吾輩は鬼である、名は‘‘まだ‘‘無い (しいな)
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1話

 

人ならざる者が存在した。

――鬼、彼らはそう呼ばれる。

彼らは人間を主食としていた、だが鬼を主食とする鬼もいた。

そんな鬼の名前は――――()()、無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつからだろうか、当てもなく彷徨い始めたのは。

 

陽光が差すときには身を隠し、月光が照らすときには彷徨い歩く。

本能が導くままに歩き、歩き、気付いたのだ。

 

―――名が欲しかっただけなのだと

 

そう気づいた時にはもう、何もかも遅かった。

体は紅に染まり、人間を見れば抗い難い食欲に襲われた。

何が起こっているのかわからなかった、いや、わかりたくなかった。

心の底ではわかっていたのだ、鬼になっていたことを、人を喰らっていたことを。

それを受け入れ、陽光で焼き死のうと決めた。

だが陽光の差すところに踏み出そうとしても、恐怖が体を包んでその場に釘で打ちつけられたかのように動かなくなった。何度も、何度も自分を罵り、自傷した。それをしたからと言って自身が変われるとは思わなかった、だがそれ以外に自分ができることは無かった。

意地汚く生に縋り付き、名を欲する醜い自分、心底吐き気がした。

 

 

ある時、鬼狩りと称するものが現れた。

鬼の頸を斬り、滅するのが仕事と口にした。私は頸を差し出した、殺してくれと。鬼狩りは少し躊躇し、刀を私に向けた。大きく振り上げ、私の頸を――斬ることはなかった、いや、斬れなかったと言う方が正しいのか。何が起こったかはすぐにわかった。

鬼の始祖が鬼狩りを殺していたからだ、なぜ鬼の始祖だとわかったかはわからない、本能がそう囁いていたのかもしれない。

私の方にゆっくりと歩いてくると、無造作に手で私の頭を貫いた。

 

『自ら頸を差し出す鬼がいるとは…私は今気分が良い、血を分けてやる』

 

そうぶつぶつと呟きながら。

全身が言葉では言い表せない不快感と、激痛に襲われた。快感など、感じれるはずもなかった。

それと同時に声も聞こえた、悪魔のささやきのようだった。

 

『人を喰らえ』

 

自分の首を絞めて地面にのた打ち回る、不快感と激痛から逃げるように。

 

『貴様は私の大量の血に適応できるか?』

 

適応、その言葉が耳に届いた時私は強く願った。

 

――適応するな

 

何度も、何度も心中で唱えた。

 

だが私の願いは虚しくも打ち砕かれた。

体の激痛と、不快感が少しずつ和らいだのだ。その時以上に絶望したときは無いだろう。

その絶望と共に鬼の始祖を殺すという、純粋で歪な殺意が芽生えた。

やり場のない殺意を夜を彷徨う鬼たちに向け、虐殺の限りを尽くした。そしてどうしようもない食人衝動は鬼を喰らうことで無理やりに抑え込んだ。

鬼を殺し、喰らい、名を求め場所を転々とする。そんな生活が百年ほど続いた時だった。

『珠代』と名乗る女の鬼が私の前に現れた。着いて来てほしいと言った。

鬼の気配はあまりしなかった、私は半信半疑で女について行くことにした。

女は語った。鬼となり家族を喰らったこと、鬼の始祖と行動を共にしていたこと、鬼の始祖にかけられた呪いを解呪したこと、鬼を人に戻す薬を作ろうとしていることを。

話し終わると私に問うた。

 

『貴方は呪いを解呪した覚えはありますか』

 

私は首を傾げてわからない、そう答えた。

だが呪いを解呪できていないのならば私は鬼を虐殺し、喰らっているので殺されているはずだ、という旨のことを伝えると女は目を見開いて驚いた。落ち着くと、私に協力を求めた。

 

『あなたの血を提供してくれませんか、定期的に』

 

私の穢れた血が役に立つのならば、そう考え二つ返事でそれを了承した。

血を提供し、女と別れ、さらに百年が経った。

自分の年などもう数えていなかった、数えていたのは付けられた名前。

二百年で付けられた名前は幾つもあった、だが私の心は満たされなかった、満足できなかった。

鬼を殺し、夜を彷徨う私の前にまた、鬼狩りが現れた。

 

 

「私は胡蝶カナエと言います、貴方の名前は?」

 

 

蝶のような、花のような、目を離せば消えてしまいそうな儚く美しい女性だった――――。



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2話

私は千字程度しか書けないので、短いです。
感想で続きが見たいという人がおられてすごく嬉しかったです、ありがとうございます。


 

「私は胡蝶カナエと言います、貴方の名前は?」

 

私に対して刀の柄に触れながら女性そう笑顔で言う。

どれだけ美しい女性であろうと鬼への憎しみはあるのか、女性に分からないように肩を少し竦める。

 

「私の名前は…無い」

 

自分で言って悲しくなるこは当然ことだが他人に言うとこれほどまでに悲しくなるとは、少し自分の滑稽さに笑ってしまう。

 

「君も、鬼狩りだね?」

 

君も、そう言ってしまった自分を殴りたい。女性は刀の柄をしっかりと握って刀を抜く。安全の為、二歩後ろに下がる。

誤解を招くのは当然だろう。私が鬼狩りと出会って生き残っているということはつまり、食い殺したか逃げたかの二択なのだから。

 

「貴方は私以外の鬼狩りと出会って、喰らったんですか?」

 

そう問われ私は少し俯き、考える仕草をとる。

 

「鬼狩りと出会ったのはもう、二百年も前の話だよ」

「え、二百年って…」

「その時の私は、人を喰らったという罪悪感で死にたくて、殺してほしかった、だから頸を差し出した」

 

私は自分の罪を誰かに聞いてほしかったのかもしれない。

 

「少し躊躇して刀を振りかぶった時、鬼の始祖が現れた。鬼狩りを殺し、私に血を大量に与えた」

 

私はあの時のような憤りと殺意を感じ、拳を強く握りしめた。

 

「適応してほしくなかった、適応せずに死にたかった。生き残ってしまった私には絶望と、殺意、それしか残っていなかった」

 

女性の刀を握る手が震えた、こんな話聞きたくなかっただろう。

私は謝罪し、頸を差し出そうと―――。

 

「…貴方は今、何のために生きているんですか?」

 

何の為、そう聞かれると無いのかもしれない。

自分の中で何の為に生きているのかと問いただし、出た答えを女性に言う。

 

「鬼の始祖を殺すためだともいえるし、人を喰らってしまった罪滅ぼし…後は」

 

――名を求めて、かな

 

「そうですか…じゃあ、と言ってはあれなんですけど私は鬼と仲良くしたいと思っているんです」

「鬼と…!?」

 

鬼と仲良くしたい、その言葉に私は目を丸くさせる。

彼女は言葉を紡ぐ。

 

「私は鬼と仲良くするために貴方が必要、貴方は名前を付けてくる人が必要。協力しませんか?」

「こちらからお願いしたい申し出だが、私は鬼だ。私は定期的に鬼を喰らわないと食人衝動が出るが…」

「鬼が主食なんですか」

「まぁ、好んで喰らっているわけではないが…」

 

表情を歪めながら言う。

誰が鬼を好んで喰らうのか、少なくとも私は好きではない。

 

「提案には乗ってくれるんですか」

「いや、迷惑だろうに…」

 

そう言って引き下がり首を差し出そうとする私の両手首を掴んで瞳を覗き込んで女性は何としてでも私と仲良くしたいのか言ってくる。

 

「迷惑かは私が決めることなんです、迷惑じゃないから来てほしいと言ってるんです!」

 

私は二百年生きたことで鬼や人間がつく嘘はある程度見抜けた、女性は嘘を言っていなかった。

本心なのだろう、私に来てほしいというのは。

 

■■、私はまた、人の心に触れてもいいのだろうか?

 

もう存在するはずのない愛する人の名を呼び、問いかける。

 

‥‥‥‥‥。

 

もちろん、返答は無かった。だが、私は―――。

 

「じゃあ、今日からよろしく頼もうかな」

 

もう一度、人の心に触れてみたいのだ。

 

花が咲くように美しく女性は笑い、私に手を伸ばす。

 

「では、今日からよろしくお願いしますね」

「あぁ、こちらこそ。お嬢さん」

 

私は女性が伸ばした手をしっかりと握り、握手を交わした、ガラにもない笑みを浮かべて。



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3話

短編日間ランキングで三位を取っていたようですね、ありがとうございます。


 

「どう呼べばいいでしょうか」

 

握手を交わした後、彼女は間髪入れずそう聞いてきた。

 

「名がつくまで、好きに呼んでくれ」

 

私がそう返すと考えておきますね、そう言ってにっこりと笑った。

ふと空を見上げ、私は顔を歪め影に移動した。太陽が顔を出していたのだ、あと少し確認するのが遅かったら身体が焼き尽くされていただろう。

 

「夜まで待ちましょうか」

 

そう彼女は呟くと私の横に座る。

 

「君には家族がいるんじゃないか?早く帰ってあげなさい、私はここに居るから」

「大丈夫ですよ、私にはこの子がいますから」

 

彼女が指笛で甲高い音を上げると、空から羽音を鳴らして黒い鴉が舞い降りてきた。

 

「そいつは?」

「鬼狩りにつけられる鴉、通称鎹鴉、この子の名前は椿(つばき)って言うんです、可愛いでしょう?」

「あぁ」

 

彼女は鴉の頭を撫で、何かを耳打ちして空に羽ばたかせた。鴉は私を鋭く見つめてから、空に姿を消した。

話す題が無くなり私たちを静寂が包む。

 

「…」

「…貴方は、人が嫌いですか?」

「嫌い、ではないよ。でも、羨ましく思う気持ちはある、陽光に対する恐怖も、食人衝動に恐れることもないのだから」

「そう…ですか」

 

彼女は俯くとポツリと呟いた。

 

「時々思うんですよ、鬼と仲良くしたい私っておかしいのかなぁって」

 

少し悲しげな声だった。組織の中で虐げられているのだろうか。

 

「他の人は皆、鬼は滅する、そんな考えなんです、別にそれを否定するわけではないですが、私はどうしても納得できない」

「…」

「鬼はもともと私たちと同じ人間だったのに…」

「…人には、色々な考えの人がいるんだろう。だからこそ、人間は儚く、美しい。鬼は、一つの意志しか持ち合わせていない。人を喰らえ、それだけだ」

「でも貴方は…」

「私だって鬼さ、血肉を見れば耐え難い、抗い難い、欲望が溢れるさ」

 

自分の、鬼の滑稽さについ笑ってしまう。

 

「貴方は、鬼でもあり、人間でもあるんですね」

「それはどうゆう…?」

 

聞き返すが彼女は答えてくれない。自分で考えろということなのか、私は顎に手を当て考える。

そうしている内に、時間はあっという間に過ぎてゆく―――――――。

 

 

 

 

 

 

 

「夜ですね」

「…あぁ」

 

いつの間にか月が顔を出し、夜になっていた。時間の流れは速いな、とうの昔にわかっていたことだが。

 

「では、着いて来てください」

 

そう言って走り出した彼女を見失わないように後ろを走る。

後ろから彼女を見ると蝶のようだ、本当に美しい。

 

―――――――

―――――

 

「っとと、着きましたよ」

 

足を止めたので、私も止まって彼女の横に歩いていく。

着いたのは大きな屋敷、珠代が私を案内した屋敷よりは幾分小さいが家族と住むには広すぎるのではないか。そう思いながら進んで行く彼女の後を追う。

 

「よく来ましたね、鬼」

 

そんな殺意が混じった呟きが耳に届き、本能的に身体を動かす。

その刹那、左肩に深々と刀が刺さる。

日に焼かれるような痛みに声を漏らす。

 

「っぐぁ」

「急所は逃れましたか」

「しのぶ!?」

 

鬼は頸を斬られない限り死なない、そう慢心していた私が馬鹿だった。

 

「ですが、毒からは逃れられない」

「っあぁ…」

 

ばちゃり、大量の血が口から溢れ地面に落ちる。視界が眩むような痛みに膝を着き血を分け与えられた時のように痛みにのた打ち回る。

 

「鬼の貴方が悪いんですよ」

 

 



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4話








痛みが、痺れが、猛烈な吐き気が、身体を包み込んで、死へと進んで行く。

 

「あ゙ぐぁ…」

「滑稽ですね」

 

もう何を言っているのかわからない、相手が。

脳内へとただ一つの言葉が囁かれる。

 

『人を喰らえ、そうすればすぐに治る』

 

何度も、何度も、囁かれる、おかしくなってしまいそうなほどに。

 

五月蠅い、五月蠅い、五月蠅い、五月蠅い、五月蠅いッ!

 

そう心中で念じる度に、言葉の意味が薄れてついには意味を失くす。

 

「しぶといですね…早く死んでくださいよ」

 

そんな声が聞こえた、私に刀を刺した子だろうか。

言った者など、どうでもよかった『早く死んでくださいよ』その言葉が耳に、心に残った。

死んだほうが楽なのではないか、抗うことをやめ死を受け入れようとした私の耳に声が届く。

 

「死のうとしないで!貴方は鬼舞辻を倒すんでしょう!?名前も…!」

「姉さん!?」

 

そうだ、私はあの憎き鬼を殺し、名を授けてもらうのだ、こんなところで無様にくたばるわけにはいかない…。

 

その想いに応えるように体の痛み、痺れ、吐き気が少しずつ、確かにひいていく。

長い、長い時間かけて私は体を起こし、立ち上がる。

口からは血が垂れ、完治とは言えないが直に治るので大丈夫だ。

 

「なん、で…一番強力な毒だったのに…」

 

私を獲物を睨む虎のような目で睨み、小さくそう呟く。

左肩に刺さっている刀を良きを勢いよく引き抜き、地面に突き立てる。

 

「しのぶ、混乱したわよね、ごめんね」

「私が、無理でも」

「ッ!?」

 

しのぶと呼ばれた少女は私だけに聞こえる声でそう言った。

その瞬間、斬撃の嵐が私の身体を襲った。

斬撃一つ一つに水の幻影が見えたり炎の幻影が見えたりと美しい。だが私は見惚れて真正面から喰らう馬鹿ではない。

重い体を動かし最低限の動きで避ける、多少は傷を負うが仕方ないことだ、なにせ五人もいるのだから。

 

「なにっ!?」

「この人数だぞ!?」

 

頸に幾つか傷は入っているが痛みを伴うだけで致命傷にはならない。

 

「貴方たち、何してるの?」

 

ドスの効いた声が響き、場が静まり返る。

私に斬りかかってきた者たちは冷や汗をだらだらと流し刀を持つ手を震わせ、戦慄しているようだ。

 

「しっ、しのぶ様が…!」

「しのぶ?」

「っ!」

 

顔を逸らし、不貞腐れた子供のように黙り込む。

 

「私も鴉だけで連絡を済ませたのは悪いと思うわ、でも何も言わず毒を打ち込んで隊士に襲い掛かるよう命令するのも違うと思うわ」

「…」

「待て、喧嘩はしないでくれ。鬼である私が全体的に悪いのだから」

 

間に割って入り、落ち着かせようとするが逆効果だったようだ。

 

「悪いと思うならここから消えるか死ぬかしてくださいよ」

「う、だけども私にも目的というものがあって…」

「その目的に姉さんを巻き込まないでください、もう一回毒打ち込みますよ?」

 

正論だ、私の目的に彼女を巻き込む意味などないのだから。

私が消えるそう言おうとした時、横に押されて言い損ねる。

 

「私の目的にも彼を巻き込んでるの、しのぶには関係ないでしょう」

「鬼と仲良くするため!?そんな馬鹿なこと言わないでよ!鬼なんて人を喰らうことにしか能がない、化物なんだから!この男だってそうよ!」

「彼は違うわ」

「何が違うって言うのよ!鋭い爪、牙、開いた瞳孔、全部鬼の証じゃない!」

「確かに彼は数人、人を喰らってるわ」

「じゃあ滅する対象でしょ!?」

「…二百年間の間で、数人よ」

「二百年間が何?数人喰らったことは違いないじゃない!」

 

目の前で繰り広げられる口論を私はただ眺める事しかできなかった。

 

「なぁ、あんた、人間を見てどう思うんだ?喰らいたいとは思わないのか」

 

刀を私に突きつけて男がそう言うので切先を掴みながら答える。

 

「その気持ちに負けて人を喰らったよ、けど喰らっても残るのは消えることのない悲しみと虚無感、後悔だけだ。満足感など感じられない」

 

そう言うと男は刀を下ろし、興味が無くなったように私から目を逸らした。

口論が繰り広げられている方に目を向け、声を掛けようとした時だった。

 

「おいおい、派手なことになってるねぇ」

 

後ろから刀が出てきたかと思えば、頸に当たるか当たらないか絶妙な距離に刃が置かれる。

 

「何で鬼を放っておいて地味な口論をしてんのかねぇ、こいつの頸、派手に斬っちまうぜ?」



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