事だが」

「令呪で自害命じるぞテメェ」

 なんでこの探偵はいちいち喧嘩を売ってくるんだろうな?

「問題はむしろここから。ヒラ長老から神官の名前を聞きだす方法だ」

「聞けば教えてくれる、訳はないか」

 それほど簡単な条件を、ここまで仕組んだジンが用意する訳がない。

 一坪の海岸線でも、スポーツで7戦した後に8つの勝ちをもぎ取るレイザーのドッチボールが待ち構えているのだ。ここでもう一捻りあると思った方がいいだろう。

「私が予想する条件は2つ。1つはドドビオンに於いて一定数の人物に話を聞いた、というものだ」

「……まあ、妥当っちゃ妥当か」

 いきなりヒラ長老に神官の名前を聞いても答えはない、ドドビオンである程度の聞き込みをした後に気が付くというパターン。

 だがこの条件は、今までの推理を聞くに、あまりに基本的過ぎる。なんというか、グリードアイランドのゲームマスターらしくない。

 だから多分違う。

「そして私が考えるもう1つ。それは数の反対、質だ」

 

 

「90種類もの宝物を集めた手練れ。

 お主を認めて神官の名前を教えよう」

 ヒラ長老が諦めたようにそんな言葉を口にした。

 俺がやった事は簡単。マチを呼び出して、彼女のバインダーにあった指定ポケットカードを全て俺のバインダーに移しただけ。

 これでドドビオンの住人に話を聞きまくったという条件も、質を証明する指定ポケットカードを多く集めるという条件も、その両方を満たすことが出来た。

 ちなみに急に呼び出されたマチは、俺の後ろで退屈そうに欠伸をしている。

(そりゃ、マチは何もしてないけどさ……)

 散々苦労した身としてはどうにも釈然としない。理解はするけど納得はできない。

 そう思いつつ、ヒラ長老の口から神官の名前を聞かされる。

「アリエット。神官の名前はアリエットじゃ」

 さて、そろそろ気を引き締めようか。

 流れからして、このアリエットとやらはおそらくゲームマスター。名前から類推すると女性だろう。

 レイザーの件を鑑みるに、イベントクリアにゲームマスターの撃破は必須。

 つまり、レイザークラスの念能力者を相手にしなくていけないのだ。肩の力を抜いてばかりもいられない。

「それではヒラ長老に告げよう。

 『一坪の密林』を守る神官の名前はアリエットだと」

「――確かに聞いた。それを言ったお主を神官の元に案内しよう。

 もちろんお主だけだ」

 どうやら本当にレイザーとは逆に個の力を試されるらしい。

「ちょっと待て」

「十分に準備をするとよかろう」

 ヒラ長老から許可が下りた。とりあえず、俺の指定ポケットカードをマチに返しておく。

 今この瞬間に念視(サイトビジョン)を使われて俺のバインダーを覗かれたら目も当てられない。

『私の扱いはどうなるんでしょう?』

『……さあ?』

 念話で俺に語り掛けるのは霊体化したサーヴァントであるディルムッド。

 再来(リターン)とか単体に有効な呪文(スペル)の効果を考えると念獣と同じ扱いになりそうだが、本当にそうか分からない。

 っていうか、赤の他人であるゲームマスターの前でそうそうサーヴァントを晒したくない。

『いつも通りにしよう。俺の命の危機になるまで切り札(サーヴァント)は隠し通す。

 俺だって弱くはないつもりだしな』

『御意』

 念話とカードの移し替えを終えて、俺はヒラ長老に向き直る。

「案内してくれ」

「よかろう、ついて来るが良い」

 そう言って長老は俺に背を向け、そこにあった壁に手を添えて力を加える。

 するとゴゴゴゴゴと壁がズリ下がり、隠し通路が姿を現した。

「気を付けて、バハト。カードの移動を許したってことは、プレイヤーが死ぬことを考慮に入れているはずだよ」

「分かってるさ」

 マチの言葉に軽く返す。

 レイザーがそうであったように、ゲームマスターを相手にすれば命の危機は当然ついて回るのだろう。

 簡単に重い返事をしつつ、俺は薄暗い隠し通路に歩を進めるのだった。

 



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055話 一坪の密林・前編

感想や高評価、誤字報告などなど。いつも本当にありがとうございます。
やや短めですが、最新話をご賞味下さい。


 

 ヒラ長老の後ろを歩く。

 背後で開けられた隠し通路が閉まる振動を感じ、部屋からの光が消えていくのと同時にゴゴゴゴゴという壁がずり上がる音も聞こえる。

 もちろん、今更退路を断たれた程度で怯えるはずもない。黙ってヒラ長老の後ろを歩き続ける。

 そしてほんの数メートル程度進んだところでヒラ長老が止まった。何事かと思い、円を展開。それによって感知したところ、ヒラ長老は行き止まりの壁をまさぐっているようだった。変化はすぐに表れ、ヒラ長老の前の壁がゴゴゴゴゴという音を立てながらズリ下がり、光が漏れてくる。

(なるほどね)

 脱出の為の隠し通路ならば、当然出口も隠しているだろう。逆方向から侵入されたら目も当てられない。

 まあ、この先から侵入者がいるとも思えないが、そこら辺はリアリティを追及したグリードアイランドらしいと言っていいだろう。細かいところまで作り込んでいると褒めるべきだ。この先にあるのがSSランクの指定ポケットカードである一坪の密林を手に入れる為のイベントだと思えば、緊張感を煽る間でもある。

 そのまま長老の家の裏手から出た俺の目の前にあるのは山の中に続く、獣道染みたそれ。

「このまま行くぞ」

「どのくらい歩かせるつもりだ?」

「なに、ほんの10分くらいじゃ」

 ヒラ長老の言葉を聞き、一時間は歩かされる覚悟を決める。また、突発的なイベントが起きて奇襲される覚悟も。

 つまり、何が起きるか分かったもんじゃない。ヒラ長老の言葉を全面的に疑いながら、ヒラ長老の後ろについていく。

「…………」

「…………」

 無言のまま歩き続ける。

 その時間、およそ10分。

「着いたわい」

 目の前には小さな木組みの庵が建っていた。

「…………」

 警戒した俺、バカみてぇ。

(慎重になるのはいいことですよ、マスター)

(ありがとうな、ディルムッド)

 俺の心を察したディルムッドが慰めてくれるが――まあいいや。誰に迷惑をかけたわけでもないし、切り替えよう。

 進行するイベントを見る。ヒラ長老はその場で跪いて庵に向かって頭を下げる。

「神官アリエットよ。ドドビオンが長老、ヒラが参りました。どうかご面会をお願いします」

 その言葉が響き、森の中に木霊して、そして消える。

 ギィと音が鳴り、庵の扉が開かれた。そこにいたのは、外見は初老の女。どこかの部族の民族衣装を身に纏い、そして清廉にして高潔な雰囲気を携えた女性だ。

 しかしそんなことに注目している場合ではない。特筆すべきはそのオーラ。纏もしていない、練もしていない。だがしかし溢れるオーラは力強く、そして何より流麗だ。

「っ…」

 この女に勝てるのか。一瞬、そんな思考が脳裏によぎる。いや、こんな思考が出る時点で勝ち目なんてない。

 念は心構えも重要だ。勝てるのか、なんてことを考えていたら万に一つのチャンスもない。

(勝つ!)

 気を引き締め直す。正直、舐めていた。『敵』を殺してその能力を奪った俺は圧倒的に強くなったと自惚れていた。強くなったのは事実だろうが、そこまで圧倒的に強くなる要素なぞないはずなのに。

 サーヴァントは使いやすくなったとはいえ、切り札である以上はホイホイと使えない。アサンから奪った転生に備わる贈り物(リバースデイプレゼント)もだ。こちらはそもそもとして、搦め手を増やす意味合いが強い。強化系である俺の地力は然程変わっていないというのが現実。そしておそらく、俺の地力では幻影旅団の戦闘員に後れを取るレベル。

 日々鍛錬。それが基本であるはずなのに、たるんでなかったといえば嘘になる。纏と練の修行は一日も欠かしていないが、そんなものは最低条件だ。世界の最強クラスと戦うには向上心が足りなかった。

 そして眼前にいるのはジンの仲間の一人であろうゲームマスター。最強クラスに数えていいだろう。自分の不足を認識し、しかし負けてなるものかと睨みつける。

 そんな俺を見て、神官アリエットは柔らかな笑みを浮かべた。

「とても逞しい勇者さまですこと。ヒラよ、彼の命運を信じていいのですか?」

「そ、それが……。お許し下さい、神官アリエットよ! 私は異国の者に何も説明していないのです」

「…………」

 だからこれはゲームのイベントで、いきなり戦い合う訳ないじゃん。

 いかん。レイザーのイベントが最初から敵対関係だったから、それにつられている感がある。一坪の海岸線のイベントとて、ドッジボールというゲームでの対戦だ。ルールありのゲームであり、一応は殺し合いではなかった。死んでもいいつもりで攻撃はしていただろうが、殺すつもりはない。これは天空闘技場200階闘士の洗礼と、美味しい獲物を見つけたヒソカの攻撃くらい違う。冷静に考えれば隔絶した差異があると言えるだろう。

(落ち着け、落ち着け……)

 心で唱えて冷静さを取り戻す。カードの移動を許した以上は死ぬ確率は低くはないだろう。しかしグリードアイランドは一応、死者を出したくない名目で運営はしている。あくまでも名目だが、だからこそ問答無用で殺しにかかることは逆にない筈だ。レイザー戦も棄権すれば命は助かる仕様になっている。

 俺は命を懸けてでもグリードアイランドをクリアしたいか? 答えは否。せっかく『敵』を殺したのに、こんなところで死にたくはない。外でポンズが俺の子を身籠って待っているのに、子供の顔を見ずに死んでいい筈がない。

 場合によっては情報収集に切り替えてもいい。サーヴァントを晒してもいい。肝要なのは、俺が死なないこと。

(よし)

 心は決まった。生きるということを最優先にする。目的は勝利でもイベントクリアでもない。生存だ。

 高速で頭を回しそこまで考えて、何でもない顔をしながら神官アリエットとヒラ長老の茶番を見やる。何の説明もしていなかったというヒラ長老に、やれやれという首振りをしてから神官アリエットは俺の方に向き直った。

「異国の勇者さま、ヒラ長老から説明がなかったことをまずは私からお詫びさせていただきます」

「いや、今から説明してくれれば構わない」

「異国の勇者さまの広い御心に感謝を」

 胸に片手を当てて頭を下げる、独特の礼。設定なのか、彼女の部族?の伝統なのか。どうでもいいか。

 そして五体投地をしているヒラ長老の上で会話をするという、シュールな空間が構成される。

「最初に確認させていただきますが、異国の勇者さまは『一坪の密林』についてどこまでご承知ですか?」

「ほとんど何も知らない。山神の庭、とか呼ばれる場所への入り口だとか?」

「その通りです。そして山神の庭とはある種の聖域、と言われています。そしてその聖域に、悪しき獣たちが侵入しようとしているのです」

「侵入しようとしている?」

「はい。先代の神官が張り巡らせた結界によって水際で防いでいるものの、これが突破されるのは時間の問題でしょう。

 私は神官として、これを座して見ている訳にはいきませんでした。新たな結界を張るつもりではいたのですが……」

 そこで言葉を切り、神官アリエットは言いにくそうにする。が、それも僅か。すぐに真っ直ぐな瞳を俺に向けて言葉を続けた。

「新たな結界を張り直すのは、私一人ではできないのです。とても危険な役目を負っていただく勇者さまの協力が必要なのです」

「それが俺か」

 俺が発した言葉に、こくりと頷くアリエット。

「具体的には何をしたらいい?」

「この庵の奥の林に入っていただきます。そして林から出ないまま、悪しき獣を24時間の間、狩り続けていただきたい」

「どういうことだ?」

「一坪の密林の清廉な気配を目指して悪しき獣は襲来しますが、長年の間清め続けたこの林なら一時的にせよ悪しき獣たちにここを一坪の密林と勘違いさせることが可能なのです。

 そして集まった悪しき獣たちを狩っていただければ、その分奴らの勢いが減少します。その隙を狙って、私が一坪の密林に新たな結界を張るのです。

 それにかかる時間は丸一日、24もの時間が必要なのです」

「もしも24時間経過せずに俺が林から出てしまったら?」

「結界を張る儀式は失敗です。おそらく一坪の密林は悪しき獣たちに見つかり、取り返しのつかないことになるでしょう」

「狩る獣が少なかったら?」

「同じです。悪しき獣たちの勢いに結界が押し負け、一坪の密林は奪われてしまうでしょう」

「…………」

 結構エグいイベントだぞ、これ。

 要約すれば、このイベントはコンテニュー不可。俺以外のプレイヤーならば参加できるだろうが、俺はイベントを失敗したら二度と一坪の密林は入手できない。

 それはまあいいとしよう。マチもいるし、ビスケもいる。だが、彼女たちがクリアできるかというと、これも結構厳しい。その根拠は24時間という時間制限だ。

 ハントというのは基本的に追い続けるものではない。むしろ絶を駆使して気配を消し、油断した獲物をハントするのがスタンダード。つまり24時間もの間、臨戦態勢を続けるという想定をしている奴はまずいない。というのも、念の戦闘は潜在オーラ量(POP)顕在オーラ量(AOP)のバランスによって成り立っているといっていいから、24時間戦い続けるオーラがあればその分を出力に変えるのが普通の考えになる。例えばゴンはナックルとの戦いで練を3時間できるオーラを保持していたが、オーラ運用の拙さが原因で10分程度の戦闘が限界だった。練の3時間でこれである、戦闘行為を維持したまま24時間なんて正気の沙汰じゃない。

 俺も練を続けるのはおよそ18時間が限度であり、これを戦闘可能時間に換算すれば4時間も持たないだろう。これでも俺は相当に燃費のいい方だと自覚している。流に適性が低く、反対に練や円の高い適性があった為に潜在オーラ量(POP)が高くなりやすく、顕在オーラ量(AOP)における無駄が少ないからだ。

 要するにこのイベントではどれだけ上手く息を入れられるかが一つのポイントになる。しかしそこに追い打ちをかけるのが2つの条件、悪しき獣を一定数狩らなければいけないという事と逆に悪しき獣からの攻撃を凌がなければならないというものだ。

 ここまで悪しき獣の狂暴性を伝えてきているのである。まさか攻撃をしなければ襲われない、などという都合のいい話がある訳がない。休んでいるところで仕掛けてくるのは当たり前にするだろう。っていうか、神官アリエットがゲームマスターだと気が付けば見方も変わる。林に現れる悪しき獣というのは、おそらくは神官アリエットの操作した獣か具現化した念獣だろう。近距離戦闘の苦手な系統が、自分が攻撃されない条件で24時間一方的に嬲ってくるのを対処しろという話だ。気が付くと酷い条件だよなコレ。そして場所も林の中と限定されているならば、絶をして姿を隠しても多分無駄だろう。普通に察知されると思っておいた方がいい。つまり24時間、最低限の気を張っていなくてはならないのだ。

 更に一定数の悪しき獣を狩らなくてはいけないという条件。ここで何匹狩らなくてはいけない、という情報がない。つまり、どれだけ狩っても足りてないのではないかという不安がついて回るのだ。これは精神的にも滅茶苦茶辛い。特に気力も体力もオーラも使い果たした最終盤で焦燥感を煽ってくるシステム。

 いつでも逃げていいという条件を提示しているのは間違いないだろうが、システム全てで撤退を封じてくる形だ。ジンが考えたかアリエットが考えたかは知らないが、性根がひねくれ過ぎている。レイザーに負けてないな、イベントの酷さは。

 さて。

 ここまで考えて、クリアに最善のプレイヤーは誰かと考えると。俺だと断言できてしまうのが悲しい。

 ここで最も有用なのが言うまでもなくサーヴァントである。霊体化すれば敵に見つかる可能性は全くなく索敵が可能。体を休めている最中も警戒をしてくれて、しかも警戒が相手に伝わらないのである。これほど便利な存在はそうそう居まい。更にいざとなれば実体化をして俺を守ってくれる。その実力は俺以上という折り紙つき。これでクリアできなければ誰がクリアできるんだというくらいには適した存在なのだ。

「異国の勇者さま。この哀れな神官にお力を貸していただけますか?」

 考え込む俺に、きっちりロールプレイングをしてくる神官アリエット。この遜った態度さえ撤退を躊躇する要因になると気が付けば、まあ白々しいとさえ思う。

 とはいえ、最悪イベントクリアは放棄してもいい。サーヴァントは俺から離れて行動できるからして、俺が情報を集めるだけ集めてマチにサーヴァントを憑けて再挑戦、という手段も取れなくもないのだ。

(いや、ねぇなそれは)

 思いついた案を即座に棄却する。マチとサーヴァントは念話で繋がっていないから、サーヴァントによる警戒の意味がない。サーヴァントが敵を察知しても、それをマチに伝える術がないのだ。

 となれば、やはり俺がクリアするしかない。『敵』がいない今、サーヴァントは俺の念獣で押し通せる。その正体や弱点まで知れるものはこの世界に存在しない。

 ならば。

(場合によっては頼むぞ、ディルムッド)

(お任せを)

 ディルムッドの力強い返事を聞き、俺は神官アリエットへと向き直る。

「是非、協力させてくれ」

「ありがとうございます」

 またも胸に片手を当てて、頭を下げるという礼をする。そして彼女は彼女の後ろにある林を見やった。その林はまるで線引きされているかのように木の生えていない1メートルの幅で周囲の木々と隔てられていた。

 奥行きは見えないが、林の中はそれなりに広そうだ。

「異国の勇者さまが林に入った時点から儀式を開始させていただきます。

 林の範囲は木の生えている場所です。異国の勇者さまの体全てが木の外側に出た場合、私が張った結界の神聖さは失われ、一坪の密林は悪しき獣に見つかってしまうでしょう」

「分かった」

 そう言い、林へと歩を進める。

「ご武運を」

 神官アリエットの声が背後からかかる。返事はせずにそのまま林に入った。

「――」

 ぴり、とした緊迫感を感じる。神官アリエットの領域に入ったという実感を肌で味わいながら、とりあえずは林の反対側を目指す。

 まずはフィールドの大きさを把握しなくては始まらない。

「ケケー!! ゲッ!?」

 樹木の上から飛びかかってきた、全身毛むくじゃらの猿にもにた獣を拳の一撃で粉砕する。纏のみをしたその一撃で呆気なく胴体を粉砕されたその獣は、形を失って空気に溶けていった。

「まずは一体」

 ぽつりと呟く。この程度の力量しか持たない相手ならば楽だが、そんな希望的観測は持たない。もっと強力な悪しき獣はいくらでもいるだろうと覚悟はしている。

 一坪の密林、そのイベントはまだ始まったばかりだ。

 



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056話 一坪の密林・中編

いつも誤字報告・高評価・感想をありがとうございます。
活動報告もたまに上げたりしてりるので見てね!

……久しぶりの更新なのに短めで申し訳ないです。


 

「だいたい300メートルか。俺の円で覆えないのはちょっとキツイな」

 一坪の密林、その戦場である庵の奥の林。そこに入り、反対側までとりあえず歩くことを目標にして、襲撃されること3度。雑魚でしかない悪しき獣を紙切れのように千切り捨て、そこに到達した。

 広さは凡そ直径300メートルといったところ。真円か楕円か、はたまた四角かは知らないが、一辺の長さは測れた。まさか厚さがほとんどないということもなかろう。

(いや)

「予断は危険だな、一応調べておくか」

 そのまま林の境目に沿って歩き出す。背後から押し出されてはたまらないから、3メートル程の距離を取って歩き出す。

 歩いている間にも襲ってくる悪しき獣。鳥、猪、巨大な鼠、虎。形も大きさも強さも様々だった。が、苦戦らしき苦戦はほとんどない。強いて言うなら虎型の奴が少しだけ強かったくらいか。

 っていうか、さっきと比べてエンカウント率が異様に高い。まあ、理由はすぐに察せたが。この林の外側から悪しき獣はやってくるのだ。設定上、ここは清廉な結界が張られているはずであり、悪しき獣はここを目指してやってくるとなっている。と、いうことはこの中で悪しき獣はポップしないのか。

(つまりイベント後半になって、悪しき獣を狩り足りないと思ったら境界の側に来ればいい訳か)

 リタイアしやすい条件を提示しているように見えるが、リタイアする気がある奴の選択肢ではないだろう。逆に傷を負ったりした場合、中央に居たらジリ貧であり。そして脱出しようとしても悪しき獣を突破しなくてはならない。

 本当に、あの手この手でリタイアを妨害してくるシステムになってやがる。大方、撤退するにも余力を残せという教訓でも伝えたいのだろうが。

(その教訓を持って帰る前に死ぬだろ)

 活かせない教訓に意味はあるのだろうか。そう、益体もないことを思いつつ、蝙蝠型の悪しき獣に向かって足元にあった石を投擲。あっさりと撃破する。

 そうこうしているうちに、一周が終わる。

「ふむ、形としては円形に近いな。直径が300メートル程度だから、外周は1キロ弱。フィールドの広さは7万平方メートル飛んで650ってとこか」

 これが分かったからなんだという話だが。俺は結構感覚派だから、外周や広さを数字として出されてもあまりピンとこない。それよりか、実際に自分の足で踏破した感覚の方がよっぽど頼りになる。

 だが、おそらくこれを神官アリエットが聞いているだろうことが重要だ。ぽつぽつと、どうでもいい情報を口にしてこちらは情報を集めているということを教えて圧力をかけておく。

「まだ開始から1時間も経過していないな。休めるうちに休むか。

 外周に近くなるほど悪しき獣がたくさん湧いたし、休むならど真ん中だな」

 わざわざ宣言し、林の中心に向かって歩を進める。そんな俺の背後から襲い掛かってきた牛型の悪しき獣は蹴りの一発で地面にめり込ませておく。

(肉食、雑食だけじゃなくて草食動物型もあるんだな)

 これは本格的に何でもアリかも知れない。最悪の想定をしつつ、俺は林の外周から離れるように動き始めるのだった。

 

『ほうこーく。現在、一坪の密林のイベントにチャレンジャー在り。経過時間、2時間21分43秒』

(ビンゴ)

 俺の耳に届くのはアリエットの声。神官としてではない、ゲームマスターとしてのそれ。彼女に付けた無限に続く糸電話(インフィニティライン)が発する声を拾ってくれる。

 っていうか。

(……随分印象と違う素だな)

 庵の奥の林の中心部で座り込み身体を休める態勢のまま、そんな感想を抱く。なんというか、ちょっと残念な雰囲気が耳に届いて来るのだ。

 俺に聞かれているとは気が付かないまま、ゲームマスターアリエットは言葉を続ける。

『はいは~い、真面目にやってるよ。ペナルティもこなしてるんだから文句言うなっての。

 なんだい、宝籤(ロトリー)に細工をして『一坪の密林』を渡したくらい。お茶目な冗談じゃないか。

 プレイヤーはSSランクカードを当てて幸せ。私はイベントをサボれて幸せ。WINWINじゃんか。

 ……ええ、もちろん。反省していますが、何か?』

(…………)

 何やってんだコイツ。そりゃ他のゲームマスターも怒るわ。全くの偶然で当てられたならともかく、運営側の文字通りの怠慢で宝籤(ロトリー)から一坪の密林が出たらビックリだろ。

『くそ、折角当てた奴もあっさり死んじまうし。

 あ~あ、仕事したくないでござる』

 お前、何でグリードアイランドのゲームマスターに名乗りを上げたんだよ。

 思わず心の中でツッコミを入れた俺は悪くないと思う。

『……あ、悪い悪い。こんな事を言う為に繋いだんじゃないのよ。

 今回のチャレンジャー、ちょっとカンに引っかかってね。情報をちょうだいよ。

 うん、クリアの目はあるわね。つーわけで、エレナよろしく。

 ……、わーってるわよ! わざとクリアなんかさせないって!』

 通信の相手はエレナ、グリードアイランドの出入国を管理している双子か。情報を集めるデータベースはそこなのだろう。

 やや時間が空いて、アリエットがポツリと呟く。

『ああ、磁力(マグネティックフォース)を解析した例の奴』

 バレテーら。

 俺がアサンから奪った転生に備わる贈り物(リバースデイプレゼント)は、知った発を全て使えるというもの。なのでグリードアイランドの呪文(スペル)も解析すれば使えるかもしれないと、ポンズの能力である小瓶の精霊(ホムンクルス・ハニー)を使って磁力(マグネティックフォース)を分解・解析したのだ。

 まあ、呪文(スペル)を使えるようにはならなかったのだが。確かに呪文(スペル)カードに込められた念は解析して理解できたが、カード化した状態でカード名を唱えなければいけないという工程がクリアできなかった。つまり具現化したカードに念を込めることによって存在するスペルカードを作成できなかったのだ。マサドラのカード屋を襲撃すれば話は別かもしれないが、わざわざグリードアイランド側にケンカを売ってまで知りたい秘密でもない。瞬間移動系の能力は幾つか持っているのだから。

 そんなどうでもいい感想は、アリエットの深刻そうな声で断ち切られた。

『――おかしい。

 多分だけど、アイツは強化系よ。立ち居振る舞いは、完全に。それなのに万能性の高い除念能力も持つ? あり得ないわ』

(…………)

 腐ってもゲームマスター、ジンの仲間か。見かけだけで系統がバレるとは思わなかった。しかも、その確信と得た情報との齟齬に頭を捻っている。両方が信じるに値しないと、容易く片方に天秤が傾くのが普通。つまりアリエットは自分の感覚と仲間からの情報の両方をかなり信頼している。

 これはよほどの納得がなければ、疑惑の棘は抜けないだろう。

(まあ、困る事もないが)

 どうせアリエットとはこのイベントが終われば二度と会うこともあるまい。疑うならば好きなだけ疑ってくれればいい。俺は別に困らない。

『……いやまあ確かに知ってどうなるってもんでもないけどさー。

 すっきりしないっていうか、なんというか。

 ……へいへい、分かった分かった。そーいうのは気にしないでイベントの進行に集中しますよ、っと』

 どこか投げやりな様子であるアリエットの声を聞く。

『長期戦って分かっている上に、後半終盤に向けて序盤前半で情報収集と体力温存しているのは流石だわね。肝が太いわ。

 多分、こっちが気が付かないような警戒はしているだろうから、仕掛けまくって気力と体力を削る方向に持っていく。

 疲れるからあんまやりたくなかったけど、数で攻めるわ』

 オッケーオッケー、そういう戦略ね。

『とりあえずもう少し時間を置いて、気が緩んだだろう頃に攻めるわ。

 じゃね、こっちはイベントに集中したいから通信切るわ』

 会話が終わったのだろう、急に耳に届く声がなくなる。

 グリードアイランドの中とはいえ、ここは林の中。ブンブンと飛び回る虫の羽音や、悪しき獣とは関係ないだろう獣の動くガサゴソという音はひっきりなしに聞こえてくる。

(こちらが落ち着くのを待って攻めてくる、とは言っていたが……)

『マスター!』

(やっぱりな!)

 ディルムッドの警告から遅れることコンマ数秒。俺の警戒網にも引っかかった。俺の頭上から猿型の悪しき獣が襲い掛かってくる。しかも一匹じゃない、四匹まとめてだ。

 座った体勢からバネ仕掛けのように体を起こし、飛び掛かってくる猿共を迎撃。ぱっと見だが、最初に襲い掛かってきたのと同タイプだ。堅はおろか、発を使うまでもない。纏のままで頭上に向かって4回、拳を振り上げて猿型の悪しき獣を粉砕する。

『う~ん、私の声を盗み聞いているような気がしたんだけど、油断ないなぁ~?』

 当たり前だ。そもそも、休みたいのは俺の勝手。それを邪魔するように動くのが敵対者の基本であるからして、様子見で休ませて貰えるなんて思っちゃいない。

 ゲームマスターアリエットの声が聞こえていようがいるまいが、俺はいつでも襲撃されるものと思っていたし、襲撃されるまでは思う存分休んでやろうと思っていた。

 とはいえ、これ以上アリエットの声を聞くのもまずいな。薄々俺が声を盗み聞きしているのがバレている以上、その確信を持たれるのはいかにもまずい。具体的に言うと、難易度があがりそう。ゴンの名前を聞いて手加減を投げ捨てたレイザーのように。いや、普通はあそこまで酷くならないと思うけど。

 とりあえず無限に続く糸電話(インフィニティライン)は外しておこう。

『引き続き、休みつつ警戒態勢を続ける。

 イベントの性質とアリエットの言葉から考えても、後半終盤にキツイ攻撃が来そうだ。そこまで体力とオーラを温存する。

 ディルムッドは引き続き、警戒を頼む』

『御意』

 霊体化したまま、ディルムッドは周囲から襲ってくる悪しき獣の索敵をする。これだけでもサーヴァント、マジで便利。

 俺は座った体勢をやめて立ち上がり、太めの木に寄り掛かって楽な格好を取る。襲撃されると分かっている以上、このくらいの対応はして当然だ。それでも自分から積極的に動かないのは、まだじっくりと余力を蓄える時間帯であるからだ。

 そんな俺に向かって猪型の悪しき獣が突撃してくる。大きく避けてその隙に攻撃を叩き込めば楽に勝てるタイプだが、それが続いてしまえば徐々に俺の体力が削られてしまう。

「ふ」

 李書文に習った八極拳。その技を使い、突進してくる猪型の悪しき獣の右前脚を踏み折り、左前脚の踏み出す方向を優しく変えてやる。それだけで猪型の悪しき獣はまるでドリフト停車するスーパーカーのように、土煙をあげながら俺の目の前に体を横たえる。

「GSHYAAA!!」

 獰猛な雄叫びを上げるが、普通の生物なら痛みのあまりに悶絶している惨状だ。右前脚はもちろん、地面に突進するように動きを止めたのだから、体中の骨が軋んで肉が傷ついていてもなんら不思議ではない。

 やはりコイツらは作られた念獣なのだろう。

「破っ!」

 それが分かったところで俺の対応が変わるはずがもちろんない。まるで殺して下さいと差し出されたかのようにあった頭に向かって発勁を叩き込む。発勁を受けた猪型の悪しき獣はビクンと妙に生き物臭い反応を示した後、霞のように消え去った。

 なんというか、悪しき獣はサーヴァントのそれに近い。心臓か脳か首が恐らく弱点なのだろう。そこに致命傷を与えない限り、ひたすらに襲い掛かってくる。これはこれで厄介なタイプの念獣だ。

 って、今度は空中を泳ぐ魚型の悪しき獣が現れた。ちょっと先の木々の間から、群れと呼べる数が湧いて来たのはちょっと気味が悪かった。気持ち悪いとは違う、常識に攻撃を受けたような違和感。密室遊魚(インドアフィッシュ)かよ。

「と、うぉ!?」

 なんて下らない事を考えていたら、魚型の悪しき獣の口から水鉄砲を放ってきやがった。反射的に躱したが、外れた水鉄砲が木に当たったら、ジュッとか嫌な音を立てて木が腐食した。強酸か、熱か。両方か。

 地味に殺傷力が高い。回避した時に木から離れて前に出たが、魚型の悪しき獣は俺から離れるように距離を取りやがった。完全に遠距離専門のタイプだろう。

「ならば、近づいて殴るのみ」

 ぽつりとそう言い、魚型の悪しき獣との距離を一気に縮める。奴らも口から水鉄砲を放ってくるが、来ると分かっていれば発射口も分かっている直線の攻撃なんて回避してくれといっているようなもの。

 冷静に攻撃を躱し、魚型の悪しき獣を拳の射程範囲にとらえ、無視してすぐそばの木の陰にいたカメレオン型の悪しき獣に拳を叩き込む。

「無駄無駄ぁ!!」

 予想できないと思ったか! ちゃんとディルムッドに指示を出して索敵させておいたんだよ!

 あからさまな遠距離型の砲撃を用意したのなら、その周辺に伏兵か護衛を置くのは当然警戒の範疇だ。俺一人ならば集中力が削がれるだろうが、索敵要員がいるなら負担も大分軽い。

 その場に居た悪しき獣を殲滅すると同時、15メートルくらいの円で索敵。敵が居ないことを確認する。

「ふぅ」

 そして手ごろな木に背中を預け、絶をして休む。どうせ1分かそこらしか休めないだろうが、ほんの少しでも張り詰めた緊張を緩めるだけでも長期戦では大分違う。

『マスター』

 案の定、すぐさまディルムッドから警告が入った。薄く目を開ける、までもなく。地面に落ちた枯れ枝を踏み折る音が断続的に聞こえてくる。

 そこにいたのはゴリラ型の悪しき獣。敵意と悪意がこもった瞳を俺に向けてくる、大型の獣。叫ぶようなことはしないが、胸を叩くドラミングでこちらを威嚇してくる。分類としては強化系か、今までの悪しき獣よりも一段強そうだ。

(こりゃ纏じゃ無理だな)

 しかし全力の練をするほどでもない。纏の倍程度のオーラで十分だろう。

 絶から一転、体中からオーラを噴出させ、先手必勝とばかりにゴリラ型の悪しき獣に殴り掛かる。

 

 そろそろ日が沈むころ。

 このイベントはまだ序盤といっていい具合だった。

 



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057話 一坪の密林・後編

大分遅れてゴメンナサイ!
これからは更新速度を上げていきます!(できたらいいなぁ)


 

 一坪の密林のイベントを始めたのは、午後3時過ぎ。つまりは太陽が真上に昇ってから、おおよそ4時間を耐えればクリアだ。

 深夜の時間帯はまだ襲撃に波があり、夜も更け切った頃に一旦収束。そして朝日が昇る直前に大波が一回襲い掛かって来て、明るくなりだしてからは散発的な襲撃があったりなかったりといった具合だ。

 時間的にはそろそろ正午か。

「ブック。ゲイン」

 バインダーから水を取り出して、ゴクゴクと飲み干す。飲まず食わずで戦うことは慣れているが、やはり補給はした方がコンディションは良くなる。水と併せて簡易的な栄養剤も流し込んでおく。気休めと言えば気休めだが、しないよりかはマシだ。流石に腰を据えて休んだり、排泄をしたりといった隙を晒す気はない。

(カロリーバーくらい用意しておけば良かったな)

 空腹が紛れずにそう思ってしまう。長くて数日で町に辿り着くグリードアイランドだから、こういう時に口にする食料の用意がないのだ。栄養剤を持っていることだってハンターとしての心得であって、こんな状況を想定した訳ではない。

 とまあ、こんな事をグダグダ思う程度には余裕がある。少なくとも、今はまだ。

 気力体力は可もなく不可もなく、20時間以上戦い通した割にはマシな方だろう。まあ、アリエットもまだガチガチに攻めてきている様子はない。まだガチ、といった具合だ。レイザー戦で言うところの、念獣(オーラ)を体に戻してない状態レベルに感じる。

 残りの3時間と少し。本気で攻めてくるか、否か。

(いやまあ)

 攻めて来そうだけれども。根拠はアリエットが一回宝籤(ロトリー)で一坪の密林のカードを放出しやがった事だ。あんなチョンボをやらかしたって事は、仲間たち(ゲームマスター)の監視は厳しい事この上ないだろう。そして一坪の海岸線のイベントも含めて、あんまりクリアされることを考慮していない。いやまあ最終的にクリアはさせるつもりなのだろうが、初見クリアはゲーマーの意地にかけてさせないといった決意を感じるのだ。

 このイベントに関していえばそもそもとして殺しに来ている。いつでもリタイア可能、だけど再挑戦不可って辺りが心理的な檻になっているのは言うまでもない。まさかいつまでも逃げない獲物を生かして返してくれるほど、グリードアイランドは優しくないだろう。ここの情報を持ち帰るならば、せめて逃げる判断くらいはしろという訳だ。情報を集めて24時間耐久レースをすると思って戦いに挑めばまたやり方も変わる。

 一坪の海岸線も同じ。レイザー戦も初見で取り巻きの海賊たちに蹴散らされて、次にレイザーのドッジボールまで見る。そこからがようやく本番といった風情だ。ボポボがやらかして処刑をせざるを得ない状況になった為にその雰囲気を流す為のレイザー出陣と、ゴレイヌの能力が上手く嵌まったことで事無きを得ただけだ。普通ならば7戦した後に、満を持して出て来たレイザーに蹴散らされる流れだろう。本来ならば本番はそれから、準備を入念に整えた3回目からなのだ。

(うん、まあ)

 また襲撃がぱったりと止んだ。無駄な思考を回せたのもそのおかげだ。

 とはいえ、残り時間は3時間を切っているだろう。今更油断も何もない。

『ディルムッド、どう思う?』

『悪しき獣がゲームマスターの念獣だとすれば、最後の総攻撃に向けた溜めと見るのが正答かと』

『だな。後は、逃げる最後のチャンスをくれているってとこか』

 見え透いた最終局面の前の空白時間。これほど分かりやすく、逃げるなら今だと言う宣言もない。

 さて俺はと言うと。20時間戦い続けたが、発どころか全力の練さえ発動することはなかった。サーヴァントはもちろんながら、煌々とした氷塊(ブライトブロック)も晒していない。本当に基本的な念と体術のみで捌けた。

 オーラも6割以上残っている。多少節約しながらなら、3時間はおそらく持つ。そして最後にはディルムッドもいる。

(……大丈夫)

 ここまで手札が残っていれば、恐らく死なない。つまり、クリアできる。

『完走するぞ、ディルムッド』

『御意』

 宣言してから急に不安に襲われた。

 大丈夫と思うこの心理さえ、ゲームマスターの掌の上なのではないか。イベントに仕掛けられたジンの罠、一坪の海岸線イベントの悪辣さ。それらが俺を絡めとっていないかが、怖くて仕方ない。

(いや)

 ダメだ、そんな心持ちでは念も弱くなる。少なくとも俺の発とサーヴァントは隠蔽しきっている。これらを使えば最悪でも林の外へ脱出はできると信じよう。

 考えるなら先のこと。これからどんな悪しき獣が出てくるか。

(ゴリラにワニ、サイにライオンと強暴さに定評がある動物はだいたい出て来たよな)

 となれば、俺が想像できるのは2種類だけだ。最悪の動物か、最強の動物か。すなわち。

(人間か、恐竜か)

『マスター!』

 ディルムッドの警告に従い、その場を飛びのく。それと同時、俺が寄り掛かっていた木に矢が突き刺さった。

 遅れて響く、コォンという甲高い音。

「人間、か」

 ぽつりと呟いた俺の言葉に呼応するかのように、出るわ出るわ、どこに隠れていたんだと言わんばかりの人型の悪しき獣の群れ。

 揃いも揃って凶悪な顔をぶら下げて、襤褸切れを体に掛けている。それぞれの手には様々な武器。弓矢に槍、剣に斧に棍棒。人型の悪しき獣――悪しき人間たちの武器は比較的原始的なソレばかりとはいえ、徒手空拳では対応に困る。できなくもないが、そろそろ解禁しても構わない頃合いだろう。

煌々とした氷塊(ブライトブロック)

 オーラを変化させた氷棍を作り出し、構える。間合いが広くなった分だけこちらにも余裕が生まれるし、相手への牽制になる。氷棍を作り出した俺を見て、相手の動きが鈍くなる。

 と、思ったら。奥の方にいた悪しき人間が大声を出すかのように口に手をやると、そこからシャボン玉のようなものを何十となく吐き出す。

「いっ!?」

 これには俺も意表を突かれた。ってかこれ、バブルホースの能力じゃねぇか。白いシャボン玉と赤いシャボン玉が俺を包囲するように囲んでくる。

(白がどっちで赤がどっちだっけ……とか悩んでいる場合じゃねぇ!)

 俺は流が苦手である。もちろんできなくはないが、多少以上に集中力が削られる。もちろん戦闘に際し、必要な流というのは反射的本能的にできる部分はあるが、このケースは話が別である。周囲を包囲するシャボン玉はただ浮かんでいるだけ。それらを識別し、纏と絶を切り替えつつ戦闘を繰り広げるなんて難易度が高いなんてものじゃない。というかそもそも氷棍は念能力の産物であるからして、絶なんてできるはずもない。

 流石に無差別であろうから敵にも足止めは有効だと思う……とか考えている間に、敵の後衛が石やら硬そうな木の実やらを拾い上げて振りかぶっている。

「冗談だろっ!?」

 あれはもしや、遠投猿の攻撃方法か。動きを封じた上で仕掛けてくるとか念の入れようが凄い。マジで殺しに来やがった。

 飛来する石を僅かな体の捻りでかわし、木の実は氷棍で叩き落とす。威力や精度はそんなに高くないのは、救いなのかどうなのか。

(くそったれ、守ってもジリ貧だこれ)

 意を決して、シャボン玉に向かって右手に持った氷棍を振りぬく。と同時、ババババババババンと幾多の爆音と爆風が襲い掛かり、一時的に視覚と聴覚が潰された。

「っ」

(円!)

 敵がこの隙を見逃す筈がない。即座に円を展開して、周囲の状況を把握。案の定、手に近接戦用の武器を持った悪しき人間が襲い掛かってきている。対してこちらは右腕がシャボン玉を破壊した衝撃でコンマ数秒動かせない。

(上等っ!!)

 敵の位置を把握して、円を解除して堅にする。オーラの出し惜しみは無しだ、少なくとも悪しき人間を撃破するまでは。

 右腕を軸にして円を描くような飛び込み蹴りをベストのタイミングで繰り出し、剣と棍棒で突いてきた悪しき人間を薙ぎ倒す。そして着地した場所は槍を持つ悪しき獣の懐であり、左手で発勁。十メートル以上も吹き飛ばし、並みの念能力者ならば致命傷であろうダメージを与える。

 飛び込んできた前衛を一蹴したことにより、悪しき人間の陣形に綻びができた。斧を持った悪しき人間が襲い掛かってくるが、遅い。前衛をいちいち相手にする筋合いはなく、後ろに控えている弓矢を装備した悪しき人間やシャボン玉や遠投を得意とする悪しき人間に標準を合わせて、駆ける。少しあった距離は瞬間で潰れ、反応が間に合っていない奴らに致命の一撃を繰り出す。

 弓矢の悪しき人間には氷棍を首に叩き込んでその骨をへし折り、シャボン玉の悪しき人間の胸に左手を当てて発勁。心臓を潰す。

 と同時、全ての悪しき人間の姿が儚く消えていった。

「群狼の長、か」

 リーダーを倒さないと永久的にリポップしてくるモンスター。おそらくはシャボン玉を作る悪しき人間が親玉だったのだろう。もしもそれに気が付かずに前衛のみを倒し続けても何もならないという厭らしい手だ。

 今のでようやく気が付いたが、ここに出てくる悪しき獣はグリードアイランドに出てくるモンスターの特徴を兼ね揃えているらしい。俺は出会っていなかったが、遠距離から酸や熱湯を吐いて来るモンスターとかいるのかも知れない。

 さて。

「今度が最後だといいが」

 ズシン、ズシンと。前に来た象よりも重量のある足音が、いやさ地響きを感じる。

 来るかもしれない、とは思ったが。来て欲しいとは思っていない。

「恐竜……」

 ティラノサウルスか? 獰猛な牙を覗かせる、体長10メートルを超える巨体に頬が引きつる。

 まじで殺しにきてるなゲームマスターアリエット。クリアさせる気、ないだろ。

 いやまあ。

(それは俺以外のプレイヤーに限るけどなっ!!)

 強化系の俺にとって、力任せに強い相手というのは地力の勝負になる。純正の念能力者が相手ならばともかく、具現化系が創った近接念獣に負ける程にヤワではない。いくら相手がデカくて強い恐竜の念獣とはいえ、いちいち負けてはいられないのだ。

 それにここまでデカい相手で、しかもほとんど四脚獣に近いとなったら攻撃手段も限られる。噛みつきや爪撃などに当たってやる程鈍くはないし、となれば広範囲の尾撃くらいしか有効攻撃はない。

 そう思っているうちにティラノサウルスは半身になり、尻尾で薙ぎ払ってくる。

(そらきた)

 巨大な鞭のような攻撃を跳躍して躱し、宙に浮いた俺に向かって間髪入れずに開いた顎で噛みついて来る。

 だが、しかし。

「効かねぇよ!」

 その横っ面を氷棍で引っ叩き、無理矢理口の方向を変えさせる。俺の横にある何もない空間を噛みつくティラノサウルス。

 ギロリと黄色い眼で俺を睨む。その縦に割れた瞳孔に向かって俺は腕を振りかぶる。

煌々とした氷塊(ブライトブロック)

 右手の手首から先に円錐状の氷を創り出し、破壊力と貫通力を増した一撃を準備する。氷棍は技を振るうのに適した(タイプ)だが、これは単純に力を突き詰めた(タイプ)。隙が大きい為に実力者には使いにくいが、こういうタフなパワー馬鹿にはうってつけだ。

氷柱(ツララ)抉砕(ケッサイ)!!」

 その一撃はティラノサウルスの眼球の奥にある脳にまで達し、破壊した。

 

「異国の勇者様のご活躍に感謝を。

 おかげさまで悪しき獣は退けられ、新しい結界は張られました。これで向こう数十年、次代の神官が結界を張るまで時を稼げましょう」

 今は夕方。24時間の防衛に成功した俺は、神官アリエットがいる庵へと戻り、深々と頭を下げるアリエットを見ている。それと同時、申し訳なさそうな表情をしている長老ヒラも。

「ここまで尽力して下さった方に、お礼だけというのも申し訳ありません。せめて『一坪の密林』、そして『山神の庭』の真実をお教えしましょう」

「し、神官アリエット! それは……」

「いいのです。改めて結界を張れた今、義理を果たさなければなりません。長老ヒラ、あなたの為にもね」

 そう言って神官アリエットは瞼を閉じて上を向く。

「結論から申しましょう。『山神の庭』はこの世のものではありません」

「この世のものでは、ない?」

 いきなりぶっ飛んだ説明をぶっこんで来たな、オイ。

「ええ。麓の村にあるドドビオンに伝わるいつか辿り着く場所、すなわち幽世(かくりよ)のことです。そこでは生きていた頃の姿を失い、動物となって広い山野を自由に駆けて過ごすのです。

 豊富な木の実、清らかな水。穏やかに過ごすに満ちたものがそこにはあると言われています」

 神官アリエットの言葉に、辛そうに悲しそうに恥じ入るように顔を伏せる長老ヒラ。

「しかしそれを知っていいのは身の清らかな神官のみ。それ以外の者がその事実を知ってしまったら穢れが入り込み、『山神の庭』は醜悪な地獄と化すとも言われているのです。

 そうと知らず、その秘密を暴いてしまったものが何を隠そうここにいる長老ヒラ」

「――若気の至りだったのですじゃ」

 ぽつりと言う長老ヒラ。しかし言葉は続く。

「もう40年も前の話になろうか。村の秘密とされた『山神の庭』に強い興味を惹かれた儂は、先代の神官を謀ってその秘密に辿り着いてしもうた。

 先代の神官は命を削りながら『一坪の密林』の清らかさを保ち、やがて力尽きた。そして今代の神官アリエットも全力を尽くしたが、『山神の庭』を汚される一歩手前まで来てしもうた。

 長い間ずっと結界を張るのに必要な勇者を探しておったが、時間も差し迫る中、もうダメかとも思った」

 そう言った長老ヒラはがばりと地に伏して、俺に頭を下げる。

「礼を、強く礼を申しますぞ! これで我が人生の恥が雪げたっ!」

「後は秘密を知った者が――長老ヒラが『山神の庭』に向かえば、これから先の代の神官も苦労はなくなるでしょう。他に秘密を知る者がいなければ、俗世の邪念である悪しき獣が襲来することもなくなるはず」

「っていうか、その理論で言うと秘密を知った俺はどうなるんだ?」

 至極当然の疑問を投げかけるが、神官アリエットはくすくすと笑うのみ。

「大丈夫ですよ。異国の勇者さまが成し遂げた24時間の荒行、それによって貴方も神官と同様に清らかな身となりました」

「と、いう事は……」

「ええ。残るのは長老ヒラのみです」

 そう言って神官アリエットは庵の中へと入り、長老ヒラと俺も続く。

 果たしてそこには、一坪の大きさに区切られた盛り土があった。

「ここが『一坪の密林』、つまりは『山神の庭』への入り口です。

 さあ、長老ヒラ」

「分かっておりまする」

 長老ヒラはその盛り土の上に立ち、手を組んで天を見上げる。

「…………――――

 ォォォ、山の民がいずれ辿り着く幽世(かくりよ)よ。彼の身についた穢れを祓い、その罪人を導きたまえ」

 神官アリエットが言うと同時、一坪の密林の地面から半透明の木々が生い茂る。

 それはほんの少ししか奥行きがない筈なのに、奥が見通せない。

「――さらば」

 そう言って長老ヒラは幻想の密林に消えていく。

 そして彼が見えなくなる瞬間に煙が立ち上り、幻想的な光景の代わりにその場に残されたのは1枚のカード。

 

 『一坪の密林』

 山神の庭と呼ばれる巨大な森の入口。

 この森にしかいない固有種のみが数多く棲息する。どの動物も人によくなつく。

 

 ピクチャーには、森へ向かう一匹の獣が描かれていた。

 

 

 

「無事だったかい!」

「マチ、待っていてくれたのか!」

「当然さ」

 逆走してドドビオンに戻り、長老の家を出たところでマチが駆け寄ってきた。

 長老の家がキーポイントだということは、気がつく者は気がつく。そう判断しただろうマチはその入り口でたむろする事を選ばずに監視のみに留めたのだろう。ここら辺は流石に機転が利く。

「まずは落ち着けるところに行ってからだな」

「そうだね」

 頷くマチを連れてドドビオンを出て、30分程歩く。更には円とサーヴァントも活用し、監視者がいない事を確認。

 誰にも聞かれていない事が確かになってから、俺は一坪の密林が収まったバインダーを見せる。

「難易度は高かった、流石ってところだな」

「そんなことより、バハトが無事でよかったよ」

「ははは、心配してくれるのはありがたいな」

 和やかな空気が流れる。

 それはそれとして。

「俺のバインダーの指定ポケットには『一坪の密林』しか入れてないし、複製(クローン)を使ってくれ。

 とっとと独占しちまおう」

「え?」

「え?」

 俺の言葉に驚いた様子のマチに、俺が驚く。

 何か変なこと言ったかな?

「どうした?」

「『一坪の密林』は独占しない方がいいと思うんだけど……」

「え、何で?」

 素で聞く俺に、マチが説明してくれる。

 

 一坪の密林を独占しないメリットは2つ。奪取の危険性を減らすことと、マチがソロプレイヤーであることが強調される為だ。

 まず前提として、マチはソロプレイヤーであることを装っている。今回の一坪の密林のクリアもマチが成し遂げたことにして、カードはマチに託すつもりだった。

 ここでもしも独占してしまうと。それはどうやって? ということになる。複製(クローン)は指定ポケットカードの中から1枚をランダムに選んでコピーするが、指定ポケットカード枚数が90を超えるマチが一坪の密林を複製(クローン)でコピーできるかというと、かなり分の悪い賭けになる。かといって擬態(トランスフォーム)はレア度が高く手元にはないし、ソロプレイヤーが2枚も3枚も入手するのは現実的ではない。

 普通に思考すれば、ここにまだ知らない協力者がいると思った方がいい状況になる。

 更に独占した場合、マチのバインダーの総数144枚のうち3枚が一坪の密林で満ちることになる。堅牢(プリズン)で防御するにしても、フリーポケットにある一坪の密林は守り切れない。聖騎士の首飾りで防御していたとしても、おおよそ120分の2の確率で徴収(レヴィ)で奪取されてしまう。

 しかし独占していなければ徴収(レヴィ)ならば120分の1、複製(クローン)を使われたとしてもおおよそ90分の1でしか成功しない。敵がカードを奪える可能性が半減するのだ。これに堅牢(プリズン)を使えば、事実上複製(クローン)でしかカードを入手する可能性はなくなる。

 そして幸いなことに堅牢(プリズン)ならゴン達が持っていた筈である。Sランクの呪文(スペル)カードであるから、オリジナルは取っておこうという話になっていたはずだ。ここは擬態(トランスフォーム)がなくてオリジナルを使わざるを得ないとしても防御しておく場面だろう。

 

「――なるほど」

 マチの説明を聞き、自分の浅慮が恥ずかしくなる。確かに他のプレイヤーからどう見られるのかを考えた時、独占しない方が情報戦として有利だ。

「問題は他のプレイヤーが『一坪の密林』のイベントをクリアできるかどうかだけど……」

「無理無理。それこそ幻影旅団レベルじゃなきゃクリアさせてくれねーよ」

 マチが心配そうに呟くが、俺は楽に首を横に振る。ツェズゲラでも多分無理だ。基礎を疎かにした奴では、ティラノサウルスで詰むだろう。あれは小手先でなんとかなる相手じゃない。

「OKだ。マチの案で行こう。

 とりあえず、ゴンたちと合流して堅牢(プリズン)を譲ってもらうところからだな」

「そうね。なるべく早く堅牢(プリズン)で防御したいところだわ」

 俺とマチは頷き合う。

 これで残りは3種。一坪の海岸線と、ツェズゲラ組が独占している2種のみ。マチのバインダーに大天使の息吹と妖精王の忠告はないが、これらは俺が持っている為に補充はいつでも可能。

 名目上、マチは94種のカードを持っていることになる。奇運アレキサンドライトを回収したのも、クリア寸前のプレイヤーがいるということで一坪の海岸線の攻略を進めさせる為だ。

「それが済んだら、攻撃呪文(スペル)を集めなくちゃな」

「ええ。できればツェズゲラ組から独占カードを奪いたいもの」

 奴らが独占しているカードは。『浮遊石』、カード化限度7枚と『身代わりの鎧』、カード化限度8枚。流石シングルハンターのツェズゲラ、いいところを押さえている。

「できればトクハロネ組から奪ったのと同じ方法でカードを奪いたいな」

「それをするにも攻撃呪文(スペル)を集めないと。いや、その前に取引で片方の独占カードを崩したいね」

「そうだな」

 神の共犯者を使った攻撃ならば強奪(ロブ)でほぼ間違いなく目的のカードを奪えるだろう。ただし2枚も奪えると思うのは虫がいいと言わざるを得ない。その前に交渉で独占カードを1種にして、その後に残りの1種を強奪(ロブ)で奪うのが妥当か。

(まあ)

 まだ強奪(ロブ)も持っていないのだが。取らぬ狸の皮算用極まりない。まずは攻撃呪文(スペル)を集めるところから始めなくてはならないだろう。

 

 そうした話し合いから3日後。

『他プレイヤーがあなたに対して交信(コンタクト)を使いました』

『初めまして、こちらはゴレイヌというプレイヤーだ。

 ハンターバハトと一度膝を交えて話がしたいのだが、どうだろうか?

 こちらは『一坪の海岸線』について有力な情報がある』

 ……ゴレイヌさんから交信(コンタクト)がかかってきたんだけど?

 え、これ、俺もレイザー戦に参加する流れかな?

『苦労が絶えませんね、マスター』

『全くだ』

 苦笑気味に言うディルムッドの言葉に、がっくりと頷くしかない俺であった。

 

 

 



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058話 交渉戦・1

私の更新速度はゴルシちゃんなので、ノった時にできるだけ書くスタイルです。
調子がよく見えても急にブレーキがかかるから注意な!


 ◇

 

 バハトに交信(コンタクト)が使われる数時間前。

 カヅスールが主導して、10人を超えるプレイヤーが集められていた。

「みんな、よく集まってくれた。まずは礼を言わせてくれ」

 参加者のうちの1人という立場でキルアはその話を聞く。

 ここに集められたのは指定ポケットカードを50種類以上集めたグループのみ。キルアたちが集めた指定ポケットカードは67種類。足切りをクリアしたという訳だ。

 彼らが集まった理由は簡単。もうすぐゲームをクリアしそうなプレイヤーがいるということで、そのクリアを阻止するするのが目的。端的に言えば上位者の足を引っ張る為に数を集めたという訳だが、これが案外有効だということは多少世間の波に揉まれれば分かるというもの。それ自体にキルアは文句を言う気はない。

 問題となったプレイヤーはマチ=コマチネとツェズゲラ組。彼ら両方の指定ポケットカードを集めれば97種になり、コンプリートまで2種となってしまう。彼らが決戦をして97種のカードを集めた後では遅い、その前にまだ入手されていない2種のどちらかを確保して対抗しなくてはならいという論旨だった。

(ま、間違っちゃないわな)

 そう、キルアは思う。ここにプレイヤーは16人もいる訳で、呪文(スペル)の掛け合いでも数が多い方が有利になる。ニッケスたち、ハメ組が優位に立てた理由であり、実際彼らもその戦法で80種を超える指定ポケットカードを集めていた。

「奴らが集めていないカードは2種類、『一坪の海岸線』と『大天使の息吹』」

「あ、『大天使の息吹』なら俺たちが持っているよ」

 ゴンの無垢な声に、それを知らなかった者たちにどよめきが走る。もっとも、キルアやユアにビスケからは余計なことを言うなと睨まれていたが。

 もっとも、それは指定ポケットカードを確認したカヅスールも知っている情報である。

「それは俺も確認している。だが、独占はしていない。そうだな?」

「ああ。偶々徴収(レヴィ)で奪われちまった」

 キルアはそう素知らぬ顔で嘘をつく。バハトとも手を組んでいて、合わせて独占しているという情報は流す訳にはいかない。

「ハァ!? あんたたち、何でそんなミスしてんのよ!?」

 さっそく気の強い女性であるアスタが噛みついてくるが、それに肩を竦めて答えるのはユア。

「一撃で指定ポケットカードを4種奪われたわ。多分、リスキーダイスとのコンボを使われたわね」

「無理矢理にでも強運を手にした奴が相手だ。文句を言われる筋合いはないね」

 そしてユアの嘘に上手く乗っかるキルア。それでもアスタは剣呑な空気を隠そうともしないが、それを諫めるのは主催者であるカヅスールの役目だ。

「まあ、奪われたものは仕方がない。それに力づくで奪われる可能性もあるし、それを防ぐ為にSSランクの指定ポケットカードである『大天使の息吹』を守るために譲ってくれと俺たちが頼むわけにもいかない。

 ここにいる全員で『一坪の海岸線』を獲り、守る方法が有効だろう」

 ゴンやキルアたちではカードを守るのに心許ない、自分たちが管理した方がいいという思惑が透けて見える。多少は気を使った言い回しをしているが、見下されたということを感じ取ったキルアはムっとする。

 しかし、名目上は独占を維持できなかった体である。ギリギリで文句を呑み込んだ。

(文句を言う前にお前らが独占しとけよ、バーカ)

 心の中で悪態を吐くことは自重しなかったが。

 そうして情報の交換や一坪の海岸線の場所を調べたりということをしている間に、ユアは思う。

(無能ね)

 冷めていて、そして冷徹な感想はユアの本心だった。この中でユアともう一人だけがこのグループの破滅を理解していた。

 一坪の海岸線のカード化限度枚数は3枚。だというのに、この場には6組のプレイヤーグループがある。

 仮に首尾よく一坪の海岸線を独占し、マチやツェズゲラ組を撃退できたとして。3枚の指定ポケットカードをどうやって6組で分けるのか。当然のように奪い合いになり、決裂するだろう。

 それ自体は別にいい。少し考えれば当然の帰結であり、それを前提として手を組むと理解していれば文句はない。しかしそうすれば()()()()にさえ手の内を隠さねばならず、それでどうやってSSランクカードの一坪の海岸線が取れると思うのだろうか。

 しかし現実にはそれ以前の問題だ。まずは一坪の海岸線を独占してクリアを阻止する、ということだけに意識が向いていて、この16人が破綻を前提にしていることにさえ気が付いていない。ユアの仲間たちも、そしてこの集まりを主導したカヅスールさえも気が付いていないようで溜息しかでない。

 唯一気が付いていそうなのは、離れた場所で成り行きを見守っているソロプレイヤーのみ。

(名前はゴレイヌって言ったかしら)

 ユアが意味ありげにゴレイヌを見れば、好きなようにやらせてやれといった具合に肩を竦めるのみ。そこには一坪の海岸線を獲得できる訳がないと呆れつつも、プレイヤーの情報収集を怠らない一流の狩人(ハンター)の姿があった。

同行(アカンパニー)使用(オン)! ソウフラビへ!」

 不安を通り越して失望しているユアはさておき、16人は一坪の海岸線の獲得を目指してソウフラビへ向かうのだった。

 

 で。

 現在地はソウフラビの料理店の一つ。食事をしながら会話をする5人。ゴン、キルア、ユア、ビスケ。それからゴレイヌだ。

 16人のパーティーは解散し、他の面々は入手した一坪の海岸線を奪われるのが恐ろしいと手を引いたのだ。15人もの手練れを集めることはそう簡単にできることではない、ならばそれに手こずっている間に自分たちがクリアを目指した方がいいという判断である。

「クリアに手練れは8人でいいのにな」

 もぐもぐと料理を味わいながらそういうのはキルア。ユアといえば、行儀よく食べ物を噛んでいる間に喋ったりしない。ごくんと呑み込んでからジト目でキルアを見る。

「ってか、6組でカード化限度枚数が3枚の『一坪の海岸線』を獲りに行こうっていう時点で違和感を覚えてよ」

「3枚とも俺たちが独占しちまえばいーじゃん」

「そういうのは良くない!」

「あ、ヤベ。ゴンがいた」

 潔癖なところがあるゴンが目くじらを立てたのを見て、キルアは誤魔化すように咳払いをする。

「で、問題は俺たちがクリアできるかってとこだな」

「キルア!」

「あー、すまん。その話は後で勝手にやってくれ。

 今は『一坪の海岸線』に集中したい」

 ゴレイヌが割って入ることでゴンもしぶしぶと矛を収める。そして話し合いは一坪の海岸線イベントクリアへと移る。

「俺たちが全員勝てたとしても5勝。最低でも3人の戦力が欲しいが、心当たりはあるか?」

「「「「…………」」」」

 あると言えばある。バハトとマチだ。

 が。彼らの都合で、できれば組んでいることは伏せておきたいのだ。それに彼らを入れてもまだ7人、必勝には1人足りない。

「まずはバインダーを見ましょうか?」

「だな。ちなみにアンタに心当たりは?」

「いたら1人でプレイしてないさ」

 ゴレイヌの言葉を聞きつつ、ゴンがバインダーに盗視(スティール)をセットする。

 ずらっと名前が並ぶが、ほとんどが顔も思い出せない。やはりその程度のプレイヤーということだろう。

「凄い人だったら名前も顔も覚えてるものね」

「リスト上だけだったらクロロがダントツで強いんだけどなー」

「でもクラピカがゼッタイ偽物だって言ってたじゃねーか」

 わいわい言いながらリストを見ていくが、これというプレイヤーは見当たらない。

「俺も見せて貰っていいか?」

 ラチが明かないと感じたゴレイヌが身を乗り出してゴンのバインダーを見ていく。

「サキスケは腕は悪くないがガメツイしな。ベラム兄弟は他人と組まないし――」

 解説を入れつつ自分の中で整理していたのだろうゴレイヌだったが、その言葉が急に止まる。

「?」

「ゴレイヌさん?」

「いた」

 真剣な口調で指さした名前はある意味他の者たちにとって予想外の名前。

「バハト。その筋では有名な情報ハンターだ」

 バハトだった。まさかの名前にゴンたちは一瞬動きが止まってしまう。

「そ、そんなに凄い人なんですか?」

「ああ。アマチュアだが、世界最高峰の情報ハンターだ。プロになれば星は確実とも言われているな。

 仲間や商売相手には温情がある反面、敵対者には容赦がないことで有名だ。差し向けられた暗殺者を逆に確実に葬り去ることでも有名だな」

 やや情報が古いが、大好きな兄を手放しに誉められたユアの頬が緩み始めている。抑えようとも抑えられない喜びに顔が引きつっていた。

 気が付かないフリをすればいいのか、呆れればいいのか。判断に困ったキルアはとりあえずゴレイヌの意識がユアに向かないように自分で話をふる。

「同名って可能性は? 他にはなりすましとか」

「なくはないが、グリードアイランドを入手するだけで一苦労だ。バハトが有名になったのはここ数年だから、バッテラの妨害に遭いつつもグリードアイランドをプレイできている時点で本物である可能性は高いし、本物であった場合のメリットは限りなくデカい。

 もしも可能ならばオレの相棒に欲しいくらいだ」

 できるだけバハトに話が流れないように誘導しようとしたが、それも難しいというもの。元々有力なプレイヤーを探しているのだ。他にいないのならばバハトに、という話になるのは当然だ。

 そしてそれに油を注ぐブラコンが1人。

「いいじゃない、コンタクトを取ってみて好感触だったら儲けものだし」

「同感だ。どのみち15人集めなくてはならないんだ、当たってみるのも悪くない」

 ユアの言葉に首肯したゴレイヌは自分のバインダーに手をつける。その隙をついてキルアとビスケがユアを睨むが、ユアは素知らぬ顔。ゴンは苦笑いだ。

 そしてゴレイヌは取り出した交信(コンタクト)をゴンに渡す。

「オレが交渉をするから唱えてくれないか?」

 流石にこの状況で断ることはできない。ゴンは諦めてカードを手に取り、呪文(スペル)を唱える。

交信(コンタクト)使用(オン)、バハト」

『…………』

 バインダーから響く反響音が通話状態になったことを示している。

「初めまして、こちらはゴレイヌというプレイヤーだ。

 ハンターバハトと一度膝を交えて話がしたいのだが、どうだろうか?

 こちらは『一坪の海岸線』について有力な情報がある」

 いきなりゴレイヌが情報をぶっこんで反応を窺う。ユアたちもバハトがどんな反応をするのかハラハラだ。

 ほんの僅かな沈黙。

『いきなり何事だか。突然交信(コンタクト)を使われて、ハイそうですかと言う馬鹿がいると思っているのか?

 それとも俺が罠を疑わない馬鹿だとでも思っているのか?』

「そういうことに気が回る男と見込んでの相談だ。

 何せ、こちらには戦力が足りない。クリアを目指しているなら未だ入手した者がいない『一坪の海岸線』の情報は貴重ではないのか?

 そうでなくとも話を聞いても損はないと思うが」

『そう言うって事は、会う時間と場所の指定はこちらがしてもいいんだな?』

「もちろん」

『では交信(コンタクト)が切れた10秒後ジャストに再来(リターン)を使ってソウフラビまで来い。

 それが俺の提示する条件だ、いいな』

「もちろんだ。今、オレがいる町もソウフラビだからな」

『なるほど、まんざら嘘の情報でもないか?』

 再来(リターン)は行った事のある町にしか行けない。それなのにソウフラビに行った事がないなどと言おうものならば、一坪の海岸線の情報は嘘ということになる。現地に行かずしてSSランクカードの情報が集められると考えるのは愚かが過ぎるというもの。しかも再来(リターン)ということで会う人物を1人に固定している。

 とはいえ、この程度はジャブに過ぎない。これで馬脚を現すのならば本当に愚物というもの。もしも罠にハメようとしているのならばこの程度の下調べは当たり前だ。

『話だけは聞こう。話だけは、な』

「感謝する。もちろん損はさせない」

『期待しているよ。では、今すぐに交信(コンタクト)を切れ』

 その言葉を聞いた瞬間、ゴレイヌはバインダーを操作して交信(コンタクト)を切断する。

交信(コンタクト)が終了しました』

 それと同時、バインダーから再来(リターン)を取り出すゴレイヌ。

「では行ってくる。結果はどうあれ、この店に帰ってくるからここで待機していてくれ。

 再来(リターン)使用(オン)、ソウフラビ!」

 ほんの少しだけ離れた町の入り口に向かう呪文(スペル)を唱えるゴレイヌ。

 それを見送った4人。やや呆然としてキルアが呟く。

「これ、バハトに怒られねーか?」

「不可抗力不可抗力」

「あんたの言動は作為に満ちてるわさ」

 平然と言うユアに、ビスケがツッコミを入れるのだった。

 

 ◇

 

 再来(リターン)を使ってソウフラビに到着する。

 純粋に距離が短かったせいか、眼前には濃い顔をした男であるゴレイヌが先に立っていた。

「ゴレイヌか?」

「ああ。会う機会をくれて感謝する」

 目を逸らさず、しっかりと俺を見据えて挨拶をしてくるゴレイヌ。

 とりあえず俺としては初対面で何も分からないフリをしなくてはならない。

(ってか、何でいきなりゴレイヌが連絡してくるんだ?)

 これがユアたちが人数合わせの相談をしてくるのならばまだ分かる。だが、ゴレイヌとは接点がないはずだ。彼に連絡を取られる理由が本当に分からない。

「とりあえず町の入り口にいつまでも居る訳にはいかないだろ。場所を移すぞ」

「分かった。どこに行くかは任せる」

 ゴレイヌの了承を取り、ソウフラビの町に入っていく。それにやや驚いたような顔をするゴレイヌ。

「町に入るのか?」

「密談をするなら雑踏の方が盗み聞きされにくいものさ。歩きながら話せ」

「なるほど」

 納得の表情をするゴレイヌは少しだけ足を速めて俺に並ぶ。

 男二人、むさくるしい絵面だ。

「まずはいきなり『一坪の海岸線』について話すといった、その真意を聞こうか?」

「構わない。

 端的に言えば『一坪の海岸線』をクリアするには手練れが数人必要なんだ。それはオレと他数名の協力者によって判明した。

 そしてアンタは並のプロを超えるアマチュアハンターだ。戦力になると思ってな」

「情報が古い。俺は去年のハンター試験に合格した。もうアマじゃねぇよ」

 俺の言葉に驚いた顔をするゴレイヌ。

「マジか」

「マジだ。お前がいつからグリードアイランドに居るのか知らないから責めないけどな」

 何年もグリードアイランドに居れば一年前の情報を得ていなくても仕方がない。そういったニュアンスを込めて伝えてやる。

 ……いやまあ、去年の前半はゴンたちに念を教えるのでほとんど活動してないし、ヨークシンの仕事を知れる頃にはゴレイヌはグリードアイランドの中だ。これは本当に仕方ない。活動してないハンターがプロになるならないなんて、普通は分からない。まして俺は情報ハンター、最も情報が漏れにくいハンターだ。

 そもそもこんなどうしようもない事を言う為に時間を取った訳ではない。

「で、『一坪の海岸線』イベントをクリアするのに人数が必要なんだって?

 カード化限度枚数3枚だろ? 協力すればそのうち1枚を俺にくれるのか?」

「もうひとつ条件を呑んでくれるなら、な」

「……随分強気の交渉だな。いいぜ、言ってみろ」

「オレと組んで欲しい」

 今度は俺の足が止まった。

「は?」

「オレはソロプレイヤーで、自力で50種類以上の指定ポケットカードを集めた。

 少なくともグリードアイランドでアンタと組むのに遜色ない実績を積んだつもりだ。

 手を組まないか?」

 これか、ユアたちでなくゴレイヌが俺とコンタクトを取った理由は。

 ユアたちが口にするまでもなくゴレイヌは俺の実力を知っていて、そして自分に組むと値する人間だと思って真正面から声をかけてきた。

 ヤバイ、これは素直に嬉しい。

「……俺には既に仲間がいる。お前はそのうちの1人になるが、構わないな?」

「もちろんだ」

「報酬をどう分けるかは仲間を交えて相談する。場合によっては一坪の海岸線の情報だけ貰う形になるだろう」

「いや、それは筋が違う。俺を仲間にしないのはそちらの自由だし、『一坪の海岸線』イベントにお前が参加しないのも自由だ。

 だが、協力を断るならばオレはこれ以上の情報提供をしない」

「なるほど、しっかりしている。

 いちおう確認しておくが、『一坪の海岸線』の情報は確かなんだろうな?」

「ああ、かなり奥深くまで入った自信がある。期待してくれていい」

 力強く返事をするゴレイヌに、俺はニヤリと笑う。

「いいだろう。仲間と相談して、それ次第ではお前に協力しよう」

 俺の言葉を聞き、重々しく頷くゴレイヌ。

 バインダーからカードを出し、唱える。

交信(コンタクト)使用(オン)、ユア」

「は?」

 ゴレイヌの間の抜けた声は聞かなかったことにして、反響音を確認する。

「ユア、朗報だ。『一坪の海岸線』の情報が手に入った。

 情報提供者は信頼できそうだが、仲間にしろと言ってきた。一度意見を擦り合わせたい。今から会えるか?」

『ゴレイヌさんと協力していいってバハトも思ったんだね』

 響いて来るゴンの言葉を聞いて、俺は一瞬だけ硬直する。もちろん、ゴレイヌに見せるフリだ。

「――ああ、そういうこと?」

『ま、そういうことだわさ』

 ビスケの声を聞き、ゴレイヌを見る。彼は固まったままだ。

「今、ソウフラビなんだろ? どこだ?」

『中華のメシ屋、楼飯店ってとこ』

「分かった。今から向かう」

 キルアの声を聞いてから交信(コンタクト)を切る為の操作をする。

『って、私のバインダーなのにお兄ちゃんと全然会話が出来てないー!!』

交信(コンタクト)が終了しました』

 ユアの叫び声を聞きつつ、容赦なく交信(コンタクト)を終了させる。

 そして未だに固まっているゴレイヌに向き直り、声をかける。

「じゃあ行くか、ゴレイヌ。よろしくな」

「はぁーーーー!!??」

 驚きに満ちたゴレイヌの声が夜のソウフラビに響いたのだった。

 



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059話 交渉戦・2

諸事情により、前回の題名を変更しました。
どんな題名にしたのかは今回のを見ればだいたい分かるかと思います。

短めですが、最新話をご賞味下さい。


 煤けた様子で椅子に腰かけ、大きな手のひらで自分の顔を覆っているゴレイヌ。

「あ~、その、すまん」

「ごめんね、ゴレイヌさん……」

 それに申し訳なく感じたのか、キルアとゴンが謝った。

「……いや、俺も戦略として正しいのは理解している。

 だが、ちょっとだけショックでな」

 謝罪は必要ない、けど少し時間をくれというゴレイヌ。

 彼にはおおよその状況を説明した。ゴンが正攻法で攻略を目指し、俺がそのサポートをするという戦略を取っていたこと。

 大天使の息吹も俺が持っている為にゴン組で独占が成立していることと、堅牢(プリズン)で防御している為に呪文(スペル)による奪取の対象にならないこと。

 これらを説明したが、手を組んでいたゴンたちと俺がグルであるという事実と、俺とコンビを組めると思っていたのに後から参加した仲間の1人という扱いになってしまったことで少々大きめのダメージを受けてしまったゴレイヌであった。

 それでも秘密裏に手を組む重要性を呑み込めるだけ、やはりゴレイヌは器が大きい。感情的に責め立てるでなく、現状を把握したゴレイヌはなんとか頭を切り替えて俺たちに質問をする。

「そもそも、5人が手を組むとは普通じゃないが、どういった経緯だ?」

「俺は別用でグリードアイランドに入ったんだが、そこでゴンたちと出会ってな。俺の用事も終わったし、ゴンたちを手伝うことにしたんだ」

「以前からの知り合いだったって訳か……。

 ちなみにどんな関係か、聞いてもいいか?」

「ユアは妹でビスケはグリードアイランドで出会った仲だが。ゴンとキルアはプロハンター試験で出会った縁だ。仲間でもあるし、念の師弟である」

「ああ、噂に聞く裏試験か」

 呟くように言うゴレイヌに頷いておく。プロハンター試験に受かった者たちのほとんどが短期間のうちに念能力者として目覚めるのはそれなりに有名な話だ。知っていても不思議なことではない。それに己の陣営の素人を念能力者として目覚めさせることも珍しい話ではない。まあ、念に目覚めたばかりの初心者は使い物にならないから、即戦力を欲しがるところではそんな悠長なことをせずに念能力者を雇うのが普通である。ノストラードファミリーや、グリードアイランドを攻略するバッテラが良い例だろう。

 ともかく、それで俺がゴンのサポートをしていたことは受け入れてくれたらしい。話は次に移る。

「それで、取り分はどうなる?」

「素直にこのメンバーで受け取った金額を等分でよくないか?」

「それでいいんだな?」

 確認するようにゴレイヌが言うが、この中で金を目当てにしているのはビスケくらいだ。そんな彼女も等分なら不満もないらしく、誰もごねることなく頷く。

 ゴレイヌとしても後から参加した以上、取り分が少なくなることを危惧したのだろう。こちらとしてはゴン組とゴレイヌ独りの指定ポケットカード数が拮抗していることから、半分を請求されるかとも思ったが。そこら辺のバランス感覚は狂っていないらしい。平等な仲間として手を組むことが成立した。

 ――まあ、マチの事は話していないんだけどね? 彼女には俺の取り分を半分渡すから、嘘は言っていないということで勘弁してほしい。

「とりあえず、指定ポケットを合わせるのは最後でいいか?」

「ああ。どちらかが脱落するかも知れん。2組のプレイヤーグループが協力しあう形がいいだろう」

 俺の言葉にゴレイヌが頷く。俺の真似をするような形にもなるが、協力しているという情報を隠すのも有効だ。

 それにゴレイヌの言う通り、どちらかが殺されたりしてゲームを脱落するかも知れない。ならば、カードを一箇所にまとめるのは危険だという意見が普通。この例に漏れるのは本人に自信がある上に堅牢(プリズン)で全てのページを防御したゲンスルーくらいだっただろう。

 とにもかくにも、これで合わせて73種の指定ポケットカードが集まった。

「ところで確認したんだけど、私たちは6人になったわよね? 『一坪の海岸線』のイベントには挑戦するのかしら?」

 そこで確認するようにユアが口を開いた。腕利きが最低でも8人必要という『一坪の海岸線』イベントのクリアが近づいたが、一方でカードを手に入れてしまえば奪われる危険性も増える。大天使の息吹を独占している上に堅牢(プリズン)で防御している現状で、一坪の海岸線を手に入れる必要があるのかという問いだ。

「「する」」

 それに口を揃えたのは俺とゴレイヌ。ゴレイヌはともかく、俺が即答したことでユアがキョトンとした顔になる。

 苦笑するゴレイヌ。面倒そうな様子を見せずに説明する辺り、やはり彼は人が好い。

「挑戦条件が俺たちしか知らないのなら良かったんだけどな。カヅスールたちにも知られている以上、いつかは漏れる情報だ。

 マチ=コマチネはソロプレイヤーだから置いておくとして、ツェズゲラ組にはいつクリアされるかも分からん」

「それにカード化条件枚数の3枚という縛りがなくなった訳でもない。誰かがクリアしたら独占されるからな」

「でも、奪われる可能性も大きいわよ?」

 それについてどうするのか。ユアは重ねて聞くが、その答えはユア自身が言っている。

「ああ。『一坪の海岸線』をエサに、ツェズゲラ組とマチ=コマチネの独占カードを削る」

「他に独占カードがなければクリア目前の相手にこんな手は取れないが、こちらが『大天使の息吹』を独占しているなら話は違う。しかも独占をし損なった体だ。十中八九、相手はゴンたちを舐めてくるさ。勝算はある」

 SSランクのレアカードだ、エサは無茶苦茶にデカい。これならいくらなんでもツェズゲラも釣れるだろうという目論見があった。

「で、だ。そこで『一坪の海岸線』の攻略に話を戻すぞ」

 そう仕切り直すゴレイヌ。確かにイベントクリアをして一坪の海岸線を独占しなければこの作戦も絵に描いた餅だ。

「最低でも後2人の手練れが欲しいが――バハト、アンタに心当たりはないか?」

「すまんが当てにしないでくれ」

 マチの情報は出さない。やるならツェズゲラたちと組んで一坪の海岸線イベントをクリアし、最後にマチの情報を公開してカードコンプリートという流れの方が理想だからだ。これはヒソカを仲間にした後でも変わらない。っていうか、ヒソカに俺とマチが繋がっていることを知られたくない。

 しかしそうなると手詰まりだ。

「っていうかさ、バインダーのクロロが気になるんだけど」

 ゴンがポツリと言い、その声を拾う。

「クロロ?」

「あ、バハトにはまだ言ってなかったか?」

 そう疑問をあげるキルア。ええ、ええ。聞いていませんでしたよ? とっとと聞きたかったですよ?

 内心でそう思いつつ、ゴンのバインダーにクロロ=ルシルフルという名前が載っていたことと、クラピカに確認して本物のクロロでないことを確認したことを聞く。

「っていうこと。俺としては旅団の誰かだと思うんだけどなー」

「でも自分自身がゲームに入って他の名前を使うって変じゃん」

 キルアとゴンが言い合いを始める寸前で、俺は答えを口にする。

「ヒソカだな」

 その名前に、ユアとゴンにキルアがぎょっとして俺を見る。ビスケとゴレイヌは誰だそれ? という表情。

「あの変態ピエロ!?」

「マジか!? どうしてそう思ったんだよ、バハト」

 気色ばむ子供たち。俺は答えが分かっていたとはいえ、理論立てて説明する。

「いくつかの条件があるんだけどな。まずは旅団の仲間というのがあり得ない理由。

 ゴンの考えもそうだが、たかがゲームのプレイヤー名で自分のところのボスを名乗る訳があるか?」

 作戦の一部ならばともかく、本当にたかがゲームの名前である。しかも幻影旅団はクロロを特に尊敬している節もあるのだ。念を封じられている団長の名前を、念を使えないと参加できないゲームで名乗るには忌避感が強く出るだろう。

「旅団が名乗らないのは分かったけど、なんでヒソカ?」

「次にクロロの偽名を使うメリットだ。赤の他人が幻影旅団のリーダーを名乗るなんて怖すぎると思うだろ?」

「そういう損得勘定ができない馬鹿って可能性は?」

「そういう馬鹿はクロロの名前にも辿り着けないさ。そもそも、タイミングが合い過ぎだ。

 クロロの念が封じられた数ヶ月後にグリードアイランドでクロロの偽名を名乗る? こんなもの、その前提条件を知っているとしか思えない」

 以上を突き合わせると、クロロの偽名を名乗る人間は極めて限定的だ。

「俺かクラピカ、もしくはヒソカ。『クロロ=ルシルフル』の正体はそれに限られる。

 消去法でヒソカだ」

 俺かクラピカなら、幻影旅団へ接触する方法に使うかも知れない。もっとも、接触後に起こるのは殺し合いだろうが。少なくとも旅団の様子見の手間を買える価値があるならば名乗るかも知れない、といった具合だ。

 その可能性が消えている今、ヒソカしかあり得ない。

「『クロロ=ルシルフル』がヒソカなら、その目的は?」

「旅団との接触、は間違いないだろうな。他にクロロに近づく輩がいるとも思えない。

 もしかしたら除念師の受け渡しか……」

 深刻そうに他人事のように言うが、ヒソカに除念師を売ろうとしているのは他ならぬ俺である。

 そうと知らないゴンやキルアは気色ばむ。

「――止めないと」

「どうやってだよ。相手はヒソカだぜ?」

 瞳に炎を宿すゴンだが、キルアは冷静だ。ヒソカを止める手段はないと理解している。

「あ~。事情はよく分からんが、とりあえず『一坪の海岸線』攻略に集中してくれないか?」

 そして話が脱線していることに気が付いたゴレイヌがそう言うが、逆にそれを聞いて喜色を浮かべるキルア。

「それだ!」

「どれよ?」

「ヒソカを仲間に誘うんだよ! 念視(サイトビジョン)で調べてもヒソカはゲームクリアに興味がない。

 なら、戦力になりつつ監視もできる仲間に引き込むのが一番だ!」

「そういう事なら俺に任せておけ。ヒソカを仲間に引き込むのにとっておきの情報がある」

 除念師の情報がな。

「ふむ。まあ、お前たちが推薦するならいいか。他に当てもないしな」

 ゴレイヌも一定の理解を示すことで話がまとまる。

 とりあえず直接会って話をしようと、同行(アカンパニー)でヒソカの下へ。

 タイミングがずれたせいか、辿り着いた時にはヒソカは水浴びを終えてズボンを履き終わったところだった。

 ――うん、危ない。ユアに凶悪なモノを見せつけて来たのなら、ちょっとヒソカを殺していたかも知れん。サーヴァントを解禁して。

「おやおや……♠ これは予期せぬお客さんだ♥」

 余裕たっぷりに言うヒソカにゴンは直球で聞く。

「ヒソカ……。除念師を旅団に引き渡しにきたのか?」

 馬鹿野郎、と思うが言った言葉は戻らない。核心にいきなり切り込んだゴンに――ヒソカはきょとんとした顔で聞く。

「ん? 確かにボクは除念師を探しているけど、それがどうかしたのかい?」

「探している?」

「そうさ♣ クロロを除念すれば遊べるからね♦」

 そうしてヒソカはいけしゃあしゃあと嘘と真実(ホント)を織り交ぜて話をする。いや、見事に混ざっていて聞いているだけでもどこまでが本当のことか分からなくなってくる。ヒソカが旅団の見つけた除念師をクロロの下に連れて行くという流れを知っていなければ騙されてしまいそうだ。

「で♥ 君たちはボク――というかクロロに何の用だい?」

 今度はヒソカが聞いて来る。それに答えるのはゴンとキルア。ゲームのイベントクリアの為に強い仲間を探しているというもの。

 それを聞いてヒソカは少しだけ悩む。

「ヒマだしいいよ、と言いたいところだけど♥」

 ニィと嗤い、俺を見るヒソカ。

「見違えたね、バハト♠ どうやら運命の人との逢瀬は終わったみたいだ♣」

「…………」

「じゃあもうボクが壊しても――いいよね?」

 ゾワリとするオーラを発するヒソカに、仲間たちが一斉に臨戦態勢を取る。特に俺を害されると思ったのか、ユアの殺気が凄い。流石にヒソカには劣るが、それでも凄い。

 俺はそれら全てを柳に風と受け流し、肩を竦める。

「ヤダって言って止める奴じゃないよなぁ」

「……君にやる気はないみたいだね♦」

「まあ、ない。だから命乞いでも聞いてくれないか?」

 親指で離れた場所を指さす。

 ヒソカもいきなりの遭遇戦で殺し合いになるとは思ってなかったのか、そもそも呪文(スペル)で逃げられる以上は時期ではないと悟っていたのか。殺気を収めて俺が指さした方向に行く。

「バハト……」

「お兄ちゃん……」

「心配するな、ちょっと交渉してくるだけさ」

 複雑そうな仲間たちを置いて、声が届かない場所にいるヒソカの下へ向かう。

 ここまで余裕があるのは、ヒソカにいまいちやる気がないことを見抜いているのと、それからもちろんサーヴァントを侍らせているからだ。

 余裕綽綽、そしてフラットな精神状態にあるだろうヒソカの下にまで赴く。

「で、仲間に内緒でボクにどんな話だい?」

「除念師の情報、いる?」

 俺の言葉は流石に予想外だったのか、ヒソカの目が大きく見開かれた。

 そしてクックッと笑いだす。

「意外だねぇ♥ 君が仲間を裏切るような真似をするなんて♦」

「こっちにも事情があってな。俺が望む対価は2つ。『一坪の海岸線』入手までの協力と」

「と?」

「クロロの命」

「――なるほど♠」

 念が使えなくとも、逃げるクロロを仕留めるのは困難である。どこかの町にクロロが潜んでいるというならば百貌のハサンで殺せる可能性もあるが、どこの国にいるのかも分からないというのならばお手上げだ。

 という体で、ヒソカに旅団を本格的に敵対させてシャルナークを葬る作戦である。奴とクロロは特に相手をしたくない。

 ちなみにここでクロロを殺すまで俺に手を出すな、等とは言わない。どうせヒソカはそんな約束を守る気がないから、下手に先入観を持つ方が危険なのだ。

「それが条件ならば喜んで♣」

「オーケー、交渉成立。除念師の情報は半金払い、『一坪の海岸線』を入手したら教える」

 そう言って右手を差し出す。ヒソカも薄っぺらい笑みを浮かべながら右手を差し出して。

 軽く握手を交わすのだった。

 



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060話 交渉戦・3

最近短いけど、とりあえず更新していくよー。
いやまあ、キリがいいというのもあるけどさ。


「弱った」

 頭を抱えて困るのはゴレイヌ。

 ここまで仲間になったのは、ゴレイヌを含めて7人。俺とユア、ゴンとキルア、そしてビスケとヒソカ。7名である。

 一坪の海岸線イベントのクリアに必要な8人まで1人足りないというのに、もう勧誘できるプレイヤーの心当たりがないのだ。

 ソウフラビの広場の片隅で額を突き合わせているが、どうにも妙案が出て来ない。

「サキスケ=ンジジだっけ? 比較的マシなの。

 誘うか? とりあえず8人揃うだろ?」

「いや、俺が名前を出しておいてなんだが反対だ。サキスケはがめつすぎる。納得できる報酬を支払った後で、イベント開始条件をツェズゲラかマチに漏らしかねない。

 8人ギリギリで誘うにはリスクが高すぎる男だ」

「つっても、もう本当に選択肢がないぜ?」

 キルアがサキスケを誘う案を出すも、ゴレイヌがそれを拒否する。じゃあどうするんだと俺が問えば、ゴンが何か言いたそうに見つめてくる。

 ゴレイヌとヒソカにバレないように厳しい視線を向ければ、ゴンは諦めたように視線を外した。マチについては明かす場面じゃない。

「くっくっく♥」

 後ろで手慰みにトランプをシャッフルするヒソカの前では、特に。

 ……やっぱりヒソカは殺しておいた方がいいと思うんだよなぁ。危険度が高すぎる。でもシャルナークは怖いし、旅団にぶつける奴に他に心当たり無いし。

 本当に扱いに困る奴である。

「ちょっと聞くが、ツェズゲラって選択肢はないか?」

 俺の言葉に、ゴレイヌたちがぎょっとして俺を見る。

「正気かよ、バハト。奴らは既に90種類以上の指定ポケットカードを集めているぜ?」

「冷静に考えれば、こそさ。俺たちはまだ73種。ここからツェズゲラ組に追いつけると思うか?」

 キルアが反発するように言うが、俺の言葉に反論できる者はいない。

 一坪の海岸線を独占しても74種。99種までにまだ25種類ものカードを集めなくてはならない。対してツェズゲラ組の残りカードは一坪の海岸線とこちらが独占している大天使の息吹、マチの所有している闇のヒスイと一坪の密林。そしてゲイン待ちのブループラネットと入手条件の判明している奇運アレキサンドライトの6種だ。下手に一坪の海岸線を回収してしまえば、それこそが最後の戦いの扉を開いてしまいかねない。

 かといって、ツェズゲラ組がいつまでも一坪の海岸線イベントの条件を看破できないと思うのも甘く見過ぎだ。彼らの独力では難しいだろうが、カヅスールなどはいつでも情報を売れる状態である。ツェズゲラ組にこれ以上のカードが集まるようならば、一坪の海岸線の情報は売られる可能性もある。

「うむ。一理ある、な」

「こちらが勝てるかも知れない。

 こういう条件だからこそ、ツェズゲラ組の譲歩を引き出せる。これ以上遅れれば、俺たちが持つ情報に価値がなくなるぞ」

 情報にも鮮度はある。腐りにくい情報もあれば、一瞬で無価値になってしまう情報もまたあるのだ。ただ情報を集めるだけでは三流である。適切に情報を扱ってこそ、それの価値は光り輝くのだ。

「分かった。だが、奴らがクリアした際の保険として、情報の見返りは約束しておこうぜ」

「甘いぜ、ゴレイヌ。ここは情報を売る代わりに奴らの仲間になる位がベストだ」

 口を挟めば、またもゴレイヌは苦い顔になる。

 確かにここまできてクリアを諦めるのは業腹だろう。だがしかし、だ。もう一度言うが、現実的に考えて20種類程の指定ポケットカードの差があるのである。これでこちらが先にクリアできるのか、冷静に考えて欲しい。

 そして今ならば、一坪の海岸線と大天使の息吹に奇運アレキサンドライトのカードも渡せる。ツェズゲラ組の足りないカードの半分の補填ができるのだ。そうすれば事実上、最後の戦いはマチのみ。単独プレイヤーであるマチに対して、人海戦術の呪文(スペル)攻撃は極めて有効だ。まさかツェズゲラがそこに気が付かないとも思えない。

 俺たちを高く売り込むならば、今が最高の時なのだ。

「……分かった。その分、吹っ掛けるからな」

「もちろんだ」

 俺とゴレイヌが頷き合うが、それを見てつまらなそうな声を上げるのはユア。

「盛り上がっているとこ悪いけどさ、肝心のツェズゲラさんとはどうやって連絡を取るの? バインダーに名前が入ってないでしょ?」

「ツェズゲラは有名人だし、探せばバインダーに名前が載っている奴はいると思うが――ヒソカのバインダーに載っていないか?」

「……リスト?」

 俺の言葉にヒソカが目を細めて聞き返してくる。

 そしてゴンがリストの説明をヒソカにして、奴のバインダーに記載されたリストを覗き込む。薄っぺらな嘘(ドッキリテクスチャー)で偽装されたバインダーを、だ。

 この世界では俺とマチしか知らない能力である。これは騙されるしかないだろう。幻影旅団の名前が載っていないバインダーを見て、ツェズゲラの名前を見つけ、ヒソカのバインダーリストは堂々と白となった。見事な嘘つきであると感服するより他はない。

 そうして交信(コンタクト)をツェズゲラに繋ぎ、面会の約束を取り付けた。

 

「とにかく『一坪の海岸線』の情報料はクリア報酬の15%である75億だ」

「……法外だな」

 ツェズゲラが呟く。確かに94種類ものカードを集めたツェズゲラ組としては、たった1種のカードにその値段が付けられるのは納得がいかないだろう。

「もちろん、この条件を呑んで貰えれば俺たちはこれからそちらがクリアをする事のバックアップをする。

 俺とゴン組で独占している大天使の息吹も提供するし、マチ=コマチネからカードを奪うのも手伝うぜ」

「……くくく、俺とゴン組か。お前たちが裏で手を組んでいることは秘密か?」

 ツェズゲラが確信を持ったように言うと、ゴンとユアが驚きで目を丸くする。バレているとは思わなかったのだろう。

 かくいう俺も、どこでその情報が漏れたのか内心驚きである。

「ああ、それは秘密だ」

 まあ、驚きを表に出す真似はしないのだが。飄々とした風情で流す。後ろでヒソカが楽しそうに笑っている気配が感じられたが、もちろん無視である。

 それから少しだけ問答をして、ようやくツェズゲラは頷いた。

「よかろう。マチとの決戦に力を貸してもらうという条件を加えるなら頷こう」

「快諾してくれて嬉しいぜ」

「交渉成立だな、話してくれ」

 ツェズゲラ組の了解を得た上で一坪の海岸線イベントについて説明をする。

 イベント条件が解明してから、まだ2日も経っていない。ツェズゲラ組に情報を真っ先に売れたという意味では、やはりこの迅速な行動は間違っていなかったのだと確信できる。

 参加者が15人以上必要であると説明すれば、彼らの後ろで絶をして息を潜めていた仲間の2人を呼び出して戦力になる人間を確認。11人になる大所帯が結成されたが、それでもまだ4人足りない。

「現実に帰りたくても帰れないプレイヤーを誘う。戦力としては全く当てにはできないが――」

「――その分、報酬に頭を悩ませなくてもいい、か」

「そういうこと。ちなみにゲインした挫折の弓があるから、離脱(リーブ)の当ては任せておけ」

 とんとん拍子に話が進み、次にどうやってイベントをクリアするかの話になる。

 実際に敵の力量を見たゴレイヌやキルアは、自分たちならば勝てると自信満々に言い切り、お前らは勝てるのかとツェズゲラを挑発。

 それをニヒルに笑って流したツェズゲラは、シングルハンターに恥じない実力を見せつけてくる。垂直飛びで10メートルを楽に超えるジャンプを披露した。

 ヒソカがちょっと冷めた視線を送っていたのは無視する。ついでに試しで垂直飛びをしたゴンとキルアが20メートル越えをした事に目を輝かせたが。

「ガキ」

 同い年のユアが、落ち着きのないゴンとキルアに冷たい独り言を呟いたのももちろん俺は聞いていない。

 ジャンプ対決を始めたゴンとそれに付き合わされたキルアはさておき、イベント攻略の話に進む。スポーツ対決で確認したのは8種だが、相手が馬鹿正直にその8種で勝負をしてくるとも限らない。とはいえ、手持ちの情報はこれしかないのである。この8種を基準に戦略を整えるしかあるまい。

「俺はビーチバレーにしておくか」

「あ、相撲は俺がやるから」

「キルア、もう1回だけジャンプ勝負!!」

「しつけーな、オメーはよ!!」

「ボクシングは俺がやろう。相手の念への対策もある」

「ボウリングは俺だな。念を使えばパーフェクトも容易いし、相手のやってきそうな事も想像がつく」

「ボクはリフティングがいいな♣」

「私は卓球がやりたいです」

「フリースローはオレがやる」

 あっという間に決まっていく競技に、呆気に取られた顔のゴン。やがて残ったのはビーチバレーの相方と、俺とゴンにユアだけだ。

「まあ、11人いるなら3人はあぶれるが……一緒にビーチバレーをやるのは誰だ?」

「あ、俺はパス」

 真っ先に言っておく。そんな俺の顔を全員が見る。

「なんで?」

「予想でしかないが、オリンピック競技やジャポンで有名な競技が多そうだ。相撲とかな」

「ああ、相撲ってジャポンの競技だったんだ」

 ユアが言う。何十年か前に相撲が世界的ブームになったから、多少の知名度はあるが何せ古い話である。朧気なルールくらいは知っていても不思議ではないが、発祥国などの詳しいことを年若い人間が知らなくても仕方あるまい。

 そう思いつつ、俺は発を披露する。

煌々とした氷塊(ブライトブロック)

 オーラを変化させた氷を棍状にして、構える。そして鋭い突き(トゥシュ)を放つ。

 目を丸くするツェズゲラたちに向かって、ニヤリと笑う。

「フェンシングやベースボール対決があるかもだからな。それが来たら、俺がやろう」

「――素晴らしい腕前だ。いいだろう」

 掛け値なしの称賛を浴びせてくるツェズゲラ。彼のパートナーから俺を外し、視線が向くのはユアとゴン。

「では、どっちがビーチバレーをやる?」

「ゴンかしら? 身体能力はゴンの方が優れているし、カンもいいわ。私はあんまり激しいスポーツは得意じゃないし」

「じゃあユアは何をやるの?」

「相手の出方次第かしら? できれば私の出番よりも前に8勝してくれると嬉しいけど」

「オメーはもっとやる気を出せよ」

 キルアの尤もな言葉に、兄としてちょっと恥ずかしい。

 いやまあ。ユアもクルタ族の里にいた時はともかく、外に出てからは学校に通わせられる訳もなく、細々とした生活を送っていたしな。戦いは命にかかわるから教えたが、スポーツまでは手が回らなかったという事情もある。

 だからあんまり責めてくれるなよ。家庭環境とかあるんだからさ。

 



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061話 一坪の海岸線

 レイザーが念弾を創り出し、ボポボの顔面に向かって投げつけた。余所を向いて他の海賊たちに呼びかけていたボポボはいきなり投げつけられた致死の念弾を避けられず、その頭を破裂させた。

 うむ、いい攻撃だ。

 ボポボはそれなり以上の念の使い手ではあったし、纏もしていた。そのボポボの警戒をかい潜り、殺気を消して必殺の一撃を叩き込む。念能力者としてだけでなく、武闘家としても優れているのがこの攻撃だけでも見て取れる。

 と、そんな呑気な事を考えている俺はさておき、人数合わせに呼んだメンバーは味方同士で殺し合いをしている海賊たちを見て恐れ慄いている。まあ、分からんでもない。軽く投げられたあの念弾であの威力だ、一流の念能力者でも相対するのは命懸けだろう。並以下の彼らでは何を況や、である。

 俺ならば堅で勝負になるからこその余裕である。

 そして仲間殺しをしたレイザーに、ゴンのオーラが怒りで力強く猛った。普通そうだが、ゴンは特に仲間殺しは許容できないらしい。

 逆にユアはやや萎縮している。ヒソカの時もそうだったが、ユアは強力な念能力者を相手にした場合、怖気づく傾向にあるな。まあ、これは俺もブーメランになるから言わないけれども。

「よし、次はオレがやろう」

 ボポボを殺したレイザーが、その威圧感を保ったまま競技の参加を口にする。

 その背後でボポボの死体を片付ける彼の配下の海賊たち。ここまでくれば彼らはモブなので、気にしなくていいだろう。ついでに言うとこちらの背後のモブも五月蝿い。けどまあ、奴らはツェズゲラの仲間たちに任せておけばいいか。

 レイザーとキルアがやり取りをする中で、俺はレイザーについての考察を纏める。

 彼は放出系の念能力者で、念弾を撃つのではなく投げるタイプだ。

 撃つタイプの代表格といえばフランクリンだろう。彼の能力である俺の両手は機関銃(ダブルマシンガン)は殆ど溜めがない上に圧倒的な弾数をバラまくので、念弾の威力としては最低に近い。つまりはフランクリンは最低の威力で並以上の念能力者のガードを容易く貫通できる威力の念弾を発することができるのだ。改めて考えてもバケモノである。

 そしてレイザーもフランクリンにバケモノ具合で負けていない。念能力者としてはシャッチモーノの上を行くであろうゴレイヌに、ただの一撃で拭い去れない死のイメージを植え付けたのだ。まさか雑魚と見做せる筈もない。これでも全力でないとか、逆に笑えてくる。

 レイザーの能力についてもっと深く考えると、念獣とスパイクについての考察も必要だろう。

 元々彼は凶悪犯罪者である。その能力の基本にスポーツがあるのは不思議ではないが、殺しにかかる彼の能力はもうワンランク上だろう。とはいえ、レイザーの念獣に他の能力があると思っている訳ではない。要するに彼の念獣は、レイザーの攻撃を多角的にする為の補助なのだ。例えばビルなどの入り組んだ場所や高所でも、廊下の角や窓の外に念獣を配置してそこに念弾を投げ込めば念獣がパスを回して直線では狙えない相手に攻撃を命中させられる。十数体の念獣を扱えるならば、どれほど緻密な攻撃ができるのか。

 平地でもその優位性は揺るがない。ドッジボールでは攻撃回数は1度のみだが、ルール無用の殺し合いならばレイザーは無数の念弾を放ってくるだろう。念獣たちはそれをパス回しして、いつでも攻撃に転じれる攻性の檻として機能するのである。俺も相手をしたら、サーヴァントや転生に備わる贈り物(リバースデイプレゼント)なしで勝てる自信はちょっとない。

 トドメにレイザーの最強攻撃であるスパイクである。念弾を創り出してトスを上げる一段階目で念弾の硬度を上げ、レイザー自身が打つスパイクで威力と速度とオーラを上乗せする。隙もあろうが、威力も高いタイプの攻撃だ。ゴンのジャジャン拳に近い。

 これだけ考察を上げて悲しいのは、レイザー自身が強い為に攻略方法が特にない事だ。本体が強いタイプなので、彼を上回る力強さを見せつけられれば勝ち、でなければ負けというシンプルな結論が一番に出てしまう。ヒソカのような能力者の搦め手が効かない訳ではなかろうが、地力が高くなければ話にならないのがレイザーなのだ。

「オレの競技(テーマ)は8人ずつで戦うドッジボールだ!

 8人、メンバーを選んでくれ」

 そう言って7体の念獣を創り出すレイザー。それと同時に仲間たちが気が付く、このイベントはレイザーが最後に帳尻を合わせるシステム。彼に勝てない限り、イベントクリアはないのだと。

(汚い、流石ジンの仲間、汚い)

 システムのあまりの悪辣さに、知ってはいたが呆れてしまう。よくもまあ、ここまで性格の悪いシステムを組めたものだと。そりゃあ、メンバーを1人でも変えれば再挑戦可能にしなければいつまで経ってもクリアできないだろう。

 戦いたくないと喚く数合わせのメンバーだが、心配するな。お前らは戦わなくていい。

(オレ、ユア、ゴン、キルア、ビスケ、ヒソカ、ゴレイヌ、ツェズゲラ。ジャスト8人だ)

 人数に過不足はない。彼らが居なくなっても何の問題もないのだ。

 それはさておき、ゴンは戦いを始める前にボポボを殺害した件についてレイザーを責め始めた。しかし当然ながらレイザーの反応はしれっとしたもの。ボポボは確定11件の強盗殺人や強姦殺人を犯した死刑囚だったのだと説明すれば、ツェズゲラもプロハンターは絶対服従を条件に死刑囚を雇用するのはままあることだと口添えする。

 ボポボの処刑は当然であり見逃す方が悪だと言い、処刑をしたレイザーはゲームマスターの一人であるとツェズゲラが看破する。

 ボポボが殺されて当然の悪人だったからか、それとも急にジンに近づいた実感が出たからか。ゴンは先ほどまでの怒りを霧散させてレイザーにジンについて問いかける。そしたらゴンに気が付いたレイザーが当然の如くやる気を出す訳で。

「お前が来たら手加減するなと言われているぜ、お前の親父にな…!」

(勘弁してくれ……)

 げんなりしながら倍化したオーラを放つレイザーを見て思う。ちょっとコレ、洒落にならないヤツ。

 しかもそれを見てゾクリと楽しそうな表情をするゴンと、更にそれを見てニタリと嬉しそうな顔をするヒソカ。マジで勘弁してくれ。

 

「ユア、お前が外野に行っとけ」

「ん、分かった。正直、ちょっと自信ないわ」

「ちなみに外野を攻撃してはいけないルールはなかったから、注意しろよ?」

「…………」

 俺の忠告にげんなりしながらユアが外野に向かう。

『マスターそっくりですね。流石、兄妹です』

『ディルムッド、黙っておけ』

 念話でディルムッドが茶化してくるのは緊張を適度にほぐす為だと信じている。何せ殺しにはかかってこないだろうが、死んでもいいと思っているだろう相手との戦いだ。しかも相応の実力者ともなれば緊張もする。

 そして殺し合い(ゲーム)が始まる。ジャンプボールが上がるが、レイザー側は取る気もなく容易くキルアが叩き落とした。ちなみにこの人選は垂直飛びが優れているからである。

「先手はくれてやるよ」

「……なめやがって」

 余裕たっぷりに言うレイザーに、冷静ながらも怒りを宿したゴレイヌが応える。

 拾い上げたボールを4番に向かって投擲。容易くアウトを取れた上に、勢いがついたボールはこちらの外野に落ちる。

 ユアから戻ってきたボールをゴレイヌが受け取り、再度投擲。今度は5番をアウトにした上で、またもやこちらの外野にボールが落ちた。

「オッケー、二匹目!」

「なんだ、チョロイぜ!」

 ゲームの外からツェズゲラの仲間たちが声援とも野次とも付かない声をあげる。

 確かに流れはこちらに来ている様子だが、まさかこの程度の訳がないとは未来を知らなくても分かる。

「よーし。準備OK」

「あ? 今、何て言った?」

 全く余裕を崩さないレイザーが更に挑発染みた言葉を発する。

 2つのアウトを取ったゴレイヌが聞き返すが、レイザーの笑みは消えない。

「お前達を倒す準備が整ったって言ったのさ」

 普通に考えれば安い挑発だ。それはゴレイヌも分かっているから、別に乗った訳ではない。

 ただ単に、敵が恐るるに足らずと見て、勝負を決めようとしたに過ぎない。

「面白ぇ、やってみろよ!!」

 念獣に投げたのよりも更に力強いその一投。レイザーはそれを、左手一本で鷲掴んで止めた。

 そのあまりに自然な様子に、逆に緊張感が抱けない。唯一、自分の弾の威力を知っているゴレイヌだけが冷や汗を流すのみだ。

「さぁてと。反撃、開始だ」

 そしてレイザーは、コートの最奥から軽く振りかぶり、有り得ない豪速球を投げ込んでくる。

 狙いはただ一人警戒していたゴレイヌの顔面。しかしそれでも彼は反応できない。パスだと思った油断が、回避する余地を消していた。

 更に、ゴレイヌは念獣を出していない。白の賢人(ホワイトゴレイヌ)での回避が、できない。

煌々とした氷塊(ブライトブロック)!!」

 だがこの時この場には俺がいる。

 氷棍をバットに見立て、ゴレイヌの顔面に向かっていたボールをスイングして強打。

「ッ、ッッッ!!」

 ボールの威力に氷棍と俺自身の体が軋みを上げるが、いける。振り切れる。

「ッレラァ!!」

 悪意ある小さき者の仕業(ストーカーワークス)

 氷棍で弾き返したボールに、弾道操作の念を込めて打ち返す。それはレイザーの隣にいた2番の念獣の頭に命中し、念獣の頭は弾け飛んだ。そのままボールは反対側の壁に当たって反射、敵の内野に戻ってレイザーが受け止めた。

「しゃあ! 遊撃手(ショート)強襲!!」

「ほぉ、いいバッターだ」

「ってかユア、ちゃんと受け止めろよ!」

「できるかっ! 死ぬわっ!!」

 レイザーは感心したような息を漏らし、キルアとユアがじゃれ合う。

「いや、本気出せよ。強いぜ、コイツ」

 ふざけている場合ではないと、ユアとキルアを窘める。

 対してレイザーは薄っすらとした笑みを消さないまま、ボールを持った腕を振りかぶる。

「すまん、助かった……」

「気にすんな、ゴレイヌ。それよりも気を抜くな、来るぞ」

「正面からは得策ではない、なっ!!」

 外野に向かってパスを送るレイザー。そして四方を囲った念獣たちは高速のパスを回す。

(速……)

 目で追えない速さ。いや、そうではない。受ける一瞬と送る一瞬でフェイントを入れてくるおかげで、視線が幻惑されるのだ。これは、目で追えない巧さといえる。

 これはもうどうしようもない。仲間のフォローまではできない。

『左っ!』

 ディルムッドの忠告に従い、即座に左を向く。そしてそこには眼前にまで迫ったボールが。

(うぉっ!)

 心の動揺は表に出さないように、なんとか受け止める。

 堅で正面から受け止めたからダメージはないが、芯まで響く衝撃である。

「バハト、ナイス!」

「いや、これちょっとマジで洒落にならない衝撃だぜ?」

 ゴンが率直に褒めてくれるがオーラを集めていない段階でこれとか、ホント冗談ではない。本気のスパイクを、俺でも対応できるかどうか。

「ま、それは後で考えますか。

 千本ノック、行きまーす」

 受け止めたボールを上に放り投げて、氷棍を振る。それと同時に悪意ある小さき者の仕業(ストーカーワークス)を発動。弾道を操作する念能力で、6番と7番のクッションを狙う。

 当然の如く狙い通りの場所に飛んでいき、そしてボールが当たる直前に6番と7番が合体。13番となって、俺のボールを受け止めた。

「チ。ピッチャーのボールを撃ち返した方が威力が出るんだよな」

「ってか、あれアリかよ!?」

『アリです。合体も分裂もアリ。ですが、規定人数以上に増えるのは無しです』

 キルアが文句を言うが、これは俺もズルいと思う。

「8人揃えさせたのに、向こうの人数が7人になっているが?」

『6番と7番が消滅し、13番に核が2つあります。つまり13番に6番と7番が重なっています。アリです』

 やっぱりダメか、ここでは向こうがルールだ。

「さて、と。流石に手加減している場合ではなくなったな。

 徐々にギアを上げていくか」

 そう呟いたレイザーは、助走をつけて振りかぶり、狙いは――

「ツェズゲラ!!」

「ッ!?」

 油断はもちろんしていなかった。だが、見えない。だからこそ、俺の声に従ってツェズゲラはそのオーラを体の前面に集中できた。更に顔面を腕でガード、受け止められないと判断し、致命傷を避けた。

 そして命中。ツェズゲラは後ろに吹き飛ばされ、そして弾かれたボールはゴレイヌの側頭部に命中。

「あ」

 それは誰の声だったか。少なくとも、ツェズゲラやゴレイヌの声ではあるまい。

 ツェズゲラは後ろ回りにゴロゴロと転がり、ゴレイヌは当たり所が悪かったのか白目を剥きながら崩れ落ちていった。

 俺は咄嗟にゴレイヌを支え、ゴンは転がったツェズゲラに駆け寄り、キルアはボールを確保する。

(動け、ビスケとヒソカ)

 ビスケはまあ、冷静に戦力分析をしているようだが、ヒソカは楽しそうに様子を見ているだけにしか見えない。少しは働け。ほぼほぼ俺しか動いてないぞ、まだ。

『ツェズゲラ!!』

 彼の仲間が心配して声をかけてくる。様子を伺うに、どうやら防御した両腕の骨にヒビが入ったらしい。ゴレイヌと併せて2人のプレイヤーが脱落だ。

 退場していく2人を尻目に、作戦タイム。

「しかし、どうする? 俺じゃバハトよりも威力は出せないぜ?」

「ボクもちょっと無理かな♦」

「俺もあれ以上はちょっと難しいな」

 そもそもボールにオーラを込めるのは放出系が問答無用に強く、その他の系統はオーラに頼らずにボールを物理威力で打ち出さなくてはならない。単純にオーラ分だけ威力が減る計算になるのだ。

 もちろん急に放出系に為れる訳もなく、こちらはオーラを込めずにボールに物理威力を込めなくてはならない。

(まあ、レイザーもボールの防御力にオーラを割いているけどな)

 そうじゃなければコンクリートを卵の殻のように砕ける念能力者たちの戦いの媒介に、ただのボールがなれる訳がない。

「……キルア、そこでボールを持って中腰で構えて」

 そう。大砲のようだと称されたゴンの一撃に、ただのボールが耐えられる訳がないのだ。

 レイザーはゲームマスター、イベント(ゲーム)を維持する義務がある。

 ジン? あいつは知らん。なんで最高責任者がゲームをほっぽってるんだよ。

 

 ゴンの一撃で13番の念獣を倒し、残りは3番とレイザーのみ。

 しかし、またもレイザーボール。奴からボールを取り戻さなくてはならない。

「くくく。まさかゴンがあれほどの威力を出せるとは。

 これは俺もいいところを見せなくてはな」

 そう言って、レイザーは指を鳴らす。それを合図に、1番と3番を残して、念獣をオーラに戻して回収していく。

 溢れんばかりのオーラが、更に活性化して蠢いている。

「ったく、嫌になるな」

 これでも2番の念獣を潰し、他の2体も残している為に回収したオーラは6割か7割といったところだろう。それでこの気迫なのだ。何度でも言うが、やってられない。

(世界は広いよなぁ)

 溜息が出そうな俺と、レイザーの視線が合う。

「すまんがゴンと楽しみたいのでな。邪魔になりそうなお前から狙わせて貰うぞ」

「どうぞご自由に」

 雑に対応した俺の声を聞きつつ、レイザーはトスを上げる。彼が最も威力を出せるバレーのスパイクの予備動作だ。

 それを見て、俺も対応をする。煌々とした氷塊(ブライトブロック)で創り出した氷棍に凝でオーラを込める。流が苦手とはいえ、これだけの時間があれば当然為せる。

「勝負っ!!」

 斜め上から打ち出された弾丸ボール。回避しても意味はなく、受けるには強烈過ぎる。

 故に選択すべきは、迎撃。

 棍を腰だめに構え、襲い掛かるボールに向かって垂直に突く。もしもこのまま弾いてしまえば、俺たちの外野まで飛んでいくだろう。

 俺はアウトになるが、それならそれでもいいと思う。もちろん、そうはならないと確信していたが。

 ボールと棍がぶつかった瞬間、今までの人生で最大の衝撃が腕に、それから全身に襲い掛かる。まるで棍を大地に思いっきり突き込んだかのような衝撃。痺れるなんてものじゃない、俺の体にぶつかってないのに、もはや痛い!

「が、ぁ……」

 両腕がビリビリと振動する。見れば、レイザーのボールは真っ直ぐに突き出した俺の氷棍をガリガリと削っていく。

「冗、談っ!!」

 気合いが入った。発とはすなわち俺自身だ。俺の誇り(プライド)だ。それが無残に削られて、心穏やかではいられない。

 荒ぶる怒りをオーラに変えて、それを更に氷棍につぎ込んでいく。凝でなく、もはや硬に近くなったオーラを注ぎ込んだ氷棍は、それ以上削られることなく。

 そのままボールは、ぽとんと俺たちの陣地に落下した。

『バハト選手、アウトー!! 外野へ!』

「あ」

 やっちった。迎撃に集中し過ぎたせいで、捕球まで気が回らなかった。

 まあいいか。

「お膳立ては十分かな。後は頼んだぜ、ゴン」

「うん、任せてよ!」

 力強く頷くゴンを背中に、俺は足取り軽くユアが待つ外野へと向かうのだった。

 



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062話 交渉戦・4

 

複製(クローン)使用(オン)、ビスケット!」

 ツェズゲラの手に持たれたカードが白い煙をあげながら変化する。そして手元に現れたカードを見て満足げに頷き、彼はそのカードをバインダーにしまいこんだ。

 一坪の海岸線のイベントはクリアされた。ゴンはレイザーと真っ向から戦い、そしてジンの仲間である男に認められたのだ。

 その試合の際、外野に行った後の展開で俺が気になったのは2点。

 1つはヒソカが伸縮自在の愛(バンジーガム)を使い、レイザーがレシーブしたボールを回収したこと。ほんの1秒程度の隙。しかも、俺よりも威力があるボールをゴンが撃ちだしたことに加え、レイザーがそれを完全にいなしたという衝撃的展開の直後である。

 俺だけはその光景を予見していたからこそ何にも意外と思わなかったが、他の者は違う。誰も彼もが唖然と、または勝敗の決定に弛緩していた。その中でただ一人、ヒソカだけが己の念能力を使い、敵陣中空にあったボールを回収できたのだ。

 それを見て改めて俺が思い知ったのは転生に備わる贈り物(リバースデイプレゼント)の使い勝手の難しさだ。百を超える発を使える俺にとって、そのボールを回収できる念能力は幾つも存在する。だが、ほんの数個しかないそれを瞬間的に判別して使用する。その実行力があるかといえば、否と答えるしかない。多すぎる選択肢というのは、それだけで行動に重しがついてしまうのだ。

 その点、自分が誇りに思う己だけの念能力者というのはぶれない。可能不可能を素早く選択でき、そして好機には戸惑い無く躊躇いなく動ける。状況が推移し続ける戦闘において、単純さというのは武器になる。その点転生に備わる贈り物(リバースデイプレゼント)は複雑過ぎるというのは議論の余地はないだろう。使いこなすには、まだまだ時間と頭を使う必要があるということだ。

 もう1つは、レイザーが変化球を投げた時のゴンの怒りだ。

 え、そこキレる? と思い、思わずユアと顔を合わせてしまった。レイザーは別になんの反則もしていない。念獣が合体する方が余程理不尽だと思ったくらいだ。

 俺とユアはそう思ったが、ゴンはまた違う感想を持ったということに、首を傾げざるを得ない。まあ怒りの物差しなんてずれて当たり前だが、ゴンが何で腹立たしいのかよく理解できないのだ。相手の上手を褒めて、発奮し、気合いが入るのならば分かるのだが。

 キルアが危険に晒されたこともこのイベントに参加している、もっと言うならグリードアイランドをプレイしている時点でそれは言うまでもない事の筈なのに。

 ……改めて何度考えてもよく分からん、ゴンの怒りのポイントが。ここを見極めないと、後々絶対に響くと思うのだが。

(分からんものは仕方ないよなぁ)

「けど、いいの? 俺たちが2枚貰っちゃって」

 ゴンがツェズゲラに問う。それに苦笑して返事をするツェズゲラ。

「構わん。今回のイベントで君たちは確かにその実力を示した。

 こちらは複製(クローン)で手に入れた1枚で十分だ」

 俺たちゴン組はかなり大所帯になっている。俺とゴレイヌを含めて6人であり、ゲームのクリア報酬が指定ポケットカード3枚であることを鑑みれば、想定されている人数の倍の集団である。まあ、そのこと自体は別に構わない。ツェズゲラ組も4人であり、3人を超えているのだから。

 だが6人組と4人組で3枚のカードを分け合うとなると、どちらが2枚持つか。また、オリジナルはどこに配分されるかということで揉めても不思議はない。だが、その揉め事は起こらなかった。他ならぬツェズゲラが自分の割り振りを最低限にしたからだ。

 それはイベントの内容を見れば分かるというもの。一坪の海岸線イベントはつまるところレイザーに勝てるか否かが争点であり、その点でいうと前半は俺が活躍して後半はゴンとキルアにヒソカがレイザーを撃破した。一方のツェズゲラといえば、腕の骨にヒビを入れられてあっさりと退場してしまったのだ。これでは中々に報酬を吹っ掛けにくい。

 更に言えばツェズゲラ組として問題がないというのも大きい。ゲームクリアにオリジナルのカードである必要はなく、また同じ指定ポケットカードは2枚も必要ない。ならばこそ、複製(クローン)で作られた1枚で十分であるとも考えていい。

「さて、これでひとまずイベントはクリアし、全種類のカードはプレイヤーに配られた。これからは対プレイヤーに焦点を絞らなくてはならないが――」

「その前にいいかな♠」

 ツェズゲラが話を進めようとするが、ヒソカが止める。

「ボクとしてはイベントが終わったし、そろそろ報酬が欲しいんだけど?」

「ああ、約束は守る。他に漏らせる情報でもないし、ちょっと場所を変えるぞ」

「♥」

 ヒソカを促して場所を移す。とはいえ、別に大きく離れる訳でもないし、仲間の視界から外れる訳でもない。ただ声が聞こえないくらいには離れればいいだけで――

『マスター!!』

「っ!?」

 ディルムッドの警告に従い、咄嗟に屈みこむ。直後、俺の頭上を何かが通過した。

「狙撃っ!?」

 右手は海。左手は山。直感的に山を見れば、そこにはもはや隠す事無くオーラを現した一人の男がいた。

 距離としては1キロ以上離れている木の枝に立ち、狙撃銃を担いだその黒髪の男。

「あいつ――」

「幻影旅団の、ミドリ!!」

 ゴンとキルアが叫ぶ。しかし今はタイミングが悪い。レイザー戦の直後で、誰も彼もが疲弊している。それは俺も例外ではない。強いて言えばビスケは戦えるだろうが、彼女は教え子を守っても俺は守ってくれないだろう。もちろん、それに文句を言う気もないが。これは俺が売った喧嘩であり、ビスケに助けを乞うならば対価が必要だ。

 となれば。

(使うか?)

 サーヴァントを。絶対にして最強の手札、それを晒すか?

 フィンクスとシャルナークにはバレている情報だ、もちろんミドリも情報共有はされているだろう。今更、幻影旅団に隠す意味はない。

 だが。ヒソカとビスケもいるし、ゴンにキルアにユア。ゴレイヌにツェズゲラたちだって見ている。バレる相手が多すぎる。しかもヒソカが痛い、こいつにだけはサーヴァントを晒したくない。

 横目でヒソカを確認するが、その表情には少しの怒りがこもっていた。考えてみれば当然だ、除念師の情報を得る前に俺が狙撃されたのである。クロロと戦えるというご馳走を食べるのに邪魔が入ったに等しい。

 そんなこちらの状況を確認したミドリは、舌を大きく出して右の親指を立て、そしてそれを地面に向ける。こちらをバカにした後、バインダーからカードを出して、あっさりとその場から消えていった。

「幻影旅団の暗殺者、か」

 それがミドリの立ち位置である。戦闘員でありながら特化したのは隠密と暗殺。アサンが手に入れた能力である殺意ある鋭き者の攻撃(ストライク・ダム)の本来の持ち主。

 今のは危なかった。俺が油断していたのも差し引いて、キロ単位で離れた位置からオーラの篭った銃撃をしてくるのである。サーヴァントを召喚していなければ、それに気が付けたとは思えない。

 俺はクロロとシャルナークを恐れているが、やはり幻影旅団はそれだけで済む相手ではない。背中に流れる冷や汗を感じながら、それを再認識する。

「ま、分かっていたことだ」

「そういうことだね♦」

 ヒソカとしてはタイミングが悪かったことが怒りに触れただけで、幻影旅団が俺を襲うことに思うことがある訳がない。この男に他人への配慮を期待する方が間違っている。

 そして何事もなかったかのように移動を再開し、仲間たちの声が届かない場所まで向かう。

 バインダーから2枚のカードを出す。交信(コンタクト)再来(リターン)だ。幻影旅団との連絡手段と、マサドラまでの片道切符。このくらいの交通費を払うくらいのサービス精神はある。

「除念師の名前はアベンガネ。

 俺の名前を出せば融通を利かせてくれる筈だ」

「了解♥」

「もう一つの条件を忘れるなよ、クロロの命だ」

「そっちももちろん間違いなく♣

 今回は楽しい時間と戦いをありがとう♠

 再来(リターン)使用(オン)、マサドラ♦」

 そうしてあっさりとヒソカはその場から消えていった。正直、ちょっとだけ肩の荷が下りたというのもある。

 そのまま仲間の下に戻った俺を、特にユアが心配してくれるが。問題がないのは見ての通りである。

 話はゲームクリアのやり方に戻る。

「マチ=コマチネ」

 ツェズゲラがその名前を出した。

「本人がプレイヤーキラーでありながら、他のプレイヤーキラーを排除してそのカードを奪い取った。その戦闘力は折り紙付きだ。

 また『一坪の密林』を入手して、独占していない。ソロプレイヤーには間違いないだろうな。

 奴から奪わなくてはいけないカードは2種。今言った『一坪の密林』と、独占している『闇のヒスイ』」

 ゴンがちらりと俺を見る。マチが仲間であることを言わなくていいのか、という確認だ。

 その視線を俺は否定する。何故ならば、俺たちにはまだ選択肢があるからだ。ツェズゲラを裏切り、その独占カードを奪ってマチと合流。そのままクリアするという選択肢が。

 選ぶ確率は低いとはいえ、選べるという状況を捨てる意味もまた無い。もう少しの譲歩を、ツェズゲラがしてくれなければ俺はそれを選択するつもりだった。

「マチのカードを手に入れるのは前提だ。しかし俺は奴の事を()()()()()()()

「ほう」

 俺の言葉にツェズゲラが意外そうに相槌をうった。

「マチは恐らく、いや間違いなく堅牢(プリズン)を使って『一坪の密林』を守っている。

 そう考えて然るべきだし、そう考えないのは愚かが過ぎる」

「それは当然の考えだな。つまり呪文(スペル)で『一坪の密林』を奪うのは絶望的だ」

 闇のヒスイはともかくな。そう付け加えるツェズゲラに、頷くことで返事をする。

「だが、俺は奴と交渉すればカードを譲って貰える自信がある」

「……信じられんな」

 あっさりと否定するツェズゲラ。ゴレイヌも表情から察するに懐疑的だ。

「一応聞くが、その方法を教えてくれはしないのだろう?」

「こっちの条件を1つ呑んでくれれば喜んで」

 俺の言葉に、ピクリと眉を動かすツェズゲラ。

「言ってみろ」

「ゲームをクリアする権利を俺にくれ」

「却下だ」

 即答だった。

「お前はバッテラ氏が雇ったプレイヤーではない。契約にも縛られていない以上、クリア報酬を奪ってそのまま逃走しかねない」

「なるほど、確かにそうだ。マネーハンターであるならば当然の発想だな。

 ではゴンならどうだ?」

「む」

 俺としてはこちらが本題。これが通れば何の文句もない。

 一瞬だけ考えたツェズゲラは、しかしやはり首を横に振る。

「契約だけで考えれば文句はない。しかし、やはり否だ。

 報酬の85%を受け取る権利は我々にあり、それを鑑みればクリアをするのは我々。その原則は譲れない」

「……そうか」

 残念ではあるが落胆はしない。何故ならばツェズゲラの言う事の方が理屈が通っているからだ。

 そんな俺の様子を見て、ツェズゲラも残念そうな表情をする。

「そう言うということは、お前は我々を信じられていないのだろうな。現実世界に戻った後、払うべき報酬を支払わない事を警戒している。

 だが信じて欲しい。俺はマネーハンター、金に関する信用を裏切る事は絶対にしない」

「いや違う。単に出し抜こうとしているだけだ、色々とな」

 ぶっちゃけた俺に、ツェズゲラたちもゴレイヌも驚きの表情を浮かべる。

 それを無視して懐から手紙を取り出す。全力で警戒をするツェズゲラだが、俺に悪意も敵意もない。取り出したそれを、ツェズゲラへ向ける。

「読んでくれ」

「……?」

 訝しそうに受け取ったツェズゲラは、俺やゴンたち、果てはゴレイヌまで警戒しながら俺が渡した手紙を開く。

 そしてその内容を読んだツェズゲラは驚愕をその顔に張り付けた。

「バカな」

 彼が身に付けた道具袋から何かに金属片を取り出し、手紙に当てる。

 バッテラから聞いている。それ間違いなくバッテラからの手紙だと確認する作法なのだと。

 間違いなくバッテラからの手紙だと確認したツェズゲラは、改めて呆然とした表情で声を出す。

「……バカ、な」

「ツェズゲラ、どうしたんだよ?」

「バッテラ氏から何が?」

 仲間たちの言葉に、信じられない現実を口にする。

「バッテラ氏からの注文だ。ゲームクリアはゴン=フリークスに任せてくれと。

 仮にクリア報酬が持ち逃げされても、我々に報酬を満額払うと」

 人は驚きすぎると声が出なくなる。俺とツェズゲラ以外、まさにそんな様子だった。

 先に情報を吟味できたツェズゲラはまだ冷静で、俺の事を睨みつける。

「……貴様、バッテラ氏に何をした?」

「お前はマネーハンターで、俺は情報ハンターだったってことさ」

「何をした?」

 絶対に引かぬという様子のツェズゲラに、俺は肩をすくめた。

「どうしてバッテラはクリア報酬を求めたか。そういう訳だ」

「私はマネーハンターだ。雇い主の探られたくない腹は探らん」

「そして俺は情報ハンターだ。バッテラの露見させたくない真意を抜いた」

 口にするのはバッテラがグリードアイランドクリア報酬を求めたその理由。

 何のことはない、恋人が事故で昏睡状態に陥ったのを助ける為。

「現代医学で治せない植物状態でも、グリードアイランドのクリア報酬ならばもしかしたら。バッテラはそう考えたのだろうな。

 そしてまた、その手段がグリードアイランドクリア報酬のみとも限らない」

「…………」

「俺は俺の伝手を最大に動員し、それを為した」

 全員がまたも驚きに目を見開いた。

「他にも色々とやり合ったのは、まあ認める。だが結果として、俺はバッテラからいくつかの権利をもぎ取った。

 グリードアイランドのゲームクリア報酬を受け取るのもその1つだ」

「それで」

 ツェズゲラは厳しい表情のまま、俺を睨みつける。

「このタイミングなのは何故だ?」

「…………」

「最初に会った時点でそれを言えば、我々は当然お前に協力しただろう。

 マチを攻略した訳でもない、このタイミングなのは何故だ?」

「言っただろう、マチは敵じゃない。些末な差だ」

「欲しかったのは金か? 信頼か?」

「…………」

 ずばり言い当てたツェズゲラに俺は沈黙するしかない。

 信頼こそを俺は最も欲した。グリードアイランドの上位プレイヤー、その信頼が欲しかった。

 俺は情報ハンターとして活躍しているが、その大半が百貌のハサンによる情報収集の成果なのは否定しない。だがしかし、それによって得た人脈を上手く回すというのは俺の手腕によって為されたこと。俺が元日本人であったスキルを扱ったその仕事は、世間にはあまり評価されずとも俺のプライドだった。

 故に俺は人脈に固執してしまうのだ。

「? それの何が悪いの?

 バハトは情報ハンターでしょ?」

 割り込んだのはゴン。無垢な表情と声で、彼はあっさりと俺を肯定する。

 この少年は、俺が俺の利益の為に裏で動いていた事を否定しない。むしろ良しとする。それに、どれだけ、俺が救われているか――。

(ああ、本当に)

 ゴンはどこまでも(やさし)い少年である。キルアがゴンに惹かれるのも分かる。そして、眩し過ぎるというのも。

 そんなゴンに毒気を抜かれたのか、ツェズゲラは先ほどよりもやや表情を柔らかくして言葉を紡ぐ。

「私が最も信じるのは金だ。それは動かん。

 そして金を得るのに信頼も大事であり、それも否定しない。

 さて、その上でお前を信頼するかと言えば――」

 ほんの少しだけ溜めたツェズゲラはにやりと笑う。

「――次の機会によく考えよう」

 この状況を仕組んだ俺の手腕は否定しないらしい。落第とはいわずとも、合格でもない結果だろう。

 しかしツェズゲラはマネーハンターであり、そしてバッテラは大富豪だ。バッテラを手中に収めている以上、仕事を依頼する機会は十分にある。

「納得いかねぇな」

 次に声をあげたのはゴレイヌである。

「お前さんがその手札を持っていたのなら、ツェズゲラの言う通りにもっと上手く立ち回れた筈だ。

 だがそれをしなかった結果、お前の勝手な利益、ツェズゲラの信頼を買う代償に得られる金が減った」

「バッテラの懐柔は俺個人が得た手札だ。仲間の為に提供する筋はない」

「理解はする。だが、納得は無理だ。

 信頼は理解で結ばれねぇ、納得で結ばれるもんだろ? お前さんがそれを理解してないとは思えないが」

 厳しい目で俺を睨むゴレイヌに、俺は薄く笑いかける。

「――バッテラの今取り組んでいる仕事に関わる推薦権を俺が持っている。ゴレイヌ、次の仕事は決まっているか?」

「そうこなくっちゃな」

 固い表情から一転、ゴレイヌは破顔した。

 彼は本気で文句を言っていた訳ではない。だが、俺から更に利益をもぎ取れると踏んだのだろう。故にゴネたのだ。

 そしてその流れは俺の望むところでもある。実力もあり信頼もできる人材を一人確保できた。笑い合う俺たちは握手をかわす。

「それで」

 仕切り直すようにツェズゲラが言う。

「マチ=コマチネからカードを獲得できる方法とはなんだ?

 いい加減に言ってもいいだろう。もしも出来なければ、奴と戦う作戦を練らなくてはならん」

「心配するな、必勝さ。カード一枚でなんとでもなる。

 って、あ。交信(コンタクト)切らしちまった。キルア、くれ」

「ほい」

「サンキュ。

 交信(コンタクト)使用(オン)、マチ=コマチネ!」

 バインダーを通じて通話状態になる。

『誰だい?』

「この世で最も許されない者」

『自惚れた指揮者(コンダクター)

 その手段は?』

「彼女の両手」

『バハト、どうした?』

「ツェズゲラとの折り合いがついた。合流してくれ」

『了解。

 同行(アカンパニー)使用(オン)、バハト!』

 僅かな時間の空白で周りを見渡せば、呆気に取られたツェズゲラたちとゴレイヌ。その間に必要がなくなった交信(コンタクト)を切断しておく。

 やがて飛行音と共に光が俺たちの側に着地し、周囲の状況を確認するその女性。

「ソウフラビ…ってことは『一坪の海岸線』を手に入れたんだね」

「当たり前じゃん」

「ハ。相変わらず生意気なガキだこと」

 キルアとマチが笑い合う。

 それが示す事実はただ一つ。

「――お前ら、繋がっていたのか」

「ま、そういうこと。ぶっちゃけると『一坪の密林』をクリアしたのも、ゲンスルー組を撃破したのも俺だ」

「ゲンスルー組を倒したのは俺たち、だろ?」

「あの経過でそう言えるキルアの顔厚いわー」

「そうだな、お前は捕虜になったしな」

「あ?」

「あ?」

 ユアとキルアがメンチを切り合う。お前ら、ホント仲がいいな。

「く、詳しい説明を要求するぜ! そもそもマチはプレイヤーキラーの筈だ!」

 ツェズゲラの仲間のうちの一人が声を上げる。まあ、尤もな主張だ。

 とはいえ、全てを正直に言う必要もない。かつてマチが他の人間に操作されて悪行をさせられた真実は告げるが、今現在俺が操作していることは言わなくていいだろう。

 彼らを納得させるべく、俺は嘘と真実(ホント)を嘯く為に口を開くのだった。

 



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063話 ゲームクリア! 前編

大変お待たせしました、一ヶ月ぶりの更新となりますが、読んでいただけたら嬉しいです。
本当は1話にまとめたかったのだけれども。日にち的な区切りの良さと、短くても投稿してみた方がモチベーションがあがるかなと、前後編にしました。

どうかお楽しみください。


 

 手に持った水筒を傾けて、キルアの両手にその中身を注ぐ。

 とくとくとくと。少しずつ、少しずつ。

「っ! っぅ……」

 キルアは眉を顰めて少しだけ辛そうな声を漏らしながらも、その液体を受け止め続ける。

 やがて水筒の中身がなくなり、その水が全てキルアに注がれたのを確認してから俺は少年に問いかける。

「どうだ?」

「完璧に治ったぜ。サンキュー、バハト」

 キルアは両手を握って感触を確かめていたが、やがて確認を終えて俺に笑いかけてきた。

 何をしていたかというと、キルアの治療である。彼はレイザーとのドッチボールでゴンの砲撃のような攻撃の補佐を素手でしていた為、その両手に深刻なダメージが残ってしまっていたのだ。ビスケ曰く、もう元通りにはならないかもと言われる程だった。

 しかも悪いことに、ボマー達との戦いで大天使の息吹はキルアに使ってしまっている。大天使の息吹が有効なのは1回のみであり、それによってキルアを癒すことはできなかった。

 そこで俺の出番である。治療効果を持つ能力である清廉なる雫(クリアドロップ)は、飲めば全身にオーラを漲らせて自己再生能力を増加させるが、外傷にかければ高い治癒効果を発揮する。内臓へのダメージではどうやっても水をかけることはできなかったが、この様なケースでは話が別だ。俺としても仲間を癒すことに否やはなく、むしろ今使わずにいつ使うのかという話である。

 キルアを全快させた今は、一坪の海岸線を獲ってから約30時間経った頃。ゴンがレイザー戦でオーラを出し切って寝込んだのを筆頭に、各々が一日の時間をかけて体力の回復に努めていたのだ。ちなみにキルアの次に重傷だったツェズゲラは大天使の息吹を使った。今更予備のカードを気にする必要もあるまいという判断だ。

 時間も頃合いで、今からクリアに向けて最後の作戦会議を朝食をとりながらしようかという事になっている。時間を確認したキルアに促されて、ホテルに併設されているレストランの大きな個室へと向かう。ちなみにここは懸賞都市アントキバ。一坪の海岸線を獲ったソウフラビに留まり続けるメリットはないという判断だ。あそこは元々が漁村だから、ホテルの質がこちらの方が良かったという事情もある。

 そして約束の場所に時間内に辿り着いた俺たちだったが、もう他のメンバーは揃っていた。

「遅かったな」

「時間内には収まっているだろ?」

 ツェズゲラに言われつつ、俺はユアの隣にキルアはゴンの隣に腰掛ける。その際、ツェズゲラの眼差しが俺のオーラとキルアの両手を捉えたのは見逃さない。俺の消耗具合といい、ぐちゃぐちゃだったキルアの両手が良くなっている事といい、関連性を見出すのは簡単だろう。

 気づいたことは間違いないだろうが、それには触れずツェズゲラが口を開く。

「まずは、クリアに関してだ」

 この場に居る人数は11人。全て一流の念能力者である。必然、食事の量も凄い事になり、大きなテーブルいっぱいに乗せられた料理を食べ始めながら話がスタートする。

 上品に匙を口に運びスープを飲むツェズゲラが司会になって会議が始まる。

「この場にいる全員の指定ポケットカードを合わせれば99種。おそらく、それを1つのバインダーに収めれば最後のイベントが始まる」

 本当か、と問う者はいない。呪文(スペル)で調べられず、特別な位置にポケットがあるナンバー000だからこそ、状況証拠でしかなくてもそうとしか考えられないのだ。仮に異議を唱えてもそれも仮の話にしかならず、しかも何も起こらないかもという予想しか出て来ない。ならばそんなIFを考えるだけ無駄だというもの。

「しかし、何が起きるかは全く分からない。できれば万難を排して準備をしたいが……」

「あ、俺はパス。体調が良くないし、ここで寝てる」

「私はお兄ちゃんについていくし」

「あたしもバハトの護衛をするよ」

 俺とユア、そしてマチが最終イベントの参加に否を申し出た。

 それを聞き、仕方がないと溜息をつくツェズゲラ。彼の本音はキルアを癒すよりも俺たちに参加して欲しかったのだろうが、そうはできない事情があった。俺の清廉なる雫(クリアドロップ)は自己再生能力の促進であり、仮にキルアの両手が深刻な後遺症を発症してからでは癒せるものも癒せなくなるのだ。どうせ起きるのはクイズ大会だと分かっている以上、ここを間違える気はない。

 ツェズゲラとしても俺の治癒能力の詳細を知っている訳ではない。なので、キルアを優先して治療した俺を責める訳にもいかないという事情があった。

「――まあいい。では場所だが、アントキバから1時間程歩いた場所によい平地がある。そこでなら想定される妨害の対処もしやすい」

「バハトの体調が戻るまで待ったら?」

「想定される妨害とは?」

 がつがつと野性味あふれる食べ方をするゴンの素朴な疑問と、問題意識を共有しようとするゴレイヌの質問。司会の位置に収まったツェズゲラがそれらに丁寧に答えていく。

「今のところ他のプレイヤーの妨害はないが、時間が経てば経つほど他のプレイヤーもまとまりができてしまう。我々のクリアを許さんと徒党を組まれては厄介だ。こちらがなるべく電撃的にクリアをしたい事情がある以上、これ以上時間を置くのは得策ではない。

 想定される妨害とはそういったプレイヤーの妨害ももちろんだが、イベントの内容によってはその場で戦闘が始まるかも知れん。その場合、広い場所の方が戦いやすい」

 そう言って、後は出たとこ勝負だなと締めくくるツェズゲラ。

 次に話題にするのはクリア報酬について。首尾よくいけば、この11人でクリア報酬を分け合うことになる。

「クリア報酬はバッテラ氏の賞金500億と、指定ポケット3種だ。

 最終確認しておこう。我々4人が500億のうち85%を貰っていいのだな?」

「もちろんだ。425億、きっちり持って行ってくれ」

 代表して俺が言い、他の面々も文句を言わない事を確認して、ツェズゲラ組がほっと安心の吐息を吐く。

 そして次に俺が顔を向けたのは、マチに視線を送るゴレイヌ。

「ゴレイヌ、お前との約束は500億の15%である75億を()()で分け合う事だ。約束通り、12億5千万はお前の取り分になる」

「約束を覚えていてくれて嬉しいぜ」

 ゴレイヌに言わなかった最後の仲間、マチの取り分については彼との約束の取り決めになかった。それについてどういった反応が返ってくるのか気になっていたようだが、満足の行く言葉を俺から貰えたらしい。

 続いて声をかけるのはビスケ。

「ビスケット、お前の取り分も同じでいいな?」

「約束通りだしね。文句は言わないわさ」

 6人の取り分として約束した以上、ビスケも12億5千万以上の金は請求しないらしい。そう金については、だ。

「けど、指定ポケットカードの枠は1つ欲しいわね。グリードアイランドに来た目的はブループラネットだった訳だし」

「俺も指定ポケットカードの分は2つ欲しいな。お金はいらないから」

「ゴンがそう言うなら俺も同じく。2人合わせて指定ポケットカード2つ分でいいぜ」

 ビスケとゴン、キルアが言葉を続ける。もしもこれを受け入れてしまえば、俺とユアにマチとポンズで50億という配分になる。割ればゴレイヌと同じ12億5千万だ。ビスケがそれ以上を欲している以上、これで引くのは流石に納得できない。

 現に残された報酬を計算してユアの顔が不機嫌な事になっている。まだ了解をした訳ではないが、不服と言うことを全身で表現している。

 それを見つつ、俺は唇に指を当てる。

「ビスケ、ゴン、キルア。それをOKすればそれ以上の報酬を求めないな?」

 念押しをする俺に、ゴンは簡単に頷いて。キルアとビスケは訝しげに頷く。

 それを確認した俺は、残された片目を緋の目へと変える。

「! おい、バハト、お前、それは……?」

「緋の目、か!?」

 ゴレイヌは異常な変化に驚きの声を上げるだけだが、流石にツェズゲラはシングルである。世界七大美色であるクルタ族の緋の目の事を知っていたらしい。

「そうだツェズゲラ、俺はクルタ族の生き残りだ。これは俺が俺の仲間だと認めた相手にしか教えない秘密だ」

「それは確かに驚いたが……今の話となんの関係が?」

「クルタ族にはもう一つ特性がある。それは緋の目を発現した時、そのオーラの性質が特質系に変化するという、な」

 俺は自分の左手にバインダーを持ち、能力を発動する。

 神の左手悪魔の右手(ギャラリーフェイク)

 更に同時に小瓶の精霊(ホムンクルス・ハニー)で分解して理解したバインダー作成の際に付加する念能力も発動。完全に同じバインダーをもう一つ創造する。ちなみに分解したのはマサドラで離脱(リーブ)をエサに釣った雑魚プレイヤーのバインダーである。流石にそいつはグリードアイランドから退去させてやったが、このゲームの中でバインダーが出せないとか相当に悲惨である。即修正が必要なバグだ。

「こ、れは……」

「詳しくは言えないし、言わない。が、俺の特質系の念能力だ。

 だが、もしもクリア報酬を外に持ち出せるという事に道具を利用するなら、この方法でクリア報酬が倍になる。

 賭けになることは否定しないが、俺はそれで十分だ。()()()()()()()()()クリア報酬と、50億。それで手を打とう。ユアとマチもそれでいいな?」

「あたしはいいよ」

「……それって、クリア報酬を私も1枚選べるってこと?」

「そうなるな。ユアで1枚、俺で1枚。それからポンズに『千年アゲハ』を頼まれているから、もう1枚だ」

 それを聞いたゴレイヌが驚きの声を上げる。

「オイオイ、そこはマチの取り分じゃないのかよ? ポンズって誰だ?」

「ポンズは俺たちの初期メンバーさ。事情があって、グリードアイランドを離脱した」

「詳しい事情は知らんが、そいつにクリア報酬を譲られてマチは構わないのか?」

 ゴレイヌは気を使ってマチを見るが、彼女は薄い笑みを顔に張り付けるのみ。

「構わないよ。バハトには借りがあるし、ついでにこれで貸し一つ。片手間の仕事としては十分さ。

 あたしがバハトの手伝いをした事なんて、渡された指定ポケットカードを持って逃げ回ったことくらいだからね」

「お前を野放しにするとひたすらプレイヤーキルをしそうで怖い」

「あたしに理解が深くて嬉しいよ」

 クククと邪悪に妖艶に嗤うマチに、ツェズゲラ達とゴレイヌは唖然とする。

「ま、まあ。お前らが納得するならいいとしよう」

 引きつった笑みでそう言うのはツェズゲラ。

 話はまとまり、食事もほとんど終わっていた。

「では、これで決まりだ。私たちはこれから移動をして、1時間後に99種のバインダーを埋める」

「問題ない。もしも撤退が可能なイベントで俺の力が必要ならば戻って来てくれ」

「覚えておこう」

 そう言ってツェズゲラが立ち上がり、彼に先んじてゴンとキルアが退室し始める。子供らし過ぎる彼らの行動に同い年のユアが苦笑を浮かべているが、色んな意味でこれはどうなんだろう?

(まあいいか)

 そう俺が思っている間に移動組は場を去り、残ったのは俺とユアとマチの3人だ。

「じゃあ、部屋に戻って食後のお茶でも飲むか」

「いいね、賛成」

「あたしが淹れるよ、お茶なら」

「私の方がお茶を淹れるの上手だから私が淹れるし」

「……まあ、ユアがそう言うならあたしは構わないけどね」

 やはりユアも子供なのだろう。何故かマチに対抗心をむき出しにした妹に苦笑をする。

 そんなユアと俺を見て、マチはやれやれと肩をすくめるのだった。

 



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064話 ゲームクリア! 後編

誤字報告。感想。高評価。批評。
いつも真にありがとうございます。


 ずずず、と紅茶をすすりながら聞こえてくる声に耳を傾ける。

 聞こえて来る声はイータかエレナか。指定ポケットカードについての問題を5択で提示してくるグリードアイランド最後のイベント、クイズ大会だ。

 耳を傾けると言った通りに、俺もユアもマチも問題を解いていないが。

「あ、この答え知ってる。Aよ」

 真面目にゲームをプレイしていたユアはたまに答えを知っている問題も出てくるが、バインダーを操作して問題を解くようなことはしない。何故なら勝者はほぼ決まっているからだ。

(ツェズゲラが参加しているもんな……)

 これに尽きる。トレードも活用しただろうが、彼ほどに真面目にグリードアイランドを攻略した者はいないだろう。得られるモノのない負け戦に、真面目に付き合うつもりはない。俺やマチなんてゲームの本道から外れたプレイしかしてないもんな。

 ついでに言えば、この場面でクイズが嫌いという理由で大会に参加しなかったビスケも相当である。ハンターはクセが強いのしかいないのは分かっているが、星持ちはこんな奴らしかいないかと思うと暗澹たる気持ちになる。ハンター専用ゲームと謳っているが、逆にプロハンターとは相性が悪いんじゃないかとさえ思う。そもそもこんな胡散臭いゲームに興味を持つプロハンターが何人居るのかという話もある。

 ちなみに全力で俺は自分の事を棚に上げたので、そこは突っ込んではいけない。素知らぬ顔で紅茶を飲んでいる俺にツッコミを入れる奴もこの場にいないが。

 そうしてまったりとと言うには長すぎる時間を過ごした俺たちだが、ようやく大会が終わって優勝者の名前が読み上げられる。

『優勝者は――バリー選手です!』

 誰だよ。

「ツェズゲラの仲間だよ」

 俺の顔色を読んだマチがツッコミを入れてきた。

「ああ、ツェズゲラの仲間ね。本気で興味がないから忘れてた」

「お兄ちゃん、それでも情報ハンター?」

「そういうユアも一瞬間抜けた顔をしてたけど」

 マチがそう言えば、ユアは流れるように顔を逸らす。

 そんな妹を見て、マチは溜息を吐いた。

「似た者兄妹だこと」

 何も言えねぇ。

 ま、まあいい。ツェズゲラの仲間だということは、ゴンが100種類コンプした事に違いはあるまい。

 ベラム兄弟とかが襲ってくるかもしれないが、ツェズゲラ達もいるあの布陣を突破はできまい。特にツェズゲラは正真正銘のシングルハンターであり、汎用性が高いマネーハンターだ。更にこのゲームに誰よりも精通しているといっていい。心配するだけ野暮だろう。

「ゴンからの連絡を待つか」

「紅茶も飽きたね。どうする?」

「飲み物はもういいかな。結構飲んだし」

 和気あいあいと話をしつつ、ゴンからの連絡を待つのだった。

 

 2日経過。

 ゴンはリーメイロに行き、ジンの仲間であるゲームマスター達と邂逅。ジンの情報、というか悪口を聞いた上でゲーム外にクリア報酬を持ち出すバインダーを入手する。

 それとゲームクリアを祝ったパレードも開かれ、こちらには俺たちも合流して参加した。特にユアはゴン組の初期メンバーだし、パレードの主賓になる資格があるだろうと積極的に参加させた。俺やマチはゴレイヌと同じく一般参加だったが、まあまあ楽しめたと思う。ちなみにツェズゲラも普通に楽しんでいた。とはいえ一仕事終えた後の打ち上げ程度のノリで、良くも悪くもそんなに本気で参加していなかったが。

 サーヴァントも警戒に出して旅団員がいれば仕留めようとも思ったが、連中は一人として顔を見せなかった。除念師(アベンガネ)も引き渡したことだし、クロロの除念と彼の下で仕事をする事に精を出すのだろう。もう間もなくの命だ、好きに使えばいい。BW号でアサシンを使って仕留める予定に変更はない。なので、ヒソカがマジでクロロ殺すと奴らがBW号に来ないかもしれないからマズイんじゃないかということに、パレード中に初めて気が付いた。思わず表情が凍り、ユアとマチに心配されたものである。

 さて、前座は終了。

 グリードアイランドの港から脱出してヨークシンに程近い漁港を選択した俺たちは、最後に脱出する事になったゴンを待っている。

 ちなみにゲームクリアを成し遂げたゴンがゲームを退去してから、3日かけてグリードアイランドに存在するプレイヤーを全員退去させる手筈になっているらしい。多分だが、そこでまた日数を空けてゲームを調整して再プレイ可能な状態にするのだろう。凝り性らしいジンならば、ブラッシュアップをするという基本を怠る事はないだろうから。いやまあ、飽き性でもあるっぽいし、グリードアイランドはもういいやってなるのかも知れないが。プレイする予定もないのでどうでもいい。

 ちょっと時間がかかるゴンを待つ間に雑談する俺たち。とはいえ、ゴレイヌやツェズゲラ達は積極的に雑談をする性格でもない。知り合って間もないしな。

 こういうところで打ち解けやすいのは、根が明るいのか黒いのかよく分からないキルアである。

「しっかしパレードに居たアスタとかカヅスールとかの顔は笑えたよな~。

 どいつもこいつも表情が違ってて楽しかったぜ」

「ちょっとキルア、そんな事言うなんて性格悪いわよ。

 プフフ」

「しっかり含み笑いするユアの性格も十分悪いわさ」

「「ビスケが言うな」」

 子供連中(1名初老)の雑談に、ゴレイヌは苦笑いだしツェズゲラ達は無表情だ。

 実際、俺たちに出し抜かれたと分かった時の一坪の海岸線攻略組は百面相だった。直前までマチ対ツェズゲラ組の様相まで見せていた為、クイズ大会の取引に来る連中さえいなかったらしい。

 尤も、コンプした後にベラム兄弟は来襲してきたらしいが。彼らの機を見る目は流石だが、総勢8人になるゴンたちにボコボコにされたそうだ。引き際を間違えると哀れである。後、マチがいなくて良かったな。場合によっては殺されていたぞ。まあ、それが分かっていたからカードコンプ時にゴンとマチを引き離したっていうのもあるんだがな。実はあのタイミングで離脱したのは色々な意味があったのだ。もちろんクイズ大会をサボりたかったというのも大きい。

 そんな無駄なことに思考を割きつつ、ちょっとドキマギしながらゴンの事を待つ。

 実はというか、ゲームクリア報酬を倍取りできるかどうか、自分でも確証がないのだ。いける気もするし、ダメな気もする。そんな訳で俺はちょっと落ち着かない。

 神の左手悪魔の右手(ギャラリーフェイク)を使ってバインダーをコピーし、それにグリードアイランドのシステム念能力を付加させる。それ自体は間違いなく上手くいったが、果たして――

「おっ」

 ひゅんと、ゴンが瞬間移動してきた。

 それを確認したキルアが声を上げたが、そのやや曇った顔を見て次の言葉が出てくる。

「ダメだったか」

 ゴンは言葉に反応せず、両手を上げてその手を見せる。指輪が、右の手に一つ。左の手に一つ。

「ブック!」

 呪文を唱えると同時、ゴンの眼前に2冊のバインダーが出現した。

「「「おおおぉぉぉ~!!」」」

「成功したのかっ!?」

 なんか違和感を覚えつつもそう聞くが、歓声を聞きながらゴンは難しい顔で首を横に振る。

「ううん。失敗した」

「?」

 じゃあなんでバインダーが2つあるのか。誰もが持った疑問に、ゴンは言いにくそうに語り始める。

 

 ゲームクリア報酬選択場面。そこでゴンは予定通りにオリジナルのバインダーとコピーのバインダーの両方を提示したらしい。

 それには流石にエレナが難色を示し、ドゥーンとリストに連絡。港まで出向くハメになったらしい。

 ゴンは面倒ごとに巻き込まれたドゥーンにも、そして真面目なリストにも怒られつつ。コピーのバインダーを見分。極めて精巧な偽物であると太鼓判を押しつつも、やはりゲーム外に持ち出す為に存在する幾つかの機構が抜け落ちていたらしい。結論としてペケを食らった。

 が、ここで終わらないのが()()ジンの仲間である所以。

「俺の事をイタズラ坊主だとか、詰めが甘い仲間がいるなとか、流石はジンの息子だな! とか。

 そんな事を言いながらコピーのバインダーに手を加えて、ゲーム外に持ち出せる様にしちゃったんだ。

 ドゥーンがスゴイイイ笑顔で、これなら問題ねぇな! って」

『…………………』

 全員がなんとも言えない顔で黙り込んでいる。

 問題ない訳がない、アイツラは間違いなくジンの仲間であると同時にアリエットの仲間であると俺は確信した。ゲームマスターのルールがそんなガバガバでいいのか。

 ――責任者がジンだから、いいのか?

「い、一応、オレがジンの息子だからオマケだとは言ってたけど」

「良くねーよ。他の参加者に謝れ」

 真顔でゴレイヌがそう言い放つが、まあ正しい。とはいえ、その怒りや呆れといった感情はゲームマスターに向けられたもので、俺やゴンに向けられたものではなかったが。

 だが、ゴンの言葉は終わらない。困った顔をしながら俺に瞳を合わせて声をかけてくる。

「持ち出す際の条件で、コピーを作った仲間に伝言を頼まれたんだ。

 ドゥーンからは、もっと精進しろよ。リストからは、ゴン君にこんなイタズラを頼まないで下さい。

 だって」

「…………」

 いやまあ。確かに俺がした事はバグを使った裏技に近いとこがあったけど。

 報酬も倍貰えたから、怒るのは筋が違うけど。

「綺麗に馬鹿にされたねぇ。

 よし、殺そう。ゲームマスターを全員」

「だから止めろマチ。さらっとジンまで殺そうとすんな」

 マチは本気か冗談か分からないから困る。少なくとも目は笑っていない。ついでにユアの目も笑っていない。

 ちょっと場の空気が悪くなったので、ゴホンと咳払いをして仕切り直す。

「で、だ。コピーの作成には時間制限があるから、オリジナルは俺が欲しいって言ったよな?」

「うん、こっち。確認してよ」

 ゴンは左手の指輪を外し、俺に投げてよこす。ちなみに指輪を外したと同時にバインダーも消える。バインダーを具現化するのは指輪をした本人のオーラを微弱ながら使っているらしい。

「ブック」

 指輪を装着し、呪文を唱える。現れたバインダーを確認すれば、そこには確かに俺が注文したカードが。

「サンキュー、ゴン」

「えへへへへ。

 じゃあこっちはビスケに」

 ゴンは自分のバインダーからブループラネットのカードを取り出し、ビスケに手渡す。その際、彼女のテンションが爆上がりしたが、良い歳をしたビスケの為にもその様子は見なかったことにしてあげる。

 そして残った2枚のうち1枚を取り出して呪文を唱える。

「ゲイン!」

 現れたのは聖騎士の首飾り。そしてそれを装着した状態で最後の一枚を取り出せば、複製(クローン)が解除されて同行(アカンパニー)がゴンの手に収まる。

「よっしゃ、成功!」

「イェーイ!」

 ゴンとキルアは満面の笑みを浮かべてハイタッチをする。そんな彼らを見つつ、驚きの表情を浮かべるツェズゲラ達。

「まさか指定ポケットカード以外を選ぶなんてな」

「気づいてもやらないだろ、普通」

 呆れも含みながら、口々に言い合う。しかしゴンが自分のバインダーのリストを見た時のニッグという名前と、ゲーム内で初めて出会ったのがゴレイヌであった筈という事実。そしてジンの隠れたメッセージを読み解くと、ゲームをクリアすれば会ってやるという意味にも取れるのだ。

 その説明に納得する一同、ここまで初志貫徹してプレイされればゲームマスターとしても本望だろうと。ただし俺とマチは除く。

(ジンェ……)

 ここまでしてなお会わないという捻くれよう。しかも理由が恥ずかしいから。風来坊の名に偽りなしである、悪い意味で。

 話をしながらゴンから使い終わった聖騎士の首飾りを受け取る。これもゲームのクリア報酬には違いなく、俺が使い終わったらくれと言ったらゴンは快く譲ってくれた。

 そしてここでしばしの別れ。ゴンは同行(アカンパニー)でジンに会いに行くし、キルアはもちろん付いて行く。ビスケはいい潮時だと少年たちから離脱するらしい。

「バハトは?」

「俺はパス。そろそろポンズの方に行かなきゃだしな。

 ジン=フリークスのところまで行ったら、何時帰ってこれるか分からん」

「あ~。ポンズもそろそろか」

 あっけらかんというキルアは流石に内容をボカしてくれる。臨月の女性なんて無防備もいいとこだし、そんな情報を広げないくらいに彼は機転が利くのだ。

 そして、ユア。

「……私はゴンとキルアについて行くよ」

「え」

 素直に驚いた。ユアは俺についてくるとばかり思っていたが。

 だがしかし、ユアはもういっぱしの念能力者であり、そしてプロハンターだ。確かにいつまでも兄に引っ付いているというのも恰好が付かない。

 そんな事を思う俺に、ユアは決意の目をして語る。

爆弾魔(ボマー)に負けた時に思ったんだ、このままじゃいけないって。

 だから、私はあえてお兄ちゃんから離れて冒険してくる。もっともっと、お兄ちゃんより強くなる!」

「――そうか」

 これが、巣立ちか。ユアは俺の手元から離れて、更に大きくなろうとしている。

 ならば兄としてすべきはただ一つ。

 俺はゴンとキルアに向けて大きく頭を下げた。

「ユアを、よろしく頼む」

「うんっ!」

「任せとけって!」

 にこやかな笑顔で言う少年たち。そして彼らは俺たちから距離を取る。ちなみにゴレイヌやツェズゲラ達ももちろんゴン達に付いて行く訳がない。

 ゴン。キルア。ユア。3人は十分に距離を取ると、ゴンは大きな声で呪文を唱えた。

同行(アカンパニー)使用(オン)! ニッグ!」

 そうして、3人は光に包まれて瞬く間に消えていく。高速で、ユアが俺から離れていく。

 物理的な意味も、心情的な意味も。その両方を伴って、空の彼方にずっと大事にしていた妹が消えていった。そして俺は進まねばならない、新たに産まれる俺の息子の下へ。

「まあ、キメラアントの情報を求めてアイツらはヨークシンに来るんだけどね」

「…………」

 いやまあそうなんだけど。再会は思ったより早いのは分かってるけど。

 マチ。感傷をあっさり壊すの、やめてくれない?

 




グリードアイランド編も終了!
長かった~。


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065話 キメラアントについての熟考

私が大好き説明回。
ぶっちゃけ、読み飛ばし可能な話です。


 ブロロロ…

 そんな音を立てながら、ガタゴトとワゴン車が荒れた道を往く。運転手はツェズゲラの仲間、名前は忘れた。

 グリードアイランドから脱出した港で少し大きめのワゴン車を見繕い、そこからヨークシンに向かっているのが現在の状況である。この車の中にはもちろん、俺の他にツェズゲラ達もゴレイヌもマチもいる。

 とはいえ、騒がしい子供たちが居なくなったから車内は静かな方だ。車の前の方ではツェズゲラ達がボソボソと明るい様子で話をしていて、真ん中の座席でゴレイヌは浮かれた雰囲気を出している。最後尾にいる俺とマチは無言。暇なのか、マチは手ぬぐいに刺繍をしていた。綺麗なそれを見るに、マチは美的センスもいいらしい。

 車の中が騒がしくならないのは他にも理由がある。それはずばり、俺が原因だ。俺は情報ハンター、しかも星持ちである。どんな雑談を拾われて情報を抜かれるのか分かったものではないのだろう。

(その心配は正しいよ)

 だってツェズゲラ達の側には霊体化したサーヴァントを張り付けているからな。とはいえ、同じ車に俺も居るのである。ほんの少しの綻びもなく、意味のない会話しかしてくれない。

 そして俺とマチも、この状態では会話が抜かれる事を危惧しない訳にはいかない。つまり、黙るしかないのだ。

 だが頭を回す事はできる。ヨークシンまで数時間はかかるらしく、俺はこれからについて頭を回すのだった。

 

 

 次に始まるのはキメラアント編、異種の危険生物による人間社会への攻撃といっていい物語となる。

 実際、NGLと東ゴルトーという2つの国が壊滅して、何十万という数の人間が命を失った。

 とはいえ、それも俺に実害がある話ではない。2つの事象がなければアサンを殺した今現在、無視をしていただろう。

 1つ目は、アサンによって操られたルナという女性が原因だ。

 キメラアントを強化し、主人が死んだ際にはその亡骸をキメラアントに喰わせて転生を図るという作戦を与えられた彼女は、原作よりもキメラアントを強化しているだろう。この時点で原作に狂いが生じているのに、更に俺もアサンも少なからずゴンやキルアに関わってしまっている。これにより、ネフェルピトーが生き残ってしまう場合が厄介だ。

 貧者の薔薇(ミニチュアローズ)による毒が、(メルエム)を刺す刃が。ネフェルピトーの玩具修理者(ドクターブライス)によって無効化されてしまう危険性。それが怖い。メルエムの死亡は、相当に上手く歯車が嚙み合った上で成り立っている。言い換えれば何かが間違ってしまえば、メルエムが生存する可能性は十分にあるということだ。ネテロの決死の一撃である零の掌を軽微な被害で乗り切ったメルエム、その時点でさえ産まれて数ヶ月程度だった。成長の余地しか残されていないとなれば、メルエムは殺せる時に殺しておきたいのが本音であり、なんなら産まれてこなくてすらいい。先に女王を暗殺してしまえばいいのだ。

 が、ここでもう一つの問題が出てきてしまう。それは暗黒大陸編に繋がる条件であるネテロの死も起こさなくてはならないということだ。

 暗黒大陸編は、というよりも原作本編は未だに終了していない。その上で暗黒大陸とかいう世界崩壊待ったなしの危険物について俺は何も知らないに等しい。未知こそ恐怖の根源、といったのは誰だったか。もちろん未知がもたらすものに好奇などがあることを否定はしないし、ハンターなんて人種が発生した起源はそんなところだろう。恐怖心だか好奇心だかを鎮める為に未知へ挑む者たちこそがハンターなのだから。

 ちょっと話が逸れたが、要するに原作の重要事項を変更してしまうと、将来的にどんなしっぺ返しが来るのか分からないというのが問題なのだ。キメラアント編で言えばネテロの死と、ゴンの凶悪な誓約があげられる。

 ネテロの死は言わずもがな、彼が死んだことによってその息子であるビヨンドが動き出し、暗黒大陸へと話が繋がっていく。

 ゴンの凶悪な誓約が起こすものは2つ。ゴン自身の念の使用不可と、アルカのゾルディック家脱出だ。これらは両方とも即座に何かが起きる事はないだろうが、俺としては何かしらの伏線であると見ている。

 主人公であるゴンが念を使用できなくなるとあっても、まさか以降ゴンを登場させる気がないという訳でもあるまい。普通に考えれば、念が使用できなくなるという条件を以ってゴンは更に強化されると考えるべきだろう。

 アルカはナニカを宿しており、ナニカは暗黒大陸のリスクであるガス生命体であるアイがその正体だろう。彼女がキルアによって外の世界に連れ出されるというのは、とても大きな意味があると思っている。

 これらと俺の仲間たちの命が保証されれば、他人が何人死のうと知った事ではないと言うのが俺の本音だ。ちょっとキメラアント編は話がデカすぎる。目の前の人間が死なないように気は使うが、正味な話でそれは誤差だろう。誤差だからといって助けない理由もないが。

 

 ここまでまとめた上で俺の方針は、斥候である。

 物語の中にはならべく立ち入らず、情報を集める。そして原作との誤差を見つけたらそれを潰していくのが目標だ。ネテロが死ぬことを止めず、またゴンが異常な誓約を背負うことも止めないというのは。中々薄情な人間ではないかと自分でも思うし、そんな自分が嫌になることも事実だが、方針を変える気もない。俺も自分や家族の命と平和が惜しいのである。

 その為に、というのも変な話だが。ハンターたちがキメラアントの情報を得るまで暇であったのも事実だったからこそ、グリードアイランドを攻略する事に精を出していたとも言える。また、俺の思う通りに物語が進むとも限らない。次善の策として、人類に対する影響力があれば暗黒大陸へのちょっかいも出せるだろう。その手段がバッテラによるヨークシンの支配だ。人類全体から見ればささやかではあるが、僅かでも権力があれば何かが違うかもしれない。そう思えばハンター協会で上に昇り詰めることにも意味があるように思えるものだ。深く考えてはいなかったが、星を集めるというのは案外良い手段だったように思えて来た。

 キメラアント編に視点を戻し、注意事項をさらっていこう。奴らの危険度はその序列に比例し、最も厄介なのは王と女王。だがまあ、ここは関わる気がないのでとりあえず放置しておく。

 俺にとって最大の問題になるのは護衛軍。これには情報を整理した時、本気で頭を抱えてしまった。ノヴがシャウアプフのオーラを見ただけで心が折れたとか、そんな抽象的な話ではない。具体的に、なんじゃこりゃという事実がドンと目の前に置かれている。

 それはネフェルピトーの円である。これがどれだけでたらめであるか、具体的に提示してみる。

 まずは直径2キロにも及ぶ広さを持ち、更にはその形状も不定形。ここまではいい。俺も円は100メートル程度はあるし、なんならネフェルピトーみたいにアメーバの様とは言わずとも、多少の変形はできる。

 問題なのは、それを何日も何週間も何ヶ月も維持し続けたという事実である。

 NGLにおいてネテロ達3人がキメラアントの巣にちょっかいをかけられなかったのは、ネフェルピトーの円以外の理由は考えられない。東ゴルトーにおける10日かそこらの厳戒態勢なぞ、可愛いものである。ネフェルピトーは何ヶ月も、いや永続的に直径2キロもの不定形の円を維持し続けられるのだ。

 これはもう、比喩が難しいレベルでとんでもない話である。円だけで十分な高等技術であり、俺の円でも世界屈指という自負がある。実際、ノブナガの円も直径4メートルだし、カイトの円も50メートル程度。ゼノでも200メートルだ。少なくとも俺が現実に知りえた範囲では円を使える者も少なかったし、その練度もお粗末なもの。原作を知らなくては、俺の円が世界最高峰だと誇りもしただろう。

 そんな俺も、円を使えば堅以上にオーラを消耗する。当たり前だ、円は纏と練の複合高等技術であり、グリードアイランドで修行していたゴンやキルアが周を使ったらあっという間にオーラを枯渇させたように、応用技の消耗は当然のように大きい。俺も円を数時間も使い続ければオーラがなくなり、それを回復するのに更に数倍の休養を要するだろう。

 なのに、平然と、ネフェルピトーは2キロに及ぶ円を操作して維持をし続けている。

 これが示すことはつまり、ネフェルピトーの円のオーラ消費よりも奴が自然回復するオーラ量の方が多い、という事だ。

 なんじゃそりゃ、としか言えない。更にそんなネフェルピトーと同格の護衛軍が2匹、その上に(メルエム)というバケモノもいる。もう、なんじゃそりゃ、とも言えない。ただひたすらに絶句である。

 俺が勝てないと思うのはもちろんのこと、サーヴァントでも勝てるかどうか。つくづく、クーフーリンが脱落したのが痛い。対人宝具の中で最も殺傷能力が高く、本人の技量も高いのは彼だっただろうから。とりあえず俺が戦う選択肢はなし、サーヴァントで勝てるかどうかの様子見が先であろう。

 次に師団長レベルも十分強い。下手すると俺よりも格上である可能性すらある。

 俺は一応、幻影旅団と同等の念能力者である自覚はある。立ち合って殺し合えば分が悪いとはいえ、実際に臨戦態勢のノブナガを見た限り、多少劣ってはいたとしても勝機は十分にあるというのが俺の見立てだ。もちろん1対1という条件だが。

 そしてそんな幻影旅団の戦闘員であるフェイタンを相手にして、念を覚えた師団長であるザザンは肉弾戦で上回っていた。彼女の系統は操作系であっただろうにも関わらず、より強化系に近いフェイタンの硬による一撃をおそらくは堅によって弾いたのだ。

 結果的にフェイタンの発で仕留められたとはいえ、師団長の身体能力の高さとオーラの強さが垣間見えるエピソードである。

 素直に相性が悪い。強化系である上に流が苦手な俺にとって、純粋に強いタイプの敵は苦手だ。東ゴルトーでも王に降った師団長は4匹。どいつもこいつも強者であるといえる。

 ブロウーダは放出系として高い完成度と攻撃能力を持っているし、その甲殻の堅さを俺の煌々とした氷塊(ブライトブロック)で抜けるのかという疑問がある。

 ヂートゥの速さは攻撃を当てるのすら難しいし、あの性格から作り出される発はどんなものか予想も困難。紋露戦苦(モンローウォーク)も詳細が知れていない以上、脅威である。

 ハギャは能力の発動条件が知れているからまだやりやすいが、彼もクロロと同じようにどんな発を持っているか分からないのが怖い。一発逆転の能力を収集されていたら事だし、その発動条件の緩さが謝債発行機(レンタルポッド)の強みでもある。

 ウェルフィンは奴の話を聞くだけでアウトであるから能力を発動させないように攻め続けるしかない。防御型の俺にとって、あまり得意でない戦法だ。

 キメラアントとしての強靭な肉体があるというだけで、どいつもこいつも簡単に強者になりやがる。その上、何かの狂いで俺の知らないキメラアントがいたとしても全く不思議ではない。

 もう、考えただけ、想像しただけでげんなりである。

 

 

「ハァ」

 俺は小さく溜息をついた。

 どうしようというか、どうもしたくないというのが本音だが。それが許される現状にない。いっそ何も知らないでキメラアントと対峙した方が気楽でいいんじゃないかとも思ったくらいだ。

 実際に選べるとしたら知る方を選ぶが。知らないでキメラアントと戦うのも、想像するだけでイヤだ。

「もうすぐ着くよ」

 そんな俺の様子を見たマチが何かを勘違いしたのか、そう慰めてくれる。思えば車に乗って数時間、ちょっとトイレ休憩をした以外は狭くてガタゴト揺れる車内にこもりっきりだ。気が滅入ると考えても不思議じゃない。

「見えたぜ」

 運転手の男、肌が黒くて線の太いツェズゲラの仲間が声をかける。

 その声に反応して全員がフロントガラスより前を見れば、夕暮れが迫った空に高層ビルの先っぽが映っていた。

 ヨークシンまで間近。この窮屈で短い旅も、もう間もなく終わろうとしていた。

 




ピトーがエグ過ぎるんだよォ!
それと同等の護衛軍、それ以上の王って、おま…。


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066話 シングルの情報ハンター・1

 

 グリードアイランドのクリア報酬は、バッテラからつつがなく分配された。

 俺が報酬を受け取りに来た時点で察したのだろう。バッテラは俺とマチ、ツェズゲラ達4人とゴレイヌが面会に来た時点で人払いをして、グリードアイランドのクリア報酬である500億をどう分配するのか聞いて来た。もちろん話が長くなる事も考慮に入れて、椅子と紅茶も用意された上である。

 まずはツェズゲラ達に425億。彼らがこれをどう分けるかは知ったことではないが、長年マネーハンターとして共に活動してきた以上、ここまできて仲間割れは起こさないだろうと思われる。

 次にゴレイヌに12億5千万。彼の正規の取り分であり、ここも文句はない。

 そしてバッテラのところまで来るのを面倒臭がったビスケの口座に12億5千万。ゴンとキルアと一緒に行動したユアの口座にも12億5千万。残る37億5千万を、俺は5人で分配することにした。俺とマチとポンズ、そしてゴンとキルアの口座に7億5千万ずつ均等に入れたのである。ゴンとキルアは金は要らないとは言っていたが、彼らはヨークシンドリームオークションでほぼほぼオケラになっていた筈である。流石に手持ちが0では困るだろうという配慮だ。要らんかも知れないが、一応俺は保護者的立ち位置でもあったので、心配は受け取って貰おう。

 こうなるとゲームクリアしたのに多めの金とクリア報酬を受け取れたユアとビスケは得をしているし、逆にマチは金も少ない上にクリア報酬もない。ツェズゲラ達はともかくゴレイヌもクリア報酬がない辺り、確かに彼が見返りに次に仕事を紹介しろというのも分かる気がする。

 マチはまあ……その、なんだ。借り1つだな。流石に可哀そうである。俺に操作されているから不満も抱けない辺りが特に。操作されているからこそ、俺が大切に思っていることが何よりの報酬なのだろうが。ちゃんと愛してあげなくてはなるまい。うむ。

「それで、だ。バッテラ氏、貴方はクリア報酬を受け取れない上に500億も出費するハメになった訳だが、それについてはどう思っている?」

 と、唐突にツェズゲラがバッテラに問いかけた。

「利益の多くはそこのバハトが総取りした、と言っても良い。それについて不満はないかな?

 私が受けた依頼は、グリードアイランドをクリアしてそのクリア報酬を貴方に渡すこと。何か言いたい事があるなら、今言うべきだ」

 そんなツェズゲラの物言いにマチが殺気立ち、ゴレイヌは巻き添えにならないよう静かに立ち上がって部屋の出入り口の傍へと忍び寄る。俺はといえばツェズゲラに感嘆していたのだが。

 ツェズゲラはマネーハンターである。見方によっては金の亡者にも見えるし、ある意味それは間違っていない。だからこそレアなお宝や未知への探究を至上とするプロハンター達からからは侮蔑の目で見られやすいのだろう。金目当ての契約ハンターと実質は同じなのだから。

 しかしそれでも彼はシングルになった。それは社会に生きるハンターという面で見て素晴らしいからと評価されたことに他ならない。

 金を主にハントするマネーハンターは、手段と目的が逆転しているようにも確かに見える。だがハンター協会のトップであるネテロがV5の依頼を受けざるを得ないように、それらによってハンター協会が存続を許されたり特権を持つことを許可されているように。人間社会からの評価というのは絶対的に必要なのだ。

 ツェズゲラはその点に於いて、ハンター協会に大いに貢献しているといっていい。彼はマネーハンターであり、顧客は大金持ちばかりだ。そして大金持ちは社会的影響力も大きく、そんな現代貴族どもを満足させるという事はそれすなわちハンター協会の権威を上げることでもある。

 しかも契約の額面に縛られず、雇い主を心配するというアフターケアも備えている。俺によってバッテラが不当に貶められているのではないか、その疑惑をぶつけて場合によっては俺を排除することも厭わない。覚悟を決めた瞳をしているツェズゲラ達4人は揺るぎない。

 認めるしかない。彼は確かにマネーハンターに置いてシングルの称号を得るに相応しい男であると。

「――ツェズゲラ君。心遣い、感謝する。

 だが、バハト君に文句を言うつもりは毛頭ない。何故なら、彼は私を脅迫者から救ってくれたのだからね」

「と、言うと?」

「ツェズゲラ君も顔は見た筈だ。私を尋ねてきたエルリルという女性を」

 ちなみにエルリルとはアサンの駒の一人だった女だ。グリードアイランドの決戦でクーフーリンを除霊する際に生贄にされた女でもある。

「彼女とその一味は、私の恋人であるマリアの事を発見し、昏睡状態の彼女を殺されたくなければ言う事を聞けと脅してきた。

 それによって私はバハト君の首に10億という金を懸けざるを得なくなったのだ」

「ちなみにあたしも奴らに脅されて手駒にされていたわ。そういう奴らだったのよ」

「…………」

 バッテラとマチの言葉を黙って聞くツェズゲラ達。

「それによって賞金稼ぎや私が雇わされた傭兵たちに襲われたバハト君は、それでも私の背後にいるエルリル達に気が付いてくれた。短絡的に私を敵と見なかったのだ。

 更には何故脅されているかを察知して、私の恋人が現代医学でも治せない状態になっていることを突き止め、彼女を癒す特別な手段さえ見つけだしてくれた。

 グリードアイランドのクリア報酬で彼女を癒すつもりだった私は、私の恋人を治してくれた上に脅迫者を排除してくれたバハト君に感謝しかしていないよ」

 ツェズゲラは横目で俺を窺ってくる。それに対して俺は肩をすくめて答えた。

「言ったろ、俺は情報ハンターだって。タダで動くほど安くはないが、俺の元にまで刺客が送り込まれた案件にはそれなりに対応をするさ」

「グリードアイランドに居たのは何故だ?」

「エルリル関係が大きかった、とは言っておく。まあ、解決した後もバッテラ氏からクリア報酬を自由にしていいって言われたからな。ついでにゲームクリアをした」

「その成果をゴンに譲ったのは何故だ?」

「俺よりアイツの方が上手くクリア報酬を使えていただろ? 俺にとってはゲームクリアはあくまでオマケだ。

 それはお前達も同じだろ?」

 尋問するように問いかけてくるツェズゲラに対して、気負わずに言葉を返す。

 ツェズゲラはゲームクリアという事実になんの感慨もない。原作でも最後の最後、ゴレイヌにカードを託してゲームを楽しんでいたゴンにクリアを譲ったくらいだ。

 それほどゴンを気に入っていたのは間違いないだろうが、バッテラから違約金を貰った時点で彼にとってグリードアイランドは興味関心の外にあったのだろう。クリア報酬が更なる金になるとはいえ、ツェズゲラ達はグリードアイランドを保有していない。保有者はあくまでバッテラであり、違約金を受け取ったツェズゲラ達がまたゲームをプレイさせてくれというのはやはり筋が違う。恋人を失って人生に絶望した老人に、グリードアイランドを譲れと更に交渉をして疲れさせることも彼は選ばなかったのだろうと容易に想像はつく。基本的にツェズゲラは善人なのだ。

「分かりました」

 そんな善人であるツェズゲラは、バッテラと俺の言葉に納得を見せたようだ。続いて俺を見るその瞳には、ほんの微かに慚愧の念が宿っていた。疑い認めなかったことに対するそれだと気が付いた俺は、気にするなと頷いておく。

 実際、ツェズゲラは間違っていない。バッテラが俺に操作されているというのなんて大当たりだからだ。

 バッテラは俺に操作されているが、しかしそれは凝で見ても分からない。何故ならば、彼を操作しているのは彼自身のオーラ。他人のオーラで操られていない以上、気が付くのは無理というもの。ユアは気が付いていなかったが、ユアの能力である絶対規律(ロウ・アンド・レイ)の最大の利点は自分で自分を操作することを了承させるが故に、まるで他人に操られていないように見えるという部分にある。

 加えて仮に気が付いたとしても、こういう場合は文句が言えないことも大半だ。自分のオーラで自分を操作するという事は、自分で操られる事を了承しないことには成り立たないという道理。結局、操作前の己が同意している前提があるのだ。拷問などをしていたとしても憔悴は必ず残るし、それを隠すように操作しても必ず歪みは出る。まさかツェズゲラがそれに気が付けない程に愚鈍という訳でもあるまいに。

 結局、ツェズゲラは現状で良しとした。

「では、我々はこれで失礼する」

「そうか。ちなみに次の仕事もあるのだが――」

「結構。今回の仕事で今の社会情勢に疎くなってしまった。

 総合的に判断する時間が欲しい。

 もちろん、許されればまた貴方の仕事を受けたいとは思うがね」

 そう言い残し、ツェズゲラは彼の仲間達と共に立ち上がると、ゴレイヌの傍を通って部屋を辞した。

 バタンと扉を閉まる音を聞き、たっぷり1分程経ってからゴレイヌは自分の椅子へと戻る。

「ひやひやしたぜ」

「嘘つけ」

 ククク笑い合う俺とゴレイヌ。

「それで――ええと、ゴレイヌ君だったかな?」

「ああ、俺はゴレイヌという。バッテラさん、貴方がヨークシンで落としたグリードアイランドの選考会に受かった者だ」

「うむ。君たちが知っているかどうかは知らないが、あの後で私が雇ったプレイヤーが大量死してね。

 他のプレイヤーも大勢死んだのかもしれないが、そこを潜り抜けた君は立派な実力を持っていると判断しているよ。

 何より、ツェズゲラ氏と共にクリアに貢献している」

 いけしゃあしゃあと言うバッテラだが、顔の裏に隠された真意は流石にゴレイヌも見抜けていないだろう。

 ゲンスルー達の情報は既にバッテラに渡している。あの大量死についてはバッテラは既に詳細を手にしているのだ。

 まあ、俺が奴らを嫌っているという事を知らないから、今の仕事を考えればゲンスルーたちを雇っていても不思議ではないだろう。俺とゲンスルー達の確執を話した上でどうするかはバッテラに任せる方がいいとも思っているが。

 何せ弱体化したとはいえ、マフィアンコミュニティの縄張りを荒そうというのである。荒事に長けた人間はいくら居ても良く、私情が混ざる俺よりもバッテラに任せた方がいいとさえ思う。

「バハト君の紹介ならば喜んで採用させて貰うよ。

 ただ、君の出来る事や得意分野も知らないから、何を任せるかは追々とさせて貰うがいいかな?

 今回の仕事は黒いこともあるから、そこを許容して貰えると嬉しいがね」

「……言っておくが、暗殺なんて請け負わないぜ」

「もちろんだ。だが、今現在も私は暗殺される危険がとても大きい。

 それを防ぐ仕事や、暗殺者の根城を襲撃する仕事なんてどうかな?」

「思ったよりも随分キナ臭い仕事だな。

 だが、まあいい。話は細かく詰めた後で決めるということでどうだい?」

「OKだ。では、バハト君に振る仕事の依頼をしたいから、いったん退室して貰えるかな?」

 グリードアイランドをクリアした協力者の1人、その立場がゴレイヌを強気に出させていた。既に立派な戦歴をバッテラに突き付けているゴレイヌは、したくない仕事はしないと明言し、それが受け入れられると満足そうにこの場を後にする。

 ゴレイヌが部屋を出て行って、やはり1分。沈黙の時間が流れる。先ほどもあったこの間は、場を辞したばかりの者がすぐに帰ってこない事を確認する時間だ。他に聞かれたくない話をするならば、多少以上に神経質になるのは当然の事だ。

「お前が雇っているかは知らないが、ゲンスルー達は俺が撃破してゲームから追放した」

「ほう」

 その微妙な返事の仕方で、俺はバッテラがゲンスルーを雇っていると確信する。

「奴らはユアを人質に取った。

 俺がすぐに奪い返したが、正直奴らに俺は良い感情を持ってはいない。

 それを理解した上で、適切な運用を頼む」

「了解した。

 ポンズ君は臨月で、いつ子供が産まれてもおかしくないが、こちらも切羽詰まっていてね。

 シングルの情報ハンターである君に仕事を頼みたい」

 そう言ってバッテラは俺に紙束を渡してくる。

 チラリと見れば、それはヨークシンの有力者やマフィアンコミュニティの上位構成員だと理解できた。

「彼らが目下のところ、私の最大の敵だ。彼らを寝返らせる情報、もしくは社会的に失脚するような情報を掴んで欲しい」

「ジトノーダ市長はマフィアンコミュニティの献金を受け取っている奴らの狗だったか。

 ブドル警察署長も市長の子飼い、か」

「マフィアンコミュニティの重鎮であるアサノード組の若頭も特に邪魔だ。

 彼はここを縄張りにしている十老頭の後を継いだからな。利害が絶対に一致しない」

「最悪、暗殺してもいいねぇ」

 マチが気楽に言うが、俺もバッテラもそれに否はない。ここまで喧嘩を売っている現状、選択肢に上がらない方がおかしいというもの。

「私も傭兵や暗殺者、プロハンターを雇っているが、それは相手も同じこと。

 十分に注意してくれたまえ」

「了解だ。しばらく時間を貰い情報を集めるが――その前にポンズに会いに行くか」

 俺の言葉に、バッテラは笑顔で大きく頷いた。

 

「バハト!」

「バハトさん!」

「ポンズ、ネオン。元気だったか」

「元気よ。私も、レントもね」

 特に厳重な警備が敷かれている高層マンションの一角。ここでは大きく4つの部屋がその厳戒態勢の恩恵を受けている。

 客間と、バッテラの恋人であるマリアの部屋。それからネオンも一緒に寝泊まりしているポンズの部屋と、大量の医療機器を運び込んだ出産部屋だ。ここで出産して、そのまま産まれたての赤子(レント)と産んだポンズを医者に診せる事ができる。移動や病院での危険な待機時間にポンズ達を晒す必要もない。

 そして最後のセキュリティにベルンナがいる。念空間を持つ彼女は自分の領域では類まれなる戦闘能力を持つ。限定された籠城戦であるならば、ここよりも優れた場所はちょっと思いつかない。強いて言えばキャスターが造る工房並に硬いといえるだろう。

 安心してポンズを置いている場所は、実は俺やマチのような例外が入る時の方が守りが脆くなるという側面さえ持つだろう。今回はポンズに会うことにかこつけてサーヴァントによるセキュリティチェックを入れているが、ポンズやレントの安全を考えるならばヨークシンで実権を握るまではもうここに来ない方がいい。

「赤ちゃんって、女性って本当に凄いよね! 私、なんか感動しちゃった!」

「アンタも女でしょうが」

「そうなんだけど、子供をお腹に抱える事は想像したことがなかったっていうか……。

 生命(いのち)って本当に凄いよね!」

 瞳をキラキラさせて語るネオンに、マチが苦笑しながら対応する。

 その間に俺はポンズの手を握る。

「産まれるのは何時だ?」

「出産予定日はまだだけど、あくまで目安だから。いつ産まれてもおかしくはないわ」

「そうか……。

 俺はバッテラから依頼された仕事を受ける。ヨークシンを完全に支配下に置かないと、いつまでも安全な場所から出られないからな」

「あなたはハンターだもの、納得しているわ」

 にっこり笑うポンズに、俺は少しだけ悲しくなる。何というか、父親は必要ないでしょ? って言われているみたいで。

 ポンズが実際にどう思っているかはさておき、じゃあ俺に何が出来るかと言うと、何もできないが。出産に立ち会う余裕もあるか怪しい。そんな暇があるならば一刻も早くポンズとレントの為に安全を確保する方がよほど家族の為になるというもの。

 笑顔のままでポンズは言葉を続ける。

「そんな顔をしないで。私もハンター、覚悟はできているわ。色々とね」

「ったく。ざまぁない」

(ジンの事を笑えないな……)

 そうとしか言えない。もちろん、レントが産まれたら放っておくつもりはないが、数ヶ月したらNGLに行かなくてはいけないのも事実。更にその後はBW号に乗り込む予定である。その先は未定だが、どんな厄介事を背負い込むか分かったものじゃない。

 なんだかんだ、レントに構ってやる時間が少ないように思えてしまうのは気のせいではあるまい。

「っと、そうだ。グリードアイランドのクリア報酬、ポンズの分も貰っておいたぞ」

「本当!? 千年アゲハを手に入れたのっ!?」

 瞬間、母親の顔からインセクトハンターの表情に切り替わり、ネオンと同じように瞳をキラキラと輝かせるポンズ。

「ああ、いつでも渡せる。具体的にはゲーム外に3枚指定ポケットカードを持ち出せるバインダーを譲り受けたから、いつでもカード化解除できる状態で千年アゲハのカードを保有している、が正しいな」

「ありがとうっ! バッテラに頼んで私名義の昆虫飼育博物館を作って貰ってて良かったわ! もう少しで完成するらしいから、その時になったら私の千年アゲハをゲインしてね!」

「お前もバッテラに無茶言ってるよな」

 夫婦そろってバッテラをコキ使いすぎである。思わず笑ってしまった。

 そうしてそっとポンズのお腹に手を当てれば、そこにいとし子の優しいオーラを感じる。

「――良い子が産まれるといいな」

「良い子に決まっているわ。私とあなたの子供だもの」

 くすりと笑うポンズに顔を近づけ、ソフトキス。

「行ってくる」

「行ってらっしゃい」

 振り返れば、優しい笑みを浮かべたマチと。ニヤニヤと笑っているネオンの姿が。

 ネオンの表情は無視して、しかし彼女にも一声かけておく。

「ポンズを頼むぞ」

「まっかせてよ! 何もしないけど」

「オイオイ」

 何もできない事は分かっているが、胸を張って言うか普通。まあ、ネオンらしいといえばらしい。

 戦力になるマチは黙って俺の後ろをついてくる。部屋から出れば、出入り口を警護していた黒服の男たちが静かに俺が開けたドアを閉めてくれる。

 その瞬間に俺は意識を切り替える。マチが纏うオーラの質も変わる。

 

「さあ。狩り(ハント)の時間だ」

 




いつも読んでいただいてありがとうございます。
ハーメルンという場所では感想を言うことが限界ですので、原作に対する考察とかの話し合いや雑談染みたことがあまり言えないなと思いまして、lobbyを利用して雑談を含めて交流できたらなと思い、グループを作成しました。

https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=272808&uid=2330

こちらの活動報告から飛べますので、気が向いたらいらして下さい。
設定なども少しだけ載せていきたいと思います。


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067話 シングルの情報ハンター・2

ごめんなさい、FGOで人類悪をやっていたので遅れました。

誤字報告、感想、高評価、ご指摘。
いつも励みにさせていただいております。


 ◇

 

 情報ハンター。それについて少し深く考察してみよう。

 ハンターとは狩るものである。入手、強奪、殺害。結果の呼ばれ方は様々であるが、少なくとも生産者ではない。生産者がハンターであってもいいが、ハンターは生産者ではない。

 とか言うと、ジンが二首オオカミの繁殖法を確立させたり、ポンズがバッテラに造らせている昆虫博物館の内部に存在する繁殖場とかで抗議が来そうな気がするので。一般的にはと、惚けさせて貰う。ここでは一般的な情報ハンターの話をしているのであって、彼らが情報を創る事を指さないと自己弁護させて貰う。

 つまりは情報ハンターとは、一般的に情報を入手したり強奪したり抹消したりする事を生業とする人間たちの総称だ。

 入手や強奪はともかく、抹消というと穏やかではないが。要するに知られてはマズイ情報が漏洩した場合、それを始末するのも情報ハンターの仕事という訳だ。機密文書、密約書などがそれに当たる。敢えて綺麗な場所を取り上げるならば、司法取引の内容が犯罪組織に漏れた場合、それを抹消するケースなどがある。

 ここで情報についても掘り下げよう。ハンターが狙う情報とは、世間一般に溢れているそれではもちろん無い。新聞を目を皿のようにして読み漁ったり毎朝毎晩ニュースを視聴していても、彼らが望む情報を手に入れられる可能性は限りなく0に近い。そこになんらかのヒントがあるケースも無くは無いので、0であると断言はしないが。

 情報ハンターが狙う獲物とは、既に存在して隠されているモノが一般的に該当する。

 どこかの大企業の裏帳簿であったり、警察組織が裏で犯罪を見逃している政府高官の犯罪であったり、流出して逆利用された書類に記載された重要人物のサインだったり。

 または意図せず隠れてしまったモノもある。大都市に紛れた犯罪者の存在などだ。例として、解体屋ジョネスを見てみる。彼はザバン市最悪の殺人鬼と評されたが、百何十という犠牲者を出しつつもザバン市に潜伏し続けられたのは一般に彼の顔も名前も知られていなかったからだ。大都市という巨大なベールが個人という顔を覆い、結果的に逮捕までの時間を要してしまった。もしもここで情報ハンターが活躍すればジョネス逮捕までの時間が短くなり、命が助かった者もあるかも知れないが。ここでそのIFを語るつもりはないので置いておこう。

 つまり、などなど以上の情報をハントする事が情報ハンターの仕事であるといえる。

 その領域でシングルの称号を掲げ、世界最高峰の一人でもあるバハトは、或いはこう評される事もあるのだ。

 

 世界最悪のストーカー野郎。

 

 もちろんそう評するのは、敵対者やなんの責任や影響もない第三者に限る話である。

 そんな世界最悪のストーカーは、以前と同じく郊外の廃墟を改造し、一時的なホームにする事に成功していた。

 

 ◇

 

「こっちはOKだよ」

「ありがとう」

 マチが彼女個人で廃墟のビルに罠を張り巡らせる。それは俺が与り知らない情報であり、俺の情報が万が一抜かれても追加で一枚防御壁を作る作業である。

 電気系統に簡易トイレの設置をした俺は、大きな部屋に入り能力を発動。

不思議で便利な大風呂敷(ファンファンクロス)

 いや、発動というか解除か。バッテラに用意をさせた大量の物資を風呂敷を解く事でこの場に置く。食料品、飲料水、電池などの消耗品や毛布といった生活物資、そして正規の手段で手に入れた死体が3体に虫かごに入った蠅。

 今回の仕事で俺は転生に備わる贈り物(リバースデイプレゼント)のテストをするつもりであるからこその死体である。もちろんサーヴァント、ひいては百貌のハサンは強力な手札であり、それを自重するつもりは俺には全くない。魔術的な観点がないこの世界に於いて英霊という存在は隠匿性では特にその能力を発揮する。彼らを察知する能力や感覚が磨かれていないのだから、好き放題できるという理論。だが、こちらに成長性は少ない。サーヴァントがその能力以上の仕事をすることは出来ないから、サーヴァントはもちろん俺も成長しない。

 対してアサンから奪った転生に備わる贈り物(リバースデイプレゼント)の成長性は無限大だ。この世に念能力者が生み出される限り、その成長が止まる事はない。

(まあ、他人に依存しているけどな)

 そういう能力だから仕方ないが。自分であんな便利な能力が欲しいな、と思っても。その能力を創った相手を見つけ出さなくては使えないのだ。念能力ガチャか。

 前のプレイヤー(アサン)の情報を引き継いだから、それでも100を超える能力のストックがあるのは嬉しい。それらを組み合わせたり、俺が新しい使い方に気が付けば更に応用性が増す。

 今回はぱっと思いついたものや、アサンが使っていた能力の試運転だ。死体のうち、やや小柄な男に触れる。便宜上、コイツをAとしよう。

死体と遊ぶな子供達(リビングデッドドールズ)

 イカルゴの念能力で死体を操作する。これはアサンがテストをしていた念能力なので、詳細な条件も知れている。

 オーラを送り込む事によって死体を起動し、操作する能力。発声や念能力の使用も可能だが、遠隔操作が不可能。厳密には不可能ではないが、送り込んだオーラが尽きたら死体に戻るし死体が何を見聞きしているのか発動者に伝わる事は無い。ここら辺はイカルゴが死体に取りつく事を前提にした能力だからだと言えるだろう。

 要はそれを補佐する能力を使えば問題ない、という訳である。

裏窓(リトルアイ)

 続けて虫かごに捕らえていた蠅に球状のオーラを放つ。オーラに包まれた蠅は俺の支配下に置かれ、こちらは視覚や聴覚も繋げることも出来る。Aと蠅をセットにすれば自在に操れる諜報員の完成という訳である。

 ついでに言えばAは敵対勢力の死体であり、念能力者でもある。そういった者たちのストックは何体か存在し、これから先も便利に使わせてもらう予定だ。

「結構オーラを込めたけど、稼働時間は12時間くらいかな」

 まるで生き返ったかのように顔に赤みが差したAを見ながら、既に消費したオーラから逆算して操作可能時間を推測する。それまでにまたオーラを補充しなくては物言わぬ死体に戻ってしまう。まあ、とりあえずAはこれでいいだろう。

 次に美人めの女の死体に触れる。コイツはBでいいか。

在りし日のアルバム(メモリーズデイ)

 パチリと目を開けたBが起き上がり、俺も見てにこやかに笑う。

「おはよう、ご主人さま」

「おう。仕事内容は分かっているな?」

「もちろんよ。任せてってね」

 ふふふと笑うBに薄ら寒いものを感じる。

 これは生前のBの性格そのままらしい。それを再現した上で、Bにはとある念能力が付随される。それは殺害した死体の操作。Bは殺害した人間を更に操作して、その手駒を増やす事が可能。これは俺がBにオーラを込める時に命令した事を遂行するまで続けられ、それが終わると同時に操作が切れて死体に戻る。

 今回Bに命じた命令はジノトーダ市長がマフィアンコミュニティから献金を受け取ったその証拠を、マフィアンコミュニティから見つけて俺に送りつけること。Bはこれよりマフィアンコミュニティの人員を殺して彼らを操作しつつ、その奥に奥に入り込む。そして任務を達成した時、情報を抜かれたマフィアンコミュニティには死体の山だけが残る。

「これ、どういう奴が創った念なの?」

 思わず呟いた俺の言葉をマチが拾う。

「確か、夫を亡くした老婆だったね。元から精孔は開いていたらしいんだけど、特に念能力を扱えていた訳じゃなかったらしい。それが夫の死を受け止めきれずに、死んだ夫を操作したのが始まりだったはず。

 けれども死んだ人間が動いているんだから当然騒ぎになる。だから更に死んだ夫に操作能力を足したんだけど、自分の夫との平穏な生活を乱す奴は敵だとか思ったらしく、死体が動いたとか騒ぐ奴を片っ端から殺して操作するようになったとか。で、殺された奴も動き出して今までと同じような生活を始めるんだけど、当然そちらの目撃者も居る訳で騒ぎは広がるばかり。

 そんな騒ぎが巡り巡って、アサンに騒ぎを解決するような依頼が回ってきたってワケ」

「…………」

 もう災害だな、それ。好奇心で聞いたが、聞いていて気分が悪くなった。

 どんな結末を辿ったかまで聞かない方が絶対に精神衛生上いいと判断して、それ以上問いただす事はしない。

 黙って最後の死体に近づく。

暴食餓鬼(グリトニー・オーガ)

 最後に使ったのは具現化系。これも中々にエグい能力だ。現れたのはよだれをダラダラと流す、茶色い肌をした(オーガ)。オーガは死体を見ると、躊躇せずにかぶりつき、その死肉を食らい始め、瞬く間に食い尽くした。

 食事を終えたオーガは俺に向かって土下座する。

「フ、フグッ、グググッ」

「良し。お前はアサノーダ組の所有しているベラドノーチビルへ向かえ。そこで存分に()()をしていい」

「フゲゴォ!」

 喜びの声?っぽいものをあげて、オーガはこの場から飛び出していく。

 奴は名前の通りに餓えた食人鬼である。人一人を瞬く間に食い尽くし、しかし空腹を思い出すまで1時間もない。腹が満ちている間は発動者の命令を聞くが、空腹を思い出すと同時に命令を忘れて誰彼構わず人を襲って喰らい始める。これは発動者ですら例外ではなく、一歩間違えれば自分の念能力に喰われるハメになる。

 止める方法は2種類のみ。空腹を思い出してから10分間、人を1人喰わなくては餓死する。満腹時に発動者がオーガに触れて消えるように念じる。このどちらかだ。人を喰った際に再生するが、それ以外に再生能力はないので、体をバラバラにしてしばらく放っておけば消えるという事である。

「お前も動けよ、俺も動くから」

「承知したわよ」

 茶目っ気を込めたウインクを俺に向けてくるBは、そのまま出入り口に向かう。マニュアル操作のAにも蠅を付けて動かす。Aを送り込むのはオーガと同じくアサノーダ組のベラドノーチビルだ。流石に破壊活動しかできないオーガに全部任せる訳にもいかない。

 オーガはあくまで下準備、Aを中に忍び込ませる為の特攻役だ。

「じゃあ、俺も行くわ。留守を頼んだ、マチ」

「分かったわ」

 今回のサーヴァントは百貌のハサンではなく、俺を護衛するディルムッドだ。とはいえ、彼を使う気はない。万が一の為の切り札であり、俺が失敗した時の保険という奴だ。

 そうして俺も走り出す。オーガが思ったよりも速く、急がないと間に合わない可能性がある。

 

 ◇

 

『うわぁ……』

『マスター、これは……』

『うん、ちょっとやり過ぎたかなって思っている』

 アサノーダ組が所有しているベラドノーチビル。その入り口のガラスは破壊され、周辺には夥しい血痕がまき散らされている。極めつけに衣類の切れ端や食い残しの肉片が散らばっている。

 そういう能力だとは聞いていたが、実際に見るとえげつなさが凄い。

「3階と4階の間に居るぞー!!」

「ビゼドが喰われているっ! くそ、アイツは入ったばかりの新人なのに!」

「言っている場合か! お前が喰われたくなければ撃て撃て撃てぇ!」

「ダメだ、死なねぇ! フィルさんを呼んで来い! 銃じゃ駄目だ、能力者を呼べぇ!」

『…………』

『…………マスター』

『…………行くか』

 思った以上の地獄絵図をつくり出してしまったらしい。冷や汗を流しながら、息を止めてビルに入る。神の不在証明(パーフェクトプラン)を発動させた俺は、悠々と入り口を潜る。オーガが暴れているとはいえ、まさか他の襲撃を警戒しなかったり機械による警備がない訳ではあるまい。しかしそれも神の不在証明(パーフェクトプラン)を使えば解決である。マジで便利な能力だよな。

 そして一階にある個室のトイレを探し出し、ノヴの四次元マンション(ハイドアンドシーク)を発動し、出口を設置。これで目的の1つは達成した。

 続いて上階での銃撃音を聞きながら、それよりも下の階を徘徊して身分の高そうな奴を探す。間もなく地下への階段を見つけ、そこに侵入。たまに監視カメラの死角を見つけたりしながら息継ぎをしつつ、潜入を続ける。円も併せて使えば目的の場所はすぐに見つかった。カメラやその他の情報を集める監視室、そこに辿り着く。

(さて、と)

 神の不在証明(パーフェクトプラン)で感知されない状態での円で内部を探れば、中には4人の人間がいる。全員が一つの画面に顔を向けている辺り、そこでオーガが暴れているのだろう。

 部屋は気密性が高く、やはり攻撃される前提で防御を敷いているのが分かる。

 とはいえ、だ。

(人の心は脆いもんなんだよ)

 俺はたった一つの扉のノブに触れて、静かに開ける。そして扉を開ける時に音が鳴るしくみらしい、コンビニとかの入り口のアレだ。ピー、と小さな高い音が響くと同時、部屋の中にいた男たちは銃を俺に向けてきた。見えない俺に、だ。

「……誰だ?」

 もちろん俺からの返事はない。

「……敵襲と思え。最大に警戒して、様子を伺うぞ」

「警報は? ザイツさん」

「まだだ。ここまで監視カメラに怪しい人影はなかった筈、いきなりここに敵が現れるのは不可解だ。

 だが可能性は否定できねぇ、上でバケモンが暴れているなら尚更な。敵がすぐそこまでいると思って警戒しろ」

 一番奥にいる男がリーダーで、ザイツというらしい。いい情報が手に入った。

 そしてそのまま入り口に銃を向ける男たちだが、何も起こらない。俺は廊下に戻り、絶をした上で神の不在証明(パーフェクトプラン)を切る。流石にずっと呼吸しないのは厳しい。

 30秒程経ったが、お互いに動きはなし。

「……ラチが明かねぇ。おい、お前ら様子を見てこい。ベイは残れ」

「うっす」

「分かりました」

「必ず2人で動けよ」

 男2人が銃を持って警戒したまま扉に近づいて来る。そのタイミングで神の不在証明(パーフェクトプラン)を発動し、監視部屋の中に潜り込む。

 残った男たちであるザイツとベイは彼らの後ろから銃を構えているが、当然彼らにとって異常はなし。様子を見る為に動き出した男たちが警戒しながら廊下に出て、扉を閉めるまで銃を降ろさないままだった。

「やはり敵襲でしょうか」

「だろうな。ベイ、お前はアイツらの様子を監視しろ。俺は他全部を警戒する」

「了解です」

 ザイツとベイは俺に背中を向けて画面を見たり、イヤホンを耳につけて音を拾う。

 さて、もういいか。

 素早くベイの首筋に手刀を叩き込む。

「がっ?」

「ベイ!?」

 ザイツは部下の異常には気が付けたが、神の不在証明(パーフェクトプラン)を発動している俺には当然気が付けない。一瞬でザイツに肉薄すると同時、その肉体に具現化した鎖を巻き付ける。

「なっ!」

「黙って貰おうか」

 使ったのはクラピカの束縛する中指の鎖(チェーンジェイル)だが、旅団以外に使えば死ぬという制約の刃を俺に刺していない為に強制的に絶にする効果はない。ただ、捕らえた者を動かさないだけの鎖。だがこれだけでは口が動いてしまう。声だけで警報を鳴らせるシステムがあったら厄介だ。そのままヒソカの能力である伸縮自在の愛(バンジーガム)を使い、その口を塞いだ上で鎖の上から更に拘束。これで例えザイツが念能力者だったとしても、生半可な実力や能力では拘束を解く事は不可能。

「ム、ムグ……」

「さて質問だ。警備上の秘密は何だ?」

 相手に触れた上で質問し、その答えを引き出す能力。パクノダのそれで記憶を浚い、俺の頭に叩き込む。これで重要な情報は頭に入った。後の細かい情報は操作して聞き出せばいい。

「おっと、これじゃあ喋れないか。後で尋問だな」

 そう言いつつ、ザイツにも首に手刀を入れて意識を落とす。そしてこの場にも四次元マンション(ハイドアンドシーク)の出口を設置する。ビルの外に設置した入り口から俺が操作するAを入れて、この場に呼び出した。

転校生(コンバートハンズ)

 まずはAを俺の姿にして、次に俺とザイツの姿を入れ替える。更にAと俺の姿を入れ替えれば完成。この場にはザイツの姿をしたAが出来たという訳だ。

 最後に四次元マンション(ハイドアンドシーク)の入り口を設置して、本物のザイツと共に脱出。

 この間、ほんの10秒足らず。ザイツに変装させたAだけがその場に残る事になった。これからAは『ザイツ』として活動する事になる。手始めに、と。

「おい、ベイ!! 大丈夫かっ!?」

「う、あ、ザイツ、さん? 何、が?」

「分からん、お前は急に意識を失ったんだ。

 ほんの10秒くらいの時間だがな」

 ベイは自分の腕時計を見てその言葉が真実であることを確認する。

「とはいえ、実害が出たのも事実だ。警報を鳴らすぞ」

 そして『ザイツ』の視線を監視映像に向ければ、剣を振るう男によってオーガがバラバラにされているところだった。

「向こうが落ち着いたな。これ以上の攻撃は出来なかったのかも知れん。

 だが、まだ警戒態勢を解くわけにはいかん。ビルの中を総浚いして、ネズミが紛れ込んでない事を確認するぞ」

「了解です」

 『ザイツ』は暗証番号を打ち込み、警戒レベルを上げる指示を出す。それはビルの中にいる者たち全てのケイタイを4回震わせ、まだ危機が去っていない事を伝えた。

 直後に『ザイツ』のケイタイが鳴る。

『ザイツ、どうした?』

「監視部屋に襲撃を受けた。ベイが気を失わされただけだが、敵の存在が確認できていない。引き続き警戒を頼む。

 俺も気になる所を調べるから、ベイを補佐する人員をよこしてくれ」

『分かった。増援が行くまで警戒を続けろ』

 ケイタイの通話が終わると同時に、気味の悪い沈黙がその場に落ちるのだった。

 

「で、どうだい。使い勝手は?」

「んー。イマイチ」

「だろうね」

 フフフと笑うマチにしかめっ面で返す俺。大騒ぎを起こしたベラドノーチビルから遠く離れたこの拠点で俺は『ザイツ』を操作している。

「マニュアル型って慣れないと自分以外にももう一つ体があるようなもんだしな、変な感覚は消えねぇよ。それに潜入させているから疑問を持たれないように注意しなくちゃならんしな。

 だからといってオート型のBは何をしているのかさっぱり分からない。途中経過も得られないし、もしや失敗しているかも分からん。あっちもヤキモキする」

 というか、自律思考能力を持つ上に俺といつでも繋がれるサーヴァントの規格外さが分かるというものだ。サーヴァントを超える念というのも普通ないと割り切って、手駒を増やすくらいの気分でいた方がいいかも知れない。

(いやいや、諦めるな俺)

 首を振って今の考えを打ち消す。既に百を超える念を持ち、これからも増やせる俺は。トライアンドエラー、試して失敗する根気が必要だ。無限の可能性がある以上、サーヴァントと同様かそれ以上のコンボが見つかるかもしれない。なんならそれを超える能力を一本釣りできるかも知れない。諦めるという選択肢は無しだ。

 とはいえ、今は『ザイツ』の操作に精一杯である。ひとまずの思考を棚上げし、アサノーダ組の機密情報を暴いていく。

(とはいえ、暴食餓鬼(グリトニー・オーガ)は使えなかったな……)

 テストは必要だったとはいえ、アレはちょっとやり過ぎたと自分でも思う。キメラアントに有効かとも思ったが、向こうの念能力者にあっさりとやられてしまった。一般人を虐殺するのには有効かもしれないが、念能力者やキメラアントにはそこまで使える能力ではないと証明された。

 二度と使う事はないだろうと思いつつ、俺はマチが淹れてくれた紅茶を口に運ぶのだった。

 




これで今年の更新は最後になるかと思います。
ではでは皆様、良いお年を!


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068話 シングルの情報ハンター・3

明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。(2年連続で新年の挨拶が遅い)
遅くなった上に短めですが、楽しんでいただければ幸いです。


 

 ◇

 

 寒色に塗られた壁に囲まれた部屋。そこに無機質で高級な机と椅子が置かれ、そこに座るべき主を今か今かと待っている。

 傍らに控えるのは若い黒スーツの男。服の上からでも鍛え抜かれた肉体がうかがえるその男は、不動の姿勢でただただ待つ。

 ギィと小さな音を立てて部屋にある唯一のドアが開く。入って来たのは茶色の髪に少しだけ白が混じった、しかし覇気溢れる偉丈夫。幼くはなく、老いてもおらず。男盛りに脂がのった年齢に、人生で培ってきた努力と経験が垣間見える男である。

 それだけでも一般的とは言いづらいが、この偉丈夫が普通でないのはそんな些細な事ではない。おそらく、素人でも分かる。鼻に届くのは硝煙の臭い、ぎらつく瞳は冷たくて、人の命を何とも思っていない事が嫌でも分かる。

「どうぞ」

 そんな男が椅子に座ると同時、控えた男が葉巻を差し出して火をつける。ほんの僅かの休息、座った男は葉巻の味と香りを堪能する。

 ほんの数分の休息で、座った男は緊張をひたすら緩める。仕事はメリハリが大切だ、緩める時は徹底的に緩まないとパフォーマンスの高いリターンは得られない。

 やがて葉巻を吸い終わると同時に、控えた男が声をかける。

「準備が出来ました、ボス」

「繋げ」

 葉巻を吸い終えたボスと呼ばれた男の合図と共に、机の上に置かれたパソコンの画面が切り替わる。映し出されたのはどこかの会議室であり、やはり十数人の男たちが黒いスーツを身に付けて待機していた。

「会議を始める」

 ピリリとした緊張感が走る。それはボスと呼ばれた男の機嫌が最悪な事も理由の一つだろう。

 この男はアサノーダ組の若頭、ルルイザ。つい先日、十老頭の地位を引き継いでマフィアンコミュニティのトップの椅子の一つを得た男。去年のヨークシンオークションの時期に十老頭が全員暗殺された為、比較的若いルルイザにも最高権力者の椅子に座る機会が巡ってきたのだ。そこで多くのライバルたちを地獄に蹴落として、この地位を得たのだ。

 しかし苦労して手に入れた十老頭の地位なのに、早速危うい立場に置かれてしまった。ヨークシンの実権を握ろうとゲーム狂いのバッテラがちょっかいをかけてきたのだ。しかもアサノーダ組の旗色は悪い。

「前回からの変化を教えろ」

『……承知しました。まずはジノトーダ市長が完全に失脚しました。ベノイドファミリーからの献金の証拠が表に出されたのが致命的で、国際警察に逮捕されました。

 ヨークシンの内部まで荒されては居ませんが、ジノトーダ市長が居なくなったことでブドル警察署長が機能不全を起こしています』

「役に立たん奴らだ。ジノトーダは切り捨てろ、ブドルには騒ぎが治まったら報復をくれてやれ」

『ハッ!』

「で、問題となったベノイドファミリーから情報が流出した件はどうなった?」

『――進展はありません。一夜にして13人の構成員が殺害された原因は現在をもって不明です。

 一人だけ部外者だった女の死体も、一ヶ月前にヨークシンで死んだ女だと裏が取れました』

『その点について。能力者から確認を取ったところ、何者かに操作されていた形跡があったそうです。女の死体を操作して惨事を引き起こしたのは確かだと』

「で、そのクソッタレの犯人は?」

『…………』

「無能が」

 ルルイザが吐き捨てるように言う。一段と場が重くなったが、悪い話はこれで終わらない。

「――続けろ」

『ジノーアが死にました。ボマー組のゲンスルーの仕業です』

『移動中を狙われました、情報が漏れていたようです』

『ベベトドが現地の警察に逮捕されました。現地の影響力低下は必至です』

『ハスヌーンが離反しました。バッテラに寝返った模様』

『脅されたとの情報も入っています。向こうで冷や飯を食っているとか』

 聞きたくない話ばかり聞かされたルルイザは、ただでさえ低い沸点が爆発しそうになるのを必死に抑えて、一つだけ聞く。

「で。いい報告は何かないのか?」

『『『…………』』』

「テメェ等…何年この世界で飯食ってんだ、アァ!!??」

 怒鳴り散らしたところで事態が好転する訳ではない。それを分かった上でなおルルイザは怒りを抑えることができなかった。

「やられましたゴメンなさいで済ましてやる優しい俺だとでも思ってんのか? やられたい放題でこっちからは手も足も出ませんですってベソ掻くだけか!!

 やり返せる度胸がある奴は俺の組に居ねぇってか? それでもお前らは十老頭のアサノーダ組かァ!?」

 怒り心頭のルルイザ。状況が悪いのは分かっている、去年のオークション襲撃事件で何百という構成員が死亡した上に当時の十老頭も全員暗殺されたのだ。手足も頭も無くして次期トップを巡る内輪揉め。おまけに殺した敵の死体と同時にマフィアンコミュニティの信用状を添えて競りに出したオークションの商品も全て奪われた。ルルイザが十老頭の座に就いた時点でマフィアンコミュニティは既にガタガタだったのだ。

 それでもそれを立て直すという決意で十老頭の地位を奪い取ったルルイザ。そんな彼にとって、現状は不愉快なものでしかない。マフィアンコミュニティが万全であったら何の問題もなかった筈の攻防に劣勢を強いられる屈辱。自分の半生を捧げてきたマフィアンコミュニティをバッテラ如きに荒される屈辱。強く非情だった部下たちが全く役に立たない屈辱。現状はルルイザの気が狂いかねない程の屈辱にまみれていた。

 だからこそ、画面の向こうでスッとあげられた手に期待と怒りが混じる。

「なんだ、何か言いたいのか、テメェ? 俺の機嫌をこれ以上悪くする発言じゃねぇだろうな?」

『奴らに新しいハンターが付いたようです。シングルの情報ハンター、バハトが』

「……ほぅ」

 敵の内情を知れるのは良い。ほんの少しだけ冷静になったルルイザ。

『ジノーアさんやベベトドさん、ハスヌーンさんがやられたのはこのストーカー野郎に情報を抜かれたからでしょう』

「どうしてテメェはそれを知れた?」

『調べました。得意分野ですので』

「間違った情報だったら死ぬ覚悟は出来た上での発言だよな?」

『私の有能さを示す絶好の機会と思っての発言です』

「――いいだろう、続けろ」

『バハトが動き出したのは10日程前です。そこから情報を抜かれてそれがボマー組に渡り、襲撃を受けています。

 つまり司令塔のバッテラ、実行部隊のゲンスルー、斥候のバハトの三本柱が敵の要になります。このうちの2本を倒せば我々の勝利は確定的でしょう。

 最も狙いやすいのは鉄火場にも出てくるゲンスルー。奴を攻めながら、バッテラの隙を伺うかバハトの居場所を探るか、そのどちらかが成功すればアサノーダ組の勝利です』

「筋は通っている。バハトとかいうストーカー野郎が向こうに加わった事で不利になったなら、その分を潰せば五分。追加で攻めれば勝ちだ。

 で、それができれば苦労はしねぇっていう筋はどう通す?」

『バハトが情報を集めたおかげで向こうの動きも活発になっています。動けば隙も大きくなるのは道理です。実際、ゲンスルー達がジノーアさんを襲撃する時はこちらが攻撃するチャンスでもあった。ゲンスルー自身が鉄火場に出てきたのはもちろん、襲撃に人手を割いた為にバッテラの守りも薄くなっていた筈です。

 どちらもこちらの好機でもあった。次の機会を察知して逆襲をかければ十分に勝ち目はあります!』

「勝ち目がありますじゃねぇよ。勝て。当たり前だ」

『ハッ!』

「思ったよりまともな話が出来たじゃねぇか。いいだろう、その話を進めろ。ただし、3人中2人()ればいいなんて甘ったれた事を抜かすな、全員殺せ。無残に殺せ。親兄弟、親友や恋人に至るまで殺せ。それが俺たちの報復だ」

『ハッ!』

「他の奴らも次回までに気の利いた話を持ってこいや。期待してる」

 その言葉と同時、通信が切れた。

 やや晴れやかな顔をしたルルイザに葉巻が差し出され、満足そうに一服する。

「役立たずしか居ねぇと思ったが、どうして。なかなか骨のある奴が居たじゃねぇの」

「同感です。戦場でこそ磨かれる感性がある、という事でしょうか」

「だろーな。まさか向こうに情報のシングルが付いたとは思わなかった。そしてこちらにそれと同等の才能があるとも思わなかった。まさかシングルの情報ハンターの情報を抜くとはな」

「私見ですが、バッテラはこれを見越してグリードアイランドを集めたのではないでしょうか? 単純に戦力を集めれば目立ちますが、ゲームのプレイヤーを募るのならば目立たない。

 しかも難易度の高いハンター専用ゲーム。生き残った者や順調に攻略する者を見つければ上澄みを得られる」

「なるほど。あのジジィも一筋縄じゃいかないねぇ、好々爺のツラの裏にそんな野望をメラメラと燃やしていたとは。

 とはいえ、マフィアに喧嘩を売るのは愚かしいがな。どう後悔させるか楽しみだ」

 言いながら葉巻を吸うルルイザ。

「ところで、あの骨のある奴はなんて名前だい?」

「確かウチの組の構成員で、ザイツとかいう男だったかと」

「ザイツねぇ。覚えておくか」

 そう言ってルルイザはクククと上機嫌に笑うのだった。

 

 ◇

 

「という会議をアサノーダ組はしていたな」

『承知した。ゲンスルー君にも重ねて注意を喚起しよう、これからは攻める時程狙われやすいとね』

 バッテラと繋いだ無限に続く糸電話(インフィニティライン)で得たばかりの情報を流す。『ザイツ』を使ってアサノーダ組の信用を得ていき、大きくなった権限で調べられる情報を奪う。サーヴァントを使った時と違うが、これも立派に情報ハンターとしての仕事だろう。

『しかしバハトも危険に晒される事になってしまったな……』

「覚悟の上さ、これでもシングルのプロハンターだ」

『……うむ。まあ、向こうで情報を流すのは君自身だ。そうそう危険になることもない、か』

「そうとも限らないけどな」

『と、言うと?』

 バッテラが話を促すので『ザイツ』が得たばかりの情報を口にする。

「ルルイザには自慢の手駒がいる。奴が抱える中で最強の念能力者、通称『齬鼠(モモンガ)』」

『新しい陰獣という訳か。そいつの始末はゲンスルー君に任せてはどうかね?』

「それでもいいが、アサノーダ組での重要な仕事では必ずといっていい程コイツが関わっていたらしい。その念能力に興味がある」

 単純に齬鼠(モモンガ)が強い念能力者という可能性ももちろんあるが、(フクロウ)のようにレア度の高い能力を持っている可能性もある。そしてそれは多くの修羅場を潜り抜けた実績がある以上、可能性は高い。

 俺が強くなる絶好のチャンスだ。

齬鼠(モモンガ)は俺が対処する」

『……君がそう決めたのならば、私からは何も言わないが』

「そうしてくれ。通信を切るぞ」

 そう言って一方的に話を終了させる。何か言いたそうだったバッテラが面倒くさくなったとも言う。

 心配するのは当然とはいえ、純粋に鬱陶しい。

 それはさておき。『ザイツ』が閲覧した齬鼠(モモンガ)の写真を思い出す。

 奴の情報はその写真一枚。何かあった時、この男に最大限の融通を利かせろという指示と共に見せられた写真に写っていたのは。肉体派ではない、ピンと背筋を伸ばした老人の姿。念能力者ならば外見は当てにならないが、外見年齢は60くらいだった。ネテロやゼノのような例外もいるから絶対ではないが、力押しよりかは技巧派という印象があった。

(ますます能力に期待できたな、あの写真を見たら)

 じっくりと思い出す。俺が得る中でもしかしたら初の大当たりかも知れない念能力に、期待が止まらない。

 もちろん油断もしない。俺はもちろん、サーヴァントとマチも合わせて警戒に当たらせる。だがしかし、予定では齬鼠(モモンガ)と戦うのは俺一人だ。キメラアントにも未知の念能力がある事を考えた時の予行演習にもなる。

 とにかく今は下拵えの段階だ。向こうに忍び込ませた『ザイツ』の信用を増やす為に、バッテラやボマー組に損害を与えるべく情報を吟味するのだった。

 



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069話 シングルの情報ハンター・4

時間が空きすぎて申し訳ございません。
これから頑張っていくので、どうかよろしくお願いします。


 

 アサノーダ組幹部、アザイド。ゲンスルーの襲撃により重傷。右腕を失い、短期の復帰は絶望的。

 バッテラが雇ったプロのブラックリストハンター、ミミミナ。遺体で発見される。『ザイツ』が感知したところによると齬鼠(モモンガ)が動いた模様。

 ルルイザ若頭の現在地が特定され、襲撃。直前に情報が漏れたことを察知した『ザイツ』によって緊急回避。間一髪危機を逃れる。

 ボマー組のセーフティハウスの1つを発見。アサノーダ組が襲撃するも、内部にいた幹部であるサブとバラに返り討ちに遭う。双方、死傷者多数。サブとバラは取り逃がす。

「いい塩梅だ」

『全くですな』

 無限に続く糸電話(インフィニティライン)でバッテラと連絡を取りながら情報を纏める。

 そもそもアサノーダ組は基本的に撤退という選択肢はない。ここでイモを引いたとして、マフィアンコミュニティの中で発言力がなくなる。それこそ十老頭が九老頭になるだろうくらいには権威が失墜するのだ。

 かといって、全く勝ち目がなくなるのに攻め続けてくれるとは思わない。死ぬか逃げるかなら、逃げる可能性も十分ある。臥薪嘗胆、生きていれば立て直すチャンスはあるだろうから。

 しかしそうなってしまうとマフィアンコミュニティ全体が敵になりかねない。いや、既に半分敵になっているようなものだが、アサノーダ組以外とは和解や講和の可能性は十分にある。そしてマフィアンコミュニティと対話をするにはアサノーダ組の完全壊滅が絶対条件。より厳密に言うならば、アサノーダ組若頭のルルイザを捕らえるか殺すかしなくてはならない。それを手土産にしてようやくマフィアンコミュニティと対話が始められる。

 逆にルルイザを逃がした場合、メンツを潰されたマフィアンコミュニティと全面戦争になる可能性さえある。その場合はゲンスルーをトカゲの尻尾にして逃げおおせる予定だ。バッテラも多くの資金源を失うだろうが、プロハンターバハトは痛くも痒くもない。

 どちらにせよ、ルルイザが撤退するには戦力的精神的支柱である齬鼠(モモンガ)が潰れる必要がある。そして齬鼠(モモンガ)を無視してルルイザを仕留めきれるとも思わない。

 まずは齬鼠(モモンガ)を仕留められるか。そしてまた齬鼠(モモンガ)を仕留めた後、速やかにルルイザを確保なり仕留めるなりできるか。そこが関門である。

「そうなるとやはり『ザイツ』の位置がいい」

『奴を要職に就ける為に他の情報系組員を優先的に狙った甲斐がありましたな』

 俺とバッテラはクククと悪く笑う。アサノーダ組の中級以下の情報系組員は『ザイツ』からの情報を元に優先的に狩った。そしてこちらの情報を『ザイツ』に流すことにより奴の信頼をあげて地位を得る。指揮系統から外れる事を選んだ齬鼠(モモンガ)の情報は掴めないが、ルルイザの位置情報は半分くらい把握している。

 故に攻めるのは容易。容易、だが。

「できれば齬鼠(モモンガ)がここを攻めてくるように誘導したい」

 やはり地の利は確保したい。向こうの陣地に攻め入ったとして、どんな罠があるか分からない。今回は試しにサーヴァントを斥候に使うのは禁じているし、そもそもサーヴァントでも念能力で仕掛けられた罠は完全に見破れる訳ではないのだ。

 となれば、やはり『ザイツ』がこの拠点を看破してその情報をアサノーダ組に流すのがいい方法か。

『心配です。バハト様が殺されてしまえば全てがお終いなのですから』

「だが、いつまでも鼠のようにビクビクもしていられない。この程度の危険は潜り抜けないとな」

『…………』

「もちろん警戒は最大にする。マチにも護衛を頼むし」

 サーヴァントの事は万が一を考えてバッテラにも教えていない。記憶を抜く能力者がパクノダ以外にもいないとは限らないのだから。

 俺はバッテラの心配を切り捨てて『ザイツ』からアサノーダ組に情報を流すように手配する。その結果、俺の拠点に齬鼠(モモンガ)を送り込む事が決定。分かったのはそれだけだが、アサノーダ組にもはや猶予も余裕もない。数日のうちには俺を暗殺しに齬鼠(モモンガ)が来るだろうことは予想できた。

 同時にバッテラから手を回してゲンスルーたちをフリーにしておく。齬鼠(モモンガ)がこちらに攻めてきたタイミングで奴らにルルイザを攻撃させる。これも『ザイツ』が良い位置にいてくれるおかげだという事は言うまでもない。

 これから齬鼠(モモンガ)が攻めてくるまでの僅かな時間、不気味な緊張感を持った静けさがヨークシンを支配していた。間違いないなく、それは嵐の前の静けさと呼ぶに相応しいものであった。

 

 二日後の夜。

「来た」

『承知しました、ゲンスルーを動かします』

 齬鼠(モモンガ)の守りがなくなった事を知っているルルイザだが、逆に警戒した動きというのは読みやすい。ゲンスルーを筆頭にサブとバラ、それからバッテラの雇った傭兵や念能力者全て合わせて30人近い強襲部隊をルルイザの元に送り込む。これまでの散発的な攻撃ではなく、これでルルイザも終わりだ。

 問題は、俺が終わるか終わらないか。

 廃墟のガラスのない窓から外を見る。じゃりじゃりとガレキを踏みつけて、スーツ姿の二人の男がこちらに向かっていた。

 一人は写真で確認した、間違いなく『ザイツ』が写真で見たあの老人であった。傍らの屈強な男はオーラを漲らせているし、こちらも念能力者には違いあるまい。

 佇まいといい、二人とも強者のそれである。

「タフな仕事になりそうだ」

『ご武運を』

 ポツリと呟いた言葉に返答を貰った後、無限に続く糸電話(インフィニティライン)の通信を切る。

 じわじわと近づいてくる二人の男だが、ビルの手前15メートル程の位置で齬鼠(モモンガ)のオーラが爆発的に広がった。

(円か)

 すっぽりビルを覆うその半径は30メートル程だろう。こういう事も警戒してマチには上階で布を被って貰っているが、今回のエサである俺はそうもいかない。しっかりと齬鼠(モモンガ)の探知に捕らえられた。

 くいっと顔を上げる齬鼠(モモンガ)だが、その表情に色はない。彼につられるようにして隣にいた屈強な男も俺の方を見上げる。

 俺はそれを確認しつつ、窓のヘリにサブマシンガンを置きつつ彼らに声をかけた。

「まずはようこそ、って言っておこうか? 歓迎の挨拶、くらいな!」 

 ダダダダダとサブマシンガンを乱射する。それと同時に悪意ある小さき者の仕業(ストーカーワークス)を発動し、集弾力を飛躍的に上昇。

 そしてその銃弾は、前に出て両手を広げて壁になった屈強な男に降り注ぐ。歯を食いしばり、何十もの銃弾をその身に受けた男だが、無傷。

「はっはー。効かねぇなぁ!」

「ち」

 俺は舌打ちを一つして、弾切れになったサブマシンガンを窓の内側に引っ込める。

 とりあえずサブマシンガンの牽制で効果なしと分かっただけ良し。それにあの男の系統はほぼ確定した。

(強化系だな)

 あの銃弾の雨を防ぎきるなど、それしか考えられない。齬鼠(モモンガ)の情報が得られないのは不気味だが、手探りの一手としては悪くない結果だったと言えるだろう。

 ビルの入り口に辿り着き、俺のいる3階まで上がってくる奴らをじっと待つ。齬鼠(モモンガ)も円を使っているし、俺も奴らが入って来た時点で円を展開していた。最大ではないが、半径は20メートル程。ビル内に入り込んだ奴らの挙動を把握するには十分な範囲である。

 やがて程なく、俺のいる大部屋の入り口に立つ男二人。屈強な男はサブマシンガンでボロボロになった上を脱いで半裸になっているが、齬鼠(モモンガ)は全く変化がない。表情も、佇まいも。

 それを待ち受ける俺は、セミカジュアルな服装を着崩した格好で待ちうける。

「シングルの情報ハンター、バハトだな」

「そちらはアサノード組の懐刀である齬鼠(モモンガ)と見受ける」

「如何にも」

 ようやく初老の男性である齬鼠(モモンガ)が口を開いた。そして続ける。

「では、死んでもらおう」

 その言葉を合図に屈強な男が走って近寄り、殴り掛かって来た。頭上から振るわれた拳を、俺は左腕を上げることで受け止める。

 ガキィと肉がぶつかったとは思えない音が響き、俺の足元のコンクリートがひび割れる。容易に攻撃を受け止めた俺に、齬鼠(モモンガ)の眉がぴくりと動いた。

 屈強な男はそれに関わらず、拳を連打してくる。

「ォォォラ、オラオラオラオラァ!」

 銃弾を跳ね返す程の強化系、その攻撃の連打。まともに受けてはいられない。タイマンならともかく、コイツの後ろには齬鼠(モモンガ)がいる。下手に隙を晒したくない。

 両手を使い、中国拳法の脱手の手法で攻撃を受け流す。攻撃が着弾する瞬間に腕を回転させ、インパクトの衝撃を散らす技法だ。

 そのまま数十の攻撃を受け流した後、隙を見つけて屈強な男の腹に蹴りを叩き込む。

「ぐむっ」

 俺の蹴りはサブマシンガンよりは強烈だ。苦悶の声を上げながら後ろに下がる屈強な男、それを隙と見た俺は奴の顎に思いっきり掌底を打ち込んでやる。

「ぁぇが」

 軽く脳を揺らされてたたらを踏む屈強な男。そのまま数歩下がり、倒れずに踏みとどまった。

「ち。つええよ、コイツ」

「想定内だろう」

 地面に唾を吐く屈強な男の言葉にとりあわず、齬鼠(モモンガ)は淡々とそう言い切る。

(…………?)

 表に出さないように俺は疑問符を頭に浮かべた。なんというか、違和感があった。

 根拠は掌底、あのタイミングであの掌底を合わせれば、念能力者であろうと数秒は平衡感覚が飛ぶ筈である。だが、屈強な男にはそれがない。単に強力な念能力者というだけでは説明が付かない事象。俺より圧倒的に格上ならともかく、コイツは確実にそうではない。

 ならば。

齬鼠(モモンガ)の能力は味方へのバフか!)

 味方を強化する能力、そう考えれば辻褄はあう。組織を介さない齬鼠(モモンガ)が相方を連れているその理由にも。

 いや、もしかしたら奴らは二人揃って齬鼠(モモンガ)なのかも知れない。

(ならばまずは攻めるのみ!)

 守勢が得意な俺とはいえ、攻撃が苦手な訳では別にない。一気に屈強な男に肉薄し、

「ぐぉう!?」

 腹部に鋭い杭が撃ち込まれたような衝撃で後ずさった。攻撃の為に凝をしていたら致命傷だったかも知れない。俺が堅タイプの能力者で助かった。

「貰ったぁ!」

 だが、災禍はそれで終わってくれない。明確な隙を晒した俺に向かって屈強な男が再び乱打を打ち込んでくる。

 体勢を崩した俺は、それを真っ向から受け止めるしかない。

「オーララララララララ!!」

「くぅぅぅぅぅぅぅ!!」

 念の練度はおそらく俺の方が上。だが、コイツは拳に凝をして遠慮なく殴り掛かってくる上に、体格でも有利を取られている。

 なんとか両手をあげて防御をして隙を伺うが。

「ぎ!」

 右肩が後ろに弾かれて、防御の隙を晒した俺の頬に拳がクリーンヒットする。

 後ろにいる老人の能力の正体が全く掴めない。遠距離から正確に俺の体を狙撃するように攻撃しているのは分かる。だが、その正体が全く見えない。堅をした俺の目で見えないのだから、よほど高度な隠か、もしくは本当に不可視の攻撃か。

 それでいて強化系である俺の防御を崩す程の威力を込めているのである。本当にたまったものではない。

「死ねぇ!!」

「くそ、煌々とした氷塊(ブライトブロック)!」

 いったん全周防御。堅にして纏った全てのオーラを煌々とした氷塊(ブライトブロック)で氷に変えて、完全な防御体勢に入る。この防御法では身動きは取れないし、そもそも呼吸もできない。完全なその場凌ぎだ。だが、傾いた流れを仕切り直す程度の効果はある。

 屈強な男の拳は頭に覆った氷で弾き返し、左足の氷がギィンと甲高く響く。不可視の攻撃で足を狙われたらしい。

 とっさに視線をそちらに向ければ、弾けた氷がぐにゃりと曲がった。物理的に曲がった訳ではない、視覚的に何かの干渉が入ったのだ。オーラでないのならそれは。

「空気!」

「――見事。我が空気醸造法(エアライズ)を見破ったか」

 老人の言葉に敵の能力を看破する。

 おそらくだが、空気にオーラを混ぜ込み操作する能力。空気自体が視覚的に見えにくい上、混ぜ込んだオーラも隠と合わせる事によってまた見えにくい。しかも敵が単体ならばともかく、前衛にレベルの高い強化系を置いた上である。それに加えて強化系である俺の体勢を崩させる程の威力を込めている。

 しかもこの能力はそれで済まない。屈強な男へのバフの正体、それは老人の操作した空気をパワードスーツのように体中に纏わせていれば納得がいく。俺の掌底の脳揺らしも、頭を包んだ空気で上手く受け流したとすれば納得がいくというもの。

 強靭さと繊細さを兼ね揃えた能力、これは強い。

 そして攻略法。ほとんど全て、この戦闘は老人の能力によって成り立っているということ。つまり、屈強な男は無視して老人を攻めるべき。

 ギロリと老人を睨めば、彼はそれを理解したのだろう。僅かに冷や汗を流しつつ、一歩後ずさった。

「俺を忘れるんじゃねぇ!」

 屈強な男が殴り掛かってくるが、ネタが割れた以上は前衛の男も敵じゃない。いや、全力を出せば仕留められる。全身の氷を維持してその拳を弾いた直後にそれを解除。一本の棍だけ手に残し、それを思いっきり振るう。

 まずは右腕。上腕にブチ当て、骨を折る。

「ガぃぃぃ!!」

 次に左脚、腿を狙い振るう。途中で空気の杭が脇腹に打ち込まれるが、来ると分かっている攻撃で、しかも堅で防げる。顔をしかめるだけの被害で腿の骨を叩き折る。

「うぎぇぃぃぃ!!」

 最後に顎。思いっきり突きを放ち、その骨を砕く。やはり空気のクッションが間に入ったが、煌々とした氷塊(ブライトブロック)まで発動した俺の敵ではない。最高の手ごたえが俺の手に返って来た。

 痛みにより失神した前衛の男がその場に崩れ落ちると同時、後衛の老人が踵を返してその場から離脱しようとする。

 が、もちろんそれを許すほど()()は優しくない。

「な、糸!?」

「俺が単独でここに居るって言ったかな?」

 上階に潜んでいたマチが既にこの部屋の出入り口に逃走防止用の糸を張り巡らせていた。隠で隠したそれに気が付かず、完全に身動きが取れなくなる老人。

 俺は彼に素早く近づき、その首に手を添える。

「いくつか聞きたいんだが。

 お前の能力とか、アサノード組に対する秘密とかな」

 

 空気醸造法(エアライズ)

 

 操作系能力。周辺の空気とオーラを混ぜ合わせる事により、強化した空気を自在に操る事を可能とする。

 また、この空気で対象の肺の大部分を覆う事により、その人物を操作することも可能。

 前衛のニテロも操作しているし、バハトを操作するまで後7秒程かかる。

 

「!!」

 即座に呼吸を止めると同時、老人の頸動脈を締める。それによって老人はあっさりと意識を失った。

 それはともかく。

「危ねぇな……」

 思わず冷や汗が流れた。サーヴァントがいるから俺が操作されること自体が即敗北に繋がる訳ではないが、今回の縛りからすれば負けに等しい。

 勝利したとはいえ、その差は僅か。念能力者との戦いの恐ろしさを改めて思い知らされた。

 だが一方で、勝ちは勝ちだ。

 俺は無限に続く糸電話(インフィニティライン)をバッテラに繋ぐ。

「こっちは勝利した。ゲンスルーの様子はどうだ?」

『8割以上は制圧したようだ。『ザイン』の裏切りにより、秘密の脱出口から逃げようとしたルルイザも確保した。

 こちらも勝ちは動かないよ』

「ご苦労。落ち着いたらここで伸びている男二人を回収する人員を寄越してくれ」

 それで通信を終える。ルルイザと齬鼠(モモンガ)を確保した。理想的な終局に導けたといっていいだろう。

 齬鼠(モモンガ)の能力もかなり使い勝手がいい。良い能力を手に入れられた。

 俺は満足して、深い息を吐くのだった。

 



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070話 ヨークシンの覇者

 

 3週間が過ぎた。

 あの後の話をしよう。

 

 ルルイザを捕縛した事によって、アサノード組は事実上壊滅した。新たに十老頭を襲名したルルイザが間を置かずに失脚したことにより、マフィアンコミュニティは混乱。そこにつけこみ、バッテラの威光も見せつけてボマー組のゲンスルーをヨークシンの裏の顔として君臨することに成功。ゲンスルーはこれからしのぎを削って新たな十老頭を目指す事となる。

 ジノトーダ市長が失脚したヨークシンの次の市長には、ジェンダー問題を大きく取り上げた元女優のメグリザエが就任。彼女は女優時代に多くの性差別を受けたことを告発し、センセーショナルに人々に取り入ったのだ。そのバックについたのは言わずもがな、バッテラである。

 ブドル警察署長はヨークシンを支配しつつあるバッテラに尻尾を振った。これで警察を抱き込むことができ、相当なやりたい放題ができる事となった。

 齬鼠(モモンガ)絶対規律(ロウ・アンド・レイ)により、俺の血族とポンズの忠実な僕となった。代わりに提示された条件であるルルイザを殺さない事も、国際司法裁判院に身柄を預ける事によって解決。死刑制度は廃止されているが、永久終身刑制度は機能している。彼が合法的に檻の外に出ることは二度とない。助け出そうとする者も全滅している。

 結果的に見て、アサノード組の基盤をそっくり奪いつつ、マフィアンコミュニティにも手を伸ばし始めている構図を作った形になった。俺としては万々歳な結果になったといえるだろう。

 

 そして。

 

「ばぁーあー」

「今日も元気ね、レントは」

「ああ。無事に産まれてくれて何よりだ」

 バッテラが用意したセーフティハウスからエル病院の一等室に移動し、そこで無事にポンズはレントを出産。晴れて俺は一児の父となった。

 ネオンやルーシェにベルンナといった面々も、とりあえずポンズと一緒についてきて彼女の出産を見届けた。というか、ネオンがポンズの出産に興味深々で、付いて来たいとダダをこねたとも言う。バッテラの恋人であるマリア嬢は、そんなネオンを苦笑して見ていた。止めなかったあたり、ネオンがワガママを言うと止まらないという事を既に把握していたとも言える。

 そして比較的落ち着いた今、俺はベビーベッドにあうあう言っているレントを見つつ、ちょっと頬がこけたポンズと和やかな会話をしているという訳だ。女性の出産は体力消費が凄まじいと言われるが、念能力者でもその例外ではないらしい。ポンズは少し弱弱しくなっている。とはいえ命に別状はないらしく、しばらく養生すれば元通りになるとか。

「しばらく休んだ分、またインセクトハンターとして頑張らなくちゃ」

 最近のポンズの口癖である。全く、頼もしい限りだ。とはいえポンズ自身の体調もそうだが、レントも産まれたばかりだ。もうしばらくは身動きが取れないだろう。

 ちなみにベビーシッターはプロももちろん雇う予定だが、ネオンがすごいやる気を出している。彼女もレントを気に入っているみたいだし、少し歳の離れた姉として接してくれるかもしれない。

(いや、それはユアが怒るかな)

 同じ年ごろの姉貴分として。血縁者な分、ユアの方が近いとも言える。

 まあ、その立場は何人居てもいいだろう。それにユアも同性の歳の近い友人が居てもいい。ネオンとユアが気の置けない友人になってくれても俺としては構わないのだ。

 そうぼんやり考えながら穏やかな時間を過ごすが、そんな時間も長くは続かない。

『マスター、こちらの準備は整いました』

『分かった。切り上げる』

 百貌のハサンから念話が入り、気を引き締める。そんな俺の様子を見て、ポンズが苦笑いを浮かべた。

「仕事ね」

「ああ、今が大事な時期だからな」

「契約ハンターも大変よね」

「ま、いずれ実になる仕事だ。文句も言えないさ」

 首をすくめて言葉をかけて、最後にレントに笑いかけた。俺は病室から立ち去り、その足で病院の駐車場に向かって待機させていた高級車に乗り込む。ちなみにリムジンではない。リムジンは何となく俺の趣味ではないのだ。

 行先を告げると発進する高級車。到着までの時間、ケータイを操作して百貌のハサンから受け取った情報をゴレイヌに流す。

 現在、俺とゴレイヌはバッテラに雇われた契約ハンターという身分だ。ヨークシンを実効支配した彼は、足元の掃除を始めた。すなわちヨークシンに蔓延るドラッグや犯罪者の排除である。それを情報ハンターである俺に依頼し、仕事仲間としてゴレイヌを巻き込んだ形である。

 俺たちが排除している犯罪者たちはマフィアンコミュニティに便利に使われていた者たちも含まれている。要は前の支配者の汚れた手足は不要、という意味もあるし。実際に賞金首をかけられた者も数多い。俺もトリプルを目指す身として様々な分野の功績を必要としていた。今回は質より量といった具合だが、ヨークシンの浄化という括りで見れば大きな仕事だ。

 とはいえ数が多い。雑多な者たちはゲンスルーが数の原理で駆逐しているが、それでも隠れることが上手な者や大物は網から逃れることが多い。

 そういう奴らを狩るのが俺やゴレイヌの仕事、という訳だ。

 高級車が止まり、メインストリートに降りる。メインストリートとはいえ、場所としては端の端、少し歩けば薄汚れた建物が立ち並ぶ地区だ。俺の今回の獲物の住処もこの中にある。

 歩いて5分程。安いアパートメントに辿り着き、迷うことなくその4階まで上がる。そして階段から3番目の部屋に辿り着くと同時、そのドアを蹴り開けた。

「なっ!?」

 中に居た男がこちらに拳銃を構え、発砲してくる。もちろん強化系の俺にそんなものがダメージになる訳がない。悠々と歩いて男に近づく。

「くそ、バケモノがぁ!!」

 叫びながら男は窓から身を躍らせる。4階とはいえ、運が良ければ大きな怪我がなく着地して逃げられる可能性ももちろんある。銃が効かない人間を相手にして思い切った良い判断だ。

 ここまで追い詰めて逃げられてもつまらない。俺は足早に窓に近づき、宙に身を置いた男の肩を掴んで固定する。

「な、な、な……」

 覚悟を決めて4階の窓から飛び出した男は、腕一つで空中にぶらりと垂れ下がり、完全に混乱していた。およそ現実にあり得る光景や感覚でない。そう、念さえなければ。

 そのまま俺は男を室内に引きずり戻し、その首を反対の手で締め上げる。

「ぐぇぇぇぇぇ……」

 男は絞められたニワトリのような声を出して意識を失う。ちなみに殺してはいない。こいつには吐いてもらわなければならないことが山程ある。

 まあ、そこまでは俺の仕事ではない。

 ケイタイを取り出して警察幹部直通の番号を押す。

「こちらハンターのバハト。賞金首のゲゲルヨを確保した。至急応援を寄越して欲しい。

 場所は――」

 現在地を伝えると同時、電話を切る。それと同時に部屋の隅に現れる5体のハサンたち。

「すまん、手間をかける」

「お気遣いに感謝を。こちらが今回の首級です」

 ハサンたちが差し出したのは黒い布に覆われた物体。ぽたりぽたりと垂れるのは血。中身は犯罪者の首だ。連続殺人犯や強盗グループなど、デッドオアアライブで目ぼしい奴らは俺が出向くまでもなく、百貌のハサンに狩って貰っている。

 これでも手が足りないのが実情ではあるのだが。大都市の闇というのは濃さもそうだが、深さ広さが半端ではない。

 黒い布に覆われた5つをその場に置くと、ハサンたちはすぅと霊体化してその場から姿を消す。

 そのまま10分程度、俺は確保したゲゲルヨだけに注意して時間を潰す。するとやがてパトカーのサイレンが遠くから聞こえてきた。ドカドカドカと音を立てながら警察の面々がここまで上がって来て、銃を向けながら部屋に入ってくる。

「よ、お疲れ」

「は! プロハンター、バハトさん。お疲れ様です!」

 最敬礼で奥から姿を見せるのはこの警察を指揮する警部補の男。警察署長のブドルはバッテラの飼い犬だし、俺だってやっていることはただのブラックリストハンターの仕事だ。プロのライセンスを持っている以上おかしな事ではないし、結果的に警察に協力している。

 とはいえ、銃を持つ彼の部下たちの顔は強張っているが。彼らの視線は部屋の隅に置かれた5つ黒い布。もう何日も同じことをしているのだから、彼らにはその中身が何だか分かっている。

「ゲゲルヨは生かしてある。じゃあ後は頼んだ」

「はい、お任せ下さい!」

 そう言う警部補を尻目に部屋から出る。

 そのまま歩いてアパートメントから高級車へ移動し、乗りつける。

「バッテラのところへ」

「かしこまりました」

 運転手は素晴らしい腕前で振動少なく車を発進させる。車を発進したところを見たからなのか、先ほどのアパートメントの部屋に残った警察たちの声が聞こえて来る。もちろんサーヴァントによる盗聴だ。

『犯罪者、しかもデッドオアアライブなのは分かっていますが、正直恐ろしいですよ。

 日に何人もの犯罪者を捕らえ、しかも5人も生首を捥いで置いておくとか』

『ああ、アイツも異常者だ。プロハンターなんてどいつもこいつも狂った奴らだとは聞いていたが――例に漏れないな』

 苦々しそうに言うのは俺に最敬礼をした警部補だ。

 まあ気持ちは分かる。俺としても気軽に首を捥ぐ異常者とは関わり合いたくない。

『あの男がヨークシンに牙を剥かないか。心配です』

『実は俺もだ。プロハンターの免責事項を使えば数人の殺しなんて無罪らしいからな。奴が何を企んでいるのか分かったものじゃない』

(酷い言われようだね、オイ)

 思わず笑いが出るレベルである。

 だが、この場合正常なのはあちらで異常なのは俺だ。ハサンにやらせたとはいえ、客観的には俺は毎日複数個の生首を量産しているのだから。

 ちなみにゴレイヌは無駄な殺しは嫌っているらしく、全て生け捕りにしている。その分仕事に時間をかけているが。俺の場合、サーヴァントを使うとなるとその口封じも込みで殺すしかないのだが。

 とはいえこれ以上は聞いていて楽しくなるものでもない。忌憚なき意見も聞けたことだし、サーヴァントとの念話を切る。そのまま備え付けられた3本しか缶が入らない冷蔵庫からコーヒーを取り出し、プルタブを開けてブレイクタイム。

「……疲れるな」

 ぽつりとこぼした声は運転手には聞こえただろうが、反応されることなく消えて行った。

 

 バッテラの元に着き、戦果を報告。

「お疲れ様です、バハトさん」

「ああ、お疲れさん」

 他に誰もいないので、バッテラは臣下の態度だ。ちなみに様付けは落ち着かないのでやめて貰った。

 腰を落ち着けて今後の話に移る。

「ひとまずはヨークシンの運営だ。俺の意見を聞いてそちらに向かえそうか、結果は」

「出来なくはない、というのが正直なところです」

 俺の意見、それは。

「多くの市民、特に子供が安心して暮らせる町を造る。もちろん賛同者は多いですが、ここはマフィアンコミュニティに支配されていた町。

 反対者は自分の権益が削られることに不満の声を上げています」

「だろうな」

「とはいえ、今の支配者は私。そしてゲンスルー。表立って反対しきる訳にもいかない。

 既得権益を持った権力者はこれだから。ゴネながら時間を稼ぎ、私たちを失脚させるような情報を集めている段階です」

 度し難いと呆れればいいのか、人間らしいと感心すればいいのか。

 こちらも力を持つ権力者を全部敵に回す訳にもいかず、痛し痒しの部分はあるのだ。

「それで。どう対策する?」

「全ての市民を平等に勉学の機会と平和をもたらすのは現実的ではありません。中級からやや下までをすくい上げるというのが妥当かと。

 言いたくはありませんが、それより更に下の層は教育を押し付けても良い結果にはなりません。それにそれくらいならば反対者も納得のいく損失に収められそうです。

 彼らの利益に配慮しつつだと、これ以上は金が足りないですね」

「そうじゃなくても身を削った政策だしな」

 頭が痛い問題である。金が湧いて来る訳もなく、今まで運営していたところから持ち出さなくては新しい政策は打ち出せない。

 今回は前のマフィアンコミュニティの資金やその源を奪って改革に当てているが、これはつまり前のマフィアンコミュニティよりもバッテラの体制が脆弱な事に直結する。中間層などを取り込もうとしているが、メグリザエ新市長の支持を受けてそれが現実化するまで時間はかかる。それまでにバッテラの体制が折れてしまえばこれまでの苦労がパーである。

 こちらは細くなりつつも折れず、新たな枝を増やさなくてならない。

「ゲンスルーもいつこちらの寝首を掻いてくるか分からない、か。

 苦労をかけるな、バッテラ」

「なんの。レントさまやポンズさまの為です。この老骨、惜しむことはありません。

 それに信頼のできるゴレイヌや齬鼠(モモンガ)という手駒もあります。

 なんとか持ちこたえてみせましょう」

 力強く請け負うバッテラ。正直、こういう権力闘争は専門外だ。バッテラに頼るしかない。

 

 こんな日々が続き、やがてその日が来る。

 ゴンにキルアとユアが、カイトと共に謎の巨大昆虫を探してヨークシンを訪れる日が。

 



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071話 NGLへ

 キリのいいところまで書いたら早めにあげるスタイルでいきます。書ける時に書いていかないとですから。
 いつも誤字報告、感想、高評価。ありがとうございます。
 モチベーションが上がるので本当にありがたいです。もし良かったら、気軽に一言いただけたり、高評価をいただけると嬉しいです。


 

 その日、俺とポンズはバッテラの立ち合いの元、その男と出会った。

「バハト、ポンズも!」

 傍にいたゴンが驚きと喜びの声をあげる。

「よう、ゴン。数ヶ月ぶり。元気にしていたか?」

「うん、もちろん!」

「キルアとユアも久しぶりね。成長してる?」

「ま、ずっと止まっていたオメーよりかな」

「こら、キルア」

 憎まれ口を叩くキルアにユアが窘めるように言う。それを見つつポンズは苦笑いと嬉しさを混ぜ合わせたような表情を浮かべていた。

(もう感受性が完全にお母さんだな)

 なんか怒られそうな気がしたので心の中にその感想を留めておく。

 俺の仲間同士で和気藹々としているのを尻目に、バッテラはにこやかに笑いながらその男、カイトへと握手を求める。

「初めまして、私は実業家のバッテラ。

 今はヨークシンの事業に手を出しているところだ」

「噂はかねがね。ハンターのカイトだ」

 バッテラの握手をそつなく受けるカイト。彼の視線は、鋭い。

「いやぁ、カキンのウォン君が強く推薦するプロハンターと出会える機会なんてそうそうないからね。是非とも顔を繋ぎたいと思ってお邪魔させて貰ったよ。迷惑だったかな?」

「まさか。こちらこそ有名なバッテラ氏と出会えて喜ばしい限りだ」

「それで奇妙な生物の調査で来たのだったかな? もちろんウォン君の顔を潰すような真似はしないとも。

 ただ、こちらも少々手が足りなくてね。仕事を手伝ってくれると助かるんだけどね」

「――あいにく、私はビーストハンターです。仕事によっては手伝えないかと」

「もちろん把握しているとも。優秀なハンターは仕事を選ばない事も、君の師匠が優れた人物だとも」

 にこやかな顔でカイトを追い詰めにかかるバッテラ。カイトから一瞬漏れた面倒そうな空気を感じ取ったところで俺から一言。

「バッテラ氏」

「……何かな、バハト君」

「そのへんにしてくれないか?」

「私のスカウトに不満でも?」

「ああ、大いに。先日まで貴方の契約ハンターをしていた私への評価が気になるからね」

「君との契約は今日まで。新たにハンターをスカウトするのがそんなに気になるならどうだい? 君が契約を延長してくれるというのは」

「…………」

「――分かった。今日はこのあたりにしておこう。君には少なからず借りがある」

 両手をあげて降参のポーズをとるバッテラ。そのまま名刺をカイトに差し出す。

「ホームコードの交換くらいはしてくれるだろう?」

「もちろん。バッテラ氏との繋がりが得られるのならありがたい限りだ」

 笑顔で名刺を交換したバッテラ氏はそのまま場を辞した。

「ではバハト君、この会合を以って君との契約は切れる。また仕事を受けてくれることを期待しているよ」

「こちらこそ。また良い縁が結ばれることを期待している」

 そんな言葉を残していなくなったバッテラ。彼が居なくなったと同時、ちょっと場の空気が弛緩する。

「随分タイミングよく契約が切れたな」

「情報のシングルでね。ユアたちが来るタイミングで自由に動けるようにしておいた」

 カイトの訝しげな言葉を容易にかわす。

「じゃあお兄ちゃんも一緒に来るの?」

「俺っていうか、ポンズの付き添いだけどな。なんか興味深い生物のサンプルが取れたんだって?」

 ユアが喜色を上げながら問いかけてきて、俺はそれに簡単に返す。

 全員の視線がポンズに向かい、彼女はにっこりと笑いながら口を開いた。

「昆虫系のデカイ生物とか? インセクトハンターとして受けようと思ったんだけど、バハトがゴンたちの痕跡を見つけたから一緒に動けないかなって思ったのよ。

 あなたたちも目的が一緒ならちょうどよかったわ」

「オレとしてはバハトの情報網がコエーよ」

 キルアが思わずといった具合で口を開く。それに対して俺は用意していた答えを返した。

「お前らが情報を隠してなかったっていうのも大きかったがな。

 ヨークシンに持ち込まれた謎の巨大生物のサンプルと、それがカキンのウォンの元に流れたという情報。ウォンが依頼していたハンターがカイトって云う情報と、カイトが主催するキャンプで急に新種珍種を発見しまくる3人の名前。

 ま、ここまで大きな点があれば線を結ぶのも難しくなかった」

「どんだけ膨大な情報を統率してるんだよ、お前は」

 感心したような呆れたような声を出すキルア。カイトも少し警戒している様子を出しているが、俺たちが合流することに異を唱えるようなことはしなかった。

「そういえばマチは?」

「レントを任せている」

「レントとは?」

「俺とポンズの子供。この前産まれて、ポンズはこれが復職の仕事だな」

「そうか」

 子供は場合によっては大きな弱点にもなりえる。それをあっさりと流すカイトはやはり器が大きい。

「レントはここにいるの? オレにも会わせてよ」

「私も! お兄ちゃんの子供なら当然だよね!」

「あ、オレもオレも」

「ええ、もちろんいいわよ」

 子供組がレントに会う事を希望し、ポンズがそれを笑顔で承諾する。

 そんな弛緩した空気だったが、カイトがパンと鋭く手を叩く音を出して場を引き締めた。

「自由時間は好きにしてくれ。だが、今は仕事が先だろう?」

 その声に、皆が強く頷いてやるべきことに集中する。

 これから挑むのはキメラアント編。これまでとはランクの違う危険に晒される。ありていに言えば、今度の敵は国や軍といったレベルになるのだ。

 それを知っているのはこの中では俺のみ。独り、緊張を倍増させてカイトに従うのだった。

 

 4日が経った。

 謎の巨大生物であるキメラアント女王のサンプルを貰い、ユアたちとレントを会わせた後。

 女王の腕の発見ポイントを捜索し、バルサ諸島に狙いを定める。可能性があるのはNGLか東ゴルドー共和国か。悩む中で答えを出したのはカイトと俺。

「「NGLだな」」

「根拠は?」

「なんとなく、と言っておこうか」

「こちらは多少の根拠がある。ここ一週間程、複数名のプロアマを問わないハンターのグループがNGLに向かっている。彼らには彼らなりの根拠があるんだろうな」

 確信したような声でなんとなくと言うカイトと、あくまで状況証拠に過ぎない事を言う俺。

 しかしこの中で最年長で経験も深い2人がNGLと言ったのだ。どちらにせよ行かないと話が始まらない。一行はNGLを目標に定めて行動する。NGLには直接飛行船で行けない為、隣国であるロカリオ共和国へ行くチケットを取る。到着までは1日半といったところ。

 人を喰える程大きなキメラントという事実にどこか重苦しい雰囲気が漂う中の移動。

 その夜、俺とポンズが飛行船の中に設置されたバーでグラスを傾けながら話をする。

「…………」

「…………」

 沈黙が続く中、やがてポンズが口を開く。

「ねぇ、本当に超大型のキメラアントだと思う?」

「おそらくな。少なくとも油断して過小評価するより、最悪を想定した方がいい」

 俺の言葉にポンズが疲れたような溜息を吐く。

「復帰の最初の仕事、プロのインセクトハンターとして最初の仕事から重いわね」

「やりがいだけはあるけどな」

「やりがいだけあってもね。

 まあ、私はバッテラというバックもあるし、資金については心配しなくていいのは嬉しいわ」

「ポンズ名義の昆虫博物館もできるしな」

「本当、バッテラ様様だわ。自分の博物館を持つのは夢だったけど、こうもあっさり叶うなんてね」

 そう言ってポンズは俺の顔を見て笑う。

「あなたに出会えてよかったと、心底思うわ」

 その笑顔に思わずドキリとする。綺麗な、満面の笑み。

「どした、急に」

「別に。今までこういうこと言わなかったなと思ってね」

 ポンズは照れ隠しのように手元にあるグラスを傾ける。いちおうまだ授乳期でもあるのでノンアルコールのカクテルだ。ちなみに俺は容赦なくアルコールを飲んでいる。

「……俺もあまりポンズに言ってなかったな。結婚出来て本当に嬉しかったとか、レントを産んでくれてありがとうとか」

「愛を語るのもいいわよね」

 お互いにちょっと照れながらグラスを傾ける。

「――どうしてかしらね。言わなくちゃいけない気がして」

「悪いことじゃないだろ。これからも折を見て言い合おう。俺が見捨てられるまで、な」

「ふふ。私も見捨てられないように気をつけないとね」

 軽口を叩き合い、笑い合う。

 そしてしばらくして、俺は重い口調で話を戻す。

「今度の仕事だが」

「うん」

「俺としても嫌な予感があるんだ。だから助っ人を呼んだ」

「助っ人を? 珍しいわね」

「実は珍しくないんだな、これが。人脈に頼るのは俺の得意技だから」

「ふーん。まあいいわ。それで、誰?」

「エミヤ」

 かつて天空闘技場で召喚したサーヴァント、アーチャーのエミヤ。今回の仕事で喚ぶサーヴァントを彼に選定した。

 理由として、まずNGLでは長期の運用と索敵が重要視される。クーフーリンを召喚出来ない以上、この時点で選ばれるべきはアーチャーかアサシン。護衛軍と戦う可能性を考慮すれば、できれば三騎士であるアーチャーを召喚しておきたい。

 そこで魔力消費量も少なく、近接戦闘も遠距離攻撃も優れた彼が最適解だと思ったのだ。理想としてはキメラアントの蟻塚を、ネフェルピトーの円の外から一方的に狙撃爆破したい。

「ああ、エミヤさん。料理がとても上手だったわね。戦いも上手なの?」

「少なくとも俺よりかは強い」

 その言葉に目を細めるポンズ。

「あなたの知り合い、あなたよりも強い人が多いわよね。李師父もそうだし。あなたも十分に強いように思うけど、どこでそんな人脈を得ているのかしら?」

「情報ハンターに人脈の事を聞くなよ。それに俺より弱い奴はリストから弾いているだけさ」

(まあサーヴァントはだいたい俺よりも強いけどな)

 そんな感想はおくびにも出さずにポンズへの返答とする。ポンズの気持ちも分からなくはない、俺が呼ぶ相手が全て俺よりも強い。そこまではいいが、どんな対価を払って呼び寄せているのかも気になるだろう。こちらが頭を下げている以上、相当に吹っ掛けられていると思うのは不思議な感想ではない。問題はそこまでしょっちゅう援軍を呼ぶほど俺が弱くない、ということだ。普通なら自分の腕一本で場を凌ごうとする。少なくとも周りよりも強い俺が嫌な予感がする程度で援軍は呼ばない。

 ポンズの感想は至極正しい。俺もサーヴァント召喚がもっとデメリットが大きいものだったらここまで気楽には呼ばない。今回のキメラアント編はともかく、修行の為に李書文を召喚したり、天空闘技場でエミヤに飯を作らせたりはしないだろう。

 ちょっとだけマズったかなと思う反面、どうとでも誤魔化せる範疇でもある。俺はポーカーフェイスで白を切り通す。

 そんな俺を見てポンズはどう思ったか。やがて肩を竦めて息を吐く。

「まあいいわ。頼りになる仲間が一人増えるって思うだけにしてあげる」

「そうしてくれ」

「秘密主義ねぇ。ユアちゃんが染まるのも分かるわ」

「え、あいつの秘密主義って俺由来?」

「少なくとも兄妹なんだなとはよく思うわ」

「…………」

 ちょっと心外なので黙り込む。そんな俺を見て、くすくすとポンズは笑う。

「そんな不機嫌にならない。そんなあなたの事も私は大好きだから」

「――ずるいぞ」

「そう。女はずるいものよ」

 ポンズは静かに笑う。

 そうして夜は更けていく。

 

 NGL到着までは後約18時間程かかる夜空の旅路だった。

 



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072話 NGL・1

本日2話目の投稿になります。
前の話を読んでいない方はそちらからお願いします。


 

 NGLの検問所で許可が出たのは9人。原作組に加えて俺とユアにポンズ、それとロカリオ共和国で合流した体のエミヤがNGLに入国した形になる。

 そして俺たちに帯同する監視役が2人。合わせて11人の大所帯にもなれば動きもやや鈍くなるが、そこは馬に乗ってカバー。海岸線に沿って集落をチェックしていく。

 じりじりと日にちが経過していく中、監視役の隙を見つけていくつかの下準備を行う。

「書けそうか」

「うん。問題ないよ」

 そのうちの一つがユアのペンの整備だ。彼女の念の媒介となる母親の形見であるペン自体はNGLに持ち込むことができたのだが、インクに科学品が混ざっていたのでそれは持ち込めなかった。仕方なく、NGLの中で塗料を探して文字を書けるようにしたのである。

(これ、持っておけ)

(ありがとう、お兄ちゃん)

 それでもその場凌ぎには違いない。俺は念空間からインクを取り出しユアに握らせる。万が一動作不良を起こした時の保険である。

『ちょっといいか』

『なんだ』

(おっと、今度はエミヤが動いたな)

 念話で会話が筒抜けになっているが、エミヤがカイトに話しかけているらしい。

『オレの能力でこの周辺を捜索してくる。30分程、誤魔化してくれないか?』

『了解した』

 エミヤはカイトを特別に信頼し、周囲には内緒で探索能力を使っている。という体で霊体化してサーヴァントとしての能力を全開にして周囲の情報を集めている。

 何せ原作でカイトたちにキメラアントの情報を教えてくれたポンズが俺たちに同行しているのである。何らかのアクションを起こして情報を集めなくては後手後手だ。

 今現在が原作よりも早いのか遅いのかすら分からない。とはいえカイトとカキン国の契約が終わるタイミングは変わらないだろうから、勝負はNGLに入ってからどれほど時間が短縮できるかにかかっている。あまり期待していないが、場合によってはネフェルピトーが産まれるよりも早く蟻塚を強襲できるかもしれない。

 護衛軍がいない中でサーヴァントを突っ込ませることができれば流石に勝てると信じたい。っていうか、これで勝てないと本格的に勝機がない。

(問題はアサンの最後の手駒、ルナの動きだが……)

 キメラアントを強化し、アサンの死体をキメラアントに喰わせて転生を図る役目を負った女、ルナ。能力を奪った上でアサンの死体も俺が確保した今、俺が死んだ場合に備えて同じようにキメラアントを強化しているだろう彼女とは結局接触できずにこの時を迎えてしまっている。キメラアントが強化されているのはもはや諦めなくてはならないだろう。

 師団長が増えるならまだいい。だが、護衛軍が増えるとなればキメラアント編の難易度がケタ違いに跳ね上がる。

 それを抑える手が速攻しかない以上、できるだけ早く話を進めたい。

(でもゴンに異常な誓約をさせなくちゃいけないし、ここで完全にキメラアントを仕留めてもそれはそれで後々がヤバイはず)

 頭がこんがらがってきた。

 いや、大丈夫。要はここでネフェルピトーの円にカイトを触れさせて、彼を殿に撤退する。NGLでやることはそれのみ、それさえ気を付ければまずはいい。そうすれば東ゴルドーに場面を移す前にコルトから情報が入る筈である。

 既に原作から外れている以上、予断は禁物。IFの可能性は切り捨てて、それに集中すればいい。

(そう考えればエミヤを召喚したのも正解だ)

 アサシンではその場に向かわなくては状況が掴めないが、エミヤは千里眼がある。少し離れた場所で高い木にでも登れば相当先まで見通せる。広いNGLで近接戦闘もこなせる彼を呼び出したのはやはり間違いではない。

『マスター』

『エミヤか、どうした?』

『別のハンターグループを発見した。が、彼は……』

『彼?』

『おそらく、ポックルだ』

 

 ◇

 

(くそ、くそっ!!)

 ポックルは焦りながらも逃げる。逃げざるを得ない。

 仲間の一人は突如現れた巨大なバケモノに殺された。そのバケモノはすぐさま七色弓箭(レインボウ)で射殺したが、仲間を呼ぶ隙を与えてしまった。

 もう一人の仲間であるバルダと共に全力で後退しているが、どうにも逃げられている気がしない。

「ポックル、上だ!」

「上!?」

 バルダの声に反応して上に視線を向ければ、そこにはトンボの化け物が空中からこちらを見下ろしていた。

「なんだ、アイツは!?」

「知らねぇよ、知らねぇけど明らかにこっちの情報を仲間に伝えているのはアイツだろぉうぉお?」

 語尾が崩れたバルダの方を向けば、カマキリのバケモノに首を刎ねられたバルダの姿が。

(ッッッ!!)

「くそぉぉぉぉ!!」

 七色弓箭(レインボウ)、藍の矢。

 速度はやや遅いが、硬く重い矢だ。装甲が厚いこのバケモノを貫通せよと撃った矢はカマキリのバケモノの頭を潰す。

(リチャージが間に合わない! 残りの矢は5本……)

 ポックルの能力は7本の矢を選択して射出できるというものだが、制約としてそれぞれの矢を連続して撃てないというものがある。いや、回数としては連射はできるのだが、一回使ったとポックルが認識してから再使用に時間が必要なのである。

(足りない)

 冷静な思考がその結論を導き出す。もしも頭上にトンボのバケモノがいなければ逃げ切れる希望もあったかも知れない。

 だが確実に監視をされている現状、これから襲い来るバケモノの数は10やそこらで終わる筈がない。それを残り5本の矢では対処しきれない。

(クソ、クソクソクソォォォ!!)

 諦めるという選択肢はない。だが、助かる見込みもまたない。

 どうしろというのか。半ばヤケになりながらも逃げるポックル。

 だが、その逃走劇は長くは続かなかった。

 どういう理屈か、バケモノ共は絶を使えるらしい。オーラを感じ取れるポックルでも気が付かない隠術で忍び寄ったバケモノの一匹が、いつの間にかポックルの眼前でその脚を振り上げていた。

(あ、終わった)

 ポックルはそう考えた。そのままバケモノは鋭い爪をポックルに向かって振り下ろして――

小瓶の精霊(ホムンクルス・ハニー)!!」

 その爪先が、乱入してきた女性が伸ばした手が持つ小瓶の中に吸い込まれた。

 バケモノの爪先は小瓶の中にいた念獣が受け止めて、逆に齧り付く。むしゃむしゃと喰われている爪先は非現実的ではあるが、その巨体に比べれば損失は僅か過ぎる。

 この女性も念能力者であるだろうが、このバケモノには勝てない。

「逃げろぉ!!」

 この期に及んでポックルは自分だけ逃げるという選択肢はなかった。むしろこの女性を逃がす為、ここでこのバケモノを引き受けようとさえ思った。

 その心に従い、バケモノに飛びかかろうとしたポックルだが。それよりも早く女性が動く。見慣れぬ体捌きでバケモノの懐に潜り込むと、その頭に向かって掌底を打ち込む。

薬毒の妙(アルケミーマスター)

 ポックルよりも柔なはずの一撃。それはバケモノの頭に当たると同時に、バケモノの頭を液化しながら振り抜かれて。そして頭部を失ったバケモノはその場に崩れ落ちる。

 その現実を受け止められないようにポックルは飛びかかろうとした体勢のままで固まっていた。

「あ、れ? い、今のは……?」

「私の能力。詳しくは秘密」

 茶目っ気たっぷりにウィンクをしたその女性に、思わずポックルは目を奪われた。顔が赤くなるのが自分でも分かる。

 ああ、今までの人生で味わったことがない訳がないのだが。まさかこの状況で――

「って本当にそんな場合じゃない! ここは上にいるトンボのバケモノに監視されていて……」

 ポックルは叫びながら空を見上げるが、そこにはさっきまでこちらを見下ろしていたトンボのバケモノの姿はなかった。

 いったいどこに行ったのか。ポックルが空を探せばその答えははすぐに見つかった。トンボのバケモノは慌てたようにNGLの奥へ向かって退却していたのだ。

 だがどうしてが分からない。混乱するポックルだが、そこに音もなく複数人の気配がすぐ傍にあることに気が付く。

「っ!!」

 すわバケモノに包囲されたかと身構えるが、現れたのは人間のみ。少年少女も多いが、成人男性も3人いる。

「上のキメラアントは撤退したな」

「オレたちが地上を制圧したから逃げたんだろ」

「能力を使ってないから得た情報もないし。ザコの数だけ損したわね」

「…………」

「ポンズ、何で視線を逸らすの?」

「……能力を使ったから」

「ハァ!? こんなザコに手の内晒したのかよ!?」

「うるさいわね! 具現化系だから能力使わなくちゃどうしようもなかったのよ! 察しなさい!!」

「私は能力使ってないよ?」

「ほら見ろ、ユアは使ってねーじゃねーか」

「っ~~!!」

 急にわちゃわちゃし始めた現状を把握したポックルは、ペタンと腰を下ろす。

 どうやら助かったらしいという実感が、ようやくじわじわと湧いて来た。

「よう、災難だったな。って、お前はポックル?」

 ポックルに近づいて手を差し出した男がそんなことを言う。何故自分の名前を知っているのかとポックルが手を差し出した男を見れば、そこにはプロハンター試験で見た顔が。

「お前はバハト……?」

「そ。シングルの情報ハンター、バハトだ。プロ試験ぶり」

 ふと見渡せばここに居るメンバーで見覚えもある顔もある。少年たちは両方とも最終試験に進んだゴンとキルア。そして自分を助けた女性をよくよく見れば。

「――ポンズ」

「名前を憶えていてくれたんだね。ありがとう、ポックル」

 満面の笑みで手を振ってくれる、一目惚れをした女性がそこにいた。

 

 ◇

 

 ポックルを救出し、戦闘現場となったそこから場所を移す。

(ポックルを襲ったのはハギャ隊か。

 既に原作との齟齬が出ているな)

 原作ではザザン隊が彼らを襲い、ポックルたちは全滅していた筈である。それがポックルだけでも助けられたのはエミヤのおかげと言うしかない。

 エミヤが偵察したところ、ポックルたち3人の姿を発見すると同時に彼らに接近するキメラアントの群れも発見。かなり離れた場所にいたが、エミヤが報告したそれを聞いたカイトは自分たちが援軍として向かう事を決定。

 念能力者ではないカイトの仲間たちと監視役をその場に置き、7人の精鋭で救出作戦を決行。ポンズはエミヤに任せて俺はユアと組み、ゴンとキルアが合わさって。カイトは単独でだが、その4組で接敵したキメラアントたちを殲滅した。

 そうしてなんとかポックルを生還させる。そして彼から持たされた情報は正しく値千金だった。

「いくつかのハンターたちと連絡を取っていたが、プロハンターである俺が手も足も出なかったんだ。

 ……おそらく他のメンバーは全滅しているだろう」

「私たちもプロハンターだし。一緒にしないでくれない?」

「ユア」

 キツイことを言うユアを窘めるのは兄である俺の役目だ。

 とはいえ力こそ正義が罷り通るこの修羅場ではユアの言う通りに実力が及ばなかったポックルに発言権がないのも事実。彼はうなだれるだけで反論の一つもできやしない。

 そんなポックルにカイトが話しかける。

「現状は把握した。思ったよりも事態は切迫していそうだ。

 俺たちよりも長くNGLにいたお前に話を聞きたい。キメラアントの巣がありそうな場所に心当たりはないか?」

「……確証はないが」

 ポックルはガリガリと地面に大雑把なNGLの地図を書いていく。

「連絡を取り合ったハンターたちが探索した範囲がこの辺りとこの辺り。俺たちが探索したのがこの辺り。そしてハンターたちが生きている間の情報が手に入ったのはこの辺り。

 潰していくとNGLの約70%にまだ奴らの手は伸びていない。そして放射状に縄張りを広げていったと仮定すると――」

 キメラアントの領域がNGLの30%程で、その中心部に巣がある。そう予想するのに不思議はない。

「周りに海もあるから丁寧にここだという訳ではないと思うが、参考にはなったか?」

「ああ。この情報があるだけでも大分違う。助かった」

「助かったのは俺の方だ。本当にありがとう」

 ポックルは俺たちに向かって深く頭を下げた。そして頭を上げると俺たちを改めて見直す。

「俺はこのままNGLから脱出してハンター協会に第一報を入れようと思う」

「ああ、それがいい。実際に接敵したお前の言葉は重みが違うはずだ」

「それで、だ」

 やや言いにくそうに、ちらちらと少しだけポンズに多く視線を向けながらポックルは言葉を続ける。

「相手の強さも分かったと思う。俺と一緒に戻る奴はいないか?」

 お互いがお互いを見て、全員が否という反応を返す。だがカイトだけはポンズを見て言葉を紡いだ。

「ポンズ、お前は戻った方がいいかも知れん」

「なぜ?」

「さっきの戦闘でお前だけ能力を使ったからだ。遠目だったとはいえ、それは目撃されたはずだ。

 それに奴らはおそらく階級が一番下と予想される」

「そんなことくらい分かっているわよ。私はインセクトハンターよ?

 キメラアントで一番外側を担当するのがレベルの低い戦闘兵だってことくらい分かっているわ。逃げたトンボは兵隊長かしらね?」

「そうだ。それを相手に能力を使わざるを得なかったお前はここで引くのが賢い選択かも知れないと言う助言だ」

 カイトの心配をポンズはにやりと笑うことで返事をする。

「ありがとう。けど、私の能力は明らかにキメラアントに有効だわ。タフネスを頼りに真っ直ぐ攻めてくるのは一番戦いやすい相手よ。

 それに昆虫の専門家を手放す選択肢はないんじゃない?」

「――お前がそう決めたのならいい」

 軽く息を吐きながら言うカイト。彼は彼なりに心配してくれているのだろうが、プロのハンターとして限界でもないのに引く選択肢はないようだ。

 それを聞いたポックルは残念そうに、本当に残念そうに首を振る。

「分かった。全員必ず生きて帰って来てくれ。戻ってきたらまた会おう。

 俺はハンター協会に連絡を入れたらNGL国境で待機をするつもりだ。何の役に立てるかも分からんが、もしもバケモノ共がNGLから溢れ出して来たら報告しなくてはいけないしな」

「警戒は必要だしな。気を付けて戻れよ」

「こっから先にキメラアントがいない保証はしない。十分に気を付けろよ」

 俺の言葉を聞き、名残惜しそうに去っていくポックル。それを見送って仕切り直すようにエミヤが口を開く。

「で、どうする?」

「……いったんここで休息を取ろう。実際にキメラアントを見たことも踏まえて情報を擦り合わせたい」

 カイトが全体の指揮を執るようになっていることに文句はなく。全員が野営の準備を始める。

 その中でポンズは手に小瓶を具現化してみせる。

「どうした?」

「多少は見せちゃったし、このくらいはね。小瓶の精霊(ホムンクルス・ハニー)

 具現化した小瓶の中には先ほど齧り取ったキメラアントの肉片が残っていた。

「ハニー、解析して」

 ポンズの言葉に頷いたハニーはみょんみょんと何やら不思議な動きを始める。それと同時にポンズの目が虚ろになった。

「解析…神経毒…蛋白質…経口分解…解毒…可能」

 そして目に光が戻る。

薬毒の妙(アルケミーマスター)

 ハニーの口から見える牙、そこに液体が流れる。

「キメラアントから奪った肉体に残っていた毒を解析、解毒剤を作成したわ。全部のキメラアントが同じ毒を使っているとも限らないでしょうけど、汎用性の高い出来は保証するわよ」

 それを見てほぅと感嘆の息を吐くカイト。

「ま、オレは毒は効かないからいいけど。神経毒だろ? フォローできてる」

「…………」

 キルア、空気読め。

「ところでキメラアントの顔を溶かしたアレは?」

「以前解析したヤコロギグモの消化液を具現化したわ。一滴でカエルとか小動物の内臓を全部グズグズに溶かすやつ。

 それを手のひらいっぱいに叩きつけたの」

「思ったよりエグい攻撃してんな、お前」

「人間にはなかなか使えないわね」

 呆れた俺の言葉に首を竦めながら返事をするポンズ。

 そうこうしているうちに野営の支度が整い、今日が過ぎ去っていく。

 キメラアントに見つかる可能性が高いから火は使わず、風を遮った場所で身を寄せ合う簡素過ぎる陣地だが、ひとまずはこれでいい。

 見ればまだ夕日が残っている。完全に暗闇に包まれて見張りが必要になるその前に。俺たちは情報の擦り合わせを行うのだった。

 



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073話 NGL・2

感想、誤字報告、高評価。
本当に励みになっています。ありがとうございます。
ちょっと短いですが、最新話をあげさせていただきます。
テンションが上がっている間にどんどん投稿したいと思います。


 

 夕日が差す中、輪になって話をする。

 今回、話を進める役を負ったのはポンズ。インセクトハンターであり、キメラアントに最も詳しいからこその議長役だ。

「まずは普通種のキメラアントの話からね」

 そう口火を切る。

「アリとかハチは一見交尾しないで大量の働きアリや働きバチを産んでいるように見えるけど、実はちゃんと交尾をしているわ。女王アリが成虫になった直後、新天地を探す際にオスと交尾をするの。その一回の交尾で女王アリは一生分の精子を胎に蓄えてちょっとずつ使用する。

 だけどキメラントの女王アリは交尾しないことが確認されているわ」

「摂食交配」

 ユアの言葉にポンズが軽く頷く。

「そう、キメラアントは女王の遺伝子と喰った獲物の遺伝子を掛け合わせて次代のアリを産むの。

 だから兵隊アリは生殖機能はちゃんと残っているわ。生殖本能が抑え込まれているだけで」

「……嫌な話の流れだが、もしもその状態で女王アリが死ぬと?」

「兵隊アリを縛るものはなくなり、群れは四散するわ。その時、兵隊アリは異種のメスと強引に交尾してそこでも次代の女王を孕ます。

 これは王も同じね。違いは王は産まれたらすぐに新天地を目指すのに対し、女王が死んだらその時点で大量にまき散らされるのが兵隊アリ」

「種を守る為とはいえ、傍迷惑が過ぎる種族だな……」

「第一級隔離指定種も納得よね」

 げんなりする俺にポンズが同意する。

 やや雑談も挟みながらも本筋から話はずらさない。

「ということは、結局援軍は必要だな。この7人だけで全てのキメラアントは駆除できん」

「そうなるな。状況を把握して柔軟に動けばいいが、蟻塚を見つけたら一旦撤退してもいいやも知れん」

「ああ、しかし被害を抑える為に牽制役も必要かもな。それは追々見極めて決めればいいが」

 カイトとエミヤが意見を交わす。それを聞きながらポンズは口を開く。

「続けるわね、ここまでが普通のキメラアントの話。

 本題の巨大キメラアントと思われる生物の考察に入るわ」

「う、うん。頑張る……」

「無理すんなよ、後で要点だけ教えてやるからさ」

 頭からブスブス煙を出し始めているゴンにキルアが呆れながら声をかけた。

 ゴンはともかくとして話を続ける。

「極端な例になるけど、大きな生物を喰らえば次代のアリも巨大になるわ。ここまで巨大なキメラアントが産まれた上に、さっき駆除した個体のほとんどは二足歩行で両手を使えた。これで類人猿以上の捕食は確定。

 そしてトドメにこちらを観察して逃げていくトンボ型のキメラアントも確認。あの知能の高さはほぼ間違いなく、今代の女王に人間の遺伝子が組み込まれているわね」

「マジか」

「それ、有り得るのかしら?」

「キメラアントの別名はグルメアント、個体によって食の好みは全く違うわ。とはいえ傾向はある。自分に近い遺伝子を取り込む傾向が強いとも言われているわ。

 逆算すると正規の王族ではないのかもね。女王アリが死んで四散した兵隊アリの子孫のうち一匹が好きでもない人間の死体を見つけて喰らい、その遺伝子を取り込んだ。その系譜がここにいると考えた方が妥当だわ」

「随分と都合のいい話に思えるが」

「私もそう思う。けど、ここで重要なのは人間の能力を取り込んだキメラアントが居る可能性があるってことよ。

 今はその由来はどうでもいいわ。違う?」

 また一段と真剣さが増す話題になってきた。ゴンも真面目な顔で頷く。

「あくまで可能性、だけど否定できない最悪の仮想。

 キメラアントは戦略や戦術はもちろん、武器も念だって使える危険があるわ」

 ポンズの言葉に俺とエミヤ以外は驚きの表情を顔に張り付ける。俺とエミヤはもちろん()()だと知っていたからそれに対する驚きはないが、この仮説に辿り着いたポンズには驚きを以って聞いていた。

「その可能性は頭によぎったが。やはりあり得る、か」

「無視して突然念の使い手に出くわす危険性と比べたら、警戒しておくに越したことはないと思う」

「結構絶望的な情報ね。昆虫の外殻に人間の柔軟性、それに念の強化が加わるとなると、私の通常攻撃じゃあダメージを与えられない気がする」

 想像するだけでもイヤだと言わんばかりにユアが顔をしかめる。

 このメンバーは念の系統が程よくばらけているが、肉体的に優れている訳でもない女性に特質系よりの系統が重なっている為、彼女たちでは通常攻撃に不安が残るのは事実だ。

 カイトの系統は具現化系っぽいが、能力の都合上近接戦闘能力は高いしな。

「ところで少し話は変わるが、キメラアントの姿が違い過ぎるように思えた。結局キメラアントの産卵形態はどうなっているのかな?」

 エミヤが疑問を差し込む。それを聞いた一同は答えを持つだろうポンズを見た。その視線を受け止めてポンズが答えを口にする。

「キメラアントの産卵形態はやや迂遠よ。説明するわね。

 まず王は女王が自分の胎で育てる、これは説明はいらないわね。

 王でないそれ以外の兵隊アリは全て女王の劣化コピーである産卵兵が産むわ。

 女王が栄養や遺伝子を蓄えて、それを産卵兵としての卵に付加して産み出す。産まれた産卵兵は託された遺伝子を育てるだけの一生を送るわ。その寿命は僅かなんだけど、ここでグルメアントの異名が生きてくるの。産卵兵それぞれに好みがあり、彼女らが生きている間に摂取した遺伝子も次代に受け継がれるわ。

 女王好みの獲物は優先的に女王に運ばれるし、たくさん捕獲しても他の上級兵が優先的にそれを口にする。結果的に産卵兵が食べるのは女王とは違う獲物。その遺伝子を混ぜ合わせる事により、次代のアリに多様性を生み出しているわ」

「ってことは……」

「私たちが相手にするのは人間とアリと、加えてナニカの遺伝子が混ざったバケモノってことよ」

合成獣の蟻(キメラアント)とはよく言ったものだ……」

 カイトが忌々しそうに吐き捨てた。覚悟していた俺やエミヤでも聞くだけで疲れる情報なのである、情報を集めてようやくその面倒さが見えてきた面々にとっては疲れるでは済まない話だ。

「とはいえここでグチを言っても始まらないだろう。話は一段落したし、今は体を休めることを優先したらどうだ?

 想像よりもタフな明日が待っていそうだ」

「バハトの言う通りだな。順番に体を休めるか」

 俺の提案にカイトが頷き、夕日が沈み始めた今日がようやく終わるのだった。

 

 翌日。

 ポックルから受け取った情報を元に、蟻塚があると思わしき場所へと切り込んでいく。どのタイミングで引くかは問題だが、こちらが壊滅的な被害を受けないのであれば、最低でも敵の拠点くらいは掴まなくては撤退の選択肢はない。

 そうして進む場所は当然キメラアントの拠点であり、すなわち接敵も当然の帰結だった。

 豚や牛といった家畜が木に刺さっている光景が飛び込んできて、ゴンがそれを百舌鳥の早贄のようだと口にする。それで全員が理解する。ここにいるのは百舌鳥のキメラアントであると。

 その想像は半分以上は合っていた結果となった。現れたキメラアントは百舌鳥だけではなく、他にもウサギのような特徴も兼ね揃えていたキメラアントであったから。

 人語が通じるそのキメラアントではあったが、それは会話が成立すると同義ではない。早贄に近づいた俺たちを獲物を奪う外敵だと認識したソイツは有無を言わず強襲してくる。

(兵隊長のキメラアントの身体能力はやはり厄介だな)

 その素早さ、その力強さ、その反射神経。どれをとっても並の人間では繰り出すことのできない鋭さを持っていた。

 しかもその上で勘も素晴らしいときている。ゴンやキルアには容赦なく襲い掛かる一方、俺やエミヤにカイトを相手にした時は顔に警戒の色を浮かべて攻撃を中断した。ユアやポンズに攻撃が出来なかったのは俺とエミヤに守られていたからだ。

 キメラアントの挙動を確認した上でカイトはゴンとキルアに指示を出す。コイツはお前らがなんとかしろと。

「ユアとポンズはいいのか?」

「そいつらには肉弾戦の期待はしていない」

 ばっさりと言い切るカイトに、ユアからむかちーんとした雰囲気が漂ってくる。

 それを無視してカイトは言葉を続けた。

「別の役割があるだろうし、奥の手はここで晒すべきじゃない。

 だがゴンとキルアは別だ。強化系に近いあいつらにとって、一体だけ出てきた雑魚ではない敵は格好の練習相手。ここで手こずるようなら話にならん。

 先々、守ってやる余裕はない」

「私とバハトは?」

「あのキメラアントが警戒を露わにした時点で合格だ」

 限りなく上から目線の言い方にユアの機嫌が際限なく悪くなってくる。とはいえ、カイトは俺より一回り以上年上のプロハンターだ。

 経験値も違う為、俺から言える文句はない。っていうか、リーダーなんて疲れる役目を負って貰ってありがたいくらいだ。ここでは誘導は必要ではないしな。

 そう思いつつ場面が進む。纏をしたゴンとキルアを相手に、件のキメラアントであるラモットは一進一退。2対1でありながら互角の戦いを繰り広げる。

 ここで業を煮やしたキルアが発を披露。落雷(ナルカミ)で麻痺させて隙を作り、そこでゴンのグーを当てる。硬の一撃を喰らったラモットは彼方へと吹き飛ぶが、それを森から現れた鳥型のキメラアントであるコルトがキャッチ。

「ぅぉぉぉおおおおお!! お前ら、喰ってやる。絶対に、絶対に、グチャグチャに磨り潰して喰らいつくしてやるぞぉぉぉ!!」

 激怒と憎悪の咆哮をあげながら、身動きの取れないダメージを負ったラモットはコルトに連れられて退散していく。

 その声を聞き、ゴンとキルアは自分の攻撃が効いていないのかと驚きの表情を浮かべていた。

 だから一応フォローはしてやる。

「いや、効いてるよありゃ。運搬役のキメラアントがいなければ地面に叩きつけられて、身動き取れずにトドメを刺すだけだっただろうな」

「引き際も心得ているとは、やはり一筋縄でいく相手ではなさそうだ」

 やれやれとエミヤが首を振る。

 そして一行のリーダーに収まりつつあるカイトは、ゴンとキルアの進軍を許可した。基礎能力は十分以上、後はどれだけ場数を踏むかが問題で、この先は絶好の修羅場だと。

「一歩踏み出せば、歩くも止まるも地獄だぞ」

「……上等」

「行くさ」

 カイトが慈悲ある脅しをかけてくるが、キルアとゴンは折れない。許可された進軍の権利を利用して突き進む。

 ここでは俺も言わねばなるまい。

「ユア、ポンズ。ここが恐らく帰還不能限界点(ポイント・オブ・ノーリターン)だ。ここを通り過ぎれば、戦果をあげるまで撤退はない。

 そしてお前らの戦闘力は残念ながら低い。俺とエミヤが出来る限り守りはするが、それにも限度はある。

 引くなら今ここだ」

「私がお兄ちゃんを信じない訳ないじゃん」

 決意を込めた俺の言葉は、妹によって軽やかに飛び越えられた。極自然に、極あっさりとユアはその境界線を飛び越える。

 一方でポンズはそれよりも熟考したようだが、それでも結論が変わる訳ではない。

「ルビコンの川を渡りましょう。あなただけ危険な目には遭わせないわ」

 微笑みながらポンズはそう告げて、彼女もラインを越えた。

 もう後戻りはできない。

『エミヤ、頼む』

『承知した、マスター。期待に応えるとしよう』

 進む、進む。キメラアントの蟻塚に向かって。

 そしておおよそ半分、キメラアントの領地を踏破した。

 



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074話 NGL・3

連日の投稿ができて自分でもびっくりです。
最新話が完成しましたので、どうかお楽しみください。


 崖に掘られた洞窟を発見。

「ここがキメラントの巣?」

「違うわね。キメラアントは地面に穴を掘って巣にするタイプじゃないわ。

 糞や泥を使って築城する蟻塚タイプよ」

「っつってもよ、明らかに自然物じゃねーよあれ。ここはNGLだろ?」

「……これがスピンの言っていたNGLの裏の顔?」

 ゴンとポンズにキルアが言い合い、ユアがポツリとこぼす。

 カイトは表情を変えず、俺は顔を顰めてその光景を見る。

「行くぞ」

「調査の必要は、あるだろうな」

 そう言って先導するカイトと俺。エミヤは周囲を警戒しながらついてくる。そしてやがて洞窟の中に入り、大型の機械類を発見。

「これは……」

「麻薬製造窯、大型のが幾つもあるな」

「逆に感心するよ。いったいどれほどの麻薬を製造してきたのか」

「最近巷で流行っている飲む麻薬ディーディー、製造拠点はここか。道理で情報が漏れない訳だ」

 思い思いに言葉を吐いた。

 誰も居ない麻薬製造拠点を、まるでどうでもいい観光スポットのように見て回る。

 その途中でキルアが新たな異常を見つけた。

「オイ、これ」

 彼が拾い上げたのはサブマシンガン。人類が誇る強力にして凶悪な兵器。念能力者ですら上澄みの者でしか太刀打ちできないその兵器が、無造作に大量に散らばっていた。

 敵対者の武器は禁じておいて、自分たちはしっかりと武装している。呆れんばかりの人間の邪悪さである。

 しかし一方でこの状況はもう一つの結果を一行に示していた。

「裏のNGLの重要拠点である麻薬製造拠点が空っぽで、重要な証拠でも武器でもあるサブマシンガンがそこらに無造作に捨てられているってことは……」

「奴らは完全にキメラアントに制圧されたってことだ。そこいらの人間が銃を持った程度じゃあ相手にならんって訳だな」

「ま、相性もあるしな。銃が効かない相手が念に弱いケースはままある」

「っていうか、裏のNGLの首魁たちは?」

「逃げたか喰われたか。どちらにせよ厄介だな」

「それって――」

 どういう意味かと聞こうとしたキルアだが、カイトは口に指を当てて静かにとジェスチャーをする。

 状況から見てここは既にキメラアントの領地。全員が一斉に黙る。

 その中で適時の円を発動したカイトが奥に続く暗闇に満ちた洞窟を見据えていた。

「半径何メートルくらい?」

「45メートル程度だ。体調により増減するがな」

「はい、お兄ちゃんの勝ち~」

「…………」

「恥ずかしいしそれどころじゃないからやめれ、ユア」

 そう言いつつ、ユアもエミヤの後ろに隠す。前衛は俺とカイト、ゴンとキルア。真ん中にエミヤが陣取り、その背後にユアとポンズが配置された。

 そしてやがて姿を現す3体のキメラアントと、全裸で首に鎖が繋がれた人間が2人。

『!!』

 これは流石にほぼ全員が瞠目した。この光景のインパクトは()()()()()俺でさえ衝撃を受けた。表情が変わらなかったのはエミヤのみ。しかしエミヤの場合感情を表に出さない方が怖かったりもする。

「ん~~? お前ら、どこから入って来た?」

 真ん中にいるケンタウロスのようなキメラアントが口を開く。

「た、たすけ、たすけて……」

「うっせーぞ、ポチ」

 プチャリと涙を流しながら命乞いをしていた男の頭が踏みつぶされる。あっさりと、命の価値なく。

「あ、やっちった」

 それを為したケンタウロスのキメラアントであるユンジュはどうでもよさそうに口を開いた。

「ま、いっか。そろそろコイツラにも飽きてきたし」

 その言葉にビクリと反応したもう一人の男は人間としての尊厳をかなぐり捨てて、愛想のいいイヌの真似をする。

「く~ん、く~ん。きゃきゃ♡」

 ……見るに絶えない醜悪な見世物だ。最悪なのは本人が命懸けの大真面目なところだろう。

 それを楽しそうに見届けたユンジュは、自分の脚をゆっくりとあげて飼いイヌの最期の反応を楽しむ。死が目前に迫ったその男は完全に硬直して、目も口も丸く大きく開く。そしてその口から漏れる息のような一声。

「ひ」

「目を逸らすな、何を飛ばされるか分からんぞ」

 思わずその光景から目を逸らしたゴンとユアを叱責するカイト。

「ばいばーい」

 ぎゃ、という短い断末魔と共にもう一人の男も地面に紅い華を咲かせた。

 俺やエミヤがそれを止めなかった理由は幾つかある。ユンジュの前に2匹のキメラアントがいて隙が少なかったこと。薬漬けにされていて人間として終わっていたこと。助けてしまうと人手が必要になるが手を貸す余裕がないこと。

 身も蓋もない言い方をすれば、生き地獄に落ちた人間を救うよりも自分の都合を優先させたということである。そしてそれは戦場という修羅場では珍しいことでもない。

 人の尊厳というものをグズグズに壊したユンジュは満足そうに俺たちの方を見る。

「よーし、光栄に思え。お前らを新しいクスリイヌに任命する。

 メスもいるなら情けねぇイヌ同士の乱交パーティでも開いてやるよ。

 捕獲!!」

 ユンジュの言葉に彼の前にいた蚊のキメラアントとムカデのキメラアントが襲い掛かってくる。ちなみにユンジュが最後に余計な事を言ったせいで、ポンズから怒りのオーラが漏れた。

 ムカデのキメラアントにはゴンとキルアが対処し、カイトは少しずつ気配を消していく。

(奇襲の準備か)

 ならば蚊のキメラアントを相手にするのは俺だろう。

「蚊蚊蚊! 新しい名前はポチかタマ、どちらがいい?」

「んー、クロ」

「ふざけんな、お前は黒くねーだろ!!」

 どこにどう怒っているのかよく分からん叫び声をあげながら細長い腕を俺に伸ばしてくる。

 遅すぎるそれを見切った俺は至極あっさりと掴み、捻り上げて関節技を極めながら投げ落とした。

「うぎゃぁぁぁぁぁぁ!!」

 熟練者がこの技を受ければ関節が砕けないように自分から地面に転ぶしかないが、武術の心得がない蚊のキメラアントはその判断すらできない。ギチメキゴキと音を立てながら関節が再生不可能までに破壊され、しかも捻転もある為にその体も地面に叩きつけられる。

 腕が壊される激痛、地面に顔から激突した苦悶。それに叫んだ蚊のキメラアント。

「なんてね」

 が、次の瞬間にはニヤリと嗤い、尾から伸びた針が俺の背後に回り込み、突き刺してくる。

「蚊蚊蚊、おバカさん! これでヤク漬けにすれば人間イヌの一丁あが――」

「なんてね」

 煌々とした氷塊(ブライトブロック)。先んじて発動した俺の能力は念を覚えていないキメラアントの針なんて容易に防ぎきれる。

「な、なんで」

「なんでだろうな?」

 呆然と言う蚊のキメラアントだが、彼女はまだ地面に倒れている。その頭に向かって脚を振り上げた。

「まっ――」

「尊厳が壊れるのが好きなんだろ? 最高の気分で逝けて羨ましい限りだよ」

 命乞いを聞くまでもなく、その頭を踏み潰す。

 気分は最悪だが、思ったより俺も頭にキていたらしい。戦いに意趣返しを込めるとはらしくもない。

 ぐりぐりと念入りに蚊のキメラアントを踏みつけにして息の根を止めたことを確認した後、他の戦況を見る。ユンジュは忍び寄ったカイトに銃殺され、ムカデのキメラアントはゴンのチーで体を真っ二つに切り裂かれていた。

 宙に切り上げられたムカデの上半身だが、その瞳はまだ死んでいない。ギラリと光りつつその牙を剥き出しにして。

 カイトが射出した攻撃をその脳に受けて絶命した。

「胴を斬ったくらいで安心するな。頭が無事ならば半日くらいは生きていられる連中だ」

 昆虫の生命力を説きつつ、己の能力をお披露目するカイト。

 気狂いピエロ(クレイジースロット)

 1から9の数字がランダムに選ばれ、番号に割り振られた武器を具現化する能力。一度具現化した武器はちゃんと使わないと消すことはできないし、取り換えることもできない。

 使いにくい能力だ、と。そう愚痴るカイトにゴンとキルアはならば何故そんな能力にしたんだと呆れ顔。そして更に呆れ顔なのがユア。

「ってかさ、カイトって結構運が悪い方じゃなかった? カキンのキャンプでもメシのじゃんけんスゲー負けたとか言っていたし」

「ん? まあな。何故かここぞって時しか勝てないんだよな」

 しかも運がない。本当になんでそんな能力にしたと、ポンズまでも呆れ顔になった。

 逆に俺はこれこそがカイトに最も見合った念能力であると確信した。

 これは未来の話になるが、ジンが言うには気狂いピエロ(クレイジースロット)にはカイトが絶対に死ぬもんかと思わないと出ない番号があるという。

 更に出た目を考えると、今回では暗殺に向いた銃。この後に多数のキメラアントに囲まれた時は対多数の鎌。本人は外れたとは言っているが、実際には最適の武器を具現化できている。

 つまり最強の能力がそう簡単に出ない代わりに、無意識にその場に適した武器が現れる仕様になっているのである。本人が気が付いているかどうかは知らないが、ランダムといいつつもイカサマで出目を操作しているようなものだ。

 そしていざ当たりの目が出る場合はカイトが全力を出すべきだと本能的に悟っている時に他ならず、自由に使えないというフラストレーションをバネにした上で当たったという高揚も併せて戦闘に入れる。念の戦闘で全力を出すにはこれ以上ない精神状態だ。

 本当に面倒そうな様子のカイトは自分の能力の本質に気が付いていないように思える。であるならば、カイトの能力を彼以上に詳しく知っているのは誰なのか。そして面倒な能力だと思いつつも、その能力にせざるを得なかったのは他人からの介入があったからに他ならない。それはいったい誰なのか。

(ジン=フリークス)

 捻くれ者で面倒くさくて自分勝手な風来坊。その心には誰よりも深い情を持った、世界最高峰の念能力者でありハンター。

 俺は偉大なる先人に敬意を表して、誰にも気が付かれないように目礼をした。

 見事。その感嘆と共に。

 

 洞窟を出た俺たちは更に進む。崖が続く地帯を抜けて森に入る。

 警戒はしていたが、あまりに見通しが悪い。それ故か、いつの間にかごくあっさりと多数のキメラアントに囲まれてしまっていた。

 完全に包囲したと確信したらしく、もはや隠れる気もなくなったキメラアントは続々と気配を露わにする。

 その中で一匹、カエルのキメラアントが進み出て嗜虐の感情を見せながら口を開く。

「君たちを完全に包囲した。そして君たちには選択権がある。

 我々と一対一で戦い、勝てば見逃そう。

 逃げる選択肢はオススメしない。我々を怒らせ、結果長く苦しむことになる。

 降参する選択肢はもっとオススメしない。我々の怒りを更に買い、更に長く苦しむことになる」

「よい選択肢だ。答えは決まっているがその前に少しだけ会話でもどうかな?」

 ここで今まで出番がなかったエミヤが前に出ながら口を開く。

『マスター』

『分かった』

 念話で軽く打ち合わせ。エミヤがキメラアントの注意を引いている間にさりげなくユアとポンズを仲間の内側に隠し、防衛体制を取る。

 軽い様子のエミヤに、やや意外そうな顔をしながらカエルのキメラアントが応えた。

「時間稼ぎかね? 意味はないと思うが、まあよい。最期に何を話したい?」

「そうだな、殺し合う仲とはいえ会話ができるならば名乗りを上げるのが粋というもの。

 私はエミヤという。あいにくと肩書なんてものには恵まれなかったが。そちらは?」

「ハギャ隊所属の兵隊長、フロップだ」

「先ほど洞窟で4本脚のキメラアントを倒したが、もしかして彼もかね?」

「ヤツもハギャ隊兵隊長のユンジュ。なんだ、何が聞きたい?」

「いやいや、我々が未だに師団長と戦えていないことが意外だ。師団長は強いのかい? 例えば君よりも」

「もちろんだ、ハギャ様は我々よりもずっと強い。こちらに向かっているが、君たちがその姿を見る事はないだろ――」

 言葉が終わる前にフロップの首がずるりと傾き、落ちた。

「情報提供ありがとう。もう用はない。

 害虫どもが、速やかに処分してやろう」

 エミヤの両手にはいつの間にか武器が握られていた。陰陽剣、干将莫邪。武骨なそれは、だらりと腕が下げられたエミヤの姿に実に似合っていた。

 フロップが奇襲で殺されたと気が付いたキメラアントたちは、怒りの咆哮をあげてエミヤに殺到する。俺やカイトたちはこの隙にこちらを狙ってくるキメラアントへ対処するつもりだったが、単純過ぎるのか俺たちには近づかずにエミヤにのみ襲い掛かっていた。

「エミヤ!」

 数十のキメラアントの標的となったエミヤにゴンが大声を上げるが、それは杞憂というもの。

 彼はキメラアントの嵐の中心で、淡々と両手に握られていた干将莫邪を冷徹に振るっていた。踊るようにではない、流れるようにではない。そんな美しい表現は彼には似合わない。地味に、堅実に、確実に。エミヤは襲い掛かるキメラアントたちの急所である頭を切り裂いて潰していく。それはもしも言葉で表すとするならば、質実剛健がよく似合う。

 そして、瞬く間に全てのキメラアントを切り伏せるエミヤ。こちらに一匹も寄越さずに、1分もかからずに、数十のキメラアントを処理しきっていた。

「すげ」

 思わずといった様子でキルアの口からそんな言葉が漏れる。

「いや、ミスをしたな。これは」

「何が?」

「向こうにいる3匹のキメラアントを警戒させてしまった。この場から去っていくな。

 おそらく真ん中のライオン型キメラアントが師団長のハギャか? できればここで倒しておくべきだった」

 エミヤが指す先には崖があり、どうやらその上にハギャたちがいるらしい。だが、明らかに1キロ以上も離れているその場所は俺も見えない。この距離で見えるのは千里眼を持つエミヤと、複眼を持ち視力に優れたフラッタくらいだ。

 遠すぎる位置からでも俺たちは危険と判断されたらしい。踵を返すハギャを、俺たちは見る事さえできない。

 だがこれはこれで収穫である。師団長でさえサーヴァントは容易に凌駕するらしい。つまり、残るのは最後にして最大の障害のみ。

(王直属護衛軍、ネフェルピトー)

 蟻塚までの距離ももう間もない。

 決戦の時はもう目の前まで迫っていた。

 



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075話 直属護衛軍

 

 ◇

 

「さらに戦闘には顕在オーラ量(AOP)を増やすことも重要だ。表に出せるオーラの総量が、あっ、増えれば単純に戦闘が有利になあっ。

 あっ、あっ、あっ

 あっ」

 頭皮を剃り、頭蓋を割り、脳を空気に晒す。剥き出しになった脳に針を刺してぐちゅぐちゅとかきまわしていたネフェルピトーだったが、おおよそ聞きたいことは聞き出した。このニンゲンはもう用済みだ。

「あっ、あっ、あっ、あっ、あっ」

「あれはもういらにゃい。今すぐ女王様へ献上して」

「はっ!」

 ブタのキメラアントであるその雑務兵はネフェルピトーの言葉に従い、捕らえられた念能力者の頭に肉斬り包丁を振り落とす。

「あ」

 それだけを言い残し、その念能力者は息絶えた。もちろんキメラアントたちがエサに思うことな何もない。ぐちゃぐちゃとミンチにしたその肉を丸め、女王に差し出す為にその場から運び出される。

 そんな些末なことを無視してネフェルピトーはキメラアントたちに念を習得させる為の指示を出す。

 それが終わる頃、ふと声を出した。

「ん~、発かぁ、自分に最も見合った特異現象が発生するとか面白いよね。トトのそれも発なのかな?」

「おそらくは」

 いつの間にか。そう表現するべき唐突さでネフェルピトーの横から声を出すキメラアントがいた。ぱっと見はモデルでもしていそうな優男。だが、その体にはほんの少しだけ昆虫の特徴が顕れており、彼がキメラアントであることは確実だった。

 そして何よりネフェルピトーと対等に話をする。その時点で彼の位は推し測れるというもの。

 直属護衛軍。トトと呼ばれたキメラアントは間違いなくその次元の存在に産まれついていた。

「いったいなんでそんな能力になったのかにゃ?」

「心当たりはあるが、ピトーにそれを言う義理もないだろう。この身はただ王の為に存在するが故に」

「ふ~ん」

 興味があるのかどうでもいいのか、ネフェルピトーの反応は微妙だ。だが少なくとも、ネフェルピトーはトトと呼ばれるキメラアントに命令することが出来ないのは確かだろう。

 だがそこでネフェルピトーはピクリと何かに反応し、好戦的な笑みを浮かべた。それを察知したトトと呼ばれたキメラアントは問いかける。

「どうした?」

「確かめてくる。ボクがどれだけ強いのか」

 それを言い終わった時には、ネフェルピトーは既にその部屋の出入り口にいた。そこから出なかったのは、もう一言残しておく言葉があったから。

「トト、君は来るなよ。アレらボクの玩具(オモチャ)だ」

 言葉が響くよりも先にその場からいなくなるネフェルピトー。

 それを聞いたトトと呼ばれたキメラアントは。しかし首を横に振る。

 先ほどネフェルピトーが思った通り、命令を聞く筋合いはないのだから。

「全ては王の為に」

 

 ◇

 

 ハギャが戦闘を回避し、約一日が経過した。

 そろそろ蟻塚が見えるだろうと予測していたのもあって、重苦しい沈黙の中で足を進めていたが、やがて誰ともなしに止まる。

 見えたのだ、高層ビルのようにそびえたつ土色の摩天楼が。

 そして。

(冗っ、談)

 それを覆うように広がるアメーバのような円。もちろん知識としては知っていた。が、知ると見るとは大違いだと人生で一番強く思い知らされた。

 いや、思い知らされたというよりも叩きつけられたといった方が正しい。己の貧弱さと貧相さを。

『エ、ミヤ』

『……これほどとは』

 エミヤでさえこの威圧に驚いている。一縷の望みは彼は気圧されていないことか。彼はこれを絶望とは捉えていない。今はそれだけが縋る寄る辺だった。

 カイトもだらだらと冷や汗を流して立ち尽くしている。俺と同じような感想を抱いたらしい。なまじ強いとレベルの違いを理解して絶望すると言ったのは誰であったか。現実逃避気味に考えてしまう。

 この異常に気が付いていないユアにゴン、キルアとポンズは普通に警戒している。ここはキメラアントの蟻塚のすぐ傍であるとなれば、いつ襲われてもおかしくない。おかしくはないのだが、そんな心配をしていることがまずおかしい。あの円はそういうレベルじゃない、そんな次元ではないのに。

 一種の混乱状態に陥った俺とカイトを不思議そうに見る4人。

 退避、その一言が言えない。ああそうだ、ここでカイトを見捨てないと先々に不安が残るなんてことも忘れていた。そんな未来の保身なぞ後回しだ。今は一刻も早くここから離れるべきで――

 

 ぞるりと動いたアメーバのようなネフェルピトーの円。その先端が先頭にいる俺とカイトに触れた。

 

 円が消失する。

 俺たちが何かをした訳ではない。ネフェルピトーが敵対者、いや獲物に気が付いてオーラを自分に収納したに過ぎない。

 10秒あれば御の字。それ以下の時間で来襲してもなんの不思議もない。

 ようやく我に返ったカイトは振り向いて現状を理解していない4人に叫ぶ。

「逃げろぉぉぉ!!」

「え?」

「カイト?」

「なに?」

「どったの?」

 絶叫するカイトに4人は疑問符を浮かべるばかり。すくりと立ち上がって前に進んだのはエミヤ。揺るぎない鷹の目で蟻塚の一点を睨む。感覚を共有してみれば、彼の瞳は蟻塚から這い出したネコのキメラアントであるネフェルピトーを見据えていた。

 ニィと嗤うネフェルピトーが脚に力を込めた。

「来るぞ!!」

「俺から、俺たちから一刻も早く離れるんだ!!」

 理解を求めずに命令をするカイト。俺は我に返り、後ろに下がる。少し予定とは違うが、4人を連れて退却する。そうすればここに残るのはエミヤとカイト、そしてネフェルピトーだけだ。思惑通りの流れになる。

「マスタァァァー-!!」

 そんな自分に都合のいい未来予想図は瞬間で砕け散った。

 耳に届いたのはエミヤの絶叫。後ろから肩を思いっきり押される感覚。勢い余って後ろに向かいながら回転し、背後で何が起こっているのかを見る。

 そこにいたのは一人の男。一見すれば人間であるが、体の所々に昆虫の特徴が僅かながら存在する優男。そいつが、手を伸ばして俺を押し出した体勢のエミヤの首を刎ねていた。

「は?」

(ありえない)

 心に去来したのはそんな言葉。別にサーヴァントが最強だと思っている訳でもなく、ただただ単純に位置がありえない。

 エミヤはネフェルピトーを迎撃する為に先頭に立った。その警戒は蟻塚に向いていたとはいえ、別方向からの攻撃を警戒しないほどサーヴァントという存在はぬるくない。間違いなくエミヤは強襲奇襲を警戒していたはずだ。前方からだけでなく、後方や横に上空地中まで。

 その警戒を抜いていきなり俺の横にキメラアントが現れることがおかしい。

(あ)

 一瞬が圧縮された俺の頭によぎったのはモラウの言葉。念能力者の戦いは何が起きるか分からない、オーラ量の多寡なんて気休めにもならない。

 そして現実に返ってくれば、確かに切断されたエミヤの首。

(ッッッ、ヤバイ!!)

 首を切断されてエミヤが現界できる道理はない。魔力の霧となって消えていく。

 それを見る俺の視界の隅で、文字通り飛来したネフェルピトーによってカイトの右腕が切断されていた。

 間が空く。間が、空く。

 宙を飛んだカイトの右腕がやけにゆっくりと地面に向かい、ドンと重い音を立てて地面にぶつかる。

 時が動いた。

「トトォ!! ボクの見つけた玩具(オモチャ)だぞ!」

「我らは王の手駒であろう。優先すべきは王の安寧のはず」

 激昂して叫ぶネフェルピトーと冷静な口調で答えるトトと呼ばれたキメラアント。間違いなく護衛軍の一人。俺の知らない護衛軍。

(っ、っっっ!!)

 最悪だ。最悪のタイミングで未知の護衛軍が襲来しやがった。仰け反りながら後ろに下がる俺。

 次の瞬間に響いたのはゴンの咆哮とユアの悲鳴。ゴンはカイトの右腕が切り落とされたことに激怒しながらオーラを爆発させ、ユアは眦に涙を浮かべながら死にかけた俺に向かって手を伸ばしている。

 この期に及んで撤退をしない仲間たちに顔が強張るが。キルアが気炎をあげたゴンの後頭部を思いっきり殴って意識を飛ばし、ポンズがユアを抱き留めてその掌でユアの口と鼻を覆う。すぐさまユアは瞳を揺らし、瞼を閉じた。薬毒の妙(アルケミーマスター)で眠り薬でも嗅がせたのだろう。

 ネフェルピトーはそんな4人をチラリと見て興味をなくし、改めて俺とカイトを眺めてくる。

「良い判断だ、キルアにポンズ。ここは俺たちが時間を稼ぐ。

 できるだけ遠くに逃げろ」

 カイトは残った左腕で気狂いピエロ(クレイジースロット)を発動し、得物を具現化。

 だが。

「王の安寧のために害あるものは全て排除するのが道理」

 ネフェルピトーはともかく、トトは4人を見逃さない。ゴンを担いだキルアとユアを抱いたポンズに向かって追撃の姿勢を取る。

(もしも、今)

 神の不在証明(パーフェクトプラン)を発動すれば、俺だけは逃げ切れる。護衛軍2体の意識の外にいる俺は絶対に逃げ切れる。

 運が良ければゴンとキルア、ユアとポンズ。どちらか一方も逃げ切れる。二手に分かれて片方だけはもしかしたら。

 どこか他人事のようにそう考えながら、俺はトトの前に立ちふさがる。背後には、妹と妻。そして念の愛弟子。

「邪魔である」

煌々とした氷塊(ブライトブロック)!!」

 無造作にトトの右腕が払われ、クロスアームブロックをした上で氷の盾を前面に展開。

 瞬間、盾は粉々に砕け、それでも勢いが止まらなかったトトの右腕は俺の両手にブチ当たり、何メートルも後退させられる。

 だが、一撃は防ぎ切った。

「ふぅぅぅっ」

「それなりに力は入れたつもりであったが」

 俺という邪魔者を払えなかったトトが意外そうな表情で俺を見る。彼は今、初めて俺という個を見た。

 が、それも束の間だった。すっと視線を外すと、俺の背後を眺めた。

「む、いかん。思ったよりも逃げ足が速い」

 それは逆に俺にとって朗報だ。もう僅かな間、トトから時間を稼げば俺も撤退できる。それも厳しいといえば厳しいが、不可能ではない。

(できればサーヴァントを召喚したいが)

 それは流石に無理なようだ。サーヴァント召喚の為に意識を聖杯に移せば、その瞬間に俺が死ぬ。

 大丈夫、防御はできる。大丈夫、時間を稼ぐことはできる。大丈夫、発を組み合わせれば逃げ切れる。

 トトにとって時間は余り残っていない。真面目くさった表情をしたトトが俺に一歩を踏み出した、その時だった。

「ぐぉ!」

「ぉぅ!」

 吹き飛ばされたカイトがトトの背中にぶつかった。慌ててカイトはトトから離れて武器を構える。

 一方でそれを為したのはネフェルピトー。カイトを蹴りだした体勢のまま、にこにこと笑みを浮かべていた。

「片腕を失ってもここまで戦えるのは意外だし楽しいけどさー、それなら両腕がある方と戦った方が楽しいにゃ。

 トト、今度はボクがこっちと遊ぶからもう片方よろしく。ちゃんとこっちの玩具(オモチャ)も楽しいよ」

「はぁ。我は遊びにきた訳ではないというのに」

 疲れたように溜息を吐くトト。そしてネフェルピトーと話をしても無駄だと悟ったのか、ここにいる全員を無視してキルアとポンズを追おうと随分と遠くなったその影を見た。

 それを把握したカイトがさせじとトトに突っ込んでいく。

「おおおおおおおおぉぉぉ!!」

「ああ、もう。本当に邪魔である!」

 カイトの決死の突撃を蠅でも払うかのように雑にいなしていくトト。

 一方、自分の目論見通りになったネフェルピトーは満面の笑みを浮かべて俺のことを眺める。

「じゃあ今度はボクと遊ぼうよ」

 素直にありがたいと思った。

 トトは俺を庇ったエミヤを一撃で殺す攻撃力を備えているのは分かったが、その他多くの情報が謎に包まれている。

 一方でネフェルピトーは性格はもちろん、いずれ持つ能力でさえ把握済みだ。今現在、発を持っていないことまで知っている。トトと比べてどちらがやりやすいのかは論じるまでもない。

 ついでに少しでも会話ができれば、時間を稼げて情報も手に入れられればより良い。

「お前はネフェルピトーで、あっちはトトか。急に次元の違うバケモノが出てきたな」

「君はそこらの凡夫よりも強そうだから楽しみだにゃ。言った通り、ボクの名前はネフェルピトー。あっちはトトルゥトゥトゥ。4人いる護衛軍さ」

 トトルゥトゥトゥ。それがイレギュラーの護衛軍。そして数は4。しっかりと頭に叩き込む。

 そんな俺を見てにっこりと笑うネフェルピトー。

「少しでも時間は稼げたかな? 情報も仕入れられた? じゃあ、もういいかにゃ?」

「……後少しだけ待ってくれ」

 どうやら完全にネフェルピトーの掌の上だったらしい。少しだけ絶望しながら、俺は腰に下げた水筒を口に運ぶ。そして中に蓄えられた清廉なる雫(クリアドロップ)を一息で飲み干した。

 癒しの力を持つ清廉なる雫(クリアドロップ)だが、最大具現化量を一息に飲み干すと全く別の効果を及ぼす。それは一時的なブースト、顕在オーラ量(AOP)を倍化させることを強制する能力。

 これにはデメリットもある。潜在オーラ量(POP)は変わらない上に、発するオーラは常に最大量に固定される。つまりあっという間にガス欠を起こしてしまうのだ。今の俺であれば5分とオーラは持つまい。

(だが今はこれで十分!)

 5分どころか1分も時間を稼げれば撤退できる現状であり、撤退できればサーヴァントを召喚して護衛させられる。撤退するにも発を使う為のオーラが多いに越したことはない。この状況でこの切り札を切らない理由が全くもって存在しなかった。

 更に無言で空気醸造法(エアライズ)を発動。空気のパワーアーマーを全身に纏わせる。

「待たせたな、これが俺の全力だ!」

 全力を超えた練によるオーラをネフェルピトーに叩きつける。そんな俺を見てネフェルピトーは無邪気に笑う。

「ああ、本当に待ったかいがあった、にゃ!」

 予備動作なしで飛び膝蹴りを仕掛けてくるネフェルピトー。それを両手で受け止め、握り、力任せにネフェルピトーを地面に叩きつける。

 爆発したかのように土が飛散し、お互いに視界が遮られた。掴んだ脚を頼りにネフェルピトーの位置を把握。倒れ込むような肘撃ちを叩き込む。

 その攻撃は片手で受け止められ、逆に土煙の奥から拳が飛んでくる。回避が不可能だと悟った俺は、即座に煌々とした氷塊(ブライトブロック)を発動。顔に命中する前に氷の兜を創り出し、更に空気醸造法(エアライズ)によるクッションもあわせて威力を軽減する。それでもネフェルピトーの拳は俺の首を後ろに仰け反らせた。倍化したオーラで全力の防御をしてこれであり、清廉なる雫(クリアドロップ)でオーラを増やしていなかったらこれだけで死んでいる。

(あぶねぇ!!)

 トトに遊びはなかった。ただ、本気でもなかった。一方でネフェルピトーは遊んでいる。その分だけ本気だ。十分に厳しい。

 後ろへと向かうベクトルの力に逆らわず、空中でバク転を決めながら着地。薄くなった土煙の奥から瞳を爛々と輝かせたネフェルピトーが見える。簡単に壊れない玩具(オモチャ)が面白くて楽しくて仕方がないと、その表情が語っていた。

「はっ!」

「にゃ!」

 中国拳法、偽円の運び。外から回り込むような虚の動きを見せて、そこから鋭く内に入り込む技法。それに釣られたネフェルピトーは外に大きく攻撃を外し、その間隙を縫って発勁を彼女の腹部に叩き込む。

「ご…」

 オーラを倍化させた上での内臓への衝撃は流石に効いたらしい。初めてネフェルピトーが苦悶の声を漏らした。

 それを機と見た俺は動きをボクシングのそれに変えてネフェルピトーのボディを執拗に叩く。攻撃箇所を変えればコンマ何秒か発生する隙を嫌ったのだ。

 ドグドグドグと3発、腹部に攻撃を受けたネフェルピトーはお返しのように頭突きを繰り出した。攻撃に意識を傾けていた俺はそれをまともに喰らう。氷の兜も空気の緩衝材もなかったその一撃で俺の脳は揺れ、視界が回る。

 すぐに意識を戻すが、遅い。ネフェルピトーの尻尾が足首に絡みついて払われ、バランスを崩して尻もちをつく。その俺の体の位置がちょうどいいと言わんばかりにネフェルピトーの蹴りが胸に突き刺さる。

「ご、ぇ」

 空気を吐き出しながら後ろに吹っ飛ばされる。転がりながら衝撃をいなし、吹き飛ばされた流れの中でなんとか両足で地面を掴む。起き上がる動作なぞネフェルピトーの前でさらしていられない。ロスはできるだけ少なくしなくてはならない。

 そうして前を睨む俺。

「ピトー、遊びすぎだ」

 後ろから発される声。咄嗟に横に動き、先ほどまでの前と後ろを同時に視界に入れる。前にはネフェルピトー、後ろにはトト。

「トト、終わったんだ。残りの玩具(オモチャ)を追わなくていいの?」

「見失った。お前が遊び過ぎたせいだぞ、ピトー」

「少しくらい逃がしたっていいじゃにゃい。ってか、まだあっちの方から僅かに足音が聞こえるよ?」

「お前と同じ聴力を期待するな」

「ま、いいや。ボクの邪魔はしないでね」

「せん。だからさっさと終わらせろ」

 気軽な会話をするネフェルピトーとトト。話をするトトの傍らには胸に大穴を開けて取り返しのつかない大流血をしているカイトの姿があった。仰向けに倒れた彼の目の焦点はどこにも合っていなくて、カイトはすでにあの世を見ている。

 そしてトトはネフェルピトーに加勢するよりも、何かの紛れで俺を逃がすことを警戒しているらしい。襲い掛かってくる気配こそないが、やはり微塵も油断がない。

「は、はは…」

 ここまで警戒されてしまえば、もはやどんな発も使用できない。その発動の予兆を感じた瞬間に潰される。

 可能性があるとすれば、トトが警戒を解かざるを得ない状況に追い込むこと。

 俺がネフェルピトーを撃破し、トトを戦闘の場に引きずりだす。警戒の感覚を切り替える刹那こそ、脱出する為の発を使うに最適の隙ができる。

 とどのつまり、ネフェルピトーを撃破しなくてはならない。護衛軍の一人を、俺が撃破しなくてはならない。

 なんだそれは。なんだその結論は。なんてことだ。その結論に達した時に感じたこの感覚は自分でも極めて意外だ。

「最っ高に滾るじゃねぇか……!!」

 人生で味わったことのないこの高揚は一体なんなんだ!!

 顔がにやける。今まで取り繕ってきた生き続ける為の小賢しさが表情から抜け落ちていくのが分かる。代わりに浮かんでくるのは獰猛な笑み。

 殺す、殺す、殺す、殺す。生きる為に殺す、強者を逆にひき潰す。それを想像した瞬間に一気に俺が発するオーラが増え、更にそれが清廉なる雫(クリアドロップ)の効果で倍化される。

 にたにたと哂う表情を抑えられないまま、俺は発したオーラを右腕に集め、更に煌々とした氷塊(ブライトブロック)で氷による補強。前に前にと体重をかけ、最高の一撃をブチ込む準備を整えた。

 そんな俺を見たネフェルピトーは。ケラケラと嗤いながら同じようにオーラを右腕に集めて、やはり同じように前傾姿勢を取った。見ただけでここまで高いレベルの凝を習得するとかこれだから天才は。

「楽しいにゃあ」

「ああ、楽しいな」

 目と目を合わせ、ふと目尻を下げるだけの一瞬。それが合図。

 ネフェルピトーへと向かって突進する俺。俺に向かって突進してくるネフェルピトー。

 お互いにお互いが最高の一撃を放てる間合いに入った瞬間、右腕の拳と右腕の掌がカチ合った。拮抗は一瞬だと本能が理解する。この一瞬が過ぎ去ればより勢いの弱い方の腕が弾かれる。そしてこの威力を一点に受けた腕は肩から千切れ飛ぶだろうと。

 片腕を失えばネフェルピトーとはいえども戦闘力は激減する。そうなればトトも戦闘に割り込んでくる。問題は何もない。

 そして次の瞬間が訪れて。

 右腕が肩から千切れ飛んで。

 眼前に見えたネフェルピトーの顔が、驚きから微笑みに変わり。

 そして。

 そして。

(嗚呼…)

 そして。

 

 

 

 ♥

 

 

 

 うんっ

 ボク、ちょっと強いかも♪

 

 

 




 今回の件で追記をさせて頂きました。
 御一読いただけたら幸いです。

https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=278674&uid=2330

 3章を執筆するにあたり、以前書いたあとがきを移しました。

https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=278732&uid=2330

 そして恥ずべきこととは思いますが、以後執筆が出来なる可能性がでてきましたので、万が一に備えて今回の作品のテーマや裏側などを書けるうちに書いておきました。
 興味のある方はご覧ください。

https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=278733&uid=2330


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3章 緋の目 深く、昏く
076話 敗走


この話より三人称視点になります。ご了承下さい。


 ゼイゼイハァハァと息を乱しながら、キルアとポンズはNGLの国境に向けて必死に駆けていた。

 ただでさえ数日かけて踏破した距離である上に、ここはキメラアントの陣地である。奇襲されても全くおかしくない。

 そんなありきたりな心配なんて2人は全くしていなかった。バハトとカイトが足止めをしているであろうあの2匹のキメラアントから感じた悪意のイメージ。それから逃れるようにただただ足を動かしていた。

 背に抱えた親友と義妹を捨てなかったのは、二人に残った人間性か。それともその動作でさえ隙になると嫌ったのか。まあ、あの二匹に遭った時に見捨てなかったから人間性なのだろう、きっと。

 効率的な休憩を取る事もなく、お互いに会話を交わすこともなく。そして幸いにも他のキメラアントに出会うこともなく。キルアとポンズはNGLの国境に辿り着いた。意識を失ったままのゴンとユアを抱きかかえたまま。

 誰も褒めてはくれないだろうが、護衛軍の二匹と遭遇して生還したのだ。これだけでも誇るべき偉業である。

「! オイ、大丈夫かっ!?」

 声をかけてきたのはポックルだ。以前彼が自分で言った通りにNGLの国境で待機していた為、逃げ帰ってきた4人を見つけて駆け寄ってきたのだ。

 キメラアントの戦闘兵を顔色一つ変えずに掃討した彼ら彼女らの表情は蒼白だ。半分は意識を失っている。

 それよりなにより、他の3人の姿が見えない。

「ぅ」

 それが導きだした結論に、ポックルは生唾を呑み込んだ。負けたのだ、彼らも。自分が死にかけたキメラアントをあっさりと屠った強者が、見栄も恥も捨てて逃げ出すようなバケモノがきっといたのだ。

 文字通りポックルにとって次元が違う話だが、だからこそ遠い現実を見ずに身近なところの世話をする。NGLの国境で金を払って部屋を取り、食事と水の手配。それからNGLを退去する手続きと共に、ここに預けた文明の利器を回収してキルアたちに戻す。

 しかしNGLの実態を見たキルアとポンズは世話になることを拒否した。何が仕込まれているか分かったものじゃないという判断だ。

「ありがとう、ポックル」

「あ、ああ。俺ができるのはこれくらいしかないからな」

 疲れ切った笑みを見せるポンズに、ポックルは顔を赤らめながら視線を逸らす。

 NGLから出たところで、キルアとポンズはのろのろとケータイの電話番号を押す。気は滅入るが、しない訳にはいくまい。キルアはカイトの仲間に電話をかけ、ポンズはマチへと電話をかけた。

 数コールが鳴った後、ポンズの電話が通話状態になる。

『ポンズかい。どうした』

「…………」

『?』

「バハトが」

『バハトが?』

「バハト、が……」

『…………』

「生死、不明よ」

『……そうかい。詳しい話を聞いていいかい?』

 優しく続きを促すマチ。

 彼女はバハトが奪った指揮者のタクトはその両手(ルーラーコンダクター)によって操作されていたが、バハトは常に自分が死ぬ可能性というものを見据えていた。例え一つの能力が切れたとしても、ユアの能力である絶対規律(ロウ・アンド・レイ)とクラピカの能力である律する小指の鎖(ジャッジメントチェーン)で縛られている。まだマチが死んでいないということは、少なくとも律する小指の鎖(ジャッジメントチェーン)が発動する段階にはないということだ。

 つまり、マチは少なくともバハトの血族の味方にされているのである。その一員のレントの母であるポンズにも優しいのは当然だった。

 そんなマチはポンズの心の澱を吐き出させるように話を聞いていく。

 何があったのか。何が起こったのか。そして、何をしてしまったのか。

『……そうかい。ポンズ、自分を責めるんじゃないよ』

「え?」

『バハトはアンタに生きて欲しいと思っていたんだ。その思い、アンタが無下にしちゃいけないよって言ってるんだ』

「…………」

『災害で生き残った人間は、自分が生き残ってしまったことを責めちまうらしい。だから誰かが言ってやらなくちゃいけないんだ。

 アンタは悪くない、ってな』

「っ!!」

 ポンズは口をへの字に曲げて、キツく瞼を閉じる。その目尻からボロボロボロボロと涙がこぼれ落ちていく。

 とめどなく、とめどなく。

『泣けばいい。泣いて泣いて、そしてどうするかは自分で決めな。

 アンタはプロハンターだろ?』

「っぃく、ぅっく……」

『レントのことは心配いらない。アタシがいる』

「っっっ!!」

『……今は存分に、独りで泣きな。じゃあね』

 マチはそう言って通話を切った。ポンズの近くには数人居たが、電話の向こうにいた彼女にそれは察せなかったらしい。もしくは察した上で気を遣ったか。

 電話の向こうから温かい声をかけられたポンズとは対照的に、キルアはカイトの仲間から罵声と冷静な事務連絡を受けた。

 間もなく討伐隊が到着するというが、それを聞いたキルアは全く動く気力が湧かなかった。討伐隊にキメラアントの情報を渡すという任務もあっただろうが、敗北感に打ちひしがれていたのだ。

 やがて到着した討伐隊はネテロ会長と、その他に2人。グラサンをかけた大男と、スーツ姿の男。

 嘲笑や慰めや戦闘の心構えなどを聞くキルア。対して彼が言えたことは、ネフェルピトーやトトルゥトゥトゥを見た時の恐怖のみ。それにポンズは補足をする。

「バハトとカイトは、強かったわ。あなたたちと同じくらい。そしてエミヤはそんなバハトよりも強かった。

 けれども、エミヤは一瞬で殺されて、カイトは片腕を奪われたわ。

 ……気を付けなさい」

「カカカ、ねぇちゃん。さては話を聞いてねーな? 見かけ上の強さなんて気休めにもなんねーってよ」

「ご忠告は感謝して受け取りましょう。返答はご心配なく、ですが」

 しかしやはりというか。グラサンの大男であるモラウとスーツの男であるノヴはまともに取り合わず、笑って受け流すだけである。今まで潜った修羅場の数がその自信の根拠になっているのだろう。過信と紙一重とはいえ、自信も念を強化する一要素だ。少なくとも逃走したキルアやポンズが彼らを笑う事はできない。

 話すことは話したと言わんばかりにモラウとノヴはNGLの国境へと向かう。一歩遅れてそれを追うネテロ会長は打ちひしがれている4人に割符を放った。

 強くなれれば帰って来い、と。そんな激励の言葉を置いて。

 

 間もなく、ゴンとユアが目を覚ます。

 ゴンはキルアに、ユアはポンズにその後のことを聞いていく。

「バハトは私たちを逃がす為にあのバケモノの前に立ったわ。私が確認したのはそこまでよ」

「……そう」

 表情をなくしてユアはそう呟いた。そしてほんの少し、ちょっとだけ、空白の時間が流れる。

「バハトもカイトも生きている! あんな奴らに殺される訳がないよ!」

 ゴンが力強く言い切ったのが聞こえて来る。

 それを聞いたユアは瞳を閉じて、数秒だけ空を向いた。

 次にポンズの方を向いた時、その瞳は緋色に染まっていて。

「ありがとう、ポンズさん」

「え?」

「私がした行動が最悪だったわ。お兄ちゃんに向かうだけなんて、あの場面ではなんの意味もない。

 死ぬだけだった私を助けてくれたのはポンズさん。だから、ありがとう」

「ど、どういたしまして?」

 やった事の負い目を感じているポンズとしてはお礼を言われるのはどうにも腑に落ちないのだが、だからといってユアの話に筋が通っていない訳でもない。

 釈然としないままに感謝の言葉を受け取るしかないのだった。

 そうしてその後、ユアは瞳の色を変えないまま、平坦な口調でポツリと言葉をこぼす。

 

「強く、ならなくちゃね」

 




 まずは読んでいただけたことに感謝を。
 いくつものご意見をいただき、3章を執筆することを決めました。
 どうかよろしくお願いします。

 ちょっと私事で言いたいことがありますので、興味がありましたら活動報告をご覧ください。この小説に直接は関わらないのでリンクは張りません。

 そして前回の感想でいくつか出た意見ですが、百万回生きた猫(ネコノナマエ)について持論を展開させていただきます。
 結論から言いますと、バハトは百万回生きた猫(ネコノナマエ)を発動できません。その根拠は百万回生きた猫(ネコノナマエ)が死者の念を前提に使用される点です。もちろん能力自体は所有しているので、絶対に発動できないとは言いませんが、高確率で不発します。生きている間に条件を満たせば発動する訳ではなく、死の瞬間にどれだけ強い想いを残せるかが死者の念の強さの秘密だと思います。そういう意味で、百万回生きた猫(ネコノナマエ)は自分を殺すなんて許せないと強く想うカミーラ専用の能力といえるでしょう。


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077話 再起・1

 

 ロカリオ共和国のNGLにほど近いとある都市。

 そこにユアとポンズ、ゴンとキルアが辿り着いてネテロ会長の試練を受けていた。

 預けられたのは2枚の割符。それだけだったが、これを揃えろという意味に間違いはあるまい。

 2種類の割符を揃える。となれば、敵は2人以上か。もしもこの町に隠れられれば見つけることから始めねばなるまい。ただ念の戦闘だけを求められているわけではない。ハンターとして、キメラアント討伐隊の資質を求められているのだ。バカに務まる役目ではない、ということだろう。

「オレの名はァ! ナックル=バイン!! ビーストハンターだァ!!

 討伐隊候補者にィィ! 決闘を申し込ォーーーむ!!」

 ただのバカを横目で見ながらキルアとユアが悠然と町を歩いていた。

 

 ちなみにルールの説明はきちんと為されていた。駅のホームに備え付けられた伝言板、そこに参加の意思を書き込んだ後、現れた女性はパームといった。

 つまるところノヴの弟子である彼女と、モラウの弟子であるナックルとシュートが討伐隊の補欠の位置にいたらしい。パームだけでは戦闘能力に難があるとみなされたのか、ゴンたち4人が彼女と共に行動することになった。1ヶ月の期間内にナックルとシュートを倒せば合格、その証拠に割符を揃えろということらしい。

「罠としちゃお粗末だったけど、とりあえず敵の顔を一人分知れたのは収穫ね」

「監視を前提に動いたからもう一人までは見つけられなかったけどな」

 ユアとキルアがそう言って、ゴンとポンズに話をする。

 相手はこちらより格上で、結局は地力をあげなければ話にならない。

 そこまでは話は合ったが、次が合わない。

「敵の能力を知らなくていいと思う」

「同感ね。NGLで敵の能力が分からないから戦えませんなんて言ってられないわ」

「それはNGLに行ってから悩めばいいさ。まずは当面の敵に勝てなきゃNGLもクソもねーんだぜ?」

「ここで相手の能力を知れる方法を考えるっていうのも有効だと思うわ」

 ゴンとユアが敵を探らなくていいと言い、キルアとポンズが敵は探るべきだと言う。しかもそれぞれで微妙にスタンスが違う。話がまとまらない流れになってきた時だが、乱入者がそれを収めた。

「はいはーい。ガタガタ言うのはあとあと。

 ネテロ会長(あのジジイ)は人が悪いので有名なんだわさ。1ヶ月でやれって言うなら、1年でも達成困難だったりするのよ。

 まずは基礎能力をあげなければお話にならないわさ」

「「「「ビスケ!?」」」」

 なんの脈絡もなく現れたビスケに全員の目が丸くなる。いや、本当に何故彼女がパームが用意したこのアジトにいるのか謎だ。

 全員がマジマジとビスケを見るが、彼女は後ろにいたパームを指さす。

「呼ばれた」

「ノリが友達だな。知り合いか?」

「初対面よ」

「面識がない人に呼ばれて来るビスケは暇なの?」

 生意気を言ったユアはビスケにスパンと叩かれた。

 そしてパームが能力でビスケを調べ、呼び出したこと。ビスケはユアたちの名前を出されてとりあえず顔を出したらしいことを聞く。

 今度は5人からロクに話を聞いていなかったビスケに現状を説明する。

「NGLにキメラアントのバケモノが出現、殿を請け負ったバハトが生死不明ねぇ…」

「カイトもだよ」

 ゴンが訂正するように言うが、ビスケは話を聞いちゃいない。

 彼女が思い出すのはグリードアイランドで見た、バハトが『敵』と戦ったというその跡。あれほどの破壊を起こしたバハトが生死不明とは何事だと思う。

(ま、あたしにゃ関係ないか)

 とりあえずゴンたち4人を鍛えればお役御免だ。そう割り切ったビスケは思考を切り替える。

「んじゃま、もう少し念のレベルをあげようかしら。全員、練」

 ビスケに言われた通りに4人は練をする。

「そのまま維持、3時間ね」

「「え」」

 ゴンとキルアから思わず声が漏れた。何故なら、提示された時間は彼らが練を維持できる最大時間を大幅に超えていたから。

「キルア、最高記録はどのくらい?」

「……85分」

「練は10分延ばすのに1ヶ月の修行が必要、だったかしら」

 現在は半分にも満ちていない時間だ。倍に延ばすのにかつて言われた通りならば9ヶ月もかかる計算になる。これを1ヶ月でどうしろというのか。

 訝しそうにビスケを見るポンズだが、既に彼女は興味を示していない。女性用のエロ本を開いて楽しそうに眺めている。

「ビスケを信じよう」

「他に信じる奴もいねーしな」

 力強く言うゴンに、仕方なく同意するキルア。できればバハトがいて欲しかったと思う彼だが、そのバハトが生死不明という事実は頭から追い払う。

 ビスケの言う通りに、練を維持。

 結果。

「ゴンが82分、キルアが84分、ポンズが91分ね。

 まあボチボチかしら」

「誕生覚醒者ってオーラ量が多いって聞いたけど、ポンズさんでも90分しか持たないのね」

「ポンズを責めるよか、ゴンとキルアのバケモノぶりに呆れたいわさ。念を覚えてどんだけだっけ?」

 それでも辛うじてポンズが目標の半分を超えたが、ビスケの要望からは程遠い。オーラを底まで使い切った3人は疲労困憊したまま床に倒れ込んでいる。

 それを立ったまま見る、ビスケとユア。

「で、ユア。あんたの堅の持続時間は?」

「3時間は楽勝」

「ふーん。スタートが早いだけはあるわね。いいわ、あんたは顕在オーラ量(AOP)を増やす修業にしましょう」

 ビスケはユアが足切りをクリアしたことを認めた。それと同時に頭を悩ませるのはポンズだ。

(具現化系は強化系から遠い。操作系のユアも遠いけど、こいつはオーラ量が比較的潤沢だからいい。

 だけどポンズはどうするか)

 具現化系や操作系は真正面から戦うのは苦手な傾向にある。それよりもトリッキーな戦い方や搦め手を利用した方が強い場合が多い。だが、そういうのは本人のセンスの問題であり、ビスケにはどうしようもできない話でもある。

(せっかく子供が産まれたし、バハトが生死不明ならなおさら死んでほしくない。

 なら、実戦あるのみね)

 討伐隊のイスを争うナックルとシュート、彼らの性格を把握すればポンズも実戦の機会に恵まれるかも知れない。

 そこに思い至ったビスケはけろりと堅を続けるユアを見る。

「ユア、あんたに仕事をあげるわ」

 

 ◇

 

「臆したか、腰抜けがァー!!」

 真夜中の公園で独りで怒りの咆哮をあげるナックル(バカ)

 ちなみに彼は町を練り歩いて決闘を申し込んでいた時に場所を言うのを忘れており、関係ない人々から心のツッコミを受けていたことを知らない。

「近所迷惑だから黙りなさい」

 が、プロのハンターは伊達ではない。やろうと思えば不審者一人の情報を洗うなんて朝飯前だ。

 悠然と歩み寄るユアに、ナックルは呆然とした声をあげる。

「まさか、お前が……?」

「そ、私が」

 ナックルと敵対する討伐隊候補。それを理解したナックルは唖然としているが、ユアはどこを吹く風。

「とりあえずこれはやらなくちゃ、ね!」

 ユアは円を発動。半径20メートル程を範囲として捉える索敵の念は、少し離れたところに居た不審者を捕捉した。

 彼女はそちらを見るが、円で捕捉されたと理解した不審者は素早くその場を離脱していた。ナックルも眼前にいる現在、追うのは現実的ではない。

「やっぱり罠だったわね」

「シュートか?」

「名前は知らない」

 ユアと同じ方向を見たナックルは同じ男に師事する片割れの名前を口にするが、ユアはもう一人の名前は知らないし、不審者の詳細を知った訳でもない。シュートとやらのことなんて何も知らないのに、返事のしようもない。

 とりあえずもう一人の敵を追っ払ったユアはナックルに向き直ったが、彼はピシっとした動作でユアに頭を下げていた。思わず目を丸くしてしまうユア。

「何よ?」

「すまなかった! 一人で来る、罠はないと確かにオレは言った。その言葉が嘘になっちまった。

 この通り、謝罪をする!」

 愚直過ぎるナックルに好感を覚える人間もいるだろう。だが、ユアはそうではない。

 ナックルに見えないようにニヤリと笑ったユアは口を開く。

「罠にハメておいて、ごめんなさいで済ませようとは思わないわよね」

「もちろんだ、償いはする。割符は渡さねーが」

「割符はいらないわよ、実力で奪い取るわ。私の要求は一つだけ」

 少しだけためて、ユアはこう言った。

「話をしましょう」

 顔を上げたナックルはきょとんとした顔で年下の女の子の顔を見る。何か企んでいるように感じたが、敵とも分かり合いたいと考えているナックルにとって、交流の機会があって困ることはない。

 近くの自販機で飲み物を買い、公園に備え付けられたベンチに腰掛けて話をするユアとナックル。ちなみに飲み物代はナックル持ちだ。

「とりあえず自己紹介からか。俺の名前はナックル。ビーストハンターだ」

「私の名前はユア。情報ハンター志望よ」

「プロか?」

「ええ、プロ」

「そうか、いい円だった。オメーはきっといい情報ハンターになるぜ」

 ごく自然に褒めるナックル。この辺りはやはり人柄が出るのだろう。裏なく褒められれば悪い気はしない。

 少しだけ機嫌をよくしながらユアは応対する。

「ありがとう。あれが私の全力なんだけど、褒められて嬉しいわ」

 嘘である。ユアの全力の円は倍近い35メートル級だ。

 それに気が付かないまま、ナックルは満足そうに頷く。

「だがしかしだ。キメラントの討伐に情報ハンターが出向くのはどういった訳だ?

 そりゃ不明な情報があれば仕入れるって理屈は分かるが、今回の件はシャレにならねーぞ。何せシングルのハンターも消息を絶っているらしい」

「もちろん知っているわ、消息を絶ったシングルハンターは私の実兄だもの。

 その現場にも立ち会ったわ」

 ユアの言葉に目を丸くするナックル。彼は横を向いてユアの顔を見る。

 先ほどまでと違い、その瞳は緋色に染まっていた。

「私のお兄ちゃんは弱くない。私よりもずっと強い。そのお兄ちゃんが、私たちを逃がす囮になったわ。そして生死不明。

 ……情報ハンターとして生死を確認する、なんて取り繕うつもりはないわ。私は私自身の為に、お兄ちゃんを助けなくちゃならないの」

「そう、か」

 今をもって帰還していないとなると無事であることは絶望的。それはユアも分かっているのだろう。だがしかし、未だ確認されていないという一点を以ってユアは希望を捨てていない。

 ナックルはそれを察せない程に愚かではなく、わざわざ現実を突きつけるようなことはしなかった。それになんて言おうとも、ナックルがユアの兄の死を確認した訳ではない。ならばこそ、ナックルの言葉に説得力がないのも事実。ユアの方が多く情報を持っているであろう現状、彼が何を言っても無駄なのだ。

 話を変えてナックルはユアの瞳について聞く。

「ところでユア。お前の瞳がすげー綺麗な赤色になっているが、それは? お前の念か?」

「違うわ。私はクルタ族の生き残りなの」

「クルタ族?」

 めくれば出てくる情報ではあるが、ここにパソコンはない。それに辞書のような説明に比べて当事者の口から語られるというのは文字通りに重みが違う。

 そうしてユアは語る。クルタ族の持つ緋の目が世界7大美色の一つであること。その為に幻影旅団に狙われて極少数名の生き残りしかいなくなったこと。ユアと彼女の兄であるバハトはその生き残りであること。

「……そうか」

 人生は様々であり、気軽に易く寄り添うことが正解とは限らない。それを知っているナックルはそう言うだけに留めた。明らかにユアはその過去に対して特別な感情を抱いていた。大切なそれに触れるべきではない、そういった判断だった。

 それに気が付いたユアはナックルの気遣いにふんわりと笑う。

「ありがとう」

「……おーう」

 照れたようにぶっきらぼうなナックルにユアの笑みがもう少しだけ深くなった。

 だが次の瞬間、ユアの顔は真剣なそれに変わる。

「私がキメラアント討伐に参加するのはそれが理由、私のたった一人の兄の安否を確かめて助けること。それで、ナックルは何でキメラアント討伐隊に参加するの?」

「簡単に言えば、討伐させねー為だな」

 ユアの話を聞いた上で、ナックルは堂々と言い放つ。

「そもそもはぐれモンを切るってやり方が気に喰わねぇ。真っ向からぶつかって分かり合えれば共存の道も見つかるかも知れねぇ。その可能性を、オレ自身が潰したくねぇ」

「――つまり、キメラアントを救う為?」

「そりゃ傲慢ってモンだ。救うなんて上から目線のやり方は嫌いだな。オレは分かり合いてぇだけだ」

 会話が通じない種族でさえ理解は可能。ビーストハンターであるナックルはそれをよく知っている。だからこそ、会話まで可能なキメラアントと理解し合える可能性は高いとナックルは踏んでいた。少なくともその努力は怠るべきではないと。

 そしてその言い分に、ユアは黙るしかない。ありえないと言うことはできる。だが、状況を鑑みればありえないバハトが無事であることを、ナックルは否定しなかった。だからこそ一般的にはありえないナックルの主張を、ユアだけは否定することができなかった。

「――そう」

「ああ、そうだ」

「引けないね」

「お互いにな」

 ユアはバハトを傷つけたキメラアントを許さない。ナックルはキメラアントとの共存の道を探したい。

 スタンスの違いは明確になった。しかし、歩み寄る余地がない訳ではない。

 バハトと戦ったあの2匹のキメラアント、トトと呼ばれたヤツと猫のキメラアントにユアに交渉の余地はないが、他のキメラアントについては話が別だ。妥協し、バハトを害していないキメラアントを見逃すくらいの融通を利かせることはできる。

 一方でナックルもユアの主張に付き合う必要はない。要救助者を助けるのは当然だが、その上で特異な存在であるキメラアントをどうするかには判断の余地がある。ナックルとしては出来る限り自分の意見を押し通す為に実績を重ねたいし、その為には討伐隊に名乗りをあげたい。

 だがまあ、出会ったばかりなのにこれ以上深い話をするもの違うだろう。ユアは立ち上がり、公園に備え付けられたゴミ箱に空になったジュース缶をいれる。

「今日はここまでにしておきましょう。また明日、話をしましょうね」

「おう、気を付けて帰れよ。オレは少しやることができた」

 そういうナックルの視線の先には首輪をつけた犬がブリブリと脱糞していた。見逃すのは公衆衛生的にも犬の為にも良くない。

「優しいのね」

「やめろ、ムズがゆくなるだろーが」

 多少からかいの色がのったユアの声を聞き、ナックルは心底嫌そうに返事をするのだった。

 

 ◇

 

「ふぅ」

 オーラが尽きるまで練をさせられ、30分の回復時間を挟んで解放された3人。自由時間になった為にポンズは家の外に行き、夜の空気を吸っていた。

(バハト……)

 NGLを脱出して数日が経過した。未だにバハトが帰還していないということは、絶望的な想像をするのに十分である。ゴンなどは体力を回復する為に隠れているとポジティブに信じているが、ポンズとしてはそこまで楽観的になれない。どうしても最悪の可能性が頭によぎってしまう。

(良くないのは分かっているのだけどもね)

 こんな精神状態では念の修行にも影響がある。ビスケにそう言われたが、じゃあ切り替えようと簡単にいかないのが人間というものだ。

 それでもできるだけ気分を変えようと、時間を見つけては溜まった不安を吐き出しているポンズ。歳が近い女性であるパームも気を遣ってくれているが、既婚者と未婚者の違いは少しだけ大きかった。彼女もポンズに寄り添えているとは言えないだろう。

 独りの時間を過ごしていたが、ぴくりと家に近づく誰かの気配を感じて身構える。

「……誰?」

「俺だよ、ポックルだ」

「ああ、ポックル」

 NGLで命を拾ったポンズと同期のプロハンター、ポックル。キメラアントを相手には役に立たないと自分で判断した彼は実質リタイアし、ハンター協会への伝令をネテロ会長に任された。現場を知る者の言葉はまた貴重なのである。

 ここに居るということは報告が終わったのだろう。だが、仕事が終われば彼はお役御免である。ここにはどのような理由でいるのか。ポンズが訝しげにポックルを見るが、彼は苦笑するだけである。

「そりゃ、俺が戦力として当てにならないことは分かっているさ。それでも一度始めた仕事だ、雑用でも何でも手伝えることがあるかと思っている」

「プロハンターは権限も大きいしね」

「そういうこと。例えばキメラアントがNGLから溢れ出したとして、プロハンターが一人いるだけでも避難の助けになるかも知れない」

 それに、とポックルは続ける。

「俺も仲間を失った。これは弔い合戦でもある」

「――バハトは死んだと決まっていないわ」

「そうだな、すまない。カイトとエミヤも死んだと決まった訳じゃないよな」

「……エミヤは、死んだけど」

 彼だけは確定だ。全員の前でバハトを庇って首を切られた。あれで生きていられるとはとても思えない。光の粒子となって消えたのは、あのトトと呼ばれるキメラアントの念能力だろうと想像できる。どんな能力かまでは分からないが。

 詳しくは聞いていないポックルも、ポンズの強い口調に特にバハトと親しいと気が付く。

「バハトとポンズは、その、恋人なのかい?」

「いいえ」

「そう、か?」

 それにしては執着が単なる仲間のそれではなかったように思ったポックルの感想は正しい。

「夫婦よ」

「ふうっ!?」

「この前、子供が産まれたばかり」

「…………」

 ちょっと衝撃的過ぎる言葉にポックルが絶句する。一目惚れした相手が既婚者であり、子供まで作っていたとなれば仕方がないといえば仕方がない。

 だがしかし、だ。バハトは子供が産まれたばかりなのに、生死不明となっている。

「子供が産まれたばかり、なのに……」

 不吉だとは分かっているが、溢れた感情は抑えられない。ポンズの瞳から涙が流れた。

 それを見たポックルは、ポンズが悲しく美しいと思ってしまった。

 だからその言葉を抑えることができなかった。

「――もしもの話、子供に父親が必要なら俺がなろう」

「え?」

「今の君に呑み込めと言っても酷だと思う。だから、忘れないでくれればそれでいい」

 そう言ってポックルはその場から離れる。突然の言葉にポンズが混乱している今だからこそ、彼女はポックルを止めることができない。

 あっという間にいなくなってしまうポックル。それを見送る形となったポンズは、呆然としながら誰ともなく呟く。

「そんな。私はバハト以外の人なんて――」

 心底そう思う。だからこそ、ポックルは今はいいと言ったのだとポンズは理解した。

 もしも未来の話、バハトを失って新しく伴侶を探すならば自分を選んでくれと、そういうポックルの告白だった。

 心が乱れているポンズにとって、不謹慎だとポックルに怒る気力も湧かず。ただただ現状を理解するだけで精一杯になっていた。

(はぁ)

 落ち着かなくてはいけないのに、心に重荷ばかりが増えていく。

 それを自覚したポンズは心の中で疲れた溜息を吐くのだった。

 



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078話 再起・2

 

 NGL

 

 ネフェルピトーが展開した円と、彼女自身の姿を見て簡単にはいかない相手だと認識するネテロ。

 しかしながら余裕は全く失われず、同行したノヴとモラウとふざけた会話を楽しむ始末。そこには戦っても負けないだろうという自負と自信が見え隠れする。

 想定外に相手が強いということは分かったが、かといってその程度は織り込み済みの話。フォローをするために呼んだモラウとノヴの能力でまずはキメラアントを探っていく。

 文明の利器を持ちこめないNGLだが、ノヴの持つ念空間ならば容易に持ち込み禁止のモノも持ち込める。その手段で以って持ち込んだモラウの巨大なキセルは彼の念能力を発揮する媒体となる。オーラを煙で包んだもの、それをウサギの形にして数多(あまた)創り出し、ネフェルピトーの円の中へと侵入させていく。

 まずは探る、そして削る。ハンターとしての基本的戦術を繰り出す討伐隊。

 

 

 一方、キメラアントの巣。4体のキメラアントが女王の間の前に集まっていた。

「生物じゃない、変なのがたくさん入り込んできたにゃ」

 挨拶もそこそこに、円を展開しているネフェルピトーが口にする。

 そこに居るのは直属護衛軍が4体。個体名はそれぞれネフェルピトー、トトルゥトゥトゥ、シャウアプフ、モントゥトゥユピー。ネテロ会長に自分よりも強いと言わせたピトーと、同格の3体である。

「外の埃まで気にしてもしょうがねぇ。女王様の命令があるわけでもないんだろ?」

 ユピーがやる気無さそうに言う。彼らが仕えるべき王、ひいてはその王を身籠っている女王に害があるのならばともかく、ピトーの言い方からして雑魚である『変なの』に労力を割く気はないらしい。

「囮、その可能性があるからして我々は動かない。それだけのこと……」

 この中では最も思慮深いプフも動くのに賛成はしないらしい。動くなら敵が巣まで辿り着いてから。他の雑魚蟻を蹴散らして、ピトーの円を潜り抜けたら相手をするのもやぶさかではない。そんな態度だ。

「まー、ボクもやる気はないかな。楽しくなさそうだし」

 ピトーもそんなことを言う。気分屋な彼女は気が乗らないと本当に動かない。こういうタイプは本当に必要な時にやる気を出すので、力の入れ抜きを本能的にこなせると言ってもいいだろう。

「じゃ、なんでオレたちを集めたんだよ?」

「ボクは行かないけど、遊びに行くならどう? っていう報告」

「そうか」

 ユピーが問いかけるが、ピトーの言葉にあっさりと頷いてひっこむ。

 多分、ユピーは何も考えていない。

「トトはどうするのです?」

()()()()()。故に我は動かぬ」

 プフの言葉に返答するトト。ここにいる全員は今回の件に関してはスルーするらしい。

「他の奴らがどうとでもするだろ」

「それだけのこと……」

「あ、そうそう。トトに聞きたかったんだけどさ」

「言ってみろ」

 話が終わったところで改めてピトーがトトに問いかける。この時点で既にプフとユピーはこの会合に興味をなくし、この場から離れていた。

玩具(オモチャ)を回収したあの時には()()したんだよね?」

「その通りだ」

「一番強い奴をスルーしてなかった? 結果的にアレから仕留めたからいいけど、どういう基準で反応するワケ?」

「強ければ脅威であるとは限らないのだろう」

 トトの能力は瞬間移動。主の元に馳せ参じることと、主に害為すモノへと辿り着くこと。バハトを襲撃した時は後者が発動し、ピトーよりも一瞬早く奇襲を成功させた。

 しかしピトーが遠目に見たところ、バハトよりもエミヤの方が()()()()()気がしたが故の質問だった。

「詳しくは我にも分からぬ」

「ふーん」

 自分の能力が自分でも分からないというのもピトーにとっては不思議な話だったが、とりあえず聞きたい事は聞いた。これでピトーの興味もトトから外れ、彼女はお気に入りの玩具(オモチャ)と遊ぶために歩き出す。

 それを見送ったトトはプフの後を追い、女王の間に入り込んだ。

 王が産まれるその時まで、女王の傍に控える。護衛軍としての忠誠心が万が一に備えての場所に彼を置き続けるのだった。

 

 

 ◇

 

 

 堅の維持時間が2時間45分を上回る。

 ゴンとキルア、ポンズの修行は一つの区切りを迎えようとしていた。ビスケが目標にした3時間まで後一歩である。

「今日はここまでにしておきましょうか。30分休憩したら自由時間ね」

 そう言ってビスケは魔法美容師(マジカルエステ)のクッキィちゃんを具現化し、桃色吐息(ピアノマッサージ)を3人に施す。30分で8時間の熟睡に匹敵する休息効果を与えるその能力により、みるみるうちにオーラが回復していく3人。

 多少の余裕はあるため、少しだけでも自由時間を与えているビスケ。メリハリをつけた方が修行効率も良いという判断だ。

(もっとへっぽこだったらスケジュールがキツキツだったわね)

 余裕がある訳ではないが、尻に火が付いている訳でもない。ほんの少しの休憩を入れる余裕はあった。

「ただいま」

 そこにユアが帰ってくる。彼女は今日も今日とてナックルと会話をしていた。

「お帰り。そろそろ結論を聞きたいわさ。

 ナックルはどう?」

「愚直、正直、善人ってところね。スパーリングパートナーとしてはかなりの優良物件よ」

「男としては?」

「論外」

 ユアの話を聞き、ふむと考えるビスケ。どうやらポンズの実戦の相手としては悪くないらしい。

 ならば利用しない手はない。

「んじゃま、宣戦布告ね。ユア、明日会う時にそろそろ他の3人の準備ができるから戦うと言っておきなさい」

「必要ある?」

「真っ直ぐなバカには誠意を尽くしているように見せるのが転がすコツよ」

 おほほのほーと笑うビスケに、クスクスと笑うユア。案外この2人は似た者同士で気が合うのかも知れない。

 外からその会話を聞いていたパームは、嫌いなナックルがバカにされているのが楽しいらしく不気味な笑みを浮かべていた。

 女性三人が黒くて怖い話と笑いを浮かべている間にゴンたち3人が起き上がり始める。

「メシ……」

「腹減った……」

「あ、ごめんなさい。準備できているわ」

 少年2人がそんな言葉を口にして、それを聞いたパームはいそいそと食事を運んでくる。

 ビスケとユアはご相伴に預かろうとするが、ポンズだけは首を振りながら出口へと向かう。

「ポンズ?」

「私はいいわ。ちょっとやることがあるの」

 そう言うポンズに、ビスケが真剣な顔をして問いかける。

「いいの?」

「もちろん」

「そ。行ってらっしゃい」

 手をひらひらさせながらポンズを送り出すビスケ。

 何事かよく分かっていない他の面々を置き去りにして、ポンズはその部屋から立ち去った。

 そして家を出て少し離れたところに行き、ケイタイを操作する。通話の相手はポックル。

 ほんのワンコールでポックルは電話に出た。

『やあ、ポンズ。どうしたんだい?』

「ポックルと話がしたくてね」

 ポンズの言葉に、電話の向こうで嬉しそうに息を呑む音がする。

「あなたからのお誘いを断らなくちゃいけないから」

 そしてそれはすぐに消え去った。

『い、いや。別にそんな急に結論を出さなくてもさ。落ち着いてから、バハトの安否が分かってからで――』

「結論は変わらないわ。バハトがどうであれ、私の想いは変わらない」

 ポックルが慌ててまくしたてるが、ポンズはそれを切り捨てた。

 ほんの少しだけ、沈黙が流れる。

『オレが…ダメなのか?』

「分からない。ダメというほどあなたを知らないから」

『だったら……だった、ら』

 知ってからでもいいじゃないか。そう言いたくなるポックルだったが、電話から感じられるポンズの雰囲気に言葉が続かない。

 どうあがいても、彼女はバハト以外を受け入れないのだろうと。

『――羨ましいよ、バハトが。

 そこまで想われているなんて』

「…………」

『じゃあ、さよなら、だな』

「ええ、さようなら」

 そう言って、至極あっさりと通話を切るポンズ。向こう側でどんな表情をポックルが浮かべているか分からない。興味もない。

 彼女がその心に浮かべるのはバハトのことだった。

 

 プロハンター試験に向かう飛行船で一緒になった男、バハト。情報ハンターであった彼と同盟を組むことになったが、ほんの僅かな期間でポンズはそれを後悔した。

 一言で言えばモノが違ったのだ。武力は言わずもがな、ナビゲーターを見つける手腕も、認められるまでの試験をクリアした時も。

 バハトの才能に嫉妬し、そして自分の無能に絶望した。地下百階まで降りるエレベーターの中で諦観したポンズは、そのまま試験をリタイアしようとさえ思った。自分がプロハンターに為れる訳がない、そう見限ったのだ。

 そんな自分で自分を見捨てたポンズ自身を、他ならぬバハトが救ってくれた。今の実力よりも何よりも、ポンズ自身を信用してくれた。

(あれがどれほどの救いになったのか、あなたはきっと分からないのでしょうね)

 ふ、と笑みを浮かべるポンズ。あの時、バハトにポンズに対する特別な感情があったとは思えない。バハトにとってポンズは路傍の花に等しかったはずだ。

 その路傍の花を慈しんでくれたバハトに、ポンズは心惹かれたのだ。

 最初は友愛だったようにも思う。けれども、ハンター試験をクリアし、念を教えてくれる中で。それは確実に恋愛へと変化していった。

 やがて結ばれた後も、ポンズの心には枯れない花が咲いていた。それをずっと大事にしたいと、そう思っていたのに。

(ごめんなさい、バハト。私、揺れちゃった)

 愛した人が生死不明になる衝撃。それは確かにポンズの平常を乱し、見失ってはいけないものを見失っていた。

 だけどそれでも。ポックルの言葉に向かう気が一切起きなかったのは、やはりポンズは見失った自分の心を探し続けていたのだろう。時間が経って落ち着いた今、彼女はもう迷わない。

 

 ふと、向こうに花屋が見えた。

 なんとなく足を向けたポンズは花を買う。

 これは部屋の片隅に白いカーネーションが飾られたという、そんなお話である。

 

 

 ◇

 

 

 キメラアント達は対応に困っていた。

 数日前からニンゲン狩りに出た部隊が消えていた。キメラアントの性質上、脱走兵などはありえない。となれば恐らくは。

「人間の反撃かの?」

「まあ、そうだろう」

 参謀であるペンギンのキメラアントであるペギーが口にして、忠誠心が厚いコルトが頷く。

 どうするべきか話し合い、出た結論は。言う事を聞かない隊を囮にして統率の取れた部隊で敵を叩くというものだった。

 

「まあ、効かねーが」

 キメラアントの部隊を複数、煙のオーラで覆って視界を塞ぐモラウ。

 設置した罠にかかった相手を自身の念空間である四次元マンション(ハイドアンドシーク)に送るノヴ。

 そしてそこで待ち構え、送られたキメラアントを全て殲滅するネテロ。

 キメラアントがこの布陣を破るには、何もかもが足りていなかった。念に対する対応やネテロを倒す力、果ては戦術戦略まで全てがである。

 いいようにキメラアントを翻弄し、その数を減らしていく。

「とはいえこれは序章に過ぎないでしょう。あの円を展開しているキメラアントと戦う時が本番です」

「ま、そりゃそーだが」

 ノヴが戒めるように言うが、モラウの返答は気が抜けたものだった。

 その理由をノヴがずばりと言い当てる。

「ヒマですか」

「ヒマだな」

 モラウは煙で敵を覆うだけ。ノヴはネテロの元に敵を送るだけ。確かに暇にもなろう仕事の少なさだった。

「ザコ蟻は何体か潰したけどよ、所詮はザコだったしな」

「周囲を探索していなくなった人間の数を数える仕事も終わりましたしね」

「あまり気持ちのいい仕事じゃなかったがな」

「しかし必要なことです」

 淡々というノヴに肩を竦めて返すモラウ。と、そこでモラウはキメラアントがいる方向を見た。

「どうしました?」

「異物が入り込んだ」

「また愚かなキメラアントが入り込んだのですか?」

「いや、違う。煙の中のキメラアントを殺して回っているな」

 モラウの言葉に、ノヴはピクリと表情を動かす。今、NGLに討伐隊といえるのは彼ら3人だけの筈だ。

 正体不明の存在。それにモラウは楽しそうに笑い、ノヴは気を引き締める。

「面白れぇ、いっちょ見て来るか」

「そうですね。不確定要素は排除した方がいい」

 意見を一致させて2人は隠にて気配を消し、入り込んだ異物へと向かう。そしてその先には1人の男がいた、キメラアントを相手に立ち回る眼帯を付けた金髪の男が。

「くそくそくそくそぉぉぉ!!」

 言葉を流暢に喋る兵隊長であろうキメラアントは叫びながら腕を振るう。オーラを纏ったその姿が念を習得したと雄弁に伝えていた。

 対する男は回避すらしない。キメラアントの腕がぶつかった箇所はまるで霧のように現実感をなくし、素通りしていく。そこだけ見れば男が幻のようだが、もちろん現実はそんな甘くない。キメラアントの傍まで辿り着いた男は、拳にオーラを込めてキメラアントの外殻を殴りつける。幻であれば効果はないだろうが、しかしその拳はキメラアントに確かな衝撃を与えていた。

 一瞬だけ苦悶の表情を浮かべるキメラアントだが、次の瞬間にそれは絶叫に変わった。

「あががががあああ!?」

悠久に続く残響(エターナルソング)

 そして苦痛に喘ぐしかできないキメラアントの顔を掴み、言葉を続ける。

空気醸造法(エアライズ)

 ガクンと力が抜けた様子のキメラアントだったが、すぐに周囲を見渡すと他のキメラアントに向かっていく。そしてその先にいるキメラアントを手当たり次第に殺し始めた。

 それを確認した男は、自分の髪の毛を幾つか抜いて宙に散らす。

斉天大聖(サルノギキョク) 分身の業(オノレワケミダマ)

 吹き散らされた髪の毛は一気に膨れ上がり、男と同じ姿形を取る。そしてそれらは四方八方へと散り、キメラアント達に攻撃を始めた。

 そこで落ち着いた男は隠で気配を絶ったモラウとノヴの方を向く。

「で、お前らはなんだ?」

「よく気が付いたな」

 バレてしまったら気配を絶つ意味もないとモラウとノヴは隠を解いて男の前に姿を現す。

 話に聞いた風体だった。片目を眼帯で隠し、もう片方の瞳は茶色で金髪。クルタ族のそれと一致する。

「オレはモラウ。ネテロ会長に連れて来られたキメラアント討伐隊だ」

「私はノヴと申します。以後、お見知りおきを」

 自己紹介する2人に、金髪の男は感慨深そうに息を吐いた。

「そうか、お前らがか」

「私たちのことをご存じで?」

「情報ハンターだからな」

 そう言って男は薄く笑う。

「で、お前さんは誰だい? 想像はつくが、自己紹介をしちゃくれねぇか?」

 モラウの言葉にニヤリと笑った金髪の男は、眼帯で隠していない方の瞳を緋色に染め上げていく。

 その上でパキパキと音を立てながら右腕から流れるオーラを氷に変えて、棍状にした上で手に持った。

「シングルハンター、そしてクルタ族の生き残り」

 薄く笑いながらその名を告げる。

「情報ハンターのバハト、それがボクの名前だ」

 



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079話 再起・3

少し遅れましたが、最新話が完成しました。
どうかお納めください。

……しかし、だんだんと短くなっているなぁ。


 

 モラウとノヴの前でオーラを氷に変化させる能力である煌々とした氷塊(ブライトブロック)を発動させるバハト。そして片目を覆う眼帯はともかくとして、もう片方の瞳を緋の目に変えることができる以上、疑う余地はない。

 この男はクルタ族の生き残り、ユアの実兄であると。

(そう手放しで判断したいがな)

 バハトに気が付かれないようにノヴにサインを送るモラウ。送ったサインのその意味は、信用しない。

(全くもって同感ですね)

 心の中でそう思いながらノヴもモラウに同意した。確かにこの男は緋の目を発現させた。オーラを氷に変化させた。

 だがそれだけだ。

 そんな薄っぺらな証明で信用するほど、プロハンターは甘くない。一度信用すれば懐に入れるのを厭わないからこそ、その信用には高い価値が付随する。

「情報のシングルハンター、バハトですか。ポンズやキルアの報告では生死不明とありましたが」

「ああ、逃げるだけで精一杯だった。存在が反則だね、アレは」

「アレとは?」

「護衛軍だとボクは確信している」

 護衛軍。おそらくはあの円を展開しているキメラアントか、それと同等の存在。確かに生半可な敵ではないだろう。

 相手に取って不足なし。そう判断してノヴは冷笑を浮かべた。

「それはそれはご苦労様です。その護衛軍から逃げるのが精いっぱいな貴方はNGLからも尻尾を巻いて逃げるべきでは?」

「囀るな、負け犬が」

 ギロリとノヴを睨みつけるバハト。その言葉を受けて綽々とした笑みを浮かべるノヴ。

「負け犬、と来ましたか。結構、吠える元気がある負け犬はいったいどちらでしょうね?」

「…………いや、いい」

 少しだけ言い返そうとしたバハトだが、すぐに言葉を呑み込んだ。まるで話しても仕方がないと言わんばかりの態度だった。

 それを見たノヴが少しだけ怪訝な表情を浮かべるが、彼が状況を整理する前にバハトが口を開いた。

「どうあれキメラアントの見張りは必要だ。NGLの人々に説得が利けば退避を願ったんだがな」

「まあ、この国の人々の死生観には合わないでしょうね」

「同感だ。だから無駄な仕事はしないで湧いて来た蟻共を潰すのに一生懸命頑張っていたって訳さ。

 ネテロ会長のお手伝いしかできないお前らには任せられない仕事だ」

「フ。なら仕事を代わっていただいても私は構わないのですが?」

 会長のフォローをお前がやれるものならやってみろという挑発を込めたノヴの嘲笑はしかし、バハトには届かない。彼を上回る見下げた視線をしたバハトは、心底バカにした口調で言い返す。

「遠慮しておこう。お前らの大事な大事な仕事を奪っては可哀そうだからな」

「それはそれは、同情いただきありがとうございます」

 冷笑を浮かべる両者だが、そこにもうめんどくさそうな顔をしたモラウが割って入った。

「あー、クソの役にも立たねぇ言い合いはもういいだろ?

 それでバハト、お前はこれからどう動くつもりだい?」

「今までと同じさ。護衛軍が出て来ないように見張りつつ、出てきたら距離を取って退避、動向を探る。

 護衛軍が出て来なければ、出てくる雑魚蟻を潰していく。

 生き物である以上、喰わなければ死ぬ。補給を絶つのが今の最善だろうね」

 首を竦めながらそう言うバハトに、嫌そうな顔をするモラウ。

「……こっちと作戦は同じって訳かい」

「最善手はそうないのかもな。あ、先に言っておくがお前らと合流するつもりはない。

 ボクはボクの方法でこの仕事をクリアする」

「そこも同じ考えで嬉しいぜ。お前と一緒に仕事をするなんてゴメンだからな」

「足を引っ張られたらたまりませんからね」

 同じ目的を持つプロハンター同士とは思えない険悪に雰囲気である。だが、決して珍しい話でもない。ハンターは狙う獲物が同じならば蹴落とし合う仲でもあるのだ。非協力的なグループが出会えばこうなるのも一つの帰結なのである。

 モラウが展開した煙が充満するその場所は。ノヴの罠と自分自身を具現化したバハトの殺戮でキメラアントはその数を減らし、その当人たちは睨み合っている。

 しかしそれも終わり。話すことは話したし、キメラアントの数も少なくなってきている。ここに誘き寄せられたキメラアントが全滅するまでもうすぐだろう。

斉天大聖(サルノギキョク) 如意之棒(シンシュクジザイ)

 バハトは木の質感を持つ棒を具現化し、肩に担ぐ。

「ああそうだ。ボクはNGLの外に連絡する手段がなかったからできなかったけど、ユアたちにボクが無事なことは伝えて欲しいな」

 そう言い捨てて、バハトはその場から離脱する。

 それを視認した上で、更に煙の結界を展開しているモラウは煙内の全ての存在位置を把握できる。その場を去ったバハトは近くでウロウロしていたキメラアントの元へ向かい、そして一息で始末したのを認識。

 バハトが十分に離れたことを確認したモラウは、軽い様子でノヴに話しかけた。

「どうにも胡散臭いヤツだったな」

「ええ、それに不自然なところが1つ」

「ああ、俺も気になっていた。ヤツの念だろ?」

「そうです。あそこまで多彩な念を持つのはほとんどが相手の念を奪ってコレクションするタイプで、特質系です。

 ですが話に聞いたバハトは強化系で、調べた情報も変化系。どちらも特質系から遠い。特質系に変わるとは考えにくいでしょう」

「もちろんそれもだが、俺は煌々とした氷塊(ブライトブロック)を戦いに使わなかったことが気になるぜ。

 バハトのメインの念だって聞いていたからな。しかも強化系と相性がいい。

 ……護衛軍との戦いで特質系に目覚めたっていうなら分からなくもないが、随分と都合のいい話になる」

「加えて数日前に特質系に変わったのならば、あれだけの発を集めたのはいつだという話になる。

 現状から考えるとキメラアントから奪うしかないのでしょうが、あそこまで精度の高い念を使うキメラアントにはまだ出会っていません。結論として使えない筈の念を使えていることになる」

「どうにもきな臭いヤロウだな。少なくとも、ヤツの言う事を聞いてユアたちにバハトが無事だったと伝えるのは反対だな」

「同感です。そもそも頼みを聞く間柄でもない。

 要調査事項を容易に結論づける必要はありません」

 肩を竦めて締めくくったノヴに、ニヤリと笑うモラウ。

 そうしてバハト生存の話はネテロにだけすると決めた2人はその場から離れて安全地帯へと戻っていく。

 

「そうだよな。あそこまで怪しめば、当然ボクの頼みを聞きやしない。

 予想通り、想定通り。分かりやすくて助かるよ、プロハンター」

 

 無限に続く糸電話(インフィニティライン)

 彼らに気づかれずに仕掛けた盗聴能力で話を盗み聞いたバハトは、遠くで嗤った。

 

 ◇

 

 紆余曲折あったナックルとゴンたちだが、彼らは本質的には和解した。

 もちろんNGLに向かう一つの椅子を譲った訳ではなく、お互いに納得のいく戦いをしようと決めたのだ。ゴンたちは正面からナックルを倒すまで修行し、ナックルはそれに付き合う。一ヶ月以内にナックルを倒すまでに成長できなければ諦めろ。

 相談して決めた訳ではないが、そういった形に落ち着いた。これはナックルの人が良すぎることも原因の一つだろう。

 そして今夜もナックルと戦うゴンとポンズ。

「オラオラオラオラオラ!」

「くっ…」

 ナックルの猛攻を正面から受け止めるゴン。防御だけではやられると、攻撃の為に手を出すが、逆にそれが隙になる。防御が疎かになった分だけ逆に被弾が増えてしまう。

 そしてゴンにかかりきりになったナックルの側面から忍び寄るポンズ。

「気が付いてないとでも思ったか、ナメんなよ!」

「がっ!」

 それをあっさりと察知したナックルが蹴りでポンズを吹き飛ばす。中国拳法の技法である化勁で威力を逸らしたが、まともに喰らえば即座にノックアウトされる威力だ。

「ゴン! テメェの思い切りの良さは認めるが、それでも無謀の域を出てねーぞ! もっと頭を使えやコラ!

 ポンズ! 臨戦態勢に入った状態の隠はめっちゃ難しい! 戦っている最中に敵意を消すんだからな。オレを騙したいんならもっと心を鎮めろ!」

「言われ――」

「――なくても!」

 今度は逆のコンビネーション。ポンズが前で出てガードを固め、ゴンがナックルの背面側面に回り奇襲を仕掛ける。

「効くかオラ! 脅威にならねー前衛は無視されるんだよ!」

「破っ!!」

「!?」

 ポンズを無視してゴンを目で追ったナックルだが、ポンズが自分から意識を外されたと気が付いた瞬間に中国拳法の歩法でナックルの懐に入り込む。

 そして隙だらけの腹部に発勁を撃った。意識を逸らしていたナックルはそれでも流が間に合い、ポンズの攻撃を無効化する。

 しかしそうしてしまえばゴンから意識を外すことになるのは道理。高く飛び上がったゴンはナックルの頭上から拳を振りかぶる。

「驚いたぜオラ。やるじゃねーか!」

 ナックルはどこかにいるだろうゴンは無視し、懐で動きを止めたポンズに向かって拳を振り落とす。

「きゃん!」

 防御が間に合わなかったポンズは格上であるナックルの一撃で意識を失い、その場でのびてしまう。

 それを確認せずにナックルは即座に上を見た。

「!!」

「空に飛んだのは失敗だったな。ほんの僅かに星の光が遮られたぜ。光より早く動ける自信ができてからやれや」

 そう言い捨てて、ナックルはゴンを殴りつける。

「がっ!」

 宙にいたが為に衝撃を逃がすことができず、思いっきり吹き飛ばされるゴン。公園外れにある樹木まで飛ばされ、叩きつけられた彼は完全に目を回していた。

「「きゅ~……」」

「今夜はここまでね」

「だな」

 二人仲良くノックアウトされたのを確認したユアとキルアが回収に向かう。

「――オイ」

「何よ?」

「お前らはオレに挑まねーのかよ、コラ」

「挑まない」

 挑発染みた疑問を投げかけたナックルだが、ユアの言葉あっさりしたもの。

「理由は2つ。1つはシュートを捕捉できていないこと。

 ナックルのことは信用したけど、シュートは別。彼の奇襲に対応する人手は必要だわ」

「……もう1つは?」

「私がナックルを倒したらこの修行環境が崩れるでしょ?

 私よりもナックルの方が肉弾戦は上手だしね」

「ハッ。ガキのジョークは笑えねぇ」

「期限前には叩きのめすわよ、割符を集めなくちゃだし。その時には確かに笑えなくなるでしょうね」

 クスリと冷笑を浮かべるユアにナックルの背中がゾっとする。

(ユアの野郎、何かどんどん危うくなってねーか?)

 どこか壊れそうな雰囲気を醸し出すユアの事を心配するが、しかしナックルが出来ることは何もない。どうしたらいいのかも分からない。

 キルアがゴンを回収し、ユアがポンズを回収する。そしてそのまま夜の町に消えていく。

 ナックルはそれを見送っていた。

 ただただ、黙って見送る事しかできなかった。

 




いつも誤字報告、感想、高評価をありがとうございます!
大変励みになっております!


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080話 再起・4

いつも感想、誤字報告、高評価をありがとうございます。
最新話が書きあがりましたので、どうかお楽しみ下さい。


 

 時計の針は進む。

 NGLでは師団長以下の蟻は討伐隊に狩られ、数を減らしていく。有効な策が出せなかったキメラアント側はその場凌ぎの籠城を選択。

 もしも討伐隊が攻めてきたら全力を以って撃破する誘い込み作戦だったが、残念なことに見を選んだ討伐隊にすかされてしまう。居なくなった人間の数まで把握していた討伐隊によって、貯蔵されている()()の都合によって籠城作戦も長くて一週間しか持たないことも看破されている。

 時間にも余裕がある討伐隊は増援である討伐候補の到着を待つことにしていた。

 

 一方の、討伐候補者たち。

 期限まで後2日と迫った時点で、ようやくナックルとまともに戦えるだろうというビスケの判断が下った。

 今までは疲弊した状態でナックルと戦い経験を積んでいたが、今回は全力で挑み、戦う。

 そして結果は敗北。ゴンとポンズが返り討ちに遭い、キルアとユアによって回収された。

 その後の未明、格上に挑めないというキルアの悪癖を見破ったビスケによって、キルアも個別に指導を受ける。これにより、キルアも背水の陣へと追い込まれる。

「あんたはいつかゴンを見殺しにする。今回の戦い、もしも勝てなかったらゴンの元から去りなさい」

 それはキルアが薄々気が付いていたことで、そして直視したくなかった現実。それを突きつけられたキルアだが、はいそうですかとゴンと別れたくはない。怯える心を叱咤して、彼も決戦に挑む。

 

 期限前日。いつもの公園で6人のプロハンターたちが集う。いつもよりも1人多く、影に闇に隠れていたシュートも姿を現していた。

「勝負!」

「負けた方が――」

「割符を渡す!」

 お互いにそれを確認しあい、2手に分かれる。ゴンとポンズはナックルと戦い、キルアとユアはシュートと戦う。

「私も大分鬱憤が溜まっているからね。悪いけど、手加減しないわ」

 顔と体を強張らせるシュートとキルアに対し、ユアは自然体。やる気とオーラを漲らせ、シュートを見やっている。潜んでいた敵対者が姿を見せた以上、ユアが控える理由は何もない。全力でシュートを倒すのみだ。

 やる気に溢れるユアを見つつ、シュートは迷いながらも覚悟を決め、その左半身を覆っていた衣を脱ぎ捨てた。果たしてそこには肩から少し先で途切れた腕と、宙に浮いた手首から先が3つと、やはり宙に浮いた謎の籠。

 それを目撃したユアとキルアは即座に凝。人間にしてはあまりに異様なその様相をオーラを込めた瞳で射抜き、確認する。

「隠は使ってねーな」

「己の左腕を操作・分割して左手を作り出し、飛ばして攻撃する能力かしらね」

「でもそれじゃあ籠の意味がない」

「操作系なら不思議な話じゃないわ」

「……どんな能力かはお前らの身で確認してみろ」

 シュートの能力を考察していたキルアとユアだが、浅い部分を推察するのが精いっぱい。すぐにシュートが攻撃に転じ、浮いた3つの左手が襲い掛かってくる。

(あの手と籠に触れるのは危険!!)

 操作系能力ならば、攻撃を起点にオーラを注がれればこちらが操作されかねない。タイマンはもちろんだが、今回のケースでも片方が操られれば数の優位が逆転する。

 そう判断したキルアはヨーヨーを両手に構え、迎撃の体勢を取る。

「シッ!!」

 襲い掛かる3つの手を、ヨーヨーを巧みに素早く操り撃ち落としていくキルア。

(素晴らしいヨーヨー捌き。そして――)

 大きく下に沈み込み、飛来した手を回避したユアは愚直に前進。左腕がないシュートへと襲い掛かる。

(ユアも見事!)

 シュートは素直な称賛をユアに贈った。彼が攻撃の為に3つの手を飛ばしたのと同時にユアは地面ギリギリまで沈み込み、そして隠。己の気配を隠しきった少女を見失ったシュートは暗い宿(ホテル・ラフレシア)をキルアに向かわせ、それを確認したユアがシュート本体に向かう。

 もしもシュートが手を一つでも戻せばユアは前後から挟み撃ちを喰らう形になる。それを無視した突進は、キルアへの信頼か、はたまた自分自身の持つ自信か。

 ユアとシュートの視線が交わる。

「中国拳法八極拳・弾」

 シュートは腕が一本しかない。その右腕を無力化すれば丸裸だ。ユアはそれを目的として自分の左腕を捻じり、回転させてシュートの右腕に当てに行く。捻転されたユアの左腕は外へ向かう流れを作り、防御した相手の体勢を崩す効果を持つ。

 そしてたった一本の腕で受けるシュート。その右腕は、弾かれない。

「!」

「強い、な。そして惜しい」

 ユアが弱い訳ではない。ただ、シュートの方が強かった。それだけの話である。もしくはユアが操作系でなければ、肉体強化に優れていればまた話が違ったかも知れない。だが現実にユアもシュートも操作系。地力の違いが出たというしかない。

 そのままシュートは右腕で目の前にいるユアを殴りつける。上から降りかかる拳を、ユアは更にシュートの懐に入るようにして回避。シュートは小柄な少女が自分に密着するように近づいたせいで、有効打を放つことはできない。

「破っ!」

 そしてそれはシュートのみ。懐に潜り込んだユアはシュートに向かって背を向け、鉄山靠を打ち込む。肩に近い背中にオーラを集め、密着位置からの奇襲に等しい攻撃。

 手応えは、ない。

「!?」

(危なかった……)

 シュートはその攻撃を予知した訳ではない。近づいてきたユアを嫌って離れただけだ。しかも後ろに下がるのではなく、右腕で殴りつけた勢いを利用して前へ。

 結果、シュートは懐に潜り込んで体当たりをしてきたユアを尻目に見ながら、3つの左手に対処するので手がふさがっているキルアに向かって突進する。

「キルア!」

 声をかけつつユアが戻るが、間に合わない。素早くキルアに接近したシュートは右腕でキルアの左顔面を殴り飛ばした。

 あまりにも無防備に殴られたキルアにシュートは疑問を持ちつつも、ユアの接近を感じ取って2人から距離を取る。

「キルア、大丈夫……じゃ、なさそうね」

「右が、見えない…?」

「左顔面が消えているわね。相手の体を奪う能力かしら」

 キルアの左顔面がモヤにかかったように不鮮明になり、失われていた。自分で自分の顔を触るキルアはやや呆然としていたが、すぐに切り替える。なぜならシュートは待ってくれないから。

 3つの左手を飛ばして攻撃を仕掛けるシュート。さっきと違うのは、シュート自身も接近していること。戦闘開始と比べてキルアは左顔面を失い、その分シュートが有利になった。たかが一撃が大きな価値を持つのがこの手の能力者の特徴である。連撃を叩き込み、勝負を決めるつもりだろう。

 襲い掛かる格上にキルアは一瞬たじろぐが、すぐに自分を奮起させるように雄叫びをあげながら前進。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 ヨーヨーを操り、飛来する左手を何度も何度も弾き飛ばす。だがしかし、彼の左側の視覚は失われている。見えないそこからの攻撃は防ぎようがない。

 キルアの左脇にシュートの一撃が重く入り、苦痛に顔を歪める。追撃を入れる為にシュートは至近距離まで入り込み、キルアを守るようにユアが立ちふさがる。

(問題はない……)

 シュートはそう判断する。キルアの反応速度は素晴らしいが、見えていないならば脅威ではない。喰らってしまっても破れかぶれの一撃だ。

 ユアも弱くないが、スピードも力もシュートの方が上。隠を使っての奇襲ならばともかく、真っ向勝負なら負けはしない。

 そう判断したシュートの顔に文字が書かれていた。

 『絶』と。たった一文字だけ。

存在命令(シン・フォ・ロウ)

 書いた文字の通りに対象を操作するユアの能力が発動する。オーラを失って暗い宿(ホテル・ラフレシア)が解除される。飛んでいた左手は消え、シュートは両腕を取り戻していた。

 忘我した彼の腹部に、ほんの僅かにオーラを纏ったユアの拳が突き刺さる。

「がっ……?」

 何が起こったのか分からないまま、シュートは悶絶して意識を失った。

 それを見届けたユアは、袖で隠していた自分の右腕に書いてある文字を擦って消す。

『絶と書け』

 己の右腕をそうやって操作したユアは、絶という文字を書くことのみブーストがかかる。直前まで自分の全開を見せつけた上で、さらに倍化した速度でシュートを無力化したのだ。

 たかが一撃に大きな価値があるのがこの手の能力者の特徴である。

「キルア、顔はどう?」

「大丈夫、治った。シュートが絶になったタイミングでな」

「オーラも無しに能力を発動されちゃたまったものじゃないもの」

 シュートの意識を断ったことを確認した後でユアがキルアの身を案じ、キルアはそれに応える。失ったキルアの顔面は戻り、そして足元には気絶したシュートの姿。

「勝った、んだよな?」

「もちろん。私たちの勝ちよ」

 胸を張ってそう言うユアに、キルアは大きな大きなため息を吐く。

 そしてじわじわと上がってきた実感に、ぐっとガッツポーズを取った。

(勝った、勝った……!! これでゴンと一緒に居られる……!!)

 自分が呪縛を克服していないと、キルアが気が付くことはない。

 

 気を失ったシュートをキルアが担ぎ、ゴンとポンズの元に戻る2人。勝利を期待した2人が目にしたものは、地面に倒れ伏すゴンとポンズ、そして両の脚で立つナックルの姿だった。

「シュートが負けたか」

「悪いわね、割符は回収させて貰ったわ」

 ユアがその手で弄んでいるのは『角』と刻まれた木片。シュートが持っていた割符だ。

 臨戦態勢に入るナックルに、キルアもシュートを地面に転がして体を自由にする。ユアはすでに堅を維持している。

 しかしナックルはどこか困惑した様子だった。

「困ったことになったな。これはどうすんだ、コラ」

「? オレたちとアンタが戦っての勝ち上がりでいいだろ?」

「残念だがそうは行かねぇ。オレの能力、天上不知唯我独損(ハコワレ)の効果によってゴンは一ヶ月間、強制的な絶状態だ。

 例えオレが負けても、ゴンはNGLには行けねぇよ」

「!!」

 驚いてキルアがゴンを見れば、そこには悪魔のような姿をした念獣がゴンの傍に居た。ナックルの言葉を信じるに、アレがある限りゴンは念能力が使えない。

 ナックルは困った様子のまま、言葉を続ける。

「そしてオレたちに下された指示も『一ヶ月割符を手放すな』だ。

 シュートが割符を奪われた以上、オレたちの勝ち目も消えた。

 両者負け落ちか?」

 両方の勝利条件を満たせない以上、どちらもNGLには行けない。そう解釈してもいいだろう。

 強いて言うならばユアがナックルから割符を譲り受ければ彼女だけはNGLに行ける。ゴンが行かなければキルアも行かないだろうが、ユアとポンズはそれに縛られることはない。

 その可能性に気が付きつつ、ユアはナックルに問いかける。

「確認するわ。ナックルたちへの指示は『一ヶ月割符を手放すな』よね?」

「そうだ。それがどうかしたかコラ」

「私たちへの指示はナックルとシュートを倒し、割符を集めること。

 つまり――」

 そう言ってユアはナックルへと近づき、手を差し出した。

「組めばいいんじゃないかしら、私たちが」

「は? そんな都合いい話が――」

「私たちが一組になれば、ナックルたちは割符を手放していない。私たちはシュートを倒して割符を集めた。両方とも勝ち上がりよ。

 スジは通るでしょ?」

「…、……。

 いや、しかし……」

 ブツブツと言いながら考えるナックル。だがすぐに頭を振ってユアの提案を拒絶する。

「悪くない話だが、結局ゴンが念を使えないことに変わりはねぇ。

 ゴンが割りを食うならこの話はなしだ。当然、オレも割符は渡さねぇ。お前だけでもNGLに行きたいんなら、オレから力づくで奪うんだな」

 そう言ったナックルに向かって意地の悪そうな笑みを浮かべるユア。

「あら、簡単な解決方法があるわ」

「言ってみろ、オラ」

「ゴンに憑いた念獣を除念すればいいじゃない」

 気を失っているポンズを指さすユアに、呆気に取られるナックルだった。

 

 ◇

 

「…………、……!!」

 もう、息が続かない。

 バハトは虫食いだらけの世界地図(ワールドマップ・トリガー)の起点を作り、そこに潜り込む。キメラアントの蟻塚から10キロ程離れた彼の拠点の一つに瞬間移動して、大きく息を吐いた。

「プハァ!」

 息を乱しながらバハトは足元にある小石を蹴りつける。進めた距離は100メートルもない。

「クソ!」

 ガシガシと髪を掻きながらバハトは悪態を吐いた。

 キメラアントが籠城を始めた今が好機。神の不在証明(パーフェクトプラン)でピトーの円での感知を無効化し、息が続かなくなったら虫食いだらけの世界地図(ワールドマップ・トリガー)で安全地帯まで戻る。これを繰り返して少しずつだが蟻塚には近づいている。

 だが足りない。時間とオーラが圧倒的に足りない。高度な念を使う為に消費されるオーラは多く、ピトーの円を半分も攻略していない。なのに王が産まれる日はもう間近である。このままではとても間に合わない。

 王を産む前に女王を始末するのが理想。だがしかし、護衛軍が女王の傍に最低1体は控えている現状、警戒を抜いて奇襲を成功させるにはバハト自身が神の不在証明(パーフェクトプラン)で女王の間に辿り着くしかない。それが出来ないのだから、バハトにはもはや王の誕生を阻止する手段が残されていなかった。

「あの時のチャンスをボクがモノにできていれば……」

 悔いても仕方のないことではあるが、どうしても頭によぎるのはピトーとトトの奇襲の場面。あの時に女王の元に辿り着いていれば一番可能性が高かった。だがしかし、逃げるのに精いっぱいだったのも事実。あそこで反撃に出られる余裕は全くなかった。

 思考を回す。王の誕生はもはや確定的。産まれた時から護衛軍よりも強い王。それだけでも絶望的だというのに、喰えば喰う程強くなる能力のせいで時間が経つほど可能性はゼロに近づいていく。

「諦める選択肢は、ない」

 そこだけは改めて口にする。今更何も惜しくはない、せいぜい最期まであがくしかない。

 ふと、バハトは東を見た。見えない遥か先には東ゴルドー共和国がある。その可能性を考えて、バハトは嫌そうに、そして不安そうに顔を歪める。

「くそぅ……」

 力なく呟くことしか、彼にはできなかった。

 



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081話 バハト・2

久しぶりに、昔のような文字数を書けた気がします。
それでも8000文字に達してないのか…。

ともかく最新話が描きあがりました。
ご賞味下さい。

そしていつも感想・高評価。誤字報告をありがとうございます。


 

 バハトは知っていた。キメラアントの王が人間の予想よりも遥かに早く産まれる事を。

 だからこそ、それまでの猶予で女王を暗殺しようとしたのだ。

 だがしかし足りなかった、時間が足りなかった。ネフェルピトーの円を8割踏破した時点で彼女の円が喪失。それを確認した瞬間に彼は安全地帯まで()()()

「…………」

 無言でキメラアントの蟻塚を遥か遠くから見やる。やがて、ボクンという粉塵がその側面からあがった。バハトは中空から望遠鏡を取り出し、そこに焦点を合わせる。

 出てくるのはキメラアントの王と、それに追従する4匹の護衛軍。屋上に飛ぶ怨敵を、バハトはただただ無感情に見る事しかできない。

「……間に合わなかった」

 ぽつりとこぼす。

 結果が伴わない努力を評価されるような段階でないことは、彼自身がよく知っていた。だからこそ、がくりと力が抜けてその場にへたり込んでしまう。

「ボクは、いったい、なんの為に……」

 目を閉じて僅かな時間が経過する。

 そして彼の瞳が開かれた時、そこには力が戻っていた。

「――まだだ、まだボクには時間がある」

 ゆっくりと立ち上がる。そして見るのは東の方向。まだ何事も起きていない独裁国、東ゴル卜ー共和国。

「行くか、東ゴル卜ーへ」

 そう言って動き出そうとして、しかしピタリと動きを止めた。

「そうだった。やらなきゃいけない事があったね、忘れていたよ」

 誰もいないその場所で、彼は独り言葉を紡ぐ。

 改めて見やるのはキメラアントの蟻塚。今は異常は起きていないが、もう間もなくしたら師団長以下のキメラアント共が溢れかえる筈だ。

 それを見逃す選択肢は彼には存在しないのだから。

 

 ◇

 

「オイオイオイオイ」

 まさかの光景にモラウが呆れた声を出していた。

 弟子たちのNGL行きを懸けた勝負、選ばれるのはただ1組。

 その筈だった。

「どういうことだよ、こりゃぁよ」

「組んだだけよ、私達とナックル達が」

 ごくあっさりと言うのはユア。彼女に並んでいるのは総勢7人。戦いそして認め合った者たちがNGLへと辿り着き、そして討伐隊に合流したのだ。パームだけはモラウの弟子と同列にされたことに不服そうだが、他の面々は覚悟を決めた表情をしている。

「選ばれるのは1組のハズだが……」

「お言葉ですがモラウさん、オレたちに出された指令は割符を一ヶ月手放さない事です」

「そしてオレたちへの指示は割符を集めること。両方条件は満たしているぜ」

 ナックルとキルアがそう言い、手に持った割符を見せる。半分に分かたれたままのそれだったが、胸を張った態度にモラウも二の句を告げられない。

 その様子を見ていたノヴがくくくと笑った。

「道理であると認めるしかないですね」

「そりゃ、まあ、なぁ…」

 二人で秘密の賭けをしていたので、この結果には唖然とするしかないモラウ。7人全員が来るが的中したノヴはご満悦で、有り得ないと一笑に伏したモラウはポリポリと頭を掻くしかない。

 しかしそれはあくまで余興である。これから行われるのはプロハンターとしての狩り(ハント)。譲れない一線はあるのだ。

「まあいいだろう、オレの問いに嘘偽りなく答えられたらな」

 ピリリとしたオーラを流すモラウ。それにノヴを除く全員の表情が引き締まる。

「いくらなんでもナックルが話し合いだけで納得する訳がねぇのは師匠であるオレが一番分かっている。

 お前ら、()っただろ。結果はどうだった?」

「オレがゴンとポンズを下し――」

「私とキルアがシュートを倒しました」

 ナックルとユアがそう宣言する。負けた側の3人はやや気まずそうだ。

 それを無視して、モラウがナックルを鋭い雰囲気のまま見やる。

「それでナックル、お前は天上不知唯我独損(ハコワレ)を使わなかったのか?」

「……使いました」

「それにしちゃあゴンにもポンズにもトリタテンが憑いていないみたいだが?」

「…………」

「答えろ」

 モラウの追及に、しかしナックルは口を閉ざす。

 師匠の命とは言えども口にできないことはある。

「……言えません」

「ふ~~ん。そうかい」

 不機嫌そうに言い捨てて、ナックルから視線を外すモラウ。そして残りの6人を威嚇するように視線で嬲る。

「テメェラ、何か言う事は?」

 モラウの問いに手を上げたのはポンズ。それをつまらなそうに見るモラウは聞く。

「なんだ?」

「私の能力を開示するわ」

「――ほぉ」

「能力名は小瓶の精霊(ホムンクルス・ハニー)。具現化した小瓶の中にハニーと呼ばれる念獣を作り出す能力よ」

 ブンと音を立てながら、右手に()()を具現化するポンズ。

 ハチミツを入れるようなそのビンの中に、デフォルメされた蜂のような念獣が存在していた。

「ハニーは小瓶の中にいる限り絶大な力を発揮するわ。主には捕食と解析、そして再構成。それは物体も、そしてオーラも含める」

 核心を語るポンズに、モラウとノヴはピクリと眉を動かす。

 そしてポンズは決定的な言葉を口にする。

「ゴンについたトリタテンは私が除念したわ。私は除念師なの。専門家ではないけどね」

 それを聞いたモラウは疲れたような溜息をハァーと吐いて、言葉を続ける。

「合格だ」

「え?」

 パームが驚いた声を上げたのにもモラウは反応しない。

「オレの問いに仲間の情報を売らなかったナックルも、そして仲間の為に己の能力を売ったポンズも、両方とも合格だ。

 オレには文句は付けられねぇ」

 ここまで見事なモノを見せられては、モラウも全員に合格を言い渡さない訳にはいかなかった。

 それを満足そうに見たノヴが言葉を添える。

「会長には我々から口添えしましょう。この仕組みを考えた会長が反対するとは思いにくいですが」

「だよなぁ。クソ、見抜けなかったぜ」

 その言葉を聞いて、ようやく実感がわいた7人の表情にじわじわと喜びがあふれてくる。

 それを加速させるようにノヴが更に口を開く。

「討伐隊になったのならばこの情報も開示しましょう。バハトの無事が確認されました」

「え?」

 それは流石に予想外だったユアとポンズの表情が固まる。

「我々が到着した数日後、キメラアントを討伐する金髪片眼で緋の目を持つ男を確認しました。

 氷の念能力を使った事といい、あなた方が言うバハトに間違いはないでしょう」

「今も元気に暴れているみたいだぜ」

 そう言ってキメラアントの蟻塚の方を見るのはモラウ。そこから少し離れた森の中から砂煙が上がっている。

 場所を確認したノヴが地面に向かって手をかざすと、そこに念空間の出入り口を作り出す。

「とりあえず行きましょうか。どちらにせよ、巣に近づかねば始まりません。女王の延命治療も必要ですしね」

 

 ◇

 

空気醸造法(エアライズ)、解除」

 バハトは纏った空気のパワードスーツから身を解き放つ。そしてキメラアントの残骸だらけである、地獄絵図のようなその場所で一息入れる。

(さて)

 いつもならこれが主目的であるが、今この時に限ってはおまけである。

 ふとそちらを見れば、ノヴの四次元マンション(ハイドアンドシーク)から現れただろう2桁近い人間がすぐ傍にすでに存在していた。

 呆然とキメラアントを残骸に変えた男を見る、バハトの仲間たち5人。それを無視して先頭に立つモラウとノヴに声をかけた。

「何の用だ? 今はキメラアントの掃討が優先だと思うが」

「ハ。残念だが違うね、こちらに接触してきたキメラアントの保護と情報収集が最優先だ」

「おや? 我々の元にはキメラアントの使者が来ましたが、まさかあなたの所には来なかったのですか?」

 厭味ったらしく言うノヴ。それを鼻で笑うバハト。

「そいつらから得られる程度の情報なんてもう持っているから要らないね」

「おやおや、これはまた強く出たものです。流石シングルの情報ハンター、カマも上手におかけになる」

「そうだな、例えば護衛軍の名前か。先日、そいつらを強襲した2体の護衛軍の他にシャウアプフとモントゥトゥユピーがいるとか?」

 その言葉に顔を強張らせるモラウとノヴ。

 ありえない情報がそこに含まれていた。

「この際、護衛軍の名前はどうでもいい。テメェ――」

「――今、なんとおっしゃいましたか?」

 一気に剣呑な雰囲気を纏う2人。その原因となる言葉を、ノヴが繰り返す。

()()()()()()()()()?」

 そのニュアンスではまるで、自分は襲われていないようではないか。

 その言葉ではまるで、強襲したそいつらに興味がないようではないか。

 ハッと気が付いたナックルとシュート、そしてパームがバハトの仲間である5人を見る。そこに浮かんでいた表情は、不信のみ。

「――お前は」

 ユアが、呆然としながら、口を開く。

「ん?」

「お前は、誰だ……?」

「お前らには名乗って無かったか? ボクの名前はバハトという。以後、お見知りおきを」

 真面目くさってそう言う『バハト』に、ユアが一瞬で沸点に達する。

 顔に青筋を浮かべながら激怒のオーラをまき散らすユア。

「ざ、けん、なぁぁぁぁぁ!!

 それは!! バハトは!! 私のお兄ちゃんの名前だ!!」

 ギトギトとした怒りが周囲を満たす。戦闘タイプではないパームなどは既にユアの雰囲気に呑まれている。

 その怒りを一身に受けた『バハト』はほんの少しだけ真面目な表情のまま。

「あひゃ」

 やがて顔をくしゃりと歪めて、笑う。

「あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!」

 笑う。笑う。笑う。笑う。笑う。

 その異様さに包まれつつも、討伐隊は冷静だった。このバカ笑いをする『バハト』はバハトではない。それは分かる。

 だが、だからと言ってその正体は依然として掴めない。特に数多の念能力を扱うところを見たモラウとノヴはこの男を強く警戒していた。

 それを知らないナックルは、一気に距離を詰める。

「あひゃひゃひゃひゃひゃ……」

「笑い過ぎだ、テメーはよ」

 隙だらけのその顔にオーラを込めた拳を叩きつける。

 同時、『バハト』の背後にポットクリンが現れる。

天上不知唯我独損(ハコワレ)、発動」

「オーラを強制的に貸し付ける能力。利息は10秒1割。潜在オーラを超える量を貸し付ければ破産させて絶にさせる、か?」

 あまりに唐突に己の能力が暴かれたナックルは、驚きに硬直する。その隙に『バハト』はオーラを込めた拳でナックルを殴りつけた。

 その衝撃で唇から血を流すナックル。

「!!」

(しまった!)

 ナックルがダメージを受けたということは、貸し付けたオーラ以上のダメージを喰らったということ。折角の一撃が無効化されてしまった。

 だが、驚きはそれで終わらない。『バハト』は更に踏み込み、ナックルを殴りつける。

 それに衝撃は、来ない。

天上不知唯我独損(ハコワレ)、発動」

「!!??」

 ズ、と。ナックルの背後にポットクリンが出現する。

 驚き、『バハト』を見るも。彼は素早く後ろに下がっていた。そして10秒が経過する。

『時間です。利息が付きます』

 信じられないようなものを見た表情で、ナックルは『バハト』を見る。

 それを確認した『バハト』はまたも心底可笑しそうに笑い声をあげる。

「あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!」

『時間です。りそ――』

「もういい。消えろ」

 ポットクリンの声が聞こえた瞬間に真顔に戻り、消滅させる『バハト』。

 それを見届けたナックルは、ふつふつふつと顔とオーラに怒りを込め始める。

「テメェ……オレの、能力を――」

「ああ、いい能力だ。少しだけのんびりとはしているけどね」

 余裕たっぷりに言う『バハト』に、ナックルは怒りを込めているが攻撃は仕掛けられない。

 自分の能力が暴かれたのも謎。奪われたのも謎。いや、奪われてはいない。体感でそれは分かった。だが、それならばどうして天上不知唯我独損(ハコワレ)を『バハト』が使えたのか分からない。

 あまりにも不可解な能力発動に、ナックルは攻撃に移ることができない。それはモラウもノヴもシュートも同じだ。

 それらを無視して、ユアが殺意を込めた瞳で『バハト』を睨む。

「もう一度だけ聞くわ。お前の名前は何?」

「ああ? バハトって名前が気に入らないかい?

 じゃあクルタでいいや。クルタ族のクルタ、分かりやすい名前だろ?」

 そう言いつつ、クルタは眼帯をしていない方の瞳を緋に染める。それはクルタ族特有の緋の目に間違いはなく。クルタは間違いなくクルタ族だった。

 だが、謎は何一つ解けてはいない。百歩譲ってここに生き残りのクルタ族が現れたのはいいとして、ソイツがバハトを名乗ったことや、念能力の不可思議さは何一つ解明されていないのだ。もちろんクルタというのが本名だと思うバカはいない。警戒を下げる要因は何一つとして提示されていない。一歩、踏み込むことができない。

 奇妙な静寂が流れた。

「どうして」

 ポツリと呟くのはポンズ。

「どうしてそう笑えるのよ、あなたは?」

「可笑しいからだよ。それ以外にないだろ。

 あひゃ」

 そう笑いを零すクルタに、ポンズは悲痛な顔を向ける。

「可笑しいって……そんなに辛そうに笑うのは、なんでよ」

「―――――」

 今度はクルタの顔から色が抜けた。まっさらな表情で、ポンズを見るクルタ。

「あなたは――貴方は、なに?」

「煩い」

「何を見て、何がそんなに辛いのよ。見ているこっちが痛々しいわ」

「煩いっ! 貴女に何が分かるっ!?」

 己の心を唐突に暴かれたクルタには、先ほどまでの余裕はなかった。憎悪さえこもった顔をポンズに向ける。

 そしてそれはクルタの底をさらけ出していた。それを見逃す程、一流ハンターは甘くない。

「シィ!!」

 一足飛びに上空に跳んだモラウは脳天に巨大なパイプを振り落とす。

「……」

 隠で気配を消したノヴが側面から襲い掛かる。

「!」

 余裕をなくしたクルタは回避することは出来ない。

 パイプの一撃を頭に受けて、側面からの打撃を腹に受ける。

「邪魔」

 そして、冷徹な目で襲撃した2人を見やって言葉を吐いた。

 ダメージは、ない。

 そして脳天に攻撃を受けたせいで数本散った髪の毛が、一気に膨れ上がってクルタと同じ姿形をとった。

斉天大聖(サルノギキョク) 分身の業(オノレワケミダマ)

 モラウとノヴに1体ずつ。ナックルにシュート、パームにも1体。ユアとポンズにも1体。

 そしてクルタ本体と共にゴンとキルアに襲い掛かる分身が1体。

「!!」

 クルタは1人だったという理由で、存在していた余裕が崩された討伐軍は面食らう。モラウとノヴは既にこの能力を見ていたから驚きは少ないが、そうでない面々は驚愕から受け手に回ってしまう。

(隙、作った)

 心の中でクルタはあひゃと笑う。分身の業(オノレワケミダマ)に込められたオーラは多くない上に数でも劣る。機先を制したとはいえ、数秒の足止めが精一杯だろう。

 そうして彼自身が向かうのはキルアの元。オーラを爆発的に解放したクルタに、キルアは一瞬だが確実に硬直した。

「キルア!」

 その様子を間近で見たゴンが叫ぶが、どうしようもない。クルタの分身が捨て身でゴンを足止めしているのだ、どうしようもない。

 襲い掛かるクルタ本体を、目を見開いて見る事しかできないキルア。そしてクルタは、キルアの額にその指を突っ込んだ。

(狙いはこれだよ。イルミ=ゾルディック!!)

「あひゃひゃ」

 笑いながらキルアの額に指を突っ込み、そこに埋め込まれた針を摘出するクルタ。

 ぞるりと引き抜かれた針を持ったまま、クルタは素早く下がって近場にあった太い枝に飛び乗る。

「キルア!」

「キルア、大丈夫っ!?」

 キルアの額からナニカを抜かれたのを見たユアとゴンが声をかけるも、キルアはきょとんとしている。

 いや、それどころか先ほどよりも明らかに爽快な表情をしていた。額からの流血が気にならない程に、キルアは解放されていた。

「なんか――すげー気持ちいい……」

「っ!!」

「クルタ、お前はキルアに何をしたっ!!」

 それを異常ととったゴンとユアは上に陣取るクルタを怒鳴りつける。

 ニタニタとした表情のまま、クルタは己の所業を説明した。

「キルアの呪縛を解いたのさ」

「なっ!?」

「キルアの兄、イルミ=ゾルディックは操作系念能力者だ。針を刺した相手を操作する能力を持つ。

 針をキルアに埋め込み、自分の命令を聞かせていた。例えば強敵と遭ったら逃げろ、とかな」

「!!」

 ポンズに心当たりは、ある。彼女が合格したハンター試験の最終関門、そこでイルミは戦いの後でキルアの頭をポンポンと叩いていた。キルアが豹変して参加者であるゲレタを殺したのはその直後。物証であるその針を見せられれば説得力は確かにあった。

 だが、それは次なる謎を生み出す事となる。

「――お前は」

「ん?」

「お前は、どうしてオレに埋め込まれた針を知っていた? オレもそれを知らなかったのに。

 それにどうしてオレを呪縛から解放させた? お前にどんな利がある?」

「情報ハンター、バハトをなめんなってとこかな?」

「オイ」

「あひゃ」

 ユアの怒りの声を聞き、笑って誤魔化すクルタ。

「それと、利益? そんなものないさ。ただの善意だよ。ぜーんーいー」

「…………」

 信じさせる気の無い胡散臭さに閉口する一同だが、そこで口を開いたのはノヴ。

「操作系は早い者勝ち。つまりキルアが他者に操作されている状態では、完全にキルアを操作することはできないということ。

 お前の目的はキルアの完全操作。違いますか?」

「あひゃ」

 答えず、笑うだけのクルタ。それを見て薄っすらと笑うノヴ。

「答え合わせは後でゆっくりと致しましょう。あなたはもうここから逃げられないのだから」

 自信たっぷりに言うノヴ。それを裏付けるのは周囲を囲む煙。モラウの能力の1つである監獄ロック(スモーキージェイル)。物理的方法での脱出を不可能とする煙の包囲網。

 だがしかし、クルタの笑みは崩れない。

「残念だけど、ひとまずの目的は達した。

 逃げさせてもらうよ」

「出来るモンならやってみな」

「では遠慮なく」

 自信満々に言うモラウに、自信満々に言うクルタ。次の瞬間、クルタはその場から姿を消す。文字通り、まるで存在がなかったかのようにその姿が掻き消えたのだ。

 周囲を警戒する9人だが、やがてぽつりと言葉を零したのはモラウ。

「逃がした、か」

 引っ搔き回すだけ引っ掻き回して、逃げたクルタ。

 全く見えなかった彼の目的に、後味の悪さだけが残るのだった。

 

 ◇

 

「ふぅ……」

 安全地帯まで逃避したクルタは溜息を吐きながら、9人の討伐隊と向き合った重圧から解放されていた。

 自分の謎を全面に出し、相手を躊躇させる。それで隙を作り出し、逃げる。頭が回る人間だから有効な方法であり、キメラアントを相手にはあまり使えない方法だ。

(それになぁ)

 余裕があった訳ではないし、無傷という訳でも決してない。憂鬱になりながら、しかしやらない訳にもいかないのでクルタはポツリと呟く。

悠久に続く残響(エターナルソング)、解除」

 瞬間、襲い来る痛み。脳天がカチ割られるように痛み、腹が抉られるように痛む。

「ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」

 あまりの痛みにクルタはその場でのた打ち回り、悶絶する。

 それは先ほどモラウとノヴから受けた攻撃だった。その場では能力で影響を停止させただけであり、いつか受けなくてはならない痛みだった。

 この能力によって即死する以外のダメージは無視できるが、そのツケはいつか払わなくてならないのである。クルタは痛みで悶絶し、頭を振り回す。

 その衝撃で彼の眼帯がぱさりと落ちた。そこにあったのは、緋の目。しかしそれは彼の緋の目ではない。視力をなくしたその瞳はバハトのそれ。

 瞳に秘めた簒奪者(シークレット・グリード・アイ)転生に備わる贈り物(リバースデイプレゼント)を奪ったバハトの瞳を、クルタが己の眼窩に移植していた。彼が知りえたあらゆる念能力を使えるのはこれが原因である。

 今は苦しむだけの彼。

 その片方の瞳は、どこを見るでもなく虚空に焦点を合わせていた。

 




さて、ここまでお読みいただいてありがとうございます。
私、117は6月よりオリジナル小説に全力を出したいと思います。
つきましては二次創作の方の更新に影響が出るかと思いますが、必ず完結させる気概は捨てておりません。
どうか、気長にお待ちください。


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082話 驚愕

心が戻ってきたので、活動を再開します。
ってか081話とか文章ひどいな。
今度直しておきます。

ではでは、久しぶりの投稿です。
楽しんでいただけたら幸いです。


 

 モラウの張った煙の結界が晴れていく。内部にクルタが居ないと判断した上での監獄ロック(スモーキージェイル)の解除であった。

 彼の仲間であるノヴはもちろん、弟子でもあるナックルとシュートはその判断に否はない。モラウの能力の事を知っているからだ。しかしゴンたちといった新たに加わった仲間には意味が通じない。どうしてここにもはやクルタが居ないとモラウに分かったのか、その理由が。

 それを理解しているモラウは口を開く。

「オレの監獄ロック(スモーキージェイル)は脱出不能の煙の檻だ。が、もちろん完璧な念能力なんてありゃしねぇ。

 脱出不能なのは物理的な能力でな、3つ脱出可能なルートがある」

「なんでわざわざ脱出経路を作ったの?」

 ゴンの素朴な疑問に嫌な顔をせずに答えるモラウ。

「念の強度を強める為だ、誓約と制約っつうやつだな。こちらが想定した方法以外では脱出できない、それによって物理的に脱出不能の能力にしてんだ。

 続けるぞ。まず1つめ、オレの意識を断つこと。これにはもちろん殺す事も含まれる。監獄ロック(スモーキージェイル)はオレが内部にいなければ発動しない能力だ。その内部にいるオレを排除すれば監獄ロック(スモーキージェイル)は解除される」

「モラウさんが死んで、死者の念になって永遠に対象を拘束する可能性はないの?」

「ねえ。オレが死んだら解除されるという納得の上で発動する能力だからな。監獄ロック(スモーキージェイル)で死者の念が発生することはない」

 最悪のもしもを言うユアだが、顔色を変えずにモラウは答えた。

「続けるぞ。次に除念、監獄ロック(スモーキージェイル)という念能力を無効化されちゃお手上げだ。これは正規ルートじゃねぇが、想定するべき事柄だ。

 ま、監獄ロック(スモーキージェイル)の内部はオレの煙で満ち満ちている。円の役割も果たす全ての煙を除念するっていうのも現実的じゃねぇ」

 そう言ってポンズをみやるモラウ。彼女は肩をすくめて答える。

「そうね、私の小瓶の精霊(ホムンクルス・ハニー)では効果範囲の時点で除念は無理だわ」

 そう言うポンズだが、力業である監獄ロック(スモーキージェイル)とは小瓶の精霊(ホムンクルス・ハニー)では相性が悪い。効果範囲に収まったとしても除念にどれだけ時間がかかるか分かったものではない。最悪、除念された端から煙を再構成される可能性すらある。ポンズの除念能力は再生能力がある念相手にも相性が悪い。除念が専門ではないとはいえ、穴が多い能力でもあるのだ。

 それらの確認を終えたモラウは最後の1つの可能性を口にする。

「3つ目、オレの監獄ロック(スモーキージェイル)は空間転移する能力を捕捉することはできねぇ。物理に特化した弊害ってヤツだな」

 そう言ってちらりとノヴを見る。その穴の検証を手伝ったのは他ならぬノヴであるからだ。

 締めくくったモラウの言葉を総括するキルア。

「要するにこの煙の檻から脱出するには、オッサンを倒す正攻法と檻自体を念能力で壊す別方法、そして無理矢理抜け気だす裏ワザの3つがあるってことだろ。

 あのクルタってヤツはどうやって脱出したんだ?」

 疑問形にしたのはキルアなりの礼儀だろう。モラウが健在で、煙の檻が解除されていない以上、答えは1つしかない。

 忌々しそうに口を開くモラウ。

「空間跳躍だな。監獄ロック(スモーキージェイル)の内部に満ちた煙のオーラは円の働きもするって言ったろ。ヤツの周囲の煙も同時に()()()。空間ごと居なくなったに違いねぇ」

「能力の相性が悪かった、とは言いたくありませんがね」

 そこで口を挟むノヴ。

「分身する能力、空間転移能力、キメラアントを操作する能力。あの男が所有する能力は数多く、そして節操がない」

 ノヴが口をした能力だけでも系統がバラバラである。そもそも分身する能力は具現化系で、空間転移の能力は放出系に多い。系統からして滅茶苦茶である。

 このような能力者のパターンなど限られている。

「答えは1つ、特質系で他者の発を利用するパターン。それしか考えられません」

「……バハトに聞いた、クロロと同系統の能力か」

 キルアの声にぴくりとナックルが眉を動かした。

「ちなみにそのクロロってヤツとクルタが同一人物って可能性はねーのか?」

「ないわね。クロロは幻影旅団のリーダーでゴンとキルアは顔を合わせたし、私も遠目で見たわ。根本的に違う男よ」

「幻影旅団のリーダーの能力も把握していたとは、バハトとやらは本当に優秀だったのだな」

 感心したように言うシュートに、ふんすと自慢げに息を荒げるユア。

(幻影旅団の団員を捕らえ、情報を全て引き出し、始末したとかいう話でしたね。シングルの称号に不足なしと思ったものです)

 ノヴは心の中で思う。もっとも、その偉業を為した男は現在、生死不明なのであるが。

 そして真近に聳え立つキメラアントの巣を見上げる。もしもバハトの情報があるならばここだろうとも思う。逆にここでバハトの情報が手に入らなけらば、おそらく彼は永遠に行方不明だろうとも。

 無事であることを祈らないほど、ノヴは無神経な人間ではない。だが、その可能性を否定してしまえる彼の頭脳の明晰さが今だけは疎ましかった。

「無駄な時間を使ってしまいましたね。女王は瀕死らしいですし、早く救命措置に入りましょう」

 そう言ってキメラアントの巣に足を向けるノヴ。彼を守るようについていく一同。

 女王の救命チームはノヴの念能力で移送する手筈だ。他の面々の仕事はノヴの護衛が第一となる。

 その中でポンズだけがキメラアントの巣に入っていかない。少しだけやることがあるのだ。

「え…っと。あったわね」

 見つけたのはクルタの髪の毛。彼が分身を作る際に利用し、打ち捨てられたそれをポンズが回収する。

小瓶の精霊(ホムンクルス・ハニー)

 掌に小瓶を具現化し、その内部に髪の毛を投入。そしてそれをハニーに解析させる。

 クルタは数多の念能力を持つらしい。ならば、こちらの姿形を真似られる可能性もあるだろう。そうされた時も、遺伝情報さえ解析しておけば敵に気づかれないうちに仲間内への侵入を察知できる。

 ポンズとしてはその程度のつもりでクルタの遺伝情報を入手したつもりだった。

『遺伝情報、合致しました』

 驚きで絶句し、ポンズの目が大きく見開かれる。

(ありえない)

 それがポンズの感想だった。ポンズが念能力に目覚めてから経過した時は1年ちょっと。その間、遺伝情報を解析した相手は百にも満たない。故にポンズは誰の遺伝情報を入手したのか、間違いなく覚えている。

 だから本来はありえないのだ、既にポンズが見ず知らずのクルタの遺伝情報を持っているなんてことは。

 しかし、だが。ポンズの収集した遺伝情報とクルタが合致した。一卵性双生児であればありえる程度の分析情報だが、合致した相手もありえない。

(あなたは――)

 固まったまま、ポンズは大声で叫びたかった。

 何故だ、と。

 何があった、と。

 何でなのよ、と。

 どんな過程があったか、それはポンズには分からない。けれども分かる事もある。

(緋の目に為った時、クルタ族は強力な特質系になる)

 バハトから聞いた話である。どんな代償を払ったのかは分からないが、クルタと名乗った青年は己の全てを懸けてその能力を開花させたに違いない。命程度はもちろん、それ以上の代価を払っている、そう考えるのが妥当だ。

『遺伝情報一致率、98%以上。この遺伝情報の持ち主は レント です。

 年齢・20歳 性別・男性 オーラを分析・特質系』

 未来から時間を逆行する。そんなとんでもない能力を発露するなんて、どれほどの代償が必要なのか。

 今のレントが赤子である以上、クルタの正体は未来から来たポンズの息子であるレントである。そう結論付けざるを得ない。SFでよく見る陳腐な設定だ、未来から悲劇を回避する為に過去に跳ぶなんて話は。しかしそれが現実に表れた時、あまりの展開に頭がついていかない。

(いや、待って。落ち着きなさい、私)

 常識的に考えれば未来から一人の人間から過去に現れるなんてありえない。クルタが未来から来たレントであるという結論に達するよりも、クルタが何らかの方法でレントの遺伝情報を擬態しているという方がありえる話である。シングルハンターであるバハトの防御網をすり抜けてレントに接触する方が、まだ現実味がある話だと云えた。

(だけど――)

 そう、だけれども。クルタを見た時に感じた、あの他人とは思えない感覚。産んだばかりのレントが急に大人になって目の前に現れたと考えればしっくりきてしまう。

 理屈ではクルタはレントの皮を被った敵対者。感覚ではクルタは大きくなったレント本人。自己感覚の矛盾にポンズは大きな眩暈に襲われる。

「ポンズさん?」

 びくりとポンズが震えた。かけられた声の方を向けば、そこにはひょっこりとキメラアントの巣から顔を出したユアの姿が。

「どしたの?」

「な、何でもないわ」

 動揺しつつ、しかしまだ知った情報を表に出す段階でもない。ポンズは何かあったと言わんばかりの動揺を表に出しつつ、ユアに向かって歩き出す。

 それを見たユアは訝しそうな表情を浮かべたが、すぐに感情をフラットに戻して先へ進む。

 良いか悪いかは別にして、ここにバハトの情報がある可能性が高いのだから。

 

 ◇

 

 女王が死んだ。

 最期まで息子を愛し続けた母親であった女王は、希望の名を息子に遺して逝く。その巨大で無垢な愛情に、その場にいたハンターたちは打ちのめされていた。

 確かに女王はヒトを喰らう敵対者であった。だがしかし、血も涙もない悪魔ではなかったのだ。生物として当たり前の母親でしかなかったのだ。

 ハンターとなれば、なおその理屈には納得がいった。ヒトに害為す生物はキメラアントだけではない。むしろシーハンターやビーストハンターなんてやっていると、人間を捕食する生物なんて普通である。そういう意味で、女王に同情して感涙に咽ぶ彼らは確かにハンターとして甘いといえた。そしてその甘さが心地よいのも、また事実。

(…………)

 女王に黙祷を捧げるポンズの心境は他者に比べて複雑である。一児の母でありながら、もしかしたらその息子がその人生全てを代償にする念を発動した可能性すらあるのだから。母の愛を第三者的に見た今だからこそ、複雑としか言いようがない心境であった。

「ねえ、ノヴさん」

「?」

 少しだけ落ち着き、そしてそれ以上に心揺さぶられたポンズは念の先達に問いかける。

 果たして未来から過去へ時間逆行をすることは可能なのか。もしも可能なら、代償は如何ほどになるのか。

「聞きたいのだけど、過去の改竄なんて念能力はあると思う?」

「…」

 ぴくりと反応するノヴ。そしてポンズのただならない雰囲気を感じ取り、周囲からさりげなく距離を取るように指示を出した。モラウたちが女王の胎から取り出されたもう一人の子に注目されている隙に部屋の隅に行く。2人は部屋の中に居て、なおかつ周囲に話し声も届かない絶妙な場所を得る。

「まずは、その唐突な疑問はどこから出ましたか?」

「…………」

「それを聞かなければ、貴女の納得できる答えを出せるとは思いませんが」

 ノヴの至極真っ当な言葉に、ポンズは意を決して口を開く。

「私の念能力、小瓶の精霊(ホムンクルス・ハニー)は解析の能力よ」

「…………」

「クルタの遺伝情報を解析した結果、そのDNA情報が私の息子であるレントのものと一致したの」

「……なるほど」

 ノヴの頭の回転は早い。確かにレントの遺伝情報を擬態するというのは考えにくい。NGLからヨークシンは遠く離れている上に、そもそも赤子の遺伝情報を擬態する意味も薄い。ならば唐突に現れた男が未来から来たポンズの息子だと疑いたくなる気持ちも分かる。

 だがしかし、その上でノヴは首を振る。

「残念ですが、時間跳躍を可能とする念能力の存在は私も聞いたことはありません。しかもクルタの歳を考えれば10年以上の未来から来ている計算になりますね?」

「解析した結果、肉体年齢は二十歳だったわ」

「そんな超長時間の時間跳躍は現実的ではありませんね」

 そう言い、しかし続けてノヴは口を開く。

「ですが、有り得ないとは言えません。時間に干渉する能力の話は聞いたことがあります。

 最近ですと、マフィアのノストラードファミリーに未来予知を可能とする念能力者が居たとか」

「! ネオンちゃん!」

「……お知り合いで?」

「ええ。その念能力を失って父親に虐待を受けるところをバハトが保護したと聞いたわ」

「まあ、いいでしょう」

 何か言いたそうな表情をしたノヴだが、すぐに切り替える。

「ここで重要なのは、念能力ならばおそらく過去に回帰することも不可能ではないという推論が成り立つというものです。おそらくは特質系に限定されるとは思いますが……」

「クルタ族は、緋の目が発現した時に特質系になる。そしてレントはクルタ族よ」

「最低限の条件は整っている、とは言えますね。狙って特質系に為れるとは出来過ぎた話だとも思いますが。

 しかし問題はその代償」

 ノヴの言葉にポンズの瞳が鋭くなる。

「何を捧げればいいと思いますか?」

「最低限、自分の存在の否定」

 レントが、自分の息子が己の存在を否定した。可能性だけとはいえ、それを突きつけられてポンズはふらりとよろける。

「当然です。数秒という時間や、現在から見た未来の変革ではない。既に過ぎ去った過去を変えようとするとは、それを構築する己自身をも否定することと同義です。

 念は、発は。云わば我の現実化。『こんな自分は要らなかった』と心から思わなければ過去へ戻る資格すらない」

「そ、んな……」

「更に歴史を変革する程の代償をその身一つで支払う必要がある。世界全ての否定も同時に行わなくてはならない。理論上ありえないと思う所以です」

 聞けば聞くほど絶望的な話だ。ポンズはへたり込みそうになるのは必死になってこらえる。

 もしもそうだとするならば、過去に回帰する者の絶望は如何ほどだろう。どうすればそこまで壊れた上で丈夫にならざるを得ないのだろう。

 心が千切れかけたポンズ。そんな彼女の肩に軽く手を置くノヴ。

「だから、心配しなくていいでしょう。クルタはレントの遺伝情報を擬態しただけの敵である可能性が高いのですから」

「…………」

 ノヴの軽口に、しかし曇った表情を見せるポンズ。そんな彼女を見てノヴは自分の言葉がほとんど役に立たなかったと悟る。

(まあ、口から出まかせですからね)

 ノヴは、クルタが未来から来たレントであるとほぼほぼ確信していた。根拠は2つ、タイミングと存在の不可思議さである。

 タイミングとしては、どうして()なのかという素朴な疑問だ。クルタが二十歳だとして、二十年の時を無視して()である理由。

(おそらくは、バハトとポンズの死)

 NGLで両親が死んだとしても、ヨークシンにいるレントが死ぬことはない。そのレントが過去を改竄したいと思うならば両親の死が最も可能性が高そうに思える。

 もちろん両親の死程度で過去を改竄するだろうと思う程、ノヴは感傷的ではない。両親を失った人間なんて飽きるほどいる。そんなありふれた悲劇だけでは世界を否定するような気概が持てるはずもないというのがノヴの見解だ。そして今という世界にはもう一つターニングポイントがある。

(そしてそれによるキメラアントの種としての確立。人間の隷属化)

 おそらく。人間はキメラアントに敗北するのだ。

 クルタはその世界線からやってきたと考えれば『世界の否定』にも納得がいく。餌と成り果てた人類の尊厳の回復、それを旗印に掲げれば何千万何億という人間が命を捧げるだろう。

(自ら命を差し出した他者の命を搾取して、オーラに変換する能力ならどうだ? 何億という人間のオーラを使えば一人の人間を過去に飛ばすことも可能ではないのか?)

 考えるが、スケールの大きすぎる話である。ノヴの考えも想像の範疇を出ない。可能な気もするし、有り得ない気もする。こういう場合は両方の可能性を捨てないことが大切だ。

(そうと仮定すると、我々は王と護衛軍に敗れることになる。クルタの持つ情報とその存在自体の重要性は上がる一方だな)

 そう、もう1つの根拠はクルタの存在だ。このNGLに何の脈絡もなくクルタ族が現れるというのは普通ではない。そもそもNGLとクルタ族に何の関わりもないのだから。

 だが、バハトとポンズの子が現れたと考えれば理屈は通る。2人の子がたまたまクルタ族だっただけであり、クルタ族であるという意味はそれ以上ではない。

(となれば、バハトはクルタに保護されていると考えるのが道理か?)

 

「じゃあ、お兄ちゃんはここにいるのね!?」

「カイトも無事なんだよね!?」

「無事、とは言えないかもしれないな。ネフェルピトーによって操られている男が2人いるが、アレを無事と呼んでいいものか……」

 

 聞こえてきた声がノヴの予想を裏切ることに、彼は舌打ちを隠せない。クルタがレントだったら、父を見捨てはしないだろうという予想が当たらなかった。護衛軍2体を相手に助ける余地がなかったのかも知れないが、無事と呼べない状態を看過したことは事実。

 クルタがレントでなかったとしたら、その存在は完全なるアンノウン。目的も何もかも全く見えない。

(どちらにせよ、厄介なことに変わりはありませんね……)

 両方の可能性を捨てずに、ノヴはひとまずバハトの様子を確認するべく走り出したユアとゴンの後を追うのだった。

 

 

 



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083話 夢であるように

感想、誤字報告、高評価。
本当にありがとうございます。励みになっております。

早めに書き上げられましたので、最新話をどうぞ。


 

 傷だらけの身体。

 焦点の合わない瞳。

 そんな男が、2体。

「…………」

 絶句とは、この状態の人たちを指すのだろう。ゴンが、ユアが、ポンズが。言葉を失って立ち尽くしている。

 辛うじて我を忘れていないのはキルア。それでも彼の衝撃が少ない訳ではない。カイトはともかくとして、バハトはハンター試験を共にした仲間であり、念の師匠でもある。そんな彼の成れの果てを目にすれば、感情が粟立たない訳がない。それでも彼が一番マシだったのは、キルアの一番がゴンだったからだろう。

 情に厚いゴンは恩師でもあるカイトとバハトを見て言葉も出ない。たった独りの家族であり兄でもあるバハトをこんな形で見るハメになったユアと、夫の末路を目撃させられたポンズの心境は、果たしてゴンと比べてどちらがマシか。

 ギチギチと歯ぎしりをしつつ、ぎょろぎょろとあちらこちらに両目を動かす2人はまるで肉食の昆虫のようだった。人間としての尊厳も何もかも無視して操作されるという、操作系の最も残酷な側面がここに体現されている。

 ゴンの眉が悲哀に歪み、ユアの指が己の掌に食い込み、ポンズがガクンと膝から崩れ落ちる。

 それを見た仲間達は、ここが限界だと判断した。キルアがゴンを後ろから抱きしめ、パームがユアとポンズの肩に優しく手を置く。

「ここはオレたちに任せて貰うぜ」

「――どうするの?」

 震える声でユアが前に出たナックルに問いかける。ゆらりと暗い宿(ホテル・ラフレシア)を発動させたシュートが答えを口にした。

「操作された彼らを助けるには手順が必要だ。まずは捕獲し、無力化させる。話はそれからだ」

 モラウが口から煙のオーラを吐き出す。紫煙が周囲を包み、ナックルのサポートに最適な状況を作り出す。

 ナックルの念能力、天上不知唯我独損(ハコワレ)が肝である。対象を強制的に30日間も絶にするという彼の能力は、念能力者の無力化に強力な効果を持つ。

 そのナックルの能力が発動するようにサポートするのがシュートとモラウ。ノヴはこの場に置いておくには痛々しすぎる3人をその場から退避させた。

 戦闘音を後ろに聞きつつ、その場を辞する6人。

「――とりあえずは生きていた。それは喜ばしいことです」

 そう言いきったノヴの胸倉をユアが掴み上げる。小さな背でノヴを睨み上げるユアの瞳は緋色に染まっていた。

「もういっぺん言ってみろよ。何が、喜ばしいって?」

「生きていたことです。死んだらそれで終わり。そう考えれば、敵に操作されたとしても生きていたことはポジティブな事象でしょう」

 はっきりと言い切ったノヴに向かってユアは右拳を振り上げ、それは後ろから手を伸ばしたキルアに止められる。そして左肩も今にもキレそうなパームによって抑えられていた。

「ノヴ先生に八つ当たりで殴ろうとしてんじゃねーよ!」

「は? ふざけた寝言を言う冷血男を殴るだけですけど?」

「どっちもやめろ! ノヴもわざわざ火に油を注ぐな!!」

 ユアとパームが女の恐ろしさを全面に出しながらメンチを切り合い、それに辟易としたキルアが止める。

 ゴンとポンズは怒る気力もないようだが、ノヴは余裕たっぷりに右手の中指で眼鏡の位置を直している。

「ふ。怒る元気があるなら結構。ならばその気力は事態の解決に役立てる事です」

 そう言ってノヴは足を進める。

「――どこへ?」

「コルトの所へ。護衛軍が操作したのは明白です。誰がどんな操作をしたのか、話を聞きましょう」

 

 ◇

 

 カイトとバハトが殿となり、護衛軍の足止めをしていたのをゴンやユアたち4人は見た。カイトがネフェルピトーと戦い、そしてバハトがトトルゥトゥトゥの行く手を遮っていた。

 コルトがカイトとバハトの姿を見たのはその翌日。ネフェルピトーの戦利品として持ち帰られた2体の人間を、彼女が開花した能力で弄り回している光景だったらしい。やがて中空に浮く傀儡師の念獣を作り出し、それによって手に入れた玩具(オモチャ)を操作するようになったとか。

 以降、彼らの使い道はキメラアントの兵隊たちの訓練相手となった。片やネフェルピトーが操作する強力な念能力者、片や剛柔な肉体を持つ念が使えるキメラアント。ネフェルピトーの念の練習にも役に立ったし、キメラアントたちの強化にも役に立った。

 そしてネフェルピトーが旅立ったのにここに残された彼らを見るに、2体の玩具(オモチャ)はもう用済みになったのだろう。

 大切な恩師が、家族が。ボロ雑巾のように弄ばれ、捨てられた。その事実にどんどんと怒りのボルテージを上げていくゴンとユア。

 対照的にポンズはようやく頭が冷えてきたようだった。疲れた表情で思考を回す。

「ポンズ。貴女の能力で彼らの除念は可能ですか?」

「無理ね」

 即座にポンズはその結論を出す。そして小瓶の精霊(ホムンクルス・ハニー)を発動した。ただし、それは片手で持てる小瓶ではなく、両手で抱えるように巨大な瓶だった。

「ある程度大きさは変えられるけど、巨大にするのはこれが限界。私が持てる瓶であることが念の発動条件だから、人間大の念獣は内部に取り込むことができないわ」

「そうですか。貴女よりも腕のいい除念師を探すのも現実的ではありませんね、ここはやはりネフェルピトーに解除させるのが正解でしょう。キメラアント討伐という目的にも合致する話です」

「問題はそのネフェルピトーがどこに行ったのか、かしら」

 コルトから聞いた話によれば、王と護衛軍が東へ旅立ったらしい。とはいえ、ここNGLはミテネ連邦の最西端に位置する。東に行くとはいえ、それではミテネ連邦全域が含まれる。しかも途中で北や南に進んで海を越える可能性も捨てられない。

「ノヴさんはどう思います」

「そうですね。予想の範疇でしかありませんが、海を渡る可能性は低いでしょう」

「根拠は?」

「海という存在の実態を奴らは知りません。しかしここには裏のNGLが遺した本がある。海の恐ろしさは理解できるはず。ならばこそ、まずはミテネ連邦を全て手中に収める。

 そうすれば人間が持つ船や飛行船といった海を踏破する道具も手に入る。海を越えるのはそれからでも遅くありません」

 なるほどと頷いたキルアが言葉を続ける。

「それじゃあ奴らが狙うのは……東ゴルトー共和国だな?」

「ほぅ。私も同意見ですが、その根拠を聞いていいですか?」

 ノヴの言葉を聞いて根拠を話すキルア。

「ロカリオ共和国、ハス共和国、西ゴルトー共和国は全てV5の支配下にある。もしも事件を起こせば、世界中を敵に回す。

 だが東ゴルトー共和国だけはV5に属さない独裁国だ。まずはここを支配して力を蓄えるのが上策だな」

「結構。もしも奴らが東ゴルトー共和国に行くまでの国でコトを起こせばそれはそれでよし。全人類に情報が共有されます。

 私たちがすべきは最悪の事態への想定。すなわち、東ゴルトー共和国が奴らの手に落ちた時の対処です」

「具体的には?」

「東ゴルトー共和国は独裁国とはいえ、外交は開かれています。話が通じる相手に強く働きかけて、政治的に影響を与えられる工作を始めます。

 同時に東ゴルトー共和国の内部に入り込む準備を。

 言うまでもなく、我々討伐隊の最適解は王の暗殺です」

「とはいえ、ネフェルピトーの円があるだけで暗殺どころか面会すらロクにできやしねーぜ?」

「分かっています。ネテロ会長も力押しはしなかった相手、軽視はしません。ですので、王の暗殺部隊と護衛軍の分断にチームを分ける事になるでしょう。

 奴らが一所に集まっていれば、どんな策も力業で破られてしまいます」

「――ネフェルピトーの相手は、オレがやる」

「――トトルゥトゥトゥは私にやらせて」

 会話に口を挟むゴンとユア。据わった目は、ここにはいない怨敵を睨んでいた。

 それを見て肩を竦めるノヴ。

「第一希望として聞いておきましょう。高いモチベーションは結構なことです。

 ま、おそらくモラウも反対はしないでしょうがね」

「オレはゴンと組むぜ」

「ユアちゃんとは私かしらね」

 キルアとポンズがそれぞれ止めもせずに後ろから乗っかる。

 どうやっても止まりそうもない様子の4人の気迫を見て、ノヴはそれでも軽口を叩く。

「それらも第一希望として聞いておきましょう。まだ我々は奴らの情報が少ない。まずは敵を識ること、それを怠っては勝てる戦いにも勝てません」

 激怒と憤怒と殺意と敵意を燃やす若い念能力者の矛先をそっと逸らす。これもノヴが練達した人間であるからこそできることだ。

 それに、問題はキメラアントだけではない。

「そして、クルタ」

 その名前を聞いてユアの瞳が更に鋭くなり、ポンズは悲しそうに視線を下に落とす。

「あの男、キメラアントの駆除に参加をしていました。その本意がどこにあるのか、調べても損はないでしょう。

 それに奴はキルアの操作を解きました。こちらを操作することを狙っているのかも知れません。努々、油断なさらないように」

「あったりまえ!」

「聞かなくちゃいけないことが、多すぎるから……」

 気炎をあげるユアと、繊細に表情を歪めるポンズ。彼女たちもまた、対照的だった。

 

 ◇

 

「奴らが行くのは東ゴルトー」

 クルタはNGLの国境から程近い海辺で、手に入れた地図を眺めていた。

「流石に独裁国家の内部情報はそう簡単に漏らしてはくれないか。ボクの取れる手が多くないっていうのも辛いものだね」

 ふー、と溜息をつくクルタ。

「とはいえ、そっちはそっちで使いにくいし。

 人手が足りないよ、本当。

 愚痴っても仕方ないけどさ」

 王と護衛軍を始末するのはクルタだけでは無理がある。やはり討伐隊を上手く使わなくてはならないだろう。クルタの目指す目的の為にも、使えるものは使い尽くさなくてはならない。

 そして当面の目標を決める。

「ここはやっぱり、師団長の始末かな……」

 強さを求めるキメラアントは、場合によっては王に降る。人間に降る選択肢がない以上、より強い者に恭順を示すのは野生らしいといえば野生らしい。

 とはいえ、それを許すつもりは毛頭ない。そんな連中を許せば王と護衛軍を始末することが尚更困難になってしまう。

 故に、殺す。人類と敵対するキメラアントを、一切合切の容赦なく。クルタは躊躇する気は全くなかった、キメラアントは人間の遺伝子が混ざっているだけの害虫に過ぎないのだから。

 女王アリが死んだ時、蟻塚から群れ為して散るキメラアントの中で特に強そうなアリに付けた目印。クルタは先回りしたに過ぎない。

「ん? 旨そうなエサがいるワな」

「来るのが遅い」

 ズシンズシンと重い体を揺らしながら、ワニのキメラアントがクルタの背後に現れる。彼に向かって振り返りながら声をかけるクルタ。

 そんな人間を見て、ワニのキメラアントはカッカッと笑う。

「そうかそうか、お前はオレに喰われる為にここで待っていたんだワな。この大食いキングであるアゲタ様に!」

「喰われる趣味の生物は存在しない。そんなこともお前の脳みそでは分からないのか?」

「分からんなぁ。オレを待っていたのに、喰われる以外の結末があるだワなんて」

 オーラを漲らせるクルタと、ワニのキメラアントであるアゲタ。

 静かに闘志を高ぶらせる一人と一匹。

(――単純に、強い。強化系だな)

 一番イヤな系統だとクルタは心で思う。銃すら通じないキメラアントが強化系に目覚める。それは生半可な攻撃は全くの無効であることをクルタはよく知っていた。

 そして強化系が優れているのは力だけではない。

「――フン、ガッ!!」

 一瞬で誰そ彼れの距離を詰め、その巨大な顎を開いて閉じる。間一髪逃れたクルタだが、直前まで自分が居た場所で閉じられた牙に冷や汗が流れる。

(攻撃を許せば――即死!)

 そんな思考を回す彼の脇腹をめがけてアゲタの尻尾が横薙ぎに振るわれる。ワニといえば顎の力が最も有名だが、全身の筋肉も決して伊達ではない。ましてや相手は強化系のキメラアント。全ての攻撃が一撃必殺。

 迫る尻尾を見つつ、クルタはその両手の間に何百もの念糸を作り出す。マチの能力である念の糸は、細いがしかし柔軟で強力だ。それを尻尾に合わせることにより、その勢いを完全に殺しきり絡めとる。

「ガハハッ! それでオレの動きを止めたつもりかワな!?」

 横薙ぎの勢いこそ止められたが、ギチギチと締まる糸はアゲタの尻尾の皮を切るのが精一杯。痛みも感じていないようなアゲタは、ニンマリと笑って尻尾を上に振り上げた。

「っ!」

 糸と繋がったクルタはそれだけで空高く飛ばされる。そしてその着地点では、アゲタが大口を開けて待ち構えていた。

「わざわざここまでご苦労だったワな。

 では、いただきま~す」

空気醸造法(エアライズ)

 アゲタの顎の下から空気の塊がぶつかり、その顎は強制的に閉じられた。アゲタの表情が驚きに染まる。

「ワニの顎は閉じるには無類の力を発揮するが、開くには微力が過ぎる。自分の身体なのに、そんなことも知らなかったのか?」

 冷たい目でそう言い捨てるクルタ。再度口を開こうとするアゲタだが、その下顎に連続して空気の塊がぶつけられる。アゲタにダメージを与える威力はないが、開こうとする口は閉じたまま。

 そして一撃必殺は何も強化系だけの特権ではない。

悠久に続く残響(エターナルソング)

 クルタはアゲタの眉間に拳を一つ入れる。彼にとってはそれだけで十分。アゲタの身体は固まり、その場にズズンと崩れ落ちた。

 悠久に続く残響(エターナルソング)はクルタの固有能力であり、操作系よりの特質系である。オーラを注ぎ込んだ対象を停止させる能力を持ち、これを脳に叩き込むと思考が停止して全ての行動が不可能になる。

 その特性から、操作された相手や具現化された念獣とは相性が悪いが、身一つで戦う強化系には無類の効果を発揮する。

 とはいえ、クルタは特質系である。身体強化は最も苦手な系統だ。キメラアントの強化系に対して一撃必殺なのはお互い様といえた。それでもクルタが勝利したのは、あまりに経験値が違っていたからに他ならない。

 停止したアゲタを無感情に見つつ、クルタは口上を述べる。

「貴様は名乗ったな、大食いキングのアゲタと。

 それに倣ってボクも名乗ろう。

 名前はレント、シングルのキメラアントハンターだ」

 もはや何も聞こえていないアゲタに向かってそう言い放つレント。そしてオーラと空気を混ぜ合わせたそれを、アゲタの鼻から大量に注入する。

空気醸造法(エアライズ)

 それを大量に取り込んだ相手を操作する能力を発動したのを確認し、レントはアゲタの停止を解く。

 同時、アゲタは即座にクルタに向かって土下座をした。

「それでいい。ボクにその汚いツラを見せるな、虫唾が走る」

「ハッ!」

 頭を差し出す格好になったアゲタ。その頭部に触れながら、レントは言葉を続ける。

「お前はこれから東ゴルトー共和国へ向かえ。怪しまれないように、王の懐に入るんだ」

「ご主人様のご随意のままにっ!!」

 王を目指していたキメラアントはもうそこに存在しない。存在するのは他者のいいように扱われる操り人形である。

 アゲタはレントに顔を見られないように土下座をしたまま後ろを向き、そして立ち上がってその場から去っていく。それを冷淡に見つめるレント。

「こんな小細工がどこまで通じるか……。そもそも除念されないとも限らないんだけどなぁ」

 可能性が低いと思いつつ、そう口にするレント。まあ、その時はその時である。アゲタへの仕込みは終わっている、場合によっては脳を破壊すればいいだけの話だ。

「もう何体か、師団長を確保できれば……気休めにはなるか」

 ぶちぶちと呟きながら、レントは空間を跳躍する虫食いだらけの世界地図(ワールドマップ・トリガー)を発動し、彼は瞬く間にその場から消えるのだった。

 



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084話 嵐の前の休暇

 

 ガタンゴトンと鉄道を進む。9人にも及ぶ大所帯であるからして、二等客席を借り切っての、のんびりとした時間が流れていた。プロハンターの財力を考えればささやかな出費だが、そもそもプロハンターは金持ちが多いが散財する者が多いとは限らない。自分に見合っていると思えば、マイカーすら持たない者も珍しくない。

 故に9人ものプロハンターが密集するその一室で不満を持つ者はいない。移動と密談にはこれで十分なのだから。

 

 もぐもぐもぐ。

「あっ! キルア! それはオレが買ったやつ!」

 がつがつがつ。

「さっきオメーはオレの牛タン弁当喰っただろ!」

 ぱくぱくぱく。

「よしなさいよ、みっともないわね」

 ひょいっとな。

「あ、これ美味しそう、ユアちゃん、貰うわね」

「どうぞー」

 だからここで大食い大会が開かれていても何の問題もないのである。ゴンとキルアにユアは大量の弁当や総菜やらを持ち込んで、その小さな体のどこに入っているのだとつっこまれんばかりにそれらを喰らい尽くしていく。

 もっとも、これくらいの食事量は念能力者なら普通だ。念能力者は何も物理法則を無視する訳ではない。コンクリートを殴り壊す破壊力を生み出すのにはそれ相応のエネルギーが必要となる訳で、人間がどうやってそのエネルギーを蓄えるのかと言えば、そりゃ食うしかないのである。

 残りの6人もこれくらいは食べるが、流石に子供と同じようにがっつく程慎みを忘れている大人たちではない。ゆっくりと穏やかに、しかし大量に食品を消費している。

 

 彼らが乗っているのは特急列車。西ゴルトー共和国、第三の都市であるウー市行きだ。

 

「食べながらでいいので聞いて下さい。到着後、私たちの動きを確認します」

 優雅にティーカップを傾けるノヴに全員の視線が集まる。

「私たちの標的は護衛軍と、王。最悪の想定は東ゴルトー共和国がヤツラに乗っ取られることですので、それを想定して動きます。

 ウー市に行き、東ゴルトー共和国の高官と接触します。金と圧力とをかけて寝返らせる。

 まあ、その辺りは私とモラウにお任せ下さい」

「それにウー市は地理的にも東ゴルトーに潜入するにはうってつけだ。そこに居て損はない」

 モラウが補足する。普通に考えれば東ゴルトー共和国に接触するにはウー市が最適なのだ。上から話すにしろ、下から侵入するにしろ。そもそも東ゴルトー共和国は競技の場に姿を現すこともある国である。独裁国ではあるが、国交は閉じていないのである。外交の場や輸出入などのハブとなる都市ができるのは自然なことであった。

 問題は東ゴルトー共和国もそれを認識してウー市にスパイを捕らえる網を張っていることなのだが、これは今回は問題ない。

「でも、侵入はアリに東ゴルトーが乗っ取られたって分かってからなんだろ?」

「ええ。ミテネ連邦の他の国で動き出す可能性もなくなっていません。その場合、東ゴルトーに侵入してしまえば情報を得る事さえ難しくなる。

 ヤツラの動きを捕捉するまではウー市で待機です」

 キルアの言葉に頷くノヴ。最悪を想定して動いているが、最悪が形となる前に動くのは悪手。そう判断してのことだった。

「とはいえ、だ。ウー市で英気を養うだけって訳にもいかねぇ。オレたちの最終目標が王ってことに変わりはないが、ミテネ連邦中に広がったキメラアントどもを駆除するのも大切だからな」

 そう言うモラウは、先日ナックルと共に一匹のアリをマークしていた。コルトに確認したそのキメラアントの名前はヂートゥといい、師団長級のキメラアントであった。今はヂートゥの居場所だけ捕捉してあり、スピードのある相手と相性がいい能力を持つリァッケに捕縛を依頼しようというところである。

 それは何百というキメラアントが解き離れた、ほんの一例に過ぎない。ヒマがあるのならば狩るのがハンターの道理。

 モラウは手元の端末を操作しながら言葉を続ける。

「現在、捕縛か殺害したキメラアントは223体。コルトからの話によれば最も脅威度が高い師団長級の数は10体。うち4体は接敵したが、3体は逃がしている。マークしているのはナックルの天上不知唯我独損(ハコワレ)が憑いているヂートゥだけだ」

「現在、師団長以下のアリと王の間に主従関係はありませんが、頭を使えば王の元に降るキメラアントがいても不思議でもありません。

 人間と敵対した以上、ヤツラが頼る先は同じキメラアントでしかありえず、そして明らかな格上なのは王と護衛軍なのですから」

「そうなると、ウー市で網を張るにしろ可能性があるってことになる」

 モラウとノヴの言葉を聞きつつ、密かにやる気を漲らせるのはポンズ。彼女の性格的に罠を仕掛けるのは得意分野であるし、そもそもインセクトハンターでもある。ここが一番結果を出し易い場所でもあるのだ。

「まあ、キメラアントの移動速度から考えて一日二日くらいの余暇はあります。本格的に働く前に、しっかりと休むのがいいでしょう」

 そうノヴが締めくくり、密談が終わる。

 後はウー市まで列車が辿り着くまでゆっくりするだけだ。

 

 ◇

 

 ウー市。

 前述したとおりに西ゴルトー共和国有数の都市であり、一般人は渡航できないとはいえ東ゴルトー共和国への玄関口でもある。物資を売買する商人たちも多く、賑わいはなかなかのものだった。

 そこに9人のプロハンター達が降り立ったのは昼過ぎ。寝るには早すぎる時間でもある。

「冒険に行こうぜ、ゴン!」

「うん、いいよ!」

 さっそく駆け出すキルアとゴン。遊んでいるのかどうか微妙だが、現場の地理を自分の目と体で確認するのは有効な手段である。

「ホテルはウーバイミーを取るから、夕ご飯までには戻りなさいよ~」

「「は~い」」

 ポンズの言葉を背に受けて駅から離れていく2人。それを見つつ、溜息を吐くポンズ。

「お母さんか」

「いちおう、一児の母よ」

 ナックルのつっこみを冷静に受けるポンズ。

 次にその場を離れるのはノヴとモラウ、そしてパーム。

「さて。では私たちは仕事を始めますか」

「政治的な駆け引きか。ったく、肩凝るんだよなぁ……」

 面倒な仕事を想像して暗い顔をするモラウ。そしてそんな彼に一切の同情をしないノヴとパーム師弟。重い足取りの大男を引き連れた美男美女がその場を去っていく。

「……なんでパームさん、気合い入れた格好をしているんだろ?」

「ノヴさんと一緒だからだろ」

 ユアの呟きを拾うのはシュート。ついでにお前はどうするんだと視線で尋ねる。

「ん~。私はまだ情報ハンターとして半人前だし、ホテルで情報収集かしら。

 早くお兄ちゃんみたく星が欲しいし」

「さらっととんでもねー事を言うガキだな。もう星を視野に入れているのかよ」

「お兄ちゃんはプロハンターになって一年以内に星を取ったわよ」

「……歴代最速じゃないのか、それは?」

 ナックルとシュートが呆れるが、その実妹となれば才能はあるのかも知れないとも思う。

 ならば先輩として付き合うのもやぶさかではない。

「ま、そういうことなら勉強させてやるよ。ホテルまで行くぞ」

「マジ? ありがとう、いい機会を作ってくれて」

 面倒見の良さを発揮したナックルに連れられて歩き始めるユア。見た目は脳筋であり、討伐隊選定戦では本当にバカをやらかしたナックルではあるが。ユアから見れば先輩プロハンターとしての経験値がある。勉強させてくれるというならば否があるはずがない。

 話がまとまって行く中、シュートは残されるポンズに話しかける。

「お前はどうする?」

「ゴンとキルアを真似て散策かな。キメラアントを罠に嵌めるいい場所も探さなくちゃならないし。

 まだキメラアントがここに居ないのなら、下見のチャンスは逃したくないわ」

「そうか。だが、キメラアントがいない保証もない。気を付けろよ」

 そう言い残してシュートもふらっと雑踏に消える。

 それを見送って、独り残されたポンズは。さてと、と気合いを入れ直し。

「そこのおじさん、アイス2段重ねでよろしく! チョコチップとシュガービーンズで!」

「毎度!!」

 ついでに全力で楽しむことも決めた。

 

 ◇

 

 時間をかけてじっくりと町を見るポンズ。

「お、これも美味しそう。え~と、ドリンクミートを1つ頂戴!」

「はい、ドリンクミートお待ち!」

 表通りだけではない。むしろキメラアントが通るとしたら人目につかない裏通りを進む可能性が高い。

「へっへっへ。待ちな、そこのお嬢へぶぅ!!」

「失礼ね、私はこれでも人妻よ」

 絡んでくるゴロツキを鎧袖一触に撃退し、目ぼしい所や怪しい所を見て回る。

「小腹が空いたわね。串焼き3本!」

「串焼き3本、あがりぃ!」

 喰い歩きしつつもしっかりと仕事をこなしていたポンズだが、そろそろ空が赤くなる頃合いだ。動き続ければ流石に疲れる。

「……ふぅ」

 下見を終わらせた彼女は自販機で気の利いた飲み物を購入し、缶ジュースを傾けながら道を歩く。

(いくつか罠を仕掛けるのにいいポイントがあったわね。明日一日かけて仕事をして……)

 時間的にもそろそろホテルへ向かった方がいいだろう。十字路を右に曲がればホテルウーバイミー方面だ。そちらの方から聞こえる足音に注意して、角でぶつからないように気を配るポンズ。

 音や気配から、相手もこちらに気が付いたらしい。特に思うことなく足を進めて十字路に差し掛かり。

「あっ」

「は?」

 そこに居たのはクルタ。片目を眼帯で隠した金髪のクルタ族、クルタだった。

 彼も油断していたのか、手に肉まんを持って固まっている。NGLで会った時の張り詰めた空気のない、普通の青年がそこに居た。

 それが自分の息子かも知れない。この不意打ちにポンズは完全に思考が停止してしまっていた。

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

 数秒、流れた。そこでクルタはくるりとポンズに背を向ける。間が持たなかったのか、居たたまれなくなったのか。

 固まるだけだったポンズはその様子を見てようやく思考が回りだす。だが、鈍い。なにせ全く想定していなかった事態である。どうすればいいのか、どうしたらいいのか。さっぱり分からない。

 それでもクルタがこの場から去ろうとしているのを見て、咄嗟に出た単語は自身で調べた彼の名前だった。

「待って、レント…!!」

 その瞬間、ポンズのオーラが枯渇した。

(え?)

 何が起きたのかさっぱり理解できず、ポンズはその場に崩れ落ちる。オーラを使い果たした虚脱感に、立つことすらできなくなったのだ。

 手から滑り落ちた缶がコロコロと中身をまき散らしながら転がり、それはやがてクルタの、いやレントの足にぶつかって止まる。レントは驚きに目を見開いて崩れ落ちたポンズを見つめていた。

「驚いた、本当に驚いた。

 まさかボクの名前に辿り着くとは、ね」

「ぁ…ぁぁ……?」

「説明はしなくちゃだね。

 ボクの真名を口にした者は、ボクの支配権を得てボクを自在に操作できる。ボクは今現在、母さんのどんな命令にも逆らえない。ただしその代償として、ボクの真名を口にした相手はボクの存在維持に必要なエネルギーを全て賄わなくてはないんだ。

 それがボクの能力、異世界からの侵略者(インベイダー・ジ・アナザー)。未来から過去に逆行する、その対価さ」

 声を出すにも難儀するポンズを見つつ、レントは無表情のままその手をかざす。

「――母さん、悪いね。こんな手段しか取れなくて、さ。

 けど、ボクにも余裕はない。手心を加えるつもりはないよ」

 そしてそれを振り下ろす直前、ポンズは言葉を発する。

「レ、ント」

 ビタリとレントの動きが止まった。顔には驚愕、オーラを根こそぎ奪い尽くされて尚も口を開くとは。

 次に彼の顔に現れたのは恐怖。現状、命は保証されていない。その事実に気が付いて彼は恐怖する。

 しかしながら彼は動けない。レントの支配権は現在、ポンズにある。そして彼女が口にしたのが命令の前文である可能性をレントが考えてしまった以上、レントはポンズの命令を待たなくてはならない。レントの支配権を持つということはそういうことなのだ。

(マ、ズイ……!!)

 レントの額から冷や汗が流れる。できる事が何もないという現状が、彼から余裕を奪っていた。

「バハ、ト」

 ポンズは既に半分意識を失っていた。実のところ、レントの説明すらも耳を素通りしていた。

 だから今ポンズが口にしていることは、ただの呻きに等しい。朦朧とした意識の中、それでもこの数日ずっと思ってきたことが口から零れ出ているに過ぎない。

「愛、して、る…わ」

 それは変わり果てたバハトを見て、そしてクルタが未来からきたレントだとして。紛れもなく自分の想いをカタチにした言葉。

 ポンズは。バハトを、レントを愛している。それは絶対の真実である。

 はっきりと口にした彼女は、そこで意識を失った。意識を失ってなお、なくなったオーラを絞り取られているのが現状であるのだが。

「…………」

 母を苦しめる趣味はレントになく、彼は顕在オーラを極限まで絞る。

 レントは名前を呼ばれた時、全力の練を行ってポンズの余力を一瞬で削いでいた。そうでなければポンズにどんな命令をされるのか分からなかったから。

 そして今、今度こそレントはその手をポンズに振り下ろす。

悠久に続く残響(エターナルソング)

 

 ◇

 

「ポンズさん、遅いね……」

「何かあったのかな?」

 ホテルウーバイミー、そのホールでユアとゴンにキルアがポンズを待っていた。

 

 ずっと。ずっと。ずっと。

 



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085話 あるクルタ族の息子

 

 ◇

 ◆

 

 あるクルタ族の話をしよう。

 そのクルタ族は物心ついた時には、最後のクルタ族となっていた。血統としては父がクルタ族であり、数年までクルタ族は彼の父を含めてもう3人いた。

 しかし、その3人はこの数年で全員死に絶えた。クルタ族でなかった母も死亡したとされた。

 

 その少年の名前はレントと言う。

 

 レントには良くしてくれる人がいた。マチという女性が母親の代わりであり、バッテラという壮年の男性が祖父の代わりだった。親切にしてくれたメイドも居たし、ネオンというお姉ちゃん代わりの存在もいた。

 ヨークシンの最も高い場所で、レントはすくすくと育っていた。

 その揺りかごが壊れたのは、レントが5歳になる頃。流星街から溢れ出たキメラアントたち、いわゆる第二次キメラアント災害と呼ばれるものであった。

 後日レントは知ることになるが、レントの父母や叔母であるユアは第一次キメラアント災害と呼ばれるものに対処し、そして命を落としたらしい。父であるバハトはその見るに耐えない遺体が回収され、その緋の目が保存されていた。母であるポンズは遺体が発見されることはなく、叔母であるユアは全身が破損した状態で見つかった。

 そもそもとして第一次キメラアント災害で多くのハンターが参加したが、生還したのはほんの一握り。王及び護衛軍討伐部隊で助かったのはノヴという男とシュートという男のみ。しかもシュートは開始して数十秒でリタイアした為、王や護衛軍がどうなったのかを知ることはなかった。

 故に生き残ったノヴの証言が有力視された。すなわち、王と護衛軍は貧者の薔薇(ミニチュアローズ)の毒で死んだ筈だ、と。実際、1体の護衛軍は薔薇の毒で冒された遺体で発見された。更に1体の護衛軍はゴン=フリークスの遺体と共に見つかる。

 残る2体の護衛軍と王の遺体は見つからなかったが、その生存も確認できなかった為、1年の区切りで死亡扱いとされて第一次キメラアント災害は終わりを迎えた。

 

 だが、結論として遺体が発見されなかった王と2体の護衛軍は生き延びていた。

 どうやって薔薇の毒から逃れたのかは結局定かではなったが、問題はそこではない。生き残ったキメラアントの王は世界を統べることでなく、安息を求めて盲目の人間の娘を伴侶とし、新天地に旅立っていたのだ。その新天地となったのが外部に情報が漏れないと見做された流星街だった。

 過去、師団長級のキメラアントに侵攻された流星街だったが、今度は王と2体の護衛軍である。流星街議会はあらゆる手段を講じたが、敗北。定期的に生贄を捧げることと、王とその伴侶と子供たちに手出しをしないことを決定した。

 結果として、これが最大の悪手となる。

 妃の胎から生まれた次代の女王はやはりというか人を好み、王とは別の勢力として流星街内部に巣を作った。流星街の800万と呼ばれる人口は3年の間に半減し、それがそのままキメラアントの勢力となった。そして次代の王は流星街の中で力を蓄え、更に2年で流星街の人間はほぼ絶滅したらしい。

 そこまでしてからようやく、キメラアントは外界に侵攻を開始した。次代の王は、女王が新たに生む王や護衛軍を屈服させて配下に置き、人間を上回るであろう勢力を確保することに成功していた。

 だが、そこまでしても人間は容易に征服される種族ではなかった。多くの犠牲を払い、領土を奪われ、しかしそれでも世界の半分は人間のもののままだった。これは次代の王に屈服させられた王族の一部が反旗を翻し、人間についたことも大きい。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 話をレントに戻そう。

 父母や叔母がハンターとして参加した第一次キメラアント災害、それが誰の目にも明らかな形で失敗と晒されてしまったのだ。第二次キメラアント災害が途方もなく大きくなったのも厳しい。人々は怒りの矛先を求め、その一つがレントとなった。

 ヨークシンという単一の都市の支配者に過ぎなかったバッテラはこれに抗しきれず、マチと共にレントを逃がすのが精一杯だった。その際、バハトから回収した転生に備わる贈り物(リバースデイプレゼント)が込められた緋の目をレントに移植して。

 こうしてレントの放浪が始まる。この過酷な旅を生き抜く為にマチはレントに念を教え、更にキメラアントを狩ることでその生計を立てた。この時点で人類はかなり追い込まれていたが、ネテロとその支持者に全ての責任を被せて生き延びたハンター協会といった組織が稼働していたこともあり、一部の権力者にはまだ余裕もあった。それらに取り入ったバッテラからの援助もレントを生かした要因の一つでもあったことを追記しておく。

 義母と呼ぶにふさわしいマチと共にキメラアントと戦い続ける日々。やがて2人は一部で有力なキメラアントハンターと呼ばれるようになる。それを見計らってプロハンター試験を受け、合格。バハトやポンズ、ユアの血縁でありながら、ここでようやくクルタは世間に受け入れられることとなった。

 そんなレントが血縁者を疎ましく思わなかったのは、偏にマチやバッテラたちのおかげである。レントの保護者たちは決してレントの血族の悪口を言わず、むしろバハトが生きてさえいてくれればこんな世界にならずに済んだはずと庇ったのだ。一般的には大悪党と呼ばれるレントの血縁者だが、近しいものは決して悪くいわない。レントの中で見る事が叶わない父母や叔母への興味は際限なく大きくなっていく。そしてやがて発露するのは一つの念能力、過去への干渉を可能とする異世界からの侵略者(インベイダー・ジ・アナザー)

 だが、それでも10数年という時間逆行は許されない。レントが時間逆行を可能としたのは、ほんの数分。それでも十分に凄まじい能力だが、対価なしでほんの数分である。個人で如何なる対価を払ったとしても、レントには父母と叔母に逢うことはできなかった。

 そう、レント独りでは。

 異世界からの侵略者(インベイダー・ジ・アナザー)の能力を聞いたマチは、とある一家とコンタクトを取った。その一家とはゾルディック、既に滅亡寸前であったその血族である。

 ゾルディックはキメラアントの殺害を依頼され、一体の王を始末することに成功していた。しかしその代償として、当主とその長男と父を喪う。最も才能あふれる者とされたキルアも第一次キメラアント災害で喪っていたその一族は満足に家業である殺しもできず、ここ数年瘦せ細る一方であった。

 そこで交渉の材料となったのは()()()

『たった一度でいいからレントの能力を強化させろ。20年前に時間逆行し、この歴史を変える為に』

 愛する夫を、そして愛する息子の大半を喪って憔悴した当主代行の母はこの悪魔の囁きに頷いてしまった。

 この話を持ち掛けたマチは知っていた、とある歴史でゴンを癒したナニカはその際に極めて大きな衝撃を世界に撒き散らしたことを。もしも今の歴史を完全否定するとするならば、どんなことが起こるかも予想していた。

 そしてそれを誰にも語らなかった。そう、レントにも。

 レントの為に全てを捧げる装置と化していたマチは、レントが発に至るまで興味を持った父母や叔母との再会の為には如何なる代償も厭わなかった。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 被害から逃れたのは過去への逆行を可能としたレントのみである。

 その行為は反射に近かった。ナニカに力を与えられた瞬間、反作用でその時間軸は崩壊した。時間に干渉できない全ての存在は砕ける時間軸と共に世界から消えるしかなく、咄嗟に過去へと逃げたレントが見たのは、砕ける世界と微笑むマチの満足そうな顔であった。

 全てを喪ったレントは過去へと飛ぶ。

 父母が、叔母が生きていた第一次キメラアント災害の時分へ。

 20年前へ。

 

 追記しておくが。

 念能力というのは、どんなに親しい相手であってもある程度は秘匿するものである。

 だからマチは異世界からの侵略者(インベイダー・ジ・アナザー)の全てを知らなかった。レントが過去の世界で望むべく改竄を行うかそのエネルギーが尽きた時、彼はその世界から弾かれるというリスクを知らなかった。

 世界から弾かれたレントが戻るべき世界はもはやなく、レントはどこに行くことも出来ずに消えるしかないということを知らなかったのだ。

 

 ◆

 ◇

 

 ポンズが戻らない。

 これを異常事態と見たノヴやモラウがウー市の情報を集め始めた時だった。

「ごめんなさい、遅れたわ」

「ポンズ!」

「ポンズさん!」

 ひょっこりとホテルウーバイミーにポンズは姿を現した。

 やきもきしながら彼女の事を待っていた仲間達は、けろっとしたポンズに怒ればいいのか安心すればいいのか、複雑な表情をする。

「ったく、どこをほっつき歩いていたんだよ」

 言いながらナックルは凝をしてポンズを確認する。ポンズ以外のオーラは感じられず、彼女が他者に操られている形跡はない。

 苦笑いをするポンズも凝をして仲間達を見る。他者のオーラが混ざって操作されている者がいないかの確認だ。

 そして仲間たちが操作されていないと確認した彼女は、即座に表情と声を固くして言う。

「クルタと接触したわ。情報を仕入れたから、全員と共有したい」

 それを聞いた仲間達の表情が一変した。それぞれの師匠と電話を繋いでいたシュートとパームはポンズの言葉を伝える。

「――モラウさんたちの部屋に行くぞ」

 代表してシュートがそう口にした。

 彼ら彼女らは連れ立ってホテルの一室へ移動する。その部屋では既にパソコンを片付けたノヴとモラウが待っていた。

「遅刻の叱責は後だ。ポンズ、クルタと遭遇したとか?」

「ええ」

 真顔のモラウに真剣に頷くポンズ。眼鏡の位置をくいと直すノヴが視線で続きを促していた。

 仲間達たちがぱらぱらと落ち着く場所に陣取るのを待って、ポンズが口を開く。

「まずは結論から言うわ。クルタの正体は、クルタ族の亡霊よ」

 ぴくりと何人かが反応する。

「亡霊……? 死者の念、ですか?」

「死者の念でもあるわね。かつて幻影旅団に殺されたクルタ族のうちの一人、それがクルタの正体」

 真顔で聞くノヴに、真顔で頷くポンズ。

「拷問され、非業の死を遂げたクルタ族。彼か彼女かはもう分からないけど、そいつはオーラだけを死者の念としてこの世に辛うじて遺していた」

「ふむ。まあ、そういった事例があるとしましょう。問題は、何故その死者の念が急に現れたか、ですが」

 胡散臭そうに言うノヴに、ポンズは言いにくそうに口にする。

「バハト」

「?」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そう言ってゴンを見るポンズ。

「?」

「ハンター試験後、キルアを迎えに行く時に聞いた話を覚えている?」

「――あ」

 その時、バハトは確かに言った。己は一度死に、神の如き者に甦らせられ、そして弄ばれているのだと。

 気が付いたゴンは目を丸くし、呆けた声をあげる。

「え、じゃあ、その時の念がバハトを、あれ?」

 混乱しつつ首を傾げるゴン。そんな彼を見つつ、ポンズは軽く首を振る。

「実のところ、私も詳しく知れた訳じゃないわ。クルタは独りだった私を隙と見たのか襲い掛かってきたの。

 どうやら生身の身体を奪う本能みたいなのがあるみたい」

「待て待て待て。何言っているのかサッパリ分かんねー。最初から説明しろよ!」

 混沌とし始めた場を治めるようにモラウが言う。それを聞いたポンズはちらりとユアを見るが、覚悟を決めたように口を開く。

「そうね。こうなった以上、隠すことはできないわね」

 そうしてポンズは語る。バハトはかつて、幻影旅団のクルタ族襲撃によって拷問死させられたことを。そして死んだ後、神の如きモノに復活させられて殺し合いを演じさせられたことを。

 黙って聞いている、というか呆然と聞く一同。仲間からの真剣な表情で語る言葉でなければ、狂人の戯言と一笑に伏す内容だ。

 特にノヴは心底呆れた表情を浮かべている。

「まあ、少なくともポンズとゴンがその話を聞いたのは本当だとしましょう。で、それがどうしてクルタと繋がるのです?」

「もちろん予想の域を出ないんだけど、その死者の念は『クルタ族』というモノを介してこの世に現界しているみたいなの。だから最終的にクルタ族の肉体を求めているみたい。

 私の事を襲ったのも、レントを妊娠していた時の臭いが残ってからみたいだし」

「その理屈でいうと、バハトやレントが襲われないとおかしいのでは?」

「バハトはネフェルピトーに操作されているし、レントは場所が遠すぎるんでしょうね。だから狙いは――」

 全員の視線がユアに集まる。

「――私?」

「操作されていない近場にあるクルタ族の肉体。ユアちゃんが第一候補ね」

「じゃあなんでオレが操作された針を取るような行動を取ったんだよ?」

 キルアの問いに、多分だけどと前置きをしてポンズが口にする。

「操作された肉体はクルタの死者の念でも操作して奪うことができない。最後にはユアちゃんの肉体を奪うつもりでも、その繋ぎとしてある肉体が操作されているのは不都合だったんじゃないかしら?」

「まあ、理屈は通る、か?」

 首を傾げるモラウに、ポンズは追加して情報を開示する。

 手元に小瓶の精霊(ホムンクルス・ハニー)を具現化し、見せつけた。

「私の能力、小瓶の精霊(ホムンクルス・ハニー)は情報の解析を可能とするわ。それは遺伝情報も含むの。

 先日のNGLでクルタの髪の毛を回収した時、その遺伝情報はレントを示したわ。そして今日、クルタから採取した血液の遺伝情報はバハトのもの。

 多分だけど、バハトはレントの髪の毛をお守りとして持っていたのよ。そして護衛軍との戦いで流したバハトの血と合わせて、クルタは無理矢理この世に具現化しているのかも知れない。

 さっきクルタが発した言葉は『クルタ族の肉体を寄越せ』だったわ。これらから推察したの」

 ポンズの予測を聞いて、納得半分猜疑半分といった風情の仲間達。

「そりゃ、随分と想像が大きな話だな。

 はいそうですか、と呑み込むには無理な話だぜ」

「分かっている、これは私の予測も大きいって。でも、クルタがクルタ族の遺伝情報を複数持っているのは事実なの。だからユアちゃんが狙われる確率は高いわ」

「――それはそれでいいわ。要するに、クルタは何の価値もない敵だから、排除して問題ないって事でしょ?」

 冷えたユアの声に、コクリと頷くポンズ。

「そうよ、クルタは排除する。キメラアントとは別の意味で」

 

 ◆

 

『そうよ、クルタは排除する。キメラアントとは別の意味で』

『この点で一致してくれて嬉しいわ。もちろん可能なら捕まえて詳細を調べましょう』

 遠く離れたポンズの声が聞こえて来る。

 無限に続く糸電話(インフィニティライン)。遠距離の人間の音を届ける念能力を使い、ポンズの言葉を聞く。

「……無理矢理すぎるけど、なんとか誤魔化せたかな?」

 とにかく『クルタ』を『レント』と呼ばせる訳にはいかないのだ。支配権を奪われた場合、全てが瓦解しかねない。

 その為にポンズを使い、嘘八百で塗り固め、真実を覆い隠した。この際、レントが敵対者として扱われるのは目を瞑る。レントが討伐隊の仲間ではないことは事実でもあるし。

 だが目的を達するには討伐隊を使い尽くさなくてはならないだろう。となれば、やはり。

「討伐隊の突入に合わせるか……」

 苦渋と共に誰ともなしに呟いた言葉は、静かに響いて消えていった。

 




やっとめんどくさい話が終わりました。
これからは東ゴルドー編に向けて話を進めていきたいと思います。


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086話 ユア・1

お待たせしました。
最新話が書きあがりましたので、どうかお楽しみください。


 

 ウー市に張った対キメラアント用の網。それについて少し詳しく説明しよう。

 前述した通り、ウー市は経済的な意味で東ゴルトー共和国との最前線だ。表しかり裏しかり、東ゴルトー共和国から輸出入するものはウー市を通り易いという意味でもある。

 そしてキメラアントは人を喰う。つまりバケモノに襲われて人が喰われたという情報が入れば、それは現時点ではキメラアントである可能性が極めて高い。

 これらを考えた時、網の張り方が2つある。何も考えずにウー市を訪れたキメラアントが事件を起こすケースと、東ゴルトーへ向かうキメラアントがつまみ食いをするケース。

 前者であっても看過はできないが、討伐軍にとって真に脅威なのは後者である。それを考慮に入れて、ポンズは東ゴルトー共和国への道で、キメラアントが通りそうな場所をピックアップしていた。

 その上で情報ハンターであるユアが金をバラ撒いて、検問をする末端を買収。()()が起きた時、ユアたちのケータイにも連絡が入るようにしたのだ。防犯意識の低い末端構成員である。彼らは容易く金で転んだ。

 

 そして網を張って4日目でとうとう獲物が網にかかる。

 

 ホテルウーバイミー。

 そこでうつらうつらしていたユア、紅茶を飲みながらパソコンに向かっていたポンズ。その両者のケータイが同時に同じメロディを鳴らす。

「「!!」」

 ユアはベッドから跳ね起き、ポンズは即座にパソコンにロックをかけた。視線で会話をすると同時、ホテルの部屋から飛び出す。ちょうど同じタイミングで隣の部屋から姿を現したのはキルア。

「とうとう網にかかったな」

「少しは働いているところを見せないとね」

 キルアとユアが軽口を叩き合う。政治的アプローチをかけているモラウとノヴにパームを除いた6人で、3人ずつチームを組んでキメラアントの網の当番を決めており、この時間帯は彼ら彼女ら3人の当番だった。

 エレベーターよりも階段の方が早いと判断したキルアがホテルの外側につけられた非常階段のドアを開けて走り続ける。その間にも手持ちのケータイで情報を得ることは忘れない。どこの網に獲物がかかったのかをホテルを出るまでに確認しなくてはならないからだ。

「ポイントBか」

「遠くもないわね」

 キルアの声にポンズが反応した。この中では一番速度に劣る彼女である為、団体行動をする時はポンズの速度に準じることになる。

 一方でユアはポイントBの風景を思い出しつつ口に出す。

「ポイントBは単なる裏路地って感じの場所だったはず。だけどここから東ゴルトー共和国方面への道があるから、テキトーに東ゴルトー共和国に向かうとだいたい引っかかる場所だったわね」

「分かりやすくアリが使いそうな道だな」

「そう思って網を張っていたのよ」

 車を使うより速く駆ける3人は、あっという間にポイントBに辿り着く。そこにあったのは血と肉切れと、それを貪る5体の異形。

「ん~、新しいエサだワな」

「ひゃははは。わざわざ喰われにご苦労な、こった…」

 言葉が消えていくのは、歓喜と憤怒の情が心に宿ったから。百舌鳥とウサギを掛け合わせたキメラアントであるラモットはキルアの顔を見てその表情を壮絶なモノに変える。

「会いたかったぜぇぇ! 吐き気を催すほどになぁぁぁ!!」

「は? 知るかよ、テメェみたいなザコ」

 キルアの挑発にラモットの表情が一気に険しくなった。もはやただ殺すだけでは飽き足らないと、そのオーラが物語っている。

 それを感じつつ、キルアは既にラモットを強敵と見做していない。容易く葬り去れる敵、ただし少しだけ手間がかかる。そういった判断だ。

(アイツはオレがヤる)

((了解))

 キルアのサインを受け取ったユアとポンズはそれに了承する。キルアはともかく、ラモットはもはやキルアしか目に入っていない。キルア以外が襲われる可能性は少ないだろう。

 さて、となれば問題は残りのキメラアントである。明らかに強いのは1体、ワニのキメラアントだ。他のキメラアントはおそらくは下級兵であり、それほど手間取ることはなさそうだ。

「ポンズさん、あのワニは私にやらせて」

「私は構わないけど…」

「お願い。ザコを縊り殺すくらいじゃあ、気が晴れそうもないの」

 そう口にするユアの顔を思わず見てしまうポンズ。瞳を緋色に爛々と輝かせた少女の顔は、漏れ出た激情で美しく彩られていた。

「ユアちゃん……」

「お願い、ポンズさん」

 許可を取っている形だが、ユアは明らかにブレーキを欠いている。いくらポンズが止めようが、ワニのキメラアントに突撃しそうな雰囲気を湛えていた。

 止めても無駄だと、ポンズは諦めた顔で首を振る。

「……死なない事。残りの3匹は私が受けるわ」

「ありがとう」

 笑みを浮かべることなく、ユアはそう口にする。

 固すぎる義妹を心配そうに見るポンズはしかし、すぐに切りかえて残る3匹を見やる。おそらく格下だろうが、それでも念能力を覚えたキメラアント3匹。油断はできない。

小瓶の精霊(ホムンクルス・ハニー)

 手に己の念能力を具現化し、ポンズは3匹の下級兵に躍りかかる。いつの間にか場所を移していたキルアとラモットもその場になく、残されるのはユアとワニのキメラアントのみ。

「ワははははは! このアゲタ様に喰われたいとは見上げたガキだワな!」

「…………」

 ユアは黙ってアゲタと名乗ったワニのキメラアントを見る。

(――強い)

 己より。それがユアの持った感想だった。

 おそらくは師団長級のキメラアントだろう。下級兵クラスでも操作系のユアでは肉体強度の違いにより、まともな打撃が通らない。それがおそらく師団長級、おそらく強化系では何を況やである。殴って勝てる相手では決してない。

 だからどうしたと、ユアは笑わぬ顔の下で思う。

 彼女の系統は操作系、格上殺しの代名詞だ。しかもユアは敵を操作するのに優れた能力を持つ。殴って勝てないならば、殴らずに勝つまで。それがユアだけにできる戦いだった。

 ユアは念能力の媒体である母の形見のペンを固く握る。

「死ねぃ!!」

 アゲタが尻尾を振るい、ユアの足元を払う。それと同時に大口を開けてユアを目掛けて襲い掛かる。

存在命令(シン・フォ・ロウ)

 対してユアは手に持った紙に命令を書く。

 それはただの紙である。周をしてオーラを纏っているが、その強度は念能力者にとっては文字通り紙きれ1枚分。

 書かれた文字は『目を覆え』。

 その紙はまるで意思を持っているかのように空を飛び、アゲタの両目を塞ぐ。

「ワぷっ!?」

 振るわれた尻尾に手ごたえはなし。慌てて閉じた顎に血の味や肉の味はなし。目に張り付いた紙はオーラを纏っており、剥がすのに1秒弱。

 戦闘に於ける、操作系を前にしての1秒弱。それはあまりに致命的。

 アゲタの噛み砕きを斜め前にするりと潜り込む歩法で躱したユア。兄であるバハトが呼んだ師父、李書文に習ったその歩法によって潜り込んだ彼女はその右手にペンを握る。

「っっっー!!」

 声はあげない、位置がバレるから。殺意は隠す、見つかっては危険だから。

 ようやく目から紙を剥がしたアゲタは瞳を動かして周囲を確認する。ぎょろぎょろと動いた視線が真下にいるユアを見つけるまでの僅かな間が、アゲタに許された最後の行動だった。

 隠にて気配とオーラを隠したユアが、アゲタの巨大過ぎる顔に文字を書く。

 たったの6画。

 『死』と、一文字だけ。

 その文字が書かれたアゲタは一声も発することなく、グルンと黒目を上に流して息絶える。己のオーラで()()ように操作されたアゲタに抗う術はない。

 ズズンと、その巨体を地面に伏させた。

「…………」

 肩で息をしながら、ユアはその姿を見る。僅かな攻防でも、格上の強化系と戦ったユアの精神力は多少なりとも削られていた。

 実戦投入したのは初めてだった。死という文字が有効か、彼女に知る由もなかった。だが、出来るという確信はあった。

 その結果が足元に転がっている。

(――勝てる)

 どくんどくんとユアの心臓が高鳴る。

(――殺せる)

 例え護衛軍でも、たった一文字を顔に書ければ。

 トトを、殺せる。

「――ハ」

 そこでようやく息を吐くようにユアは格好を崩して。

「ア、アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

 狂ったように笑った。緋色の瞳から涙を流しつつ、つまらそうに笑う。

(そうよ、こんなザコを殺しても気が晴れるはずもない)

「アハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

 狂笑し、慟哭するユアを見るのは2人だけ。既にキメラアントを倒し終えたポンズとキルア。

 2人は痛ましくユアを見る。

「…………」

「…………」

「アハハハハハハハ」

(あいつを殺して何になる? それでお兄ちゃんが帰ってくるの?)

「アハハ、ハハ……」

(私の能力を憎悪で黒く染め上げて、それが何になるの?)

「アハ、アハ、アハハ、ハ」

(もういい。もう、疲れた)

「考えるの、疲れたよ。お兄ちゃん」

 空虚な瞳で何も見ずに、ユアはそう呟く。

 ラモットの返り血で己を赤く染めたキルアは透明な顔でユアを見て、具現化した毒で3匹を壊したポンズは唇を嚙みながら目を伏せる。

 今のユアは、見ていられない。

「バハト。ユアちゃんにはアナタがまだ必要よ」

 ポンズは思わずそう呟く。

 

 そのまましばらく、誰ともなしにその場に立ち尽くしていた。

 

「行こう」

 やがて口を開いたのはキルア、冷徹なその思考が、十分に感傷に浸ったのだと結論を出したから。

 それに頷いて答えるのはユア。

「ええ、行きましょう。ヤツラを殺しに」

 折れた心を繋ぎ直したユアは、より強い復讐心に心を委ねる。

 狙いは護衛軍のトト。ヤツを殺すその時まで、彼女の心をは渇き続ける。

 もっとも。

 トトを殺したとて、ユアの心に潤いが戻るとは限らないのだが。

 

 ◆

 

『バハト。ユアちゃんにはアナタがまだ必要よ』

 椅子に座ったままポンズの声を聞き、思わず無言になった。

「生きた情報を欲したのはこっちだけど、さ」

 これは辛い話である。どうしようもない愁嘆場を聞かされてどうしろというのか。

 とはいえ、現場にいるポンズに文句を言う筋合いでもないだろう。結局、仕方のない話なのだ。

「もうそろそろ東ゴルトー共和国がキメラアントに支配される頃合いか。潜むのなら今のうちだな」

 切り替えて、そう言う。この声は通じているだろうから、相手にも東ゴルトー共和国に潜むことが伝わるだろう。

 例え王と護衛軍が東ゴルトー共和国に行かなくても問題ない。ポンズが生きた情報をくれるからだ。やはりプロハンターとして最前線に立つものから情報を得られるのは大きい。

「――建国記念大会まで、二十日か。喉元までは潜り込めるな」

 能力を使えば宮殿の中に転移点を設置するところまではできるだろう。だが、そこまで。王と護衛軍4体全てを葬り去るには人手も戦闘力もスタミナも足りない。

 結局、討伐軍を利用するしかないのだ。

(問題は――)

 薔薇の毒で王と護衛軍が死ななかったことだ。本来ならば死ぬはずだったのに、何がどう狂ったのかメルエムたちは生き残る。

 その事実こそが最大の問題点である。これさえ解決されれば、ネテロに任せても良かった話なのだが。

(普通に考えてトトのせいだが、ピトーが生き残って治療をしたとも考えられる)

 少なくともプフとユピーに毒を解決する手段はない。あれば、とある歴史で王が死ぬはずがない。

 つまり、やるべきはトトとピトーの排除。

(――やるしかない)

 護衛軍と戦う。ぶるりと体が武者震い以外の理由で震える。

「やるしか、ない」

 今度は言葉に出して。この言葉は届いただろうから、もう逃げ出すことは許されない。

 一つの覚悟を決めて、椅子からゆっくりと立ち上がる。

 向かう先は東ゴルトー共和国、首都ペイジン。時間は二十日後の日が変わる瞬間。泣いても笑ってもそれはもう動かない。

 足取りは重く、しかし確かに地面を踏みしめて。

 

 歩みは止めない。

 



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087話 発覚

まだ昼は暑いですが、それでも涼しくなってきましたね。
これからペースを上げていきたいと思います。どうかお付き合い、よろしくお願いします。


 

 ネフェルピトーを相手にするのはゴンとキルア。

 モントゥトゥユピーを相手にするのはナックルとシュート。

 シャウアプフを相手にするのはモラウとノヴ。

 そしてトトルゥトゥトゥを相手にするのはユアとポンズ。

 

 健闘を祈る。

 

 その言葉と共に、戦士たちは西ゴルトー共和国の都市であるウー市からの解散が宣言された。

 

 ◇

 

「あ、ポンズさん。お茶いる?」

「いただくわ」

 その夜。未だにウー市のホテルであるウーバイミーにて寛ぐユアとポンズ。ゴンとキルア、ナックルとシュートはすでに東ゴルトー共和国へ向けて出発しているのにである。

 とはいえ、感覚で動く彼らとは違い、ユアとポンズは知性派だ。その上に操作系と具現化系ということも相まって、なおさら出たとこ勝負に出にくい性質である。単純に勝率だけでいえば、師団長級以下のキメラアントであろうとも遭遇戦では彼女たちの勝ち目は比較的だが薄くなる。もしも相手が数で勝れば更に、だ。故に事前の準備や情報というのが彼女たちに大事だというのは筋が通っている。

 それにまあ、熟練者であるモラウやノヴがすぐに動かなかったあたり、早ければいいというものではない。やはり重要なのは自分に合うか否かであることに否定の余地はなく、先に動いた男4人が軽挙に走ったとはとても言えないのであるが。

 決して安物でないソファーに腰掛けて、ホテルに備え付けられたカップに紅茶を注いで、ほっと一息。

「……東ゴルトーは完全に王と護衛軍の手中に落ちた」

 ぽつりとユアがそう宣言する。それこそ討伐軍たちが動いた所以であり、ネテロ会長からの指令が出た元であることに相違ない。

 全世界に放送された東ゴルトー共和国総帥であるディーゴ、彼の背後にはネフェルピトーの傀儡人形が存在しており、その糸の先にはディーゴがいた。バハトやカイトと同じく操られているのは間違いないだろう。もっとも、NGLで操作された時よりも確実に人間臭い動きをしていたが、まあ純粋にネフェルピトーのレベルが上がったのだと推察される。もしくは総帥と振る舞う必要があったからこそ、操作を複雑にしたか。

「東ゴルトー共和国で行われる建国記念大会にて、国民が『選別』され、99%が殺される」

 どうでもいいと言わんばかりにユアは首を振る。

 それはポンズの言葉を否定しているようにも見えて、ポンズはそんな反応を返す義妹に対して渋い顔をする。

「ユアちゃん、冗談じゃないのよ?」

「悪いけど、どうでもいいのよね。どっかの国民が全滅するとかどうとか」

 取り繕うこともせず言い捨てるユアに、ポンズに衝撃が走らなかったといえば嘘になる。

 ユアはいい子ちゃんの猫を被り続けた少女であり、ポンズにとってはそんなユアこそ普通だった。義妹のこんな酷薄な面を突きつけられたら動揺もするというもの。

 かといって、予想外と言えばそれもやはり嘘だ。ユアはポンズの義妹であり、バハトと婚姻を結んだからこそ何と無しにユアの本性に気が付いたところもある。それはポンズがより一層ユアを気にかけたという意味であるし、ユアがポンズに対して気を許したという意味でもある。

 だからこそ、ポンズはそこで人道の意味でユアを非難することを避けた。他人の命がどうでもいいと宣うこの少女の性格を糾弾してもこの場で意味がないからだ。そう簡単に人間の性根は変わらない。

「東ゴルトー共和国の国民が全滅することはどうでも良くても、王の配下に何万もの念能力者ができることは本意ではないでしょ? 純粋にトトルゥトゥトゥへの障害になる」

「それは、まあそうね」

 どっかの誰かが何百万と死ぬことは何の痛痒もなくとも、護衛軍に手出しができなくなるのは困る。そういう意味で、建国記念大会が終わる前に勝負を付けなくてはならないという意見にはユアも賛成だった。

 王と護衛軍がこれ以上手に負えなくなるまえに仕留める。そういう前提でポンズは話を進める。

「東ゴル卜ー共和国の宮殿があるのは、首都ペイジンの更に奥。まずはペイジンに向かう、というのは前提ね」

「想定外の事が起きなければ、ね」

 ポンズの言葉にユアが頷きながら言葉を足す。これから先、どんな突発的事態が起きるか分からず、予断は決して許されるべきではない。東ゴルトー共和国に入る前に部隊を分けたのも、敵の罠に嵌まって一網打尽になる危険を避けたというのが大きい。

 作戦決行日である建国記念大会まで後10日。あくまで理想的展開ではあるが、4~5日かけて全員がペイジンに集まり、連携して護衛軍にあたるというのが頭に浮かんでいる最上の策だろう。特にネフェルピトーの円は侵入を途轍もなく困難にしている。

 そんな先の事はさておき、数日のうちにペイジンかその周辺に潜まなくては、息を合わせて王と護衛軍に強襲といかない。やはり敵の方が個として上なのは認めざるを得ない。搦め手で攻めるにしろ、こちらは数の優位を生かしたいところだ。

「次にペイジンまでの道のり」

「どのルートも面倒がありそうよね」

 眉をしかめて言うユア。大まかに人の手が入った大通りを通るルートと、道なき道を行くルートがある。

 どちらも一長一短であり、人のルートでいけば歩く分には不足はないが護衛軍が最も警戒している場所を通るハメになる。東ゴルトー国民に扮していけば紛れられるかも知れないが、ガリガリな彼らに比べてユアやポンズは明らかに血色がよく肉付きもふくよかだ。外見でバレる可能性も十分にあり、バレた瞬間に護衛軍にマークされることになる。

 かといって道なき道を往くというのもそれはそれで問題だ。ウー市で駆除したキメラアントの数、そしてコルトがおおよそ把握していたキメラアントの全体数と処理数。それを鑑みれば、少なくない数のキメラアントが王の下に降ったと考えるのが妥当。野生の血を取り込んだキメラアントが侵入者を警戒していることは十分予想できる。

 つまり、どちらにせよ、キメラアントの警戒網に引っかかる危険は拭えない。

「ま、だからこそここで時間を潰している訳ですが」

「……思ってもそういう事は言わないの」

 しれっと言うユアを窘めるポンズ。罠を回避する方法はなにか。例えば先に誰かが罠にかかってしまえば敵の注意はそちらに向き、そしてまた同じ罠にかかりにくいのは道理。ゴンとキルア、そしてナックルとシュートにその役目を譲り、彼女たちは楽をしようという話である。

 もっとも、殴り合って強いのは彼らの方であるので雑魚のキメラアントの対処を任せるのは理にかなっているといえばそうであるのだが。特質系に寄る彼女たちの真骨頂は格上殺しであり、護衛軍を倒しうる反面として師団長級にさえ不覚を取るかもしれない。やはり安定して強いタイプでは決してないのだ。

「とりあえず敵の視線は彼らに向くとしましょう。それで私たちはどちらのルートを取るのか」

「大通りかしらね」

「そうね、私も同意見」

 護衛軍の警戒が厳しい大通りを選択する2人。もちろん無根拠ではない。

「護衛軍は王の傍から離れない。ってことは、おそらくヤツラは宮殿から動かない」

「もちろん王を含めて全部が来る可能性はあるけど、まあ無視していいわね」

「ええ。宮殿を離れるということは、その隙にこちらが仕掛けをできる余地を敵に与えるってことになるね。少しでも頭が回るなら、その愚は犯さない」

「となれば、護衛軍の指示を受けた手下のキメラアントが襲ってくることになる」

「その通信時間のラグを利用して、できるだけ深くに潜り込む」

 もちろん敵に自分たちの存在を知られるハメにはなるだろうが、どちらにせよ相手も全く邪魔が入らないなんてお気楽な思考はしないだろう。全世界放送のディーゴの背後に己の念能力を晒した傲慢から透けて見えるのは、その程度は何ら問題にしないという絶対の自信である。

「それでも、できるだけ敵に発見されない方がいいわ」

「建国記念大会に出席する為、東ゴルトー共和国は西から段々と人がいなくなる」

「もちろん消えた後にも見張りは残すでしょうけど、普通の相手なら絶が有効ね」

「そして可能な限り気配を消して、じわりと忍び寄る」

「動くのは2日後、ってところかしら」

 じっくりと事前準備を整えてから、電撃的に東ゴルトー共和国に侵入するのが2人の作戦だった。

 そして話をしなくてはならないのはそれだけではない。護衛軍を刺す刃、その有効性も重要だ。

「――最終的な決定打はユアちゃん、あなたに任せていいのね?」

「うん。この前のワニで確信したわ、私の存在命令(シン・フォ・ロウ)はヤツラも殺しうる、って」

 書いた通りに相手を操作する能力で、相手を死ぬように操作する。必殺の道理であり、格上殺しとしてはこれ以上はない。

 問題はただ一つ。たった6画の文字をどうやって敵の顔に書くか、である。どんなに奇襲が上手くいったとして2画も書けば絶対に敵対者に気が付く。残りの半分以上をどう仕上げるか。その隙を作るのは必然ポンズの役目になる。

「私は武闘派ではないんだけどね」

 はぁと溜息を吐くポンズ。とはいえ、彼女の能力も決して軽視していいものではない。小瓶の精霊(ホムンクルス・ハニー)及び、そこから派生した薬毒の妙(アルケミーマスター)。あらゆる物質を具現化することが可能な彼女もまた、護衛軍を刺す刃を持っていると言っていい。

 目に見える脅威であるポンズを警戒してくれればユアが必殺を決めるし、警戒が逸れればそのままポンズが致死の毒を盛る。この2人が両方とも、どんな敵をも死に至らしめる可能性を持つのだ。その可憐な容姿からは想像できないほどに、彼女らが持つ刃は鋭い。

 しかしその刃は短い。最接近しなくては敵を貫くことは叶わない。

 それを自覚している2人は、英気を養う為に紅茶のカップを優雅に傾ける。ゆっくりできるのは後2日。それを強く理解しているが為に。

 

 ◇

 

 ユア、及びポンズ。東ゴルトー共和国に侵入。

 侵入路はさすがに表通りにとはいかず、密入国をした2人。そしてそのまま近場の村へ向かった。人気のない村を見るに国民は既にペイジンへと向かったように見えたが、違った。

 あったのは虐殺された国民の亡骸。雑に隠された現場だったせいか、それを発見するのは容易かった。

「…………」

 思わず黙り込むポンズ。東ゴルトー共和国の国民は500万人ほどであり、2日目の早朝である今現在を考えると期限まで10分の1が過ぎたと言っていい。

 この惨状を見るに、もうキメラアントたちの『選別』は始まっているのだろう。500万の10分の1は50万人。99%が死んでいると考えると、単純に49万5千人が虐殺されたことになる。しかもその1日をユアとポンズは無為に過ごしたと言っていい。なんとも言えない後味の悪さを感じざるを得ない。

 意味は違えどもユアも難しい顔をして黙り込んでいる。生き残った人数は5千人ほどだろうが、その5千人はネフェルピトーに操作される敵兵と化していると思っていい。短時間で強力な念能力者になるとも思えないが、いくらなんでもケタが違う。今回の作戦を逃した場合、トトルゥトゥトゥを仕留めるのは限りなく困難になるだろう。

 静かに黙り込む2人だが、ほぼ同時に顔をあげる。鋭い視線の先には、何百という人々がこちらに向かってきていた。

「「…………」」

 ここで見つかるメリットはない。視線を交わして意思を確認した後、絶をも併用しその場から隠れる2人。そしてやや恐慌状態の人々は雑に処理された元人間を見て叫び声をあげる。

「ひ、ひ、ひぃぃぃ!!」

「や、やっぱりあのツンツン頭の少年の言っていたことは本当だった! ディーゴ総帥は俺たちを皆殺しにするつもりなんだ!」

「逃げなくちゃ殺されちまう!」

「逃げるって、どこへ……?」

「に、西だ! 西ゴルトー共和国に行くしかない!」

「そんな! 亡命なんて殺されちゃうわ!」

「それに野蛮な他の国に行くなんて……」

「じゃあこのままディーゴ総帥に殺されるのを待つつもりか!?」

 ざわざわと騒がしくなるその場から離れるユアとポンズ。やや距離を取り、先ほどの集団に気が付かれないと確信した時点で絶を解く。

「ツンツン頭の少年…」

「ま、キルアでしょうね」

「『選別』をする兵士を取り押さえて死地から救い、現状を見せたってことね」

「この国にも多少の念能力者がいたって事かしら。キメラアントに降ったか、操作されているのかは分からないけど」

 どうでも良さそうに投げやりに、そう呟くユア。ゴンが共に動いているのかは分からなかったが、少なくともキルアは現状を良しとせずにキメラアントたちの邪魔をすることを選択したらしい。

 そしてそれは2人にも追い風になる。他で大きく暴れてくれれば視線はそちらへ向く。東ゴルトーに忍び込んだ敵がそれだけであると思い込むことはないだろうが、一番厄介なのはヤツラの邪魔をしている人間には違いないだろう。

「好都合、ってことにしておこうかしら」

「ええ、そうね。少なくとも私たちがキルアの援護をするのは得策じゃないわ」

 何せ強化系から離れた2人であり、一般兵が銃を乱射するだけで立派な脅威だ。何度でも言うが、キメラアントだろうが人間の兵士だろうが数を掃討するのに彼女たちは向いていない。

 キルアは大丈夫だと信じて先に進む。それを選択した2人は、今度は大通りを見つけてそこを進むことを選択した。

 もちろん発見はされないように最低限の警戒はするが、優先するのは速度だ。

 少なくともキルアはその存在を明らかにした。つまり、敵対者がこの国に紛れ込んでいるのはキメラアントに知られているのだ。発見されないに越したことはないが、優先するべきはなるべく深くに侵入すること。なんならそこでなら見つかってもいい、ペイジン近くに現れた別の敵勢力はキルアへの援護にもなるだろう。

 一つの国を横断するように走る2人。

 やがてその行く手を塞いだのは、キメラアントではなかった。

「…クルタ」

 その姿を確認し、ぽつりと呟いて止まるユア。そのやや後ろに陣取るポンズ。

 彼女らの眼前には、金髪で片目を眼帯で隠している男。クルタことレントが大通りを塞ぐように立っていた。

 逆にレントからして見れば、自分の眼前に2人が警戒して止まったように映る。そんな彼女たちを見つつ、レントは心の中で溜息を吐いた。

(ま、しょうがないけどさ)

 そしてレントは狂ったクルタ族のフリをする。

「あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ! ク、クルタ族、クルタ族の肉体!!」

 狂った笑い声をあげつつ、ユアに突撃するレント。それを迎え撃つようにペンを手に持ち、前傾姿勢になるユア。

 そして、そんなユアを後ろから羽交い絞めにして動きを封じたポンズ。

「! ポンズさん!?」

「よくやった、ポンズ」

「ポンズさん、裏切ったの!?」

「…………」

 ポンズは表情を消し、ユアの口をその掌で塞ぐ。力強くもがくユアは、数秒でポンズの拘束から逃れるだろう。

 だが、数秒あれば十分である。レントはユアの頭を掴み、質問を投げかける。

「ボクと会ってからどんな記憶を持った?」

薬毒の妙(アルケミーマスター)

 質問を投げかけその記憶を読み取るパクノダの能力を発動し、直後にポンズの薬でユアの意識を断つ。

 ユアは己の唇を噛み、意識を保とうとするが。薬物の力というのはそこまで甘くない。というより、その程度で無効化されるならばポンズは本格的に役立たずだ。1秒も持たずにその意識を失うユア。

 そんな彼女に向かって具現化した銃を向けるレント。

記憶弾(メモリーボム)

 奪った記憶を打ち込めば、対象からその記憶は失われる。それがパクノダの能力の真骨頂であり、それによりユアはポンズに裏切られた記憶を喪失する。

 そこまで確認してから、ふぅと息を吐く2人。顔を合わせて視線を合わせ、にこりと笑い合う。

「まずは第一段階、クリアね」

「最難関だったからな、ここが」

 そしてレントは人差し指をユアの額に触れた。

悠久に続く残響(エターナルソング)

 レントは時間を操作する特質系である。時間を操作すると言っても、逆行や先送りはあまりに難易度が高すぎて今のレントの手に負えない。ナニカのようなブーストがあるか、さもなくば何十年と修行をすれば話は別かも知れないが、現状では時間の停止が精一杯だ。

 その能力を使い、ユアの心にある感情の時間を停止させる。

「……どう?」

「もちろん成功だ。ユアさんに宿る父さんへの狂情は停止させたよ」

 ただ。そう呟きながらレントは難しい表情を浮かべる。

「ボクができるのは停止だけ。今まで育った分の激情はどうにもならない」

「仕方がないわ。見ているだけで痛々しかったもの、ユアちゃんは」

 そう言って、沈痛な面持ちで首を振るポンズ。ユアがそこまで追い込まれていたからこそ、レントに無理を言って処置を頼んだのだ。

 今までのままでも十分に辛いが、このまま狂っていくよりはいい。そう判断したポンズは間違ってはいないだろう。

 そうして気を失ったユアを背負い、ポンズはレントに会釈をする。

「ありがとう、私の息子。もう行くわね」

「どういたしまして、ボクのもう一人の母さん。ちょっと先からキメラアントの一団が迫っているから、この大通りはもう使わない方がいい」

 頷き、大通りから横に逸れるポンズ。

 それを見送った後、レントは明後日の方向を見る。

「キルアはこっちだな。こっちも死なないように見張らないと、な」

 そう言って駆け出すレント。誰もいなくなったその場はしばらく静かであったが、やがてそこにクルマの一団が通り過ぎる。それらに乗っていたのはレオルとその配下。ネフェルピトーの命令に従い、『選別』を妨害する何者かを殺す為に派遣されたキメラアントたち。

 彼らは直前までその場に敵が居たことに全く気付くことなく、クルマで高速で走りぬけるのだった。

 

 ◇

 

「うっ…」

 不快な眠りからユアは目を覚ます。重く鈍い思考のままで周囲を見渡せば、そこは古ぼけた小屋だった。

「ユアちゃん、平気?」

「ポ、ンズさん」

 心配そうに声をかけながら、彼女の義姉はペットボトルに入った水を手渡す。それを受け取ったユアは、遠慮なくそれに口をつけた。

「ここは?」

「ここは国境とペイジンのちょうど中間くらい。そして適当に見つけた小屋よ。ひとまずはここに避難したわ」

「避難……?」

「大通りを走っていたらクルタと遭遇したのよ? 覚えていない?」

 ポンズに問われて記憶を探って見れば、確かにクルタの顔を見た気がする。ただそれはまるで一瞬の記憶みたいで、前後の記憶を失っているよう。

「……覚えているような、いないような」

「凝で見た限りではクルタのオーラは残っていないみたいだけど、ユアちゃんはクルタに頭を掴まれた後に気を失ったわ。もしかしたらクルタに乗っ取られる寸前で、記憶に障害があるのかも」

 心配そうな顔と声でユアを気遣うポンズ。彼女は『クルタはクルタ族の肉体を狙う亡霊のような存在』という嘘を通すつもりでユアに声をかける。

 そんなポンズに力なく笑ったユアは、気を失った自分をここまで運んでくれた義姉を声をかける。

「――まずはここまで運んでくれてありがとう、ポンズさん」

「どういたしまして」

「それで、私はちょっと混乱しているみたい。落ち着きたいから、少しだけ一人にしてくれない?」

「分かったわ。私はこの周辺の情報と、それから水や食料を集めてくるわ。ユアちゃんはゆっくりしていて」

 そう言って小屋から出ていくポンズ。それを見送ったユアはその眦を鋭くする。

(クルタの顔を見た記憶、その時の私は身動きが取れなかった。まるで後ろから羽交い絞めにされていたみたいに。

 トトルゥトゥトゥと出会った時に、ポンズさんに動きを封じられたように。そして起きた時の気怠さも、あの時と一緒みたい……)

 もしや、という思い。まさか、という思い。それらがユアの頭の中を占めている。それを確認する為にユアは懐から手帳を取り出す。

「…………」

『ポンズ』『裏切った』

 そこにはそんな文字が躍っていた。宣誓記録(ノゥ・ツゥ・オゥ)。声を具現化し、文字として残すユアの能力。

 ユアの激情が育つことを停止させたからこそ生まれた僅かな冷静さ。皮肉にもポンズが望んだそれによって、ポンズはその裏切りをユアに知られることになったのだ。

 



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088話 ユア・2

 

 裏切り、というものについて少し深く掘り下げてみよう。

 感情的な面から言えば、それは信用や信頼といったものを否定するということに他ならない。例えば信じているからこそ仕事を任せ、成功を期待したのに失敗する。例え失敗したとしても、信じているからこそ()()()失敗することはないという前提がある。

 片方はやや事務的であるが、当たり前に成功すると思っていた仕事を失敗された。更にはわざとであった、となればそれは信頼していた人間に対する明確な裏切りだと言えるだろう。

 他には、利益を主軸に考えてみよう。

 Aという組織に所属して、Aの利益を第一に考えるべき個人。それなのにわざとAに損害が出るように動き、Aと敵対関係にあるBに利益が出るように動く。といった存在もある。

 このパターンはいわゆるスパイという単語がもっとも似合うだろう。敵の懐に入り、損害を与える。これは最初から本当に所属している組織がBだったケースである。この場合はBからの信頼を裏切らなかったという形である。

 一方で、最初はAという組織に所属していたのに、Aという組織を裏切る場合。これは裏切った後で随分と苦労するハメになる。何せ世話になっていた組織を裏切るのだ、次に所属した組織も裏切られるかも知れないという心配はこの先ずっとついて回る。こういうケースはAという組織への恨みで裏切りを起こすことが多い。利益を得るよりも、不利益を与えたいという悪意で裏切りを起こすのだ。

 

 そして今この時、ユアはどのような理由でポンズが裏切ったのか、全力で頭を回していた。

 

 ◇

 

(裏切りには3つのうち、どれかの目的が必要になる。

 更なる利益、所属チームへの打撃、そして命の保証)

 東ゴルトー共和国を駆けるポンズとユア。先を走るポンズの背中を見ながら、ユアは考えを巡らせる。

(この中で省いていいのが命の保証ね。討伐隊を抜けるのは簡単だもの)

 そもそもとして、討伐隊として正規メンバーといえるのは3人のみ。ネテロ会長と、彼が呼び寄せたノヴとモラウだけだ。他の面々は自分にも仕事をさせろと無理矢理参加したに過ぎない。

 とはいえ、既に討伐のフェーズは佳境に入っている。7日後に行われる建国記念大会にて『選別』が行われる以上、討伐軍としてのタイムリミットはそこになる。時間切れになれば自動的にこちらの負けであり、今更撤退するなんて言うのはよほど自分の信頼を傷つける。

 そうは言っても、死んだら人間はお終いである。そしてキメラアントに命乞いをする意味がないのはNGLで十分理解できている筈であり、己の命を守る為ならば討伐軍を辞して逃走するのが最適解だ。

 もっとも、人類が負けると踏んでいたら今のうちにキメラアント側に取り入ろうとするだろうが。

(…………おそらく、ない。おそらくはだけど)

 可能性は皆無ではない。討伐隊の危険度をあげて王と護衛軍に危機感を持ってもらい、そこを裏切る。繊細な手腕が必要だろうが、可能性は皆無ではないのだ。

(でも、心配はしなくていい)

 そのような理由で裏切る可能性は皆無ではなくとも、その裏切りが成立する可能性は皆無である。何故なら、この手の裏切りは最後の最後まで信頼され続けるというのが絶対条件。ユアが疑惑を持った以上、どうあがいても裏切りは成立しない。

 もしもこの裏切りを成立させるには疑惑を持った者を殺す必要がある。

(だけど、ポンズさんは私の記憶を奪っただけで命までは奪わなかった。少なくともしばらくは殺すつもりがない)

 そしてポンズの様子を見ていれば気が付く、彼女はユアのことを可愛い義妹として扱っているということを。つまり、ポンズはユアが気が付いていることに気が付いていない。記憶を奪ったことで満足し、記憶を失う前のユアが情報を残したことに気が付いていないのだ。

(話を戻して、次に否定できるのが所属チームへの打撃)

 討伐隊に恨みを持ち、討伐隊を害する為に裏切る。こんなもの、どう考えを巡らせても無理筋である。そもそも討伐隊の核となるのはネテロを含めた3名。彼らを恨むほど、深い絆を結んでいない。強いて言うならばバハトが操作された逆恨みくらいだが、ユアから見てもポンズは討伐隊に恨みを寄せているようには見えない。むしろバハトを見捨ててしまった自分を恨んでいるようである。この点はゴンもキルアもユアも同じ心境であるからして、お互いにシンパシーを感じている部分でもある。ユアが自分自身を信じればほぼ間違いがない。

 こうなれば消去法として残るのは1つ、更なる利益を得る為にポンズは討伐隊を裏切っている。

 そしてその利益を得る相手は誰なのか、そこが問題だ。

(キメラアントと討伐隊。本来ならば単純なこの対立だけれども、いくつかのイレギュラーがあるわね)

 まずは言わずと知れたクルタという存在だ。ポンズが言うにはクルタ族の死者の念であるというが、彼女が裏切った以上はその可能性はない。クルタの行動原理を保障したのはポンズのみであるからして、ポンズを信じられなくなった今ではその言葉を信じる意味はない。

 クルタが何者なのか、これについてはユアも全く想像がつかない。唐突に表れたアンノウン、それがクルタだ。情報がなさすぎる。クルタについてはこれから情報を集めなくてならないだろう。

 そしてもう1つ、キメラアント側も一枚岩ではない。王と護衛軍はまとまっているだろうが、女王が死んだことにより解き放たれた師団長以下の面々はそれぞれの考えで動いている。もしも師団長側から利益を得るつもりならば、キメラアントの王を暗殺することには真剣に取り組むかも知れないからだ。

(いや、それでも)

 ユアは思考を整理する。ポンズがキメラアントに付くというのは考えにくい。

 その根拠はユアに残された記憶、後ろから羽交い絞めをされた上で眼前にクルタの姿が残っていたその一瞬。口と鼻を覆われていた以上、あの時にはポンズの薬毒の妙(アルケミーマスター)で意識を奪われた。そこは動かない。

 ポンズはクルタと組んでいる。それは間違いない。

(問題は――)

 クルタから何かを与えられることを前提として、クルタの配下に成り下がっているのか。

 クルタと協力してキメラアントや討伐隊から利益をもぎ取ろうとしてこちら側に潜んでいるのか。

 そのどちらかである事は、ほぼ確実である。

 そしてポンズは裏切りを表明するその瞬間まで、こちらの味方であるフリをし続けるだろう――

「着いたわ」

 そんなユアの思考をポンズの言葉が断ち切る。一日中走り続け、もう時刻は夕刻になっていた。

 我に返ったユアの眼前に広がる、どこかくたびれた様子の大都市。東ゴルトー共和国の首都、ペイジンが彼女たちの目の前に広がっていた。

 

 ◇

 

 前提条件として、東ゴルトー共和国は閉鎖的な国である。

 外部からの来訪者がいない訳ではないが、厳格な入国審査をした上で()には監視がつく。

 ノヴとモラウが比較的自由に動けているのは東ゴルトー共和国の高官であるマルコスを抱き込んだ為であり、亡命を前提としたマルコスの決死の隠蔽工作があればこそである。

 つまり、ポンズとユアはそう簡単にノヴたちとコンタクトを取る訳にはいかない。もちろんマルコスに無理を言って抱き込んで貰うことは可能だろうが、そちら側の人数を増やす意味もまたないのだ。ノヴ達以上の政治力を発揮できる見込みがない以上、その場合ではポンズとユアは単なるお荷物である。

 それよりも彼女たちは彼女たちなりの知恵を絞り、宮殿に忍び込む算段をつけなくてならない。もしもここで妙手を見つければそれが本採用となり、護衛軍を王から引き離さす確率がまたあがる。

 理解はしている、理解はしているのだ。だが、それを口に出せない理由がある。

「…………」

「…………」

 ポンズとユアは絶句する。宮殿を覆うネフェルピトーの円、その鉄壁の防御に。

 NGLの時には気が付かなった、その理不尽さ。半径1キロにも及ぶアメーバ状の円は、触れれば確実に護衛軍の警戒レベルがあがる。しかし触れない方が良いと分かっていても、それを為すにはどうすればいいのか。

 とりあえず高い建物の上に登って宮殿を眺めていた2人だが、何時までものんびりとしていたら敵に見つかる可能性も高くなる。

 まずは敵地を観察できたということを収穫とし、ポンズとユアは宮殿から死角となる路地裏へと入り込む。

「そして連絡ね」

 ポンズは懐から手紙を取り出し、それを目についた郵便ポストに投函する。これはマルコスの元に届けられ、ノヴ達に自分たちがペイジンに到着した合図となるのだ。

 お互いにペイジンでの合流の方法はいくつか持っており、合流した方が良いと判断したのならばそれは容易く可能となる。もちろんケイタイも使える訳であり、盗聴を心配しなければ短縮ダイヤル1つで連絡を取る事も可能。これはキメラアントの電波はもちろん、東ゴルトー共和国の傍受システムも敵になる。この国は一般人のケイタイ所持が厳禁である為、通話の絶対数が圧倒的に少ないのだ。傍受の危険は常に警戒しなくてはならない。

「結局、直接会って話すにこしたことはないわよね」

「そうね」

 ユアの言葉にポンズが軽く頷く。ポンズとユアはペイジンに潜みながら、ある時は人気のない建物に忍び込み、食料や飲み物を失敬する。

 そして人気のない古びた倉庫を見つけ、忍び込む。ひとまずはここを拠点として、ペイジン内を動く予定だ。

 今日が暮れれば、後6日。決行日まではそれしかない。

「まずは状況を整理しましょう」

 ポンズが口を開き、ユアは頷く。そしてペンと手帳を取り出し、メモを取る体勢に入った。そして口を開くのはポンズ。

「まず2日前、東ゴルトー共和国は厳戒態勢に入った」

「異分子のテロ活動が名目ね、実行者は多分キルア」

「これにより、一日で『選別』は中断、犠牲者は50万で済んでいる」

 50万。改めて考えると恐ろしい数である。これだけの非戦闘員があっさりと虐殺される現状は薄ら寒いと言う他ない。

 これを止められるのは自分たちだけであると考えると、ポンズの姿勢は自然と正されていく。

「でも、建国記念大会で結局は全員『選別』される。99%は死に、残るのはほんの5万人」

「その生き残りもキメラアントに操作された人類の敵対者となる」

 5万もの念能力の軍団、これをどう対処したらいいのか。破滅的な決断を下すしかなくなるだろうが、それでも勝ちが確定されないだろう。

 何としてでも建国記念大会が開始される前に王を暗殺する。500万の民間人の殺戮さえほんの序章に過ぎないのだ。想定される犠牲者数で、この事件の規模が窺えるというもの。

「それを止める為には宮殿に潜入し、王を暗殺しなくてならない。けど……」

 思い起こされるのはネフェルピトーの円である。

「あれを、掻い潜って……?」

 2人の間に沈黙が横たわる。

 やがて、がりがりと頭を掻きながらユアが意見を口にした。

「いったん、円を掻い潜るのは放棄しましょう」

「と、言うと?」

「私達が1キロを無理なく走破するのにかかる時間は1分弱。4手に分かれた討伐隊が、東西南北から1分前に突入する」

 メモの真ん中に宮殿をデフォルメして描き、その上下左右から矢印を書くユア。その図面を見つつ、ポンズは難しい顔をする。

「そうすると護衛軍は王の元に集合しそうよね。ヤツラの元にはワニのキメラアントみたいに師団長級が何匹も集まっている可能性は高いわ。

 師団長級に足止めをされれば、会長との約束の刻限に間に合わない」

「それを見越して早めに突入する、っていうのはナシね」

「ええ。師団長級のキメラアントにどれだけ足止めされるかも、そもそも勝てるかも分からない。

 楽観的に勝てると考えても、護衛軍を相手にする前に消耗するのは極力避けるべきだわ」

 最終的な案としてはユアの方法で行くしかないが、これは最悪の手段である。できれば取りたくない作戦だ。

「横がダメだとしたら――上か、下?」

 空か地中、確かに魅力的に見える。不可能ということを除けば。

「ネフェルピトーの円は半径1キロよ? そのくらい上空から飛び降りればただでは済まないし、そもそも宮殿の上空に気球を飛ばすなんて悠長な真似を護衛軍が許してくれるとは思えないわよね」

「そりゃそうね。じゃあ、下は?」

「地中ねぇ……。まあ一番マシな気もするけど、トンネルを掘るってよほどの重労働よ?」

 ポンズはグリードアイランドでバハトの『敵』をハメる為にトンネルを整備したことを思いだす。数ヶ月かけて、自然洞窟の整備が精一杯だったはずだ。

 残り数日で1キロもの地下トンネルを進むとは、現実的ではない。

「誰か、そういう能力でも持っていればいいけど――」

「ポンズさん、何か妙案はないの?」

 やけに鋭い視線を向けるユアに、ポンズはややたじろぐ。

 だが、それでもすぐに案を出せと言われて出せる訳もない。

 少しだけ考え、しかしゆっくりと首を振る。

「今のところはだけれども、妙案はないわね。強いて言うなら、なんとかしてノヴさんの出口を宮殿内に仕掛けられればってところかしら」

「それも現実的じゃないでしょ。ネフェルピトーの円の中に潜入できれば苦労はないし、もしも気が付かれれば結局敵の警戒ランクはあがるわ」

 少なくとも、一度潜入されれば再度の可能性は脳裏に残る。それでは完全な奇襲足りえない。気が付かれずに宮殿に侵入できれば、じゃあその手段を作戦本番に使えばいいだけである。

 ユアの正論に、ポンズは黙るしかない。

「……まだ6日あるわ。これから先、妙案が出ることを期待しましょう。

 遠くからでも宮殿を見れば、何か閃きがあるかも知れない」

「そうね」

 ポンズの言葉に鋭い眦を緩くするユア。

 やや強くポンズを問いただしたユアだが、ポンズからは常識の範囲内の言葉しか返ってこない。

(裏切って味方のフリをする以上、こちらには利益を落とさないつもり? それとも本当に何も作戦がないのかしら?)

 ユアがポンズを見る目は必ずそんなフィルターを通すことになってしまう。もちろん仕方のないことではあるのだが、ユアの胸中は完全な疑心暗鬼である。

 そしてポンズを見つつ、ユアはその感情をゆっくりと起こしていく。

(思い起こせば――あなたの事は嫌いだったのよ、ポンズさん)

 思案気な表情の美女の顔を見つつ、ユアの心に憎悪の灯が宿る。

(ただの仲間だった時は良かったわ。けれど、ポンズさんはお兄ちゃんを誘惑した。

 いきなりお兄ちゃんに子供ができたって言われた時、私の心がアナタに分かるの?)

 子供という免罪符をいきなりつきつけられれば、ユアには黙るしかなかった。それでもバハトとポンズの交際――というか結婚を認めなければ、ユアがバハトに見捨てられかねなかった。

 その時はバハトに言いくるめられてレントの名付けの親になったから家族の一員になったような気がしてごまかされたが、バハトが居なくなった今、ポンズはユアにとって大好きな兄を奪っていった泥棒猫に他ならない。

(アンタは――)

 ユアは瞳を閉じる。己の瞳が緋色に変わっていくのを自覚したから。

(――私が殺す)

 ふー。と深い息を吐き、心を落ち着かせる。

(裏切りは最後の最後まで仲間に知らせない。確実な証拠を集めて、裏切りの代償を払わせて、私からお兄ちゃんを奪った報いを必ず受けさせる)

「大丈夫、ユアちゃん? 疲れたかしら?」

「ええ。こうも突破口がないと気が滅入るわね」

 表面上を取り繕った、案じ合う義理の姉妹。その現状を鑑みて、ユアは心の中で冷笑を浮かべる。

(ポンズも、トトルゥトゥトゥも。

 両方とも私が殺す)

 瞳の緋色が消えたことを自覚したユアは、顔をあげてふんわりと笑う。

「今日のところは休もうよ、ポンズさん」

「そうね。休息も大事だから」

 

 そして7日目が終わる。

 建国記念大会まで、後6日。

 

 



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089話 首都ペイジン・1

誤字報告、高評価、などなど。
いつもありがとうございます。


 

 翌日早朝、ポンズのケイタイに着信が届く。バイブレイター設定にしていた為、高い着信音が周囲に響くことはなく。ポンズは素早く通話状態にする。

「もしもし?」

『こちらはノヴです。ユアと共に無事、ということでいいですか?』

「ええ。今はペイジンに潜伏しているわ。ノヴさんとモラウさんも?」

『愚問です。私たちに抜かりはありませんよ』

 どこか鼻に付く言葉を発するノヴに、ポンズは少しだけ困ったような笑みを浮かべた。対してユアといえばノヴに顔が見えないからか、露骨にイヤそうな顔をしている。

「っていうか、郵便早いわね」

『情報収集が足りませんね。東ゴルトー共和国は電話網に制限がかかっていますので、高官に対する速達には忖度されるのです。

 革命や反乱の証拠をすぐに伝えられるように、ね』

 なるほどとポンズは思う。今回使った郵便は表向きマルコスに宛てており、彼は東ゴルトー共和国の高官だ。故に情報がすぐに伝わったのだろう。

 これを見越していたとなれば、成程。一流のプロハンターは些細な事でも優秀だということが分かる。それを鑑みれば、軽率に見える電波を使ったやりとりにも確かな安全を確信して通話をしているのだという予想もついた。

「ってことは、電波網も掌握しているから電話の使用制限は大分緩和したと思っていいのね」

『その通り。もちろんユアさんが懸念している通り、電波はアリの通信網に引っかかりますから、ヤツラの側では使えませんが』

 宮殿にアリはいるだろうが、広いペイジンでケイタイを使う分にはそこまで警戒しなくてもいいのだろう。

 今のところは、だが。

『さて、今回連絡をしたのは他でもありません。作戦変更の伝達です』

 ノヴのその言葉に、ユアは猛烈にイヤな予感がした。

『東ゴルトー共和国の人民500万を見捨てるのはやはり下策。私とモラウは護衛軍の妨害に入ります』

「っ!!」

 その言葉に、思わずユアは顔を顰める。ユアにとって赤の他人が何百万人死のうが知った事ではない。だが、討伐軍の最も経験ある2人が消耗するのは決して看過できることではない。

 ポンズとしても残り450万の東ゴルトー共和国の人命は大事ではあるが、かといって目先の数百万人に捉われればこの後何億何十億という人間が死ぬ。この恐ろしい数は決して比喩の数ではないのだ。

「「大丈夫なの?」」

 故に万感の想いが言葉にこもる。ポンズとユアのその言葉を聞いて、ノヴも軽口は返せない。

『……当日の作戦決行に支障は出る、とは言っておきましょう』

「じゃ、ダメじゃん」

 バッサリと言い切るユアだが。しかしその言葉にはフ、と鼻で笑うノヴ。

「笑っている場合じゃないんだけど?」

『いえ、失敬。あなたの浅はかさが可笑しくて』

「あ?」

 ただでさえユアはノヴに対して良い感情は持っていない。思わずドスの効いた声が喉から漏れるが、電話の向こうから聞こえて来る声は飄々としたもの。

『目的のみを狙う狩り(ハント)は確かに効率がいい、仕方がない犠牲を割り切るのも一種の才能です。ですが、それでは美学が産まれない』

「美学の為に失敗するつもり?」

『美学を持ったまま成功する方が素晴らしいと思いませんか?』

「理想ね。できれば誰でもそうするわ」

『それが出来うるからこそ、念は強くなるのです』

 この切り返しには思わずユアの方が黙ってしまう。目的だけを搔っ攫うのも狩り(ハント)ならば、高いハードルをクリアして成果を手にするのもまた仕事(ハント)。そしてどちらの方が念を強化するのかは考えるまでもない。

 おそらくはノヴもモラウもそうやって自分を曲げずにこれまで生きてきたからこそ、今回ネテロ会長のサポートを任されるまでに成長したのだ。

 先輩プロハンターの、こちらを薙ぎ倒すような強い理論にユアは黙らざるを得ない。

 そのユアの沈黙でいったんは満足したノヴは、続いて声を少し柔らかくして言葉を続ける。

『と、まあ。これがモラウの理論ですね。彼はやはり甘い男です、何百万という犠牲を割り切れる男でもない』

「と言うと、ノヴさんには別の思惑があるの?」

 ポンズの声を聞いたノヴは、電話の向こうで微笑んだような気がした。

『ネフェルピトーの円』

「「…………」」

『貴女たちがあれを掻い潜る妙案があるなら、今からでも力を温存しましょう。

 奇襲に全てを懸けるのも悪くない、数百万の犠牲も必要なものと割り切ります』

「……いえ、アレは鉄壁が過ぎるわ」

『でしょうね』

 クックッと喉の奥で嗤うノヴ。

『NGLの時から思っていましたが、アレは確かに鉄壁だ。どうにもこうにも攻略法が見つからない』

「で?」

『見ているだけでは何も変わらないでしょう? こちらから搔き乱すことで勝機を得るのも必要ですよ』

「その勝機は得られるものかしら? 私には分の悪い賭けに思えるけど」

 ユアの冷淡な言葉。宮殿にまでちょっかいをかけるならともかくだが、それだとしたらこちらも大きなリスクを負わなくてはならない。かといって宮殿の庭先にあるペイジンの町で暴れるくらいだと、無視されて終わりな気もする。何しろ、ペイジンで暴れても王には何の痛痒もないのだから。

 そんなユアの意図を察して、ノヴは物分かりの悪い生徒を諭すような口調で語りかける。

『その勝算を計る為のちょっかいですよ。

 私たちが得た王や護衛軍の知識はコルトたちからもたらされた伝聞のみ。ここで生の情報を得るのも、作戦決行時に必ず有用になります。

 潜み続けるのもいいですが、それでは向こうの情報もまた手に入りにくい』

 相手に情報を与えてでもこちらが情報を獲りに行く。クレバーな様に見えて、ノヴはモラウよりも好戦的ではないのか。思わずそんな感想が浮かび、ポンズはやや呆れた顔をする。

 別に好戦的でも悪くはないのだが。女王の最期を見届けた時のモラウといい、意外な一面を見ることが続いたポンズとしてはどこかもにょもにょとした気分になる。もちろんそれは悪いものではない。

 そして実際、ネフェルピトーの円の攻略法は見つかっていない。ならばノヴの案を積極的に否定する理由もない。

「分かったわ。ノヴさんの案を私は支持する」

「……仕方ないわね。私もいいよ」

『結構』

 ポンズとユアの賛同を得て、ノヴは満足そうに言う。

『さて、そこでですが、あなたたちはこれからどう動きます?』

「どうって、ペイジンに潜んであんたたちの戦いを高みの見物するけど?」

『…………良い性格をしている』

 鮮やかな切り返しをするユアに流石のノヴも呆れた声を出した。

 護衛軍にちょっかいをかける決断を下したノヴとモラウに付き合う必要は全くないとはいえ、仲間をダシに情報を得るだけと言い切るのにはツラの皮が相当厚くなくては言えないだろう。たとえそう思っていたとしても、普通は少しだけでも取り繕う。

 それすらないユアに呆れるノヴとポンズ。

『まあ、その決断を私は非難しませんがね。それでもあなたたちがこちらをサポートすれば、私たちも少しは楽になる』

「ヤダ。メンドイ。パス」

「ユアちゃん」

 全力で拒否をするユアに、ポンズは困ったように窘める。

「いや、だって。私たちにそんな余力とかあると思う、ポンズさん?」

「…………」

「私たちは操作系と具現化系。格上殺しも可能な能力とはいえ、その前提の多くは相手に情報が漏れていないこと。相手の情報を得るよりも、自分の情報を隠す方が優先されるでしょ?」

『…………』

「しかも先輩の()()()()()は手に入れた情報をこちらに流してくれるはず。

 ホラ、私たちがリスクを負う必要はどこにもない」

「『…………ハァ』」

 ユアの正論に、電話の向こうのノヴとポンズは同時に失望の溜息を吐いた。

「ユアちゃん」

「……何よ」

「あなたの言い方では、ノヴさんを仲間と認めていない」

「…………」

 そうだよ。

 そんな肯定の言葉を出さないくらいにはユアにも理性があった。

「仲間と認めていない人に、危険な本番で背中を任せて貰えると思う?」

 思わない、特にポンズには背中は任せられない。

 その言葉も無表情のまま肚の中にため込むユア。

「私たちが今しなくちゃいけないのは、自分の身の安全を守ることじゃない。仲間の信頼を勝ち取ることよ。

 キルアは単独で『選別』をかく乱し、ノヴさんとモラウさんはそれに乗った。なら私たちがするべきことは、仲間の負担を和らげることでしょう?

 もう既に(アリ)は東ゴルトー共和国の内部に刺客が紛れたことは気が付いている。

 ならばその人数は誤差、今は全体の戦力を維持しなくちゃならないの」

 だったら最初から暴れるキルアが悪いというのがユアの意見ではあるが、今はそれを言っても始まらない。もしもその意見を押し通すならば、残りの仲間が満場一致でキルアのことを冷徹に見捨てなくてはいけなかった。

『ちなみにナックルとシュートはキルアの作戦を支持しました。彼らの能力的にかく乱作戦は向いていませんが、それでも要所で協力してくれることになっています』

 それを見透かしたようにノヴが補足する。そして聞くまでもない事だが、あのゴンが本質的にキルアを見捨てることはあるまい。危険な単独任務を任せたことも、キルアに対する信頼があってこそだと想像するのは容易い。

 となれば、もはや『選別』に対する妨害を反対しているのはユアだけである。もちろんノヴに忖度するパームに最初から期待はしない。

 ここで意地を張っても討伐隊内で孤立するだけであり、旨味がないどころか足並みを乱す異分子として弾き出されかねない。

(それに、まあ)

 いくらユアでも、キルアを見捨てる選択肢は流石に存在しなかった。ポンズの裏切りが確定し、兄であるバハトもネフェルピトーの操作から解放できるか分からない今、ユアにとって一番の友達はあの2人だ。なんだかんだ、1年以上継続した付き合いになるのはキルアとゴンを除いて他にいない。

 ユアはそれをはっきりと口にする。

「東ゴルトー共和国の人民が何百万って死ぬのはどうでもいいし、ノヴさんの都合も知ったこっちゃないわ。

 けど、ポンズさんとキルアは見捨てられない」

「ありがとう、ユアちゃん」

「どういたしまして、ポンズさん」

 ユアとポンズはふんわり笑う。策謀を巡らす者の不信と不審の昏さをその心の奥に隠したまま、微笑み合う。

『――まあいいでしょう』

 どこか不穏なものを感じたノヴが仕切り直す。

『あなたたちの協力を得たとはいえ、前線には私とモラウが立ちます。まずはペイジンをモラウの能力で包囲し、護衛軍に圧をかける予定です。そうすればまず、替えの利く駒であるネフェルピトーの操作した()()が相手でしょう。

 ネフェルピトーの操作した人形は銃を使うでしょうし、銃が相手ではあなたたちに不安が残るのも事実。

 2人は背後に陣取り、適時動いて下さい』

「適時、と言うと?」

『例えば護衛軍がじれて直接出てきた場合』

 ノヴの言葉にユアとポンズの表情が引き締まる。

『出てきた護衛軍の数に依りますが、分断して各個撃破する絶好の機会になります。私たちだけでも負けるつもりは毛頭ありませんが、格上殺しならばあなたたちの能力の方が適している。頼りにしていますよ』

「可能性は高いと思う?」

『向こうの情報がないので何とも。ただ、可能性は0ではない。護衛軍全てを引き連れた王が出陣する可能性などもですね』

 単なる様子見で仕掛けた一手で一気に土壇場になる可能性もある。そう考えればピリリと神経が荒ぶるというもの。

 そんな2人の様子を電話越しに感じ取ったノヴは満足そうな口調で言う。

『では、合流しましょう。モラウが仕掛けた隙をついて合流し、作戦を共有する。

 後はまあ、相手の出方を窺いつつ、こちらも良く戦いましょうか』

 そう言ってノヴとの通話が切れる。

 ポンズはケイタイを懐に仕舞い、気迫を持って歩き出す。

 そしてそれに続くユア。

「行きましょう」

「ええ」

 倉庫から出る時には首都ペイジンの空気は重かった。ふと遠くを見れば、白いヒトガタが町を飛び回っている。

 それを察知した東ゴルトー共和国側の軍が殺気立ち始めた、戦争前の緊張感だ。

 絶で気配を消したユアとポンズは誰にも見つからないように事前に決めた合流ポイントへと向かう。

 首都ペイジンは既に敵地で戦地だ。最も安全な場所はノヴの能力で創り出した念空間(マンション)の中だと、話すまでもなく分かっていた。

 

 数分後、ペイジンの町中にサイレンが鳴り響く。

 それは、また新たな局面が広がった合図でもあった。

 



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090話 首都ペイジン・2

 

 紫煙機兵隊(ディープ・パープル)

 

 モラウの持つ能力の一つ、といっていいだろう。

 念を込めた煙を人形と化して、事前に指示した命令をこなすオートタイプの操作系能力。

 特筆すべきはその数。最大で200を超える数を作りつつ、今回は命令を複雑にした為に数は少なくなり、50程度の煙人形が東ゴルトー共和国の首都ペイジンに展開されていた。

 たった50というなかれ。オーラが込められた、気体と固体の性質を持った念人形を突如として50体も敵地に出現させたのだ。これは相手方としては悪夢というしかない。

 事実として、ペイジンに強襲をかけたモラウは通信施設や軍事施設を強襲し、それを成功させた。これは建国記念大会における妨害であり、そしてその勢いのまま10体程の煙人形を宮殿に突入させる。

 おそらく、ネフェルピトーの円ではその煙人形を人間か人形か判別できなかったのであろう。百数十メートル進んだ後、宮殿から出てきた一匹のキメラアントに殲滅させられた。

 後に照会したところによれば、アレは護衛軍のうち1体のトトルゥトゥトゥ。外見的にはほとんど人間のようでありながら、ほんの少しの昆虫の要素を組み込まれたキメラアント。

 ともかくとして、これで討伐軍としては護衛軍に警告を送ることができた。こちらは王の首を狙っている、そんな敵を放置していていいのか? というメッセージだ。

 挑発なのは百も承知だろうが、それでも王の安全には代えられなかったらしい。ネフェルピトーは人間を操作する傀儡人形を首都ペイジンに集結。モラウの展開する煙人形とネフェルピトーの操作する傀儡人形がドンパチやっているという構図が出来上がる。

 そしてこれは討伐軍の狙い通り。これで確実に『選別』は中断され、建国記念大会まで450万の人民の命はひとまず延命できた。

 代償として、ペイジンに敵対勢力がいると相手方に理解された為、マルコスの庇護を受けられなくなり、拠点を放棄せざるを得なくなった。

 もっとも、ノヴの四次元マンション(ハイドアンドシーク)がある以上は些末な問題ではあるのだが。

 

 ◇

 

 ノヴのマンションの一室で、ペイジンに集まった4人の討伐軍が会議を続けている。

「――と、まあここまでが現状ですね。こちらの想定を超える事態は起きていません」

 ノヴがそう締めくくり、これまでの話を総括する。

「ゴンたちの動向は?」

「そっちはノータッチだ。こっち側が全滅する恐れもある。今のところは別々に動くべきだろう」

 ユアの問いにモラウが答える。当初は4組で動いていた討伐軍だが、現在は統合されて2組となった。このまま首尾よく話が進めば、作戦当日には討伐軍は1つにまとまるだろう。

 となれば今現在の問題は、彼ら彼女らがペイジンでどう動くか、である。

「まずはこっちの目的を明確にしておきましょう」

 ポンズが仕切り直し、現状達成すべき目的を提示する。

「1・ネフェルピトーの円を掻い潜り、宮殿に奇襲をかける方法を模索する。今のところの最有力候補はなんらかの手段でノヴさんが宮殿に侵入し、マンションの出口を設置すること。

 2・敵勢力を削ぐ。ネフェルピトーの人形は補充可能みたいだから無視するとして、王に降ったであろう師団長級を仕留められれば良し。護衛軍を始末できれば最上」

「そうだね。その2つを目標にすればいいと思う」

 ユアが頷き、話が続く。

「2に関してはそう程なく話が動くでしょう。現状、ペイジンでは膠着状態です。こちらの全滅を熱望する護衛軍がこのままであるとは思えない。かならず手を打ってきます。

 となればヤツラに降ったキメラアントがこちらの始末に動くと思っていいでしょう」

「護衛軍は動かないかしら?」

「護衛軍の判断では動かないでしょうね。キメラアントの習性として、護衛軍は王の守りが最優先。外敵の排除は第二目標以下です」

「って言っても、放っておけば宮殿に攻め入るであろう敵をいつまでも放置してくれる?」

「いつまでもは放置しないでしょうが、まずは配下を動かして排除を試みるのが常套手段。護衛軍が直接動くのはその後でしょう。

 もしくは――」

「王の命令があれば、護衛軍も動くかもな」

 モラウがノヴの言葉を引き継ぐ。

「王の命令は絶対、それは間違いない。『選別』が中断したことに腹を立てた王が、その原因の排除を命じる可能性は十分にある」

「それでも王の性格次第でしょ? 泰然とした、または超然とした性格ならば最終的に帳尻が合う目論見がある躓きを気にしないこともある」

「その通りだ。だが、イレギュラーが起きるなら王の行動如何によるだろう」

 護衛軍は王の脅威がなければ王の傍から離れない。王の傍を離れずに、その周辺や配下を使って王の為に尽くす。それはこれまでの手応えからほぼ間違いがない。

 しかしその一方で、そんな護衛軍の行動原理を覆せる王についての情報は殆どない。コルトから聞いた、誕生直後の様子のみと言っていい。

「ってかさ、王って宮殿で何をしているんだろうね?」

 王に話が及んだところでユアが素朴な疑問をあげる。それを聞き咎めるモラウ。

「何ってな、どういった話だ?」

「建国記念大会まで後6日じゃん? 飽きる時間だと思うんだよね、6日って」

「それはまあ、そうだな」

 思わず頷くモラウ。それを聞きながら、ポンズがんーと声を出しながら考える。

「それこそ性格に因るかもね。

 怠惰な性格や呑気な性格なら食っちゃ寝をして苦にしないでしょうし、勤勉な性格だったら自己研鑽に励むかも」

「短気な性格ならば軍略に口を挟むかもですしね」

 ノヴの言葉に少しだけ考えを巡らせる一同。これまでの敵の動きは護衛軍らしいと言えるが、王の意図が入っていないとは思えない。少なくとも王が不快に思わない方向で作戦は調整されている、と見るべきなのだ。

「それを踏まえて、ペイジンに王が来る可能性は?」

「皆無ではありませんが、それはこちらにとっても絶好の機会。

 王の傍を護衛軍が離れない以上、私が宮殿に忍び込む最大の好機です」

「代わりにペイジンに残存する方は全滅しそうだけどね」

 ユアの言葉にあっさりと言い返すのはモラウ。

「そんときゃユアとポンズは逃げ出せ。オレがペイジンに残って時間稼ぎをする。

 オレが死んでも、ノヴの出口を宮殿に設置できれば作戦当日に奇襲はできるだろ。会長(ジイサン)の要望は満たせるはずだ」

 モラウの言葉に首を竦めることだけで返事をするユア。

 それを聞いた後、ノヴはいったん話を区切る。

「今のところは全ての可能性を排除しないでおきましょう。王が来る可能性も、護衛軍が来る可能性も。そして、配下のキメラアントだけが来る可能性も。

 もしも師団長級のキメラアントが来た場合、モラウの煙人形だけでは対処できると思いません。私たちが直に動いて敵を排除します」

「文句も問題もないわ」

「同じく」

 ポンズが頷き、ユアが賛同する。作戦当日の障害になると目される以上、削れる時に削るのは当然の判断だった。

 ないとは思うが、現状維持が続くようだったらこちらからアクションを起こすべきだが、それはもう少し様子見をしてからでいいだろう。

「そして問題は、作戦当日にどうやって奇襲をかけるか、ですが」

 ノヴの言葉に、しかし返ってくるのは沈黙のみ。誰も彼も、あの円を潜り抜ける妙案は出て来ないらしい。単純故に堅牢、それがネフェルピトーの円であった。

 それにはノヴも答えを出せないのだから、どうしようもない話である。軽く嘆息し、話を区切る。

「まあ、そこはじっくり時間をかけましょう」

 話が終わる。そして4人は少しばかりのゆったりとした時間で心身のコンディションを整え、戦場であるペイジンへと身を投じるのであった。

 

 ◇

 

 ペイジンを戦場にして行われる、念人形同士の戦争。それは圧巻の一言だった。大きい都市のあちらこちらで戦闘音が聞こえる。

 これがたった2人の念能力者によって行われているとは、そしてそれぞれが全力でないとは到底信じられない。

「まずは下準備だな」

 そう言ってモラウは巨大なキセルを吸って煙を吐き、それをユアとポンズに纏わせる。これによって彼女たちはモラウの紫煙機兵隊(ディープ・パープル)と外観を一致させた。

「……思ったよりも動きにくいわね」

「まあ、お前さんは仕方がねぇ」

 ただ、ユアは身長が足りない為に大分厚底の身長補正を受ける事となったが。いざ戦闘の際には身に纏った煙を脱ぎ捨てる事になるだろう。

 モラウとノヴは偽装をしない。もしもネフェルピトーの念人形よりも強力な敵が出て来る場合、目指すべき的となる役割があるからだ。

「とりあえず相手が動くまで様子見だ。適当にドンパチやっててくれや」

 そう言ってモラウが飛び出し、ノヴは自分のマンションに潜って瞬間移動を行う。残されたユアとポンズは声をかけあって別れる。

「じゃあユアちゃん、気を付けてね」

「うん。ポンズさんもね」

 そう言って別方向に向かう2人。その直後、ユアはモラウの煙を脱ぎ去って、絶。

 踵を返し、即座にポンズを尾行する。

(今の優先事項は、ポンズの裏切りを確定させて始末すること)

 ユアはあえて会議には出さなかったが、東ゴルトー共和国にはクルタがいる。それは間違いない。

 ポンズを泳がせるという意味でモラウやノヴにそのことを伝えなかったし、ポンズもクルタに注目をされるのは好まなかったであろうから話題に出さなかった。

 今現状、クルタに関してはユアが対処するしかないという。そしてクルタと繋がっているだろうポンズを監視するのが重要である。それがユアの言い分であり、ユアはペイジンを飛び回るポンズを追尾する。

『母さん、ユアさんに尾けられてるよ?』

「えー」

 そんなポンズにはユアの追尾をレントから教えられる。

 ポンズからの連絡により、討伐軍の情報を手にしたレントはマンションから出てくる4人を視認。無限に続く糸電話(インフィニティライン)の発動条件を満たし、ノヴ以外の現在位置の把握に成功していた。ノヴだけは念空間に移動してしまったことにより糸電話が切れてしまったが。そしてこれからもノヴの念空間(マンション)を拠点にする以上、糸電話はブチブチ切れるだろう。これはいちいち繋ぎ直すしか手段はない。

「疑われているのね。何かミスしたかしら?」

 煙に覆われているポンズの唇を読むことはできない。小声で話すポンズの言葉は誰にも悟られずにレントへと届く。

『この前意識を失った時に大部分の記憶を消去したとはいえ、最後の一瞬だけはどうしても消去しきれないからね。

 そこら辺から疑われても仕方がないよ』

「うー。まあ、別勢力と繋がっていることは事実だけれども」

『で、どうする? こっちの情報を受け渡す予定だったけど』

 そうである。今回、ポンズはレントと接触し、彼の持つ情報を受け取る算段であった。しかしユアに監視されている現状、安易にレントと出会う訳にはいかない。

「それはこっちで何とかして誤魔化すわ。とりあえずあなたはユアちゃんの二重尾行をよろしく」

『了解』

 遠目にネフェルピトーの人形を視認。ポンズは近くにあった鉄パイプを手に取り、気配を消しつつ背後に忍び寄って頭部を殴打。

 銃器を装備しただけの念能力者でもない人形は、頭部を破裂させて絶命した。

(気分悪いわね、これ)

 顔を顰めるだけで自分の心に整理をつけたポンズは、そのまま戦場から離れるように移動。誰にも見つからないように移動した後、更に人目に付かない場所を探し出して煙を脱ぎ捨てる。

 物陰に潜んだポンズは己の念能力を具現化した。

小瓶の精霊(ホムンクルス・ハニー)

 ガラスの瓶と、その内部に存在するハニーと呼ばれる念獣を具現化。そしてポンズは瓶の中に指を入れ、ハニーはポンズの指に掴まった。そのままポンズは瓶の中からハニーを引き抜いて外にハニーを連れ出す。

「じゃあハニー、よろしく」

 そう言った瞬間ハニーはポンズの指から離れ、同時に姿を消す。放出系が得意でないポンズが自身から念獣を離すと、全ての特殊能力が使えなくなる上に凝で見なくては判断できなくなるほど存在が希薄になる。

 言い換えれば、自動的に高レベルの隠を施しているとも言えた。そしてポンズとハニーは繋がっている。これにより、ポンズは諜報活動も可能とする。

 一方で、現状ポンズは他の発が使えない。具現化系である彼女にとって、現状は極めて弱体化していると言っていいだろう。故にポンズ本体は息を潜めて隠れるしかないのだ。

「準備完了ね」

 ポツリとそう言って、ポンズはその場に隠れ潜む。そしてそんなポンズを見るユア。更にそんなユアを見るレント。

 ポンズが望んだ通り、現状は膠着状態である。そしてその膠着状態の時間こそがポンズが欲したもの。

『上手い具合に時間が稼げたね、母さん。

 それに情報収集をしているとなれば、ユアさんへの言い訳もばっちりだ』

「…………」

『じゃあこっちが得た情報を伝えていくよ』

 そうしてポンズはユアの監視を掻い潜り、レントから情報を得ていく。

 値千金のその情報が、王と護衛軍の討伐に有用だと信じて。今は地道に最善手をうっていくのであった。

 



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091話 首都ペイジン・3

たまにあるノっている状態。
書けるだけ書いて、投稿していきます。
感想とか高評価とか、やる気が出ます。いつも本当にありがとうございます。
それから前回は誤字が多かったみたいでゴメンナサイ。訂正、いつも助かっています。


 

 レントからの情報は間違いなく有用だった。

 

『宮殿の中にいる師団長級のキメラアントは5匹。

 オオカミのキメラアント、ウェルフィン。ザリガニのキメラアント、ブロヴーダ。チーターのキメラアント、ヂートゥ。ライオンのキメラアント、レオル。そしてトカゲのキメラアント、ルーザー。

 このうち、トカゲのキメラアントであるルーザーがボクの操作下にある』

『王が師団長級以下の前に顔を出す事はなく、師団長級以下との対応は全て護衛軍がやっている。これには既に主従関係が存在しないことと、そして王がそんな些事の対応をする気がないことが原因だろうね。

 主に師団長級とコミュニケーションを取るのはネフェルピトーとシャウアプフ。トトルゥトゥトゥとモントゥトゥユピーは話が出来ない訳ではないみたいだが、話す事がないから会話がないらしい。

 師団長級は王と護衛軍に屈服している体だから、不思議ではないけど。目下が目上に気軽に声をかける訳にもいかないだろうし』

『師団長級以下のキメラアントは護衛軍の命令には絶対服従だが、命令自体がほとんど出ない。それに出るとしても大したことない仕事ばかりだ。師団長級のキメラアントでも雑用兵程度にしか思っていない。

 王や護衛軍でないキメラアントたちは宮殿の1階を思い思いに過ごしているだけみたいだ』

 

 レントの言う通り、彼は支配下にあるキメラアントを1体宮殿に潜り込ませることに成功している。それによって師団長級以下の行動は完全に割り出せたと言っていい。

 だが、それは護衛軍も織り込み済の話だろう。操作されているか否かに関わらず、師団長級以下のキメラアントは味方とも仲間とも思っていない。故に核心的な情報には一切近づけない。

 このケースで言えば、2階以上を王と護衛軍のパーソナルスペースとして、そこには全く触れさせることがない。

 ポンズは知る由もなかったが、この時点で王は暇つぶしにボードゲームに興じている。その情報すら師団長級以下にほとんど降りてこない。囲碁や将棋などの東ゴルトー共和国の国内王者と対戦し、蹴散らして無聊を慰めているという情報さえ統率しているのだから念の入れようは筋金入りだ。それはともかく、その暇つぶしだけで王の才能が研磨されていくのだから、やはり彼の才能は珠玉という言葉では足りないのだろう。

 王の情報は完全に隠し通す辺り、護衛軍が王に対する気遣いはいっそ病的だとも言えた。

(…………)

『それで、討伐軍の侵入方法だったっけ。()()()()()()()()()()()()()()()

 レントの言葉にピクリと体を動かすポンズ。現状、最大の難関とも言えるその問題を解決する糸口を掴めたのだ。

 言うまでもないことだが、レントはバハトの緋の目を継承し、知りえた全ての発を扱うことができる。そして操作しているキメラアントを宮殿に送り込めている以上、取れる手段はある。

 例えば転校生(コンバートハンズ)でルーザーの姿を模し、堂々と表から入り込む。そして瞬間移動をできる念のマーキングをして脱出。現実的に成功する見込みのある作戦と言えるだろう。

 だがしかし、レントが討伐隊に参加することはない。

『もちろんその手段を取るつもりはないのは分かっていると思うけど。

 ボクは討伐隊と協力するつもりは一切ない。史実上失敗した相手と組むなんて絶対にゴメンだ。全員が全員、ボクの命令を聞いてくれればいいけどさ』

 それは無理だろう、とポンズは思う。ゴンやキルアにユアだけならともかく、他の面々はプロハンターとして実力とプライドを兼ね揃えている。突如出てきた馬の骨の言う事を、ハイそうですかと聞く訳がない。

 せめて未来からきたレントの事を説明できればいいが、レントの名前を呼ばれてたら致命的な以上、やはりそれも難しい。名前さえも明かせないのならば、未来の情報を取られるだけ取られて信用されないのが関の山だ。ポンズはともかく、レントは心底そう思っている。レントの事を未来から来た息子だと確信しているポンズがむしろ例外である。

『けれどもまあ、心配は要らないけどね。ネフェルピトーの円が解かれるチャンスは恐らくやってくる。

 ノヴが潜入し、出口の設置もやり遂げるだろう。

 ま、できなくてもそれはそれでいいけどさ』

 既に知りえた未来は、起こるかも知れない未来にすり替わっている。ボタンを一つ掛け違えただけでどう転ぶか分からない。

 例で言えば、護衛軍にはトトルゥトゥトゥという不確定要素もいる。ノヴが侵入できたとして、トトルゥトゥトゥと鉢合わせて殺される可能性は皆無とは言えない。

 それは明日以降に悩めばいいだろう。今は今に集中しなくて、明日まで命があるとも限らない。

『ボクの方で戦場も確認している。

 キメラアント側は、ライオンのレオルとチーターのヂートゥが出陣して、ヂートゥと共にモラウが姿を消した。ただし紫煙機兵隊(ディープ・パープル)は発動したまま。

 レオルは様子を窺っているけど、動く気配はない。ケイタイで誰かと連絡を取り合っている。アリ同士ならテレパシーが使える範囲だし、相手は護衛軍だろうね』

 これで影から情報を集めているという最低限のアリバイがポンズにできた。戦場を監視できる能力というのは貴重であり、これからはその方向で立ち回ることもできるだろう。

「……もう少し様子見、かな」

『了解。母さんは討伐軍の中で実績を積み上げてくれ。ボクがフォローをする』

 ぽつりとポンズが呟き、それはユアとレントへ届く。レントはポンズの代わりに情報を集め、ユアをこの場に繋ぎとめる。

 討伐軍の最大目標は、ネテロ会長が王との一騎打ちをする場面を整えることである。それには情報と戦力の両方が必要不可欠となり、その意味でポンズは骨身を惜しむつもりは毛頭なかった。必要とあれば、レントの能力で得た情報をあたかも自分で得たかのように討伐軍に流すことさえも。

 一方でユア。彼女は動きのないポンズをひたすらに見張っている。

小瓶の精霊(ホムンクルス・ハニー)を使ったのは見た。ハニーを外に出して、透明化させた。アレは念獣を諜報用に変化させたと考えるのが妥当ね)

 表に出したハニーがどのような能力を持つのかはユアには分からない。仮にハニーが意思の疎通を可能とするならば、ユアには知られないようにクルタと情報交換をしていても不思議ではない。そうだとしたら、ポンズ本体を見張る意味はない。

(ちっ)

 ユアは心の中で舌打ちをする。裏切り者が慎重になるのは当然であるが、この調子ならばポンズから情報を抜くことは難しいかも知れない。ユアの能力で真実を吐かせることは可能かもしれないが、それはユア自身の能力も多く暴露してしまう。

 情報を抜き出した直後にポンズを殺せるならば話は違うかも知れないが、場合によっては討伐軍やクルタにユアの能力がバレかねない。それはユアとしてもゴメンであった。

 となれば、次に目指すはクルタの方。ポンズの言い訳として、クルタはユアの肉体を狙っているという事になっている。その言い訳を続けるつもりならば、クルタの方からユアに接触してくるだろう。

 それにこのまま何もしないというのも討伐軍としての体面が悪い。ポンズの裏切りを察知できれば話は別だったが、それもできないとなればユアは討伐軍として仕事をしなくてはならない。

(仕方がないか……)

 モラウの煙は剥いでしまったが、言い訳はなんとでも利く。ユアはポンズに察知されないようにこの場を離れ、戦場へと足を向ける。

 そして当然の如く、ユアの行動を把握するレント。

『母さん、ユアさんが母さんの傍から離れて戦場へ向かったみたいだ。もう声を出しても大丈夫だと思う』

「了解」

 囁くように言葉を紡ぐポンズ。彼女が動くつもりはない。ポンズは今現在、斥候に出しているハニー以外の念能力が使えない状態だ。それで目標とされていた師団長級のキメラアントの相手をするには分が悪すぎる。

 今回は情報収集を専門にするしかないだろう。ポンズは遠くからの(ケン)を選択する。

『ノヴが蜻蛉のキメラアント、フラッタを発見して強襲を仕掛けた。そして即座に敵を撃破。

 フラッタの能力である衛星蜻蛉(サテライトンボ)が消失、これでキメラアントは戦略的な視力を失った。

 ――それから、トカゲのルーザーに動きあり。護衛軍からの指令でレオルの補助に向かうみたいだ。

 師団長級3体が増援』

 レントの情報を聞いた瞬間に、ポンズはケイタイを取り出してノヴをコールする。

『ノヴです』

「ポンズよ。伝達、宮殿からキメラアント3体の増援を確認。注意して」

 数秒してから通話状態になったノヴに警告を発するポンズ。

『ほう……』

「私の能力を応用して、今回は情報収集をしてみたの。できることはできたんだけど、身を守る能力が使えなくなったから、今は隠遁しているわ。

 ノヴさんがトンボを仕留めたからかは分からないけど、キメラアント側も戦力を増強してきたみたい」

『そういう行動をするなら前もって相談して欲しかったですが、まあ小言は止めにしておきましょうか』

 話を区切り、ノヴは強く宣言する。

『可能ならば仕留めます。ポンズは監視を強化して、できる限り敵の情報を暴いて下さい。もしも私が仕留めきらなかった場合、敵の情報は極めて有用ですから』

「了解よ。武運を祈るわ」

『お気遣い、確かに受け取りました。では』

 そう言って通話が切れる。そしてまた無言になるポンズ。

 今は仲間の無事を祈る事しかポンズにはできなかった。

 

 ◇

 

 モラウはヂートゥの能力から解放され、更にフラッタがノヴに仕留められたことによって、ペイジンにおける監視システムも崩壊。キメラアント側はほぼ完全にペイジンで影響力を失っていた。

 更に援軍として寄越されたキメラアント3体全員もやる気がない。彼らはネフェルピトーにレオルを援護するように言われてきただけなので、レオルが失敗すればそれはそれで終わる話なのだ。ここは忠誠心の無さが露呈したと言っていいだろう。

 これに焦ったのは功名を欲しているレオルであり、秘密裏に己の能力を発動してフラッタの能力を奪う。それによって再度敷いた監視網にてノヴとモラウを捕らえにかかった。

「ん……?」

 そこでレオルが把握するのは幼い少女。フラッタの報告になかった以上、今までいなかったのは間違いない。

(増援か?)

 増援にしては頼りないように見えるが、レオルはそう考える。

 状況は変異しつつあり、ひとまず現状を再考。

(ヂートゥは失敗してキセル野郎が解放され、更には女のガキが増えた。

 白装束の軍団がいることを考えると、やはり敵を孤立させるにはコイツラに手伝って貰わねーと無理だな)

 できれば敵を全滅させたいが、一気に事を進めるのは無理がある。

 キセル野郎を仕留め損なったのはヂートゥの責任であり、レオルに責任はない。キセル野郎か黒メガネのどちらかを仕留めれば、ネフェルピトーも文句は言わないだろうという予想はあった。

「敵に増援だ。女のガキが一人増えた」

「へー」

「どうでもいいな」

「いいからどう動けばいいのか言えよ」

 かつての同僚たちによる適当な返事で内心イラつきつつも、レオルは適確に指示を出す。

「――フラッタから連絡が来た。黒メガネとキセル野郎が都合よく分かれたな。

 ブロヴーダ、お前はその場に残った黒メガネの動きを止めてくれ。ポイントは4―32。

 ウェルフィンは白装束をオレに近づけないようにしてくれ。

 ルーザーは女のガキを殺してくれればそれでいい。6―13」

 指示を出されたキメラアントたちはそれぞれやる気が無さそうに動き出す。それを見つつ、レオルもキセル野郎ことモラウを仕留める為に動き出した。

 それぞれを孤立させて戦うのは、レオルに自信があるからだろう。それと元師団長同士で連携の練習もしていないので、敵同士が協力するほうが厄介になるという判断か。

(どうでもいいや)

 トカゲのキメラアントであるルーザーはレオルの事を完全に意識の外に出す。

 いや。他の元師団長たちも、王も護衛軍も、もっと言うなら己の命さえルーザーにとってはどうでもいい。彼にとっての至上命題はただ一つ、緋の目を持った隻眼の主に利益をもたらす事のみ。その為にキメラアントという立場を利用して宮殿の中まで入り込んだのだ。

「さて、女のガキを仕留めに行きますか」

『ルーザー、命令する。向かっている少女に傷一つつけるな』

「承知しました」

 主に報告をすればそんな返事が返ってくる。もちろんルーザーはそれを拒否するつもりは毛頭ない。

 足取り軽く、目標である少女の元まで向かっていく。

「ようお嬢ちゃん。厳戒令が敷かれているペイジンの外で何をしているんだい?」

「…………」

 そしてルーザーの事を確認した少女、ユアと会話ができる距離で止まる。ユアは右手にペンを持ち、油断なくルーザーを見やっていた。

 警戒を剥き出しにして、そして異形であるキメラアントを見ても動揺がないこの少女が明確にキメラアントの敵であると認識したルーザーは、それでも気さくに話しかける。

「そう殺気立ちなさんなって。キメラアントも人間も、死んだらお終いだろ? 戦わなくていい戦いはしない方がいいんじゃんか」

「…………」

「こちらの要望としてはそうだな、1時間くらいここで話をしてくれればそれでいいや。そちらが興味がありそうな宮殿内の話とかもするし。

 今回はそれで手を打たないかい? お嬢ちゃん。

 あ、俺っちの名前はルーザーね。よろしくな」

「――ユアよ」

 とりあえず自己紹介を拒否しない程度は許してくれるらしい。

 戦闘という選択肢が取れないルーザーとしては胸を撫でおろす思いだ。

「先にこちらから問うけど、1時間も私を足止めして何を企んでいるのかしら?」

「ん? ああ、俺っちの同僚がデカいキセルを持った男を仕留める任務を課されたのよ。

 俺っちはそのフォロー、アンタを援軍として向かわさなければ仕事は成功さ」

 隠すこともないのでシシシと笑いながらユアに情報を渡すルーザー。

 それを聞いたユアはぴくりと反応するが、モラウはユアに助けられるほど弱くはないだろう。目の前の情報源からキメラアント側の方法を引き出す為に話しかける。

「まずは、そちらの構成員は?」

「王が1人、護衛軍が4人。元師団長が5人に、それぞれが抱えるお気に入りってとこだな。宮殿に出入りしているのはウェルフィンが3人、レオルも3人か」

「それだけ?」

「それだけ。人間の護衛は全く無し。色々な意味で信頼してないんだろうね、護衛軍も」

 どこか含んだ様子を見せるルーザーに、ユアは眉を顰める。意味が通じたかの確認をせず、ルーザーはシシシと歯を見せて笑う。

「他に聞きたいことは?」

「――王と護衛軍の情報をちょうだい。あんたが渡していいと思った情報だけでいいわ」

「了解。って言っても、俺っちが知っていることは殆どないぜ。王は1階に降りてこないし、護衛軍もそう。

 ネフェルピトーだけは宮殿の外縁に陣取っていることが多いし、たまにレオルに指示を出しているところを見たけど、それも数多くって訳じゃないし」

 そう、ルーザーが持つ護衛軍以上の情報は本当に少ないのだ。主に申し訳がないくらいに。

 それでもユアとしては十分有用な情報だ。護衛軍が1階に居る事があまりないという事と、ネフェルピトーが外縁に長く居るというのは新しい情報である。

 もちろん、ルーザーを信じればの話ではあるのだが。

「…………」

「他に聞きたいことは?」

「そちら側の念能力とか教えなさい」

 その言葉にルーザーは肩を竦めて返事をする。

「流石に念能力まで教えてくれる奴はいないよ。俺っちの能力を開示するのも拒否するし」

「…………」

「あ、だけどネフェルピトーは特質系だったはず。水見式を多くのキメラアントの前でやったから間違いない」

 それは聞いてなかった情報だ。バハトやカイト、それから多くの人形を操っていたことから、討伐隊は勝手に操作系だと思い込んでいた。コルトも聞かれていないネフェルピトーの系統までは言及していなかった。

 何が変わる訳ではないが、これはこれで重要な話である。情報それ自体ではなく、ルーザーに対する理解という意味で。

「分かったわ。それでいちおう聞いてあげる。

 そちらから言いたいことはないの?」

 ユアのその言葉を聞いて、ルーザーは歯を剥き出しにしてシシシと笑う。

「流石にカンがいいね。聞いてくれなきゃどうしようかと思っていたよ」

 それから一拍だけ時間を置き、真剣な瞳でルーザーはユアに語り掛ける。

「――俺っちはキメラアントを裏切りたい。そちらで受け入れる準備はないかい?」

「理由を聞いてもいいかしら?」

「王も護衛軍も、俺っちを守ってくれる気がないからだよ。捨て石か、死んでも替えが利く雑用兵としか思ってくれていない。

 ヤツラについて行ったら、早晩死地に追いやられることがよく理解できたんでね」

「つまり、この戦いが終わった後も安息の地で過ごしたいという意見でいいかしら?」

 ユアの言葉に頷くルーザー。

 それを確認したユアは、真剣な目でルーザーを見る。

「この戦いの結果と、あなたの働き次第ね。

 少なくとも王と護衛軍の全滅は最低条件。それでいいかしら?」

「いいとも。今はヤツラの元に戻り、適時に俺っちが裏切る。その評価で俺っちの命を助けてくれ」

 合意は為された。もちろんルーザーが信用された訳でもないし、ルーザー側から見てもユアが約束を守ってくれるとは限らないだろう。

 だがそれでも一応の口約束は結ばれた。その成果を持ってルーザーは良しとする。

(――そして)

 場合によっては主の為にこいつらを更に裏切る。ルーザーはその決意を固めていた。

「じゃあ話の続きだけど」

 直前の合意がどうでもいいかのようにユアは話しかける。

 そして時間いっぱいまで、ユアはルーザーから搾り取れるだけの情報を受け取るのであった。

 



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092話 首都ペイジン・4~作戦準備・1

FGOでは箱イベントで、もうすぐポケモン新作の発売ですね。
それでも時間を見つけて執筆しますので、どうかよろしくお願いします。


 

 6日目が終わる。

 

 何故か唐突にネフェルピトーの円が解除され、罠であることを承知でノヴが宮殿内に潜入。

 決行時に奇襲を仕掛ける為にマンションの出口を仕掛ける事を目的とし、それ自体は成功した。

 ただ、その代償というべきか。宮殿内部で見たシャウアプフのオーラを視て、強力無比で地獄の悪意を煮詰めたようなオーラを感じただけで、ノヴの心が折れてしまった。

 戦えない、抗えない、出会いたくない。

 こう思ってしまった念能力者は無力である。念は心の発露に他ならない。相手に対して心の中で白旗を振っているのに、戦いが成立する訳もない。

 それでもキメラアントが勝てばノヴもあの悪意に晒されながら殺されるのである。それが嫌ならばその前に自殺するしかないが、ノヴの心もそこまでは砕けていなかった。護衛軍の前に立つことこそ出来そうもなかったが、念能力の使用は可能。討伐軍を宮殿の中に送り出すという任務はまだ可能であった。

 更にこの日はマルコスの手引きでパームが敵地に侵入。ビゼフ長官の娼婦という体で内部に潜り込み、護衛軍を()れる状態にして生還するのが任務である。

 一方でモラウはレオルを撃破。敵の師団長級の数が1匹減り、作戦決行時の妨害の可能性が低下した。

 それぞれがそれぞれの役割を果たした大躍進の日であると言えたであろう。だが、ノヴのマンションに集まった一同は喜ぶことなく沈黙している。

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

 生気を喪い、へたり込むノヴ。そんなノヴを悲痛な顔で見る3人。

(あれだけ偉そうなことを言ってこれかよ)

 内心でノヴの事を唾棄しているのはもちろんユアである。とはいえ、そう言っても仕方ない程にノヴは自信満々だったのであり、それを裏切られた側の失望は大きい。

 ポンズとしても、先輩のプロハンターがここまで打ちのめされてしまうのを見ては不安になろうもの。自分が今まで測っていた危険度が間違っていて、絶対的に訪れる失敗と死の予感で背筋に冷たい汗が流れる。

 ノヴのことを総合的に1人のハンターとして信頼していたモラウに与えられた衝撃も少なくない。ノヴが敵のオーラを視ただけで折れてしまうなど、想像さえしていなかったのだ。護衛軍がどこまで恐ろしく悍ましい存在か、その一端にようやく触れた瞬間でもある。

 それを理解したモラウの感想は率直に一言、ヤバいというものである。

「……ポンズ、ユア」

「はい」

「どったの?」

「お前らはペイジンからいったん撤退しろ。ここはオレが受け持つ」

 その言葉に、ぴくりと反応するのはユア。

「どういう意味?」

「護衛軍は想像以上にヤバい敵だったっていうことだ。

 お前らの能力はハマれば格上すら殺しえるタイプ、逆に言えばハマらなければ同格にすら苦戦を強いられる。作戦決行時まで不意に敵と接する機会は排除した方がいい」

「モラウさんは?」

「お前らに心配されるほど耄碌してねぇ」

 モラウはそう言うが、問いかけたポンズは心配そうにモラウとノヴを見る。ノヴが折れたのだ。モラウもまた、と思ってしまうのは仕方ない。

 それを理解したモラウはそれでも力強く頷く。

「問題ねぇ、例えオレがやられてもな。ノヴの能力があれば作戦決行に支障はない筈だ。

 万が一、億が一、オレがやられたら残りのメンバーで作戦を遂行しろ」

「っていうか、後5日も戦い続けてモラウさんは作戦決行時に体力が残ってるの?」

「ま、大して残らないだろうな。だが、それもペイジンを包囲した時に分かっていた事だ。

 これから先のお前らの情報はオレは持っていない方がいい。ナックル達と相談して作戦を練れ」

 モラウの指示に、やや心配そうに頷くユアとポンズ。

 元々そういう話では確かにあった、東ゴルトー共和国の人々を死なせない為にモラウとノヴはその余力を削ると。

 そして宮殿へ突入する目途が立った以上、ペイジンに長居するメリットはほぼない。キメラアントに敵対勢力が居ると知られているということは、間違えて王や護衛軍が出張る可能性するあるのだ。その場合の勝機は皆無であり、死ぬ人数は少ない方がいい。そういう意味でもここはモラウが独りで踏ん張る方が合理的だ。

「……分かったわ。私たちはいったんペイジンから退却してゴンたちと合流します。

 モラウさん、ご武運を」

「ああ、お前らもな」

 そうやって言葉を交わし、ノヴのマンションから退出する2人。残るのは独り立つモラウと、折れてうずくまるノヴのみ。

 護衛軍を、ひいてはその中のネフェルピトーが操る戦力である人形を引きうける役目を負ったモラウは独りで闘志を漲らせるのだった。

 

 ◇

 

「ポンズ、ユア!」

「ゴン、久しぶり!」

「無事でよかったわ」

 ペイジンが6時間程離れた森の中、そこにゴンは潜伏していた。ナックルとシュートも合流し、王を討つ為に動いているメレオロンも一緒である。

 その中でユアはキメラアントの姿を見て視線鋭くする。

「……ゴン、アレは?」

「アレ?」

「そこにいるカメレオンのキメラアントのことよ」

 ユアにとってキメラアントとは兄であるバハトをボロボロにして操作した怨敵である。そのキメラアントが目の前にいれば視線も鋭くなろうものだ。

 しかし、そんなユアを見てなお、ゴンは破顔する。

「元師団長級のキメラアント、メレオロンだよ。王を討伐する目的で仲間になったんだ」

「…………」

 ゴンも護衛軍のネフェルピトーとトトルゥトゥトゥに恩人であるカイトとバハトを無残な姿に変えられた恨みはある。

 しかしそれはネフェルピトーとトトルゥトゥトゥという()であるという認識だ。それが理由でメレオロンや全てのキメラアントを嫌おうとは思わない。

 そもそもとして、コルトといった面々とは敵対することなく接し、そして情報を引き出している。敵でないキメラアントであるならば、ゴンが嫌う理由はない。

 ユアがそこまで割り切れるか否か。

「おう、ユア。テメェの言い分は分かる。

 が、オレの言い分も以前に言ったよな?」

 ナックルがメレオロンの傍に立つ。ナックルはメレオロンと心を交わし、既に仲間の一人と認めている。仲間同士が戦うのは見過ごせないタイプだ。

 更に言うならば。NGLから撤退した後、キメラアント討伐隊をモラウとノヴの弟子から決める際にキメラアントに対する見解を話し合った仲でもあるのだ、ナックルとユアは。

 誰も彼も、キメラアントだからという理由で切り捨てるのは許せない。それがナックルの参戦理由だった。

「そのキメラアント、メレオロンは人は喰わないの?」

「ああ、王を打倒するのと人類の側に付くのは話は違う。コルトたちと同じ約定はしっかりと交わした」

 これはシュートの言葉。

 人間社会に庇護される立場であるというのに、人間を喰らうという存在はそう簡単に認められる訳がない、例外はもちろんあるが。そしてNGLから出てきたキメラアントは元々が人食いだ。人を喰わないという条件を人間側が出すのは当然である。

 メレオロンとしても肉は食いたくなることはあるが、人間でなければいけない理由はあまりない。我慢が利く範疇である。

「ああ。友人となったゴンにナックル、シュートに誓うぜ。

 オレは金輪際、人間を口にすることはねー」

 メレオロンはユアを真っ直ぐに見て、宣言する。

 それを確認してたじろぐのはユアである。できればキメラアントの仲間なんて認めたくもないが、現実としてノヴが折れた今では尚更人手が足りていない。

 ユア自身も自覚していることであるが、彼女はキメラアントへの恨みが仲間の中で一番深い。冷静な判断ができるかといえば否であることは間違いない。

 ならば信じるかどうかは仲間に託すしかない。そう判断したユアは諦めて首を横に振って、愚かな考えを振り払い、そしてメレオロンに向かって右手を差し出した。

「ユアよ、よろしく」

「メレオロンだ。よろしく頼む」

 しっかりと握手を交わす両者。固唾を呑んで見守っていた面々は、そこで一息。

「私の名前はポンズです。よろしくね、メレオロン」

「オレはメレオロン。仲良くやろうぜ、ポンズ」

 ポンズとも挨拶を交わし、ひとまず場は固まる。

 状況が一段落すれば、ユアがここに居ない仲間を気にするのは当然である。

「それでキルアは?」

「さっき連絡があったよ。病院送りにされていたそうだけど、さっき目覚めたって。

 入院費用は送金したから、今日中には合流できるはずだけど」

「ボッタくられたけどな」

 ちょっと有り得ない費用を請求されたことにシュートが少しだけ遠い目をした。

 とはいえ、独裁国の闇病院である。仕方のない費用と割り切るしかないだろう。幸いプロハンターばかりであるから、法外な請求も簡単に支払える能力があった。金の有無で騒動になるよりかは、金で仲間の危機を救えたとポジティブに考えられる。

「じゃあ後はパームが脱出できれば、現状では最高の結果になる訳ね」

「うん。ノヴさんはリタイアだそうだけど……」

「ま、気にしても仕方がないわ」

 ゴンが痛ましそうに言うが、ユアはケロッとしたもの。彼女はもうノヴになんの期待もしていない。これから5日の間に更に心が折れてマンションが使用不可になっても、なんの感慨も湧かないだろう。シャウアプフのオーラを見ただけで折れてしまったというのは、ネフェルピトーとトトルゥトゥトゥを直に見たユアにとっては失望に値した。

 そんな事を言うユアを咎めるように見るポンズ。彼女たちとて、ネフェルピトーとトトルゥトゥトゥの奇襲に泡を食って逃げ出しただけなのだ。仲間3人を殿に、命だけは拾っただけに等しい。これでなんの成果も出せなければ自殺と同義である。

 そもそもとしてノヴの実力は認めていた筈なのだ。それなのに脱落したとて軽蔑するのは仲間に対する仕打ちではない、ノヴを折ったシャウアプフの恐ろしさを再認識するべきなのだ。

「ま、そこは置いておきましょう」

 ポンズはそう仕切り直す。

 そんな事を言ってユアが聞くとも思えないし、今は折れたノヴよりも敵対する護衛軍との戦いが大事である。

「王と護衛軍に降った元師団長級とユアちゃんが接触したわ。

 私も少しは情報を集めたし、作戦当日の話をしましょう」

「うん。メレオロンの能力も凄く強いし、イケると思う!」

 明るいゴンの声に、メレオロンは自身ありげにニヤリと笑う。

「まっ、失望はさせねぇぜ?」

「弱そうだけど……」

「コラ! 期待しているわ、メレオロン」

 失礼な事を言うユアを叱り、仲間になったばかりのメレオロンに笑いかけるポンズ。

 と、そこで近くの茂みからがさりと音がする。

 全員がそちらを見て臨戦態勢を取る。が、そこから出てきたのは銀髪のツンツン頭。

「キルア!」

「おう、ゴン。久しぶり。

 それにユアとポンズ、ナックルとシュートも」

「イカルゴ!?」

「メレオロン師団長ですか!?」

 キルアが連れてきたタコのキメラアントがメレオロンを見て驚きの声をあげるし、メレオロンも意外な相手を見つけたと目を丸くした。

「お前はハギャに着いていったはずじゃ……」

「へ。キルアがオレをカッコイイと言ってくれたし、ダチだって言ってくれたからな。オレはキルアの仲間さ」

 メレオロンの言葉に胸を張って答えるイカルゴ。

 新しく出てきたキメラアントに、ユアはまたかという感情を隠さずにその感情を口にする。

「それで、ええとこのタコのキメラアントはなに?」

「タコって言うなぁぁぁ!」

「イカルゴ、オレのダチ。

 あと、タコって言われるのは大嫌いだから、もう言ってやるなよ」

 イカルゴの絶叫と、キルアの説明が全員の耳に届く。

 もう今日は日が暮れるところ。5日目が終わる。

 ペイジンの側で、という以前に東ゴルトー共和国の中で不審火を出す訳にもいかない。夜の闇の中で、しかし情報交換をするには問題はない。

 そして順番に体を休めて、翌日の朝から本格的な作戦会議をするべきだろう。

 

 残された時間は短くとも、それらを有効活用するべく準備を始める一同だった。

 



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093話 作戦準備・2

いつも感想や高評価、誤字報告などありがとうございます。
大変励みになっております。
この場を借りて、感謝を。


 

 夜が明ける、作戦決行まで後4日。

 暗闇の中、集まった面々は情報交換をしたり、またあるいは体を休めたりと作戦決行に向けてコンディションを整えていく。こういった下準備ができないモラウはやはり、作戦決行時に大きなデメリットになる。格上であろう護衛軍に対して十分な準備ができているとはとても言えないだろう。彼の割り当ても含めて考えるのが、この場にいる者たちの役割だ。

 彼らが根城にしている場所は廃墟。おそらくは東ゴルトー共和国が成立する以前に廃棄された建物だ。当然であるが、そういう廃墟の方が敵に察知されにくい。知られていない場所に雨風を凌げる建物があるというのは、戦争を知らない人々が思うよりもずっと大きなメリットなのである。

「まずは情報を整理するぜ」

 議題の中心になるのはキルア。冴えた頭を持っている上に、()()()()()作戦立案というものに慣れている。これはやはりゾルディックの英才教育の賜物だろう。

「こちらが得た成果の中で最大のものはやっぱりノヴのマンションの出口を宮殿内に設置できたことだな」

「ああ。これで3つある関門のうち、最初にして最大の難所をこえた訳だ」

 答えるナックルの顔も緩んでいる。

 

 それも当然、討伐軍はこの作戦を3つのフェーズに分けていた。

 まずはネフェルピトーの円を掻い潜り、懐に入る事。敵はネフェルピトーの円を信頼しきっていることはないだろうが、それでもあの円を引っ込めないことから重要視しているのはうかがえる。それに察知されずに敵陣のど真ん中に入り込めるというのは、あらゆる意味で大きなメリットだ。

 次の段階では王から護衛軍を引き離すこと。ネテロ会長と王を一騎打ちさせる形を作りたい討伐軍としては、身を挺しててでも王を守るであろう護衛軍は最悪の守護者(ガーディアン)である。王の傍に控えているヤツラを王から引きはがす作戦が必要になるのだ。

 そして最後、ネテロ会長が王を討伐するまで護衛軍を王の元に戻さずにいること。時間稼ぎ上等であり、仕留められれば最良の結果になる。何せ、王を討伐した後の護衛軍の動きが想定できないのだ。自らも王となろうとするのか、それとも王の仇を討つ為に人類を手当たり次第に殺していくのか。良い想像が浮かばない以上、駆除しておくに越した事はない。

 とはいえ最優先目標は王の討伐であり、護衛軍はあくまでオマケであるという体である。欲をかいて護衛軍を取り逃がし、王と合流されるようなことをするよりかは足止めの方がずっといい。これを聞かないのは、護衛軍自体に用があるゴンやユアだろう。

 

 ともかく、ノヴの決死の潜入により、最初の関門を潜り抜ける目途はついた。

 だが全員が知っている通り、犠牲無しでとはいかなかったが。

「そして代償としてノヴさんが脱落(リタイア)、か……」

 シュートが辛そうに呟く。心情として仲間が折れたのも辛いし、戦力として大きくアテにしていたノヴが壊れたのも辛い。

 そうは言っても他人がどうこう言って解決する問題ではない。こういう結果になったと呑み込むしかないのだ。

 一番分かっているキルアが仕切り直すように言葉を発する。

「それは置いておこう。もしかしたら4日の間に復活するかもしれない」

「あてにしない方がいいと思うけどね」

「まあ、ノヴは居ないものとして作戦を立てようぜ」

 ユアの軽薄な言葉に非難の視線が集まるが、ここもキルアが己の言葉でそれを散らす。仲間割れをしている場合ではない。

「そして次に有用なのはメレオロンの能力、神の共犯者だな」

「おうよ。頼りにしてくれていいぜ」

 議題にあがったメレオロンがニヤリと自信たっぷりな笑みを見せる。

 呼吸を止めている間のみ、己とその手が触れている相手を誰にも認識されないように操作する特質系。奇襲するというこの作戦においてこれほど有用な能力もそうそうないだろう。

 誰がその恩恵に与るか。それも重要な問題だが、それは後々ゆっくりと考えればいい。今はより吟味する議題がある。

「そしてユアがルーザーとかいう元師団長から得た、護衛軍の手足となるアリ側の兵隊の存在と数。そして大まかな動き」

「………」

 誰ともなしに沈黙が流れた。

 この情報には大きな大きな問題点がある。それは、信用していいのかという巨大な一点だ。

「ユア、直に接した感想はどう?」

 ゴンの言葉に顔を顰めたユアだが、結論はあっさり出た。

「信頼できない、する理由がない」

「…………」

 考え込む沈黙。それぞれが視線で語り合い、もしくは熟考する。

 着地点はこちら側に付いたキメラアント、すなわちメレオロンとイカルゴだ。

 真っ先に口を開いたのはイカルゴ。

「オレはルーザーとはほとんど面識ないし、会話したこともねー。たくさんいる師団長の一人だから噂くらいは聞いたかも知れないが、それも記憶に残っていない。

 オレから言えることは何もねーぜ」

 イカルゴの言葉に、全員の視線はメレオロンに向く。彼は元師団長の一人であり、同僚に関しての印象くらいは聞けるだろうという期待からだ。

「――結論を言うと、オレもユアに同意だ」

 口を開いたメレオロンは、そのまま理由を口にする。

「トカゲ野郎のルーザーは、あまり特徴のないキメラアントだった」

「特徴のない?」

「キメラアントらしいキメラアントってことさ」

 問い返すナックルに、あっさりとした口調で答えるメレオロン。

「快楽で人を殺生し、それを楽しむ。適当に喰って余ったらポイ。それに美学や信念は感じず、気ままに生きているタイプだ。

 巣を守る気はあったみたいだが、女王が死んでもその場に残らなかったことから、理性よりも本能が強い筈だ。

 そんなタイプが保身の為に裏切るとは思えねー。王と護衛軍を再度裏切るところまではあり得るが、その後に人間側に付くとは思いにくいな。せいぜいがそのまま出奔するくらいだろ」

 ルーザーの言葉を聞いたユアは否、ルーザーを知るメレオロンも否。

 ルーザーからの情報はこの中で大分キナ臭くなった。

「いちおう確認の為に、宮殿にいる他の師団長についても聞いていい?」

「ああ、いいぜ」

 ポンズの言葉に頷いた後、少しだけ過去に思いを馳せるメレオロン。

「仕留めたライオンのキメラアントはハギャって奴だな。とにかく上昇志向が強くて他人を見下す傾向にある男だった。アイツが他者を認めるなんて天地がひっくり返ってもないね。

 チーターのキメラアント、ヂートゥはえらく大雑把な奴だった。だが、実力はあるしスピードはピカイチ。それを鼻にかけて自分が楽しいようにしか動かねぇな。

 オオカミのキメラアントはウェルフィンだな。奴はとにかく疑い深くて、一度疑ったらその疑惑が晴れたとしても、かつて疑惑があったヤツとしか認識しない。ウェルフィンが誰かを信頼しているのなんて見た事ないね。

 ザリガニのキメラアントのブロヴーダはよく知らねぇ。あんまり個性的な奴じゃないんだろうな。ルーザーと同じ感じじゃねぇかな?」

 メレオロンから見たキメラアントの情報が開示されるが、確かにクセが強くて人間側に寝返りそうな要素がない。そもそも寝返る気があるタイプは女王が瀕死になった時点で己と引き換えに女王の助命を嘆願したコルトたちくらいなのだろう。メレオロンやイカルゴがかなりの例外と思うべきだ。

 そういう考えで見た時に。都合よく王と護衛軍の内側に入り、都合よく裏切りたいと考えるのはいくらなんでも出来過ぎである。確かに信じられないというユアの言葉が正しいと思える。

「だが、そうとは言えルーザーの情報が嘘であると思うのは早計だな」

「というと?」

 慎重に考え込むシュートの声にイカルゴが反応した。

「相手側として、できる限りオレたちを誘い込み、決定的な痛打を与えたいはずだ。こちらも疑う最初の情報からして嘘だとも思いにくい」

「なるほどな。疑い半分の最初に真実の情報を話して信頼を得て、その後に後ろから刺す訳か」

 理解を示したナックルの言葉に頷き、シュートが続ける。

「実際、ルーザーから得られた情報では、こちらが一番欲しい王と護衛軍の情報がほとんどない。せいぜいが2階以上にいるだろう、というレベルだ」

「まあな。役に立つか立たないかって言えば、立たねぇな」

 ナックルが首をすくめながら言う。ノヴのマンションの出口は1階中央階段脇に設置されており、ルーザーからもたらされたそこまでの話はほぼ考慮に値しない。あって困るものでもないが、なくてもなんとでもなる範疇である。

「じゃあルーザーは信用しないって方向でいいな」

 確認の為にキルアが声を出して宣言し、ほとんどの者が頷く。ただ一人、ユアを除いて。

「ユア?」

 最初にルーザーを信用しないと言ったユアが難しい顔をしているのを、他の面々は不思議そうな顔をして見ている。

(――どうする?)

 ユアの思考は既にルーザーのものではなかった。ルーザーは信用しない、それに異論はない。

 問題視したのはその接続詞、ルーザー()信用しないというもの。すなわち、ポンズの裏切りをぶちまけるならば不和と謀略の話をしている今が最高のタイミングである。

 ユアが監視した通り、ポンズが彼女の念能力である小瓶の精霊(ホムンクルス・ハニー)でクルタと連絡を取っているのならば、裏切りの証拠を見つけ出すことはとてつもなく難しい。あの時のハニーの隠形を見破るのは無理だと思っていいレベルだ。

 そしてポンズが裏切ったということを伝えないと、ユアはもちろん他の仲間にも害が及びかねない。ルーザーのように疑われているならば背後から刺されることに注意もするだろうが、その更に後ろにいる信頼しているポンズから繰り出す刃を避けることは難しい。

 裏切りの証拠を掴んで先にポンズを殺せれば問題がなかったが、どうやらそれは無理があるとユア自身が思っていた。実際に行動に移すのが作戦決行時だとしたらその時はトトルゥトゥトゥとの決戦時であり、ポンズに注意を払う余裕なんてある訳がない。

(潮時ね)

 ユアは諦めた、できないものはできないのだと。

「――果たして、この中にいる全員が信用できるのかしら?」

 その言葉に、全員が全員、一瞬だけ呆けた顔をした。

 そして全員の顔が厳しくなり、ユアのことを睨む。

「言葉には注意しろよ、ユア」

「何が言いたいのか、ハッキリ言えや。いまさらゴメンナサイとは聞かねぇぜ?」

 キルアの殺気のこもった声。ナックルの怒気のこもった声。

 それを聞いてなおユアは動じず、懐から手帳を取り出し、開く。

 書かれていた文字は先日のそのままに『ポンズ』『裏切った』というもの。

 ユアは同性ということもあって、ポンズとは最も仲が良かったと思っていた一同は意表を突かれた。特に驚いたポンズが視線を鋭くしてユアの事を睨みつける。

「ユアちゃん、冗談じゃすまないわよ」

「もちろん、冗談じゃない」

 ユアの発した言葉である『冗談じゃない』という文字が手帳の余白に書かれていく。それを見た一同はユアの能力を把握していく。

 もはや隠す気がないユアは、己自身の口を開いてその想像に補足を入れた。

「見ての通りに私の能力である宣誓記録(ノゥ・ツゥ・オゥ)は声を文字として残すことができるわ」

「……で?」

「問題は、これが書かれた状況よ」

 ユアは説明する。

 東ゴルトー共和国に侵入した後、道を走っていた時に唐突に記憶が切れたこと。

 唯一残っていた記憶は、後ろから誰かに羽交い絞めにされて口を塞がれていた上に自分の頭を掴んでいるクルタの姿。

 気が付いた先では廃墟で横になって自分であり、懐に忍ばせた手帳に書かれたポンズが裏切る警告。

「状況から見て、私は記憶を奪われた。その時間を利用してポンズさんは――ポンズはクルタと繋がっていた。

 そう考えるのは不自然かしら」

 ユアの言葉に、ポンズはやや顔を青褪めさせた。更にそれを見て周りの者は理解する、ポンズは潔白ではないのだと。

「――そうか」

 敵を見る目でポンズを見るキルアはそれでも冷静だった、少なくともポンズに真意を問いかけるくらいは。

「ポンズ、何か言う事はあるか? いちおう、本物の裏切り者はユアでポンズは陥れられているだけって反論の余地はあるぜ?」

 今までその情報を開示しなかったユアに瑕疵があるのもまた事実。そういう意味を込めてキルアが言うが、ポンズは辛そうに唇を噛むだけだった。

(――言えない。嘘でも、ユアちゃんが裏切り者だなんて)

 ポンズにとってユアは可愛い義妹であるし、今回の話としては誰にも話を通さなかったポンズの方が悪い。

 それを自覚しているポンズは黙るしかないのだ。

 そんなポンズを見て、ゴンが黒い眼差しをハンター試験以来の仲間に向ける。

「ポンズ、裏切ったの?」

「違う!!」

 金切り声をあげるポンズ。

「私はあなたたちを、誰も裏切ってなんかいない! お願い、信じて!!」

 追い詰められたポンズの声を聞いて、しかしそれを信じない視線の数々。

 この状況を見てユアは昏い愉悦に浸る。ポンズを裏切り者として直接殺せなかったことは悔しいが、それはそれとして彼女が針の筵に座らされている現状はユアにとって十分満足のいくものだった。

(ざまあみろ)

 心の中でユアがそう思ったのと同時、ゴンが口を開いた。

「うん、信じる。ポンズがオレたちを裏切っていないって」

 ポンズを含めた全員がゴンを見る、信じられないという意味を込めて。

 その視線を浴びたゴンはしかし、なぜそんな視線を浴びるのか分からないとでも言わんばかりに、当たり前のように言った。

「だってポンズは嘘を言っていないじゃん」

「――まあ、確かに」

 イカルゴは思い出す。嘘を言いたくないない場面でポンズは沈黙を選んだ。ユアに罪を着せられるかも知れないのにも関わらず、だ。

 本当に討伐軍を裏切っているならば、あそこで簡単な嘘を言わない理由はない。すなわち、そこでの嘘はポンズにとってあまりに重かったのだ。口が開けなくなる位には。

「じゃあポンズはクルタと繋がっていない、ユアが嘘ついたって言うのか?」

 ナックルの言葉に、しかし首を横に振るゴン。

「そこも嘘じゃないと思う。ポンズはクルタと繋がっている、けれどもオレたちを裏切っていない。

 これは両立するじゃん」

「――確かに。クルタがユアを狙っているという話はポンズの情報だ。そこだけ嘘をついていたのなら、ポンズは裏切ってはいないな」

「それは裏切りじゃねーのかよ?」

 己の生命線を話したメレオロンの言葉は強いものだったが、キルアは静かに首を振る。

「多分だが、クルタはオレたちを信じていないんだ。だが、何かしらの理由でポンズだけは信じられた。

 そしてクルタの目的はオレたちと同じく王や護衛軍の討伐。だからポンズは隠れながらクルタと繋がり続けた。

 ――ポンズ、違うか?」

 キルアの洞察に、ポンズは溜息混じりに感嘆の言葉を口にする。

「お見事よ、キルア。正解」

 やや弛緩した空気の中、しかし緊張感は残っている。

 ポンズが裏切った訳ではないとしたところで、正体不明の他勢力と繋がっていたのもまた事実。

 ならばポンズをどうするか。その問題は依然として残ったままだ。

「もしもオレたちを仲間と思うならば――」

 未だに疑心を捨てきれないシュートがポンズを睨みながら問いかける。

「――クルタについて、色々と説明して貰わなければならんな」

「当然だな。オレとしても収まりがつかねぇ」

 そのシュートの言葉にメレオロンが乗る。他の面々も表情の差異はあれ、確かにポンズに説明を求めていた。

 どうすればいいのか、どこまで話せばいいのか。一瞬だけ悩んだポンズだったが、その悩みが報われることはなく。

「いいだろう」

 廃墟と化した建物の窓の側から声が響く。

 いつの間にかその場にいた、金髪隻眼の男が口を開いていた。

「っっっ!!」

 ポンズはその青年の名前を口にしないように必死に抑える。他の仲間達はいつの間にか侵入されていた事実に瞠目すると同時、瞬時に戦闘態勢を整えていた。

 それらを無視し、悠然とした態度でクルタは言葉を紡ぐ。

「ポンズにボクの情報を流さないように頼んだのはボクだ。

 聞きたいことがあるならボクに直接聞けばいい。

 だから、ポンズを責めるのはやめろ」

 強く真っ直ぐな瞳でゴンたちを見渡すクルタ。

 情報が漏れたという危機感が生まれたその場は、新たな局面を迎えようとしていた。

 

 



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094話 作戦準備・3

みなさま、新年あけましておめでとうございます。
ちょっとばかりリアルが大変でしたが、少しずつ落ち着いてきました。

今年は小説執筆を頑張るのと、体重を10Kg減らすのを目標にしていきたいと思います。
では、最新話をお楽しみください。


 

 クルタが現れたその場は、重い緊張が溢れていた。

 それもむべなるかな、討伐軍としては安全地帯と思っていた陣地なのだ。そこに第三者が現れただけでも十分に警戒に値する。それがポンズと繋がっていたと思わしき存在ならば尚更だ。仮にポンズが裏切っていたとしたら、どこまで情報が漏れているのか分かったものではない。

 討伐軍の全員が練を行い、その体に膨大なオーラを漲らせる。能力に時間制限のあるメレオロンなどは、息を止めるタイミングを見計らっていた。

 それを見るクルタはただただ静か。纏はしつつ、練はしていない。そのまま、じっくりと全員を見渡して。

「あひゃ」

 嗤った。

「あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!」

 狂笑をまき散らすクルタに、討伐軍は一層警戒を深める。

 それを横目に見つつ、呆れた声を出すのはポンズ。

「クルタ、あなた、その笑い方はやめなさいって言ったでしょ?」

「あひゃ、あひゃひゃ。やめろと言われて直るモンじゃないな。誰に言われても直らなかったモンだ」

「そもそも、なんでこの状況でバカ笑い?」

「いや、重苦しい空気がおかしくて。

 ない? 笑っちゃいけないと思うと、妙に笑いたくなるあの現象」

「あるけど! あるけどっ!」

 あるけど笑うな。そう言いたそうなポンズは、痒いところに手が届かないような滑稽さを醸し出していた。

 それを見る討伐軍はどこか毒気を抜かれる。油断はしないが、警戒レベルをひとつ下げる人間も出始めていた。

「……えっと、クルタでいいんだな?」

「あひゃ…こほん。

 そうだ、ボクがクルタだ」

「本名は?」

「言うか」

 クルタ族の名前がクルタだと思うバカはそうそういない。それ故に尋ねた問いであったが、至極あっさりとクルタに透かされる。

 まあ、本名くらい名乗る気があったらとっとと名乗るだろう。ここまで名乗らないということは、その本名がよほど重要な意味を持つと考えていい。

 例えば、念能力に関するとかが考えられる。

(…………)

 その考えに至ったキルアやシュートは表に出さないように思考を深める。もしもクルタの本名を導き出すことができたのならば、それはクルタに対して優位に立てるのではないかという思考からだ。

 もっとも、だからと言って。

 クルタがそう簡単に本名を割るとは思えないが。

(カギになるのは、ポンズだな)

 2人のうち、更に深い思考に至るのはキルア。彼はゾルディックの麒麟児であり、それはつまり才能と教育では人類最高峰と言っても過言ではない。与えられた前提で論理を組み立てるのは知性を持つ生き物の専売特許。知性の代表ともいえる人間の、その最高峰の少年の思考回路は留まることを知らない。

(クルタにとってオレたちが平等に信用ならないとして、その中で何故ポンズのみが例外になった? それはなんだと考えれば、ポンズはおそらくクルタの本名に辿り着いた。

 つまり名前を知られることはクルタにとって信頼に値するに等しいことなんだ。もしくは名前を言い当てられたら信用せざるを得ないカラクリがある)

 多少の的外れはあるが、キルアが想像したそれは遠からずといったところ。

 実際、信頼うんぬんは置いておいて、クルタの真名がレントだと把握すればクルタの支配権を得ることになる。信頼を無視し、自分に従属させることが可能になるのだから。

 しかし、話はここで詰まる。詰まらざるを得ない。

(ポンズが知った、ポンズが知れた。クルタの、本名……)

 それが分かれば苦労はしない。ポンズは己の念能力でレントの遺伝情報を得たからこそ、半信半疑ながらもレントという名前に辿り着けた。それを持たないキルアが、つい先日見たばかりの赤ん坊と目の前にいる二十歳そこそこの青年の名前をイコールで結び付けられる方が無理な話というもの。

 ポンズに相談を受けたノヴだけは可能性はあるが、彼は彼で憔悴しきっている。おそらくあり得ないと切り捨てたクルタの真名まで思考を巡らせる余裕はない。

 つまるところ、討伐軍にとってクルタの真名が重要であるところまでは行きつけても、その先の答えまで飛躍することは不可能と言ってよかった。

 

 緊迫した空間の中、それでも一番余裕があるのはクルタだった。

 彼は手の中で小石を弄びながら、ニヤニヤと討伐軍たちを見渡している。

「こうやってお見合いをしていても仕方ないだろう。時間は有限で、タイムリミットは決まっている。

 全部話す、とは言わないがポンズに沈黙を強いたのはボクだ。代価を払う準備はある」

 そう言っていったん区切り、その顔から笑みを消したクルタは厳かな口調で語り掛ける。

「ボクに聞きたいことがあるなら、聞いてみろ」

 一瞬、時間の空白。

 討伐軍の中でも誰がなんと問うかのやりとりが無言で為される。

 それでも真っ先に動いたのは、そんな駆け引きは知らないとばかりに問いかけたゴンだった。

「クルタ、お前の目的はなんだ?」

「王の抹殺。付随し、その障害となる護衛軍の排除」

 淀みなく問われた言葉。淀みなく答える言葉。

 嘘は言っていないと、信じていいのか?

 それを測る為にシュートが続けて口を開く。

「ならばオレたちと目的は一緒だ。共に行動すればいい」

「無理だ、お前達を信じられない」

 そのシュートの言葉を、一切の妥協はしないとばかりに切り捨てるクルタ。

 それを聞きつつ、全く動揺なくメレオロンが続ける。

「それは、何故?」

「疑似的な未来予知、と言っておこうか」

 そう言って、クルタは手で弄んでいた小石を宙に放り投げる。

悠久に続く残響(エターナルソング)

 地面に向かう小石は、不自然にピタリと中空で止まる。

「多少はボクの能力を開示しなくては話が進まないだろう? ボクは特質系で、能力は時間操作。

 ボクのオーラは時に干渉し、その流れを捻じ曲げる」

 それを話半分に聞く討伐軍。味方でない相手がその能力を開示したからといって、それを真実と思うのはバカのすること。当然ながら疑ってかかる。

 全く意に介さないのは、核心を突くことに長けた黒髪の少年のみだった。

「ポンズ、今クルタが言ったことは本当?」

「え、ええ。クルタの念能力は時間操作。私が知っている情報と相違ないわ」

「そう。なら信じるよ」

 あっさりとクルタの言葉を信じるゴンに、内心舌打ちをするのはクルタ。

 ゴンにはどんな搦め手も通じないだろう。ポンズがクルタとゴンたち討伐軍の両方を信じているという信じ難い事実を、間違いないと決め打って、そしてそれが正答だったからこそのアドバンテージ。

 ポンズは討伐軍を裏切れない以上、クルタの嘘を真実と言い張ることはしない。そしてクルタも味方だと信じたからこそ、ポンズにはほとんど全てを明かしている。むやみやたらに真実を語りはしないだろうが、この場で言うクルタの嘘を見逃しはしないだろう。

 ゴンという揺るぎない存在が、討伐軍が思うよりもずっとクルタのことを追い詰めている。

「で。時間を操作できるから、なに?」

 不機嫌そうに言うのはユア。クルタはなるべく憔悴を気取られないように、余裕を持った風を装って口を開く。

「時間を操作する、ってことは分かるだろ? 断片的ながら未来予知もボクには可能なのさ」

 そのクルタの言葉に、ゴンを除く全員の緊張が爆発的に高まった。未来を知れる、ということは。4日後に迫った作戦の成否ももしかしたら分かる、ということかも知れない。

 そこでキルアは気が付く。もしも作戦が成功するならばクルタが横やりを入れる必要はない。

 と、いうことは。

「お前達、討伐軍の作戦は失敗する。王を打倒できず、護衛軍を半分取りこぼす結果に終わる」

 討伐軍の半分は、それをクルタの戯言と切って捨てた。討伐軍の半分は、それはもしかしたらあり得る未来だと受け入れた。

 そしてただ一人、ゴンだけが愚直にポンズに問う。

「ポンズ」

「――ええ、クルタの言うことは真実よ。少なくとも、私は真実と受け入れた。

 だから私はクルタに協力している。みんなが死ななくていい未来を勝ち取る為に」

「全員、死ぬの?」

「シュートとノヴだけは生き残る。キルアとポンズはそれ以前の問題だ」

 クルタの言葉にキルアは瞠目する。そしてポンズは辛そうに瞼を閉じた。

「それは、どういう……?」

「ボクがキルアの呪縛を解かなかったら、単独行動した時に命を落としていたってことだよ。イカルゴも仲間にならず、この場にキルアもイカルゴもいなかった。

 ポンズも同じ。時間を節約する為に大通りを通ったが、そこでレオルたちと不意の接敵をする。数で劣るポンズはユアだけを逃がし、その命運は尽きるって筋書きだ」

 それは十分に有り得た可能性だった。キルアが呪縛から解き放たれなければ、オロソ兄妹の死亡遊戯(ダツDEダーツ)に嵌まった時、逆転の発想が出たか怪しい。死に瀕したキルアが呪縛によってパニックに陥るというのはあり得る話。

 ポンズも、あのまま大通りを通っていたらキルアを討伐するレオル軍と鉢合わせていた。直前にクルタが割り込んだからこそ進路を変更したのであって、具現化系と操作系があの数のキメラアントに出会っていたら命はなかっただろう。

 既に討伐軍はクルタの機転によって少なくない数の命を拾っている。

「――つまりお前がオレの呪縛を解いたのは、オレを操作する為じゃなく」

「そう。この場までキルアを生かし、護衛軍にぶつける為さ」

 偽善的に取り繕うこともせず、クルタは冷笑を浮かべながら言い捨てる。クルタにとってキルアの価値はそれしかないのだと言い切る。

「ポンズ」

「違うわ。クルタは討伐軍の被害をできるだけ避けようとしているし、キルアのことも善意で助けたと私は思っている」

「ポンズ、お前ちょっと黙れ」

 ゴンの確認、ポンズの返答。

 思わずといった風情で、素の様相で。クルタはポンズを窘めた。その間の抜けたやりとりに、フと笑みを浮かべたのはナックル。

「オーケイだ。とりあえず、テメェの言い分やなんやかんやはなんとなく分かった。

 それで、だ。つまりオメーはオレたち討伐軍の行動を補完する為に動いている、って認識でいいんだな?」

「……まあ、そうなるな」

 憮然とした表情で答えるクルタ。やや弛緩した空気を引き締めるように、ナックルは腹に力を入れた言葉を紡ぐ。

「で、だ。オレたちが失敗するのはどういった理由でだ?」

「それは――」

 苦虫を嚙み潰したような顔のまま、クルタはその答えを口にする。

「厳密には、分からない」

「は? お前、ここまできてそれはないだろ?」

 イカルゴの呆れた声を聞きつつ、しかしクルタは頭を振る。

「ネテロ会長の策は必殺だった、アレで死なない筈は殆どない」

「そう言うあんたの中じゃ死んでないんでしょ? 死なない筈は殆どないのに」

 呆れた声を出すのはユア。死なない筈は殆どないにも関わらず、生き延びたという王。この時点でクルタの事を信じろという方が難しくなっている。

 が、ここで折れるほどクルタも軟ではない。これで引く程度の覚悟でクルタもここに立っている訳ではない。

「殆ど、といった。つまり、奇跡的な幸運が王に舞い降りたと考えれば不自然はない。

 ボクはその王の幸運を潰す為に、今この国で暗躍している」

 冷静に整理した時、王が薔薇の毒を浴びながら生き残る手段は3つ存在した。

 その内の1つがネフェルピトーの治療を受けること。彼女の能力である玩具修理者(ドクターブライス)ならば解毒できる可能性は十分にある。

 また、トトルゥトゥトゥが王を癒す能力を持っている可能性も十分に存在する。完全なる未知であるトトルゥトゥトゥは、クルタ側にとって無限の可能性があるのだ。

 そういう意味でクルタが目指すのはこの2体の討伐である。そしてその際に絶対に守らなけらばならない条件が1つある。

(ポンズをこれ以上キメラアントに近づけない、絶対に)

 パターンの3つ目。ポンズの薬毒の妙(アルケミーマスター)により、薔薇の解毒剤が作られること。

 実際、ポンズはキメラアントが持つ麻痺毒を解析し、その解毒剤を具現化することに成功していた。薔薇の毒を解毒することが可能かどうかは分からないが、もしもポンズが王に喰われた場合、王がポンズの能力で窮地を脱する可能性はあるといえた。

 これはクルタたちが話し合った結果判明した事実であり、王の能力を知らないポンズでは危機感すら持てなかっただろう。ポンズの能力を深く知らなかった側も然りであり、ここにきてポンズの重要性がぐんと高まった。

 喰われるのは論外であるし、未来の情報を知った以上は捕まれば拷問でその全てを吐かされる。その上でポンズ自体の戦闘力は高くない。ここまでくるとポンズを討伐軍として送り出すのはデメリットしかないと言える。

 故にクルタはここに来たのだ。ポンズを討伐軍から引き離す良い頃合いと判断して。

「「…………」」

 クルタとポンズは一瞬だけ視線を交わす。ポンズも自身の危うさは重々承知済みである。役に立てるならともかく、ほぼ足を引っ張るだけというなら討伐に参加する意味もない。

 そしてクルタの元へ行けば、彼女にも大きな役割がある。ポンズはそれを果たす為に全力を注ぐつもりでいた。

「で、だ。よく分からん予言をするお前さんは、結局何をしてくれるんだ?」

 場と話を引っ掻き回しただけに思えるクルタに、メレオロンはめんどくさそうに問いかける。

 クルタを信じるならば彼は彼で頑張っているらしいが、今のところ討伐軍がその恩恵に与れそうな様子はない。未来が云々と言われても、実感が出来ない以上は詐欺師の戯言と変わらない。もう少しまともな事を言えと思うメレオロンは間違ってはいないだろう。

 それに応えるように、クルタはニヤリと笑って核心的な事を口にする。

「そうだな、作戦決行時に護衛軍がどこにいるかを教える、ってのはどうだ?」

「…………それを今この時点で信じろと?」

「まずはシャウアプフ。奴は宮殿の上空に陣取り、集まる東ゴルトー国民に向かって鱗粉を撒く。

 蝶のキメラアントである奴の鱗粉には催眠作用があり、集まった国民の意識は喪失する」

 シュートが呆れた言葉を口にしたが、その表情は即座に引き締まった。クルタが言った事が真実だとして、それは遠目から確認できる範疇である。

 もしもクルタが本当の事を言っていた場合、これからの情報は値千金のそれだ。パームとの連絡が取れていないが、彼女の役割がポンと寄越されたに等しい。

「ポンズ」

「今のところ、嘘ではないわ」

「今のところ?」

「未来は揺らぐらしいの。クルタが私やキルアを救ったように、絶対の未来はない。今現在、クルタが知る範囲において嘘はないのは私が保証するわ」

 ポンズの断言に、しかしゴンは疑いの視線を彼女に向ける。

「ポンズ」

「――なに?」

「クルタしか知りえないハズなのに、クルタが嘘を言っていないとよく断言できるね?」

「――……」

「それは信頼じゃない、盲信でもない。確信だ」

「…、…」

「隠していること、あるでしょ?」

 ゴンの鋭い言葉に、ポンズは薄っすらと笑みを浮かべて両手を上げる。

「末、恐ろしいわね、ゴン。答えはYESよ。私はまだ隠していることがある」

「そう。それはいいや」

 そして見抜いた上でゴンはそれはどうでもいいと捨て去る。

 問題とするのはただ一点。

「まだポンズの口から聞いていないから聞くよ。

 ポンズはオレたちみんなの仲間だよね?」

「ええ。私はみんなの仲間。

 ユアちゃん、ゴン、キルア、ナックル、シュート、モラウさん、ノヴさん、パームさん、メレオロン、イカルゴ。

 みんなが私の事をどう思っているかは知らない。けれど、私はみんなを仲間だと信じているわ」

「分かった、信じる」

 ゴンはその黒曜石のような瞳をクルタに向けた。

「クルタ、続きを」

 クルタはゴンの瞳を覗き込み、その果てしない黒色に、ゴクリと誰にも気が付かれないように生唾を呑み込んだ。

(ひるんでいる場合じゃない)

 別に討伐軍に弱みを見せたところで作戦に支障はない。しかしながら、念を覚えて3年足らずの少年に気圧されているという事実こそをクルタは認めることができなかった。

 むしろそれを認めたら心に疵ができ、念が弱くなる。そう本能的に理解したからこその対抗。クルタは討伐軍の中で注意すべき者として、ゴンをその筆頭に置く。

「続きだな、じゃあ次はネフェルピトーの話をしようか」

 クルタの話がやや回りくどくなったのは、彼がひるんだ証拠だった。少しだけ余分な言葉を入れて遊びの時間を作り、心を立て直す。

 僅か過ぎるクルタの隙は誰にも咎められることはなく、彼は次なる情報を開示するべく口を開くのだった。

 




ちょっと中途半端かも知れませんが、ここまでで一区切りとさせて下さい。
次回もなるはやで執筆いたしますので、少々お待ちいただければ幸いです。


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095話 作戦準備・詰

いつも楽しんでいただいてありがとうございます。
キメラアント編もクライマックスに至ろうとしています。緊迫感を維持したまま更新していきたいと思いますので、みなさまどうかお付き合いをお願いします。

誤字報告、感想、高評価。本当に、本当に励みになっております。
重ねて感謝申し上げます。

では、最新話をお楽しみください。


 

「作戦決行時、ネフェルピトーは空にいる」

「空?」

 どこか夢現を語るようなクルタに、ユアが眉を顰めて口を挟む。

「ネフェルピトーは翼をもってないでしょ? 空ってどういう事よ?」

 ありえない未来を掴まされてクルタの良いように踊ったら、道化にしても間抜けが過ぎる。だからこそもちろん、意味が通じない話にはキッチリと説明を求める。

 ユアの言葉は間違っていないが、クルタの言葉を受け止めている時点で、既に彼の術中にあると云えるだろう。

「ボクが見る夜空からは、無数の攻撃的なオーラが降り注いでいる」

「…………」

 一方でシュートは黙って話を聞く。信じないなら信じないでいいが、今を逃せばクルタの未来予知は聞くことができない。

 その事実から、今は情報収集に努めるべきだと判断したのだ。

「オーラと共に空から降ってくる、老人。ネテロ会長」

「!!」

 ぴくりとナックルが反応した。討伐軍は既にネテロ会長とのコンタクトを断っている。作戦決行時、ネテロ会長がどのような手段でもって王へと強襲するかは伝えられていない。

 それは事前に討伐軍から情報が漏れることを危惧する、当たり前の予防線だった。

 当然の如く理解しているだろうと、馬鹿にしたような笑みを浮かべてクルタは嘲笑する。

「あひゃ。

 プロハンターならば当然、討伐軍が全滅している可能性も、そして討伐軍から情報が漏れる可能性も熟慮する。

 ネテロ会長が討伐軍と一致しない方向である空から強襲をかけるのは、当然の判断だな」

「――続けろ」

 お前たちは信用されていない。そうバカにされてもキルアは殺意を押し殺してクルタの予言の続きを促す。今はクルタにキレている場合ではないという、合理的な判断に基づいて激情を押し殺していた。

 だがしかし、クルタはキルアの意に沿わない。頭を振りながら口に出すのは、続きの未来ではない。

「悪いが、見えたのはここまでだ。空から強襲するネテロ会長に気が付いたネフェルピトーが空を跳び、迎撃するそのヴィジョン。

 ともかく、ネフェルピトーはネテロ会長への対応を第一として円すら解いている」

「円も解くの?」

 思わずといった様子でゴンが尋ねた。

 それも当然、ゴンとキルアはネフェルピトーの円の濃さを目印にして彼女の元まで辿り着こうとしていたのだ。いざ突入してみたら目印がありませんでした、では驚きもするだろう。

 そんな問いを投げかけるゴンに、ニヤニヤと笑いながらクルタは頷く。

「残念ながら。

 それでもネフェルピトーがネテロ会長に仕留められなかったら、奴が行きつく先は王の元だ。王を目指せば、遅かれ早かれネフェルピトーに辿り着く」

 クルタの言葉を聞き、感情の見えない漆黒の瞳を閉じるゴン。

 仮にもクルタという第三者の前でするべき行動ではないが、周りには仲間たちがいる。ゴンとしても仲間を信頼しているのだろうと、ゴンの問題行動について口を出す者はいなかった。

 続けて口にするのはモントゥトゥユピーについて。

「モントゥトゥユピーは1階と2階を繋ぐ大階段に陣取っている」

「マジか」

 今度はナックルが思わずといった風情で口を開いた。モントゥトゥユピーは彼らのターゲットであり、それがノヴのマンションの出口に単独でいるとは想定していなかった話である。

 もしもクルタの予言が本当であるならばという但し書きの上でだが、護衛軍の行動は討伐軍にとって想像の彼方にいるのは間違いないらしい。

「モントゥトゥユピーは驚いて周囲を見渡しているな。

 多分だが、ネフェルピトーの円が消えたことで周囲を探っている様子だね」

 つまりモントゥトゥユピーは侵入者である討伐軍を迎撃するのに何の問題もないという事である。ナックルとシュートの戦場は大階段になることは想像に難くない。

「そして最後にトトルゥトゥトゥだが……」

 そこで言葉を区切り、口を淀ませるクルタ。

「トトルゥトゥトゥは?」

 それがお気に召さなかったユアは眉間に皺を寄せながら続きを促すが、クルタの口から出たのは納得のいかない言葉だった。

「未来が収束しない」

「は?」

「1階のどこかをうろついているのは間違いないが、それがどこかまで絞り切れない。

 おそらく、簡単なきっかけで変わる程度の未来なのだろうな。

 言うなれば自由気ままだ。トトルゥトゥトゥは自由気ままに1階を歩き回っている」

 トトルゥトゥトゥがターゲットであるユアにとって、自分だけ情報がぼやけているのは面白くないらしい。イライラとした表情でクルタを睨むが、彼は飄々とした様子でユアの激情を流す。

「ま、トトルゥトゥトゥも同じさ。王が危険だと分かればその元に参じるのが当然。王を目指せば捉まるさ」

「オレたちは王と護衛軍を合流させないことも任務なのだが……」

「心配はいらない、王の元に居ようが居まいがトトルゥトゥトゥは殺すだろう? なら早いか遅いかの違いだ」

 クルタの言葉にシュートが呆れたような言葉を口にするが、それに被せるように言うクルタ。

 そして続く言葉はユアを挑発するには十分な内容だった。

「実際、ボクの最初の目標はトトルゥトゥトゥの命を獲ることだ」

「――」

 ユアのオーラが憤怒の念となって周囲に吹き荒れる。戦闘向けでないキメラアントたちはその殺気に驚いて顔を強張らさせるくらいには強烈なオーラだった。

「トトルゥトゥトゥは私の獲物だ。横取り、すんな」

「奪われんなよ、プロハンター?」

 ユアの殺意を意に介さず、ニヤニヤと嗤いながら挑発を続けるクルタ。

 実際、協力的ではないプロハンター同士は獲物を奪い合う間柄でもある。クルタが先にトトルゥトゥトゥを仕留めたからと言って、討伐軍側からすれば文句の出る話ではない。

 だがそれはあくまで討伐軍側の話であり、ユア個人にフォーカスを合わせればトトルゥトゥトゥをユア以外の者が殺せば、その罪を死をもって贖わせると言わんばかりの害意を隠そうともしていない。むしろ獲物が奪われるということが現実味を帯びた為、ユアの狂気がまた一段上にあがった。

「あはぁ。

 ねぇ、クルタ」

 あまりに深い負の感情に、ユアの表情が蕩けている。それは見る者を不安にさせる、猛毒が持つ腐食性を連想させる表情だった。

「トトルゥトゥトゥを殺せば、あなたを殺す。みじめに、残酷に、いたぶりながら。

 よく覚えておきなさい」

「そうか、頑張れ」

 それにやはりクルタは意を返さない。おざなりな返事をするのみだ。

 見る者の寿命を縮めるような光景の2人を――いや、その中で特にユアを見ながら、討伐軍やポンズの表情は複雑だ。

 ユアが不安定であったことは気が付いていた。気が付かないはずがない。それだからこそ心を砕いてユアのケアをしてきたつもりだった一同は、その心遣いがなんの意味もなかったことに気が付いてしまったのだから。

 明らかにユアは暴走していた、それも加速度的に。狂気に身を任せ、それでも辛うじて立って歩いているだけの状態。そんな痛々しい仲間である幼い女の子の姿を見て、何も思わないような冷血な者はここにはいなかった。

 しかし、ユアを止める方法が思いつかない。トトルゥトゥトゥを殺したとして、ユアが落ち着くとは思えなかった。

(その為には――)

 キルアが思うに、やはり鍵を握るのはバハトだ。ネフェルピトーを下し、奴が操ったカイトとバハトの操作を解除させ、ユアに()()()()()を取り戻させる。

 希望はそれしかないように思えた。

(―――――)

 ポンズは誰にも悟られないように己の腕を握りしめる。

 強く、強く。どうか少しでもユアが癒されますようにと願いながら。

 

 そうしてその場の話が終わる。クルタが約束した、作戦決行時での護衛軍の未来予知をするという話は終わった。

 残るはクルタがここに来た目的のみ。

「対価は払った。ではボクの仲間であるポンズは連れていかせて貰うぞ」

 クルタの言葉に僅かばかりの動揺が討伐軍に走るが、ポンズの立場は良くいって二重スパイのようなもの。クルタがまだ謎めいている以上、完全に信用しきるのは難しい。ならばクルタにポンズを預けるのも確かに一案だった。

「ポンズ、信じているから」

 ゴンの言葉に微笑みを返すポンズ。

「ええ。じゃあみんな、作戦決行時に会いましょう」

 そう言ってポンズはクルタの肩を掴む。同時、クルタはとある念能力を発動させた。

 虫食いだらけの世界地図(ワールドマップ・トリガー)

 瞬間移動も可能とするその能力で、2人の姿がその場から消え去るのだった。

 

 ◇

 

「これでよかったのかしら……」

 討伐軍のアジトから離れた、クルタのアジト。そこで未練がましく言うのはポンズ。

 それも仕方ない。彼女はなかば追い出される形で討伐軍から放逐されたと言っていい。彼女の中では仲間との亀裂が残ったままであり、もちろんそれはいい気分ではない。

 対してクルタことレントは清々しそうな表情を隠そうともしていなかった。彼にとって討伐軍は無能集団であり、そこから母であり仲間であるポンズを引きはがせたのは喜ぶべき事態である。

「いいのさ、アレで。どっちにしろポンズを宮殿に突入させる訳にはいかない。危険が高すぎる」

「それは私も分かっているわ。けど、もう少しやり方というかなんというか……」

 ぶちぶちと言うポンズにレントは苦笑いだ。

「ポンズも言いたいことは分かるけど、やっぱり離脱が早いに越したことはないよ。討伐軍もポンズなしで作戦を練り直さなくちゃならないしね。

 それにポンズが突入しないって話になるとどうしても不和が撒かれる。ポンズが作戦決行時、ボクのフォローをしてくれないとなるとこちらの問題も大きくなるし、作戦決行する時に行方を晦ます方が問題でしょ?」

「…………」

 レントの言う事は正しく、ポンズは黙るしかない。

 そもそもレントが未来から来たと信じるとは、この作戦が本来ならば失敗であると認めるのと同義。本来辿るべき歴史を変えるには、場を引っ掻き回さなくてならないというのは当然といえた。

 更に言えば、レントは王と護衛軍を討伐するという目的からいささかも逸脱をしていない。

 死ぬべき運命を背負った仲間を救い、そして討伐軍に情報を流す。ポンズとしてはもう少し友好的になって欲しいとは思うが、そこはクルタとの思想の違いがある。ポンズの立ち位置がサブ以上になっていない為、彼女が言える文句にも限度があるのだ。

 そして更に、レントに余裕がある訳では決してない。彼の能力である悠久に続く残響(エターナルソング)を脳に発動できれば脳の時間が止まり、どんな相手でも無力化することができる。が、その一方で能力を発動させるには脳にオーラを通さなくてはならない。つまり、有効打を1発は入れなくてはいけないのだ。

 レントが彼の能力で護衛軍を停止させるには、彼の持つ全ての手段を使って足りるかどうか。レントはレントで厳しい境遇なのは変わらないのだ。

「……まあ、いいわ。しょうがないわね」

 故にポンズはそう言うしかない。矢面にポンズは立てない以上、現場の人間がやりやすいように調整する方が理にかなっているというもの。ポンズはその道理が分からないほど子供ではない。

 とにかく、クルタから見て現状は極めて順調であった。

「やらなくちゃいけないことは、後1つ」

「ええ、覚えているわ」

 作戦決行まで4日と迫っているが、状況はこれ以上大きく動かない。作戦決行に必要なノヴの出口を設置できた討伐軍は、作戦を成功させる為に体力を温存してその牙を研ぐだろう。

 護衛軍とて、討伐軍が襲って来ない以上は王の元から離れる筈もない。モラウの嫌がらせは続くだろうからそれに対処はするだろうが、それとて片手間である。陽動の可能性が捨てきれない以上、護衛軍は宮殿から出てくることはまずない。

 静かな4日が予想されるが、クルタの側としてはもう一手やっておきたいことがあるのだ。

「作戦決行の30分前がベストなのね?」

「そうだ、それまではボクらも待機。

 討伐軍と護衛軍の様子見で構わない」

 そう言って格好を崩すレント。彼はもう既に4日後を見据えて動いている。

 レントの時間逆行の能力は、最大で本人が望むべく歴史改変までしか過去に関わることはできない。つまり4日後、レントは生き残ったとしてもこの世界から弾かれることが確定しており、その先がどうなるのかレント本人も分からない。

 それを理解しつつ、レントはそんなことなど日常茶飯事だったと言わんばかりに気負うことはない。そんなレントを見つつ、唇をかみしめるのは母であるポンズ。

「―――――」

(大丈夫。私は、信じている)

 自分に言い聞かせるようにそう心の中で思ったポンズは、そこでようやく肩の力を抜いた。

 泣いても笑っても、残り4日。

 決着の時は近づいていた。

 

 ◇

 

 大会3日前。

「ボードゲームはよく分からん。王はよく飽きないよな」

「あなたの基準を王に当てはめることが間違い。それだけのこと…」

「プフが正しい」

 宮殿内部にて、王がコムギと軍儀を飽きる事なく続けていた。

 それを、というよりも遊びに熱中する王を見守る護衛軍たちの会話である。これも王の邪魔をしないように、遠目で確認できる場所から小声で話している辺り、護衛軍の王への気配りは筋金入りといえるだろう。

 頭を使うことが苦手なユピーは理解できないような口調で話すが、プフは王の遊戯に口を出すことが不敬と言わんばかりの返答。それに賛同するのがトトであり、何をするのも王の自由であってそのサポートをする為に自分たちがいるのだろうと口にする。

 王に文句をつけたい訳ではないユピーは、自分の言いたい事を追加で口にする。

「いや、そりゃそうだけどさ。メシくらいは食った方がいいんじゃないかって話だよ。

 飲まず食わずでも王なら問題はないだろうが、食った方がいいに決まっているんだからさ」

「ならばお主が王に忠言を送ればいいだろう?」

「で、お前みたいに殴られろってか?」

 呆れた口調で言うユピー。彼の言う通り、トトは王に寝食を勧めたが。煩いと殴られて追い返されたのだ。

 そうまでした王の意思を尊重できない護衛軍ではない。

 だが一方で、王の身体に障る話を座視もできない。そういう意味でのユピーの相談だった。

「オレは賢くないからよ、なんもアイディアが出ねぇ。だけどプフやトトなら何とかして王に食事を摂っていただくこともできるんじゃねぇか?」

 自分がなんとかするという可能性をあっさりと最初に捨てるユピーも、何というか…理解しているというか割り切っているというか。適材適所と言えば聞こえはいい。

 そして一方で、ユピーの問題提起を聞くプフとトトは表情を苦くする。

「もちろん王に栄養を取っていただくことにやぶさかではない」

「しかし、王は食事を摂る時間や削げる集中さえ煩わしく思っている様子。我々がなんと申し上げれば納得していただけるか」

 既に一度拒絶されているのだ。うっとうしく思われる可能性は最初よりもあがっている。これはとても悩ましい問題だろう。

 良い案が出ずに、うんうんと悩む護衛軍たち。それは引きこもりの子供にしっかりと食事を摂らせることを悩ませるような、どこか所帯じみた悩みの話だった。

 ちなみにこの会話の最中も、ネフェルピトーは独り宮殿の屋根に登って、円と人形による警戒の仕事を淡々とこなしていた事を追記しておく。

 

 ◇

 

 大会2日前。

「作戦はおおまかにはこれでいいな」

 集まった面々が額を突き合わせ、討伐軍が作戦を詰めていく。

 クルタが話した未来予知を信じるか否かの話から始め、その両方のパターンに対応した作戦を練っていく。特にキルアは慎重であり、何度も王の傍に護衛軍がいない可能性とその作戦を立案していた。皮肉にも、キルアの懸念はクルタの予言通りだとも言えるだろう。

 とにもかくにも王や護衛軍の居場所や動きを、想像がつく限り考える。その上でその対処法も思考し、ネテロ会長が王と1対1で戦えるような状況を整える為に準備を進める。

 残る問題となるのは、未だに不確定要素となるパーム。

「パームさんの言葉なら信じられるからね」

 どっかの誰かと違って。そんなニュアンスを込めたユアに、苦笑を浮かべる面々は少なくない。

 しかしそれも間違った話ではない。当然ながらクルタを信じる要素はないが、パームを信じない要素もない。彼女が作戦前に生還すれば、情報面で大きくアドバンテージが取れる他、パーム救出の役目を負ったイカルゴが戦力になる。フラッタの死体の皮を被り、兵隊長級のキメラアントとして敵の中に潜り込み、そして情報戦でメレオロンを優位に立たせる役目が与えられる。これも重要な役目となるのだ。

「作戦までに、パームからの連絡があるかないか……」

 神妙な顔でゴンが呟く。もちろん、どちらのケースでも作戦は考えている。というよりも、あらゆる可能性を考えているが、パームがいれば護衛軍の位置情報が確定するという話だ。

 クルタの未来予知も彼が未来は揺らぐと言っていた通りに、彼が嘘をついていなくても未来予知は外れるかも知れないという思考がはしるのは当然であり、そういう意味でも信用がおけない。が、リアルタイムの情報を得られるパームの能力ならばその心配もいらない。

 この作戦において、パームの能力はクルタの能力の上位互換なのだ。頼れるならば頼りたいというのが本音である。

「明日から大会に向けて東ゴルトー共和国も動くだろうな。休めるのは今日が最後って訳だ」

 ノヴに運んでもらった干し肉を齧りながらナックルが言う。首都ペイジンに明日から潜り込む予定である為、護衛軍を含めるキメラアントの脅威に晒されないのは今日が最後であるという言葉はナックルの言う通り。全員が全員、思い思いに体を休めていく。

 その中で思考を巡らせる幾人か。

 キルアは頭のどこかで鳴り響いている警鐘に耳を傾けているし、例えばユアが考えるのは彼女の実兄のこと。

(――お兄ちゃん)

 コルトの情報から、バハトを操作しているのはネフェルピトーで間違いない。ならばこそ、トトルゥトゥトゥを殺すことに何の問題もない。

 ネフェルピトーのことはゴンに任せた以上、バハトにかけられた念は解けると信じるのみである。だから問題はそこではなく、ユアがトトルゥトゥトゥに勝てる可能性の話。

(…………)

 じっとりと汗がにじむ手のひらを握りしめるユア。

 NGLで一度だけ見たヤツのオーラ。そして、誰よりも信頼する兄であるバハトが敗れたという事実。

 勝てるのか、という疑問が浮かぶのは当然である。ユアは元来、勇猛よりも慎重な性格であることを合わせれば必然の思考回路といっていい。

 当初予定されていたポンズのフォローもない。クルタを信じるならばだが、あの男もトトルゥトゥトゥが狙いと言っていた。想像していないような混乱に巻き込まれる可能性も高い。

 だが。

 それでも。

(トトルゥトゥトゥは、私が殺す。

 ――例え、刺し違えてでも)

 ユアが発するオーラが、また一段と昏くなったことに気が付く者は誰もいなかった。

 

 ◆

 

 大会前日。

 それぞれの陣営が最後の詰めをしている時間帯に、ペイジンから少しだけ離れた館に一人の男が訪れていた。

 金髪を短く切り揃えて右目に眼帯をしたそのクルタ族は、知りえた全ての発を使えるという規格外の能力を有している。しかしそれでも王や護衛軍に確実に勝てるという確信は彼になく、様々な策を張り巡らせているのだ。

 残った左目で館に訪れた彼が見下ろすのは、壊れた人形。ボロボロになるまで使い回された、命を持たないバハトとカイト。

 それらを憐れむことなく無感情に見た彼は、すぐに能力を発動する。

不思議で便利な大風呂敷(ファンファンクロス)

 包んだものを縮小化し、どのような体積でも重量でも簡単に持ち運べるようにする大風呂敷を左手に具現化する。そしてその大風呂敷で壊れたバハトを包み込み、ズボンのポケットに仕舞いこんだ。

「――これで」

『準備は完了ね』

 無限に続く糸電話(インフィニティライン)でポンズと通話状態にあった為、この場にいないポンズも準備が完全に整ったことを理解した。

 こなさなくてはいけないタスクは全てこなした。

 人事を尽くし、あとは天命を待つのみ。

「――さあ、行こう」

 

 壮絶な夜が始まろうとしていた。

 

 



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096話 ~午前零時~

 ◇

 

 その日、その時、日にちが変わる10秒前。

 トトルゥトゥトゥは宮殿の1階を当てもなく歩いていた。

 モントゥトゥユピーが王の盾だとするのならば、トトルゥトゥトゥは王の剣。王を守る仕事も重要であるが、彼が自認する仕事は露払い。王の敵こそを排除するという使命感を持っている。

 王に向かう刃を防ぐ剣でもあり、王に歯向かう愚者を処断する剣でもある。2階に至る階段にモントゥトゥユピーという王の盾が配置されている現状、トトルゥトゥトゥは来るかどうかも分からない王の敵を警戒していた。

 ここで一つ明記しておくが、護衛軍は頭を使うのが苦手なモントゥトゥユピーを除いてネフェルピトーの円をそこまで当てにしていない。もちろん最初に敵を感知する能力としては秀逸だと思っているが、例えば敵が多段攻撃を仕掛けてきたり飽和攻撃を仕掛けてきたりしたらネフェルピトー単独では対処できないのが道理。

 更に言えば、ネフェルピトーが臨戦態勢に入れば円を維持する余裕もないし、外敵に対処すれば円が王や護衛軍から離れることもやはりあり得る。

 護衛軍の現状でいえば、2階以上の様子は敵対者に知られていない自信があるが、1階の様子までは師団長級のキメラアントが裏切っていれば情報が漏れていてもおかしくない。故に、手が空いている現状は1階をフリーにしないようにトトルゥトゥトゥが歩き回って隙を潰しているのだ。現在のトトルゥトゥトゥの行動は、散策ルートも含めて完全なランダムであり、計画的に宮殿を攻めてこようとする相手には嫌なノイズとなって緻密な作戦を狂わすだろう。

 そんなトトルゥトゥトゥに向かって一人のキメラアントが駆けてくる。そのトカゲのキメラアントの名前はルーザー。

「トトルゥトゥトゥ殿、」

 焦ったルーザーの声に呼応するように、宮殿からネフェルピトーの円が消失する。僅かに目を見開いたトトルゥトゥトゥの耳に2つの音が同時に届く。

「敵襲です!」

 それはルーザーの声と、宮殿が上から龍のオーラによって貫かれる轟音。

 トトルゥトゥトゥにとって僅かに不運だったのは、その降り注ぐオーラの1つが彼に直撃コースだったことだ。攻撃をあえてくらう意味もなく、咄嗟に龍星群(ドラゴンダイヴ)を回避したトトルゥトゥトゥに、焦ったままのルーザーの拳がその腹に突き刺さった。

 硬によってけた違いに攻撃力を増した、師団長でもあり強化系のルーザーの一撃。それはトトルゥトゥトゥの腹に深く突き刺さる。

「トトルゥトゥトゥ殿、敵襲です」

 引きつった顔でそう言うルーザー。彼の視線は挙動不審に揺れ動きながらトトルゥトゥトゥの表情を見る。

 全く痛痒を感じていない護衛軍の、その表情を。

「そうか」

 トトルゥトゥトゥは腕を振るう。ほとんど人間の様な外見の中で、僅かに昆虫の要素があるトトルゥトゥトゥは、腕に張り付いた鋭利な刃でルーザーを切り刻む。

 まずは首。胴と首を切り離し、更に頭を4分割。縦と横に切り分ける。

 トトルゥトゥトゥの攻撃はそこで終わらない。残った胴体のうち、心臓にあたる部分に貫き手で穴をあけ、ついでと言わんばかりに四肢をその根元から切り落とす。いくら生命力があるキメラアントとはいえどもこれでは即死であるし、敵に操作されていても動かしようがないだろう。

 そこまでルーザーを壊した直後、ネフェルピトーの円が復活する。

 現状でトトルゥトゥトゥが認知できる範囲は少ない。強いて言うならばネフェルピトーの生存と上空から敵が襲来したくらいである。後は、たった今聞こえてきた大階段が崩れ落ちたような音もか。1階からもなんらかの方法で敵が侵入してきた可能性がある。

 空から敵襲があったということは、1階と2階を繋ぐ大階段で待機しているモントゥトゥユピーの盾がすり抜けられたことに他ならない。敵の数も多数であることを危惧するべきだし、円を出している以上はネフェルピトーは王の傍にいない可能性もある。

 王の傍に護衛軍がいる数は最悪で0であり、シャウアプフとネフェルピトーの2人がついているのが理想的。

(それはさておき)

 ここまで場が荒らされた以上、王に刺客が迫っていると覚悟した方がいいし、護衛軍としてはその覚悟を持つべきだ。故にトトルゥトゥトゥは一歩を踏み出し、瞬間にその姿を搔き消えさせる。

 一歩千里行(ワンマーチ)

 トトルゥトゥトゥが最初から持っていた念能力であり、『王自身』か『王の最大の敵』かを選んで、一歩踏み出せばその者の元に瞬間移動できる能力である。かつてNGLではこの能力を使い、王の敵であるバハトの元まで跳び、結果としてサーヴァントであるエミヤを何もさせずに切り殺したほどに強力な能力。

 彼はそれを使い、今度は王の元に跳ぶ。惨劇があったその場に残るのは、ルーザーの無残な肉片だけ。

「プハァ!!」

 と、いきなりそこに人間が現れる。厳密にいえば最初からそこにいたのだが、息を止めているだけ誰にも認知されない能力である神の不在証明(パーフェクトプラン)で己を隠匿させていただけである。

 姿を現したレントは荒い息を吐きながら動揺を抑える。

(やっぱりキツイな、護衛軍クラスは!)

 レントは特質系能力者であり、その肉体強化率は全系統の中で最低である。彼の能力である悠久に続く残響(エターナルソング)は脳にオーラを浸透させれば一撃必殺の効果を持つが、逆に言えばオーラが通らなければ無意味である。

 それを加味して冷静に計った結果、トトルゥトゥトゥの隙だらけの頭に硬で威力を高めた一撃を叩き込んでも効果はないと判断した。

 知りえた全ての発を扱える彼は討伐軍と同じように天上不知唯我独損(ハコワレ)を使う選択肢もなくはなかったが、それでもやはりうまくいかなかっただろう。初撃を打ち込んだところで、それに気が付いたトトルゥトゥトゥに即座の反撃で殺される。レントには自慢できる逃げ足もなければ、時間を稼ぐ仲間も持っていないのだから。

(大丈夫、落ち着け……)

 絶で気配を隠しながら、レントは深呼吸して心を鎮める。

 現状、護衛軍共は王に夢中であろうことは想像に難くない。また、降った師団長たちの忠誠心も厚くない。ほんの少しだけ落ち着ける時間は彼には存在しているはずなのだ。

(大丈夫、大丈夫、大丈夫……)

 ゆっくりとした深呼吸をするレントは、やがてその呼吸を止める。メレオロンの能力である神の不在証明(パーフェクトプラン)を発動し、上階に向かって駆ける。

 目指すは西棟2階、迎賓の間。

 ルーザーの命を使い、不確定要素であったトトルゥトゥトゥの初動を完全に停止させることができた。これならばアカズの少女であるコムギは致命傷を負い、王はネフェルピトーにその治療を命じるはずである。つまり、厄介な護衛軍のうち1人の動きを完全に縛れる。

 目指すはその間にトトルゥトゥトゥの命を奪うこと。その作戦は立案してある。勝算は高いと信じている。

(大丈夫!!)

 レントは駆ける。王と護衛軍を仕留める為に。

 未来を人類の手に取り戻す為に。

 

 ◇

 

 時間は少しだけ遡る。

「10、9、8、7、6――」

 ノヴのマンションに集った討伐軍たちは、モラウのカウントに合わせて神経と集中とオーラを()り合わせていく。

 対モントゥトゥユピーは。ナックルとシュート、そしてメレオロン。

 対トトルゥトゥトゥは。ユアただ独り。

 対ネフェルピトーは。ゴンとキルア。

 対シャウアプフは。モラウに任された。

 最も死亡率が高い者はおそらくモラウだろう。連日の戦いによって調子は不調と呼べるものだし、それで護衛軍1人を相手取ろうというのだ。本人がシャウアプフの足止めに専念するつもりとはいえ、相手が殺しにこない訳がない。

 そして次に死ぬ確率が高いのはユアだ。彼女のフォローをすべきポンズが離脱し、他のメンバーも危ういユアをフォローすればお互いに不測の事態が発生しかねないと判断を下した為である。

 ちなみにこれはユアにとって文句は全くない。ユアはむしろ何かの間違いで一緒に行動する仲間がトトルゥトゥトゥの命を獲ってしまうことを危惧していた。

 ユア自身がトトルゥトゥトゥを殺す。その殺意の鋭さに異議を唱える者は誰もなく、しかしもしも自分の()()を手早く片付けられたらユアを助けに行きたいと、ゴン以外の全員が思っていた。

「5、4、3、2、1――」

 ゴンの瞳が、深く暗く静かに、冷たく沈んでいく。

 ユアの瞳が、緋色に激しく燃え盛り、己すら焦がしていく。

GO(ゴォッ)!!」

 モラウの一喝により、雪崩れ込むように宮殿1階の大階段横に討伐軍たちが侵入していく。

 その時の宮殿の状況は。

 果たして、レントの予言通りだった。

 ネフェルピトーの円は感じられず、1階と2階を繋ぐ大階段の途中にユピーがいる。更に直後、天井から無数の攻撃的なオーラが降り注いだ。

(これは爺ちゃんの龍星群(ドラゴンダイヴ)!?)

 レントが予言した攻撃的なオーラの正体を看破したキルアの思考にノイズが混じるが、それも一瞬だけ。今はそんなことを考えている場合ではない。

 予め想像されていた状況ということで、討伐軍は淀みなく動く。ユピーを相手にする面々は敵が眼前にいるのだ、探す手間が省けたというもの。

 そしてゴンとキルア、そしてユアは一目散に外へ駆け出す。ユピーを相手に横をすり抜けるという危険を冒すよりも、ナックルやシュートがユピーをその場に釘付けにすると信じて2階から王の間へ飛び移った方が危険が少ないという判断からだ。

 対してその場に留まったのはモラウ。予言を信じ切る訳ではないが、突入直後の状況は完全にその通りだった。つまり、眼前にプフが居ない以上、彼がどこにいるのか分からない。だがしかし常識的な判断をすれば王の間に居て、予言を信じるならば空から王の間に向かうと思われる。結局は王の間にプフがいる可能性は極めて高い。

 しかしここで予測で動かないのがモラウの老獪さだった。初手でユピーの相手をして、その戦いで巻き上がる煙に己のオーラを乗せて疑似的な円と為す。その上で正確に現状を把握し、プフを足止めする。奇襲した最初の数秒という貴重な時間を捨ててまで情報収集に努めるという慎重さ。それは裏を返せば、プフ以外に労力を割く余裕がモラウには一切ない程に調子が悪いということである。もちろん、それに気が付いているのはモラウ本人のみであるが。

 ユピーを相手取る者たちと、その場から離れる者たち。

 ユピーは離れる者たちがそのまま王の元に到達してしまうことを危惧するが、かといってどうしようもない。自分に向かってくる(ハエ)も数匹いるのだ。これを叩き潰さないことには、このまま階段を登られてしまう。

 故にユピーは即座に自分の元に登ってくる者たちを叩き潰そうとした。それは自然な対応であり、目の前の脅威を潰せば去る敵を追えるのだ。手前から順番にプチプチ潰していけばいいという話である。

「ッ!!」

 それに気が付いたシュートは距離を取りつつ、頭上から降り注ぐオーラを避けつつ、しかし攻撃能力を持つ己の3つの拳を操作して遠方からユピーをその場に縫い留めようとする。モラウも煙を吐き出し、既に1階どころか2階までそのオーラを届かせようとしていた。

 瞬間。

 ピトーの円が復活。

 その凶悪さに侵入者たちが一瞬だけ硬直した隙をユピーは見逃さない。

 巨大な拳撃が、大階段に振り下ろされた。

 

 ◇

 

 西棟2階、迎賓の間。

 腹から血を流して倒れ伏すコムギ。それを搔き抱く王の表情は、見えない。

 刺客の存在を感知し、窓から入り込んだピトー。そして王の元に瞬間移動したトトは硬直する。王が発するあまりに空虚なオーラに気圧されて、身動ぎ一つできない。

 侵入者であるネテロとゼノも入り口から動けない。否、動かない。1個の生命が失われる深い絶望は、反転すれば対象への同様に深い愛情が必要だからだ。

 それを証明するように、王は愛おしく慈しみながら、コムギの身体を丁寧に横たえる。

「ピトー」

「はっ」

「コムギを治せ、頼んだぞ」

「はっ」

「トト」

「はっ」

「コムギを守り抜け、任せた」

「はっ」

 王っ。

 王っっ!

 王っっっ!!!!!

 ピトーとトトは、己が主のあまりの偉大さに知らずのうちに涙を流していた。

 王がどこまでも深く他者を愛せたこと。愛した者が血に伏したとしてもなお、偉大であり続けたこと。そしてなにより、その愛した者を託すに己たちを指名したこと。

 全てが誇らしく、全てが嬉しい。その対象が人間の小娘であることなど些末な問題である。

 ピトーはコムギの側に近寄り、生体操作を可能とする玩具修理者(ドクターブライス)を発動する。トトはコムギと侵入者の間に立ち、何者も通さないという気迫を持って仁王立ちで不動の構え。

 王はそれを確認するまでもない、己の臣下を信じているからだ。信の一文字を持って配下を意識から外し、侵入者たちに語り掛ける。

 このまま戦えばお互いに不都合であるだろうこと。侵入者からすれば更なる護衛軍が来るやも知れず、王からすればコムギに流れ弾が当たりかねない。

 それを見切った王の対話に、先手を取られたと感じつつも応じざるを得ないネテロ。合理的に、それが最善であると理解せざるを得ないからだ。

 会話が終わり、迎賓の間から立ち去る3人。それを不動の姿勢で見送ったトトと、コムギを治すことを優先したピトー。護衛軍たちは分かっていた、今守るべきは王の命や体よりも心であり魂であると。それがコムギと同義であると。

 そしてその判断は正しかった。ほんの数秒後、この場に次なる侵入者が現れたのだから。

 3人の少年少女。ゴンとキルア、そしてユア。

 一歩引いたような態度を見せるキルアを除いた2人は、ピトーとトトに対する敵意を隠そうともしていない。

「ピトー、トト。お前らを倒す! 倒して、バハトとカイトを治してもらうぞ!!」

「それにはピトーだけで十分。トト、お前は死ね。私が殺す」

 オーラを爆発させるゴンと、オーラを研ぎ澄ませるユア。それを見つつ、キルアは違和感を持つ。

(この2体、何か変だぞ……?)

 トトはまあいい。侵入者に対して一切の油断なくオーラを纏っている。が、それは敵を撃滅せん為ではなく、明らかに守りに入っている。

 ピトーに関しては更に異常。オーラを纏う様子さえなく、威嚇するように足元に横たわる少女を守らんと身体を張っている。

 2体が2体とも、どう見ても少女を庇った動きをしているのだ。

 だが、それは冷静なキルアだからこそ。落ち着いていられない2人は()()に気が付くことができない。

 ゴンはピトーによって少女が壊されていると認識し、ユアはこの場において相手にされていないと感じた。必然、怒りを爆発させる事しか出来ない。

「女の子から――そのバケモノを離せ! その上でオレと勝負しろっ!!」

「どこまでも、人を、私を、舐めたヤツらっ!!」

 ゴンとユアの沸点は既に超えている。が、ピトーとトトにしても現状は極めて悩ましかった。

 コムギの状態は即死一歩手前であり、ピトーの玩具修理者(ドクターブライス)を解除すれば即座に死んでしまうだろう。かといってこの場で戦おうにも、戦力になるのはトト1人。戦いの途中、まかり間違ってコムギに被弾すればアウトである。目の前の念能力者たちは容易くコムギを破壊できると確信できた。

 故に。

 プライドを捨て、トトはオーラを全て消し、ガレキが残る床にその頭をつけた。

 ピトーはその両手を天に向けて、敵意の無さを示した。

「――頼む」

「少しだけ」

「「待ってくれ」」

 倒すべき護衛軍たちの不戦の意。それを見てゴンは動揺し、ユアは好機と見て間を詰める。

 隙を晒したのはトトが悪い。そう言わんばかりの速度で接近し、その顔に3本の線を書く。『死』という6画のうち、半分を書き終えた時に即座に後ろに跳ぶユア。

 苦渋の表情を浮かべながら、トトがその腕を振るったからだ。

「待たないと、そういう返事であるのだな?」

「フー、フー!」

 無念そうに言うトトに比べてユアは完全な興奮状態だ。怒り狂ったネコのように息を荒げている。

「オイ待てユア、少しだけ落ち着け!!」

 この状況は流石に見逃せず、キルアがユアの肩を捕まえてその動きを制止させる。

 ユアをこのまま突っ込ますことも自殺行為に思えるし、そもそも現状が極めて不可解だ。それを解決しなくては話がどう転がるか分からない。

 そしてキルアは推理する。討伐軍が、ネテロやゼノさえもこの少女のことを看破できなかったということを。そこまで重要なこの少女は王に大切にされた、いわば『妃』であろうことを。

 もちろん『妃』を害することを王が許すとは思えない。ならばこの少女が死にかけているのはこちら側が原因、言い方からしてゼノの龍星群(ドラゴンダイヴ)で傷つけてしまったであろうことを。

 つまり、この少女はピトーによって壊されているのでなく、癒されている。

 それがゴンにもユアにもプラスに働かないだろうことはキルアには想像できた。ゴンは少女だけ助けられることが許せないだろうし、ユアはそれを護衛軍の隙としか見ることができない。

 確かにこれは護衛軍の隙だろう。だが、ここを突くことは外道に過ぎる。しかし、ユアが聞くとも思えない。

(どうする、どうする、どうする……?)

「へぇ。つまり、あんたたちはその女の子を助けたいんだ?」

 ユアの声に、身構えていた護衛軍たちは不揃いに頷く。コムギは王が王である為に必要な少女だ。何が何でも助けなくてはならない。

 それを見てユアは、ギリと歯を食いしばる。

「――チキショウ」

 悔しそうに、そう絞り出す。あまりに意外に思ったキルアがユアを見れば、彼女はポロポロポロと涙を零していた。

「ズルイぞ、ズルイぞズルイぞ!! バハトとカイトにはあんな酷いことをしたのに、なんでその女の子だけっっっ!!」

 ゴンも慟哭をあげる。己の大事な者たちは踏みにじられたのに、他人の少女が大事にされる理不尽さ。

 それが逆にユアの心を突いた。バハトは、ユアの兄は世界全てを敵だと思うようなことはあっても、ユアだけは大切にしてきた。世界に愛されたと感じた事のないユアだったが、兄に愛されたとは感じていた。

 その愛を、今、いくら憎んでも足りない敵から感じてしまっている。このキメラアントたちにとって王や少女は、バハトにとってのユアと同じ。たとえ自分が死んだ後でも愛するという決意を感じてしまっている。

 兄を喪ったユアにとって、その愛はあまりに辛い。それを壊さなければいけないのは、あまりに苦痛だった。

 故に、血反吐を吐くような想いと共に、ユアは次の言葉を言わなくてはならない。

「いいよ、トト。下に降りろ」

「…………」

「ここで暴れるのだけは勘弁してやるわ。下に、中庭に降りろ。そこでお前を殺してやる」

「…………」

 逡巡するトト。ここでユアの提案に従ってしまうと、残されるのは念の使えないピトー独り。それでコムギを守れるのかどうか。

「早く、しろ」

 だが時間はあまりない。そもそもユアにとってこの提案ですら業腹なのだ、全てを無視してトトを殺しにかかりたいという感情をギリギリで抑えているに過ぎない。

 理性を捨てて獣と化し、自身の愛の鏡であるコムギを壊す選択肢さえ取りかねない。ユアはNGLから数えて、もう限界を超えている。水が溢れそうなコップだが、それでも表面張力でギリギリこらえているような危険な兆候が表れているのだ。

 既に護衛軍たちに選択権はない。それを感じ取ったピトーは額に冷や汗を流しながらトトを見て、頷くしかない。

「――分かった」

 ピトーの覚悟を見て、トトもそう言わざるを得ない。ユアは自分の言葉が同意されたと見るや否や、目の前の光景から逃れるように窓に向かう。

 それを追うトトの背中に、ゴンが声をかける。

「もしもお前がユアを殺すなら――オレはあの少女を壊すぞ」

 当然といえば当然の宣告。それを聞いてトトは更に苦虫を噛み潰したような表情になった。

 殺しにくる相手を殺すことができない、これは相当に厳しい枷である。特にユア程に吹っ切れた者を相手にするならば、敵の自爆さえ許容してはならないのだから。

 更に言えば現状、トトの顔に書かれた3画の線も不気味である。どう考えても『死』と書く気としか思えないのだが、下手にこれを消してしまい少年少女に激昂されても困る。だが、文字が完成してはおそらくトトは『死』ぬ。そうしたらコムギを守る者が念を使えないピトーのみになる。

 『あの光景』を見ていないプフやユピーは、少女よりも王自身を優先するだろう。それは護衛軍として当然の判断である。

 つまり。トトは死ねないし、殺せない。

(だが、これも我の役目なれば――)

 トトはそれでも揺らがない。中庭に降り立った彼は、ペンと緋の目を持つ少女と対峙する。

「いざ、尋常に……」

「尋常なんぞ要らない。私は、お前を殺す。ただそれだけ」

「――勝負」

 護衛軍の一角と、復讐に燃えるクルタ族の少女。

 その2人が対峙し、そして戦いが始まった。



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097話 ただいま

昨日も更新しましたので、未読の方はそちらからお読みください。

では、最新話をどうぞ。


 

 討伐軍が宮殿に侵入してから、未だ3分足らず。たったそれだけの時間で宮殿は随分と無残なことになっていた。

 ゼノの龍星群(ドラゴンダイヴ)によってどこもかしこも穴だらけになり、ユピーが容赦なく暴れているせいで中央大階段の辺りは建物としての体を成していない。それなのにモラウが監獄ロック(スモーキージェイル)で中央塔3階にある王の間を保護しているせいで、随分と歪な造形を作り出している。

 これをたった10人前後の念能力者が起こしたというのだから、その規格外さが際立つというもの。十分な年月をかけて作られたはずの豪奢な宮殿がたった3分でこの有り様であるし、そしてそれは終わっていない。

 ユピーを挑発してナックルが撤退戦に入ったせいで、ユピーの暴虐が外に広がっているのだ。建物を破壊しながら追うユピーによって、宮殿だったものからガレキに変わりつつある。

 そこから程よく離れた場所、中庭にてユアがトトに襲い掛かる。

 

 ここで改めて2人のスペックを見直してみよう。

 ユアは通常は操作系だが、現状は緋の目が顕れているため特質系。強化系とは真逆に位置する系統である。が、クルタ族特有の性質によって顕在オーラ量が爆発的に増大している。この効果により、通常時よりも遥かに強力な肉体を手に入れていることになる。

 対するトトは強化系。発現した発こそ放出系に寄ったが、それはトトが変化系よりも放出系の方に適性があっただけの話。そして己の肉体を強化する強化系は、ただ存在するだけでその肉体が凶器となる。

 更に言えば、トトはキメラアントであり階級は護衛軍。王の次に恵まれた素質と肉体を与えられており、昆虫の遺伝子が混じったソレは剛柔一体と呼ぶのになんの過不足なし。

 

「破っ!」

 李書文に仕込まれた中国拳法の動きで虚を混ぜながらトトに接近してローキックを繰り出すユア。

「っ!?」

 思ったよりも鋭い蹴りと、その幻惑するような体術にトトの意識も身体もついてこない。吸い込まれるようにトトの足に打撃が入る。

 だが。

(無傷……)

 心の中で舌打ちしながら、ユアはその事実を噛みしめる。一方的に攻撃できたとして、肉体と念の系統に隔たりがあり過ぎる。そもそもとしてユアはまだ10代前半の少女である。肉体的にも完成しているとは全く言えない。

 一方のトトも心の中で舌打ちする。確かに蹴りを喰らうまでは反応できなかった。幼い少女とはいえ、その鍛錬の結晶は本物であり、それはトトに届いたと言っていい。だが言うまでもなく、それで傷つくほど護衛軍は浅くない。強靭な肉体を盾に、攻撃後のユアの隙に反撃を加えることは可能であった。それが致命傷になるような選択もまた出来たであろう。

 チラリと斜め上にある迎賓の間の窓を見上げるトト。そこには冷徹な瞳をした銀髪の少年がこの戦いを見下ろしていた。

(ヤツが一番厄介であるなっ!!)

 監視がなければ即座にユアをボロ雑巾にして、人質にする手段も取れた。だがもしもトトがそれを選択しようとした時、銀髪の少年(キルア)は容赦なくコムギの命を獲るだろう。巻き込んでしまった一般人という認識であれ、仲間の命には代えられないはずだ。

 蛇行するユアの左拳がトトの腹を叩き、右手に握られたペン先を回避する。

(無念、何も出来ぬ)

 今もだ。今も、反撃はできた。だが、反撃はしてはいけない。緋の目の少女(ユア)を無駄に傷つければ、それはトトではなくコムギへの攻撃として返ってくる。これでは何もできない。

(しかし、これはこれで良し)

 反撃できずにユアに殴られるままのトトは、そのペンだけに注意を払いながら心の中でニヤリと笑う。

 能力を発動されなければ、ユアはトトにダメージを与えられないのは十分に理解した。コムギの代わりに殴られると思えば屈辱ですらない。むしろこうしてユアのウサ晴らしに付き合っているということは、その分コムギの安全を買えているということでもあるのだ。

 もしもコムギが害されれば、トトは容赦なくユアを殺す。それは相手側にも分かっているだろう。ならばあの銀髪の少年は激昂している黒髪の少年を絶対に止めなくてはならない。

 そうして時間が過ぎてくれれば御の字である。トトは敵よりも護衛軍の方が基本的に格上である、と見切った。ならば時間が経過すればユピーやプフが駆けつけてくれる。そうなれば詰みであり、キメラアントの勝ちだ。

 そんな思考が過ったトトの顔に向かってユアの左手が翳される。

蓄え続ける銃撃(クリティカルショット)

 あまりに想定外の強力な念弾がトトの顔面を襲う。その念弾はトトの鼻柱を叩き折り、ドクリと赤い鮮血をまき散らした。

「っ、っっ……!!」

「ふざけんな、なめんな」

 明確にトトに見下されたと感じたユアが手札の一枚を切る。グリードアイランドでニッケスから買い取った念能力であるそれを、ユアの悪戯仔猫(ミスティックキャット)で再現して放つ。

 蓄わえ続ける銃撃(クリティカルショット)の今まで練をしたオーラをため込むという性質上、同じ威力の攻撃はユアに放つことはもうできない。一回きりの切り札を使ってしまったのはユアである。

 だが、リターンは大きい。

(油断したっ!)

 フンと鼻息と共に血を捨てるトトは、己を戒める。ユアの能力は未知数であり十分に警戒しなくてはいけなかったのだ。

 だが真実は真逆。ユアは有効な手札は使ってしまった。トトに決定打を与えるにはペンで命令を書き込む存在命令(シン・フォ・ロウ)しか残されていない。

 しかしそれをトトは知らない、分からない。故にユアの全ての攻撃に注意を払わなくてはならない。

「続きだ、いくわよ」

 ゆらりとユアが揺らめき幻惑しながらトトに襲い掛かる。右の肘鉄、左の蹴り足。そのどれに致命の刃が隠されているか、トトには分からない。

「ぐ……」

 こうなればトトにオーラを温存する余裕なぞありはしない。全力を以って防御をするしかない。

 状況が許せば瞬く間に殺せる少女の稚拙な攻撃を、ただただ受け続けるしかない。

「獲った…!!」

「っ!」

 その状況がまたトトに隙を産み、顔の文字に更に1画が足される。『死』の文字が完成するまで、後2画。

(大丈夫である、問題ない)

 まだ2画もあるのだ。確かにユアの攻撃は惑わされるものばかりだが、2画の筆を許すまで大きな隙を晒すつもりはトトにもない。

 それにユアはその武術をトトに見せつけ過ぎた。未知の動きも数分見せられればそれは既知の動きへと近づいていく。見切る、という程に理解はしていないが。かわすことができる位にはユアの動きを解釈できる。

 重ねて言うなら、かわすことができるのならばユアの攻撃は全て無効。防御を気に掛けることなく、回避に神経を集中させればいい。

「くっ、くっ…くっっ!!」

 ユアの左拳が、鉄山靠が、踵落としが。もうトトには当たらない、全て虚しく空をきる。

 見切られた攻撃に意味はなく、時間だけが過ぎていく。

 

 そして、とうとうトトが待ち望んだ展開が来てしまった。

 

 遠くの中空で、キルアが雷を落とす姿がトトの瞳に移り込む。カメレオロンのキメラアントを抱えたキルアは一瞬で姿を現し、そして地面に着地するのが見えた。

 狙いの先はプフかユピーか。それは分からないが、敵の監視が外れたことをトトに伝えるには十分だった。

「吻っ!」

 今までの鬱憤を晴らすように、トトは右腕を振りぬく。今まで反撃してこなかったトトに油断していたユアはそれをまともに腹にくらい、吹き飛ばされてゴロゴロと地面を転がった。

 トトは間違ってユアを殺さないように注意していた。彼女はトトにとって大事な人質であり、コムギとの交換に必要な人員だからだ。それがユアに伝わっていない筈がなく、彼女はゆらぁと立ち上がりながら、緋の目を爛々と輝かせている。

 口に溢れた血をペと地面に吐き捨てながら、ユアは妖艶に笑う。

「あら、やる気になったの?」

「やれる状況になった、だ。お嬢ちゃん」

 ここでようやくトトがユアを攻め立てる。護衛軍のスペックをいかし、ただ速くただ強いその四肢を振るう。

 それを冷静に見るのは、ユア。

(全ての基本となるのは、(けん)

 (けん)。それは、見る事。観察する事。それはユアにも許された権利であり、むしろユアはトトよりも深く敵を観察していた。

 もしもトトから動くなら、どう攻めてくるか。どう害しようとしてくるか。それを考えないほどに、ユアは兄を奪ったキメラアントたちに心を許していない。

 トトの攻撃。右腕3発、左腕1発、右脚2発。その全ての攻撃を回避しきるユア。それを為した後、バク転で大きく背後へと跳躍して距離を取る。

「ぬぅ…」

 簡単にいくと思っていたトトは、自分の攻撃が全てユアに回避されたことに歯噛みする。幽鬼のように現実感なく妖艶に佇むユアに、警戒感を強くした。

 ユアが行っているのは隠である。自分の存在とオーラを限りなく薄めて隠し、相手に観察されることを防ごうとしているのだ。その現実感の無さが、ユアをどこか虚ろな存在として映させている。

 それなりに戦っているのに、どうにもユアの実態が掴めない。そう感じたトトの次の行動は、全力を尽くす事だった。

 この女はトトが全力を出したとして、おそらく多分きっと死なない。むしろ全力を出さなくては捕らえることもできない。最初の時から随分とユアの評価をあげたトトは全速力でユアに接敵。棒立ちのユアに、その右腕を叩き込んだ。

 バキボキゴキとユアの胴体から骨の砕ける音が聞こえる。硬質な昆虫の外殻がユアの腹を割き、血が噴出する。

 ユアはそのまま弾き飛ばされ、10メートル以上も離れた地面に叩きつけられた。

「――いかん」

 やり過ぎたか。そうトトが思ったのも束の間であり、ユアはよろよろと立ち上がる。

 そしてトトを指さして、一言。

「後、1画」

 言われてトトは気が付く。己の顔に書かれた文字の画数が増えていることを。

 『死』が刻まれる文字は6画。そのうち、5画までがトトの顔に刻み込まれていた。

 この女は、ユアは。己の死を顧みず、トトを殺す為に攻撃を無防備で受けた。そうまで代償を払い、ただ一本の線をトトの顔に書くことを優先した。

 ゾワリとした悪寒がトトの背中を奔る。

 それは自分の命が危険にさらされる危機感ではない。この女は、目的の為なら全てを捨て去ることができるという事実。もしも王の命を獲ることが目的ならば、世界を滅ぼしても成し遂げるだろうその精神性に危険を感じたのだ。

(コイツは……)

 ここで、殺す。それは自分の死が後一文字に迫ったからではない、この人間は王を殺しかねないからだ。それは奇しくもピトーがゴンに感じた感覚と同じであり、偉大なる王の現実的な危険という護衛軍にとって最悪の事象が目の前に現れたからに他ならない。

 しかしそれでも。いや、だからこそか。王の敵であるからこそ、護衛軍は敵に敬意を忘れない。

「女、名はなんという?」

「ユア」

「そうか。このトトルゥトゥトゥ、敵対者たるユアに最大の敬意を払おう」

 そうしてトトのスイッチが完全に入る。トト自身すら気が付いていない、敵対者の名前を聞くという行為がトトの心境にどんな変化を齎すのか。

 ググッと前傾姿勢になるトト。茫洋とそれを待ち構えるユア。いや、違う。ユアは集中力を維持する体力が殆ど残ってないのだ。

「オイコラ待てやぁぁぁ!!」

 そこに叫び声が混じった。ユピーから撤退してきたナックルがこの修羅場に気が付いて駆け寄ろうとしたのだ。

 ナックルが見るにトトはほとんどノーダメージでありながら、対照的にユアは死に体だ。体は血まみれで深く切れた腹の傷からは内臓がほんの少しだが見えてしまっている。

「オレが相手だ、こっち向けやトトォ!!」

 ユアはもう戦えない。そう感じたナックルは己を誇示しながらトトに挑みかかる。

 だが、遠い。

 距離にして50メートル以上離れているのに、そして何よりトトがユアを敵として認識したのに、その他の相手に意識を移す訳がない。トトにとってナックルは余りに遠すぎた。

 トトはそれを示すように、チラリとナックルを見たら興味をなくした。まずはユアを殺す事、話はそれからだと言わんばかり。もしかしたら彼の意識には守らなければならないコムギのことすら消えているかも知れなかった。トトは王の剣であり、その本質は守護ではなく撃滅なのだから。

 ナックルは間に合わない。そう判断した男が一人居た。潜み、潜み、潜み続けていたが、今このタイミングでその姿を現す。

俺の両手は機関銃(ダブルマシンガン)!!」

 トトの背後にあった建物の陰から無数の念弾が飛来し、その背中に突き刺さる。金髪片目のクルタ族、レントが援護の為に攻撃を開始した。

 それすらもトトの姿勢を少しだけずらすだけに終わる。背中にぶつかり続ける念弾を基本的に無視し、自分の間合いを整えることだけに集中するトト。

 この場にどれだけの数の敵がいても不思議ではないと、トトは分かっていた。だからこそ、ダメージにならない攻撃は全て無視するとトトはもう決めていた。いや、ダメージがあろう攻撃を喰らおうと、ユアの命さえ取れればそれでいいとさえ思っていた。

 まるで居合いのように右腕を腰に抱え込むトト。その硬質な外殻は刃として作用し、ユアの命を絶つだろう。

 その光景を見ながら、ユアの感情はどこまでも平坦だった。心にさざ波一つ立ちはしない。

(もう、体は動かない)

 けど、動かす。トトが接敵すれば、その最後の1画を顔に書きこんでトトを『死』なす。

 その為に右手に持ったペンに力を込める。

(冷静に考えれば――私は死ぬ。トトの方が早い、早く私を殺せる)

 それは純然たる事実。ここに至るまで、ユアは全てを出し尽くしてしまった。生命維持に残すオーラすら危うく、トトのトドメが要らない程。それほどに5画目を書く代償は大きすぎた。

(けど、負けない)

 負けは認めない。それはきっと、何より大事な兄を裏切ってしまう気がしたから。バハトが救ってくれたこの命を、最後まで最期まで輝かすことがユアの使命だと思ったから。

(――この戦いが、終わったら)

 ふとそんな事を思うユア。

(死ぬまで、生き抜こう)

 この人生を、最期まで輝かせよう。そうすればきっと、胸を張って兄に会いにいける。ただいまって、きっと笑顔で言える。

「会いたいよ、お兄ちゃん」

 透明で輝かしい微笑みを浮かべながら、ユアが言う。それが合図になったかのように、トトの足元の地面が爆発して彼がユアに向かう。

 それを遠くから見るナックル。やけに時間が遅く感じたのは今日二回目だ。ユアの笑みを見て、トトの決意を見て、それらが交錯するまで一瞬もないだろう。その僅か過ぎる間に、ナックルは涙を浮かべながら心の中で叫んでいた。

(やめろ、やめてくれ……!!)

 ナックルはユアの最期の笑みを見て分かった。ユアはガキなんだ、兄という家族を喪って路頭に迷っているガキなんだと。

 ユアの強さに目が眩んでこの場に彼女を連れて来てしまった自分をナックルは恥じた。こんな幼い少女がこんな鉄火場で死んでいい筈がない。もう少し運命が違えば、きっと満ち足りた人生がユアを待っていたはずだった。それを確信できるほど、ユアの浮かべた笑みは美しかった。

 それはトトに言わせればくだらない感傷に相違ないだろう。戦場に来ている以上、それらが持つ背景は殺し合いになんの役も立たない。むしろそんな甘いナックルよりも、覚悟が決まっているユアの方がトトにとって警戒に値した。

 トトが前進したことにより、背後から突き刺さるオーラが一瞬途切れる。それによってトトの目測が変わり、ほんの一歩分の猶予が産まれる。それもナックルが感じている圧縮したような時間の流れでの一歩だ。現実に換算される時間は刹那の時があるかどうか。

 それがユアに残された最後の時間。全く反応できないユアはまるで棒立ちで、そこに斬り込むトトは万全で。

 ゆっくり、ゆっくり、ゆっくり。

 ゆっくり、ゆっくり。

 ゆっくり。

 まるで写真で切り取ったように、その直前の光景で、世界全ての動きが止まったようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

妄想心音(ザバーニーヤ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 止まった世界で、トトの心臓だけが弾けた。

 紅い臓物が胸から噴き出て、その余りの喪失感にトトの動きが完全に止まる。

 ユアは気が付かなかった。ナックルも気が付けなかった。トトも感知できなかった。気が付かないことが不思議なくらいに異常な物質がまるで当然のようにトトの胸に触れていた。それは黒い枯れ木が伸びたかのような、異形の右腕だった。

 その光景にユアが驚かない訳がない、ナックルが驚かない訳がない。だが、トトは驚かなかった。浮かんだのはどうでもいいかのような感想一つ。

(奇襲を許したか)

 しかも失ったのは心臓であり、いくら頑丈な護衛軍のキメラアントとはいえ長くは生きられないだろうことは理解できる。

 それは別にどうでもいいと言わんばかりに、トトは黒い腕の先を見れば。そこには闇に溶ける白髑髏の仮面が浮かんでいた。

(優先順位は低くはないが――)

 おそらくトトは数分で死ぬ。言い換えれば、数分は動ける。

 その時間を利用し、王の敵の首は獲らねばならぬと気炎があがった。まずはユア、次に白髑髏。奴らを殺さなければ王に申し訳が立たないと。

 そう思考していた頭脳にいきなり衝撃が走った。いったい唐突な衝撃を今日何度味わえばいいのかと、どこか他人事のようにトトは一瞬だけ呆れる。

 眼前には一人の男。金髪で片目であり、眼帯をしている。だが明確に背後の男と違い、ソイツは片腕だった。右腕がなく、ありったけのオーラを込めたと言わんばかりの左腕でトトの頭を殴っていた。

 奇襲。

 トトが他の誰かを殺しにかかった隙を突き、アサシンのサーヴァントである呪腕のハサンが宝具でその心臓を潰す。想像もできないその衝撃の隙を重ねてつき、廻天(リッパー・サイクロトロン)にて極限まで上げた攻撃力で脳にオーラを通す。

 この作戦の為に全てを犠牲にしたのだ。ゴンの慟哭も、ユアの絶望も。全て見て見ぬフリをして、このチャンスに全てを賭けたのだ。

 それが報われなくては、困るというもの。

悠久に続く残響(エターナルソング)ッッ!!」

 例え未来から来た者の念能力であっても、知れば使えぬ道理はない。それが彼が奪ったアサンの能力であり、そして確かにトトに通したオーラは彼の脳の時間を停止させた。それを証明するように、トトはその場に崩れ落ちる。

 神の不在証明(パーフェクトプラン)を解除した以上、その姿を隠す道理はない。クルタ族の証である緋の目と、金髪。右目にした眼帯の下の瞳は光を宿さず、NGLでピトーに千切られた腕はそのままだ。

 でも。

 それでも。

 彼が両の脚でそこに立っている以上、ユアは涙を流すことが止められなかった。そして動けなかったはずの体が軽やかに動き出す。

 過程なんてどうでもいい。理由なんてどうでもいい。

 飛びついたユアは、無邪気な笑みを浮かべて隻腕の兄に向かって話しかける。

 

「ただいま、お兄ちゃん」

「ああ、ただいま。ユア」

 

 血塗られて満身創痍で。だけれども満たされた兄妹はしっかりと抱き合って、帰還を言葉で祝ったのだった。

 




 斉天大聖(サルノギキョク) 分身の業(オノレワケミダマ)

 具現化系

 肉体の一部を媒介として、自分のコピーを作り出してそれを操作する能力。
 その能力や精度は代償にした肉体に依り、髪の毛程度の肉体であるのならば数分だけ稼働する出来の悪い(デコイ)にしかならない。
 だが四肢の一本や、重要な器官を媒介とすれば限りなく精巧な己自身をコピーできる。
 どこまで精巧さを求めるかにも左右されるが、それなり以上の実力を備えたコピーでいいのならば腕一本や目玉一つで半年はコピーとして機能するだろう。




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098話 バハト・3

お待たせいたしました。
これから完結に向けて邁進していきたいと思います。
拙作にどうかお付き合いをよろしくお願いします。

誤字報告、感想、評価。
本当に励みになっています。
この場を借りて感謝を。


 

 ◇

 ◆

 

 世界が崩れる。

 時間が解れる。

 時代が、砕ける。

 

 レントの能力である異世界からの侵略者(インベイダー・ジ・アナザー)がナニカによって強化された結果、その時代は完膚なきまでに破壊された。

 未来から過去に戻る際に常に論議される一つの命題、タイムパラドックスについての一つの回答。それは、残される世界線は常に一つであるという考え方。

 今回の例で言うならば、レントは20年前の時代へ跳躍することを可能としたが、それを為すならば改変される前の世界は存在してはならない。故に矛盾なく世界を運営する為にはどちらかの世界が壊れなくてならない。未来から過去への跳躍をナニカが良しとした以上、失われるのは20年前に遡って新しく作られる世界線よりも、レントによって要らないと判断された未来の世界線だった。

 呆気に取られたままのゾルディック夫人であるキキョウが時の狭間に呑まれていく。

 やり遂げた笑顔を浮かべたレントのもう一人の母であるマチが世界と共に沈んでいく。

 それを見たのもレントの体感で一瞬であり、彼は20もの年月を過去へと遡っていく。

 そして。

 

「え?」

 

 あまりに呆気なく、レントはその場に姿を現した。

 レントが現れたのはゾルディック一族の住処であるククルーマウンテンのお膝元、デントラ地区の町の一つにある高級ホテル。

 マチがゾルディックとコンタクトを取った際、顔合わせに使われたのがこのホテルであった。

 ゾルディックとしても直系の血筋はもはやミルキのみという有り様であり、彼が狙われるという危険性を極力排除した結果、キキョウはナニカを連れてここまで来たのだった。

 ただ、先程とは違ってこのホテルには年季というものが入っていない。20年もの時間を逆行したのが本当ならば、その時間だけ趣きというのものが失われるのは道理であった。

「っ!」

 ほんの少しだけ忘我していたレントだが、しかしすぐに正気に戻ると彼は絶を行う。

 異世界からの侵略者(インベイダー・ジ・アナザー)は時間逆行を可能とする念能力であるが、その有効時間は発動者のオーラが切れない限りである。

 一つの例外を除いて時間逆行中にレントのオーラは回復しない。それを体で感じ取ったレントはオーラ消費を限りなく少なくする為に絶をしたのだ。

 余分なオーラを断ったレントは、それでも冷たい汗がその頬を伝う。

(間に合うか……?)

 思考回路は既に切り替わっており、喪ってしまった義母であるマチの最期の表情を思い出すのは今ではないと割り切っている。

 20年前であることはおおよそ多分間違いはないが、具体的な月日は分からない。今からNGLに向かったとして、実父であるバハトを死の運命から掬い上げられるタイミングなのかも分からない。

 それ以前に絶状態とはいえ、オーラが回復しない以上は、NGLまでレントのオーラが持つかどうかも不明。総合的に考えて何も安心できる材料がないのだ。

 既に賽が投げられた以上、最善を尽くすしかないのは当然ではある。が、最善を尽くしたとしても報われると限らないのが世の常である。

 絶をすることで気配さえも断ったレントはそのままホテルを脱出し、空港に向かう。NGLへ向かうには隣国であるロカリオ共和国に向かう必要がある。

 ハンターライセンスとそれなりの現金はあるが、使わずに飛行船に密航することを選択。未来のハンターライセンスや現金が20年前の時点で有効であるかどうか分からない上に、それを確かめる時間があるならば密航した方が早いという判断だった。

 

 そうしてレントは空を往く。

 じりじりと失っていくオーラと時間に焦りながら、しかし密航した船で休むことも忘れない。失敬した食事で英気を養いつつ、電脳ページで出来る限りの情報を集める。

 有用な情報は集まらなかったが、しかし飛行船は確実にレントをNGLに近づけていった。

 そして降り立ったロカリオ共和国。偶然か必然か、状況はレントに味方していた。今更ながらにNGLの異変を嗅ぎ付けたアマのハンターが、NGLに向かう車をチャーターする場面に居合わせたのだ。

 そのアマのハンターは念を使えないことも幸いした。オーラの消費を抑えるべく絶をしたままでレントはNGLまでの足を手に入れることに成功したのだから。

 最も、上手くいったのはそこまでだった。NGLの国境は絶をした程度では潜り抜けられない。

(急げ、急げ、急げ、急げ……!!)

 時間とオーラ、その両方の消費を少なくしたいレントにとって、それらのどちらがより有用かは彼自身にも分からない。しかし彼の勘がここで時間を消費することを選択させなかった。

 使うのはかつて師団長級キメラアントであるメレオロンの開発した念である神の不在証明(パーフェクトプラン)

 意外、というか。当然、というか。この発は極めて燃費が悪い。メレオロン自身が理解していたかは不明だが、実は師団長級のキメラアントのポテンシャルを全てこの発を扱うことのみに特化させたようなものなのだ。その証拠に、というべきか。メレオロンの肉体は酷くか弱い。本人が自己申告する通り、その肉体強度は雑務兵以下である。

 キメラアントとしての肉体のポテンシャルを対価に捧げ、更に他の念能力を殆ど使わない上で編み出した発である。燃費というものを考える筈もないし、意味もない。メレオロンが師団長であるからこそ、そして顕在オーラ量(AOP)を無視して潜在オーラ量(POP)のみに全力を傾けたメレオロンだからこそ十全に扱える発なのである。

 結果、NGLの国境を通過するたかだか1分ほどの時間でさえ、回復することのないオーラには痛手だった。

(くそっ!!)

 そうして悪態を吐きながらNGLに侵入したレントは、その時点でオーラの6割を切っていた。存在することのみに数日費やしただけで使用したオーラは約半分。

 最後の最後、父であるバハトを救う為に発を幾つも使わなくてはいけないと考えると、雑魚アリと戦うことを忌避した上で1日か2日程度の余裕しか彼は持っていなかった。

(かつては来る意味があるのか分からなかったが、ここにきてその無駄足がボクを救うとはね)

 自嘲の笑みを浮かべながらレントは思う。彼の体感にして約3年前、この時代から数えて17年も後の話。レントはマチに連れられてNGLにあったキメラアントの巣の廃墟に訪れていた。

 バハトの遺骸が見つかった場所であり、キメラアントに対して学習するという意味を込めた、しかし実際は戦いの日々に疲れたレントやマチにとって一種の旅行であったことは確か。

 その経験によって、レントはこの時代で最も探るのが困難なキメラアントの本拠地の場所を既に()っていた。

 運にも恵まれたそのアドバンテージによって、レントは無駄なくその場所に己の身を運ぶ。

 

 そして、本当に時間ギリギリであることを理解した。

 

 彼がキメラアントの蟻塚を視認できる位置についた時、蟻塚を覆っていたネフェルピトーの円が消失したのだ。

「っ!!」

 マチから話を聞いていたレントは、それが護衛軍の襲撃の前兆であることにいち早く気が付く。

 彼が居る場所は蟻塚から2~3キロメートル程度。半径1キロに及ぶネフェルピトーの円の、感知の更に外。逃げる場所としては絶好だった。

4次元マンション(ハイドアンドシーク)

 ノヴの能力であるそれの出口をそこに設置。虫食いだらけの世界地図(ワールドマップ・トリガー)では発動場所まで念空間を繋げなくていけない為、オーラが嵩む。瞬間的な消費には目をつむり、レントはこの能力を選択した。

 退却方法が確保できたのならば、前へ。前へ。前へ。

 絶を使い、更に咄嗟の時に神の不在証明(パーフェクトプラン)を使う準備をしつつ、この距離でなお聞こえて来る轟音の発信源へと、死地へと向かう。

 その最中、2組の人間を見る。銀髪の少年が黒髪の少年を背負い、帽子を被った女性が金髪の少女を抱いて轟音から逃れるように駆けていくのを見送る。

(…………)

 見ただけで帽子の女性が亡き母であるポンズである事を識る。ポンズに抱きかかえられた少女が無残に散る血縁者であるユアであることに気が付く。

 できれば声をかけたかった。会話がしたかった。

(そんな時間はないけれども)

 彼女たちが逃げている最中ということは、殿を務めているバハトがいつ死んでもおかしくないという意味でもある。

 血縁者である母やユアと会話がしたくて過去に跳んだという側面は少なからずあるのに、キメラアントによる人間社会への攻撃を防ぐ為にその自己満足を捨て去らなくてならないという矛盾。

 それを呑み込んでこそ、大人であるのだろう。そしてレントは子供というには修羅場を潜り過ぎていた。

 己の未練を捨てて、更に前へ。逃げる4人を背後に置いて、バハトの元へ。

「っ」

 ある一瞬でヤバイと感じ、息を止める。神の不在証明(パーフェクトプラン)を発動し、誰にも感知されないよう己自身を操作する。

 その勘は正しく、2匹のキメラアントが視界に入ったのはそれからすぐだった。見るだけで敗北を予感させるその2匹は間違いなく護衛軍のキメラアントであり、レントはこの時点で敵の殲滅を放棄。絶対に勝てないと確信した以上、退避するのが当然である。

 もちろん達成目標はバハトを連れて、である。特質系であるレントは一撃を喰らうだけでコナゴナになりそうな攻撃力を持つ護衛軍と、ドツキ合っているバハトは流石と言えた。

 息を止め、その上で木々に触れて音を出さないように注意しながら近づくレント。その彼の眼前で、楽しそうに笑いながらネフェルピトーとバハトが右腕をぶつけ合い。

 そして拮抗に負けたバハトの右腕がその肩から千切れ飛んだ。

(ここっ!!)

 勝算が見えたレントは、宙を舞うバハトの右腕に向かって駆け、そして触れる。

斉天大聖(サルノギキョク) 分身の業(オノレワケミダマ)!!)

 肉体の一部を素として、その全身を具現化させる能力を発動。ほんの一瞬後、バハトの右腕はバハトの(デコイ)として機能する。

 その一瞬の時間を使い、レントはバハトに寄ってその身体を掴む。これで神の不在証明(パーフェクトプラン)を連動させる神の共犯者の発動条件は揃った。

「なっ!?」

「にゃ!?」

「む?」

 その瞬間、バハトと護衛軍2人が驚きの声を上げた。しかしバハトの声は護衛軍には届かない。

 護衛軍としては、後は仕留めるだけの獲物が目の前から掻き消えたに等しい。当然驚くのだが、見渡すまでもなくバハトの姿はそこにあった。先ほど右腕が吹っ飛んだ先で、五体満足のバハトが背中を見せて逃げ出している。

「どんな手品を使ったか知らぬが――」

 トトルゥトゥトゥが憐れむようにそう言った時にはネフェルピトーが(デコイ)の背中に飛びかかり、神の共犯者で感知されなくなったレントとバハトは4次元マンション(ハイドアンドシーク)でその場から姿を消していた。

 後は語るまでもないだろう。バハトの(デコイ)を仕留めたネフェルピトーは、それとカイトの遺体を戦利品として巣に持ち帰るのだった。

 

 ◇

 

「「はぁ! はぁ! はぁ!!」」

 激戦区から離れた場所に瞬間移動したレントとバハトは、息を切らせながらへたり込んでいる。

 特にバハトは右腕が根元から千切れ飛んでいる。放っておけばそのまま失血死だ。

 それを理解していたレントは中空から水筒を取り出す。それは父であるバハトの遺品であり、彼の念能力を使う為の道具だった。

「! それは俺の……」

清廉なる雫(クリアドロップ)

 水筒を傾けて、その中身を惜しげなくバハトの傷口へと降り注ぐ。腕を生やす効果はないが、しかし傷を塞いで血を止めるくらいことは期待していい。

 瞬く間に出血を止めたレントだが、彼のオーラはもう尽きかけていた。この時代にはもう1分も居られないだろう。

「助かった、本当に助かったよ。しかし、お前はいったい……?」

「時間が、ない」

 言葉を交わす猶予がない。だからこそ、一瞬で全てを伝える手段にレントが頼ったのは不思議ではない。

 記憶弾(メモリーボム)。銃を具現化し、記憶を打ち込むその能力を発動する。

 実の父に向けて銃口を向けたレントは、それでもかつてその能力者であるパクノダがしたように微笑む。

「信じて、受け止めてくれる?」

 その言葉の意味を察せないバハトではない。混乱の極みにありながら、バハトは右腕を失って消耗してその身体のまま、力強く頷いた。

 パン、と乾いた銃声が響き、レントの記憶全てがバハトに流れ込む。

(ああ、これで――)

 為すべきことを全て為せた。その充足感がレントを覆う。バハトに全てを託せた、この後の事はバハトが上手くやってくれると信じている。

 何せ、バハトはレントの義母であるマチが信じて愛した男なのだから。

 そしてレントのオーラが切れる数秒前、全てを理解したバハトがたった一言を叫ぶのは十分に時間があった。

 レントは過去を改竄する異世界からの侵略者(インベイダー・ジ・アナザー)によって時間を超越した。己のオーラが切れるまでという条件下で、彼は極限までうまくやったと言っていい。

 そしてそのレントの情報も全てバハトに伝わったが故に、このままレントが消えるのを良しとしないバハトが動くのは当然であった。

「消えるな、『レント』!!」

 瞬間、バハトのオーラが根こそぎレントに流れ、その消失を食い止めた。

 異世界からの侵略者(インベイダー・ジ・アナザー)で過去に留まり続ける方法は、実はある。正確には明確に過去を改竄したと確信できるまで、だが。

 過去の存在に己の名前を呼ばれること。それにより、過去の世界での自分の存在権―支配権と言い換えてもいいが―を譲り渡し、レントが生産できないオーラを他者からの供給に依存して存在し続けることが可能となる。

 その代わりにレントはその相手に絶対服従の身になる訳だが、名前を教えるということはそのリスクを負っていいとレントが判断することと同意である。

 今回は記憶弾(メモリーボム)により、それらの情報を隠す余裕もなくバハトに伝えてしまったことが原因となった。レントの消滅を望まないバハトが息子の名前を呼ぶことによってその場凌ぎ的に消失を拒否。共に存続する事が可能となった。

 だがしかし、代償がなくとはいかないのが世の道理である。

 

 ◇

 

「目、覚ました……?」

「……ああ」

 丸2日。バハトは寝込んだ期間である。対護衛軍戦で限界ギリギリまでオーラを消費し、残ったオーラもレントに捧げたバハトはオーラ切れによって昏倒。

 そして昏倒している間に溜まるオーラもレントに流れ込む始末で、バハトが虚弱によって死ななかったのは一重にレントの献身的な看護のおかげであった。

 レントが持つオーラも、バハトが有するオーラも。両者共に全快時と比較すればあまりにか細い。現在はネテロ達3人はキメラアントに攻撃を仕掛けているからこそ、その間隙を縫って休めているが、もしもキメラアントに見つかったら相当に危ない2日間だった。

「とりあえず、俺はもう一度礼を言うべきかな、レント。

 全てを理解した後だからこそ、改めてな。

 ありがとう、未来から助けに来てくれて」

「ありがとうはボクもだよ、父さん。

 生き残ってくれて、ありがとう。

 そしてボクをこの世界に繋ぎとめてくれて、本当にありがとう」

 笑い合い、お礼を言い合う同い年の親子。

 それが一段落した時点で、レントの顔が曇る。

「だけど、現状はあまりよくない。父さんはボクの維持に相当のオーラを使うハメになっている。

 ボクも父さんのオーラを介する以上、燃費は余り良くない。父さんがオーラを十全に使えない以上、ボクも父さんを守るように戦わなくちゃならない。

 キメラアントを相手にする以上、これは大きなディスアドバンテージだよ」

 このまま過ごせばバハトを喪った世界と変わらない未来が訪れてしまう、何せ盤面は何も変わっていないのだから。せめてバハトを復帰させるか、レントが介入しなくては話が元に戻るだけなのだ。

 しかし、それを何とかできるからこそ、未来でマチはバハトに信頼を置いていたのだ。

 サーヴァントは不意を打たれなくては、そう簡単に負ける存在ではないと。

「何とかしようか」

 そう笑い、バハトは詠唱を始める。

「素に銀と鉄、礎に石と契約の大公――」

 優に数十秒にもわたる大詠唱。訝しそうにそれを聞いていたレントだが、バハトが言葉を紡ぐごとにその場に濃密な『何か』が満ち満ちていき、その顔はやがて驚きが溢れて来る。

「――抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!!」

 詠唱が終わり、光柱が出現し、そこから姿を現す抑止の具現。人が業せない筈の英霊を、一側面のみとはいえ律する奇跡の御業。

「サーヴァント、アーチャー。真名をエミヤ。

 召喚に応じ、参上した」

「…………」

 おそらく、いや明らかに。バハト本人よりも強いそのヒトガタ。その男がバハトに頭をたれるのをレントは絶句して見るしかない。

「まずはマスター、謝罪を。オレはマスターを守ることができなかった」

「いや、あれは油断した俺が悪い。エミヤは命を繋いでくれた、それに文句を言うつもりはない」

「フ。マスターがそう言うならこれ以上は言わないでおこう。

 確かにあの時のマスターは油断が過ぎたからな」

 笑い合うバハトとエミヤに、レントは驚きながらも口を開く。

「父さん、えっと…彼は、誰?」

「――記憶弾(メモリーボム)

 説明が大変だと痛感したバハトは記憶を打ち込む銃を具現化する。実際、英霊やサーヴァントシステムを一から説明するとなると一日仕事だ。情報を一瞬で伝えられるならばそれに越したことはない。

「信じて、受け止めてくれる?」

「……」

 茶目っ気を込めてニヤリと笑う父に、レントは笑えばいいのか呆れればいいのか。

 しかしもちろん頷かない選択肢はなく、レントの記憶にサーヴァントのそれが撃ち込まれるのだった。

「なるほど、これは凄いね」

 全てを理解したレントの開口一番がそれだった。

「だろ?」

「この能力を手にしながらあっさりと敗退できる父さんは本当に凄い」

 バハトのドヤ顔が一瞬で引っ込んだ。そしてレントの視線と表情は明らかに呆れ果てていた。

 それを見つつ、やれやれと肩を竦めるエミヤ。

「マスター、もう一度言うが君は油断し過ぎだ。

 せめてある程度まで仲間に能力の説明をすればここまで追い込まれなかっただろうに。

 ユアに秘密主義が過ぎると君は言うが、我々から言わせれば君こそ仲間に秘密主義が過ぎる」

「ぐ……」

 実際にそれで盛大に失敗した身として、バハトは呻くことしかできない。

 更にエミヤはレントに向き直り、真剣な目で告げる。

「それからレント。我々英霊は最強であるという自負はあるが、決して無敵でも万能でもない。

 護衛軍とは単体で我々に匹敵する強敵だ。それが4体も密集しているのであれば、単体での勝機は極めて薄い。

 ない、とは言わないがね」

「それはまあ、分かるよ」

 護衛軍を直に見たレントはそれに頷かざるを得ない。ヤツラはバケモノと言っていいし、それは全く過言ではない。

 その認識を正しく為したと理解したエミヤは、満足そうに頷きながら言葉を続ける。

「故に私はこの作戦を提示しよう。バハトとレント、そしてサーヴァントを1匹の護衛軍にぶつけ、各個撃破する作戦だ。

 決行はそれぞれの護衛軍が分断される上に味方の数も多くなる討伐軍の攻撃時、東ゴルトー共和国における建国記念大会の深夜0時だ。その時間に我々も同時に強襲をかける」

「――悪いが、ボクは失敗者である討伐軍を信頼できない。ヤツラと合流する気は、全くない」

 鋭い口調のレントに、しかしエミヤは飄々と笑う。

「問題ない。我々が討伐軍を利用するだけだ。

 もしも問題があるとしたら彼らの仲間であるバハトだけだが、まさか実の息子を捨て置いてあちらに合流はすまいな?」

「この、性悪サーヴァントが」

 思わず悪態を吐くバハトだが、時間を超えてまで自分を助けに来てくれた息子を見捨てる訳にはいかない。エミヤの言う通りである。

 残った左手で自身の顔を覆い、深いため息をつくバハト。

「ユアやポンズ、ゴンやキルアには全力で謝るしかないなぁ……」

 ぼやいたその言葉はエミヤの作戦の有用性を認めたもの。それは、奇襲を仕掛けるには味方から騙す方が効果的だと理解した発言。

 この後じっくりと作戦を煮詰めることになるのだが、作戦決行までバハトが姿を隠すことが決定した瞬間であった。

 更にバハトはレントにオーラを供給することに専念し、レントが表立って場を搔き乱す係になり。オーラが不足しがちなバハトの護衛にサーヴァントが当たることになるのは自然な流れといえるだろう。

 

 ◆

 ◇

 



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099話 契約

読んでいただけている皆様に感謝しつつ、最新話を投稿します。
楽しんでいただけたら幸いです。



 

 意識を失ったトトが地面に倒れ伏す傍らで、バハトとユアは抱きしめ合う。

 だが、それも長くは続かない。バハトの服にじわりとユアの血が滲み移り、彼女はガクリと首がうなだれる。意識を失ったのだ。

「! ユアァ!!」

 それを見たナックルがユアに向かって駆け寄る。彼に何が出来る訳でもないが、しかし何もせずにはいられなかった。

 先ほど見たユアの容体は確実に致命傷に類するもので、つまり何の治療もしなければ確実に命を落とす。いや、それすらも手遅れかも知れない。致命傷を負った、ということは。治療の甲斐もなく落命するということも十分にあり得るのだ。

 バハトはそんなユアを地面に横たえ、左手を中空にかざす。とある指輪が填められた、その左腕を。

「ブック!」

 そう呪文を唱えたバハトの左手の先にはバインダーが浮かんでいた。グリードアイランドで得たクリア報酬のうち、バハトが回収したものは全て未使用のまま残っている。

 彼は手早く一枚のカードを取り出し、その効果をこの場に現した。

「ゲイン! 対象、ユア!」

 それは如何なる怪我や病でも即座に癒す効果を持った、一つの奇跡。荘厳なる神秘の気配を纏った乙女がその場に現れ、ユアに向かって軽く息を吹きかけるとその姿を消していく。

 時間にしてほんの数秒。たったそれだけの時間をもって、ユアの傷は完治した。青白かった頬には赤みが差し、ゆっくりと穏やかに呼吸をしながら眠っている。

「ユア……?」

 何が起きたか分からないナックルはバハトに警戒しながらもユアに近づき、首に指を当てて脈と体温を測る。

 それでユアが健康的で全く問題がないと判断した後に、ナックルは立ち上がって目の前にいたバハトにメンチをきった。

「テメェが…ユアの兄貴のバハトかオラ?」

「そうだ。俺がシングルの情報ハンター、バハトだ」

 冷静に言い返すバハトに、ナックルの額に青筋が浮かんだ。

「今更どのツラ下げてこの場に現れたんだよテメェはよ。ユアが、ゴンが、ポンズが、キルアが、どれだけ心配したのか分かってんのか?」

「そうだな。俺の仲間達には頭を下げなきゃならない。誠意が必要というなら、しっかりとした説明も添えなくちゃいけないな」

 だが、とバハトは続ける。

「話に聞いた風貌によると、お前はナックルだろ? 俺の仲間じゃない以上、お前に何か語る義理はない」

 冷たく言い放つバハトに、しかしナックルは揺るがない。

 その言葉が聞きたかったと言わんばかりに引く。

「……仲間に誠意を見せるって言葉、忘れるんじゃねーぞ」

「忘れない、忘れるものか」

 苦い顔をするバハト。

 これはバハトの罪だ。仲間よりも命の恩人であり息子でもあるレントを取ったバハトの咎。

 もっともナックルは知らなかったようだが、ポンズには説明済みである。ウー市でレントがポンズを捕らえた後、レントはポンズをバハトの元まで連れて行った。そこでバハトがレントと共にポンズを説得したからこそ、ポンズは二重スパイのような汚れ仕事を引き受けたのだ。

 それはそれとして、ナックルは傷が癒えたユアの事を見やる。

「ところでユアを治した、ありゃなんだ? テメェが強化系だとして、癒しの能力にも限度ってモンがあると思うが」

「アレは大天使の息吹、グリードアイランドの戦利品でユアのものだ」

 バハトが言った通り、大天使の息吹はユアが指定したグリードアイランドの報酬だった。彼女がどのように使う予定だったかは分からないが、瀕死の重傷だったユアに向かってバハトが使ったのは間違いのない判断だっただろう。

 一方でナックルは頭に疑問符を浮かべるのみ。

「グリードアイランド? 戦利品?」

「……知らないならあとでめくっておけ」

 ビーストハンターがグリードアイランドを知らないのは仕方のない話ではある。

 とはいえ、丁寧にバハトが説明する義理もないし、している場合でもない。ここはまだ戦場なのだ。

 ゆっくりと2人の元に寄ってきたレントがユアを抱き上げる。

「クルタ、ユアのことは頼んだ」

「了解。って言っても、ポンズのところに送るだけだけど」

 あひゃ、と笑ってレントは虫食いだらけの世界地図(ワールドマップ・トリガー)を発動し、その場から掻き消える。

 ナックルがそれを黙って見逃したのは、ポンズに届けるという言葉を聞いたから。未だにポンズの姿が見えないあたり、彼女は後方支援の役割に徹しているのだろう。

(なら、そっちの方がいい)

 トトとの戦いでユアが見せた美しい笑み。それを思い出せば、こんな地獄のような戦場から一刻も早くユアは脱出するべきだと判断したのだ。

 ハンターに危険を冒すな、とは言えない。だが、ユアはもっともっと自分というものを大切にしてから命を懸けるべきだと、そう思えた。まだ幼い彼女は、人生というものを味わうべきだと。

 ユアとレントが消えたその場で。さてと、と2人は動き出す。

「オレはシュートを迎えに行かなくちゃならねぇ。瀕死の重傷だしな。そしてユピーの負債が増えるのを待つ」

「俺はピトーに用がある。ヤツを黙らせる土産も手に入った」

 そう言ってバハトは意識が戻らないトトの身体を担ぎ上げ、ピトーがいるであろう迎賓の間を見上げる。

 ピトーは現在コムギの治療中であり、ゴンがその監視をしている。身動きが全く取れないピトーだからこそ、煮るも焼くもバハトの匙加減一つ。無論、ただで済ませるつもりもない。

「じゃあな」

「テメェとは気軽に挨拶をかわす仲じゃねぇよ」

 どこか楽しそうに放たれたナックルの言葉を聞きながら、バハトはピトーの元に向かうのだった。

 

 ◇

 

「え」

 迎賓の間に入って来たバハトを見て、ゴンは絶句した。

 キメラアントの巣で無残な姿を晒したバハト。彼が片腕をなくしたとはいえ、しっかりと両の脚で歩いていたのだから。

「バハト……?」

 果たして目の前にいるのは本当にバハトなのか。その疑問を拭いきれないゴンは凝で彼を見つつ、困惑しながら観察する。

 そんなゴンを見てくすりと笑うバハト。

「見知った相手でも再会したら凝。ちゃんと成長しているな、ゴン」

 それはグリードアイランドでバハトが教えた念の基本。遠くに目を凝らすように、自然に『凝』をすることの難しさを説いたのは他ならぬバハトである。

 ゴンは間違いなく彼がバハトだと確信するが、しかしそれでも疑問は湧き出る。今この場にいるバハトが本物だというのならば、キメラアントの巣で回収してペイジンに移したズタボロのバハトは何だったというのだろうか?

 その問いを聞かれるまでもなく理解したのだろう。バハトは左腕で抱えていたトトを手放す。意識のないトトは頭から地面に落ちるが、それを気にするものはもちろんその場に居ない。

 そしてバハトはポケットから小さくなった風呂敷を取り出し、それを広げる。

 不思議で便利な大風呂敷(ファンファンクロス)。どんな質量だろうがどんな体積だろうが、包んだモノを容易に持ち運べるようにするその能力を解除して、その場に出現したのは満身創痍のバハト自身。

 この場には右腕を失ったバハトと、満身創痍のバハトの2人が存在した。

「クルタ、頼む」

「あひゃ、了解。斉天大聖(サルノギキョク) 分身の業(オノレワケミダマ)、解除」

 いつの間にか部屋の隅に潜んでいたレントがそう言った瞬間。満身創痍のバハトがぐにゃりと形を崩し、肩口が千切れた右腕に変化した。

 ゴンはレントに気が付かなかった訳ではないようで、目を丸くして彼を見る。

「――クルタ」

「NGLでバハトを見つけた時、彼は右腕を千切られた瞬間だった。ボクは彼の右腕を(デコイ)にして、なんとか生還させたのさ」

「そして俺は命を救われたクルタに協力することにした。結果、仲間であるゴンたちを騙す形になってしまったのは本当に申し訳ないと思っている」

 そう言って真摯に頭を下げるバハト。

 ゴンはバハトに言いたいことをグッと呑み込み、次に聞くべきことを聞く。

「じゃあ、カイトは?」

「俺はそのままクルタに連れられて逃げることしかできなかった。だが――」

「悪いが、もう一人の男を連れ出す余裕はなかったね。期待していたのならご愁傷様だ」

 小馬鹿にしたような口調のレントを窘めるように睨みつけるバハト。それを理解しつつ、レントはあひゃひゃと軽薄に笑う。彼はこういう性格なのである。

 ゴンはそれらを見つつ、それなら決意は変わらないと覚悟を決めなおす。

「遅れたけど、無事でよかったよ、バハト」

「ありがとう。そしてすまないな、ゴン」

「なら、後はカイトを治すだけだね」

 そう言ってピトーの方を見るゴン。一緒になってバハトとレントもピトーを見れば、彼女の顔色は随分と悪い。

 ピトーの視線の先には意識を失ったトトがいた。彼女はコムギを守らなければならないのに、もっとも頼りにすべき仲間であるトトの敗退は全く想像もしていなかったようだ。

 加えてここにはトトを破ったであろうバハトとレントがいるし、増えた敵はトトを倒すほどの猛者。ピトーにとってみれば、味方が減って敵が増えたことになる。しかも現在進行形でピトーの念が使えないとなれば、丸裸も同然だ。

「さて、と」

 わざとらしく言うバハトに、ピトーはびくりと体を震わせる。

 ピトーは拷問を受けることも殺されることも微塵も恐れてはいない。ただ、王の命を果たせずにコムギが死ぬことがただただ怖かった。

 バハトが一歩前に踏み出すと同時、ピトーはその場に平伏しながら慌てて声を出す。

「ま、待って…待ってくれ!!」

 ピトーの声を無視し、バハトはもう一歩踏み出す。

 全く止まる様子のない敵に、ピトーは心の余裕をなくして狼狽する。

(ボクを殺せばゴンとの取引が無効になると言うか? ヤツはゴンと仲間みたいだし、効果はあるかも――。

 否、下策。ゴンも既に我慢の限界だ、少しでも脅すようなことを言えば逆効果になりかねない!)

 どうする、どうする。焦るピトーだが、解決案は全く出ない。

 そうしている間にバハトはピトーの前まで歩みを進め、そこで足を止めた。

「まずは顔をあげろ、ネフェルピトー」

 バハトの命令に遅滞なく従うピトー。現状、彼女は眼前の敵に従う以外に手段はない。

 そして顔をあげたピトーの前には、座り込んだバハトの姿が映っていた。

「まずは俺を覚えているか? ピトー?」

「――NGLで、ボクが壊した、男」

「半分正解。さっきそこで会話した通り、俺はギリギリでクルタに救われた。右腕は千切れたが、壊されちゃぁいない」

 バハトが何を言いたいのかさっぱり理解できないピトーは、彼の言葉に耳を傾けることしかできない。

「それを恨んでいるかっていえば、まあ恨みはある。腕一本だ、軽くはない」

「っ――!!」

 その恨みを晴らす方法は簡単だ、念を使えない今のピトーを殺すことなんて容易いだろう。

 更にコムギを救えないとなればそれはピトーにとってこの上なく無念な最期になる。復讐としては申し分ない。

(ま、このピトーならコムギを治す死者の念を遺しそうだがな)

 そう思ったバハトだが、黙っておく。バハトにとってコムギは心底どうでもいい。彼女は王が大事にしている少女であるという状況(カード)以外の何物でもない。

 ピトーがコムギを救わなくてはならない。それこそを最大限に利用する。

「どうしてゴンがお前と戦っていないのかもクルタから聞いて理解している。

 が、それはゴンの問題だ。俺が右腕の恨みを晴らしても、誰に文句を言われる筋合いがないのは分かってもらえるよな?」

「待って! 待ってくれ。

 待って、下さい……」

 ピトーはしおらしく懇願の声を絞り出す。

「なんでも、なんでもします。アナタの言う事は何でも聞きます。恨みを晴らすというのなら、気が済むまでボクをグチャグチャにしてくれても構いません。

 ですが、お願いします。コムギを、ボクが今治療している少女を治すほんの数十分だけの時間をボクに下さい」

 トトという戦力をなくした今、ピトーは頼み込むことしかできない。願い乞うことしかできない。それは護衛軍という実力者にとっては情けないというしかない醜態。

 だが、ピトーはそれに一切の恥がない。王の主命を果たせないことこそ最大の醜態であり、比べればそれ以外など芥も同然。天秤にかける価値すらない。

 それを確認することこそ、バハトの目的であったのだが。

「時間を寄越せと。お前はそう言うんだな?」

「……はい」

「お前の治療の能力は、他にオーラを回せないだろうことは予想がつく。そうじゃなきゃここまで無抵抗であるはずがない。

 つまり、敵である俺にとって今が最大の好機(チャンス)だ。

 それを見逃せと?」

「…………はい」

 改めて言語化されるととんでもない話であり、普通の感性を持っていれば頷くはずもない。例外があるとすれば底抜けの善人か、相手が万全の状態でないと満足しないバトルジャンキーか。

 ゴンからすればコムギを傷つけたのは討伐軍側だという負い目がなくもないが、バハトは討伐軍ではない。となればコムギが死にかけているのもバハトに責任は全くなく、守るべき者を守れなかったキメラアント側の失態というだけ。

 バハトにとって、この瞬間にピトーを殺さない理由も理屈も皆無である。

 だからこそ、どんな無茶でも通せるというもの。

「――条件次第だ」

 それを聞いたピトーは信じられないと言わんばかりに目を見開いた。

 通るはずのない懇願だと分かっていた。自分に恨みがある相手に対して無理を言っている自覚があった。

 なのに、条件によっては自分の希望を聞くという。

「何でも! 何でもします!!」

 ピトーにとって王の命令(コムギの命)に勝るものはない。どんな条件でも呑み込むつもりで返事をした。

 バハトは邪悪な笑みを隠し、何食わぬ顔でレントに合図をする。

「クルタ、アレを」

「了解」

 レントはポケットから折りたたんだ紙を取り出す。

 ユアをポンズの元に運んだのがレントだった訳は、実はここにあった。バハトやレントはユアの能力である絶対規律(ロウ・アンド・レイ)に用があったのだ。

 しかしその能力を使うにはユアのペンが必要で、まさか一時的にとはいえ意識がないとはいえ母の形見のペンをユアから無断で借りる訳にもいかない。となればコルトピの能力である神の左手悪魔の右手(ギャラリーフェイク)でユアのペンを模造するしかないが、バハトには右腕がない。

 こういった経緯で、レントがポンズの待機場所(安全地帯)までユアを運び、その場でピトーに書かせる契約書を作成したのだった。

 現状、ピトーを殺すのは容易い。最悪、放っておいてもゴンが彼女を殺すだろう。

 だが、護衛軍(ピトー)を操作して支配下における機会というのも、この時この場この状況以外に存在しない。

 悪魔のように狡猾に。しかしそれでもさりげなく。レントはその紙をピトーに差し出した。

「ボクとバハトが出す条件はただ一つ。

 その契約書をよく読んでからサインをしろ」

 言われた通りにピトーは渡された書類に目を通す。

 その内容は要約すると。

 バハトとクルタはピトーがコムギの治療を1回止めるまでは、コムギにもピトーにも一切の危害は加えない。

 代わりにピトーはバハトが指定する1人を治療し終わり更にその後1分後まで、バハトの言う事に絶対服従すること。

 ただ、それだけだった。

「先に言っておく。この契約書にサインをすれば、その契約を遵守するように自分で自分を操作することになる。

 契約を抜け出すことは――できないとは言わないが、極めて困難だ」

 挑戦的な笑みを浮かべたレントがそう言う。既に彼の分のサインは為されており、後はピトーとバハトがサインをすれば契約は完了するようになっていた。

 そしてもちろん、ピトーに選択肢はない。

「分かった。ペンを貸してくれるか?」

「いいぜ」

 バハトが安っぽいボールペンを取り出してピトーに渡す。

 彼女は折れていない左手でさらさらと自分の名前を書き、まだサインをしていないバハトの為に契約書とポールペンを彼に返す。

 受け取ったバハトは残った左手で書きにくそうに自分の名前をサインして、それでも以って絶対規律(ロウ・アンド・レイ)が完成する。

「これで契約は完了した。せいぜい悔いの無いようにな」

 勝ち誇ったようなバハトの声に、しかしひとまずコムギの安全を確保したピトーはやや表情を柔らかくして頷くのであった。

 

 




誤字報告、感想、高評価。本当にありがとうございます。
心底励みになっおります。


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100話 毒は密やかに

大変に間が空いてしまい、申し訳ありません。
ボチボチ再起動して、完結に向けて頑張っていきたいと思っています。

空白期間にも更新を待って下さった方も含めて。
お付き合い下さる読者の皆様に感謝を。

では、最新話をお楽しみください。


 

 ユアの能力をレントが使い、ピトーを縛ることに成功したレントとバハト。

 ネフェルピトーから契約書を受け取ったレントは、ゴンに気が付かれないようにキルアの能力を発動。人に危害を加えられる程度の電気を極少量だけ掌から生み出し、契約書を焼く。

「先に宣言しておく。ネフェルピトー、お前は俺の許可なく宮殿に侵入した人間へ危害を加えることを禁ずる」

 バハトの命令に、コクリと頷くことで応えるピトー。絶対規律(ロウ・アンド・レイ)で縛れられた以上、ピトーがバハトの命令に抗う術はない。

「さて、と」

 ピトーへの首輪はこれで一段落である。トトは無力化してあるが、プフとユピーは未だ健在である。

 体面的に、これらへ対処するというのは不自然ではない。

「ゴン」

「どうするの、バハト?」

「俺とクルタはいったん潜む。護衛軍が隙を見せたら仕留めるかも知れないが、まああまり期待はするな」

「残りはシャウアプフと、モントゥトゥユピーだね」

「ああ。手出しが出来なくても、ネフェルピトーがそこの少女を治療し終わったタイミングで一度ここへ戻る。

 ゴンも油断はないようにな」

 首肯したゴンは黒い眼差しでバハトの事をみやる。

 それを確認したバハトは満足そうに笑い、そしてレントがバハトの肩に手を置く。

 レントは更にトトの腕を掴んでおり、これで能力の発動条件は整った。

 

 神の不在証明(パーフェクトプラン)

 

 レントが息を止めることによって能力が発動。レントとバハト、そしてトトは他者から認識されない存在と化す。

 それを確認した後に、今度はバハトが能力を発動。ノヴの能力である四次元マンション(ハイドアンドシーク)を発動し、宮殿から己の陣地である念空間へと移動した。

 

 ◇

 

「ふぅ」

 呼吸を入れて神の不在証明(パーフェクトプラン)を解除するレント。

 そんな自分の息子を見て、バハトは笑みを浮かべる。

「上手くいったな」

「ここまでは、ね」

 ユアの命を救い、危険な現場から離した上でトトを確保した。更にピトーに最高の縛りをかけることに成功した訳で、想定の中で最上の成果だと言っていい。

 もちろんその代償は皆無とはいかない。相応のオーラを消耗したのはもちろん、神経も削り続けた上での成果である。

 一段落がついた今、安全地帯であるこの場で肩の力を抜くのは当然といえるだろう。

「……ふぅ」

「……あひゃ」

 バハトは予め用意しておいたペットボトルを手に取り、左手のみで開けにくそうに蓋を回して中身を呷る。

 レントは疲れた顔で首を回し、凝った肩の筋肉をほぐしていく。

 ほんの僅かな戦士の休息。

「さて、と」

 張り詰めた緊張の糸をほんの少しだけ緩めて、余裕を取り戻した2人は話を進める。

 視線を送るのは心臓が破裂した護衛軍である、トト。

「俺が貰うぞ」

「分かっているよ。対価は忘れずによろしくな、あひゃ」

 にたりと笑うレントを見もせずに、バハトは意識のないトトの側に立つ。

 そして。

悪食暴食の咎(ビッグ・イーター)

 ぐしゃりと、鮮血が撒き散らされた。

 バハトの顔の下半分が巨大化し、開かれた大きな口でトトを喰らったのだ。

 非現実的な顔の形をしたまま、バハトはもごもごと口を動かしてトトを咀嚼する。

 

 悪食暴食の咎(ビッグ・イーター)はレントが未来線の世界で集めた念能力の一つだった。

 キメラアントによって世界中が荒らされた為、食料を始めとする物資が慢性的に、そして深刻なまでに不足していったその世界で。()()()()()でも食せるようにと、世界のどこかで誰かが願ったが故に生まれた念能力。

 言うまでもなく、これはメルエムの念と組み合わせることによって凶悪な効果を発揮する。何せ、喰った対象のオーラを全て吸収できるのだから。

 とはいえ、この能力はやたらめったら使えるというものではない。元来が餓えに対する能力であったせいか、喰ったモノを完全に消化してカロリーを消費するまで悪食暴食の咎(ビッグ・イーター)は再発動できないし、食欲もわかないので普通の食事すら摂ることが困難になる。現行の時間線では食の楽しみを奪うだけの能力に近い。

 しかしそれでも、護衛軍を捕らえれば話は別である。例えこれから何日も食事の楽しみを味わえなくとも、その程度の対価など比較にならないメリットがあるのは説明の必要がないだろう。

 気色悪そうに、マズそうに。喰われた相手が恨みそうな感情で食するバハトだが、それも間もなく終わる。

 ()()を終えたバハトは、深呼吸を一つして。

「――練」

 人間としてあり得ないレベルのオーラを放出した。

 ビリビリビリと、創られた念空間が揺らぐような威圧を出すバハトを。レントは冷や汗を掻きながらも、冷めた視線で見やる。

 圧倒的ではある。強化系のバハトに、トトのオーラが合わさったのだ。圧倒的であるのは当然だ。

 ただし――相手が護衛軍や王でなかったら、と続いてしまうが。

 肉体はあくまで人間(バハト)なのである。昆虫の頑強さと人間の柔軟性を併せ持つキメラアントには資質で劣る。更にトトが武器に使っていた腕の硬質な刃も存在しない。例えば今のバハトがトトと肉弾戦を行っても、バハトが勝つのは難しい。

 敵の能力を取り込んだところで敵を超えられるとは限らない。この結果を見れば、メルエムの能力はやはり彼専用のものだと理解できる。肉体の秀逸性とセンスのダントツ性を併せ持つメルエムだからこそ、どんな能力でも取り込んでしまえば使えこなせるのだ。

 だが、それでも。

「武器の一つは手に入れた」

 ぽつりとバハトが呟く。この力があれば何でも解決するような便利なものではもちろんない。

 その上で、持っていれば優位に働く便利な力であることは違いない。

 それに何より、これでトトが脱落したことが大きい。バハトとレントにとって最大の不確定要素であり、文句なしに護衛軍の一角。それが排除されたのだ。

 状況を楽観視する必要はないが、悲観的要素は大いに削れた。ならば喜ぶのもやぶさかではないだろう。

「あひゃ。予定に変更は?」

「ない。ピトーがコムギを治療しきるまで、静観するぞ」

 言いつつ、バハトは懐から小瓶を取り出す。

 中に入っているのはバハトの爪である。発動する能力は、己の肉体の一部を使うことによって分身を生み出す、NGLでバハトを救った能力。

斉天大聖(サルノギキョク) 分身の業(オノレワケミダマ)

 パラパラと床にバラまいたそれらが、膨らんでバハトの形を成す。彼らは静かに気配を消すと、マンションの出口から戦場となっている宮殿へと散っていく。

 ほんの数時間程度しか行動できないだろうが、今現在の斥候役としては十分だ。

 そして斥候役といえば、バハトが絶対の信頼を置く存在がいる。

「素に銀と鉄――」

 百貌のハサン。魔術に精通せねば感じ取ることもできない存在を、何十と召喚する為にバハトは詠唱を始めるのだった。

 

 ◇

 

「終わったな」

 ゴンが口を開き、ピトーが動揺する。

 バハトとレントが立ち去ってから、50分程度経過した頃。ピトーがコムギを治療したのを察したゴンの鋭さに、ピトーは恐怖すら覚えた。

 あまりに人間離れしたゴンの鋭さに、だ。

 故に、というべきか。反射的に近い感覚で、ゴンに抗おうとするピトー。

「まっ――」

「終わったな」

「終わったねぇ」

 だが、そのピトーの言葉を遮る2つの声。

 ピトーの背中からかけられた声に彼女が振り向けば、そこには揃って片目を眼帯で塞いだクルタ族が2人、いつの間にか佇んでいた。

「……」

(親子みたいだ)

 その光景を見てゴンが漠然と思う。確かに顔パーツやら何やらが似通っているとは感じたが、兄弟ではなく親子と感じたのが何故なのか。それはゴン自身にも分かっていない。

 そして口に出していない以上、それは単なるゴンの感想で終わる話でもある。そして今はゴンの感想以上に重要な場面でもある。

 よってゴンがその感想を口に出さずに呑み込んだことは至極自然な流れであった。

「…………」

 ゴンに抗おうとしたピトーだが、瞬時に選択したのは沈黙。

 臨界ギリギリにいるゴンも危険だが、この2人はトトを仕留めた実力者なのは疑う余地がない。コムギが危険に晒される以上暴れるつもりは毛頭なかったピトーだが、バハトとレントが出現したことによってその選択肢が完全に封殺された。場合によってはピトーを殺すついでにコムギも殺されかねない。

「さて。治療が終わったってことは、こちらからの攻撃は解禁されたってことだ」

「その上で命令権はこちらにあるってな。あひゃ」

 そしてその問題もある。コムギの治療をして無防備だったピトーの安全を保障する代わりに、バハトが指定する相手を治療するまで相手に絶対服従をする契約を交わしたのも事実。

「つまり、俺がピトーに治療の指定をしない限り、お前は永遠に絶対服従ってワケだ」

「!!」

 しまった、とばかりに動揺するピトー。それを見て虫をいたぶるような笑みを見せるレント。

「契約を結ぶ際は計画的に、ってな」

「まあ、そんなことをするつもりはないから安心しろ」

 永遠の隷属が軽い冗談にしかならないような話など、ピトーにとっては悪夢でしかない。

 ここにきて自分がどんな目に遭わされるかも分からない実感がでてきたが、しかしそれはコムギの心配に勝るほどではなく。

「……言う事は聞くし、抵抗する術もない。だがせめて、コムギの安全だけは――」

「おい。それ以上グダグダ言うなら、即座にその子を殺すぞ?」

 我慢の限界が超えているゴンが口にした、ドスの効いた響き。それに口を閉ざすことしかできないピトー。

 無表情にそれを見たバハトはしかし、ゴンに向かって口を開く。

「焦る気持ちは分かるさ、ゴン。カイトの治療がひかえているものな」

「――バハトも分かっているなら口を挟むな、仲間を救おうとして何が悪い」

「だが、俺もピトーには用事がある」

 今のゴンに更なる我慢を強いるような発言をバハトがした事により、場の緊張が一気に跳ね上がった。

 それを感じつつ冷静に、バハトはゴンへと意見を提示する。

「お前は先ほどピトーの治療を10分早めたな? その半分の5分でいい、ピトーを借りたい」

 ピキリとゴンの額に青筋が浮かぶ。何度でも言うが、ゴンの忍耐はもう超えている。待てという言葉をこれ以上聞く気はさらさない。

 だがその一方で、仲間の言葉に耳を傾けないほどに薄情な人間でもない。今現在はその人間味も余裕と共に失いつつあるが、しかしそれでもバハトの瞳を見れば彼としても引く気がないのは見て取れた。

 逡巡の時は刹那。

「1分だ、1分だけ我慢する」

「――分かった。感謝するよ、ゴン」

 ピトーの頭の上で話がまとまる。自身の処遇に一切の口出しが出来なかったピトーだが、それでも己の希望は口に出そうとする。

「言う事には従う。だがせめて、コムギを安全な場所まで――」

「黙れ」

 あまりに自分勝手な要求にゴンがキレるその前に、バハトの命令が口に出された。

 それが聞こえた瞬間にピトーの声は止まり、彼女は驚きの感情を露わにする。

「契約しただろ? お前は絶対服従だって」

「っ!」

「あひゃ。絶対服従を甘く見たのか?」

「そのようだ。

 ピトー、お前はオレが許可するまで、一言も声を出すことは禁ずる。

 そして俺が行うことに一切の抵抗はするな」

 驚きと、そして場の流れを全く動かす術がないことにピトーの表情が歪む。

 せめて無事であってくれと、未だに意識が戻らないコムギを見るピトーにバハトは無情な声をかける。

「ピトー、俺の千切れた右腕を持って奥に来い。

 クルタ、お前はここに居ろ。

 ゴン、クルタは人質だ。1分で戻ってこなかったら、クルタはお前の好きにしろ」

「いいの? オレ、多分我慢できないよ?」

「すぐ終わるから問題ない」

「ボクもそう簡単にやられるつもりはないしね」

 あひゃひゃと、人をバカにしたような笑いをするレントを無視してゴンはその場で待機する。

 そして事実上ゴンの監視役となっているレントがその場に残り、バハトはピトーを伴って奥の部屋へと向かう。

(さて、と)

「ピトー、こっちに来い。向こうの部屋から間違っても見えないこの位置にだ。

 ここに来て、微動だにするな」

「…………」

 発声すら禁じられたピトーは黙々とバハトに従うことしかできない。

 不安そうに歩き、そしてバハトに指示された定位置についたピトー。

 その瞬間、ピトーの右目がバハトの左手によって抉られた。

「っっ!! ~~っっっ!!」

 キメラアント護衛軍とはいえ、痛覚は当然に存在する。それも戦いの中で高揚して痛みを感じにくい状況ならばともかく、静かな状況からいきなり瞳を抉られるような事があれば痛みに叫んでも不思議ではない。

 だがしかし、今現在のピトーはバハトに声を出す事すら許されていない。痛みを逃がす為に声を出すことはおろか、呻くことも身を捩らせることも出来はしない。

 そしてそれを為したバハトはといえば、何の感情も表に出していなかった。ただただ淡々と己のやるべきことをやっているだけ。そう言わんばかりに事務的に、ピトーの瞳を抉り出す。

斉天大聖(サルノギキョク) 分身の業(オノレワケミダマ)

 そして摘出したピトーの右目を持って、念能力を発動する。元となった肉体と同じ(デコイ)を創り出すその念能力は、重要器官である瞳であるならば、本人に類似した分身を具現化する事が可能。

 果たしてその場には右目を失って息を荒げる本物のピトーと、五体満足で佇む偽物のピトーが存在することとなる。

「お前はここで潜んでいろ。俺が戻ってくるまで、ゴンを含めた討伐軍に見つかることを許さん。

 俺が戻ってきたら治療に入る。その時になったら姿を現せ」

 右目を失ったピトーに淡々と声をかけるバハト。痛みに震えるピトーは、しかしそれでも健気に頷いて返事をした。

 そんな彼女に目を向けることなく、バハトは五体満足なピトーに向かって声をかける。

「行くぞ。お前にはカイトの所に行って、為すべきことを為して貰う」

「は。承知しました」

 バハトの操り人形であるソレは、全てを理解している。己がゴンに壊される役目を背負ったことも含めて、全てを。

 故に偽物のソレは、本物のピトーのポケットに入ったケイタイを奪い取り、悠然と自身のポケットに仕舞ってから表情を変える。

 今までのピトーと同じような、不安で不安で仕方がないといったその表情に。

 バハトはその変化を満足そうに見て、口を開いた。

「行くぞ、仕上げだ」

 そう言ったバハトは、偽物のピトーを連れてゴンの元に戻るのだった。



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101話 王の為

感想、誤字報告。
本当に励みになっております。
お付き合い下さる皆様に感謝を。

それでは最新話をご賞味下さい。


 

 バハトは具現化したピトーと共に、西棟2階にある迎賓の間に戻る。

 果たしてそこにはナックルとキルアが集っていた。意識のないコムギと、ゴンとレント。合わせて5人が戻ってくる彼らを待っていた。

「……バハト」

「キルア、元気そうで何よりだ」

 ここに至り、ようやくバハトと顔を合わせたキルアがその表情に安堵を浮かべる。NGLでバハトが生き別れた仲間たち全員と、これでようやく再会できた形になった。

 他愛のない会話をしたくなるキルアだが、それはグっとこらえた。キメラアント討伐作戦はまだ終わったとは言えない。王はネテロ会長がなんとかしてくれると信じるしかないが、プフとユピーは取り逃がしてしまった。トトの事をキルアは知る由もないし、それに何より今現在のこの場にはピトーがいる。

 ゴンにとっても、そしてゴンを大切な友達だと思うキルアとっても、山場はまだ超えていないのだ。

「ケ。2人きりで何を企んでやがったんだか」

 唾を地面に吐き捨てながら、ナックルが嫌味を込めて言い捨てた。

 とはいえ、彼の主張ももっともだ。標的であるピトーを取り上げられて面白いと思う訳もない。ピトーに何を仕込まれているか分からないし、そもそもピトーに逆転を許す可能性もあった。もしもナックルがゴンとバハトの会話に参加していたら、彼はバハトがピトーと2人きりになることを許容しなかっただろう。

 当然といえば当然だが、各々各自(おのおのかくじ)で考え方や目的がズレている。討伐軍としてさえ、特にゴンの目的はそのほかみんなの目的とかけ離れているといっていい。

 ならば。確認しなくてはならないことがあると、キルアはバハトに問いかける。

「バハト、お前は俺たちの味方か?」

「いや、もちろん違う」

 その場にバハトの返答を意外と思う者は誰もいない。

 やはりか、という苦渋の顔。当然、という納得の顔。それぞれが予期できたバハトの言葉をしっかりと受け止めていた。

 しかしその中で、バハトだけが穏やかな苦笑を浮かべてキルアに向かって言葉を紡ぐ。

「だが、俺はお前達と仲間ではあるつもりだ」

「それはオレも疑ってねーよ」

 少しだけ照れたようにキルアは言い返すが、すぐに鋭い視線でバハトを見つめ直す。

「今回、お前はクルタの味方だっていう話だろ?」

「そういうことになるな」

 キルアの的を射た言葉に、軽く頷くバハト。

「俺はNGLでクルタに命を救われた、大きな借りが出来たんだ。

 コイツにその借りを返さなくては筋が通らない」

「バハトの協力を得られたのはラッキーだったよ」

 あひゃひゃとケタケタ笑いながらレントが口を開く。

 仲間が自分よりも得体の知れないヤツを優先したという事実にキルアが不機嫌になりかけるも、彼は自制心でその感情に折り合いをつけた。そもそもとしてキルアを始めとした4人が足を引っ張らなければ、バハトやカイトの撤退が成功した可能性もある。己の実力の無さをバハトたちが補ってくれたのに、その結果に文句を言うのはカッコ悪すぎるというもの。

「確認するぜ。バハトがクルタと協力するのはいい。だが、その目的はなんだ?」

 切り替えたキルアは、更なる疑問を叩きつける。ここまでキメラアントを相手に立ち回っているからして、討伐軍と目的が大きく違っているとは考えにくい。

 されとて同一ではなく、それははっきりと感じ取れている。だからこそ、その差異がどこにあるのかを明確にしておくのは当然の事だった。

 キルアに問われたバハトはレントに目配せをする。それを感じ取ったレントは、あひゃと笑いながら頷くことで答えた。

「……俺たちの目的もキメラアントの王、及び護衛軍の無力化ということに違いはない」

「だろうな」

 相槌をうって先を促すキルアに、バハトははっきりと宣言する。

「だが、その過程が明確に異なる。お前達討伐軍は捕縛や殺害を手段としているのに対し、こちらの手段は支配や強奪を採用している」

 つまり、だ。

「俺とクルタは、護衛軍を操作して配下に置くことを目的としている。

 優先すべきは排除ということは変わらないが、可能な限り護衛軍という人材を奪い取る。例を一つはっきり言えば、ネフェルピトーを操作するつもりでいる。もちろん永続的に、だ」

 この宣言には3人共に驚きを隠せない。キルアもゴンもナックルも、目を見開いていた。

「バカな…。こんなバケモノ共を操作する、しかも永続的になんて不可能だろうが!」

「そう思うのはお前の勝手さ」

 バカにしたような笑みを浮かべたレントがナックルの言葉を叩き落とし、そして続けて口を開く。

「厳しい展開になるのは承知の上さ。それでも不確定ながら未来予知ができるボクならば可能性はあった。

 そして今現在、この危ない賭けに勝ちつつある」

 討伐軍にあらかじめ提示されていたクルタの能力は時間操作。更には未来予知さえも可能だと確かに彼は言っていた。

 もしも護衛軍が徹底的な隙を晒す未来を知れたなら、クルタはそれを突けるということになる。

 結果として、それを疑うことはできないだろう。ピトーはコムギの治療時間を受け取る代償に、バハトとレントに対して絶対服従権を差し出している。キルアやゴンは知れないが、自分自身を操作すれば他者が操作するより強い拘束が可能だということをナックルは知っている。

 能力には左右されるだろうが、自分で自分を差し出すという前提があるのならば護衛軍とはいえども操作しきることは不可能とはいえなかった。

「文句はないだろ? ネフェルピトー?」

「コムギを王の元に返して貰えるのならば」

 条件付きながらも、是の返答をするピトー。

 いちおう、今現在のピトーを操作しているのはバハトである。故にこれはバハトの考えた返答ではある。

 が、しかし。バハトはこの返答に自信を持っていた。護衛軍は多かれ少なかれ、自身が王の駒だと思っている部分がある。つまり、王の為になるならば捨て駒になることも良しとする精神が存在するのだ。

 もちろん護衛軍それぞれに()()()というニュアンスは異なっている。

 

 プフを例に出せば、王は世界を統べる器であるという考え方がある。だから世界を支配する王という理想像に邁進することに躊躇いはなく、彼の思考回路上では()()()に世界は支配されるべきなのである。

 一方でピトーは王が何を為すのもあまり興味がないタイプだった。王から苦痛を排し、快楽を近づける。楽しければそれが正しい、というお気楽な彼女らしい考え方だったといえるだろう。

 だがしかし、王のコムギへ対する愛を感じ取ることで思考が変化。王にはコムギが必要で、人を慈しむことができる事こそを王の成長と理解した。世界を支配することにピンとは来ないが、()()()にコムギは絶対に必要なのだ。

 なればこそ、コムギを王に返すことが彼女の至上命題。結果、ピトー自身が敵に使われることになろうとも気にしない。なぜならば、彼女の王は偉大だからだ。ピトーが敵対したからといって、それが王の障害になるとは考えられない。ピトーが王に殺されて仕舞いだろう。その結果が見えた上で、ピトーはなんら不満はなかった。

 何故ならば、それこそが彼女の考える()()()なのだから。

 

 コムギを王に返す為ならば、今までの忠誠心も自分自身の全てさえも捨てていいとピトーは本気で思っている。

 その狂気に、ナックルはゴクリと唾を呑み込んだ。たった一つの目的を貫き通すだけに他の全てを捨てていいという覚悟は、念能力者にとっては恐ろしいものだった。

 一方で、ピトーがそこまで入れ込むコムギという少女の価値もハネ上がる。少なくとも、ピトーにとって護衛軍の己よりもコムギというただの少女の方が王にとって重要と判断した事は間違いない。

 コムギという少女は切り札(ジョーカー)になる。この場にいる全員がその事実を呑み込み始めていた。

「もう、いいだろ?」

 そこでようやくというべきか、ゴンが声をあげた。今まではキルアとバハトの再会に免じて時間を浪費していたが、そろそろ我慢ができなくなったらしい。

「ああ。俺としては文句はない」

「時間を取ってすまねーな、ゴン」

 バハトとキルアが合意したことで、ゴンの漆黒の瞳がピトーを射止める。

「オレと一緒にペイジンに行くぞ、ピトー」

「……分かった」

 ピトーに拒否権はもちろんない。そも、現在のピトーはバハトが作った(デコイ)だ。この展開を望んでいたバハトからして、否定する訳もない。

「ナックルはオレとピトーが会うまであのコを頼む」

 そして更にコムギを人質にすることをゴンが提案し、その容赦のなさにナックルとピトーが戦慄した。

 余裕がないからこそ、より良くより鋭い一手を閃くことに加減されることがない。この僅かな間に、明らかに器が大きくなっているゴンに畏怖を覚えても仕方がないだろう。

 そうして手早く話をまとめたゴンは、ピトーをうながして宮殿を去っていく。彼らが目指すのはペイジンにある彼らのアジト、カイトが居るそこへ向かう。

 それを見送る為に外に出て、宮殿の外壁の上へと集まる一同。その中でレントが呆れを含んだ思考を回していた。

(気が付いてもいいとは思うけどねぇ)

 彼はバハトと未来のマチに情報を与えられて、カイトがもう治らないと知っている。

 が、それを討伐軍が気が付かないのは間抜けが過ぎるとも考えてた。

 何故ならば、NGLでの戦いでカイトの首が胴から切り離されていたという情報は、人間側に寝返ったキメラアントによって判明しているからだ。つまり、その時点でカイトは死んでいるのは間違いない。

 そしてもしもピトーが死者蘇生を可能とするならば、護衛軍の中でピトーの地位は一番上でなければならない。何故ならば、万が一にも何かの間違いで王が死んだ時、それを生き返らせることが可能というのは護衛軍にとって例えようもなく大きい保険であるからだ。その保険を有するピトーを、他の護衛軍は王の次に大事にしなければならないのは当然のことである。

 しかし現実にはピトーは他の護衛軍と同列である。それどころか、王もピトーもトトもコムギの死に対してどこまでも怯えていた。つまり、ピトーは死者蘇生の能力を有していないと判断するには十分である。

 もしもこの時点で討伐軍の誰かがそれに気が付けば、ゴンの悲劇は回避し得たかも知れないのに。レントはそう考えてしまう。

(ボクはそれを指摘してあげるほど優しくないけどね)

 そしてレントは心の中で舌を出しながらゴンたちを見送るのであった。

 

「さて、と」

 ゴンとピトーの見送りが終わった時、バハトが口を開いた。

「一段落、でいいか?」

「まあ、な」

 バハト側として護衛軍の半分を手中に収めたことで一段落。

 討伐軍側としては、護衛軍と王を引き離したことで一段落。

 どちらにとっても一段落には違いあるまい。

 だが、その心中は真逆であったといえるだろう。

 バハト達にとって。念が使えないことが分かっていたピトーはともかくとして、トトを丸ごと吸収できたのは望外の成果を得られた成功といっていい。

 対して討伐軍はといえば。時間を稼げたとはいえ、プフとユピーは取り逃がして王の元に向かわせてしまっている。ピトーを無力化したのもネテロが呼び寄せたゼノの龍星群(ドラゴンダイヴ)が原因にあるといえるし、トトに至っては彼らが倒すことが叶わなかったといえる。ネテロ会長のオーダーは叶えたとはいえ、表現するならば不甲斐ない成功と言ってもいいだろう。

 ナックルの渋い返事は、その事実を端的に表していたといっていい。

 そして一段落という言葉を使った以上、この件はまだ終わっていないのだ。

「王が死ぬにせよ、生きるにせよ。プフとユピーは残るねぇ」

 厭味ったらしく言うのはレント。討伐軍の大半が嫌悪に顔を歪めるが、反論の余地はないだろう。あの強大な護衛軍の2体は確かに健在なのだから。

 仕事は終えたと帰還するか、それとも残る護衛軍となお戦うか。2つに1つ。

「乗りかかった船だ。納得いくまでオレはやらせてもらう!」

 そんな中、力強く宣言するのはナックルだった。蟻と人との間に埋められない溝があることを、彼は十分に承知している。

 しかしそれでも諦めたくはないと彼は思う。あがけば活路が開かれることは皆無ではないのだから。

 他の面々も同じような表情をしていた。冷静に考えれば、生き残った護衛軍の行動や思考を探ることは無駄になることはない。この後すぐか、遠い未来か。それは分からないが、いつか敵対するのはほとんど確実なのだ。

「好きにしとけー」

 やる気が無さそうに口を動かすレント。

「俺とクルタは再び潜まさせてもらう。護衛軍を支配する機会が巡ってくるかもしれないし、そのチャンスを逃すつもりもないからな」

 真面目な口調で言い切るバハト。

 彼らは連れ立って討伐軍から離れていく。

「……死ぬなよ、バハト」

「お前も無理はするな、キルア」

 対立するグループの中で、ただ2人だけ仲間であるキルアとバハトが声を掛け合い、その場の会話が終わる。

 そしてそっと消えていくバハトとレントが向かう先が、西棟2階の迎賓の間であることに気が付いた者は討伐軍の中には存在しなかった。

 本物のピトーを確実に手中に落とす為に仕上げをする。

 その歩みが止まる事は、ない。

 



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102話 高潔なる女戦士

また今日も最新話が書きあがりました。
どうか楽しんでいただけたら幸いです。


 

 バハトとレントは西棟2階にある迎賓の間、その隣の部屋に辿り着く。

「ネフェルピトー、出てこい」

 バハトが暗闇に声をかければ、絶を解いたピトーが姿を現す。右の瞼を閉じた彼女は、バハトによって瞳を抉られた本物のピトーだ。

 時間があったおかげか、ピトーは落ち着いていた。右目を失った痛みも薄くなり、しかしコムギを連れ去られた上に自分がどんな目に遭うか分からないからか、表情は険しい。

 しかしバハトとレントにとってそんなピトーの事などどうでもいい。レントはごくあっさりと懐から文字が書かれた紙を取り出す。

「説明の必要はないだろ?

 この契約書をよく読んでからサインしろ」

 命ずるのはバハト。拒否権がないピトーはそれに従う他なく、差し出された紙に目を通す。

 そしてギリリと歯を噛みしめた。

 ユアの能力である絶対規律(ロウ・アンド・レイ)で書かれたその契約書には、バハトとその血族に対する絶対の忠誠を誓うことを強制するものだった。もちろん、バハトたちが支払う対価はない。ピトーにとって、ただただ己を隷属させる為の契約である。

「……く」

 屈辱を食みながらも、ピトーが抗う術はない。バハトに投げてよこされたペンを持ち、己の名をサインする。

 今はまだコムギを治療する為の契約が生きているから効果は発揮しないが、それが切れた時に王に忠実なピトーはいなくなり、バハトたちに忠実な元護衛軍が産まれることになるだろう。

 その結果を導くサインにバハトは満足そうに頷き、レントは意地が悪そうにあひゃひゃと笑う。

「さて。これから場所を移して治療をして貰うが、お前は治療が終わるまで俺以外の人間を害することを禁ずる」

「……わかった」

 もはや自分ではどうともならないと、半ば諦めの心境でピトーは答える。もしも隙があれば当然突くが、バハトもレントも思った以上にピトーを警戒している。完全に操作しきるまで、彼女に対して隙を見せる様子は無さそうである。

「じゃ、コレ持っておいて」

 地面に落ちていたバハトの右腕をピトーに投げつけるレント。それを受け止めたピトーを確認しつつ、ピトーのすぐ側まで近づく2人。

 そしてレントが右手でバハトを、左手でピトーを掴んで息を止める。いかなる存在にも感知されない能力である神の不在証明(パーフェクトプラン)を発動して気配を消すと、それを待っていたバハトが能力を発動する。

虫食いだらけの世界地図(ワールドマップ・トリガー)

 瞬間移動の効果も持つその能力を発動し、その場から消える3人。

 討伐軍も護衛軍も、宮殿から3人が去ったことに気が付くことはできないのだった。

 

 ◇

 

「ぷはぁ」

 止めていた息を継ぎ、神の不在証明(パーフェクトプラン)を解除するレント。

「おかえりなさい」

 声をかけるのはポンズ。粗末な椅子に座り、この作戦中ずっとただただレントにオーラを送り続けていた彼女は、やはりというか少し疲れていた。

「ただいま、ポンズ」

「戻ったよ、母さん」

「一度帰ってきたその子から話は聞いていたけど、ずいぶんと思い通りに話が進んだみたいね」

 にこやかに言うポンズに、笑って答える2人。連れてこられたピトーだけは油断なく周囲の観察をしているが、未だにレントが左腕で彼女の肩を掴んでいる為に、隙は限りなく少ない。それでも情報収集はやめられないのか、ピトーは周囲を観察して確認する。

 木造の掘っ立て小屋といった雰囲気を持つ建物で、ガラスのない窓から外を見れば鬱蒼と木が茂っている。植生からして、現在地は東ゴルトーに間違いは無さそうだ。東ゴルトーでは廃棄された小屋など珍しくもない。ここはその中の一つであると看破する。

 部屋の中に目を移せば、まず目を引くのは普通のベッド。廃墟といえるこの小屋の中では普通のベッドというのは逆に珍しく、綺麗なシーツなどは目を引いてしまう。そこで寝かされているのは金髪の少女で、すやすやと寝息を立てている。

「ユアの様子はどうだ?」

「問題なしよ。今目を覚まされても困るから、睡眠薬を吸ってもらったけど」

 同じくユアの方に視線を向けていたバハトが問い、ポンズが答える。そこでピトーはベッドで眠る少女の名前をユアだと初めて認識する。役に立つかは分からないが、覚えていて損はあるまい。

 次に視線を移した先にいるのは、白い服をきて白い帽子を被った女性であるポンズだ。彼女が腰かけている椅子は廃墟であるここに見合ったボロさであり、近くに置かれたテーブルもやはりボロボロだ。そのテーブルの上に安そうなカップが置かれており、中から湯気がでている。

 お茶を飲みながらゆっくりしていたと言わんばかりのポンズだったが、それも仕事がなければの話だ。彼女は少しだけ伸びをして体をほぐすと、右手をかざして透明なハチミツ瓶を具現化する。その内部には当然ながら蜂の念獣であるハニーがいた。

小瓶の精霊(ホムンクルス・ハニー)

 じゃ、やるわよ」

「頼む」

 ポンズの言葉に頷くバハト。そしてポンズはバハトに近づくと、彼の首に瓶の口を当てる。

薬毒の妙(アルケミーマスター)

 そしてハニーはバハトの肌に吸い付き、その牙を彼に突き立てた。

 どくどくとその牙から具現化した薬物を送り込むハニー。

「はい、完了」

 そしてほんの数秒ですべき事は終わる。ポンズは小瓶の精霊(ホムンクルス・ハニー)を消して、バハトの一つしかない目を見つめる。

「どう? 分かる?」

「……いや、全然」

「そりゃそうだよね」

 ポンズの言葉に返事をするバハトと、それを聞いて呆れた声を出すレント。

 次の瞬間、ポンズは拳をバハトの腹に叩き込む。多少は加減したその一撃は、しっかりとバハトの腹にめり込んだ。

 それを受けてなお、顔色一つ変えないバハト。

「分かった?」

「ああ、分かった。さすがポンズ、プロだな」

「専門分野だから」

 クスリと笑うポンズに、優しい笑みを浮かべるバハト。

 彼らが何をやっているのか全く分からないピトーは置いてきぼりにされていたが、ここに至ってようやくバハトが彼女に向き直った。

「ピトー、命令だ」

「!」

 拒否権がない命令が聞こえてきて、ピトーの顔に緊張がはしる。

 そして指示された命令は果たして。

「俺の腹部に死なない程度に致命傷を与え、そしてお前の能力である玩具修理者(ドクターブライス)で治療しろ。

 もちろんお前が千切った俺の右腕も併せてな」

「え?」

 果たして、ピトーには全く理解できない内容だった。

 思わず呆けてしまうピトーに、しかしバハトは動じずに命令を重ねる。

「はやくしろ」

 その言葉を聞いた瞬間、ピトーの左腕がバハトの腹を貫いた。

 

 ◇

 

 己の腹を貫くピトーの腕を、冷めた目で見るバハト。

 痛くはない、辛くもない。

(麻酔をしたしな)

 さきほど、ポンズに打ち込んでもらった薬毒の妙(アルケミーマスター)がそれである。ピトーの治療は数十分はかかるはずで、王が健在と言えるこの状況ではその時間が惜しい。ピトーを支配しきるのに手間も時間もかけてもいいが、その時間で作戦会議くらいはしたいというもの。痛みで気絶している暇はない。

 ふとバハトが周囲を見れば、レントは平然としているがポンズは顔を歪めている。

 親しい者が致命傷を負うのを見れば感情が揺さぶられるのは当然の反応といえばその通りだった。むしろこれで平然としているレントの方がどこか壊れている。

 もちろん、それは今更の話だが。

玩具修理者(ドクターブライス)

 ピトーの尻尾から治療人形が具現化され、バハトの体に器具を差し込んで治療を始めた。

 彼女が貫いたばかりの腹部に覆いが被されて外気を遮断し、傷口を保護する。

 彼女がかつて千切った右腕の、塞がった断面を薄く剥がして血管と神経を露出させて繋ぎ合わせていく。

 現代医学で最高峰の治療技術や、不可能であるレベルの接合手術をその身一つでこなすピトー。つくづく念能力者というのは規格外だと感じてしまう。

「ピトーはそのまま治療を続けろ。俺たちの会話に混ざるな」

 冷たく言い捨てて、ピトーを意識から外す。

 地面に横たわって治療を受けるバハト。壁に寄り掛かって両親を見るレント。椅子に座ってカップを口に運ぶポンズ。

「さあ、後半戦の話し合いをしよう」

 

 ◇

 

「まずは今までの経緯はこんなところか」

 情報を仕入れられなかったポンズに説明しつつ、自分の中で整理をする為に今までのことを話すバハトとレント。

 それを聞いていたポンズは難しそうな顔で話を咀嚼する。

「バハトがトトを吸収して、ピトーの完全操作は目前。王はネテロ会長が決戦の地に運んで、プフとユピーが追った。

 討伐軍側としてはユアちゃんとシュートが脱落。ゴンは離脱して、残りのメンバーは宮殿に残って王や護衛軍を迎え撃つ構え、ね」

 ちらりとピトーの様子を見れば、彼女の顔色は随分と悪い。王や護衛軍といった自軍の旗色の悪さもその理由の一つだが、情報を広く集めた上で計画に支障なしといった風情の3人に気圧されているのがなんとなく透けて見える。

「問題は貧者の薔薇(ミニチュアローズ)の毒だ」

 バハトが困った顔で口にする。

「俺が知る未来では、確かに王は薔薇の毒で朽ちるはず。だが――」

「うん。ボクの未来では王は薔薇の毒を克服していた」

「こちらが考える可能性は排除した、つもりだがな」

 そう。バハトが危惧するように彼らが全ての穴を塞いだつもりでも、現実ではそんな思惑をするりと抜いてしまうことは十分ありえる。

 例えば。王が産まれた直後に師団長のアリを喰ったが、その中に解毒能力を持つアリはいなかったか?

 例えば。東ゴルトーの宮殿を攻め落とした際に王は念能力者を捕食したが、その中に原作と違って毒を中和する能力者はいなかったか?

 なにせバハトやアサンが産まれて20年を超える時間が経っているのである。どんな蝶の羽ばたきが今現在に影響を及ぼしているのか分かりはしない。

「ただ、問題を解決する単純な方法が一つだけある」

 バハトが口にした言葉に、レントとポンズは真剣な顔で頷く。

 至極単純な答え。そして、至極難しい答え。

「俺たちが確かに王の首を落としてしまえばいい」

 薔薇の毒に頼る必要はない。別の死因を王にくれてやればいい。

 できるものならやってみろ、と普通ならば言うだろう。だが、人間にはできなくても英霊にはできるかも知れないのだ。

「素に銀と鉄――」

 呪文を唱えるバハトと、それを静かに見守るレントとポンズ。

 そしてやがて、数十秒にもわたる詠唱を言い切った。

「――抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!」

 光がほとばしる。その光景を始めて見るピトーは目を丸くして、その奇跡を見つめ続ける。

 ほんの数秒が経過し、やがてその場には一つの人影が立ち尽くしていた。青と銀の鎧を身に付けた、金色の髪を持った冷厳なる少女。

「セイバー、アルトリア・ペンドラゴン。召喚に応じ、参上しました」

 真面目な表情のまま、真面目な口調で。最優のサーヴァントが名乗りをあげる。

「よくきた、アルトリア」

「私を選んでいただいた事に感謝を、マスターバハト」

 バハトの顔にも緩みはない。そもそもアルトリアを今まで召喚しなかったのには訳がある。アルトリアの瞬間火力は高いが、それは魔力放出によるところが多く、魔力燃費が悪いからだ。

 しかし、王を仕留めるのに燃費の悪さを言っても始まるまい。魔力を枯渇させてもいいという覚悟でバハトはアルトリアを召喚したのだ。

「いちおう、仕事を明示しておこう。

 魔力に糸目はつけない。キメラアントの王の首を落とす、それだけがアルトリアに頼むことだ」

「ええ、承知しています。そして令呪の支援はなし、ですね」

「ああ。令呪の使い道は決まっている。悪いが、令呪のバックアップは無しだ」

 時間が経過しても令呪は補充されない為に残るはたった1画。そしてその1画の使い道は決まっている。アルトリアには悪いが、彼女に割く余裕はない。

 それに令呪を的確に使うには現場にいなくてはならないが、王とアルトリアとの戦いなんて遠くから見るのも恐ろしい。巻き込まれて死んだらそれで終わりなのである。

 そもそもとして、彼らはもう宮殿に戻るつもりはなかった。討伐軍には護衛軍を吸収するつもりだと話したが、あんなものただの建前である。そもそもとしてプフもユピーも、王を救う為にその身を差し出して大きく弱体化するはずである。その上で薔薇の毒もその身体に取り込んでいるのだ。旨味なんてほとんどないのにリスクばかり高い。

「では、出発させていただきます」

「ああ、頼んだぞ。アルトリア」

 バハトの声を背中に受けて、アルトリアは小屋から出ていく。

 現在地はバハトの記憶を受け継いでいる為、話す必要はない。王はほぼ間違いなく宮殿に戻る為に、そこで待ち構えればいいという話だ。

 一直線に宮殿に向かって駆けるアルトリアを見送った後で、ふとバハトの体が楽になった。

「終わったか」

「……」

 終了を宣言するように命令はされていなかったピトーは沈黙を保ったまま。

 しかしバハトは己の体が回復しきっていたことを感じ取っていた。致命傷だった腹の傷は塞がり、右腕も元通り。そしてポンズに注入されていた麻酔も除去されていた。

 そして、己の命を助けた相手を操作する能力を、バハトはアサンから奪い取っていた。右手の小指をピトーにつけるバハト。治療から1分、バハトの命令に従わなくてはならないピトーはそれに抗うことができない。

指揮者のタクトはその両手(ルーラーコンダクター)

 己を際限なく愛させるその能力。それが発動した瞬間、ピトーの表情がとろんと蕩けた。

「あはぁ……ご主人さまぁ」

 バハトに傅くピトーを見る3人はドン引きである。

 あのピトーが。直前まで警戒心を隠そうともせず、それでも自分が逃れる隙を探し続けていたピトーが。

 一瞬でここまで腑抜けになるとは。

「……操作系って、怖いわね」

 思わずぽつりと呟いてしまうポンズを責める者は誰もいない。が、すぐ傍で眠る彼女の義妹も操作系である。しかも誰も気が付いていないが、結構これと同じくらいヤバい操作系である。

 それはともかくとして、これでピトーは完全に無力化した。そのうえで、彼女をこちら側に引き込めたのだ。

「ネフェルピトー」

「は、ご主人さま」

 バハトに声をかけられて、慌てて表情を整えるピトー。だが、さきほどのような締まりはない。バハトに意識を向けられるのが楽しくて嬉しくて仕方がないといった様子である。

「……以降、俺の血族や仲間をよく支えろ」

「このネフェルピトー、身命に代えましても」

 あまりに忠実過ぎるピトーに、バハトは思わず気になったことを聞いてしまう。

「もし――」

「は」

「もしも、俺と王だったらどちらを取る?」

 バハトは問う。が、ピトーは答えない。

 泣きそうな顔で、苦渋に満ちた顔で、しかし返答は問われたそのどちらでもなかった。

「恐れながら申し上げます。ボクでは優劣をつけることはできません」

 その答えに、全員が虚をつかれた。バハトも、レントも、ポンズも。

「最愛の人はご主人さまであるバハトさまであることは否定できません。しかし、最も敬愛すべきお方は王なのです」

「「「…………」」」

「選択は、どうしてもできません。もしもこの不忠を咎めるのであれば、どうぞこの命をお取りください」

 そう言って平伏するピトー。

 己を最も愛させる能力で支配した後でさえ、護衛軍の忠誠は残ったままだった。それほどまでに絶対的な上下関係を産まれながらに刷り込まれているキメラアントという種族。

「大丈夫かな、これ?」

 思わずレントが口に出してしまうのも無理はない。順調に作戦通りに進んでいるとはいえ、キメラアントの底力は思っていたよりもずっと高い。

 未来を知るというアドバンテージと、それを元に組んだ作戦。それがあったからこそ優位に進んでいる今があるが、もしも耐えきられてしまったら容易に逆転されてしまいそうな恐ろしさを感じてしまった。

 まだ勝利は確定していないと、操作されたピトーを見て突きつけられる。

「頼んだぞ、アルトリア」

 思わず呟いてしまったバハトを責められる者は、やはりその場にいなかったのだった。

 




高評価、感想、お気に入り。
本当に励みになっております。

楽しんで下さるみなさんに感謝を。


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103話 騎士王アルトリアVS蟻王メルエム

オリジナル小説を書いていたら半年くらい時間が経ってしましました。
大変申し訳ありません。
幸い、小説大賞に応募はできたので。これからはこちらを完結する為に頑張ります。
色々な不運もありましたが、それは活動報告にあげていますので興味がある方はそちらをご覧ください。

では、最新話をどうかお楽しみいただければ幸いです。


 

 首都ペイジンにある宮殿に向かうアルトリア。

 青のドレスを流して、銀の甲冑を煌めかせる最優のサーヴァントは。バハトが構えたアジトから真っ直ぐにペイジンへと向かう。間にある湖もその上を走り速度をあげる。

 湖の精霊の加護を得ているアルトリアの選択として、当たり前のように湖上を走る事で時間を短縮し、目的地である宮殿に向かう。ほぼ跡地とも言える惨状であるそこで彼女はメルエムを迎え撃つ為、現地の情報を得る時間は一秒でも惜しい。地面の荒れ方、ガレキの位置、風の流れ。戦いの趨勢を決める情報は星の数ほどにある。

「マスター、聞こえますか? そちらに問題はありませんか?」

 その上で更に彼女は騎士の王。騎士として、そしてサーヴァントとしてマスターの安全を考慮するのは当然の事の話であった。

 特に今回はキメラアントの護衛軍であるネフェルピトーをバハトの元に置いたままである。作戦では彼女を操作する予定ではあったが、それが完全に為された事をアルトリアは確認していない。更に言うならば、念能力も所詮は人が作り出した能力である。絶対でも完全でもなく、バハトを最愛の者としたところで、騎士の王である彼女から見れば最愛の者を忠義の為に殺すという可能性さえも思考の隅に残っていた。

 令呪を使えない現状、もしそうならばアルトリアは即座に踵を返してバハトの元に戻らなくてはならない。

『アルトリアか。問題は、あ~』

「あるのですか?」

 ない。そう即答しないバハトに、アルトリアは険しい表情で足を止める。

 深夜を過ぎた星月夜の湖の上、白銀の少女は鋭利な雰囲気を携えたままで来た方向をふりかえる。

『あ、いや。アルトリアが戻る問題はない』

「ではどのような問題が?」

 マスターの安全に関わる可能性がある事を放置することはできない。

 生真面目な彼女は納得のいく答えを得るまではこの場で待機し、バハトからはこれ以上一歩も離れないという頑固な意思を見せる。

 バハトしてもアルトリアがメルエムに勝てる可能性は僅かでも高い方がいい。一瞬でも早く戦場に辿り着いて欲しい。が、()()問題を開示するのも気が引ける。

 持ち上がったそれぞれを両天秤にかけた結果、バハトはアルトリアの足を進めるべきだという選択をする。どうせアルトリアは納得するまで動くまい。ならば、恥をかくのが早いか遅いかの違いだと、半ば投げやりに諦めた。

 黙ってアルトリアと感覚を共有する。

『ごろにゃ~ん♥』

 アルトリアが味わう感覚は。背中にふくよかな双丘を押し付けつつ、尻尾を腰に巻き付かれつつ、首筋に頬ずりをするネコのキメラアントが与えてくる触覚だった。

『ご・しゅ・じ・ん、さまぁ~ん♥』

 デレッデレな様相でバハトに甘えるネフェルピトー。それは大好きなご主人様に全力で甘えるネコそのままであるが、これをヒトの遺伝子が混じったメスのキメラアントにやられると淫靡で背徳的な雰囲気が半端ではない。

 しかも、これを(ポンズ)息子(レント)の眼前でやられているのだ。愛する家族の冷めた視線は物理的な威力を伴うと感じる程である。(ユア)の目が覚めていないことは、バハトにとって明確な救いであっただろう。

「…………」

『…………』

「…………状況は把握しました。その上で一言いいですか?」

『お、おう。なんだ、アルトリア?』

「地獄に落ちろ、マスター」

『ちょ、この状況でお前がそれを言うかっ!?』

 どこか嬉しそうなバハトとの念話をブチ切りつつ、アルトリアは宮殿へと向かって再度走り出すのだった。

 

 ◇

 

 キメラアントの王、メルエムほどの気配を見逃すようなアルトリアではない。

 つまり宮殿に着いて敵の気配を感じ取れなかった時点で、先着はアルトリアに相違なかった。

(さて)

 入り組んだ地形でも戦えなくはないが、アルトリアが魔力放出を全開して戦うならばある程度の広さがあった方が都合がいい。

 ざっくりと宮殿の様子をうかがえば、建物部分はもはや廃墟である。ここを戦場とするには彼女としてはあまりよろしくない。

 かといって宮殿の敷地から離れれば相手が様子見をする可能性も零ではない。魔力消費を考えた時間制限もあり、更にどうしてもここでメルエムの首を獲りたい事情がアルトリア側にある以上は大きく離れるのは得策でもない。

 となれば、場所の選択権はあってないようなもの。アルトリアは宮殿の前庭である、肉樹園と名付けられた巨木が立ち並ぶ場所を戦いの場所として選択する。

 肉樹園に辿り着いたアルトリアは周囲を見渡し、そしてはばかる事無く顔をしかめた。

(趣味が悪い)

 巨大な樹木に、人間を内包した繭がわさわさと生っている。人間を題材にした光景など邪悪な者共がすることという知識はあるが、実際に目の当たりにするとこれは思った以上に不快。守るべき人々がその尊厳ごと命を弄ばれているなど、英雄として見過ごせない案件である。

 更に言うのならばこれはキメラアントからしてみればただの畜産であり、極めて無垢な行為であるということもアルトリアは頭のどこかで理解できている。

 改めて明示する必要のない程の不倶戴天の敵。それが人類とキメラアントの間柄であると、この光景を見るだけで理解できてしまう。

 それを再確認できただけでも良し。アルトリアは首都ペイジンの街に繋がる大きな道の真ん中で、風王結界(インビジブル・エア)を纏った黄金の剣を地面に突き立て目を閉じ、集中を縒り合わせる。

(私が、すべきこと)

 アルトリアがここにいるのは、バハトの為ではある。人類の為でもある。

(私が敗れても『王が生き残る可能性がある』ことを知っているバハトは攻撃の手を緩めない。明確な王の死を確認するまで、彼はメルエムを執拗に攻撃する筈)

 だがしかし、それでは救えぬ命がある。彼女はその為にここに立っているのだ。

(コムギ)

 王に寵愛された盲目の少女。レントが育ったもう一つの歴史では、メルエムの妃となった者。

 バハトが知る歴史であれ、レントが辿った歴史であれ。彼女は他者によって無残にも命を奪われる。見方によっては間違いなく非業の死であろう。

(だが。だが、だ)

 ただ軍儀が世界で一番強いだけの少女が、蟻の王に見初められただけでその命を儚く散らせる。アルトリアが知るその運命も、ここでメルエムを討ち取れば覆せるかもしれない。

 ああ、確かに悲劇だろう。東ゴルトー共和国という過酷な国に産まれた目の見えない少女が、初めて自分に優しくしてくれた王に心を惹かれているのは分かっている。その王を殺すというのは確かに残酷だ。

 しかし人類としてメルエムを殺すという判断しかできない以上、道連れを一人でも減らすという考えは決して間違いとも言えない。

 ひとつの恋に全てを殉じさせるというのは確かに美談だ。だが、一般的に言って人は一つの恋にそうそう命を懸ける事はない。失恋しても愛する人を亡くしても、人生は続いていく。更に言うならば、東ゴルトー共和国という国が既に実質的に瓦解している以上、コムギはしかるべき相手に保護して貰えれば悪くない人生が待っているはずである。世界大会も開かれている軍儀の世界王者ならば、その程度のささやかな暮らしはできるはずだ。

 いずれ初恋を失った痛みを癒し、人が得られる当たり前の幸せを甘受する。そんな人生を手にする資格がコムギにない訳がない。

(その道筋は、バハトならば立てられるはず)

 バッテラという大富豪を操作してスポンサーとしたバハト。メルエムを討ち取った場合、コムギの先を託すことがアルトリアが彼に願った報酬であった。

 騎士王アルトリア。彼女はたった一人の少女の幸せを願い、人類の敵である蟻の王メルエムに立ち向かっている。

「――来た」

 音より早く、見るより早く。アルトリアは王の帰還を察知した。彼女の優れた直感が、宮殿に近づく圧倒的な存在感に気が付いたのだ。

 そして闇討ちするのもアルトリアの趣味ではない。瞑想から一転、闘志を全開にして周囲に振りまく騎士王。

 撒き散らすそれを察知できない蟻の王では当然ない。ユピーの能力で翼を生やした王は、弱体化したプフとユピーを連れてアルトリアが待つ宮殿前庭にある肉樹園の上空へと辿り着く。

 空中から騎士の王を見下ろす蟻の王。地上から蟻の王を見上げる騎士の王。

 視線が交錯し、お互いに思う。礼を失していい相手ではないと。

「余は、」

 一瞬だけ言い淀んだ蟻の王だが、しかしはっきりと自らの名を口にする。

「余は蟻の王、メルエム」

「名乗り上げに敬意を。蟻王(ぎおう)メルエム。

 返礼として我が名を名乗ろう。

 騎士王アルトリア・ペンドラゴン。それが私の掲げる誇りである」

 騎士の、更に言うならばその王を名乗る者の言葉である。これを聞いてなお上から見下ろす礼儀はメルエムにはない。

 彼はゆっくりと地上に降り、アルトリアと同じ大地に足をつける。

 互いに互いを見る、奇妙な沈黙。

「プフ、ユピー」

「はっ」

「はっ」

 小さく弱体化した護衛軍たちは、それでも命を散らすことで王の有利になるのなら心からの本望であると敵である騎士王の様子を窺っていた。

 異心同体となった王にそれを察せぬはずもなく、しかしそれを許容できる王でもない。

「命ずる。宮殿に下がれ」

「!」

「し、しかし王! それはっ!!」

「二度は言わぬ」

 有無を言わせぬ王の言葉に押し黙る2人。

(いや)

 しかしプフは素早く思考を回し、王の言葉を是と取った。

(例えどんな相手でも、王が不覚を取ることは有り得ない。それを確信できるほど、王は強大で強靭に相違ない。

 ならば我々がすべきことはこの後を見据えた行動。コムギの痕跡、軍儀の痕跡。それらを全て隠しきる。

 そう思えばこれは天が与えた好機! コムギを思い出さなければ、王は生物の王として間違いなく君臨する!!)

「承知しました」

「! プフ!!」

「いいから!」

 プフから見てもアルトリアと名乗った少女はただ者ではない。それは分かる。

 分かるからこそ、今現在の自分たちが何の役にも立たない事も分かってしまう。ならば潔く王の言葉に従うのが吉。

 素早く判断したプフはユピーの手を引いてこの場を去る。プフに何か考えがあることを察したユピーも、後ろ髪を引かれるようにその場を後にする。

 肉樹園に残されたのは2人の王。奇しくも、その両方が人の遺伝子を引きながらも、人ではないモノを宿した規格外。

「佳い闘志、佳い殺意だ」

 アルトリアの体捌きとその重心を見取り、彼女が不可視のナニカを持っていることを看破するメルエム。その射程が分からない以上、やや広めに間合いを取る。

 対してアルトリアは攻めの姿勢。不可視の風王結界(インビジブル・エア)によって幻惑された相手が躊躇した隙の分だけ強く押す。それが常套手段であり、最も堅実な戦法。

「――言うべきではないが」

 お互いに戦いは避けられないと分かっているし、避けられるのならばこの局面に至っていない。それは分かっている。

 だがしかし、まだ騎士の王はすべき問答を交わしていない。王としての礼儀を通す為、騎士としての恥をかく。

「降伏するなら、今ならば受け入れよう。貴殿の命を保証しきる事は出来ぬが、配下への便宜は最大に払おう」

「愚問」

 アルトリアの形式に沿った言葉は騎士として、戦士として最大の侮辱である。しかしそれを言うべき立場にあった彼女を慮り、メルエムは極めて無情に否定する。

 ここでは情を表に出さないことがアルトリアへの礼儀だった。そして王としての逆勧告をすることが彼の情けだった。

「こちらからも言おう。

 服従せよ、貴様ならば余が重く用いてやる」

「否」

 今度はアルトリアが一文字で捨てる。王として騎士としても、そしてサーヴァントとしても英霊としても。ここでメルエムに屈する可能性は絶無である。

 言うべき礼儀はお互いに果たした。

 ならば、後は死合うのみ。

「「はっ!」」

 鋭い声と共に、足元の地面を爆発させるような踏み込みで。2人の王は、敵を撃滅せんと間合いを詰める。

 メルエムも大柄な体躯ではないとはいえ、アルトリアは更に小柄。武器さえなければ先に攻撃が届くのはメルエムとなるだろう。

 だがしかし、当然ながらアルトリアは無手ではない。セイバーの名の通り、不可視の鞘に包まれた聖剣を持つのがアルトリアだ。

(長さは70センチ以上。しかし140センチはない)

 メルエムは高速で思考を回す。

 その根拠は、先ほどまでアルトリアが立っていた地面にあった。そこには地面に剣を突き刺したような痕が残っており、メルエムはそれはしっかりと把握していた。

 アルトリアが地面に武器を突き刺して、すぐに取り回せるような長さならば。どんなに短くとも70センチはなくてはならない。

 そして彼女がいかに人間離れした能力を持っていようが、体格だけは誤魔化せない。ざっと見たところ、身長は155センチに僅かに届かないか。その大きさで邪魔することなく振るえる武器の大きさは140センチが限界。メルエムはそう判断する。

 先に腕を動かしたのはアルトリア。射程内に入ったメルエムを斬り伏せるべく、何かを握ったような手を横に振るう。武器が見えないという事実を忘れれば、まるで道化のような滑稽さだが、そう感じ取れる間が抜け過ぎた存在はそう多くないだろう。

「ちぃ!」

 武器の長さが分からない。考えていたよりもずっと厄介なその性質は、メルエムの回避に上空を選ばせた。

 翼を使って宙を舞うメルエムに、今度はアルトリアが心の中で悪態を吐く。

(なんという身軽さ……!)

 本来、生き物にとっては落下するしか選択肢がないはずの中空。そこをまるで自分の庭であるかのように気軽な三次元軌道で動き回るメルエムに、今まで出会った事のないやりづらさを感じざるを得ない。

 上に回避したメルエムだが、その推進力はいささかも衰えず。ちょうど膝を突き出せばそこにアルトリアの顔があるという絶好の位置で蹴りを見舞う。

 キメラアントの王の攻撃をまともに喰らってはアルトリアとて危ない。メルエムが宙を支配するなら、アルトリアは地に伏するのが正解と見た。小さな体を地面に馴染ませるよう、頭を下げてメルエムの膝蹴りを回避。そして横に振るった剣を、今度は縦に回して中空にいるメルエムに向かって斬撃。

 当たれば致命傷になる可能性を否定できないメルエムは、横にずれる事によってその攻撃を躱す。

(90センチ以上、110センチ以下。持ち手はおおよそ25センチ。ヤツの武器が仮に剣だと仮定すると、刃渡りは65センチ以上、85センチ以下)

 僅か一回の攻防で、メルエムは冷静に冷徹にアルトリアの武器の長さを推し測っていく。アルトリアが武器を振るおうとした距離を計りきり、理路整然とした理屈で届かせる距離と届かない距離を考えたアルトリアの思考を読み取っていく。

(新たな情報を得るにはこちらからも攻めなければならぬか)

 地面を這うような体勢を取るアルトリアを相手にするならば、メルエムは空の利を捨てなければならない。いかに三次元的な行動が可能であるとはいえ、それには当然大地は含まれない。大地を味方につけるアルトリアに攻撃するならば、ある程度のリスクをメルエムは取らなければならないのだ。

「ふんっ!」

 僅か2メートルの上空から、地面に向かって直滑空するメルエム。重力を味方につけ、地に陣取るアルトリアを叩き潰さんとばかりに右腕を振るう。

「舐めるなっ!」

 いかにメルエムが速くとも、その直線的な動きにカウンターを合わせられないようなアルトリアではない。真っ直ぐに来るならば真っ直ぐに返してやると手に持った武器で突きを放つ。

 だがしかし、横に薙ぐならともかく。突きであるならば不可視の脅威は半減だ。目に見えなくとも、直線上にいなければ攻撃は当たらない道理である。

 捻じるようにアルトリアの攻撃軌道上から身を無理矢理に逸らし、そのせいで多少は削がれた勢いのままに踏みつけるような打撃を加えるメルエム。

 アルトリアも攻撃が回避されれば勢いが衰えることは分かり切っていたので、自分の攻撃が空を切った時点で攻撃がくるであろうその場から離れていた。

 結果、メルエムの殴りつけはアルトリアには当たらず、ボゴォと凄まじい音をあげながら地面に吸い込まれる。

 体勢が不利なアルトリアだったが、メルエムに至っては動きが完全に止まっている。

「もらった!」

 メルエムの腹を目掛けて剣を振るうアルトリア。それを見るメルエムは、僅かに身を下げるので精いっぱいである。

(離れた距離は80センチ。斬り込まれて5センチならば、余の致命傷になることはない)

 しかしその思考はどこまでも恐ろしいまでに冷静。届かなければ80センチ以下、届けばそれ以上。自分のダメージを対価に出し、見えぬアルトリアの武器を把握するのに徹するメルエム。

 そしてアルトリアにとって不運な事に、メルエムが試しで受けた間合いである80センチがエクスカリバーの刃渡りそのままだった。ほんの僅かな切り傷を残すだけで彼女が攻撃を終えた時、エクスカリバーの長さは完全にメルエムに把握されてしまっていた。

(刃渡りは80センチで確定。持ち手は動かさければ25センチ。射程を伸ばそうと持ち手を動かせば、その分の誤差を余の計算の中に入れればよい。

 そして振るい方からしてヤツの武器は恐らく剣)

 ほんの十秒程度である。戦いが始まってから、ほんの十秒程度。たったそれだけの時間で、メルエムはアルトリアの持つ不可視のベールの本質を暴き終えた。

 見えぬとはいえ、長さを把握してしまえばメルエムにとっては怖くない。空を飛ぶのはメルエムにとって苦ではないが、より精密な動きができるのはやはり地に足を着けた時。メルエムは翼を畳み、地面にその両の脚で立つ。

「?」

 自分から上空の利を捨てたメルエムにアルトリアは不思議な思いを抱きつつも、彼女としても敵が宙にいてはやりにくい。

 好都合には違いなく、彼女も地を這うような姿勢から足で地面を掴むような安定した体勢に戻す。

 そして攻撃を仕掛けるのはアルトリア。

「はぁぁぁぁぁ!!」

 唐竹割り、逆胴、袈裟懸け。怒涛の三連撃を、完全に見切ってかわすメルエム。

「ふむ」

「!」

 自分の見立てが間違っていなかった事を確認するメルエム。己の武器の長さを把握されたことを認めざるを得ないアルトリア。

 攻撃が恐れるに足らぬと見れば、反撃をするのが当然であり。メルエムは上段蹴りから開始してアルトリアを仕留めようと動き出す。

 その蹴りをしゃがむことで掻い潜り、薙がれた腕を横に跳ぶことで躱し、真っ直ぐに突き出された腕を身を捻じる事で回避する。

「ほう」

「鋭い…!」

 冷や汗を一つ流しつつ、しかしそれでも見事な回避でダメージなくメルエムの攻撃を捌ききるアルトリア。

 それを見て嘆息の息を吐くのはメルエム。

(読み、ではないな。それにしては直前までの予備動作がない。

 いわば勘、いや感か。感じるまま赴くままに動く行動が最適解になる天性のセンス。

 なるほど、まるで本人さえも天に愛されているような幸運を持っているように思えるだろう)

 そしてまた一つ、アルトリアの武器を看破するメルエム。直感という最適解を感じ取れるスキルを彼なりの解釈で噛み砕き、飲み込む。事実はどうあれ、()()()()()()をアルトリアが持っていると考えて行動すれば、また一つメルエムに有利に働くことは間違いない。

(長期戦は不利を通り越して死地!)

 そしてそれを察せないアルトリアではもちろんない。自分が暴かれていくという薄気味悪い実感を得たアルトリアは躊躇しない。

 エクスカリバーの剣先を後ろに向け、その封印を解く言葉を口にした。

風王鉄槌(ストライク・エア)!」

 束ねた風を背後に放出し、一度限りの加速力を得たアルトリアは。メルエムが想像し得なかった速度で彼へと肉薄する。

 そしてついに姿を顕わにしたその黄金の剣を振りかぶり、狙うのは生物共通の急所である首。

 虚を突かれたメルエムは、腕を盾にして首を守る事しかできない。奪い取った千載一遇の好機、アルトリアは腕ごと首を断たんと全力でエクスカリバーを振るう。

「疾っ!!」

 アルトリアの全力を込めた一撃。

 それはメルエムの腕に吸い込まれ、霞を通すように手応えなく通り過ぎる。それは首も同様であり、メルエムにはなんの痛痒も与えなかった。

 蠅の王(ベルゼブブ)。それは護衛軍のシャウアプフが所有していた念能力で彼を喰った事により、王に渡った物理無効の効果を持つ。

 不可視の状態では、アルトリアの武器に物理以外の効果があるかどうかが分からなかった。だがしかし、一度喰らえば話は別。そのおおよそが物理的威力によるものだとは理解できた。

 しかしそれでも、物理以外の効果がないとは限らない。その懸念が消えなかったからこそ、メルエムは出来るだけアルトリアの攻撃を受けることを良しとしなかった。

 そして回避の仕様がない致命の一撃を受けるにあたり、黙っていれば死ぬというのに蠅の王(ベルゼブブ)を使わない道理はない。

 結果として王は無傷であったものの、死を覚悟しなかったとはとても言えなかっただろう。物理効果以外が斬撃に付加されていればメルエムは死んでいたと思える太刀筋であったことは否定のしようがない事実である。

「見事だった」

 故に。メルエムは称賛の言葉を送りつつ、眼前で技後硬直により隙だらけであったアルトリアの胸に向かって貫き手を放つ。

 蟻の王の万全な一撃に、騎士王の銀の甲冑は耐えることが出来ずにひしゃげて大穴を空け、僅かに身を捩らせたその右胸を貫いて背中まで貫通させる。

 明らかな致命傷。

 それを受け、アルトリアは笑う。

「捉えた」

 清廉なその笑みを受け、ぞわりとメルエムの肌が粟立つ。

(いつか、直前? 余は、この悪寒を味わったことがある?)

 一瞬だけ思考が逸れるメルエム。それはネテロ会長が死に際に浮かべた笑みを見た時の感想だが、あいにくと彼にその時の記憶は失われている。

 しかしあまりにも一致したその条件が、メルエムの脳内に全力の警鐘を鳴らしていた。

 とっさにその場から離れようとするメルエムだったが、なにぶん体勢が悪い。アルトリアを確実に殺す為に全力を込めた直後であるからして、どうしたってすぐに退避する状態には入れない。

 右胸を貫かれたアルトリアは確かに致命傷ではある。しかし彼女はサーヴァントであり、その霊核を砕かれるか首か脳をやられない限りは即座に消え去るような存在ではない。人間ならば即死して動けなくなるようなダメージを負っても、喰らうことを覚悟していたのならば意志の力で死ぬまでの僅かな時間を全力で動くことが出来る。

 

 ここで一つ明示しよう。なぜバハトは対メルエムにアルトリアを選んだのか。

 剣の腕ならばランスロットの方が上である。肉体の強靭さならばヘラクレスの方が上等だ。

 だがしかしそれでも。宝具威力が最も高い英霊ならば、やはりアルトリアに軍配があがる。

 バハトは忘れていない。メルエムはネテロ会長の零の掌を軽症で耐えつつも、貧者の薔薇(ミニチュアローズ)によって即死に近い重傷を負った事を。

 メルエムを本気で殺すつもりならば、物理的な単攻撃よりも熱を含んだ巨大なエネルギーで圧し潰す事が最適解だという事をバハトは間違いなく理解していた。

 

約束された(エクス)――」

 右胸を貫かれたアルトリアは、しかしそれでも両手で黄金の剣を振りかぶり、眼前にいるたった一人の為に対軍宝具を放とうと魔力を込める。

 それは決して魔力に優れた訳でもないマスターであるバハトに賄いきれる量ではなく、アルトリアは自身を構成する魔力さえも攻撃力に転嫁して宝具を溜める。致命傷を受けたのは数ある結果のうちの一つであり、彼女はメルエムを仕留める最善の方法として自身の消滅を許容した最強宝具の使用を心してこの戦いに臨んでいた。

 それを見るメルエムは、その姿を美しいと思いつつも。生物としての当たり前の本能から眼前に迫った死から遠ざかろうとあがきを見せる。

 座して待つは死。しかしながら、貫いた腕が邪魔で回避行動を取ることができない。腕を抜くにせよ、要らぬ腕を切り捨てるにせよ。その行動が終わった時にはアルトリアの攻撃が成立し、メルエムは死ぬしかない。

 どうにもできない。だがしかし、何もしないのはありえない。そんなメルエムができたのは、暴れるように身を捩らせて一歩分だけ身を右にずらす事だけだった。

 メルエムのその動きをしっかりと確認し、アルトリアは小さく微笑みながら自身全ての魔力を使った魔力を開放して宝具を発動する。

「――勝利の剣(カリバー)ァァァ!!」

 光の剣閃は夜空を斬る。

 メルエムでさえ耐えきる事ができない高熱量の白が燦然と輝く。

 その極光は誰も傷つける事無く、アルトリアの宝具は頭上に放たれていた。

 ――メルエムは無傷のまま呆然としていた。呆然と、跡形もなく消え去ったアルトリアが居た場所を見つめていた。

「は」

 やがて我を取り戻した蟻の王は、騎士王がその一撃を虚空の天に放った理由を悟る。

 最後のあがきで右に一歩だけ場所をずらしたメルエム。偶然にも、その立ち位置の背後には首都ぺイジンの街並みがあった。つまり、東ゴルトー建国記念大会で集められた約500万の人民がエクスカリバーの射程に入ってしまったということ。

 流石にその全員が巻き込まれる事はなかっただろうが、何万十何万という国民が巻き添えで死んでいたのは確定的。アルトリアは、それを回避する為にメルエムを殺す事を諦めてまで約束された勝利の剣(エクスカリバー)を頭上に逸らしたのだった。

「は、ははは、ははははははははははぁ!!」

 安堵か、恐怖か。それとも下らぬ人間共の命を盾に生き延びてしまった屈辱か。

 そのどれかも分からぬまま、メルエムは死闘の末に拾った命を嘲りながら独り笑い続けるのだった。

 



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104話 最終話 フォーリナーのデミ・サーヴァント

皆々様。長らくお付き合いいただき、真にありがとうございます。
殺し合いで始まる異世界転生、その最終話を投稿させていただきます。
どうかお楽しみいただけると幸いです。


 

 唐突に。

 バハトは己の左の眼窩に指を突っ込み、その眼球を抉り出し始めた。

「っぅぅぅぅ!!」

 呻き声をあげながらぐちゅりと己の眼球を掴み、ブチリと聞きたくもない視神経が千切れる音を頭蓋に響かせながら、バハトは己の視力を己自身の手で喪失させた。

 ベタベタし過ぎて怒られたピトーが部屋の隅でしゅんと落ち込んでいただけの静かな時間が流れていたバハトたちのアジトだが、バハトの凶行で一気に場が緊迫する。

 何も聞いていなかったピトーが最愛の人の唐突な自傷行為に総毛を立たせて戦慄するが、話はこれで終わらない。バハトの行動の意味を理解したレントが即座に後に続き、バハトと同じように自分の眼球を繰り出す。

「……」

 バハトと違い、顔を歪めるだけでそれを為すレント。そんな夫と息子を見てポンズの顔色が青褪める。

 ピトーと違いポンズは説明を受けている。悲痛な顔をしつつ、有り得た可能性としてこの光景の覚悟はしていた。とはいえ、幸せそうな顔で寝こけている義妹(ユア)を恨めしく思わない訳ではないのだが。

 今夜のポンズの役目はレントの燃料係である。彼女はじっとしておく以上に役立つことはない。唇を嚙みしめて現状を見続けるしかない。

「「斉天大聖(サルノギキョク) 分身の業(オノレワケミダマ)」」

 2人の言葉が重なる。くり出されたそれぞれの眼球が歪に膨らみ、そして己自身の分身となる具現化された念人形となった。

 新たに創り出されたバハトとレントは、アジトを一顧だにせずにボロ家を飛び出していく。

 目指す先は言うまでもない、宮殿だ。

「……負けたのね」

 暗い顔でポンズが言う。元から隻眼だった2人は共に虚ろな眼窩から赤い涙を流している以上、ポンズの表情を見ることはできない。

 しかし、その声があまりにも悲壮に満ち満ちていた以上はその感情は伝わってくるというもの。真っ黒な視界の中でバハトが頷いた。

「ああ。アルトリアはメルエムに敗れた」

 勝っていた勝負だった、たかが数万の人間を犠牲にすれば。バハトからすればメルエムの命を獲れるのならば必要な犠牲だと言い切れるが、判断したのは騎士王であるアルトリア。たった一人の少女の為に戦場に向かった彼女が、数万の無辜の民を犠牲にする決断をする訳がない。

 バハトは己の腕を握る。そこに刻まれたのは、最後に残った1画の令呪。もしもあの時に令呪を使えば、メルエムを抹殺することも可能だっただろう。

(…………)

 だが、できない。残った令呪の使い道は決まっている。たった一人の命を繋ぐために使うべきそれを、メルエムを殺すことに使えなかった。

 何のことはない。バハトにとって数万の見知らぬ人民よりも、一人の家族の幸せを紡ぐ方が大事だったのだ。

「ピトー」

「ハッ!」

 バハトに名前を呼ばれたピトーが彼の傍に傅く。見ることもできないまま、バハトはピトーに命じる。

「俺の眼球を復元した後、クルタの眼球も復元しろ」

「仰せのままに」

 そう言ったピトーは遅滞なく能力を発動させる。修復を含めた生体操作を可能とする玩具修理者(ドクターブライス)により、バハトの顔に覆いが被せられて治療が始まる。

 それだけで痛みが少し収まったバハトはほっと安堵の息を吐いた。

「クルタ、すまん」

「いいよ。いざっていう時には父さんの方が強い。強化系だしね」

 キシシと瞳のない顔で笑うレント。特質系である彼より、強化系でもあるバハトの方が地力が高い。

 万が一の時には1秒でも長く時間を稼ぐ必要がある以上、バハトの方を早く治癒するのは当然の判断だった。

 それでも仲間である息子に対して罪悪感を覚えない訳もなく、バハトの口から謝罪の言葉が発された訳であるが。

「さて」

 仕切り直す。

 理想的な展開とはいかなかったが、起きた事態に対して最善手は取れている自覚はある。

 まず明確な事実として、アルトリアはメルエムの命を獲れなかった。これは動かせない。

「次に注釈するのは、王は薔薇の毒によって死ぬのか否か」

 ポンズが誰にも見られないまま、難しい顔をして言う。

 バハトが知る物語では、メルエムは薔薇の毒によって死んだ。レントが辿った歴史では、メルエムは薔薇の毒を生き延びた。

 彼らがメルエムの生存条件として勘案したのは3点。ネフェルピトーの玩具修理者(ドクターブライス)による治療、ポンズが捕食されてメルエムに薬毒の妙(アルケミーマスター)を使われることによる解毒、そして理解の外にあったトトによる()()()

 現状。ピトーは操作した上でこの場におり、ポンズも健在。トトに至ってはバハトが捕食した。予想した全てに対処できている現状、今からできる事は何もない。

「確認しておくけど、トトにはメルエムを救う手段はあったのかしら?」

「あった」

 答えた言葉にポンズとレントの背筋が凍る。

一身奉待(テイクミー)。己の肉体を削ることで発動を可能とする念能力、真に忠誠を誓った相手へのダメージを肩代わりする」

「つまり」

「ああ、つまり薔薇の毒を肩代わりすることがトトには可能だった」

 そう言いつつ肩を竦めるバハト。彼が誰かに忠誠を誓うことは考えにくく、トトから奪った一歩千里行(ワンマーチ)一身奉待(テイクミー)もどちらも死に能力だ。王の存在を前提としている能力だから仕方がない話ではあるのだが。

 このように念能力というのは自分自身にカスタマイズされているケースが極めて多い。多くの念能力を集積しようが、使い勝手が良い能力というのはあまりないものである。

 それよりか、護衛軍のオーラを丸ごと吸収できたことこそバハトにとって何よりの収穫である。

「現状、メルエムの生き目は考えうる限り全て潰した」

 緊張の色を消さずにバハトが言う。

「だから、予定通りの監視ね」

 バハトとレントのデコイを放った意味はここにある。知りえたあらゆる念能力を使いこなせる2人のコピーがいるとどうなるか。

 答えは神の不在証明(パーフェクトプラン)の永続使用が可能となる、だ。息を止めている間、手を触れている相手にも連動する神の共犯者と合わせて、オーラが消えない限りお互いがお互いに完全なる認識阻害の念をかけ続けられる。

 これで可能な限り、メルエムの監視をしようという策である。

「これでメルエムが死ねば良し」

「……もしも、死なないのなら」

 バハトの意識とポンズの視線がレントへと向く。

 それを敏感に感じ取った彼は、それでも軽薄に笑った。

「あひゃ。分かっているさ、ボクの行く道がなくなるってね」

「「…………」」

「そう落ち込むなよな、父さんも母さんも」

 瞳がないまま、レントは優しく笑った。

「覚悟してこの時代に来たんだ、悔いはないさ。

 ボクを、レントを、父さんと母さんの息子を、どうかよろしく頼むよ」

 

 ◆

 

 パチリ

 パチリ

 パチリ

 

 感じられる息遣いは、たった2人のみ。

「4-5-1 忍新」

「5-5-2 砦」

「7-1-1 兵」

「7-1-1 騎馬新」

「――詰み、だな」

 勝てなかった、ただの一度も。その充足感を得たまま、メルエムは小さく微笑んだ。

「はい。ワダすの勝ちです」

 誇らしげに胸を張るコムギの姿、その全てが愛おしい。

 許されるならばいつまでも軍儀で最愛の少女と戯れていたかった。

(いつまでも、いつまでも)

 けれどもそんな奇跡のような時間はもう終わり。薔薇の毒に蝕まれた己自身の指先が、ほとんど動かない事を自覚しつつある。

「コムギ」

「はい」

「少し、眠る」

「はい」

「側にいてくれるか?」

「はい。もちろんです」

 

「いつまでもお傍に居させて下さい。メルエム様」

 

 いつまでも、いつまでも。

 いつ、までも。

 

 ◆

 

「――もう、いいだろう」

「だね」

 力なくコムギに寄りかかり、その膝を枕にして体を横たえるメルエムを確認したバハトとレントはそう判断する。

 護衛軍は全滅した。プフとユピーは毒で死に、トトはバハトに喰われ、そして操作されたピトーは悲痛な顔でバハトたちの傍に控えている。

 建国記念大会での死闘から、1日と少しが経過しようとしていた。この時点まで毒に冒されながら生き続けたメルエムの生命力は流石であるが、もう逆転の目はない。結局はバハトの知る物語の結末を迎えた、という訳だ。

 本当ならばメルエムが死ぬまで見届けたかったが、メルエムが死んでからでは遅いのだ。

「待たせたな」

「本当にな」

 余裕のないイライラとしたキルアに睨みつけられてバハトは苦笑する。

 無理もないと、他ならぬバハト自身がそう思っていた。あまりに酷い状態であるゴンを見た時はバハトも絶句したものだ。そんな彼を迷うことなくノヴの元まで運び、四次元マンション(ハイドアンドシーク)で病院まで即座に転送できたのはキルアが為した値千金のファインプレーと言えるだろう。

 しかしそうまでしてゴンの命を助けたキルアに明るい表情がない。それもまた当然で、ゴンが治る見込みがまるでないのだから。

 更にその上、バハトはメルエムの死を確信するまではゴンたちの仲間には戻れないと言い切ったのだ。

 

 ◇

 

「理由は?」

「――誰よりも大切な、俺の息子のため」

 

 ◇

 

 真摯に頭を下げるバハトに、キルアはそれ以上の言葉を飲み込んだ。

 飲み込んで、キルアは自分ができる事をやった。シュートの見舞いに、モラウやノヴと情報を共有してゴンを救う手を社会的にも探すこと。

 キルアたちの仲間であるパームがメルエムの死までを監視し、そんな彼女を気遣うイカルゴやメレオロンに差し入れもした。無傷に近い状態で戦いを切り抜けたキルアの仕事は膨大だった。

 そして今、もう間もなくメルエムが死ぬから話がしたいと言ったバハトの元に訪れていたのだ。一緒に来たのはナックル。

 バハトの傍には、彼の妻であるポンズと妹であるユア。それから胡散臭いクルタ族であるクルタと、そしてバハトが操作したというネフェルピトー。

 彼らはもはや廃墟と言っていい激戦地となった宮殿を臨む崖の上に立っていた。ふと空を見れば、東の空に微かな藍色が見える。

 夜明けは近い。

「説明してもらうぜ」

「当然だな」

 頷きながら、バハトは口を開く。

「まずは明確にしておこう。クルタの正体は未来から来た俺とポンズの息子であるレントだ」

「先に説明した通り、ボクの名前は呼ぶなよ?」

 名を呼ばれたら、レントはその相手の命令に一切逆らえなくなる。己の全てを依存して操作権を捧げる念能力。そこまでのリスクを負わなければ、過去の世界で何か月と行動することはできなかった。

 先にその説明を聞いていたキルアにユアとナックルは神妙な顔で頷く。現在の操作権を持つバハト以外はレントの名を呼ぶことは許されない。

「レントの知る未来では、王の討伐に失敗した。それによって王はその血脈を世界中にバラ撒き、キメラアントによって世界は大混乱に陥ったんだ」

「マジで滅亡する3歩手前、みたいな?」

 あひゃひゃと笑うレントからは悲壮感はない。しかしそんなレントの悲壮感の無さを痛ましげに見つめるポンズの手前、全ての言葉は吞み込まざるを得なかった。

 続けて口を開くのはそのポンズ。

「私たちの息子は、全てを懸けて過去へとやってきた。歴史を修正すれば、元の世界に戻ることもこの世界に留まることもできず、虚空に消える。その覚悟を持って」

「…………」

 兄であるバハトも、自分自身も。命を助けられたユアは黙り込むしかない。レントが来なかったら兄妹諸共無残に死んでいたという事実を否定しても始まらない。

 無論、目の前の成人男性がついこの間見た甥っ子と重なる訳ではない。だが、家族ではないが彼は恩人ではあるのだ。

 そんなレントが、ユアの大切な命を救うだけ救って消えていく。どれはどこか勝ち逃げされるような後味の悪さをユアに与えていた。

「――無論。父としても、命を助けられた借りがある者としても、それらを見過ごす訳にはいかない」

「じゃ、どうするんだ」

 呆れたように言うナックル。時間を超越してやってくるだとか、流石に話がデカすぎる。個人どころか、人間社会として頑張ればどうにかなるという範疇を大きく超えているといっていいだろう。

 どうあがいても救えない者は救えない。言外にゴンのことを言われたようで、キルアは誰にも気が付かれないように奥歯を嚙み締めた。ナックルの言葉にそんな嫌味は当然なく、これはただの自分の被害妄想だと。

 そんなキルアをさておいて、バハト薄くそして美しく笑みを浮かべる。

「捧げよう」

「何を?」

「俺の、最強を」

 バハトの言葉が理解される前に、バハトは朗々と呪文を唱え始めた。

 

 素に銀と鉄

 礎に石と契約の大公

 祖には我が大師シュバインオーグ

 降り立つ風には壁を

 四方の門は閉じ 王冠より出で 王国に至る三叉路は循環せよ

 

 始まりには怪訝があった、バハトは何を口走っているのかと。

 しかし、ああしかし。言祝ぐ声が進むにつれて、周囲の様子が明らかに変わる。ナニかは分からないが、この場に濃密な気配が漂い始めている。

 

 閉じよ(みたせ) 閉じよ(みたせ) 閉じよ(みたせ) 閉じよ(みたせ) 閉じよ(みたせ)

 繰り返すつどに五度

 ただ、満たされる刻を破却する

 

 気配はより重厚になり、今にも叫びだしそうな気配が満ちて溢れて荒れ狂っている。

 キルアとナックルは強い困惑と警戒を浮かべながらバハトのことを注視していた。彼らが落ち着けている要因の一つに、ユアとポンズの存在がある。

 彼らの仲間である彼女たちは、なんら警戒を露わにすることなくバハトを見守っている。

 だからきっと、これは仲間を害する事柄ではないのだろうと信じられていた。

 

 セット

 ――告げる

 汝の身は我が下に 我が命運は汝の剣に

 聖杯の寄るべに従い この意 この理に従うならば応えよ

 誓いを此処に

 我は常世総ての善と成る者 我は常世総ての悪を敷く者

 

 気配と呼ぶのも烏滸がましい、オーラとはまた違うエネルギー。ただただ溢れ続けていたそれが、急速に指向性を持って動き出していた。

 溢れ出て流れ出たそれらはバハトの眼前を目指し、渦を巻きながら収束していく。

 これほどまでに存在感が高いものが集合していく有様は、それの固体化を幻視させる。それと同時に()()が一箇所に集まったのならばどうなるのか、その予想も尽かない。

 止めるには遅すぎた。そう思いつつ、キルアとナックルは眼前の異常を眺め続ける事しか出来ない。

 

 汝三大の言霊を纏う七天

 抑止の輪より来たれ――

 

「――天秤の、守り手よ」

 長い呪文を唱え終わった瞬間、集合した()()が光り輝き、ヒトの形を成す。

 1分ほどの濃密な時間が終わった時、そこには一人の男の子がいた。金髪で黄色いマフラーを巻いた、キルアどころかユアでさえ見下ろすくらいに小さい男の子が白い服を着て立っていた。

 あれほどの異常を経過して形作ったとは思えない程にふわりとした笑みを浮かべた少年は、自己を謳い上げる。

「エンゲージ。フォーリナーのサーヴァント、真名をボイジャー。参上したよ」

 どこまでも場違いに言うフォーリナーのサーヴァント、ボイジャーの頭をくしゃりと撫でるバハト。

「ボイジャー、召喚に応じてくれて感謝する。

 過酷な運命を共に背負ってくれる君に、敬意を」

「うん。道具であり兵器であるボクたちを、ヒトとして扱ってくれるキミだからこそだよ。

 それに、ボクは今回の航海も楽しみなんだ」

 無邪気に笑みを浮かべるボイジャーにもう一度笑いかけたバハトは、呆気にとられるキルアとナックルに顔を向ける。

「これが、俺が隠していた最強の能力だ。

 異聞伝における英雄をそのまま具現化し、使役する。彼らの能力は俺程度を遥かに凌駕している」

「――まさか。リショブンや、エミヤも?」

「察しがいいな、キルア。その通り、李書文やエミヤも俺が具現化したヒトガタだった。俺よりも強い彼らが俺に従って手を貸してくれていたのは、このカラクリがあったからだ」

 驚きながらも高速で思考を回すキルアにバハトは称賛の言葉を贈る。

 一方で立ち直ったナックルは、それでも疑問が浮かぶ。

「で、そのスゲェ能力が今何の役に立つんだ?」

「ボイジャー、彼の最大の能力は異界渡り」

 基本的にサーヴァントは()()の存在だ。座こそ世界の外にあるが、影響を及ぼすのは世界の内。原則は確かにそう。

 例外こそがフォーリナーのサーヴァント。彼ら彼女らは()への関係性を持つ。だがそれでも降臨者(フォーリナー)の名の通りにこの世界に降り立つものが基本であり、『()()()()()』が極めて多い。そしてそういった()からの存在は外部の狂気を身に宿している事が多く、極めて危険でもある。

 たった一人、ボイジャーを除いて。彼は地球産のサーヴァントであり、地球から外に旅立つ宇宙船の概念が結集したサーヴァントである。

 もしもこの世界から旅立つサーヴァントを選ぶなら、それはボイジャーをおいて他にいない。

「レントは間もなくこの世界から弾き出される。その運命は覆せない」

「その前に自分の足で出て行ってやろうっていうんだ。潔いだろ?」

 あひゃひゃと嗤うレント。真っ暗闇だった未来に道案内ができただけで御の字である。

 どこともないトコロへと消えていくのが怖くなかったといえば噓だから。必死になって息子(レント)の為に動く父親(バハト)に、嬉しくない訳がない。

「それでも」

 割り込んでボイジャーが口を開く。

「それでも、ボクは自分一人しか異界へと渡ることしかできないんだ。

 それが小さな小さな誰も乗らない宇宙船という概念から出来たボクの限界」

 ウチュウセン? と聞きなれない言葉に首を傾げる者もいたが、動き続ける状況が疑問を留め置くことを許してくれない。

 バハトは己の腕を掲げ、朱く光る絶対命令権を提示する。

「――だから」

「そう、だから」

「お別れだ、俺を支えてくれたサーヴァントたち」

 惜別を表に出しながらそう宣言したバハトは、覚悟を決めた表情で令呪を使う。

 1画目はメディアに命じてノブナガの記憶を吸い出した。2画目はクーフーリンの宝具を発動するのに使った。最後の3画目を、今ここでボイジャーに捧げる。

「最後の令呪を以って命じる! ボイジャーは我が魂に宿りし聖杯を摘出し、願え! レントと融合してデミ・サーヴァントに成ることを!!」

 朱色の輝きが消えると同時、ボイジャーはバハトの胸に向かって腕を突き出す。ボイジャーにその能力はないが、サーヴァントは基本的に霊体だ。令呪の後押しがあれば魂に干渉することはできる。

 そしてボイジャーは令呪で命じられた通りにバハトの魂に腕を突っ込み、その魂と融合した異物である願望器の聖杯を、ブチブチと引きちぎる。

「ぁがああああああ!!??」

 これにたまらないのはバハトである。自分の魂が引き裂かれる異常な感覚に激痛の声をあげた。

 ユアとポンズはそんなバハトに心配の視線を向けるが、しかし止めることはできない。これは父が息子に贈れる精一杯の餞なのだから。

 バハトの主観では気が遠くなるような数秒を経て、彼の胸から引き抜かれたボイジャーの手には光り輝く盃が握られていた。

 その願望器を胸に掻き抱き、ボイジャーは祈るような願いを捧げる。

「――どうか、ボクとキミの旅路に幸があらんことを」

 願いを聞き届けた聖杯によって、ボイジャーは聖杯ごと光り輝く粒子に変換され、それはレントへと向かう。

 覚悟の据わった目でそれを見るレント。説明は受けていた、次は自分の番であると。

「ぎゃあああああああぁぁぁぁぁ!!」

 レントが、数多の地獄を潜り抜けざるを得なかったレントが。我慢できない程の違和感と自分が変わる恐怖に叫び声をあげた。

 デミ・サーヴァントになるとはそういうこと。ある意味で人間でなくなるに等しいことだから。

 しかしとある歴史で科学と魔術によって手探りのように調整されていった少女とは違い、今回は聖杯という願望器によって強制的に願いは叶えられる。またもほんの数秒で、苦悶の時間は終わった。

「…………」

「…………」

 僅かに、沈黙。

「レント、どうだ?」

「うん、大丈夫。思ったよりずっと、ボクの体に馴染んでいるよ」

 今のレントはレントではある。しかしそれと同時、ボイジャーも混ざっている。今までの皮肉屋な様子は鳴りを潜め、純粋無垢な面も大きく表れていた。

 そして、レントは覚悟を決めた表情でバハトと、そしてポンズを見る。

「時間がない」

「――メルエムが死ぬ、か」

「うん。なんとなく分かるんだ。ボクがこの世界に居られる時間は数分もないって。

 弾かれる前に自分から旅立たなくちゃ、どこに飛んでいくか分からない」

 そういってふわりと宙に浮くレント。ボイジャーのスキルであるスイングバイを使い、全員が見える位置に移動する。

 やり切った顔の父。心配そうな顔の母。それから、この場の流れについてくれてこれていない多くの人たち。

「みんな、バイバイ」

「いってらっしゃい。私の、自慢の息子」

「――よい旅を、な」

 レントが消える直前、朝日が昇る。暁に見送られるレントは、よい旅になりそうだと満面の笑みを浮かべた。

 そして、まるで最初からいなかったようにレントが消える。

 旅立ったのだ、この世界から。新たな自分が根付くことができる世界へと向かって。

 

 一つの話が終わる。

 これは、神と呼ぶにふさわしい存在から力を授かった2人が殺し合った物語。

 その果てに、奇しくもその両方の力を身に宿した青年がこの世界から旅立った。

 紅い瞳にはあらゆる念能力を扱える瞳を宿し、全身には世界を守る精霊に等しい存在を羽織って。

 

 そして、物語は続いていく。

「待たせたな、キルア」

 ()()の方を振り返ったバハトは言葉を紡ぐ。

「さあ、ゴンを助けに行こう」

 

 

 

 

 




今一度言わせて下さい。
皆々様方。長らくお付き合い頂き、本当にありがとうざいました。
これにて『殺し合いで始まる異世界転生』を()()()()完結とさせていただきます。

なぜ()()()()と言ったのか。
それは続く選挙編まで書くことを決意したからでございます。
しかしながら、当初の予定では3章でこの物語で描きたいことは全て書き終えるつもりで、その心持ちは今でも変わっておりません。

続けるか、終わらせるか。どちらにするか。
決断したのは一つの感想、迷っていた時に贈られた言葉。
この物語が大好きだと、応援していると。
純粋にこう言われては、プロットが思いついている選挙編まで書くのがいいかなと、そう思ったのです。

つまりですね。
みんな! 大好きな作品には素直に応援した方がいいぜ! マジで!
今回みたいに作者がやる気になったりするから!

さて、それはさておき。
それでもこれが一つの区切りには違いありません。
次話は『あとがきと基本設定などなど』と称して、本編で語ることができなかった設定などを提示していきたいと思います。それが終わったら、この作品の全体的な見直しを。
その後に『断章』とでもして、選挙編を書いていこうかな。そう思っています。

現在の私は、二次創作の他にオリジナル作品にも力を注いでいます。
それでもあらゆる創作には全力を出していきたいと、そう思っておりますので。

どうか、お付き合い下さる皆様。
これからも、殺し合いで始まる異世界転生だけでなく、私の作品すべてをどうかよろしくお願いいたします。


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断章 次からとこれからと
105話 レントの行く末 ~あとがきに設定集を添えて~


 

 ◇

 ◆

 ◇

 

 世界の外に飛び出したレントは、何もないあまりに濃密な()()を跳んでいた。

「っ、っっっ、……」

 自分の内部に居るもう一人、フォーリナーのサーヴァントであるボイジャーがここまで心強くなるとは思わなかった。

 ()()に一人で居たら心が壊れてしまう。そしてせめて自分で向かう方向を決められるというのが精神的な慰めだった。その両方があるからこそ、レントはなんとか心を壊さずにいる。

 バハトから贈られた餞は、今確かにレントを守っていた。

「え」

 その時間も唐突に終わる。なんの前触れもなく、フと重力を感じて地面もない真っ白な空間に降り立つレント。

 上も下も、真っ白いだけで何もない世界。そこにレントは佇んでいた。

「来ましたね」

 そしてそこにもう一人いた、没個性なスーツの男。

 つまらなそうにレントを見る、かつてバハトの魂に聖杯を付与させた神の如き能力を持つモノ。

「――誰だい、キミは?」

 訝しそうに、しかし穏やかに問いかけるレントに。スーツの男は顔色一つ変えずに返事をする。

「かつて、アナタの父が神と呼んだ存在ですよ。(ワタクシ)は、ね」

「ふーん」

 どうでもよさそうに神と名乗る男を見るレント。それを見てスーツの男はやれやれと首を振る。

「で、ボクに用事があるのかい?」

「察しが良いようで何よりです」

 静かに頷くスーツの男に、今度はレントの表情が訝しそうになる。

「……なんの用?」

「そうですね、アナタにはある世界に行っていただきたい」

 そういってスーツの男は、右の手のひらの上の空間を歪ませた。

 ソレは別の世界に繋がっている。レントはそう実感した上で警戒し、一歩後退した。

「……拒否権は」

「無いですよ」

「だろうね」

 とはいえ、それが無駄な行動であることは他ならぬレントも気が付いていた。

 目の前のスーツの男は、格が違う。次元が違う。存在が、違う。抵抗が無駄だということを容易に理解する程度には誰そ彼は大きく()()()()()

「せめて聞いていい?」

「どうぞ。答えるとは約束しませんが」

「結局、キミの目的はなんだい?」

 レントの問いに、スーツの男は左手で顎を撫でる。

「最終的な目的は(ワタクシ)も知りません。所詮、(ワタクシ)も下っ端ですので」

 これ程の実力で上回っている、神の如きモノが下っ端に過ぎないという言葉に思わずレントから失笑が漏れた。それはいったいどんな冗談かと。

 そんなレントを完全に無視し、スーツの男は言葉を続ける。

「ですが、今回の目的で言えば単純です。2つの能力を掛け合わせた存在をこの世界に送り込むこと」

 レントは、父バハトのサーヴァント召喚能力から派生してデミ・サーヴァントとなった。その上で『知りえた全ての発を扱える発』も扱える権利を有している。

 その2つの能力を持ったものを生み出すことがスーツの男の目的だった。

「その上でアナタが世界から弾かれてくれれば、自然にこの世界に誘導できたのですが。まさか自身で世界渡りの能力を得るとは(ワタクシ)も想像しておりませんでした。

 おかげで(ワタクシ)が出張るハメになりましたとも」

 やれやれと首を横に振るスーツの男。

 そんな彼を見つつ、レントは反骨精神を隠さずに言葉を紡ぐ。

「……ボクは、決してお前たちの思い通りに動かない」

「結構。そのくらいの気概を持つ方でないと()にならない」

 次元の違う格上に対して意の決した言葉を放つも、効果はない。ただただ淡々とつまらない仕事をこなす風情のスーツの男に目立った変化は見当たらなかった。

「好きに生きなさい。その果てに、(ワタクシ)たちを理解できたのならば、そこでようやく選択を得られる。

 すなわち、抗うか。それとも従うか」

 そこで初めてスーツの男は自分自身の感情を表に出す。

 諦観の感情を表に出したスーツの男は、憐憫の情を込めてレントに言葉を投げかける。

(ワタクシ)は、抗えなかった」

「…………」

「行きなさい。クルタ族のデミ・サーヴァント、レント。まだ幼き可能性よ。

 その全てが仕組まれたモノだと既に提示された今でも歩みを止めない若者よ。

 果ての途中で、また相見えることもあるでしょう」

「そうなんだね、分かったよ」

 スーツの男でさえも、至高の座からはまだ遠い。

 レントは別に最上に至るつもりはなかったが、しかし理解のできない上から運命のように自分の人生をいじられるのは流石に気分が悪かった。

「では行きなさい」

 義理は果たしたと、スーツの男は右の手のひらに創り出した異界の扉をレントに向けて移動させる。

 すぐにソレはレントの元へと辿り着き、ぎゅるりと巻き込むようにレントは白いだけの空間から姿を消す。スーツの男が願う通りの異世界へと旅立つことが強制されたのだ。

 それをじっと見届けたスーツの男は、ぽつりと言葉を残す。

「いつか、きっと」

 それは誰に向けられた言葉なのか。

 聞こえぬレントには分からない。きっと、誰にも分からない。

 ただそれだけが、スーツの男に残された自由だった。

 

 ◇

 ◆

 ◇

 





 ◇
 ◆
 ◇

 ◇

 殺し合いで始まる異世界転生 基本設定集・設定裏話(9割以上は今現在執筆しています)

 ◇

 バハト

 ・強化系と変化系の中間に位置する念能力者。水見式は、水が増すと同時に塩辛くなる。
 ・緋の目を発動した時は特質系となる。水見式は、水が渦巻く。
 ・転生する際に与えられた能力として魂に聖杯が付与されており、FGOにおけるサーヴァント召喚を行える。ただし喚び出されたサーヴァントにはモチベーションとなる『聖杯による願望成就』の可能性が提示されない為に、扱いには通常の聖杯戦争以上の繊細さが必要となる。人理の危機であるFGO世界とは真逆の意味でサーヴァントが扱いにくい。

 本作での主人公。
 神の如きモノに転生させられた上で殺し合いを指示された、ある意味での被害者。が、好き勝手に生きた上に自分が死なない為に他人を害することを躊躇しながらも止めない為、プロハンターに対するのと同じ意味で同情する必要はあんまりない。
 強化系でありながら身体の一部をよく欠損するので、作者的にはもっと自分を大事にしろよと思っている。いや、自分を大事にしているからこそ念を強化する誓約と制約で己の身体を差し出しているんだけどね。
 外見的なイメージキャラクターは、身体の欠損という共通点から『鋼の錬金術師』のエド。金髪だしね。ハガレンの設定は共感する部分が多く、後述するポンズの念能力はほとんどハガレンの錬金術そのものである。
 選択を間違えた未来ではピトーに惨殺されており、巡り巡って未来世界でキメラアントの跋扈を許した原因。やはり彼に与える慈悲はない。
 本人の性質としては。問題に直面すると一歩下がって考えたり、チャンスとピンチが同時にやってくると逃げる傾向にある。どちらかというと直情的な強化系というより、軟弱な変化系といった風情。ただし時間をかけて考えた作戦は完成度が高く、ハマると強いタイプである。そういう意味でもやはり強化系ではなく具現化系や操作系に寄っている気がする。
 …仕方ないんだ、作者である私が強化系の勢いがない人間だから。それなのにバハトを強化系にした理由は、私が強化系最強説を推しているからです。

 応用技としては。堅と円が得意であり、隠はまあまあ。流が比較的苦手であり、派生して硬は性格的にもほとんど使わない。
 流が苦手な為にオーラ量を増やしてそれでゴリ押す、作中では『堅タイプ』と呼ばれる戦闘スタイルを得意としている。純粋なカタログスペックではウボォーギン次ぐ数値を叩き出しており、本気を出せば『戦車をオシャカにしてしまうバズーカ』も多少のダメージで済むくらいには強い。だが如何せん精神面が脆く、戦闘においては安定していると言い難かったし、実際に幻影旅団の戦闘員には「強いザコ」扱いされていた。
 それもキメラアント編でレントの未来を知ったことから、自分の甘さが如何に仲間や家族を不幸に陥らせるかを自覚した為に意識改革が起きている。
 サーヴァントを失ったとしても、精神面での脆さがなくなれば弱点という意味では大きく減るだろう。
 一方で百貌のハサンを扱って築いた地位である情報のシングルハンターは、存続がかなり危険になった。とはいえ、知りえた全ての発を扱える彼はレベルが下がるとはいえどもフォローは効く。シングルに相応しい成果を出せるかは分からないが。

 ・煌々とした氷塊(ブライトブロック)(変化・強化系)
 オーラを氷に変化させた上でその硬度を強化する発。
 流が比較的苦手なバハトがその欠点を補う為に使う発。部位の攻防力をあげるのに有用であり、これによってゲンスルーの一握りの火薬(リトルフラワー)を攻略したと言っていい。
 また、氷を武器状にして得物にもする。やはりコイツの思考回路的に具現化系よりの変化系じゃない? と思わなくもない。武器としては防御力の優れた棍の他に、一撃の威力に優れた無骨な氷塊を創り出して相手を殴りつけるようなこともする。

 清廉なる雫(クリアドロップ)(具現化・強化系)
 オーラを水に具現化する能力。具現化系は苦手な為に神字で補強された水筒の中でしか創り出せず、水筒の外に出すと1時間程度しか存在できない。
 能力としては癒しの力であり、具体的には本人の持つ治癒力の強化。である為に生体にしか効果がない。下手な風邪薬とかよりもよほど効く。
 もう一つの使い方として、水筒いっぱいの清廉なる雫(クリアドロップ)を飲み干すことによって顕在オーラ(AOP)を倍加させる効果もある。ただしこの効果を発揮した場合は全てのオーラが枯渇するまで顕在オーラ量を減らすことができず、リスクの高いドーピングであるともいえる。捕らえて無力化した敵に飲ませる事によってオーラを枯渇させるという手もあるが、今のところ使いどころが見当たらない。

 妖艶な吐息(ラシェットブレス)(放出・強化系)
 本編で描写がされなかった、ノブナガを気絶させたバハトの切り札の1つ。
 吐く息の水蒸気にオーラを込める放出系の能力で、効果はオーラ無視。つまり相手は絶と同意義の防御を強制されることとなる。
 とはいえ、所詮は苦手な放出系の能力の上に吐息にしか威力を乗せられない。ほとんど含み針のようなものである。が、それでもオーラ防御を過信した者には効果は十分であり、実際に不意を突ければノブナガレベルの相手でさえ意識を奪うことは可能だった。

 瞳に秘めた簒奪者(シークレット・グリード・アイ)(特質系)
 結果的に最強の能力となった、かなりハイリスクハイリターンな能力。バハトが緋の目になった時にのみ使える対『敵』専用の能力として開発された。別に『敵』にしか使えない訳でない。
 効果としては1人に限定して『見た全ての発』を奪う能力であり、代償としてその視力を失うことになる。
 『知りえた全ての発を扱える発』をも吞み込んだ為、この緋の目を持つ者はその能力を自在に使えるようになる。未来のレントにはバハトのこの緋の目が移植されていた為、彼も『知りえた全ての発を扱える発』が扱えた。っていうか、バハトの一族に代々伝えられていくだろう逸品である。もっとも、強奪も容易であるが。その瞳を抉り出せばいいだけなのだから。
 メルエムに喰われてはいけないモノNO.1であることに異論はないだろう。

 ◇

 レント(20歳) 

 ・元来特質系だが、緋の目になると別種の特質系の性質を帯びる。
 ・通常時の水見式は『葉が沈む』。緋の目の時の水見式は『水が凍る』。
 ・本人の性質的に両方共に時間操作の念能力が発露したが、実はその方向性が異なる。通常時は『時間停止』と『未来視』の効果を及ぼすが、緋の目の時は『時間停止』と『過去干渉』の能力を及ぼす。
 ・が、それを表現するにはちょっと時間とレントの練度が足りなかった。ナニカにブーストされるまではほとんどが『停止』までしか実用できなかった。

 3章におけるキーパーソン。
 キメラアント編における一つの可能性未来から来たバハトとポンズの子であり、両親のやらかしを一心に背負わされた可哀そうな子。(実は彼の世界線でメルエムが生き残ったのは、ポンズがメルエムに喰われたせいである。)その割には結構真っ直ぐに育っている方じゃない? と作者的に思わなくもない。ユアや読者からするといちいち癇に障る笑い方をするムカつくやつだとは思いますが。
 最終的にフォーリーナーのデミ・サーヴァントになって別世界に旅立つことが決まっていた為、一人称はボイジャーと合わせてボク。根っこからの特質系である為に身体強化的にはかなり弱く、未来世界でキメラアントを相手にするにはかなりキツかったし、実際にマチがいなければ早々に死んでいた。相手を操作するのに有効打が必要というのも、キメラアントや強化系属性に相手にするとかなり厳しい。
 とはいえ、レントはバハトから緋の目を受け継いでいた為に多くの発が使えるのは大きなアドバンテージだったし、実際にそれを駆使して未来世界でも生き延びている。ここにバハト生存の伏線である斉天大聖(サルノギキョク) 分身の業(オノレワケミダマ)を仕込めたのは作者的にかなり満足。これは未来でレントが集めた能力である為、NGLでバハトは使うことはできなかった。
 美人であるマチに溺愛されて育てられた為、年上のお姉さんがタイプである。初体験って性癖が歪むよね。もう一つ言っておくとマチの『溺愛』も中々に歪んでいる為、そういう意味でも真っ当に育っているとは言い難い。まだ幼いレント君はポンズママがしっかり教育してくれるのを祈るのみである。
 モチーフキャラは言わずもがな、ドラゴンボールのトランクス。トランクスの謎を引っ張りまくったらどうなるかな? と考えて実行したが、思ったより楽しくなかった為に早めにポンズに正体を暴いてもらった。書いていて楽しく好評だったら、3章最終局面までその正体は謎であったプランも存在する。

 悠久に続く残響(エターナルソング)
 名前・効果ともに作者最大のお気に入りの能力。次点の空気醸造法(エアライズ)も含め、気に入った能力や名前はオリジナル作品への移籍を考えています。
 効果は時間の停止であり、頭にオーラを通せば脳の時間を停止させられる為に一撃で敵を無力化させられる。相手の捕獲を考えた時には最高の能力である。レントはこの能力によって未来世界でキメラアントを多く捕獲して人間側に引き渡し、やがてキメラアントのシングルハンターとなった。
 シンプル故に攻略法が少ない伸縮自在の愛(バンジーガム)に近い能力であり、オーラが通れば四肢の動きも停止させられるし、なんなら心臓を止めれば即死である。たぶん、思われているよりも凶悪な能力である。
 作中の誰も気が付くことはなかったが、念の方向性的な意味で叔母であるユアに似ている。

 ◇

 ユア

 ・通常は操作系であるが、緋の目の時は特質系になる。(水の温度が上がる)
 ・秘密を多く抱える兄を見て育った為に秘密主義になった。根源的な欲求は『兄の秘密を暴くこと』であり、それがこじれてバハトへの偏愛に繋がっている。
 ・転じて『(バハト)の完全操作』が人生最大の目的となっており、色々な意味で兄に依存している。彼女の幼い世界が壊れた日、それでも味方でいてくれた『優しくて強いお兄ちゃん』はユアの誇りである。

 実はこの物語である『殺し合いで始まる異世界転生』には習前作があり、現実世界で念能力に目覚めた少年がH×Hの世界にやってくる『小さな綻び、尊い想い』という(未公開の)物語があった。
 その物語でのヒロインがクルタ族の少女であり、彼女が変化して創作されたのがユアである。
 なぜヒロインから妹に変化したのかというと、作者が大きく影響された昔の作品に引きずられたから。それは少年ジャンプでコミック2巻分だけ連載された『竜童のシグ』という作品であり、ぶっちゃけバハトもシグの影響を受けていると思う。3章は言わずもがな。
 ともあれ、実は習前作『小さな綻び、尊い想い』ではピトーに主人公が殺され、ピトーに復讐を誓うクルタ族の女の子が狂気を見せたシーンで物語は終わる予定だった。構想初期ではこれはあんまりだという(珍しくまともな)作者の考えもあり、3章の草案を考えた時に『竜童のシグ』を思い出し、話がそちらに引っ張られてクルタ族の少女はヒロインから妹に変化したわけである。
 初期は『竜童のシグ』のユキのように純粋な少女であったユアだが、だんだんと前作『小さな綻び、尊い想い』のクルタ族の少女に近くなり、1章が終わる頃にはブラコンをこじらせた少女となっていた。
 3章ではもっとユアの狂気を描く予定でしたが、2章終了した時に起きた炎上で作者である私に気力が残っていませんでした。残念。
 そういった意味で活躍を一番させられず、悔いが残るキャラクターになってしまいました。

 念能力としては母の形見のペンで制作した誓約書の履行を強制する絶対規律(ロウ・アンド・レイ)のみ決まっていたが、他はほとんど考えていませんでした。ちなみにこれも前作のヒロインの能力です。
 ユアが初めて念能力を披露した存在命令(シン・フォ・ロウ)でさえその場のノリで発を作ったし。
 何度も言いますが『竜童のシグ』のユキと前作『小さな綻び、尊い想い』ヒロインという2つの要素が融合したキャラだった為、初期の設定をほとんど考えていなかったのがユアでした。結果、作者もキャラがよく分からなくなり、じっくりと書く予定だった3章も気力がなくて深く掘り下げられず、重ねて本当に不遇になってしまったキャラだと思います。今思えば、とっとと前作ヒロインのエッセンスを抽出してオリジナルキャラとして作成するべきだった。

 ◇

 アサン

 ・操作系の能力者だが、神の如きモノに貰った能力が『知りえた全ての発を扱える発』というものだった為、それに合うのは強化系だったように思う。色々とバハトと逆じゃね? マジで逆に嚙み合っているし噛み合っていないな、この2人。作者である私も今更に気が付いたが。
 ・本気を出すときは黒子無想(テレプシコーラ)で己を操り、練りに練った潜在オーラ量(POP)を全開にして戦う。その戦闘能力は三騎士のサーヴァントに匹敵する。
 ・自分を愛させる操作系能力指揮者のタクトはその両手(ルーラーコンダクター)を持っており、これは『作者が念能力に目覚めたらどんな能力になりそうか』というのをモチーフにしている。作者が強化系最強説を推していなかったら、こちらが主人公になっていた可能性も無きにしも非ず?
 ・『敵』の記憶を奪うことによって勝利を目指した者ではあるが、逆にその手段を以って殺されることとなった。人生の全てを懸けるように愛したマチも奪われるし、同情の余地はあんまりないがバハトに比べれば全てを奪われた敗者という意味で哀れである。

 逆算から生まれた敵キャラ。
 習前作でピトーに主人公が殺されて話が終わるところからスタート → 滅びかけた未来から息子とか時代逆行して助けに来たら熱くね? そういうものの需要は絶対ある → じゃあ未来から来る息子にも最強の特典があるといいな。全部の発が使えるとか。それを主人公から託されるとか最高 → いや落ち着け、流石に突拍子がなさすぎる。そもそも主人公はピトーに殺されるんだし… → 瞳に秘めた簒奪者(シークレット・グリード・アイ) → じゃあ全部の発が扱える敵キャラ、ってそれも無理目 → 転生者同士で殺し合わせる転生特典なら。これだ!
 みたいな流れで生まれた為、アサンの能力がバハトに奪われる前提で話が始まっています。惨めに死ぬことが確定していた為にあんまり同情されない性格の悪いキャラを心がけて作りましたが、それだけだと面白くない。ということでマチを愛するレズビアンという設定を足したら、思ったより純愛ヤンデレ風味になりました。まあ、こういう味付けもありだったかな。
 提示した通りに『転生者同士を殺し合わせる』という設定もレントがバハトから最強の能力を受け継ぐという布石にすぎません。それで1章を描き切る私って、本当に凄いなと今思いました。(自画自賛)
 話がアサンから逸れますが、転生特典を持ったままバハトがこの世界に居座り続けるとバランスブレイカーだよなぁ、ということでレント君に回収して貰った上で世界の外に追放させていただきました。こちらの方が私の中の時間逆行の概念にも合うし、サーヴァントを無理なくバハトから引き剝がせるし、作者的には良い落としどころだったかと。
 まあ、なんだ。要するにアサンはバハトとレントの養分です。(断言)

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 ポンズ

 ・実は特質系念能力者。(水の中に蜂蜜のような不純物が出ると同時に、水に蜂蜜のような甘さが出る)
 ・ポンズ本人も自分が特質系だと気が付いていない。
 ・その特性を生かせるところは終ぞ無かったが、実は操作系のユアよりも身体強化率が低いのはちょいちょい出していた。
 ・除念もできるが、その能力の本質は解析と再構成にあり、除念のレベルは低い。

 原作で雑魚蟻に射殺される可哀そうな子。実は作者的には救う気はあんまりなかった。どちらかというと、原作でネオンの死が臭わされてそれを打ち消す描写がしたかった方が作品を書くモチベーションとしては高かった。
 が、設定上バハトの息子が必要となった時に原作の女キャラが少なすぎることに愕然とし、白羽の矢が立った。比較的初期のキャラの方が仲を深めやすいことを考えると、メンチとの2択だったといっていい。となれば原作不遇のポンズでしょ。
 要するにポンズの役割は『レントの母』であり、物語の設定上それ以上の価値は求めていなかった。なのだが、メルエムを生き残らせる念能力を吸収される必要があるとなり、キメラアント編の最後まで連れていく必要に駆られて急遽大幅強化。結果的に『誕生覚醒者』とかいう設定が生まれることとなる。
 能力的にはまさしくハガレンの錬金術であり、『理解・分解・再構成』である。ポンズの能力は厳密には『分解・理解・再構成』だが。分解の能力が強く、レアな能力である除念を副産物として使えるという、実は仲間の中で一番念能力の質が高い。
 小瓶の精霊(ホムンクルス・ハニー)薬毒の妙(アルケミーマスター)は作者のお気に入り能力。これも別のオリジナル作品に出す気があります。

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 スーツの男

 ・神のような登場をしつつ、実はそれより上位者の使いパシリ
 ・ただ上から指示された通りに動いているだけで、その結果どんな影響が出るのかは本人にも分かっていない
 ・1つ言えることは、自分で終わらせることも出来ないこの無味乾燥な人生が終わる時こそを待ち望んでいるということである

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 最後にアンケートを置きたいと思います。
 何か別意見がありましたら、
 https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=304067&uid=2330
 この活動報告か、私へのメッセージでお願いいたします。

 0030追記
 2つアンケートがあったのですが、同じ話に2つのアンケートは載せられないようです。
 105話とそれ以外にアンケートがありますので、お付き合い頂ければ幸いです。


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