リィンカーネーションに花束を (ピーシャラ)
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入学までのあれやこれや
第一束。ヒガンバナの花束を


結構早い帰りやった。
所詮リメイクでございます。
感想等。ドンと来いや。

花言葉は
悲しい思い出と転生と再会する日を楽しみに


ーーーーり損なった!!!

 

 

 アインの殺気が俺の体の半分を抉り取ると口から滝のように噴き出した鮮血がいつかに敷いた電源の落ちた、真っ黒なモニターに溶け落ちる。

 

 腕どころか左半身を持っていくように抉り取ったアインは真っ赤に染まった腕を振るい血を弾き飛ばすと、また叫びながら持ち前の転移で俺を確実に殺しにかかってくる。まずい、と危機を感じるよりも、もっと嫌な胸騒ぎがした。

 

 強く噛んだ舌から血が出るほどの、憎悪を抱えた血走った目で俺を殺そうと駆けるアインよりも胸騒ぎのする方に目を向ける。だが、それより早く西耶が俺の腕を掴むと、俺たち二人だけを囲み覆うように黒い波に視界が覆われた。

 

 波が明けるとアジトの入り口…俺が刻んだ重瞳の印がついた洞穴の入り口に出た。出た瞬間、お互い立つことができなくなった俺と西耶は膝をつき始めお互い倒れないように肩を支えざるおえなかった。

 

「ヒュッー、ヒュッー、ッカハ!……お前は、何をしたいんだよ…」

 

 半身から血を流し、隙間風が吹くような、変な呼吸で血を吐きながらも心の中に籠もっていた疑問を情けなく喚くように吐き出すと西耶は震える手で俺の頬に切り傷をつけたかと思えば顔を上げた。

 

「ほんと…ですよね。ごめんなさい……」

 

 何時かのように微笑んだ笑みは自分への呆れと自嘲を浮かべ、困ったような顔をしていた。そんな顔を見たせいか、さっきまでの苛立ちはいつの間にか消え、俺も釣られて呆れ帰り、ついつい笑って納得してしまう。今も左半身からは絶え間なく血が大量に溢れ出して死ぬかもしれないのに痛みは感じず、内側にあったものが重力に従って落ちていく…不思議な感覚を味わっている。

 

 そうだった。

 コイツが誰かを進んで傷つけるような真似をするはずが無いんだ。ただ単に弟を傷つけた存在が許せなかっただけなんだ。

 やり直せる。

 まだ、手を……繋ぎ直せる筈だ…。

 

 意識を集中させ起死回生の一手を展開しようと息を吸い込む。

 …しかし、この体はもう限界らしい。万象儀を扱うための体力も、もう出せず。上げようとしていた右手は、力なく地面に落ちた。西耶も同じように不規則な呼吸をし、それを繰り返す度に胸部の血痕がじわじわと広がっていく。

 

 俺も、西耶も此処で終わる……。

 

 そんなネガティブな考えが頭をよぎる。

 それだけは必ず避けなければいけない。もしも俺たちが終われば必ず戦争になる。

 

 

 

 あいつらが、訳もわからず死んでいく。

 

 

 

「項羽……さん…」

 

 息が絶える寸前の西耶が話しかけてくるが俺にはもう声を出すほどの力も、意識も、ほとんど無くなっていた。

 

「…弟に…謝りたいんです。何も……兄らしいことを、して、やれなくて…ごめんと…伝えたいんです」

 

 苦しそうに息をし、言葉を詰まらせながら、なんとも弱気なことを嘆く西耶に睨むように目を合わせると俺の伝えたいことを声にならない言葉で伝える。

 

 ぼやけた視界から映る西耶には、上手く伝わったのか同じように霞んだ瞳で涙を流し、はにかんだ西耶は言葉を綴るが、俺には何を言っているのかよく聞こえなかった。

 よく分かるのは全身の血の気が引き、冷たくなっていく手足の感覚と瞼が重くなっていく気怠い感触だけだ。もはや、お互い支え合うことも出来なくなり弱々しくへたり込むことしか出来なかった。

 

 俯きながら譫言のように呟き続ける西耶に心の中で未練がましく相槌をうつこしか出来ないことが、ただただ苦しかった。

 

 

 

 あぁ。あぁ……。そうだな謝って…仲直りしよう……弟に…あいつらに、謝って…そん、で……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………それ以上、言葉が続くことはなく青く澄んだ空に二枚の花弁が舞い散った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「てんめェ!なに寝てんだ!八戒くんに失礼だろ!!」

 

「……は?」

 

 謎の怒鳴り声に思わず目を開けると目の前には俺の視界を埋め尽くすほど大きい薄いピンク色が目についた。唐突な光景に目を丸くしてフリーズしていると別の方から声が聞こえてきた。

 

「うわっ!なんだお前その目!?」

 

 別の方から聞こえてきた声に目を向けるとちっちゃいガキがこっちを指差して驚いていた。ん?ちっちゃいガキ??その言葉に思わず、無くなった自分の左半身を摩るとそこに腕が()()()

 

(なんで……)

 

 思わず今度は触った手の方を見れば()()()()()()()()()()。驚いて全身を確認すると全身がなよなよと頼りなく、そして手足の短い脆弱そうな体つきになっていた。前との体つきの差に愕然とし信じられないとペタペタ身体中を触っていると、いきなり頬に衝撃を受け、俺の体はぶっ飛んだ。急速に移動する視界と後からついてきた痛みに、殴られたのだと理解する。

 

 誰が殴ったんだと見てみれば目の前にいた薄いピンク色の肌……俺よりも大きい、もうブタがそのまま直立して擬人化したような奴が太い腕を振りかぶった状態を確認するのを見るとコイツが俺を殴ったんだと確信すると胸の奥の何処かからジンジンと音が鳴った。

 いや、そこじゃない。…何でコイツは"こんな"姿をしているのにコイツからは花弁が出てないんだ?

 

 俺の疑問を他所に、えらくつぶれたブタ鼻と言うか、もうブタのような鼻をブヒッと鳴らした"八戒"と呼ばれたブタは俺に向き直る。

 

「ッブヒ……お前、なにオデのことを無視してんだよ」

 

「…………お前こそ誰だ?いきなり人の顔殴りやがって」

 

 殴られ赤くなった頬を抑えながら八戒を睨みつけると本人共々、傍に控えていた俺と同じくらいの背丈をしている奴らも此方をじっと見つめ、なにを言っているんだコイツは?と言いたげな顔をしている。

 

「何言ってんだ?いつもなら泣き叫んで逃げるくせに……ムカつくな!」

 

 そう言って猪のように真っ直ぐ突進してくる八戒は大きな動きで俺に殴りかかってくる。俺もお返しと言わんばかりに万象儀を腕に纏わせ()()()()()()()()()。そのままカウンターでぶん殴ろうと心に決めていると突進していた八戒が突然、動きを止めた。

 

「……ブヒッ!なんでテメェが()()使えてんだよ!!」

 

「…………は?」

 

 ……"個性"?何だそれは"才能"じゃないのか。

 

 お互い、拳を構えたまま頭の上にハテナマークを乗せて固まっていると子供相手にこれを使うのはバカらしいと、頬に傷を付けた後。万象儀を解除する。ふと八戒の方を見ると何故か無性に腹が立ってきた。

 

 ……何でだろうな…?すっげぇムカつく…。どっか誰かに似てんだよな〜。と顎に触れながら頭ん中で悶々と疑問と怒りが飛び交うように思案していると目の前の八戒がブルブルと震えながら汗を浮かばせていたことに気付かずにいた。

 

「何やってんの!!貴方たち!?」

 

 どこからか聞こえてきた怒鳴り声に振り向いた瞬間、八戒は泣き叫びながら逃げていった。急に逃げていった八戒に取り巻き含め俺も少しポカンとした顔になるが、すぐに我に帰り取り巻きたちは八戒を追うように何処かに走り去って行った。それと入れ違いなるように妙齢の女性が息を切らしながら走ってきた。

 

「はぁ…はぁ…。項羽君大丈夫!?」

 

「………?おう…」

 

 何故、八戒は逃げて行ったのだろう。何故、この人は俺の名前を知っているのかと様々な疑問が頭の中でハテナマークとなって飛び交い、眉間にシワが寄るが心配されたのだから返事はしておく。

 

 近くに寄った女性は頬の傷を見て一通り何か心配するようなことを言った後。手当てを施そうと、絆創膏を持って来るために踵を返した女性に聞きたいことがあるからと思わず手を掴んでしまった。そのまま頭の中に飛び交っていた疑問の一つを口に出す。

 

「此処はどこだ?」

 

 この後、いろいろ質問してきた女の人が突然、泣き出したと思えば病院をたらい回しにされた。

 泣き出して開口一番に聞いた女の人の声は「項羽君が先生のごと忘れちゃっだぁっーー!!!!」

 ……だったような気がする。

 

 

 

 

 

 

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「大変じゃ!先生っ!!」

 

 薄暗い…なんて言葉じゃ足りないぐらいドス黒い闇の住む場所。そこに一人の小太りの老人が息を切らし、しわがれた声を張り上げながら自分の敬愛する、ある人物を探していた。

 

 普段、運動なんてしないのだろう。大量の汗を流しながらも手に持った数枚の紙切れは離さず次に読む人のことを考慮しないほどクシャクシャに握りながら走っていた。まぁ、次に読む人物はそんな事、蚊ほどにも気にしないであろうが。

 

 部屋の奥、探し求めていた人物は真っ暗闇な部屋の中、黒く革製の椅子に座りながら楽しそうにヒーローが活躍しているニュースを見ていた。

 急いでその人の元へと駆け寄り手に持っていたものを見せる。

 

「どうしたんだいドクター。そんなに慌てて、何か良いことでもあったのかな?」

 

 落ち着きのあるそれでいて期待するように抑揚のついた低い声。聞く人が聞けば心が安らぐような心地の良い声をしているが発せられる雰囲気は見る人のすべての恐怖を煽る。見る人からは、まるで魔王のような悍しい気配を漂わしていた。魔王は回転する椅子を回転させ小太りな老人の前に向き直ると紙切れを受け取る。

 

 一通り紙切れに目を通した魔王は目の前で年甲斐もなく、興奮を抑え、おもちゃを待っている無邪気な子供のような顔をしている老人に目を向けると老人はもう良いだろう我慢ならんと、まるで自慢するかのように口を開いた。

 

「今日、わしの研究病院に来た"個性"を発現させた子供なんじゃがな!聞いて驚け!此奴は個性因子が()()のにも関わらず"個性"を扱っとるんじゃ!!」

 

「…………へぇ」

 

 興奮し唾を飛ばしながら喋る老人に嫌な顔一つせず話を聞いた魔王はニタリ、意地の悪い不気味な笑みを浮かべ再び貰ったカルテに書いてある名前に目を落とし貼り付けられた写真を眺め新しい玩具を見つけた子供のようにキラキラした目をしていた。

 

「どうじゃ!!"やつら"が復活したとは思わんか!?」

 

「そうだねぇドクター…。会うことが出来たなら嬉しくて、嬉しくてゾクゾクするよ!……『黒籍項羽』くんか…楽しみだな…………ンフフフフ…」

 

 邪悪に笑う敬愛する我が主人が興味を持ってくれたことを嬉しく思う老人は今日会った重瞳の彼に感謝し、また笑った。壁にかけてある()()()()()()()()()がきらりと怪しく光るのが目に映るとまた高々しく笑った。

 悪よりもたちの悪い、邪悪が蠢いていた。

 

 




お早い帰りになってしまった…。
最近、コロナが大流行して大変な状況になってきました。
自粛で暇な時間をせめて、こんな小説で暇を足せたなら幸いですわ。


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第二束。オトギリソウの花束を

敵意と恨みを


 

 病院をたらい回しにされたあの日から数ヶ月…。如何やら俺はストレスによる記憶喪失という診断結果になった。俺の身近にいた人間の話によると、前までの黒籍項羽(くろぜきこうう)は大人しく気弱な性格だったらしい。

 もし仮にその人格の中に俺が入り込んでしまったのならだいぶ俺はまずいことをした。どうにも出来んけど。

 

 あの後、俺を病院に連れっていった先生に色々と質問をしたら頭から湯気を出しながらも色々と答えてくれた。

 まず、俺が今居る此処は『孤児院ハナゾノ』。

 身寄りのない、何か問題を抱えた子供が多く預けられる場所だ。俺の場合は朝刊を取りに行こうとした職員が玄関先で毛布に包まれた状態の俺と一緒に入っていた名前を発見し、そのまま保護したらしい。

 この施設は孤児院にしてはかなり敷地が広く計百人ちょいは軽く暮らせるぐらい大きな建物で、加えて職員数も多く、聞いたときは金は何処から湧いてくるんだ、と思ったらどうやら寄付らしい。

 

「おい。項羽、サッカーやろうブ」

 

「………おう。今行く」

 

 ボールを持って声をかけてきたのは猪八戒(いのはっかい)

 俺をぶん殴った奴だ。あの日を境に何故か異常に避けられていたが、話しかけていくうちに徐々に落ち着きを取り戻していき今は普通に遊ぶような仲に落ち着いた。

 怯えていた理由を聞いてみると、どうにもあの時の俺がとてつもなく恐ろしく見えたらしい。何故。

 

 それと、今の俺は小学生だ。既に学校には顔を出しておりクラスメイトらしき奴らにポツポツと心配された。とんでもなく少なかったけれど。八戒とも歳は同変わらず、クラスは違うが今は仲良くやってる。

 

 他の奴らも呼んで棟に囲まれたように出来た広場に出てボールを蹴り始める。

 

「そこだぁ!」

 

「させるかー!」

 

「おまえ!"個性"使うのはズリーだろ!!」

 

「うるせぇ!勝てばいいんだよ!!」

 

 ゴール前、蹴られたボールをキーパーの奴が()()()()()()止めると全員がキーパーに文句を言い始めるがそれを暴論で言い返したキーパーの奴に更にヘイトが溜まっていく。

 喧嘩になり始めると八戒が仲裁に入りにいった。殴って止めるんだけどな。

 

 先生が頭から湯気出して頑張って答えてくれたものの一つ、"個性"は百年以上も前に発現し、今日に至るまでに世界で広がった、"才能"に似た別の能力だ。

 

 今じゃ、世界総人口の約八割がこの個性を持って生まれる個性飽和社会らしい。…それで欲を持った連中が強大な力を手に入れれば、総じてロクなことに使わない人間が増えていった。

 

 そいつらが(ヴィラン)と呼称され始めた頃には、世の中は混乱を極めたらしい。人間が人知を超えた力を手に入れたら、やりたい放題だろうな。殺し、窃盗、放火、暴行、etc…。考えつくだけでも山ほどあるのだからキリがない。

 まだ廻り者の方がタチがいいかもしれん。アイツらは良くも悪くも自分の衝動に赴くままに犯罪を犯す奴もいるからな…あれ、廻り者のほうがタチ悪いかもしれん。

 

 まぁ、そんな混乱渦巻く世界の中で力を正義のために振りかざしてきた者がヒーロー(正義の味方)と呼ばれた。

 今は『平和の象徴』とまで謳われているオールマイトと言われるヒーローが敵に対して抑止力となっている。近年ではなんとヒーローが公務員と化し、子供のなりたい職業ランキング1位になっている始末で、暴れん坊の八戒でさえ「オデはヒーローになるんだブ!」とニュースでヒーローの活躍する姿を見ては目を輝せながら息巻いている。

 

 ……この"個性"は多分、"才能"とは別種の存在なんだろう…。"才能"は自らの首を切ることで"才能"を手に入れる後天的なものだが"個性"は先天的な…誰しもが生まれつきな物で持っている力だ。"才能"と違う点があるとすれば"衝動"があるか、ないか。

 

 不特定の多くの廻り者には狂気的衝動が付き纏うような不運な奴もいる。デルサボには絞殺衝動があったが、それは何か硬いものを握らせておけば良かった。"個性"にも"衝動"と似たような現象が起きるなら調べる必要がある。

 八戒にでも聞いてみるか。例えば、泥ん中に思いっきり浸かりたい時ないか?とか。

 

 ジャングルジムの上で頬杖しボーっとそんなことを考えていると。ほんとんど皆、事態を休息させることを諦め。半ギレ、ヤケクソ状態で個性使いながらルールなんてものは地獄に置いてきた!と言わんばかりの最早サッカーとは言えない激しい泥試合を繰り広げていた。

 

 元々、あいつら血の気が何かと多いし、喧嘩っ早いからな。激しさがそこらにいるガキの比じゃねーんだよ。まぁ、だからこそここに(孤児院)は恥じないんだと思うんだけどな。まだ西耶の弟の方が大人しかった。

 

 懐かしむように西耶の弟の小生意気さを思い出して今の光景と比較すればあの小生意気さなんて可愛いもんだ。

 後ろから騒ぎを嗅ぎつけた先生らがあいつらの元に走り去って行き騒ぎを沈静化しようと頑張っているところを頬杖かきながら静観した後。

 情報を集めるために図書室に向った。

 向かう途中、本を抱えた奴から意味の分からないことを言われて適当に返したら泣いて逃げていったけど何だったんだ。

 

 

 

 

 

 

====================

 

 

「……おい。ここか?」

 

「あぁ。ここが依頼されたガキがいる孤児院だ」

 

「大丈夫かな…子供を誘拐するなんて……ちょっと気が引けるな……」

 

「何、今更怖気ついてんだ。なぁに大丈夫だ。ガキ一人、散歩に連れて行くだけだぜ」

 

「しかも大人三人でな。これ以上、安心なことは無いだろ。ニハハハッ」

 

 

 

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 短く感じられる休日も直ぐに終わりを迎え、今は二人部屋の二段ベットの上で大の字になって寝っ転がってる。同室の奴はとうに夢の中に迷い込んでおりムニャムニャと聞き取れない寝言を言っている。

 俺もこの時間帯はもう寝ているのだが……ちょっと用事を思い出したから用を足しに行くとしよう。

 

 部屋を出て、雲でチラチラと見え隠れする月明かりが指す薄暗い廊下を歩き、トイレの前を通り過ぎて、真夜中の冷たい風を浴びながら昼にあいつらがサッカーもどきをしていた広場の中央に俺のことを見ている連中に分かりやすいように出る。

 

「それで。何の用だ?」

 

 後ろを振り返り、そう言えば扉の方から三人の人影が俺を囲み込むように飛び出してきた。丁度よく雲に隠れていた月明かりが戻り、俺を睨みつけている三人の姿がよく見えた。

 

 一人は筋肉の盛り上がったゴツく八戒よりも大きな体躯をした男。二人目は鋭く目の釣り上り好戦的な笑みを浮かべて金属バットを握りしめている金髪の男。最後の一人は他二人に比べては華奢な体をしており少々、自信なさげで申し訳なさそうな顔つきをしている奴。……三人か。

 

 話しかけようと声を出そうとした瞬間、俺が口を開くよりも早く好戦的な笑みを浮かべていた男がバットを振りかざしていた。

 

「ッオラ!」

 

「誰か呼ばせる前に仕留めようってか。ガキ相手に大人げねーな」

 

 流石に小学生の体で勢いよく振りかざされるバットとを受け止めるのは無理がある。しかし、雑に振りかかってくるバットは簡単に見切れた。避けていると後ろから大柄の男がすごい速さで眼前に迫って腕を振りかぶっていた。

 

 急いで万象儀で防ごうと展開するが、どうにも間に合いそうにない。腕に纏わせガードするがもろに力の影響を受け、俺の軽い体は派手にぶっ飛ばされる。そして飛ばされた先には華奢な男が待っていたかのように此方に手を翳しながら申し訳なさそうな顔をしながら待ち構えていた。

 

 確実になにか仕掛けてくるんだろうがその前にくるりと体を翻し体勢を立て直すと何かを堪えるように目を瞑っている華奢な男の目の前に背中を見せるように止まるとそのまま万象儀で強化した裏拳を振り向きざま喰らわせるた。男からゴキャという生々しい音がした。

 目ぇ瞑んなよ…歯か、鼻逝ったか?どっかから過剰防衛というワードが頭を過ぎたが先に仕掛けてきたのはコイツらだ。俺は悪くないはずだ!たぶん!!

 

 白目を剥き、血を流しながら膝から崩れ落ちて行く仲間を見て驚き呆然とした顔をしている二人に笑いながら話しかける。

 

「いきなり襲いかかって来んなよ。お前らは話の出来ない猿か?」

 

「!っるせぇッ!!」

 

 怒りに滲んだ叫び声をあげながら迫ってくる金髪。

 殴られ少し痛む腕を無視し足に万象儀を纏い力を込めて全身のバネを使えば、大柄な男に距離を詰めることができた。咄嗟に反応した金髪は予想以上の速さで迫ってくる俺に冷や汗を流し焦った表情を浮かべ大柄の男を庇うように飛び出した。逆に大柄な男は足をバッタのような脚に変形させ逃げるように上空に高く跳んだ。

 

 なる程、さっきのスピードはそれが理由か。なんとなくバットを持った金髪に触るのは危ないと直感が叫ぶと、金髪を無視し。俺自身の体を分解し霧状にして避けると、上空に跳び下の様子を伺っているバッタ男の頭上に体を再構成する。

 

 頭上にいる俺の気配を察知した男はすぐさま頭を此方に向き驚いた顔をして掴み落とそうとする。その前に、万象儀を纏ったかかと落としでハエ落とし的な要領で叩き落としてやった。

 

 大きな体をした男が落下する速度以上の速さで落ちれば芝と砂利でできた地面はデカい音を立て地面に沈み地面に亀裂が入る。

 ……なんだか危ない体勢で落とした気がするが死んではないだろ。

 

 俺が突然消えたことと、もう一人の頼りにしていたのだろう仲間があっさりとやられ、涙目になりながらも恐怖を払うように両手でバットを力強く握り直し叫びながらバットを振りかぶってくる。万象儀を纏い今度は試しに殴り返すように振りかぶられるバットと拳を合わせる。すると強い衝撃が俺の腕は弾き飛ばして、お互いに距離が出来る。

 

 しかし、それは向こうも同じなようで弾き飛んだバットを手放した男は衝撃にこまねくように手を振り。此方を見る目は一矢報いてやったと言わんばかりに笑っていた。

 確信したが、今のがコイツの"個性"なんだろう。衝撃を反転させる"個性"さっきまでの隙が多いバットの振りもカウンターをわざとやらせ、自分を殴らせ反転させることが目的なんだ。

 しかし、流石にこの体だと骨にヒビが入り右手の爪が剥がれ鮮血が流れる。やったな〜…右手が使えなくなってしまった。向こうは辛そうに顔を顰めているが両手は健在のようで自分達をこんな目に合わせた俺を今度は力で嬲り殺してやると言わんばかりの殺気の篭った血走った眼光で俺を射抜き距離を詰めていた。

 

 でも知ってるか?左手があるって。まぁ、使わんけど。

 

 体から滲み出る万象儀を右手の掌に集中させ、掌の上に球体のように集めサッカーボールぐらいの大きさまで集め圧縮する。圧縮して、圧縮して、圧縮して、さらに圧縮して、圧縮、圧縮、圧縮、圧縮、圧縮、圧縮、圧縮。

 

 金髪が目の前に迫っている頃には掌に集めた万象儀は最終的にビー玉ぐらいの大きさまで小さくなった。これ以上やってもいいがこれ以上の大きさにしたら多分、男死ぬ。いやこのサイズでもこの距離なら最悪、死ぬな、やべ。

 

「ウ、ウワータスケテー!」

 

 距離を開けてこれを撃つ為には、わざっとぽく逃げ惑うただの子供の演技しながら距離を開ける必要がある。明らかに罠なのに頭が弱いのか、逃げる俺を見てまんまと勘違いした男はいい気分そうに下品に笑うと俺をゆっくり追いかけてくる。お前、本当に馬鹿だろ。

 

 十分に距離が離れたところで子供っぽく最後の抵抗みたいに圧縮した()()を投げつける。俺と男の中間距離の男よりぐらいのところを見計らい、万象儀を解除すると圧縮され、ギチギチに固められた空気は爆発的に解放され周囲に暴風を撒き散らす。

 

 油断し、爆風に煽られた男は簡単に吹き飛び広場の端っこに設置してあるブランコの鉄柱部分に頭を強くぶつけ白目を巻いて倒れた。当然、軽い俺の体は男よりも簡単に吹き飛ばされ、なんとかして何かに捕まろうとしたが生憎、この庭の芝は短く掴まろうにも掴めなかった。地上か数メートル飛ばされたところで運良くジャングルジムに掴めたので難を逃れたが。

 

 その頃には夜回りをしていた職員が騒ぎに気付いており院全体に警報が鳴り響いていた。直に警察もくるだろう。あ、まて救急車も呼ぼう。やっといてなんだが多分、コイツら死ぬ。

 

 万象儀で怪我をした箇所の細胞を結合し、頬に傷をつけたあと、万象儀を解除すれば綺麗に光る半月の下に消えゆく万象儀の淀みが幻想的に映った。

 その光景とまじまじと黒い波が消えるまで見ると荒れに荒れた広場を眺めると、死ぬ時よりも弱いが、強い倦怠感を覚え思わず尻餅をついてしまう。

 別に荒れた広場を直すのをめんどくさがった訳ではない。

 

 ……やっぱりそうだ。前々から疑問に思っていた事が今の戦いで確信に変わった。()()が落ちてる。それも格段に、100だったものが一気に5近くまで下がったような感覚だ。さっき空気を圧縮させたがイメージしていた威力よりも全然弱かった。それに、ほんの少しだけ行使しただけでもこの疲れ。

 

 はぁ……記憶無くす前の俺、少しぐらい鍛えておけよ…動き辛いたらありゃしねぇ。

 自分で自分に愚痴を零しながら、怠い体に鞭を打ち。転がっている男どもを取り敢えず、集めようと動き始めた。

 

 

 




☆ざっくり人物紹介

・黒籍項羽
 喧嘩でぽっくり逝った我が廻り者の王。目を覚ました次の瞬間…体が縮んでいた!?(黒ずくめの陰謀を感じますネェ…)

・猪八戒
 二足歩行が可能でなおかつ頭の良いハイスペックな豚さん。上記、王のライバル予定。

・やられた三人
 とある人物に雇われたゴロツキさん達。
 これからの出番は既にない。


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第三束。ハナズオウの花束を

裏切りとエゴイズムと目覚めを


 

 野郎三人衆を警察に引き渡し、俺は日を跨いで警察の方に事情報告に行き、外見が子供だったこともあったのかそこそこ緩い尋問もどきを受けてついさっき孤児院の方に帰ってこれた。

 警報が鳴り、職員の大人達と寝ていたのにも関わらず騒音で叩き起こされた奴らで騒然とする中、駆けつけてきた先生達は、血を流し白目を剥いて倒れている成人男性三人とそれをズルズルと引きずって運んでいる小学生の俺を目撃して、意味が分からないと混乱し、狼狽していたが直ぐに駆けつけた警察が来てくれたお陰で迅速にことが進んだ。

 

 そして、部屋でくつろげると思いベットの上に体を放り投げた途端にまた、呼び出された。今度は白黒のパトカーではなく全身の黒塗りの高級車に乗せられて何も聞かされずどこかに向かわされている。

 

「…なんでだ!?」

 

「大きな声出さないで項羽くん…びっくりするじゃない」

 

 俺の声に反応したのは隣に座っているハナゾノの婆さん院長だ。名前は聞いたことないが、初老の少しシワの多い優しそうな婆さんでいつも、ニコニコして怒ったところを誰も見たことがないと噂される俗にいう仏のような人間だ。

 先日、警報が鳴り皆がパニックになる中この人だけはいつも通りように微笑みながら他の職員に指示を出していたのを見ると長年の経験が滲み出ていた。

 

 ついでに運転しているのは髪の毛がボサボサで目下に深い隈を付けているせいか目付きが悪く見える男が、バックミラー越しにどこに行くか説明をしてくれたが聞いてもよく分からんかったが取り敢えずどっかの役人と話をするらしい。

 話によるとその役人は婆さんと旧知の顔馴染みらしく、会えることが嬉しいのか婆さんの顔はいつもより顔が綻んでるように見えた。

 

 世間話や最近の近況などの他愛のない話をしながら車窓から見える視界に入りきらない程の馬鹿でかいビル群を眺め夕日が沈む頃合いにやっと目的地に着いたのか、車が駐車場に入った。

 

「どうぞこちらです……」

 

 車から降り、気怠げそうな運転手に促され付いていくと周りのビルより一回り大きなビルに案内された。受付を済ませエレベーターに乗り役人さんの居る部屋へと向かう。

 結構な距離を上がった気がする。何階だこれ?200……やめておこ。

 

 廊下の途中、途中で絵画が掛けられてあったがピカソや他の奴らの絵を散々見てきた所為か、単にこの絵が下手な所為なのか分からんが上手いのかが全然分からん。どうでもいいな。

 

「……会長。目良です」

 

「入りなさい」

 

 目的の部屋に着いたらしい。運転手が扉を叩き、会長と言うと中から返事が返され扉が開けられる。中には全面ガラス張りの窓の前に設置され、こげ茶デスクに腰掛けていた……凛とした顔立ちか印象的で背筋も綺麗に伸びている為か若く見えるが、婆さんと同じ歳ぐらいの初老の女性が此方に顔を向けた。すると懐かしむような柔らかな笑みを浮かべると婆さんが少しだけ前に出た。

 

「久しぶりね。みわちゃん!」

 

「久しぶりね、つぼみ。何年ぶりかしら?…でもその呼び方は今やめて頂戴…ちょっと老けたかしら?」

 

「あら!あんたも、おんなじ事言えないわよ。若作りしちゃってね〜」

 

「なに言ってんの!女はいつだって若く見られたいものよ」

 

 ふふふ…と近所で他愛のない世間話でもするように喋る二人は俺と目良を差し置いて昔話に花が咲いたのか楽しそう話始める。なる程、婆さんの名前はつぼみと言うのか覚えておこう。

 その後、昔話に花を咲かした二人に目に見えて不機嫌そうな顔をし始めた目良を何となく慰め、接待用のソファに座って待っていれば話が終わったのか少し恥ずかしそうにした二人が帰ってきた。

 

「ごめんなさいね。おばさん同士が長話しちゃって」

 

「はい。大丈夫ですから、会長はやくあの件を……」

 

「そうね…始めましょうか」

 

 目良の横に座った会長がさっきから持ち歩いていた封筒から何やら資料を取り出し始め、俺と婆さんに配りながら話し始めた。

 

「先日、黒籍くんが敵三名を単独で撃退、捕縛したことから我々、ヒーロー公安委員は黒籍くんにはヒーローとしての素質があると判断しました。今回お越しいただいたのは、黒籍くんを公安で預かり、ヒーローとして育成するのかを検討させていただきたいのです」

 

 …………ヒーローか。

 俺は少し唸る。元々、廻り者の纏め役のようなものを担っていた訳だが現時点で俺以外の廻り者を見たことがない。ハッキリ言って成るつもりもない。しかし、居るかも分からんアイツらのことを探すには情報が足らんし、今の体じゃ不便が過ぎる。

 

「どうでしょうか……」

 

「…………目良、会長。一つ、聞きたい事がある」

 

 なら、コイツらに聞いてみよう。

 

「何かしら、黒籍くん?」

 

「『廻り者』この呼称に何か心当たりはあるか?」

 

「『廻り者』?……………何故、貴方がその呼称を知っているの!!?」

 

 リアクションの大きい会長の叫びを聞いて心の中で笑ってしまった。良いリアクションだ、嫌いじゃないぜ。

 しかし、そうか。今の反応を見るに居るには居るらしいが少し引っかかることがあるな。

 

 何のことか理解が出来ていない二人とは違い、項羽の言った単語の意味を理解している会長は先ほどまでの凛々しく落ち着いた表情を止めていた。驚愕し、嫌な疑問を浮かべるように冷や汗を流し始めるとある物を目に入れてしまった。

 

 

 それは『項羽』自身はは意識してやっていることではなかった。

 項羽の目の中で、さも愉快そうに蠢き歓喜している重瞳共は会長の心の底…髄から、感じたことの無い、恐怖が脳を這い回る悍しい気配を感じ取っていた。

 

 

====================

 

 

「答えなさい……!何故貴方がそのことを知っているの!?」

 

 絶叫を抑えるかのように答えを急かす会長。質問が単刀直入すぎたか?

 

「それはまだ秘密だ。次会った時に話す…。それより喜べ、あんたらの提案、俺は乗ってやるぜ」

 

「ふざけないで!子供とは言え、貴方ような素性の分からない人間を引き取る気はないわ!!」

 

「ちょちょっ!落ち着いてください!!」

 

 冷や汗を流し半狂乱のような状態で俺を責め立てる会長を初めて見たのか驚いたように目良は急いで俺と会長の間に入る。ただならぬ旧友の心情を察知した婆さんも俺を止めに動いていた。

 

「落ち着いてください会長!どうしたって言うんですか!?」

 

「止めないで!彼には聞かなければいけない事があるの!!」

 

「……みわちゃん。落ち着いて、この子に聞きたいことがあるならそのままじゃダメよ。それじゃ子供の時の頃とあまり変わらないじゃない」

 

 目良の静止を押し切ってまで、俺に一種の固定観念を持ちながら詰め寄ってくる会長に今度は婆さんがいつもの落ち着いた声色で声を掛けると、会長も理解したのか落ち着きを取り戻し始めてくれたのか再び話し合いが始まる。

 

「…ごめんなさい。少し取り乱してしまったわ」

 

「いえ、それより…黒籍くん。さっきの言葉はどう言う意味だい?」

 

 目良の反応と顔には出ていないが目だけは観察するように光ってる婆さんを見るからに廻り者はたぶん他の人間は知らないのか、二人とも廻り者について気になっている様子だった。

 

「……会長。話していいのか?あんただけが知っているあたり、この情報は(おおやけ)にはなっていないんだろう?」

 

「………貴方が何者か分かりませんが、大丈夫。……この二人なら話しても問題はないと思ってるわ」

 

「そうか…」

 

 落ち着きを取り戻し先ほどと同じように冷静な顔つきに戻るが何か少しだけ不服そうな雰囲気になった会長に思いついた懸念を問うと話しても問題ないとのこと。と言うか、今の言葉、解釈の仕様によっては脅しじゃねーの。

 

「さて…いきなりだが、俺はこの世界の人間じゃない」

 

「項羽ちゃん。そんなことはいいのよ」

 

「…なんだよ婆さん。盛り上げだろ?」

 

「…….早くしてください」

 

 なんだよ目良まで、そんな事言うなよ。西耶ならワクワクしながら唾飲み込んで聞き入るところだ。大人はドライだな。

 おい、そんな目で見んな。

 

「はぁ…詳しいことは省いて話す。さっきも言った通り、俺はこの世界の人間じゃない。訳わからんと思うが俺の居た世界には"個性"は存在せず、代わりに"才能"と言う"個性"に似た特別な力が世に出回っていた。この力は人間が"輪廻の枝"と呼ばれる特別な枝で自分の首を掻き切ることで手に入る代物だ。自らの首を切った時、切った人間にはとある現象が起こる。"輪廻返り"と呼ばれたその現象は前世の"才能"を呼び覚まし、そして、"輪廻返り"を果たした人間に呼称が付いた。それが、さっき会長に聞いた"廻り者"と呼ばれる存在で俺はその"輪廻返り"を果たした"廻り者"の一人だって訳だ」

 

「「「…………………」」」

 

「俺には昔、志を共にした仲間がいたがある時、喧嘩んなってな、殺し合いをしたよ。ただの憶測だが、多分俺たちは誰かにはめられたんだろうな。結局、訳もわからぬまま死んじまった。そんで次に目が覚めたらこんな体なってたって訳だ…。これが俺の全て」

 

 一気に話し終わると三人ともポカーンと呆けたツラをしていた。まぁ、訳分からんだろうな。この世界最強でさえも最初、訳分からんだから仕方ない。

 

 それからは話が早かった。情報を整理しきれないとパニック状態の二人のために、然るべき人たちと話し合いがしたいとと言う話になり、いったん日を区切ることになり再び話し合いになることになった。俺は監視のために公安委員会お抱えの宿泊施設に泊まることになった。

 

 そして夜、何もない部屋ん中でダラダラとニュースを見ていたら俺が捕まえた野郎三人衆が護送中、何者かに襲われ、逃げられたというニュースが耳の入った。

 

 

 

 

====================

 

 

「まったく…君たちの個性がどれほど使えるのかと思って彼の元に送り出したのに……簡単にやられたら何も分からないじゃないか」

 

 ビル群の密集地に囲まれた、夜特有の街の雑踏も、月明かりも差さないボロボロの廃墟、所々大きな穴が開き夜風が通り抜ける寂れた暗い部屋の中に誰も近寄らない、誰も居ないはずの部屋に複数の人影が月明かりに映っていた。

 

 しかし、数人いる人間は二つの種類があった。片や、綿の飛び出たオンボロの椅子の上でも優雅に座りこなし、退屈で仕方ないと言わんばかりの顔をし、片や地面に膝と手をつき無様に頭を擦り付け、その顔は恐怖と絶望で歪んでいた。

 

「すすす、すいませんッ!あのガキなかなか強くて負けてしまいましたッ!!つ、次こそは貴方様の役にーー」

 

「あぁ、大丈夫だよ。僕が欲しかったのは君たちの"個性"だからね。君たちに期待しているわけじゃないんだ。僕が見たかったのは君たちの"個性"がどれほどの物か見たかっただけさ。……でも見る前に君たちは負けてしまった…」

 

「ーーっ!?そんなッ!!」

 

「だから君たちはもう要らないんだ。ご苦労様、少しは楽しませてもらったよ。…マキアお願いね」

 

「……はい。主の意思の下に…」

 

 主と呼ばれた男が一つ言葉を口にしただけで室内に絶叫と断末魔が響き渡る。血で染められ始めた部屋を眺め、男は椅子から立ち上がり笑みを浮かべていた。

 

「そういえば…弔とあの子を二人きりにさせてしまった……」

 

 少し不安そうに額を軽く掻いた男は、まぁ大丈夫だ…と小さく呟くと掃除を終えた忠実な僕に指示を受け渡すと何処からか忽然と消えてしまった。

 

 何も知らない街の雑踏は更に強まり、暗い闇は深くなるばかりだった。

 

 



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第四束。アネモネの花束を

真実と期待を


「初めに黒籍さん。私は貴方のことを信用していません」

 

 翌日。予定通りの時間に起き、昨日と同じように車に乗せられ目的の会議室にたどり着くと既に俺以外の全員が集まっており、中には昨日居なかった顔が一人増えていた。

 

 中年の男と言うのにはあまりに若々しく、穏やかな笑みを浮かべて普通の人間からは優しそうな奴だと評価されるだろうが発せられる風格からただの人間じゃないと凄みを感じさせられた。なんだろうな…初めて会ったがどこか既視感を覚えた。

 

 全員の手厳しい視線が此方に向けられる。唯一、空いている先に座り目良の挨拶から始まると開口一番に会長がそう言い放った。

 

「…いきなりだな。まぁ昨日いきなり現れた謎の多い"廻り者"を信用しろだなんて無理な話だろうな」

 

「そういうことです。そこで一つ確認したい事があるのですが貴方は人類と敵対する気はありますか?いや…協力する気はありますか?」

 

「敵対はしない。あったとしても、こんな体じゃ自由が効かないからな。やられるのがオチだ」

 

 完全に協力する気もないけどな。

 

「…なら今は、その答えだけで充分です」

 

「黒籍君。先日、君と蕾院長に話した通り君にはこの先、公安の保護の下、ヒーローになってもらうための教育を受けてもらう事になるがそれでもいいですか?」

 

「あぁいいぞ。昨日もそう言ったし、やりたい事も出来たからな。それと目良、子供扱いはよせ。これでも中身は大の大人だからな」

 

 ビシッと指を指しそう言うと目良は愛想もなく一言だけ頷くとすぐに次の説明をし始めた。やっぱりドライだな。

 

「……さて、ここまでで何か質問ありますか?黒籍さん」

 

 目良のスルーに少しだけブー垂れていたら説明の大部分が終わり質問を投げかけてくるが殆ど完璧な目良の説明に何も言うことは無かったし聞く事もない……いやあった。

 

「そういや、この世界で"廻り者"はどういう扱いになっているんだ?」

 

「「……」」

 

 俺の問いに何人かの体がピクッと動くと少し気まずそうに顔を伏せ何も喋らなくなった。

 何となく察した俺はコイツら二人がが喋り始めるまでジト目でずっと気まずそうな顔を凝視し続けていると観念したのか目良が話し始めた。

 

「…簡潔に話すと、廻り者は超常前に起きた人間との戦争に敗れ絶滅しました。彼らの存在を恐れた各国は情報をそれぞれ秘匿し、今では世界でも廻り者の存在を知る人間は、世界でも一握り程しかいません」

 

「とてつもなく極端に言ってしまえば、貴方たちは忌まわしい存在となっています」

 

「……マジか」

 

「因みに、そこに座されてる方はこの国のトップです」

 

「………マジか」

 

 目良がサラッと紹介するように手を向けられた先にはさっきの眼鏡をかけた男がペコっと頭を下げていた。お前、総理かよ。

 

「なので今現在、貴方(廻り者)が存在していることを知っている人間はこの場にいる人間しか知らないことになっています。なので……」

 

「あーわかった。分かったから、皆まで言うな。つまりあれだろ?隠しておけってことだろ?」

 

「そう言うことです」

 

「そっかぁ……。なぁ、あと三つ頼みを聞いてくれないか?」

 

「なんでしょうか?」

 

「一つ目は訓練続きで休みが無いって言うのは無しだ。最低でも週一ぐらいで休みが欲しい」

 

「そのくらいなら……」

 

「もう二つは、もしこの先、廻り者が現れた時。どんな奴でも会わせてくれ、そして出来るならそいつらに危害を加えないで欲しい」

 

 このお願いだけは少し、考えることがあるのか会長と目良は黙ってしまった。やはり素性と明確な目的を示していない俺が廻り者と会わせてくれなんて警戒するか…。

 お願いを取り消そうと口を開こうと思った瞬間、以外な奴が声を出した。

 

「いいですよ。別に」

 

「ッ総理!?」

 

 今まで口を閉ざして微動だにしなかった総理が簡単に承諾してしまった。

 

「…いいのか、本当に?俺が言うのもあれだが何するか分かったもんじゃねーぞ」

 

 思わず声に出すと。総理は机の上で手を組み直し、俺の方を観察するようにじっと見つめた。

 

「いいですよ別に。これまでの会話と君の態度を見てきて、君がこの世界をどうこうする気は無いと思いましてねぇ。……それに君ら如きの敗北者が我々(人類)に勝てると思うな

 

 …流石この国のトップと言うべきだろう…。見かけによらない圧の強い言動に加えて眼鏡越しに見えた総理の目は、並の人間が見たのなら一瞬にして怖気付いてしまう程に鋭い眼光をしていた。現にいま、近くに座っている会長と目良は威圧で少し震えている。

 穏やかな目に戻った総理はまた俺をじっと見つめてきた。それに対し俺は哄笑し返してやった。

 

「……なるほど。廻り者が負ける訳だ。こんな、おっかない連中が相手だったんだからな。…安心してくれよ。あんたの言った通り、俺はこの国をどうこうしようとする気もない、敵対する気もない、あんたらが俺たちに対して何もして来ない限り俺たちはなにもしない」

 

「賢明で安心しましたよ。これからは…お互い、いい関係を築いていきましょう」

 

 そう言った総理は組んでいた手を解き俺に向かって手を差し出してきた。俺はさっき総理に感じた感情の正体が分かると、内心溜息をついた。そうかコイツ(総理)()()()と似ているんだ。

 遠くで差し出された手に俺も手を差し出した。机で届かない距離にある手に万象儀で擬似的な手を作り出し総理と握手する。

 

「俺、あんたのこと嫌いかもな」

 

 そう、毒づいたのに奴はニコニコと穏やかな笑みを浮かべ何も返してこなかった。それと対照的に、俺は心の中で悔しいが、再び悪態…というかある種、達観していた。

 

 コイツには敵いそうにないな……

 

 

 

 

===============

 

 

 

 あの契約の日から今日でだいたい…四年ぐらいか?小六になった。

 あの日から公安で住むことになり孤児院からは出た。一応、これまで通り学校には通うが別れの日には、八戒を含めた他の連中らはギャン泣きしながらタックルかまして来るぐらいに俺との別れを拒んだ。八戒が思いっきり突っ込んでくるとトラックが迫ってくるような感覚がしてとても怖かった。

 それに、どうせ学校で会うだろうと思っていたが小学校を卒業するとあいつらの通う中学校と俺の通う中学は別々らしい。余計、タックルされた。

 

 ハナゾノにいる子供達はどうやら中学まで全員、婆さんの顔が効く学校に通うことになっているらしく孤児院を出た俺はその枠組みから外れた結果、あいつらとは離れてしまった。まぁ、俺の住んでるところと孤児院だいぶ遠いから当然といえば当然だ。

 

 訓練が始まると、ほぼ毎日、白いタイル張りの隔離病棟ような息苦しい部屋で多くのことを叩き込まれた。嫌がらせにタイル全部割ったら会長と目良にしこたま怒られた。

 基礎訓練、対人戦、"個性"…というか万象儀の熟練度を上げる修練、鍛錬そんで学業。果てには人間との友好的な交渉術などなど…前半は俺だけでもなんとかなるが、頭に関してはノイマンに馬鹿にされる程出来ないからな。それに今以上の交渉術の発展が可能になるのは俺としてもありがたい。その辺りは公安様様って感じだ。

 

 生活に関しても望んだものは大体手に入るからそれと言って不自由な暮らしにはなっていない。約束通り、ある頻度で自由になれる時間もある。監視付きで。そんな日は特にやることがないので万象儀を使いその辺を散歩している。

 

 露店で買ったたい焼きを頬張りながら都市部にしては緑豊かな街の中を通行人に紛れながらブラブラと店の中を物色しながら歩いて行く。休みの日はこうやって街や森の中を散策するのが習慣となってきている。途中チラチラと通行人達が俺を見てくるがいつもの事だ。子供が真っ昼間に一人で歩いていたら気にもなるだろう、偶にヒーローが声を掛けてくるがその時は逃げるのが最善だと考えている。

 戸籍があるとは言え、殆ど国家機密とも言える俺が迷子で身分がバレたなんて知られたらあいつらにドヤされるに決まってるからな。まず、監視を振り切って逃げた時点で怒られる。

 

 まぁ、監視役を任されている俺の()()も割とサボり魔だからな。お互い自由になれるってことで利害が一致しているから自由な旅行みたいなもんだ。

 

 怒られるのが嫌なら散歩なんてするなだなんて野暮なことをあいつらは言ってくるが残念だったな、こちとら暇なんだよ。散歩を終わらせるかとちょうどいい頃にいつも決まって俺の先輩が見つけてくるから、それを区切に散歩を終わらせている。

 

 だが今日はまだ始めたばかりなのでまだだとは思うが…お、黒猫。

 

 

 人混みを抜け、花壇の上で器用にくるまってゴロゴロと気持ちよさそうに眠っている黒猫に近づくと俺の存在に気がついた黒猫は俺の方をじっと見てくる。…すると何を思ったのか、路地裏に入り込んでいった。急いで食いかけのたい焼きを全て口の中に頬張り、暇つぶし程度に黒猫を追いかけることにした。暇だからな。

 

 ゴミ箱、換気扇などを器用に足場にしながら薄暗い路地を走っていく猫を俺もパルクール感覚で色んなものを足場にし追いかけて行く。途中、分岐近くでガラの悪い連中が目に端に映りほんの少し気になったが猫は連中とは逆の方向にはしって行くのでそいつらは無視した。

 暫く、逃げる猫を追いかけそろそろ飽きて来たというところで、蹲っているソイツは居た。

 

 

 

 最初に見つけて思ったのは「コイツ生きてんのか?」だった。歳は俺より低いぐらいなのに背中半分ぐらいまで乱雑に伸びた髪はボサボサで…所々に穴が空いた子供用の服は汚れやほつれが広がったのか大胆に穴が開いていた。そこから覗く肌は見ただけでも火傷、裂傷や打撲跡で痛々しく盛り上がっており、思わず顔を顰めてしまう。

 ハエがたかって垢がこびりついている様子から暫く風呂にも入っていないのだろう酷い匂いがした。それなのにも関わらず俺が追いかけていた猫はソイツに寄り添うように傷跡をペロペロと舐めていた。この猫は俺をここに案内したのか?

 なんて現実味のないことを考えながらしゃがみ込み、生きているのかも分からないソイツに俺は声を掛けた。

 

「おい。大丈夫か?」

 

 突然の猫以外の気配に驚いたのか肩がビクッと跳ねたことで生きていることに安堵する。ソイツは恐る恐る自らの隣にしゃがみ込む俺を怯えながら見上げた。

 

「お、良かった生きてるな?どうした、何があった?」

 

 目があった瞬間。まるで猫のように逃げ出すコイツの手を掴み無理やりにでも逃さないように痩せ細った手を掴んだ。掴まれたことが怖いのか、怯えたように顔を歪めるコイツはなんとか逃れようと激しく抵抗を始めた。このままじゃ話も聞けねぇな、と思うと安心させるように声をかけ、危害を加えることはしないと話す。逃げれないことに諦めたのか、暫くして抵抗をやめてくれた。

 手を離すとペタンとその場に座り込み身を丸め縮こまってしまう。再度、同じ質問を投げ掛ければ声を発するのが久しぶりなのかうまく回らない呂律と小さい声で、この現状に至るまでの経緯を子供に似合わない酷く丁寧な口調で話し始めた。

 

 

 小さな口から丁寧な口調で話された内容はこうだった。曰く、自分には双子の姉がいるが両親は姉の方のみを溺愛し、自分はまるでいない物のようかに扱われていたと。

 曰く、奴隷のようにこき使われロクな生活を送らせてもらえないこと、そして一ヶ月近く前。とうとう両親に売られ今日、命からがら脱走し、怖い人たちから逃げ疲れ、気付いたらここにいたのこと。

 以前、どうして良いか分からない風に縮こまるコイツに俺は思ったことをそのまま話す。

 

「…お前はこれからどうする気だ?」

 

「……分かりません。今までいた家もありませんし…お金もないですから…」

 

「…なら、お前はソイツらをどうしたい?」

 

 自然と声に出ていた。具体的に言えば、家族らに報復したいか?という意味だがコイツはそんな事理解していない様子でこてん、と小首を傾げていた。

 

「…分からないんです。捨てられたから…別にもう、なんにも興味がないんです」

 

「…それはーーーーーー」

 

 本当にどうでもよさそうな無表情な顔でそう言い放つコイツに声をかけようとする前に、いらん連中がやって来たようだ。

 

「お!いたいた」

 

「なんか一匹増えてねーか?」

 

「どうでもいいだろ。なんなら、そこのもう一匹も連れてきゃいい」

 

 見た目だけでアチラ方面だと分かるガラの悪い連中が何やら下衆な会話をしながらゾロゾロと近づいて来る。隣に目をやると体を震わして明らかにガラの悪い連中に集中し、なんとか逃げようと後退りをしているが恐怖で上手く動けずにいた。この怯えようを見るからにコイツが言っていた怖い人たちというのはきっと目の前にいる連中らなんだろう。

 

 そんな事を思っていたら先頭にいた異形系の頭の悪そうな顔をした奴が俺を捕まえようとしているのか太い腕を伸ばしてきた。遅く、油断し切って伸ばされた腕を片腕だけで捕まえると一瞬、驚いた顔をしたがすぐに気持ちの悪い下種な笑みを浮かべるともう一方の腕で俺を潰そうと腕を振りかぶってきた。

 

 …やっぱりな。あの頃と比べて体もでっかくなったし公安と先輩に相手になったもらったお陰で万象儀を使わなくてもこの程度の下衆の相手は軽く出来る様になるもんだ。だってほら、結果頭の悪そうだった顔が今度は間抜けに白目剥いて倒れてるからな。

 

 目の前で狼狽している連中とは対照的に俺の後ろでいつの間にか立っているコイツは目を見開いてとても驚いており、曇っていた瞳はどこか光輝き俺を見つめていた。

 先程のような暗い表情よりもコッチの方が断然良い。俺は連中を煽るように手を向けて口を開く。

 

「コイツに指一本触れられると思うなよ。(世界最強)が相手だ」

 

 



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第五束。カスミソウの花束を

切なる願いを


 頭の悪い敵を倒した後、立ち向かって来るチンピラどもを文字通りバタバタと倒し終われば、そこそこ時間が経っていることに気付く。この体じゃまだ、力が弱いのか体術一本だけでこの人数を相手にするのはやはり時間がかかるな…久しぶりに出会った敵なのに、ただただ頑丈なだけで拍子抜けした。ノびている敵どもを近くに捨てられていたゴミなどを万象儀で結合させロープのように変形すればそのままコイツらに巻き付け捕縛しておく。

 

 警察に通報しようと公安から貰ったケータイを取り出し、110番を打ったところでとある懸念が頭の中をよぎった。

 …通報したらしたで更に面倒ごとになりそうだと。(国家機密)

 打ち込んだ110番を消し、警察よりも都合の良い先輩に連絡する。事の本末を話すと既に俺を探して近くにいるとのこと、その間に名前と出来るだけのことを書き出せと言われた。そういや、まだコイツから名前を聞いていなかった。

 一度、電話を切り少し離れていたところで呆然としているアイツに近づき目線を合わせる。

 

「お前、名前は?」

 

「…………し、倖季(しき)

 

「…そうか。俺の名は黒籍項羽。天上天下最上のまわ…人間だ」

 

「……?」

 

「なんでもねぇよ…」

 

 久しぶりに自己紹介をするから昔の癖でつい廻り者と言いかけたことを恥ずかしくなって小首を傾げた倖季の気を紛らわせるために出来る限りコイツの触れてはいけないダメなことに気を配らせ、それを悟らさないように会話し始めた。

 

 …この三年で俺は公安から多くのことを叩き込まれた。

 他人と関わっていくコミュニケーション能力、それに追従するように交渉術を、敵を欺くための仮初の仮面を。まぁ、前半以外は殆どは使わないと思ってる。人はいつだって自然体が一番その人の魅力がでると俺は思っているからな。

 

 それより、自分を守るように無表情の虚勢を張り続けながら俺の質問に答える倖季を見て、コイツの話してくれたことを思い出すと無性に胸の奥が痒くなって腹が立つ。そんなこんなで悶々としていれば翼の羽ばたく音が上空から聞こえ少し悪態をついて上を見上げた。

 

「よぉ、先輩。遅かったな」

 

「その言い草はないだろ。君がふら〜っとどっか行くたび探すのは俺なんだからな」

 

 大きな紅色の翼を広げ着地したのは綺麗な黄土色の髪を後ろに流し、髪色に合わせるかのようなジャケットを身につけ、水色がかったゴーグルを装着した。あまり一般人とは思えない格好をしている…要するに……。

 

「あと、外では『ホークス』と呼びなさいよ。バカ後輩君」

 

 ヒーローだ。

 

「それで、その子が君が保護した子か。こんにちはお嬢さん。お名前は?」

 

 膝をつき目線を合わせながら質問するホークスに驚いた倖季は肩をビクッと震わすと隠れるようとシュバッと、効果音がつくならこんな音なんだろうなとう思うほど素早く俺の背中に隠れていった。

 その反応を見て少しガッカリし少し悩むように頭を掻いたホークスは何か閃いた顔をすると自身の翼を広げた。大きくなった翼を見て更に怯え始めたコイツはギュッと俺の服を握りしめ強く目を瞑った。

 

 しかし、いつまで経っても何も起こらず不思議がった様子の倖季は恐る恐ると言ったように目を開いた。ホークスの翼は、俺ごと倖季を優しく包み込むかのように翼を閉じていた。閉じ込められているのに不思議と恐怖を感じさせない翼の壁は何もしないという事を伝えるかのようだった。閉ざされていた視界がゆっくり開かれると俺たちの周りに羽が散りばめられるとコイツの周りに円になるように数枚の羽が集まった。

 

 羽は目を輝かせている倖季の周りを踊るようにクルクル回ると連結するかのように円になって重なり合い始めた。まるで天使の輪っかのような、花冠を模したそれはゆっくりと倖季の頭に乗せられた。

 自身の頭に乗せられた代物を恐る恐る触り、手に取ると一気に倖季の顔が明るくなり年相応にピョンピョン飛び跳ねていた。

 

「なかなか、粋なことしてくれるな。先輩」

 

「ホークスと言いなさい。それで…もう警察には通報したのか?」

 

「いやしてない。俺がしたら、立場的に何かと面倒なことになりそうだからな。ヒーローであるあんたの方が都合がいいだろ?」

 

「相変わらずヒーロー使いの荒い後輩だな…。だけど賢明な判断だ、分かった任せなさいよ!」

 

「…すまん。コイツの情報送っておくから後で見てくれ、俺は先に公安に戻る。帰ったら焼き鳥奢ってやるよ」

 

「タレは甘めでね」

 

「…はいはい」

 

 頬に傷をつけ万象儀を広げ、公安に繋ぐ。律儀にタレの甘さ加減を要求してくるホークスに少しため息を漏らしそうになるが飲み込んで重瞳が渦巻いている慣れ親しんだ万象儀の中に入る。

 

「待って、ください…!」

 

 片足と手が入りかけたところで後ろから声がした。振り返ると羽の冠を握りしめ、声は震えているのに怯えとは違った表情をした倖季が何か言いたそうにこちらを見ていた。倖季は羽の冠をホークスに預けるとなにやら手を隠しながら此方に近づいてきた。

 別に警戒する必要はこれっぽっちもないのだが、それでも何故か、何事だと身構えてしまう。

 

「……どうした倖季?」

 

「…助けてくれて、ありがとう!」

 

 深々とお辞儀をしながら差し出されたのは白くて小さな花束だった。

 あぁ、そうだ。…コイツを見つけた瞬間、俺は既視感を覚えたんだ。意識したつもりはなかった、それなのに、アイツらと今の倖季の姿を重ねてた。唯、そんだけだ。

 

「…そういう時は笑っとけ。『同じ』なんだ、何回でも助けてやるよ。それにまだお前は救われちゃいないしな。……だから、またどっかでな」

 

 勝手にまた会う約束をするような言い方になったが倖季は分かりやすくらいに慣れてない笑顔を浮かべた。頬が引きつってて、歪で、不器用な笑みだったがそれでもコイツの気持ちが分かると頬が緩む。

 

 礼を言い、今度こそ万象儀の中に入ると、いつも俺が暮らしている部屋へと出た。どうやら、窓を開けたまま散歩していたのか、はたまた俺を探しにきたホークスが開けたのかは知らないが小さな窓からは気持ちのいい風を運んでカーテンを揺らしていた。

 手に持っている花をまじまじと見てみると細かく分かれた枝の先についた花は白く小さい。けれど、花としては少し歪な形をしていて、この花が出来損ないなんだと普段、花に触れない俺でも分かった。けれどもこれは、アイツの今できる精一杯の感謝の気持ちなんだと簡単に理解することが出来た。

 

 この花はなんて名前なんだ?……まぁ、いいか。その辺りは会長や花を育ててる婆さんに聞いてみるとしよう。…その前にこれに見合った花瓶を探しに行くとするか…。

 貰った花を丁寧に机の上におき手ごろな花瓶を探すために再び外へ出た。

 

 

 

 

 

 

 

===============

 

「行っちゃった……」

 

 項羽が帰った直後、倖季ちゃんが少し寂しそうにボソリと呟いた。

 背の低い、手の置きやすい位置にある頭にポンと手を乗せると、なに?と言うふうに顔を上げて、分かりやすい子だと少し笑ってしまう。そのまま優しく撫でると、どうしていいのか分からないと今度は固まってしまった。

 その様子に今度は吹き出して笑ってしまうと不思議そうにこちらを見つめた。

 

「大丈夫だよ。あの子は暇だからね、君が望めば、直ぐにでも来てくれるよ」

 

「……ホント?」

 

「ほんとほんと、だから今はお兄さんと歩こうか」

 

「……………うん」

 

 手を差し出すと恐る恐るといった具合に手を乗せくれた。

 もうじき、警察も来てくるだろう。その証拠に遠くからパトカーのサイレンが聞こえてきた。その間に項羽が捕まえたチンピラどもをいかにも俺がやりました風に羽で捕縛し直しておこう。何故彼は自分の身バレをそんなに怖がっているのだろう?理由が分かっていてもいつかは世に出る羽目になるのに不思議でならない。

 

 通りに出ると、通行人たちが俺たち…というか主に倖季ちゃんに奇異の視線を向ける。怖いのだろう。明らかに倖季ちゃんの顔が強張った。強く握られた手を優しく握り直すと、視線から翼で覆い守る。

 

 この子はきっと、人に向けられる負の感情に鋭いんだ。今の今まで何をされていたのかは知らないけど、こんな姿を見せられたら何をされていたかなんて容易に想像がつく。

 パトカーが来てすぐさま野次ハケが始まるがそれでもコッチを見てくる人間が、今は憎く思えた。一緒にパトカーの中に入り倖季ちゃんを翼で周りから見えないようにする。頭に布をかけ、少しでも顔を隠す。布上から頭を撫でると、安心して緊張が解けたのか、ウトウトと眠たそうにしたと思えば、遂には寝息をたてて寝てしまっていた。

 

 …その点、好意に鈍い。

 いや、好意に対してどうしたらいいのか分からないんだ。さっき項羽に花をあげたのはこの子にとっての精一杯なんだと思った。頭を撫でられたのも、手を握られたのも、恐らく初めてなんだ。

 そう思うと、柄にでもなく目がカッと熱くなって、堪えようと目頭を抑えた。

 

 隣で眠る少女が少しでも幸せで、笑って過ごせるように努力しよう。俺の羽が届かなくなっても、この子が笑っていられる世界を作れるよう翼を広げよう。

 

 

 



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第六束。クレマチスの花束を

旅人に喜びを


 時間の流れは早いものであっという間に、今世15回目の春が来た。

 それに伴って発生する学生の長期休暇。俺としては訓練以外は暇で暇で仕方の無い長い休みだ。

 最近はホークスがNo.3ヒーローの称号を勝ち取りったおかげで俺を捜索するのに裂く時間が無いから俺が散歩をする回数はかなり減った。ぶっちゃけ散歩で一番楽しみだったのがアイツに乗せてもらい、空を飛ぶことだったから、それが出来ないのなら散歩をする意味が減ったから別にいいのだ。

 

 という訳で最近の休みの日はハノゾノに入り浸っている。因みに今は休日の昼間だ。ここはいつ来ても賑やかだし、八戒らも居れば婆さんもいるので俺としても居心地が良い。それにアイツも居るしな。

 

「お。項羽、今日は遅かったなブ」

 

「…八戒。ひさしぶり」

 

「あ、項羽兄ちゃん〜!」

 

「え!ホント!?」

 

 庭を覗いてみると花壇で花を見ていた荒々しい筆文字で豚と施された黒いTシャツを着た八戒とガキ二人を見つけた。猛ダッシュで駆け寄ってくるガキどもを捕まえて抱き抱えるとキャーキャー言いながら笑い叫び出した。ちょっとうるせぇ。

 

「院長にはもう挨拶したのかブ?」

 

「いや。お前らが初めてだ。まだ小さい奴らは昼寝の時間だろ?」

 

「おう。たぶん院長はいま子供部屋で子供ら見てる筈だから一緒に行くか?」

 

「いいぜ、行くか」

 

「どっかいくのー!?」

 

「わたしらも行きたい!!」

 

「おおーいいぜ。お前は八戒の上な。静かにしとけよ」

 

 抱えてたガキ二人を俺と八戒で肩車し、上ではしゃぎ倒させながら院長のいる部屋まで向かっていると他のガキどももワラワラと集まっていつの間にか大集団になっていた。

 毎度の如く、俺に喧嘩を売って足を殴ってくるクソガキが何人かいるがそんな時は万象儀で脇を擽らせて笑い疲れさせ再起不能になるまでやるのが常だが、こいつらは何回でも来るから飽きない。

 

 他にも遊ぼうや、勉強教えろといろいろと駄々をこねてくる元気な奴らがいる。その辺は後回しにしているが、中には俺らの後をついてくる奴が多い。流石にこの大人数で婆さんのところにけしかける訳にもいかないので、肩車している奴も含め、その辺にいた同い年のやつらに押し付けてしまった。すまん。

 

 婆さんのいる部屋を覗き込んでみると、どうやら小さい奴らがちょうど良く全員漏れなくぐっすり寝たところだった。それにもう一人、婆さんの他に見知った顔が俺たちに気付いてスリッパでパタパタと足音を鳴らしながら嬉しそうに近づいてきた。

 

「項羽、久しぶり!」

 

「おっす倖季。いま終わったのか?」

 

「うん!みんな寝たよ」

 

 小さいのが寝ているので全て小声だが婆さんを呼んでもらい挨拶をする。

 …倖季は三年前のあの後、ハナゾノで引き取ることとなった。実の両親を見つけることは出来たが、先方に倖季を引き取る気が毛頭なく逆に捨ててやると愚図どもは笑ったらしい。その話を聞いてブチ切れた婆さんがいつもとは違い声を荒げながら啖呵を切って引き取ったらしい。

 あと、何気に一番驚いたのが倖季が同い年だったことだ。確実にあの時は年下だと思っていたからな。初めて視認した瞬間、死体かと思ったのは後にも先にも言うことはないだろう。

 

 病的に白く骸骨のように痩せ細っていた体は姿を消して、健康的な小麦色の肌になりすくすくと大きく育ってくれた。何処とは言わないが女性の象徴的な部分を除いて。

 

「いま、なんか変な事考えてた??」

 

「…いや、全然っ」

 

 じっ…と翠色の瞳を合わせて凄んでくるほど逞しくなった今の倖季だが初めの頃は皆んなに怯えて、目を合わせた瞬間逃げ出してまともに話すら出来ていような状態だった。

 …けど、この孤児院は倖季とおんなじような境遇を持つ人間が多かったからコイツが心を開くのにそう時間は掛からなかったな。

 

「そう言えばね。この前、啓悟兄い(ホークス)がお菓子持ってきてくれたんだよ」

 

「…ほ〜。あいつ、よくこっちまで来れたな」

 

 先輩はなにかとコイツ(倖季)をあの日から気にかけている。あの日、倖季を警察に預けて公安に帰ってきたあいつは、脚色なしにギャン泣きして帰ってきた。

 あの後は確か、延々と炭酸飲みながら倖季の親に対する愚痴やら悪口をさめざめと泣きながら聞かされたな。倖季がハナゾノで引き取られた後もちょくちょく様子を見にきているらしい。その日はガキどもはトップヒーローが来て大燥ぎするから大変だ。特にホークスが。

 

 そんなこんなで、今は婆さんから手伝い終わっていいよの指令が下され庭でまたガキどもと遊んでいる。基本的には喧嘩を売ってくる生意気なガキどもや元気が有り余ってる奴らに相撲をし向かってくるコイツらをエンドレスで倒し続けている。

 昔と変わらず、ここに居るガキどもは血の気の多い。何回倒しても懲りずに本気で勝とうと、立ち向かって来る気概は好みだから飽きない。

 …しかし、此処で後ろからヌッと影ができたかと思えば、思わぬ奴が土俵に上がってきた。

 

「項羽。()()、しようぜ」

 

「……八戒。いいぜ久々に(やる)か」

 

 八戒はいつも俺との手合わせを誘う時には絶対、()()と言う。何故、素直に手合わせしたいと言わない?と聞いても、奴は頑として答えなかった。俺と相撲をしていた今の代のリーダー格であるガキは今は俺の番だと強く食い下がって来るが、倖季が窘めると渋々と言った風に下がってくれた。また今度相手にしてやるとポンポンと頭を叩くけば、割と全力で叩き返された。唸るなよ。

 他の奴らを下がらせ、いつかのサッカーもどきをした場所まで上着を脱いで出る。

 念のため破れたり、汚れたりしないために服は上だけ脱いで戦うことはいつかに決めた通例なので今はお互い上は一糸纏わぬ上裸である。間違っても変態ではない。

 

「こうして、喧嘩するのは何日ぶりだ?」

 

「確か…一ヶ月くらいブね。とうとう時間も分からなくなるくらいにボケたのかブ」

 

「うっせぇ、そんで…今日は武器使うか?」

 

 答えを聞く前に八戒は既に豪腕を振るっていた。はいはい素手を御所望で。バク転で身を翻すように避けると、地面に着弾した豪腕は大きく砂埃をたたせ、腕を固い地面に肘ぐらいまでめり込ませていた。

 

「相も変わらず、えらい力だな八戒。ちょっとパワー上がったか?」

 

「そりゃ、どういたしましてブッ!!」

 

 腕を引っこ抜いて、真っ向から迫って来るとと今度は勢いをつけた上段飛び蹴りをかましに来た。蹴りを躱し、空中でガラ空きの顔面に拳を叩きつける。しかし、普通なら怯むなり、何かしらの反応は示す筈なのだがこの豚は意にも返さないように硬く握られた拳で俺の鳩尾を殴ってきた。

 

「硬ってぇ!やっぱお前相手に素手は無理か…」

 

「……項羽も反射どうなっているんだブ。防いでるんじゃないブ!」

 

 鳩尾を捉えていた八戒の拳を捕らえ、すんでの所で攻撃を止める。腕を振り払おうと力を込める八戒を逃すまいと掴んだ腕に力を込めて逃げられないようにする。

 

 やっぱコイツの『剛豚』の皮膚を破るのに生半可な攻撃じゃ怯みもしねぇ。

 

 逃げられない事を悟った八戒は残った手で拳を握ると奴はそのままトンカチを振りかざすように俺の頭を潰そうとしてきた。

 振りかざされる拳を万象儀で作った圧縮された空気の層で防ぐと、そのまま体から滲み出てくる黒い波が俺の体を覆った。

 完全に俺が全身シルエットの黒い人間になり重瞳が開かられれば、危機感を覚えた八戒は、既に俺から離れていた。

 

「やっぱお前との修練はいいな!そこらに転がる愚連のチンピラとは訳が違う!!」

 

 地を踏み抜き、一気に八戒の懐まで潜り込むと鋼の光沢を帯びた傲慢な腹を殴りつける。先程とは打って変わって、八戒の巨体は後方へと後退りに似た形で飛ばされるが倒れるまでにはいかなかった。

 

「……やっぱ、強いブね…」

 

「いやいや、お前も充分強いぜ。俺とタイマン張れるのはヒーローでも少ない!」

 

「でも、でもッ!コレでも本気じゃないブね!?」

 

 お互い。殴り、蹴り、防ぎあいながらも慣れた軽口を飛ばしあい乱打戦を始める。

 ……八戒の"個性"は近接戦が一番強い。増強系に全く劣らない力で敵を蹴散らし、鋼のような強固な皮膚と豊満な脂肪でダメージを通さず。それに加え、鼻が効くから死角からの攻撃にも素早く気付き、遠くにいても体躯に見合わない速さで、すぐ目の前に迫ってくる。

 …『剛豚』の名に相応しい、恐ろしい"個性"だ。

 

「…せっかくだ。迷える子豚さんに進路相談でもしてやるよ!」

 

「今!?あとオデは子豚じゃねぇー!!」

 

 そう叫ぶと同時に殴りつけてきた拳で力任せに無理やり押し切ってきた。一旦離れるようと一歩下がろうとした瞬間。奴はもう一歩踏み出し再度、殴りかかってくる。

 

「勇敢なる豚。八戒様だッ!!」

 

 

豚槌(とんかち)!!

 

 

 周りの歓声がドッと大きくなる。

 八戒の全力パンチは両腕を重ねて防いだ筈の守りを守りごと吹き飛ばし、俺は全力で地面から足を離さぬよう、地面が抉れても全力で堪えた。堪えさせられた。その事に気付くと自然と思わず口角が上がってしまった。

 

「…やっぱお前、最高だ。将来はヒーローか!?」

 

「当たり前だ!雄英に行って!ヒーローを目指すんだブ!!あの日からッ…オデの夢は変わらないんだブ!!」

 

「そうか…あともう一つ。つまんねーこと聞いていいか?」

 

「なんだブ!?」

 

 距離を詰め、わざと掴み合いの力勝負に持ち込んむと周りにいる奴らに聞かれない声音…俺と八戒にしか聞こえないように話をする。

 

()()はちゃんと守ってるよな?」

 

「………ほんとにつまらない事ブね。大丈ブよ。アイツは楽しくやれているようだブよ」

 

 …俺と八戒、同年代の奴らは昔にある約束をした。不変の契りだ。

 

 俺たちの以外、この院の小さい奴らが、もし他者に害されることがあったのなら何があろうと守り通すこと。

 

 この戒律は倖季が来てからできた物だ。

 

 何故かと言えば、健康になった倖季がとてつもない美人になったからだ。魅力的になったと言ってもいい。中学に上がる頃には倖季はモテた。一日に何十通も手紙が来るぐらいに。不躾に倖季にちょっかいを出す輩も増えて、そのせいで女子たちからを迫害を受けるようになってしまった。

 

 元々、両親の命令だけを聞き、小学校にもまともに通えていなかった倖季はコミュニケーション能力が明らかに不足していた。ハナゾノである程度の常識や良識は身に付けることは出来たが、自分を攻撃してくる対象にどういう対応をすればいいか分からなかった。どうしていいか分からなくなった倖季は女子たちに殴られようがクラスメイトの男子から

性的なイタズラを受けようとも我慢していた。

 日を追うごとに倖季は元気をなくしていった。それでも心配掛けまいとむりに笑う倖季に看過できなくなった八戒らは憤慨し、全力で倖季を守るようになった。学校が違うせいで上手いように手を出せない俺も万象儀を駆使して証拠集めに勤しんだ。結果として倖季に手を出していた連中は虐めていた証拠を突きつけられ全員退学、転校していった。それからは倖季に手を出す輩は大幅に減り、平和になったのだが家族を守るという約束は続いていた。

 

 

「……そうか。お前が言うなら安心だ。これからも俺の代わりによろしく頼むぜ八戒」

 

「あたぼうだブ。オデたちもアイツが大切だからな、当然だ」

 

「だよな。…さて今回はこれでお開きらしいぜ」

 

「------え"!?…もう先生きたブか……?」

 

 周りが静かになっている事で何か察した八戒は素早く手を離すと持ち前の俊敏性で素早く後ろに振り向いた。奴の背後にはいつものようにニコニコと微笑んでいる院長先生が気配を消して静かに立っていた。笑ってはいるが、付き合いが長い人間には分かるその笑みは静かに怒気を孕み、線が細い目はいつもより少し見開かれ、どうしてくれようかと恐ろしい目をしているから余計に恐怖を掻きたたされる。

 

 俺はともかく、幼少からここで育てられた恩がある八戒は婆さんに全く頭が上がらない。ダラダラと滝のように冷や汗を流し始めたかと思えば、俺の頭を掴むと自らも勢いよく地面に頭を打ちつけ無言の土下座を始めた。

 

「…誰が最初に始めたんだい???」

 

 端的で威圧的に問われると無言で八戒を指差す。八戒はさらに頭を打ちつけ地面を陥没させた。勿論その後、院長先生にしこたま怒られた。子供が寝てる中、外でデカイ音立てて戦っていたら流石にキレるか。その上にガキたちが普段遊ぶ広場の地面を陥没させたり、抉ったら、そりゃ雷も落ちるな。

 罰として個性無しで修復作業をしているとガキどもがニヤニヤ笑いながら玩具のハゲのヅラを持ってきやがった。付けさせまいと抵抗していると面白がった婆さんが今日一日はそれを付けろと命じてきやがった。

 

 大義名分を受けたガキどもは楽しそうにあれよ、これよと次々にいろんな物を持ってくれば、抵抗できない俺と八戒に全部付けやがった。

 広場の修復が終わって鏡を見てみれば、顔面だけとんでもなく奇抜なオブジェに変えられていた。ゲラゲラ笑うアイツらを無視してまじまじ自分の形相を見ただけでも、ハゲのヅラ、その上にバニーのようなウサギの耳、大きな付け鼻、ちょび髭に頰に落書きが施され、顔が見えるところが全く無かった。

 八戒もおんなじような感じで、素でも一人ハロウィン状態なのにさらにおかしな形相にされていた。お互い見合って顔をまじまじと見ると二人して笑っていると、周りでゲラゲラ笑って馬鹿にしてくる奴らを片っ端から二人で追いかけ回し日は沈んでいった。

 

 これが俺の休日の常である。

 

 

 

 

 

 余談だが、試しにそのまま帰宅してみると偶然会った会長と目良に吹き出された。滅多に見ない二人の腹抱えて笑っている姿に驚いていると、こっちに寄っていたホークスに見つかり大爆笑しながら写メ撮りやがった。

 この後のホークスについては語る必要はないだろう。

 

 

 

 

 



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入学ぅ!!
第七束。ガーベラの花束を


希望と前進を


 

 

 

 学校から帰っている途中突然だが、静岡の方にあるたい焼きが無性に食いたくなった。

 しかし、この後は公安に戻って訓練がある。しかし、今は幸い監視のいない一人だ。…………よし、行こう。善は急げ。腹が空けば戦はなんちゃらと言うやつだ。

 

 裏路地に入り、万象儀を広げるとたい焼きで有名な店のある商店街に空間を繋げる。

 もうすぐ絶妙な具合で調整された内面のモチモチさ加減と外側のサクッとする食感を想像しながら舌鼓を打っていれば、歪んで繋がれた空間から何か焦げる、むせ返るような嫌な匂いがした。何かあったなと、急いで万象儀に飛び込むと予定通り商店街から少し離れたビルの屋上に出ることが出来た。

 

 しかし、辺りを見回して見れば、前回来たときには活気に満ちていた商店街は崩れ、煙が立ち込み、何かあったと思わしき地点は一面、火の海と化していた。

 火の海の中心にはヘドロのような物体が、金髪の中学生らしき人間を取り込むかのように動き、抵抗するように金髪の中坊がもがいたかと思えば同時に爆発が轟く。

 見たところ爆発は中坊の個性らしいが、流動体で動き自身に絡みついてくるヘドロを吹き飛ばすには威力が足りないのか、抜け出させず周りに被害が及ぶ嫌な膠着状態に陥っている。

 

 商店街の入り口付近を見てみると、見物人や野次馬の中にヒーローと警察がなす術が無さそうに棒立ちをしていた。

 あんだけヒーローがいるのにも関わらず何してんだと舌を打ちそうになっていると学ランを着た緑のモジャモジャ頭が勢いよく飛び出しヘドロに向かって勢いよくバックを投げつけた。

 

 馬鹿野郎。

 万象儀をヘドロに縋り付いて金髪を助けようと必死に動いている緑のモジャモジャと金髪に万象儀を纏わせるとそのまま二人ごとヘドロからひっぺ剥がし、ヒーローと警察の元まで持っていく。何があったと、全員が不思議な顔をして二人を見るが次の瞬間には、何処からか現れたオールマイトが前に飛び出しヘドロ敵を吹き飛ばいる瞬間だった。

 

 拳圧で生み出された暴風は、辺りを取り巻いていた炎を全て掻き消し、ポツポツと雨が降らせ、いつの間にか短時間の豪雨を降らせていた。

 雨に共鳴するかのように上がる歓声の中、口元を拭ったオールマイトは、俺にはほんの少しだけ弱々しく見えた。

 

 雨が降る中、金髪と緑のモジャモジャが警察に保護されるのを見届けると俺は半壊した商店街にゆっくり目をやる。商店街の真ん中に位置されていたたい焼き屋は見事に燃やされ、壊され、今日は食えないことが嫌でも理解出来た。

 

 たい焼きが食えない事に膝をつきそうになるが、なんとか堪え諦める事にする。本当は今にでも顔を抑えて泣きたい。少しでも早く店が再開出来ますようにと、万象儀を壊れた商店街に覆うと破損し黒焦げになった部分を修復をする。

 全ての修復が終わった頃には、訓練の時間が迫っていた。急いで万象儀を広げこの場から去ろうとすると周りがどよめく中、オールマイトだけは俺を見ていた。

 

 

 

 

===============

 

「会長。なんだ、話ってのは?」

 

「…来ましたか」

 

 夕方、訓練が終わった後。会長の部屋に呼び出された。中に入ると会長は窓際で夕日が沈む街の景色を眺めていた。

 

「進路希望の紙は、もう書きましたか?」

 

「…いいや。お前らのいいつけ通りまだ書いてねーよ」

 

「そうですか。…項羽さん。貴方には雄英高校に通ってもらいます」

 

「……何故だ?ヒーローになるのに何も雄英に通う必要も…ましてや公安があるんだ。ヒーローになるにはここでも充分だろ?」

 

「…いいえ。貴方にはオールマイト、エンデヴァー、そしてホークスに次ぐ民衆の『光』になって頂きたいんですよ」

 

 そう言って振り返った会長の顔は夕日でよく見えなかったが、きっと微笑んでいることだろう。

 俺が『光』か……。会長の言葉を反芻しながら自分の掌を見てみる。

 

 

 ……たぶん。俺じゃ役不足だ。

 

 

「………俺の"才能"は誰かを傷つけることで始めて成立する…それは、誰かを傷つけないと何も出来ず上に立てないという証でもある…そんなんで『光』になれると思うか?」

 

「……いつになく弱気ですね」

 

「うっせぇ…」

 

「それでも。あの子たちは貴方のことを『光』だと想っていますよ」

 

「…あの子たち?」

 

「分からないのですか?…不思議だって顔ですね。ハナゾノの子供たちですよ」

 

「!」

 

「…黒籍さん。貴方の目的がなんなんのか、私たちは知りません。しかし、決して私たちの考えような悪事ではないことは何年も貴方を見てきたから何となくわかります」

 

 いつものように淡々と話すのではなく何故か静かで優しく話す会長に俺は、あぁ…コイツもか、と溜息を吐かざるおえなかった。

 

「…正直な話をすると、俺は時が経ったらココを出ようかと考えていた」

 

「…………」

 

「…ここから抜け出して、どうにかして過去に戻れないかと画策していた頃もあった、が……いつのまにか出来なくなっていてな…孤児院にいる馬鹿なガキどもが…アイツらが…かつての同胞たちと同じぐらいに愛しくなっちまってな〜。どうして良いのか分かんなくなった」

 

 …この世界には廻り者は俺一人しかいない。元々、俺の目的は廻り者間の隔たりを無くすこと……それ自体アイツらが居ないと成立しないからこの目的は無いに等しい。その事で俺は随分と悩んだ。目標も無く。ただ、ダラダラとなる気のないヒーローを目指して生きてきて、俺は何をしたいんだと…。

 

「なぁ、俺はどうすればいいと思う?」

 

「……………」

 

 誰かにこんな相談をするのはもしかしたら、生まれて初めてかもしれない。会長はもう半分以下に欠けた夕日と、それに照らされながらも色付き始める街並みに目をやると再び俺と目を合わせなんともない風に口を開いた。

 

「………なら…それでいいんじゃないですか?」

 

「………案外、適当な返しだな」

 

「適当で良いんですよ、人生なんて…分からないと言うことは貴方は今、暗闇の中にいて、その先が分からなくてどこに進めば良いかも分からない状態なんでしょう。でもそれは、何処にでも行けると言う証でもあります。選択肢は自由です。そのまま前に進んでも良い、振り向いて後ろに進んでも良い、横に何があるか探してみるのも良い、上に飛んでみたって良いです。そしていつか、進んだ先に光が見えたなら、そこに向かって全速力で走ってみてください。こうして良かった、と思える日がきっと来ますよ」

 

「…………あんたが御高説垂れるなんて珍しいな」

 

「これでもヒーロー公安委員会会長ですから」

 

 会長の言葉を聞いて長年整理のついていなかった心の中が少しスッキリしたような気がした。

 

「そうか…なら今はまだ…こうしてアンタらの言う通りにしてブラブラしているのも悪くない。俺が目標見つけて、敵んなっても文句言うなよ!」

 

「言いませんとも…しかしその時は全勢力を持って貴方を捕まえにかかりますからね」

 

「はん!頼りになるこった…!……………おい会長!」

 

「はい?」

 

 無理やり話を終わらせるために窓の前で堂々と腕を組んだ会長に踵を返して軽口を叩きながら扉に手をかける。もう話は終わりだと思っていたのか会長は少し間の抜けた声を出した。

 

「ありがとな」

 

 その言葉だけ口に出すと会長の返答を待たずに俺は扉を開けて外に出ると自分の部屋に歩き出した。当面の目標は取り敢えずこれで良いだろう。

 

 

 

 

===============

 

 

 

 年が明け、雪は溶け落ち、まだ冬着のコートが手放せない寒い日に雄英の一般入試が始まった。雄英の校門前にHと書かれていて、あからさま過ぎだと思い、隣を歩いていた八戒に声を掛けようとすると緊張しているのかとんでもない眼光で睨み返された。そういや、お前昔から緊張しいなとこあったな。すまん。

 

 筆記試験も終わり、少しは場慣れした八戒と共に試験会場に足を踏み入れると、広い会場内には既に多くの受験者たちが緊張した面持ちで座っていた。

 誘導された席に座り、暫く待っていると会場内全体が暗転すると裏からインコみたいな金髪グラサンのおっさんが出てきたかと思えばマイクも使わずとんでもない声量とテンションで実技試験の説明を始めた。なんだ、らいぶって?

 

 …話によると、それぞれの会場…模擬市街地でポイントを振り分けられたロボをぶっ壊せって言う話らしい。俺と八戒は()()なことに会場が違っていた。途中、堅物そうな眼鏡野郎が立ち上がったかと思えば他の受験生に堂々と注意していた。おかげでウチの豚さんの肩が跳ね上がったよ。…って、注意された奴一年前のモジャモジャじゃん。受けてたのか。

 

「最後にリスナーへ我が校の"校訓"をプレゼントしよう。かの英雄ナポレオン=ボナパルトは言った!「真の英雄とは人生の不幸を乗り越えていく者」と…!"PlusUltra(プルスウルトラ)"!それでは皆良き受難を!!」

 

 金髪インコの言葉に会場内に居る全ての受験生らが顔を引き締め覚悟を決めていた。しかし、そんな中…俺は古きに知り会った骸骨の馬に跨る友人の顔と奴と交わした会話をふと思い出していた。

 

 

『よぉ、ナポレオン。そんな所でどうした?』

 

『項羽……。僕は今、"不幸"と対面しているよ。我が才能はかつて皇帝と呼ばれ、数々の栄えある功績を残してきた。なのに僕は、まだ何にも残せちゃいないんだ。…これを僕は"不幸"と呼ぶことにする』

 

『………………………』

 

 自嘲まじりに言ったあいつは皮肉そうに"才能"を持ってしても自分の"不幸"一つ乗り越えられない自分を嘲笑っていた。

 あの少し弱気な友人は今どうしているだろうか。

 今も、自慢の愛馬と何もせずのうのうと生きているか、それとも……最後は戦って散ったのか。

 まぁ、それは歴史には刻まれてない過去の話だ。忘れよう。

 

 そうこうしている内に俺を含めた受験生らを乗せたバスはいつの間にか模擬市街地の前で止まって、ぞろぞろと俺を置いて受験生達はバスを降りていた。皆、降りて最後の一人になったことを確認すると俺もバスから降りた。

 

 バスを降りるとクソでかいゲートが俺たちを迎えていた。開かれたゲートの先には完全に何処にでもありそうな街並みが広がっており、先に降りていた周りが次々に思い思いの準備運動を始めている。

 俺はそんな中、何もせずジャージのポケットの中に手を突っ込み耳を澄ませていた。

 

 特にそのまま、何もしないないまま。俺は何の気無しにさっきの続きを思い出していた。

 

『つまりあれか?お前は今、何もしていないのに何も残せてない、今の状況を"不幸"と言ってんのか?どんなセンチメンタルだよ』

 

『ッ……そんな言い方されるとちょっと傷つくんだけど!』

 

『図星なだけだろ』

 

『うっ!』

 

『…ダラダラと説教たれる気はねーが。もうちょい前向きに生きても良いんじゃねぇのか?』

 

『……そうしたいのは山々なんだけど…生憎、僕の最も行きたい場所は人が絶えないからね…。行こうものならすぐ通報されて捕まるのが運命だよ』

 

『なら…その悲願は一番最後に取って置くことだな。それ以外だったらたった一つ、お前にとって確かな功績を残す術なら知ってるぜ』

 

『……なんだいそれは?』

 

『それは……』

 

 

「はいスタート!!!」

 

 ここまできた所で上空から響いた始まりの合図に俺の意識は現実に引き戻された。前もって合図と同時に体が走るように決めていたから無意識的に俺の体は少しだけ前に傾いていた。その傾きを第一歩に変えるとそのまま全力で駆け出す。走り出して首だけ後ろを振り返って見れば、他の連中は突然の合図と走り出した俺に呆然としていたが金髪インコの叱咤で動き出していた。

 

 少し走っていると目の前の曲がり角から1pと書かれた俺と同じぐらいのロボが飛び出してきた。

 

[標的発見!ブッ殺ス!!]

 

「口悪いかよ」

 

 試しにロボの頭部分を万象儀なしで殴ってみる。すると、ロボの頭部は簡単に凹み音を立てながら動かなくなっていった。

 

「モロいな」

 

[標的発見!死ニサラセ!!!]

 

「あ?」

 

 次は四つ足のサソリみたいな形状をした2pと書かれたロボが出てきた。コイツも早々に殴ってみると1pよりも簡単に壊れた。嘘だろ…と雄英の入試に落胆しながらも出会い頭に会うロボをぶっ壊しながら走り続けると今度は一番大きなロボが出てきた。3pと書かれたロボは搭載されたミサイルらしき物を俺に向けて放った。

 

[死ニサラセ!!]

 

「二パターンしかねぇーのかよ!」

 

 出会うロボット皆同じことしか喋らないことに驚きながらミサイルを全弾避け、3pロボの上に飛び乗った。試しに今度は万象儀を片足に纏わせ思いっきり地団駄を踏む。すると、足が脹脛ぐらいまでロボの体にめり込みコア部分をやったのかコイツも音を立てて機能を停止した。

 

 もうこれ以上コイツら以外しか出てこないことを悟ると、胴以外の四肢だけに万象儀を纏わせると一つ、心の中でこんなつまらん入試を用意した雄英に唾を吐き、呟いた。

 …無双してやる。

 

 この試験を受ける前から決めていたが、俺は主席合格を目指してロボを駆逐しに走り出した。

 



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第八束。ユウガオの花束を

罪と夜を


 

 くっちく〜♪くっちく〜♪駆逐駆逐駆逐駆逐駆逐駆逐駆逐駆逐!くっちく〜♪くっちく〜♪駆逐駆逐駆逐駆逐駆逐駆逐駆逐駆逐!くっちく〜♪くっちく〜♪駆逐駆逐駆逐駆逐駆逐駆逐駆逐駆逐駆逐!くっちく〜♪くっちく〜♪駆逐駆逐駆逐駆逐駆逐駆逐駆逐駆逐!くっちく〜♪くっちく〜♪(えんどれす

 

 ロボの頭を次々ともぎ取りながら即興で考えたクソのように短い歌を口ずさみながら走る。…100越えた辺りからポイントを数えるのやめたが今どれぐらい溜まっているんだ?数えときゃ良かった。

 

 試験が始まってから大体、今6分ってところか…?無双している最中も危なそうな奴助けたりしてそこそこ時間使ってるが10分なげーな。

 

「おい!あんた!!」

 

「あん?」

 

 後ろからの掛けられた声に振り向けば、同時に地面が音を鳴らしながら揺れた。地鳴りってやつだ。どうやらそれは市街地の中央から鳴っているらしく中央に目を向けると向こうからは大きな土煙が上がり、その影の中でビルから頭三つ分ぐらい抜きん出ている何かが動くのが見えると、俺は金髪インコが言っていたことを思い出す。

 

『コイツは各会場にいる、お邪魔虫だ!リスナーには避けることをお勧めするぜ!』

 

 4pt……!

 

「おい!なぁ、あんた!!」

 

「あぁ!?なんだ、さっきから!?」

 

 4pロボに向かって走り出そうとした瞬間さっきと同じ声の主に呼び止められた。なんだと少しイラつきながら振り返ってみると、目の周りのまつ毛がとんでも無いことになっているむさ苦しそうな男が立っていた。

 

「さっき、助けてくれてありがとう!これだけ言いたかった!」

 

 …あ、コイツたぶん馬鹿だ。

 確かにさっき、コイツと似たような奴を上から降ってくる瓦礫から助けた。しかし、それは助けてから大分前のことだ。誰かが俺のことつけてくるなとは思って無視していたがもしかしてコイツはお礼を言うだけのためにずっと俺の後を追っかけて来たのか?

 そうだとしたら、余程のクソ真面目か、大バカ野郎だ。

 自分の将来が掛かっている切迫詰まった、時間の少ない中、他人に助けてもらったお礼を言うだけためにコイツは時間は費やしたのか?そうだとしたらかなりのバカで愚直で…あぁ腹いてぇ。

 

「…お前、名前は?」

 

「ん?鉄哲徹鐡(てつてつてつてつ)だ!どうした!?」

 

 笑っている俺を不思議そうに首を傾げながら答える鉄哲の姿は今は堪える。ある意味で。そんな鉄哲に俺は提案をする。

 

「いやー、お前いい奴だな〜って。それでよ、向こう行ってみるか?」

 

 俺が指差した先を見た鉄哲はサメのようなギザギザの歯を剥き出しにし、やる気に満ちた笑顔で拳同士を打ち付け頷いてくれた。やっぱりコイツ見てると腹が痛くなる。

 

 

 

 

===============

 

「オオオオオオオオォッ!!!」

 自分は走ってないくせに熱苦しく叫び倒す鉄哲を米俵のように抱え、コイツの"個性"『スティール』でビルの壁を突き破りながら一直線に4pロボの下まで走り切り、4pが荒らした道路に出てるとロボの後ろを取ることができた。

 

「じゃあ、手筈通りに!お前は救助者を助けて安全圏まで逃げろ!俺はあのクソデカを壊す!!」

 

「了解!ってか聞いてなかったけど、どうやってぶっ壊すんだよ!!」

 

 俺が無言で握り拳を作ると馬鹿を見るような目で見られた。ロボの前にお前を潰してやろうか?

 

 走り出した鉄哲を見送り、未だ進行を続けている4pロボに向き直る。意識を周りに集中させ、俺の近くに逃げ遅れた奴らがいないか確認すれば万象儀を鉄哲や他の受験生らがいる範囲以外に思いっきり万象儀を広げるとある物達を拾う。

 受験生らに倒されたロボの残骸やクソデカに破壊された道路の破片、ビル、街灯や地面まで俺の周りにある全てのものを覆う。

 万象儀の黒い波に覆われた物は意思を持ったかのように浮き上がると次々にぶつかり合い一つの物体になり始める。ただの物質の集まりだった球は、徐々に形を成し始め遂には、4pロボと同等…それ以上のサイズの

 

「巨人の拳だぁッ!!!!」

 

 遠くで鉄哲の燥ぐ、無邪気な声に思わず吹き出しそうになってしまう。後ろに現れた物体に気付いた4pロボは大きなキャタピラを回転させれば対抗するように拳と向き合った。

 こうして見ると迫力あるな、鉄哲が燥ぐ理由もわかる気がする。

 

 間抜けなことを考えながらも俺は握っていた自分の拳をゆっくり開く。すると、それに連動するかのように上空にある拳も手を大きく広げ、まるで4ptロボと握手するかのように手を前に差し出す。しかし、そんな和平を結ぼうだなんてアホなことは考えていない。俺は巨人の手で4ptロボをすっぽり包み込むと徐々に力を入れ始める。

 掴まれることを察知した4pロボは両腕を広げ、自身よりも大きな指を押し返し始める。しかし、俺が握る力を込めれば、そんな抵抗は虚しいとしか言いようが無いぐらいに広げられていた手は狭まり始め、4pロボの関節部分からバキバキと部品が潰り切られる甲高い金属音がした。

 頭を親指で押し潰したのを最後に、4pロボの巨体の所々で爆発が起き始めると暫くして、手の中で動いていた反応が消えた。

 

 終わったか…。もう試験も終わるだろ、張り合いがないな、と少し落胆しながら巨人の手を周りに被害が出ないように万象儀を解除すると後ろから鉄哲の声がした。振り向いたことを少し後悔したと同時に怒りが湧いた。

 正直に言って気が緩んでいた。弱く、張り合いの無い仮想敵を相手に楽勝だと、調子に乗って思い、付け上がっていた。

 どこにだってある。

 

 長閑な山の中でも、喧騒の激しい街の中だって。

 試験の最中、見計らったかのようなタイミングで上から看板が降ってきて死んでしまうかもしれない不慮の事故なんて何処にでもあることを頭から抜けていた。

 

 アイツは今、怪我人を背負って、手が塞がっている。上から落ちてくる看板には気づいていない、あと数秒もすれば怪我人もろともアイツは潰れて死ぬ。今から走っても、万象儀を向かわしても間に合わない。

 どうすれば-------!

 

 

 

 

『……なんだいそれは?』

 

 

 

 

 この時に思い出すなよ…。

 

「鉄哲ッ!!」

 

「!?」

 

「伏せろッ!!!」

 

 解放された巨人の手から出てきた街灯を掴んで、万象儀を纏わせる。助走も使わず、足を大きく開き、腰の回転を加えた力と、脱力していた手に一瞬、力を込め放つ。瞬間で亜音速と同じ速さを叩き出した槍に模した黒の街灯は、真っ直ぐ、鉄哲と言う名の的に真っ直ぐ進む。

 

 

『…それはお前自身が心の底から失いたく無いと感じたものを、守りきった時だ』

 

 

 自分の顔目掛けて飛んでくる街灯に驚愕の表情を浮かべ、殆ど反射でしゃがんだ鉄哲の真上と正面には既に看板と街灯が迫っていた。コンマ数秒後、立っていた鉄哲の頭があった位置に看板が落ち、オールマイトが大きく描かれた看板に街灯が突き刺さると、勢いそのまま、向かい側のビルの外壁に深々と突き刺さった。

 

 

『…なら僕はこのマレンゴを守りきって死のうかな?』

 

『いや別に、死ねと言ってる訳じゃなーんだけど…』

 

 ナポレオンは自分の愛馬を撫でながらそう呟いたが、俺はどうやら見当違いな解釈をしていることに、思わず呆れてため息を吐いたのを思い出す。

 

 こんな時につまらねぇ話を思い出して、つい口角が上がる。でもこれで、あの指針があっという間に塗り変わったことを喜んだ。

 

 向こうではビルに突き刺さった街灯と看板を見た鉄哲が口をポカーンと開けた間抜けな顔で怪我人を背負いながらへたり込んでいた。

 

 その姿に笑いを堪えていると同時に試験終了を告げる金髪インコの声が会場全体に響いた。その声にハッと顔を上げた鉄哲の顔がものすごい間抜けな顔で吹き出してしまったのは秘密だ。

 

 

 

 

===============

 

 

 

「八戒〜。何位だった?」

 

「………いろいろ言いたいことはあるブけど、受かった前提で聞くなよ。二位だブ」

 

「お、流石だな。よくやった」

 

「…すごく上からな物いいだけど、項羽は何位だったの?」

 

「ふ…世界最強の俺だぞ、一位に決まってるだろ」

 

「はっーーー!流石、流石。拍手をくれてやるブ」

 

 卒業式を迎えて数日後の夜。雄英からの合否通知が届いたから寝巻きでハナゾノを訪れると飯を食い終わったらしい大広間に古いソファの上でまったりと寛いでいる八戒と倖季の二人に主席合格の旨を伝えると八戒と取っ組み合いが始まり、周りから野次が飛び始めるが倖季の一喝で一瞬で終わった。どうやら、八戒は俺に次ぐ二位だったらしい。それに他の奴らもみんな望んだ進路に行けるとの嬉しい報告も舞い込んできた。

 

「項羽のことだから筆記で落ちると思っていたんブけどね…」

 

「私も……」

 

「残念そうな顔してこっち見んじゃねーよ」

 

 残念ながらこちとら毎日塾みたいな場所で勉強してんだ嫌でも頭は良くなる。わらわらと俺の周りに群がって頭の上や膝の上に乗っかって髪や耳などを引っ張ってくるガキどもを無視して話を進める。

 

「そう、いや。倖季、も雄…英だっ、たよな。ええい、鬱陶しいなお前ら!コイツで遊んでろ!」

 

 万象儀を犬の形に模し動かすと、目を輝かせ、大燥ぎでガキどもは犬を追いかけいった。残ったのはさっきの奴らに比べて比較的大人しめな奴が俺の膝の上にちょこんと可愛らしく座っているだけだ。

 

「うん、普通科だよ。これで三人で通えるね」

 

「そうか…」

 

 ……コイツはあの頃に比べて自然に笑顔が出せるようになった。未だにまったく知らない人間に声を掛けられると固まってしまう節があるが、殆どの人間を敵として見るようなあの頃よりは確実に良くなっている。

 嬉しくなって座っているガキの頭をくしゃくしゃ撫でるとくすぐったそうな声を出して笑ってくれた。そういや、このガキんちょも随分、笑ってくれるようになった。

 感情に浸り、しみじみしていると犬を捕獲してきたアイツらが元気に帰ってくるとまた騒がしくなり始めた。

 

「…なんだか騒がしいと思ったらそこに居るのは項羽かい?」

 

「おお、婆さん。邪魔してるぜ」

 

 ぎゃーぎゃーと二人も巻き込んで騒いでいると以前よりも少し腰を曲げた院長がやって来た。この人もだいぶ歳をとり始めた。昔は多くなかったシワも年々増えてきて腰が曲がり具合も酷くなってるのが目に見えて分かる。こんなこと言ったら確実にこの孤児院の女性陣全員からなんか言われるのは目に見えて分かる、なんなら婆さんを祖母のように慕っている倖季の小言だけでも十分だ。

 

「婆さん。俺、雄英受かったぜ」

 

「知ってるよ。さっき、みわちゃんから電話が来たわ」

 

「…会長バラすのはえーな」

 

「淡々としてたけどね。けど、本当は嬉しがってるわよ。きっと」

 

「…やめろ恥ずかしい」

 

 歳をとってもここだけは変わらない微笑みでそう言った婆さんに思わず顔を背けてしまう。おい、ニヤニヤすんなお前ら。おちょくったってなんにも出てこねーぞ。

 

「そうだ。婆さん、指針が出来た」

 

「……へぇ。そりゃなんだい?」

 

「…………秘密だ」

 

「はぁ…。相変わらず馬鹿だねぇ」

 

 口を人差し指で押さえて喋らないポーズをして言えば婆さんは呆れたように顔を押さえた後笑った。この笑みがどういう意味合いなのかは知らんが悪い意味ではない事は確かだろう。

「そうゆーこった。じゃあ今日は帰るわ」

 膝に置いていたガキを持ち上げ倖季に預けるとコイツらは寂しそうな顔して俺を見つめてくる。元気な奴らは足にしがみ付いてくる勢いだ。ずるずる引っ張っていけばいずれ離れると思っていたがいつまで経っても離れる気配がしない。

 

「…おい。お前らいつまでそうしてるつもりだ?」

 

「項羽兄ちゃんが帰らないって言うまで!」

 

「そーだ!そーだ!」

 

「お前らな……」

 

 頬を膨らませ、ぶーたれながらせがんでくるコイツらにどうしたもんかと拱いて、救援を求めるために三人の方を見てみるとニヤついた目でこっちを見ていた。どうやら手を貸すつもりもないらしい。ついでに倖季の膝の上に座っているガキどもの寂しそうなウルっとした目が更に俺を追い込ませる。

 足を掴むコイツらもとうとう涙ぐんだ目でこっちを見て俺を引き止めようとする。俺はとうとう額を抑えて、折れた。

 

「……はぁっーー!おい、婆さん。寝床ぐらいはあんだろうな!?」

 

「あるよ。アンタは無駄にでかいからね…。八戒とおんなじところで寝な」

 

「え"っ!?」

 

 八戒が驚いた声を上げた瞬間。ガキどもの喜ぶ叫び声が大広間を包み込んだ。はぁ、ダメだ。コイツらには敵う気がしねぇ。

 

 

 



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第九束。スイートピーの花束を

門出とほのかな喜びを


「…俺が最後か」

 

「待ってないブよ。オデらも今着いたところだブ」

 

「おはよう〜。項羽」

 

 雄英高校初登校日。時間もそこそこ、俺たちは雄英の最寄駅に集合していた。自分が最後と言う言いようの無い敗北感を味わったが自分で考えて下らないなと思ったのは秘密だ。

 予定ではこれから学校まで歩くことになっている。歩いている最中、そんなに珍しいのかすれ違う通行人たちに物珍しげに横目で見られることが何回かあったが、それ以外は平穏なものだった。

 

 他愛のない話を続けていると、いつの間にか校門に着いていた。校門を潜ってすぐ、ズンズンと歩く間覚えのある鈍い銀色の髪をした後ろ姿が目に入り、思わず呼びかけてしまう。

 

「おーい鉄哲」

 

「ん?…あ!黒籍じゃねーか!!」

 

 振り向いた鉄哲の目周りは相変わらず凄いことになっていた。こっちに近づいてくる鉄哲を紹介しようと両隣を見てみると、何故か二人とも凄いものを見る、見開いた目でこっちを見ていた。

 

「…なんだよ?」

 

「お前に知り合いが居たのかブ…」

 

「あの、休日になるとウチに入り浸ってる項羽が…」

 

「ぶっ飛ばしてやろうか?」

 

 失礼な連中だ。俺にだって知り合いの二人や三人…いるんだよ。

 

「やっぱ受かってたのか!」

 

「おう。…あん時は悪かったな」

 

「あん時?……いいんだよ別に!喧嘩したわけじゃねーんだから謝んなよ!お前のお陰であの女子も助かったんだからな!死ぬかと思ったけどな!!」

 

「…すまん」

 

 ガハハと笑いながら溌剌と恨み言を言ってくる鉄哲にを見ていると切実とごめんという思いが頭を過ぎる。コイツ的にはもう許しているんだろうけど、悪意なしでこういうこと言ってくるから罪悪感が募ってくる。

 

「どうも1年B組の猪八戒だブ。話は聞いてるブ。如何やらウチのバカ(項羽)が迷惑かけたみたいブね。すまないブ」

 

「ふ、普通科の花成倖季です。よよっ宜しくお願いします」

 

 少しどんよりしていた俺を押し除けて、いつの間にか八戒と倖季が自己紹介をしていた。おい、いまバカっつったか?

 

「…Bィってことは同じ組か!俺の名前は鉄哲徹鐵!そっちも宜しくな!!」

 

「よろしくブ」

 

「よ、よろしく…」

 

「夜露死苦!!」

 

 初めて会う人間と話して緊張して若干おどおどしている倖季と、対照的に堂々と落ち着いて話す八戒の二人の印象を好く思ったのか鉄哲は何やら漢字が違う挨拶を叫びながらブンブンと二人の手を掴み振っていた。

 威勢の大きい鉄哲には倖季はビビって縮こまるかと思ったんだが…思ったより大丈夫そうだ。というかお前ら仲良くなるの早くね。

 

「なんだよ。もう仲良しですか、このヤロー」

 

「…?おう!仲良しだぜ俺ら!」

 

「ブッ!」

 

 俺そっちのけで楽しそうに話すコイツらに嫌味で言ったつもりだったが鉄哲が思った以上に純粋すぎて八戒の野郎が吹き出しやがった。倖季も笑い堪えてんじゃねぇ!!

 

「それで?項羽は何組なんだ!?」

 

「………Aだよ」

 

「そっか!分かれたな、残念だ!!」

 

「……分かったから早く行こうぜ…」

 

「だめだ。この二人、面白すぎる…」

 

 鉄哲の純粋さに敗北を感じると後ろにいる八戒は笑いを押し殺しながら涙ぐんでいた。倖季も顔を背けて口を抑えていた。うん、お前らが楽しそうなら俺は別にいいんだ。

 

 各々の教室に別れ、1年A組の扉の前に立つ。八戒よりも大きな扉に分かりやすく1Aと書いてあってもバリアフリーだな〜と間抜けで語彙の乏しい感想しか出なかったので諦めて扉を開ける。

 中に入ると既に座っている人間の目線が俺に向けられる。席の埋まり具合を見るからに既に殆どの人間が集まっているらしく俺を含めると残りは三人ぐらいだった。

 

 興味で俺を見つめる者。何故か喧嘩腰で睨んでくる奴。一瞥した後、如何でもいいと外の景色を眺める者。反応は色々あったが、一人の男が近づいてきた。

 

「おはよう!俺は、私立聡明中学校出身の飯田天哉(いいだてんや)だ。席は黒板に貼ってあるから確認しておいてくれ!」

 

「黒籍項羽だ。よろしく頼む」

 

「あぁ。いい学校生活にしよう!」

 

 握手を交わし飯田が離れていき、今度は机に足掛けた金髪の方に向かっていくと向こうで喧嘩になっていた。受験の時のようなピリピリと威圧的な態度は見られず普通の堅物メガネだったな。

 騒いでる奴らを無視して席を確認してみると教室の一番後ろ。一つだけ飛び出している席が俺の席らしい。周りに誰もいなくてマジかと思ったが気にしたら負けだ。

 例年、雄英ヒーロー科の入試合格者の定員はAB合わせて40の筈なのだが今年に限って定員が2人増えた。どっかのヒーロー公安委員会会長が絡んでる気がするが気にしないでおく。その結果、1人ってのがちと悲しいが。

 

 俺が席に座った数秒後。一年前の緑のモジャモジャが入ってきてびっくりしたが、その後今度は寝袋にくるまったホームレス見たいな男がニュッと入ってきて更に驚いた。

 驚いてるクラスメイトを他所に淡々と話し始める男は相澤という名前で俺らの担任らしい。

 

「早速だがコレ着てグラウンドに来い」

 

 そう言い残すと寝袋を抱え、一瞬だけ俺と目が合ったがツカツカと教室を出て行った。状況が分からないと言わんばかりに混乱する教室は飯田の取り敢えず着替えようという話にみんなも教室を出て行った。

 

 

 グラウンドに出ると目良よりはまだいいが気怠る気そうな様子の相澤が俺たちを待っていた。いや、どっこいどっこいだな。

 

「「「「個性把握テストォ!!?」」」」

 

「そうだ。これから個性把握テストを行う。ソフトボール投げ、立ち幅跳び、50m走、握力、長座体前屈、腹筋、反復横跳び、そして1500m走。中学でもあっただろ?基本の体力テストだよ、個性なしのな」

 

 個性把握テストなどと言う、一般的にはあまり聞き入れないワードを聞いて騒ぎ立てる奴らを軽くあしらった相澤は、そのまま内容を説明する。

 

「入試首席の黒籍。ちょっとコレ投げてみろ。勿論、"個性"有りでな」

 

 そう言って投げ渡されたのはソフトボールに電光版を取り付けられたハイテクそうな物だった。目線が集まる中で一際大きく殺気だった目線が感じられたが見た瞬間、噛みつかんばかりの雰囲気を感じたので無視して目の前にあるサークルに入る。

 

「因みに中学の頃の記録は?」

 

「90…ちょいだな。確か」

 

 自分のことだが、あまり確証が持てない。中学の頃の記録はあんまり覚えてないし、そんなに全力でやった記憶がないから確かそんぐらいの記録だった筈だ。

 一回、相澤をチラ見すると早くやれと睨み返された。…たぶん相澤はコレをデモンストレーションと皆に見せる気なんだろう。なら、そんなに全力でやる必要もないな。

 頬に傷をつけ、手の先から肩にかけて万象儀を纏わせる。入試以降、久々に姿を現した万象儀の重瞳は、いつもは何も思って無さそうな静かな目をしていたが今回は少し嬉しそうに目を細めているように見えた。

 コイツは基本、感情という物を見せない。しかし、時たま俺の感情に共鳴するように感情を表すような時もあれば、独立し、意思を持ったかのように感情を表す時もある。

 

 皆の注目が集まる中、円の中に入り入試の時のような槍投げと砲丸投げが混じったような形でぶん投げる。すると思ったよりボールが飛んでいった。

 暫くすると相澤の持っていた端末から音がなった。少し驚いた顔した相澤にドヤ顔で振り向いたら無視して記録を全員に見せていた。

 

「…まずは自分の出来る最大限を知ることだ。それがヒーロー形成の素性となる」

 

 記録は90mを大幅に超える2600mの文字が映し出され周囲には興奮の色が濃く見られた。

 

「2600ってマジか!?」

「"個性"自由に使えんのか!スゲー!!」

「何これちょー()()()()!」

「流石ヒーロー科!」

 

 一瞬、興奮するクラスメイト達の言葉のどれかに反応したのか相澤が少し顔を上げた時の顔を見て俺は思わず真顔で、うわぁ…と思った。顔を上げた相澤の顔は自分が考えている通りにことが進んで悦に浸っているような不気味な笑みを浮かべていたからだ。ヒーロー以前に教師がしていいツラじゃない。

 

「……面白そう…か。ヒーローになる為の三年間そんな腹づもりで過ごすつもりかい?」

 

 笑みを保ったまま喋り出した相澤の雰囲気でクラスメイト達の楽しそうな雰囲気は一変し、何やら不穏な空気を感じ取り、皆黙り始めた。

 

「…よし、ならトータル最下位の者は見込みなしと判断し除籍処分としよう」

 

「「「「はあああ!?」」」」

 

 除籍処分。それはつまり退学を意味する。そのことを理解したクラスメイト達の驚愕の顔から一喜一憂、様々な表情を見せ始めた。不安を感じる者、これからの苦難に腹を決める者、獰猛に笑って見せる奴。

 

「生徒達の如何は教師らの自由!ようこそココが、雄英高校ヒーロー科だ。全力で乗り越えてこい!」

 

 

 

 

 

===============

 

 

 あの後、抗議の声が上がりもう一悶着あったが、まるまる割愛させて頂く。

 まぁ、抗議した所で相澤は本当に見込みがないと判断しない限り誰も切らないと思うけど…半分はガチそうだけどな。

 

「頬から血が出てるようだが、大丈夫か?」

 

「ん?…おう、俺の力は他者に傷を見せることで成立する代物だからな大丈夫だ」

 

 最初の競技。50m走スタート地点で俺と走る予定のマスクを付けた大柄の男が俺に話しかけてきた。そうか、確かにあいつら以外に万象儀を見せたのは初めてだったな。

 

「そうか…要らぬ心配をしたな、すまない」

 

「いいや。時には小さいな節介は大事だからな、ありがとう。名前は?」

 

障子目蔵(しょうじめぞう)だ。お前は黒籍項羽だろう?」

 

「耳がいいな。よろしくな障子」

 

「おい。黒籍、障子、次お前らだ。早よ」

 

 そうこうしてるうちに俺らの番が回ってきた。

 万象儀を今度は下半身全体に纏い直し、スタブロに足をかける。合図がなった瞬間ロケットスタートを切り出し、ゴールまで突っ走る。

 

[記録:1秒86]

 

 こんなもんか。

 

「……早いな、増強系か?」

 

「…ちょっと違う。俺も口で説明するのは難しいんだ」

 

 走り終わった障子が少し息を切らしながら話しかけてくる。…んー間違ってねぇーんだけどな。ちょっと違う。俺の場合、増強系の"個性"のように筋力を上げてるわけじゃないんだ。俺がイメージしてんのは()()()()()と意識してるようなもんだ。

 

 

 例えばそうだな。万象儀を纏わせた自分の手を万力機と言う名の武器をイメージさせて力を込めて握ると、ほら、俺が握った握力計はペシャンコになる訳だ。な?

 おい。なんで黙るんだよ…後ろ?後ろに何が…。

 

「…おい。学校の備品を無闇に壊すな……」

 

「…すまん」

 

 髪の毛をゆらゆらと鬼の如く逆立てさせた相澤が立っていた。怖ぇ。

 

「はぁ…。測定不能にしておくからそれは後で()()()来い」

 

「はいよー。…と言うか気づいてんなら声ぐらいかけてくれてもいいじゃねぇのか?久方ぶりに会ったんだからよ」

 

「黙れ。此処では生徒と教師だ。ちゃんと敬語は付けろ」

 

「はいはい。相澤先生」

 

 離れていく相澤先生を見送って昔のことを思い出す。

 相澤と俺は昔手合わせをしたことがある。確かあの時は俺が半強制的に戦闘に持ち込んだんだっけな…そういや、あの頃はもうちょい生気があったんだけどな。いつからこんなくたびれたオッサンに…。

 

「…相澤先生と知り合いなのか?」

 

「……昔に会ったことあんだよ。そのよしみだ。…んなことより次行こうぜ」

 

「なる程。分かった」

 

 咄嗟に嘘をついてしまった。すまない障子。本当のことは言えねーんだ。

 

 次の種目は反復横跳びと立ち幅跳びだったが二つとも万象儀を使って難なくクリアした。立ち幅の時、万象儀でずっと浮いていたら無限とか言う頭のおかしい記録を出したせいで周りから変な目で見られたが実際俺、廻り者だからな元からおかしいんだよ。

 おい、そこのアホ面した金髪野郎笑ってんじゃんねー!何が、空飛ぶシルエットクイズだ!!

 

 アホ面金髪野郎改め、上鳴の頭を鷲掴みにしていると、おかしなものが見れた。相澤先生と何やら揉めているらしかった緑のモジャモジャが二投目のソフトボール投げで指を破壊する程の力で大記録を出したことだ。

 

 そこだけを聞けば自身の力を破壊するほどのパワーで終わるが、ヘドロの時、アイツは危険を顧みてまで金髪を救うためだけに無謀にも飛び出した。しかしアイツはあの時"個性"を使う素振りをまったく見せなかった筈だ。今ほどの力があるなら体が壊れてもオールマイトのように簡単にヘドロを吹き飛ばすことが出来た筈だ…。単に、保身に走ったのか公の場で"個性"を使うの渋ったのか?いや、それなら大衆の面前に飛び出て敵に立ち向かうなんてこと……。

 帰ってきたモジャモジャをじーっと見て思考を巡らせていると向こうも俺に気付いてビクビクしていた。

 

「なんだよ黒籍、アイツに興味でもあんのか?もしかしてホモなの?」

 

「黙れ、アホ面金髪チャラ男野郎」

 

「…ヒッデー!!コイツ、初対面の相手にそんなこと言うか!?」

 

「…どの口が言うんだ。もっかいその緩んだ頭締め直してやろうか…?」

 

「ひっ…!」

 

「やめとけ、やめとけ!先生にどやされるぞ!」

 

 上鳴の頭を掴んだ俺の手を慌てて止めたのは赤髪の頭をした切島と言う男だ。コイツは俺の握力の記録を聞いた時「漢らしいぜ!」と何故か感嘆していた変わり者である。

 

「ほらっ。次お前の番だぜ黒籍!」

 

「…命拾いしたなぁ……」

 

「お前怖すぎだろ!!」

 

 少し涙目になっている叫ぶ上鳴と苦笑する切島らを背にし相澤先生からボールを受け取ると、先程と同じように肩から先まで万象儀を纏わせ全力で投げれば先程より記録が伸びていた。しかし、デモンストレーションの時も投げたし一回で済ませようと戻ろうとしたら白い帯が俺の上半身に掛けて巻きついた。

 

「…おい。どこに行く?」

 

「………さっき、一回投げたから戻ろうと……」

 

 そう言うと帯の締め付けが酷くなった。痛いです相澤この野郎。心の中で悪態をついていると拘束が解かれ横から相澤先生がボールを持って此方に近づいてきた。

 

「お前、今までテスト…本気でやってきてないだろ??」

 

 コッチを見る周りの視線が驚愕に変わる。そりゃそうか本気を出してないと言われた奴の記録が全部自分たちより高いからな。

 

「ボール投げは二回だ。…本気でやらなかったら真っ先に除籍するぞ」

 

 掌にボールを押しつけながらとんでもない脅しをされた。これ、職権乱用じゃないのか?

 愚痴を溢しながらもサークルの中に入り真正面を向く。その先には白線が敷かれて以外、遠くに雑木林が見える以外何もなかった。

 

 ここじゃ、窮屈だ。

 

 万象儀の意識をボールと、とある空間に集中させると俺の体には万象儀は纏わせずそのままボールを適当にぶん投げる。綺麗な放物線を描きながら落ちていくボールは地面に落ちる直前、黒い塵になって霧散していった。

 

 その光景に頭に何が起こったとハテナマークを浮かべ唖然とする周囲と怪訝に目を細める相澤先生に向き直ると、相澤先生の持っている端末から電子音がなった。それを見た相澤先生の細められていた目は更に狭まった。

 

 

[ERROR]

 

 

 記録を見た他の奴らがざわめき出す。先程、女子の一人がボールを浮かし、∞と表示された記録を叩き出したからだ。もし俺が同じようにボールを遠くに飛ばしたのならそう表示される筈だと思っているからだ。

 これがどう言う意味を為すのかは相澤先生以外にしか分からないだろうな。本人もだいぶ訳がわかなそうなツラしてるが。

 口元を押さえて考え出した先生の口が開くのを待っているとやっと重い口を開いた。

 

「……お前、ボールを何処に飛ばした?」

 

 子供の頃、悪戯がバレた時のように思わず口角が上がってしまう。注目の集まる中俺は指を上にピンッと指し口を開いた。

 

「月はまだ見えんな、先生」

 

 俺の発した意味深な言葉に周りは首を傾げていたが、相澤先生だけは意味を理解したのか一瞬、驚いた顔をして、またいつもの仏頂面に戻りやがった。

 

 

 俺がやったのは単にボールを月に送っただけ。今なら性能の良い望遠鏡を覗けばボールが見えることだろう。表示が[ERROR]になってる原因も無限女の時はボールが着地せずに飛び続けたから[∞]という結果になり、俺の場合はボールが測れる距離容量を超えた結果だろうな。

 

 今度こそみんなの元に帰ると不思議そうな顔をしていた上鳴達よりも早く障子が前に出てきた。

 

「黒籍。お前…何したんだ?」

 

 全員が障子に同意するかのように此方に首を向ける。俺は後々、しなくてはいけないであろう、めんどくさい説明に少しげんなりしながら口を開いた。

 

「分かりやすいよう簡潔に言うなら……月にボールを移動させた」

 

「「「「「…はぁ!?」」」」」

 

 

 



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第十束。ブバルディアの花束を

交流と親交を


 …いろいろ質問攻めされたが公安に教わった話術で上手いこと説明するのをはぐらかし、先生の助け舟(ただ怒っただけ)もあってなんとか切り抜くことができ、テストの全競技が終わった。

 

 残りは長座体前屈と腹筋、1500メートルだったが体前屈は一時的に腕切り離して無限に、腹筋と1500はまたもや先生からの脅しが掛かり全力でやらされる羽目になった。

 途中でアイツ人間辞めてね?とかぼやいてるアホがいたからヘッドロック決めていたが考えてみたらあながち間違っていないことに気づいた。

 

「んじゃ、パパッと結果発表。トータルは単純に各種目の評点を合計した数だ。口頭で説明すんのは面倒くさ……時間の無駄なので一括開示する」

 

 アイツ今、面倒くさいって言いかけたぞ。本性が一瞬見えたぞあの教師。

 

「因みに除籍は嘘な」

 

「「「「………は?」」」」

 

「君たちの最大限を引き出すための合理的虚偽」

 

「「「「「はぁーーー!!??」」」」」

 

 失笑混じりにそう言い放つ相澤の言葉に大部分の人間が驚愕を隠しきれないように大きく叫ぶ。

 

「あんなのウソに決まってるじゃない…ちょっと考えれば分かりますわ」

 

「……あの人。俺のときガチで言ってた気がするんだが?」

 

「……………」

 

 黙りは肯定と見なすぞ……?

 

「緑谷。ばあさん(リカバリーガール)……は必要ないか。黒籍、治してやれ。…ちゃんと"個性"のことも説明するんだぞ」

 

 ……俺がやんのか。あんまり治すのは得意じゃないんだよな。おいお前らこっちあんま見んな。見せ物じゃねぇーぞ。

 

緑谷(みどりたに)だっけか?指見せろ」

 

緑谷(みどりや)です……」

 

「おい、アイツ馬鹿だぞ」

「成績と顔は良いのに頭はダメらしい」

「ざんねーん」

 

 後ろでなにやらクスクス笑ってる阿保三人衆は後で地面に埋めておこう。そうしよう。

 

「あ、あの…」

 

「あん?」

 

 緑のモジャモジャ改め、緑谷の指を両手で包み込むように覆い万象儀で繊維を修復しているとオドオドとしていた緑谷が突然俺の目をしっかり見て話しかけてきた。

 

「黒籍くん。…一年前くらいに折寺っていうところに来たことない?」

 

「………………」

 

 …相澤先生がこの場に居ないことをぐるっと見回して確認しておく。ハッキリ言って今ヘドロの時のことをもし相澤に聞かれたら普通にとてつもなく厄介なことになる。よし、いない。

 コイツ、まさか気付いたのか?おどおどしてんのに以外に鋭いところ付いてくるな。

 

「……なんでそう思う?」

 

「一年前に起こったヘドロ事件って分かるかな?…その時に僕の幼馴染が巻き込まれちゃってね」

 

「おう、あそこに居る爆発ヘアーの金髪だろ?」

 

「あ"ん!?」

 

 丁度前を通りかかった金髪頭を指してみると目を釣り上がらせて吠えながらコッチに来た。が、切島、上鳴らに絡まれてどっかに連行されて行った。ナイスお前ら。

 サムズアップしてやると勢いよくサムズアップし返してくれた。良い奴らかよ…。

 

「それで?」

 

「…う、うん。その時ね、僕、思わず何も考え無しで飛び込んで行っちゃたんだよ。気付いたら体が動いてたって言うか…何というか……今思えばつくづく無謀だったと思うよ…」

 

「…………」

 

「それでね。何とか捕まってる幼馴染の所まで行けたのは良かったんだけど…そこから何も出来なくてさ…。いよいよ不味い状況になった時に、黒籍くんの…黒いモヤに似たものが間一髪で僕と幼馴染を助けてくれたんだよ」

 

「……そうか」

 

「…出来ることなら助けてくれた人に会ってお礼を言いたい。助けてくれてありがとうって」

 

「…………案外、ソイツは…折寺印が付いた、たい焼きを食いたかっただけかも知れねーな」

 

「え?」

 

「お前らを助ける為じゃなくて、ただ単に帰り際ふと、たい焼きが食いたくなったただの通りすがりの人間かも知れないな」

 

 治療が終わって万象儀を解除すると痛々しく血が滲んで紫ずんでいた指は他の指と比べても変わらない綺麗な指に戻っていた。治った指を見て驚いたように眺めている緑谷のデコに軽くデカピンを見舞ってやる。

 突然、額に起きた衝撃に驚いている緑谷と目を合わせれば少し痒くなったこめかみを掻きながら話をする。

 

「だから礼なんて、あそこのたい焼きを奢ってくれるだけでソイツは満足すると思うぞ。そんな仰々しく礼なんかされても小っ恥ずかしいだけだ」

 

「黒籍くん…」

 

「あと、ソイツのこと先生に言うなよ。言ったら今度は額が凹むぐらいのデコピンしてやるからな!」

 

「……なんか色々台無しだよ、黒籍くん!!」

 

「当たり前だろ。世界最強なんだからな」

 

「…ははっ。なにそれ」

 

「なになに!二人ともなに話してんのー!?」

 

「おいコラてめーら!!いい加減離しやがれ!!ぶっ殺すぞ!!!」

 

「お、黒籍終わった!?。コイツ抑えるの手伝ってくれ!」

 

「お前と勝負するっていって聞かねーんだよ!!そーゆうの漢らしいけどっ!!」

 

 遠くの方で孤児院のガキたち並みにギャーギャー騒ぐアイツらを見て、案外、楽しい高校生活になりそうだなと口角を上げながら立ち上がる。隣で何やらあわあわしてる緑谷に、首を回して俺たちはアイツらに近づいていった。

 

===============

 

 

「そう言えば黒籍くん!君の"個性"のこと教えてよ!!」(目をキラキラさせながら何処からともなくメモを取り出しにじり寄ってくる)

 

「緑谷の目がなんか怖え!!」

 

「お前、オタク系統の人間か!!」

 

「助けろ爆豪!!幼馴染なんだろ!?」

 

「誰が幼馴染だ!死ねッ!!!」

 

 

===============

 

 

「相澤君の嘘つき!」

 

 個性把握テストも合理的に終わり、職員室に戻って終わっていない仕事をどう処理するかスケジュールを頭の中で組み込んでいると少し面倒くさい人が現れた。

 

「オールマイトさん…見てたんですか?暇なんですね」

 

「『合理的虚偽』てエイプリルフールはとっくに過ぎてるぞ!…君は去年の一クラス全員除籍処分にしてる!見込みがないと判断すれば迷わず切り捨てる。そんな男が前言撤回…それってさ」

 

 ペラペラと喋り始めるこの人を見て少し嫌気が差す。本当にこんなおちゃらけた人がNo.1ヒーローなのか?

 

「君も緑谷くんに可能性を感じたからだろ!?」

 

「…君も?まるで肩入れしてるような言い方ですね?教師としてそれはどうなんですか…」

 

 俺がそう言うと大きな体がピクッと跳ねる。存外、分かりやすいなこの人…。

 

「ゼロでは無かった。それだけです。見込みがないと判断すればいつでも切ります。…半端に夢を追わせること程辛いものはない」

 

 そう言ってオールマイトさんに背を向けて歩き始める。しかし、ある事を思い出し足を止めた。

 

「オールマイトさん。テスト見てたんでしょ?…どう思いました、アイツを……」

 

「アイツ?……黒籍少年のことか」

 

 分かりやすいこの人は後ろを見なくても手を真っ直ぐ此方に向けている姿が想像できた。それも少し険しそうな顔で。

 

「はい。私は黒籍と昔、手合わせをしたことが有ります。…ハッキリ言って得体が知れない」

 

「…私も悔しいが同意見だよ。彼のことを初めて見たとき、本当に16の少年かと疑ってしまったよ。…それが纏っている王者の風格と言うやつかな?それに今日のテストでも彼はずっと()()()()()いたんだろ……彼をどうする気だい?」

 

「……………」

 

 探りを入れるようなオールマイトさんの問いに思い出すのは入試前に突然開かれた臨時会議だ。それは、雄英教師陣とヒーロー公安委員会会長を交えた、ある種特別な会議だった。

 

『廻り者?初めて聞きますね』

 

『その通りだと思います。廻り者と呼ばれる人間達は情報規制がかけられてる本来、危険な存在なのですから…』

 

『そんな人間が我が校の入試試験を受けると…?』

 

『…正確には公安が受けさせるのです。もっとも、本人も本校の進学を希望しているようですしね。私が本日、雄英に依頼するのはヒーロー科入試定員の増員と黒籍項羽の監視です』

 

『………?監視の件は理由はまだ分かりますが…増員は何故、彼にわざわざ一般入試を受けさせるのですか?実力があるのなら推薦入試という手も……』

 

『…貴方方には彼の実力と異常さを直で見て欲しいのです。そして考えて欲しい。…彼が敵に陥った時、どう対処するのかを……』

 

 そう言った公安の会長の顔が忘れられない。

 異常さは入試と今回で良く分かったがアイツの実力は全く分からなかった。

 

『それに彼が一般や推薦を取ったとしても必ず将来有望な卵が一つ潰れてしまったらもったいないじゃありませんか?』

 

 

「…どうもしませんよ。私は教師です。ヤツらにヒーローになる為の術を教え、道を間違ってしまった生徒をを正しい道に導くのが、俺の仕事です」

 

 止めた足を前に進ませる。今度こそ仕事に取り掛かれそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

===============

 

 

「どうしたの死柄木クン。そんなに楽しそうにして?何しようっての?気持ち悪いよ?」

 

「黙れニカ。…そうだ、お前はどう思う」

 

 いつも通り、僕たち以外誰も居ない薄暗ーいお店の中、新聞見ながらニタニタと気持ちの悪い笑みを浮かべてる唯一のお友達、兼先輩にあたる人に先生に渡された宿題を解きながら話しかける。

 

「何が?」

 

「平和の象徴が…敵に殺されたら」

 

 …今日の死柄木クンは機嫌が良いみたいだ。いつもなら1に罵倒。2に崩壊が返ってくるのに…今日は背中越しでも簡単に上機嫌で僕の返事を待っているのが分かる。僕は黒板に文字を書いていた腕を下ろして話始める。

 

「世間は恐怖と混乱の渦に巻き込まれるだろうね。不倒のNo.1が倒れたんだ。民衆は怯え、敵達は調子ずくだろうね…それがどうかしたの?」

 

「…違うんだよ。そーゆうことじゃない!」

 

「……ならどういうこと?」

 

 僕は模範解答を言ったつもりだ。なのに死柄木クンは不満そうな声を上げて顔にくっ付いてる手が邪魔で見えないけど怒った顔をする。相変わらず短気だな〜。

 

「社会のゴミが消えるんだぜ…どう思う?部屋の中で大きくふんぞり返ってるゴミが消えたら……最っ高にスッキリしないか…?」

 

「……確かにそうだね…。彼はゴミに違いないよ」

 

 思わない盲点だった。やっぱり先生の言った通り、口は悪いけど死柄木クンから僕が考えもつかないことを学ぶのは多そうだ…。

 

「だから、消そうと思うんだ……。社会のゴミを、お前の一番大っ嫌いな化け物と一緒にな!!」

 

 無邪気な笑顔で言い放った死柄木クンの言葉に素早く顔を向ける。気持ち悪く歪んだ死柄木クンの目は子供のように一片の憂いなく輝いていて、まるで昔の先生の目を見ているようだった。いや…きっと僕もおんなじような目をしてるんだろうな……。

 そう思うと、途端に嬉しくなってきて持っていたチョークと黒板を埋め尽くす程に羅列された解きかけの問題達をほっぽり出して僕は彼の隣に座ると花弁の舞う首を摩りながら彼の言う作戦を聞き始める。

 

 いいよ……。ボクも大っ嫌いだよ…君のことが………。

 ねぇ、項羽クン。

 

 



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第十一束。スイセンの花束を

自惚れを


 たとえ、天下の学舎。雄英も言っても所詮、学舎は学舎…日常的に特別なことが連続して起こる筈もなく、普通に授業はあるもんで…。

 

「ヘーイッ!そこの居眠りボッーイ!!この公式の間違いはどれ!?」

 

「…あ?…………4番」

 

「…正解だ、チクショー!!」

 

 後ろ姿でも分かるクラスの奴らの金髪インコの授業総評は普通らしい。居眠りしていて当てられたが、こんなもん公安で教育を受けた俺に掛かればぬるいもんよ。公安で初めて授業受けた時は頭が爆散するかと思ったけど。

 

 そんな思い出に浸りながらも授業は進み、ついでに飯も済ませると、いよいよ俺含め、クラスの連中も浮き足出すような時間が大きな足音を立てながらやって来た。

 

「わーたーしーがー!!普通にドアから来たッ!!!」

 

 勢いよく入ってきたのはオールマイトだ。やっぱあの人がこん中に混じると画風の違いを見せつけられるな。影が濃ゆい。

 

「早速だけど今日はこれ!戦闘訓練!!……それに伴ってこちら!入学前に君らからの要望にそって誂えられたコスチューム!!」

 

「「「おおっ!!」」」

 

 そう言って続けたオールマイトがリモコンを押すと番号が記されたカバンのような物が壁から現れた。これには俺も含めてクラスも驚いていた。ハイテクだ。

 それにコスチュームか…ちゃんと要望通りになってんのかな。ただの服だけだが構造の説明が中々難しかったからな…。

 

「みんな!着替えたら順次グラウンドβに集合だ!!」

 

 

===============

 

 

「黒籍お前、カッケェな!!」

 

「当たり前だ、世界最強だからな!」

 

 切島が叫ぶのも無理はない。なんせ俺が廻り者の時に着ていた服だからな。

 俺が注文したのは重瞳の柄が入った黒のインナーに上着。腰から布を踝の近くまで垂らしたようなどっかの民族衣装のようなズボンだ。あとは頼んではいないが、ささやかな贈り物と言わんばかりの小物を入れるためのポーチが付けられている。服に関しては特に何も特別な性能は要求してないが、強いて言うなら衝撃に強いぐらいのものは付けてくれたらしい。俺の場合、万象儀纏ったら万事解決するから余計な性能はあんまりいらねーだよな。

 

「いいや、切島。よく見ろ、コイツが更に黒っぽいの着たらより悪役感が増してるだろ?」

 

「おおっ!確かに!」

 

「…なに納得してんだ切島!そこは否定しろ!」

 

「何してんだよ、お前ら。瀬呂さん先行ってるよー」

 

「ケッ!」

 

 約一名舌打ちしながら出て行ったが、そこはもういいだろう。…おいお前ら何故肩に手を置いてそんな憐れなものを見る目でこっち見てんだよ。なに、俺は違うぜって面してる。お前らに言っとくが爆豪はお前らにも呆れてると思うぞ。

 

 

 切島と上鳴に真実を伝えるとショックだったのかトボトボと歩く二人を引っ張りながらグラウンドに向かう羽目になった。なんで自分は違うと確信してんだよ。

 グラウンドに着くと既に過半数がそれぞれのコスチュームを身に纏い待っていた。女子のコスチューム姿に興奮し始める上鳴とただ純粋に訓練に挑もうと気合を入れている切島を見て、同じヒーロー科なのにこうも差があるか…と、少し悲しさを感じたが言わないでおく。

 二人から離れあたりを見物している内に最後の緑谷らしき人間が来ると授業が始まる。

 

「みんな集まったようだね!早速だが今日は、屋内での2対2で対人戦闘訓練だ!…敵退治は主に外で多く見られることがあることは知ってるね。しかし、実は統計的に言えば、敵発生率は屋内での方が多いんだ」

 

 確かにそうだな。俺も偶にそう言った連中を潰していたのはだいだい、古びたアパートとか、廃墟のビルの人通りが少ない寂れたところだったな。…その都度、後処理は毎度、毎度ホークスに任せっきりだったな。

 

「真に賢しい敵は闇に潜むもの……という訳で君らにはこれから『ヒーローチーム』と『敵チーム』に2つに分かれて貰い、屋内戦をしてもらう!!」

 

「…基礎訓練もなしに?」

 

「その基礎を知るための実践さ!!」

 

「勝敗はどうなるのですか?」

「ぶっ殺してもいいんスか…?」

「また除籍とか……」

「どうやって分かれたらいいでしょうか!?」

「このマントヤバくない?」

「どうヤバいんだよ」

 

「んん〜〜聖徳太子……!!いいかい!まず、設定としては敵はアジト内に核を隠し持っている。敵は時間制限まで核を守り切る。もしくはヒーローチームを全員捕獲する。ヒーローチームは敵の捕縛、もしくは核の奪取、これはタッチ出来ればOKだ!なお、コンビと役職はくじで決めるぞ!」

 

「しかし、先生!このクラスは21人いますがどうすればいいでしょうか?」

 

「いい質問だ飯田少年!余った一人は既に終わっている生徒の中でコンビと相手コンビを指名して戦ってもらうぞ!」

 

 くじか…。運ゲーはあんまり得意じゃない。昔にあった院内でのビンゴ大会で俺だけ残して全員が上がったこともあるし、初詣で行った時のおみくじも毎年大凶だからな。運悪すぎるあまりにお祓い行かされたこともあったがそれでも変わらなかったからな……。

 

「次、黒籍少年だぞ」

 

「おう……………」

 

 嫌な事を思い出し、気の進まないままくじを引く。手に握った番号を恐る恐る覗いてみれば何故か切島らも覗いてくる。

 

「なんだった?」

 

「☆ってなんだ?まさかと思うが……」

 

「…おめでとう黒籍少年!君は21分の1のあたりを引き当てたぞ!!」

 

「よかったな。あたりだってよ!」

 

「…変わるか?」

 

「遠慮すんなって!お前は幸運の持ち主だぞ!!」

 

 コイツら(切島と上鳴)わざと言ってんだよな?なんだ?地中海に沈めて欲しいのか??

 

「怖いこと言うなって、世界最強!」

 

 …上鳴、お前あとで校舎裏来い。なに、怒っている訳じゃない。ただ白熊とアザラシが住んでいる涼しい所に連れて行きたいだけなんだよ。北極って言う所なんだけどな………。

 

「助けてオールマイトッ!!俺、殺される!!!」

 

「…結構ガチなヘルプだね……。ええい、黒籍少年やめなさい!戦闘訓練、始めるから離してあげなさい、よ!!」

 

 上鳴に詰めよっていたらオールマイトに引っ剥がされてしまった。

 命拾いしたな、上鳴。それに俺は別に一人でも良いんだよ…!気楽だからな……!!

 

「俺、その言葉聞くの二回目なんですけど!!」

 

「はいはい。喧嘩はその辺にしといて…最初の対戦はAチーム対Bチーム!!緑谷少年、麗日少女がヒーロー役!飯田少年、爆豪少年が敵役だ!他のみんなはモニタールームで観戦するぞ!…黒籍少年、上鳴少年にアイアンクローするのをやめるんだ!彼の意識はもうないぞ!!」

 

 

 

===============

 

 上鳴の蘇生後。一回戦目の緑谷達の戦闘は熾烈なものだった。緑谷と爆豪の起こした爆破と衝撃でビルが半壊するまでの戦闘を繰り広げ結果的には片腕含め、全身ボロボロになった緑谷チームが勝利を収めていた。

 それほどの激しいセッション以降。皆、力が入ったように訓練に挑み、誰も大きな怪我をすることなく滞りなく授業は進むとやっと俺の番が回ってきた。

 

「さぁ、最後の試合だぞ黒籍少年!いったい誰とチームを組むんだい?」

 

「……コンビは組まない。俺一人でやる、敵はクラス全員」

 

「「「「「!!!?」」」」」

 

 全員がなにを言ってるんだコイツ…と言いたげな目線を向ける。爆豪に至っては一回戦以降から死んだような顔していた癖に殺気が漏れ出していた。

 

「…ほう、それはどうして?」

 

「いやいや、純粋な興味だよ…今の俺がコイツらとどのくらいの差があるのか…コイツらが俺、相手に何処まで戦えるのか……」

 

 クラス全員に激震と苛立ちが募り始め、俺を見る目が一気に鋭くなる。俺が言ったのはコイツらからすれば自分たちは格下だから余裕で勝てるって言ってようなもんだからな。初めの一言だけでよかったんだがやる気を出してもらう為にあえて挑発させて貰った。

 

「聞き捨てなりませんわね…。貴方一人だけでクラス全員…この数に勝てると思いですの?」

 

 痴女と言いたくなるようなコスチュームの奴の言葉に皆、拳を握りながら強く頷く。切島も少し憂るいげな目を隠せないでいたがそれでも少し苛立ってようだ。

 コイツらが苛つくのも仕方がない。どうしてかと問われれば俺は、ヒーロー科最高峰の地位を誇る雄英高校に合格したコイツらの、人間としての自尊心を突っついている訳だからな。これで腹が立たない人間なんてそうはいないだろ。

 

「だいたいそんな提案がオールマイト先生に通るわけ…「いいよ!」……はい?」

 

 またもやクラスに衝撃が走る。こんな馬鹿が考えたような提案が通る筈ないと考えていたのにも関わらず、その提案が通ってしまったからである。

 

「いいのか?自分で言うがだいぶ馬鹿らしいぜ?」

 

「いいんだよ。相澤先生も言っていただろ?雄英は自由な校風が売り文句。それは先生も、生徒も然りだ」

 

「ですが、先生!こんな「それに彼は強いよ」!?」

 

「このクラスの中で一番強い。何故かって?君たちは今まで彼に勝る何かを証明できる物を持っているかい?」

 

 …オールマイトの問いかけに全員口を閉じ、さっきまで俺に向けていた敵意を思わず下げてしまう。図星だからだ。俺は入試でも、個性把握テストでも、ずっと一位を取り続けていたからだ。そのことに気づいたコイツらはなにも言い返せないでいる。

 

「…まぁしかし、ここまで言った黒籍少年には少し頑張って貰おうか。…そうだね。君はこのルールで勝てなかったら今回の授業の単位は大幅減点だ。いいね?」

 

「勿論だ。それじゃ、十分後に全員ヒーロー側として来てくれ、先に行ってる」

 

「…おい!待てよ黒籍ッ!!」

 

 静寂が蔓延る空気の中、悔しさを堪えながら叫んだのは切島だった。出ようとした開いた扉の前で振り返ると案の定。怒気と悔しさを孕んだ表情を浮かべる切島がコッチを睨んでいた。

 

「…俺たちだってな…(たま)張ってヒーローなる為にココにいんだよ!…舐めてんじゃねぇーぞ!!俺だってな、お前とおんなじヒーローの卵だ!ぜってぇ勝ってやっからな!!!」

 

 最後の言葉に俯いていた奴の顔が俺を倒さんとやる気に満ち溢れる。俺は何も返さず背を向けてひらひらと手だけ振り、モニタールームを後にすると…上がりそうになる口角を抑えながら演習場に向かった。

 後ろからはアイツらの俺に対する団結の怒号が響き渡っていた。

 

 

 

 



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第十二束。スイセンの花束を②

自惚れを


 いいチャンスだと思った。得体の知れない彼の強さと公安の会長がおっしゃっていた異常さと言うやつを、1年A組の生徒らの力を持ってして計らせて貰おうと判断した。

 しかし…

 

「これは流石に出鱈目が過ぎるでしょう…」

 

 

===============

 

 時は遡って黒籍が全員の前から姿を消した直後。

 

「なんなんだよアイツはーー!!」

「かんっ全に!俺らのこと下にしてやがる!!」

「ブッ殺してやる!!!」

 

 口々に飛ばされる黒籍に対する怒り。それは熱を帯び始め彼に対する、一度は鎮まっていた敵意が吹き返しているからだ。

 

「落ち着いてください皆さん。許可が下りた以上あと数分で始まってしまいます。作戦を立てましょう!」

 

「そんなもんはイラねぇんだよ!!俺がアイツをぶっ殺して、しめぇだ!!!」

 

 目を血走らせ怒りを露わにし演習場に向かおうとする爆豪。その姿を見て少し落ち着いた男子勢が止めているのを横目に八百万百は状況を整理していた。

 

「…彼に対する情報がありません…。誰か、黒籍さんの"個性"に関して知っている方はいらっしゃいませんか!?」

 

「あ、はい!私ある!」

 

「俺も!!」

 

「…俺も心当たりが」

 

 悔しさと怒りを糧にしたクラスメイト達は自分たちの訓練の時よりもやる気を漲らせて、打倒黒籍を目標に団結していた。比較的入学時以降から黒籍と交流のある、芦戸、切島、障子らが黒籍の"個性"の説明を全員に伝え始める。

 

「…『この世にある全ての物は俺の武器』?」

 

「あぁ、確かに奴はそう言っていた。…黒籍の説明によると自身から溢れるあの黒い波で覆ってしまったものは自身の武器として扱えるらしい」

 

「そうそう。私もそう聞いた!でもそれ以上は何も教えてくれなかっただよねー!」

 

「一番、熱心に聞いてた緑谷は今いねぇし、俺じゃよくわかんなかった!」

 

「……きっと黒籍さんの"個性"は障子さんの言ったように黒い波で覆ってしまった物質を自由自在に操る"個性"だと推測できます。『武器』と言うワードが気がかりですが…作戦を伝えます!」

 

 八百万を中心に作戦が告げられていき、最終的な人数分けはこうなっていった。

 

陽動班

・轟

・爆豪

・切島

・砂藤

・尾白

・上鳴

・八百万

・青山

・芦戸

 

 

隠密班

・飯田

・麗日

・峰田

・常闇

・蛙吹

・葉隠

 

 

偵察

・障子

・耳郎

・瀬呂

・口田

 

 

「陽動班はわたくしと一緒に黒籍さんをおびき寄せ、及び隠密班の動向を悟らさないように足止めを!隠密班は麗日さんの"個性"を使いビルの最上階から侵入、核の確保を。偵察班は黒籍さんの動向を逐次、皆さんに知らせてください。…気を付けるべきは彼の黒い波です。それにさえ注意すれば勝機は見えるはずです!」

 

「「「「「お、おう!」」」」」

((((((完璧かよ))))))

 

「……あそこまで言われたのですもの…必ず勝ちましょう皆さん!」

 

「…その通りだ!アイツに目にもの見せてやろうぜ、みんな!!」

 

『おぉーーー!!!』

 

 

 

「それでは!1年A組VS(バーサス)黒籍少年!開始!!」

 

 開始直後、合図が上がった一瞬にしてビル全体が轟の放った氷に覆われ偵察班は各々全力で黒籍の捜索にあたる。壁にプラグを刺し、耳を多く生成し、ある者は鳥の声に耳を傾けた。耳を澄ませていた偵察班の内、やがて二人は同時に声を上げた。

 

「四階の広場に一人!その近くに核と思われる物体あり!!」

「一階と二階に複数人の足音!陽動班に向かっている…来るぞ!!」

 

 障子の警告直後。何かを感じ取った爆豪が入り口に走り出した瞬間、入れ違いになるように真っ黒い人型の"なにか"としか言いようがない重瞳が体の至るどころで蠢くソレが飛び出して来た。

 ソレは爆豪を無視するように通り過ぎると真っ先に障子と耳郎、口田…偵察班の元に駆けた。いきなり飛び出してきたことに陽動班は驚いたが偵察の一人が叫んだ言葉を飲み込むと直ぐに頭を切り替えることができ、逃げる偵察班を守って抑え込まんと一斉に追撃を始められる氷結の猛追、テープ、酸にレーザーを放つ。

 これら全てはソレに直撃したかと思えばソレは力尽きたかのように霧散し、空気に溶けていった。

 

「…なんだ今のは!?」

「黒籍なのか…??」

「明らかに耳郎達を襲いにいったよね…?」

 

 ソレを退けられたと数名は戦闘態勢を一時解除し、少し安堵する。八百万を含む数名は何かおかしいと疑問に抱く。それは仲間の苦痛な叫びによって確信に変わった。

 

「ーーーーーアッ…」

 

「耳郎!?」

 

 姿を消したと思われたソレは再度、陽動班に離れていた偵察班の前に現れたかと思えば偵察班一人である耳郎の腹を蹴り抜き、くの字に体を曲げ小さく呻いた彼女の意識を削り取った。

 

 …何だっ!?そう思った時には耳郎のすぐ隣にいた障子の懐にソレは拳を構えていた。疑問を思うより先に身の危険を感じた障子は振り抜かれようとしていた拳を今ある複製腕を全て、拳を防ぐ為の防御に振り体に当たるすんでのところで止める。

 追撃をしようと足を振り上げるソレよりも早く、瀬呂はテープをソレに貼り付けるとジャイアントスイングのようにソレを障子から引き剥がすことに成功した。

 

 地面に身を引きずられ減速を始めるソレにいち早く反応し、この中で一番、機動力のある爆豪は追尾爆弾のようにソレを追いかけ一瞬で爆破を喰らわせると吹き飛んだソレは今度は氷結の檻に身を封じられ遂には動かなくなった。

 

「真っ先に俺らの耳から潰すとはイイ度胸じゃねぇーか!あん!?これで終わりだ、バンダナ野郎!!」

 

 爆豪は憤怒の形相を浮かべながら自分たちを単身で追い込んだソレの正体を暴こうと近寄った。しかし、ソレは爆豪が近くに来た瞬間、黒い鎧を脱ぎ捨てるかのように霧散させると正体を自ら暴いた。

 ソレはお粗末にもあんな人間のように精密な動きが出来るとは思わない、木材とコンクリートを寄せ集めたような、がらくたとも呼べない瓦礫の集まりだった。

 

 その事実に、まだビルの中にも侵入していない彼らはソレを見て一拍置くと、これがどういう意味か理解すれば戦慄し、顔を青ざめさせた。たった一体で仲間の一人を脱落させ自分たちを精神的に追い詰め、やっとの総動力で倒せた相手に対する畏怖ともう一つ。

 …仲間の障子が先ほど言った言葉。

 

『一階と二階に複数人の足音……』

 

 全員が顔を向けた入り口の暗闇の続く先からゾロゾロと現れて来たのはつい先程、自分たちの苦戦していたソレが3体。八百万は唇を噛みしめ苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべ、自分の作戦が失敗だったことを悟った。

 

 

 

 

 

===============

 

「きたか……」

 

 座っていた木箱から立ち上がり俺が守る予定の核に目をやり、正面にある入り口に目を据える。開始の合図が上がった瞬間跳んだのは正解だった。なんせ向こうにはビル全体を凍らせることのできるか轟がいるからな、二回戦目のようにブッパで凍らせることを予測すると案の定だ。

 

 凍らされた地面を溶かしていると屋上から数名…何人かが前触れもなく現れた。きっと緑谷と一緒のペアだった無重力女子の"個性"だな、ゆっくりとコッチに向かって来ている。

 ある程度は予想できていた。きっとアイツらはクラスを三班に分けて攻め込んで来るはずだと、それも個性と特性の向き不向きに合わせた完璧だと手放しで拍手させるようなチーム分けを…だからこそそれが裏目に出ることも、誰がどうやってここに来るのかは簡単に予想がついた。

 足止め程度…あわよくばクラスの三分の二くらい退場出来れば万々歳だと万象儀でいつか西耶にデカいタンコブを作らせた巨人を人間サイズまで縮小させた奴らを何体か置いてきた。

 

「…それでいつまでそこで様子見してるつもりなんだ?お前ら?」

 

『!!』

 

「………気付いていたのか…」

 

 黒の外套で体を覆い隠すようなコスチュームを着た鳥頭の…あぁ形の方な……の常闇と、ゴツゴツしたフルアーマーを身につけた飯田が壁の間から姿を現した。

 

「…気付かれねぇと思ったのか?お前らだけだろ、こっち来てんのは?」

 

「……その通りだ。残りの全員は下で戦ってくれてる」

 

「そいつは、よかった…。なら始めるか」

 

「…あぁ。先ほどの屈辱…貴様にぶつけてやろう!黒影(ダークシャドウ)ッ!!」

 

『アイヨッ!!』

 

 常闇の背後から伸びたダークシャドウが勢いよく迫ってくる。それと同時に走り出した飯田は核を取るために走り出していた。狙いは常闇が俺を足止めしてる間に他の連中が核を奪取する気だな。

 

『オラ!』

 

「お」

 

 放たれたダークシャドウの拳を試しに受けてみれば八戒には劣るが、そこそこ重い力が腕にかかる。乱打されるダークシャドウの拳を捌いていれば既に飯田の指先が核に届きそうになっていた。

 

「もらった!」

 

 勝利を確信しながら叫ぶ飯田は前に進んでる勢いに任せて核に触れおうと腕を伸ばす。しかし、飯田の指は核に触れるすんでのところで不意に吹き飛ばされた。

 いや、正確に言えば飯田の体、自体が何かに吹き飛ばされたと言う方が正しいんだろう。常闇と飯田は何だ?と目を巻き飯田を吹き飛ばしたものを見る。

 それは宙に浮いた椅子ほどの大きさをした正方形の黒い物体だった。こんな言い方してるが操作しているのは勿論、俺だ。コイツはこの部屋にあった俺がさっき座っていた木箱だ。

 木箱を核から離れるとスッと俺の近くに移動させると犬のように目で追う常闇たちに笑いそうになる。

 

「…それが、貴様の"個性"か」

 

「そうそう。下の奴らの方にも何体か置いて来たんだが、如何せん動きが雑でな…何人かは来ると思うんだよな」

 

 手元に引き寄せた木箱を叩き、少し残念そうな溜息を吐くと、核付近から気配を感じると、再び木箱に勢いをつけさせてから核に向かわせる。側から見てる人間には誰も核のそばには居ないように見える。

 ただ、見えないだけだ。

 

「痛ッ」

 

 空中で移動していた木箱が突然、何かにぶつかったように停止し、それと同時に何処からか女性特有の高い声がする。まるで透明人間に当たったかのようだ。

 

「なんでバレたの……?」

 

「…確かお前は葉隠だったか?姿が見えないからって、そのことを驕るな。元々、注意を引くような透明人間を敵が無視するわけ無いだろ。それに、見えなくても気配でよく分かる。だが、飯田達が注意を引いた隙に核を取るっていう案はよかったけどな……取り敢えず。お前には捕まって貰おう」

 

 そう言って未だ核の周りで牽制するように宙に浮いてる木箱から、確保証明のテープを取り出すと万象儀でテープを操り、葉隠がいるであろう所にテープを適当に伸ばして貼るように向かわせれば、どうやら手首近くに巻きついたらしい。

 仲間をやられたことで苦しそうな面持ちの常闇たちに睨まれるが俺は楽しくなって来たと、口角を上げヘラヘラと笑う。

 

 今度は核ではなく、俺を倒すことを優先したのか、何度も俺に迫ってくるコイツらを相手にしていると上から何やら数個の丸い球体が降ってきた。不意な攻撃に"思わず"食らってしまうとそれは俺の体や腕、はたまた足にくっ付くと体が少し不自由になる、上から男にしては少し高い声が頭上から聞こえきた。

 

「どうだー!黒籍、オイラのもぎもぎは!動けないだろ!!」

 

 上を見上げて見れば天井に貼り付いたカエル女の蛙吹にベロに巻かれた状態の葡萄のような頭をした峰田が高らかに叫んでいた。

 

「ありがとう峰田くん!これで、触れに行ける!!」

 

 そう喜色を滲ませた声を上げた飯田は一直線に核に向かって走り出した。止めようと木箱を操作すると三度目は無いと言わんばかりにダークシャドウが木箱を押さえ込み常闇が俺を睨んでいた。本当に今度こそ、あと一歩で指が届くとこの場に居るヒーロー陣営の全員が勝利を確信した瞬間、飯田の足が一瞬、何か柔らかい物を踏んづけたかのように沈んだかと思えば次の瞬間には地面に張り付いたかのように足を伸ばした状態で地面から離れなくなる。…最高速ではないが、それでも中々の速さで走っていた飯田の体は勢いそのままに地面に叩きつけられた。

 

「カハッ!」

 

 不意に動かなくなった足と核を眼前に急降下する自分の視界に飯田は目を巻き、叩きつけられた衝撃で肺の空気が一気に出される。倒れた原因である、止まってしまった足に目をやれば、何処か見覚えのある球体が黒色に染まり一つ目の重瞳を纏って、自身の足の裏にくっ付いていた。

 

「これはっーーーーー!!」

 

 球体の正体を言い切る前に、倒れた今度は張り付いた足を先頭に動き始め飯田の体はかなりの速さで引っ張られる。球体は意思を持ったかのように重瞳を細めながら次の獲物に狙いを付けると一直線にソイツに飛んでいく。

 

「くっ!!」

 

 自分の方に向かってくる球体を対処しようとダークシャドウを呼び戻す常闇。しかし、その顔は苦悶に顔を歪ましていた。

 …だよな、普通は出来ないよな。

 

 球体に攻撃しようとすればどうやっても飯田を巻き込んでしまう、かと言って車のような速さで突撃してくる球体と飯田を受け止めようとすれば確実に俺はその隙をついて常闇と飯田の両方を潰しにかかる。

 

 …それでも、お前は正しい。

 仲間なんざ傷つけないほうが正しいに決まってる。

 

 飯田を受け止めたダークシャドウと一緒に飯田を受け止めた常闇は案の定後退り。飯田を引っ張っていた球体はいつの間にか止まって、黒い波が散るとそれは峰田が俺に放った粘着性のボールだった。引き摺られて意識の混濁している飯田を受け止めた常闇は次に俺の方に注意を向けるが俺は一歩も動かずにいた。

 

 向かってくると予想していた筈の男がスキだらけの自分に何もせず、手を後ろに組み、ニヤニヤと突っ立っていることに常闇は眉間にシワを寄せる。しかし、それは脱落した仲間の声で間違えだったことに気付かされる。

 

「常闇君!上ッ!!」

 

 常闇が自身の頭上に目を向ける頃には複数の黒い球体が眼前に迫り、雨のように降りかかっている最中だった。飯田もろとも自身に降りかかってきた球体はピトピトと体中に降り注ぎ、動きを封じる。黒い波が晴れると体には仲間である峰田の"個性"が貼り付き行動を封じていた。

 共に攻撃を受けた飯田も頼みのダークシャドウも、まともに動きが取れない状況に陥ると、常闇は唇を噛みしめた。

 

「戦闘不能だな、常闇」

 

「……無念」

 

 観念したのか悔しそうに目を閉じる常闇に俺は峰田のボールごと捕獲証明テープで常闇と飯田をぐるぐる巻きにし、葉隠と同じ場所に放り投げる。

 

「……峰田と蛙吹と麗日は…逃げたか、英断だな」

 

 さっき二人がいた天井を見ればそこにはもう、二人の姿は見えず何処かに逃げたようだった。判断は間違ってはいない。あのまま、居ても二人に勝ち目は薄かったからな。たぶんこの部屋の入り口前に隠れていたもう一人の奴と一緒に下の階にいる連中と合流する気だ。

 

 俺が下に置いてきた万象儀の反応も全部無くなっている。これは近いうちに、今度は全員で攻めて来るだろうな…。俺は葉隠に今度は口出ししない事を喚起すると隅に置いてある木箱を取り出し部屋の中央に踏ん反り返る。

 常闇が何か言いだけな顔をしていたがついさっき俺が口出ししない事を注意したんだ。話しかけるわけにはいかない。

 出来るなら終わった時に話しかけてくれ、そしたら幾らでも応えてやる。

 

 だから気長に待っててくれ、この蹂躙を。

 

 

 




はい。これで書き溜めておいたのは終了です。これから亀よりのろいペースで更新してきます。


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第十三束。スイセンの花束を③

自惚れを


「…やべぇって!あいつマジやべぇって!!」

 

 三つの人影が並んで薄暗い通路を駆けて行く。その一人である背の低い男子は半泣きだがもう二人の女子も泣くとまでは行かないが自分達の今、置かれてる状況は非常に不味いと感じ取っているのか苦い表情を浮かべていた。

 

「…落ち着いて峰田ちゃん。今はとにかく、下にいるみんなと合流する事を優先しましょ」

 

「下の奴らは何してんだよ!!全然っ!おびき寄せて出来てねーじゃんかー!!」

 

 声変わりをまだ済ましていないのか、それとも変わっているのに低くなっていないのか分からないが、男にしては高い声で泣きながら泣き言を叫ぶという何とも哀れな姿を晒す同級生を尻目に、麗日お茶子は泣き言を叫ぶ同級生に少しだけ共感していた。

 

 

 先の作戦では下にいる陽動班が派手な動きで相手を呼び出し、その隙に自分らが核を確保する手筈だった。

 

 先程の戦闘でも彼女らが直前にとった作戦は常闇、飯田らが相手を足止めし、動きを封じたところで入り口付近で隠れた麗日が触り相手を無力化する算段だった。

 しかし彼女の出る幕は無かった。強いて言うなら出させて貰えなかったと言う方が正しい。

 客観的に見れば敵役である黒籍には彼女の仲間達が作ってくれた追撃をする隙は何度もあった。実際、彼女もその隙を突こうと決心もついていた。しかし、動こうとすれば彼女の足はピクリとも足が地面から離れずにいた。

 殆ど直感や本能に近いが何か確信めいたものを麗日は感じ取り、ソレを信じた。

 

(さっき飛び出しとったら絶対、ヤられとった…)

 

 事実、麗日の判断は間違っていなかった。結果的に仲間を三人失ってしまったが被害は抑えられた。もしも、あの時自分も飛び込んでいれば全滅もあり得たかもしれない。

 が、彼女には気掛かりなことがあった。麗日は隠れてる間、八百万に状況を報告しようと数度、通信を取ろうとした。しかし、それは一回も繋がることはなく、嫌な予感に駆られた麗日は陽動班と偵察班の全員にも通信を取ろうとした。だが、誰も麗日の応答には答えずコール音の無情な音だけが彼女の耳に響くだけだった。更に嫌な予感は増し、自分たちしか残っていないと言う最悪な状況さえ麗日は思ったほどだ。

 

 …もうすぐ仲間達の居る一階に着くと言うのに物音一つ聞こえず、人の気配さえ感じられない。本格的に自分の予想が当たるかも知れない恐怖に駆られ、麗日は思わず身震いしてしまう。

 

「…おかしいわね。誰も居ないわ……」

 

「おいおい!アイツらやられたんじゃねーだろうな!?」

 

 隣にいる二人からも不安な声が上げられ麗日も更に不安になる。不安と緊張に駆られながらも辺りを見回すと周辺には酸で溶かされたように空いた穴や焦げ跡、荒々しく削り散らされた氷の塊。乱雑に撒かれたままの瓦礫や木屑など、仲間達が何かと戦ったかと思われる戦闘行為の痕が所々に見受けられた。

 本当に自分たちしか居ないのか?彼らの不安は徐々に増して行く、いるかも知れない敵に対し音を立てずに移動し、一部屋ずつ確認しながら進んでいっているのに覗く部屋には誰一人としていなかった。そしてとうとう見ていない部屋は一つとなり三人の緊張感は高まりながらも扉をゆっくりと開いた。

 

「誰ですの!?」

 

 扉を開けた瞬間、横から勢いよく長棒が首元に向けられ麗日は一瞬ひっ、と息を呑んだがそれと同時に安堵した。向こうも彼女らに気づいたようだ。

 

「御三方、ご無事でしたか!」

 

 麗日の首元に向けていた長棒を取り下げ、安心した表情をしながら無礼を謝ろうと頭を下げる同級生の姿は血こそ出てはいないが体のあちこちがボロボロになっている事に麗日は気づくと慌てて頭を下げる同級生に顔を上げてもらい、部屋の中を見渡す。

 部屋の中には陽動班、偵察班含めた全員が揃っていた。しかし、全員の中の過半数以上はテープを巻かれた状態で地に伏しており、立っている仲間も何処かしらボロボロになっており息も切れていることからさっきまで激戦だったことが伺えた。

 この惨状に麗日は何があったか聞くのを躊躇うと隣にいる蛙吹が自分の考えていたことを代弁するように口を開く。

 

「……何があったの、みんなやられちゃってるみたいけど…」

 

「…黒籍が操った人形みたいな奴に倒れている奴ら全員やられちまった。アイツの武器にして操るって言うのはかなり強力なモノらしい、たった5体でこのザマだ」

 

 左半身を氷漬けにしたかのようなコスチュームを纏う轟が顔を顰めながら怒ったふうにそう言った。その言葉に今来た三人はこの人数をたった5体の操り人形で半壊にとどめるまで追い詰められたことに驚愕する。

 陽動班はこの戦闘訓練や個性把握テストで見た中でも戦闘力が高い人間が揃ったチームだった筈なのにソレを簡単に打ち破る黒籍に麗日は戦慄し、先程味方を軽くあしらっていた黒籍の姿を思い出し思わず納得してしまう。

 

「それより、そっちはどうだった?」

 

 倒れている仲間の怪我を一通りの処置を施したと思われる切島が自分が今から言う事をある程度予想しているのか物憂げな表情を浮かべている。

 

「ダメ。3人ともやられてもうた…」

 

「…残り時間はあと、4分前後。時間がありません……!」

 

 残り時間僅か。八百万はもう特攻しか打つ手がないと考えながら時計を見て唇を噛みしめる。他の者も、何処か勝てない事が分かっているのか顔を俯かせ、戦意を失いかけた。

 

 この男達以外は。

 

「…負け?……ふざけんなよっ…!?デクに負けた上に、あのクソムカつく野郎に負けてたまるかよ…!!」

 

「…同感だ。俺はアイツを見返すまで負けるつもりはない…!!」

 

 片や噴火する火山の如く黒籍に対する闘争心と敵意を露わにし、片や底冷えするかのような冷たい怒りを黒籍ではない誰かに向けている。何方にしても形相が鬼のように怖く、威圧感がとてつもない。

 

 お互い自分が負けたくないからと自己の為に叫ぶ。…決して仲間のためにこんな事を言ったのではない。しかし、結果的に見れば失いかけていた五人の戦意を焚き返すことに成功したことを二人は気付いていない。

 

「取りに行くぞ!アイツのクビ…!!」

 

「…取るのは俺だ」

 

「ウッセェ!!」

 

 

 

 

===============

 

「来たか………」

 

 …さっきもこの台詞を言った気がする。しまった、一度言ったことは言わない主義だったのに…常闇たちは気づいていないようだが正直言って結構恥ずかしい。

 

 そんな下らない事を考えていたらどうやら先手を取られたらしい。

 

「何、ボーっとしてんだ!?なめプ野郎ッ!!」

 

 入り口から飛び出して攻撃してくるのは爆豪だ。怒った獣みたいに鼻息を荒くし、ほとんど直角ぐらいの角度に目を釣り上がらせながら爆破の勢いで突貫してくる。その後ろ、入り口付近には轟が"個性"を発動させようと一歩踏み込もうとしている。他にも轟の付近に何人かの気配がビンビンするが今のところ出てくる様子はない。

 万象儀を全身に纏い、上空から迫ってくる爆豪に対抗を始める。しかし、このまま地面に足をつけていたのなら氷で足を取られてしまうだろう。

 

「オラッ!!」

 

 右の大振りで爆破を喰らわせようとしてくる爆豪に対し此方も飛び上がり、爆破をされる前に蹴りで爆豪の顎に狙いをつける。

 しかし、もう少しで顎を蹴り抜けると言う、すんでのところで反応した爆豪は首を仰け反らせ蹴りを避けてみせた。どんな反応速度だよ。

 

「爆豪!後ろっ!!」

 

 気付いても遅いぜ爆豪。

 いつのまにか出てきていた切島が爆豪の背後…というか後頭部に出現した木箱に声を張る。しかし、木箱は爆豪が反応する前に首に衝撃を受け一瞬意識を失えば浮いていていた体は落下を始める。

 だが、意識を失ったかと思った爆豪は霞んだ目で尚も攻撃をしようと腕を上げようとする。

 何故、そう思ったが直ぐに納得した。よく見れば爆豪の口元から血が流れていることに気付く。たまげた執念だ…自らの舌を噛んで意識を保たせやがった。

 

 しかし、舌を噛んで上げた腕も俺に届く前に再度…今度は背中に追突した木箱によって地面に叩きつけられた。

 そこに丁度よくやってくるのは俺たちに向かって迫ってくる氷結にうつ伏せに近い様な形で爆豪は捕まってしまう。ついでに木箱も凍ってしまうがが直ぐに万象儀で氷を剥がして動ける状態にする。

 箱は無事でも、爆豪は床に張り付かされてもまだ意識はあるらしい。だがまだ大分キツイのか目の焦点が定まってない。

 暴れられる前に思いっきり背中を踏むと爆豪はぐったりと睨み付けていた頭を下ろし気絶してくれた。

 

「皆さん、伏せて!」

 

 次はなんだ?入り口に意識を向ければ八百万が閃光弾のような物を投げつけて叫んでいた。

 八百万は次に何を想定しているのか分かり易い。

 まずこんな、いかにも目と耳潰しますの代名詞である閃光弾投げるのは愚直と言っていいな、鉄哲とは別ベクトルで。

 

 衝撃はやはりない。想像通り、耳をつんざくような爆音と強烈な閃きが室内を満たす。予め、鼓膜を解かして音の振動を殺して目を覆っていたから何事もなかったが、今度は足元から冷気が漂い、前方から猛々しい気配が二つほど迫ってきている。

 冷気は轟として迫ってくるのは切島と、もう一人は麗日だろうか?これ以上、閃光弾が投げられる気配は感じない。鼓膜を元に戻して目を守ってくれた腕を退かせば体をガチガチに硬化させた切島と両手を前に突き出した麗日が目前に迫っていた。

 

「えいッ!!」

 

(ふん)ッ!!」

 

 力強い掛け声とともに打ち出された拳。しかし、格闘経験は浅いのかどこか隙が多い…いくら体が硬化させてるからって、こんなに胴がガラ空きならやりたい放題だ。

 麗日も切島の邪魔をしないように切島の斜め後ろから触ろうと接近して来るが肩を狙ってきているというのがありありと理解できる。

 どうせなら、と拳を受け流し、硬化…と言われるぐらいなのだがらお試しにいつもより期待を入れて殴りつかせてもらう。

 

 …少し期待ハズレだ。

 硬化した皮膚が割れるバキッという音と共にメキッ…!と骨の軋む嫌な音の次には、常闇たちが大人しくもたれかかっている壁は岩同士を強くぶつけたような重い音と共に人一人分の穴を開けて亀裂が入り込む。

 突き抜けた奥から何枚か壁を突き抜けるような音がするがきっと大丈夫だろう…まだ切島が飛んで行った方向が外壁じゃなくて建物ん中の壁でよかった、危うく紐なしバンジーさせる所だったな。

 

 続けて、麗日が切島を殴り付けて隙が出来た俺の背面をとって個性発動のための五指を触れさせようと手を伸ばす。切島に意識を向けた瞬間にコイツは俺の後ろを取っていた。

 もし、俺が他の普通の人間だったのならこの攻撃で浮かされてしまうのだろう。それほどにいい攻撃の仕方だが、来ると分かっていたのなら、さほど怖くない攻撃だ。

 

 後ろに振り向かずに麗日の腕を掴むと何やら天井でコソコソと這い動いている連中に向けて麗日を躊躇いなく投げ飛ばす。

 投石のように投げ出された麗日の顔は一瞬しか見えなかったが何が起こっているかわからないような呆けた顔をしていた。

 

 自分たち目掛け、さながら人間砲弾…かのように飛んでくる麗日を流石に無視できない二人は、頭からもぎ取ったボールを数個、飛んでくる麗日に投げ、少しでも痛みを和らげさせるために重なって麗日を受け止めさせてみた。

 …結果的には蛙吹と峰田は麗日を受け止めることに成功したが受け止めた反動で窓を突き破って外に放り出そうになっていたが窓は大きく揺れたが割れることはなく三人が四階の高さから落ちることはなかった。

 一瞬、三人が落ちそうになったことに胸が跳ねたが落ちることはなく気を失っただけと知り、心の中でホッと息をつく。間髪入れず麗日の体に張り付かせるように共に投げた捕獲証明テープを巻きつけた。

 

「……とうとう二人になっちまったな…なぁ?お二人さん」

 

「ッ…!!」

 

 首だけを二人に振り向ければ打つ手がないという風に歯を食いしばりながらも長棒だけは構えている八百万と顔を俯かせながら構えもしていない轟が立っている。

 

「残り数十秒…打つ手が……!?」

 

「…………」

 

 …轟が単身特攻……あまり利口な手とは思えない。八百万の反応を見るからに打ち合わせはしてなさそうだ。時間が無いとしてもまだ生き残っている八百万と自分かを囮にして核を取るまでの時間を稼ぐという手もあるのに…。

 

「……………るな」

 

「あ?」

 

 自慢の氷結ぶっぱは悪手と踏んだのが近接で勝負を挑んでくる表情の見えない轟を相手にしていればコイツは何か小さく呟くと見えなかった顔を上げる。

 

「ふざけるな…!!!」

 

 その顔を見ると思わず固まってしまう。底冷えするような低い声と俺じゃ無い誰かを恨み、殺気に近い憎悪を放つ轟が胸の前で右手を構えていた。しまったと、思った次の瞬間には俺の体は顔を含めた全身、氷漬けの状態に晒されてしまい身動きが取れなくなる。

 

「氷が操られんのを避けて近接で様子見をしてたわけだが…どうやらこの距離での氷結には対応出来ないらしいな…大人しくし!?」

 

「嫌に決まってんだろ」

 

 万象儀で俺を封じ込んでいる氷の牢を全て分解し、俺の横を通り抜けようとした轟に再構築したペンサイズぐらいの氷柱を肩と腿に突き刺せば呻き声を上げて跪いてくれた。

 余った氷柱も核に触れようとしていた八百万にも向かわせそのまま壁に押しつけるように貫き、抜けないように少し細工をすれば、苦痛な叫びを上げ動けなくなっていた。

 

 …あと、もう少しでこの訓練も終わる。ならば、全員に捕獲証明テープを巻きつけてやろうと思えば一番近くで蹲り、痛みで荒い息をしている轟に近寄りテープを引き伸ばす。

 手首に巻こうと轟の右手を掴んだ瞬間、顔を下げていたコイツの…忌々しげに歪んだオッドアイと目が合い、何かを呟いた。

 

「…オレは……!お前、を……!!」

 

 学習しない俺は、次の瞬間には右手を掴んでいた手からまたもや氷漬けにされ、背後からはは轟々と鼓膜を揺らす爆音を鳴らす爆豪が目をカッと見開いて迫っていた。

 狙いを定め、氷越しに向けられる煌びやかな閃光と共に爆ぜられる掌に目を奪われれば…思わず口角が緩んでしまう。

 

 

 いけねぇ、いけねぇ。

 気づけば、体を取り巻き、拘束していた氷を万象儀で全て解かし俺の頭を吹き飛ばさんと迫る爆豪の頭を爆破されるよりも早く掴み、地面に叩きつけ押さえつける。叩きつけられた頭から中心に蜘蛛の巣のような亀裂が走る。

 俺のことを爆豪に任したのか、貫かれた傷口を氷で塞ぎ痛みを堪えながらも、足から生み出した氷で核を取ろうと齷齪と動く轟に視線を動かすと、未だ意識がある爆豪を万象儀でさらに押さえつけ階下に押さえ潰すような形でこの場から離れてもらう。

 

 爛々としながら頑張る轟に跳び近づき、丁度後ろに着地すれば苦悶の表情を浮かべている轟の背を踏み付け進行を止めさせる。何か訴えつけるような…それでいて確かな怒気を孕んだ目を向けられる。

 その目に対して口を開こうとしたが、勝利宣言が平和の象徴の口からビル全体に響いた。

 

「ヴ、敵チーム…WINーーーー!!!」

 

 ……まずは謝るか。

 そう思いながら踏みつけていた足を退かし気絶した轟を含めた皆を回収、治癒するために黒い波がビル全体を覆った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




HA☆KO☆が万能すぎた。


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轟焦凍:ライジング
第十四束。アイの花束を


あなた次第


「…いや〜…みんなごめんな。うん。やり過ぎたな、すまん」

 

「「「「「当たり前だっ!!!」」」」」

 

「やり過ぎだよ!」

「死ぬかと思ったわッ!!」

「そのまま地面に頭擦り付けて頭植え付けろ!」

「なに、あの人形みたいな奴!電気効かねぇし、無言で襲い掛かってくるから怖くて気絶しそうになったじゃんよ!!!」

「私の酸もなんか体に穴開けて通り抜けちゃうし!強すぎ!!」

「八百万と轟は足と手貫かれるわ!爆豪は一個下の階に落とされて骨折るわ、俺たちは完膚なきまでに叩き潰されて活躍することなく脱落するわで…なんだこの、完全敗北!!!」

「美しくないよね!」

「そうだぞ、黒籍君!いくら訓練とは言え、クラスメイトに重傷を負わせるなどヒーローとして良くないと思うぞ!!」

「○ねッ!!!!!!」

 

 現在、全員を治癒しモニタールームに戻ってくると顔を俯かせていたみんなにいきなり肩を掴まれたかと思えば、そのまま、えも言わせぬような威圧感で正座させられれば俺の謝罪を皮切りに罵詈雑言が飛び交う愚痴大会が始まる。

 しかし、これも全て俺がしでかした事実だから甘んじて受ける。最後の方なんて楽しくなってついつい力を出し過ぎた結果、あんな惨状を生み出したからな。反省します。はい。

 

「み、みんな!その辺にしておくんだ、時間も残り少ないから手短に講評させてもらうぞ!」

 

 憤慨する生徒達が俺に一人に文句を叫ぶ光景をいけないと思い止めようとしているが自分もあれはやり過ぎだろと感じてる部分もあるのか中々、止めずらそうにどうすればいい…と悩んでいる新米教師である平和の象徴だったが、終わりの時間が近づいていることに気づくと、やっとの思いで声を発してくれたお陰で、取り敢えずはクラスメイト達の勢いは止まったが、何人かから刺すような視線を向けられているので、これではいつ再発するかわかったものではない。

 

「え、えーっと勿論MVPは黒籍少年だよ。相手の戦力を削ぎ減らしながら核を守って時間制限まで粘りきったと言っていいね。序盤の方は緊張感があって良かったが、何回か核を取られそうになったり、ヒーロー側の罠にかかっていたりしていて合間合間に気を抜いていたがよく分かったぞ、そこはあまりいただけないな!他のみんなも各々の役割を果たすために尽力していた!負けこそはしてしまったが、皆、最初の訓練よりも人数が多かったのに連携が取れていて良かったぞ!!じゃっ私は緑谷少年に講評を聞かせに行くので今日は解散!着替えて教室に戻るように!!」

 

 そう言ってオールマイトは何やら急ぎ気味に、というかダッシュでモニタールームから出て行った。解散、と言われた俺たちは何人かで固まり、それぞれの感じた意見を交えながら歩き始める。どうやら皆、この訓練で少しは距離が縮まったのか初対面特有の気まずそうな空気は無さそうだ。

 

「相澤先生みたいに除籍とか無くてよかったね〜」

 

「それでも、私はみんなの役に立てなくて悔しかったわ」

 

「そんなこと言ったら俺達もだ。陽動班のほとんどなんか相手にしてたの黒籍の操り人形だけだぜ。悲しくなっちまう」

 

「っすみません!わたくしがもっと緻密な作戦を考えていれば!!」

 

「そんなことないぜ八百万!作戦全部お前に任せちまった俺たちの方が悪いんだ、謝るのは逆に俺たちほうだ。すまん!」

 

「その通りだ、切島くん!これほどの人数がいるのによく話し合わずに君一人に重荷を背負わせてしまった…。僕からもすまない、八百万君!」

 

「そうだよヤオモモ。ヤオモモの考えた作戦すごくよかったのに私たちもちゃんと出来なかったからねー!」

 

「すごいぞ、ヤオモモー!」

 

「皆さん…ありがとうございます!ですが、ヤオモモって誰のことでしょうか…?」

 

「…というかお前からもどうなんだよ?どうだった?お前から見た俺たちは?なっ敵役のおにーさん!」

 

 俺と障子の一歩前を歩いていた集団がなにやらガヤガヤと騒いでいる中から上鳴がひょっこと体を仰け反らせ、本当にチャラ男のようにニヤケながら人差し指をピシッと指せば、その声を聞いた全員が俺に顔を向ける。怒りを滲ませツカツカと一番前を歩いていた轟と爆豪もチラリとコチラに目を移していた。

 上鳴の言葉に少しだけ唸りながらも正直に思ったことを出す。

 

「…チームワークはこの付き合いの短い中でこんな連携が出来るもんかと舌を巻いたが…やっぱり、まだまだ個々の力が足りないな。何人か良いところまで行けた奴もいたが、それでも少し物足りないと感じたのが正直な感想だな」

 

 俺の感想を聞いたクラスメイト達は、やはりそうかと頷く者が多かったが爆豪と轟はキツかった目線を更に鋭くし、不服だと言わんばかりに顔を顰めた。

 

「と言うよりも、本当に黒籍さんの"個性"はなんですの?色々考えてみましたが、芦戸さんの酸や、青山さんのレーザーが当たる前に操り人形に穴を開けさせて通り抜けてみたり、氷を鋭利化さして突き刺してきたりと…検討もつきませんわ」

 

「あぁ、確かに!私もそれ気になってた!」

 

「…私も」

 

「この際だからしっかり吐いて貰おうか黒籍サァン!」

 

 そう言って後ろから峰田と話していたらしい瀬呂が俺の背中をパシンと叩き、小気味良い音を出して会話の中に入ってくる。その声に反応したクラスメイト達はどうやらこの話に興味があるらしい。

 辺りを見回して見れば、どの顔も好奇心のこもった眼差しで俺が口を開くのを待っている。先頭を歩いていた爆豪と轟も一瞬歩くのをやめ、歩く速さを遅くして聞き耳を立てるぐらいにはコイツら二人も興味があるらしい。

 その意味が好奇心かは知らないが決してそう言った類ではなく、少しでも弱点を得るために話を聞きに来たのだろうと思うと少し複雑だ。

 

「…俺の"個性"は万象儀。読んで字の通り、万象…この世にある全ての物質を闘気で操り、支配し、己の武器として扱う"個性"だ。しかし、武器として扱うからには必ず何かを傷つけなければいけない。そうしないと武器としての意味が無いからな。そして武器にした物質はある程度で強化される。この辺りは俺のさじ加減だが…もし、万象儀で肉体を武器としたのなら筋肉は強度と密度を増し、骨格はより強硬になる。もしこれを空間で応用するのなら長距離間の空間転移…ワープが可能だな。弱点としてはそうだな…誰かを傷つけなければいけないことと、集中力と体力を結構使うからから使い果たした日にはぐっすり眠りこけてしまうことか……どうしたお前ら?」

 

 なるべく、ゆっくり分かりやすいように話をしたつもりだが、上手く通じたのだろうか?皆、唖然とした表情で俺をじっと目を離さずヤバいものを見つけたような目で見てくるから正直言ってこの静寂が怖い…。

 しかし、やっと理解が追いついたのか八百万が口を開いてくれた。

 

「…えっと、その……因みに黒籍さんは"個性"を最長でどのくらい使うことが出来ますか…?」

 

「どのくらい…?試したことはないが、多分臓器の一部を抉り取られたり、血を流しすぎたり、死に体になっていない限りは使えると思うぞ」

 

「「「「「「最強じゃねーか!!!」」」」」」

 

だろ?

 

 

 

 

「あ、おーい黒籍!今からみんなで訓練の反省会するんだけどよ!お前も来るか?」

 

「…すまねぇ。今日は用事があるんだ、また誘ってくれ」

 

「そっか、分かったー!」

 

 戦闘訓練の後、特に何もなかった俺たちは着替えて普通に残りの授業を受けた。今さっき、切島から反省会の誘いを受けたがこの後はとある人間に用があるから断らせてもらった。倖季と八戒には先に行ってくれとの連絡を既に送ったからこれでゆっくりと話が出来そうだ。

 

「お、緑谷」

 

「ふぁっ!」

 

 鞄を担いで、扉を開けたら目の前に緑谷がちょうど扉に手をかけようと手を伸ばした状態で立っていた。不意に開いたドアに驚いたのか、それとも急に出てきた俺に驚いたのか間抜けな顔と共に素っ頓狂な声を出しているのが少々ツボだ。

 緩みそうになった口角だったが今もボロボロのコスチューム姿で腕に巻いた痛々しいと思える量の包帯と腕を提げるための保護サポーターが目に付き少しだけ顰めてしまう。

 

「あ?治して貰えなかったのか?」

 

「え!あ、これはその…治療するにも体力がいるらしくて完璧には治して貰えなかったんだ…」

 

「え!デクくん、腕治して貰えんかったん!?」

 

「大丈夫かよ、おい!」

 

 そうこうしている内に残っていた他の奴らがゾロゾロと緑谷に群がってきた。やはり緑谷も倖季と同じで人見知り気質なのか少しタジっていた。今度、緑谷に倖季を紹介するのも良いかもしれない。果たして人見知り同士はすぐに仲良くなれるのか気になるところだ。

 そうこうしている内に、緑谷が急いで教室から出て行った。律儀に挨拶と礼をしていきながら出ていくあたりちゃんとしている。どうやら爆豪を追いかけに行ったらしい。走るぐらいの余裕があるぐらいには元気があるらしい。

 

 さて、俺も追いかけに行くとするか…。

 全員に別れをつげ、教室を出る。今は放課後と言うことでヒーロー科以外の他の科の奴らは部活にでも精を出しているのか今の廊下は歩いている人間の数は疎らだ。というか、いないに等しい。遠くの方から叫び声にも似た活気ある声が聞こえてくる。こういうの聞いていると少し心地が良くなるのは何故だろう。

 だがそんなこと、やっと見つけた遠くの方を歩いている探していた人物は感じているのだろうか…と少し考える。少し歩く速度を早めると降りの階段に差し掛かるところで目的の相手に追いつき、奴も一つ降りた階段の踊り場で俺に気づいたらしい。俺は一歩で階段を飛び降り目的の人間と顔を合わし、少し口角を上げて話しかけた。

 

「ちょっと話をする気はないか、轟?」

 

 

 

 

===============

 

 

 

 

「…俺にはない」

 

「そんな邪険にすんなって!」

 

 おちゃらけてそう言えば轟はムッと眉間のシワを一層寄せ、俺を無視してスタスタと早歩き気味に階段を降り始める。階段の踊り場のから差し込んでくる薄いオレンジ色の光が轟の絹糸のような艶のある左右紅白色に別れた髪の上を滑っていた。もう日暮れに差し掛かっているのが理解できた。

 早歩きのせいでどんどん離れていく轟を俺は急ぎ足で追いかける。

 

「露骨に避けようとすんなよ。悲しくなるだろうが」

 

「うるせぇ」

 

「ただの世間話するだけだぜ?」

 

「興味ない」

 

 話しかけるたびに歩くスピードはどんどん速くなっていく。気づけばもう既に校門を出ているのに、コイツは俺の話を聞く気がさらさらないようだ。

 

「なら…勝手に話をするか……」

 

「いい加減にしろ!なんだ、一体さっきから!?ーー」

 

「誰がそんなに憎い?」

 

「ッ……!?」

 

 …やっとコッチを見たな。

 

「…個性把握テストの時も、初戦の戦闘訓練の時も、俺と戦っている時も…お前は遠くにいる誰かが憎くて憎くて堪らないって顔してたな」

 

「……っんな事、お前には関係ないだろ?」

 

「…確かに俺には全く関係ない。だが、今にも人ひとり殺しそうな眼してるやつをほっとく趣味もなくてな。まぁ、単純に気になるんだよ」

 

 ようやく止まって、振り向いた顔は依然眉にシワを寄せてひどく迷惑そうな顔をしている。鋭く尖った眼の奥にある憎しみの炎は健在のようで、昔に手合わせを願ったどっかのヒーローを彷彿させられた。

 

「…迷惑だ。二度と話しかけてくるんじゃねぇ」

 

 俺の顔を観察するように眺め、少し考えるような仕草をした轟だったがやはり話す気がないのか、また前を向いて歩き始めた。中々に強情な性格らしい。

 それに、二度とは無理だな。少なからず三年間はこの顔を嫌でも見合わせることになるんだ。

 

 というか、お前に話す気がなくとも俺は逃す気なんてさらさらないぞ。

 

「…なら、無理矢理にでも連れていくか」

 

「は……!!」

 

 一瞬にして、俺と轟ごと周りを黒い波がすっぽり覆い隠し、見知った重瞳が俺たちを眺めるように蠢く。今が本当に都合よく誰も近くに居なくて良かった。こんなとこ見られたら完全に敵に見間違えられる。

 行き先は当然決まっている。今のコイツには結構、安らぎかどうかは知らんが安心はできる場所であろうと自負しているからな。

 視界をいっぱいに満たしていた黒い波が晴れると、ここも変わらずオレンジ色の光に大きな鉄門と一緒にこの場所を示す表札が照らされ、微かな花の香りが俺たちを迎えた。

 一瞬にして見知らぬ風景が広がったことで理解が追いついていないのか、いつの間にか眉に寄っていたシワが取れ、ポカンと呆然とする轟に向かって手を広げ鉄門を後ろに、高らかに紹介する。

 

「歓迎しよう轟!ハナゾノにようこそ!!」

 

 

 

 

 

 

 




………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………いや〜無理矢理感がすごい。


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第十五束。フジの花束を

家…学校…部活…家…学校…部活…家…学校…部活…家…………………………カゲロウデイズかな?

何ヶ月ぶりかの投稿です。最近、pixivでカゲプロの二次創作の漁りにハマっています。どうもピーシャラです。

それが原因で遅れたからって石を投げないでね☆
スイマセンデシタ。


歓迎を






「は…?どいうことだ、なんで…!これがお前の言う転移ってやつか?」

 

「お、ご明察だな。まぁ取り敢えず中に入ろうぜ、茶ぐらいは出すからよ」

 

「おい待てよ!ここは何処だ…どうして、俺をこんな所に連れてきた!?」

 

 

 学校で過ごしていた時の落ち着いていた様子とは打って変わり俺の肩をぐわんぐわん、と強く揺らしながら狼狽した様子で聞いてくるあたり今の轟は正常な思考が取れていない。

 

 しかし、落ち着け。お前を連れてきたのはココにいる奴らにお前を合わせたいだけなんだ。勿論、他意はあるが俺の中での第一目的はそれとしかいいようがない。

 

「ッ…だから!ココは何処ーー「うるさいですよ、あなた達!」!?」

 

 

 突然、眼前にある鉄門から発せられる怒鳴り声に反応した轟はビクッと大きく肩を揺らし、すぐさま声のした方に体を向かした。鉄門の向こう側には、轟からしたら見覚えのない女性なのだろうが…俺からしたら馴染み深い顔が迷惑そうな顔を浮かばしている一人の女性職員が後ろで結んだ長い髪を揺らしながら竹箒を抱え込むように握りしめて立っていた。

 

 

「呼ばれた時間に来てみれば、人の家の前で騒がないで項羽君。近所迷惑でしょー!入るのなら早く入って!もうすぐ皆んな帰ってくるわよ!」

 

「すまん、今入るから待ってくれ。轟、早く入るぞ!」

 

「は、ちょ、おい待て!」

 

 

 いつの間にか門を開けてくれと頼んだ約束の時間になっていたのか、前もって轟を連れてくることを連絡しておいた職員……皐月さんが既に鉄門を開けて出迎えてくれた。

 

 うるさくしていたことはすまないと思っているが、それ以上に今は小学生連中の下校時間を過ぎていることに気が付き、うるさくなる前に中に入ることを優先する。

 何が起きているのか分からないという顔で無防備を晒している轟の腹に腕を回し、俵を担ぐように肩に乗せる。

 

 

 未だ困惑の色を隠せずとも抵抗の意を見せながら俺の背中を強く叩きながら暴れる轟を落とさないようにしっかり掴みながら門の内側に入っていく。

 美形の男子高校生を同じ制服を着た男が俵担ぎで運んでいくと言う、慣れていない人間からすればとんでもない奇行だが、そんな俺の行動に慣れてしまった皐月さんは轟に「ごめんね。少しだけ付き合ってくれる?」と同情を込めた視線と共にそう言うと、俺には目もくれず、「暗くなる前に帰らせなさいよ」と囁いて、置き去りにされたバックを回収すると俺たちの後に続いてさっさと門を閉めた。

 

 

「放せー!!」

 

 

 柄にでもなく背中で叫ぶ奴を無視して。

 

 

===============

 

 

「…おい、頼むからもう放せ。さっきから何処に向かってる?お前の後をずっとついてきてる子供はなんだ?」

 

 

 黒籍に担がされて無理矢理中に入らされて十数分。右側()で凍らしても全く動じず…直ぐに"個性"で解かされてしまうから抵抗は無意味だと思い今はもうコイツから逃げることを諦めている。

 かなりの量の氷を出しちまったから結構、体が寒くて仕方がないのでさっさと家に帰って暖まりたい。

 

 

 隙を見て逃げようと思っているが黒籍は以前、俺が逃げるものと思っているのか離す気配が全くしないのでどうしたもんかと思っている。

 

 それに、行き先も、何をするのか、何も言わないから不安で仕方ねぇ。

 さっきから小学校低学年から中学生ぐらいの格好した子供らがちょろちょろと俺たちの後をつけて、バレていないつもりなのか壁から覗いたり、遠くの方から双眼鏡で楽しそうに見てくるので気になって仕方がない。

 さっき黒籍は孤児院といった気がするが…どこの孤児院もこんな雰囲気なのかと疑問に思った。

 

 思わず、そんなことを聞いてみると黒籍は相変わらず飄々とした様子で答えた。

 

 

「あぁ、あいつらはココに住んでるガキ達だ。大方、俺たち以外で雄英の制服着たお前に興味があるんだろ、後で相手してやってくれ。あと、今向かっているのは院長室だ。ココの決まりとして身内が連れてきた客人は必ず婆さんに紹介しないといけない決まりなんだよ。因みにお前が行くことは連絡済みだから安心しな」

 

 

 安心できない。危害を加えられることはないと判ったが…何故、いきなり連れてこられて訳のわからぬままルールに従わなければいけないんだ。と言うか降ろせよ。

 そう思うと腹が立ち、再び黒籍の背中を右手で叩いて"個性"を発動させると背中から黒籍の下半身を這い覆うように氷結が連なる。

 それと、同時に目の前の方から驚いた声がした。

 

 

 しまった。目の前に小さい子供がいることを忘れて"個性"を使ってしまった。氷の被害にあった奴がいないか目を向けてみるが氷結に巻き込まれた子供は幸いにもいない様子で逆に目に映る子供ら、みんな目を輝かせながら無邪気な笑顔でキャッキャと笑い声を上げながら興味津々とばかりに一段と距離を詰めてきた。

 

 

「ねぇねぇ!それ、お兄ちゃんの"個性"ぇ!?ちょーかっこいい!」

 

「見て、氷だよ!つめたーい!」

 

「あははっ!項羽にいちゃん凍っちゃってる。マヌケー!」

 

 

 怖がってどこかに行ってしまうのかという自分の予想に反して子供達は、氷漬けにされて寒そうにしている黒籍を見て楽しそうにケラケラと笑っていた。好奇心旺盛すぎやしないか?

 中にはお世辞なんかという言葉を知らないように綺麗に輝いた目を向けながら誉めてくる純粋な子供もいるぐらいで、轟は少し驚いていた。

 

 

「さっむ!!お前、何回目だこれで!」

 

 

 顔にふざんさけるなと分かりやすく書いてある黒籍に、轟はお前が話さないからだろ…と声には出さなかった。

 心の中でそう嘆いている間に文句を言いながらも氷を溶かした黒籍は自分を下ろしたかと思えば、足元にくっ付いている子供の一人をひょいと持ち上げると残っている子供達に自分をビシッと指差し、

 

 「逃げようとするから手ェでも繋いで、捕まえておけ!婆さんのとこ連れて行くぞ!」と言った。

 

 その声に反応した子供達はまるでヒーローごっこでもしているかのようにおっー!と応えると、小さな手達を轟の指を一人ずつ絡めるように握り、引っ張るように歩き始める。

 

 

 流石の轟でも、子供の手を乱暴に振り払えるほどの非道さを持ち合わせてはいない。子供を肩に乗せて歩く黒籍の後ろを、手を繋いだ子供達と大人しく追いかける。

 偶に、自分よりも圧倒的に背の低い子供らのほうに目を向けてみれば眼下にいる一人の女の子と目が合ったかと思えば、ニパッと可愛らしい笑みを浮かべた。

 

 そんなに子供が好きじゃない自分でも悶えそうになるほど愛くるしい笑みだったと轟は後々、このことを思い出すことになる。

 

 

 そういや…こうして誰かの手を繋いで歩いたのっていつ以来だ…?

 

 

 指から伝わる暖かい温もりから唐突にそう感じて脳裏によぎったのは、窓の内から庭の中でボールを蹴って遊んでいた兄と姉達を覗いていた自分を強引に引っ張り、彼らを蔑む忌々しい父の大きな背中が浮かんだ。

 それよりも、もっと前はというと…思い出すことが出来ない。いや、きっと母と一緒に手を繋いで歩いたこともあるのだろう。

 しかし、記憶の中の母は笑ってなどはいない。

 いつも、涙を流しながら自分に憎しみの籠もった眼差しを向ける母の姿しか思い出せなかった。

 

 

 嫌なことを考えると思わず眉間に力が入って顔が曇ってしまう。すると、隣いる轟の暗い雰囲気を感じたのか手を握っていた子供の一人がハッと顔を上げ、まるで大丈夫かと言っているかのような目で轟を見つめた。

 

 小さな視線に気が付いた轟は、子供にいらない気を遣わせたと思い、大丈夫だと微笑む。子供は何か言葉を返そうとしていたが再度、轟が大丈夫と言うと、渋々といった感じだが納得したのか再び前を向いて歩き始めるが、それでも心配なのか自分の指を掴む手はさっきよりも少し力んでいた。

 

 …優しくて、過敏だ。轟は自然とそう思っていた。初めて会ったのにも関わらず、少し暗い顔をしただけで直ぐに気付いて心配してくるような人間は残念ながら轟の周りにはいなかった。

 もしかしたら自分の姉や兄弟たちならまだ、気付いてくれるかも知れない。けど、こんな過敏な反応はしないだろうな。

 母さんだったらどうするのだろう…。

 

 

 

 

「着いたぞ、轟」

 

 

 得意じゃなかった想像を止め、目の前を歩いていた黒籍の体の先には茶色の扉が、確かにあった。扉の丁度、上には丁寧な文字で院長室と書き記されたプレートがあるのに、何故かその隣にはもう一枚。子供が書いたのだろうか、マジックペンの緩い文字で「おばあちゃんのへや」と書かれたプレートが寄り添うように並んで貼られていた。

 たったこれだけで、この中にいる人物がどんな人柄なのか簡単に想像できてしまい、それと同時に微笑ましくなってしまう。

 

 

「せんせーきたよー!」

 

「婆さん、客人連れて来たぞ」

 

 

 子供たちが無邪気に騒ぎ、黒籍がノックを二回しながらそう呼び掛けるが向こうから返答がない。

 黒籍が仕方なしとドアノブに手を掛けた瞬間。ドアがゆっくりと開かれ、丸メガネをかけた人の良さそうなお婆さんが姿を現した。

 

 

「よぉ、婆さん。いるならへんじをっ!」

 

「!?」

 

 

 なにも喋らずに俺と黒籍を交互に見合ったかと思いきや、突然、黒籍の腹をぶん殴るお婆さん。

 黒籍は肩の上に乗っかっている子供を抑えているため、老人とはいえかなり勢いのある拳に抵抗できずに老人とは思えない威力のボディブローをモロにくらい倒れこそはしなかったがなかなか辛そうな表情をしていた。

 突然の出来事に何事かとたじろぐ俺に対し、子供たちからしたら見慣れた光景なのか何事もなかったかのように俺から手を離し、お婆さんに抱きついていた。

 

 

「あんたが轟君かい?すまないねぇ…そこにいる無駄にでかい大食らいのバカに無理に連れてこられたんだろ。付き合う必要なんてないから暗くならない内に早く帰りなされ」

 

「婆さん、いきなり何しやがる…!」

 

「お黙り。あんたぐらいだよ、私の血圧あげてくる問題児は。さっき、皐月ちゃんの連絡でこの子が無理やり連れてこられている事は既に伝わってるのよ。わかったなら、今すぐ丁重にご自宅までお送りしなさい。ね、その方がいいでしょう?」

 

「え……いや」

 

 

 掌を子供らの頭に優しく乗せ、微笑みながら諭すように俺に帰るように促すお婆さんになぜか俺は戸惑った。

 家に帰ればあのクソ親父が忌々しい眉間に皺を寄せた忌々しいツラで待ち構えていることだろう。

 アイツのことを考えると出来ればあの家には極力帰りたくはない。

 

 しかし、他に行くところもない。仲の良い友人もおらず、隣家の住人もあの男の威圧感に怯え、血縁関係でもある祖父母たちは、あの男の味方だ。

 ましてや独立して一人暮らしを始めようともすぐに限界が来てしまうだろう、それ以前にあの男が俺を手放すなど赦すはずもないのだ。

 

 

「大体、アンタはいつもいつも遊んでばかりでコッチの手伝いなんて全くしてくれないんだから!少しは八戒を見習いなさい!」

 

「仕方ねぇだろ!やろうにもやる前に八戒が全部やっちまうんだよ!」

 

「前に、来た時。アンタ子供の面倒も見ずに寝てただけじゃないか!」

 

「なんで、それ知ってんだよ婆さん!?」

 

 

 いつの間にか黒籍とお婆さんの二人が口喧嘩を始めていた。お婆さんの近くにいた子供らも二人に勢いについていけないのか何処かに姿を消してしまっていた。

 

 …それに、あの家には唯一の姉がいる。狂ってしまった母の代わりになってくれた、大切な姉が。そう言えば、姉とも昔、手を繋いで歩いたことかあったことを思い出す。

 居なくなってしまった母を求めて、一度だけ家を抜け出したことがあった。母は俺のことを憎んでると思いながらもクソ親父から逃げて母に助けを求めて家を飛び出した。

 結果的には、母のいる病院を知らない俺は案の定迷子になり、見知らぬ土地に一人でいる不安と、誰も助けてくれない恐怖から公園のブランコで泣いていたことを覚えている。その後はよく覚えていないが気付いたら姉さんに抱きしめられて、一緒に手を繋いで歩いて帰ったことを覚えている。

 

 …未だ、小さな事で口喧嘩を続けている黒籍を見る。

 戦闘訓練で全力も出さずにクラス全員に勝って、余裕そうにしているムカつく奴。俺の今までの努力を否定された気分だ。

 

 それにいきなり話しかけて来たかと思えば、ズカズカと心の中に入って来やがる無神経な奴だ。

 

 それでも何故か…どうしてだろうと疑問に思ってしまう自分と、この男の近くにもう少し居たいと思う自分がいる。

 

 ……ごめんなさい姉さん。

 居なくなった母を求めて泣いていた俺を抱きしめてくれた姉さん。

 今はきっと、俺の帰りが遅くて心配している俺の姉さん。 

 …ここなら何か見つかるような気がするんだ。

 だから、少し我儘を言わせてくれ。

 

 

「もうちょっと、ここにいて良いか?」

 

 

 黒籍の嬉しそうな顔が癪に触ったが凍らせるのを踏みとどまった俺を誰か褒めて欲しい。

 

 

 

 



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第十六束。マネッチアの花束を

たくさん話をしましょう


「麦茶でいいか?」

 

「…あぁ」

 

 

 意地悪な婆さんにせめて茶と菓子ぐらいは出せと命令され、婆さんとガキどもと別れ、今は冷蔵庫の中を漁りながら何か食えそうなものを探している。

 背後では食堂の真ん中付近に轟が律儀にちょこんと座って待っている。

 お、ちょうどいい具合に饅頭を見つけた。

 

 

「にしても、急だな。さっきまで帰らせろを連呼していた奴が今度は帰りたくないか…」

 

「…うるせぇ、なんだっていいだろ」

 

「そうだな…」

 

 

 テーブルの上に置いた饅頭を手にとり、その店の印がついた包装紙を取り外すと中から桜色をした饅頭が姿を現す。一口、含んでみれば口の中に甘い匂いが広がっていく。うん、結構美味い。

 目の前を見てみれば、何も考えていないのか、遠慮しているのか分からないが、ぼーっと座っている轟にも一つ差し出してやるとパチクリと目を瞬かせて意外そうな顔をして饅頭を受け取った。

 

 

「なんだよ、その意外そうな顔」

 

「いや…お前がこんな気遣い出来るんだと…少し驚いた」

 

「遠回しに無神経って言ってんのか?…まぁそうだな」

 

 

 思い当たる節は…まぁ少なくはなかった。

 

 

「…確かに不躾だった。いろいろ聞きすぎちまったことを詫びる、すまなかった」

 

「…その事に関しては別にもういい。しつこく聞いて来た時はムカついたが、今じゃどうでも良くなっちまってる」

 

「そうか……」

 

「それよりも此処のことを教えてくれないか?」

 

 

 学校にいた時はあんなに苛立っていたのが、今は本当にそんな事気にしていないと言うふうに饅頭をかじりながらそんなことを聞く轟の中で何らかの変化が起きたことに俺はなんとなく気付いた。

 

 

「…ここの事?なんだ、お前意外と子供好きだったのか?」

 

「いや、そういう訳じゃねぇ。具体的に言うなら…あの子供達が気になっているだけなんだ」

 

「……ガキどものことか…悪いが、そんな聞いてて気持ちのいいことじゃ…」

 

「あら、貴方帰らなかったの?」

 

 

 間がいいのか悪いのか……先程、玄関で別れた皐月さんが慣れた教室に入り、女子高生さながらの軽い雰囲気で俺たちに声をかけてきた。

 これでもこの人三十路は軽く超えているのになんでこんな若く見えるんだよ。

 

 

「さっきの…」

 

「なんだ、もう掃除は終わったのか?」

 

「掃除どころか花壇の手入れまでしてきたわよ。それよりも、君さっきは帰らせろばっかり言っていたのにどう言う風の吹き回しかしら」

 

 

 目線だけをこちらに向けながら食器類の入っている棚の中から透明なガラスカップをニ杯取り出し氷を入れるとテーブルの上に置いてあった麦茶を慣れた手つきで注いでいく。

 

「そうなんだよ。ガキどもと手ェ繋いだだけでコロっと墜ちやがった」

 

「そんな言い方はやめろ、俺が変態みたいじゃねぇか!」

 

「違うのか?」

 

「違う!」

 

「……すっかり仲良しね。若いっていいわ〜」

 

 

 

===============

 

 

 

 

「そう言えば、八戒くんと倖季ちゃんがもうすぐ帰って来るわよ」

 

「あぁ、だからお茶なんか用意してんのか」

 

「さっき電話で轟くんのこと話したら八戒くんがすぐに帰るから項羽を逃さないでおいてくれって」

 

「…………口調はどんなんだった?」

 

「すごくドスが効いてた。ついでに言うなら走ってる地鳴りみたいな足音も聞こえた」

 

「轟、今すぐにでも帰ろうぜ」

 

 

 いつの間にか俺たちの会話に混ざって美味しそうに饅頭を食べていた皐月さんが、とてもおこな凶豚がこちらに向かって来ていることを、なんともない風にすごくいい笑顔で言い放つので急いで帰ることを轟に勧める。

 

 

 奴は、俗に言う配慮深い人間だ。それも重度の。

 …故に、他人に迷惑をかけることを嫌と言うほど嫌っている。身内が他所に迷惑をかけたのならまるで自分の責任かのように頭を下げ、やらかした人間には鉄拳制裁を食らわす。

 まだ、それが悪意によるものではない、もしくは子供の誤ちと理解すれば許してくれる。

 

 しかし……俺に対しては容赦というものが八戒の中には存在しない。

 

 今回の場合は、断片的な情報を得た八戒は『項羽が嫌がるクラスメイトを無理矢理連れてきて相手は心底、迷惑している』と解釈しているに違いない。

 

 とすれば、奴は確実に俺のことを草の根を分けるどころか食い潰して更地にしてから丸裸の俺を容赦なく追い詰めて肉塊に果てるまで逃すつもりはないだろう…。

 なんだそれ怖すぎだろ。なんで半生を共にした仲間に血祭りにあげられなきゃならんのだ。

 

 という訳で今すぐ逃げよう轟。

 

 

「…やだ」

 

 

 この野郎。なに、ガキみてぇに言ってやがる!ことの重大さを理解してないらしいな…!!

 

 

「どうせなら、お前が苦しむ姿を見てみたい」

 

 

 …その時俺は目にした。いつもなら絶対にしないであろうとても悪い笑顔を浮かべながら、そんなことを宣う轟に…俺は不覚にも戦慄を覚えた。

  

 もしかしなくても轟は俺を八戒に売り付け、俺の苦しむ姿を見て嘲笑ったあげく今まで自分が受けた屈辱と鬱憤を晴らすつもりだ!綺麗なツラしてやがる癖に、なんつーど汚ねぇことしやがる。

 

 

「見つけた」

 

 

 …俺はいつ、八戒(コイツ)にスニークスキルを教えたのだっけか?

 気づけばオールマイトをも超える巨体をしている筈の八戒がその気配を感じさせないように後ろにすっと立ち、その形相はまさしく激怒した鬼を思い浮かばされた。そして、発せられる声はいつもの優しい雰囲気ではなく数段低く、尖った声をするものだから、気づけば俺は必死に弁明をしていた。

 

「まて!話せば分かるっ!!」

 

「御託はあとで聞くから一発殴らせろブ…!」

 

「まっっ…!!」

 

 

 

 

 

「はじめまして、ヒーロー科1年B組の猪八戒だブ。さっきは見苦しいところを見して申し訳ないブ」

 

「はは、初めまして。普通科1年の花成倖季です…。よ、よろしくお願いします…」

 

「…黒籍のクラスメイトの轟焦凍だ。よろしく頼む」

 

「いやしかし、轟くんにはウチの項羽がとんだご無礼を働いたようで本当に申し訳ない。…アイツには後でちゃんと灸を据えておくから安心してくれブ」

 

「…いや、もう充分に据えられてると思うぞ」

 

 

 若干、困惑した轟の視線の先には八戒による容赦のない全力パンチをモロに受けてしまった項羽が、腰から下半身のみが見えるような状態で壁から突き出ている姿があった。

 因みに項羽が突き刺さっている壁の外側は屋外となっている。外から見れば人間の上半身を突き出ているシュールな光景が見えることだろう。

 項羽のあられもない姿にこれ以上の灸を据えられれば最後には一体どんなことになってしまうのかという興味と恐怖が同時に轟の中に湧いたが決して、項羽の心配など砂粒の一つも彼の中には存在していなかった。

 

 項羽を一発殴ったことで落ち着いた八戒が轟に謝り倒したことで一悶着あり、その間に追いついて来た倖季が体力切れで倒れたことでもう一悶着あり、と言うところから落ち着き今は、お互いの自己紹介をしているところだ。

 

 轟は目の前に座る二人の姿を見て、どこか俺と似てるな…と思っていた。

 

 自分より身長が2倍以上高く、薄ピンク色の肌のブタに筋肉をつけまくったような姿でヴィラン顔負けの凶悪な顔に反し、堂々としていて丁寧な口調で話す八戒。もう一人は女子にしては高身長な部類に入るのだろうか…自分と差して背丈の変わらず、緑がかった綺麗な黒髪を真っ直ぐ背中まで伸ばした典型的な人見知りのような話し方をする倖季。

 

 どちらも自分とは似てもいないのに何処か自分と似ていると思ってしまう。

 

 

「…アイツは、いつもああなのか?」

 

「いつも…と言うわけじゃないブ。と言うか、項羽がこの場所に誰かを招き入れること自体が初めてブね。いつもはもっと落ち着いているブよ。でも、なにかとイベントとかお祝い事になると突拍子もない行動に移るけどね」

 

「…例えば、どんなだ?」

 

「前にやったバカ行動と言えば…そうブね。去年はそんなにこの辺には雪が降らなくて、雪が積もらないって子供達が嘆いてたら雪降らせたりしてたブね」

 

「…うん。南極の氷山をちょっと削ってきたとか言って一階が埋まるぐらいまで降らせて、お婆ちゃんにすごく怒られたやつだよね?」

 

 

「その前はハロウィンの日に何処からか持ってきた仮装用の衣装とお菓子を全員分持って来て院内がパティー状態になってご近所さんも巻き込んだったけかブ?」

 

 

「誰かがパイ投げしたいって言いだしたら悪ノリして本当にパイ持ってきて、またお婆ちゃんに怒られたりしたこともあったね」

 

「あぁ!パイの中に激辛ソースを自分で混ぜて、間違えて自分で食った時は爆笑ものだったブな!」

 

 

「私たち基本外出なんて出来ないから、子供達のためにいろんなことしてたよね。勝手に穴掘ってそこに水流してプール作ったりして」

 

「終いにはウォータースライダーとか作ってたよなブ。結局、怒られたけど」

 

 

「広場の隅に、山がないから作ってやったぞ、とか言ってちょっと大きめの丘に満開の桜の木を植えたりしてた」

 

「その時ばっかりは先生も元に戻すべきか悩んでたブ。そのくらい綺麗だったブからね。最終的に先生がその桜の世話することを決めてたブ」

 

 

「…子供達を売り捌こうと忍び込んだ輩には本気で怒ってボコボコにしてたブね。あの時のアイツは怖かったブよ」

 

「八戒も十分怖かったよ。あれじゃどっちが悪者なのか身内の私でさえもわかんなくなっちゃったもん。しばかれた後の犯人の姿は子供達に見られなくてよかったな〜」

 

「…その後は夜が怖くて寝付けなくなった子供達みんな集めて大広間でみんなが眠くなるまで楽しい話をいっぱいして、みんなで寝たよね」

 

「その時、倖季もちゃっかり項羽の近くで寝てたブね」

 

「…八戒は一番外側で寝てたよね。みんなを守るみたいに」

 

「………あれは、トイレに行くときにみんなを踏まないようにする為ブ」

 

「フフ、そうなの?」

 

 

「……あとは普段、人の話なんかそんなに聞かないくせに私たちの誕生日の日なんか、いつもとは打って変わってプレゼント手渡して、おめでとう、なんて優しく頭を撫でてくるもんだからびっくりしたよ」

 

「オデのときは笑いながら腹パンしてきたけどなブ!」

 

 

 二人は項羽がしでかしたバカ話するのを忘れ、いつの間にか彼の良い所の話を目の前にいる轟のことなど忘れてしまったかのようについ最近のことを楽しんで話していた。

 

 二人はただ喋っているだけと思っているのかも知れないが轟から見れば二人の話している姿は項羽への感謝を述べているようだった。轟は二人の話を聞き、楽しそうに話している姿をぼんやり眺めているとなんだか羨ましくなっていた。

 

 

「……なんか色々、すげぇな」

 

「あぁ、ごめんブ!こっちばっかり話しちゃって、つまらなかったブよね」

 

「いいや…もっと聞きたいぐらいだ」

 

「…そう言えば、学校での項羽はどうなの?」

 

「え、どうって…」

 

「…確かにアイツから学校の様子を聞いたこと無かったブな。オデらどっちとも登下校ぐらいしか項羽と一緒にいないしなブ」

 

「……できたら、教えてくれないかな?」

 

「…分かった」

 

 

 それから三人は色んな話をした。轟は個性把握テストの時に本気を出さずに項羽が一位になったことや、戦闘訓練でクラス対項羽の圧倒的不利の状態でたった一人で彼が圧倒的な勝利を収め、腹がたったことなどを話し、その話から色んなことを思い出した二人から項羽のあれやこれやを沢山聞いた。

 そんなことをしていればいつの間にか夕食の時間になっており、二人に食べていくかと提案されれば轟は喜んで賛成したそうな。

 

 

(なんかいい雰囲気になっていて入りづらいな…)

 

 

 いつのまにか起きていた項羽は様子を見にきた院長に尻を叩かれるまで出るに出られなかったと後に話していた。気絶している間、子供達に落書きされた厚化粧のようなひどい顔には自分で鏡を見るまで誰にも指摘さえされなかったらしい。

 

 

 

 

 






しんどい…


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おまけの花束。小ネタ集

はい、皆さんこちゃらちわピーシャラです。どうも。

いや、本当にね。久しぶりに書こうとしたらこの後の展開どうするだっけ…と思い幾星霜(一日)。
書けなさすぎて『王のヒーローアカデミア』の方に手をつけてしまったら、すごいスラスラ書けた。
ホントびっくりするぐらい書けた。

というわけで、これからは『王』と『花束を』の話が出来たやつから上げていくことにします。たぶん、『花束を』の方はだいぶ掛かると思います。てへっ☆

今回は苦し紛れの小ネタ集です。
時間軸とか、お前それどうなん?というやつは、スルーしてください。ほんと、パッと思いついた話しかないからね。

それじゃ、どうぞ。


 ①作れるの?

 

 

「そういえば、花成の個性ってなんなんだ?」

 

「え、心操くん知らなかったの?」

 

「…ごめん。今まで聞く機会とかなかったから…」

 

「いいよー。えっとね…『花の博士』。直感的にその花がどんな特性を持ってるか分かったり、強くイメージすることで出したい花を体から生成したりすることが出来ます。今なら大体の植物は出せるよ!」

 

「へー…木とかは作れるの?」

 

「樹木系はねー。そのまま木をボンッ!、て出すことは出来ないけど種から育てて生やすことなら出来るよ。お婆ちゃんのおかげで植物なら大抵のものは簡単に出せるようになったんだ」

 

「へー…じゃあさ。逆に、これ作りにくいのある?」

 

「うーん…ユグドラシルとか?」

 

「ちょっとまって」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ②冗談やて

 

 

「実は自分、豚の丸焼きとかやってみたいんや」

 

「やめてください」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ③おまえ…

 

 

「俺は職業柄、万象儀で触れたものを識別して操るんだが…」

 

「おぉ、急にどうした?」

 

「色々な場面でお前に触れて分かったんだが、お前、その髪そめて(無言の安無嶺過武瑠(アンブレイカブル))………すまん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ④イメージの話

 

 

「八戒くんが未だにちょっと怖い時があるんだけど、どうすればいいと思う?」

 

「それ本人の前で聞くか、お前」

 

「……オデの顔面凶器が非常に申し訳ない…」

 

「いいか緑谷。人っていうのは顔が怖くて、怖いイメージがあったとしても、ソイツのかわいい一面とか意外な秘密を知れば、怖いイメージは自然と払拭するもんだ」

 

「えーっと、ヤンキーが雨の日に子猫を拾う的な?」

 

「そうそう。つまり、お前が八戒の意外な一面を知ればコイツを怖いと思わなくなるだろ」

 

「なるほど…」

 

「と、言うわけでバラすが、コイツは中々にむっつりスケベだ。パツパツスーツヒーロー大好き系の」

 

「エッ」

 

「項羽ッ!!!」

 

 

 嘘です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ⑤初の真実…

 

 

「…イイかい死柄木クン。一旦、落ち着いて聞いてくれ、もう一度言うからネ…」

 

「よせ…!やめろ、それ以上言うな……!」

 

「現実から目を逸らさないで!これが真実なんだヨ!!」

 

「そんな…ホントに…」

 

「…キミが悪いと言いたいわけじゃなイ。ただ、認識を改めなくちゃいけないだけなんだヨ…」

 

「聞きたくない…!」

 

「イイかい…」

 

「やめろ…!!」

 

「プールの水は塩水じゃないんだ…!」

 

「うわあああぁっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ⑥3になると思ったのに…

 

 

「い、飯田くん!」

 

「ム、なんだい花成君!」

 

「飯田くんは…どのくらい目が悪いの?」

 

「そうだな…そこまで悪くはないんだが、俺の家系は生まれつき目が悪くてな、殆どの家族は、眼鏡をかけているよ!」

 

「へ、へー…。取ってみてもらっても良いかな?」

 

「ああ、いいぞ!」

 

「…あれ?」

 

「へ?」

 

「………項羽の嘘つき」

 

「…取り敢えず彼に騙されたと言うことは分かったよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ⑦「ありがとう

 

 

 夢みたいな夢を見た。

 

 俺は、真っ白い空間の中に一人佇んで、ゆったりと流れ、廻り変わっていく景色を眺めていた。

 

 ノイマンとヒトラーが小難しい顔をしながら駒を動かして、その傍でポルポドが紅茶を淹れながら柔らかな表情でその様子を見ていた。

 

 ダルモンとピカソとアインが楽しそうに互いの絵を描いていた。

 

 その周りでカエサルが、頭が林檎になっている男と、愉快そうに白熱した議論を繰り広げていて。

 

 ルーデルと日本の軍服を着た男が旧知の友人のように話をしていた。

 

 ハスコックとホイットマンが白いフードを被った男?女?とお互いの得物を見せ合ってはなにかを強く語り合っていた。

 

 その周りにも見知った顔や知らない廻り者が、偉人も、罪人も、誰も彼もが打ち解けあって親しみを持っていた。

 

 

 

 皆、幸せそうな笑みを浮かべていた。

 本当に夢のような景色で、自然と涙が流れていた。

 

 するといつの間にか、隣で西耶が何時のように微笑んで、俺と同じように、満足そうにその景色を眺めていた。

 

 あわてて目元を拭い平然を装い話しかけた。

 久しぶり、あれを見ろよ、楽しそうだ、どうしてここに、お前はどうしてる、弟には会えたか、俺はいろいろあったぜ、話したいことが山ほどある。

 …すまなかった。

 

 だけど、西耶はそれらに応えずに俺の肩に手を乗せると、微笑んだまま何かを語りかけた。

 

 

 たった一言。けれどそれを聞いた瞬間、俺はポロポロと涙を溢して笑いながら感謝と謝罪を繰り返していた。

 

 西耶は背中をさすって、前を向かせると、あの景色を忘れないように、と注意するように言った。

 

 俺は頷き、その景色を涙が溢れる重瞳で愛おしく眺め、目に焼き付けた。

 

 

 そこで夢は終わって、目が覚めると真っ暗な部屋の中でベットに横たわっていた。

 

 体を起こして朧げで断片的な記憶から、西耶がなんと言ったか思い出そうとしたが、思い出せなくて、どうしようもない気持ちが押し寄せてくる。

 湿り気の残る目元を拭う。

 日はまだ昇ってはいなかった。

 それを確認すると、俺は、再び、布団を被った。

 

 

「二度寝するか…」

 

 

 

 




自由の身って素晴らしいね(((((圧!!


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第十七束。マネッチアの花束を

……やっと…!やっと書けた!!
難産すぎた…。

最近になってやっとTwitter始めました。見るだけですけどね。
速攻で小西さんと堀越さんフォローしました。
リィンカネを切実にアニメ化してほしいです。

それじゃどうぞ。


「「「「「ごちそうさまでした!!」」」」」

 

 轟を交えた晩餐は特にこれといった事件もなく、つづかなく終わりを迎えた。

 子供達は自分が使用した食器を重ねて自分たちで返却口まで運んでいってる。こう言った所でも『自分で使ったものは自分で片付けること』というハナゾノ院長の言葉は徹底されている。

 

 片付けを終えた子供達は自由時間を与えられる。

 大体は自分の部屋に戻るか、大広間に行ってテレビを見るかの二択であるが大半の子供はテレビのある大広間に向かい、さんざん騒いだあと自室に戻り眠りについている。

 八戒と倖季…他の余裕のある年長者達は皿洗いの手伝いなど、率先的に職員らの手助けに向かって行った。

 

 ついでに言っておけば項羽は夕飯を抜いて絶賛、壁の修理中である。勿論、"個性"なしで。

 

 そんな中、客人である轟は一人でどうしたものかと頭を悩ませていた。

 ハナゾノの院長に親御さんが心配してるだろうから早く帰りなさいと言われた。だが、項羽に具体的な用を聞いてなかったことを思い出し、彼は項羽を待つことに決めた。

 しかし、当事者である項羽は絶賛壁の修復作業中であり、今は何処からか持ってきた木材を壁に打ち付けている。

 こんなことなら今日は帰って、話は明日にでも聞こうかと轟は考えた。だが、肝心の帰り道を轟は知らなかった。最寄りの駅でも教えてもらおうと考えたが何故かそんな気分にはならない。

 散々、悩んだ結果。轟は項羽を待つことにした。

 

 項羽を待つ間、大広間にいって子供達と話をしてみるのもいいかもしれないと一瞬、轟は思った。だが、余所者の自分が行っても子供達を困らせるだけだと思い断念した。

 それに、子供達は中々に警戒心が強いのだと薄々、感じ取っていた。

 食事中には院長の部屋に行く途中で出会った子供達には話しかけられたが、その他の一部の子供達には遠巻きに観察するような視線を向けていた。

 

(……あの歳ぐらいの子供ならもっと好奇心旺盛で活発だと思っていたが…あの目からは、興味とかじゃなくて…恐怖に似たなにかだったな…)

 

 轟はチラリと項羽の方を見る。

 あと、何枚か木材を打ち付ければ一応の修理は終わるといった具合の様子だった。

 あと、もう少し時間を潰せればいいと思い。八戒らと同じように自分も何か手伝おうと通常の何倍もありそうな木目の入った大きな長机を拭いている八戒に近寄った。

 

「なぁ、何か手伝うことはあるか?」

 

「…いやいや、客人にそんな手伝いはさせられないブよ。気持ちだけ受け取っておくブ。項羽を待つなら大広間にでも行って時間を潰してきてくれ」

 

「いや、余所者の俺が行っても困るだけだろ…。それに、なんだか警戒されてる気がしてな」

 

「……まぁそれはしょうがないブね」

 

「…やっぱりここの子供達はその…やっぱり、()()()()()()されて来た子供が多いのか?」

 

 しどろもどろに含んだ言い方をする轟に八戒は机を拭いていた手を止めて、轟に向き直った。向き直った八戒は癖からか無骨な手で使い古されてくたびれた台拭きを綺麗に畳み机に置くと、少し声を低くして答えた。

 

「……君の言う、()()()()()()がオデの思っている事と同じなら…まぁその通りだブ。ここにいる殆どが、過去に辛い経験をしてきた孤児(みなしご)だブ」

 

「…やっぱりそうなんだな…」

 

「……それで?そんな当然のことを聞いて君はどうするんだブ。馬鹿にでもするのか?」

 

 

 嫌悪を滲ませながら自分を睨む八戒はさっきよりも大きく、圧迫感を感じるようなほのかな怒気を漏らす。あまりの圧迫感に轟は少したじろぐも自分の本心を八戒に伝えた。

 

 

「んな訳ねぇよ。ただ…気になるんだ」

 

「何をだ?」

 

「…俺の中じゃ孤児院っていう場所は、もっと酷くて暗いもんだと思っていた。…ましてや親と離れ離れで過ごしてきた子供達がギスギスした環境で暮らしているって勝手な思い込みすらあったのに、みんな楽しそうで笑顔でいる。…それに何より、ちょっと顔を曇らせただけの俺に顔色を伺うような心配じゃなくて純粋に心配してきてくれたんだ。きっと自分も辛い思いをしたはずなのに…なんであんなに他人に優しく出来るのかと不思議に思ったんだ」

 

 自身よりも、二回り以上も大きな八戒を見上げ、左右で色の違う瞳で、八戒の赤みがかった黒い瞳を真っ直ぐ見つめる轟。

 そんな轟に八戒は、なんだか不思議な気分に襲われて、自然と口走っていた。

 

「それは……。項羽のおかげだブ」

 

「黒籍が…?」

 

「さっきも話をしたブよな?アイツは俺たちのためにいろんなことをしてくれたんだブ。……実を言えば、轟くんの言う通り、ハナゾノは元はこんな賑やかじゃなかったんだ。みんな、どこか暗かった。部屋から一歩も出てこないような奴らだって沢山いたブ」

 

 

 何かを決心した八戒はチラリと項羽の方を確認した。

 丁度、最後の一枚を打ち終えようとしていたところで、別の直した部分を、一人の子供にブチ破られて項羽が絶叫を上げていたところだった。

 

 そんな姿に八戒は一つ目元を覆って、ため息を吐く。

 何も言わずに、ちょちょいと轟を手招いて食堂から出て行った。その意味を理解した轟は急いで八戒に追いつくと、彼は独り言のように明かりの少ない廊下で話を続けた。

 

「さっきも言った通り、オデたちは孤児。大半が捨て子だったり、親に捨てられたり、親が殺されたり、逆に殺されかけたりした奴もいるけど…他にも色々、理由がある奴もいる。…まぁ、全員、行き場を無くしてここまで流れ着いたっていうのは同じブね」

 

「…随分と平気そうに言うんだな。お前も同じだろうに」

 

「憐れみなら、必要ないブよ。見ての通り、殆どの子供らはもう過去を乗り越えているブ。…でも、まぁ当時は院長先生にも手が余るような荒れ具合だったから、轟くんの言う通りギスギスじゃ済まされないような場所だったことは確かだったブ」

 

「……それを黒籍が変えた?」

 

「そうだな…。一番の例が倖季だ。…倖季は親から虐待を受けて、奴隷のような生活を強いられていたんだブ」

 

「っ……そうか」

 

「挙げ句の果てに、小学校低学年くらいの頃に親に売られて、売人から命からがら逃げているところを項羽が拾ってきたんだブ」

 

 轟は言葉が出なかった。

 あんなにも楽しそうに笑顔を振りまいていた彼女に、酷いだけでは言い表せないような過去があったことに、声が出なかった。

 目の前にいる八戒にもそんな過去があるのかも知れない。

 そんなことを思うと、聞くことすら、言葉を声に出すことすら憚れるようなダメな行いかと思い込み、轟はそれから何も喋らなかった。

 

 天井に頭をぶつけないように若干、前屈みになって歩く八戒について行き、廊下を歩き、時たま階段を登っていけば、屋上に出ていた。

 轟は足元を見ると暗い話を聞いたせいか曇っていた気持ちが少し和らいだ。

 

 綺麗な満月に近い形をした月明かりがそれを照らしていた。

 少しざらついたコンクリートには左拳を突き上げたオールマイトを始め、何やら口から火炎を吐き出している恐竜や、キラキラと光り輝くような星の形をした煙を捲きながら走る機関車。可愛らしい色で描かれた様々な花がどれもかしこも歪んだ線で描かれていた。

 

 どれも子供が描いたのだろうか、汚くとも大胆に描かれた落書き達を、轟は微笑みながらその一つ一つを眺めるように見て行くと、どこか見覚えのある一つの落書きに目を留めた。

 八戒もそれに気づいたようで轟と同じように顔を近づかせるとあぁ、と言ったふうに微笑んだ。

 

 

 その落書きには、胸あたりに彼のシンボルとも言える重瞳が描かれていた。首から血のような赤色の花びらの舞わしている背の高い灰色と水色の混ざったような髪の色をした背の高い男と、この絵を描いた主なのだろう黒髪の男の子が手を繋いで笑っている落書きだった。

 

 その周りにも八戒や倖季、院長と思わしき人物達に加え、きっとこの孤児院の中にいるであろう人物達も笑顔で手を繋いでいた。

 八戒はその落書きの側に腰を落ち着かせるとゴツゴツと角ばった無骨な指でなぞり話を続けた。

 

 

「斯く言う項羽も捨て子だブ。先生の話じゃ、冬空の下で名前と一緒に毛布と包まっていたらしいブ…」

 

「そうなのか…」

 

「正直、オデも荒れてたなー。…みんなに暴力振るって、自分の存在を認めて欲しくて、みんなに酷いことをしてしまったブ…」

 

「項羽のことも虐めてしまっていたブな。あの頃のオデは、自分の王国を作って満足していたクソガキでしかなかったブ」

 

「でも、項羽に個性が発現したころぐらいにアイツに殴られて目が覚めたんだブ」

 

 

 

『いつまで引きこもってんだ!さっさと出てこい!!』

 

『お前の母親はもういない、だったら!他に愛してくれる奴を探せ!少なくとも、ここにいる俺たちはお前を愛してやる!!』

 

 

 

「…ブフフ。今んなって思い出すとくっさい台詞だなブ」

 

 その時のことを思い出した八戒の笑みは、初対面の時に感じた凶悪な人相は消え失せ、慈しみを持った優しい笑みだったと轟は後に語っていた。

 

「それから、アイツは人が変わったように振る舞い始めてな。誰の部屋かもわからないところに突撃して外に引っ張り出すような無茶苦茶なことを続けていくうちに」

 

「今のハナゾノになったてことか…」

 

 八戒が言うことを轟は分かっていたのか、二人とも顔を見合わせていると八戒がいたずらっ子のような笑みを浮かべていた。

 

「オデなんかよりも、すごく考えているんだよアイツ。昔、アイツに聞いたことがあるんだブ。どうして俺たちにそんなに構うのかって…」

 

「…そしたら『俺たちは()()なんだ、何処か心に傷を負った欠陥品どもだ!…だから、己の存在を失わないために肩を寄せ合って、自分の足で立てるまで傷の舐め合いでもなんでもしなくちゃならねぇんだ。そんな奴らが最後に流れ着いた場所で余計に自分が傷ついて居場所を失っていくなんて俺は嫌だね』って…そう笑っていたんだブ」

 

「……………………」

 

 自分のことじゃない。

 でも、どこか誇らしげにそう語る八戒。

 轟は自分の中にある黒籍項羽と言うイメージが塗り替えられたような、そんな気がした。

 

「轟くん。たぶんこの先、項羽に振り回されることがいっぱいあると思うから、その時は遠慮なくオデや倖季を頼ってくれブ。バカの歯止め役ぐらいには役に立つと思うから。それに、アイツ基本バカだけど、そんなに自己中じゃないし悪い奴じゃないから嫌いにならないでくれブ」

 

「…自己中じゃなかったら、俺は突然連れてこられてねぇよ」

 

「ブハっ!確かに!」

 

 立ち上がった八戒は項羽のヘイトが結構高かったことを八戒は呆れながらも、改めて認識した。

 轟に真顔で正論返されたのがツボに入ったのか吹き出して、大声で笑っていると近所迷惑になると気づいたのか笑いを堪えている八戒。

 そんなに笑うことか?と真顔で見上げる轟に再び笑いそうになっていた。が、なんとか堪え言葉を続けた。

 

「さっきから言おうと思ってたけど…それって多分、仲間認定されたってことだから気を付けたほうがいいブね!アイツ身内と判断した奴には面倒臭いぐらいに絡んでくるからなブ!」

 

「それは…ちょっと嫌だな」

 

「それなブ!うるさいよ〜調子がいい日には犬ぐらいの勢いで構ってくるから」

 

「…犬………あんなデカいのが飛びついてくると思うと嫌だな…」

 

「ブッーー!確かにっ!」

 

 ぶひゃひゃひゃと、とうとう笑いを堪えきれなくなった八戒。

 少々、気持ち悪い笑い声を上げながら涙を浮かべその様子に轟は真顔で首を傾げた。

 

「いやー!轟くん結構、面白いんブな!」

 

「…いや、そんなことないと思うぞ」

 

「ふっー…はぁ、笑った笑った。あぁ、そうだ言い忘れてたブ」

 

「なんだ?」 

 

「…アイツになら話してもいいと思うブよ」

 

「………」

 

 …今の轟には、それを明確に答えることは出来なかった。

 

 

 

 

 

===============

 

 

 

 …ふと、空を見上げる。

 夕方の横あたりに光る橙色はすっかり鳴りを潜めて、真っ白な街灯の光がうすい闇を照らしていた。

 

「すまん、待たせた」

 

「…おせぇよ」

 

 施設の入り口から、周りからバカと呼ばれてるやつが俺を見つけると手を上げながら駆け寄ってくる。

 

「寒いんなら中で待ってればよかったのに、なんで外で待ってんだよ」

 

「いつまでも部外者が居るわけにもいかないだろ」

 

「……ま、一日で懐くはずもないか」

 

 少しの間無言でお互いの顔を見合ってた俺たちは、誰が言った訳でもなく、なんとなく薄暗い夜道を歩き始めた。

 

「八戒と話をしていたらしいな。何を話していたんだ?」

 

「…そのことで聞きたいことがある。駅まで歩くぞ」

 

「…へぇ」

 

「なんだよ…文句あんのか?」

 

「…いいや、行こう」

 

 そう言ってわざわざ距離のある駅まで歩く。…自分で話があるって言ったのに何を話せばいいか分からなくなった。

 

『アイツには話してもいいと思うブよ』

 

 不意に、八戒が言った言葉が頭の中で反芻される。思いついた言葉は、何故か口から溢れて止まらなかった。

 

「俺の親父はエンデヴァーだ」

 

「…そうか」

 

 黒籍は何も言わずに静かに頷く。俺の口は一度、開いてしまったら止まろうとしなかった。

 

「上昇志向の高い男でな、自分じゃオールマイトを越えられないと早々に悟ると次の策に出た。個性婚、知ってるよな?」

 

「…個性目当てで配偶者に結婚を強要し、自身の個性をより強化して子に継がせようとする倫理観の欠けた行為…………そうか」

 

「お前の思ってる通りだよ。母さんの個性を手に入れた親父は自分の欲求を満たしたいが為に俺を生み、鍛え上げた。…そしてあの日、精神を病んでしまった母さんはお前の左側が醜いと、俺に煮湯を浴びせた」

 

「母さんが病院に入れられた日から俺は右側の…母さんだけの力で一番になってやることで、あの屑を完全否定すると誓った。俺はあんな屑の道具にだけはなりたくねぇ」

 

「そうか…そういうことだったのか……なるほどなぁ」

 

 隣を見てみると目を細めた黒籍が納得するように頷く。

 

「だからお前はあの時、あんなにひでぇ顔してたのか。あと、今もやばいぞ。笑え笑え」

 

 黒籍は俺の前に立つと、眉間の寄った俺の眉間を指でほぐしたり、指で口の両端を押さえて口角を上げるようにしてきた。

 

「うわぁ…表情筋固まってらぁ。笑っとけ轟。笑っとるやつが一番、強いんだぜ!オールマイトがいい例だ」

 

 しまいには、俺の顔を両手で挟んでぐりぐりと擦ってきたきた。いい加減に鬱陶しくて、無理矢理、手を払い除けた。

 コイツは残念そうに手を下ろした。

 

「ふぅん。話の筋は分かったが、どうして俺にそれを言った?」

 

 黒籍の言葉に俺ははっとする。別にコイツにこんな話をする義理はない。何故だかわからない。でも…たぶん、八戒の言葉を信じてみたいと思ってしまったんだろうな。

 

「………わかんねぇ。でも、お前が…あそこにいる連中を救ったと聞いたせいかもしんねぇ」

 

「八戒か…あの野郎、大袈裟に話しやがって」

 

「…それでも、八戒達は救われたと感じている。お前のことも少なからず聞いた」

 

「だから、教えてくれ。どうしてお前は、俺たちに手を差し伸べるんだ?」

 

 俺の問いに、黒籍は考えるような顔をすると前に向き直った。俺よりも一回りも大きいはずのその背中は、何故だか少し小さく見えた。

 

「…なに、ただの自己満足だよ。弱い立場の人間がさらに追い詰められた先でも居場所をないのに居た堪れなくなっただけだ」

 

 そんなに俺は、出来たやつじゃない。

 最後の言葉は、聞こえないように小声で言ったのだろうけど、しっかりと聞こえた。

 学校やハナゾノじゃあおちゃらけて、戦闘訓練の時には自分の力を信じて疑わないような発言をしていたくせに…もしかしたらコイツは、自分のことがそんなに好きじゃないのかもしれない。ふと、そんなことを思ってしまう。

 

「そんなことより、お前のことだ…。轟、単刀直入に言おう」

 

 黒籍は再び俺に向き直り、真剣な顔つきのはずなのに、俺をどこか蔑むような眼差しを向けながら声をかけてくる。

 

「俺は今の話を聞いて『くだらねぇ』と思った」

 

「…何?」

 

「だってそうだろ、お前の人生なのに「取り消せよ……!!」

 

「何がくだらねぇだ…!!よく知りもしねぇ癖にっ!!!」

 

 右側から出た氷結が本日、何度目かという黒籍の体を取り込んだ。今までとは違って本気でやって、怒りを向けている。なのにコイツは俺を馬鹿にするような顔をやめずに口を開く。それが更に俺を苛立たせた。

 

「あぁ、その目。お前の嫌いな奴そっくりだなぁ轟。…よし、ならこうしよう……」

 

 独り言のように呟いたかと思えば、今までと同じように黒籍の体から万象儀が溢れ、瞬く間に俺を含むあたり一面を覆う。黒い粒子のようなものが波のようにぶつかり、体にまとわりついてくる。

 その勢いに思わず目を閉じる。次に目を開けた瞬間には、夜の色に包まれた暗い住宅街は消え失せ、晴々とした気持ちがいいぐらいの青空が広がる、低い緑の茂った、広い山岳のような場所に出ていた。

 

「なっ!?」

 

 俺は海外に旅行したことはない。だけど、遠くに広がる、息を呑むような雄大すぎる自然の景色を見て、ここが日本じゃないことを理解させられた。

 此処はどこだ?太陽の位置を見る限りアジア周辺じゃない。もっと遠くだ……。空間転移…こんな遠くまで移動できるとはな。

 

「どうだ、綺麗だろ」

 

 俺の背後には、いつの間にか氷結の拘束を解いて悠然とした態度でそんなことをのたまう黒籍が立っていた。

 

「人里離れたユーラシアのどっかだ。此処ならどれだけ暴れても問題ない」

 

「っ!」

 

 黒い重瞳に覆われた人間大の岩石のような黒い物体が数個、意思を持ったかのように飛んでくる。氷結を使って防いだが、残りの追撃に耐えられなかったのか一面に氷の粒を舞わせ、砕け散る。

 なんとか飛び退き、追撃を躱すことに成功したが、どうやら次は難しいと悟ってしまう。

 

 口元に弧を描いていた黒籍の周辺には先程と同じように黒い物体が数えきれないほど浮遊しており、背後には戦闘訓練時に見た人型の何かが佇んでいた。

 

「闘おう轟。お前に必要なもの、足りないものを教えてやる」

 

 

 




つ、次…次で終わらせますんで……こんなに長くて申し訳ない。許してクレメンス


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