仮面の男と仮想世界 (オンドゥル暇人)
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アインクラッド編
第1話 一つの終わりは新たな始まり


注意‼︎



ここから先は、テレビアニメ『ファンタシースターオンライン2 エピソードオラクル』と原作ゲーム『PSO2』のepisode3の重大なネタバレ要素を含みます。


アニメだけを見ている方や、アニメから原作ゲームを始めましたーっと言う人の中で、ネタバレをされても大丈夫っと言う人だけ、先にお進みください。








惑星ナベリウス壊世区域:森林エリア

 

 

その最深部で、私達2人は彼女と対峙している。

 

 

彼女の名前は《マトイ》……いや、名前など関係ない。彼女は【深遠なる闇】なのだから……。

 

 

「………アッシュ」

 

「っ!」

 

 

彼女が奴の名を呼ぶ。憎たらしい男、私でありながら私ではない。名を呼びれたアッシュは攻撃の手を止めた。 だが、チャンスは今だけだ。

 

 

私はマトイの背後に回り、彼女を押さえ込む。

 

 

「………今だ!その刃で、私もろとも貫け!マトイ(彼女)と………私を、解放してくれ!」

 

 

「……ああぁぁああああ!!!」

 

 

雄叫びと共に(アッシュ)の持つコートエッジが彼女(マトイ)と私を貫いた。

 

 

–––ああ、間に合った。

 

 

 

「………これで、彼女は苦しみの連鎖を逃れ、安らぎを得る。【深遠なる闇】も、消えて果てる」

 

 

–––段々と意識が遠ざかっていく。

 

 

「ああ、長かったな………。ここまで、とても、長かった………」

 

 

そこまで言うと、自分の体が消えていくのが分かった。 だが、これで良い。彼女の本懐は果たした。私は彼女が【深遠なる闇】になるのを阻止する事ができた。だから、これで良いんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

–––そう、これで良いんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……良いはずなんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なのに……、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「産まれました!元気な男の子ですよ!」

 

 

なのに私は、再びこの世に生を受けてしまったらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

私がこの世界に産まれてから16年の月日が経過した。

 

 

この16年、これと言って何か大きな事件が起きる訳でもなく、ただ時間だけが過ぎていった。

 

 

この世界は学問に通ずる者程、良い職に就ける事がわかった。 なので私は学問に励む事にした。

 

 

だが、オラクル…前の世界で得た戦闘経験を殺す程、私は馬鹿では無い。朝早く起きてジョギングしたり、手頃な木の枝を振ったり、色々しているさ。

 

 

 

 

 

 

 

そんなある日のことだ。親が誕生日プレゼントと称して私に大きな箱を渡してきたのだ。

 

 

「私はもうプレゼントを貰う歳では無いのだが………(精神年齢的に)」

 

 

「何言ってるのよ。貴方はまだまだ若いんだから(実年齢は)、もう少し甘えたって良いんだからね」

 

 

「………ありがとう」

 

 

こうして感謝の気持ちを言葉にするのは、何年ぶりだろうか。だが、とても良い親に恵まれたものだ。

 

言う必要は無いと思うが、一応言っておく。私の両親は私が前世の記憶を持っていることは知らない。

 

 

 

–––彼女も私と同じように普通の女の子として、幸せな人生を送っていると良いのだが………

 

 

「………止そう。彼女の幸せを願うなど、彼女を救えなかった私にその権利は無い」

 

 

私は彼女の何者でも無い。そう自分に言い聞かせて、私は母がくれたダンボール箱を開けた。既にガムテープが剥がされていた為、カッターを使わずに済んだ。

 

 

すると中には、黒いヘルメット状の何かと、《Sword Art Online》と書かれたパッケージが入っていた。

 

 

「ネットの広告でチラッと見た事がある。ソードアート・オンライン…通称《SAO》。そのβテスト版か」

 

 

更にその他には《ナーヴギア》と呼ばれる装置のマニュアルと、明らかに手書きで書かれたであろうメッセージが入っていた。

 

 

内容は「貴方も偶には息抜きしなさい」との事。

 

 

全く、母には頭が上がらない。 私は母の好意に甘え、早速ナーヴギアを頭に取り付ける。

 

 

「息抜き程度には楽しんでみるか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リンクスタート」




どうでしたでしょうか?


次回から原作に沿ってデスゲームが始まります。


最後まで読んで頂き、ありがとうございました。


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第2話 デスゲーム

まさかの連続投稿。




2022年11月6日

 

 

「そろそろか………」

 

 

 

今日は《ソードアート・オンライン》の正式サービスの日である。 時刻は午後0時55分。

 

 

βテストは中々のものだった。普段はゲームをしない私だが、このゲームは大分楽しめた。

 

 

ナーヴギアを被り、静かにその時を待つ。

 

 

 

「リンクスタート」

 

 

この時の私はまだ、SAOが命を掛けたデスゲームに変わるとは知る由もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふっ!」

 

 

勢いよく振った両手剣が青いイノシシ、正式名《フレンジーボア》を切り裂く。

 

 

イノシシは断末魔をあげ、その体はガラスのように砕け散った。

 

 

「かなり時間が経ったな」

 

 

時刻は既に17時25分をまわっていた。初めは1時間ほどしたらログアウトするつもりだったのだが、久しぶりの戦闘で興奮状態になっていたのか、時間を忘れていたらしい。

 

 

「そろそろログアウトしないと不味いな」

 

 

 

だがここである事に気がつく。

 

 

 

「ログアウトボタンが無い……」

 

 

その事に気がついた時には既に、私の体は青白い光に飲まれていた。

 

 

 

光が収まるとゲームのスタート地点《はじまりの街》の中央広場に立っており、私以外のプレイヤーが次々と転移させられている。

 

 

「強制転移………」

 

 

不意に誰かが「上を見ろ‼︎」と叫び、私は反射的に視線を上に向けた。

 

 

そこには真っ赤な文字で《WARNING》の文字が点滅しており、一瞬の内に空を紅く染め上げていく。

 

 

そこから血のように紅い液体がどろりと垂れ下がり、その液体はフード付きローブをまとった巨大な人の姿に変化した。

 

 

私はβの時、あのようなローブを纏ってGM(ゲームマスター)のアバターが現れたのを見た事がある。 だが、今現れたアバターには顔も無ければ身体も無い。私はそんな異様な光景に違和感を覚えた。

 

 

『プレイヤーの諸君、私の世界へようこそ。

私の名前は茅場晶彦。今やこの世界をコントロールできる唯一の人間だ』

 

 

驚くべきことに、あのローブの正体はナーヴギアを開発した天才、茅場晶彦だと言うのだ。

 

 

『プレイヤー諸君は、既にメインメニューからログアウトボタンが消滅していることに気付いていると思う。 しかし、これはゲームの不具合ではない。繰り返す。 不具合ではなく、《ソードアート・オンライン》本来の仕様である』

 

 

「仕様……?」

 

 

『諸君は今後、ゲームから自発的にログアウトすることはできない。また、外部の人間によるナーヴギアの停止あるいは解除も有り得ない。 もしそれが試みられた場合、ナーヴギアの信号阻止が発する高出力マイクロウェーブが、諸君の脳を破壊し、生命活動を停止させる』

 

 

脳を破壊…つまり殺すと奴は言ったのだ。

 

周りの馬鹿なプレイヤー共は虚言だと思っているが、私にはわかる。奴は…茅場晶彦は本気だ。

 

 

『残念ながら、現時点でプレイヤーの家族、友人などが警告を無視し、ナーヴギアを強制的に解除しようと試みた例が少なからずあり、その結果213名のプレイヤーが、アインクラッド及び現実世界からも永久退場している』

 

 

茅場はそこまで言うと、ウインドウを操作した。すると奴の周りにナーヴギアに関するニュースが表示される。

 

 

213人……もうそんなに人が死んでいるのか。

 

 

『ご覧の通り、多数の死者が出たことを含め、この状況をあらゆるメディアが繰り返し報道している。

よって、既にナーヴギアが強制的に解除される危険は低くなっていると言ってよかろう。 諸君らは、安心してゲーム攻略に励んでほしい』

 

 

こんな状況に置かれてるんだ。まともな精神状態でゲームができる奴は限られてくるだろうな。

 

 

『しかし、充分に留意してもらいたい。今後、ゲームにおいてあらゆる蘇生手段は機能しない。HP(ヒットポイント)が0になった瞬間、諸君らのアバターは永久に消滅し、同時に諸君らの脳はナーヴギアによって破壊される』

 

 

プレイヤー達はその言葉に対して何も言えず、ただ呆然としていた。茅場の言っている事を理解できていないのか、あるいは理解して現実を受け止めきれていないのか、どちらにせよ考えてもわからないが…。

 

 

『諸君らが解放される条件はただ1つ。このゲームをクリアすれば良い』

 

 

茅場が再びウィンドウを操作すると、奴の周りのニュースは消え、替わりにアインクラッド全体の見取図が表示された。

 

 

『現在君達が居るのは、アインクラッドの最下層…第1層である。各フロアの迷宮区を攻略し、フロアボスを倒せば上の階に進める。第100層にいる最終ボスを倒せばクリアだ』

 

 

この言葉には流石の私も少し腹が立った。死んではいけないという条件を課せられ、もしやられれば次々とプレイヤーが減っていく。そんな中、第100層まで登ってこいなんて、どの口が言うのやら。

 

 

βテストでは2ヶ月の間に千人で6層が限界だったわけだ。仮に1万人のプレイヤーが全員無事に100層まで辿りつけたとして、それまでに何ヶ月、いや何年掛かるか分かったもんじゃない。

 

 

周りのプレイヤーもその理不尽に対して、怒りを露わにしている。

 

 

『それでは最後に、諸君のアイテムストレージに、私からのプレゼントを用意してある。確認してくれたまえ』

 

 

私は茅場の指示に従い、メインメニューからアイテムストレージを開く。そこには《手鏡》というアイテムがあった。

 

 

早速オブジェクト化し、手に持ってみる。

 

 

見た目はただの手鏡。鏡に映っているのは私の現実世界の顔とほとんど変わらないアバターの顔だ。

 

 

すると、周りのプレイヤー達が転移させられた時と同じように白い光に飲まれていく。

 

 

その現象は私にも例外なく起こり、視界が完全にホワイトアウトする。

 

 

「くっ!」

 

 

 

ほんの2、3秒で光は消え、そこには先程とは全く違う風景が広がっていた。

 

 

アバターの顔が変わっていたのだ。

 

 

さっきまで男に媚びを売っていた女の子は細長い体の男に、媚びを売られていた男は太った男になっている。

 

 

私も急いで手鏡を見た。そこにはさっきのアバターと対して変わらないが、眉の濃さや若干の髪色の違いまで、精細に再現された現実世界の顔があった。

 

 

『諸君は今、“何故”、と思っているだろう。何故、ソードアート・オンライン及びナーヴギア開発者の茅場晶彦はこんな事をしたのか?と。 

私の目的は既に達せられている。この世界を創り出し、観賞するためにのみ私はソードアート・オンラインを造った。 そして今、全ては達成せしめられた。…以上で《ソードアート・オンライン》正式サービスのチュートリアルを終了する。 プレイヤー諸君の健闘を祈る』

 

 

最後にそう言い残した茅場のアバターは、今もなお空を埋め尽くしているシステムメッセージに溶け込むかのようにして消えた。

 

 

全てのプレイヤーがフリーズしたかのように、口をぽかんと開けて唖然としている。

 

 

 

長く静かな時の中、誰かの手鏡が割れる音がした。

 

 

その音が引き金となってか、プレイヤーは自分が置かれている状況を理解し、各々の反応を見せ始める。

 

 

泣き叫ぶ者。激怒する者。絶望する者。来るはずもない助けを求める者。

 

 

だが、今更何をしても遅い。全て茅場の言う通りなら、私達プレイヤーがこの世界に来た時から、これは決まっていたことなのだろう。

 

 

私は急いで広場から抜け出し、フィールドに出る。

 

 

 

 

「安全なルートを使って次の村を狩場の拠点にする。なに、死ななければ良いだけだ。昔と何も変わらない」

 

 

 

私はこれから始まる長い長い戦いの第一歩を、力強く踏みしめ、走り出した。




アバター名・Persona《ペルソナ》(17)
CV:小野大輔

アッシュでも良かったのですが、敢えてペルソナにしました。 外見はアッシュと対して変わりません。

性格・転生して肩の荷が落ち、少し丸くなった。


余談
βテスト期間中、死亡例なし


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第3話 第1層攻略会議

色々悩んだ結果、原作主人公との出会いです。


このゲームが始まってから1ヶ月が過ぎ、その間に2000人が死んだ。

そんな中、私は迷宮区に籠り続け、ボス部屋まで辿り着くことができた。

 

 

第1層のボス程度なら今のレベルでも十分戦えるが、安全を考慮し、敢えてボス部屋には入らなかった。

 

 

そして今日、第1層ボス攻略会議が行われる。

 

 

 

 

 

 

 

「はーい!そろそろ始めさせてもらいます!」

 

 

ステージの中央で青髪の男が話始めたので、私は適当に人が少ない場所に座った。

 

 

「今日は、俺の呼びかけに応じてくれてありがとう!俺はディアベル。職業は、気持ち的にナイトやってます!」

 

 

すると、周りから笑い声とヤジが飛び、殺伐とした空気は一気に和む。

 

 

そしてディアベルは両手を挙げて皆を静かにさせ、真剣な表情で話を続ける。

 

 

「今日、俺たちのパーティがあの塔の最上階でボスの部屋を発見した」

 

 

その言葉に、場にいたプレイヤー達はざわめく。

 

 

「俺たちはボスを倒し、第2層に到達して、このデスゲームもいつかきっとクリア出来るってことを、《はじまりの街》で待っているみんなに伝えなくちゃならない。それが、今この場所にいる俺たちの義務なんだ!そうだろみんな‼︎」

 

 

ディアベルはこの場の全員に問う。

 

 

プレイヤー達は互いに顔を見合い、やがて1人のプレイヤーが拍手をすると、他のプレイヤーからも拍手が上がり、中には口笛を吹くプレイヤーもいた。

 

 

「オッケー。それじゃあ早速だけど、これから攻略会議を始めたいと思う。まずは、6人のパーティを組んでみてくれ」

 

 

「(まずい)」

 

 

私はこのゲームが始まってからというもの、誰とも関わりを持ったことが無く、もちろんフレンド登録などしたことがない。周りが次々と決まっていく中、私1人が取り残された。

 

 

「あんたも溢れたのか?」

 

 

私がどうしようかと悩んでいると、黒髪の少し女顔の少年が話しかけてきた。

 

 

「ああ。お前もか?」

 

 

「正確には俺とあっちのフード付きのローブを羽織った子だ。あんた、ソロプレイヤーだろ?今回だけの暫定でいいからパーティ組まないか?」

 

 

「わかった」

 

 

少年とパーティを組むと、私のHPゲージの下に新たに2つのHPゲージ、そして《Kirito》と《Asuna》の2つの名前が表示された。

 

 

恐らく《キリト》というのがこの少年の名で、《アスナ》というのはあっちのローブを羽織った少女(名前的に)の事だろう。

 

 

「よーし。そろそろ組み終わったかな?じゃあ……「ちょお待ってんか!」」

 

 

全てのプレイヤーがパーティを組み終わり、ディアベルが話を進めようとすると、後方から声が聞こえてくる。

 

 

その声の主だと思われるサボテンのような髪型をした男は、石段を器用に一段飛ばしで降りてくると、ディアベルの前に立った。

 

 

「わいはキバオウってもんや。ボスと戦う前に、言わせてもらいたい事がある。こん中に今まで死んでいった2000人に詫び入れなあかん奴がおるはずや!」

 

 

「キバオウさん。君の言う“奴ら”とはつまり、元βテスターの人たちのことかな?」

 

 

「決まってるやないか!β上がりどもは、こんクソゲームが始まったその日にビギナーを見捨てて消えよった。奴らは美味い狩場やら、ボロいクエストを独り占めして、自分らだけポンポン強なって、その後もずーっと知らんぷりや。 こん中にもおるはずやで!β上がりの奴らが!そいつらに土下座さして、溜め込んだ金やアイテムを吐き出してもらわな、パーティメンバーとして命は預けられんし、預かれん!」

 

 

キバオウの言い分は確かだ。私もこのデスゲームが始まって直ぐにはじまりの街を飛び出した。奴の言葉に反論することは出来ない立場だ。

 

 

「っ……!」

 

 

「気にするなキリト」

 

 

キリトが苦虫を噛み潰したような顔をしているのを見て、自然と口が動いていた。

 

 

「言いたい者には好きなだけ言わせておけばいい。貴様が気に病むような事ではない」

 

 

自分で言っておいてなんだが、何故私はさっき出会ったばかりの見ず知らずの少年に、このような事を言ったのだろうか。

 

 

「発言良いか?」

 

 

すると、そこで新たに背の高く、スキンヘッドの黒人が前に出る。

 

 

「俺の名前はエギルだ。キバオウさん、あんたの言いたいことはつまり、『元βテスターが面倒を見なかったからビギナーがたくさん死んだ。その責任を取って謝罪、賠償しろ』っということだな?」

 

 

「そ、そうや」

 

 

エギルは手帳のような物を取り出して、キバオウに見せつけるように目の前にかざした。

 

 

「このガイドブック、あんたも貰っただろ。道具屋で無料配布しているからな」

 

 

「貰うたで。それがなんや?」

 

 

「配布していたのは、元βテスター達だ」

 

 

エギルの言葉に、再び周りが騒めき出す。

 

 

「いいか、情報は誰にでも手に入れられたんだ。なのにたくさんのプレイヤーが死んだ。その失敗を踏まえて、俺たちはどうボスに挑むべきなのか。それがこの場で論議されると、俺は思ってたんだがな」

 

 

キバオウは舌打ちをして、近くの石段に腰を下ろした。その様子を見たエギルも、キバオウの隣に座る。

 

 

「よし。じゃあ再開して良いかな?」

 

 

ディアベルは周りが静かになったのを見計らって、話を再開した。

 

 

「ボスの情報だが、実は先程、例のガイドブックの最新版が配布された。それによると、ボスの名前は《イルファング・ザ・コボルトロード》。それと《ルイン・コボルトセンチネル》という取り巻きがいる。ボスの武器は斧とバックラー。4段あるHPバーの最後の1段が赤くなると曲刀カテゴリのタルワールに武器を持ち替え、攻撃パターンも変わるということだ」

 

 

コボルトロード……。私はβ時代に奴と1人で戦ったが、レベル差があり、撤退するしかなかった。

 

その後、私が鼠に与えた情報を元にレイドを組んだプレイヤーが討伐したらしいが……。

 

 

「攻略会議は以上だ。最後にアイテム分配についてだが、金は全員で自動均等割、経験値はモンスターを倒したパーティのもの、アイテムはゲットした人のものとする。異存は無いかな?」

 

 

全員がディアベルの意見に賛同する。

 

 

「よし。明日は朝10時に出発する。では解散!」

 

 

 

 

 

翌日、ディアベル率いるレイドは、第1層の森のフィールドを通りボス部屋へと向かっている。

 

 

「確認しておくぞ。溢れ組の俺たちの担当は《ルイン・コボルトセンチネル》って言うボスの取り巻きだ」

 

 

「わかってる」

 

「ああ」

 

 

私たちは攻略の最終確認を始めた。

 

 

「俺が奴らのポール・アックスをソードスキルで跳ね上げさせるから、透かさずスイッチして飛び込んでくれ」

 

 

「スイッチって?」

 

 

不意にアスナがそう言った。

 

 

「もしかして、パーティ組むのこれが初めてなのか?」

 

 

キリトの問いにアスナはこくりっと頷く。

 

 

これは、先が思いやられるな。

 

 

 

 

 

 

「聞いてくれみんな。俺から言う事はたった1つだ。勝とうぜ!」

 

 

扉の前に立つディアベルの一声で全員の士気が高まった。そして、ディアベルがボス部屋の扉を開く。

 

 

「行くぞ!」

 

 

ボス部屋の中に入ると、部屋は一気に明るくなり、奥の玉座からコボルトロードがジャンプして目の前に着地し、同時にセンチネルが三体出現する。

 

 

「攻撃、開始!」

 

 

 

ディアベルの掛け声とともに、ボス戦が始まった。




仮面(ペルソナ)】が本気出したら、レベルとか関係なしにコボルトロードは倒せそうな気がする。

なので、初めは倒した所に攻略組が到着するという流れを考えてたんですけどね。なるべく原作に沿って書きたいので没にしました。


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第4話 ビーター《ペルソナ》

「A隊C隊、スイッチ! 来るぞ!B隊、ブロック!C隊、ガードしつつスイッチの準備。今だ、交代しつつ側面を突く用意!DEF隊、センチネルを近づけるな!」

 

 

ディアベルの指示の元、ボス戦は順調に進んでいる。今のところ、死者は1人も出ていない。

 

 

「スイッチ!」

 

 

キリトがセンチネルのポール・アックスを跳ね上げると、アスナがソードスキルを発動して、センチネルのHPを一気にゼロまで削り取った。

 

 

「三匹目!」

 

 

キリトは、流石は“元βテスター”っと言ったところか、この世界での戦い方を熟知している。

 

 

アスナは、初めこそ若干の不安があったものの、彼女の剣の冴えは初心者(ビギナー)とは思えない程のものだった。私には見えているが、常人では彼女の細剣のスピードについて来られないだろう。

 

 

「次、スイッチ頼む!」

 

 

「わかった」

 

 

私も両手剣でセンチネルを斬り裂く。

 

 

 

私がセンチネルを倒した直後、ボス部屋の中央でコボルトロードが咆哮したと同時に、奴の最後のHPゲージがレッドゾーンに到達し、持っていた斧と盾を投げ捨てる。

 

 

–––武器を持ち替える合図か。

 

 

「下がれ、俺が出る!」

 

 

普通なら、ここは全員で取り囲むのがセオリーなのだが、何故かディアベルはたった1人、前へと飛び出した。

 

 

ディアベルが前に出る途中、一瞬だけこちらに飛ばしてきた視線に違和感を感じつつも、私の目はある一点…コボルトロードの持つ武器に釘付けとなっていた。

 

 

–––あれは、タルワールじゃない!

 

 

コボルトロードが手にしている武器は“野太刀”という刀武器だ。βテストでは上層で刀を使うモンスターはいたが、その事を知るプレイヤーは私を含めても数人程度しか存在しない。

 

 

「駄目だ!全力で後ろに跳べ‼︎」

 

 

キリトもそれに気が付いたらしく、ディアベルに向かって叫ぶ。が、ディアベルは既にソードスキルを発動させており、動くことが出来ない。

 

 

「キリト、アスナ!お前達はセンチネルを頼む!」

 

 

「「了解!」」

 

 

 

コボルトロードはその巨体からは想像出来ないほど身軽に壁や天井を蹴っては、部屋中を縦横無尽に跳び回り、ディアベルに向かってその凶刃を今まさに振り下ろさんとしていた。

 

 

「間に合え‼︎」

 

 

野太刀がディアベルの胴体に当たるギリギリの所で、私は2人(正確には1人と1体)の間に割り込み、両手剣で野太刀の攻撃を防ぐ。

 

 

完全に防ぎ切れた訳ではないので、ディアベルと共に後ろの方へ吹き飛ばされたが、お互いにHPにはまだ余裕があった。

 

 

「ありがとう。助かった」

 

 

「気にするな」

 

 

なるべく短い応答をし、ポーションを飲みながらコボルトロードへと向かって走り出す。

 

 

 

「コボルトロード。貴様をこの手で殺せる日を、どれだけ待ち侘びたことか……」

 

 

両手剣を逆手に持ち、体の重心を低く保ちながら近づく私を視認したコボルトロードは再度咆吼し、野太刀を構えて私の方へと駆けてくる。

 

 

–––1対1か、面白い。

 

 

 

奴の放つ刀スキルに対し、こちらも両手剣スキルで応戦する。剣技(ソードスキル)同士の激しいぶつかり合いの中、私のHPとコボルトロードのHPは同じ速度で減少を始めた。

 

 

初動のモーションから、相手の攻撃を予測し反撃。昔は良く呼吸をするような感覚でやってきた。

 

 

だからこそ、私が負けるなどあり得ない。

 

 

私は更に攻撃スピードを上げ、コボルトロードの放つ刀スキルの軌道を見切り、確実にダメージを与える。

 

 

 

 

 

「終わりだ」

 

 

最後の一振りで、コボルトロードの残りのHPを全て刈り取り、奴はポリゴン片となって爆散した。

 

 

【Congratulations!】という文字が浮かび上がると、その場にいた全員から歓声が上がった。

 

 

 

各々の前にこのボス戦での報酬が表示される中、私の前には【You got the last attacking bonus!】という文字が表示されている。

 

 

そしてボーナスアイテムの名前が書いてあるウィンドウが表示された。【ディスペアシリーズ】聞いたことの無い名前だが、名前からして今回のLAは装備一式のようだ。

 

 

「お疲れ様」

 

 

いつの間にか、キリトとアスナ、それに攻略会議で見たエギルが私の元へと歩み寄ってきていた。

 

 

「見事な剣技だった。Congratulation.この勝利はあんたの物だ」

 

 

エギルがその言葉を言った直後、彼らの後ろにいるプレイヤーから私に向けられて拍手が上がった。

 

 

「なんでや‼︎」

 

 

が、突如上がった大声で歓声はかき消され、ボス部屋は再び静寂に包まれる。声の主は、キバオウだ。

 

 

「なんでボスの情報を伝えんかったんや!」

 

 

「どういう事だ?」

 

 

「どうもこうもなか!自分はボスの使う技知っとったやないか!最初っからあの情報伝えとったら、ディアベルはんも危険な目に遭わずに済んだんや!」

 

 

「きっとあいつ元βテスターだ!だからボスの攻撃パターンも全部知ってたんだ。知ってて隠してたんだ!他にもいるんだろ。βテスター共、出てこいよ!」

 

 

キバオウに賛同するように、槍使いの男が真っ直ぐ私を指差してきた。

 

 

「待ってくれ2人とも。彼は俺を助けてくれたんだ。それなのに彼を責めるのは間違ってる」

 

 

「ディアベルはんは黙っといてくれ!」

 

 

「そうだ!お前を助けたのだって、あいつが信用を得る為の演技だって可能性もあるだろ!」

 

 

ディアベルが2人を抑えようとするも、今の状況じゃ何を言っても相手にしないだろう。

 

 

–––さて、どうしたものか。

 

 

このまま互いにいがみ合ったままでは攻略に支障が出るのは明らかだ。それに他のβテスターたちが、何かしらの被害を受けるのは避けたい。

 

 

私は今もなお目の前に表示されているLAボーナスのアイテムを見やってから、決意した。

 

 

 

「はぁ…これだから馬鹿の相手は疲れるんだ」

 

 

「な、なんやと⁉︎」

 

 

「確かに、貴様らの言う通り私は元βテスターだ。だから1つ言える事がある。βテストの時、コボルトロードはタルワールを使っていた!」

 

 

「っ⁉︎」

 

 

「これが何を意味するか分かるか?このSAOは、元βテスターでも予想外の事態が起こるという事だ」

 

 

 

 

「私はβテスト時、このアインクラッドの上層階で刀を使うモンスターと戦った事がある。だからボスの攻撃パターンを知っていた。他にも大量のレアアイテムがドロップする穴場や経験値が楽に上げられるクエストなど、他のβテスターが知らない事を色々知っている」

 

 

「な、なんやそれ……。そんなん、βテスターどころやないやんか!もうチートかチーターや!」

 

 

他のプレイヤー達も口々に罵声を私に向けて噴出させる。ベーターのチーターだからビーターという言葉も上がる。

 

 

「《ビーター》か……。良い名だな。そうだ、私はビーター《ペルソナ》だ。これからは“ただの”元テスターなんかと一緒にするな」

 

 

ウィンドウを操作し、黒く襟が立ったコートと仮面を装備、背中の両手剣も新しい物に変更する。

 

 

–––あの頃の私の姿と瓜二つだな。

 

 

第2層に続く階段へ足を向けた。

 

 

 

 

 

 

「待って」

 

 

ふと、その声に立ち止まって後ろを振り返ると、何故かアスナが私を追って来ていた。

 

 

「……どうした?まだ私に何か用があるのか?」

 

 

「貴方、戦闘中に私の名前呼んだでしょ」

 

 

「ああ、読み方違ったか?」

 

 

「どこで知ったのよ?」

 

 

そんな事をわざわざ聞きに来たのか。

 

 

「視界の左上に自分のHPゲージが表示されてるだろう?その下にもう2つHPゲージが追加されてる筈だ」

 

 

アスナは視線を少し上げて、しばらくその一点だけをじっと見つめた。

 

 

「キ、リ、ト……ペ、ル、ソ、ナ……。ペルソナ?それが貴方の名前?」

 

 

「ああ」

 

 

すると、彼女は突然笑い出した。

 

 

「なぁんだ、こんな所にずっと書いてあったのね」

 

 

初めて見る彼女の笑顔に少し微笑ましくなった。

 

 

「お前はもっと強くなれる。キリトとパーティを組んだまま行動するのもいいだろうし、もし、キリトと別行動するにしても信頼できる者からギルドに誘われた時は断らない方が得策だ。ソロプレイには限界がある」

 

 

「なら、貴方は?」

 

 

「私は死なない。この世界が私にとって現実である限り、私が死ぬことなど無い」

 

 

 

私はそう言い残し、パーティから脱退すると、再び第2層に続く階段をゆっくりと歩み始めた。




第1層のLAは、諸事情によって彼専用のチート装備に変更させました。詳細は下に記載しています↓




ペルソナの現在の装備

◇ディスペア・オブ・ファルシオン《両手剣》
持ち主のレベルに比例して攻撃力が上がる剣。耐久値が減らないかわりに、防具の【ディスペア・オブ・コート】とセットで使用しなければ攻撃力が大幅ダウンする。


◇ディスペア・オブ・コート《防具》
持ち主のレベルに比例して防御力が上がる防具。耐久値が減らないかわりに、【ディスペアシリーズ】の武器とセットで使用しなければ防御力が大幅ダウンする。


◇ディスペア・オブ・ペルソナ《アクセサリ》
【ディスペア】と名の付く武器及び防具のパラメータを上昇させる能力を持つ。 ただし視界が狭い。


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第5話 月夜の黒猫団

第1層のボス攻略から数ヶ月経った。

 

あれから私はずっと迷宮区に篭ったままだ。偶に街に戻るが、必要な物を買ってすぐにまた迷宮へ逆戻り。こんな日々をもう何ヶ月も繰り返してきた。

 

 

あれ以降ボス攻略には参加してない。最後に参加したのは、ディアベルから声が掛かった第25層の時だっただろうか?どちらにせよ、それ以降は本当にボス攻略には参加していない。

 

 

ただ、ボス攻略に参加しない代わりに、迷宮区のマップデータを《主街区》にある掲示板に匿名で掲載しておくなどして、攻略に多少の貢献はしている。

 

 

第26層から現れたギルド《血盟騎士団》の参戦で、攻略は前よりもスムーズに進んでいる為、私が無茶してマッピングを行う必要も無くなってきており、私は今まで以上に“狩り”に専念する事が出来ている。

 

 

他のプレイヤーとすれ違ったりする事も少なからずあるが、彼らから見た私の印象はあまり良いものではないようで、真相は定かでは無いが、いつの間にか私には「狂戦士(バーサーカー)」やら「死神」などの二つ名が付いていた。

 

これなら、まだ《ビーター》の方がましだ。

 

 

「フィニッシュ」

 

 

今日もまた、“態と”起動させたアラームトラップにより出現したモンスターを狩り尽くした。

 

この27層はトラップ多発地帯で、この層は最前線で戦っている攻略組でさえも、数多のトラップによって多くの死者を出した場所でもある。

 

 

だが、アラームトラップから出現するモンスターのレベルは高く、大量に出現する為、効率良く経験値を手に入れるには適している。…もっとも、こんな方法でレベリングするのは私だけだが……。

 

 

 

 

 

 

「あれは……キリトか?」

 

 

一度街に戻る為に、出口の方へ歩いていると、キリトが4人のプレイヤーと一緒に隠し扉の向こうに入っていくのが見えた。

 

 

こっそり近づいて中を覗くと、部屋の中には宝箱が1つポツンと置いてあるだけで、それをキリトのパーティメンバーの1人が罠解除もせずに開けようとしていた。

 

 

「ま、待て!」

 

 

キリトは彼を止めようと声を掛けるが時すでに遅し。宝箱が開いた瞬間、部屋中にアラームが鳴り響き、扉は閉まり、大量のモンスターが姿を現す。

 

 

私も扉が閉まる前に部屋の中へ飛び込だ。

 

 

「君は!」

 

「話はあとだ。貴様らは早くここから脱出しろ」

 

「駄目だ!クリスタルが使えない!」

 

 

–––クリスタル無効化エリアか。

 

 

アラームトラップの中でクリスタル無効化エリアが存在するのはかなり稀なケースだ。

 

 

「キリトはそいつらと共に部屋の隅に固まれ!盾持ちはガードのみに専念しろ!ただしHPには常に気を配れ。槍持ちは盾持ちが防いでいる間に盾の隙間から攻撃を与えろ!キリト、貴様はそちらに行くモンスターだけを倒せ!」

 

 

簡単な指示を飛ばし、彼らが私の指示通り部屋の隅に移動した直後、複数のモンスターが襲いかかってくるが、攻撃される前に装備していた槍武器【ディスペア・オブ・スピア】でなぎ払う。

 

 

仕留め損ねた何体かはキリト達の方へと向かうが、4人を守りながら戦っているキリトによって倒されていく。

 

 

 

 

 

 

 

トラップの作動から数十分が経過。出現した全てのモンスターを倒すことに成功し、私たちは無事に部屋から脱出することが出来た。

 

 

「あの、助けてくれてありがとうございました!」

 

「……気にするな」

 

 

話を聞くと彼らは《月夜の黒猫団》という小さなギルドで、キリトとは3ヶ月ほど前に出会ったらしい。

 

 

今日はギルドリーダーがホームを買いに第1層へ行ってる間に、家具を買う為の資金調達をしに少し上の層…27層に来たというのだ。

 

 

「確かに、レベル的に考えてモンスターと戦うだけなら安全だろう。だが、情報量が足りなかったな。この27層はトラップ多発地帯と言われるほど罠が多い。さっきのようなミスを犯せば、次は確実に死ぬぞ」

 

「ごめんなさい」

 

「別に謝る必要は無い。次は気を付ければ良いだけだ」

 

 

そんな会話を交わしている間に、彼らはポーションを飲んでHP全回復させていた。

 

 

その後、キリトがいるので問題ないとは思うが、何かの拍子で別の罠に填まり、死なれては後味が悪いので、私は彼らを主街区近くまで送ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




◇ディスペア・オブ・スピア《槍》 NEW
持ち主のレベルに比例して攻撃力が上がる槍。
先端の刃の部分が通常よりも幅広い為、槍というよりはパルチザンに近い。
他の【ディスペアシリーズ】の武器同様、耐久値が減らない代わりに【ディスペア・オブ・コート】とセットで使用しなければ攻撃力が大幅ダウンする。


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第6話 聖なる夜に

12月24日

 

今日はクリスマスイブ。多くのイルミネーションで街は明るく賑わっている。

 

 

 

そんな中、私は35層の迷いの森にある1番大きなモミの木の下で、装備の最終確認を終わらせたところだ。

 

 

何故こんな所に来ているかと言うと、クリスマスイブ…つまり今日の深夜限定で、イベントボス《背教者ニコラス》が出現するという情報を掴んだからだ。

 

 

だが、そいつは何処に出現するか分かっておらず、確かなのは「とあるモミの木の下」という事だけだ。

 

 

では、何故そんなに少ない情報だけでこの場に来たのか。それはボスのドロップアイテムが《蘇生アイテム》だからである。

 

 

蘇生…今やデスゲームと化したSAOの中で、それは実現可能なのか。そもそも蘇生アイテムの情報は本当の物なのか。それを確かめる為に私はここへやって来た。ここに現れるという確証も無いまま……

 

 

 

 

–––噂をすれば何とやら……。

 

 

 

何処からか鈴の音が聞こえてきたかと思えば、上空から斧を持った真っ赤な服のサンタもどきが降ってくる。どうやら場所に間違いは無かったようだ。

 

 

「……まるで、人の血を浴びて紅く染まったようだな」

 

 

ニコラスとの戦闘が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

長時間の戦闘は終わり、私がドロップしたアイテムを確認すると、見慣れないアイテムがあった。

 

 

早速そのアイテムを調べてみると、それはやはり蘇生アイテムのようだ。

 

 

【還魂の聖晶石】

『このアイテムのポップアップメニューから使用を選ぶか、あるいは手に保持して《蘇生:プレイヤー名》と発声することで、対象のプレイヤーが死亡してからその効果光が完全に消滅するまでの間(およそ10秒間)ならば、対象プレイヤーを蘇生させることができます』

 

 

 

アイテム解説にはそう書かれていた。

 

 

 

 

知ってはいたさ。このゲームは私達プレイヤーにとって現実である。それを認識した時から。

 

 

例え蘇生アイテムであっても、既に死んだ者の命を戻す事は出来ない。それがこの世界…ソードアート・オンラインのルールだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

–––だけどよ、少しくらい期待させてくれたって良いじゃないか。

 

 

 

 

 

 

 

–––街に戻ったらこの情報を公開しよう。

 

 

そう思いながら、帰りの道を地図を見ながら進む。ここは迷いの森。その名の通り地図が無ければ簡単に迷ってしまう。転移結晶を使おうがこの森の何処かに飛ばされるだけでその意味を成さない。

 

 

 

 

 

 

森の出口に1番近いルートを進んでいると、目の前にイベントボス目的であろうレイドが現れた。

 

 

「《聖竜連合》か」

 

 

聖竜連合とは、かの血盟騎士団と肩を並べるほどの大型ギルドで、レアアイテムの為なら簡単に犯罪行為も行うことでも有名だ。

 

 

私自身、こうして顔を合わせるのは初めてだ。

 

 

「ビーターのペルソナだな?」

 

 

どうやらあっちは私のことを知ってるようだ。誤魔化せそうに無いなので適当に頷いておく。

 

 

「貴殿は何故このような場所に?」

 

 

レイドの隊長と思わしき男が話しかけてきた。

 

 

「貴様らと同じ……という事にしておこう」

 

「なら我々と共に行動しないか?イベントボスとはいえ、1人ではどうにもならないだろう。ここは協力してボスを倒すのはどうだろう?」

 

 

やはりこいつらも蘇生アイテム狙いでこの場所にやって来たらしい。だが、

 

 

「その必要は無い」

 

「必要は無い?どう言う意味だ?」

 

「もう倒した」

 

 

その言葉にレイド全体が驚きの声を上げる。口だけでは信じて貰えないだろうと思い、私は手に入れた蘇生アイテムを手に持って見せた。

 

 

「これがその蘇生アイテムだ。プレイヤーのHPが0になってから10秒以内であれば蘇生出来る」

 

「成る程……時に、失礼ながらその蘇生アイテムを我々に渡してくれないだろうか?」

 

「断る。と言ったら?」

 

 

レイド前方の隊が武器を構える。

 

 

「力尽くで奪うまで」

 

 

私は背中の両手剣に手を掛けるが、直ぐに手を離し、代わりに隊長の男に蘇生アイテムを投げ渡す。

 

 

 

 

 

「止そう、元々ソロの私には不要の品だ。貴様らの好きに使うといい。それにもうすぐ50層のボス攻略がある。お互い、無駄な争いは避けたいだろ」

 

「流石はトッププレイヤーの1人。良く分かっているな」

 

 

隊長の男が武器を仕舞うと、その後ろにいる者たちも次々と武器を下す。

 

 

 

 

その後、聖竜連合が先に森を抜け、それから暫く経つと私も森を抜けた。時刻は午前0:45……この時間帯であれば外には誰も居ないだろう。私はそう思いながら街に向けて歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 




彼は決して善人では無い。ただ、自分や自分の大切な者達にとって都合が悪くなる事は避けたいだけ。




なら、今の彼にとって大切な者達とは?


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第7話 不可解な事件

ちょっとエピソードオラクルが予想以上のストーリーの良さで、アニメロス中の作者です。


最初の方、PSO2(ゲーム)のネタバレがあります。

ご了承ください。








最近、同じ夢を見る。

 

 

 

あの時の……私がマトイを殺めた時の夢だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇惑星ナベリウス壊世区域:森林エリア

 

 

 

目の前には、私の武器(コートエッジ)が胸に突き刺さり、その傷口から血がどくどくと流れているマトイの姿。

 

 

 

『………アッシュ。ごめん、いっぱい迷惑かけちゃった。辛い思い、たくさんさせちゃったね』

 

 

武器が体を貫通しているにも関わらず、その痛みに耐えながら彼女は私に語りかけてくる。

 

 

『でも、これでいいんだよ。これで、よかったんだよ。わたしと、あなたの本懐は果たされた。【深遠なる闇】は消えて、世界は平和になる』

 

 

–––君が居ない世界など、何の意味もない。

 

 

私は呟くように言うが、過去の存在である彼女に何を言っても、今の私の声は届きはしない。

 

 

『何も、悲しいことはない。もう、楽しいことしか起こらない』

 

 

–––君が居なければ、喜びも幸せも、全て悲しみや絶望へと変わってしまう。

 

 

 

『だからあなたにお願いがあるの』

 

 

そう言いながらマトイは私の方へと歩み寄る。

 

 

『………泣かないで、笑ってて、』

 

『マトイ……!』

 

 

さっきまで唖然としていた過去の私も、ついに声を出してマトイを抱きしめんと両手を広げ、彼女に近づいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが遅かった。

 

 

『あ……あぁ……』

 

 

私が彼女に触れる前にマトイはこの世から消えた。先刻まで彼女の胸に刺さっていた武器が、ガシャン、カランっと、無機質な音を立てながら落ちるのを見て、マトイが死んだことを理解した私は一人落胆した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつもそこで目が覚める。

 

 

あの後、マトイを救えなかった絶望や悲しみ。そして己の無力さを痛感した私は、ダークファルスと化した。

 

 

この【仮面】(ペルソナ)という名は、【若人】(アプレンティス)……ユクリータによって名付けられた物だ。

 

 

 

–––あの夢は一体何なのだろう?私の過去に対する後悔の表れだろうか?それとも別の何か……。

 

 

私はそこまで考えるが、すぐに考えを放棄し、もう過ぎた事だと切り捨てる。

 

 

 

あの夢を見た日はどうも攻略する気が失せる為、私は街で適当に一日を潰すことにした。

 

 

なに、最近ではあのアスナが血盟騎士団の副団長…別名「攻略の鬼」として攻略組を引っ張っている。放っておいても勝手に攻略は進んでいくだろう。

 

 

 

 

 

–––暗くなってきたな……。

 

 

また明日から迷宮区に潜るために、街で必要な物を買っていたら、いつの間にか夕方になっていた。

 

 

 

 

「きゃあああああ‼︎」

 

「っ‼︎」

 

 

そろそろ宿に戻って明日の準備をしようと思っていた矢先、女性の悲鳴が聞こえ、私は悲鳴が上がった場所へ急行する。

 

 

広場に着いた私は辺りを見渡すと、胸を貫かれ、首にロープを巻き付けられて、教会の二階から吊り下げられている男の姿があった。

 

 

私が駆けつけた直後、男の体はポリゴン片となって消滅した。

 

 

「みんな、デュエルのウィナー表示を探せ!」

 

 

教会の近く、男が消えた場所のほぼ真下に、何故かいるキリトが広場にいる全員に呼び掛ける。

 

 

「キリト!」

 

「ペルソナ⁉︎なんで君がこんな所に……いや、それより君もウィナー表示を探してくれ!」

 

「わかった」

 

 

圏内ではプレイヤーのHPが減る事はまずない。だが、例外が存在する。それはプレイヤー同士が任意で行う対人戦闘システム【デュエル】だ。

 

 

デュエルにはいくつかの種類があるが、基本的に大きく二つの種類に分かれている。一つは相手のHPをイエローゾーンまで削ると勝利となる『初撃決着モード』。そしてもう一つが、相手のHPを0にすれば勝利となる『完全決着モード』だ。

 

 

デュエルは、合法的に行われるプレイヤー同士の決闘。言わば『対戦プレイ』である。その為、相手のHPをどれだけ削ろうともオレンジやレッドなどの犯罪者カーソルになる事はない。

 

 

「………30秒、経過した」

 

 

デュエルのウィナー表示は決着がついて30秒間は対戦したプレイヤーとの間に表れるのだが、今回はどこにも表示されていなかった。

 

 

 

 

 

その後、私とキリトはアスナと合流し、殺された《カインズ》という男の友人で《ヨルコ》と名乗るプレイヤーから話を聞いた。

 

 

彼女の話によれば、殺されたカインズ氏とは前いたギルドの時からの付き合いで、今日は食事をしにこの街へ来ていたらしい。

 

しかし、広場で彼とはぐれ、周りを見渡しているとカインズ氏が教会の窓から槍が刺さった状態で吊り下げられていたとのことだ。

 

 

カインズ氏が誰かに狙われる理由を知らないかとキリトが尋ねるも、ヨルコさんは首を横に振るだけ。その後も、いくつかの質問に答えてもらい、彼女を宿まで送り届けた。

 

 

 

「さて、どうする?」

 

「手持ちの情報を検証しましょう。あのスピアの出所がわかれば、それから犯人を追えるかもしれない」

 

「だが、そうなると鑑定スキルを持つ者が必要となるが、貴様ら、あてはあるのか?」

 

「ええ、私の友達で武器屋やってる子が……ってそんな事より、私はさっきからその人がここに居る理由を知りたいのだけれど」

 

 

アスナがこちらに指を差してきた。

 

 

「偶然通りかかった。で、さっきの話の続きだが、武器屋を営んでいる友人がどうかしたか?」

 

「鑑定スキルを持ってるけど、今は1番忙しい時間だし、すぐには頼めないかなぁ……」

 

「そっか。じゃあ、俺の知り合いの雑貨屋にでも頼むか」

 

 

キリトの提案で、その知り合いの元へ向かう事に。

 

 

 

 

第50層《アルゲード》

 

 

この街の裏通りにキリトの言う雑貨屋はあった。

 

 

「よお、キリトか」

 

「安く仕入れて安く提供するのが、うちのモットーなんでね」

 

「後半は疑わしいもんだな」

 

「何を人聞きの悪いことを」

 

 

店主の声に聞き覚えがあり、店内に入ると、そこに居たのはあのエギルだった。

 

 

「まさかエギルの事だったとはな」

 

「よお、ペルソナ!フロアボス以来か?」

 

 

エギルとは第1層からの縁で、ボス攻略の時にはいつもパーティを組んでもらっている。30層以降、かなり強いボスが出る為、フロアボス攻略の際には、いつも血盟騎士団の団長から直々に声が掛かるのだ。

 

 

 

私の後にアスナが入ってくると、エギルは驚いた顔をして、キリトを掴んで反対側を向いた。

 

 

「ど、どうしたキリト!ソロのお前が、ペルソナならまだしも、アスナと一緒とは、どう言う事だ?仲悪かったんじゃねえのか?なんか言えって!」

 

「おい、“私なら”とは一体どう言う意味だ」

 

 

エギルは動揺して、私の言葉は耳に入っておらず、アスナはそんなエギルを見て苦笑している。

 

 

 

 

エギルが落ち着きを取り戻した所で、私はさっき起こった出来事をエギルに話した。

 

 

「圏内でHPが0に?デュエルじゃないのか?」

 

「ウィナー表示を発見出来なかった」

 

「直前までヨルコさんと歩いていたなら、睡眠PKの線も無いしね」

 

「突発的デュエルにしては、やり口が複雑すぎる。事前に計画されたPKなのは確実と思っていい。そこで、こいつだ……」

 

 

討論を重ねた私たちは、テーブルの上に置いてある槍を見つめる。エギルは槍を手に持ち、鑑定し始める。

 

 

 

 

鑑定の結果、この槍はプレイヤーメイドだと言うことがわかった。作成者は《グリムロック》というプレイヤー。聞いた事のない名だ。

 

 

武器の固有名は【ギルティソーン】《罪の茨》

けったいな名前をしているが、武器自体にこれといって変わった事は何も無かったそうだ。

 

 

「罪の茨……」

 

 

そこで何を思ったのか、キリトはエギルに渡された槍を自身の手に突き刺そうと振り下ろそうとする。が、それにいち早く気付いたアスナに止められた。

 

 

証拠品の槍はエギルが預かることでその日は解散。

 

 

 

 

 

 

 

 

明日はまたヨルコさんに話を聞きに行く。

 

 

 

しかしこの事件、何か引っかかる。

 

 



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第8話 黄金林檎と指輪事件

事件が発生した翌日、私とキリトとアスナの3人は再びヨルコ氏に話を聞いている。

 

 

「ねえヨルコさん。あなたグリムロックって名前に聞き覚えある?」

 

「はい。昔、私とカインズが所属していたギルドのメンバーです」

 

 

アスナが尋ねると、ヨルコ氏は一瞬驚いた顔をしたが、直ぐに落ち着いて応えてくれた。

 

 

「実は、カインズさんの胸に刺さっていた黒い槍、鑑定したら、作成したのは、そのグリムロックさんだったんだ」

 

 

キリトがそう言うと、ヨルコ氏は目を見開いて両手で口を覆った。

 

 

「何か思い当たる事はないかい?」

 

「……はい、あります。昨日、お話出来なくてすみませんでした。忘れたい、あまり思い出したくない話だったし……。でも、お話します。そのせいで、私たちのギルドは消滅したんです」

 

 

それからヨルコ氏はゆっくり話をしてくれた。

 

 

ヨルコ氏とカインズ氏は、かつて《黄金林檎》と言うギルドに所属していた。半年前、偶然倒したレアモンスターから、敏捷力を20上げるレアアイテムの指輪をドロップしたのが、ことの始まりだそうだ。

ギルドは指輪の売却に賛成派と反対派に分かれて、最終的に多数決で指輪を売却することに。

そしてギルドリーダーの《グリセルダ》氏が1人、指輪を売る為に前線に向かったのだが、彼女は謎の死を迎えたとのことだ。

 

 

「レアアイテムを持って、自身よりレベルの高いモンスターがいる圏外に出ようとはしないだろう。となると……」

 

「睡眠PKか」

 

「半年前なら、まだ手口が広まる直前だわ」

 

 

睡眠PK…それは寝ているプレイヤーの手を動かし、デュエルの完全決着を選択させて、あとは一方的に嬲り殺す。というデュエルを使った悪質な犯罪行為だ。

 

 

「ただ、偶然とは考え難いな。グリセルダさんを狙ったのは、指輪の事を知っていたプレイヤー、つまり……」

 

「黄金林檎の、残り7人の誰か……」

 

「中でも怪しいのは、売却に反対した人間だろうな」

 

「売却される前に指輪を奪おうとして、グリセルダさんを襲った。ってこと?」

 

「それ以外、考えられないだろう」

 

「グリムロックさんというのは?」

 

 

ふとキリトがヨルコ氏に尋ねる。

 

 

「彼はグリセルダさんの旦那さんでした。勿論このゲーム内での、ですけど。

グリセルダさんはとっても強い剣士で、美人で、頭も良くて…グリムロックさんはいつもニコニコしている優しい人で、とってもお似合いで、仲の良い夫婦でした。

もし昨日の事件の犯人がグリムロックさんなら、あの人は指輪売却に反対した3人を狙っているのでしょうね」

 

「指輪売却に反対したのは誰ですか?」

 

 

気になってヨルコ氏に尋ねてみた。

 

 

「3人の内、2人はカインズと私なんです。そして3人目は《シュミット》というタンクです。今は攻略組の、聖竜連合に所属していると聞きました」

 

 

「シュミット……聞いた事あるな」

 

「聖竜連合のディフェンダー体のリーダーよ。でっかいランス使いの人」

 

「ああ、アイツか」

 

 

「シュミットを知っているのですか?」

 

 

私たちの話に、ヨルコ氏が食い付いてくる。

 

 

「ボス攻略で顔を合わせる程度だがな」

 

「シュミットに会わせてもらう事は出来ないでしょうか?彼はまだ、今回の事件のことを知らないかも。だとしたら彼も、もしかしたらカインズの様に………」

 

 

「シュミットさんを呼んでみましょう。聖竜連合に知り合いがいるから、本部に行けばどうにかなると思うわ」

 

「だったらまずはヨルコさんを宿屋に送らないと。ヨルコさん、俺たちが戻るまで絶対に宿屋から外に出ないでくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

ヨルコ氏を宿屋に送った後、私たちは聖竜連合本部へと向かっている。

 

 

「貴方達は、今回の圏内殺人の手口をどう考えてる?」

 

 

歩いている途中、アスナがそう尋ねてきた。

 

 

「大まかに三通りだな。まず一つ目は正当なデュエルによるもの。二つ目は既知の手段の組み合わせによる、システム上の抜け道」

 

「まあそんな所だよね。三つ目は?」

 

「圏内の保護を無効化する未知のスキル、あるいはアイテムの存在」

 

「それは無い」

 

 

キリトが出した三つ目の考えに対し、私はそう断言する。

 

 

「どうして、そう断言できるの?」

 

「茅場晶彦ならそんなフェアじゃない事はしない。そうだろペルソナ」

 

「ああ」

 

 

アスナが私にした問いに、キリトが代わりに答えた。

 

 

「SAOは基本的にフェアネスを貫いている。圏内殺人が可能になるアイテムやスキルなんて……私が茅場晶彦なら、絶対にそんなものは作らない」

 

 

私の考えにアスナは「なるほど」と納得した。

 

 

 

 

 

 

 

シュミットを呼び出し、ヨルコ氏がいる宿屋に戻った私たちは、話し合いを再開する。

 

 

「グリムロックの武器で、カインズが殺されたというのは本当なのか?」

 

「本当よ…」

 

 

白い毛布を肩に掛けているヨルコ氏は、シュミットの問いに答える。

 

 

「なんで今更カインズが殺されるんだ⁉︎アイツが…アイツが指輪を奪ったのか?グリセルダを殺したのはアイツだったのか?グリムロックは、売却に反対した三人を全員殺す気なのか?俺やお前も狙われているのか?」

 

「グリムロックさんに槍を作ってもらった他のメンバーの仕業かもしれないし、もしかしたら、グリセルダさん自身の復讐なのかもしれない。だって、圏内で人を殺すなんてこと、幽霊でもない限りは不可能だもの」

 

 

その言葉にシュミットは絶句する。

 

 

「私、昨夜寝ないで考えた。結局の所、グリセルダさんを殺したのは、メンバー全員でもあるのよ!あの指輪がドロップした時、投票なんかしないで、グリセルダさんの指示に従えばよかったんだわ‼︎」

 

 

ヨルコ氏は、まるで気が狂ったかのように叫び出した。

 

 

「ただ一人、グリムロックさんだけはグリセルダさんに任せると言った」

 

 

すぐに落ち着きを取り戻したヨルコ氏は、窓枠に腰掛けて言葉を繋げる。

 

 

「あの人には私たち全員に復讐して、グリセルダさんの仇を取る権利があるんだわ」

 

「冗談じゃねえ……冗談じゃねえぞ!今更、半年も経ってから何を今更⁉︎お前はそれで良いのかよヨルコ!訳の分からない方法で殺されていいのか⁉︎」

 

 

ヨルコ氏の言葉で冷静さを失いかけているシュミットをキリトが抑えて落ち着かせる。

 

 

暫時、沈黙が場を支配するが、

 

 

–––ザクッ

 

 

そんな音が聞こえたかと思うと、窓枠に座っていたヨルコ氏の背中に、短剣が刺さっていた。

 

 

「ヨルコさん!」

 

 

私とキリトはヨルコ氏を救出しようと彼女の元に駆け寄るが、あと一歩の所でヨルコ氏が外に落ち、ポリゴン片となって消滅。彼女の背中に刺さっていた短剣だけが、その場に残った。

 

 

「っ!アスナ、ペルソナ、あとは頼む!」

 

「駄目よ!」

 

 

アスナの静止も聞かず、何かを見つけたキリトは窓から外へ飛び出した。

 

 

 

 

 

 

数分経って、扉からキリトが戻ってきた。

 

 

「馬鹿!無茶しないでよ!…で、どうなったの?」

 

 

細剣を鞘にしまいながらアスナはキリトに問う。

 

 

「駄目だ。テレポートで逃げられた。

宿屋の中は、システム的に保護されている。ここなら危険は無いと思っていた。クソッ!」

 

 

そう言ってキリトは部屋の壁を殴った。

 

 

「あのローブはグリセルダの物だ……あれは、グリセルダの幽霊だ!俺たち全員に復讐しに来たんだ!ハハッ、幽霊なら圏内でPKするくらい楽勝だよな。アハハハハハ!」

 

 

シュミットは頭を抱えて震えながらそう言っている。完全に冷静さを失ったみたいだ。

 

 

「幽霊じゃない。二件の圏内殺人には、絶対にシステム的なロジックが存在する筈だ。絶対に……!」

 

 

 

 

 

 

 



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第9話 事件の真相

私たちは今、噴水前のベンチに座って、今回の事件について思い返している。

 

 

「さっきの黒いローブ、本当にグリセルダさんの幽霊なのかな?目の前で二度もあんなの見せられたら、私にもそう思えてくるよ」

 

「いや、そんな事は絶対にない。そもそも幽霊なら、さっきも転移結晶なんて使わないで……転移結晶?」

 

「どうしたの?」

 

「……いや、何でもない」

 

 

キリトは自分で言った『転移結晶』という言葉に何か引っかかったようだ。

 

 

 

そして沈黙。

 

 

 

「ほら、二人とも」

 

 

その沈黙を破るように、アスナが私とキリトに何か包まれた物体を差し出す。

 

 

「くれるのか?」

 

「この状況でそれ以外何があるの?見せびらかしてるとでも?」

 

「じゃあ、有り難く」

 

 

包みを開けると、そこにはサンドイッチが入っていた。

 

 

「そろそろ耐久値が切れて消滅しちゃうから、急いで食べたほうがいいわよ」

 

 

アスナにそう言われ、キリトはサンドイッチにかぶりつく。その様子を見て、私も仮面をずらしてサンドイッチを一口、また一口と食べ進める。かなり美味い。

 

 

「いつの間に弁当なんか仕入れたんだ?」

 

「耐久値がもう切れるって言ったでしょ。こういう事もあるかと思って、朝から用意しといたの」

 

「さすが、血盟騎士団攻略担当責任者様だな。因みにどこの?」

 

「売ってない」

 

「へっ?」

 

 

キリトが素っ頓狂な声を出す。

 

 

「お店のじゃない。私だって料理するわよ」

 

「え、えっと…それは何と言いますか……いっその事オークションにかければ大儲けだったのにな。ハハハ……」

 

 

キリトの言葉に対し、アスナが無言で一歩前に出すと、キリトは怯えてサンドイッチを地面に落としてしまい、そのサンドイッチはポリゴン片となって消滅した。

 

 

–––作った本人の前でそんな事言えば怒るに決まってるだろう。馬鹿め。

 

 

「? どうしたのよ?」

 

 

膝をついたまま、じっと佇んでいるキリトにアスナが話しかけるが、キリトはアスナに静かにするように手で指示し、しばらくして何を思ったのか大きな声を出した。

 

 

「俺たちは、何も見えていなかった。見ているつもりで違うものを見ていたんだ。圏内殺人…そんな物を実現する武器もロジックも最初から存在しなかったんだ!」

 

 

 

 

 

 

「……つまり二人は指輪事件の犯人を炙り出すために、圏内殺人なんて物をでっち上げた訳か」

 

 

キリトの推理を聞いた私とアスナは、事件がヨルコ氏たちの自作自演だったという事を理解する。

 

 

「シュミットの事は初めから疑っていたんだろうな。なあアスナ、ヨルコさんとフレンド登録したままだろ?」

 

 

そう言われたアスナはウィンドウを操作して、ヨルコさんの居場所を確認する。

 

 

「今、19層のフィールドにいるわ。主街区からちょっと離れた小さい丘の上」

 

「そっか。兎に角、あとは彼らに任せよう。俺たちのこの事件での役回りは、もう終わりだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

事件が終わったということで、私たちは近くの店で食事を取ることにした。

 

 

「ねえ、二人はもし超級レアアイテムがドロップしたとき、なんて言ってたの?」

 

「うーん…俺はそういうトラブルが嫌で、ソロやってるところがあるからな……」

 

「右に同じだ」

 

 

突然のアスナの質問に私とキリトはそう答える。

 

 

KoB(うち)はドロップした人のもの。そういうルールにしてるの。誰にどのアイテムがドロップしたかは全部自己申告じゃない。ならもう、隠蔽とかのトラブルを避けるにはそうするしか無いわ」

 

「プレイヤー同士のイザコザも減るからな」

 

「それに、そういうシステムだからこそ、この世界での結婚に重みが出るのよ。結婚すれば、二人のアイテムストレージは共通化されるでしょ?それまでなら隠そうと思って隠せた物が、結婚した途端に何も隠せなくなる。ストレージ共通化って、すごくプラグマチックなシステムだけど、同時にとてもロマンチックだと私は思うわ」

 

 

アスナがそこまで言い終えると、NPC店員が料理を運んでくる。

 

 

「なあ」

 

「何?」

 

「アスナ、お前結婚したことあるの?」

 

 

本当に、店員がNPCで良かったと思う。店員が無反応で立ち去ると、アスナは手元にあるフォークをキリトに向けた。

 

 

「違う違う!そうじゃなくて!さっきロマンチックだとかプラスチックだとか……」

 

「誰もそんな事言って無いわよ!『ロマンチックでプラグマチックだ』って言ったの!プラグマチックって言うのは、実際的って意味ですけどね!」

 

「実際的?SAOでの結婚が?」

 

「そうよ。だってある意味身も蓋もないでしょ、ストレージ共通化なんて」

 

「ストレージ…共通化……」

 

 

アスナが言った“ストレージ共通化”という言葉に何かが引っかかる。

 

 

「何よ?」

 

「いや、結婚相手が死んだ時、ストレージに入っているアイテムはどうなるのかと思ってな」

 

「えっ…?」

 

 

私たちはまだ気付いていなかった。この事件はまだ終わっていなかったという事に。

 

 

 

 



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第10話 真犯人

19層・十字の丘

 

 

「確かにコイツはデッカイ獲物だ。聖竜連合の幹部様じゃないか?」

 

 

フードを被って現れた三人組を前に、麻痺状態のシュミットは死を覚悟した。何故ならその三人組は、アインクラッド最悪のレッドギルド《笑う棺桶(ラフィンコフィン)》の幹部三人だからだ。

 

 

「さて、どうやって遊んだもんかね?」

 

「あれ、アレやろうよヘッド!『殺し合って残った奴だけ助けてやるぜゲーム‼︎』」

 

「そんな事言って、お前結局残った奴も殺しただろうがよ」

 

「あー!今それ言っちゃゲームにならないっすよヘッド!」

 

 

男の言葉は、子供のような喋り方からは想像もつかないほど、狂気に満ち溢れていた。

 

 

「さて、取り掛かるとするか」

 

 

ヘッドと呼ばれた男がシュミットの近くに歩み寄り、その手に持つ包丁のような剣を振り下ろす。

 

 

が、途中で手を止め、斜め後ろにある林の方を見る。

 

 

「どけ、ジョニー‼︎」

 

 

男はジョニーと呼ばれたナイフ使いを突き飛ばし、襲撃者の剣を自身の剣で受け止めた。

 

襲撃者は剣と剣がぶつかった力を利用して、後方宙返りをしながら着地する。

 

 

「久しぶりだな、PoH(プー)

 

「相変わらず凄え殺気だな、ペルソナ」

 

 

 

 

 

 

 

 

–––やれやれ、まさかこんな所で出会うとはな。

 

 

私の目の前にはPoHの他に二人の男、麻痺で動けなくなっているシュミット、そして生きていたヨルコ氏とカインズ氏の合計6名。

 

 

「貴様が先程突き飛ばしたのが《ジョニー・ブラック》、そしてもう一人が《赤目のザザ》といった所か。ラフコフ幹部が勢揃いとは、それほど暇なのかレッドプレイヤーというのは」

 

「いいや、今回は依頼さブラザー。ここに来ればデッカイ獲物を狩れるってメールが届いたんだよ」

 

 

–––どうやら、私たちの推理は正しかった訳だ。

 

 

私はそう思いながら、腰に掛かっている刀武器【ディスペア・オブ・サーベル】を握る。

 

PoHと他二名は警戒態勢をとるが遅い。私は刀を抜刀しながら三人の間を通り抜け、納刀と同時に二人の片腕がボトボトとその場に落ちた。…PoHには防がれたようだ。

 

 

「キサマ…!」

 

 

ザザが無事な右手で剣を持ち、剣先を私に向ける。

 

 

「ヘッド、あいつ俺がやっていい?いや殺るよ」

 

 

ジョニー・ブラックも無事な左手で投げナイフを持った。

 

 

 

 

 

 

一触即発の緊張状態。そんな中、馬の蹄が地を蹴る音が聞こえてくる。

 

 

「イデッ!」

 

 

馬に乗っていたキリトが振り落とされ、尻から勢いよく地面に落ちた。

 

 

「遅かったな」

 

「君が早過ぎるんだよ。なんで馬より早いんだ」

 

「馬は木や崖などの障害物がある場所では、本来のスピードを出すことが出来ないからな。迂回した貴様とは違って、一直線で進んだ私の方が早いのは道理だ」

 

「なるほどね。それより……」

 

 

キリトは剣を構えながらPoH達の方を向く。

 

 

「どうする?もうじき援軍が駆け付けるが、攻略組30人を相手にしてみるか?」

 

 

キリトの言う『攻略組30人』というのはもちろん嘘だ。推測だけで攻略組を動かす訳にもいかないしな。

 

 

「……行くぞ」

 

 

PoHの指示で二人は武器をしまい、三人のレッドプレイヤーは深い霧の中に消えた。

 

 

三人の反応が付近から消えたことを確認したキリトは、武器をしまってヨルコ氏らの方を向く。

 

 

「また会えて嬉しいよ、ヨルコさん」

 

「全部終わったら、きちんとお詫びに伺うつもりだったんです。と言っても、信じて貰えないでしょうけど」

 

 

–––全く、人騒がせにも程があるがな。

 

 

「キリト、ペルソナ。助けてくれた礼は言うが、なんで分かったんだ?あの三人がここで襲って来ることが」

 

「分かった訳ではない。あり得ると推測しただけだ」

 

 

シュミットの疑問に私が答えると、キリトは再びヨルコ氏とカインズ氏の方を向く。

 

 

「カインズさん、ヨルコさん。あんた達はあの二つの武器をグリムロックさんに作って貰ったんだよな?」

 

「……彼は最初は気が進まないようでした。もうグリセルダさんを安らかに眠らせてあげたいって」

 

「でも、僕らが一生懸命頼んだら、やっと武器を作ってくれたんです」

 

「残念だが、貴様ら計画にグリムロックが反対したのは、グリセルダ氏の為じゃない。圏内PKという派手な事件を演出し、大勢の注目を集めれば、いずれ誰かに気付かれると思ったのさ。私たちも気付いたのは30分前だったがな……」

 

 

私は語り始める。この事件の本当の真相を。

 

 

 

 

 

 

時は30分ほど前に遡る。

 

 

「結婚相手が死んだ場合、共通化されたアイテムストレージに入っているアイテムはどうなるんだ?」

 

「グリセルダさんとグリムロックさんの事?そうね、一人が亡くなったら……」

 

「そうか!全てのアイテムがもう一人の物になる!」

 

 

キリトもそこに気が付いたようだ。

 

 

「という事は、グリセルダさんのストレージに入っていたレア指輪が、」

 

「結婚相手であるグリムロックのストレージに残る」

 

「指輪は奪われていなかった?」

 

「いや、奪われたと言うべきだ。グリムロックは自分のストレージにある指輪を奪ったんだ」

 

 

 

 

 

 

全てを語り終えると、三人は話が信じられないのか、唖然としていた。

 

 

「グリムロックが…あいつがあのメモの差出人。そしてグリセルダを殺したのか?」

 

「いや、直接手を汚しはしなかっただろう。多分殺人の実行役は、汚れ仕事専門のレッドに依頼したんだ」

 

「貴様らにしたようにな」

 

 

私とキリトの言葉にシュミットは絶句する。

 

 

「そんな…あの人が真犯人って言うなら、なんで私達の計画に協力してくれたんですか⁉︎」

 

「あんた達はグリムロックに、計画を全部説明したんだろ?ならそれを利用して、今度こそ指輪事件を永久に闇に葬ることも可能だ。シュミットにヨルコさんにカインズさん。その三人が集まる機会を狙って、纏めて消してしまえばいい」

 

「そうか。だから…だからここに殺人ギルドの連中が」

 

「恐らく、グリセルダさん殺害を依頼した時から、パイプがあったんだろ」

 

「そんな……」

 

 

ヨルコ氏は次々と明らかになる事実に倒れ込む。そんなヨルコ氏をカインズ氏が支える。

 

 

「居たわよ」

 

 

声が聞こえた方から、アスナが一人の男を連れてやって来た。恐らく奴がグリムロックだろう。

 

 

「やあ…久しぶりだね、皆」

 

「グリムロックさん。あなたは…あなたは本当に。なんでなのグリムロック!なんでグリセルダさんを…奥さんを殺してまで指輪を奪ってお金にする必要があったの⁉︎」

 

 

泣きながら抗議するヨルコ氏。

 

 

「ふ、ふふ……金?金だって…?」

 

 

突然、肩を震わせながら笑い出したグリムロック。

 

 

「私は…私はどうしても彼女を殺さねばならなかった。彼女がまだ私の妻である間に」

 

「……どういう意味だ?」

 

 

かつての私と同じような事を言い出すグリムロックに私は問う。

 

 

「彼女は現実世界でも私の妻だった……一切の不満も無い理想的な妻だった……可愛らしく従順で、ただ一度の夫婦喧嘩すらもしたことが無かった。だが…共にこの世界に囚われた後、彼女は変わってしまった。

強要されたデスゲームに怯え、恐れ、竦んだのは私だけだった。彼女は現実世界にいた時よりも、遥かに生き生きとして充実した様子で……私は認めざるを得なかった。私の愛したユウコは消えてしまったのだと。

ならば…ならばいっそ合法的殺人が可能なこの世界にいる間にユウコを…永遠の思い出の中に封じてしまいたいと願った私を、誰が責められるだろう?」

 

 

そう語る彼の目は完全に見開かれており、そんな彼の様子にヨルコ氏らは引いていた。

 

 

「……そんな理由で、貴様は自分の妻を殺したのか?」

 

「十分過ぎる理由だ。君にもいずれ分かるよ仮面の探偵君。愛情を手に入れ、それが失われようとした時にはね」

 

 

その時にはもう、何かを言うよりも先に、グリムロックに向けて刀を投げつけていた。

 

 

「ふざけるな。そんな物は愛などでは無い」

 

 

刀はグリムロックの少し上を通り、彼が被っていた帽子を串刺しにして後方の木に刺さる。

 

 

「妻が変わったから、愛した妻が消えたから殺す?そんな物、貴様の独りよがりに過ぎない!」

 

「彼の言う通りよグリムロックさん。貴方がグリセルダさんに抱いていたのは愛情じゃない。ただの所有欲だわ!」

 

 

私とアスナの言葉が効いたのか、グリムロックは力無くその場に崩れ落ちる。

 

 

 

 

 

 

その後、グリムロックの処遇はシュミットとカインズ氏ヨルコ氏のに任せ、三人はグリムロックを連れて主街区へと歩いていった。

 

 

「ねえ、もし君なら、仮に誰かと結婚した後になって相手の人の隠れた一面に気づいた時、君たちならどう思う?」

 

「どうした藪から棒に?」

 

「良いから答えてよ」

 

 

突然のアスナの質問に私はどう応えればいいか悩んだ。何せそんな事考えもしなかったからな。

 

 

「ラッキーだったって思うかな」

 

 

応えられない私の代わりに、キリトがアスナの問いに応える。

 

 

「だ、だってさ、結婚するってことはそれまで見えてた面は好きになってる訳だろ?だから、その後に新しい面に気付いてそこも好きになれたら、二倍じゃないですか……」

 

「ま、良いわ。そんな事よりお腹空いたわ。さっきも食べそびれちゃったし」

 

「そうだったな」

 

 

–––どうでも良かったならば何故聞いた?とは言わないようにしておこう。

 

 

「2日も前線から離れちゃったわ。明日からまた頑張らなくちゃ!」

 

「ああ、今週中に今の層は突破したいな」

 

 

「そうだな」と言って、その場から離れようとした私だったが、キリトとアスナに引き留められる。

 

 

「どうした?」

 

 

振り向いた私は信じられないものを見た。グリセルダ氏の墓石の隣で、ゆっくりと登る朝日をバックにローブを羽織った優しく微笑む女性の姿。

 

 

まさかと思い、キリトとアスナを見ると、二人とも口をぽかんと開けて呆然としている。

 

 

そして再び、グリセルダの墓石の方を見ると、そこには人影一つ見当たらなかった。

 

 

「ねえキリト君、ペルソナさん。フレンド登録しよっか」

 

「「えっ?」」

 

 

私とキリトの声がハモった。

 

 

「今までしてなかったでしょ?攻略組同士、連絡を取り合えないのも不便だわ」

 

「いや、俺はソロだし……」

 

「別にパーティ組めなんて言ってないでしょ?それに少しは友達作らないと」

 

「そうか?不便は無いけどぉ⁉︎」

 

 

キリトとついでに私まで叩かれた。かなり強めに。

 

 

「ご飯食べるまでに考えておいて。じゃ、まずは街に戻りましょうか」

 

 

そう言いながら街までの道を歩き始めるアスナ。そんな彼女を追うようにして、私とキリトも歩き始めた。

 

 

「というかアスナ、貴様口調変わってないか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その言葉がいけなかったのか、結局その後、アスナにフレンド登録するまで解放して貰えなかった。

 

 

 




◇ディスペア・オブ・サーベル《刀》
持ち主のレベルに比例して攻撃力が上がる刀。
他の【ディスペアシリーズ】の武器同様、耐久値が減らない代わりに【ディスペア・オブ・コート】とセットで使用しなければ攻撃力が大幅ダウンする。




これ以上、彼の武器を増やす予定はありません。


にしても、長かったなぁこの回。


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第11話 青眼の悪魔

「ふっ!」

 

 

私は今、攻略の最前線74層で片手剣と盾を持つリザードマンと対峙している。

 

私は一度、両手剣を背中に納め、リザードマンから距離を取る。そして距離を詰められる前に背中にもう一つ装備している槍を手に取り、リザードマンを牽制。再び距離を取った。

 

 

 

するとリザードマンはソードスキルを発動させ、一気に距離を詰めてくる。

 

 

 

「はあっ!」

 

 

リザードマンが剣を振るう瞬間、私は奴の懐に潜り込み、腰の刀を抜刀。リザードマンを撃破。

 

 

 

 

 

 

これは当然のことだが、層が上がっていくにつれてモンスターも手強くなってきている。だが、70層を越えた辺りから、モンスターのアルゴリズムにイレギュラー性が増してきているのだ。

 

 

それはまるで、この世界の終わりが刻一刻と近づいている事を暗示しているかのように。

 

 

 

–––誰か来る。

 

 

プレイヤーの反応が敵感知に引っかかっり、私は素早く物陰に身を隠す。

 

 

そして暫くすると、統一された装備のプレイヤー団体が歩いてきた。

 

 

–––《軍》か。

 

 

軍……正式名《アインクラッド解放軍》

 

25層で多大な被害を出した後、攻略よりも組織強化を軸に活動していると聞いていたが……。

 

 

連中は一直線に先へと進んでいった。かなり疲弊していたが、大丈夫だろうか。

 

 

「いや、流石に気にしすぎか」

 

 

本当に危険な状況になれば転移結晶で退却するだろう。私はそう思い、迷宮区の出口に向けて歩く。

 

 

 

 

 

 

迷宮区の安全地帯近くまで来た私は、キリト達とばったり遭遇した。

 

 

「君か。さっき軍の奴らがここを通らなかったか?」

 

「もっと奥の方で集団の反応がして身を隠していたら、通り過ぎていったが」

 

「おいおい、アイテム使って帰ってないのかよ」

 

 

キリト達と共にいたギルド《風林火山》のクラインが、呆れた様子でそう言った。

 

 

「何があった?」

 

「いや、この先はボス部屋があるんだが、まさかと思ってな……」

 

 

キリトの言葉に私は先程通り過ぎていった軍の様子を思い出す。先頭を歩く隊長らしき男以外は殆どが疲弊していた。あの状態では、戦闘どころか偵察すらも危ういだろう。

 

 

「ボス部屋まで案内してくれ。なるべく早く」

 

「わかった」

 

 

嫌な予感がした私は、キリトに先導して貰い、ボス部屋へと向かった。

 

 

 

 

 

 

キリトの最高スピードに合わせて走った為、風林火山の奴らは置いてきてしまったが、私とキリト、アスナの三人はボス部屋の前まで1分足らずで来ることが出来た。

 

 

部屋の大きな扉は既に開放されており、その先には地獄絵図が広がっていた。

 

 

山羊のような顔をした二足歩行型のモンスターが、軍のプレイヤーを蹂躙していく。

 

 

「何してる⁉︎早く転移結晶を使え‼︎」

 

 

部屋の外からキリトが叫ぶ。

 

 

「駄目だ!結晶が使えない!」

 

 

軍の一人が発したその言葉から、ここが《結晶無効化エリア》というトラップとボス部屋という最悪の組み合わせだという事がわかる。

 

 

「我々解放軍に撤退の二文字はあり得ない!戦え!戦うんだ‼︎」

 

 

部屋の中央で隊長の男が馬鹿げた事を言う。

 

 

「バカやろう……」

 

「おい、どうなってんだ?」

 

 

と、そこに風林火山が遅れてやって来た。キリトからの説明で状況を知ったところでどうにもする事が出来ない。

 

 

「何とか出来ないのかよ?」

 

 

クラインが情けない声を上げる。

 

 

 

–––仕方ない。

 

 

 

「キリト、少しの間だけ奴の気が別の所に向けば、軍の奴らを部屋から出す事は出来るか?」

 

「出来ない事は無いけど………まさか!」

 

 

「任せたぞ」

 

 

キリトが私を止める前にボス部屋の中へと入る。

 

 

走りながら装備、スキルの変更を並行して行う。すると、背中の槍と腰の刀が消え、両手剣だけが残った。

 

 

私はコートの裏に隠し持ったありったけの投げナイフを、ボスに向けて投げながら突進する。

 

 

《投剣スキル》が発動し、私が投げたナイフのほとんどは獲物へと突き刺さり、ヘイトが私の方へ向いた。

 

 

「来い」

 

 

私が背中から引き抜いた両手剣が、その刀身に黒く禍々しいオーラを纏う。

 

 

「ふん!」

 

 

キィン!という音が鳴り響き、我に返ったキリトとアスナ、風林火山のメンバーは次々と軍のプレイヤー達をボス部屋の外へと運んでいく。

 

 

「貴様も早く行け」

 

「何を言う!私は誇り高きアインクラッド解放軍、攻略隊の隊長だ!撤退など断じてあり得ん‼︎」

 

 

ボスの攻撃を抑えながら、足元にいる隊長の男に呼びかけるが、聴く耳を持たない。

 

 

「邪魔だ」

 

 

ボスの振るう大剣を弾くと、男のHPを減らさないように上手く力を調整しながら出口に向かって蹴り飛ばした。

 

 

 

 

 

………だが、それがいけなかった。

 

 

一瞬の隙を突かれ、ボスの大剣がモロに当たった私の体は宙に浮き、勢いよく地面と激突する。

 

 

「ぐっ…」

 

 

幸いにもHPはまだ三分の一残っていた。

 

 

 

私は直様立ち上がり、ボスから放たれるブレス攻撃を避ける。

 

 

ボスが二度目のブレス攻撃を放とうとした瞬間、キリトがボスの背中を斬り、攻撃を失敗させた。

 

 

私はヘイトがキリトの方へ向いている間に、ポーションを飲み干してHPを全回復させると、再びボスに向かって突進する。

 

 

アスナとクラインがボスの相手をして、後ろに下がったキリトがウィンドウを操作していた。

 

 

「良し、いいぞ!」

 

 

スイッチ!と叫びながら前に出るキリトの両手には黒と蒼の二つの剣が握られている。

 

 

「後ろがガラ空きだ」

 

 

私はボスを背後から斬りつけ、隙を作る。

 

 

 

前と後ろ、二方向から交互に振るわれる三つの剣がボスのHPを確実に削っていく。

 

 

「「はぁぁあああああ‼︎」」

 

 

雄叫びと共に繰り出された二つの斬撃により、HPが一気に削れたボスは、ポリゴン片となって消滅した。

 

 

 

 

 

 

 

主がいなくなったボス部屋は静まり返り、その中央で二人のプレイヤーが気を失っている。

 

 

一人は私と共にボスと戦っていたキリト。もう一人はアインクラッド解放軍の隊長《コーバッツ》だ。

 

 

キリトは数秒程で意識を取り戻したが、コーバッツは眠ったままだ。

 

 

「ペルソナのお陰で軍の奴らは全員無事だった。たく、コーバッツの馬鹿野郎が……!」

 

 

クラインは悪態をつくが首を振り、笑顔を作る。

 

 

「それはそうと、おめぇなんだよさっきのは?」

 

 

そしてキリトに疑問を投げ掛けた。クラインの言う「さっきの」とは、先程キリトが使った二本の剣で攻撃するスキルの事だろう。

 

 

「………言わなきゃだめか?」

 

「ったりめぇだ!見た事ねえぞあんなの!」

 

「エクストラスキルだよ。《二刀流》」

 

 

二刀流の名前を聞いて、その場にいた者たちは「おお!」と感嘆の声を上げる。

 

 

 

クラインが出現条件を訊くが、キリトは気が付いたらスキルウィンドウに名前があったと答える。この事から二刀流はキリトの《ユニークスキル》だと言う事が判明した。

 

 

「君のも話してくれないか?あの黒いオーラ…明らかに普通の両手剣スキルじゃないだろ?」

 

 

あそこまで大胆に大勢の前で使ったんだ。もう言い逃れは出来ないだろう。

 

 

「……《暗黒剣》。エクストラスキルだ。貴様と同じようにいつの間にか名前があった。」

 

 

 

 

 

 

その後、軍はコーバッツを連れて本部へ帰還した。今回あった事は包み隠さず上に報告するとのことだ。

 

 

これで良い意味でも悪い意味でも注目を集めてしまう。まあ、今までもそこそこ注目はされていたが……。

 

 

「ま、苦労も修行の内と思って頑張りたまえ若者よ」

 

 

 

 

「「勝手な事を……」」

 

 

 

 

 

 

 



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第12話 VS最強の騎士

タイトルが思いつかなかった。




74層のボスを倒した翌日

 

 

今日発行された新聞の内容から、アインクラッド中が昨日起こった事件の話で持ちきりになっている。

 

 

 

 

今日の朝刊にはこう書かれていた。

 

 

『軍の大部分を全滅させた悪魔!』

 

 

『それを撃破した二刀流の50連撃!』

 

 

『更に、一撃でボスのHPゲージを一本削り取った、暗黒剣を使う仮面の剣士!』

 

 

 

噂には尾びれや背びれが付くとは言うが、『50連撃』や『HPゲージ一本』は流石に言い過ぎだろう。

 

 

 

今日攻略に行くのは危険と判断し、私はいま主街区で攻略に必要な物を買い出しに来ている。

 

 

勿論、服装は別の物にしている為「私=ペルソナ」と思う者は居ないだろう。

 

 

そして暫くの間買い物をしていると、突然アスナからメッセージが送られてきた。

 

 

珍しい事もあるものだと思いながら、そのメッセージの内容を見ると、私は一人静かに落胆した。

 

 

メッセージの内容は、

 

 

『団長が貴方とキリト君との決闘を望んでいます。75層主街区《コリニア》のコロシアムに来て下さい!』

 

 

との事だ。

 

 

–––これなら迷宮区に籠っていた方が数倍良かったな。

 

 

 

 

 

第75層の主街区《コリニア》は、まるで古代ローマを模したような作りの建物が多く、転移門の前には巨大なコロシアムがそびえ立っている。

 

 

街は既にお祭り騒ぎで、私は転移門付近で待っていたアスナに連れられて控え室に到着する。

 

 

そこにはキリトも居て、私は二人から何故このような事になったのか詳しく説明してもらった。

 

 

 

アスナは昨日、あの後、ギルドから一時離脱を血盟騎士団の団長に申し込んだのだが、今朝キリトと共に話をした際に、剣でキリトが勝てば、アスナの一時脱退を認め、負ければキリトも血盟騎士団に入ると言うことをキリトは承諾したらしいのだ。

 

 

「……話を聞いた所、私には関係ないと思うが?」

 

 

何故キリトがヒースクリフと決闘する事になったのかはよく分かった。だが、何故私まで呼ばれた?

 

 

「だってヒースクリフの奴が、君を呼ばないと、俺が勝負に勝とうが負けようが、俺を血盟騎士団に入団させるとか言い出すから」

 

 

「つまり、私は巻き込まれた訳か……」

 

 

「ごめんなさい!」

 

 

もしこのデュエルに負けて、私まで血盟騎士団に入れなどと言われれば、理不尽極まりない。

 

 

そんな事を考えていたら、キリトとヒースクリフの戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 

キリトは《二刀流》を、ヒースクリフは《神聖剣》を使い、互角の勝負を繰り広げていた。

 

 

 

 

そしてキリトが発動した二刀流スキルの連撃で、ヒースクリフのガードが崩れ、最後の一撃が決まると思われたその時だった

 

 

 

世界が止まった。

 

 

 

否、正確にはヒースクリフの動きが加速し、キリトの攻撃を防いだのだ。そして硬直状態のキリトに一撃を与え、デュエルに勝利した。

 

 

–––なんだ?今、明らかに奴のスピードだけが違った。

 

 

ヒースクリフの動きに何か違和感を感じたものの、私の番が回ってきた為、私は考えるのを止めた。

 

 

 

 

 

 

 

「よくも面倒な事に巻き込んでくれたな」

 

「その事については謝罪しよう。急な申し出にも関わらず来てくれた事は感謝する」

 

 

私は闘技場の真ん中に立つ。目の前には血盟騎士団団長《ヒースクリフ》が立っている。

 

 

「話をするのが直前になった手前、ギルドに入れとは言わない。だが、君のレベルとスキルを公開して貰いたい」

 

 

「何故、そのような事をする必要がある」

 

 

「今後の攻略の参考にする為さ。君は君のレベルに合ったプレイヤーとパーティを組むべきだ」

 

 

ヒースクリフの言っている事は最もだ。

 

 

「……良いだろう。私が負ければ、私のレベル及び全スキルを公開する。だが、私が勝てば私の言う事を一つ聞いて貰う。良いな?」

 

 

「ああ、構わないとも」

 

 

ヒースクリフはそう言うとデュエル申請をしてきた。

 

 

私はそれに対し、『初撃決着モード』を選択、カウントダウンがスタートする。

 

 

 

私はカウントダウンと同時に、ウィンドウを操作し、スキル、装備を整え、万全の状態を作る。

 

 

–––この勝負、必ず勝つ。

 

 

 

 

 

 

そしてカウントが0になった瞬間、甲高い金属音がコロシアム全体に響き渡った。

 

 

私が抜刀した刀とヒースクリフの盾がぶつかったのだ。

 

 

「防いだか」

 

 

「き、君は…」

 

 

ヒースクリフは驚いている様子だったが、私は手を止めず、刀を鞘に戻し、今度は槍を引き抜く。

 

 

「ふんっ!」

 

 

ヒースクリフは盾を前に構え、突進してきた。だが、

 

 

「その動きはキリト戦で見た」

 

 

私は奴の盾の上を転がり、後ろに回り込むと、手に取った槍で無数のラッシュを放つ。

 

 

「驚いた。君のメイン武器は両手剣だと思っていたのだが」

 

 

「勿論、メインは両手剣だ。だからと言って、他の武器を使えないとは言ってないがな」

 

 

「だが、今君が放ったソードスキル。私は見た事も聞いた事も無いスキルだったが?」

 

 

「言った筈だ。私に勝てたら教えてやると。勝てるかどうかは別としてだがな」

 

 

「まるで、私に勝つつもりでいるようだね」

 

 

「ああ、その通りだ」

 

 

 

瞬間、両者の動きが変わった。

 

 

互いにソードスキルを連発させて、確実に相手のHPを削り取っていく。それは最早、《閃光》のスピードをも凌駕した最強プレイヤー同士の戦いだった。

 

 

そして遂に、彼は《暗黒剣》を発動させる。

 

 

《神聖剣》と《暗黒剣》、相対する二つのスキルがぶつかり合い、会場の熱気は最高潮に達した。

 

 

「成る程、君の強さは単なるレベルの高さやスキルの熟練度だけではなく、プレイヤースキルにあるようだね」

 

 

「………」

 

 

私は奴の言葉に何も応えずに剣を振った。

 

 

「どのようにしてそこまで強くなれた?」

 

 

「戦い続けた」

 

 

一言そう言って距離を取る。

 

 

「一日中迷宮区に籠り続け、何も考えずただひたすらに奥へ奥へと進んだ。ポップしたモンスターは全て殺し、アラームトラップを態と起動させ、イベントボスとは何度も戦った。HPが減ったらポーションを飲みながら戦い、なるべく結晶アイテムを温存した。腹が減ったら買っておいたパンを片手に食事をしながら戦った。睡眠時間を削り、連日狩りを続けた。週に一度、街に戻ってポーション、結晶、食べ物を買い、その後は日が変わるまで眠る。そんな日々を繰り返し、気が狂うまで…いや、気を狂わせながら戦い続けた、それが私だ」

 

 

私が発したその言葉に、先程まで観客の熱気で溢れかえっていた会場は、一瞬で冷気に包まれた。

 

 

「さあ、デュエルを再開するぞ。次で最後だ」

 

 

地面を蹴り、奴の持つ盾を斬り上げ、体勢を崩させる。そして空かさずソードスキルを発動。

 

 

私の両手剣がヒースクリフのHPを削り取り、このデュエルに決着がつく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……筈だった。

 

 

 

 

キリトの時と同じ現象だ。ヒースクリフの時間だけが、早送りされたような早さで動いているようで、攻撃を防がれ、私は硬直状態に入る。

 

 

その隙にダメージを受けてしまう。

 

 

今度こそデュエルは終了した。

 

 

 

 

 

 

 

約束通り、私はレベルとスキルを公開する。

 

 

私のレベルは95、現時点では全プレイヤーの中でトップレベルだ。

 

 

そしてこのスキル公開により、私は《暗黒剣》の他に《無限槍》、《抜刀術》の二つのユニークスキルを持っている事を知られてしまった。

 

 

《暗黒剣》の事もあって、別に隠す必要も無くなったので、ちょうどいい時期ではあった。

 

 

 

 

 

私は情報屋やプレイヤーの聞き込みから逃げるように、迷宮区へと足を運んだ。



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第13話 隠しダンジョン

突然だが、私ことペルソナは第1層《黒鉄宮》にある《生命の碑》の前に来ている。

 

 

この生命の碑には、全SAOプレイヤーのキャラクター名が記載されており、既に死んだ者の名前には横線が引かれている。

 

 

「………」

 

 

私はその中から、見覚えのある名前を見つけた。その中には生きてる者がいれば、死んでいる者もいる。

 

 

大した関わりも無い者ばかりだと言うのに、私は最近、無性に彼らの安否が気になってしまい、良くこの場所に来るようになった。

 

 

 

「ペルソナ?」

 

 

そうしてボーッと碑を眺めていると、聞き覚えのある声が聞こえ、声の方を向くと、

 

 

「キリトにアスナ、それと…誰だ?」

 

 

キリト、アスナと共に、一人の少女と、女性プレイヤーがそこにいた。

 

 

 

 

 

 

 

四人について行きながら、良識のありそうな女性プレイヤー…ユリエール氏から、大体の事情を聞いた。

 

 

軍…アインクラッド解放軍は元々多くのプレイヤーに、情報や食料や資源を均等に分配しようというギルドであったと、ユリエール氏は語る。

 

 

だが25層のボス攻略の際、軍は大きな被害を出してしまい、それまでリーダーを務めていたディアベルは、責任を感じてか自ら軍を脱隊、当時サブリーダーだった《シンカー》という男がリーダーになった。

 

 

 

しかし、シンカー氏がリーダーになった直後、手に入れたアイテムの横行、粛清、反発などが相次ぎ、更にリーダーが放任主義という事もあり、次第にその指導力を失っていった。

 

 

軍というのは元々、ディアベルの考えに賛同した者たちの集まりでもあった為、そのディアベルが居なくなれば、集団性が崩れてもおかしくない。

 

 

そんな混乱の中、《キバオウ》を台頭した複数の幹部プレイヤーたち《キバオウ一派》が恐喝まがいの行為を始めた。その一例として《徴税》と称し、街区圏内でプレイヤーから金を巻き上げているらしい。

 

 

 

「ですが、キバオウ派は資財の蓄積にうつつを抜かし、ゲーム攻略をないがしろにし続けた為、市民の怒りは爆発。その不満を抑えるべく、キバオウはある無茶な博打に出ました」

 

 

「それがあの74層で起きた無謀なボス攻略さ」

 

 

私はユリエール氏に続いて、キリトの発した言葉から、あの日の出来事を思い出す。

 

 

今思えば、キバオウがそんな無謀な作戦を考え出さなければ、私のユニークスキルが知られる事も、ヒースクリフに決闘を申し込まれる事も無かった訳だ。

 

 

「しかし、いかにハイレベルと言っても、もともと我々は攻略組の皆さんに比べれば力不足は否めません。……あの時だって、彼らを助けたという攻略組の助力が無ければ、最悪の結果は免れなかったでしょう」

 

 

ユリエール氏は話を続けた。

 

 

74層の事もあり、キバオウはその無謀さを強く糾弾され、追放まであと一歩のところまで追い詰められた。

 

 

「それで、リーダーのシンカー氏を騙し、回廊結晶を使いこの隠しダンジョンに丸腰で転送…か。そんな事をしてもキバオウが軍の体制を立て直すのは難しい。本末転倒も良い所だ」

 

 

あのキバオウの言う事を簡単に信じてしまうあたり、シンカー氏と言うのは相当人がいいのだろう。

 

 

 

 

 

そんな事を思っていると、目の前に新たなモンスターが出現した。

 

 

「またか」

 

 

出現したモンスターを攻撃し、ポリゴン片へと変える。数は多いが、レベルはそれほど高くない為、私とキリトが前に出るだけで片がつく。

 

 

私とキリトの無双っぷりに、ユリエール氏は目を丸くして驚いており、アスナは呆れた顔をしていた。

 

 

「やっぱりすごいな君は」

 

 

「お兄ちゃん、すごい!」

 

 

「ユイ、パパもすごいだろ?」

 

 

キリトとそんな会話をするのは、アスナと行動を共にしている《ユイ》という少女。

 

 

「パパもかっこよかった!」

 

 

この子は何かありそうだが、今は何も聞かないでおく事にしよう。

 

 

「先を急ぐぞ」

 

 

 

 

 

 

 

途中、キリトがドロップしたカエルの肉をアスナに捨てられたり、アスナがゴースト系モンスターに怖がるなどあったが、ついにダンジョンの奥までやって来ることができた。

 

 

「プレイヤーが一人、グリーンだ」

 

 

「シンカー!」

 

 

走り出したユリエール氏をの後に続くように、私たちも走り出す。

 

 

「ユリエーーール‼︎来ちゃだめだーーっ‼︎」

 

 

その時、ユリエール氏が走る通路の先から、ボロマントを羽織った死神が現れる。

 

 

 

–––まずい、気づいてない!

 

 

 

私は一瞬でユリエール氏の元まで移動し、両手剣を構え、ユリエール氏に振り下ろされた鎌を防ぐ。

 

 

「くっ…!」

 

 

受け止めた鎌はかなり重い。だが、耐えられない程のものでは無い。

 

 

「っらぁああ‼︎」

 

 

多少強引ではあったが、私がなんとか死神の鎌を押し返すと、死神は素早く後ろへ退いた。

 

 

「この子と一緒に安全地帯に退避してください!」

 

 

放心状態だったユリエール氏は、アスナの言葉で我に返り、ユイちゃんを連れて安全地帯へと走る。

 

 

「こいつ、強いぞ」

 

 

「そうみたいだな。俺の識別スキルでもデータが見えない。強さ的には多分90層クラスだ………」

 

 

死神は私たちにヘイトを向けている。

 

 

「キリト、貴様はアスナと共に結晶で脱出しろ」

 

 

「何を⁉︎」

 

 

「あの少女には貴様らが必要だ。殿(しんがり)は私は務める。その間に貴様らはさっさと行け!」

 

 

そう言い放ち、死神へ突進する。

 

 

死神は近づいて来た獲物の命を刈り取るように、その鎌を振り下ろしてくるが、

 

 

 

「遅い」

 

 

 

私はスライディングの応用で地面を滑って鎌を避け、死神の下を通過しながら両手剣でダメージを与える。

 

 

 

止まるなと自分にそう言い聞かせ、すぐに跳びあがり、《抜刀》でマントごと死神の頭を斬る。

 

 

すると、死神が被っていたフードが消滅し、骸骨のような頭が姿を現した。

 

 

 

奴もやられっぱなしではいられないのか、鎌を振り回してくる。

 

 

「チィッ!」

 

 

私は刀で攻撃を往なし、直撃を避けながら装備を槍に持ち替え《無限槍》で死神の頭に無数の連撃を与える。

 

 

死神のHPが凄まじい勢いで削れていく。

 

 

 

 

 

戦闘が有利に進み、このまま倒せると思った矢先、左半身に強い衝撃が走った。

 

 

死神の鎌が、私の身体にえぐり込まれたのだ。

 

 

「ガハッ⁉︎(しまった…!)」

 

 

 

ぐるぐると回転しながら何度も地面に叩きつけられ、安全地帯の手前まで吹き飛ばされた。

 

 

左腕が切断され、HPは一気にレッドゾーンまで削り取られた。意識が朦朧とする。

 

 

「私とした事が…油断した」

 

 

「ペルソナッ、いまい」

 

 

「来るな!」

 

 

安全地帯から出て、私の助太刀をしようとするキリトを私は止める。

 

 

「私のことは構うな。早く逃げろ」

 

 

「何言ってるんだ、君の方こそ逃げろ!」

 

 

「そうよ!バカな事言わないで‼︎」

 

 

「いいから黙って指示に従え!!!」

 

 

私は先程よりも声を荒げて、二人に向かって叫んだ。

 

 

「貴様らが居なくなったら、その子が悲しむだろ!それに貴様らを必要としているのはその子だけじゃない。この世界にいる全てのプレイヤーの為にも貴様らは生きろ!」

 

 

「貴方だってこの世界にいる人々の希望です!こんな所で死なせる訳には…!」

 

 

「安心しろ、死ぬつもりはない」

 

 

私はそう言いながら回復結晶を使い、HPを全回復させる。

 

 

–––さっきの攻撃で槍と刀が落ちて、残ったのは両手剣だけ。左腕も回復するまで時間がかかる。

 

 

易々と安全地帯に入れてくれるとも思えない。

 

 

「ふっ…後に引けないというのなら、突き進むまで!」

 

 

両手剣を片手で持ち、再び死神に突進する。

 

 

死神は鎌を大きく振りかぶった。

 

 

「…っ!」

 

 

 

 

一瞬で彼の姿は消え、死神の鎌は空を斬る。

 

 

「彼は⁉︎」

 

 

「あ、あそこ!」

 

 

アスナが指差す先には、器用に鎌の柄の上に立っている彼の姿。

 

 

 

「やれやれ、流石に今のはひやっとしたな」

 

 

死神は私の存在を視認すると、テーブルクロス引きのように鎌から私を落として、すぐに鎌を突きだす。

 

 

「はあっ!」

 

 

私は突き出された鎌の刀身に両手剣をぶつけ、その衝撃で少し上に乗り出して直撃を回避。

 

 

「だぁあああ‼︎」

 

 

そのまま死神の骸骨頭を両手剣で叩く。

 

 

死神は初めて痛みに苦しむような仕草をすると、その紅く染まった眼で私を睨みつけてくる。

 

 

「来い」

 

 

左腕が回復し、スキル《暗黒剣》が輝く。

 

 

私は鎌の刀身に両手剣をぶつけ、今度は根本から鎌をへし折った。

 

 

死神は鎌が壊された事に動揺しているのか、手から折れた鎌(今はただの棒でしかない物)を落とす。

 

 

「貴様に教えてやろう。私を相手にするという事が、どれほど愚かな事かを」

 

 

私は無抵抗な死神を何度も両手剣で斬りつけた。《暗黒剣》で攻撃力を底上げし、滅多打ちにする。

 

 

そして………

 

 

 

 

–––パリィイイン–––

 

 

 

 

 

死神はポリゴン片となって消滅した。

 

 

 

 

 

深い沈黙の最中、

 

 

「…全部、思い出した………」

 

 

少女の呟いた言葉が、静かに響いた。

 

 

 

 

 

 

 

キリトはユイちゃんに言われるがまま、黒い岩が磨かれて出来たような立方体に彼女を座らせる。

 

 

シンカー氏とユリエール氏は空気を読んで転移結晶を使い、先に街へと戻った。

 

 

 

 

二人が戻って数分後、ユイちゃんは悲しそうな表情のまま語り始めた。

 

 

 

彼女は《メンタルヘルス・カウンセリングプログラム》MHCPの試作1号だと自白する。

 

 

–––何かあるとは思ったが、まさかAIだったとは……驚いた。

 

 

彼女が言うには、MHCPは本来プレイヤーのメンタルケアを行う筈だったのだが、SAO正式サービス開始日、SAOを制御している巨大システム《カーディナル》から予定にない命令が下された。

 

 

 

 

プレイヤーへの干渉禁止

 

 

 

その結果、彼女は本来の役目であるプレイヤーのメンタルケアが出来ず、恐怖、絶望、怒りといった負の感情を見続け、エラーが貯まっていく一方だったと彼女は言う。

 

 

そんなある日、キリト、アスナの感情に惹かれたユイちゃんは、彼らに会いたいが為に、壊れた状態のまま22層の森を彷徨ったらしい。

 

 

そう語る彼女の瞳からは、涙が次々と流れていく。

 

 

「ユイちゃん。君のその感情は決して偽物なんかじゃない、本物だ」

 

 

私がそう言うと、ユイちゃんは驚いた顔をして私の方を向いた。

 

 

「だって君は泣いているじゃないか。例えその涙でさえプログラミングされた物だとしても、それは君が心から感じたままを表している本物の感情だ」

 

 

「そうだよユイちゃん……あなたは、本当の知性を持っているんだよ」

 

 

「ユイはもう、システムに操られるだけのプログラムじゃない。自分の望みを言葉にできるはずだよ。

ユイの望みはなんだい?」

 

 

私の言葉に続いてキリト、アスナの言葉を聞いたユイちゃんはその細い腕をいっぱいに伸ばして、

 

 

「わたしは……ずっと、一緒にいたいです……パパ……ママ……!」

 

 

ハッキリと、そう言った。

 

 

その言葉を聞いたアスナは、目から涙を流しながらユイちゃんの元に駆け寄り、彼女の小さな体をぎゅっと抱きしめる。

 

 

「ずっと、一緒だよ、ユイちゃん」

 

 

「ああ……ユイは俺たちの子供だ」

 

 

そしてキリトが二人を優しく包み込む。

 

 

 

心温まる瞬間だが、二人に抱きしめられているユイちゃんは、すぐに悲しい顔をして、もう遅いんですと静かに告げた。

 

 

ユイちゃんは壊れた状態だった為、カーディナルから放置されていたが、彼女が今座っている石…GMの緊急アクセス用コンソールに触れ、記憶を取り戻したが為に、カーディナルがユイちゃんの存在に注目してしまったとのこと。

 

 

「わたしは異物と判断され、すぐに消去されてしまうでしょう」

 

 

「そんな、なんとかならないのかよ!」

 

 

ユイちゃんは黙って微笑する。

 

 

「パパ、ママ、ありがとう。これでお別れです」

 

 

「嫌!そんなのいやよ‼︎」

 

 

アスナはユイちゃんを離さないように力強く抱きしめるが、時の流れとは無情なもので、彼女の小さな体は光の粒子となって飛び散り、消えていった。

 

 

 

「ふざけるなよ、カーディナル!」

 

 

私はコンソールに表示されているキーボードを素早くタイプする。まだGM権限が生きていたのが何よりの救いだ。

 

 

「キリト、貴様も手伝え!」

 

 

「わかった!」

 

 

 

 

 

 

 

 

私とキリトが協力し、管理者権限が切れる寸前にユイちゃんのプログラムを切り離す事に成功した。

 

 

彼女のデータはゲームがクリアされても、キリトのローカルメモリに保存されるようになっている。

 

 

それまでは涙の形をしたクリスタル状のオブジェクトアイテムとして、アスナが持っている事となった。

 

 

 

–––疲れた。恐らくこの人生で一番……。

 

 

 

今日は宿のベッドで静かに休むことにしよう。私はそう思いながら宿を目指して歩いて行くのだった。



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第14話 世界の終焉

長くなるから分けようかなっと思ったけど、結局ひとつに纏めました。

なのでいつもより長めです。





第75層《コリニア》転移門広場

 

 

現在、この場所に多くのプレイヤーが集まっている。

 

 

今日、75層のボス攻略があるのだ。

 

 

「よお、やっぱりお前さんも参加するんだな」

 

 

一人、ぼーっと立っていた私にエギルが話しかけてきた。その横にはキリト、アスナ、クラインの三人もいる。

 

 

「ああ、貴様が参加するのは意外だったがな」

 

 

「意外とはなんだ。さっきキリトにも言ったが、こっちは商売を投げ出して加勢に来たんだぞ。もう少し感謝の意ってものを見せたっていいだろ」

 

 

そんなくだらない話をしながら、ボス戦前の緊張を(ほぐ)す。

 

 

 

 

そして午後1時ちょうど、ヒースクリフと血盟騎士団の精鋭部隊が転移門から出現した。

 

 

ヒースクリフの使った【回廊結晶(コリドークリスタル)】によって出現した光のゲートを通り、ボス部屋の前に転移した私達プレイヤーは最後の準備を行う。

 

 

「準備は良いかな?基本的には血盟騎士団が前衛で攻撃を喰い止めるので、その間に可能な限り攻撃パターンを見切り、柔軟に反撃してほしい。厳しい戦いになるだろうが、諸君の力なら切り抜けられると信じている。–––解放の日の為に!」

 

 

ヒースクリフは振り返り、ボス部屋の扉を押す。

 

 

「死ぬなよ」

 

 

扉がゆっくりと開く中、武器を構えるキリトが言った。

 

 

「へっ、お前こそ」

 

 

「今日の戦利品で一儲けするまで、くたばる気はねぇぜ」

 

 

クライン、エギルの両名が彼に言葉を返した。

 

 

 

 

扉が開ききると、ヒースクリフの合図で私たちは一斉にボス部屋へとなだれ込んでいく。

 

 

部屋は広いドーム状で、灯りはついておらず、依然としてボスはその姿を現さない。

 

 

「上よ‼︎」

 

 

アスナの声に、はっとした私は上を向く。天井には全長十メートルほどありそうな巨大骸骨百足がいた。

 

 

「《The Skullreaper》」

 

 

私はボスの名前を呟くように読み上げる。

 

 

 

骸骨百足は天井から落下すると、逃げ遅れた二人のHPを一撃で刈り取り、ポリゴン片へと変えた。

 

 

–––どうやら《骸骨の刈り手》という名は、ただの虚仮威(こけおど)しではないようだな。

 

 

一撃で二人を消したそれは、体勢を整えると逃げ遅れたもう一人のプレイヤー目掛けて突進する。

 

 

再び骨鎌を高く振り上げる骸骨百足その真下にヒースクリフが飛び込むと、巨大な盾で鎌を防ぐ。

 

 

だが、鎌はもう一本あり、奴はヒースクリフを攻撃しながら左の鎌を彼の後ろにいたプレイヤーに向けて突き出す。

 

 

その動作を先読みしていた私は、瞬時に奴の前に回り込むと、突き出された鎌を両手剣で防いだ。

 

 

骸骨百足は私たちを通り過ぎると、未だ恐怖で凍りついているプレイヤーの一団に突進、突き立てた鎌は飛び出したキリトが左右の剣で受け止めるものの、その重い一撃は彼の肩の半分くらいまで食い込んでいた。

 

 

キリトは膝をつき、そのチャンスを見逃す事なく、骸骨百足は右の鎌をキリト目掛けて振り下ろす。

 

 

と、その鎌をヒースクリフと私が、キリトが受け止めている鎌をアスナが押し返した。

 

 

「二人同時に受ければ––––いける! わたしたちならできるよ!」

 

 

「––––よし!」

 

 

彼らは動きを合わせ、正面から鎌を受け止める。

 

 

「鎌は俺たちが食い止める!みんなは側面から攻撃してくれ‼︎」

 

 

その声に、先程まで凍りついていた者たちが一斉にボスへ向かって動き出す。

 

 

数発の攻撃が初めてボスのHPを減少させる。

 

 

しかしその直後、複数の悲鳴が上がり、悲鳴の数のプレイヤーが死んだのが見えた。

 

 

それでも私は攻撃の手を緩めない。両手剣でキリトたちと共に鎌を防ぎ、隙を見ては《抜刀》と《無限槍》、《暗黒剣》を使い分け、ボスに確実にダメージを与えていく。

 

 

少しずつ減っていくボスのHPには目もくれず、私は鎌を受け止め、反撃、その動作を延々と繰り返した。

 

 

 

 

 

 

 

もうどのくらい攻撃を繰り返しただろう。

 

 

多くのプレイヤーが死に物狂いで、気が遠くなるほど長い間戦っていた。

 

 

全プレイヤーの総攻撃でボスのHPは0になり、その巨体はポリゴン片となり四散した。

 

 

 

ボスが消え、静かになった部屋の中で、生き残ったプレイヤー達は座り込んだり、仰向けに転がっている。……私とて例外ではない。

 

 

「何人–––––やられた……?」

 

 

「–––––十四人、死んだ」

 

 

キリトが口にした死人の数に、その場にいた者たちは絶句する。

 

 

ようやく4分の3だ。あと25層も残っているというのに、この犠牲の数は、ただでさえ少ない攻略組からすれば多大な被害である。

 

 

このペースで進めば、ラスボスと対峙する時に生き残ったのはたった一人っという事になりかねない。

 

 

–––もしそうなった場合、生き残るのは……。

 

 

私はその可能性を持つ男の方を見た。その男は他の者たちが床に伏す中、たった一人姿勢を崩さず、毅然と佇まっている。

 

 

刹那、私はその男に違和感を感じた。いや、前々から感じていたのだ。その違和感のせいか、私の手は自然と腰の刀を掴んでおり、静かに抜刀の構えをとる。

 

 

–––やってみる価値はあるか。

 

 

周りを見渡すと、愛剣を握り、今にも走り出しそうなキリトと目が合った。

 

 

お互いに合図を出し、ほぼ同時に走り出す。私の方が僅かに早くヒースクリフの首目掛けて刀を振る。

 

 

ヒースクリフは咄嗟に盾で刀を防いだが、もう一方から放たれたキリトのソードスキルによる攻撃が奴の胸に突き刺さる寸前、剣が目に見えない障壁に激突し、紫の閃光が炸裂する。

 

 

そして、キリトとヒースクリフの間に浮かび上がる紫色のシステムメッセージ。

 

【Immortal Object】

 

それはシステム的不死である事を意味する文字。

 

 

 

その文字を見た瞬間、周りが騒めき始める。

 

 

「やはり、貴様が茅場晶彦だったか」

 

 

私の発言に一連の流れを見守っていたプレイヤーたちが一斉に驚きの声を上げる。

 

 

「……なぜ気付いたのか、参考までに教えてもらえるかな……?」

 

 

「……最初におかしいと思ったのはデュエルの時だ。最後の一瞬だけ、あんた余りにも早過ぎたよ」

 

 

ヒースクリフ…茅場の問いにキリトが答える。

 

 

「やはりそうか。あれは私にとっても痛恨事だった。君たちの動きに圧倒されて、ついシステムのオーバーアシストを使ってしまった」

 

 

紅衣の聖騎士はゆっくりとプレイヤーたちを見回し、静かに笑みを浮かべると、

 

 

「–––確かに私は茅場晶彦だ。付け加えれば、最上階で君たちを待つはずだったこのゲームの最終ボスでもある」

 

 

皆の前で自身が茅場晶彦である事を宣言した。

 

 

 

 

 

 

「……趣味がいいとは言えないぜ。最強のプレイヤーが一転、最悪のラスボスか」

 

 

「なかなかいいシナリオだろう?……最終的に私の前に立つのは君かペルソナ君、またはその両方だと予想していた。《二刀流》スキルは全てのプレイヤー中で最大の反応速度を持つ者に与えられ、その者が勇者の役割を担うはずだった。

ペルソナ君の持つ《暗黒剣》《無限槍》《抜刀術》もまたそれぞれ特殊な条件下で出現する。一人のプレイヤーが一つ習得するのを想定して作られた《ユニークスキル》を三つも手にした彼もまた、勇者としての可能性を秘めていた。

だが、君たちは私の予想を超える力を見せた。まあ……この想定外の展開もネットワークRPGの醍醐味と言うべきかな……」

 

 

そう言って、茅場は見覚えのある薄い笑みを浮かべながら肩をすくめる。

 

 

その時、血盟騎士団の幹部を務める男がゆっくりと立ち上がった。

 

 

「俺たちの忠誠–––希望を……よくも……よくも……」

 

 

彼は巨大な斧槍(ハルバード)を握り締め、

 

 

「よくもーーーーッ‼︎」

 

 

絶叫しながら地を蹴り、重武器を大きく振りかぶる。

 

 

だが、茅場晶彦は彼よりも速い動きで左手(・・)を振り、出現したウインドウを操作する。

 

 

すると、茅場に突撃した男の体は空中で停止し、勢いよく床に落下した。男は麻痺状態になっていた。

 

 

茅場はそのままウインドウを操作し続ける。

 

 

次の瞬間には、俺と茅場以外のプレイヤーが麻痺状態で地面に倒れていた。

 

 

 

 

 

 

気付けば、キリト以外のプレイヤーは茅場晶彦によって麻痺状態にされてしまった。

 

 

私も麻痺状態にされて地面に伏している。

 

 

 

「キリト君、君には私の正体を看破した報奨を与えなくてはな。チャンスをあげよう」

 

 

「チャンス?」

 

 

「今この場で私と1対1で戦うチャンスを。無論不死属性は解除する。私に勝てばゲームはクリアされ、全プレイヤーがこの世界からログアウトできる。……どうかな?」

 

 

なんと、茅場晶彦はここで自分と戦い、キリトが勝てばゲームをクリアした事にすると言い出したのだ。だがそれは……

 

 

「よせキリト、これは罠だ。現に私たちが麻痺状態にされていることから、邪魔が入らない中で貴様を確実に消すつもりだ」

 

 

「ペルソナさんの言う通りよキリト君……!今は……今は退いて……!」

 

 

私とアスナがキリトを説得しようと試みるが、

 

 

「いいだろう。決着をつけよう」

 

 

キリトは茅場の提案に乗り、戦う事を選んだ。

 

 

 

「キリト!やめろ……っ!」

 

 

「キリトーッ!」

 

 

クラインとエギルもキリトを引き止めようとするが、今の彼は恐らく何を言っても止まらないだろう。

 

 

キリトはクラインとエギルにまるで別れの言葉のようなものを告げる。

 

 

そして私の方を向いた。

 

 

「ペルソナ。思えば俺は君に助けられてばかりだった。《はじまりの街》の第1層攻略会議の時、君が俺に言ってくれた言葉のお陰で、俺は少し気持ちが楽になった。第27層で君がいなかったら、俺は彼らを救えていなかった。君には感謝してもしきれない。君とはもっとたくさん話がしたかった」

 

 

キリトは決意したような顔をしている。

 

 

–––やめろ、その顔は私の一番嫌いな顔だ。

 

 

「そう思うのならば勝て!茅場晶彦を討ち倒し、この世界を終わらせろ!その剣で‼︎」

 

 

「ああ、解った。現実世界(あっち)で会ったときは、君の話を聞かせてくれ」

 

 

私の言葉にキリトは小さく頷き、アスナの顔を少しだけ見ると、茅場晶彦の方へと振り向く。

 

 

茅場晶彦はウインドウを操作すると、赤色のシステムメッセージが奴の頭上に表示された。

 

 

【changed into mortal object】

 

 

不死属性を解除したという意味のそれが表示されると、二人の間の緊張感が高まっていく。

 

 

 

そしてキリトが力強い呼気を吐き出しながら床を蹴り、一瞬で間合いを詰めると、彼の右手の剣と茅場の左手の盾がぶつかった。

 

 

茅場はこの世界のソードスキルをデザインした張本人。連続技は全て防がれ、反撃を喰らうだろう。

 

 

キリトもそれを解っているのだろう。だからこそ彼は敢えて《二刀流》を使わず、凄まじい速度の連撃をシステムアシスト無しで繰り出している。

 

 

だが、茅場はキリトの猛攻を正確な動きで防いでいく。それはまるで剣の達人が、初めて剣を持った子供を弄ぶかのように……。

 

 

キリトは焦りからか、遂に《二刀流》スキルを発動してしまった。その剣撃は前に彼が使った《スターバースト・ストリーム》よりも遥かに速く、重みのある連撃。

 

 

 

しかし茅場はそれを待っていたとでも言うように、キリトの放つ連撃を次々と受け流していく。

 

 

そして最後の一撃が茅場の盾に命中し、キリトの持つ白い剣が甲高い音を鳴らしながら砕け散った。

 

 

「さらばだ––––キリト君」

 

 

茅場は動きが止まったキリト目掛け、深紅に輝く長剣を振り下ろす。

 

 

 

その時だ。振り下ろされる長剣と立ち尽くすキリトの間に、凄まじいスピードでアスナが飛び込んだ。

 

 

驚くべきことに、彼女は麻痺状態であるにもかかわらず、両手を大きく広げ、キリトを守るようにして茅場の前に立ち塞がったのだ。

 

 

茅場も彼女の思いがけない行動に驚きの表情を見せるが、斬撃が止まることはなく、長剣はアスナの体を一閃し、彼女のHPが消える。

 

 

アスナはキリトの腕の中に崩れ落ちると、体が光に包まれ、無数のポリゴン片となって弾けとんだ。

 

 

全てが消え去り、アスナがいつも愛用していた細剣だけがその場に残っている。

 

 

「これは驚いた。自力で麻痺から回復する手段はなかったはずだがな……。こんなことも起きるものかな」

 

 

茅場は表情を歪めると、大袈裟な身振りで両手を広げながら面白そうにそう言った。

 

 

キリトは折れた剣の代わりにアスナの細剣を掴み、不格好に前進しながら剣を突き出す。

 

 

–––何故だ。何故私は見てるだけなんだ!

 

 

私は力拳を床に打ち付けた。麻痺のせいで目の前で起こっている事を見ている事しか出来ない自分に苛立ちを覚える。

 

 

–––いや、麻痺などただの言い訳だ。さっきのアスナを見ただろう!

 

 

私は自分に鞭を打つ。全身の力を振り絞って立ち上がると、茅場めがけて全力で走る。

 

 

今、茅場は戦意喪失しているキリトの剣を吹き飛ばし、突きの構えをとっている。

 

 

–––させるかッ‼︎

 

 

先程のアスナと同じように茅場の前に立ち塞がった私の胸に、茅場の長剣が突き刺さった。

 

 

そして同時に長剣を持つ茅場の手を掴む。うまく力が入らないが、この手だけは絶対に離さない。

 

 

「ペルソナ……っ!」

 

 

「何をしている。私ごと茅場にトドメを刺せ!死んでいった者の……アスナの気持ちを無駄にするな!」

 

 

「でも、それじゃあ君まで!」

 

 

「どのみち私のHPはあと数秒で尽きる。それが何の意味も持たずにただ無駄死にするだけか、この世界を終わらせるための糧となるか、それだけの違いだ。さあ、早くしろ!これが正真正銘、最後のチャンスだ」

 

 

キリトはアスナの細剣を強く握りしめると、絶叫し、私と茅場晶彦を貫いた。

 

 

茅場のHPは減少を始め、やがて消滅する。茅場は目を閉じ、全てを受け入れていた。

 

 

–––ようやく解放されるのだな……。

 

 

私がそう思った直後、私と茅場の体は眩い光に包まれ、同時にポリゴン片となって飛散する。

 

 

遠ざかっていく意識の中でキリトが私に何か言おうとしていたが、その言葉すらもう聞こえない。エギルとクラインが私の名を呼んだ気がしたが、彼らの声に重なって無機質なシステムアナウンスが聞こえてくる。

 

 

『11月7日、14時55分、ゲームはクリアされました。ゲームはクリアされました––––』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気がつくと私は、空の上に立っていた。

 

 

目の前には空を美しく彩る夕焼け。

 

 

軽く右手を振ってみると、すっかり耳慣れた音と共にウインドウが出現する。

 

 

–––少なくとも、まだSAOの中か……。

 

 

【最終フェイズ実行中 現在55%完了】

 

 

開いたウインドウにはそう表示されていた。それが何を意味するかは解らなかったが、どうせ私は死ぬのだと思い、考えることをやめてウインドウを消すと、皮肉な程に美しい夕焼けを眺め続けた。

 

 

「なかなかに絶景だな」

 

 

不意に横から声が聞こえ、そちらに視線を向けるといつの間にかそこには一人の男が立っていた。

 

 

「茅場晶彦」

 

 

聖騎士ヒースクリフの姿ではなく、SAO開発者としての本来の姿である茅場晶彦がそこにいた。

 

 

「君とは少し話をしたかった」

 

 

「まさか人生最後の時を貴様と共にするとはな。最悪な気分だ」

 

 

「まあそう言わないでくれたまえ。前の人生よりは幾分かマシな終わり方だろう?」

 

 

私は茅場が言った「前の人生」という言葉に驚く。

 

 

「そんなに驚くことかい?……いや、そもそも転生などと言うものは君たちの世界ではあり得ないというより、考える暇すら無かったのかな」

 

 

茅場はひと呼吸して、驚きの言葉を発した。

 

 

「実はね、私も君と同じ転生者なんだよ」

 

 

「っ⁉︎」

 

 

「正確には、この『茅場晶彦』という人物に憑依した《憑依者》だけどね」

 

 

茅場の話に頭がついていかない。だが茅場はそんな事はお構いなしに話を続ける。

 

 

「βテストの時、君の存在に気付いた私は、君のナーヴギアを使って君の記憶の一部をリサーチした。そしてその情報から生み出されたのが君の持つ《ディスペアシリーズ》。第1層のボスを倒すのは君だと信じて、LAボーナスに設定しておいた」

 

 

「何故、私にこの装備を与えた」

 

 

「RPGとは、常に予想外の事態が起きてこそ面白いものさ。流石に三つもユニークスキルを手にしていたのは予想外すぎたがね。それにその装備は、君が持つべきだと判断した。ただの気紛れだよ」

 

 

茅場は体ごと私の方を向き、少し微笑む。

 

 

「正式サービスが開始してからも、私は君の記憶のリサーチを続けた。そして君にとって決して忘れることの出来ない記憶へと辿り着いた。君が時折見ていた夢は、私が君の記憶を見ていた証拠でもある」

 

 

「人の記憶を勝手に覗くのは、あまりいい趣味とは言えないぞ」

 

 

「その事については謝罪しよう。君のプライバシーに関わる事だからな」

 

 

そして少し沈黙。

 

 

「この結末は、貴様のシナリオ通りか?」

 

 

「いや、初め私はこの世界が私のよく知る小説の世界と似ている事と、自分が茅場晶彦である事に気づいた時、本来のものとは別の結末を迎えようと動いていた。私がキリト君を倒し、魔王として君臨する未来を……。だが君の存在を知った時、私は見てみたくなった。君が彼らと共に歩んでいく未来を。

……となると、この結末も私のシナリオ通りと言うことになるな」

 

 

「貴様はこれからどうするつもりだ」

 

 

「私は既に死んでいる。今の私は魂をデータに変換した茅場晶彦のコピーのようなものだ。これから私は、君たちが紡ぐこの世界の行く末を静かに見届けさせてもらう事にするよ」

 

 

いま一度ウインドウを開くと、ゲーム開始からずっと消えていたログアウトボタンが復活していた。

 

 

「それは私からゲームクリアの報酬さ。キリト君たちの所に行くが、何か彼らに伝える事はあるかい?」

 

 

「私が生きている事だけを伝えろ」

 

 

「了解した。では改めて、ゲームクリアおめでとうペルソナ君」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まるで長い夢を見ていた気分だ。だが、頭の物に触れると、今までおこった事が現実のものだったという事をいやでも思い知らされる。

 

 

 

私は驚くほど痩せ細り、弱々しくなった手でナーヴギアを取り外す。

 

 

2年間、私をあの世界に繋ぎ止めていたそれは、塗装が剥がれおち、2年前の新品のような輝きも今では嘘のように感じてしまうほど、ぼろぼろに傷ついていた。

 

 

–––ありがとう。

 

 

 

 

 

 

 

 

2024年11月7日、一人の天才的ゲームデザイナーが起こした史上最悪の事件、通称:『SAO事件』はその幕をおろした。




アインクラッド編が終了致しました。

次回からはフェアリィ・ダンス編になります。


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フェアリィ・ダンス編
第15話 妖精の世界へ


フェアリィ・ダンス編、スタートです。


SAOがクリアされてから二ヶ月が経過した。

 

 

二ヶ月もリハビリを行えば、完全に元通りとまではいかないが、SAOが始まる前と同じぐらいには筋肉が戻り、前と変わらない日常を送っている。

 

 

目覚めてすぐ、私はログアウト寸前にヒースクリフこと茅場晶彦にもらった彼の隠れ家の住所と引き換えに、総務省のSAO事件対策本部の役員「菊岡」という男から他のSAO生還者(サバイバー)の居場所を教えてもらった。

 

 

 

まず最初に会ったのは、カフェバーの店主を務めているエギル。その次に《風林火山》のクライン。

 

 

そして最後にキリト、アスナと出会った。もっとも、アスナに関しては目を覚ましていないが……。

 

 

アスナだけではない、彼女を含めた約300人のプレイヤーが目覚めていないらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう、二ヶ月か……」

 

 

私はというと、実家の縁側で空を見上げながら、ボーッと物思いにふけていた。

 

 

「にゃ〜」

 

 

そうしてると、一匹の白猫が擦り寄ってきた。

 

 

「貴様、また来たのか……」

 

 

この猫はお隣さんの飼い猫だ。SAO事件の前からよくウチの庭に入ってきては、いつの間にか私の隣に丸くなっている事が多々あり、気付けば自然と仲良くなっていた。

 

 

SAOから帰還した直後は来なかったたが、リハビリ兼大学のオープンキャンパスに行ってきた後、偶然にも再会してからは、また前のように来るようになった。

 

 

「あら、その子また来ちゃったの?」

 

 

先刻、私が発した言葉と同じ事を口にしながら、母がやってくる。

 

 

「この子ねぇ、貴方がSAOに囚われた後も毎日来てたのよ。きっと貴方のことが大好きなのね」

 

 

「そうかもしれないな……」

 

 

私はそう言いながら手元にいる猫を撫でた。すると猫は「ゴロゴロ」と気持ち良さそうに喉を鳴らす。

 

 

「もういっそのことウチの猫にしたら?」

 

 

「それはお隣さんにも迷惑だろう」

 

 

私がそう言うと、母は「それもそうね」と言いながら笑った。SAO帰還直後に駆け付けた母は、目いっぱいに涙を溜めて泣いていた。あの時のに比べれば、今の笑っている顔の方が母には数倍似合っている。

 

 

「そういえば貴方、もうVRゲームはしないの?」

 

 

「………」

 

 

「別に止める気も無いわ。貴方がしたいならそれも良し、貴方の人生なんだから自分でよく考えなさい」

 

 

母はそう言い残し、リビングの方へと姿を消した。

 

 

それと同時に私の携帯にメールが届く。

 

 

「エギル?……なっ⁉︎」

 

 

私は送られてきた写真を見て驚愕し、勢いよく立ち上がった。猫は驚いて逃げてしまったが、今はそんな事を考えてる場合ではない。必要最低限の荷物を持ち、母に少し出かけると言って、父に貰ったバイクに飛び乗りエンジンを掛けると、エギルの店へと急行した。

 

 

 

 

 

 

Dicey Cafe(ダイシー・カフェ)

 

 

東京の中心から少し離れたところにある小さな路地にその店はあった。

 

 

店主曰く、朝はカフェ、夜はバーとしてかなり繁盛しているらしい。

 

 

「よお、お前も早かったな」

 

 

扉を開けて店内に入ると、既にキリトが来ていた。

 

 

「彼も来たんだ。エギル、話を聞かせてくれ」

 

 

「ちょっと長い話になるんだが……これ、知ってるか?」

 

 

エギルはカウンターの下からゲームのパッケージを取り出して、私たちに見せた。

 

 

「ゲーム?」

 

 

「“アルヴヘイム・オンライン”だな。ナーヴ・ギアの後継機“アミュスフィア”対応のVRMMOだったか?」

 

 

「良く知ってるな」

 

 

「たまたまテレビのCMで見てな。アルヴヘイム・オンライン…通称“ALO”。確か北欧神話を元に、妖精の国を舞台にしたゲームの筈だ」

 

 

「妖精の国か……まったり系か?」

 

 

「いや、そうでもなさそうだぜ」

 

 

エギルは私とキリトの前にコーヒーを出す。

 

 

「どスキル制、プレイヤースキル重視、PK推奨」

 

 

「どスキル制?」

 

 

「所謂レベルは存在しないらしい。各種スキルが反復仕様で上昇するだけで戦闘はプレイヤーの運動能力に依存する」

 

 

「そりゃハードだ」

 

 

「ソードスキル無し、魔法有りのSAOってとこだな。コイツが今、大人気なんだと。理由は……飛べるからだそうだ」

 

 

「飛べる?」

 

 

「そのままの意味だ。妖精だから翅が存在する。フライトエンジンという物を搭載していて、慣れると自由に飛び回れるらしい。私もネットでその情報を知った時は少々驚いた」

 

 

「人間には存在しない翅を使うゲームか……どう制御してるんだろう。背中の筋肉を使うのかな……」

 

 

キリトのゲーマーとしての血が騒いだのか、彼は翅の動かし方についての考察を始める。

 

 

その姿に呆れたエギルが咳払いをすると、キリトは自分の世界から戻ってきた。

 

 

「それでエギル、このゲームとあの写真(・・・・)……いったい何の関係があるんだ?まあ大体予想できるが」

 

 

私は遠回しに本題に入るよう催促する。

 

 

するとエギルはポケットから数枚の写真を取り出した。少しぼやけているが、写真には栗色の髪の毛をした一人の女性が写っていた。

 

 

 

「どう思う?」

 

 

「似ているアスナに……」

 

 

「やっぱりそう思うか」

 

 

「早く教えてくれ!これは何処なんだ⁉︎」

 

 

痺れを切らしたキリトがエギルに問いただす。

 

 

「ゲームの中だよ。アルヴヘイム・オンラインのだ」

 

 

エギルはパッケージを裏返す。裏にはゲーム内の簡単な地形情報が描かれており、エギルはその中央にある木の絵を指差した。

 

 

「『世界樹』っと言うそうだ。この木の上の方に伝説の城があってな。プレイヤーは九つの種族に分かれ、どの種族が最初に城に辿り着けるかを競ってるんだと」

 

 

「飛んでいけばいいじゃないか」

 

 

キリトがもっともな事を言うが、それは不可能だ。ALOには滞空時間があり、無限に飛び続ける事は出来ないからだ。

 

 

エギルが言うには、この写真を撮った五人のプレイヤーは滞空時間を考慮し、体格順に肩車してロケット式に飛んでみたという。

 

 

だが、それでも世界樹の一番下の枝にすら届かなかったらしく、何枚か写真を撮り、そこに写っていた鳥籠を解像度ギリギリまで引き伸ばしたのがアスナの写真に繋がるのだ。

 

 

「でも、何でアスナがこんな所に……」

 

 

キリトはパッケージを手に取る。そして

RCT Progress(レクトプログレス)』という文字を見た瞬間、一気に顔つきが変わった。

 

 

「エギル、このソフト貰って行っていいか?」

 

 

「構わんが、行く気なのか?」

 

 

「この目で確かめてみる。死んでもいいゲームなんてぬる過ぎるぜ」

 

 

キリトは目の前に置かれていたコーヒーを一気に飲み干す。

 

 

「ならば私も行こう」

 

 

「良いのか?」

 

 

「ああ、それにそろそろ刺激が欲しかった所だ」

 

 

私もキリトの様にコーヒーを飲み干す。

 

 

「まずハードを買わなきゃな」

 

 

「ナーヴ・ギアで動くぞ。アミュスフィアはナーヴ・ギアのセキュリティ強化版でしかないからな。それとペルソナ、お前もこれ持っていけ」

 

 

エギルはソフトをもうひとつ投げ渡してきた。

 

 

「これは前金だ。必ず救いだせよアスナを。そうしなきゃ、俺たちの戦いは終わらねえ」

 

 

「ああ。いつかここでオフをやろう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま。……ねえ母さん」

 

 

「なあに?」

 

 

「母さんには悪いけど、やっぱりまたVRやるよ。やらなきゃいけない理由が出来たんだ」

 

 

「そう、貴方がそう決めたのならそうしなさい。そのやらないといけない事を終わらせたら、その後は思う存分楽しんだら良いわ」

 

 

「ああ」

 

 

「あ、それでも受験勉強は怠らない事」

 

 

「わかってる」

 

 

 

私は部屋に入ると準備を整える。

 

 

–––まさか、またこれを被ることになるとはな。というか、ちゃんと動くのか?明日にでもアミュスフィアを買いに行った方が良いかもな。

 

 

そんな事を思いながらナーヴ・ギアを被り、ベッドの上に横になる。あとはあの言葉を言うだけだ。

 

 

 

 

 

 

「……リンクスタート!」




彼が行くのは新たな仮想世界


そこにはどんな困難が待ち構えているのか?


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第16話 新たな世界

なんか前のサブタイと似たような感じですけど気にしないで下さい。良案が思いつかなかっただけです。


《Welcome to ALFheim Online!》

 

 

二年前に見たものと似たようなロゴが表示されると、システムアナウンスが流れ出した。

 

 

『アルヴヘイム・オンラインへようこそ。最初に性別とキャラクターの名前を入力してください』

 

 

アバター名にPersona(ペルソナ)と入力。一瞬、《Ash(アッシュ)》にしようか迷ったが、キリトと合流する際に名前が違ったら色々と面倒なのでSAOの時と同じ名前にした。恐らくキリトの方も同じだろう。そして、もちろん性別は男。

 

 

入力し終わると、再びアナウンスが流れる。

 

 

『それでは種族を決めましょう。九つの種族から一つ、選択してください』

 

 

種族別に九つのアバターが出現する。

 

 

私は闇妖精族(インプ)を選択。

 

 

『インプですね。キャラクターの容姿はランダムで生成されます。よろしいですか?』

 

 

出来るだけ普通のアバターになる事を祈りながら、私は丸ボタンを押した。

 

 

『それではインプ領のホームタウンに転送します。幸運を祈ります』

 

 

 

私の体は光に包まれ、次に目を開けたとき、私の目には暗闇に輝く美しい街が広がっていた。

 

 

私は暫くその風景を堪能していたが、ここである事に気づく。

 

 

私が今いるのは領地の上空…このまま頭から落下していけば確実にHPが0になってしまうだろう。

 

 

その時だ。突然私の体は落下するのをやめ、まるでバグでも起こったのか、足元(正確には頭上だが)に穴が空き、私はその穴に落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

気付いたら、私は森の中にいた。

 

 

「ここは…どこだ……?」

 

 

本当なら私はインプ領のホームタウンに転送される筈だったのだが、私がいるのは森の中だ。

 

 

「うわぁああ‼︎」

 

 

と不意に真上から叫び声と共にプレイヤーが一人落下してきて、私は素早く横に避ける。

 

 

落下してきたプレイヤーは綺麗に顔が地面に突き刺さっており、なんとも居た堪れない姿だった。

 

 

「おい…大丈夫か?」

 

 

「ああ大丈夫だ……ってペルソナ!」

 

 

「キリトか?」

 

 

何と、落ちてきたプレイヤーはキリトだった。その容姿は耳がとんがっている事と、髪型がツンツン頭になった事以外はSAO時代とほぼ同じだ。

 

 

「君はSAOの時とあまり変わってないな」

 

 

「自分ではよく分からない」

 

 

「そこの川で見てくれば良いじゃないか」

 

 

キリトが指差す方には川が流れており、私は川の水面に自分の顔を映した。するとどうだろう。キリト同様、少しとんがった耳以外は現実世界の私と瓜二つの顔がそこにある。

 

 

「どう言う事だ……?」

 

 

私はその場で顎に手を当てて考えるが、いくら考えてもその答えは出てこない。

 

 

「なんだこれ⁉︎」

 

 

後ろでキリトが驚きの声を上げ、私が近くによると彼はステータス画面を私に見せてくる。

 

 

そのステータス画面を見たとき、私も自分の見たものが信じられず、驚いてしまった。

 

 

キリトのステータス画面に映し出されたパラメータは、全て異常な程に高かった。それはまるでコアなゲーマーが何ヶ月いや、何年もかけて積み上げたもののような……。

 

 

「これって……君のも見てみろよ!」

 

 

「あ、ああ」

 

 

私は動揺しながらも右手を振る。だが、いつもならすぐに出てくるウインドウが表示されない。

 

 

「ここでは左手を振るんだ」

 

 

キリトに言われた通りに左手を振る。すると今度はちゃんとウインドウが開かれた。

 

 

そしてステータス画面を見ると……

 

 

–––これは……SAOと同じパラメータ……。

 

 

「……だがこの《???》とは何だ?」

 

 

「多分ユニークスキルじゃないかな?俺の《二刀流》も《???》になってる」

 

 

キリトの言葉に私は納得する。そこで私はふと思い立ってアイテム欄を見ると、やはりと言うべきか、ほぼ全てのアイテムが名前の代わりに《???》と表示されており、どれが何のアイテムなのかがわからない。

 

 

 

私がアイテム欄を眺めていたら、突然キリトの方で眩い光が発生し、光の中から一人の少女が現れる。

 

 

「俺だよ。ユイ、分かるか?」

 

 

その少女はユイちゃんだった。彼女は目の前にいるのがキリトだと気付くと目にいっぱいの涙を溜めながらキリトに向かって思いっ切り抱きついた。

 

 

 

 

 

そして暫くしてから私たちはユイちゃんを真ん中にして、自然に出来た木の橋の上でこの世界についていくつかユイちゃんから話を聞いた。

 

 

この世界…ALOはSAOサーバーのコピーでセーブデータの形式(フォーマット)がほぼ同じだった為、私やキリトのアバターにはSAOとALOに共通する熟練度が上書きされたと言う。

 

 

「アイテムは……破損してしまってるようですね。エラー検出プログラムに引っかかる前に破棄したほうが良いです」

 

 

私とキリトはユイちゃんの言う通りにアイテム欄にある破損したアイテムを全て消去した。

 

 

ステータスの方は人間のGMが直接確認しない限り、アカウントを消される心配は無いらしい。

 

 

「これではもう《ビーター》じゃなく、ただの《チーター》だな」

 

 

「君も上手い事言うな……。ユイはこの世界でどういう扱いになってるんだ?」

 

 

「えっと、プレイヤーサポート用の擬似人格プログラム《ナビゲーションピクシー》に分類されています」

 

 

ユイちゃんがそう言った直後、彼女の体が強く発光したかと思うと、ユイちゃんは小さな妖精…ピクシーへと姿を変えた。

 

 

 

「そういえば、俺たちはなんでこんな何もない森にログインしたんだ?ホームタウンに転送される筈だったんだが……。君もそうだろう?」

 

 

「ああ」

 

 

「位置情報が破損したのか、或いは混信したのか……」

 

 

真相はユイちゃんにも分からないらしい。

 

 

「どうせなら世界樹の近くに落ちてくれれば良かったのになぁ……」

 

 

「例えゲームの中だとしても、そんな都合良くは行かないだろう」

 

 

私は悪態をつきながら立ち上がるキリトに向かって言う。

 

 

対して、立ち上がったキリトは翅を出現させてユイちゃんに簡単な飛び方を教わっている。

 

 

流石はSAOで《二刀流》を使いこなしていただけはあり、少し動くだけで飛び方をマスターしていた。

 

 

「取り敢えず近くの街まで飛んで行こう。ペルソナ、早く君も準備してくれ」

 

 

–––やれやれ。

 

 

私は立ち上がって翅を出す。そして補助コントローラーを手に持つと夜空に向かって飛び立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

森の中に落ちたシルフのリーファは追い詰められていた。

 

 

パーティメンバーは全滅、HPは残り僅か、翅も少し休ませる必要がある為、飛んで逃げる事も出来ない。

 

 

だがそんな絶望的状況下に於いても、彼女は諦めずにしっかりと剣を握りしめる。

 

 

「あと一人は絶対に道連れにするわ。デスペナルティが惜しくない人から掛かって来なさい!」

 

 

「気の強い子だな。仕方ない」

 

 

彼女を狙う三人のサラマンダーは空中で散解し、攻撃態勢を取る。

 

 

リーファとサラマンダー達の間を流れる緊張間、一触即発の状態で、お互いに警戒しているその時だった。

 

 

「うわぁああああ‼︎」

 

 

叫び声を上げながら、スプリガンの少年が落下してきて地面に頭をぶつけた。

 

 

「着陸がみそだな…これは……」

 

 

少年はそう呟きながら頭をさすっている

 

 

「足を下の方に向けて全身の力を抜くように降りれば、自然と着地できるぞ」

 

 

スプリガンの少年に続くように、今度はインプの青年が少年の隣に着地する。

 

 

「重戦士三人で女の子一人を襲うのは、ちょっとカッコよく無いな」

 

 

「何だとテメェ!」

 

 

「初心者がノコノコと出て来やがって!」

 

 

少年の言葉にカチンッときたサラマンダーの二人が、標的をリーファから少年に変える。だが、少年は依然として余裕の表情を崩さず、隣の青年はそんな少年に対し呆れた顔をしていた。

 

 

その様子に今度こそ堪忍袋の緒が切れたサラマンダーは、少年目掛けて突撃する。

 

 

リーファは一瞬だけ目を閉じる。そして閉じた目を開けてみると、何という事だろう、スプリガンの少年がサラマンダーのランスを片手で掴み取っているではないか。

 

 

それの光景にスプリガンの少年の隣に立っているインプの青年以外は驚愕する。

 

 

「よっと」

 

 

少年は軽い感じでやったのだろうが、少年にランスごと投げられたサラマンダーは勢いよく飛び、後ろに控えていた仲間の一人とぶつかって地面に落ちた。

 

 

「えっと…その人たち、斬っても良いのかな?」

 

 

「そ、そりゃ良いんじゃないかしら。少なくとも先方はそのつもりだと思うけど」

 

 

「じゃ、失礼して」

 

 

肩を回しながら聞いてくる少年に対し、リーファそう答えた。すると少年は背中の剣を抜き、目にも止まらぬ速さでサラマンダー二人の間を通り抜ける。

 

 

そしてサラマンダーの一人が赤い炎へと変わった。

 

 

「次は誰かな?」

 

 

 



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第17話 スイルベーン

一瞬でサラマンダーを一人倒したキリトは、振り向き、もう一人の身体を斜めに斬り裂いた。

 

 

「どうするアンタも戦う?」

 

 

キリトは最後の一人に尋ねる。

 

 

「やめとくよ。もうちょっとで魔法スキルが900なんだ。デスペナが惜しい」

 

 

「正直な人だな。そちらのお姉さんは?」

 

 

「あたしも良いわ。今度はきっちり勝つわよ」

 

 

「君ともタイマンでやるのは遠慮したいな…」

 

 

サラマンダーはそう言い残すと、そのまま遠くの空へ飛んでいった。

 

 

サラマンダー達が死んだ場所には、まだ紅い炎が燃えている。炎は《リメインライト》と言い、プレイヤーのHPが0になっても、リメインライトが残っている間はその場に意識が留まっていると、シルフの女性は教えてくれた。

 

 

しばらくして、リメインライトは消えた。

 

 

 

「で、あたしはどうすれば良いのかしら。お礼を言えば良いの?逃げれば良いの?それとも戦う?」

 

 

「俺的には正義の騎士がお姫様を助けたって場面なんだけど……涙ながらに抱きついてくる的な……」

 

 

「「バカじゃないの⁉︎/馬鹿か貴様」」

 

 

「冗談、冗談だって。君も本気にしないでくれよ」

 

 

私とシルフの女性のツッコミに対し、キリトは笑いながらそう返す。

 

 

「そうですよ!そんなの駄目ですよ!」

 

 

そんな声が聞こえ、焦ったキリトは自分の胸ポケットを必死に抑える。

 

 

だが抵抗むなしく、キリトの胸ポケットから一人のピクシーが飛び出てくる。

 

 

「パパにくっついて良いのはママとわたしだけです!」

 

 

「パ、パパ⁉︎」

 

 

ユイちゃんの言葉にシルフの女性は困惑するが、取り敢えず《プライベートピクシー》と誤魔化した。

 

 

「それは良いけど、インプの貴方はともかく、何でスプリガンがこんな所をウロウロしてるのよ?」

 

 

「俺、コイツとこの近くの街で落ち合う約束しててさ、でも土地勘がなくて少し不安だから迎えに来てもらったら、君が襲われてる所を見たって訳なんだ」

 

 

「ふーん……」

 

 

シルフの女性は疑うような目をしていたが、命の恩人ということもあり、納得はしてくれた。

 

 

 

 

 

彼女はリーファと名乗り、今はキリトに補助コントローラーを使わずに飛行する《随意飛行》をレクチャーしている。

 

 

「止めてくれぇぇえええ‼︎」

 

 

–––不安だ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

キリトの後、私もリーファから丁寧に随意飛行の方法を教えてもらい、今私たちはシルフ領の《スイルベーン》に向けて飛んでいる。

 

 

途中でキリトがリーファを煽り、最高スピードで飛んだ為、あっという間にスイルベーンに到着した。

 

 

スイルベーンは流石シルフの領地だけあってか、緑色を基調とした街が、夜景に美しく輝いている。

 

 

「真ん中の塔の根元に着陸するわよ」

 

 

リーファが着陸する為にスピードを緩めるが、そこで一つ問題が起こった。

 

 

「キリト君、ペルソナさん、君たちランディングのやり方わかる?」

 

 

「「……わかりません(らない)」」

 

 

そう、私とキリトはまだどのようにして着陸するのか、その方法を知らないのだ。

 

 

「ええっと……ごめんもう遅いや。幸運を祈るよ」

 

 

リーファは先に着陸する。

 

 

「そんなバカなぁぁああ‼︎」

 

 

私の前を飛んでいたキリトは叫びながら塔に勢いよくぶつかった。

 

 

私もあと数秒で塔にぶつかるだろう。だが、キリトと同じ目に遭いたくない私はギリギリまで減速し、塔を両足で思いっきり蹴ると、くるくると回りながらゆっくりと降下、着地に成功する。

 

 

「凄いですね!普通出来ませんよあんな動き!」

 

 

「少しな…それよりもキリトを」

 

 

私がそう言うと、リーファがキリトに回復魔法を使ってHPを回復させる。キリトは初めて見る魔法に驚いていたが、先程、キリトが塔にぶつかった音で周りに人が集まっている。注目されるのは苦手だ。出来るだけ早くここから離れたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私とキリトは、リーファのオススメの店でぶどう酒(VRなのでアルコール分は無い)を奢って貰っている。

 

 

その前に《レコン》とか言うリーファのフレンドと会ったが、別にそれは話すほど大した事では無かったので記憶から抹消しておこう。

 

 

「さっきの子はリーファの彼氏?」

 

 

「恋人さんなんですか?」

 

 

全くこの親子はデリカシーという物が無いのだろうか。質問されたリーファも驚いたがすぐに「ただのパーティメンバーで同じ学校の同級生」と否定した。

 

 

その後改めて乾杯をすると、キリトはリーファから色々な情報を聞き出した。

 

 

リーファが言うにはサラマンダー達はもうすぐ世界樹の攻略に差し掛かろうのかもしれないようだ。

 

 

世界樹攻略はこのALOのグランドクエストでもあるそうで、一番最初に世界樹の上に辿り着き、妖精王オベイロンなる者に謁見した種族が《アルフ》と呼ばれる高位種族に生まれ変わることができ、滞空制限がなくなりいつまでも自由に空を飛び回ることが出来るという。なんとも魅力的なだ。

 

 

それなら種族間で争いが起きるのも合点がいく。空を飛ぶのは中々面白い体験だった。唯一不満があるとすれば滞空制限がある事。だが、その不満を解消することが出来るならば、皆それを目指してぶつかり合うのは当然のことだ。

 

 

「運営も考えたな。種族同士でぶつかり合っていては目的を達成する前に共倒れするのがオチだ。本気で世界樹を攻略するのであれば他種族との連携は必須だが、ALOはその可能性を初めから潰している」

 

 

「いい勘してますね。矛盾してるとしか言えませんよね、1種族しかクリア出来ないクエストを他種族と一緒に攻略しようなんて」

 

 

「じゃあ、事実上世界樹を登るのは不可能って事なのか……」

 

 

思わずキリトは肩を落とす。

 

 

「あたしはそう思う。最近は水妖精族(ウンディーネ)の女の子を筆頭に、他種族合同のグランドクエスト攻略ギルドが作られてるけど、それも時間が掛かるだろうし……でも諦めきれないよね。一旦飛ぶことの楽しさを知っちゃうと、例え何年かかってもきっと……」

 

 

「それじゃ遅すぎるんだ!」

 

 

キリトは少し身を乗り出しながら叫ぶが、すぐにハッとなり、冷静さを取り戻した。

 

 

「ごめん…でも俺、どうしても世界樹の上に行かなきゃいけないんだ」

 

 

「…何でそこまで……」

 

 

「人を…探してるんだ」

 

 

「どういう事?」

 

 

「簡単には説明できない」

 

 

その場に重い空気が漂う。そしてまるでその空気に同調するかのように、酒場の明かりも少し暗くなった。

 

 

「ありがとうリーファ。色々教えてもらって助かったよ」

 

 

キリトの言葉にリーファは何も言わずに俯いており、私とキリトはその場から離れようとする。

 

 

だがリーファがキリト腕を掴み、それを阻止した。

 

 

「待ってよ。世界樹に行く気なの?」

 

 

「ああ、この目で確かめないと」

 

 

「無茶だよそんな……物凄く遠いし、強いモンスターもいっぱい出るし、そりゃ君も強いけど……」

 

 

リーファなりに私たちを止めようと必死に説得してくれているのだろう。初対面の人間にも気を使ってくれる彼女の優しさには申し訳ないが、私たちには世界樹に行かなくてはならない。

 

 

そうしてキリトが酒場の扉に手を掛けたその時だった。

 

 

 

 

「じゃあ、あたしが連れてってあげる!」

 

 

リーファの思い掛けない一言に、キリトだけではなく私も驚いた。

 

 

「いやでも、会ったばかりの人にそこまで世話になる訳には……」

 

 

「世界樹までの道のりは知ってるの?ガーディアンはどうするのよ?」

 

 

「まあ、何とかするよ」

 

 

キリトは精一杯の反論をしたのだろうが、実際のところリーファの指摘にぐうの音も出ない状態だ。

 

 

事実、私たちはこの世界のことを全く知らない新人だ。彼女の案内があると無いとは大違いだろう。

 

 

「良いの!もう決めたの!」

 

 

「キリト、ここは彼女の誘いに乗るべきだ」

 

 

「……わかったよ」

 

 

キリトは諦めたかのように頭をかきながら、彼女の同行を承諾した。

 

 

「あの、明日もイン出来る?」

 

 

「あ、うん」

 

 

「私も午後からなら大丈夫だ」

 

 

「じゃあ午後三時にここでね。あたしもう落ちなきゃいけないから。ログアウトには上の宿屋を使ってね。じゃあ、また明日」

 

 

「あ、待って!」

 

 

ログアウトしようとするリーファをキリトが呼び止める。

 

 

「ありがとう」

 

 

リーファはその言葉を聞くと、すぐにログアウトした。

 

 

「……さて、リーファも居なくなった事だ。聞かせてもらうぞキリト。アスナに、何があった」

 

 

 

 

 

 

 

 

ログアウトした私はナーヴ・ギアを外すと、ログアウト前にキリトから聞いた話をゆっくりと振り返った。

 

 

前日、キリトは依然として目を覚さないアスナの見舞いに行った際、「須郷」なる男と会ったと言う。

 

 

キリトの言う話では、須郷はレクト……即ちALOを運営している会社の研究所の所長を務めており、結城家の養子となる事で、アスナと戸籍上の婚約を果たそうとしているのだと言う。

 

 

そこで私は合点がいった。もし、アスナを含めた300人近くのプレイヤーが目覚めていないこの状況が偶然ではなく人為的行いによる物だとしたら?世界樹の上にいる女性が仮に本物のアスナだとしたら?それを裏で操っている者は須郷であると言う見解に辿り着いた。

 

 

とは言え、まだこれと言った確証がない。それを見つけるまでは警察に何と言おうが鼻で笑われるがオチだろう。

 

 

 

–––やはり世界樹を攻略し、あの女性が本物のアスナかどうかを確かめる必要があるな。

 

 

私はそう思いながら棚の上にあるデジタル時計を見る。時刻は午後の5時30分、外は既に日が落ちて暗い。

 

 

明日のことは、また明日考えることにしよう。



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第18話 世界樹へ向けて

「あんた、昨日ナーヴ・ギア使ったでしょ」

 

 

ALOにログインした次の日、私がいつも通り朝食を摂っていると、突然、母がそんな事を言ってきた。

 

 

別に誤魔化す必要もなかったので何故気づいたのか聞いてみると、母が私の部屋に様子を見にきた際、ナーヴ・ギアを装着してあの世界にダイブしている姿を見たからだそうだ。

 

 

「別に怒ってないわ。やる事があるんでしょう?でも、どんな危険があるか分からないし、次からは“これ”を使いなさい」

 

 

母はそう言いながら、ダンボール箱をテーブルの上に置く。

 

 

私は箸を置き、母が置いたダンボールを開ける。そこには、ナーヴ・ギアの後継機アミュスフィアが入っていた。

 

 

「良いのか?」

 

 

「まあね、二年間の誕生日の代わりとでも思って貰っときなさい。あ、あとナーヴ・ギア使ってた事は、お父さんには秘密にしておいてあげるから安心しなさい」

 

 

「ありがとう、助かる」

 

 

私の父は警察の関係者で、本人曰くかなり上の立場にいるらしい。

 

 

まだ入院中だった私の見舞いに来た父が、仮想課の仕事でやってきた菊岡と偶然鉢合わせた際、菊岡が父にペコペコしていたので、高い地位にいるのは本当のことだろう。

 

 

別に父はVRゲームを否定している訳ではない。ただSAO事件がひと段落したばかりで、未だ帰還していないプレイヤーの件もあるのだ。私のことで余計な心配はかけたくない。

 

 

 

 

 

 

 

朝食を食べ終えた私は自室に戻り、早速貰ったアミュスフィアにALOのソフトを入れた。

 

 

適当にダイブの準備を済ませると、その後は勉強をして集合時間までの暇を潰す。

 

※彼は一応受験生

 

 

 

 

 

 

そして集合時間の五分前になり、私はアミュスフィアを被ってベッドに横たわる。

 

 

「リンクスタート」

 

 

 

 

 

 

 

 

ログインすると、ちょうど良いタイミングでキリトもログインし、リーファが宿屋に入ってきた。

 

 

彼女は世界樹に行くための道具を一通り買ってきていたらしい。

 

 

私とキリトは装備を新調しようと、リーファ行きつけの武具店で装備一式を取り揃えた。

 

 

キリトは黒い服に黒いロングコートという、SAO時代を思い出させる出で立ちに、彼の身長と同じくらいの大剣を。

 

 

私は防御性能が高めの服とロングコートと、大剣、槍、刀の三種類の武器を購入した。ただし、今は大剣のみを装備している。

 

 

–––金までもがSAO時代から引き継がれていたのは、さすがに驚かされたがな。

 

 

あとは出発するだけだったのだが、ここで少しひと悶着あった。

 

 

パーティーを抜け、リーファが私たちと行動することを彼女の元パーティーメンバーが咎めたのだ。

 

 

リーファとそのパーティーメンバーが口論になりかけた時、キリトが間に入って「仲間はアイテムじゃないぜ」と一喝。その後、喧嘩別れのような形で、リーファはそのパーティーとの縁を切った。

 

 

街を出る直前、リーファの友人であるレコンが現れ、少し気になることがあり今は共に行動できないが、すぐに追いつくと言い残し、そのまま去っていった。

 

 

 

そして私たちは遂に街から飛び出す。湖を目指している途中で何度かモンスターとの空中戦闘を経験し、だんだんと無意識に翅を動かしながら戦闘できるようになってきた。

 

 

 

しばらくして、時刻は午後7時を回ったという事もあり、私たちは入れ替わりでログアウト休憩する《ローテアウト》で休息を取ることにした。

 

 

フィールドではログアウトしてすぐにアバターが消えないため、誰かが見守ってなくてはならない。

 

 

「私は最後で良い。敵が来てもアバターは死守する。だから安心しろ」

 

 

「じゃあ、お言葉に甘えて」

 

 

「よろしく頼むよ」

 

 

キリトとリーファはログアウトボタンを押してログアウトする。同時に二人のアバターは目を閉じ、眠ったように動かなくなった。

 

 

顔の前で手を振ったり、頬(キリトの)をつねっても反応がない。完全に抜け殻だ。

 

 

少しの間、抜け殻になったキリトのアバターを弄っていると、キリトの胸ポケットからもぞもぞと動いてユイちゃんが姿を現した。

 

 

「キリトがいなくても動けるんだな」

 

 

「はい。一応ナビゲーション・ピクシーとして扱われていますが、わたしはわたしとしての自我があるので」

 

 

「そうか……」

 

 

「………」

 

 

「………」

 

 

 

 

–––気まずい。

 

 

今思えば私とユイちゃんは大して関わりがない。唯一あったとすれば、あの隠しダンジョンのときぐらいだ。なのでこの子と私には共通の話題というものがない。

 

 

–––そう言えば。

 

 

「一つ聞きたい事がある」

 

 

「はい、なんですか?」

 

 

「アインクラッド第1層の隠しダンジョンのことを覚えているか?」

 

 

「はい。わたしにとって忘れる事のできないパパとママとの大切な思い出です。あ、もちろんペルソナさんと初めて会ったという意味でも大切な思い出ですよ」

 

 

私のことを気遣ってくれてか、ユイちゃんはそう付け足してくれた。

 

 

「あの時、どうして怖がらなかったんだ?」

 

 

「? どういう意味ですか?」

 

 

「いや、君くらいの歳の子供は、仮面を付けた知らない男に会ったら普通、恐怖で泣き出すからな。無反応だったのは初めてで少し気になっていてな」

 

 

私がそう言うと、彼女は納得したように右手の拳で左の掌をぽんっと叩く。

 

 

「実はあの時、ペルソナさんのことは少しだけ不気味な人だなとは思ってましたよ」

 

 

–––思ってたのか……。

 

 

「でも、パパとママが信頼しているのを見て、良い人だって事がすぐに分かりました。それにペルソナさんからは優しさのようなものを感じました」

 

 

「私は優しくなんかない」

 

 

「いいえ、ペルソナさんは優しいです。一見冷たい心の人と思われがちですが、わたしはMHCPなので、隠れた優しさを感じることぐらいは出来ます。それに優しい人じゃなかったら、初めて会ったわたしの事を助けてくれたりしませんよ」

 

 

「それは……」

 

 

続きを言う前に、口の中で言葉が詰まる。私を見つめる少女の目がとても真っ直ぐで自身に満ち溢れていたからだ。

 

 

「確かに、君の言う通りかもな」

 

 

「はい!ペルソナはとっても優しくて頼りになる人です。わたしが保証します!」

 

 

「ありがとう」

 

 

私がそう言うと、何故かユイちゃんは顔をキョトンとさせた。

 

 

「どうした?」

 

 

「いえ。ただ、ペルソナさんの笑ったところを初めて見たので……少し見惚れてました」

 

 

そう指摘された私は自分の口元を触ってみる。なるほど、確かに口角が微妙に上がっている。

 

 

–––他人の前で笑ったのは何年ぶりだろうか。

 

 

「あの……ペルソナさん」

 

 

「なんだ?」

 

 

「ペルソナさんさえ良ければ、またこうやってお話できませんか?わたし、パパやママ以外の人とあまり話した事なかったので、迷惑でなければ……」

 

 

最後の方になるにつれて、ユイちゃんは申し訳なさそうに下を向く。

 

 

そんなユイちゃんを見て、私は彼女の頭を人差し指で撫でてあげる。

 

 

「別に構わない。好きな時にいつでも話しかけてくれ」

 

 

「はい!」

 

 

その後、私とユイちゃんはキリト達が戻ってくるまでの少しの間おしゃべりをした。

 

 

私が知ってる限りのキリトやアスナのことや、私の知らない彼らの周りで起こった出来事など、私たちは色んな情報を互いに出し合った。

 

 

 

 

 

 

 




ユイちゃんの喋り方はこんな感じで良かったのだろうか。久しぶりでキャラの性格が少しあやふやになってる?大丈夫だよね、きっと……。


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第19話 ルグルー回廊

ペルソナが戻ってきて、再び飛び立とうとした時、キリトとペルソナは謎の視線を感じた。


ユイがプレイヤーの反応は無いと言うが、彼はその視線に一抹の不安を抱くのだった。





再出発した私たちは数分間飛行し、《ルグルー回廊》という洞窟の中を進んで二時間が経過した。

 

 

道中のオークの群れとの戦闘を難なく切り抜け、リーファが予め仕入れていたマップのお陰で順調に先へと進んでいる。

 

 

暫く歩いていると、リーファの元に街で別れたレコンからメッセージが届いた。

 

 

内容は「やっぱり思った通りだった!気を付けて、s」で途切れている意味不明な内容だった。

 

 

その時だ、キリトの胸ポケットからユイちゃんが顔を出して、

 

 

「パパ、接近する反応があります」

 

 

と警告した。

 

 

「モンスターか?」

 

 

「いえ–––プレイヤーです。多いです……十二人」

 

 

「じゅうに……⁉︎」

 

 

ユイちゃんの言った十二人という数字に絶句するリーファ。だが、すぐに隠れてやり過ごす事を提案し、彼女の使った隠蔽魔法が私たちを隠す。

 

 

「喋るときは最低のボリュームでね。あんまり大きい声出すと魔法が解けちゃうから」

 

 

「了解。便利な魔法だなあ」

 

 

キリトは眼を丸くして風の膜を眺めている。

 

 

対して私は先程まで自分たちが通ってきた道の方を見ていると、怪しげに光る何かを見つけた。

 

 

「あれは……赤い、コウモリ?」

 

 

私がそう呟くと、突然リーファは風の膜から飛び出し、同時に隠蔽魔法が解除される。私もキリトも、リーファの突然の行動に戸惑いを隠せない。

 

 

「お、おい、どうしたんだよ」

 

 

「あれは、高位魔法のトレーシング・サーチャーよ‼︎潰さないと‼︎」

 

 

リーファが放った攻撃魔法は宙を漂っていたコウモリを貫き、それを確認したリーファは身を翻して私とキリトに向かって叫ぶ。

 

 

「街まで走るよ‼︎」

 

 

「え……また隠れるのはダメなのか?」

 

 

「トレーサーを潰したのは敵にももうばれてる。とても誤魔化しきれないよ。それに……さっきのは火属性の使い魔なの。ってことは、今接近しているパーティーは……」

 

 

「サラマンダーか」

 

 

 

 

私たちは更にスピードを上げて洞窟を走り抜け、大きな湖が広がっている場所に出た。

 

 

湖には石造りの橋が一本だけかかっている。

 

 

「どうやら逃げ切れそうだな」

 

 

「油断して落っこちないでよ」

 

 

キリトとリーファが短く言葉を交わしながら、橋の中央に差し掛かった瞬間、二つの光点が私たちの頭上を高速で通過。そして十メートルほど先にある街の門の前に落下したかと思うと、光点が落下した場所に巨大な壁が出現し、私たちの行く手を阻んだ。

 

 

私とリーファは足を止めるが、キリトは走る勢いを緩めずに大剣を引き抜くと、そのまま岩壁に突進する。

 

 

「あ……キリト君!」

 

 

反射的にリーファは叫ぶが、その時には既にキリトは岩壁めがけて大剣を振り下ろしていた。

 

 

だが、大きな衝撃音と共に弾き返され、橋に尻餅をつく。壁には傷ひとつ付いていない。

 

 

「……ムダよ」

 

 

「もっと早く言ってくれ……」

 

 

 

さて、面倒な事になった。目の前の岩壁は攻撃魔法を連発すれば破壊できるらしいが、そんな時間は無い。橋を飛んで回り込むことも、湖に飛び込んで泳いでいくことも出来ない。

 

 

「どうやら、戦うしかないようだな」

 

 

「それしかない……んだけど、ちょっとヤバイかも。サラマンダーがこんな高位の土魔法が使えるってことは、よっぽど手練のメイジが混ざってるんだわ……」

 

 

リーファがそう言いながら長刀を引き抜くが、それを見たキリトが彼女の方を見て言った。

 

 

「リーファ。君の腕を信用してないわけじゃないんだけど……ここはサポートに回ってもらえないか」

 

 

「え?」

 

 

「俺たちの後ろで回復役に徹してほしいんだ。そのほうが俺も思い切り戦えるし……」

 

 

キリトの言葉にこくりと頷いたリーファはそのまま岩壁ぎりぎりまで退いた。

 

 

「私が突っ込む。取り残しを頼む」

 

 

「分かった!」

 

 

私とキリトは全力で地を蹴り、みるみる内に先頭で盾を構える三人のサラマンダーとの距離を詰めていく。

 

 

「ふっ!」

 

 

そして気合の入った一閃。

 

 

「スイッチ!」

 

 

「セイッ‼︎」

 

 

私の後に付いてきたキリトも強力な横薙ぎをサラマンダー達に叩きつける。だが、サラマンダー達のHPは僅か三割しか減少していない。

 

 

私がそれを確認した直後、三人の前衛の体が水色の光に包まれHPは元通りフル回復していく。

 

 

更にその後ろから次々と火球が発射され、私とキリトの立つ場所に降り注ぎ、炸裂した。

 

 

私たちのHPが急速に減っていく。

 

 

 

–––なるほど…コイツは厄介だな。

 

 

私は燃え上がる炎の中、サラマンダーの陣形を確認する。

 

 

前衛には先程の重戦士が三人、中衛にメイジが三人、後衛に残りのメイジが六人……前衛の三人がダメージを受けると中衛の三人がダメージ分の回復を行う。そして前衛と中衛が時間を稼いでいる間に後衛にいる残りのプレイヤーが遠距離上位魔法で攻撃。

 

 

考え込まれた戦術に私は感嘆し、同時にこの戦術を攻略する方法を思いついた。

 

 

「キリトよく聞け……」

 

 

私は未だ私たちの体を包み込むように燃えている炎の中でキリトに作戦の内容を伝えた。

 

 

「本当に大丈夫か?その作戦」

 

 

「さあな。だが、やらなければこっちが殺られるだけだ。そうなれば今までの努力が全て水の泡だぞ」

 

 

「そうだな………よし、やろう!」

 

 

炎が薄れ、私とキリトのHPをリーファが回復魔法を使ってある程度回復する。作戦開始だ。

 

 

「うおおおおっ!」

 

 

雄叫びと共にキリトが前衛に突っ込み、盾と盾の間を無理矢理こじ開けてできた隙間に大剣を突き立てる。

 

 

「くそっ、なんだコイツ……!」

 

 

キリトの思い掛けない行動に一人のサラマンダーが戸惑いの声を上げる。

 

 

さすがの私もあそこまでやるとは思ってなかったが、前衛部隊の気を引いてくれたので別に良い。

 

 

キリトが重戦士たちを抑えている間に、私は彼らの身体の上を跳び越えると、前衛でキリトの攻撃を防いでいるサラマンダーの一人を背後から突き刺し、リメインライトに変える。

 

 

前衛に出来た隙間からキリトも重戦士たちの背後に回り込む。そして相手が片手剣を構えるよりも早く、自身の大剣で切り捨てた。

 

 

その間に詠唱を済ませ発射された炎の魔法を、私は生き残っていた重戦士を投げ飛ばし、盾にすることで魔法攻撃を防ぐ。

 

 

「意外とエグいことするな君は……」

 

 

私の戦い方にキリトが少し引いているが、今はそんな事はお構いなしだ。

 

 

私とキリトは中衛の回復部隊、そして流れるように後衛の魔法攻撃部隊を蹂躙していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さあ、誰の命令で動いていたのか、あれこれ説明してもらうわよ‼︎」

 

 

捕まえた最後の一人にリーファが剣を向ける。

 

 

「こ、殺すなら殺しやがれ!」

 

 

「この……」

 

 

私は長刀を振り下ろそうとする彼女を止める。せっかく殺さないように最大限努力して捕まえたんだ。このまま何の情報も得ずに殺すのは惜しい。

 

 

「いやー暴れた暴れた、ナイスファイト」

 

 

先程までの緊迫した雰囲気をぶち壊すように、のんびりとした口調でそう言って近づいてきたキリトは唖然としているサラマンダーの肩をポンと叩いた。

 

 

「いい作戦だったよ。俺一人だったら速攻でやられてたなあー。さて、物は提案なんだがキミ」

 

 

彼はそのまま左手を振ってトレードウインドウを出すと、男にアイテム群の羅列を示す。

 

 

「これ、今の戦闘で俺がゲットしたアイテムと(ユルド)なんだけどな。俺たちの質問に答えてくれたら、これ全部、キミにあげちゃおうかなーなんて思ってるんだけどなぁー」

 

 

ニヤリと笑みを浮かべるキリトの言葉に、男はキョロキョロと周りを見回した後、再び彼の方に向き直る。

 

 

「……マジ?」

 

 

「マジマジ」

 

 

そんな会話と共に、にやっと笑みを交わす両者を見て、リーファが思わずため息を吐く。

 

 

「男って……」

 

 

「なんか、みもふたもないですね……」

 

 

「………」

 

 

隣でそう呟く女性二人の言葉に、私は何とも言えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第20話 緊急事態発生

世界樹を目指す中、サラマンダーの強襲を受けるも、何とか切り抜けたペルソナ一行。

キリトの交渉により、彼らは捕虜にしたプレイヤーから情報を聞き出すことに成功する。





色々と話を聞くと、サラマンダーは何か大きな作戦を実行しようと動いているらしく、彼らは私たちがその作戦の邪魔になる可能性があると危惧した上からの命令で襲ってきたらしい。

 

 

「作戦とは…世界樹攻略のことか?」

 

 

私が聞くと男は首を横に振った。

 

 

「まさか。さすがに前の全滅で懲りたらしくて、最低でも全軍に古代武具(エンシェントウェポン)級の装備が必要だってんで(ユルド)貯めてるとこだぜ。ま、俺が知ってるのはこんなトコだ。–––さっきの話、ホントだろうな?」

 

 

「取引でウソはつかないさ」

 

 

キリトは約束の金とアイテムを男に渡し、それを受け取った男は嬉しそうにして去って行った。

 

 

 

その後、私たちは鉱山都市《ルグルー》を散策していると、先程リーファの元に送られてきたメッセージの話になる。

 

 

「あっ、忘れてた」

 

 

リーファがメッセージを打とうとするが、レコンは既にログアウトしているようで、リーファは仕方なく現実世界で連絡を取るために一時的にログアウトした。

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらく経つと、ログアウトしたリーファが血相を変えて慌てながら戻ってきた。

 

 

「キリト君、ペルソナさん–––ごめんなさい」

 

 

彼女は戻ってくるなり、そんな事を言う。

 

 

「あたし、急いで行かなきゃいけない用事ができちゃった。説明してる時間もなさそうなの。たぶん、ここにも帰ってこられないかもしれない」

 

 

どうやらただ事ではないようだ。

 

 

「そうか。じゃあ、移動しながら話を聞こう。どっちにしてもここからは足を使って出ないといけないんだろう?」

 

 

「……わかった。じゃあ、走りながら話すね」

 

 

 

全力疾走で街を抜け、リーファから事情を聞いた。

 

 

どうやら、サラマンダーがシルフとケットシーの領主会談を襲うために進行中らしい。

 

 

しかも領主会談の情報は、出発前、私たちに絡んできたリーファの元パーティー仲間のシグルドがサラマンダーに密告していたものだと言う。

 

 

サラマンダーが領主会談を襲うことで、シルフとケットシー間で戦争が起こる可能性があり、更に領主を討った側は、討たれた側の資金の三割を無条件で手に入れらるだけでなく、街を占領し、税金を自由に掛けられるらしい。

 

 

「これは、シルフ族の問題だから……これ以上キミ達が付き合ってくれる理由はないよ……この洞窟を出ればアルンまではもう少しだし、多分会談場に行ったら生きて帰れないから、またスイルベーンから出直しだろうしね。–––ううん、もっと言えば……世界樹の上に行きたい、っていうキミ達の目的のためには、サラマンダーに協力するのが最善かもしれない。キミ達なら傭兵として雇ってくれるかも。だから–––今、ここであたしを斬っても文句は言わないわ」

 

 

リーファは私たちに斬られることを覚悟しているのだろう。ぎゅっと目を瞑り、力拳を作っていた。

 

 

だが私には、

 

 

「君を斬るつもりはない」

 

 

彼女を斬ることなど出来ない。

 

 

「君ならそう言うと思ったよペルソナ」

 

 

私の言葉に続いて、キリトがそう言った。

 

 

「所詮ゲームだから何でもありだ。殺したければ殺すし、奪いたければ奪う。–––そんなふうに言う奴には、嫌ってほど出くわしたよ。でも、この世界で欲望に身を任せれば、その代償は必ずリアルの人格へと還っていく。プレイヤーとキャラクターは一体なんだ。だから、たとえどんな理由でも、自分の利益のために人を斬るようなことは、俺は絶対にしない」

 

 

「そういう事だ。私も、決闘以外で仲間だった者と斬り合いたくはないからな」

 

 

「キリト君、ペルソナさん……ありがとう」

 

 

リーファから感謝の言葉を述べられ、キリトは少し照れくさそうに笑う。

 

 

「ごめん、偉そうなこと言って。悪い癖なんだ」

 

 

「ううん、嬉しかった。–––じゃ、洞窟出たとこでお別れだね」

 

 

「や、俺たちも一緒に行くよ、だろ?」

 

 

「ああ。それに今、リーファは私たちのパーティーメンバー…仲間だ。助けない義理はない」

 

 

「え、え?」

 

 

「–––しまった、時間無駄にしちゃったかな。ユイ、走るからナビよろしく」

 

 

「りょーかいです!」

 

 

自身の肩に乗っているユイちゃんが頷いたのを確認するや否や、キリトは未だ状況が理解できていないリーファの手を掴み、全速力で走り出した。

 

 

私も彼らの後を追いかけて走る。

 

 

 

目の前に現れたモンスターも、リーファの悲鳴をも気にせず走り続け、私たちは洞窟の外へと飛び出る。

 

 

自分が空中にいることに気づいたリーファは大慌てで翅を広げ、滑空すると、思いっきり息を吐いた。

 

 

「–––寿命が縮んだわよ!」

 

 

「時間短縮になったじゃないか」

 

 

「口論してる場合じゃないだろ。リーファ、領主会談の場所はどこだ?」

 

 

「ええと、ケットシー領につながる《蝶の谷》だから…北西のあの山の奥よ」

 

 

「残り時間は?」

 

 

「–––20分」

 

 

「急ぐぞ」

 

 

加速し、会談の場へと急ぐ。

 

 

 

 

 




本当はユージーン将軍のところまで行きたかったけど、諦めました。


もう少し短縮しても内容が伝わるぐらいの文章力が自分にあれば……っと日々悩む作者です。


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第21話 ALO最強の剣士

20話の最後の方に書いてたのを、そのまま21話にコピーすればその日のうちに投稿できるな。っと思っていた一昨日の自分をぶん殴りたい。


そもそも集中力が無いにも等しいくせに、一、二時間で完成する訳ねえだろってんだ。





そんな事を思いながら書き上げました。





私たちは現在、蝶の谷の上空を飛行している。

 

 

「プレイヤー反応です!前方に大集団–––68人、これがおそらくサラマンダーの強襲部隊です。さらにその向こう側に14人、シルフ及びケットシーの会議出席者と予想します。双方が接触するまであと50秒です」

 

 

かなり急いで飛んできたが、すでにサラマンダーの大軍は会談近くに迫っていた。

 

 

「–––間に合わなかったね。ありがとう、2人とも。ここまででいいよ。キミ達は世界樹に行って……短い間だったけど、楽しかった」

 

 

リーファは笑顔でそう言ってくるが、キリトは、

 

 

「ここで逃げ出すのは性分じゃないんでね」

 

 

不敵な笑みを浮かべ、猛スピードで会談場所へと向かって飛んでいった。

 

 

「ちょ……ちょっとぉ‼︎なによそれ‼︎」

 

 

「キリトはああいう奴なんだ。リーファ、君はシルフとケットシーを頼む」

 

 

私はリーファに向かってそう言い残し、キリトの後を追う。彼のことだ。とんでもないことを考えているに違いない。

 

 

 

「双方、剣を引け‼︎」

 

 

 

 

 

 

私はキリトの後ろに降り立つ。

 

 

リーファは領主たちの方へと出向く。どうやら、ぶつかり合う直前にギリギリ間に合ったようだ。

 

 

「指揮官に話がある!」

 

 

キリトが再度叫ぶと、サラマンダー部隊の奥から指揮官らしき大柄な男がゆっくりと前に出た。

 

 

「–––スプリガンにインプが何をしている。どちらにせよ殺すには変わらないが、その度胸に免じて話だけは聞いてやろう」

 

 

「俺の名はキリト。スプリガン、インプ同盟の大使だ。この場を襲うからには、我々四種族との全面戦争を望むと解釈していいんだな?」

 

 

–––なんと無茶苦茶な……。

 

 

流石にサラマンダーの指揮官も驚いていた。

 

 

「インプとスプリガンが同盟だと……?護衛の一人もいない貴様がその大使だと言うのか」

 

 

「いや、後ろにいるインプの彼が俺の護衛だ。この場にはシルフ・ケットシーとの貿易交渉に来ただけだからな。だが会談が襲われたとなればそれだけじゃすまないぞ」

 

 

貴様の嘘に私を巻き込まなと言いたかったが、そんな事を言える状況ではないので今は黙っておく。

 

 

「たいした装備も持たない貴様の言葉を、にわかに信じるわけにはいかないな」

 

 

–––まあそうだろう。

 

 

「貴様らのどちらかが、オレの攻撃を30秒耐え切ったら、貴様らを大使、その護衛として信じてやろう」

 

 

「ずいぶん気前がいいね」

 

 

そう言いながら男の方へと行こうとするキリトを私は止める。

 

 

「大使であるあなたの身を守るのが護衛たる私の役目です。ここは私が」

 

 

私は「巻き込んだ事、あとで覚えておけ」と小さく付け足し、サラマンダーの男と同じ高度まで上昇する。

 

 

「貴様が相手かインプ」

 

 

「ああ」

 

 

背中から大剣を抜き放ちながら、短く返事をする。

 

 

「名はなんと言う」

 

 

「ペルソナ。貴様は?」

 

 

「オレはユージーンだ。貴様の実力がどれ程のものか見せてもらおうか」

 

 

 

 

 

 

俺はリーファの下に駆け寄り、今まさに戦いを始めようとする二人のプレイヤーを見守っている。

 

 

「まずいな……」

 

 

リーファの隣にいるシルフの女性(リーファ曰く《サクヤ》というらしい)の言葉を俺は聞き逃さなかった。

 

 

「何がまずいんだ?」

 

 

「あのサラマンダーの両手剣、あれは《魔剣グラム》……ということはあの男が《ユージーン将軍》だろう。知ってるか?」

 

 

俺は首を横に振るが、リーファは息を呑みながら名前だけならっと頷いた。

 

 

サクヤさんは話を続ける。

 

 

「サラマンダー領主《モーティマー》の弟……リアルでも兄弟らしいがな。知の兄に対して武の弟、純粋な戦闘力ではユージーンのほうが上だと言われている。サラマンダー最強の戦士……ということはつまり……」

 

 

「全プレイヤー中最強……?」

 

 

「ってことになるかな……とんでもないのが出てきたもんだ」

 

 

「……キリト君、ペルソナさん大丈夫かな…」

 

 

「大丈夫。彼なら心配いらないよ」

 

 

彼の心配をするリーファに俺はそう答えた。

 

 

彼のことを心配していない訳ではない。たが、俺は彼がそう簡単に負けるとも思っていない。

 

 

何故なら彼はあのヒースクリフ…茅場晶彦と互角に戦えるほどの強さを持っている。

 

 

自惚れかもしれないが、彼の反応速度は俺と同等だ。もしかしたら《二刀流》は俺ではなく彼の手に渡っていたかもしれないとも思ったこともある。

 

 

 

雲が流れ、差し込んだ光が奴の剣の刀身に当たり、反射したその瞬間、彼に斬りかかっていった。

 

 

彼は咄嗟に両手剣を掲げ、防御態勢をとるが、ここで驚くべきことが起きた。

 

 

魔剣グラムが彼の剣をすり抜け、、強力な一撃を浴びた彼の身体は轟音と土煙を上げ、地面に突き刺さった。

 

 

「な……なんだあれ⁉︎」

 

 

「魔剣グラムには、《エセリアルシフト》っていう剣や盾で受けようとしても非実体化してすり抜けてくるエクストラ効果があるんだヨ!」

 

 

驚愕する俺とリーファにそう答えたのは、ケットシーの領主《アリシャ・ルー》さんだった。

 

 

その次の瞬間、土煙が切り裂かれ、その中から姿を現した彼はゆっくりと上昇する。

 

 

HPは…少し減ってたが、どうやら心配する必要はないみたいだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほう……よく生きていたな!」

 

 

「面白い剣だな、正直少し驚かされたぞ」

 

 

余裕の表情でこちらを見るユージーンという男。

 

 

どうやらコイツの力はあの剣にあるようだ。だが、それ以上に奴は強い。かなりの技術を持っている。このゲーム…ALOの戦い方を熟知している。

 

 

–––面白い。

 

 

今度は私から攻撃を仕掛ける。が、奴の剣に防がれ、反撃と言わんばかりに剣を振り下ろしてくる。

 

 

私は身を捩らせて剣を避けると、空いている脇腹に攻撃を当てる。

 

 

「もう30秒過ぎたんじゃないのか」

 

 

そう言う私に対してユージーンは不敵に笑う。

 

 

「悪いな、やっぱり斬りたくなった。首を取るまでに変更だ」

 

 

「そうか、なら……もう手加減はなしだ」

 

 

 

 

 

その瞬間、彼の動きが変わった。

 

 

「っ⁉︎」

 

 

一瞬の間にユージーン将軍の身体に複数のダメージエフェクトが刻まれる。

 

 

 

斬られたことに驚くユージーンだったが、私は攻撃の手を止めない。コートの中に隠しておいた刀を引き抜き、回転しながら確実にダメージを与えていく。

 

 

「ぬ……おおおお‼︎」

 

 

だがユージーンもただ黙ってやられる訳もなく。スキル、もしくは防具の特殊効果か、雄叫びと共に薄い炎の壁が半球状に放射、爆発し、私の体をわずかに押し戻した。

 

 

押し戻され動きが止まった私をユージーンは見逃さず、勢いよく両手剣を振り下ろしてきた。

 

 

奴の剣は顔の前に突き出した両手剣を透過し、時間が一コマずつ進むにつれてゆっくりと迫りくる。

 

 

「ふっ‼︎」

 

 

放たれた斬撃が首元に当たる寸前、左手の刀がそれを受け止めた。

 

 

「……どれだけ相手の防御をすり抜けても、相手に攻撃を当てる時は必ず実体化する。その瞬間を狙えば、貴様の攻撃を防ぐことなど容易い」

 

 

「調子に乗るなああああ‼︎」

 

 

小細工なしの大振りが放たれる。

 

 

だが、そんな単調な攻撃で倒される私ではない。

 

 

素早く横にスライドすると、隙ができた奴の胴体を何度も斬りつける。

 

 

自身の目にも止まらぬ速さでユージーンを斬り続け、最後の一撃が奴の身体を斬り裂く。

 

 

ユージーンは断末魔を上げ、斬り裂かれたその身体は巨大な炎に包まれ、燃え崩れた。

 

 

 

 

 

 

 

その後、サラマンダーの中に先日リーファと相対していたプレイヤーがいて、サラマンダー達は私たち(正確にはキリト)の話を信じ、その場を去っていった。

 

 

そしてリーファから領内に裏切り者がいるという話を聞いたサクヤ氏は、アリシャ氏に《月光鏡》という闇魔法を使ってもらい、裏切り者のシグルドを領地から追放。一件落着したわけだが……

 

 

「ねえキミ、フリーならケットシー領で傭兵やらない?三食おやつに昼寝つきだヨ」

 

 

「ペルソナ君と言ったかな–––どうかな、個人的興味もあるので礼を兼ねてこの後スイルベーンで酒でも……」

 

 

何故か領主二人が抱きついてきて、所有権の言い争いを始めた。

 

 

私は内心呆れながら、ニヤニヤとこっちを見ている真っ黒剣士に早く助けろコールを送る。

 

 

 

 

キリトが領主の二人に事情を説明し、私はなんとか領主二人から解放された。

 

 

二人と話をしていくにつれ、今回のシルフとケットシーの同盟が世界樹攻略のためだと知った私たちは、どうにかその攻略に同行できないか頼み込んだ。

 

 

だが、世界樹を攻略しようにも攻略メンバー全員分の装備を整えるのに、相当な金と時間を費やすらしい。それも一日、二日でどうにかなるようなものではないという。

 

 

「あ、そうだ」

 

 

何か思いついたのか、ウインドウを操作し、大きな革袋を取り出したキリト。

 

 

「これ、資金の足しにしてくれ」

 

 

そう言って差し出した袋には、多額の金が入っていて、それを見たサクヤ氏とアリシャ氏、リーファまでもが目を丸くして驚いた。

 

 

「十万ユルドミスリル貨……これ全部……⁉︎いいのか?一等地にちょっとした城が建つぞ」

 

 

「構わない。俺にはもう必要ない」

 

 

キリトは何の躊躇いもなくそう答える。

 

 

アリシャ氏がキリトから受け取った金を、サクヤ氏のウインドウに格納すると、夕焼け空へと姿を消した。

 

 

 

「……行っちゃったね」

 

 

ふと、リーファが呟いた。

 

 

「ああ、私たちも先を急ぐとしよう」

 

 

「そうだな、とっととアルンまで飛ぼうぜ!日が暮れちゃうよ!」

 

 

 

翅を広げ、地を蹴る。

 

 

 

世界樹を目指して再び私たちは飛び立った。

 

 

 

 

 

 



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第22話 ヨツンヘイム

見渡す限りの雪景色。上を見上げれば、天蓋から垂れ下がっている無数の氷柱が薄闇に煌めいている。

 

 

邪神級モンスターが跋扈(ばっこ)する闇と氷に覆われた地底世界、《ヨツンヘイム》私たちはいる。

 

 

まずは、何故このような場所に私たちがいるのか、その経緯から説明するとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

私たちは最寄りの宿屋でログアウトしようと、森の中の小村に着地した。

 

 

着地する前、私はどこにも村人NPCがいない事に違和感を感じていたが、建物の中にいるのだろうと思い、特に気にはしなかった。

 

 

–––今思えば、これがいけなかった。

 

 

村で最も大きな建物に入ろうとした瞬間、何かいやな予感がしたと同時に、建物が全て崩れさり、足下がぱっくりと割れ、村に擬態していた巨大なミミズ型モンスターに私たちは仲良く丸呑みにされた。

 

 

そして粘液まみれになりながらミミズの体から放り出され、私は翅で浮上しようとしたが、一、二メートルほど飛んだところで急に翅が動かなくなり、結果的にキリトとリーファより少し遅れて、深い雪の中へとダイブし、今は近くにあった洞窟で休息を取っている。

 

 

 

「まさか、あの村が丸ごとモンスターの擬態だったなんてなあ……」

 

 

「ほんとよねぇ……誰よ、アルン高原にはモンスター出ないなんて言ったの」

 

 

「リーファだけどね」

 

 

「記憶にございません」

 

 

キリトとリーファの漫才じみた会話を聞き流しながら、私は地上に脱出する方法を模索していた。

 

 

模索していたと言っても、キリトもそうだが、私はこのALOに来てからまだ2、3日の初心者だ。当然、ヨツンヘイムに関する知識など全く持ち合わせていない。

 

 

「リーファ、ここには地上と行き来できる場所は無いのか?」

 

 

「あるにはあるみたいです。央都アルンの東西南北に一つずつ大型ダンジョンが配置されてて、そこの最深部にヨツンヘイムと繋がる階段があります。ただ……階段のあるダンジョンには、そこを守護する邪神がいるんです」

 

 

リーファ曰く、その邪神とらは恐ろしく強いらしく、少し前に私が戦ったあのユージーンが10秒も持たなかったそうだ。

 

 

「それは厄介だな」

 

 

「となると、最後の望みは邪神狩りの大規模パーティーに合流させてもらって、一緒に地上に戻る手ぐらいだな……おーいユイ、起きてくれー」

 

 

キリトは膝の上で眠るユイちゃんの頭をつつく。

 

 

「ふわ……おはようございます、パパ、リーファさん、ペルソナさん」

 

 

するとユイちゃんは、可愛らしく大きなあくびをしながら、ゆっくりと起き上がった。

 

 

「おはよう、ユイ。悪いけど、近くに他のプレイヤーがいないか、検索してくれないか?」

 

 

「はい、了解です」

 

 

彼女は頷くと、一度目を閉じる。

 

 

しばらくして目を開けたユイちゃんは、申し訳なさそうに首を横に振った。

 

 

「すみません、わたしがデータを参照できる範囲内に他のプレイヤーの反応はありませんでした」

 

 

「ううん、ユイちゃんのせいじゃないよ。こうなったら、あたしたちだけで地上への階段に到達できるか試してみるよ。このままここで座ってても、時間が過ぎてくだけだもん」

 

 

「この際、当たって砕けるしかないな!」

 

 

「いや、砕けたら駄目だろ」

 

 

キリトの言葉に私がツッコミをした瞬間、地面が揺れ、異質な大音響とモンスターの咆哮が聞こえてくる。

 

 

私たちは急いで洞窟を出た。

 

 

 

 

 

 

 

外に出た私たちが見たものは、三つの顔と四本の腕を持つ巨人と、長い鼻と大量の(あし)を持った象クラゲの邪神級モンスター二体が、互いに争っている姿だった。

 

 

「ど……どうなってるの……」

 

 

リーファは目の前の光景に驚き、絶句している。通常であれば、モンスター同士が戦うことはない。リーファが驚くのも無理はないだろう。

 

 

「ここにいたらやばそうじゃないか……?」

 

 

「そうだな。プレイヤーならまだしも、モンスター同士の戦闘に巻き込まれるのは御免だ」

 

 

私とキリトはそう呟き、急いでその場を離れようとしたが、リーファが辛そうな表情をしたまま、その場に留まっている。

 

 

「……助けようよ、キリト君、ペルソナさん」

 

 

「ど、どっちを?」

 

 

リーファの突然の言葉に戸惑いながら、キリトは二体の邪神を交互に見た後、短く訊ねた。

 

 

「もちろん、苛められてるほうよ」

 

 

「ど、どうやって」

 

 

即答したリーファにキリトは再び訊ねる。

 

 

–––苛められている方とは、十中八九あの象クラゲのことだろう。さて、どうしたものか……。

 

 

私はしばらく二体の邪神を観察して、脳に電気が走ったように作戦を思いついた。

 

 

「ユイちゃん、この近くに湖とか無いか?最悪、川でも良い」

 

 

「はい!北に約200メートル移動した場所に、氷結した湖が存在します!」

 

 

「よし。キリト、リーファ、私が合図したらユイちゃんの後を追って走れ。いいな?」

 

 

「わかった!」

 

 

「え………え?」

 

 

リーファは私の言ってる事の意味が分からないようだがら私は気にせず、コートの裏から投げナイフを取り出し、それを流れるように投げ飛ばす。

 

 

放たれた投げナイフは巨人型邪神に向かって一直線に飛んでいき、見事に巨人の眼に命中した。

 

 

「ぼぼぼるるるるううう!」

 

 

巨人型邪神は怒りの雄叫びをあげ、標的目の前の象クラゲから私たちへと切り替えた。

 

 

–––上手くいったようだ。なら後は………

 

 

「走れ!」

 

 

私は二人に向かって叫び、北へと向かって全速力で走り出す。二人はしばらくの間ぽかんっとしていたが、背後から迫り来る邪神の姿を見て、絶叫しながら慌てて追いかけてきた。

 

 

「ペルソナっ、お前何考えてんだ⁉︎」

 

 

「何と言われても、ただあの象クラゲを助けることができる手段の一つを、試そうとしているだけだ」

 

 

少し開けた場所に到着したところで、私が急停止すると、キリトも雪を蹴散らしながら停止した。

 

 

そして彼は自分の足下を見て、私の意図を全て理解した顔をする。

 

 

「なるほど、君の作戦が分かったよ。でも、上手くいく保証はあるのか?」

 

 

「さあな、その辺は神…いや、システム頼りだ」

 

 

そんな風にキリトと話している所に、数秒遅れてリーファが邪神を連れてやって来た。

 

 

巨人型邪神は、バキバキッと雪の下にあった氷を踏み抜き、湖へと沈んでいく。

 

 

「そ、そのまま沈んでぇぇ……」

 

 

リーファは震えた声で懇願するが、彼女の願いを裏切るように、巨人型邪神は水面から顔を出し、湖をざぶりざぶりと泳いで近寄ってくる。

 

 

その様子を見て、リーファは再び走り出そうとするが、それよりも早くひゅるるるる!と雄叫びを轟かせながら、私たちの後を追って来たのだろう象クラゲ邪神が湖へと飛び込んだ。

 

 

象クラゲ邪神は、まるで水を得た魚…いやクラゲのような勢いで巨人型邪神を圧倒している。

 

 

象クラゲ邪神の体から青白い光が瞬くと、巨人型邪神に巻きつけた(あし)から電流がスパークし、巨人型邪神のHPが物凄い勢いで減少していく。

 

 

 

そして巨人型邪神はポリゴン片となり爆散した。

 

 

「……で、これからどうするんだ?」

 

 

湖から上がってきた象クラゲを見て、そう呟いたのはキリトだった。

 

 

私もちょうど同じことを思っていたところだ。見たところ敵意は無さそうだが、もしもこの象クラゲが私たちを攻撃してこようものなら、私たちは先程の巨人型邪神のように瞬殺されてしまうだろう。

 

 

と、その時、目の前の象クラゲ邪神が、長い鼻を私たちの方へと伸ばしてきた。

 

 

その行動に私たちは飛び退こうとすると、ユイちゃんが私たちに向かって言った。

 

 

「大丈夫です、パパ。この子、怒ってません」

 

 

–––敵意が無いのは確かだが、本当に大丈夫なのか?

 

 

象クラゲ邪神を見て、心の中でそんな事を考えていると、象クラゲ邪神の長い鼻に巻き取られ、そのまま背中へと放り投げられた。

 

 

そして満足したように啼くと、まるで何事もなかったかのように移動を開始する。

 

 

 

 

私たちは状況を理解するのを諦め、今後の事は、本物の象のようにゆっくりと歩く彼(?)に全て委ねることにした。

 

 

 

 

 

 




今回はここら辺で終わりとなります。


また次回もよろしくお願いします。


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第23話 邪神狩り

本来は、もう少し早く投稿する予定だった。


色んな事が度重なってだいぶ遅くなりましたが、第23話です。




現在、私たちは巨人型邪神から助けた象クラゲ邪神の背中の上で、ヨツンヘイムを探索していた。

 

 

–––正確には、この邪神が私たちを乗せてどこかへ歩いているだけなのだが。

 

 

ちなみに象クラゲ邪神だと不便なので、リーファから『トンキー』という名が付けられた。

 

 

トンキーは凍った川を沿って北上している。

 

 

その間、何度か他の邪神と遭遇したが、戦闘にはならず、視線を送るだけで、そのまま立ち去っていった。

 

 

その事を隣のリーファも不思議に思っていたらしく、キリトに意見を求めようとしたが、呆れたことに、キリトはこの状況であっても、こっくりと船を漕いでいたのだ。

 

 

–––無理もないか……。

 

 

私の視界端にある時刻表示を見ると、時刻は既に午前三時台を回っている。

 

 

私は慣れているが、キリトや恐らくリーファにもキツい時間帯だろう。

 

 

 

すると、そんな背中のやりとりを気にせずに前進していたトンキーが、急に歩みを止めた。

 

 

 

「うわぁ………」

 

 

トンキーの頭近くまで移動し、前方を覗き込んだリーファが思わず嘆声を洩らす。

 

 

穴だ。

 

 

私たちの視線の先には、尋常でない規模の穴が広がっていた。それも、いくら目を凝らしても底が見えないほど深い大穴が。

 

 

「……落っこちたら、どうなんのかな……」

 

 

「わたしがアクセスできるマップデータには、底部構造は定義されていません」

 

 

緊張した声で言うキリトの肩に乗ったユイちゃんが、真面目な口ぶりでそう答えた。

 

 

「うへぇ、つまり底なしってことか」

 

 

 

危険と判断した私たちが、トンキーの背中の天辺に戻ろうとした時、トンキーの体が動く。

 

 

この穴に放り込む気ではないかっと思ったが、この邪神はそこまで恩知らずではなく、無数にある(あし)も内側に折りたたみなから、器用に背中を水平に保ったまま、ずしんと雪上にその巨体を降ろした。

 

 

ひゅるるっと小さく啼いたトンキーは、その長い鼻までも体の内側に丸め込むと、完全に動きを止めた。

 

 

「……寝ている?」

 

 

取り敢えずトンキーの背中から降りた私は、トンキーの体をノックするようにとんとんっと叩く。

 

 

だが、饅頭(まんじゅう)のように丸くなって鎮座する邪神は、動く気配が全くない。

 

 

それどころか、丸くなったトンキーの体はまるで岩のように硬くなっていた。

 

 

「寝てるだって?俺たちが眠たいのを我慢して徹夜で頑張っているのにか?」

 

 

貴様はさっきまで寝ていただろう。っというツッコミはせずに、私は硬くなったトンキーの体に寄りかかる。そしてふと、静かに上を見上げた。

 

 

見上げた先には、この真上にあるであろう私たちの目的地《アルン》の世界樹の根っこが、天井の巨大な水柱に巻き付いている。

 

 

良く眼を凝らすと、水柱の中に通路やら広場が見える。これはあくまで予想だが、あの水柱が一つのダンジョンだとすると、恐らくアインクラッドの迷宮区一個分、又はそれ以上の規模だろう。

 

 

「どうやって行くのかな………」

 

 

隣で私と同じように上を見上げて、視線の先の水柱に手を伸ばしているリーファがそう呟いた。

 

 

彼女の呟きに、キリトが何かを言おうとした。だがそれよりも早く、彼の肩にのるユイちゃんが叫ぶ。

 

 

「パパ、東から他のプレイヤーが接近中です!1人……いえ、その後ろから……23人!」

 

 

その言葉に息を飲む。

 

 

接近中のプレイヤーは間違いなく邪神狩りを目的としたレイドだろう。

 

 

先刻までは、喉から手が出るほど遭遇するのを待ち望んだ相手ではあるが、今は状況が状況だ。

 

 

と、いきなりリーファが虚空へと手をかざすと、何かの魔法の詠唱を始める。

 

 

だが、彼女が詠唱を終わらせるよりも早く、10メートルほど離れたところが水の膜のように歪み、そこから一人のプレイヤーが姿を現した。

 

 

–––水色の髪……水妖精(ウンディーネ)族か。

 

 

一応、キャラ作成の際に全ての種族の特徴は見ておいたから、間違いはない筈だ。

 

 

「あんたら、その邪神、狩るのか狩らないのか」

 

 

水色の長髪をした男は私たちにそう訊ねた。

 

 

『その邪神』とは、間違いなく後ろで丸くなっているトンキーを指しているのだろう。

 

 

「狩るなら早く攻撃してくれ。狩らないなら離れてくれないか。我々の範囲攻撃に巻き込んでしまう」

 

 

そう言う男の後ろから、幾つもの足音と共に多くのプレイヤーが現れた。

 

 

その全員が青系の髪をなびかせている。つまりパーティー全員がウンディーネ。

 

 

そして、邪神狩りに来るという事は、彼らはウンディーネの精鋭部隊といったところだろう。

 

 

「……マナー違反を承知でお願いするわ。この邪神は、あたしたちに譲って」

 

 

「下級狩場ならともかく、ヨツンヘイムに来てまでそんな台詞を聞かされるとはね。『この場所は私の』とか、『そのモンスターは私の』なんて理屈が通らないことくらい、ここに来られるほどのベテランなら解ってるだろう」

 

 

リーファの言葉に対し、男は正論で返す。

 

 

男の言う通り、狩場に占有権を主張するのはマナー違反。私が逆の立場だったら呆れるほどのだ。

 

 

故に、彼らが丸くなっているだけのトンキーを攻撃するのを、妨げることは私たちには出来ない。

 

 

 

 

だが、だからと言ってトンキーを倒される訳にはいかない。

 

 

「私からも頼む。この邪神は見逃してほしい」

 

 

私は、リーファよりも少し前に出て、深く頭を下げる。

 

 

私に続くように、キリトも前に出た。

 

 

「頼む。この邪神は、俺たちの仲間……いや、友達なんだ。最後まで、したいようにさせてやりたいんだ」

 

 

何とかして、ウンディーネのリーダーを説得しようと試みるが、返ってきたのは失笑、そして集団からの遠慮のない笑い声だった。

 

 

「おいおい、あんた、ほんとにプレイヤーだよな?NPCじゃないよな?……悪いけど俺たち、さっき大きめの邪神に壊滅させられかけてね。やっとパーティーを立て直した所なんだよ。狩れそうな獲物はきっちり狩っておきたい。てことで、10秒数える間にそいつから離れてくれ。時間がきたら、あんたたちは見えないことにするからな。–––メイジ隊、支援魔法(バフ)開始」

 

 

リーダーの男がさっと手を振ると、部隊の後方に並ぶメイジ達が一斉に呪文を詠唱し始める。

 

 

「……下がろ、キリト君、ペルソナさん」

 

 

「………ああ」

 

 

「………分かった」

 

 

私とキリトは俯いたまま低い声で応じると、リーファと並んで、底なし穴の縁に沿って歩く。

 

 

背後から聞こえてるカウントダウンは、もう少しで終了する。その時、彼らの一斉攻撃がトンキーを襲うだろう。

 

 

だが、普通に考えても、あれだけの数を相手にまともに戦うなど無謀だ。

 

 

もしここで私たちが彼らの前に立ち塞がったとしても、トンキーごと全滅させられるだろう。

 

 

 

 

 

–––そう、『普通』であればな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「3……2……1……攻撃、か………」

 

 

カウントダウンをしていた男が、仲間に合図を出す瞬間、一本の槍が男の胸を貫き、一瞬でHPを奪い取る。

 

 

突然、仲間がリメインライトになり、唖然としているプレイヤー達。私はその好機を逃さず、地面に刺さった槍を拾い、何かしらの魔法の詠唱を始めたメイジの一人に向かって投げつける。

 

 

「ぐわっ⁉︎」

 

 

槍は見事に対象を貫く。私は再び槍を拾い、背中の大剣を掴むと、回りにいた他のメイジも斬り伏せる。

 

 

 

「しょ……正気かよ⁉︎」

 

 

「悪いがそんなもの……とっくの昔に失くした」

 

 

唖然とした顔で喚く男の体に大剣を突き刺し、そのま横薙ぎに一閃。リメインライトへと変える。

 

 

仲間がやられて流石に黙っていられないのだろう、剣士が二人、私の背後から飛びかかってくる。

 

 

だが、二人の剣士が私に剣を振り下ろすよりも早く、キリトとリーファがその二人を切り倒した。

 

 

「まさか、君が最初に動くなんてな」

 

 

「例えモンスターでも、仲間が死ぬのは耐えられないからな」

 

 

「ははっ、君らしいな!」

 

 

「来るよ‼︎」

 

 

リーファの警告と同時に、3人の剣士が一斉に私たちに襲いかかってくる。

 

 

一対一で応戦し、善戦はしているものの、一向に相手のHPが減らない。

 

 

いや、正確には相手のHPは減っている。ただ、すぐに後方に控えているメイジが回復魔法で支援する為、減ったそばからすぐに回復してしまうのだ。

 

 

ウンディーネは九つの種族の中で唯一、上位の回復魔法を扱うことができる。言わば回復のプロだ。

 

 

–––流石に部が悪かったか……。

 

 

戦闘が始まってから、まだ1分ほどしか経過していないが、それでも三人でこの数の相手に対し善戦できたのだから十分すぎる戦績だろう。

 

 

 

ふと視界の隅に、大技の攻撃魔法であろうものの詠唱を始めたメイジの姿が映った。

 

 

更にトンキーを取り囲んでいた重装備の戦士たちが、こちらに殺到している。

 

 

–––ここまでか。だが……!

 

 

最後に何人か道連れにする。そう覚悟し、敵陣に特攻したその時だった。

 

 

明らかにトンキーのものであろう甲高い啼き声が、冷たい空気を強烈に震わせた。

 

 

私はトンキーの方へ顔を向ける。

 

 

楕円形のようになった胴体には、幾つもの深いひび割れが刻まれており、それらは時間が経つごとに長くなり、互いに繋がっていく。

 

 

そして再び甲高い共鳴音が響き、無数の亀裂から環状に放射された眩い光が、ウンディーネ達を包み込んだ。

 

 

するとどうだろう。彼らの体を覆っていた支援魔法のオーラや、詠唱途中だった魔法のエフェクトが煙のように蒸発して消滅したのだ。

 

 

「あれは……範囲解呪能力(フィールド・ディスペル)⁉︎」

 

 

「フィールド…なんだって⁉︎」

 

 

「一部の高レベルモンスターだけが持ってる特殊能力だよ!あれの前じゃどんな魔法も無力化されるの!」

 

 

–––そんな強力なものをあの邪神が⁉︎

 

 

リーファの口から発せられた言葉と、先程起きた出来事を思い出し、私は背筋が凍るような恐怖を感じた。

 

 

未だ白い輝きが亀裂から漏れるトンキーの胴体は、硬く分厚い殻となり、音もなく四散する。

 

 

そして光の塊から伸び上がった真っ白な輝きを帯びている四対八枚の翼が、放射状に広げられた。

 

 

「……トンキー………」

 

 

突如として進化したトンキーの姿を見て、私はそっと呟いた。

 

 

ひゅるるるぅ!と再度高らかな声を放ったトンキーは、翼を大きく羽ばたかせて垂直に舞い上がる。

 

 

10メートル程で停止すると、トンキーの羽が何の前触れもなく青い輝きに満たされた。

 

 

–––嫌な予感がする。

 

 

「あっ……やばっ……」

 

 

キリトも本能的に危険を察知したのだろう。彼はリーファの体を抱え込み、雪の上へと伏せさせた。

 

 

私もキリトに続いて身を伏せる。

 

 

直後、雷撃が次々と地上へと降り注ぎ、轟音と共にウンディーネ達が吹き飛ばされ、水色のリメインライトへと変わっていく。

 

 

 

回復及び支援魔法を使おうとする者もいたが、再びトンキーの羽が白く光り、詠唱が途中で無効化された。

 

 

「撤退、撤退‼︎」

 

 

堪らずウンディーネのリーダーがそう叫び、彼らは一目散に走り去っていっていき、たちまちその姿は雪の稜線の彼方へと消えた。

 

 

トンキーは走り去るウンディーネ達を追おうとはせず、代わりに勝利の声を響かせる。

 

 

 

「………で、これからどうすんの?」

 

 

頭上から6個の目玉で私たちを見下ろす邪神を見て、キリトが先程と同じ台詞を呟いた。

 

 

すると、トンキーは無造作に伸ばした長い鼻で、私たちをぐるりと巻き取ると、再び背中に乗せてくれた。

 

 

私たちが背中に乗ったことを確認したトンキーは、ひゅるると一声啼いて、頭上にある世界樹の根を目指してゆっくりと上昇する。

 

 

「………何はともあれ、生きててよかったね、トンキー」

 

 

「ほんとに良かったです!生きてればいいことあります!」

 

 

「だといいな……」

 

 

そんなやり取りをするキリトたちを尻目に、私はトンキーの背中から地上を見下ろす。

 

 

そこには、美しく幻想的で、残酷な氷雪の世界が私の視界いっぱいに広がっていた。

 

 

–––壮観だな。

 

 

その景色の率直な感想を心の内で呟いている中、トンキーは上へ上へと上昇している。

 

 

 

途中、地上から見えた逆円錐形の氷塊の近くをトンキーが旋回した際、氷柱の鋭く尖った突端に、強く瞬く金色の光が見えた。

 

 

 

その光の正体は黄金の刀身を持つ長剣。

 

 

それもサーバー最強の伝説武器(レジェンダリイ・ウエポン)

 

 

《聖剣エクスキャリバー》だった。

 

 

 

キリトはもちろん、この私も息を呑んだ。

 

 

最強の剣……そんな物が目の前にあるのだ。1プレイヤーとしては手に入れたくなるのは当然だ。

 

 

 

 

だが、今は危険を犯してまであの剣を取りにいく余裕はない。

 

 

私たちは名残惜しい気持ちを堪え、聖剣が刺さっていた氷柱よりも上にある階段付きの根っこに降り立つ。

 

 

「……また来るからね、トンキー。それまで元気でね。もう他の邪神に苛められたらだめだよ」

 

 

「またいっぱいお話しましょうね、トンキーさん」

 

 

リーファとユイちゃんが別れを告げると、突然、トンキーが鼻の先端を私の頭の上に置いた。

 

 

「何だこれは?」

 

 

「きっとトンキーさんは、一番に助けに来てくれたペルソナさんに感謝してるんですよ!」

 

 

ユイちゃんがそう言ったのを聞き、一直線に私の方を見つめる邪神を見る。

 

 

「私はしたいようにしただけだ」

 

 

そう言いながらも、私はトンキーの鼻をさする。

 

 

トンキーは満足げにふるるっと喉を震わせた後、翼を折りたたむ。そのまま物凄い勢いで降下した。

 

 

邪神の姿はみるみる小さくなり、あっという間にヨツンヘイムの薄闇へと消えた。

 

 

 

「さ、行こ!多分この上はもうアルンだよ!」

 

 

しばらくの間、トンキーが消えた方を見ていたリーファが、元気な声で言った。

 

 

キリトと私も大きく伸びながら応じる。

 

 

「よし、最後のひとっ走りと行くか。……なあ二人とも、上に戻っても、聖剣のことはナイショにしとこうぜ」

 

 

「あーもう、いまの発言で色んなものが台無しになったよ……」

 

 

「貴様は少し空気を読め」

 

 

そう言ってキリトの肩を軽く小突き、地上へ続いてるであろう螺旋階段を駆け上がった。

 

 

 

 

 

 

 

さて、一体どれほど時間が経過しただろうか。

 

 

ひたすらに螺旋階段を登り続け、ついにひと筋の細い光を目の当たりにした私たちは、その光目掛けて二段飛ばしで突進。

 

 

すぽん!という効果音が合いそうな勢いで飛び出した先に、夜空に映る巨大な影が一つ。

 

 

「………世界樹……」

 

 

「……ようやく着いたようだな」

 

 

「わたし、こんなに大きな街に来たの、初めてです!」

 

 

「あたしも……!」

 

 

目の前に広がる景色に感嘆していると、定期メンテナンスのため、ログアウトを促す運営アナウンスが流れた。

 

 

明日(正確には今日の午後3時)にまた集合する事にし、今日は解散する事にした。

 

 

キリトが宿代が無いとほざいていたが、まあ、ユイちゃんが激安の宿屋を見つけたようだし、問題ないか。

 

 

さて、久しぶりに恐ろしいほどの眠気を感じる。早くログアウトして、休むとしよう。

 

 

 



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第24話 央都アルン

いつもの事ですが、PSO2要素がほとんど無いです


恐らく、ファントム・バレット編あたりから少しずつ入れていけると思います


では、第24話どうぞ






「そろそろ時間か……」

 

 

約束の時間が訪れ、私はALOにログインした。

 

 

 

 

 

 

目を開くと、既に来ていたリーファの姿が目に映る。

 

 

–––早いな。

 

 

そう思いつつ、彼女に挨拶しようと近づいた瞬間、私は彼女の頬に涙が流れているのに気がついた。

 

 

「……どうした?」

 

 

「ペルソナさん……あたし、失恋しちゃった」

 

 

リーファはそう言うと、未だ自身の目から流れる涙を指で拭き取った。

 

 

「ごめんなさい、会ったばかりの人に変なこと言っちゃって。ルール違反ですよね、リアルの問題を持ち込むのは……」

 

 

「………」

 

 

そんな彼女の姿を見て、私は彼女の隣にそっと座る。

 

 

「……こういう時、一体どんな言葉を掛ければいいのか良く分からない。分からないが、辛い思いをしているのなら、話を聞こう。大した事は出来ないが、一人で抱え込むよりは楽になるはずだ」

 

 

「ペルソナさん……」

 

 

静かな声で彼女がつぶやいた次の瞬間、リーファが私の胸に顔を埋めてきた。

 

 

突然の行動に私は一瞬驚いたが、すぐに零れ落ちる涙の粒に気がつき、手の平でそっと彼女の頭を撫でる。

 

 

そのままゆっくりと時間だけが流れていった。

 

 

 

 

 

 

 

どれほどの時間が経っただろうか。ずいぶんと長い間同じ体勢を維持していたが、遠くの方で響く鐘の音とともにリーファは顔を上げた。

 

 

「ありがとうございます。ペルソナさんって優しいんですね」

 

 

「その反対の言葉はずいぶん言われたがな……」

 

 

そんな風にリーファと話していると、聞き慣れた効果音とともにキリトがログインする。

 

 

「なんだ、二人とももう来てたのか」

 

 

「遅かったな」

 

 

「少しな……それじゃあ行こうぜ!」

 

 

私たちは宿を出て央都アルンへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

流石はALO最大の都市と言ったところか、アルンではさまざまな種族のプレイヤー達が仲睦まじくしており、都市全体が活気に満ち溢れていた。

 

 

そして私たちの目的の場所……世界樹。

 

 

アルンの中心に(そび)え立つそれは、離れた外環部からでも分かるほど巨大だった。

 

 

混成パーティーの間を縫うように進みながら、世界樹のことについてリーファに聞く。

 

 

リーファ曰く、世界樹の周囲は侵入禁止エリアになっており、木登りで登っていくことは出来ないらしい。

 

 

–––こんな巨大な木を登ろうとするだろうか?

 

 

私はそんな事を思いながら、肩車でロケット式に飛んでいった猛者たちの事を尋ねると、どうやら既にGMが修正を入れ、雲の上に障壁が設けてあるようだ。

 

 

 

 

 

しばらくして、世界樹が巨大な壁としか見えなくなるくらい近づいた頃に、突然、キリトの胸ポケットから飛び出てきたユイちゃんが、真剣な眼差しで上空を見上げた。

 

 

「お、おいユイ……どうしたんだ?」

 

 

周囲のプレイヤーを気にしながらキリトが小声で囁き、リーファも首を傾けてユイちゃんの顔を覗き込む。

 

 

「ママ……ママがいます」

 

 

「なっ……!」

 

 

「本当か⁉︎」

 

 

「間違いありません!このプレイヤーIDは、ママのものです……座標はまっすぐこの上空です!」

 

 

それを聞いた私は、瞬時に上空を見上げるが、同時に響いた破裂音に後ろを振り向く。

 

 

直前までそこにいたキリトの姿はなく、彼は凄まじい勢いで遥か上空…世界樹の枝へと向かって急上昇していた。

 

 

「キリトッ!」

 

 

私もすぐに翅を広げ、キリトを追って飛ぶ。

 

 

だが、まるでロケットブースターの如く加速するキリトに追いつく事が出来ず、彼の黒い姿がだんだん点のように小さくなっていく。

 

 

しかし、ALOに入ってからたった二、三日で、ここまでの飛行技術を会得したキリトのプレイヤースキルは流石だと、このような状況にも関わらず思ってしまった。

 

 

 

「………‼︎」

 

 

 

後方からリーファが何か叫んできたが、その声を聞き取ることは出来ず、更にその直後、雷でも落ちたのかと思うほどの衝撃音が空に響く。

 

 

私は急いで音がした方へ向きなおると、先程まで勢いよく飛んでいたキリトが空中を漂っていた。

 

 

「キリト!」

 

 

キリトは体勢を立て直し再び上昇するも、すぐに見えないシステムの壁に阻まれる。

 

 

「落ち着けキリト!そこから先に行けないのは貴様にも分かるだろ!」

 

 

「放してくれ!行かなきゃ……行かなきゃいけないんだ‼︎この先にいるんだ‼︎」

 

 

キリトに私の言葉は届いていないようで、取り憑かれたような光を両眼に浮かべ、何度も見えない壁に突進を繰り返す彼の腕を掴み、力づくで止める。

 

 

その間、キリトの胸ポケットから飛び出したユイちゃんは、必死に世界樹の上に向かって叫んでいた。

 

 

「ママ‼︎わたしです‼︎ママー‼︎」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何なんだよ……これは……!」

 

 

俺は歯を食い縛りながら、右拳で見えない壁を殴った。

 

 

「わたしも警告モードで呼びかけたですが……」

 

 

追いついたリーファの手の中で、ユイが申し訳なさそうに呟く。

 

 

「キリト……」

 

 

見えない壁を睨み続ける俺の心情を察してか、ペルソナはそのまま静かに首を振った。

 

 

彼の言いたい事はすぐに分かった。これは侵入禁止エリアを示す障壁だ。ここから先に俺たちが進むことは出来ない。

 

 

でも、だとしても!この先にアスナがいる!あと僅かで手が届く距離にいるのに、《ゲームシステム》などというプログラム・コードにすぎないものが目の前に立ち塞がるのだ。

 

 

 

俺の全身を凄まじいほどの破壊衝動が貫く。

 

 

今すぐにこの見えないシステムの壁を破壊して、彼女の元に辿り着きたい。

 

 

そんな思いとともに、背中の剣を抜き放とうと柄を握りしめた瞬間、

 

 

上空から小さな光を瞬かせながら、小さなカード型のオブジェクトが俺を目指して舞い降りてくる。

 

 

俺たちは手の中に収まったものをじっと見つめる。

 

 

「リーファ、これ、何だかわかる……?」

 

 

「ううん……こんなアイテム見たことないよ。クリックしてみたら?」

 

 

俺はその言葉に従い、カードをシングルクリックするが、出現するはずのホップアップ・ウィンドウは表示されなかった。

 

 

その時だ、ユイが何かに気が付いたように身を乗り出し、カードに触れながら言った。

 

 

「これ……これは、システム管理用のアクセス・コードです‼︎」

 

 

「っ⁉︎……じゃあ、これがあればGM権限が行使できるのか?」

 

 

「いえ……ゲーム内からシステムにもアクセスするには、対応するコンソールが必要です。わたしでもシステムメニューは呼び出さないんです……」

 

 

「そうか……」

 

 

「だが、そんなものが理由もなく落ちて来ないだろう……っとなると、それは恐らく……」

 

 

ペルソナはそれ以上の言葉は言わず、ただ静かに世界樹の枝を見つめる。

 

 

「はい。ママがわたし達に気付いて落としたんだと思います」

 

 

その言葉に、俺はカードをそっと握りしめ、彼女(アスナ)の意思を感じ取ろうとした。

 

 

そしてしばらくしてから、リーファの方を向き直る。

 

 

「リーファ、教えてくれ。世界樹の中に通じてるっていうゲートはどこにあるんだ?」

 

 

「樹の根本にあるドームの中だけど……で、でも無理だよ。あそこはガーディアンに守られてて、今までどんな大軍団でも突破出来なかったんだよ」

 

 

「それでも、行かなきゃいけないんだ」

 

 

俺はカードを胸ポケットに入れ、そっとリーファの手を取る。

 

 

「今まで本当にありがとう。ここからは俺一人で行くよ」

 

 

最後に彼女の手をぎゅっと握り、後退して距離を取る。そして深く一礼し、翅を畳んで一直線に世界樹の最下部を目指して急降下した。

 

 

 

–––待ってろよアスナ。すぐに行くからな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく……何でも一人で解決しようとする。貴様の悪い癖だな」

 

 

–––私が言えた事じゃないか……。

 

 

自身の言葉に自分でツッコミを入れつつ、キリトを追って降下する。

 

 

リーファには全て終わった後で説明すると言い残して来たので、恐らく問題はない筈だ。

 

 

 

 

 

 

 

降下途中、世界樹の手前にある石段を登るキリトを発見。私は石段の先にある世界樹の中へと通じてるであろう扉の前に着地した。

 

 

「ペルソナ……」

 

 

「安心しろ。止めにきた訳じゃない」

 

 

「……手伝ってくれるのか?」

 

 

「無論そのつもりだ」

 

 

扉に近づくと、扉の両隣にある巨大な石像から、声が聞こえてきた。

 

 

『未だ天の高みを知らぬ者よ、王の城へと到らんと欲するか』

 

 

同時にクエスト発生し、受注するか否かを決める⚪︎と×のボタンが出現。迷わず⚪︎を選択。

 

 

『さればそなたが背の双翼(そうよく)の、天翔けるに足ることを示すがよい』

 

 

すると、石像たちが互いに交差させていた剣が上がり、巨大な扉は地響きを上げながら、ゆっくりと開いていく。

 

 

私たちは背中の剣を抜き、扉の先へ踏み入る。

 

 

世界樹の中は、無駄に広いドーム状の空間だった。

 

 

壁にはステンドグラス状の紋様がぎっしりと描かれており、その一つ一つが白く発光している。

 

 

更にその遥か先の天井には、十字に分割された石盤に閉ざされている円形の扉のようなものが見える。

 

 

「–––行けッ‼︎」

 

 

キリトは己を鼓舞するように叫び、力強く地を蹴る。

 

 

私もキリトに続いて飛び上がるが、すぐに異変が起こる。

 

 

白く発光する窓から、白銀の鎧を纏った騎士が長剣を携えて出現した。

 

 

十中八九あれがガーディアンだろう。

 

 

「そこをどけええええっ‼︎」

 

 

絶叫と共に撃ち込まれたキリトの剣が、騎士の首を深く貫き、騎士は白い煙を放ちながら爆散する。

 

 

–––行けるな。

 

 

このガーディアンは大した強さではない。これなら私とキリトで容易に突破できる。だが、その考えを覆すように、視線の先にある全ての窓から、無数の騎士たちが出現した。

 

 

 

「–––––うおおおおおおおお‼︎」

 

 

だがキリトは己に鞭を打つように咆哮、騎士の大群目掛け一直線に突っ込んでいく。

 

 

卑怯とも言えるような数のヘイトがキリトに集中するが、彼のはその猛攻に怯まずに進む。

 

 

剣を振るい、騎士たちの首を跳ね、一心不乱にドームの天井に向かって飛翔し続ける。

 

 

私は死角からキリトを狙うガーディアンを次々と斬り落とし、キリトを前に進ませる。

 

 

 

 

だが、それにも限界があった。

 

 

一本の矢が彼を貫き、それに続いて周囲のガーディアンが、一斉に矢を放つ。

 

 

私は飛んでくる矢を落とすが、キリトの方までは手が回らない。

 

 

幸い彼も最小限の動きで、矢のほとんどを回避し、目と鼻の先にある天蓋のゲートに手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その瞬間、複数の剣がキリトに突き刺さった。

 

 

「キリトォォォォォッ‼︎」

 

 

私は手を伸ばすが、その手は届くはずもなく、目の前で彼は炎と化した。

 

 

「……アアアアアァァァァァァァァァッ‼︎」

 

 

私は絶叫し、目に映るガーディアンを全て斬り伏せた。無限に湧いてくる奴らを何度も何度も斬り殺した。

 

 

久しぶりだった。こんなにも何かを憎いと思ったのは、こんなにも自分が非力だと感じたのは。

 

 

リメインライトが消えていないため、まだ蘇生のチャンスはある。

 

 

そんな単純な事でさえも忘れてしまうほどの怒りが込み上げ、私は狂人の如く剣を振り続けた。

 

 

と、その時だ。数体のガーディアンが入口の方に視線を向ける。

 

 

奴らに釣られるように、私も入口を見ると、そこには俊敏な動きと長刀で騎士たちの剣を回避しながらこちらへと向かってくるシルフの少女があった。

 

 

「–––キリト君‼︎」

 

 

それはリーファだった。

 

 

キリトのリメインライトを回収し、ドーム内から退避しようとする彼女を、ガーディアン達が黙って見過ごす筈もなく、その無防備な背中に矢の雨が降り注ぐ。

 

 

何本か矢が命中し、バランスを崩すリーファ。

 

 

私は彼女を援護しながら、ガーディアンを確実に一体ずつ倒していき、なんとかドームからの脱出に成功した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

脱出後、キリトはすぐにリーファの持つ蘇生アイテムで復活した。

 

 

「ありがとう、リーファ。……でも、もうあんな無茶はしないでくれ。俺はもう大丈夫だから……これ以上迷惑はかけたくない」

 

 

「迷惑なんて……あたし……」

 

 

リーファがその先の言葉を言う前にキリトは立ち上がると、ゆっくりと私の方へと歩み寄ってきた。

 

 

「ペルソナ……」

 

 

「私にもこれ以上迷惑をかけたくないから、あとは一人で行く……とは言わせないぞ」

 

 

「……流石だな、俺の考えてる事は丸分かりか」

 

 

「いや、分かる事しか分からない。貴様が一刻も早く彼女……アスナを救いたい気持ちは分かる。だが一人では無理だ。それぐらい、貴様にも分かるはずだが?」

 

 

私の正論に、キリトは苦虫を噛み潰したような顔をして俯き、沈黙する。

 

 

 

「……いま……いま、何て……言ったの……?」

 

 

不意に、リーファがそう尋ねてきた。

 

 

「ああ……アスナ、俺の捜してる人の名前だよ」

 

 

その問いにキリトが答えると、リーファは明らかな動揺を見せ、半歩後退った。

 

 

「でも……だって、その人は……」

 

 

口元に両手を当て、とても小さな声で呟く彼女は、信じられないと言うような目でキリトを見つめる。

 

 

そして………

 

 

 

 

 

「……お兄ちゃん……なの……?」

 

 

 

 

今にも掻き消えそうな声で発せられた言葉に、まるで全てが凍りついたように、世界が静寂に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 



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第25話 世界樹攻略

サブタイに何の捻りもないですが、


懐かしい人が出てきます。


「–––スグ……直葉……?」

 

 

キリトがリーファに向かっております囁いた私の知らない名前。

 

 

だが、リーファはその名前を聞いた瞬間、何かが壊れたように、その顔には悲痛な表情を浮かべている。

 

 

「……酷いよ……あんまりだよ、こんなの……」

 

 

「ス、スグ!」

 

 

キリトの呼び掛けに応えることなく、彼女はこの世界からログアウトした。

 

 

「ペルソナ、悪いけど……」

 

 

「行ってやれ」

 

 

「……すまない」

 

 

キリトもリーファを追うようにログアウトした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「驚いたな、貴様に妹がいたとは」

 

 

「そういえば、君には言ってなかったな」

 

 

 

戻ってきたキリトからリアルの話を聞かされた。

 

 

正確には、リーファは本当の妹ではなく、キリトの母親の妹の娘…つまり従妹だという。

 

 

キリトはとある事情から、幼い頃よりその家に引き取られており、リーファとは兄妹当然に過ごしていたらしい。

 

 

 

「貴様も色々あったわけか」

 

 

「ははは……でもまさかゲーム嫌いのあいつがVRMMOをやってるなんて、俺も驚いたよ」

 

 

「この後は、どうするつもりだ?」

 

 

「話は着けるつもりだ」

 

 

「そうか」

 

 

そうして彼は立ち上がり、リーファに指定したというテラスへと向かって飛び立った。

 

 

 

 

「……さて、私も動くとしよう」

 

 

キリトの姿が見えなくなったところで私は立ち上がり、彼とは逆に街の方へと足を運んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺はリーファ……スグと話をつけて、今はどこかへ飛んでいってしまったお互いの剣を探しているところだ。

 

 

「そういえばさ、お兄ちゃん。戻ってきたらペルソナさん居なかったけど、どうしたの?」

 

 

「え?彼が居なかったのか?」

 

 

「うん。何故かレコンはいたけど」

 

 

「そうか……」

 

 

–––彼はときどき何を考えてるか分からない事があるが、急に居なくなるなんて何かあったのか?

 

 

 

 

 

 

その後、やっとの思いで剣を見つけた俺たちは、急いで世界樹の根元まで戻ると、そこにはスグの友達のレコンと、ペルソナの姿があった。

 

 

「話はついたようだな」

 

 

ペルソナは、俺たちを一瞥してそう言った。

 

 

俺たちは迷惑を掛けた事を謝り、ユイを呼び出して情報を整理してもらう。

 

 

–––このとき、プライベートピクシーを初めて見るレコンが興奮気味だったのに少し引いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()の戦闘でユイちゃんが整理した情報から、あのガーディアンはステータスが高いわけではないが、湧出パターンが異常である事がわかった。

 

 

だが、まあ……

 

 

「異常なのはこちらも同じだ」

 

 

「はい。パパとペルソナさんの異常なスキル熟練度であれば、瞬間的な突破力だけなら可能性があるかもしれません」

 

 

ユイちゃんの言葉にキリトは考え込んだかと思えば、彼はすぐに真剣な表情で私たちを見た。

 

 

「みんなすまない。もう一度だけ、俺のわがままに付き合ってくれないか。なんだか、時間がない気がするんだ」

 

 

そのキリトの呼びかけに対し、リーファがいの一番に答える。

 

 

「あたしにできることなら何でもする。それと、コイツもね」

 

 

彼女はそう言いながら隣に立つレコンを膝で突付いた。

 

 

突付かれたレコンは困った顔をしながら情けない声を出すが、すぐに「リーファちゃんと僕は一心同体だし……」っとおかしな事を呟き、頭に拳骨を喰らっていた。

 

 

 

「頑張ってみよっ」

 

 

リーファが手を出すと、その上にレコンが手を置いた。その意図を察した私は更にその上に手を添える。

 

 

そしてその上にキリトが手を置き、最後にユイちゃんがちょこんと乗った。

 

 

「ガーディアンは俺とペルソナで引き受ける。後方からヒールし続けるだけなら襲われる心配はない筈だ……行くぞ‼︎」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

再びグランドクエストへ挑戦する俺たち。

 

 

予定通り、俺とペルソナがガーディアンの相手をしながら天蓋に向かって上昇を続ける。

 

 

だが、あまりにも数が多すぎる。二人で相手をするには桁違いの敵の数に、流石のペルソナもダメージを受けていた。

 

 

リーファとレコンは、俺たちのHPが減っているのを確認して、間髪入れずに発動させた治癒魔法でHPを回復させていく。

 

 

しかしそれと同時に、最も低空を飛行していたガーディアンの一群が二人に狙いを定める。

 

 

「な、なんで……⁉︎」

 

 

「恐らくそこら辺のモブとは違うアルゴリズムを与えているのだろ。初めからクリアさせる気のないクエストだからなっ!」

 

 

俺の疑問に答えながら、ペルソナは二人の方へ向かったガーディアンに向けて槍を投げ、その槍は三体のガーディアンを貫いた。

 

 

「さすが」

 

 

「今は目の前に集中しろ。来るぞ!」

 

 

天蓋への道を阻むべく、何度も壁の白く光る窓から現れるガーディアン。

 

 

 

そんな中、ヒール係を担当させていたレコンがガーディアンの群れ目掛けて突入した。

 

 

彼はガーディアン達を風の魔法でガーディアン達を斬り裂いていきながら、自分に注目を集めていく。

 

 

「レコン、もういいよ!外に逃げて!」

 

 

リーファの静止も気に留めず、レコンは新たに何かの魔法のスペルを唱え始める。

 

 

同時に彼の体の周りに大量の魔法陣が出現する。その魔法陣は回転しながらみるみる巨大化し、全方位から押し寄せるガーディアンの群れを包み込んでいく。

 

 

その直後、恐ろしい閃光が魔法陣から放たれ、同時に激しい爆音がドーム全体に轟いた。

 

 

 

 

そして爆発の余光が残るその場所には、もう(レコン)の姿はなく、代わりに小さな緑色のリメインライトが漂っていた。

 

 

–––ナイスガッツ……。

 

 

彼の捨て身の行動を賞賛し、彼が捨て身の戦法で開けた大穴に、俺は勢いよく飛び込んだ。

 

 

「うおぉぉぉぉぉぉ‼︎」

 

 

破竹の勢いで飛翔する俺の行く手を、ガーディアン達はその分厚い肉の壁で阻む。

 

 

俺はあまりの数に圧倒され、ガーディアンの持つ無数の刃に押し返されてしまう。

 

 

 

更に、奥に控えているガーディアンが俺たちに向けて弓を引いている。

 

 

–––ここまでか……ッ!

 

 

俺は奴らが放つ無数の矢に貫かれるのを予期し、思わず眼を閉じた。

 

 

 

 

 

その時だ。

 

 

「ノーム隊、防御‼︎」

 

 

どこかで聞き覚えのある女性の声が背後から聞こえたかと思えば、俺の目の前にびっしりと広がった巨大な盾が、降り注ぐ光の矢を防いでいた。

 

 

 

 

「来たか」

 

 

そう呟くのは、いつの間にか隣にいたペルソナだった。

 

 

「これは?」

 

 

「念のため協力を要請していた。まあ、かなりの出費だったが……」

 

 

やれやれと後ろ髪をかく彼。リーファがログインした時に彼がいなかったのはこの為か。

 

 

「サラマンダーはガーディアンの排除、ウンディーネは回復急いで!」

 

 

また背後で聞こえた女性の声。声の方を振り返った俺は、その衝撃の人物に驚きの声を上げる。

 

 

「サチ⁉︎」

 

 

なんとこの大部隊のリーダーは、あの《月夜の黒猫団》にいたサチだった。

 

 

彼女の周囲には、ケイタやテツオなどの他の黒猫団のメンバーもいた。

 

 

「久しぶり、キリト」

 

 

「サチ、驚いたよ……君達がまだVRMMOをやっていたなんて」

 

 

「ペルソナさんがくれた資金のお陰で、何とか全員分の装備を整える事が出来たの」

 

 

「それに俺たちだけじゃないんだぜ!」

 

 

サチの言葉に便乗するように言ったテツオが、世界樹の入口を指差す。その先の世界樹の入口からは、シルフとドラゴンに乗ったケットシーのプレイヤー達が次々と姿を表す。

 

 

「すまない、遅くなった」

 

 

「ごめんネー、レプラコーンの鍛治匠合(かじしょうごう)を総動員して、人数分の装備と竜鎧(りゅうがい)を揃えるのに時間が掛かっちゃったんだヨ〜」

 

 

領主のサクヤさんとアリシャさんが大部隊……それも両種族かなりの大軍を率いてやって来てくれた。

 

 

「キリト」

 

 

あまりの光景に圧倒されている俺の肩を、ケイタがポンっと叩く。

 

 

ケイタと、その後ろでホバリングしている黒猫団の皆が、俺を見つめていた。

 

 

「なんで……」

 

 

俺は27層の一件後、《ビーター》である事を彼らに明かして《月夜の黒猫団》から脱退。一人、逃げるように最前線へと舞い戻った。

 

 

その時から俺は恐れていた。彼らに軽蔑されているかもしれない。本当の事を話さず、自分たちを危険に追いやった俺を恨んでいるのかもしれないと。

 

 

 

だが彼らは今、俺に手を差し伸べてくれている。力を貸してくれている。何故、俺を恨んでいないのか。そんな俺の疑問に答えてくれたのはケイタだった。

 

 

「俺たちは仲間だろ?仲間は助け合って当然だ。それにまだ二人には、助けてもらった礼、してないからな!」

 

 

ケイタはそう言ってガーディアンの大軍に突っ込んでいき、他の皆も続くように飛翔していった。

 

 

俺とサチがその場に残る。

 

 

「キリト……」

 

 

サチはまだ俺を見つめている。

 

 

「行こうキリト!アスナさんを助けるんでしょ」

 

 

サチの目は、初めて会った頃とは違い、彼女の覚悟をその目から感じた。

 

 

–––拒絶されていると思っていた。

 

 

でも違ったんだ。彼らはずっと俺を仲間だと思って信じてくれていたんだ。

 

 

俺はいつの間にか流れていた涙を拭う。

 

 

「ああ……行こう‼︎」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこから先は、まさしく激戦と言ったところだろう。

 

 

「ファイアブレス、撃てーーッ‼︎」

 

 

「フェンリルストリーム、放てッ‼︎」

 

 

飛竜の口から放たれる炎と、シルフ部隊が突き出した剣から放たれる雷光が守護騎士たちを蹂躙する。

 

 

領主の二人も自ら先陣を切って戦う。

 

 

 

その中でも黒の剣士と紫の青年は類を見ない活躍を見せていた。

 

 

目にも止まらぬ速さで、次々と騎士たちを切り落としていく。

 

 

そんな二人に続くように……否、その場に集結した全ての者が、一つのエネルギーとなり、守護騎士の壁を突き進んでいく。

 

 

そんな中、彼らは騎士たちの壁の向こうに、ゴールである事ドーム状の天頂を視認した。

 

 

その瞬間、二人の剣士は閃光となり、騎士たちの間隙(かんげき)に突進する。

 

 

「キリト君‼︎」

 

 

リーファが自身の長刀をキリト目掛けて投げる。

 

 

回転しながら向かってきた長刀の柄を、キリトは流れるように掴み取った。

 

 

負けじとあなたも懐から刀を抜刀し、重ねた二本の剣で眼前に広がる騎士たちを蹴散らしていく。

 

 

「「うおおおおおおおおおお‼︎」」

 

 

ドーム全体を震わせるような咆哮を放ち、ついに二人は守護騎士の分厚い肉壁を突破した。

 

 

 

 

 

 

 

 

–––何故だ。

 

 

私とキリトが着いたにも関わらず、ゲートは全く開く気配がない。

 

 

到着したのはほぼ同時だ。世界樹は他種族と協力しても、最初に辿り着いた者の種族のみが成功した事になる。キリトを先行させたから、私よりコンマ1秒速くキリトがクエストを成功した事になってる筈だ。

 

 

「開かない⁉︎」

 

 

だが、キリトがゲートの向こうに誘われる様子も、彼の視界にクエスト成功のメッセージが浮かんでいる様子もない。

 

 

「ユイ、どういうことだ⁉︎」

 

 

混乱するキリトはユイちゃんを問いかける。

 

 

キリトの胸ポケットから飛び出したユイちゃんは、両手でゲートを塞ぐ石版に触れる。

 

 

そしてすぐに振り向き、

 

 

「パパ、この扉は、クエストフラグによってロックされているのではありません!システム管理者権限によるものです」

 

 

と早口で言った。

 

 

「つまり、私たちがこの扉を開けるのは不可能…という事か」

 

 

「……はい」

 

 

「なっ……」

 

 

 

あまりにも予想外な展開にキリトは絶句する。

 

 

私も流石にこの展開は……

 

 

–––いや、ここまでは想像できた。

 

 

逆に疑問だった。もし仮にプレイヤーがあの守護騎士の壁を突破した場合はどうなるのか。

 

 

–––これは、やはり何かを隠しているな。

 

 

これで、この先に世間に知られたくない「何か」がある事が確実なものとなった。

 

 

しかしどうしたものか。

 

 

ゲートは開かない。更に周囲のステンドグラスから騎士たちが出現し、押し寄せて来ている。

 

 

その時、思い出したかのようにキリトが胸ポケットから一枚のカードを取り出した。

 

 

「ユイ、これを使え!」

 

 

ユイちゃんがカードに触れると、カードの情報が光の筋となって彼女の体へと流れ込む。

 

 

「コードを転写します!」

 

 

ユイちゃんはそう叫ぶと同時にゲートに触れる。

 

 

彼女が触れた場所からゲートにラインが走り、直後、ゲートそのものが光り始め、ゆっくりと開いていく。

 

 

「転送されます‼︎パパ、ペルソナさん、手を‼︎」

 

 

言われるがまま手を貸すと、たちまち、私の体は眩い光に包み込まれていく。

 

 

すぐそこに守護騎士が近づいてきている。奇声を上げながらその凶刃が振り下ろされる直前、私の体は完全に光に溶け、データの奔流となり引っ張られるようにゲートの中へと突入した。

 

 

 

 

 

 

 



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第26話 世界樹の真実

遂に世界樹を突破したペルソナ一行。


しかし彼らには大きな試練が待ち受けていた。


ゲートへ突入する際、あまりに強い光に視界が完全にホワイトアウトし、今は意識があるかも分からない。

 

「––––––。」

 

そんな中、一瞬だがハッキリと声が聞こえた。

 

言葉にならないほど悲痛で、弱々しい小さな声だったが聞き間違いではない。

 

 

–––何処だ。何処にいる。

 

 

「–––––ん」

 

 

私が問うと、また声が聞こてきた。だが最初に聞こえたのものとは違う。

 

 

「–––さん、–––ソナさん。ペルソナさん!」

 

 

その声の主は何度も私の名を呼んでいる。

 

聞き覚えのある声に目を開けると、先程までピクシー姿とは違い、SAO時代のワンピース姿のユイちゃんと、キリトがそこにいた。

 

どうやら、二度目の声の主はユイちゃんのようだ。

 

 

「目を覚ましてくれて安心したよ」

 

 

「……ここは何処だ」

 

 

「たぶん世界樹の上……だと思う」

 

 

キリトはそう言うが、辺りを見渡してもそこに広がっているのは眩いほど真っ白な通路だった。

 

 

ALOのイメージに反したその通路は、誰が見ても違和感を感じるような作りで、世界樹の上に広がっているという空中都市とは到底思えない。

 

 

「ユイ、アスナの場所はわかるか?」

 

 

「はい、かなり–––––かなり近いです。こっちです!」

 

 

白いワンピースを揺らし、素足で駆け出していくユイちゃん。

 

「––––––。」

 

そんな彼女を追おうとしたその時、再び聞こえたあの声に私は脚を止めた。

 

 

「ペルソナ?」

 

 

「すまないが別行動を取らせてもらう」

 

 

「なっ⁉︎急にどうしたんだよ」

 

 

「すまない説明している暇はなさそうだ。貴様は予定通りアスナの救出に向かえ」

 

 

自分でも何故そのような事を言うのか良く分からなかった。だが、意思でどうにか出来るようなものではない何かが、私を突き動かしていた。

 

 

「分かった。じゃあ、このカードを持って行ってくれ。きっと役に立つ筈だ」

 

 

「すまない。必ずアスナを救え」

 

 

「ああ、そっちも気をつけてな」

 

 

キリトからカードを受け取り、彼らとは反対方向へと走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キリト達と分かれて数分が経過した––––

 

 

いくら走っても見えてくるのは白い通路。

 

キリトはもうアスナの元へ辿り着いただろうか。そんな事を考えながらも私は足を動かす。そして、

 

 

「実験体格納室–––」

 

 

その(いびつ)な部屋の前で足が止まった。

 

部屋の奥から溢れ出る言葉では言い表せない不快な感覚に襲われたが、意を決して部屋の扉を開く。

 

 

「––––––っ」

 

 

扉の先に広がる光景に思わず息を呑んだ。

 

部屋の中には無数の柱型のオブジェクトが均等に配置されており、それには人間の脳が映し出されていたのだ。

 

 

「–––––けて。たすけて……!」

 

 

映し出されている脳のホログラム、そこから私を導いたあの声が聞こえてきた。それも今度は言葉も鮮明に、そして一つではない。

 

 

「苦しい……やめてくれ、許して」

 

「来るな、くるなぁぁァァァ‼︎」

 

「イヤァァァァァァ‼︎」

 

「あ…ぁ…」

 

 

 

恐怖と苦しみ、絶望と言った負の感情がひしひしと伝わってくる。

 

まるでSAOがデスゲームとしてリスタートした時と同じ阿鼻叫喚の嵐を再び体感しているようだ。

 

 

「これはまさか、SAOの……!」

 

 

その瞬間、背中に悪寒が走った。だが時すでに遅く、気づいた時には触手ようなものに足を絡め取られていた。

 

 

 

「また誰か来てるよ。お前ちゃんとセキュリティ強化したの?」

 

 

「おかしいなぁ。確かに強化したのに……あれ?」

 

 

そんな会話を交わすのはピンク色のナメクジ。

 

その片方が触覚のような目を伸ばし、私の体をマジマジと観察し始めた。

 

 

「君、もしかしなくてもプレイヤー?」

 

 

「まさかそんな筈……確かにプレイヤーだな」

 

 

「………」

 

 

–––こいつら、確かに「プレイヤー」と言ったな。

 

 

「貴様ら何者だ。NPCではないな」

 

 

 

 

「その台詞、どちらかと言ったらこっちの何だけど……、まあ教えてもいいか。僕たちはここの管理者。あ、でもGMではないよ」

 

 

「おい、あんまりペラペラ喋るなよ」

 

 

「大丈夫、どうせ何も出来やしないさ。そうだろ?」

 

 

「………」

 

 

「それに何か変な事をしようとしたら、ここにいる奴等と同じ目に合わせれば良いだけさ」

 

 

「–––どういう意味だ」

 

 

私は威圧気味に管理者の一人に問いかけた。

 

 

「君も『SAO事件』は知っているよね?かの天才《茅場晶彦》によって引き起こされたデスゲーム。有名なテロ事件さ」

 

 

–––まあ、私もプレイヤーの一人だったからな。

 

 

「そのゲームはもう二ヶ月も前にクリアされている。そしてそのプレイヤー達はゲームクリアと同時に意識を取り戻した。一部を除いてね(・・・・・・・)

 

 

「まだ意識を取り戻していない一部のプレイヤーがいる。じゃあ、その一部はどうなっているのか……ここまで話せば分かるよね?ここにあるのは……」

 

 

 

「SAO未帰還者の意識データ……」

 

 

「そういう事。そしてここで僕たちはそのSAO未帰還者たちの頭を弄って色々な実験をしてるんだ。“ある計画”の為にね」

 

 

「“ある計画”……何だそれは?」

 

 

「おっと流石にそれ以上は教えられないな」

 

 

–––そこまで口が軽くはないか……。

 

 

だが、重要機密を次々と暴露したナメクジ(自称管理者)、ここまで語り尽くしても余裕なのは、自分たちが起訴される事は無いという絶対の自信からか。

 

 

「これは非人道的な人体実験だ。許される訳がない」

 

 

「誰が僕たちを許さないんだい?SAO未帰還者(かれら)かい?それとも君かい?でもそれは不可能だ。今の彼らに意識はない、君をログアウトさせるつもりもない。それに例え君が訴えても証拠が無いんじゃどうにもならないだろう?」

 

 

「貴様らこそSAO事件を知っているなら、総務省に出来た《仮想課》は知ってるだろ?私はそこの役人と繋がっている。私の身に何か有れば、その役人が全力で貴様らの尻尾を掴みに動くぞ」

 

 

私は少し脅すつもりで言った。

 

 

「無駄さ。仮に僕らのことに気づいても、その時にはもう僕たちを逮捕する事は出来ない筈だからね」

 

 

だが、管理者たちは全く動じなかった。

 

奴らの言っている事の意味は良く分からなかったが、恐らくそれも“計画”という物が関係しているのだろう。

 

 

「なあ、そろそろやっちゃまうよ」

 

 

「そうだな、ちょっと喋り過ぎたし……」

 

 

奴らはウィンドウを操作した直後、

 

 

「–––ぐっ⁉︎」

 

 

重力が何倍にも上がったかのような負荷が掛かり、私は地面に押さえつけられる。

 

 

「どうかな?今度のアプデで実装する《重力魔法》なんだけど、ちょっと強すぎるみたいだね」

 

 

 

ナメクジ達はうつ伏せの状態になっている私を無理矢理吊り上げ、大剣を奪い取ると、胸を一息に貫いた。

 

 

「ガハッー」

 

 

今までダメージを受けていていた時に感じた妙な不快感とは違う。実際に胸を貫かれた痛み。

 

その痛みに思わず口から血が吐きでたと錯覚し、その場にうずくまった。

 

 

「あれ?ペインアブソーバーのレベルが下がってる。須郷さん、もしかして籠の中の小鳥ちゃんとお楽しみ中かな?」

 

 

「籠…小鳥……?」

 

 

「須郷さんのお気に入りでね、茶色の髪と眼の綺麗な女の子なんだよ」

 

 

–––アスナだ。

 

私はすぐにそう確信した。

 

 

やはりアスナの意識を仮想世界に縛り付けていたのは須郷だった。

 

 

その須郷は今、籠?と呼ばれる場所にいるのならキリトと対峙している筈だ。状況が更に悪化した。

 

 

 

–––不味い、意識が……

 

 

『諦めるのか?』

 

 

謎の声が聞こえた。

 

 

–––誰だ……。

 

 

『君は彼と同じ。私にシステムを上回る人間の意思を可能性を知らしめた。この程度、君が経験した苦悩に比べれば、大した事は無いはずだ』

 

 

–––ああ、そうだ……まだ、やれる。

 

 

私は倍の重力下で鉛のように重い体を無理矢理起こす。そして胸に突き刺さる剣に手を掛け、力任せにそれを引き抜いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっそ、あの状態で動けないでしょ普通」

 

 

管理者たちはあなたの行動に驚愕する。

 

 

強力な《重力魔法》を受けてもなお、立ち上がるあなたの行動は奇行と言っても仕方ないかもしれない。

 

 

 

あなたは素早くコートの中から小型ナイフを取り出し、管理者の二人に向かって投げつけ、眼を潰す。

 

 

二人は両目にナイフが刺さった瞬間、声にもならない悲鳴を上げながら悶え苦しんだ。

 

 

先程よりもペインアブソーバーのレベルが下がっているのか、二人はそのまま体を痙攣させて倒れ込み、不幸にも失神寸前まのところで意識を保っていた。

 

 

 

 

気絶していた方が、どれだけ幸せだっただろう。

 

 

《重力魔法》の効果が切れ、体の自由を完全に取り戻したあなたは彼らの近くへと歩み寄る。剣先を地面に擦りつけて甲高い金属音を立てながらゆっくりと近づいていく。

 

 

彼らはただ恐怖するしかなかった。近づいてくるあなたの音が聞こえなくなった瞬間、強烈な痛みが彼らを襲った。体のどこか分からない部分が次々と斬られていく痛みと、恐怖で精神状態が不安定だった。しかし、何故かアミュスフィアの緊急ログアウト機能は働かなかない。

 

 

 

広い部屋の中は、振り下ろされる剣が地面を叩く金属音と管理者たちの汚い悲鳴が響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 

管理者たちはしばらく痙攣していたが、すぐに緊急ログアウト機能が作動し、この世界から消えた。

 

 

奴等を打ちのめした時、不思議と何も感じなかった。

 

 

虚無……それが心をそして体を支配していた。

 

 

 

 

 

 

「……いつまで傍観しているつもりだ」

 

 

『気付いていたのか。流石だな』

 

 

先程と同じ聞こえた声がしたかと思うと、同時に周りが暗闇に包まれていく。

 

 

そして振り返った視線の先に、白衣を着た懐かしい男の姿があった。

 

 

『久しいなペルソナ君』

 

 

「やはり貴様か…茅場晶彦。見届けるだけじゃなかったのか?話が違うぞ」

 

 

『私もそうしたかったんだけどね。これは私…茅場晶彦の見せ場でもあるし、今キリト君が倒されるのは困るからね。干渉せざるを得なかったのさ』

 

 

「また物語か」

 

 

『本当は君にもGM権限を貸すつもりだったのだが。まさか少し鼓舞しただけで二人を打ち負かすのだから、まあ驚かされたものだよ』

 

 

口に手を当てて苦笑する茅場は「まあ彼らのアミュスフィアに少し細工をさせてもらったんだけど」と、何かとんでもない事を口走っている。

 

 

『それはそうと君に渡したいものがある』

 

 

すると、遥か遠い闇の向こう側から、輝く何かがゆっくりと降下してくる。私は反射的に手を伸ばすと、それは小さなサイズのデータの塊となって手の中に収まった。

 

 

「なんだこれは」

 

 

『それは言わば《苗床》だ。《あの世界》で人々が見て感じたものの記録、エネミーなどのデータがその中に詰まっている。キリト君には《種子》を渡しておいた。苗床(それ)が無くとも種子だけで充分な効力がある。使えばどのようなものか解るが、その後の判断は君たちに託そう』

 

 

「私がこれを破棄すると言ったら?」

 

 

『それもまた一つの道だ。しかし、もし君が、あの世界に憎しみ以外の感情を残しているのなら……』

 

 

茅場の声はそこで途切れ、しばらくの間沈黙する。

 

 

『–––では、私は行くよ。また会おう、ペルソナ君』

 

 

 

 

 

 

気がつくと部屋は元の状態に戻っており、茅場の気配も既に消えていた。

 

 

–––出来ることなら二度と会いたくないな。

 

 

 

 

私はコンソールらしき立方体に、キリトから受け取ったカードを差し込む。すると多くのウインドウとキーボードがコンソールの前に浮かび上がった。

 

 

一つ一つのデータを確認しながらコピー。そしてコピーしたデータを総務省へ匿名で送信。これで菊岡の方もすぐに動けるだろう。

 

 

その後、SAOプレイヤー達を一斉にログアウトさせた。明日の朝には残りのSAOプレイヤー達が意識を取り戻すはずだ。

 

 

 

 

やり残した事がないかを入念に確認した後、私は手慣れた動作でログアウトした。

 

 

 

 

 

 

 




次回、《フェアリィ・ダンス編》完結。


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第27話 広がる世界

ふと振り返ってみると、フェアリィ・ダンス編から全体的に文字数が多くなっていってました。


アインクラッド編が少し駆け足気味にやってたので、文字数が少なかったってのもあるからでしょうね。


そんなこんなで、フェアリィ・ダンス編完結です。



時が流れ、季節は巡り、秋から冬、冬から春へと移り変わろうとする今日この頃。

 

 

私はふと大学の窓から晴天の青空を眺めていた。

 

 

 

 

 

 

世界樹の上で行われていたことは、私を含めごく一部の者しか知らない。

 

 

あの後、総務省に匿名で送られてきたというデータから須郷の悪事は暴かれ、キリトが病院でナイフを持った須郷に襲われたと通報したことが決め手となり、須郷は逮捕され、実験に関与していたとされる奴の部下も同様に逮捕された。

 

 

菊岡から聞いた話によると、目を覚ました300人のSAOプレイヤー達は実験の事を何も覚えていないそうだ。

 

 

–––彼らにとってはそちらの方が幸せだろう。

 

 

それに今回の件は私も他のSAO生還者サバイバーにも決して他人事ではない。菊岡から聞いた話では、実験台となった300人のプレイヤー達(アスナ以外)は全員ランダムに選ばらたらしい。もしかすると私も……やめておこう。想像しただけで気分を害する。

 

 

 

《ブーーー》

 

 

と、ポケットに入れていたスマホが揺れた。キリト…和人からのメッセージだ。

 

 

 

–––ああ、そういえば今日だったな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後、Dicey Cafe(ダイシー・カフェ)の前で和人と明日奈、そして和人の妹の直葉と会った。

 

 

「よっ」

 

 

「「こんにちは」」

 

 

和人の軽い挨拶とは違い、女性陣は礼儀正しくお辞儀した。私も適当に返しておく。

 

 

–––それにしても……

 

 

「貴様ら本当によく似ているな」

 

 

「そうか?」

 

 

「ああ、一瞬キリトが女に見えた」

 

 

「ぶっ!」

 

 

「やっぱりそう思います?お兄ちゃん、あたしと外に出ると姉妹って良く間違われるんですよ」

 

 

後ろで明日奈が口に手を当てて必死に笑うのを我慢していたが、直葉の話を聞いて吹き出してしまった。

 

 

その様子を見ながら和人はやつれた顔をしていた。ふむ、女顔の話は他の連中には黙っておこう。

 

 

 

 

しばらくして、ようやく明日奈の笑いがおさまった所で和人が満を持してドアを開けた。

 

 

驚くべき事に、店内には他の参加者が集まっており、手に飲み物が入ったグラスを持って盛り上がっていた。

 

 

「–––おいおい、俺たち遅刻はしてないぞ」

 

 

呆気に取られながらも和人がそう言うと、皆を代表する様にリズベットこと篠崎里香が進み出てきた。

 

 

「主役は最後に登場するものですからね。あんた達にはちょっと遅い時間を伝えてたのよん。さ、入った入った!」

 

 

彼女とはSAOではあまり面識がない。そもそも壊れない武器という物を持っていた私には、鍛冶屋は必要なかったのだから知るよしもないのだが。

 

 

 

彼女は和人の手を引っ張り、店の奥にある小さなステージの上に立たせると、スポットライトが和人を照らす。

 

 

「それでは皆さん、ご唱和ください。せーのぉ!」

 

 

『キリト、SAOクリア、おめでとー‼︎』

 

 

唱和と同時に『Congratulations!』と書かれた白い幕が和人の頭上から落ちてきて、追い討ちの様にクラッカーが盛大になり響き、多くの拍手が彼に送られる。

 

 

私は取り敢えず、いつの間にか渡されていたグラスを上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

多くの者が笑い合い、思い出話に花を咲かせている中、彼女…桐ヶ谷直葉は店の隅でその様子を見つめていた。

 

 

「詰まらないだろ。知らない者の集まりは」

 

 

突然声をかけられ直葉はピクッとした。そして声がした方を向くと、そこには彼…ペルソナがいた。

 

 

「……いえ、あたしが勝手についてきただけですし、それに皆さん仲良さそうでなんだか入りづらくて」

 

 

「皆、こうして会うのも久しぶりだからな。羽目も外したくなるのだろう」

 

 

彼はそう言いながら、直葉の相席に座る。そして彼女の目を一瞥(いちべつ)した後、そっと一言呟いた。

 

 

「キリトの事か」

 

 

「えっ?」

 

 

「キリトの事を考えてただろ」

 

 

「……凄いですね、なんで分かったんですか?」

 

 

「昔から観察力は良い方でな。何か悩みでもあるなら言ってみろ。聞くことぐらいならできる」

 

 

その言葉に直葉は少し口をつぐんだが、彼の奥に見える和人の姿を見て、寂しそうに語り始めた。

 

 

「悩みとかじゃないんですけど……あたし、あんな楽しそうなお兄ちゃん見るの初めてで……あたし達、本当は血が繋がっていないって事、ペルソナさんには話しましたっけ?」

 

 

「………いや、初耳だ」

 

 

彼はすでに和人から聞いている為知ってはいたが、敢えて知らないふりをした。

 

 

「あたしもお兄ちゃんがSAOに閉じ込められてから初めて知ったんですけど、お兄ちゃん、お母さんのお姉さんの子供だったんです。お兄ちゃん小さい頃にその事を知って、ちょうどその頃から少し距離を置かれてる気がしたんです」

 

 

「………」

 

 

「お母さんはその事は関係ないって言ってくれて、お兄ちゃんも戻ってきてから昔と変わらずに接してくれたんですけど……でも今のお兄ちゃんを見てると、近くにいるはずなのに何処か遠く感じて……お兄ちゃんのいる場所にあたしが居て良いのかなって思っちゃったんです……」

 

 

「そうか……」

 

 

「すみません。暗い話しちゃいましたよね」

 

 

「………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……私は、君にも一緒に居て欲しいがな」

 

 

「ふえっ⁉︎」

 

 

意味深な言葉に直葉は驚きの声を上げた。他の者たちが騒いでいたお陰で、幸いにもその声が第三者の耳に入る事はなかった。

 

 

「キリトならそう言う」

 

 

「あ、ああ……なるほど」

 

 

「それにあまり気にしない方が良いと思うぞ。私はSAO以前の《桐ヶ谷和人》は知らないが、今のあいつは知っている。君の知るあいつとは、かなり変わったかもしれないが、あいつの本質は何も変わっていない筈だ」

 

 

彼は一息にそう言うと、ぐいっと水を飲み干す。

 

 

「もしそれでも不安があるというのなら、本人とも直接話してみると良い。期待通りのものでなくとも、良い答えを見つけることが出来るだろう」

 

 

 

 

「……最後に一つ、後悔するような選択はするな」

 

 

そう彼は言い残し、その場を立ち去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世界の種子……私とキリトは話し合った結果、私が渡された《苗床》を土台として芽吹き、瞬く間へと世界中に拡散した。

 

 

《ザ・シード》と呼ばれるそれは『環境さえ整っていれば、アイディア一つで誰もが簡単に新たなVRMMOを創造出来る』という言わば夢のプログラムであり、《苗床》はモンスターやアイテムなどに関するサンプルプログラムが入っていた。

 

 

更にザ・シード上で創造されたゲームは他のMMOと繋がり、キャラクターデータの移行…『コンバート』を可能とした。

これによりVRMMOというジャンルはこれまで以上に大きな発展を遂げていくだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世界樹上部《イグドラシル・シティ》–––––

 

 

 

夜空を見上げる私の視線の先に、息を合わせて美しく踊る黒と緑の妖精の姿が見えた。

 

 

遠くて良く見えなかったが、私はすぐにキリトとリーファだと気付いた。

 

 

分厚い雲海が流れてきてすぐ二人の姿は見えなくなったが、数分間、私はその優雅な踊りに魅了されていた。妖精の踊り(フェアリィ・ダンス)とはよく言ったものだ。

 

 

 

 

「『後悔するような選択はするな』……か」

 

 

私はほんの数時間前に彼女に言ったその言葉をそっと呟いた。

 

 

「ふっ、私が言えた立場か……」

 

 

 

 

 

 

後悔し続けてきた。

 

 

絶望して後悔してその果てで今の私がある。

 

 

だが、それを否定するつもりはない。

 

 

そのお陰で私は今、新たな仲間と出会えた。

 

 

 

–––だから今は……。

 

 

 

その時、鐘の音と共に巨大な影が月光を遮った。

 

 

 

上を見上げると円錐状の巨大な浮遊城。

 

 

「《アインクラッド》」

 

 

アインクラッドが月の光よりも眩い輝きを放ち、同時に私の頭の上を妖精たちが通り過ぎていく。

 

 

 

「おーい、置いてくぞペルソナ!」

 

 

 

その妖精の中から声を掛けてくるクライン。

 

 

その後ろから続くエギル、リズベット、シリカ、そしてアスナとユイちゃん。SAO……いや、キリトを通じてできた新たな仲間たち。これからも私は彼らと在り続けるだろう。

 

 

 

「さて……と」

 

 

そっと背中に力を入れ、羽根を出現させる。

 

 

 

–––どう生きるかはこれから決める。

 

 

 

そしてまた「君」に会うことができたら……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それまでに、最高の土産話を用意しておこう」

 

 

 

私は地を蹴り、新たなアインクラッドへと向かって飛び立つ。

 

 

 

 

 

「さあ、まずはこの城の攻略からとしようか!」

 

 




次回の投稿はだいぶ遅くなると思います。


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ファントム・バレット編
第28話 銃の世界


お待たせしました。前回からだいぶ間が空いたので少し感覚が鈍っていますが、温かい目で見てもらえると嬉しいです。


ファントム・バレット編、始まります。



《ダン!ダダン‼︎》

 

 

廃れた施設の地下深く、静寂に支配された暗黒の空間に銃声が鳴り響く。

 

 

銃声とともに発射された銃弾は、目にも止まらぬ速度で一直線に目標へと命中した。

 

 

《キシャァアアア‼︎》

 

 

被弾した目標もとい巨大な蟲型のボスモンスターの咆哮で、地下全体が大きく揺れる。

 

 

そして自身よりもずっと小さい標的に向かって、自慢の鎌を振り下ろした。

 

 

だが彼はワイヤーを発射し、まるで空中サーカスの様な身のこなしでボスの攻撃を避ける。

 

 

「……懐かしい気配がしたとは思ったが、まさか貴様と会うとはな《ダーク・ラグネ》!」

 

 

彼……ペルソナは対峙しているボスモンスターに向かってそう叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ダーク・ラグネ……私が元いた世界に存在した大型蟲系ダーカーの一種。

 

 

長く頑丈な脚と正面からの攻撃を弾く硬い装甲を持ち、大きく膨らんだ腹部は、どことなく蜘蛛の様に見えなくもない。

 

 

《ダン!ダン!》

 

 

私は再びニ発の弾丸を射出するも、奴の装甲には歯が立たず、弾かれてしまう。

 

 

前世の経験から奴の弱点は把握しているが、弱点のコアは頭部にある装甲の裏側だ。そう易々と回り込めるものではなく、仮に回り込めたとしても、その巨大に反した機敏な動きと高いジャンプで簡単に避けられてしまうだろう。

 

 

だからこそ、初めは脚を狙って体勢を崩すのがセオリーではあるのだが、どうもそれも難しそうだ。

 

 

《シングル・アクション・アーミー》それが私の使っている回転式拳銃の名前だ。

 

 

自動式拳銃とは異なりフルオート射撃が出来ず、装填数も6発のみ。またリロードにも時間がかかる為、どうしても奴の体勢を崩す前にこちらがやられかねない。

 

 

他の武器として“光学銃”があるのだが、こちらは長い射程と的確な射撃が可能だが、SAAの様な“実弾銃”に比べて威力が劣る。どの道、有効打とはならなそうだ。

 

 

–––あとは各種グレネードが3つずつか……。

 

 

一瞬でも隙ができれば、最大級の威力を誇る《プラズマグレネード》をコアの近くで爆破させれるのだが。

 

 

そう思った瞬間、複数の銃声が絶え間なく鳴り響いた。

 

 

 

「ヒャッハー‼︎」

 

 

 

何事かと思えば、反対側の崖の上から複数人が一斉にマシンガンを乱射していたのだ。本能的に石柱の裏に隠れて正解だったな。

 

 

「弾ある限り撃ちまくる‼︎」

 

 

「それが我ら《全日本マシンガンラヴァーズ》の生き様よ‼︎」

 

 

悪くない考えではある。

 

 

実際、背後からの不意打ちと連続射撃によってダーク・ラグネのHPはかなり減ってきている。

 

 

–––しかし、それだけだ。

 

 

彼等はダーク・ラグネの動きを知らない。

 

 

だからほら、大ジャンプで彼等のもとに飛んだダーク・ラグネのボディプレスで全員圧死した。

 

 

–––だがお陰で奴の気が逸れた。今が好機だ。

 

 

私は再び手首の装置からワイヤーを射出し、奴の足下に通常のグレネードを2つ投下。

 

 

ダーク・ラグネの体勢が崩れ、透かさずあらわになったにコア目掛けてけてプラズマグレネードを投げつける。

 

 

直後、目も眩むほど強烈な光と爆炎が発生し、コアが破壊されたダーク・ラグネは黒い瘴気を放ちながら消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

ダーク・ラグネが完全消滅したと同時にドロップ品がウィンドウとして私の前に表示された。

 

 

「! この世界でも私の元に来るのだな」

 

 

ドロップしたのは銃を主力とするGGOでは異色の光剣(フォトンソード)だった。だが、ただの光剣ではない。

 

 

通常の光剣は筒状の持ち手から1mほどのエネルギーの刃が伸長するものだが、これは実体を持つ武器の周囲に刃が浮かび上がるタイプの様だ。そして何より私はこの武器を知っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

手に入れた両剣をしまって施設を出た私は、GGOプレイヤーの拠点《SBCグロッケン》へと帰還すべく荒野フィールドを歩いていた。

 

 

「!」

 

 

殺気を感じ、飛んできた弾丸を避ける。

 

 

地面に着弾した弾丸は、轟音と共に周囲の砂を巻き上げた。

 

 

–––対物狙撃銃(アンチマテリアルライフル)か。

 

 

対物狙撃銃(アンチマテリアルライフル)”とは、サーバーに数丁しかないと言われる強力でレアな銃のことだ。

 

 

他のライフルよりも威力が高い分、その反動はかなりのものである為、使いこなすには相当なプレイヤースキルが必要となる。

 

 

着弾予測円(バレットサークル)”という命中率を上げる為の補助システムがあるとは言え、これほど正確な狙撃が出来る相手はかなりの手練れのようだ。

 

 

その時、先程弾丸飛んできたのと同じ方向から、相手がどこを狙っているのかを知らせる一筋の赤い線“弾道予測線(バレットライン)”が私の額を捉えた。

 

 

私はすぐに腰を低くし、全力で弾道予測線が伸びてきた方へ向かって走る。

 

 

相手の方もすぐに移動する私に狙いを再調整する。私はジグザグに動いて、狙いが定まらないようにしながら、腰のグレネードの一つに手を掛ける。

 

 

そして弾道予測線が再び私の額を捉えた瞬間、グレネードのピンを抜き、弾道予測線に沿うように投げた。

 

 

すぐに眩い閃光と強烈な炸裂音が周囲に響いた。

 

 

私が今投げたのは《スタングレネード》。敵にダメージを与える事はできないが、光と炸裂音で相手の視覚と聴覚を少しの間麻痺させる事ができる。

 

 

本来は付近の敵に投げるの方が効果的なのだが、相手はスナイパーである為、スコープ越しの閃光で目をやられた筈だ。

 

 

弾道予測線が離れた瞬間、私は敵スナイパーが潜伏しているであろう廃墟ビルの中へと入る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

–––やられた。

 

 

相手の思いがけない反撃に彼女はそう思った。

 

 

スタングレネードの効力が切れ、視力が回復すると再びスコープを覗き、狙っていた標的を探す。だが、どこにもその姿はない。

 

 

自分が目が眩んでいる遮蔽物に身を隠したか、それとも逃げ出したかと考えていると、不意に後ろの扉が勢いよく開いた。

 

 

素早く背後を振り返ると、そこには先程の相手が自分に銃口を向けているではないか。

 

 

–––早すぎる!

 

 

彼女がいるのは廃墟ビルの屋上、どうやったのかは分からないが彼がこの場所まで上がってくるには明らかに早すぎた。

 

 

彼女はすぐにサイドアームを引き抜こうとするも、彼が発射した弾丸に撃ち落とされ、さらに後ろの鉄骨に当たり跳ね返った跳弾が被弾し、動きが止まってしまう。

 

 

その隙に距離を詰めた彼に押し倒され、額に銃口を突きつけられた。

 

 

 

「……降参よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「女スナイパーとは驚いたな」

 

 

私は目の前の女性にそう言うが、よく考えればオラクルでもかなりの狙撃の腕を持つ人がいたことを思い出した。

 

 

「わたしも驚いたわ。まさか一瞬でここまで上がってくるなんて。……仮面を付けたシングル・アクション・アーミー使い。もしかして貴方が【仮面】(ペルソナ)?大規模スコードロンを一人で壊滅させたって噂の」

 

 

「ああ、そんなこともあったか」

 

 

まだGGOを始めたばかり頃だ。レアアイテム狙いのスコードロンを壊滅させた事が噂になっていたらしい。

 

 

私は何故かレアアイテムばかり手に入るからよく狙われてたな。本当いい迷惑だった。(遠い目)

 

 

 

「そんな事より、スナイパーが観測手も付けずに1人とはな。余程の自信家か、ただの命知らずか」

 

 

「貴方だけには言われたくないわ」

 

 

痛いところを突かれたが、こんな殺伐とした世界で信じられるのは自分だけだ。一度共闘した仲でも、フィールドで会えば敵同士。恐らく彼女も同じ考えの筈だ。

 

 

「しかし狙撃の腕は見事だった。いいセンスだ」

 

 

「皮肉にしか聞こえないけど、一応褒め言葉として受け取っておくわ」

 

 

–––仲間の存在を警戒したが、杞憂だったか。

 

 

私がトリガーに指をかけると、彼女は私の意を察したようにゆっくりと目を閉じた。

 

 

「あっ、ひとつ言い忘れてたわ」

 

 

と思ったら、彼女はすぐに目を開けた。

 

 

「なんだ」

 

 

「わたしの名前は《シノン》。次はわたしがアンタを倒す。覚えておきなさい!」

 

 

自信に満ちた目で私を見るシノン。

 

 

「良いだろう。だがそう簡単にやられるつもりはない。次も私が勝たせてもらう」

 

 

そう言って私は彼女の脳天を撃ち抜き、彼女の体はポリゴン片となって消滅した。

 

 

 

暫くして、私は再びグロッケンに向けて歩く。

 

 

 

 

 

 

 

 

GGO(ガンゲイル・オンライン)……銃と鋼鉄の世界で新たな物語が始まる事を、私はまだ知らない。

 

 




どうだったでしょうか?


久しぶりなのにオリジナルストーリーを書く無謀な事をしましたが、楽しんでいただけたのなら幸いです。


最後までご覧いただきありがとうございました。


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第29話 調査依頼

リアルに余裕できてきたので、投稿間隔が短くなると思います。



「いらっしゃいませ。お一人様でしょうか?」

 

 

私は頭を下げるウェイターに連れがいると答え、広い喫茶店を見渡した。

 

 

「おーいペルソナくん、こっちこっち!」

 

 

すぐに窓際の席から無遠慮な大声が聞こえた。

 

 

上品なクラシック音楽が流れる中、如何にも上級階級といったマダムたちは談笑を止め、窓際に座ってる男と私に非難めいた視線を集中させる。

 

 

–––全く、場違いな場所に呼び出してくれたな。

 

 

心の中で悪態をつきながら私はスーツを着た男の向かいに座る。同時にウェイターからお冷とお絞り、メニューが差し出された。

 

 

「あ、すまない。もう少しで私と同じくらいの歳の少年がやってくる筈だから、来たら案内してもらえないだろうか?注文はその時に行う」

 

 

「かしこまりました」

 

 

ウェイターはそう答えると自分の業務に戻った。

 

 

「しっかりしてるね君は」

 

 

「貴様のようにマナー知らずではないからな。現実であっちの名前は使うな」

 

 

「ハハハ、ごめんごめん」

 

 

きっと反省はしてないだろう。私はそう思いながらウェイターに渡されたメニューに目を落とす。

 

 

しばらくくして、不機嫌そうな顔をしながら和人がやってきた。

 

 

「ここは僕が持つから、何でも好きに頼んでよ」

 

 

「言われなくてもそのつもりだ」

 

 

彼は私の隣の席に腰を下ろす。そして私の見ていたメニューに目を通すと静かに息を呑んだ。

 

 

載っているメニューは4桁の値段のものがほとんどだ。驚くのも無理はない。

 

 

和人はすぐに平静を装って注文を行う。

 

 

「ええと……パルフェ・オ・ショコラ……と、フランボワズのミルフィーユ……に、ヘーゼルナッツ・カフェ」

 

 

和人はどうにか噛まずに注文を言い終えたが、そのぎこちなさから動揺を隠せていない。

 

 

「私は……モンブランとコーヒーを頂こう。それと、持ち帰り用にこのショートケーキとガトーショコラ、チーズケーキを」

 

 

「かしこまりました」

 

 

ウェイターは礼儀良く一礼し、滑らかに退場する。

 

 

「容赦ないな君は……」

 

 

「母がここのスイーツを食べてみたいと言っていてな、どうせ貴様の給料は私たちの血税なんだ。別に良いだろう」

 

 

苦笑いをする男に私はそう返した。

 

 

紹介が遅れたが、私たちの前に座って生クリームの乗った巨大プリンを頬張っているこの男は「菊岡誠二郎(きくおか せいじろう)」そう、以前話した総務省のSAO事件対策本部の役員だった男だ。

 

 

今ではその地続きで通信ネットワーク内仮想空間管理課、通称《仮想課》の所属らしい。

 

 

–––まあ平たく言えば国家公務員だな。

 

 

そんな菊岡は幸せそうにプリンの最後の一片を口に運んでいた。

 

 

「2人とも、ご足労願って悪かったね」

 

 

「そう思うなら銀座なんぞに呼び出すなよ」

 

 

「この店の生クリーム、絶品なんだよねえ。シュークリームも頼もうかな……」

 

 

お絞りで手を拭いながら追加注文すべきか否か悩む菊岡に、私はこれ見よがしなため息をつく。

 

 

「そろそろ本題に入れ。貴様の注文を待っていられるほど私は暇じゃない」

 

 

その時ウェイターが現れ、テーブルに注文した品々置き、注文が完了したことを確認すると、恐ろしい金額が記されているであろう伝票を置いて、歩行音を立てずに立ち去った。

 

 

「そうだね。じゃあ早速だけどこれを見てくれ」

 

 

菊岡は自身の隣の席に置いてある鞄から取り出したタブレットを操り、こちらに差し出した。

 

 

受け取ったタブレットの液晶画面には、少し痩せた男の顔写真と住所等のプロフィールが並んでいた。

 

 

「……誰だ?」

 

 

和人がそう尋ねる。無論、私も和人も知り合いにこんな男はいない。

 

 

「この男は茂村保(しげむら たもつ)、26歳。先月……11月14日、東京都中野区某アパートで掃除をしていた大家が異臭に気付き、死体を発見した。死後5日半だったらしい。部屋は散らかっていたが荒らされた様子はなく、遺体はベットに横になっていた。そして頭に……」

 

 

「「アミュスフィア……か」」

 

 

私と和人の声が重なる。

 

 

私たちにとって、切っても切れない縁のある機器……と言うより、今やアミュスフィアは国際的に有名なフルダイブ機器だろう。

 

 

良い意味でも、悪い意味でも……。

 

 

「その通り。すぐに家族に連絡が行き、変死ということで司法解剖が行われた。死因は急性心不全となっている」

 

 

「心不全……心臓が弱かったのか?」

 

 

私がそう問うと菊岡は首を横に振った。

 

 

「死亡してから時間が経ち過ぎていたこともあって精密な解剖は行われなかったが、特別心臓が弱かったという結果は出ていない。ただ、彼はほぼ2日に渡って何も食べずにログインしっぱなしだったらしい」

 

 

悲惨な話だが、現代ではよくある話だ。

 

 

廃人と呼ばれる者たちは仮想世界の食べ物で偽りの満腹感を得て、食費を浮かしてプレイ時間を増やす…という行為を良く行っているらしい。

 

 

当然だが、そんな生活を続けていれば体に悪影響を及ぼすのは火を見るより明らかで、一人暮らし故にそのまま……という事も珍しくはないのだ。

 

 

「こういう変死はニュースにならないし、家族もゲーム中に急死なんて隠そうとするので統計も取れないしね。ある意味ではこれもVRMMOによる死の侵食だが……」

 

 

「一般論を聞かせる為に呼んだわけじゃないんだろ?何があるんだ、そのケースに」

 

 

和人の問いに菊岡は端末を一瞥して答えた。

 

 

「彼のアミュスフィアにインストールされていたゲームは《ガンゲイル・オンライン》、知ってるかい?」

 

 

「……!」

 

 

「そりゃもちろん。日本で唯一プロがいるMMOゲームだからな。プレイしたことはないけど」

 

 

和人は普通に応えたが、私は菊岡が言ったゲームタイトルを聞いて驚いた。

 

 

何故ならガンゲイル・オンラインは今、私がプレイしているゲームの1つだからだ。

 

 

「彼はガンゲイル・オンライン……略称《GGO》ではトップに位置するプレイヤーだったらしい。10月に行われた最強者決定イベントで優勝したそうだ。キャラクター名は《ゼクシード》」

 

 

その名を聞いて私は再び驚いた。

 

 

ゼクシード……奴の話は聞いたことがある。前回の第2回バレット・オブ・バレッツ……通称《BoB》の優勝者。

 

 

ただその優勝には裏があるらしく、彼は以前はAGI(敏捷力)型最強と提唱しており、いざ大会となった途端、自分だけSTR(筋力)VIT(体力)型に切り替えたお陰で、AGI型の《闇風》というプレイヤーとの一騎打ちにおいて見事優勝を勝ち取ったという話があるのだ。

 

 

–––まさか死んでいたとは。

 

 

 

 

私が思考を巡らせている間も、和人たちは話を続けていた。

 

 

「彼は《MMOストリーム》というネット放送局の番組に、《ゼクシード》の再現アバターで出演中だったようだ」

 

 

「ああ……Mストの《今週の勝ち組さん》か。そういや、一度ゲストが落ちて番組中断したって話を聞いたような気もするな……」

 

 

「多分それだ。出演中に心臓発作を起こしたんだな。ログで秒に到るまで時間が判っている。で、ここからは未確認情報なんだが……ちょうど彼が発作を起こした時刻に、GGOの中で妙なことが有ったってブログに書いてるユーザーがいるんだ」

 

 

「「妙?」」

 

 

私も思考を放棄してその「妙なこと」とやらに疑問を持つ。

 

 

「GGO世界の首都、《SBCグロッケン》という街のとある酒場で、問題の時刻に1人のプレイヤーがおかなしな行動をしていたらしい。なんでも、テレビに映っているゼクシード氏の映像に向かって『裁きを受けろ』『死ね』等と叫んで銃を発射したということだ。それを見ていたプレイヤーの1人が偶然音声ログを取っていて、それを動画サイトにアップした。ファイルには日本標準時のカウンターも記録されていてね。テレビへの銃撃と茂村君が番組出演中に突如消滅したのがほぼ同時刻なんだ」

 

 

「……偶然だろう」

 

 

和人はそう言ったが、心のどこかではこの話が偶然では片付けられない何か因果関係があると考えているだろう。そして気を紛らわせるように目の前にあるショコラを食べた。

 

 

私も放置していたモンブランを食べた。口の中に広がる栗の味が思考を落ち着かせる。

 

 

「確かにそう思うかもしれないが、実はこれと類似したことがもう一件あるんだ」

 

 

私はフォークを動かす手を止めた。

 

 

「今度のは約10日前、11月28日だな。埼玉県さいたま市大宮区某所、2階建てアパートの一室で死体が発見された。布団の上にアミュスフィアを被った人間が横たわっていて、同じく異臭が……」

 

 

とその時、ごほん!とわざとらしい咳の音に菊岡が会話を中断する。隣を見ると、2人組のマダムがこちらを睨んできていた。

 

 

しかし菊岡はペコリと会釈しただけです話を続けた。まったくこの男はどういう神経をしているのだろうか。

 

 

「詳しい死体の状況は省くとして、今度も死因は心不全。《薄塩たらこ》というプレイヤーだ」

 

 

「そいつもテレビに出てたのか?」

 

 

「いや、今度はGGO内だね。スコードロン…ギルドの集会に出ていたところを、集会に乱入したプレイヤーに銃撃された。街の中だったからダメージは入らなかったようだが、銃撃者に詰め寄ろうとしたところでいきなり落ちたそうだ」

 

 

「……銃撃したプレイヤーの名前は分かるか?」

 

 

私の質問に菊岡はタブレットを眺めて眉をひそめた。

 

 

「《シジュウ》……それに《デス・ガン》」

 

 

死銃(デス・ガン)–––––聞いた事もない名前だ。既にプレイヤーを2人消したのなら–––仮に本当の話ならば–––噂くらいは聞きそうなのだが。

 

 

「その2人の死因は心不全で、脳には損傷は無かったのか?」

 

 

「僕もそれが気になって司法解剖した医師に問い合わせたが、脳に異常は見つからなかったそうだ」

 

 

アミュスフィアは頭に装着して脳に直接、視覚や聴覚といった五感の情報送り込む機器だ。ゲーム内で死んだとなると真っ先に脳に何か起きたと考えられる。

 

 

だが、先代機のナーブギアほどの力はアミュスフィアにはない。

 

 

ゲーム内の銃撃が現実世界に飛び出し、プレイヤー本人の心臓を止めた……一瞬、本気でそう思いそうになったが、そんな非現実的な事、この世界の最先端技術をいくら突き詰めても不可能だ。

 

 

「なあ菊岡さん、総務省のエリート連中様が頭を絞った後なら、もうこの結論に達してるんじゃないのか?『ゲーム内の銃撃でプレイヤーの心臓を止めるのは不可能』って」

 

 

和人の言葉に菊岡はニヤリと笑った。

 

 

「そう。僕も同じ結論に達したよ。そこで本題の本題なんだが、ガンゲイル・オンラインにログインして、この《死銃》なる男と接触してくれないかな?」

 

 

その言葉に今度が和人が笑った。

 

 

「接触ねえ?はっきり言ったらどうだ菊岡さん、『撃たれてこい』って事だろ。その《死銃》に」

 

 

「いや、まあ」

 

 

「やだよ!何かあったらどうするんだよ!アンタが撃たれろ!心臓止まれ‼︎」

 

 

ハハハと他人事のように菊岡が笑い、堪忍袋の緒が切れた和人はそう吐き捨てながら勢いよく立ち上がる。

 

 

「さっきその可能性はないって合意に達したじゃないか!それにこの《死銃》氏がターゲットにした2人はGGOじゃ名の通ったトッププレイヤーだ。つまり、強くないと撃ってくれないんだよ!だから、かの茅場先生が最強と認めた君たちなら……」

 

 

菊岡は椅子から転げ落ちながら、和人の服の袖を掴んで引き留めようとする。良い大人が子供相手に泣きすがるという奇妙な光景が出来上がった。

 

 

 

 

それにしても……

 

 

–––GGOのトッププレイヤーか。

 

 

私の名がどこまで知れ渡っているかは知らないが、このまま放置しても、いずれは対峙する時が来るかもしれないな。その《死銃》とやらに……。

 

 

「良いだろう。その依頼受けてやる」

 

 

私がそう言うと2人は組み合うのを止めて私の方を向いた。

 

 

「本当かい!ペルソナくん‼︎」

 

 

「ペルソナ⁉︎危険なことかもしれないんだぞ!」

 

 

「分かっているさ。だが、話を聞く限り他人事ではなさそうだったのでな」

 

 

「それってどういう……?」

 

 

「私もGGOをプレイしていてな。妙な二つ名まで付くぐらいの実力もある。今回の件でターゲットにされる可能性が高い。それに、元からどんな手を使ってでも、この依頼を受けさせるつもりだったんだろ?これ(ケーキ)はその前金か」

 

 

モンブランを刺したフォークを向けると、菊岡は図星を突かれたように苦笑いする。

 

 

「もちろん万が一の事を考えて最大限の措置を取る。2人にはこちらが用意する部屋からダイブしてもらって、モニターしているアミュスフィアの出力に異常があった場合はすぐに切断する。銃撃されろとは言わない。君たちの眼から見た印象で判断してくれればいい。報酬もこれくらい出す。行ってくれるよね?」

 

 

菊岡は指を三本出して見せる。その指を見て和人は少し悩んだ後、深くため息をついた。

 

 

「アンタにまんまと乗せられるのは癪だが、君が行くなら俺も行かない訳にもいかないしな」

 

 

「ありがとう2人とも」

 

 

菊岡は邪気のない笑顔で礼を言ってきた。

 

 

「でも、うまくその《死銃》と出くわすかどうかはわからないぞ。そもそも、存在さえ疑わしいんだからな」

 

 

「ああ……それだけどね」

 

 

菊岡はワイヤレスイヤホンをこちらに差し出す。

 

 

「最初の銃撃事件のときの音声ログを圧縮して持ってきている。《死銃》の声だよ。どうぞ聴いてくれたまえ」

 

 

私たちは受け取ったイヤホンをそれぞれ片方の耳に入れる。菊岡がタブレットの画面を突っつくと、男の声が聞こえてきた。

 

 

『これが本当の力、本当の強さだ!愚か者どもよ、この名を恐怖とともに刻め!俺と、この銃の名は

……《死銃(デス・ガン)》だ‼︎』

 

 

 

 

 

 



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第30話 荒野の戦闘

何とか年内に上げられた……。




菊岡から依頼を受けた日の夜–––ALOにて

 

 

「入るぞ」

 

扉を開けると、そこには既にキリトとアスナ、そしてユイちゃんの姿があった。

 

 

「ペルソナさん!」

 

 

私が部屋に入ってすぐにユイちゃんが飛びついてきた。彼女にこれほど懐かれる事になるとは、当時の私は思ってもいなかっただろうな。

 

 

–––別の仮想世界の話をしただけなのにな……。

 

 

「ペルソナさんはパパが調査しに行くGGOをプレイしているんですよね?」

 

 

今日ここに来たのはその事について説明する為だったのだが、どうやら私が来る前にキリトがほとんど説明してくれたようだ。

 

 

「ああ。悪いが暫くキリトを借りる事になる」

 

 

「いえ!パパのことを宜しくお願いします!それで……」

 

 

「どうした?」

 

 

「迷惑でなければ、GGOの話を聞かせてくれませんか?」

 

 

私は少し不安そうにして尋ねる彼女の頭を撫でた。

 

 

「そう改まる必要はない。頼んでくれればいつでも話をしてあげよう。そうだな、これは数日前のことだ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

GGO・荒野フィールド–––

 

 

 

高層建築の廃墟にて、私は周囲の偵察を行いながらSAA(シングル・アクション・アーミー)の手入れをしていた。

 

 

ザッザッ–––

 

 

「!」カチッ

 

 

複数人の足音が聞こえた方へと銃を開けると、先頭を歩くカーボウイ風の男が手を挙げた。

 

 

「待った!待った!俺だ、ダインだ‼︎」

 

 

「……貴様か」

 

 

現れたのは私に共闘依頼を要請してきた男と、そのスコードロンだった。

 

 

私が銃口を降ろすと、ダインはホッと胸を撫で下ろす。

 

 

「まったく、いきなり銃口を向けるなよ」

 

 

「警戒していた。仕方ないだろ」

 

 

「相変わらずクールだな〜」

 

 

少し軽口を叩いたが、奴はすぐに真剣な表情をした。

 

 

「それで、奴らは来たか?」

 

 

「今のところまだだ。このままだと夜戦を覚悟した方がいいかもしれないな」

 

 

「そうか。あとは俺たちで見ておく。お前は武器の手入れでもしてな」

 

 

「そうさせてもらう」

 

 

ダインの仲間に双眼鏡を渡して後ろの方へ向かう。

 

 

「あら、久しぶりね」

 

 

「君は……あの日以来だなシノン」

 

 

懐かしい声が聞こえたと思えば、そこには一度戦ったシノンがいた。

 

 

「覚えててくれて嬉しいわ」

 

 

「君が言ったのだろ。覚えておけと」

 

 

「ふふ、そうだったわね」

 

 

シノンは笑いながらそう言った。話を聞くと、どうやら彼女も私と同じでダインに雇われたらしい。だが彼女ほどの狙撃手が味方になってくれるとは、これほど心強いことはない。

 

 

「期待している」

 

 

「ありがと。わたしも今回の貴方の動きを勉強にさせて貰うわ。今度会った時に貴方を倒すためにね」

 

 

指で銃の形を作ってこちらに向けるシノン。その目は私との再戦に燃えていた。

 

 

「–––来たぞ」

 

 

ふと、私と入れ替わりで偵察を行っていたスコードロンのメンバーが声を上げ、その場に緊張が戻る。

 

 

シノンも首元のマフラーを上げて顔の半分を隠し、その目は狙撃手の目に戻っていた。

 

 

「ようやくお出ましか」

 

 

ダインは偵察を行っていたメンバーから双眼鏡を受け取り、敵戦力の確認を始める。

 

 

「……確かにあいつらだ。7人……先週より1人増えてるな。光学系ブラスターの前衛が4人。大口径レーザーライフルが1人。それに……おっと、《ミニミ》持ちが1人。こいつは先週は光学銃だったから、慌てて実弾系に持ち替えたんだろうな。狙撃するならこいつだな。最後の1人は……マント被ってて、武装が見えないな……」

 

 

最後の1人が気になり、私は予備の双眼鏡を取り出してレンズに眼を当てる。

 

 

ダインの言う通り、レンズ越しに7人のプレイヤーの姿が確認できた。《FN・MINIMI(ミニミ)》を装備したプレイヤーも視界に入り、そして問題のマントを被ったプレイヤーは隊列の最後尾を歩いていた。

 

 

かなりの巨漢であるその男は、背中に大型のバックパックを背負っているのか、マントが派手に膨らんでいる。

 

 

–––見たところ運び屋と言ったところか。だがなんだ?この妙な感じは……。

 

 

「あの男、嫌な感じがする。最初に狙撃するのはマントの男にしたい」

 

 

シノンもマントの男から何かを感じたようだ。

 

 

「何故だ?大した武装もないのに」

 

 

「いや、彼女の意見も一理ある。あの男からは他の奴等とは違うただならぬ何かを感じる」

 

 

「それに不確定要素だから気に入らない」

 

 

「それを言うなら、あのミニミは明らかに不安要素だろう。あれに手間取ってる間にブラスターに接近されたら厄介だぞ」

 

 

ダインの言い分ももっともだ。光学銃による攻撃は防護フィールドによって防ぐことができるが、その効果は距離が縮まるにつれて減少する為、至近距離での撃ち合いでは実弾銃よりも弾数の多いブラスターに圧倒される危険がある。

 

 

仕方なく、狙撃はミニミ持ちからにすることとなり、マントの男は次弾で狙うこととなった。

 

 

「おい、喋ってる時間はそろそろないぞ。距離2500だ」

 

 

索敵担当の男が双眼鏡を覗きながら言った。ダインは頷き、私たちアタッカーの方に振り向いた。

 

 

「よし。俺たちは作戦どおり、正面のビルの陰まで進んで敵を待つ。シノン、状況に変化があったら知らせろ。狙撃タイミングは指示する」

 

 

「了解」

 

 

短く答え、シノンはライフルのスコープに右眼を当てて狙撃の準備を整える。

 

 

そして私はダイン達と共に持ち場へと急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

作戦通りの配置につき、すぐに攻撃へと転じれるようSAAを構える。

 

 

全員が配置に着いたところで、ダインがシノンに無線で連絡を入れた。

 

 

「–––位置についた」

 

 

『了解。敵はコース、速度ともに変化なし。そちらとの距離400。こちらからは1500』

 

 

「まだ遠いな。いけるか?」

 

 

『問題ない』

 

 

「……よし。狙撃開始」

 

 

『了解』

 

 

 

短いやり取りが終わり、緊迫した空気が周囲を包み込んでいく。

 

 

数秒後、ターゲットとなっていた男の頭が吹き飛び、その体はポリゴンとなって砕け散った。

 

 

少し遅れて銃声が聞こえ、男の持っていたミニミが砂地に転がった。

 

 

–––やはり見事なものだな。

 

 

私は彼女の狙撃を見て感嘆した。狙撃の腕が以前よりも各段に上がっているのは一眼で分かった。

 

 

仲間がやられて動揺している中、シノンが2発目の狙撃を行う。

 

 

第2射は敵の最後尾にいた男に向けて放たれた。だが弾道予測線(バレット・ライン)が表示されていた事と、男が落ち着いていたこともあり,大きく横に動いて避けられた。

 

 

『第一目標成功(クリア)。第二目標失敗(フェイル)

 

 

「了解。アタック開始……ゴーゴーゴー‼︎」

 

 

ダインの掛け声と共に私たちは攻めていく。

 

 

敵のスコードロンは光学銃で対抗するも、防護フィールドによって我々へのダメージは0に等しい。

 

 

味方の1人…《ギンロウ》が最前線で敵を1人、また1人と撃破していく中、例の大男が羽織っていた迷彩マントを剥ぎ取った。

 

 

「っ……‼︎」

 

 

マントが取れたことにより、背中に担がれていたものが露わになった。

 

 

誰もがアイテム運搬用のバックパックだと思っていた物体は、6本もの銃身が束ねられた巨大な重機関銃だった。

 

 

大男が獰猛な笑みを浮かべ、砲身を突き出す。

 

 

「退けギンロウ!やられるぞ‼︎」

 

 

先行していたギンロウに向かって叫ぶ。刹那、6本の弾道予測線に沿って、高速回転する砲身から弾丸の雨がコンクリートの壁ごとギンロウのアバターを貫く。

 

 

私はすぐさまその場に伏せて弾丸をやり過ごし、追撃が来る前に後方のコンクリート壁まで下がった。

 

 

一息つき、直ぐにダイン達と共に先程ドロップしたミニミで応戦するも、敵の方も石柱などの遮蔽物に身を隠し、こちらの弾切れを今か今かと待ち続けている。

 

 

–––このままじゃ袋のネズミだな。

 

 

そう思った矢先、視界の隅にこちらへと向かって来る小さな影が映った。

 

 

「シノン……!」

 

 

自身よりも大きなライフルを抱え、シノンは一直線に走ってきていたのだ。

 

 

敵も彼女の接近に気が付いたようで、アタッカーが彼女の方へ銃口を向けた。

 

 

敵の注意がシノンへ向いた一瞬の隙に、私は彼女へ銃を向けるアタッカーに向けて発砲する。

 

 

ミニミの残弾は無くなったが、1人は倒すことが出来た。

 

 

弾丸の行き交う中を通り抜け、シノンが私とダインの前に飛び込んできた。全く、無茶なことを……。

 

 

「……奴ら、用心棒を呼んでやがった」

 

 

「「用心棒(だと)?」」

 

 

ダインの呟きに私とシノンの声が重なる。

 

 

「知らねえのか、あのミニガン使いだよ。あいつは《ベヒモス》っていう、北大陸を根城にしてる脳筋(マッチョ)野郎だ。金はあるが根性のねえスコードロンに雇われて、護衛の真似事なんかしてやがるんだ」

 

 

「護衛か……」

 

 

–––私と同じだな。

 

 

そう思ったが口には出さない。代わりにシノンがぎりぎり味方全員に聞こえるボリュームで話し始めた。

 

 

「このまま隠れていたらすぐに全滅する。ミニガンはそろそろ残弾が怪しいはず。全員でアタックすれば派手な掃射は躊躇うかもしれない。そこを突いてどうにか排除するしかない」

 

 

「ムリだ、ブラスターだって2人も残っているんだぞ。突っ込んだら防護フィールドの効果が……」

 

 

「ブラスターの連射は実弾銃ほどのスピードじゃない。半分は避けられる」

 

 

「無理だ!突っ込んでもミニガンにズタズタにされるだけだ。残念だが諦めよう。連中に勝ち誇られるくらいなら、ここでログアウトして……」

 

 

ダインは頑なに繰り返し首を振りながら言った。

 

 

だが、今ログアウトしてもアバターはフィールドに残る。魂の抜けたアバターは依然として攻撃対象になるし、装備もドロップする。

 

 

その事をシノンが指摘した途端、ダインは喚いた。

 

 

「なんだよ、ゲームでマジになんなよ!どっちでも一緒だろうが、どうせ突っ込んでも無駄死にするだけ……」

 

 

「なら死ね!」

 

 

シノンは反射的に叫び返すと、戦意喪失したダインの胸ぐらを掴む。

 

 

「せめてゲームの中でくらい、銃口に向かって死んでみせろ!」

 

 

ダインから手を放し、こちらに振り向いたシノンは早口で指示を出す。

 

 

「3秒でいい、ミニガンの注意を引きつけてくれれば、わたしがヘカートで始末する」

 

 

「……わ、わかった」

 

 

緑髪の男がつっかえながらもどうにか応え、残りの2人も頷いた。

 

 

「よし、二手に分かれて左右から一斉に出る」

 

 

私はシノンとダインと共にコンクリート壁の端まで移動し、シノンの合図で一斉に飛び出した。

 

 

すぐに目の前を複数の弾道予測線が横切り、ブラスターのエネルギー弾が頰を掠める。

 

 

私はSAAのトリガーを引き、もう片方の手でハンマーを倒す。トリガーを引きっぱなしにしている為、倒したハンマーが戻り、弾丸が発射される。

 

 

2人のブラスター使いは壁に身を隠したが、発射された数発の弾丸が奴らの体を捉え、数秒だが時間を稼ぐことができた。

 

 

「援護!」

 

 

シノンが叫びながら地面に身を投げる。

 

 

同時にヘカートⅡを構えてトリガーを引く。

 

 

凄まじい轟音が轟き、閃光が空間を貫く。だが、放たれた弾丸はベヒモスの頭の隣を通過した。

 

 

ベヒモスは不敵な笑みを浮かべたままシノンにミニガンの銃口を向ける。

 

 

私はシノンを援護すべくSAAでベヒモスを撃とうとしたが、その直前、別方向からベヒモスの体に銃弾が撃ち込まれた。

 

 

ダインだ。奴は片膝立ちの姿勢でアサルトライフルを構え、ベヒモスを狙い撃ったのだ。

 

 

しかしダインが立ち上がる前に、再び姿を現した2人のブラスター使いが奴に容赦のない射撃を行う。

 

 

あまりにも距離が近すぎた為、防護フィールドはその効果を発揮せず、その体に熱線が次々と突き立った。

 

 

「うおおっ‼︎」

 

 

最後の力を振り絞るように叫び、光弾の雨を掻い潜りながらブラスター使いの方へと走る。

 

 

そしてHPが全損する直前にプラズマグレネードを投げ込み、自らの命と引き換えに敵を道連れにした。

 

 

–––良くやった。

 

 

退場したダインを心の中で称賛し、戦場を見渡した。

 

 

左翼から飛び出した味方はミニガンに殺られたのか、その姿を確認することは出来なかった。

 

 

 

 

土埃が晴れ、見えてきたのはベヒモスがミニガンを上向けていた姿だった。

 

 

奴の行動をすぐには理解出来なかったが、奴がミニガンを向けた方向にシノンがいると気づいた瞬間、私はSAAのトリガーを引いた。

 

 

同時にベヒモスもミニガンを発射し、ぎりぎりのところで廃墟ビルの窓から飛び出したシノンは左足が吹き飛んだ。

 

 

私が放ったSAAの弾丸によりベヒモスの注意が散漫したところで、目と鼻の先まで落下したシノンがヘカートⅡのトリガーを絞る。

 

 

終わりよ(ジ・エンド)

 

 

そんな呟きが聞こえたか否か確認する間も無く、ベヒモスの眉間から撃ち込まれた弾丸が胴体まで大孔を穿ち、爆発音にも似た衝撃音と共に、その巨大はポリゴンとなって消滅した。

 

 

「やったな」

 

 

私は片足を失ったシノンに肩を貸し、そのままグロッケンへと帰還した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…と、こんな感じで何とか勝利する事は出来たわけだが……寝てしまったか」

 

 

膝の上で私の話を聞いていたユイちゃんはいつの間にか眠ってしまっていた。

 

 

「ふふっ♪」

 

 

そんな様子を見てアスナが微笑んだ。

 

 

「どうした?」

 

 

「あ、すみません。2人が兄妹みたいに見えて」

 

 

「そうか?」

 

 

「はい。ペルソナさん、頼れるお兄さんって感じがするんですよね。ね、キリト君」

 

 

「ブラスターにアサルトライフル、スナイパーライフルか。銃と言っても色々なのがあるんだな。何を選べば……」

 

 

そう言いながら尚も微笑むアスナ。その横でキリトが私の話を参考に、GGOでの戦闘スタイルについて考えていた。

 

 

「もう、キリト君てば」

 

 

「え?悪い、何か言ったか?」

 

 

「も〜、ちゃんと話聞いててよ」

 

 

そんな2人のやり取りに自然と笑みが溢れる。

 

 

「まあアスナ、そう言ってやるな。キリト、そんなに難しく考える必要はない。皆、自分のステータスに合った装備を選ぶものだ。迷わないように私が同行するのだから心配するな。それとお前達、明日も学校だろう?キリトは兎も角、アスナはもう落ちた方が良いんじゃないのか?」

 

 

私の言葉にアスナは慌てて視界の隅にある時間を見る。時刻はもうすぐ23時を迎えようとしていた。

 

 

「いけない、またお母さんに怒られちゃう!それじゃあキリト君、ペルソナさん、おやすみなさい」

 

 

「それじゃあ俺も落ちるか。じゃあまたな」

 

 

「ああ」

 

 

 

 

 

 

 

「………。」

 

 

2人がログアウトした後、1人残った私はMMOストリームからGGOの情報が書かれた記事を見る。

 

 

 

–––次に死銃(デス・ガン)が標的にする者がいるとすれば……。

 

 

 

その記事に書かれているのは、過去2回行われたGGO最強のプレイヤーを決める大会……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「《バレット・オブ・バレッツ(BoB)》」

 

 

 

 

 




これで今年は書き納めとなります。


それでは皆様、良いお年を。


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第31話 BoB予選開始


今年始まってから初の投稿(この作品は)


イドラ、サービス終了直前までプレイして、公式がストーリーの動画出してくれないかなあーっと思いながら過ごした今日この頃。先程、公式がストーリーを出していて「よっしゃあ!」と腕を上げて喜びながら投稿しました。(どうでもいい個人的な話)





 

菊岡との会談から1週間後の土曜日。奴からGGOへのログイン場所の用意が完了したとの連絡が入り、私は指定された場所へとバイクを走らせた。

 

 

どういう因果か、そこは大きな都立病院で、SAO帰還後、リハビリや検査等などで私や和人も世話になった病院だったのだ。

 

 

 

取り敢えず私は菊岡から送られてきたメールを頼りに、指定された病室へと辿り着き、2、3回ノックした後に病室の中へ入る。

 

 

「おっす!お久しぶり!」

 

 

私を出迎えたのは、リハビリ期間中、世話になった女性看護師《安岐(あき)ナツキ》だった。

 

 

「どうも……」

 

 

正直、この女は苦手だ。清楚な所や必要に応じて患者に厳しく接する所は看護師としては優秀だが、少々というか、かなり距離が近いところがある。

 

 

現に、今も両手を伸ばしては、私の肩から二の腕、脇腹あたりを握ってきている。

 

 

「おー、けっこう肉ついたねぇ。桐ヶ谷くんよりも筋肉もあるし、関心関心」

 

 

「(和人にもしたのか)何故ここに……?」

 

 

「アハハ!やっぱり桐ヶ谷くんに似てるねー!彼にも同じこと聞かれたよ。まあ簡単に言うと眼鏡のお役人さんから、2人のリハビリ担当だった私にぜひモニターのチェックをして欲しいとか言われて、シフトから外れたんだ。師長とも話がついてるみたいでさ、さすが国家権力って感じだよねー」

 

 

「……その役人は来てないようだが」

 

 

「うん、外せない会議があるとか言ってた。伝言、預かってたよ」

 

 

渡された茶封筒を開き、中から手書きの紙片を引っ張り出して書かれた内容を確認する。

 

 

『報告書はメールでいつものアドレスに頼む。諸経費は任務終了後、報酬と併せて支払うので請求すること。

追記–––––美人看護婦が担当してくれるからといって若い衝動を暴走させないように』

 

 

私はため息を吐きながらメモを封筒に戻し、ポケットの中へと突っ込む。

 

 

さっさと和人と合流したいので、私はモニター機器と2つのベッドが並んでいる所に案内してもらった。

 

 

片方のベッドには、半裸状態で上半身に電極を付けた和人が既に横になっていた。

 

 

「それじゃあ、桐ヶ谷くんみたいに電極張るから脱いで」

 

 

「はい……」

 

 

私は彼女の指示通り服を脱ぎ、上半身の数箇所に電極が張られていく。そして、ベッドに横たわってアミュスフィアを装着し、じっとその時を待つ。

 

 

「2人のカラダはしっかり見てるから、安心して行ってらっしゃい」

 

 

「ああ、宜しく頼む」

 

 

そう言って私は目を瞑る。

 

 

「リンク・スタート」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

GGOに入ると、前回ログアウトしたグロッケンの総督府前に降り立った。

 

 

–––さて、キリトを探すとするか。

 

 

ログインした位置から動くなとは言っておいたが、キリトの事だ、恐らく勝手に行動しているだろう。

 

 

いきなりフィールドに出る可能性は低い。かと言って初期金額では大した武器も買えない筈だ。となると、簡単に大金が手に入るカジノに行くのが妥当だろう。まずはそこから探すとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

〜〜数分後〜〜

 

 

–––思ったより簡単には見つからないな。

 

 

一応、最初にログインする場所に行ってみたが、予想通りキリトらしき人物は見当たらなかった。

 

 

初期装備のプレイヤーは目立ちやすいのだが、これだけ探しても見当たらないとなると、本当にどこにいるか分からないな。

 

 

「……にしても、さっきの初心者の姉ちゃん凄かったな」

 

 

近くを通ったプレイヤー達の会話が聞こえてきた。

 

 

「ああ、確かあのゲームをクリアしたのは【仮面】(ペルソナ)以来だよな。そう言えばあの姉ちゃん、シノンちゃんと一緒にいたな」

 

 

「そうだな。もしかしてシノンちゃんのリア友かもな。にしても、2人とも可愛かったなぁ」

 

 

にやけながら会話をするプレイヤー達を聞く限り、シノンが初心者の女性プレイヤーといるらしい。

 

 

–––もしやキリト?いや、いくらキリトが女顔だからと言っても、男女の区別が付かない訳がないか。

 

 

しかし、これだけ探しても見つからないとはな。もしかしたら既に総督府に戻っているかもしれないし、取り敢えず総督府に戻ってみるとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

–––戻ったはいいが、やはり見つからないな。

 

 

総督府のモニターに表示されたBoBの対戦表に《Kirito》の名前があったから、彼がこの場にいる事は確かなのだが、控室に来てもキリトらしきプレイヤーの姿が見当たらない。

 

 

その時、突然ドーム内に荒々しいファンファーレが響き渡った。

 

 

『大変長らくお待たせしました。ただ今より、第3回バレット・オブ・バレッツ予選トーナメントを開始いたします。エントリーされたプレイヤーの皆様は、カウントダウン終了後に、予選第1回のフィールドマップに自動転送されます。幸運をお祈りします』

 

 

カウントダウンが0になった瞬間、青い光が私の体を包み、たちまち視界が青い光で覆い尽くされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

暗闇の中に浮かぶ六角形のパネルの上に転送され、目の前に薄赤いホロウインドウがあり、対戦するプレイヤーの名前と、残りの準備時間、フィールドの名前が表示されていた。

 

 

–––対戦相手はギンロウか。すぐに終わらせるか。

 

 

私は残り時間の間に戦闘準備を済ませる。

 

 

残り時間の表示が0になり、再び転送エフェクトが私の体を包み込む。

 

 

 

次に転送された先は廃工場だった。

 

 

私は素早く工場内の機械の影に隠れる。

 

 

それと同時に、工場の入り口の方から小石が転がる音が響く。入り口の方を見るとギンロウがアサルトライフルを抱えて、工場に入ってくる姿があった。

 

 

–––探す手間が省けたな。

 

 

私はホルスターから《マカロフ》を引き抜き、素早くトリガーを引く。

 

 

マカロフはSAAとは異なる自動式拳銃であるため、同時に3発の弾丸が放たれ、それぞれがギンロウの体に命中した。

 

 

 

「ぐっ、クソ!」

 

 

ギンロウも反撃と言わんばかりにアサルトライフルを構える。その瞬間、私は腰に掛けてある光剣を掴む。折りたたまれたそれは展開して両剣となり、その周囲に紫色の刃が浮かび上がる。

 

 

私の眼前に弾道予測線が表示され、同時にギンロウの持つアサルトライフルから銃弾が発射された。

 

 

私はすぐさま目の前で両剣を回し、弾道予測線を沿って飛んでくる弾丸を全て切り落とす。

 

 

弾切れを起こし、マガジンの交換を行おうとした一瞬の隙に距離を詰め、その体を横一閃に切り裂き、無数のポリゴン片に変えて拡散させた。

 

 

ヴヴン、と音をさせながら刃が消えた両剣を折りたたみ、マカロフと同時に腰へとしまい戻す。そして溜めていた息を吐き出し、集中を解く。

 

 

空には「Congratulation」の文字が浮かんでいた。

 

 

 

 

そして三度(みたび)転送エフェクトが私の体を包み込み、私は待機エリアへと戻っていた。

 

 

 

待機エリアの中央にあるマルチモニタの方に目をやると、幾つもの戦場で、プレイヤー達の撃ち合いが、まるでアクション映画さながらの迫力あるアングルで捉えられている。

 

 

だからだろうか。その中で唯一、異色な武器を使う“黒髪で長髪”のプレイヤーに気づくことが出来たのは。

 

 

そのプレイヤーは、その華奢な見た目からは想像もできない速度で光剣を振り、迫り来る弾丸を切り裂きながら直進し、ダッシュのスピードを活かした直突きを対戦相手の胸板に叩き込んだ。

 

 

剣筋と異常なまでの反応速度、最後に剣を左右に振って背中に納めようとする仕草から、そのプレイヤーがキリトであるとすぐに分かった。

 

 

 

待機エリアに戻ってきたキリトに声を掛けようとしたその時、ボロマントを羽織ったガイコツマスクのプレイヤーが先に彼に話しかけた。

 

 

2人の様子を見るに唯ならぬ感じではあったが、私がいま間に入るのは愚策だと考え、少し離れた場所からその様子を伺った。

 

 

話の内容は分からなかったものの、キリトが酷く動揺しているのは、僅かに震える彼の手から読み取れた。

 

 

しばらく経ち、ボロマントのプレイヤーはその場を離れ、唐突にその姿を消す。

 

 

「キリト、しっかりしろ!」

 

 

「あんたは……ペルソナ…か?」

 

 

私はよろめくキリトの側へと走り、肩を貸して近くのボックスシートに座らせた。

 

 

「すまない。……ペルソナ、君で良いんだよな?」

 

 

「ああ、そうだ。貴様の方は……また随分と様変わりしたようだな」

 

 

「あまり揶揄わないでくれよ。好きでなった訳じゃないんだし、俺も気にしてるんだからさ」

 

 

ハハハッと、笑ってみせるキリトだったが、その顔は青ざめており、体も小刻みに震えていた。

 

 

「キリト、さっきのプレイヤーは……」

 

 

「ああ、多分さっきの奴が死銃(デス・ガン)だ。しかもそれだけじゃない」

 

 

キリトは未だ震えが止まらないでいる両手を合わせて、額に押し当てる。

 

 

「一瞬だけど、奴の手首の内側に見えたんだ。あの《笑う棺桶》のタトゥーが……」

 

 

「なっ⁉︎」

 

 

その言葉に私は先程の戦いを忘れさせる程の衝撃を受け、動揺を隠すことが出来なかった。

 

 

笑う棺桶……それはSAOに存在した最悪の殺人ギルドの象徴であり、そのタトゥーを持つということは、その殺人ギルドの一員であることを意味する。

 

 

その殺人ギルドとは、

 

 

 

「《ラフィン・コフィン》だと……‼︎?」

 

 

 

 

 





今回判明したペルソナの新武器紹介


○コートダブリスD(光剣)
もはや隠す気ない。「PSO2」にて【仮面】が所持していた両剣です。この小説では、第29話「銃の世界」にてダーク・ラグネを倒した際にドロップした。
・中央の持ち手を基準に左右へと均等に刀身が伸びる両剣。禍々しい濃い紫色のフォトン刃が刀身の周りを包んでいる。
・折りたたむことができ、普段は腰の辺りに掛けてある。


○マカロフPM(自動式拳銃)
・ペルソナ、本来のサブウェポン
・装弾数:8発




※諸事情により、今月いっぱい投稿できないかもしれません。余裕があれば投稿します。


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第32話 《笑う棺桶》


お待たせしました。第32話です。



 

–––2024年8月

 

 

その日、私たち攻略組はアインクラッド第56層にある聖竜連合の本部に集まっていた。

 

 

その目的は、殺人ギルド《ラフィン・コフィン》通称《ラフコフ》の討伐に向けた作戦会議だ。

 

 

なんでも奴らの中から密告者が出たらしく、その情報を元に何度も偵察を行い、洞窟ダンジョンの安全地帯が本拠地であることが判明。

 

 

総勢50人程の大規模な討伐部隊が結成された。

 

 

聖竜連合の幹部がリーダーを務め、血盟騎士団や他の有力ギルドからも多くの実力者が参加し、アジト強襲に向けた準備は順調に進んでいった。

 

 

圧倒的な戦力差があり、奴らを無血投降させることは充分可能だと、その場にいた誰もが疑わなかった。

 

 

だが、私だけはその状況を好ましく思えず、寧ろイヤな予感すらしていた。

 

 

そのことを言えばよかったのだろうが、ソロプレイヤーであり《ビーター》として悪名が立っていた当時の私の言葉に耳を貸す者は居なかっただろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして襲撃当日、イヤな予感は的中した。

 

 

 

 

 

強襲部隊がダンジョンに突入した時、ラフコフのメンバーは誰1人としてアジトである安全地帯の中にはいなかった。

 

 

逃亡したのではない。奴らはダンジョンの枝道に身を潜め、私たちの背後から襲ってきた。

 

 

強襲部隊が逆に強襲されるという何とも情けない事になったが、こういう突発的な事態に対応出来ないほど、攻略組は甘くはない。

 

 

すぐに態勢を立て直し、反撃を開始する。

 

 

 

しかし、ラフコフのメンバーはどれだけHPを削られようとも降参せず、討伐部隊の者たちの方も誰ひとりとして、トドメの一撃を振り下ろす覚悟はしていなかっただろう。

 

 

ラフコフのメンバーの1人が、自身を取り囲んでいた攻略組の数名を殺し、そこからは正に大混戦と言ったところだろうか。

 

 

 

戦闘が終わった時、討伐部隊からは8名、ラフコフからは20名近くのプレイヤーが消滅。

 

 

私の剣はそのうち15人を消滅させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時は戻ってGGO内のBoB予選・待機エリア

 

 

 

奴らの死者・捕縛者の中にリーダーであるPoHの名は無かった。キリトの話が確かならば、死銃はPoH……いや、奴のやり方はこんなものじゃない。となると、あの戦闘で捕縛されたプレイヤーの誰かだろう。

 

 

 

–––せめてもう少し情報があれば……。

 

 

そうは言っても、直接接触したキリトは完全にダウンしている。これ以上彼に負担を掛ける訳にはいかない。

 

 

「……なんて顔してるのよ」

 

 

聴き慣れた女性の声が背後から聞こえ、振り向いた先にはシノンがいた。

 

 

「あ……い、いや、何でも……」

 

 

キリトは無理に笑みを浮かべて彼女にそう返す。

 

 

「そう。それにしても、貴方がいたのは意外だったわペルソナ。あとそいつ男だから、ナンパしようとしても無駄よ」

 

 

やはり街でシノンが共に行動していたという女性プレイヤーとはキリトの事だった。

 

 

どうやら,私が他の男と同様にキリトに対して下心を持っていると思われているようだ。

 

 

「……キリトが世話になったそうだな。色々と振り回されなかったか?」

 

 

「貴方コイツの知り合いだったの⁉︎……友達は選んだ方が良いわよ。コイツ、女の演技がかなり堂にいってたわ」

 

 

シノンが私の腕を引き、キリトに聞こえないように小声で耳打ちをしてきた。

 

 

–––キリト貴様、一体何したんだ……。

 

 

そう思いながら私は再びキリトの方に目をやる。

 

 

キリトは依然変わらずダウン状態。

 

 

–––今はそっとしておくか。

 

 

その時、転送エフェクトが私を包み込んだ。どうやら次の対戦相手が決まったようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

転送エフェクトが収まるとそこは荒野フィールド。

 

 

 

もし死銃がラフコフの生き残りだとしたら、私が止めなければならない。

 

 

 

そこに無数の弾丸が私のすぐ近くを通り過ぎた。

 

 

 

–––だが今はまず、本戦に進むことだけを考えろ。

 

 

私は両剣を手に取り飛来する弾丸を切り落としながら進む。

 

 

そしてキリトが1回戦目でやっていた直突きを見よう見真似で相手に叩き込んだ。

 

 

貫かれたアバターは、やがて無数のポリゴン片となって消滅した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後も2回戦、3回戦、……と順調に駒を進め、私は無事BoB本戦への切符を手にした。

 

 

 

現実世界に戻ると和人の方が先に戻っていたようで、彼が使っていたベッドは空だった。

 

 

「少しくらい待ってあげても良いのに」とナツキ氏が止めたらしいのだが、聞く耳を持たなかったらしい。

 

 

–––かなり参ってるな。

 

 

かく言う私も連戦でかなり疲労していたようだ。家に帰った途端、そのまま自室の布団で寝てしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは霧の多い森の中だった……

 

 

『諦めるな、もう少しだ』

 

 

『は、はい……』

 

 

とある事情により、私たちはラフコフの追手から逃げていた。

 

 

結晶アイテムは奴らに奪われ、ポーションも残り僅か。絶望的な状況だ。

 

 

行動を共にしているのは、共に逃亡したプレイヤーの最後の生き残りだ。

 

 

『ペルソナさん、リーダー達は……』

 

 

『もう全員やられてるだろうな』

 

 

『っ……!』

 

 

『……私が代わりに残っておけば、私以外は無事に街まで着いたのだろうがな……』

 

 

『そんな!ペルソナさんは俺たちの希望なんです!みんなアナタが生き残る為に……!』

 

 

そう叫ぶ彼の肩に私は手を乗せて落ち着かせる。

 

 

–––私が希望…か。

 

 

『私にはそんな大役は似合わない。ただ他より力があるだけだ。いくら力があっても大切なものを守れなければ意味がない。この状況が良い例だ』

 

 

『………』

 

 

『急ぐぞ、街はすぐそこだ』

 

 

その時、私は僅かな殺気を感じ、隣の男に注意を促そうとした。……が次の瞬間、彼の首が飛んでいた。

 

 

何が起きたか理解するのにそう時間は掛からなかった。

 

 

そして、

 

 

『よう、ブラザー』

 

 

背筋が凍るような気味悪い声が耳元で聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ‼︎」

 

 

 

最悪の目覚めだ。

 

 

全身からは大粒の汗が溢れ、体が冷え切っている。

 

 

–––今日はBoB本戦だと言うのに……。

 

 

私はシャワーで汗を流し、ゼリー飲料を口の中に流し込んでから日課の早朝ランニングに出た。

 

 

ランニングをしている間も、先程の夢の事や、掃討作戦の際に私が殺したラフコフのメンバー、かつて仲間だった者たちの顔が脳裏に焼き付いて離れず、調子は悪くなる一方だった。

 

 

 

「にゃ〜」

 

 

「……貴様か」

 

 

いつの間に家の前に戻っていたのか、塀の上から白猫の鳴き声が聞こえたかと思うと、白猫は塀から飛び降りて私の足元に擦り寄ってきた。

 

 

足元に来た白猫を抱き上げると、白猫は頰を舐め、「どうしたの?」とでも言いたげに首を傾げる。

 

 

キリトの事を参っていると言ったが、私もこんな猫にも気を使われるほど参っていたのだろう。

 

 

「心配掛けたな。だがもう大丈夫だ」

 

 

そう言って白猫を降ろすと、白猫は心配そうな顔でこちらを見た後、隣の家に帰って行った。

 

 

「……やれやれ、まさか猫に心配されるとはな」

 

 

「あ、やっと帰ってきた!あんたに電話きてるよ!」

 

 

母が私の携帯を持って家から出てきた。

 

 

母が持ってきた携帯の画面には「桐ヶ谷 直葉」と表示されていた為、私はすぐに母から携帯を取り上げ、応答ボタンを押して耳元に当てる。

 

 

『あ、もしもしペルソナさん?すみません朝早くから電話掛けちゃって』

 

 

「いや問題ない。どうした?」

 

 

「なになに?もしかして彼女?」

 

 

「違う、友人の妹だ。……ああ、今のは母だ。気にしないでくれ」

 

 

『仲良いんですね。あ、それでペルソナさんもお兄ちゃんと一緒にBoBに出るんですよね?』

 

 

GGOに行くことやその経緯については、妹の直葉には話していないと和人は言っていたが、彼女曰く、《MMOトゥモロー》に載っているGGOの記事から《Kirito》のキャラクター名を見つけたらしい。

 

 

『でもお兄ちゃん昨日帰ってきた時、すごい怖い顔してたんですよ。何か知ってますか?』

 

 

「……すまない。私も心当たりがないな」

 

 

『そう、ですか……』

 

 

「ああ…」

 

 

–––本当にすまないな。

 

 

殺人犯の疑惑がある奴に接触する。など、言えるはずもない。しかもそれがラフコフの生き残りかもしれないのだ。奴等のことを知る明日奈たちに心配を掛けるわけにはいかない。

 

 

『それじゃあ2人のこと応援してるので、頑張ってください!あと今度GGOの話を聞かせてもらえますか?』

 

 

「ああ構わない。それではまたな』

 

 

私はそう言い残して電話を切る。

 

 

「あんた、また何かの事件に巻き込まれてるの?」

 

 

通話が終わるのを待っていた母に突然そんな事を言われ、私は少し驚いた。

 

 

「何となく分かるんだよそう言うの。昨日怖い顔して帰ってきたと思ったらすぐに寝ちゃうもんだから、『これは何かあったな』てね。まあ無理に話さなくても良いよ。やらなきゃいけない事なんだろ?」

 

 

「ああ、すまない」

 

 

「気にしないでいいよ!でも、ちゃんと無事に帰ってくるんだよ。あんたの家にね」

 

 

そう言いながら母は背中を強く叩く。

 

 

「わかった。約束する」

 

 

「さあ!朝ごはんできてるから、冷めちゃう前に早く食べちゃいな」

 

 

その後、いつもと変わらない味のする母の作った朝食を食べ、昼頃まで大学の課題を片付けておいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





やっとBoB本戦に行けるのは良いのだが、ペルソナの戦いをどんな風に書くか……。戦闘描写は未だに苦手な作者です。


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第33話 本戦開始直前


やっと上げられた。


タイトル通り、本戦直前です。BoB本戦は次回からになります。


 

辺りが暗くなり始めた日暮れ頃、私はバイクを走らせて昨日と同じ都立病院に赴き、受付で簡単な手続きをした後、昨日と同じ指定された病室へと向かう。

 

 

「やあ、いらっしゃい」

 

 

昨日と同様に病室にはナツキ氏がいて、和人も既にGGO内にログインしていた。

 

 

私も早速ログインしようと上着を脱ぎ、ナツキ氏に電極を貼ってもらっていると、突然、彼女は私の隣に座って問いかけてきた。

 

 

「なあ少年。何か悩んでいることはあるかい?今ならこの美人ナースの無料カウンセリング中だよ」

 

 

「いえ特には。何故そのような事を?」

 

 

「桐ヶ谷くんが何やら怖い顔をしてたからね。君にも必要かなと思ったんだけど、どうやら心配ないみたいだね」

 

 

そう言ってナツキ氏は安心したような、少し寂しいような笑みを浮かべながら腰を上げる。

 

 

私は電源を入れたアミュスフィアを装着し、ベッドの上で横になる。

 

 

「今日も2人の体は見ておくから、安心してね」

 

 

「ああ、行ってくる。リンク・スタート」

 

 

「はいな、行ってらっしゃい、《第二の英雄ペルソナ》くん」

 

 

–––何だと……?

 

 

そう思った時には、私の意識は現実世界から仮想世界へと誘われていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

総督府前に降り立った私は、総督府ホールの端末で本戦のエントリー手続きを済ませ、タワーの地下1階の酒場に移動した。

 

 

「やあペルソナ。今日は早いんだな」

 

 

「貴様が言うか」

 

 

「ペルソナ。今日はよろしく」

 

 

「ああ、お互いにな」

 

 

運が良いことに酒場の入り口でキリトとシノンと合流し、私たちはそのまま酒場の奥へと進む。

 

 

酒場には多くのプレイヤーがいて、大会が始まる前から早くもお祭り状態と化していた。

 

 

移動中、私たちの方に注目するプレイヤーもいた。まあ無理もない。自慢じゃないが、GGOでそこそこ有名な私がBoBに出場し、本戦まで上がった。隣のキリトに至っては昨日ログインした新人にも関わらず、BoBに出場。GGOでは珍しく剣を使って本戦まで駒を進めたのだ。注目しない理由がない。

 

 

「おい、あれキリトちゃんじゃね?」

 

 

光剣(フォトンソード)で敵を滅多斬りだってな」

 

 

「クールビューティなバーサーカーかぁ。いいねぇ〜」

 

 

「いや、やっぱシノンちゃんでしょ!」

 

 

「俺もシノっちに撃たれたい派」

 

 

「オレ、斬られたい派」

 

 

シノンがGGO内で数少ない女性プレイヤーだということもあってか、周囲やからそんな会話が聞こえてくる。

 

 

まあ話の内容からして、キリトの事も女だと勘違いしているようだが。彼らがキリトの本来の性別を知ったらどの様な反応をするのか、興味があるな。

 

 

–––キリトが色んな意味で殺されそうだから止めておくが。

 

 

とその時、無言で歩いていたキリトが突然立ち止まり、談笑していたプレイヤー達の方を振り向く。

 

 

「きみたち………応援してね♪」

 

 

アイドルの様なポーズをして笑顔でそう言った彼の悪ふざけに、その場にいた男性プレイヤーは心を射抜かれ、彼に声援を送った。

 

 

 

なお、それを遠目に見ていた私とシノンは、

 

 

「……貴方、アイツとの関係を考え直した方が良いんじゃない?」

 

 

「そうかもしれん……」

 

 

冷めた目でキリトを見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私たちは奥まったブース席に腰を下ろし、ドリンクメニューからドリンクを注文する。

 

 

テーブルの中央から出てきたグラスを取り、半分ほど飲んだところでキリトが会話の口火を切った。

 

 

「……本戦のバトルロイヤルってのは、同じマップに30人がランダム配置されて、出くわすそばから撃ち合って、最後まで生き残った奴が優勝……ってことだよな?」

 

 

「やっぱりわたしに色々解説させようって魂胆じゃない」

 

 

「運営から送信されたメールを読んでないのか?」

 

 

「い、一応読んだんだけどさ……俺の理解が正確かどうか、確認しておきたいかなーって……」

 

 

「物は言いようね」

 

 

呆れた様子でそう言いながらも、シノンは丁寧にBoB本戦のルール説明を始めた。

 

 

本戦のマップは直径10キロ、円形の複合ステージ。参加者30人のプレイヤーは互いに最低1000メートル離れた位置にランダムに配置される。これにより、開始直後に他プレイヤーと遭遇という事は起きない。

 

 

だが、そうなると最後の1人になるまで隠れようとする輩も出るため、参加者には《サテライト・スキャン端末》というアイテムが自動配布される。

 

 

このアイテムはその名の通り、15分おきに上空を監視衛星が通過して参加者全員の端末にマップ内の全プレイヤーの位置が送信される仕組みになっている。その上、マップに表示される輝点(ブリップ)に触れると、そのプレイヤーの名前まで表示されるのだ。

 

 

これで死銃(デス・ガン)の名前が分かれば良いのだが、それと同時に私たちも奴に狙われる可能性は高くなる。 それに死銃(デス・ガン)はあくまで二つ名で、本来のプレイヤーネームでは無いと考えると、私たちの方から奴に接触するのは困難な事なのは間違いない。

 

 

「シノン、この中で知らない名前はあるか?」

 

 

私は運営からのメールにある選手全員の名前が載ったページをシノンに見せた。

 

 

私も見知っている名前はいくつかあったが、前回のBoBに出たシノンの方が私よりも他のプレイヤーには詳しいだろう。ここで選択肢は絞っておく必要がある。

 

 

「そうね……《銃士X(ジュウシエックス)》と《ペイルライダー》、それに……これは《スティーブン》かな」

 

 

シノンがぎこちなく読み上げた名前を確認する。《銃士X》が日本語表記、他の2人はアルファベット表記だ。ただ、ひとつ訂正をすると、

 

 

「これは《Sterben(ステルベン)》。ドイツ語だ」

 

 

「これドイツ語だったんだ……」

 

 

私はその3人の名前を脳内で反復させる。

 

 

–––こうして見ると全員怪しいな。

 

 

まず《銃士X》、Xを取って「銃士」を反対にすれば「シジュウ」と読む。が、こんなにも安直な物だろうか? 次に《ペイルライダー》、これはヨハネの黙示録の四騎士、死を司るとされる第四の騎士のことを指す。そして《Sterben(ステルベン)》、これはドイツ語で《死》を意味する。

 

 

–––ひとつに絞り込むのは難しいようだな。

 

 

「いったい何なのよ?さっきからわたしに訊くばっかりで、あんたは何も説明しないじゃない」

 

 

「ああ……うん……」

 

 

シノンの問いにキリトは曖昧な返事をする。そんなキリトの素っ気ない対応が気に入らなかったのだろう。シノンは更に険しい顔でキリトに問い詰める。

 

 

「……そろそろ本気で怒るわよ。なに?わたしを苛つかせて本戦でミスさせようって作戦だったの?」

 

 

「違うんだ。そうじゃなくて……」

 

 

そこで再びキリトは口籠る。

 

 

今ここでシノンに事情を話し、BoB本戦への出場を辞退してくれと頼んだところで彼女は退かないだろう。以前パーティを組んだ時にも感じたが、彼女がこの世界に掛ける想いは並々ならぬものではない。そんな彼女が有りもしない噂話を信じるとは到底思えない。

 

 

「もしかして、昨日の予選であんた達の様子が急におかしくなったことと何か関係あるの?」

 

 

先程までとは打って変わって、柔らかい口調で問いかけてきたシノンに私たちはしばらく言葉を失った。が、すぐに私はその問いに対する答えを口にした。

 

 

「ああ、そうだ」

 

 

「……俺は昨日、地下の待機ドームで、昔同じVRMMOをやっていた奴に声を掛けられたんだ」

 

 

私に続いてキリトがそう付け加える。

 

 

「そいつとは多少因縁があってな。今さっき君に聞いた3人の名前のどれかが、キリトが会った奴だ」

 

 

「友達、だったの?」

 

 

「いや、そんな優しいものじゃない。寧ろその逆……敵だ。本気で殺し合うような関係のな」

 

 

「……殺し合った……敵……それは、プレイスタイルが馴染まないとか、パーティ中にトラブって仲違いしたって事?」

 

 

私の言葉にシノンは両眼を瞠り、とても小さな声で囁くように問いかけてきた。

 

 

「違う。互いの命を懸けた、本当の殺し合いだ」

 

 

その問いに対し、キリトは反射的にそう答えた。

 

 

「奴は……奴のいた集団は絶対に許されないことをしたんだ。和解は有り得なかった。剣で決着をつけるしかなかった」

 

 

「だが奴は、今度はこのGGOで再び同じことを繰り返している。キリトはそれを調査し、止める為にこの世界にやってきた。そして私も今はそれを調査する為に動いている」

 

 

そこまで話終えると、シノンは何かを察し、それを確かめようとするように小さく唇を開いた。

 

 

「あなた達は……もしかしたら、あのゲーム(・・・・・)の中に……」

 

 

その問いかけは、全て言い終わる前に酒場の乾いた空気に溶けるように消えた。

 

 

「……ごめん。訊いちゃいけないことだったね」

 

 

恐らく彼女は私とキリトはが《SAO生還者(サバイバー)》であることを悟ったのだろう。その後、彼女に促されるまま、私たちは待機ドームに移動するべくエレベーターに乗った。

 

 

 

仮想の落下感覚と機械音で満たされた狭い空間で、シノンが小さな声を出す。

 

 

「あなた達にも、事情がある事は理解したわ。でも、私との約束はまた別の話よ。昨日の借りは必ず返すわ。だから、私以外の奴に撃たれたら許さないからね。ペルソナ、貴方もよ」

 

 

「「……わかった 。/ 良いだろう。」」

 

 

私たちがそう頷くと、彼女は指で銃の形を作り、不敵な笑みを浮かべながらこちらに向けた。

 

 

 

 

その後、待機エリアに到着した所で私とキリトはシノンと分かれ、本戦に向けて話し合った。

 

 

死銃(デス・ガン)が何者で誰を狙うか分からない以上、最初のサテライトスキャンで候補の3人を追跡、可能ならば合流という事で可決した。

 

 

その直後、待機ルームに女性の声が響き渡り、同時にカウントダウンが開始される。

 

 

モニターに表示された数字が小さくなっていく中、視界の隅に愛銃(ヘカート)を抱えるシノンが見えた。

 

 

 

–––願わくば、この事件に彼女が巻き込まれない事を祈りたい。

 

 

 

その祈りが天に届いたかどうかは分からないが、フィールドに転送された瞬間、鼻をついた荒野の匂いに私は思考を切り替える。

 

 

 

 

BoB本戦が今、始まる。

 





うちの主人公、何気にペイルライダーとかsterbenとかの意味知ってたけど、普通に生きてても知る機会無いから普通は分からないよな……。



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第34話 死銃(デス・ガン)



毎度の事ながら投稿間隔をどうにかして短く出来ないか悩んでいる作者です。


今回はアスナ達ALOsideメインです。どうぞ。





 

–––ALOside

 

 

「お兄ちゃん達、なかなか映らないねー」

 

 

「ほんとに意外ですねぇ。お2人のことだから、てっきり最初から飛ばしまくると思ったのに」

 

 

ここはALOの世界樹の上にある空中都市《イグドラシル・シティ》。その一画にキリトとアスナが共同で借りている部屋だ。

 

 

「いやいや、あいつら……特にキリトはああ見えて結構計算高ぇからな。参加者がテキトーに減るまで、どっかに隠れてる気かもよ?」

 

 

部屋の隅のバーカウンターにいるクラインの台詞に、リーファ、シリカ、リズベットの3人と共にソファに掛けていたアスナは苦笑した。

 

 

「幾らキリト君でもそこまではしないわよ」

 

 

「そーですよ、パパならきっと、カメラに映る暇もないほど一瞬で敵の後ろからフイウチしまくりです!」

 

 

アスナの左肩に乗るユイがそう付け足すと、今度はリズベットが笑った。

 

 

「しかも、銃ゲーなのに銃じゃなくて剣でね」

 

 

その様子を想像した全員の笑い声が部屋に満ちる。

 

 

現在アスナ達は大型スクリーンに投影されているBoBのライブ映像を観戦している。

 

 

無論、集まった理由はキリトとペルソナの応援だ。

 

 

–––当人たちは中々その姿を見せてはいないが……。

 

 

「おーあの人強いね」

 

 

リズベットが口笛を吹きながら呟く。

 

 

リズベットが強いと言ったのは、青白い迷彩スーツに身を包み、黒いシールド付きのヘルメットを被った《ペイルライダー》というプレイヤーだ。

 

 

ペイルライダーは鉄橋で待ち伏せていた《ダイン》の攻撃を、橋を支えるワイヤーロープを登りながら回避するという、まるでハリウッドさながらな動きを見せる。

 

 

そしてダインがマガジンの交換をしようとした一瞬の隙を突き、ペイルライダーはショットガンを立て続けに発砲。あっという間にダインを撃破してしまった。

 

 

「なんかこうして観るとGGOもけっこう面白そうだなぁ。銃って自分で造れるのかな……」

 

 

SAOから引き続きALOでも工匠妖精族(レプラコーン)として鍛冶屋をしているリズベットはGGOに興味を持ったようだ。

 

 

「ちょっと、リズまでGGOにコンバートするとか言い出さないでよね。新生アインクラッドの攻略、まだまだこれからなんだよ」

 

 

「そーですよ、リズさん!もうすぐ20層台開放のアップデートがあるんですから」

 

 

アスナとシリカから突っ込まれ、リズベットは両手を上げる。

 

 

「わかってるわよ。どんなゲームにも強い人はいるもんだなーって思っただけよ。きっとあの青い人が、今回の優勝候補……」

 

 

と、そこまで口にした瞬間、正にそのペイルライダーがばたりと倒れた。

 

 

だがやられた訳ではなく、右肩のダメージ痕を中心に細かいスパークが這い回り、アバターの動きを封じているようだ。

 

 

「まるで、風魔法の《封雷網(サンダーウエブ)》みたい……」

 

 

風妖精族(シルフ)の魔法戦士であるリーファはそうコメントする。

 

 

さて、ペイルライダーが倒れてから10秒以上経過しているが、画面には特に変化はない。

 

 

–––ばさっ。

 

 

そんな音と共に、先程まで誰もいなかった場所からボロボロのフード付きマントを身に纏い、右肩に大きなライフルを掛けているプレイヤーが現れた。

 

 

ぼろマントのプレイヤーは倒れたペイルライダーに近づき、懐から黒いピストルを1丁取り出した。

 

 

「……ショボくねぇ?」

 

 

クラインの言う通り、肩に掛けているライフルの方が確認にペイルライダーを仕留められる筈だ。

 

 

ぼろマントはピストルに銃口をペイルライダーに向け、左手の人差し指と中指の先で額、胸、左肩、右肩の順に素早く触れる。いわゆる《十字を切る》ジェスチャーをした。

 

 

「あっ……⁉︎」

 

 

その声は誰が発したものだろうか。突然、ぼろマントは体を大きく後ろに仰け反らせる。

 

 

そしてそのコンマ1秒後に、先程までアバターの心臓があった位置を銃弾が通過した。背後から飛んできた銃弾を華麗に避けてみせたぼろマントの技術は驚異的なものだと、アスナは感じた。

 

 

ぬるりと上体を戻したぼろマントは一瞬だけ左後ろを振り返り、そして今度こそ、倒れているペイルライダーに向けて引き金を引いた。

 

 

乾いた銃声が空を切り、排出された空薬莢がちりんっと音を立てて足元に落ちる。

 

 

発射された銃弾はペイルライダーの胸の真ん中に命中したが、HPを一撃で削り切れなかった。

 

 

その直後、麻痺状態から回復したペイルライダーが勢いよく体を起こし、右手のショットガンをぼろマントの胸に突き付ける。

 

 

「うわ、大逆転……」

 

 

リズベットがそう口にし、誰もがペイルライダーの逆転勝ちを確信した。だが、カシャンっという音と共に、その予想は覆される。

 

 

その音はペイルライダーが手からショットガンを落とした音だった。胸を抑えて苦しみ悶え、再度地面に倒れるペイルライダー。

 

 

「な……何………?」

 

 

リーファが掠れた声を漏らしたのも束の間、ペイルライダーの体は光に包まれながら消滅し、アバターがあった場所には【DISCONNECTION】という回線切断を意味する文字が表示されていた。

 

 

アスナ達が突然のことに理解できず固まっていると、ぼろマントが右手の拳銃を生中継のカメラに向ける。

 

 

「……俺と、この銃の、真の名は、《死銃(デス・ガン)》。俺は、いつか、貴様らの前にも、現れる。そして、この銃で、本物の死をもたらす。俺には、その、力がある。忘れるな。まだ(・・)終わっていない(・・・・・・・)何も(・・)

終わって(・・・・)いない(・・・)。––––イッツ・ショウ・タイム」

 

 

ぼろマントがその言葉を発した時、アスナ達の後ろから何かが割れるような音がした。

 

 

アスナが振り向くと、バーカウンターにいたクラインが手からグラスを落としたようだ。

 

 

「ちょっと、何やってんの……」

 

 

リズベットが文句を言おうとしたが、クラインの低い声がそれを遮る。

 

 

「う……嘘だろ……あいつ……まさか……」

 

 

「クライン、知ってるの⁉︎あいつが誰なのか⁉︎」

 

 

「い、いや……昔の名前までは……。でも……間違いねぇ、これだけは断言できる……野郎は……《ラフコフ》のメンバーだ」

 

 

ラフコフの名前が出た瞬間、アスナだけでなく、リズベットとシリカまでも激しく息を吸い込んだ。

 

 

アインクラッド中層で暮らしていた彼女たちの記憶にも、殺人(レッド)ギルド《ラフィン・コフィン》の名は染み付いているのだ。

 

 

「ま……まさか……あいつらのリーダーだった、あの包丁使い……?」

 

 

「いや……《PoH(プー)》の奴じゃねえ。野郎の喋りや態度とは全然違う。でも……さっきの、『イッツ・ショウ・タイム』ってのは、PoHの決め台詞だったんだ。多分、野郎に近い、かなり上の幹部プレイヤーだ……」

 

 

呻くようにそう言ったクラインは画面に眼を戻し、アスナ達もつられるように目を戻した。

 

 

画面の中ではぼろマントが拳銃をしまい、遠ざかりつつあるところだった。

 

 

すると突然、ぼろマントが後ろに飛び退いた。先程までぼろマントがいた場所に複数の銃弾が飛来する。

 

 

ぼろマントはすぐさま態勢を整え、銃弾が飛んできた右斜め後ろ、橋の上に視線を向ける。

 

 

橋の上には左手の拳銃を持ち、その銃口をぼろマントの方へ向ける仮面の男が立っていた。

 

 

ぼろマントは肩に掛けていたライフルを手に取り、その男に向けて発砲する。しかし、仮面の男はそれよりも早く橋の上から飛び降り、右手首から射出したワイヤーを使って、橋の鉄骨の間をまるでサーカスの様に通り抜けながら降りてくる。

 

 

そして地上に降りた瞬間、腰の辺りから両剣を手に取りながらぼろマントとの差を縮め、その勢いのまま斬りつけた。

 

 

咄嗟のところでぼろマントは攻撃を回避した様に見えたが、剣先が僅かに掠めていたのだろう、胸の辺りに斜めにダメージエフェクトが入っており、HPが1割ほど削れていた。

 

 

姿形、アバター名こそ変われど、人間離れした動きにアスナ達はその仮面の男が“彼”である事に気付き、彼の名を口にした。

 

 

 

 

 

『ペルソナ(さん)‼︎』

 

 

 






今回はここまで。ここからは補足説明です。


主人公ペルソナはALOでの名前はPersona
読み:(ペルソナ)ですが、GGOでは【仮面】
読み:(ペルソナ)で、アスナ達は彼のGGOでの名前を知りません。


↑本編の最後の文で困惑してしまう人が出るかもと思ったので、念の為説明しました。


ご愛読ありがとうございました。



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第35話 追跡






 

 

 

2度目のサテライトスキャンで、ペイルライダーがダインを追っている事を知った。

 

 

もしペイルライダーが死銃(デス・ガン)ならば、ダインが犠牲になるかも知れない。そう考えた私は2人を追って鉄橋目指して駆ける。

 

 

途中、爆発音にも似た轟音が鳴り響き、戦闘が始まったかと思ったが、現場に着いた私が見たものは、私の予測とは全く異なるものだった。

 

 

 

青い迷彩服の男が、ボロマントの男にショットガンを突き付けている。だが次の瞬間、青い迷彩服の男が突然苦しみだし、そして光に包まれながらアバターが消滅した。

 

 

自発的なログアウトではない。アバターが正面した場所には、回線切断を意味する文字が浮かび上がっている。

 

 

–––キリトの言った通り奴が死銃か。

 

 

 

そこからは早かった。

 

 

ホルスターからマカロフを抜き、死銃に向けて発砲。不意打ちにも関わらず、いち早く私の殺気を気付き回避した事には素直に称賛したいところだ。

 

 

–––殺人犯じゃなければな……。

 

 

態勢を整えた死銃がライフルを鉄橋の上にいる私に向けると同時に、私は右手首の装置からワイヤーを射出。途中でワイヤーを切り、受け身を取りながらコートダブリスDを掴む。

 

 

そして一気に死銃との差を縮め、奴の胴体目掛けて紫色の刃を振り下ろした。

 

 

が、刃が死銃の身体に触れるよりも早く、奴は身を仰け反り、剣先が僅かに掠める程度のダメージしか与えられなかった。

 

 

「貴様は誰だ?」

 

 

そう問いかけると同時に見えたボロマントの中。

 

 

–––赤い目をした髑髏マスク……。

 

 

それが私の記憶を刺激する。

 

 

「その身のこなし……そうか。お前だな、ペルソナ」

 

 

どうやら奴は私の事を知っているようだ。

 

 

「お前も、憶えていないようだな。裏切者」

 

 

「…………」

 

 

「お前と、黒の剣士は必ず殺す。だが、今はまだだ」

 

 

そう言いながら後ずさる死銃。もちろん逃すつもりはないので、私は死銃に詰め寄る。

 

 

だが、同時に死銃がボロマントの中から筒状の物を取り出し、ピンを外して目の前に投げてきた。

 

 

「っ‼︎(まずい!)」

 

 

それがグレネードだと気づいた瞬間、私は咄嗟に地面を蹴って勢いよく後ろに退がるが、爆発まで間に合わない。ダブリスを体の前に構えて盾にし、ダメージを最小限にしようと試みる。

 

 

直後、強烈な閃光と爆発音に目と耳をやられた。

 

 

–––スタングレネードだったか……。

 

 

直接的なダメージは無いものの、視覚が回復するまでの間に死銃は姿を消していた。

 

 

「……逃げられたか」

 

 

その時、3度目のサテライトスキャンを知らせるアラームが鳴り、私は端末を開いて周囲のプレイヤーの位置を確認した。だが、

 

 

「死銃がいない?」

 

 

端末に表示されたプレイヤー情報は、私を除いて先程倒されたダインのものしかなかった。また、青い迷彩服の男は通信切断された(正しくは死銃に殺された)のが原因か、表示されていなかった。

 

 

だが、死銃の反応も無いのは明らかに不自然だ。例え奴がAGI(俊敏力)特化型のプレイヤーだったとしても、この僅かな時間で遠くに行くことは出来ない筈だ。

 

 

–––いやそれ以前に、何故私を撃たなかった? 

 

 

どういうトリックかは知らないが、死銃は仮想世界で撃った相手を現実世界でも殺すことができる。この目で見てしまったのだから信じるしかあるまい。

 

 

だからこそ、私を撃たなかったのが気がかりだ。

 

 

自惚れている訳では無いが、私はある程度の殺意を持った攻撃に対応することができる。だが、視覚と聴覚が機能しない状態で飛来する銃弾を全て捌くことはできない。

 

 

 

ザッザッ––––

 

 

「ッ!」カチッ

 

 

背後から足音が聞こえ、私はマガジン交換を行いながらマカロフを足音がした方に向ける。

 

 

「ストップ!俺だよペルソナ!」

 

 

「キリトとシノンか。驚かせるな」

 

 

話を聞く限り、どうやら彼らは先程の出来事を少し遠くから見ていたらしい。私が現場に駆け付けている途中に聞いた爆発音は、シノンのヘカートの弾丸が地面に着弾した時の音だったようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

互いに情報交換しながら、私は死銃が潜伏している可能性が高い都市廃墟へと向かっている。

 

 

キリト達から得た情報を整理すると、死銃は黒いハンドガンで相手を撃つことで人を殺している。また、先程死銃に殺された青い迷彩服の男はペイルライダーだった。……候補が1人減ったか。

 

 

そして死銃のメイン武器は《L115A3》通称:沈黙の暗殺者(サイレント・アサシン)消音器(サプレッサー)付のスナイパーライフルだ。

 

 

消音器で銃声が聞こえない為、銃弾が飛んできた方向から相手の場所を特定するしかない。

 

 

–––初弾でやられる可能性も否めないが……。

 

 

そんな事を考えている間に、都市廃墟に到着した。

 

 

スキャンの時間となり、私たちは手分けして死銃である可能性があるプレイヤー……《銃士X》と《ステルベン》を探していく。

 

 

「「……いた!」」

 

 

キリトとシノンの声が重なった。

 

 

街の中央、見晴らしの良い絶好の狙撃ポジションに銃士Xの名前を発見した。ステルベンはいない。

 

 

–––コイツが死銃。

 

 

「狙っているのは、多分……」

 

 

キリトが移動し続ける光点を指差す。表示された名前は《リリコ》。

 

 

リリコが今いる場所から他の場所に移動する為には、銃士Xの射線をくぐり抜けるしかない。狙うには打ってつけだろう。

 

 

「二手に別れるぞ。キリトはリリコを、私は銃士Xの相手をする。シノンは援護を頼む」

 

 

「了解。でも大丈夫なの? 銃士Xが死銃で、もし撃たれでもしたら……」

 

 

「心配するな。奴の動きはさっき覚えた。それにハンドガンの弾丸を捌くことなど造作もない」

 

 

「そう……」

 

 

シノンが何か言いたそうだったが、今は1秒でも時間が惜しい。私たちはすぐさま行動に移った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シノンside–––

 

 

ほとんど足音を立てずに走っていくキリトとペルソナ。

 

 

その背中が遠ざかるのを見つめながら、シノンは胸の奥にチクチクと奇妙な感覚が生まれるのを感じた。それは緊張や不安に似ている。そう、心細いのだ。

 

 

その事に気づいた瞬間、すぐに奥歯を噛み締めて強く自身を叱咤する。心臓の辺りのチクチクを無理矢理呑み下ろし、南西に面するビルに入ろうとした寸前に背筋に強烈な寒気を感じ、振り向くこともできずに路面に倒れた。

 

 

 

–––何……どうして……?

 

 

何が起きたのかすぐに理解できなかったシノンだが、撃たれたであろう左腕を見ると、腕には青白く発光した銀色の針のような物体が刺さっている。

 

 

–––電磁スタン弾⁉︎

 

 

それはペイルライダーを麻痺させた特殊弾そのものだったが、シノンは自分を撃ったのが“奴”だとは認められなかった。何故なら、スタン弾は通りの南側から飛来した。だが“奴”はペルソナ達が向かった北側のスタジアム外周にいる筈だ。さらに言えば、南側のプレイヤーはシノンを攻撃できない筈なのだ。

 

 

–––じゃあ誰が、どうやって?

 

 

その疑問に答えるように、スタン弾が飛んできた方から空間を切り裂くようにボロマントのプレイヤー……死銃が姿を現した。

 

 

–––メタマテリアル光歪曲迷彩(オプチカル・カモ)‼︎

 

 

それは装甲表面で光そのものを滑らせ、自身を不可視化する謂わば究極の迷彩能力。だが、それは一部の超高レベルボスモンスターだけが持つ能力であり、フィールドにMobが導入されたというアナウンスはなかった。

 

 

死銃は倒れるシノンにゆっくりと近づき、彼女から2メートルほど手前の所で停止する。

 

 

「ペルソナ。お前に教えてやろう、お前が裏切り、お前が殺した仲間たちの無念を。この女を殺し、お前にも、俺と同じ、想いをしてもらう」

 

 

シノンには、死銃の言葉が理解できなかった。だが、このままやられる訳にもいかない。そう思った彼女は何とか動きそうな右腕を動かし、MP7のグリップを掴む。

 

 

そして死銃がハンマーをコッキングする一瞬の隙をつき、MP7の全弾を撃ち込もうとした時、死銃が引き抜いた黒い自動拳銃を見てシノンは全身が凍りついた。

 

 

–––なんで、ここに、あの銃が……。

 

 

動揺のあまり、手からMP7を落とすシノン。

 

 

カチッ、と音を立ててハンマーが起こされる。

 

 

不意にボロマントのフードの内部に、シノンは1人の男の顔を見た。

 

 

–––“あの男”の眼……いたんだ。この世界に潜んで、わたしに復讐する為に。

 

 

死銃の指がトリガーに掛かり、キリリッと、トリガーが軋む音にシノンは瞼を閉じる。

 

 

 

そして、

 

 

 

 

–––ターンッ!!!–––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1発の銃声が轟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第36話 消えない過去


お待たせしました。第36話です。



 

–––なんで、ここにあの銃が……。

 

 

死銃(デス・ガン)が取り出したのは《黒星(ヘイシン)・五十四式》。何処にでもある何の変哲もないハンドガンだが、シノンはその銃を見た瞬間、まるで全身が凍りついてしまったかの様に動けなくなってしまった。

 

それは麻痺弾のバフ効果などという単純なものではなく、シノンが抱える過去のトラウマによるものも大きかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

5年前–––––

 

 

当時、まだ11歳だったシノン…《朝田詩乃》は母親と共に、とある郵便局で起こった強盗事件に巻き込まれた。

 

 

その男は郵便局に入ってすぐに窓口へと向かい、鞄の中から拳銃を取り出して金を全てを鞄に入れるように要求した。

 

 

窓口の男性局員が札束を差し出すフリをして、机の裏にある警報ボタンを押そうとしたが、男は警報ボタンを押そうとした男性局員を銃で撃ち、更に客用スペースにいる詩乃の母親までも拳銃で狙った。

 

 

その時、詩乃は無意識にもこう考えたのだろう、

 

 

–––わたしが、お母さんを、守らないと。

 

 

次の瞬間、詩乃は男に飛び掛かり、拳銃を握る男の右手首に噛み付いた。

 

 

驚愕した男は詩乃ごと右腕を振り回す。

 

 

詩乃はカウンターの側面に叩きつけられるが、目の前に転がってきた黒い拳銃を拾い上げ、それを男の方は向ける。

 

 

男は自分に銃を向ける詩乃の両手首をキツく握ったが、逆にそれが悪手となった。

 

 

詩乃が反射的に引き金を絞る。男に強く手首を握られていた為、反動エネルギーは男の両手に吸収された。

 

 

その後も男が何度も詩乃に掴みかかろうとしたが、その度に詩乃がトリガーを引く。

 

 

そして3度目の弾丸が男の頭を貫き、男は生命活動を停止した。

 

 

–––守った。

 

 

詩乃は母親を守ることが出来たとそう思った。だが、母親が自分へと向けた恐ろしいものを見る眼に詩乃は自らの手に視線を落とす。

 

 

その時、ようやく詩乃は自身が取り返しの付かない事をしたことに気が付き、高い悲鳴を上げた。

 

 

 

 

この時彼女か男を撃った銃こそ、黒星・五十四式。この時から詩乃は《殺人者》のレッテルを貼られたまま生きる事となったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現在–––––

 

 

 

死銃の指がトリガーに掛かり、トリガーが軋む音にシノンは瞼を閉じる。

 

 

GGOに来て、ペルソナやキリトと言ったプレイヤーと出会い、シノンは彼女が求める《強さ》の意味が解る気がしていた。だからこそ、こんな所で諦めたくない。

 

 

そう思った瞬間、

 

 

 

–––ターンッ!!!–––

 

 

 

1発の銃声が轟いた。

 

 

 

シノンは死を覚悟したが、いつまで経っても意識が消える気はせず、目を開けると、死銃が黒星を持っていた筈の右手には、拳銃の代わりにオレンジ色のダメージエフェクトが瞬いていた。

 

 

–––誰かが死銃を撃った。でも誰が……、

 

 

その思考を遮るように2度目の銃声が轟き、銃弾は死銃の左肩を正確に撃ち抜いた。

 

 

その直後、シノンと死銃の近くに灰色の缶ジュースの様な筒状の物が転がってきた。それがグレネードだと気付いた死銃はさっとビルに中に逃げ込み、シノンはグレネードの爆発の直撃による死を覚悟した。

 

 

だが、それが発したのは爆炎ではなく、大量の煙を吐き出し、シノンの視界は真っ白な煙に包まれる。

 

 

逃げるなら今の内だとシノンは思ったが、スタン効果はまだ消えない。体が動かない中、シノンはヘカートⅡごと誰かに抱えあげられる。

 

 

煙が晴れ、視界が回復したシノンは自身を横抱きにして走るプレイヤーの顔を視認した。

 

 

「ペルソナ……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

---間一髪だったな……。

 

 

シノンと別れ、銃士Xの所に向かった私だったが、銃士Xが死銃ではないことはすぐに分かった。何せ、どこからどう見ても銃士Xは女性だったからだ。

 

 

そこで私は大きな見落としをしていることに気が付いた。

 

 

そして最悪の事態を予測し、銃士Xを瞬殺した後にシノンのもとに向かうと、予測通りシノンが死銃にハンドガンを向けられていた。私は咄嗟に銃士Xから拝借したライフルで死銃を狙撃し、鉄橋の時のお返しと言わんばかりにスモークグレネードを投げつけ、煙幕で目くらましをしている間にシノンを回収して今に至る。

 

 

途中でキリトと合流し、廃墟の北側のメインストリートを曲がった所で複数の三輪バギーとロボットホースが停めてある無人のレンタル乗り物屋を見つけた。

 

 

馬は扱いが難しいため、私たちはどうにか動いた2台の三輪バギーに乗り込んだ。

 

 

「シノン、ライフルであの馬を破壊してくれ」

 

 

「わかった、やってみる……」

 

 

シノンは肩から降ろしたヘカートを構え、ロボットホースに狙いを定める。距離は20m程度。あとは彼女が引き金を引けば、機械の馬達は確実に破壊されるだろう。だが……、

 

 

「え、何で……?」

 

 

「どうした?」

 

 

シノンはヘカートの引き金を引こうと手に力を入れる。が、何度やってもその銃口から弾丸が放たれることはなかった。

 

 

「トリガーが引けない。何でよ……」

 

 

そうしている間にも、死銃がこちらへ近づいてきている。

 

 

「掴まってろシノン!」

 

 

私はシノンの左腕を握り、自分の胴体を抱かせる様な形をとらせた所で、バギーを急発進させた。

 

 

速度を維持したまま、廃墟の中を疾走するバギー。このまま行けば、逃げ切れるだろう。だが、

 

 

「来たぞ‼︎」

 

 

「……やはり来たか」

 

 

現実はそこまで甘くはないらしい。

 

 

キリトの声に反射的にバギーのミラーを確認したすると、そこには先程破壊しそびれたロボットホースに跨る死銃の姿があった。

 

 

「追いつかれる……!もっと速く、逃げて……!逃げて‼︎」

 

 

悲鳴混じりの声で叫ぶシノン。私は彼女に応えらようにバギーの速度を更に上げようとするも、廃車両などの障害物が多すぎるため、中々思うようにいかない。

 

 

追ってくる死銃の方は、機械馬の四足歩行を駆使して廃車両を回避しながら追い上げてくる。

 

 

と不意に、死銃が右手を手綱から離したと思ったら、そこには黒い拳銃が握られていた。

 

 

そして赤い弾道予測線がシノンの眉間を捉える。

 

 

私は咄嗟に彼女の頭を倒した。その直後、銃声と共に発射された弾丸はそのまま前方の廃車に命中した。

 

 

「嫌ああぁっ‼︎」

 

 

悲鳴を上げたシノンは、死銃から目を背けるように背中に顔を押し付けてくる。

 

 

続け様に死銃は2発目を発射し、その弾丸はバギーのリアフェンダーに命中した。

 

 

「ペルソナ!……くそっ!」

 

 

キリトが《FN・ファイブセブン》で応戦するも、彼が放った銃弾はあらぬ方向へ飛んでいく。

 

 

「よせキリト、弾の無駄だ」

 

 

「でもこのままじゃ……!」

 

 

「わかっている。だが今は逃げる事に集中しろ」

 

 

とは言ったものの、相手は小回りが効く機械馬でこちらはバギー。更にこっちは2人乗りで奴は1人だけでの騎乗。このまま逃げ続けても追いつかれるのは火を見るより明らかだ。

 

 

–––ここは、賭けるしかない……!

 

 

「聞こえるかシノン!このままではいずれ追いつかれる。だから君がその銃で奴を撃て!」

 

 

「む、無理だよ……」

 

 

シノンは弱々しくそう答えた。

 

 

死銃に銃口を向けられてからシノンの様子がおかしいのは目に見えていた。何が彼女をここまで追い詰めているのか気になるが、今はその理由を考えている余裕はない。

 

 

「当てる必要はない。牽制だけで十分だ!」

 

 

「無理よ!だって……あいつ、あいつは……!」

 

 

「しっかりしろ!シノン‼︎」

 

 

気づけば私は彼女に怒鳴っていた。

 

 

「貴様は私を倒すんじゃなかったのか?ダイン達のスコードロンと組んでベヒモスと戦ったとき貴様は言ったな、『せめてゲームの中でくらい、銃口に向かって死んでみせろ!』っと。あの時の貴様は……《シノン》はどこへ行った‼︎」

 

 

私がそう叫ぶと、弱々しく縮こまっていたシノンは意を決した顔をしてヘカートの銃口を死銃に向けた。しかし、

 

 

「駄目、撃てない……指が動かない。わたし……もう、戦えない……」

 

 

シノンの指は震えており、とてもトリガーを引ける状態ではなかった。

 

 

「大丈夫だ、まだ君は戦える」

 

 

私は片手でハンドルを持ち、もう片方の手をヘカートのグリップを握るシノンの手に重ねた。

 

 

「私も一緒に撃つ。だから頼む、シノン」

 

 

「駄目、こんなに揺れてたら照準が合わない!」

 

 

シノンの言う通り、走行中のバギーは道の凹凸(おうとつ)も相まって激しく揺れている。こんな状態で射撃しても銃弾がまっすぐ飛びはしないだろう。

 

 

「ペルソナ!」

 

 

ふと、隣を走るキリトが何やら前の方を指差しながら声をかけてきた。……そういう事か。

 

 

「シノン、5秒後に揺れが止まる。---3、2、1、行くぞ!」

 

 

カウントダウンが終わるのと同時に、私たちの乗るバギーは横転していた車に乗り上げ、勢いよく飛びあがる。

 

 

シノンはバギーが飛んだことに一瞬驚いていたが、すぐに冷静になり、スコープを覗く。そして私たちはトリガーを引いた。

 

 

轟音と共に放たれた弾丸は死銃から大きく逸れたが、代わりに近くで横転していた大型トラックの腹に命中。タンクにガソリンが残っていたのだろう、死銃がトラックの真横を通り過ぎようとした瞬間、巨大な爆炎が死銃と奴が乗る機械馬を包み込んだ。

 

 

バギーが着地し後ろを振り向くと、死銃が乗っていた機械馬がバラバラに千切れ飛んでいるのを確認できたが、この程度で奴が倒れたとは考えづらい。

 

 

私とキリトは再び前に向き直り、都市廃墟を抜けて砂漠地帯へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 





今回はここまで。

次回もまた遅くなるかもしれませんが、なるべく早めに投稿できるように頑張ります。



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第37話 洞窟にて


毎度のことながら、本編を中途半端な所で区切るから中々良いタイトルが思いつかない。


なら本編をもう少し長くすれば良いのではという考えも浮かんでくるのですが、自分の性格上、長すぎる文章は読み終えるのに体力使うので、なるべく短い方が良いのかなと考えているのですが、実際に読んでくれている方々はどう感じているのか気になるので、是非良ければ参考までに感想などで教えていただけると幸いです。


早速、前書きから長くなってしまってますが第37話、どうぞ。



※報告、作品名を変更しました。




 

砂漠地帯に入った私たちは、近くに見つけた洞窟の中にバギーを入れ、さらに奥にある少し開けたスペースに腰を掛けた。

 

 

「シノン、さっき奴は君の前に突然現れたな。まさかとは思うが、あれは……」

 

 

「ええ、あれは《メタマテリアル光歪曲迷彩(オプチカル・カモ)》だったわ」

 

 

「やはりか……」

 

 

その能力を持つ装備が存在するという話を耳にしたことはあるが、どれも確証のない噂だと思って気にしていなかった。

 

 

「あのー、そのメタなんちゃら・カモってのは一体何なんだ?」

 

 

キリトは知らなかったな。

 

 

「メタマテリアル光歪曲迷彩……主に高レベルのボスモンスターが使用する能力だ。噂程度には聞いたことはあるが、まさか実在していたとはな。恐らく、スキャンに映らなかったのもそれが原因だろう」

 

 

「そうなると、いきなり目の前に現れて奇襲される可能性があるってわけか……厄介だな」

 

 

「それなら大丈夫、だと思う。透明になっても足音は消せないし、ここは地面が砂だから足跡も見える。だからいきなり近くに現れるのは無理」

 

 

「なるほど、じゃあせいぜい耳を澄ませてないとな。俺は入口の近くで死銃(デス・ガン)や他のプレイヤーが来ないか見張っておくよ」

 

 

「分かった。気をつけろよ」

 

 

キリトにそう言い、洞窟の岩壁に背中を預けた私は取り出した筒状の救急治療キットを使って体力を回復させる。

 

 

そうしている間にも、5回目のサテライト・スキャンの時間になったが、洞窟内にいるため、私たちの位置情報が他のプレイヤーに知られる事はない。だが同時に私たちの端末にも衛星からの電波がこないため、私たちも他のプレイヤーの位置情報を知ることができない。

 

 

---あまり長居はできそうにないな。

 

 

「ねぇ、ペルソナ。さっきどうしてあんなに早くわたしを助けに来れたの?」

 

 

突然シノンがそんな事を聞いてきた。情報共有は大切だからな、話しておいて損はしないだろう。

 

 

「私たちが初め死銃(デス・ガン)だと思っていた銃士Xが人違いだったからな」

 

 

「人違い?」

 

 

「ああ。何処からどう見ても女性だったからな。キリトの奴とは違って本物の」

 

 

「へぇ……」

 

 

「あと、《ジュウシエックス》ではなく《マスケティア・イクス》と読むらしい。倒す前に堂々と名乗ってくれたよ。そして嫌な予感がして戻ってみるとシノンが死銃に拳銃を向けられていたからな、咄嗟にマスケティアを倒した際に拝借したライフルとスモークグレネードを使って……あとは知ってのとおりだ」

 

 

「そう。わたしがもっとしっかりしておけば……」

 

 

シノンはそう言いながら抱えた膝に額を落とした。

 

 

「そう自分を責める必要はない。私も直前まで気が付かなかったのだから仕方ないさ」

 

 

「ペルソナ……」

 

 

「……さてと、私はキリトと共に奴を倒しに行くが君はここで隠れていろ。本当はログアウトしてほしいが大会中はできないからな」

 

 

私がコートダブリスDのバッテリーを補充しながらそう言うと、シノンは驚きの表情をしながら顔を上げる。

 

 

「あの男……死銃と戦うつもりなの……?」

 

 

「ああ、奴は私が倒さないといけないからな」

 

 

「あいつが怖くないの?」

 

 

「さあな。死ぬのは御免だが、これ以上被害者を増やさない為にも奴はこの手で始末する」

 

 

ダブリスの充電も満タンになり、いざ立ち上がろうとしたとき、シノンが私のコートを引っ張ってきた。

 

 

「わたし、逃げない。ここに隠れないで、わたしも外に出てあの男と戦う」

 

 

それは突拍子もない発言だった。いや、彼女の性格から考えれば当然か。だが、これ以上私たちの問題で部外者の彼女を危険にさらす訳にはいかず、私は彼女を止める。

 

 

「駄目だ。奴に撃たれれば本当に死ぬかもしれない。現に君は奴のターゲットにされているんだぞ。それに私やキリトと違って君は近距離戦闘には向いていない。さっきのように零距離で不意打ちでもされたら……」

 

 

「死んでも構わない」

 

 

私の説得はシノンが放ったその言葉によって遮られた。

 

 

「……わたし、さっき凄く怖かった。死ぬのが恐ろしかった。5年前のわたしより弱くなって、情けなく悲鳴上げて……そんなわたしのまま生き続けるくらいなら、死んだほうがいい」

 

 

「死に恐怖を抱くのは普通のことだ。死の恐怖を脱するなど狂人の所業だ」

 

 

「嫌なの、怖いのは。もう怯えて生きるのは……疲れた。別に貴方たちに付き合ってくれなんて言わない。1人でも戦えるから」

 

 

そう言い残して立ち上がろうとしたシノンの手を私は掴んだ。

 

 

「1人で戦って、1人で死ぬとでも言いたいのか」

 

 

「そうよ。多分、これがわたしの運命だったんだ……」

 

 

シノンは彼女を掴む私の手を振り払おうとする。

 

 

「……離して。わたし、行かないと」

 

 

「シノン……」

 

 

私は彼女の肩を掴んで体を正面に向かせる。そしてシノンの頬を勢いよく叩いた。

 

 

シノンは突然の私の行動に驚き目を見開いている。

 

 

「な、何するのよ⁉」

 

 

激昂するシノン。

 

 

「少しは頭を冷やしたらどうだ!貴様が死ぬことで家族や友人といった貴様の周りにいる者がどんな思いをするのか考えたことはないのか‼」

 

 

人に言っておいてなんだが、私もシノンに負けないくらいこの時は冷静さを欠いていたと思う。いつになくらしくない事をしてしまった。

 

 

「そんな事知らないわよ!わたしが死んだって悲しむ人なんて……」

 

 

「私がいる!少なくともここに1人、君の死を望まない者が!」

 

 

「なら……」

 

 

直後、私はシノンに胸倉を掴まれた。

 

 

「なら、あなたがわたしを一生守ってよ‼」

 

 

彼女は瞳に涙を浮かべながら固く握った拳を私の胸板に向けて何度も打ち付けてくる。

 

 

「何も知らないくせに、何もできないくせに、勝手なこと言わないで!これは、わたしの……わたしだけの戦いなの!たとえ負けて死んでも、誰にもわたしを責める権利なんかない‼ それとも、貴方が一緒に背負ってくれるの⁉ この……っ」

 

 

シノンは震える拳を私の前に突き出す。

 

 

「この、人殺しの手を、貴方が握ってくれるの⁉」

 

 

その言葉を最後に彼女は私の胸をもう一度強く叩き、そのまま私の胸に凭れ掛かってきた。

 

 

「う……うっ……」

 

 

暗い洞窟には少女の小さな嗚咽交じりの声だけが響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暫くの間そのままでいたが、泣き疲れたのかシノンは全身の力を抜いて私に体を委ねてた。

 

 

「……少しだけ、寄りかからせて」

 

 

「ああ……」

 

 

弱々しく呟く彼女に私はそう小さく答えた。

 

 

先程の騒ぎを聞いて心配したのだろう、入口で見張りをしていたキリトも様子を見にきた。

 

 

そしてキリトが地面に腰を下ろしたところで、シノンがゆっくりと口を動かした。

 

 

「わたしね……、人を、殺したの」

 

 

そうしてシノンは自身の過去を語り始めた。

 

 

 

小さい頃、母親と共に出掛けた郵便局で強盗事件に巻き込まれたこと。

 

 

その時男から取り上げた拳銃で強盗を射殺したこと。

 

 

その事が原因で周囲から虐げられてきたこと。

 

 

事件がトラウマとなり、銃を見るたびに発作が起きていたがGGOでは発作も起きずにいたが、死銃に銃を向けれた瞬間、発作が起きそうになったこと。

 

 

 

「わたし、いつの間にか《シノン》じゃなくて現実のわたしに戻ってた。死ぬのは、そりゃ怖いよ。でも、それと同じくらい、怯えながら生きるのも辛い。死銃と……あの記憶と戦わないで逃げちゃったら、わたし前よりも弱くなっちゃう。だから……」

 

 

私には想像する事が出来ないであろう辛い記憶を呼び起こしながら話すたびに、彼女の体は小さく震え、それを見て私は勝手に言葉を発していた。

 

 

「私も人を殺したことがある」

 

 

「おい、ペルソナ」

 

 

「キリト、彼女は自分の過去を話してくれた。私たちも話さなければ不公平だろう?それに彼女も勘づいているはずだ。私たちが生還者(サバイバー)だということに」

 

 

「じゃあ、やっぱり貴方たちは……」

 

 

「ああ、《ソードアート・オンライン》。俺やペルソナ、そして死銃もそのゲームに囚われていた。俺たちはアイツと互いに命を奪い合ったはずなんだ」

 

 

「奴は《ラフィン・コフィン》という犯罪者ギルドに所属していた。……奴らは金やアイテムを奪うだけでは飽き足らず、積極的に殺人を楽しんでいた」

 

 

「で、でも……あのゲームではHPが無くなったら本当に死んじゃったんでしょ?」

 

 

「そうだ。だからこそ、かな。一部のプレイヤーにとって殺しは最大の快楽だった。ラフィン・コフィンは、そんな連中の集まりだったんだ」

 

 

キリトの話を聞いて信じられないという顔をしていた。まあ無理もない。ゲーム内の死が現実の死に繋がる世界で実際に殺人を行う団体がいるなどとは考えたくはないだろう。

 

 

「無論、放っておけば犠牲者は増え続けるばかり。そこで私たちは大規模な討伐部隊を結成し、奴らを壊滅させるために動いた。勿論、殺さずに無力化して牢獄に送るという作戦だ。入念に奴らのアジトを捜索して、戦力もこれでもかというほど高レベルのプレイヤーを揃えた。だが、何処からか情報が洩れていて、私たちは逆に奴らの張った罠に掛かった。何とか態勢を立て直したが、それでも物凄い混戦でな、その中で私は15人のプレイヤーを殺した」

 

 

今度こそ、シノンは絶句した。

 

 

「それでも君はその事を覚えていた。俺なんか昨日、総督府の待機ドームで死銃に会うまで無理矢理忘れて思い出そうともしなかった」

 

 

「辛い記憶を忘れたいと思うのは決して悪いことではない。問題はその後どうするかだ。この手で奪ってしまった命の重さを受け止める。私たちにはそれしかできない。それに……どれもこれもラフィン・コフィンというギルドが生まれてしまったことが原因だ。……それに間接的ではあるが、その責任は私にもある」

 

 

「それってどういう……?」

 

 

そう言って首をかしげるキリトだったが、段々と私の言葉の意味を理解してきたのだろう「まさか」とでも言いたそうな顔をして目を見開く彼に向けて私は仮面の下で小さく笑みを浮かべながら続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私はかつて、ラフィン・コフィンに……正確にはその元となったギルドに所属していた」

 

 

 

 

 

 






ファントム・バレット編も佳境に入りました。


頑張って書き上げていきます。


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第38話 ギルド《星の騎士団(スター・ナイツ)

 

 

キリトside

 

 

「私はかつて、ラフィン・コフィンに……正確にはその元となったギルドに所属していた」

 

 

突然の彼の告白に俺は耳を疑った。

 

 

今まで頼もしい仲間の1人として共に戦ってきた彼が、実はラフィン・コフィンの元メンバーだと言いだしたのだ。

 

 

「じゃあ、死銃(デス・ガン)が言ってた『裏切り』ってのは……」

 

 

「半分正解だ。だが、私は決して奴らの殺人に手を貸していた訳ではない。私から言わせてみれば、裏切ったのは奴らの方だからな」

 

 

シノンからの問いかけにペルソナはそう答える。

 

 

そうだ。彼にも何か事情があったのだろう。それにどんな過去があるにせよ彼は彼だ。

 

 

「ペルソナ、聞かせてくれ、君の話を」

 

 

「勿論だ。お前たちには知っていて貰いたいからな。私の、かつての仲間たちのことを」

 

 

彼はそう言うと、一呼吸置いてから

 

 

「……ギルドの名前は《星の騎士団(スター・ナイツ)》。主に中、下層で活動していた小さな支援ギルドだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

---SAO時代---

 

 

 

 

ギルド結成当時、スター・ナイツのメンバーは私を含めて僅か7人しかいなかった。元々ソロで活動していた私は正式にギルドに加入している訳ではなく、あくまで雇われているという形で力を貸していた。

 

 

結成したての頃は、それはもう酷いものだった。ギルドの情勢は常に火の車。そんな中、意見の食い違いから内部分裂が起きたり、たまに暴走して単独で上層に向かうような奴もいた。

 

 

そうして紆余曲折しながらも、ギルドの支援活動が軌道に乗り、初期メンバーも健在のまま着々とメンバーは増えていったのは、偏にギルドリーダーの人柄の良さがあってこそだろう。

 

 

 

……ギルドの活動も安定し、中層あたりにならそこそこ知名度が上がってきた頃だ。奴が……PoH(プー)が私たちの前に現れたのは。

 

 

 

 

 

その日、私たちはいつものように中層の少し高めのダンジョンでアイテム集めを行っていた。

 

 

ダンジョン内を一通り探索し終わり、街へと引き返していた道中、私たちは1人のプレイヤーが複数のモンスターと対峙している所を目撃した。

 

 

プレイヤーのHPはもう少しでレッドゾーンに入りそうで、危険な状態であることは火を見るよりも明らかで、お人好しの我らがリーダーは「あの人を助けるぞ」と言っていの一番に駆け出し、私たちもそれに続くように攻撃を開始する。

 

 

何度も来ているダンジョンということもあり、こちらはモンスターの行動パターンを完全に把握していた為、数分もしないうちに戦闘は終了した。

 

 

助けた男はつい最近になってこの層まで来たらしく、ここのダンジョンのモンスターが予想以上に強く苦戦していたから助かった、と言った。

 

 

私はその男の言葉に違和感を覚えた。確かにここのダンジョンのモンスターは一階層下の奴らと比べると飛躍的にレベルが上がっている。

 

 

しかし、それはこの階層とひとつ下の階層で活動するプレイヤーにとっては常識なのだ。仮に彼が最近までもっと下の層にいたとしても、上の層に来る際に事前に情報を集めないとは考えづらい。それもソロプレイヤーなら尚更だ。

 

 

だが、この時の私はこの違和感に対して深く考えることはしなかった。

 

 

その怠慢さが後に取り返しのつかない事態に陥る事とは知らずに。

 

 

何か礼をしたいと言い出した男に、リーダーがギルドの戦力として活躍してほしいと言うと、彼は二つ返事で了承し、ギルドに加入する事となった。

 

 

 

その男こそがPoHだ。

 

 

 

 

PoHがギルドに入ってから数週間経ったある日、私はリーダーから呼び出された。それも2人きりで秘密裏にという事でだ。

 

 

あのリーダーがそんな事を言い出すとはただ事ではないと思い、ダンジョン攻略直後で疲弊していたが、すぐさま彼が指定した場所へと向かった。

 

 

 

 

 

そこは下層にあるダンジョンの安全地帯だった。

 

 

だがそこに居たのはギルドリーダーだけでなく、PoHや奴が加入してから続々とギルドに入ったメンバーが、リーダー達古参メンバーを拘束している光景が広がっていたのだ。

 

 

その時、私はようやく初めて奴と会った時の違和感が何だったのか分かった。

 

 

奴は始めからギルドを乗っ取るつもりでいたのだ。

 

 

中層以下のプレイヤーを支援出来るほど潤沢な資金や素材を持つ私たちは、奴等にとって格好の獲物だったのだろう。

 

 

PoHはレッドギルド《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》の結成を宣言し、私たちのギルドを壊滅させた。

 

 

一瞬の隙をつき、複数の仲間を連れて私は街に向けて撤退したが、結局、私と共に逃げた仲間たちも追ってきたPoH達によって惨殺された。

 

 

 

……そこからの記憶は曖昧だ。PoHがどうなったのか、自分はどうやって拠点まで逃げ帰ることが出来たのか、今でも思い出すことはできない。

 

 

確かなことは、私とラフコフの因縁はこの時から始まったということだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

---GGO---

 

 

 

 

「そんな事があったのか……」

 

 

「攻略に没頭していた貴様は兎も角、他の攻略組も知らないだろう。そもそもスター・ナイツの名を知るプレイヤーは上層にはいなかったからな。もしもあの時、PoHの事をもっと警戒していれば、ギルドが乗っ取られる事も、多くのプレイヤーがラフコフの被害に遭うことはなかったかもしれない」

 

 

 

私たちはしばらくの間沈黙し、やがてシノンが掠れた語りかけてきた。

 

 

「ペルソナ、教えて。貴方はその記憶をどうやって乗り越えたの?」

 

 

「乗り越えてなどいないさ。今でもその時のことを思い出すだけで、当時の自分に対して煮え滾るほどの怒りを感じるし、自責の念を感じることもある。だからこそ私は、あの時の出来事を一生忘れる事はないだろう」

 

 

「そんな……じゃあ、わたしは一生このまま……」

 

 

「だが、私はそれで良いと思っている」

 

 

「えっ?」

 

 

「過去はどう足掻いても過去だ。決して変えることはできない。だからこそ、自分が犯した罪とその重みを受け止め、覚えておくことが、彼らに対する唯一の償いであり、責任なのだと私は思う」

 

 

そうして私たちは再び黙り込む。

 

 

再びその沈黙を破ったのは、またしてもシノンだった。

 

 

「死銃……あのボロマントの中にいるのは、実在する、本物の人間なんだね」

 

 

「そりゃあ、そうさ。元ラフィン・コフィンの幹部プレイヤー、それは間違いない」

 

 

「そして恐らく、PoHがギルドを乗っ取った時からいたメンバーの1人。あとは当時の名前さえ思い出せればな……」

 

 

「でも、死銃はどうやって人を殺しているのかしら……」

 

 

「そればかりはまだ何ともな、あいつが今まで殺した《ゼクシード》や《薄塩たらこ》、そして《ペイルライダー》も奴に撃たれてから死んでいる。それもゼクシードとたらこの死因は脳損傷じゃなくて心不全なんだ……」

 

 

「その事について、ずっと疑問に思ったことがある」

 

 

2人の視線が私に集まる。

 

 

「奴はあの拳銃で仮想世界の相手を銃撃すると、現実世界のプレイヤーの心臓を止める事ができる。なら何故、奴はあの鉄橋で私を撃たなかった?私はスタングレネードの効力で視覚と聴覚がやられていた。私を撃つチャンスなら幾らでもあったはずだ。少なくとも、私が死銃なら間違いなく撃っていた」

 

 

「でも、あの時はわたしがライフルで狙ってたから、十字を切れなかったんじゃ……」

 

 

「いや、バギーで逃げてる時、奴は十字を切らずにシノンを撃ってきただろ?だから、あまり関係ないとは思うけど」

 

 

「それにその時も、避けられる可能性があるシノンを無理に狙うより、バギーを運転していて行動が制限されてる私を狙っていれば、あとで確実にシノンを撃てたはずだ」

 

 

「そうなると、死銃は殺せたのにペルソナを殺さなかったって事になる。でも君を見逃す理由なんかないはずだ。君はGGOでも名が売れてる訳だし……」

 

 

その時、視界の隅に2匹のエネミーの姿が映った。

 

 

片方のエネミーが自分よりひと回り小さいエネミーに背後から忍び寄り、一瞬で小さいエネミーを捕食した。

 

 

だが次の瞬間、更にその背後からひと回り大きいエネミーが後ろから現れて先程のエネミーを捕食。まるで食物連鎖でも再現しているかのような行動パターンに、最近のゲームはこんな細かい所にまで力を入れているのかっと関心をすると同時に、何かが引っ掛かる。

 

 

–––獲物……2匹目……2人……?

 

 

その瞬間、私の頭の中で全てが繋がった。

 

 

「ああ……そうか。そう言う事だったのか……」

 

 

「どうしたの?」

 

 

「分かったんだ。死銃がどうやって人を殺していたのか、その手段が」

 

 

「本当か⁉︎」

 

 

「よく考えれば分かるほど簡単な話だ。仮想世界からの銃撃で現実世界の人間の心臓は止められない。当たり前だ、私たちが使っているのはアミュスフィアだ。心臓に異常をきたすどころか、ナーヴギアの様に脳を焼き切るほどの電磁波を出すことすら出来ない。つまり死銃は仮想世界からではなく、現実世界で人を殺しているという事になる」

 

 

「で、でも!奴は現にわたし達の前にいるわ。それに貴方も言ってたように、BoBに参加しているプレイヤーはゲームオーバーか強制ログアウトでもしない限り自発的にログアウトできないはずよ」

 

 

「そう。だが私たちの言う死銃があの骸骨マスクの男だけではない場合、話は別だ」

 

 

「……まさか⁉︎」

 

 

キリトが私の言わんとしている事に気付いたらしい。

 

 

「ああ。そのまさかだ……」

 

 

 

 

 

「死銃には共犯者がいる」

 

 

 

 

 

 





今回はここまで。

次回もまた宜しくお願いします。



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第39話 決戦準備

 

シノンside

 

 

死銃(デス・ガン)には共犯者がいる」

 

 

「そしてその共犯者が、奴の銃撃に合わせて現実世界で無防備に横たわっているプレイヤーを殺した」

 

 

ペルソナの話をわたしは理解できなかった。……いや、理解しようとしなかったと言った方が正しいかもしれない。

 

 

「でも待ってくれ。仮に共犯者がいたとして、住所はどうやって突き止めたんだ?」

 

 

キリトがそう言うと,ペルソナは「簡単な事だ」っと言って話を続ける。

 

 

「2人とも、BoBへの出場登録をした際に、住所を入力する項目があるのを覚えているか?」

 

 

「ああ。大会の成績に応じて景品が貰えるってやつだな。俺は死銃の調査が目的だったし、時間もなかったから登録はしなかったけど……」

 

 

「シノンは?」

 

 

「わたしは……したわ」

 

 

「……まずいな」

 

 

わたしの返答に対し、ペルソナは頭を抱えた。

 

 

「これは推測だが、死銃はメタマテリアル光歪曲迷彩(オプチカル・カモ)を使って端末に入力されたプレイヤーの住所を盗み見た。そうして入手した情報を元にターゲットを決めているのだろう。シノン、君は一人暮らしか?」

 

 

「えっ?ええ。少し古いアパートだけど……」

 

 

「扉の鍵はどんなタイプだ?ドアチェーンは?」

 

 

「ええと……鍵そのものは初期型の電子錠で、チェーンもあるけど……今日はしてない、かもしれない。ねえ、それがどうかしたの?」

 

 

いつもの彼とは何かが違う。少し焦った様子の彼に、わたしはそう聞き返す。

 

 

「被害に遭ったゼクシードとたらこは2人とも一人暮らしだった。ドアの鍵は初期型の電子錠だった。君と同じな。そして君はさっき死銃に撃たれそうになった。つまり……」

 

 

そこから先、彼が何を言おうとしているか気付いてしまった。

 

 

–––駄目、その先は言わないで。

 

 

そう思うが、彼は言葉を紡いだ。

 

 

「今、死銃の共犯者が君の部屋に侵入して、君があの銃に撃たれるのを待っている可能性がある」

 

 

そう告げられた瞬間、見慣れた自分の部屋が脳裏に浮かび上がる。わたしが眠るベッドの傍らに立つ黒い人影、その手には致死性の液体を満たした注射器。

 

 

「嫌……いやよ……そんなの………」

 

 

喉が塞がる様な感覚。耳鳴りがして、体から魂が抜けて–––––

 

 

「–––ン!シノン‼︎」

 

 

しまう寸前、耳元で叫ばれ、無理矢理アバターの中に意識が引き戻された。

 

 

「落ち着け。今、自動切断して共犯者と鉢合わせする方が危険だ。それに共犯者も君が奴に撃たれない限りは何もしないはずだ。仮想世界の銃撃で現実世界の人間を殺したように見せる。それが奴らが自分で決めたルールだからな」

 

 

無我夢中で彼の体に抱きつくと、彼はわたしを落ち着かせるように背中に手を回し、もう片方の手がわたしの髪を撫でてくる。

 

 

–––温かい。懐かしい感じがする。

 

 

その後もペルソナは、わたしが落ち着くまでずっとそうして包み込んでくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ペルソナside

 

 

 

一体どれほどの時間が経過しただろうか。この洞窟に入ってから少なくとも30分は経った筈だ。

 

 

シノンもいつもの調子を取り戻し、私たちはこれからどうするか話し合いを始めた。

 

 

「俺とペルソナが2人で死銃と戦う。俺たちは自宅からログインしている訳じゃないし、すぐ近くに人もいるしな。ペルソナの推理通りなら、奴のあの銃で俺たちを殺すことは出来ないはずだからな」

 

 

「それが最善だな。だが何が起こるかわからない。最悪を想定してシノンにはここで待機していてもらいたいのだが……」

 

 

「いいえ、わたしも戦うわ。この洞窟だっていつまでも安全だとは限らない。それに、ここまで貴方たちと組んできたんだもの。最後まで一緒に戦わせて」

 

 

「……でも、君があの銃に撃たれたら……」

 

 

「あんなの、所詮旧式のシングルアクションだわ。それにわたしが撃たれても貴方たちがその剣ではじき返してくれれば良いじゃない」

 

 

キリトの言葉に被せてそう言い返してくるシノン。彼女の性格からしてここで引き下がるつもりはないだろう。

 

 

「……分かった。だがシノン、君はスナイパー……遠距離からの狙撃が最大の武器だ。次のサテライト・スキャンで私だけが外に出る。死銃は必ずライフルで狙撃をしてくるはずだ。初弾で奴の居場所を割り出して君が奴を撃つ。これでどうだ?」

 

 

「自分が囮になって観測手(スポッター)になるつもり?」

 

 

「簡単に言えばそういう事だ」

 

 

シノンの問いに対して私がそう返すと、呆れた様子で「あなた、キリト(こいつ)に似て強引なのね」と言われた。……心外だ。

 

 

「分かったわ。でも、最初の一発で一撃死とかやめてよね」

 

 

「善処する。が、もしそうなった場合は、キリト頼んだぞ」

 

 

「急に押し付けてくるなよ。俺も最大限努力するけどさ……」

 

 

そう返しながら、キリトは自身の視界の隅に注目していた。

 

 

「あの……それはそれとして、さっきから変な赤い丸が点滅してるんだけど……」

 

 

視界の隅を確認すると、キリトの言う通り赤い丸が視界の右下で点滅している。

 

 

「ああ、しまった。油断したわ……」

 

 

どうやらシノンはこれが何のマークなのか理解しているようで、ため息を吐きながら彼女が見つめる先には、奇妙な円形のオブジェクトが浮いていた。

 

 

「ライブ中継のカメラよ。普通は戦闘中のプレイヤーしか追わないんだけど、残りの人数が少なくなってきたからこんなとこまで来たのね」

 

 

「まずいな。私たちの会話を聞かれている可能性が……」

 

 

「大丈夫、大声で叫ばなければ声は拾わないから」

 

 

それを聞いて安心した。もしも先程の会話を死銃の共犯者に聞かれていたら、証拠隠滅を図られる恐れがあったし、何よりシノンの身に危険が及ぶかもしれなかったからな。

 

 

「それとも、この映像を見られて困る相手でもいるのかしら?」

 

 

「別にそんな相手はいないが、色んな奴らに恨まれそうだな。どちらかと言えば私よりも君の方がこんな場面見られて大丈夫なのか?変な噂が流されるかもしれないぞ」

 

 

シノンはようやく自分が置かれている状況を理解したのだろう、酷く顔を赤らめた。

 

 

「べ、別に良いわよ!それにそういう噂が流れてくれたほうが、面倒なちょっかいも減るだろうし……あ、消えた」

 

 

ライブカメラの視点を現すオブジェクトが消えると、シノンは一息ついて上体を起こす。

 

 

「そろそろ時間だわ」

 

 

「分かった、行ってくる」

 

 

「……気をつけてね」

 

 

後ろから投げかけられた言葉に対し、私は片手を挙げて答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうだった、状況は?」

 

 

「生き残っているのは私たち3人と死銃、そして闇風の5人だけだ」

 

 

私が洞窟内に戻ってくると同時に訪ねてきたシノンに私は簡潔に答えた。

 

 

「あとたった5人……問題なのは闇風ね」

 

 

「ああ、厄介な奴が残ったな」

 

 

「聞き覚えある名前だけど……強いの?」

 

 

緊張感の無い表情で訪ねてくるキリトに、私とシノンは呆れ果てる。情報収集くらいはしてきて欲しいものだ。

 

 

「前回の準優勝者でAGI一極ビルドのプレイヤーだ。実際に戦ったことはないが、とにかく速いらしい。前回のBoBではゼクシードのレア装備に競り負けたらしいが、実力は奴のほうが上だという話だ」

 

 

「それって、日本サーバーで最強ってことじゃ……」

 

 

「まあ、そうなるな」

 

 

実際、ここまで勝ち残っているんだ。強いのは当たり前だろう。

 

 

「ねえ。提案なんだけど、この際、闇風にも囮になってもらえばいいんじゃない?使えるものは何でも使っておくべきよ」

 

 

シノンの言っていることは最もだ。闇風ほどのプレイヤーと言えど、見えない敵からの狙撃を避けるのは至難の業だろう。だが……

 

 

「残念だが、その方法は使えない」

 

 

「どうしてよ?」

 

 

「さっきのサテライト・スキャン。何度確認しても生存者と退場者の合計が2人足りなかった。1人はペイルライダーだと考えても、もう1人足りない。恐らく……」

 

 

「まさか、死銃がまた誰か殺したって言うの⁉ そんなの不可能よ!だって共犯者はわたしを狙っているんでしょ?現実世界で離れた場所に素早く移動できるわけないじゃない」

 

 

「その通りだ。だが、共犯者が2人以上いれば話は別だ」

 

 

私がそう言うとシノンは息を呑み、信じられないとでも言いたげな顔をしながら小刻みに震えていた。

 

 

「キリト。奴らはどれほどの時間、牢獄に閉じ込められていた?」

 

 

「え?確か……半年くらいだったはずだけど」

 

 

「半年か。奴らは10人以上メンバーが生き残っていたが、その中の何人かがこの事件に関わっている可能性があるな」

 

 

「そんな……なんで、そこまでしてPK(プレイヤーキラー)で居続けなきゃいけないの?せっかく、デスゲームから解放されたのに……」

 

 

意味にも消えそうなほど震える声を溢すシノン。彼女の静かな問いに答えたのは、以外にもキリトだった。

 

 

「……もしかしたら、俺が《剣士》であろうとし、君が《狙撃手》であろうとするのと同じ理由なのかもな」

 

 

キリトの言葉を聞いたシノンの体は震えるのを止め、代わりにその瞳の奥にはいつものように強い光が宿っていた。

 

 

「……だとしたら、そんな奴らに負けてられない。わたしさっき《PK》って言ったけど取り消すわ。意識のない人間を毒薬で殺すなんて、そんなのPKじゃない。ただの人殺しよ」

 

 

「その通りだ。これ以上奴らの好きにさせないためにも死銃を倒し、共犯者ともども罪を償わせる必要がある」

 

 

 

早速私たちは作戦会議を始める。

 

 

闇風が死銃のターゲットである可能性がある以上、放置しておく訳にもいかない。闇風を死銃と接触する前に倒すには必然的に二手に別れる必要がある。それなら、

 

 

「キリト、闇風は任せた」

 

 

「え、俺が?」

 

 

「ああ。さっきのサテライト・スキャンで奴の端末に表示されたのが私だけなら、奴は間違いなく私を警戒してくるだろう。そこにお前が奇襲を掛ければ奴の意表をつける。それにお前はGGOに来てまだ日が浅い。BoBを光剣で勝ち抜いてきた美少女プレイヤーと話題になっていても、昨日今日で詳しい情報は集められないはずだしな」

 

 

私がそこまで話すと、キリトは「美少女って言うのはやめてくれ」と苦笑いして言いながら闇風の足止めを承諾してくれた。

 

 

 

「そしてキリトが闇風を抑えている間に私が囮になって死銃の場所を明かす。そこをシノン、君が狙撃するんだ」

 

 

「了解」

 

 

「まず私がバギーで飛び出す。お前たちは後から出て各々の持ち場についてくれ」

 

 

作戦を告げ終えると、二人は真剣な表情に戻り、コクリと頷き返す。

 

 

「さて、行こうか」

 

 

 

 

———ラフィン・コフィン、これ以上貴様らの好きにはさせない。

 

 

 

 

 



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第40話 ファントム・バレット


偶には原作と同じサブタイトルにしても良いかも。



 

キリトとシノンの二人と別れた後、私は見晴らしの良い砂丘に立っている。

 

 

私は死銃(デス・ガン)からの狙撃に備え、全神経を集中させる。シノンに死銃の位置を特定させるために一度銃撃を受けなければならない。自分で提案した作戦だが、全くどうして自分から面倒な役割を受け持ってしまったのか。

 

 

とは言え、私が役割を果たさなければシノンや、恐らく闇風と戦闘を始めているであろうキリトに申しわけが立たないからな。

 

 

———ッ!

 

 

殺気を感じ、咄嗟にコートダブリスDを自身の前で振る。文字通り目と鼻の先まで迫っていた弾丸が、コートダブリスDが纏う濃い紫色の光刃によって両断され、顔の横を掠めた。

 

 

同時に私は銃弾が飛んできた方に向かって疾走する。

 

 

成るべく姿勢を低く保ち、狙いづらくしているのだが、流石の技術といったところか。奴がいるであろう場所から伸びてくる赤い弾道予測線(バレット・ライン)は私を捉えている。

 

 

視界の遥か先で微かに光るものが見えると同時に、私は再びダブリスを振るい、飛んでくる弾丸を斬り落とす。

 

 

だが、あとどれだけ死銃の狙撃を捌けるかはわからない。弾丸が飛んでくる間隔が段々短くなっている。着実に死銃に近づいている証拠なのだが、それは同時に私が奴に撃たれる可能性も高くなっているという事でもある。

 

 

そして三度、弾道予測線が私を捉えた瞬間、突如として鳴り響いた轟音と共に私を狙っていた赤い線が消滅した。

 

 

———良くやったシノン。

 

 

シノンが死銃のライフルの破壊を成功させた。あとは私が奴を倒せば全てが終わる。

 

 

「はぁぁああああああ!!」

 

 

私は更に加速し、勢いを活かした刺突攻撃を繰り出す。

 

 

ダブリスの剣先は、死銃の胸に吸い込まれるように真っすぐ伸びていく。

 

 

恐らく、中継を見ていた誰もが「決まった」と思っただろう。だが死銃はタイミングを読んでいたかのように私の攻撃を避け、刹那、奴の手の内にキラリと光る何かが見えた。

 

 

その直後、細長い針のような物が私の左肩を貫いた。

 

 

私はすぐに後ろへ飛び退け、死銃と距離を取る。

 

 

「エストック……珍しい武器だな。というより、GGOに金属剣があるとは初耳だ」

 

 

「お前にしては、不勉強だな。《ナイフ作製》スキルの、上位派生、《銃剣作製》スキルで、作れる。長さや重さは、このへんが、限界だが」

 

 

「悪いがエストックには興味がない。貴様を殺すにはこの剣があれば十分だ」

 

 

「そんなオモチャで、あの頃よりも、腕が落ちたお前に、出来るのか?昔のお前が見たら、失望するぞ」

 

 

「違いない。だが、それは貴様も同じことだろう。それとも貴様は、未だに《ラフィン・コフィン》の一員でいるつもりか」

 

 

「そういうお前も、まだ《スター・ナイツ》の、一員でいる気か?裏切者」

 

 

「……やはり、貴様も」

 

 

「そうだ。あのギルドにいた。と言っても、俺が、あのギルドに、入ったのは、あの人に、誘われてからだがな」

 

 

その時、記憶の断片が呼び起こされた。

 

 

居た。いつの日かPoH(プー)が連れてきた2人の男。その内の1人はエストックを使っていた。つまり、奴だ。

 

 

「思い出したか。俺が、誰か」

 

 

「段々とな。だが、貴様に裏切者呼ばわりされる覚えはない。先に裏切ったのは貴様らの方だろ」

 

 

「お前には、分からない。あの人の、思想さえも、理解出来ない、お前にはな」

 

 

「『あの人』?……PoHのことか」

 

 

「あの人は、言っていた。お前は、俺たちと、同じだと」

 

 

「ふざけるな。貴様らと同類扱いは御免だ」

 

 

私の心情に呼応するように、ダブリスがその刀身に細いスパークを散らせる。

 

 

「忘れたとは、言わせないぞ。あの日、お前は、攻略組の奴等と共に、俺たちを、壊滅させた。あの戦いで、お前は、多くの仲間を、手に掛けた。その中には、嘗ての、お前の仲間も、居た」

 

 

「………」

 

 

「あの戦いで、お前だけが、躊躇なく、仲間を殺した。お前は、俺たちと、何も変わらない」

 

 

死銃の言っている事は全て事実だ。掃討作戦で、討伐隊のプレイヤーは奴らを斬ることを躊躇した。

 

 

だが私は違った。隙を見せれば自分が死ぬ。そんな状況で躊躇などしていられる筈がない。

 

 

「お前は、黒の剣士とは、違う。奴は、恐怖に駆られて、生き残るために、仲間を殺し、そのことを、忘れようとした、卑怯者だ。俺たちのような、本物の、殺人者(レッド)ではない」

 

 

「キリトを侮辱するな。それに、貴様もうレッドじゃない。ゼクシード、薄塩たらこ、ペイルライダーとそしてもう1人をどうやって殺したのか、見当はついている」

 

 

「ほう?」

 

 

「それに貴様は知らないだろうが、総務省には、全SAOプレイヤーのキャラクターネームと本名の照合データがある。貴様の昔の名前が分かれば、本名も住所も、貴様が犯した罪も全てが明らかになる」

 

 

「……なるほど、なら、予定変更だ」

 

 

緊迫した空気の中、先に仕掛けてきたのは死銃の方だった。

 

 

「お前が、オレの昔の名前を、思い出す前に、お前を倒す。そして、あの女を殺す‼︎」

 

 

「させると思うか」

 

 

死銃の放つ連続突きが、私の体を抉る最中、私は奴のエストックを斬り落とさんと、ダブリスを振り上げ、互いの間に火花が散る。が、

 

 

–––斬れない⁉︎

 

 

どういうわけか、死銃の剣は少し焦げた程度で、その形をしっかりと保っていた。

 

 

「クックック。こいつの、素材は、このゲームで手に入る、最高級の金属だ。宇宙戦艦の、装甲板、なんだそうだ」

 

 

–––どうやら、一筋縄では行かなそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ペルソナ!」

 

 

シノンの視界の先、遠く離れた戦場では、2人の剣士が凄まじい剣技の応酬が行われている。最早、シノンの眼では追えないほど戦闘は激しさを増していた。

 

 

2人の戦いはほぼ互角だ。ペルソナも死銃も互いに真紅のダメージエフェクトの光を零しているが、明らかにペルソナの方が多くの傷を負っている。

 

 

–––スコープさえ無事なら……!

 

 

ヘカートのスコープは、狙撃に気づいた死銃がシノンに向けて放った銃弾によって破壊されてしまった。

 

 

遠視スキルを持つシノンには2人の姿がはっきりと視認できるものの、スコープ無しでの狙撃はペルソナに当たる危険もある。

 

 

それでも、シノンは自分に出来ることをしたいと思った。

 

 

自分を支えてくれたペルソナの力に今度は自分がなりたいという一心から、彼女は今の自分に出来ることを模索し、そして、1つだけ自身の行える最も有効的な《攻撃》を思い付いた。

 

 

どれほどの効果があるかは分からないが、やってみる価値はある。そう考えたシノンは、大きく息を吸い、彼方の戦場を見据えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

———強い……いや、私が弱くなったのか。

 

 

今の私は、前世でマトイを殺す(救う)ために自分を殺すことを厭わなかったあの頃ほど非情じゃない。SAOの時のように現実の死に繋がるような状況というわけでもない。

 

 

だが、負ける訳にはない。ここで私が敗れれば、死銃は確実にシノンを殺す。いや、シノンだけではない。ここで死銃を逃がせば、奴は更に多くの被害者を生む。それはGGOというひとつの世界(VRMMO)だけに留まらず、ALOやその他のゲームでも被害者が出てしまうかもしれない。やがて、その魔の手はアスナたち仲間の元にも及ぶだろう。そんな事は絶対にさせない。

 

 

とはいえ、現状は私の方が劣勢。偶にこちらの攻撃が当たってはいるものの、どれも決定打になるようなものではない。

 

 

死銃のエストックも極細で、さすがの私でも全ての攻撃を弾くことは不可能だ。

 

 

———せめて、ほんの一瞬だけでも、隙を作れれば。

 

 

そんな事を考えている間も、死銃は攻撃の手を緩めない。

 

 

放たれた三連続技の一撃が私の仮面を掠め、ピシっと嫌な音を立てて仮面にひびが入る。

 

 

その時、死銃の赤い両眼が激しく光るのが見えた。

 

 

———赤い目……。

 

 

そう言えば、PoHが連れてきた男も、カスタマイズだろうが赤い眼をしていた。そしてラフコフにいたエストックを使うあの男……奴も。

 

 

奴も目の前の男同様に赤い眼をした髑髏マスクだった。

 

 

カチッ、カチッと記憶のピースが繋がっていく。

 

 

「……XaXa(ザザ)

 

 

零れ出た単語は、今にも私の胸を貫かんとしていた鋼鉄の針の軌道を狂わせた。

 

 

———そうだ思い出した。こいつの名は……‼

 

 

「《赤目のザザ》。それが貴様の名だ!」

 

 

名前を看破された事で動揺したのか、死銃(ザザ)は攻撃を止めて距離を取る。

 

 

直後、何処からか音も無く飛来した一本の赤い線がザザの体を突き刺した。

 

 

本能的に大きく後方へ飛ぶザザ。

 

 

これは予測線による攻撃。シノンが己の経験と閃き、そして闘志のあらん限りをつぎ込んで放った幻影の一撃(ファントム・バレット)

 

 

彼女の意図を悟り、私は力強く地面を蹴り上げる。

 

 

それと同時に、奴もシノンが撃つ気がないことに気が付いたのだろう。マスクの下で小さく舌打ちをし、すぐに光歪曲迷彩を使って姿を消そうとする。

 

 

———逃がすものか!

 

 

私はホルスターからマカロフを引き抜き、トリガーを絞る。

 

 

マガジン内の残弾はひとつ残らず発射され、その中の何発かが虚空に命中し、激しくスパークを散らしながらザザが姿を現した。

 

 

だがここで素直にやられるほど奴は甘くなく、すぐに態勢を立て直して無数の連続突きを放ち、そのほとんどが直撃して恐ろしい勢いでHPが減少していく。

 

 

———まだだ、まだ倒れるわけには……!

 

 

『そうだよ負けないで!』

 

 

「ッ……うぉぉおおおお!!!」

 

 

何処からか聞こえてきた声に呼応するかのように、ダブリスの紫色の刀身がエメラルドグリーンの輝きを放ち、私は更に大きく一歩踏み込んだ。

 

 

そして、弾丸の如く体を回転させながら標的に突進する。

 

 

この世界では私のみが知る技。ダブルセイバーPA(フォトンアーツ) 《トルネードダンス》

 

 

青緑色の刃は、ザザの身体に深く喰い込み、そのまま胴体のホルスターに収められていた黒い拳銃ごと切り裂いた。

 

 

 

 

 

分断されたアバターは宙を舞い、少し離れた場所に落下した。

 

 

「まだ、終わら…ない。終わら…せない。あの人が…お前達を……」

 

 

言い終える前に【DEAD】のタグが浮かび、アバターは活動を停止する。

 

 

「いや終わりだ、ザザ。共犯者もじきに捕まる。貴様らラフィン・コフィンの殺人は、これで完全に終わる」

 

 

動かなくなったアバターにそう言い放ち、私はその場を離れる。

 

 

しばらくの間砂漠の中を歩き続けてると、前方からスコープが無くなったヘカートを抱えたシノンが歩いてきた。

 

 

「終わったのね」

 

 

「ああ」

 

 

「貴方の仮面、ボロボロになってるわよ」

 

 

シノンに指摘され、初めて仮面の左側が割れていることに気が付いた。ザザの攻撃でひびが入ったのには気付いてはいたが、恐らく最後の攻撃の勢いに耐え切れなかったのだろう。

 

 

割れていては防具としての意味を持たないため、私は仮面を外した。

 

 

「あら、意外と良い顔してるのね」

 

 

「世辞はいい。そう言えばキリトは?」

 

 

「ああ、アイツなら闇風と相打ちになってたわ」

 

 

「そうか。それはそうと……」

 

 

私はシノンに顔を近づけ、耳打ちをする。

 

 

「こっちで死銃が倒され、共犯者は君の部屋から居なくなっているはずだ。が、念のため警察を呼んだほうがいい」

 

 

「でも、何て説明するの?VRゲームで殺人を企んでる人が……て言ってもすぐには信じてもらえるとは思えないけど」

 

 

「私とキリトの依頼主は公務員だから奴に動いてもらう手もあるが、ここで住所を聞くわけにもな」

 

 

「良いわよ。今更そのくらい……」

 

 

あっさりとそう言って、私の耳元まで唇を近づけたシノンは自分の住所と本名を教えてくれた。

 

 

「驚いたな。私がダイブしている場所の目と鼻の先だ。……ログアウトしてすぐ私が向かった方が早いかもな」

 

 

「別に来てくれなくても大丈夫よ。近くに信用できる友達が住んでるから。その人、お医者さんちの子だから、いざって時はお世話になれるし」

 

 

「そうか。ログアウトしたらすぐに依頼主に連絡して成るべく早く警察を向かわせるようにする。念のため警察が来るまでドアの鍵を閉めておけよ」

 

 

私がそう伝えると、シノンは「分かったわ」と言って私から離れる。

 

 

「さて、そろそろ大会を終わらせないとね。ギャラリーも苛ついてるだろうしね」

 

 

「それは良いが、どうやって決着を付ける?昨日キリトとやってたみたいに決闘形式で勝負するか?」

 

 

「止めとくわ。何発撃っても全部斬り落とされそうだし」

 

 

「だが降参する以外だと、どちらかのHPが0にならないと勝者は決まらないだろ。どうするつもりだ?」

 

 

「第1回BoBは、2人同時優勝だったんだって。理由は、優勝するはずだった人が《お土産グレネード》に引っ掛かったから」

 

 

「お土産グレネード?」

 

 

シノンは少しイタズラっぽく笑うと、ポーチから取り出した黒い球体を私の手に乗せた。

 

 

「な⁉ これは!」

 

 

それがグレネードだと気付いた時には、私はシノンに抱き着かれ、彼女に渡されたグレネードを投げることが出来なかった。

 

 

なるほどこれは……

 

 

「……一本取られたな」

 

 

 

 

直後、発生した強烈な爆炎と共に、第3回BoBは幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 





気付いたら普通に5000文字超えてたので驚きました。


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第41話 過去を越えて


ファントム・バレット編、ラストです。


 

———最悪だ。

 

 

私は今、シノンに教えてもらった住所を頼りに彼女の家に向かってバイクを走らせている。

 

 

GGOから帰還してすぐ、私は和人と何故か病室にいた明日奈から死銃(デス・ガン)がGGO内で使用していた《Sterben(ステルベン)》という名前の意味を聞かされて、自分が途轍もない失態を犯してしまった事に気付く。

 

 

Sterben…ドイツ語で「死」を意味する。ナツキ氏曰く、この言葉は医療用語でもそのままの意味で使われ、主に患者が亡くなった際に使うらしい。

 

 

その話を聞いて、私はなりふり構わず病院から飛び出し、そして現在、シノンの家に向かっている。

 

 

メッセージで和人に彼女の住所を教えておき、菊岡に事情を説明しておいてくれと伝えた。すぐに警察も動いてくれるだろう。

 

 

死銃のSAO時代の名前を知ることに固執しすぎたせいで、シノンが「医者の子供で頼れる友達がいる」と言った際に、Sterbenという名の意味を思い出すことが出来なかった。なんと愚かな事だろうか。

 

 

———間に合ってくれ。

 

 

私はそう祈りながらスピードを上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらくして辿り着いたのは少々古びたアパートだった。

 

 

「……ここk———ドタンッ‼バタバタバタッ‼———ッ⁉」

 

 

アパートに近づいたところで、何やら争っている音が聞こえ、まさかと思い私は彼女の部屋へと急ぐ。

 

 

『アサダサンアサダサンアサダサン』

 

 

目的の部屋の前に着くと、中から狂気じみた声が聞こえてきた。

 

 

私が勢いよく扉を開けると、そこには床を這り、今にも少女に襲い掛かろうとする男という異常な光景が広がっていた。

 

 

咄嗟に男を蹴り飛ばし、部屋の中に転がり込む。

 

 

「逃げろシノン!」

 

 

「ペルソナ……」

 

 

やはり少女はあのシノンのようだ。取り敢えず彼女は無事だったので私は安堵する。が、その直後、

 

 

「お前……おまえだなああああああ‼」

 

 

激昂した男に押し返され、大勢が逆転した。

 

 

SAOに2年間捕らえられて筋力が落ちているとはいえ、自分より年下であろう男に抑え込まれるとは情けない。

 

 

「僕の朝田さんに近づくなああああああッ‼」

 

 

男が私の頬を殴りつける。それと同時に男はジャケットから銃型の何かを取りだした。私はすぐにそれが注射器であることに気付いた。

 

 

玄関近くにいるシノンの叫ぶのと同時に、男が獣のような咆哮を上げ、注射器を私の胸目掛けて振り下ろす。

 

 

その瞬間、時の流れが遅くなる。

 

 

スローモーションのようにゆっくりと振り下ろされる注射器。あと1秒もしない内に、それは私の胸に突き刺さり、ゼクシード達を殺した薬品が打ち込まれるだろう。

 

 

「フッ!」

 

 

私は男の右手首を掴んで捻り、注射器を叩き落す。そして抑え込まれた大勢から、柔道の巴投(ともえなげ)の要領で男を真後ろに投げ飛ばした。すぐにゴンッ!という鈍い音を立てて男は床に叩き付けられる。

 

 

振り向くと、男は白目を剝いて気絶していた。この様子だと、すぐには目を覚まさないだろう。

 

 

眼前の脅威が消えたところで、私は扉の前で震えているシノンに声を掛ける。

 

 

「もう大丈夫だ。怪我はないか?」

 

 

「え、ええ大丈夫。あの……彼は?」

 

 

「気絶しているだけだ。心配はいらない」

 

 

自分のことより、自分を殺そうとした相手の心配をするとはな。

 

 

「あの……ペルソナよね?」

 

 

「そうだ。嫌な予感がしてな。遅くなって済まない」

 

 

「いいえ来てくれてありがとう。助かったわ」

 

 

そう言って無理に立とうとする彼女だったが、足に力が入らないのか、立った瞬間に倒れそうになり、私は彼女が床に激突する寸前で彼女を受け止めた。

 

 

「ごめん。安心したら力が抜けちゃった。もう少しこのままにさせてくれない?」

 

 

「ああ、構わない」

 

 

その後、警察が駆けつけるまでの間、私たちは言葉を交わさず、互いに抱きしめ合ったままだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2日後———

 

 

詩乃が登校の準備をしていたころ、突然のペルソナからの電話で開口一番に「今日の放課後、時間あるか?」と聞かれ、反射的に「うん」と答えたところ、彼女はペルソナ達の依頼主に会うこととなった。

 

 

下校する直前、いつものように遠藤たちとひと悶着あったが、何とか乗り越え、校門に向かうと、そこには何人かの女子生徒が足を止め、何か話しているという奇妙な光景に詩乃は首を傾げた。

 

 

詩乃が同じクラスの女子生徒に近づくと、その女子生徒も詩乃に気が付いて話しかけてくる。

 

 

「朝田さん、今帰り?」

 

 

「うん。何かあったの?」

 

 

「校門のとこに、大学生くらいのイケメンがバイク停めてるんだけど、ヘルメット2つ持ってるからウチの生徒を誰か待ってるんじゃないかって。悪趣味だけど相手が誰か興味あるじゃない?」

 

 

その話を聞いて詩乃は血の気が引くのを感じ、慌てて時計を確認する。

 

 

———確かに時間通りだけど、まさか……。

 

 

そのまさかだった。

 

 

詩乃が人混みを掻き分けながら校門に向かうと、そこには長めの黒髪で、背が高く、缶コーヒーを片手に空を眺める青年がいた。

 

 

「あの……あれ、わたしの知り合いなの」

 

 

消え去りそうなほど小さな声でそう告げると、女子生徒たちは驚愕の声を上げる。

 

 

「えっ、朝田さんだったの⁉︎」

 

 

「ど、どういう知り合い⁉︎」

 

 

問い詰めてくる女子生徒たちから逃げるように、詩乃は小走り気味に駆け出した。

 

 

「あの……」

 

 

「ん?ああ、詩乃か」

 

 

声を掛けると彼は詩乃の方に向き直る。こんな状況なのにも関わらず、彼の表情は少しも変わらない。

 

 

「……こんにちは。……お待たせ」

 

 

「いや、今来たところだ。問題ない」

 

 

そんな一連のやり取りをしながら周囲の視線が集まるのを感じ、詩乃はこの出来事が学校中の噂になることを覚悟していたら、不意に彼からヘルメットを投げ渡され、詩乃は慌ててそれをキャッチする。

 

 

彼も持っていたヘルメットを被り、バイクのシートに跨ったところで、ふと何かに気が付いたように振り返って詩乃に声を掛けてきた。

 

 

「詩乃、スカートは大丈夫か?」

 

 

「大丈夫。体育用のスパッツ穿いているから」

 

 

「そうか。じゃあ、しっかり捕まっていろよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私たちがやって来たのは例の喫茶店だ。

 

 

「いらっしゃいませ。お二人様でしょうか?」

 

 

店に入ると、ウェイターがそう言いながら深々と頭を下げてきた。デジャブを感じたのは言うまでもない。

 

 

「おーいペルソナくん、こっちこっち!」

 

 

「やめろ、こんな所で!」

 

 

窓際の席から手を振って大声で私の名を呼ぶ男。その隣では和人が男を抑えていた。

 

 

「……あれと待ち合わせだ」

 

 

私がそう言うと、ウェイターは「かしこまりました」と一礼して業務に戻った。

 

 

「貴様、現実であっちの名前は使うなと前にも言っただろ」

 

 

「ハハハ、ごめんごめん」

 

 

相変わらず反省の色が見えない謝罪をする菊岡。こいつは一度分からせた方が良いな。

 

 

「君が朝田詩乃さんだね?さ、何でも頼んでください」

 

 

菊岡に促されるままメニュー目を通した詩乃は、そこに記載されている値段を見て凍り付いていた。

 

 

「こいつに気を遣う必要はない。どうせ今回も支払いは私たち国民から巻き上げた血税だろうからな」

 

 

「今回は持ち帰りしちゃ駄目だよ」

 

 

前回、母への土産としていくつか持ち帰りを頼んだことを根に持っているのだろう。釘を刺された。ま、今日はそんな気分じゃないから別に良いのだが。

 

 

そして詩乃と私が注文を済ませた所で、菊岡が現時点で判明している事件の全容を話し始めた。

 

 

死銃が誕生したのは、RMT(リアルマネートレード)でメタマテリアル光歪曲迷彩(オプチカル・カモ)を購入したのが全ての発端だという。ステルベンこと新川晶一はその迷彩マントと双眼鏡を使って、プレイヤーの現実の情報を盗むことに熱中した。

 

 

同時期に晶一の弟で2日前に詩乃を殺そうとした新川恭二は自身のキャラクターの育成に行き詰り、AGI型万能論という偽情報を流したゼクシードへの恨みを兄の晶一に話していたらしい。

 

 

その話を聞いた晶一は恭二にゼクシードの現実の情報を教え、2人でどのようにしてゼクシードを粛清しようか話し合っている内に《死銃事件》の骨子が出来上がったそうだと菊岡は話す。

 

 

また、逮捕された晶一の供述から、SAOでジョニー・ブラックと名乗っていた金本敦という男も、この事件に関わっていた事が明らかになった。金本はまだ逮捕されておらず、晶一が3つ用意していたという薬品が入った無針高圧注射器が1つ見つからない為、金本が最後の1つを持って逃走している可能性が考えられる。が、金本が捕まるのも時間の問題だそうだ。

 

 

 

話が終わり、喫茶店を出たところで和人が私たちに声を掛けてくる。

 

 

「2人とも、この後、時間あるか?」

 

 

「すまない。私はこれから大学の方に顔を出さないといけなくてな」

 

 

実はここに来るためにもかなり時間を割いている。そろそろ戻らないとまずい。

 

 

「そうか。シノンは?」

 

 

「別に用事はないけど」

 

 

「君に会って欲しい人がいるんだ。一緒に来てくれないか?」

 

 

「わかったわ」

 

 

「それじゃあここでお別れだな」

 

 

「ええ。それじゃあまた」

 

 

「またな、ペルソナ」

 

 

そうして私は和人と詩乃と別れ、私は大学に戻った。

 

 

 

 

これはあとで聞いた話だが、私と別れた後、詩乃はダイシ―カフェに向かい、そこで明日奈と里香の2人と親睦を深めたそうだ。

 

 

だが、和人が真に合わせたい人とは2人の事ではなく、彼女が5年前に巻き込まれた事件が起きた郵便局で働いていた女性職員だった。

 

 

彼女は事件の時、お腹に子を身籠っていたらしく、自分の命だけでなく、当時お腹の中にいた娘の命を救ってくれた詩乃にどうしても礼がしたかったのだそうだ。

 

 

この出会いが、詩乃にとってどれほどの救いになったのかは私には計り知れない。だが、きっと彼女は少しずつ自身の過去を受け入れ、未来へと歩むことが出来るだろう。

 

 

 

 





ラストは原作通りにペルソナは関わらない形にしました。

次はキャリバー編……他の章と比べてもかなり話数が少なくなる気がするなあ。

次回も頑張ります。


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キャリバー編
第42話 伝説の剣《エクスキャリバー》



お待たせしました。キャリバー編です。

設定を原作から少し変えてます。



 

死銃(デス・ガン)事件》から約2週間が経ち、気付けば今年もあと3日だ。本当に、最近は色んなことがありすぎた。

 

 

私が通う大学は数日前に長期休暇に入り、今日は少し羽を伸ばそうと思っていた矢先、急に携帯から着信音が鳴った。

 

 

———相手は……和人か。

 

 

私はすぐに電話に出る。そして、

 

 

「どうしたんだこんな朝早くから。死銃の時のような事件には付き合わんぞ」

 

 

と、開口一番に言ってやった。あの事件の後、明日奈たちに詩乃との関係について問いただされ、父からはまた危険なことに首を突っ込んだことをこっ酷く叱られた。もう12時間も説教されるのは御免だ。

 

 

「いや、そんなんじゃないよ。実は今日《エクスキャリバー》を取りに行こうと思っているんだけどさ、今日ヒマか?」

 

 

「一応空いてはいるが、それにしても急だな。何かあったのか?」

 

 

「実は今朝、スグに《MMOトゥモロー》を見せられてな。そこにエクスキャリバーが発見されたっていう記事が載ってたんだ」

 

 

「なるほど。つまり、このままではいずれ誰かがエクスキャリバーを手に入れてしまう。そうなる前に皆で取りに行こうという訳か」

 

 

「話が早くて助かるよ。それじゃあまたALOで」

 

 

通話を切り、私はALOへとログインした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ALOにて、待ち合わせ場所となった《リズベット武具店》には既に皆集まっており、奥の工房では店主のリズベットが全員分の武器を回転砥石に掛けている。

 

 

「クラインさんはもう正月休みですか?」

 

 

「おう、昨日からな。社長のヤロー、年末年始に1週間も休みがあるんだからウチは超ホワイト企業だとか自慢しやがってさ!」

 

 

シリカの問いに、クラインは調子良さそうにそう答えた。

 

 

実際、SAOに囚われていた2年間、クラインの面倒を見て、生還後すぐに仕事に復帰できた所を見ると、クラインが勤務している会社は良い会社である事には変わりないだろう。

 

 

「それはそうとキリの字よ、もし今日ウマいことエクスキャリバーが取れたら、今度オレ様のために《霊刀カグツチ》取りいくの手伝えよ」

 

 

「ええ……あのダンジョンくそ暑いじゃん」

 

 

「それを言うなら今からいくヨツンヘイムはくそ寒いだろが!」

 

 

そんな風に子供の様な言い争いをする2人、すると不意に私の隣に座っていたシノンが、

 

 

「あ、じゃあわたしもアレ欲しい。《光弓シェキナー》」

 

 

などと、突拍子もない事を呟いた。

 

 

「ALO始めてまだ2週間しか経っていないだろ。伝説武器(レジェンダリーウェポン)を要求するには早すぎると思うが」

 

 

「リズか作ってくれた弓も素敵だけど、もう少し射程がね……」

 

 

私の問いにシノンは工房の方に目をやりながら答え、工房ではリズベットが苦笑いをしていた。

 

 

「あのねぇ、この世界の弓ってのは、せいぜい槍以上、魔法以下のの距離で使うものなの。100m離れたとこから狙おうなんて普通しないわよ」

 

 

「欲を言えばその倍の射程は欲しいわね」

 

 

リズベットの言葉に対して、シノンは微笑を浮かべてそう言い返す。GGOでシノンが得意としていたのは、2000m以上離れた場所から敵を狙撃する文字通りの離れ業だ。その恐ろしさは、実際に彼女と対峙した事がある私は嫌と言うほど知っている。

 

 

シノンはALOでも遠距離攻撃に適した弓を使っている。本来なら風や重力などの影響で、矢は狙った場所に飛ばすのは難しいのだが、彼女はGGOでの経験を活かし、魔法よりも遠い距離からの狙撃でエネミーを近づく前に倒せてしまう。そんな彼女の狙撃技術は正に脱帽ものだ。彼女が敵でなくて良かったと心から思ったほどにはな。

 

 

「たっだいまー!」

 

 

「お待たせ!」

 

 

そんな事を考えていると、店の扉が勢いよく開かれ、ポーションなどを買いに行っていたアスナとリーファが帰ってきた。

 

 

そして2人に同行していたユイちゃんが、アスナの肩からキリトの–––色々あってSAO時代に近い髪型になった–––頭の上に座る。

 

 

「買い物ついでに情報収集してきたんですが、まだあの空中ダンジョンまで到達できたプレイヤーは存在しないようです、パパ」

 

 

「へぇ、じゃあなんでエクスキャリバーは見つかったんだ?」

 

 

「それがどうやら、わたしたちが発見したトンキーさんのクエストとは別種のクエストが見つかったようなんです。そのクエストの報酬としてNPCが提示したのがエクスキャリバー、という事らしいです」

 

 

「しかもソレ、あんまり平和なクエストじゃなさそうなの。お使い系や護衛系じゃなくて、スローター系。お陰で今、ヨツンヘイムはPOPの取り合いで殺伐としてるって」

 

 

ユイちゃんの説明に補足するようにそう話すアスナ。虐殺(スローター)系はその名の通り、指定されたモンスターを指定された数倒さなければならないクエストだ。同じクエストを受けているプレイヤーが近くにいれば、互いにモンスターの出現場所の取り合いになる事は必然的だ。

 

 

–––確かに穏やかではなさそうだが、

 

 

「でもよぉ、変じゃね?エクスキャリバーは邪神がウジャウジャいる空中ダンジョンの1番奥に封印されてんだろ?それをNPCが報酬に提示するってどうゆう事だ?」

 

 

アスナ達の話を聞いて、疑問に思った事を呟くクライン。その意見には私も同感だ。ダンジョンの入り口までの移動手段を与えるのならまだ分かる。だが、剣そのものを報酬とするのは、どうにも解せない。

 

 

「行ってみればわかるわよ、きっと」

 

 

そんな風に隣でシノンが冷静なコメントした直後、工房の奥でリズベットが声を上げる。

 

 

「よーし!全武器フル回復‼︎」

 

 

リズベットに労いの言葉を掛けながら各自、自身の武器を受け取り身につける。私も両手剣と刀、そして槍を手に取る。次にアスナの指示により7分割したポーションなどをポーチに収め、持ちきれない分はアイテム欄に格納した。

 

 

全員の準備が完了したところで、キリトが全員の方に向き直る。

 

 

「みんな、今日は急な呼び出しに応じてくれてありがとう!このお礼はいつか必ず、精神的に!それじゃ、いっちょ頑張ろう!」

 

 

ほとんどのメンバーは「おー!」っと唱和し、私とシノンは微笑しながら右手を上げる。

 

 

そしてリズベットの店を出て、アルン市街から地下世界ヨツンヘイムへと繋がるトンネルを目指して大きく踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 





ここで原作からの変更ポイント。

原作では、1パーティの人数上限は7人だったのに対し、この小説では8人に変更してます。これは単純にオリ主の分の枠を作りたかっただけで、それ以外に大した理由はありません。

それではまた次回。


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第43話 女王からの依頼

 

私たちは今、ヨツンヘイムへと繋がるトンネルの下り階段を駆け降りている。

 

 

「いったい何段あるのこれ〜」

 

 

「うーん、新アインクラッドの迷宮区タワーまるまる1個分くらいはあったかなー」

 

 

階段を降りながらリズベットが発した言葉にリーファが答える。

 

 

「あのなぁ、通常ルートならヨツンヘイムまで最速でも2時間はかかるとこを、ここを降りれば5分だぞ!文句を言わずに、一段一段感謝の心を込めながら諸君」

 

 

「アンタが造ったわけじゃないでしょ」

 

 

「突っ込みありがと」

 

 

このトンネルの有り難みを力説するキリト。それに対し、シノンが冷静に突っ込みを入れ、キリトは礼を言いながら目の前で揺れる彼女の水色の尻尾をギュッと掴んだ。

 

 

「フギャア⁉︎」

 

 

シノンは悲鳴を上げて飛び上がり、器用に後ろ走りしながらまさしく猫のように、キリトを両手で引っ掻こうとするが、キリトは飄々(ひょうひょう)と彼女の引っ掻き攻撃を避ける。

 

 

「アンタ、次やったら鼻の穴に火矢ブッコムからね!」

 

 

そう言って直ぐに行動に移さないのが、彼女の優しいところだろう。私だったら即座に首を吹き飛ばしていただろうな。

 

 

後ろから「怖れを知らねぇなおめぇ」と突っ込むクラインに同意しながら、「あいつは一度痛い目に遭った方が良いな」っと私は心の中で呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、予定通り私たちはヨツンヘイムに到着した。

 

 

見渡す限りの雪景色に、天蓋から突き出て煌めいている無数の氷柱。相変わらずの光景は少し懐かしく思える。ここにきたのは、アスナ救出の為に世界樹を目指していた時以来だ。

 

 

リーファが口笛を吹くと、風の音に混じって懐かしい啼き声が遠くから聞こえてくる。

 

 

眼を凝らしてよく見ると、遠くの方から白い影が羽化した象クラゲ邪神、トンキーがこちらへ飛んできているのが見えた。

 

 

「トンキーさーーーん‼︎」

 

 

ユイちゃんが精一杯の声で呼びかけると、トンキーは再び甲高い啼き声を上げる。どうやら、以前会った時と変わらず元気にやってそうだ。

 

 

たちまち私たちの目の前までやって来たトンキー。久しく会ってなかったからか、その体躯は以前よりも大きくなっている様にも見え、彼(?)と初対面のクライン、シリカ、リズベット、シノンの4人は、階段の所まで後退りする。

 

 

トンキーは私たちを一瞥した後、長い鼻を伸ばして何時かのように鼻の先端を私の頭の上に置いた。

 

 

「久しぶりだなトンキー。少し大きくなったか?」

 

 

鼻をさすりながら私がそう問いかけると、トンキーは嬉しそうに喉を震わせ、今度はその鼻で私を巻き取り、背中に乗せてくれた。

 

 

「ふふっ。やっぱりペルソナさんはトンキーに気に入られてますね」

 

 

少し羨ましそうに言いながら、リーファかトンキーの背中に飛び乗る。

 

 

それに続いてアスナ、シリカ、リズベット、シノンと次々とトンキーに乗っていく。そんな中、中々トンキーに乗ろうとしない刀使いが1人。

 

 

「ほら、早く乗れよ」

 

 

「そ、そう言ってもよぉ、俺、アメ車と空飛ぶ象には乗るなって爺ちゃんの遺言でよぉ……」

 

 

「貴様の爺さんまだ生きてるだろ。いい大人が怖がってないで早く来い」

 

 

「そうそう。それにこの間、爺ちゃんの手作りって干し柿くれただろ。美味かったからまた下さい!」

 

 

キリトにそう言われながら背中を押され、ようやくクラインがトンキーに乗り、最後にキリトが飛び移る。

 

 

「よぉーしトンキー、ダンジョンの入口までお願い!」

 

 

トンキーの顔の近くに座るリーファがそう叫ぶと、トンキーは一啼きして、8枚の翼をゆっくりと羽ばたかせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、これ落っこちたらどうなるの?」

 

 

空中ダンジョンに向かう途中、トンキーの背中から下の方を見下ろしていたリズベットがそう呟いた。

 

 

彼女が言いたい事は分からないでもない。

 

 

ヨツンヘイムではどの種族の妖精も飛行不可能で、落下ダメージも適用される。今、飛行中のトンキーから落ちれば……など、考えるまでもないが、もしかしたらトンキーがその長い触手で捕まえてくれるかもしれない。

 

 

–––勿論、試す気はないが。

 

 

「きっと、昔アインクラッドの外周の柱から次の層に上ろうとして落っこちた人が、いつか実験してくれるよ」

 

 

ニッコリと笑って、アスナはキリトの方を見ながらリズベットの問いに答えた。

 

 

–––というかキリト、そんな事してたのか。

 

 

「………高いところから落ちるなら、ネコ科動物の方が向いてるんじゃないかな」

 

 

キリトがそんな事を言いながらケットシー2人(シリカとシノン)の方を見ると、2人は真顔でぶんぶんと首を横に振る。

 

 

背中でそんなやり取りが行われてる間も、トンキーは翼をゆっくりと羽ばたかせ、空中ダンジョンの入口に向かって飛行している。

 

 

だが次の瞬間、トンキーは全ての翼を折りたたみ、突然、急降下を始めた。

 

 

「「うわぁぁああ⁉︎」」

 

「「「「「きゃあああああ!」」」」」

 

「やっほーーーーう!」

 

 

一部違うのがあったが、皆絶叫しながら急降下するトンキーの背中を掴んで、振り落とされるのを必死に耐える。

 

 

暫くして、トンキーがブレーキを掛けて、再び穏やかな飛行に戻る。

 

 

「あっ……⁉︎」

 

 

トンキーの頭に乗り上げるように体を伸ばしていたリーファが、突然鋭い声を上げながら地上の一点を指した。

 

 

私たちは言われるがまま、リーファが指差した方に眼を向ける。途端に私の目に映ったのは、羽化する前のトンキーに似た象クラゲ邪神を大規模なレイドパーティが攻撃している光景だった。

 

 

トンキーもその光景を見て悲しそうに啼いている。

 

 

だが、私たちが驚かされたのはそれではない。

 

 

象クラゲ邪神を攻撃しているのがプレイヤーだけではなく、トンキーと初めて出会った時、トンキーを殺そうとしていた人型邪神と同じ種族の邪神もそこにいたという事だ。

 

 

「どうなってるの?あの人型邪神を誰かがテイムしたの?」

 

 

「有り得ません!邪神級モンスターのテイム成功率は、最大スキル値に専用装備でフルブーストしても0%です!」

 

 

アスナの問いにシリカが首を激しく振って否定する。

 

 

「ってことは、便乗してるって訳か?四つ腕巨人が象クラゲを攻撃してるとこに乗っかって、追い討ちを掛けてるみてぇな」

 

 

「でも、そんな都合良くヘイトを管理できるものかしら?」

 

 

シノンとクラインがそんな会話をしている間に、象クラゲ邪神が断末魔を上げながら、その体はポリゴン片となって四散した。

 

 

そして次の瞬間、巨人型邪神が勝利の雄叫びを上げる足下で、数十人のプレイヤー達もガッツポーズを決めた後に、両者が移動を始めた様子に、私たちは再度驚かされた。

 

 

「な、何で戦闘にならないんだ⁉︎」

 

 

驚きの声を上げるキリトの隣で、アスナが何かに気づいたように遠くの丘の上を指差す。そちらの方をよく見てみると、そちらでもプレイヤー集団と、今度は2体の人型邪神が協力して、ワニのような邪神を狩っている光景が広がっていた。

 

 

「こりゃあ……ここで一体何が起きてんだよ……」

 

 

「もしかしてさっきアスナが言ってた、ヨツンヘイムで新しく見つかったスローター系クエストって、この事じゃないの?人型邪神と協力して動物型邪神を殲滅する……みたいな」

 

 

リズベットの呟きを聞いた皆が揃って息を呑む。

 

 

彼女の予想は間違いないだろう。クエスト進行中であれば、特定のモンスターと共闘状態になることがある。だが、クエストの報酬が《聖剣エクスキャリバー》というのが、どうにも腑に落ちない。

 

 

そう思いながら、聖剣が封印されているであろう空中ダンジョンを見ようとした時、トンキーの背中の1番後ろに、音もなく光の粒が凝縮し、金髪の美しい女性が現れた。

 

 

「「でっ……けえ!」」

 

 

反射的に振り向いたキリトとクラインが、女性に投げ掛かるにはかなり失礼な言葉を発していたが、突如現れた彼女は少なくとも3m以上はあった為、仕方ないだろう。

 

 

「私は《湖の女王》ウルズ。我らが眷属と絆を結びし妖精たちよ、そなたらに、私と2人の妹から1つの請願があります。どうかこの国を《霜の巨人族》の攻撃から救ってほしい」

 

 

流暢に話しかけてくるウルズは、他のNPCとは何処か違うようにも感じられた。

 

 

「かつてこのヨツンヘイムは、そなたたちのアルヴヘイムと同じように世界樹イグドラシルの恩寵を受け、美しい水と緑に覆われていました。我々《丘の巨人族》とその眷属たる獣たちが穏やかに暮らしていたのです」

 

 

話しながらウルズが手を振ると、周囲の景色に重なるようにウルズの言葉通り豊かな世界……嘗てのヨツンヘイムの幻影が現れた。

 

 

多くの町が存在し、栄えていたであろうその風景は、央都アルンととてもよく似ていた。

 

 

「–––ヨツンヘイムの更に下層には、氷の国《ニブルヘイム》が存在します。彼の地を支配する霜の巨人族の王《スリュム》は、ある時オオカミに姿を変えてこの国に忍び込み、鍛治の神ヴェランドが鍛えた《全ての鉄と木を断つ剣》エクスキャリバーを、世界の中心たる《ウルズの泉》に投げ入れました。剣は世界樹の最も大切な根を断ち切り、その瞬間、ヨツンヘイムからイグドラシルの恩寵は失われました」

 

 

幻影の世界では《ウルズの泉》とやらの全面に伸びていた世界樹の根が浮き上がり、町は崩壊し、草木は枯れ、吹雪が荒れ狂う。そして《ウルズの泉》の水も一瞬で氷結し、その巨大な氷塊は世界樹の根に絡めとられ、ヨツンヘイムの天蓋に突き刺さった。

 

 

———これが、あのダンジョンが出来たきっかけか。

 

 

「王スリュムの配下《霜の巨人族》はニブルヘイムからヨツンヘイムに攻め込み、多くの砦や城を築いては、我々《丘の巨人族》を捕らえ幽閉しました。王はかつて《ウルズの泉》だった大氷塊に居城《スリュムヘイム》を築いてこの世界を支配したのです。しかし霜の巨人族はそれに飽き足らず、今もこの地に生きる我が眷属たちをも皆殺しにしようとしています。そうすれば、私の力は完全に消滅し、スリュムヘイムを上層のアルヴヘイムにまで浮き上がらせることが出来るからです」

 

 

「んな⁉そんなことしたら、アルンの街がぶっ壊れちまうだろうが!」

 

 

クラインが叫ぶと、ウルズはその言葉に頷き、話を続けた。

 

 

「スリュムの目的はそなたらのアルヴヘイムをも氷雪に閉ざし、世界樹イグドラシルの梢に攻め上がることなのです。そこに実るという《黄金の林檎》を手に入れるために。そして、我が眷属達を中々滅ぼせないことに苛立ったスリュムと霜巨人の将軍達は、遂にそなた達妖精の力をも利用し始めました。エクスキャリバーを報酬に与えると誘いかけ、我が眷属を狩り尽くさせようとしているのです。しかし、スリュムがかの剣を余人に与えることなどありえません。スリュムヘイムからエクスキャリバーが失われるとき、再びイグドラシルの恩寵はこの地に戻りあの城は溶け落ちてしまうのですから」

 

 

「え……じゃあ、エクスキャリバーが報酬だってのは全部嘘だったてこと⁉そんなクエストありぃ⁉」

 

 

「恐らく、鍛冶の神ヴェルンドがかの剣を鍛えたときに鎚を一回打ち損じたために投げ捨てた、見た目はエクスキャリバーとそっくりな《偽剣カリバーン》を与えるつもりでしょう。十分に強力ですが真の力は持たない剣を」

 

 

「ずっるい……王様がそんなことしていいの……」

 

 

リーファの呟きにウルズは深く息を吐いく。

 

 

「その狡さがスリュムの持つ最も強力な武器なのです。しかし彼は我が眷属を滅ぼすのを焦るあまり、ひとつの過ちを犯しました。配下の巨人のほとんどを、巧言によって集めた妖精の戦士達に協力させるため、スリュムヘイムから地上に降ろしたのです。今、あの城の護りはかつてないほど薄くなっています」

 

 

そこまで言うと、ウルズはその手で天蓋の空中ダンジョン……否、スリュムヘイムを指し、私たちに依頼した。

 

 

「妖精たちよ、スリュムヘイムに侵入し、エクスキャリバーを《要の台座》より引き抜いてください」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウルズが消えた後、私たちはどうするかを話し合ったが、ユイちゃん曰く、ALOの元となった北欧神話には、最終戦争…《神々の黄昏(ラグナロク)》というものがあるらしい。カーディナル・システムが作成したこのクエストの展開次第では、そのラグナロクが起きても不思議ではないのだという。

 

 

元々、エクスキャリバーを求めて集まった私たちの答えは決まっており、護りが手薄になっているのなら好都合だった。

 

 

「オッシャ!今年最後の大クエストだ!ばしーんと決めて、明日のMトモの一面載ったろうぜ!」

 

 

『おおー!』

 

 

クラインの叫びに皆が唱和し、足下のトンキーまでも啼いた。

 

 

そして辿り着いた氷のテラスの上でフォーメーションを組み、私たちは巨城《スリュムヘイム》へと突入する。

 

 

こうして、世界の命運を掛けた大クエストが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 



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第44話 スキルコネクトと謎の美女


お待たせしました。第44話です。


 

氷の居城《スリュムヘイム》に突入してから既に20分経過している。

 

 

《湖の女王ウルズ》の言葉通り、ダンジョン内で敵の姿を見ることはほとんどなく、残っていたのはフロアの中ボスが半分と、次層へと降りる階段手前の広間を守るフロアボスだけだ。

 

 

第1層の単眼巨人(サイクロプス)を屠り、第2層を駆け抜けて、再びボス部屋まで辿り着いた私たちだったが、そこで待ち受けていたのは、黒と金の2体の牛頭人身(ミノタウロス)型邪神だった。

 

 

黒い方は魔法耐性が、金の方は物理耐性が途轍もない高さに設定されている。

 

 

しかもこの2体は互いを守るように作られているのか、黒のHPが減ると金が黒を守り、その間に黒は後方で身を丸め、瞑想をしてHPを回復させるのだ。

 

 

黒い方が瞑想している間に金色を集中攻撃で倒そうとするも、物理耐性が高すぎてろくにダメージを与えられず、奴が放つ大技の範囲攻撃でこちらのHPがじわじわと削られていく。

 

 

「キリト君、今のペースだと、あと150秒でMPが切れる!」

 

 

後方でヒーラーとして徹しているアスナが叫ぶ。

 

 

このメンバーで唯一のヒーラーであるアスナのMPが尽きれば、待っているのはパーティの壊滅。

 

 

そうなれば央都アルンから出直しになるが、

 

 

「メダリオン、もう7割以上黒くなってる。《死に戻り》してる時間はなさそう」

 

 

そんな時間は残されていないようだ。

 

 

「解った。みんな、こうなったら一か八か、金色をソードスキルの集中攻撃で倒し切るしかない!」

 

 

今年5月《アインクラッド実装アップデート》で、ALOにソードスキルが導入された。 中でも上級ソードスキルは魔法属性ダメージが付与される。これならば物理耐性の高い金色にもダメージが与えられるはずだ。

 

 

だが、この作戦にはリスクがある。ソードスキルは連撃数が多いほど技後の硬直時間も長くなる。もし硬直中に奴の攻撃を受ければ、私たちのHPは完全に削り取られるだろう。キリトの言う通り、一か八かなのだ。

 

 

当然、皆もその事を理解したうえでキリトに同意する。

 

 

「うっしゃ!その一言を待ってたぜキリの字!」

 

 

全員が各々の武器を握り直し、私も両手剣をしまい、代わりに刀と槍に手を伸ばす。

 

 

「シリカ、カウントで《泡》頼む!———2、1、今!」

 

 

「ピナ、《バブルブレス》!」

 

 

シリカの指示を受け、ピナが発射した虹色の泡は、大技を放たんとしていた金牛の鼻先で弾けた。物理耐性が高い代わりに、魔法耐性はそこまでない金牛は一瞬だけ動きを止めた。

 

 

「ゴー!!」

 

 

キリトの絶叫に合わせ、アスナを除く全員の武器が色とりどりの輝きを放つ。

 

 

クライン、リーファ、リズベット、シリカ、更に後方から放たれるシノンの攻撃が、金牛の四肢と鼻の頭にヒットする。

 

 

「「うおおおおッ!/はああああッ!」」

 

 

続けてキリトと私が同時にソードスキルを放つ。

 

 

炎を纏った私たちの剣と刀が金牛の体を抉る。

 

 

———今だ。

 

 

最後の一撃を放つ寸前、私は右手から意識を切り離し、槍を持つ左手に意識を集中させる。

 

 

本来であればここで硬直時間が発生し、私たちは動けなくなる。だが、キリトの剣に青白い光が、私の槍に黄色い光が煌めく。

 

 

キリトの剣が金牛の右腹を切り裂き、腹の真ん中に埋まった所で90度回転させ、跳ね上がりながら垂直に金牛の体を斬り、斬られた場所からは氷のエフェクトが噴出した。

 

 

キリトの攻撃が終わると同時に私は彼を飛び越え、金牛に電撃を帯びた無数のラッシュを浴びせる。

 

 

私たちの攻撃が終わった所でクライン達の硬直が解け、次々と金牛に攻撃を喰らわせていき、最後にキリトの放った直突き攻撃が命中し、金牛のHPが勢いよく減っていく。

 

 

誰もが「決まった」と思った矢先、あと少しの所で金牛のHPの減少が止まる。数多の大技を放った直後で、キリトは硬直状態に陥っている。金牛は不敵な笑みを浮かべ、キリトにその凶刃をを振り下ろそうとする。

 

 

「やああああああ!!」

 

 

一陣の青い閃光が飛び出し、金牛の無防備な胴体に目にも止まらぬ速さの連撃が放たれる。

 

 

全くの予想外の攻撃で残り僅かだった金牛のHPは音も無く消滅し、その体はポリゴン片となって四方に爆散した。

 

 

HPを全回復させ、勝ち誇ったように大斧を振りかざしていた黒牛も、目の前で自分を守り続けていた仲間が消えた途端、「えっ」とでも言いたそうな表情をしていた。

 

 

「おーし牛野郎、そこで正座」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おらキリ公、ペル公!オメエら何だよさっきの!」

 

 

今までの鬱憤を叩き付けるかのように、大技の乱舞で黒牛にトドメを刺したクラインは、こちらに振り向いて叫んだ。

 

 

———何故私までそんな呼び方なんだ。

 

 

「……言わなきゃダメか?」

 

 

「ったりめぇだ!見たことねぇぞあんなの!」

 

 

ずずいとキリトに詰め寄るクライン。そんなクラインの無精髭面を押し返し、キリトはやむなく彼の問いに答える。

 

 

「システム外スキルだよ。剣技連携(スキルコネクト)

 

 

「私のはその応用だ」

 

 

周りから「おー」という感嘆の声が上がる中、不意にアスナがこめかみに指を当てて唸った。

 

 

「なんかわたし、今すごいデジャブったよ……」

 

 

–––確かに、昔あったなこんな会話。

 

 

思い出話に花を咲かせたい所だが、今は一刻の猶予もない。私たちはHP・MPを全回復させてすぐに第3層へと続く階段を駆け降りた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ユイちゃんの分析によると、第3層は上2層に比べても狭い。

 

 

その分道も細く入り組んでいたが、ユイちゃんの的確なナビのおかげで十数分程で第3層のフロアボスの部屋までたどり着いた。

 

 

ボスは百足のように10本近くの足を生やして気持ち悪かったが、物理耐性は低い代わりに攻撃が高く、私とキリトとクラインが何度もHPが赤くなったが、最終的に全ての足を切り落とした後にキリトと私が《スキルコネクト》の多重ソードスキルで仕留めた。

 

 

 

 

そして第4層に降り、あとは王スリュムが鎮座しているであろうボス部屋に向かうだけとなった私たちの前に、壁際に作られた氷の檻に幽閉された女性の姿が見えた。

 

 

予想外の光景に思わず足を止めてしまった私たちに気が付いたのか、その女性は手足に繋がっている氷の枷の鎖を鳴らしながら顔を上げる。

 

 

金色の髪と金茶色の瞳。思わず見惚れてしまいそうなほど圧倒的な美貌の持ち主はか細い声でこちらに話しかけてくる。

 

 

「お願い……私を……ここから出して……」

 

 

ふらり、とその声に吸い寄せられたクラインのバンダナをキリトが掴んで引き戻す。

 

 

「罠だ」

 

「罠だな」

 

「罠よ」

 

「罠だね」

 

 

キリト、私、シノン、リズベットから指摘され、クラインは微妙な表情をしながら自らの頭を掻き、罠だよなっと自分に言い聞かせた。

 

 

ユイちゃんに聞いてみたところ、どうやら目の前にいる女性はウルズと同じ言語エンジンモジュールに接続したNPCらしい。ただ1つ、HPが存在することを除いては……。

 

 

通常、NPCにはHPは無い。例外として、護衛クエストの対象か或いは、

 

 

「罠だよ」

 

「罠ですね」

 

「罠だと思う」

 

 

アスナ、シリカ、リーファも同時に指摘する。

 

 

もちろん100%罠だと言い切るわけではないし、私にも助けたいと思う気持ちが無いわけではない。だが今は1秒でも時間が惜しい。リスクは成るべく最小限にしたいのだ。

 

 

キリトに諭され、小さく頷いたクラインは檻から眼を逸らす。

 

 

そして奥に見える階段に向かって数歩走ったところで、

 

 

「お願い……誰か……」

 

 

再び背後から声が聞こえ、クラインが俯きながらその場に立ち止まった。

 

 

「……罠だよな。罠だ、解ってる。でも、それでもオレはここであの人を置いていけねえんだよ!たとえそれでクエが失敗して、アルンが崩壊しちまっても、それでもここで助けるのがオレの生き様…武士道ってヤツなんだよォ!」

 

 

そんな青臭い台詞を吐きながら、クラインは勢いよく振り向き、「今助けてやっかんな!」と叫び、愛刀で氷の檻を薙ぎ払った。

 

 

檻が破壊され、自由の身となった美女が怪物に変貌し、私たちに襲い掛かる……という最悪のシナリオにならなかったのは幸いだったが、

 

 

「……ありがとう、妖精の剣士様」

 

 

「立てるかい?怪我ねえか?」

 

 

完全に『入り込んでいる』刀使いに、どうしても一歩引いてしまう。

 

 

———いや、昔の私なら同じことをしただろう。

 

 

そう自分に言い聞かせいると、謎の美女は立ち上がったが、すぐによろけてしまい、その背中をクラインが紳士的な手つきで支えた。

 

 

「出口までちょと遠いけど、1人で帰れるかい、姉さん?」

 

 

「……」

 

 

その問いに対し、美女は目を伏せる。

 

 

そしてしばしの沈黙の後、顔を上げ、話し出す。

 

 

「……私は、このまま城から逃げる訳にはいかないのです。巨人のを王スリュムに奪われた一族の宝を取り戻すため城に忍び込んだのですが、三番目の門番に見つかり捕らえられてしまいました。宝を取り返さずして戻ることはできません。どうか、私を一緒にスリュムの部屋に連れて行ってくれませんか」

 

 

流石のクラインもこの頼みには即答できず、離れた場所で見ていた私たちもこの展開にキナくささを感じていた。

 

 

とはいえ、既に乗り掛かった舟。いずれにせよ、檻から美女を助け出した時点で、もし罠だった場合は最後に後ろから強襲されるのだ。私たちは残り1%の可能性に掛け、この美女———《フレイヤ》をパーティに加え、最後のボス部屋へと向かった。

 

 

 

 

 

 



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第45話 異変

キャリバー編の最終局面。

少しくらいオリジナル要素を入れても良いよね。


 

檻の中に幽閉されていた謎の美女フレイヤを救出し共に王スリュムの元へ向かうこととなった私たちは今、2匹の狼が彫り込まれた分厚い氷の扉の前にいる。恐らく、ここが霜の巨人族の王がいる玉座の間といったところだろう。

 

 

私たちが近づくと、扉は自動的に左右に開き始め、奥から冷気とここまで戦ってきたボス達とは比べものにならないほどの威圧感が吹き寄せる。

 

 

アスナが全員の支援魔法を張り直し始めると、フレイヤもそれに加わり、HP上限を上昇させる謎の支援魔法を全員に掛けた。

 

 

互いにアイコンタクトを取り、部屋の中に一気に駆け込む。

 

 

内部はこれまでのものと同じ青い氷の壁や床、氷の燭台に青紫色の不気味に揺れおり、天井には同じ色のシャンデリアが並んでいた。しかし、真っ先に私たちの眼を奪ったのは、左右の壁際から部屋の奥まで連なる黄金の輝き。金貨や装飾品、剣や鎧、盾に彫像、家具に至るまで、無数の黄金製のオブジェクトが積み重なっていた。

 

 

「……総額、何ユルドだろ…」

 

 

無数の黄金を前にリズベットが呟き、クラインも欲望に突き動かされるように、ふらふらと宝の山の方に近づいていく。

 

 

「……小虫が飛んでおる」

 

 

広間の奥の暗闇から、威厳のある低い声が聞こえてきた。

 

 

「ぶんぶん煩わしい羽音が聞こえるぞ。どれ、悪さをする前に、ひとつ潰してくれようか」

 

 

氷の床が砕けるのではないかと考えてしまうほどの地響きを上げながら、巨大な影が目の前に現れる。

 

 

否、それは『巨大』という表現ですらおこがましいほどで、ヨツンヘイムを蔓延る人型邪神や、上層のボス邪神の数倍の体躯だ。

 

 

———まるで【巨躯(エルダー)】だな。

 

 

あまりの大きさに嘗ての同胞のことを思い出していると、その巨人は低い声で嗤った。

 

 

「ふっふっ……アルヴヘイムの羽虫どもが、ウルズに唆されてこんな所まで潜り込んだか。どうだ、いと小さき者どもよ、あの女の居所を教えれば、この部屋の黄金を持てるだけ呉れてやるぞ?」

 

 

今の台詞からこの巨人こそが《霜の巨人族の王スリュム》であることは間違いないようだ。

 

 

そんな奴からの提案に真っ先に言葉を返したのはクラインだった。

 

 

「へっ!武士は食わねど高笑いってな!オレ様がそんな安っぽいにホイホイ引っかかって堪るかよ!」

 

 

そう言いながら愛刀を鞘から抜き放つクライン。「さっき宝の山に魅入っていただろ貴様」っと野暮なことは言わないでおこう。

 

 

残る7人も各々の武器を手に取るが、スリュムは不敵な笑みを浮かべたまま、最後尾にいる9人目の仲間に目を止める。

 

 

「ほう、ほう。そこにおるのはフレイヤ殿ではないか。檻から出てきたということは、儂の花嫁となる決心がついたのかな?」

 

 

「は、ハナヨメだぁ⁉」

 

 

スリュムの言葉に裏返った声を上げて驚くクライン。

 

 

———決心も何も、鎖に繋がれていたのだから出られないのでは?

 

 

私がそんな疑問を抱いている間も話は続いている。

 

 

「誰がお前の花嫁になど!かくなる上は、剣士様たちと共にお前を倒し、奪われたものを取り返すまで!」

 

 

「ぬっ、ふっ、ふっ、威勢の良いことよ。さすがは、その美貌と武勇を九界の果てまで轟かすフレイヤ殿。しかし、気高き花ほど手折る時は興深いというもの……小虫どもを捻り潰したあと、念入りに愛でてくれようぞ、ぬっふふふふ……」

 

 

全年齢対象のゲームでギリギリ許される言葉に女性陣は顔をしかめ、前に立つクラインは左拳を震わせ憤慨していた。

 

 

「てっ、てっ、手前ェ!させっかンな真似!このクライン様が、フレイヤさんに指一本触れさせねぇ‼」

 

 

「おうおう、ぶんぶんと羽音が聞こえるわい。どぅーれ、ヨツンヘイム全土が儂の物となる前祝いに、まずは貴様らから平らげてくれようぞ……」

 

 

ずしん、とスリュムが一歩踏み出すと同時に、長大な3段のHPゲージが表示される。

 

 

「来るぞ!ユイの指示をよく聞いて、序盤はひたすら回避!」

 

 

キリトが叫び、天井近くまで高く振り上げた大岩の如き右拳を振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スリュムとの戦闘は正しく激戦で、その圧倒的なまでの攻撃力と守備力に私たちは苦戦を強いられていた。

 

 

 

そんな中、1番スリュムのHPを削ったのはフレイヤの雷撃系攻撃魔法であり、彼女の魔法がスリュムを打ち抜く度に奴のHPは大幅に削られ、10分弱でようやく奴のHPゲージが1つ消えた。

 

 

彼女がいなければこんなに早く奴のHPを削れなかっただろう。

 

 

———今回ばかりはクラインの女好きに感謝だな。

 

 

だが喜ぶのも束の間、

 

 

「まずいよお兄ちゃん。メダリオンの光がもう3つしか残ってない。多分あと15分もない」

 

 

キリトの隣にいるリーファがそう叫んだ。

 

 

スリュムのHPゲージは3本。その内の1本を削るのに10分以上の時間を要してしまっている。あと15分で残りの2つを削りきるには時間がなさすぎる。だからと言って、金ミノタウロスの時のようにソードスキルやスキルコネクトの連撃で押し切るのも不可能だろう。

 

 

そんな私の思考を見透かしたかのように、突如スリュムが大量の空気を吸い込み始め、同時に発生した突風が私たちをスリュムの近くへと引き寄せようとする。

 

 

私は咄嗟に槍と両手剣を床に突き刺して体を持っていかれないように固定する。

 

 

スリュムの近くまで引き寄せられた5人は防御姿勢を取るものの、スリュムが広範囲に放った氷ブレスによって氷の像と化してしまった。

 

 

「ぬうぅぅーん!」

 

 

そこにスリュムが雄叫びと共に巨大な右足で床を踏み付け、それにより生まれた衝撃波が凍り付くキリト達に襲い掛かる。

 

 

5人のHPが真っ赤に染まる。だが、それと同時に彼らの体を水色の光が包み込み、HPを徐々に回復させていく。

 

 

———流石アスナ、完璧なタイミングだ。

 

 

しかしスリュムもあと一撃で倒れる相手を見逃がす訳がなく、回復途中のキリト達に向かって前進する。

 

 

———させるか。

 

 

私は第3層の百足からドロップした短剣を取り出し、キリト達に気を取られているスリュムの顔目掛けて投げつけた。

 

 

投擲スキルにより、私が投げたダガーは真っ直ぐスリュムの顔———それも奴の左目———に命中した。

 

 

「ぐぬうぅぅ!」

 

 

初めて自分の攻撃で苦しむ声を上げたスリュムの様子を見て思わず頬が緩む。どうやら、どんなに硬くてもそこは弱いらしい。

 

 

片目を潰されたことに腹が立ったのだろうスリュムは、私の思惑通りキリト達を放って私に進路を変えた。

 

 

私はスリュムの猛攻を躱しながらソードスキルでダメージを与える。

 

 

ソードスキル発動後の硬直で動けなった所をスリュムが殴ろうとするが、そこにシノンの援護射撃が入る。

 

 

GGOでも私が前に出て、シノンが後方支援という形で何度か共闘したことはあるからこそ私たちの連携は完璧だ。だが、流石にボスの猛攻を2人だけで凌ぐのには限界がある。

 

 

 

 

「うおりゃあああああ‼」

 

 

そこに、丁度良いタイミングで駆けつけたクラインが気合いの入った一撃を食らわせ、それに続くようにリズベットとシリカもスリュムに攻撃を加える。

 

 

「どうしたペル公、もうへばっちまったか?」

 

 

「フッ、そんな訳無いだろう。あとその呼び方はやめろ」

 

 

鼓舞しているのか煽っているのかわからないクラインの軽口にそう返し、ポーチから取り出した回復ポーションを飲み干す。

 

 

HPの完全回復まではもう少し掛かるが、今の状態でも問題ないだろうと判断し、私がリーファ達の加勢に向かおうとしたその時、

 

 

「みな……ぎるうぅぅぉぉおおオオオオオオ‼」

 

 

突如として後方から聞こえた咆哮に振り返ると、黄金の小槌を持ったフレイヤが全身に雷を纏わせ、瞬く間にスリュムに並ぶ大きさにまで巨大化していく。

 

 

「「お、お、お……オッサンじゃん‼」」

 

 

そこにはクラインの武士道とやらを衝き動かした美女の姿は既になく、代わりに大木のように盛り上がった筋肉が付いた腕と脚を持ち、ごつごつとした逞しい頬から長い髭を生やした巨人(おっさん)になっており、私の視界の左端につい先程まで【Freyja(フレイヤ)】と記されていたはずの文字は、いつの間にか【Thor(トール)】という名に変わっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《雷神トール》……神話にそこまで詳しくない私でも聞いたことのある《オーディン》や《ロキ》と並んで有名な神の名だ。

 

 

「卑劣な巨人めが、我が宝《ミョルニル》を盗んだ報い、今こそ贖ってもらうぞ!」

 

 

「小汚い神め、よくもわしをたばかってくれたな!その髭面切り離して、アースガルドに送り返してくれようぞ!」

 

 

トールの黄金のハンマーとスリュムが作り出した氷の斧がぶつかり、その衝撃波がスリュムヘイム全体を大きく揺らす。

 

 

私たちは暫くの間、唐突なフレイヤの巨人化の衝撃に唖然としていたが、すぐに我に返り、トールに加勢する。

 

 

「ぬぅおおおおおおッ!」

 

 

刀を振りかぶって突進するクラインを筆頭に、いつの間にかレイピアに装備を変えているアスナもスリュムの両足にソードスキルを叩き込んでいく。

 

 

「ぐ…ぬぅ……!」

 

 

流石の巨人族の王もソードスキルの猛攻に耐えられなかったのだろう。スリュムは唸り声を漏らし体を大きく揺らしながら左膝をついた。

 

 

そのチャンスを見逃すはずもなく、私たちは全員で最大の連続攻撃をスリュムに向けて放った。私たちの剣から放たれたエフェクトと、豪雨の如く降り注いだ無数の矢がスリュムの体を包む。

 

 

「地の底に還るがよい、巨人の王!」

 

 

トドメと言わんばかりにトールがハンマーをスリュムの頭に振り落とす。王冠が砕け、ついにスリュムは倒れた。

 

 

「ふっふっふっ……今は勝ち誇るがよい子虫どもよ。だが、アース神族に気を許すと痛い目を見るぞ……彼奴らこそ真の———」

 

 

その言葉は最後まで紡がれる事なく、トールの容赦のない一撃が炸裂し、今度こそ巨人族の王は力尽きた。

 

 

「……やれやれ、礼を言うぞ妖精の剣士たちよ」

 

 

スリュムの屍から自慢のハンマーを持ち上げたトールは私たちの方に振り向いて言った。

 

 

———待て、何かおかしい。

 

 

どんな物でも、HPや耐久値が切れればポリゴン片となって消滅する。それはボスモンスターも同じだ。だが、何故HPが0になった筈のスリュムは消えていない。

 

 

———まさか!

 

 

違和感が確信になった瞬間、確かに力尽きた筈のスリュムの瞼が開かれた。

 

 

「皆、散れ‼」

 

 

私がそう叫んだ時には、復活したスリュムによってトールが吹き飛ばされていた。

 

 

「一体何が起きているんだ⁉」

 

 

キリトが驚きの声を上げるが、状況が状況なだけに驚くのも無理はない。今までボスが復活するといった現象は起きたことがない。全く予想外の出来事なのだ。

 

 

だが、ここから私は更に驚く光景を目にした。

 

 

 

 

復活したスリュムの左目の奥から”赤くて丸い何か”が浮き出てくる。

 

 

まさか目玉じゃないだろうなと考えている間に、その「何か」は肥大化し、それは正しく”核”と呼べる形になった。

 

 

———『侵食核』……⁉

 

 

私の驚きを掻き消すように復活したスリュムから混じりの咆哮を上げ、奴の周りに何処からか転移してきたように魚やヤドカリの様な姿のエネミーが現れ、私たちを襲う。

 

 

「っ!みんなもう一度度戦闘態勢を取るんだ!」

 

 

キリトが皆に指示をすると、皆各々の武器を構え直す。

 

 

———色々と考えるのはあとだ。今は目の前の相手に集中しろ。

 

 

復活したスリュムと水棲型モンスター。ALOの存亡の危機を掛けた最終決戦がが今再び始まった。

 




キャリバー編、次回ラストです。


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第46話 聖剣をその手に

本当にお待たせしました。46話です。


 

スリュムの剛腕が地を叩き、衝撃が容赦なく私たちのHPを削り取っていく。

 

 

「コイツただ復活しただけじゃない。パワーがさっきの比じゃないぞ!みんな、気をつけろ!」

 

 

「ンな事言ってもよッのわぁ⁉」

 

 

キリトの言葉に返そうとしたクラインを、浮遊するアンコウのようなダーカー《ダガッチャ》が襲う。

 

 

「この……やりやがったな!」

 

 

お返しと言わんばかりにソードスキルによる反撃を行うものの、クラインの刀は甲高い音を上げて奴の硬い皮膚に弾かれる。体勢を崩し、硬直によって動けなくなるクライン。

 

 

――全く、世話が焼ける。

 

 

私は動けないクラインが追撃を喰らう前に、ダガッチャの額にあるコアを剣で叩き、コアを破壊されたダガッチャは黒い粒子となって消滅した。

 

 

「た、助かったぜペルソナ」

 

 

「考えなしに突っ込むな。相手の動きをよく見ろ」

 

 

「悪かったって、次は気を付けるさ」

 

 

本当に分かっているのかと言いたいところだが、今は現れたダーカーの群れに集中した方が良さそうだ。

 

 

――それに、

 

 

奥の方で激しい攻防を繰り広げるトールとスリュムの方に目を向ける。

 

 

――このままではトールがやられるのも時間の問題か。

 

 

先程までの戦闘では私達の支援もあったとはいえ、トールはスリュムを圧倒していた。だが、今はスリュムが暴走しているのもあってか、奴の攻撃を防ぐのが手一杯という様に見える。

 

 

トールが倒れればこのクエストのクリアはほぼ不可能だろう。同じ事を考えていたのか、キリトと目が合い、私達は同時に組み合う2体の巨人の元へと駆け出した。

 

 

「キリト君!ペルソナさん!」

 

 

「俺とペルソナでトールを援護する!アスナ達はそいつらがこっちに来ないようにしてくれ!」

 

 

突然の行動に驚く皆に向かってキリトは走りながら指示を出す。そして、トールとスリュムが眼前に迫ったところでソードスキルを発動させ、スリュムの右足に一撃を与え、僅かに姿勢を崩した所でトールが自慢の金槌を振るい、スリュムを吹き飛ばした。

 

 

「ぐう……感謝するぞ妖精の剣士達よ」

 

 

「別に良い。私達も貴様に倒れられては困るからな。それよりもトール、私から提案がある。時間が惜しいから手短に言うぞ……」

 

 

私はトールにスリュムを倒す策を伝えた。

 

 

「……良案だ。だが其方たちは良いのか?失敗すれば其方たちもタダでは済まぬぞ」

 

 

「その時はその時だ。それに、失敗しなければ良いだけの話だ」

 

 

そうこう話している内にスリュムは起き上がり、私達に向けて咆哮を上げる。HPの減少は1割弱程度だが、奴にとっては相当腹立たしいのだろう。

 

 

「――さて、行くぞキリト」

 

 

「ああ!」

 

 

私とキリトは再び剣を手にスリュムに向かって突進する。

 

 

――トールに話したスリュムを倒す策。それは至ってシンプルだ。

 

 

スリュムは足下を這い回る虫を始末すべく、その剛腕を地面に叩きつける。

 

 

――私とキリトが攻撃を加えながら奴の気を引く。

 

 

私達はギリギリで直撃を避け、《スキルコネクト》を加えたソードスキルの連撃を次々とスリュムに与え、奴の膝を付かせる事に成功した。

 

 

――そして奴が無防備になった所を。

 

 

「おぉぉぉおおおおおっ‼︎」

 

 

トールがスリュムの顔面……右眼の所にある肥大化した《侵食核》目掛け力の限り金槌を振り下ろす。

 

 

(ダーカー因子の侵食によって凶暴化したエネミーの体から剥き出しになった侵食核は、種類にもよるが大した防御力は無い。スリュムのもの程度なら、前世の通り行くかは分からないが恐らく……)

 

 

トールの金槌が核に直撃した瞬間、核は返り血のように紅い飛沫を上げながら弾け飛び、スリュムのHPは瞬く間に0になった。

 

 

今度こそ完全に力尽きたスリュムは倒れ、その体は黒い粒子となって消滅していく。また、他のダーカー達もスリュムが消えた事で統制を失い、最後にはスリュム同様に消滅した。

 

 

――ラグネの時もそうだったが、消え方も前世と同じか。

 

 

正直、気味が悪い。何故GGOに続いてALOにまでダーカー達が現れたのか。それに動きも私の記憶と大差ない。完全に再現されている。いったい誰が……。

 

 

 

 

私が1人考えている間にトールが私たちの方を向き直った。

 

 

「今度こそ終わったな……お主達のお陰で余も宝を奪われた恥辱を雪ぐことが出来た。――どれ、褒美をやらねばな」

 

 

そう言ってトールがハンマーの柄に触れると、宝石の1つが外れ人間サイズのハンマーへと変形し、トールはそのハンマーをクラインに投げ渡す。

 

 

「《雷槌ミョルニル》正しき戦のために使うがよい。では、さらばだ」

 

 

トールが右手を振り上げたと同時に青白い稲妻が轟き、私たちは反射的に眼をつぶる。再び瞼を開けると、もうそこにトールの姿はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……伝説武器ゲット、おめでとう」

 

 

「オレ、ハンマー系スキル上げてねえし」

 

 

キリトはクラインを祝福するが、当の刀使いは泣き笑いの様な複雑な顔で煌びやかな片手用戦槌(ハンマー)を握りしめていた。

 

 

「要らないんだったらリズベットに譲渡すればいいだろ。貴様が大事に持っておくだけよりも有効に活用できるだろうしな」

 

 

「いやーでも、リズは溶かしてインゴットにしかねないぞ」

 

 

「ちょ!いくらアタシでもそんな勿体ない事しないわよ!」

 

 

「でもリズ、伝説級武器(レジェンダリィウェポン)溶かすとオリハルコン・インゴットがすごい出来るらしいよ」

 

 

「え、ホント?」

 

 

「あ、あのなぁ!まだやるなんて言ってねえぞ!」

 

 

守るようにハンマーを胸に抱えながら喚くクライン。そんな彼を見て皆が笑みを浮かべる。

 

 

その瞬間、スリュムヘイム全体が激しく震え始めた。

 

 

一瞬、何が起きているか理解できなかったが、首に下げたメダリオンを覗き込んだリーファが甲高い声を上げた。

 

 

「お兄ちゃん!クエストまだ続いてる‼」

 

 

その言葉に私はウルズが言っていたことを思い出した。彼女はスリュムヘイムに乗り込み、聖剣エクスキャリバーを台座から引き抜いてくれと言っていた。つまりスリュムを倒すことでさえ、このクエストの進行の一過程に過ぎなかったという訳だ。

 

 

「パパ、玉座の後ろに下り階段が生成されてます!」

 

 

ユイちゃんがそう言うや否やキリトは玉座の裏に現れた螺旋階段を駆け下り、私達も彼に続くように螺旋階段を駆け下りる。

 

 

螺旋階段が終わると、そこは少し広い玄室のようになっており、その中央の台座に黄金の輝きを放つ剣《エクスキャリバー》が突き刺さっていた。

 

 

キリトは暫くの間その剣をじっと見つめた後、一歩踏み出して剣の柄を握り、力一杯に台座から引き抜こうとする。

 

 

「ぬ……お……っ‼」

 

 

だがキリトがどれだけ力を込めても、剣と台座が一体化してるかのように剣が台座から抜ける気配は一向になかった。

 

 

「頑張れキリト君!」

 

「ほらもうちょっと!」

 

「根性見せて!」

 

「パパがんばって!」

 

「くるるるるぅ!」

 

 

皆の声援を受け、限界以上の力を剣に込めるキリト。すると、「ピキッ」という音と共に台座の隙間から眩い光が溢れ、エクスキャリバーは勢いよく台座から抜ける。

 

 

私達は剣を抜いた勢いのままこちらに飛んできたキリトを全員で受け止めた。そして互いに顔を見合わせると自然と口が綻ぶ。今度こそ正真正銘クエストクリア――――

 

 

 

――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ‼――

 

 

と、ならないのがこの世界の理不尽なところで、キリトが聖剣を抜いたことで剣が刺さっていた氷の台座から解放された世界樹の根っこが成長を始め、スリュムヘイム全体が大きく揺れ始める。

 

 

「スリュムヘイム全体が崩壊します。パパ、避難を!」

 

 

直後ユイちゃんがそう叫ぶが、私達が降りてきた螺旋階段は上から伸びてきた世界樹の根によって粉砕され、来た道を帰るのは不可能。世界樹の根に掴まろうにも天蓋に固定されている根っこは私達がいる位置から10mも上にあり、ジャンプしても届きそうにない。

 

 

「ちょっと世界樹!そりゃ薄情ってもんじゃないの!」

 

 

リズベットが拳を上げて抗議するが相手は樹、謝罪の言葉など返ってくるわけもなく氷の城はより一層大きく揺れて崩壊し続ける。

 

 

「よ、よおし……こうなりゃ、クライン様のオリンピック級垂直ハイジャンプを見せるっきゃないな!」

 

 

と言いながら突然立ち上がったクラインが助走を始め、

 

 

「あ、バカ、やめ……!」

 

 

「よせ……!」

 

 

私とキリトが制止する前に踏み切り、華麗な大跳躍を見せる。だが世界樹の根っこには届かず、物凄い音を立てて床に墜落。……それがトドメとなったのだろう。周囲を覆う氷壁にひびが入り、遂に最下層フロアがスリュムヘイム本体と分離した。

 

 

「クラインさんの、ばかーっ‼」

 

 

今この場にいる全員が思った事をシリカが絶叫し、私達を乗せた氷塊はヨツンヘイムの象徴とも言える大穴に向かって落下していく。

 

 

このまま行けば女王ウルズの言っていたニブルヘイムとやらに着くのかもしれないが、そこは霜の巨人族たちの本拠地。タダでは済まないだろう。

 

 

――まあ、この高さからでは落下ダメージで即死だろうがな。

 

 

だが、トンキーと仲間達の虐殺クエストは止められたわけで私達の苦労が無駄ではなかった。そう信じたいものだ。

 

 

「……何か聞こえた」

 

 

唐突にリーファがそう呟き、耳に手を添える。

 

 

「ほら、また!」

 

 

今度はそう叫び、立ち上がるリーファ。同時に私の耳にも聞きおぼえのある鳴き声が聞こえてきた。

 

 

私はすぐに周囲を見渡し、鳴き声の主を探す。 そして多数の氷塊が落ちる中を小さな白い影が弧を描きながら接近してくるのが見えた。

 

 

「トンキー‼」

 

 

リーファが名前を叫ぶと、くおぉーんっと返すトンキー。彼が私達を迎えに来てくれたのだ。

 

 

「へへっ……オリャ最初っから信じてたぜ……アイツが絶対助けに来てくれるってよ」

 

 

この状況を作り出した原因の半分が何か言ってるが、今回はトンキーに免じて大目に見ておくとしよう。

 

 

氷塊の近くまで来たトンキーに皆乗り移っていき、最後に残ったのが私とキリトだけとなったところで再び問題が発生した。

 

 

「キリト、どうした?」

 

 

突然、立ち尽くすキリトにそう問いかけながら私は気付いた。彼の靴が氷に食い込んでいる。恐らくエクスキャリバーが重すぎてトンキーのいる所まで跳ぶことが出来ないのだろう。

 

 

「キリト!」

 

 

「キリト君!」

 

 

異変に気付いて皆からも切迫した声が届く。

 

 

キリトは今、究極の選択を迫られている。聖剣を捨てて生き延びるか、それともこのまま心中か。偶然か、システムによって意図的に仕組まれていたものなのか。どちらにせよ、辛い選択である事に変わりない。

 

 

「キリト…」

 

 

「パパ……」

 

 

キリトは暫くの間キリトは聖剣を見つめ、次に私と頭上のユイちゃんを一瞥する。

 

 

「……まったく、カーディナルってのは!」

 

 

苦笑を浮かべそう叫んだキリトは聖剣を放り投げ、トンキーの背中に跳び乗った。

 

 

続いて私もトンキーに乗り移り、キリトと共に黄金の光が大穴へと落ちていくのを見つめる。

 

 

「……また、いつか取りに行けるわよ」

 

 

「わたしがしっかり座標固定します!」

 

 

アスナとユイちゃんがそう言ってキリトを励ましていると、

 

 

「――200メートルくらいか……」

 

 

そう呟きながら前に出たシノンが弓を引き絞り、彼方で落下し続けている聖剣の少し下の方に照準を合わせ流れるように矢を射った。

 

 

放たれた矢は銀色のラインを引きながら飛んでいく。弓使い専用の種族共有(コモン)スキル《リトリーブ・アロー》、矢に強い伸縮性・粘着性を持つ糸を付与して発射する魔法で、主に手に届かない場所にある物を回収するために使われるが、糸が矢の軌道を歪めてしまうため近距離でしか当たらず、実際に使用しているプレイヤーは見たことがない。

 

 

――そもそも弓を使うプレイヤーが少ないのだが。

 

 

シノンはこの魔法を使ってエクスキャリバーを回収しようと考えているのだろう。その真意を悟ったキリトは「幾ら何でも」と呟くが、私は彼女ならやってくれる気がした。

 

 

その予感は的中し、シノンが放った矢はまるで聖剣に引き寄せられるように近づいていき、そして……カァン!と高い音を立てて衝突した。

 

 

「よっ!」

 

 

彼女が魔法の糸を引っ張ると、落下していた聖剣はこちらに引き寄せられ、そのままシノンの手の中に納まった。

 

 

「うわ、重…」

 

 

それが伝説級武器を手にした感想かと心の中で思う私とは真逆に

 

 

「「「「「シノンさん、マジかっけぇーーーー‼」」」」」

 

 

正に神業と呼ぶに相応しいシノンの技術に対し、仲間たちは賞賛の声を上げた。

 

 

当の本人はそれに対して少し耳を動かしただけで、すぐにキリトの方を向き直り、呆れた顔で軽く肩を上下させる。

 

 

「あげるわよ、そんな顔しなくても」

 

 

「あ、ありがと――」

 

 

キリトは礼をしながら差し出された剣を受け取ろうとしたが、彼が剣を受け取る寸前、何を思ったのか、シノンが再び自分の方へと剣を引き戻した。

 

 

「その前にひとつ約束。――この剣を抜く度に、心の中でわたしのこと思い出してね」

 

 

私も初めて見る笑顔でそう言い放つシノン。彼女からすれば深い意味は無いだろうが、私は明らかに場の空気が重くなるのを感じた。

 

 

「おーおー辛いな、モテる男はゴォ⁉︎」

 

 

隣から空気を読まずに茶々入れようとするクラインの腹を私が殴って黙らせる。

 

 

「うん、思い出してお礼を言うよ。ありがとう」

 

 

「どういたしまして」

 

 

シノンは最後にはウインクをすると、身を翻してトンキーの尻尾の方へと移動し、矢筒からハッカ草の茎を取り出して一服した。

 

 

相変わらずクールだなと思っていると、トンキーが長い咆哮を上げて上昇を始める。つられるように上空を見ると、スリュムヘイムが丸ごと落下し始めていた。

 

 

今まで三角錐だと思っていたダンジョンは天蓋に全く同じ形のものが埋まっており、実は正八面体だったという今更どうでも良い事が判明する。

 

 

「……あのダンジョン、あたしたちが一回冒険しただけで無くなっちゃうんだね」

 

 

「ちょっと勿体ないですよね。行ってない部屋とかいっぱいあったのに……」

 

 

「マップ踏破率は37.2%でした」

 

 

崩れ落ちる氷の城を見つめながら、リズベット達は残念そうに小さく呟いた。

 

 

その間にもスリュムヘイムは崩壊し続け、残骸は真下の大穴へと落下し続けている。そして一段と大きい氷の塊が穴に落ちると、穴の奥から大量の水が湧き出し、続けて落下していく氷は次々と水面に落ちては即座に溶け、大穴は溶けた氷の水で満たされていく。

 

 

天蓋近くから伸びてきた世界樹の根は水面を編み目のように覆い、四方に伸びた根からは小さな芽が次々と発芽していく。

 

 

風が吹き、雪や氷が溶け、各所に建設された《霜の巨人族》の砦は廃墟と化し、それらを覆うように新緑が芽吹く。雪と氷で殺風景だったヨツンヘイムは、瞬く間に草木が生い茂る楽園のような大地を取り戻した。

 

 

「見事に、成し遂げてくれましたね」

 

 

突然聞こえた声に顔を上げると、金色の光の中から女王ウルズが姿を現した。

 

 

「《全ての鉄と木を斬る剣》エクスキャリバーが取り除かれたことにより、イグドラシルから断たれた《霊根》は母の元に還りました。樹の恩寵は再び大地に満ち、ヨツンヘイムはかつての姿を取り戻しました。これも全てそなたたちのお陰です」

 

 

「いや……スリュムは、トールの助けがなかったら到底倒せなかったと思うし……」

 

 

「かの雷神の力は私も感じました。ですが……気をつけなさい妖精たちよ。彼らアース神族は霜の巨人の敵ですが、決してそなたらのらの味方ではない……」

 

 

キリトの言葉を遮るようにそう呟くウルズ。確か死の間際にスリュム本人も似たようなことを言っていたが、あれは一体どういう意味だったのか最後まで分からなかったな。

 

 

「――私の妹たちからも、そなたらに礼があるそうです」

 

 

ウルズの言葉とともに、彼女の右側が水面のように揺れ、ウルズと同じ金髪でそれでいて彼女より少し幼い顔立ちの女性が現れる。

 

 

「私の名は《ベルザンディ》。ありがとう、妖精の剣士たち。 もう一度、緑のヨツンヘイムを見られるなんて、ああ、夢のよう……」

 

 

可憐な声で囁く彼女が手を振ると、突如として眼前に大量のアイテムやユルドが出現し、ストレージの中へと納まっていく。

 

 

――なるほど、このクエストの報酬という訳か。

 

 

私がそう納得していると、今度はウルズの左側に旋風が発生し、先の2人とは打って変わって、鎧兜姿の勇ましい女性が現れる。

 

 

「我が名は《スクルド》! 礼を言おう、戦士たちよ!」

 

 

見た目通りの勇ましく凛とした声でそう叫ぶと、ペルザンディと同じように大きく手をかざす。すると再び私たちの前に大量の報酬が流れ込む。先程の分と合わせて、そのあまりの量にストレージ上限の警告が出てきた。

 

 

妹2人が左右に退き、もう一度ウルズが進み出る。

 

 

彼女はキリトに微笑みかけると、

 

 

「――私からはその剣を授けましょう。……ゆめゆめ、《ウルズの泉》には投げ込まぬように」

 

 

「は、はい、しません!」

 

 

キリトがそう答えると、聖剣が彼のアイテムストレージの中へと消えいった。

 

 

今ならタイミングが良いだろうと思い、私は一歩前に出る。

 

 

「女王ウルズ、貴女に聞きたい事がある」

 

 

「何です?妖精の剣士よ」

 

 

「スリュムとの戦いの中、奴に起こった異変。あの時現れたエネミーについて、貴女は何か知らないだろうか?」

 

 

何故ダーカーがALOにまで現れたのか、少しでも情報が欲しかったが、ウルズから返ってきたのは私の期待するものではなかった。

 

 

「それは、私にも分かりません。唯一分かることは、かの者たちはこの世界とは異なる世界の者たちということだけ」

 

 

ウルズはそこまで言うと、「あとは貴方が良く分かっている筈」とでも言いたそうな表情でこちらを見つめた後、妹達と共に距離を取り、口を揃えて礼を言った。

 

 

「「「ありがとう妖精たち。また会いましょう」」」

 

 

同時にクエストクリアのシステムメッセージが表示され、それが薄れると3人は飛び去ろうとする。

 

 

「すっ、すすスクルドさん。連絡先をぉぉ!」

 

 

突然飛び出したクラインがスグルドに向かってそう叫び、流石の私も呆れることしか出来なかったが、なんと彼女は振り返って小さく手を振り、彼女の手から流れる光の粒子がクラインの手の中に納まった。

 

 

「クライン。あたし今あんたのこと、心の底から尊敬している」

 

 

その時ばかりはリズベットに同感した。

 

 

 

 

何はともあれ、突如として始まったエクスキャリバーを巡る――ついでにALOの命運を掛けた――冒険は終わった。

 

 

 

 




この話を書いてる間に行事やら試験やらが重なって気付いたらもう年末になってしまった。

少しでも短い間隔で投稿できるように頑張ります。


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第46.5話 打ち上げ

キャリバー編完結です。


 

「そろそろ時間か……」

 

 

私は身支度を済ませて家を出る。行先はダイシ―・カフェだ。

 

 

何故そこに向かうのかというと、クエストクリア直後、キリトの発案で打ち上げ兼忘年会を行うことになったのだが、ALOか現実のどちらで行うかを話し合い、アスナが翌日から父方の実家に帰省することもあり、現実世界のエギルの店を貸し切ることとなった。

 

 

――急な予約で口うるさく唸ってたがな……。

 

 

そうこうしている内に店に着き、扉を開けると、先に到着していた和人と直葉そして詩乃の3人が中央のテーブルを囲んでいた。

 

 

「何をしているんだ?」

 

 

「ユイちゃんの端末の調整をしてるんだって。ほら、あのカメラ」

 

 

そう答えながら詩乃が指差す方を見ると、店の四隅に同型のカメラが設置されており、一番近くのカメラのレンズがぐるぐると動いていた。

 

 

「懐かしいな。私も昔似たような物を作ったものだ」

 

 

「そうなのか?」

 

 

「ああ。機械いじりに興味があってな。今は大学の研究で人型ロボットのプログラムを組んでいる。まだ試作段階だがな」

 

 

「へえー、良かったら詳しく聞かせてくれよ」

 

そうして暫く私たちはそれぞれの研究やユイちゃんの端末――《視聴覚双方向通信プローブ》と言うらしい――の事で意見を出し合いながら、残りのメンバーの到着を待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「祝、《聖剣エクスキャリバー》ついでに《雷槌ミョルニル》ゲット!お疲れ2025年!――乾杯!」

 

 

『乾杯‼』

 

 

和人の音頭に皆が唱和し、目の前の料理を一斉に食べ始めた。

 

 

 

 

「……それにしてもさ。どうして《エクスキャリバー》なの?」

 

 

パーティーが始まり、テーブルの上の料理が無くなってきた頃に、ふと詩乃がそう呟いた。

 

 

「へ?どうしてって?」

 

 

質問の意図が分からなかった和人は首を傾げる。

 

 

「確かに、私もそこまで詳しくないが、大抵は《エクスカリバー》だからな」

 

 

「まあ別に大したことじゃないんだけどね。《キャリバー》って言うと、わたしには別の意味に聞こえるから、ちょっと気になっただけ」

 

 

「へぇ、意味って?」

 

 

「銃の口径のことを英語で《キャリバー》って言うのよ。例えばわたしのヘカートは50口径で《フィフティ・キャリバー》。エクスキャリバーとは綴りは違うと思うけど」

 

 

一瞬詩乃は口を閉じ、ちらっと和人の方を見てから話を続ける。

 

 

「……あとは、そこから転じて《人の器》って意味もある。《a man of high caliber》で《器の大きい人》とか《能力が高い人》とかね」

 

 

「へえー憶えとこ……」

 

 

感心する直葉に対し、詩乃は「多分試験には出ないかな」と笑う。

 

 

ここで里香がテーブルの反対側でニヤニヤしながら、

 

 

「ってーことは、エクスキャリバーの持ち主はデッカイ器がないとダメってことよね。なんか噂で最近どこかの誰かさんが、短期のアルバイトでドーンと稼いだんだけどぉー?」

 

 

っと和人に向かって言った。

 

 

里香が言っているのは、十中八九《死銃事件》の調査協力費のことだろう。

 

 

確か先日振り込まれていたはずだが、和人の顔を見る限り、既に大した金額は残っていないようだ。たった1日で何に使ったのやら。

 

 

「も、もちろん最初から、今日の支払いは任せろって言うつもりだったぞ」

 

 

胸をドンっと叩きながら宣言する和人。途端、四方から拍手とクラインの口笛が上がる。

 

 

何やら和人が眼で訴えてきているが、私が手で小さく×を作ると残念そうに首を垂れた。

 

 

あとで金を借りるつもりだったのだろうが、私も昨日、研究用の器材やら何やらの購入で振り込まれた報酬はほとんど残っていない。先程、和人の金の使い方に呆れておきながら私も人のことが言えないな。

 

 

――自分の分くらいは出してやるか。

 

 

そう思いながら、和人の2度目の音頭に合わせて私はグラスを上げる。

 

 

 

その後、日が落ちるまで忘年会は続いた。

 

 




次回からマザーズロザリオ編。頑張ります。


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マザーズ・ロザリオ編
第47話 絶剣


お待たせしました。マザーズロザリオ編です。


 

年も明け、正月の行事も終わって余裕が出てきた頃――

 

 

「ちょっと、アンタに電話来てるよー!」

 

 

部屋で作業をしていると、母から呼び出された。

 

 

それにしても誰からだろうか?和人たちや学校関係者なら直接携帯に連絡がくるはずだし、最近知り合った人で連絡先を交換しなかった人はいない。

 

 

母から電話を替わると、聞こえてきたのは穏やかな男の声だった。

 

 

『こんにちは、突然すみません。僕は横浜港北総合病院の倉橋です」

 

 

今にして思えば、この電話が始まりだったのだろう。

 

 

私と彼女たちの物語の……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ペルソナは《絶剣》って知ってるか?」

 

 

「絶剣?何だそれは?」

 

 

新生アインクラッド第22層にあるキリト達の家で皆の勉強を見ていると、急にキリトがそんなことを言ってきた。

 

 

「通り名だよ。絶対の絶に剣と書いて《絶剣》」

 

 

ここ数日はリアルの方が忙しく、なかなかログインできなかったので、その絶剣なる人物の存在は認知していなかった。

 

 

「それで、その絶剣とはどんな人物なんだ?」

 

 

「一週間くらい前から噂になっててな。MMOトゥモローの掲示板に対戦者募集の書き込みがあって、ALO初心者のくせに生意気だって30人くらいが押しかけたらしいんだが」

 

 

「まさか全員……」

 

 

「ああ見事に返り討ちさ」

 

 

驚いた。恐らくコンバートしたのだろうが、それでも絶剣に挑んだ30人は長いことALOをプレイしてきたプレイヤー達のはずだ。それが全員返り討ちにされたというのだ。その絶剣というプレイヤー、どうやら只者ではないようだ。

 

 

「もしや絶剣はSAO生還者(サバイバー)か?」

 

 

「いや、絶剣はサバイバーじゃない」

 

 

絶剣とやらが元SAOプレイヤーなら、ALOに来てすぐに30人ものプレイヤーを返り討ちにしたという話も頷けたのだが、キリトはあっさりとその可能性を否定した。

 

 

「何故そう言い切れる?」

 

 

「実際に戦ってみて感じたんだ。もし絶剣があの世界にいたなら、《二刀流》は俺じゃなくアイツに与えられていたはずだからな」

 

 

確か二刀流スキルは全プレイヤーの中で最も高い反応速度を持つ者へと与えられるとヒースクリフ……茅場昌彦は言っていた。 実際に二刀流を使っていたキリト自身がそこまで言うということは、絶剣の力は私達サバイバーにも匹敵するということだ。

 

 

まあ、あの茅場は私と同じ転生者で、この世界の"物語"とやらを知っていた。仮に絶剣がSAOにいたとしても、GM権限でキリトに二刀流スキルを与えていたかもしれないが。

 

 

「しかし、それほどの強さを見せつけられれば対戦者もいなくなるんじゃないのか?デュエルのデスペナルティは相当だろう?」

 

 

「実はそうでもないんだ。なんせ、絶剣は《オリジナル・ソードスキル》を賭けてるからな。それも必殺技級の」

 

 

「なるほど、それは対戦者も減らないわけだ」

 

 

オリジナル・ソードスキル……通称《OSS》。最近実装されたプレイヤーが自ら編み出し、登録することができるソードスキル。だが、習得には厳しい条件をクリアする必要がある。

 

 

まず、単発技は既存のソードスキルに全てのバリエーションが存在するため、必然的に編み出すソードスキルは連続技であること。

 

 

次に、OSSを登録する際、本来システムアシスト無しには不可能な速度の動きをアシスト無しに実行しなければならないということだ。

 

 

その過酷さに耐え切れずOSS開発を諦めた者も多くいたが、中にはOSSの開発に成功し、《○○流》という冠のついたギルドや、街に道場を開いた者もいる。

 

 

かく言う私も前世で使っていた《フォトンアーツ》を参考に3つのOSSを習得したわけだが、リズベットやクライン辺りに化物呼ばわりされるわ、他のプレイヤーからOSSを賭けて(私には何の得も無い)勝負を挑まれたりと散々だった。

 

 

「しかも11連撃だぜ!」

 

 

「11連撃……!」

 

 

キリトが言ったその連撃数に私は驚愕する。私が持つ3つのOSSの中でも最大で6連撃、ALO中最も連撃数が多かったのはサラマンダーの将軍《ユージーン》の8連撃だ。だが、絶剣はそれすらも遥かに超える11連撃のソードスキルを編み出すという偉業を成し遂げたというのだ。

 

 

「でも、実際にそのソードスキルを使わせたのはアスナだけだけどな」

 

 

「アスナも戦ったのか」

 

 

「ああ。結構惜しいとこまでいったんだけどな」

 

 

「そう言えばお前も戦ったと言っていたな。まさかとは思うが……」

 

 

私が最後まで聞くまでもなく、キリトは頭を掻きながら苦笑し、「負けました」と言った。

 

 

「流石に二刀流じゃなかったけど、本気だったよ。でも最後の攻撃が躱しきれなくてさ、反則だろあのスピード……」

 

 

反則級なスピードというなら貴様も大概だろうっと私は思いつつ、キリトを倒したという絶剣という剣士に少し興味が湧いてきた。

 

 

「戦ってみるか……」ボソッ

 

 

その呟きを聞いたキリトが目を輝かせており、明日の午後、私が絶剣と戦うのを見に来ると言い出した。…別にギャラリーは必要ないのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ログアウトした私はアミュスフィアをベッドの隣の棚に置く。

 

 

私がいるのはいつもの自分の部屋ではなく病室だ。

 

 

別にどこか悪いわけではない。だがある事情があり、私は横浜港北総合病院に入院している。

 

 

――コンコン――

 

 

扉をノックされ、私が「どうぞ」と言うと、縁の太い眼鏡を掛けた30代前半くらいの男性医師……倉橋氏が病室内に入ってきた。

 

 

「どうですか調子は」

 

 

「特に問題ないですね。それより彼女たちは」

 

 

「……2人とも、まだ受けたくないと」

 

 

「そうですか」

 

 

 

……ここで話を冒頭に戻そう。

 

 

数日前、私の元に一本の電話が掛かってきた。電話の相手がこの倉橋氏だ。

 

 

何でも、とある双子の姉妹のために私の骨髄を提供してほしいとのこと。

 

 

去年、両親からドナー登録だけでもしておくようにと口うるさく言われ、一応登録だけはしたのだが、まさかドナーとして選ばれるとは、本当に人生は何が起きるか分からない。

 

 

これは同じ大学の医学部に通う友人に聞いた話だが、血縁者以外でHLA型(白血球の型)が合うのは数万分の1らしい。 しかも拒絶反応が全くない。正に奇跡だと倉橋氏は言っていた。

 

 

しかし現実は非情だ。患者のプライバシーに関わることなので詳しい事は聞けなかったが、肝心の姉妹は特殊な施術方法で状態を安定させているため、予断を許さない状況にあるらしい。 しかも骨髄移植は患者への負担も大きい。その負担に耐え切れず…ということもある。

 

 

姉妹の方にもドナーの話はしたそうなのだが、妹の方が「手術を受けたくない」と言い、姉も「妹がやらないのなら自分も」と手術拒否をしたのだ。

 

 

無理にリスクが高い手術を受けるよりも、このまま静かに余生を過ごすのも選択肢の一つだ。最終的にそれを決めるのは患者の意志であり、そこに医者や私のような部外者が口出ししていいものではない。だが、無理のない範囲で説得を試みるようだ。

 

 

そしていつでも連絡が取れるように連絡先を交換してその日は帰宅したのだが…

 

 

「入院の準備をしろ」

 

 

帰宅し、両親にこの話をした後の父の第一声がそれだった。

 

 

そして淡々と準備は進み、私の入院生活が始まった。

 

 

本来なら検査のために手術の前日に入院するのだが、母からは「その子たちがいつ心変わりしてもいいようにしておきなさい」と言われ、父からも「金はあるから家の心配はするな」と言われた。

 

 

本当に、私の両親はこういう事になると何故か暴走する傾向にある。

 

 

――嫌いではないが。

 

 

 

 

 

そして今に至る――――

 

 

「すみません。わざわざ早めに入院していただいたのに」

 

 

「いえ、両親が勝手にやったことなので気にしないでください。大学の方も必要な単位は取ってるので支障はないですし」

 

 

――逆に私の入院で病院側に迷惑になっていないかが心配なのだが……。

 

 

そんな会話をしている内に検診も終わり、倉橋氏は病室から出ていく。

 

 

その後、特にやることもない私は薄味の病院食を食べ、明日の絶剣とのデュエルに向けて早めに就寝することにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新生アインクラッド第24層――――

 

 

大部分が水面に覆われたそのフロアに浮かぶ小島、そのひとつ、大樹の根元に多くのプレイヤーが輪を作っている。既にデュエルが始まっているのだろう。

 

 

「参った!降参、降参だ!」

 

 

シルフの男が叫ぶとデュエル終了のファンファーレが鳴り響き、同時に周囲のギャラリーからも拍手と歓声が上がる。

 

 

シルフと戦っていた絶剣は私と同じインプで、想像よりも小柄で華奢だった。長いストレートの髪は濃い紫色、全身の装備も紫色に統一している。

 

 

絶剣が芝居のような仕草でお辞儀をすると、ひときわ大きな歓声と口笛が周囲の男性プレイヤー達から上がる。それを聞いた絶剣はすぐに体を起こし、眩しいほどの満面の笑顔と共に先程とは打って変わって無邪気な動作でVサインを作って見せた。

 

 

「おい、キリト」

 

 

「ん?どうした?」

 

 

「絶剣って女だったんだな」

 

 

絶剣は少女だった。しかも見た目は私やキリトよりも年下だ。

 

 

「あれ、言ってなかったっけ?」

 

 

「ああ。まさかとは思うが貴様が負けたのは……」

 

 

「いや、女の子だからって手を抜いたとかじゃなくて、超マジでした。……少なくとも途中からは」

 

 

キリトの必死な言い分に私は少し訝しんだが、追及するのも面倒だし、今は絶剣との戦闘に集中したいので放っておこう。

 

 

「次に対戦する人、いませんかー?」

 

 

私は周囲を見渡し、他に対戦希望者がいないのを確認してから一歩前へ出る。

 

 

絶剣の少女は私が近づくのに気が付くと、無邪気な笑顔のままこちらに向き直る。

 

 

「お兄さん、やる?」

 

 

「ああ」

 

 

「おっけー!」

 

 

彼女の問いに私がそう短く答えると、手慣れた動きでウインドウを操作していく。

 

 

「あ、ルールは何でもありだからお兄さんは魔法もアイテムもばんばん使っていいよ。ボクはこれだけだけど」

 

 

《ボク》という一人称がよく似合う少女は一度手を止め、自身満々にそう言いながら剣の柄を軽く叩く。恐らく彼女はこれまでも同じ条件で勝利してきたのだろう。流石、絶剣と呼ばれることはある。

 

 

「お兄さんは地上戦と空中戦、どっちが好き?」

 

 

「私が選んでも良いのか?」

 

 

聞き返すと、彼女は笑顔のまま頷く。なら、素直に甘えさせてもらおう。

 

 

「地上戦で頼む」

 

 

「おっけー。ジャンプはあり、でも翅を使うのは無しね!」

 

 

確認の後、彼女が再びウインドウを操作すると、私の視界にデュエル申し込み画面が表示される。

 

 

【Yuuki is challenging you】

 

 

ユウキ…それが彼女のアバター名。その名が何故か彼女にピッタリだと感じながら、私はOKボタンを押すとデュエル窓が消滅し、代わりに10秒のカウントダウンが開始される。私と絶剣――ユウキは同時に互いの武器を勢いよく抜き放った。

 

 

ユウキは長剣を中段に構えているのに対し、私は両手剣を顔の高さまで上げ刀を持つように構える。瞼を閉じて呼吸を整えると、自然と周りの歓声も遠ざかっていく。

 

 

 

 

そしてカウントが0になると同時に、互いの剣が甲高い金属音と火花を散らしてぶつかった。

 

 

 

 

 

 

 

 




今回はここまで。また次回もよろしくお願いします。


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第48話 スリーピング・ナイツ

明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。



 

カウントが0になった瞬間、私は全力で地を蹴り、絶剣に向かって剣を振り下ろす。

 

 

絶剣――ユウキは私の攻撃を自身の剣で防ぐ。金属音が鳴り響き、火花が激しく散る。

 

 

――今のを止めるとは……実力は本物というわけか。

 

 

一度距離を取り、息を整える。今の一太刀で彼女の実力はある程度わかった。そして同時に面白くなってきた。確信はないが、彼女ならば私も全力で戦える。何故かそう感じたのだ。

 

 

今度はソードスキルを発動させて斬りかかる。だが彼女は焦った様子は一切見せず、大きく体を捻って私の剣を避ける。そして一瞬生まれた隙を見逃さず、無防備な私に向かってソードスキルを放つ。

 

 

かなりの痛手を受けた私のHPは大きく減少する。

 

 

私が体勢を整えるよりも早く彼女が追い打ちを掛けてくるが、私は彼女の剣が当たる寸前で弾き、大きく崩れた所に反撃の一撃を加えた。

 

 

その時、初めて彼女が驚愕の表情を見せたが、すぐに笑顔に戻ってまた恐るべき速度で剣を振ってくる。だが、先程までの笑顔とは違う。恐らく彼女も私と同じ、楽しいのだろうと受け止めた彼女の剣越しに理解した。

 

 

「強いな、君は」

 

 

「お兄さんもね。ボク今凄いワクワクしてるんだ!お兄さんとなら全力でぶつかり合える気がするんだよ!」

 

 

「私も初めてだ、こんなに面白い戦いは」

 

 

「そうなんだ!嬉しいなぁ!じゃあお兄さん、ここからは……」

 

 

「ああ。ここからは……」

 

 

「「手加減なしだ(なしで行くよ)‼」」

 

 

私とユウキの声が重なると同時にお互いの剣が眩く輝き、初めよりも強くそして激しく剣がぶつかり合う。

 

 

私と彼女の体から赤いダメージエフェクトが飛び散るが、私達はそんな事は気にも留めず、ただ互いの全力を相手にぶつけていた。

 

 

お互い、残りHPの事など最早頭になかっただろう。

 

 

ただこのひと時が永遠に続けばいい。剣を交えるたびに彼女の思いが伝わってくる。無論、私も心が躍るような戦いを終わらせたくはない。だが、私達の思いとは関係なく、決着の時はすぐそこまで迫っていた。

 

 

「「はあッ‼/やあッ‼」」

 

 

一体どちらが先だったか、それとも同時か。彼女の持つ長剣の刀身が青紫色に輝き、対照的に私の両手剣の刀身からは赤紫色の輝きが溢れる。

 

 

本能的に彼女がOSSを使ってきたと察し、私もOSS《イグナイトパリング》で応戦する。

 

 

彼女が放つ最初の5連撃を完全に防ぎ、最後の一撃を絶剣に与える。しかしそれでも彼女の剣は輝きを失うことはなく、追撃の5連撃が突き刺さる。

 

 

彼女は尚も輝き続けている剣を引き戻す。まだソードスキルは終わっていない。

 

 

絶剣の11連撃……これまでデュエル中に使用したのはアスナとのデュエルのみ。それを使ってきたということは私も彼女の好敵手として認められた証だろう。

 

 

全てを出し尽くし最後の一撃を避ける余裕はない。この一撃を受ければ私のHPは消し飛び、私は初めての敗北を味わうだろう。だが悔いはない。これほどの強者と戦えたことに満足感すら覚えた。

 

 

――でも、それでも……!

 

 

それは負けたくないという醜い意地か、それとも最後に一泡吹かせてやろうと思ったのか、剣を持つ手に力が入り、刀身がこれまでにない程、強く眩い輝きを放つ。

 

 

「「だああああああッ‼/やああああああッ‼」」

 

 

刹那、巨大な閃光と衝撃で土煙が上がる。

 

 

土煙が収まると、私の眼に映ったのは私の胸板を貫く寸前で止まっている彼女の剣先と、首元に刃を当てられているのにも関わらず笑顔のままの少女の顔だった。

 

 

「……何故、トドメを刺さなかった」

 

 

「お兄さんだって、止めてなかったら初めて絶剣(ボク)を倒した人ってことで有名になれたかもしれないよ?」

 

 

「別に有名になりたいわけじゃない。ただ「決着をつけたくなかった」っ⁉」

 

 

「やっぱり!お兄さんもそうだったんだね‼」

 

 

武器を下ろしながら、彼女はデュエル前に見せた無邪気な笑顔を浮かべながらそう言い、嬉しそうに大きく頷くと言葉を続ける。

 

 

「お兄さん凄い強いし、お兄さんに決ーめた!お兄さん、まだ時間大丈夫?」

 

 

「え?別に平気だが、それが一体……」

 

 

「じゃあ、ちょっとボクに付き合って!」

 

 

突拍子もない彼女の言動に理解が追い付かないでいると、彼女は突然私の手を引き、翅を出現させるや否や体を浮かせる。

 

 

私も急いで翅を出すと、それを見た彼女はまるでロケットのような勢いで急上昇を始め、私は引っ張られながらキリトの方を振り向くと、彼はまるでこの展開が予測していたかのようにニヤリと笑みを浮かべていた。

 

 

――あいつ、あとで絶対問いただしてやる。

 

 

私はそう思いながら先に立つ絶剣を追う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

絶剣に連れてこられたのは新生アインクラッド第27層の主街区《ロンバール》。SAO時代から変わらぬ暗闇に覆われた場所だ。

 

 

「どうして私をここに連れてきたんだ?」

 

 

「その前にボクの仲間に紹介するよ!こっち!」

 

 

そう言って私の問いに答えることなく、彼女は再び私の手を取って駆けだす。

 

 

暫くして辿り着いたのは宿屋と思われる店の前だった。

 

 

戸口を跨ぎ、居眠りする白髭の店主の横を通って、奥にある酒場兼レストランに足を踏み入れた途端――

 

 

「お帰り、ユウキ!見つかったの⁉」

 

 

はしゃぐような少年の声が絶剣を出迎えた。

 

 

酒場の中央のテーブルには種族がバラバラの5人のプレイヤーが陣取っており、他に人影はなかった。

 

 

「あれ?1人足りないや。ごめんお兄さん、ちょっと待ってて!」

 

 

ユウキはそう言ってウインドウを操作して誰かにメッセージを送った。話を聞く限り相手は今ここにいない仲間の1人だろう。

 

 

 

そして少し待っていると、宿の入口からバタバタと慌ただしい足音を立てながら、聞き覚えのある声の人物が入ってきた。

 

 

「ユウキ!協力してくれる人見つかったってほんとってエエエエエエエエ⁉」

 

 

「アスナ⁉」

 

 

驚くべきことに現れたのはアスナだった。

 

 

――確か今日は用事があるとキリトが言っていたが……。

 

 

「え、お兄さんアスナの知り合いだったの?」

 

 

「知り合い……というか、いつも一緒にプレイしてる仲間かな」

 

 

「そうなんだ!じゃあ改めてよろしくねお兄さん!」

 

 

「……何をだ?」

 

 

ユウキが笑顔でそう言ってきたが、その言葉の意図が理解できず私がそう聞き返すと、彼女は,きょとんとした顔をしてから小さく舌を出した。

 

 

「そう言えばボク、まだ何も説明してなかったし、みんなの事も紹介してなかった!」

 

 

ずこっーとアスナと5人のプレイヤーが盛大によろけた。

 

 

アスナが「またぁ?」っと言っていたが、前にも同じことがあったのだろうか。

 

 

「それじゃあ紹介するよ。ボクのギルド《スリーピング・ナイツ》の仲間たち」

 

 

ユウキはテーブルの方に歩み寄って右手を大きく横に伸ばしながらそう言うと、今度は半回転して私の方を手で示す。

 

 

「で、このお兄さんが――……」

 

 

そこで言葉に詰まるユウキ。どうしたのだろうと思っていると、彼女は再び舌を出した。

 

 

「ごめん、まだ名前もちゃんと聞いてなかった」

 

 

再度よろける6人。サラマンダーの少年が「またかよー」っと呆れ、照れくさそうに後ろ髪を掻くユウキ。その光景に思わず笑みがこぼれる。

 

 

「私はペルソナ。インプだ」

 

 

私が名乗ると、先程のサラマンダーの少年が勢いよく立つ上がり、元気な声で叫ぶ。

 

 

「俺はジュン!ペルソナさん、よろしく!」

 

 

その隣のノームの巨漢が突き出た腹を無理矢理引っ込めるように頭を下げ、のんびりした口調で名乗った。

 

 

「テッチって言います。どうぞよろしく」

 

 

続いてひょろりと痩せ、丸眼鏡を掛けたレプラコーンの青年が立ち上がる。

 

 

「ワタクシは、タルケンって名前です。よろしくお願いします」

 

 

その次が、ガタンと椅子を鳴らして立ち上がったスプリガンの女性。

 

 

「アタシはノリ。会えて嬉しいよペルソナさん」

 

 

そして最後にアスナと同じウンディーネの女性がふわりとした動作で立ち上がり、落ち着いた声で自己紹介をした。

 

 

「初めまして。私はシウネーです。ありがとう、来て下さって」

 

 

「んで、」

 

 

5人の隣に並んだ絶剣が瞳を輝かせ、改めて自己紹介を行う。

 

 

「ボクが一応このギルドのリーダーのユウキです!ペルソナさん……ボクたちに手を貸してくだい!」

 

 

「手を貸す?」

 

 

一体何に?っと私は首を傾げる。見たところこのギルドのメンバーは全員が相当な手練れだ。一挙一動からフルダイブ環境でのアバター操作を熟知しているのが分かる。武器を取れば、その強さは絶剣と呼ばれるユウキと同等だろう。

 

 

そんな実力者集団に――既にアスナという協力者がいて――今更私1人を加えて何をするつもりなのだろうか。

 

 

「あ、他のギルドとの戦争ってわけじゃないですから大丈夫ですよ」

 

 

私が思考を巡らせていると、アスナがそう補足した。

 

 

なら尚更、私に協力してほしいこととやらの検討が付かない。

 

 

「では一体、何に手を貸せばいいんだ?」

 

 

私が聞き返すと、ユウキは唇をはにかむようにして上目遣いで予想外の言葉を口にする。

 

 

「その、ボクたち……笑われるかもしれないんだけど……ボクたち、この層のボスモンスターを倒したいんだ。ボクたちとアスナとペルソナさんの8人で」

 

 

「……確認だが、ボスモンスターってのは迷宮区の最奥にいるやつのことか?イベントや特殊なクエストで出現するようなやつとは違う」

 

 

「うん、一回しか倒せないアレ」

 

 

「……。」

 

 

私はどう答えるか悩んでいた。理由は単純だ。本来フロアボスというのは1パーティーで挑むような相手ではない。それはSAO時代から当たり前の話だ。それに新生アインクラッドに配備されているフロアボスは、全てSAOのときによりも強化されている。慎重に作戦を練れば死者を1人も出さずに攻略できた昔とは違い、8×6の最大レイドが全滅するという話も珍しくない。

 

 

故に、たった8人でボス攻略というのは無茶、無謀もいいところなのだ。

 

 

――アスナもその事は理解しているはずだが。

 

 

すると、アスナが私の前に出てきて頭を下げてきた。

 

 

「ペルソナさん。私からもお願いします。彼女たちに力を貸してくだい」

 

 

アスナがここまでするとは、相当な事情があると察し、取り敢えず何故こんな無謀な挑戦をするのか理由を聞いた。

 

 

シウネーの説明によると、彼女たち6人はとあるネットコミュニティで出会ったという。様々な世界を渡り、様々な冒険を楽しんでいたが、春頃からは各々忙しくなりこうして全員で集まること出来なくなる。だから解散する前に、無数に存在するVRMMOの中から1番楽しく、美しく、心躍る世界を探し、そこで力を合わせて何か一つの事をやり遂げようとあちこちでコンバートを繰り返し、辿り着いたのがこの世界(ALO)だという。

 

 

アルブヘイムにアインクラッド、ALOでの冒険はギルドの皆が永遠に忘れる事は無いだろうとシウネ―は語る。そして願わくば、自分たちの足跡を残したいと。

 

 

そこで彼女たちはアインクラッド第1層《はじまりの街》の黒鉄宮にある《剣士の碑》にギルドメンバー全員分の名前を残すことにしたのだが、そのためにはどうしても1パーティーのみでフロアボスに挑む必要がある。25層と26層も6人で奮闘したそうだが、あと少しで力及ばず、彼女たちがリベンジする前に他のギルドに攻略されたとのこと。このままでは埒が明かないので、6人の中でも最強のユウキと同等またはそれ以上の実力を持つプレイヤーを探し、協力を得ようと例の辻デュエルが行っていたそうなのだ。

 

 

そうして最初にユウキが選んだのがアスナ。パーテイー上限は8人。アスナは確実にボスを攻略するためにあと1人協力してくれる人を探すことを提案し、他のメンバーもそれを了承。そして今日、私に白羽の矢が立ったというわけだ。

 

 

「大体の事情は分かった。私で良ければ力になろう」

 

 

「引き受けて頂けるんですか⁉」

 

 

「断る理由もないからな。この際、乗り掛かった舟だ。やるだけやってみよう」

 

 

私が二つ返事でそう答えると、ユウキが顔を輝かせながら両手で私の手を強く包み込んできた。

 

 

「ありがとうペルソナさん!やっぱりボクの眼に間違いはなかったよ!」

 

 

「ペルソナでいい」

 

 

「じゃあボクもユウキで良いよ!」

 

 

「ああ、よろしく頼むユウキ」

 

 

「うん!よろしくねペルソナ!」

 

 

その後、我先にと手を差し出す5人と握手を交わし、新たに注文した大ジョッキで乾杯し、明日の午後1時、早速ボス攻略を始めるためにこの場所に集合する約束をした後、解散した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

解散後、私とアスナは談笑しながら転移門に向かっていた。

 

 

「そう言えば、どうしてキリトは選ばれなかったんだ?アイツの強さなら十分ユウキの助けになると思うが」

 

 

「それ私もユウキに聞いたんですけど、何でも『ボクの秘密に気付いたから、あの人はダメ』だそうです」

 

 

「ユウキの秘密?」

 

 

「それが何なのか私には良くわからないですけど、ただキリト君言ってました。『絶剣は完全にこの世界の住人だ』って」

 

 

――ユウキがこの世界の住人?

 

 

何か引っかかるその言葉に、それはどういう意味かと聞き返そうとしたとき、アスナはその場から姿が消えていた。

 

 

もしや何か事件に巻き込まれたと思い、急いでフレンドリストを確認すると、アスナはログアウトしていた。

 

 

ただ彼女はログアウト前は律義に挨拶をする。こんな急に消えるようなことはしないはずだ。恐らく彼女の母親が彼女の頭からアミュスフィアを外したかコンセントを引き抜くかしたのだろう。SAO事件後、VRに厳しくなったとアスナが話していたからな。

 

 

――何もなければいいが。

 

 

私はアスナの事を心配しながらその場でログアウトした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 





しつこいと思われるかもしれませんが確認のための改変ポイント説明

原作では1パーテイー7人だったのをこの小説内では8人にしています。
これはオリ主の枠を作りたかった以外の大した意図はありません。


NEW 新しい改変ポイント

原作では1レイド7×7の49人だったのに対し、この小説内では8×6の48人にしています。
これは↑の1パーテイーの上限人数を変更したのを考慮した上での改変で、物語的には何の問題はありません。


長々と失礼しました。また次回もよろしくお願いします。


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第49話 ボス攻略

 

「ユウキとジュン、テッチが近接前衛型(フォワード)、タルケンとノリが中距離型(ミッドレンジ)、シウネ―が後方援護型(バックアップ)ってことね」

 

 

アスナは武器防具を装備した《スリーピング・ナイツ》の面々を見回する。

 

 

ログインするなり早々、アスナが昨日、突然ログアウトしたことを謝罪してきたが、逆に彼女の方は大丈夫だったろうか。

 

 

尋ねると本人は大丈夫だと言っていたが、笑顔が引きつっていたのを見る限り、無理しているのは一目瞭然だった。

 

 

「ってことは、わたしも後衛に入った方が良いみたいね」

 

 

――と、今はボス攻略に集中すべきか。

 

 

改めて全員の装備を見返す。パーティーとしては全体的なバランスは取れているが、ボス攻略をするにしては支援役が弱いようにも思う。私が前衛に加わるとして、バランスを考えてアスナは後衛に入るしかない。

 

 

「ごめんねアスナ。あれだけ剣が使えるのに後ろに回って貰っちゃって」

 

 

「ううん、どうせわたしじゃ盾役は出来ないし、その代わりジュンとテッチにはバシバシ叩かれて貰うから、覚悟してね」

 

 

そう言いながら笑みを浮かべつつ重装備の2人を見る。

 

 

ジュンとテッチは一瞬顔を見合わせた後、同時にアーマーを付けた胸を叩いた。

 

 

「お、おう、任せとけ!」

 

 

威勢は良いが、どこかぎこちないジュンの台詞に全員が笑い声をあげる。

 

 

ウインドウを操作し、レイピアからワンドに装備を切り替えるアスナ。彼女が装備し直した杖は、先端に葉を1枚残した生木そのままという貧相な見た目だが、実は積乱雲に囲まれた世界樹の上にある枝を切ったものらしい。

 

 

何故そんな所に行ったのかは聞かなかったが、どうせキリトがまた馬鹿な事を言い出したのだろう。

 

 

「じゃ、ちょいとボス部屋覗きに行きますか!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ロンバールの宿屋を飛び出し、ボス部屋を目指して迷宮区の回廊を駆ける。

 

 

予めマップデータを購入していたが、最短でも3時間は掛かるだろうという私とアスナの予想に反し、僅か1時間弱でボス部屋の前に到着した。

 

 

――流石、何度もボス攻略に挑んだだけの事はある。

 

 

「本当にわたしたち必要だったのかなあ?あなたたちを手助けできる余地なんて、ほとんどないような気がするんだけど……」

 

 

「とんでもない!アスナさんの指示があったからトラップも一度も踏みませんでしたし、戦闘もペルソナさんのお陰で早く終わって凄く少なくて済みましたし。前の2回では遭遇する敵ぜんぶと正面から戦っちゃったので、ボス部屋に着くころには随分消耗しちゃって……」

 

 

「そ、それはそれで凄いけどね……」

 

 

後ろで行われるアスナとシウネ―の会話に耳を傾けながら、私はボス部屋の扉へと走るユウキ達を追いかける。

 

 

「……3人とも、少し待て」

 

 

が、すぐに妙な違和感を感じ、私は3人を呼び止めた。

 

 

3人が訝しそうに振り向く中、私はコートの裏に仕込んでいる投げナイフを取り出し、一定間隔で並び立つ円柱の1つ目掛け、投擲スキルを発動させて投げた。

 

 

「イタッ!」

 

 

虚空に跳んで行ったはずのナイフが空中に刺さり、その場所から声が上がると、先程まで何もなかった円柱の奥から忽然と3人のプレイヤーが姿を現した。

 

 

――あのギルドタグ……確か23層以降の迷宮区を立て続けに攻略している大規模ギルドの……

 

 

現れた3人組を観察しつつ私は武器を構え、驚いていたユウキ達も同様に武器を構え直す。

 

 

「ストップストップ! 戦う気はない!」

 

 

突然、3人組の1人が慌てた様子でそう叫んだ。

 

 

焦った口調は演技には見えなかったが、迷宮区で周囲にエネミーがいない状況での隠れ身(ハイド)、PKの常套手段だ。警戒はまだ解けない。

 

 

「ならば武器をしまえ」

 

 

3人はすぐに各々の武器を収める。

 

 

「PKでないなら、何故隠れていた?」

 

 

「待ち合わせなんだ。仲間が来るまでにMobにタゲられると面倒なんで、隠れてたんだよ」

 

 

もっともらしく聞こえる言い分だが、迷宮区の最奥まで来れる実力の持ち主が、わざわざ隠蔽魔法を使ってまでモンスターとの戦闘を避けるとは到底思えない。

 

 

だがここで大規模ギルドとトラブルになるのも面倒だ。あくまで私達の目的はスリーピング・ナイツのメンバーと共にこの層のボスを攻略することだ。他のギルドとの抗争ではない。

 

 

「解った。私達も見てのとおりボスに挑戦しに来た。そちらの準備がまだなら私たちが先に挑んでも良いな?」

 

 

「ああ、もちろん。俺たちはここで仲間を待つから、まあ頑張ってくれや」

 

 

随分すんなりと身を引く3人組。仲間の1人が慣れた口調で詠唱を行い、たちまち3人の姿は見えなくなった。

 

 

私は暫く3人が消えた方を見ていたが、すぐに肩をすくめてユウキ達の方を向き直る。彼女はというと、先程のやり取りに気分を害した様子はなく、目を輝かせたままじっと私の方を見て首を傾げていた。

 

 

「……取り敢えず、予定通り1度中の様子を見てみましょう」

 

 

アスナがそう言うと、ユウキは笑いながら頷いた。

 

 

「うん、いよいよだね!がんばろ、2人とも!」

 

 

「様子見と言わず、ぶっ倒しちゃうくらいの気合で行こうぜ」

 

 

威勢のいいことを言うジュン。確かに一発クリアが理想だが、変に無理してアイテムを消費することはない。例えやられてもすぐに戻らずに全滅するまでボスの攻撃パターンなどを観察。ロンバールへの帰還は全滅してからと話をまとめ、シウネ―が全員に支援魔法を掛け直したタイミングで私達はボス部屋へ突入する。

 

 

全員が決めたフォーメーションにつき、武器を構えると同時に黒のキューブ状のポリゴンが出現し、みるみるうちに2つの頭と4本の腕を生やした巨人型のボスモンスターへと変化した。

 

 

赤く光る4つの眼で私達を視認すると、巨人は轟くような咆哮を上げ、上側の手に握る2つのハンマーを高く振り上げ、下側の2本の腕で太い鉄鎖を床に打ち付けた――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だあああああ、負けた負けた!」

 

 

最後に転移してきたノリがタルケンの背中を叩きながら喚く。

 

 

27層のボスの猛攻にあえなく全滅した私達はロンバール中央広場のセーブクリスタル周囲に転送された。

 

 

「ううー、頑張ったのになぁー」

 

 

無念そうに肩を落とすユウキ。だが、今はそんな事している場合ではない。アスナがユウキの襟首を掴み、広場の隅に移動する。

 

 

「みんなも早くこっちきて!」

 

 

私がすぐにアスナを追うと、ポカンと口を開けていたジュン達もその後を駆けだした。

 

 

アスナは周りにプレイヤーがいない場所に皆を集め、早口で捲し立てる。

 

 

「のんびりしている余裕ないわよ。ボス部屋の前にいた3人、覚えてる?」

 

 

「ええ、はい」

 

 

アスナの問いにシウネ―が頷く。

 

 

「あれはボス攻略専門ギルドのスカウトだわ。同盟ギルド以外のプレイヤーがボスに挑戦するのを監視してるのよ。たぶん前の層でも、その前でも、みんながボス部屋に入るところを彼らに見られているはずだわ」

 

 

「えっ……まるで気付きませんでした……」

 

 

「恐らく目的はボス攻略の邪魔じゃなくて情報収集ね。スリーピング・ナイツのような小規模ギルドの挑戦を露払いにして、ボスの攻撃パターンや弱点位置を割り出しているんだわ。そうすれば、自分たちはデスペナルティもポーション代も払わなくて済むから」

 

 

アスナがそこまで言うと、タルケンが指先まで伸ばした手を上げて口を開いた。

 

 

「でも、ワタクシたちがボス部屋に入った後、すぐに扉が閉まったですよ。情報収集と言っても、ほとんど戦闘そのものは見られなかったのでは?」

 

 

「いや、実は戦闘の終盤になってジュンの足下に灰色のトカゲがいるのに気が付いた。他のプレイヤーに使い魔を付けて視界を盗む闇魔法《盗み見(ピーピング)》だ。すまない、私も完全に油断していた」

 

 

「ペルソナさんのせいじゃないですよ。わたしも最後の方まで見逃してましたし、一応スペルを掛けられた瞬間、1秒だけデバフのステータスアイコンが表示されたはずだけど……」

 

 

「え、参ったな。全然気づかなかった」

 

 

アスナの補足説明を聞いた途端、ジュンがバツの悪そうな顔をするが、彼は何も悪くない。きっとシウネ―が支援魔法を掛け直している途中に紛れ込ませたのだろう。余計なものが一瞬混じっているのに気付かなくても仕方ない。

 

 

「……ってことはもしかして、25層と26層でボク達が全滅した後、すぐにボスが攻略されちゃったのは偶然じゃなかったのかー!」

 

 

眼を丸くしたユウキの叫びが常闇の広場に響き渡った。

 

 

 





今回はここまでです。また次回もよろしくお願いします。


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第50話 通行止め

誤字修正、感想ありがとうございます。励みになってます。


 

「25層と26層でボク達が全滅した後、すぐにボスが攻略されたのは偶然じゃなかったのか!」

 

 

「恐らくな。ボスの手の内が分かったからこそ、奴らも攻略に踏み切れたのだろう」

 

 

「という事はつまり……今回も噛ませ犬役を演じてしまったという事ですか?」

 

 

「なんてこった……」

 

 

眉をひそめて呟くシウネ―。ノリが嘆くと仲間の5人も肩を落とした。

 

 

「ううん、まだそうと決まったわけじゃないわ!」

 

 

「アスナの言う通りだ。諦めるにはまだ早い」

 

 

「どういうこと?」

 

 

不思議そうに聞き返すユウキ。私とアスナは互いに顔を見合わせ、6人に今後の動きを説明する。

 

 

「いま現実の時間は午後の2時半。いくら大規模ギルドと言えど、こんな時間に何十人も集めるには時間が掛かるはずだ」

 

 

「だからその間隙を突くのよ。あと5分でミーティングを終えて30分でボス部屋まで戻る!」

 

 

『ええーっ⁉』

 

 

流石の彼らもアスナの言葉に揃って驚愕の声を上げ、そんな一同を見回し、キリト譲りの不敵な笑みを浮かべる。

 

 

「わたしたちならできるわ。それにこの人数でも、きっとボスは倒せる」

 

 

「ほ、ほんと⁉」

 

 

鼻がぶつかるくらい身を乗り出すユウキにアスナは深く頷き返す。

 

 

「冷静に弱点を突ければね。ボスは巨人型、多腕なのは厄介だけど正面をキッチリ作れる分、非定型クリーチャータイプよりマシだわ。攻撃パターンは、ハンマーの振り下ろし、鎖の薙ぎ払い、突進。HPが半減してからは、加えて広範囲のブレス攻撃。更にHPが減ると武器4つでの8連撃ソードスキル――」

 

 

その後もアスナは、血盟騎士団の副団長だった頃のように作戦を説明し続けた。その後、買い込んでいたポーションを皆に配分し、着々と再戦の準備を済ませていく。

 

 

「もう一度言うけど、わたしたちならあのボスに勝てる。ずっと前からここで戦ってるわたしが保証する」

 

 

「やっぱり、ボクの勘は間違ってなかったよ。2人に頼んでよかった。もし攻略がうまくいかなくても、ボクの気持ちは変わらないからね。――ありがとう。アスナ、ペルソナ」

 

 

アスナの言葉に天真爛漫な笑みを浮かべ、そう返すユウキ。すかさず他の5人も頷き、シウネ―が言葉を繋げる。

 

 

「本当にありがとうございます。ユウキが連れてきたあなたたちこそ、私たち全員が待ち望んでいた人だと、今改めて確信しています」

 

 

「……その言葉はボスを倒すまで取っておけ」

 

 

「そうそう。それじゃ、もう一度頑張ろっか!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

再びロンバールの街を飛び出し、迷宮区まで最短距離で進む。

 

 

道中、フィールドのMobに何度がターゲットにされたが、ノリの幻惑魔法で眼を眩ませて切り抜け、ダンジョン内ではユウキが敵のリーダー個体を切り倒したお陰で、予想よりも早くボス部屋のある最上階まで駆け抜けた。

 

 

この調子なら大ギルドよりも先にボス部屋に辿り着ける。そう思った矢先――

 

 

「……っ」

 

 

ボス部屋の扉の前に広がる光景に私は息を呑み、急停止する。

 

 

「な……なんだい、これ……⁉」

 

 

アスナの近くにいたノリが呆然と囁く。

 

 

ボス部屋の扉へと続く回廊には、20人近くのプレイヤーでぎっしりと埋まっていた。

 

 

種族はバラバラだが、全員のカーソル横のギルドエンブレム――扉の前でハイドしていた3人組のものと同じものだ――が唯一共通していた。

 

 

まさか間に合わなかったっと内心焦ったが、ボス攻略にしては人数が足りない。20人はレイド上限である6パーティー48人の半分以下だ。つまりまだメンバーが集まりきった訳ではないのだ。

 

 

その事に気付いたアスナはユウキの隣に歩み寄り、耳打ちする。

 

 

「大丈夫、一回は挑戦できる余裕はありそうだわ」

 

 

「……ほんと?」

 

 

ほっとした顔を見せるユウキの肩を叩き、アスナは集団の近くまで行き、集団の先頭に立つノームの男に話しかけた。

 

 

「ごめんなさい、わたしたちボスに挑戦したいの。そこを通してくれる?」

 

 

成るべく相手を刺激しないように話すアスナだが、ノームの男は彼女が予想だにしない一言を口にする。

 

 

「悪いな、ここは閉鎖中だ」

 

 

「閉鎖……って、どういうこと?」

 

 

アスナが聞き返すと、ノームは何気ない口調で続けた。

 

 

「これからウチのギルドがボスに挑戦するんでね。今その準備中なんだ。しばらくそこで待っててくれ」

 

 

「しばらくって……どのくらい?」

 

 

「ま、1時間てとこだな」

 

 

そこまで話を聞いて、私は奴らの意図を理解した。奴らはボス部屋の前に偵察隊を配置して情報収集を行うだけに飽き足らず、攻略に成功しそうな集団が現れた際には、多人数の部隊でダンジョンを物理的に封鎖するという違反行為に等しい作戦を取っているのだ。

 

 

――それが大規模ギルドのすることか。

 

 

そうは考えたが、ALOは元々PK推奨だ。SAOとは違い、ギルドを大きくするには他のギルドを蹴落とす必要がある。それがこの世界の常識なのだと許容していたが、ここまで露骨な占領行為を目の前でされると流石に看過できない。

 

 

アスナがノームにどうにかして道を開けてもらおうと交渉している間に、私はウインドウを操作し、装備を入れ替える。

 

 

アスナには悪いが、この交渉は何の意味も持たない。私たちが奴らに何を提供しようと、奴らは道を開けるつもりは無いだろう。ならば、最後に残った道はひとつだ。

 

 

「ね、君」

 

 

身を翻し、仲間の元に戻ろうとしたノームにユウキが尋ねる。

 

 

「つまり、ボク達がこれ以上どうお願いしても、そこをどいてくれる気はないってことなんだね?」

 

 

「――ぶっちゃければ、そういうことだな」

 

 

ユウキの直接的すぎる物言いに、ノームも流石に一度瞬きしたが、すぐに開き直るようにそう頷いた。

 

 

そんなノームにユウキは笑みを浮かべ、短く言い放った。

 

 

「そっか。じゃあ仕方ないね、戦おう」

 

 

「な……なにィ⁉」

 

 

「ええっ⁉」

 

 

ユウキが放った言葉に、ノームだけでなくアスナも驚愕の声を漏らす。

 

 

「ゆ……ユウキ、それは……」

 

 

「アスナ」

 

 

アスナはユウキに何か言おうとしたが、それを遮るようにユウキが言葉を続ける。

 

 

「ぶつからなきゃ伝わらないことだってあるよ。例えば、自分がどれくらい真剣なのか、とかね」

 

 

「ま、そういうことだな」

 

 

ジュンが相槌を打ち、5人とも平然とした態度で各々の武器を握り直している。

 

 

「みんな……」

 

 

「……ユウキの言う通りだアスナ。それに奴らも覚悟しているはずだ。例え最後の1人になろうとも、ここを守り続けると。そうだろ?貴様」

 

 

私は一歩前に出てノームの男に問い掛ける。

 

 

「お、俺たちは……」

 

 

いまだ驚きから醒めぬ様子のノーム。だが敵が準備を整えるのを待つほど私は優しくはない。

 

 

私は腰に装備した刀を素早く抜刀し、立ち塞がるノームの体を斬り刻む。

 

 

「ぐはっ……!」

 

 

短い悲鳴とともに巨漢は数メートル吹き飛ばされ、床に倒れ込んだ。そして自身のHPがレッドゾーンに達している事に気付くと、眼を見開き、再び私の方へと視線を戻すと、驚愕の表情を憤激に変えていく。

 

 

「きっ……たねぇ不意打ちしやがって……!」

 

 

――どの口が言うか。

 

 

的外れなノームの男の罵声に心の中で反論する。ノームが立ち上がると、その後ろに控えていた約20人の仲間達もようやく武器を構え始めた。

 

 

それと同時にアスナとユウキが私の両隣に並ぶ。先程まで大規模ギルドとの抗争を避けようとしていたアスナだったが、今では腫物が落ちたような表情をしている。

 

 

ジュンとシウネ―がアスナの隣に、テッチ・ノリ・タルケンがユウキの隣に並び立つと、たった8人のパーティーが放つ何かを感じたのか、3倍の敵勢が一歩下がった。

 

 

だがその直後、緊迫した空気を破るように、背後から殺到してくる無数の靴音が聞こえ、回廊の後方を見たノームは勝ち誇った笑みを浮かべる。

 

 

振り向いた視線の先には、無数のカーソルが重なって表示されており、ギルドタグは大半が目新しいものだったが、一部には目の前の奴らと同じものも混じっている。

 

 

――正に絶体絶命だな。私がスキルコネクトでOSSを連続発動させれば……いやしかし、リスクが高すぎる。

 

 

私が葛藤していると、私を含めこの場に集うプレイヤー全員の想像を絶する事象が発生した。

 

 

「あっ……あれは……⁉」

 

 

最初に異変に気付いたのは暗視能力に長けたノリだった。その直後、私もそれを視認する。

 

 

回廊を駆ける敵増援部隊の更に後方、誰かが横の壁を疾走している。軽量級妖精の共通スキル《壁走り(ウォールラン)》だ。使えるのはシルフ、ウンディーネ、ケットシー、インプ、スプリガンだ。普通は10メートルが限界だが、その人影はすでにその3倍は走っている。よほどのスピードがなければ不可能な芸当だ。

 

 

そんな事が出来るのは私が知る限り1人しかいない。

 

 

人影はそのまま壁走りで増援部隊を追い越し悠々と床に跳び降りると、私達と敵主力の中間地点で背中を見せて停止した。

 

 

黒のレザーパンツに、同じく黒のロングコート。短い黒髪に、背にはやや大振りな片手剣。それを仕舞う黒革の鞘には《リズベット武具店》のエンブレムが箔押している。

 

 

黒衣の剣士が足下の石畳に剣を突き立てると、その気迫に30人の手練れたちは立ち止まる。

 

 

「悪いな、ここは通行止めだ」

 

 

先程ノームのものと酷似した台詞を言い放つキリトの振る舞いに、最初に反応したのは増援部隊の先頭に立つ瘦身のサラマンダーだった。

 

 

「おいおい《ブラッキー》先生よ。幾らアンタでもこの人数をソロで食うのは無理じゃね?」

 

 

全身黒で統一されたことが由来であろうあだ名を持つ剣士は、その問いに肩をすくめる。

 

 

「どうかな、試したことないから解らないな」

 

 

その答えにリーダー格らしきサラマンダーは苦笑しながら右手を軽く持ち上げた。

 

 

「そりゃそうだ。ほんじゃ、たっぷり味わってくれ。……メイジ隊、焼いてやんな」

 

 

パチン!と指が鳴らされると、集団の高速詠唱が聞こえてくる。

 

 

「キリト君!」

 

 

咄嗟にキリトの元へと駆け寄ろうとするアスナだったが、その瞬間、キリトがアスナの方を振り向き、不敵な笑みを浮かべた。

 

 

直後、発射された7発の攻撃魔法がキリトに迫る。

 

 

キリトはそれを見ても一切動じず、代わりに床から引き抜いた剣を肩に担いで構え、刃身に青色のライトエフェクトを宿す。

 

 

次の瞬間、色とりどりの閃光と轟音と共に大きな爆炎が上がる。

 

 

煙が晴れると、そこには無傷のキリトが不敵な笑みを浮かべたまま立っていた。彼は自らに飛んできた攻撃魔法を斬った(・・・)のだ。

 

 

「うっ……そぉ……」

 

 

ユウキも信じられないとでも言いたそうにで小さく呟く。

 

 

――まあ、気持ちは分からなくもないが。

 

 

だが、キリトと共に行動する以上、こんな事でいちいち驚いていてはいられない。

 

 

あれはキリトが編み出したシステム外スキル《魔法破壊(スペルブラスト)》。

 

 

端的に言えば、攻撃魔法をソードスキルで斬るというものだが、実際に魔法を斬るというのは口で説明するよりも難しい。そもそも攻撃魔法というのは、実体を持たないライトエフェクトの集合体であり、唯一スペルの中心に当たり判定があるのだが、システムアシストでコントロールされた斬撃で高速で迫りくる魔法の中心を捉えるのは、ほぼ不可能と言ってもいいのだ。

 

 

前に皆でキリトと共に魔法破壊の練習に付き合ったのだが、成功したのは私のみ。他の皆は三日でギブアップした。

 

 

回廊の前後から魔法を斬ったことに驚きの声を上げる。

 

 

しかし流石に攻略ギルドを名乗るだけあり、反応が早く。サラマンダーの指示で前衛が武器を抜き、遊撃が弓矢や長柄を構え、後衛が再び詠唱を始めた。

 

 

「3分間だけ時間を稼ぐ!その間にアスナたちはボス部屋へ!」

 

 

キリトは左手を背に回し、そこに出現した黄金の剣《エクスキャリバー》を抜き放つ。

 

 

エクスキャリバーが放つ圧力に増援隊が後ずさり、その動揺を狙い撃つように威勢のいい雄叫びが隊列の最後方から上がった。

 

 

「うおりゃあああああ!オレもいるぜぇ、見えねーだろうけどな‼」

 

 

声の主はサラマンダーの刀使いクラインのものだ。集団の向こう側で、大規模ギルドのプレイヤー達を次々と斬り捨てている。

 

 

「遅いよ、何やってたんだよ!」

 

 

「悪い、道に迷った!」

 

 

その言葉に私は呆れ、アスナはゆらりっと体が傾きそうになる。

 

 

そしてキリトの肩に乗る小さな妖精ユイちゃんがこちらにサムズアップをしているのを見て、アスナはその場で身を翻して隣のユウキに声を掛けた。

 

 

「あっちは任せておいて大丈夫。わたしたちは前の20人を突破してボス部屋へ入ろう!」

 

 

「うん、解った!」

 

 

すぐに歯切れのいい返事をしたユウキは早速ソードスキルを発動させ、彼女の剣から放たれる紫のライトエフェクトを受けながら私達は武器を構え直す。

 

 

状況を把握しきれてなかった20人も、私達の行動に気付き、迎撃態勢を整える。

 

 

「……行くよ!」

 

 

背後で魔法とソードスキルが衝突した大音響を合図にアスナが叫び、私達は一斉に地を蹴った。

 

 

 

 

 



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第51話 失踪


週一投稿が理想だけど、そう都合よくいかないなぁ。


 

戦闘が始まってから既に1分以上経っている。数倍の人数相手にスリーピング・ナイツは、正に獅子奮迅の戦いっぷりを見せるが、敵集団も容易には倒れない。後方に控えるメイジが回復魔法を絶えず詠唱しているからだ。

 

 

何度ダメージを与えてもすぐさまHPが回復していくその様に、ユウキも「ずるーい!」と声を上げていた。

 

 

私達のHPもじりじりと減少するものの、アスナとシウネ―が瞬時にHPを回復してくれるが、このままでは彼女たちのMPが切れて、私達が全滅するのも時間の問題だ。

 

 

――出し惜しみしてる場合じゃないな。

 

 

私は敵の数を減らすため、刀でOSS《シュンカシュンラン》を発動させる。

 

 

この技は少し特殊で攻撃しながら移動することが可能で、突き、横斬り、縦斬り、斬り上げで4人のプレイヤーをリメインライトへ変える。

 

 

「2人とも‼ 避けて‼」

 

 

「へ……?――わあ⁉」

 

 

硬直が解けた直後、聞こえたアスナの叫び声に振り向くと、慌てて飛びずさるユウキとレイピアを突き出して物凄い勢いで突進するアスナを視認し、私もすぐにその場から後ろに飛び退く。

 

 

一筋の彗星と化したアスナは、触れる敵全てを吹き飛ばしながら突き進んでいき、一瞬で最後方にいるメイジ隊の目の前で停止し、そのまま呆然としていたメイジ隊を虐殺した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アスナの特効によって回復部隊を全滅させられた敵部隊は、シウネ―に支援されたユウキ達の猛攻によりあっけなく壊滅した。

 

 

「さあ、ここからが本番だよ!行こう、ボスを倒しに!」

 

 

おう!と応じた6人と共に、私達はボス部屋へと入る。

 

 

「みんな、ポーションでHPMPを全快させておいてね。ボスの手順は打ち合わせ通り、序盤の攻撃パターンは単純だから落ち着いて避けてね」

 

 

アスナの言葉に小瓶を取り出す6人。私も同様にポーションを飲むが、皆が何か言いたそうにしているのに気が付いた。

 

 

「……さっきの人たち、ボクらを行かせるために……」

 

 

「……うん」

 

 

皆を代表して口を開くユウキに微笑みながら頷くアスナ。今頃、キリトとクラインのHPは0になり、セーブポイントに戻っているだろう。

 

 

ユウキたちは2人の事を気にしているようだった。

 

 

「気にするな。アイツらは自分の意志で私達に力を貸してくれたんだ」

 

 

「そうだよ。2人の気持ちには、ボス攻略成功の報告で応えよう」

 

 

「でもボク達、2人や2人の友達に助けられてばかりで……」

 

 

唇を嚙み、頭を俯かせるユウキの肩をアスナがポンっと叩く。

 

 

「わたしも、ユウキに大切なことを教えてもらったよ。《ぶつからなければ、伝わらないこともある》」

 

 

ユウキはキョトンっと眼を見開いたが、シウネ―達はアスナが何を言いたいかを悟ったように微笑み、頷いた。

 

 

その背後でかがり火が燃え上がる。

 

 

「さ、これがラストチャンスだよ!さっきのギルドは、きっとわたしたちが戦ってる間に態勢を立て直して回廊に最集合してくるわ。扉が開いた時、Vサインをプレゼントしてあげられるように頑張ろ!」

 

 

アスナが皆を鼓舞すると、視線の先で重低音を響かせながら四角いポリゴンが生成され、2つの頭を持つ四腕の巨人が姿を現した。

 

 

「よぉーし……もういっちょ、勝負だよ!」

 

 

ユウキの凛とした声に、全員の気勢と黒巨人の咆哮が重なった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みんな、もうちょっとだよ!もうちょっとだけ頑張ろう!」

 

 

声を張り上げて叫ぶアスナ。が、その呼びかけに「おー!」と元気な声で応えたのはユウキだけ。彼女だけが、何十分経過しても息を崩さず、軽快なステップで巨人の槌と鎖をかいくぐり、的確にダメージを与えている。

 

 

新生アインクラッドのフロアボスはHPゲージが表示されない為、残りのHPはボスの挙動から推測するしかない。戦闘開始時はのろのろと動いていたボスが、今は暴走状態とでも言うべき動きをしていることから察するに、残りHPは少ないはずだ。

 

 

私も前回とは違い、両手剣、刀、槍を駆使しているが、ボスの防御が硬すぎる故に、ダメージがちゃんと入っているのか分からない。

 

 

そんないつ終わるかも分からない長期戦の中、突如として後方から飛来した数本の氷の柱がボスの2本の首の付け根に命中。ボスは悲鳴じみた雄叫びを上げ、ハンマー攻撃を中断して4本の腕を首の前で交差させて体を丸めて防御姿勢を取った。

 

 

――今のは、まさか。

 

 

「ユウキ!ペルソナさん!」

 

 

「アスナ、どうした?」

 

 

「あいつには弱点があるの。2本の首の付け根にあるクリスタル。あれを狙えば大ダメージを与えられるはずだわ」

 

 

「弱点⁉」

 

 

ユウキと共にボスの頭を見上げる。同時に上空から大樽のようなハンマーが降り下ろされ、私は両手剣でハンマーの直撃をいなし、続いて発生した震動波を垂直飛びで回避する。

 

 

「高い……ボクじゃ、ジャンプしても届かないよ!」

 

 

「大丈夫、わたしに考えがあるわ」

 

 

にっと笑いながら私の方を見るアスナ。彼女は急いで作戦内容を伝えた。

 

 

 

 

 

 

 

ボスは鎖を振り回した後、続けて2つの口から黒いガスを吐き出し、前衛に立つジュン達のHPを削る。だがすぐに、シウネ―が回復魔法で減った分のHPを回復させる。

 

 

それでもボスは攻撃の手を緩めず、上側の手に持つハンマーを振り上げる。

 

 

ユウキは腰を落とし、走り出すタイミングを見計らい、そんなユウキに向けてアスナは早口で檄を飛ばす。

 

 

「最後のチャンスよ、頑張れユウキ!」

 

 

「任せて、姉ちゃん!」

 

 

背を向けて応えるユウキ。アスナは自分が「姉ちゃん」と呼ばれた事に驚いていたが、そんなアスナをよそに彼女は地を蹴った。ボスがハンマーを叩き付けると同時に、私が床と水平に持つ両手剣の腹の上(・・・・・・・)に乗る。

 

 

「っ、い……けぇ‼」

 

 

剣にユウキが乗った瞬間、私は彼女をボスの方へと投げ飛ばした。

 

 

「やぁーっ‼」

 

 

ユウキの気合の入った掛け声と共に、青紫色のライトエフェクトが迸る。

 

 

空中でソードスキルを発動させた場合、そこが飛行不可エリアだとしても、技が終わるまで使用者が落下することはない。アスナが提案した作戦はこのシステムを利用し、ユウキの11連撃で一気にたたみかけようというものだった。

 

 

鋭い剣先が急所を抉るたびに、ボスが悲鳴じみた絶叫を上げる。

 

 

クロスを描くように巨人の首元に叩き込まれた10発の突き技。ユウキが一度体を捻って放った最後の一撃は、エックス字の交差点にあるクリスタルを見事に貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ボス攻略成功を祝して……乾杯!」

 

 

あの後の話をしよう。

 

 

ユウキがボスを倒した後、すぐにボス部屋の扉が開いて大規模ギルドのレイドパーティーが入ってきた。が、彼らはボス部屋が明るいことに気付くと、驚愕と悔しさの表情を浮かべ、そんな彼らに私達はVサインを突き付けてやった。

 

 

その後、スリーピング・ナイツとは傭兵としての関係だった私とアスナは契約が終了すると思ってたのだが、シウネ―の提案でボス攻略の打ち上げをすることとなり、現在22層のアスナの家で山のように積み重なったご馳走を囲んでいる。

 

 

「それでねぇ、間違いなく最悪だったのはアメリカの《インセクサイト》ってやつだよー」

 

 

「ああ……あれねえ」

 

 

顔をしかめ、両手で体を抱くような素振りをするユウキにシウネ―が苦笑いを浮かべながら頷く。

 

 

「へえ……どんなやつ?」

 

 

「虫!虫ばっか!モンスターが虫なのはともかく、自分も虫なんだよ!ボクはまだ二足歩行のアリンコだったんだけど、シウネ―なんかデッカイ芋虫でさ!口から糸をぴゅーって」

 

 

そこで我慢しきれなかったのか、ユウキは噴き出すように笑い出し、シウネ―が口を尖らせると、アスナも一緒になって笑った。

 

 

「いいなぁ、みんなで色んな世界を旅してきたんだね……」

 

 

「アスナたちは?VRMMO歴、かなり長そうだけど」

 

 

「わたしは、ここだけなんだ。この家を買うのに随分時間掛かっちゃって……」

 

 

「私は少し前までGGOをやっていた。銃で互いに撃ち合うゲームだ」

 

 

「あー‼」

 

 

私がそこまで言うと、ジュンが何か思い出したように叫んだ。

 

 

「もしかして第三回BoB優勝者【仮面】(ペルソナ)って」

 

 

「……ああ、私のことだ」

 

 

また話が盛り上がりそうになった途端、シウネ―がアッと声を漏らす。

 

 

「忘れてました!私たちアスナさん達にボス攻略のお手伝いをお願いする時に、ボスがドロップしたものを全部お渡しするって約束してましたよね。どうしましょう、こんなに買い込んじゃって」

 

 

「うわ、ボクもすっかり忘れてた!」

 

 

申し訳なさそうに肩をすぼめる2人。そんな二人にアスナは笑って口を開く。

 

 

「いいよ、少しだけ何か貰えれば。ううん――やっぱり……」

 

 

アスナはそこで口をつぐみ、大きく息を吸って表情を改めた。

 

 

「やっぱり何もいらない。その代わり、お願いがあるんだ」

 

 

「え……?」

 

 

「契約はこれで終わりなんだけど、でも、わたしユウキともっと話したい。訊きたいことがいっぱいあるの。――わたしをスリーピング・ナイツに入れてくれないかな?」

 

 

アスナが発したその言葉に、ユウキ達のみならず、私自身も驚いた。

 

 

ALOを始めてからいくつかのギルドからの勧誘は何度かあったし、キリト達とギルドを結成しようという話もあった。だが、何となくうやむやになっていたのだ。その理由は、ギルドに対する《怖れ》があったからだ。私もアスナも、そしてキリトだってそうだろう。

 

 

だからこそ、アスナが自らギルドに入りたいと言い出すとは思わなかった。

 

 

 

 

長い静寂の中、ユウキは無言でアスナを見ていたが、やがて動いた唇から発せられた声は、いつになく揺れていた。

 

 

「あのね……あのね、アスナ。ボク達はもうすぐ……多分、春までに解散しちゃうんだ。それからは、みんな、中々ゲームには入れないと思うから……」

 

 

「解ってる。それまでで良いの。わたし、ユウキと……みんなと友達になりたい。それくらいの時間はあるよね……?」

 

 

身を乗り出し、ユウキの瞳を覗き込むアスナ。だがユウキはそんなアスナから逃げるように視線を逸らし、小さく首を左右に振る。

 

 

「ごめん……ごめんね、アスナ。ほんとに……ごめん」

 

 

何度も「ごめん」と呟くユウキ。そんな彼女の様子にアスナもそれ以上何も言えなくなり、助けを求めるように私の方に視線を向けてきた。

 

 

――まあ、この空気は耐えられないな。仕方ない……。

 

 

「そう言えば、もうアレが更新されているところだろうな」

 

 

「『アレ…』…?」

 

 

何のことを言っているのか解らないと言いたそうに首を傾げるシウネー。

 

 

「……黒鉄宮の《剣士の碑》だ」

 

 

「そうか!」と大声で立ち上がったジュン。

 

 

――まさかと思うが、本来の目的を忘れてたんじゃないだろうな……。

 

 

「行こう行こう!写真撮ろうぜ‼」

 

 

「そうだね、行こ?」

 

 

アスナがそう言うと、俯いていたユウキも顔を上げ、小さく笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――やはり、ここに来るのはまだ慣れないな。

 

 

アインクラッド第一層《はじまりの街》の中央広場にある巨大な王宮《黒鉄宮》。今では観光スポットの1つとして多くのプレイヤーが出入りしている。

 

 

「あれか!」

 

 

剣士の碑を見ると同時にジュンとノリが走っていき、私も数秒遅れて近くまで来ると、その巨大な鉄碑を見上げる。

 

 

――もしSAOがデスゲームでなければ……。

 

 

剣士の碑のようにフロアボスを倒したプレイヤーの名前が記載されたのだろうかと考えたが、今になってその疑問の答えを確認する術はない。

 

 

「あ、あった」

 

 

不意にユウキが呟き、同時に私も鉄碑の中央、【Braves of 27th floor】の文の下に刻まれた私達の名前を見つけた。

 

 

「あった……ボク達の、名前だ……」

 

 

どこか呆然としたように呟くユウキ。その瞳は微かに潤んでいる。

 

 

「おーい、写真撮るぞ!」

 

 

後ろから響くジュンの声に振り向き、鉄碑の前に並ぶと、ジュンは《スクリーンショット撮影クリスタル》のタイマーを設定し、ユウキとテッチの間に収まる。

 

 

全員がピースサインをクリスタルに向けていたので、私も合わせてピースサインを作った。

 

 

 

 

 

 

 

写真を撮った後、アスナとユウキは振り返って再び剣士の碑を見上げていた。

 

 

「やったね、ユウキ」

 

 

「うん……ついにやったね、姉ちゃん」

 

 

そのユウキの呟きを聞き、アスナは笑みをこぼす。

 

 

「ユウキ、また言ってる」

 

 

「え?」

 

 

本人は無意識だったのだろう。ユウキは不思議そうにアスナの方を見る。

 

 

「わたしのこと『姉ちゃん』だって。ボス部屋でも言ってたよ。わたしは嬉しいけど……⁉」

 

 

その言葉は途中で途切れた。

 

 

それもそうだ。何故なら、先程まで笑顔だったはずのユウキが、口許を両手で覆い、目から大量の涙を流していたからだ。

 

 

「ゆ、ユウキ?」

 

 

「……ユウキ、どうした?」

 

 

明らかに普通ではない状況。流石に静観しているわけにもいかず、私もアスナと共に手を伸ばすが、ユウキは私達から距離を取るように後ずさる。

 

 

「ぼ、ボク……」

 

 

ユウキは溢れる涙を拭い、震える手で素早くウインドウを操作しログアウトした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……その日を境に、《絶剣》ユウキがALOに現れることはなかった。

 

 

 



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第52話 生きたい

今回はかなり話を纏めました。


 

ユウキがALOから姿を消して3日。あれ以降ユウキがALOに入った様子はなく、他のスリーピング・ナイツのメンバーもALOにログインしてくることはなかった。

 

 

明日奈もあの日のことを引きずっているようで、今日学校で会ったが、心ここにあらずという感じだったと、和人から聞いた。

 

 

かく言う私も、あの日のことが今でも気になっている。

 

 

――彼女の悲しみに満ちたあの眼が頭から離れない。

 

 

そうしていると、病室の扉がコンコンと叩かれ、倉橋医師が入ってきた。……診察の時間にはまだ早い気がするが。

 

 

「すみません。今から時間ありますか?」

 

 

「問題ありませんが、一体どうしました?」

 

 

「実は……彼女たちが貴方と会って話がしたいと」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

倉橋医師に連れられて来たのは病院の最上階、窓のない無機質な通路を進んだ先にある【第一特殊計測機器室】という文字が書かれた扉の前だった。

 

 

「以前、彼女たちは特別な施術方法で安定させていると説明したことは覚えていますか?」

 

 

電子ロックの扉を開けながら問いかける倉橋医師に私は頷く。

 

 

「彼女たちが使用しているのは《メディキュボイド》という世界初の医療用フルダイブ機器です」

 

 

「メディキュ……ボイド?」

 

 

「簡単に言えば、アミュスフィアのスペックを大幅に上げ、脳から脊髄全体をカバーできるようにベッドと一体化したものです。見た目はただの白い箱ですが……あとは話を聞くより実際に見てもらったほうが早いでしょう」

 

 

 

彼に続いて部屋に入ると、そこは細長い部屋で、部屋の左の壁は一面黒く染まったガラスになっている。

 

 

「この先はエア・コントロールされた無菌室ですので入ることは出来ません。了承してください」

 

 

医師が黒い窓の下部にあるパネルを操作すると、たちまち窓の色は薄れ、透明になったガラスの向こう側を露わにした。

 

 

「……っ」

 

 

ガラスの先に見える部屋を見て私は戦慄する。

 

 

その部屋は中央のベッドを中心に様々な機械で埋め尽くされていた。

 

 

ベッドには小柄な姿が横たわっており、その体は酷く痩せている。更に喉元や両腕から伸びるチューブが周囲の機械類へと繋がっている。

 

 

そしてベッドと一体化した一際大きな白い直方体の機械――恐らくあれがメディキュボイドだろう――が、頭部のほとんどを飲み込むように覆い被さっていた。

 

 

「これがメディキュボイド試作1号機です。デリケートな機械なので長期間安定したテストを行うために、クリーンルームに設置される事になりました。これは被試験者となっている彼女たちにもメリットがあるのです」

 

 

「どういう事ですか?」

 

 

「……言ってもよろしいですね?藍子くん」

 

 

申し訳なさそうに私の頭越しに機械の方へと問い掛ける倉橋医師。すると、スピーカー越しに落ち着いた女性の声が聞こえてきた。

 

 

『はい、お願いします。倉橋先生』

 

 

倉橋医師は手で眼鏡をくいっと上げ、「分かりました」と短く返した後、私の方を向き直る。

 

 

「彼女たちの病気は《後天性免疫不全症候群》……AIDS(エイズ)です」

 

 

エイズ…その病名を聞いた私は息を呑み、同時に先程、倉橋医師が言っていたメリットという言葉の意味に納得がいった。

 

 

エイズとは正確には病気の名前ではない。ヒト免疫不全ウイルス(HIV)の感染により免疫力が低下することで、通常感染することのない病原体に感染しやすくなり、様々な病気を発症しやすくなる状態――これを《日和見感染》と言う――のことだ。性感染症の一部として数えられているが、彼女たちの感染経緯は、帝王切開の際の輸血に使用した血が汚染されていた事による血液感染。非常に稀なケースだが、その事が判明した時点で既に家族全員がウイルスに感染していたという。

 

 

メディキュボイドの被試験者として無菌室に入れば、日和見感染のリスクを低下させることができる。倉橋医師がその提案を彼女の家族にし、彼女たち双子もその提案を承諾した。この時のことを倉橋医師は、バーチャル・ワールドに対する憧れが、彼女たちの背中を押したのだろうと語る。

 

 

「それ以来ずっと、彼女たちはメディキュボイドの中で暮らしています」

 

 

「ずっと……というのは、まさか文字通り?」

 

 

「はい。24時間ずっと、もう3年になります」

 

 

「3年…」

 

 

私達SAO生還者よりも長いフルダイブ生活の中、彼女たちは病魔と闘い続けている。その事実に私はそれ以上の言葉が出なかった。

 

 

『先生、ここからはわたしたちが……』

 

 

「そう……ですね。――あの扉の奥に、私がいつも面談に使用しているアミュスフィアがあります。それを使って《セリーンガーデン》へログインしてください」

 

 

「セリーンガーデン?」

 

 

『わたしたちのような境遇の人たち同士で最後の時を豊かに過ごす。その目的のために運営されているヴァーチャル・ホスピスです。そこで妹と一緒に待っています』

 

 

そうして促されるまま、私は奥の部屋に入り、そこに置いてあったアミュスフィアを装着すると、彼女に言われた通りセリーンガーデンへとログインした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

眼を開けると、そこに広がっていたのは緑に覆われた緩やかに連なる丘、ALOに似ているがどこか違い、現実とかけ離れたその美しさについ目を奪われてしまう。

 

 

私は暫く目の前の風景を眺めていたが、後ろから聞こえた2つの足音に振り向くと、そこには腰まである長い髪を後ろで1つに纏めた――雰囲気が少しアスナに似ている――少女と、その少女の背に隠れ、チラ、チラ、っと顔を覗かせるカチューシャを付けた短髪の少女が立っていた。

 

 

「初めまして。わたしはランと言います。……ほら、ユウも挨拶」

 

 

「うん……」

 

 

ユウと呼ばれた少女は、ランの背中から離れると少し困ったように、はにかんだ笑顔を見せる。

 

 

その笑顔には見覚えがあった。見間違いようもない。彼女は3日前、私達の前から忽然を姿を消した少女と同じ顔をしていたのだから……。

 

 

 

 

 

 

「ユウキ……なのか?」

 

 

「……うん。3日ぶり、ペルソナ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私達は彼女たち行きつけのカフェテリアに移動し、その一角にある机を囲んでいる。

 

 

「いつも話はユウから伺っています。妹とギルドのみんながお世話になりました」

 

 

「もー姉ちゃんそんなに畏まらなくてもいいってー!」

 

 

「駄目よ、ユウ達がお世話になった人なんだから……」

 

 

あーだこーだと繰り広げられる口論が微笑ましく見えた。何も知らない者達が今の彼女たちを見ても、重病を患っているとは思いもしないだろう。

 

 

「あっすみません。話が逸れてしまって」

 

 

「気にするな。それよりも聞きたい事がある」

 

 

恐らくこのままでは話が進まないだろう。私は早速本題に移ることにした。

 

 

「ユウキ、君は何故、手術を受けたくないんだ?」

 

 

「……。」

 

 

私が問い掛けると、ユウキの顔から笑顔が消え、空気が重くなる。

 

 

「……その事について、わたしから説明します」

 

 

俯いて答えないユウキの代わりにランが私の問いに答える。

 

 

「ユウ達に協力してくださった貴方ならもうご存知だと思いますが、わたしたちスリーピング・ナイツは春に解散します」

 

 

「ああ、知っている。皆それぞれ忙しくなるからと聞いたが、本当の理由は何だ?」

 

 

「それは、長くても3ヵ月って告知されているメンバーが、ボクと姉ちゃん。そしてもう1人いるからなんだよ。だからボク達は、どうしてもあの素敵な世界で、最後の思い出を作りたかった。あの大きなモニュメントに、ボク達がここにいたよっていう証を残したかった。でも……」

 

 

再びユウキの声が震え、その眼からは大粒の涙が溜まっている。

 

 

「……ですが、なかなか上手く行きませんでした。そんな時、わたしの症状が悪化してしまい、ALOへのログインも禁止されてしまいました。骨髄移植の話を聞いたのも、ちょうどその時期です。リスクが高い手術だと聞いています。ユウは助かるかもしれませんが、症状が悪化したわたしはもしかしたら……だからユウは手術を受けたくないと言ったんだと思います。そうだよね?」

 

 

ユウキは震えながら小さく頷き、そんなユウキの肩をランが支える。

 

 

姉に先立たれて自分1人残るくらいなら、姉と運命を共に……という考えだろう。だが、それでは誰も報われない。2人を救うために私にドナーの話を持ち掛けてきた倉橋医師、突然の別れを受け止められずにいるアスナ、そして何より、当事者であるランとユウキ。

 

 

このまま彼女たちが助からないのは私としても受け入れがたい。

 

 

「ユウキ、君はまだ生きていたいか?」

 

 

「え……」

 

 

「答えてくれ。君はこのままで良いのか?この先もまだ生き続けられる可能性を捨てて、アスナや、スリーピング・ナイツの皆とも会わないまま、最期の時を迎える。本当にそれで後悔しないのか?」

 

 

「それは……」

 

 

意地の悪い質問だという自覚はある。しかし、これは彼女自身が、自分自身の心を見返すためにも必要なことだ。もし彼女が本心から現状を受け入れているというのならば、もう私が言えることは何もない。

 

 

――だが、ユウキが本当に生きる希望を失っていないのなら……。

 

 

「……きたいよ」

 

 

「ユウ?」

 

 

「ボクだって生きたいよ!生きて、みんなと一緒に旅がしたいし、アスナと話したいことが沢山あるよ!それに姉ちゃんともっと一緒に笑っていたい……!」

 

 

涙ながらにそう叫ぶユウキ。彼女は本心を打ち明けてくれた。ならば、私も親身になって彼女たちに応える必要があるだろう。

 

 

「それなら一度、私のことを信じてほしい」

 

 

「ほんとに……信じてもいいの?」

 

 

「勿論だ。ラン、ユウキ、私は君たちを助けたい。……乗り越えよう私達で」

 

 

2人はこれまで我慢していたものが抑えられなくなったのか、互いに大きな声で泣き出し、私は2人が泣き止むまで2人を抱き寄せて頭を撫で続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ログアウト後、倉橋医師に手術を受ける旨を説明すると、彼は私の手を握り、まるで自分の事のように泣きながら何度も私に感謝の言葉を述べてきて、ユウキに「泣きすぎだよー」とまだ少し涙ぐんだ声で笑いながら指摘されていたが、それほど彼女たちの事を大切に思っていたという事だろう。病室を出た後に「どんな魔法を使ったんですか?」と聞かれたが、決意したのは彼女たちだ。私は何もしていない。

 

 

 

 

 

その後、本来であれば検査などに多くの時間を費やすのだが、早めに入院していたことが功を奏し、2人の手術の準備は予定よりも早く進んだ。これに関しては両親の賢明な判断に感服した。

 

 

そして手術当日。私はランとユウキの傍について手術の成功を祈った。否、私だけはない。手術を受けると決めた日の翌日、和人の手引きで病院にやってきて、ユウキとの再会を果たした明日奈。わざわざ有給を取ってまで駆け付けた私の両親。そして誰よりも1番近くで彼女たちを支え、この日が来ることを待ち望み、今、彼女たちの命を左右する最後の処置を行っている倉橋医師。

 

 

様々な者達の思いが交錯し、未だかつてない緊張の中、手術は終わった。

 

 

 

 

 

 

 




47話時点で存在をほのめかしていた紺野藍子(ラン)の登場。

ボス攻略に参加出来なかった分、今後のストーリーには積極的に絡ませていきます。


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第53話 新たな旅

 

藍子(ラン)木綿季(ユウキ)の手術から一週間後、手術後の経過観察のために入院していた私は退院。

 

 

退院後、私は何度も藍子たちの見舞いのために病院に足を運び、その度に倉橋医師から彼女たちの様子を聞いた。

 

 

日が増すごとにHIVウイルスの数は減少し、それに伴い彼女たちの体を蝕んでいた病原体も減少を始めている。今では一日中メディキュボイドの中にいなくても問題ないくらいには回復しているそうだ。物事は確実に良い方向に進んでいる。

 

 

しかし上手く行くことだけじゃないのが現実。手術前に症状が悪化していた藍子の眼はほとんど見えていない状態にあるらしく、現段階ではどうにもならないとのこと。

 

 

だが、それはあくまで《今の藍子》ではという意味で、この先、リハビリを続け、ある程度体力が戻れば手術を受け、視力を回復できる見込みがあるそうだ。まだ先の話になるが、希望とやらはそうそう捨てたものじゃない。

 

 

また、私の両親が藍子と木綿季の親権を巡って彼女たちの親戚と揉めているらしい。

 

 

というのも、これは以前、藍子から聞いた話だが、彼女たちの両親が亡くなった後、残った家のことで親戚中が大揉めしており、病気のことで現実では避けてきた叔母も、わざわざフルダイブしてまで遺書を書けと馬鹿げたことを言う始末。父親の遺産で10年は管理できる筈だからそれまで残してほしいという藍子の要求もあっさりと拒否されたそうだ。

 

 

その話を聞くや否や、激怒した我が両親。詳しいことは聞かされてないが、父は「裁判に持ち込んででも親権を奪ってやる」と言っており、母からも「こっちは私達に任せて、あんたは学校とあの子たちの事だけに集中してなさい」と釘を刺された。

 

 

――もはや相手の方に同情する。

 

 

恐らく相手の方には何も残らないどころか、今までの藍子たちに対する差別的行為を指摘され、それ相応の罰を受ける可能性も出てくる。……実際どうなるかは、その時になるまで分からないが。

 

 

 

 

 

 

さて、そんな話は置いておいて現状を説明しよう。

 

 

「藍子、視界の調子はどうだ?」

 

 

『はい、ちゃんと見えてます』

 

 

SAO帰還者学校、電算室。そこで私が目の前の椅子に座っている大学で研究中の人型ロボットの試作機――仮称・アンドロメダ――に話しかけると、スピーカー越しに藍子が凛とした声で応える。

 

 

私はインターンシップで、SAO帰還者学校のメカトロニクスコースの特別講師としてきており、和人たちメカトロニクスコースの生徒たちが興味深そうに私の作業を観察している。

 

 

事の始まりは木綿季が藍子と共に学校に行きたいと言い出したことだ。しかし、和人の双方向通信プローブは2人分用意することは出来ず、藍子と木綿季が日々入れ替わって通う形にはなっているものの、姉と共に学校へ行くという木綿季の本来の望みを叶えることが出来ない。どうしたらいいかと、和人から話が来たのだ。

 

 

都合よく私の大学ではインターンの時期で、私としても授業の一環としてアンドロメダの試験運用、調整ができるから助かるのだが、

 

 

「……良し。調整はこれで終わりだ。仕上げに……」

 

 

私がPCのキーを押すと、アンドロメダは人の姿へと変わる。ナノマシンを利用した形状変化だ。周りの生徒たちからは「おーっ!」と感嘆の声が上がるが、正直なところ作った私ですら普通の人間との見分けがつかない。

 

 

――明らかにこの世界にはオーバーテクノロジーなんだよな……。

 

 

「凄いな。これ全部きみが作ったのか?」

 

 

「いや、私が担当したのは基本的なプログラムと内部のマイコン。そしてナノマシンの作成だ。ボディの設計は機械専攻の、腕や足といった部位の人工筋肉は化学専攻の知り合いに担当してもらってな。医学専攻の知り合いにも医学方面から意見を聞かせてもらった」

 

 

「きみって友達いたんだな……」

 

 

――おい、どういう意味だ。

 

 

声には出さなかったが、私は無言で和人を睨む。……というより、私からすれば和人に友人がいたことの方が驚きだ。明日奈からは「わたしたち以外と話しているところ見たことないんですよ」と聞いていたのだが。

 

 

「あのー、そろそろいいですか?」

 

 

「ああ、すまない藍子。最後に忠告だが、いくら人に近い姿をしているとはいえ、その体は機械だ。激しい動きや強い衝撃は危険だし、もちろん水もNGだ。何か問題があれば私の所に来い。基本この教室にいるからな」

 

 

「はい。分かりました」

 

 

藍子は深々と頭を下げ電算室から出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わたしは足早に明日奈さんと木綿季が待つ教室へ向かっています。明日奈さんの肩に乗って何度も来たことがあるので教室までの道はバッチリです。――それにしても……、

 

 

――なんか周りからの視線が気になるような……。

 

 

理由は物珍しさからなのかもしれません。SAOでは女性プレイヤーの数が少なく、明日奈さんや珪子(シリカ)ちゃんにはファンクラブがあったから気を付けろってペルソナさんが言ってましたが、わたしも皆さんにそういう目で見られているのかも……と思うのは、わたしの自意識過剰でしょうか?

 

 

そんな事を考えていると、いつの間にか教室に着いていました。扉を開けると教室中の視線がわたしに集中します。プローブ越しに初めて来たときのことを思い出しました。

 

 

『あー!姉ちゃんやっと来た!遅いよ、もう!』

 

 

そんな元気な声が教室中に響いて、わたしが先日まであのプローブで通っていた紺野藍子だと気付いたみんなは驚きながらも周囲に集まってきて、中には気絶している男子生徒もいました。

 

 

わたしは事情を説明しながら生徒の波を掻き分けて進み、用意してもらった自分の席に座ると、隣の席に座る明日奈さんの肩に乗っている機械に向かって叩くふりをして、レンズ越しの妹に文句を言うと、ユウは軽く『ごめーん』っと笑いながら返す。

 

 

『でも姉ちゃんだけいいなぁ。ボクもペルソナに頼んでみようかな』

 

 

「彼が言うには予算が無いから新しいのは無理だって言ってたよ」

 

 

『むうー、じゃあ姉ちゃん、ちょっと変わってよー』

 

 

「ん-……ごめんねユウ。まだしばらくはお姉ちゃんが使っていたいから」

 

 

ユウからは『えー⁉姉ちゃんのケチ!』と言われてしまいましたが、いつも譲ってきた分、今だけでもわたしの我が儘を許してね。

 

 

 

 

 

そのあとは普通に授業を受けてクラスのみんなとも楽しく過ごすことが出来ました。

 

 

帰る頃にペルソナさんにユウがこの体を使いたいと言っていた話をすると、彼はわたし達2人が使えるように予め調整しているっと言ってくれました。――本当に優しい人。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ALO新生アインクラッド第22層――

 

 

この日はキリト達の家でバーベキュー大会が催され、キリト、アスナ、シリカ、リズベット、クラインといったいつもの仲間達と、スリーピング・ナイツのメンバー。更にサクヤ、アリシャ、ユージーンといった一部種族の重役達。そして何故かいるクリスハイト(菊岡)といった豪華な面子が集まった。

 

 

サプライズでランを登場させた時は、ユウキを含めスリーピング・ナイツの全員が泣いて喜んでいた。状態が安定してきてALOへのダイブ禁止令は撤回、この日から本格的に復帰する。尚、スリーピング・ナイツのリーダーはこれまでどおりユウキに任せるようだ。

 

 

また、絶剣の噂を聞きつけていた領主達は、早速ユウキを自陣へ勧誘していたが、ユウキは笑ってそれを辞退。最強の剣士《絶剣》に振られ、肩を落としていたが、何を思ったのか領主2人は私を勧誘してきた。何度も断っているのだが、何故か諦めてくれない。

 

 

今回もいつものように適当に流そうとしたのだが、

 

 

「なあ、良いだろうペルソナ君。この後、私の部屋で一緒に酒でも……」

 

 

「コラー‼アリシャちゃん、色仕掛け禁止!ねえねえ、シルフよりケットシーの方がゼッタイいいヨー?可愛い女の子もイッパイいるしさー」

 

 

酒が入って酔っているのか、いつぞやの時のように抱き着いて、ウザ絡みされている。

 

 

――いや、VRの酒にアルコールは入ってないのだから酔うわけないのだが。

 

 

「ダメです……」ガシッ

 

 

と、その時、ランにコートの裾を掴まれた。

 

 

「ダーメーれーすー!ペルソナさんはわたしたち、しゅりーぴんぐ・にゃいつのれすから‼」

 

 

――ラン、お前もか……。

 

 

領主2人とは違い、彼女は本気で酔っていた。きっと場酔いするタイプなのだろう。

 

 

その様子を見て、クラインから恨めしそうな眼を向けられるが、それはいつもの事だから無視した。だが、クリスハイトが微笑ましそうな視線を向けてくるのが癪に障った。アイツには後で個人的に迷宮区の攻略に付き合って貰うことにしよう。

 

 

その後、二次会と称して28層の迷宮区に突撃し、その勢いでその層のボスモンスターを倒してしまったのは、良い思い出だ。

 

 

因みに、先程ランが酔った勢いで私をスカウトしたのは本気だったそうだが、私はこれから先も、ギルドに入るつもりは無いので、彼女からの誘いを断った。その代わりと言ってはなんだか、アスナがスリーピング・ナイツに加入した。ランが少し残念そうにしたのは、見ていないフリをした。

 

 

 

 

 

 

それからもスリーピング・ナイツの面々との交流は深まっていった。

 

 

ある時は現実世界で桐ケ谷家を訪ねたり、私の大学に特別に入れてもらい、双方向通信プローブやアンドロメダの今後の展開形について議論を交わしたり、またある時は1パーティーでフロアボスを攻略しにも行った。更に、2月中旬に開催された統一デュエル・トーナメントにおいては、キリトとユウキが各々のOSSを使用する激戦を繰り広げ、ユウキが最後に放った11連撃でキリトを破った際には、会場からは大歓声が上がり、MMOストリームの中継されていたこともあり、《絶剣》の名は世界中に響き渡った。

 

 

余談だが、私は目立ちたくないため参加せず、ユウキに色々と文句を言われた。お詫びに個人的にデュエルをする約束をしたのだが、ユウキが大会後のインタビューで「あの時の決着は次の大会でだからね、ペルソナ!」っと指名された。生中継で逃げ場が完全に無くなったのは言うまでもないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

私たちは仮想と現実の境界を越え、数えきれないほどの思い出を、長い旅路を共に刻んた。全てが夢のような日々。気付けばすでに3月下旬。――もうすぐ新たな季節がやってくる。

 

 




前回記載するのを忘れてました。藍子のこの小説内でのプロフィール。


〇紺野藍子/アバター名《ラン》
・ギルド《スリーピング・ナイツ》の元リーダー
・紺野木綿季(ユウキ)の双子の姉
・剣を片手に前衛で戦う妹とは異なり、後方からの魔法攻撃が得意
・現実世界では病気の影響で視力はほぼ0
・意外と場酔いするタイプで、記憶は残るタイプ

↑現時点ではこんな所です。多分この先も変えることはないでしょう。


次回、マザーズロザリオ編最後です。


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第54話 門出

マザーズロザリオ編完結です。


 

4月某日。私たちはとある墓の前に来ていた。墓石には「紺野家」と文字が刻まれている。

 

 

そう、ここは藍子たちの両親が眠る場所だ。

 

 

藍子が組んできた水を墓に掛け、私たちは揃って手を合わせる。

 

 

「お父さん、お母さん。紹介するね。この人達がわたしたちの新しい友達」

 

 

『そしてこっちがボク達を助けてくれた命の恩人で、ボクらの大切な人……かな?』

 

 

「なんで疑問形なんだ……、初めまして」

 

 

藍子たちに紹介され、皆口々に挨拶をする。当然だが返事はない。

 

 

「今日は2人にどうしても聞いてもらいたい話があるの。あと、みんなにも」

 

 

「良いの?わたしたちが聞いても」

 

 

『うん。大事な話だから、明日奈たちにも聞いて欲しい』

 

 

空気が重くなるのを感じた。藍子は深刻そうな顔で俯き、私の肩に乗るプローブを手に取ると、カメラと眼を合わせて大きく頷き、私たちの方へと向き直る。

 

 

「実はわたしたち……」

 

 

『ボク達……』

 

 

皆が自然に息を呑む。だが次の瞬間、彼女たちが口にした言葉は私たちの予想だにしていないものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「『わたしたち(ボク達)、無菌室から出れる事になりました!』」

 

 

「「「「えっ……ええええええええええええ⁉」」」」

 

 

2人の言葉に私を含めその場にいた全員が驚愕する。それもそうだ。私も明日奈も倉橋医師からは無菌室から出るのにはまだ時間が掛かると話を聞いており、皆も本人たちからはそう聞かされていたのだから。

 

 

そんな私たちの様子を見て、藍子と木綿季は『大成功!』と悪戯が成功してはしゃいでいる。

 

 

「い、いつからなの、2人とも」

 

 

まだ少し動揺しているが、冷静に明日奈が2人に質問した。

 

 

『まだちゃんとした日は決まってないんだけど、先生が言うには来月にはボク達2人とも普通の病室に移動するみたいなんだ』

 

 

「先生も驚いてました。予定よりも数倍早い回復速度だって」

 

 

「良かったな、2人とも」

 

 

「はい!それと、シウネ―から聞いたんですが、スリーピング・ナイツのみんなも最近になって特効薬が見つかったみたいなんです」

 

 

「そうなの⁉」

 

 

「はい。まだもう少し時間は掛かると思いますが、今度現実で会おうって話もしました。もちろん明日奈さんも一緒に」

 

 

「うん、本当に良かった。本当に……」

 

 

感極まり、涙を流す明日奈。それを見て木綿季が『泣かないでよー』と笑いながら言い、その様子を和人は後ろで見守っていた。

 

 

皆が2人の状態が良くなっている事を祝い、喜んでいる。私も話を切り出すにはいいタイミングだろう。

 

 

「実は、私からも話がある」

 

 

私がそう言うと、皆の視線が一斉に私へと集中する。……ここまで注目されると、少し話ずらい。

 

 

「実は2人の親権についてなんだが……」

 

 

「もしかして、何か進展が?」

 

 

「いや、親権問題自体は解決していない。だが、すぐに良い報告が出来ると思う。その証拠に……」

 

 

私が鞄から1枚のコピーを取り出した。その紙には我が父の名前とある場所の住所が記載されており、和人たちはそれが何を意味するのかを理解できていないようだったが、藍子と木綿季は「あっ」っと声を漏らしていた。

 

 

「2人の家の土地権だ。名義上は私の父のものになっている。これでお前達の親戚とやらがあの家に手出しできない。取り壊される話もなくなったそうだ」

 

 

「ほ、本当ですか?」

 

 

「ああ本当だ」

 

 

「良かったね!2人とも」

 

 

『うん!ありがとうペルソナ!』

 

 

「礼なら私じゃなく親に言ってくれ。私は何もしていない」

 

 

「そんな謙遜しなくてもいいんじゃないか?2人のために何かできる事はないか、君が1番動いてたって君の両親から聞いたぞ」

 

 

「まったく、あの親は……というか和人、いつ私の親と交流持ったんだ」

 

 

そこから話が更に盛り上がったが、続きはALOでという事となり、私たちは一時解散した。

 

 

帰ろうとした時「あの子たちの事を宜しくお願いします」っと聞こえた気がしたが、誰も反応してなかったからきっと気のせいだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ALO新生アインクラッド第24層。ユウキから話があるとメッセージが届き、私は今、彼女と初めて会った小島に向かっている。

 

 

「あ、ペルソナさん」

 

 

島に着くと、そこには私と同じようにユウキに呼ばれたのだろうアスナがいた。

 

 

「アスナ……君もユウキに?」

 

 

「はい。ペルソナさんもですね」

 

 

「ああ。しかし、その呼び出した本人がまだのようだが」

 

 

そんな会話をしていると、遠くから「おーい!」と手を振るユウキと、彼女の後に続いて、スリーピング・ナイツのメンバーがこちらに向かって飛んできていた。

 

 

「遅くなってごめん。準備に色々と時間が掛かっちゃって」

 

 

「別に平気だよ。それより何?話って」

 

 

「2人に渡すものがあってね」

 

 

「渡すもの?」

 

 

首を傾げるアスナに対し、ユウキはいつものように、にかっと笑顔を見せる。

 

 

「いま作るから、ちょっと待ってね」

 

 

そう言うとユウキは軽くウインドウを操作し、腰に掛けた剣を抜き放つ。そして、

 

 

「やあっ‼」

 

 

気合の入った声と共に、島の中央にある大樹に向かって自身のOSSを放つ。

 

 

技を出し終わると、ユウキの剣の先端から青く光る紋章を写した四角い羊皮紙が出現し、端から細く巻き上げられ、手を伸ばしてユウキは宙に浮くそれを掴んだ。

 

 

「まずはアスナ。これ受け取って、ボクのOSS」

 

 

「いいの?わたしが受け取っても」

 

 

「アスナに受け取って欲しいんだ。さ、ウインドウを出して」

 

 

アスナは言われるがままウインドウを開くと、ユウキは持っていた羊皮紙をアスナのウインドウの表面に置くと、その羊皮紙は光と共に消滅した。

 

 

「技の名前は《マザーズ・ロザリオ》。きっとアスナを守ってくれるよ」

 

 

「ありがとう、ユウキ」

 

 

「次はペルソナだね」

 

 

ユウキが私の方を振り向くと、後ろに控えていたランが前に出てウインドウを操作すると、彼女の手の中に紫色の刀身に赤いラインが入った両手剣が出現する。

 

 

「どうぞ、みんなでALO中のレア素材を集めてノリが打った両手剣です」

 

 

「本当はアスナみたいにOSSにしたかったんだけど、ボクらはみんなペルソナとスタイルが違うから、イメージにあったのが作れなくて……ごめんね」

 

 

私はランから両手剣を受け取る。見た目どおりのいい重さでキリトが羨ましがりそうだ。

 

 

「いいや、これでも充分だ。大切に使わせてもらう。ありがとう、みんな」

 

 

「気にしないで下さい。寧ろ礼を言いたいのは私たちの方なんですから」

 

 

シウネ―がそう言うと、他のメンバーも「うんうん」と頷く。

 

 

「2人に会ってから信じられない事の連続なんだ。学校にも行けたし、姉ちゃんともまたこうしてVRで一緒に遊べるようになった。みんなの病気も治っちゃってさ。本当は、まだいい夢を見てるだけで、ボクの病気は治ってないんじゃないかなって考えた時もあるんだ」

 

 

「ユウキ……」

 

 

「大丈夫。今はそんな事考えてないから」

 

 

瞼を閉じ、小さく息を吐いた後、再び私とアスナを見つめるユウキ。

 

 

私たちは互いに暫く黙ったままだったが、そんな静寂を吹き飛ばすかのように、突然、ノリが大きな声を張り上げた。

 

 

「あーもうダメダメ!暗い空気になるのは無し!ほらユウキ、あまりギャラリーを待たせるものじゃないよ!」

 

 

「そうだね、ありがとうノリ!じゃあペルソナ、早速始めよう!」

 

 

「何を?」

 

 

私がそう聞くと、私の目の前に決闘申請ウインドウが表示される。更に、私たちの周囲に多くのプレイヤーが姿を現す。

 

 

「え、な、何⁉」

 

 

突然の出来事に驚きを隠せないアスナ。私も何が何だかわからず、周囲を見渡していると、

 

 

「おーいペルソナ!みんなオメェとユウキちゃんのマジ勝負を見に来たんだからよ!早く始めてくれよ!」

 

 

クラインを筆頭に周囲のプレイヤーから野次が飛んできた。

 

 

「……ユウキ、まさかさっき遅れてきたのは」

 

 

「あっははは……次の大会までペルソナと戦えないって考えたら、なんか体がムズムズしてきて、もうすぐにでも戦いたい―!ってなっちゃって。ここに来る前にみんなを呼んじゃった」

 

 

「だからって……」

 

 

「それに、大会じゃペルソナ絶対本気出さないでしょ!ボク、まだ本気の本気の超本気のペルソナと戦ったことないよ!」

 

 

「いや、あの時も結構本気だったんだが」

 

 

「じゃあフロアボス攻略の時に沢山武器使ってたあれはなにさ!」

 

 

痛いところを突かれた。ボス攻略の後も指摘されなかったから、てっきり忘れてるか、ボスに夢中でそれどころじゃなかったのだろうと思っていたのだが。

 

 

「ユウ、キリトさんからSAO時代の貴方の話を聞いてから、ずっと本気の貴方と戦いたいって言ってて……こうして人を呼んだのも、貴方を逃がさない為にみんなで協力したんです」

 

 

「すみません」っと苦笑しながら謝罪するラン。皆が私の退路を塞ぐためだけに共謀したこともそうだが、SAO時代の私のことをユウキに話したキリトに苛つきを覚える。

 

 

「ここで逃げるなんて男らしくないぞーペルソナー!」

 

 

――決めた。あとでキリトには痛い目を見てもらおう。

 

 

私はそう心に決め、ウインドウの決闘申請画面のOKを押すと、私とユウキの間でカウントダウンが始まった。

 

 

私はウインドウを操作し、腰に刀を、背に槍と先程彼女たちから貰った両手剣を携える。

 

 

そしてカウントが0になった瞬間、甲高い金属音を立てながら互いの剣がぶつかり合った。

 

 

持ち前の反射神経とスピードで、3つの武器を使い分ける私の攻撃に対応するユウキ。

 

 

「楽しいね、ペルソナ!」

 

 

私の攻撃を避けながらそう話かけてくるユウキ。いやそんな事より、私の動きにすぐさま対応して、攻撃に転じないで欲しい。以前戦った時より数段強くなってるのは何なんだ。

 

 

確かに、今や彼女はALO最強剣士の座に輝いたわけで、強くなってない訳がないのだが、

 

 

「ペルソナはボクとデュエルするの楽しくない?」

 

 

鍔迫り合いなった際、不安そうな表情でそんな事を聞いてくるユウキ。

 

 

――そんなの……決まってる。

 

 

「……楽しいさ。何せ君は、私が唯一、本気で戦える相手だからな」

 

 

「……!うん、ボクもだよ‼今まで色んな人と戦ったけど、ペルソナと戦うのがイッッチバン楽しい‼ずっと続いて欲しくなるくらい!」

 

 

「なら、これからも続けよう。これから、何度でも」

 

 

湧き上がる歓声に包まれ、私たちは何度も互いの持てる力の全てをぶつけ合った。いつまでも、何度でも、互いを高め合うかのように……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なお後日、GGOのキリトの写真が仲間内で広がり、彼のメンタルが崩壊したのは、また別の話。

 




次はオーディナルスケールになるわけなんですが、原作の物語を沿った物語は次のOS編で最後にしたいと思います。なのでアリシゼーションには続きません。アリス、ユージオファンの皆さん、本当に申し訳ございません。

理由は超個人的なのですが、SAO三期を見て、正直自分には、ここまで長く続けられる自身は無いと感じたからです。※作者もアリシゼーションは好きです。

失踪とかもしたくないので。

その代わり、オリジナル展開をさせて、必ず完結まで持っていきたいと思っています。

最後に長々と失礼しました。それではまた次回もよろしくお願いします。


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オーディナル・スケール編
第55話 オーディナル・スケール始動


お待たせしました。オーディナル・スケール編です。


 

東京某所――

 

 

最近、世間では《オーディナル・スケール》という最新ARゲームが話題を呼んでいる。

 

 

人々は次世代マルチデバイス《オーグマー》を装着し、ボス攻略などでポイントを集めることでランキング上位を目指す。順位が高くなるにつれて様々な特典が貰えるため、特に若者からは人気が高い。

 

 

かく言う私も、母の頼みでクーポンや商品券目当てで参加しているが。

 

 

そして今夜、この場所で発生するボス攻略イベント。私はある噂を耳にし、この場所に来ている。

 

 

――そろそろ時間か……。

 

 

「オーディナル・スケール起動」

 

 

その言葉がキーとなり、私の服装は黒と紫を基調としたロングコートへと変わり、私の手には両手剣が出現した。

 

 

――軽いな。これなら片手でも振り回せそうだ。

 

 

いつも手に感じる重みがない。仮想世界のような重さを再現するのが難しいのは分かるが、そういう所もできるだけ再現してほしいと感じるのは、私だけではない筈だ。

 

 

「やっほー!みんな集まってくれてありがとー!」

 

 

9時ちょうどを迎えたと同時に、周囲を飛ぶドローンの一体から1人の少女が出てきた。オーディナル・スケールのイメージキャラクターでARアイドル《ユナ》だ。

 

 

他のプレイヤーはユナの登場に驚き、困惑している。 無理もない。ボスイベントと聞いてやって来たのに、現れたのはボスではなくアイドル。驚くなっという方が難しいだろう。

 

 

「準備はいいかな?それじゃー…戦闘開始!」

 

 

ユナの合図と共にプレイヤー達の目の前に牛のような顔の人型巨人が姿を現す。 そのボスを見て、私を含めプレイヤー達は更に驚愕した。そのボスを私は知っている。

 

 

「アインクラッド第1層ボス《イルファング・ザ・コボルドロード》……噂は本当だったか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その青年は高台からコボルドロード相手に奮闘するプレイヤー達を見下ろしている。その中でも彼が注目しているのは、両手剣を片手で振り、誰よりもダメージを与えているプレイヤー……ペルソナだ。

 

 

「何も変わってないんだな……あんたは……っ」

 

 

恨めしそうな目でペルソナを睨む青年。彼が手に持つ本は強く握られ、ページが酷く歪む。

 

 

その間にボスは攻略され、プレイヤー達は歓喜する。その様子を見届けると、青年はその場を後にした。

 

 

「復讐はまだ始まったばかりだ。ペルソナ……あんたや黒の剣士達にもいずれ思い知らせてやる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私には最近新たな日課ができた。義妹たち(予定)の見舞いだ。今日も大学の帰りに2人が入院している病院へと赴いている。常連となった今では、すぐに彼女たちのいる無菌室へと通されるようになった。いわゆる顔パスというやつだ。

 

 

「藍子」

 

 

「あ、今日も来てくれたんですね」

 

 

面会用の部屋に入り彼女の名前を呼ぶと、ガラス越しの無菌室にいる藍子の表情が和らぐ。

 

 

彼女の視力はほとんど失われているため、リハビリの時以外はメディキュボイドの中にいるそうなのだが、私が訪れるときは何故かいつもメディキュボイドから出ているらしい。なので私は病室に入る度に彼女の名前を呼んでいる。以前その事について何か理由はあるのかと聞くと、「貴方には本当のわたしを見てもらいたいから」とのこと。……まあ、無理していないのなら別に良いが。

 

 

「順調そうだな」

 

 

「はい。自分でも体力と筋肉が戻ってきたって感じが分かるんです。倉橋先生も『この調子なら予定通り無菌室を出られるだろう』って言ってました」

 

 

「そうか……」

 

 

――死を宣告された彼女たちがここまで回復したのは嬉しい限りだ。

 

 

「それはそうと、最近ALOにログインしてないですけど、大丈夫ですか?もし忙しいのなら、毎日お見舞いに来て下さらなくても……」

 

 

「ああ、その事なら別に心配はいらない。見舞いも私が好きでやっている事だ。偶然にも大学が近所でな。帰りに寄ってるだけだから時間的にも問題はない」

 

 

藍子の表情が少し暗くなるのを見て、私は急いで事情を説明する。

 

 

「それと最近ログインしてないのは、本当にすまない。ARの方で気になるイベントがあってな、VRの方に時間が割けなくなってきてるんだ」

 

 

「例のオーディナル・スケールですね。その影響で各VRMMOの総ログイン数が減少してて、イベントが中止になるって話もよく聞います」

 

 

「今はどこもAR一色だからな。まあそれも一時的なものだろう」

 

 

「そう……ですよね」

 

 

「それに、これからは私もなるべくVRにも入れるようにする。さっきも木綿季にログインしてない事で散々言われたからな」

 

 

「ふふっ、そうですか」

 

 

再び彼女の表情に笑顔が戻る。その後、私たちは時間の許す限り世間話を続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜、私はボス攻略イベントの情報をもとに、ボスが現れるという場所へと訪れた。

 

 

――ギリギリまで情報が開示されないのはどうかと思うが。

 

 

「おっ、君も来たんだな」

 

 

「かず……いや、今はキリトか。それとアスナにクライン」

 

 

「こんばんは」

 

 

「よう、ペルソナ!今日は期待してるぜ!」

 

 

そこにはキリトとアスナ、そしてクラインと彼のギルド《風林火山》のメンバーがいた。

 

 

――さて、時間だな。

 

 

「オーディナル・スケール起動」

 

 

その言葉と共に私の姿は変わり、街の風景も殺風景なビル群から西洋の街並みのような物へと変化した。そして私たちの視線の先にボスが姿を現す。

 

 

その姿は正に鎧武者といったところか。

 

 

「キリト君、あれ」

 

 

「ああ。アインクラッド第10層ボス《カガチ・ザ・サムライロード》だ」

 

 

「どんな奴だ」

 

 

「ああそうか、君は戦ったことなかったな。刀スキルを使う範囲攻撃が厄介な相手だよ。HPが減ると大技を使ってくる。これには気を付けた方が良い」

 

 

ボスの情報をキリトから聞いている間に、ボスに続いていつものように(・・・・・・・)AIアイドルのユナが現れ、歌い始める。

 

 

彼女が歌うエリアはボーナスステージとして扱われ、プレイヤー達にはバフが掛かり、クリア時にはボーナスポイントが獲得できるのだ。

 

 

 

戦闘が始まると、ボスの周りにいるプレイヤー達が次々とやられていく。この手のゲームは、ボスの攻撃で一撃死することが良くある。だからこそ、初めの方は相手の動きをよく見てパターンを覚える必要がある。

 

 

――まあ、こちらには初めからパターンを知ってる奴らがいるのだが。

 

 

現在、クライン達が壁役(タンク)攻撃役(アタッカー)が連携して確実にボスにダメージを与えている。因みに私とキリトは後ろでボスの動きを観察している。パターンを知らない私が行っても邪魔になるのは目に見えている。キリトは、恐らくまだARの感覚に慣れていないだけだろう。

 

 

「範囲攻撃、来るぞ‼気を付けろ‼」

 

 

クラインがそう叫ぶと、サムライロードの左腕から白い蛇のような攻撃が周囲のプレイヤーを薙ぎ払い、銃を使って遠距離から攻撃しているプレイヤー達を一掃した。

 

 

「狙われてるぞ!」

 

 

ボスの攻撃が迫ってくると同時に、私はそれを回避し、ボスの懐に入り込む。そしてすれ違いざまに一撃を加える。

 

 

続けてキリトも攻勢に出たが、少しの段差に躓いて転倒。ボスの目の前で無防備な姿を晒した。

 

 

――まったく、何をしているんだか。

 

 

どうせ真面な運動をせずにVRに入り浸っていたのだろうと呆れつつ、私は一時撤退するキリトを援護しながら一度ボスから離れる。

 

 

「オラ、どいたどいたー!」

 

 

そんな威勢の良い声と共に、虎男がランチャーを発射する。

 

 

発射された弾はボスに向かって一直線に飛んでいくが、なんと奴は寸での所でそれを避け、外れた弾はその後ろで歌っているユナへと迫る。

 

 

「ヤベっ⁉」

 

 

ランチャーを発射した本人も焦った声を漏らすが、その次の瞬間、1人のプレイヤーが飛び出し、ランチャーの弾を剣で弾き返してボスに当てた。

 

 

「ランク2位 ⁉すごい……!」

 

 

――アイツは、まさか……。

 

 

突如として現れたランキング2位のプレイヤーに驚くアスナだったが、私はその男に見覚えがあった。だが、先程の人間離れした動きは、私の記憶の中の"奴"とは合致しない。

 

 

「大技が来るぞ‼タンクの奴らは着いてこい‼」

 

 

その男は2本目の刀を抜いたサムライロードの斬撃を華麗に躱し、ボスにダメージを与える。続いてアスナとクライン達が攻撃を加えていくが、奴もタダでやられる気はないらしく、2本の刀を振り回し、四方へと飛ぶ斬撃が周りにプレイヤーを近づけさせない。

 

 

――なるほど。確かにキリトの言っていた通り厄介そうだな。だが、

 

 

私はクライン達がボスの周りから離れる中、1人飛び交う斬撃の雨を避けながらボスに近づく。

 

 

――パターンが解れば大した事はない。

 

 

私以外にボスの懐に飛び込んだのは、やはりランキング2位の男。私たちが双方向から攻撃を加え、ボスが態勢を崩す。そこに飛び出してきたアスナがレイピアを突き立てると、サムライロードは花火のようなエフェクトを上げながら爆散した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ボスモンスター攻略おめでとー!ポイント、サービスしておいたよ!」

 

 

ボスモンスター撃破のポイントに追加でユナからのボーナスポイントが加算される。

 

 

――奴は……もういないか。

 

 

私は周囲を見渡し、ランキング2位のあの男を探したが、既にその姿はなかった。

 

 

「ナイスファイト、ペルソナ」

 

 

「ああ。それはそうとキリト、OSを続けるならお前はもう少し運動した方が良いぞ」

 

 

「いや、こっちの攻略は任せるよ。それよりも君のそれは……」

 

 

キリトは私の頭の上を指差す。そこには『3』という私のOS内での順位が表示されていた。

 

 

「意外か?」

 

 

「ペルソナさん、3位だったんですね」

 

 

「私は今までに開催されたイベント全てに参加しているからな。それと……」

 

 

私が言葉を続きを言う前に、ユナが私の近くに降り立ち、そのまま私の頬にキスをした。

 

 

「「「なっ⁉」」」

 

 

「今日()MVPはあなた!これで10連勝、スゴイね!また期待してるよー!」

 

 

ユナはそう言い残して立ち去る。

 

 

「っと、まあこんな具合にユナからのMVPボーナスが貰えてな、結構トントン拍子にランクが……って、どうした?」

 

 

説明を続けようとすると、キリト達は驚いた表情のまま固まっていた。

 

 

「ペルソナ、オメェ!ユナちゃんからキスして貰えるとか羨まし過ぎるぞこの野郎!しかもさっき『10連勝』とか言ってたよな⁉まさか10回もキスされたのか‼」

 

 

私の肩を揺らしながら抗議してくるクライン。仕方ないだろ、そういう仕様なのだから。

 

 

「ペールーソーナーさーん?ちょっとお話しましょうか?」

 

 

後ろに黒いオーラを纏わせながら笑顔で近づいてくるアスナ。

 

 

「ちょっと待て。私は怒られるような事は何もしていないと思うが」

 

 

「いいえー怒ってませんよー。ただ、すこーし『お話』がしたいだけです」

 

 

――それのどこが怒ってないんだ。

 

 

その様子を見て苦笑いをしながら「ファイト」とジェスチャーを飛ばし、意気消沈しているクラインを連れて撤退するキリト。……いや、止めてくれよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、30分くらいアスナの理不尽な説教を一方的に聞かされた。途中、ランやユウキがいるのにどうとか言われたが、2人に何か関係があるのか?

 

 

――まあ良い、今日は少し疲れたな。

 

 

相当疲れが溜まっていたのかベッドの上に倒れ込むと、私はすぐに眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その夜、私は懐かしい夢を見た。

 

 

SAO時代、その日も私はいつものように迷宮区へと潜るためのアイテムや食料を調達し、いつものように宿で寝ようとしていた時だった。

 

 

「~~♪」

 

 

何処からか歌が聞こえ、私は惹かれるように自然と脚を進めていた。

 

 

――吟遊詩人か。珍しいものだな。

 

 

声がした方には楽器を弾きながら楽しそうに歌う少女。立ち止まるプレイヤーはほとんどいなかったが、彼女はそんな事はお構いなしに、ただ楽しそうに歌っている。私はそんな彼女の歌につい聞き入ってしまっていた。

 

 

「ご清聴、ありがとうございました」

 

 

「……いい歌だった。君が作ったのか?」

 

 

「はい。わたし、歌うのが好きなので。でも、戦えないわたしには歌うことしか出来ないので、せめてみんなを勇気づけようって色んな場所で歌ってるんです。ただの自己満足ですけど……」

 

 

それでも十分素晴らしい事だ。この世界に囚われたプレイヤーの中には戦えない者は少なくない。それでも自分にも何か出来ないか行動する者もいる。彼女の歌だって、いつも戦いに明け暮れているプレイヤー達の心を人知れず誰かを癒している筈だっと伝えると、

 

 

「ありがとうございます。あの、また何処かで会えたら、歌聞いて行ってくださいね」

 

 

そう言って上機嫌に立ち去る少女。

 

 

私はその後幾度となくこの不思議な吟遊詩人の少女と出会うことになるのだが、そんな事をこの時の私は知る由もなかった。

 

 

 



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第56話 不穏な影

お待たせしました。第56話です。


 

サムライロードとの戦闘があった翌日の夜。私は公開されたイベント会場へとバイクを走らせる。私はあの後、すぐ眠ってしまったが、ALOではキリト達の家に集まってイベントバトルの感想を話していたらしい。

 

 

その中で私がユナにキスされた事をアスナに暴露されていたらしく、いつものように病院に見舞いに行くと、その事について藍子と木綿季から責められた。更に、2人ともユナのファンだったようで、自分たちは会うことが出来ないのに、10回も会っている私が羨ましいと不満を垂れていた。

 

 

――その事については……流石に申し訳なく感じたが。

 

 

今回のイベント会場である公園付近に着くと、その入り口にはクライン達《風林火山》とアスナがいた。

 

 

「どうした?もうすぐイベントが始まる時間だぞ」

 

 

「よ、ペルソナ。それがよ、メンバーが1人連絡つかなくってな。揃ったらすぐ参戦するから、アスナと先に行っといてくれよ」

 

 

「そうか。なるべく早く来いよ」

 

 

「もし遅れたら、クラインさん達の分のポイント稼いじゃいますから!」

 

 

「ちょ、そりゃねえよアスナー⁉」

 

 

そんなクラインの叫び声を尻目に、私とアスナは先に進む。

 

 

「今日はキリトは来ないのか」

 

 

「一応メッセージは送ったんですが、多分今日は来ないかもですね。ペルソナさんは……またユナのキス狙いですか?」

 

 

「茶化すな」

 

 

ニヤニヤと含んだ笑みを浮かべ聞いてくるアスナにそう返すと、彼女は「ふふっ、ごめんなさい」と笑いながら言った。

 

 

私が欲しいのはあくまでポイント。それと交換できる特典だけだ。ユナが何をしようと私は興味がない。クラインじゃないのだから。

 

 

そんな事を考えていると、目の前にボスモンスターが現れる。その見た目は鷹のようね頭と翼を持つ四足歩行の化物だった。

 

 

「あれは11層ボスの《ザ・ストームグリフィン》!」

 

 

「厄介そうだな」

 

 

「そうですね。突進攻撃の時ぐらいしか地上に近づかないので、剣でダメージを与えるにはボスの攻撃をギリギリで避けるしかないので、実際フロアボス攻略のときにとても苦労したのを覚えてます。まあ今回は、前と違って遠距離攻撃できるので、それほど苦労しないと思いますよ」

 

 

そういうアスナが周囲のプレイヤーに指示を出し、ボス攻略が進む。

 

 

昨日も思ったが、流石に一度戦っただけあって、アスナの指示は的確だった。壁役がボスの攻撃の大半を防ぎ、銃使いが奴の翼を撃ち抜き、落ちてきた所を近接攻撃できる私たちが攻め立てる。

 

 

その一連の作業を繰り返し、最後はアスナの一撃でボスは撃破された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局、クライン達は最後まで来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

OSのイベントが行われた公園の近く。その青年は誰かと連絡を取っていた。

 

 

「……はい。攻略組の一角を担った有力ギルドを1つ潰しました。思った通り、奴らはAR(こっち)じゃ何もできやしない……計画は順調に推移してます。次の段階(ステージ)に進めてください」

 

 

電話からカタカタとタイピング音が聞こえたかと思えば、青年の目の前を浮遊するドローンから一筋の光が放射され、白いフードを被った少女が姿を現した。

 

 

 

 

「……お帰り」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの後クライン達と会うことはなく、取り敢えず私は明日奈を家まで送り届け、自分も帰宅した。

 

 

 

家に着くと、父が何やら慌ただしそうに仕事に行く準備を始めていた。

 

 

「仕事か?こんな時間から」

 

 

「ああ、少し厄介な事件が起きたんだ。だが、お前は気にするな」

 

 

そう言い残して家を出る父。その様子だけで何かあった事は確かだった。しかも私に釘を刺すあたりARかVR関連なのは間違いなさそうだ。

 

 

――調べておく必要がありそうだな。

 

 

 

 

 

翌日――OSについて調べることにした私は昨晩イベントが開催された場所から、これまでイベントが開催された場所を巡っていったのだが、如何せん手掛かりは掴めそうにない。

 

 

本当は嫌だったが、菊岡の奴にも調査を頼んだ。

 

 

「とは言え、そうすぐに連絡が来るわけないか」

 

 

これまで巡ってきた場所をオーグマーの地図に印をつけながら周囲を確認していると、不意に目の前に白いフードを被った少女が現れた。

 

 

「君は……」

 

 

その少女からはまるで生気が感じられなかった。目に見えているが存在していない感覚。

 

 

もしやと思いオーグマーを外してみると、目の前から少女が消えた。やはりARの映像か。

 

 

再びオーグマーを装着すると、その少女はどこか遠くの方を指差していた。

 

 

『さがして』

 

 

声は聞こえなかったが、口の動きだけでそう言っているのは分かる。

 

 

少女が指差した方角を一瞥し、すぐに振り返るが、もうそこに少女の姿はなかった。

 

 

「彼女は一体……《ブーーー》ん?」

 

 

丁度その時、スマホが震えた。和人からのメッセージだ。

 

 

どうやらユイちゃんがOSのイベントについて分かった事があるらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みなさん、これを見てください」

 

 

ALOのキリトの家に皆が集まると、ユイちゃんが見せたのは所々に印が付いた現実世界の地図。

 

 

「ここが一昨日、パパ達が《カガチ・ザ・サムライロード》と戦った場所。こっちが昨日ママとペルソナさんが《ザ・ストームグリフォン》と戦った場所です。残りはほか9体のボスモンスターの出現位置になります。……この上から旧アインクラッドの平面図を重ねると……」

 

 

「これは……」

 

 

今までのボスの出現位置が旧アインクラッド迷宮区と見事に重なっていたのだ。

 

 

「正確には迷宮区と重なる座標の最寄の公園や広場になるようですが、それを含めて予測は可能です。今夜の21時には渋谷区の恵比寿ガーデンプレイスに出現すると予測されます」

 

 

予め、イベント会場が予測できるのなら足がないシリカ達も参加することが出来る。リズベットはユナの前で活躍を見せようと意気込んでいた。

 

 

「そう言えばクラインはどうした?」

 

 

「さあ、今もどこかでOSにのめり込んでるんじゃない?」

 

 

「昨日のバトルにも結局参加してこなかったな」

 

 

「そうそう。風林火山の人が揃わないからって……」

 

 

「三度の飯よりゲームを選ぶ風林火山(あいつら)にしては珍しいな……」

 

 

あとで確認してみようと呟くキリト。

 

 

「でも、ARは現地集合しなくちゃいけないから、ちょっと面倒よね」

 

 

「待ち合わせと言えば、流星群を見に行くときの集合時間も決めておかないとですね」

 

 

シノンの言葉にふと思い出したようにそう口にするユイちゃん。事情を知らない者達が頭に「?」を浮かべる中、キリトは口に指を当て、そのまま私とユイちゃんを連れて外に出る。

 

 

「ユイ、例の星を見に行く件はみんなには内緒なんだ」

 

 

「す、すみません!」

 

 

キリトにそう言われ、申し訳なさそうに謝罪するユイちゃん。今回はどちらかと言うと、ちゃんと説明していなかったキリトが悪いと思うが。

 

 

「それはそうと、さっきのデータを俺の携帯に送っといてくれないか?」

 

 

「はい!わかりました!」

 

 

「何か気になることでもあるのか?」

 

 

「ちょっとな。君も一緒にどうだ?」

 

 

「いや、これからラン達の見舞いに行く予定があるから無理だ。それと……私も調べたい事があって、今朝方、今までイベントが開催された場所を回ってみたが、これといった収穫はなかった」

 

 

「そうか……まあ俺なりに色々調べてみるよ」

 

 

それじゃあっと言ってログアウトするキリト。……あの少女の事を話すのを忘れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

SAOアインクラッド第40層迷宮区――

 

 

 

 

私は1人、迷宮区を練り歩いていた。

 

 

「あ、あの!」

 

 

突如、背後から聞こえた声に私は振り向く。

 

 

声の主は最前線(こんな所)にいる筈のない人物。あの吟遊詩人の少女だった。

 

 

「何をしている。ここは最前線だぞ」

 

 

「その声……もしかしてあの時のお兄さん⁉」

 

 

「……一度安全地帯に行くぞ。話はそこで聞く」

 

 

私は出現するエネミーから吟遊詩人の少女……《ユナ》を守りながら安全地帯まで戻った。

 

 

「君は何故ここにいる」

 

 

「……あなたにお願いがあって、あなたを探していました」

 

 

私は彼女から事情を聞いた。何でも、彼女の知り合いは《KoB》……血盟騎士団にスカウトされる程の実力者なのだが、死の恐怖を克服できず、ボス攻略に参加できない事に悩んでいるらしい。彼女の頼みは、私にその人物の助けになって欲しいというものだった。だが……、

 

 

「何故私なんだ。私の噂なら君も聞いた事があるはずだろう」

 

 

「はい……」

 

 

自分で言うのもなんだが、アインクラッド中の私の印象は良いものではない。第1層攻略の際に、情報を開示せずリーダーのディアベルを危険に晒した事を皮切りに、色々な噂が流れている。だからこそ分からなかった。何故彼女はその噂を知っていながら私に近づいたのか。

 

 

「どうしても死んで欲しくないんです。彼だけは、どうしても」

 

 

そう話す彼女の眼に私は揺らいだ。自らの危険を顧みず、会えるかも分からない私を探しにレベルの合わない最前線までやってきた彼女。断る事もできた筈だが、あの頃の私には無理だった。

 

 

「分かった」

 

 

そうして私は彼女の知り合い《ノーチラス》に稽古をつける事になった。

 

 

 

 

 

 

 




少しずつ明らかになるSAO時代の彼。

ユナが死んでるからどう足掻いてもバッドエンドになるのがキツイ。


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第57話 失ったもの


大変お待たせしました。第57話です。



 

人目が付かない街の端で、2人の剣士が互いにぶつかり合っていた。

 

 

「はあっ!」

 

 

「……」

 

 

紅白の装備を身に纏った少年の攻撃を、青年は易々といなす。

 

 

剣同士がぶつかる音が響く中、少年の剣が弾かれ、その首に剣先を突き立てられる。

 

 

「……終わりだ」

 

 

「っまだ――!」

 

 

「これ以上続けても無駄だ。それとも、貴様はこの状況を打開する策があるというのか?」

 

 

その言葉を受け、下を向く少年…ノーチラス。そんな彼に追い打ちを掛けるように青年…ペルソナは続ける。

 

 

「……貴様は死の恐怖を克服することは出来ない」

 

 

「そんなことっ」

 

 

「何度も手を合わせた私だから分かる。貴様は頭では恐怖に打ち勝とうとしている。というより、既に打ち勝っている。でなければ、私相手にここまで戦い続けられている訳がない」

 

 

「じゃあ、何で!」

 

 

「貴様の本能がそれを是としていないからだ。今の貴様ならプレイヤーとの決闘(デュエル)で負ける事はない。恐らく、あの《黒の剣士》が相手でも善戦できるだろう。だが、エネミーやレッドプレイヤー相手では話は別だ。本能が自らの命を優先させ戦闘を拒絶する。このまま迷宮区に行っても、貴様はきっと同じことを繰り返す」

 

 

「それじゃあ、僕は今まで何のために……」

 

 

「攻略組として戦うのは諦めろ。それが彼女のためにもなる」

 

 

叩き付けられる現実に落胆するノーチラスをそのままにし、ペルソナはその場から離れようとする。

 

 

「ま、待ってください!」

 

 

そんな彼を呼び止める吟遊詩人の少女…ユナ。

 

 

「悪いが君の望みには応えられそうにない。奴を死なせたくないなら、今のギルドを脱退させ、前線から身を引かせるべきだ」

 

 

「そんな……」

 

 

「……すまない」

 

 

彼はそう言い残し、ノーチラスとユナから眼を逸らす。そしてまた、いつものように迷宮区に籠るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

藍子たちの見舞いを終え、帰宅すると同時に電話が鳴った。

 

 

「もしもし」

 

 

『おおペルソナ!俺だ、エギルだ!』

 

 

「エギル?どうした」

 

 

『実はクラインに連絡が取れないってキリトから連絡があってよ、嫌な予感がして調べてみたら、アイツ、昨晩から腕の骨を折って代々木の病院に入院してたんだ』

 

 

「なっ⁉」

 

 

『細かいことは分からないが、OSのイベントに向かう途中でトラブルにあったみたいだ』

 

 

それならクライン達が最後まで昨晩のイベントに参加してこなかったのにも辻褄が合う。だが、奴らはあの時、遅刻したメンバーを待っていた筈だ。つまり、私とアスナと別れた後に何か起きたっという事になる。

 

 

――昨日すぐに連絡を取るべきだったか……!

 

 

「その事、和人には」

 

 

『それがさっきから全然繋がらなくてよ、お前何か知らないか?』

 

 

和人は自分なりに調べてみると言っていた。恐らく、私と同じようにイベントが開催された場所を回っているのかもしれない。電話に出ないのはバイクを運転しているからだと考えられる。私はその事をエギルに伝えた。

 

 

『わかった。俺はキリトの奴と繋がらないか試しておく。お前も気を付けろよ』

 

 

「ああ分かった」

 

 

電話を切ると私はすぐバイクに跨り、クラインが入院しているであろう病院に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「怪我の具合は……良くはないか」

 

 

「まあな。イッチチ……気ぃ遣わせちまって悪いな」

 

 

病室には、ギプスで右腕を固定されたクラインの姿があった。

 

 

「一体、何があった?」

 

 

「分からねぇ。代々木公園でお前とアスナと会ったとこまでは覚えてるんだが、そっから先は頭にモヤが掛かったみてぇでよ……気が付いたら病院(ここ)に……」

 

 

やはり私たちと別れた後に何かあったようだ。問題は、その「何か」だが。

 

 

「それと、実はよ……」

 

 

「何だ?」

 

 

「実は俺、SAO時代の記憶が無いんだ」

 

 

一瞬、何を言っているのか理解できなかった。サバイバー(わたしたち)が決して忘れることは出来ないであろうあの2年間の事を、クラインは全く覚えていないというのだ。正確には、思い出そうとしても、昨晩の事と同様にモヤが掛かって思い出せないとのことだが。

 

 

「ただ……朧げだが、少しだけ覚えてる事がある。俺達を襲ったのは恐ろしく速い身のこなしの男……OSのプレイヤーだった。奴には気を付けろ」

 

 

恐ろしく速い身のこなし……そう聞いて思い浮かんだのはランク2位(アイツ)の顔だった。

 

 

「分かった。キリト達には私の方から伝えておく。……お大事にな」

 

 

病室から出た私はすぐ菊岡にクラインから聞いた話をメッセージで送り、今回のイベント会場へと向かった。時間までまだあるが、早いに越した事はない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オーディナル・スケール起動」

 

 

時間になり、周囲の景色が変化すると同時に地面からヤドカリのようなモンスターが出現し、ユナが戦闘開始の合図と共に歌い始める。

 

 

アスナとリズベット、シリカの3人が近くにいたが声は掛けず、私は奴の所へと向かった。

 

 

「やはり来ていたか、ノーチラス」

 

 

「もうその呼び方はやめろ。ペルソナ」

 

 

「エイジ…か。ランク2位とは、随分とやり込んでいるみたいだな」

 

 

「あんたもそうだろランク3位。もう昔の僕とは違う。今の僕はあんたよりも強い…!」

 

 

そう言いながら私を睨むエイジ。その眼が見上げた先には歌うAIアイドル。

 

 

「ユナ…か。最初見たときはまさかとは思ったが《キィシャアアアアア‼》…チッ」 

 

 

その時、私とエイジの間にボスモンスターが割って入り、私にヘイトが向く。

 

 

「話の邪魔を……するな!」

 

 

攻撃モーションに入ったボスの足を一瞬で斬り落とした後、一撃を与えて吹き飛ばす。ボスは目の前から消えたが、エイジも私の前から姿を消していた。

 

 

どこに行ったか探す前に、新たに何かが現れる。

 

 

その場にいた全員が警戒する中現れたのはシリカの相棒ピナ。

 

 

――いや、いくらSAOのボスモンスターが現れるとはいえここはOSだ。ALOじゃない。

 

 

だからピナが現れるのはおかしいという考えに辿り着くと同時に、先程までピナと同じ姿をしていた小竜は、唸り声を上げながら巨大な黒竜へと姿を変えた。

 

 

《グルオオオオオオオッ‼》

 

 

「きゃあっ‼」

 

 

黒竜は目の前にいたシリカをターゲットにする。というより、

 

 

――シリカしか狙っていない?

 

 

彼女の周囲にもプレイヤーはいるのにも関わらず、黒竜はシリカだけを執拗に追い続けている。そんな不可解な行動に私は違和感と危機感を感じ、シリカの援護に向かうべく駆ける。

 

 

《キィシャアアアアア‼》

 

 

だが、足が回復したヤドカリボスが私の進路を塞ぐ。

 

 

「邪魔するなと言ったはずだが……」

 

 

先程私にやられた事を学習したのか、ボスは私の目の前に立ち塞がるや否やすぐに無数にも見える足で攻撃を仕掛けてくる。普通のプレイヤーなら何も出来ずに倒されるだろうが私は普通じゃない。ボスの攻撃を全て捌き、隙が出来たその体に深々と剣を突き立てた。 HPが多く削られていた事もあり、ボスは消滅する。

 

 

ボスの消滅エフェクトが収まると、視線の先ではエイジにぶつかったシリカが彼に突き飛ばされたのが見えた。……刹那、私は地を蹴る。シリカを庇うように覆い被さるアスナ。彼女に黒竜の凶爪が迫る。

 

 

私は更に加速し、黒竜の攻撃がアスナを襲う寸前で間に割り込み剣で防ぐ。 ギリギリで無理矢理だったため、黒竜の爪先が右肩に刺さった。

 

 

「ハアッ!」

 

 

私にのみ目が向いていた黒竜の前足にキリトが攻撃を仕掛ける。黒竜は悲痛の雄叫びを上げ、一度遥か上空へと撤退する。

 

 

「3人とも大丈夫か⁉」

 

 

「わたしは何とか」

 

 

「わたしも、アスナさんとペルソナさんが助けてくれたので……ってペルソナさんは⁉」

 

 

「大丈夫だ。それよりも――」

 

 

私はアスナ達から少し距離を置いた場所に立っているエイジを睨む。

 

 

「どういうつもりだ。今のは明らかにマナー違反だと思うが」

 

 

「……」

 

 

「おい、お前――ッ!」

 

 

何も言わずに立ち去ろうとしたエイジを止めようとしたキリトだが、目にも留まらぬ速さで首元に剣先を突き付けられ、戦慄する。

 

 

「……他愛ないな。VRでは最強の剣士もARではこんなものか」

 

 

エイジの煽りにキリトが何か言い返すよりも前に素早く後退すると、先程まで奴がいた場所に火球が着弾し、眼前に降り立つ黒竜。私たちは黒竜を迎え撃つべく剣を構える。

 

 

「ざーんねーん時間切れー!」

 

 

ユナのその合図と共に黒竜はどこかへ飛び去り、周囲の景色も元に戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リズベット達が無事に帰るまで付き添い、私も帰宅すると、父がリビングで険しい表情で座っていた。

 

 

「また、あのゲームをしに行っていたのか?」

 

 

「ああ」

 

 

「そうか……」

 

 

父の表情が更に険しくなる。

 

 

「出来れば今後、あのゲームをしないでくれ」

 

 

「何故だ?」

 

 

「……」

 

 

私の問いに黙り込む父。十中八九、事件関連だろう。

 

 

「SAOの記憶が消える件と、何か関係があるのか?」

 

 

「……何で知ってるんだ」

 

 

「知り合いが巻き込まれた。昨晩、OSのプレイヤーに襲われ、その後の記憶と共にSAOの記憶も朧げになっているそうだ」

 

 

「そのプレイヤーの事は何か分からないのか?」

 

 

「……目星は既についている。証拠はこれから探すところだが」

 

 

エイジがこの事件の鍵を握っているのは明らかだが、まだそれを断言できるような証拠がない為、奴のことは伏せつつそう説明すると、父は大きな溜息を吐いた。

 

 

「どうせ止めても無駄なんだろ?」

 

 

「ああ。私が動かなくても、すぐに首を突っ込む奴がいるからな。1人には出来ない」

 

 

恐らくキリトは皆に危害が加わらないよう、1人で行動しようとするはずだ。彼だけに重荷を背負わせるわけにはいかない。

 

 

「わかった。俺もできる限りの協力はする。ゲーム関連の話では菊岡より頼りにはならないだろうが」

 

 

「知ってたのか」

 

 

「今朝、偶々あいつがお前に通話しているのを聞いてな。今回ばかりは俺も何も言いやしない。ただ、母さんを心配させるな。これが条件だ」

 

 

「ああ、分かってる」

 

 

その後、私と父は次の日の朝を迎えるまで互いに情報交換を続け、今後の事について話し合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

SAO……アインクラッド第40層迷宮区――

 

 

あなたは走る。フロアボス攻略直後でアイテムも心もとない状態なのにも係わらず。

 

 

あなたは走る。トラップに閉じ込められたパーティーとそれを救出しに向かったという知り合いを救うために。

 

 

あなたは走る。大切なものを失う悲しみを彼に背負わせないために。

 

 

うわああああぁぁ……‼

 

 

迷宮区の壁を反射して聞こえた悲鳴の方へと、あなたはスピードを上げた。

 

 

道中、湧き出るエネミーの群れを突き抜け、ようやく辿り着いたトラップルームの扉を蹴り破ると、あなたの目に映ったのはエネミーに包囲されている少女の姿。

 

 

――まさか……スキルでヘイトを集めたのか!

 

 

背中の両手剣を引き抜きながらソードスキルを発動させ、集団の中に突っ込む。

 

 

しかし、乱入してきたエネミーに邪魔され、硬直状態に陥ってしまう。

 

 

エネミーが消滅し、あなたの視線の先では少女を囲むエネミー達が獲物を仕留めようとしていた。

 

 

――やめろ……。

 

 

全てがスローモーションのようにゆっくりと流れる。

 

 

――私に、また失えというのか。

 

 

硬直が解け、動けるようになったと同時に、あなたは少女に向かって手を伸ばした。

 

 

「っ、ユナ‼」

 

 

少女の名前を叫ぶあなた。少女はあなたに笑顔を見せる。

 

 

直後、周囲から振り下ろされた凶刃が少女の体を斬り刻み、無惨にもその命を奪った。

 

 

 

 

……その先の記録はあなたの記憶には残っていない。確かに覚えていることは、いつも彼女と共にいた少年からの、あなたに対する罵詈雑言のみ。

 

 

その日からあなたは更に迷宮区に潜り続けるようになった。

 

 

もう誰にも悲しい思いをさせないように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……もう誰も、大切な人たちを失わないために。

 

 

 

 





OS編は媒体が映像と漫画しかないから少し難しい。ホープフル・チャントは持ってません。


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第58話 調査開始


誤字修正ありがとうございます。

お待たせしました。第58話です。




 

あの男と出会った切っ掛けは彼女の紹介だった。今思えば、攻略でみんなの足を引っ張ていることを気にしている僕の事を想った彼女なりの気遣いだったのかもしれない。それでも僕は《ビーター》と呼ばれる男の力を借りるのは抵抗があった。だから決闘(デュエル)で自分の実力を示そうとした。

 

 

『……ふんっ!』

 

 

『うわっ⁉』

 

 

決闘(デュエル)の結果は言わずもがな……圧倒的な力の差に何も出来ず完敗した。当時の僕には何もかも足りなかった。力も技術も。結局、僕は奴から稽古を受けることになった。奴との決闘(デュエル)を繰り返すうちに僕自身、力がついてきたとも感じていた。だけど……、

 

 

『貴様は死の恐怖を克服することは出来ない』

 

 

そいつが発したその一言に僕の今までの努力を否定された。

 

 

「……今の僕は違う。僕は強くなった。あの黒の剣士や閃光……そしてあんたよりも」

 

 

僕は手に持つ本《SAO事件記録全集》の中にある《仮面の剣士》と記載されたページを開く。

 

 

「あっ!エイジ、またその本読んでる」

 

 

「ユナ……」

 

 

「んー何々……『私の前に立てるもの無く、私の後に生けるもの無し』だって。何これカッコイイ!」

 

 

この本の内容は少し過剰表現気味だ。あの男はこんな台詞を口にした事はないし、ここに書いてあるほとんどがこの本を書いた人物の想像だ。

 

 

「ねぇ、エイジ読んで!」

 

 

「……ああ、いいよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ペルソナ、そっちはどうだった?」

 

 

「こっちにはいなかった。そっちも収穫なしか」

 

 

私とキリトは、SAOの記憶が消える謎について手掛かりを探すために、今夜イベントが開催されるであろう場所でエイジを探している。

 

 

どんな危険があるか分からない為、アスナ達にはボス戦には参加しないよう釘を刺した。……本当はキリトにも今回の件には関わらせたくなかったが、言って聞くような奴だったら苦労しない。

 

 

「パパ、エイジというプレイヤーは見つかりませんでした」

 

 

「そうか……」

 

 

ユイちゃんが見つけられなかったという事は、奴はこの場にはいないのだろう。

 

 

――妙だな。

 

 

エイジがイベントバトル中に姿を現したのはサムライロード戦が初めてだが、恐らく奴はこのイベントが開催された当初……コボルドロードの時からどこかでバトルの様子を見ていた筈だ。それが今回はどこにも姿が見えない。私は妙な違和感を感じていた。

 

 

「お二人共がんばってください!私もこの戦闘中にデータを収集して手掛かりを見つけます!」

 

 

「ああ、よろしく頼む」

 

 

「はい!」

 

 

「……随分な気合の入れようね」

 

 

その時、よく知る声が背後から聞こえ、まさかと思い振り返ると……、

 

 

「シノン⁉どうして……」

 

 

シノンこと朝田詩乃がそこにいた。

 

 

「来るなと言ったはずだが」

 

 

「貴方は兎も角、キリトがへましないか不安だっただけよ。それに、みんなには危険だからボスとは戦うなって言っておいて自分たちだけ例外ってのも気に食わなかったしね」

 

 

「でも本当に危険なんだ。もしボスに殺されたら……」

 

 

「大丈夫、わたしはサバイバーじゃないもの。スキャンされる記憶が無ければ何も起きないはずよ。でしょ?ユイちゃん」

 

 

「はい。そのように推測されます」

 

 

「だけど……」

 

 

確かにシノンはSAOにはいなかった為、彼女から記憶がスキャンされる危険はないはずだ。しかし私たちと行動を共にしている以上、エイジも何をしてくるか分からない。クラインの事も踏まえると、記憶スキャン以外にも危険がないという確証はないのだ。

 

 

「それとも、わたしがいたら足手まといかしら?」

 

 

そう挑発的に訪ねる彼女に私は大きく溜息を吐きながら呆れる。

 

 

――そういえば彼女はこういう性格だったな。

 

 

強引なスナイパーの提案を承諾すると、バトルが開始される時間となった。

 

 

 

 

 

例の如く風景が変化し、鎖に繋がれた猪頭の獣人型のボスが姿を現す。

 

 

「あれは18層のボス《ザ・ダイア―タスク》⁉今日は13層のはずじゃないのか……⁉」

 

 

「現在、都内の各所でボスモンスターの出現が確認されています!その数10体‼ それにともなってボスの出現位置もシャッフルされているようです!」

 

 

「……随分と大盤振る舞いね」

 

 

予期せぬに動揺する中、私たちの他にボスの名を呟き、驚くプレイヤーを見つけた。

 

 

――やはり、私たちの他にもサバイバーがいるみたいだな。

 

 

「強敵なんでしょ?余所見しないでよね」

 

 

「……ああ、分かっている」

 

 

シノンの言葉ですぐに思考を切り替え、目の前のボスに集中する。キリトから特徴を聞くと、最初こそ鎖で行動範囲が限られているが、すぐに鎖を引き抜き、中遠距離にも攻撃が可能になるらしい。

 

 

早速、鎖を引き抜かんとプレイヤー達に背を向けるボス。その様子を見た他のプレイヤーはチャンスだと思い、ボスに接近する。

 

 

「……まずい‼ 離れろ‼」

 

 

キリトが警告した瞬間、壁に繋がっていた鎖が引き抜かれ、鎖の先端…壁に埋まっていた斧がボスに近づいていったプレイヤー目掛けて迫る。

 

 

私はギリギリの所でそのプレイヤーの体を引っ張り、斧の直撃を回避させたが、その後ろにいたもう1人のプレイヤーはダメージを受けていた。

 

 

――しまった……!

 

 

そう思うのも束の間、ボスは引き戻した斧を私目掛けて振り下ろす。

 

 

私は短いステップでボスの攻撃を回避すると、一撃を与えて後退する。

 

 

ボスは私から受けたダメージに若干怯みはしたものの、すぐに余分な鎖を自身の腕に巻き付けると、途轍もない跳躍力で私の頭上を飛び越し、控えていたプレイヤーを斬りつけた。

 

 

「下がれッ‼」

 

 

激昂しながら攻めるキリト。だが、飛んでくるボスの攻撃を捌くのが精一杯で、なかなか攻撃に移ることが出来ていない。

 

 

「キリトっ!攻めすぎよ‼」

 

 

シノンの声も今の彼には届いておらず、ボスが振り回す鎖の範囲攻撃に翻弄されている。

 

 

「下がれキリト!」

 

 

私はボスの攻撃を冷静に回避し、懐へ飛び込んで斬りこみ、ヘイトを向かせる。

 

 

再び放たれる範囲攻撃を両手剣で無理矢理弾いた次の瞬間、轟音と共に飛来した一発の弾丸により、鎖が甲高い金属音と共に砕かれる。シノンの狙撃が決まったのだ。

 

 

――今だ!

 

 

鎖が地面に落ちると同時に私とキリトは走る。

 

 

ボスは斧を振り上げるも、シノンの狙撃により攻撃の軌道が逸れる。

 

 

「「うぉぉおおおおお‼ / はぁぁあああああ‼」」

 

 

2本の剣に体を斬り裂かれたボスは爆散、消滅した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れさま」

 

 

「ああ…すまない。助かったよ」

 

 

「この報酬は銀座でケーキね」

 

 

「えぇ……俺の牛丼クーポンで手打ちにしてくれよ」

 

 

「そんなのいらないわよ!」

 

 

「キリト、女性に牛丼は流石に無いと思うぞ」

 

 

そんな風にお互いを労っていると、何か見つけたのか突然走り出すキリト。

 

 

私も彼を追ってその先を見ると、そこに居たのは何時ぞやの白いフードの少女。

 

 

――彼女は……!

 

 

少女を追うように私は階段を飛び降りた。

 

 

以前会った時はフードを深く被って顔が良く見えなかったせいで分からなかったが、間違いない。彼女は……、

 

 

「ユナ!」

 

 

私の呼び掛けに彼女は何も反応せず、前と同じように遠くを指し姿を消した。

 

 

「ペルソナ、君も彼女に会ってたのか」

 

 

「すまない。気になる事があってすぐに話せなかった。だが、何故彼女が……」

 

 

そこにユイちゃんが戻ってきた。

 

 

「ごめんなさい。ボスからダメージを受けた時に特定のプレイヤーに対して不可解なプログラムが起動しているのは確認できたのですが、もう少しの所でブロックされてしまいました」

 

 

「そうか……」

 

 

ユイちゃんの報告を聞き、考え込むキリト。すぐに気が付いたように顔を上げた。

 

 

「ユイ、あのフードの子が指していた方角を覚えているか?」

 

 

「はい。それが何か?」

 

 

「それを地図上にプロットしてくれ」

 

 

ユイちゃんは言われたとおりに地図を表示させ、その上に2本の線が引かれる。

 

 

「これは……!」

 

 

2本の線が交わった場所は《世田谷区大岡市》。

 

 

「パパ、これは東都工業大学の位置を示しています!」

 

 

――彼女は『さがして』と言っていた。この場所に行けということか?

 

 

ユイちゃんは続けてこの大学とエイジとの関連を調べ、奴が以前この大学に通っていたこと、そして奴がいた研究室の教授がオーグマーの設計者であるということを突き止めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

和人と別れ、私は詩乃をアパートまで送り届けた。

 

 

「ありがと」

 

 

「ああ」

 

 

「ねえ……今後もイベントには参加するのよね?」

 

 

「ああ。明日、和人が大学に行って直接調べるとは言っていたが、どれだけ情報が集まるか分からない。それに……」

 

 

――イベントに参加し続ければ、いずれ奴も姿を現すはずだ。

 

 

「……奴は私が止める。私にはその責任があるからな」

 

 

「なr「自分も参加するなんて言うなよ」でも!」

 

 

「今日のバトルでは君の援護に助けられたのは事実だ。それは素直に認めよう。だが今回は上手くいったからと言って次回もそうなるとは限らない。今日は居なかったが、もしエイジがあの場に居たら君の身にどんな危険が及んでいたか分からない。君も含めて皆をそんな危険なことに巻き込む訳にはいかない」

 

 

「それは……」

 

 

何か言いかけた所で俯く詩乃。私は無意識に彼女の頭を撫でていた。

 

 

「心配するな。私もキリトも簡単に負けるつもりはない」

 

 

私がそう言うと詩乃は私の手を退かし、いつもの呆れたような笑顔で私を見上げてきた。

 

 

「分かったわ。貴方たちみたいなお人好しには何言っても無駄なんでしょ?……だから、これだけは言わせて」

 

 

詩乃は握り拳を私の目の前に突き出す。

 

 

「必ず無事に戻ってきて。2人一緒にね」

 

 

「もちろんだ」

 

 

私は突き出された拳に拳をぶつけ返す。

 

 

「銀座のケーキのことも忘れないでよ?」

 

 

「……善処する」

 

 

ウインクをしつつ懇願された高額報酬に私は苦笑いを返すしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの日、私は迷宮区の奥で聞き覚えのある音が聞こえてきた。

 

 

――いや……まさか、そんなはずは……。

 

 

音が聞こえる方へ歩を進めると、予想通りそこには"彼女が"エネミーと対峙していた。

 

 

「何故ここにいる。最前線が危険なことは理解しているだろう?」

 

 

「あ、ペルソナさん……久しぶりです……」

 

 

彼女は普段と変わらない笑顔を見せるが、肩で息をしている。取り敢えず安全地帯まで戻り、詳しい話を聞くことにした。

 

 

 

「……ありがとうございます。お陰様で助かりました」

 

 

「礼は良い。それより、どうしてまた迷宮区に出ているんだ。さっきも私が居合わせなかったらどうなっていたか」

 

 

「すみません……」

 

 

「……アイツはどうした?いつも一緒にいただろう」

 

 

私が尋ねると彼女は困ったようにはにかんだ。

 

 

「実は、彼には内緒で来てるんです。心配、掛けたくないので……」

 

 

そう呟く彼女に私は思わず溜息が出た。全くこいつ等は……、

 

 

「互いを想い合うのは結構だが、死んだらどうするつもりだ。その想いも伝えられないままだぞ」

 

 

「その時は……代わりに彼に伝えてくれませんか?」

 

 

少し頬を赤く染め、恥ずかしそうに微笑むユナ。そんな彼女の願いに私は、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その願いを、聞き入れる事は出来ない」

 

 

それが、彼女との最後の会話だった。

 

 

 

 





こう段々とSAO時代の話を掘り下げていく中で、アインクラッド編と矛盾が起きないように意識してるつもりです(それでも幾つか矛盾点が生じるのですが)。

最近、投稿間隔が長くなっていますが、また次回もよろしくお願いします。


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第59話 ボスラッシュ



お待たせしました。第59話です。



 

ザ・ダイア―タスク戦の翌日。私はオーグマー設計者である重村徹大教授のいる東都工業大学に見学という形で潜入した和人から調査報告を受けた。が、

 

 

「大した収穫は無しか……」

 

 

『ああ悪い。絶対何か関係してる筈なんだけど、ガードが堅くて深く切り出せなかった』

 

 

教授の反応からして、オーグマーに何かしらの危険がある可能性は高いのだが、相手が巨大プロジェクトである為、確たる証拠がない限り菊岡たちも動くことは出来ないらしい。

 

 

『でも少し気になることもあって、菊岡に調べて貰ったんだ』

 

 

「気になること?何だ」

 

 

『菊岡に聞いたんだが、重村教授には「悠那」って名前の娘さんがいたみたいなんだ。その子は2年前に亡くなってる』

 

 

「2年前……まさかSAO事件の」

 

 

『そう。死因はナーブギア。俺達と同じ被害者の1人だ』

 

 

通話しながら転送された重村悠那なる人物の写真を見た私は酷く驚愕し、思わず携帯を落としてしまうところだった。

 

 

「この子は……」

 

 

『似てる……というより瓜二つだろ?あのフードの子に』

 

 

「あ、ああ。……思わぬ所で繋がるものだな」

 

 

――奴を止めなくてはならない理由が、また増えたな。

 

 

「和人、そっちは貴様に任せる。私の方でも色々と調べておく」

 

 

『分かった。記憶を奪われないようにな』

 

 

「お互いに、な」

 

 

通話を切ると、見知らぬアドレスからメッセージが届き、勝手にナビが起動していた。

 

 

――この場所に来いという事か。

 

 

罠の可能性もあったが、何か手掛かりが掴めるなら何でも良い。私は指定された場所へとバイクを走らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ナビに案内されるまま、指定された場所に到着すると、私はオーグマーを装着して周囲を警戒しながら人気のない通りを歩く。

 

 

ふと、背後に気配を感じたかと思えば、私はいつの間にか先程までとは全く別の場所に立っており、服装もオーディナル・スケールの物に変わっていた。

 

 

――仮想世界……だがアミュスフィアを使っていない筈なのに何故……。

 

 

色々と考えても埒が明かず、取り敢えず目の前にある赤い城へ向かって歩く。

 

 

暫く歩いていると、小川に架かる小さな橋の上に1人の少女が立っていた。

 

 

「ユナ、やはり君だったか」

 

 

「久しぶりですね。ペルソナさん」

 

 

彼女の雰囲気は生前よりも冷たく、妙に大人びていた。

 

 

「君の父、重村教授は生還者(サバイバー)からSAOの記憶を奪い、何をしようとしているんだ?」

 

 

「……考えた事はないですか?デスゲームをクリアして現実世界に戻ったのは実は夢で、目が覚めたらまだアインクラッドに囚われたまま。そう思ったことは」

 

 

「無い」

 

 

彼女の問いに私はそうきっぱりと返す。

 

もしそんな事を考えてしまえば、これまで私たちが歩んできた全てを否定することになる。SAOを脱し、ALOでキリトとリーファと共にアスナを救出した時のこと。シノンと出会ったGGO、互いに過去を打ち明け、共に戦い抜いた《死銃事件》。皆でエクスキャリバーを取りに行き、流れでアルンを崩壊の危機から人知れず救ったこと。そして何より、ランとユウキ……スリーピング・ナイツの病気の件。今やどれもが私にとってかけがえのない大事な思い出だ。

 

 

「そう……」

 

 

「君は、私のことを恨んでいるのか?」

 

 

その問いに彼女が答えることはなく、代わりに指を鳴らすと私は元居た場所に戻っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

モヤモヤするものを振り払い、私とキリトは二手に分かれて出現したボスを狩っていく。

 

 

キリトがいない為、私が未参加だったフロアボスとの戦闘も覚悟していたが、私が再び攻略に参加するようになった40層以降のボスが多かったため、どうにかなった。

 

 

――初戦でもある程度動きを予測できれば問題なかったが、連戦は流石にキツイな。

 

 

そう考えていると、対峙しているゴーレム型のボスが巨大な剣に変形した右手を大きく薙ぎ払う。

 

 

「ちぃッ!」

 

 

横薙ぎと遅れて飛んできた衝撃波をスライディングで避ける。

 

 

「きゃあ⁉」

 

 

「うわッ‼」

 

 

ボスの攻撃を受け、気絶するプレイヤーが見えた。

 

 

「っ、いい加減……倒れろ‼」

 

 

続けざまに放たれた右手を振り下ろし攻撃を避け、その体に深く剣を突き刺し、ボスは消滅した。

 

ボスが倒れプレイヤー達が歓喜する中、私は先程ボスの攻撃で気絶したプレイヤーの方を見る。仲間と思われる者達が心配して集まっていたが、すぐに平気そうな顔で立ち上がった。だが、恐らく彼らも記憶をスキャンされてしまってるだろう。

 

 

――やはり、全員を守りながら戦うのは無理があるか。

 

 

携帯しているゼリー飲料を口に流し込みながら一息ついていると、和人からメッセージが届いた。どうやら、エイジと接触したらしい。

 

 

奴が言うには、明日行われるユナのライブに来いとのこと。

 

 

「ユナのライブ、か」

 

 

私もOSの登録時に特典としてライブのチケットは貰ったが、何か関係がありそうだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日付は変わり、クラインを除くいつものメンバーがライブ会場に集合していた。

 

 

「ペルソナ、ちょっといいか?」

 

 

「……ああ」

 

 

私とキリトは静かに皆の元から離れる。

 

 

今朝、キリトのオーグマーに「地下駐車場に来い」とエイジからのメッセージが届いたそうだ。

 

 

「キリト、この先は私が行く。貴様は皆の所に戻っておけ」

 

 

「ペルソナ、でも……」

 

 

「大丈夫だ。私はあいつと何度も剣を交えている。あいつの動きや癖は世界で2番目に分かってるつもりだ。それに何が起こるか分からない以上、不足の事態に備え貴様には皆の傍にいて欲しい」

 

 

「……分かった。負けないでくれよ」

 

 

「当然だ」

 

 

背中越しにそう答え、私はエイジが待つ地下駐車場へと歩んでいく。

 

 

 

――彼女との約束もある……この事件は私が終わらせる。

 

 

 

 

 





今回はここまで。また次回もよろしくお願いします。



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第60話 決戦の舞台へ


お待たせしました。第60話です。



 

足音が響かせながら歩いた先で、奴は一冊の本を読んで待っていた。

 

 

「僕は黒の剣士に用があったんだが」

 

 

「悪いがキリトは来ない。それとも私に勝つ自信は無いか?」

 

 

「……まあいいか」

 

 

エイジは明らかに怪訝な顔で乱暴に本を閉じ、オーディナル・スケールを起動する。

 

 

私もOSを起動し、私達は激突する。

 

 

エイジの動きは普通の人間を優に超えている。キリトでも避けるのがやっとだろう。それに、

 

 

――キリトが言ってた通り、こちらの動きが読まれている。

 

 

道中、昨晩エイジと対峙したキリトが「こっちの動きが読まれている感じだった」と話していたのが気になってはいたが、そこまで脅威ではない。奴の動きに合わせて攻撃の軌道を修正すればいいだけだ。

 

 

「ッ……どうしてついて来れるんだ!」

 

 

「だてに死線は潜ってないからな。こんな子供騙し、ヒースクリフの方がまだ強い」

 

 

「だったら、これでどうだぁああああああ‼」

 

 

エイジは激昂し更に動きが加速するものの、動きが単純な為、先程よりは回避しやすい。だがこの急激な動きの変化、明らかに普通じゃない。

 

 

「何故そうまでして生還者(サバイバー)の記憶を奪う。貴様と重村博士の目的はなんだ!」

 

 

「そんなの決まってるだろ‼返すんだよッ!仮想世界に奪われた悠那を……この現実にな‼ その為にはもっと多くのサバイバーから、悠那に関する記憶を集める必要がある。その全てを統合することで悠那は人工知能として蘇る!」

 

 

――電子の亡霊(デジタルゴースト)……確かにそれならば、理論上は彼女を蘇らせることは出来る。だが、

 

 

「そんなものはただのエゴだ。他人の幸福を奪ってまで蘇りたいと、彼女が望むはずがない!」

 

 

「彼女を助けられなかったアンタが彼女を語るな!」

 

 

「ぐッ⁉」

 

 

腕を掴まれ、遠心力を感じるほど強い力で振り回された後、コンクリートの壁に叩き付けられる。

 

 

「英雄と慕われるアンタらとは違って、僕や悠那みたいな弱虫は誰の記憶にも残らない!なら、SAOなんてクソゲーの記憶、貰ったっていいじゃないかぁ‼」

 

 

「ふざけるなぁ‼」

 

 

エイジの攻撃をかわし背後に回り込んだ瞬間、戦闘服の襟に怪しく光るものが見えた。

 

 

――これか!

 

 

私は力づくでそれを引っ張ると、襟元から服の裏側にある装置へと繋がる導線が激しいスパークを起こしながら引き千切れた。

 

 

「ッ、ちくしょおおおおお‼」

 

 

予想通り、エイジの超人的な動きはあの装置によるもののようで、ムキになって突っ込んできたエイジはすれ違いざまに放った一撃で倒れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――負けた……博士の作った装備と特性オーグマーを以ってしてもアイツに勝てなかった。

 

 

「さて、教えてもらおうか。奪った記憶はどうすれば戻る。答えろ!」

 

 

ペルソナが首元を掴み、問い詰めてくる。

 

 

「ふふっ……」

 

 

「何が可笑しい?」

 

 

まあ今更勝ち負けなんて関係ない。計画は既に最終段階に入っている。たとえこの男でも、もう計画を止めることは出来ない。

 

 

「もう手遅れだ。今この会場にはSAO生還者(サバイバー)が集められている。この会場で生還者(サバイバー)全員の脳をスキャンしてSAOの記憶を奪ってやる。そしてユナを生き返らせるんだ」

 

 

「今すぐ止めろ!」

 

 

「無駄だ。もう誰にも止められない。さあ、始まったぞ」

 

 

上の階から騒がしい声が聞こえてくると奴は僕から手を放し、短く舌打ちをしながら会場の方へと向かって走っていく。そんな奴の姿を見ながら僕は重村先生に連絡を取る。

 

 

「すみません……プレイヤーの1人に負けてしまいました。ですが、あとは一斉スキャンをするだけです。これであの時のユナを……悠那さんを『まだ最後の仕事が残っているだろう?』……え?」

 

 

『君が持っている悠那の記憶も提供したまえ』

 

 

先生の言っている事の意味が理解できず、思わず間の抜けた声が出た。

 

 

『鋭二くん。君が1番長くSAOで悠那と一緒にいたのだろう?当たり前じゃないか。……せっかくの装備も使いこなせないような奴に用はない』

 

 

その言葉と同時に目の前に91層ボス《ドルゼル・ザ・カオスドレイク》が現れる。

 

 

「そ、そんな……僕と悠那を……ずっと一緒にいられるようにしてくれるって約束したじゃないですか⁉」

 

 

『……さらばだ』

 

 

そんな無情な言葉を最後に通話が切れ、ボスの牙が迫ってくる。

 

 

「嫌だ……奪わないでくれ……いやだぁぁああああああああああッ‼」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――でね……って、エーくん聞いてる?」

 

 

「え……?」

 

 

これはきっと走馬灯というやつだろう。これは彼女に初めてアイツを紹介された時の記憶だ。

 

 

――どうせなら、もっと楽しい記憶を思い出したかったな……。

 

 

「もう、ちゃんと聞いててよ!エーくんのために話してるんだからね!」

 

 

「分かってるよ。でもユナ、そいつ《ビーター》なんだろ?大丈夫なのか?」

 

 

頬を膨らませるユナを抑え、僕は彼女にそう聞き返した。

 

 

ビーター……βテスターのチーターの略で、レアアイテムが良く落ちる穴場や、経験値が効率良く稼げるクエストの情報を独占しているプレイヤーの事らしい。

 

 

ユナがそんな奴と関わっていることに対する僕の心配を他所に、ユナは笑いながら話を続ける。

 

 

「あの人はそんな人じゃないよ。わたしの歌を褒めてくれたし、エーくんの事も真剣に話を聞いてくれたんだよ」

 

 

勝手に自分の事を話した彼女に色々と言いたかったが、彼女の善意を無下にしたくなかった僕は一度あの男……ペルソナに会うことにした。

 

 

 

 

その日から僕たちの日常は少しずつ変化した。だがあの日、目の前でユナがモンスターの群れに殺されそうになった瞬間でさえ、足がすくんで動けなかった自分の無力さを痛感した。

 

 

あの場に駆け付けながら彼女を救えなかったあの男に吐き捨てた言葉も、自分自身に対する自責の念にしかならなかった。

 

 

結局、僕はSAOの頃から何も変わっていなかった。OSであれば黒の剣士や閃光、そしてペルソナよりも強いと思っていたが、VRとARの違いを利用し、博士の開発した装備に頼っていただけだ。実際、僕はあの男に負けた。本当に……、

 

 

「滑稽な話だよな……」

 

 

「ああ。本当に世話が焼ける奴だよ、貴様は」

 

 

そんな声が聞こえたと思えば、突如としてカオスドレイクが消滅した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――引き返してきて正解だったな。

 

 

重村博士の目的は自身の娘である悠那の蘇生。その為に生還者(サバイバー)の記憶を集めているのなら、エイジもその対象になっている可能性も考えていたが、悪い予感ほど当たり易いのは考えものだな。

 

 

「どうして助けた」

 

 

「別に、私は彼女……ユナとの約束を果たしただけだ」

 

 

「ユナとの、約束……?」

 

 

「もし自分が死んだら、貴様の事を守ってほしい。彼女が死ぬ前、そう頼まれた。私が貴様の元を離れた後も彼女は何度も迷宮区に来て私と共にレベリングを行っていた。たとえ自分が死んでも、貴様だけは無事に現実世界へと帰還できるようにな」

 

 

「嘘だ……だってそんな事、一言も……」

 

 

「貴様に余計な心配を掛けたくなかったんだ。私も口止めされていた。詳しい事は本人から聞くといい。まあ、貴様らが生み出したAIとやらにその記憶があるかどうかは分からないがな」

 

 

そう言い残しながら踵を返すと、私は再び会場の方へと走りながら菊岡に連絡を取る。

 

 

 

 

「菊岡、例のプレイヤーから情報を聞き出した。奴ら、会場内にいる生還者(サバイバー)の脳を一斉にスキャンするつもりだ!」

 

 

『ああ、僕の方でも情報を掴んだ。現在スタジアム内を飛んでいるドローンにはオーグマー自体の出力をブーストする機能が実装されているらしい』

 

 

「オーグマーの出力ブースト……そんな事をすれば、記憶スキャンだけじゃ済まないぞ」

 

 

『ああ……最悪の場合、ナーヴギアのように脳そのものにダメージを与え、死をもたらす可能性がある。僕は教授を止める。君はスタジアム内の観客にオーグマーを外すように指示してくれ!』

 

 

「分かった」

 

 

ロックされている扉を蹴り破って会場内に入ると、目の前に広がっていたのは、まるでSAOがデスゲームとして始まった時のような地獄絵図。

 

 

会場内にいた全員が、SAOのボスモンスターに襲われ、パニック状態に陥っていた。

 

 

――これは、一筋縄ではいかなそうだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一体、何が起こってるんだこりゃあ……」

 

 

突然、周囲に現れたボスモンスターの群れを見たエギルがそう呟いた。

 

 

「……演出の一環って感じでもなさそうね」

 

 

――彼の予想したとおりになったな。

 

 

周囲にSAOのボスモンスターが次々と出現していく中、アスナとシリカの目の前に第74層のボス《ザ・グリーム・アイズ》が現れた。

 

 

「アスナ‼」

 

 

俺は座席を踏み台にして、座席を倒しながらボスに斬りかかる。

 

 

「ぐぅッ⁉」ズキッ!

 

 

――着地の時に捻ってたのか……!

 

 

「キリト君‼」

 

 

「しまッ……‼」

 

 

足首の痛みに気を取られた一瞬の隙に、第1層の隠しダンジョンの死神ボスの鎌が迫っていた。

 

 

「キリトッ!」

 

 

だがその鎌が俺の体を抉る直前、さっきの俺と同じように俺と死神の間に飛び込んできたペルソナによって弾かれ、死神は一時撤退する。

 

 

「すまない。遅くなった」

 

 

「いや、お陰で助かったよ。ありがとう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――早々にキリト達と合流できたのは幸運だった。だが、

 

 

そこに再び、先程の死神が大鎌を振り上げて迫ってきたが、突然、私達と死神との間に立ち塞がったユナが巨大な盾で大鎌を防いでいた。

 

 

「ユナ⁉」

 

 

「キリト、ペルソナ助けて!このままじゃ、ここに来てくれたみんなが危ない‼」

 

 

「一斉スキャンか?」

 

 

その問いに彼女はコクリと頷く。

 

 

「会場全員のエモーティブ・カウンターの平均値が1万を超えたら、高出力のスキャンが行われて脳にダメージが……‼」

 

 

やはりそうかと思い、私がキリトに視線を送ると彼は会場中に聞こえるようにオーグマーを外すように呼び掛けたが、誰もオーグマーを外そうとはしない。

 

 

「なんで……」

 

 

「無駄よ。今までのイベントバトルの影響で現実と仮想の境界がわからなくなっているの!」

 

 

――そこまで計算していたという事か……。

 

 

どうすればいいのかというキリトの問いに、ユナは旧アインクラッド第100層のボスモンスターを倒し、ゲームをクリアするしかないと説明する。

 

 

「今、オーグマーのフルダイブ機能をアンロックするから、椅子に座って!」

 

 

「オーグマーにフルダイブ機能が⁉」

 

 

「オーグマーはナーヴギアの機能限定版でしかないもの。さあ早く!」

 

 

そう話す間もユナは必死に死神の猛攻を抑えている。だがそれもいつまで持つかは分からない。私達は決意し、全員で旧アインクラッド100層へ向かうことにした。

 

 

「っ……ペルソナさん。お願いします、みんなを……」

 

 

「ああ、今度こそ約束は守る。それまで私達の命は君に託した」

 

 

そう言って改めて覚悟を決めた私は椅子に座り、ゆっくりと深呼吸する。

 

 

「……みんな、行こう!」

 

 

 

 

『リンク・スタート‼』

 

 

 

 

 

 

 

 

 





多分今までの章の中で一番時間掛かったんじゃないか(どの章でも時間掛かり過ぎてるので、本当に1番かは分からないけど)っと思うくらい大変だった。

それでも頑張れたのは、この話を楽しみにしてくれて、温かい感想を送ってくださる読者の皆様のおかげです。本当にありがとうございます。

次回、オーディナル・スケール編最終回です。


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第61話 想いを背負い、未来へ


お待たせしました。オーディナル・スケール編最終回です。

相変わらず戦闘描写は表現が難しい。



 

『リンク・スタート‼』

 

 

その言葉と共に、私達の意識は現実の身体を離れる。次に目を開けた私達の前に広がっていたのは、浮遊城アインクラッドと、その頂にそびえ立つ深紅の城だった。

 

 

「ここがアインクラッド第100層……紅玉宮」

 

 

「まさか2年も経ってここを見ることになるとはな……」

 

 

ゆっくりとアインクラッドの上空から紅玉宮に入った私達の目の前に、巨大な槍と剣を携えた巨大なボスモンスターがその場に鎮座していた。

 

 

ボスの目が光ったと思えば、ボスの持つ槍がエギルを攻撃していた。

 

 

エギルはギリギリの所で防いでいたため無事だったが、まともに攻撃をを喰らっていたらタダでは済まなかっただろう。

 

 

「行くぞ!」

 

 

キリトの合図で攻撃を開始する私達を迎撃するようにボスの目が光ると、ボスの周囲から魔法攻撃のような光線が飛んでくる。

 

 

私とキリトとアスナは姿勢を低くすることで光線を回避したが、フロアボスの戦闘には慣れていないリズベットとシリカは直撃し、後方の壁に叩き付けられる。

 

 

「「はあッ! / やあッ!」」

 

 

キリトとアスナの息の合った攻撃はボスに届く前に、見えない障壁に弾かれる。

 

 

「スイッチ!」

 

 

私も追撃するが、やはり見えない壁に攻撃が遮られる。

 

 

空中で無防備になった私に大剣が振り下ろされそうになるものの、シノンの射撃が直撃し、軌道が逸れる。シノンへ標的を変えたボスは彼女がいる位置に怪光線を放つ。

 

 

ボスの注意がシノンに向いている隙に、私とエギル、キリトとアスナ、リズベットとシリカの順でボスに追撃を行い、10本あるHPゲージの1本目を3割ほど削ったタイミングで、態勢を整えるべく一時後退する。

 

 

だがその直後、ボスの周囲に一本の巨大な大樹が出現。大樹の葉から一滴の雫がボスの頭上に落下すると、ボスのHPが全回復した。

 

 

――茅場め……ここまで厄介なボスを用意してたとはな。

 

 

やっとの思いで削ったHPを回復され、私達は落胆する。

 

 

絶望的なまでの戦力差。それでも私達は何とかボスのHPを削ろうと試みるが、フロアの床下から伸びた植物や、浮かび上がるブロックに妨害され身動きが取れなくなる。

 

 

「きゃあ‼」

 

 

「シリカ‼ぐあッ‼」

 

 

シリカがブロックに挟まれ、彼女を救出しようとしたキリトもボスに掴まる。

 

 

「キリトッ!シリカ‼」

 

 

伸びる植物の幹を伝って走り、ボスの眼前に飛び出た私はキリトへ向けて怪光線を発射される直前、怪しく光るボスの左眼に深く剣を突き刺した。

 

 

目を潰されたボスは初めて悲痛な叫び声を上げ、キリトとシリカを離す。

 

 

暫くの間ボスは左眼の痛みに悶えていたが、すぐに憤怒し大剣を振るう。私は自らの剣で受け止めたものの、クレーターが作られるほどの勢いで地面に叩きつけられた。

 

 

「ぐぅッ…‼」

 

 

大剣越しにボスが槍をこちらに向け構えているのが見えた。

 

 

「ペルソナッ‼」

 

 

キリト達も怪光線により近づくことが出来ない。

 

 

――こんなところで……ッ!

 

 

「やられるわけにはいかない」そう思った瞬間、緑と紫の魔法攻撃が飛んできた。

 

 

――これは……いや、まさか⁉

 

 

 

 

 

 

 

 

「お兄ちゃーーん!」

 

 

「リーファ⁉」

 

 

「無事ですか、ペルソナさん‼」

 

 

「ラン⁉」

 

 

現れたのはキリトの妹のリーファと、私の義妹(予定)のラン。

 

 

「パパ、ママ、皆さんを呼んできました!」

 

 

彼女達に続いて、ユージーンやサクヤ、アリシャなどの領主達、スリーピング・ナイツの皆、更にクラインまで飛んできた。

 

 

更に妖精達が縦横無尽に飛び回りボスを翻弄する中、周囲から弾丸の雨が降り注ぐ。

 

 

「ヒャッハー‼︎撃って撃って撃ちまくれー‼」

 

 

「でけぇな、おい‼」

 

 

シノンがいる場所の近くにGGOのプレイヤー達が銃を乱射している。

 

 

「あいつら……」

 

 

「それだけじゃありません!みなさん、これを使ってください!」

 

 

ユイちゃんがそう言うと、たちまち私達は光に包まれ、アバターがSAO時代の姿に変化していた。

 

 

「これは……!」

 

 

「このSAOサーバーに残っていたセーブデータから、みなさんの分をロードしました!シノンさんの分はオマケです」

 

 

変わったのは姿だけではない。SAO時代に私が愛用していた《ディスペア》シリーズはもちろん、シリカの相棒であるピナも飛んできてくれた。

 

 

「……よし!みんな、やろう‼」

 

 

SAO、ALO、GGO……3つのゲームが入り混じり、ボスのHPは一気に削れていく。

 

 

再びボスは回復する為に周囲に巨大樹を出現させる。

 

 

「あれを防いで‼」

 

 

同じ轍を踏むほど私達は愚かじゃない。アスナが指示を出し、巨大樹から雫が落ちる前に一斉攻撃でHP回復を妨害する。

 

 

ボスが怯んだ所で私は刀武器【ディスペア・オブ・サーベル】の柄を掴む。

 

 

――もう一度、私に力を貸してくれ。

 

 

「ここで決める。行くぞキリト、アスナ!」

 

 

「「ああ! / はい!」」

 

 

キリト、アスナと共に駆け出すと、ボスは反撃と言わんばかりに植物を伸ばしてくる。迫る大樹の幹のいくつかはランとリーファの魔法と、シノンのヘカートの銃弾により破壊され、取り残しも私の《抜刀術》とキリトの《二刀流》で防ぐ。

 

 

「「スイッチ!」」

 

 

入れ替わって前に出るアスナ、そこにユウキも駆けつける。

 

 

「行くよ、アスナ!」

 

 

「うん、やろうユウキ!」

 

 

2人の剣が青紫色に輝き、2人だけのOSS《マザーズ・ロザリオ》が炸裂した。

 

 

「「はあああああああッ‼ / やああああああああッ‼」」

 

 

2人の剣技が終わると同時に飛び出した私は、槍武器【ディスペア・オブ・スピア】に持ち替え、《無限槍》で無数のラッシュを放つ。

 

 

「スイッチ‼」

 

 

「おおおおおおおおッ‼」

 

 

私と入れ替わったキリトが二刀流スキルを使い、ボスの身体に次々と斬撃が叩き込まれていく。

 

 

「はあああああああああああッ!!!」

 

 

キリトが最後に放った一太刀がボスの顔を斬り裂き、ボスは断末魔を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その場にいた誰もが「やった」と思った次の瞬間、2つに割れたボスの顔の裂け目から少女の姿をした闇が飛び出てきた。

 

 

上級ソードスキルの発動後の硬直で無防備なキリトに闇は容赦なくその凶刃を振り下ろさんとする。完全に不意を突かれ、誰も動くことができない。

 

 

「させない」

 

 

ただ1人、私を除いて。

 

 

地を蹴ると同時に抜刀し、闇の攻撃に合わせて刀を振るう。

 

 

――きっとコイツは私の記憶から生まれたのだろう。

 

 

対峙する闇は、【深遠なる闇】の依代となったマトイと酷似しているというより、そのままの姿をしていた。以前、茅場が私の記憶を観察していた時の情報をカーディナルが具現化させたのか、はたまた別の要因か。

 

 

何にせよ、原因が私である以上、やるべきことはひとつ。

 

 

「貴様は、私が仕留める!」

 

 

抜刀した刀で闇の体勢を崩し、そのまま刀を手放すと、続いて取り出した槍を闇の体に突き立てていく。

 

 

「スキルコネクト……」

 

 

流れるような動きで槍を離し、両手剣武器【ディスペア・オブ・ファルシオン】を抜き放ち、禍々しいオーラに包まれた刀身で斬りつける。

 

 

「これは、抜刀術、無限槍、暗黒剣のスキルコネクトです‼︎」

 

 

「まだだ」

 

 

暗黒剣のオーラを払うかのように青白く光り輝く刀身は巨大な刃になる。

 

 

「ここで、オリジナルソードスキル⁉」

 

 

皆が驚く中、闇と目が合った気がした。表情は読み取れなかったが、その視線からは「また自分を殺すのか」と訴えられているように感じた。

 

 

「すまない。だが今はまだ、記憶の中で眠っててくれ」

 

 

紅玉宮の床や壁を斬り裂くほど極大な光の刃を受けた闇は消え去り、フロアには静寂が戻った。

 

 

 

 

 

『……これで完全クリアだな』

 

 

不意にそんな声がフロア中に響く。

 

 

『しかし君達には、まだやることがあるんだろう?』

 

 

「茅場……?」

 

 

その声と共に、紅玉宮の天井から巨大な剣がキリトの元へと降りてくる。私はそれを彼から横取りする形で手にする。

 

 

「ペルソナ⁉」

 

 

「悪いなキリト。だが、これはきっと私の問題だ」

 

 

そう言いながら、剣の刀身から溢れ出る光に包まれた私が次に目にしたのは現実世界。死神がその鎌をユナ目掛けて振り下ろさんとしている光景。

 

 

――させない。今度は間に合わせる!

 

 

私が手にした剣を振るうと、SAOでは倒すのに苦労した死神が一撃で消滅した。

 

 

――この剣ならボスはどうにかなる。ならあとは……、

 

 

ユナの方を振り向くと、彼女は私の真意を読み取ったように頷き、ステージに上がって歌う。

 

 

ユナの歌が会場中に響き渡り、彼女の歌声に勇気づけられたプレイヤー達からは恐怖が消え、ボスエネミーに立ち向かっていく。

 

 

私の持つ剣の力とプレイヤー達の奮闘もあり、遂に全てのボスエネミーが倒れた。

 

 

 

 

全てが終わった後、会場の入口で座り込んでいるエイジの姿を見つけた。

 

 

「なんだよ……笑いに来たのか」

 

 

「もう一つ、彼女との約束を果たしに来た」

 

 

「何を……」

 

 

「約束通り連れてきたぞ。あとは自分で伝えろ」

 

 

『ありがとうございます。ペルソナさん。最後まで迷惑掛けちゃってすみません』

 

 

オーグマーに向かって語りかけると、私のオーグマーから飛び出た光の欠片が集まり、在りし日の《重村悠那》の姿を形成した。……最後に、自分自身の言葉で想いを伝えるため、彼女に頼まれ、私の記憶も読み取って再構成された悠那のAIだ。

 

 

「悠那……」

 

 

「エーくん。ごめんね、わたしのせいでいっぱい迷惑掛けちゃって」

 

 

「そんな、僕は……」

 

 

「うん分かってる。わたしの為にエーくんとお父さんは頑張ってくれた。でも、そのせいでみんなが、2人が辛い思いをするのは、わたし嫌だよ」

 

 

「……ごめん」

 

 

目を背けるエイジをユナはそっと抱きしめる。

 

 

「謝らないで。わたし嬉しかったよ。わたしの夢、叶えようとしてくれたんでしょ?それだけで、充分だよ……」

 

 

「! 悠那‼」

 

 

悠那の身体が光り、消滅し始める。どうやら時間が来てしまったようだ。

 

 

「待ってくれ!行かないでくれ!」

 

 

悲痛な声を上げながら消えゆく悠那を掴もうとするエイジ。だが、その手は空を切る。

 

 

「泣かないでエーくん。わたしはいつでもエーくんの思い出の中にいるから。だから……そろそろ自分を許してあげて」

 

 

消えかけの手をエイジの頬に添え、悠那は満面の笑みを浮かべる。

 

 

「ありがとう鋭二。――――。」

 

 

最後の言葉は私には聞こえなかったが、きっと彼女の思いは彼に届いただろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

OS事件――私が勝手にそう名付けた――から数週間後、クラインの退院祝いでエギルの店に和人と明日奈を除いたメンバーが集まっている。

 

 

「ったくよキリトの奴、SAO時代1番の親友の退院祝いに来ねぇなんてよ」

 

 

「まあ良いじゃないの来ない人達のことは置いといて」

 

 

――今日は確か……明日奈と星を見に行くと言っていたな。

 

 

以前、和人がユイちゃんと話をしているのを偶然にも聞いてしまい、皆には内緒にしてくれと釘を刺されていた。

 

 

合宿帰りの直葉が持ってきた土産をつまみに、酒を飲みながら和人に対する愚痴を口にするクライン。私はそんなクラインを尻目に、テレビの中で歌うユナの姿を眺めていた。

 

 

「どうしたの?ぼーっとしてるけど」

 

 

「ああ……少しな」

 

 

隣に座った詩乃からの問いにそう応えはしたが、私は依然として上の空。

 

 

もしあの時、私がもっと早くあの場所に辿り着けていたら……いや、それ以前に私が彼らの元から離れず、エイジが戦えるようになるまで共に行動するという選択肢もあった筈だ。

 

 

「結局、私はまた選択を誤ったという訳か……」

 

 

「そう自分を責める必要ないんじゃないか?」

 

 

エギルはそう言いながら私の前にコーヒーを出す。

 

 

「お前とキリトがSAOをクリアしたから、アイツも彼女の本当の遺志を知ることが出来たんだ」

 

 

「そうね。それに貴方たちのお陰で命を救われた人も多いはずよ。わたしもその1人」

 

 

エギルに続いて詩乃は微笑み、直葉から受け取った土産を私の前に置く。

 

 

「……」

 

 

私は詩乃に言われた事を振り返る。自惚れる訳ではないが、詩乃の言う通り私が救った命も多い。だがそれと同様に私が奪った命も多いのだ。

 

 

ふとコーヒーの表面に前世の私の姿が映る。

 

 

『忘れるな。貴様の罪は未来永劫、消えることはない』

 

 

かつての自分のそう言われた気がした。

 

 

――もちろん忘れはしない。

 

 

この世界に来て、多くの者達との出会いと別れを経験した。それは決して良い思い出だけとはいかないが、今の私があるのは、そんな彼らとの繋がりがあってこそだ。私はそれを永遠に忘れる事はないだろう。

 

 

「少し、気が楽になった……ありがとう」

 

 

「ふふっ、どういたしまして」

 

 

少し口籠りながら感謝の言葉を口にすると詩乃は少し笑いを堪えながらそう返し、他の皆からは生暖かい表情を向けられた。……やはり慣れないことはするものじゃないな。

 

 

「さてと、そんじゃ暗い話はここまでにして、今夜はパーッと飲み明かそうぜ!」

 

 

「悪いが私は遠慮させてもらう。明日は大事な用があるのでな」

 

 

「オイオイ、そりゃノリが悪いぜペルソナ」

 

 

「そう言えば明日でしたね、ランさんの手術。あたし上手くいくよう祈ってます!」

 

 

「ああ、良い報告を期待しててくれ」

 

 

そう言い残し店から出た私は帰路につく。明日は藍子の目の手術があるのだ。倉橋医師からは難しい手術になると説明されていたが藍子ならき大丈夫だろう。

 

 

――それでも近くで見守りたいと思うのは、私も甘くなったのかもな。

 

 

空を見上げると満天の星空が煌めいていた。

 

 

それはまるで私達の未来を指し示すかのように……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『戦いに赴く剣士たちを勇気づけてくれた歌姫がいた…名もなきプレイヤーたち1人1人を我々は忘れてはならない』

 

 

新しく発行された《SAO事件記録全集》の最後のページにはその一文が追記されていた。

 

 





最後の2文はどんな形になっても入れたかった。それにこだわりすぎて終盤の調整だけで随分と時間が掛かっちゃいましたけど。

初めはジョニー・ブラックに不意打ちで注射器打たれて、次の章に繋がる感じにしようとも考えたのですが、それだと自分が考えている展開との繋がりが無理があるのと、上記のとおり最後の2文を入れたかったので没にしました。

次章ですが、54話(マザーズロザリオ編最終話)の後書きで前もって言っていたようにアリシゼーションではありません。アリシゼーション好きの皆様、本当に申し訳ありません。

次回投稿もまた間隔が空くと思いますが、それでも楽しみにして頂けているのなら幸いです。

それでは、また次回もよろしくお願いします。


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オラクル編
第62話 貴方を待っていた


「お久しぶりです」と「お待たせしました」がもはや恒例の挨拶となっている。どうもオンドゥル暇人です。

前回の投稿から約3週間。ようやく自分なりに納得がいくもの出来ました。(あくまで私の主観なので温かい目で見てください)

それではオラクル編スタートです。


 

「ふぅー……」

 

 

ある夏の日、ひと通り作業が終わらせた私は久しぶりにとても長い欠伸をした。……こんなにも何かに集中して打ち込んだのは何年ぶりだろうか。

 

 

《ピピピピピ……》

 

 

自室に置いてある小型冷蔵庫から取り出したゼリー飲料を飲んで一息ついていると、セットしていた携帯のアラームが鳴った。

 

 

――もうそんな時間か。

 

 

「リンク・スタート」

 

 

私はアミュスフィアを装着し、新たな仮想世界へと飛び込む。

 

 

その世界の名は『ファンタシースターオンライン2』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それはいつものようにALO内のキリトの家に集まり、雑談を楽しんでいた時のことだった。

 

 

キリトが皆に『ファンタシースターオンライン2』略して『PSO2』というゲームのβテストが行られるという話をした。

 

 

誰でも応募するだけで参加が可能という事で、折角なら皆で行ってみようというユウキの鶴の一声で私達はそのゲームの世界にコンバートすることになったのだ。

 

 

因みに何故「2」なのかというと、このゲームは20年前に日本で初めて成功した家庭用ゲーム機用オンラインゲームと言われている『ファンタシースターオンライン』の正統続編だかららしい。

 

 

《Welcome to Phantasy Star Online2》

 

 

いつものようにシステムアナウンスが流れ、私はそれに従い慣れた操作で性別とキャラクター名を入力する。しかしその直後、不可解な事が起きた。

 

 

『次に種族を選たk……せん、センた……』

 

 

――何だ?

 

 

バグでも起きたのかアナウンスが乱れ、周囲が暗転する。そして……

 

 

「なっ⁉︎」

 

 

突如として足元に巨大な穴が開き、私は為す術なく穴の中へと落下していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ!……ここは……一体何が起きた?」

 

 

目が覚めると私は森の中にいた。

 

 

――この景色……何故だか懐かしい。

 

 

そんな不思議な感覚を覚えながら、私は自分の身に何が起きたのか思い返す。

 

 

――確か、名前と性別の記入までは問題なかったはずだ。

 

 

問題が起きたとしたらその後、種族選択の時だ。アナウンスが途切れ、周囲が暗転したかと思えば、私は足元に出来た穴に落ち、気が付いたらこの場所にいた。

 

 

十中八九、あの時何らかの障害が発生したのだろう。

 

 

――そう言えばこの装備……これは⁉︎

 

 

自分の姿を見て私は驚愕する。それもその筈。

 

 

全身黒を基調とした戦闘服《クローズクォーター》。背には私がGGOで使用していた《コートダブリスD》と酷似している両手剣《コートエッジ》。そして首から掛かっている三角柱の銀色のペンダント。

 

 

前世の私と同じ姿をしていたのだから

 

 

「ははは……どうやら悪い夢でも見ているみたいだ」

 

 

周囲の風景にこの装備、まるで……、

 

 

「うわぁぁああああ⁉︎」

 

 

「っ、あっちか!」

 

 

突然、森の奥から悲鳴が聞こえ、私は一目散にその声の方へと駆ける。

 

 

木々の間をすり抜けるように走り、少し開けた場所に出ると、いくつもの死体が転がっている中、黒い四足歩行の蟲型ダーカー《ダガン》と、ライフルを持った金髪の少年が対峙していた。

 

 

「(アフィン!)伏せろ!」

 

 

背から引き抜いた剣で周囲のダーカーを一掃、黒い粒子となって消滅した。

 

 

「ふぅ……怪我はないか」

 

 

武器をしまい、襲われていた少年の方を振り向き手を伸ばす。

 

 

「助けてくれてありがとうございます!オレ、アフィンって言います!」

 

 

「私はペルソナだ。あと敬語はいい。……君の仲間は救えなかったからな」

 

 

周囲の惨状に私もアフィンも暗くなる。だが、休んでいる暇はなかった。周囲の空間を侵食し、再び出現したダーカーに私達はあっという間に取り囲まれる。

 

 

「話は後だ、まずはこの場を切り抜けるぞ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻アークスシップ――――

 

 

『《オラクル》。それはマザーシップを中心とした数百の宇宙船から成る巨大船団である。その誕生と共に外宇宙への進出が可能となり、新たな歴史が始まった。未知の惑星が発見された場合、《アークス》がそれを調査する。アークスとは、バランスに秀でた《ヒューマン》、フォトンの扱いに長けた《ニューマン》、屈強な体を持つ《キャスト》で構成され、数多の星に潜む《ダーカー》と呼ばれる生命体を殲滅する為、創設された組織である。宇宙に平穏が訪れるまで船団の旅は続く……』

 

 

『……異界からの戦士達、我々は諸君を歓迎する。これからは我々と諸君らと共にこの宇宙に平和が訪れるその時まで共に戦って欲しい』

 

 

映像が終わり、ウインドウが閉じる。

 

 

――さて、みんなを探しに行くか。

 

 

長いチュートリアルを終え、俺、キリトは一緒にログインした仲間を探そうと歩き出そうとした瞬間、

 

 

「「キリト君!/パパ!」」

 

 

とても聞き馴染んだ2人の声が後ろから聞こえてきた。

 

 

「良かった、ちょうどいま探しに行こうとってアスナ⁉どうしてその姿に⁉」

 

 

2人の方を振り向くとアスナは驚くことに血盟騎士団の装備をしていた。

 

 

「キリト君こそ!」

 

 

「え?なっ⁉嘘だろ……」

 

 

アスナに指摘され、改めて自分の装備を見返すと、アスナの言う通り俺もSAO時代の装備をしていた。防具だけじゃなく、武器もだ。

 

 

「ユイ、何が起きているか分かるか?」

 

 

「すみませんパパ、データを調べてみましたが手掛かりになりそうな情報はありませんでした。ただ1つ、バグではないという事は明らかです。ですが、何故パパ達のSAOのデータが復元されたのかは分かりませんでした」

 

 

「ユイちゃんでも分からないとなるとお手上げだね。どうするキリト君」

 

 

「……とにかく、バグとかではないんだよな?」

 

 

「はい、それだけは確かです」

 

 

「なら一度みんなと合流しよう。これからどうするかは、その後みんなで決めていこう」

 

 

「うん、そうだね」

 

 

そうして俺達は他にこのPSO2にログインしているメンバーと合流したんだが……

 

 

「……みんな同じ状況って訳か」

 

 

合流した元SAOのメンバーはSAO時代の装備を、リーファとシノンはそれぞれALOとGGOの装備をしていた。

 

 

「あたし他のプレイヤーの人達を見たけど、この世界にコンバートしてきた人達はみんなコンバート前の世界の装備とステータスを引き継いでるみたいだったよ」

 

 

「でもこの世界の武器とか《アーツ》?ってのも問題なく使えるみたいよ。わたしもさっきこの世界の戦い方早く慣れようってフィールドに出た人を見たわ。ま、それでもわたしはコレで行くけどね」

 

 

「あはは……ま、まあ他のプレイヤーも同じような状況なら多分問題ないだろ。でも俺やアスナ、クライン達はどうしてSAOの姿なのかは分からない。もし何か問題が発生した時は落ち着くまでこの世界にはログインしないってことで良いか?」

 

 

リーファの話に続けて愛銃(ヘカート)を撫でながら言うシノンに苦笑いしつつ、俺がみんなに今後の方針を話すと、みんな二つ返事で賛同してくれた。

 

 

「あのーそう言えばなんですけど、皆さんペルソナさん見てませんか?」

 

 

「えっ?2人と一緒じゃないのか?」

 

 

「ボク達もそのつもりで一緒の時間にログインしようって言ったんだけど……ペルソナ、全然来なかったよ」

 

 

ランとユウキの話に俺は少し疑問に思った。俺の知る限り彼が約束を破った事は一度もない。仮に何か急な予定が入ったら連絡してくる。それをラン達にも何の連絡していないのはおかしい。

 

 

「ん-……でもここにいるみんなこの世界でまだ彼とフレンド登録してないからな。連絡手段どころか、どこにいるのかも分からないからな。まあ彼の事だから心配はいらないとは思うけど、みんなも気に掛けといてくれ。まあ最悪、リアルの方で事情を聞けばいいさ」

 

 

話を区切った所で突然、警報が鳴り響いた。

 

 

『緊急警報発令!惑星ナベリウスに多数のダーカーの反応を確認。出撃の準備をお願いします!』

 

 

「ユイ、今の警報は?」

 

 

「はいパパ、今のはランダムに発生する《緊急クエスト》の予告アナウンスです。今から約10分後にクエストカウンターの方で受注可能になるみたいなので、参加する際は前もってあちらにあるクエストカウンターに並んでおくことをお勧めします」

 

 

「おっしゃキリの字!俺達も他の奴らに置いてかれねぇように、早速この世界の戦い方ってやつを学ばせてもらおうじゃねぇか!」

 

 

「ああ、そうだな。行こうみんな!」

 

 

『おー‼』

 

 

俺達は緊急クエストを受けるためにカウンターに向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ペルソナside―――

 

 

ダーカーの群れから何とか逃げ切り、私達は近くにあった洞窟に身を隠している。

 

 

少し落ち着いた所でアフィンから何があったのか聞いた。アークスになって初の実戦任務の訓練中、ダーカーの強襲に遭い部隊は壊滅。自分もやられそうになった直前、駆け付けた私に助けられたとのこと。

 

 

――ある程度は前世の記憶とも合致する。ただ唯一違う点があるとすれば……

 

 

この世界に《アッシュ》という名のアークス……つまり前世の私がいないという事だ。だが、この世界に私がいないとは言え、"彼女"がいないとは限らない。

 

 

――もし"彼女"がこの世界にいたとして、私は……

 

 

「オレも初日から色々と大変だったけど、相棒も大変だったな。いきなりナベリウスの森のど真ん中に放り出されるんだから」

 

 

「そのお陰でお前を救うことが出来た。それだけでも良かったさ」

 

 

「ああ……そうだな」

 

 

道中、私はアフィンに私が別の世界の人間である事を伝えた。意外にもアークス間で異界から戦士達が訪れるという事が何故か周知されており、アフィンはすんなりと私の話を聞き入れた。……因みにアフィンが勝手に私の事を「相棒」と呼んでいるが、そう呼ばれた方がしっくりしてるので指摘はしていない。

 

 

「お前は、どうしてアークスになったんだ?」

 

 

「探し物があるんだ。10年前に無くした大事な探し物が。アークスになって色んな惑星を調査すれば、見つかるんじゃないかと思ってな」

 

 

「そうか。いつか見つかるといいな。……さて、そろそろ行くとするか。なるべく早く転送ポイントに向かおう」

 

 

「ああ、そうだな」

 

 

その時、再び空間を侵食する気配と共に、私達の前に蜂型のダーカー《エル・アーダ》が私達の目の前に出現する。同時に、次々とダーカーが空間転移してきた。

 

 

「チッ、突っ切るぞアフィン!」

 

 

「分かった!」

 

 

私が先陣を切り、アフィンが後ろから援護射撃を行う。私がアフィンの癖を熟知していることもあり、初めてとは到底思えないコンビネーションでダーカーの大群の中を突き進んでいく。

 

 

だが、私は失念していた。今のアフィンはまだ新人。一瞬の隙を突かれ、エル・アーダにアフィンが捕まり上空へと連れ去られた。

 

 

「アフィン!」

 

 

私の攻撃が届かない所まで上昇したエル・アーダだったが、何処からともなく飛んできたフォトン弾にコアを撃ち抜かれ、消滅した。

 

 

その他のダーカー達も先程同様にファトン弾で次々と消滅していった。

 

 

「ふー、恐ろしい程ドンピシャ」

 

 

「ゼノさん!」

 

 

ゼノと呼ばれた赤髪の青年。彼はガンスラッシュを仕舞い、私達に近づく。

 

 

「よお、お前ら大丈夫だったか?」

 

 

「はい、ありがとうございます。オレはアフィンです。こっちは相棒のペルソナ」

 

 

アフィンがゼノに私を紹介すると、ゼノは不思議そうな顔で私の顔を覗き込む。

 

 

「そっちのお前……どこかで見た気がするな?」

 

 

「いや、それは無いですよ。だってコイツ今日こっちの世界に来たばっかですから。な、相棒」

 

 

「そうなのか。じゃあレギアスの爺さんが言ってた転送装置の誤作動でナベリウスに転送された異界からの戦士ってお前さんの事か!いやー早く見つかって良かった!」

 

 

アフィンの説明でゼノが納得しているとゼノがやって来た道からもう1人、ツインテールの女性アークスが悪態を吐きながら現れた。

 

 

「紹介するわ、こいつエコー」

 

 

「ちょっと!紹介雑過ぎ‼」

 

 

久方ぶりに見た夫婦漫才のようなやり取りに頬が緩みそうになるのを抑え、場所を変えた私達はゼノ達にこれまでの経緯を話した。

 

 

「そうか、2人とも大変だったな。ま、ダーカーと戦う以上、いつかは仲間の死に立ち会う事になる。早めに経験しといた方が長生きできるからな。ほれ、」

 

 

そう言いながらゼノは私達にモノメイトを投げ渡す。

 

 

「その悔しさを忘れるな、諦めるな。忘れず諦めずにいればいつかきっと何とかなる!」

 

 

「相手しなくて良いからね。どーせただの受け売りだから」

 

 

「ちょっ、バラすなよ!師匠の言葉は俺の言葉だから良いんだ!」

 

 

「なによ偉そうに!」

 

 

再び目の前で言い争いを始める2人を見て、少し気が楽になり、私とアフィンは貰ったモノメイトを飲もうとする。

 

 

『――――』

 

 

「っ………」

 

 

感じた。いやこの場合は感じてしまったという方が正しいか。

 

 

動揺で手からモノメイトが滑り落ちる。

 

 

「相棒?大丈夫か?」

 

 

「あ、ああ。少し手に力が入らなかっただけだ。問題ない」

 

 

「色々あって疲れたんだろ。さっさとアークスシップに戻ろうぜ」

 

 

「「はい」」

 

 

落としたモノメイトを拾いながら、『約束の場所』の方に目を向けると、眩い光の中で人影のようなものが落ちて行くのが見えた。

 

 

「どうした相棒?早く行こうぜ」

 

 

「……ああ」

 

 

――すまない。

 

 

心の中で懺悔するように私はその場から離れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゼノ達が乗ってきたキャンプシップを使いアークスシップへとやってきた私達。キリト風に言えばSFチックな光景をみて私は当たり前ながらに懐かしく感じた。

 

 

「それじゃ俺らは報告に行くから、ここらでお別れだな。今後も頑張れよ2人共!」

 

 

「じゃあね!」

 

 

「ありがとうございました!ゼノさん、エコーさん!」

 

 

「助かった」

 

 

2人を見送った後、私とアフィンもその場で別れることにした。

 

 

「オレはもう休むことにするけど相棒はこれからどうするんだ?」

 

 

「私はこっちに来ている筈の仲間を探そうと思う」

 

 

「そうか。早く合流できるといいな。じゃ、また会ったらその時はよろしくな、相棒!」

 

 

「ああ。アフィンも」

 

 

そうしてアフィンと別れると、不意に周囲から人の気配が消えた。

 

 

「貴方を待っていた」

 

 

突如として背後から聞こえた女性の声。振り向くと、そこには研究者のような出で立ちで、眼鏡を掛けた黒髪の女性がそこに立っていた。

 

 

「否、この表現は正確ではない。"貴方達"を待っていた」

 

 

「私をこの世界に呼んだのも君なのか、シオン」

 

 

私の問いに彼女……シオンは首を横に振る。

 

 

「全ては偶然であり必然の事象。貴方達は多くを救う機会を得る。そして貴方は再び大いなる選択を強いられることになる」

 

 

「どういう意味だ」

 

 

「私は謝罪する。再び貴方を、そして貴方達を輪廻に巻き込んでしまうこと」

 

 

「ま、待て!」

 

 

手を伸ばした時にはシオンは既に消えており、周囲にはいつの間にか多くの人で溢れかえっていた。そんな中、私はシオンが言っていた言葉の意味を考えていた。

 

 

――まさか……!

 

 

やがて1つの答えに行きついた私はメディカルセンターの方へと走る。そして、一室の病室の前に辿り着いた私は扉を開け、息を呑んだ。病室の中には何故かSAO時代の装備をしているキリトと、その隣のベッドに銀髪の少女が横たわっていた。

 

 

「君は……?」

 

 

突如として現れた私にキリトは困惑していた。この姿で会うのは初めてだから当たり前か。だが、そんな事は気にも留められないほどに、私の意識は少女の方へと向けられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……マトイ」

 

 

かつて私が守り、共に戦い、そして殺した。"彼女(マトイ)"がそこにいた。

 

 

 

 




今回はここまで。基本的にはエピソードオラクルを基にストーリーを展開していくつもりです。

今後もこれくらいの頻度で投稿になると思いますが、これからもよろしくお願いします。


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第63話 運命の出会い


お待たせしました。第63話です。

前話のキリト視点になります。




 

「切り裂き攻撃きます!斬撃に注意してください!」

 

 

俺達は緊急クエストを受け、現在。巨大な蜘蛛のようなダーカー、ダーク・ラグネと対峙している。どうやらこいつがこのクエストの最終目標らしい。

 

 

「パパ!新たなダーカー10体の出現しました!わたしが対応します!」

 

 

「わかった!無茶はするなよユイ!」

 

 

ソードスキルや魔法が使える事には驚いたが、何より1番驚いたのはユイが共に戦えるという事だ。曰くユイは戦闘やクエストを支援する《サポートパートナー》に分類されているらしく、こうして戦闘に同行するのは勿論、お使い系のクエストの手伝いもしてくれるそうだ。

 

 

ユイは初めて使う筈の《ガンスラッシュ》を巧みに使いこなし、出現したダーカー達を蹴散らしていく中、シノンのヘカートが火を吹き、ダーク・ラグネの両足を貫いた。

 

 

「今よキリト!」

 

 

「ああ!」

 

 

姿勢が崩れた隙に、奴の頭部の裏側にある赤いコアに二刀流スキルを放つ。

 

 

コアが破壊され、ダーク・ラグネは黒いモヤになって消滅した。

 

 

『congratulation!』の文字が表示されると同時に、周囲に出現していたダーカー達が撤退し、目の前に帰還用のテレパイプが開く。

 

 

「おっしゃクエストクリア!やったなキリの字!」

 

 

「シノンが奴の脚を崩してくれたお陰だよ。ありがとう」

 

 

「どういたしまして。それにしてもさっきのエネミー……」

 

 

シノンは少し考え込むようにしながら、エネミーが消滅した所を見つめていた。

 

 

「何か気になるのか?」

 

 

「ええ。あのエネミー、前にGGOでクエストのボスに設定されてたのよ。ただ、そのクエストはいつの間にか受注出来なくなってたんだけど」

 

 

「そう言えばGGOって人類が宇宙から戻ってきたっていう設定ありましたよね。もしかしたらこの世界とも何か関わりがあるんじゃないんですか?」

 

 

「そうかもね」

 

 

「まー今は難しいこと考えないでさっさと帰りましょうよ。わたしもうクタクタよ」

 

 

「そうですね。わたしもすごく疲れちゃいました」

 

 

「えー?ボクはまだまだ行けるよ。ねーちゃんは?」

 

 

「わたしも、もう少し探索してみたいかも」

 

 

「あんた達、どんだけ元気なのよ……」

 

 

「あははは……クエストはこれで終わりだし、今日はこの辺で解散してお互い自由行動ってことにしない?」

 

 

和気あいあいと話すみんなの様子を見て、アスナがそう提案した。

 

 

「そうだな。みんなもそれぞれ行きたい所があるだろうし、今日はこの辺で『―――て』え……?」

 

 

「パパ?」

 

 

「どうしたのキリト君?」

 

 

心配する2人をよそに、俺は謎の声が聞こえてきた方に目を向ける。視線の先では、一際目を引く大樹が不思議な光に照らされていた。

 

 

「悪い、ちょっと行ってくる!」

 

 

「ちょ、キリト君⁉︎」

 

 

――行かないと。

 

 

何故そう思ったかは分からなかったが、俺の足は自然と大樹の方に向かって駆け出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大樹の根元まで来ると、頭上で目も開けられないほどの光が差し込み、光の中から白い巫女服のような服装をした銀髪の少女がゆっくりと落ちてきた。

 

 

「……キリト」

 

 

初対面のはずの少女は俺の名前を呼ぶ。

 

 

「わたしを、殺して」

 

 

「なっ⁉︎」

 

 

少女の言葉に驚くのも束の間、光が消えると同時に重力に引っ張られるように落下してきた少女の体を俺は受け止める。

 

 

――この子は一体……。

 

 

「パパー!」

 

 

「キリトくーん!」

 

 

「アスナ、ユイ、わざわざ追って来なくても良かったのに。他のみんなは?」

 

 

「みんなには先に帰って貰ったよ。……その子は?」

 

 

「ああ、さっき空から降ってきて……」

 

 

「空から?」

 

 

「NPCのようですがアークスではないようです」

 

 

俺の言葉にアスナは首を傾げ、ユイは興味深そうに少女を観察している。

 

 

直後、俺は途轍もない威圧感を感じ、咄嗟に抱えていた少女をアスナに渡した次の瞬間、頭上に仮面を被った男(?)が現れ、暗い紫色の刃が特徴的な“2本”の剣を振り下ろしてきた。

 

 

俺はすぐさま防御体勢を取り、男の剣を受け止める。

 

 

「ぐっ……!」

 

 

――重い!俺……いや、もしかしたらペルソナ以上だ!

 

 

「急に攻撃してくるなんて、何なんだあんた!」

 

 

「………」

 

 

俺の質問に仮面の男は無言のまま剣の重みを増していく。

 

 

「パパ!また別の反応が来ます!気をつけて‼︎」

 

 

「ガッ⁉︎」

 

 

ユイが警告した時には既に、もう1人の襲撃者――容姿からして女性。こちらも仮面を付けているが、男の方とは違い目元だけが隠れている――が俺の体に拳を打ちつけていた。

 

 

モロに受けた俺は吹き飛ばされ、何とか受け身を取り、地面との激突は避けることができた。

 

 

「「キリト君!/パパ!」」

 

 

「ありがとう2人とも」

 

 

駆け寄ってきた2人に肩を貸してもらい立ち上がる。

 

 

そこにさっきの2人組が俺たちの前に現れ、男の方がこっちに……正確にはアスナが抱えている少女を指差した。

 

 

「私達は、その娘を殺す者。そしてお前を殺す者」

 

 

男はそう言って再び剣を構えると、地面を蹴り、一気に間合いを詰めてくる。

 

 

――何とか3人だけでも!

 

 

「おらぁああああ‼︎」

 

 

その時、俺と仮面の男の間に割って入ってきたアークスが《ナックル》で仮面の男に殴りかかるものの、ギリギリのところで防がれる。

 

 

「気まぐれでも任務に来てみるもんだな。面白いことになってんじゃねえか。……おい、シーナ!アイツらは何者だ!」

 

 

「ゲッテムハルト様、その方達の情報はアークスのデータベースにありません」

 

 

「何?ってことは、ぶっ殺しても構わねえって事だよな」

 

 

『シーナ』と呼ばれたエメラルドグリーンの髪の女性アークスの言葉に、『ゲッテムハルト』と呼ばれたアークスは嬉々とした顔でそう言った。

 

 

だが戦う気満々の彼とは裏腹に、仮面の2人は空間転移で撤退した。……取り敢えず難は逃れたと考えて良さそうだ。

 

 

「チッ逃げたか」

 

 

ゲッテムハルトは悪態を吐きながら武器をしまうと、俺の方に近づいてきた。

 

 

「お前、弱すぎて何もできねえくせに、他人を守った気でいやがる。ムカついて反吐が出るぜ」

 

 

「なっ⁉︎ちょっとアンタ、初対面にしては失礼じゃないか?」

 

 

「そうよ!今のは聞き捨てならないわ!」

 

 

「ハッ!弱い者同士仲がいいもんだな。ますます反吐が出る…!おい、シーナ!行くぞ!」

 

 

「はい……ゲッテムハルト様」

 

 

俺とアスナの抗議を鼻で笑い、ゲッテムハルト去っていった。シーナさんも彼の後について行く。

 

 

「何なのあの人!失礼にも程があるよ!」

 

 

「………」

 

 

「パパ、ママ、気にしなくていいですよ!パパ達がすごいという事はわたしが1番よく知ってます!」

 

 

「……ありがとうユイ。アスナ、さっきのことはひとまず忘れて、今はこの子をどうにかしよう」

 

 

そうして俺たちは謎の少女を連れてアークスシップへ帰還した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

謎の少女を連れて帰還した俺達はオペレーターのNPCに促されるまま、メディカルセンターに連れてこられた。

 

 

「結局、何だったんだろうねこの子」

 

 

「ここなら何か分かると思ったんだけど、まさか何も情報が無いなんてな」

 

 

病室のベッドで静かに寝息を立てている少女は一向に起きる様子はない。

 

 

――どうしてこの子は俺の名前を……それに……、

 

 

『わたしを、殺して』

 

 

――あの言葉は一体どういう意味だったんだ……。

 

 

「あ、」

 

 

俺が考え事をしていると、不意にアスナが声を漏らした。

 

 

「ごめんキリト君、わたしもう落ちないと」

 

 

「え、もうそんな時間か」

 

 

「キリト君はまだ残るの?」

 

 

「ああ、この子の事も気になるし、この世界についてももう少し調べてみたいからな」

 

 

「そっか。でも、あんまり遅くなり過ぎたら駄目だよ。リーファちゃんにもよく言われてるでしょ」

 

 

「善処します……」

 

 

「ふふ、それじゃまたね」

 

 

そう言い残しログアウトしていったアスナ。

 

 

「わたしもパパのマイルームに戻ってますね」

 

 

「ああ」

 

 

アスナに続いてユイも病室から出ていき、俺と少女の2人だけの病室に静寂が訪れる。だがすぐにドタバタと騒がしい足音が病室の外から聞こえ、病室の扉が開いた。

 

 

「君は……?」

 

 

突然現れたアークスは、とても驚いた顔で俺と少女の両方を見る。心なしか彼はペルソナに似ているように感じた。

 

 

 

「……マトイ」

 

 

彼が口にしたのは恐らく少女の名前だろう。じゃあ彼はこの子の知り合いなのか。

 

 

 

「揃ったようだな」

 

 

「ッ⁉誰だ!」

 

 

突然、背後から聞こえた女性の声に俺は飛び退き、背中の剣に手を伸ばす。

 

 

「落ち着けキリト、彼女は敵じゃない」

 

 

「なんで俺の名前を……もしかしてペルソナか⁉」

 

 

「やはり気付いてなかったか。まあこの姿で会うのは初めてだから仕方ないか」

 

 

そう話す彼の顔が、一瞬だけ曇ったように見えた。

 

 

「まずは貴方に感謝を。偶発事象の優位改変が確認され、貴方達とマトイの運命は新たな状況に進行した。……私は謝罪する。曖昧な言葉では貴方には伝わりづらいことを」

 

 

正直何を言っているか良くわからない。そんな俺の心を読み取ったのかのように隣でペルソナが彼女と話し始める。

 

 

「彼女の言葉を理解するには苦労するからな。……シオン、私は良いがキリト達を巻き込むのは止めてくれ。これは私だけの問題の筈だ」

 

 

ペルソナの言葉にシオンと呼ばれた女性?は首を横に振った。

 

 

「既に輪廻は貴方の知りるものから大きく変化しつつある。もはや運命は貴方だけが背負っている訳ではない」

 

 

「待ってくれ。輪廻とか運命とか、さっきから一体何の話をしてるんだ?」

 

 

「その答えはいずれ分かる。貴方達には多くの運命が待ち受けている。今はまだそれだけ知っていればいい」

 

 

そう言い残してシオンは消えた。まるで初めからこの場に居なかったように。

 

 

「相変わらず身勝手なんだな。あんたは……」

 

 

「ペルソナ、君は何か知ってるのか?」

 

 

「………」

 

 

俺の問いに彼は少し困ったように顔をしかめるが、すぐにいつもの仏頂面に戻り、静かに語り始めた。

 

 

「……いつかは話さなければならない。そう思っていた。だが、こんな事態になるまで話を切り出せなかったのはきっと……恐れていたんだろうな私は。今の生活やお前達を失うことを」

 

 

彼は窓から見える星空を見上げた後、俺の方に向き直った。その真剣な眼差しからは固い決意を感じ、思わず俺も息を呑んでしますう。

 

 

「話すとしよう。決して消すことも忘れることも許されない私の罪を」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふ……最高だよ。まさかこんな手を残していたなんて」

 

 

暗い部屋の中、その男は目の前に表示されているペルソナとキリトのプレイヤーデータを見ながら、不気味な笑みを浮かべていた。

 

 

「どんな悪足掻きを用意しているのか、楽しませてもらうよ……シオン」

 

 

 

 

 

 

 

 





今回はここまで。それではまた次回もよろしくお願いします。


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第64話 マトイ


お待たせしました。第64話です。


 

私とキリトがマトイの見舞いの為、メディカルセンターに向けて歩いてると……

 

 

「おーい相棒!」

 

 

「ん、アフィンか」

 

 

向かいからアフィンが大きく手を振りながらこちらに駆け寄ってきた。

 

 

「ペルソナ、彼は?」

 

 

「ああ……紹介する。昨日世話になったアフィンだ。アフィン、こっちは仲間の1人のキリトだ」

 

 

「彼から話は聞いてるよ。よろしくアフィンさん」

 

 

「よろしくキリトさん。あと俺の事はアフィンでいいよ」

 

 

「分かった。俺もキリトでいいよ」

 

 

そう言葉を交わしながら2人は握手する。

 

 

「2人はこれからどこか行くのか?」

 

 

「メディカルセンターだ。昨日キリト(こいつ)がナベリウスで救助した子が目を覚ましたと連絡がきてな」

 

 

「昨日のナベリウスって、ダーカーが出たのによく無事だったなその子。なあ、迷惑じゃなければ俺もついてってもいいか?」

 

 

「断る理由もないし、別に良いよな?」

 

 

「問題ない」

 

 

こうして私達3人はメディカルセンターへと向けて再び歩き出した。

 

 

 

 

 

 

道中……

 

 

「ペルソナ、もしかしてだけど彼が」

 

 

「ああ、アークスになった理由も昨日の出来事も私の記憶通りだった」

 

 

アフィンに聞こえないように小声で会話する。

 

 

「本当なんだな。君が昨日言ってたこと」

 

 

「なんだ。意外と疑り深いな」

 

 

「正直、まだ信じられないよ」

 

 

「まあ気持ちは分からなくはないがな」

 

 

昨日、私はキリトに全てを話した。前世の私のこと。そしてこれからこの世界で起こるであろう出来事を包み隠さず全て。

 

 

私自身すぐに全部信じて貰えたとは到底思っていない。それでも彼に全てを話したのは、それが最善だと思ったからだ。

 

 

彼に話した事は他の皆には伝えないよう言ってある。いつかは自分の口から打ち明けるつもりだが、今はまだその勇気が持てない。それにまだやるべき事が残っている。もし、やり直しのチャンスが貰えたというなら……、

 

 

――それに気になる事も多い。

 

 

マトイを保護した際にキリトが襲われたという2人の仮面。

 

 

片方が私だとしても、もう1人――キリトが言うには女性――の正体も探る必要がある。皆に不要な混乱を与える可能性がある以上、今はまだ話すときではない筈だ。

 

 

「おーい相棒、置いてくぞー?」

 

 

と、先に行っていたアフィンから声を掛けられ、私は彼らを追う。

 

 

――取り敢えず今は目の前の事に集中するのが最善か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

扉を数回ノックすると、中から「どうぞ」と返事が聞こえてきた。

 

 

病室の中に入ると、声の主と思われる赤髪の女性看護師がこちらに向かって会釈し、その隣のベッドに座っているマトイは「あっ」と驚いた様子で私とキリトの顔を見る。すぐに続いてアフィンが入ってくると、警戒したのか表情が強張る。

 

 

「えっと……フィリアさんでしたっけ?どうですか彼女の様子は?」

 

 

「はい。目を覚ましたのですが、ほとんど喋ることもなくて……」

 

 

「……キリト、ペルソナ」

 

 

突然、少女が私達の名前を呼び、フィリアという看護師は驚愕する。

 

 

「え、名前教えたんですか?」

 

 

不思議そうに尋ねるフィリア。無論、私達はマトイに名前を教えてはいない。

 

 

「頭の中に、聞こえてきた。わたしは、マトイ」

 

 

「へー、きみマトイって言うんだ。俺はアフィン、よろしく」

 

 

マトイの名前を聞いてアフィンが差し出した手を彼女は恐る恐る握った。

 

 

「なあマトイ、君はどうしてあの森にいたんだ?」

 

 

唐突なキリトからの問いにマトイは困ったように俯き、「分からない」と答えた。

 

 

「マトイちゃん。他には何か覚えている事はない?」

 

 

「分からない」

 

 

「お2人は彼女に心当たりとか、ありますか?」

 

 

本当は色々とするが私とキリトは同時に首を横に振る。

 

 

「うーん……知己でもないとすると分からない事だらけですね」

 

 

その時、アフィンに通信が入った。

 

 

「あ、すみません。……悪い相棒、任務が入ったから俺はもう行くよ」

 

 

「分かった。気を付けろよ」

 

 

「分かってるって。ごめんなマトイちゃん来たばっかりなのに」

 

 

「任務って、どこに行くの?」

 

 

「ナベリウスだよ。君が昨日発見されたところ」

 

 

「その任務、わたしも行きたい!」

 

 

「えっ⁉それは、ちょっと……」

 

 

マトイの唐突な発言に困った顔で助け船を求めるように私の方を見るアフィン。だが、マトイを止めたのは隣のフィリアだった。

 

 

「駄目よマトイちゃん。アークスの任務はとても危険なんだから。一般人のあなたを連れて行く訳にはいかないの」

 

 

「うぅ……はい。ごめんなさい」

 

 

フィリアに叱られた彼女は三度俯き、明らかに落ち込んだ。

 

 

その様子を見て私とキリトは互いに顔を見合わせ、頷く。

 

 

「フィリアさん。良かったらマトイは俺達の所で預かってもいいですか?」

 

 

「え、ええ⁉構いませんがいいんですか?」

 

 

「はい。恐らく仲間も歓迎してくれると思いますし、君もそれで良いよな」

 

 

「ああ。だが、あくまで彼女の気持ち次第だがな」

 

 

私達の会話を聞き、先程までの沈んだ表情とは打って変わって、表情が明るくなったマトイは何度も頷く。

 

 

「そういう事でしたら、私の方から上に掛け合っておきます」

 

 

話がトントン拍子に進んだ所で私はアフィンに声を掛ける。

 

 

「という事だアフィン。済まないな時間を取らせた」

 

 

「いや大丈夫だ。マトイちゃんも良かったな」

 

 

「うん!アフィンもありがとう」

 

 

「俺は何もしてないよ。じゃ、流石に怒られそうだからそろそろ行くよ。それじゃあな相棒。今度は仲間も紹介してくれよ」

 

 

そう言い残しアフィンは病室から出ていった。

 

 

「さて、俺達も行くか」

 

 

「では、私はマトイちゃんの退院手続きしますので、お二人は外でお持ちください」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マトイの手続きが終わるまでの間、私はキリトにこれからの事を話していた。

 

 

最終目的はマトイの【深遠なる闇】への覚醒の阻止だが、その兆候が見えない内はこれから起こる問題に彼女を巻き込まないようにする。まずはアフィンがこれから向かうナベリウスの調査任務にマトイを同行させないこと。これは先程キリトがマトイを自分たちが引き取ると言ったことで自然と達成できた。だが、このままだと……

 

 

「アフィンが死ぬ」

 

 

「なんだって⁉」

 

 

「あくまで推測だ。私の記憶通りなら、任務の指揮を行うコハナというアークスがダーカー因子の影響で暴走し、私達に襲い掛かってきた。当時はどうにか切り抜けたが、今回はアフィン1人のみだ。アークスになりたてのあいつ1人で彼女に太刀打ちできるかどうか……それにアフィンのクラスは《レンジャー》。近距離戦では分が悪い」

 

 

「じゃあ、このままだと君の言う通りアフィンが危ないわけか」

 

 

「私達がナベリウスに向かうと言えば、マトイは必ず自分も行くと言い出すだろう。彼女の安全を最優先に考えるなら、ナベリウスに行かないという手もある。が、あいつを見捨てることは出来ない」

 

 

「珍しいな。君がそこまで入れ込むなんて」

 

 

「まあ、折角やり直しの機会を貰えたんだ。出来る限り良い未来にしたい」

 

 

「そうか……君は一度体験してるんだったな」

 

 

私達が話をしている最中、メディカルセンターから出てきたマトイが手を振りながらこちらへと走ってきて、それを追いかけるフィリアの姿が見えた。

 

 

「すみません、少し手続きに時間が掛かってしまいました。マトイちゃん、これからも定期的に検査を行うから必ず来てね?」

 

 

「……はい」

 

 

応えるのに少し間があったのはさておき、定期的に検査を行うのであればマトイが【深遠なる闇】になるのを事前に防げるかもしれない。マトイには悪いが、検査には必ず行かせる事にしよう。

 

 

「それではお2人共、何かあればすぐにご連絡ください」

 

 

「分かりました。色々とありがとうございます」

 

 

フィリアに礼をし、私達は皆が集まっているキリトのマイルームへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ペ・ル・ソ・ナー‼」

 

 

「おっと。心配かけたなユウキ」

 

 

キリトのマイルームに入ると、私の姿を見るや否や、ユウキが私に向かって飛び込んできた。その奥にはアスナ達いつものメンバーが集まっていた。……因みにクラインは風林火山の集まりが、エギルは店番のため不在。

 

 

「ちょっとユウ!ペルソナさんに迷惑でしょ!」

 

 

そう言って私からユウキを引き剝がそうとするラン。しかしユウキは更に力を入れて私から離れようとはしない。……段々腰が痛くなってきた。

 

 

「いーじゃん別に!姉ちゃんだって、昨日ペルソナに会えなくて寂しいって言ってたくせにー」

 

 

「なっ……ゆ、ユウ‼それは言わない約束でしょ‼///」

 

 

「わぁー姉ちゃんが怒ったー!」

 

 

ランは顔を紅潮させ、逃げるユウキを追いかける。

 

 

2人の様子を微笑ましく見ていると、不意にシノンに声を掛けられた。

 

 

「ところで、ずっと貴方の後ろに引っ付いてる子は誰なの?」

 

 

シノンの言葉に全員の視線が私の背中にいるマトイに集中する。突然自分に注目が集まり、怯えたのかマトイは更に私の背中に身を隠した。

 

 

「まーたキリトが女の子引っ掛けて来たかと思ったけど今度はペルソナがねー。まあ、あんたもキリトに似て巻き込まれ体質な所あるから納得できるけど」

 

 

「おいリズ、それじゃあ俺がトラブルメーカーみたいじゃないか!」

 

 

「実際そうでしょうが!」

 

 

そんな調子でキリトとリズベットが口論を始め収集がつかなくなりそうなので、私はマトイを皆に紹介し、引き取ることになった経緯を説明した。……キリト以外にもアスナとユイちゃんが事情を知っていたのは助かった。

 

 

 

 

 

 

――どうやら、心配はなさそうだな。

 

 

皆に囲まれているマトイは皆が彼女を歓迎してくれている事もあり、すっかり周りに馴染んでいるようだった。

 

 

「えっ⁉マトイ、服それしか持ってないの⁉」

 

 

突然、アスナの声がルーム内に響く。

 

 

「う、うん。あとはフィリアさんに貰ったアークス用のジャージだけかな」

 

 

今マトイが着ているのは、彼女がキリト達に保護された際に着ていた白と赤を基調とした巫女服のような服だ。別にそのままでも問題はないようにも思えるが。

 

 

「駄目じゃない!マトイは女の子なんだから、ちゃんとお洒落しないと!」

 

 

やや興奮気味に話すアスナ。マトイは助けを求めるようにこちらを視線を送っている。流石に止めるべきかと考えたが、ここで名案が思い浮かんだ。

 

 

「マトイ、ここは皆と買い物に行ってみるのはどうだ?これから生活するにしても服が2着だけだと何かと不便だろう」

 

 

「……ペルソナがそう言うなら。あなたはついて来てくれる?」

 

 

「いや、私に服のセンスは無いからな。キリトと惑星探索にでも行って時間を潰しておくよ」

 

 

「そう……気を付けてね」

 

 

「分かってる。アスナ、マトイの事を宜しく頼む」

 

 

「任せてください!絶対マトイに合う服選びますから!さ、行こうマトイ。ほらみんなも!」

 

 

そんな調子で皆を引き連れ、去り際にウインクをして見せながらアスナはマイルームを後にする。

 

 

「……どうやら気を使わせたみたいだな。キリト、まさかとは思うが」

 

 

「いや何も話してないぞ!ちゃんと君の言う通り昨日君が話してくれた事は誰にも言ってない!……でもアスナは妙に勘がいいからな。俺達が何かしようとしてる事を察してくれたんじゃないのかな。もしかしたら本当にマトイの服を選びたかっただけなのかもだけど」

 

 

「まあこの際どちらでも構ない。行くぞ、今は1秒でも時間が惜しい」

 

 

「分かった」

 

 

そうして私達はアフィン救助のためナベリウスへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





第62話の後書きでも言いましたが、基本的にはアニメのストーリーを軸にするつもりです。私の技術次第では原作ゲームのキャラを何人か出せればと考えています。それでも出て1、2回程度の登場でしょうけど。

それでは、また次回もよろしくお願いします。


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第65話 アークスとダーカー


お待たせしました。第65話です。

いつも誤字修正、感想等ありがとうございます。



 

アスナ達はアークスシップの市街地にある服屋に来ていた。

 

 

「こういう可愛い感じのやつなんか似合うんじゃない?」

 

 

リズベットがマトイに合わせた服はフリルの付いたメイド服のような物だった。

 

 

「リズさん。もう少しちゃんと選んでくださいよ!っていうか、どこにあったんですかその服!」

 

 

「そうだよー。これ見たいな意外とカッコいい系の方が似合うかもしれないじゃん」

 

 

そう言ってユウキが持ってきたのは、OLのスーツのような服だった。

 

 

「ユウキちゃんまで!」

 

 

「ええっと、わたしはみんなが選んでくれたのなら、どんなのでも大丈夫だよ?」

 

 

「こら、あなた達マトイを困らせないでちゃんと選びなさい。マトイ、これリーファとユイちゃんと一緒に選んだんだけど」

 

 

マトイが完全にユウキとリズベットの着せ替え人形となっている中、シノンが持ってきたのは、白を基調とし、所々に赤と黒のラインが入った服とズボンと髪飾りのセットだ。

 

 

「マトイちゃんは綺麗な銀髪をしてるから、それに合った色の服が良いんじゃないかなーって思ってね。ほとんどユイちゃんが選んだものだけど」

 

 

「はい!マトイさんに一番合った服をピックアップさせてもらいました!」

 

 

「ふふっ、ありがとうユイちゃん。それじゃあ早速だけど着替えてくるね」

 

 

シノン達から渡された服を持ってマトイは試着室に入る。

 

 

「なんて言うか、マトイちゃんもそうだけどこのゲームのNPCって、他のゲームのNPCとは雰囲気が全然違うね」

 

 

「そうですよね!実は本物の人間でしたって言われても納得しちゃいそうです」

 

 

「それはこの世界のNPCが全てAI搭載型だからだと考えられます。開発者インタビューによると、このゲームのコンセプトは『新たな形のMMORPGの先駆け』との事だそうです」

 

 

ユイちゃんがPSO2について説明していると、シノンは素朴な疑問を投げ掛けた。

 

 

「そう言えば、このゲームの開発者ってどんな人なの?」

 

 

「それが分からないんです。開発者どころか、どこの会社が運営している物なのかも公式には発表されていません。先程の開発者インタビューが公式サイトで唯一公開されていた情報でした」

 

 

「こんなに凄いゲームを作ってんのに勿体ない!さっさと正体明かしちゃえばもっと金儲け出来るかもしれないのに」

 

 

「確かに、変な話ね」

 

 

楽観的に話すリズベットとは対照的に、シノンは詳細不明の運営を不気味に感じていた。そんな中、丁度良いタイミングで試着室からシノン達の選んだ服を着たマトイが出てくる。

 

 

「ど、どうかな?」

 

 

「わぁー!すごく似合ってますよマトイさん!」

 

 

「そ、そう?えへへ、何かちょっぴり照れちゃうな」

 

 

ユイちゃんの見立て通り、その服は初めからマトイの為にあつらえられた物のようだった。

 

 

 

 

そんな皆をアスナは少し離れた場所から微笑ましそうな目で見ていた。

 

 

「アスナさん?どうかしましたか?」

 

 

アスナの様子がおかしいと感じたランが話しかけると、アスナは表情を変えずにランの方に向き直った。

 

 

「うん少し考え事。ねえ、ランは気付いた?マトイを見てた時のペルソナさんの目」

 

 

「あの人のですか?別に、いつも通りだったと思いますけど」

 

 

ランの回答にアスナは「そう」と呟きながら、マトイ達の方へと視線を戻す。

 

 

「ペルソナさん、マトイを見るとき、ランとユウキの相手をしてる時のみたいな優しい目をしてたんだけど、同時にすごく悲しそうな目をしていたの。彼とは長い付き合いのつもりだけど、あんな悲しそうな目は初めて見たわ」

 

 

「全然気づきませんでした」

 

 

「ランが気付かないのも無理ないよ。わたしもさっきまで気付かなかったから。キリト君は何か知ってそうな感じだったけど、多分話してはくれなさそうかも」

 

 

「戻ったら、お2人に問い詰めてみます?」

 

 

ランの提案にアスナは少し驚きつつもクスッと笑いながら首を横に振った。普段からしっかりした姉としてユウキの事を叱っているというイメージが強い分、彼女がそんな発言をするのが意外だったのだろう。

 

 

「何も話してくれないって事は、それなりの事情があるって事だろうし、2人が話してくれる気になるまで待つつもり。まあ、だいぶ先になりそうだけどね」

 

 

「そうですね。お2人とも、無茶しすぎなければ良いんですけど……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあペルソナ、本当にこの道で合ってるのか?」

 

 

「ああ。私の記憶通りならこの先に開けた場所でダーカーと遭遇し、戦闘になった筈だ。それに、マップをよく見てみろ」

 

 

「マップ?……これは⁉」

 

 

私の言葉に促されるまま、マップを開いたキリトは驚きの声を上げた。

 

 

私もマップを開いてみたが、本来そこにある筈のマップ情報が表示されていなかった。

 

 

「シオンの手引きなのか或いはこの体のせいか。いずれにせよ私達は知らぬ間に、本来プレイヤーが入ることの出来ないエリアを進んでいた。これには必ず意味がある筈だ」

 

 

草木を掻き分けて進んでいくと戦闘音が聞こえ、その方角へと急ぐと、アフィンとコハナがダガンの群れと交戦していた。

 

 

「加勢するか?」

 

 

「いや待て、少し様子を見るぞ」

 

 

出ていこうとするキリトを抑え、私はアフィンと共に戦っている女性アークスに注目する。

 

 

目にも留まらぬ身のこなしでダガンを一掃していくコハナ。返り血のように浴びたダーカー因子は彼女の体に沁みこむように消えていった。

 

 

ダガンが全滅した直後、どこからか飛んできた銃弾がコハナの頬をかすめた。

 

 

「今のは⁉」

 

 

「……彼女か」

 

 

「あらー?アークスでしたかー!」

 

 

そんな狂気じみた声と共にキャストの女性がその場に現れる。

 

 

「ごめんなさい。ダーカーかと思っちゃいましたよー!」

 

 

「ちょっと!危ないじゃないか⁉」

 

 

「銃って本当にいいですよね。感触は残らないし、ダーカーに触らなくても踊るように倒れていく。ゾクゾクしませんかぁ?!」

 

 

――《リサ》、相変わらず何を考えてるのか分からないな。

 

 

アフィンの批判も気に留めずリサは持っている愛銃に頬擦りしながら銃の良さについて語り始めた。あの狂人っぷりには流石の私もキリトも引かずにはいられなかった。

 

 

「リサ、またヤリたくなってきましたよ。それではごきげんよう。そちらの茂みで隠れてるお2人も、ごきげんよう」

 

 

「「っ‼」」

 

 

「相棒⁉それにキリトも!」

 

 

いつからバレていたのか。リサは不気味に笑いながらその場から離れていく。

 

 

――全て見透かされているあの感じ……やはり彼女には要注意だ。

 

 

「2人共どうしてここに?」

 

 

「あ、ああ。探索をしてたら偶然近くを通ってな。それより、彼女は大丈夫なのか?」

 

 

そう言ってキリトはコハナを指差す。彼女は膝をつき、肩で息をしている。明らかに様子がおかしい。

 

 

「コハナさん、大丈b」

 

 

アフィンが彼女を心配し、駆け寄ろうとしたと同時に、ダガンが一体コハナの前に現れる。が、コハナが即座にガンスラッシュの銃撃でダガンの頭を吹き飛ばした。

 

 

「やった!流石コハナさん!」

 

 

ダガンを倒した後も、コハナの様子は変わらず、いや寧ろ悪化したと言った方が正しいだろう。目には赤い光が怪しく灯り、廃人のように口から涎を垂らしながら、彼女は私達に刃を向ける。私は素早くアフィンとコハナの間に立ち、コハナの攻撃を受け止める。

 

 

――今の私にあの力が使えるか分からないが、やるしかない。

 

 

鍔迫り合いの状態から力を受け流し、体勢が崩れた彼女の体に触れる。だが、ダーカー因子を浄化する時のあの感覚はしなかった。

 

 

「ならっ!」

 

 

私はコハナの腹へと蹴りを入れる。気絶させるつもりだったのだが、上手く決まらなかったらしく、彼女はすぐに起き上がると、苦しそうな呻き声を上げながら走り去ってしまった。

 

 

「コハナさん!」

 

 

「アフィン、キリト、彼女を追うぞ!」

 

 

「「ああ!/分かった!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まずいな……足跡が途切れた」

 

 

「それらしい人影もないぞ」

 

 

逃走したコハナの姿を見失い、唯一の手掛かりの足跡も途中で消えた。

 

 

――このままではコハナは"彼女"に殺される。

 

 

どこで殺されていたか場所は分かっている。だが当時、私達がその場所に着いた時点ではコハナは既に殺されていた。コハナを救うためには、コハナが彼女と鉢合わせる前にコハナを見つけなければならない。タイムリミットは日暮れまでだ。

 

 

――だが、辺り一帯を探すにしても人手が少なすぎる。

 

 

 

「はぁーい!」

 

 

コハナ捜索について解決策を練っていると、唐突に声を掛けられた。声の方に目を向けると、そこには緑と黄緑の戦闘服を着た双子の女性アークスが立っていた。

 

 

「ちょいとそこ行くアークスさん!お困りじゃないですか?」

 

 

「「「……。」」」

 

 

「ほら、パティちゃんがいきなり話しかけるからキョトンとしてるじゃない。不出来な姉がすみません。あ、わたし妹のティアって言います」

 

 

「君達は一体何なんだ?」

 

 

「あたしたちは『パティエンティア』。アークス1の情報屋だよ!!」

 

 

「勝手に言ってるだけですけど……」

 

 

パティの説明にティアが呆れた表情でそう付け足す。

 

 

「アナタが異世界から来た戦士だよねー!」

 

 

パティは1人興奮したようにキリトの事を観察し始めた。

 

 

「よせ。今はそれどころではない」

 

 

「知ってる。コハナさん探してるんでしょ?」

 

 

私の言葉にパティはキリトの観察を中断してそう返してきた。

 

 

「すみません。取り乱していたようなので、コハナさんがおかしくなった理由を知らないんじゃないかと思って……」

 

 

「アナタ達ルーキーさんみたいだし、"センパイ"アークスのあたしが教えてあげよう!ってね♪」

 

 

そこからパティは新人アークスでも分かるような事を得意気に話を進めていく。

 

 

「ズバリ!コハナさんがおかしくなったのは、《ダーカー因子浄化能力》のせいなのよ!」

 

 

「「ダーカー因子、浄化能力?」」

 

 

キリトと、何故かアフィンもパティの言葉に首を傾げた。

 

 

「そもそも、ダーカーを倒すとダーカー因子が飛び散る事は知ってるわよね?」

 

 

私とキリトは自然にアフィンの方を向く。

 

 

「オレ、座学苦手だったから……」

 

 

――そう言えばそうだったな。

 

 

「アークスは飛び散ったダーカー因子を吸収し、浄化することが出来ます。アークスの基本的な能力の1つです」

 

 

「その能力以上のダーカー因子を吸収すると?」

 

 

「さっきの彼女のようになるのか」

 

 

「その通り!」

 

 

「そのままダーカーになっちゃうかも……」

 

 

脅すようなパティの言葉にキリトは僅かに動揺し、ふざける姉にティアが冷たい視線を送りながらツッコミを入れる。

 

 

「パティちゃん、嘘はダメでしょ。今までダーカーになったアークスはいないんだから」

 

 

「おっかない事言わないでくれよ」

 

 

「今なら、メディカルセンターに連れて行けば治療できるかもしれません」

 

 

「だったら急いで彼女を見つけないと」

 

 

「ああ。そうだな」

 

 

「わたし達もお手伝いします」

 

 

ティアがマップを表示させる。私達はマップの北側、パティ達は南側に分かれて探すことにした。

 

 

「あ、コハナさんが無事見つかったら、あとでアナタ達のこと取材させてねー」

 

 

そう言い残し、2人はその場から去っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は2人を連れ、コハナを探しながら、彼女が殺される現場に向かう。

 

 

――"彼女"がコハナを殺す前に、辿り着かなければ。

 

 

コハナが殺される場所は知っているが、その場所に着くまでの間も辺りを探しながら進んでいるため、次第に日も傾いてきた。

 

 

それでも私が以前体験した時よりも早く目的の場所に辿り着くことが出来た。

 

 

「……誰かいる。索敵に何か引っかかった」

 

 

最初に声を発したのはキリトだった。

 

 

「分かってる。2人は私の後をついて来てくれ」

 

 

私が先行すると、少し曲がった所で立ち尽くすコハナの姿を見つけた。

 

 

「あ、コハナs「待てアフィン、様子がおかしい」えっ?」

 

 

キリトはコハナの元へ駆け寄ろうとしたアフィンの肩を掴み、何かを探すように周囲を警戒し始めた。

 

 

――まさか彼女の気配を感じたのか?いや、キリトほど勘が鋭ければ不思議じゃないか。

 

 

そんな事を考えながら、再び視線をコハナの方に戻すと、コハナの背後から透明な何者かが近づいているのが見えた。……間違いない、彼女だ。

 

 

それがコハナに刃を向こうとした瞬間、私はコハナと見えない彼女との間に立ち、一撃必殺の刃を受け止める。

 

 

「っ!」

 

 

「君にっ……これ以上アークスを殺させはしない」

 

 

見えない筈の彼女は私が攻撃を止めた事に驚愕し、その場から撤退した。何とかギリギリの所で間に合ったようだ。

 

 

「うぅ…ああああああ‼」

 

 

「っと……やはり、まだ暴走したままか」

 

 

――まあ、そうでなければ彼女に狙われるはずがないか。

 

 

闇雲に武器を振り回すコハナの懐に入り込んだ私は彼女の腹に拳を叩き付ける。

 

 

流石に今度は耐えられなかったようで、コハナは意識を失い、崩れるように倒れた。

 

 

「相棒、無事か⁉」

 

 

「私は何ともない。彼女の方も今の所は大丈夫そうだ」

 

 

「良かったー」

 

 

ほっと胸を撫で下ろすアフィン。

 

 

「ひとまずアークスシップに戻るぞ。彼女をメディカルセンターに連れて行く。アフィン、管制とさっきの2人にも連絡を取ってくれ。キリト、悪いが反対側を持ってくれ」

 

 

「なあペルソナ、さっきのって……」

 

 

「やはり貴様も見えていたか。彼女の事」

 

 

コハナを2人で持ち上げ、私からの問いにキリトは頷く。

 

 

「彼女はコハナの様にダーカー化したアークスを始末する存在だ」

 

 

「え?いやでも、今までダーカーになったアークスは居ないんじゃないのか?」

 

 

思わず声が大きくなるキリトに対し、私は人差し指で静かにするようジェスチャーをしながら話を続ける。

 

 

「それはあくまで表向きの話だ。実際は今まで幾人ものアークスがダーカー化、或いはダーカー化しかけ、彼女の手によって始末されている」

 

 

「じゃあなんでその事を誰も知らないんだ?仲間が同じ仲間に殺されているのに」

 

 

「上層部の隠蔽工作だ。彼女に殺された者のほとんどが、ダーカーとの戦いによる戦死だと記録されている。真実を知られると都合の悪い奴が……いや今は止めておこう。まだ彼女が私達を監視しているかもしれない」

 

 

私の言葉にキリトは周囲を見渡す。だがいくら探しても彼女の姿は見えない。恐らく私にも認識できないほど強い認識阻害を掛けているのだろう。

 

 

「おーい2人共!もうすぐ迎えのキャンプシップが来るってよ!」

 

 

私達とは少し離れた場所で管制との通信を行っていたアフィンがこちらに声を掛ける。私達はそれぞれ空いている方の手でアフィンに応える。

 

 

「とにかく今は、コハナを救えただけでも一歩前進と考えておこう」

 

 

その後、メディカルセンターで精密検査してもらった結果、やはりコハナは限界以上のダーカー因子を吸収していたようだ。医者の話では安静に過ごしていればアークスとして復帰できるそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 

その少女は森の中からペルソナ達の動向を監視していた。彼らがコハナを連れてキャンプシップへと乗り込むのを見届けた後、彼女は誰かに通信を入れる。

 

 

「報告です。対象のアークス(ターゲット)の始末に失敗。監視対象とされているプレイヤーの1人からの妨害を受けました。彼らはアークスシップへと帰還したようです」

 

 

『ご苦労。彼女を始末できなかったのは残念だが、想定の範囲内だ。もし彼女がアークスとして復帰できるのなら、まだ利用価値は残っている。何の支障もないさ。君は対象の監視に専念してくれたまえ』

 

 

「了解しました」

 

 

相手のまるで状況を楽しむかのような口調に苛立ちを感じながらも、彼女は冷静にそう返した。

 

 

通信を終え、自身のキャンプシップでアークスシップへと帰還した彼女は透明になり、自身のマイルームへと向かう。

 

 

「……」

 

 

道中、彼女の頭の中では先程任務を妨害したペルソナの言葉が響いていた。

 

 

『君に、これ以上アークスを殺させはしない』

 

 

彼の言葉は、まるで今まで彼女が何度もダーカー化しているアークスを始末している事を知っているような口ぶりだった。だがそれは有り得ない話だ。彼は偶然観測された別世界から"あの男"が実験のために呼び寄せただけの存在に過ぎないのだから。

 

 

ただそれだけの存在に何故あの男は執着するのか。彼女にはその真意が理解できなった。

 

 

だが、それだけの存在を意識しているのは彼女も同じだった。

 

 

――どうしてわたし、ホッとしているんだろう。

 

 

彼のせいで与えられた任務を果たすことが出来なかった。なのに、彼女はアークスを手に掛けずに済んだ事を安堵していた。 あの瞬間、自身の一撃を受け止めた彼の瞳が未だに彼女の脳裏に焼き付いている。

 

 

すぐに彼女は余計な考えを振り払うように頭を振り、ベッドに倒れるように横たわる。

 

 

――忘れよう。どうせすぐに彼もわたしを忘れる。いつかみんながわたしを忘れるみたいに……。

 

 

そう思いながら彼女は瞼を閉じ、一時の安息を得るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





今回はここまで、次回もまたよろしくお願いします。


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第66話 始まりの器


アンチ・ヘイトってタグがあるけど、アンチコメはしたくないし見たくない。この小説ではそんなコメントが無いのが救い(元々少ないとは言わないで)。お久しぶりですオンドゥル暇人です。

大変お待たせしました。第66話です。



 

PSO2を介してオラクルに来てから数日が経った。アフィンやゼノ、エコーと言った面々との交流もあり、皆もこの世界での立ち回りを理解してきた。そんなある日のこと、私はランとユウキと共にナベリウス凍土エリアの探索に来ていた。

 

 

「2人とも遅いよー!早く早くー‼︎」

 

 

「こらユウ!1人で先に行ったら危ないでしょ!」

 

 

「まあ、私達3人だけで行動する久しぶりだから仕方ないだろう。最近は皆で一緒にというのがほとんどだったからな。っとユウキ、そこら辺はクレパスがあるから気を付けろ」

 

 

「分かってるってー!」

 

 

ランをなだめながら、先を走るユウキに注意を促していると、「うわっ⁉︎」という短い悲鳴を上げ、目の前からユウキの姿が消えた。

 

 

――やれやれ、言ったそばから……。

 

 

「ユウー!大丈夫ー⁉︎」

 

 

ランはクレパスに近づき、下に落ちたユウキに向かって呼びかけると、小さく「大丈夫ー!」っと元気な声が聞こえてきた。かなり深くまで落ちたみたいだが、一応無事なようだ。

 

 

「降りてみるか」

 

 

私はランの手に掴まり、深いクレパスの中へと降りる。谷の底ではユウキが待っていた。

 

 

「あ、2人とも!こっち来て、スゴイよ!」

 

 

ユウキは私達の手を取ると、洞窟の奥へと引いていく。途中、何度も躓きそうになった時には、流石にインプの眼が羨ましくなったものだ。

 

 

暫くすると少し開けた場所に着き、その中央に輝く巨大な結晶が浮かんでいる。私はそれに見覚えがあった。

 

 

――まさか、こんな所にあったとはな。

 

 

私が結晶に触れると、その輝きは一際強くなり、視界が白く塗り潰されていく。

 

 

 

 

 

『貴方を待っていた』

 

 

「シオン?ここは……」

 

 

聞こえてきたシオンの声に目を開けると、そこは先程の暗い洞窟ではなく、白い何もない空間だった。

 

 

『ここは現実と仮想の境界。貴方が始まりの器に触れた事で、招き入れることができた。だが、長時間の維持は出来ない」

 

 

遠くから聞こえていた声は鮮明になり、その声の主は私の目の前にその姿を現した。

 

 

「貴方の行動により、未来に変革が観測された。だが、それは演算によって導き出された可能性に過ぎない。貴方の選択次第で情勢は優位にも劣位にも変化する」

 

 

現れるなり早々、1人語りを始めるシオン。その言葉は相変わらず理解不能だ。

 

 

「今はまだ私の言葉を理解する必要はない。貴方に全てを話す時はいずれ訪れる」

 

 

シオンがそう言い終わると、再び眩い光が私の視界を覆い尽くす。

 

 

 

 

 

 

『始まりの器を記憶なき少女のもとへ……』

 

 

光が収まり、目を開けるとそこは元の洞窟の中だった。先程まで目の前にあった結晶は消え、代わりに独特な形状の杖を私は手にしていた。

 

 

「ペルソナ、それ何?」

 

 

「杖のようにも見えますが、不思議な形をしてますね。まさかさっきの結晶が?」

 

 

「恐らくな。だが、一体これは……」

 

 

「リズベットさんなら、何か分かるかもしれませんね」

 

 

「ああ、そうだな……っ‼」

 

 

ランの提案を受け、私達はアークスシップへと戻ろうとしたその時、洞窟の気温が一回り下がったように感じるほど身の毛のよだつ殺気を感じた。その殺気に私は杖をストレージにしまい、代わりにコートエッジを引き抜いて後ろを振り向く。

 

 

 

 

そこにはかつての私が立っていた。キリトから聞いてはいたが、確かに私の記憶とは若干異なるようで、奴は2本の剣を携えており、更に隣にはもう1人、仮面を付けた女性が立っている。無論、彼女も私の記憶にはない。

 

 

――だが何故だ?彼女からは……

 

 

「今、貴方が手に入れた物を(わらわ)に渡してもらおう」

 

 

私の思考を遮るように彼女はその手に私もよく知る両剣(ダブルセイバー)武器《コートダブリスD》を私に向け、そう言ってくる。

 

 

「断る……と言ったら?」

 

 

「腕づくで奪うまで」

 

 

その言葉と共に彼女は私に向かって攻撃してくる。だがこうなる事は予想していた。私は軽々とその攻撃を受け止める。

 

 

しかし、それは奴等も同じだろう。この攻撃は囮、本命は私の背後に回り込んだ"私"。

 

 

私に迫る2本の剣は間に入ったユウキの剣によって弾かれる。更にそこへランの魔法攻撃が放たれるも、奴は魔法を斬り落としながら飛び退くという離れ業をみせ、私達から距離を置いた。

 

 

「ちょっと!いきなり後ろから攻撃するのは卑怯じゃない⁉」

 

 

「ユウキ、そんな事言っても通じるとは思えないんだけど」

 

 

「2人とも注意しろ。こいつ等はそう簡単に勝てる相手じゃない」

 

 

私は2人にそう呼び掛けながら、対峙する仮面2人の様子を窺う。

 

 

「……《第二の英雄》と言われるだけの事はあるという訳か。それに《絶剣》とその姉……流石に分が悪いな」

 

 

男のその言葉に私は耳を疑った。《第二の英雄》、《絶剣》。その二つ名には覚えがある。絶剣とは言わずもがなユウキの事だ。そして第二の英雄とは私のことを指す。だが、それは一部の者からそう言われているだけであり、世間一般に周知されている訳ではない為、その二つ名を知る者は少ない。

 

 

だが、私が驚愕したのはそんな事ではない。その名を口にしたのが他ならぬ()だという事だ。前世の私が今の私を、ましてやユウキの事を知る筈がないのだ。

 

 

「貴様……一体何者だ」

 

 

「……アッシュ」

 

 

「っ⁉」

 

 

「今はそう名乗ることにする。行くぞヴァベル」

 

 

「はい」

 

 

アッシュと名乗った男、そしてヴァベルと呼ばれた女は空間転移し、洞窟内に再び静寂が訪れる。

 

 

「さっきのがアスナ達が言っていた……」

 

 

「ええ、マトイを狙うNPCみたいね。でも今回はペルソナさんを狙ってたみたいだけど」

 

 

「……いや、恐らく狙いはコレだ」

 

 

そう言って私は先程ストレージに入れた杖を取り出す。

 

 

「それってさっきの……でも、どうして?」

 

 

「分からない。だが、コレが奴等にとって重要な物だという事は明らかだ」

 

 

「なら、早く戻ってリズベットさんに調べてもらいましょう」

 

 

その言葉に私は生返事を返すことしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ナベリウスから戻って早々、丁度いいタイミングでログインしたリズベットと出会った私達は、早速、例の杖の鑑定を行ってもらった。

 

 

「うーん……武器って言われれば確かに武器なんだけど……」

 

 

「もしかして、リズでも分からない?」

 

 

「残念ながらね。唯一分かることはコイツがとんでもない武器だって事と、今は壊れてて正常に機能しないって事くらいかな」

 

 

「修復できないか?」

 

 

「こればっかりは流石に無理ね。レプラコーンでもオラクルの武器の解析は可能でも修復や改造はできないみたいだから」

 

 

首を横に振りながら両手を上げるリズベット。彼女でもどうにもならないとなると、やはりあの人に頼むしかないか。

 

 

「そうか。すまなかったな、急にこんな事頼んで」

 

 

「別に良いわよこれくらい。結局何も分からずじまいだったし」

 

 

「あれ?みんな集まって何してるの?」

 

 

丁度その時、部屋の中にマトイが入ってきた。

 

 

「実はナベリウスでこれを見つけてな。今リズベットに鑑定してもらっていた所だ」

 

 

私がマトイに杖を見せると、彼女は不思議そうにその杖を見つめる。

 

 

「なんだろう……何だかすっごく懐かしい感じがする」

 

 

「もしかして、何か思い出せそう?」

 

 

ユウキの問いにマトイは首を横に振る。その表情は何かに怯えているようだった。

 

 

「でも、何か怖い……」

 

 

「マトイ、あまり無理に思い出そうとしなくていいんだよ?」

 

 

「うん……」

 

 

怯えはしているものの、興味もあるのか、顔を上げたマトイは私の持つ杖に手を伸はす。

 

 

「くっ!」

 

 

マトイの手が杖に触れると、杖の先端に着いた球状の結晶が激しく輝き、私の手元を離れて宙に浮かんだ。その光を目にした瞬間、私の脳裏に一つの映像がフラッシュバックする。

 

 

――この記憶は……。

 

 

私は良く見慣れた両手剣を持ち、その刃を目の前にいる少女の腹部に突き立てていた。

 

 

それはとても懐かしく、決して忘れてはならない私の罪の記憶だった。

 

 

剣が刺さった腹から血が溢れ出る少女の姿がマトイと重なったと思うと、実際に目の前にいたマトイが私の体に倒れ込んできた。

 

 

「「「マトイ⁉」」」

 

 

突如として倒れたマトイの元に皆が駆け寄る。当のマトイはすぐに目を覚ました。

 

 

「マトイ、大丈夫か?」

 

 

「……うん」

 

 

そう答えるマトイを見て皆が安堵する中、カシャンっという音が鳴り、そちらに視線を向けると、先程まで光を放ちながら浮遊していた杖がその光を失い、床に落ちていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

万が一という事もあるので、マトイはメディカルセンターに預けて、私達は居住区の外れにある少し寂れた裏路地を歩いている。

 

 

「ねえペルソナ、どこに行くの?」

 

 

「オラクル1の刀匠(とうしょう)と言われる人物の所だ。リズベットでもどうにもならないのであれば、あの武器について分かるのはその人物しかいないと思ってな」

 

 

「そんな凄い方が……でも、どこでその方の事を?」

 

 

「少し前に知り合った情報屋からさっき聞いたんだ」

 

 

――元々知っていたが、裏を取らないと問い詰められた時に面倒だからな。

 

 

そのせいで今度パティの密着取材に付き合わなければならなくなったが。

 

 

「っと、ここか」

 

 

そうこう話していると、扉の上にオラクル文字で「ジグ」と書かれた看板が立てかけられた建物の前に着いた。

 

 

私が扉を開けようとすると、突然目の前の扉が開き、2人のアークスが飛び出して来たと思うと、彼らが出てきた部屋の奥から様々な工具が飛んできた。

 

 

「帰れ帰れ‼何度頭を下げられようとも、もう仕事はせんのだ!叩き出される前にさっさと出ていけ‼」

 

 

そんな怒声と共に投げつけられた工具をギリギリで避け、私はランとユウキを安全な場所に避難させて扉が閉まるのを待つ。

 

 

「だから言っただろ。ジグはもう引退して、今はただの偏屈ジジイだって」

 

 

「残念だなぁ。いい腕だったのに……」

 

 

落胆したようにそんな会話をしている2人のアークスはこちら気が付いた。

 

 

「すまないな、あんたら怪我してないか?」

 

 

申し訳なさそうに謝罪してくる彼らに私は「問題ない」と返す。

 

 

「もしかして、あんた達もジグに依頼をしに来たのか?だったら止した方が良いぞ。さっきも言ったがジグはもう引退しててな、今ではあの有様だ。確かにいい腕だったんだがな……取り敢えず、あんた達も痛い目に遭わない内に帰った方がいいぞ」

 

 

そう言い残し彼らはその場から立ち去った。

 

 

「ど、どうするの?」

 

 

「どうするも何も、一度話してみない事にはどうしようもないだろ」

 

 

「えー⁉でも、さっきの人みたいに追い出されたらどうするのさ!」

 

 

「ユウ。その時はその時よ。それにいつもユウが言ってるでしょ?『ぶつからなきゃ伝わらない』でしょ?」

 

 

「それはそうだけど……」

 

 

その後もユウキは尻込みしたが、暫くしてから覚悟を決め、私とランの背後に隠れて中に入る。

 

 

「しつこい連中め……そんなに痛い目に遭いたいのか」

 

 

扉を開けると、黒いキャストの男が怒気の混じった言葉を放ちながら振り向く。ユウキは彼の怒声に怯えて更に私達の背後に隠れる。私達の姿を見たキャストの男は動揺したのか、声を一瞬詰まらせた。

 

 

「なんじゃ?さっきの連中ではないのか」

 

 

「貴方が、刀匠のジグ?」

 

 

「だったらどうした?」

 

 

「わたし達、あなたに見て欲しい物があってきたんです」

 

 

ランがそう言うと、ジグは呆れたように肩を上下させる。

 

 

「ものわかりの悪い奴等じゃの。だから儂はもう仕事はせんと……!」

 

 

言葉の途中で私が杖を取り出すと、彼は再度言葉を失う。そして興味深そうな様子でそれを観察し始めた。

 

 

「ナベリウスで見つけた。これがどういう物なのか、分かるとしたら貴方だけだと」

 

 

「ナベリウスじゃと?……何とも不思議な構造じゃ。長いこと刀匠をやってきたが、これほどの物は見たことがない」

 

 

「何か分からないか?」

 

 

「無理じゃ」

 

 

「慌てるな。正常に機能するよう修復すればこの武器の正体を知ることが出来るかもしれん」

 

 

「それじゃあ、頼めるか?」

 

 

「ああ。この仕事、儂が受け持とう。長いこと腐っておったが、まだ世の中には儂の知らない物もある。面白いではないか‼」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 

アッシュ。かつての貴方の名を名乗る彼は、手に持つ仮面を見つめていた。

 

 

「……アッシュ。これからどうするつもりですか?」

 

 

そんな彼の隣にヴァベルと呼ばれる少女が現れる。

 

 

「クラリッサが彼の手に渡るのは想定内だ。今はまだ様子を見て、彼らが私達と同じ道を辿るか否かを見極める」

 

 

「もしそれで手遅れになったら?」

 

 

「その時は……もう一度やり直すだけだ」

 

 

「それでも、何も変わらなかったら?」

 

 

「繰り返す。繰り返して繰り返して繰り返し続けて……必ず」

 

 

彼は仮面を被る。あらゆる感情を封印し、非情になる。全ては自身の本懐を果たすため。

 

 

『―――。―――。』

 

 

「変えてみせる。必ず……!」

 

 

 

 

 

 

 





今回はここまで。次回もよろしくお願いします。



↓以下、謎の2人のプロフィール。


〇アッシュ
・マトイを狙う謎の男
・ペルソナの前世と同じ姿をしているが、彼とは異なり2本の剣を扱う
・何故ユウキやランの事を知っていたかは現状では不明

〇ヴァベル
・アッシュと行動を共にする謎の女
・GGOでペルソナが使用しているコートダブリスDを何故か所持している



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第67話 希望の歌姫、ダーカーを喰らう龍


お待たせしました。第67話です。



 

「来たなキリの字、ペルソナ!」

 

 

ある日、突然クラインから「大事な用がある。すぐ来てくれ!」と呼び出され、私達はショップエリアの広間にやって来た。そこにはクラインの他に多くのプレイヤーやアークスが集まっていた。

 

 

「お、ちょうど相棒たちも来たみたいだな」

 

 

そんな声が聞こえたかと思えば、背後に大量のサイリウムを持ったアフィンが立っていた。

 

 

「あー……アフィン、それは?」

 

 

「サイリウムだけど?」

 

 

キリトの問いに当たり前のように答えるアフィン。そんな事を聞いている訳じゃないんだがっと私が言う前にアフィンは私とキリトとクラインに持っているサイリウムを2本ずつ手渡してくる。そんな中、周囲の照明が暗転していく。

 

 

「一応確認するが、これから何が始まるんだ?」

 

 

「え?相棒たち何も聞いてないのか?これからクーナちゃんのライブが始まるんだよ!」

 

 

「クライン……もしかしてこれが『大事な用』じゃないよな?」

 

 

「クーナちゃんのライブ以外に大事な用があるかよ!」

 

 

興奮気味にそう返してくるクラインに私とキリトは互いに溜息を吐く。よほど重要な事なのだろうと思い、準備した私達の時間を返して欲しい。

 

 

「……帰ってもいいか?」

 

 

「気が合うな。私も今そうしようと考えていた所だ」

 

 

「2人とも何言ってるんだよ!これを逃したら生のクーナちゃんを見れる機会なんて2度と無いかもしれないんだぞ!今の内に見といた方が良いって‼」

 

 

「アフィンの言う通りだ。後で『やっぱ見とけば良かった』って後悔しても遅いんだからな!」

 

 

――そうは言うが、私達は後で嫌と言うほど関わる機会があるんだがな……。

 

 

そんな事を考えていると、周囲のクーナファンが私達を睨んでいる事に気が付いた。

 

 

――はあ……これはクライン達に付き合わないとロクな目に遭いそうにないな。

 

 

「分かった。今回だけだぞ」

 

 

「おいペルソナ」

 

 

「他に用事がある訳じゃないだろ?それに……周りを見てみろ」

 

 

私が小声で指摘すると、キリトも周囲のクーナファンからの視線に勘づき、クライン達に付き合う事にした。同時にクーナがステージの上に現れる。

 

 

『みんなー!今日は来てくれてあっりがとー‼』

 

 

オレンジ色のツインテールをなびかせながら登場した彼女に、周囲のファンは歓声を上げる。それは隣の奴等も例外ではなく、

 

 

「うおおおおおおお‼クーナちゃーーーん‼」

 

 

「こっち‼こっちに目線くださーい‼」

 

 

暫くの間……少なくともこのライブの間だけは他人の振りをしていたいと私とキリトは思った。

 

 

 

 

 

 

 

――ライブ中、クーナと何度も目が合ったように感じたのは、恐らく気のせいではないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……まったく、クラインにも困ったものだ」

 

 

ライブの後、キリト達は意図せず付与されたライブブーストを活かす為にフィールドに出た。正確には、ライブの興奮が収まらないアフィンとクラインがキリトを強制連行したのだが。

 

 

2人の注意がキリトに向いている間に逃げた私はショップエリアの3階まで来ている。

 

 

ここは良い。ショップエリアが見渡せ、気持ちを落ち着かせるには丁度良い場所だ。

 

 

「……~~♪」

 

 

――ん?誰か居るのか?

 

 

「ら~ら~らら~♪……」

 

 

「あっ」

 

 

咄嗟に口を塞いだが最早手遅れだった。

 

 

「えっ?」

 

 

声の主は私の方を振り向くと、とても驚いたように眼を見開いた。

 

 

「あっ、あなた……っ‼」

 

 

そこで今度は彼女の方が口を噤む事になる。

 

 

「えっと……あっ、さっきあたしのライブ見に来てくれた人だよね!」

 

 

そう。彼女は先程までショップエリアの1階でライブを行っていたアイドル、クーナだった。

 

 

「良く覚えてるんだな。あの場には君のファンも結構多かったのに」

 

 

「まあね。それに君のお友達はあたしの大ファンだったみたいだし」

 

 

――あそこまで騒いでいれば嫌でも目に入るか。それよりも、

 

 

「意外だな、アークスのアイドルがこんな所に居るなんて。ファンに見つかったら不味いんじゃないか?」

 

 

意外だったのは本当だ。前世ではこの場所で彼女と会うことは無かったからな。

 

 

「なんか『自分はあなたのファンじゃないです』って言われてるみたいなんだけど?……まあ良いけどね。あと、ファンに見つかる心配はいらないよ。さっきまで歌ってたけど、あなた以外に気付いてる人いなかったでしょ?」

 

 

確かに彼女がファンに見つかってたら、この辺りに彼女のサインを求めるファンの大行列ができてるだろうな。

 

 

「ま、あたしは暫くお忍びで楽しみたいし、この事は内緒でヨロシクね!その代わり、いつでも好きな時にサインを書いてあげる権利をプレゼント!一度だけね!」

 

 

そう強く念を押され、他人には秘密にするという約束をクーナと半ば強制的に交わす事になった。取り敢えずアフィンとクラインには言わないでおこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キリトside――

 

 

 

「おっしゃああ!これでも喰らぇええ‼」

 

 

威勢のいい声を上げ、浮遊するアンコウのようなダーカーに突っ込んでいくクライン。だが、振り下ろした刀はその硬い皮膚に弾かれ、動けなくなっている所に体当たりを喰らう。

 

 

「ッてぇー!オメェラ気を付けろ!こいつらメッチャ硬いぞ!」

 

 

「分かってる!セイッ‼」

 

 

俺はどこかで見たことある光景だなと思いつつ、クラインが倒し損ねたダーカーを倒す。

 

 

「アフィン、離れてろ!」

 

 

クラインもすぐに立て直し、アフィンに迫る巨大な盾を持ったダーカーのコアを背後から確実に攻撃する。

 

 

「サンキュー、クライン!」

 

 

「まだ死ぬなよ!ここを乗り越えて、またクーナちゃんのライブ見に行こうぜ!」

 

 

「おう!」

 

 

そんな死亡フラグにも聞こえる会話の最中も、ダーカー達は次々と現れる。

 

 

「にしても、この数は流石に切りがないな」

 

 

俺が悪態を吐いていると、突然飛んできたフォトン弾がダーカーに被弾した。

 

 

「まだ生きてるか?ルーキー?」

 

 

フォント弾が飛んできた方向からは、サングラスを掛けたアークスが華麗な動きで二丁拳銃を使いこなし、次々とダーカー達を屠っていく。

 

 

「す、すげぇ……!」

 

 

「お楽しみはこれからってな」

 

 

「タクラさん助けて!助けてくださいよ!」

 

 

次々とダーカーが消滅していく中、俺達から少し離れた場所でニューマンの少年がダーカーから逃げながら、タクラと呼ばれたサングラスのアークスに助けを求めていた。

 

 

「あの、あの人助けた方が良いんじゃないんですか?」

 

 

「まあ見てろ」

 

 

タクラの言う通り暫くその少年を見守っていると、彼は短杖(ウォンド)を振り下ろし、(ゾンデ)系のテクニックで迫りくるダーカー達を一掃した。

 

 

「100年に1人のの逸材ってやつだ。ああ見えて、君らと同期の新人だぜ」

 

 

その時、新たなダーカー達が俺達の周囲に出現する。

 

 

「新手のお着きだ。君達、まだ戦えるかな?」

 

 

「勿論だぜ!だろ?キリの字」

 

 

「ああ!」

 

 

俺達が身構えていると、突然空にひびが入り、白い体と青いコブのような物を持ち、背中から黒い棘が翼のように生えている怪物がひび割れた空間を破壊しながら出てきた。

 

 

その怪物が両手?を目の前に構えると、周囲のダーカー達が次々と手の中に吸い込まれていき、奴は団子のように固めたダーカーに喰らい付く。

 

 

「ダーカーを、喰ってる……!」

 

 

その光景を見て俺達が戦慄していると、

 

 

「暴走龍……実在したのか……‼」

 

 

信じられない物を見るように暴走龍とやらに近づくタクラ。次の瞬間、彼は暴走龍に喰われ、血痕と彼が持っていた二丁拳銃だけがその場に残った。

 

 

一瞬の出来事に固まっている俺達を暴走龍は一瞥し、すぐに自身が破壊しながら出てきた空間へと消えていく。その場は何も起きなかったのように静かになった。

 

 

 

 

「……タクラさん、死んでしまったんですね。人って簡単にいなくなっちゃうんだな」

 

 

タクラの武器を拾い上げながら感じの悪い言い方をするニューマンの少年。これにはアフィンも黙っていられなかったようで、その少年に抗議する。

 

 

「しょうがないじゃないですか。死体も無いのに実感なんて湧くはず無いですよ」

 

 

「それにしたってさ、感じ悪いぜ。一体何様のつもりだよ。そりゃあ、アークスの仕事は命懸けだから、ダーカーと戦って「そうゆうの嫌なんですね」」

 

 

アフィンのの言葉に被せるようにその少年はそう言った。

 

 

「僕は戦いとか争いとか、あんまり好きじゃないんです」

 

 

「だったら何でアークスになったんだよ」

 

 

「成り行きなんですよ。友達の付き合いで選抜を受けたら僕だけが採用されちゃったんです」

 

 

どこかで聞いた事のある話だった。数日前、いつものようにカフェテリアでアスナの料理全制覇に付き合っていた時だ。

 

 

その時、料理を持ってきたウェイトレスが似たような話をしていた。確か名前は……

 

 

「その友達ってウルクか?」

 

 

「そうですけど、何でウルクの事知ってるんですか⁉」

 

 

「そうか、じゃあ君がテオ、テオドールなんだな……ウルクとはカフェテリアで知り合ったんだ。熱意を認めてくれる人がいたお陰でアークスになれるって喜んでいたし、君に絶対追い付いてみせるって言ってた」

 

 

「ウルクが、アークスに……」

 

 

「何だよ、嬉しくねえのか?」

 

 

「だって嫌じゃないですか!彼女がタクラさんみたいな目に遭ったら……」

 

 

クラインの問いにそう答えるテオドールは本当にウルクの事を心配しているようだった。

 

 

「本当は僕、反対だったんです。ウルクがアークスになるの」

 

 

「だったら、自分でウルクにそう伝えてみたらいいんじゃないかな?」

 

 

「僕が…?」

 

 

俺の言葉に少し煮え切らない様子のテオドール。

 

 

「そうですよね。そうしてみます」

 

 

すぐに顔を上げて、彼は迎えのキャンプシップへと歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ペルソナside――

 

 

 

ナベリウスから帰還したキリト達を出迎えた私は、すぐに彼らの表情から何かあったのを察し、キリトから話を聞いた。

 

 

「タクラは救えなかったか……」

 

 

私がそう言うと、キリトは申し訳なさそうな表情を浮かべた。

 

 

「ごめん。目の前に居たのに……」

 

 

「……気にするな。と言っても無理だろうが、奴の死は受け入れるしかない。恐らく私でも奴を救う事は出来なかっただろう」

 

 

「君は平気なのか⁉だってここは君の世界で、彼は君の……」

 

 

そこまで言いかけた所でキリトは再びバツの悪い顔をして目を伏せる。

 

 

「ごめん……少し興奮しすぎた」

 

 

「いや、私の方こそすまない。配慮が足りなかった」

 

 

そうだ。いくらSAOでの2年間を生き抜き、剣士として強くてもキリトは普通の人間だ。救えた筈の命が目の前で消えて、思い詰めない訳がない。

 

 

――私とは違う。

 

 

私はキリトの肩にそっと手を置く。今はコレが精一杯だ。

 

 

「大事なのはこの先、貴様がどうするかだ」

 

 

「俺がどうするか?」

 

 

「ああ。タクラを救えなかったのは残念だが『非常警報発令!128番艦テミスにダーカー出現!繰り返します!128番艦テミスにダーカー出現!』……来たか」

 

 

――相変わらず間が悪い。

 

 

「行くぞ!タクラの死を悔いるなら、今ある命を全力で救え。今の私達が出来るのはそれだけだ」

 

 

「今ある命……分かった。行こう、ペルソナ!」

 

 

1つでも多くの命を救うため、私達はテミス行きのキャンプシップへと急いだ。

 

 

 

 

 

 





今回はここまで。

SAO組はキリトを毎話必ず出すとして、他の面々をオラクルでどう立ち回らせるかが今後の課題。1、2話くらいオリジナルの話が出来れば上々かなぁ。

また次回もよろしくお願いします。


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第68話 ダーカー強襲


大変お待たせしました。話の大まかな構想は完成していたのですが、リアルが多忙で、なかなか最後の調整が出来ず、時間を空けて見直すと、納得のいかない場面などがあり、想定以上に時間が掛かってしまいましたが、何とか今年中に投稿することが出来ました。 第68話です。



 

「ハアッ!」

 

 

「セイッ!」

 

 

テミスに到着した私とキリトは市街地に溢れかえったダーカー達を次々と屠っていく。

 

 

「早く逃げろ!」

 

 

民間人のほとんどはダーカーによって虐殺されており、私は唯一生き残っていた少女を取り囲むダーカーを一掃し、その少女を逃がす。

 

 

幾ら倒しても一向にダーカーの数が減る気がしない中、突然目の前で起きた爆発により、近くにいたダーカー達が一瞬で消滅した。

 

 

「一体何が?」

 

 

そう言いつつ周囲を警戒するキリト。私はその隣で近くのビルの屋上からこちらを見下ろす青髪の男のアークスを見つけた。

 

 

「天が呼ぶ!地が呼ぶ!俺が呼ぶ‼カッコいいぞっと皆が言う!」

 

 

そんな謎の口上と共に屋上から飛び降りた男は私達の前に着地する。

 

 

「君達!何か困っていないか!」

 

 

――やれやれ。これは面倒なのに捕まったな。

 

 

「……彼は?」

 

 

「知らん」

 

 

「いや、君が知らない訳ないだろ」

 

 

「……逆に知っているからこそ余計関わりたくないんだ」

 

 

「はっはっはっ!君達、俺が目の前にいるのを忘れてないか⁉」

 

 

男はオーバーなリアクションを見せる。……これがコイツにとっては平常運転の筈だから、そこまで気を落としてはいないだろう。

 

 

「まあ良い!まずは自己紹介だ!俺は六芒均衡の六、ヒューイだ!」

 

 

「六芒均衡って、アークスの中でも伝説的な強さを持ってるって言うあの?」

 

 

「伝説かどうかは知らんが、まあそんな所だな!強いのは本当だぞ!」

 

 

前世でもこの人のペースには付いて行けなかったのを今でも思い出す。

 

 

「私達は別に困ってなどいない」

 

 

「いやいや、これから困るぞ。何故ならさっきみたいに……」

 

 

ヒューイの言葉を遮るように周囲で連続爆発が起こり、その爆風で飛んできたダガンを彼は片手で軽々と受け止め、流れるような動きで放り投げた。

 

 

「いい加減にしないか!クラリスクレイス!」

 

 

先程までのお茶らけた雰囲気から一変。そう 責したヒューイの視線の先には、クラリスクレイスと呼ばれた赤髪の少女。彼女の手には色こそ違えど、以前ジグに修復を頼んだ杖と同形状の杖があった。

 

 

「何で止めるんだ?」

 

 

「アークスたるもの、避難を確認してからでないと攻撃してはならない。もし一般市民が巻き込まれでもしたらどうする⁉」

 

 

「だって、クラリッサが教えてくれたんだ!ダーカーがアークスシップを襲ってきたのは10年ぶりだって。ワタシは六芒の六としてクラリッサでダーカーをたっくさんやっつけないといけないんだぞ!」

 

 

クラリスクレイスはクラリッサと呼ぶ自身の杖を掲げ、ヒューイに反論する。

 

 

「大事の前の小事‼」

 

 

「ッ⁉ ダイジノマエノショウジ……ってどういう意味だ⁉」

 

 

「俺にも分からん‼」

 

 

自分で言っておきながら堂々とそう叫ぶヒューイに対し、キリトも思わず「分からないのかよ!」っとツッコミを入れる。

 

 

「だがこれだけは分かるぞ。やるべき事をやってこそのヒーロー。だが無理をするな。出来る最善を尽くすのが正義の味方だ」

 

 

「無理をせず、出来る最善を尽くす……」

 

 

「うむ!さて、そろそろ行くぞクラリスクレイス!困っている人を救うべくっておい、どこに行く?待つんだクラリスクレイスゥー‼」

 

 

話の途中で立ち去るクラリスクレイスを慌てて追いかけるヒューイ。

 

 

――相変わらず、真面目なのかふざけてるのか分からない奴だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱり、ここもダーカーが多いみたいだな」

 

 

「……そうだな」

 

 

市街地の大通りは特に被害が酷く、辺りには瓦礫や死体が転がっていた。

 

 

無論ダーカーの数もその比ではなく、地上にはダガンが、空中にはエルアーダが陣取っている。

 

 

「ハアッ!」

 

 

キリトが空中のエルアーダに向かって跳びあがった瞬間、突然エルアーダの頭が吹き飛んだ。

 

 

「なっ⁉」

 

 

驚くのも束の間、エルアーダ達は次々と頭を撃ち抜かれていき、私達の周囲を取り囲んでいたダーカーは瞬く間に全て消滅した。

 

 

「凄腕のスナイパーがいるんだな。シノンといい勝負なんじゃないか?」

 

 

「それ、絶対彼女の前では言うなよ」

 

 

今日はシノンがこちらに来ていないからまだ良かったが、もし彼女がキリトの発言を聞いていたら、キリトは頭を撃ち抜かれていただろうな。

 

 

「ん?あれは……ゲッテムハルト?」

 

 

話の途中でキリトが何かを見つけ、私も彼の視線の先を見てみると、ゲッテムハルトが建物の屋上を飛び移りながら鳥のようなダーカーを追いかけており、メルフォンシーナがその後ろをついて行っているという構図だ。

 

 

――確か奴等はジグの工房を強襲して修繕途中のクラリッサを奪うはずだ。

 

 

「奴らを追うぞ」

 

 

私がゲッテムハルトを追いかけようとすると、近くに建物が崩壊し、私とキリトは崩れ落ちてくる瓦礫に巻き込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……くっ、そう言えば前もこれでアフィンとはぐれたな」

 

 

前回はこの崩壊のせいでゲッテムハルト達を見失ったが、今回はまだ視界に捉えている。

 

 

「行かせない。たとえこの場で殺してでも「駄目だよ」っ⁉」

 

 

コートエッジを杖代わりに立ち上がり、視線の先で街の奥へと向かうゲッテムハルトを追おうとするも、突然背後から声を掛けられ、足が止まる。

 

 

「この場で彼を手に掛けも未来は変わらない。それは君自身も分かっている筈だよ」

 

 

「ならどうするつもりだ。このまま多くの命が失われるのを指を咥えて見ていろと言うのか⁉」

 

 

そう抗議しながら背後にいる人物の方を振り向く。だがその姿は、私が記憶しているものとは異なっていた。

 

 

「貴様……」

 

 

「この子には悪いけど、暫くの間この体を使わせてもらうよ」

 

 

「……私に何をさせるつもりだ」

 

 

「取り敢えず、このまま僕について来て欲しいかな。大丈夫、君が抵抗しない限り、この子には何もしないから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キリトside――――

 

 

 

「つ……ってて。ペルソナー!無事かー⁉」

 

 

俺の体を潰すか潰さないかギリギリのラインで奇跡的に積み重なっている瓦礫をどかし、ついさっきまで隣にいた彼の名前を呼んだ。だが彼からの返事はない。

 

 

「……完全にはぐれちゃったみたいだな」

 

 

ペルソナの事だ。心配する必要はないだろうけど、またいつ周りの建物が崩れてくるか分からない為、俺はその場から離れて彼を探すことにした。……とは言っても、そこまで遠くに離れたわけじゃない筈だし、すぐに見つかるだろう。

 

 

道中で遭遇するダーカーを倒しながら進んでいると、不自然に集まっているダーカーの群れを見つけ、俺は近くの瓦礫に隠れて様子を窺う。

 

 

――この数、俺ひとりじゃ流石に分が悪いかもな。

 

 

そんな事を考えていると、目の前にいたダーカーの数体がその場から離れていき、奥の方に人影を発見した。

 

 

「あいつは……!」

 

 

一瞬、ペルソナを見つけたのかと思ったが、その人影が周囲のダーカー達に指示を出しているような様子を見て、俺はすぐに臨戦態勢に入る。人影の正体は、マトイを保護した時に現れた仮面の男だった。

 

 

男は俺が出てくるのを待っていたかのように、周囲に残るダーカー達を下がらせる。……よく見ると仮面の額の辺りに切り傷が出来ている。

 

 

「お前がダーカー達を操っていたのか」

 

 

「……マトイを殺せ」

 

 

俺の問いには答えず、代わりに衝撃の言葉を放つ。

 

 

「どうして俺に」

 

 

「それしかお前に道はない。さもなくば、お前は全てを失うことになる」

 

 

「質問に答えろ。どうして俺にマトイの殺させようとするんだ」

 

 

「……私の言葉の意味が分かった時、お前は深く後悔することになる。そうなりたくなければ、私の言う事に従え」

 

 

「! ま、待てッ!」

 

 

立ち去ろうとする男を追いかけようとした直後、紫色の閃光が視界全体に広がり、途轍もない衝撃が俺を襲う。

 

 

咄嗟に2本の剣を目の前でクロスさせ、直撃は防いだものの、かなりのHPが削られた。

 

 

追撃を警戒して周囲を見渡したが、もうそこに男の姿はなかった。

 

 

――逃げた……いや、見逃されたって方が合ってるか。

 

 

俺はHPを回復させながら立ち上がる。

 

 

――あいつ、どうして俺にマトイを殺すように促したんだ?

 

 

勿論、言う通りにするつもりは無いが、気になったのはどうして俺なのかって事だ。

 

 

彼が過去のペルソナなら、俺ではなくペルソナにマトイを殺すように促すはずだ。それにほぼ初対面に等しい俺の事を知りすぎている。……ペルソナは自分の知らない事が起きるかもしれないとは言ってたけど。

 

 

そんな事を考えている俺の目の前に、一台の装甲車が止まる。

 

 

「キリト君!良かった、合流できて」

 

 

装甲車から出てきたのは、アスナとゼノとアフィン、そしてウルクだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

装甲車で移動中、俺達は互いの情報を共有した。どうやらアスナはログインしてすぐに緊急アナウンスを聞き、ユイと一緒にテミスまで来たのだが、道中、大きな爆発と共に周囲の建物が崩壊し、ユイと逸れてしまい、装甲車に乗るウルク達と合流して今に至るという訳だそうだ。

 

 

「本当はユイちゃんを探したかったんだけど、時間がないって言われちゃって。ねえキリト君、ユイちゃんに何かあったらどうしよう」

 

 

「ユイならきっと大丈夫さ。この世界でならユイも戦える。今はユイの無事を信じよう」

 

 

「……うん。そうだよね、ユイちゃんの事、信じてあげないとね……」

 

 

アスナにはそう言い聞かせたが、ユイが心配なのは俺も同じだ。いくらユイも戦えるとは言っても戦闘経験は浅い。いつもはナビゲーションピクシーとして戦闘の補助をしてもらっているが、実際に武器を持って戦うのとはわけが違う。本当は今すぐにでも装甲車(ここ)から飛び出してユイを探しに行きたいし、ペルソナとも合流したいが、目の前で脅かされている命も見て見ぬふりは出来ない。

 

 

「そう言えばゲッテムハルトが鳥型のダーカーを追ってるのを見たんだ」

 

 

「ゲッテムハルトが?……鳥型のダーカーか、俺は知らないな」

 

 

「またあの人の事だから、俺の獲物だーって追っかけてただけなんじゃないですか?頭まで筋肉の人だからさ」

 

 

アフィンはそう言うが、あの時見たペルソナの様子からは、何か大変な事が起きる前触れのような感じがした。

 

 

「そう悪く言うな。あれでも俺の先輩だ」

 

 

「え、そうなんですか⁉」

 

 

「憧れの先輩だったんだ……」

 

 

俺やアスナ、アフィンが驚く中、ゼノは過去を懐かしむような顔をしながら話し始めた。

 

 

「途轍もなく強くて、ナックルの扱いも超一流。ちょっと乱暴な所はあったけど、頼もしい良い先輩だったんだぜ。メルフォンシーナともいいコンビだった。みんなが羨むくらいの仲でな」

 

 

「メルフォンシーナさんと?そんな関係にはとても見えませんでしたけど」

 

 

アスナからの疑問の声に少し困った表情になるゼノ。

 

 

「そうだな。だが、十年前まではそうだったんだ」

 

 

「十年前……」

 

 

「ゼノ、十年前に何があったんだ?」

 

 

「……それは、」

 

 

ゼノが何か言おうとしたタイミングで、装甲車が止まった。

 

 

「到着しました」

 

 

「分かった。よし!おしゃべりは終わりだ。行くぞ!」

 

 

話は気になる所で打ち止めになったが、続きはまた今度ペルソナ辺りにでも聞くことにし、俺とアスナはゼノ達と別れて行動することにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハアッ‼ アスナ!そっちは大丈夫か?」

 

 

「わたしは大丈夫!キリト君は?」

 

 

「俺も大丈夫だ。でもこの数、全然減ってる気がしないな」

 

 

そんな悪態を吐きながら俺は攻撃を仕掛けるが、俺の攻撃が当たる寸前で目の前からダーカー達が一斉に消えていく。

 

 

「一体何が……?」

 

 

『こちら管制。テミス艦内のダーカー反応は全て消失しました。各員は周辺地域の生存者の救助に当たってください』

 

 

「反応が全て消失?どうして急に」

 

 

「でも取り敢えずこれでクエストクリアって事で良いのかな?」

 

 

「そうなのかもな。とにかく言われた通り生存者がいないか探してみよう」

 

 

「うん。そうだね」

 

 

暫くの間、辺りを巡回していると、瓦礫の陰から1人のニューマンの少年が出てきた。

 

 

「君は、確かテオドールだったな。どうして隠れてたんだ?」

 

 

「だって怖いじゃないですか!全部転移したって言っても、まだダーカーが残っている可能性あるでしょう?」

 

 

「だったら、わたし達と一緒に行動しようよ。あなたも生存者を探してるんでしょ?」

 

 

「ええ、まあ」

 

 

「じゃあ決まりだね。みんなで一緒に行動した方が安全だし、効率も上がると思うから。良いよね?キリト君」

 

 

「もちろん構わないよ。テオ、君もそれで良いか?」

 

 

「はい。宜しくお願いします」

 

 

こうして俺達3人は周辺地域の捜索を始めた。だが、どれだけ歩いても目に映るのは崩れた瓦礫と、人の形を留めていない死体の山ばかり。

 

 

「酷いね……こんな状況だと生き残ってる人はもう……」

 

 

「大丈夫、もしかしたらまだどこかに隠れているだけできっと生きてる人は見つからさ」

 

 

そう言ったものの、これだけ悲惨な状況を目の当たりにすると、望みは薄いかもしれないと考えてしまう。それでも1人でも生存者がいる可能性を信じ、探索を進めていると、道の真ん中で炎を上げながら横転している装甲車を発見した。

 

 

「アスナ達はここで待っててくれ」

 

 

嫌な予感がした俺はアスナとテオドールを待機させて、装甲車にゆっくりと近づく。

 

 

「っ!」

 

 

炎上している装甲車の隣には運転手と思われる人物の焼死体が倒れており、その近くには死体のものだろうネームプレートが落ちていた。その写真を見て俺は戦慄する。

 

 

「あの……運転手は大丈夫ですか?」

 

 

「駄目だ!来るなテオ‼」

 

 

「え?でも誰かいるなら助けないと……」

 

 

俺は近づいてくるテオドールを止めようとするが、一歩間に合わず、テオドールは俺の背後の光景を見てしまった。

 

 

「ウル……ク?」

 

 

「え?」

 

 

消えそうな声でテオドールが口にした名前を聞いたアスナは動揺し、言葉を失う。

 

 

「嘘だ、ウソダウソダ……ウソだぁーー‼」

 

 

幼馴染の死という受け入れがたい現実に直面し、絶叫するテオドール。俺達はそんな彼の悲痛の叫びに呼応するように、激しく燃え上がる炎をただ見ている事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 





今回はここまで。また次回もかなり時間が空くと思いますが、来年もよろしくお願いします。

それでは皆様、よいお年を。


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第69話 破滅の足音


明けましておめでとうございます。……と言うには時間が経ち過ぎていますが、今年初の投稿なので一応言っておきます。

元日から大変な事が起きている年ですが、今年も頑張って投稿していこうと思います。

それでは第69話どうぞ。


 

 

「それにしても、この人数で攻略ってのも久しぶりね」

 

 

「そうですね。それに今回はペルソナさんやアフィンさん達も一緒なので心強いですね」

 

 

「あはは……相棒に比べたら頼りないかもだけど、オレにも出来る限り頑張らせてもらうよ」

 

 

突然だが、私達はナベリウスで新しく発見された《遺跡エリア》の探索に来ている。

 

 

先日のダーカーによるテミス強襲から数日の事だ。突然、ナベリウスの凍土エリアの真ん中にこの遺跡エリアが現れ、我々プレイヤーにもフィールドが開放された。

 

 

――どうやら、私の記憶とは随分と流れが違うようだな。

 

 

私の記憶が正しければ、ダーカー強襲の直後にゲッテムハルトがマトイを攫い、この遺跡エリアの最深部に封印されているダークファルス【巨躯】(エルダー)を解放しようとし、私とその場に居合わせたゼノとエコー、そしてその時コンタクトを取ってきた六芒均衡の三、カスラと共にそれを阻止しようとする流れだった。今回のように一般アークス達に遺跡エリアの探索許可が出されるのはその後の話になる筈なんだが。

 

 

――クラリッサが奪われた以上、どちらが先でも些細な問題ではないが。

 

 

先日、ジグから預けていた杖…白錫クラリッサが何者かに盗まれたという報告を受けた。ジグ曰く、ダーカー強襲の騒ぎに乗じて工房に侵入されたらしい。自身は工房から連れ出されており、監視カメラは全て破壊されていて、犯人が分からないとの事だ。勿論、私には誰が犯人か分かっている。明確な証拠がない以上、言い逃れられる恐れがある為、直接問いただせないのが歯痒い所ではあるが。

 

 

「だけど良かったのか?俺達まで一緒に来ちまって」

 

 

「まあ良いじゃないゼノ。折角誘われたんだからお言葉に甘えちゃいましょうよ。回復や支援はあたしに任せて、結構得意だから」

 

 

「ようやくウチにもまともな回復役が……」

 

 

誰が発したのか分からないが、その呟きにドッと皆が吹き出した。

 

 

「確かに、アスナも姉ちゃんも途中からガンガン前に出ちゃうから、結局ヒーラー無しで戦う事の方が多いよね」

 

 

「あら?そんな事言うユウキにはもう回復魔法かけてあげない」

 

 

「ええ⁉アスナーそれは勘弁してよー!」

 

 

「まあユウは支援が無くても全然余裕だから大丈夫よね?」

 

 

「姉ちゃんまで⁉2人共ごめんってー!」

 

 

懇願するように2人に飛びつくユウキ。そんなやり取りを見て思わず笑みがこぼれる。

 

 

まだまだ不安要素はあるが、今はまだそこまで深刻に考える必要は無いのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「突進が来るぞ!お前ら、奴の進路から離れろ!」

 

 

ゼノが叫んだ直後、黒い巨体が私達のすぐ横を恐ろしい速度で通り過ぎて行く。

 

 

――ゼッシュレイダ……相変わらずあの突進攻撃は厄介だな。

 

 

フィールドの探索を進めていくうちに、私達は少し開けた場所で遭遇したゼッシュレイダと戦闘に入った。

 

 

ゼッシュレイダはエルダーの眷属の大型ダーカーの一種。先程のようなその巨体に見合わない速度の突進攻撃も厄介ではあるが、何よりも特徴的なのが、

 

 

「クッソー!やっぱコイツも滅茶苦茶硬いぞ!」

 

 

クラインの悪態通り硬いという事だ。ゼッシュレイダは巨大な亀のような姿をしており、背中の甲羅は恐ろしいほど硬く攻撃を全く通さない。しかも突進攻撃の後は決まって弱点のコアを持つ頭を甲羅の中に隠す。一瞬だけ頭を出す時があり、その時に頭部のコアに一定以上のダメージを与えられれば奴が引っ繰り返り、攻撃のチャンスになるのだが、奴は頭を出すと同時に火炎ブレスをしてくるため迂闊に近接攻撃を行うことが出来ない。

 

 

だが、裏を返せば近づかずにコアの部分へ強力な攻撃を与えれば良いのだ。

 

 

「今だ、シノン!」

 

 

キリトが合図を出すと、腹まで響く爆音と共に一陣の閃光がゼッシュレイダの頭部を貫いた。

 

 

頭部のコアが破壊され、引っ繰り返るゼッシュレイダ。露見した胸部のコアに一斉攻撃を仕掛け、ゼッシュレイダは消滅した。

 

 

「やったなお前さん方。最後の狙撃も中々の物だったぜ」

 

 

「結局、オレあんまり活躍出来なかったな……」

 

 

「そんなこと無いさ。さっきの奴は倒せたのは紛れもなくアフィン達が居てくれたお陰だよ。きっと俺達だけじゃここまで早く倒せることは出来なかっただろうさ」

 

 

「そうだぞアフィン。最初会った時に比べたらお前さんはかなり強くなってる。もうすっかり一人前のアークスだ」

 

 

「!……ありがとうございますゼノさん!」

 

 

ゼノからの賞賛の言葉にアフィンはとても嬉しそうに礼をする。

 

 

「さてと、ここら一帯のデータは集まったし、俺達は上に今回の調査報告をしに戻るが、お前さん達はどうする?」

 

 

「わたし達も戻ります。出発前にマトイちゃんから『新しい場所について話をして欲しい』ってお願いされてたので」

 

 

「私は少し残って探索を続けようと思う。この先がどうなってるのか気になるからな」

 

 

「じゃあ俺もペルソナと一緒に探索に行こうかな」

 

 

ゼノからの問いにアスナ、私、キリトの順にそう答え、今日はそこで解散という事になった。

 

 

 

 

 

 

「……で、どうして2人まで?」

 

 

「何?わたしが一緒だと何か問題ある?」

 

 

「わたしは少しでも皆さんの役に立てるようになりたいので、パパ達の動きから勉強させて貰おうと思って付いてきました。あ、ちゃんとママからも許可が出てるので大丈夫です!」

 

 

「そ、そうか。別に断る理由もないし良いけど、無茶だけはしないでくれよ」

 

 

「アンタにだけは言われたくないわよ」

 

 

シノンからの反論に小さくなるキリト。後ろで繰り広げられているそんなやり取りを聞きながら、私は記憶と目の前に見える巨大な柱を目印に、このエリアの最奥へと進む。幸いなことに道中現れるエネミーは小型のダーカーがほとんどで、苦労せずに遺跡エリアの最深部、墓標まで辿り着くことが出来た。

 

 

「どうやら、先客がいるようだ」

 

 

墓標の前には大柄の男が立っていた。その男は私達の足音に気付き、こちらに振り向く。

 

 

「あ?オマエはあの時の……」

 

 

その男…ゲッテムハルトはキリトを見て面白そうに笑い出した。

 

 

「ほぉ?暫く見ねぇうちに随分と美味そうになったじゃねえか。それに横のお前」

 

 

ゲッテムハルトは眼だけ動かし、ギロリと私の方を睨み付ける。

 

 

「お前も中々良い目をしてるな。色んな地獄を見てきた。そんな目をしている。くくく……面白ェな。オマエらも導かれたって訳だ」

 

 

「導かれた?」

 

 

ゲッテムハルトの言葉にキリトは首を傾げながら聞き返す。

 

 

「とぼけるなよ。気付いてるだろ?この場に漂う、どす黒い感覚に。まあ、本当に気付いてないならそれでも構わねえ。オマエらみたいに真っ当な仲良しこよしはハナっから願い下げだ!さっさと帰れ!そして腑抜け同士で馴れ合ってろ!オマエらには、それがお似合いだ!」

 

 

「アンタ、さっきから「よせ」なんで…ッ⁉」

 

 

私は今にもゲッテムハルトに突っ掛かろうとするシノンを制止する。彼女が私に非難しようとしたが、彼女は突然声を詰まらせる。

 

 

「帰るぞ」

 

 

「ペルソナ、でも……」

 

 

「私が探索を続けたのは何故このエリアが突然現れたのか、最奥まで進めば何か分かるかと思ったからだ。だがここにあるのは巨大な柱と墓標だけだ。私が求めるモノはここには無かった。だとしたら、もうこの場所に用はない。……邪魔したな」

 

 

ストレージから取り出した簡易テレパイプにキリト達を押し込み、私もその後に続く。キャンプシップへと転送される直前、ゲッテムハルトが見せた不敵な笑みを私は見逃さなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シノンside――――

 

 

 

 

あれは本当にわたしの知る彼だったのだろうか?あの時わたしを止めた彼はまるで別人のようで、あの時感じた殺気は人間が出していい物なのか?兎に角その殺気に当てられたわたしは暫くの間声が出せなくなっていた。

 

 

「悪いな。あのままだと間違いなくお前達はあいつと衝突していた。それは避けたかった」

 

 

キリトの後に現れた彼は、いつも通りの彼だった。

 

 

「それは良いんだけど、君は良かったのか?だってあいつは」

 

 

「今はその事は気にするな。それに今は何を言っても無駄だろうからな」

 

 

何かを気にしてるようなキリトを彼がそう諭す。わたしの目の前で意味が分からない会話をしている2人に苛立ちを覚えるも、さっきの事もあり、何とか絞り出せた声でわたしは2人に問い掛ける。

 

 

「アンタ達、さっきから何の話をしてるのよ?」

 

 

「「……」」

 

 

わたしの質問に対し2人して口籠る。

 

 

「もしかして、最近アンタ達の様子が変なことと関係してるの?」

 

 

わたしが問い詰めると2人は揃ってバツの悪そうな顔をしてわたしから目を逸らした。全くコイツらは、こういう所は本当にそっくりだ。

 

 

「ねえ、何か隠してる事があるなら――ドオオォオン!――きゃっ⁉」

 

 

更に問い詰めようとしたその時、急にわたし達の乗る舟が大きく揺れた。警報が鳴り響く。

 

 

「な、何だ⁉」

 

 

『パパ!大変です。突然、このエリア一帯の空域に強力な重力場が……!』

 

 

「ユイ⁉ユイ!どうしたんだ⁉」

 

 

操縦室にいるユイちゃんから通信が入るも揺れが大きくなり、強制遮断される。

 

 

「クソッ!」

 

 

険しい表情で操縦室へと駆けるキリト。わたし達も急いで後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「姿勢制御、重力制御……ダメ、このままじゃ!」

 

 

「ユイ!」

 

 

「パパ!」

 

 

操縦室に入ると、ユイちゃんが慌てて色んな制御盤を操作していた。わたし達は彼女の傍に寄って様子を見守るが、状況は悪化し続ける一方で、警報がより一層大きくなっているように感じる。

 

 

「まずいな。このままじゃ墜落するぞ!」

 

 

「私に任せろ。キリト、お前はユイちゃんの傍に」

 

 

焦るキリトとは対称的に、彼は冷静に制御盤の操作を始める。

 

 

「何とかできるのか⁉」

 

 

「いや、この重力場からの脱出は不可能だ。どうにかして不時着させる。衝撃に備えろ‼」

 

 

彼の言う通りに近くの機器を掴んだ直後、今まで以上に激しい揺れがわたし達を襲う。

 

 

「っ!まずい!」

 

 

「えっ?」

 

 

珍しく彼が焦った声を出したと思ったら、彼に押し倒された所でわたしの意識は途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ペルソナside――――

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……流石にさっきは焦ったな」

 

 

遺跡、正確には"この場に墜落したキャンプシップの残骸”が目の前まで迫っていたとは言え、キリトを突き飛ばし、シノンに覆い被さったのは配慮が足りなかったか。

 

 

「キリト達は、取り敢えず無事のようだな。グッ⁉……っ」

 

 

少し離れた所まで飛んだキリトとユイちゃんを見て一息つくと、突如として強烈な痛みが全身を襲い、私はその場に倒れ込みそうになるが、何とか肘を曲げて踏みとどまる。その勢いで私の額から熱い何かが赤い塊となって地面に落ちた。私の血だ。

 

 

「さっき打っていたのか。応急処置ではあるが、この程度なら」

 

 

モノメイトを飲み干すと全身の痛みが少し和らぎ、額からの出血も止まった。私はシノンをキリト達と同じ所に運び、先程ゲッテムハルトと出会った墓標を目指して進みながら、緊急回線を使ってゼノを呼び出す。

 

 

「私だゼノ、聞こえるか?」

 

 

『おお。どうした、緊急回線なんて使ってよ?』

 

 

「キャンプシップが墜落して戻れなくなった。今から送る座標まで救援に来て欲しい」

 

 

『分かった。すぐに向かうからそこで待ってろよ!』

 

 

連絡を取り合っている中、大きな地響きが起こる。見上げるとナベリウスの空全体が紫色に染まっている。更に私の行く手を阻むようにエルダーの眷属たちが立ち塞がる。エルダー復活が近づいている証拠だ。

 

 

――目視でも50体以上はいるか。

 

 

「悪いが悠長に待ってられなさそうだ。キリト達を救助したらそのまま避難してくれ」

 

 

『お、おい!』

 

 

通信を切り、コートエッジを引き抜いた私はダーカーの群れと対峙する。出来れば万全の状態で挑みたい所だったが、今回は状況が状況だ、我が儘は言えない。

 

 

「ッ弱音を吐いている余裕もない、な!」

 

 

攻撃を受けつつも確実に一体ずつコアを潰しながら進む。だが、ダーカー達は際限なく溢れ出てくる。

 

 

いくら私が奴等の弱点や攻撃パターンを熟知しているとは言え、ここまで数を相手にするのは多勢に無勢もいい所だ。

 

 

「……どうしても私の邪魔をしたいらしいな。まあ、当たり前か」

 

 

無尽蔵に出現するダーカーとの戦闘。昼間の攻略から連戦という事もあり、私は徐々に集中力が切れ、不覚にも後ろを取られた。

 

 

――しまった!

 

 

背後から迫る一つ目が特徴のキュクロナーダの存在に気付いた時にはもう遅く、奴は棍棒の形をした右腕を私目掛けて振り下ろす。

 

 

「ハァ!」

 

 

正に間一髪。棍棒が私の目の前で止まり、キュクロナーダは消滅し、更に上空から降り注いだ無数の(ゾンデ)系テクニックにより、他のダーカーも一匹残らず消滅した。

 

 

「おや?突然ダーカー反応が増加したので嫌な予感がして来てみたのですが、危ない所でしたね」

 

 

「あんた……」

 

 

私の前に現れたニューマンの男。白と黒を基調とし、所々に緑色のラインが入った戦闘服に、髪色は緑でサングラスのような眼鏡を掛けている。出来る事なら1番関わりたくない人物が目の前にいた。

 

 

「失礼、自己紹介がまだでしたね。とは言っても私はただのアークスですので、特にこれと言って紹介する事は無いんですけどね」

 

 

――ただのアークスにこんな芸当はできないだろ。

 

 

「おいおい冗談だろ?あんたがただのアークスだったら、俺達はどうなっちまうんだ?」

 

 

そう言って私と男の会話に割って入ってきたのはゼノ。同時に、ゼノと一緒にやって来たエコーが回復テクニックを私に掛けて傷を癒す。

 

 

「なあ、六芒均衡の三、カスラさんよ」

 

 

「私のことをご存知なら話は早いですね。六芒均衡の1人として、早急に退くことを推奨します。脅しではなく、本気で」

 

 

カスラは稀に見せる本気の眼で私達を止めようと説得する。私とて危険なのは承知の上だ。だからと言ってここまで来て引き下がる訳にもいかない。そんな私の考えを知ってか知らずか、カスラはすぐ不敵な笑みを浮かべる。

 

 

「……と言って、1人で進むというのが六芒均衡として正しい対処だとは思うんですけどね。こうしてお会いできたのも何かの縁。よろしければ、ご同行願えませんか?」

 

 

「勿論だ。私も仲間達を危険な目に遭わせた原因を知りたいからな」

 

 

「しかし良いのか?六芒均衡サンの足手まといになるかもしれないぜ?」

 

 

「はは……大した事ありませんよ。私は情報収集専門。戦いは不得意です。正直、1人で進むのは不安なだけです。ですから、どうか(かしず)くことなく、いちアークスとして応対してください」

 

 

先程あれだけの数のダーカーを一掃しておきながら何をっと心の中で思ったが、再度地響きが発生し、時間が無いと判断した私達は、カスラと共に遺跡エリアの最奥を目指し歩を進めた。

 

 

 

 

 

 





今回はここまで。書いてると「もっと、もっと」と書きたい欲求が溢れ出てくるので中々止めどころが掴めない。決して悪い事ではない筈ですが、それが原因で皆さまを待てせてしまっているので、自分の欠点でもあると思います。

次回もまた時間が空くと思いますが、なるべく早く投稿できるように頑張ります。


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第70話 終わりの始まり


お待たせしました。第70話です。どうぞ。



 

「そう言えばゼノ、キリト達はどうした?」

 

 

「安心しろ。3人共俺達が乗ってきたシップに待機してもらってる。とは言っても、全員まだ目を覚ましちゃいないがな」

 

 

「そうか」

 

 

この先の流れを知っている身からすれば、出来る事ならゼノも一緒にシップで帰還して貰った方が私としては良かったのだが。

 

 

――まあそれはそれで後々、私が困ることになるのだが……。

 

 

「はぁ……上手くできてるものだな」

 

 

「大丈夫か?」

 

 

「ああ、問題ない」

 

 

口ではそう言うが、実のところ、いくら奮闘しても思い通りになってくれないこの世界の理不尽さにどうにかなってしまいそうだった。

 

 

「それにしても、ダーカー多すぎない?いくら倒しても切りがないわよ」

 

 

「全くだ。おいカスラさんよ、いい加減教えてくれても良いんじゃないか?ここで一体何が起ころうとしてるんだ?そもそも、ナベリウスにダーカーは居なかった筈だろ」

 

 

「良いでしょう。それではまず、皆さんは40年前、このナベリウスで何が起こったかご存知ですか?」

 

 

先行するカスラはこちらを振り向かないまま、私達にそう問い掛けてくる。ゼノとエコーは何を当たり前の事をっと言いたげな表情を見せる。

 

 

「それってダークファルスとの決戦の事ですよね?初代六芒均衡の皆さんが命を賭してダークファルスと戦って、これを撃破したっていう」

 

 

「その通り。データにはそう記録されてます。ですが、事実は違います。ダークファルスは倒されてはおらず、今も尚この地に封印されている」

 

 

「おいおい、それってアークスが嘘をついていたって事かよ」

 

 

「その通りです。今までダーカーの侵略も無い平和な惑星。そう偽ることで注目を逸らす。そうすれば、ごく普通のアークスはこの惑星に価値を見出さず、近寄ることが少なくなる」

 

 

ゼノの言葉にそう即答するカスラ。衝撃の事実に2人は信じられないとでも言いたげだったが、今まで自分たちが信じていた組織の上層部がそんな重大な事を秘密にしていたのであると知ったのだ、無理もない。

 

 

「解せんな。何故アークスはそんな事をする」

 

 

「守る為ですよ。『ダーカーを殲滅し、宇宙に平和をもたらす絶対なるアークス』という虚構の神話を。ダークファルスは倒せるもの。そうアークスに信じ込ませる為の決定的な証拠を隠している。……先を急ぎましょう。貴方たちの知りたい全てが、この先にあります」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

更に先に進んだ私達は墓標の前へと辿り着いた。そこには、やはりまだゲッテムハルトが居た。そして先程は居なかったメルフォンシーナが墓標の前でジグに託していた筈の白錫クラリッサを掲げており、墓標からは異常なほどの瘴気が溢れ出している。

 

 

「ほぉ、オマエが来たか?それ以外にも随分とギャラリーが多いみたいだな」

 

 

ゲッテムハルトは私とゼノ達を見て高笑いする。

 

 

「ゲッテムハルト⁉テメェ、ここで何してやがる!」

 

 

「ピ・ク・ニッ・ク、だよ?」

 

 

「ふざけんな!この鳴動はテメェの仕業か!」

 

 

「ピーピーうるせぇな。おい、シーナまだかよ?」

 

 

自分で煽るような事を言っておきながら、ゼノの言葉を流したゲッテムハルトは、後ろで白錫クラリッサを墓標に掲げているメルフォンシーナに声を掛ける。

 

 

「止めなさい!自分が何をしようとしてるか分かっているのですか!」

 

 

「ダークファルスの解放、そしてそのダークファルスをも屈服させる力がを俺にはある!」

 

 

どうやらカスラの制止の言葉も耳に入らないらしい。

 

 

「正気じゃない」

 

 

「クソッ、さっきの話はマジだったのかよ」

 

 

「解放がなされたら終わりです。杖を回収してください!」

 

 

「分かった!行くぞペルソナ!」

 

 

「ああ!」

 

 

私とゼノはゲッテムハルトに攻撃を仕掛ける。

 

 

それを見てゲッテムハルトは面白そうに口角を上げ、ナックルを装備すると、私達2人の攻撃を同時に防ぐという離れ業を見せた。

 

 

――伊達に10年以上前線で戦い続けているだけの事はあるという訳か。

 

 

私とゼノが後退した直後、雷と光の矢がゲッテムハルト目掛けて降り注ぐ。土煙が舞い、ゲッテムハルトの姿が見えなくなる。

 

 

「オラァ‼」

 

 

エコーとカスラが放った攻撃は確実に直撃した。だが、ゲッテムハルトはそれを気にも留めず、煙から出てきたと思えば、ゼノの首を掴んでエコーに向けて投げる。そのままの勢いでカスラへに詰め寄ると、彼の顔面を殴り、カスラの眼鏡が割れる。

 

 

一瞬で3人を倒したゲッテムハルトは私の方に振り向きながら不敵な笑みを浮かべる。

 

 

「戦闘狂が……」

 

 

一気に距離を詰めるゲッテムハルト。私が剣を振ると、動きに合わせて奴もナックルを突き出して攻撃を防いでくる。

 

 

――そう言えば、コイツには一度も勝ったことが無かったな。

 

 

最初に奴と戦ったのはマトイが攫われた時。あの時は不意打ちだったのと奴の目的がマトイを連れ去る事だったから戦いとは言えないが。二戦目はまさにこの場所。ゲッテムハルトが投げてきたマトイを受け止めた為に戦闘どころではなかった。三戦目は私がダークファルスになったあと。マトイと初めて出会ったあの大樹で私が過去の私とマトイを殺そうとした所に奴が乱入し、私は私自身とマトイを殺すのは困難と判断し、その場から撤退した。

 

 

「……勝ち負け以前に、貴様とは真面に戦った事すらなかったか」

 

 

だが今となってはそんな事どうでも良い。大事なのは私が奴に一度も勝っていないという事実。

 

 

「理由はそれだけで十分だな」

 

 

「さっきからゴチャゴチャうるせえな!」

 

 

私の剣とゲッテムハルトのナックルがぶつかる。実力は五分五分だ。

 

 

「きっと以前の私なら貴様を殺す事にも躊躇しただろう。だが……」

 

 

ゲッテムハルトのナックルが私の剣を弾いた衝撃を利用し、体を回転させ、そのまま奴の左腕目掛けて剣を振る。

 

 

「私はもう昔のように甘くはない」

 

 

振り切った私の剣はゲッテムハルトの左腕を斬り落とした。切断面から鮮血が飛び散り、ゲッテムハルトは顔を歪ませて、ふらふらと数歩下がる。

 

 

「ゲッテムハルト様‼」

 

 

「来るな!……手を止めるんじゃねぇ」

 

 

「はい……」

 

 

駆け寄ろうとするメルフォンシーナを止め、切断面を手で抑えながらゲッテムハルトは不敵な笑みを浮かべる。

 

 

「くくッ……効いたぜ。やっぱりオマエは当たりだったみたいだな」

 

 

「もう止めておけ。最後の警告だ。大人しく投降しろ」

 

 

「投降?冗談じゃねぇ。こんなに面白れェ相手を前に戦いを止めるなんて出来る訳ねえだろ。おいシーナ!まだか!」

 

 

「もう……少しです」

 

 

ゲッテムハルトは片腕になったにも関わらず、ナックルを構え、メルフォンシーナに封印の解放を急かす。

 

 

「……仕方ない」

 

 

私は剣を構え、ゲッテムハルトが何をしてきても対応できるようにする。

 

 

「ちょ、待ってくれ!」

 

 

そんな私達の間に焦った表情でゼノが乱入してきた。

 

 

「ペルソナ、もういいだろ?アイツはもう真面に戦える状態じゃない。命まで奪う必要は」

 

 

「ゼノ。確かにお前の言う通り、このまま奴を拘束するのは容易だろう」

 

 

「なら」

 

 

「だが、私には奴がこの程度で諦めるとは到底思えない。それはお前も良く分かっている筈だ。例え今奴を拘束したとしても、いずれ同じ過ちを犯す。ならば奴をこの場で殺す。それが今できる最善だ」

 

 

「だったら……俺を倒してからにしろ」

 

 

そう言ってゼノは引き抜いた剣を私の方に向ける。

 

 

「正気か?」

 

 

「俺はいつだってマジさ。確かに今でこそゲッテムハルトは嫌な奴だが、俺にとっては永遠に憧れの先輩なんだ。殺させやしない」

 

 

「ちょ、ちょっと2人共!今は仲間割れしてる場合じゃないでしょ⁉」

 

 

「彼女の言う通りです!お2人共、今は封印解放の阻止を最優先に!」

 

 

カスラとエコーの言う通り、今は言い争いをしている場合ではない。現にこのやり取りをしている間も墓標から出てくる瘴気は禍々しさを増していた。

 

 

「……誰だ?俺は弱くなんかねぇ!」

 

 

その時、突然ゲッテムハルトが虚空に向かって叫んだ。私達には何も聞こえていないが、私には分かる。封印が綻んだ事でエルダーがゲッテムハルトの脳内に直接語りかけているのだ。

 

 

「執着だと?……そんなものはない。直ぐにだって断ち切ってやる」

 

 

ゲッテムハルトは静かにメルフォンシーナに近づく。

 

 

「まずい!」

 

 

私は立ち塞がるゼノを押し退け、剣を大きく振りかぶりながらゲッテムハルトに向かって走る。一歩一歩、奴に近づいているが、私の足よりも速く、奴の右手がメルフォンシーナの腹を貫いた。

 

 

「貴様……!」

 

 

コートエッジの刃が奴の首に触れる寸前、突如として墓標の前で浮いていたクラリッサが今まで以上の輝きを放って、消滅。同時に墓標から今まで以上に禍々しく大量の瘴気が溢れ出し、ゲッテムハルトを包み込んだそれは、私の攻撃を弾いた。

 

 

「遂にこの時が、最強の力が、俺の物になった!」

 

 

「なんて事を……」

 

 

高揚するゲッテムハルトだったが、すぐに異変が起きた。奴の周囲を包んでいた瘴気が徐々に奴の体を侵食しているのだ。

 

 

「な、何だこれは⁉︎クソッ!」

 

 

ゲッテムハルト自身もようやく異変に気がついたようだが、既に手遅れだ。いくら振り払えど、瘴気は離れるどころか、更にゲッテムハルトの体を取り込まんと集まっていく。

 

 

「もう間に合わない。ダークファルスが復活します!」

 

 

瘴気が晴れ、そこにいたのは戦闘服が変わり、眼と髪は赤紫色に肌の色も黒く染まったゲッテムハルト……いや、ゲッテムハルトの体を乗っ取ったダークファルス【巨躯】(エルダー)がそこに立っていた。

 

 

身震いしそうな程の威圧感。まだ完全復活した訳ではない筈なのだが、圧倒的すぎるその気迫に空気が揺れているのを感じた。

 

 

「久しいぞ、甘美なる大地よ!嬉しいぞ、鮮烈なる青玄よ!我が闘争の為の万象よ!長く長く待たせてしまったな」

 

 

「ゲッテムハルトじゃねぇ。テメェ何者だ!」

 

 

「エルダー……」

 

 

「そう。我はダークファルス【巨躯】(エルダー)!」

 

 

エルダーは落ちているゲッテムハルトの左腕を持ち上げ、破損した部位を修復する。

 

 

「ペルソナ、俺が食い止める間にエコーとメルフォンシーナを連れて離脱しろ!」

 

 

「ゼノ⁉何言ってるのよ、あたしも戦う……!」

 

 

「逃げ腰に心居れた状態じゃ足手まといになるだけだ!……頼むペルソナ、俺が時間を稼いでいる間にせめて2人だけでも……!」

 

 

私は何も言わずに頷き、倒れているメルフォンシーナを回収する。

 

 

「私もいますよ。これでも六芒均衡の端くれですから。それに2人でしたら、時間を稼いだ後に逃走することも不可能ではありません」

 

 

「あんがとよ、カスラさん!」

 

 

「ゼノ、死なないでよ!」

 

 

「わーってるよ。ほら、さっさと行け!」

 

 

私はエコーと共にメルフォンシーナを抱え、ゼノとカスラを残して撤退した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゼノ達が時間を稼いでくれたお陰で、私達は何とか成層圏外に待機していたキャンプシップまで退却することが出来た。

 

 

「ペルソナ⁉心配したんだぞ!」

 

 

「話はあとだ。今は……ッ!」

 

 

キャンプシップに入るや否や、目を覚ましていたキリトに問い詰められたが、同時にキャンプシップが大きく揺れる。

 

 

「何だ⁉」

 

 

デジャブを感じる展開だが、今はそんな呑気な事を言っている場合ではない。私達が急いで窓の外を見ると、そこでは衝撃的な光景が広がっていた。

 

 

 

遺跡エリアのシンボルともいえる巨大な柱が建っていた場所を中心に、周辺の大地をえぐりながら大量のダーカー因子が飛び出し、その中から巨大な岩の手のような物が現れる。

 

 

それだけではない。先程現れた手より一回り小さい――それでも対峙すればかなり大きいのだが――無数の手が集まり、惑星の十分の一くらいはありそうな巨大な岩石の体を形成した後、ナベリウスの大地から飛び去って行った。

 

 

 

「何だよ……あれ……」

 

 

キリトは窓の外で起こっている情景が呑み込めずに絶句する。その隣ではエコーが信じたくないような、懇願するするような表情でその光景をを目にしていた。

 

 

「ゼノ!ゼノ⁉応答してよゼノ‼」

 

 

エコーが緊急通信を使って何度も呼び掛けるが、ゼノからの反応は無い。

 

 

「ゼノーー‼」

 

 

キャンプシップ中に響いたエコーの叫びは、ナベリウスの宇宙(そら)に消えた。

 

 

 

 

 

 





今回はここまで。また次回もよろしくお願いします。


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第71話 ダークファルス


過去最長!

大変お待たせしました。今回の話は上記の通り過去最長です。第71話、どうぞ。



 

ペルソナ達が惑星ナベリウスでゲッテムハルトと対峙していた頃。アスナはマトイに皆で探索した遺跡エリアについての話をしていた。

 

 

「……それでね、その時ユウキが……マトイ?どうかしたの?」

 

 

「え?ご、ごめんなさい。何でもないの。気にしないで」

 

 

話をしている途中、マトイがどことなく上の空だと気付いたアスナはマトイに問い掛ける。アスナからの問いにマトイは笑顔でそう答えるが、彼女はいまだ心ここにあらず、といった感じだ。

 

 

そんなマトイの様子を見て、アスナはそっと彼女を抱き寄せた。

 

 

「アスナ?」

 

 

「マトイ、何かあるんだったら遠慮しないで相談してほしいな。だってわたし達、もう仲間なんだから」

 

 

「でもわたし、いつもみんなから貰ってばっかり。街に出て一緒に買い物したり、探索に行った惑星の話を聞かせて貰ったり、わたしの記憶の事だって……みんながわたしの為に頑張ってくれてる。でもわたしは、みんなに何も返せてない」

 

 

話しながら泣きそうな声になるマトイ。アスナはマトイを安心させるように、彼女を包む手に力を入れる。

 

 

「大丈夫。わたし達はもう十分色んな物をマトイから貰っているよ」

 

 

「そんな事」

 

 

「本当だよ。いつも探索から帰ってきたわたし達の心配をしてくれたり、わたし達の話を楽しそうに聞いてくれる。だからわたしもみんなもマトイにもっと色んな話を聞かせてあげたいって思う。マトイが居てくれるだけで、わたし達は十分なんだよ」

 

 

「アスナ……ありがとう」

 

 

完全に安心したマトイは笑顔を取り戻し、アスナの腕の中で静かに涙を流す。自分の記憶が無いこともあるが、その事で自分が皆にとって重荷になっているのではないか。そんな考えがあったマトイにとってアスナの言葉がどれだけの救いになったのは言うまでもないだろう。

 

 

『緊急警報発令!船団前方にダークファルス反応あり!各自、戦闘準備をお願いします!』

 

 

問題というのはいつも空気を読まない。警報を聞き、アスナはキッと顔を強張らせる。その直後、舟全体が大きく揺れた。ダークファルスの攻撃が始まったのだ。

 

 

「マトイはメディカルセンターに行ってて。わたしはみんなの所に行かなくちゃ」

 

 

「アスナ!」

 

 

「大丈夫。ちゃんとみんな一緒に戻ってくるから。その時はみんなでお茶でもしよう?」

 

 

「……うん」

 

 

そう言ってマトイを安心させるようにアスナは笑顔を見せて部屋から去る。マトイもアスナの言いつけ通りメディカルセンターへと向かう。だが、その瞳は今までのような不安に怯えた少女のままではなく、決意を胸に抱き前を向いていた。

 

 

「わたしも、やれる事をしないと!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻、オラクル船団市街地――――

 

 

 

 

『オラクル船団市民の皆さんにお伝えします。総力戦警報が発令されました。船団は現在ダーカーとの交戦状態にあります……』

 

 

「ダーカー?」

 

 

「この前、テミスが襲われたばっかりなのに」

 

 

「シールドはどうなってるの?管制がしっかりしてくれないと」

 

 

「10年前のような事は御免だぜ」

 

 

突然の緊急警報に船団中の市民が不安の声を上げる。その不安は的中し、船団外で多くのアークスがA.I.S(Arks Interception Silhouette(アークス・インターセプション・シルエット))を操り、エルダーが放った《ファルスアーム》に激戦を繰り広げていたが、遂に防衛ラインを突破され、船団内に侵入したファルスアームが市街地を破壊していく。

 

 

すぐさまアークスや緊急クエストと題して招集されたプレイヤー達が市民の避難活動とダーカーとの交戦を行う。

 

 

「みんな、早く逃げろ!……クソッ!船団でダークファルスと戦うなんてマジか」

 

 

「泣きごと言ってる場合じゃないぞ」

 

 

先行部隊として市街地でファルスアームと交戦していたアフィンの元にナベリウスから帰還したペルソナ達と、彼らと合流したアスナ達が駆けつけてきた。

 

 

「今は私達に出来ることを全力でやるだけだ。ラン!シノン!」

 

 

何処からともなく飛来した魔法と弾丸がファルスアームに命中し、落下したファルスアームは待ち伏せていたキリト達の総攻撃により消滅した。だが、ファルスアームは無尽蔵に湧き出している。いくら倒しても切りがない。

 

 

『ファルスアームがメディカルセンターに接近しています。付近のアークス各員は直ちに急行してください』

 

 

「えっ⁉」

 

 

「アスナ?どうしたんだ」

 

 

「メディカルセンターにはマトイがいるの。多分他の場所よりもそこが安全だと思ったから」

 

 

「ッ!(マズイ!)」

 

 

キリトとアスナの会話を聞いたペルソナは血相を変えてメディカルセンターへと駆け出した。

 

 

「ペルソナ⁉」

 

 

「お、おい相棒!キリト!」

 

 

「3人共⁉待って――ドオオォオン‼――っ!」

 

 

走り出していったペルソナ、キリト、アフィンを追いかけようとしたアスナだったが、目の前に別のファルスアームが現れて道を塞ぐ。

 

 

「やあ!」

 

 

「ユウキ⁉」

 

 

飛行による加速を利用した重い一撃をぶつけ、ユウキはファルスアームを突き飛ばした。

 

 

「アスナ行って!コイツはボク達で何とかするから!」

 

 

「たくっ、ホント男ってのは勝手なんだから!アスナ、あのバカ達の事頼んだわよ!」

 

 

リズベットを始め、仲間達がファルスアームを足止めし、アスナに道を作る。

 

 

「みんなありがとう!気を付けてね!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

メディカルセンター前――――

 

 

 

 

「みんな!こっち!早く!」

 

 

「医療班は負傷者の治療に!他のスタッフはセンター内の患者の避難を!マトイちゃん、あなたは避難の手伝いをお願い!」

 

 

「はい!」

 

 

マトイはフィリアの指示通りに市街地とメディカルセンターを繋ぐゲートの近くまで行くと、そこでは駆け込んでくる市民をメディカルセンターのスタッフが誘導している。

 

 

「ダークファルスが来るぞー‼」

 

 

誰かが叫んだかと思えば、避難民のすぐ後ろからファルスアームが迫っていた。

 

 

「みんな逃げて!」

 

 

マトイは急いで避難してくる市民たち全員をゲートの中に入れる。その直後、ファルスアームがマトイの目の前に降りてきた。

 

 

「ひっ……」

 

 

「デリャァァアアアアア‼」

 

 

ファルスアームがマトイに襲い掛かる寸前、ファルスアームの背後から現れた青髪のキャストの女性がパルチザンで一閃し消滅させた。

 

 

「大丈夫かい?お嬢ちゃん」

 

 

「は、はい!」

 

 

「ん?お前さん、確かアイツが言ってた…「マトイ!」…ようやく来たか」

 

 

その女性はマトイに近づいて彼女の顔を見て少し考え込むが、すぐに遠くから聞こえてきた声の方に目を向ける。そこにはペルソナが走ってきており、その後ろからアフィン、キリト、アスナの3人が彼を追いかけるように走ってきていた。

 

 

「ペルソナ!みんな!」

 

 

「マトイ大丈夫⁉怪我とかしてない⁉」

 

 

「うん。この人が助けてくれてたの」

 

 

「また会った…いや、今はまだ初めましてだったね」

 

 

「貴女は?」

 

 

「アタシは六芒均衡の二、マリアだ」

 

 

「六芒均衡ってアークストップの?」

 

 

アスナの疑問にマリアは「ああ」と短く頷いた。

 

 

「まあ今はそんな事どうでも良いさ。アタシは他の六芒と違うからね。それよりアンタ」

 

 

マリアはペルソナの方へ目線を向ける。

 

 

「肝心な時に大事な仲間を守ってやれないと、後で一生後悔するよ」

 

 

「それは…(分かっているつもりだ)」

 

 

ペルソナは目を逸らすが、その先で複数の爆発が起こっていた。

 

 

「どうやら旗色が良くないね。他の舟にも敵が入り込んでいるらしい」

 

 

「そんな!」

 

 

「この辺りで一気に戦況をひっくり返さないと、少々マズイ事になりそうだ」

 

 

「でも、40年前は倒せたんです。今度も大丈夫でしょ?」

 

 

アフィンの言葉にペルソナはバツの悪い顔をした。その様子を見ていたキリトとアスナが心配そうに彼を見つめる。

 

 

「ペルソナ、何か知ってるのか?」

 

 

「……倒せなかったんだ」

 

 

「え?」

 

 

「40年前、アークスはダークファルスを倒し切れなかった。封印するのが精一杯だったらしい」

 

 

ペルソナの言葉にマリアを除くその場にいた全員が信じられないという顔をする。

 

 

「そのダークファルスをゲッテムハルトが復活させて解放した。船団を襲ってるのはそいつだ」

 

 

全員が絶句し、緊張が走る中、その場にいた全員に対して緊急通信が入る。

 

 

「これは……!」

 

 

その通信の内容を見た時、今度は流石のマリアも驚愕した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数分前、アークスシップ指令室――――

 

 

 

『ダーカー因子の浄化とA.I.Sの活動の為、複数の艦船でフォトン消費率が急激に増加しています!』

 

 

「このままでは敵本体が到達する前に船団が維持できなくなるぞ」

 

 

「フォトンを温存する為ここで手を緩めたら壊滅しかねん」

 

 

「しかし」

 

 

管制の報告と現場の状況を見ていた上層部たちは現状に憂いを感じていた。

 

 

「今はまず、敵斥候の排除が最優先だ。それなくして船団の維持はない!」

 

 

そう言ってレギアスは上層部の者達の不安を一蹴する。が、彼自身も状況打破の策を講じれずに頭を悩ませる。そんな彼に対して突然通信が入った。

 

 

『レギアス。船団の防衛状況は思わしくないようだね?』

 

 

(……分かっているならば話は後にしろ。手が空いたら聞いてやる)

 

 

通信相手はレギアスが一番相手にしたくない男からで彼は周囲に通信の内容を聞かれないようにその男からの通信に応じた。

 

 

『君の時間を割く価値はある筈だよ?今のままでは船団全体を失う事になる。それは避けたいだろう?』

 

 

(まるで他人事のような口振りだな。策があると言うのか?)

 

 

『敵の骨を断つために、こちらの肉を切らせる覚悟があるのなら』

 

 

(何?)

 

 

『マザーシップに蓄えられたフォトンを放出し、ダークファルスを粉砕する』

 

 

(何だと⁉馬鹿を言うな!既にダーカー因子の浄化と戦闘の為に大量のフォトンを消費している。この上、更にフォトンを失えと言うのか!)

 

 

『それが出来なければ、40年前の悲劇を繰り返すことになる。僕らに選択の余地はないのさ』

 

 

男の言葉にレギアスは反論できず、苦渋の決断を下した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ペルソナside――――

 

 

 

 

 

 

 

 

私達は緊急通信で送られてきた作戦の内容に驚愕していた。

 

 

「何だこの作戦。マザーシップのフォトンで攻撃するなんて!」

 

 

「マザーシップってあの一番大きい船のことだよね?」

 

 

「その通りだ。だが、この作戦は余りにもリスクが高すぎる。もしこの作戦を実行すれば、船団へのフォトン供給は確実に停止するだろう」

 

 

「それって、かなりやばい事なんじゃ?」

 

 

キリトの不安通り船団へのフォトン供給停止は非常に危険だ。フォトンはアークスや市街地の住民にとって酸素や電気といったエネルギーと同義で、この大量のオラクル船団を維持できているのもフォトンあってこそなのだ。

 

 

「レギアスめ、コレで起死回生を図るつもりか。その上これだ」

 

 

「『この砲撃は管制の判断によって即座に行われる。事前の警報は発令されない』え?それって」

 

 

「たとえ味方の舟が巻き添えになっても容赦はしない。っという事さ」

 

 

「そんな!敵を倒せれば味方がどうなっても良いっていうのか⁉」

 

 

敵味方関係なしの作戦内容にキリトは怒りの声を上げる。彼の怒りも最もだが、この作戦を発令したレギアスも現状打破にはこの方法しかなく、味方を巻き込むのは彼にとって苦渋の決断の筈だ。

 

 

――これも全て"あの男"の計画の内というのが腹立たしいが。

 

 

「ねえ見て。これ、わたし達の舟も攻撃範囲に含まれてるんじゃない?」

 

 

マトイの指摘に私達はもう一度ウインドウを見る。確かに私達が乗っている舟もマザーシップの砲撃の直線状に入っている。

 

 

「攻撃の中止は出来ないのか⁉」

 

 

「既に砲撃シークエンスが進行しているし、アークスシップの進行は完全に自動化されてる。今からじゃ間に合わない」

 

 

「そんな……」

 

 

「兎に角、アンタ達はすぐにシェルターに向かった方が良い。そのお嬢ちゃんの身の安全を確保するためにもね」

 

 

「……仕方ないか」

 

 

「そうだね。わたし達にどうにもできないなら、今は言う通りにした方が良さそう。みんなの事も心配だし、避難シェルターで合流するように連絡しておこう?」

 

 

私達はマトイを守りながら避難シェルターへと向かった。道中、ファルスアームとの交戦中に抜け出した事をアスナからこっ酷く叱られ、避難シェルター付近でもユウキから自分たちに丸投げされた事に対して耳に胼胝が出来そうなほど文句を言われた。

 

 

因みにマリアだが「そこら辺にいるデカブツ共をぶっ潰してから避難するよ」っと言って何処かに行ってしまった。……まああの人なら大丈夫だろう。

 

 

「ねえ聞いてるのペルソナ!」

 

 

「聞いているし、それについてはずっと謝ってるだろ。そろそろ離してくれ」

 

 

「いーやーだー‼」

 

 

「はぁ……ラン、」

 

 

「いやです」

 

 

「まだ何も言ってないんだが」

 

 

「最近のペルソナさんは勝手すぎます!マトイさんが心配だったのは分かります。ですが、わたし達にエネミーを押し付けて良い理由にはなりません!あの後アスナさんを貴方たちの方へ向かわせる為にみんなで抑えたりして大変だったんですからね!少しは反省してください!」

 

 

そう言ってランはそっぽを向いた。確かに最近は何かとマトイの事を気に掛けたり、前の世界と違いは無いかなど走り回って彼女達を相手に出来なかった。恐らく先程の私の行動でランも堪忍袋の緒が切れたのだろう。どうやら私に残された道は誠心誠意、彼女たちに謝罪し、その不満を解消させる為に奮闘するしかないらしい。

 

 

「あははは……」

 

 

「キーリート―くーん?君も笑ってられる立場じゃないからね?」

 

 

「わ、分かってるよ。ちゃんと反省してます」

 

 

そんなやり取りをしている私達から少し離れた場所で、複数のアークスが何処か焦ったような口調で管制と通信を行っていた。

 

 

 

「みんな、大変だ!」

 

 

避難民の誘導を終えたアフィンが切羽詰まった様子でこちらへと向かってきた。

 

 

「どうした?」

 

 

「実は、この舟の居住区が切り離せないらしいんだ!」

 

 

「そんな⁉でもどうして?」

 

 

『船外の戦闘で、固定アームの制御装置が破損しました。このアームが外れないと、居住区が分離できないんです!』

 

 

アスナの問いにアフィンが通信していたオペレーターがそう答える。

 

 

「居住区が分離できないって事は、この舟も砲撃の巻き添えになるんじゃないのか?」

 

 

「おいおい、もしそんな事になっちまったら、ここにいる奴等全員死んじまうだろうが!何とかならねえのかよオペレーターの姉ちゃん!」

 

 

エギルの言葉にクラインは通信画面に喰らい付いてオペレーターに問い掛ける。

 

 

『予備端末を操作すれば何とかできるかもしれません。ですが、操作するには居住区から出て、固定アームを直接起爆するしかありません』

 

 

オペレーターの言葉にその場にいた全員が息を呑む。居住区の外に出るという事は、最悪の場合、分離された居住区に戻る事が出来なくなってしまうリスクもある。誰かがやらなければならないが、その場にいる誰もがその決断を渋っていた。

 

 

「私が行く。ユウキ、悪いが今は離してくれ」

 

 

「だ、ダメ!」

 

 

ならばここは予備端末の場所も操作方法を知っている私が行くのが最善。そう考えた私は早速ユウキに手を離すように頼んだが、即座に断られてしまった。こんな時に駄々をこねている場合かと思ったが、私の腕を掴んでいるユウキの眼はいつの間にか真剣なものに変わっていた。これは無理に引き剥がせないか。

 

 

だが、このまま何もしなければこの舟に乗っている多くの命が失われる事になる。

 

 

「じゃあ俺が行ってくるよ」

 

 

そんな中、そう切り出したのはキリト。

 

 

「ちょ、キリト君⁉」

 

 

「お兄ちゃん、流石に危ないよ!」

 

 

「でも誰かがやらないといけない。じゃないと、避難してる人達が犠牲になる。それに、俺達はこの世界にログインして来てるんだ。例え乗り遅れたとしても死ぬわけじゃない」

 

 

「じゃ、じゃあわたしも一緒に!」

 

 

「いや、アスナはここでマトイ達を守ってくれ。いくら敵の数が減ってきてるからって、気は抜けない。彼らを守るなら数は出来るだけ多い方が良い」

 

 

「でも!」

 

 

アスナが反論しようとしたと同時に、私達の上を巨大な影が通過した。再びシールドを破り、複数のファルスアームが舟の中に侵入してきたのだ。その内の一体が飛び跳ねながらこちらに迫ってくる。

 

 

咄嗟に私とキリトが前に出て臨戦態勢を取るが、次の瞬間、ファルスアームが私達の目と鼻の先まで来た所で、その体を霧散させ消滅した。

 

 

「な、何が……⁉」

 

 

「……」

 

 

突然の出来事にキリトは何が起きたのか戸惑っていたが、私は視界の先で転移して立ち去った仮面の男の姿を見た。キリトもその姿を見たのか、険しい表情をしながらこちらに目を向ける。

 

 

「ペルソナ、アスナ達を頼む!」

 

 

「分かっている。……気を付けろよ」

 

 

「待ってキリト君!」

 

 

「アスナ、今はキリトに任せるんだ。私達には別にやるべき事がある」

 

 

キリトを追いかけようとしたアスナを止めた。同時に私に引っ付いているユウキをアスナに託し代わりにコートエッジを構え、侵入してきたファルスアームの一体を抑える。

 

 

「アフィン!マトイをシェルターへ!」

 

 

「分かった!マトイ、早く!」

 

 

アフィンがマトイをシェルター内に連れて行ったのを見届け、私は対峙するファルスアームの下に潜り込み、掌のコアにコートエッジを突き立てると、そのまま手首の付け根の方まで切り裂き、ファルスアームは消滅した。

 

 

だが、まだ気は抜けない。侵入してきたファルスアームはさっきの二体だけではないのだ。

 

 

すぐさま態勢を整える私の元に四体のファルスアームが私を取り囲むように降りてきた。……まあ同胞を一撃で屠った奴がいれば、最優先で潰しにくるのは当たり前か。

 

 

――はぁ……一、二体程度ならまだしも、四体同時は流石の私でも手を焼きそうだな。

 

 

心の中で悪態を吐きながら私がどうにかこの状況を打破できないかを模索していると、突然、私を囲むファルスアーム達は四方から繰り出された攻撃により次々と倒されていった。

 

 

――そうだった、今の私は1人じゃなかったな。

 

 

「全く。貴方もキリトさんも、どうして一人で解決しようとするんですか?」

 

 

「別に一人で解決しようとしている訳じゃない。私にしか出来ない事に最善を尽くそうとしているだけだ。……それと、さっきの償いをとも思ったんだが」

 

 

一応助けられた身なので偉そうな事は言いたくないが、もう少し気の利いた言葉を掛けられないのだろうかっと思いながらランにそう返す。

 

 

「残念ですが、今のでまた一つ貸しが出来てしまったので、先程の件をまだ許す気はありません。ですが、もし貴方がどうしても許して欲しいと望むのでしたら……」

 

 

そっぽを向いたまま続けるランは私の方へ振り返ると、

 

 

「今度のクーナさんのスペシャルライブ。一緒に行きましょうね!」

 

 

ユウキに良く似た悪戯っぽい笑みを浮かべながらそう言った。

 

 

「……ああ、分かった。約束しよう」

 

 

予想外の言葉に暫く呆気に取られていたが、すぐにその提案を承諾した。

 

 

「! 約束しましたからね!ライブ後のサイン会も一緒に来てもらいますからね!絶対ですよ!」

 

 

「あー!姉ちゃんだけズルい!ボクも一緒に行きたい行きたい!」

 

 

いつの間にか隣にいたユウキに私とランは一緒になって驚く。

 

 

「ふふ、分かった。ユウも一緒に行こう?いいですよね?」

 

 

「……勿論だ」

 

 

ランはすぐにいつもの微笑みでユウキにそう提案し、私は彼女に同意した。

 

 

「コラー‼そこの3人、イチャつくな!そっちに一体行ったわよ‼」

 

 

リズベットの怒声が聞こえたかと思えば、新たに侵入してきたファルスアームが私達の方に向かって拳の形を作って突進して来ていた。

 

 

――別にイチャついてた訳じゃないんだが……。

 

 

私達は一斉にその場から飛び退いてファルスアームの突進攻撃を避ける。私達が立っていた所に突き刺さったファルスアームは抜けられなくなり、手首の付け根部分の弱点に私とランとユウキの集中攻撃を浴びせる事で、一瞬で散った。

 

 

「まあ、取り敢えず今はこの状況から脱する事が最優先だな」

 

 

必死に他のファルスアームを抑えている皆に加勢する。……さっさと残りも片付けるか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キリトside――――

 

 

 

 

『次に、安全装置を解除して、手動で分離装置を作動させてください』

 

 

俺は教えて貰ったパスワードを電子版に入力する。

 

 

『安全装置が解除されました。起爆ボルトはオンラインです』

 

 

そんな機械音声と共に出てきた2つの起爆ボルトを掴んで端末へと押し戻した。

 

 

『起爆ボルト作動。これより、分離シークエンスを開始します』

 

 

アナウンスの直後、遠くの方で複数の爆発が起きた。

 

 

『成功です!急いで戻って来てください!』

 

 

「分かりました!」

 

 

俺はここまで来た道のりを急いで戻る。

 

 

『分離シークエンスを開始しました。居住区は300秒後に分離します』

 

 

そんなアナウンスが船内に繰り返し響く中、船内が大きく揺れ始める。分離の為の爆発か、外の戦闘の影響か、突然の激しい揺れと共に前の道が塞がって通れなくなる。

 

 

「くそッ!」

 

 

俺はすぐにマップを開き、表示された別ルートを走る。かなりギリギリだが、このまま行けば分離が開始される前にシェルターまで戻れるはずだ。だが、道の先でまるで俺を待っていたように仮面の男が立っていた。

 

 

「お前は……!」

 

 

「マトイを、殺す覚悟はできたか?」

 

 

「そんな覚悟、する訳ないだろ」

 

 

「マトイを殺さなければ、お前は永遠の絶望に囚われる事になる。それは、死ですらも安らぎに思えるほどの深い暗闇だ」

 

 

「だったら何で、さっきは彼女を助けたんだ!」

 

 

「……」

 

 

「それはまだ、君がマトイを死の運命から救いたいと思っているからだ!そうだろ、ペルソナ……いや、アッシュ‼」

 

 

「!」

 

 

俺の言葉に彼は明らかに動揺した。俺がペルソナから聞いた話では、今俺の目の前にいる男はペルソナの前世の姿。俺が自分の名前を知っているのは想定外の筈だ。

 

 

「成程、彼から事前に話を聞いていた訳か」

 

 

「……ならば説明は不要だ。私の言葉を信じ、受け入れるだけでいい。これが救いだという事を。それともう一つ、私の本当の名は《アッシュ》でも《ペルソナ》でもない……話はこれまでだ」

 

 

その言葉と同時に、彼は俺に攻撃を仕掛けてきた。

 

 

「ぐっ!」

 

 

俺はすぐに剣でその攻撃を防ぎ、二刀流で応戦する。だが、まるで俺の動きを読んでいるように次々と俺の攻撃を避ける。そして床に突き刺さった剣を足で抑えられ、もう一本の剣も彼が持つ二本の剣で止められた。

 

 

「後悔するぞ……キリト」

 

 

「なっ⁉」

 

 

何で俺の名前を知っていたのか。その疑問を口にするよりも早く俺は蹴り飛ばされ、鉄の壁を突き破り、塞がれていた穴の中へと落ちる。

 

 

「貴様がどう考えようが、結末は変わらない」

 

 

「ま、待て!」

 

 

体を黒い粒子に変えて立ち去ろうとする彼を止めようと手を伸ばしたが、俺の手が彼を掴むよりも先に彼はその場から消えていた。

 

 

「くそ!」

 

 

俺は悪態を吐くが、すぐにここから離れないといけない。

 

 

――でも、今からじゃ居住区まで戻れるかも怪しい。このままじゃ……。

 

 

「! これは、もしかして!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ペルソナside――――

 

 

 

『……、3、2、1、0。区画閉鎖、居住区を分離します』

 

 

「そんな!キリト!」

 

 

扉の前で、キリトの帰りを待っていた私達だったが、通路から奴が来る姿は見えず、シェルターの外に出ようとしたアスナ達よりも早く、その扉は硬く閉じられた。

 

 

「キリト……」

 

 

――せめて、"アレ"に気が付いてくれ。

 

 

今一度、船体が大きく揺れる。居住区が完全に分離されたようだった。

 

 

その直後だった。更に大きな揺れが舟全体に響き、私達は床に手をついて振動に耐える。

 

 

揺れ自体はほんの一瞬のものだったが、今の私達には数十秒の長さにも感じられた。

 

 

揺れが収まった後、声すらも出ずに涙を流すマトイに私はそっと寄り添い、彼女の頭を撫でる。最後までキリトが戻ってこなかった事に場の空気が重くなる。

 

 

「だ……大丈夫、でしょ?アイツがこれくらいで死んだりする訳ないし、それにゲームなんだから、例えゲームオーバーになっても、セーブポイントから復活するんじゃ……」

 

 

そんな空気を換えようとリズベットがアフィンやマトイには聞こえない程度に、いつもの調子で皆を鼓舞しようとするも、今の自分たちの格好もあってか、最後の方は自信が持てなかったのか、段々と声が沈んでいく。

 

 

「ユイちゃん、キリト君と通信できる?」

 

 

「……ごめんなさい。先程の砲撃の影響で通信障害が発生していて、パパと繋がりません」

 

 

「そう……」

 

 

ユイちゃんの言葉に私達は肩を落とす。

 

 

『……っ、』

 

 

「……?」

 

 

そんな時だ。私の端末に途切れ途切れではあるが、通信が入った。

 

 

「キリトか?」

 

 

「え?」

 

 

『……。ペルソナ、みんな。聞こえてるか?』

 

 

「「「「キリト(君/さん)⁉」」」」

 

 

キリトの声が聞こえた瞬間、皆が私に向かって突撃してくるものだから、私は通信端末がある左手だけをその場に残して倒れた。

 

 

『おお……なんか凄い音したけど、取り敢えずみんな無事みたいで良かったよ』

 

 

――おい待て。無事じゃない奴がここに1人いるぞ。

 

 

「無事で良かったはこっちの台詞だよ!心配したんだよ!今どこに居るの⁉」

 

 

『脱出ポットだ。結構ギリギリだったけど助かった。心配かけて悪いなアスナ』

 

 

「本当に良かった!」

 

 

キリトの無事を知って安心しきったアスナも涙を流し、皆も互いに肩を組んで喜びを分かち合う。

 

 

――どうやら、自力で脱出ポットに気が付いたようだな。

 

 

シェルターの扉が閉まる前に脱出ポットの存在を教えようと何度か通信を試みたのだが、上手く繋がらなかったので不安ではあったが、何とかなったようで良かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

宇宙空間――――

 

 

 

「フッハハハハ。いいぞ、楽しいぞ。アークスよ、この我を押し返したか。それでこそ戻ってきた甲斐がある」

 

 

フォトンブラスターの巻き添えになった船団の残骸に立つエルダーは、完全復活を果たした自らを破ったアークスを賞賛し、高らかに笑っていた。

 

 

「ようやく戻ってきたかと思ったら、いきなりやられちゃった上に大喜び?」

 

 

「誰だ貴様は?…いや、この感じには覚えがある。貴様【若人】(アプレンティス)か?その姿は新しい入れ物だな」

 

 

アプレンティスと呼ばれた女はもみあげの先が紫がかった金髪で、ニューマンのように尖った耳をしている。

 

 

「そういう事。もっとも、新しいと言っても10年は経ってるけどね」

 

 

「そちらの気に食わん2人組は【双子】(ダブル)だな?」

 

 

続いてエルダーが視線を向けた先に居たのは、名前の通り双子の子供のダークファルスだった。

 

 

「揃いも揃って我を出迎えるとは、感謝感激痛み入る。だが、そいつらは誰だ?」

 

 

最後にエルダーが振り返った先に居たのは、先程キリトと応戦していた仮面の男と、仮面を付けた少女バベルだった。

 

 

「新参の子。女の方はバベルって名乗ってる。男の方は何も喋らないから、取り敢えずあたしは【仮面】(ペルソナ)って呼んでる」

 

 

【仮面】(ペルソナ)とバベルは何も言わずその場から立ち去る。そんな2人を見てエルダー再び面白そうに笑いだす。

 

 

「奴等が何であれ、我を楽しませてくれるのなら一向に構わん。アークス。諸兄等の健闘を称え、今回は退いてやろう!自在に動くこの身があれば、いつ如何なる時であっても闘争は可能。長く長く楽しませてもらうぞ!せいぜい足掻け、アークスよ‼」

 

 

大きな笑い声を残しながら、エルダーはその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フォトンを失った君は文字通り丸裸も同然だ」

 

 

その男は椅子から立ち上がり、マザーシップの映像に向かって話し掛ける。

 

 

「ああ、シオン。君の匂いがもう、ここまで漂ってくるようだよ」

 

 

まるで玩具で遊ぶ子供のように笑う男。その狂気にも満ちた瞳は、映し出されたマザーシップだけを一点に見据えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




オラクル編第一章終了。

次回もよろしくお願いします。


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第72話 もうそこにいないわたし


お待たせしました。第72話です。



 

エルダーとの戦闘から数日が経過し、生き残ったオラクル住民とアークスにより復興作業が進んでいる。だが、戦闘によって生じた大きな傷痕は、未だ多くの者の心に残っている。

 

 

――まずはここ数日の事を話そう。

 

 

エルダー戦の直後、私とキリトは皆を集め、この世界のNPCは死んでも復活しない事を皆に話した。まあ皆、ダーカー強襲の際から薄々勘づいていたようで、話をすると、全員が何を今更と言いたげだったのは不服ではあったが。とは言え、疑念が確信に変わった事で、皆で話し合った結果、今後は積極的にNPCとも連携を取り、NPC側の被害は最小限に抑えようという事になった。

 

 

 

そして現在、私は艦橋に呼び出されている。

 

 

あまり気は進まなかったが、私の記憶と異なる事象が生じていないかの確認もある為、仕方なく艦橋へと向かっている。中に入ると、そこには私と同じように呼び出されたのだろうエコーと、エルダー復活時に私達が撤退するまでの時間を稼ぐべくゼノと共にナベリウスに残ったカスラが居た。

 

 

その場にゼノが居なかったのが気になったが、カスラ曰くエルダーとの戦闘中にゼノがエルダーを引き付けたお陰で助かる事が出来たらしい。

 

 

――私の記憶と同じ展開だからここは問題ないな。

 

 

エコーはゼノの行動を「ゼノらしい」と言って艦橋から出ていき、私も彼女を追う形でその場を後にした。

 

 

「……エコー」

 

 

「心配しなくても、あたしは待たされるの慣れてるから大丈夫。ゼノならその内ひょっこり戻ってくるわよ。それに、ゼノが留守の間はその分しっかりしないと!」

 

 

「それは……確かに、その通りだな」

 

 

「そうそう。それじゃ、あたしは任務があるから。いつまでもしんみりしてないで、君も自分の任務を頑張りなさいな」

 

 

そう言いながら私の胸を叩き、エコーはその場を後にした。勿論その行動が強がりだという事を私は知っている。

 

 

――あんな目をされてはな……。

 

 

本当はもう少し気の利いた言葉を掛けるつもりだったのだが、無理して笑う彼女の瞳を見た途端、私は何も言えなくなってしまった。

 

 

「はぁ……相変わらず何も変わってないな私は」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やあ、君も休憩か?」

 

 

エコーと別れた後、ロビー2階の柵を背もたれにしていた所、偶然近くを通り掛かったキリトがこちらに近づいてきた。

 

 

「キリトか。まあそんな所だ」

 

 

「何か疲れてるみたいだけど大丈夫か?」

 

 

「最近色々あったからな。疲れもするさ」

 

 

首に掛かっているペンダントに触れながら私はキリトに愛想笑いを向ける。

 

 

「そのペンダント。この世界に来てからずっと持ってるけど、大事な物なのか?」

 

 

「ああ、これか。そんな大相な物じゃない。これは「あ、いた!」ん?」

 

 

「やったわね。キリト、ペルソナ!」

 

 

突然声を掛けてきたのは、銀髪ポニーテールの少女だった。親しげに話し掛けてきた少女だが、私もキリトもその少女とは初対面であり、キリトは少女を見て首を傾げる。

 

 

「君の知り合いか?」

 

 

「いいや(まだ)初対面だ」

 

 

少女の事は良く知っている。だが、この世界の彼女とはまだ初対面だ。キリトと面識があったのかと思ったが、キリトの様子から彼の方も初対面のようだ。

 

 

私達の反応に「しまった」っという顔をして苦笑いを浮かべる。

 

 

「あっ……あはは、ごめんなさい。貴方たちがあたしの知り合いに似ていたから勘違いしちゃった。さっきの事は気にしないで」

 

 

そんな苦しい言い訳と共に、彼女は足早に私達から逃げるように走り去って行った。

 

 

「な、何だったんだ?」

 

 

「さあな」

 

 

突然の少女の登場により、ペンダントの話が有耶無耶になり、私は少し気が抜けて柵に寄りかかってロビーを見下ろした。

 

 

「メルフォンシーナさん待って!」

 

 

すると、メディカルセンターの病衣姿のまま走るメルフォンシーナと、彼女を追い掛けるマトイの姿が視界に入る。

 

 

「マトイ?どうしたんだー!」

 

 

「キリト、ペルソナ!メルフォンシーナさんが!」

 

 

マトイが目を向けた先でいまだ走り続けるメルフォンシーナは、キャンプシップ乗り場の方へと向かっていた。階段を降りる余裕もなさそうなので、私とキリトは柵を飛び越えてマトイの元へ駆け寄り、彼女から事情を聞いた。

 

 

彼女曰く、メルフォンシーナはつい先程目を覚まし、自分がゲッテムハルトにされた事、そしてゲッテムハルトがどうなったかをフィリアから聞き、暫くは落ち込んでいたらしい。しかし、フィリアが病室から出ていくと、マトイの隙を見て病室から脱走したとの事だ。

 

 

私達はマトイをその場に残るように言い、彼女の代わりにメルフォンシーナを追い掛けた。

 

 

「ッ、ペルソナ、あれ!」

 

 

「分かってる。私達も行くぞ」

 

 

整備中のキャンプシップを奪っていくメルフォンシーナを見て、私達も別のキャンプシップを使ってメルフォンシーナが乗るキャンプシップを追い掛ける。

 

 

「なあこれ、流れで乗ったけど大丈夫なのか?」

 

 

「こっちは緊急だ。そんな事わざわざ気にするな」

 

 

キャンプシップを盗んだ事に不安になるキリトを余所に、私はメルフォンシーナに向けて引き返すよう説得したが、通信を一方的に切られてしまった。

 

 

「チッ!ワープ軌道に入ったか。少し揺れるぞ、掴まってろ!」

 

 

ワープ軌道に入った彼女のキャンプシップに続けて速度を上げ、滑り込むように同じワープ空間へ飛び込む。初の試みで上手くいくか分からなかったが、無事ワープは成功し、飛び出した先はナベリウスの惑星軌道上だった。

 

 

「イッタタタ……君、ちょっと運転荒すぎないか?」

 

 

「掴まっていろと言っただろう。彼女がナベリウスに降りた。私達もすぐに追うぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゲッテムハルト様……」

 

 

雪の上の足跡を辿って、ナベリウス遺跡エリアの最奥まで辿り着くと、私達は墓標の前で膝をつき、何度もゲッテムハルトの名を口にし涙を流すメルフォンシーナの姿があった。彼女は私達の存在に気付くと、眼から溢れる涙をそのままに私達の方を振り向く。

 

 

「キリト様、ペルソナ様……ゲッテムハルト様はどこですか?」

 

 

「……ゲッテムハルトは、もういない。ダークファルスに体を乗っ取られ、消えた」

 

 

彼女の問いに私が正直に答えると、彼女は悲しみに顔を歪ませる。そして目の前に落ちている鋭利な破片を手に取り、自身の首に突き立てようとする。

 

 

「よせ!」

 

 

「いや!離して!」

 

 

だがキリトがすぐに止めに入り、彼女が自身の首を刺すことは無かった。

 

 

「ゲッテムハルト様が居なくなったのなら、私にはもう生きる意味が無いんです!」

 

 

キリトがどれだけ力を入れてもメルフォンシーナから破片を手放さなかった為、已むを得ず、彼女を叩いた。倒れた彼女はそのまま眠るまで延々と泣き続けた。本来ならまだメディカルセンターで絶対安静でいるべき状態なのだ。無理をし過ぎたのだろう。

 

 

私は持っていた簡易の寝具で彼女を休ませ、ひたすら目覚めるのを待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

元々ナベリウスに来た時点で夕方だった事もあり、周囲はいつの間にか夜の闇に包まれていた。

 

 

「……落ち着いたか?」

 

 

「はい……取り乱してしまい、申し訳ありません」

 

 

焚火を焚き、コーヒーを沸かしていると、ずっと聞こえていた規則正しい呼吸音がしなくなったため、試しに話しかけてみると、やはりメルフォンシーナは起きていた。その顔からは先程までの憑き物が落ちたようだった。

 

 

「あの、さっきは叩いちゃってごめん」

 

 

「いえ。キリト様は私のために止めてくださったのですから、むしろお礼をさせてください」

 

 

流石のキリトも女性を叩いた事には罪悪感があったのだろう。私は互いに頭を下げ合う2人を焚火の近くに座らせ、作っていたコーヒーを振舞う。

 

 

「ゲッテムハルト様は……」

 

 

コーヒーを飲み、再び焚火の音だけがする沈黙の中、メルフォンシーナが口を開いた。

 

 

「昔のゲッテムハルト様は、猛々しさこそあれ、あそこまで暴力的な人ではありませんでした。幼かった私の相手もしてくれましたし、他の方からも嫌われたりはしていなかった。それこそゼノ様からは」

 

 

メルフォンシーナはゆっくりと昔の話をしてくれた。

 

 

10年前もゲッテムハルトとゼノは良く衝突していたらしい。それでも現在のように険悪な感じではなく、お互いに冗談を言い合う程度もので、その度に彼らのやり取りを見ていたメルフォンシーナの姉……本物の(・・・)メルフォンシーナが間に入って叱責していたそうだ。

 

 

「だけど……それを壊したのは私。10年前、ダーカー襲撃、ダークファルス【若人】(アプレンティス)の出現。あの時、私が出しゃばらなければ……!」

 

 

幼かった彼女は守られてばかりの自分に嫌気が差しており、自分1人でも戦える。そう自分に言い聞かせるように、ダーカーが溢れかえるテミスの居住区へと向かったのだという。

 

 

「結果は火を見るよりも明らかでした」

 

 

破壊される街。無限に湧き出てくるダーカーの大群を前に、メルフォンシーナはただ隠れる事しか出来なかった。

 

 

「私と同じくらいの赤毛の少女と会いました。女性のダークファルスが近くを通ったのですが、その後の事は良く覚えていません。恐らくは、あの子が逃がしてくれたのでしょう。気が付くと、私は破壊された街を走っていました。逃げた先でダーカーに遭遇しましたが、近くに落ちていた短杖(ウォンド)を反射的に構えた事でダーカーを倒すことが出来ました。それが初めてのテクニック発動でした。これでもう、守られる存在でなくなる。誰かを守る事ができる。その慢心が全てを壊したのです」

 

 

ダーカーを倒した後、メルフォンシーナはウォンドを持ってゲッテムハルトと姉の元に駆け付け、彼らが対峙しているダークファルスに一撃を与えたのだが、全く効いているような素振りも無く、そのままゲッテムハルトは顔に傷を負い、彼女の姉はダークファルスの攻撃により命を落とした。

 

 

「この時から私はメルフォンシーナとして生きる事となりました」

 

 

「「……」」

 

 

メルフォンシーナの話が終わり、私達は何も言えなかった。

 

 

「……すまない。こういう時、何て言えばいいのか……情けないが、『辛かったんだな』とか、『しっかりしろ』とか、上っ面の言葉しか思いつかない」

 

 

「いいえ。これは私が背負うべき(とが)ですから」

 

 

何のフォローも出来ず、再び沈黙がその場を支配したと同時に、上空から何かが落下してくる音が聞こえてきた。

 

 

「何の音だ⁉」

 

 

謎の物体が私達の目と鼻の先に落下し、私は落下の衝撃波からメルフォンシーナを庇う。

 

 

何かが落下した場所にはクレーターが出来ており、その中心に人影が見えた。

 

 

「あいつは……ゲッテムハルト⁉」

 

 

「いや違う。奴がエルダーだ」

 

 

「何だって⁉」

 

 

強者(つわもの)の気配を感じて来てみれば、貴様等であったか。三度(・・)相まみえるとは奇遇」

 

 

「エルダーって、でも奴は倒した筈じゃ」

 

 

「我を滅したつもりか?ダークファルスは滅びぬ。倒せぬ。殺し尽くせぬ!」

 

 

「ゲッテムハルト様⁉」

 

 

「違う!あいつはエルd「ゲッテムハルト様‼」待て、シーナ!」

 

 

エルダーをゲッテムハルト本人だと勘違いし、近づこうとしたメルフォンシーナをキリトが引き留めるが、精神状態が正常じゃない彼女はキリトの手を振りほどいてエルダーの元へと駆け寄った。

 

 

メルフォンシーナは嬉々とした表情をしていたが、そんな彼女とは裏腹にエルダーは彼女の首を掴んで持ち上げる。その様子を見た私とキリトはすぐに戦闘態勢を取る。

 

 

「彼女を離せ、エルダー」

 

 

「ゼノとか言う男より、我を楽しませてくれるのか?貴様等は」

 

 

私達に対して問い掛けてきながら、エルダーはメルフォンシーナを投げ捨てる。

 

 

「ゲッテムハルトはどうした!」

 

 

「奴はもういない。我が喰ろうてやったわ!」

 

 

「どけ、キリト」

 

 

「ペルソナ⁉」

 

 

拳を振りかざしながら迫ってくるエルダー。私は咄嗟にキリトのコートを引っ張り、「メルフォンシーナを頼む」とキリトに眼で伝えた……つもりだ。

 

 

私はエルダーの攻撃を回避しつつ、剣をエルダーの胸に突き刺す。私の刃は確実に奴の体を捉え、その体を貫いていた。だがエルダーが痛みを感じている様子はなく、逆に私は首を掴まれ持ち上げられた。

 

 

「ぐっ…(流石に力勝負じゃ勝てないか)」

 

 

「さあ見せてみろ、貴様の真の力を!あの時の力を!」

 

 

「彼を離せ!」

 

 

「邪魔をするな!」

 

 

「なっ!」

 

 

その様子を見ていたキリトがエルダーの背後から斬りかかるが、その行動を予測していたエルダーはキリトの2本の剣をもう一方の腕で折り、キリトの事も掴んで持ち上げた。

 

 

「ぐっ、くそ……っ!」

 

 

苦しみながらエルダーの腕を掴んだキリト。彼の手がエルダーに触れた瞬間、触れた場所からキリトを持ち上げていたエルダーの手が青白くなっていく。

 

 

――まさか、キリトにもあの力が……。

 

 

キリトの方に気を取られていて、私の方もキリトの方と同じようになっていた事に気付けなかった。それほどまでに今目にしている状況が信じられなかったのだ。

 

 

「そうだコレだ。この感覚だ!やはり貴様の力であったか!もう1人の方にも同じ力があるのは喜ばしい誤算だった。しかし、まだヌルい!」

 

 

エルダーは私達を投げ飛ばすと、自身の胸に突き刺さっていた剣を引き抜くと、そのまま力の限り振り下ろす。私達とエルダーとではかなり距離があったが、発生した衝撃波によって、私とキリトは吹き飛ばされた。

 

 

「「ぐわぁぁああああ‼」」

 

 

「キリト様!ペルソナ様!」

 

 

「もっと強くなれ!もっと我を楽しませる存在になれ!ハッハハハハ……‼」

 

 

全身の痛みで意識が朦朧とする中、高笑いしながら私達の前からエルダーは転移で立ち去った。

 

 

三度訪れた静寂。私はエルダーが残した剣を回収し、ボロボロのメルフォンシーナに近寄る。

 

 

「メルフォンシーナ……大丈夫か?」

 

 

「……恨みます。何故止めたのですか?私には生きている資格なんて無いのに……。私のせいでゲッテムハルト様は!」

 

 

涙を流しながら抗議してくるメルフォンシーナ。正確には彼女の自害を止めたのはキリトなのだが、今の彼女がそんな些細な事を気に出来ない程余裕ないのは私はよく分かっている。……だからこそ私が出来るのは前世の私と同じ言葉を彼女に掛ける事だけだ。

 

 

「死ぬんじゃない。ゲッテムハルトの為に生きるんだ」

 

 

「でも!」

 

 

「ペルソナの言う通りだ。君がいなくなったら、誰がゲッテムハルトを救うんだ!」

 

 

「あれはゲッテムハルト様ではありません!」

 

 

「何か、奴を元に戻す方法がある筈だ。今は何も思いつかないが、きっと……」

 

 

そこまで口にして私は言葉の続きが出てこなくなった。前世でもこの先の言葉は出なかったが、今の私が口籠ったのは、これまでの経験からダークファルスに完全に体を乗っ取られた人間を元に戻す方法が思い付かなかったからだ。

 

 

――せめて"彼女"のように中途半端だったのなら、まだ希望はあるんだろうが……。

 

 

「……不器用ですね。貴方たちは」

 

 

「「……」」

 

 

「メルランディア」

 

 

「え?」

 

 

「出来れば覚えておいてください。『メルランディア』それが本当の私の名前です」

 

 

そう言って微笑むメルランディア。彼女の瞳からこれ以上、涙が流れる事は無かった。

 

 

――ああ、そうか。そうだった。

 

 

メルランディアを見て私は懐かしい記憶を思い出した。まだ私がアッシュだった頃、全く同じように彼女を鼓舞した時、私は自分に誓ったんだ。自分が全てを救ってみせると。今思えば、何とも傲慢な考えだろうか。

 

 

――だが、それでいい。それでこそ私だった。

 

 

初めから絶望する必要はない。ここは確かに私の前世と似ているが、私が知る世界ではない。この世界に「私」は居ない。だが、この世界には皆がいる。共に戦い、試練を乗り越えてきた仲間達。彼らとならば見出すことが出来る筈だ。どんなに悲惨で残酷な運命をも覆す道を。

 

 

 

 

――必ず、探し出してみせる。全てを救う方法を。

 

 

無数の星々が煌めくナベリウスの夜空。その星空の下、私は改めてそう決心した。

 

 

 

 

 

 

 





今回はここまで。また次回もよろしくお願いします。


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第73話 邂逅


お待たせしました。第73話です。どうぞ。



 

メルランディア脱走騒動の末、私達は撃退した筈のダークファルス【巨躯】(エルダー)の奇襲を受けた。彼女の脱走も、エルダーの襲撃も私の記憶通りに物事は進み、エルダーとの戦闘中、私は前世と同じ浄化能力を発現させる事ができた。

 

 

――キリトも同じ能力を発現させたのは予想外だったが。

 

 

とは言え、私もキリトも力を発現させたばかりでエルダーには手も足も出ず、奴に見逃される形で、私達3人はナベリウスから帰還した。

 

 

アークスシップに帰還して早々、メルランディアは謹慎という形で上層部の者達に連れて行かれた。帰還前に私からの説明を聞いていたカスラから、彼女に監視を付ける旨を聞いた。カスラ曰く、監視はエルダーが生存している事を知っている彼女自身の身を護るための物であり、私とキリトにも不要な混乱を避けるためにエルダー生存の件は内密にするようにと、何度も釘を刺された。

 

 

ついでにメルランディア追跡の為に無断で使用したキャンプシップについては厳重注意という形でお咎めなしにはなったものの、カスラからは「自重して下さい」と嫌みのように言われた。

 

 

因みにその後、キリトが剣を折ってしまった事をリズベットに伝えると、小一時間ほどリズベットからの愚痴を聞く羽目になったらしい。

 

 

何でも、キリトが今まで使っていた2本の内、白い剣の方は、かつてリズベットが作った一点ものであり、キリトは勿論、リズベットにとっても大切な思い出の品なのだそうだ。キリトは剣を折ってしまった事を何度も謝罪し、今はオラクル側の武器で代用できる物がないか探している。

 

 

――あの剣、ヒースクリフとの一騎打ちでも壊れていたな……と無粋な事は言わないでおくか。

 

 

それが昨日までの話。

 

 

 

 

 

 

『みんなー!今日は来てくれてあっりがとー‼』

 

 

――デジャブを感じる。

 

 

今日はラン達と約束したクーナのスペシャルライブの日だ。いつも通りショップエリアのステージではなく、市街地の中で一番大きいドームでのライブだ。

 

 

『今日のスペシャルライブ、最初から全身全霊、魂込めて、フルスロットルで駆け抜けるよー‼』

 

 

クーナの声に合わせて曲が流れだす。同時に会場のボルテージが上がり、会場内に集まったクーナファンのほとんどが悲鳴のような歓声を上げた。勿論、私の両隣にいる2人も同じで……、

 

 

「やっぱり生で見るライブは最高ね!」

 

 

「うん!本当に今日のチケット取れて良かったよ!」

 

 

私を挟んで興奮しながら会話をするランとユウキ。仮想世界の為、"生"であるかは微妙な所だが、無粋な事は言わない方が良いだろう。

 

 

――しかし、何故こうも彼女たちはアイドルという存在に興味を持つのだろうか?

 

 

以前もユナとの一件で羨ましがられたりもしたが、彼女たちがアイドル好きである理由を聞いた事は無かった。

 

 

――これから先の事を考えると、そういう事もちゃんと知ってないとな。

 

 

そんな事を考えている間に一曲目が終わり、次の曲が流れていた。

 

 

「この曲は……」

 

 

その曲は「明るく!激しく!鮮烈に!」が決まり文句の彼女にしては静かで、何処か儚く、悲し気な雰囲気を漂わせていた。だが曲が始まった直後、ドーム全体の照明が消え、流れていた曲も止まった。

 

 

「な、何?何が起きているの?」

 

 

「気を付けろ2人共。何か来る」

 

 

隣で困惑するランとユウキを尻目に、張り詰めた空気を感じ取った私は――武器は構えてないものの――周囲を警戒する。次の瞬間、ドームの天井が突き破られ、光が差し込む穴からドームの中に巨大な影が入ってきた。所々に赤いラインが入った白い体。青く発光し(こぶ)のように大きく膨らんだ胸。翼や爪のように生えている黒い棘。黄色い布が左の角に巻かれている。

 

 

「暴走龍だ‼」

 

 

「逃げろー‼」

 

 

「きゃ⁉ペルソナさん!ユウキ!」

 

 

「うわぁああ⁉姉ちゃん!ペルソナー!」

 

 

「ラン!ユウキ!」

 

 

現れた暴走龍に向けて誰かが叫んだ。一瞬で会場はパニックに陥り、私達は瞬く間に逃げ惑う人の波に飲み込まれ、私は2人と完全に逸れてしまう。

 

 

人混みの中を掻き分けながら何とか人の波が少ない所に抜け出すと、私はステージの方に眼を向ける。視線の先では、今にも暴走龍がクーナに襲い掛かる寸前だったが、ほとんどの人間がパニック状態だった為にその事に気付いている者は居なかった。

 

 

「チッ!」

 

 

暴走龍がクーナに襲い掛かったと同時に、私は彼女に飛びつき、ステージの上を転がった。

 

 

「あ、あなた……」

 

 

「話は後だ。逃げるぞ」

 

 

私は彼女を抱えたまま、ステージ裏まで走る。流石の暴走龍も狭い所まで追っては来れず、ステージの出入り口の所につっかえながら何とかして私達を喰らおうと暴れている。

 

 

「クーナさん!ひっ……!」

 

 

まだ避難していなかったのか、舞台裏のスタッフがこちらに向かって来たが、私達の背後に見えた暴走龍の姿に怯え足が止まる。私は代わりに彼女の元にクーナを連れて行く。

 

 

「私が喰い止める間に彼女を連れて早く避難するんだ」

 

 

「は、はい!」

 

 

「待って!あなたは⁉」

 

 

「心配するな。死にはしない」

 

 

心配するクーナにそう返し、暴走龍に一撃与えながら私はその上を飛び越えてステージに上がる。幸いな事に、暴走龍がこちらに釘付けになっている間にギャラリーは全員避難しており、会場はガランとしていた。これなら好きなだけ暴れられそうだ。

 

 

当の暴走龍はというと、私に一撃喰らった事に腹が立ったのか、私の方に向き直り咆哮を上げた。

 

 

ビリビリと空気が震える中、私は暴走龍の後ろでクーナとスタッフ達が音を立てないように足早に避難するのが見えた。

 

 

「これで互いに周りを気にせず戦えそうだな。ハドレッド」

 

 

暴走龍……もといハドレッドからの返答は、咆哮と長い尻尾を活かした薙ぎ払い攻撃だった。

 

 

――当然だが、意思疎通はできないか。

 

 

飛ばされた先で受け身を取りつつ、私はすぐに飛び込んできたハドレッドの突進を避ける。

 

 

穴の開いた壁から顔を出したハドレッドの口には突進の際に巻き込んだ観客席が咥えられていた。

 

 

――バキッ!ボキッ!ゴキゴキッ!――

 

 

「お、おい」

 

 

龍だから問題ないだろうが、口の中の椅子を食い潰す光景に思わず顔を引きつる。追撃は何が来るか構えていると、私とハドレッドの間に見えない誰かが割って入る。

 

 

「まさかあなたの方から来るとはね。ハドレッド……!」

 

 

「……」

 

 

姿を見せたのは何時の日か、コハナの命を狙った少女だった。黄色いぴっちりとしたスーツで全身を纏い、綺麗な青い髪をなびかせた彼女は両手に装着した歪な形の刃をハドレッドへ向ける。

 

 

現れた少女を見てハドレッドの動きが止まった。まるで目の前の敵を殺せという命令に対し、それを本能で拒む自分自身に戸惑っているような感じだ。

 

 

「「ペルソナ(さん)!」」

 

 

互いに動かないままの睨み合いが続く中、ライブ会場に戻ってきたランとユウキの声が響き、私と少女の視線が出入り口の方へ向く。私達の注意が逸れた一瞬の隙にハドレッドは転移で逃亡した。

 

 

「っ待て!逃げるなハドレッド‼」

 

 

少女の言葉にハドレッドは耳を貸さず、暴走龍が消えた会場内は先程までの騒ぎが嘘のような静寂に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「酷い……これじゃあライブの再開は難しそうですね」

 

 

荒らされたライブ会場を見てランは悲し気にそう言い、ユウキもその隣で残念そうに肩を落としている。彼女たちがこの日をどれだけ楽しみしていたかは良く知っている為に、こんな結果になってしまったのは私としても心苦しいものだ。

 

 

「いつかリベンジしよう。機会はいくらでもある筈だ。その時はまた私も同行する」

 

 

肩を落とす2人の頭を撫でながら、せめてもの慰めになればと私はそう語りかける。2人は顔を俯かせたままだったが、表情は少しだけ明るくなったように見えた。

 

 

――しかし、何故ハドレッドがこの場所に……。

 

 

私の記憶違いでなければ、彼がライブ中に襲撃する事は無かった筈だ。だがハドレッドはこうしてこの場に来た。ライブ中にも拘らずだ。考えられる可能性は……、

 

 

「彼女の歌に導かれたのか、それとも……」

 

 

「それ以上の詮索はしないように」

 

 

思考を巡らせる中、不意に背中に刃を押し当てられ、私は背筋が凍るような感覚に襲われた。

 

 

――姿が無かったからもう去ったものだと思っていたが、気配を消していたのか。

 

 

彼女が本気で気配を消せば流石の私でも感知は難しい。しかも背後を取られたこの状況は最悪だ。下手に動けばランとユウキの安全は保障できない。

 

 

「ご安心を。わたしの問いに答えていただければそちらのお二人には手を出さないと約束しましょう。それと、今わたしと貴方はわたしの能力で周囲に存在を認知されないようになっています。あまり大きな声を出さなければ気付かれる事はありません」

 

 

まるで私の心を見透かしたかのようにそう話す少女。普通の者であればそんな事を言われても警戒を解くことはしないだろう。だが私は彼女の事を良く知っている。その言葉に偽りはないと信じ、私は少し肩の力を抜いて、振り返りはせずに彼女との対話を始めた。

 

 

「……問いというのは」

 

 

「貴方はあの暴走龍……ハドレッドについて、何かご存知ですか?」

 

 

「……噂は聞いた事はあるが、対峙したのは初めてだ」

 

 

「そうですか」

 

 

「期待外れで悪かった。だが、何故貴様はあの龍を狙っている?」

 

 

声のトーンが少し下がった彼女に対し、私がそう返すと背中に当たる刃の先端が少し押し込まれる感じがした。

 

 

「言った筈です。それ以上の詮索はしないようにと。あと、わたしの問いはまだ終わってません」

 

 

凛とした声に戻り、脅すように返してくる彼女。分かっていたことだが、私は大人しく従うしかないようだ。

 

 

「先程、貴方は何やら面白いことをおっしゃっていましたね。『彼女の歌に導かれた』っと。あれはどういう意味ですか?」

 

 

「……状況把握からの考察だ。あの暴走龍、ハドレッドだったな。奴がこの場に現れた際、ここではクーナのライブが行われていた。奴が現れたのは2曲目のイントロが流れ出した時。まるで導かれたようだったという考えになるのはおかしな話か?」

 

 

「成程。理解しました……まさかあの子はまだ……」

 

 

「何か言ったか?」

 

 

「!いえ、聞きたい事は以上です。ここでわたしと話をした事は他言無用でお願いします。まあ、どうせ忘れるので、忠告するだけ無駄でしょうけど」

 

 

背中に当たっていた刃の感覚と共に彼女の気配が消える。振り向いてもそこに居たであろう少女の姿は無かった。

 

 

「ペルソナ?どうしたの?」

 

 

「……何でもない。帰ろう。いつまでもここに居ても仕方ないからな」

 

 

「そうですね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クーナさん!姿が見えなかったので心配したんですよ!」

 

 

「あ、ごめんなさいマネージャーさん。予想外の事態だったとはいえ、ライブ中止になっちゃったでしょ。ファンのみんなも残念がってたし、元気づけに行ってたんだ」

 

 

声を荒げながら駆け寄ってきたマネージャーに対し、クーナは少々押され気味にそう返す。

 

 

「それじゃあ、あたしは先に戻ってますね。お疲れさまでしたー」

 

 

「あ、クーナさん!……本当は彼女が一番残念な筈なのに」

 

 

そんなマネージャーの言葉は去っていくクーナの耳には届かず、クーナを乗せたキャンプシップは飛び去って行く。

 

 

「……ふぅ」

 

 

ようやく1人になった所でクーナは一息つくと彼女の姿が変化する。オレンジ色の髪は青く変色し、アイドルの衣装も黄色のぴっちりスーツに変わった。そう、彼女(クーナ)こそが始末屋の少女なのだ。

 

 

「突然の連絡失礼します」

 

 

『おや、貴女の方から連絡してくるとは、珍しい事もあるものですね』

 

 

相手は通信に出るなり、クーナを煽るようにそう返してきた。

 

 

「うるさいですよ陰険眼鏡。やはり貴方に連絡したのは間違いでした」

 

 

『まあまあ待ってください。貴女が聞きたいのは暴走龍のライブ会場襲撃の事でしょう?いやはや、災難でしたね』

 

 

「その情報収集の早さは流石と言っておきましょう。それなら話が早いです。早急に原因の究明とハドレッドの追跡をお願いします」

 

 

『最善を尽くします。しかし貴女のライブ中もトランスジャマ―は問題なく作動していました。彼が何故アークスシップに侵入できたか、転移先はどこなのか、特定は困難だと思われます』

 

 

「確証が無くても構いません。情報が入り次第わたしに連絡してください」

 

 

『分かりました。しかしクーナさん、貴女はペルソナさんと接触したのでしょう?どうせなら彼の力を借りるのもありだと私は思いますが?』

 

 

男の話を聞いて一体そんな情報いつ仕入れたのかとも考えたが、言葉にするのも面倒くさかったのでそのままにした。

 

 

「その必要はありません。ハドレッドはわたしが始末します」

 

 

『そうですか……分かりました。それではクーナさん、くれぐれも無茶はしないで下さいね』

 

 

「分かっています。貴方も勝手な真似はしないように。では……」

 

 

通信を終えたクーナは再び大きく息を吐く。

 

 

「ハドレッド……貴方は絶対わたしが……!」

 

 

彼女は歯をギリッと鳴らし、怒りで顔を滲ませながら宇宙に浮かぶ星々を見つめていた。

 

 

 

 





今回はここまで。また次回もよろしくお願いします。


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